遊戯王ARC-V LDS総合コースの竜姫 (紅緋)
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1話:《竜の転生》(転生しました)

1つの話で3万字以上書けて満足。
また大分メタなネタが入っており、合わない人は合わないので注意。
なお、サブタイ名はそれっぽいOCGカード名なだけで原作のようにそのカードが活躍する訳ではないのであしからず。

2014/9/13追記
感想での指摘箇所、及びルビタグで違和感のあった部分を修正。


 レオ・デュエル・スクール――通称LDS(エルディーエス)内のとある一室。デュエルフィールドや講義用の教室とは違い、この部屋は主にLDSの塾生がデッキ構築をする際に利用している。一般的な教室と大差ない広さだが、1人1人のスペースを確保するようにパーテーションで区切られ他人にデッキ構築を見られることはない。1人で黙々とデッキを構築・改造している者はもちろん、講師や仲の良い塾生を招いて助言をもらいながらデッキを作る者もいる。

 

 その中にはこのLDSを運営するレオ・コーポレーションの社長、赤馬零児(あかばれいじ)の姿もあった。パーテーションで区切られているので何故彼がここにいるかこの部屋にいる塾生・講師は知る由もないが、理由は単純明快。

 デッキ構築だ。数日前に遊勝塾(ゆうしょうじゅく)榊遊矢(さかきゆうや)とデュエルし、自身のペンデュラムカードのエラッタに伴い赤馬零児はデッキを見直し、作り直している。

 

 この塾を運営している社長ならばわざわざ一般の塾生や講師が居るこの部屋でデッキ構築をする必要はないのではないかと疑問に思うだろう。だが、ここは彼自身が経営するデュエル塾のデッキ構築専用の部屋。当然ただテーブルと椅子だけがある部屋ではなく、同室内にあるカードショップで望むカードをシングルで購入することもできる。それならば社長室で自前のカードだけでデッキ構築するよりも、この部屋でデッキ構築し適宜カードを購入すれば良い。また、いちいち社長室とカードショップを行き来するのは馬鹿らしいし、部下を使って欲しいカードを持って来させるのもアリだが、自分のデッキを作る際は極力全てを自分自身の手で作りたいと思うのがデュエリストだ。

 

(――《ワン・フォー・ワン》でケプラーを呼び、契約書をサーチ。《地獄門の契約書》をサーチすれば後続のDDのサーチにも繋がる…入れない手はない。ドローソースとしては《闇の誘惑》…除外は少し気になるが、《魔神王の契約書》の墓地融合で除外するモンスターも多少は出る。ならばリカバリーで《闇次元の解放》を入れても――いや、DDデッキは永続魔法・永続罠を多用するデッキだ。闇次元でモンスターを特殊召喚したとしてもすぐに融合・シンクロ・エクシーズ素材になる。そうなると魔法・罠ゾーンを圧迫してしまうな…ならば《D・D・R》か?手札コストこそ要求するが、装備魔法故に装備モンスターを各素材にしても《D・D・R》は墓地に送られる――それに《DDリリス》を特殊召喚すれば効果で墓地・エクストラデッキで表側のDDモンスターを回収可能、これならば手札コストは実質帳消し……一考の余地はあるだろう――む、そういえば《異次元からの埋葬》もあったか…ハンド、ボード・アドバンテージは稼げないが、フリーチェーン故に相手の《サイクロン》の対象になった時にチェーン発動して無駄撃ちさせることもできる……試しに入れても面白いかもしれん)

 

 ただ黙々と、彼はデッキを作り上げていく。自身が開発した専用カテゴリ、専用サポートカードが多いため汎用カードはそう多くは入れることができない。そのため限られた枠にどのカードを入れるかも吟味しなくてはならないのだ。

 

(――よし、まずはこれで良いだろう。あとはこのデッキで何度かテストプレイを行い、回し方に不具合があればその都度直せばいい)

 

 そして無事にデッキは完成。メインデッキ、エクストラデッキをデッキケースに入れ、デッキ構築で使わなかったカードは近くに居たスタッフに零児個人が所有するLDS内のカード保管庫に入れておくように指示。その後、テストプレイを行うためにLDS内のプラクティス・デュエルフィールドの方へと歩を進める。

 

(今の時刻は――19:30か…普通の塾生ならば既に帰宅しているかもしれないが、練習場は21:00まで解放している。テストプレイができる相手が居れば良いのだが…)

 

 

 

――――――――

 

 

 

「バトル!《ジェムナイトマスター・ダイヤ》で《竜魔人 クィーンドラグーン》に攻撃!」

「――っ、」

(ほう…丁度実力のある塾生が残っているな……)

 

 零児が練習場へと着くと、幸いにもその場には1人を除いて身知った人物が4人居た。

 内1人はデュエルの真っ最中である長い黒髪と褐色肌の少女、融合コースジュニアユース首席の光津真澄(こうつますみ)。1人はこのデュエルの見学者。紫髪で北斗七星を模したアクセサリーを額に着けた少年、エクシーズコースジュニアユース首席の志島北斗(しじまほくと)。もう1人もこのデュエルの見学者。長めの茶髪に竹刀を背負った少年、シンクロコースジュニアユース首席の刀堂刃(とうどうやいば)

 

 彼ら3人は先日の遊勝塾における一件で知った仲であり、全くの他人という訳ではない。

 だが、1人だけ零児の知らない少女が居た。榊遊矢と同じ舞網市立第二中学校の制服、腰まで届く長い青髪を後ろに流す形でツインテールにまとめ、理性的で冷たく見える藍色の瞳、その澄んだ瞳と同じく透き通るような顔立ちの印象の少女。見覚えこそないが、融合コースジュニアユース首席の真澄が相手にしているのだから実力はそれなりにあるのだろうと零児は解釈した。

 

 デュエルの状況を確認してみると――

 真澄の場にはエースモンスターの《ジェムナイトマスター・ダイヤ》、手札は1枚で伏せカードはなく、ライフポイントは2400ほど残っている。

 対して青髪の少女は場に竜人型のモンスター、手札は1枚で伏せカードはなし、ライフポイントは戦闘ダメージを受けた時点で2300。

 デュエル終盤――それもこのターンで決着は着くと零児は判断した。

 

「《ジェムナイト・パーズ》を除外してその効果を得ていたマスター・ダイヤの効果発動!このカードが戦闘によって相手モンスター破壊して墓地に送った時、相手に破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを与える!クィーンドラグーンの攻撃力は2200!よって2200のダメージを受けてもらうわ!」

「――っ、」

「これで貴女の残りライフは僅か100!そしてパーズはバーン効果だけじゃなく、2回攻撃の効果もある!当然、パーズの効果を得たマスター・ダイヤも2回攻撃できる!マスター・ダイヤで残った1体に攻撃!」

 

 白銀の鎧を纏い、全身に金剛石(ダイヤモンド)を散りばめた大柄の騎士が竜人型のモンスターの方へと駆ける。各ジェムナイトのその元になった宝石が埋め込まれた大剣を振り上げ、その切っ先が当たる寸前――

 

「ダメージ計算前に手札から《オネスト》のモンスター効果を発動」

「――っ、そのカードは…!」

(ほぅ…)

 

 ――青髪の少女は最後の手札を自ら墓地に送り、その効果を発動させた。伏せカードがない状態で攻撃宣言し、妨害行為等がないものと油断していた真澄は大きく目を見開き、突然の手札誘発カードに驚愕する。竜人型のモンスターの両肩に巨大な一対の白翼が現れ、デュエルディスクに表示されているそのモンスター攻撃力が急激に上昇。その数値は現在の《ジェムナイトマスター・ダイヤ》の攻撃力3300ポイント分――よって、竜人型のモンスターの攻撃力は5800まで上がる。その光景を見た零児は内心で青髪の少女に感心しつつ、自分の予想と違った勝敗に決することに僅かに驚いた。

 

「攻撃力…5800…!」

「《オネスト》は自分の光属性モンスターが相手モンスターとバトルする時、ダメージステップ開始時からダメージ計算前までに手札の《オネスト》自身を墓地に送ることで発動できる。その光属性モンスターは相手モンスターの攻撃力分、攻撃力がアップする――2500の反射ダメージを食らってもらう」

「――っ、くぅううううぅっ!!」

 

 竜人型のモンスターに後光が輝き、その眩さに《ジェムナイトマスター・ダイヤ》は大剣を盾のようにかざし、光を遮ろうとする。だが後光は段々と輝きが増していき、その光は無数の筋となってマスター・ダイヤを襲う。大剣・鎧・手甲――光はマスター・ダイヤの体全体を貫き、大爆発を起こす。尤も、今回はアクションデュエルではなくスタンディングデュエルなのでソリッドビジョン自体に質量はなく、視覚と聴覚としての効果のみが適用される。

 

 爆音と土煙がデュエルフィールドを覆うのと同時にデュエルディスクが真澄のライフポイントが0になったことを告げた。デュエル終了のブザーが鳴り、顕現していたソリッドビジョンは粒子となって消える。真澄は軽く息を吐き、デュエルディスクを外すと北斗と刃の方へと歩を進めた。

 

「残念だったな真澄。僕ならあそこはマスター・ダイヤじゃなくてプリズムオーラで除去っていたぞ。光属性相手に戦闘を仕掛けるなら常に《オネスト》の警戒をしておくべきだ」

「俺ならプリズムオーラじゃなくてアクアマリナを作って、それを素材にジルコニアを融合召喚してクィーンドラグーンに攻撃だな」

「馬鹿。アンタ達からは見えなかっただろうけど、あの子がサフィラの効果で2ドローした後に捨てたカードは《スキル・プリズナー》よ。対象を取るモンスター効果じゃこのターンは決められないわ」

「げっ、あいつスキプリ墓地に送ってやがったのかよ…」

「姑息な手を…」

「先攻プレアデスする貴方が言える台詞じゃないわよ」

 

 はぁ、とため息を吐きながら真澄はそう言い放つと北斗は『ぐっ…』と口ごもる。3人で先ほどのプレイングについての自論、反省点を交わす。LDSにおける各コースの首席だけあって北斗と刃は自身が使うカードではなくとも、エリートに相応しいカード知識を持っている――またよく共に行動する友人のカードのことは熟知しており、彼らの意見も尤もであることは『ジェムナイト』を深く知るデュエリストならば共感するだろう。『じゃあ前のターンで~』、『でもそれなら~』とあーでもない、こーでもないと論議していると、奥の方に居た青髪の少女がゆっくりと真澄達の方へと近付く。

 

「――さっきのデュエルは真澄の攻め急いだ結果。大人しくアクアマリナを立たせておけば一応は耐えられた」

龍姫(たつき)…で、でも折角パーズとマスター・ダイヤの連続融合が1ターンで出来たんだから、それを狙っても――」

「でもじゃない。《スキル・プリズナー》は1枚しか墓地になかったのだから、アクアマリナで守備に徹して次のターンへ繋げて打開策を待った方が賢明。私が強引に攻め急いでアクアマリナを突破しようと考えたら、まずはスキプリで《竜姫神サフィラ》に効果モンスターの対象耐性を与え《オネスト》で強引に殴りに行く。そしたら貴方は耐性のないクィーンドラグーンをバウンスできる」

「……それは…そうだけど…」

「そうすれば真澄はダメージを受けない。さっきのターンで決着を着けるんじゃなくて、次のターンを見据えた行動をした方が良い。そして私に《オネスト》を使わせたことにもなるし、戦闘では《オネスト》の警戒も必要なくなる」

「……確かにそうね」

 

 龍姫、と呼ばれた少女の淡々とした解説に真澄は納得し、改めて先ほどのターンの攻防を振り返ると確かに自分のプレイングが少々雑だったと反省する。自分のエースモンスターを出せる状況だった故に浮かれてしまったが、あの状況で《オネスト》無警戒で突っ込んだ自分に非があるだろう。龍姫の言う通り攻め急がずに耐えていた方が良かったとのではないかと感じる。その隣でふと、刃が思い出したように『あっ』と声をあげて龍姫の方へと顔を向けた。

 

「そういえば龍姫、お前いつの間に《スキル・プリズナー》なんて入れたんだよ?前は『妨害カードは好まない』なんて言って入れなかった癖に」

「それは北斗の所為。流石にプレアデスで何度もバウンスされると対策もしたくなる」

「な――それは僕に対するメタか龍姫!?」

「メタじゃなくて防御。これはあくまでも『相手の妨害を妨害するカード』として入れただけ……真澄相手にもアクアマリナやプリズムオーラの防御として働くから入れた」

「北斗の所為ね…!」

「ぅぐっ…!ま、待て真澄!バウンスはプレアデスの常套(じょうとう)手段だ、セイクリッドにおける貴重な除去カードなんだぞ!バウンスして何が悪い!?」

「いや、貴重な除去カードが先攻1ターン目で出ることがおかしいだろ。それにお前3積みしてるし」

「黙れガトムズフォルトロレイジグラハンデスループマン」

「は?やんのか北斗?」

「良いだろう。だが先攻はもら――ん?」

 

 喧嘩腰になりつつ、北斗と刃は共にデュエルディスクを取り出す。互いに相手のデッキを皮肉りつつも、ここでリアルファイトに発展せずにデュエルで決着を着けようとする辺り、2人共中学生ながらも立派なデュエリストだ。デュエルフィールドの所定の位置へ向かおうと2人が視線を移した瞬間、ふとある人物の姿が目に入る。

 

 銀髪に赤縁の眼鏡、赤いマフラーを(風も吹いていないのに)なびかせながらこちらへと歩いて来る1人の青年。LDSの塾生なら誰しも知っており、その憧れであり目標となるようなデュエリスト――赤馬零児だ。

 

「「「し、社長!?」」」

 

 突然の人物の来訪に北斗・真澄・刃の3人は声を揃えて驚き、慌てて彼の前に横一列の形で並び立つ。やや反応が遅れながら龍姫もその隣に立ち、4人はピッシリと背筋を伸ばして粗相のない姿勢を取る。

 

「そう畏まらなくても構わない。楽にしてくれ」

「「「は、はいっ」」」

 

 零児にそう言われるも、4人の姿勢はそうすぐには変わらない。姿勢を崩しても良いと言われても目の前の人物は自分達が日々世話になっているLDSを運営する大企業の社長、そのような人間を前にして中学生の彼らでは『楽にしろ』と言われてもどの程度が許されるのかは判断しかねる。よって返事をしたは良いものの、姿勢は一切崩せずに全身は緊張したままなのだ。特に北斗と刃は先日の遊勝塾で彼とその塾生の榊遊矢のデュエルの際、遊矢の父親を侮辱して零児から一喝された件もある。その事から普段の緊張以上に2人は零児を臆しており、冷や汗が頬を伝わるのを感じた。だがそんな事を一切知らない女子2人はとりあえず失礼のない姿勢を取り続け、真澄が口火を切る。

 

「あの…失礼かもしれませんが、何故社長がこのような場所に?」

「なに、デッキ調整の一環でテストプレイをしようとこちらに立ち寄っただけだ」

「そうだったんですか…」

「あぁ――そういえば君達3人は先日の遊勝塾の件でよく働いてくれた。感謝する」

「「「あ、ありがとうございますっ!」」」

 

 社長である零児から直々に感謝の意を伝えられ、3人はほぼ同時にペコリと頭を下げる。1勝1敗1分という結果には終わったものの、榊遊矢とのデュエルでは何度もペンデュラム召喚させ、ペンデュラムカードのデータ収集には貢献した北斗。融合召喚を巧に使い1ショットキルを果たしジェムナイト、LDS融合コースの力を誇示した真澄。引き分けたもののその圧倒的なデッキの回転力(不動性ソリティア理論)でX-セイバー、シンクロ召喚の展開力を見せつけた刃。真澄以外は結果こそ芳しくなかったが、それでもLDS各コースのジュニアユース首席としての実力を彼らに見せるには充分だったと零児は思っていた。

 そして彼の視線はその3人から龍姫の方へと移る。

 

「すまないが、私は君の名前を存じていない。良ければ名前を教えてもらえるか?」

「はい。総合コースの橘田龍姫(きったたつき)です」

「……総合コース?」

 

 龍姫の所属コースを聞いて、零児は目を細める。途中からだが彼女と真澄のデュエルで、龍姫は儀式モンスターである《竜姫神サフィラ》を使っていた。儀式モンスター自体は総合コースで教えているものだから特に疑問は抱かないが、彼女は先のデュエルでエクシーズモンスターの《竜魔人 クィーンドラグーン》を使っていたことが零児は気になったのだ。別段、LDSでは他のコースの召喚を禁止している訳ではないが、儀式とエクシーズを組み合わせて使用しているので、零児が個人的に彼女がどのようなデッキなのか興味を持った。

 

「総合コースで各コースの首席に勝つということは、君は総合コースの首席だったか?」

「はい、まだ若輩者ではありますが…」

「ほぅ…成績は優秀なようだな。それとエクシーズモンスターを使っていたが、君のデッキは儀式とエクシーズの混成デッキなのか?」

「いえ、違います。私のデッキは――」

「ちょっと待って龍姫――社長、少し良いでしょうか?」

「……何だ?」

 

 龍姫が零児へ返答を遮るように真澄が口を開く。彼女のデッキ内容が気になっていただけ、それを遮られて零児はやや眉間に皺を寄せて真澄の方を見た。その零児の表情に真澄は一瞬顔が強張るが、すぐに顔を引き締めて改めて発言する。

 

「龍姫のデッキが気になるのでしたら、実際にデュエルしてみては如何でしょうか?」

「……真澄?何を言って――」

「――確かにそうだ。デュエリストなら、デュエルで相手のことを知るべきだな」

「社長、何を仰って――」

「えぇ、その通りです。それに社長は先ほどテストプレイのためにこちらに来たと仰いました。龍姫ならきっと満足させるかと」

「あの、真澄――」

「なるほど……デッキのテストプレイに加え、彼女のデッキを知ることができる。一石二鳥と言う訳か」

「はい」

「…………」

 

 龍姫自身の拒否権などお構いなしと言わんばかりにLDSが誇るジュニアユースの融合コース首席と社長の間でトントン拍子に話が進み、いつしか龍姫は反論することもなくただその会話を聞いていた。そして2人に聞こえないように小さくため息を溢すと、隣に居た刃が小声で龍姫に話しかける。

 

(別に良いじゃねぇか、社長にお前の実力を見せられる機会だぜ?)

(私のデュエルは勝ちを目指すデッキじゃない。LDSの理念に反するから、極力見せたくない)

(実際はそうでもないかもしれねぇぞ。社長、この間の一件でポロっと『榊遊勝のことを尊敬してる』って言ってたからな。お前のデュエルも認められるんじゃねぇか?)

(……まぁ、やるだけやる)

(おぅ、頑張れよ)

「では早速始めようか」

「……はい…」

 

 刃とアイコンタクトを交えながら話していると零児と真澄の方で話は終わったらしく、既に彼は自身のデュエルディスクを腕に装着していた。龍姫もそれに応えるように愛用している群青色のデュエルディスクを腕に装着し、デュエルフィールドの所定の位置へと歩を進める。

 

 デッキをデュエルディスクへとセットし、オートシャッフル機能が働く。そしてソリッドビジョンでデュエルディスクのプレート部分が展開、零児・龍姫のデュエルディスクは通常のV字型とは違い、共にIの字を模した形となる。互いに手札を5枚引き、デュエルの準備が整う。

 

「「デュエル」」

 

 

 

――――――――

 

 

 

 どうしてこうなった。いや、ホントにどうしてこうなった。お、おおお、落ち着け私!れれれ冷静になるんだ、まずは順を追って考えよう…。

 

 まず私は転生したっぽい。……初っ端からおかしいけど、気にしちゃいけない。だって(超展開に慣れていて)当然だろ、デュエリストなら。まぁこんな小ネタは置いといて――前世の自分のことについてはおぼろげにだけど覚えている。ただの遊戯王好きな女子大生、アニメも漫画も好きでOCGもそれなりにかじっていたハズだ。兄がガチプレイヤーで昔は剣闘獣(グラディアル・ビースト)やライロ、数年前はBFやジャンド、少し前が征竜や魔導、寸前でAF先史遺産(アーティファクト・オーパーツ)だったことは覚えている。とはいえ兄は大会と身内でデッキを使い分けていて、私のようなデュエルスフィンクスが未熟な相手にそれ相応のレベルで相手をしてくれた。確か《六部衆-ニサシ》を3体並べて『これが俺の6爪流!これが俺の武蔵(ムサシ)デッキだ!』とか某独眼竜のカードスリーブデッキで相手をしてもらった記憶がある。

 

 そんな中、私は馬鹿の一つ覚えみたいにドラゴン族しか組まなかった。理由は単純。

 ド ラ ゴ ン 大 好 き。

 初期の青眼や真紅眼も好きだし、GXのアームド・ドラゴン系列、クールな方の万丈目さんのライダー・ダクエン・ライエンも良い。5D’sのシグナー竜も個性があって良いし、ZEXALの銀河眼とか最高だね!もちろん、OCGで出たドラゴンも良い。ホルスの黒炎竜とか《トライデント・ドラギオン》、《星態龍》辺りがTHE・ドラゴン族って感じする!あんまりにもドラゴン族が好き過ぎて仲間内から『クールな方の万丈目さん』、『ミザちゅわ~ん』って呼ばれたけど、私には最高の褒め言葉だ。ありがとう。

 

 あっ、話が逸れた。えっと、どこから思い起こせば良いんだっけ――とりあえず、今に至る経緯で良いのかな。転生したっぽい私は――したっぽいって言い方が紛らわしいけど、前世で事故死とかそういうのに遭遇した記憶がないからそう言ってるだけ。それで今の世界――確か新シリーズの遊戯王の世界、何故かこの世界で生まれ変わった。最初はすっごい驚いたね、何せテレビでZEXALの最終回を見て泣いて、翌週の劇場版の地上波放送をアストラル待機していたと思ったら、小さい女の子になっていたんだから。どういう…ことだ…?

 

 あとこの世界での0~3歳くらいまでの記憶はない。いや、前世でもそのぐらい間の歳は記憶がないけど。まぁそんな話は除外して――ここが遊戯王の世界だって気付いた私は、まずある事を始めた。

 

 筋トレだ。デュエリストなら体は鍛えなきゃいけない、これはデュエリストなら常識と言って良いだろう。何せデュエルディスクを装着して1日に何回もデュエルするんだから、後半になってデュエルディスクが重くて腕が上がらないなんて無様な姿は見せたくない。それにいつリアルファイトに巻き込まれたり、崖から落ちたり、熊と遭遇するかわからないのだ。それなら、と思った私は暇さえあれば近くの公園を延々と走っていたり、遊具で体力が果てるまで遊び尽くした。やってることは普通の子供だけど、小さい時から外で遊んだ方が体力は付くと思うし、小さい子供が筋トレしても世間体が気になるし…。

 

 と、とにかくそういった日々を過ごしていく内に私が小学生になる頃にはこの街――舞網市ではアクションデュエルが人々を熱狂の渦に巻き込んだ。質量を持ったソリッドビジョンによってモンスターと共に地を蹴り、宙を舞い、フィールドを駆け巡る――最初に聞いた時は『えっ?質量を持ったソリッドビジョンって、いつもの遊戯王じゃないの?』と思ったけど、実際にこの目で見てみると質量を持った(・ ・ ・ ・ ・ ・)の意味を理解した。

 本当に人とモンスターが触れ合って(・ ・ ・ ・ ・)デュエルしているのだ。専用のデュエルスタジアムでは広大なフィールドをモンスターと共にデュエリストが動き回り、その派手なパフォーマンスには心惹かれる。何よりモンスターに触れるというのが私に一番の衝撃を与えた。だってモンスターに触れるんだよ!? 青眼にだって、真紅眼にだって、スタダにだって、銀河眼にも触れる…!

てかドラゴン族に触れる!!

 

 これは私も早くデュエルができるようにならないといけないと思い、お母さんにデュエル塾に通わせてもらうように頼み込んだ。お母さんは典型的な教育ママという感じだったけど子供のことは一番に考えてくれるし、何よりデュエルの重要性を理解していたためすぐに了承してくれた。

 ――っしゃあ!これで私もデュエリストになれる! そう意気込んだ私は早速デュエル塾へ。行き先は勿論かの榊遊勝の居る遊勝塾――ではなく、LDS。遊勝塾ではなくLDSを選んだことにはきちんと理由がある。私自身、前世では(ドラゴン族のために)融合やシンクロ、エクシーズに手を付けたデュエリストだ。できることならメインデッキは勿論、エクストラデッキもドラゴン族を多めにしてドラゴンハーレムを築き上げたいという願望がある。そしてLDSは融合・儀式・シンクロ・エクシーズと各種召喚方法の教育を受けることができる最大手にして唯一のデュエル塾、それならばと思い私はLDSに選んだのだ。ただ残念なことにLDSでは融合・シンクロ・エクシーズと各コースに分かれており、コース選択の際に何を血迷ったのか私は――

 

『じゃあ総合コースなら、総合って言うんだから全部の召喚ができるだろうなー』

 

 ――という謎発想で総合コースに進んでしまった。後でカリキュラムを確認してみると、総合コースは基本的にアドバンス召喚・儀式召喚等のメインデッキに関係する召喚方法を中心としたコースとのこと。くっ、どうしてこんなことに…!絶対に許さねぇ、ドン・サウザンドォオオオオ!! シンクロ召喚とエクシーズ召喚もしたかった私はどうしたら良いんだ! 答えろ、答えてみろルドガー!

 ――と、コースを選択した後に頭を抱えていた時、LDSの塾概要冊子を読んでいたら面白い項目があったことに気付いた。

 

『LDS内のカードショップのシングルカードはLDS内で利用されるDP(デュエルポイント)で購入することができます』

 

 ポイント制!? あ、いや違う違う。DP!? えっと――DPは所謂LDSにおけるカード関係専用の通貨のようなものらしい。LDS内でそのDPは筆記・実技・講義態度等で講師から各生徒に毎週頭に配当されるらしく、ある程度の成績を維持できれば安定してカードを購入できる。他にも塾生同士のデュエルで増加、この場合は勝った方がもらえるポイントは多いけど、負けた方にも僅かにもらえるとのこと。さらにデュエル中のボーナスも設定されており、1デュエル中の特殊召喚回数、カード効果で破壊した回数、ライフポイント逆転勝利ボーナス等でデュエル毎にもらえるポイントもだいぶ変わるっぽい。なるほど、要は携帯ゲームで出たタッグフォース的な感じな訳だ。

 

 そうと分かればあとは簡単。講義は超が付く程真面目に受け、暇になったら手当たり次第塾生にデュエルを申し込めば良い。塾生はみんなデュエルに対して真摯だから断わるような人はほとんどおらず、私は無事に何度もデュエルすることができた。かと言ってどこぞのランク4・炎属性・海竜族さんのように俺TUEEEEと言わんばかりに連戦連勝という訳にはいかず、塾から支給された初期デッキで戦うのは思った以上に大変だったと感じる。最初は本当にスターターデッキのような内容で、使えるカードは決して悪くはないけどもどちらかと言えばスタンダード寄りのデッキ。同じ時期に入塾した相手とは良い感じに接戦しても、各コースの先輩相手ではどうしてもデッキの地力差で負けてしまう。一刻も早くドラゴン族を組みたかった私としてはより勝ち星とDPを稼げるようになけなしのDPを汎用性のある下級・上級ドラゴン族に全ツッパし、ジュニア(小学生)時代には一応のドラゴンハーレムを完成させて大体《ストロング・ウィンド・ドラゴン》と《マテリアルドラゴン》を並べてゴリ押し。ある程度DPが溜まったジュニアユース初期(中学1年生)では、別のドラゴン族デッキ――『お触れホルス』へとシフトチェンジ。カードプールの増加によってモンスター効果による除去やステータス変化で案外簡単に処理されそうになるけども、ここは《マテリアルドラゴン》と《禁じられた聖杯》に頑張ってもらう。存外ガチな感じになってしまったけど、何とでも言え。私とてドラゴン族ハーレムを築き上げねばならん…!

 

 その頃の私は講義終わりに無差別にデュエルを申し込み、さらに(当時は)ガチなデッキを使ったお陰でいつの間にか総合コースの首席(ジュニアユースのだけど)になっていた。そしてLDS内で行われる各コースの代表同士がデュエルするイベント等で融合コースの真澄、シンクロコースの刃、エクシーズコースの北斗達と仲良くなっていつしか4人で一緒に行動するように。ただ前作までの全シリーズを視聴している私としては、うっかりデュエル脳なネタを言ってしまいかねないので普段はなるべくデュエル以外のことでは口数を少なくし、クールな感じを装ってる。中身はこんなに残念なデュエル脳なのに騙しているみたいにクールを装ってごめんね3人とも。しかも何故か口調がやたらと機械的になっちゃった、クールって難しい。

 

 そして3人と仲良くなってから大体1年が経った。中学2年生になった私はシンクロ・エクシーズもできるという名目上での『総合』を謳い、デッキは『カオスドラゴン』になっていた。《ライトパルサー・ドラゴン》と《ダークフレア・ドラゴン》の上級特殊召喚コンビ、《ライトエンド・ドラゴン》と《ダークエンド・ドラゴン》のシンクロコンビ、《竜魔人 クィーンドラグーン》と《聖刻龍王-アトゥムス》のエクシーズコンビ、といった具合で私のドラゴンハーレムが着々と形成されていき、そりゃあもう私は浮かれていた。具体的には2クールの友情ごっこが決まり、相手のデッキを30枚破壊して2500ポイントのライフを得た時ぐらい。

 

 そんなある日、講義が終わってから講師の先生に私は呼び止められた。何でもレオ・コーポレーションの方で新しく儀式モンスターを開発したので、そのテストプレイヤーになって欲しいとのこと。当初、私はドラゴン族の儀式モンスターは《白竜の聖騎士》しか居なかったと記憶していたのでその件を断ろうとしていたが――。

 

「レベル6・光属性・ドラゴン族の儀式モンスターなんだが」

「やります」

 

 ――即座に了承した。その時はそのモンスターのステータスや効果のことなど全く頭になかったのだが、レベル6・光属性・ドラゴン族というだけで私の脳内で刹那にデッキレシピが構築された。そして専用のデッキを組むために今までお世話になったデッキのカードの大半をDPに変換し、前世で一度作ってみたかったデッキを作るために改めてデッキを構築する。

 

 以前までのガチ分は多少抜ける形になってしまうけど、元々私はこういうデッキを作りたかったのだ。シンクロができて、エクシーズができて、儀式もできて、あわよくば融合もできるデッキ。とんだロマンチストだなと言われるかもしれない。しかし、これが’’私流’’のデュエルだ。勝つだけじゃなく、自分が楽しめ、相手を驚かせ、観ている人を楽しませる。これが前世における私のデュエル理念だ。

 この理念はLDSでは異端かもしれないけど、さっき刃が社長は遊勝さんのことを尊敬しているって言ってたから今回は社長に私のデュエルをしっかりと披露しよう。手札も悪くないし、勝てるとは思えないけど全力を尽くす!

 

 あ、そういえば社長ってどんなデッキ使うんだろう? ギミパペかな?

 

 

 

――――――――

 

 

 

「先攻・後攻はどうする?」

「今回のデュエルは社長のデッキのテストプレイ。デッキ回りの確認なら私は後攻で構いません(後攻1ドロー欲しい)

「では遠慮なく頂こう」

 

 零児は眼鏡のブリッジ部分を、手札を持っていない方の指で軽く上げ改めて自分の手札を確認する。初期手札としては良好。それも先攻であるために手札誘発の効果モンスターさえ存在しなければ好きなように展開も可能。また、テストプレイとはいえ彼の相手は曲りなりにもジュニアユース総合コース首席、手加減をする理由がない。最初から全力を出す必要があると感じ、自身の脳内に構築されたプレイングを実行に移す。

 

「手札から永続魔法《地獄門の契約書》を発動する。このカードは私のスタンバイフェイズ毎に1000ポイントのダメージを私が受ける」

(《マテリアルドラゴン》ならスタンバイフェイズ毎に回復できるなぁ)

 

 発動された永続魔法の効果と(自身の好きな)モンスターとのシナジーを龍姫が考えていると、次の効果を説明するために零児の口が開く。

 

「だがそれだけではない。《地獄門の契約書》のもう1つの効果を発動。1ターンに1度、デッキから『DD』モンスター1体を手札に加える――私はこの効果でデッキから《DDケルベロス》を手札に。また、《地獄門の契約書》のこの効果は1ターンに1度しか使えない」

(何あのチートサーチカード。しかもサーチモンスターにレベル制限がなくて永続魔法?マテドラ立たせたらアド稼ぎ放題――もしかして社長権限で作ったカード?これが権力ってやつか…)

 

 カテゴリモンスター専用とはいえ、レベル制限のないサーチカードに某不動性ソリティア理論の開祖の言葉を用いつつそのカードの強力さを分析する龍姫。何分、この世界では『残念だが俺はこのカードを発動していた!』と事後説明が多くなるので、未知のカードには細心の注意を払わねばならない。例えデュエル脳であっても前世ではOCGデュエリスト、カード効果を把握しておくことは大事なのだ。

 

「そしてさらに永続魔法《魔神王の契約書》を発動する。このカードも私のスタンバイフェイズ毎に1000ポイントのダメージを私が受ける――そしてこのカードは悪魔族融合モンスターを融合召喚する際、悪魔族の融合モンスターカードによって決められたモンスターを私の手札・フィールドから墓地に送ることで融合召喚できる。また、墓地の素材モンスターを除外することでも融合召喚が可能だ」

(墓地のモンスターで融合召喚!? あっ、今は墓地にいないから普通の融合か……それでも永続魔法なのは面白いなぁ。1キルしない《フュージョン・ゲート》より使い勝手は良さそう。悪魔族限定で)

「私は手札の《DDケルベロス》と《DDリリス》で融合――牙を剥く地獄の番犬よ、闇より誘う娼婦よ、冥府に渦巻く光の中で、今ひとつとなりて新たな王を生み出さん。融合召喚! 生誕せよ! 《DDD烈火王テムジン》!」

 

 先ほど零児の手札に加えられた《DDケルベロス》と元々手札にあった《DDリリス》がソリッドビジョンとして1度空中に現れる。緑と橙の光と共に渦巻き、三つ首の番犬と紅色の妖女が渦の中へと入り込む。そして一度赤い光が強く輝くと、真紅の盾と剣を携えたモンスター《DDD烈火王テムジン》がフィールドへと顕現する。

 

(攻撃力2000の悪魔族融合モンスター……効果は確認できないけど、あんまりステータスが高くないってことは何かしら強力な効果を持っているハズ――)

「さらに私は手札からチューナーモンスター《DDナイト・ハウリング》を通常召喚。このカードが召喚に成功した時、墓地の『DD』モンスター1体を特殊召喚する。尤も、この効果で特殊召喚されたモンスターの効果は無効になり、破壊された時に私は1000ポイントのダメージを受けるが――私はこの効果で墓地の《DDリリス》を特殊召喚する」

(――えっ、チューナー? しかも吊り上げ? てか蘇生したモンスターに対して何その適当デメリット……インチキ効果もいい加減しろ!)

 

 表情には出さないよう、龍姫は至って平静を装った目でたった今現れた巨大な獣の顎を模したモンスター、ナイト・ハウリングと特殊召喚されたリリスを見て内心で某闇属性・鳥獣族使いの言葉を借りて毒づく。チューナーとチューナー以外のモンスターが揃ったということは、次に繰り出される召喚方法もLDSの塾生ならば誰しもが知っている。

 

「私はレベル4の《DDリリス》にレベル3の《DDナイト・ハウリング》をチューニング。闇を切り裂く咆哮よ、疾風の速さを得て新たな王の産声となれ!シンクロ召喚!生誕せよ!レベル7!《DDD疾風王アレクサンダー!》」

(融合とシンクロ……初ターンから飛ばすなぁ。でも通常召喚権は使ったし、残りの手札は1枚――これ以上の展開はないハズ…)

 

 ナイト・ハウリングが3つの緑のリングへと変わり、そのリングの中央にリリスが4つの白い丸星へと姿を変え、一瞬緑色の光が強く輝く。すると上空から若竹色の衣を背に、片刃の剣を持ったモンスター《DDD疾風王アレクサンダー》がフィールドに舞い降りる。この時点で零児は手札を4枚消費しており、彼の残り手札は1枚。龍姫自身、前世で手札1枚から動けるデッキは『魔轟神』くらいしか思い浮ばないため、これ以上の大きな動きはないと読んだ。

 しかし――

 

「私の場に『DD』モンスターが特殊召喚されたことで《DDD烈火王テムジン》の効果発動!このカードがモンスターゾーンに存在し、私の場にこのカード以外の『DD』モンスターが特殊召喚された場合、墓地から『DD』モンスター1体を特殊召喚する――蘇れ、《DDケルベロス》!」

(…あれぇ?)

「さらに《DDD疾風王アレクサンダー》の効果発動! このカードがモンスターゾーンに存在し、私の場にこのカード以外の『DD』モンスターが召喚・特殊召喚された場合、墓地からレベル4以下の『DD』モンスター1体を特殊召喚する。再び蘇れ、《DDリリス》!」

(あ、これ『不動性ソリティア理論』だ)

 

 ――その読みは見事なまでに外れた。ここまで綺麗にデッキを回されると呆れという陳腐な表現ではなく、驚嘆の一言に尽きる。いや驚嘆したとしてもあまりのガチ回しっぷりに口から言葉が出ず、ただただ彼のプレイングを見ることしかできない。

 

「ここで特殊召喚に成功した《DDリリス》の効果を発動。このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合、墓地から『DD』モンスター1体を手札に加えることができる――私は墓地の《DDナイト・ハウリング》を手札に加える。さらにここで魔法カード《闇の誘惑》を発動。デッキからカードを2枚ドローし、その後手札から闇属性モンスター1体をゲームから除外する。私はデッキからカードを2枚ドロー、そして《DDリリス》の効果で手札に戻した《DDナイト・ハウリング》をゲームから除外」

(ワァオ、情報アドも消して来たよこの人。もうちょっとファンサービスしてくれても――あっ、別に私社長のファンじゃなかった。てかレベルⅣ――じゃなくてレベル4のモンスターが2体…来るぞ、私!)

 

 更なるモンスターの展開、そしてその効果を用いて墓地からモンスターを回収。その上情報アドバンテージとして龍姫が得た情報もドローソースのコストとして利用することで帳消し。零児のデュエリストとしての引きの良さ、そして隙のないプレイングに『流石伝説の極東エリアのデュエルチャンピオン(の声の人)だ!』と龍姫は内心感服する。

 

「まだ終わりではない――私はレベル4の《DDケルベロス》と《DDリリス》でオーバーレイ!2体の悪魔族モンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築!この世の全てを統べるため、今世界の頂きに降臨せよ!エクシーズ召喚!生誕せよ!ランク4!《DDD怒涛王シーザー》!」

 

 再び《DDケルベロス》と《DDリリス》がソリッドビジョンで映し出されたが、その2体はすぐに黒紫色の光となって1つへと交わる。そして地面に暗礁色の円が出現し、その中から藍色の鎧を纏い大剣を手にしたモンスター《DDD怒涛王シーザー》が這い出てきた。

 

 融合モンスター、シンクロモンスター、エクシーズモンスター――エクストラデッキに投入できる3種のモンスターを僅か1ターンで全て出した零児の顔はどこか満足気であり、逆に龍姫の方はその展開力に呆気に取られる。だが普段からクールを装っていた成果か、傍から見れば龍姫の表情はデュエル開始時と同じく冷淡としたものであり、強者の風格さえ漂っているかのように零児は感じた。

 

「ほぅ、これだけ展開しても顔色は変えないか……流石は我がLDSのジュニアユース総合コース首席といったところか」

(違います、社長の展開力に驚いて顔が固まったんです)

「ふっ、そんなことは当然とでも言いた気な顔だ。だが口に出す必要はないとばかりに沈黙を貫く……どうやら君はジュニアユースのトップクラスでも特に優秀なデュエリストらしい」

(それも違います、ビックリして言葉が出ないんです)

「君がどう来るか期待させてもらおう。私はカードを2枚セットし、ターンを終了する。さぁ、君のターンだ」

 

 残った手札2枚を魔法・罠カードゾーンへとセットし、零児はターンを終える。これで彼の手札は0だが、フィールドには3体のモンスター、2枚の永続魔法、2枚のセットカードと初期手札よりも総合的なカードアドバンテージでは上回っており、その圧倒的なプレイングセンスには脱帽ものだ。

 

 しかし、だからと言って龍姫は臆したりはしない。例え相手が ワンターンスリィエクストラモンスタァ をしたとしても決して引かず、前へ進む。前作主人公のかっとビングを思い出し、龍姫はデッキトップのカードへ指をかける。

 

「私のターン、ドロー」

 

 

 

――――――――

 

 

 

 社長パネェ。いや、お世辞抜きですごい。融合・シンクロ・エクシーズを1ターンで決めるって、ある意味エンターテインメントだよ。これは表舞台でやったらすっごい観客が沸き立つだろうなぁ。

 あと最初に『DD』って聞いた時は『除外デッキ!?』と内心ビクビクしたけど、そんなことはなさそうで安心した。このデッキ除外に弱いし……あっ、セイクリッドもジェムナイトもX-セイバーも除外には弱いか。でもDDって何の意味だろう? DD……GXのチャンピオン? ZEXALで出た《運命の扉(デステニー・ドア)》? 他には……2つのDだからデビルとデス、3つのDだと大好きブルーノちゃんが加わるのかな?

 ――ないね、自分で言っておいてアレだけど。それじゃあ闇属性・悪魔族でダーク・デビルとかそんな感じかな? でもエクストラのモンスターは属性違うし、しかもDDDでDが増えるし――どういう…ことだ…? DDDは一体何のことだ社長!まるで意味がわからんぞ!

 

 あぁもう、考えるのはやめやめ!とりあえずあの『DD』は下級モンスター、エクストラモンスター共に展開補助メインのカテゴリで今回みたいに ワンターンスリィエクストラモンスタァ で相手をフルボッコするデッキ! 永続魔法の『契約書』は万能サーチと融合サポートで、これはきっとカードパワーに見合わせるために1000ダメのデメリットを付けた! よし解決! ここからは気持ちを切り替えて自分のデュエルに集中! さぁて、最初のドローカードはな~にっかな~?

 

 

 

――――――――

 

 

 

「――手札から2枚の魔法カードを発動。《儀式の準備》と《召集の聖刻印》」

(……儀式と『聖刻』――なるほど、そういうことか)

 

 龍姫が発動した2枚の魔法カードを見て、零児は納得した表情を浮かべる。儀式――つまりは儀式モンスターだが、そのモンスター群は儀式魔法と呼ばれる特殊な魔法カードを用いて召喚されるものだ。儀式召喚は手札に儀式モンスター・儀式魔法の2枚のカードに加え、必要なレベル分だけ一部の例外を除いて手札・フィールドのモンスターをリリースし、儀式モンスターを降臨させる召喚方法。そして『聖刻』は光属性・ドラゴン族モンスターのカード群であり、その大半は自身がリリースされた時にデッキからドラゴン族の通常モンスターの攻守を0にすることで特殊召喚できるカテゴリだ。儀式召喚で『聖刻』モンスターをリリースし、その追加効果でモンスターを展開しエクシーズに繋げる――先ほどの真澄とのデュエル、そして今しがた発動された2枚の魔法カードを見て零児は龍姫がどのようなデッキなのかを一瞬で把握する。

 

「《儀式の準備》の効果――デッキからレベル7以下の儀式モンスター1体を手札に加える。その後、墓地の儀式魔法1枚を手札に戻す。私は前半の効果のみを適用し、デッキから儀式モンスター《竜姫神サフィラ》を手札に」

「…確認した」

「続けて《召集の聖刻印》の効果――デッキから『聖刻』モンスター1体を手札に加える。私はデッキから《聖刻龍-トフェニドラゴン》を手札に」

「確かに」

 

 デッキから手札に加えたカードに偽りがないよう、龍姫はサーチしたカードを零児に見せ、零児もそれを自身の目で確かめた。龍姫自身は前世からの癖で違反がないようにカードを公開するが、本来であれば不正が発覚した時点でデュエルディスクからエラーが発せられる。故にこのようなことはしなくても良いのだが、何分癖というものは染みついてしまっているのでそう簡単に直せるものでもないし、この程度ならデュエルの進行に支障を生じる程でもないので特に直そうとはしない。

 

「手札から《マンジュ・ゴッド》を召喚。このカードが召喚に成功した時、デッキから儀式モンスター、または儀式魔法を手札に加えることができる。私はこの効果でデッキから儀式魔法の《祝祷の聖歌》を手札に」

「……条件が整ったか…」

 

 龍姫の手札には儀式モンスターと儀式魔法、そしてその儀式召喚に必要なモンスターのレベルが揃っている。カードアドバンテージとしての儀式召喚はコストパフォーマンス劣悪だが、それを『聖刻』モンスターの効果でカバー。よく練られたデッキだと、零児は素直に心の中で称賛する。

 

「――儀式魔法《祝祷の聖歌》を発動。私の手札・フィールドからレベルの合計が6以上になるようにモンスターをリリースし、《竜姫神サフィラ》を降臨させる。手札の《聖刻龍-トフェニドラゴン》をリリース――祝福の祈りを奏で、聖なる歌で光を導け! 儀式召喚! 光臨せよ、《竜姫神サフィラ》!」

 

 天から6本の光が六角形の角を描く形で矢のように龍姫のフィールドに突き刺さり、その中央に一際巨大な光が降り注ぐ。その光から人と同じ体躯を持ちその全身はサファイアブルーの鱗で覆われ、背から鳥を彷彿とさせる翼を生やし、体の各所に金色の装飾を纏った竜人がフィールドに降臨する。

 

「このモンスターは先ほどの――なるほど、これが君のエースモンスターか」

「……リリースされたトフェニドラゴンのモンスター効果発動。このカードがリリースされた時、手札・デッキ・墓地からドラゴン族・通常モンスター1体の攻守を0にして特殊召喚する。この効果でデッキから《アレキサンドライドラゴン》を特殊召喚」

 

 零児の言葉に対して龍姫は肯定も否定もせず、ただ淡々とカード効果の処理を続ける。《聖刻龍-トフェニドラゴン》の効果により、龍姫のデッキからアレキサンドライト鉱石の鱗で全身を覆いしなやかな四肢を持った竜がフィールドに姿を現した。これで龍姫のフィールドの中央には《竜姫神サフィラ》、その両隣にはレベル4のモンスターが2体揃ったことになる。

 

(レベル4のモンスターが2体――来るか…)

「――私はレベル4の《マンジュ・ゴッド》と《アレキサンドライドラゴン》でオーバーレイ。2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築。竜弦を響かせ、その音色で闇より竜を誘え! エクシーズ召喚! 降臨せよ、《竜魔人 クィーンドラグーン》!」

 

 《マンジュ・ゴッド》と《アレキサンドライドラゴン》は白金の光となり、突如出現した黒い渦の中へと誘われた。そして一瞬黒紫色の光が輝き、その中から妖艶な女性の上半身、下半身には燃える獣のような四肢と背に同じく燃える翼を持った竜が現出する。

 

「《竜魔人 クィーンドラグーン》のモンスター効果発動。オーバーレイ・ユニットを1つ使い、墓地からレベル5以上のドラゴン族モンスター1体の効果を無効にして特殊召喚する。私はオーバーレイ・ユニットの《アレキサンドライドラゴン》を使い、墓地の《聖刻龍-トフェニドラゴン》を特殊召喚。また、この効果で特殊召喚されたモンスターはこのターン攻撃できない」

(モンスターを増やして来たか……彼女の手札はまだ3枚ある――さらに展開してきても不思議ではない)

「――フィールドの《聖刻龍-トフェニドラゴン》をリリースし、手札から《聖刻龍-シユウドラゴン》を特殊召喚。このカードは自分フィールドの『聖刻』モンスター1体をリリースして特殊召喚できる。そしてリリースされたトフェニドラゴンのモンスター効果発動。デッキからドラゴン族・通常モンスターの《ガード・オブ・フレムベル》を特殊召喚」

(やはり――だがここでチューナーモンスターだと?)

 

 龍姫がさらに展開してくるだろうと零児は予想していたが、チューナーモンスターを出して来たことは少々意外だった。リリースされた《聖刻龍-トフェニドラゴン》の効果でレベル6のドラゴン族・通常モンスターを特殊召喚すれば、今フィールドに出ている《聖刻龍-シユウドラゴン》と合わせてランク6のエクシーズモンスターを呼び出すことができる。またその素材からドラゴン族・ランク6のエクシーズモンスターのエクシーズ召喚を狙う形になるので、《聖刻龍王-アトゥムス》も充分視野に入るハズだ。

 

 しかし龍姫が呼んだモンスターはレベル1・通常モンスターにしてチューナーモンスターの《ガード・オブ・フレムベル》。選択肢としては充分に考えられる手だ。無理に《聖刻龍王-アトゥムス》の効果で展開するよりも、この方がフィールドのモンスターを余すことなく活用できる。後の展開――というよりはこのターンで攻めるのだろうと零児は予想した。

 

「私はレベル6の《聖刻龍-シユウドラゴン》にレベル1の《ガード・オブ・フレムベル》をチューニング。竜の咆哮が轟く時、その轟咆が全てを爆砕する!シンクロ召喚!現れよ!レベル7、《エクスプロード・ウィング・ドラゴン》!」

(やはりそう来るか…)

 

 炎を纏った青い体色の小さな竜が緑色のリングへと変わり、その中に金色の装飾が施された青い竜が白い星へとなってその中へと誘われる。そしてそのリングに一筋の光が走った瞬間、その光の中から紫色の鱗に覆われ、背が火山の如き膨らみを持った竜が姿を現す。

 

 先ほどの零児の予想は正しかった。これで龍姫のフィールドにはモンスターが3体、それも攻撃力で見れば零児の《DDD疾風王アレクサンダー》以外は容易に戦闘破壊できるステータスを誇る。それを初ターンで軽々と展開できる彼女はジュニアユースと言えど、LDS総合コースの首席に相応しい実力だろう。

 

(ふっ……まさか総合コースの生徒がここまで他のコースの召喚方法を使いこなすとは…中々愉しませてくれる。たまにはこのようにプラクティス・デュエルフィールドに来るものだな。存外、面白いものが見れ――)

「――手札から魔法カード《龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)》を発動。私のフィールド・墓地から融合モンスターによって決められたモンスターをゲームから除外し、ドラゴン族の融合モンスター1体を融合召喚する」

「――っ!ここで融合…!?」

 

 零児が心の内で龍姫のことを評価していた最中、予想だにしなかったカードで今までの平静な表情が一瞬にして崩れた。だがそんな零児のことなどお構いなしと言わんばかりに龍姫はカード効果の処理を続ける。

 

「私は墓地の《アレキサンドライドラゴン》と《ガード・オブ・フレムベル》の2体を融合素材としてゲームから除外――原始にして原祖の竜、如何なる者の介入を禁じる翼を羽ばたかせよ!融合召喚!出でよ、《始祖竜ワイアーム》!」

 

 《アレキサンドライドラゴン》と《ガード・オブ・フレムベル》が一瞬ソリッドビジョンに映し出され、その2竜はすぐに橙と緑の光と共に渦巻く。そしてその混沌とした光の中から圧倒的な威圧感と強大さを感じさせる。巨大な鉄灰色の竜が現れる。

 

「おいおい龍姫、社長相手だからって張り切り過ぎじゃねぇか?」

「1ターン融合・儀式・シンクロ・エクシーズなんてしたことないのにね」

「何を言ってる刃、真澄。社長相手だからこそ龍姫は本気なんだろう」

(……彼らは彼女がこのように展開することに慣れているのか…)

 

 ジュニアユース各コース首席の慣れている反応に若干引きながら、零児は改めて目の前の状況を見る。龍姫の場には――

 攻撃力2200のエクシーズモンスター、《竜魔人 クィーンドラグーン》

 攻撃力2400のシンクロモンスター、《エクスプロード・ウィング・ドラゴン》

 攻撃力2500の儀式モンスター、《竜姫神サフィラ》

 攻撃力2700の融合モンスター、《始祖竜ワイアーム》

 ――僅か1ターンでこれだけのモンスターを展開し、なおかつ自身の専攻コースではない召喚方法をここまで自在に操る龍姫の実力は本物であることが零児には分かった。零児自身も先のターンで融合・シンクロ・エクシーズを1ターンで決めたものの、上には上がいることを認識させられる。モンスターだけで見れば圧倒的に不利な状況だが、同時に何とも言い難い高揚感を彼は感じた。プラクティスとは言え、これだけの強敵を前にデュエルができる喜び。そしてどう倒すかを脳内で考えるだけでも、体から湧き上がる闘志が燃える。

 

(久しく感じていなかったこの高揚感、私自身がデュエリストであることを思い出させてくれる。面白い……ならば私も全力で挑ませてもらうぞ、橘田龍姫!)

 

 

 

――――――――

 

 

 

 新記録っ! 1ターンで融合・儀式・シンクロ・エクシーズ全部揃ったよ、イヤッッホォオオオォォゥ!! もう、これは初期手札に恵まれたとしか言いようがない。ドローカードの《マンジュ・ゴッド》を見て、つい内心で『オイオイこれじゃ…Meの勝ちじゃないか!』って叫んじゃったよ。最初はトフェニ持って来てトフェニをリリースしてシユウ特殊召喚、トフェニ効果でデッキから《エレキテルドラゴン》出して《フォトン・ストリーク・バウンサー》を作ろうと思ったけど、この手札じゃ全種類を並べたくなる。それに相手の伏せガン無視だったけれども、召喚反応系の罠じゃなくて良かった…。でもこの世界じゃモンスター除去系の罠って極端に敬遠されているから、社長もそういう姑息な罠を積んでいないって信じていたよ!

 

 まぁ嫌われる理由がソリッドビジョン映えしないってことなんだけどね!そりゃ大型モンスターがソリッドビジョン出て観客が湧き上がったと思った瞬間に『あっ、奈落で』ってやったらお客さんからしたら萎える。そのためこの世界では極力ソリッドビジョン映えがよくない罠は暗黙のルールで採用しないようになっており、《奈落の落とし穴》や《強制脱出装置》といったカードは滅多に使われない。昔、除去ガジェのプロデュエリストが居たけど、その人は堅実にデュエルしていたのにお客さんからは『つまらない』という理由で集客できず、スポンサーもいなくなって引退。やだ何この世界怖い。で、でもお陰で相手の伏せを無視して展開できるから良いけど……相手の伏せを警戒したり、読む駆け引きができなくなったのは少し物足りない。

 ――ごめん、嘘。気兼ねなく展開できて楽しいです。

 

 あと何だかんだで出すモンスターをもう少し選り優れてれば――とは思う。シンクロモンスターで《エクスプロード・ウィング・ドラゴン》じゃなくて、《ライトロード・アーク ミカエル》辺りの方が安定する。でもミカちゅわ~んはDP的にすごく高くて買えないんだ……50万DPは高い。大体1回のデュエルで勝ってもらえるDPが約500だから千回勝たないと買えない、1日で10戦したとしても100日――その前に5万DPで買える《エクスプロード・ウィング・ドラゴン》をお迎え。ま、まぁこの子も強いし……この間沢渡――じゃなくてネオ沢渡とデュエルして帝モンスター相手に無双したし…。そしてドラゴン族なら必須と言われるカード《レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン》――通称レダメさんに至っては300万DP。ミカちゅわ~んの6倍である。高い。ジュニアユースのデュエリストがそんな高額カード買える訳ないだろう! だから私のデッキはまだ少し不完全。早く真のドラゴン使いになりたい――ぐっ、欲しいドラゴンが多すぎる…!

 

 ――っと、今はデュエル中。デュエルに集中しなきゃ。とりあえず社長の場のモンスターを全部倒せ、なおかつ直接攻撃も含めれば1ショットキルができる状況にまでは持ち込めた。まずは《エクスプロード・ウィング・ドラゴン》で《DDD怒涛王シーザー》に攻撃。エクスプロードは自身の攻撃力以下の相手モンスターとバトルする時、ダメージ計算を行わずにそのモンスターを破壊しその攻撃力分のダメージを相手に与える――この効果は’’攻撃力以下’’だから同じ攻撃力相手でも発動でき、攻撃力2400のシーザーを破壊すれば2400ものダメージを与えられる。次に《始祖竜ワイアーム》で《DDD疾風王アレクサンダー》を戦闘破壊し、200ダメージ。そして《竜魔人 クィーンドラグーン》か《竜姫神サフィラ》で《DDD烈火王テムジン》を戦闘破壊、続けてどちらかの直接攻撃が決まれば合計4000ポイント以上のダメージで私の勝ち。よしっ、勝利の方程式は揃った! この布陣なら勝てる! (リバースカードのことが頭から抜け落ちながら)

 

 

 

――――――――

 

 

 

「……バトルフェイズ。《エクスプロード・ウィング・ドラゴン》で《DDD怒涛王シーザー》に攻撃。ブラスト・バスター!」

 

 《エクスプロード・ウィング・ドラゴン》が《DDD怒涛王シーザー》の元へと飛翔し、その最中にその大きな口で大きく空気を吸い、背部の膨らみがさらに肥大化する。そしてその膨らみが急速に収縮するのと同時に《エクスプロード・ウィング・ドラゴン》の口から真紅の炎が放たれ、その炎は一直線に《DDD怒涛王シーザー》へと向かう。

 

「――エクスプロードは自身の攻撃力以下のモンスターとバトルする時、ダメージ計算を行わずに相手モンスターを破壊し、その攻撃力分のダメージを与える。シーザーの攻撃力は2400――よってこの効果の適用範囲内。シーザーを破壊し、その攻撃力分のダメージを受けてもら――」

「ダメージステップ開始時に永続罠《戦乙女(ヴァルキリー)の契約書》を発動。このカードが表側表示で存在する限り私はスタンバイフェイズ毎に1000ポイントのダメージを受けるが、私の悪魔族モンスターの攻撃力は相手ターンの間1000ポイントアップする。残念だがその効果は不発だ――さらに反撃も受けてもらおうか」

「――っ、《竜魔人 クィーンドラグーン》がフィールドに居る限り、《竜魔人 クィーンドラグーン》以外の私のドラゴン族モンスターは戦闘では破壊されない」

「だがダメージは受けてもらう」

 

 しかしその轟炎がシーザーに直撃する寸前、零児が発動させた永続罠カードの効果によって《DDD怒涛王シーザー》の全身が強く輝き、攻撃力が3400に上がる。そして自らに襲いかかる炎を大剣で切り裂き、反撃としてそのまま《エクスプロード・ウィング・ドラゴン》の胸元へとその切っ先を突き刺した。《竜魔人 クィーンドラグーン》の効果で戦闘破壊こそされないものの、《エクスプロード・ウィング・ドラゴン》は悲痛の叫びを上げ、それと同時に龍姫のライフポイントが4000から3000に下がる。

 

 思わぬタイミングの反撃に龍姫は一瞬目を細めるが、すぐに何事もなかったかのようにフィールドを見た。零児の場のモンスターは全て悪魔族、よってたった今発動された永続罠《戦乙女の契約書》によって攻撃力が上がっている。

 《DDD疾風王アレクサンダー》は攻撃力3500。

 《DDD怒涛王シーザー》は攻撃力3400。

 《DDD烈火王テムジン》は攻撃力3000。

 今の龍姫の場で最大攻撃力は《始祖竜ワイアーム》の2700――とでもではないが、今の龍姫のモンスターで零児のモンスター相手に太刀打ちできる状況ではない。

 

 

 

「……バトルフェイズを終了。メインフェイズ2――手札から魔法カード《招来の対価》を発動。このカードはこのターン、私が手札・フィールドからリリースしたトークン以外のモンスターの数に応じて効果が変わり、エンドフェイズにその効果を適用する。1体ならデッキから1枚ドロー、2体なら自分の墓地のモンスターを2体選んで手札に加え、3体以上ならフィールド上に表側表示で存在するカードを3枚まで破壊する。私はこのターン《聖刻龍-トフェニドラゴン》2回リリースした。よってエンドフェイズに墓地から2体モンスターを手札に加える効果を得る」

(…これで手札を全て使ったか。だが、あのカードの効果で次ターンに備える――アフターケアも万全だったとは……)

 

 歯痒いことではあるが、今の龍姫が置かれた状況ではあれらのモンスターを倒せない以上、別の手を打たなければならない。せめて次ターンへと繋げられるよう、手を多くしておくことが今できる彼女の精一杯のことだ。

 

「エンドフェイズに移行――《招来の対価》の効果で墓地の《聖刻龍-トフェニドラゴン》と《聖刻龍-シユウドラゴン》を手札に。そして《竜姫神サフィラ》の効果を発動。このカードが儀式召喚に成功したターンのエンドフェイズ、もしくは手札・デッキから光属性モンスターが墓地に送られたターンのエンドフェイズに3つの効果から1つを選んで発動できる。1つ目、デッキからカードを2枚ドローし、その後手札を1枚捨てる、2つ目、相手の手札をランダムに1枚選び、墓地に捨てる、3つ目、自分の墓地の光属性モンスター1体を手札に加える。私はデッキからカードを2枚ドローし、1枚捨てる効果を選択。デッキからカードを2枚ドローし、手札のトフェニドラゴンを捨てる」

「では私のター――」

「まだ私のエンドフェイズは終わっていない。このタイミングで速攻魔法《超再生能力》発動。このターン、リリース・捨てられたドラゴン族の数だけデッキからカードをドローする。このターン、私はトフェニドラゴンを2回リリースし、1回手札から捨てた。よってデッキからカードを3枚ドロー」

「(手札を回復したか…)私のタ――」

「まだ。さらに速攻魔法《聖蛇の息吹》を発動。フィールドに融合・儀式・シンクロ・エクシーズモンスターが2種類以上存在する場合、複数の効果を1つ以上選んで発動できる。2種類以上の時は墓地のモンスター1体、またはゲームから除外されたモンスター1体を手札に戻す。3種類以上の時は墓地の罠カード1枚を手札に加える。4種類の時は《聖蛇の息吹》以外の魔法カード1枚を手札に加える。フィールドには4種類揃っているので、私は2種類以上の効果と4種類の効果を選択。ゲームから除外された《ガード・オブ・フレムベル》を手札に加え、墓地から《超再生能力》を手札に加える」

「……わた――」

「回収した《超再生能力》を再び発動。デッキから3枚ドロー。手札の枚数は8枚、枚数制限によって手札からカードを2枚墓地へ捨てる」

「(エンドフェイズが)なげーよ龍姫」

「ドロー加速のカードを引いたから仕方ない。エンドフェイズに入った以上、魔法・罠をセットできないからこれぐらいは許して欲しい――それにこれ以上は無理。私はこれでターンを終了」

 

 《初来の対価》、《竜姫神サフィラ》、《超再生能力》、《聖蛇の息吹》の効果を全て組み合わせ、メインフェイズ2には0枚だった龍姫の手札がいつしか6枚まで回復する。『何勘違いしているんだ?まだ俺のエンドフェイズは終了してないZE☆』と言わんばかりに『不動性ソリティア理論』を披露した龍姫。あまりにも長くエンドフェイズの効果処理をやっていた所為か、シンクロコースの講義で本家『不動性ソリティア理論』を学んでいる刃にまでそのことを指摘されるが、当の本人はそれを涼しい顔で返す。

 

「……私のターン、ドロー。スタンバイフェイズに3枚の『契約書』の効果で私は3000ポイントのダメージを受ける」

 

 そして先ほどの長いエンドフェイズにやや辟易した零児は若干疲労の色が見える顔でドローし、自身が発動した3種の『契約書』のデメリットによりダメージを受ける。これで零児のライフポイントは1000ポイント、対して龍姫のライフポイントは3000。総合的なカードアドバンテージでは龍姫の方が若干上、ライフポイントまで彼女の方が上回っているこの状況では零児の方が不利だが、ドローカードを見てほんの僅かに彼の頬が緩む。

 

「私は《地獄門の契約書》の効果を発動。デッキから《DD魔導賢者ガリレイ》を手札に加え、罠カード《契約洗浄(リース・ロンダリング)》を発動。このカードは自分の表側表示の『契約書』カードを全て破壊し、破壊した数だけ私はデッキからカードをドローする。さらにドローした数×1000ポイントのライフを回復する――この効果によって私は3枚の『契約書』を破壊し、3枚ドロー。そして3000ポイントのライフを回復する」

 

 目的のカードを呼び込むためサーチ&ドローで手札の補充、さらに先ほどのダメージを取り戻すようにライフポイントを回復する零児。新たに手札へ加えられた3枚のカードを視認すると、零児の目付きが変わる。

 

「ふっ、まさか1ターンで儀式・エクシーズ・シンクロ・融合を披露してくれるとは……流石の私でも驚かざるを得ない。見事だ」

「……これしか能がない…」

「そう自分を卑下することはない。異なる召喚方法を4つ行ったことは、前のターンで3つの召喚方法を駆使した私よりも上だろう――だが、これで私も君と同格(イーブン)だ」

「……?」

「私は、スケール1の《DD魔導賢者ガリレイ》とスケール10の《DD魔導賢者ケプラー》でペンデュラムスケールをセッティング!」

 

 龍姫が’’同格’’の意味を理解できずに小首を傾げると、その問いに答えるように零児はデュエルディスクへカードをセットした。そして彼のフィールドの両端に澄んだ青色の柱が2つ出現し、それぞれの柱の上空から望遠鏡と天体を模した錐体の体躯の悪魔――《DD魔導賢者ガリレイ》と《DD魔導賢者ケプラー》が降りてくる。それぞれの上部には1と10の数字が表示され、フィールド上空は澄んだ藍色に染まり零児は続けて手札のカード2枚に手をかけた。

 

「これでレベル2から9のモンスターを同時に召喚可能――我が魂を揺らす大いなる力よ、この身に宿りて闇を引き裂く新たな光となれ。ペンデュラム召喚! 出現せよ、私のモンスター達よ! 全ての王をも統べる超越神《DDD死偉王ヘル・アーマゲドン》! 世界の全てを征服せし、覇道を歩む王《DDD制覇王カイゼル》!」

 

 零児の口上と共に彼の手札から新たに2体の最上級モンスターがフィールドへと姿を現す。片やペンデュラムスケールの設置した魔導賢者らと似た体躯を持つ、艶やかかつ澄んだ紫色の王《DDD死偉王ヘル・アーマゲドン》。片や血色の布を巻き、剣闘士を彷彿とさせるような鎧を身に纏いその手には長大な剣を持った王《DDD制覇王カイゼル》。フィールドに5体の『DDD』――異次元をも制する王が並び立つ姿は圧倒的にして絶対的。力の象徴を体現したその王らは眼前の竜を見下す。

 

「……これが…ペンデュラム召喚……」

「そう、これが私の持つもう1つの召喚方法――ペンデュラムだ」

 

 呟くように龍姫が言った言葉に零児は眼鏡を上げながら誇らしげに返す。この圧巻とも言える状況で顔色一つ変えない(ように見える)龍姫の顔を見て、零児は彼女が強者の持つ何かを感じさせるものを持っていると再認識した。

 

面白いショー(4つの異なる召喚)を見せてくれた礼だ。私の持つペンデュラムの力をその身に深く刻むと良い――《DDD制覇王カイゼル》のモンスター効果。このカードがペンデュラム召喚に成功した時、相手フィールド上の表側表示のカードはターン終了時まで無効になる」

「――っ、」

「バトルフェイズ!私は《DDD烈火王テムジン》で《竜姫神サフィラ》に攻撃!」

 

 攻撃力2000の《DDD烈火王テムジン》が攻撃力2500の《竜姫神サフィラ》へと向かう。メインフェイズ中にステータスを変化させるカードを零児が使わなかったため、前のターンの《戦乙女の契約書》のように何かコンバットトリックを仕掛けてくるのかと龍姫が身構えるが、逆に何のコンバットトリックもなければ好機と判断する。龍姫は2枚(・ ・)の手札に指をかけ、デュエルディスク上で攻撃宣言、バトルステップ、ダメージステップへとこの戦闘の経過が変遷したところで指にかけたカードを墓地へ送る。

 

「ダメージステップ開始時に手札から《オネスト》のモンスター効果を発動。《オネスト》は自分の光属性モンスターが相手モンスターとバトルする時、ダメージステップ開始時からダメージ計算前までに手札の《オネスト》自身を墓地に送ることで発動できる。その光属性モンスターは相手モンスターの攻撃力分、攻撃力がアップする――テムジンの攻撃力は2000。よってサフィラの攻撃力は4500になる」

「ダメージを増やす算段か…だが、その程度のダメージは必要経費――」

「さらにこの効果にチェーンしてもう1枚の《オネスト》を発動」

「――っ、2枚目だと…!?」

 

 零児自身、龍姫の手札に《オネスト》があるのではないかと予想はしていた。むしろ使わせるためにテムジンを囮にしたのだ。先ほどの龍姫と真澄のデュエルで《オネスト》の活躍によりデュエルの幕は閉じ、彼女のデッキにおける’’切り札’’の1枚だと認識した。その《オネスト》の有無の確認、そしてテムジンの被破壊時の効果で墓地の『契約書』の回収を目論んでいたが、この思惑の上を行くプレイングを龍姫は披露する。

 

「《オネスト》2枚を一度に…正気の沙汰じゃないぞ…!」

「だけどこれで龍姫のサフィラの攻撃力は6500。対してテムジンの攻撃力は2000――その反射ダメージは4500!」

「この反撃が通れば龍姫の勝ちだ――まさか、社長に勝っちまうのか!?」

 

 観客側として静観していた北斗達もまさかの展開で目の色が変わる。自分達の通うデュエル塾のトップにして憧れ。その人物が自分達と同じ年代の少女に負けるかもしれないというこの状況。赤馬零児という存在は圧倒的で誰にも負けないという思いと、彼が負けるごく稀な現場をこの目にすることができるかもしれないという期待。その複雑な考えが混ざり合い、サフィラの反撃として放たれた光がテムジンを覆い、デュエルフィールド全体が光に包まれる――

 

 

 

――――――――

 

 

 

 自分で負けフラグ立てるとダメだね。特にさっきの私のターン、アレはダメだ。内心で『エクスプロードの攻撃が通れば~』とか思っていた時点で攻撃は失敗する。流石デュエルの世界、こういうフラグはきちんと働くんだね。

 

 そしてつい融合・儀式・シンクロ・エクシーズが決まって浮かれていたけど、私は大事なことを忘れていた。防御用の魔法・罠カードがあの時点で手札になかったのだ。これはマズイと思い残っていた《招来の対価》を発動。次ターンでブラホ撃たれても生き残れるように『聖刻』鉄板コンビのトフェニとシユウを回収。そしてマイフェイバリットカード、サフィラのドローで《超再生能力》を引く。『あっ、これもっとドローしたい』と思った私は回収したトフェニをサフィラの効果で墓地に捨て、そのまま《超再生能力》を発動。このターンでトフェニが2回リリース、1回墓地に捨てられたから3枚ドローというセルフ《壺の中の魔導書》――最高っだぜ!(何気にトフェニが《スピード・ウォリアー》さん並に不憫だけど)

そして3枚ドローの中に《聖蛇の息吹》――これは発動しなきゃいけない、よかれと思って発動しました! 除外ゾーンにいっちゃったガフレちゃん、そして発動した《超再生能力》を回収&《超再生能力》発動。再び3枚ドロー――スゲェ、原作版《天よりの宝札》ばりのドローだ!さらに最初の3枚ドローと今回の3枚ドローで《オネスト》を1枚ずつ引き当てる強運。ワァオ、沢渡――じゃなくてネオ沢渡じゃないけど、内心で『私カードに選ばれすぎぃ!』って言っちゃったよ。オマケに手札は8枚、枚数調整のためにカードを2枚墓地に送らなければならず、その時の手札は――

《聖刻龍-シユウドラゴン》

《ガード・オブ・フレムベル》

《オネスト》

《オネスト》

《儀式の準備》

《光の召集》

《ブレイクスルー・スキル》

《スキル・プリズナー》

 ――これは下の罠2枚を捨てざるを得ない。最近では珍しくなくなったけど、『墓地から罠!?』が2回も発動できるなら狙うしかない。それに《スキル・プリズナー》は相手ターンでも墓地発動できるから守りとしては優秀。相手に耐性モンスターが出て来ても墓地発動の《ブレイクスルー・スキル》で突破できる――今度こそ完璧な布陣だ!しかも《儀式の準備》で2体目のサフィラの保険ができたし、この状況なら赤馬社長とてそう簡単には攻略できないハズ――

 ――そう思っていた私がロマンチスト(馬鹿)でした。まさか社長のターンで今度はペンデュラム召喚――モンスターゾーンが全部『DDD』で埋まるほど展開するゴリ押し。しかも効果無効持ちモンスターと攻撃力3000モンスターという豪華特典付き。これはマズイ――と思ったけど、何故か社長は攻撃力2000のテムジンでサフィラに攻撃。えっ、何墓地発動効果でもあるの? それともさっきの《戦乙女の契約書》みたいにコンバットトリック? えぇい、警戒していても仕方ない! ここは一気にゲームエンドに持っていけるように《オネスト》をニレンダァ! する!

 これで私の勝ちだ!――って思ってたら、刃ぁあああああぁぁっ!?

 『この反撃が通れば龍姫の勝ちだ』って言わないでぇえええええぇっ!! それデュエルにおける最大級の失敗フラグだから! ヘヴンズ・ストリングスの効果が成功したことがないぐらいに信用がないから! あっ、でもこれはプラクティスデュエルだから、もしかしたらということも…。

 お願いします神様、仏様、三幻神様、三邪神様、三幻魔様、地縛神様、時戒神様、紋章神様、この反撃を通して下さい!

 

 

 

――――――――

 

 

 

 ――フィールド全体を覆った光が晴れ、フィールドの全容が確認できるようになる。

 零児の場には《DDD疾風王アレクサンダー》、《DDD怒涛王シーザー》、《DDD制覇王カイゼル》、《DDD死偉王ヘル・アーマゲドン》の4体。

 龍姫の場には《竜姫神サフィラ》、《竜魔人 クィーンドラグーン》、《エクスプロード・ウィング・ドラゴン》、《始祖竜ワイアーム》の4体。

 一見すると先ほどのサフィラの反撃が通り、テムジンが破壊されただけのようにも見える。

だが、お互いのフィールドのモンスターは消えることなくソリッドビジョンで映し出されたままであり、デュエルが終わっていないことを告げる。

 

(仕留め損ねた…!?いや、でもテムジン自体はちゃんと戦闘破壊できている――それにあの状況ではコンバットトリックぐらいでしか回避する手は…)

 

 《オネスト》の効果は正常に発動した。サフィラの攻撃力は6500まで上昇し、攻撃力2000のテムジンを破壊すれば4500の戦闘ダメージ。1ショットキルが成立したハズだと龍姫が零児のライフポイントを慌てて確認すると、そこにはきちんと彼の残りライフが表示されている。

 

零児:LP100

 

(ライフ100ぅ!?えっ、何でそんな綺麗に鉄壁ライフに?コンバットトリックで考えると《収縮》か《突進》、あとは『禁じられた』シリーズ――あっ)

「――見事な反撃だ。だが私のライフポイントはまだ残っている」

「……その残りライフ、《禁じられた聖衣》をサフィラに…」

「その通り。私は2枚目の《オネスト》の効果にチェーンする形で《禁じられた聖衣》を《竜姫神サフィラ》に発動していた。その効果でサフィラの攻撃力は600ポイントダウンする――逆順処理によってサフィラの攻撃力は1900となり、2枚目の《オネスト》の効果で攻撃力は3900に、1枚目の《オネスト》の効果で攻撃力は最終的に5900となる。つまり、私へのダメージは3900止まりだったという訳だ」

「――っ、けど残りライフ100なら次のターンで私のモンスターが生き残れば、社長のモンスターのどれかを戦闘破壊すればその超過ダメージで倒せる。例え守備表示にしようと今の私の手札なら《迅雷の騎士ガイアドラグーン》を呼び出すことも容易。魔法・罠カードが尽きた社長の状況では次の私のターンを防ぐことは不可の――」

「あぁ、不可能だろう。だが――このターンで決着を着ければ何も問題はあるまい」

 

 柄にもなく饒舌気味になった龍姫の言葉を遮るように、零児は不敵な笑みを溢しながら眼鏡を上げた。そして彼のフィールドの《DDD死偉王ヘル・アーマゲドン》が暗礁色のオーラに包まれ、その攻撃力が急激に上昇を始め――

 

「まずは破壊されたテムジンのモンスター効果を発動する。墓地より『契約書』カード1枚を選択し、手札に加える――私は《戦乙女の契約書》を選択。そしてその効果にチェーンする形で《DDD死偉王ヘル・アーマゲドン》のモンスター効果を発動。1ターンに1度、自分の場のモンスターが破壊され墓地に送られた場合、そのモンスター1体を対象に発動する。このカードの攻撃力はそのモンスターの元々の攻撃力分アップする。破壊されたテムジンの元々の攻撃力は2000、よってヘル・アーマゲドンの攻撃力は――」

 

 ――その攻撃力は5000に達する。龍姫はその攻撃力を見るや否や、すぐに自分フィールドのモンスターと零児のフィールドのモンスターの攻撃力の差、そして自分の残りライフポイントを計算した。そしてその数値を確認した途端、今まで冷淡を装っていた表情が苦悶のそれへと変わる。

 

「どうやら理解したようだな……では行かせてもらおう――まずは《DDD疾風王アレクサンダー》で《エクスプロード・ウィング・ドラゴン》に攻撃!」

 

 アレクサンダーの剣が横一閃に薙ぎ払われ、《エクスプロード・ウィング・ドラゴン》の胴体は上下に分かれる。この攻撃によって龍姫の残りライフポイントは3000から2900に減少。

 

「次だ。《DDD制覇王カイゼル》で《竜魔人 クィーンドラグーン》攻撃!」

 

 カイゼルの長刀は縦一閃に振るわれ、《竜魔人 クィーンドラグーン》を左右半分に裂かれる。この攻撃によって龍姫の残りライフポイントは2900から2300に減少。

 

「これで最後だ。ヘル・アーマゲドンで《始祖竜ワイアーム》に攻撃!」

 

 ヘル・アーマゲドンの全身が妖しく紫色に光り、その妖光はオーラとなって植物の蔓のように《始祖竜ワイアーム》を襲う。《始祖竜ワイアーム》は効果モンスターの効果を受けず、さらに通常モンスター以外の戦闘では破壊されない強力な対効果モンスター耐性を持つが、戦闘ダメージを0にする訳ではない。ヘル・アーマゲドンの攻撃力は5000、ワイアームの攻撃力は2700――その超過ダメージは2300であり、龍姫の残りライフポイントも同じく2300。よってこれが意味することは――龍姫の敗北。デュエルディスクに龍姫のライフポイントが0を表示し、その直後にソリッドビジョンのウィンドウで『WINNER:REIJI』が映し出される。

 

 

 

――――――――

 

 

 

「…ありがとうございました」

「良いデュエルだった、こちらこそ感謝する」

 

デュエルが終わり龍姫はその場で一礼すると、零児は軽く手を上げてそれに応える。

装着していたデュエルディスクを外し龍姫が3人の方に戻ろうとすると、逆に3人の方がいつの間にか龍姫の方へと歩み寄っていた。

 

「残念だったな龍姫。まぁ、僕は最初から君が社長に勝てるとは思わなかったが」

「何言ってんだよ北斗? お前直前までずっと手に汗握ってたじゃねぇか」

「それを言ったら刃もそうだろう? まるで公式戦を観るような目だったじゃないか」

「そりゃあライフ100からの逆転ジャストキルデュエルなんて早々見られるもんじゃねぇし――ん? どうした龍姫? 何で俺を先攻プレアデスでエースを除去られた仇のような目で見るんだよ?」

「……別に…」

「そこまでにしておきなさい。龍姫は惜しかったわね、まさか《オネスト》を2回使うとは思わなかったわ」

「…社長の最後の手札がダメステで発動できるカードじゃないことに賭けた――けど、失敗した。らしくもなく攻め急いだ結果…前の真澄とのデュエルで『次ターンに備えろ』とか偉そうなことを言って、こんなデュエルを見せて申し訳ない」

「あの状況は仕方ないんじゃねぇか? 魔法・罠を伏せられなかったんだし、社長が自爆特攻しなきゃ龍姫のモンスターの半分は戦闘でやられていたんだしよ。あと龍姫、そろそろ俺を睨むのやめてくれ。正直怖ぇよ」

「刃、何か龍姫の気に障ることを言ったんじゃないか?」

「はぁ? んなこと言った覚えはねぇんだけど…」

 

 先ほどのデュエルの反省会を交えて雑談する4人。1ターンで(ペンデュラム召喚を除く)全召喚は良かった、手札補充のリカバリーがメイン2に出来ていれば、『おい、sophia出せよ』など真面目に談笑混じりで話す。そんな4人の元――というよりは、龍姫の元へ零児が近付く。

 

「橘田龍姫、少し良いか」

「……何でしょうか?」

「幾つか君のデッキで聞きたいことがある――何故レベル7シンクロモンスターで《ライトロード・アーク ミカエル》を出さなかった?それ以前に手札にシユウ、場にトフェニが居るのならばランク6の《聖刻龍王-アトゥムス》を出し、そこから《レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン》を呼び出すこともできたハズだ。いや、他にもランク6ならば《セイクリッド・トレミスM7》、《フォトン・ストリーク・バウンサー》といった優秀なエクシーズモンスターも居るだろう。何故それらを出さずに――」

「DP不足です」

 

 零児から矢継ぎ早に質問に次ぐ質問、特にエクストラデッキのモンスターについて聞かれるが、龍姫はそれとハッキリと、それも簡潔に答えた。『DP不足』――社長である零児には無縁の言葉だが、龍姫の回答に彼は『なるほど…』と納得したように呟く。

 先ほどのデュエルはプロデュエリストである零児が残りLP100にまで追い詰められる接戦だった。しかし相手はジュニアユースの少女、プロデュエリストではない彼女の懐事情的に先ほど挙げたカード群の入手は難しいのだろうと零児は察する。彼は顎に手を当て少し考えると、懐から名刺を取り出しそれを龍姫に渡す。

 

「…これは?」

「私個人の連絡先が書いてある。後日、この連絡先にメールで君の望むカードをリストアップして送りたまえ。可能な限り援助しよう」

「よろしいのですか?」

「無論だ。私は才ある者に投資は惜しまない、遠慮はいらない」

「…ありがとうございます」

「面白いデュエルをさせてくれた礼だ。気にすることはない」

 

 それだけ言うと零児は踵を返し、彼ら4人に背を向けて歩き始める。背後から4人が『お疲れ様でした』という声に軽く手を上げて応え、プラクティス・デュエルフィールドを後にした。

 

(橘田龍姫――榊遊矢とは違うが、彼女は彼とは違う何かを秘めている。それに可能性も感じられる――ならば、その可能性に助力するのがLDSを運営するレオ・コーポレーション社長たる私の役目……ふっ、中々どうして――最近は忙しないが、愉快にさえ感じる)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、零児のメールアドレスに1通のメールが届く。件名と本文での挨拶から先日デュエルした龍姫からのメールだと分かると、彼は彼女がどんなカードを望むのかを確認するためにリストアップされたカード名に目を通すが――

 

《レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン》(可能なら真紅眼関連全部)

《F・G・D》

《波動竜騎士 ドラゴエクィテス》

《星態龍》

《トライデント・ドラギオン》

《氷結界の龍 トリシューラ》

《ヴェルズ・ウロボロス》

《スクラップ・ドラゴン》

《ライトロード・アーク ミカエル》

 

(……本当に遠慮をしないな…)

 

 ――高額カードの羅列を見て、零児はほんの少し自分の言葉が軽率だったと感じた。

 




総合コースって聞いて最初はこういうことだと思いました(偏見)。
また最初は長編で書こうと思いましたが、3ターンのデュエルに3万字も使っていては普通のデュエルを1話で終わらせられないと感じて断念。
前編・後編に分けるという手もありますが、私自身が1話で終わるデュエルにしたいこともあり、他の長編に手を付けられるほど器用ではないので短編という形に。
非力な私を許してくれ…。

2014/9/16追記
?「我はこの作品の短編タグの事実を消し――長編タグに書き換えたのだ」



オマケ(簡単な主人公設定やデッキ等)

橘田龍姫(きったたつき)
・ドラゴンっぽい名前にしたかったこと、ARC-Vの名字が木偏のキャラが多い(榊、柊、権現坂)、何か回文っぽくて面白いと思ってこの名前。
・外面クール、内面デュエル脳馬鹿
・融合、儀式、シンクロ、エクシーズを使えればエンターテインメントになると思って聖刻サフィラデッキ

あとARC-V本編で遊勝塾でタツヤが小学生でありながら博識だなぁと個人的に思い、『こんなキャラの兄か姉が居るんじゃね?そしてデュエル関係のことを教えてもらってる設定とか面白そう』とか無駄に考えてみたり。

デッキレシピは公開してましたが、今後のデュエルで一部レシピにないカードを使用するのでその都合上消させて頂きます。
ご都合主義なカードではなく、聖刻サフィラやドラゴン族デッキに入りそうなカードに限定するつもりですので、どうかご理解の程をよろしくお願いいたします。


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2話:《ドラゴンの宝珠》(友達も家族も大事)

最初の一文に違和感を覚えた方、正常です。
最初の一文に違和感を覚えなかった方、決闘者です。

1つの話が4万字以内に収まり切らず、分割してしまう非力な私を許してくれ…。

2014/10/14追記
一部キャラの名字が原作と異なりますが、これはそのキャラの名字が判明する前に本作を書いた故の差異であり、本作で該当キャラが原作と名字が異なることにどうかご理解をお願い致します。


 デュエリストには強靭な肉体が必要だ。ただのカードゲームに筋力や体力といった要素は必要ないと感じる者は居るだろう――だが、’’デュエルモンスターズ’’に限ればそうとは限らない。

 古くは『決闘者の王国』(デュエリスト・キングダム)において大会参加者に宿泊施設・食事等の援助なし、孤島という閉ざされた空間でデュエリストの体力・精神を蝕み、『バトルシティ』では街1つが戦いの場となりいつ・どこで誰が『おい、デュエルしろよ』という言葉で戦いを挑まれる恐怖に怯える。

 また突然異世界へ飛ばされ、’’本当’’の意味でモンスターと遭遇――命を賭けた戦い(デュエル)をせざるを得ない状況に陥ることも充分に考えられるだろう。

 さらに強い体を持たなければ仮にデュエルで敗北した場合炭鉱夫として一生を働くこともできず、その環境から脱出する時に体力がなければリアルファイトでその場を乗り切ることもできない。

 果てには親友のデュエルの際に自身が捕えられ、リアルトラップで生命の危機に晒されて親友が思い通りにデュエルができない形となってしまってはデュエリストとして一生の恥である。

 以上のことを踏まえデュエリストはどんな過酷な状況にも陥ろうと、その身1つでどのような逆境にも負けずにそれを乗り越える体力・筋力・持久力を要求される――つまり、デュエリストには強靭な肉体が必要なのだ。

 

 そしてそれは当然、この舞網市においても常識となっている。ごく一部のデュエル塾を除き、プロデュエリストを目指す塾生はデュエルモンスターズとしての知識を学ぶだけではなく、己の体を鍛えることがデュエリストにとって必須だということがわかっているのだ。

 

 通常のスタンディングデュエルは勿論のこと、舞網市では’’アクションデュエル’’が流行の最先端を担っている。このアクションデュエルでは質量を持ったソリッドビジョンにより、デュエリストがモンスターと共に地を蹴り宙を舞い、フィールド内を駆け巡る――なおさら強靭な肉体が必要なことは自明の理であるだろう。

 

 アクションデュエルでは無数のアクションフィールドがあり、中には緑豊かでピクニックにでも行きたくなるようなものもあれば、荒野の西部劇(サティスファクションタウン)のように決闘の趣きを感じさせ、デュエリストの闘争本能を駆り立てるフィールドもある。アクションフィールドは観客にとってデュエルを盛り上げる要素として好評であり、デュエリストにとっても自身の腕で観客を沸かせるために大変重要な存在なのだ。

 

 また、それと同時に大変危険なものだということもデュエリストには認知されている。前述の緑豊かなフィールドや荒野の西部劇といったフィールドならそれほど危険はないだろう。しかし時にはソリッドビジョンによって出現する建造物が崩壊し易いフィールド、活火山のように本物のそれと遜色ない熱と暑さを兼ねたフィールド、極地の如くその身に寒冷を突き刺すフィールド――それは対戦相手のデュエリストと共に自分を襲う敵だ。

 

 デュエル以外の方法での敵と戦う手段はこの世界では自ずと限られる――すなわち、物理的手段(リアルファイト)である。自身の体を鍛えることはアクションデュエルで優位に立つためには必要不可欠、これまで以上にデュエリストに強い体を求めることはおかしいことではない。デュエリスト――それも舞網市で流行しているアクションデュエルをする以上、この街のデュエリストは日々自分の肉体を鍛えることに精を出す。

 

 そしてそれは当然、舞網市で最大手のデュエル塾LDSでもその光景は見られる。LDS内にあるトレーニングルーム、そこには2人の少女が並んでルームランナーを使用していた。

 片や黒髪に褐色の肌、水色のスポーツウェアに短パン姿の光津真澄。

 片や青髪に白雪の肌、黒色のスポーツウェアに短パン姿の橘田龍姫。

所属コースは違えど共にジュニアユース各コースの首席、そして同性ということで一緒に行動することは多く、この事は彼女らが所属するコースの塾生はもちろん、シンクロ、エクシーズコースの塾生らにも知られている。故に2人がこうしてトレーニングしていることには何ら不思議なことではないのだが――

 

「――ハァ…ハァ…」

「…………」

 

 ――一部の者は様子がややおかしいことに気付く。いつもの2人は談笑を交えつつ適度に走っているのだが、今の状況は真澄がルームランナーの設定を無理に上げて普段以上のハイペースで走っているように見える。さらに会話もほとんどなく終始無言、聞こえてくるのは真澄の息切れのみ。かれこれ20分近くはこの状態が続き、普段は口数が少ない龍姫が珍しく口を開く。

 

「――真澄、いつもよりペースを上げ過ぎている。無理はよくない」

「……わかって、る…! けど、鍛えなきゃ、あいつを……今度は、逃がさ、ない…!」

 

 ‘’あいつ’’というのが誰のことを指すのか龍姫は知らないが、数日前に北斗や刃らと話した時のことを思い出し、その人物のことを何となく察した。恐らく最近LDSを騒がせている襲撃犯のことであり、先日真澄だけがその襲撃犯と接触したとのこと。その襲撃犯は黒い外套と同色の黒いマスクを付けた少年らしい。また偶然にも遊勝塾の塾生である柊柚子(ひいらぎゆず)と他1名が居合わせたが、榊遊矢が現場に到着したところで黒マスクの少年は姿を消したと聞いた。

 

 LDS襲撃犯に融合召喚コースの講師であるマルコが被害に遭い、今も行方不明であると聞いている。そのためマルコから融合召喚を教わった真澄からすれば襲撃犯は憎き相手であり、暇さえあれば舞網市内を回り犯人を追っているとのこと。龍姫も最初の一報を聞いて真澄らと共に追ってはいたのだが、先日は赤馬零児に陳情したカード及び新規カードを購入して改めてデッキ構築をしていたため、彼らが気を遣って龍姫を誘わなかったのだ。龍姫が話を聞いたところによると真澄は2度も犯人を取り逃しているらしい。折角犯人を捕らえる好機を逃したことになり、そのことで真澄が躍起になっていることは誰の目から見ても明らかだ。今度は逃がすまいと、こうしてオーバートレーニングをしていることも理由としては頷ける。

が――

 

「…………」

「――っ、龍姫っ! どうして止めるの!?」

 

 ――それを良しとしない龍姫は無言で真澄のルームランナーを止めた。当然、トレーニングの妨げをした龍姫に対して真澄はキッと睨み怒りを露にする。しかし龍姫はそれに一切怯むようなことはなく、いつもの冷淡とした表情が崩れることはない。

 

「真澄、過度なトレーニングで体を壊してしまったら元も子もない」

「けど、鍛えなきゃあいつを拘束できない!」

「モノには限度がある」

「でも――」

「――真澄」

 

 鬼気迫る物言いだった真澄に対し龍姫は静かに、それでいてしっかりと彼女の名前を言う。龍姫の瞳は普段の冷たい眼差しではなく、いつになく真剣なそれ。その目に真澄は一瞬たじろぎ、龍姫は続けて言葉を紡ぐ。

 

「私は真澄を心配して言っている。確かに恩師のマルコ先生が姿を見せない真澄の気持ちもわかる…」

「…………」

「でも無理をしている真澄の姿は見たくない。真澄がマルコ先生のことを尊敬しているのと同じように私も真澄のことを尊敬している――私の、大切な友達」

「……龍姫…」

 

 友人としての忠告、友人としての気持ち、友人としての言葉。マルコの所在が掴めなくなり、LDS襲撃犯を2度も逃して自棄になって自分のことしか考えていなかった真澄にとって、龍姫のその言葉は身に染みた。普段から口数の少ない龍姫が、不器用ながらも自身のことを想っての発言。仮に龍姫が真澄と同じ立場に立たされて似た行動を取っていれば自分もそう諭すかもしれない――否、そう言うに違いないだろう。

 

 真澄は一度目を閉じて軽く息を吐くと、改めて龍姫の目に視線を合わせる。先ほどまでの憎しみに満ちた目ではなく、普段から余裕と強かさを感じるそれはいつもの真澄のものだ。

 

「…そうね、龍姫の言う通りよ。確かに無理をしていたかもしれない――でも、そのことで貴女に心配をかけていたなんて……私の目はくすんでいたようね」

「…………」

 

 頭に上っていたことが嘘のように思えるほど今の真澄の顔は清々しい。龍姫本人は知る由もないが、以前遊勝塾で真澄が柊柚子に『目がくすんでいる』と言った。あの時とは多少言葉の意味合いが異なるものの、その言葉は《鎖付きブーメラン》の如く今の真澄自身に返って来たと言っても良いだろう。それほどまでに真澄は自棄になっており、そんな自分を優しく諭してくれた龍姫に真澄は友人としての暖かさを感じる。

 

 ふと、その直後に過度なトレーニングによる疲労がドッと真澄に重くのしかかった。あれ以上続けていれば倒れていたかもしれないと思うと、真澄は重ねて龍姫に深く感謝する。そしてその友人の優しさをきちんと受け入れるべく、真澄は使用していたルームランナーから降りてトレーニングを終えたことを行動で示す。

 

「――ふぅ、今日はこれくらいにしておくわ。龍姫の言うように、過度なトレーニングで体を壊しては元も子もないし」

「……ありがとう、真澄」

「礼を言うのは私の方よ。ありがとう龍姫……お礼に私ができることであれば何でもしてあげ――」

「じゃあ今からデュエルしよう」

「えっ?」

 

 すっかりと気を緩めていた真澄のふとした発言を龍姫は聞き逃さない。さながら某マジックコンボで知られる孤高の鮫が放つ鮫の一閃の如き煌めき、骨まで喰らい尽くさんとするほどに貪欲――言葉こそは短いが、龍姫の声色からはデュエルに対するあくなき欲望が色濃く出ていることが真澄はわかった。そして一瞬で自分の発言の軽率さを真澄は後悔する。

 

(しまった……『何でもしてあげる』って言ったら、龍姫ならこう言うことは私自身よくわかっていたハズ…! くっ、今日はこの後にアイツら(北斗と刃)と街に出る予定だったのに…!)

(最近、真澄とデュエルしてなかったから久しぶりにデュエルしたいなぁ。デッキも少し変わったからお披露目したいし)

 

 お互いに思うことがあるがそこはジュニアユース各コースの首席、決して顔には出さず両者共に神妙な面持ちで互いの目を見る。傍から見れば奇妙で何とも言い難い緊張感が2人の間に渦巻いており、周囲の雑音すら聞こえずに場は沈黙と化していた。2人のすぐ近くに居た塾生は『あいつら何やってんだ?』、『ルームランナーに乗らないのかよ?』と小声で呟く。というのも龍姫と真澄の会話の内容が聞こえなかったためであり、一向にトレーニングを続けようとしない2人に怪訝な眼差しを向けるしかないのだ。

 

(どうする…私から言い出したことだから、今すぐ龍姫とデュエルを――いや、北斗達には前もって今日の夕方から街へ行く約束をしていたから順番的にはそっちを優先……でも龍姫にはさっきの件があるからここで断る訳にも――)

 

 まるで難問詰めデュエルを前にしている時のように真澄の脳内はフルスロットルで働く。

一手でも間違えれば脳内に『だからアレはミラフォだって言ってんだろ!』という言葉が囁くかもしれない。

 最初に何を言うべきか? 次の言葉は? 充分な説明ができるか? 最終的に龍姫が満足できる解答になるか?

 

 そう真澄が顔に出さないように長考していた時、ふと近くのサイドテーブルに置いていたデュエルディスクから呼び出し音が鳴る。北斗達からの連絡があったのかと真澄はデュエルディスクへと目を向けるが、呼び出し音が鳴ったのは真澄のではなく龍姫のデュエルディスク。少し席を外すために龍姫は『ごめん』と一言だけ告げて自身のデュエルディスクを手に取って、そのまま連絡元を確認するためにそのタッチパネルを操作する。幸いにも通話ではなくメールだったらしく、龍姫はそのままメールの差出人とその本文を軽く読み流すと軽くため息をつき、真澄の方を向く。

 

「ごめん真澄、急用ができた。今からデュエルはできない」

「そ、そう…」

 

 申し訳なさそうな顔の龍姫とは対照的に真澄は安堵した表情を浮かべる。これで今日の予定を無理に変更することはないとホッと胸を撫で下ろした。しかし――

 

「――ので、明日デュエルしよう」

 

 ――そのまま一筋縄で終わらないのがこの総合コースの首席である。今日がダメなら明日デュエルすれば良いという至極安易な発想を口に出し、それはさも当然とでも言いたげな声のトーンだ。真澄はやや呆れながらも、それだけ自分とのデュエルを楽しみにしている龍姫へやんわりと微笑む。

 

「良いわよ。それじゃあ明日の講義終わりにいつもの練習場で良いのかしら?」

「一応、センターコートでキャンセル待ちしておく」

「……そんなにデュエルしたかったの?」

「当然」

 

 いつも利用するプラクティス・デュエルフィールドではなくセンターコートのアクションデュエルフィールドでのデュエルを望んでいた辺り、龍姫がそれほどまでに自分とデュエルをしたかったのだろうと察する。だが考えてみれば龍姫自身はかなりのドラゴン族愛好者だ。通常のスタンディングデュエルでもそのドラゴンの雄姿は存分に味わえるが、アクションデュエルならば実際にその身で触れる上にモンスターによっては乗ることもできる。また龍姫は最近デッキを改造したばかりでありその新モンスターのお披露目、龍姫曰く’’触れ合い会’’なるものをしたかったのだと真澄は思った。

 

 その’’触れ合い会’’なのだが、以前龍姫が新しくデッキにモンスターを入れたと言って《ラブラドライドラゴン》なるモンスターをフィールドに出した時の話になる。あの時は確か他の『聖刻』モンスターの効果によってフィールドに特殊召喚された状態であり、そのデメリットにより攻守0で守備表示、他にレベル6のモンスターが居たのでそのまますぐにエクシーズ素材になると思っていたのだが、龍姫はすぐにエクシーズ素材にすることなく延々と《ラブラドライドラゴン》に触れていた。翼を触り、鱗の感触を確かめ、竜の背に乗っては無邪気に楽しんでいたのだ。尤もそのデュエルの相手だった刃はもちろん、観戦していた北斗と真澄は無表情の少女が淡々とモンスターの体を触り値踏みをするような光景にしか見えなかったのだが。1分間何もプレイしなければ敗北となるアクションデュエルのルールで、龍姫は制限時間を目一杯使ってそれをしていたものだから慌てて観戦者の北斗と真澄が龍姫にプレイ続行するように促すと、まるで苦労して出したモンスターを《神の宣告》で破壊されて絶望の底に落ちた顔のようになっていたことは記憶に新しい。しかも結局そのデュエルではガトムズフォルトロレイジグラの無限ループハンデスが決まって、龍姫は二重の絶望を味わう羽目になっていた。

 以上の経験から今回のデュエルで新デッキの回転率の確認、及びあわよくば’’触れ合い会’’をセンターコートのアクションデュエルフィールドでしかったのだと真澄は改めて察する。

 

 だがここでふと、真澄は疑問を感じた。無類のデュエル好きであり、ドラゴン族愛好家である龍姫が自分とのデュエルを放棄するほどの急用――とてもではないが、それほどの用事が真澄の頭では思い付かない。さらに急用と言いつつもトレーニングを終えてからの身支度は緩慢で、さほど緊急の用件のようには感じられないことも相まって益々混乱した。このままでは自身がスッキリしないと感じ、真澄は思い切って龍姫にその件のことを聞く。

 

 

 

「――ねぇ龍姫、急用って何かしら?よければ教えてくれる?」

「私とは別のデュエル塾に通っている弟の迎え。いつもはお母さんが行く――けど、今日は保護者会で行けないから私が行くことになった」

「あぁ、そういうことね」

 

 なるほど、と真澄は龍姫の答えに納得した。家族――それも歳の離れた弟の迎えを任されたとなれば、いくらデュエル好きな龍姫と言えどもデュエルよりも弟を優先するだろう。デュエリストとはいえ人間、時にはデュエルよりも大事なものがある。以前真澄が龍姫から話を聞いたところによると彼女の弟は少し前にデュエル塾に通い始め、そこでできた友達と仲良く過ごす間に帰りが遅くなるらしい。

思えば真澄自身も龍姫や北斗、刃らと一緒に過ごす時間が長くなってからは塾に居る時間が自然と長くなり、帰りが遅くなっては親に心配されたものだ。それを考えれば同じ子供とはいえ、中学生の龍姫に小学生の弟を任せることも頷けるだろう。

 

 また最近舞網市内の学校では市内に不審者が出たという情報が出回っている。詳細こそ伏せられているがおそらくはLDS襲撃犯のことを指す。被害者はLDSの者に限られているものの、子供を持つ親からしてみれば市内に不審者が居るというだけで不安はあるだろう。龍姫の親がPTAの会合で弟を迎えに行けないというのもきっと不審者の件で保護者が何らかの対策を話し合うのだと考えられる――それほどまでに事態は深刻化している。先ほどは龍姫に諭されたがそれでも一刻も早くあの襲撃犯を捕まえなければならないと、真澄は静かに思った。

 

 ふと、ここで真澄に新たな疑問が浮かんだ。そういえば真澄は龍姫に弟がいることとその弟が別のデュエル塾に通っていることまでは知っているが、どこのデュエル塾に通っているのかは知らない。LDSは最高の設備と講師を揃えた最上級の環境であることは間違いなく、塾生の兄弟姉妹ならば家族割等の特典で安くなるはずだがそれを蹴ってまで別のデュエル塾に入ったというのが真澄は気になった。

 

「そういえば龍姫の弟ってどこのデュエル塾に通っているの?」

 

 何気ない一言。相手フィールドにカードが存在せず、『何もないだろう』と下級モンスターで直接攻撃をした時ぐらいの軽い一言だった。しかし――

 

「遊勝塾」

「…………えっ?」

 

 ――返ってきた答えは存外重いもの、さながら先の直接攻撃の例えから《冥府の使者ゴーズ》が現れたようなものだ。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 ベクター、私が真澄とデュエルできないのは貴様の仕業か? ……許さない、絶対に許さないぞベェクタァアアアアアアアァッ!! はぁ…はぁ……よし、落ち着いた。まずは状況を整理しよう、例えるなら相手のフィールドと墓地確認、これはデュエリストとして基本。

 

 えっと――私は普段通り真澄と一緒にルームランナーで走っていた。でも真澄が自分に《リミッター解除》を発動したのか、いつも以上にハリキリ☆ガールになっていてあれじゃあエンドフェイズに自壊しちゃう。私は真澄をそんなことさせないよう説得するも、真澄は聞く耳持たずにトレーニングを続けようとした。流石にイラっときた私は(無言の停止ボタン押し)で真澄のトレーニングを強制終了。この行動でイラっときた真澄は当然怒って、私はカウンセリングフェイズに移行する。遊馬先生のように熱く心に響かせることはできないけど、それでも私なりに頑張ったつもりだ。下手なりにそこそこやった結果、真澄は私の気持ちを汲んでくれてトレーニングを止めてくれた……ありがとう真澄、そしてありがとう遊馬先生。かっとビングは偉大です。

 

 無事にカウンセリングを終えたところで真澄から『何でもしてあげる』という言葉が聞こえた瞬間、私は当然のようにデュエルを提案。ごく自然な流れでのデュエル――うん、何もおかしなところはないね!というか改造したデッキをお披露目したかったのが一番の理由。ここ最近の真澄は暇さえあれば北斗達と一緒に街に行って不審者探しするし、しかも私がデッキ改造しているからって除け者にするし――改造したデッキを真澄達以外相手に使って私が満足できる訳ないだろう!それに早く新しくデッキに入れたドラゴン達に触って乗って飛びたい。鱗の感触とか体温とか飛び心地とか――確認したいことが沢山あるし。

 

 というか早くドラゴンと触れ合いたい。だから私と……私とデュエルしろぉおおおおおおぉっ!

――と、無言の眼差しで真澄に訴えていたところで私のデュエルディスクから呼び出し音が鳴る。何の連絡だろうと私はデュエルディスクを手に取って確認すると、そこにはお母さんからメールで弟の迎えを頼む内容が書かれていた。……ベェクタァアアアアアアァ!!

 舞網市に不審者が出るようになったこと、その所為で保護者会が開かれること、そして今回私が真澄とデュエルができないこと――これは全て貴様の仕業か…! 何でこんなによからぬことが起きるんだ……終わったビングだ、私。

 

 渋々私は真澄とのデュエルを延期、とりあえず明日やることに。できれば実際にモンスターに触れるアクションデュエルができるLDSのセンターコートをキャンセル待ちしておく。センターコートはLDSでも最大の広さを誇るデュエルフィールドであり、使用できるアクションフィールドも非常に多く人気が高い。そのため利用者は絶えず毎日のように使われているが、時折今回の私のように急な用事が入って使えない場合もある。そんな時はやむなくキャンセルするしかないのだが、そのキャンセルが出た場合に優先的にセンターコートを使えるように予約しておくことをキャンセル待ちと言うのだ。

……今日がこんなに運が悪かったから、明日はセンターコートのキャンセルで使えるよね?

 

 それにしても不審者かぁ…。どこの世界でも不審者って居るものなのかな? えっと時にはロボットのDホイーラー、時には颯爽と窓ガラスを突き破って口笛を吹きながら登場するナンバーズハンター、時には筋肉質で天使の羽のようなものを背に付けたバリアン世界の使者――思い起こせばどこにでも不審者は居るものだね。いつものことだったよ…。

 

 不審者による被害はLDSのトップエリート(最初の被害者の沢渡を除く)だけど、一般の人に全く被害が出ないとは言い切れない。お母さんはそのことを危惧して保護者会に参加し、弟の迎えを私に頼んだのだろうと考える。確かにお母さんからしてみれば市内に不審者が居て、子供がLDSの塾生ならば心配もするだろう。私は制服組と呼ばれるトップエリートではないから被害に合うことにそこまで不安を感じないけど、弟はまだ小学生。LDSの塾生ではないとは言え私のような身内がいるので心配する親心もわかる。

 

 それに前世では兄が1人だけの兄妹だった私にとっては可愛い弟。お母さんだけじゃなくて私も心配するのは当然と言える。下の兄弟姉妹ができると某ナンバーズハンターや某孤高の鮫さんの気持ちが何となくわかるようになった。上の子としてしっかりしなくちゃいけないと思うし、きちんと面倒を見てあげなきゃいけないという感情も芽生える。だから劇中であんなに弟や妹の名前を叫んでいたのだ――そりゃ兄弟姉妹の一大事には私だって叫ぶ。

 あと可愛いからついついデュエルのことを熱心に教えちゃうね! 最近だと黒庭ドレッド収縮ゲイルの効果を受けたヴェルズモンスターの暗算もできるように教えたし、弟の将来がとても楽しみだ。ただ私と違う塾に入っちゃったことは個人的に悲しいけど……しかも’’あの’’遊勝塾。うぅ、何度か弟の前でデュエルは見せたことがあるのに、私じゃなくて()の方に憧れたっていうのは姉としては力不足を感じる――非力な私を許してくれ…。

 

 ――っと、そんなことをLDSから出て考えながら歩いていたらいつの間にか遊勝塾が目の前に。小学生の時に1度見学に来た時以来だから随分と久しぶりな気がする。

……それに個人的にここを訪れにくいっていう理由もあって、なるべく近寄らないようにしていたんだけど……うん、今の舞網市じゃ仕方ない。り、理由を話せばきっとわかってくれると思うし、ただ弟を家に連れ帰るだけだし……えぇい、いつまでも後ろ向きじゃダメだ!

勇気を持って一歩踏み出せ!

どんなピンチでも決して諦めるな!

あらゆる困難にチャレンジしろ!

かっとビングだ、私!

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 丁度龍姫が遊勝塾に入った時と同時刻、遊勝塾の面々は応接室に集まっていた。先ほどまで塾生全員が講義を受け、それが終わって帰宅の途についた――ハズなのだが、4人だけ未だに自宅へ帰らずに遊勝塾に残っている。

熟れたトマトのように赤い髪で前髪が緑色の少年、榊遊矢。

牡丹色の髪をツインテールでまとめ年相応の可憐さを感じさせる少女、柊柚子。

澄んだ空色の髪を一束に縛り一見すると幼い少女と見間違えてしまう容姿の少年、紫雲院素良(しうんいん そら)

それに加え、利発そうな印象を与える青髪の少年、タツヤの4人だ。

 この4人が未だに塾に残っているのは理由がある。最近舞網市内では不審者が出没するという注意勧告がされているため、ジュニア組は安全を考慮してフトシとアユは家族が迎えに来て先に帰宅し、唯一の小学生であるタツヤを残して先に帰るのも悪いと遊矢達は思って塾に残っているのだ。無論この遊勝塾の責任者である柊修造塾長は保護者が迎えに来るまで塾に残る必要があり、その娘の柚子も一緒に居るから問題はないので遊矢達は先に帰って良いとは言ったのだが、遊矢達は2人よりも4人で待っていた方が待っている間を楽しく過ごせると言い張る。これに修造は少し難色を示したが、デュエリストである遊矢と素良ならばさほど心配はないだろうと考えて渋々了承した。それにタツヤの保護者もすぐに来るだろうと修造は思い、彼らを応接室に残して戸締りやトレーニング器具、ソリッドビジョンシステム等の点検に向かう。

 

 そして修造がこの場に居なくなり、4人はタツヤの保護者が迎えに来るまで何気ない談笑をしていた。先日のクイズは苦労した、落語や相撲、将棋にチェスといったアクションフィールドは楽しかった等、話題が尽きることはない。そんな時ふと柚子が前から思っていた疑問を口にした。

 

「そういえばタツヤ君ってデュエルの知識がすごいわね。計算も早いし――それだけの知識はどこかのデュエル塾で習ったのかと思ったけど、デュエル塾は遊勝塾(ウチ)が初めてよね?」

「あ、それはボクのお姉ちゃんが色々教えてくれたんだ」

「へぇー、タツヤにはデュエリストのお姉さんが居るのか。じゃあそのお姉さんにデュエルを教えてもらっているんだな」

「う、うん…」

 

 遊矢の問いにタツヤが肯定するも、その表情はやや曇り気味になる。本当ならば尊敬する姉の魅力を弟として存分に語りたい気持ちはあるのだが、あまり身内の戦術をベラベラとしゃべるのはこの場にいない姉に対して失礼であり、デュエリストとしては許されないことだ。幼いながらもその辺りの良識は持っており、姉からは常々『手の内を晒す行為はデュエリストとしての恥だ』と言われているのでその葛藤がある。

 

「そうなんだ――タツヤ君のお姉さんってことは私達と同じぐらいかな?」

「うん、柚子姉ちゃん達と同じだよ。クラスは違うけど同じ中学校」

「ふぅーん、遊矢達と同じ学校で君のお姉さんか――ちょっと興味が出てきたかも」

 

 渦巻き模様で紅白に彩られたペロペロキャンディを口に咥えながら、素良は何気なくそう言った。というのも素良自身タツヤのデュエルこそ見たことはないが、デュエルモンスターズの知識においてはこの塾で彼が最も高いということが短い期間を通してわかっているからだ。通常ならばデュエル塾に通う子供はそこでデュエルモンスターズのノウハウを学ぶのだが、この塾の講義に限れば彼にとって遊勝塾(ここ)は役不足。ならばその知識の源はどこから来たのかという話になり、それが彼の姉に繋がるのだと素良は察した。また、そんなタツヤの姉となればさぞ充分な実力を持っているのだろうと期待が膨らむ。素良は以前の零児と遊矢のデュエルでタツヤが特段驚かなかったことから並大抵ではないデュエルを見たことがあると考え、それがおそらく彼の姉のことに直結するのだろうと推測する。

 

「え、興味? やめておいた方が良いと思うよ」

「何でさ? デュエリストに興味を持つのはデュエリストとして当然のことだよ?」

「えっと、それは――」

 

 どう返せば良いものか、とタツヤはその幼くも年不相応な脳内知識をフル動員する。素良がいつぞやの遊矢に対してストーカー行為をしていたので姉をその二の舞にさせたくない、デュエルすれば確実にフトシから『1人でやってるよ~』と文句を言われるソリティア染みたデュエルになる。ここは素良に何と言えば諦めてくれるのかとタツヤが考えていた時――

 

「――タツヤ、迎えに来た」

 

 ――応接室の扉がノックもせずに開かれ、話の張本人が何の前触れもなく姿を現す。柚子と同じ舞網市立第二中学校の制服、海のように深い青色の髪を後ろに流すツインテールでまとめ、一見すると冷淡そうな顔の少女――その姿を見るなりタツヤはまるで初手マイクラダストのコンボを初見で食らったデュエリストのようにぽかーんと口を開け、素良は龍姫の容姿と発言から彼女がタツヤの姉であると察した。

 そして柚子は彼女を見てハッと何かを思い出し、すぐに遊矢の方へと視線を向ける。すると遊矢は龍姫の姿を目で確認した瞬間、奇術師の早業の如くいつの間にか愛用のゴーグルを付け、さながらそれは表情を隠しているように見えた。

 

「な、何でお姉ちゃんここに!?」

「今日はお母さんが保護者会で迎えに来れない。だから私が代わりに来た」

「そ、そうなんだ…」

 

 まさか話の渦中である人物がこのタイミング――さながら圧倒的ピンチの状況で《RUM-七 皇 の 剣(ランクアップマジック ザ・セブンス・ワン)》を引くほどに適した時に姉がこの場に来るとは予想だにしなかった。どうせならチェーン2以降で特殊召喚した各種ガジェットのようにタイミングを逃す状況で来て欲しかったが、こうなってしまっては仕方ない。ここは姉が素良にデュエルを申し込まれない内にさっさと帰ろうとタツヤは考えるが――

 

「ふーん、君がそうなんだ……ねぇ、名前なんていうの?ボクは紫雲院素良」

「…橘田龍姫(きった たつき)

「龍姫かぁ――ねぇ龍姫、僕とデュエルしない?」

「構わない」

 

 ――そうは問屋が卸さない。タツヤの願いとは裏腹に話はトントン拍子に進みいつの間にか龍姫がデュエルの了承までしている。龍姫がデュエル好きであることは弟であるタツヤは当然わかっていたことだが、まさか間髪入れずに返事をするとは思わなかった。悲しきことにこれはデュエリストの性、デュエリスト同士が出会えばデュエルをすることは当然にして必然、何らおかしいことではないのだ。

 

「待ってくれ素良――橘田とデュエルしちゃダメだ」

「えっ?」

 

 しかし、そこに待ったの声が入る。声の主は先ほどゴーグルをかけて自らの表情を隠そうとした人物――遊矢だ。目元こそ見えないが彼はいつになく真剣な顔、それも公式戦をする前のようにその表情は引き締まっている。まるで親の仇を前にした時のように――だが、遊矢の隣に居た柚子は彼の頬にはうっすらと冷や汗が流れており、膝が小刻みに笑っていることがわかった。そしてその原因も幼い頃から遊矢と共に過ごした仲である柚子にしかわからない。

 

「どうしてさ遊矢? あっ、もしかして遊矢が先に龍姫とデュエルしたかった?」

「違うんだ――橘田は、そいつは…!」

 

 震える体を抑えつけるように遊矢は拳を硬く握り、ゴーグルの奥から龍姫を睨む。素良の問いに答えようと懸命に声を出そうとするが、彼女を前にした瞬間思うようにその口が動かない。それは心の奥底で何かに縛られているかのように――遊矢が今から言おうとしていることは彼自身の弱さを吐露することと同義であり、その弱さを自分のことを慕ってくれているタツヤの前で吐き出したくないという思いが自らの動きを抑制する。だがこの一瞬の内に今は人知れぬ所に居る父、榊遊勝の言葉を思い出す。

 『怖がって縮こまっていたら何もできない。勇気を持って前に出ろ』

 

(そうだ、いつまでも恐れてちゃいけない、勇気を持って――前へ…!)

 

 尊敬する父の言葉で遊矢は奮い立つ。その証明と言わんばかりにかけていたゴーグルを外し、ゴーグルの束縛から解放された目で龍姫の顔を真っ直ぐに見る。そしていつの間にか緊張感に包まれて沈黙を保っていたこの状況に一石を投じる形で遊矢は力強く口を開いた。

 

「そいつは――橘田は、デュエリストじゃなくてリアリストなんだっ!」

「それはいくら何でも失礼でしょ! この馬鹿遊矢ぁっ!!」

 

 しかし悲しきかな遊矢の発言は誰にも同意を得られず、幼馴染からのハリセン攻撃(ダイレクトアタック)をその身に受ける羽目になる。

 

 

 

――――――――

 

 

 

「あー……つまり、遊矢はジュニア(小学生)時代に出た大会の1回戦でいつも龍姫と当たって、結局ジュニア時代はロクに勝つことができなかったと…」

「まぁ大体そんな感じね。ジュニアユース(中学生)になって大会や公式戦で橘田と当たることがなかったから最近は気にしてなかったんだけど…」

 

 とりあえず、という(てい)で一同は龍姫を応接室のソファーへ座るように促した。龍姫と遊矢の確執の経緯が柚子の口から説明されているが、本来なら遊矢の口から言うべきことだ。しかし遊矢いつの間にかは再びゴーグルを装着し、龍姫の方をチラチラと見ては怯えていた。

 

「だってさ…おかしいだろ。初めてデュエルした時に俺が先攻でヒッポを出したら、後攻でいきなり貫通持ち・攻撃力3400のドラゴンが空から襲って来て――次にデュエルした時は対策としてミラフォを入れたのに《王宮のお触れ》と『ホルスの黒炎竜』で魔法・罠を封殺するし…知ってるか素良?《ホルスの黒炎竜 LV8》ってアクション魔法も無効にするんだぜ……」

「知ってるよそれくらい。そういう時は効果モンスターで何とかするのがエンターテイナーでしょ?」

「《マテリアルドラゴン》が場に居て《禁じられた聖杯》が伏せられた状況でどうしろって言うんだよ! あの時の俺に魔法・罠を使わず、フィールドで発動しない非破壊効果の効果モンスター以外の方法があると思っているのか!? 俺はどう対処すれば良かったんだ! 答えろ! 答えてみろ素良!」

「ごめんそれは無理」

 

 遊矢が自身の心の闇(トラウマ)を告白するも、無情にも8文字で匙を投げられる。いくら素良とてそんな詰めデュエルのような状況に陥れば諦めざるを得ない、デュエリストと言えど時には素直に負け(サレンダー)を認めるのだ。

 

 その一方で当時の龍姫は大会やイベント等に積極的に参加しては優秀な成績を修め、それをLDSに認めさせることでDP(デュエルポイント)のボーナスをもらおうと必死だった。それ故に当時エンターテインメントの欠片もないデッキを使っていたので、龍姫の耳に今の言葉は痛い。内心で遊矢に相当嫌われていることにショックを受けるが、そこは得意のポーカーフェイスで悟られないようにしている。

 

「そ、それよりさっきタツヤ君から聞いたんだけど、橘田はタツヤ君にデュエルを教えているのよね? やっぱりLDSの講義のお陰なのかな?」

「…他の塾の講義がどういったものかわからないから返答に困る」

「あっ――そ、そうよね、ごめん…」

「別に謝らなくて良い」

 

 澱んだ空気を一変しようと柚子は何気なく龍姫に会話を振るが、龍姫が口下手なことも淡々とした言葉で会話は終了。一応中学1年の時に柚子は龍姫と同じクラスになり、何度か話す機会もあったので龍姫の性格はわかっていたハズだが、久しぶりということもあり龍姫が口下手なことを忘れていた。何とも言い難い状況になってしまい、この沈黙に包まれる場を誰か変えてくれないかと柚子が願った時――

 

「――よし、戸締り確認終了!ん?君は見ない顔だが――ハッ!まさか入塾希望者か!?」

「違います」

 

 ――救世主(修造)が現れる。状況を一変するという意味では最も適した人物であり、柚子はこの時に限っていつも以上に父の姿が頼もしくさえ見えた。

 

「じ、じゃあ君は一体――っ、その襟に着けているLDSのバッジは…」

「はい、私はLDSの――」

「また遊勝塾(ウチ)をLDSが乗っ取りに来たのか!? そうはさせんぞ! 遊勝塾にはペンデュラム召喚使いの榊遊矢がいる! 遊矢がいればそんなことは――」

「違うわよ!」

 

 やはり父は父だった、と柚子は本日2度目のハリセンを修造の後頭部にフルスイング。スパァンという渇いた音が響き、柚子は盛大なため息を吐いて先ほど父が頼もしいと感じた自分を殴りたくなる。

 

「もう…彼女は橘田龍姫。ほら、ジュニア時代によく遊矢と一回戦で当たってたあの子。で、橘田はタツヤ君のお姉さんで、お母さんの代わりに迎えに来たの」

「イテテ…それならそうと早く言ってくれれば」

「お父さんが話を聞かないんでしょ」

 

 ツン、と柚子は頬を少し膨らませてそっぽを向く。身内ならば修造のことは既に知られているので特に気にしないが、それを同じ学校の女子に見られるというのは思春期の中学生としては恥ずかしいと感じる。そしてそんな柚子を余所に素良がソファーから座ったまま身を乗り出して、フルスイングのハリセンを食らい床に前のめりに倒れている修造の方へ顔を出す。

 

「ねぇねぇ塾長ー、僕今から龍姫とデュエルしたいんだけど良いよね?」

「今からデュエル? だが、もうシステムの点検も終わって今日は――」

 

 ソリッドビジョンシステムの点検をたった今終えたばかり――それもあとは全員帰るものと思っていた修造にとってこれからデュエルするとは予想だにしなかった。また素良の発言から公式的なデュエルではないことを修造は察し、そのためだけにアクションフィールドを展開させることに困惑した表情を浮かべる。しかし素良はいつぞやの時のように頬をほんのりと朱に染め、両手で握るような形を作っては口元に持ってきて上目遣いで修造の元へと近付く。そして甘美な猫撫で声のトーンで修造の耳元でそっと囁いた。

 

「僕デュエルしたいなぁ――ねぇ塾長~、お・ね・が・い」

「さぁみんなデュエルフィールドに急げ! 今から素良と橘田のデュエルだ!」

 

 この(かん)わずか5秒。いつぞやの時と全く同じ方法で陥落した修造は嬉々とした表情で管制室へとスキップで向かい、素良は満足気な顔で龍姫にピースサインを送った。

 

「さ、許可は取ったから今からデュエルしようよ龍姫! 言っておくけど、僕は強――」

「待ってくれ素良――俺がデュエルする」

 

 そして素良が龍姫の手を引いていざデュエルフィールドへ向かおうとした時、龍姫の空いている方の手を遊矢が掴む。逆両手に花状態となって内心浮かれている龍姫を余所に、素良は訝しげに遊矢の方を見る。

 

「えぇ~、遊矢は龍姫とデュエルしたことがあるんでしょ? 僕はやったことないんだから、今回は譲ってくれても良いじゃん」

「いや、これは俺の問題なんだ――俺と橘田の公式戦での成績は5戦0勝5敗。あの時の俺は弱かった…けど、今の俺にはペンデュラムという力がある。もう橘田には負けたくない、橘田は俺にとっての壁なんだ」

「遊矢…」

 

 もう後ろ向きな遊矢ではない――柚子は彼の名前を呟きながら素直にそう思った。昔は相棒のヒッポを攻撃力3400の貫通持ちドラゴンに戦闘破壊されて泣き、魔法・罠・効果モンスターの効果を封殺されては泣き、一時はドラゴン族モンスターを見るだけでも泣いていたあの頃の遊矢の面影はない。ペンデュラム召喚を手に入れた自信か、はたまた先日の修造とのデュエルで考え方が変わったお陰か。どちらにせよ今の遊矢にネガティブな印象など一切感じられず、立ちはだかる強敵に挑もうとするデュエリストとしての気概が感じられる。

 

「橘田に勝てなきゃ、きっと俺は今後の公式戦でも勝てない。だから素良、今回は譲ってくれ――頼む」

「……そこまで言われちゃ仕方ないね。いいよ、僕はまた今度でも良いし。龍姫もそれで良い?」

「私はデュエルができればそれで良い」

 

 龍姫がそう言うや否や、素良と遊矢に掴まれていた手を強引に離して足を動かす。‘’早くデュエルがしたい’’、ただそれだけの感情で彼女は今この時を動いている。その毅然とした声色と立ち振る舞いには強者としての風格が感じられ、遊矢は自分の体が僅かに震えていることに気付いた。龍姫に勝てなければジュニアユース選手権はおろか、今後の公式戦でも勝ち進めることはできない――もう今までの自分ではない、今日ここで彼女に勝って過去の自分と決別し、未来へと進む。ゴーグルを外してぎゅっと拳を握りしめて震える体に闘志を燃やし、その想いを秘めた瞳で龍姫の方へと視線を移して彼女の後ろ姿をしっかりと見る。‘’今日こそは負けない’’――口にせずとも、遊矢の顔にはそう書かれていた。

 そしてそんな2人を見て、沈黙を守っていたタツヤが声をあげる――

 

「お姉ちゃん、そっちデュエルフィールドじゃなくてトイレだよ」

「間違えた」

 

 

 

――――――――

 

 

 

 よかれと思ってノックしないで入ってみました! ――嘘です。心臓バクバクの緊張しまくりでノックを忘れていました、ごめんなさい。あまりにテンパり過ぎて挨拶も抜きにただ’’迎えに来た’’としか言わず、すいません。そして榊、私が入った途端にゴーグル装着って――わ、私とは目も合わせたくないと!?まるで遊星とブルーノの会話に混ざろうとして『口を挟まないでくれジャック!今は真面目な話をしているんだ!』と言われた気分だよ…。うぅ、そりゃ《バイス・ドラゴン》と《ストロング・ウィンド・ドラゴン》の鉄板アドバンス召喚による貫通+攻撃力3400であのカバちゃんを殴ったり、お触れホルス+マテドラ&聖杯の布陣はトラウマになるかもしれないけど、あの時の私はシンクロとエクシーズを手に入れるためにDP稼ぎに必死だっただけなの!だから許して下さい!何でもしますから!

 

 そんなくだらないことを考えていた時に水色の髪の女の子――あ、いや男の子(?)それとも男の娘(?)の紫雲院素良君が私に『おい、デュエルしろよ』とデュエルのお誘い。え、私部外者だけどデュエルして良いの!?イヤッッホォォオオオォゥ!今日はデュエルできないものと絶望していたけど、絶望の中に希望はあった!断わる理由のない私は早速デュエルを――って、ところで榊からストップが。え、何?やっぱり部外者はデュエルできないの?じゃあ外に出てスタンディングデュエルで満足するしか――って、誰がリアリストだ榊!私は先攻1killもしないし、坑道で自分を巻き込みながらダイナマイトを爆発させないし、町の中に爆弾を仕掛けないから断じてリアリストじゃない!そう反論しようと思ったところで柊のハリセンによる正真正銘のダイレクトアタックが榊に。

 出た!柊のハリセンツッコミだ!(学校でたまに見かける)

 

 そしてそのまま流れで応接室のソファーに座らされて事の経緯を説明。ジュニア時代に榊が私と1回戦で当たってはトラウマを植えつけられ、それが原因で私のことが苦手とのこと――ぜ、全盛期の甲虫装機に比べればマシだから…。そんなイジケる榊を余所に柊が場を和ませようと私に話題を振るけど、私はそれを淡々と返してしまう。ごめん、LDS以外の講義を受けたことないから講義に差があるかどうかは本当にわからないの。

 非力な私を許してくれ…。

 

 場の空気が(主に私の所為で)悪くなり、早くデュエルをしようと思っていたところで塾長さんが登場。最初は私が入塾希望者やLDSの刺客だとか塾長さんは色んな勘違いをしていたけど、柊のハリセンツッコミの第2打ァ!が炸裂して塾長さんは床に倒れる。大丈夫かなとちょっと心配したけど、特に何事もない辺りやっぱりデュエリストは体が資本だと実感した。そんな倒れ込んだ塾長さんの元に素良君が近付いてアクションデュエルの許可を取りにお願いする。うん、カワイイ。アレだね、初めて《デブリ・ドラゴン》を見た時と同じくらいの可愛さだったよ!

 

 無事に許可を取った素良君は私の手を取って一緒にデュエルフィールドへ。あらやだ可愛い。そう思っていた時、私の空いている方の手を榊が掴んで引き止める――え、何この逆両手に花状態。デュエルの世界でこんなことが起こるハズない……まさかドン・サウザンドの仕業!?

 ――なんてことはなく、ただ単に榊が私とデュエルをしたいから素良君と代わって欲しいとのこと。何でも今までの後ろ向きな自分と決別し、これからジュニアユース選手権のために立ちはだかる壁の私をデュエルで倒したいらしい――なるほど、榊もかっとビングに目覚めたんだね!かっとビングなら仕方ない、よし真のドラゴン使い(になる予定)の私が相手になろう。内心で意気揚々と私が歩を進めると、タツヤから『そっちトイレ』と言われて場所を間違える。ごめん、ここでデュエルしたことないから構造わからなかったんだ。

 まぁそんなことよりデュエルだよデュエル!しかも久々のアクションデュエル!ふふ、やっと私のドラゴンと触れ合える――どれ程この時を待ち望んでいたことか……昂ぶる、昂ぶるぞ…!全身中の血液が沸騰し、体内のアドレナリンがうんたらかんたら。

 さぁ勝負だ榊!良いデュエルにしよう!

 




デュエルは次話。
まさか4万字超えるとは思わなかったんです、許して下さい!
今週末には投稿しますから!――って、ベクターが言ってました。

P.S.
DDデッキ超楽しいです。
テムジン2体でトレミスを作ってバウンスするファンサービス
アレクサンダーとレオニダスでビッグ・アイ作ってNTRするファンサービス
CEO2体でジャイアント・キラー作って破壊とバーンを与えるファンサービス
……あれ、もしかして使い方間違ってる…?


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3話:《竜操術》(ドラゴンは色々できる)

1日投稿が遅れた非力な私を許してくれ…byバリアンの(面)白き盾
 アクションデュエルを初めて書いたんですが、意外と難しいですね。これは1話完結にするには尺が厳しいですし、テンポも崩さないように適度に回さなくちゃいけないのでアニメであんなことになってることに納得。でもアクションカードで調整できるのは便利ですね……これはデュエル小説にとって諸刃の剣ですわ…。
 あと露骨な調整が2~3箇所ありますけど、そこは目を瞑って頂けると助かります。


 

 柚子達は隣接されている観戦用ウィンドウから龍姫と遊矢がデュエルフィールドへ入ったことを確認すると、遊矢は見るからに闘志を剥き出しにし、対照的に龍姫は冷淡な表情だ。管制室に居る修造がデュエルフィールドに入ったその2人の姿を視認し、彼の声がスピーカーを通してデュエルフィールドに響く。

 

≪お、素良じゃなくて遊矢が相手をするのか≫

「あぁ、橘田は俺にとっての壁――あいつに勝てない限り、俺のエンタメデュエルは貫けない!」

≪――っ、良いぞ遊矢!その意気…熱血だぁ!≫

 

 先日のLDSとの3番勝負の後の熱血指導デュエル――あれを経てから遊矢は多少前向きになった。以前は嫌なことがあるとそれに目を向けないようにゴーグルで隠したり、些細なことですぐに落ち込んだりと精神面での未熟さが取ってわかるほどだ。

 だが今はどうだ。遊矢は今過去に自分を苦しめ、一時はドラゴン族がトラウマになるほどの印象を残した相手に自ら堂々と立ち向かっている。前向きになったと言ってもそれは決して容易なことではない――それを言葉だけでもなく、行動で示そうとしている遊矢を前に『すぐ後ろ向きになる性格』と非難することはできないだろう。

 

「――フィールドは?」

「塾長に任せる。塾長、《アスレチック・サーカス》以外のフィールドで。俺の得意なフィールドでデュエルしてもそれは甘えになるし、かと言って橘田の得意なフィールドを俺達は知らない。だからアクションフィールドは第三者である塾長に任せる形で良いだろ?」

「…その意見に賛成。それなら条件はフェア」

「ありがとう――塾長、アクションフィールドをお願い」

 

 遊矢の心意気に感動して薄らと目尻に涙を浮かべていた修造だが、デュエルフィールドにいる遊矢からの呼びかけで改めて自分の役割を全うしようと考えを切り替える。相手は遊矢がジュニア時代に1度も勝てなかった相手、橘田龍姫。龍姫――龍――ドラゴンと、龍姫の名前をさながら連想ゲームのように思い浮かべていると、修造の思考がそれ一色に染まり彼の脳裏にあるアクションフィールドが思い浮かんだ。

 

≪それじゃあこのフィールドだ!いくぞ、アクションフィールドオン!《ドラゴニック・バレー》!≫

 

 手元のコンソールを操作し、ソリッドビジョンシステムがそのフィールドを形成していく。暁に染まる空、隆起の激しい岸壁、激しい流れの渓流――緑が繁栄しなかった大自然の過酷さを象徴するようなアクションフィールド、それが《ドラゴニック・バレー》。

 今回のアクションフィールドが《ドラゴニック・バレー》だとわかった瞬間、龍姫は感情に出さないように静かに微笑んだ。このアクションフィールドは彼女が得意としているフィールドの1つ――このフィールドの特徴はもちろんのこと、アクションカードの位置、このフィールド固有のアクション魔法の効果をほとんど把握している。また改造したデッキの披露会場としてはこの上ないほど最高の舞台と言えるだろう。

 

「準備は良いか橘田?」

「いつでも」

「よし――いくぞ!」

 

 そんな龍姫の心情など知らない遊矢はデュエルディスクを装着し、龍姫もそれに応えて腕にデュエルディスクを付ける。次いで2人は背中合わせに立ち、アクションデュエルで行う宣言の準備を整えた。

 

「戦いの殿堂に集いしデュエリスト達が!」

「モンスターと共に地を蹴り宙を舞い」

「フィールド内を駆け巡る!」

「見よ」

「これぞデュエルの最強進化系!」

「アクション――」

 

 最初に遊矢が年相応に力強く言い、龍姫は普段と同じように淡々と述べる。時にはその身を翻し、時には互いの動きをシンクロさせ、初めて合わせるがそれでも中々様になった形。また本来ならばある程度宣言する順番も決まっているが、龍姫の口数の少なさを考慮した遊矢が彼女の分もしっかりとフォローする。

 そして――

 

「デュエル!」

「デュエル」

 

 ――デュエルが始まった。

 

 

 

――――――――

 

 

 

「アクションフィールドの決め方は俺の方でしたから先攻は橘田に譲るよ」

「…一応、もらっておく。私は手札から《マンジュ・ゴッド》を召喚。このカードが召喚・反転召喚に成功した時、デッキから儀式モンスターか儀式魔法を手札に加える――私はデッキから儀式魔法《祝祷の聖歌》を手札に加える」

 

 その名が示すように万の手を持った鉄色の人型モンスター《マンジュ・ゴッド》が龍姫の場に現れ、《マンジュ・ゴッド》は全ての腕を天高く掲げると龍姫のデッキが光を帯び、その中の1枚が彼女の手札に加えられた。聞き慣れない『儀式』という単語に柚子は小首を傾げていると、そんな彼女の様子を察したタツヤがすかさず解説する。

 

「儀式っていうのは儀式召喚のことだよ柚子姉ちゃん。手札に儀式モンスターと儀式魔法、リリース素材となるモンスターが手札・フィールドにいる時に儀式魔法を発動することで、儀式魔法に記されている条件でモンスターをリリースして手札の儀式モンスターをフィールドに出すんだよ」

「へぇ…カードの消費は多いけどリリースが手札からもできるアドバンス召喚みたいなものかな?」

「まぁ大雑把に捉えるとそうだね、通常召喚権の分を儀式魔法でカバーしてる感じだし。そして龍姫は儀式使いか――どんなモンスターを見せてくれるのかな?」

 

 柚子に儀式のことを簡易的に補足説明していた素良は視線を龍姫の方へと戻す。彼女の目はかつてここでデュエルをした他のコースの首席らと違い、決して驕りや見下したりするソレではない。藍色の瞳は零氷のように冷たく、それは如何なる時であろうと感情的にならないという印象を与える。そんな龍姫がどんなモンスターを出すのか、ただそれだけが素良は気になるのだ。

 

「――手札から魔法カード《召集の聖刻印》を発動。デッキから『聖刻』モンスター1体を手札に加える……私はデッキから《聖刻龍-トフェニドラゴン》を手札に。そして儀式魔法《祝祷の聖歌》を発動。この効果により私は手札にいるレベル6のトフェニドラゴンをリリース――これによりレベル6の《竜姫神サフィラ》の儀式召喚を執り行うことができる。祝福の祈りを奏で、聖なる歌で光を導け! 儀式召喚! 光臨せよ、《竜姫神サフィラ》!」

 

 一瞬《聖刻龍-トフェニドラゴン》がソリッドビジョンで映し出されるが、すぐに光の粒子となって天へと昇る。そして天空から6本の光が六角形の角を描く形で矢のように龍姫のフィールドに突き刺さり、その中央に一際巨大な光が降り注いだ。巨大な光の中から龍姫とよく似た名前のモンスター――《竜姫神サフィラ》がその姿を顕現する。

 

「――っ、攻撃力2500のモンスターを1ターンで…!」

「…ここでリリースされたトフェニドラゴンのモンスター効果を発動。このカードがリリースされた時、手札・デッキ・墓地からドラゴン族の通常モンスター1体を、攻守を0にすることで特殊召喚する。私はこの効果でデッキからレベル4・ドラゴン族・通常モンスターの《アレキサンドライドラゴン》を特殊召喚する」

 

 龍姫のフィールドの中央に《竜姫神サフィラ》、その隣の《マンジュ・ゴッド》に並ぶ形で《アレキサンドライドラゴン》がフィールドに姿を現した。リリースされた時に効果を発動するモンスターで損失を上手く防いでいるなと素良が感心していたところで、ふと並んでいる2体のモンスターのレベルが等しいことに気付く。

 

(あれ?これもしかしたら遊矢危ないんじゃ――)

「私はレベル4の《マンジュ・ゴッド》と《アレキサンドライドラゴン》でオーバーレイ。2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築――竜弦を響かせ、その音色で闇より竜を誘え!エクシーズ召喚!降臨せよ、ランク4!《竜魔人 クィーンドラグーン》!」

 

 そんな素良の心配など余所に龍姫のプレイングは続き、《マンジュ・ゴッド》と《アレキサンドライドラゴン》は白金の光となって黒い渦の中へと誘われ、その中から《竜魔人 クィーンドラグーン》が姿を見せる。儀式モンスターとエクシーズモンスター――それもどちらも攻撃力2000以上のモンスターが揃ったことに遊矢は目を見開く。

 

「くっ、儀式召喚だけじゃなくてエクシーズ召喚まで…!」

「…私はクィーンドラグーンのモンスター効果発動。オーバーレイ・ユニットを1つ取り除き、墓地からレベル5以上のドラゴン族モンスター1体を特殊召喚する。ただしこの効果で特殊召喚されたモンスターの効果は無効になり、このターン攻撃できない――蘇れ、トフェニドラゴン」

 

 クィーンドラグーンが手に持っていた琴を奏で、龍姫の墓地よりサフィラを儀式召喚するためにリリースされたトフェニドラゴンがフィールドに現れる。攻撃力2000以上のモンスターが3体も並び、遊矢はもちろん柚子もその光景に戦慄した。

 

「攻撃力2000オーバーが3体!?」

「それも先攻であんなに展開するなんて…やっぱり橘田はすごい……」

「――驚くのは…まだ…早い。私はトフェニドラゴンをリリースし、手札から《聖刻龍-シユウドラゴン》を特殊召喚。このカードは自分の場の『聖刻』モンスターをリリースすることで手札から特殊召喚できる。そしてリリースされたことでトフェニドラゴンのモンスター効果が再び発動。デッキからレベル6・ドラゴン族・通常モンスターの《エレキテルドラゴン》を攻守0にして特殊召喚」

 

 呆気に取られている遊矢と柚子を横目に龍姫はさらに展開を続ける。フィールドに現れたトフェニドラゴンが再び光の粒子となり、そこから青い体色のドラゴン《聖刻龍-シユウドラゴン》と《エレキテルドラゴン》が現出した。モンスターをリリースして自らを特殊召喚しつつ、更なるモンスター展開をする――これが『聖刻』モンスターの基本であり、恐ろしさである。

 

「レベル6のシユウドラゴンと《エレキテルドラゴン》でオーバーレイ。2体のドラゴン族モンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築――聖なる印を刻む龍の王よ、その力を振るい新たな龍を呼びださん!エクシーズ召喚!顕現せよ、ランク6!《聖刻龍王-アトゥムス》!」

 

 金色の装飾を纏った藤色の鱗を持つ竜人、《聖刻龍王-アトゥムス》がフィールドに舞い降りる。先ほどまでの『聖刻』とは違い、王の名を冠するだけあってその神々しさは隣に並ぶサフィラにも引けを取らない。その圧倒的な力を目の前に、遊矢は奥歯を強く噛み締めながら龍姫を強く睨む。

 

「アトゥムスのモンスター効果を発動。オーバーレイ・ユニットを1つ取り除き、デッキからドラゴン族モンスター1体を攻守0にして特殊召喚する。私はこの効果でデッキから最上級ドラゴン――《レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン》を守備表示で特殊召喚」

「な――今度は効果モンスターのドラゴン族を特殊召喚だって!?」

 

 先ほどまでの通常モンスターのドラゴン族ではなく、今度は効果モンスターのドラゴン族。攻守0で特殊召喚するとはいえ、それ以外のデメリットなしでレベル10の最上級ドラゴン族モンスターが出て来たのだ。いくらステータスを偏見する時代とはいえ、これには遊矢も驚きを隠せない。

 

 唖然としている遊矢を尻目に龍姫は近場にあった岩に飛び乗り、そこから《レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン》の背に乗る。うなじ部分の突起に腕を回してバランスを取り、そのまま公園のベンチに座るような自然さでダークネスメタルドラゴンの背に座った。そして守備表示で特殊召喚されたにも関わらず、ダークネスメタルドラゴンはその場で羽ばたきアクションフィールドの天高い場所まで一気に飛翔し、辺りを軽く旋回し始める。一見すればこれはデュエルの遅延行為に見られかねないが、一応龍姫自身アクションデュエルにおける1分間にカードプレイをしない者は敗北となるルールは理解している。だが、これは決して無駄な行動ではない。いくら龍姫が慣れているアクションフィールド《ドラゴニック・バレー》と言えどアクション魔法の位置は必ずしも完璧に同じ場所ではなく、その場所の確認の意味も込めて上空から見回しているのだ。一瞬の内にアクション魔法の在り処を把握した龍姫は最後のひと押しとしてプレイングを続ける。

 

「ダークネスメタルドラゴンのモンスター効果発動。1ターンに1度、私の手札・墓地からドラゴン族モンスター1体を特殊召喚する。私はアトゥムスのオーバーレイ・ユニットとして墓地に送られた《エレキテルドラゴン》を特殊召喚。そして魔法カード《馬の骨の対価》を発動する。このカードは自分の場の効果モンスター以外のモンスター1体を墓地に送ることで、デッキからカードを2枚ドローする。私は通常モンスターの《エレキテルドラゴン》を墓地に送り、デッキからカードを2枚ドロー」

「くっ…ダークネスメタルドラゴンの効果で何度でも墓地からドラゴン族を特殊召喚できるから、別に1体ぐらいモンスターが減っても構わないのか…!」

「そういうこと。さらにクィーンドラグーンがフィールドにいる限り、このカード以外の私のドラゴン族は戦闘では破壊されない効果を持つ――この効果で攻守が0になったダークネスメタルドラゴンを戦闘破壊しようと思っても、まずはクィーンドラグーンを破壊しない限り私のドラゴンは何度でも蘇る」

 

 ただ力によるゴリ押しという訳ではなく、その実は種族間でのシナジーを考慮した展開。また最低でも攻撃力2200を超えるモンスターでクィーンドラグーンを戦闘破壊、そしてそれとは別にダークネスメタルドラゴンを破壊するモンスターを出さねばこの状況を突破できない。かと言ってアトゥムスを放置してもほぼノーコストでデッキからドラゴン族が飛んでくる上、攻撃力2500を誇るサフィラも野放しにはできないだろう。単純に《ブラックホール》や《聖なるバリア―ミラー・フォース―》といったパワーカードならば容易に突破できるが、逆に言えばそれぐらいでしか突破できないのだ。これほどの布陣を敷いた龍姫の方を見て、素良はこっそりとタツヤに呟く。

 

「君のお姉さん、随分とえげつないフィールドに整えるね」

「そ、それは言わないで…」

 

 タツヤ自身、龍姫がこのようにソリティアをしては相手の戦意を喪失させるデュエルをするとわかっていた。だがそれを改めて他人に指摘されると、何とも言い難い恥ずかしさが込み上げてくる。

 

「私はカードを1枚伏せてエンドフェイズに移行する。ここでサフィラのモンスター効果が発動。このカードが儀式召喚に成功したターンのエンドフェイズ、もしくは手札・デッキから光属性モンスターが墓地に送られたターンのエンドフェイズに3つの効果から1つを選んで発動できる。私は''デッキからカードを2枚ドローし、1枚捨てる''効果を選択。これでターンエンド」

 

 だがそんなやりとりは龍姫の耳には聞こえず、エンドフェイズに発動するサフィラの効果を処理してターンを終えた。龍姫のフィールドには――

 攻撃力2500の《竜姫神サフィラ》、

 攻撃力2200の《竜魔人 クィーンドラグーン》、

 攻撃力2400の《聖刻龍王-アトゥムス》、

 攻守0の《レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン》

 ――以上、4体のドラゴン族。そしてセットカードが1枚に、《馬の骨の対価》やサフィラの手札増強効果で手札は2枚。

 

 遊矢にとっては先日の赤馬零児を彷彿とさせる状況であり、以前のままであれば圧倒的な展開力で驚愕していたことだろう。しかし、あの時とは違い今回はシンクロモンスターも融合モンスターもいない。効果も全て判明しているのでそこまで厳しい状況ではないと、遊矢は自分に言い聞かせる。そしてこの圧倒的に不利な状況を覆してこそ、真のデュエリストでありエンターテイナーでもある自分の目指すデュエルがあるのだ。

 勇気を持って前に。望みを託して彼はデッキトップのカードを勢いよく引く。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 ドローカード、そして現在の手札のカードを見てどうすればあの布陣を突破できるかを考える。手札にはペンデュラムカードこそあるが、今のままでは龍姫のフィールドを崩すことはできない。その他のカードも決して攻めに使えるようなカードではなく、現時点での突破は厳しいだろう。それならば、と遊矢は次のターンに備えるべき一手を打つ。

 

「俺はスケール8の《時読みの魔術師》とスケール4の《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》でペンデュラムスケールをセッティング!」

 

 黄昏色だったアクションフィールドの空が済んだ藍色になり、遊矢のフィールドの両端に青い柱が現れた。その柱には黒衣に身を包んだ魔術師《時読みの魔術師》と、双色の異なる眼を持った竜《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》がそれぞれ鎮座している。先日の零児とのデュエルでペンデュラム召喚とデュエルした経験があった龍姫は上級モンスターの大量展開が来るであろうと身構えるが――

 

「これでレベル5~7のモンスターが同時に召喚可能!――だけどまずは手札から《EM(エンタメイト)ソード・フィッシュ》を召喚し、効果発動!このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合、相手フィールド上の全てのモンスターの攻撃力・守備力を600ポイント下げる!」

「…サフィラは攻撃力1900、クィーンドラグーンは攻撃力1600、アトゥムスは攻撃力1800に下がる」

 

 ――その前の下級モンスター通常召喚によるモンスター効果で自分のドラゴン達のステータスが下がり、静かに目を細める。600も下げる、600しか下げない――考え方は各々であるが、決して低い下げ幅ではないと龍姫は思った。これで自分の愛するドラゴン達の攻撃力は全て2000を下回り、並の上級モンスターに容易に戦闘破壊されるステータスになったのだ、油断はできない。

 

「お楽しみはこれからだ!揺れろ、魂のペンデュラム!天空に描け、光のアーク!ペンデュラム召喚!出でよ、我が(しもべ)のモンスター!《EMカレイド・スコーピオン》!」

 

 遊矢のフィールド上空に緩やかな円錐状の石が円を描き、その中から黄金(こがね)色の光がフィールドに降り注ぐ。そして光の中からは星柄の尻尾を持った愛くるしい姿のサソリ《EMカレイド・スコーピオン》が現れる。攻撃力こそ100と低いが守備力は2300と、現状の龍姫のフィールドのモンスターでは戦闘破壊できない。

 

「ここで《EMソード・フィッシュ》のさらなる効果が発動!このカードがモンスターゾーンに存在し俺がモンスターの特殊召喚に成功した場合、相手モンスター全ての攻撃力をさらに600ポイントダウンさせる!」

「上手い!これで橘田のモンスターの攻撃力はこのターンだけで1200ポイントのダウンね!」

「ソード・フィッシュの攻撃力は低いけど、その効果で相手モンスターを弱体化させてダメージを最小限に抑える――流石遊矢兄ちゃんだ!」

 

 わぁ、と観戦席側が盛り上がる。相手が大量展開するのならば、それを逆手に取れば良い――それが遊矢の考えだ。ソード・フィッシュの効果で相手モンスターのステータスを下げ、反撃を受けても最小限のダメージで済ませることができる。さらに龍姫のモンスターゾーンは1つしか空いておらず、そこからシンクロやエクシーズに繋げても1体しか出せないハズ。例え1体ならばダメージこそ多少食らうものの、それ以外なら弱体化したステータスでカレイド・スコーピオンを破壊することは不可能だ。

 

「よし、俺はバトルをしないでこのままカードを2枚伏せ――エンドフェイズ! この時ペンデュラムゾーンの《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》のペンデュラム効果が発動!ペンデュラムゾーンのこのカードを破壊することで、デッキから攻撃力1500以下のペンデュラムモンスター1体を手札に加える! 俺はオッドアイズを破壊! フィールドで破壊されたペンデュラムモンスターはエクストラデッキに表側で置かれる! そして効果デッキから攻撃力1200のペンデュラムモンスター《星読みの魔術師》を手札に加え、これでターンエン――」

「エンドフェイズに罠発動《光の召集》」

「なっ――俺のエンドフェイズに罠だって!?」

 

 モンスターの召喚時でもなく、戦闘を行う時でもないタイミングで罠が使われた経験がほとんどない遊矢はその突拍子のなさに声をあげて驚く。しかし当の龍姫は別段特別なことをやっている訳ではないと思っており、その表情は普段と同じく冷淡なまま。遊矢の反応には我関せずといった態度でプレイングを続ける。

 

「《光の召集》は私の手札を全て墓地に捨て、捨てた枚数分墓地から光属性モンスターを手札に加える。私はこの効果で2枚の手札を全て捨て、墓地から光属性の《マンジュ・ゴッド》とトフェニドラゴンを手札に加える」

「た、ただの墓地回収か…ふぅ、じゃあ改めてターンエンd――」

「待って。私が《光の召集》で捨てたカードには《聖刻龍-ネフテドラゴン》が居た。光属性モンスターが手札・デッキから墓地に送られたことでエンドフェイズにサフィラの効果が発動する。私はデッキから2枚ドローして1枚捨てる効果を選択。デッキから2枚ドローし、手札のトフェニドラゴンを墓地に捨てる」

「…なるほど、その効果を使うためにこのタイミングで――他にも何かこのタイミングで発動するのか?」

「流石にこれ以上はないから安心していい」

「よし、じゃあ改めて俺はターンエンドだ」

「私のターン、ドロー――手札から魔法カード《調和の宝札》を発動。手札の攻撃力1000以下のドラゴン族チューナーモンスターを墓地に捨て、デッキからカードを2枚ドローする。私は手札の《ギャラクシーサーペント》を墓地に捨て、デッキからカードを2枚ドロー」

 

 チラリと龍姫はドローカードに目を配り、続けて現在の状況を改めて確認した。

 自分の場にはソード・フィッシュの効果で弱体化した攻撃表示のサフィラとクィーンドラグーンにアトゥムス、そして守備表示のダークネスメタルドラゴンがおり、手札は4枚。

 対して遊矢のフィールドにはペンデュラムゾーンに《時読みの魔術師》、モンスターゾーンには攻撃表示のソード・フィッシュ、守備表示のカレイド・スコーピオン、さらにセットカードが2枚で手札はオッドアイズの効果でサーチした《星読みの魔術師》のみ。

 先の遊矢のターンでサフィラの手札破壊効果の方を使えば次のペンデュラム召喚を防げたかもしれないが、龍姫は次のターンでペンデュラム召喚を防ぐよりもこのターンで攻めに転じたかったという思いの方が強かったのだ。セットカード2枚ならばその対策のカードをドローできると思いドロー効果を選択し、さらに冒頭で手札交換もしたが生憎目的のカードは引けずにフィールド・手札の状況は芳しくない。また弱体化した自分のドラゴンでは満足に戦闘をできる訳がなく、龍姫は否応なしに新しくモンスターを展開し直さなければいけないことを歯痒く感じた。仕方ないと思いつつ、ダークネスメタルドラゴンの背からクィーンドラグーンの背に乗り移り、自分のプレイングを続ける。

 

「…ダークネスメタルドラゴンのモンスター効果発動。墓地よりトフェニドラゴンを特殊召喚する――そして手札から速攻魔法《神秘の中華鍋》を発動。自分の場のモンスター1体をリリースし、そのモンスターの攻撃力か守備力どちらかの数値分、私のライフポイントを回復する。私は今呼び出したトフェニドラゴンをリリースし、その攻撃力2100ポイント分のライフを回復」

「くっ、これで橘田のライフは6100に……しかもリリースされたってことは――」

「当然トフェニドラゴンの効果が発動する。その効果で私はデッキからレベル1・ドラゴン族・通常チューナーモンスターの《ガード・オブ・フレムベル》を攻守0にして特殊召喚」

「チューナーモンスターって――まさか!?」

「まだシンクロはしない。私は手札から魔法カード《アドバンス・ドロー》を発動。自分の場のレベル8以上のモンスター1体をリリースしてデッキから2枚ドローする。私はレベル10のダークネスメタルドラゴンをリリースし、デッキから2枚ドロー。そして手札から先ほど回収した《マンジュ・ゴッド》を召喚し、召喚・反転召喚に成功時の効果を発動。デッキから2枚目のサフィラを手札に加える」

 

 モンスターの展開、ライフ回復、手札増強と少しでも手順を間違えればプレイングミスに繋がりかねないが、龍姫はそれを一切の迷いもなく淡々と進める。その龍姫の凛々しい顔を見て、素良は感心した眼差しを向けた。

 

「――なるほど、遊矢に常勝しているだけあって龍姫のプレイングには無駄がないね。モンスター・魔法・罠の効果を余すことなく活用してる」

「お姉ちゃんは頭の回転も早いし、ここぞのドロー力も強いから遊矢兄ちゃんにはちょっと厳しいかも…」

「で、でも今の橘田のモンスターの最高攻撃力は《マンジュ・ゴッド》の1400。それにあんなにモンスターが居たんじゃ新しく展開も難しいし、レベル1のチューナーとレベル4のモンスターなら出て来るモンスターはレベル5でしょ?その程度のモンスターなら対してステータスは高くないんじゃ――」

「私はレベル4の《マンジュ・ゴッド》にレベル1の《ガード・オブ・フレムベル》をチューニング。その身を深淵へ投じる時、新たな生命の糧とならん! シンクロ召喚! 廻れ、レベル5! 《転生竜サンサーラ》!」

 

 《ガード・オブ・フレムベル》がその身を緑色のリングへ姿を変え、そのリングに《マンジュ・ゴッド》が包まれる。そしてリングに一筋の光が閃光となって走り、その中から漆黒の鱗を持ち両翼を大きく羽ばたかせながら1匹の竜――《転生竜サンサーラ》が姿を現す。呼び出されたシンクロモンスターは守備表示、守備力こそ2600と高めだがアタッカーではないことに遊矢は安堵し、観客席の柚子もやはりレベル5だからさほど強力なモンスターではないと感じた。

 

「――ほらね、あの程度のモンスターなら遊矢のカレイド・スコーピオンはもちろん、ソード・フィッシュすら倒せないわ。このターン遊矢は問題なく守り切れ――」

「アトゥムスの効果発動。オーバーレイ・ユニットを1つ取り除き、デッキからレベル6・ドラゴン族・通常チューナーモンスターの《ラブラドライドラゴン》を攻守0にして特殊召喚する――私はレベル5のサンサーラにレベル6の《ラブラドライドラゴン》をチューニング。集いし星が、新たな煌めきを呼び起こす! (あま)駆ける輝きを照らせ! シンクロ召喚! 光誕(こうたん)せよ、レベル11! 《星態龍》!」

 

 柚子が自信満々に守り切れると断言しようとした口を開いた瞬間、その口はしばし開いたまま硬直する。レベル11・攻撃力3200のシンクロモンスター――《星態龍》の登場は龍姫を除く全員に衝撃を与え、その竜が放つ輝きに目を奪われた。先日の刀堂刃を彷彿とさせるような連続シンクロ召喚からの強力モンスター――それも攻撃力が3000を超えているのなら当然の反応だろう。

 

 文字通り桁違いな強さを感じさせる《星態龍》の登場に遊矢は動揺したが、すぐにハッと意識を切り替える。如何に強力なモンスターであろうと攻撃を防げれば良い、そう考えて自らの足で防御手段として働くアクション魔法(マジック)に向かって走りだした。その様子を上空のクィーンドラグーンの背に座って龍姫は優雅に見下ろし、遊矢の視線の先にあるアクション魔法の効果を思い出す。このアクションフィールド《ドラゴニック・バレー》は自分の庭のようなもの、当然配置されているアクション魔法の数も種類も効果も把握している。そして遊矢が取ろうとしているアクション魔法はこの時点の自分に何の影響もないと判断し、続けざまにエクストラデッキから1枚のエクシーズモンスターを取り出した。

 

「――このカードは自分の場のランク5・6のモンスターをエクシーズ素材として、エクストラデッキから直接エクシーズ召喚できる……私はランク6の《聖刻龍王-アトゥムス》でオーバーレイ・ネットワークを構築。エクシーズ召喚! (いかずち)の速さを以て、我が眼前の壁を穿て! 貫け、ランク7! 《迅雷の騎士ガイアドラグーン》!」

 

 オーバーレイ・ユニットを全て消費し、攻撃もできず攻守も下がったアトゥムスが一筋の光となって天高い場所に吸い込まれる。そして一瞬眩き光がフィールド全体を照らし、光の中から朱色の鎧を纏った竜とその竜の背に双槍を携えた騎士《迅雷の騎士ガイアドラグーン》が風と共にフィールドに舞い降りた。

 これで準備は整った、と龍姫は視線を遊矢の方へ向ける。彼は丁度アクションフィールドの岸壁を登り、その頂上にあったアクション魔法を手に取ったところだ。龍姫はあの場所に設置されていたアクション魔法の効果を考慮し、攻撃モンスターと攻撃対象を即決する。

 

「バトル――《星態龍》で《EMソード・フィッシュ》に攻撃……コズミック・ブレス!」

「させるか!俺はアクション魔法《回避》を発動!相手モンスター1体の攻撃を無効にする!」

 

 《星態龍》が放った光の奔流はソード・フィッシュに当たる直前で澄んだ青色の壁のようなものに止められ、その攻撃を防ごうと傘で放水を受け止めるように光が四方に散り始めた。高攻撃力モンスターの攻撃を防ぐことができたと、遊矢が右腕を大きく掲げて喜びを露にする。観客席に居た柚子達も’’やった!’’と声を揃えていた時――

 

 ――ピキ、という氷にヒビが入るような音が聞こえた。嫌な予感を覚えた遊矢は先ほど掲げた右腕が力なく下げ、恐る恐る音の聞こえた方向――今攻撃を受けているソード・フィッシュの方へと視線を戻す。すると先ほどのアクション魔法《回避》によって出現した壁に亀裂が入り、それが徐々に全体に広がりを見せ始め、遊矢は唖然とした表情となる。

 

「な、何で…」

「……言い忘れた。《星態龍》がバトルする場合、ダメージステップ終了時まで《星態龍》はカードの効果を受け付けない。よって、アクション魔法《回避》の効果で攻撃は無効にならず――」

 

 そしてソード・フィッシュを守っていた壁は飴細工のように砕け散り、《星態龍》のブレスがソード・フィッシュを飲み込んだ。レベル11にして攻撃力3200というド級モンスターの攻撃は、その余波だけでも相当な衝撃を与えアクションフィールドが大きく揺れる。

 ソード・フィッシュの後方に居た遊矢は直撃ではないとはいえ、ソリッドビジョンによって発生した爆風でそのまま後ろに地面と水平に吹き飛ばされ、無様に何回も転げ回ってしまう。

 

「――攻撃は有効となる」

「く…そ…!」

「まだ私のバトルフェイズは終わっていない。続けて《迅雷の騎士ガイアドラグーン》でカレイド・スコーピオンに攻撃……ボルテック・ランス!」

 

 倒れ込んで醜態を晒す遊矢の安否など知ったことではないと言わんばかりに、龍姫は冷酷に攻撃宣言を下す。そしてクィーンドラグーンの背に座りながら悠々と飛行していた際に拾ったアクション魔法をデュエルディスクへ差し込んだ。

 

「このタイミングでアクション魔法《ドラゴン・ダイブ》を発動。このカードは自分モンスター1体の攻撃力をエンドフェイズまで1000ポイントアップさせる――よってガイアドラグーンの攻撃力は3600となる」

「――っ、けど俺のカレイド・スコーピオンは守備表示! いくら攻撃力を上げても俺にダメージは――」

「ガイアドラグーンは守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える……つまり貫通効果を持っている」

 

 龍姫の淡々とした説明はまるで死刑宣告に等しく、遊矢の顔は一瞬にして青ざめる。そして遊矢がショックを受けている中、ガイアドラグーンは両手に持ったランスから轟雷を放ちそれがカレイド・スコーピオンへと直撃。カレイド・スコーピオンの守備力は2300で、ガイアドラグーンの攻撃力は3600――当然耐えられるハズがなく、カレイド・スコーピオンは雷が当たった木々のように黒コゲになり、さらには貫通効果によって遊矢のライフポイントがその数値差分引かれた。

 初期ライフ4000から最初に《星態龍》とソード・フィッシュのバトルで2600のダメージを食らい、残り1400となったところでガイアドラグーンの貫通効果で1300のダメージ――これにより遊矢のライフは残り100まで減り、その衝撃はソリッドビジョンとして遊矢に襲いかかる。

 

「う、うわぁあああああぁっ!」

「遊矢!」

「遊矢兄ちゃん!」

 

 1ターンで3900もの戦闘ダメージによる衝撃を受けた遊矢は、叫び声を上げながら崖を転がり落ちた。その光景に柚子とタツヤは声を荒げ、素良は普段の可愛らしい目を細める。崖から転がり落ちた遊矢は心身共にボロボロになりつつも、気力を振り絞って倒れたままの姿勢でデュエルディスクを強引に操作した。

 

「ぐ…お、俺は罠カード《EMリバイバル》を発動…! このカードは自分のモンスターが破壊された場合、手札・墓地から『EM』モンスター1体を特殊召喚する!俺は、墓地の《EMソード・フィッシュ》を守備表示で特殊召喚! そしてソード・フィッシュが召喚・特殊召喚に成功したことで、相手フィールドのモンスターは全て攻撃力が600ポイントダウンする!」

「……《星態龍》は攻撃力2600、ガイアドラグーンは攻撃力3000、サフィラは攻撃力700、クィーンドラグーンは攻撃力400になる…」

「まだだ! 俺はさらに伏せていた速攻魔法《ドロー・マッスル》を発動! このカードは自分の場の守備力1000以下の守備表示モンスター1体を対象として発動できる! 俺は守備力600のソード・フィッシュを選択! そして俺はデッキからカードを1枚ドローし、《ドロー・マッスル》の効果を受けたモンスターはこのターン戦闘では破壊されない!」

 

 なるほど、と龍姫は内心で遊矢の細かなプレイングに感心した。破壊をトリガーに発動できる罠なら最初にソード・フィッシュが《星態龍》によって戦闘破壊された時に使っても良かっただろう。そうすればガイアドラグーンの攻撃力は600ポイント下がり、アクション魔法がなければカレイド・スコーピオンの守備力を超えることができなかった。

 しかし、それを良しとせず遊矢は’’わざと’’このタイミングであの罠を使ったのだ。《星態龍》は攻撃する場合、ダメージステップ終了時まで相手のカード効果を一切受け付けない――あの罠カードはおそらく戦闘・効果破壊の両方に対応して発動できるものだろうが、《星態龍》に戦闘破壊されたタイミングで《EMリバイバル》を発動しソード・フィッシュを特殊召喚すればそれは’’まだ’’ダメージステップの範囲となる。この辺りは中々シビアなルールだがモンスターの戦闘破壊はダメージステップの終了時――よって《星態龍》の効果が適用された状態であり、そうなるとソード・フィッシュの効果で《星態龍》を弱体化させることはできず、攻撃力は3200のまま。

 だがそれはあくまでも《星態龍》自身が攻撃をした時に限る。それ以外ならばただの攻撃力3200の大型モンスターであり、他のモンスターの攻撃時には耐性は一切ない。その僅かな隙を突き、遊矢は自らのライフと引き換えに龍姫のモンスターを弱体化させたのだ――この咄嗟の判断力は流石あの榊遊勝の息子と言えるだろう。龍姫はそんなことを思いながらこれ以上のバトルフェイズは無駄だと判断する。

 

「…バトルフェイズを終了し、メインフェイズ2に移る。私はサフィラとクィーンドラグーンを守備表示に変更。そしてクィーンドラグーンの効果を発動する。オーバーレイ・ユニットを1つ使い、墓地から《転生竜サンサーラ》を特殊召喚。さらにカードを3枚セットし、エンドフェイズ……このターン、私は最初に《調和の宝札》で光属性の《ギャラクシーサーペント》を墓地に捨てた――手札・デッキから光属性モンスターが墓地に送られたことにより、サフィラの効果が使える。私はデッキからカードを2枚ドローし、1枚捨てる効果を選択。デッキからカードを2枚ドロー、そして《マンジュ・ゴッド》の効果で手札に加えた2枚目のサフィラを捨てる」

「よし、俺のター――」

「まだ私のエンドフェイズは終わっていない。ここで速攻魔法《超再生能力》を発動。このターン、私がフィールド・手札からリリースしたドラゴン族、そして手札から捨てられたドラゴン族の数だけデッキからカードをドローする。私はこのターン、トフェニドラゴンとダークネスメタルドラゴンをリリースし、《ギャラクシーサーペント》とサフィラを手札から捨てた。よって4枚のカードをデッキからドロー。そしてここでアクション魔法《ドラゴン・ダイブ》の効果が切れ、ガイアドラグーンの攻撃力は2000になる」

「よ、4枚のドロー…」

 

 ただ淡々と、さも当然であると言わんばかりに龍姫は流れるようなプレイングを見せつける。カードを大量に消費しようが手札を増やせば次に備えられ、それでも足りなければさらにドローすれば良い。一部の者は偶然やインチキと喚くかもしれない――しかし、真のデュエリストであればデュエルで引くカードに無駄なカードは存在せず、それは全て必然となる。よって龍姫の大量ドローも運命によって定められたもの――この程度のことで反論していては真のデュエリストには成り得ない。

 

 これで龍姫の場には守備力1200のサフィラ、守備力0のクィーンドラグーン、守備力2600のサンサーラ、アクション魔法の効果が切れて攻撃力2000となったガイアドラグーン、攻撃力2600の《星態龍》の計5体がモンスターゾーンを埋める。魔法・罠ゾーンには3枚のセットカード、手札は先のドロー補助カードの効果で計5枚。ライフポイントに至っては遊矢と6000ポイント差の6100。

 

 遊矢にとってはこれまでに経験したことがない程の圧倒的不利な状況――だが、その瞳は絶望の色に染まってはいない。カード・アドバンテージ、ライフ・アドバンテージ共に圧倒的に劣っているが、この状況を覆してこそ真のデュエリストであり、遊矢の目指すべきエンタメデュエルがある。公式戦のように1度でも負けられない切羽詰まった状況という訳ではないが、いずれこのような時が来るかもしれない。この程度の障害を乗り越えずして、前に進むことはできないだろう。遊矢は顔を引き締め、デッキトップのカードに指をかける。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 引いたカードを確認し、周囲を軽く見回す遊矢。現時点でもそれなりに戦えるが、それでもまだ一手足りない。その一手に届くように1枚のアクションカード(希望)が視界に入ると、僅かに口角がつり上がった。

 

「いくぞ橘田、お楽しみはこれからだ!俺はスケール1の《星読みの魔術師》とスケール8の《時読みの魔術師》でペンデュラムスケールをセッティング!これでレベル2~7のモンスターが同時に召喚可能!揺れろ、魂のペンデュラム!天空に描け、光のアーク!ペンデュラム召喚!現れろ、我が僕のモンスター達よ!」

 

 片方の空いていたペンデュラムゾーンに白き衣に身を包んだ魔術師《星読みの魔術師》が現れると、その頭上に1の数字が浮かび上がる。そして最初に行ったペンデュラム召喚の時と同じようにフィールド上空に振り子が揺れて円を描き、3つの光がフィールドに降り注ぐ。

 1つは《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》、

 1つは《EMカレイド・スコーピオン》、

 最後に紫色の体色をした愛嬌のある蛇《EMウィップ・バイパー》がその姿を見せる。

 

 そして遊矢は現れたオッドアイズの背に飛び乗り、先ほど視界に入ったアクションカード(希望)の元へと駆けた。その間アクションデュエルの規定に引っかからないよう、背に乗ったままプレイングを続ける。

 

「俺はここでソード・フィッシュの効果を発動!このカードがモンスターゾーンに存在する時に俺がモンスターを特殊召喚した場合、相手フィールドのモンスターの攻守を600ポイント下げる!」

「……防ぐ手はない。全員ステータスが下がる」

 

 クィーンドラグーンの背に座っていた龍姫はアクションカードを取ろうとしている遊矢の妨害をすることはなく、ただその様子を横目で見ながら弱体化した自分のドラゴン達に申し訳なさそうな眼差しを送る。生憎ソード・フィッシュの効果にカウンターするようなカードはなく、さらに現状の位置からは遊矢のアクションカードの入手妨害はおろか、その効果に対する手も打てない。仕方ない、と龍姫は小さくため息を吐きながら適当な崖の上に降り、そこからアクションカードの位置を再確認しようとするが――

 

「よし!アクションカードゲット!俺はアクション魔法《巨竜の咆哮》を発動!このアクション魔法は自分の場の最もレベルの高いモンスターのレベル×100ポイント、ターン終了時まで相手モンスター全ての攻撃力を下げる!俺の場で一番レベルが高いのはレベル7のオッドアイズ!よって700ポイントのダウンだ!」

「――っ、これも防ぐ手はない…」

 

 ――ふと、違和感を覚えた。龍姫の記憶が正しければ遊矢があの場所で拾ったアクション魔法は攻撃を無効にする《回避》だったハズだ。それが何故戦闘補助系である《巨竜の咆哮》なのか。改めて龍姫はこのアクションフィールドにあるアクションカードの位置を目で確認しようとした時、その疑問に気付いた。

 

 アクションカードの’’位置’’がズレていたのだ。本来ならばこのような事態はさほど起きないが、思い当たる節が1つだけあった。前のターンで《星態龍》が攻撃した時、フィールド全体がその衝撃の余波に襲われた――もしかしたら、いや、あれが原因でアクションカードが吹き飛んだのだと考える。

 

 またこの状況で下手にアクションカードを取っても遊矢とストロング石島のデュエルを動画で視聴した際、ペンデュラムゾーンの《星読みの魔術師》と《時読みの魔術師》がペンデュラムモンスターに攻撃時に相手の魔法・罠の発動を封殺する効果を付与する。そんな中で《回避》等のアクションカードを取っても完全な死に札であり、どこか遠くから『あらら~?龍姫ちゅわ~ん、ちょっとイケてないんじゃな~い?』という幻聴が聞こえてくるかもしれない。何か他に手はないかと、龍姫は焦りを表情に出さないようにしていたところで遊矢が追い討ちをかける。

 

「俺はソード・フィッシュを攻撃表示に変更し――ここでカレイド・スコーピオンのモンスター効果を発動! 1ターンに1度、自分のモンスター1体を対象に発動する! 俺は《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》を選択! そして選択されたモンスターは相手の特殊召喚されたモンスター全てに攻撃することができる! 橘田、お前の場にいる5体のモンスターは全て特殊召喚されたモンスターだ! よってオッドアイズはこのターン、5回の攻撃が可能となる!」

「…合計5回の攻撃…!」

「バトルだ!オッドアイズよ、その二色の眼で全てを焼き払え!螺旋のストライク・バースト、五連打!」

 

 遊矢を背に乗せたオッドアイズは軽快に荒野を走り、その身を龍姫のドラゴン達の元へと急がせる。そして赤と緑の眼が妖しく輝き、大きく開かれた口から赤光が横薙ぎに5体のドラゴンに襲いかかった。自分以外のドラゴンに戦闘破壊耐性を与えるクィーンドラグーンが真っ先にその標的となり、次いで龍姫のエースモンスターのサフィラがその身を光の奔流に飲み込まれる。この2体は守備表示だった故に戦闘ダメージは発生しない――しかし、《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》の恐ろしさはここから発揮されるのだ。

 

「オッドアイズが相手モンスターとのバトルで相手に与える戦闘ダメージは2倍となる! リアクションフォース!」

「――っ、」

 

 2回発動したソード・フィッシュの効果で1200ポイント、アクション魔法《巨竜の咆哮》の効果も合わせ攻撃力が1900ポイント下がっていた《星態龍》の攻撃力は1300、ガイアドラグーンに至っては僅か700の攻撃力。オッドアイズどの攻撃力の差はそれぞれと1200と1800――それの2倍もの戦闘ダメージとなると2400と3600にまで達する。合計で6000ポイントものダメージとなり、ライフポイントが6100もあった龍姫のライフは一気に残り100まで下がった。

 さらに最後まで守備表示で場に残っていたサンサーラも破壊され、龍姫のフィールドは土煙に包まれる。あとはウィップ・バイパーかソード・フィッシュの直接攻撃で勝てると遊矢は思ったが――

 

「――私は墓地から魔法カード《祝祷の聖歌》のさらなる効果を発動していた。フィールドのサフィラが破壊される場合、代わりに墓地のこのカードをゲームから除外することで破壊を免れる。さらにサンサーラのモンスター効果発動。このカードが相手のカード効果で墓地に送られた場合、もしくは戦闘破壊で墓地に送られた場合、自分または相手の墓地からモンスター1体を特殊召喚する。私は墓地から《レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン》を特殊召喚する」

「くっ、5回も攻撃したのにモンスターが2体…! しかも攻撃力2800…!」

 

 ――そう簡単に終わらせないのが、LDS総合コースの首席だ。自身のエースモンスターであるサフィラだけは頑なに守り通し、追撃も許さないと意志表示するように真紅の眼を持つ竜は威嚇する咆哮をあげ、二色の竜を圧倒する。遊矢は苦虫をすり潰したような顔を浮かべるが、ふと近くの木の枝にアクションカードが引っ掛かっていることに気付く。

 

「あそこだ、オッドアイズ!」

 

 そして一度ダークネスメタルドラゴンに背を向け、新たなアクションカード(希望)に向かって走り出す。遊矢がアクションカードを見つけたことに龍姫も気付いていたが、いかんせん調子に乗って高い位置に登ってしまい大きく距離が開いてしまったため追い付けそうにもない。せめて戦闘補助系でないことを祈ったが――

 

「アクションカードゲット!よし、アクション魔法《ドラゴン・ダイブ》を発動!橘田、これはお前も使ったからわかるよな?」

「――モンスター1体の攻撃力をエンドフェイズまで1000ポイントアップさせる…」

 

 ――その祈り(むな)しく、届かない。オッドアイズの全身が赤いオーラに包まれて攻撃力が上昇し、その数値は3500に達する。ダークネスメタルドラゴンの攻撃力2800では太刀打ちできないだろうと誰もがそう予想した――が。

 

「ここで私は永続罠《竜魂の城》を発動。墓地のドラゴン族モンスター1体をゲームから除外し、自分のモンスター1体の攻撃力を700ポイントアップさせる。私は墓地のトフェニドラゴンを除外し、ダークネスメタルドラゴンの攻撃力を700ポイントアップ――攻撃力3500にする」

 

 その予想を龍姫は覆す。まるで発動する気配のなかった3枚のリバースカードの内の1枚が開かれ、その効力をダークネスメタルドラゴンが得る。全身が青いオーラに包まれたダークネスメタルドラゴンを見て遊矢は一瞬眉をひそめるが、今の状況を考えて攻勢に出た。

 

「な――くっ、でも直接攻撃さえ通れば勝てるんだ!ここは相討ちしてでも倒す!オッドアイズでダークネスメタルドラゴンに攻撃!行け、オッドアイズ!螺旋のストライク・バースト!」

「…迎え撃て、ダークネスメタルドラゴン。ダークネスメタルフレア…!」

 

 双竜共に攻撃力は3500。オッドアイズ、ダークネスメタルドラゴンは互いに自身の口を大きく開き、眩い破壊の光を放った。紅蓮と漆黒の光が双方の中央で弾き合いそのエネルギーは四方八方に飛び散り、アクションフィールドのオブジェクトが巻き込まれるように壊れる。そして中央で弾け合っていたエネルギーは一度そのエネルギーが拳大ほどの大きさに凝縮され、直後に凝縮されたエネルギーは行き場を失い急激に膨張――相討ちとなるエネルギーは龍姫と遊矢の間で爆発し、その衝撃波と爆音がアクションフィールドを襲った。

 

 両デュエリスト共にそのインパクトに身構え、何とか体勢を維持する。衝撃によりアクションフィールドは見るも凄惨な状況になっているが、幸いにも龍姫と遊矢に目立った外傷はなくデュエルに影響はない。

 オッドアイズとダークネスメタルドラゴンが相討ちとなったが、遊矢の場にはまだ攻撃していないウィップ・バイパーとソード・フィッシュ、カレイド・スコーピオンが居る。龍姫の場には先ほど自身の降臨に使用した儀式魔法のさらなる効果で破壊を免れたサフィラが守備表示で存在するものの、その守備力は度重なるソード・フィッシュの効果によって今は0。例え《回避》や《奇跡》等のアクション魔法で1度戦闘を回避したとしても、第2、第3の攻撃は防げず、ライフポイント僅か100の龍姫になら例えカレイド・スコーピオンでもフィニッシャーになれる。

 ‘’この状況なら龍姫に勝てる’’――そう確信した遊矢は高らかに攻撃宣言を下す。

 

「…バトルっ!俺はソード・フィッシュでサフィラに攻げ――」

「罠カード《竜の転生》を発動。私の場の表側表示で存在するドラゴン族1体をゲームから除外することで、手札・墓地からドラゴン族1体を特殊召喚する。私はサフィラをゲームから除外し、墓地よりダークネスメタルドラゴンを特殊召喚」

「――えっ」

「モンスターの数が変わったことにより巻き戻しが発生する――榊、攻撃を続ける?」

 

 一瞬、遊矢には何が起こったのかわからなかった。弱体化したサフィラをソード・フィッシュで戦闘破壊し、続けてウィップ・バイパーかカレイド・スコーピオンで直接攻撃すれば自分が勝つ――そう思い描いていた未来は、たった1枚の罠カードによって閉ざされてしまった。1ターン目で攻守0の状態で特殊召喚され、3ターン目で《アドバンス・ドロー》のコストとなり、現在4ターン目でオッドアイズに破壊されたダークネスメタルドラゴンが、まるで龍姫の前に守護竜の如く立ちはだかる。勝利を目前にしてこの仕打ち――これは何かの悪い夢なのかとさえ思ってしまう。

 しかし、これは現実。ソード・フィッシュのサフィラへの攻撃は通らず、手札にはこの状況を打破できるカードもない。さらには先のオッドアイズとダークネスメタルドラゴンの相討ちでアクションフィールドはボロボロの状態だ。これではアクションカードも満足に探せず、探そうとしても1分の時間経過で失格になるだろう。ここまで来ると遊矢が取れる行動は限られ――

 

「……俺は…攻撃を中断する……カードを1枚、伏せて…ターンエンドだ…」

 

 ――それは自然とターン終了まで流れる。ソード・フィッシュの効果によって相手のドラゴン族を弱体化し、カレイド・スコーピオンの効果でオッドアイズの連続攻撃で一掃。あとは直接攻撃を決めるだけ――しかし、それさえも許さない龍姫のデュエルタクティクスが1枚上手だった。遊矢はこのターンで仕留めきれなかったことを悔やみながら頬に汗が滴るのを感じる。

 

 だが、遊矢自身勝負を諦めた訳ではない。残りライフポイント100で低攻撃力モンスターを攻撃表示で晒してしまっているが、たった今遊矢が伏せたカードは《エンタメ・フラッシュ》。このカードは自分の場に『EM』モンスターが存在する場合に発動でき、相手モンスターを全て守備表示にし、そのターン表示形式の変更をできなくするフリーチェーンの罠カードだ。龍姫が大量召喚することは先の戦術でわかっており、バトルフェイズに入ったところで《エンタメ・フラッシュ》を発動。次の自分のターンで再びカレイド・スコーピオンとオッドアイズの連続攻撃コンボでフィールドを一掃し、今度こそ直接攻撃を決めれば勝てると考えていた。

 

 あと少し、もう少しで今まで辛酸を舐めさせられていた相手に勝てると思っている遊矢は胸の鼓動が高鳴っていることを感じる。まるで父榊遊勝が華麗にアクションデュエルを披露し、それに胸を躍らせた時に似た高揚感。これでやっと龍姫の呪縛から解放され、大きく一歩を踏み出せる――

 

「――榊、私のターンを始める前に1つだけ聞きたいことがある」

「ん?何だよ橘田」

 

 ――そう思っていた矢先、珍しく龍姫がデュエル以外のことで口を開いた。遊矢は既にターンエンドを宣言しているので今は龍姫のドローフェイズ。よって遊矢がアクションデュエルのルールで失格にはならず、この場合は龍姫がそのルールを被ることになる。だがそのことを加味した上で、龍姫は常々思っていた疑問を言葉で吐き出した。

 

「榊にとってエンタメデュエルって何?」

「…俺にとってのエンタメデュエル?」

 

 ‘’エンタメデュエル’’――言葉や文字にすれば意味は何となくわかる。100人が100人、エンターテインメント溢れるデュエルのことだと答えるだろう。しかし龍姫はそんな答えを求めているのではなく、より深い答えを欲している。普段の冷たい眼差しがいつも以上に細められ、先の質問に対する真剣さを遊矢は感じた。生半可な答えでは無礼に当たると察し、遊矢は龍姫と同じく真剣な表情で彼女の質問に答える。

 

「…みんなを驚かせたり、笑顔にするデュエルかな。どんな方法であれ、見ている人にとって予想外のことをしたり、ワクワクさせるデュエル――それが俺にとってのエンタメデュエルだ」

「……具体的には何をするの?」

「具体的に?うーん……今の俺だとペンデュラム召喚かな。ほら、沢山のモンスターがバァーって出るし、何が出てくるかわからないからワクワクするだろ?それって俺の目指すエンタメデュエルになると思うんだ」

「……そう…」

 

 遊矢の答えに理解する訳でも、納得する訳でもなく龍姫は静かにそう返した。そんな態度に遊矢は少しムっと顔をしかめたが、龍姫はそのままデッキトップのカードをドローし、時間経過による敗北だけを防ぐ。そして手札・フィールドの状況を軽く眺め、再び遊矢に視線を戻した。

 

「……それじゃあ、今から’’私のエンタメデュエル’’を披露する」

「えっ?」

「まずはダークネスメタルドラゴンの効果を発動。墓地よりシユウドラゴンを特殊召喚する。続けて永続罠《復活の聖刻印》を発動。このカードは相手ターンと自分ターンで異なる効果を発動する――私は自分のターンで使える’’ゲームから除外された『聖刻』モンスター1体を墓地に戻す’’効果を選択。私はこの効果で前のターンで《竜魂の城》の効果によってゲームから除外したトフェニドラゴンを墓地に戻す。そして手札から魔法カード《巨竜の羽ばたき》を発動。自分の場のレベル5以上のドラゴン族1体を手札に戻すことで、お互いのフィールドの魔法・罠カードを全て破壊する」

 

‘’私のエンタメデュエル’’と言われて一瞬遊矢は反応が遅れ、その間に次から次へと耳に入る龍姫のプレイング用語。そこで最後にあまりにも危険な言葉――’’魔法・罠カードを全て破壊する’’という言葉が聞こえ、遊矢はハっとフィールドの方へ視線を移す。

 

「何もなければ《巨竜の羽ばたき》の効果処理を行う」

「ま、待って!俺は効果にチェーンして罠カード《エンタメ・フラッシュ》を発動する!このカードの効果で橘田のモンスターを全て守備表示にする!これで橘田のドラゴンの攻撃は通さな――」

「ではまず《エンタメ・フラッシュ》の効果で私のモンスターは全て守備表示になる。次いで《巨竜の羽ばたき》の効果でダークネスメタルドラゴンを手札に戻し、フィールドの魔法・罠カードを全て破壊」

「くっ…」

 

 遊矢が悔しそうな表情をする中、ダークネスメタルドラゴンは巨竜と呼ぶに相応しいその漆黒の翼を大きく羽ばたかせてフィールド全体に突風を起こす。その暴風は遊矢がたった今使った《エンタメ・フラッシュ》はもちろん、ペンデュラムゾーンの《時読みの魔術師》、《星読みの魔術師》さえも巻き込まれ、龍姫の《竜魂の城》と《復活の聖刻印》もその暴風の餌食となる。これで互いに魔法・罠カードは存在しなくなり遊矢の場には3体の『EM』モンスター、龍姫の場には《エンタメ・フラッシュ》の効果で守備表示になった《聖刻龍-シユウドラゴン》1体のみが存在する――そう、このデュエルを見ていた龍姫以外の全員が思った時だ。

 

「ここで破壊され墓地に送られた《竜魂の城》と《復活の聖刻印》の効果発動。《竜魂の城》が破壊され墓地に送られた時、ゲームから除外されたドラゴン族モンスター1体を特殊召喚できる。《復活の聖刻印》は自身が墓地に送られた場合、墓地から『聖刻』モンスター1体を特殊召喚する――私はこれらの効果でゲームから除外されたサフィラと、墓地にいるトフェニドラゴンを特殊召喚」

「………はぁっ!?」

 

「私はトフェニドラゴンをリリースして手札の《聖刻龍-ネフテドラゴン》を特殊召喚。トフェニドラゴンがリリースされたことで墓地からレベル2・ドラゴン族・通常チューナーモンスターの《ギャラクシーサーペント》を攻守0にして特殊召喚する。さらにネフテドラゴンのモンスター効果発動。手札・場の『聖刻』モンスター1体をリリースし、相手モンスター1体を破壊する。私は手札に存在するシユウドラゴンをリリースし、カレイド・スコーピオンを破壊」

「え、ちょ――」

 

「リリースされたシユウドラゴンのモンスター効果発動。墓地よりレベル6・ドラゴン族・通常モンスター《エレキテルドラゴン》を攻守0にして特殊召喚――私はレベル5・光属性のネフテドラゴンにレベル2の《ギャラクシーサーペント》をチューニング。光の君主たる聖竜よ、その眩き光で全てを浄化せよ! シンクロ召喚! 光臨せよ! レベル7、《ライトロード・アーク ミカエル》!」

「ここでシンクロ召喚!?くっ、このままじゃ――」

 

「私はここで手札から《聖刻龍-アセトドラゴン》をリリースなしで召喚。このカードは攻撃力を1000にすることでリリースなしで手札から召喚できる――そしてアセトドラゴンのモンスター効果発動。私のドラゴン族・通常モンスター1体を選択し、フィールドの『聖刻』モンスターは全てその選択したモンスターと同じレベルになる。私はレベル6の《エレキテルドラゴン》を選択し、アセトドラゴンのレベルを6に。私はレベル6となったアセトドラゴンと《エレキテルドラゴン》でオーバーレイ。2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築――稲妻の如き光放ち、護りの白き盾となれ! エクシーズ召喚! 光臨せよ、ランク6! 《フォトン・ストリーク・バウンサー》!」

「え、エクシーズ召喚まで――」

 

「そして魔法カード《龍の鏡》を発動。私のフィールド・墓地から融合モンスターによって決められたモンスターをゲームから除外し、ドラゴン族の融合モンスター1体を融合召喚する――私はフィールドの戦士族モンスター《フォトン・ストリーク・バウンサー》と、墓地のドラゴン族・シンクロモンスターサンサーラをゲームから除外。竜の波動を写す竜騎士よ、疾風の速さを以て敵を穿て! 融合召喚! 現れよ、レベル10! 《波動竜騎士 ドラゴエクィテス》!」

「ゆ、融合召喚!?ちょっと待て橘田!お前いつの間に融合まで――」

 

「ドラゴエクィテスの効果発動。このカードは1ターンに1度、墓地のドラゴン族・シンクロモンスター1体をゲームから除外し、そのモンスターと同名カードとして扱い同じ効果を得る。私は墓地の《星態龍》をゲームから除外し、その効果をドラゴエクィテスが得る――さらにフィールドのシユウドラゴンをゲームから除外し、《巨竜の羽ばたき》の効果で手札に戻ったダークネスメタルドラゴンを特殊召喚。そしてダークネスメタルドラゴンの効果を発動する。私は墓地のガイアドラグーンを特殊召喚」

「なっ――そ、そんな…」

 

 先ほどまでモンスター1体しか存在しなかったフィールドから突然2体の上級ドラゴンが現れ、さらにそこからシンクロ召喚・エクシーズ召喚・融合召喚に繋げては暴力的なまでの戦線に整える。

 攻撃力2500、ドロー&墓地肥やし、ハンデス、光属性サルベージの3種の効果を持ったレベル6・光属性・ドラゴン族・儀式モンスターの《竜姫神サフィラ》。

 攻撃力2600、ライフコストこそ要求するが万能除去効果を持ったレベル7・光属性・ドラゴン族・シンクロモンスターの《ライトロード・アーク ミカエル》。

 同じく攻撃力2600、比較的容易なエクシーズ召喚条件と貫通効果を持ったランク7・風属性・ドラゴン族・エクシーズモンスターの《迅雷の騎士ガイアドラグーン》。

 攻撃力3200というド級のパワーを持ち、自身の効果で墓地のドラゴン族・シンクロモンスターをゲームから除外することでそのモンスターの写し身となるレベル10・風属性・ドラゴン族・融合モンスターの《波動竜騎士 ドラゴエクィテス》。

 攻撃力2800であまりにも簡単な召喚ルール効果、手札・墓地から何の制限もなしでドラゴン族を特殊召喚する汎用性の高さを持つレベル10・闇属性・ドラゴン族・効果モンスターの《レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン》。

 

 ドラゴンという神話の世界でしか語られない生物が、文字通りカードの枠を超えて揃っている光景は圧巻の一言に尽きるだろう。先程まで龍姫が異なる召喚方法を繰り出しては一々驚いていた遊矢だが、流石にこの状況を目の当たりにすると言葉も出ない。各ドラゴンが持つ圧倒的な強者としてのオーラが遊矢の全身にヒシヒシと伝わり、その強大さを感じた瞬間、遊矢は自分が震えていることに気付く。

 しかし、この震えは恐怖や緊張からくるものではなく――感動によって生まれたものだ。

 

(…すごいな、橘田は……さっき俺が『何が出るかわからないからワクワクする』って言ったことを、このデュエルで表現してる。ペンデュラム召喚じゃなくても、何が出るかわからないワクワクは伝えられるんだな。それにこのデュエル中、ずっと俺は驚いてばっかりだった――融合、儀式、シンクロ、エクシーズのどの召喚方法をするのか、どのモンスターを召喚するのか……それが橘田の人に驚きやワクワクを与えるデュエル、これが橘田の’’エンタメデュエル’’なんだ…)

 

 ふと、遊矢は静かに笑みを浮かべていた。圧倒的な劣勢の中で出た苦笑いでも、頭がどうにかなって出た笑いという訳でもない。ただ、’’エンタメデュエル’’の在り方は1つじゃないと気付いたからだ。

 見ている人に驚きやワクワクを与える方法は1つではない。デュエリストの数だけ、デュエルの数だけ、デッキの数だけ、それらの組み合わせによって無限の可能性を生み出す。

そして今遊矢の眼前に広がる光景が、龍姫の――龍姫流の’’エンタメデュエル’’。儀式・融合・シンクロ・エクシーズ、ペンデュラム以外の全ての召喚方法を用いてドラゴンを並べる。これを驚かずして何と言うか。

 

 今まで外敵に酷く怯える子リスのような態度はどこへやら、遊矢は顔をしっかりと上げて対峙する龍姫の方へと目を向けた。ダークネスメタルドラゴンの背に座っている彼女は依然表情に変わりはないが、この状況を作り出したことにどこか満足気な雰囲気を感じられ、遊矢は今まで龍姫に抱いていた恐怖や軽蔑などの感情が消える。昔こそはただのリアリストだと思っていたものの、今の遊矢にとって龍姫は’’エンタメデュエリスト’’だ。そんな彼女に前述の感情を抱くのは無礼だろうという考えが遊矢の頭に浮かぶ。

 が――

 

「――あれ?」

「……何を呆けていたの、榊?」

 

 ――ふと遊矢が視線を龍姫から自分の周囲へ移すと、いつの間にか四方に巨大なそり立つ壁が立っていることに気付く。尤も正しくは壁でなくドラゴンであり、右前をサフィラ、左前をドラゴエクィテス、右後をミカエル、左後をガイアドラグーン、目の前にはダークネスメタルドラゴンと龍姫という豪勢な布陣。一瞬状況を理解できずに目が点になった遊矢だが、すぐに自分の置かれた状況を察する。

 

「え、いや――何これ!?何で俺囲まれてるんだよ!?」

「アクション魔法を取られたら困る――ので、閉じ込めた」

「……はぁっ!?」

 

 別にルール違反ではない。アクションデュエルはその特性上アクション魔法を使用すれば自分が有利になり、相手は不利になる――また、その逆も然り。それならばアクション魔法を取られなければ良いという考えの下、相手の行動を妨害・抑制することも立派な戦術なのだ。実際、遊矢は以前LDSとの3番勝負の折に北斗のエースモンスター《セイクリッド・プレアデス》で妨害された経験もあるので、そういったプレイングも有効的であることは知っている。

 だが現在の状況を整理すると、有効的どころの話ではない。相手の場には攻撃力2500超えのドラゴン族が5体。自分の場には攻撃力1700のウィップ・バイパー、攻撃力600のソード・フィッシュが棒立ち。魔法・罠カードはペンデュラムゾーンを含めて《巨竜の羽ばたき》で全て破壊された。そして龍姫のドラゴンに周りを囲まれているのでアクションカードを取りにいけない――少年よ、これが絶望だ。

 

「…バトル。ダークネスメタルドラゴンでソード・フィッシュに攻撃――ダークネスメタルフレア…!」

「え、ちょ――っ!!」

 

 今まで散々弱体化されたドラゴン達の恨みを一身に受けたソード・フィッシュは、その身をダークネスメタルドラゴンの漆黒の炎に焼かれ、こんがりと香ばしい焦げ目のついた焼き魚へと姿を変える。そして放たれた炎の向きが悪かったのか、遊矢の首から上も焼き魚へと変貌したソード・フィッシュと同じ焦げ色になり、その瞬間デュエルディスクから遊矢のライフポイントが0になったことを告げる音がフィールドに響いた。

 

 

 

――――――――

 

 

 

「遊矢!」

「遊矢兄ちゃん!」

 

 デュエルが終わり、アクションフィールドを形成していたソリッドビジョンが光の粒子となって消える。その直後に観戦していた柚子とタツヤは床に仰向けのまま大の字になっている遊矢の元へ駆けつけた。

 以前と同じ――もしくはそれ以上に凄惨な負け方をした遊矢の心は大丈夫なのか、またあの時のようにゴーグルをかけてしまうのかと柚子達の不安は募る。かなりのショックを受けているであろう遊矢の顔を2人が覗き込むと――

 

「――えっ?」

「遊矢…兄ちゃん?」

 

 ――意外なことに遊矢は絶望した顔も、落ち込んだ顔も、悔しそうな顔も、泣きそうな顔のどれでもない。ただ、優しそうな笑み――それも澄んだ表情で、まるで何か憑き物が落ちたような顔のそれだった。

 

「――悪いみんな、あれだけ大きいこと言っておきながら負けた」

「え、あ……た、確かに負けちゃったけど…」

「ゆ、遊矢兄ちゃんは大丈夫なの?」

 

 遊矢の言葉は妙に落ち着いており、その声色からも敗北したショックや悔しさは感じられない。予想外な反応に柚子とタツヤは戸惑う。もしや先のアクションデュエルで頭でも打ってしまったのかと別な心配をしていると、いつの間にか龍姫が遊矢達の方へと歩を進め、遊矢の顔がよく見える位置で足を止める。

 

「…橘田……」

「…榊、良いデュエルだった。ありがとう」

「――お礼を言うのは俺の方だ。橘田、お前のエンタメデュエル…見せてもらったよ。ありがとう」

「そう」

 

 龍姫はそう短く返した。遊矢の言葉がちゃんと伝わったのかはわからない。しかし、それでも遊矢はこの時だけは何となく龍姫が微笑んでいるように見えた――尤も、遊矢の目にはそう見えただけであり、傍から見れば普段と同じ仏頂面のままではあるのだが。

 

「…なぁ橘田。お前もジュニアユース選手権に出るんだろ?」

「…それがどうかした?」

「今回の負け――いや、今までの負けの分を全部。その全部をジュニアユース選手権で返す」

「……返せるものなら…」

 

 そして静かに宣戦布告。先日、遊矢が沢渡にされた時と似ているがあれとは似て非なる。確かに沢渡とは少なからず因縁はあるだろう――しかし、遊矢にとって龍姫はジュニア時代からの因縁。自分の臆する相手であり、壁となる人物との決着はこの場ではなくジュニアユース選手権こそが相応しい。

 

「言ったな橘田? 今度こそ勝ってやる…その時までお楽しみは取っておいてくれよ」

「…頭には入れておく。それと榊、私のことは橘田と呼ばないで龍姫で呼んで欲しい。名字だとタツヤと被る」

「……あぁ、わかったよ龍姫」

 

 ある偉大なデュエリストが言った。‘’デュエルとは人と人を繋げる神聖なもの’’と。1回デュエルしてダメなら2回。2回デュエルしてダメなら3回――わかり合えずとも、わかり合うまでデュエルすれば良い。そして遊矢と龍姫の6回目となるデュエル、今回でやっとお互いの気持ちをわかり合えることができるデュエルをしたと言っても良いだろう。互いにこれ以上の言葉を介さずとも、その心の内はわかっている。その2人の表情はどこか満足気に見えなくもない。

 

「よーし龍姫、それじゃあ次は僕とデュエルだっ!」

「――っ、構わない」

 

 デュエルが終わってから素良はずっと沈黙を保っていた――いや、我慢していたと言った方が正しい。そんな我慢の限界を迎えた素良は抱きつくように龍姫の腰に飛びつき、やや対処に困りながらも龍姫はそのまま自然な流れでのデュエルを了承した。

 そんな時、ふと遊矢の視界にあるものが映った。仰向けで倒れている自分の頭上で龍姫のミニスカートは素良が腰に飛びつかれたことで、ふわりと布地が舞いその中の純白+αのものが網膜に焼きつく。それを近距離で見てしまったものだから、つい遊矢は溢すように口を開いてしまった。

 

「……龍姫って、《ベビードラゴン》がプリントされたパンツ穿いてるんだな」

 

 刹那。その場の空気は冷氷が割れるようにピキっと鳴った。

 龍姫はゆっくりと顔を遊矢に向け、柚子はどこからかハリセンを取り出す。普段は全く表情を変えることのない龍姫は器用に耳だけが真っ赤に染まり、その顔は龍の逆鱗に触れた如くおぞましい。対して柚子は同じ女子として遊矢のデリカシーのなさ、そして純粋な正義感で顔がプルプルと震えている。そして――

 

「この――馬鹿遊矢ぁあああああああぁっ!!」

「え、あっ――」

 

 柚子が振り下ろしたハリセンは遊矢の腹部に当たり鈍い音を響かせ、龍姫は無言で遊矢の顔を踏みつけるように蹴る。女子2人の同時攻撃を仰向けに倒れていた遊矢に回避する術はなく、先のデュエルで崖から転がり落ちた時より激しい痛みを感じながらその意識は闇の中に飛んでいった。

 

「…タツヤ、時間的に遅くなったから帰る」

「あ、はい…」

 

 怒り心頭といった様の龍姫は普段以上に冷たい声を放ち、弟のタツヤは従順にそれに従う。龍姫はツカツカと歩き遊矢の方を振り返ることなくデュエルフィールドを後にする。

 柚子は未だに収まらない怒りで体を震わせるも、流石にこれ以上の追撃は可哀相だと理性が働いて龍姫達の後を追うようにデュエルフィールドから出て行き、管制室に居た修造はその愛娘の後を慌てて追う。

 そして最後に龍姫とのデュエル待ちをしていた素良は完全に気を失った遊矢相手に同情の眼差しを向け、誰にも聞こえないであろう声でポツリと呟いた。

 

「遊矢は負けの借りを返す前にもうちょっと女の子の扱い方を学んだ方が良いかもね…」

 




(無言の《スタンピング・クラッシュ》)by龍姫

今回クールな主人公しか出てなくてすいません。デュエル中は基本的に真面目にしようと思い、余計なネタを(極力)挟まずにする場合はこの形になることをご了承下さい。

オマケ
今回登場したアクション魔法

《ドラゴン・ダイブ》
アクション魔法
(1):自分フィールド上の表側表示モンスター1体を対象にして発動できる。そのモンスターはターン終了時まで攻撃力が1000ポイントアップする。
※アニメで出た《エクストリーム・ソード》や《ハイダイブ》とほぼ同じ。

《巨竜の咆哮》
アクション魔法
(1):相手フィールド上の表側表示で存在する全てのモンスターの攻撃力は、ターン終了時まで自分フィールド上に表側表示で存在する一番レベルが高いモンスターのレベル×100ポイントダウンする。
補足:最初にソード・フィッシュの②の効果が召喚にも対応していると勘違いし、龍姫のライフ調整用に登場させたカード。《強者の苦痛》の亜種みたいなもの。

今回のデュエル構成では大分アクション魔法に助けてもらった感があるので、次回はスタンディングで真っ当なデュエルにしたいです。前回・今回と結果的には圧勝(残りLP100)だったので、今度こそまともなデュエルを…!
また、ストーリー・デュエルの構成の構想、及び別作品の執筆もするので少々時間を頂きます。

P.S.
日刊ランキングにこの作品の名前があってビビりました(昨日)


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4話:《火竜の火炎弾》(ドラゴンには炎が似合う)

 更新が既存の修正で申し訳ありません。以前活動報告で述べたように、やはり特別なカード(シグナー龍、決闘龍、No.など)は安易に出してはダメだと思い、4話を修正しました。話の流れはほとんど変わっていませんが、デュエル内容を大きく修正、他文章がおかしいところを修正。
 ただデュエル序盤でやらかした部分もあるため、少々強引に整合性を取る形に。久々の更新が修正となってしまい、申し訳ありません。
 これからサブタイトルに訳を付けます。流石にカード名だけじゃわかり辛いと思いまして。
 また、今回は近況報告の意味も兼ねて修正版4話を一時的に最新話に持って来ており、旧4話をGW明けに削除。本修正版の4話を元の箇所に入れる予定ですので、どうかご理解お願いします。


 

 レオ・コーポレーション内にある社長室。普段であればここには現社長たる赤馬零児が1人、もしくは専属補佐の中島と共に通常業務に当たっている。それ以外の人間がここに来る場合は大抵社長の認可が必要な書類の通し、もしくは他企業との会談や市議会議員等の来賓が来た際の応接の場となる程度だろう。

 しかし、この場には明らかに1人だけ不釣り合いな人間がいる。現在この社長室に居る人間は3人――1人はレオ・コーポレーションの社長である赤馬零児。その社長補佐である大柄なスーツ姿の男性、中島。そして最後にこの場にそぐわない人間――橘田龍姫。

 デスクを挟んで社長の前にいる龍姫は普段と同じように、冷たく静かな雰囲気。だが彼女とは対照的にデスク脇にピッと背筋を伸ばして直立している中島の表情は険しく、どこか物々しい雰囲気を(かも)し出している。そして零児はと言うと特段雰囲気に変化がある訳ではなく、よく塾内で見かける毅然とした表情。

 龍姫は数時間前に零児から話があると呼び出されこの社長室にいるのだが、何故か一向に話を始める気配がないので内心で困り果てている。何かやらかしてしまったのか、はたまた先日勝手に遊勝塾でデュエルしたことがバレたのか、それとも以前陳情したカードの価値分D P(デュエルポイント)を請求されるのかと、気が気でないのだ。それを顔に出さないように心の奥底で焦っていると、デスク脇に居た中島がコホンっと軽く咳払いし、沈黙を破るように口を開く。

 

「橘田龍姫、君は何故この場に呼ばれたか分かるか?」

「…いえ、わかりません……」

「…だろうな。逆に分かっていても困るのだが――まぁ良い、君をここに呼び出した理由を話そう。橘田龍姫、君のエクストラデッキのカードを全て回収させてもらう」

「…………えっ…」

 

 一瞬、龍姫は何を言われたのか分からず、普段からは想像もつかない素っ頓狂な声をあげた。数秒の間呆け、そしてその意味を理解するとまるで《轟雷帝ザボルグ》を2回召喚され、その効果でエクストラデッキを全て破壊されたように絶望の表情を浮かべる。

 普段の冷淡な顔からは考えられない龍姫の表情を見て零児は内心珍しい顔を見ることができたと思ったが、すぐに補足するように言葉を付けたす。

 

「勘違いしないで欲しい。これは先日分かったことなのだが私が君に渡したカード、及び君が使用した融合・シンクロ・エクシーズモンスターカードに不具合が見つかったため、それを回収し調査するだけのことだ」

「……使用していても特に問題はなかったのですが…」

「それはあくまでも君の個人的な印象だ。現にレオ・コーポレーション内で保存されている君のデュエルの記録では異常が見つかっている。それに君のカードを一時的に預かるだけで、その間君には同名のカードを賃与すると約束する――理解はできるな?」

「…はい、わかりました……」

 

 あまり納得できるような説明ではなかったが相手は自分よりも格上の存在。下手に駄々をこねても龍姫自身の立場を悪くするだけであり、何より以前カードを賞与してもらったので強く反論することもできない。龍姫は渋々手持ちのエクストラデッキのカード全てをその場で取り出し、脇に居た中島が手を差し出したのでそのまま手渡す。

 

「理解が早くて助かる。残りのカードは近日中にLDS内のショップで返却するように。また、カードもそこで受け取りたまえ」

「…わかりました」

「話は以上だ。あとは下がってくれ」

「…失礼します……」

 

 腑に落ちない、という表情をしつつも龍姫はそのまま踵を返して零児達に背を向ける。そしてそのまま扉の方へ向かい、完全に社長室を出たところで中島がふぅ、と息を溢した。

 

「全く、人騒がせな召喚反応を……」

「そう言うな中島。彼女は我々の目論見を知らないのだ。デュエリストにデュエルで手加減をしろと言う方が無粋だろう」

「しかし社長、あそこまで巨大な召喚反応を常々出されていては襲撃犯の捜索に不具合が――」

「そのためのレプリカだ。アレならば召喚反応のエネルギーは格段に落ちる――襲撃犯の捜索に支障をきたすこともあるまい」

「…確かに、その通りです」

「これで憂いはなくなった。以後、襲撃犯の捜索により一層力を尽くせ」

「ハッ、承知致しました。制服組にもそのように通達しておきます」

 

 中島はそう言うとそのまま龍姫と同じように社長室を後にする。1人残った零児は手元のPCを軽く操作し、立体投影ディスプレイに1つの画面を映し出す。内容は先日龍姫が遊勝塾でデュエルした際の召喚反応のエネルギーと、彼女のデュエルディスクに記録されているデュエルの内容。

 召喚反応は各コースのエリートに劣らない程巨大なものだが、ラストターンで検出された融合召喚に限り今までとは桁違いの数値。一体何をどうしたらここまでのエネルギーが出るのかと零児は疑問に思ったものの、レオ・コーポレーションに転送された龍姫のデュエル記録を見て納得した。

シンクロモンスターとエクシーズモンスターを素材に融合召喚――それに加え融合召喚されたモンスターも極めて高レベル。ここまでの条件が揃っていてはあの桁違いな召喚反応にも合点がいく。

 だがその所為で一時は巨大な召喚反応が遊勝塾周辺に出たことで制服組を急遽向かわせたが、原因が分かるや否やとんだ無駄足に終わった。LDS襲撃犯を捜索している上層部からしてみれば迷惑以外の何ものでもなく、仕方なくという形で零児は龍姫にレプリカのカードを渡したのだ。本来ならば贋作ではなく本物のカードを使わせるべきなのだが、いかんせんLDS襲撃犯の捜索に彼女のデュエルで発生する召喚反応エネルギーは紛らわしい。せめてこの件が落ち着くまで龍姫にはレプリカのカードで我慢してもらうことに彼は僅かながら罪悪感を覚えた。

 しかしこれで憂いはなくなり、零児は椅子を半回転させて体を窓の方へと向けてふぅと息を溢す。そして龍姫のあの冷淡な表情とそれに見合わない剛胆なプレイングを思い出しつつ、静かに今の心境を口から溢す。

 

「……橘田龍姫、君はどこまでも私を驚かせてくれる…」

 

 そう零児が呟き外の様子を何気なく見ると、レオ・コーポレーションの入口にふと気になるものが映った。そこには先ほど社長室を訪れていた龍姫と、ジュニアユース部門各コース首席の北斗・真澄・刃の3人の姿。彼ら4人はその場で軽く話をすると、そのまま何処かへ歩を進めていく。

 先日の1件があったので彼ら4人が共に行動することに何ら不思議なことはないのだが、零児はデュエスト特有の第6感で何とも言いえない不安を感じる

 

(あの4人……何かおかしなことをしなければ良いのだが…)

 

 だがそんな零児の不安など露知らず、4人は仲睦まじ気にそのまま舞網市内の中心部の方へ向かって行った。

 

 

 

――――――――

 

 

 

「へぇー、んじゃ社長の呼び出しってのは、ただのカードの交換か」

「良かったじゃないか龍姫、社長からのお咎めじゃなくて」

「…元から怒られるようなことはしていない……」

 

 いつもの4人――龍姫・真澄・北斗・刃は縦横2列に並んで舞網市内の中央通りを歩いていた。今日は4人で(くだん)のLDS襲撃犯の捜索をすることになっていたのだが、朝になって龍姫が零児に呼び出されたため残った3人は一時レオ・コーポレーション入口で待機。用事が終わった龍姫を迎えて改めて襲撃犯捜索のために歩を進める。その最中に龍姫は零児の用件を軽く説明したが、社長直々の呼び出しだったので面白い話を期待していた刃にとっては拍子抜け、北斗に至っては以前龍姫が零児に陳情した高額カードの件で叱責されると予想していただけに、わざとらしく皮肉った。だが龍姫はそんなことは気にするような性格ではなく、前方を歩く2人の言葉を軽く流して隣に並ぶ真澄の方へと顔を向ける。

 

「そういえば真澄、今日はどう探すの?」

「そうね……まだ詳しくは決めてないけど、どうしようかしら?」

「昨日は各自で探して、一昨日は2人1組、3日前――龍姫がいない時は纏まって捜索したからなぁ…」

「効率を考えて各自で探すか、安全を考えてペア以上で纏まって行動するか――それとも別の方法で探すか…」

 

 うーん、と4人は歩きながら首を捻る。前回、前々回、前々々回と探し方を変えてはみたが成果はなし。単純に運が悪かっただけか、それとも単純に見落としがあったか。どちらにせよ襲撃犯の姿はおろか、手掛かりさえ掴めていない。幸いあれから被害者は出ていないものの、それでも行方不明になった融合コースの講師、マルコに関する情報すら得ていないことに4人は少しばかり焦りを感じる。

 効率を考えると各自個別に舞網市内を捜索した方が良いのだが、もしもの時の安全性を考慮すると最低でも2人1組で行動はしたい。それか対襲撃犯を想定したバトルロイヤルルール下での《セイクリッド・プレアデス》2体、《XX-セイバー ガトムズ》、《XX-セイバー ヒュンレイ》、《竜姫神サフィラ》、《氷結界の龍トリシューラ》によるバウンス・ハンデス・バック破壊・除外のコンビネーションコンボをいつでも使えるように4人で纏まっておくべきか――

 

 一向に良案が出ないまま、一行はそのまま舞網市内の公園付近まで辿り着いた。そこでふと龍姫が公園の中へと目を向けると、そこにはデュエルディスクを付けてスタンディングデュエルをしている小学生が2人に、それを観戦している同級生かクラスメイト、もしくは同じ塾生が5~6人程。遠目からだが、デュエルは接戦のようで観戦者からは『頑張れー!』や『もう少しで勝てるよ!』、『今はまだ君が動く時ではない』といった声援が絶え間なく送られている。そんな光景を龍姫が微笑ましく(恐ろしく冷たい目で)見ていると、不意に脇腹を隣に並んでいた真澄に肘で小突かれた。

 

 

 

「こら。今はデュエルを見ている場合じゃないでしょ」

「…ごめん。でもあの子が使っているのは《タイガードラゴン》。普通なら《氷帝メビウス》で良いのに《タイガードラゴン》を愛用している辺り、あの子供はよくわかっている。彼はきっと将来優秀なドラゴン使いになるだろう」

「単に《氷帝メビウス》が高価で持ってないんじゃないか? きっとメビウスの代用で使いたくもない《タイガードラゴン》を仕方なく――げふぅっ!?」

 

 刹那。龍姫は無言で手刀を北斗の左脇腹に突き刺した。左足を一歩前に出して軽く腰を落とし、右腕を大きく後ろに引いて腰の回転と合わせて放たれた手刀は正確に北斗の脇腹に入り、その威力に上半身と下半身が横方向へくの字に曲がる。転倒こそはしなかったものの、打撃と刺突を併せ持ったその手刀がもたらす痛みは尋常ではなく、一瞬で彼の額に油汗が結露のように浮き出す。激痛に耐えながらもその場で脇腹を抑え、終には膝が地に着いてしまう北斗。真澄と刃そんな彼を見て僅かばかりの同情の念は送るが、今の発言は北斗の自業自得。龍姫の前でドラゴン族を低評価した方が悪いのだ。

 

「…バーカ……」

「…次は止めない……」

「いや、当ててんじゃねぇか。北斗の奴めっちゃ痛そうだし――ん?」

 

 刃は足元で(うずくま)る北斗に一度目をやり、続いて先ほど龍姫が見ていた公園のデュエルへと視線を移す。どうやらデュエルは終わったようで、先ほど《タイガードラゴン》を使っていた少年の勝ち。その結果に龍姫はどこか満足そうな表情だったが、そんなことよりも刃は公園でデュエルをしていたグループとその周囲に目を向ける。

 小学生のグループは続いて別の組み合わせでデュエルを始めるらしく、嬉々として準備を始め同グループの子供達は次のデュエルがどのようなものになるか期待の眼差しを向けていた。そしてその眼差しは子供達だけではなく、この公園に居る過半数の人間が同じ。

 デュエル、集団、眼差し――単語のピースを刃は自分の脳内で一筋の光となるように繋ぎ合わせ、ふとある考えが閃いた。

 

「待てよ――そうか、その手があったな!」

「…何か思い付いたの、刃?」

 

 流石にやり過ぎたと思い北斗を心配していた龍姫は真澄と共に刃の方へ顔を向ける。その刃はしたり顔で笑みを浮かべ、自信満々にたった今思い付いた作戦を2人(と足元で蹲っている北斗)に説明。作戦の概要を理解した龍姫は静かに頷き、真澄はやや怪訝な表情を浮かべる。北斗はまだ痛みに耐えているのでそれどころではない。

 

「その作戦は良い、私は賛成。すぐに実行しよう。早く、Hurry、マッハで」

「だろ?でもこんな街のド真ん中でやる訳にはいかねぇから、場所を変えようぜ」

「…まぁ、他に良い案が浮かばないから今回は刃の作戦に乗るわ。場所は港区の倉庫街で良いんじゃないかしら?」

「じゃあ港区に行こう。急いで。早急に。可能な限り速やかに」

「おう! おら、いつまで寝てんだよ北斗! さっさと行くぞ!」

「ま、待ってくれ…まだ脇腹が――」

 

 早足で歩く3人の背中を見ながら、北斗は文字通り体に鞭を打って後を追う。この状態は自業自得とはいえ、まるで《ホルスの黒炎竜 LV8》と《D-HERO Bloo-D》と《王宮のお触れ》が相手フィールドに並んでいるくらい理不尽だと思いながら、痛みに耐えつつその足を動かした。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 最初はすごくビックリした。まさか朝一番で社長から『レオ・コーポレーションの社長室に来い』って連絡を受けるとは思わなかったよ。呼び出しについては心当たりが多くて、一体何について言及されるのか気が気じゃなかったし……DPの請求なのか、時間外まで無断でプラクティス・デュエルフィールドを使っていたことなのか、勝手に遊矢とデュエルしたことなのか――どの件で言及されるのかとビクビクして社長室に入っても、しばらく社長と中島さんは無言を貫くし。あまりにも無言状態が続くものだから(無言の手刀)が飛んでくるんじゃないかって、余計な不安を感じていたところで中島さんと赤馬社長からやっと説明が入った。

 要約すると『お前のエクストラのカード、エラーカードだから全部正規品と取り替えろ』とのこと……えっ、別に使っていても特に違和感とかないんですけど。デュエルディスクだってきちんと反応してるし、デュエルには何の支障もないし、別に良いじゃないですかー!

 と、内心で猛反発していたところで社長から『良いからはよ交換しろ』(※私の解釈)と催促。うぅ、しがない非力な塾生の私が社長に抵抗できないのを良いことに……これが権力ってやつか。まぁ交換程度なら別に構わないんですけどね!

 ――そう思っていた私が馬鹿でした。いざLDS内のショップで事情を話してカードを受け取ると、そこで明かされる衝撃の真実。なんとエクストラのカードが全てノーマル仕様になっていた。どういう…ことだ…? 何でわざわざウルトラレアからノーマルに――ハッ! まさかドン・サウザンドが書き換えた…? おのれドン・サウザンド!絶対に許さん!

 

 まぁ入口で待ってもらった真澄達と合流した途端にそんなことは忘れちゃったんだけどね! で、今日の私は真澄達と例の襲撃犯の捜索。ここ最近ずっと市内を探してるんだけど、全くと言って良いほど見つからない。まさか手掛かりの1つすら掴めないなんて――No.同士が惹かれ合うみたいに簡単には見つからないのかな?

 そんなアホなことを考えながら私達4人で今日はどうやって探すか話しながら歩く。前は各自、2人1組など効率や安全を考えながら捜索していたけど、よからぬ結果に。私は正直どれでも良いんだけど、強いて言えば真澄抜きで編み出したバトルロイヤルルールのコンボのために纏まって探したい。

 まず北斗が《セイクリッド・シェアト》を特殊召喚し《セイクリッド・ポルクス》を召喚する。ポルクスの効果でさらに手札から《セイクリッド・グレディ》を召喚し、グレディの効果で《セイクリッド・カウスト》を特殊召喚してモンスターを4体展開。カウストの効果でカウスト自身とグレディのレベルを5にして《セイクリッド・プレアデス》をエクシーズ召喚する。次いで《スター・チェンジャー》でポルクスのレベルを1つ上げてシェアトの効果でポルクスと同じレベル5に。ポルクスとシェアトで2体目のプレアデスをエクシーズ召喚。

 次に刃が手札から《XX-セイバー ボガーナイト》を召喚し、その効果で手札から《X-セイバー パロムロ》を特殊召喚する。フィールドに『X-セイバー』が2体以上いることで手札から《XX-セイバー フォルトロール》を特殊召喚。ボガーナイトとパロムロで《X-セイバー ウェイン》をシンクロ召喚し、シンクロ召喚成功時の効果で手札から《XX-セイバー フラムナイト》を特殊召喚する。フォルトロールの効果でパロムロを墓地から特殊召喚し、ウェインとパロムロで《XX-セイバー ヒュンレイ》をシンクロ召喚し、その効果で相手のバックを可能な限り破壊。フォルトロールとフラムナイトで《XX-セイバー ガトムズ》をシンクロ召喚し、このタイミングで襲撃犯の場にモンスターが居れば北斗のプレアデスでバウンスする。そしてガトムズの効果でヒュンレイをリリースしてハンデスし、《ガトムズの緊急指令》をセットして次弾装填。

 最後に私が手札から《聖刻龍-トフェニドラゴン》を特殊召喚し、《祝祷の聖歌》で手札のレベル6聖刻龍をリリースして《竜姫神サフィラ》を儀式召喚する。リリースされた聖刻モンスターの効果でデッキから《ガード・オブ・フレムベル》を特殊召喚し、トフェニをリリースして手札から《聖刻龍-アセトドラゴン》をアドバンス召喚。トフェニの効果でデッキから《アレキサンドライドラゴン》を特殊召喚し、アセトの効果で自身のレベルを《アレキサンドライドラゴン》と同じレベル4に。そしてレベル4の《アレキサンドライドラゴン》とアセトにレベル1の《ガード・オブ・フレムベル》で《氷結界の龍トリシューラ》をシンクロ召喚。このタイミングで北斗がプレアデスの効果を使って相手のカードをバウンスし、私はトリシューラの効果で手札・場・墓地のカードを3枚除外する。で、まだ相手に手札が残っていればサフィラの効果でさらにハンデス。これで相手の手札・場は焼け野原と化す。このコンボを初手で揃えるために何度ドロー特訓をしたことか…。

 正直、イジメレベルの鬼畜コンボだけど相手が襲撃犯ならこれぐらいやっても罰は当たらないと思う。むしろそれぐらいやらなきゃ私らの怒りは収まらない!バウンスしても(ぶっ倒しても)ハンデスしても(ぶっ倒しても)除外しても(ぶっ倒しても)!襲撃犯には私達の友達を泣かせた罪を償わせてやるんだ!流石にこの鬼畜コンボを食らえばダメージを抑える墓地発動の罠カードや、手札1枚でエクシーズ召喚するカードさえ使われなければほぼ勝てる!それに相手が《究極恐獣》や《バーサーク・デッド・ドラゴン》みたいな全体攻撃効果や、《偉大魔獣ガーゼット》や《クリアー・バイス・ドラゴン》みたいな脳筋効果じゃなければ問題ない。流石にそんな強力モンスターが居る訳がないしね!

 今考えればふつくしいコンボだ……沢渡を練習台に何度も練習した甲斐があったよ。ありがとう沢渡、お母さんに次の市長選で沢渡のお父さんに投票してくれるようにお願いしておくね!

 

 そんな完璧なコンボを思い返していると、ふと公園内でデュエルしている子供達を発見。使っているカードに《タイガードラゴン》の姿が――少年、良いセンスだ。《氷帝メビウス》で充分なこの時代にあえてそのカードを使う心意気、感動した! 君はよくわかっている、メビウスは確かに汎用性の面では優秀だけど、守備力が1000と少し物足りない。だけど《タイガードラゴン》は守備力1800と並の下級モンスターのアタッカーと同じ数値。フリーチェーンの《重力解除》や《エネミーコントローラー》等のカードで表示形式を変更されても生き残る可能性が僅かにある――少年、きっと君は良いドラゴン使いになるだろう。昔の私も君みたいなデッキだったよ!私にも覚えがある。

 うんうん、と感心していたら真澄から(無言の肘打ち)を食らった。痛くない。流石真澄、優しい。そして怒られちゃったけど、別に良いもん! 真澄のメッ! って可愛い顔見れたし!そのことで私が内心ほっこりしていると、北斗の『使いたくもない』の一言でイラっときた私は(無言の手刀)を全力で叩き込んでやった。スカっとしたぜ! ――って、思っていたらあまりの痛さに身を屈める北斗……あ、北斗ごめん。まさかそこまで痛がるとは思わなかった……それか途中で刃が『やめろ龍姫』って言って(無言の手刀)を止めると思ったの。だから私は悪くない! ――ごめん、嘘です。本当に痛そう…ちょっとハリキリ過ぎちゃった、ごめんなさい。今度何でも好き食べ物奢るから許して!

 そう私が北斗のことを心配していると刃が脳内にカン☆コーンと閃いたようで、今日の襲撃犯捜索の作戦を思い付いたらしい。そこで刃が考えた作戦の大まかな内容を私と真澄(と蹲っている北斗)に説明――うん、うんうん、なるほど。それは良い作戦だよ刃!流石LDSジュニアユース部門シンクロコースの首席…! 蟹さんのように頭の回転が早く、こういう作戦を瞬時に思い付く辺り素晴らしいね!この作戦に異論なんて全くない! 大賛成の私はもうさっさとその作戦を実行に移したいよ!さぁ急ぐよみんな!何だったら走っても良いくらい! ほら、もっと早く疾走(はし)れー! 北斗もいつまで蹲ってるのさ! あの程度でダウンするなんてそれでもデュエリストなの! え、脇腹? 知らん、そんなことは私の管轄外だ。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 舞網市港区の倉庫街に4人は無事到着。脇腹を抑えながら何とか付いてきた北斗も時間の経過と共に脇腹の痛みが治まったのか、普段通りのやや高慢な雰囲気に戻る。まず4人はそれぞれ周囲を軽く散策し、人が隠れられそうな場所を探した。倉庫と倉庫の間の狭い通路、無造作に開かれた廃棄コンテナ、トラックの荷台など候補が3つほど。途中、龍姫が『No.34』と書かれた倉庫を見て『テラバイト先生!?』と内心驚いて固まっていたが、そんな龍姫を真澄が無理矢理連れて行き、再び4人で集まって作戦の再確認を行う。

 

「――よし、んじゃあ俺は廃棄コンテナの中。北斗はトラックの荷台でそれぞれ待機」

「私と真澄はこの通りでデュエルをする…」

「LDSの塾生がデュエルしているとなれば襲撃犯は私達に近付くかもしれない――考えたわね、刃。こっちから探すんじゃなくて、逆にあっちを(おび)き出すなんて」

「あぁ、けどこれは龍姫が公園のデュエルに夢中になっていたから思い付いたんだよ。デュエルをすれば人はそれを観に来る――だが、俺らLDSが目立つ所でデュエルしていちゃ襲撃犯のヤロウはそう簡単には姿を現さない。なら逆に人目の少ないところで、かつ少数ならホイホイ誘い出せるって訳だ」

「なるほど…まさか龍姫、あの公園のデュエル見学でそこまで考えて…!」

「………当然…」

 

 口調と顔はいつも通り冷淡に、しかし内心では『ちげーよ北斗』と震えながらも龍姫は自信あり気にそう答えた。その普段と同じ振る舞いに3人は《神の宣告》、《神の警告》、《激流葬》、《大革命返し》、《ブレイクスルー・スキル》のセットカードが揃っている程の安心を感じる。まさかあの公園でのデュエル見学でこの作戦発案を思い付かせるとは――やはり単独で融合・儀式・シンクロ・エクシーズを使う奇想天外さは伊達ではないと、刃は改めて龍姫の底知れぬ思考に慄いた。そして4人は改めて作戦の最終確認を行う。

 

 作戦は大まかに説明するとこうだ。

・龍姫と真澄がこの人気(ひとけ)のない港区の倉庫街でデュエルをする。

・デュエルの間、北斗と刃は身を隠す。

・LDSの各コースのジュニアユース部門トップ同士がデュエルしているとなれば襲撃犯はそれに誘い出される。

・襲撃犯の姿を確認したところで北斗と刃がLDSへ連絡し、襲撃犯が逃げられないように退路を塞ぐ。

・襲撃犯をデュエルで拘束する(LDSから増援が来るまで)。

 この方法ならば仮にデュエル中の龍姫や真澄に危害が及びそうになっても、隠れていた北斗か刃がすぐ救援に向かうことができ、さらにLDSへの連絡も迅速に行うことが可能。まさに完璧の布陣――さながら《マジック・キャンセラー》、《人造人間-サイコ・ショッカー》、《エンジェルO7》、《大天使クリスティア》、《異星の最終戦士》が場に並んでいる程の盤石な体制である。

 作戦を再確認すると、龍姫は懐からデュエルディスクを取り出し腕に装着。準備は整ったと言わんばかりに真澄の方へ目を向けた。

 

「早速始めよう。作戦とはいえ不本意だけど、デュエルするしかない。本当に残念。仕方ない。だから早くやろう」

「素直にデュエルができて嬉しい癖に…」

「まぁ最近はシングルでやってなかったからな。んじゃ、本気でやってくれよ真澄、龍姫。でなきゃ襲撃犯の野郎を誘き出せないかもしれねぇ」

「当然」

「アンタ達もしっかりやりなさいよ?ほら、さっさと荷台とコンテナの中に隠れるのよ」

「わかっているさ。危なくなったらすぐに大声を出すんだ真澄、龍姫」

「ちゃんとわかっているわよ、ねぇ龍姫?」

「当然。だから早くデュエルしよう」

 

 本当にデュエルが好きな奴だなと、刃と北斗は苦笑しつつもそう思う。彼らは一度2人に軽く目配せし、サムズアップしてそれぞれの持ち場へと向かった。刃は廃棄コンテナの中、北斗はトラックの荷台へ。

 そして龍姫と真澄は一定の距離を取ると、腕に付けたデュエルディスクを展開。作戦とは言え、デュエルはデュエル。全力でやらねば相手はもちろんのこと、デュエルモンスターズに対しての無礼だ。お互いにそのことを理解しており、2人の目は真剣そのもの。両者共にデッキからカードを5枚引き、デュエルの準備を整えた。示し合わせた訳でもなく、互いに一拍置いてから高らにデュエルの始まりを発する。

 

「デュエル」

「デュエル!」

 

 

 

――――――――

 

 

 

「私の先攻。まずは手札から儀式魔法《高等儀式術》を発動する。手札の儀式モンスター1体を選び、そのモンスターのレベルと等しくなるようにデッキから通常モンスターを墓地に送ることで、選んだ儀式モンスター1体を特殊召喚する」

 

 いつもの専用儀式魔法ではなく聞き覚えのない儀式魔法に真澄は目を細めるが、その効果を聞いて納得した。普段であれば《祝祷の聖歌》で『聖刻モンスター』をリリースすることで儀式召喚し、『聖刻』モンスター共有のリリースされた時の効果でモンスターを展開。そこからシンクロ召喚やエクシーズ召喚に繋げるのが龍姫の基本戦術であるが、今回はデッキに重点を置いた。

 確かにモンスターの展開も戦術としては非常に有効ではあるが、何も展開するだけがデュエルではない。展開すればする程カードの消費は増え、防御札を満足に用意することができない可能性もある。またデッキの通常モンスターに限れば手札に抱えても余らせてしまうことは多々あるので、それを直接引かずに墓地へ送ることができれば魔法・罠カードを引く確率は多少上がるだろう。それに上級通常モンスターの場合を引いた場合は目も当てられない状況になってしまうことは真澄自身も《ジェムナイト・クリスタ》で経験しており、僅かな手札事故を回避するためにもこの戦術は正しいのだ。むしろ能動的に通常モンスターを選んで墓地に遅れる点で真澄は羨ましくさえ思う。

 

「私は手札のレベル6・儀式モンスターの《竜姫神サフィラ》を見せる。そしてデッキからレベル6・通常チューナーモンスターの《ラブラドライドラゴン》を墓地に送ることで、《竜姫神サフィラ》の儀式召喚を執り行う――祝福の祈りを奏で、聖なる歌で光を導け! 儀式召喚! 光臨せよ、《竜姫神サフィラ》!」

「来たわね、龍姫のエースモンスター…!」

 

 普段のように6本の光が降り注ぐソリッドビジョンではなく、龍姫のフィールドの地面に突如として緑色に輝く魔法陣が出現した。黒く濁った虹色の鱗を持った竜《ラブラドライドラゴン》がその魔法陣の中に光の粒子となって吸い込まれる。

 いつもは天空から神々しい光と共に現れるサファイアブルーの鱗を持った竜人型モンスターの《竜姫神サフィラ》が、今回は地面から樹木の生長ように現れた。しかし普段の神々しさは変わらず、その後ろ姿を見て龍姫は冷淡な表情を浮かべつつも内心では満足気だ。

 そしてこれだけはまだ終わらないと言わんばかりに龍姫は残った3枚の手札の1枚へと指を伸ばし、そのカードをモンスターゾーンへと慣れた手つきで置く。

 

「手札から《ドラゴラド》を召喚。このカードが召喚に成功した時、墓地から攻撃力1000以下の通常モンスター1体を守備表示で特殊召喚する。私は墓地より攻撃力0の《ラブラドライドラゴン》を特殊召喚。そして特殊召喚された《ラブラドライドラゴン》を墓地に送り、魔法カード《馬の骨の対価》を発動する。私の場の効果モンスター以外のモンスター1体を墓地に送ることでデッキからカードを2枚ドロー」

 

 小さな体躯の可愛らしいドラゴン《ドラゴラド》が現れたと思えば、そのまま流れるように上級モンスターの《ラブラドライドラゴン》が墓地から蘇り、3秒とフィールドに滞在することなく《馬の骨の対価》のコストとして再度墓地へ送られた。

不憫な子、と真澄が思いつつもこれで龍姫の手札は3枚。カードアドバンテージ的にはサフィラを儀式召喚した時と同じ手札枚数であり、違う点はフィールドに《ドラゴラド》が居ること。しかし今回は『聖刻』モンスター特有の自身の特殊召喚・妥協召喚は通常召喚権を使った今ではさらなる展開は不可能。ここからシンクロ召喚やエクシーズ召喚に繋げられることはないだろうと思っていた――

 

「ライフを1000支払い、《簡易融合》(インスタントフュージョン)を発動。エクストラデッキからレベル5以下の融合モンスター1体を融合召喚扱いで特殊召喚。ただし、この効果で特殊召喚したモンスターはこのターン攻撃できず、エンドフェイズに破壊される……現れよ、レベル4《暗黒火炎龍》」

「――っ、」

 

 ――が、その予想は早くも裏切られる。ライフポイントの4分の1を犠牲にして発動できる《簡易融合》の存在は知っていた。自身の在籍する融合コースの中でも通常の融合召喚で行うカードの消費をかなり抑えるため、効果は強力。ただしレベル5以下・攻撃不可の条件から融合コースの生徒からもライフポイントの4分の1を払ってまで使う必要はないと軽視されていた。

 だが龍姫が使うとなるとその用途は大きく広がる。普段のシンクロ・エクシーズはもちろんのこと、先ほど使った魔法カード《馬の骨の対価》の条件を満たしたモンスターを、通常召喚権を温存した状態で使えるならば手札交換用に採用する価値はあるのだろうと真澄は思った。そして龍姫の場にレベル4のモンスターが2体揃った――この状況ならば、あの少々面倒なモンスターが出るのだろうと察する。

 

「…私はレベル4の《ドラゴラド》と《暗黒火炎龍》でオーバーレイ。2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築――竜弦を響かせ、その音色で闇より竜を誘え! エクシーズ召喚! 降臨せよ、ランク4! 《竜魔人 クィーンドラグーン》!」

 

 今度は予想通りといった形ではあるものの、真澄の表情は険しい。本来ならば真っ先に《竜姫神サフィラ》を倒したいところだが、自身以外の自軍ドラゴン族に戦闘破壊耐性を付与させる《竜魔人 クィーンドラグーン》の存在で余計にアタッカーを出さなければならない。攻撃力は2200とさほど高くはないが、それでも上級モンスター並のステータスのモンスターを出さなければ突破できないのだ。また、それだけではなく――

 

「……オーバーレイ・ユニットを1つ使い、クィーンドラグーンのモンスター効果を発動。墓地のレベル5以上のドラゴン族1体の効果を無効にし、このターンの攻撃不可の条件で特殊召喚する。蘇れ、レベル6《ラブラドライドラゴン》」

 

 ――この展開補助能力も厄介だ。もし墓地に『聖刻』モンスターが居て、手札に特殊召喚できる『聖刻』モンスターが居ればさらにフィールドは厄介なことになっていたことは想像に難くない。クィーンドラグーンの効果対象が通常モンスターの《ラブラドライドラゴン》であったことは幸いだろう(守備力2400は中々に面倒ではあるが)。

 

「カードを2枚伏せてエンドフェイズに移行。ここで《竜姫神サフィラ》の効果が発動する。このカードが儀式召喚に成功したターン、もしくはデッキ・手札から光属性モンスターが墓地に送られたターンのエンドフェイズに3つの効果から1つを選択して発動。私は''デッキからカードを2枚ドローし、1枚捨てる''効果を選択。デッキからカードを2枚ドローし、その後1枚捨てる――私はこれでターンエンド」

「…私のターン、ドロー」

 

 ドローカードに目を配り、それをそのまま手札に加えて真澄は状況を確認する。今の龍姫のモンスターは《竜姫神サフィラ》と《竜魔人 クィーンドラグーン》、《ラブラドライドラゴン》の3体で、セットカードは2枚。手札は先のドロー効果で補充したが僅か1枚――いつものように展開しつつ、今回は防御(バック)も十全。セットカードが怖いが、何度もデュエルしている経験から龍姫はモンスター除去のカードをほとんど入れていないことはわかっている。となると伏せカードはドラゴン族のサポートカード、もしくは汎用性のある防御系だろうと察した。

 そして自分の手札を改めて見る。一応は動けるものの、この程度の攻めでは龍姫の牙城を崩すことは難しい。ならばここは自分のドロー力を信じ、多少無理をしてでも徹底的に攻め込もうと手札のカードに指をかける。

 

「手札から魔法カード《吸光融合(アブソーブ・フュージョン)》を発動よ。デッキから『ジェムナイト』カードを1枚手札に加えるわ。私はデッキから《ジェムナイト・フュージョン》を手札に。このカードを発動したターン、私は『ジェムナイト』モンスターしか特殊召喚できない――そして手札から《ジェムレシス》を召喚。このカードが召喚に成功した時、デッキから『ジェムナイト』モンスター1体を手札に加えることができる。私はデッキから《ジェムナイト・オブシディア》を手札に加えるわ」

 

 魔法、効果モンスターの効果で状況に適したカードをデッキから手札に加える真澄。その様子を今はただ静観するしかない龍姫は何も行動は起こせないが、どの融合モンスターが呼び出されるのかと心の中では緊張感が張り詰めている。何度もデュエルしている相手だからこそある程度の戦術は予想できるが、下手をすれば1ショットkillをされかねない。そんな緊張感を持ち龍姫はどの融合『ジェムナイト』モンスターが来るのかと身構えた。

 

「さぁ、行くわよ――私は手札から魔法カード《ジェムナイト・フュージョン》を発動! 手札・フィールドから『ジェムナイト』融合モンスターによって融合素材モンスターを墓地に送り、その融合モンスター1体を融合召喚する! 私は手札の《ジェムナイト・ガネット》と《ジェムナイト・オブシディア》を融合! 紅の真実よ、鋭利な漆黒よ! 光渦巻きて新たな輝きと共に1つとならん!」

 

 真澄のフィールド上空に真紅の炎を纏った騎士《ジェムナイト・ガネット》と黒曜の数珠をその身にかけた騎士《ジェムナイト・オブシディア》が一瞬ソリッドビジョンとして映し出される。融合モンスターを融合召喚する独特の赤と緑光が渦巻き、《ジェムナイト・ガネット》と《ジェムナイト・オブシディア》がその光の中へその身を投じ、新たな光が強く輝く。そしてその光の中から青い衣を背に、真紅の鎧と紅蓮の槍を持った騎士がその姿を現した。

 

「融合召喚! 現れよ、熱情の求道者! 《ジェムナイト・ルビーズ》!」

「《ジェムナイト・ルビーズ》…」

 

 融合召喚された《ジェムナイト・ルビーズ》の姿を見て、龍姫は僅かに眉を(ひそ)める。効果を持った『ジェムナイト』融合モンスターの中では第2位の攻撃力2500を誇り、その効果も実に攻撃的なものだ。また、状況的にも考えられる一手ではある。だが、龍姫の注意は《ジェムナイト・ルビーズ》ではなく墓地に送られた方のカードに向かう。

 

「ここで融合素材として墓地に送られた《ジェムナイト・オブシディア》のモンスター効果発動!このカードが手札から墓地に送られた場合、私の墓地からレベル4以下の通常モンスター1体を私の場に特殊召喚する! 私は同じく融合素材として墓地に送られた通常モンスター、《ジェムナイト・ガネット》を特殊召喚!」

「……場には《ジェムレシス》と《ジェムナイト・ガネット》。そして墓地に『ジェムナイト』モンスターと《ジェムナイト・フュージョン》…」

「何度もデュエルをしているだけわかっているわね――と言いたいところだけど今の私の手札では攻め切れない。だからここは一旦ドローに賭けるわ。私は場の《ジェムナイト・ガネット》を墓地に送り、手札から魔法カード《馬の骨の対価》を発動。さっき龍姫も使ったから説明は不要ね。デッキからカードを2枚ドローよ」

 

 颯爽と場に現れた《ジェムナイト・ガネット》だったが、その姿は10秒と保たずにフィールドから姿を消す。その身を魔法カードと共に2枚のドローカードへと捧げ、その2枚を見た瞬間真澄の口端が僅かに吊り上がった。

 この手札であれば牙城を崩すどころか、《簡易融合》を使用し残りライフが3000しかない龍姫のライフを削り切れると確信する。真澄は不敵な笑みを浮かべつつ、指先をデュエルディスクのウィンドウにタッチし、そのプレイングを実行に移した。

 

「私は墓地の《ジェムナイト・フュージョン》のさらなる効果を発動。墓地の『ジェムナイト』モンスター1体をゲームから除外することで、墓地のこのカードを手札に加える。私は墓地の《ジェムナイト・オブシディア》をゲームから除外し、《ジェムナイト・フュージョン》を手札に加えるわ」

 

 先ほどの龍姫の呟きを体現するかの如く、真澄は予想通りと言わんばかりにその呟きの続きをプレイングで示す。後攻の6枚スタートの手札は融合召喚で3枚にまで減った筈だが、それがドローカードと自己回収効果を持った《ジェムナイト・フュージョン》によって手札は5枚。

融合モンスターと下級モンスターがフィールドに存在しつつ、何故まだ5枚も手札があるのだと龍姫は(自分のことを棚に上げながら)目を細める。尤も当の真澄はそんな龍姫の内心などお構いなしに次の一手のために再度手札の魔法カードを手に取った。

 

「もう1度行くわよ、手札から《ジェムナイト・フュージョン》を発動! 手札の《ジェムナイト・ラピス》と《ジェムナイト・ラズリー》を融合! 神秘の力秘めし碧き石よ、今光となりて現れよ! 融合召喚! レベル5、《ジェムナイトレディ・ラピスラズリ》!」

 

 再び真澄のフィールドに瑠璃色の光が渦巻き、少女のような2体の宝玉が1つとなる。一瞬、激しい光が走った途端、その光の中から瑠璃色の装いの少女の人形《ジェムナイトレディ・ラピスラズリ》が姿を現した。

 そのモンスターを目にした途端、龍姫は内心で酷く顔を歪ませる。表面上はいつもと同じ冷淡なそれであるため真澄には気付かれないが、実際は《ジェムナイトレディ・ラピスラズリ》の登場で少し焦っていた。一応対策手段こそはあるものの、こんな序盤で出されるとは思わなかったのだ。セットカードは別の『ジェムナイト』融合モンスター対策に伏せていたが、まさかこっちを相手に使わせられることは完全に予想外だった。

 

「融合素材として墓地に送られた《ジェムナイト・ラズリー》のモンスター効果発動。このカードがカード効果で墓地に送られた場合、墓地の通常モンスター1体を手札に加えることができる。私は墓地の《ジェムナイト・ラピス》を手札に。そして《ジェムナイトレディ・ラピスラズリ》のモンスター効果を発動! 1ターンに1度、デッキ・エクストラデッキから『ジェムナイト』モンスター1体を墓地に送り、場の特殊召喚されたモンスターの数×500倍のダメージを相手に与える!」

「――っ、罠カード《ダメージ・ダイエット》を発動…! このターン、私が受けるダメージを全て半分にする…!」

 

 真澄に流されるままにされてたまるものか、と龍姫は精一杯の抵抗をセットカードで示す。表情は相変わらず冷淡なそれだが、心の内では滝汗を流していた。

 今フィールドに存在する特殊召喚されたモンスターの数は5体。このままでは2500もの効果ダメージを受けることになるが、素直に受けては龍姫の残りライフは僅か500になってしまう。場に居る3体は自分で場に出したモンスターだが、それを逆に利用する真澄の強かさに龍姫は感服する。

 

「あら残念、通っていれば1ショットkillができたのに」

「…そう簡単に1ショットkillされたら困る……」

 

 その真澄は口では残念と言う割に、表情からはそういった印象は微塵も感じられない。精々、サイクサイク大嵐が通れば良いくらいの表情だ。

 対して龍姫も極力涼しい顔をしているものの、内心では『ジェムナイト』の1ショットkill豊富さ、そしてそれを難なく、かつ躊躇いもなく使う真澄に恐怖を感じている。いつもなら《ジェムナイト・プリズムオーラ》辺りで除去し、そこから戦闘ダメージでの決着を狙って来る筈だが、今回はまさかの効果ダメージ。やはりライフ4000の世界でバーン対策を多少は入れておかないとこの先生き残れないと龍姫は静かに思った。

 

「まぁ龍姫相手に素直に1killできるとは思ってないわ。効果処理を続けるわよ? 私はラピスラズリの効果でデッキに眠る2体目の《ジェムナイト・ラズリー》を墓地に送り、フィールドに特殊召喚されたモンスター数の500倍のダメージを龍姫に与える! フィールドに特殊召喚されたモンスターの数は5体! よって2500のダメージを――って言いたいところだけど、《ダメージ・ダイエット》の効果で半分の1250のダメージを受けてもらうわ!」

 

 《ジェムナイトレディ・ラピスラズリ》が両手を胸の前で広げ、掌から球体状の光が龍姫へ向けて放たれる。龍姫に直撃する直前で半透明の壁のようなものがその光球を遮ろうとするが、それでも龍姫のライフポイントが3000から1750へと減少。1000ポイントは自分で支払ったものの、よもや2ターン目でライフが半分になったことに龍姫は少しばかり気を落とす。

 

「そして《ジェムナイトレディ・ラピスラズリ》の効果で墓地に送られた2体目のラズリーの効果も発動。墓地の通常モンスター、《ジェムナイト・ガネット》を手札に加える。さらに墓地のラズリーをゲームから除外し、再び墓地に存在する《ジェムナイト・フュージョン》の効果を手札に戻してそのまま発動!」

 

 だがそんな龍姫の心情など自分の管轄外だと言わんばかりに真澄はこのターン3度目の発動となる《ジェムナイト・フュージョン》をデュエルディスクにセット。

先の2回の融合召喚に使用された《ジェムナイト・ガネット》と《ジェムナイト・ラピス》が真澄の真上にソリッドビジョンで現れ、紅色と瑠璃色の光となって渦巻きその身を1つにする。

 

「紅の真実よ、碧き秘石よ、今1つとなりて新たな光を生み出さん! 融合召喚! 現れよ、幻惑の輝き! 《ジェムナイト・ジルコニア》!」

「……ここでジルコニア…?」

 

 内心で『ワンターンスリィフュージョン…』と龍姫が呑気に考えていた最中、本デュエル2度目の想定外の展開にボソリと呟く。

 3回目の融合召喚で現れる融合モンスターは《ジェムナイトレディ・ラピスラズリ》とガネット、ラピスを素材とした《ジェムナイトマスター・ダイヤ》だと龍姫は思っていた。素材にしたラピスラズリをダイヤの効果でコピーして効果ダメージを与え、さらにルビーズの効果でダイヤをリリースして高攻撃力で攻撃すれば真澄の1ショットkillが成立する。自分の伏せカードを警戒して攻撃モンスターを増やしたか、それとも何か別の戦術が真澄の残されている2枚の手札にあるのかと龍姫が思案する中、真澄の背後のコンテナの中から刃がひょっこりと顔を出し、口だけを動かして龍姫に何かを伝えようとしていた。

 

(龍姫、これは襲撃犯の野郎を誘き出すデュエルだ。本気で、かつ、長くやってもらわなきゃ意味がねぇんだよ)

(『龍姫、これは真澄のエンターテイィ↑メントデュエルだ。だが、しかし、まるで全然お前のプレイングでは程遠いんだよねぇ!』――なるほど、そういうことだったんだ)

 

 だが、しかし、まるで全然意見が伝わらない。龍姫は無言のまま内心でサムズアップして『うん!』と答え、刃へ小さく頷く。それを見た刃も『あぁ!』と笑顔で返す。’’不動性ソリティア理論’’講義好きな2人としてはよくこれで日常的に互いの意思が伝わっていたものの、何故かこの時ばかりは会話のドッチボールとなってしまった。

 そんな2人のやりとりを知る由もない真澄はそのまま次のプレイングへと移る。

 

「ここで《ジェムナイト・ルビーズ》のモンスター効果を発動! 場の『ジェム』モンスター1体をリリースし、リリースしたモンスターの攻撃力を自身の攻撃力に加える! 私は《ジェムレシス》をリリースし、ルビーズの攻撃力を1700アップさせる!」

「攻撃力4200…」

「これで私の場の3体のモンスターは龍姫の3体のモンスターの攻守を上回ったわ! バトル! 《ジェムナイトレディ・ラピスラズリ》で《竜魔人 クィーンドラグーン》、《ジェムナイト・ルビーズ》で《ラブラドライドラゴン》、《ジェムナイト・ジルコニア》で《竜姫神サフィラ》に攻撃!」

 

 声高らかに真澄は3体の『ジェムナイト』融合モンスターに攻撃宣言を下す。《ジェムナイトレディ・ラピスラズリ》の放つ光弾は《竜魔人 クィーンドラグーン》を飲み込み、《ジェムナイト・ルビーズ》の槍が《ラブラドライドラゴン》を貫き、《ジェムナイト・ジルコニア》の巨腕が《竜姫神サフィラ》を襲う。

 それぞれ攻撃力の差分、さらに守備表示モンスター相手との戦闘でもダメージを与えることのできる《ジェムナイト・ルビーズ》の貫通効果により、龍姫のライフは1750から一気に650ポイントにまで削られる。

また、今回召喚されたサフィラは専用の儀式魔法《祝祷の聖歌》以外での儀式召喚のため、《祝祷の聖歌》が墓地に存在するハズのない今、真澄にとってサフィラは単なる攻撃力2500のモンスター。破壊耐性のないサフィラは恐れるに足らないと思っての攻撃。しかし――

 

「サフィラとジルコニアの戦闘時、墓地から儀式魔法《祝祷の聖歌》の効果を発動。自分の場の《竜姫神サフィラ》が破壊される場合、代わりに墓地のこのカードをゲームから除外することで破壊を無効にする」

「なっ、そのサフィラは《高等儀式術》で召喚されたハズ! 墓地にあるハズが――」

 

 『ない』とまで言い切る寸前で真澄はハッと思い出した。確かにあの《竜姫神サフィラ》は《高等儀式術》で召喚された――その事実は変わらない。しかし、《祝祷の聖歌》自体(・ ・)を墓地に送る機会はあった。それも初ターンに。いつもの龍姫ならあそこでドラゴン族を捨て、《超再生能力》を発動させて手札補充(ドローターボ)していただけにこんな単純なことを見落としていたのかと、真澄は自分の浅慮さに苛立ちを覚える。

 

「くっ、最初のターンでサフィラの効果で《祝祷の聖歌》を墓地に捨てたのね…!」

「ご明察。よってサフィラはこの戦闘では破壊されない」

 

 涼しい表情で龍姫は言い切るが、内心では『儀式魔法落ちてなかったらヤバかった』と慌てふためく。そんな龍姫の本心など知らない真澄は顔を顰め、一呼吸置いてから落ち着きを取り戻すと普段の余裕を持った表情へ変わる。

 

「中々姑息な手を使うじゃない龍姫、そこまでしてエースを守るなんて」

「…何とでも言っていい。私とてサフィラを守らなければならない」

「それはカードアドバンテージの確保? それとも好きなカードだから?」

「両方」

 

 真澄は嫌味ったらしく言うものの、当人である龍姫は某白き盾の言葉をもじって即答。本当にブレることがなく、気持ちの良いほど真っ直ぐ答える龍姫に苦笑しつつ、真澄は残った2枚の手札に指をかける。

 

「これ以上は何もできないから無駄ね。私はカードを2枚伏せ、ターン――」

「エンドフェイズに永続罠《復活の聖刻印》を発動。この永続罠は自分のターンと相手のターンで適用される効果が変わる――今は相手ターン、よって私は’’相手ターンに1度、デッキから『聖刻』モンスター1体を墓地に送る’’効果を使う。デッキから《聖刻龍-ネフテドラゴン》を墓地に送る」

 

 真澄が『エンド』と言い切る前に龍姫得意のエンドフェイズ罠が発動する。いつものことなのだが油断していたところに突如として発動宣言されたため真澄の体が軽く跳ねるも、すぐ普段通りに振る舞う。

 

「やっぱりそのカードね。エンドフェイズに入った以上私は何もできないわ。さ、やりたいことをしなさい龍姫」

「言われなくても。デッキから光属性モンスターが墓地に送られたことで《竜姫神サフィラ》の効果が発動する。私は再びデッキから2枚ドローし、1枚捨てる効果を選択。デッキからカードを2枚ドローし、1枚捨てる」

「…他に発動する効果は?」

「ない」

「じゃあ今度こそターンエンドよ」

「私のターン、ドロー」

 

 ドローカードを横目で見て、龍姫は改めて状況を確認した。現在真澄のライフポイントは4000の無傷、手札は0と次ターン以降攻勢には出にくく、フィールドには融合モンスター3体――攻撃力2900の《ジェムナイト・ジルコニア》、攻撃力2500の《ジェムナイト・ルビーズ》、攻撃力2400の《ジェムナイトレディ・ラピスラズリ》、そして2枚のセットカード。

 一方の自分のライフポイントは僅か650で手札は3枚、フィールドには攻撃力2500の儀式モンスター《竜姫神サフィラ》、永続罠の《復活の聖刻印》のみ。

ライフアドバンテージでは大きく引き離され、カードアドバンテージに限ればほぼ互角。だが残っている3枚の手札があればその両方を覆すことも充分に可能。何を引けるかにもよるが、一旦手札補充とモンスターの展開が先決かと手札の魔法カードをデュエルディスクにセットする。

 

「永続罠《復活の聖刻印》を墓地に送り、手札から魔法カード《マジック・プランター》を発動。自分フィールドの永続罠を墓地に送ることでデッキから2枚ドローする――さらに墓地に送られた《復活の聖刻印》の効果も発動。このカードが墓地に送られた場合、墓地の『聖刻』モンスター1体を特殊召喚する。私は真澄のターンで墓地に送った《聖刻龍-ネフテドラゴン》を特殊召喚」

 

 魔法カード1枚の利益がおかしい、と真澄はいつものことながら思った。2枚もドローしておきながらモンスターも墓地から特殊召喚されるなんて理不尽ではないのかと感じる。しかし実際に龍姫のデッキには《復活の聖刻印》や《竜魂の城》、《竜の逆鱗》といった永続罠が投入されているので《マジック・プランター》が入っていても別におかしくはない。ただ使う時は発動コストが決まっているかのように《復活の聖刻印》。何故毎回毎回あんな引きと状況を作れるのかと、真澄は不思議に思う。

 一方、当の本人は新たに引いて4枚に増えた手札を見て心の中で首を傾げた。場に『聖刻』モンスターが居るのだから展開とネフテドラゴンのコスト用に新たに『聖刻』モンスターを引けるハズだと思っていたが、この手札か察してもう少しだけデッキを掘り進める必要があるのだろうと強引に納得する。

 

「私はネフテドラゴンをリリースし、速攻魔法《神秘の中華鍋》を発動。自分フィールドのモンスター1をリリースすることでそのモンスターの攻撃力か守備力、どちらかの数値分ライフポイントを回復する。私はネフテドラゴンの攻撃力を選択し、ライフを2000回復。さらにリリースされたネフテドラゴンのモンスター効果。デッキからドラゴン族・通常モンスターの《神龍の聖刻印》を攻守0にして特殊召喚。そして《神龍の聖刻印》をリリースし、魔法カード《アドバンスドロー》を発動。自分の場のレベル8以上のモンスター1体をリリースして2枚ドロー」

 

 やっていることは2枚の手札交換。だが、ここで新たに引いた2枚のカードを見て龍姫の頬が僅かに緩んだ。この手札なら新たにデッキに投入したモンスターを披露できる上、真澄の場の3体の融合モンスターも一掃できる。

 

「私は手札から《聖刻龍-アセトドラゴン》をリリースなしで召喚。このカードは攻撃力を1000にすることでリリースなしで召喚できる。さらにアセトドラゴンをリリースし、手札からネフテドラゴンを特殊召喚。この瞬間、リリースされたアセトドラゴンのモンスター効果発動。デッキからドラゴン族・通常チューナーモンスターの《ギャラクシーサーペント》を攻守0にして特殊召喚する」

「…どうやら準備が整ったみたいね」

 

 レベル5のモンスターとレベル2のチューナー、それも両方ドラゴン族――この条件であればここで《エクスプロード・ウィング・ドラゴン》だと真澄は考えていた。この状況であれば効果の適用範囲的に《ジェムナイトレディ・ラピスラズリ》を破壊して2400の効果ダメージを与えるつもりかと勘繰る。

しかしこの状況ならば《エクスプロード・ウィング・ドラゴン》を出すより、レベル1チューナーの《ガード・オブ・フレムベル》を呼び出し、レベル6シンクロモンスターで攻撃力2600を誇る《大地の騎士ガイアナイト》を出した方が良策なのではないかと感じた。ダメージ量こそ劣るが、その方が自分の融合モンスター2体を葬れる上、次ターンでの被害も最小限に抑えられる。一体何の目的があってレベル7シンクロモンスターを出そうとしているのかと真澄は訝しげに龍姫の場に注目した。

 

「…この子は真澄の前では初めて見せる」

「えっ――」

「――私はレベル5・光属性のネフテドラゴンにレベル2の《ギャラクシーサーペント》をチューニング。大いなる光道の守護者よ、仇成す者に裁きを与えん! 」

 

 青く輝く星のような煌めきを持つ竜《ギャラクシーサーペント》が緑色のリングへ身を変え、その中に紫色の鱗を持つ金色の装飾で彩られた龍《聖刻龍-ネフテドラゴン》が駆ける。そして一瞬眩い光が照らし、光の中から神々しくも巨大な龍と、その背に剣を振り上げた天使が姿を現す。

 

「シンクロ召喚! 光臨せよ、レベル7! 《ライトロード・アーク ミカエル》!」

「これは…」

 

 龍姫の言う通り、真澄が初めて見るシンクロモンスター。シンクロモンスター自体は何度か見たことはあるものの、どれも比較的安価なDPで手に入れられるものばかり。一応LDSショップ内で名前程度なら見たことはある《ライトロード・アーク ミカエル》だが、そのステータスや効果までは把握していない。ソリッドビジョンで表示される攻撃力は2600と龍姫が稀に使用する《大地の騎士ガイアナイト》と同じ。ならば一体どのような効果を持っているのかと気を引き締める。が――

 

「…《ライトロード・アーク ミカエル》のモンスター効果発動。1ターンに1度、1000ポイントのライフを支払いフィールドのカード1枚を選択して除外する」

「な――除外効果ですって!?」

「1ターンに1度しか使えない上、ライフコストもあるから使えてもあと1回だから安心して良い」

「そっちじゃないわよ!」

 

 ――その効果は予想以上に凶悪だった。除外と言えば除去効果では最高峰の効果だ。通常のデッキで除外はあまり多用せず、使ったとしても自分の《ジェムナイト・フュージョン》のように発動コストで使われてそれっきりという場合が多い。除外されたカードをデッキ・手札・場・墓地に戻すカードも限られる上、今の状況ではそのようなカードはない。破壊等で墓地送りにせず、除外という手段を取って来る辺り流石は総合コース首席と言いたいところだが、せめて自分以外の相手の時にやってもらいたいと真澄は静かに思った。

 

「私は《ライトロード・アーク ミカエル》の効果で《ジェムナイト・ジルコニア》を除外す――」

「――っ、そう簡単にはやらせないわよ! 私は罠カード《輝 石 融 合(アッセンブル・フュージョン)》を発動! 手札・場の融合素材となるモンスターを墓地に送り、『ジェムナイト』融合モンスター1体を融合召喚する! 私は場の《ジェムナイト・ジルコニア》、《ジェムナイト・ルビーズ》、《ジェムナイトレディ・ラピスラズリ》の3体を墓地に送って融合!」

「――っ!?」

 

 《ジェムナイト・ジルコニア》、《ジェムナイト・ルビーズ》、そして《ジェムナイトレディ・ラピスラズリ》の3体が各々の放つ宝玉の輝きと共に1つに交わる。今までで最も強い煌めきがフィールドを照らし、その輝きがゆっくりと形を成していく。

 王の如き威圧感と荘厳さ。その存在をさらに引き立てるように白銀と金剛石が散りばめられた鎧を纏い、その手には各宝玉が埋め込まれた大剣が握られている。『ジェムナイト』モンスターの究極にして至高の輝きを持った騎士がその姿を現す。

 

「幻惑の輝きよ、熱情の求道者よ、神秘の碧き秘石と1つとなりて新たな光を生み出さん! 現れよ――全てを照らす、至上の輝き! 《ジェムナイトマスター・ダイヤ》!」

 

 真澄の持つエースモンスターの登場に龍姫は少しばかり目を細める。本来の目的通り真澄の場の3体の融合モンスターは一掃できたものの、その代わりに『ジェムナイト』最強モンスターが出てくることは完全に想定外だ。折角《神秘の中華鍋》回復してから使えるようになった《ライトロード・アーク ミカエル》の発動コスト1000ポイントも無駄に終わり、自分の残りライフは1650。また――

 

「《ジェムナイトマスター・ダイヤ》の攻撃力は私の墓地の『ジェム』モンスターの数×100ポイントアップする! 今の私の墓地にいる『ジェム』は6体! よって攻撃力は3500!」

 

 ――この高攻撃力も非常に厄介だ。一応龍姫の手札には攻撃力強化のカードがあるものの、罠カードである上に上昇値的に《ジェムナイトマスター・ダイヤ》に及ばない。次の真澄のターンの行動にもよるが、下手をしたらやられかねない(本来なら既にやられているが)。

 龍姫は残った2枚の手札に目を通し、せめて次ターンで真澄がマスター・ダイヤを強化するカード、もしくは展開するカードが来ないことを祈りつつ、それらのカードを静かにデュエルディスクにセットした。

 

「…カードを2枚セットし、エンドフェイズ。このタイミングで《ライトロード・アーク ミカエル》のモンスター効果発動。自分のエンドフェイズ毎にデッキの上からカードを3枚墓地に送る。私はデッキトップ3枚――《招来の対価》、《聖刻龍-トフェニドラゴン》、《召集の聖刻印》の3枚を墓地に。さらに光属性モンスターであるトフェニドラゴンが墓地に送られたことでサフィラのモンスター効果が発動。私は再度’’デッキからカードを2枚ドローし、1枚捨てる’’効果を選択する。私はこれでターンエン――」

「ここで罠カード《針虫の巣窟》を発動! 私のデッキの上から5枚を墓地に送る!」

 

 一瞬、龍姫の顔が僅かに歪む。つい先ほど強化・展開用のカードが来ないことを願った瞬間にこれだ。デッキの上から5枚も落とすことは結構な博打だが、『ジェムナイト』ならどのモンスターが落ちようが結局は《ジェムナイト・フュージョン》のコスト、及びマスター・ダイヤの攻撃力強化に繋がる。せめて魔法・罠カードが多めに落ちてくれればと龍姫が祈る中、真澄はデッキトップの5枚を墓地へと送り始めた。

 

 1枚目:《ジェムナイト・ルマリン》

 2枚目:《ジェムナイト・サフィア》

 3枚目:《ジェムナイト・クリスタ》

 4枚目:《ジェムナイト・エメラル》

 5枚目:《ジェムタートル》

 

 『ふざけるな真澄!』と蜘蛛の叫びをあげたくなる衝動を抑え、龍姫は真澄の方を強く睨む。その真澄はこれ以上ない程のしたり顔を浮かべ、当然の結果と言わんばかりの空気を醸し出している。一流デュエリストならばこれぐらいできて当然、そもそも貴女(龍姫)も似たようなことをしているだろうにとその表情が物語っている。

 

「『ジェム』モンスターが5体墓地に送られたことでマスター・ダイヤの攻撃力は500ポイントアップし、その攻撃力は4000になるわ」

「……私はこれでターンエンド…」

 

 エンドフェイズまで進行した以上、龍姫はこのターンで何も行動はできない。

自分のライフは1650、場には《竜姫神サフィラ》、《ライトロード・アーク ミカエル》の2体のドラゴン。セットカードは2枚に、手札は1枚のみ。

 対して真澄の場には攻撃力4000を誇る《ジェムナイトマスター・ダイヤ》が居り、それ以外に場・手札にカードは存在しない。

 次の真澄のドローにもよるが、この状況で凌ぎ切れるかどうか不安を抱えながら龍姫は真澄にターンを渡す。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 その真澄はドローしたカードが罠カードだったことに小さく舌打ちした。このターンで龍姫のセットカードを破壊できるカード、もしくはさらにモンスターを展開できるカードならば手放しで喜んだものの、今引いた罠カードは次ターン以降にしか使えない。

 昔から龍姫のことを知っている真澄からすれば、このターンで龍姫は何が何でも足掻いてくるハズ。ならばその希望の芽を摘んでしまえばと思っていたが、先の《針虫の巣窟》で力を入れ過ぎたのか目的のカードは引けず仕舞いだ。

 仕方ないかと割り切り、ならば現状で徹底的にやるしかないと真澄はフィールドに目を見張る。

 

「《ジェムナイトマスター・ダイヤ》のモンスター効果発動! 墓地のレベル7以下の『ジェムナイト』融合モンスター1体をゲームから除外し、そのモンスターと同じ効果を得る! 私は墓地の《ジェムナイトレディ・ラピスラズリ》を除外し、その効果をマスター・ダイヤに! そしてラピスラズリの効果を得たマスター・ダイヤの効果を発動! エクストラデッキから《ジェムナイト・マディラ》を墓地に送り、場の特殊召喚されたモンスターの数×500ポイントのダメージを相手に与える! 場の特殊召喚されたモンスターの数は3体! これにより1500のダメージを龍姫に!」

「…墓地から罠カード《ダメージ・ダイエット》をゲームから除外して効果を発動。このターン、私が受ける効果ダメージを半分にする……よってダメージは半分の750」

 

 《ジェムナイトマスター・ダイヤ》は手に持った大剣を高く振り上げ、垂直に叩き付けるように振り下ろす。その切っ先から朱色の光が真っ直ぐに龍姫の方へ向かう。

 龍姫の方も素直に受ける訳にはいかないとばかりに、先の攻防で使用した《ダメージ・ダイエット》の第2の効果を発動。龍姫の眼前に再度透明な壁が出現し、マスター・ダイヤの放った朱光をある程度分散させ、ダメージを抑える。これで龍姫の残りライフポイントは900。攻撃力4000のマスター・ダイヤがサフィラかミカエル、どちらかに攻撃すればその超過ダメージだけでも龍姫の敗北は確定する。

 

ここで真澄はほんの数秒だけ思考時間を取った。時間にしてみればさほど気になるほどではないが、1分間というターンの制限時間があるので自然と思考時間が早くなる。今の状況ならばマスター・ダイヤでどちらを攻撃してもその超過ダメージで勝利できることは頭の中で理解しており、問題はそのどちらかに攻撃する選択だ。

 サフィラを放置しているとエンドフェイズの効果で手札補充をされる可能性がある。だが《復活の聖刻印》がない現状ではただの攻撃力2500のモンスターと考えて良い。

 一方のミカエルは1000ポイントのライフコストがあれば除外という極めて強力な効果を持ったモンスター。だが今の龍姫のライフポイントは1000を下回っており、使える効果は墓地肥やしのみ。

どちらを攻撃するか悩ましいこの状況。本当に僅かな間だけ置いた後、真澄は――

 

「――バトル! マスター・ダイヤでサフィラを攻撃!」

 

 ――サフィラを攻撃対象に選んだ。無論、理由もある。

 《復活の聖刻印》がなくなったとはいえ、龍姫のデッキにはまだ《光の召集》という相手ターンでも能動的に光属性モンスターを手札から墓地に落とし、墓地の光属性モンスターを回収する罠があるのだ。残った2枚のセットカードのどちらかがそれの可能性もあり、このターンで決め切れなかった場合に手札補充効果を使用され、返しのターンで反撃に遭うことを考えるとサフィラを優先して葬るべき。

 ミカエルは龍姫のデッキに《神秘の中華鍋》以外の回復系カードが入っていなかったことを考えれば放置しても構わないと感じたのだ。また、龍姫のデッキの都合上もしかしたら過剰な墓地肥やしによるデッキデス(自滅)の可能性も僅かにある。

それ故、真澄はサフィラを叩くという結論に至った。

 

 主の攻撃令を受けた《ジェムナイトマスター・ダイヤ》はマントを翻し、大剣を高く振り上げながら疾風の如く駆ける。その巨躯に見合わない速度で一瞬の内に《竜姫神サフィラ》の目前まで迫り、振り上げた大剣を今まさに振り下ろさんとした――

 

「…永続罠《竜魂の城》を発動。1ターンに1度、墓地のドラゴン族モンスター1体をゲームから除外し、私の場のモンスター1体の攻撃力を700ポイントアップする。私は墓地の《暗黒火炎龍》をゲームから除外し、《竜姫神サフィラ》の攻撃力を2500から3200にアップさせる…!」

「悪足掻きを…!」

 

 ――が、その寸前で龍姫の場に伏せられていた《竜魂の城》の力で《竜姫神サフィラ》の全身に黄金色のオーラが纏い、その攻撃力を上げる。攻撃力を上げたところで攻撃力4000と3200ではその差は歴然。このままサフィラはマスター・ダイヤ無残に両断されるだろうと真澄は思った。

 

「墓地から儀式魔法《祝祷の聖歌》を再度発動。墓地のこのカードを除外し、サフィラを1度だけ破壊から守る」

「――っ、2枚目ですって!?」

 

しかし、真澄の予想はまたしても崩れる。1ターン目に使わせたからもうないだろうと油断していた。だが今思えば2ターン目、3ターン目でも龍姫はサフィラの’’2枚ドローし、1枚捨てる’’効果を選択。《祝祷の聖歌》を墓地に送る機会は最低でも2回はあったのだ。ミカエルの墓地肥やし効果で落ちていなかっただけに、すっかり油断していた。してやられた、と真澄は目を鋭くさせる。

 

「くっ、破壊はできなくてもダメージだけでも受けてもらうわよ!」

「…0にならなければ問題ない……」

 

 マスター・ダイヤの斬撃をその身に受けるサフィラ。だが《竜魂の城》、《祝祷の聖歌》の効果によりかろうじて存命する。

 主たる龍姫のライフポイントはこの戦闘によって900から100まで下がったが、自分のエースモンスターを守るためならこの程度のライフは当然。むしろこの痛みこそが自分のサフィラへ対する’’愛’’なのだと1人勝手に某レベル10・攻守0の悪魔族のような思想に走る龍姫。薄らとだが、その表情はどこか恍惚としている。

 相対する真澄はそんな龍姫の表情が恍惚というよりはまるで冷笑のそれに近く、自分は龍姫の掌の上で踊らされているのかとさえ錯覚した。だが今回のデュエルの本質はあくまでもLDS襲撃犯を誘き出すためのデュエル。本気で、かつデュエル時間を長くするための処置だと考えればこれも龍姫の予想の範疇なのかと納得する。

また、攻撃力4000のマスター・ダイヤの突破は困難であり、自分の残った1枚のカードをかわし、無傷の4000のライフポイントを1ターンで削り切れる訳がない。むしろこの状況から逆転できるものなら、してみせろと言わんばかりに真澄は龍姫へと視線を移す。

 

「……私はカードを1枚セット。これでターンエンドよ」

「――っ、エンドフェイズに罠カード《光の召集》を発動。手札を全て捨て、捨てた枚数分墓地の光属性モンスターを手札に加える。私は手札の《聖刻龍-トフェニドラゴン》を捨て、そのまま墓地から回収。そして光属性モンスターが手札・デッキから墓地に送られたことでサフィラの効果を発動する。私は再度’’デッキからカードを2枚ドローし、1枚捨てる’’効果を選択」

 

 やっぱりそのカードが伏せてあったか、と真澄は自分の予想が正しかったことに安堵を覚える。これで龍姫は次のターンのドローを含め、3枚のカードで自分に対処することになった。

 攻撃力4000のマスター・ダイヤ、そして1枚のセットカードをどう攻略するか見せてもらおうかと真澄は静かに口を開く。

 

「ターンエンド」

「……私のターン、ドロー」

 

 真澄のターンが終わり、龍姫は静かに自分の手札を改めて確認する。手札は先ほどサフィラの効果で入れ替えた2枚+たった今ドローした1枚の計3枚。場にはサフィラとミカエル、永続罠の《竜魂の城》。対して真澄の場にはマスター・ダイヤと1枚のセットカードがあるのみ。

 手札のモンスター・魔法の連鎖、そこから呼び出すことのできるモンスターと場・墓地にあるカードの連携を、ほんの僅かな時間で龍姫は脳内の信号が回路を走るイメージでその答えを導き出す。

 

「……手札から《聖刻龍-ドラゴンヌート》を召喚。そして速攻魔法《銀龍の轟咆》を発動する。墓地からドラゴン族・通常モンスター1体を特殊召喚――私は墓地から《ラブラドライドラゴン》を特殊召喚する」

「――っ、」

 

 龍姫の場に金色の装飾具を身に纏った竜人《聖刻龍-ドラゴンヌート》が現れ、そのすぐ隣に《ラブラドライドラゴン》が墓地から蘇る。これでレベル4のモンスターとレベル6のチューナーモンスターが揃い、合計レベルは10。

普段のデュエルで龍姫が呼び出すシンクロモンスターはレベル7の《エクスプロード・ウィング・ドラゴン》やレベル5の《転生竜サンサーラ》、もしくはレベル6の《大地の騎士ガイアナイト》程度しかいなかったハズだと真澄は思い返す。

しかし先日の赤馬社長との一件で何か新たなシンクロモンスターを手に入れたのかと、警戒の眼差しを向ける。レベル10と言えば刃の《XX-セイバー ガトムズ》よりも高いレベル。攻撃力・効果共に強力なモンスターが出てくるだろうと身構えた。

 

「――私は、レベル4・ドラゴン族の《聖刻龍-ドラゴンヌート》にレベル6・ドラゴン族・チューナーの《ラブラドライドラゴン》をチューニング――この世の全てを焼き尽くす煉獄の炎よ、紅蓮の竜となり劫火を吹き荒べ! シンクロ召喚!」

 

 《ラブラドライドラゴン》が6つの緑色のリングとなり、その中に《聖刻龍-ドラゴンヌート》が白い4つの星となって包まれた。4つの星が一筋の光となるように一直線に並び、その直後に赤光(しゃっこう)が走る。

 深紅の光は龍姫のフィールド上に1本の柱となって降り、それは隕石と見間違うほどの巨大な炎の塊が現出する。その紅蓮の中から1つ、2つ、3つと火柱が立ち、中心部は燃え盛り続け、背部の猛火は扇の如く吹き上がる。そして確固とした形を持っていなかった劫火は徐々にその姿を形成していき、3本の火柱は竜の頭を、燃え盛る中心部はその巨大な体躯を、背部の猛火は翼へと形を成した。

 

煌臨(こうりん)せよ、レベル10! 《トライデント・ドラギオン》!」

 

 その強大な姿を前にし、真澄は無意識の内にたじろいだ。レベル10にして攻撃力3000のモンスター――いくら攻撃力は《ジェムナイトマスター・ダイヤ》が1000ポイント上回っているとしても、実際に対峙するとその圧倒的な威圧感が猛る炎のようだと真澄は戦慄する。

 

「《トライデント・ドラギオン》のモンスター効果発動。このカードがシンクロ召喚に成功した時、私の場のカードを2枚まで破壊する――私は永続罠《竜魂の城》と《ライトロード・アーク ミカエル》を選択。さらにこの瞬間、《竜魂の城》の効果発動。墓地の《ドラゴラド》を除外し、《トライデント・ドラギオン》の攻撃力を700ポイントアップさせる」

「自分のカードを破壊…!?」

 

 《トライデント・ドラギオン》の左右の竜が咆哮をあげ、そのまま首だけをぐるりと回して右隣に居た《ライトロード・アーク ミカエル》と左後ろにあった《竜魂の城》に剛炎を放つ。《ライトロード・アーク ミカエル》と《竜魂の城》は深紅の炎に包まれ、刹那の内にその身が焼き尽くされる。

 初めて見るシンクロモンスター故にその効果を真澄が知らないのは当然だが、再び龍姫が自分の場のカードを破壊したことに怪訝な眼差しを向けた。また破壊された時に発動する魔法・罠が伏せてあるのか、それとも破壊することがシンクロ召喚成功時のデメリットなのかと考えていると、龍姫が右手を前に突き出し人差し指・中指・薬指の3本を立たせる。

 

「《トライデント・ドラギオン》がシンクロ召喚に成功した時、このカード以外の私の場のカードを2枚まで破壊することで、このカードはこのターン破壊したカードの数だけ追加攻撃ができる。つまり、《トライデント・ドラギオン》はこのターン3回攻撃が可能」

「さ、3回攻撃ですって!?」

 

 そんなふざけた効果があるのかと真澄は思ったが、少し冷静に考えればシンクロ召喚にドラゴン族のチューナーとドラゴン族の非チューナー、そして破壊するカード2枚を用意しなければならないのだから充分に条件は厳しいのだと険しい表情で納得する。

 また3回攻撃が可能とはいえ攻撃力は《竜魂の城》で強化しても3700。今の《ジェムナイトマスター・ダイヤ》の攻撃力は4000もあり、龍姫の手札は残り1枚だ。あの残った1枚が攻撃力強化のカードならば諦めざるを得ないが、複数回攻撃能力があろうと、今のままでは宝の持ち腐れに等しいと安堵した。

 

「破壊された《竜魂の城》の効果発動。表側のこのカードが破壊され墓地に送られた時、除外されている私のドラゴン1体を特殊召喚する。私はたった今除外した《ドラゴラド》を特殊召喚――そして、《ドラゴラド》の第2の効果を発動。1ターンに1度、自分フィールドのドラゴン1体をリリースすることで、私の場のモンスター1体のレベルを8に変更し攻撃力を800ポイントアップさせる。《ドラゴラド》自身をリリースし、《トライデント・ドラギオン》のレベルを8に。そして攻撃力は4500になる」

 

 しかし、真澄の安心は一瞬にして崩れる。まさか純粋に攻撃力勝負で《ジェムナイトマスター・ダイヤ》を上回られることは完全に想定外だ。いつもの《ドラゴラド》なら召喚成功時の効果で墓地から《ガード・オブ・フレムベル》を蘇生させ、《転生竜サンサーラ》のシンクロ召喚の素材となっていたため、もう1つの効果をすっかり忘れていた。

 

「バトル。《トライデント・ドラギオン》で《ジェムナイトマスター・ダイヤ》に攻撃――トライデント・フレア、第1打」

 

 《トライデント・ドラギオン》の中央の首が引き絞った弓の弦のように後ろに反れ、矢のように突き出すと同時にその口からは灼熱の劫火が光のように《ジェムナイトマスター・ダイヤ》へ走る。攻撃力で《トライデント・ドラギオン》が勝り、かつ真澄のセットカードも今の状況では使うに使えないため、灼熱の劫火は波濤の如く《ジェムナイトマスター・ダイヤ》を包み込み、宝石の輝きは全て炎の中へと消えた。そして攻撃力差の500ポイントのダメージが真澄のライフポイントから引かれ、無傷だったライフポイントは3500へと減少。ライフポイントにはまだ余裕がある――しかし、龍姫の場には未だ2回の攻撃を残した攻撃力4500の《トライデント・ドラギオン》と、攻撃力2500の《竜姫神サフィラ》が残っている。

 

「…次。《トライデント・ドラギオン》で真澄に直接攻撃――トライデント・フレア、第2打」

「そう簡単にはやらせないわ! 罠カード《廃 石 融 合(タブレット・フュージョン)》を発動! 融合素材となる墓地のモンスターをゲームから除外し、『ジェムナイト』融合モンスター1体を融合召喚する! 私は墓地の《ジェムナイト・サフィア》と《ジェムナイト・エメラル》をゲームから除外! 堅牢なる蒼き意志よ、幸運を呼ぶ緑の輝きよ、光渦巻きて新たな輝きと共に1つとならん!」

 

 このまま大人しく攻撃を受ける訳にはいかないと、真澄は残っていた最後のセットカードを発動させた。本来ならば次の自分ターンで発動し、状況に合った融合モンスターを出そうと思っていただけにここで消費させられることは苦しい。だが、ここで発動しなければ敗北するのは自分だ。少しでも可能性があるならばそれに懸ける、それがデュエリストだろう。

 真澄の場に半透明の状態で青い騎士《ジェムナイト・サフィア》と緑の騎士《ジェムナイト・エメラル》が一瞬だけ姿を現した。2体はすぐに融合召喚特有の光の渦に溶け込み、新たに融合モンスターとして真澄の場に降臨する。

 

「融合召喚! 現れよ、聡明なる考究者! 《ジェムナイト・アクアマリナ》!」

 

 現出した融合モンスター《ジェムナイト・アクママリナ》の姿を見て、龍姫の目尻が僅かに動いた。《ジェムナイト・アクアマリナ》はフィールドから墓地に送られた場合、相手の場のカード1枚を手札に戻す効果を持っている。

 確かにこの状況ならば《トライデント・ドラギオン》の攻撃を壁として受け止め、墓地に送られた際の効果で《トライデント・ドラギオン》をエクストラデッキに戻し、サフィラの直接攻撃を受ければ真澄のライフは残り1000ポイントになる計算だ。

 

「……バトル続行。このまま《トライデント・ドラギオン》で《ジェムナイト・アクアマリナ》に攻撃」

 

 その勝負を決して諦めない心意気はデュエリストとして尊敬できるものであり、龍姫自身も同じ立場になれば同じ行動をする。

 しかし、今回のデュエルで真澄が《針虫の巣窟》で大量の墓地肥やしに成功したことと同じように――

 

「さらに攻撃宣言時に墓地の《スキル・プリズナー》を除外して効果を発動。私の場のカード1枚を選択し、このターンそのカードを対象としたモンスター効果を無効にする…」

「――っ、墓地から罠…!」

 

 ――龍姫も《竜姫神サフィラ》のドロー・墓地肥やし効果で万全の態勢を築いていた。

 真澄は墓地から発動された罠を視認するなり、表情が曇る。もう自分に残された手はなくなったのだ。 《トライデント・ドラギオン》の右の頭から紅蓮の炎が放たれ、それが《ジェムナイト・アクアマリナ》を襲う。攻撃力4500と守備力2600の差は覆しようがなく、成す術がないまま《ジェムナイト・アクアマリナ》はその劫火に身を焼かれた。

 

「…《ジェムナイト・アクアマリナ》のモンスター効果発動。龍姫の《竜姫神サフィラ》を手札に戻す」

 

《ジェムナイト・アクアマリナ》の効果により、《竜姫神サフィラ》が龍姫の手札へと戻る。龍姫は無言のままサフィラのカードを手札に加え、改めてフィールドに視線を移す。

現在フィールドには《トライデント・ドラギオン》1体のみが存在するだけ。3回の攻撃回数も残りは1回。そして真澄のライフは残り3500――《竜魂の城》、《ドラゴラド》の効果で攻撃力4500に強化された《トライデント・ドラギオン》の1撃を受ければ終わる。

 釈然としない表情(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)のまま龍姫は静かに攻撃令を下す。

 

「……ラスト、《トライデント・ドラギオン》で真澄に直接攻撃――トライデント・フレア、第3打…」

 

 真澄は《トライデント・ドラギオン》の猛火を一身に受け、残り3500もあったライフポイントが一瞬にして0になる。そしてデュエルディスクがデュエル終了を告げるブザー音を鳴らし、ソリッドビジョンが静かに消失していく。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 デュエルが終わり龍姫はすぐに真澄の元へ駆け寄った。当の真澄は何故龍姫がそんなに真剣な表情なのかわからず、キョトンとした表情を浮かべている。そして龍姫は真澄の眼前まで来ると、突然真澄の両肩を掴みキッと目に力を入れた。

 

「真澄、もう1回」

「――え、あぁ、もう1回ね」

 

 何だそんなことかと、真澄は変に身構えて損したという風に龍姫の手を払う。が、再度龍姫は真澄の肩を掴み、先ほど以上に力を入れる。

 

「ちょ、痛いんだけど」

「真澄。さっきのデュエル、本当なら私が負けていた。後攻1ターン目で真澄がジルコニアを出さずにラピスラズリとガネット、ラピスでマスター・ダイヤを融合召喚してラピスラズリの効果をコピーして効果ダメージを与え、ルビーズでマスター・ダイヤをリリースして強化した攻撃力で攻撃されていれば1ショットkillだった…」

「あー…まぁ確かにそうだったけど、今回のデュエルは――」

「だから次は真澄に情けをかけられないよう、もっと強力な布陣を敷く」

 

 『人の話を聞きなさい、そしてさらりと恐ろしいことを言わないで』と真澄は目の前の少女に本音をぶつけたかった。だが今の状態の龍姫なら聞く耳を持たないことはこれまでの付き合いでわかっており、真澄は静かに龍姫の言葉に耳を傾ける。

 

「今度は《光子化》や《反射光子流》で戦闘面を万全にして、場には《竜魔人 クィーンドラグーン》と《竜魔人 キングドラグーン》を一緒に並べて戦闘・対象耐性を――」

「龍姫ぃー! 真澄ぃー!」

 

 聞いているだけでもおぞましい内容に真澄が顔を顰めてる中、物陰のコンテナから刃が声を荒げ慌てて2人の元へ駆け寄る。刃の姿を見て2人はハッと今回のデュエルの目的を思い出す。

 

「ちょっと待って刃! すぐににもう1戦始めるからそんなに焦らないで!」

「そう、すぐに始めるから許して欲しい。真澄、2戦目をやろう」

「ちげーよ! んなことよりあっちを見ろあっちを!」

 

 声を一段と荒げながら刃は北斗が隠れているハズのトラックの方を竹刀で差す。するといつの間にかトラックはその場には存在せず、残っているのは空虚な空間のみ。

 

「…あれ? 確かあそこにあったトラックって、北斗が中に居たハズじゃ――」

「そうだ! お前らがデュエルに夢中になっている間にいつの間にか消えちまっていたんだよ! それでデュエルディスクに北斗からこんなメールが――」

 

 そう言って刃は自身のデュエルディスクのディスプレイを2人に見せる。そこにはメール受信画面で北斗から『閉じ込められた!』の一文。次の文面では『何か動いてる!』、その次は『まさかこれは襲撃犯の罠か!?』といった具合に次々と逼迫した状況が綴られていた。

 

「…………」

「…………」

 

 龍姫と真澄はゆっくりと顔を見合わせ、そのままギギギと『スクラップ』モンスターが出しそうな音で刃の方へと首を回す。やっと察したのか、と刃は逸る気持ちを抑えながら2人の顔を見る。

 

「……ど、どうする?」

「……中島さんに連絡しよう」

「……それしかねぇか…」

 

 

 

 後日、4人は社長秘書の中島にこっぴどく叱られ、3人は北斗のメールに気付けなかったことで必死に謝った。

 なお、いち早くメールに気付けたであろう刃は、龍姫と真澄のデュエルに夢中になっていたため北斗のメールに気付くことができず、別の日に北斗とデュエルし先攻プレアデス2体を前に涙目になっていたと、一時期LDS内で噂となる。

 




《簡易融合》はノーデン専用カードじゃない(真顔)
《ドラゴラド》は存在をすっかり忘れていましたので、今回から強引に登場。釣り上げ効果はやっぱり強い。聖刻なら自然に入りますし、レベル・攻撃力アップ効果もマッチしますので。


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5話:《ドラゴンを呼ぶ笛》(龍は惹かれ合う)

聖刻サフィラを作るためにGAOVとDUEAを10パックずつ購入。何かパーツぐらい当たるだろうと軽い気持ちで開封。結果スーレア以上だとフォトバウ、オッP(レリーフ)、サンサーラ、ロンゴミアントが当たりました。サフィラ当たってくれよぉ…!(よく行くショップでシングル売りしてなかった絶望)

(小ネタ)
龍姫「………」
北斗「……龍姫、さっきから何でショーケースに入ってるそのエクシーズモンスターを見てるんだ?」
龍姫「ドラゴン族だから使いたい。けど、私のデッキで出すには厳しい」
北斗「そのエクシーズモンスターは君のデッキと相性最悪じゃないか…」
龍姫「でも出したい」
北斗「相変わらず君はドラゴンのことになると暴走するな…」
龍姫「暴走…?――っ、そうだ…その手があった…!」
北斗「えっ…」
龍姫「北斗、アドバイスありがとう」

2014/11/12追記
コメントであるモンスターの効果について指摘を頂きデュエル構成を変更しました。デュエル構成で少しおかしい箇所があると思いますが、目を瞑って頂けると有り難いです。



(――どういう……ことだ…?)

 

 舞網市内の人気のない高架下。そこには1人の少年と1人の少女の姿があった。

 片やここ最近LDS襲撃犯としてLDS塾生、トップエリート達にその身を追われている少年、ユート。

 片やLDS総合コースの首席にしてペンデュラムを除く全ての召喚方法を駆使する少女、橘田龍姫。

 その2人が一定の距離を保ち、お互いを牽制するように神妙な面持ちで睨み合う。

 

 龍姫は既にデュエルディスクを装着し、いつでもデュエルができる態勢。対してユートはデュエルディスクを手に持ったまま目の前の少女を訝しげに見つめるだけ。

 彼女が纏う雰囲気は強者が持つ重圧。絶対零度の如き冷酷な眼差し。そしてその眼光とは対照的に猛火の如く燃え猛る闘志を感じる。この立ち振る舞いは以前ユートが戦った相手(沢渡)とは違い、その雰囲気から本物の実力者であるとこの空気が物語っていた。

 まるで《ゴブリンのやりくり上手》を3枚同時発動に対し《非常食》のチェーン発動。相手が先攻3ターン目に手札を11枚まで増やし、そこからどう攻めようかと長考しているかのような緊張感に等しい。

 

彼女は何者なのか。何故デュエルディスクを構え自分と相対しているのか。何故このような状況になってしまったのか――

 

「さぁ……デュエルをしよう――遊矢(・ ・)

(この女は俺を誰と勘違いしているんだ…!)

 

 

 

――――――――

 

 

 

 ――それは時が(さかのぼ)ること、数十分前。

 ユートは先日出会った少女――柚子のことを探るべくここ最近は彼女の近辺を調査していた。何故彼女が友人の妹と瓜二つの顔なのか、何故自分達の敵である融合を覚えようとしているのか――彼女は自分達の敵なのか。

 

 それを調べるためにユートが今日も市内に向かおうとした瞬間に突然の豪雨。デュエリストとは言え、バケツがひっくり返ったようなどしゃ降りの中を傘も差さずに歩いていては己の体に関わる。体の頑丈さにはある程度自信のあるユートだが、流石に生存本能によって風邪をひいても免疫細胞が活性化するほどの体質は持ち合わせていない。

 気紛れな天気にぶつけようのない憤りを胸に秘めながら、普段羽織っていた黒いマントを雨合羽代わりに自分の体に被せ、一先ず雨宿りとして近くの高架下まで駆けた。濡れたマントとマスクをいつまでも着用する訳にはいかず、それらをすぐに近くのフェンスへとかける。このような豪雨の中で濡れた衣類がそう簡単に乾くとは思わないが、それでも直接雨に当たるより幾分かマシだ。

ふぅと一息つき、ユートはフェンスに背を預ける。まさか休日の朝からこのような目に遭うとは――と、今の境遇を嘆く。今日は徹底的に調査しようと意気込んでいただけにその憂いは計り知れず、深いため息を吐いた。

 

 そして顔を上げると、こちらに向かって小走りで駆けて来る少女の姿を視界に捉えた。その少女は傘を所持しておらず、自分と同じく雨宿り目的でこの高架下でこの雨をやり過ごすのだろうと考える。他の高架下のスペースは駐車場となっており、空き地になっているこの場所は雨を防ぐには最適。特に気にする必要もないが、ユートは何気なくその少女の方へ視線を移した。

 年齢は彼女(柚子)と同じくらい、長い青髪を後ろに流すツインテールでまとめ、顔は良い意味で年不相応に大人び、氷のような印象。背は女子にしてはそれなりに高く、女性らしいメリハリのある体型ではなく全体的にスラリとしたスレンダーなライン。白いノースリーブブラウスの上に淡いデニムのノースリーブシャツを羽織り、同じ淡いデニム生地のホットパンツ姿。

 一見、クールな印象の少女にそのアクティブな服装はミスマッチだと思わざるを得ないが、その少女の白く細い太ももに青いレッグバンドで括られているデッキケースとデュエルディスクホルダーが見えたことでユートは納得した。女子とはいえデュエリストなら動きやすい格好を重視する。以前、倉庫で出会った彼女(柚子)もミニスカートだったのでデュエリストならば動きやすい格好になることは当然のことであろう。また彼女の膝上数十cmという大変けしからんミニスカートに比べれば、この少女はピッチリとしたホットパンツを着用しており、比較的目のやり場には困らない。

 そんなことを思いながら少女の方を見ていると、少女は雨に濡れた上着を脱ぎその場で大きく振るって雨に濡れた水気を飛ばす。それをユートと同じようにフェンスへと掛け、続けて少女はデュエルディスクを取り出した。ディスプレイを軽く操作し、そのままデュエルディスクを耳へと当てる。

 

「――今―――高架下――雨―――それじゃあ――お願い―――」

 

 雨音が激しいためユートには会話の内容が聞き取れないが、それでも少女の表情と声色で何となく察することはできる。おそらく仲間と合流する予定だったが、突然の雨で待ち合わせに遅れてしまう旨の連絡だろう。互いにとんだ不運に見舞われたものだと、内心で同情の念を送りつつユートは視線を少女から外す。

 外は依然として機関銃のような雨。これが今日1日降り続けるのかと考えるだけでため息が出る。そこでふと、自分の仲間()のことがユートの脳裏を(よぎ)った。最近は彼の行動がやや行き過ぎていると非難こそしたものの、彼は自分のかけがえのない仲間。こんな雨の中ではいくら隼とは言え体に関わるだろうと、彼に連絡を取ろうとデュエルディスクを取り出した――

 

「……デュエルディスク、変えたの?」

「――えっ?」

 

 ――その瞬間、いつの間にか先の少女がユートのすぐ傍まで歩み寄り声をかける。ほんの一瞬だけ目を離した僅かな間。いくら油断していたとはいえ、まさかこれほど呆気なく少女の接近を許すとは思わなかった。だが現に少女はユートの目の前におり、デュエルディスクを片手にこちらに語りかけて来る。

 そもそも何故この少女は自分にこんなにも気軽に話しかけてくるのだとユートは疑念を抱いた。この街で自分のことを知っている人間は仲間である隼のみ。顔が知られている範囲では彼女(柚子)と、彼女と一緒に居た子供(素良)、それと後から来た(真澄)しかいない。目の前の少女は明らかに初対面のハズだ。

 それで何故自分に話しかける、君とはただ高架下で共に雨宿りする程度の関係でしかないとユートが反論しようとした時、少女の口が先に開く。

 

「そうだ、ただ雨が過ぎるのを待っていても仕方ない。折角だから私とデュエルしよう」

「……は?」

 

 一体君は何を言っている、どういうことだとユートが声をあげるより早く少女は手に持っていたデュエルディスクを腕に装着。太ももに付けたレッグバンドのデッキケースからデッキを取り出し、それをデュエルディスクへ差し込んでデッキがオートシャッフルされる。続けてデュエルディスクのプレート部分が展開し、少女はデュエルの準備を終えた。

そして少女はユートからゆっくりと離れ、デュエルに適正な距離を取る。デュエルディスクをしっかりと構え――静かに、それでいて力強く言い放つ。

 

「さぁ……デュエルをしよう――遊矢(・ ・)

 

 自分とは違う名で呼ばれたことで、ユートは事態を一瞬で把握した。それと同時に目の前の少女に対して声に出せない思いを心の内で叫ぶ。

 

(この女は俺を誰と勘違いしているんだ…!)

 

 

 

――――――――

 

 

 

 うわぁ~、遅れる遅れる遅れる! 昨日、夜遅くまでデッキ調整していたら寝坊するなんて! しかも慌てて家を出たら突然のどしゃぶり――いや、エキサイティング! これは私に与えられた試練! 待っててね真澄・北斗・刃! 例え火の中水の中草の中森の中、土の中雲の中あの子(柚子)のスカートの中――って、違う! そんなとこに行ったらハリセン攻撃(ダイレクトアタック)受けて社会的にライフが0になる! ――って、これもちがぁう! まるで関係ない話は私の脳内から除外!

 むぅ……今日も襲撃犯捜しに行こうと張り切って外に出た5分後には大雨ってどういうこと!? 昨日の天気予報だと雨は夜からって言ってたじゃないですかー! まるで意味がわからんぞ! ハッ! まさか天気予報が書き換えられた…? 許さねぇ、ドンサウザンドォ!

 ――ハァハァ……よし、八つ当たり終了。うーん、それにしても今日はツイてないなぁ……寝坊するし、雨に濡れるし――うわ、上着もブラウスもずぶ濡れだぁ。しかも淡い色だから透けちゃう。でもブラを付けるほど私の胸は大きくないし、別に恥ずかしくないからいっか。大きいとデュエルの邪魔だし。大きいとデュエルの邪魔だし!そ、それになくはないし…(73)程度はあるもん!

 

 そんなくだらないことを考えながら走っていると、視界の端に高架下という雨宿りスポットを発見。『高架の下に隠れるのよ!』と、逃げ込む勢いでさらにダッシュ! 思った通りここなら大丈夫! やったね龍姫(たっちゃん)、雨に当たらないよ!

 ただ無事に雨を凌げられるけど、やっぱり服はびしょびしょ……あ、でも丁度良いところに金網フェンスが。どうぞご自由に服をお掛け下さいと言わんばかりの存在感――ありがたく使わせてもらうね。とりあえず上着だけ、ブラウスの下はキャミソールだからこれ以上脱げないし。

 ふぅ……あっ、一息ついたところで真澄に連絡入れておかなきゃ。デュエルディスクの通話機能をオンにして、連絡先を真澄にしてっと。

 

『龍姫?』

「ごめん真澄、(寝坊と雨で)少し遅れる。今、高架下で雨を凌いでいる」

『貴女、傘を持ってないの? 北斗か刃を迎えに行かせる?』

「ありがとう、それじゃあ刃でお願い」

『わかったわ。全く世話が焼けるわね……刃、ちょっと龍姫の迎えに――』

 

 よし、これでオッケー。ごめんね真澄、刃。まさか外に出てすぐに雨が降るとは思わなかったの……おのれベクター。

 でも刃が来るまで結構暇だなぁ。こんな時、デュエリスト()が居てくれたら――と、白き盾さんのようにボソっと呟いて近くを見たら遊矢を発見。心なしかいつもより髪や服が暗色系な気がするけど、雨が降っているからそう見えるだけだと思うし。あっ、それにいつも羽織っている白い制服じゃなくて、私服は黒い上着なんだ。今はフェンスに掛けているけど。ここで遊矢に会ったのも何かの縁、ちょっと話しかけてみよう。

 

「……デュエルディスク、変えたの?」

「――えっ?」

 

 そ、そんなに警戒心剥き出しで返さなくても……ま、まだ私のこと嫌っているの? 学校で会った時はお互いに名前呼びでも良いって言っていたじゃないですかー! ……ま、まぁこの間は下着を見られて(無言のスタンピング・クラッシュ)しちゃったけど……あの時の私は悪くない。

 あのことは水に流すから――それより遊矢デュエルディスクを変えたんだね。一般的なデュエルディスクのレッドカラーから、ディスプレイが丸みを帯びたブラックカラーのものに。何あれカッコ良い。良いなぁ…欲しいなぁ――って、この場でデュエルディスクを取り出しているなんてヤル気満々じゃないですかー! きっと遊矢も私と同じように雨宿りのために高架下へ来た人に対して『おい、デュエルしろよ』と、勝負を申し込むつもりでずっとスタンバイしていたに違いない。よし、ここは私が相手をしよう!

 

「そうだ、ただ雨が過ぎるのを待っていても仕方ない。折角だから私とデュエルしよう」

「……は?」

 

 『は?』って――大丈夫、私はわかっているよ遊矢! 嫌よ嫌よも好きの内ってね! 露骨に嫌そうな顔をしていても、内心ではデュエルがしたくてたまらないハズ! それにタツヤから聞いているよ、何でもジュニアユース選手権に出場するためにここ最近公式戦を張り切っているって! ならその新デュエルディスクに不具合がないか確認するために、ここは一戦デュエルをするしかない。公式戦の最中に支障が出たらいけないしね!

 デュエルディスクを腕に装着して――デッキをセット!よし、準備完了!

 

「さぁ……デュエルをしよう――遊矢」

 

 

 

――――――――

 

 

 

(俺はどうすれば良いんだ…)

 

 龍姫からのデュエルの申し出にユートはデュエルを受けるか否か、返答に困っていた。ここ最近の調査でこの街は自分が争うべき場でないことは把握している。それならば無用なデュエルは避けるべきだが、1人のデュエリストとして強者とデュエルをしてみたいという気持ちはデュエリストとしての性だろう。だが自分がデュエルをすれば周囲に危害が及ぶ可能性もある――以前の倉庫で小物(沢渡)とデュエルをした際も、倉庫内を無茶苦茶にしてしまうほどの被害が出た。それを人気のない高架下とはいえ、安易にデュエルをしても良いのだろうか。この平和な街にそんなことをして良いのかと、葛藤する。一体どうすればと、ユートの視線が泳ぐ。

 

「――っ!」

 

 その瞬間、視界の端にある1人の男の姿が映った。紺色のロングコートに顔の下半分を赤いスカーフで覆い、目元をサングラスで隠している仲間――黒咲隼。何故彼がここに居るのかとユートは疑問を抱く中、雨の中で隼がサングラスを外して猛禽類の如く鋭い眼差しでユートと、その近くに居る龍姫を睨む。激しい憎悪と敵意に満ちた眼光――それだけでユートは隼の目的を理解した。

おそらくはLDSの人間への襲撃――だが、ユートの目の前の少女はLDSのバッジを身に着けておらず、ユートは龍姫がLDSの人間ではないと思っている。幸か不幸か龍姫はLDSのバッジを上着に着けており、その上着は今フェンスに掛けられているのでユートは龍姫をLDSの人間だと思っていない。

 それを人違いで隼に襲われる訳にはいかないと、ユートは竜の如き威圧を感じさせる眼差しで隼を睨む。『やめろ隼、彼女はLDSではない』とその目が語る。

その真っ直ぐな瞳を見て隼はほんの数秒沈黙すると、そのまま静かに頷く。そして踵を翻し、雨が降る舞網市内の方へと歩を進めた。

 

(……わかってくれたか、隼…)

 

 ホッと胸を撫で下ろし、ユートは安堵した。隼とて無関係な人間を襲うほどの畜生ではない。いくら彼が最愛の妹の行方を案じるあまり過激な行動をしようとも、その芯に人の心が残っていたことにユートは感謝する――

 

(……わかっているぞ、ユート。『こいつは俺の獲物だ。お前は手を出すな』と言いたいんだろう? お前の目を見ればわかる――叩き潰してやれ…!)

 

 ――しかし、その感謝とは裏腹にユートの想いは隼に伝わっていなかったのだ。まさか自らが隼への牽制のために睨んだ眼差しの意図を読み間違われるとは考えもしなかった。それだけ最近の彼が荒んでおり、無言でこの場から離れたことで意図が伝わったと勘違いを生んだ。

 

「……デュエル…」

 

 ポツリ、と龍姫がせがむようなトーンで言う。そこでユートはハッと思い出したように龍姫の方へと目を向ける。龍姫は既にデュエルディスクを構え、臨戦態勢。一見、クールそうな顔は心なしか木枯らしのような寂しさを曝け出しており、その様子はひどく孤独に見えた。

 ユートはハァと小さくため息をつき、手に持ったままのデュエルディスクを腕に装着し、そのまま起動させる。その様子を見た龍姫は冷静な表情のまま目を見開く。相変わらず表情の変化がわかり辛いが、何となくその顔が満開の花のように喜びを感じさせる気がしないでもない。

 

「良いだろう――受けて立つ。そしてすぐに終わらせる」

 

「……?」

 

 キョトンと龍姫が無表情のまま小首を傾げる中、ユートはデッキから素早く5枚のカードを引く。それに合わせて龍姫もやや慌て気味にデッキからカードを引き、互いに準備を進める。

 だが龍姫は自分に負け越しているハズの遊矢が何故自分を相手にして自身あり気な態度なのか疑問を抱いた。実際は目の前の相手が全くの別人であるために態度が違うことも当然なのだが、デュエルができるからどうでもいいかと、その思考を《激流葬》で流す勢いで水に流す。

 

 龍姫とユートは共にデュエルディスクを構え、互いをしっかりと見据える。ソリッドビジョンに2人のライフ4000ポイントが表示され、デュエルの準備が完了した。

 

「デュエル!」

「デュエル」

 

 

 

――――――――

 

 

 

「俺の先攻で始めさせてもらう。魔法カード《手札抹殺》を発動。お互いに手札を全て捨て、その枚数分デッキからカードをドローする」

「…………」

「続けて永続魔法《強欲なカケラ》を発動。このカードは俺がドローフェイズで通常ドローをする度にカウンターを1つ乗せ、カウンターが2つ乗ったこのカードを墓地に送ることでデッキからカードを2枚ドローできる。そしてカードを3枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 汎用手札交換カードを遊矢(と龍姫が思っている人物)が使用したことに龍姫は珍しいと思いつつ、これでやや事故り気味だった手札を墓地に送れた上、今引いたカードを気兼ねなく使えると内心頬が緩む。

 だがモンスターの召喚すらせずにターンを終えた遊矢(ユート)のプレイングには疑問を抱く。相手の場には永続魔法《強欲なカケラ》と3枚の伏せカード、手札は0枚(満 足)。単純な手札事故の結果か、それとも何か新しい戦術なのか――まぁドローしてから考えれば良いか、とそのまま龍姫はデッキトップに指をかける。

 

「私のターン、ドロー。魔法カード《儀式の準備》を発動。デッキからレベル7以下の儀式モンスター1体を手札に加え、その後墓地にある儀式魔法1枚を手札に加える。私はデッキからレベル6の儀式モンスター《竜姫神サフィラ》を手札に加え、前のターン《手札抹殺》で墓地に送られた儀式魔法《祝祷の聖歌》を手札に」

 

 初ターンの手札交換が仇になったことに、ユートは僅かに眉を顰める。しかしこれもユート自身の戦術のためにも仕方のないこと。ある程度の仕込みは済ませ念のためにドローカードである《強欲なカケラ》も発動したが、次ターンのドローカードによっては充分に仕留めることも可能となる。この戦術の前には如何なるモンスターを出そうが無意味――そう、ユートは考えていた。

 

「儀式魔法《祝祷の聖歌》を発動。手札のレベル6《聖刻龍-トフェニドラゴン》をリリース――これで《竜姫神サフィラ》の儀式召喚を執り行うことが可能となる。祝福の祈りを奏で、聖なる歌で光を導け! 儀式召喚! 光臨せよ、《竜姫神サフィラ》!」

 

 《聖刻龍-トフェニドラゴン》が光の粒子となって天へ昇り、そこから6本の光が六角形の角に立つ柱のように龍姫のフィールドに現れる。そして中心部が黄金色の光を放ち、その中から《竜姫神サフィラ》がその身を顕現させた。

 

「リリースされた《聖刻龍-トフェニドラゴン》のモンスター効果発動。このカードがリリースされた時、手札・デッキ・墓地からドラゴン族の通常モンスター1体を攻守0にして特殊召喚する。私はデッキからレベル4・ドラゴン族・通常モンスターの《アレキサンドライドラゴン》を特殊召喚。さらに手札からレベル5の《聖刻龍-アセトドラゴン》を召喚。このカードは自身の攻撃力を1000にすることでリリースなしで召喚できる」

 

 《竜姫神サフィラ》の隣に《アレキサンドライドラゴン》、その隣に《聖刻龍-アセトドラゴン》が並ぶ。これでモンスターは3体――しかしモンスター3体の総攻撃力は3500。現状ではユートのライフを削り切るには至らない。ここからさらにもう一手何か来るだろうとユートは身構える。

 

「《聖刻龍-アセトドラゴン》のモンスター効果発動。私の場のドラゴン族・通常モンスター1体を対象にすることで発動でき、私の場の全ての『聖刻』モンスターは対象にしたモンスターと同じレベルになる。《アレキサンドライドラゴン》のレベルは4――よって《聖刻龍-アセトドラゴン》のレベルも4となる」

「レベル4のモンスターが2体……」

 

 ポツリ、とユートは静かに呟いた。同じレベルの非チューナーのモンスターが2体並ぶ――それもそれらのモンスターのステータスが低いのであれば、そこから導き出される答えは自ずと限られる。

 

「私はレベル4の《アレキサンドライドラゴン》と《聖刻龍-アセトドラゴン》でオーバーレイ。2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築――竜弦を響かせ、その音色で闇より竜を誘え! エクシーズ召喚! 降臨せよ、ランク4! 《竜魔人 クィーンドラグーン》!」

 

 ユートの予想通り、エクシーズモンスターが龍姫の場に姿を現す。これで合計攻撃力は4700――壁モンスターがいないユートのライフを削り切れるラインまでモンスターを展開したことになった。尤もこの程度はユートの対処範囲内だ。如何にモンスターを展開しようが、次ターンで自分のエースを召喚すれば問題はないだろうと考える。

 

「《竜魔人 クィーンドラグーン》のモンスター効果発動。1ターンに1度、オーバーレイ・ユニットを1つ取り除くことで墓地からレベル5以上のドラゴン族1体を特殊召喚する。私はこの効果で墓地よりレベル6の《聖刻龍-トフェニドラゴン》を復活。さらに《聖刻龍-トフェニドラゴン》をリリースすることで、手札から《聖刻龍-ネフテドラゴン》を特殊召喚する。このカードは自分の場の『聖刻』モンスター1体をリリースすることで、手札から特殊召喚が可能。そしてリリースされた《聖刻龍-トフェニドラゴン》のモンスター効果を発動する。デッキからレベル6・ドラゴン族・通常チューナーの《ラブラドライドラゴン》を特殊召喚」

 

 モンスターを大量展開するそのプレイングにユートは感心した。以前の自分とデュエルした小物(沢渡)と違い、各々のモンスターの役割を正確に理解して運用している。彼もその点だけで言えばプレイング自体は正しかったが、そこに相手を確実に仕留める’’意思’’は微塵も感じられなかった。

 では目の前の少女はどうか。相手を’’倒す’’という殺気は感じられない――しかし、自身の力を相手に誇示するようなプレッシャーは感じられる。ただ闘争本能に身を任せるのではないその威圧感は殺気と同等かそれ以上。そして場にはレベル5のモンスターとレベル6のチューナー――おそらくこのターンで何か大型モンスターが来るとユートは察した。

 

「…私はレベル5の《聖刻龍-ネフテドラゴン》にレベル6の《ラブラドライドラゴン》をチューニング。集いし星が新たな煌めきを呼び起こす! 天駆ける輝きを照らせ! シンクロ召喚! 光誕せよ、レベル11! 《星態龍》!」

 

 《ラブラドライドラゴン》が6の緑色のリングとなり、その中心部に《聖刻龍-ネフテドラゴン》がその身を投じる。《聖刻龍-ネフテドラゴン》は白い5つの星へと姿を変え、それらが一直線に並んだ瞬間リングに一筋の光が走った。

 刹那――光の中から星と見間違うほどの巨大な体躯を持った深紅の竜《星態龍》がその姿を現す。その規格外な存在に威圧され、ユートは無意識下で僅かに後退りしてしまう。

 

「攻撃力3200…」

「…? 前に1度見せたけど、一応説明しておく。《星態龍》が攻撃する場合、このカードはダメージステップ終了時まで魔法・罠・効果モンスターの効果を受け付けない」

 

 遊矢(ユート)の様子に龍姫はやや不審に思いながら改めて《星態龍》の効果を説明する。前回説明不足による不意打ちをしたとはいえ、2度目ならばしっかりと説明した方が良いだろうと思った故だ。

 だが《星態龍》の効果を聞いた途端にユートの顔が歪む。攻撃時に効果を受けないということは自身が伏せたカードは無意味と化す。まさか目の前の少女は自分の伏せカードの効果を見越してあのモンスターを召喚したのかと、龍姫のデュエルタクティクスの高さを改めて危険視した。尤も龍姫本人は『あとでラブラドライ引いたら困るからさっさと見える範囲に置いておこうっと』という軽い考えだったのだが。

 

「…バトル。《星態龍》でダイレクトアタック……コズミック・ブレス!」

「くぅ…!」

 

 《星態龍》は大きく首を後ろに逸らし勢いをつけてユートの方へその顔を向け、その巨大な口から流星の如き光を放つ。ユートは右腕をかざして衝撃に耐えようとするが攻撃力3200の直接攻撃は尋常なものではなく、斜め上から襲って来る光に足腰が耐え切れず、背中を地面へと打ちつけてしまう。その様子を見て龍姫は『スタンディングデュエルなのに、きちんとリアクションを取る辺り流石は遊勝塾』と表情には出さず感心した。本来であれば質量を持たないソリッドビジョンであるスタンディングデュエルならばこういった衝撃は受けないのだが、そこは遊矢(ユート)がエンターテイナーだからこういった反応なのだろうと龍姫は楽観的に考える。

 《星態龍》の直接攻撃を受けて初期ライフの5分の4を失い、ユートの残りライフポイントは僅か800。あとは《竜姫神サフィラ》か《竜魔人 クィーンドラグーン》のどちらかの直接攻撃さえ通ればデュエルは終了する。呆気なく終わってしまうか、それとも《星態龍》の攻撃時には使えなかったカードを使用して耐えてくれるか。できればもう少しデュエルを続けたいと思いつつ、龍姫は次の攻撃令を冷たく言い放つ。

 

「……《竜魔人 クィーンドラグーン》で直接攻撃。ドラゴニック・ノクターン…!」

「その直接攻撃宣言時に俺は墓地から罠カード《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)シャドーベイル》を3枚発動!相手の直接攻撃時に墓地のこのカードを守備表示で特殊召喚できる!さらに罠カード《重力解除》をチェーン発動!フィールドの表側モンスターの表示形式を全て入れ替える!」

「――っ、墓地から罠…!」

 

 墓地からの罠に龍姫が驚きの声を呟く中、フィールドのモンスター全てが攻守の体勢を入れ替える。そして龍姫の《竜姫神サフィラ》、《竜魔人 クィーンドラグーン》、《星態龍》の3体は守備表示へと変わり、ユートのガラ空きだったモンスターゾーンに青い炎を灯した漆黒の騎馬に乗った騎士《幻影騎士団シャドーベイル》が3体現れた。

 

「自身の効果で特殊召喚した《幻影騎士団シャドーベイル》がフィールドから離れる場合、ゲームから除外される――だが今のお前のモンスターは全て守備表示。攻撃可能なモンスターはいない」

「…メイン2。私はカードを2枚伏せる。そしてエンドフェ――」

「この瞬間、俺は場の《幻影騎士団シャドーベイル》1体をリリースし、罠カード《闇霊術-「欲」》を発動。このカードは自分の闇属性モンスター1体をリリースすることで、デッキからカードを2枚ドローできる。貴様が手札の魔法カードを公開すればこの効果を無効にできるが、今の貴様の手札は0。よって無効にされずこのままドローさせてもらう」

「………エンドフェイズ、このタイミングで《竜姫神サフィラ》のモンスター効果を発動。この子が儀式召喚に成功したターン、もしくは手札・デッキから光属性モンスターが墓地に送られたターンのエンドフェイズに3つの効果から1つを選択して発動できる……私はその中の’’デッキからカードを2枚ドローし、1枚捨てる’’効果を選択。デッキからカードを2枚ドローし――1枚捨てる。これで私のターンは終了」

 

 互いに手札の補充としてハンドレス(満足)状態から片や2枚、片や1枚に手札を増やす。共に表情にこそ出ないが目的のカードを手札に引き込むことができ、頬が緩む。

 これで龍姫の場のモンスターは《竜姫神サフィラ》、《竜魔人 クィーンドラグーン》、《星態龍》の3体にセットカードが2枚。手札は1枚。

 対してユートの場には2体の《幻影騎士団シャドーベイル》、永続魔法《強欲なカケラ》、セットカードが1枚。手札は2枚。

 だがライフ差は圧倒的であり龍姫のライフポイントは(後攻という理由もあるが)無傷の4000、ユートのライフは僅か800ポイント。

 5倍ものライフ差があるものの、ユートは伏せカードと手札の魔法カードさえ使えれば問題はないと思っている。懸念材料として龍姫の2枚の伏せカードがあるが、あれだけモンスターの大量展開を主軸としたデッキならば、おそらく展開をサポートする伏せカードだろうと推測した。戦闘時に気にかける必要はない――そう考えながら、指先をデッキトップにかける。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 《強欲なカケラ》にカウンターが乗り、ユートは引いたカードを見た途端内心で口角を吊り上げた。この状況ではさして必須という訳ではないが、これで仮にこのターンで仕留め切れずとも次ターンの相手の出方によっては充分にリカバリーができるカードだ。尤も、手札の魔法カードと伏せてある罠カードのコンボがあればこのターン確実に仕留めることができる。また先の考えからあれらのカードに警戒することもない――このデュエルは自分が制したと確信した。

 

「……俺はレベル4の《幻影騎士団シャドーベイル》2体でオーバーレイ・ネットワークを構築!」

「――っ!?」

 

 2体の《幻影騎士団シャドーベイル》が黒紫色の光となり、渦を巻きながら1つの光になる。交わった光が一度強い輝きを放つと、その光の中から1体の竜が姿を現す。

 漆黒の体躯に、宝玉のような球体が付いた角錐を吊り下げたような翼。細身ながらも、刺々しい姿は圧倒的な存在感で龍姫にプレッシャーを放つ。

 

「漆黒の闇より愚鈍なる力に抗う反逆の牙! 今、降臨せよ! エクシーズ召喚! ランク4! 《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》!」

 

 黒竜――《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》を前にして、言葉を失う龍姫。彼女にとっては既知の仲であるハズの遊矢が、今まで使用したことのない戦術(エクシーズ召喚)を披露することは全くの予想外。普段は『EM(エンタメイト)』モンスターによるサーカスの如き愉快さが混じったデュエルを演出するだけに、目の前のドラゴンはそれとは正反対の深い闇のような印象を与える。何故、遊矢(ユート)がこのようなカードを――そう考えている最中、龍姫はユートに聞こえない声量でボソっと呟く。

 

「……カッコ良い…!」

 

 この時既に龍姫の頭の中は《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》で埋め尽くされた。自分の知らないランク4・闇属性・ドラゴン族のモンスターが存在していたのかと、その存在に興奮を覚える。また召喚の際に属性や種族といった特定のモンスターを指定していない辺り、召喚条件には何の縛りもないのだろうとその汎用性の高さに舌を巻く。さらに元々の攻撃力が2500もあり、自分のエクストラデッキに入っている《カチコチドラゴン》よりも単体の戦闘力は高い。これで一体どんな効果を持っているのかと、期待に満ちた目(警戒しつつ)でユートに視線を移す。

 

「……っ、《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》のモンスター効果を発動!オーバーレイ・ユニットを2つ取り除き、相手モンスター1体の攻撃力を半分にし、その攻撃力を自身に加える!俺は貴様の《星態龍》の攻撃力3200を半分の1600にし、《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の攻撃力を1600ポイントアップする!トリーズン・ディスチャージ!」

「――っ!《フォース》を内蔵したモンスター…!」

 

 一瞬ユートは龍姫の冷徹な(期待の)眼差しにたじろいだが、鋼の意思でその視線に耐え抜く。

 《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の周囲を漂っていた紫色の光球が両腕の刃の如き突起の宝玉に吸い込まれ、そこから紫電が《星態龍》に放たれる。その紫電が巨躯の《星態龍》を雁字搦めにするように纏わり付くと、3200もあった攻撃力が瞬く間に半分の1600へと下がり、逆に《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の攻撃力が4100まで上昇。一瞬にして4000ラインに達したことに龍姫は目を見開き、同時に『《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》…いいなぁ、あのドラゴン欲しいなぁ』と、どこぞの紋章一家の父の声をしたデュエルアカデミア小等部の少年のような台詞を内心で呟く。

 だがそんな龍姫の心情などお構いなしにユートは続けて手札のカードをデュエルディスクに差し込んだ。

 

「装備魔法《エクシーズ・ユニット》を《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》に装備する。このカードはエクシーズモンスターの攻撃力を、そのランク×200ポイントアップさせる――よって《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の攻撃力は4900となる」

 

 《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の全身を黄金色の光が包み込む。単純な単体強化の装備魔法ではあるがもう1つの効果が使われない辺り、他にオーバーレイ・ユニットを増やすカードがなかったのだろうと龍姫は察した。

 攻撃力4900の攻撃力は脅威だと感じる龍姫だが、幸いにも自分の場のモンスターはユートが使用した《重力解除》の効果で全て守備表示になっている。戦闘ダメージを受けることはないため、純粋にモンスターを強化するためだけに使用したのだろうと龍姫は考えた――

 

「このターンで終わり(・ ・ ・)だ――バトル!俺は《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》で《竜魔人 クィーンドラグーン》を攻撃し――このタイミングで罠カード《ストライク・ショット》を発動!このカードは俺のモンスターの攻撃宣言時に発動でき、攻撃モンスターの攻撃力を700ポイントアップさせ、そのモンスターが守備表示モンスターを攻撃した場合、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ貴様に戦闘ダメージを与える!」

「――っ、その攻撃宣言に罠カード《ダメージ・ダイエット》を発動。このターン、私が受けるダメージを全て半分にする…!」

 

 ――が、ユートの罠カードが発動された瞬間、龍姫は険しい表情で伏せられていたカードを表にする。まさか1回の攻撃で1ショットkillを狙って来るとは思わず、内心龍姫は慌てふためいた。突然攻撃力が5600にまで上昇し、その上貫通効果まで付与させられては守備力が1200しかない《竜魔人 クィーンドラグーン》ではとても耐えられない。えげつないコンボを仕掛けるとはエンターテイナーとしてどうなのかと疑問さえ感じる。

 だがよくよく考えればデュエル序盤に’’すぐに終わらせる’’と発言しており、ストロング石島とのエキシビションマッチでは1ショットkillを狙っていたので、もしかしたら遊矢は1ショットkillが好きなだけなのではないかと結論付けた。

 

 そして表側になった龍姫の罠カードを見るなり、ユートの眉間に皺が寄る。何もなければこのまま1ショットkillが成立しており、《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の攻撃力を下げられた場合に対処するカードも用意していた。しかし、モンスターのステータスを変動させずにダメージのみを軽減させられてはこのターンで決着を着けることができない。

 また《ストライク・ショット》を発動してしまった以上、たかだか2200の戦闘ダメージでは相手にプレッシャーを与えるという意味では物足りない。ならばせめてダメージだけでも多く与えてやろうとユートは手札の速攻魔法に指をかける。

 

「ダメージステップに貴様の守備表示で存在する《星態龍》と俺の《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》を選択し、速攻魔法《死角からの一撃》を発動!このカードは俺の攻撃表示モンスターの攻撃力をエンドフェイズまで貴様の守備表示モンスターの守備力分アップさせる!貴様の《星態龍》の守備力は2800――よって《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の攻撃力は8400となる!」

「――っ!」

 

 瞬間、龍姫の頬に冷や汗が流れる。ここまでえげつないコンボのために必要なカードを次ターンで揃える辺り、今の遊矢(ユート)のドロー力には必滅の意思さえ感じた。明らかに今までの遊矢とは違う――その違和感に対し龍姫は目を細め、その眼差しで遊矢(ユート)の神妙な顔をじっと見る。

 

(……そっか、遊矢は公式戦で何としても勝たなきゃいけないから、これほどまでに鬼気迫る思いで――今はエンタメっている場合じゃないんだね…)

 

 そして1人勝手に内心でうんうんと納得した。だがそんな龍姫の心情を知らないユートとしては、彼女が草食獣を狙う肉食獣のような眼で自身を睨んで来たとさえ感じる。その眼差しにユートが戦慄を覚える中、《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の攻撃が真っ直ぐに《竜魔人 クィーンドラグーン》へと向かう。

 

「行け!《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》!反逆のライトニング・ディスオベイ!」

 

 矢が放たれた勢いで《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》は飛翔し、その牙を《竜魔人 クィーンドラグーン》にすくうように突き上げる。守備力1200では攻撃力8400の前では遠く及ばず、《竜魔人 クィーンドラグーン》悲鳴をあげながらその身を光に変えた。

 そして戦闘ダメージ7200ポイントの半分である3600ポイントが龍姫のライフから引かれる。このターン《ダメージ・ダイエット》を使用していなければ一瞬でデュエルが終わっていた――その事実に背筋が凍ると同時に超過ダメージの衝撃により龍姫の顔が苦痛で歪む。

 僅か1ターンで合計3600ポイントものダメージを受け、残りライフポイントは僅か400――このライフだと《ライトロード・アーク ミカエル》の効果が使えないと、龍姫は眼前に立つ攻撃力8000を超える《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》を恨めしそうに見る。

 

「カードを1枚伏せ、俺はこれでターンエン――」

「――エンドフェイズに罠発動、《光の召集》。手札を全て墓地に捨て、捨てた枚数分墓地から光属性モンスターを手札に加える。私は手札の《聖刻龍-シユウドラゴン》1枚を墓地に捨て、墓地から《聖刻龍-アセトドラゴン》を手札に。そして手札・デッキから光属性モンスターが墓地に送られたターンのエンドフェイズに《竜姫神サフィラ》のモンスター効果を発動する。私は再びデッキから2枚ドローし1枚捨てる効果を選択。2枚ドロー……そして回収した《聖刻龍-アセトドラゴン》を墓地に捨てる」

「……改めてターンエンドだ。この瞬間《死角からの一撃》の効果は消え、《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の攻撃力は4900となる」

 

 龍姫の憎悪に満ちた(恨めしそうな)目を見てユートは少しの身震いを覚えながらターンを終えようとするが、寸前で龍姫の罠カードと《竜姫神サフィラ》で阻まれた。相手ターン中に自分モンスターの効果の発動条件を満たして手札の補充――戦闘破壊耐性と大型モンスターに目がいき、《竜姫神サフィラ》程度ならばいつでも破壊できるという余裕(油断)が自分にあったとユートは感じる。

 だがこのターンで自分ができることはもう何もない。手札を使い切り、場には《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》とカウンターが1つ乗った《強欲なカケラ》、装備魔法の《エクシーズ・ユニット》とセットカード1枚のみ。次ターンで《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》をカード効果で破壊される可能性もあるが、それでも自分の墓地にはオーバーレイ・ユニットとなって墓地に送られた2枚の《幻影騎士団シャドーベイル》が存在するため防御策もある。残りライフ800とはいえ、まだ自分に勝機はある――ユートは細心の注意を払いつつ、ターンを龍姫へと渡した。

 

「…私のターン、ドロー。手札から魔法カード《聖蛇の息吹》を発動。フィールドに融合・儀式・シンクロ・エクシーズモンスターが2種類以上存在する場合、その種類に応じて効果を得る。私は2種類以上存在する場合の効果、’’墓地または除外された自分モンスター1体を手札に加える’’効果を選択。この効果で墓地の《ラブラドライドラゴン》を手札に……さらに《ラブラドライドラゴン》を捨て、魔法カード《調和の宝札》を発動。手札の攻撃力1000以下のドラゴン族チューナーを墓地に捨てることでデッキからカードを2枚ドローする」

 

 2枚の魔法カードを使い、龍姫は手札を入れ替える。この時、墓地に光属性の《ギャラクシーサーペント》が居ればエンドフェイズに《竜姫神サフィラ》の追加効果を発動できたが、ないものは仕方ないと割り切る龍姫。

 何か状況を一変できるようなカードをと望みをかけて龍姫は手札を増やし、入れ替える。そして引いた2枚のカードを見て龍姫の目が細められた。引いたカードの内の1枚はドロー効果を持ったカードで、もう1枚は攻撃力を上昇させるカード――攻撃力で《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》と張り合うのも面白いと思いつつ、龍姫は手札の魔法カードをデュエルディスクに差し込む。

 

「…私は《星態龍》をリリースし、魔法カード《アドバンス・ドロー》を発動。このカードは私の場のレベル8以上のモンスター1体をリリースすることで、デッキからカードを2枚ドローできる――手札から《ガード・オブ・フレムベル》を攻撃表示で召喚。さらに《ガード・オブ・フレムベル》を墓地に送り、魔法カード《馬の骨の対価》を発動。自分の場の効果モンスター以外のモンスター1体を墓地に送ることで、デッキからカードを2枚ドローする。《ガード・オブ・フレムベル》は通常モンスター――よってその発動条件を満たす……」

 

 次から次へと魔法カードの効果で手札を入れ替える龍姫。このターン最初に発動した《調和の宝札》も含めれば、そのドロー枚数は6枚。一体どれだけ手札を入れ替えれば気が済むんだとユートが怪訝な眼差しを向けたところで龍姫の手が止まる。

 

「……私は《竜姫神サフィラ》を攻撃表示に変更。そしてリバースカードを4枚セットし、ターンエンド」

 

 ‘’目的のカードは全て引けた’’と言わんばかりに龍姫は残った手札を全てデュエルディスクに差し込んだ。これで龍姫の手札は正真正銘のハンドレス(手札満足)。攻撃力4900の《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》を前に、攻撃力2500の《竜姫神サフィラ》を攻撃表示という状況は残りライフ400の状態だと愚かとしか言いようがなかっただろう。

 だがそれを4枚のセットカードがユートの思考を鈍らせた。数枚はブラフかもしれないが、龍姫の毅然とした表情を見る限り4枚のセットカード全てが本命のように感じる。何というプレッシャーを放つ女だ、とユートは龍姫のその威圧感を感じつつ、デッキトップに指をかけた。

 

「…俺のターン、ドロー……俺は永続魔法《強欲なカケラ》の効果を発動する。カウンターが2つ乗ったこのカードを墓地に送り、デッキからカードを2枚ドローする」

 

 このターンで確実に仕留めなければいけない、とユートは瞬時に察した。相手にセットカードが4枚もある状況では次のターンで何をしでかすかわからない。これ以上ターンを重ねることは危険だと思いつつユートは《強欲なカケラ》の効果で手札を3枚まで増やした。そして引いた2枚のカードを一瞥し、ユートの目が猛禽類のそれのように鋭くなる。

 

「俺は魔法カード《オーバーレイ・リジェネレート》を発動。このカードはエクシーズモンスター1体のオーバーレイ・ユニットとなる」

「――っ、」

 

 《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の周囲に1つの光球が漂う。もしこの場にエクシーズモンスターについて疎い者が居れば、たかだかオーバーレイ・ユニットを1つ増やしただけに過ぎないだろうと安易なことを口にしたかもしれない。

 だが龍姫はエクシーズモンスターにオーバーレイ・ユニットが増えることの利点、そして未だに装備されている《エクシーズ・ユニット》の効果も把握しているので、この状況がどれほど恐ろしいか瞬時に理解した。

 

「ここで装備魔法《エクシーズ・ユニット》のもう1つの効果を使う。このカードはエクシーズモンスターがオーバーレイ・ユニットを使って効果を発動する場合、このカードを取り除くオーバーレイ・ユニットの1つとして扱うこともできる――俺はオーバーレイ・ユニット1つと《エクシーズ・ユニット》を使い、《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の効果を発動!貴様の《竜姫神サフィラ》の攻撃力を半分にし、その数値分《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の攻撃力を上げる!トリーズン・ディスチャージ!」

 

 装備された《エクシーズ・ユニット》と《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の周囲を旋回していた紫色のオーバーレイ・ユニットが両腕の宝玉に吸い込まれ、そこから放たれる紫電が《竜姫神サフィラ》に纏わり付く。《星態龍》の時と同じように《竜姫神サフィラ》の攻撃力が半分の1250となりその数値分《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の攻撃力上昇し、その攻撃力は5350になる。

 このままでは超過の戦闘ダメージだけで自分は敗北するかもしれないと、龍姫の頬に冷や汗が滴った。だが自身の伏せカードが何の問題もなく発動できればその勝敗は逆転する。まだ希望はある――これらのカードさえあれば負けることはないと、心の中で龍姫は自分に言い聞かせた。

 

「そして魔法カード《スタンピング・クラッシュ》を発動。俺の場にドラゴン族モンスターが存在する場合、魔法・罠カード1枚を破壊しそのコントローラーに500ポイントのダメージを与える」

 

 しかし、その希望を打ち砕くように無慈悲に発動された魔法・罠除去カードを視認するなり、龍姫の顔が僅かに歪む。《大嵐》等の全体除去でなかっただけマシだが、それでも自分が伏せたカードの中の1枚を破壊されることはこの状況だと非常に厳しい。

 無意識の内に龍姫がこの状況で最も破壊されたくないセットカードにほんの一瞬だけ視線を移した瞬間、ユートの目が見開く。刹那にも満たない間だったが、過酷な状況で戦ってきたユートはその些細な情報すら見逃すはずがない。

 

「俺が破壊するのは――君から見て一番右側のカードだ」

「――っ、私は墓地から罠カード《ダメージ・ダイエット》のさらなる効果を発動…!墓地のこのカードをゲームから除外することで、このターン私が受ける効果ダメージは半分になる…!」

「だがカードの破壊と半分のダメージは受けてもらう」

 

 ユートが指定した龍姫のセットカードの上にソリッドビジョンでドラゴンの足が現れ、その足が踏み砕くようにセットカードを割る。破片となって散った《反 射 光 子 流(フォトン・ライジング・ストリーム)》に龍姫が身構える中、《ダメージ・ダイエット》のエフェクトで半透明な半球体の壁が龍姫を守るようにそり立つ。だがそれでもダメージを完全に回避することはできず、《スタンピング・クラッシュ》で受けるハズだった500ポイントのダメージの半分、250ポイントが龍姫のライフポイントから引かれ龍姫の残りライフポイントは僅か150。

 しかしユートの狙いはあくまでもセットカードの破壊であり、効果ダメージはその副産物に過ぎない。破壊したカード名とその効果を破片から瞬時に読み取り、ユートは内心で勝利を確信した。

 

「バトル! 《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》で《竜姫神サフィラ》に攻撃!」

 

 これで最も警戒すべきカードは潰すことができた、とユートは何の憂いもなく攻撃命令を下す。《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》は先の2体のドラゴンを葬った時と同じように《竜姫神サフィラ》へその反逆の牙を向ける。攻撃力3750と1250ではその差は歴然。下手な罠カードでは太刀打ちできまいと考えての攻撃だった――

 

「その攻撃宣言に罠カード《光子化(フォトナイズ)》を発動。相手モンスター1体の攻撃を無効にするのと同時(・ ・)に、私の場の光属性モンスター1体の攻撃力を次の私のターンまで攻撃モンスターの攻撃力分アップする」

 

 ――が、その攻撃は《竜姫神サフィラ》に直撃する直前で光の粒子のみを切り裂いた。光子に惑わされ《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の攻撃が無効になったと同時に《竜姫神サフィラ》の攻撃力が一気に上昇する。1250に3750の攻撃力を加算し、その攻撃力は2体のドラゴンの元々の攻撃力の合計値――5000にまで達した。これで次ターンには攻撃力5000となった《竜姫神サフィラ》で《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》を攻撃し、その超過ダメージで残りライフポイント100の遊矢(ユート)を倒せる。自分の勝利は確定したと龍姫が思っていた時、ユートは鬼気迫る表情で最後の手札をデュエルディスクに差し込んだ。

 

「《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の攻撃が無効された瞬間、俺は手札から速攻魔法《ダブル・アップ・チャンス》を発動!」

「――っ!?」

 

 普段からどんなデュエルでも表情の変化が乏しい龍姫の顔が一瞬にして驚愕のそれに変わる。だがこれは速攻魔法を発動されたことだけに対しての驚きではなく、この状況での《ダブル・アップ・チャンス》についてだ。

 相手は元々の攻撃力2500のエクシーズモンスターを強化して逆転を狙うための攻撃、自分それを潰すための《光子化》で攻撃を無効。だがそこからの《ダブル・アップ・チャンス》――この展開に対して、龍姫に気持ちを抑えろという方が無理な話だ。

 

(何これすごい!まさかホープなしで《ダブル・アップ・チャンス》発動されるなんて…いいぞ!もっとやれ!)

「《ダブル・アップ・チャンス》はモンスター1体の攻撃が無効にされた時、そのモンスターにこのバトルフェイズでもう1度攻撃させることができる。さらにダメージステップの間のみ、そのモンスターは攻撃力が倍となる――《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》! 再び《竜姫神サフィラ》に攻撃だ!」

 

 1度攻撃を止められた《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の全身が黄金色の光に包まれる。そして再度《竜姫神サフィラ》に向かって飛翔。《ダブル・アップ・チャンス》の効果により《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》はダメージステップの間攻撃力が5350から倍の10700まで上昇することになり、その超過ダメージで龍姫のライフポイントを0にできる――そう確信した上での攻撃だった。

 

「――その攻撃宣言時にライフを半分支払い、《竜姫神サフィラ》を選択して罠カード《魂の一撃》を発動…!このカードは自分モンスターが相手モンスターと戦闘を行う攻撃宣言時に私のライフが4000以下の時にライフを半分支払い、自分モンスター1体を選択して発動でき、選択したモンスターの攻撃力は相手のエンドフェイズ時まで、自分のライフポイントが4000より下回っている数値分アップする…!」

 

 しかし、《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》が《竜姫神サフィラ》に攻撃を与える寸前で龍姫に残された2枚のセットカードの内の1枚が表になる。その瞬間、龍姫の全身を赤いオーラが包み込み、それが《竜姫神サフィラ》へと流れていく。

 ライフポイントの半分はかなりのリスクがあるが、最早残りライフ150ポイントしか残っていなかった龍姫には些細な問題。半分の75ポイントを支払い、4000との数値差3925ポイントが《竜姫神サフィラ》へと加えられる。6600という高い攻撃力を得ていたが、まるでメーターが壊れたように攻撃力が7000、8000と上昇していく。そしてその攻撃力は最終的に1万の大台――10525にまで達した。

 

「だがその程度攻撃力を上げたところで俺の《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》は《ダブル・アップ・チャンス》の効果により、攻撃力は10700まで上がる!そんなことをしても無意味だ!」

 

 ユートの言う通り攻撃力を上げても《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》に届かなければ意味がないことは龍姫も理解している。声を荒げるユートに龍姫は氷のような微笑を浮かべ、普段は絶対に言うことがないであろう言葉を口にした。

 

「――それはどうだろう?」

「何…!?」

「ダメージステップに永続罠《竜魂の城》を発動。墓地のドラゴン族モンスター1体をゲームから除外し、私の場のモンスター1体の攻撃力を700ポイントアップする。私は墓地の《竜魔人 クィーンドラグーン》をゲームから除外し、《竜姫神サフィラ》の攻撃力を700ポイントアップ――」

 

 刹那。龍姫の背後に山と一体化した巨城が現れる。城の周囲にはこのデュエルで龍姫の墓地に送られた多くのドラゴン達が幽体となって漂っていた。その中の《竜魔人 クィーンドラグーン》が自身を城の中へと投じると、城が紫色の妖しい光を放ち始める。そしてその紫光は《竜姫神サフィラ》の全身を覆い、1万を超えた攻撃力にさらなる力を加えた。

 

「――よってその攻撃力は11225となる…!」

 

 主人(龍姫)同胞()の力を得て、《竜姫神サフィラ》はこれまでとは比較にならないほどの輝きを放ち、その光がフィールド全体を照らす。その美しさにほんの一瞬ユートは見惚れるが、同時に龍姫の思惑を理解した。

 

(この女、最初に《光子化》を発動したのは次の自分のターンで強化した《竜姫神サフィラ》で攻撃し、確実に俺のライフを0にするため…! 《魂の一撃》と《竜魂の城》があればこのターンで《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》を倒すことはできても、俺のライフを削り切ることはできない――ただそれだけの理由で《光子化》を最初に発動したんだ…!)

 

 そうユートが逡巡している中、《竜姫神サフィラ》の背後に後光が現れる。光は無数の筋となって曲線を描き、それら全てが《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の方へと向かう。攻撃力11225と攻撃力10700では僅かに届かない。《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》は成す術なく光に包まれていった。

 

「……ふぅ…」

 

 その様子を見て、龍姫は安堵の息を溢す。攻撃力勝負に出たのは良いが、自身のカードの発動順に欲をかき過ぎたのではないかと心配していたからだ。定石通り《魂の一撃》と《竜魂の城》で攻撃力を上げていれば、ユートに《ダブル・アップ・チャンス》を発動されることなく《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》を戦闘破壊できていただろう。だが攻撃力の勝負で光属性・ドラゴン族という恵まれたカード群で負ける訳にはいかないと意地を張った結果が攻撃力11225の《竜姫神サフィラ》。このデュエルでそれができただけでも満足、と内心ではかなり浮かれ上がっている。さぁあとは相手のターンエンド宣言とこちらのターンで《竜姫神サフィラ》による直接攻撃でデュエルは終了だと思っていた時――

 

「――まだだ…!」

 

 ――龍姫の目に信じられない光景が映った。《竜姫神サフィラ》の攻撃で光に包まれたハズの《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》が未だに顕在している。

 何故、どうしてと内心で混乱している中、《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の背後に開かれている罠カードを目にし、その混乱が一時収まった。

 

「君の《竜魂の城》の効果処理に入る前に罠カードを発動させてもらった――この、《スキル・サクセサー》をな…」

「――っ!?」

 

 瞬間、龍姫は絶句した。《スキル・サクセサー》は自分モンスターの攻撃力を400ポイント上げる罠であり、墓地に送られたターン以外の自分ターンで墓地から自身を除外することで自分モンスターの攻撃力を800ポイントアップさせる罠カード。単純な算数で考えるとダメージステップに発動すれば《ダブル・アップ・チャンス》の効果で攻撃力10700となった《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》に400ポイント加算され、11100となると一般の人間は考えるだろう。

 だがデュエリストは違う。《ダブル・アップ・チャンス》の効果処理はチェーンブロックを作らない効果であり、ダメージステップ中に攻撃力が増減するカードを使用した場合、増減した後に攻撃力を倍にする効果が適用される。つまり《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の攻撃力5350に400ポイントを加え、5750となった攻撃力を倍にするのだ。よってその攻撃力は――11500。《竜姫神サフィラ》の攻撃力11225を僅か175ポイントだけ上回る。

 

「これで真の終焉だ……行け、《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》! 反逆の――ライトニング・ディスオベイィイイイィッ!!」

 

 紫電を纏った牙が《竜姫神サフィラ》の腹部を突く。超過ダメージ175が龍姫のライフから引かれ、残りライフポイント75しかなかった龍姫のライフが0へと変わった。

 そしてその衝撃の余波がプレイヤーである龍姫にも襲いかかり、彼女の体は木の葉のように浮き上がって地面と水平に後方へ飛ばされる。幸いにも後方に何も物体がなかったため何かにぶつかることはなかったが、そのまま重力に従い地面を擦るように背中から倒れ込む。最後にデュエルディスクがブザー音を発し、デュエルの終了を告げた。

 

 

 

――――――――

 

 

 

(…やってしまった……)

 

 デュエルが終わり、ユートは軽く自己嫌悪していた。いくら相手が誘って来たとはいえ、デュエルで目の前の少女を傷つけてしまったのだ。また本人は相手がLDSとは無関係(だとユートが思いこんでいる)人間。そんな少女に対して自分は何てことをしてしまったのだと、自身の軽々しさに憤りを覚える。

 せめて彼女の安否だけでも確認しなければと、ユートはデュエルディスクをしまい龍姫の方へと近付こうとした。ユートがその一歩目を踏み出したところでムクリと龍姫は上半身を起こし、続けてそのままゆっくりと立ち上がる。ごく自然に動きだした龍姫を見てユートは一瞬固まるがそんなユートのことを意識することなく、龍姫は何事もなかったかのように倒れた際に体に付着した汚れやゴミを手でパンパンと軽く払いながらユートの方へ歩を進めた。

 

「驚いた。まさか遊矢がエクシーズを習得していたなんて……選手権用に覚えたの?」

「……そんなことより大丈夫なのか? 思いっきり吹っ飛んだように見えたんだが…」

「私だってデュエリスト。体は頑丈」

「……そうか…」

 

 女子とはいえデュエリスト、体が丈夫であることには変わりないかとユートは納得する。だが目立った外傷がないとは言い切れないため、ユートは龍姫の全身をじっと見た。腕・足・太もも等、先ほど擦ったであろう箇所を一通り見て大きな怪我がないことに安堵の息を溢す。

 

「おーい、龍姫ぃー」

 

 そんな時、フェンスの向こう側に傘を持った1人の少年――刃がこちらに向かって声を張り上げる。それに気付いた龍姫は『刃』と短く言うと、手を振ってそれに応えた。そのままフェンスにかけた上着を腕にかけ、刃の方へと歩を進めようとする。

 

「遊矢、今回は楽しかった。また今度デュエルしよう」

「…あ、あぁ――だが最後に1つだけ言わせてくれ」

「…何?」

 

 一言そう言って龍姫が刃の所へ行こうとした時、ユートは龍姫の腕を取ってやや強引に引き止めた。コホンと軽く咳払いし、ユートは真剣な眼差しで龍姫の目を見る。何か大事なことだろうかと、龍姫も同じく神妙な顔つきでユートの方を見る――そして、意を決したユートが口を開く。

 

「……君にその(プチリュウがプリントされた)キャミソールは似合わな――かはぁっ!?」

 

 刹那。ユートが最後まで言葉を紡ぐ前に龍姫の右拳が彼の鳩尾に深く埋まる。ある程度のリアルファイトには自信のあるユートだが、これまで経験したことのある痛みでも五指に入るほどの激痛が彼の腹部を襲う。その衝撃でユートは背中をフェンスに叩きつけ、その痛みで表情が歪む。そしてそのまま膝が地につき、両手を地面につけて苦悶した。

 

 そんなユートの姿には目もくれず、龍姫はそのまま早足で刃の方へと向かう。意識が遠のく中、合流した2人の『お、おい龍姫……誰だかわからねぇけど何で殴ったんだよ?』、『遊矢が私のこのプチリュウプリントのキャミが似合わないと言ったから殴った。反省も後悔もしていない』、『……そりゃあ榊遊矢が悪いな』という会話がおぼろげながらユートの耳に入る。

 

 理不尽だと思いつつ、ユートの意識は闇に呑まれていった…。

 仲間である隼が無残な状態のユートを発見し『おのれLDS!』と怒りの炎を盛らせ、ユートが『彼女はLDSではない…』と語るのはこの数十分後の出来事。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 その日の夕方。龍姫・真澄・北斗・刃の4人は今日もLDS襲撃犯を見つけられなかったと、肩を落としながらLDS内のラウンジで休息を取っていた。各々飲み物を片手にハァとため息を溢す。何故これだけ捜しても見つからないのか。まるで一般カードショップのストレージで目的のカードを見つけることよりも困難なことだと辟易する。

 だがその中で龍姫だけが1人別なことをしていた。メインデッキ・エクストラデッキのカードをテーブル一杯に広げ、考え深い顔でそれらを眺める。昨夜デッキの調整をしていたが、今日の遊矢(ユート)との一戦で何がいけなかったのかと1人反省会をしているのだ。

 

 しかし龍姫の中で反省点がパッと思い浮ばない。今日のデュエルではモンスターを展開し、手札も補充し、サポートカードも手札に来ていた。あえて言うならば効果モンスター対策で《スキル・プリズナー》を引けなかった自分のドロー力が低かったことだろう。これ以外にも何かあるだろうかと思考を巡らせるも、今一ピンと来るものが来ない。どうしたものかと、龍姫はため息を溢す。

 

「珍しいな龍姫、君がため息をつくなんて。何か悩みでもあるのか?」

「……うん、負けなしだった相手に黒星を付けられた」

「黒星って――まさか今日偶然会った榊遊矢か?」

「龍姫でもあいつに負けるのね。北斗と揃って情けないわよ」

 

 グサリ、と龍姫と北斗に真澄の言葉が刺さる。龍姫は単純に情けないと聞いて。北斗は以前の勝負で唯一自分が負けたことのトラウマを彷彿して。先程よりも落ち込んだ2人を見て、刃が慌てて言葉を取り繕う。

 

「ま、まぁ龍姫はこの間は榊遊矢に勝ったんだろ? たかが1敗ぐらい、気にすることねぇじゃねぇか」

「……でも、遊矢はいつの間にかエクシーズ召喚を覚えていた。うかうかしてられない」

「なん…だと…!? 遊勝塾もエクシーズを取り入れたのか…!」

「侮れないわね、遊勝塾…」

 

 以前デュエルした相手がさらなる力を得たと、LDSジュニアユースの各コースのトップ達がその警戒心を強めた。あと数週間もすればこの舞網市内で選手権が開かれる――その時の強力なライバルに遊勝塾の名が挙がるではないかと、早くも危惧する。

 そんな神妙な顔つきの4人の所に近付く少年が1人。話の渦中である遊勝塾の榊遊矢と同じ中学校の制服を身に纏い、LDS内でも名を知られている次期市長選に出る議員の息子――

 

「よぉ橘田、こんなところに居たのか――って、お前ら何してるんだ?」

「…沢渡……」

 

 ――沢渡シンゴ。珍しくいつもの取り巻き達を引き連れておらず、龍姫達とテーブルの上に広げられた龍姫のデッキに視線を移す。そこで何かを察したようにしたり顔を浮かべ、自信あり気な表情で口を開く。

 

「ははーん、なるほど。LDSジュニアユースが誇る各コースのトップ達が集まって橘田のデッキ構築相談という訳か」

「いや、違ぇけど」

「えっ」

「僕らは龍姫から榊遊矢がエクシーズ召喚を使ったと聞いて、遊勝塾もエクシーズを使い始めたんじゃないかという話をしていただけだ」

「状況だけで判断すんなよ。沢渡の癖に」

「お、俺の癖にって何だ!俺の癖にって!」

 

 見たままの状況から推測しただけで刃・北斗から次々と否定の言葉で返されやや頭に血が上る沢渡。ぎゃあぎゃあと騒ぐ男3人を横目に、女子2人は広げたデッキのカードに視線を移す。

 

「そういえば何でまたデッキ調整をしているの龍姫?わざわざここじゃなくてもLDS内のデッキ構築スペースや家でできるでしょう?」

「遊矢に負けたのが悔しくて速攻で直したかった。それに真澄達の意見も聞いておきたい。この辺りのカードを入れようと思うんだけど、どう思う?」

「ふーん……まぁ悪くないわね。でもそれを入れるんなら《おろかな埋葬》とかも入れた方が良いんじゃないの?あとは手札消費を抑えるために《闇の量産工場》を入れたり。それと《暴風竜の防人》は入れたい気持ちもわかるけど、事故要員だと思うわ」

「《闇の量産工場》は良いかもしれない。それに《おろかな埋葬》で思い出した。《竜の霊廟》をデッキに入れよう。《暴風竜の防人》は……確かに私のスタイルとは合わなかった。あとで抜いておく」

 

 デッキのカードを入れ替え、デッキ調整に励む龍姫。きっと遊矢も自分に負けたのが悔しくて、このようにデッキを調整してエクシーズ召喚や墓地から罠を発動するデュエルスタイルに変えたのだろうと考える。そんな時ふと、遊矢(ユート)が召喚したエクシーズモンスターのことを思い出す。ランク4・闇属性・ドラゴン族・攻撃力2500で魔法カード《フォース》の効果を内蔵したエクシーズモンスター――あれだけ優秀なカードを遊矢はいつの間に手に入れたのだろうかと龍姫は疑問を感じ、同時に羨ましく思った。

 

「……《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》……私も欲しい…」

「《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》だとぉ!?」

 

 龍姫がカード名を呟いた途端、口論に勤しんでいた沢渡が目の色を変えて龍姫の両肩をがばっと掴む。突然の出来事に龍姫は目を点にするが、そんなことはお構いなしに沢渡は鼻先を龍姫のそれと接するまで近づけて声を荒げた。

 

「そのモンスターは俺を襲った奴が使っていたモンスターだ!まさかお前、あいつとやったのか!?」

「…あれは遊矢――」

「榊遊矢に似てるって言っただろ!」

 

 少しの間、この場が静寂に包まれる。何か要領を得ない表情だった龍姫だが、数秒思案した後、沢渡の発言と今日のデュエル及び遊矢(ユート)の様子を思い出し、そこでやっと事態を把握した。

 

「…………あれは遊矢じゃなかった…!?」

「気付くが遅ぇーよ橘田!」

 

 再度沢渡が声を荒げる中、沢渡の背後に居た真澄がゆっくりと立ち上がる。そして明らかにデュエル目的ではなく(リアルファイト用に)デュエルディスクを起動させ、そのプレート部分を剣のように構えた。

 

「龍姫――襲撃犯と榊遊矢の区別がつかないほど、貴女の目はくすんでいたようね」

「……真澄?」

「…私が貴女のそのくすんだ目に輝きが戻るように研磨してあげるわ。デュエルディスク(これ)で」

 

 刹那。これから起こることを予測した龍姫は素早くテーブルの上に散らばったカードを回収し、即座に体を180度反転し駆け始める。走り出せ、その足で。

 

「待ちなさい龍姫ぃ!」

「断る…!」

 

 ラウンジを駆け、そのまま楽しい(恐怖の)鬼ごっこを始める女子2人。海岸線でキャッキャウフフするような微笑ましいものではなく、文字通り鬼が襲って来ている。今ならD・ホイールと同じぐらいの速度で走れそうだと内心思いつつ、背後の(真澄)へと珍しく声を荒げながら言葉をかける。

 

「聞いて真澄! 私は悪くない!」

「どう考えても襲撃犯を逃した貴女が悪いわよ!」

「相手のエクシーズモンスターが《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》だと知っていたら私だって真澄やLDSに連絡するなり対応できた! つまりモンスター名を教えなかった沢渡が悪い!」

「はぁっ!? 橘田、お前何言って――」

「沢渡ぃいいいいいぃっ!!」

「うわああああぁっ! こっち来んな光津!」

 

 いつの間にか鬼ごっこに沢渡も巻き込まれ、龍姫の後ろ、真澄の前方を走る形となった。女子2人に挟まれるという、文字にすれば両手に花だろう。だが実際には前方の少女は己の保身のために自分を売り、後方の少女はデュエルディスク()を携えて襲って来る。以前倉庫で鉢合わせた柊柚子といい、女のデュエリストにはロクな奴がいないと思いながら沢渡は走った。風のように。

 

「何やってんだか…」

「全く、LDSのトップという自覚の欠片もないな」

 




(続・小ネタ)
真澄・刃「「北斗ぉおおおおおぉっ!!」」
北斗「いきなり何だ!」
刃「お前ぇ!何で龍姫にあんなこと言いやがった!」
真澄「自分はレベル4以下の召喚・特殊召喚しか使わないからって――この裏切り者…!」
北斗「待て!本当に何のことだ!?」
刃「とぼけるなぁ!お前が龍姫に《聖刻龍王-アトゥムス》の効果で《ヴェルズ・サッハーク》を攻守0にして特殊召喚し、《地獄の暴走召喚》で3体並べれば《ヴェルズ・オピオン》がエクシーズ召喚できるってアドバイスしたのはお前だと龍姫が言ってたぞ!」
真澄「貴方にレベル5以上のモンスターが特殊召喚できない絶望がわかる!?私と刃はエースどころか普段の融合・シンクロもできなかったのよ!」
北斗「そこまでアドバイスした覚えはない!濡れ衣だ!」
龍姫「北斗のお陰でオピオンを出せて満足」
北斗「ちょ――」
真澄・刃「「この裏切り者ぉおおおおぉっ!!」」


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6話:《山》(デュエリストに登山は必須)

大分更新の間が空いてしまい、申し訳ありません。
しかも今回はデュエルなし……ちょっとデュエル構成の都合で、これは長くなりそうだと思い、2・3話以来の分割方式で先に出来上がった話を投稿させて頂きます。次話は最低年内に投稿できるよう、尽力します!

あとジェムナイト作りました。ダイヤでパーズの効果をコピって、決闘融合使って1killするの楽しいです。そしたら2戦目でピン挿しのGFをバーサークで除外されて泣きました。


「そういえば橘田。お前このままじゃジュニアユース選手権に出られないんだってな」

 

 追い駆けっこ(真澄との鬼ごっこ)が終わり北斗と刃が座っていたラウンジのテーブル席に龍姫・真澄・沢渡が着いた途端、沢渡の意地悪そうな一言で場の空気が凍る。北斗と刃は何となく察しがついたような顔になり、真澄はキッと龍姫の方を強く睨む。当の龍姫は表面上涼しい顔をしているが、内心では『待って!これは事故だ!』と大家に言い訳をするシティに君臨していた元王のように慌てふためいていた。

 

「龍姫――貴女、ジュニアユース選手権の参加規定を満たしていないのね?」

「……大会までまだ10日近くあるから問題ない…」

「いや、逆に言えばあと10日ぐらいしかねぇんだからもっと焦るべきだろ」

「刃の言う通りだ。全く、君ほどの実力があれば勝率6割も6連勝も簡単だろうに……一体、今年の君の戦績はどうなっているんだ?」

 

 そう疑問を抱きながら北斗は自身のデュエルディスクを操作し、公式データベースに登録されている舞網市のデュエリスト情報を確認する。LDSジュニアユース部門のトップという龍姫の実力であれば、年内公式戦50戦勝率6割も公式戦6連勝も容易。だが、龍姫本人が今年になってから積極的に公式戦に出ようとしなかったことは今年の付き合いから知っていた。試合数はある程度仕方ないにしても、6連勝できないことを不思議に思いながら北斗は龍姫のデュエリスト情報に目を移し――

 

橘田龍姫:48戦40勝8敗(勝率8割3分3厘)※6連勝規定未満

 

 ――絶句する。試合数、勝率のことは別に問題ないと北斗は感じた。だが、この戦績で6連勝ができていないとはどういうことだと、真澄と同じように龍姫を強く睨む。隣に居た刃が何事かと北斗のデュエルディスクのディスプレイに視線を移し、その画面の内容を把握するとすぐに真澄・北斗と同様の目付きで龍姫を見る。

 当の龍姫は相も変わらず涼しい顔だが、その内心では某ナンバーズハンターの高い実力に恐怖している高次元存在のように酷く怯えていた。そんな中で北斗はコホンと軽く咳払いし、口を開く。

 

「龍姫、試合数・勝率のことは置いておく……だが、40勝しておきながら6連勝ができていないとはどういうことだ?」

「……5連勝した後に1回負けた。それを8回繰り返しただけ」

「何でそんなことを器用にできんだよ!」

「……私にもわからない…」

「’’わからない’’じゃないでしょ…!」

「いひゃい。ほっへらろひっはららいれはしゅみ」

 

 両頬を真澄にぐにぃーっと引っ張られる龍姫。普段のクールな表情が(物理的に)崩壊している様は珍しいものだと思いつつ、沢渡は制服の内ポケットから封筒を取り出し、それを龍姫のテーブルの上に放る。封筒はそのまま滑らかにすべり、丁度龍姫の所で止まった。カード手裏剣の練習だろうかと、龍姫は(未だ真澄に頬を引っ張られながら)沢渡の方へ視線を移す。その沢渡はカッコ良く封筒を渡せたと内心ほくそ笑みながらしたり顔を浮かべていた。

 

「ひゃわはり、ほれは?」

「なぁに、今日は社長が直々にこの俺と会う機会があってな。その時、龍姫と同じ学校のよしみで頼まれごとを任されたって訳だ。何でもお前がジュニアユース選手権に出場できるように社長が公式戦の相手をセッティングしてくれたらしいぜ?」

 

 ところどころを強調しつつ、沢渡は『まぁ詳しくは封筒の中身を見ろよ』と言う。社長直々に公式戦をセッティングしてくれたことに感謝と警戒を感じつつ、龍姫は手早く市販パックを開封するように封筒を開けた。中には三つ折りにされた紙が2枚入っており、それぞれが公式戦を行う相手がいるデュエル塾、及び日時・場所等が指定されたもの。

 先ず1枚目の紙に目を通すが、相手のデュエル塾の名前を見た途端に龍姫の目が見開く。普段から滅多に表情を変えない龍姫がこのような顔になるのは珍しいと隣に座っていた真澄が思いつつ、紙に記載されているデュエル塾の名前を見て『あぁ…』と納得した表情を浮かべた。

 

「社長も意地が悪いわね。龍姫の残り2戦にこの相手を選ぶなんて」

「どういうことだよ真澄?」

「これを見ればわかるわよ」

 

 そう言って真澄はやや乱雑に龍姫から用紙を奪い、カード手裏剣よろしく疑問の言葉をあげた刃にそれを放る。投げ渡された用紙を刃は難なく掴み、紙面に記されたデュエル塾とその相手の名前を見るなり、刃(と両隣でその内容を見た北斗と沢渡)は眉間に皺を寄せた。

 

「あの塾かよ…」

「悪評高い1kill推奨塾じゃないか」

「しかもその塾のエース様とデュエル……橘田、お前相手に選ばれて過ぎだな」

「……別に相手が誰であろうと関係ない。私は私のデュエルを貫き通す、ただそれだけ」

「流石は総合コースのトップ様、言うことが違うねぇ」

 

 ヒュー、と口笛を吹きながら沢渡はそう囃(はや)したてる。そんな沢渡の煽りに対し龍姫は特に気にすることもなく、淡々とデッキのカードをテーブルに広げた。先ほどの鬼ごっこで中断したが、ここに居る目的はあくまでもデッキ調整とアドバイスをもらうため。増してや急に公式戦を行うとなれば、早急に調整する必要があると感じ神妙な面持ちで沢渡を除いた3人へ龍姫は視線を移した。

 

「ただ、あの子(・ ・ ・)が相手となると生半可なデッキでは瞬殺される……ので、何か良い対策はない? 真澄、刃、北斗」

「おい橘田、ナチュラルに俺をハブるなよ」

「そんなの簡単さ。《システム・ダウン》を3積みすれば――」

「却下。露骨なメタは私のデュエルスタイルに反する」

 

 沢渡の発言を無視しつつ、龍姫は北斗のアドバイスを即拒否する。今回はいくら相手のことがわかっているとはいえ、露骨に対策カードを積むことを龍姫は良しとしない。デュエル業界からは悪評が広まってしまっている相手ではあるが、龍姫自身はその相手について嫌っている訳ではなく、むしろ好んでさえいる。そのためメタで相手の戦術を潰すよりも、自分と相手が真っ向から挑む方が性に合っており、自分も相手もそれを望む。

 

「貴女は変なとこで頑固よねぇ……それじゃあ、前みたいに《オネスト》積んでおけば良いんじゃないかしら? 攻撃力には攻撃力で勝負よ」

「……ドラゴン族以外入れたくない…」

「ちょっと前まで天使族の《オネスト》と《マンジュ・ゴッド》をガン積みしておいて、どの口がそれを言いやがる」

「あの時はまだデッキが馴染んでいなかったから……でも、真澄の言う通り攻撃力の勝負は良いかもしれない。抜かそうと思っていた《光子化(フォトナイズ)》と《反 射 光 子 流(フォトン・ライジング・ストリーム)》を入れたままにしておく」

「……デュエルで攻撃力が1万近くになりそうだな…」

 

 想像するだけでもおぞましいと、顔に出しながら沢渡は頬を手で付きながらそう呟いた。ただ龍姫は今日のユートとのデュエルで《竜姫神サフィラ》の攻撃力が11225まで上がったので、攻撃力1万程度であればそこまで驚くことでもないのではと心の内で思う。攻撃力(脳筋)勝負したばかりであるが故、多少感覚が麻痺している。そのため沢渡の発言を気に留めることもなく無言でデッキ調整を続けた。

 

「――ん? 龍姫、封筒にまだ何か入ってるぞ」

「あら本当ね。これは……シンクロモンスターのカード?」

「おっ、何だ何だぁ? 公式戦のために社長からの餞別か?」

 

 そんな時、封筒に入っていた用紙を戻そうとしていた北斗がまだ中に何かが入っていたことに気付く。封筒の上下を逆さにして中に入っていたものをテーブルの上に出し、それが白枠のカードであることから真澄はシンクロモンスターであると察する。刃は自身の所属コースのカードということで興味を持ち、身を乗り出してそのカードを我先にと手に取った。

 どんなシンクロモンスターかと刃がそのカードイラストに目を向けるが、笑みを浮かべていた表情が一瞬にして驚愕のそれに変わる。何かの冗談かと目を疑いカードイラストとカード名に視線を交互に移すものの、そのカードに嘘偽りはなくそれの正体を把握するとカードを持つ手がワナワナと震えていた。

 

「こ、このカードは伝説の…!」

「伝説って?」

「ああ! こいつはあの伝説のあのカードだ!ちょっと違ぇけど」

「……見せて…」

 

 龍姫は未だ興奮気味の刃から半ば強引にそのカードを奪い取り、ゆっくりとそれに目を向ける。シンクロモンスターかつ、ドラゴン族。イラストには白銀の竜が描かれており、その姿は嘗て’’伝説’’と称されたカードにかなり類似したもの。

 

「……(ふつく)しい…」

 

 そのカードの全容を把握した龍姫の顔はどこか蕩けているように見え、ポツリと呟いた言葉で龍姫が改めてカードの美麗さに感嘆していることがわかる。そんな龍姫の様子を目にした一同は期待を裏切らない反応を示した龍姫に対し、渇いた笑みを浮かべるのみ。

 

「――っ!そうだ、このカードがあればあのコンボも実戦で使える…!ちょっとカードを買い足してくる…!」

 

 龍姫を除く面々がそんな表情をしている中、龍姫は思い立ったように席を立つ。そしてテーブルの上に広げたカードを素早く回収し風のように駆ける。

 

「あ、ちょ――龍姫!?」

「10分後にプラクティスデュエルフィールド…!」

 

 走り去る龍姫に声を荒げようとするも時既に遅し。背中越しに龍姫は用件だけを告げるとそのままラウンジを跡にし、目的のカードをLDS内のショップで購入するために颯爽と姿を消した。

 

「相変わらずドラゴン関係のことになると暴走する…」

「ま、それが龍姫だしな」

「仕方ないわね――あ、沢渡。アンタが龍姫の練習に付き合ってあげなさいよ」

「ハァ? 何で俺がやらなきゃいけないんだよ?」

「同じ総合コースなんだから別に良いだろ? 俺らじゃデッキが尖ってるしよ」

「そうそう。僕じゃバウンスするし、刃だとハンデス。真澄は下手したら1killしかねない。だから龍姫の相手は沢渡にしかできないし、君が一番適任なんだ」

「……なるほどな。この’’俺’’にしかできないと――ふっ、それなら仕方ないな。この’’俺’’がやってやろうじゃねぇか」

(((チョロい)))

 

 各々で物言いしつつ、その足をLDS内のプラクティスデュエルフィールドに向ける4人。思うことは色々あれど沢渡を除いた各コースのトップは、龍姫が思い付いたというコンボを身に受けるのではなく、先ずは観戦したいという気持ちと’’ある’’憂いがあり、そのことで3人の考えは一致していた。

 

『昔みたいに《地獄の暴走召喚》で《ヴェルズ・ザッハーク》を展開したコンボを食らったら嫌だし、とりあえず沢渡を当て馬にしよう』

 

 そんな各コーストップ3人の(邪まな)考えを欠片すら知らない沢渡は、プラクティスデュエルフィールドに向けて上機嫌に鼻歌交じりにスキップ。その後ろを3人が下卑な笑みを浮かべながら付いて行った。

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

「ごめん、少し遅れた」

「別に構わねぇよ」

「……沢渡が相手をしてくれるの?」

「あぁ、この俺にしかできないからな。感謝しろよ?」

「……ありがとう…」

 

15分後、予定より5分ほど遅れながらも龍姫がプラクティスデュエルフィールドに到着した。先に待っていた沢渡は既にデュエルディスクを装着し準備は万端。真澄・北斗・刃の3人も近くのベンチに座り、観戦する用意を整えていた。

 

「今回はどんなコンボを仕込んで来たのかしらね」

「あのシンクロモンスターは展開補助系だからな。また何か大量展開するんじゃねぇか?」

「龍姫のことだ。きっと今まで以上にえげつないコンボを用意して来たに違いない」

 

 龍姫の普段の展開力すらえげつないと評している3人は、期待と不安が混じったような表情で龍姫に視線を向ける。いつものように冷淡な表情ではあるがほんの僅かに口角が吊りあがっており、まるで冷酷な微笑を浮かべているように3人は感じた。同時に『これは沢渡終わったかな?』と思い、心の中で静かに合掌する。

 

「先攻・後攻はどうする?」

「……私は後攻が好きだから後攻で」

「オーケー。それじゃあ俺の先攻から行かせてもらう」

 

 そんな3人の龍姫と沢渡は互いにデッキからカードを5枚引く。龍姫は相変わらずの仏頂面のため手札の良し悪しは観戦側の3人からは判断が付かないが、対照的に沢渡の表情は手に取るようにわかる。鼻の下は伸び、頬が緩んでいる沢渡の表情を見ればかなりの良手札なのだろうと3人は容易に想像できた。

 

(俺の手札は相手モンスターの攻撃宣言時に攻撃表示モンスターを全て破壊する罠《聖なるバリア ‐ミラー・フォース‐》。2枚以上フィールドのカードを破壊する効果を無効にするカウンター罠《大革命返し》。そしてモンスターを破壊する効果を無効にする速攻魔法《我が身を盾に》。極めつけに攻撃対象を自身に制限する2体の《切り込み隊長》――先攻で『切り込みロック』と完璧な守りを敷けるじゃねぇか!やっぱり俺、カードに選ばれ過ぎぃ!)

 

 そしてその想像通り、沢渡は浮かれ上がっている。現在の沢渡のデッキはとある(・・・)事情により最善のデッキではないが、それでも総合コースの名に恥じない極めてスタンダードなデッキ。現在の沢渡の手札のカードは汎用性の高いカードばかりであり、なおかつ龍姫の大量展開を一掃できる《聖なるバリア ‐ミラー・フォース‐》、龍姫が愛用している《巨竜の羽ばたき》を無効にできる《大革命返し》、《聖刻龍-ネフテドラゴン》の単体除去を無効にできる《我が身を盾に》は最善のカードと言える。これだけの手札なら負ける気がしないと、沢渡の表情は勝利への自信に満ちていた。

 

「さぁ行くぜ橘田!」

「……よろしく…」

「デュエル!」

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

「――バトルフェイズ。2体のモンスターでダイレクトアタック」

「うわぁあああああああぁっ!!」

 

 後攻1ターン、言わばデュエル開始から2ターン目で沢渡の情けない叫び声がデュエルフィールドに響いた。’’完璧な守り’’と称していたカードはフィールドのどこにもその姿はなく、それらのカードは全て余すことなく沢渡のデュエルディスクの墓地にある。龍姫用にしっかりと破壊効果を持ったカード対策をしていたにも関わらず、それらのカードは皮肉にも全て’’破壊’’効果を持ったカードで一掃されてしまい、沢渡のフィールドは焼け野原のようにまっさら。壁となるモンスターも、自身や自分モンスターを守る魔法・罠カードも、手札や墓地から発動できるカードの全てがない今、沢渡に2体のドラゴンの攻撃を防ぐ手は1つもない。攻撃力2000を超える2体のドラゴンの直接攻撃をその身に受け、ソリッドビジョンのウィンドウで沢渡のライフポイントが0を表示する。デュエリストにとっては聞き慣れたブザー音が鳴り、デュエルの終了を告げた。

 ふぅ、と龍姫は小さく息を溢し冷淡な表情にどこか満足気な顔を覗かせる。ほぼ完璧な形で自分が想定した状況でのコンボが成功し、その内心はサテライト制覇に精力していたとあるチームのリーダーのように満足感が溢れていた。が――

 

「――って、おい龍姫! お前、社長からもらったカード使ってないじゃねぇか!」

「…………っ!…」

「いや、そんな『そういえばそうだった!』みたいな顔をしても…」

「何のための練習だったのよ…」

「さ、沢渡っ、すぐに2戦目を始めよう…!」

 

 ――友人3人の言葉でその満足感は一瞬にして消える。本来の目的を思い出し、龍姫は慌てながらも再びデュエルディスクを装着。さぁ今度はお前が先攻・後攻を選べと言おうとした途端――

 

『――施設の使用時間はあと5分です。これからデュエルを始めないよう、ご協力をお願いします。塾生の皆さんは気を付けて帰宅して下さい――』

 

 もの悲しげなBGMと共に館内放送が塾内に響き渡る。その機械的で無機質な音声を聞いた龍姫の表情は聖刻デッキでごく稀に見かける初手バニラ5枚(《ガード・オブ・フレムベル》、《ギャラクシーサーペント》、《アレキサンドライドラゴン》、《ラブラドライドラゴン》、《神龍の聖刻印》)の時のように絶望に染まった。

 

「残念だが時間だ龍姫。明日僕達は付き合えないが、精々LDSのエリートの名を汚さない程度のデュエルをしたまえ」

「まぁ俺の『禁じ手』(先攻ハンデス)並にえげつないことをやったから大丈夫だろ」

「アレがあれば大丈夫でしょ。それじゃあ龍姫、明日の公式戦が終わったら私達の方に顔出しなさいよ?」

 

 そんな龍姫の絶望の表情とは裏腹に、北斗達はそれぞれ気楽に龍姫へ声を掛け出口へ向かう。『明日はどこを捜そうか?』、『マスク着けた男に片っ端からデュエル挑もうぜ』などと、龍姫の公式戦の心配など微塵も感じられない会話をしながら帰路へ。

3人の背を見ながら沢渡はゆっくりと龍姫の方に近付いて行き――

 

「時間なら仕方ないな。俺達も帰ろうぜ橘田――ひっ!?」

 

 ――初めて相対する攻撃力3000級のモンスターをソリッドビジョンで目にした時のように、沢渡は龍姫の様子に肩を震わせた。残された龍姫はわなわなと体を震えさせながら、キッと猛禽類のような鋭い眼光で沢渡の方へ視線を向ける。

 

「沢渡、デュエルしよう」

「はぁ?何言ってんだお前? さっきの放送が聞こえなかったのか?今日はもうおしまい、デュエルは明日の公式戦まで取っておけよ?」

「すぐに終わらせるから。少しだけ、ほんの少し。先っちょ(先攻)だけ…!」

「だからやらねぇよ!? てか肩掴む力強いなお前!痛い痛い痛い!」

「お願い、何でもするから…!」

 

 ぐぐぐっと沢渡の肩を掴む手に自然と力が入る龍姫。本来であれば男女の立場が逆の絵になるはずだが、いかんせんデュエルの世界では体を鍛えなければやっていけないことは自明の理。故に少年・少女程度ならば男女の力強さにあまり差はなく、それどころか日々鍛えている龍姫の方が沢渡よりも力が強いのだ。

 傍から見ればまるで沢渡が暴漢――ならぬ暴女に迫られているようにも見える。あまりにも必死になっているためか龍姫の沢渡の肩を掴む手は段々と押し倒すような形になり、その力に耐えられない沢渡の背中は自ずと傾いていく。その様はさながらボクサーが上体を反らして相手の攻撃を回避するスウェーのそれに似ているが、今のこの状態にはボクサーの流麗な動作も、力強さの欠片すら感じられない。このままではトラックに轢かれたカエルのように目の前の女に潰されると沢渡が察した時――

 

「――何をしているんだ、君達は…」

 

 ――救世主(中島)現る。

 

「な、中島さぁん!」

「――っ、中島さん…!?」

 

 突然の来訪者の存在に沢渡は心から安堵し、逆に龍姫は心から焦り始める。

沢渡は中島について遊矢のペンデュラムカードの件や、父親の関係でそれなりによくしてもらっているので彼に対して良好な関係であると自負していた。

逆に龍姫は中島について自身のエクストラデッキのカード交換の件や、以前LDS襲撃犯を誘き出すためにその過程で北斗がトラックの中に閉じ込められ、出荷されかけたことで彼に大変な迷惑を被らせてしまったため、彼に対してかなりの苦手意識がある。

 先の聖刻デッキでごく稀に見かける初手に初手ドローが《エレキテルドラゴン》だった時並に龍姫の心は絶望に染まり、(元からさほど良くない)顔色がさらに青くなった。

 

「…橘田君、とりあえず沢渡君を離しなさい」

「……はい…」

 

 苦手意識があると、どうにも逆らえないのが人間の性。龍姫はおずおずと沢渡をガッチリとホールドしていた肩から手を離し、沢渡を解放する。ふぅ、と拘束から逃れた沢渡は安心し、中島の目の前とはいえまた掴まれたら敵わないと龍姫から少し距離を取った。

 

「――で、もう施設の使用時間が終わるが、君達は何故まだ残っているんだ?」

「いやぁ、橘田が時間を過ぎてもまだデュエルをしたいと俺に迫って来て」

「……1ターンで突破される沢渡が悪い…」

「どう考えても新規カードを出さなかったお前が悪いだろ」

「次のターンには出せてた。つまり耐えられなかった沢渡が悪い」

「あれだけ容赦のないコンボを出しながらその言い方はねぇだろ! てか、あんなの手札誘発カードがなきゃ防ぎようがねぇよ!」

「じゃあ手札誘発を握っていなかった沢渡が悪い」

「何で俺が悪いこと前提なんだよ!」

「いい加減にしなさい!」

 

 あーだこーだと責任をなすり付け合う2人に中島が一喝。突然の怒声に2人はビクっと体を震わせ、恐る恐る彼の方に視線を向けた。サングラスで目元はよく見えないが、それでも中島の雰囲気から怒りを発していることが分かる。

 

「とにかく施設の使用時間は過ぎたんだ、あとは大人しく帰りなさい」

「……でも…」

「橘田君、ごねても無駄だ。それに君は明日公式戦を控えている。明日に備え今日は家に帰り、充分な休息を取るように」

「…………」

 

 納得がいかない、とでも言いたげに龍姫は目を細めながら中島を無言で睨む。しかし、いくら睨んだところで中島は大人、龍姫は中学生。傍から見ても駄々をこねた子供が恨めしそうに親を睨んでいるようにしか見えない。

そんな龍姫の姿を見た沢渡は鼻を鳴らし、内心で滑稽ものだなと笑う。

 

「残念だったなぁ橘田。まぁこれも塾の規則だ。精々明日は頑張るんだな」

「あぁ、そういえば沢渡君。先ほど社長から君に伝え忘れていたことがあったと、言伝を取り次いでいる。何でも、明日の橘田君の公式戦に見学に行くようにとのことだ」

「……えっ?」

 

 瞬間、沢渡の表情から余裕の笑みが消える。公式戦? 見学? 何で自分が龍姫のデュエルをと混乱する中、続けるように中島の口が開く。

 

「何でも同じ総合コースの塾生なら、身内のデュエルを見て勉強するようにとのことだ。社長曰く『君のプレイングには慢心がある』らしい」

「はぁ!?」

「おそらくは以前センターコートで榊遊矢とデュエルした時、ペンデュラム召喚に浮かれて手札にあった罠カードを伏せなかった件についてのことだろう。そこで常に本気のデュエルを心掛けている橘田君のデュエルを見学し、その姿勢を学ぶべきだと社長は仰っていた」

「いやいやいや中島さん! 俺はこいつと何度もやってるから今更そんなの必要ないですって! それに橘田が明日行く場所って、あの山の上の――」

「なお、見学しなかった場合は例のカード(・ ・ ・ ・ ・)は君に渡せないとも仰っていた」

「――ぐっ…!」

 

 ‘’例のカード’’という単語を出され、沢渡は反論しようと開いた口を閉じる。確かに先日の遊矢とのデュエルではペンデュラム召喚に浮かれ、手札にあった《ブレイクスルー・スキル》を伏せなかったという愚かな真似をしたことは沢渡自身自覚していた。あの罠を伏せておけばデュエルの流れはもちろんのこと、結果も変わり自身が勝利していた可能性は十二分にあっただろう。その点を’’慢心’’と言われてしまえば返す言葉もない。

 

「君は総合コースでも優秀な塾生だが、まだ上には上がいる――君の隣の橘田君のような」

「……恐縮です…」

「謙遜することはない。社長は君のことを高く評価している。だから沢渡君も彼女のような、もしくは彼女を超えるようなデュエリストとなるために、勉強の一環として橘田君のデュエルを見学するように」

「…わかりましたよ……」

「納得してくれて結構。ではもう子供は帰る時間なのだから、気を付けて帰宅しなさい。それと襲撃犯にも気を付けるように」

 

 渋い表情の沢渡とやや不満そうな顔の龍姫を横目に中島は踵を返し、プラクティスデュエルフィールドを後にする。残された2人はハァ、と小さくため息を吐いた。

 

「……明日、半端なデュエルだけはするんじゃねぇぞ」

「当然。常に全力を出すのが私のデュエル。明日は期待してもらって構わない」

「ふん、精々俺を驚かせるようなプレイングぐらいは魅せてくれよ――あぁ、そういえばさっき俺とデュエルしたコンボは中々良かったじゃねぇか。そうだな、名付けて『聖刻・インフィニティ・ジャッジメント』ってところか」

「やめて」

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

「さ、沢渡さぁん!この山登りキツ過ぎッスよ!」

「何で橘田さんのデュエルを見学するのにこんなことしなきゃいけないんスか!?」

「うわぁっ! 虫が居るぅ!」

「うるさいぞお前ら! 黙って登れ!」

 

 翌日、龍姫と沢渡、そしていつも沢渡を慕い付き添っているいつもの3人――山部、大伴、柿本らは舞網市の端にある山を登っていた。山を登ると言っても、山道を歩くなどの緩やかでのんびりしたものではなく、断崖に近い壁を登山家ばりに登っているのだ。

 何故このようなことをしているか。答えは単純にして明快――この山の頂上に目的のデュエル塾があるからだ。件のデュエル塾は世間的には悪評こそあるが、一部のデュエリストからはその評価は非常に高い。曰く、『山も登れないような貧弱なデュエリストは、学ぶ資格なし』とのこと。デュエリストにとって高い身体能力を求められることは昨今では常識であり、入塾資格として自身の力で塾まで辿り着くことが最低条件。故にこの塾のデュエリストは総じて身体能力が一般的なデュエリストよりも高く、日々塾に通うための登山で肉体と精神を鍛え上げられているのだ。常日頃このようなことをしているデュエリストが強くないハズがなく、舞網市で開催される大会はもちろん、他所での大会でも常にこの塾生が上位に名を連ねている。

 そんなデュエル塾の塾生――それもエースとデュエルができる状況はそう見られるものではなく、学校帰りに沢渡が龍姫と共にそのデュエル塾に行こうとしたところを、沢渡の取り巻き3人も見学をしたいと申し出たため、今こうして登山に勤しんでいるのだ。

 

「……先に行く…」

 

 沢渡を含む4人よりも遥か上を登っている龍姫が上からそう声をかける。件の塾生ほどではないにしろ、そこそこの身体能力を誇る龍姫にとってこの程度の登山ならば容易い。内心で『ロッククライミングだ私!』と浮かれてはいるが。

 

「くっ、ほらお前ら! 男が女に山登りで負けてどうする! 俺達も続くぞ!」

「ちょ、待って下さいよ沢渡さーん!」

「橘田さんがスカートの下にスパッツ穿いてなきゃもっと張り切って後を追えるんだけどなぁ…」

「だよなぁ…」

 

 一部思春期の中学生らしい思考のものの、沢渡の激で文句を言いつつ再度登り始める。一体あとどれだけ登れば辿り着くのかと、未だ見えない頂上に不安を抱きながら3人は手と足を動かし始めた。

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 ロッククライミングだ私ー!――って、キツイよこの登山!いくらデュエリストと言えど、流石に登山をさせるのはどうかと……でもあの道場ならこれぐらいやっても不思議に思わないかな? 実際はそこまでガチな登山をさせる訳じゃないし、良心的だね。多分。

 それにしてもまたあの子(・ ・ ・)とデュエルできるのは何だかんだで結構楽しみかも。前に大会でデュエルした時は1killで終わったし。私が負ける形で。でも今回は前回のようには負けない!高攻撃力対策もしたし、新しいコンボも仕込んだ。これなら前回みたいにそう簡単には負けな――

 

「まだ俺には何かが足りんのだー!」

 

 ――ひゅい!? え、今何か声が聞こえたんだけど。ここら辺は山の麓と頂上の真ん中辺りだったハズ……確か水場が近くにあるんだっけ? よし、ちょっと確かめてみよう。私は登山フェイズを中断し、捜索フェイズに移行するぜ!

 とりあえず声が聞こえた方に直行。わぁお、何か木々がデュエルアカデミアの森並に生い茂ってる。えっと、こっちの方から声が聞こえたハズなんだけど――あっ、何か滝が見えた。あそこに誰か居るのかな? 滝――ハッ! まさか滝の中に手を突っ込んだドロー修行!? み、見たい…! LDSの近代的なトレーニングも良いけど、バーニングでナックラーなカウンターの人や、熊を一頭伏せてターンエンドするハンドな人みたいな修行をするデュエリストをこの目で見てみたい! 昂る気持ちを抑えきれないんで、ちょっと見学させてもらいますね!

誰がドロー修行しているのかなー、と私は堂々と草木を分けながら開けた場所に到着。さぁどんなドロー特訓をしているんだと内心でワクワクしながら滝の方を見ると――

 

「…………」

「…………」

 

 ――そこには筋肉隆々で(ほぼ)全裸の姿を晒しながら滝に打たれている同級生、権現坂 昇(ごんげんざか のぼる)の姿が。え、あの、その……どうして滝でドローの特訓をしないで打たれてるの!? 貴様それでもデュエリストか! という叫びたい気持ちを抑え、無言で権現坂の肉体を凝視。す、すごい……なんて逞しいデュエルマッスル…!

 

「――こ、この男権現坂の修行を盗み見るとはけしからん!」

「……っ、申し訳ない…」

 

 ひゃあっごめんなさい! 私は慌てて謝りつつ、手で目を覆い指の隙間からこっそりと権現坂の姿を改めて確認。権現坂は(ふんどし)一丁で滝に打たれ、いかにも修行らしい修行の真っ最中に見える。おかしい、デュエリストなら滝でドロー特訓じゃないの? とか、半裸であることに恥じらいとかはないの? などの色々疑問に思うことがあるけど、本人はあくまでも裸体を見られることよりも修行を見られることの方が恥ずかしいっぽい反応――まるで意味がわからんぞ! 男女の意識の差かな?

 

「ぬぅ、女子の前でこの格好では無礼だな。しばし待たれよ、すぐに着替える」

「……どうぞごゆっくり…」

「それと指の隙間から見るでない。はしたないわ」

 

 あぅ、バレてた。いやでも、そんなにも立派なデュエルマッスルを見たら女の子はこういう反応になりますって。すごく逞しいから見惚れちゃうよ! ほら、どこぞの雲魔物(クラウディアン)やヴォルカニック、宝玉や化石の人らだってかなりのデュエルマッスルだったし! 私筋肉フェチじゃないけど、あぁいう男の人らしさを感じさせるものを見るとドキっとしちゃうもん!

 そんな下らないことを考えて数分ほど経つと、権現坂がちゃんと服を着て再度私の前に。権現坂を再度召喚! あ、別にデュアルモンスターじゃなかったね。

 

「確か同じクラスの橘田だったか……何故ここに居る?」

「……ジュニアユース選手権へ参加するために、ここの道場で公式戦を行う。道場に向かう途中で声が聞こえたから立ち寄っただけ」

「ほう、ジュニアユース選手権のための公式戦か。その相手にここの道場を選ぶとは……中々に肝が据わっている」

 

 褒められた。ありがとうございます! 素直に嬉しいです! あぁ、でも権現坂の言う通り公式戦の相手にここを選ぶ人は中々居ないと思う。先ず辿り着くまでが大変だしね。それに個人的には公式戦じゃなくて大会本戦で戦いたかったから、ここの道場は遠慮したかったんだけど……社長の言葉に逆らえなかった非力な私を許してくれ。

 

「褒め言葉として受け取る。権現坂は何故ここに? 権現坂自身はここの道場と全く関係ないと思うんだけど」

「修行で山籠りをしていたのだ。この山を保有する道場とは俺が幼い時から世話になっている。俺の道場も山の上にはあるが、滝がないからここの滝を借りていたのだ」

「……なるほど…」

 

 あ、そういえばここの道場の人と使っているカードの種族は同じだったね。デュエルスタイルは真逆だけど。道場と名の付くデュエル塾は機械族の使い手なのかなぁ? あれ、でも市内の『サイコデュエルスクール』は普通にカタカナだし――どういう…ことだ…? ま、いっか。そんなことよりもさっきの叫び声ですよ叫び声!

 

「……そういえば、さっき何か叫んでいたような気がしたけど、あれは?」

「ぬぅ、聞かれていたか……級友に話すべきことではないが、聞かれてしまった以上この男権現坂、包み隠さず話そう。俺は先日、とある事情でデュエルをした」

「……遊勝塾で刃とのデュエル?」

「――っ、刀堂刃殿を知っているのか橘田!?」

 

 知っているというか、友達です。それにそのデュエルは何だかんだで刃達やタツヤから聞いているし、大体のことは聞いているよ!

 

「……私はLDSに所属しているし、刃とは仲が良いから話もよく聞く」

「貴様、LDSだったか……だが、知っているなら話は早い。俺はそのデュエルで友である遊矢、そして世話になっている遊勝塾のために絶対に負けられなかった。しかし、結果は引き分け――負けこそはしなかったが、遊矢のために白星をもぎ取ることができなかった……その時、俺は己の弱さを痛感したのだ」

 

 正直、初見でX-セイバー相手に引き分けるってかなりすごいことだと感じるんだけど。しかもフルモンデッキ、なおかつアクション魔法も抜きで引き分けたことはウィジャ盤を揃えるくらい難しいと思うし。

 

「そこで俺は自分を鍛え直すために修行をしていた。だが、いくら修行を重ねても俺には何かが足りん。強くなるためには新しい何かが必要だと感じたのだが――今の俺にはその何かが分からんのだ…」

 

 真澄の言葉を借りるなら『貴方の目、くすんでるわ』状態なんだね権現坂。うーん……私ならモンスター・魔法・罠を少し入れ替えて、何度かテストプレイを重ねれば解決するんだけど。権現坂はフルモンだから魔法・罠は入れられないだろうし、モンスターも吟味しなきゃ下手に入れても回転率を下げかねないし……これは難しい問題。でもこういう時は――

 

「――それじゃあデュエルしかない」

「……なぬ?」

「デュエルはいつだってデュエリストを導いてくれる。何か悩みがあればデュエルを通して解消し、何か問題があればデュエルを通し解決すれば良い。深く考える必要はない……ただデュエルで何かを見出だし、そのきっかけぐらいなら見つかる可能性だってある」

 

 ――デュエルしかない。細かいことは考えないで、デュエルすれば良いんだよ。1回で足りなかったら2回。それでも足りなきゃ3回、4回、10回、100回――とにかく答えが見つかるまで何度も繰り返しデュエルして、満足すれば良いんじゃないかな!

 

「確かに一理あるな。何かを見つけるためにはデュエルが一番適していよう」

「じゃあ私とデュエルを――」

「だが、貴様はこれからここの道場で公式試合をするのではないか?」

 

 あっ……あぁあああああっ! そういえばそうだよ! 私、公式戦のためにここに来たんだ! 叫び声が気になってちょっと寄り道しちゃったけど、このままじゃ遅れる! は、早く道場に向かわないと…!

 

「むっ、その様子だとあまり時間はないようだな――よし、助言の礼だ。この男権現坂に付いて来い! この山のことは幼少より通い慣れているから近道は熟知しているぞ!」

「…ありがとう……」

「その言葉は道場に着いた時に受け取らせてもらう。さぁ、早く行くぞ!」

 

 権現坂の優しさに泣けてくる――普段はあんまり話さないけど、こんなに男らしい……いや、漢らしいデュエリストだったなんて…! これからは権現坂’’さん’’と(心の中で)呼ばせてもらいます! さぁロッククライミング再開だ私ー!

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 山の頂上付近。そこには厳かな雷文(らいもん)模様が彫られた門があり、その中にはおおよそ陸上トラック程度の広さを誇るデュエルフィールドがある。さらに奥には体育館程度の大きさの中華風道場が佇んでいた。

 そしてデュエルフィールドの門側に1人の女性――いや、少女が居る。平均的な女子よりも遥かに高い身長を持ち、可憐というよりは綺麗な顔立ち。腰まで届く白銀のストレートヘアーに、メリハリの付いた整った体型をピッチリと浮き彫りにさせる赤いチャイナドレスを纏う姿は良くも悪くもとても少女には見えない。その少女は、今日公式試合を行う相手をまだかまだかと待ちわびていた。

 昔、1度だけ戦ったことがある相手と再び相まみえる機会に心躍り、本殿ではなく門で出迎えようと思うほどに少女の心は浮かれている。

当時、大会で見かけた自分と同年代の少女のデュエルに心惹かれ、デュエルすることになったら共に全力をぶつけ合った最高のデュエルにしたいと意気込んだ結果が1ターンkill。当時こそは勝利に酔いしれたが、今思えば昂りを抑えきれず早急に決着が着いてしまったことに対し、少女は彼女の実力に少し失望していた。

だが今回は以前のように1ターンでの決着は着かないという確信が少女にはある。相手は以前デュエルした時よりも格段に実力を向上させ、さらに勝率だけで言えば自分と同等かそれ以上。数少ない知り合いから借りた彼女の公式試合の映像を見た時は、その圧倒的な実力に賛嘆したほどだ。

そんな彼女と再度デュエルする機会が巡ってきたとなれば心躍らない訳がない。予定の到着時刻より30分も前から門の内側に堂々と仁王立ちで待ち構えている。

 

(――来たか…)

 

 荘厳な門がゆっくりと関門開きの要領で左右に大きく開く。少女は目を閉じ、一拍置いてから開眼。自信に溢れた表情と声色で、来訪者()に歓迎の言葉を贈る――

 

「ようこそ、我がサイバー流道場へ。歓迎しよう、盛大に――んっ?」

 

 ――つもりだったのだが、つい素っ頓狂な声が末尾に出てしまった。それもそのはず、待ちわびていた少女の姿は一切なく、視界には沢渡とその取り巻き3人の計男4人の姿が映るのみ。はて、彼女は男に性転換手術でもしたのかと、とんでもないことを考えている中で沢渡が一歩前に出た。

 

「おい、橘田はまだここに着ていないのか?」

「いや、君達以外に今日ここに来た者は1人も居ないが」

 

 何だあの中にはいないのかと、自分の考えが外れたことに少女は失望と安心の念を覚える。それと同時に沢渡の後ろに居た3人が小さい声量でこそこそと話し始めた。

 

「え、橘田さん先に行ったよな?」

「何で俺達が先に着くんだよ」

「もしかして途中で落ちた!?」

「馬鹿、落ちたら登っている俺らでもわかるだろ」

「それに橘田さんは落ちるような人じゃねぇし。落ちたとしても無言で立ち上がる姿がイメージできる」

「あー、何かわかる」

「……………こんな感じ?」

「そうそう、そんな感じ――って、うわぁああああぁっ!?」

 

 3人の背後から自然に会話に混ざり、普段の無表情で無愛想で無言な顔をこれでもかと披露する龍姫。話の渦中だった人物の唐突な登場に加え、龍姫の背後に居た権現坂の放つ圧倒的な存在感に驚き、3人仲良く尻を地面に付ける。

 

「橘田! お前、俺らより先に行っていたクセに何で俺らより遅いんだよ!」

「ごめん。少し寄り道していたら遅くなった」

「済まぬ。あの時、俺が己の未熟さを嘆いていなければ予定通りに着いていたハズだったんだが……むっ? 貴様ら3人はあの時の――」

「あ、お前は――っ!」

 

 当初1人を出迎える予定だったハズがいつの間にか6人に増え、さらに自分を無視して話が進んでいる事態にサイバー流道場の少女は何がどうなっているのか理解が追い付かず、混乱し始めた。今日の公式戦の予定は龍姫1人だけが相手なのだが、何故5人も増えているのか。元より柔軟とは真逆の強硬な発想しかできない少女は口元に手を当て、自分の考えを口に出す。

 

「ふむ、昇と橘田以外は全員入塾希望者か」

「「「「俺達は入塾希望者じゃない!!」」」」

 

 この一声とその返しで一旦場はさらに収拾がつかなくなり、話し合いで解決するまでに10分の時間を要した。

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

「先ほどは失礼した。まさか見学者が居るとは思わなかったのでな――あぁ、そういえば自己紹介がまだだったか。私はこのサイバー流道場の後継者、藤島 恭子(ふじしま きょうこ)だ」

 

 紆余曲折を経て何とか7人は冷静になって話をまとめ終えた。結局は今日公式戦を行うのは龍姫1人であり、沢渡とその取り巻き3人は見学。権現坂はそのままの流れで彼らと同じく見学することに。

 そしてこのデュエル塾――’’サイバー流道場’’の後継者、藤島恭子が簡単に自己紹介を済ませた。この女があの1kill推奨と悪名高いサイバー流の塾生か、と沢渡とその取り巻き3人は怪訝な眼差しを恭子の顔に向ける――が、何故かその視線は顔から首、首から下へ段々と下がっていく。ピッタリと止まったその視線の先には豊かな女性の象徴。中学生としては明らかに規格外なソレを目にして、権現坂を除く男4人は静かに生唾を飲み小さく呟いた。

 

「……でかい…」

「ん?あぁ、確かに私の背は平均的な女子に比べれば大きいか。まぁ毎日牛乳を欠かさず飲んでいる賜物だな」

 

 なるほど、牛乳でそんなに育ったのかと4人は心の中で納得した。続けて(失礼を承知で)比べるように龍姫の女性の象徴へと目を向けるが――平たい。驚きの平たさだ。これは驚異、もとい胸囲の格差社会である。同年代であるはずなのにどうしてここまで格差が生まれてしまうのだと、彼らは龍姫に同情の念を送った。

 

「…………」

「あだぁっ!? ちょ、橘田さん! なに無言で俺の脇腹突くんスか!?」

「それは橘田なりのコミュニケーションだろう。私も学校ではよく私以外の女子が男子にボディタッチしている様子をよく見かける」

 

 それ絶対に違うやつだと権現坂を除く男全員は思う中、無情にも柿本の脇腹を特に理由のない龍姫の無言の突きが襲う。

 

「まぁこれから始まる公式戦の緊張解しだろう――さて橘田。君の準備が良ければすぐにでも公式戦を始めたいのだが、あとどれくらい待てば――」

「今すぐ始めよう」

 

 ある程度柿本の脇腹を無言で突いたことに満足したのか、龍姫は即座にデュエルディスクを取り出した。相変わらずデュエル関係のことになると行動が早いなと沢渡が思う中、恭子は自信に満ちた笑みを見せつつチャイナドレスのスリット部分に手を入れ、内股から愛用している銀色のデュエルディスクを取り出す。

 

「ふふ、勇ましい限りだ――以前は私が圧勝させてもらったが、今回はどうかな?」

カオスドラゴン時代(あ の 時)とはデッキがほとんど変わっている……今度は私が1killしても良いぐらい」

「本当に勇ましいな……では、見学者の君達はこのデュエルフィールドの隅に設置してある観客席に向かってくれ」

「うむ、承知した。2人共全力を尽くすのだぞ」

「昨日はこの俺が特訓に付き合ってやったんだ、勝てよ橘田」

 

 勝負の前から激しく闘志を燃やす2人にこれ以上の言葉は不要だと察し、権現坂はすぐに東側の観客席へと向かう。そんな権現坂と同じように沢渡も西側の観客席へ。

 だがここで沢渡の取り巻きの1人である山部がこっそりと龍姫に耳打ちする。

 

「橘田さん、大丈夫ッスか? 相手のサイバー流って、やたら高い攻撃力で1killする悪評高い相手っスよね? ちゃんと対策とかは――」

「問題ない。けど山部、悪評は誤り。サイバー流はただ全力を尽くしてデュエルしているだけ――そのプレイングに良し悪しはないし、ルール的にも道徳的にも問題はない。相手のスタイルを否定することはデュエリストとしては恥ずべき行為」

「は、はぁ…」

「それに相手が高攻撃力で来るならこっちも高攻撃力で挑めば良い」

「あっ、それじゃあ橘田さんデッキにまた《オネスト》を」

「いや《オネスト》はいない」

「アンタ攻撃力で勝負する気あるんスか!?」

「おい何してんだよ山部。橘田さんの邪魔になるから行くぞ」

「ちょ、待ってくれ大伴! あの人馬鹿なこと言ってて――」

 

 これ以上付きまとっていては龍姫のデュエルの邪魔になると、取り巻きで一番大柄な大伴が山部の首根っこを掴みズルズルと沢渡の方へと足を運ぶ。その後ろには脇腹を抑えた柿本がへこへこと付いて行く。

 

「準備は良いな橘田。アクションフィールドはこちらで指定させてもらう――アクションフィールドオン!フィールド魔法《サイバネティック・ファクトリー》!」

 

 自分達以外がデュエルフィールドから完全に離れたことを恭子が確認すると、腕に装着したデュエルディスクを操作しアクションフィールドを発動させた。2人の足元が眩い光を放ち始め段々と光が形成していき、フィールドの明確な姿が現れる。

一言で言えば、フィールドは工場。しかし廃工場や世間一般的な工場のようなものではなく、目に映る全てが近未来的なものばかり。無駄に巨大なクレーンには訳のわからない機具が取り付けられ、長大なベルトコンベアーの上にはデュエルモンスターズの機械族モンスターが部品として流れている。他にも溶鉱炉のようなものや、レーザーカッター等を用いてパーツを成形するなど、一目で危険なフィールドだと龍姫は直感した。

 

「君相手に余裕で勝てるとは思っていないからな――アクションフィールドは私が最も得意とするフィールドにさせてもらった。まぁこれも敵地(アウェー)の洗礼だと思ってくれ」

「……望むところ。逆に相手の最も得意なフィールドで倒せないくらいじゃないと今の私には物足りない」

「ふっ、中々言うじゃないか。では始めよう――戦いの殿堂に集いしデュエリスト達が!」

「モンスターと共に地を蹴り宙を舞い」

「フィールド内をかけ巡る!」

「見よ、これぞデュエルの最強進化系」

「アクション――」

 

 互いにデュエルディスクから手札を5枚引き、準備を済ませる。自身の腕や足などの体を目一杯使って半ば踊るように舞い、その体(と恭子は胸)を弾ませ口上を述べていく。そしてフィールド中央の上空に卵の殻のように固まっていた無数のアクションカードが、恭子の指鳴りと同時にフィールド内へと弾け飛んで行った。その様子を2人が目で追った直後に互いに一定の距離を取り、真剣な眼差しで互いを見る。

 

「「デュエル!!」」

 

 

 




オマケ①
前回のユートVS龍姫戦のレオ・コーポレーション管制室
オペ子「この召喚反応は――エクシーズです!」
オペ太「なにっ!?ではとうとう襲撃犯が――」
オペ子「あ、ちょっと待って下さい……同じ箇所に儀式の召喚反応が…」
オペ太「あー、それじゃあまた橘田さんか。全く、中島さんエクストラのカード変えたって言ってたのに」
オペ子「それじゃあこれは――」
オペ太「報告書に書かなくて良いよ。スルーで」
オペ子「あ、はい」
この後無茶苦茶怒られた。

オマケ②
藤島恭子の命名由来。
藤→丸「藤」亮
島→鮫「島」校長
恭→亮(りょう)、翔(しょう)、恭(きょう)と似た音で合わせたかった
子→女の子の方が可愛い(断言)

オマケ③
Q.何で山の上に道場?
A.サイバー流然り、ミザちゃん伝説然り、強いデュエリストは山に登らなければならない
(ぶっちゃけサイバー流登山をやらせたかっただけ)


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7話:《サイバー・ドラゴン》(リスペクト)

新規リミットレギュレーションを見る。

デッキから大嵐を抜く作業開始。また折角だからデッキも大幅に改造する。
(ヴェルズでウロボロスとトリシュを並べられるようになった)

年末休みに合わせて飲み会やデュエル、麻雀を満喫。

気付いたら年が明けていた。

せめて連休初日に間に合わせて満足するしかねぇ!←今ココ
(※字数3万7千超えてるんで、結構長いです)

2015/1/10 13:44追記
感想にてモンスター効果についてミスがあったと指摘を頂いたので、近日中にデュエル内容を修正します。なお、勝敗に変化はありません。また同様に感想で指摘して頂いた本文中の誤字等も合わせて修正します。申し訳ありませんが、修正作業が完了するまで感想返しが遅れることをご了承下さい。
……リアルでも使っているのに間違えるなんて…!おのれぇ…!

2015/1/12 15:10追記
デュエル構成の修正完了。今回は酷いミスを幾つも重ねてしまい、申し訳ありません。感想コメントにても改めてお礼を申し上げますが、一度この場を借りてカード効果の指摘、誤字報告をして頂いた方々にお礼申し上げます。また、後ほど以前のデュエル構成・今回のデュエル構成の比較を活動報告を用いて弁明させて頂きます。


「私の先攻。カードを1枚伏せ、魔法カード《手札抹殺》を発動。互いに手札を全て捨て、その枚数分デッキからカードをドローする。私は3枚捨て、3枚ドロー」

「ふむ……私の手札は5枚。これらを全て捨て5枚ドローだ」

 

 手札がそれなりに良かっただけに恭子は僅かに表情を曇らせながら初期手札を全て捨て、新たにデッキから5枚のカードを引く。その中の最初にドローしたカード、つまり最初にドローすべきカードを目にして恭子は不敵に微笑んだ。

 

(ほう――最初のドローがこのカードだったか。流石は橘田、と言っておこうか。これを見越して私の手札を墓地に送ったか…)

 

 その笑みには自身の写し身とも言うべきカードの召喚を阻止されたことに対しての自嘲、そしてこの戦術をさり気なく出す龍姫への称賛があった。むしろこの程度のことはやってもらわねば面白くない、とでも言うように恭子は龍姫に痛いほどの視線を送る。

 尤も、龍姫本人は『ヤバい、事故った』と内心で冷や汗をかきながら、手札に来てしまった最上級モンスターと上級モンスター、及びこの時点では使えなかった魔法カードを墓地に捨て強引に手札を入れ替えた。恭子が無造作に墓地へ捨てた手札の数枚をチラリと目で追いその中に少々面倒なカードがあると思いつつ、自身は新たに手札に加えられた3枚のカードを見て一先ず安堵する。だが手札のカードの都合上、いつもとは少し違う動きになりそうだと不安に感じながら伏せたカードを発動させた。

 

「セットした魔法カード《儀式の準備》を発動。デッキからレベル7以下の儀式モンスター1体を手札に加え、その後墓地から儀式魔法1枚を手札に加える。私はデッキからレベル6の儀式モンスター《竜姫神サフィラ》、墓地から儀式魔法《祝祷の聖歌》を手札に」

「《手札抹殺》で消費した分を回復させたか」

 

 《手札抹殺》発動後の龍姫の手札は3枚。それをあらかじめ伏せていた《儀式の準備》でカード・アドバンテージを確保することは良い戦術だと恭子は感心する。このまま儀式召喚が来るかと身構える中、龍姫は手札のカード()枚をデュエルディスクに差し込んだ。

 

「儀式魔法《祝祷の聖歌》を発動。自分フィールド・手札から合計レベルが6以上になるようにモンスターをリリースし、《竜姫神サフィラ》の儀式召喚を執り行う――私は手札のレベル5《聖刻龍-アセトドラゴン》とレベル5《聖刻龍-ネフテドラゴン》をリリース――祝福の祈りを奏で、聖なる歌で光を導け! 儀式召喚! 光臨せよ、《竜姫神サフィラ》!」

「ハァっ!?」

 

 普段からよく龍姫の相手をする沢渡が観客席から身を乗り出して声を荒げる。手札の『聖刻』モンスターが光の粒子となり、その光が《竜姫神サフィラ》の姿となって儀式召喚される――これだけならば別に構わない。しかし、リリースするモンスターがいつもよりも1体多い分手札の消費が激しくなり、5枚もあった龍姫の手札が一気に僅か1枚になったことに対して沢渡は目を丸くした。いくら自身のエースカードを出したかったとはいえ、これで大丈夫なのかと心配した故に声を荒げたのだが――

 

「おい橘田! お前そんなに手札を使って大丈夫――」

「リリースされたアセトドラゴンとネフテドラゴンのモンスター効果発動。自身がリリースされた時、手札・デッキ・墓地からドラゴン族・通常モンスター1体を攻守0にして特殊召喚する。私はデッキからレベル8《神龍の聖刻印》とレベル1チューナー《ガード・オブ・フレムベル》を特殊召喚する。そして《神龍の聖刻印》をリリースし、手札から魔法カード《アドバンス・ドロー》を発動。このカードは自分の場のレベル8以上のモンスター1体をリリースすることで、デッキからカードを2枚ドローする。さらに通常モンスターの《ガード・オブ・フレムベル》を墓地に送り、《馬の骨の対価》を発動。このカードは自分の場の効果モンスター以外のモンスター1体を墓地に送ることでデッキからカードを2枚ドローする。さらに魔法カード《闇の量産工場》を発動。墓地の通常モンスター2体を手札に戻す。私は《神龍の聖刻印》と《ガード・オブ・フレムベル》を手札に。そしてレベル8の《神龍の聖刻印》を捨て魔法カード《トレード・イン》を発動。手札のレベル8モンスター1体を捨てることでデッキからカードを2枚ドローする」

「沢渡さん、橘田さん大丈夫そうッスね」

 

 ――そんな心配など杞憂だったかのように龍姫は淡々と魔法カードをプレイし、手札を増やす。1枚しかなかった手札はいつの間にか4枚に増えた。流石のドロー力だと恭子と権現坂、取り巻き達が感心する中、沢渡は声を荒げたことが急に小恥ずかしくなり、心配して損したと言わんばかりに顔を顰めて席に着く。

 

「手札から速攻魔法《銀龍の轟咆》を発動。墓地のドラゴン族・通常モンスター1体を特殊召喚する。私は墓地から《神龍の聖刻印》を特殊召喚。さらに手札から《ガード・オブ・フレムベル》を召喚」

 

 黄金色に輝く球体《神龍の聖刻印》と《ガード・オブ・フレムベル》が龍姫の場に現れる。レベルの異なるチューナーと非チューナーの存在からシンクロ召喚かと沢渡は考えるが、彼の記憶に龍姫のエクストラデッキのモンスターで現在の条件に適したモンスターは居ただろうかと首を傾げた。レベル9ならば以前(強引に)付き合わされた特訓で相手の墓地・フィールド・手札のカードを対象に取らずに除外する《氷結界の龍 トリシューラ》というとんでもない効果を持ったモンスターが居るが、あれは非チューナーを2体以上要求するので今の条件では呼び出すことはできない。《トライデント・ドラギオン》という攻撃回数を3回まで増やす効果を持つドラゴンならばチューニングするモンスターの数に縛りはなかったはずだが、あのドラゴンのレベルは10。だが龍姫の場のモンスターのレベルは8と1であり、レベルが合わない。それに先攻1ターン目で出すようなモンスターではないし、龍姫が呼び出すチューナーを間違えたとも考えにくいと沢渡があれこれ考えている最中、龍姫がデュエルディスクのエクストラデッキから1枚のカードを取り出す。

 

「私はレベル8の通常モンスター《神龍の聖刻印》にレベル1の《ガード・オブ・フレムベル》をチューニング――堅牢にして至高! 究極の伝説が新たな力で龍を守護する! シンクロ召喚!」

 

 《ガード・オブ・フレムベル》が緑のリングへと姿を変え、《神龍の聖刻印》がその中に包み込まれる。《神龍の聖刻印》が白い星へ変わると同時に一筋の光が走り、その光から1体の龍が姿を現す。雄々しくも美しい白銀の体躯、蒼く透き通った眼はかの伝説のドラゴンを彷彿とさせ、一同の目が驚愕の色に染まる。

 

「現れよ――レベル9! 《蒼眼の銀龍》!」

「ぶ、《青眼の白龍》!?」

 

 デュエリストならば誰しもが知っている存在、《青眼の白龍》に酷似したドラゴンの姿を見て声を荒げる沢渡。その昔、デュエルモンスターズ界の貴公子と呼ばれた伝説のデュエリストがこよなく愛したモンスターを何故龍姫が、と疑問に思うがふと先日の真澄と刃のやりとりを思い出す。

 

『伝説って?』

『ああ! こいつはあの伝説のレアカードだ! ちょっと違ぇけど』

 

 あの時のカードか、とそこで沢渡は納得した。確かに龍姫のシンクロ召喚した《蒼眼の銀龍》は《青眼の白龍》と姿は瓜二つだが、よく見てみれば攻守の数値が逆だ。ステータスを重視したのか龍姫も守備表示で場に出しており、守備力3000の壁は並のモンスターでは太刀打ちできないだろう。龍姫の口上にもあった『堅牢』という言葉は伊達ではないと沢渡が思った。

 

「《蒼眼の銀龍》のモンスター効果発動。このカードが特殊召喚に成功した時、私の場の全てのドラゴン族は次の相手ターン終了時までカード効果の対象にならず、カード効果では破壊されない」

「はぁっ!? 何だその完全耐性!? インチキ効果もいい加減にしやがれ!」

「橘田さん! マジ堅過ぎッスよぉ!」

 

 『堅牢』にも程が過ぎると沢渡は再度声を荒げ、取り巻き達は感心や畏怖の念が混ざった声を張り上げる。一方で恭子の応援席側に居る権現坂は『良い守りだ』と内心で龍姫のプレイングを高く評価したが、対峙している恭子は平静な表情を崩さない。それどころかまるでカード効果による除去は必要ないと言わんばかりに、自身に満ちた顔だ。龍姫はそんな恭子を見て『カード効果耐性の付与は無駄だったかな?』と思うが、別に耐性付与だけが目的で《蒼眼の銀龍》を呼んだつもりはないのですぐにプレイングに戻る。

 

「カードを2枚セットし、エンドフェイズ。この瞬間、《竜姫神サフィラ》のモンスター効果発動。このカードが儀式召喚に成功したターン、または手札・デッキから光属性モンスターが墓地に送られたターンのエンドフェイズに発動する。3つの効果から1つを選択し、それを適用。私は’’デッキからカードを2枚ドローし、その後1枚手札を捨てる’’効果を選択する。デッキからカードを2枚ドローし――1枚捨てる」

「では私のター――」

「まだ。ここで速攻魔法《超再生能力》を発動。このターン私が手札から捨てた、またはリリースしたドラゴン族の数だけエンドフェイズに私はドローする。私はこのターン《手札抹殺》で2体のドラゴン族を捨て、アセトドラゴンとネフテドラゴンを儀式召喚のためにリリースし、《神龍の聖刻印》を《アドバンス・ドロー》のコストでリリースし、《トレード・イン》のコストでも捨てた。よってデッキから6枚ドローし、改めてターンエンド」

「カード効果で6枚もドロー――流石ッスよ橘田さん!」

「あいつがただのターンエンドで終わらせる訳ないからな」

 

 ふふん、と(特訓などで)龍姫と付き合いの長い沢渡が自慢げに取り巻き達にそう言う。そして内心『俺も今度何かエンドフェイズに何かするデッキ使う時は、含みのある言い方でそれっぽく演出しよう』と考えていた。

 そんな沢渡の不純な笑みを横目に恭子は一気にカード・アドバンテージ差を付けられたことに多少の不安を感じながら自分のターンを開始する。

 

「私のターン、ドロー」

 

 ドローカードを一瞥し、続けて恭子は龍姫の方へ視線を移す。既に自分のターンを終えた龍姫は無表情で《蒼眼の銀龍》の背に跨り、そのまま飛翔してアクションカードの捜索に走っていた。途中、何故か《蒼眼の銀龍》の背を撫でたり頬を埋めたりと意味不明な行動があったが、その行動は一切無視して恭子は龍姫のフィールドに見る。

 モンスターゾーンには攻撃力2500の儀式モンスター《竜姫神サフィラ》、守備力3000の《蒼眼の銀龍》の2体。さらに《蒼眼の銀龍》のモンスター効果により対象を取る効果、及びカード効果による破壊をこのターンまで受けないという鉄壁の守り。

 魔法・罠ゾーンには2枚のセットカードがあり、恭子の手札のカードを使えば1枚を破壊することができるが、先日龍姫のデュエル映像を観た限りでは龍姫はフリーチェーンや破壊されて墓地に送られることで発動するカードが多いので、無闇に破壊することは得策ではないと考える。

 カード効果によるモンスター除去はほとんど封じられ、龍姫の場にはステータスの高いモンスターが2体――ならば自分が取るべき行動は1つしかないと恭子はデュエルディスクのディスプレイ画面に指を伸ばす。

 

「私は墓地から《サイバー・ドラゴン・コア》のモンスター効果を発動する」

「破壊されて墓地で発動するんじゃなくて――」

「能動的に墓地から発動するモンスター効果!?」

「良いリアクションだ。やはり観客が居ると滾るな――さて、効果処理だ。相手の場にモンスターが存在し、自分の場にモンスターが存在しない場合、墓地の《サイバー・ドラゴン・コア》をゲームから除外することでデッキから『サイバー・ドラゴン』と名のついたモンスター1体を特殊召喚することができる。私はデッキから《プロト・サイバー・ドラゴン》を特殊召喚。このカードはフィールドに存在する限り、カード名を《サイバー・ドラゴン》として扱う」

 

 鈍い銀色の機光竜が突如フィールドに現れる。『サイドラの方がドラゴンっぽい見た目で好みなんだけど…』と見当違いのことを考えつつ、龍姫は《蒼眼の銀龍》に乗りながら近場にあったアクションカードを素早く手札に加えた。その様子を確認した恭子は続けざまに手札へ指を伸ばす。

 

「さらに手札から《サイバー・ドラゴン・ツヴァイ》を召喚する。そして《サイバー・ドラゴン・ツヴァイ》のモンスター効果を発動。1ターンに1度、手札の魔法カード1枚を相手に公開することでこのカードはこのターン《サイバー・ドラゴン》として扱う。私は手札の《パワー・ボンド》を公開する」

「――っ、」

 

 公開された魔法カードを目にし、ほんの僅かに龍姫の表情が歪む。対照的に恭子は笑みを浮かべながらこれで準備は整った、とフィールドと手札のカードに視線を移す。自身の真のエースモンスターを出せないことは多少残念だが、こちらのモンスターでも充分に場を制圧することは可能だろうと自分の戦術に確信を持つ。

 

「さぁ行くぞ橘田! 魔法カード《パワー・ボンド》発動! 自分の手札・フィールドから融合モンスターによって決められた融合素材モンスターを墓地に送り、機械族の融合モンスター1体を融合召喚する! 私はフィールドの《プロト・サイバー・ドラゴン》と《サイバー・ドラゴン・ツヴァイ》を融合素材とする! この2体は現在カード名が《サイバー・ドラゴン》! よって私は2体の《サイバー・ドラゴン》を融合!」

「ぬ、来たか! リスペクトデュエルの要!」

 

 守備を重視する権現坂道場の’’不動のデュエル’’とは真逆の、攻撃を重視するサイバー流道場の’’リスペクトデュエル’’。思想こそ相反するものだが、だからと言って嫌悪している訳ではない。互いに互いの流派のことは認めており、何度もデュエルをしているので権現坂はどのモンスターが来るかは容易に予想ができる。

 

「原型たる機光竜よ、次代の機光竜よ、今こそ交わりて新たに進化せよ! 融合召喚! 襲雷せよ、双頭の機光竜! 《サイバー・ツイン・ドラゴン》!」

 

 《プロト・サイバー・ドラゴン》と《サイバー・ドラゴン・ツヴァイ》が緑と橙の光と共に交わり、一瞬強い光がフィールドに輝く。次の瞬間には白銀の体躯を持った双頭の機光竜――《サイバー・ツイン・ドラゴン》が恭子の背後で雄々しく堂々と立っていた。

 

「攻撃力2800!?」

「あれじゃあ橘田さんの《竜姫神サフィラ》が…」

「で、でも守備力3000の《蒼眼の銀龍》には及ばないぜ! 流石橘田さん! これを見越してあえて守備表示で《蒼眼の銀龍》を――」

「《パワー・ボンド》で融合召喚したモンスターの攻撃力は元々の攻撃力分アップする。まぁ端的に言えば倍だ。よって《サイバー・ツイン・ドラゴン》の攻撃力は5600となる」

「「「ヤバいッスよ橘田さん!!」」」

「うるさいぞお前ら!」

 

 龍姫が『何でサイドラ系列はドラゴン族じゃないんだ…!』と頭の中では全く関係ないことを考えている中、騒ぎ立てる取り巻き達を制する沢渡。内心では『俺が観ている前で無様な姿だけは晒すんじゃねぇぞ』と、攻撃力5600の《サイバー・ツイン・ドラゴン》を見ながら龍姫の身を案じる。

 

「バトルだ! 私は《サイバー・ツイン・ドラゴン》で《竜姫神サフィラ》を攻撃! エヴォリューション・ツイン・バースト!」

 

 《サイバー・ツイン・ドラゴン》の片方の頭が《竜姫神サフィラ》の方を向き、その口を大きく開けて光線を放つ。真っ直ぐに襲いかかる光線をまともに受けたら洒落にならないダメージが飛んでくる、と龍姫は先ほど回収したアクションカードをデュエルディスクに差し込んだ。

 

「アクション魔法《回避》を発動。相手モンスター1体の攻撃を無効にする」

「よし! 避けた!」

「それは――どうかな…!」

 

 丁度よく防御用のアクションカードを手にしていたかと沢渡が声に出して喜んでいると、いつの間にか恭子が元居た立ち位置から移動していた。溶鉱炉の真上に吊るされた鎖を掴みながらターザンロープの要領で別の鎖に掛かっていたアクションカードを取り、そのまま流れるように発動させる。

 

「アクション魔法《エラー》を発動! バトルフェイズ中に発動した魔法カードの効果を無効にする! これで橘田の《回避》は無効だ! このままバトルを続行する!」

「――っ、墓地から儀式魔法《祝祷の聖歌》のさらなる効果を発動…! 場の《竜姫神サフィラ》が破壊される場合、代わりに墓地のこのカードをゲームから除外する…!」

「だがダメージは受けてもらう!」

 

 攻撃力5600の《サイバー・ツイン・ドラゴン》の攻撃を攻撃力2500の《竜姫神サフィラ》がまともに受け、龍姫のライフポイントが大きく削られる。墓地にあった儀式魔法《祝祷の聖歌》で破壊こそはされなかったが、一気に3100ポイントものダメージによって残りライフポイントは僅か900。内心で『またミカエルの除去効果が使えない』と僅かに苛立ちを感じつつも、続く攻撃に備え険しい眼差しで《サイバー・ツイン・ドラゴン》へ視線を移す。

 

「よし! モンスターが残った!」

「これで次のターン、橘田さんがあのモンスターをカード効果で除去すれば勝てる!」

「手札が6枚もあれば何か引いてるだろうし、イケるッスよ橘田さん!」

「――いや、今のはプレイングミスだ」

 

 山部・大伴・柿本ら3人がはしゃぐ中、神妙な面持ちで権現坂が小さく呟いた。その言葉に3人は頭上にクエスチョンマークを浮かせながら権現坂の方を見る。

 

「はぁ? 今のどこがプレイングミスだよ!」

「ダメージは受けたけど、モンスターがちゃんと残ってるじゃねぇか!」

「そういうのは橘田さんのライフが0になってから言いやがれ!」

「ならば0にしてやろう。《サイバー・ツイン・ドラゴン》は1度のバトルフェイズ中に2回の攻撃ができる――このまま攻撃表示の《竜姫神サフィラ》を攻撃すれば橘田のライフは0だ」

「「「マズイッスよ橘田さん!」」」

 

 はしゃいでいた3人の態度が一転、焦りと困惑の表情に変わった。攻撃力5600の2回攻撃をまともに食らったら即1ターンkillが成立してしまう。龍姫のセットカードも先の攻撃の時点で発動しなかったことから攻撃反応系ではないと思っており、このまま一瞬で勝負が付くのかと3人は不安げな表情で龍姫の方を見る。

 

「バトル! 再び《サイバー・ツイン・ドラゴン》で《竜姫神サフィラ》に攻撃! エヴォリューション・ツイン・バースト、第二打ぁ!」

 

 再度《サイバー・ツイン・ドラゴン》の口から光線が《竜姫神サフィラ》へと向かう。もうダメだ、これで橘田さんはおしまいだ、と取り巻き達3人が絶望の顔に染まっている中で沢渡1人だけは対照的に余裕の笑みを浮かべていた。

 

「ふん、橘田がプレイングミスだと? ロマンチストも甚だしいぜ」

「なぬっ!?」

「あいつがそんな凡ミスをする訳ないだろ――なぁ橘田?」

「当然」

 

 そんな沢渡の問いに答えるように龍姫はデュエルディスクのディスプレイへ指を伸ばす。そして直前まで迫っていた《サイバー・ツイン・ドラゴン》の光線が突如霧散し、光の粒子が《竜姫神サフィラ》の全身を覆い始めた。一体何が起こったんだ、と龍姫と沢渡を除く5人が目を点にしている中で、龍姫の場に伏せられていたカードがゆっくりと表側になる。

 

「《サイバー・ツイン・ドラゴン》の攻撃宣言時に罠カード《光子化(フォトナイズ)》を発動。相手モンスター1体の攻撃を無効にし、攻撃モンスターの攻撃力分だけ私の場の光属性モンスター1体の攻撃力を次の相手ターンまでアップする。これで《サイバー・ツイン・ドラゴン》の2度目の攻撃は無効となり、次の私のターンまで《竜姫神サフィラ》の攻撃力は5600アップの8100になる」

「――っ、攻撃反応型の罠だと…!? 何故――いや、そうか…!」

 

 何故そんな罠があるのなら何故最初の攻撃で使わなかったのだと恭子の目が細くなった。初めに使えば《竜姫神サフィラ》の攻撃力は上昇し、2度目の攻撃で自ずと攻撃対象は守備表示の《蒼眼の銀龍》となってこのターンにダメージを受けることはなかったハズだと考える。

 しかし、そこでふと恭子は視線を《竜姫神サフィラ》から《蒼眼の銀龍》へと移した。あのシンクロモンスターはドラゴン族に一時的なカード効果による耐性を付与させるだけの存在だと思っていたが、まさかまだ自分が知らない効果があるのではないかと勘繰る。

 仮に最初の《サイバー・ツイン・ドラゴン》の攻撃で《光子化》を発動されていれば、攻撃力8100を超えた《竜姫神サフィラ》に攻撃する訳にはいかず、続く2回目の攻撃は自ずと《蒼眼の銀龍》に向かう。そこでアクション魔法の《回避》を使っても自身の手にあったアクション魔法《エラー》を発動すれば《回避》は無効になり、《蒼眼の銀龍》を破壊していただろう。だが最初に《竜姫神サフィラ》と墓地の《祝祷の聖歌》の効果でダメージを受けつつモンスターを破壊されなければ、《光子化》を温存した状態となる。最初に攻撃が通っていれば2度目も通ると一般的なデュエリストならば誰しもが思うだろう。その心理を突いて《光子化》を発動させ、モンスター2体を残し、攻撃力の上昇を狙っていたのかと、恭子は龍姫の肉を切らせ骨を断たんとするその意思に感嘆した。

 

「涼しい顔をして中々大胆な戦術を取る……見事だ。それでこそ倒し甲斐がある」

「……負けっぱなしは趣味じゃない」

「中々の負けず嫌いだな――さて、メイン2に入る。私はカードを2枚セットし、墓地から罠カード《ダメージ・ダイエット》をゲームから除外しその効果を発動。このターン中に私が受ける効果ダメージを全て半分にする」

 

 ここで沢渡とその取り巻き達は訳がわからない、と言いたげな顔を浮かべる。墓地の《ダメージ・ダイエット》自体は先の龍姫の《手札抹殺》で墓地に送られたのだろうが、このターンで恭子が効果ダメージを受けるようなことはなかったハズだと思い返す。そんな観客の疑問に答えるように恭子は次の言葉を口から紡ぐ。

 

「《パワー・ボンド》は強力な融合魔法だが、発動したターンの終わりに融合召喚した融合モンスターの元々の攻撃力のダメージを受けるというデメリットも持つ。だが《ダメージ・ダイエット》の効果により私が《パワー・ボンド》の効果で受けるダメージを2800の半分の1400へ軽減させる。これで私はターンを終了させる」

「……そのタイミングで私は永続罠《復活の聖刻印》を発動。相手ターンに1度、デッキから『聖刻』モンスター1体を墓地に送る。私は《聖刻龍-トフェニドラゴン》を墓地に送り、デッキから光属性モンスターが墓地に送られたことで《竜姫神サフィラ》のモンスター効果を発動。今度は’’自分の墓地の光属性モンスター1体を選んで手札に加える’’効果を選択。私は墓地の《聖刻龍-アセトドラゴン》を手札に加える」

「さらに手札を増やしたか……しかし今の私にできることは何もない。ターンの終わりに《ダメージ・ダイエット》の効果で半分にした《パワー・ボンド》の効果ダメージを受け、私のターンは終了だ」

 

 恭子がターンを終えると同時にソリッドビジョンのディスプレイに映し出された恭子のライフポイントが4000から2600へ減少する。5分の2近くものライフポイントを失ったが、ライフ・アドバンテージ自体は未だ自分の方が上。しかし総合的に鑑みてみると自身の方が圧倒的に不利かと恭子は改めて状況を見る。

 自分の手札は2枚、場には攻撃力5600を誇る《サイバー・ツイン・ドラゴン》と、2枚のセットカード。ライフポイントは2600と初期ライフポイントの半分も切っていない。

 対して龍姫の手札は7枚、場には攻撃力8100にもなった《竜姫神サフィラ》と守備力3000の《蒼眼の銀龍》、そして永続罠の《復活の聖刻印》。ライフポイントは900と初期ライフポイント4分の1を切っている。

 流石にライフコストを必要とするカードは使えないと恭子は考えているが、それでも龍姫を相手に大量の手札を残したままターンを渡すことに多少の恐怖を感じざるを得ない。昨日、資料として映像で見た龍姫のデュエルでは《竜姫神サフィラ》、《エクスプロード・ウィング・ドラゴン》、《竜魔人 クィーンドラグーン》、《始祖竜ワイアーム》の攻撃力2000超えのドラゴン4体で相手を完膚なきまでに叩き潰すデュエルもあった。あれだけ手札が潤っていればそれと同じことも充分に可能。さて、どんな手で来るのかと半ばスリルを楽しむような表情で恭子は龍姫の方に視線を向けた。

 

「……私のターン、ドロー。スタンバイフェイズに《蒼眼の銀龍》のさらなるモンスター効果を発動。1ターンに1度、自分スタンバイフェイズに自分の墓地から通常モンスター1体を特殊召喚することができる。私は墓地から《神龍の聖刻印》を特殊召喚。さらに手札から《聖刻龍-アセトドラゴン》を召喚。このカードはレベル5の上級モンスターだけど、自身の攻撃力を1000にすることでリリースなしで召喚できる――そしてアセトドラゴンのモンスター効果を発動。1ターンに1度、場のドラゴン族・通常モンスター1体を選択し、場の『聖刻』モンスターは選択したモンスターと同じレベルになる。私はレベル8の《神龍の聖刻印》を選択し、アセトドラゴンのレベルを8にする」

「レベル8のモンスターが2体――」

「――ってことは橘田さんのあのカードだ!」

「やっちゃって下さいよ橘田さん!」

 

 沢渡の取り巻き達の盛況ぶりに表面上はため息を吐き、内心では『応援されて煮えたぎってきた!』と浮かれながらも、龍姫はエクストラデッキから1枚のカードを取り出す。ここ最近使っていなかったことに僅かな罪悪感と、いざ出した時の頼もしさにより龍姫は自信に満ちた表情でそのカードをデュエルディスクにセットする。

 

「……私はレベル8となったアセトドラゴンと《神龍の聖刻印》でオーバーレイ。2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築――聖なる印を刻む龍の神よ、その力を振るい神罰を与えん! エクシーズ召喚! 顕現せよ、ランク8! 《聖刻神龍-エネアード》!」

 

 2体の龍が黄金色に輝く光となって渦巻き、1つへ混ざる。直後、眩い光が閃光となってアクションフィールド《サイバネティック・ファクトリー》を覆う。そしてその光が晴れた途端、龍姫のフィールドに巨大な龍が佇んでいた。真っ赤な体色に黄金の装飾を身に纏う立ち姿は’’神’’の名を冠するだけあって威厳が溢れている。その圧倒的な存在感に権現坂は息を飲み、それを従え、儀式・シンクロ・エクシーズ召喚を巧に使う龍姫に一種の恐れを抱く。

 

(まさか橘田が幾つもの召喚方法を操るデュエリストだったとは――この男権現坂、級友である橘田をただの物静かな人間と思っていたが、よもやここまでとは…!)

「オーバーレイ・ユニットを1つ取り除き、エネアードのモンスター効果を発動。自分の場・手札のモンスターを任意の数だけリリースすることで、リリースした数だけフィールドのカードを破壊する」

「――っ、流石にそれは止めさせてもらおうか! 罠カード《ブレイクスルー・スキル》を発動! 相手モンスター1体の効果をターン終了時まで無効にする! 対象は当然エネアードだ!」

「……エネアードのモンスターをリリースする行為はカード効果。無効にされた場合、リリースすることはできない…」

 

 ただ手札のモンスターをリリースし、その数だけ対象を取らずに場のカードを破壊し、このターンで決めようと考えていただけに龍姫は心の中で静かにため息を零した。セットカードの除去すらできなかったが、それでも盤面的には未だこちらが有利。最低でも攻撃が2回通れば勝てるのだから、そこまで急くこともないかと手札に目を落とす。

 

「……手札から攻撃力1000のチューナーモンスター《ギャラクシーサーペント》を墓地に捨て、魔法カード《調和の宝札》を発動。攻撃力1000以下のドラゴン族・チューナーモンスターを捨てることでデッキからカードを2枚ドローする……《蒼眼の銀龍》を攻撃表示に変更し、バトルフェイズに入る。まずは《光子化》の効果で攻撃力8100となっている《竜姫神サフィラ》で《サイバー・ツイン・ドラゴン》に攻撃――ホーリー・ブライト!」

「ちぃ…!」

 

 《竜姫神サフィラ》の背から幾つもの光が矢のように《サイバー・ツイン・ドラゴン》へと襲いかかる。アクションカードで何か対策はできないかと恭子は周囲に目を走らせるが、生憎と《回避》や《奇跡》といったアクションカードは自分の周囲にはない。常に攻めてを重視するあまり、自然と攻撃系のアクションカードのある場所に足を運んでしまう自分の悪い癖が出たと、自らの浅慮さに舌打ちした。

 それと同時に《竜姫神サフィラ》の攻撃が《サイバー・ツイン・ドラゴン》へと直撃し、ボディに無数の弾痕のような穴が空く。一瞬《サイバー・ツイン・ドラゴン》の全身に目に見えるほどの電流が走り、その直後に轟音を響かせながら無残に爆散した。

 《竜姫神サフィラ》の攻撃力が8100もあったものの、《サイバー・ツイン・ドラゴン》も《パワー・ボンド》の効果により攻撃力は5600まで上昇しており、幸いにもダメージは2500で済んだ。とは言え、残り2600だった恭子のライフポイントはこのダメージで一気に残り100まで減少し、些細なダメージすら許されない状況にまで追い込まれる。自分のライフポイントがここまで削られることは久しく、恭子の顔には不思議と笑みが零れていた。

 

「ここまで私のライフを削ったのは師範や昇以来だ…! やるな橘田! 私がこの試合を引き受けた甲斐がある!」

「……熱くなるのは構わない。けど、何もなければ次のドラゴンの攻撃で藤島のライフは0になるけど、その伏せカードは飾り(ブラフ)?」

「その心配は無用! 永続罠《リミット・リバース》を発動! 自分の墓地から攻撃力1000以下のモンスター1体を攻撃表示で特殊召喚する! 私は墓地から攻撃力400の《サイバー・ラーバァ》を特殊召喚!」

 

 ガラ空になっていた恭子のフィールドに小さな機械竜の幼生《サイバー・ラーバァ》が現れる。その姿を見るなり龍姫は僅かに眉間に皺を寄せるが、すぐに普段の冷淡な表情に戻り《蒼眼の銀龍》の背に乗りながら《聖刻神龍-エネアード》の方へ視線を移す。

 

「…このままバトルを続行。エネアードで《サイバー・ラーバァ》を攻撃する。ヘブンズ・パニッシャー…!」

「ここで攻撃対象となった《サイバー・ラーバァ》のモンスター効果発動! このカードが攻撃対象となった時、このターン私が受ける戦闘ダメージは0になる!」

「だがモンスターは破壊させてもらう」

 

 突如壁モンスターが現れたが、構うことなく龍姫は《聖刻神龍-エネアード》に攻撃の指令を下した。すると《聖刻神龍-エネアード》の掌に光が収束し、それが波のように《サイバー・ラーバァ》を襲う。攻撃力3000を誇る《聖刻神龍-エネアード》ならば攻撃力400程度の《サイバー・ラーバァ》を葬ることは容易であり、かつ残りライフ100ポイントしかない恭子のライフポイントを0にできる戦闘ダメージが入るハズだったが、それを《サイバー・ラーバァ》の効果でダメージを回避される。姑息な手を使う、と龍姫が内心毒づく中で《サイバー・ラーバァ》が《聖刻神龍-エネアード》の攻撃で光に消えゆく――

 

「ここで《サイバー・ラーバァ》のさらなる効果を発動! このカードが戦闘破壊で墓地に送られた時、デッキから同名モンスター1体を特殊召喚する! 再び現れよ、《サイバー・ラーバァ》!」

 

 ――だが光の中に消えたハズの《サイバー・ラーバァ》が再びフィールドに姿を現す。戦闘ダメージを0にする効果に加え、同名モンスターをデッキから特殊召喚する効果は存外鬱陶しいと思う龍姫。

 

「……《蒼眼の銀龍》で《サイバー・ラーバァ》に攻撃。極光のセイント・バースト…!」

「無駄だ! 攻撃対象にされた《サイバー・ラーバァ》ので再度戦闘ダメージを0にし、戦闘破壊により墓地に送られたことで3体目の《サイバー・ラーバァ》をデッキから特殊召喚する!」

 

 《蒼眼の銀龍》の口から放たれた蒼銀の光が《サイバー・ラーバァ》を襲う。しかし、先ほどの《聖刻神龍-エネアード》のバトルの時と同じように、光の中から新たな《サイバー・ラーバァ》が場に出現する。

リクルーターモンスターを破壊しても相手のデッキ圧縮の手助けをするだけで悪手なのではないかと沢渡は考えたが、すぐにハッと龍姫の狙いに気付く。《サイバー・ラーヴァ》を除去するには《聖刻神龍-エネアード》の効果で戦闘を介さずに破壊すれば良い。だがあの手のリクルーターモンスターは、大抵のデッキならば2~3枚積まれることが必須。例え相手のデッキを圧縮することになろうと、《サイバー・ラーバァ》をデッキから消せばリクルート効果は使えない。また《サイバー・ラーバァ》の戦闘ダメージを0にするという効果も中々に厄介であり、相手の防御札を墓地に送っていると考えればこの攻撃は正しいのだろう。

 

「メイン2。私は手札のカードを2枚セットし、エンドフェイズに移行。このターン、私は《調和の宝札》の効果により手札から光属性モンスター《ギャラクシーサーペント》を墓地に送ったので、《竜姫神サフィラ》のモンスター効果が起動する。私はもう1度’’ デッキからカードを2枚ドローし、その後1枚手札を捨てる’’効果を選択。デッキからカードを2枚ドローし――1枚捨て、ターンエンド」

 

 しかし打開策がないのならばそれを引けば問題ないと言わんばかりに龍姫は再度《竜姫神サフィラ》の手札補充効果を使う。そして引いたカードの1枚を見るなり表情が変わり、一層真剣なそれになる。手札・フィールド・墓地の状況を即座に判断し、次ターンの展開次第では自身が持つ最凶のコンボを遺憾なく発揮できると、内心で下卑た笑みを浮かべてしまう。

 今現在龍姫自身の手札は6枚。フィールドには攻撃力3000の《聖刻神龍-エネアード》、攻撃力2500の《竜姫神サフィラ》、《蒼眼の銀龍》の3体のモンスター。表側表示の永続罠《復活の聖刻印》とセットカードが2枚。ライフポイントは僅か900しかないが、これほど万全の態勢を整えれば如何に恭子とはいえ不用心に攻めることはできないだろうと考える。

 恭子の方は手札が2枚、場にはリクルート効果が使えない《サイバー・ラーヴァ》が居るのみで、残りライフポイントは僅か100。自身の経験から残りライフポイント100からはこの状況を覆し、逆転するためにはカードを大量に消費するだろう。あの少ない手札ならばここから自分のフィールドを突破することは難しいハズだと龍姫は思った。

 

「私のターン、ドロー――よし! 私は手札からモンスターカード1体を墓地に送り、魔法カード《ワン・フォー・ワン》を発動! デッキからレベル1モンスター1体を特殊召喚する! 私はデッキからレベル1の《サイバー・ヴァリー》を特殊召喚し、このタイミングで速攻魔法《地獄の暴走召喚》を発動! 相手の場に表側表示でモンスターが存在し、私が攻撃力1500以下のモンスター1体を特殊召喚に成功した時に発動できる! 私は特殊召喚したモンスターと同名モンスターを手札・デッキ・墓地から全て攻撃表示で特殊召喚する! この時、相手は自身の場の表側モンスター1体と同名モンスター1体を選択し手札・デッキ・墓地から特殊召喚できるが、今の橘田の場のモンスターは儀式・シンクロ・エクシーズのみ! よって召喚条件を満たせず、私だけが展開させてもらう!」

「――っ!?」

 

 しかしそんな龍姫の予想を裏切るように恭子は残された3枚の手札を全て消費し、一挙に3体の《サイバー・ヴァリー》を呼び出す。さらに《地獄の暴走召喚》は通常であれば相手のモンスターも特殊召喚させるデメリットがあるが、自身のデュエルスタイル(融合・儀式・シンクロ・エクシーズ)の所為で龍姫には今の状況で呼び出せるモンスターが居ない。まさか《地獄の暴走召喚》を使われるとは夢にも思わず、龍姫はその鉄仮面の内で1人慌てふためいた。

 

「《サイバー・ヴァリー》の第2の効果を発動! 自身と私の場のモンスター1体をゲームから除外することで、デッキからカードを2枚ドローする! 私は場の《サイバー・ヴァリー》自身と《サイバー・ラーバァ》をゲームから除外し、2枚ドロー――よし! 魔法カード《アイアンコール》を発動! 私の場に機械族モンスターが存在する場合、自分の墓地のレベル4以下の機械族モンスター1体を、効果を無効化して特殊召喚する! 私は墓地の《サイバー・ラーバァ》を特殊召喚! 2体目の《サイバー・ヴァリー》の効果で《サイバー・ヴァリー》自身と《サイバー・ラーバァ》をゲームから除外し、デッキからカードを2枚ドロー――来たか! 2枚目の《アイアンコール》を発動! 墓地の《サイバー・ラーバァ》を特殊召喚し、3体目の《サイバー・ヴァリー》の効果で《サイバー・ヴァリー》と《サイバー・ラーバァ》をゲームから除外し、デッキからカードを2枚ドロー!」

「…………」

「お、おい橘田さんの顔を見てみろよ」

「普段は自分が延々とプレイ(ソリティア)する側だから、相手にやられて険しい表情になっちまってる…!」

「俺、橘田さんのあんな顔初めて見た…」

 

 《ワン・フォー・ワン》、《地獄の暴走召喚》、《サイバー・ヴァリー》の第2の効果でデッキ内のモンスターの数を減らしつつ、着実に手札を補充する恭子。自身のエースモンスターを出すためならばいくらデッキ圧縮のカードがあっても足りないと、次から次へとデッキを掘り進んでいく。鬼気迫る勢いでキーカードを揃えようとする恭子のプレイングに沢渡の取り巻き達は恐怖に身を震わせ、龍姫は真剣な表情で恭子のプレイングの一挙一動に注目した。

 手札増強カードが尽きたのか恭子は《サイバー・ヴァリー》の効果で新たに加えられたカードを見て、僅かに眉を顰める。現在の恭子の手札は4枚。内モンスターカードが0枚、魔法カードが3枚、罠カードが1枚あるが、生憎融合関連のカードを引くことが叶わず自身のエースモンスターの召喚が不可能だと理解すると、己の引きの弱さに憤りを感じた。

 しかし、それでも今の状況であれば得意の融合召喚はできずとも、新たな力を見せつけることはできる。ならばこのデュエルは自分が手にした新たな切り札で幕を閉じてやろうと、相手を射抜くような鋭い眼光で龍姫の方を見た。

 

「魔法カード《サイバー・リペア・プラント》を発動! このカードは墓地に《サイバー・ドラゴン》が存在する時に発動できる! 私の墓地の《サイバー・ドラゴン・ツヴァイ》は墓地に存在する場合、《サイバー・ドラゴン》として扱われるため発動条件は問題なく満たされる! そして’’デッキから機械族・光属性モンスター1体を手札に加える’’もしくは’’自分の墓地から機械族・光属性モンスター1体を選択してデッキに戻す’’の2つの効果のどちらかを使用できる! 私は前者の効果でデッキから《サイバー・ドラゴン・コア》を手札に加え、そのまま召喚! このカードが召喚に成功した時、デッキから『サイバー』または『サイバネティック』と名の付いた魔法・罠カード1枚を手札に加えることができる! 私はデッキから《サイバー・ネットワーク》を手札に加える! さらに魔法カード《機械複製術》を発動! 私の場の攻撃力500以下の機械族モンスター1体を選択し、その同名モンスターを2体までデッキから特殊召喚できる! 《サイバー・ドラゴン・コア》は場・墓地では《サイバー・ドラゴン》として扱う効果を持つ! よって私はデッキから2体の《サイバー・ドラゴン》を特殊召喚! さらに私の場に《サイバー・ドラゴン》が存在することで、魔法カード《エヴォリューション・バースト》を発動する! このターン、私の《サイバー・ドラゴン》の攻撃を放棄することで相手の場のカード1枚を破壊する! 私は橘田の《聖刻神龍-エネアード》を破壊!」

「――っ、」

 

 白銀の機光竜《サイバー・ドラゴン》の口が大きく開き、そこから1本の光線が《聖刻神龍-エネアード》に向けて放たれる。龍姫は前のターンに《竜姫神サフィラ》の効果でドローした罠カードをもっと早くに引けていればと、内心で苦虫を噛み潰した表情を浮かべ、何の抵抗もなく無残に光線で貫かれる《聖刻神龍-エネアード》に対し申し訳なく感じた。

 

「これで除去効果持ちは潰した……さぁ、ここからが本当の勝負だ! 私はレベル5の《サイバー・ドラゴン》2体でオーバーレイ!」

「何っ!? この召喚方法は…!」

「まさか…!」

 

 観客席にいる権現坂、沢渡とその取り巻き達が一斉に身を乗り出す。同じレベル、かつ非チューナーモンスターが複数体揃った状態で行える召喚方法は例外を除いて1つしか存在しない。

権現坂は以前の遊勝塾とLDSの3本勝負の折に。沢渡とその取り巻き達はLDSの講義はもちろん、以前出くわした忌まわしきエクシーズ使い(ユート)のことから、次の展開を予想できる。

 

「2体の機械族モンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築! 機光竜よ、留まることのない進化を重ね、新星となりその力を振るえ! エクシーズ召喚! 襲雷せよ、ランク5! 《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》!」

 

 2体の《サイバー・ドラゴン》が2つの白銀の光へその身を変え、吸い込まれるように1つの光へと交わり、強い輝きを放つ。光が段々と姿を形成していき、長い胴体と巨大な翼が視認できるようになると次の瞬間には光が晴れる。白銀の光沢を放つ機械の体と翼、各部には黒い追加装甲のようなものが施され、全身に赤く光るラインが走っているその姿は今までの機光竜とはどこか一線を画す。

 

 融合一辺倒だと思っていた恭子のエクシーズ召喚に沢渡ら4人は息を飲んだ。よもや、LDSではない他塾の人間が融合とエクシーズの両方を使いこなしているとは予想だにしなかった。先の融合モンスター《サイバー・ツイン・ドラゴン》は攻撃力2800で2回攻撃という非常に攻撃的なカードだったが、今回のモンスターには一体どんな効果が秘められているのかと、興味と恐怖半々の感情で《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》に注目する。

 

「むぅ…」

 

 だがそんな沢渡達とは違い、デュエルを静観していた権現坂は複雑な気持ちであった。恭子は自身と同じく道場の跡取りという立場でありながら、道場の教え(融合)とは異なるもの(エクシーズ)を使うことに抵抗感を抱く。それを後継者自らが率先して使うことに権現坂は少なからず嫌悪し、何故、自分と同じ境遇でありながら平然とそんなことができるのだと、困惑した表情で恭子を見る。

 するとそんな視線に気付いたのか恭子の方もチラリと権現坂の方を一瞥し、その表情から権現坂の思っていることを汲み取った。

 

「ふむ、『納得がいかない』といった表情だな昇」

「…………」

「無理もないか。融合召喚を伝統としたサイバー流にエクシーズ召喚を組み込んだ私は道場の跡取りとして褒められた行為ではないだろう――しかし、サイバー流、ひいては’’デュエリスト’’として間違ったことはしていないと、私は胸を張って言うぞ」

 

 ポン、と胸を叩き堂々とした表情を浮かべる恭子。その顔には伝統を穢したという後悔や、自分の選択に間違いはないと言わんばかりに自信に溢れている。

 

「伝統や格式も大事だが、サイバー流の根源は’’進化’’だ。融合はもちろんのこと、別の進化をした《サイバー・ドラゴン》も居る。時代に取り残されぬよう、環境に合わせて《サイバー・ドラゴン》は進化した――そして、それはデュエリストも同じ。己の戦術に固執していては、進化(成長)はあり得ん」

「――っ!」

 

 瞬間、権現坂の目が大きく見開く。確かに道場の伝統を守ることは後継者としては大事なことだが、それでデュエリストが進化しなければ何の意味もない。

 

「そこで私と師範は先日、LDS――レオ・コーポレーションとある提携をした。《サイバー・ドラゴン》の一般流通化と引き換えに《サイバー・ドラゴン》のさらなる進化、新たなカード開発を」

「な――道場の看板モンスターを一般流通化だと! 正気か恭子!?」

「初めは私や師範も悩んださ。しかし、昨今では融合のみならずシンクロやエクシーズも台頭してきた。そこに《サイバー・ドラゴン》が求められるのならば、惜しくない。事実、この《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》もエクシーズモンスターであるからな」

 

 そう言いつつ恭子は視線を《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》へ移す。融合だけでは辿り着けなかった新たな進化の結晶である、そのモンスターを見る眼差しはどこか誇らしげに見えなくもない。

恭子のそんな顔を見て、権現坂は自然と体の内にあった怒気がどこか薄れていく。それどころか自身の道場の象徴とも言える《サイバー・ドラゴン》の独占化を放棄してまで、どこまでも進化しようとするその意思には一種の尊敬さえ抱くほどだ。

 

「……そこまでの覚悟があったのなら、これ以上俺が言うことは何もない。デュエルを中断させてすまなかったな」

「構わん――と言いたいところだが、話が過ぎたな……これ以上は1分の規定に達する。続けるぞ橘田! 私はオーバーレイ・ユニットを1つ取り除き、《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》のモンスター効果を発動! 墓地から《サイバー・ドラゴン》1体を復活させる! 私は墓地より《サイバー・ドラゴン・ドライ》を守備表示で特殊召喚!」

 

 《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》の周囲に漂っていた光球が胸部のコアに吸い込まれ、光が弾ける。すると恭子の場の床から黒い円が出現し、そこから這い出るように流線形のボディの機光竜《サイバー・ドラゴン・ドライ》が身を固めた状態でゆっくりとその姿を現す。

 

「《サイバー・ドラゴン・ドライ》は《サイバー・ドラゴン・コア》と同じく場・墓地では『サイバー・ドラゴン』として扱う」

「あんなモンスターいつの間に墓地に…!」

「おそらくさっきの魔法カード《ワン・フォー・ワン》の手札コストで捨てたモンスターだ。それ以外にあいつが自ら墓地にモンスターを捨てることはなかった」

 

 山部の反応に対し、沢渡は冷静に返す。何度も龍姫とデュエルを重ねていく内に沢渡自身、相手の行動にはそれとなく注意を払うようになっていた。その為、些細な行動であろうと自然と目で追うようになっており、観客席からでも恭子が《ワン・フォー・ワン》の手札コストでモンスターカードを捨てたことを視認し、それがあの復活させたモンスターなのだろうと結論付ける。

 

「バトル! 私は《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》で《蒼眼の銀龍》に攻撃する!」

「ハァ!? 《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》の方が攻撃力は低いのに何で――」

「その攻撃宣言時に罠カード《ダメージ・ダイエット》を発動。このターン、私が受けるダメージを全て半分にする」

「うぇっ!? 橘田さんも何であんなダメージを軽減するカードを――」

 

 両者の目論見が全く読めない取り巻き達は困惑した表情になるが、沢渡は静かに2人の狙いを推察する。《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》はランク5のエクシーズモンスターだが、攻撃力2100しかなく効果も今の時点では《サイバー・ドラゴン》を復活させるだけ。ライフポイントが残り100しかない恭子にとっては自爆特攻ならぬ自決特攻でしかないものの、おそらく他にも何か秘められた効果があるのだと察し、もしもそれがダメージステップ等で発動する効果ならば龍姫は攻守変動効果を持たない《ダメージ・ダイエット》をこのタイミングで使うしかなかったのではと考える。

 

「――っ、察しが良いな橘田…! ダメージステップで私は《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》のさらなる効果を発動! 場・手札の《サイバー・ドラゴン》1体をゲームから除外することで、自身の攻撃力を2100ポイントアップする! 私は場の《サイバー・ドラゴン・コア》をゲームから除外!」

「2100アップ!? それじゃあ《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》の攻撃力は――」

「4200。実質倍」

 

 そしてその予想が当たったことに沢渡は心の中で小さくガッツポーズを取り、自分もそれなりのデュエリストになってきたなと自賛した。そんな自惚れている沢渡を横目に龍姫は大伴へ短く言い放つと、安全を考慮して今まで乗っていた《蒼眼の銀龍》の背から(惜しむように)飛び降り、フィールド内にあった巨大なクレーンを掴み振り子の要領で床に着地する。同時にチラリと《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》の方へ視線を移した。件のモンスターは既に攻撃態勢に入っており、ダメージステップまでいってしまってはアクションカードを捜しても無意味か、と仕方なしに諦める。

 

「いけ《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》! エヴォリューション・クロス・バースト!」

「――っ、」

 

 《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》の放った光線は《蒼眼の銀龍》の胴を貫き、容赦なく粉砕した。攻撃の余波で衝撃波が龍姫の元まで届き、その場で身構える中で龍姫のライフポイントが一気に減少する。

攻撃力4200と攻撃力2500で1700ものダメージを負うハズだったが《ダメージ・ダイエット》の効果で半分の850ダメージにまで留め、残りライフポイント900しかなかった龍姫のライフポイントを僅か50に繋ぎ止めた。

 手札に機械族必殺のカード《リミッター解除》がなくて良かったと龍姫が安堵している中で、恭子は実に愉快そうな、それも自信に満ちたような笑みを浮かべる。

 

「ふふ、一時的に《サイバー・エンド・ドラゴン》の元々の攻撃力すらを凌ぐ《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》の攻撃を耐えきるとは――流石だと言っておこう。だがその残りライフではどんなダメージであろうと勝負は決する。次のターンで決着を着けてやろう」

「……残りライフが100しかない藤島も同じ状況だと思うけど」

「ダメージを通さなければ良いだけのことだ、策もある。私はカードを2枚セットし、ターンを終了する」

 

 大した自信だと恭子と龍姫を除く全員が思うが、その言葉に嘘偽りがないことは誰しもが分かった。権現坂は古くから遊矢と同じぐらいの付き合いの恭子が次のターンに決めると宣言した際には例外なく相手を沈めており、沢渡の取り巻き達も自分らの所属する総合コースの首席である龍姫をここまで追い詰められたことは彼らが記憶する限りでそう多くはない。まさかこのまま押し切られるのかと不安に思う中、龍姫は淡々とデュエルディスクに指を伸ばす。

 

「エンドフェイズに永続罠《復活の聖刻印》の効果を発動。相手ターンに1度、デッキから『聖刻』モンスター1体を墓地に送る。私はデッキから《聖刻龍-シユウドラゴン》を墓地へ。さらにデッキから光属性モンスターが墓地に送られたことにより、《竜姫神サフィラ》のモンスター効果を発動する」

「させんぞ! 私は墓地から罠カード《ブレイクスルー・スキル》をゲームから除外し、その効果を発動! 自分のターンで墓地にあるこのカードをゲームから除外することで、相手モンスター1体の効果をこのターンの間無効にする! これで《竜姫神サフィラ》の効果は無効だ!」

 

 その瞬間、『あぁ…』と沢渡の取り巻き達が落胆の声をあげる。おそらく龍姫のあの5枚の手札の中に起死回生のカードがなく、《竜姫神サフィラ》の手札増強効果で何かを引こうとしたのだと察した。だがそれを普段は龍姫が愛用する墓地からの罠で妨害され失敗に終わる。ここまでか、と取り巻き達が諦めかけている中で沢渡1人はやや苛立った顔で龍姫の方を見ていた。

 

(あいつ……昨日、俺が食らったコンボをまだ出してないじゃねぇか! ここで出さなくていつ出すんだ! あのコンボがあればあんな奴速攻だろ!)

 

 昨日自信が食らった龍姫のコンボのえげつなさを思い出しつつ、何故そのコンボを出さないのかと歯軋りする沢渡。そんな沢渡の思いを知ってか知らずか、龍姫はあくまでもポーカーフェイスを崩さず普段の表情のままデッキトップに指をかける。

 

「私のターン、ドロー」

「この瞬間私は永続罠《サイバー・ネットワーク》を発動! 私の場に《サイバー・ドラゴン》が居る時、デッキから機械族・光属性モンスター1体をゲームから除外する! 私の場には『サイバー・ドラゴン』扱いの《サイバー・ドラゴン・ドライ》が居る!これにより発動条件は満たされ、私はデッキの《サイバー・ドラゴン・ドライ》をゲームから除外! さらにゲームから除外された《サイバー・ドラゴン・ドライ》のモンスター効果発動だ! このカードがゲームから除外された場合、私の場の《サイバー・ドラゴン》1体は戦闘・効果でこのターン破壊されない! よって私の場の《サイバー・ドラゴン・ドライ》はこのターン破壊されん!」

 

 ここで再度沢渡の取り巻き達から落胆の声が響く。相手の場に《サイバー・ドラゴン》が居なければ《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》は攻撃力2100のモンスターでしかない。場の《サイバー・ドラゴン・ドライ》さえ消えれば、龍姫は幾分か攻め易かっただろうに、無情にもそれに破壊耐性を付与する辺り恭子の強かさを改めて取り巻き達は思い知った。

 

 今の龍姫は手札が7枚、場には《竜姫神サフィラ》と永続罠《復活の聖刻印》。そして先ほどの攻防では発動する気配のなかったリバースカードが1枚。残りのライフポイントは僅か50と、良いのか悪いのか判断が難しい状況だ。

 対して恭子は手札は0枚、場にはこのターン破壊されない《サイバー・ドラゴン・ドライ》と《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》、永続罠の《サイバー・ネットワーク》とリバースカードが1枚。ライフポイントの残りは100だが、先のターンの流れから不思議と恭子の方が優勢に感じられなくもない。

 ここから一体どうやって勝てるのかと、取り巻き達が諦めた表情を浮かべる中、龍姫は1枚のカードをデュエルに差し込んだ。

 

「魔法カード《龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)》を発動。場・墓地から融合モンスターによって決められた融合素材モンスターをゲームから除外し、ドラゴン族の融合モンスター1体を融合召喚する」

「今更融合召喚なんて…」

「橘田さんの融合モンスターって、《始祖竜ワイアーム》くらいしか居なかったよな」

「もうダメだぁ…」

「――いや、待てお前ら」

 

 龍姫が発動したカードを見るなり取り巻き達は顔に諦めの色になるが、逆に沢渡はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。墓地に素材のモンスターが居たかどうかはこの時点では分からないものの、沢渡は龍姫が最初の《手札抹殺》や、《竜姫神サフィラ》の手札増強効果が2回発動させていたことから素材のモンスターを落とす機会は充分にあったと確信していた。そしてその確信通り、龍姫の真上に沢渡が予想していた2体の融合素材モンスターが半透明の姿で浮かび上がる。

 

「私は墓地のデュアルモンスター《ダークストーム・ドラゴン》と、デュアルモンスター《龍王の聖刻印》をゲームから除外し、融合する」

「デュアルモンスター!?」

「いつの間にあんなカードを――あれ? てか、この組み合わせで出せるモンスターって居るのか?」

「すぐにわかるさ、まぁ見てろって」

「……吹き荒ぶ闇の嵐よ、封じられし龍の王よ。今1つとなりて二重(ふたえ)の力を解放せよ!」

 

 龍姫の頭上に映し出されていた2体の龍は融合召喚特有の橙と青の光と共に渦巻き、1つの光を形成していく。直後に光が弾け、その中から異形とも言える1体のドラゴンが姿を現す。頭・首・胴体・手足の全てが元は別のものを無理矢理に下手な裁縫で縫い合わせたように付けられ、ドラゴンというよりかはアンデット族と言われても納得しかねない容姿。沢渡以外は初見であろうそのモンスターの姿を見て、息を飲む――

 

「融合召喚! 現れよ、《超合魔獣ラプテノス》!」

 

 ――が、沢渡の取り巻き達3人はそのモンスターの攻撃力、2200という数字を見るなりハァとため息を溢す。この程度のモンスターならば《始祖竜ワイアーム》を守備表示で立てていた方がまだマシだったのではないかと思うほどだ。

 

「手札から速攻魔法《聖蛇の息吹》を発動。場に融合・儀式・シンクロ・エクシーズモンスターが2種類以上存在する場合、その数によって効果を得る。今、フィールドには儀式モンスター、融合モンスター、エクシーズモンスターの3種類が居る。私は2種類以上の効果’’自分の墓地またはゲームから除外されたモンスター1体を手札に加える’’効果で、除外された《ダークストーム・ドラゴン》を手札に加え、3種類以上の効果’’自分の墓地から罠カード1枚を手札に加える’’効果で《光子化》を手札に戻す。さらに《復活の聖刻印》のさらなる効果を発動。自分のターンに1度、ゲームから除外された『聖刻』モンスター1体を墓地に戻す。私は《龍の鏡》で除外した《龍王の聖刻印》を墓地に戻す」

「橘田さん、何やってんだ?」

「モンスターや罠を回収したり、除外から墓地に戻したり……」

「まるで意味がわからねぇ…」

 

 龍姫の行動の1つ1つが理解できない3人は、ただただ頭にクエスチョンマークを浮かび上がらせるばかり。この後に起こることをその身に体感した沢渡としては、この3人の顔が数十秒後には驚愕のそれに変わると思うと、楽しみで仕方ない。早く下準備を済ませろと、目で龍姫にプレイングを急かすように威圧する。

 

「……カードを2枚セット、ここで罠カード《光の召集》を発動。自分の手札を全て墓地に捨て、その数だけ墓地の光属性モンスターを手札に加える。私は5枚の手札を捨て、墓地から《聖刻龍-アセトドラゴン》、《聖刻龍-ネフテドラゴン》、《聖刻龍-トフェニドラゴン》、《聖刻龍-シユウドラゴン》、《アレキサンドライドラゴン》の5枚を回収」

 

 そんな沢渡の視線を受けてか、これで準備は整ったと言うように龍姫はさも当然と言いたげな顔で手札を整えた。手札に加えられたカード達を見て、沢渡は『良し!』と内心で声を張り上げる。

 

「さぁ見てろよお前ら、これから橘田のいとも容易く行われるえげつないコンボ、『聖刻・インフィニティ・ジャッジメント』が出るぞ!」

「聖刻――」

「インフィニティ――」

「ジャッジメント?」

「…ほう、まだ奥の手を隠していたか」

「ぬぅ、一体どんな戦術なのだ…」

 

 声高らかに沢渡がコンボ名を宣言し、この場にいた各人が各々の反応を示す。取り巻き達3人はその謎のコンボ名に疑問の声をあげ、恭子は未だ見ぬ龍姫の戦術に期待し、権現坂は真剣な表情で龍姫を見る。なお、当の本人は表面上では涼しい顔をしているが、内心では真顔で『やめろ』と沢渡に侮蔑の視線を送っていた。

 

「……手札から《聖刻龍-アセトドラゴン》をリリースなしで召喚。このカードは上級モンスターだけど、攻撃力を1000にすることでリリースなしで召喚できる。さらにアセトドラゴンをリリースし、手札から《聖刻龍-ネフテドラゴン》を特殊召喚。このカードは場の『聖刻』モンスター1体をリリースすることで、手札から特殊召喚できる。そしてリリースされたアセトドラゴンのモンスター効果発動。リリースされたことにより、手札・デッキ・墓地からドラゴン族・通常モンスター1体を攻守0にして特殊召喚。私は墓地では通常モンスター扱いとなるデュアルモンスター、《龍王の聖刻印》を特殊召喚する」

 

 だがコンボ名を言われたところでやることは何も変わらず、龍姫は淡々と場を整える。まずは邪魔なカードの一層からか、と恭子のセットカードに視線を移す。

 

「《超合魔獣ラプテノス》のモンスター効果。このカードが表側表示である限り、私の場のデュアルモンスターは再度召喚された状態――つまり、効果を発動できる。私は《龍王の聖刻印》のモンスター効果発動。自身をリリースすることで、手札・デッキ・墓地から《龍王の聖刻印》以外の『聖刻』モンスター1体を守備表示で特殊召喚する。私はデッキから2体目の《聖刻龍-シユウドラゴン》を特殊召喚」

「…モンスター破壊効果持ちと魔法・罠破壊効果持ちが揃ったか……」

 

 何度か龍姫のデュエル映像を観た恭子は静かに龍姫の状況を分析する。場に除去効果持ちが2体揃い手札も全てが『聖刻』モンスターとはいえ、この状況では精々場と手札のシユウドラゴンの効果で魔法・罠カードを2枚破壊し、場のネフテドラゴンの効果で《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》を破壊する程度で終わるだろうと予想した。その程度であれば自分の場は崩れない、むしろ《サイバー・ネットワーク》のさらなる効果でよりモンスターを展開できると内心で愉悦に浸る。

 

「まずは《聖刻龍-シユウドラゴン》の効果。場・手札の『聖刻』モンスター1体をリリースすることで、相手の魔法・罠カード1枚を破壊する。私は手札の《聖刻龍-トフェニドラゴン》をリリースし、そのセットカードを破壊」

「残念だったな橘田、対象となった罠カード《無謀な欲張り》を発動する! 私はデッキからカードを2枚ドローし、ドローフェイズを2回スキップする!」

 

 『あぁ…』と本日何度目になるかわからない取り巻き達の落胆の声があがった。あんなデメリットが付いたドローカードを使ったということは、次のターンで確実に仕留めるという殺意しか見えない。この状況で無駄にモンスターをリリースすることになるなんて、とより一層敗北ムードが取り巻き達の中で漂いかけた――

 

「リリースされた《聖刻龍-トフェニドラゴン》のモンスター効果発動。墓地のデュアルモンスター、《龍王の聖刻印》を特殊召喚する。そして《超合魔獣ラプテノス》が居ることにより《龍王の聖刻印》のモンスター効果発動。自身をリリースし、デッキから3枚目の《聖刻龍-シユウドラゴン》を守備表示で特殊召喚する」

「……ん?」

 

 ――が、ここでふと違和感を覚える。いつもなら『聖刻』モンスターの適当なドラゴン族・通常モンスターを出してシンクロやエクシーズに繋げるハズだが、何故未だに『聖刻』モンスターが場にいるのか。

 

「後から特殊召喚した《聖刻龍-シユウドラゴン》のモンスター効果発動。最初に特殊召喚した《聖刻龍-シユウドラゴン》をリリースし、永続罠《サイバー・ネットワーク》を破壊する」

「構わん。だが、破壊された《サイバー・ネットワーク》の効果を発動させてもらうぞ! このカードが墓地に送られた時、私の場の魔法・罠カードを全て破壊し、ゲームから除外された私の機械族・光属性モンスターを可能な限り特殊召喚する! 帰還せよ、《サイバー・ドラゴン・コア》2体と《サイバー・ドラゴン・ドライ》!」

 

 恭子の場に自身の効果や《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》、《サイバー・ネットワーク》の効果で除外された機光竜達が一斉にフィールドを埋め尽くす。先程までであれば沢渡の取り巻き達は『ヤバいッスよ橘田さん!』とでも声を荒げていたのだろうが、不思議とその声は出ない。

 

「リリースされた《聖刻龍-シユウドラゴン》のモンスター効果を発動。墓地のデュアルモンスター、《龍王の聖刻印》を特殊召喚する。そして《超合魔獣ラプテノス》が居ることにより《龍王の聖刻印》のモンスター効果発動。自身をリリースし、デッキから2枚目の《聖刻龍-ネフテドラゴン》を守備表示で特殊召喚する」

「あれ?」

 

 『まただ』と再び違和感が取り巻き達を襲い、同時に権現坂も同じような違和を感じた。『何故モンスターが尽きないのか?』、あの手のモンスター効果ならば普通はコストでリリースされたら場か手札のカードの数が減るハズだが、龍姫の場のモンスターは5体のままで、手札も2枚から全く動かない。

 

「1体目の《聖刻龍-ネフテドラゴン》のモンスター効果発動。場の《聖刻龍-シユウドラゴン》をリリースし、破壊耐性のない《サイバー・ドラゴン・ドライ》を破壊する」

「構わ――ん?」

「リリースされた《聖刻龍-シユウドラゴン》のモンスター効果発動。墓地のデュアルモンスター、《龍王の聖刻印》を特殊召喚する。そして《超合魔獣ラプテノス》が居ることにより《龍王の聖刻印》のモンスター効果発動。自身をリリースし、墓地から《聖刻龍-シユウドラゴン》を守備表示で特殊召喚する」

 

 ここでやっとデュエルの当事者たる恭子も違和感を覚えた。一体いつシンクロ・エクシーズ召喚に繋げるのかと待っていたが、このままではただ自分の場のカードが破壊されていくだけなのではと冷や汗が頬を伝う。

 

「2体目の《聖刻龍-ネフテドラゴン》のモンスター効果発動。場の1体目の《聖刻龍-ネフテドラゴン》をリリースし、1体目の《サイバー・ドラゴン・コア》を破壊する」

「あ、あぁ……」

「リリースされた《聖刻龍-ネフテドラゴン》のモンスター効果発動。墓地のデュアルモンスター、《龍王の聖刻印》を特殊召喚する。そして《超合魔獣ラプテノス》が居ることにより《龍王の聖刻印》のモンスター効果発動。自身をリリースし、墓地から《聖刻龍-ネフテドラゴン》を守備表示で特殊召喚する」

 

 おかしい、先ほどから魔法・罠カードとモンスターカードを破壊しているのに、聞こえてくる言葉はほぼ同じようなものばかり。このような状況に陥ったことのない恭子はただ力なく龍姫のカード効果の処理に了承し、困惑した表情でカードを墓地へ送る。

 

「後から特殊召喚した聖刻龍-ネフテドラゴン》のモンスター効果発動。場の効果を発動した《聖刻龍-ネフテドラゴン》をリリースし、2体目の《サイバー・ドラゴン・コア》を破壊する。リリースされた《聖刻龍-ネフテドラゴン》のモンスター効果発動。墓地のデュアルモンスター、《龍王の聖刻印》を特殊召喚する。そして《超合魔獣ラプテノス》が居ることにより《龍王の聖刻印》のモンスター効果発動。自身をリリースし、墓地から《聖刻龍-ネフテドラゴン》を守備表示で特殊召喚する」

「――っ、まさかこれは…!」

「ふ、今頃気付いたかよ」

 

 自身の場のモンスターが《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》と破壊耐性を持つ《サイバー・ドラゴン・ドライ》になったところで恭子は大きく目を見開き、自分が抱いていた違和感の正体に気付いた。その様子を見て沢渡はこれ以上ないほどに満足げな表情を浮かべ、ゆっくりとその場で立ち上がる。

 

「このコンボはシユウドラゴン、ネフテドラゴンの効果で相手のカードを除去し、墓地に《龍王の聖刻印》、場に《超合魔獣ラプテノス》が存在することで発生する。これが橘田の相手の場のカードを全て破壊するまで止まらない、いとも容易く行われるえげつない最凶最悪の無限ループコンボ。その名も――『聖刻・インフィニティ・ジャッジメント』だ!」

 

 ビシィ! と、沢渡は右手人差し指を真っ直ぐ恭子の方へ向けてそう言い放つ。相手でないにも関わらず、妙に勝ち誇ったその表情は常人からすれば不愉快でしかないが、今の恭子や権現坂にとってそんなことは些細なこと。

 

「す、すげぇ……すげぇぜ橘田さん!」

「俺、無限ループなんて実戦で初めて見たよ!」

「『聖刻・インフィニティ・ジャッジメント』最強だぜー!」

 

 2人共今は沢渡の取り巻き達と同じように、実戦で、なおかつこれ程有効な戦術を生み出した龍姫に畏怖と尊敬の念を感じざるを得ないのだ。デュエルモンスターズの仕様上で確かに無限ループを発生させるアルゴリズムもあるが、そのほとんどは公式試合や実戦に向いたものではない。だがそれをいとも容易く――という言い方では語弊があるが、少なくとも場に《超合魔獣ラプテノス》、墓地に《龍王の聖刻印》と手札に展開できる『聖刻』モンスターが2体以上存在することで発生するこのコンボは凶悪極まりないものだ。

 昨日、沢渡も初手で龍姫に手札融合からの『聖刻』モンスターの展開を許し、伏せていた魔法・罠カードを全て破壊することで対策を潰され、壁となるモンスターも全て破壊された挙句、ガラ空きになったところで《超合魔獣ラプテノス》と《星態龍》の直接攻撃で1ショットkillされた。その身に体感したからこそ分かる、このコンボの凶悪さ。見る見る内に自分の場のカードが1枚、また1枚と破壊されていく様はまるで処刑台の階段に昇るようだと錯覚するほど。このコンボを受けて無事では済むまいと、下卑な笑みで沢渡は恭子の方を見る。

 

「後から特殊召喚した聖刻龍-ネフテドラゴン》のモンスター効果発動。場の効果を発動した《聖刻龍-ネフテドラゴン》をリリースし、《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》を破壊する」

「――っ、《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》の最後のモンスター効果を発動! このカードが相手のカード効果で墓地に送られた場合、エクストラデッキから機械族の融合モンスター1体を特殊召喚する! 現れよ! 《重装機甲 パンツァードラゴン》!」

 

 しかし、当の恭子はこの残虐なコンボを食らっているにも関わらず、闘志が衰えている様子は見られない。苦悶の表情を浮かべているものの勝負自体を諦めるような顔ではなく、必死に耐え忍んでいる。

 その恭子の忍耐に応えるように鉄屑と化した《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》の破片が集まり、竜を模した装甲車《重装機甲 パンツァードラゴン》を守備表示で場に呼び出す。ドラゴンの姿だったために龍姫が即座に反応しかけたが、機械族と理解するなり冷めた眼差しになる。

 

「《重装機甲 パンツァードラゴン》は破壊され墓地に送られた場合、場のカードを1枚破壊する効果を持っている! さぁ、こいつも破壊するか橘田!?」

「……リリースされた《聖刻龍-ネフテドラゴン》のモンスター効果発動。墓地のデュアルモンスター、《龍王の聖刻印》を特殊召喚する」

 

 相手のフィールドを『全て壊すんだ』はできなかったか、と龍姫は誰にも気付かれないような小さいため息を吐きながら次手を考え始めた。今の時点で自分の場には《竜姫神サフィラ》、《超合魔獣ラプテノス》、《聖刻龍-シユウドラゴン》、《聖刻龍-ネフテドラゴン》、《龍王の聖刻印》の5体のモンスター。セットカードは2枚で、手札は《聖刻龍-シユウドラゴン》と《神龍の聖刻印》の2枚。ライフポイントは僅か50しかないものの、セットしたカードがあれば戦闘ダメージは受けないだろうと思案する。

 対して恭子の場にはこのターンの破壊耐性を持つ《サイバー・ドラゴン・ドライ》と、被破壊で墓地に送られた場合に除去カードと化す《重装機甲 パンツァードラゴン》の2体。手札は2枚と少なく、さらに次ターン以降は《無謀な欲張り》の効果でドローフェイズはスキップされる。

あの限られた2枚の手札で次ターンに恭子がどう動いてくるのか不安を感じる龍姫。だがこのターンで勝てないと理解している以上、今の自分にできることは限られている。ならばせめて回収したカードの発動条件を満たせる場には整えておこうと、自分の考えをプレイングに移す。

 

「……私はレベル6の《聖刻龍-シユウドラゴン》と《龍王の聖刻印》でオーバーレイ。2体のドラゴン族モンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築――聖なる印を刻む龍の王よ、その力を振るい新たな龍を呼びださん! エクシーズ召喚! 顕現せよ、ランク6! 《聖刻龍王-アトゥムス》!」

 

 沢渡とその取り巻き達がよく見る龍姫お馴染みの龍王がフィールドに現れる。その姿を見るなり、沢渡は龍姫の狙いを一瞬で把握した。

 

(なるほどな。確かあいつのエクストラデッキには《迅雷の騎士 ガイアドラグーン》が居たな。あのカードはランク5・6のエクシーズモンスターの上に重ねることでもエクシーズ召喚できるとか言う訳の分からない召喚ルール効果を持っていたが、それとは別に貫通効果を持っていたハズだ。あのモンスターで守備表示の《サイバー・ドラゴン・ドライ》を攻撃すれば、例え破壊は免れてもダメージは避けられない。今まで魔法・罠カード、モンスターを徹底的に破壊していたのは安全に攻撃できる状況にし、《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》を残していたら攻撃力を上げる効果をダメージステップで使われて的が避けられる――全ては、この攻撃を通すための布石。ふふん、俺も段々わかってきたじゃねぇの)

 

 自身の龍姫とのデュエル経験から導き出される沢渡の答えに間違いはない。事実、800しか守備力のない《サイバー・ドラゴン・ドライ》を攻撃力2600で貫通効果持ちの《迅雷の騎士 ガイアドラグーン》で攻撃すれば、その超過ダメージだけで龍姫は勝利する。沢渡命名の『聖刻・インフィニティ・ジャッジメント』により恭子の場には魔法・罠カード類はおろか、唯一の逃げ道であった《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》さえも除去され、攻撃を防ぐ、ないしは戦闘ダメージを0にするカードはフィールド上に見受けられない。このまま龍姫が攻撃宣言をして相手のライフポイントは0、めでたくゲームセットかと沢渡は思い込んだ。

 

「オーバーレイ・ユニットを1つ取り除き、《聖刻龍王-アトゥムス》のモンスター効果発動。デッキからドラゴン族モンスター1体を攻守0にして特殊召喚する。私はデッキから《ラブラドライドラゴン》を特殊召喚」

「――ん?」

「私はレベル5の《聖刻龍-ネフテドラゴン》にレベル6のチューナーモンスター《ラブラドライドラゴン》をチューニング――集いし星が新たな煌めきを呼び起こす! 天駆ける輝きを照らせ! シンクロ召喚! 光誕せよ、レベル11! 《星態龍》!」

 

 しかしその沢渡の予想とは裏腹に、フィールドに龍姫の最強シンクロドラゴン《星態龍》が姿を現す。何故ここで《星態龍》を出すのかと沢渡は怪訝に思ったが、どうせ目一杯ドラゴンを召喚したいだけだろうと決め付ける。普段はスタンディングデュエルが多いが、不思議と龍姫はアクションデュエルになると余計にドラゴン族モンスターを召喚していることが多い。また余計な召喚をしやがって、と沢渡は龍姫の方を呆れるように見る。相手の場にセットカードがないから良いものの、もしも《激流葬》などの演出が派手なモンスター除去効果に引っ掛かったらどうするつもりだと目で訴えようとした――

 

「……このままエンドフェイズ。このターン、私は《光の召集》の効果で手札から光属性モンスターの《エレキテルドラゴン》を墓地に捨てた。光属性モンスターが手札・デッキから墓地に送られたことにより《竜姫神サフィラ》のモンスター効果を発動する。私は――」

「――って、うぇええええぇっ!?」

「ど、どうしたんですか沢渡さん!?」

 

 ――が、その前に龍姫の突然のエンドフェイズ宣言に沢渡が観客席から身を乗り出し、驚愕の表情で声を張り上げた。その奇行に沢渡の取り巻き達3人は体が跳ね、慌てた様子で沢渡に近寄る。しかしそんな取り巻き達に目も配らず、怒りの形相で龍姫を睨む。

 

「橘田ァ! 何でお前――」

「口を挟まないで沢渡。今は公式戦のデュエルをしている」

「おまっ…!」

「ふむ、橘田の言う通りだ。そこの…さわ、沢蟹(さわかに)君とやら、今は公式戦の真っ最中。デュエルの進行に影響を及ぼす発言は控えてくれ」

沢渡(さわたり)だ! あぁ、もうどいつもこいつも…!」

「さ、沢渡さん――あ、ほら『スイートミルク・アップルベリーパイ とろけるハニー添え』がありますから、これを食べて落ち着いて下さい」

「えぇい…!」

 

 文句の1つや2つを言いたいところだったが、デュエルをしている当事者2人にそう言われて沢渡は自然と言葉が引っ込んでしまう。そして隣に居た山部が差し出した『スイートミルク・アップルベリーパイ とろけるハニー添え』を乱暴に掴み取り、自棄になって口に押し込む。もしゃもしゃとハムスターのように頬張るが、乱雑に口の中に入れた所為か、途中でノドを詰まらせる。ゲホッゴホッと咳き込む沢渡に取り巻き達はすぐに反応し、飲み物を差し出した。それを再度慌ててノドへ流し込むと、そこでまた咳き込む。途中、『なんなのだ、あ奴は…』と権現坂が不思議そうな目で沢渡らを見るが、沢渡が黙っているこの間にやることを済ませようと龍姫はデュエルに戻った。

 

「《竜姫神サフィラ》のモンスター効果発動。今回は’’相手の手札をランダムに1枚選んで墓地へ捨てる’’効果を選択する」

「ふむ、良い判断だ。ドローフェイズがスキップされた私の手札を削ぐことも立派な戦術だからな」

「……これで私はターンエンド…」

 

 《竜姫神サフィラ》は手を恭子の方へ向けると、その掌から光球が放たれる。それが恭子の2枚あった手札の内の1枚に当たり、墓地へ捨てるカードを示す。恭子は特に顔を顰めるようなことはなくそのカードを墓地へ捨てた。

 その様子を見て龍姫は内心で珍しいと感じる。大半のデュエリストならば手札破壊(ハンデス)戦術を忌み嫌うものだ。自分であれば『やめろ…やめてくれぇ…! これ以上私に絶望を与えようと言うのか…!』と某絶望の番人の如く酷く嫌っているが、手札破壊を特に非難することなく素直に受け入れる恭子はデュエリストとして器が大きいと思った。

 同時にチラリと墓地へ捨てられたカードに目を移す。恭子の手札から墓地へ捨てられたカードは3枚目の《サイバー・ドラゴン》。フィールドの《サイバー・ドラゴン・ドライ》だけでなく、さり気なく次の自分ターン用に《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》の発動コストを確保していたとは姑息な手を、と心の中で苦笑する。

 

「私のターン!」

 

 そう龍姫が思っている中、ターンが恭子へ移る。たった1枚の手札ではできることはほとんどないだろうと龍姫は少なからず確信していた。前のターンに手札補充したとはいえ、そうそう都合よく逆転の切り札を引けるとは到底思えない。また恭子が融合を主として扱う以上、融合召喚には例外を除いて融合を可能とする魔法カードと素材となる2体以上のモンスターが必要であり、今の恭子にモンスターは《サイバー・ドラゴン・ドライ》と《重装機甲 パンツァードラゴン》しか居ないのだ。この2体で召喚される融合モンスターは限られるだろうし、そのモンスターを出せるとも思えない。

 さらに今の自分の場には《竜姫神サフィラ》、《超合魔獣ラプテノス》、《聖刻龍王-アトゥムス》、《星態龍》の4体のモンスター、それに加え2枚のリバースカードがある。自身のライフは50しかないが、この状況を打破できるとは思えず一体ここからどうするのかと龍姫は比較的気楽に考えていた。

 

「私は魔法カード《オーバーロード・フュージョン》を発動! 自分フィールド・墓地から融合素材となるモンスターをゲームから除外し、機械族・闇属性の融合モンスター1体を融合召喚する!」

 

 しかし、恭子が発動した魔法カードを見るなり内心で吹き出す。この状況でそのカードを出すなんて、どこのアカデミアの帝王だと怒鳴りたいほど。しかし、そんなことよりも《オーバーロード・フュージョン》を発動したということはこれから呼び出されるモンスターは1体しか龍姫の記憶に該当せず、恭子の墓地に何体の機械族モンスターが居たのかを慌てて思い出す。

 

「私はフィールドの《サイバー・ドラゴン・ドライ》と《重装機甲 パンツァードラゴン》――そして墓地に存在する《プロト・サイバー・ドラゴン》、《サイバー・ドラゴン・ツヴァイ》、《サイバー・ドラゴン》3体、《サイバー・ドラゴン・ドライ》、《サイバー・ドラゴン・コア》2体、《サイバー・ツイン・ドラゴン》、《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》、《超電磁タートル》の計13体の機械族モンスターを全てゲームから除外し、この13体を融合素材とする!」

「えぇっ!?」

「合計13体のモンスターで融合召喚!?」

 

 沢渡の取り巻き達も総合コースの塾生とは言え、それなりには融合召喚のことはわかっている。だが、その中で10体以上ものモンスターを素材とした融合召喚は見たことも聞いたこともない。

 

「闇に眠る機光竜達よ、今無数のマシンと共に1つとなりその暴威を振るえ! 融合召喚! 現れよ、数多の首を持つ最凶の機闇竜! 《キメラテック・オーバー・ドラゴン》!」

 

 恭子の頭上に今回のデュエルに登場した多くの『サイバー・ドラゴン』達が透けた姿で現れ、それが融合召喚の光の中に吸い込まれる。一瞬、暗礁色の鈍い輝きがフィールドに光り、フィールドの床を隆起させながら巨大な機械の球体が姿を現す。それは最初1本の首しか持たない不格好な機械の竜のように見えたが、胴体とも言うべき球体に空いた無数の穴から次々と新たな竜頭が首を出していく。2本、3本と増えていくそれは最終的には計13本もの数になり、その無機質な目で龍姫のドラゴン達を計るように見る。今までに召喚された『サイバー・ドラゴン』系列とはどこか違うそれは異質に感じられ、観客席に居る全員が思わず身震いするほど。表示されるべきである攻撃力も現在は『(不明)』を示し、より一層不気味さを際立たせていた。

 

「この《キメラテック・オーバー・ドラゴン》は私の裏のエース。普段はこの凶暴な姿故に滅多に出すことはないが、橘田相手にはこいつを出さねば私は全力を尽くしたデュエル――リスペクトデュエルになるとは思えん。こいつの力を以て、全身全霊で行かせてもらうぞ!」

 

 そんな恭子の熱い闘志に応えるかのように《キメラテック・オーバー・ドラゴン》が低い唸り声をあげる。次いで今まで『?』だった攻撃力に数値が表示され、800、1600、2400と800の倍数で段々と攻撃力が加算されていく。

 

「《キメラテック・オーバー・ドラゴン》は融合召喚に成功した時、このカード以外の私の場のカードを全て墓地に送る――まぁ、今はこのカード以外何もないから意味はないがな。そして、こいつの元々の攻撃力は融合素材にしたモンスターの数の800倍となる」

「融合素材のモンスターの800倍!?」

「ち、ちょっと待てよ……あれって13体も融合素材にしたよな?」

「13体の800倍って――!」

 

 異常な攻撃力もいい加減にしろ、と取り巻き達が叫ぼうとした瞬間、《キメラテック・オーバー・ドラゴン》の攻撃力が初期ライフの4000を早々に上回り、5000、6000と壊れた計器のように段々と攻撃力が上がっていく。一体どれほどの攻撃力になるのかと取り巻き達が困惑の表情を浮かべる中、恭子は静かに、それでいて力強く言い放つ。

 

「私と『サイバー・ドラゴン』の進化は4桁の数字で収まるつもりはない。13体の融合素材の800倍により、《キメラテック・オーバー・ドラゴン》の攻撃力は10400となる」

「「「い、10400!?」」」

 

 そんな馬鹿げた攻撃力になるのかと取り巻き達の顔が驚愕の色に染まる。10400もあったら2.5人分のライフポイントが消し飛ぶ数値。いくら何でもやり過ぎなのではないかと、渇いた笑みさえ出てくる。

 

「――あっ! でもさっき橘田さんは罠カード《光子化》を回収した!」

「そういえばそうだ! あれがあればいくら攻撃力が高かろうが、攻撃を止めちまえば何の問題もねぇ!」

「攻撃力に走ったプレイングミスだぜ!」

「それも問題ない。《キメラテック・オーバー・ドラゴン》は融合素材にしたモンスターの数だけ相手モンスターに攻撃できる効果も持っている。例え1度攻撃を止められようが、また攻撃すれば良い」

「「「橘田さん! マジヤバ過ぎッスよ!」」」

 

 まさか総合コースの首席がここまで危機的な状況に晒されるとは、取り巻き達全員が予想だにしなかった。このままで相手モンスターの攻撃によって4回連続攻撃を受け、残りライフ50しかない龍姫のライフは7回分のライフを失うに等しい。ここまでなのか、と取り巻き達が絶望する中で恭子の口は開く。

 

「さぁ、バトルだ! 私は《キメラテック・オーバー・ドラゴン》で橘田のモンスター4体に攻撃する!」

「――っ、罠発動!」

「《光子化》は無駄だぞ橘田! さぁ、食らうが良い! エヴォリューション・レザルト・バースト――4連打ァッ!!」

 

 恭子の攻撃命令が下され、《キメラテック・オーバー・ドラゴン》の中央の首と左右下の首がゆっくりと鶴のように伸び、各々の口が大きく開かれる。口内には破壊の光、とでも言うべきレーザーが充填されていく。そして龍姫の4体のドラゴンにしっかりと狙いを定め、4本のレーザーが一斉に襲雷する。それらは真っ直ぐに伸び、4体のドラゴンに着弾。巨大な爆発を起こし、爆風にフィールドが包まれる。フィールド内には黒煙が立ち上り、4体のドラゴンはおろか龍姫の無事さえ確認できない。『あぁ…』と取り巻き達の力ない声が響く中、今まで不動の姿勢で観戦していた権現坂が立ち上がり、フィールド内の様子を確認しようと息を凝らすようにじっと見る。だが黒煙は中々晴れず、じれったくなった権現坂はつい声をあげた。

 

「やったか!?」

 

 思わず、口から出た言葉。現在、姿を視認できる者にこの問いに答えられる者はいないため、ほんの僅かな沈黙が流れる。

 

「……それはどうかな?」

「――っ、何!?」

 

 一拍置き、権現坂の問いに答えるように段々と薄れていく黒煙の中から冷たく、静かな声がフィールドに響いた。その声に反論する如く恭子が声を荒げると、晴れた黒煙の中から龍姫が姿を見せる。瞬間、沢渡の取り巻き達がわぁと喜び出し、冷や汗をかきながら見ていた沢渡はふぅ、と安堵の息を溢す。

 すっかりと晴れたフィールドに龍姫は無傷のまま凛々しく立ち、同じように4体のドラゴン達も1体も欠けることなく場に姿を留めている。そんな状況を目にし、恭子は半ば動揺の色を見せながら龍姫とそのドラゴン達を睨む。

 

「くっ…! 何故橘田はおろか、4体のモンスターも無傷なのだ…!?」

「……私は《キメラテック・オーバー・ドラゴン》の攻撃宣言時に《光子化》ではなく、このカードを発動した――」

 

 恭子の疑問への返答として、龍姫の場で裏側になっていた罠カードが表側になる。《光子化》とばかり思っていたそのカードを目にし、恭子は気付くように目を大きく見開いた。

 

「――この《ブレイクスルー・スキル》を」

 

 瞬間、恭子は全てを察する。最初にもったいぶって《光子化》を発動させたことによりその存在を印象付けさせ、《サイバー・ツイン・ドラゴン》か《キメラテック・オーバー・ドラゴン》でないと突破できないこの布陣にしたことは、全てはこの瞬間のため。

《キメラテック・オーバー・ドラゴン》を滅多に出さなかったとは言え、恭子の公式デュエル記録には少なからずその存在は確認できる。龍姫は自分が必ず《キメラテック・オーバー・ドラゴン》を出すと考え、今まで温存していた《ブレイクスルー・スキル》をここで発動したのだ。

恭子自身も龍姫が《迅雷の騎士 ガイアドラグーン》で貫通ダメージを与えようとしたところで、《ワン・フォー・ワン》の発動コストとして捨てた《超電磁タートル》の効果を使いバトルフェイズを強制終了させ、《光子化》に対応しない風属性故に攻撃を誘ったものの、それすらも見越して前のターンで攻撃しなかったのだろう。

 思えば今回のデュエルで龍姫は常に《蒼眼の銀龍》の背に乗っていた。あれはあくまでもアクションカードを探すためではなく、上からこちらのプレイングの一々を細かに確認するためだったとも取れる。

 全て――今回のデュエルで全てが龍姫の方が上だったと恭子は認めた。駆け引き、展開力、魔法・罠カードの適宜使用。

 

「……なるほど、今回は私の負けだ」

 

 しかしそんな中で恭子の表情はどこか晴れやかだ。恭子自身、ここ最近はそのほとんどが融合召喚による1ターンkillによる勝利が多く、どこか満足のできないデュエルばかりだった。それを今回のようにギリギリまで互いに魔法・罠カードを引き付け、その身で体感した互いに全力を尽くすデュエル――リスペクトデュエルは中々経験できない。どんな勝利よりも気持ちの良い、敗北。

 

「《ブレイクスルー・スキル》の効果により、《キメラテック・オーバー・ドラゴン》は自身の効果で攻撃力を800倍にする効果が無効となり、その攻撃力は0となる。藤島――攻撃宣言した以上、その反射ダメージを受けてもらう」

「あぁ――」

 

 《キメラテック・オーバー・ドラゴン》の13本の首全てが力なく垂れ、先ほどまでの威圧感が嘘のように感じる。そんな機械竜に攻撃宣言された龍姫の4体のドラゴンが一斉に反撃の光を放つ。既に力を失くした《キメラテック・オーバー・ドラゴン》にこれを止める術はない。ドラゴンの逆鱗が《キメラテック・オーバー・ドラゴン》を襲い、紛い物の竜をただの鉄屑へと変える。同時に恭子のライフポントが0を告げ、試合終了のブザーが鳴り響いた。

 

「――良いデュエルだった。満足させてもらったぞ、橘田」

 

 

 

――――――――

 

 

 

「「「橘田さん、流石ッスよ!」」」

 

 デュエルが終わり、アクションフィールドから沢渡達のところへ戻った途端、取り巻き達が口を開くや否や絶賛の声が揃えられる。龍姫本人としては『いや、残りライフ50まで削られたんだから流石って内容でもないと思うんだけど』と言いたいところだが、先の攻防で体力的にも精神的にも疲弊し、3人に言葉を返すことなく無言で横を通り過ぎた。

 ふぅと疲労を口から吐き、観客席の1つに腰を落とす。アクションデュエルで龍姫自身ほとんど運動(アクション)していなかったようにも見えるが、実際ドラゴンの背に乗ることは存外体力を使う。落とされないようバランスに気を遣ったり、体温を確かめたり、鱗の感触を確かめたりなど。かなりの体力を浪費したものの、本人は《蒼眼の銀龍》の背に乗り『フハハハー! すごいぞー! カッコイイぞー!』と某伝説の白龍使いごっこを満喫できたので、内心では非常に満足している。

 

「中々やるじゃねぇの」

「……沢渡…」

「ま、昨日この俺が調整に付き合ってやったんだ。これぐらいやってもらわなきゃ困るぜ」

「……その点については感謝する。ありがとう」

 

 そんな状態の龍姫にいつの間にか眼前に立っていた沢渡が声をかける。デュエルの途中途中で冷静だったり荒げたり自慢げな顔をしたりと、百面相を繰り広げていた沢渡を思い出し、心の内でつい苦笑する。

 

「で、何でさっきの場面で守備表示の《サイバー・ドラゴン・ドライ》を相手に《迅雷の騎士 ガイアドラグーン》を出して攻撃しなかったんだ?」

「それは――」

「待て橘田。それは私の方から彼に説明しよう」

「はぁ?」

「先ず当時の状況だが――」

 

 そういえば《聖刻龍王-アトゥムス》を出した辺りで騒いでいたなぁ、と龍姫が思っていたところで沢渡の背後から恭子が口を開く。沢渡が後ろを向いた途端、恭子は先ほどのデュエルで使用したカード、ないしはこっそり落としていた《超電磁タートル》を見せながら沢渡に解説する。初めは『負けた奴が偉そうに』と思っていたものの、いざ聞いてみると龍姫よりも幾分か饒舌であり、説明もそれなりにわかりやすく、いつの間にか沢渡は食い入るように恭子の言葉に耳を傾けていた。

 あの様子なら自分が話に混ざらなくとも大丈夫だろうと龍姫が決め付けると、体を伸ばすようにぐっと体を大きくのけ反らせる。今回のデュエルは最初の登山の件も含め、本当に疲れたなぁと休息を取っていると、ふと顔に影が掛かった。『雨雲かな? 山の天気は変わり易いし』などと考えながら顔を上げた途端、権現坂の顔が目に映る。

 

「……何か用?」

「――この男 権現坂、貴殿を1人のデュエリストとしてお頼み申す!」

 

 直後、龍姫は上げていた顔が自然と下へ向く。直立不動だった権現坂が急に膝を屈し、両手と額を地に付け、龍姫に頭を垂れる。突然の行動に龍姫は目を丸くし何度か瞬きをした後、土下座している権現坂に対してキョトンとなった。

 

「……何?」

「どうか……この俺に橘田の技を教授して欲しい…!」

 

 請い願う、その切実な声色は本気そのもの。この態度や行動からその覚悟が生半可なものではないことが分かる。

 龍姫は半ば呆然となっていた顔を先のデュエル時と同じように引き締め、真剣な眼差しで権現坂の方へと顔を向け、口を開いた。

 

「――断わる」

 




主人公が使うような戦術じゃない(断言)
でもラプテノスって、ドラゴン縛りでも出せるんですよね。それに今回の話でやったように《龍王の聖刻印》なら除外融合でも《復活の聖刻印》の効果で墓地に戻せて便利ですし(リアルのエクストラデッキからラプテノスを外し、赤き龍を入れながら)

そしてアクション要素薄くて申し訳ないです。おのれ…今度のアクションデュエルはもっとアクションさせねば。
でも次回はスタンディングデュエル。アニメの遊矢の公式戦の間みたいに1つ休憩(スタンディング)を挟ませて頂きます。


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8話:《エクシーズ・バースト》(これほどの屈辱を味わったのは初めてだ…!)

久々更新。このデュエル構成を考えてから4ヶ月近く経ち、その間に新規カードが出て泣きそうになりました。新規さんは次の機会で。

あと最近のARC-Vが楽し過ぎて最高のsatisfaction状態。やっぱりライディングデュエルはスピード感や駆け引きがより強調されてて面白いです。

小ネタ(龍姫INランサーズ)
零児「……橘田、何故それらのカードをデッキに入れている」
龍姫「《ランサー・ドラゴニュート》、《スピア・ドラゴン》、《ランス・リンドブルム》――ランサーズに入っている以上、槍は必須かと」


 

「――断わる」

 

 静かに。だがはっきりと、龍姫は地に額を付け土下座している権現坂にそう言い切った。その言葉が耳に届いた瞬間、権現坂は唇を噛み締める。厚かましい頼みであることは自覚していたが、同じクラスの人間というよしみで引き受けてくれるのではないかと僅かな希望も抱いていた。

 

 今日龍姫と偶然出会い、その流れで龍姫と恭子の公式戦を観戦し、権現坂は自身に足りないものを自覚する。それは己の’’不動のデュエル’’を貫いた上で、恭子のように進化を求める貪欲さ。

力を求めることは決して悪くない。ただその中で権現坂自身は道場の教えに反するようなことは嫌悪していたのだが、今回の龍姫と恭子の公式戦を観てその考えが変わった。道場や塾の理念を遵守しつつ、時代に取り残されぬように進化を取り入れる――その結果が先のデュエルだ。互いに全力を尽くし、当事者同士はもちろんのこと観客席に居た自分達も熱く奮い立つ、最終的に互いを称え合う見事なデュエルだったと言えるだろう。『自分もその域に達したい』――その一心で権現坂は恥も外聞も捨て、儀式・融合・シンクロ・エクシーズ召喚を巧みに使いこなす龍姫に地に頭を擦り付けてまで請った。

 

しかしそんな権現坂の頼みは無情にも拒否される。龍姫の返答に対して憤ることなく、権現坂は下げていた頭を上げ、哀愁を漂わせる顔でゆっくりと立ち上がった。元よりすんなりと通るとは思っていなかったが、無理もない。いくら同級生と言えど所詮そこまでの仲であり、元々権現坂自身と龍姫はそれほど親密な関係ではなく、龍姫には権現坂の頼みを『はい、良いですよ』と請け負うほど親しくもなければ義理もないのだ。

 

「……そうか、突然すまなかったな…」

 

 普段の堂々とした振る舞いからは考えつかないほど、酷く弱った声色で権現坂は龍姫にそう返す。希望()が見えたと思ったが、これでまた振り出しに戻るのかと心の中で深くため息を吐いた。

 

「構わない。私が(・ ・)教えられないだけだから」

「……ん?」

 

 ふと、龍姫の含みのある言い方に権現坂の首が傾げる。『私が』とはどういうことだと疑問の声を発しようとした時、それより先に龍姫の口が開く。

 

「代わりと言っては何だけど、シンクロだけで良かったら刃に権現坂を指導してくれるよう頼んでみる」

「なぬっ!?」

「私は明日もう1つ公式戦がある。デッキ調整に時間を割きたいから時間がないけど、既にジュニアユースの出場権を持っている刃なら時間的にも人格的にも権現坂に指導できると思う。それに刃自身、権現坂のことは評価していた――きっと刃なら権現坂の力になってくれると思う」

 

 龍姫の言葉の1つ1つが耳に入る度に権現坂の涙腺が緩む。級友の間柄とは言え赤の他人、それどころか他塾という敵である自分に便宜を図ってくれる龍姫の懐の深さはもちろんのこと、以前相対した刀堂刃が自分のことをそこまで高く評価してくれていたのかと、デュエリストとして誇らしい限りだ。いや、むしろ’’不動のデュエル’’が他人に認められたことが誇らしいと言った方が正しいかもしれない。昨今では融合はもちろん、シンクロやエクシーズが台頭して来た現環境で時代遅れと罵られても不思議ではない’’不動のデュエル’’が、様々な召喚方法を教授するLDSのジュニアユースがトップの1人に認められたのだ。権現坂道場の跡取りとしてこれほど嬉しいことはない。

 感極まった権現坂の緩んだ涙腺には溢れ出る涙を止める術はなく、まるで今日自身が行っていた滝行の如く涙が溢れる。

 

「すまぬ……何と礼を言ったら良いか…! 男、権現坂。この恩は一生忘れん!」

「そ、そこまでかしこまることはない…」

 

 普段はポーカーフェイスを貫いている龍姫でさえ、権現坂のむさ苦しい男泣きに少しばかり顔を引きつらせる。義理人情に厚い人物であることは同じクラス故に知っていたが、まさかここまでとは思わなかった。内心で『きっと親友のカードが海に投げ捨てられたら真っ先に飛び込んで探すんだろうなぁ』と、某伝説のデュエリストの存在と被らせながら権現坂の方を見る。

 

「……とりあえず、明日は14:00頃にLDSの正門前で刃達と会うから、その時に権現坂も来てもらう形で構わない?」

「かたじけない…!」

 

 未だ涙が零れる権現坂に、龍姫は半ば言い聞かせるような声色で話す。当の権現坂は多少涙声であるが、しっかりと龍姫の言を聞き入れる。

 これで大丈夫かな、と龍姫は静かに安堵の息をゆっくりと吐き出す。できることであれば自分が権現坂にシンクロは当然として、融合・エクシーズ等のことも教えたかったが、生憎時間がないためにそれは叶わない。もしもフルモンで融合・シンクロ・エクシーズを使えたらどれだけ面白そうなデッキになるのだろうと考えながら、今まですっかり忘れていた沢渡とその取り巻き達の方へ視線を向ける。

 

「なるほど、ステータスが低くてもサポートカードがあれば充分に戦えるし、それに融合やエクシーズの素材になるって訳か」

「その通りだ。いくら低ステータスと言えど、その効果は侮れん。大事なことはデッキ構築の際に戦い方、フィニッシャーを明確にして必勝パターンを作ることで――」

 

 すると珍しく沢渡とその取り巻き達はやけに真剣な表情で恭子の小講義に耳を傾けていた。先日の榊遊矢や、襲撃犯(ユート)、自分とのデュエルにおける敗北が余程堪えたのか普段の慢心した表情は見られない。あのプライドの高い沢渡が珍しいと龍姫が思っていた最中、その視線に気付いたのか沢渡と恭子が首を少し動かして龍姫の方に顔を向ける。

 

「あぁ、すまんな橘田。少々おしゃべりが過ぎたようだ。あまり長居していては帰宅も遅くなるだろう」

「……私は構わない。けど、確かに時間的に少し厳しいのも事実」

 

 デュエルディスクのディスプレイに軽く目を通すと、既に時刻は18:00を過ぎていた。山登り、公式戦と時間を消費していたためにこんな時間になるのも無理はないだろう。だが、ここで沢渡の取り巻き達3人がハッと気付いたように顔が青くなる。門限でも破ってしまったのだろうかと龍姫が呑気に考えていると、山部が力ない声でポツリと呟いた。

 

「……俺ら、今からこの山を下るんスよね…」

 

 瞬間、沢渡と龍姫の顔が固まる。そう言えばそうだったと、龍姫は心の内で思い出したように慌てふためいた。一般的に登山と下山では、下山の方が難しいと聞く。何でも山を登っている人は転倒しそうになって場合、手を付けば怪我等は最小限に抑えられる。しかし逆に山を降りる際は転倒しそうになった場合、気軽に手を付ける場所がないため怪我はおろか大怪我、もしくはそれ以上の凄惨な結果になることも充分に有り得てしまう。夕暮れ時のこの時間から登った時以上に注意を払い、降りる場合は帰宅するまで一体どれだけの時間がかかるのだろうかと内心で龍姫と沢渡の顔が青ざめる。

 

「ん? 別に心配はいらんぞ。つい最近、裏手側にエレベーターを設置したからな」

「えっ」

「私の父――サイバー流道場の師範も高齢なのだ。若い時ほどの無茶はできない上、私も山を登る時に岩肌に(これ)が当たって邪魔になってな…」

 

 そう言って恭子は自身の豊満なそれに軽く手を置く。なるほど、確かにあれほどの脅威――もとい、胸囲ならば山登りは苦労するだろうと男子陣は納得した。次いで龍姫の貧相なそれに視線を移し、断崖絶壁と評しても何ら不思議ではないあれならば登山向きだと心の中で思う。だから自分達よりも早く登ることができたのだとそこでまた納得した。

 だがそれと同時に『山も登れぬデュエリストにサイバー流道場の門をくぐる資格なし!』という噂は一体何だったのかと、取り巻き達は自分達の徒労に涙を流す。そんな取り巻き達を見て、恭子は誇るように頷いた。

 

「ふむ、泣くほど嬉しいか。そうだろう、私もエレベーターができた当初は泣いて喜んだものだ」

 

 違う、そうじゃないと取り巻き達は反論したかったが、流れる涙がそれを邪魔してしまう。

 涙を流す取り巻き達の陰で龍姫は心の中で泣いていた。デュエルには勝った。内容も満足。だが、自分と恭子とでは絶対に覆らないであろうその圧倒的な戦力差(胸囲)に敗北感を感じる。くっ、と龍姫は誰にも気付かれぬよう首を斜め後ろ72度に回しながら小さく悪態をついた。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 下山し権現坂と沢渡、取り巻き3人達と別れた後、龍姫は足早に倉庫街の方へ歩を進めていた。通常ならば公式戦が終わった後はすぐにLDSへ向かいその結果を報告するのが塾生の義務だが、今回は登山で思ったよりも体力を消費したため、手早くメールで零児に連絡。その返信も『ご苦労。あとは明日に備えてくれ』と簡潔なもの。

メールの内容を確認した龍姫が取った行動は『じゃあ明日に備えて襲撃犯捜しをしている真澄達の誰かを捕まえてデュエルしよう』という謎の発想。血で血を洗うように、龍姫はデュエルでデュエルの疲れを取る――それほどのデュエルジャンキー、デュエルホリック、デュエルフリークだ。

 また、先日真澄としたデュエルも個人的には満足、もとい納得していないためその再戦もしたいと考えていた。あの時は北斗が単身で『トラックの荷台に隠れるのよ!』、『閉じ込められた!』、『罠か…』という不動性ソリティア理論の由来がわかる者ならば腹筋をクラッシュさせられる展開になり、止むを得ず2戦目以降はお預け。だったら今すぐ再戦して満足するしかないじゃないか、と龍姫は(ハーモニカを持っていないので)口笛で哀愁漂うメロディを口ずさみながら倉庫街へ向かった。

 

 以前ここでデュエルしたのだから、いつもの3人の内誰かは居るだろうと安易な考えで龍姫は倉庫街へ到着。丁度倉庫の路地から真澄の姿が見え、龍姫は安堵する。あとはこのままいつものように『おい、デュエルしろよ』と誘うだけだと、路地からひょっこりと身を乗り出した途端――

 

「早くあいつの居場所を教えなさい!」

 

 ――怒声をあげる真澄の姿が目に映った。一体何がどうなっているのかと龍姫は乗り出した身を引っ込め、状況を確認。

 目尻に涙を溜めた真澄が対面している柚子と素良の2人に敵意を向けている。以前の遊勝塾での1件について再び一悶着でもあったのかと龍姫が思っていると、真澄と同じように半ば怒り混じりの声で柚子が口を開く。

 

「だから知らないって言ってるでしょ!」

「なら、何で最初の事件の現場にあいつと一緒にいた!?」

 

 あぁ、そういうことかと龍姫はすぐに事の顛末を察した。

 おそらく真澄は襲撃犯捜しで再び倉庫街に来たところ、偶然柚子達と出会い襲撃犯の情報を聞き出そうとしたのだろう。だが当の柚子達はそんな情報を持っておらず、それを虚偽だと感じた真澄がヒートアップし口論に発展。いけない、このままではデュエル(物理)になってしまうのではないかと、龍姫は引っ込めた身を再度乗り出した――

 

「しらばっくれると言うのなら、デュエリストらしくデュエルで聞き出してあげ――って、龍姫!?」

「えっ、龍姫!?」

 

 ――が、その瞬間女子2人に発見された。普通にデュエルを始めようとしたところにタイミング悪く出てきてしまったと龍姫は【~した時、~できる】の任意効果ばりにタイミングが悪いと思いながらゆっくりと2人の間に歩を進める。

 

「……一体何があったの?」

「この子達が黒マスクの男の居場所を話さないのよ。特にそこの柊柚子は2回も顔を会わせているんだから、きっと何か知っているハズ」

「だから知らないってば! 私だって何がどうなっているのかわからないのよ!」

 

 あーでもない、こーでもないと女子2人の口論は激しさを増すばかり。それを冷ややかに見る龍姫と素良は互いに顔を見合わせ、小さくため息をつく。

 

「…本当に何も知らないの?」

「知らないよ。僕はその黒マスクの男が遊矢と似た顔ってことしか知らないし」

「……そう…」

 

 素知らぬ顔で龍姫はそう聞き流した。『実は昨日、遊矢と間違えて黒マスクの男とデュエルした』と本音を言いたいところではあったが、この場をこれ以上混沌と化したくないので普段の涼しい表情で流す。

 一方の素良も黒マスクの男にあまり興味はないのか、真澄と柚子の口論を半目で見ながらキャンディをただ舐めるだけ。『早くデュエルを始めてくれないかなぁ』と視線で彼女らに伝えるが、当然の如く素良の視線には気付かない。

 はぁ、と小さくため息をついた素良はふと隣に居る龍姫を見てあることに気付く。周囲にバレないように小悪魔な笑みを浮かべると、素良はぴょんっと可愛らしい擬音が付きそうな軽やかな足取りで龍姫の目の前へ。そして前回遊勝塾の塾長にやった時と同じように上目遣いで龍姫を見る。

 

「ねぇねぇ龍姫! 前回僕とデュエルできなかったからさ、今ここでやろうよ! 最近、僕ジュニアユースに出るために公式戦で5連勝したんだけど、相手が弱くて物足りないんだ」

「構わない。私もさっき公式戦をしたところだけど、気を張らないデュエルをしたいと思っていた」

「うんうん、龍姫はノリが良くていいね!」

「…デュエリストならデュエルを受けて当然」

 

 内心で『イヤッッッホォオオオォォウ! デゅ↑エルだぁ!』と歓喜している龍姫だが、それを決して表情に出さないよう手早くデュエルディスクを装着。素良と適度な距離を取り、デュエルの準備を始める。さぁ、あとは初期手札をドローするだけというところまで来た時――

 

「…………」

「…………」

 

 ――先ほどまで《真炎の爆発》の如くヒートアップしていた真澄と柚子の口論が、いつの間にか《戦火の残滓》の如く静まり返っていた。そして無言のまま龍姫と素良の2人を睨んでいる。何か(しゃく)に障るようなことでもしただろうかと龍姫と素良が同時に顔を見合わせ、同時に小首を傾げたところで女子2人が同時にため息を吐く。

 

「まぁ、置いてけぼりにしていた以上、龍姫ならこうするわね…」

「もう…本当は私がデュエルしたかったんだけど、そこまで準備しちゃった以上、今回は見学の方に我慢するわ」

「なぁんだ、2人ともわかってるじゃん。じゃ、柚子は改めて師匠の僕の融合召喚を見て勉強してね――」

 

 舐め終えたキャンディの棒を文字通り吐き捨て、素良は懐から新しいキャンディを取り出し、再度それを口に含む。ニコニコと以前遊勝塾で出会った時と同じ可愛らしい笑みを見て、龍姫がのほほんとしている中――

 

「――今回はちょっと本気出すから」

 

 ――一瞬、素良の目が悪魔の爪の如く鋭くなる。

 そんな素良の様子に龍姫は気付く――ハズもなく、黙々と初期手札をドロー。『さぁ、ワクワクするデュエルを始めよう!』と内心で浮かれる龍姫。

 無論、外見上ではいつもの冷徹な表情であり、その龍姫の顔を見て素良は妖しい笑みを浮かべる。’’彼女相手になら、多少は本気を出しても構わないだろう’’――長らくぬるま湯に浸かっていた自分を叩き起こすには最適な相手を前に、素良は期待の眼差しを向けながらデッキからカードを5枚ドロー。

共に準備を整え、しっかりと相手を見据える。そして丁度埠頭の方から船の汽笛が鳴り、それを合図に2人は揃って口を開いた。

 

「デュエル!」

「デュエル」

 

 

 

――――――――

 

 

 

「僕の先攻からやらせてもらうよ! 僕は手札から《ファーニマル・オウル》を召喚! このカードが手札から召喚・特殊召喚に成功した時、デッキから《融合》を手札に加える!」

「……融合デッキ…」

 

 素良の場にファンシーな姿のフクロウ《ファーニマル・オウル》が現れ、そのモンスター効果でデッキから《融合》のカードが自動的に素良の手札に。手札へ加わった《融合》に龍姫はやや目を細めながら身を引き締める。自分の知らないカテゴリ、さらに《融合》カードをサーチしたということは融合モンスターもそれなりの数で存在するハズ。先攻からモンスターを立てて牽制するのか、それともこのターンは様子見で他に防御用のカードをセットするのかと龍姫が思案していると、素良は一気に手札の《融合》以外のカードに指をかける。

 

「僕は永続魔法《強欲なカケラ》を発動。このカードは僕が通常ドローする度に強欲カウンターを乗せ、カウンターが2つ乗ったこのカードを墓地に送ることでデッキからカードを2枚ドローする。さらにカードを3枚セットしてターンエンド」

「ターンエンドって――ちょっと素良! 私に融合召喚の勉強をしろって言っておいて、融合召喚してないじゃない!」

「今はまだ出す時じゃないだけだよ。それに融合召喚はカードの消費が激しいから、そのためのリカバリーも大事だってこのデュエルで教えてあげる」

 

 呑気にキャンディを舐めながらそう言う素良。確かに融合召喚はシンクロ・エクシーズらと比べてカード消費が荒いため、それのリカバリーとして《強欲なカケラ》等で手札を増やそうとする気持ちは同じ融合使いである真澄も共感できる。心の中で小さくうんうんと頷きながら、次ターンプレイヤーである龍姫の方へと視線を移す。

 

「…私のターン、ドロー。私は手札から儀式魔法《祝祷の聖歌》を発動。手札・場から合計レベルが6以上になるようにモンスターをリリースし、《竜姫神サフィラ》の儀式召喚を執り行う。私は手札のレベル6《聖刻龍-トフェニドラゴン》をリリース――祝福の祈りを奏で、聖なる歌で光を導け! 儀式召喚! 光臨せよ、《竜姫神サフィラ》!」

「出たわね、龍姫のエースモンスター…!」

 

 日常的に見慣れた光景。最早初ターンに《竜姫神サフィラ》の儀式召喚は龍姫にとって義務に近いレベルだ。されど相手からして見れば初ターンから攻撃力2500のモンスターが早々と出る上、長く滞在させていては徐々にアドバンテージを稼ぎ、専用の儀式魔法である《祝祷の聖歌》が墓地にあれば実質1度の破壊耐性があるという厄介なモンスター。このモンスターの対処にはいつも手を焼かされるが、それを’’LDSの融合は大したことない’’と評する素良に容易に突破はできないだろうと、真澄は心の中で嘲笑する。

 

「ここでリリースされたトフェニドラゴンのモンスター効果を発動。このカードがリリースされた時、手札・デッキ・墓地からドラゴン族・通常モンスター1体を攻守0にして特殊召喚する。私はデッキからレベル6・ドラゴン族・通常チューナーモンスターの《ラブラドライドラゴン》を特殊召喚。さらに手札から《聖刻龍-アセトドラゴン》をリリースなしで召喚。この上級モンスターは攻撃力を1000にすることでリリースなしで召喚することができる」

「レベル5の非チューナーとレベル6チューナー…」

 

 先日の龍姫と遊矢の一戦が記憶に新しい中、この条件で呼び出されるモンスターは自ずと素良にも何となく予想はついた。おそらく攻撃力がやけに高い上、攻撃時には如何なるカード効果も受けないあのシンクロモンスターが来る、と身構える。

 

「…アセトドラゴンのモンスター効果発動。1ターンに1度、自分フィールドのドラゴン族・通常モンスター1体を選択して発動する。このターン、『聖刻』モンスターは選択したモンスターと同じレベルになる。私は《ラブラドライドラゴン》を選択し、場の《聖刻龍-アセトドラゴン》のレベルを6にする」

「……レベル6のモンスターが2体…」

 

 しかし予想と反するプレイングになったことで素良は顔をやや険しくさせながら小さく呟いた。そういえば遊矢戦では先にそちらの召喚方法2連続だったなぁと回想しながら、龍姫の行動を静観する。

 

「私はレベル6となったアセトドラゴンと《ラブラドライドラゴン》でオーバーレイ。2体のドラゴン族モンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築――聖なる印を刻む龍の王よ、その力を振るい新たな龍を呼びださん! エクシーズ召喚! 顕現せよ、ランク6! 《聖刻龍王-アトゥムス》!」

「儀式召喚の次はエクシーズ召喚――しかもあのモンスターってことは…!」

「アトゥムスのモンスター効果を発動。オーバーレイ・ユニットを1つ取り除き、デッキからドラゴン族モンスター1体を攻守0にして特殊召喚する。私はデッキから《レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン》を特殊召喚」

 

 少々展開こそ異なるものの、流れ自体は遊矢戦の時とほぼ同じ。次から次へと龍姫の場にドラゴン族が波のように押し寄せては現れる、圧倒的物量。以前は見学用ウィンドウ越しでしか観ていなかった柚子だが、今回は素良のすぐ近くで観ているため、ドラゴン族特有の強大さや存在感がヒシヒシと伝わって来る。遊矢はこんな相手と今まで大会の1回戦で当たっていたのかと、柚子は今更遊矢の感じた恐怖を体感した。

 

「ダークネスメタルのモンスター効果発動。手札・墓地からドラゴン族モンスター1体を特殊召喚する――私は墓地から《ラブラドライドラゴン》を特殊召喚。そして《ラブラドライドラゴン》を墓地に送り、手札から魔法カード《馬の骨の対価》を発動。自分の場の効果モンスター以外のモンスターを墓地に送ることでデッキからカードを2枚ドロー……さらに場のレベル10《レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン》をリリースし、魔法カード《アドバンスドロー》を発動。自分の場のレベル8以上のモンスターをリリースすることでデッキからカードを2枚ドローする」

「やっぱり龍姫って抜け目ないねぇ。低ステータスのモンスターを棒立ちにさせないで、すぐに処理しちゃうんだもん。ホント、やんなっちゃうよ」

 

 よく言えば効率的、悪く言えば使用カードに情がないとも取れる素良の言葉に龍姫はほんの少し眉を顰める。だったらどうした、と勝手に下っ端認定された青年のように内心で半ば開き直りつつ素良の場に視線を移す。

 素良の場には攻撃力1000の《ファーニマル・オウル》1体に、永続魔法《強欲なカケラ》と3枚のセットカード。あからさまに罠を張っている状況だが、龍姫の4枚の手札にはセットカードを破壊するカードや自分モンスターに耐性を付与させることはできない。一応、アトゥムスを下敷きに《迅雷の騎士ガイアドラグーン》の自身のルール効果でエクシーズ召喚すれば、サフィラとガイアドラグーンによる戦闘ダメージで素良のライフポイントを1ターンで0にできる。しかし、いかんせん相手のセットカードが多いためここは次ターン以降の様子見も含めて龍姫は(自分としては)控え目に動こうと判断する――

 

「……バトル。私はサフィラで――」

「そ・の・ま・え・に――僕は罠カードを2枚発動! 《威嚇する咆哮》と《マジカルシルクハット》!」

「――っ、」

 

――が、そこで完全に予想外のカードが開かれ、珍しく龍姫の目が大きく見開いた。

素良の場に居た《ファーニマル・オウル》が突如巨大なシルクハットの中に隠れ、それが計3つ素良のフィールドに現れる。3つのシルクハットは円を描くような動きでシャッフルされ、横一列に並んだ。

 

「先ずは《マジカルシルクハット》の効果で僕は場の《ファーニマル・オウル》を裏側守備表示にし、デッキから永続魔法の《トイポット》2枚をモンスター扱いでモンスターゾーンにセットするよ。セットした2枚はバトルフェイズ終了と同時に破壊されちゃうけどね。そして《威嚇する咆哮》の効果でこのターン龍姫のモンスターは攻撃宣言できない」

「えっ…攻撃を防ぐだけなら《威嚇する咆哮》だけでも充分なのに、何で《マジカルシルクハット》も発動したの素良?」

「まぁそれはすぐにバトルフェイズ終了時にわかるよ。それじゃあ龍姫、バトルの終了を宣言してくれる? すぐに面白いものを見せてあげるからさ」

 

 攻撃を遮断し、現状では無意味とも思える壁モンスターのセット。通常ならば相手モンスターの総攻撃に対して苦肉の策として使用されることが多い《マジカルシルクハット》だが、それをこんな序盤――それも3分の1の確率でモンスターを破壊されたくないというギャンブルにさえ出ようとしない慎重さ。どこか引っ掛かるプレイングだが、今の龍姫にこれ以上できることは何もない。

 

「……バトル終了」

「バトルフェイズ終了時に《マジカルシルクハット》の効果でデッキからセットした《トイポット》2枚は破壊――けど、お楽しみはこれからだよ! 僕は破壊された2枚の《トイポット》の効果を発動! このカードが墓地に送られた場合、デッキから《エッジインプ・シザー》、または『ファーニマル』モンスター1体を手札に加える! 僕は2枚の《トイポット》の効果でデッキから《エッジインプ・シザー》と《ファーニマル・ドッグ》の2枚を手札に!」

 

 (内心で)消沈気味の龍姫とは対照的に、素良は楽しそうにカード効果でデッキからカードを手札へと呼び込む。前のターンで《融合》1枚しかなかった手札が3枚にまで増え、融合召喚の準備を整える。

相手の攻撃を防ぎ、デッキ圧縮も兼ねて融合素材となるモンスターを手札へ。かなり限定的ではあるが、融合素材を素早く揃えるという意味で柚子は素直にこのプレイングに感心した。

 

「……メインフェイズ2。私はカードを2枚セットし、速攻魔法《超再生能力》を発動。このターン、私がリリースまたは手札から捨てたドラゴン族の数だけエンドフェイズにデッキからドローする。そしてこのままエンドフェイズに移行。先ずサフィラの効果を起動。3つの効果で私は’’デッキからカードを2枚ドローし1枚捨てる’’効果を選択。さらに《超再生能力》の効果で私はこのターンでトフェニドラゴンとダークネスメタルの2体をリリースした。よってデッキからカードを2枚ドローし、ターン終了」

 

 攻撃自体を止められなかったものの、龍姫は気にする素振りを見せずに淡々とプレイ。今の龍姫の状況は攻撃力2500のサフィラと攻撃力2400のアトゥムス、セットカードが2枚、手札は4枚と初ターンの動きとしてはまずまずといったところ。可能であればシンクロにも繋げたかったが、生憎手札の都合上それは叶わない。しかしそれは次ターンで動けば良いと内心で不敵な笑みを浮かべる。

 今回龍姫がセットした2枚のカードは罠《反射光子流》と永続罠《竜魂の城》。アトゥムスをガイアドラグーンへと変化させなかったのも、今回のように攻撃を防がれた場合にこの2枚の罠で守り切れると自信があったから。《反射光子流》は《光子化》よりも発動条件が厳しいため、普段なら使いどころに苦労するが今の状況ならば最大限に効果を発揮できる。例え素良が守勢に回ろうと、アトゥムスの効果を使い切ってからガイアドラグーンに変化、《竜魂の城》で強化して攻撃すれば大ダメージは避けられない。また、セットカードを全て破壊しようとしても《竜魂の城》の第2の効果で墓地のドラゴンを除外し、それを帰還させることも可能。この布陣ならばそう易々と崩されることはない――龍姫はそう安心(慢心)してターンを終えた。

 

「僕のターン、ドロー! 僕は手札から《ファーニマル・ドッグ》を召喚し、モンスター効果を発動! このカードが手札からの召喚・特殊召喚に成功した時、デッキから自身以外の『ファーニマル』モンスター、または《エッジインプ・シザー》を手札に加える! 僕はデッキから《ファーニマル・ラビット》を手札に加えるよ――そしてここから本領発揮! 僕は手札から魔法カード《融合》を発動!」

 

 順調に手札にモンスターを溜め込んだ素良はお待ちかねと言わんばかりに満面の笑みで《融合》のカードをデュエルディスクに差し込む。素良の真上に愛らしいぬいぐるみの兎《ファーニマル・ラビット》と、黒く鋭利なハサミ《エッジインプ・シザー》がカチカチと物騒な音を鳴らしながらソリッドビジョンに映し出される。

 

「僕は手札の《エッジインプ・シザー》と《ファーニマル・ラビット》を融合! 悪魔の爪よ、跳飛の野獣よ! 神秘の渦で1つとなりて、新たな力と姿を見せよ! 融合召喚! 現れ出ちゃえ! 全てを引き裂く密林の魔獣! 《デストーイ・シザー・タイガー》!」

 

 融合召喚の光の渦に2体のモンスターが飲み込まれ、その中から愛らしくも不気味な虎を模したぬいぐるみ《デストーイ・シザー・タイガー》が姿を現す。常識的に小さな子供が見たら泣き出すであろうモンスターの出現に、まるでどこぞの極東エリアのデュエルチャンピオンのようなモンスターのセンスだなぁと思いながら龍姫は《デストーイ・シザー・タイガー》を訝しげに見る。

 

「《デストーイ・シザー・タイガー》のモンスター効果発動! このカードが融合召喚に成功した時、融合素材にしたモンスターの数まで相手フィールドのカードを破壊する! 僕は2体のモンスターを融合素材としたことで、龍姫の場のカード2枚を破壊! 対象は2枚のセットカード!」

「――っ、永続罠《竜魂の城》を発動…! 墓地のドラゴン族1体をゲームから除外することで、私の場のモンスター1体の攻撃力をこのターンの間700ポイントアップさせる…! 私は墓地の《レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン》を除外し、アトゥムスの攻撃力を700ポイントアップさせる…!」

 

 《デストーイ・シザー・タイガー》の腹部から生えているハサミがその刃を伸ばし、龍姫のセットカード2枚に迫った。ただ無残に破壊される訳にはいかない、と龍姫は1枚の永続罠を反転。すぐにその効果を使い、アトゥムスの攻撃力を2400から3100へと強化。

 直後に《デストーイ・シザー・タイガー》のハサミが《竜魂の城》とセット状態の《反射光子流》を引き裂き、龍姫の場から魔法・罠カードが全て消え去る。

 

「破壊され墓地に送られた《竜魂の城》の効果を発動。表側のこのカードが墓地に送られた時、除外されている私のドラゴン1体を特殊召喚する――現れよ、《レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン》!」

 

 だが消失した魔法・罠カードの代わりに軽々と攻撃力2800の最上級ドラゴン族を場に呼び出す龍姫。《反射光子流》が破壊されたことで攻撃を防げなくなったが、それでも次ターンの展開用に《レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン》を呼び出せたことは嬉しい誤算と言える。さらにアトゥムスの方も攻撃力は3100の大台。かの伝説の白いドラゴンをも上回る攻撃力を得たアトゥムスの前ではどんなモンスターも敵ではない、と内心で高性能おじいちゃんのような高笑いをあげながら素良の方へ視線を移す――

 

「――うん、想定内だね」

「はぁ?」

 

 ――しかし《レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン》が現れたと言うのに、素良は動じるどころか余裕の笑みを浮かべながらキャンディを頬張る。まるで龍姫を下に見ているとも取れかねないその態度に、真澄はやや威圧した声色で素良を睨む。

 

「どこが想定内よ、今の貴方の場には攻撃力1900のモンスターと裏側守備の《ファーニマル・オウル》しかいないじゃない。そんな状況で龍姫の場をひっくり返せるの?」

「完全に返すことはできないかな? でも、ある程度あの牙城を崩すことはできるよ――僕は融合素材として墓地に送られた《ファーニマル・ラビット》のモンスター効果を発動! このカードが融合素材として墓地に送られた場合、墓地から《エッジインプ・シザー》またはラビット以外の『ファーニマル』モンスター1体を手札に加える! 僕は《エッジインプ・シザー》を手札に!」

 

 デュエルディスクからカシャンと音を立てながら墓地から《エッジインプ・シザー》が排出され、それを上機嫌そうに手札に加える素良。

これで素良の手札はこのターンにドローしたカードと《エッジインプ・シザー》の2枚のみ。融合召喚でカード消費が多くなることは同じ融合使いである真澄や、最近融合を覚え始めた柚子も理解できるが、それにしてもあの自信はどこからくるのかと疑問を抱く。

 

「今回はサービスしてもう1回融合しちゃおっか。僕は罠カード《融 合 準 備(フュージョン・リザーブ)》を発動! このカードはエクストラデッキの融合モンスター1体を相手に見せ、その融合素材モンスターをデッキから手札に加える――さらに墓地から《融合》も回収できちゃう豪華特典付き! 僕はエクストラデッキの融合モンスター《デストーイ・シザー・ベアー》を龍姫に見せて、その融合素材の1体である《ファーニマル・ベア》を手札に加え、墓地から《融合》を手札に回収する!」

「たった1枚の罠で手札を2枚も増やした!?」

 

 一瞬で《融合》とその素材となるモンスターを手札に揃える素良。これが序盤に言っていた『融合召喚はカードの消費が激しいから、そのためのリカバリーも大事』ということなのかと柚子は驚きつつも素良の言葉を思い出す。

 また、これで素良の4枚の手札の中に《エッジインプ・シザー》と《ファーニマル・ベア》、そして《融合》が揃った。この3枚から導き出されるモンスターは柚子の知る限りでは初めて目にしたあの融合モンスターしかいない。

 

「僕はもう1度魔法カード《融合》を発動! 手札の《エッジインプ・シザー》と《ファーニマル・ベア》を融合! 悪魔の爪よ、野獣の牙よ! 今1つとなりて新たな力と姿を見せよ!」

 

 再び素良の真上に融合召喚の光が渦巻き、その中に今しがた手札に加えた2体のモンスターが飲み込まれる。直後、《ファーニマル・ベア》の体がミシミシとぬいぐるみを破り捨てるような音をあげながらその姿を変貌させていく。腕が、足が、胴が、頭が。体の至る箇所が無邪気な子供に破壊されたように千切れ、裂けたところからは鋭利なハサミがその刃を覗かせる。

 

「融合召喚! 現れ出ちゃえ! 全てを切り裂く戦慄のケダモノ! 《デストーイ・シザー・ベアー》!」

 

 瞬間、僅かに龍姫の顔が引きつる。こういったグロテスクなモンスターは某ファンサービスのシーンや、LDSのフリーデュエルで『暗黒界』を相手にした時に慣れていたつもりだった。だが、実際に目の前にすると無邪気な子供の残虐性とその冒涜的なまでの混沌に吐き気を催す。どこぞの紅い世界の戦士の如く『カワイイ目をしているな』と評した素良との初対面を果たした時の自分を殴ってやりたい。気楽な気持ちで始めたこのデュエルは失敗だった、速攻でケリを着けてやると眉間に皺を寄せる。

 

「あれ、龍姫はこういうモンスター嫌い? あからさまに嫌そうな顔してるけど」

「龍姫はスプラッタやゾンビは苦手なのよ」

「――っ、真澄…!?」

「へぇ、何か意外……龍姫って何事にも動じないイメージがあったんだけど」

「それは貴女の勝手なイメージよ。ジュニアユースに上がった時、アクションフィールドで《アンデットワールド》を引いて、自分のドラゴンがアンデット族になった時は大泣きしたんだから」

 

 真澄、何故そんなことを他塾の生徒――しかもさほど友好的ではない相手にバラすんだ。この裏切り者ぉおおおお! とイカしたファッションセンスのリーダーの如き慟哭を内心であげながら龍姫は真澄の方を強く睨む。対して真澄はツンっとそっぽを向く。『私のデュエルする機会を奪った罰だ』と顔に書かれているようなその表情を見て龍姫は何となく察したが、何も自分の弱点を晒すことはないじゃないかと手札を握っていない拳を強く握る。

 

「ふーん……それは面白いことを聞いたね。それじゃあこんなのはどうかな? 僕は《マジカルシルクハット》の効果で裏側守備になっていた《ファーニマル・オウル》を反転召喚。さらに《デストーイ・シザー・タイガー》のモンスター効果! このカードが表側表示で存在する限り、僕の『デストーイ』モンスターは場の『デストーイ』、『ファーニマル』モンスターの数×300ポイントアップする!」

 

 他方に向けていた視線を慌てて素良に戻す龍姫。何やら不穏な単語と、決して侮ってはいけない数値が耳に入ったところでフィールドの方へ目を向ける。するとそこにはいつの間にか攻撃力が上昇した2体の融合モンスターの姿が。

 《デストーイ・シザー・タイガー》は攻撃力3100。

 《デストーイ・シザー・ベアー》は攻撃力3400。

 おかしい、何故《一族の結束》以上の強化値を全体強化で得ているのだと、龍姫は内心で『インチキ効果もいい加減にしろ!』と叫びたくなった。

 

「伏せカードもないし、このまま攻めるよ! 先ずは《デストーイ・シザー・タイガー》で《レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン》を攻撃!」

 

 《デストーイ・シザー・タイガー》が不気味な笑い声をあげながら、腹部のハサミを大きく開く。前方から抱き付くように《レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン》に密着すると、その両翼を()ぎながらそのハサミを大きく交差させる。

 強化された《デストーイ・シザー・タイガー》の前に《レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン》は成す術なくその身に鋭利な刃を受け、暗転と同時に両翼と胴体が四散した。酷く凄惨なやられ方をした黒竜に龍姫は珍しく感情を露にし、怒気の混じった目で素良を強く睨む。

 

「もう、そんな目で見ないでよ。ちょっとは本気出すって言ったけど、まだ遊びの範疇なんだからさ」

「…………」

 

 そんな龍姫の視線を前にしても素良の態度は変わらず。飄々としているのか、はたまた煽っているのか。どちらにせよ、今の龍姫にとっては火に油を注ぐような行為である。龍姫の突き刺すような視線はさらに鋭さを増し、ただただ素良を見据えるのみ。

 対して素良は小さくため息をつき、仕方がない――じゃあもっと面白いものを見せてやろうと思いつつプレイングを続ける。

 

「《デストーイ・シザー・タイガー》でそのリアクションなら、こっちはどうかな? 僕は《デストーイ・シザー・ベアー》でアトゥムスに攻撃!」

 

 続けて先ほど猟奇的な召喚演出で登場した《デストーイ・シザー・ベアー》が、その壊れたぬいぐるみの腕で《聖刻龍王-アトゥムス》を殴りつけた。《竜魂の城》で強化されていたとはいえ、《デストーイ・シザー・ベアー》も同様に《デストーイ・シザー・タイガー》の効果で強化されている。攻撃力3100と3400では僅かに届かず、龍姫は先の《デストーイ・シザー・タイガー》と《レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン》のバトルダメージを含め、計600ポイントのダメージを受けた。次のターンで倍以上のダメージにして返してやると龍姫が怒りの炎を滾らせている中――

 

「ここで《デストーイ・シザー・ベアー》のモンスター効果発動! このカードが相手モンスターを戦闘破壊で墓地に送った時、そのモンスターを《デストーイ・シザー・ベアー》の装備カードにすることができる!」

「――っ、装備だと!?」

 

 ――ドラゴン使いにとっての絶望が訪れた。

 《デストーイ・シザー・ベアー》は墓地に眠っていたアトゥムスを無理矢理叩き起こすように引き摺りだし、その身を片腕で軽々と持ち上げる。そして龍姫に見せつけるように裂けた大きな口を開き、アトゥムスをゆっくりと運んでいく。

 

「アトゥムス!!」

「展開の要を取られてさぞ残念だろうねぇ。あ、あと自身の効果で装備した《デストーイ・シザー・ベアー》の攻撃力は1000ポイントアップするよ」

 

 救い出すように龍姫は手を前に突き出すが、無情にもその手の先でアトゥムスが《デストーイ・シザー・ベアー》の巨大な口の中に収まる。下卑な咀嚼と共に《デストーイ・シザー・ベアー》の攻撃力が上昇し、その攻撃力は脅威の4400。デュエルモンスターズにおける’’神’’の攻撃力すら凌ぐ展開に真澄と柚子は目を見開いて驚いた――しかし、当の龍姫は激しい憎悪を募らせながら全身を震わせる。

 

「貴っ様ァ…!」

 

 怒髪、天を衝く――とでも言えよう。龍姫の髪は怒りに呼応しているかのように逆立ち、真澄はこれだけ怒っている龍姫を久々に見た。同時にふと、昔のことを思い出した。

 当時の龍姫は『カオスドラゴン』を繰っており、手札・墓地から何度でも出てくる光と闇の波状攻撃による速攻でよく勝負を決めていた。手札に居れば墓地の光と闇を除外して特殊召喚、墓地に居れても何かしらの手段で蘇生、デッキに居てもすぐに手札か墓地に行き、除外してもやはり何かしらの手段で帰還。何度も何度も現れるドラゴンに対戦相手は恐怖を覚え、龍姫は何度もドラゴンの雄姿を見ることができ満足していたらしい。

 

 だがある時、総合コースのとある生徒が龍姫のそのデッキの攻略法を編み出して来た。

 『破壊もバウンスも除外も無駄? じゃあ奪えば良い』

 自信満々に語った名前も覚えていない彼は《The アトモスフィア》というやや召喚条件が厳しいモンスターを出し、龍姫の《ライトパルサー・ドラゴン》を装備カードにすることに成功。その瞬間龍姫の顔は絶望一色に染まり、数秒の間呆けていた。周囲は龍姫のドラゴンを攻略した彼を誉め称え、彼自身も非常に得意げな顔だったことを真澄は今でも覚えている。

 しかし、まさかそれが龍姫の逆鱗に触れることになったとは誰もその時は予想していなかった。

 返しのターンで龍姫は《バイス・ドラゴン》からの《巨竜の羽ばたき》で魔法・罠カードを一掃。破壊された《ライトパルサー・ドラゴン》の効果で墓地から《ダーク・ホルス・ドラゴン》を蘇生させ、《D・D・R》で《ホワイト・ホーンズ・ドラゴン》を特殊召喚しその効果で攻撃力を3700まで上げ、最終的に《二重召喚》と《ミンゲイドラゴン》をリリースし、《タイラント・ドラゴン》を出す暴挙に出た。しかもご丁寧に《ハーフ・シャット》で相手に戦闘耐性を付与させ、一方的に殴り続ける様はまるで暴君。相手のライフが0になっても攻撃を続行しようとした時は真澄・北斗・刃の3人で無理矢理抑えつけたが、それでも龍姫は『離せ…! あいつは…あいつだけは…!』と狂犬のように獰猛だった。当時の出来事は今のジュニアユース世代のLDSでは有名な話であり、それから誰もが龍姫を相手にコントロール奪取だけは使わないと暗黙のルールが作られたほどだ。

 

 あの時の反応は過剰だったのではないかと真澄が龍姫に聞いた時、龍姫は眉間に皺を寄せながらこう答えた。

『…私にとってドラゴンは家族であり親であり兄弟姉妹であり子供。その存在を相手に奪われたら誰だって怒る――違う?』

『後半は同意するけど、前半は何言ってるかわからない』

 龍姫のドラゴンに対する重過ぎる愛情に真澄は引きつつも、何となく龍姫の言いたいことは理解した。ただ単にアイドルやプロデュエリストが好きなミーハーな輩とは違い、龍姫にとってドラゴンは好きで愛してかけがえのない存在なのだ。

 そんな事情を知らないとはいえ、その存在をいとも簡単に奪った素良に対する龍姫の怒りは計り知れない。あぁ、またあの惨劇が繰り返されるのかと真澄は頭を抱えた。

 

「あぁ、怖い怖い。これなら《デストーイ・シザー・ベアー》の効果を使わない方が良かったかな? でも怒ってる顔の方が素を出してて良いと思うよ」

「黙れ…! さっさとデュエルを続けろ…!」

「はいはい、僕はカードを1枚セットしてターンエンド」

 

 当然何も知らない素良は無邪気に、それでいて悪戯っ子ぽい笑みを浮かべながらちぇー、と口をすぼめながら素良は残り1枚の手札を魔法・罠ゾーンにセット。これで素良の手札は0枚となったが、その分フィールドは圧倒的である。

 《ファーニマル・オウル》、《ファーニマル・ドッグ》、《デストーイ・シザー・タイガー》、《デストーイ・シザー・ベアー》の4体ものモンスターが存在し、魔法・罠ゾーンにはカウンターが1つ乗った《強欲なカケラ》と、装備カードとなったアトゥムスにセットカードが1枚。ライフポイントも無傷の4000。次のターンでは《強欲なカケラ》の効果でさらに手札も補充されるため、追撃するには充分だろう。

 対して龍姫の方は現時点で手札は4枚。フィールドには《竜姫神サフィラ》のみが存在する。ドローカードを含めてもカードアドバンテージが劣る上、ライフポイントも先ほどの攻防で3400にまで減った。

 だが龍姫にとってそんなことは小事。問題はドラゴン使いである自分がおめおめと相手にドラゴンのコントロールを(装備カード状態とはいえ)奪われたことだ。かのカードの貴公子やかの前世がドラゴンの勇者同様、ドラゴンに対しては病的とも言えるほど愛情を注ぐ龍姫が自分のドラゴンを奪取されたことはドラゴン使いとしてのプライドが許さない。この屈辱を何倍にも返してやると、怒りの炎を燃やしながらデッキトップに指をかける。

 

「私の、ターン! 手札からレベル8の《神龍の聖刻印》を捨て、魔法カード《トレード・イン》を発動する! このカードは手札のレベル8モンスター1体を墓地に捨て、デッキからカードを2枚ドロー! ライフを1000払い、魔法カード《簡 易 融 合(インスタント・フュージョン)》を発動する! エクストラデッキからレベル5以下の融合モンスターを融合召喚扱いで特殊召喚! 現れよ、レベル4! 《暗黒火炎龍》! さらに手札から《アレキサンドライドラゴン》を召喚!」

 

 珍しく感情的になりつつも、普段の流れるようなカード捌きは変わらず。手札のカード交換、特殊召喚、通常召喚を駆使し、あっと言う間に龍姫の場には2体のレベル4モンスターが並んだ。

 一瞬、融合関係のカードを使用したことで素良は少しだけ嬉しそうな表情になったが、レベル4のモンスターを追加で召喚された途端にその顔が歪む。まさかそれだけのために《簡易融合》を使ったのかと口を開こうとした途端――

 

「私はレベル4の《暗黒火炎龍》と《アレキサンドライドラゴン》でオーバーレイ! 2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築! 大地穿ち、砕き割れ! エクシーズ召喚! 出でよ、ランク4! 《カチコチドラゴン》!」

 

 ――そのまま閉口する。

 おそらく龍姫は《簡易融合》で1000ポイントのライフを支払い、残りライフポイントが2400になってでもあの《カチコチドラゴン》というエクシーズモンスターを召喚したかったのだろうと素良は察した。

 だが尊い融合召喚を自分の毛嫌いするエクシーズの踏み台にされたということは素良にとって我慢がならない。無自覚の怒りで頬張っていたキャンディを噛み砕き、ボリボリと咀嚼しながら《カチコチドラゴン》へ視線を向ける。

 

「バトル! 《カチコチドラゴン》で《ファーニマル・オウル》に攻撃!」

 

 全身が鉱石に覆われた竜《カチコチドラゴン》が咆哮をあげると、地面が隆起し氷柱が天地逆に成るように岩の棘が無数に出現していく。それが《ファーニマル・オウル》の方へ襲いかかる――

 

「罠カード《シフトチェンジ》発動。相手モンスターの攻撃対象、もしくはカード効果の対象を僕の別のモンスターに移し変える。僕は《カチコチドラゴン》の攻撃対象を《ファーニマル・オウル》から《デストーイ・シザー・ベアー》に変更させるよ」

「――っ、」

 

 ――が、表になった罠カードを見るなり龍姫の目が見開いた。何故そんなマイナーなカードを、と考えようとしたところで先ほどの攻防を思い出す。

 

『このカードが相手モンスターを戦闘破壊で墓地に送った時、そのモンスターを《デストーイ・シザー・ベアー》の装備カードにすることができる!』

 

 瞬間、慌ててフィールドへ目を向けるが時既に遅し。龍姫の手札にはこのバトルに影響を与えることができる速攻魔法がなければ、手札誘発の効果モンスターもいない。

 《カチコチドラゴン》が生成した岩の氷柱を《デストーイ・シザー・ベアー》は嘲笑うように跳躍で回避し、そのまま獲物を狩る野獣のように《カチコチドラゴン》にその牙を立てる。

 

「《カチコチドラゴン》!」

 

 龍姫の悲痛な叫びが空に響く。だが叫んだところで何も結果は変わらず《カチコチドラゴン》はアトゥムス同様、《デストーイ・シザー・ベアー》の胃袋へと収まる。

 攻撃力4400と攻撃力2100の差分2300のダメージを受け、一瞬にして、しかも半ば自爆という形で龍姫の残りライフは100ポイントまで減少する。だが自分の残りライフよりも、自分の愛するドラゴンがまたしても敵に奪われた――自分の不甲斐なさ、そして目の前の相手に烈火の如き怒りがわき上がる龍姫。

 

「…っ、くぅ……!」

「あーらら。龍姫、ちょっとイケてないんじゃなーい? いくら僕のセットカードが1枚しかないとはいえ、安易に攻撃するのはどうかと思うよ? まぁお陰で僕の《デストーイ・シザー・ベアー》は美味しく頂けた(攻撃力がアップした)けどね――ごちそうさまっ」

「ちょっと素良、そんな言い方しなくても…」

 

 怒りで身を震わせる龍姫を横目に、柚子が申し訳なさそうな表情でそう言う。エンタメデュエルをモットーとしている塾が、こんな相手を煽るようなプレイングや言動を許せるハズがない。ただ今は自分が素良から融合召喚を教わっている身であるため、あまり強く言い出せずに自信のなさが声色でわかる。

一方、柚子と同じように観戦側に回っていた真澄は龍姫の荒々しい様子に若干怯えつつ、素良のプレイングに感心していた。

 前のターンで《デストーイ・シザー・タイガー》の融合素材を最低限の枚数にしたのは、わざと自分の場に下級モンスターを残すため。龍姫の性格上、モンスター除去や魔法・罠除去はそれなりに使うが、それでも本命はモンスター同士のバトル。そして《デストーイ・シザー・タイガー》は素良の場に特定モンスターが居る限り、『デストーイ』モンスターの攻撃力を上昇させる効果を持つ。ならば下級モンスターを殴り倒せば《デストーイ・シザー・タイガー》も弱体化し、攻撃力が同じになったところで墓地の《祝祷の聖歌》を犠牲に相討ちすれば良い。そうすれば相手のモンスターを減らし、《デストーイ・シザー・ベアー》もある程度弱まる。そこで特定の条件下で連続攻撃効果を持つ《カチコチドラゴン》を場に出した龍姫の選択は正しかった――しかし、それすらを見越して素良はモンスター除去の罠ではなく《シフトチェンジ》という使い辛いカードを使って反撃した素良の方が1枚上手だった。その成果は龍姫のライフポイントを100にし、再び龍姫が愛してやまないドラゴンをさらに装備すると鬼畜極まりない。

 あどけない顔をしていてその本心は使うモンスターに似て残虐だと評しながら、真澄は心配そうに龍姫の方に目を向ける。

 

「……サフィラで《ファーニマル・オウル》を攻撃…」

「うわぁ、1500ダメージも食らっちゃった」

 

 そこには力ない発声で攻撃宣言を下す龍姫の姿が。あそこまで龍姫が落ち込む姿は滅多に見られることじゃないと思いつつ、素良のわざとらしい棒読みの声に苛立つ真澄。1500ダメージを食らっても残りライフは2500ポイント、龍姫の25倍はあるじゃないと目で訴える。

 だがデュエル当事者の素良はそんな視線を意に介さず、攻撃力が5100まで上昇した《デストーイ・シザー・ベアー》を誇らしく見ていた。これが崇高なる融合召喚の成せる技――いくら龍姫と言えど、このカードを倒すことは難しいだろうと、お気に入りのモンスターに全幅の信頼を寄せる。

 

「……メイン2。カードを1枚セットし……このままエンドフェイズ。このターン、私は手札から光属性モンスターの《神龍の聖刻印》を《トレード・イン》のコストとして墓地に捨てた――よってサフィラの効果が発動。私は再度デッキからカードを2枚ドローし、1枚捨てる…これでターンエンド」

 

 対して龍姫の方は相も変わらず力ないプレイング。自信と余裕を持った素良とは真逆のそれであり、いつもの淡々さに覇気が感じられない。一応は手札を3枚まで増やしたものの、場にはサフィラが攻撃表示、セットカードが1枚のみ。ライフに至っては如何なる超過ダメージさえも許されない残り100ポイント。

 素良の方は手札こそ0枚だが、場には《ファーニマル・ドッグ》、《デストーイ・シザー・タイガー》、《デストーイ・シザー・ベアー》の3体のモンスターと、カウンターが1つ乗った永続魔法《強欲なカケラ》。ライフポイントも2500と半分も減っておらず、次ターンでは《強欲なカケラ》の効果を含めれば手札は3枚にまで潤う。このまま龍姫を倒すには充分過ぎるほど整っており、素良は不敵な笑みを浮かべながらカードを引いた。

 

「僕のターン、ドロー! このドローで永続魔法《強欲なカケラ》にカウンターが2つ乗った! 僕は《強欲なカケラ》を墓地に送り、その効果でさらに2枚ドロー!」

 

 通常ドロー、カード効果によって追加したドローカードに目を配ると、素良は少しだけバツの悪そうな顔になる。決して悪いカードではないが、ここで後ひと押しと言うには少々物足りない。願わくば龍姫のセットカードを破壊できるカードが欲しかったのだが、ないものをねだっても仕方がない。ここは多少の不安要素(下級モンスター)を処理しつつ、フィールドを自分()色に染めてやろうと画策する。

 

「僕は手札から魔法カード《融 合 回 収(フュージョン・リカバリー)》を発動! 融合召喚に使用した融合素材モンスター1体と《融合》を墓地から手札に加える! 僕は墓地の《エッジインプ・シザー》と《融合》を手札に加え――当然、発動! 僕は手札の《エッジインプ・シザー》と場の《ファーニマル・ドッグ》を融合! 悪魔の爪よ、牙剥く魔犬よ、今1つとなりて新たな力と姿を見せよ!」

 

 3度目の融合召喚。再び素良の場に融合召喚特有の相反する2色の光が融け合い、その光の中に《エッジインプ・シザー》と《ファーニマル・ドッグ》が飲み込まれた。

 《ファーニマル・ドッグ》の躰が寒色系へと変色し、やはり《デストーイ・シザー・ベアー》の時と同様に鋭利なハサミが胴体を剥き出しにし、前足はまた別のハサミに支えられている。犬――とは異なるが、同じ四肢を持った獣である狼の姿へと変貌していく。

 

「融合召喚! 現れ出ちゃえ! 全てを噛み砕く蛮狂の黒狼! 《デストーイ・シザー・ウルフ》!」

 

 素良の場に3体目の融合モンスター《デストーイ・シザー・ウルフ》が《デストーイ・シザー・タイガー》の隣へ駆ける。3体の全てが壊れたおもちゃのような音を立てながら並ぶ姿はある意味圧巻。ここ最近、素良から融合召喚を習っている柚子でさえもここまで融合モンスターが揃う光景を見たことがなく、驚愕と恐怖が混じった表情で素良のフィールドを見る。同じ融合使いである真澄にとっては見慣れた光景でもあるし、自分の方がもっと早くそして多く並べられると内心で対抗心を燃やす。

 そして龍姫は――

 

「…………」

 

 ――相変わらず無表情。普段と同じようなそれであるが、未だアトゥムスと《カチコチドラゴン》を奪われたショックから立ち直れていないのか、どこか儚げな印象を受けた。

 それを見た素良は獲物を見つけた狩人のような目付きになり、下卑な笑みを浮かべながら意気揚々と声を昂らせる。

 

「《デストーイ・シザー・ウルフ》は融合素材にしたモンスターの数だけ攻撃することができる! バトルだ! 僕は《デストーイ・シザー・ウルフ》でサフィラに攻撃!」

 

 《デストーイ・シザー・タイガー》の効果によって攻撃力が2900まで上昇した《デストーイ・シザー・ウルフ》にとってサフィラを葬ることは容易。例えセットカードが《ガード・ブロック》や《攻撃の無敵化》のような戦闘ダメージを0にするカードだとしても、2回の攻撃権利を得た《デストーイ・シザー・ウルフ》の前では無力だ。また、龍姫が最初のサフィラの効果で2枚目の《祝祷の聖歌》を墓地に送っていたことも分かっていた。だが今の状況ならダメージを0にしようが、2回攻撃に加えて《デストーイ・シザー・タイガー》や《デストーイ・シザー・ベアー》の攻撃を耐えられるハズがない――それに、最終的に《デストーイ・シザー・ベアー》がサフィラを装備すれば最高のフィールドになるだろう。それを見た龍姫はどんな反応をするのか、それを考えるだけで素良は必死に破顔をこらえる。

 

「罠発動《光子化》。相手モンスターの攻撃を無効にし、その攻撃力分だけ私の場の光属性モンスター1体の攻撃力をアップする。《デストーイ・シザー・ウルフ》の攻撃を無効にし、その攻撃力2900ポイント分サフィラの攻撃力を次のターンまでアップさせる。よってサフィラの攻撃力は5400」

「……は?」

 

 瞬間、素良の顔は物理的に破顔した。攻撃無効? 攻撃力アップ? 攻撃力5400? 一体何がどうなっているのだと理解する前に、龍姫の口が静かに開く。

 

「これで私のモンスターの攻撃力は貴様の全モンスターの攻撃力を上回った――いくら攻撃回数を増やそうが、装備カードにしようが、倒せなければ意味がない」

「――っ、」

 

 耳に入る龍姫の説明に言葉を失う素良。確かに攻撃力5400にも上がったサフィラを前に、自分の融合モンスター達の攻撃力では歯が立たない。最も攻撃力が高い《デストーイ・シザー・ベアー》でさえもその攻撃力は5100――僅か300ポイント足らない。先手ではその300ポイント差で勝っていただけに、今回はその300ポイント差に泣かされる――素良は目を険しくさせ、いつの間にか新しく口に入れていたキャンディを再び噛み砕き、龍姫の方を睨む。

 

「…まさかそんなカードまで入れているとはね、正直龍姫のデッキは展開用のカードしか入ってないと思ったよ」

「丁度今日の公式戦では高攻撃力が相手だったからそのまま入っていた――このデッキを相手に攻撃力で勝りたいなら、最低でも攻撃力を1万にしないと話にならない」

「「そんな攻撃力出せる訳ないでしょ!!」」

 

 外野から女子2人の声が重なった。自分として何もおかしいことを言ったつもりがない龍姫は小首を傾げるが、声をあげた2人は何故わからない顔をするんだと眉を顰める。

 

「攻撃力1万か……流石に僕のデッキじゃそれは無理だね。でもそのカードの効力は次のターンまで――次のターン、僕のモンスターが2体以上残っていれば返しのターンでその超過ダメージだけでも龍姫の負けだよ?」

「だったら次の私のターンで勝てば良い」

「随分気軽に言ってくれるね、まぁ頑張ってよ。僕はカードを2枚セットしてターンエンド」

 

 多少冷静さを取り戻した素良は、残った2枚の手札を全て伏せてターンを終えた。このターンで仕留め切れず、次ターンで自分のモンスターが1体でも破壊されてしまうことは苦しいが、それでもまだ勝てる可能性はある。素良が伏せた2枚のカードで次のターンの敗北はほぼ(・ ・)ない。これで負けるとしたら先ほど龍姫が言っていた攻撃力1万のモンスターでも用意しない限りは無理だろう。

 

「私のターン、ドロー」

 

 龍姫はドローカードに目をやり、続けてフィールドに視線を移す。自分の場には攻撃力5400となったサフィラが1体のみ。対して素良の場には攻撃力2800以上の3体の『デストーイ』融合モンスターと2枚のセットカード――そして奪われ、装備カードにされた2体のドラゴン。

 本来であれば相手の装備カードにされたドラゴン達を某真の銀河眼使いのように取り返せれば一番なのだが、生憎今の龍姫の手札ではそれは叶わない。ならば今回は某カードの貴公子のように非情に徹するしかないのかと、内心で深くため息を吐く。

 

「速攻魔法《銀龍の轟咆》を発動。墓地のドラゴン族・通常モンスター1体を特殊召喚する。私は墓地のデュアルモンスター《ダークストーム・ドラゴン》を特殊召喚」

「攻撃力2700かぁ…」

 

 《ダークストーム・ドラゴン》が墓地に居たことは素良もわかっていた。前の龍姫ターンにサフィラの手札補充効果の際に捨てられたカードであることは把握している。

 この状況だと《デストーイ・シザー・ベアー》はサフィラに破壊され、攻撃力が下がったところを《デストーイ・シザー・タイガー》が《ダークストーム・ドラゴン》に破壊されるだろうか。それとも戦闘超過ダメージの勝利を狙いに来るかと素良が勘繰っていると、龍姫は続けて残った3枚の手札の1枚に指をかける。

 

「装備魔法《スーペルヴィス》を《ダークストーム・ドラゴン》に装備。これでダークストームは再度召喚された状態となり、効果を発動できる――ダークストームの効果を発動。自分フィールドの表側の魔法・罠カード1枚を墓地に送り、フィールドの魔法・罠カードを全て破壊する」

「……えっ?」

「私はダークストームに装備された《スーペルヴィス》を墓地に送り、魔法・罠カードを全て破壊――」

「――っ、僕は罠カード《ダメージ・ダイエット》! そして速攻魔法《非常食》を発動! このターン受けるダメージを半分にし、さらに僕の場の魔法・罠ゾーンのアトゥムス、《カチコチドラゴン》、《ダメージ・ダイエット》を墓地に送ることで3000ポイントライフを回復する!」

 

 一瞬、素良は突然のシンプルイズベストな《ダークストーム・ドラゴン》の効果に放心しかけるが、すぐに気を持ち直してセットしていた2枚のカードを同時発動させる。元々《デストーイ・シザー・ベアー》の効果で圧迫され易い魔法・罠ゾーンを有効活用するために入れた《非常食》、《マジカルシルクハット》の対象で《トイポット》を使い切った時に墓地からでも使えるようにと入れていた《ダメージ・ダイエット》だったが、それを極めて良いタイミングで使えたことに素良は内心で喜んだ。

 《デストーイ・シザー・ベアー》の攻撃力は下がってしまったが、その代わりにライフは5500まで回復。ダメージも全て半減するため、このターンで龍姫が勝利するためには最低でも11000の戦闘ダメージを与えなければ勝てない。尤も、今の自分の手札は0枚のため反撃は難しいが、それでも《魔玩具融合(デストーイ・フュージョン)》等の一発逆転のカードを引けば良いのだ。まだ勝負はわからない、と素良の頬を冷や汗が流れる。

 

「――墓地に送られた《スーペルヴィス》のさらなる効果を発動。このカードが墓地に送られた時、墓地の通常モンスター1体を特殊召喚する……私は墓地の《神龍の聖刻印》を特殊召喚」

「――っ、レベル8のモンスターが2体…!」

「私はレベル8のダークストームと《神龍の聖刻印》でオーバーレイ。2体の通常モンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築――蒼き雷電よ、その身を竜に写し全てに轟雷を与えん!」

 

 《ダークストーム・ドラゴン》と《神龍の聖刻印》が光となり、黒い渦に飲み込まれる。一瞬、眩い閃光が走ったかと思えば龍姫のフィールド上空から雷鳴が鳴り響く。嵐の次は雷、とでも言うように不穏なそれはゆっくりと龍姫のフィールドに降りて来た。

 青い体躯にところどころ雷電のラインが走った巨大な竜。3本の角からは絶え間なく電が轟き、それが全身を覆うように包んでいる。

 

「エクシーズ召喚! 顕現せよ、ランク8! 《サンダーエンド・ドラゴン》!」

 

 《サンダーエンド・ドラゴン》がフィールドに現れたと同時に素良と柚子は息を飲む。ランクが8、さらに攻撃力が3000もあるのなら警戒せざるを得ない。一体どんな効果を持っているのかと、訝しげに《サンダーエンド・ドラゴン》の方へ視線を向ける。

 

「オーバーレイ・ユニットを1つ使い、《サンダーエンド・ドラゴン》の効果を発動する。フィールドのこのカード以外の全てのモンスターを破壊する――ライトニング・ストライク!」

「くぅっ…!」

 

 その効果は先の《ダークストーム・ドラゴン》同様に単純にして強力無比。魔法・罠カードを破壊された次はモンスターだと言わんばかりに龍姫の表情は冷酷。

 《サンダーエンド・ドラゴン》の3本の角が強く発光し始め、いつの間にかフィールドの上空に黒雲が存在している。咆哮と同時に《サンダーエンド・ドラゴン》の全身から轟雷が黒雲に吸い込まれ、黒雲から無数の雷がフィールドに降り注いだ。3体の『デストーイ』融合モンスターは一瞬にして炭と化し、龍姫のサフィラは墓地の《祝祷の聖歌》を犠牲に雷電の被害から免れる。

 これでフィールドにはサフィラと《サンダーエンド・ドラゴン》しか存在せず、2体の合計攻撃力は8400――普段のデュエルはもちろん、例えライフ8000ポイントのルールでも1度のバトルフェイズで終わってしまう。

 

 だがこのターンで素良は《ダメージ・ダイエット》を発動させた。このターンのダメージが半分になる現状で与えられるダメージは4200。自分を倒すにはあと1300ポイントのダメージは必須、最低でも攻撃力2600のモンスターが必要となる。龍姫の墓地には攻撃力2600を超えるモンスターは存在せず、先ほど墓地に送られたオーバーレイ・ユニットも《神龍の聖刻印》だ。せめて《ダークストーム・ドラゴン》を使い、蘇生系のカードがあれば決められていただけに詰めが甘いと素良は感じる。

 

「…私はこのターン、まだ通常召喚を行っていない。私は手札から《ガード・オブ・フレムベル》を召喚」

「攻撃力100? そんな攻撃力じゃ僕のライフは削り切れないよ。シンクロ召喚に使おうとしても、折角攻撃力を5400まで上げたサフィラも無駄に――」

「装備魔法《戦線復活の代償》を発動。自分の場の通常モンスター1体を墓地に送り、自分か相手の墓地からモンスター1体を特殊召喚する。私は《ガード・オブ・フレムベル》を墓地に送り、墓地からアトゥムスを特殊召喚」

 

 素良の言葉を遮るように龍姫はプレイを続行。ただ弱小モンスターを召喚したかと思えば、いつの間にかフィールドには攻撃力2400のエクシーズモンスター。突然高攻撃力のモンスターが出現したことで素良は口を閉じるが、少し落ち着いて考えればまだ問題がないことに気付く。

 今の龍姫の場のモンスターの合計攻撃力は10800。《ダメージ・ダイエット》で軽減しているこのターンで与えられるダメージは5400止まりだ。かろうじて自分のライフは100だけ残る――まだ希望はある、と素良は額の汗を拭い安堵する。

 

「……このカードはランク5か6のエクシーズモンスターの上に重ねることでエクシーズ召喚できる。私はランク6のアトゥムスでオーバーレイ! 雷の速さを以て、穿ち貫け! エクシーズ召喚! 現れよ、ランク7! 《迅雷の騎士ガイアドラグーン》!」

 

 だが安堵したのも束の間、一瞬にして素良の表情が一変する。すっかり失念していたが、以前の遊矢VS龍姫戦でこのモンスター存在していたのだ。しかもその攻撃力は2600――龍姫の場のモンスターの合計攻撃力は11000となり、例えダメージを半減されても与ダメージは5500。そして素良自身の残りライフポイントも同じく5500――

 

「バトル。サフィラ、ガイアドラグーン、サンダーエンドの順で直接攻撃」

 

 ――自分(素良)の敗北が決定した。

 淡々と、しかし確かに内に秘められた怒りを感じられる声色で龍姫は冷徹に攻撃令を下す。サフィラの放つ光、ガイアドラグーンの風を纏った槍撃、サンダーエンドの無慈悲な大雷が容赦なく素良へと襲いかかる。伏せカードも、墓地発動も、手札誘発もない素良にこの3体の直接攻撃を防ぐ術はなく、サンダー・エンドの直接攻撃終了と同時にライフカウンターが0を示した。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 デュエルが終わり龍姫は無言でディスクを仕舞い、真澄の方へと近付く。お疲れ様、の意味を込めて片手を軽く上げたハイタッチをするが、龍姫の表情は優れない。付き合いの長い真澄はその理由を何となく察していた。

 元々龍姫はプレイングや言動こそは淡々としているものの、デュエルの演出自体は観衆向け、言わば大勢の観客を沸き上がらせるデュエルを重視している。融合、儀式、シンクロ、エクシーズを使っているのも、観客に何を出すのかワクワクさせるためのものだ。

 それが今回はどうだ。ただ自分のドラゴンを相手の装備カードにされたからと言って激昂し、あまつさえ口調も荒々しく普段の冷静さや冷淡さの欠片もない。いつもは『思考停止全ブッパコンボ』と称している《ダークストーム・ドラゴン》と《スーペルヴィス》、《サンダーエンド・ドラゴン》のコンボもやりたがらないが、今回はそれを怒り任せに行った。

そんな自分らしくないデュエルをしたため、龍姫は半ば自己嫌悪に陥って気が滅入っているのだろうと真澄は感じる。

 

(ヤバい――人前でミザちゃんごっこしちゃった…)

 

 しかし、そんな真澄の心配を知らずに龍姫は完全に別件で落ち込んでいた。普段の無口で冷淡な姿をLDSはもちろん学校内でも(例の件を除いて)守って来たが、今回のデュエルで本能の赴くままに真の銀河眼使いとほぼ同じリアクションを取ってしまった自分の安易さに後悔している。いや、これは相手が自分の愛するドラゴン族を奪った当然の報いであり、自分は何も悪くない。先人のドラゴン使い達と同等、もしくはそれ以上に愛情を注いでいる自分にとっては至極普通の行動で何も間違ったことはしていない。自分にそう言い聞かせるように心の中で言い訳をしている中、ふっと視界に素良の姿が入りこむ。

 

「…………何?」

「ねぇ、もう1回僕とデュエルしてよ。1回じゃ物足りないでしょ?」

「……悪いけど、今はもう1回デュエルをする気力がない。柚子か真澄を誘えば――」

「君じゃないと僕が満足できないんだけど」

 

 先ほどのデュエルの内容に満足できなかったのか、再戦を申し込む素良。その表情はどこか不服そうにも見える。

 龍姫としてはこれ以上コントロール奪取を相手にしたデュエルをすると、先ほど以上に我を忘れてエンタメ性の欠片もないデュエルをするかもしれない。相手の戦術を受け入れてこそのデュエリストだと頭で理解はしているが、それでもどうしても譲れないもの(ドラゴン愛)がある。見て分かるように疲れた表情を作ってみせるが、素良は中々引き下がらない。その真剣な眼差しはデュエル開始時以上に真摯であり、それを見た龍姫は気付かれないように小さくため息を吐き、顔だけ真澄の方へと向けた。

 

「真澄、チェンジ」

「私は別に良いけど――そこの貴方は良いの?」

「良い訳ないじゃん。君の融合なんかより、龍姫を相手にしたいし」

「聞き捨てならないわね。私が弱いって言いたいの?」

「君のレベルは前の柚子とのデュエルで知れているもん」

「……言ってくれるじゃない。さっきの龍姫の実力は認めても、私の実力は認めないとでも言うのかしら?」

「うん。融合なら僕の方が強いからね」

 

 素良の言葉にカチンと来た真澄は眉を顰める。いくら自分よりも年下(に見える相手)とは言え、真澄は融合コースのトップであることに誇りを持っており、それを否定されることはLDSを下に見られていることに他ならない。ホルダーからデュエルディスクを取り出し、素良の方を睨む。

 

「だったらデュエルよ。私も龍姫と同じLDSよ――LDS融合コースの実力を思い知らせてあげるわ!」

 

 声を大きく張り上げる真澄。LDSこそ最強だと示すため、例え安い挑発だろうと受けて立つ姿はデュエリストとしては何も間違っていない。

 だがそんな真澄の様子を見て素良はハァ、とため息を吐く。自分は真澄とではなく龍姫とデュエルをしたいのに、何故邪魔をするのかと表情に出さないように睨む。邪魔立てするのなら、さっさと終わらせて龍姫と再戦をしようかと思っていた時――

 

 

 

 

 

「お前もLDSか」

 

 

 

 聞き覚えのない、男の声が静かに響いた。

 

 




やりたかったコンボ
①《トイポット》+《マジカルシルクハット》
②《ダークストーム・ドラゴン》+《スーペルヴィス》→《サンダーエンド・ドラゴン》

①に関してはWikiにも書かれていますが、個人的に《サルベージ》や《融合回収》などの1枚で2枚分のカードアドが取れるカードが好きなのでこの形に。べ、別に枚数調整のために本編で《威嚇する咆哮》を使った訳じゃありませんよ(震え声)

②は前回の1枚1枚破壊するラプテノスループと同様、''全て壊すんだ''コンボ。何気にサフィラも墓地に《祝祷の聖歌》が落ちていれば生きられますし、サンダー・エンドの効果を発動する前に蒼眼を出して耐性を付与すれば相手だけ一方的に破壊できるので良いコンボ(Wikiを見ながら)。こ、こっちは前回《サイバー・エンド・ドラゴン》を出せなかったから、代わりに名前の似ている《サンダー・エンド・ドラゴン》で代用したとかそんなことは微塵にも思っていません。本当です。私を信じてくれ(バリアン警察感)


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9話:《スリーカード》(3は恐怖の数字)

(無言の復活)

2015/12/30 謎改行・ルビ振りミス・台詞修正


「お前もLDSか?」

 

 聞き慣れない男の声が響く。最初に反応したのは素良だ。声が聞こえた瞬間、振り返るような真似はせず一瞬で体を半歩分飛び退かせた。そんな素良の突飛な行動に呆気に取られた龍姫は反応が遅れ、右肩辺りに衝撃が走る。完全に気が緩んでいたこともあり、そのまま尻もちをつくような形で倒れ込む。

 次いで背後から柚子の小さな悲鳴が聞こえ、ドサリと倒れ込む音とカードが無造作に散らばる音が龍姫の耳に入る。一体何が起こったのかと顔を背後へと向けた。

 するとそこには青色のコートに身を包み、赤いスカーフとサングラスで顔を隠した青年の姿が視界に入る。異様な雰囲気を纏い、ゆっくりと真澄の方へと歩み寄って行く。

 その姿をしっかりと目に焼き付けた龍姫の印象はただ1つ――

 

(――ふ、不審者だっ…!)

 

 ――決闘者ではなく不審者。

 龍姫自身、不審者というよりも奇妙な恰好をした人間なら『あぁ、この人もデュエリストなんだな』という印象で済んだだろう。コートを羽織るくらいならば青眼を愛する彼や地獄の帝王、元キングにナンバーズハンターという前例がある分理解できる。サングラスならスピード☆アクセルデッキのあの人や謎のD・ホイーラー、スカーフなら某西部劇が舞台の時によく見ていた。

 だがそれら全てを兼ねるとここまで露骨に怪しい人物になるのかと体が強張る。極論ではるが、非現実的に怪しい恰好の人間であればデュエリスト、普通の恰好でもデュエリストだと龍姫は認識していた。しかし目の前のこの青年はどうだろうか? 自分と柚子の女子中学生2人を突き飛ばし、さらに真澄の方へとゆっくりと歩み寄って行く、不審さに現実味を帯びた怪しい人間――不審者でしかない。

 

 不審者と真澄が僅かに会話をしているが、今の龍姫にはそれを聞き取るほどの正常ではない。先ずは警察だろうか、それとも大声で助けを求める? いや、もしかしたらこの不審者に仲間が居て複数人の不審者に連れて行かれ薄いブックス!な展開になる可能性もある。一応男手(素良)も居るとはいえ、世の中にはそれ(ショタ)を良しとする人間も居ると聞いた。このままではこの場に居る4人全員が被害に遭ってしまうだろう。一体どうすれば良いのかとデュエル以外で使わない頭を回転させている間に上から少年の声が響いた。

 

「やめろ隼!」

 

 相手を制止するような台詞が龍姫の耳に入る。エレメンタルなのかデステニーなのかイービルなのかヴィジョンなのかは分からないが、間違いなくHERO的な人物が来たと龍姫は安堵した。一体誰が、と期待に満ちた眼差しを声の主に向けると――

 

「これ以上無茶なことをするな!」

「ユート!」

 

 ――不審者が増えた。なぜ? なんで? どうして? と龍姫の思考は初見でインフェルニティを回されている時のように混乱し始めた。不審者が不審者を制しているという状況はまるで意味がわからない。これはアレだろうか、こっちの獲物は俺のものだ的な仲間割れかと龍姫は推測する。

 不審者2人が口論している間に真澄は冷静に北斗らに連絡を取っていたが、龍姫はそれすら視界に入らないほど困惑していた。頭の中が真っ白とでも言うべきなのか――自分としてはどのような状況でも『いつものこと』と割り切れる自信があったが、いざ(デュエル以外で)このような状況に陥ると、ここまで頭が回らないのかと己の無力さに憤る。

 

「待って、彼が犯人かどうかはまだ――」

「――っ、瑠璃っ!?」

 

 そして不審者が狙いを真澄から柚子の方へと変えた。おそらく通報した真澄よりもこっちの方が良いと不審者は判断したのだろう。いつの間にかスカーフやサングラスを外し、柚子の方へと近づく。

 

「何故瑠璃がここに……逃げたのか? 自力で脱出を?」

「えっ…」

 

 不審者が何を言っているかは理解できないが、その時ふと龍姫は柚子のことを思い出した。学校では普段から遊矢と一緒に夫婦漫才を繰り広げては場を和ませ、大会等では健気に頑張っている。勝気なところもあるが、優しく気の利く女の子。つい先日も、遊勝塾でのデュエル後は名前呼びになるまで親しくなった。そんな子が不審者(と思われる男)の毒牙にかかろうとしている。

 

 不審者は柚子にジワジワと近寄り、彼女はすっかり怯えている。気づいた時、龍姫の体は自然と動いていた。『ドロー、スタンバイ、メイン入ります』ぐらいに流れるような動きで左方から不審者に急速に接近する。そしてドラゴン使いのデュエル以外での技を不審者へと向けた。

 

「瑠璃っ! ――がぁっ…!?」

 

 瞬間、重低音が2回響いた。やった本人も不思議に思い、ふと放った技へと目を向ける。自分の左手はしっかりと手刀の形を作り、不審者の左脇腹に深く突き刺さっていた。以前北斗に直撃させたものよりも本気で、かつデュエリストの鍛え上げた筋力による全力の手刀だ。重低音が響くのも無理はない。

だが何故それが2回も聞こえたのかと疑問に思うが、それは少し視点を動かして解消した。先程のもう1人の不審者の右拳が鳩尾(みぞおち)に深く沈んでいる。なるほど、満足パンチかと龍姫が納得した時に先の不審者が小さなうめき声をあげた。

 

「――っ、瑠璃…」

「…彼女は瑠璃ではない……」

 

 後から来たそう不審者が告げると、先の不審者は完全に意識を手放す。そのまま前へと倒れ込もうとするが、それを鳩尾に拳を沈めた少年がしっかりと介抱。さらには肩へ担ぎ始めた。

 

「……あっ――」

 

 その時、龍姫が(やっと)後から来た不審者の顔を見て、小さく声をあげる。それに反応した少年――ユートは声の主の方へ顔を向けると、僅かに眉が動いた。

 しかし顔を一瞥しただけに留まり、まるで最初から何もなかったかのように歩を進めようとする。が、ふとユートは足元に散らばった柚子のデッキのカードを視界に収めると、とあるカードに着目した。そしてそのカードを拾い上げ、真剣そうな――それでいてどこか悲しげな眼差しを柚子へと向ける。

 

「…君にこのカードは似合わない」

「えっ」

「それは心外だなぁ――僕からのプレゼントを他人にとやかく言われたくないんだけど。なんだったらそのカードがどんなに素晴らしいか教えてあげても良いんだけどね」

 

 今まで静観を守っていた素良の口が開く。その表情は普段の小悪魔っぽさは欠片も感じない。自分が誇るカードを嫌悪するようなユートの言い草が癪に障ったというのもあるだろう。

だが、それ以上に目の前の人間が自分とはある意味で縁のある人種ではないのかと勘繰る。無論、それはこの少年に限った話ではなく、その隣に居る龍姫についても同様だ。ユートが現れてから、普段の無表情で無鉄砲で無愛想な物言いが全くの0。その顔は見て分かるほどに困惑や教学の色が混じっている。この2人には何か関係があるのではないかと素良は疑念を抱く。

 

「ちょっとやめてよ素良! 彼は――」

「真澄ぃっー!」

 

 挑発する素良を柚子が宥めようとした時、倉庫街の奥からどこかで聞き覚えのある少年の声が響いた。この場に居る全員がその方向へと目を向けると、そこには3人の少年がこちらに走って向かって来る。その姿の中に北斗と刃が居たことに真澄は安堵の表情を浮かべ、遊矢が居たことに柚子も同じ表情に。だが――

 

「えっ?」

「むっ――」

 

 ――突如、柚子の右手のブレスレットが薄紅色の光を放ち始める。この場に居る全員がその光源へと目を移すと、視界が眩い光に染まった。あまりの光量にほぼ全員が目を瞑る、もしくは手で遮るなどで光から逃れようとする。

 一瞬。それも瞬きをする程度の間を置いてから視界が鮮明になる。すると先程までそこに居たはずの不審者2人が忽然と姿を消し、そこにはユートが握っていた《融合》のカードがゆっくりと地面に落とされた。

 

「真澄! 龍姫!」

「襲撃犯は!?」

 

 それと同じくして全速力で走り、肩で息をしている北斗と刃が真澄の傍へ寄る。一見、外傷等はないように見えるため一先ずの安堵を覚えた。一方で当の真澄は呆然としており、今起きた出来事がまるで理解できない――ただ、事実のみを言葉で吐き出す。

 

「……消えた…」

「えぇっ!?」

「消えたって――マジかよ?」

 

そんな異世界や精霊のようなファンタジーじゃあるまいし、とでも言いたげな顔で刃は真澄に、次いで龍姫へと目を移した。だがそんなおとぎ話のような話を否定しないとばかり龍姫は無言の肯定。その反応を見て、北斗と刃は息を飲む。

 

(何なのこれ……)

 

突然不審者が現れ、続けてもう1人不審者が現れ、不審者同士の争いに何故か物理攻撃((無言の手刀))を直撃させてしまい、助けが来たと思えば柚子のブレスレットが光り輝き不審者が居なくなり――一体、何がどうなっているのか理解できない龍姫。むしろこれで情報を把握しろという方が到底無理な話だろう。整理しきれない出来事に自然と恐怖と不安が混じり、自然と顔が下を向く。

 

「来たぞ、LDS」

「――っ、すみません! 犯人は今までそこに…」

 

 倉庫街の端にLDS所有の車を北斗が見つけると、それに促された真澄が駆け走る。いつの間にか遊勝塾の面々がここからいなくなっており、面倒事に巻き込まれる前に逃げたのだろうと2人は察した。駆けていく真澄を静かに見送り、続けて刃は龍姫の顔を伺う。何故龍姫がここに居るのかはわからないが多分公式戦を終えて合流でも考えていたのだろうと判断。同時に龍姫の表情が見てわかるほどに落ち込んでおり、襲撃犯に何かされたのではと不安を覚える。

 

「なぁ龍姫、何でお前がここに居るのかはわからねぇけどよ、何があったのか教えてくれよ。俺と北斗は今来たばっかでわからねぇし」

「あぁ、真澄の説明だとここに襲撃犯が現れて消えたということしか聞いてないからね……まぁ、言い辛いことなら無理に話さなくても構わないけど」

 

 無論、不安を感じたのは刃だけではなく北斗も同じ。心配そうな顔で龍姫に語りかける。

 声をかけられた龍姫は、ゆっくりと2人に顔を合わせた後に少しだけ考え、口を開く――

 

「……とりあえず手刀で攻撃した…」

「……お、おう…」

「あー……うん、手刀ね、手刀…」

 

 ――が、予想以上に変な回答で北斗と刃はどう反応したものかと、顔を見合わせた。デュエリストならデュエルで解決するのではないのかと思っているものの、相手はLDS襲撃犯。物理的な手段で自衛を行っても問題はないだろう、多分。(一応)龍姫は女子だし。そう思いながら北斗は軽く咳払いし、顔を真澄が向かった方向へと向ける。

 

「まぁ無事で何より。詳しいことはLDSに戻ってから報告すれば良いさ」

「そりゃそうだな。それに龍姫の手刀を食らったんだ、ある意味で一矢報いたようなもんだぜ」

「あの手刀はかーなーり痛いからね。先週食らった僕がよく知っている」

 

 半ば冗長的に。それでいて励ますように龍姫の背を押しながら2人は龍姫と共にLDSの車の方へと向かう。龍姫は不自然な苦笑を浮かべつつ、ほんの少しは軽くなった気持ちになる。やや歪な笑みだが、龍姫の気が多少は楽になったのだからまぁ良いだろうと、北斗と刃は安堵した――

 

 

 

――――――――

 

 

 

 事情聴取を終え、刃に権現坂の件を頼み、いつものメンバーと別れて龍姫は1人帰路を歩く。不審者の情報が出回ったのか、閑静な住宅街には人が見当たらず、龍姫1人で道を独占しているようにさえ思えた。トボトボとやや力なく龍姫は歩を進める――

 

「………っ、!」

 

 ――が、突然龍姫は自分の左拳を電柱へと叩きつける。その表情は辛酸を舐めさせられたように険しく、電柱へと叩きつけた左手の痛みなど知覚すらしていない。

 

(馬鹿だ私は――いざ襲撃犯を目にしたら怖くなって動けなかった。超展開に慣れていると自覚していた結果がただの手刀……これじゃデュエリストじゃなくてリアリストだよ…)

 

 自分の自信が過信であったと思い知り、そんな己の無力さに吐き気を覚える。同時に何故あの状況で堂々と『おい、デュエルしろよ』とデュエリストらしい行動ができなかったのかと、自分自身に怒りを覚えた。一応は精神的に成人までは成長していたつもりだった――だが、所詮はその程度。いざ突飛な事態に巻き込まれてみれば自分は身も心も子供のままだったと自覚する。

LDSに所属している以上、あの襲撃犯に再度遭う可能性は十分に考えられる。ならば今度は物理的な手段ではなく、正々堂々デュエリストらしくデュエルで立ち向かうべきだと頭では理解していた。

 

「……っ…」

 

 しかし理解はしていても、心がそれを受け付けない。真澄達が居た時まではなるべく気丈に振舞おうと気を張っていたが、1人になった途端に体が震えていた。無論、武者震いなどの綺麗な震えではない。

 恐れからくる震えだ。この世界で生を受けてからデュエルで命の危機に関することもあるだろうと、心のどこかでは思っていた。だがそれがこんな――それも唐突に来ることは予想できない。超展開には慣れているとは思っていても、あくまでもそれは第3者の視点。こうして主観的な立場に回ってみて初めて、歴代のデュエリスト達が超常的な場面に遭遇しても決して折れなかった心の強さを思い知る。

 

「……強く…」

 

 どうすれば彼らのように強くなれるだろうか。カードへの思いは誰にも負ける気はしない。ここ一番でのドローの強さもそれなりに自信はある。真澄達LDSの仲間達とも強固な絆で繋がっているだろう。どんな時でも勝負を諦めるようなこともない――なら自分に足りないものは一体何だろう?

 

「……負けたくない…」

 

 その答えは今の自分では答えられない。だが、それでも強くならねばならない。この世界では負ければ『死』――ということは確認できていないが、そういった事態に巻き込まれることは十分に考えられる。ならばそのために――例えどんな手を使ってでも強くなりたい。

 

「……明日の公式戦…アレを入れよう……」

 

 自分のデッキ、そして家にある多くのカードを思い浮かべながら、最近まで使用を控えていたカードを思い出す。初めて見た時は何と出しにくいカードだろうと思っていたが、いざ使ってみればその凶悪さに誰もが忌み嫌うようになった。以前使っていたデッキでは活躍していたが、デッキを『聖刻サフィラ』にしてからは枠の関係やイメージの都合でデッキから外している。だが、今の手持ちのカードでなら十分に採用圏内だろう。とりあえずはデッキのバランスを考えつつ、家に帰ったらまたデッキを調整しようと決意する。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 LDSのセンターコート。そのコート端に設置されている選手用ベンチに座り、龍姫は昨夜調整したデッキを再度確認していた。普段ならば40数枚で収まっていたデッキ枚数が何故か50枚を超えている。通常であれば限りなく40枚丁度にデッキの枚数を収めることは常識だろう。デッキの枚数が多ければ多いほどデッキのキーカードを引く確率は下がり、多種多様なカードを入れることでデッキの事故率も跳ね上がる。

 しかし、それでも龍姫はデッキの枚数を抑える気はなかった。確かにキーカードを引く確率は下がるかもしれないが、自分のドロー力には自信がある。初手全部バニラなどの大惨事もここ数か月は起きていない。また、デッキの枚数が多ければ『デッキ破壊』を相手にした時にもちょっとした対策にはなるだろうという判断だ。それに魔法・罠カードの種類を多くすることで、相手の自分への対策を講じさせにくくすることもできると思っている。

 極端な話だが、真澄の公式戦を見学した際に相手が対策として用意した《封魔の呪印》で《ジェムナイト・フュージョン》を使用不可能にさせた時が良い例だ。あの一戦で真澄は防戦一方だったものの、最終的には罠融合による逆転1ターンキルで勝ったから良かったが。

 そういった友人の前例があったため、例えデッキ枚数が多くなったとしても万能性に富んだデッキにしなければならない。デッキコンセプトである大量展開はそのままに、通常のビートダウンとは異なる相手――バーンやデッキ破壊対策に少々カードを足す。あとはこのデッキが今回の公式戦でしっかりと回るかどうかを確認すれば良い。そう思いながら龍姫はデッキを眺める。

 

 そんな龍姫の様子を観客席から見守る影が4つ。昨日、サイバー流道場で龍姫の公式戦を見学した沢渡とその取り巻き3人だ。彼らは特に心配そうな表情ではなく、すっかり安心しきっている表情で龍姫を眺めていた。

 

「いやぁ~、昨日はやべぇと思ったけど結局は橘田さんが勝ったな」

「まぁ総合コースのトップなんだから当然だろ? それにジュニアユースの勝率も8割超えているし、公式戦もあとは規定試合数をこなせば良いだけだしな」

「今日の相手は塾生じゃなくて無所属の相手だっていうし、負けはないだろ」

 

 頬杖をつきながら、取り巻き達の会話を右から左に聞き流す沢渡。確かに昨日の試合は途中で危ない場面こそ幾つかはあったが、最終的には龍姫の勝利で終わった。今日ぐらいは安心して見ていたいものだと内心で愚痴のように零す。

 今回の試合は相手が無所属の相手ということで全く情報がないが、フリーのデュエリストでも大会の入賞経験等があればある程度の噂は耳にする。しかしそういった公式の目立った記録がなく、ジュニアユースの出場資格も6連勝のみと少なすぎてやや不気味だ。前回・今回の龍姫の対戦相手は全て赤馬零児の選出。前回のサイバー流の件があるためまた何か特異なデュエリストなのではないのかと邪推してしまう。

 

「お待たせ!」

 

 沢渡がそう思っていた時、龍姫の対戦相手がデュエルコートに小走りで姿を現す。沢渡や龍姫の通う第二中の制服ではなく、第一中の制服を着た少女。セミロングの黒髪ストレートで、背は平均的な女子よりも大分小さい。快活そうな顔は明るい性格をイメージさせ、昨日対戦した変に厳格な藤島恭子と比べれば普通の女子だと判断しただろう――その立派な双丘を目にするまでは。

 龍姫は相手の姿を見て何でもないように振舞い、軽く一礼をする程度で済ませる。だが目だけは対戦相手の巨峰に向かい、どこか殺気を孕んだようなそれに感じられた。取り巻き達も昨日藤島と会った時と寸分違わぬ反応で、ただ『でかい』とだけ呟く。

 二日連続で見事な山の持ち主を龍姫の相手にするなど、赤馬零児は龍姫に嫌がらせでもしたいのではないかと沢渡は思った。これはきっと龍姫を煽るための人選で、本人は今頃モニタールームでささやかなサービスとでも思いながら龍姫の反応を見て楽しんでいるのではないかとさえ錯覚する。

 そんな赤馬零児の思惑(だと思われるもの)には屈しないと言わんばかりに龍姫は真剣な表情になり、軽い咳払いを交えながら瞬時にデュエルディスクを構えた。

 

「……時間が惜しい。早く始めよう」

「えぇー、折角久しぶりに会ったんだから、ちょっとだけ雑談に付き合ってくれても良いじゃん。たっきー」

 

 『たっきー』って誰だ? と沢渡は取り巻き達に目を配る。沢渡の問うような視線に取り巻き達も理解できず、といった形で少女の方に目を向けるが、ふと柿本が「あっ」と声をあげた。

 

「たっきーって、橘田さんのことじゃないッスか? ほら、橘田さんって名前が龍姫(たつき)ッスよね? それを愛称みたいにすればたっきーに」

「あぁっ! 橘田さんのことか! てかそんな愛称橘田さんに付けるとか恐れ多いだろ!」

「一体誰なんだよあいつ――隣の中学の奴みたいだけど…」

「……どこかで見たことはあるんだけどな…」

 

 沢渡は自身の記憶から龍姫を『たっきー』という愛称で呼ぶ少女を必死に探し出す。隣の中学だから馴染みはないが、交友関係が狭く深い龍姫のことだ。先の『久しぶりに会った』という発言から過去に大会か何かでデュエルした仲だとは考えられるものの、沢渡の記憶で龍姫と対戦した相手であんなにも気軽に話しかける人物はほとんどいない。大抵は大型ドラゴンの大量召喚に恐怖し、龍姫とは口も利きたくないというのが大半のハズだ。それがなく、ましてや龍姫と話したいなど並の人間ではない。

 

「去年の大会以来だしさ。あっ、そういえばその去年の大会の優勝賞品のカードはそのデッキに入って――」

「…………」

「――あ、はい、ごめんなさい。すぐに準備するね」

 

 龍姫の無言の威圧に耐え切れなくなったのか、あっさりと少女は折れていそいそとデュエルディスクを構える。むしろ龍姫相手によくコミュニケーションを取ろうとしたな、と沢渡は少なからず少女に尊敬の念を抱いた。

 

 両者の準備が完了した瞬間、センターコートのソリッドビジョンシステムが作動する。虹色の光が幾重にも重なりながら、段々とアクションフィールドを形成していく。今回は龍姫の得意なフィールドか、相手の得意なフィールドか、はたまた全く関係ないフィールドが現れるのかと沢渡はデュエルフィールドをじっと見つめる。

 デュエルフィールドは黒く――ただ、黒い色に染め上げられていった。ファンタジーに出てくるような中世の城をバックに、荒廃した城下町。家屋は崩れ、道は荒れ、廃墟のような印象さえ覚える。満月の夜に映えるその光景はまるで至る限りの暴力が尽くされた後のような街並みだ。

 確かアクションフィールド名は《デモンズ・タウン》――悪魔の街。これは龍姫にも相手の少女にも全く関係ないフィールドだろうと、沢渡は決めつけた。

 龍姫は自他共に認めるドラゴン使い。悪魔との関係性は全くなく、精々闇属性が多少居る程度。

 相手の少女はあの性格で悪魔族を使うとは到底思えない。悪魔族とは赤馬零児が使う『DD』のような不気味で暴力的なもの。それをあんな少女が使うハズはない。

 ここでは単純に互いの実力のみの勝負になるだろう――そう沢渡が目を瞑って頷いている間、龍姫は僅かに目を細め、少女は満面の笑みを浮かべていた。

 

「さてそれじゃあ――戦いの殿堂に集いしデュエリスト達が!」

「…モンスターと共に地を蹴り宙を舞い、フィールド内を駆け巡る」

「見よ! これぞデュエルの最強進化形! アクショーン――」

「「デュエルっ!」」

 

 

 

――――――――

 

 

 

「私の先攻っ! モンスターを裏側守備表示でセットし、カードを3枚セットしてターンエンド!」

(裏守備ねぇ…)

 

 珍しい。そう思いつつ、沢渡は少女のフィールドを見る。基本的にアクションデュエルでは召喚したモンスターと共にフィールド内を駆け、アクションカードを探す、もしくは相手のアクションカード入手を妨害することが基本だ。そのため、裏側守備表示で出すとなるとセットモンスター共通のソリッドビジョンでしか現れず、前述の行動ができない。通常のスタンディングデュエルであれば慎重な立ち上がりだと評価できたが、このプレイングは正直間違っているのではないかと沢渡は考える。セットカードが3枚もあれば相手の動きを牽制するという意味で先攻は間違っていないだろう。しかし、やはり先攻を取ったのだから先に目立つべきではないかと(遊矢に影響された)エンターテイナーとしての血がそう告げている。

 

「……私のターン、ドロー。魔法カード《召集の聖刻印》を発動。デッキから『聖刻』モンスター1体を手札に加える。私はデッキから《聖刻龍-トフェニドラゴン》を手札に。そして《トフェニドラゴン》を特殊召喚。このカードは相手の場にモンスターが存在し、自分の場にモンスターが存在しない時に手札から特殊召喚できる。さらに手札から《聖刻龍-アセトドラゴン》をリリースなしで召喚。《アセトドラゴン》は攻撃力を1000にすることでリリースなしで召喚できる」

「おっ、一気に上級モンスター2体」

 

 龍姫の場にお馴染みの『聖刻』上級モンスターが2体姿を現す。だが沢渡は少しだけ首を傾げた。特殊召喚効果を持つ《トフェニドラゴン》をリリースして《アセトドラゴン》をアドバンス召喚すれば、いつものようにドラゴン族通常モンスターを特殊召喚。そこから《アセトドラゴン》のレベル変更効果を使用することですぐにエクシーズ召喚に繋げられるハズだ。それを使わないとなると、何か別の手段があるのかと龍姫の場に注目する。

 

「私は《トフェニドラゴン》と《アセトドラゴン》をリリースし、手札から魔法カード《ドラゴニック・タクティクス》を発動。場のドラゴン2体をリリースし、デッキからレベル8のドラゴン1体を特殊召喚する。デッキからレベル8の《ダークストーム・ドラゴン》を特殊召喚。さらにリリースされた《トフェニドラゴン》と《アセトドラゴン》のモンスター効果発動。自身がリリースされた時、手札・デッキ・墓地からドラゴン族・通常モンスターを攻守0にして特殊召喚する。デッキから《神竜ラグナロク》と《アレキサンドライドラゴン》を特殊召喚」

「一気に場にドラゴンが3体も…!」

「しかもそれを後攻2ターン目で――やっぱり橘田さんはすげぇや!」

 

 上級モンスター2体が場から姿を消し、次いで現れたのは最上級ドラゴンと2体の下級ドラゴン。カード消費だけで言えば一切のディスアドバンテージなしに展開しているのだから、中々にえげつないと沢渡は感じる。さらにレベル4のモンスターが2体揃い、墓地には上級ドラゴン。そして龍姫の手札が未だに3枚もある。ならばそこから導き出される答えは自ずと限られるものだ。

 

「レベル4の《ラグナロク》と《アレキサンドライドラゴン》でオーバーレイ。竜弦を響かせ、その音色で闇より竜を誘え! エクシーズ召喚! 降臨せよ、ランク4! 《竜魔人 クィーンドラグーン》! オーバーレイ・ユニットを1つ使い、《クィーンドラグーン》のモンスター効果を発動。1ターンに1度、墓地よりレベル5以上のドラゴンを効果を無効にし、このターンの攻撃を封じて特殊召喚する。甦れ、《トフェニドラゴン》」

「出た! 橘田さんの大量展開(ソリティア)だ!」

「ここからガンガン出てくるぜ!」

 

 わいのわいのと騒ぎ立てる取り巻き達を横目に、沢渡は視線を龍姫ではなく相手の少女へと向けた。この後の龍姫のプレイングは何十、何百回と相手をした自分には手に取るように分かる。見慣れた光景よりは相手の反応を見た方が良いと判断した。何せ赤馬零児が龍姫の相手に指名した人物、それ相応の実力があるだろうし、相手の一挙一動に注意することもデュエルでは大事だ。

 並のデュエリストであれば龍姫のこの展開に恐怖するか警戒するかの2択。まだドラゴンが出てくるのかという恐怖と、どのドラゴンを出されるのかという警戒。この女子はどんな反応を示すのだろうと、沢渡は少女の顔を見るが――

 

(…何だ、あいつ? 笑っていやがる……)

 

 ――その表情は笑顔のまま。むしろ目を星のように輝かせ、次の手を待っているようにも見える。あの3枚のセットカードはブラフかとさえ思うほどに発動する気配もない。何もしないまま龍姫の好きなようにやらせるのかと、沢渡は少女に何か底知れぬ恐怖のようなものを感じた。

 

「手札から儀式魔法《祝祷の聖歌》を発動。レベルの合計が6以上になるように手札・場からモンスターをリリースし、《竜姫神サフィラ》の儀式召喚を執り行う。場の《トフェニドラゴン》をリリース――祝福の祈りを奏で、聖なる歌で光を導け! 儀式召喚! 光臨せよ、レベル6! 《竜姫神サフィラ》!」

「「「来た! 橘田さんのエースモンスター!」」」

「…リリースされた《トフェニドラゴン》のモンスター効果発動。デッキからレベル1・ドラゴン族・通常チューナーモンスターの《ガード・オブ・フレムベル》を攻守0にして特殊召喚する」

 

 そんな沢渡の不安を知る由もない龍姫は淡々とプレイングを続ける。エクシーズ、儀式と続けて今度は場にチューナーと非チューナーモンスター。場のレベルやモンスターの条件から考えて、出てくるシンクロモンスターは昨日のあのドラゴンだろうと沢渡と取り巻き達は瞬時に察した。

 

「《ダークストーム》は場・墓地では通常モンスターとして扱う――私はレベル8通常モンスターの《ダークストーム》にレベル1の《ガード・オブ・フレムベル》をチューニング。蒼銀の光輝かせ、全ての災厄を打ち払え! シンクロ召喚! 光臨せよ、レベル9! 《蒼眼の銀龍》!」

 

 儀式・エクシーズ・シンクロと立て続けに異なる召喚法で場にドラゴンを出す龍姫。今回は比較的緩いソリティアだったため、龍姫のプレイングは見ていてわかりやすい。変にデッキ・手札・場・墓地を往復させなかったので前回と違い沢渡は安心して龍姫のデュエルを見ることができ、一息つく。

 

「《蒼眼の銀龍》のモンスター効果発動。このカードが特殊召喚に成功した時、私の場のドラゴンは次の相手ターンまで相手カード効果の対象にならず効果で破壊されない。さらに《クィーンドラグーン》が場に居る限り、このカード以外の私のドラゴンは戦闘で破壊されない」

「おっけー」

「軽いなオイ」

 

 対象効果・効果破壊・戦闘破壊と3重の耐性になったにもかかわらず、相手の少女は動じるどころか笑顔で返す。まるで龍姫がこのプレイングをすることが当然のように。そんな少女の薄気味悪さと不自然なほどに自然な笑みに再び沢渡は恐ろしさを覚えた。

 相対している龍姫の方は表情にこそ出さないが、それでもどこか目の前の少女に警戒しているようにも見える。そのことにこの場にいる全員が気づいていないが、龍姫は僅かに目を険しくさせながら手を前にかざす。

 

「……バトル。《クィーンドラグーン》で裏守備モンスターに攻撃」

「そのタイミングでアクション魔法《幻影》を発動! 私の場のモンスター1体を選択し、そのモンスターはこのターン戦闘では破壊されない! 対象はもちろん私の裏守備モンスター!」

「な――っ!?」

 

 『いつの間にアクションカードを!?』という取り巻き達の声があがる前に裏守備モンスターを取り囲うように黒い霧が纏わりつく。《クィーンドラグーン》が放った攻撃はその闇の中に吸い込まれ、破壊された時のエフェクトも発生しない。そこにはただ攻撃に失敗したという事実のみが残った。

 

「さらに攻撃された裏守備モンスター《暗黒のミミックLV1》のリバース効果発動! 私はデッキからカードを1枚ドローする!」

「リバースと――」

「――LV?」

「それに悪魔族?」

 

 あまり聞くことのない単語に取り巻き達は顔を見合わせる。リバース効果は裏側表示のモンスターが表側になった時に発動する効果、LVモンスターは特定の条件を満たすことで上位態に進化するモンスターだ。どちらも総合コースの講義で習ったことはあるが、どれも癖が強く扱い辛いのでLDSでは滅多に使うデュエリストはいない。しかもそのモンスターが悪魔族。あの太陽の如く明るい笑みの少女が使うデッキとしては、かなり場違いではないかと取り巻き達の印象は一致する。

 

「……バトル終了。カードを1枚セットし、エンドフェイズに《サフィラ》のモンスター効果発動。この子が儀式召喚に成功したターン、または手札・デッキから光属性が墓地に送られたターンのエンドフェイズに3つの効果から1つを選択し適用する。私はデッキからカードを2枚ドローし、1枚捨てる効果を選択――これでターンエンド」

 

 今回は《超再生能力》による大量ドローはないのか、と珍しく思う沢渡。このターンで龍姫は《トフェニドラゴン》を2回、《アセトドラゴン》を1回リリースしたのだから、もしも《超再生能力》があれば最低3枚ドロー、《サフィラ》の効果で捨てたカードがドラゴンなら4枚もドローできていただけに、少し勿体ないとさえ感じる。

 尤も、今の龍姫の場には攻撃力2500の《サフィラ》と《蒼眼の銀龍》、攻撃力2200の《クィーンドラグーン》の3体が居るため場は圧倒しているだろう。何せ対象効果・効果破壊・戦闘破壊と3重の耐性を得ているのだ、早々突破される布陣ではない。セットカードは1枚のみだが、現状の布陣から考えて《復活の聖刻印》等の《サフィラ》の補助カードだと推測した。手札は1枚だが、《サフィラ》・《蒼眼の銀龍》・《クィーンドラグーン》の効果があればカード・アドバンテージはすぐに巻き返せる。次のターンから再度龍姫は攻め直せるだろうと沢渡は予想した。

 相手の少女の場には《暗黒のミミックLV1》とセットカードが3枚。手札は先のドロー効果で2枚に増えており、カード・アドバンテージで言えば龍姫とほぼ互角だろう。次のターンで手札は3枚に増えるが、リバース効果モンスターやLVモンスターは展開力には乏しい。龍姫の場のドラゴンを1ターンで返すことは至難の技だ。

 

(けど何か引っ掛かりやがる……)

 

 しかし、それでも沢渡の不安は拭い切れない。リバース効果とLVモンスターという特定のカテゴリを使う腕の立つデュエリストならば有名になっているハズだ。だが相手の少女の顔を見た記憶はないし、そんな噂も聞いたことがない。情報が少ない故、ここは一旦様子見に徹するべきかと沢渡は相手の少女に集中する。

 

「私のターンっ、ドロー! スタンバイフェイズに《暗黒のミミックLV1》の効果発動! スタンバイフェイズ時に表側表示のこのカードを墓地に送ることで、《暗黒のミミックLV3》にレベルアップできる! 出ておいで、《暗黒のミミックLV3》!」

 

 相手の少女の宝箱の姿をしたモンスター《暗黒のミミックLV1》がその姿を進化させ、一回り大きい宝箱の《暗黒のミミックLV3》へと姿を変える。今度は被戦闘破壊時にデッキから1枚ドローする効果、しかも正規手順で進化させたことでその効果は2枚ドローへと優秀な効果になっていた。

 効果自体は悪くない。だがあまりにも受動的だ。今の状況で戦闘破壊され2枚ドローできれば手札の枚数は5枚と大きく増やせるが、それはあくまでもバトル後の話。バトル後に手札を増やしたところで龍姫のドラゴンを倒せなければ次のターンで総攻撃を受けて終わりだ。

 

「まだスタンバイフェイズを続けるよ。永続罠《リミット・リバース》を発動! 墓地の攻撃力1000以下のモンスターを攻撃表示で特殊召喚する! 私は墓地の攻撃力100の《暗黒のミミックLV1》を特殊召喚し――このタイミングで手札から速攻魔法《地獄の暴走召喚》を発動!」

「げぇっ!」

「あのカードは――っ!」

 

 再度場に現れた《暗黒のミミックLV1》。それに続くように発動した速攻魔法《地獄の暴走召喚》に取り巻き達は声を荒げる。あのカードは昨日の公式戦でも見たカード。その効果は相手場に表側表示のモンスターが存在し、自分が攻撃力1500以下のモンスターが特殊召喚に成功した時に発動。特殊召喚した自分モンスターと同名カードを可能な限り手札・デッキ・墓地から攻撃表示で特殊召喚し、相手も場のモンスターと同名モンスターを可能な限り特殊召喚する。だが今の龍姫の場には儀式・シンクロ・エクシーズと召喚制限があるモンスターのみ。昨日と同じように相手の少女だけが好きなだけ展開する形となった。

 

「たっきーの場で特殊召喚できるモンスターはいないから、私だけデッキから《暗黒のミミックLV1》を2体攻撃表示で特殊召喚! さらにっまだスタンバイフェイズだから《暗黒のミミックLV1》の効果を発動できる! 呼び出した2体の《暗黒のミミックLV1》を《LV3》に進化!」

 

 一瞬にして少女の場にモンスターが4体揃う。しかもその内3体は正規手順で進化したレベルアップモンスター――自身の効果で戦闘破壊されれば合計で6枚ドローと、驚異的なアドバンテージのカードへと変貌する。

 だが沢渡はそれよりも、この相手が使用した《地獄の暴走召喚》が気にかかった。昨日の藤島恭子はサイバー流故に同名カードを扱うので投入されていてもまだ理解できる。しかしこの少女の悪魔族デッキにあのカードが入るだろうか? しかも龍姫が場をドラゴンで埋め、かつ召喚制限があるこの状況下では最大限にその効果を発揮する。普段ならば敬遠されるようなカードを、公式戦で――それも龍姫を相手にというのがどうしても引っ掛かる。

 ここでふと、沢渡はあの腹黒い社長の顔が頭を過った。前回・今回の対戦相手のチョイスは全てあの男のもの。彼の性格を考えれば、龍姫に高額カードをねだられた腹いせに龍姫の情報を吹聴しつつ対戦相手を選んだと考えられなくもない。むしろそうでなければ説明がつかない。何て性格の悪い男だ、と沢渡は(勝手に)眼鏡マフラーノーソックス社長に対して毒づく。

 

「メインフェイズ! 私は残った《暗黒のミミックLV1》をリリースし、《タン・ツイスター》をアドバンス召喚! ここで永続罠《シェイプシスター》を発動! このカードは発動後、悪魔族・地属性・レベル2・攻守0・チューナーのモンスターカードとして場に特殊召喚される!」

「…発動時にリバースカード、速攻魔法《魔力の泉》を発動。相手の場の表側表示の魔法・罠カードの数だけ私はデッキからカードをドローし、その後自分の場の表側表示の魔法・罠カードの数だけ手札を捨てる。貴方の表側表示の魔法・罠カードは《リミット・リバース》と《シェイプシスター》の2枚。よって私はデッキから2枚ドローし、表側表示の《魔力の泉》の1枚分手札を捨てる。またこの効果の適用後、相手の表側表示の魔法・罠カードは破壊されず、効果も無効化されない」

 

 新たに発動されたカードに龍姫は僅かに目を細めながら、唯一のリバースカードで手札を増やす。相手の魔法・罠に耐性を持たせるデメリットもあるが、簡易《天使の施し》として考えれば十分優秀なカードだ。尤も永続系を多く使う相手だと知って(・・・)いたから今回は入れていたに過ぎない。少し欲を言えばあと1枚くらいは表側表示であって欲しかったと内心でため息をこぼす。

 

「んー、今は耐性とかいらないんだけどなぁ……まっ、いいや。私はレベル6の《タン・ツイスター》にレベル2の《シェイプシスター》をチューニング! 闇より出でし奇術師よ、呪いの血を相手に与えよ! シンクロ召喚! 降臨せよ、レベル8! 《ブラッド・メフィスト》!」

「「「し、シンクロ召喚っ!?」」」

 

 奇術師の風貌の悪魔《ブラッド・メフィスト》が場に現れたと同時に取り巻き達の声が荒ぶる。LDS以外でシンクロ召喚を教えている塾は極少数だ。その中でもジュニアユースに出場でいるデュエリストはさらに限られる。無論、そういった実力者に関して沢渡はもちろん取り巻き達は噂や公式の選手登録で確認しているため、シンクロ召喚を使うデュエリストはすぐにわかるハズだ。

 だが、龍姫の相手をしている少女のことは全くわからない。一体どこの誰なのか。これほどのデュエリストが塾生ではなく本当に無所属のデュエリストなのかと疑ってしまう。

 

「ここで墓地に送られた《タン・ツイスター》のモンスター効果を発動! アドバンス召喚したこのカードが墓地に送られた時デッキから2枚ドローし、その後自身を除外する! おっ、良いね良いねぇ、続けて永続罠の《リミット・リバース》を墓地に送り、魔法カード《マジック・プランター》を発動! 私の場の永続罠を墓地に送ることで、デッキから2枚ドローする!」

 

 そんな取り巻き達の反応を横目に、少女は流れるように手札を増やしていく。《タン・ツイスター》召喚時には1枚しかなかった手札が、いつの間にか4枚。さらに場には3体の《暗黒のミミックLV3》も居るのだから、まだまだ手札増強が終わることはない。

 ふと、ここで沢渡は今までバラバラだった情報を繋ぎ合わせる。相手はリバースやLV、シンクロ、使用カードは悪魔族。使用した《マジック・プランター》の存在から永続罠を多く積んでいるデッキ構築。そして無所属のデュエリスト――記憶の中で、1人のデュエリストの情報が出て来る。

 その名前を思い出すや否や、すぐにデュエルディスクを取り出し名前を検索。相手の少女の顔を公式デュエリスト名鑑に登録されている顔写真を見比べ、沢渡は確信した。

 

「そうか……あいつが…」

「さ、沢渡さん?」

「ほら、これが橘田の相手だ」

 

 自分のデュエルディスクをそのまま取り巻き達に放る沢渡。それをやや驚きながらも大伴がキャッチし、デュエルディスクに表示された少女の顔と名前を見た。

 

月宮(つきみや)美夜(みや):無所属

過去在籍していたデュエル塾

○月野リバース塾

○エターナル・フォース・トラップ・スクール

○ステップアップ・レベルアップ塾

○ボルガー・シンクロ・スクール

 

「なんだこいつ……デュエル塾を転々としていやがる」

「あれ、でも聞いたことがあるような――」

「――あぁっ! そういえばちょっと前にデュエル塾に転々としている悪魔族使いがいるって聞いたことが! 何でも、その塾の特徴を会得したら辞めてを繰り返している奴がいるって……」

 

 全てに合点がいった、とばかりに取り巻き達は声を荒げてデュエルディスクに表示されている情報とデュエルフィールドに居る少女――月宮美夜に視線を交互させる。リバース、LV、シンクロと多くの戦術を使い、基本的に永続罠を多用しているそのスタイルは美夜の情報と一致していた。

 また詳細な情報を見るとジュニアユースの出場条件は数か月前に6連勝でとっくにクリアーしている。なら何故龍姫と今更公式戦のデュエルを? と取り巻き達は首を傾げる。

 

「お前らは知らないかもしれねぇが、あの女と龍姫は非公式の大会で何度か当ってるんだよ」

「えっ、そうなんスか?」

「まぁ俺も橘田から話を聞いた形だけどな……あいつが大会で優勝した時に限ってあの月宮は橘田と当っていつも準優勝以下の成績なんだよ。その時龍姫は決まって『決勝で悪魔族使いと当った』、『準決勝でまたあの悪魔族使いと当った』とか言ってたしな。今回はおそらくそのリベンジだろうな……ジュニアユース選手権で当たるかどうかもわからねぇし」

「なるほど……でも沢渡さん――」

 

 沢渡の説明に納得する取り巻き達。確かに大会で何度も当たり、優勝を阻まれた相手に雪辱を果たしたいという気持ちはわからなくもない。自身のジュニアユース選手権に支障がなく、かつ相手側から申し出があったのなら断る理由もないだろう。ならば今回は絶好の機会、加えて先の《地獄の暴走召喚》の件と言い、ある程度龍姫のデッキを理解していることも頷ける。しかし――

 

「さぁここからいくよたっきー!」

「…………」

「――あの子、普通に満面の笑みでデュエルしてて、リベンジとかそういう雰囲気じゃないッスよ?」

 

 ――美夜本人からリベンジに燃える、といった感情が読み取れない。むしろ龍姫の方が先程から美夜に『たっきー』と連呼されて顔を歪めている。

 山部からそう言われ、沢渡は一瞬固まった。何と返そうか、そうあれは笑顔の裏に憎悪を隠しているに過ぎない。きっと内心ではハラワタが煮えくっているに違いないのだ。そう取り巻き達に言おうと冷や汗を流しながら指を美夜に向ける。

 

「あ、あれは――」

「《暗黒のミミックLV3》3体で《蒼眼の銀龍》に攻撃! そしてこの瞬間手札を1枚捨て、罠カード《レインボーライフ》を発動! このターン、私が受けるダメージは全て回復に変換される! 受けるハズだった4500のダメージが回復に変わり、さらに戦闘破壊で墓地に送られた3体の《暗黒のミミックLV3》の効果で6枚ドロー! 続けて《ブラッド・メフィスト》で《クィーンドラグーン》に攻撃!」

 

 沢渡の台詞を遮るように美夜は攻撃宣言を下す。自爆特攻で受けるダメージをカード効果で回避し、ドロー効果で手札を9枚にまで増やす美夜。そして先ずは戦闘破壊耐性を付与させている《クィーンドラグーン》に狙いをつけ、《ブラッド・メフィスト》の攻撃で《クィーンドラグーン》の姿がフィールドから消える。600のダメージを受け、龍姫のLPは残り3400。対して大きく回復した美夜のLPは8500。倍以上のライフ差がつき、龍姫は僅かに目を細める。

 

「――っ、《クィーンドラグーン》が破壊され墓地に送られた時、墓地から《霊廟の守護者》のモンスター効果を発動…! 1ターンに1度、場の《霊廟の守護者》以外のドラゴンが戦闘破壊、もしくはカード効果で墓地に送られた場合、墓地からこのカードを特殊召喚する…!」

「ありゃ、これは藪蛇ならぬ藪竜だったかな?」

 

 戦闘耐性付与持ちのモンスターこそは破壊したが、代わりに墓地から老齢の龍人が姿を現す。結果的にモンスターの総数こそ変化はないが、厄介な効果を持った《クィーンドラグーン》を葬っただけでも良しとしようと、美夜は切り替える。次いで十分に潤った自分の手札へと視線を移した。

 

「メイン2、魔法カード《闇の誘惑》を発動。デッキからカードを2枚ドローし、その後手札の闇属性1体を除外する! 2枚ドローして――手札の《闇の侯爵ベリアル》を除外! そして手札を1枚捨て、装備魔法《D・D・R》を発動! 除外されたモンスター1体を選択し、そのモンスターを特殊召喚してこのカードに装備! このカードが破壊されたら装備モンスターは破壊されるけどね。私は今除外した《ベリアル》を帰還させるよ! あとはカードを3枚セットしてターンエンドっと!」

「待って。私は《魔力の泉》の効果で手札から光属性の《神竜の聖刻印》を捨てた。よってエンドフェイズに《サフィラ》の効果が発動。再度デッキから2枚ドローし、1枚捨てる効果を選択する」

 

 そんな龍姫の眼差しなど意にも介さず、美夜は潤った9枚の手札で残りのプレイングを続けた。手札の入れ替え、最上級モンスターの特殊召喚、防御の準備――これだけ行っても手札は未だ4枚もある。場には攻撃力2800の《ベリアル》、シンクロモンスターの《ブラッド・メフィスト》。セットカード3枚にLP8500というまるで悪魔族版龍姫のフィールドだ。

 一応龍姫の方も《魔力の泉》や《サフィラ》の効果で手札の入れ替えこそはできたが、それでも手札2枚に場には《サフィラ》と《蒼眼の銀龍》、《霊廟の守護者》の3体。LPは残り3400。

 まさかアドバンテージの面で龍姫を上回るとは、やはりこの月宮は只者ではないと沢渡は直感した。こんな奴まで次のジュニアユースに出てくるのかと、沢渡は新たな強敵を前に畏怖すると同時に、高揚する。ジュニアユースという大舞台で榊遊矢はもちろん、龍姫やLDS各コースのトップ。それに昨日の藤島や今日の月宮などの強者と戦えるのかと思うと心が躍るというものだ。さて、どんな手でここから逆転するのかと沢渡は視線を美夜から龍姫に変える。

 

「…私のターン、ドロー――」

「スタンバイフェイズに《ブラッド・メフィスト》のモンスター効果発動! 相手スタンバイフェイズ時に相手の場のカードの数×300のダメージを与える! たっきーの場には《サフィラ》、《蒼眼の銀龍》、《霊廟の守護者》の3枚のカード! 合計900のダメージを受けてもらうよ!」

 

 《ブラッド・メフィスト》が持つ杖から血のように赤い光が龍姫を襲う。4分の1近いダメージが龍姫に与えられ、残りLPは2500。さらにLP差が開き取り巻き達は小さくため息をこぼすが、龍姫は気にする様子は見せない。最終的に勝てば良い、そのためならばこの程度のダメージは必要経費だ。

 

「――スタンバイフェイズ時に《蒼眼の銀龍》のもう1つの効果を発動。墓地から通常モンスター1体を特殊召喚する。私は墓地の《ダークストーム》を特殊召喚」

「ありゃ、これは《ブラッド・メフィスト》の効果を先走りしちゃったかな?」

 

 失敗失敗、と呟きながら美夜はコツンと自分の頭に拳を当てた。そんな仕草に取り巻き達は一瞬だけ胸が鳴る。無理もない、彼らが今まで会った女子は目の前のドラゴン厨か、勝気な宝石商の娘、ストロング、天然真面目系サイバー流だ。そんな中で如何にも女の子らしい反応を見せられれば思春期の男子は反応するだろう。ただ、使っているデッキがもっと可愛げがあれば、と悔やむ。

 

「場の《ダークストーム》をリリースし、魔法カード《アドバンスドロー》を発動。自分の場のレベル8以上のモンスターをリリースしてデッキから2枚ドローする――続けて手札から攻撃力1000のドラゴン族チューナー《ギャラクシーサーペント》を捨てて《調和の宝札》を発動。手札の攻撃力1000以下のドラゴン族チューナーを捨て、デッキから2枚ドローする」

 

 そんな取り巻き達の反応を横目に、龍姫は手札を増やす。流石に美夜ほどの爆発的なドローはないが、それでも3枚だった手札は4枚に増えた。それにこの手札であれば次のターンで厄介な《ブラッド・メフィスト》を倒せるだろう。先ずはあっちの悪魔からだ、と龍姫は《ベリアル》を睨みながら手札に指をかける。

 

「《霊廟の守護者》はドラゴン族モンスターをアドバンス召喚する場合、1体で2体分のリリースに使える――《霊廟の守護者》をリリースし、手札から《レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン》をアドバンス召喚」

 

 《霊廟の守護者》が光の粒子となり、その粒子が別のドラゴンの形と成って場に姿を現す。かの有名なドラゴン――《真紅眼の黒竜》の進化形態であるドラゴン《レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン》が龍姫のフィールドに降臨した。

 別に通常召喚権を残したまま自身のルール効果で場のドラゴンを除外して特殊召喚しても良かったが、《霊廟の守護者》は可能な限り墓地に置いておきたい。《サフィラ》と《蒼眼の銀龍》は場に居るだけでアドバンテージを稼いでくれるので、序盤で除外することはナンセンス。ならば次ターン以降で攻勢に出られるよう、さらに地固めすべきだと龍姫は判断した。

 

「《ダークネスメタル》のモンスター効果発動。1ターンに1度、手札・墓地からドラゴン1体を特殊召喚する。私は墓地の《クィーンドラグーン》を復活させ――」

「それは困るかな――永続罠《デモンズ・チェーン》を発動! 相手の効果モンスターの効果と攻撃を封じる!」

 

 《ダークネスメタル》が効果を発動しようとした瞬間、突如地面から無数の鎖が《ダークネスメタル》の四肢と翼を拘束する。その姿を見て龍姫は内心で舌打ちと、緊縛されたドラゴンという中々見られない姿に若干の興奮を覚えながら手を止めた。

 《クィーンドラグーン》を蘇生させ、再度戦闘破壊耐性を付与させてから同じ攻撃力の《ダークネスメタル》で《ベリアル》を一方的に破壊するつもりだった。流石に3枚もセットカードがある内は無理か、と残った2枚のリバースカードを警戒しつつ、残った3枚の手札の内2枚に指をかける。

 

「私は《蒼眼の銀龍》を守備表示に変更。さらにカードを2枚セットし――」

「この瞬間、《ブラッド・メフィスト》のもう1つの効果発動! 相手が魔法・罠カードをセットした時、300ポイントのダメージを与える!」

「あぁっ…」

 

 再度、《ブラッド・メフィスト》の持つ杖から血色の光が龍姫を襲う。2枚まとめてセットしたとしても、ルール上はカードを1枚ずつ2回セットしたことになる。計600ポイントが龍姫のLPから失われ、残りLPは1900と半分を切ったところで取り巻き達から不安の声があがった。

 逆転どころか4倍以上のLP差を広げられ、取り巻き達は心配そうに龍姫を見る。龍姫が好きな後攻で2回もダメージを与えられないことは珍しい。ましてや自分ターンにまでLPを減らされる姿は初めて見た。冗談抜きにあの月宮美夜というデュエリストは強い――そう確信せざるを得ない。

 

「……エンドフェイズ。このターン、私は《調和の宝札》のコストで光属性の《ギャラクシーサーペント》を墓地に捨てた。光属性が手札から墓地に送られたことで《サフィラ》の効果を発動。もう1度、デッキから2枚ドローし、1枚捨てる効果を選択――これでターンエンド」

 

 結局、龍姫はこのターン劣勢を覆すことができないままターンを明け渡した。手札は2枚、場には《デモンズ・チェーン》によって効果と攻撃を封じられた《ダークネスメタル》と《サフィラ》に守備表示の《蒼眼の銀龍》。セットカードは2枚で、LPは1900。

 対して美夜の方は手札4枚で場には《ベリアル》、《ブラッド・メフィスト》のステータスが高い最上級悪魔。魔法・罠も表側の《デモンズ・チェーン》を除いてまだ2枚も温存、LPに至っては8500の大台だ。

 次の龍姫のターンで再度攻めるのだろうが、それでもカード・アドバンテージ、ライフ・アドバンテージの両方で美夜に差をつけられてしまっている。このまま押し切られる可能性も十分にあり得る――取り巻き達は心配そうな眼差しを龍姫に向け、次いで不安の表情で美夜に視線を移す。

 

「私のターン、ドロー! それじゃ、《蒼眼の銀龍》の耐性があったから前のターンで使えなかったこのカードを使おっかな――」

 

 小悪魔のような悪戯っぽい笑みで美夜は手札をヒラヒラと扇ぎ、フィールドを見渡す。場には《サフィラ》、《ダークネスメタル》、《蒼眼の銀龍》、《ベリアル》、《ブラッド・メフィスト》の計5体のモンスター。その内、手札で出番を待つこのカードの効果範囲は4体。1体だけ効果範囲外だが、それでも今の美夜には関係ない。

 空いている手札にはいつの間にかアクションカードが握られて――いや、握らされて(・ ・ ・ ・ ・)いた。アクションフィールド《デモンズ・タウン》は美夜のホームグラウンドとも言うべき場所。その効果は通常のアクションフィールドと違い、ある隠された特色があった。それは闇属性モンスターをコントロールしているプレイヤーにアクションカードが自然とプレイヤーの手元に来るという特徴。無論、アクションカードは完全にランダムなので基本的に最善のカードが来るとも限らない。しかし美夜は天運とも言うべきか、このフィールドで外れカードを引いた経験がなかった。きっと自分は悪魔族使いだからこのフィールドに愛されている、そんな根拠のない自信と盲信に口角が妖しくつり上る。そんな妖艶な笑みを浮かべつつ、対龍姫用に新たに手に入れたカードをデュエルディスクにセットした。

 

「――儀式魔法《破滅の儀式》を発動! 自分の場・手札から合計レベルが7以上になるようにモンスターをリリースすることで、《破滅の魔王ガーランドルフ》の儀式召喚を行う!」

「――っ、シンクロの次は儀式かよ…!」

 

 本当に悪魔族版の龍姫だな、と沢渡は顔を歪める。しかし儀式召喚はシンクロ召喚やエクシーズ召喚よりもカード消費が多い。また、融合召喚のようにエクストラデッキからモンスターを特殊召喚する訳ではないので下手をすれば融合召喚よりもカード消費が多くなる。

 今の美夜の手札は儀式魔法発動時点で4枚。場の最上級悪魔族をリリースしてまで召喚するとは考えにくく、最低でもリリース用にモンスター1体を手札から使うハズだ。そうすれば儀式モンスターとコストとなるモンスターの計2枚の手札が失われ、次のターンで防御は薄くなる。このターンを凌ぐことができれば龍姫にも十分に勝機はあるだろう――そう、沢渡は考えていた。

 

「私は墓地のレベル3《儀式魔人デモリッシャー》とレベル4《儀式魔人プレサイダー》の効果を使う! 『儀式魔人』は墓地に居る時、儀式召喚に必要なレベル分のモンスター1体として、自分の墓地のこのカードをゲームから除外できる! 《デモリッシャー》と《プレサイダー》を除外!」

「『儀式魔人』だと…!?」

 

 しかしそんな沢渡の予想は覆される。総合コースでも儀式の講義はある程度受けていたので、『儀式魔人』の存在は知っていた。儀式召喚のリリース、墓地から儀式の素材にできることで2回分のコストを賄える上、儀式モンスターに効果を付与させることも知っている。だがいつの間にあれらのカードを墓地に、と考えたがすぐに自力で思い出す。

 3ターン目で《暗黒のミミックLV3》の自爆特攻時に使用した罠カード《レインボーライフ》の手札コスト。同ターンで《闇の誘惑》で除外された《ベリアル》を帰還させるために使用した装備魔法《D・D・R》の手札コストの計2枚。ちゃっかりと使えるカードを墓地に捨てている辺り、本当に龍姫によく似たプレイングをする女だ、と沢渡は美夜の強かさに目を細める。

 

「破壊と滅亡のもたらす魔王よ、悪魔の贄を貪り全てを壊滅させよ! 儀式召喚! レベル7、《破滅の魔王ガーランドルフ》!」

 

 それと同時に美夜の場へ新たな悪魔――いや、魔王がその姿を現す。強靭な肉体、四肢には魔を具現化したような禍々しさ。その双眼は持ち主と同じ血のように赤く、ただ眼前の敵を見据えている。一拍置き、暴力的な咆哮がフィールドに響いた。

 その威圧感に龍姫は身構え、相対していない取り巻き達は体を震わせる。そんな中、沢渡は真剣な眼差しをフィールドに向けていた。

 

「《ガーランドルフ》のモンスター効果発動! このカードが儀式召喚に成功した時、このカードの攻撃力以下の守備力を持つモンスターを全て破壊し、破壊したモンスター1体につき攻撃力を100ポイントアップさせる!」

「げぇー! 対象を取らない破壊効果だぁ!」

「ま、待て! このターンは凌げる! 少なくとも守備力3000の《蒼眼の銀龍》は破壊されないし、《祝祷の聖歌》で《サフィラ》は破壊を免れる! 強化されても攻撃力は2800止まりだ!」

 

 まさに魔王。弱者は全て奈落に落ちろと言わんばかりの効果に柿本は声を荒げる。だがその隣に居た山部がほんの少し冷静になり場のカードから結果を予測。守備力2400の《ダークネスメタル》、《ベリアル》と守備力1300の《ブラッド・メフィスト》の3体は破壊されるだろう。だが《サフィラ》の破壊は身代わりにできる《祝祷の聖歌》で回避でき、守備力が3000もある《蒼眼の銀龍》は効果の適用範囲外だ。これはプレイングミス、と冷や汗を垂らしながら取り巻き達は思った。

 しかし、沢渡だけは未だに真剣な目つきで美夜の方を観る(・ ・)。たかだか攻撃力2800になるモンスターを召喚するだけで終わるハズがない。そこまでして自分モンスター2体を犠牲にするプレイングは龍姫なら絶対にしないだろう。ならばここでさらにもう1つ何かを仕掛けてくるに違いない。伏せカードかはたまたあの吸い寄せられた(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)アクションカードか。沢渡は美夜から視線を外さない。

 

「このタイミングでアクション魔法《カラミティ・パワー》を発動! 場のモンスター1体の攻撃力をエンドフェイズまで1000ポイントアップさせるよ! 対象は当然《ガーランドルフ》! さらに永続罠《ディメンション・ゲート》を発動! 自分モンスター1体を選択してゲームから除外する! 私は《ベリアル》を除外!」

(これが狙いか…!)

 

 瞬間、沢渡の目が一層険しくなる。攻撃力上昇系のアクション魔法に、攻撃力を参照にする破壊効果。相性が良いどころの話ではない、このコンボは龍姫が稀に使う《ダークストーム》と《スーペルヴィス》からの《サンダーエンド・ドラゴン》に匹敵する凶悪さだ。しかも自分のモンスター1体を《ディメンション・ゲート》で避難させている。自分の被害を最小限に抑えつつ、相手に最大限の被害を。なるほど、この所業は悪魔族使いに相応しい、と沢渡は1人納得した。

 

「先ずは《ベリアル》が除外され、《カラミティ・パワー》の効果で《ガーランドルフ》攻撃力が3500となった《ガーランドルフ》の効果で守備力3500以下のモンスターを全て破壊する! デストロイ・ディザスター!」

「――墓地から儀式魔法《祝祷の聖歌》のさらなる効果を発動。場の《サフィラ》が破壊される場合、墓地のこのカードを除外して《サフィラ》の破壊の身代わりとする……さらにドラゴンが効果で墓地に送られたことで《霊廟の守護者》を自身の効果により守備表示で特殊召喚」

「あぁ、そういえばそんなモンスターが居たね。でも《ガーランドルフ》が自身の効果でモンスターを3体破壊したことで攻撃力は3800にまで上がるよ!」

 

 《ガーランドルフ》の咆哮がより強大になる。その破壊の雄叫びがフィールド全体に波紋のように広がり、自軍の《ブラッド・メフィスト》、龍姫の《ダークネスメタル》、《蒼眼の銀龍》がフィールドから姿を消す。これで美夜は龍姫の場から厄介なモンスターを消すことに成功――だが、沢渡は美夜がこの程度で終わらせるハズはないとどこか確信していた。まるで龍姫がここからさらに展開させるが如く、何かをする。そう自身のデュエリストとしての直感が告げていた。

 

「《ディメンション・ゲート》を墓地に送り、魔法カード《マジック・プランター》を発動! デッキからカードを2枚ドローする! ここで墓地に送られた《ディメンション・ゲート》のさらなる効果発動! このカードが墓地に送られた場合、このカードの効果で除外したモンスターを特殊召喚する! 《ベリアル》をフィールドに呼び戻す! そして魔法カード《冥界流傀儡術》を発動! 自分の墓地の悪魔族モンスター1体を選択し、そのモンスターと同じレベルの自分モンスターを除外! その後、選択した悪魔族を特殊召喚する! 私は場の《ベリアル》を再度除外し、墓地から《ブラッド・メフィスト》を特殊召喚! さらに永続罠《闇次元の解放》を発動! 除外されている私の闇属性モンスター1体を特殊召喚する! 私は再度《ベリアル》を帰還!」

 

 チッ、と沢渡は自分の嫌な予感が当たったことに舌打ちする。これで美夜の場には先のレベル8・攻撃力2800の悪魔が2体。それに加えて、今回は攻撃力3800もの魔王が中央に居る。残りLP1900の龍姫ではこの総攻撃を受けきることができるのかと不安に感じた――

 

「さぁこのターンでフィニッシュ! 先ずは《ガーランドルフ》で《サフィラ》に攻撃! デモリッション・ブレイク!」

「――終わらせない…! リバースカード、ダブルオープン! 罠カード《ダメージ・ダイエット》! 永続罠《竜魂の城》!」

 

 ――が、龍姫の伏せられていたリバースカード2枚が表側になった途端、安堵の息を吐く。元々総合コースでもカードパワーさえ同じなら龍姫とほぼ同等の実力を持つ沢渡にとって、たった今龍姫が発動させたカード効果によるダメージの計算は朝飯前。何とか敗北だけは免れたことに額の汗を拭う。

 

「《ダメージ・ダイエット》の効果でこのターン受けるダメージは全て半減し、《竜魂の城》は墓地のドラゴンを除外することで場のモンスター1体の攻撃力を700ポイントアップさせる――墓地の《トフェニドラゴン》をゲームから除外し、《サフィラ》の攻撃力を3200にまで上げる…!」

「それでも《ガーランドルフ》には届かない!」

 

 《ガーランドルフ》の右腕が赤黒く膨張し、そのまま力任せに《サフィラ》の腹部に拳を叩きつける。そのまま《サフィラ》は無残に破壊され、龍姫のLPが1900から1600まで減少。ほんの僅かに顔を歪め、龍姫は射殺すような視線で魔王を睨む。

 

「ここで《プレサイダー》を素材として効果を付与された《ガーランドルフ》の効果発動! このカードが相手モンスターを戦闘破壊した時、デッキから1枚ドローする! 続けて《ブラッド・メフィスト》でそこの壁モンスターを! そして《ベリアル》で直接攻撃!」

 

 ドローしたカードを横目に攻撃命令を下す美夜。《霊廟の守護者》は文字通り龍姫の壁となって守るが、自身を守るドラゴンがフィールドからいなくなる。次いで《ベリアル》が大剣を振るい、その刃から放たれた衝撃が龍姫を襲う。刃の《XX-セイバー ガトムズ》の攻撃に比べれば痛くないと自分に言い聞かせながら、龍姫はその攻撃を一身に受ける。直接攻撃とは言え、《ダメージ・ダイエット》でダメージは半分の1400に抑えた。これで残りLPは200――まだだ、まだ終わらないと龍姫は闘志と、執念を猛らせる。

 

「んー、ギリ残っちゃったか。まぁそのLPなら《ブラッド・メフィスト》さえ維持していれば大丈夫かな? メイン2で私はカードを2枚セットしてターンエンドっ。ここで《ガーランドルフ》の攻撃力は2800まで下がるよ」

「……私のターン、ドロー…!」

「この瞬間《ブラッド・メフィスト》の効果発動! 相手スタンバイフェイズに相手の場のカード1枚につき300ポイントのダメージを与える! たっきーの場には《竜魂の城》の1枚! よって300ポイントのダメージを――」

「墓地の《ダメージ・ダイエット》のさらなる効果を発動…! 自身を除外し、このターン受ける効果ダメージを半減させる…! ダメージを150に…!」

「んもぅ、しぶといなぁたっきー」

 

 プクーっと擬音が付きそうな音で頬を膨らませる美夜。しかし、そんな愛らしい姿を見ても既に取り巻き達は可愛いとは思えなくなっていた。いや、それに現を抜かすほどの状況ではない。

 今の龍姫は手札が3枚。場にモンスターは存在せず、魔法・罠ゾーンに《竜魂の城》が孤独にその存在を示している。そしてLPは――50。僅か2ケタ。

 対して美夜は手札を2枚温存。場には攻撃力2800の《ガーランドルフ》、《ベリアル》、《ブラッド・メフィスト》と最上級悪魔が3体も存在し、セットカードも2枚ある。何よりも絶望的なのは、2人のLP差だ。1度もダメージを与えられず、それどころか回復している美夜のLPは8500――残りLP50の龍姫の170倍にもなる。

 残りの手札3枚で最低でも《ブラッド・メフィスト》を撃破。そのためには美夜のセットカード2枚をくぐり抜けなければならない。いや、もしかしたら残った手札に2枚目の《冥界流傀儡術》が残っている可能性もある。それを考慮すると龍姫は最低でもこのターンで《ブラッド・メフィスト》と《ベリアル》の撃破、それに加えて《ブラッド・メフィスト》の特殊召喚阻止を行わなければならない。

 

「何なんだこれ……どうすんだよ…」

 

 正直、そんなことは不可能だと取り巻き達は半ば諦めていた。昨日の公式戦では相手の攻撃に対してカウンターを決めた形で勝利した分、勝敗が決する寸前まで希望はあった。しかし、今回はその真逆。いくら何でも厳し過ぎる。相手に鬼! 悪魔! 大魔王! と叫びたくもなる気持ちをぐっと抑えた。取り巻き達は虚ろ気な眼差しを龍姫から沢渡へと移す。

 そんな取り巻き達の様子を見て、美夜はこれ以上ないほどの満面の笑みを浮かべていた。相手(龍姫)の手札は3枚のみで、場には現在使えない永続罠のみ。対して自分の場には魔王とその側近とも言うべき悪魔が計3体。まるでRPGのボスのような状況に、どこか満足気な気持ちさえ汲み取れる。

 元々、美夜は悪魔族を使うことに抵抗はなかった。むしろ闇の力的(中二病)なものとかカッコいいとさえ思っている。自分は魔王、相手はそれを倒しに来た勇者。結果的に魔王が勝っても勇者は再戦フラグを立てられるし、勇者が勝てば王道展開になる。そんなロマン性をデュエルに求めており、今回はそれが上手くいっている。ならばこんなにも嬉しいことはないと、天使のような悪魔の笑みを浮かべていた。

 

「……ん?」

 

 ふと、沢渡は違和感を覚えた。普段であれば龍姫は窮地に陥った時でも、無表情ながらどこか楽しさを感じさせるような雰囲気で逆転の一手を狙う。無表情で楽しさ、と言っても真澄達各コースのトップや沢渡などの付き合いの長い人間にしか分からないもの。むしろ、だから沢渡は気づくことができた。いや、気づいてしまった。

 

「…手札から《ドラゴラド》を召喚。このカードが召喚に成功した時、墓地の攻撃力1000以下の通常モンスター1体を特殊召喚する。墓地の《ラブラドライドラゴン》を特殊召喚」

 

 龍姫のカード捌きはいつもと同じ。しかし、どこかが決定的に異なる。その様はまるで自然体を抑え込み、1つの目的に執着しているような印象だ。一時期の――’’勝利’’にのみ飢えたような雰囲気。

 

「永続罠《竜魂の城》の効果発動。墓地の《ダークネスメタル》をゲームから除外し、《ドラゴラド》の攻撃力を700ポイントアップさせる」

 

 ただ勝って成績を上げるためだけにデュエルし、ドラゴン族のカードを多く手にするためになりふり構わず勝つだけ。相手の魔法・罠を封殺した『お触れホルス』を使用していた時に近い。

 

「――《霊廟の守護者》、《ダークストーム》、《クィーンドラグーン》」

 

 相手の希望を全て踏み潰し、ドラゴンの暴威を振るったプレイング。

 

「――私の墓地に3体の闇属性のモンスターのみの場合」

 

 相手と自分から笑顔を消し、勝利にのみ執着。

 

「――手札からこのカードを特殊召喚できる」

 

 願うことなら、2度と観たくなかった。

 

「現れよ――」

 

 そう、沢渡が思ったと同時に――

 

「――《ダーク・アームド・ドラゴン》…!」

 

 ――殲滅の闇竜がフィールドに姿を現す。

 瞬間、この場に居る人間の顔から笑みが消えた。

 眼前の悪魔達に勝るとも劣らない禍々しいオーラを纏う暴竜の姿は、観客性に居た取り巻き達はもちろん、圧倒的優位であるハズの美夜すらも言葉を失う。

 《ダーク・アームド・ドラゴン》の存在自体は知っている。一見すると厳しい召喚条件、実際はいたく容易なそれ。1度場に出れば一気に劣勢を覆せる。

 普段の取り巻き達なら、それをこの土壇場で出した龍姫に喝采を送っていたかもしれない。だが現実には誰もが言葉を発しようともしない――いや、発せないのだ。

この光景がまるで当然とでも言いたげな龍姫の表情を見て、得体の知れない恐怖が全身を襲う。そんな状況で誰が口を開けようか。

 

「《ダーク・アームド・ドラゴン》のモンスター効果発動。自分の墓地の闇属性1体を除外することで、場のカード1枚を破壊する。墓地の《クィーンドラグーン》を除外――先ずはそのセットカード。ダーク・ジェノサイド・カッター、1発目」

「――っ、」

 

 《ダーク・アームド・ドラゴン》から無数の凶刃が放たれ、それらは美夜のセットカードを文字通り八つ裂きにした。セットされた罠カード《ヘイト・バスター》が破壊される。自分悪魔族が相手モンスターに攻撃された時、攻撃対象になったモンスターと攻撃モンスターを破壊し、攻撃モンスターの攻撃力分のダメージを与えるカード。龍姫のことだから単純に攻撃力で勝負してくるだろうと踏み、エンドカードとして用意したものを呆気なく破壊され美夜の目が僅かに険しくなる。

 

「次。墓地の《ダークストーム》を除外し、2枚目のセットカードを破壊――ダーク・ジェノサイド・カッター、2発目」

 

 次いで破壊されたカードは永続罠《リビングデッドの呼び声》。《ブラッド・メフィスト》が破壊され墓地に送られた時、次ターンもしくは龍姫のバトルフェイズ終了時に復活させることで防御すら許さない状況を作ろうとした。だがこのカードも道端のアリを踏み潰すように容易に壊れる。

 

「……レベル4のドラゴン族《ドラゴラド》にレベル6のドラゴン族《ラブラドライドラゴン》をチューニング。この世の全てを焼き尽くす煉獄の炎よ、紅蓮の竜となり劫火を吹き荒べ! シンクロ召喚! 煌臨せよ、レベル10! 《トライデント・ドラギオン》!」

「うっ…」

 

 新たに攻撃力3000のシンクロモンスターを出され、美夜の表情が曇る。先の読み通り、単純に攻撃力で勝負してくると予想していただけに《ヘイト・バスター》を破壊されたことはかなりの痛手だ。また、シンクロ素材で墓地に送られた《ドラゴラド》と《ラブラドライドラゴン》は共に闇属性――《ダーク・アームド・ドラゴン》の弾丸(コスト)がさらに増えたことになる。

 

「《ドラギオン》のモンスター効果発動。このカードがシンクロ召喚に成功した時、自分の場のカードを2枚まで破壊する――私は永続罠《竜魂の城》、そして《ダーク・アームド・ドラゴン》を破壊」

「――えっ!?」

 

 理解が追い付かない、と美夜は声を荒げた。どんな効果を持っているのかは不明だが、攻撃力3000のモンスターを出しておいて貴重な除去能力を持つ《ダーク・アームド・ドラゴン》を破壊して何の意味があるのかと問いたくなる。

 

「《ドラギオン》はこのターン、自身の効果で破壊したカード1枚につき攻撃回数が増える。2枚のカードを破壊したので3回の攻撃を可能する。さらに破壊され墓地に送られた《竜魂の城》の効果発動。このカードが破壊され墓地に送られた時、除外されているドラゴンを特殊召喚できる。現れよ、《ダークネスメタル》。そして速攻魔法《聖蛇の息吹》を発動。場に融合・儀式・シンクロ・エクシーズモンスターの内2種以上存在する時、その種類に応じて効果を適用する。私は2種類以上の効果で墓地または除外されているモンスター1体を手札に加える効果を選択――戻すカードは当然、《ダーク・アームド・ドラゴン》。そして自身の召喚条件(ボチヤミサンタイ)により再び手札から特殊召喚」

 

 破壊した意味があった、と美夜は頭を抱えた。おかしい、自分のカードを2枚も破壊しておいて何故攻撃力2800のモンスターが2体も出てくる。

 この状況はいくら何でも危険過ぎると察し、美夜は自分に寄ってきたアクションカードを手に取る。そのカードを目にし、内心でほっと息をつく。手に入ったカードは《回避》。相手攻撃モンスターの攻撃を無効にするアクション魔法だ。とりあえずこのカードがあれば一応の保険にはなる。そう美夜が安心している中、龍姫が動く。

 

「《ダークネスメタル》のモンスター効果発動。1ターンに1度、手札・墓地からドラゴン1体を特殊召喚する――蒼銀の光で全ての災厄を無に帰せ、《蒼眼の銀龍》。そして効果発動。私のドラゴンに対象耐性と破壊耐性を与える」

 

 瞬間、美夜の顔が凍りついた。対象を取る効果の発動を禁じられては《回避》はもちろん、手札の《クリボール》も効果を発動できない。何か他の手は、と頭を回転させる。だが、この時点で美夜は致命的な勘違いを起こしていることに気付いていない。

 

「《ダーク・アームド・ドラゴン》の効果を発動。墓地の《ドラゴラド》を除外し、《ベリアル》を破壊――ダーク・ジェノサイド・カッター、3発目」

 

 セットカードと壁モンスターは《ダーク・アームド・ドラゴン》の効果、及び《ドラギオン》の戦闘で破壊されてしまう。これは正しい。

 

「《ダーク・アームド・ドラゴン》の効果を発動。墓地の《ラブラドライドラゴン》を除外し、《ブラッド・メフィスト》を破壊――ダーク・ジェノサイド・カッター、4発目」

 

 アクション魔法《回避》と手札誘発の《クリボール》は《蒼眼の銀龍》の効果で使用できない。さらにアクションカードはルール上1枚しか手札に加えられないため、新たにアクションカードを探しても無意味――そう、美夜の中では思っていた。

 過去に美夜が対象に取れない効果を持ったモンスターを相手にした時の癖で、『攻撃モンスター』というテキストは''対象を取る''効果だと記憶してしまっている。その時伏せていた《炸裂装甲》が使えなかったためそう思っていたが、実は《回避》と《クリボール》は''対象を取らない''効果。

 もしも美夜がLDSのようなデュエルの知識をきちんと指導する塾に居ればこのようなミスは起こらなかっただろう。しかし、本人が様々な塾の色々な戦術にのみ固執するばかり、基礎が疎かになってしまったが故のミス。

 最早打つ手はない、美夜は内心で半ば諦めていた。

 

「5発目は――《デモリッシャー》の効果で対象に取れないので使えない……」

 

 八方塞がりとはこの状況のことを言うんだ、と美夜は乾いた笑みを浮かべる。攻撃力3000の3回攻撃を可能としている《ドラギオン》に、攻撃力2800の《ダークネスメタル》と《ダーク・アームド・ドラゴン》、そして耐性を付与させる攻撃力2500の《蒼眼の銀龍》――今の状況ではどう足掻いても絶望しかない。

 

「バトル。《ドラギオン》で《ガーランドルフ》に攻撃。トライデント・フレア、第1打」

「――っ、戦闘ダメージを受けた時、手札の《トラゴエディア》のモンスター効果発動! 自身を守備表示で特殊召喚! このカードの攻守は手札の数×600ポイントになる!」

「……《蒼眼の銀龍》で《トラゴエディア》を攻撃」

 

 《ドラギオン》、《蒼眼の銀龍》の攻撃で壁となるモンスターを完全に葬り去る龍姫。今の200の戦闘ダメージを受け、美夜の残りLPは8300。対して龍姫には未だ《ドラギオン》の2回攻撃と《ダークネスメタル》、《ダーク・アームド・ドラゴン》の攻撃が残っている。焼石に水のようなものと龍姫はその足掻きが無駄だと感じた。昨日までなら最後まで諦めない良い心掛けだと称賛しただろう。だが、今の自分にそんな精神は要らない。必要なのは相手を確実に倒せる術と、非情なプレイングをしても動じない心。甘えを捨てろ、容赦はするな。そう自分に言い聞かせるように、龍姫は微かに震える声色で攻撃令を下す。

 

「……《ダークネスメタル》、《ドラギオン》、《ダーク・アームド・ドラゴン》の順でダイレクトアタック…!」

 

 3体のドラゴンの攻撃をその身に受け、美夜のLPが激流のように下がっていく。リアルソリッドビジョンが演出する攻撃で美夜が居る位置には巨大な噴煙が巻き上がり、立体ディスプレイには美夜のLPが0になったことを表示。次いでデュエル終了のブザー、そして勝者である龍姫の名前が寂しげに映し出された。

 

 

 

――――――――

 

 

 

「イタタ……もう、今回のたっきーは容赦ないねぇ――あれ、どうしたの?」

 

 消えたソリッドビジョンの中から体を擦りつつ美夜が龍姫の方へと近づく。容赦がなかったと言いつつも、その表情に恨みや憎しみといった色は感じられない。たまにはこういうデュエルもあるだろう、その程度の認識だ。

 対して龍姫の方は勝ったというのにあまり顔色が優れない。顔をやや俯け、視線を美夜に合わせようとはせずに口を閉ざしている。勝ったんだからもう少し嬉しそうにしても良いのに、と不思議に思う美夜。

 

「んー……折角勝ったんだからもっと嬉しそうにしても良いのに。それとも私とのデュエル楽しくなかった?」

「……そういう訳じゃ…」

 

 龍姫は言葉に詰まる。美夜とのデュエルは楽しかった。以前のデュエルでは墓地と除外ゾーンを駆使して大型悪魔族を展開するデッキだったが、今日の再戦時にはシンクロと儀式も取り入れるほどに進化している。その内エクシーズも習得するのではないかと感じられるほどだ。

 だが今の自分にデュエルを楽しむことは許されない。再び遭遇するであろうあの不審者を前にそんな気持ちがあってはならないのだ。

 今回のデュエルを自分の中で実験のようなものにしてしまい、美夜と昨夜デッキに入れた《ダーク・アームド・ドラゴン》に罪悪感を覚える。出来ることなら自分も一心にデュエルを楽しみたい。それを非情に徹したいという理由で最後はあんな行動を取ってしまった。

《ダーク・アームド・ドラゴン》に罪はない。悪いのは道具の如く使い潰した自分のプレイングだ。もはやドラゴン使いでも何でもない、ただのリアリストだと龍姫は自分に吐き気を催す。

 そんな調子の悪そうな龍姫を心配してか、美夜は屈託のない笑みで俯いた龍姫の顔を覗き込む。

 

「今日は負けちゃったけど、ジュニアユースでは負けないよたっきー!」

「…ぇ…あぁ……うん…」

「今度はもっと新しい戦術で驚かせてあげるよ!」

 

 えへへ、と笑顔を見せる美夜に胸が痛む龍姫。これ以上美夜と居たらどこかすがってしまいそうで怖い。そう思いながら踵を返し、逃げるように歩き始める。

 

「それじゃあまたねたっきー!」

「……っ…」

 

 ギュっと唇を噛みしめ、足早にデュエルフィールドから去る龍姫。途中、観戦していた沢渡の取り巻き達から声をかけられたが、それに適当に返事を返す。沢渡がいないことが少しだけ気になったもののそのままどこかへと歩を進める。どこか1人でゆっくりと頭を冷やしたい。そう考えながら龍姫は舞網市内へとその身を投じた。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 龍姫の公式戦が終わってから約1時間。沢渡はイラついた表情でレオ・コーポレーションの応接室でふんぞり返っていた。何故沢渡がここに居るか、理由はごく単純。龍姫のことで赤馬零児に聞きたいことがあったからだ。

 今思えば不自然だったと考えるべきだろう。あの赤馬零児がすんなりと公式戦のセッティングを行い、さらに相手を龍姫にとって不足のないデュエリスト。しかも試合前に強力なレアカードを渡すほどの優遇ぶりには裏があると踏むべきだった。

 また本来であれば公式戦にはジャッジや多くのギャラリーが付くハズ。それが昨日・今日の龍姫の公式戦では自分と取り巻き達以外の姿が見えない。サイバー流の時は単にあの塾の場所や塾生の都合でいないものだと思っていたが、今回はおかしい。LDSのセンターコートでのデュエル、しかも総合コースのトップのデュエルとなれば例え時間が短くても噂になり、それなりの見学者が来るハズだ。それがどうしてか今回は全く姿が見えない。

 ただの公式戦のセッティングにしては不可解な点が多く、いくら龍姫が赤馬零児に気に入られているとはいえこれを疑うなと言う方が無理である。

思ったら即行動派の沢渡は龍姫のデュエルが終わり次第、すぐに赤馬零児に問いただそうとここへ来た。すると秘書の中島に通され、ここで待たされる形に。アポ無しで来たから当然と言えば当然だが、それでももう1時間近くは待っている。いい加減、姿を見せやがれと毒づく。

 

「――くそが…!」

 

 沢渡は個人的に今日の龍姫のプレイスタイルは嫌いだった。勝利のために最善を尽くすと言えば聞こえは良いだろう。だが、あくまでもデュエリスト、それもプロを目指している者ならば観客を沸かせてこそだと考えている。いつもの龍姫であれば華麗に連続エクシーズやシンクロに儀式、たまに出てくる融合で楽しませたハズだ。事実、昨日の藤島恭子とのデュエルではいつも通りでいながらきちんと勝ち星を上げている。なら今日の試合だってもう少し工夫すれば同じように自分や取り巻き達を沸かすことができただろう。それがたった1日経過しただけで昔の冷酷非道リアリスト系ドラゴン厨に戻るとは思えない。昨日、自分達と別れてから何かがあったハズだ。そしてそれには赤馬零児が絡んでいるに違いない。そんな根拠のない自信を胸に、沢渡は今か今かと赤馬零児を待ち続ける。

 

 

 

 

 

 同時刻、レオ・コーポレーションのモニタールームにはあるデュエルが中継映像として流れていた。場所はどこかの路地裏のようで、夕日が沈みかかった今では人通りが少ない。故にあのような往来でデュエルしていても誰からも文句は出ないだろう。それを食い入るような目で見る赤馬零児と、それに付き従う秘書の中島。

 対戦しているデュエリストは先程までLDSのセンターコートで公式戦を行っていた龍姫。そしてその相手は青色のコートに身を包み、赤いスカーフを首に巻いた青年。デュエルはまだ先攻1ターン目――と言っても、既にデュエルが始まってから少々の時間は経過していた。

 龍姫のフィールドには彼女のエース、《竜姫神サフィラ》と下級モンスターが3体。手札は1枚のみ。

 そして相対する青年の手札は2枚(・ ・)。フィールドには何もカードが存在していない。当然だろう、彼は後攻だから手札誘発以外の一切の行動を許されていないのだ。

 

「――レベル4の《霊廟の守護者》とレベル3の《ハウンド・ドラゴン》にレベル2の《ギャラクシーサーペント》をチューニング。氷獄より解き放たれし禁龍よ、今その暴威を振るい全てを凍てつかせよ!」

 

 フィールドに居る龍姫の3体のドラゴンが素材となり、三つ首の巨龍が冷気を纏って場に4度目の降臨を果たす。その姿は先程のデュエルで見た業火を彷彿とさせる《トライデント・ドラギオン》とは対極。

 三つ首の巨龍の内、左右の頭から一筋の光のように走る吹雪が青年の2枚ある手札の1枚と、デュエルディスクの墓地に直撃する。それらのカードを青年は無言でゲームから除外、次いで退屈そうな表情で龍姫へ視線を向けた。

 

「――手札から速攻魔法《超再生能力》を発動。このターン、私が手札から捨てたまたはリリースしたドラゴン族の数だけ私はターンの終わりにデッキからドローする。このターン、私が手札から捨て、リリースしたドラゴンの合計は5回。よってターンの終わりにデッキから5枚ドローできる」

 

 ふざけたドロー枚数だ、と思いながら青年は視線を龍姫からフィールドのドラゴンへと移す。彼にとってまだあのドラゴンのみ効果を使用していない。最初で出した割にはただの置物かと推察しているところに龍姫が口を開く。

 

「エンドフェイズに《サフィラ》の効果を発動。この子が儀式召喚に成功したターン、または手札・デッキから光属性が墓地に送られたターンのエンドフェイズに効果を発動できる。3つの効果から1つを選択し、適用――私は相手の手札1枚をランダムに墓地へ捨てる効果を選択。最後の手札も捨ててもらう」

 

 なるほど、手札破壊か、と納得しながら青年は最後の手札を墓地へ送った。これで青年の手札は0枚。次のターン、ドローしたカード1枚からターンを始めることになる。

 

「ターン終了時に《超再生能力》の効果でデッキから5枚ドロー」

 

 対して龍姫の手札は5枚。場には《サフィラ》とレベル9・攻撃力2700のドラゴン族シンクロモンスター。魔法・罠こそないが、カード・アドバンテージ差は圧倒的だ。例え防御が薄くても、1ターンで――それも1枚の手札でこのフィールドを返すことは難しいだろう。

 だがそれでも青年の目に諦めの雰囲気は感じられない。例え絶体絶命の崖っぷちに立たされていたとしても、必ずそこから這い上がり、逆転するという想いがその真剣な眼差しが物語っていた。

 青年はデッキトップに指をかけ、龍姫を睨む。

 

「俺の――ターンっ!」

 

 




・ボチヤミサンタイ
・☆3+☆3+☆3(☆4+☆3+☆2、☆4+☆4+☆1)
・☆4×3→プトレノヴァインフィニティ(投獄中)

3は怖い(確信)


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10話:《ラプターズ・ガスト》(鉄意志鋼強)

1月更新間に合った…。
3日連続飲み会あった時はダメかと思いました。

2/2 23:40追記
後日修正します。感想返信もお待ちを。先に感想を書いて下さった方々は本当に申し訳ありません。


 レオ・コーポレーションのモニタールーム。そのメインモニターには、足早にデュエルフィールドを去る龍姫の姿が映し出されていた。先ほどのデュエルを赤馬零児と共に観ていた中島はゴクリと息を飲む。龍姫のデュエルは普段から逆転するものが多いが、それはあくまでも相手の予想を上回った場合。

 それが今回はどうだろうか。確かに相手の予想を上回ってはいたが、先程のデュエルではそれ以上に’’非情’’さが濃く現れていた。単純な戦術や駆け引きではなく、個のパワーカードで捻じ伏せる。またその時の龍姫の表情も普段の無表情さと相まって、どこか冷酷さすら感じたほどだ。

 実践経験は乏しいがこれほどの実力があれば赤馬社長の望むデュエリストとして不足はないだろう。中島は砂漠の中から一粒のダイヤを見つけた如く、喜色に満ちた顔で赤馬の顔色を伺う。

 そんな中島の視線に気付き、零児はちらりと彼の顔を視線だけ動かして答える。ふぅ、と息を吐きゆっくりと口を開く。

 

「――まだ、足りんな…」

「……えっ…?」

 

 零児の言葉に思わず中島が疑問の声を溢す。足りないとはどういうことだろうか? あれほど情け容赦ないデュエルをしたのだから満点とは言えなくとも、充分な結果を見せたのではないか? と中島の表情が告げる。

 

「…社長、まだ足りないというのは……」

「言葉通りの意味だ――中島、今の橘田龍姫のデュエルを観て率直な意見を述べろ」

「率直な意見……私には情け容赦なく相手を叩き潰し、完全な勝利を得たようにしか思えなかったのですが…」

 

 ふむ、と零児は顎に手を当てる。中島の感想に間違いはない。むしろ常人にはそうとしか見えないこともないだろう。だが自分の秘書としてはもうワンランク上のところまで思考を張り巡らせてもらいたかったものだ、と零児は小さなため息を吐いた。

 

「あぁ、確かにデュエル中はそうだったろう――だが、デュエル後の彼女はどうだった? その時も同じように見えたか?」

「――っ!」

 

 瞬間、中島は自分が浅慮だったと自覚する。確かにデュエル中の龍姫は冷酷なそれだったが、デュエル後はどこか後悔を感じさせる表情で、しかも足早にデュエルフィールドを去っていった。

 単に気を張ったデュエルから来る疲労から早く休みたいがためにあの場を離れたのだと思っていたが、その実はあのデュエルに否定的だったのではないかと今では推察できる。

 

「彼女にはまだ甘さがある。デュエル中の容赦のなさはある程度評価はできるが、デュエル後ではそうもいかないらしい……まだまだだな」

「確かに――しかし社長、今回は相手が偶然橘田の知人だったため余計に情があったのかもしれません。これが赤の他人の場合ではまた状況が異なるのではないでしょうか?」

「その線がないことは否定しない。私としては知人相手でも甘さを捨てて欲しかったが……まぁいい。なにはともあれ、これで彼女は正式にジュニアユース選手権の出場規定を満たした。大会でのさらなる成長に期待しよう」

「ごもっともです」

 

 望むほどの結果は得られなかったか、と零児は僅かに肩を落とす。

 今回の龍姫の公式戦は零児なりに相手を選抜したつもりだった。どちらも実力は高く、龍姫の相手にとって不足はない。彼女らであれば龍姫のレベルアップに足りうる存在だと思っていた。

 しかし、結果的には彼女らでも力不足。いや、力不足と言っては失礼だろう。逆に龍姫が強過ぎるのだと零児は理解していた。

プレイング、タクティクス共にジュニアユースはトップクラス。融合・儀式・シンクロ・エクシーズを共存させるデッキ構築力。極めつけに圧倒的劣勢から逆転するドロー力も持っている。

 

 通常であれば零児は素直に喜んだだろう。しかし、今は状況が違うのだ。

 LDS襲撃犯の登場、それによるLDSトップチームのカード化――元凶こそは異なると推測できるが、その先のことを考慮すれば今は一刻も早く強いデュエリストが欲しい。

 筆頭はこの世界で発現した未知なる召喚方法、ペンデュラムを生み出した榊遊矢。彼、ひいてはペンデュラムの力があればそれは必ず我々の武器になる。

 そして異なる召喚法を繰る橘田龍姫。彼女はまさしく非凡の存在だ。誰もが苦労して会得した召喚法を即座に習得し、それを専門のデュエリストよりも華麗に使いこなす。正直なところ、LDSの広告塔としてなら彼女ほどの適役はいないとさえ零児は思っていた。

 

 だが今はそんな温い考えをしている暇はない。今我々に必要なものは、これから立ち向かうであろう脅威に対抗するための力だ。

 その一番槍には橘田龍姫こそ相応しい。他を寄せ付けない強さを持ち、友人を大切に思う彼女であれば力を貸してくれるだろう。

 しかしその強さには非情さが足りない。一時期は勝利の為ならば相手から忌避されるようなデッキを使っていた彼女だが、今はどこか大衆向けのデッキのように思える。

別に今の龍姫を否定したい訳ではない。だが相手と真の意味で争う場合、彼女の甘さがいずれ命取りになる可能性もあるのだ。

 それ故、多少荒療治のようなものではあるが強者と戦うことでより勝利に対して貪欲になって欲しい。そんな期待を込めた公式戦、新たな力も渡したが、結果は前述の通り。満足する出来ではない。100点満点で65点といったところか。こうなればジュニアユース選手権でさらに選りすぐりの相手を見つけなければと零児の眼鏡が光る。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 夕刻の人気のない路地裏。龍姫は当て所もなく、顔を俯けて歩いていた。

 先のデュエルは何故か罪悪感が残る。いや、何故という疑問は不要だろう。ただ、ただただ罪悪感しかない。

 

(……はぁ…公式戦でああいうことするのって、何だかなぁ…)

 

 ドラゴンの大量展開が今のスタイルとはいえ、最後のプレイングは自分でも嫌気が差す。《ドラゴラド》、《竜魂の城》で墓地の闇属性の枚数を調整し、《ダーク・アームド・ドラゴン》を出したことについて異論はない。

 問題はその後だ。効果を使った《ダーク・アームド・ドラゴン》を《トライデント・ドラギオン》の破壊コストに割り当て、《聖蛇の息吹》で即回収&即特殊召喚から再度の蹂躙。ドラゴン使いとしては時に自分ドラゴンを破壊のコストにすることもあるが、あのプレイングには愛がないと龍姫は思っていた。

 特殊召喚し、破壊の限りを尽くし、破壊され、また特殊召喚し、もう1度蹂躙させる。まるで道具だ。あんなプレイングは(自称)ドラゴン使いの自分には相応しくない。自分の知っているドラゴン使いは自分のドラゴンに誇りと絆と希望と愛を持っており、あんな使い方はしないだろう。

 自分らしくないあの姿を、今の自分だと見て欲しくない。デュエル後、負けたにも関わらず笑顔で再戦を望む美夜がそれを肯定していたように錯覚してしまう。『違う、そういう訳じゃない。今のデュエルで私はしたかったのはこれじゃない』と吐露できればどれだけ楽になっただろうか。

 

 だが、そんな本音を漏らすことは許されない。

 龍姫自身、LDS襲撃の不審者の件が片付くまではこのスタイルを貫くしかないと思っている。負けたら何をされるか分からない。この世界では魂が抜かれるのか、はたまた命を落とすのか。こんな危険なことを知り合い以上友達未満の美夜に話せる訳がない。

ドラゴンと触れ合える環境、自由にデュエルができる喜び、切磋琢磨する仲間の存在。龍姫にとって今の世界は至福に満ちたものだ。それを突然どこからやってきたかわからない不審者に壊される訳にはいかない。

 俗物的な考え――だが、至って単純な理由。難しく考える必要はない、ただ平穏が潰されるというのであれば、逆に潰してやる。そんな歪な想いを胸に抱き、龍姫は胸の前でぎゅっと拳を握った。

 

「――1人か?」

「――っ!?」

 

 瞬間、龍姫の体が僅かに跳ねる。俯いていた顔を咄嗟に上げるとそこには昨日出会った不審者。

 再びその異様な雰囲気に飲まれそうになるが、先の思い抱いていた感情が想起され、明確な敵意と怒気を孕んだ眼差しで睨み付ける。

 

「……改めて聞く。1人か?」

 

 当の不審者はそんな龍姫の剣幕に圧されることなく、平然な顔で問いかけてきた。

 これが連続襲撃犯ならではの余裕なのかと龍姫の頬に冷や汗が流れる。しかしここで引く訳にはいかない。逆に相手を圧倒しなければと、普段作っていた無表情が憎悪のそれに変わる。

 

「……それが何?」

「いや――たった1人で俺に挑むつもりなのかと思っただけだ」

 

 何なのこの人、と言いかけた口を閉じる龍姫。1人で何が悪い、というか何故挑むことが前提なのか。こいつは通報される恐れを知らないのかと問いたくなる。あぁ、そもそも不審者だから通報され慣れているのだろうと1人納得して龍姫は警戒と呆れが混ざった顔で見据える――

 

「1人の方が良い」

 

 ――が、すぐにその言葉の意味を理解したと同時に憤りを言葉で吐き出す。

 この男の言は暗に『貴様1人で俺に勝てると思っているのか?』と言っているようなもの。

 いくらLDSのデュエリストを多く倒してきたのだとしても、龍姫もトップの一角。多少なりともプライドはある。それをこのような不審者にその他大勢に見られていることは不愉快極まりない。

 目には目を、歯には歯を。

 

「1人なら貴方が負けた時の言い訳はできないだろうから」

「――ほう…」

 

 挑発には挑発を。

 龍姫の言葉に不審者は僅かに眉をひそめるものの、俄然余裕のある雰囲気は保ったまま。単独で挑むことに余程自分の腕に自信があるのだと察する。

 そういえばこの女は自分の親友であるユートをデュエルで追い込み、物理的に倒していた。その上、昨日はユートとの挟撃とはいえ自分に手刀を食らわせるほどの胆力の持ち主。ならばこの自身は嘘ではないのだろうと納得した。

 

「その自信がどこまでのものか見極めてやる――さぁ、俺とデュエルだ!」

「構わない。けど少し待って」

 

 いざデュエルと彼が意気込んだ矢先、龍姫はデュエルディスクからデッキとエクストラデッキを取り出し、ポーチに常備しているカードとデッキのカードを入れ替え始める。突然の行動に青年は眉間に皺を寄せるが、カードの入れ替え自体は数十秒で済んだ。自分用に何か対策でもあるのかと疑問に思うところはあるものの、どの道この女はここで倒れる運命。そんな対策など無意味でしかないと、怒りの炎を盛らせデュエルディスクを構える。

 

「お待たせ」

 

 それに呼応するように龍姫もデュエルディスクを構えた。

 片や狂い盛る紅蓮のような闘志を纏い、片や氷のように凍てついた零度を纏う。

 纏う雰囲気こそ対照的だが、戦意はほぼ同じ。

 混沌した空気の中――

 

「「デュエル!!」」

 

 ――戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

――――――――

 

 

 

「私の先攻。魔法カード《儀式の下準備》を発動。デッキから儀式魔法を1枚選び、その儀式魔法に記された儀式モンスター1体をデッキ・墓地から選択。そのカード2枚を手札に加える。私はデッキから儀式魔法《祝祷の聖歌》を選び、さらにデッキから《竜姫神サフィラ》を選択。この2枚を手札に」

(儀式――古い戦略だ)

 

 龍姫が手札に加えたカードの情報を知るなり、青年――黒咲隼はそう切り捨てた。故郷にも儀式召喚はあったためその存在は知っているが、使う人間は極僅か。しかもそれらの儀式モンスターはお世辞にも強いとは言い難いカード群だったので、黒咲がこう評するのも無理はない。しかし、ここは自分とは違う場所、儀式の方が他の召喚法よりも発展している可能性もある。油断はできないと、警戒を強めた。

 

 当の龍姫は先ず手札増強と、手札は5枚から6枚に。これで後攻スタートと条件は同じ。あとはいつも通り――いや、いつも以上に自分のデッキをフル回転させるだけだ。そのためには目的のカード5枚を手札に引き込む必要がある。龍姫は緊張した面持ちで手札のカード4枚に指をかけた。

 

「儀式魔法《祝祷の聖歌》を発動。レベルの合計が6以上になるように手札・場からモンスターをリリースし、《竜姫神サフィラ》の儀式召喚を執り行う。私は手札のレベル5《聖刻龍-ネフテドラゴン》とレベル5《聖刻龍-アセトドラゴン》をリリース――祝福の祈りを捧げ、聖なる歌がもたらす光で闇を打ち払え! 儀式召喚! 光臨せよ、レベル6! 《竜姫神サフィラ》!」

 

 昨日のサイバー流道場での公式戦と同じように手札のカード4枚を捧げ、今ではすっかり自身の相棒――いや、分身とも呼ぶべきドラゴンの姫を場に光臨させる。

 その《サフィラ》を目の当たりにするものの、黒咲は至って平静。《サフィラ》の攻撃力は2500。低過ぎず高過ぎず、並の上級モンスター程度のものだ。あの程度であれば十分に対処できる――そう思っていた矢先、龍姫のデュエルディスクの墓地が輝き始めた。

 

「リリースされた《アセトドラゴン》と《ネフテドラゴン》のモンスター効果発動。『聖刻』モンスターは自身がリリースされた時、手札・デッキ・墓地からドラゴン族・通常モンスター1体を攻守0にして特殊召喚する。私はデッキからレベル8の《神龍の聖刻印》とレベル2の《ギャラクシーサーペント》の2体を攻守0にして守備表示で特殊召喚」

 

 《サフィラ》の両隣に金色の球体状の龍《神龍の聖刻印》と小柄な竜《ギャラクシーサーペント》が同時に姿を現す。レベルは8と2でエクシーズには適さないが、片方はチューナー。この状況であればシンクロ召喚が狙いかと、黒咲は龍姫の場のドラゴンを注視する。

 

「レベル8の《神龍の聖刻印》をリリースし、手札から魔法カード《アドバンスドロー》を発動。私の場のレベル8以上のモンスター1体をリリースすることでデッキからカードを2枚ドローする。続けて《ギャラクシーサーペント》を墓地に送り、魔法カード《馬の骨の対価》を発動。私の場の効果モンスター以外のモンスター1体を墓地に送ることでデッキからカードを2枚ドローする」

 

 しかし、目的はシンクロ召喚ではなく手札増強。フィールドのドラゴン2体はすぐに闇の中へと飲まれ、2枚しかなかった龍姫の手札が4枚まで増える。黒咲は先攻で出すような大型モンスターではなかったのかと考えるが、その間も龍姫のプレイングは止まらない。

 

「魔法カード《闇の量産工場》を発動。自分墓地の通常モンスター2体を手札に加える。私は《神龍の聖刻印》と《ギャラクシーサーペント》を手札に。手札のレベル8《神龍の聖刻印》を捨て、魔法カード《トレード・イン》を発動。手札のレベル8モンスター1体を捨てることでデッキからカードを2枚ドローする。続けて攻撃力1000のドラゴン族チューナーである《ギャラクシーサーペント》を手札から捨て、《調和の宝札》を発動。手札の攻撃力1000以下のドラゴン族チューナーを捨てることでデッキからカードを2枚ドローする」

 

 墓地に送られ、手札に戻り、再度墓地へ。忙しなく動く奴だと黒咲が思う中、龍姫は最初の手札交換、次の手札交換で着実に目的のカードが手札へと加えられていくことに内心で拳を握る。《闇の量産工場》と《トレード・イン》、《調和の宝札》によって龍姫の手札は現在5枚。その内の目的のカードは3枚まで揃えた。

 だがこれでは足りない。相手を徹底的に叩き潰すことに中途半端な攻めをする訳にはいかないのだ。残る2枚のカードで必ず引き込んでみせる、と龍姫の眼が鋭く光る。

 

「もう1度魔法カード《闇の量産工場》を発動。《神龍の聖刻印》と《ギャラクシーサーペント》を手札に加え、《神龍の聖刻印》を捨てて魔法カード《トレード・イン》で2枚引く――っ! 手札の《ギャラクシーサーペント》を捨てて魔法カード《調和の宝札》でさらに2枚のドロー…!」

 

 同じ魔法カードの連打。先程から同じことしかしない龍姫のプレイングに黒咲は僅かに眉をひそめるが、同時に警戒を強める。同じことの繰り返しとは言え、それで龍姫の手札は6枚にまで増えたのだ。後攻での通常ドローを含めた初期手札と同じ枚数であり、その上龍姫の場には攻撃力2500の儀式モンスター《サフィラ》が居る。単純なカード・アドバンテージの稼ぎ方だけなら今まで自分がデュエルしてきた相手では上位に入るだろう。またそこまで手札を増やしたということは何かしらここから大量のカードを使ったコンボが来るハズ。どんな手が来ようが打ち砕く自信はあるものの、それでも警戒するに越したことはない。

 

(……揃った…!)

 

 当の龍姫は緑一色(リューイーソー)に染まった手札を見て内心で満足気な表情を浮かべる。目的は5枚のカードだけだったが、さらにリカバリーもできるカードも来るオマケ付に改めて自分のドロー力に心が震えた。逸る気持ちを抑え、爬虫類――いや、竜を彷彿とさせる眼光で黒咲を睨みつける。

 その射殺すような視線が黒咲へと突き刺さり、黒咲は自ずと身構えていた。

 『あの目は何か仕掛けてくる』――デュエリストの本能がそう告げ、黒咲は先程以上に強い警戒を体で表していた。

 

「……魔法カード《竜の霊廟》を発動。デッキからドラゴン1体を墓地に送る。私はデッキから通常モンスターの《ハウンド・ドラゴン》を墓地に送る――ここで《竜の霊廟》のさらなる効果発動。墓地に送ったドラゴンが通常モンスターの場合、さらに1体ドラゴンをデッキから墓地に送ることができる。私はデッキから《霊廟の守護者》を墓地へ」

 

 『先ずは1枚目』、そう龍姫は小さく呟き、続けて2枚目の魔法カードへと指をかけた。

 

「魔法カード《ソウル・チャージ》を発動。墓地のモンスターを任意の数だけ選択――私は墓地のレベル2《ギャラクシーサーペント》、レベル3《ハウンド・ドラゴン》、レベル4《霊廟の守護者》の3体を選択。選択したモンスターを特殊召喚し、私は特殊召喚したモンスター1体につき1000ポイントのライフを失う――っ」

 

 龍姫の場に黒紫色のサークルが3つ地面へ浮かび上がる。直後、そこから3体の下級ドラゴンが一斉に姿を現す。レベルもステータスも下級モンスターらしいドラゴン達が蘇り、その代償として龍姫は僅かに苦悶の表情を浮かべながらダメージを受ける。だが、これで条件は揃った。

 

「――私はレベル4の《霊廟の守護者》とレベル3の《ハウンド・ドラゴン》にレベル2の《ギャラクシーサーペント》をチューニング。氷獄より解き放たれし禁龍よ、今その暴威を振るい全てを凍てつかせよ!」

 

 3体のドラゴンがそれぞれ2つの緑の歯車、7つの白く輝く星となり一体になる。シンクロ召喚特有のエフェクトがソリッドビジョンで写し出され、互いのデュエルディスクにはその合計レベルである‘’9‘’が大きく表示された。

 フィールドが閃光に包まれた瞬間、その光から白銀の龍頭が1つ――また1つと順に首を出す。3つの首が光から這い出て、次いで白氷と群青で彩られた体躯が顕現。背には幾本もの氷柱から成る翼が生え、機械のように無機質な眼差しはその雰囲気と相まって冷たさを感じさせる。

 

「シンクロ召喚! 現れよ――レベル9、《氷結界の龍 トリシューラ》!」

 

 冷酷なる暴龍が姿を現し、黒咲は目を細める。かのドラゴンはレベル9のシンクロモンスター、攻撃力も2700と大型モンスターと言って差し支えない。

 だがそれ以上にどこか言い様のない恐怖が、《トリシューラ》出現と同時に荒れ吹雪く氷雪と共に背筋を凍らせる。このドラゴンは場に出るだけで何かを覆す、そんな空気を醸し出していた。

 

「《トリシューラ》のモンスター効果発動。このカードがシンクロ召喚に成功した時、相手の手札・場・墓地のカードをそれぞれ1枚ずつ選んで除外できる――ハイパーボリア・フォビドゥン…!」

「――っ」

 

 龍姫の説明と同時に《トリシューラ》の中央の首が大きく反れ、光線のように吹雪を放つ。その吹雪は5枚ある黒咲の手札の1枚に直撃し、カードが氷で塗り潰されていく。黒咲は一瞬忌々しげな表情を浮かべ、凍てついたカードをデュエルディスクへ差し込む。基本的にデュエルディスクに墓地と除外ゾーンはなく、システムで判別しているため一度一纏めにされる。

 これで黒咲の手札は4枚。手札誘発効果を持ったカードがないため、後攻の彼は先攻1ターン目でできることはない。龍姫の手札も同じく4枚。あとはあの2体のドラゴンを残った手札でどう倒すかだが、と黒咲が思案している中、龍姫は息継ぐ間もなく次の一手を繰り出す。

 

「魔法カード《シンクロキャンセル》を発動。場のシンクロモンスター1体をエクストラデッキに戻し、そのシンクロモンスターのシンクロ召喚に使用したシンクロ素材モンスター1組が自分の墓地に揃っていれば、その1組を自分フィールドに特殊召喚する――戻れ、《トリシューラ》。そして蘇れ、《ギャラクシーサーペント》、《ハウンド・ドラゴン》、《霊廟の守護者》」

 

 氷龍が場から姿を消すと同時にその素材となったドラゴン達が再度龍姫の場へと現れた。通常ならば単にシンクロ召喚のやり直し程度でしかないカードだが、再びレベル合計が9となる3体のドラゴンを前に黒咲は僅かに眉間へ皺を寄せる。

 

「――1枚や2枚では終わらせない」

「……っ」

 

 その表情を知ってか知らずか、龍姫は怨嗟のように酷く暗い声色でそう呟く。そのままゆっくりと、自分の残り手札3枚の内の2枚の魔法カードを黒咲へと見せつける。

 瞬間、黒咲は苦虫をすり潰したような顔を浮かべた。

 龍姫がかざした2枚の魔法カード――《シンクロキャンセル》を目にし、これから起こるであろう悪夢を察したのだ。

 

「…私は再度レベル4の《霊廟の守護者》とレベル3の《ハウンド・ドラゴン》にレベル2の《ギャラクシーサーペント》をチューニング――シンクロ召喚! 再臨せよ、《トリシューラ》!」

 

 4枚の手札の1枚が除外され――

 

「2枚目の《シンクロキャンセル》で《トリシューラ》をエクストラデッキに戻し、シンクロ素材3体を蘇生。そしてこの3体をチューニング――現れろ、《トリシューラ》!」

 

 3枚の手札の1枚が除外され――

 

「3枚目の《シンクロキャンセル》を発動。三度《トリシューラ》をエクストラデッキに帰還し、シンクロ素材の3体を蘇生。そしてこの3体をチューニング――出でよ、《トリシューラ》!」

 

 2枚の手札の1枚が除外される――これで黒咲に残された手札は僅か1枚。

 これで龍姫の手札にある《シンクロキャンセル》は全て墓地へと送られた。再度使おうとしても、魔法カードの再利用は《魔法石の採掘》や《魔法再生》等の高コストのものが多い。今の龍姫の手札は黒咲と同じ1枚。あの手札からさらなる手札破壊はないだろうと一般デュエリストなら考えるだろう。

 

(――この残りの1枚も消えるか…)

 

 だが黒咲は自身の経験上、最後に残ったこの手札も破壊されると予感していた。目の前の少女からは絶対に相手の手札だけは全て破壊するという意思を感じる。後先は考えない――いや考える必要がないのだ。そもそもデュエルにおいてカードの数、つまりは手札の数だけ可能性がある。ならばその可能性の根本さえ断ち切ってしまえば後はじっくりと煮るなり焼くなりすればいい。だからこその手札破壊の一点集中。ある意味理に適っているとも言える。

 

「私は手札から速攻魔法《超再生能力》を発動。このターン私がリリース、または手札から捨てたドラゴン族の数だけターンの終わりにドローする」

 

 前言撤回。この女は次のターンのことまで目敏く考えていると黒咲は瞬時に察した。

 このターン、龍姫は《アセトドラゴン》と《ネフテドラゴン》を儀式魔法のリリース、《神龍の聖刻印》を魔法カード《アドバンスドロー》のリリースに使用。さらに《神龍の聖刻印》と《ギャラクシーサーペント》はそれぞれ《トレード・イン》と《調和の宝札》により2回ずつ手札コストで捨てられている。

 リリース・捨てた回数は合計して7回。ふざけたドロー枚数だと黒咲は半ば自嘲気味に鼻を鳴らす。それだけ手札を補充できれば次のターンも確実に攻め入るだろう。ならば何としても次の自分ターンでは盤面を整えておきたいと思う――

 

「ターンの終わりに《サフィラ》のモンスター効果発動。このカードが儀式召喚に成功したターン、もしくは手札・デッキから光属性モンスターが墓地に送られたターンの終わりに3つの効果から1つを選択して発動できる。私は3つの効果の‘’相手の手札をランダムに1枚選んで墓地へ捨てる‘’効果を選択――最後の手札も捨ててもらう」

 

 ――が、やはり先の嫌な方の予感が的中する。

《サフィラ》が手をかざすと掌から光球が放たれ、それが黒咲の最後の手札を覆う。

黒咲は無言でその手札のカードを墓地へと送り、龍姫を強く睨む。

 

「……さらに速攻魔法《超再生能力》の効果。私がこのターンにリリース・手札から捨てたドラゴンの合計は7回。よってデッキからカードを7枚ドローし、手札枚数制限により1枚捨てる」

 

 一気に7枚ものカードをドローし、それらに軽く目を通すと龍姫は1枚のカードを手札制限で墓地へ送る。視認したカード枠は緑色だったため、魔法カードであることはわかったが詳細までは不明。だが、それよりも先ずは自分の態勢を整えることが先決だと、黒咲は状況を確認する。

 龍姫の場には攻撃力2500の《サフィラ》、攻撃力2700の《トリシューラ》の2体のモンスターのみ。手札は6枚と潤沢ではあるが、その分LPは僅か1000しかない。

 対して自分は手札0枚、後攻のため場にはカードが1枚も存在せず、LPは無傷の4000。

 数の暴力を体現したようなフィールドに憤りを感じるが、これに似たような死線は何度もくぐり抜けてきた。いくら手札が少なかろうが、いくらLPを減らされようが、決して諦めることはしない。

 

「私はこれでターンエンド」

 

 自身の手札を0枚にしたことで打つ手はない。そこからの逆転は不可能だと龍姫の冷めた表情が告げているように黒咲は感じた。まるで勝ち誇っているかのような雰囲気に黒咲の眉間の皺がより深くなる。その余裕を浮かべている表情をすぐに一変させてやる――そう思いながらデッキトップに指をかけた。

 

「俺のターン、ドロー! 俺は手札から《RR(レイド・ラプターズ)-インペイル・レイニアス》を召喚!」

 

 勢いよく引いたカードを一瞥し、そのカードを黒咲はそのままデュエルディスクに叩きつけるようにセットする。

 全身は刃物のように鋭利、機械仕掛けのような猛禽が場に姿を現す。刺々しい外見に龍姫は目を細めるが、黒咲は構わずに眼前のドラゴン達を睨む。

 

「《インペイル・レイニアス》のモンスター効果発動! このカードが召喚・特殊召喚に成功したメインフェイズ1に1度だけ、場の攻撃表示モンスターを守備表示にできる! 俺は貴様の《トリシューラ》を守備表示に変更!」

「――っ」

 

 《インペイル・レイニアス》が鳥類特有の甲高い鳴き声をあげると、それに従うように《トリシューラ》が身を守るように翼で自身を覆う。その光景を見た龍姫は僅かに顔を歪ませた。

 

「バトルだ! 《インペイル・レイニアス》で《トリシューラ》に攻撃!」

 

 そんな龍姫の表情には目もくれず、黒咲は攻撃命令を下す。攻撃力1700の《インペイル・レイニアス》では守備力2000の《トリシューラ》を戦闘破壊はできない。ならば守備表示モンスターを攻撃した時に攻撃力を上げるか、ダメージ計算を行わずに破壊する効果でもあるのかと、龍姫は身構える。

 だが、そんな龍姫の不安はどこへやら。《インペイル・レイニアス》の鋭利な嘴は《トリシューラ》の氷翼に阻まれ、逆にその嘴が凍てつき反射した300のダメージが黒咲に。

 《トリシューラ》が除去されなかったことに龍姫は内心で安堵の表情を浮かべるが、同時に新たな疑問が生まれる。わざわざ守備表示に変更して反射ダメージを受けるだけのプレイングは意味がわからない。戦闘を行ったことで何か発動する効果でもあるのかと警戒した眼差しを《インペイル・レイニアス》へ向ける。

 

 

「《インペイル・レイニアス》のさらなるモンスター効果発動! このカードが攻撃したメインフェイズ2に俺の墓地の『RR』モンスター1体を特殊召喚できる! 俺は墓地の《RR-ミミクリー・レイニアス》を特殊召喚!」

 

 《インペイル・レイニアス》が先程とは異なる鳴き声をあげると、それに呼応するように別の鳥獣モンスター《RR-ミミクリー・レイニアス》が隣に並ぶ。

 手札1枚からレベル4のモンスターを2体並べられた――こんなところでも自分の手札破壊の運の悪さ露呈するのかと、龍姫は眉をひそめた。

 

「俺はレベル4の《インペイル・レイニアス》と《ミミクリー・レイニアス》でオーバーレイ! 冥府の猛禽よ、闇の眼力で真実をあばき、鋭き鉤爪で栄光をもぎ取れ! エクシーズ召喚! 飛来せよ! ランク4! 《RR-フォース・ストリクス》!」

 

 2体の『RR』が紫色の光となり、黒い渦へと飲み込まれる。一瞬閃光が走り、半身を機械化したようなフクロウ《RR-フォース・ストリクス》が黒咲の場に姿を現す。

 攻撃力は100と脆弱だが、守備力は2000とそれなりに高い。ダメージを嫌ったのか表示形式も守備表示のまま。

しかしその程度の守備力であれば自分の場のドラゴン達で容易に葬れる。問題はどんな効果を持っているかだけ、と龍姫は眼前の《フォース・ストリクス》を睨む。

 

「《フォース・ストリクス》のモンスター効果発動! 1ターンに1度、オーバーレイ・ユニットを1つ取り除くことでデッキから鳥獣族・闇属性・レベル4のモンスター1体を手札に加える。俺はデッキから《RR-ファジー・レイニアス》を手札に加える」

 

 ただのサーチ効果、と龍姫はその効果を見下したりはしない。デッキから選んで手札に加えるということは今の状況で必要なカードなのだ。このターンで黒咲が召喚権を使っており防御用の魔法・罠カードもないのだから、あのサーチしたモンスターカードは《バトルフェーダー》や《速攻のかかし》のような手札誘発型の防御カードと見て間違いないだろうと龍姫は判断した。

 

「さらにオーバーレイ・ユニットとして墓地に送られた《ミミクリー・レイニアス》のモンスター効果を発動。このカードが墓地に送られたターンの自分メインフェイズに墓地の自身を除外することで、デッキから《RR-ミミクリー・レイニアス》以外の『RR』カードを手札に加える。俺はデッキから通常罠《RR-レディネス》を手札に」

「……っ」

 

 だが、さらなるカードサーチに龍姫は困惑する。まさか手札0枚の状況から場にエクシーズモンスター、手札にはモンスターと罠を揃えられることは完全に予想外。しかも先程の状況から考慮したモンスターも、新たに罠カードをサーチしたとなれば手札誘発の可能性はグンと低くなる。となれば自分の《ドラゴラド》のような召喚時に墓地のモンスターを蘇生する効果か、もしくはまた同じようなサーチ効果か――何にしても情報が少なすぎる、と龍姫は小さく歯軋りした。

 

「カードを1枚セットし、ターンエンド」

「……私のターン、ドロー…」

 

 今の相手(黒咲)の場には守備力2000の《フォース・ストリクス》が1体と、先程サーチした(効果が不明な)罠カード《RR-レディネス》。手札も同じようにサーチした《RR-ファジー・レイニアス》の1枚。LPは3700と多少の余裕はある。

 対して自分の場には攻撃力2500の《サフィラ》、守備力2000の《トリシューラ》の2体のみ。その分手札は前のターンで異常に回転させたため、今の通常ドローを含めて7枚。LPは《ソウル・チャージ》を発動させたため、4分の1である1000しかない。

 

 相手の使う『RR』がどのようなカード群は未だ検討が付かないが、少なくとも長期戦だけは絶対に阻止して速攻で勝負を決めなければならないと龍姫は直感した。前のターンで相手がサーチを多用したということは、それだけサーチしなければまともに動けないデッキだと判断したのだ。ならば相手の態勢が整う前に、一気に叩き潰さなければならない。自分の残りLPも僅か、ここは多少無理をしてでも削り切る、と龍姫は強く決意する。

 

「手札から魔法カード《融合》を発動。手札の《神竜ラグナロク》と《融合呪印生物-闇》を融合する」

「――っ」

 

 龍姫が《融合》のカードを使った瞬間、黒咲の表情がハッキリと憎悪のそれに変わる。儀式・シンクロとカモフラージュしていたつもりだろうが、やはりこの女は融合使い。自分の憎むべき敵だと確信しようとした――が、目を閉じて先日のユートの言葉を思い出す。

 

‘’あの女(龍姫)は融合次元――アカデミアではない。あいつらのように狩りを楽しむような者ではなく、ただの純粋なデュエリストだ‘’

 

 そんな親友の言葉は無碍にはできない。LDSとアカデミアに何らかの繋がりがあると踏んではいるが、未だ決定的な証拠は見つけられていないのだ。まだ敵と判断するには早い。

 

「終焉を告げる竜よ、呪われし闇の印よ。その身を融け合わせ新たに目覚めよ! 融合召喚! 降臨せよ、レベル7! 《竜魔人 キングドラグーン》! ここで魔法カード《融合回収》を発動。墓地の《融合》と融合素材モンスターである《神竜ラグナロク》を手札に。そして再度《融合》を発動。手札の《神竜ラグナロク》と《メテオ・ドラゴン》を融合」

 

だがそれでもやはり自分の故郷に侵略した敵の召喚方法の認識は改められない。ここは親友の顔に免じて少しは我慢してやろう。

 

「終焉を告げる竜よ、飛来せし流星よ。その身を融け合わせ新たに目覚めよ! 融合召喚! 降臨せよ、レベル9! 《始祖竜ワイアーム》! さらに魔法カード《龍の鏡》を発動。自分の場・墓地からドラゴン族融合モンスターに必要な融合素材を除外することで、そのモンスターを融合召喚する。私は墓地の《融合呪印生物-闇》と《メテオ・ドラゴン》を除外」

 

黒咲はそう思い龍姫のプレイングを静観――

 

「呪われし闇の印よ、飛来せし流星よ。その身を融け合わせ新たに目覚めよ! 融合召喚! 降臨せよ、レベル8! 《メテオ・ブラック・ドラゴン》!」

 

 ――しようと閉じていた目を開けた途端、その目は大きく見開く。同時に眉間の皺が深く寄り、口元は歯軋りが聞こえてくるのではないかと思うほどに歪む。

 ほんの少し逡巡した間、融合モンスターが出て来るであろうと黒咲は思っていた。しかしいつの間にかそれが3体。攻撃力2400の《キングドラグーン》、攻撃力2700の《ワイアーム》、そして攻撃力3500の《メテオ・ブラック・ドラゴン》。

 自分が最も嫌悪する種類のモンスターを3体も目にし、さしもの黒咲も平静ではいられない。空いた手で拳を握り、静かに震わせて怒りを悟られまいとする。

 

 それに気づいているのかいないのか龍姫は珍しく無表情を崩し、年頃の少女とは思えない下卑な笑みを浮かべていた。尤もその笑みは《キングドラグーン》が持つ‘’ 相手はドラゴン族モンスターを魔法・罠・モンスターの効果の対象にする事はできない。‘’耐性効果が無事に通り、これから問題なく攻め入りことができるという邪なものなのだが。

 

「《キングドラグーン》が居る限り相手は私のドラゴンを魔法・罠・効果モンスターの効果の対象にはできない。《ワイアーム》は相手の効果モンスターの効果を受けず、通常モンスターとの戦闘でしか破壊されない。《メテオ・ブラック・ドラゴン》は……特に何もない。私は《トリシューラ》を攻撃表示に変更し――バトルフェイズ。先ずは《キングドラグーン》で《フォース・ストリクス》に攻げ――」

「リバースカードオープン! 罠カード《RR-レディネス》! このターン、俺の『RR』モンスターは戦闘では破壊されない!」

 

 瞬間、龍姫は黒咲に聞こえないように小さく舌打ちする。耐性があって慢心していたから発したものであり、自分のドラゴンを対象としたカードでないのなら遮りようがない。自分のLPが少ないからこそ速攻で勝負を決めようと思っていたが、ここは次ターンに備えるべきかと互いの場を観る。

 今の自分の手札は1枚で、場には《サフィラ》、《トリシューラ》、《キングドラグーン》、《ワイアーム》、《メテオ・ブラック》の5体のドラゴン。しかしLPは僅か1000。

 対して相手(黒咲)の手札は先程サーチした《ファジー・レイニアス》の1枚のみで、場にはオーバーレイ・ユニットを1つ残した《フォース・ストリクス》。LPは3700と余裕がある。

 わざわざモンスターカードをサーチしたということは、次のターンで再度展開してくるだろう。あのモンスターが自分の使う《ドラゴラド》のような所謂吊り上げ効果持ちのモンスターであれば厄介だ。希望の芽は少しでも潰さなければならない――龍姫は緊張した面持ちで手札に指をかける。

 

「メイン2。カードを1枚セットし、このままターンを終える――けど、このタイミングで《サフィラ》のモンスター効果を発動。私はこのターン、融合素材として光属性の《神竜ラグナロク》を手札から墓地に送った。よって再度《サフィラ》の効果を使える。もう1度‘’相手の手札をランダムに1枚選んで墓地へ捨てる‘’効果を選択、そのサーチしたモンスターを墓地に捨ててもらう」

 

 これで不安材料は消した。僅かばかりの安堵を覚え、龍姫は心の中で胸を撫で下ろそうとした――

 

「墓地に送られた《RR-ファジー・レイニアス》のモンスター効果発動。《ファジー・レイニアス》は1ターンに1度、墓地に送られた場合にデッキから同名カードを手札に加えることができる。俺はデッキから2枚目の《ファジー・レイニアス》を手札に」

 

 ――ところで胸の辺りがキリキリと嘆き始めた。何故自分はこうも手札破壊(ハンデス)戦術を取るとこうも裏目に出るのか。相手の手札は結果として変わらず、しかも《フォース・ストリクス》の効果があればさらに手札を増やせる。

 最悪だ、やはり自分に手札破壊(ハンデス)は似合わない。14年のデュエリスト人生で何百回目となる『もうハンデスはやめよう』宣言を龍姫は心の中でそっと呟く。

 

「俺のターン、ドロー。オーバーレイ・ユニットを1つ使い、《フォース・ストリクス》のモンスター効果発動。デッキから鳥獣族・闇属性・レベル4の《RR-シンギング・レイニアス》を手札に加える」

 

 そう龍姫が思っている最中、黒咲は守った《フォース・ストリクス》の効果で新たにデッキからモンスターを手札に加える。ドローカードも含めて黒咲の手札はこれで3枚。だが内2枚は判明している。ここからの流れなら新たにランク4のエクシーズモンスターを立てるか、また防御に徹するかのどちらかだろうと龍姫は推測。黒咲の手札が3枚あるとはいえ、自分の場には5体のドラゴン。早々突破されるような布陣ではない。

 

「俺は手札の《ファジー・レイニアス》のモンスター効果を発動。俺の場に《ファジー・レイニアス》以外の『RR』が居る時、1ターンに1度だけ手札から《ファジー・レイニアス》を特殊召喚できる。さらに手札から《RR-シンギング・レイニアス》を特殊召喚。このカードは俺の場にエクシーズモンスターが居る場合、1ターンに1度だけ手札から特殊召喚できる」

 

 何だその容易な特殊召喚は、と文句を言いかける龍姫の口が閉じる。どれだけレベル4モンスターの特殊召喚に特化しているのだ、インチキ効果もいい加減にしろと某闇属性・鳥獣族使いの言葉を借りたくなるほど。だが現状では黒咲の手を止める術はない。せめて攻撃力3400以上になるモンスターを出さないでくれと心の中で願いつつ、龍姫は黒咲のプレイングを見つめる。

 

「俺はレベル4の《ファジー・レイニアス》と《シンギング・レイニアス》でオーバーレイ! エクシーズ召喚! 再び飛来せよ、ランク4! 《RR-フォース・ストリクス》!」

「…………」

「オーバーレイ・ユニットを1つ使い、《フォース・ストリクス》のモンスター効果発動。デッキから鳥獣族・レベル4・闇属性モンスター――《RR-トリビュート・レイニアス》を手札に加える。またオーバーレイ・ユニットとして墓地へ送られた《ファジー・レイニアス》の効果を発動。デッキから3枚目の《ファジー・レイニアス》を手札に加える」

(……手札が減っていない…)

 

 エクシーズ召喚をするなら最低でも2体のモンスターが必要。だが龍姫が持つ《デブリ・ドラゴン》のような吊り上げ効果を持つモンスターが居るのなら消費は最低でも1枚で良い。

 しかし相手は手札を2枚消費して残り1枚になったにも関わらず、いつの間にか3枚に回復。絶対に後続を断ち切らせないという執念さえ感じる。

 先攻で手札を0枚にしたのに、何故ここまで足掻けるのか――龍姫は目の前のデュエリストに得体の知れない恐怖をより強く覚えた。

 

「手札から魔法カード《闇の誘惑》を発動。デッキからカードを2枚ドローし、その後手札から闇属性モンスター1体を除外する。デッキから2枚ドローし、手札の《ファジー・レイニアス》を除外。そして手札から《RR-トリビュート・レイニアス》を召喚。このカードが召喚・特殊召喚に成功したターンに1度、デッキから『RR』カード1枚を墓地に送ることができる。俺はデッキから2枚目の《RR-ミミクリー・レイニアス》を墓地へ送る。ここで《ミミクリー・レイニアス》のモンスター効果発動。自身を除外し、デッキから『RR』カード、《RR-ペイン・レイニアス》を手札に加える」

 

 黒咲はただ淡々とプレイングを続ける。悔しいが現状の手札では龍姫の場のドラゴン達にとてもではないが太刀打ちできないのだ。ここは少しでもデッキ内のモンスターカードを掘り下げ、投入している魔法・罠カードを引き当て対処するしかない。

 

「手札の《RR-ペイン・レイニアス》のモンスター効果発動。1ターンに1度、自分フィールドの『RR』モンスター1体を対象に、そのモンスターの攻撃力か守備力の内、低い方の数値分のダメージを受けることでこのカードは手札から特殊召喚できる。俺は場の《トリビュート・レイニアス》を選択。このカードは守備力が400、よって俺は400のダメージを受けて《ペイン・レイニアス》を特殊召喚する。またこの効果で特殊召喚した《ペイン・レイニアス》は対象にしたモンスターと同じレベルになる――俺はレベル4となった《ペイン・レイニアス》と《トリビュート・レイニアス》でオーバーレイ! エクシーズ召喚! 再び飛来せよ、ランク4! 《RR-フォース・ストリクス》!」

 

 3体目の《フォース・ストリクス》が黒咲のフィールドへと姿を現す。同名エクシーズモンスター3体が同時にフィールドに並ぶ光景はあまり見ないため、龍姫はやや感心した眼差しを向けた。またその効果もデッキから特定のモンスターをサーチするものであり、3枚投入していることに特に違和感はない。

 真に警戒すべきはこういったサポート向きのエクシーズモンスターではなく、フィニッシャー足りえる能力を有するモンスターだ。未だそのモンスターが出てきていないことを考えると、余程召喚条件が厳しいのか、はたまた未だそれを出せるほどの手札が整っていないのか。

 どちらにせよ、警戒するに越したことはない。それに相手がどれだけモンスターカードをデッキからサーチしようと、使えなければ意味がないのだ。もうこのターンでは通常召喚権を使用し、モンスターゾーンにも空きがない。残っている黒咲の3枚の手札の内魔法・罠カードは多くて2枚。その程度なら《キングドラグーン》の耐性で十分にすり抜けられるだろう――

 

「オーバーレイ・ユニットを1つ使い《フォース・ストリクス》の効果発動。デッキから鳥獣族・レベル4・闇属性モンスター――2体目の《シンギング・レイニアス》を手札に加える。そして魔法カード《闇の誘惑》を発動。デッキからカードを2枚ドローし、その後手札の闇属性を除外する。デッキから2枚ドローし――《シンギング・レイニアス》を除外。さらに魔法カード《エクシーズ・ギフト》を発動。俺の場にエクシーズモンスターが2体以上存在する場合、オーバーレイ・ユニットを2つ取り除くことでデッキからカードを2枚ドローする」

 

 ――そう龍姫が思っていた矢先、黒咲は《闇の誘惑》で手札を入れ替え、《エクシーズ・ギフト》で手札を4枚に増やす。あの時(赤馬戦)と同様にまた情報アドバンテージを消した上で手札を増やされた、と龍姫は内心毒づく。

 初手で先攻全手札破壊したにも関わらず、僅か2ターンでここまで手札を回復されることは予想外だ。最早速攻を諦め、魔法・罠でドラゴンをサポートしつつ攻め入った戦術に切り替えた方が良いのではないかとさえ思い始める。

 だが相手の場のモンスターを全滅させ、直接攻撃が2回通れば勝てる状況なのだ。やはりここは無理をしてでも――思考の渦に翻弄され、龍姫は険しい表情を浮かべる。

 

「俺は手札のカード4全てをセット――また、《フォース・ストリクス》は自身以外の鳥獣族モンスター1体につき500ポイント攻撃力・守備力がアップする。よって3体の《フォース・ストリクス》の守備力は3000だ。俺はこれでターンエンド」

「――っ、エンドフェイズに永続罠《復活の聖刻印》を発動。相手ターンに1度、デッキから『聖刻』モンスター1体を墓地に送る。私はデッキから《龍王の聖刻印》を墓地に。そして手札・デッキから光属性モンスターが墓地へ送られたことで《サフィラ》の効果を発動。3つの効果の内、今回は‘’デッキからカードを2枚ドローし、1枚捨てる‘’効果を選択する」

 

 黒咲のエンド宣言に食い込ませるように龍姫はセットされていたカードを表にした。今は黒咲の手札がないので手札破壊はできないため、それならば自分の手を進めようと手札補充効果を選択。0枚だった手札を1枚に増やしつつ、再度黒咲のフィールドを注視する。

黒咲の場には守備力3000となっている《フォース・ストリクス》が3体と4枚のセットカード。手札は手札破壊効果の影響を受けないように0枚とし、LPは3300。

自分は場に5体のドラゴンと永続罠の《復活の聖刻印》。手札は1枚でLPは1000。

 

 単純なカード・アドバンテージで言えばほぼ互角。だがモンスターの質は龍姫の方が上であり、オーバーレイ・ユニットのない《フォース・ストリクス》は文字通りただの壁だ。

 問題は4枚のセットカードだが、何となくではあるが龍姫はあれらが《聖なるバリア ‐ミラーフォース‐》や《激流葬》といった全体破壊系のカードではないと直感した。あれだけモンスターを展開し、さらに手札補充に長けたカードばかり使っているおり、先の《RR-レディネス》のようにサーチもできる防御カードなら話は別だが、汎用的な除去カードは入れられずにその分をデッキ回転に割いている。そう考えればあの4枚のセットカードは除去というよりは、デッキ回転もしくはより確実性のある防御カード――《威嚇する咆哮》や《和睦の使者》といったカードではないのかと判断した。

 それならば恐れることはない、と龍姫は目を鋭くする。

 

「私のターン、ドロー……このままバトル。《メテオ・ブラック》で1体目の《フォース・ストリクス》に攻撃」

「……破壊される」

「――っ、次。《ワイアーム》で2体目の《フォース・ストリクス》に攻撃」

「……破壊される」

 

 2体の融合モンスターの攻撃時、黒咲は苛立った表情でただ自身のモンスターが破壊される姿を見届ける。本来であれば守備力3000にもなった《フォース・ストリクス》は戦闘破壊されることはなく、故郷での戦いにおいても相手の融合モンスターの攻撃力が低かったためにこのようなことは滅多に起こらない。

 しかし今回龍姫は召喚した融合モンスターの中には攻撃力3500を誇る《メテオ・ブラック・ドラゴン》が存在している。あれほどの攻撃力を持ったモンスターには出会わなかったため、これほどの融合モンスターを所持している龍姫に懐疑の眼差しを黒咲は向けた。単純に強者だから所持しているのか、それとも故郷での争いの中で自分のことを知り、それの対策として入れたのか――デュエル前に龍姫はデッキ・エクストラデッキのカードを入れ替えていたので、意味合いとしてはどちらとも取れる。

 だが今はそんなことを考えているほど余裕はない。

 

「次、《キングドラグーン》で最後の《フォース・ストリクス》に攻撃」

「リバースカードオープン! 罠カード《攻撃の無敵化》を発動! 場のモンスター1体を選択しこのターンあらゆる破壊から守る効果、もしくは俺への戦闘ダメージを0にする効果のどちらかを適用できる。俺はモンスターを守る効果を選択する!」

 

 黒咲が罠カードを発動した瞬間、《フォース・ストリクス》を包み込むように虹色の球体状の膜が覆う。《キングドラグーン》が放った攻撃はその膜に阻まれて通らず、龍姫は目を細めて同時に自分の先程の推察は正しかったと安堵とも悔しさとも取れる複雑な表情を浮かべる。

 モンスターの攻撃が通らなかったのであれば防備を固めるしかないかと、内心でため息を吐きつつ2枚の手札へ視線を移す。

 

「バトル終了。メイン2、私はカードを2枚セットしてターンエンド」

「…俺のターン、ドロー」

 

 何とか耐えているか、と黒咲は一先ずの安心を感じながらドローカードを見る。

 引いたカードは故郷の仲間が譲ってくれたカード。正直、使い勝手は非情に悪く自分では好んで使おうとは思わない。しかし、あの争いの渦中で戦場での混乱でカードを紛失したこともままあった。その中で仲間が『お前ならこれを使っても戦える』と言って、半ば強引に渡された。一緒に他のカードも渡してくれたお陰でこのカードのデメリットもさほど気にならなかったが、今の状況であればほぼ最大限に効果を発揮できることに、今は無き朋友に胸の内で感謝した。

 だが、これだけでは足りない。別の仲間も自分に託してくれたあのカードがなければ現状は打破できない。次のターンからが勝負――その為ならば多少の無茶を行う必要がある。

 

「リバースカード、トリプルオープン! 罠カード《無謀な欲張り》3枚! 発動後、俺のドローフェイズを2回スキップするが、俺はデッキからカードを2枚ドローできる! 俺はそれを3枚発動した、よって6枚ドロー!」

「……えっ?」

 

 何だそのふざけたドロー枚数は、と先攻時に7枚ドローした自分のことはすっかり忘れ、龍姫は思わず素っ頓狂な声をあげる。6枚のカードをドローし、黒咲の手札は合計7枚。7枚もあれば何でもできると龍姫は警戒し、頬に冷や汗が流れる。

 

(……まだ、か)

 

 一方、当の黒咲はドローしたカードを目にしまだ決着には早いとカードが告げていると感じた。ならば自分のカード――いや、自分達のカードの意志を尊重し、まだ耐える指針でいくしかないと腹を括る。

 

「俺はカードを5枚セットし、ターンエンド」

「――っ、エンドフェイズに永続罠《復活の聖刻印》の効果を発動! デッキから『聖刻』モンスター《聖刻龍-トフェニドラゴン》を墓地に送る! さらに手札・デッキから光属性モンスターが墓地へ送られたことで《サフィラ》の効果を発動! 3つの効果の内、再度‘’デッキからカードを2枚ドローし、1枚捨てる‘’効果を選択!」

 

 黒咲の6枚ドローに一瞬面食らい、そのことで未だ動揺が抜けないまま龍姫は最善手を模索。先ずは手札を増やし、次いで攻撃を仕掛けなければと焦燥していた。今度は相手のセットカードが5枚もあり、手札も2枚残している。あの状況であれば次のターンで何が起こるか分からない。もう速攻と言うには遅いほどターンが経過しているがそれでも早く仕留めなければと、龍姫の焦りが声色にも出始める。

 

「私のターン、ドロー…! バトル! 《キングドラグーン》で《フォース・ストリクス》に攻撃!」

 

「攻撃宣言時、俺は《フォース・ストリクス》をリリースして罠カード《闇霊術‐「欲」》を発動。このカードは俺の場の闇属性モンスター1体をリリースすることで、デッキからカードを2枚ドローできる。尤も、貴様が手札の魔法カードを公開することでこの効果を無効にできるが…」

「…っっっ!」

 

 使用された罠カード、そして今の自分の手札に視線を移し龍姫は苛立った顔を露にした。あんなデメリットしかないようなカードを使われたこと、そしてそれを無効にする手立てがあるハズなのにそれを出来ない自分の不甲斐なさ――先の焦りと重なり、普段の冷静さは微塵も感じられない。

 

「魔法カードは……ない…!」

「ならばドローさせてもらう」

「けど、これで貴方の場はガラ空き! 《キングドラグーン》の攻撃をこのまま直接攻撃に変更!」

「俺は墓地から罠カード《RR-レディネス》のさらなる効果を発動。墓地の自身を除外することで、俺はこのターンあらゆるダメージを0にする」

(くっ…!)

 

 ダメージどころかあらゆる攻撃が無意味に帰した瞬間、龍姫は内心で声を荒げる。また決めることができなかった。一体この男はどれだけ耐える術を持っているのだと、その防御力の高さに鬱陶しさと一部の尊敬を感じながら、龍姫は残っている2枚の手札へ視線を移す。

 残りの2枚の手札は両方罠カード。既に伏せている罠カードと合わせれば4枚もの防御陣だ。状況を選ぶカードではあるが、それでもこれらがあればとりあえずは耐え凌げるだろう、そのハズだと自分に言い聞かせる。また、以前のユート戦の時のような失態(チラ見)は絶対にしない。

 攻撃が失敗に終わり、段々と冷静さを取り戻しつつある龍姫はそんなことを考えながら残った2枚の手札へ指をかける。

 

「……メイン2。カードを2枚セットし、ターンエンド」

 

 現状、龍姫の場には5体のドラゴンと永続罠の《復活の聖刻印》、そして4枚のセットカード。手札は0枚で、LPは1000のまま。

 対して黒咲の場にモンスターは存在せず、セットカードが4枚に手札も4枚。LPは3400。

 相手のセットカードが恐ろしいが、それでも自分にはまだセットカードがある。また、《キングドラグーン》の対象耐性、《ワイアーム》の効果モンスター耐性もある中で逆転は難しい。そのハズだと、何度も何度も龍姫は自分自身へ言い聞かせる。むしろそうでもしないと平静を保てない――それほどまでに逼迫した状況だと龍姫は思っていた。

 

「俺のターンだが……《無謀な欲張り》の効果で通常ドローはできない。手札から魔法カード《ナイト・ショット》を発動。このカードはセットカードを対象に発動し、対象となったカードはこのカードに対して発動できない。俺が選択するカードは貴様から見て右から2番目のカードだ」

「――っ、」

 

 単純な魔法・罠カード単体除去カードにより龍姫が伏せていた《反射光子流》が破壊される。対戦闘において現状では《サフィラ》にしか適用されないが、それでも防御用のカードを破壊されたことに龍姫は僅かに表情を歪ませた。

 だがまだ自分のカードは生きている。1枚破壊された程度で問題はない、と考えを切り替え――

 

「2枚目の《ナイト・ショット》を発動。今度は貴様から見て左端のカードだ」

 

 ――ようとした瞬間、2枚目の防御用カードである《光子化》が破壊される。自分としては迎撃用として最高峰のカードを、今度は表情や仕草で出さないようにしていたハズなのに何故それをピンポイントで破壊されたのか。それが理解できない龍姫は半ば呆然となりつつ、黒咲を睨む。

 

(……この女、おそらくアカデミアではないな…)

 

 その黒咲はと言うと龍姫に対しての評価、そして失望を感じていた。単純に儀式・シンクロ・融合と異なる召喚法を繰る実力は本物だと認める。だが、デュエルにおいての危機感を微塵も感じられない。

 初手の先攻全手札破壊で慢心し、今の魔法・罠カードの除去も黒咲自身が龍姫の動作を注視していたからこそピンポイントで《反射光子流》と《光子化》を破壊できたに過ぎない。龍姫は《反射光子流》と《光子化》5ターン目と7ターン目に伏せ、その時は他の魔法・罠カードと合わせて2枚セットしたが、それぞれセットカードだけコンマ数秒早かった。デュエリストは魔法・罠カードを複数枚伏せる時、重要度が高いカードを最初に伏せたがる。黒咲はそれに倣って5ターン目と7ターン目で僅かに早く伏せられた《反射光子流》と《光子化》を破壊できたのだ。

 良く言えば素直、悪く言えば単調なプレイングだ。そんなぬるま湯のようなデュエルをアカデミアの人間がするとは思えない。よって龍姫は無関係、ただのLDSのデュエリストだと結論付けた。ならばこのままこの女をカード化し、赤馬零王(レオ)の息子である赤馬零児を誘き出す餌にするしかない。

 ため息を吐き、半ば愚痴が混じったように黒咲は呟く。

 

「……どうやらユートが言っていた通り、貴様はアカデミアとは関係ないらしいな」

「……? デュエルアカデミアがどうかした?」

 

 瞬間、黒咲の目が大きく見開く。今この女は何と言った?

 

「貴様……アカデミアを知っているのか!?」

「――っ、い、今のは聞かなかったことに…」

「ならん! 今ここで話せないというのなら――貴様を叩き潰した後に聞いてやる!」

 

 とんだ間抜けな女だ、そう黒咲は思った。自分は『アカデミア』としか発言していないが、この女は『デュエルアカデミア』と言い直した。つまり通称が『アカデミア』で正式名称が『デュエルアカデミア』なのだろう。それをわざわざ正式名称で言い直したということはそれだけアカデミアに対する忠誠心が高いということ。通称で呼ぶなど凡愚のそれ、黒咲はそう判断し血走った眼差しで龍姫を睨む。

 

「貴様がアカデミアの人間ならば容赦はしない! 罠カード《ヒロイック・ギフト》を発動! このカードは相手のLPが2000以下の時、そのLPを8000にすることで俺はデッキからカードを2枚ドローする! 手札から速攻魔法《異次元からの埋葬》を発動! 除外されているモンスターを3体まで墓地に戻すことができる! 俺は貴様の《トリシューラ》に除外された《RR-バニシング・レイニアス》3体を墓地に!」

 

 迷いがない、鬼気迫る勢いで黒咲は手札の増強と態勢の立て直しを始めた。最初に手札に3枚も存在していた《バニシング・レイニアス》は《トリシューラ》の効果で除外されたが、除外に対応する手も自分のデッキにはある。

 

「手札から魔法カード《終わりの始まり》を発動! 俺の墓地に闇属性モンスターが7体以上存在する場合、その内5体を除外することでデッキから3枚ドローできる! これにチェーンして手札から速攻魔法《連続魔法》を発動! このカードは通常魔法の発動時に手札を全て捨てることで発動でき、その通常魔法と同じ効果を得る! 俺は手札1枚を捨て、《終わりの始まり》の効果で墓地の《ファジー・レイニアス》2体、《シンギング・レイニアス》、《トリビュート・レイニアス》、《ペイン・レイニアス》の5体を除外し、《連続魔法》でコピーした効果と合わせ6枚ドロー!」

 

 先の《無謀な欲張り》3枚同時発動に匹敵するドローで手札を増やす黒咲。一気に6枚もの手札を得たが、それでもまだ納得した表情ではない。

 

 

「リバースカード、トリプルオープン! 罠カード《活路への希望》3枚! このカードは俺のLPが相手よりも2000ポイント以上少ない時に1000ポイント支払うことで発動でき、俺と貴様のLP差2000ポイントにつき1枚デッキからカードをドローする! 貴様のLPは8000、発動時の俺のLPは3300、そして今3枚の《活路への希望》を発動したことで貴様とのLP差は7700! 合計9枚のカードをドローする! 魔法カード《貪欲な壺》を発動! 自分の墓地のモンスター5体をデッキに戻し、デッキからカードを2枚ドローする! 俺は墓地の《バニシング・レイニアス》3体と《フォース・ストリクス》2体をデッキに戻し、2枚ドロー!」

 

 《ヒロイック・ギフト》、《終わりの始まり》、《連続魔法》、《活路への希望》、《貪欲な壺》とかつての仲間達より受け継いだカードを駆使し、黒咲は暴走しているような勢いで手札を増やしていく。

 そのドロー枚数は合計19枚。最終的な手札枚数は17枚にもなる。それを見た龍姫はそのあまりの手札の多さに『エクゾディア』とデュエルしていただろうかと、半ば考えを放棄し始めた。

 

「手札から《RR-バニシング・レイニアス》を召喚! このカードが召喚・特殊召喚に成功したターンに1度、手札から『RR』モンスター1体を特殊召喚できる! 手札から2体目の《バニシング・レイニアス》を特殊召喚! さらに永続魔法《RR-ネスト》を発動! 俺の場に『RR』モンスターが2体以上存在する場合、1ターンに1度だけデッキ・墓地から『RR』モンスター1体を手札に加える! 俺はデッキから3体目の《バニシング・レイニアス》を手札に! そして2体目の《バニシング・レイニアス》の効果で3体目の《バニシング・レイニアス》を手札から特殊召喚!」

「…レベル4のモンスターが3体……!」

 

 3体の《バニシング・レイニアス》が並び、龍姫はここで放棄しかけていた思考を目の前のデュエルに戻す。先程は複写機かと思うほどに一貫して《フォース・ストリクス》しか出さなかったが、あの時はエクシーズ素材が2体。

 対して今回は3体のレベル4モンスターが並んでいる。レベル4のモンスターが3体も並ぶとなれば、それなりの能力を持ったモンスターが出てくるハズ。胸の鼓動が早まり、今回のデュエルで最も緊張した面持ちで龍姫はフィールドに注目する。

 

「俺はレベル4・鳥獣族の《バニシング・レイニアス》3体でオーバーレイ! 雌伏のハヤブサよ、逆境の中で研ぎ澄まされし爪を挙げ、反逆の翼翻せ! エクシーズ召喚!」

 

 《バニシング・レイニアス》3体が紫色の光玉となり、地面に現れた漆黒の渦へと飲み込まれていく。次いで閃光が走った瞬間、突如中空に暗雲が出現する。耳をつんざくような雷鳴が轟き、暗雲からゆっくりと巨大な隼が降下してきた。全身に推進器のようなものが付き、一見すると機械と見間違ってしまうようなモンスターが黒咲のフィールドへと姿を現す。

 

「現れろぉ! ランク4! 《RR-ライズ・ファルコン》!」

 

 その《ライズ・ファルコン》の姿を見て龍姫は戦慄し――表示されている攻撃力100にほっと胸を撫で下ろし――考え直して身構える。

 たったの攻撃力100と一瞬ぬか喜びしたものの、むしろそういった低攻撃力のモンスターの方がえげつない効果を持っているのだ。一瞬でもこんな考えをしてしまった自分を殴りたくなる。せめて相手の効果がモンスターを対象に取るなど、《キングドラグーン》の耐性で守ることができればと、相手の出方を伺う。

 

「《ライズ・ファルコン》は1ターンに1度、オーバーレイ・ユニットを1つ使うことで相手の特殊召喚されたモンスター1体を対象に、そのモンスターの攻撃力分自身の攻撃力を上げる効果を持つ」

 

 危ない、けど助かったと龍姫は安堵する。対象を取る効果であれば《キングドラグーン》の効果で守れるので、相手は自身の効果で攻撃力を上げることはできない。

 しかし、まだ相手の手札は14枚もある。14枚もあれば何かしら行動は起こせるハズでは、と龍姫が黒咲の溢れんばかりの手札に目を向けると、黒咲はその中から3枚のカードを引き抜く。

 

「俺は《ライズ・ファルコン》を対象に手札から魔法カード《オーバーレイ・リジェネレート》を発動。このカードは対象にしたエクシーズモンスターのオーバーレイ・ユニットになる。そして装備魔法《進化する人類》を《ライズ・ファルコン》に装備。このカードを装備したモンスターは自分LPが相手LPより少ない場合、元々の攻撃力が2400となる。次いで装備魔法《巨大化》を装備。このカードを装備したモンスターは自分LPが相手LPより少ない場合、元々の攻撃力を倍にする。よって今の《ライズ・ファルコン》の攻撃力は4800だ」

 

 一瞬にして攻撃力が4000を超えられた――龍姫は恨むような目つきでフィールドを見る。

 黒咲の《ライズ・ファルコン》は今まで(・ ・ ・)の鬱憤を晴らすかのように、その攻撃力を上げていく。ただの脆弱なステータスのエクシーズモンスターを進化という名のカードで強化し、今まで積もりに積もった巨大な憎しみをその身に宿している。

 この程度であれば最低攻撃力の《キングドラグーン》に攻撃を仕掛けられたとしても、《ヒロイック・ギフト》の効果でLPを8000まで回復した龍姫のLPを削り切ることはできない。だが、最初に発動した《オーバーレイ・リジェネレート》が気にかかる。あのカードは単純にオーバーレイ・ユニットを1つ増やすだけのカード。それを何の強化に繋がらない現状で発動する意味があるのかと考え始め――

 

「装備魔法《エクシーズ・ユニット》、《ストイック・チャレンジ》を《ライズ・ファルコン》に装備。《エクシーズ・ユニット》はエクシーズモンスターのランク×200ポイント攻撃力を上げ、《ストイック・チャレンジ》は装備モンスターの効果の発動を封じる代わりに、オーバーレイ・ユニット1つにつき攻撃力を600ポイントアップさせる。また装備モンスターが相手モンスターとバトルする際、相手に与える戦闘ダメージを倍にする」

 

 ――追加で装備されたカードを目にし、その顔色が絶望に染まる。《ライズ・ファルコン》のオーバーレイ・ユニットは現在4つ。《エクシーズ・ユニット》がオーバーレイ・ユニットに数えられないとはいえ、その強化値は《ストイック・チャレンジ》との上昇分も含めて攻撃力は8000にもなる。

 8000の攻撃力にもなればOCGルールでも直接攻撃が通れば一撃。こちらの世界でも2人分のLPを0にできる。その上、装備された《ストイック・チャレンジ》でモンスター同士のバトルで戦闘ダメージが倍になるのだから尋常ではない戦闘ダメージを受けることになるだろう。

 今の状況で《キングドラグーン》が攻撃を受ければその戦闘ダメージは11200。龍姫は眉間に皺を寄せ、今は使えなくなってしまったリバースカード《魂の一撃》に目をやる。このカードで自分モンスターの攻撃力を3500は上昇でき、攻撃力6300までが相手なら十分に生き残ることはできた。

 しかしこのカードの発動条件として攻撃時に自分LP4000以下の時にLPを半分支払う必要がある。それが黒咲の発動した《ヒロイック・ギフト》の所為で発動条件を満たせず、強化することができない。残ったリバースカードも《キングドラグーン》が除去された後にと保険で伏せていた《スキル・プリズナー》。今の段階では使う機会は皆無と言っても良い。

 何か、何か他に手はないかと龍姫は既にセットされているリバースカードを何度も確認し、空の手札を眺め、墓地をしきりに確認し始める。

 

「――魔法カード《一騎加勢》を発動。このカードは俺の場のモンスター1体の攻撃力をターン終了時まで1500ポイントアップさせる。これを3枚連続で発動、《ライズ・ファルコン》の攻撃力は12500になる。次に魔法カード《破天荒な風》を発動。このカードは俺の場のモンスター1体の攻撃力を次の俺のスタンバイフェイズまで1000ポイントアップさせる。これも3枚連続で発動、《ライズ・ファルコン》の攻撃力は15500となる。最後に速攻魔法《蛮勇鱗粉(バーサーク・スケールス》を発動。このカードは俺の場のモンスターの攻撃力を1000ポイントアップさせ、ターン終了時に2000ポイント下げる。こいつを2枚使い、《ライズ・ファルコン》の攻撃力を17500にする」

 

 そんな龍姫の様子をやや苛立った様子で見ていた黒咲は容赦なしに手札の魔法カードを全て使い切る。相手がただのLDSの人間ならこんな過剰強化はしない。だが、目の前の女はアカデミアの存在を知っているのだ。つまり赤馬零王の関係者――その人間が自分の故郷を壊滅させた。

制裁、復讐、怨恨……それら全ての感情をカードに乗せても、自分の怒りは収まらない。連れ去られた妹、カードという名の牢獄に魂を封じられた盟友達。彼らが味わった苦しみはこんなものではない。

 

「《ライズ・ファルコン》は相手の特殊召喚されたモンスター全てに1度ずつ攻撃することができる――行け《ライズ・ファルコン》! 全ての敵を引き裂け! ブレイブクロー・エヴォリューション!」

「――っ!?」

 

 《ライズ・ファルコン》が全身を血のような朱色の炎で染め上げ、天高く飛翔する。一定の高度まで達するとそのまま円を描くように翻り、垂直に急降下。十分な加速を付け、地面へ直撃する寸前にそのまま地面と水平に飛ぶ。そしてその復讐の業火を身に纏ったまま、龍姫の5体のドラゴンへ猛進。

 成す術がない龍姫はその顔を一瞬だけ恐怖に染まり、次の瞬間には諦観した表情を浮かべた――

 

 

 

――――――――

 

 

 

 真澄は必死になって走っていた。北斗・刃と共に件のLDS襲撃犯を探すために市内を練り歩いていたが、ついさっき赤馬零児の秘書、中島から連絡をもらいその現場に急行しているのだ。やっとあの男と対峙できる。喜びと緊張が走るが、そんな真澄に付け加えるように中島は告げた。

 

『現在、橘田龍姫が襲撃犯と交戦している』

 

 その言葉を聞き居場所を聞き出した途端、真澄は駆け始めていた。

襲撃犯とデュエルした恩師のマルコ先生が行方不明。そんな現況で自分の親友である龍姫も同じ目に遭わせる訳にはいかない。まだデュエルが終わらないで、どうか無事で居て――長時間走ったことでの息切れと不安と心配から来る動悸で胸が張り裂けそうになる中、真澄は中島から指示された場所まで、あと通り1本というところまで着いた。

 

 丁度狭い路地からその通りを確認できる位置で、視界の先にはデュエルディスクを構えている龍姫の姿を見える。良かった、龍姫はまだ無事だ。ほっと胸を撫で下ろし、いち早く龍姫に駆け寄ろうと再び走り始める。50m……40m……30mと段々距離を縮めていく。

 そして龍姫に自分の声と姿が確認できるであろう10mの距離まで来たところで真澄は片腕を上げた――

 

「たつ――」

 

 ――その瞬間、龍姫の身体が視界の端と飛んでいく。

 まるで矢のように飛んでいく龍姫の姿を真澄は反射的に目で追うと、龍姫は何か強い衝撃を受けたのか一瞬は地面と並ぶように飛び、その後は重力に引かれて地面を数度撥ねる。そしてその勢いを止められないまま路地の片隅に設置してある集積所にその身を直撃させ、辺り一面にゴミが四散した。

 

 ありえない光景を目にし、真澄はただ呆然としていた。ふと無意識の内にフラフラと龍姫の方へと近寄り、震える手で龍姫に覆い被さっている邪魔なものを退ける。そこで見た龍姫の姿に真澄は絶句した。

 肌の露出している部分はまるで火傷した時のように真っ赤に腫れ上がり、一部は先程吹っ飛んだ時に負ったものか、打撲の箇所も無数に見られる。普段の冷淡でクールな表情ではなく、痛みに耐え苦しんでいるその顔は見ている自分も痛くなると錯覚するほど。先ずはLDSに救援――いや、この場合は救急車を呼んだ方が、と混乱している真澄の背後に影がかかる。

 

「――今更増援か」

 

 バッと後ろを振り向くと、そこには昨日出会った襲撃犯(黒咲)。真澄は連絡しようと震える手で持っていたデュエルディスクを持ちながら、上擦った声を喉奥から搾り出す。

 

「……これは…アンタがやったの…?」

「…そうだ」

 

 瞬間、真澄の中でプツンと何かが切れた。ゆっくりと立ち上がり、眉間に皺を寄せ、憤怒を露にした顔で黒咲を睨みつける。

この男は許さない。絶対に。

連絡しようと手に持っていたデュエルディスクをそのまま腕に装着し、それを展開。

 

「大丈夫か! ます――」

「おーい! たつ――」

 

 それと同時に真澄の後方から聞き慣れた友人たちの声が聞こえ、それが途中で途切れる。

 北斗と刃は真澄に遅れること数十秒、現場を目にし言葉を失った。

 

 だがその後すぐに沸々と怒りが込み上げ、真澄の隣に並ぶとデュエルディスクを起動。

 明らかな敵意を黒咲に向け、怒気が籠った声で真澄が2人に語りかける。

 

「――潰すわよ」

「もちろん」

「あぁ」

 

 全員思いは同じ。自分達の友人をこんな目に遭わせた奴を野晒しにする訳にはいかない。

 救援は後で必ず呼ぶ、少しだけ待っていてくれと心の中で謝りつつ、3人は黒咲を睨む。

 

 その黒咲も3人の意図を汲み取ったのか、無言でデュエルディスクを構える。この3人のことよりも、自分はそこの倒れている女に用があるのだ。邪魔をするなと言わんばかりに不機嫌そうな表情で3人を睨みつけた。

 

 

 





10万超えのダメージが本来の目的ではないので、まえがきの通り後日修正させて頂きます。身勝手な作者で本当に申し訳ありません。


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エピローグ①:≪次元障壁≫(どれを宣言すれば良いでしょう)

再開と終了のために戻ってきました。
打ち切りエンドを書きますが、長くなりそうなんでエピローグを分けて投稿します。
初ターン考えるのに3日ぐらいかかりました。


 

「なぁ零児…」

「何か?」

「今からプロデュエリストの手続きをするんだよな?」

「そうだが?」

「そういうのって普通は窓口でやるもんだよな」

「普通はそうだろう」

「じゃあ何で俺たちはLDSの地下に向かっているんだ?」

「君の手続きが普通ではないからだ」

「えぇ…あぁ、まぁ……そうか…」

 

 遊矢は零児とのデュエルを見事勝利で収め、父遊勝から『プロとして戦い続ける覚悟はあるか?』という言葉に応え、意気揚々と駆け出した――その直後に零児に首根っこを掴まれ、『先ずは手続きが必要だ』の言に渋々従った現状が地下への路。

 手続きが必須であることは遊矢も理解できる。だが、本人からしてみれば記入・捺印、必要なら写真撮影等があるぐらいのものが、何故それらを行うのに地下まで行かなければならないのか理解ができなかった。

それ故に、零児に疑問を投げたものの、その返答は『普通ではない』の一言。

これに関して遊矢はそれぐらい普通でも良いのにという不満と、次元戦争や自身の出自、プロになるまでの経緯が普通とは明らかに異なるため、仕方ないことなのだろうと無理矢理納得させる。

 

「まぁ仕方ないよな……それにしても、改めてLDSってすごいな。地下の方もこんなに設備を充実させているなんてさ」

「入塾者は年々増加傾向にある。上を拡張できない以上、下を拡張するしか手がなかったのだ――尤も、ここまで拡張する気はなかったのだが」

「ウチに対する皮肉にしか聞こえないぞ、それ」

「…皮肉…か……」

 

 遊矢の発言に零児はぼそりと呟くように零す。何か引っ掛かる言い方に遊矢は小首を傾げるも、おそらくは拡張し過ぎて維持費等がかかり、思いの外出費が痛くて悩ませているのだろうと結論づけた。

 実際に柚子の父親も塾生の為になると余計な出費をしては、柚子からハリセンを受けていたものだ。それが大企業のトップともなれば、その心労は比較することもおこがましいだろう。

 

「…零児も大変なんだな……」

「……?」

 

 優しげな眼差しを向ける遊矢に対し、零児は頭上に疑問符を浮かべる。一体何に対して大変と言っているのか――かろうじて、零児を労わってくれている発言であることは理解できるが、本当に大変なのかこれからだということに零児はため息を零す。

 この先の目的地――否、目的の人物との再会に遊矢がどんな反応を見せるのか。

 

 

 

 

 

― ― ― ― ― ― ― ―

 

 

 

 

 

「ここだ」

「ここだ――って、ただのデュエル場じゃん」

 

 あれから数分後、零児の先導で遊矢は目的地である地下のデュエル場に到着した。照明が点いていないので薄暗いものの、一見してデュエル場と分かる。ついさっきデュエルしたのに、またデュエルをするのかと、遊矢は不満げに零児を見る。

 

「そうだ。デュエル場だ。ただし、アクションフィールドではなく、通常のスタンディングデュエル用のデュエル場だが」

「スタンディング用? というか何でここなんだよ? またデュエルするのか? というか手続きはどうしたんだよ?」

「君にはある人物とデュエルをしてもらいたい」

「質問に答えろよ!!」

 

 どの問いにも答えず、遊矢は声を荒げるが、零児はそれを涼しい顔で流す。

 零児が指を軽く鳴らすと、薄暗かったデュエル場が照明で照らされる。一瞬の眩しさに遊矢は思わず目を瞑り、光に慣れてくると、デュエル場の最奥――相手側のスペースに人が立っていることに気付く。

そしてその人物を見て、遊矢の目が大きく見開いた。

 

 遊矢と同じ学校の女子制服。あの無口そうで無表情っぽい無稽荒唐なデッキを繰る彼女の姿を見て、遊矢は歓喜と驚嘆が混ざった表情になる。

 

「…久しぶり……」

 

 ぶっきらぼうな声色で彼女――龍姫は、そう遊矢に言い放ち、同時に左目で睨む。何故左目でしか見ないか、と言ってもそれは龍姫の装いを一見すればすぐに分かる。

 龍姫の右目に黒い眼帯が着けられていたからだ。

 何故眼帯を着けているか。決してファッションや、14歳がかかる痛い病といった類ではない。右目の周りに酷い怪我を負ったため、その傷跡を隠すために着けている。以前、黒咲隼がLDS狩りをしていた時、その相手をした龍姫が、オーバーキルによるソリッドビジョンのダメージで負った怪我だ。

 当時は記憶の改竄や治療が予想以上に長引き、結局は舞網チャンピオンシップを欠場。一応、バトルロワイヤル時には復帰できていたものの、余計な混乱を抑えるためにデュエルにおける事故という記憶に零児がすり替えた。零児はその処置に僅かばかりの良心が痛んだものの、黒咲と龍姫のデュエルは防ぎようがないものであり、こればかりは仕方のないことだと考えるしかなかったのだ。

 

 龍姫の姿を見て、遊矢は言葉に詰まる。零児からは事故で舞網チャンピオンシップに出場できなかったとしか聞いていない上、次元戦争時はずっとスタンダード次元に居たのだから、全く状況が分からなかったのだ。

 『事故はどうだったのか?』、『元気でやっているか?』等、聞きたいことは山ほどある。だが、突然のことで遊矢は思考が追い付かず、ただ龍姫を見ているだけ。

 そんな遊矢の様子に龍姫は小さくため息を零すと、デュエルディスクを構える。

 

「遊矢、デュエルしよう」

「え――あっ、良いけど…」

 

 遊矢は龍姫から何か不可視の圧力のようなものを感じ取り、やや遅れながらもデュエルディスクを構えた。

 

(話したいことは沢山あるけど、要するにデュエルで語れってことなんだよな? それに次元戦争の最中で成長した俺のデッキがどこまで龍姫を相手にできるか試せる機会だ。今回こそ勝つ!)

 

「さぁ、俺の新生『EM』デッキが龍姫相手にどこまで通用するか試させてもらうぞ!」

「じゃあ私の新生『巨聖魔竜剣姫神』デッキがそれに応える」

「ちょっと待って」

 

 『何?』、と龍姫が不服そうな声をあげるが、遊矢は右手で顔を覆い、項垂れていた。

 『巨聖魔竜剣姫神』――単語の羅列を一聴しただけで、一体何のことを言っているのか遊矢の耳が理解を拒んだ。もしや眼帯を着けた影響で、とうとう14歳が患う病に罹ってしまったのではと危惧してしまうほどに。しかし、龍姫はそれを当然のようにデッキ名で答えた。ならば、各文字がデッキを表しているのだと察することができる。

 

『巨』はどこから来たのか。『巨大戦艦』か?

『聖』はおそらく『聖刻』の『聖』であることは間違いない。

『魔』は何だ? 闇属性のことを表しているのだろうか?

『竜』はどうせドラゴンだろう。

『剣』は不明。戦士族でも入れてあるのかと推察できる程度。

『姫』――これは彼女のエースである《竜姫神サフィラ》だ。

『神』――これも彼女のエースである《竜姫神サフィラ》だ。

 

 半分程度しか判明できず、一体、何がどうなってそんなデッキ名になったのかと、龍姫のデッキを見て――唖然とする。デッキ枚数が通常のデュエリストのデッキと比較し、一見すると1.5倍。およそ60枚デッキになっているではないか。以前は45枚前後と、やや多い程度にしか思わなかったが、一体何をどうしたら60枚デッキになるのだ。色んな要素を詰め込み過ぎたのではないかと、遊矢は不安な眼差しを龍姫とその肥大化したデッキに向ける。

 当の龍姫はその視線が自分と、自身のデッキに向けられていることに気付くと、思い出したように口を開いた。

 

「デッキ枚数が多く見えるかもしれないけど、デュエルする分には全く問題ない。むしろ60枚のデッキでなければ新しいカードが入らないし、既存と新規を混成した結果、こうなっただけ」

「……それでデッキが回せるのか?」

「……これでデッキが回せないの?」

 

 なるほど、この問答は平行線であり、全くの無意味だと遊矢は瞬時に察する。一般的な思考の持ち主であれば、デッキの枚数は多ければ多いほど必要なカードを引く確率が低くなるため、可能な限り最低枚数である40枚にするものだ。しかし、それを60枚でもデッキを回せると龍姫が言い切る以上、できるのだろう。そのドロー力とタクティクスには、これからのデュエルで確認すれば良い。

 

「――ごめん、ちょっとビックリしただけ。それじゃあ、始めよう!」

「……? よろしく」

 

 デュエルディスクを起動させ、互いにデッキからカードを5枚引く。ソリッドビジョンで両者の情報、LPが表示され、先攻・後攻が決定した。

 デュエルの準備が整い、互いの双眸が交差する。

 

「「デュエル!!」」

 

 

 

 

 

― ― ― ― ― ― ― ―

 

 

 

 

 

「私の先攻。手札から≪聖刻龍-ドラゴンゲイヴ≫を召喚。次いで≪ドラゴンゲイヴ≫をリリースし、手札から≪聖刻龍-ネフテドラゴン≫を特殊召喚。このカードは場の『聖刻』モンスターをリリースすることで手札から特殊召喚することができる。さらにリリースされた≪ドラゴンゲイヴ≫のモンスター効果発動。このカードがリリースされた時、手札・デッキ・墓地から『聖刻』通常モンスター1体を特殊召喚する。私はデッキから≪神龍の聖刻印≫を特殊召喚」

 

 先ずは基本的な動き、と言わんばかりに龍姫は手札・デッキから愛用の『聖刻』モンスターを展開する。場にはレベル5の≪ネフテドラゴン≫、レベル8の≪神龍の聖刻印≫、手札は3枚。

 場に出すモンスターが同じレベルであればエクシーズ召喚、チューナーが居ればシンクロ召喚等、適宜その状況に応じたモンスターを出すのだろうが、場には同じレベルでもなければ、チューナーも居ない。また、既に通常召喚権も使用しているので、残った手札3枚から出せる手は限られて来るだろうと遊矢は推察する。おそらく、あとはエースモンスターを儀式召喚し、エクシーズかシンクロをして終わりだろうと――。

 

「私は≪神龍の聖刻印≫をリリースし、魔法カード≪アドバンスドロー≫を発動し――チェーンして手札を全て捨て、速攻魔法≪連続魔法≫を発動する。≪アドバンスドロー≫は場のレベル8以上のモンスターをリリースしてデッキからカードを2枚ドローし、発動した通常魔法にチェーン発動することで≪連続魔法≫はその効果をコピーする。よって私はデッキから4枚ドローする」

(…………あれ?)

 

 ――思っていた矢先に手札増強カード。場のモンスターこそ1体減ったものの、龍姫の手札は3枚から4枚へ。場のモンスターを手札に変えただけだから、実質カード・アドバンテージは変わらない、できることと言っても、あとは≪ネフテドラゴン≫をリリースして、エクシーズかシンクロに繋げるしか手はないハズ――。

 

「私は手札から魔法カード≪闇の量産工場≫を発動。墓地の通常モンスター2体を手札に加える。私は墓地≪神龍の聖刻印≫と≪連続魔法≫で捨てた≪ガード・オブ・フレムベル≫を回収。この2枚をそれぞれ、魔法カード≪トレード・イン≫と≪調和の宝札≫の手札コストとして捨て、手札を4枚入れ替える」

 

 ――おかしい、4枚だった手札が5枚になり、手札入替カードによって情報アドバンテージも消された。しかも場には未だ≪ネフテドラゴン≫も顕在のため、カード・アドバンテージとしては+1枚だ。これはまさか初ターンから一気に来るのではと、遊矢はやや緩んでいた気を引き締める。

 

「手札から魔法カード≪儀式の下準備≫を発動。デッキから儀式魔法1枚を選び、そのカードに記された儀式モンスター1体をデッキ・墓地から手札に加える。私はデッキから≪祝祷の聖歌≫を選び、これと≪竜姫神サフィラ≫をデッキから手札に」

(…………ん?)

 

 何やらシンプルな強さのパワーカードを発動され、いつの間にか龍姫の手札は6枚になっていることに遊矢は不穏な空気を感じた。場にはモンスターが1体、手札は6枚――後攻1ドローよりも圧倒的にカード・アドバンテージを得ている。

 

(いや、待て、大丈夫。儀式召喚には最低でもカードを3枚使うし、融合も最低3枚、シンクロは2枚、エクシーズは2枚――合計10枚も使う訳なんだから、流石にこのターンでそんな零児みたいなことはしないハズだ! ……しないよな?)

 

「手札から儀式魔法≪祝祷の聖歌≫を発動。手札・場から儀式召喚に必要なレベル分、モンスターをリリースし、≪竜姫神サフィラ≫を儀式召喚する。私はレベル6以上になるように手札のレベル5、≪聖刻龍-アセトドラゴン≫と、場のレベル5、≪聖刻龍-ネフテドラゴン≫をリリース――祝福の祈りを奏で、聖なる歌で光を導け! 儀式召喚! 光臨せよ、《竜姫神サフィラ》!」

 

 天から6本の光が六角形の角を描く形で矢のように龍姫のフィールドを囲い、その中央に一際巨大な光柱が降り注ぐ。光柱から全身がサファイアブルーの鱗で覆われ、背から天使を連想させる翼を生やし、体の各所に金色の装飾を纏った竜人がフィールドに降臨する。

 

「出たな、龍姫のエースモンスター…!」

 

 自身の≪オッドアイズ・ペンンデュラム・ドラゴン≫と同様、デュエル中は必ず1度は場に出るエースモンスターの出現に遊矢は身構えた。≪サフィラ≫自体に戦闘力こそはないが、ドロー・ハンデス・サルベージと、3種のアドバンテージに富んだ非常に厄介なドラゴンだ。デュエルが長引けば長引くほどアドバンテージの差は開いていく。可能であるなら、早めに対処はしておきたい――。

 

「リリースされた≪アセトドラゴン≫と≪ネフテドラゴン≫のモンスター効果発動。自身がリリースされた時、手札・デッキ・墓地からドラゴン族・通常モンスターを攻守0にして特殊召喚する。私はデッキからドラゴン族・通常――」

 

 ――しかし、ここで輪を掛けて厄介なのがリリースされた『聖刻』モンスターの効果だ。リリースされることで、あらゆる場所からドラゴン族・通常モンスターを攻守0にして呼び出す展開効果。融合・シンクロ・エクシーズ、各召喚の素材に使えるこの効果はシンプルだが強力――否、シンプルだからこそ強力なのだろう。これが龍姫のエースである儀式モンスター≪竜姫神サフィラ≫との相性が異常なまで良い。現に今も、リリースされたドラゴン族・通常――。

 

「――ペンデュラムモンスターの≪竜剣士マスターP≫と≪竜魔王ベクターP≫を攻守0にして特殊召喚する」

「――っ!? ペンデュラムの通常モンスターだって!?」

 

 ――ペンデュラムモンスターをも場に出せるのだ。

 突然のペンデュラムモンスターの登場に遊矢は目を見開く。何故ペンデュラムモンスターを龍姫が、と思うも、龍姫はLDS所属。沢渡や月影のように提供された可能性は十分にある。ただ、それがまるで龍姫に合わせたかのように通常モンスターになっただけの話。

 しかし、通常モンスターになっただけと考えても、遊矢の頬を冷や汗が伝う。リリースされた『聖刻』モンスターの効果により、疑似デッキからのペンデュラム召喚。さらにこのターンの間にエクストラデッキに送る手段があれば、通常のペンデュラム召喚で場に再度展開できる。

 

 恐ろしい。おそらく、既存の『聖刻』にペンデュラムモンスターをさらに足した結果があの60枚デッキになったのだろうと、遊矢はやっとそこで龍姫のデッキ枚数の多さを理解した。もしも、あれにさらにペンデュラムモンスターが複数枚積まれているとしたら、半ば不死身のドラゴンデッキだ。下手をすれば、毎ターン融合・シンクロ・エクシーズ召喚されても不思議ではない。

 遊矢が以降の展開を危惧していた最中、龍姫はデュエルディスクのエクストラデッキから1枚の融合モンスターカードを取り出し、それを遊矢に見えるように掲げる。

 

「このカードは私の場の『竜剣士』ペンデュラムモンスターとペンデュラムモンスターをリリースすることで特殊召喚することができる――私は場の≪マスターP≫と≪ベクターP≫をリリース――竜剣よ、瀑流を纏い、剛勇を示せ! 融合召喚! 降臨せよ、≪剛竜剣士ダイナスターP≫!」

「ペンデュラム融合っ…!」

 

 続け様に、とでも言うように難なく≪融合≫カードなしで融合モンスターを場に出す龍姫。先ほどの儀式召喚から続けてモンスターを4体リリースしているにも関わらず、未だ龍姫の手札は3枚。最早ここまで来ると通常召喚権がなくとも、シンクロかエクシーズまで出されるのではないかと、遊矢は身構える。

 

「私は手札からスケール2の≪魔装戦士ドラゴディウス≫と、スケール7の≪魔装戦士ドラゴノックス≫でペンデュラムスケールをセッティング! 揺れろ竜魂のペンデュラム! この身より夢現から解き放たれよ! ペンデュラム召喚! 現出せよ!エクストラデッキよりレベル4の≪竜剣士マスターP≫! ≪竜魔王ベクターP≫! 手札からレベル4の≪竜剣士ラスターP≫!」

「今度は普通のペンデュラム召喚っ…!」

 

 龍姫の場の両端に青柱が現れ、その中に白と黒の戦士が佇む。息つく間もなく、天上からは先程エクストラデッキに送られた2体に加え、最後に残っていた手札からも1体――計3体のドラゴンが龍姫の場に姿を現す。

 先攻1ターン目からモンスターゾーンを全て埋めたことに遊矢は戦々恐々とするも、龍姫がこれで終わるとも思っていない。その証拠とばかりに龍姫の場には1体、『チューナー』という不穏なモンスターが居ることを遊矢は理解していた。

 

「私はレベル4の≪ベクターP≫にレベル4チューナーの≪ラスターP≫をチューニング! 竜剣よ、劫火を纏い、全てを爆砕せよ! シンクロ召喚! 招来せよ! ≪爆竜剣士イグニスターP≫!」

「ペンデュラムシンクロっ…!」

 

 次いでシンクロモンスター。場には4体のモンスターが揃ったが、これで龍姫は手札を全て使い切った。いくら何でもここからさらにモンスターを展開することはないだろうと、遊矢が冷や汗を拭おうとした瞬間。

 

「≪イグニスターP≫のモンスター効果発動。1ターンに1度、デッキから『竜剣士』モンスター1体を守備表示で特殊召喚する。私はデッキから2体目の≪竜剣士マスターP≫を守備表示で特殊召喚。この効果で特殊召喚したモンスターはシンクロ素材にできない」

「……シンクロ素材にはできないんだよな?」

「そう。だから――私はレベル4の≪マスターP≫2体でオーバーレイ! 2体のペンデュラムモンスターでオーバーレイネットワークを構築! 轟風を纏い、彼の地より昇天せよ! エクシーズ召喚! 顕現せよ! ≪昇竜剣士マジェスターP≫!」

「やっぱり最後はペンデュラムエクシーズかっ…!」

 

 トドメとばかりのエクシーズモンスター。これで龍姫の場には4体のドラゴンが揃った。

    儀式モンスター、攻撃力2500の≪竜姫神サフィラ≫

    融合モンスター、守備力2950の≪剛竜剣士ダイナスターP≫

  シンクロモンスター、攻撃力2850の≪爆竜剣士イグニスターP≫

 エクシーズモンスター、守備力2200の≪昇竜剣士マジェスターP≫

 

 幸いと言うべきか、攻守どちらかが3000を超える高ステータスのモンスターは居ない。また、遊矢のデッキであればユート、ユーゴ、ユーリから継がれたドラゴンが居る。四天の龍さえ出せれば龍姫のフィールドを一掃とまではいかずとも、半壊程度にすることはできるハズだと、遊矢は気持ちを落ち着かせて龍姫の場と、彼女を見る。

 

「………………」

(……何考えてるか相変わらず分からないな…)

 

 一見すると無表情だが、龍姫は龍姫で内心は『儀式・融合・シンクロ・エクシーズ・ペンデュラム召喚のコンプリートできた』とドヤっている。

 しかし、そんな内心など読めるハズもない遊矢は先程ぬぐいかけた頬の汗を腕で拭い、改めて龍姫に視線を向ける。

 

「流石だな龍姫。でもまだ終わりじゃないんだろ?」

「……ご明察。私はターンの終わりにモンスター効果を発動する」

 

 そうそう、いつものターンの終わりに≪サフィラ≫の効果でドローして、手札補充をするんだよなぁ、と遊矢はいつものパターンを待っていた――。

 

「私は≪昇竜剣士マジェスターP≫のモンスター効果発動。このカードがエクシーズ召喚に成功したターンの終わりにデッキからペンデュラムモンスター1体を手札に加える」

「……ん?」

「私はデッキからレベル8のペンデュラムモンスターの≪アモルファージ・イリテュム≫を手札に加える」

 

 ――しかし、いつもとやや異なる処理に遊矢が不安に思っていた最中――。

 

「次いで≪サフィラ≫のモンスター効果発動。儀式召喚に成功したターン、または手札・デッキから光属性が墓地に送られたターンの終わりに3つの効果から1つを選択して発動。私はデッキから2枚ドローし、1枚捨てる効果を選択。私はデッキからカードを2枚ドローし、1枚捨てる」

「……まだ何かやるよな?」

「当然。私は手札から捨てた≪コドモドラゴン≫のモンスター効果発動。このターンのバトルを放棄することで、手札からドラゴン1体を特殊召喚する――侵食し、浸食し、深食せよ! 現出せよ! ≪アモルファージ・イリテュム≫!」

「最後の最後にペンデュラムからのペンデュラムかよっ!?」

 

 空いていたモンスターゾーンに龍姫は(他人が見たら分からないが)恍惚とした表情で残った手札の2枚の内の1枚をセットする。これで龍姫の場には計5体のモンスター――儀式・融合・シンクロ・エクシーズ・ペンデュラム、しかも全てドラゴン族であり、かつ属性が全て異なる盤面を完成させた。

 

「あぁ、それから最後に速攻魔法≪超再生能力≫を発動。このターン、私はリリース、もしくは手札から捨てたドラゴン1回につき1枚ドローする」

「――何枚ドローするんだ?」

「先ず≪神龍の聖刻印≫を1回リリース、1回捨て小計2回。≪ガード・オブ・フレムベル≫を2回捨て、小計4回。≪ドラゴンゲイヴ≫、≪アセトドラゴン≫、≪ネフテドラゴン≫、≪マスターP≫、≪ベクターP≫をリリースして小計9回。≪コドモドラゴン≫を捨てて――合計10枚ドロー」

「多過ぎだろっ!?」

「手札枚数制限で4枚捨てるから――あっ、捨てた内の1枚の≪エクリプス・ワイバーン≫の効果でデッキからレベル7以上の光か闇のドラゴン1体をデッキから除外。私はデッキから≪巨神竜フェルグラント≫を除外してターンエンド……あぁ、それと言い忘れていたけど、≪ダイナスターP≫が居る限り私のペンデュラムモンスターとペンデュラムゾーンのカードは破壊されず、≪イリテュム≫が居る限りエクストラデッキからモンスターを特殊召喚できず、≪ディウス≫のペンデュラム効果で手札1枚をコストに戦闘する相手モンスターの攻撃力を半減させ、≪ノックス≫のペンデュラム効果でバトルフェイズを終了する効果があるから」

「ん? んん~?」

 

 (他人から見たら分からないが)龍姫はやり切った、という風に(小さな)胸を張ってドヤ顔を決める。相対する遊矢からしてみればラスボスが初手から奥義を放ってきたようなこの光景に軽く引いていた。

 

 結果的には――

    儀式モンスター、攻撃力2500の≪竜姫神サフィラ≫

    融合モンスター、守備力2950の≪剛竜剣士ダイナスターP≫

  シンクロモンスター、攻撃力2850の≪爆竜剣士イグニスターP≫

 エクシーズモンスター、守備力2200の≪昇竜剣士マジェスターP≫

ペンデュラムモンスター、攻撃力2750の≪アモルファージ・イリテュム≫

 右のペンデュラムスケールに≪魔装戦士ドラゴディウス≫

 左のペンデュラムスケールに≪魔装戦士ドラゴノックス≫

 ――という盤面。

 

 しかも先の龍姫の説明を聞く限りでは、エクストラデッキから特殊召喚するには≪イリテュム≫をフィールドから離す必要がある。その≪イリテュム≫は≪ダイナスターP≫の効果で現状は破壊できない。≪ダイナスターP≫を狙うにはペンデュラムモンスターの≪ディウス≫と≪ノックス≫の効果を回避しなくてならず、≪ディウス≫と≪ノックス≫も≪ダイナスターP≫の効果で破壊できない。

 つまり、エクストラデッキのモンスターに頼らず、≪ディウス≫と≪ノックス≫の効果を回避しつつ、≪ダイナスターP≫を倒した後に≪イリテュム≫を破壊しなければエクストラデッキから特殊召喚ができないという訳かと、遊矢は状況を整理した。

 

(……これ、零児の超死偉王3体よりもキツくないか…?)

 

 率直にそう思い、ふと静観していた零児の方へと目を向ける。

 すると視線に気づいた零児は眼鏡を1度軽く上げ、マフラーをなびかせながら口を開いた――

 

「さぁ遊矢! 彼女の最強のポートフォリオにどう立ち向かう! ちなみに私は3ターン保ったぞ!」

「負けてるんじゃないか!!」

 

 

 




感想欄でオリ主はドラゴン族のペンデュラムを何使うんだろ的なことを頂きまして、魔装戦士や竜剣士やアモルファージが候補に上がりました。
どうせなので全部入れました。

あと当然ですが、この動きはマスタールール3でだからこそできるもので、新マスタールールではルール上できません。
新マスタールール版はその内徒然の方に投稿します。


次回ネタバレ
???「猿ゥっ!」


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エピローグ②:≪次元障壁≫(猿ゥ!)

前回投稿から1年半以上空けて申し訳ないです。
久しぶり過ぎて、自分こんなテンションの主人公書いていたのかと懐かしさが。
それと読みやすさ重視で今回は1万字いってないです。
あと今回では完結しません。

前話の簡単なあらすじ
龍姫「先攻1ターン儀式・融合・シンクロ・エクシーズ・ペンデュラムぅ!! あとEXデッキからの特殊召喚できないよ! それとペンデュラムに破壊耐性もあるよ! オマケに戦闘時に攻撃力半減か、バトル終了だよ!」


 

 目を閉じ、深く息を吸う。大きく肺に溜め込んだ空気は、細く長く吐き出す。

 普段は滅多にすることのない深呼吸だが、遊矢は気持ちを落ち着かせるため、そして眼前の状況を正しく把握するために行った。

 

(──落ち着け。先ずは龍姫の場をよく見ろ。いつものように儀式・融合・シンクロ・エクシーズを並べただけのように思えるけど、今回はペンデュラムも居る。しかもさっきの龍姫の説明だと、EXデッキ封じ、ペンデュラムへの戦闘・効果破壊耐性、バトルフェイズの攻撃力半減か、バトルの強制終了がある…)

 

 あくまでも冷静に状況を確認する遊矢。

 龍姫の場には、彼女のエースにしてデッキのメインエンジンであるドラゴン族儀式モンスターの≪竜姫神サフィラ≫。

 自分場のペンデュラムに戦闘・破壊耐性を付与し、墓地から【竜剣士】を蘇生するドラゴン族融合モンスターの≪剛竜剣士ダイナスターP≫。

 場のペンデュラムをコストに除去効果を有し、デッキから【竜剣士】を呼び出すドラゴン族シンクロモンスターの≪爆竜剣士イグニスターP≫。

 デッキからペンデュラムモンスターをサーチし、EXデッキから表側表示の【竜剣士】を展開するドラゴン族エクシーズモンスターの≪昇竜剣士マジェスターP≫。

 場に居る限り互いのEXデッキからの召喚の一切を封殺するドラゴン族ペンデュラムモンスターの≪アモルファージ・イリテュム≫。

 ペンデュラムゾーンには戦闘時に手札1枚をコストにモンスターの攻撃力を半減させる≪魔装戦士ドラゴディウス≫と、バトルフェイズを強制終了させる≪魔装戦士ドラゴノックス≫。

 さらに手札は6枚もあり、次ターンの備え──いや、攻めも万全であることは容易に察せられる。

 

 昔の遊矢であればこの盤面を見ただけでゴーグルを装着していたかもしれない。

 だが、今の自分は次元戦争を発端とした、シンクロ・エクシーズ・融合の各次元で戦い抜いた経験がある。あの時は今の龍姫以上に強固な盤面を築くデュエリストも居たし、何なら毎ターン2枚以上破壊して効果ダメージを与えてくるデュエリストも居た。

 あれに比べればこの盤面が何だと言うのだ。

 特殊召喚は封じられていない。

 順番さえ誤らなければ戦闘破壊もできる。

 ペンデュラム効果もどうにかすれば回避できる。

 やり方はいくらでもあるのだ──そして、その経験を元に龍姫のこの綺麗な盤面を全て壊し、力を示す。

 

「──オレのターン、ドローッ!!」

 

 そんな思いを込め、遊矢はデュエルディスクから勢いよくカードをドローした。

 

 

 

 

 

― ― ― ― ― ― ― ―

 

 

 

 

 

(さて……遊矢はどう出るかな?)

 

 先攻1ターン目で融合・儀式・シンクロ・エクシーズ・ペンデュラムモンスターを並べ、最も’’守り’’に特化した盤面を完成させたことに私は満足していた(サティスファクション)

 何せ≪イリテュム≫が居る限りEXデッキからの一切の召喚を禁じ、≪ダイナスターP≫が居る限り≪イリテュム≫は戦闘・効果で破壊されず、≪ディウス≫と≪ノックス≫が居る限り戦闘面で≪ダイナスターP≫はもちろん、他のドラゴン達も容易に守ることができる。

 

 既存の【聖刻】デッキにペンデュラムテーマの【竜剣士】と【魔装戦士】、そして新たな力を得た【巨神竜】を複合した私の【巨聖魔竜剣姫神】デッキは、私のドラゴン族デッキの集大成にして、最高傑作。

 堅牢な守備、苛烈な攻撃、凶悪なロックを兼ねたデッキは最強だと自負している。

 

 今は守りに特化させているけど、この盤面さえ突破できる人は片手で数える程度しか居なかったし、これを攻略されても次は’’攻め’’に特化した盤面で焼き尽くすだけ。

 例えこの状況を崩すことができても、それだけ相手は大量のカードを消費する。

 つまりその分守りがおろそかになり、私の次ターンでの猛攻を凌ぐことはできない。

 それ故、私のこのデッキを相手に4ターン目以降を迎えた人は誰も居ないのだ。

 過言や過信と思われるかもしれないけど、それだけ私は自分のデッキに絶対的な信頼があるからこそハッキリと言える。

 ──私のデッキは最強なんだ。

 

 ──って、自信満々に思ったけど大丈夫だよね?

 まさか遊矢も赤馬社長みたく、1ターンで私の盤面を荒らしたりしないよね!?

 いやでも荒らされても次の私のターンでぶっ壊し返せばそれで良いハズ…!

 

「オレは手札からスケール1の≪EMモンキーボード≫と、スケール7の≪EMキングベアー≫でペンデュラムスケールをセッティング! そして≪モンキーボード≫のペンデュラム効果発動! デッキからレベル4以下の【EM】モンスター1体を手札に加える! オレはデッキから≪EMドクロバット・ジョーカー≫を手札に加える!」

 

 えっ、ちょ──何あの猿ッ!?

 ペンデュラムカードとして発動しただけでサーチ効果!?

 ちょ、おまっ──謝れッ! 各テーマの≪E・HERO エアーマン≫効果持ちのカードに謝れ!!

 召喚権を使わずにサーチなんて、全盛期の【BF】でもしなかったムーブをするなんて、インチキ効果もいい加減にしろォッ!!

 

「手札に加えた≪ドクロバット・ジョーカー≫を召喚! このカードが召喚に成功した時、デッキから自身以外の【魔術師】Pモンスターか、【EM】モンスター、または【オッドアイズ】モンスターの内、どれか1体を手札に加える! オレはデッキから≪EMペンデュラム・マジシャン≫を手札に加える!」

 

 ≪エアーマン≫効果持ちに謝れと思った途端に≪エアーマン≫効果持ちを使うの!?

 えっ、あの、【EM】さん何かカードパワーおかしくなってない?

 サーチするカードをサーチするカードって、【ガジェット】並に回ってない!?

 しかもペンデュラムだから毎ターン出るし──これが各次元を渡った経験かぁ……ヤバい。

 

「行くぞ龍姫──お楽しみはこれからだ! 揺れろ、魂のペンデュラム! 天空に輝け、光のアーク! ペンデュラム召喚! 現れろ、オレのモンスター達! 手札からレベル4の≪EMペンデュラム・マジシャン≫! レベル6の≪EMカレイド・スコーピオン≫ッ!!」

 

 内心戦々恐々としていたら、遊矢の手札から呼ばれて飛び出る【EM】。

 1体はいかにもなマジシャン。

 もう1体は──って、またお前かっ! お手軽全体攻撃付与サソリぃッ!!

 昔、お前に私のドラゴンが蹂躙されたことは今でも覚えてるんだからねっ!

 ここで会ったが、100年目。あのサソリは絶対に潰して──

 

「特殊召喚された≪ペンデュラム・マジシャン≫のモンスター効果発動! 自分の場のカードを2枚まで破壊し、デッキから自身以外の【EM】モンスターを手札に加える! オレはペンデュラムゾーンの≪モンキーボード≫と≪キングベアー≫を破壊し、デッキから≪EMシール・イール≫と≪EMモモンカーペット≫を手札に加える!」

 

 ──って、今度はサーチするカードをサーチするカードをサーチするカードォッ!?

 待って(MA☆TTE)! いくら何でもデッキぐるぐる回し過ぎじゃない!?

 何回サーチしてデッキ圧縮するの!?

 しかも場にレベル4のモンスターが2体──≪イリテュム≫が居るから来ないぞ、私!

 

「オレは手札からスケール3の≪シール・イール≫、スケール7の≪モモンカーペット≫をペンデュラムスケールにセッティング! そしてフィールド魔法≪天空の虹彩≫を発動! このカードがある限り、オレのペンデュラムゾーンの【魔術師】、【EM】、【オッドアイズ】カードは相手の効果の対象にならない!」

 

 来なかったけど、対象耐性付与が来たぞ私!

 ──って、対象耐性付与は地味に厄介……≪巨竜の羽ばたき≫か≪ダークストーム・ドラゴン≫でまとめて一掃するしかないかな?

 でも両方とも手札にも墓地にも居ないから早めに引き込みたい──前のターン、≪エクリプス・ワイバーン≫で≪巨神竜フェルグラント≫を除外したのは早計だったかも。

 

「フィールド魔法≪天空の虹彩≫のもう1つの効果発動! 自分の場のカード1枚を破壊し、デッキから【オッドアイズ】カード1枚を手札に加える! オレは≪ペンデュラム・マジシャン≫を破壊し、デッキから≪オッドアイズ・ランサー・ドラゴン≫を手札に加える!」

 

 何回サーチするの遊矢!?

 猿と≪ドクロバット・ジョーカー≫と≪ペンデュラム・マジシャン≫とフィールド魔法と──このターンで4回もサーチしてる……【EM】はサーチテーマだった?

 

「手札に加えられた≪オッドアイズ・ランサー・ドラゴン≫の効果! 自分のPモンスターが破壊された場合、自分モンスター1体をリリースすることで自身を手札から特殊召喚できる! オレは≪ドクロバット・ジョーカー≫をリリースし──出でよ! 窮地の壁を打ち砕く、頼もしき渾身の一撃! 現れろ! ≪オッドアイズ・ランサー・ドラゴン≫!!」

 

 おっとぉ! ここで見慣れない刺々しさでカッコいいドラゴンが──って、破壊された『場合』の効果だからって、サーチしたカードをそのまま特殊召喚するって裁定は私どうかと思うなーっ! おかしいと思うなーっ! えっ、有効? あ、はい。ソウデスヨネ。

 

「──よくEXデッキからの特殊召喚を封じられた状況で、攻撃力3000のモンスターを出せた……しかも全体攻撃付与(憎きサソリ)も一緒に」

「昔のオレは龍姫がこんな盤面出してきたら泣いていたかもしれないけど、オレだって各次元を渡って成長したんだ。これぐらいはやるさ」

「けど、最上級モンスターを出せたところでまだ≪ダイナスター≫と≪ディウス≫、≪ノックス≫の守りが残っている。これをどうするの?」

「それはこいつを使ってからのお楽しみさ。魔法カード≪ペンデュラム・ホルト≫を発動。自分のEXデッキに表側表示のPモンスターが3種類以上存在する場合、デッキから2枚ドロー。この後、オレはデッキからカードを手札に加えることはできない」

 

 何あのカード欲しい。EXデッキに表側表示のPモンスター3種類以上って、条件緩過ぎない?私のEXデッキにだってPモンスターは3種──あっ、≪竜剣士ラスターP≫と≪竜魔王ベクターP≫しか居なかった。おのれベクタァアアアアアァッ!!

 ──と、普段の無表情ポーカーフェイスで内心メラグごっこをしていたら、≪ペンデュラム・ホルト≫の効果で引いたカードを見た遊矢の顔が喜色に。

 あっ、これもしかしなくてもヤバい?

 

「先ずは≪シール・イール≫のペンデュラム効果発動! 1ターンに1度、相手の表側モンスター1体を選択し、そのモンスター効果をこのターン無効にする! これでペンデュラムカードの破壊耐性は消えた!!」

「でもまだ≪ディウス≫と≪ノックス≫で守れる。この2枚がある限り、バトルは無意味──」

「それはどうかな! オレは速攻魔法、≪魔法効果の矢≫を発動! 相手の表側表示の魔法カードを全て破壊し、破壊した数×500ポイントのダメージを与える! これで龍姫のペンデュラムゾーンの≪ディウス≫と≪ノックス≫を破壊し、1000ポイントのダメージを与える!」

 

 あ゙ぁ゙あああああぁぁっ!!? ちょっ、そんなことしちゃあいけない!! いくら私の手札に他のペンデュラムモンスターが居るからって、リバースカードもない状態でそんなことされたらっ…!!

 ──って、イッタぁっ!? ≪ディウス≫と≪ノックス≫破壊されて2本の光の矢が私に刺さって痛いっ! しかも1000ポイントのダメージ付だから地味に4分の1も削られたぁ!!

 

「ここで≪オッドアイズ・ランサー・ドラゴン≫を対象に≪カレイド・スコーピオン≫のモンスター効果発動!! このターン、≪オッドアイズ・ランサー・ドラゴン≫は特殊召喚された相手モンスター全てに1回ずつ攻撃できる!」

「──っ、ちぃ…!」

「行けっ! ≪オッドアイズ・ランサー・ドラゴン≫!! 龍姫のドラゴン全てに攻撃だっ!」

 

 そして予想通り、と言わんばかりに≪カレイド・スコーピオン≫の効果で全体攻撃可能になった≪オッドアイズ・ランサー・ドラゴン≫がその牙──槍を抜く。

 背中の翼からバーナーのように噴射炎が輝き、1度空高く飛ぶ。

 次いでその顔を私のドラゴン達に向け、一気に急降下。

 1列に並んでいた私のドラゴン達をまとめて一突きするように、その勢いのまま私のドラゴンが次々と破壊、全てのドラゴンが粒子となって霧散──させるかぁっ!!

 

「──っ、≪サフィラ≫が破壊される場合、代わりに墓地の儀式魔法≪祝祷の聖歌≫を除外することで、身代わりにできる…!」

「だけどダメージは受けてもらう!」

 

 守備表示だった≪マジェスター≫と≪ダイナスター≫は戦闘ダメージを受けない。

 けど攻撃表示だった≪イグニスター≫、≪イリテュム≫、≪サフィラ≫はその数値差分、戦闘ダメージが発生し、私のライフポイントが150、250、500と削られ、先の≪魔法効果の矢≫の1000と合わせ、このターンで1900ダメージ。

 一気に半分近いダメージを受け、私の残りLPは2100。

 さらには私の【竜剣士】達と≪イリテュム≫が破壊され、場には≪サフィラ≫1体だけ。

 正しく形成逆転と言った状況──やっぱりあのサソリ許せない。

 

「よしっ! これで龍姫の場には≪サフィラ≫だけだ! オレはカードを2枚セットして、ターンエンドっ!」

 

 私の築き上げた盤面を崩壊させ、優位に立った遊矢は笑みを浮かべながらエンド宣言。

 遊矢の場には≪オッドアイズ・ランサー・ドラゴン≫と≪EMカレイド・スコーピオン≫の2体、ペンデュラムゾーンには≪EMシール・イール≫と≪EMモモンカーペット≫、フィールド魔法に≪天空の虹彩≫、魔法・罠ゾーンにはセットカードが2枚。

 LPは無傷の4000、手札は使い切って0枚だ。

 

 一方の私の場は≪サフィラ≫1体だけ。LPは半分近い2100──だけど手札は6枚ある。

 

 私の場を壊滅させるだけでなく、次の私の攻撃への備え……もしくは、次ターンの攻めのためにリバースカードもある。

 次元戦争を戦い抜いた経験は伊達じゃないということを思い知らされる──けど。

 

 ──リバースカード2枚だけで、耐えられると思っているの?

 

 

 

 

― ― ― ― ― ― ― ―

 

 

 

 

 

「私のターン、ドロー。手札からスケール3の≪竜角の狩猟者≫とスケール7の≪閃光の騎士≫でペンデュラムスケールをセッティング。これでレベル4から6のモンスターを同時に召喚可能」

 

 遊矢の猛攻を受けた次ターン、龍姫は感情の起伏に乏しい表情のまま、淡々とカードをプレイ。

 ≪サフィラ≫以外に存在しなかった龍姫の場──ペンデュラムゾーンに、新たにカードが2枚置かれる。

 どちらもドラゴン族ではないが、龍姫のデッキの主力となる【聖刻】モンスターをペンデュラム召喚できるレベル帯のスケールを持つ。

 

(レベル4から6──来るか…?)

 

 相対する遊矢もペンデュラムゾーンにカードが置かれたことで警戒するように身構える。

 龍姫のモンスターは≪サフィラ≫だけだが、EXデッキには≪ラスターP≫と≪ベクターP≫が存在していた。

 最低でも2体のモンスターがペンデュラム召喚されることは確定であり、龍姫の残りの手札5枚からも何体か召喚される可能性はある。

 単純に考えて再びモンスターゾーンを全て埋め、さらなる猛攻が来るであろうことは必然。

 一体何を出すのか、と遊矢は鋭い眼差しを龍姫へ向ける。

 

「揺れろ竜魂のペンデュラム! この身より夢現から解き放たれよ! ペンデュラム召喚! 現出せよ! EXデッキからレベル4の≪ラスターP≫! ≪ベクターP≫! 手札よりレベル4の≪聖刻龍-ドラゴンヌート≫! レベル6の≪ラブラドライドラゴン≫!」

「──っ、一気に4体をペンデュラム召喚か…!」

 

 EXデッキからは先のターンに各種召喚で活躍した≪ラスターP≫と≪ベクターP≫。

 手札から喚ばれ出るは龍姫の馴染みの【聖刻】ドラゴンと通常モンスタードラゴン。

 レベル4が3体──内1体がチューナーで、レベル6のチューナーモンスター。

 龍姫ならば再度シンクロ、エクシーズを絡めた戦術を披露するに違いないと、遊矢は龍姫の一挙一動に注目する。

 

「ドラゴン族・レベル4の≪ベクターP≫に、ドラゴン族・レベル6の≪ラブドラドライドラゴン≫をチューニング──この世の全てを焼き尽くす煉獄の炎よ、紅蓮の竜となり劫火を吹き荒べ! シンクロ召喚! 煌臨せよ、レベル10! ≪トライデント・ドラギオン≫ッ!!」

 

 ≪ラブラドライドラゴン≫が6つの緑色のリングとなり、その中に≪ベクターP≫が白い4つの星となって包まれた。4つの星が一筋の光となるように一直線に並び、その直後に赤光が走る。

 

 深紅の光は龍姫のフィールド上に1本の柱となって降り、それは隕石と見間違うほどの巨大な炎の塊が現出する。その紅蓮の中から1つ、2つ、3つと火柱が立ち、中心部は燃え盛り続け、背部の猛火は扇の如く吹き上がる。そして確固とした形を持っていなかった劫火は徐々にその姿を形成していき、3本の火柱は竜の頭を、燃え盛る中心部はその巨大な体躯を、背部の猛火は翼へと形を成し、≪トラインデント・ドラギオン≫がその姿を顕現させた。

 

 その暴力的な熱量に遊矢は無意識の内にたじろぐ。

 煉獄の炎と錯覚するような炎を纏い、3つの首から放たれる、射殺すような視線には恐怖しか感じない。

 こんなドラゴンも居たのか、と遊矢の頬から汗が流れる。

 

「≪トライデンド・ドラギオン≫がシンクロ召喚に成功した時、自分場のカード2枚まで対象にして効果発動。対象としたカードを破壊し、その分追加攻撃できる」

「なっ──最大3回の攻撃だって!?」

「その通り。私は≪トライデント・ドラギオン≫の効果で≪ラスターP≫と≪ドラゴンヌート≫を対象とし──効果の対象になった≪ドラゴンヌート≫のモンスター効果発動。手札・デッキ・墓地からドラゴン族・通常モンスター1体を攻守0にして特殊召喚。墓地より≪マスターP≫を蘇生。その後、≪ラスターP≫と≪ドラゴンヌート≫は破壊」

 

 ≪トライデント・ドラギオン≫の左右の竜が咆哮をあげ、そのまま首だけをぐるりと回して左右隣に居た≪ラスターP≫と≪ドラゴンヌート≫に剛炎を放つ。2体のドラゴンは深紅の炎に包まれ、焼き尽くされるが、その刹那に≪ドラゴンヌート≫の効果で攻守0になった≪マスターP≫が炎の中より喚ばれ出る。

 

「私の場のドラゴン族がカード効果で墓地送り、もしくは破壊された場合、墓地から≪霊廟の守護者≫を特殊召喚」

「いつの間に──って、最初の大量ドローによる手札枚数制限か」

「ご明察」

 

 2体のドラゴンが破壊されたにも関わらず、また2体のドラゴンが出現。

 内1体は先のターンでオーバーレイ・ユニットとして墓地に送られた≪マスターP≫だったので別段気にもしなかった遊矢だが、≪霊廟の守護者≫は初見だ。

 尤も、遊矢が推察したように龍姫の初ターンの≪超再生能力≫による10枚ドロー、それに伴う手札枚数制限で墓地に居たらしい。

 一応、前のターンで≪オッドアイズ・ランサー・ドラゴン≫の連続攻撃(グォレンダァ!)でも蘇生させる機会はあったが、結果的に≪カレイド・スコーピオン≫の効果を受けた≪オッドアイズ・ランサー・ドラゴン≫の追加攻撃(ダイロクダァ!)を受ける羽目になるので、無意味な自己再生効果を使わなかっただけの話だ。

 

「私はレベル4の≪マスターP≫と≪霊廟の守護者≫でオーバーレイ。2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築──竜弦を響かせ、その音色で闇より竜を誘え! エクシーズ召喚! 顕現せよ、ランク4! ≪竜魔人クィーンドラグーン≫ッ!」

 

 そして龍姫の場に≪サフィラ≫と匹敵する召喚頻度を誇る≪クィーンドラグーン≫が姿を現す。

 自身以外のドラゴンに戦闘破壊耐性付与、オーバーレイ・ユニットを使うことで墓地からレベル5以上のドラゴンを蘇生する効果を持つ、実に龍姫好みの効果を持ったドラゴン。見た目も良い。

 

「オーバーレイ・ユニットを1つ使い、≪クィーンドラグーン≫の効果発動。墓地からレベル5以上のドラゴン族1体を効果無効、このターン攻撃不可の状態で復活。蘇れ、≪ラブドラドライドラゴン≫──そして、≪ラブドラドライドラゴン≫を墓地に送り、装備魔法≪戦線復活の代償≫を発動。自分場の通常モンスター1体を墓地に送り、お互いの墓地に居るモンスター1体にこのカードを装備、蘇生させる。私は墓地から──ペンデュラムモンスター、≪魔装邪龍イーサルウェポン≫を特殊召喚」

「墓地からペンデュラムモンスター!? そんなのいつ──って、そいつも≪超再生能力≫の時に捨てたモンスターか」

「ご明察。そして召喚・特殊召喚に成功した≪イーサルウェポン≫の効果発動。相手の表側表示モンスター1体を選択し──除外する。消えろ、≪カレイド・スコーピオン≫」

「ぐっ…!」

 

 ≪クィーンドラグーン≫による蘇生。

 条件を満たした装備魔法による完全蘇生。

 完全蘇生からの再利用阻止のための除外。

 

 流れるようなプレイングでモンスターを展開しつつ、相手モンスターの除去。

 本来であればアタッカーである≪オッドアイズ・ランサー・ドラゴン≫を除外した方が良かったかもしれないが、龍姫は万が一このターンで仕留めきれなかった時のことを考慮し、≪カレイド・スコーピオン≫を除外した。

 普通に破壊してもEXデッキに表側表示で送られ、次ターンで再度ペンデュラム召喚を許してしまう。

 ならば通常の破壊ではなく除外し、再度の全体攻撃を不可能にさせた方がプレイングとしては正しいのだ。

 

(──あのサソリだけは絶対に許さないッ…! 次元の果てに消えろ…ッ!!)

 

 決して以前のデュエルの時や、前のターンで全体攻撃を恨んだ龍姫の私怨ではないのだ。

 決して私怨ではない。

 

「手札から魔法カード≪龍の鏡≫を発動。自分場・墓地からドラゴン族融合モンスターによって決められた融合素材を除外して融合召喚する。私は墓地の≪エクリプス・ワイバーン≫と≪暗黒騎士ガイアロード≫を除外し融合。星を蝕む飛竜よ、大地の暗黒騎士と交わり、飛翔せよ! 融合召喚! 現れよ! レベル7! ≪天翔の竜騎士ガイア≫ッ!」

「今度は≪超再生能力≫の余り手札で墓地に送ったモンスターで墓地融合か…!」

 

 新たに姿を現すは、伝説のデュエルキングが使用した【暗黒騎士】──の派生モンスター。

 騎乗槍を携え、朱色の竜に跨る姿は竜騎士そのもの。

 また、再びモンスターゾーンを全て埋めた龍姫は(傍から見るとまるでわからないが)、むっふーと、やり遂げた表情で笑みを浮かべる。

 

「……融合召喚に成功した≪天翔の竜騎士ガイア≫と除外された≪エクリプス・ワイバーン≫のモンスター効果をそれぞれ発動。≪天翔の竜騎士ガイア≫が特殊召喚に成功した時、デッキから≪螺旋槍殺≫を手札に加え、≪エクリプス・ワイバーン≫が除外された時、自身の効果で除外した≪巨神竜フェルグラント≫を手札に加える。そして手札に加えた永続魔法≪螺旋槍殺≫を発動」

 

 残りの処理を一気に、とばかりに龍姫は手札を2枚増やし、内1枚を魔法・罠ゾーンへ。

 そしてこれで盤面は完成した、と冷酷(に見える)微笑を浮かべ、フィールドに視線を送る。

 

     儀式モンスター、攻撃力2500の≪竜姫神サフィラ≫。

     融合モンスター、攻撃力2600の≪天翔の竜騎士ガイア≫。

   シンクロモンスター、攻撃力3000の≪トライデント・ドラギオン≫。

  エクシーズモンスター、攻撃力2200の≪竜魔人クィーンドラグーン≫。

 ペンデュラムモンスター、攻撃力2300の≪魔装邪龍イーサルウェポン≫。

 

 再び5種類、このターンで計4回の異なる召喚を行い、龍姫自身は満足。

 攻撃面に関しても、表示形式変更効果、≪螺旋槍殺≫による貫通ダメージを狙える≪天翔の竜騎士ガイア≫。

 仮にコンバットトリックを使用されても自身以外であれば戦闘破壊耐性を付与する≪竜魔人クィーンドラグーン≫。

 極めつけに、3000という高攻撃力の3回攻撃という、絶対に相手をこのターンで仕留めてやるという強い殺意を持った≪トライデント・ドラギオン≫。

 

 これらのモンスターの攻撃──それも連続攻撃も含めれば、『7回』の攻撃を耐えられなければデュエルは終了する。

 

 龍姫のエース、フェイバリット、フィニッシャーが並ぶ壮観の光景を目にし、遊矢の顔は恐怖に染まって──いない(・・・)

 

(……流石龍姫だな。また融合・シンクロ・エクシーズ・ペンデュラムを並べるなんて──)

 

 遊矢とて、各次元を渡った経験がある。

 何人もの強者とデュエルした。

 いくつもの強固なロックを体験した。

 何回も強力なモンスターと相対した。

 何回も絶望的な状況に陥った。

 

 それらに比べれば、これが何だというのだ。

 

 世界の命運?

 そんなものは関係ない。

 

 命のやりとり?

 デュエルとは戦争の道具ではない。

 

 そんなことはどうでも良い。

 今はただ──

 

(──こんな楽しいデュエル、ここで終わらせられないなッ!!)

 

 ──デュエルを楽しむだけだ。

 

 




社長の霊圧が…消えた…だと…?
あと猿ヤバい。
こいつはもう無期懲役で良いと思いました、まる(小並感)
(次回で完結します)→ごめんなさい完結しませんでした(2023年1月)


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エピローグ③:≪次元障壁≫(……潰す)

お待たせしました。


 

 龍姫の場には5体の竜が揃い踏み、眼前の獲物を前にその眼を光らせる。

 

 ≪竜姫神サフィラ≫。

 ≪天翔の竜騎士ガイア≫。

 ≪トライデント・ドラギオン≫。

 ≪竜魔人 クィーンドラグーン≫。

 ≪魔装邪龍 イーサル・ウェポン≫。

 

 儀式・融合・シンクロ・エクシーズ・ペンデュラムの各召喚法のドラゴンが5体。

 先攻1ターン目の時と≪サフィラ≫を除いて顔ぶれは異なるものの、再び5体の竜が遊矢を威圧するようにそそり立つ。

 

 対して遊矢の場には≪オッド・アイズ・ランサー・ドラゴン≫1体と、≪天空の虹彩≫にリバースカードが2枚。

 ペンデュラムゾーンには≪EMシール・イール≫に≪EMモモンカーペット≫の2枚のみ。

 この布陣で龍姫の5体のドラゴン、その内≪トライデント・ドラギオン≫は3回攻撃を有しており──合計7回の攻撃が襲ってくる。

 

 しかしその状況でも遊矢の目は死んでおらず、むしろどこか期待に満ちたようなそれ。

 

(──何なの、その顔)

 

 並のデュエリストであれば絶体絶命的な状況にも関わらず、楽しんでいるかのような遊矢の表情に龍姫は内心で苛立ちを募らせる。

 

 攻撃力2000を超えるドラゴン5体による合計7回の攻撃。4000のライフポイントであれば即死は当然、8000のライフポイントでも耐えられるものではない。

 

 なのに、何故そんな顔ができるのか。

 

(……気に入らない…)

 

 片目を失い。不確かな記憶で自己を見失い。混濁と混迷により自我が暴走している龍姫にとって、今の遊矢は不快そのもの。

 なれば今は、その不快感を拭う──否。吹き飛ばすために、遊矢へ怒りを叩きつける。

 

「バトルッ! ≪天翔の竜騎士ガイア≫で≪オッドアイズ・ランサー・ドラゴン≫へ攻撃!」

「──っ、攻撃力の3000の≪オッドアイズ・ランサー・ドラゴン≫に攻撃力2600で攻撃っ?」

「≪天翔の竜騎士ガイア≫の効果! 攻撃時、攻撃相手の表示形式を変更する!」

「なっ──っ!?」

 

 かの伝説の決闘王が愛用したモンスターと似て非なる竜騎士。その双槍が≪オッドアイズ・ランサー・ドラゴン≫の自慢の槍を1槍目で砕き、2槍目で抉り葬る。

 

「さらに永続魔法≪螺旋槍殺≫の効果により≪ガイア≫は貫通効果を得る。また≪ガイア≫が相手に戦闘ダメージを与えた場合、デッキから2枚ドローして1枚捨てる」

「くっ、だけどオレも≪EMモモンカーペット≫のペンデュラム効果だ! このカードがペンデュラムゾーンに居る限り、オレが受ける戦闘ダメージは半分になる!」

「半分でもダメージを与えたことに変わりはない。≪螺旋槍殺≫の効果で2枚ドローし、≪巨神竜フェルグラント≫を捨てる」

 

 守備力2000の≪オッドアイズ・ランサー・ドラゴン≫は抵抗する間もなく破壊。≪EMモモンカーペット≫のP効果で半分の300ダメージを受け、遊矢の残りライフポイントは3700。

 だが遊矢の場には壁となるモンスターも居なくなり、龍姫のドラゴンの攻撃はあと6回も残っている。

 

「例えダメージが半分でも削り切れば問題ない──≪クィーンドラグーン≫で直接攻撃」

「直接攻撃宣言時、永続罠≪EMピンチヘルパー≫発動! 1ターンに1度、相手の直接攻撃を無効にし、デッキから【EM】1体を効果を無効にして特殊召喚! 来いっ! ≪EMインコーラス≫!」

 

 ≪クィーンドラグーン≫の掌が妖しい紫色に光ると同時に遊矢のリバースカードがオープン。遊矢の場に白・茶・黄の3鳥1組の≪EMインコーラス≫が守備表示で現れ、その瞬間に≪クィーンドラグーン≫の掌から光が消失する。

 

「なら≪イーサル・ウェポン≫で≪EMインコーラス≫を攻撃する」

「ぐっ──だけど、破壊された≪EMインコーラス≫の効果! デッキからペンデュラムモンスター以外の【EM】1体を特殊召喚する! オレは≪EMセカンドンキー≫を守備で特殊召喚!」

「また壁モンスター……!」

「さらに≪EMセカンドンキー≫が召喚・特殊召喚に成功した時、自分Pゾーンにカードが2枚あれば、デッキから同名以外の【EM】1体を手札に加える! オレは≪EMロングフォーン・ブル≫を手札に!」

 

 ≪EMインコーラス≫が消えたかと思えば、次いで現れるはロバの≪EMセカンドンキー≫。サーカス団よろしく入れ替わり立ち代わる様はモチーフ通りなのだろうが、一向に次のダメージを与えられない龍姫には茶番を見せられているようで苛立ちが増す一方。

 だがまだ龍姫の場には≪サフィラ≫と≪トライデント・ドラギオン≫の2体、4回攻撃がある。例え≪EMモモンカーペット≫のP効果で戦闘ダメージが半分でも、≪サフィラ≫で≪EMセカンドンキー≫を除去してから3回の直接攻撃を決めれば勝ちだ。

 今更手札を増やしたところで何も変わらない、と龍姫は冷淡に攻撃命令を下す。

 

「≪サフィラ≫、ロバを排除」

「うっ……」

「続けて≪トライデント・ドラギオン≫で──」

「ここで速攻魔法≪イリュージョン・バルーン≫発動! 自分モンスターが破壊されたターン、デッキの上5枚をめくり、その中に【EM】があれば1体を特殊召喚するっ!」

「──っ」

「デッキの上から5枚めくり──≪EMアメンボート≫を攻撃表示で特殊召喚っ!」

 

 しかし、冷酷な龍姫の表情が一瞬にして歪む。

 勝利を確信した布陣がたった2枚のリバースカードで防ぎ切られる──それも、攻撃自体を封じる効果や、全体除去といったパワーカードではないそれ。

 

「……≪トライデント・ドラギオン≫の1回目の攻撃で≪EMアメンボート≫に攻撃」

「≪EMアメンボート≫の効果! 攻撃表示のこのカードが攻撃された時、攻撃を無効にし守備表示になる!」

「≪トライデント・ドラギオン≫の2回目の攻撃で守備表示の≪EMアメンボート≫に攻撃……!」

「守備表示だからダメージは受けない──流石にタネ切れだな」

「≪トライデント・ドラギオン≫で3回目の攻撃っ!!」

「≪EMモモンカーペット≫のP効果で半分の1500ダメージ──うわっ、熱っ!!」

 

 歪んだ顔から段々と苛立ちを強くするように龍姫の語気が上がる。三つ首の火龍が放つ致命の炎が遊矢を襲うも、≪EMモモンカーペット≫のP効果により半分のダメージ。

 3700だったライフポイントは2200まで下がる──

 

(──7回。攻撃力2000以上のドラゴン5体で……7回も攻撃したのに半分も削れなかったなんて……!)

 

 ──しかし、このターンで決めるつもりだった龍姫にとってこの結果は不服。

 例え戦闘ダメージが半分でも、当初は≪ガイア≫を除いて7500もの戦闘ダメージを与えるハズだったのだ。それが半分どころか4分の1程度の1800ダメージで終わるという結果は不服以外の何物でもない。除去、貫通、3回攻撃と、フィニッシュに相応しい布陣を整えていたにも関わらず、だ。

 ギリィと龍姫は奥歯を噛み締め、残っている3枚の手札全てを指にかける。

 

「私はリバースカードを3枚セットし、エンドフェイズに移行。このターン≪螺旋槍殺≫の効果による手札交換で光属性の≪巨神竜フェルグラント≫を墓地に送ったから≪サフィラ≫の効果を適用する。デッキから2枚ドローし1枚捨て、ターンエンド……」

 

 バシィン! と半ば叩きつけるようにカードを墓地へ送る龍姫。

 その様子に静観していた零児は『感情を露にするのは珍しい』と思うも、口には出さない。

 何せ零児は先の7回攻撃を耐えられなかったため、逆に耐えた遊矢の方に感情が寄っていたのだ。

 

(ふむ……とりあえずは無事に終われば良いが……)

 

 先行きを不安に感じつつ、零児は改めて状況を視認する。

 龍姫の場には≪サフィラ≫、≪天翔の竜騎士ガイア≫、≪トライデント・ドラギオン≫、≪クィーンドラグーン≫、≪イーサル・ウェポン≫と5体のドラゴン。

 ペンデュラムゾーンには≪竜角の狩猟者≫、≪閃光の騎士≫。

 魔法・罠ゾーンには永続魔法の≪螺旋槍殺≫にリバースカードが3枚。

 手札は1枚のみ、ライフポイントは約半分の2100。

 

 対して遊矢の場にモンスターは不在。

 ペンデュラムゾーンには≪EMシール・イール≫と≪EMモモンカーペット≫。

 フィールド魔法に≪天空の虹彩≫があるのみ。

 手札は≪EMロングフォーン・ブル≫1枚で、ライフポイントは2200と龍姫とほぼ同程度。

 

 純粋なカード・アドバンテージだけで言えば龍姫の圧勝だが、遊矢のエクストラデッキには多くのペンデュラムモンスターが眠っている。

 ペンデュラムスケールも健在なこの状況では、明確なアドバンテージの優劣は付け難いだろう。

 

 ここから遊矢がどう動くのかと、零児は視線をフィールドから微笑を浮かべている遊矢へ向け──

 

「オレのターン、ドロー!」

「ドロー後、≪サフィラ≫を対象に永続罠≪安全地帯≫を発動。このカードがある限り、≪サフィラ≫は相手のカード効果の対象にならず、相手の効果及び戦闘で破壊されない」

「──っ、」

 

 ──即座に零児はその視線を龍姫へ戻す。

 前のターンで決めきれなかった保険もかけている辺りは流石だと思うも、それにしても使うカードが中々にえげつないと感じてしまう。

 現に遊矢もわずかに頬を引きつらせており、≪サフィラ≫だけはどう足掻いても対処できないことが表情から十分に察せられる。

 しかしすぐにその引きつった頬は締まり、力強い眼差しで龍姫を睨む。

 

「ペンデュラムゾーンの≪シール・イール≫のペンデュラム効果発動! 龍姫の場の≪クィーンドラグーン≫の効果を無効にする!」

「…………」

「そして! オレはセッティング済みのスケール3の≪シール・イール≫とスケール7の≪モモンカーペット≫でペンデュラム召喚! 手札からレベル4の≪ロングフォーン・ブル≫! エクストラデッキからレベル4の≪ドクロバット・ジョーカー≫と≪ペンデュラム・マジシャン≫に──レベル6の≪モンキーボード≫!」

 

 いくら防御を固めようが遊矢の行うことに変わりはない。

 手札・エクストラデッキに控えていた仲間達を彩り豊かな光柱と共にフィールドへ顕現。

 角牛に怪盗、奇術師に加えて歯茎鍵盤猿。

 一挙に4体ものモンスターが遊矢の場を埋め、華やかさを演出する。

 

「特殊召喚に成功した≪ブル≫の効果発動! デッキからペンデュラムモンスター以外の【EM】モンスターを手札に加える! オレは≪EMヘルプリンセス≫を手札に! さらに≪ペンデュラム・マジシャン≫の効果! このカードが特殊召喚に成功した場合、自分場のカードを2枚まで破壊し、デッキから破壊した数まで【EM】モンスターを手札に加える! ≪EMオッドアイズ・シンクロン≫と≪EMトランプ・ガール≫を手札に! さらに永続罠の≪ピンチヘルパー≫を墓地に送り魔法カード≪マジック・プランター≫で2枚ドロー!!」

 

 またその華やかさはその刹那だけではない。

 角牛の嘶きで遊矢の手札が1枚増え、奇術師の妙義でペンデュラムゾーンのカードが消え、遊矢の手札に2枚の手札が加わるばかりか、ドローでさらに一挙に5枚にまで手札を増やす。

 あの手この手で相手を退屈させる間を与えず、入れ替わり立ち代わりショーを魅せるのが【EM】の真骨頂。

 

「さぁ、お楽しみはここからだ! 手札から≪オッドアイズ・シンクロン≫をペンデュラムスケールにセッティングし、ペンデュラム効果発動! ≪ペンデュラム・マジシャン≫をレベル1にし、チューナーとして扱う!」

「レベル1のチューナー? まさかっ……!」

「オレはレベル6の≪モンキーボード≫にレベル1チューナーとなった≪ペンデュラム・マジシャン≫をチューニング! その美しくも雄々しき翼翻し、光の速さで敵を討て! シンクロ召喚! 現れろ、レベル7! ≪クリアウィング・シンクロ・ドラゴン≫」

 

 場に出たモンスターのステータスを鑑み、召喚されることはないだろうと零児は察していた。しかし、そんな唯一の観客の予想を良い意味で裏切らせるエンターテイナーらしく、遊矢は手札に加えた1枚で容易く条件を満たす。

 そして現れるのは純白と翡翠に彩られた、四天の龍が1体──≪クリアウィング・シンクロ・ドラゴン≫が遊矢の眼前へ飛翔。淡く緑色に輝く粒子を雪のように降らせつつ、顕現する様はさながら守護竜が如く。

 尤も──

 

「さらにオレは手札から≪トランプ・ガール≫を召喚し、手札の≪ヘルプリンセス≫の効果発動! 【EM】が召喚・特殊召喚に成功した場合、手札からこのカードは特殊召喚できる!」

「……っ、」

 

 ──その守護竜は1体ではないが。

 続けざまに遊矢の手札から新たにモンスターが2体現れ、場に合計5体のモンスターが並ぶ。つい初見のドラゴンを目にし呆けかけていた龍姫だったが、キッと隻眼で遊矢の場を睨む。2体の女子モンスターはその独眼竜女子の眼力にぴぃっ! と可愛らしく声をあげて互いに抱き合う。その光景に零児も少なからず共感し、うんうんと小さく頷く。

 

「オレはレベル4の≪ブル≫と≪ヘルプリンセス≫でオーバーレイ・ネットワークを構築! 漆黒の闇より現れし反逆の牙! エクシーズ召喚! ランク4! ≪ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン≫!!」

「そのドラゴン()は……!」

 

 龍姫は見覚えがある黒龍の出現に顔を顰める。かつては新ドラゴンの登場に(薄い)胸を弾ませた龍姫だったが、今となっては自身の人生を狂わせた始まりのドラゴンが1体。それを親の仇が如く形相で龍姫は睨みつける。

 

「さらに≪トランプ・ガール≫の効果発動! このカードを含むモンスターで融合召喚する! 絵札の魔術士(トランプ・ガール)よ、漆黒の奇術師(ドクロバット・ジョーカー)と1つとなりて、新たな道を指し示せ! 融合召喚! 現れろ! レベル8! ≪スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン≫!」

 

 そんな龍姫の様子に気づかない遊矢は続けて3体目のドラゴン──≪スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン≫を呼び出す。

 融合の≪スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン≫

 シンクロの≪クリアウィング・シンクロ・ドラゴン≫

 エクシーズの≪ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン≫

 計3体のドラゴンが並び、龍姫の5体のドラゴンと対峙。

 数の上では負けているものの、その内包する力は決して龍姫のドラゴンに劣るものではない。

 

「融合召喚した≪スターヴ・ヴェノム≫の効果! 龍姫の≪ドラギオン≫を対象に発動! ≪スターヴ・ヴェノム≫に≪ドラギオン≫の攻撃力を加え、攻撃力は5300にアップ! そして≪ダーク・リベリオン≫のオーバーレイ・ユニットを2つ取り除き、≪ドラギオン≫の攻撃力を半分の1500にし、その数値1500を≪ダーク・リベリオン≫に加算する!! これで≪ダーク・リベリオン≫の攻撃力は4000だ!」

 

 龍姫の名フィニッシャーである≪ドラギオン≫が項垂れる。毒牙の紫龍の触手で攻撃力を加算され、叛逆の牙持つ黒龍には紫電で弱体化。一気に攻撃力4000オーバーが2体になった上、場合によっては龍姫のライフポイントも容易く0にすることができる。

 

「そして手札からフィールド魔法≪天空の虹彩≫を発動し、≪オッドアイズ・アークペンデュラム・ドラゴン≫をペンデュラムスケールにセッティング! ≪天空の虹彩≫でペンデュラムゾーンの≪オッドアイズ・シンクロン≫を対象に効果を発動! ≪オッドアイズ・シンクロン≫を破壊し、デッキから≪オッドアイズ・ディゾルバー≫を手札に加える!」

 

 しかし、それでも止まらないのがエンターテイナー(遊矢)。零児とのデュエルでは見せなかったカードを用い、観客にさらなる衝撃を与えるために着々と準備を整えていく。

 

「≪アークペンデュラム≫のペンデュラム効果! 自分場の【オッドアイズ】カードが破壊された場合、手札・デッキ・墓地から【オッドアイズ】モンスターを特殊召喚する! 来い──」

 

 ペンデュラムスケールという光柱に新たな【オッドアイズ】が門番の如く鎮座。そしてフィールドを奇術師(エンターテイナー)というより魔術師(デュエリスト)へ。

 表舞台から1人の≪オッドアイズ・シンクロン(役者)≫が出番を終え、遊矢のデッキのスターにしてエース──

 

「雄々しくも美しく輝く二色の眼──≪オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン≫!!」

 

 ──≪オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン≫が舞台へ上がる。

 

 融合・シンクロ・エクシーズ・ペンデュラムの名をそれぞれ冠する四天の龍が揃い踏み。フィールドには合計9体ものドラゴンが並び立ち、各々の陣営で威嚇するように低く唸り声をあげる。

 遊矢はやりきった充足感を覚えつつ、こっそりと手札の≪オッドアイズ・ディゾルバー≫を≪闇の誘惑≫のコストに変換し2ドロー。

 一方の龍姫は祭りと言っても差し支えないドラゴンの大結集に内心で『おぉ、これが……!』と偏屈なドラゴン使い特有の歓喜を感じつつ、いち決闘者として警戒は怠らない。

 そんな圧倒的強者としての佇まいを見せる龍姫に、遊矢は奇跡の逆転(ジャイアント・キリング)に近い高揚感を覚える。これまではされるがままであったが今は彼女と同等に近い力を手中に、さらには現況ならばゲームエンドへと持って行けるほどの状況。これで昂りを抑えろと言う方が無理な話である。

 

「バトル! ≪ダーク・リベリオン≫で≪クィーンドラグーン≫に攻撃!」

「罠カード≪攻撃の無敵化≫発動。このターン、私は戦闘ダメージを受けない」

「──っ、ぐっ……!」

 

 そして意気揚々と攻撃宣言を行うも、無情にも龍姫から冷たく響く声が発せられた。

 ≪ダーク・リベリオン≫の雷撃が≪クィーンドラグーン≫を貫き、あえなく爆散。本来であれば致死に近いダメージを与えられたものの、今の遊矢に龍姫の罠を阻害する手段はない。僅かに顔を強張らせるも、それでも未だ状況は遊矢の方が有利。頭を軽く左右に振り、鬱屈な感情を振り払い気持ちを切り替える。

 

「けど、ダメージは受けなくても破壊はできる! 行けっ! ≪クリアウィング≫! ≪スターヴ・ヴェノム≫! ≪オッドアイズ≫! 龍姫の≪サフィラ≫以外に攻撃だ!!」

 

 普段であれば耐性を付与してダメージを受けることが多い。しかし、その中で龍姫は苦虫をすり潰した表情を胸中で抱きながら苦渋の選択をした。

 シンクロモンスター同士、弱体化された≪ドラギオン≫は≪クリアウィング≫の烈風が如き突撃を受けて霧散。

 融合モンスター同士、≪天翔の竜騎士≫は≪スターヴ・ヴェノム≫の無数触手で数多の風穴を空けられ。

 ペンデュラムモンスター同士、≪イーサル・ウェポン≫は≪オッドアイズ≫の緋色のブレスで焼き尽くされる。

 

「よしっ! これで≪サフィラ≫以外は倒したぞ!」

「……墓地の≪霊廟の守護者≫の効果起動。ドラゴンが破壊されたことでこの子を墓地から復活」

「……よしっ! これで≪サフィラ≫と≪霊廟の守護者≫以外は倒したぞ!!」

 

 ≪サフィラ≫の孤立化に成功したと思うのも束の間。前のターンでは全体攻撃の餌食になってしまうため、控えざるを得なかった≪霊廟の守護者≫が舞台裏からこっそりと登場。遊矢はテイク2のように台詞を言い直し、冷や汗を流しつつ笑みを浮かべる。

 

「オレはカードを2枚セットして、ターンエンド!」

「エンドフェイズ、永続罠≪復活の聖刻印≫でデッキから≪龍王の聖刻印≫を墓地に送る。そして≪サフィラ≫の効果発動。デッキから──」

「その瞬間、≪クリアウィング≫の効果発動! 1ターンに1度、相手場のレベル5以上のモンスターが効果を発動した時、その効果を無効にして破壊する!」

「──っ、≪サフィラ≫は≪安全地帯≫で守られているから破壊はされない……!」

 

 さらには龍姫お得意のエンドフェイズ時の手札増強もキッチリ防ぐ。彼女が言うように破壊こそできないものの効果自体は無効にできる。これで手札を増やすことはできず、次のターンで限られた手札で戦わなくてはならないのだ。

 

 遊矢の場は壮観と言っても過言ではない。

 モンスターは≪オッドアイズ・ペンデュラム≫、≪スターヴ・ヴェノム≫、≪クリアウィング≫、≪ダーク・リベリオン≫と四天の龍

 フィールド魔法≪天空の虹彩≫とペンデュラムスケールには≪アークペンデュラム≫。

 魔法・罠ゾーンにはリバースカードが2枚。

 手札は1枚のみ、ライフポイントは2200と一応半分以上は残っている。

 

 対して龍姫の場。

 ドラゴンは≪サフィラ≫と≪霊廟の守護者≫の2体。

 ペンデュラムゾーンには≪竜角の狩猟者≫と≪閃光の騎士≫。

 魔法・罠ゾーンには≪螺旋槍殺≫、≪安全地帯≫、≪復活の聖刻印≫。

 手札は1枚のみ、ライフポイントは遊矢とほぼ同じ2100と半分以上はある。

 

 状況としては遊矢の方がやや優勢といったところ。しかし、龍姫のエクストラデッキには【竜剣士】を始めとしたモンスター達が今か今かと出番を待っていることも事実。決して緊張感を解くことは許されない状況に、遊矢は期待半分・不安半分といった表情で龍姫を見据える。

 自分たちが各次元を渡り強くなっていたのと同様に、龍姫も強くなっていた。以前は食らいつくのにも精一杯だった自分がどこまで通用するか、そしてペンデュラム召喚も取り入れた龍姫が次はどんな手を打ってくる、ないしはキメて(殺しに)かかってくるのか。

 そんな思いを抱きながら、遊矢は真っ直ぐに龍姫の隻眼を見つめていた──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──零児は、遊矢に期待と不安の眼差しを向ける。

 

(遊矢、今の橘田龍姫は間違いなく最強の決闘者の1人だ。だが、その心にかつての彼女はない)

 

 静かに、淡々とした事実と、半ば懺悔のような声色で自分に言い聞かせる。

 

(あの日、彼女は黒咲に敗れた。その際に我々LDSで記憶の改竄を行ったが──あれが全ての失敗だった)

 

 拳を強く握り締める。

 

(志島北斗、光津真澄、刀堂刃。彼ら3人にはいつも通り上手くいったが、何故か彼女だけは失敗してしまった。それに伴う記憶の混濁、自己・自我の崩壊。引き起こされる錯乱と自傷──ストレス過多による破壊衝動)

 

 強く握った拳に血が滲む。

 

(そんな中、彼女に残っていたのはデュエルだけ。八つ当たりのように、無差別かつ容赦のないデュエルは彼女を孤独──いや、孤立させてしまった)

 

 掌の内の爪が食い込み、そこからポタポタと雪解けのツララのように血が滴る。

 

(元凶は私だ。そしてその責を担うのも私だった──だが)

 

 眉間にシワを寄せ、食いしばる歯からは悲鳴が。

 

(私では、彼女を止められなかった。彼女に果たすべき責務を、私は全うできなかった)

 

 己の無力さに憤慨し、同時に相手(龍姫)の規格外さに畏怖。

 

(本当なら遊矢、君がやることではない)

 

 彼女を止めるのに、自分では力不足だとわかってしまった。

 

(だが、ズァークの邪悪な野望に打ち勝ったキミなら)

 

 わかってしまったがために──あとは祈るしかない。

 

(キミなら、彼女の心を取り戻せるハズだ)

 

 託すしかない。

 

(無差別に牙を剥き、爪で裂く彼女を)

 

 願うしかない。

 

(彼女を──止めてくれ)

 

 全てを。

 

(遊矢)

 

 彼に。





(また)お待たせさせてしまい申し訳ありません。


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エピローグ④:≪次元障壁≫(リセット)

最後までお楽しみ頂ければ幸いです。


 

「……私のターン」

 

 龍姫は静かにデッキトップからカードを引く。本来であれば前のターンに≪サフィラ≫の効果で手札を補充し、このターンで攻勢に出るハズだったが、遊矢が繰り出した四天の龍で完全に想定が狂ってしまった。

 普段は無表情な彼女にしては珍しく、眉間に皺を寄せて視線を手札と遊矢の場に交互。手札、と言っても僅か2枚しかないので出せる手は限られている。さらには場の≪クリアウィング≫の存在でレベル5以上のドラゴンの効果を使っただけでも即死。攻撃力2500オーバーのドラゴン4体を前に、攻撃力2500の≪サフィラ≫1体と2枚の手札でどう対処すれば良いのか──と、龍姫が考えること3秒(・・)

 

(──全部、正面から叩き潰す)

 

 ドラゴン使いなら小細工など不要。ただ純粋にその強大な力を振るうのみ。相手の策も罠も天災が如く荒らし、全て壊せばいいだけという結論に至るのに時間はかからなかった。

 

「スケール3の≪竜角の狩猟者≫とスケール7の≪閃光の騎士≫でレベル4から6のモンスターをペンデュラム召喚する。エクストラデッキより、≪竜剣士マスターP≫、≪竜魔王ベクターP≫、≪イーサル・ウェポン≫の3体をペンデュラム召喚。≪イーサル・ウェポン≫の特殊召喚成功時の効果は使わない」

 

 一挙に3体のドラゴンのペンデュラム召喚。先攻1ターン目では八面六臂の展開力で活躍した剣士と魔王が揃い立ち、四天の龍と対峙。エクストラデッキからの特殊召喚による勝負は負けられない、とばかりに竜の剣士と魔王は対抗心むき出しで構える──

 

「≪竜剣士マスターP≫と≪竜魔王ベクターP≫をリリースし──≪真竜剣士マスター(ピース)≫を手札から特殊召喚」

 

 ──しかし、その構えた時間は一拍のみ。龍姫に抗議の声を上げる間もなく、白と黒の粒子となって霧散(リリース)

 光と闇。剣士と魔王。相反する2つの竜魂が重なり、金色の光となって龍姫の場に降り立つ。

 最高傑作(マスターピース)の名に恥じぬ神々しい光を背に、剣士の名の通り大剣と大盾を携えた金色の竜人──≪真竜剣士マスターP≫がその姿を顕現する。

 

「≪真竜剣士≫は1ターンに1度、魔法・罠・効果モンスターの効果の発動を無効にし破壊する効果を持つ」

「──っ、≪クリアウィング≫対策か……!」

 

 打てば響くが如く対策を講じる龍姫に遊矢は顔を顰めた。苦労して出したにもかかわらず、さらに龍姫の≪サフィラ≫以外を全滅させた状況で、あっさりとこのようなドラゴンを呼び出してくるのだからたまったものではない。

 しかし、ペンデュラム召喚からのリリースによる特殊召喚(・・・・)で龍姫の場のドラゴンの数自体は減った。攻撃力も≪ダーク・リベリオン≫の4000を超えるようなドラゴンは居らず、少なくともこのターンで四天の龍が全滅することはないだろうと、遊矢は冷や汗をかきながら龍姫の圧に呑まれまいと強い眼差しを向けていた。

 

「≪霊廟の守護者≫をリリースし、手札から≪八俣大蛇(ヤマタノオロチ)≫をアドバンス召喚」

「……≪八俣大蛇≫?」

 

 しかし、その眼差しが点になる。今まで龍姫は2ターン連続でエクストラデッキから数多のドラゴンを繰り出してきたが、ここにきて急にメインデッキのドラゴンに戦術をシフト。展開手段がなかったのかと遊矢が察するのも束の間、観戦していた零児の目が大きく見開く。

 

「マズい……! 遊矢ッ!! あのドラゴンの攻撃だけは何としても止めろ!!」

「えっ、何言ってんだよ零児。攻撃力2600なら≪オッドアイズ≫か≪クリアウィング≫を攻撃されてもダメージは100──」

「──その100ダメージが命取りだ!!」

 

 零児の焦りを遊矢が理解できない中、龍姫は静かに『≪八俣大蛇≫で≪クリアウィング≫に攻撃』と宣言。その名の通り八つ首が≪クリアウィング≫に矢のように飛び、その四肢と翼、尾や胴体を容赦なく咬み潰す。

 戦闘破壊されることが確定した状態での戦闘ダメージの発生に、龍姫は口角をつり上げ不器用な笑みを見せる。

 

「≪八俣大蛇≫の効果。相手に戦闘ダメージを与えた時、私は手札が5枚になるようにドローする」

「……えっ」

「くっ、止められなかったか……!」

 

 ポカン、と思わず口が開く遊矢。

 戦闘ダメージを与えたら、手札が5枚になるまでドローするなんて、あまりにもふざけた効果だ。シンクロ次元のクロウの言葉を借りるなら『インチキ効果も大概にしやがれ!』と遊矢は叫びたいほどであった。

 

「5枚ドロー……次。≪真竜剣士≫で≪スターヴ・ヴェノム≫に攻撃」

 

 ドローした5枚のカードを一瞥し、龍姫はすぐに次の攻撃命令。

 ≪真竜剣士≫が一瞬で間合いを詰め、逆袈裟切りの形で≪スターヴ・ヴェノム≫を両断。

 あえなく≪スターヴ・ヴェノム≫は破壊──される最中。 斬られた痕から紫色の粒子が血飛沫の雨となって龍姫のフィールドへと降り注ぐ。

 

「破壊された≪スターヴ・ヴェノム≫の効果発動! 融合召喚したコイツが破壊された場合、相手の特殊召喚したモンスターを全て破壊する!」

「無駄。≪真竜剣士≫の効果で無効にする」

「──っ」

 

 ≪スターヴ・ヴェノム≫の決死の反撃も届かず。最高位の竜剣士が盾を天へかざし、薄青色の障壁がフィールドを包んでドラゴン全てを毒の雨から守り抜く。

 ≪クリアウィング≫対策だろうとタカをくくっていたものが、≪スターヴ・ヴェノム≫対策になったことに目を伏せるべきか、後の(・・)カードの発動のために使わせたと安堵すべきか。

 遊矢は唇を噛み締め、残った半数になった四天の龍に目を向ける。

 

「≪サフィラ≫で≪オッドアイズ≫に攻撃──≪サフィラ≫は≪安全地帯≫の効果で破壊されない」

「くっ……!」

 

 さらに残った内の1体も容赦なく竜姫の光であっさりと昇天。攻撃力こそ同じだったが、破壊耐性を付与された≪サフィラ≫相手に相討ちすら許されない結果に顔を顰める。

 

「メイン2。≪イーサル・ウェポン≫をリリースし、魔法カード≪痛み分け≫を発動。遊矢、自分のモンスターを1体選んでリリースして」

「選ぶも何も≪ダーク・リベリオン≫しかいないだろ……!」

 

 そして4000の攻撃力で戦闘破壊を免れた≪ダーク・リベリオン≫は如何なる耐性も無視する魔法≪痛み分け≫で≪オッドアイズ≫同様に静かに処理。1体は残ると思っていた遊矢のドラゴン達は1ターンで姿を消し、改めて龍姫の容赦ないプレイングに冷や汗をかく。

 

「魔法カード≪竜の霊廟≫を発動。デッキからドラゴン1体を墓地に送り、その子が通常モンスターならさらにドラゴン1体を墓地に送る。私はデッキから≪ダークストーム・ドラゴン≫を墓地に送り、この子はデュアルモンスターだから墓地だと通常モンスター。追加でデッキから≪アークブレイブドラゴン≫を墓地に送る」

 

 前の業火の如く苛烈な攻めとは対照的に、氷刃の如く冷酷な一手を重ねていく龍姫。1体ずつ的確に、まるでキャベツの葉を1枚ずつ剥いていくように作業的──否。冷酷的に処理していく様は一種の恐怖だ。

 

「魔法カード≪復活の福音≫を発動。墓地のレベル7・8のドラゴン1体を蘇生する。私が蘇生させるのは≪アークブレイブ≫。そして墓地からの特殊召喚に成功した≪アークブレイブ≫の効果発動。この子が墓地からの特殊主召喚に成功した時、相手の表側の魔法・罠カードを全て除外(・・)する」

「なっ──除外だって!?」

 

 龍姫が1度墓地に送ってから蘇生させた≪アークブレイブ≫の効果に遊矢は目を見開く。破壊されるだけであればペンデュラムモンスターならエクストラデッキに戻り再利用できるが、除外となれば話は別。

 

(いや、まさか……!?)

 

 しかし、その中で遊矢は気づく。

 以前、龍姫とデュエルした時にペンデュラムモンスターがエクストラデッキに戻ることで、容易な再召喚での大量展開が可能となっていた。それを除外により再利用を防ぐのは、明確な龍姫のペンデュラム封じ。

 過去に沢渡がデッキ戻しで対策したのと同様、場合によってはそれよりも凶悪な除外という手段でもっての対策(メタ)に遊矢の背筋が凍る。

 

「遊矢の場の≪天空の虹彩≫、≪オッドアイズ・アークペンデュラム≫の2枚を除外」

「ぐっ……!」

 

 次元の彼方に消え去る【オッドアイズ】カードに対し、遊矢が取れる手はない。ただ静かに消えゆく姿を見るだけ。

 

「私はレベル7の≪八俣大蛇≫と≪アークブレイブ≫でオーバーレイネットワークを構築。呪われし、忌まわしき、地獄の邪竜よ。今こそその暴虐を解き放て──エクシーズ召喚、顕現せよ、ランク7。≪撃滅竜ダーク・アームド≫」

「ランク7のエクシーズっ!?」

 

 続けて龍姫が出したドラゴンは黒鉄の暴竜。かつてはメインデッキに入っており、勝利至上主義時代のエースとも言うべきドラゴンが、その姿と力を邪竜へと変貌させた。

 その邪竜≪ダーク・アームド≫が持つ威圧感は≪サフィラ≫の持つ神々しいものでもなければ、≪真竜剣士≫のような清廉さでもない。

 ただの──破壊の化身である。

 

「≪撃滅竜≫の効果。オーバーレイ・ユニットを1つ取り除き、相手場のカードを1枚を対象に発動。そのカードを破壊する──この効果にはターン制限はない」

「──っ、罠カード≪裁きの天秤≫を発動! チェーンして速攻魔法≪非常食≫で≪裁きの天秤≫を墓地に送り、オレのライフを1000回復する!」

 

 そしていざその暴力が振るわれんとした最中。遊矢は龍姫が小さく発した『ターン制限はない』の一言で即座にセットカードを露にした。

 1枚は罠、1枚は速攻魔法。≪非常食≫自体は遊矢はもちろん、ユートが愛用していたカードだったので今更説明は不要。だがもう1枚の罠≪裁きの天秤≫を目にした龍姫は、不機嫌そうに目を細める。

 

「まずは≪非常食≫の効果で1000回復し──次に≪裁きの天秤≫の効果でオレの手札・場と、龍姫の場のカードの数の差だけオレはドローする! オレの場には≪非常食≫の1枚! 対して龍姫の場には8枚のカード! よってオレは7枚ドロー!!」

 

 龍姫の5枚ドローに対抗するような7枚のドロー。常であればペンデュラムデッキとの相性は最悪に近いハズだが、遊矢のこれまでの経験で劣勢に立たされることが多く、その度に深刻な手札不足に悩まされてきた。また、その時の相手がペンデュラムカードの使用や、零児のような永続カードを多用することが多かっただけに、大量ドローを見込めるこのカードの存在は遊矢にとって天啓に等しい。

 その甲斐あってか龍姫を相手に7枚もの大量ドロー。既にバトルフェイズも終え、反撃の芽を摘むどころか、成長させてしまった結果に龍姫は口をへの字にして紡ぐ。

 

「……私はリバースカードを2枚セットしエンドフェイズに移行。≪サフィラ≫の効果でデッキから2枚ドローし、1枚捨てる」

 

 仕方なし、とばかりに龍姫は残っていた手札のセットと、エースカードの効果で手札を増強。盤面だけならば圧倒的に優位な状況には持ち込むことができた。

 

「オレのターン、ドロー」

「このタイミング(スタンバイフェイズ)で墓地に送られていた≪アークブレイブ≫の効果。墓地からレベル7・8のドラゴンを1体復活させる──蘇れ≪巨神竜フェルグラント≫。そして効果。相手場・墓地のモンスター1体を除外し、その除外したレベル・ランクの100倍攻撃力がアップ。≪クリアウィング≫を除外し攻撃力は3500」

「墓地のカードまで除外してくるのか……!」

 

 いざ自分のターンになっても行動する前に龍姫が動き、遊矢は半ば辟易したように本日何度目かわからない冷や汗をかく。

 

 龍姫の場には≪サフィラ≫、≪真竜剣士≫、≪撃滅竜≫、≪巨神竜≫の4体の大型ドラゴン。

 魔法・罠ゾーンには表側の≪安全地帯≫、≪復活の聖刻印≫、≪螺旋槍殺≫と2枚のセットカード。

 手札は1枚のみで、LP2100と半分以上。

 

 対して遊矢の場にカードは一切存在しないものの、手札はドローカードを含めて8枚。

 LP2950と龍姫相手に1000近くは差をつけている。

 

 このターンで決めきれるのかと一瞬悩むが、8枚の手札とエクストラデッキ、墓地のモンスターの状況を頭に流し込み、複雑な電子回路に光が走ったような感覚を覚えた。

 

(この手順なら……!)

 

 そのためには龍姫の場のカードに不安要素が多い。先ずはこちらを何とかしなければと、遊矢は1枚の手札に指をかける。

 

「手札から魔法カード≪EMキャスト・チェンジ≫を発動! 手札の【EM】を任意の枚数見せ、そのカードをデッキに戻して、戻した枚数に1枚加えてドロー──」

「──させない。≪真竜剣士≫の効果でその効果を無効にして破壊する」

 

 しかし、その1枚は龍姫が即座に対策。既に遊矢には多くの手札があるが、これ以上増やされる、ないしは手札の質を向上されては築き上げた盤面がまた更地にされてしまうと、龍姫は先手必勝とばかりに最初に妨害を吐いた──そして、その行動に遊矢はニヤリと笑みを見せた。

 

「速攻魔法≪魔力の泉≫を発動ッ! 相手の魔法・罠カードはこのターン破壊されず、その表側カードの数だけオレはドローし、その後自分の表側魔法・罠の数だけ手札を捨てる! 龍姫の表側魔法・罠はペンデュラムゾーンを含めて5枚! よってオレは5枚ドローし、表側の≪魔力の泉≫の1枚分、手札を捨てる!」

「──っ」

 

 しまった、と龍姫が内心で思うのも時すでに遅し。

 先手で妨害を吐いたのではなく、吐かされた──このドローで遊矢の手札は一挙に10枚。龍姫の場のカードの数の数に迫る枚数を引き、龍姫の中で警鐘が鳴る。

 

「魔法カード≪シャッフルリボーン≫発動! 自分場にモンスターがいない時、墓地のモンスターを効果を無効にして特殊召喚する! オレは≪ダーク・リベリオン≫を特殊召喚する! 次に魔法カード≪死者蘇生≫! 墓地の≪スターヴ・ヴェノム≫を特殊召喚!」

 

 その警鐘の通りと言ってしまえば聞こえは悪いが、遊矢の場に2体のドラゴンが復活。内1体は効果が無効になっているとは言え、未だ遊矢の手札は8枚もある。ここからさらなる展開をしてくることの想像は容易であり、龍姫はキッと遊矢の繰り出すドラゴンに刮目。

 

「手札を1枚捨て装備魔法≪(ディファレント)(ディメンション)(リバイバル)≫を発動! 除外されている≪クリアウィング≫を特殊召喚し、このカードを装備する!」

「また……!」

 

 前のターンで葬ったドラゴン達が続々と復活していく様に龍姫は苛立ちと呆れを覚える。ペンデュラムモンスターでないにも関わらず、まるでゾンビのように何度でも蘇るのは一種の恐怖に近い。

 しかし、それでも龍姫の場に攻撃力で勝るのはかろうじて≪スターヴ・ヴェノム≫だけ。この状況なら恐れるに足らず、と龍姫は半ば自分に言い聞かせるように内心で呟く。

 

「手札からスケール8の≪相克の魔術師≫とスケール3の≪相生の魔術師≫をペンデュラムスケールにセッティング! これでレベル4から7のモンスターを同時に召喚可能! 再び現れろ、オレのモンスター! エクストラデッキより≪オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン≫!!」

 

 龍姫がそんな胸中を抱いているとは知らず、遊矢はペンデュラムスケールを改めて構築。そこから再度≪オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン≫のペンデュラム召喚の流れまで繋げ、再び遊矢の場に四天の龍が集う。

 

「オレは墓地のチューナーモンスター≪調律の魔術師≫の効果発動! このカードが手札・墓地にいて【魔術師】がペンデュラムゾーンにある時、自身を特殊召喚する!」

「自己蘇生持ちのチューナー……!?」

「そして≪調律の魔術師≫が召喚・特殊召喚に成功した時、相手は400回復し、自分は400ダメージを受ける……!」

 

 遂には場に5体のモンスターを揃えた遊矢。場のモンスターもレベル1から8、融合からペンデュラムと様々。ライフポイントこそ2550にまで減ったが、それもライフポイント2500となった龍姫とは些細な差。遊矢は苦しそうな表情から一転、ニヤリと笑みを浮かべて高らかに声を上げる。

 

「オレはレベル7の≪クリアウィング≫にレベル1・闇属性の≪調律の魔術師≫をチューニング! 光輝く翼よ、調べを律する魔術師と共に、覇道の頂きへと舞い上がれ! シンクロ召喚! 烈破の慧眼輝けし竜! ≪覇王白竜オッドアイズ・ウィング・ドラゴン≫!!」

 

 先ず白き覇王竜が風のように先陣を切り。

 

「まだだ! オレは魔法カード≪オッドアイズ・フュージョン≫を発動! 手札・場からドラゴン族の融合モンスターを融合召喚! オレは場の≪スターヴ・ヴェノム≫と手札の≪オッドアイズ・セイバー・ドラゴン≫を融合! 二色の眼と刃持つ竜よ、毒持つ竜と1つになりて、覇道へ導く力となれ! 融合召喚! 慈愛の玉眼輝けし竜! ≪覇王紫竜オッドアイズ・ヴェノム・ドラゴン≫!!」

 

 次いで紫玉の覇王竜がその輝きで道を作り。

 

「最後だ! ≪相克≫と≪相生≫のそれぞれのペンデュラム効果発動! ≪ダーク・リベリオン≫のランクを4から7にし、エクシーズ召喚の素材とすることができる! オレはレベル7の≪オッドアイズ≫と≪ダーク・リベリオン≫でオーバーレイ・ネットワークを構築! 二色の眼の龍よ! その黒き逆鱗を震わせ、刃向かう敵を殲滅せよ! エクシーズ召喚! 怒りの眼輝けし龍! ≪覇王黒竜オッドアイズ・リベリオン・ドラゴン≫!」

 

 終には黒き覇王竜がその(あぎと)を震わせる。

 

 白き体躯に光輝く翼を持ち烈風纏いし覇王白竜──≪オッドアイズ・ウィング≫。

 紫玉の身に花弁が如く龍鱗を咲かせし覇王紫竜──≪オッドアイズ・ヴェノム≫。

 黒の逆鱗を震わせて、翼に紫電を放つ覇王黒龍──≪オッドアイズ・リベリオン≫。

 

 融合・シンクロ・エクシーズの名を冠するドラゴンらに、ペンデュラムの力が付与された3体の【覇王】。

 1体1体がそれだけで強大な威圧感を放っているにも関わらず、それが3体ともなればその存在感は計り知れない。

 現に平時であれば狂喜乱舞を内心で踊っていたであろう龍姫も、この時ばかりはハッキリとポーカーフェイスが崩れ驚愕と恐怖、困惑と興奮が入り乱れる百面相で情緒が崩壊していた。

 

「≪オッドアイズ・ヴェノム≫の効果! 相手モンスター1体を対象にそのモンスターの攻撃力を自身に加算し、さらにその名と効果を得る! 対象は≪真竜剣士マスターP≫!!」

「≪真竜剣士≫の……!?」

「次は≪オッドアイズ・ウィング≫の効果! 相手モンスター1体を対象にそのモンスターの効果をこのターン無効にする! 対象は≪フェルグラント≫だ!!」

「──っ」

 

 次々と覇王竜らの力で弱体化されていく龍姫のドラゴン達。

 レベルやステータスはおろか攻撃力でさえも上回っており、龍姫に残された手立ては2枚のリバースカードのみ。その状況で相手には如何なる効果も無効・破壊する≪真竜剣士≫の力を得た≪オッドアイズ・ヴェノム≫が居る。

 この2枚のカードに運命が託されたも同然であり、龍姫は静かに、かつ緊張した面持ちで3体の覇王を睨む。

 

「バトルだ! オレは≪オッドアイズ・ヴェノム≫で≪真竜剣士≫に攻撃!!」

「リバースカード≪反射光子流(フォトン・ライジング・ストリーム)≫を発動……! ≪真竜剣士≫の攻撃力を攻撃モンスターの攻撃力分アップする……!」

「≪真竜剣士≫の効果を得た≪オッドアイズ・ヴェノム≫の効果発動! その効果を無効にし、破壊する!」

 

 紫の覇王が竜剣士に迫る。その寸前で龍姫がセットしたカードの1枚を露にするも、即座に足蹴に。

 残ったもう1枚のセットカードも合わせて露になる中、≪オッドアイズ・ヴェノム≫の紫光のドラゴンブレスが≪真竜剣士≫を包み込んでいく。

 

「よしっ! これで3300の戦闘ダメージ! オレの勝ち──」

「──まだ」

 

 塵すら残らないほどの破壊──否、消去に遊矢は破顔。龍姫の手を潰した上で、龍姫が得意とする暴力的なステータスでのフィニッシュに意趣返しとばかりに喜びを見せるも、一拍置き土煙の中から静かに龍姫の声が響く。

 

「まだ──終わっていない……!」

 

 その声色は震えていた──恐怖ではなく、怒りで。

 土煙が晴れた頃には龍姫の顔もハッキリと視認でき、その表情は心なしか遊矢がストロング石島と初めてデュエルした時のそれに酷似していた。

 ありていに言えば──悪足掻き。

 

「まだ、私のライフは残っている……!!」

「──≪スピリットバリア≫……だと……!?」

 

 遊矢のターンで無言を貫いてきた零児の顔が驚愕に染まる。

 今までの龍姫であれば絶対に使うことがなかったカードの使用に対して、だ。

 

「≪スピリットバリア≫は私の場にモンスターが居る限り、私は戦闘ダメージを受けない……! モンスター同士の戦闘で私にダメージを与えることは不可能……!」

「……」

「私の≪サフィラ≫は≪安全地帯≫で守られて如何なる手段でも破壊されない……! それに墓地の≪祝祷の聖歌≫で破壊を免れるから≪安全地帯≫を狙っても無駄……!」

 

 負けない、というよりは倒れないことを重視したコンボ。龍姫を倒すには≪サフィラ≫が倒さなければならず、≪サフィラ≫を倒すには龍姫の幾重にも敷いた防御網を突破しなければならない。

 固執か執念か──≪サフィラ≫だけは絶対に守り切るという龍姫の強い意志は、≪サフィラ≫を倒さなければ自分は絶対に負けないという裏返しでもある。

 そんな龍姫の必死に足掻く様を見て、遊矢は沈黙。

 

 悔しがるでもなく、怒りがこみ上げるでもない──その顔は、どこか哀傷に近かった。

 

 

 

 

 

(何だよ、それ)

 

 遊矢が知っている龍姫は、ドラゴン馬鹿だ。

 ジュニア時代で当たった時や、ジュニアユース選手権前でも、彼女はドラゴン第一の変な奴で、でもすごく強い奴、というのが遊矢の認識だ。

 

 それが今はどうだろうか。

 確かに強さは今までとは比較にならないだろう。融合やシンクロ、エクシーズはおろか、ペンデュラムまで使う上に儀式召喚まで用いるのだから、全ての召喚方法を使うという点においては遊矢自身や零児よりも上だ。

 じゃあドラゴン愛は? と問われれば、エースモンスターの≪龍姫神サフィラ≫に対してだけは変わらない──それ以外は変わった。

 

 そう、変わった。

 変わってしまった。

 龍姫のドラゴンに対する愛情は変わってしまったと、遊矢はわかってしまったのだ。

 今までならいくら手札を使おうが、いくらライフを支払おうが、ドラゴンを出す為ならば身を粉にしてまで出したり。またドラゴンを守る為でも同様に手札もライフも犠牲にするような決闘者だった。

 

 それが今はどうだろうか。

 ≪龍姫神サフィラ≫だけはどんな手を使っても守り、そして自分が倒れない為であれば破壊されても感情が動かない。今までの龍姫ならその反撃というか復讐心に近いものをデュエルでぶつけてきたが、今の龍姫からはそんな感情がデュエルを通しても感じられないのだ。

 

 龍姫自身が生き残る、龍姫自身を守る為ならば≪龍姫神サフィラ≫以外はどうなっても構わないとさえ感じる。

 

 違う。違う違う。違う違う違う。

 遊矢が知っている龍姫はそんな決闘者ではない。

 意地汚く足掻くのはドラゴンを守るためだ。

 自分が負けないために足掻くのは橘田龍姫ではない。

 

 今、遊矢は零児が自分をここに連れて来て、龍姫とデュエルさせたのか、やっと理解できた。

 今の龍姫のデュエルに笑顔はない。

 いつものように馬鹿みたいにドラゴンを出して、馬鹿みたいにドラゴンを愛でて、馬鹿みたいにドラゴンで百面相する龍姫に変える──否。戻さなければならない(・・・・・・・・・・)

 

 じゃあ自分ができることは──と、遊矢は深く深呼吸し、対峙する龍姫を真っ直ぐ見据える。

 

 

 

 

 

「──っ、≪オッドアイズ・ウィング≫で≪巨神竜フェルグラント≫を! ≪オッドアイズ・リベリオン≫で≪撃滅竜ダーク・アームド≫をそれぞれ攻撃だ!」

「でも、戦闘ダメージは受けない……!」

「オレは、カードを1枚セットしてターンエンド!」

 

 ──デュエルしかない。

 デュエルには、人を楽しませる力も、人を傷つける力も、人を悲しませる力も、人を喜ばせる力もある。

 今の遊矢自身のデュエルで、思いっきりぶつかって、龍姫を笑わせてやると、遊矢は意を決し、龍姫に向かって満面の笑みを浮かべて口を開く。

 

「さぁ龍姫、お楽しみはここからだ! 思いっきりぶつかって来い!!」

 

 

 

 

 

 ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ 

 

 

 

 

 

 私は、わからなくなってしまった。

 デュエルが好き。

 ドラゴンが好き。

 ○○王が好き──あれ?

 

 ○戯○って何だっけ……あぁ、そうだデュエルモンスターズだ。

 何でデュエルモンスターズのことを遊○○って言っていたんだっけ?

 うーん……ちょっと思い出せない。

 

 思い出せないと言えば、ジュニアユース選手権前。

 確かあの時''黒咲さん''と模擬デュエル中の事故で私は頭を強く打ったらしい。

 ……らしい、というのが赤馬社長から聞いた話で、どうにも前後の記憶があやふやだった。

 

 ……前後の記憶?

 いや、違う前後だけじゃない。

 もっと前の。もっと昔の。在ったような、無かったような記憶が、私の頭の中に魚の骨みたいに引っかかっている。

 

 私は生まれも育ちも間違いなく舞網市だ。

 物心ついた時からデュエルモンスターズのドラゴンが好きで、将来はドラゴンと戯れ、ドラゴンの活躍を広められるプロ決闘者になりたいという夢があった。それは''中学生''の今でも変わらない。

 

 でも、それと同じように''大学生''の自分の記憶では生物学者になりたいという夢があった。

 架空ではなく、現実のありとあらゆる動植物に触れ、見識を広めるのと広めたいという想いがあった『気がする』。

 

 プロ決闘者になるのにお父さんもお母さんも喜んでくれたし、弟のタツヤも私のデュエルが好きだと言ってくれた。

 生物学者になるのにお父さんもお母さんも反対したけど、お兄ちゃんは『好きなことが一番だ』と応援してくれた。

 

 真澄が居て、北斗が居て、刃が居て、沢渡が居て、デュエル仲間には恵まれている。

 研究室では同級生が居たけど、話も趣味も合わなかったから、1人で籠もっていた。

 

 ──これは何の記憶? 誰の記憶? 私の記憶? 他の記憶?

 まるで二重人格みたいにあるもう1つの記憶は異物のように気持ち悪く、何が何だかわからない。

 病室では何度も吐いて、吐くものがなくなって口の中が胃液の酸味で気持ち悪くなったし、自分が自分じゃないなら自分は誰なのかと、本当に訳がわからず暴れ散らした。

 

 退院した後も自分は決闘者だと言い聞かせるように手当たり次第デュエルを繰り返す日々。

 自分という存在を証明したかった。

 自分という存在を守りたかった。

 自分という存在は、ここに居て良いんだという安堵が欲しかった。

 

 そこで得られたのは──強さだけ。

 違うの! 私はデュエルで自分という証を残したかっただけなの!

 最強になりたかった訳じゃない!

 どうしてみんな私を囃し立てるの!?

 違う! 違う違う違う!! 何が総合コースの竜姫よ!

 人の気も知らず、人のことを知ろうとしないで……!

 

 もういい──だったら、それが望みだって言うなら、望んだものになればいいんでしょ。

 ただ強く、冷たく、残酷なまでの、圧倒的な決闘者になれば、それを『私』だって認めてくれるんでしょ?

 でも、真澄達は巻き込みたくない。私1人で。私だけでやらなきゃいけない。

 それが望みなら叶えてあげる。

 それが望みなら友達はいらない。

 それが望みならその存在に成ってあげる。

 

 だってそれが──みんなの望む『私』なんでしょ?

 

 

 

 

 

 ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

 

 

 

 

 

「私のターン、ドロー……!」

 

 眼前の3体の覇王竜を前に、龍姫は険しい表情でカードを引く。ドローカードを一瞥し、内心でチッと舌打ち。あと1ターン早ければと思うも、ドローの運命力も決闘者の実力の内。ただ遊矢の敗北へのカウントダウンが2ターン伸びただけと、気持ちを切り替える。

 

「バトルフェイズ。私は≪サフィラ≫で≪オッドアイズ・リベリオン≫に攻撃」

「なっ──攻撃力は≪オッドアイズ・リベリオン≫が上だぞ龍姫!?」

 

 そして即座にバトルフェイズ移行と攻撃宣言。≪サフィラ≫の羽翼が金色に輝き始め、それがオーラのように全身を包み込む。掌をかざし、それを≪オッドアイズ・リベリオン≫へと向け──掌から金色の光線が放たれる。

 明らかに攻撃力の差で負けるハズなのに何故、と遊矢が不可解に思っていた時──

 

「ダメージステップ」

 

 ──龍姫はこのターンにドローしたカードを指にかける。

 

「手札から≪オネスト≫を捨て、効果発動。≪サフィラ≫の攻撃力はバトルする相手モンスターの攻撃力分アップする」

「──っ、破壊された≪オッドアイズ・リベリオン≫の効果! ペンデュラムゾーンの≪相克≫と≪相生≫を破壊し、自身をペンデュラムゾーンに置く!」

 

 ≪サフィラ≫の羽翼とは別にさらに一対の翼が顕現。金色の輝きはさらに光量を増し、放たれていた光線はより巨大に。

 反撃として下方から≪サフィラ≫に突貫していた≪オッドアイズ・リベリオン≫だったが、途中まで弾いていた光線が強大化したことで抗えず、全身がその光の奔流へと飲み込まれる。

 実質≪サフィラ≫の直接攻撃に等しい2500もの戦闘ダメージを受け、遊矢のライフポイントは大きく削られ──残り50。

 

「メインフェイズ2。カードを1枚セットし、エンドフェイズ。≪サフィラ≫の効果発動。墓地から光属性モンスター──≪オネスト≫を手札に加え、ターンエンド」

「そうきたか……!」

 

 そして先ほどフィニッシュブローに成り損ねたカードを回収する龍姫。これで戦闘においても無敵だ、とばかりに龍姫は勝ち誇った眼差しを遊矢に向ける。

 

 今の龍姫の場には≪竜姫神サフィラ≫が1体。

 ペンデュラムゾーンには≪竜角の狩猟者≫、≪閃光の騎士≫。

 魔法・罠ゾーンには≪螺旋槍殺≫、≪安全地帯≫、≪復活の聖刻印≫、≪スピリットバリア≫とセットカードの5枚。

 手札は≪オネスト≫1枚で、ライフポイントは2500と数字だけなら遊矢の50倍。

 

 対して遊矢の場には≪オッドアイズ・ヴェノム≫と≪オッドアイズ・ウィング≫の2体。

 ペンデュラムゾーンには≪オッドアイズ・リベリオン≫1枚。

 魔法・罠ゾーンにはセットされたカードが1枚だけ。

 手札は1枚のみで、ライフポイントは寸断許さぬ僅か50。

 

 龍姫の≪サフィラ≫は≪安全地帯≫と墓地の≪祝祷の聖歌≫、手札の≪オネスト≫で三段構えの防御。さらに龍姫自身を狙おうにも永続罠≪スピリットバリア≫の存在で一切の戦闘ダメージは与えられない。

 遊矢のターンで逆転のカードを引けなければ、龍姫の≪サフィラ≫と≪オネスト≫による無限回収コンボでいずれモンスターを全滅されるか、龍姫が展開札を用意できれば次のターンで敗北する可能性も十分にある。

 

 このターン──このターンで、ドローするカードに命運が託された。

 そんな中──遊矢は笑っている。

 本来であればこの危機的状況で笑えるハズがなく、例え笑ったとしてもそれは勝利を確信した時か、何の手立てもなく渇いた笑いが出るか、だ。

 

 この時の遊矢の笑みは──前者。

 

(できる──今のオレなら、絶対にここから巻き返せる!!)

 

 それは自信。

 今まで幾度となく敗北を重ねてきた相手ではあるが、零児とのデュエルを通じ、ズァークの邪心を打ち払った自分ならできるという実績が、今までゴーグルで涙を隠してきた遊矢に自信を与えたのだ。

 

 運命のドローを前に遊矢は1度深呼吸。

 すぅー、はぁーと呼吸を整え、真剣な眼差しで龍姫を一見。

 そしてすぐにデュエルディスクのデッキトップに指をかけ──

 

「オレの──ターンッ!!」

 

 ──勢いよくカードドロー。

 ドローカードを一瞥し、遊矢の視線はフィールドに。

 そしてまたドローカードへ。

 またフィールドに。

 

「……オレは永続罠≪ペンデュラム・スイッチ≫を発動! ペンデュラムゾーンの≪オッドアイズ・リベリオン≫を特殊召喚!」

 

 再び覇王の名を冠する黒龍が場に戻り、龍姫は警戒の眼差しを向け、頬に冷や汗。

 

「墓地の≪シャッフルリボーン≫の効果! 墓地のこのカードを除外し、オレの場のカードをデッキに戻し、1枚ドロー! ≪ペンデュラム・スイッチ≫を戻して1枚ドロー!!」

 

 そして遊矢は手札の補充でさらにカードをドロー。

 引いたカードを一瞥し、再び視線をフィールドへ。

 次いでドローカードに戻し、そこで冷や汗を拭いながらも頷く。

 

「オレは、場の融合モンスター≪オッドアイズ・ヴェノム≫! シンクロモンスター≪オッドアイズ・ウィング≫! エクシーズモンスター≪オッドアイズ・リベリオン≫の3体をリリースし、このカードを手札から特殊召喚する!」

「──っ、3体リリース……!?」

 

 攻撃力3000を超えるドラゴン3体を生け贄としたことに龍姫の目が見開く。

 いくら現状で打開手段がなかったとは言え、一体何のカードを引いたのかと、緊張した面持ちで遊矢の一挙一動を注視する。

 

「──3体の龍の力を宿し、生物の頂上を極めし龍よ、ここに生誕せよ!! ≪超天新龍オッドアイズ・レボリューション・ドラゴン≫!!」

 

 降臨せしは新たな【オッドアイズ】。

 ≪オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン≫に四肢と体躯に竜牙を彷彿とさせる鎧を纏い、背にある宝玉は各召喚方法を連想させる紫・白・黒。異質と呼ばれる二色の虹彩はそのままに、歴戦を経て成長した遊矢と同じく、≪オッドアイズ≫も共に成長──進化(レヴォリューション)の名の通り、振り子のように一歩を踏み出した姿へと成った。

 

「≪オッドアイズ・レヴォリューション≫の効果発動!! オレはライフポイントを半分支払い──お互いのフィールド・墓地のカードを全て! デッキに戻す!!」

「──っ、全て──デッキに……!?」

 

 そして、遊矢が声高らかに効果の発動宣言。

 戦闘耐性。

 破壊耐性。

 魔法・罠耐性。

 戦闘ダメージ耐性。

 何者にも絶対に負けたくない、壊されたくないという龍姫のフィールド(意志)

 墓地の融合、シンクロ、エクシーズ、ペンデュラムに、統一性があるようでない、龍姫のセメタリー(混沌とした記憶)

 

「あっ、待っ──≪サフィラ≫ぁっ!!」

 

 それら全てが龍姫のデッキ(未来)へと還っていく。

 自分が築き上げた最強の自分。無敵の自分。無敗の自分。全てを壊され──否。やりなおす(・・・・・)ようにと、全てのカードが愛する主人の未来へと歩を進める。

 まるで置いて行かれた子供のように龍姫は声をあげるが、その叫びは()は届かず。

 伸ばした手は空を切り、空っぽとなったフィールドに向けられるだけ。

 

「──≪オッドアイズ・レヴォリューション≫をリリースし、魔法カード≪アドバンスドロー≫を発動。デッキから2枚ドローする」

 

 遊矢はそんな龍姫に憐憫の眼差しを向けつつ≪オッドアイズ・レヴォリューション≫を糧にデッキから2枚ドロー(未来へと踏み出す)

 そしてドローした2枚を一見し、その内の2枚を空高く掲げる。

 

「オレはスケール8の≪時読みの魔術師≫とスケール1の≪星読みの魔術師≫でペンデュラムスケールをセッティング!! これでレベル2から7のモンスターをペンデュラム召喚可能!!」

 

 踏み出した未来は、どうなるかわからない。

 右へ左へと、振り子のように揺れ動いて不安定なのは当然。

 

「揺れろ魂のペンデュラム! 天空に描け光のアーク! ペンデュラム召喚! 来い──」

 

 しかし、不安の中に期待があり、逆もまた然り。

 自身の中に1本の真っ直ぐな信念さえ通っていれば、鬱屈な未来など存在しない。

 

「──≪オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン≫ッ!!」

 

 例え今は何もなくても(空っぽのフィールドでも)

 

「バトル!! ≪オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン≫で、龍姫にダイレクトアタック!!」

 

 今という積み重ねが、未来へと繋がるのだから──

 

 

 

 

 

 ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

 

 

 

 

 

 残りライフポイント2500の龍姫へ≪オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン≫の直接攻撃で2500のライフポイントが失われ、ソリッドビジョンでライフポイントが0を示す。

 それと同時にデュエル終了のブザーと、勝者と敗者の名前が同様に表示。5秒ほど表示され続けた後、ソリッドビジョンの表示と、遊矢の場にあったカード全てが光となって消え、デュエルが完全に終了したことを告げる。

 

「ぁ……あぁ、ああぁっ……!!」

 

 そして、全てが終わったことを理解した龍姫は、ガクンと膝から崩れ落ちてぺたん座りに。

 黒咲とのデュエル後、今の自分を証明するためだけに、常勝無敗を続けてきた彼女の、初めての敗北にブワッと感情が溢れてしまう。

 眼帯をしていない方の目から大粒の涙が零れ、止めどなく流れ続けていた。

 

「龍姫」

 

 遊矢はゆっくりと龍姫へと歩み寄り、膝を折って子供のように泣きじゃくる龍姫へ視線の高さを合わせる。

 

「なんっ、で……! わた、私、か、勝たな、きゃ──」

「オレは龍姫に何があったかはわからない。けど、今の龍姫はいつもの龍姫じゃないだろ?」

 

 龍姫の両肩に手を置き、向かい合う。

 

「だからさ。1回やり直そう」

「やり、なお、す……?」

「そう。ほら、龍姫のデッキだってそう言ってるじゃんか」

 

 そう言うなり、遊矢はほとんどのカードが≪オッドアイズ・レヴォリューション≫の効果で戻ったデッキを上から順にめくっていく。

 1枚目に≪儀式の下準備≫。

 2枚目に≪招集の聖刻印≫。

 3枚目に≪超再生能力≫──いずれも龍姫が''始め''に使うカードばかり。

 今回のデュエルでも序盤に使われたが、もしもラストターンで決まらなかったら龍姫が引いていくカード達だ。

 

「てか引きすごいな……あれで決められなかったら、オレの敗けだったじゃん」

 

 あはは、と遊矢は苦い笑みを浮かべる。

 そんな遊矢を見てひっくひっくと泣き続けていた龍姫も次第にその勢いは弱くなり、段々と嗚咽も治まっていく。

 

「それに今回の龍姫相手だと、オレも勝った気がしない。だから、またデュエルしよう」

「……また……?」

「そう。それも今度はこんな薄暗い誰も居ない所じゃなくて、スタジアムの観客が居る場所で」

 

 泣きじゃくる子供をあやすように遊矢は肩に置いていた手を離し、小指を立てて龍姫の目の前へ。

 

「オレのエンタメデュエルと、龍姫のドラゴン祭りデュエル。どっちがみんなを楽しませるか、デュエルで決めよう」

「……う、ん……」

 

 遊矢が差し出した小指に、龍姫も合わせて小指を交差。

 

「約束だ」

「……うん、約束……」

 

 へへ、と遊矢はそこで太陽のような満面の笑みを。

 それに釣られてかかはわからないが、龍姫も同じように──不器用な笑顔を作った。

 

 

 

 

 

 ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

 

 

 

 

 

「レディース&ジェントルメン!! さぁ、いよいよ本日のメインデュエルです!!」

 

 数年後。宵闇の中、舞網スタジアムは熱狂の渦に包まれていた。

 過去の次元戦争を経て、舞網市にはペンデュラムはもちろん、融合からエクシーズまで様々な召喚方法、もしくはあえてそれを使わない決闘者で溢れ、多くの決闘者が熱いデュエルで観客を沸かせていたのだ。

 

「本日のメインデュエルは──遊勝塾VSLDSのエキシビションデュエル!!」

 

 そんな中、これから始まるデュエルは舞網市に住まう者ならば垂涎ものの対戦カード。

 

「遊勝塾からは──エンタメデュエルの開祖、榊遊勝を父に持つ、稀代のエンタメ決闘者ォ!! 榊ィ遊矢ァっ!!」

 

 わぁああああっ!! という歓声と共にゲートから現れるのは、次元戦争の英雄にして、ペンデュラム召喚の始祖──遊矢。

 

「対してLDSからは──融合! シンクロ! エクシーズ! ペンデュラム! 全ての召喚方法を繰る、LDS総合コースの竜姫ッ!! 橘田ァ龍姫ィっ!!」

 

 遊矢に劣らない歓声で迎え入れられるは、名実共にLDSで赤馬零児に匹敵する実力を持つ全召喚のドラゴン使い──龍姫。

 2人は静かに歩み寄り、互いに笑みを浮かべる。

 

「約束。守ったよ」

「あぁ、嬉しいよ龍姫。こんな舞台でお前とデュエルできるんだからな」

「今回は、私が魅せて勝つ」

「それはどうかな? アクションデュエルはオレの十八番。今回もオレが勝ってみせる」

 

 ふふ、と互いに冗談めいた煽り合いをしてから所定位置へ。

 互いにデュエルディスクを構え、デッキをセット。デュエルディスクのランプが先攻・後攻を決定後、同時にデッキから手札となる5枚のカードをドロー。

 

「戦いの殿堂に集いしデュエリストたちが!」

 

 示し合わせたでもなく、遊矢が大仰な動きで宙を飛び。

 

「モンスターとともに地を蹴り、宙を舞い」

 

 それを苦笑しながら龍姫は静かに口を開き。

 

「フィールド内を駆け巡る」

 

 遊矢は変わらずに派手なアクロバティックを披露。

 

「見よ、これぞ、デュエルの最強進化形」

 

 全く、と半ば呆れながらも龍姫は平時の表情から決闘者のそれへ。

 

「アクション──」

 

 龍姫に倣うように遊矢も真剣な眼差しに。

 そして──

 

 

 

『デュエルッ!!』

 

 

 

 ──花火の如く、大音で遊矢と龍姫、観客の声が一体となって、デュエルが始まる──





ご愛読ありがとうございました。
打ち切りエンド、という形にはなってしまいましたが、これにて「LDS総合コースの竜姫」は完結となります。

今までの沢山の感想・お気に入り・評価は私にとってかけがえのない財産です。
感謝してもしきれないぐらい、皆さまから暖かいお言葉とお厳しいお言葉を頂けました。
どちらも投稿当初から今日に至るまで得難い経験となっており、作者として果報者であると改めて思いました。

今後は別作品にて変わらず遊戯王二次小説を書いていく所存ですので、よろしければそちらもお時間がある時にでも一読頂ければ幸いです。

では、重ね重ねという形になりますが……本当に、ありがとうございました。


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