仮面ライダー913 (K/K)
しおりを挟む
仮面ライダー913
ある親子が仲良く手を繋ぎながら歩いている。手には買い物カゴがぶら下げており、中には買った品が入っていた。買い物帰りであることがよく分かる光景である。
日は傾き夕焼けの色によって街全体が赤く染まっていく。子が夕日を指差し何かを言って笑う。母親もそれにつられて笑みを浮かべた。
親子の周囲には同じく家に帰る会社員たちの姿。疲れているのか少し重い足取りをしていた。
人気の多い歩道を歩いていくとやがて親子の家へと繋がる細い道が見えてくる。ここには先程の歩道とは違い、周囲に建物が無ければ道を歩く人々も殆ど居ない。遠く離れた車道から車の走る音が聞こえてくる程度の中、親子の他愛も無い会話は夕闇の中に良く響いた。
ふとそこで母親は前方にあるものを発見する。背広に鞄を持った何処にでも居そうなサラリーマンであるがその様子のおかしさが目に付いた。
左右にやたらふらつきながら今にも倒れてしまいそうな姿で歩いている。その様子を不審に思う母親。
酔っぱらっているのかと思い、隣にいる子の手を強く握ると少し早足でサラリーマンの男のすぐ隣を抜けていく。そのとき一瞬だけ母親はサラリーマンの男の方を見る。
サラリーマンの男の顔には生気が無く、まるで死人の様な肌の色をしていた。それがあまりに不気味であった為、母親は更に歩く速度を上げてサラリーマンの男の先を行く。
そのとき背後でものが倒れる鈍い音が聞こえた。振り返るとそこにはやはりというべきかサラリーマンの男が倒れている。
流石にこの事態を見て無視する訳にもいかず、母親は一旦子供に離れる様に言った後、倒れているサラリーマンの男に近寄る。
「あの……大丈夫ですか?」
恐る恐るといった様子で母親は尋ねた。すると倒れていたサラリーマンの男は徐に伏していた顔を上げる。
その顔を見た瞬間、母親は悲鳴を上げた。
「いやああああああああああ!」
サラリーマンの男の顔が母親の見ている前で崩れ始めたのだ。まるで老朽化した建物の外壁が剥がれる様に男の皮膚は地面へと落ち、着地する前に灰、もしくは塵のようになって空気の中に溶けて消えていく。
崩壊は顔だけに留まらず手も足も体も崩れ灰となっていく。徐々に縮んでいく男の姿に母親は最早声すら出すことも出来ず、ただ目の前の現象を震えながら見ていた。離れて眺めていた子も男の崩壊に恐怖し泣き始める。
やがて男の体は完全に塵となって消え、最後に残ったのは男が来ていたスーツと靴、鞄のみ。それだけが消え去った男の存在を証明する唯一残されたものであった。
あまりに現実離れした出来事に母親は立ち尽くしてしまう。だが子供の泣き声によってすぐに正気を取り戻すと泣いている子供に近付き安心させるように抱き締めた。
「大丈夫、大丈夫だから!」
子に言い聞かせるだけでなく自分にも言い聞かせ何とか落ち着きを取り戻そうとする。
「あー、見ちゃったねー」
そこに掛けられる言葉。母親は子供を抱きしめたまま首だけ背後に向けた。
サラリーマンの男だったもののすぐ側に立つ三人の男性。いずれも二十歳前後という年齢であった。
どの男も地毛ではなく髪を赤、金、茶と染められており如何にも今時の若者といった容姿をしている。
「なー、見ちゃったんだろ? このおっさんが灰になっちゃうところ?」
馴れ馴れしく話しかけてくる金髪の若者に母親は戸惑いを隠せなかった。若者の口調はつい先程の出来事について語っているのは分かるが、仮にあの異常現象を見ていたとしても落ち着き過ぎている。それどころかにやにやと笑い楽しんでいる様であった。
「人が聞いてんのに無視すんの? そういうのって感じ悪いと思うんだけど?」
答えず震えている母親の様子にやや苛立ったのか少し声が低くなり、態度が高圧的になる。
「んなことよりこのおっさんがくたばった時間は俺が一番近かったよなぁ? 賭けは俺の勝ちってことだよなぁ?」
「ちぇ! ここんとこお前の一人勝ちじゃねぇか。あー、腹立つわー」
茶髪の男の言葉に赤髪の男は舌打ちをしながらズボンのポケットから財布を取り出し中から千円札を抜いて茶髪の男に渡す。
「はい! 毎度ー! 次はそっちね」
「あーあ、今月結構ピンチだっていうのに……」
金髪の男も渋々といった態度で金髪の男と同じく財布を出して千円札を手渡す。
三人にやりとりを見ながら母親は混乱していた。男たちの口振りから察するにサラリーマンの男が灰となって消えた原因を知っているようであったが、まるで悪びれた様子も無く男が散って逝くまでの時間を賭けにしてその賭け金の手渡しをしている。
その光景を見て母親の背中に冷たい汗が流れていく。人が一人死んでいった場においてそぐわない態度、そして現場に居なかったのにまるで見ていたかのような口振り、もしかしたらサラリーマンの男がああなってしまったのは目の前にいる三人がやったのではないかという考え。
母親は子供を抱きしめる手に力が入る。子供は先程からずっと顔を紅くして泣き続けていた。
「あのさー、ちょっとその子黙らせてくんない?」
子供の泣き声に耐え切れなくなったのか赤髪の男が母子を睨みつけながら言う。
「俺、ガキの泣き声嫌いなんだよね。耳の奥がキンキンしてくる」
嫌悪感を剥き出しに吐き捨てるように文句を言うと隣に立つ金髪の男が下品な笑い声を出しながら同意を示す。
「分かるわ、それ! ガキ特有の甲高い声! 俺も嫌いなんだよね。だからさ――」
金髪の男は歯を剥き出しにした粗野な笑みを母子に向けた。
「黙らせてやろうぜ」
「ああ、いいね、それ。今度はこれが何秒持つか賭けようか。さっきの敗けた分取り戻したいし」
「まーた俺の一人勝ちにしてやんよ」
声を出して笑い合う三人に母親は恐怖を覚えた。脳裏に過ぎるのは朽ち果てていったサラリーマンの姿。
逃げなければ。
母親はそう思い泣いている我が子を抱き上げ、少しでも重量になる買い物カゴを放り捨てて走り去ろうとする。
「何処に行くの?」
「逃げられると思う?」
「無理無理」
嘲笑を浮かべる男たちの顔に紋様なものが浮かび上がるとその姿が変化し始めた。
茶髪の男は頭部に二対の長く枝分かれした角を生やし、その姿は動物でいう鹿に似た姿へとなった。赤髪の男は頭頂部に鶏冠を生やし、全身に羽毛を纏った鶏に似た異形に変化、金髪の男は突き出した前歯に細い尻尾を生やした鼠に良く似た怪人へと変身する。
全員の共通として動物に似た姿をし、全身が灰色に染まっていた。ただその体は肉体というよりも鎧を纏っているかのような硬質的なものであり、見ただけで並みの攻撃ではびくともしないことが想像出来る。
「いや! ば、化け物!」
変身した男たちの姿を見て母親は半狂乱な叫び声を上げた。フィクションの世界にしかいないような怪人。それが現実となって自分の前に現れ、尚且つ害を与えようとする。落ち着いて対処する方が無理な話である。
「化け物だってよ」
「傷付くなー、俺らだって化け物にこんな姿にされたっていうのに。こう見えても被害者なんだぜ?」
「でもそのおかげで楽しませてもらってるけどな」
「違いない」
怪人となった三人には口もなく表情も無い。替わりに怪人の影の中に人であったときの姿が映し出され、それが会話を交わし喜怒哀楽を表現していた。
「来ないで! こっちに来ないでぇぇぇぇぇ!」
必死の声を出して逃げ出す母親と子供。その姿を鶏の怪人は鼻で笑うとその場で跳躍する。羽毛を生やした両腕を羽ばたかせると鶏の怪人は空中を滑空し、難なく逃げ出した親子の前に降り立ち先回りをする。
「で? 何処行くの?」
笑いを含んだ言葉。それは弱者を嬲る昏い喜びも混ぜっていた。
「ああ……ああ……」
怯えながらもまだ逃げる意志は完全に消えた訳では無く、母親は来た道を戻ろうとするがそこには当然、残りの二人が立ち塞がる。
「無理だって俺らから逃げるなんて」
「誰か助け――」
「別に叫んでもいいよ。でもさぁ……」
鼠の怪人が大きく口を開く。するとその中から青く、炎のように揺らぐ光弾が吐き出され親子に向かって飛ぶ。
「助けが来る前に殺れるけどね」
「いやああ!」
子供の頭を抱え、自ら盾になるよう背を向ける母親であったが幸い光弾は外れ、周囲の歩道に着弾した。アスファルトが衝撃で巻き上がり、母親の身体に当たるがそれでも子供に当てまいと必死になって庇う。
着弾した歩道には大きく陥没し、着弾部分から白煙が立ち昇る。その中で子供を庇いながら震える母親の姿を見て滑稽に見えたのか大きな声で怪人たちは笑う。
「あっはははは! 必死過ぎ! 何か逆に笑えてくる!」
「『いやああ!』だってさ! 声が裏返り過ぎ!」
「おいおい笑うなって、麗しい親子愛なんだぞ? ――ダメ! 限界! はははははは!」
震えながらも母親は理解した。殺そうと思えばいつでも殺せるが彼らは殺すまでの過程を愉しんでいるのだと。震え、怯え、泣き、喚く無様な姿を見て笑いたいのだと。
「お、お願いです……」
「うーん?」
「この子だけは、この子だけは見逃して下さい!」
それでも母親は命乞いをする。自らの命ではなく、子の命の為に。それが万が一の可能性であり、この命乞いすら相手の嗜虐心を煽るのは分かっているが、それでも僅かな希望に縋り、慈悲を乞う。
だがそれを聞いた三人の反応は――
「駄目」
――無慈悲なものであり一言で切って捨てられる。
最早、縋る希望すら消えて無くなってしまった。
「じゃあ、ちゃっちゃとやっちゃいましょうか」
鹿の怪人が親子に人指し指を向ける。
「お、まとめてやっちゃう?」
「二枚貫きは初めてだな」
そうだな、と笑いながら肯定する鹿の怪人。そのとき微かな声が聞こえてきた。
「――けて」
「んん?」
声の主は先程まで泣いていた子供であった。泣き過ぎて真っ赤になって目で宙を見上げながらか細い声を出す。
「助けて……」
絶望的な状況の中でそれでも生を諦めていない声が必死の思いで助けを呼ぶ。
「誰か助けてぇぇぇぇ!」
その幼い必死の叫びは――
「うるせぇな。誰もこねぇよ」
鹿の怪人の指先が伸長し始め、先端が親子に狙いを定める。
「じゃあ、ばいば――いでぇっ!」
――怪人の手の甲を貫く黄色い閃光によって応えられた。
「畜生! ってー! 誰だ! 何しやがる!」
鹿の怪人の手甲の様な手が爛れ、円形の焼け跡が出来ていた。その手を押さえながら怒鳴り散らしながら閃光がやってきた背後に振り向く。
そこに立っていたのは黒と黄色で彩られたサイドカーに跨った黒いジャケットの青年であった。精悍な顔立ちをし、その太いが整えられた眉は意志の強さを現しているようである。ただその眼つきは異様なまでに鋭く、男が三人を見る目には見下す冷たさがあった。
どこか近寄りがたい雰囲気を纏った青年の手には上部が九十度折れ曲がった携帯電話らしきものが握られており、そのアンテナ部分が銃口のように怪人たちに向けられている。
その姿が紛れも無く先程の不意打ちを放った人物である証拠であった。
「てめぇ! 一体なんだ! 殺すぞ!」
恫喝する怪人を青年は冷笑すると折れ曲がっていた携帯電話の上部を元に戻し。その状態で四回ボタンを押した。
『Standing by』
重く響く電子音声が鳴り、青年は携帯電話を閉じると胸の前に掲げる様にして持ち上げる。このとき怪人たちは青年の腰に金属製のベルトが装着されていることに気付いた。
「変身」
『Complete』
掛け声と共に携帯電話をベルトに差し込む。それによって新たな電子音声が響き、ベルトから青年の身体をなぞるように黄色く光るラインが走る。光るラインが全身に回るとそこで一際輝く。すると閃光の後には全身が金属に包まれ仮面を装着した青年の姿があった。
爪先から肩にまで延びる黄色のライン。そこには何かで満たされているのかラインと同じ色の光が放たれている。胸部にはラインで描かれたχの文字、そして頭部に装着された仮面も同じくχの文字が描かれ、それによって紫色の両眼で形成されていた。
あまりの事態に怪人たちは言葉を失う。仮面の青年は呆然とする怪人たちをよそにサイドカーから降りると襟元を緩めるような仕草で首元に触れる。
そして無言でベルトの右側に付けられたχの形をした武器らしきものを取り外し、それを怪人たちに向けた。
向けた部分には良く見れば銃口らしき部位。仮面の青年はそのまま銃口の反対側の部位を手前に引く。
『Burst Mode』
電子音声の後に備えられていた引き金を引くと銃口から黄色の光弾が数発飛出し、一番奥に居た鶏の怪人の胸部に直撃。火花を散らさせながら吹き飛ばす。
「があああああ!」
仲間の苦鳴にようやく事態に頭が追い付いた二人の怪人は銃撃をした仮面の青年に襲い掛かる。
「てめぇ! よくも!」
怒りを露わにして頭から突進してくる鹿の怪人。だが仮面の青年はそれを側面に移動して難なく避けるとお返しと言わんばかりに腹部を拳で突き上げる。
「ぐあっ!」
肺が絞り込まれるような衝撃によって鹿の怪人は口から酸素を吐き出しつつ体が折れ曲がる。
そこに銃口を向けるがそうはさせまいと鼠の怪人が鋭い爪を振り下ろした。だが仮面の青年はそれを空いた方の手で手首を掴んで防ぐと、そのまま手首を返しつつ鼠の怪人の足を払う。
空中で一回転した後に背中から地面に叩きつけられ鼠の怪人は悶絶する。そこに追撃の爪先が横腹に刺さり、そのまま鹿の怪人から離れるように蹴り飛ばされた。
仮面の青年はベルトの嵌められた携帯電話の表面にあるχのマークが刻まれたパーツを抜き、それを手に持っている武器のグリップ部分の下部に差し込む。すると銃底にあたる部分から閃光を放つ刀身が形成された。
逆手に握ったそれを立ち上がろうとしている鹿の怪人に向けて斬り上げる。
「あああああ!」
火花が散り、斬りつけられた胸部は裂かれていたがよく見れば傷の周囲には炭化し黒くなっている。
斬り上げたら今度は斬りおろし肩から胸部に掛けて斜めに袈裟切る。悲鳴が終わらぬうちに今度は胴体を真横に斬る。斬る度に上がる鹿の怪人の悲鳴。
その様子をただ息を殺して見ている親子。仮面の青年が刀身を振るう度に親子の顔に熱気を含んだ風が当たる。それが剣圧によって生じたものならばあの刀身自体には如何程の熱量が秘められているのか。
『焼く』ではなく『斬る』のでもなくその両方を兼ね揃えた『焼き斬る』という行為。それに耐えられる精神を持つ者は少なくともこの場にはいなかった。
仲間の悲鳴に鼠の怪人は痛む体に鞭打って立ち上がる。何度も斬りつけられている仲間を救う為に仮面の青年に光弾を吐きかけようとした、その時――
『Battle Mode』
嫌でも耳に入ってくる電子音声。反射的にその方向に振り向いたときに見たのは自分の方に向かって走る無人のサイドカー。
サイドカーは怪人の見ている前で側車部分が二つに割れ、脚部へと変形し二輪車部分を持ち上げる。二輪車部分は前輪と後輪が九十度回転し前輪部分は右腕となり、折りたたまれていた部分が展開し大型の爪を作り、後輪部分は左腕となり六連のマフラーが砲身を形成する。
「嘘……だろ……」
見上げる程の高さがある鋼鉄の巨人を前に鼠の怪人は唖然とした様子で言葉を洩らす。先程の変身も非現実的であればこの変形も非現実的である。
もしかしたら自分は夢を見ているのではないか。そんなことを一瞬でも考えてしまった彼に容赦ない現実がその爪を突き立てる。
大型の爪をその巨体から想像できない速度で振るうと鼠の怪人を掴み取る。
「は、離、ぐあああああ!」
掴んだ巨人は冷徹にその爪を閉じ、怪人の身体を締め上げる。胴体は無理矢理幅を狭まれ無数の骨が折れる音が怪人から発せられる。
その状態から巨人は怪人を地面に叩きつけ、地面と密着した状態のまま脚部の車輪を回転させ走り始めた。
「――! ――! ――!」
上からの圧力、下からの摩擦力の間で怪人の身体はすりおろされていく。顔面を押し付けられている状態では声一つ上げることも出来ず、少なくとも百キロ以上の速度で道の上でその身を削られていった。
一方で仮面の男の方も終わりが見えてきた。散々斬られた鹿の怪人の傷は惨たらしいものであり、頭部の角も一本欠損していた。
立つことすら限界が来ている怪人の前で仮面の男はベルトに付けられた携帯電話をスライドさせて開き、いくつもあるボタンの中から『Enter』と描かれたボタンを押す。
『Exceed Charge』
その電子音声の後にベルトからラインを通り黄色の光が右手へと伝わっていく。仮面を男は再び後部にあるレバーを手前に引き、そして銃口を鹿の怪人に向けた。
引き金を引くと同時に銃口から螺旋状の光弾が飛び出し、怪人の身体に接触するとそれが一気に開き怪人の身体に光が網目状に張り巡らされる。
そこで仮面の青年は手に腕を持つ銃剣を後ろに引きながら更に輝く刀身を掲げ、体は逆に前傾となった独特の構えをとる。
「はあああ……」
呼気を吐きながら踏み込んだ瞬間に前方に浮かび上がるχを模した紋章。その中に飛び込むと同時に体が閃光に包まれ、その状態で怪人へと突進する。
仮面の青年が包まれた光と同化したかに見えた次の時には光が怪人を貫き、その刹那の後に青年の姿は怪人の背後に現れ、構えていた刀身も振り下ろされていた。
そして怪人の身体に浮かび上がるχの紋章。怪人の身体から爆炎のように青い炎が噴き上がったかと思えばすぐに収まる。だが炎が消えると同時に怪人の上半身が斜めにずれ落ち地面に落下する前に残った下半身と一緒に灰となって消滅した。
それと同じくし鋼鉄の巨人は引きずり回していた鼠の怪人を走る勢いのまま宙へと放り投げる。ボロ雑巾のように傷だらけの身体が宙で無抵抗に舞う。そこに向けられる六連のマフラー、空気を震わす発砲音と共にマフラーから出てきたのは六発のミサイル。すでに逃げる体力すらない鼠の怪人にとって絶望的な光景。だが絶望は更に加速する。
六発のミサイルが割れ、中から小型のミサイルが出現し怪人を空中で完全に包囲した。
「……あ」
残す言葉をすら消し去る無数の爆音。空中で何度も爆発し、爆煙が花のように開く。そしてその爆煙の中から零れ落ちていく青い炎を燃やす破片。しかしそれもすぐに消え去り風によって散った。
「ああ……なああ……」
残された鶏の怪人は腰が抜けたように地面へと座り震えていた。先程まで一緒に行動していた仲間があまりに簡単に死んでしまった。その事実に怪人は恐怖していた。
すぐに逃げればまだ助かったのかもしれない。だが嬲るような行為で人を殺めてきた彼らの危機管理能力は低下し、生き残る為の本能が麻痺をおこしている。数々の殺人の代償、それがツケとなって彼らの身に降り注いでいた。
紫の冷酷な双眼が鶏の怪人に向けられる。その眼に怯え半ばパニック状態となって怪人は不用意に振り返りこの場から逃亡しようと、しかしそれを許そうとはしない仮面の青年。
銃剣の銃口を怪人に向けると二回引き金を引く。二発の光弾は逃げようとする怪人を両膝裏に着弾、そのまま膝ごと撃ち抜いた。
「――ぎゃああああああああああああああ!」
あまりの痛みに絶叫を上げながら転倒する。この撃ち抜かれた足ではもう逃げることすら出来ない。
絶叫する怪人に歩み寄っていく青年。手に持っていた武器を腰に戻し、代わりに左腰に付けられた四角いデジタルカメラに酷似した武器を取り出し、それに銃剣から外したパーツを填める。それにより掴みの部分が展開しそれを右手で握り手の甲に装着した形となる。
そのまま青年は歩き、這ってでも逃げようとする怪人の側を余裕で追い抜くとそのまま正面へと回る。
怪人の目に映る青年の足。そのまま見上げると紫の双眸が見下ろしていた。
「な、なあ! 頼む! 命だけは助けてくれ! もう人襲ったりはしないから! 心を入れ替えて真面目に生きるから! な、なんなら警察に自首したっていい! だから頼む! 殺さないでくれぇぇぇ!」
足に縋りつき必死で命乞いをする怪人。
だがそれを聞いた青年の反応は――
「言い残すことはそれだけかな?」
『Exceed Charge』
――無慈悲なものであり一言で切って捨てられる。
光が右手へと伝わり、装着された手甲が輝く。
見上げる怪人が最期に見たものは、容赦なく拳を振り下ろす紫の瞳の仮面であった。
鶏の怪人が居た場所には灰が積もっていたがそれもじきに吹かれて消えていく。
仮面の青年は武器を仕舞うと既に巨人から元の姿に戻ったサイドカーに向かって歩いていた。
その途中親子とすれ違う。だが青年は特に何も言う訳でもなくそのまま通り過ぎようとしていた。
「何?」
そのとき誰かに手を引っ張られる。母親に抱き締められていた子供がその小さな手を懸命に伸ばし、青年の手に触れていた。
「――がとう」
消えてしまいそうな程小さな声。
「助けて、くれて、ありがとう!」
少しでも感謝を伝えようと必死に声を出す子供。それを聞き、青年の表情は仮面に隠れて分からなかったが予想外のことであったのか少し戸惑っている様子であった。
「お母さんを、助けてくれて、ありがとう!」
青年は少しの間沈黙していたが、やがて掴まれていた手を引き親子に背を向けて歩き出していく。
青年の戦い方は決して綺麗とは言えない血生臭いものであった。現に子供の母親は助けてくれた青年にも怯えていた。
だが良くも悪くも純真な心を持つ子供にとって自分たちのことを救ってくれた青年の存在が紛れも無い『ヒーロー』として映っていた。
恐れも畏怖も無く、ただ感謝と憧れに満ちた心で彼は青年が走り去って行くまでずっとその背中を眺めつづけていた。
◇
(余計な手間をとってしまったな)
変身を解いた青年――草加雅人はある程度離れた場所でバイクを停車させる。デルタのベルトを探していた帰り道偶然にもオルフェノクたちと遭遇したが、結果的には全く歯ごたえの無い連中であった。
ベルトやカイザの姿を見てもただ驚くだけであり知らない様子を見るとスマートブレインに所属していない野良のオルフェノクであると推測をした。
無駄な時間を消費したという考えもあるがどちらにしろオルフェノクの存在を見過ごす訳も無く、いずれ戦うかもしれなかった化け物を前倒しで駆逐できたことを取り敢えず良しと思うようにすることとした。
草加はウェットティッシュを取り出し、手を拭こうとするがそのとき脳裏に先程の子供の声が蘇る。
まさか礼を言われるとは思わなかっただけについ立ち止まってしまった。
仲の良い親子連れ。それに連鎖し過去の記憶が呼び起こされる。
泣き叫ぶ子供、母を呼ぶ子の声、応じない母親、居なくなった母親。そして――
草加は表情を歪めるとウェットティッシュで手を拭き始める。触れられた感触を消し去ってしまうように強く、何度も。
やがて拭き終えた草加はヘルメットを被り、再び帰路に着く。
少しでも早く最愛の人である真理の下に行く為に、一秒でも早く気に入らない乾巧を真理の側から引き離す為に。
真理の隣に相応しいのは自分であると証明する為に。
サイドバッシャーのアクセルを握る草加の手。
その手にはもう触れられた子供の手の感触や暖かみは消え失せていた。
何も知らない一般人から見たら草加もヒーローに見えるというのを文章にしてみました。
子供の頃、死んだときは特に悲しくありませんでしたが『それでもカイザは草加じゃなきゃ』と思っておりました。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
仮面ライダー913+
一人の青年が人気の無い道を走っていた。これといって特徴の無い顔立ちや背丈ではあるが、その青年の今の顔を見れば誰もが強い印象を受けるであろう。それ程まで青年の顔は蒼褪め、唇は白く変色し、死人という言葉を連想させる顔色をしている為に。
中身が詰まったボストンバッグを肩に掛け、数十メートル進む度にキョロキョロと周囲を確認しながら先へ先へと進む青年。
まるで何かに追われているかのようであった。
何回目か分からない、既に青年自身も数えるのを止めた周囲の確認をした後、額から出る汗を拭いながら再び走り始めようとしたとき――
「何処へ行くんですか?」
突如、背後から掛けられた男性の声に青年の動きが止まる。そして、それと同時に額から頬に架けて一筋の汗が流れる。それは体の火照りを冷ます汗では無く、恐怖から流れる冷や汗であった。
油の切れた機械の様なぎこちない動きで青年は振り返る。振り返った先にいたのは二人の男性。どちらも皺一つ無い高そうなスーツを着ており、片方は髪型をオールバックにし、もう片方は軽く後ろに撫で付けた髪型をしているがオールバックの男と違って口回りに髭を蓄えていた。
「いきなり酷いじゃないですか。こっちへの連絡も無くアパートは解約をして、仕事も辞めるだなんて。おかげで探すのに手間取ったじゃないですかぁ」
オールバックの男が笑顔を浮かべながら気さくな態度で話し掛けてくる。背後から青年に声を掛けたのも彼であった。
「あ、あの……」
「きちんとこっちに連絡してくれればそういった面倒な手続きは全部こっちでして上げましたのに……もしかして、気を遣ってくれました?」
「そ、そそ、その……」
震えて舌が回らない青年とは対照的に饒舌に話すオールバックの男。
「まあ、こちらの手間が省けたのは有り難い話なんですけどね。……それで気持ちは決まったということですよね?」
不意にオールバックの男から笑みが消える。
「私たち『スマートブレイン』の仲間になるということで」
オールバックの男の問いに答えず、青年は沈黙する。
「黙っていても分からないですよ。なるのかならないか、だいぶ前から聞いていましたよねぇ? そろそろ返事を聞かせてはくれないでしょうか?」
それでも青年は黙ったままであった。
「いい加減割り切ったらどうだ?」
オールバックの男ではなく口髭の男が口を挟んでくる。
「もうお前は『普通の人間』では無い。選ばれた存在になったんだ。いつまでも人間の詰まらない価値観に縛られ続けてどうする」
諭すような口調であったが、その言葉を聞き、青年に変化があった。先程までと同じく俯いて黙っている姿は変わらないが、その体が小刻みに震え始める。
「……だと思っているんだ?」
「何だ?」
「誰のせいで俺がこうなったと思っているんだぁぁぁぁぁ!」
俯くのを止め、激昂しながら怒鳴る青年。その顔には不可思議な紋様が浮かび上がる。
「人を遥かに上回る存在へ、『オルフェノク』へ進化したことがそんなに不満か?」
「俺はそんなこと望んじゃいない! 返せよ! 普通だった頃の俺を!」
怒りに身を任せながらボストンバックを投げ捨て吼える青年の身体に変化が起こる。全身が白い光に包まれたかと思えばその下から灰色の身体を持つ異形が姿を現した。
円錐状の頭部に吻端が尖った口、眼球は大きいが瞳は無く体色と同じ灰色一色に染まっていた。手足の指は五指揃って細長い。
そして、最も特徴的なのは異形の腰部から伸びる太い尻尾。その長さは異形の身長と変わらないぐらいであった。
生物で言うトカゲの要素を色濃く出した異形の姿。口髭の男が出した『オルフェノク』という言葉を参考にして呼称するであれば青年はリザードオルフェノクと呼べるであろう。
「それがそちらの返答ですか?」
「俺はお前らみたいな化物の仲間にならない! 俺は故郷に帰るんだ!」
リザードオルフェノクからではくその影の中に浮かぶ青年が拒絶の意志を示す。
それを聞いたオールバックの男は溜息を一つ吐いた。
「ならしょうがないですね。私たちに従わないのであれば処理するだけです。――いくぞ」
オールバックの男は横目で口髭の男に視線を送る。その顔には紋様が浮かぶ。
「お前は選ばれた素質があったが、中身は伴っていなかったみたいだな。馬鹿な奴め」
吐き捨てる様に言うと口髭の男の顔にも紋様が浮かび上がった。
二人の全身が変化し、瞬く間に二体の異形が現れる。
オールバックの男の変身した姿には全身に灰色の体毛が生えており、突き出た額部、落ち窪んだ目、平たく上向きになった鼻、両腕の太さが人間時の倍まで膨張しており、そのせいかやや前のめりの体勢になっている。その姿は動物でいうゴリラに酷似していた。
口髭の男の変わった姿は額から長く節のある触覚を垂れ下げ、目は複眼、口部には湾曲上の鋭い大顎を備えていた。全身は鎧の様な甲殻で覆われており、その見た目は昆虫のカミキリムシに似ている。
「数少ない同胞に手を掛けるのは忍びないんですがねえ」
「ただの出来損ないだ」
そう言って二人が同時に駆け出す。
青年――リザードオルフェノクは迫る二人に向け、身を翻して太く長い尻尾を振るう。しかし、それをオールバックの男――ゴリラオルフェノクは回避などせず分厚い体で受け止めると同時に両腕でその尻尾を掴む。
あっさりと攻撃を防がれたリザードオルフェノクの背中を飛び込んだ口髭の男――ロングホーンオルフェノクが鉤爪状と化した指を突き立て、一気に掻き下ろす。
灰色の体皮が削れ、頑強さゆえか火花も飛び散る。
「うあああああ!」
背中の痛みに絶叫を上げるリザードオルフェノクであったが、ゴリラオルフェノクは掴んでいた尻尾を腕力にものを言わせて思いっきり振るう。
尻尾に引っ張られリザードオルフェノクの身体は持ち上がり、そのまま大道芸の様に振り回されると勢いが最高潮に達すると同時に手を放され、勢いよく近くの壁へと衝突。壁には亀裂が生じ、壊れた壁の破片がリザードオルフェノクの体に降り注ぐ。
「う、うぐあ……」
戦いの経験が全く無いのかリザードオルフェノクの動きは二人に比べれば鈍い。戦いの最中であるが痛みに悶えており、壁を支えにして緩慢な動きを見せている。
そんな隙だらけのリザードオルフェノクを二人が放っておく筈も無かった。
「さっさと立て」
ロングホーンオルフェノクはリザードオルフェノクの首を掴むと壁に押し付けて無理矢理立たせる。するとロングホーンオルフェノクの片手に青い炎の様なものが発せられ、その炎が消えると一振りの曲刀が現れる。
「ふん!」
「うわああああ!」
現れた曲刀でリザードオルフェノクを斬り付ける。肩から腰部まで袈裟切りにしたかと思えば今度は腰から肩にかけて斬り上げる。胴体、手、脚など容赦無く斬り付けていき、その度にリザードオルフェノクは血の代わりに火花を散らし、痛みの叫びを上げた。
「後悔しろ! 『スマートブレイン』に逆らったことを!」
何度か斬り付けるとリザードオルフェノクは立ち上がる体力も無いのか地面に膝を突く。
ロングホーンオルフェノクは再びリザードオルフェノクの首を掴み持ち上げると、手に持つ曲刀の先端をリザードオルフェノクの額に向けた。
「これで終わりだ」
冷たい声で終わりを告げられるがリザードオルフェノクはそれに反応する気力も無い。ただ生まれてきてから今まで味わったことの無い痛みと恐怖に体を震わせることしか出来なかった。
死。その言葉が頭の中で過ぎったとき、リザードオルフェノクは理不尽な自分の人生を嘆き、影に映る青年は涙を流す。
そのときけたたましい排気音が響く。
「ん?」
人気の無い道でその様な音が響くことを不思議に思い、ゴリラオルフェノクは音の方へと顔を向けた瞬間、視界に勢いよく走ってくるサイドカーが映る。
「うおっ!」
減速など一切せずに躊躇いなく疾走してくる黒と黄のカラーリングを施されたサイドカーに驚き咄嗟に道の端へと避け、何とか回避するが、丁度ゴリラオルフェノクが壁になって見えなかったロングホーンオルフェノクは反応が遅れてしまう。
「があっ!」
「うわああ!」
数百キロの金属の塊が時速数十キロの速さで二人に衝突。堪らずロングホーンオルフェノクは飛ばされ地面を十数メートル転がることとなり、巻き添えとなったリザードオルフェノクは道の端に生い茂る草むらの中に飛ばされていった。
「な、何だ!」
体の節々が痛むのを我慢しながらロングホーンオルフェノクは立ち上がる。激突するまで一切ブレーキを踏まなかったことから明らかに狙って轢いたのは間違いなかった。
サイドカーに跨っている人物が被っている黒のジャケットを着た人物はヘルメットを脱ぎ、素顔を晒す。
精悍で整った顔立ちをした青年。しかし、その双眸はオルフェノクたちが一瞬怯む程の怒りと憎悪に濁った暗い炎を宿している。
「貴様は何者だ!」
ロングホーンオルフェノクは怒りに任せて詰問するが青年は答えず、側車に乗せてある小型のアタッシュケースを手に取る。そのアタッシュケースには『SMART BRAIN』という文字が描かれていた。
「そ、それは!」
「させるかぁぁぁぁ!」
アタッシュケースに見覚えがあるらしく二人のオルフェノクはそれが開かれる前に黒ジャケットの青年へと襲い掛かろうとするが、青年は焦る事無くいつの間にか手に持っていた携帯電話を開き、スライド式のそれを片手で開け素早く番号を入力する。
『Burst Mode』
携帯電話から鳴る音声と共に携帯電話の上部が九十度折れ曲がる。黒ジャケットの青年はその状態の携帯電話を迫ってくるゴリラオルフェノクに向けると下部の側面にあるボタンを押した。
アンテナ部分から飛び出す黄色の光弾。それが立て続けに三発飛び出しゴリラオルフェノクに着弾。ゴリラオルフェノクはその衝撃に仰け反って倒れてしまう。
青年は続けざまに今度はロングホーンオルフェノクにアンテナを向けると同じく引き金の様にボタンを押し、光弾を発射。避け切れなかったロングホーンオルフェノクは苦鳴を上げて地面に膝を突く。
その隙に青年はアタッシュケースを開く。中には金属製のベルトに付属品と思わしき十字の形をした物体とカメラ、そして双眼鏡。青年は素早くベルトを腰に巻き、付属品のそれらを素早く装着。十字の形をした物はベルトの右側、カメラは左側、そして双眼鏡は腰部分に装着される。
ベルトを装着した青年は曲がっていた携帯電話を元の位置に戻し、再び番号を入力。押された番号は9、1、3。
最後にEnterというボタンを押すと携帯電話から『Standing by』という電子音声が鳴る。スライドされたそれを閉じ青年はそれを肩の位置に掲げる様に持ってくる。
「変身!」
手首を返しながら携帯電話をベルトに差しこんだ瞬間、青年の体全体に黄色に光るラインが走る。その光は眩い閃光と化し青年の身体を包んだかと思った次の時には光が消え去り、光の中から金属の鎧を纏う者が現れる。
χの字を模した仮面に紫の複眼。銀色の装甲を全身に纏い、それを彩る様に黄色のラインが奔っており、腕や脚にも黄色のラインが二本のラインが奔っていた。
「カイザか!」
「まさかこんなところで会うとは……」
変身した青年の姿を見てロングホーンオルフェノクは呻くようにその名を呼び、ゴリラオルフェノクは強い警戒を示す。青年ことカイザはそんなオルフェノクの態度を鼻で笑い、襟元を直す様な仕草を見せた後さっさと掛かってくる様に手招きをして挑発する。
「裏切り者を始末するよりもカイザのベルトを奪うことの方が価値がある」
「予定は変更だ」
それに応じる様に臨戦態勢を取るゴリラオルフェノクとロングホーンオルフェノク。二対一という不利な状況ではあるがカイザは焦る様子も無く淡々とサイドカーから降りた。
「かああああっ!」
ゴリラオルフェノクはカイザがサイドカーから降り視線が自分から外れた瞬間を狙ってその場で跳躍し、一気に距離を縮めるとカイザの顔面目掛けその剛腕を振るう。しかし、ゴリラオルフェノクの動きはカイザにとって想定内であったらしくカイザは自分に迫るゴリラオルフェノクの腕に手の甲を押し当てると僅かに力を込めて、その軌道をずらす。拳はカイザの顔横を通り過ぎ狙いを外されてしまう。
そこにすかさずロングホーンオルフェノクが曲刀を振り上げ、カイザの背後を狙って振り下ろす。
「ぐはっ!」
が、それも読み通りであったらしくカイザはゴリラオルフェノクの攻撃を外させると同時に身を翻し、その勢いのままロングホーンオルフェノクの脇腹に足刀蹴を叩き込んだ。
蹴り飛ばされるロングホーンオルフェノク。それを見たゴリラオルフェノクはすかさずもう片方の手を伸ばしカイザの肩を掴む。
このまま力に物を言わせて地面に叩き付けようかと思ったとき、腹部に何かを当てられる感触を覚えた。
視線を下げるといつの間にか押し当てられている携帯電話のアンテナ。
『Single Mode』
先程とは異なる電子音声が鳴るとアンテナもとい銃口から黄色の光が飛び出す。その光に押されゴリラオルフェノクは手を放してしまう。しかも今度は単発で飛ぶ光弾では無く一直線に伸びる光線であり、同じ箇所を焼きながらゴリラオルフェノクを後ろへと追いやる。
そしてすかさずベルト右側部に備えてあった十字の形をした物を外した。よく見れば先端部分に銃口が備わっている。
カイザは銃口の反対側を手前に引く。と同時に携帯電話の番号を素早く入れ直す。
『Burst Mode』
『Burst Mode』
重なる二つの音声。カイザはそれらを水平に構えると白煙を上げ悶えているゴリラオルフェノクに向け、容赦無く発砲。
二つの銃口から放たれる光弾がゴリラオルフェノクへ降り注がれる。
「ぐああああああ!」
分厚く鎧の様な体も放たれる光弾の前に意味を成さず、穿ち、焼かれ、火花を散らす。一発一発の威力はオルフェノクである彼を殺傷するに至らないがそれが数十発も撃たれれば傷は深まり致命傷へと変わっていく。
「くっ、くそぉ!」
同胞が無残にやられていく姿に堪え切れず、ロングホーンオルフェノクが曲刀を頭上に掲げ、銃撃しているカイザに飛び掛かり強襲を仕掛ける。
カイザもそれに気付き、十字型の銃をロングホーンオルフェノクへ向けようとしたが、それよりも先に紅い三発の光弾がロングホーンオルフェノクへと着弾。ロングホーンオルフェノクは火花を巻きながら空中でバランスを崩し、地面に落下した。
「今度は何だ!」
撃たれた箇所を押さえながら身を起こすロングホーンオルフェノクが見たものは銀色のバイクに跨りカイザに酷似した存在。
携帯電話を銃の様な形にして構えるそれはΦの文字を模した仮面には黄色の複眼が備えており、銀色の装甲にはカイザとは違い紅いラインが奔っている。
「ファ、ファイズまでも……」
慄く様に名を呼ぶロングホーンオルフェノクに応じる様にファイズと呼ばれたその存在は手首を振り、カシャリという音を鳴らした。
同じ姿をした存在であり、異形達と敵対する。第三者が見ればファイズはカイザの仲間であると考えるが当のカイザ本人はファイズの姿を見るなり礼を言うどころか――
「チッ」
――と心底疎ましいといった感じで舌打ちをした。
ファイズは跨っていたバイクから降り、手に持っている携帯電話をベルトへ納める。
そのままカイザの側に寄るファイズ。そんなファイズを仮面越しからでも睨んでいることが分かる程圧のある視線を向けるカイザであったが、すぐに鼻を鳴らして視線を外し、ゴリラオルフェノクに光弾を撃ち込むことに戻る。
ロングホーンオルフェノクはそれを見て、ベルトの所有者同士が険悪な仲であることを一目で察し、それが付け入る隙になるのではないかと考え、すぐに立ち上がると狙いをカイザからファイズへと変更する。
「はああああ!」
その場から走り出し、ファイズ目掛け右手に持つ曲刀を振り下ろすがその切っ先がファイズに届くよりも先にファイズの方から距離を詰められ、懐に入られる。結果として曲刀は空振ってしまう
「はっ!」
懐に入ったファイズはロングホーンオルフェノクの胴体に左右の拳を素早く叩き込む。その威力に体がくの字に曲がる。そこへすかさず肩を掴み、逃れられないようにすると大振りの右拳がロングホーンオルフェノクの頬へと突き刺さった。
「がはっ!」
きちんとした型など無い我流あるいは喧嘩の様な殴り方ではなるが、その威力は芯まで届く程重く、殴られたロングホーンオルフェノクは思わず声を上げてしまう。
このまま殴り飛ばされてしまえば楽であっただろうがロングホーンオルフェノクはファイズに肩を掴まえられている為、それも出来ずそのまま数発の拳が顔面に刺さる。
「ぐぬあ!」
脳が揺さぶられる衝撃。頑強なオルフェノクの肉体でも響く。
「なめるなぁぁぁぁぁぁ!」
しかし、ロングホーンオルフェノクも黙って殴られ続けている訳も無く、渾身の力で腕を振りほどくとファイズの首元に向け曲刀を振るう。だがファイズはそれに対し身を低くして避ける
避けられた。と思ったロングホーンオルフェノク。そのとき彼はファイズの姿で重なって見えなかったカイザの姿が目に入る。
それは十字銃の銃口をゴリラオルフェノクから自分へと向けた姿。
避ける暇も無く数発の光弾がロングホーンオルフェノクの身体に直撃。火花を散らして後退する。
「あぶねぇだろうが」
頭上を通り過ぎていった光弾のことに文句を言いつつもファイズは体勢を戻しながら距離を詰め、ロングホーンオルフェノクの腹部に追い打ちの蹴りを叩き込む。
「があああああ!」
蹴り飛ばされたロングホーンオルフェノクは地面を転がって行き、持っていた曲刀を手放してしまう。
「ふん」
文句を言うファイズをカイザは鼻で笑うが、そのとき一瞬だけ目を離した隙を狙いゴリラオルフェノクが咆哮を上げて飛び掛かってきた。
「ごあああああああああ!」
槌の様に組み合わせた両手をカイザへ振り下ろす。咄嗟に腕を交差しそれを受け止めるが満身創痍の状態でも腕力は未だに衰えていないらしく、受け止めたカイザは衝撃で膝を折りかけた。
ゴリラオルフェノクは組んでいた手を解き、片方の手でカイザを押さえつつ空いた方の手で拳を作り、カイザへ拳を振りかぶる。
だが――
「らああっ!」
そこにファイズが走り寄り、加速で付けられた勢いのまま体を投げ出す様な右ストレートをゴリラオルフェノクの胸部に炸裂させる。心臓部分に打撃を受け、ゴリラオルフェノクの身体が僅かの間硬直する。その硬直を見逃さずカイザは交差していた手をゴリラオルフェノクの腕に絡め、地面に引き倒そうとする。
しかし、それに反応し引き倒される方とは逆の方向へ力を込め抵抗するゴリラオルフェノクであったが、その動きこそがカイザの狙いであり、相手の動きの向きに合わせ足元を蹴り払った。
自分の力を利用され宙で側転したのち地面に肩から着地するとすかさずそこへファイズが爪先をゴリラオルフェノクの鳩尾にめり込ませ、そのままボールでも蹴るかのようにゴリラオルフェノクは蹴り飛ばす。
「げほぁ!」
肺が押し潰され、空気を無理矢理吐き出しながら地面を滑っていく。
カイザはファイズの方を見る。今度はファイズの方がふん、と鼻を鳴らした。
(何だこいつらは……!)
撃たれた箇所を手で押さえながらロングホーンオルフェノクは立ち上がる。指の隙間から白煙が昇っていた。
一見すれば険悪な雰囲気が両者の仲で漂っているにも関わらずお互いに特に合図を出さずに隙を埋めるような動きを見せる。一朝一夕では身に付かないであろうその連携にただ困惑するしかない。
現に今もカイザとファイズは目線を合わせることなく険悪な空気を纏ったまま互いに背を向けている。
だがそんなロングホーンオルフェノクたちの前でカイザは腰部分に装着された双眼鏡を取り外し、ファイズもベルト右側部に装着されたトーチライトを外した。
そして、ベルトに差しこまれた携帯電話に触れそこにセットされているχとΦの紋章が描かれたスティックを抜き取り、それぞれ双眼鏡とトーチライトへ差し込む。
『Ready』の音声の後、差し込まれた双眼鏡はレンズ部分が百八十度回転し凹状の形となり、トーチライトの方はレンズ部分が伸長する。
変形したそれを右足首へと装着させ、その後二人は携帯電話を開き『Enter』と描かれたボタンを押す。するとベルトが発光、その光はベルトから足まで伸びたラインに光が走る。
『Exceed Charge』
それと同時に二人は対照的な行動に移る。
ファイズはロングホーンオルフェノクに向かって跳び上がり、カイザはゴリラオルフェノクに向かって駆け出す。
空中で前転し、ラインを走る紅い光がトーチライトに届くと同時に両足を伸ばすファイズ。
相手に接近し光が双眼鏡に届くと同時に足底を相手に叩き込み、逃れられない様にゴリラオルフェノクの頭を掴むカイザ。
トーチライトから紅い光が放たれる。赤い光はロングホーンオルフェノクの目の前で展開し円錐状の形となった。
双眼鏡からもまた黄色の閃光が放たれ、ゴリラオルフェノクを地を滑らす勢いで後退させた後、四角錐状に展開する。
「やあああああああああ!」
「でぃやぁああああああ!」
展開された紅い円錐の中に右足を伸ばして飛び込むファイズ。カイザもまた黄色の四角錐の中へ両足を揃えて飛び込む。
二人が飛び込むと同時に展開されていた光はオルフェノクたちの身体へ突き刺さり、穿つ様に回転する。
「うぐあ!」
「がああ!」
体に入り込んでくる光にオルフェノクたちは苦鳴を上げる。二人に成す術は無く、ただこの身を焼く苦痛を受け入れるしかない。
やがて二つの閃光はオルフェノクたちの身体を貫き、カイザとファイズはオルフェノクたちの背後に立つ。直後、ロングホーンオルフェノクの身体にΦの紋章、ゴリラオルフェノクにはχの紋章が浮かび上がると二人の身体は青い炎へと包まれ、体は灰の様に崩れ落ちていき、数秒後には元が何であったか分からない灰の一山と化した。
戦いを終えたファイズはベルトから携帯電話を抜き取る。すると身を包んでいた物が消え、中から長髪、茶髪の不機嫌そうな表情をした青年が現れた。
「こいつらもスマートブレインか?」
「まあね」
茶髪の青年に対し、カイザは素っ気ない態度で応じる。
「やっぱりベルトが狙いか」
このときカイザの視線が道端の草むら方に向けられるが仮面越しの視線で在る為、青年は気付かない。
「――普通に考えたらそれしかないんじゃないかなぁ?」
言葉の節々に感じられる嫌味。しかし、青年は慣れているのか軽く顔を顰めるものの特に文句を言わず、乗って来たバイクへ跨る。
「せいぜい取られない様に気を付けるんだな、草加」
「そんな忠告が出来る程、君は偉いのかなぁ? 乾」
露骨なまでの嫌悪を隠さないカイザこと草加。青年――乾はそれに対し不機嫌そうに鼻を鳴らすとヘルメットを被り、この場から去って行った。
乾が居なくなるのを見届け、草加は草むらの方に顔を向ける
「さてと……」
◇
「う、うう……」
草むらの中でリザードオルフェノクは呻きながら意識を取り戻した。
「お、俺は……」
自分がまだ生きていることに驚き、思わず喜びの声を上げそうになるが全身に走る痛みにその声も喉の奥へと引っ込む。
(俺は襲われて、それで……)
絶体絶命の危機に陥ったが突如横から凄まじい衝撃が走り、そのまま飛ばされたことまで思い出すが、そこで気絶してしまったせいでそこから先の記憶が無い。
何故自分が生きているのか、そんなことを考えながら立ち上がろうとしたとき――
「大丈夫かい?」
「ひっ!」
そこに紫の仮面を付けた見知らぬ人物が立っており、思わず裏返った声を出してしまう。
「あ、貴方は……」
「怖がらなくてもいい。俺は君を襲っていたスマートブレインと敵対している者だ」
「な、何だって!……それは本当ですか!」
「その証拠に今もキミは無事だ。奴らは俺が倒したからね」
リザードオルフェノクは草むらから顔を出し、周囲を確認する。紫の仮面の人物が言った様に確かにあの二人の姿は無い。
「た、助かった……」
安堵から全身の力が抜けるリザードオルフェノク。
「さあ、立てるかい?」
紫の仮面の人がリザードオルフェノクに手を伸ばす。リザードオルフェノクはそれを掴もうとするが伸ばした手を途中で止める。
「あ、いつまでもこの姿じゃいけないですよね」
自分がまだオルフェノクの姿であることを思い出し、人の姿に戻ろうとするが――
「――いや、そっち姿の方が都合が良い」
「え?」
――紫の仮面の人の手がリザードオルフェノクは手首を掴む。
「え? え?」
事態が呑み込めず困惑するリザードオルフェノクに紫の仮面の人は先程までの優しい声を消し、恐ろしい程冷たい声で――
「人の姿に戻られたら誤解されるかもしれないだろう? こっちが悪者だってさぁ」
「それはどういう――」
その問いを掻き消す様にある声が響き渡る。それが何を意味しているかリザードオルフェノクの彼には分からない。ただ彼にはそれが何故か死刑宣告の様に聞こえた。
『Exceed Charge』
カイザが主役の話なのにファイズが出てくるのは乾巧って奴の仕業なんだ……
今回の話では前作で出来なかったゴルドスマッシュ、二丁銃、ライダーの連携を出してみました。
ちなみに草加で一番好きなシーンは真里の命とベルトのどちらか選択する場面でベルトを選び、その後感情に任せてベルトを地面に叩き付けるシーンが好きです
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
仮面ライダー913&
日が落ち暗くなった夜道。明かりがあるとすれば空に輝く月と星、そして一定の間隔で設置されている古びた街灯だけであった。
近くに民家無く、それによる静寂は夜の不気味さをより際立たせる。
そんな道を女性が一人早足で歩いている。
仕事が終わり帰宅している極一般的な女性である彼女は、普段なら使わないこの道を使っていた。理由は見たい番組があるからなるべく早く帰りたいという至って単純なものである。だが、歩いて数分経って彼女は自分の選択を後悔し始めていた。
点々とある街灯によって照らされた道。宵闇のせいで先が殆ど見えない道を歩くのは非常に精神に負担が掛かる。
幽霊など信じてしまう彼女からすれば次の街灯の下にはもしかしたら幽霊が居るのでは、というネガティブな妄想をしてしまい、常に怯えながら歩いていた。
戻ろうかとも考えたが、既に道半ばまで来ていた。このまま戻っても戻り道で同じように怯えるだけだと思い、なるべく早くこの恐怖から解放される為に出来るだけ早く歩く。
あと三分の一という距離まで来た。ここまでくれば自然と恐怖心も薄れていく。
「ねえ」
「はひっ!」
かと思いきや不意に背後から掛けられた声に女性は、心臓が飛び出たかと思うほど驚き変な声が出てしまう。
恐る恐る振り返ると先程通り過ぎた街灯の下に、パーカーを着て、フードを被っている青年が立っている。
「な、なな何でしょうか?」
止せばいいのに律儀の言葉を返してしまう女性。フードを被った青年は、そんな彼女を見てニヤリと笑う。
「こんな道を一人であるくなんて危険だよ。良かったら途中まで付いていってあげようか?」
夜道で心細かった彼女は一瞬青年の提案が魅力的に思えた。だが、すぐにそんな考えを捨てる。何故なら女性の目には青年の笑みが不審に思えた。人に親切をしようとしている者の目では無い。欲望に塗れたぎらついた目。歩いてきた夜道よりも不安を煽る目であった。
「け、結構です! 一人で帰れます!」
怯えを隠し、気丈な態度で断る女性であったが、青年は、あっそと素っ気ない態度であった。
女性は、そんな青年の態度を不気味に思い、更に早足で先に進んで行く。暫く歩いた後、その足が突如として止まる。
視線の先にある街灯。その街灯が照らす下には先程女性に声を掛けた青年の姿。
女性を動揺した。壁によって左右が阻まれたこの道は一本道であり、誰かに追い越された記憶など無い。だというのに青年が先回りしている。
動揺する女性に構うことなく青年が再び話し掛けてきた。
「やあ。また会ったね」
先程と同じ欲望に塗れた笑み。そんな笑みを向けられた女性は背中に冷たい汗が流れるのを感じ、膝が無意識の内に震えていることに気付く。
「やっぱり一人で帰るのは危険だよ」
青年が一歩踏み出すと、女性は一歩後退する。
「だって――」
街灯の明かりから離れ、暗がりへと入る青年。すると青年の顔に白く輝く紋様が浮かび上がり、明かりの無い中ではそこだけが浮き出て見えた。
「ひっ!」
通常では起こり得ないことに女性は引き攣った声を上げる。
「――こんな風に襲われちゃうかもしれないからさ」
顔に浮かぶ紋様だけではなく青年の体全体が白く発光したかと思えば、光は消え青年の立っていた場所に異形が立っていた。
灰色一色に染まっている全身。左右から挟み込む様に湾曲した牙が頬から生え、目は昆虫の様な複眼、額からも触覚が生えていた。そして最も特徴的なのはその全身から生えた無数の細い脚。人間と同じ両手両足はあるが、そこから左右対称に細い節足が生えており、脇腹にも生えている。
ゲジを彷彿とさせる異形の姿に女性は声すら上げることが出来ずただ絶句してしまう。
「怯えたままでいいの?」
そんな女性の反応を楽しむかの様に接近していくゲジの怪物。
女性もこのときになって正気に戻り、悲鳴を上げながら全力で逃げ出す。
「いやあああああああああああああああああ!」
ゲジの怪物の影が壁に浮かぶ。するとそれが先程の青年の姿に置き換わった。青年は逃げる女性の姿を見て愉快そうに笑う。
「あはははははははは! 必死だなぁ」
恐怖する女性を滑稽と笑う青年。一頻り笑うと影に浮かんでいた青年の姿は消え、それと同時にゲジの怪物が壁に向かって跳躍。そのまま足元から着地した。
垂直の壁に立っても落ちず平然と立っただけではなく、その状態から怪物は壁を疾走する。
一足で女性の走る速度を上回り、二足目で女性の倍以上の速度に達する。そして、そのまま必死に逃げる女性を頭上から追い抜き、前に様に街灯下に降り立つ。
「え! な、何で! 何でいるの!」
脇目も振らずに逃げていた女性は先回りしていた怪物を見て、絶望に満ちた声を上げた。
「さあ、何でだろうね?」
おどけた様子で近付いていく怪物。女性は、後退りするものの恐怖と全力疾走したことで足がもつれ、尻餅を突いてしまった。
「大丈夫? 立てる?」
なおも近付く怪物。女性は恐怖が限界近くまで高まり、歯が震え声すら上げることが出来ない。
「立てない? 立たせてあげようか?」
そう言って怪物は女性の手を取る――のではなく女性の細い首を掴み、片手で持ち上げた。
「あがっ!」
両足が地面から離れる。怪物は首を掴んでいるだけで殆ど力は込めておらず、女性の首は自重によって絞まっていく。
掴む手に爪を立て、足を動かし、必死になって抵抗するが怪物は全く意に介さない。
「このまま見てるのも楽しいけど、僕にはやらなくちゃいけないことがあるからね」
怪物の二本の触覚が動き出す。暗く染まっていく視界の中で直感的に何か恐ろしいことをされると感じた女性だが、抗う術は無い。
動く触手の先が女性の胸に向けられ、その鋭利な先端を突き刺そうとしたとき――
「やめろぉぉぉぉぉ!」
叫びを上げて現れた人物が怪物の脇腹に体当たりをする。
「うっ!」
いきなりのことに驚き、怪物は女性を離しながら転倒してしまった。
「げほ! げほ!」
解放された女性は喉に手を上げながら咳き込むが、すぐに立ちあがらされる。
「すぐに逃げてくれ!」
女性を助け、立ちあがらせたのは素朴な印象を受ける男性であった。緊張しているのか少し強張った表情をしている。
「げほ! あ、貴方は――」
「今はそんなことはいい! すぐにここから離れてくれ!」
急な展開に思考が追い付かない女性であったが、視界の端に未だ転倒している怪物の姿を見て、恐怖が再び湧き上がったらしく真っ青な顔色で走り去っていく。
男性は去って行く女性に安堵する様に息を一つ吐くが、すぐに表情を引き締めて倒れている怪物の方を見る。
怪物は逃げる女性を追うことはなく、緩慢な動きで立ち上がっていた。
「折角、人が楽しんでたのに……空気が読めないなぁ」
怪物の影に映る青年は不愉快そうに顔を顰めている。
「オルフェノク……!」
警戒する様に言った男性の言葉に青年は少し目を丸くした。
「あれ? 知ってるの? 俺のこと?」
目の前の人物が自分たちの呼称を知っていることに驚く。ゲジの特性を持ったオルフェノク――ロングレッグオルフェノクの彼は、自分をスカウトした者以外からその言葉を聞くのは初めてであった。
「もしかして同類? ――ん?」
このときロングレッグオルフェノクはあることに気付く。明かりの殆ど無いせいで遅れてしまったが、目の前の男性の腰に金属性のベルトが巻かれていた。
黒と白の横縞の模様。中央には扇形の中心角を向かい合わせた形をした橙色のマーク。右腰には何故かデジタルビデオカメラがセットされている。
「なにそれ?」
この場において違和感しか覚えないそれを指差し疑問符を浮かべるが、相手に反応することなく男性は懐から更に新たな道具を取り出す。
ベルトと似た色と装飾が施された拳銃のグリップらしきもの。らしきといった感想を抱いたのは、トリガーとトリガーガードが付いているものの何故かアンテナらしき部位も付いており、一見するとグリップだがよく見ると違う印象を抱く様なものであった。
男性はそれを顔横まで持ってくる。グリップの縁を注視してみれば送話部の様なものが有る。
「変身!」
『Standing by』
掛け声に反応しなる電子音声。そして、男性はそのグリップを右腰に装着されているデジタルビデオカメラへ差す。
『Complete』
完了という電子音声の後にベルトから白いラインが伸び、それが全身へと奔っていく。男性の体に白いラインが行き渡ると一際強い閃光を放つ。その光に僅かに眼を眩ませるロングレッグオルフェノク。光が治まり、男性の方を見るとそこには橙色の目を闇夜の中で輝かす仮面の戦士が立っていた。
黒を下地にして全身に張り巡らされている白のライン。光が少ないせいでそれが体から浮き出ている様に見える。
ベルトの中央と同じ扇形の中心角を向かい合わせた橙色の目。額には逆三角形の形をした電子回路を彷彿とさせる部位があり、底辺から対称の辺が突き出てそれが角の様に見えた。
「え? どういうこと?」
文字通り白黒の仮面の戦士に『変身』してみせた男性に対し、ロングレッグオルフェノクは戸惑った様な声を出すが、すぐに気を取り直す。
「まあ、姿が変わったからってオルフェノクになった俺に勝てる訳ないけど――」
自分の力に絶対的な自信を持っているのか相手を見下す発言をした後、僅かに膝を曲げる。
「ねっ!」
膝に溜めた力を解放し、ロングレッグオルフェノクは仮面の戦士に向かって体当たりをする。一瞬にして時速百キロ近くの速度を出し、等身大の砲弾と化すロングレッグオルフェノク。
普通の人間ならば直撃すれば骨を折り、内臓を潰す程の威力を秘めている。
「くっ!」
ロングレッグオルフェノクの体当たりを受けると仮面の下から耐える様な声が洩れる。しかし、仮面の戦士は倒れることなく数歩後退して踏み止まった。
体当たりも直撃しておらず、交差した両腕でしっかりと受け止めている。
今まで何人も人間をこの一撃で葬ってきたロングレッグオルフェノクは容易く受け止められたことに動揺する。
「な、なんで!」
まともな経験を積んでおらず今まで格下としか戦っていない――否、戦いと呼べない一方的な虐殺しかしてこなかった彼が初めて接触する同等以上の相手。
仮面の戦士は交差していた腕を解きながら大きく振るう。押していたロングレッグオルフェノクは、力負けをして逆に自分の方が大きく後退させられ、大きくよろける。
体勢が戻る前に仮面の戦士は接近し、ロングレッグオルフェノクに向けて拳を放つ。
「であ!」
「うぐっ!」
ロングレッグオルフェノクの肩にめり込む拳。そのまま逃がさない為に肩を掴み、立て続けに拳を胸、腹部、脇腹へと打ち込んでいく。隙の多い大振りなパンチであるが、相手も戦いに関してあまり経験が無いのでどの拳も簡単に入っていく。
「うぐああああああ!」
内臓や骨が軋む様な痛みに歯を食い縛り、それを少しでも紛らわせる様に絶叫を上げながら、ロングレッグオルフェノクは仮面の戦士の側頭部に向けて殴りつけようとする。
だが、それは簡単に見切られ突き上げられた腕によって防がれると、その腕から放たれる裏拳を顎に真面に受け、一瞬意識が飛び掛ける。
「はあああああああ!」
無防備になったロングレッグオルフェノクの鳩尾目掛け、気合いと共に体を投げ出す様な勢いで放たれた拳が突き刺さる。
「おぐあ!」
拳の威力に体が二つに折れる。そして、そのまま後方に殴り飛ばされた後に地面に跪いて悶絶する。
「あがああああ……」
痛みで満足に呼吸が出来ない。今まで生きてきた中で最大級の痛みに襲われ、体同様に心も折れ掛けていた。
(何だ! 何なんだ! 誰なんだこいつは!)
悶えながら乱入してきた理不尽な存在に対し、心の中で不満を叫ぶ。
許せなかった。自分をここまで痛めつけ、無様に這い蹲らせる存在を。
散々罪の無い一般人をその手にかけてきた彼は自分の身に起こっていることを因果応報とは考えず、棚に上げてただ自分の身に起こった不幸として嘆き、怒る。
性根まで完全に怪物と化している青年であったが、恨み、憎むだけが精一杯であり痛む体を満足に動かすことも出来ない。
その隙に仮面の戦士はベルトに手を伸ばし、中央にあるマークをスライドさせたとき背後から突如奇襲を受け、火花を散らす。
「うああ!」
不意打ちに対処出来ず、地面へと倒れる仮面の戦士。その背後には、ロングレッグオルフェノクと同じ灰色の体色をした怪物が立っていた。
楕円形の頭部にある大きく飛び出た二つの目は、縦長の瞳孔をしていた。手足は人間のものと変わらないが指先は膨れて円形となっている。
ヤモリに似た怪物――ゲッコーオルフェノクは、悶えているロングレッグオルフェノクを見下ろし、その姿を鼻で笑った。
「随分と時間が掛かっていると思ったら……醜態を晒しているな」
「うる、さい!」
嘲るゲッコーオルフェノクに反発しながら痛む体を起こそうとするロングレッグオルフェノク。
「く、もう一体いたのか!」
不意打ちを受けた肩を抑えながら立ち上がろうとする仮面の戦士。
それを見てゲッコーオルフェノクは、空を握る動作をする。すると青い炎が現れ、ゲッコーオルフェノクの手の中で円を描いたか思えば、青い炎は消え去り代わりに丸められた鞭が握られていた。
棒状の柄を握ると、その鞭を仮面の戦士目掛けて振るう。鞭は蛇の様に迫り、仮面の戦士の首に巻き付き、一気に締め上げる。
「ぐううう!」
巻き付く鞭を何とか外そうと指先で引っ掻くが、密着した状態では中々外れず、その間にも頸部をどんどん圧迫していく。
「色々と言いたい所だが、デルタ相手に生き延びたことだけは褒めてやる」
「デルタ……? 何だそれ?」
「……教育係として教え甲斐があるな、お前は」
皮肉を言いながら抵抗する仮面の戦士――デルタの体力を削ぐ様に鞭を振るい、地面を転がす。
「スマート、ブレインか!」
「お前のベルトを奪えば、ラッキークローバーの座は約束されたようなものだな」
デルタの問いに対し、肯定する代わりに関与している者しか知らない情報を口にする。
「その役目、俺にやらせてくれ」
腹部を押さえながらもロングレッグオルフェノクが立ち上がる。
「ふん。役目はやるが手柄はやらんぞ?」
「別にいい。俺は恥をかかせられた分、たっぷりとお返しをしたいだけだ」
「好きにしろ」
ロングレッグオルフェノクは陰湿な笑い声を上げながらデルタへと近付くと、拳を振り上げる。
デルタも腕を上げてそれを防ごうとするが、鞭を振られて体勢を崩されてしまう。
無防備となったデルタの頬にロングレッグオルフェノクの拳が叩き込まれる。
「ぐっ!」
すかさずロングレッグオルフェノクの爪先がデルタの胸部を蹴り付ける。地面を横転していくデルタ。
数回転がり仰向けになるとすぐに足裏で体中を何度も踏み付ける追撃を繰り出した。
「くらえ! くらえ! くらえ! 俺の受けた痛みはこんなもんじゃないぞ!」
狂気を感じさせる裏返ったロングレッグオルフェノクの興奮した声。殺意に満ちたそれと共に踏み付けを受けながらも、デルタは眼前で腕を合わせて防御姿勢をとり少しでもダメージを軽減させようとしていた。
容赦無く踏み続けてくるロングレッグオルフェノク。このままではいずれダメージが蓄積し変身が解けてしまう。デルタが現状をどう打破しようか考えていたとき――
「情けないなぁ」
――新たな人物の登場を告げる声。オルフェノク二人には聞き覚えの無い声であったが、デルタの彼はよく知る者の声であった。
オルフェノク二人が声の方に目を向ける。そこには鋭い眼光を放つ青年がオルフェノクを睨みながら立っていた。
「草加!」
デルタが眼光鋭い青年の名を呼ぶ。草加と呼ばれた青年はデルタを一瞥した後、返事代わりに鼻を鳴らす。
「何? 誰? こいつの仲間?」
「気安く話し掛けないでくれるかなぁ? まあ、それも出来なくなるだろうけどね」
「あ゛あ゛!」
神経を逆撫でする様な台詞にロングレッグオルフェノクはドスを効かせた声を上げるが、そんな相手の態度を一笑し、草加は手に持っていた金属のベルトを腰に巻き付ける。
デルタのベルトと似ているが、黄色のラインであること、中央にχのマークが描かれている、右腰にχ字状の物体がセットされているなど細部が違っている。
「それは!」
ゲッコーオルフェノクがすぐにベルトの正体に気付くが既に遅い。
草加は、ベルトと同じ装飾が施された携帯電話を取り出すと番号9、1、3を素早く入力し、最後にEnterと描かれたキーを押す。
『Standing by』
デルタが変身したときと同じ電子音声。ここまでくるとこの先何が起きるのかロングレッグオルフェノクも察する。
「変身」
胸の前に持ってきていた携帯電話を、手首を返しながらベルトへ差し込む。
『Complete』
ベルトから伸びる黄色い光のライン。草加はそれが全身を纏う前に走り出す。
いきなり走り寄って来た草加に驚くロングレッグオルフェノク。迎え撃とうと構えた瞬間、草加の全身が発光し、その光で反射的に眼を背けてしまう。
「ふぐえっ!」
そして次の瞬間、強烈な打撃がロングレッグオルフェノクの頬に炸裂。数メートルの距離を飛んで行く。
「やはりカイザか!」
草加の姿はデルタの時と同様に変化していた。銀の装甲に走る黄色のライン。χの字を模した仮面は紫の眼光を放っていた。
「さっさと立て。三原」
草加ことカイザはデルタを三原と呼ぶ。その声には相手を労わる気持ちは無く、冷徹な響きがあった。
しかし、デルタは逆にその声を受けて奮起。ゲッコーオルフェノクがカイザに気を捉えているうちに右腰にあるグリップとデジタルビデオカメラが一体と化した銃を取り外し、グリップを口元まで持ってくる。
「ファイア!」
『Burst Mode』
ゲッコーオルフェノクが電子音声に気付いた時には手遅れであった。レンズ状の銃口から立て続けに放たれる三発の光弾。それがゲッコーオルフェノクの顔面に直撃。血飛沫の様な火花を散らし、顔を手で押えて苦しがる。
「あぐあああ!」
デルタはその隙に巻き付いていた鞭に銃口を押し当てて引き金を引く。光弾によって鞭は焼き切れ、ようやく鞭による締め付けから解放された。
カイザは、ゲッコーオルフェノクが痛みに気を取られている内に左腰に収まっているデジタルカメラ型の武器を取り出す。続いてベルトに手を伸ばし中央にあるマークをスライドして抜き取ると、それをレンズ部分に差し込む。すると握り込むパーツが現れ、それを右手で掴み手の甲に装着させる。
武器の準備が終わると、ゲッコーオルフェノクに歩み寄りながら携帯電話をスライドさせEnterキーを入力する。
『Exceed Charge』
ベルトから伸びるラインに光が走り、それが右手へと流れていく。
光弾の傷に悶えていたゲッコーオルフェノクもその電子音声を聞き、接近していたカイザから身を守る様に腕を振るうが、それを容易く受け止められ、それだけでは終わらず両足を払われる。
地面から足が離れ、宙で真横の体勢となるゲッコーオルフェノク。間も無くしてその体は重力に引かれ落下しようとしていたが、落下するタイミングに合わせてカイザの右拳がゲッコーオルフェノクの側頭部に叩き付けられ、地面目掛けて叩き落される。
ゲッコーオルフェノクの頭が地面と拳に挟まれると同時にデジタルカメラが発光。χの文字が浮き出て地面に亀裂が生じる。
頭部を打ち抜かれたゲッコーオルフェノクは苦鳴すら上げる間も無く全身が青い炎に包まれ、灰となってその身を崩れさせる。
「ああ、あああ……」
ゲッコーオルフェノクが倒されたのを見て、ロングレッグオルフェノクは心の底から怯えた声を上げた。既に最初の時の様な狩る側の傲慢さは無い。あるのは狩られる側としての恐怖だけであった。
デルタもまたカイザの様にベルトから中央のマークを抜く。そして、それを銃の上部に差す。
『Ready』
電子音声と共に銃のマズル部分が伸びる。
「チェック!」
『Exceed Charge』
掛け声に反応し、ベルトから白い光が走り、握り手を通じ銃へと流れ込んだ。
その銃口をロングレッグオルフェノクへ向けようとすると――
「うわあああああああああああああああ!」
何をされるのかいち早く察したロングレッグオルフェノクは絶叫を上げる。すると下半身が光に包まれて変化。無数の脚を生やした多脚態と呼べる形状となり、凄まじい速さで壁を這い、逃げてしまう。
カイザは逃げたオルフェノクの姿を見て舌打ちをする。道幅があまり広くないので愛用しているバイクを置いてきたのが仇となった。いくら身体能力が向上していてもあの速さには追い付けない。
どうやって追うか。それを考えていたときふとデルタの姿が目に映り、あることを思い出す。
カイザにとってあまり思い出したく無い記憶であるが、今はそのことで気分を害している暇は無い。
カイザはベルトから携帯電話を外すとある番号を入力する。
それを見ていたデルタも後に続き、銃のグリップを口の側に寄せてカイザが入力した番号を口に出す。
「
『Jet Sliger Come Closer』
◇
速く速く、と人気のない道を全力で駆け続ける。少しでも速度が出る様に周りに障害物の無い広い道を選び、息が切れる寸前になるまで走る。
時折背後を見るが誰もいない。
追跡者の姿が無いこと安堵しながらも心は死の恐怖で一杯であった。
殆ど経験したことがない死という恐怖。ロングレッグオルフェノクの未熟な精神は既に限界寸前であった。
少しでも遠くへ逃げなければ。そう考えていた彼の耳にある音が入ってくる。
空気が燃える様な爆音。それがいくつも重なって聞こえる。
それが何かは分からない。だがその音が確実に迫っているのは確かであった。
何が迫っているのか振り向いて知りたいが振り向くことが出来ない。
恐怖に縛られ、体が思う様に動かないのだ。
その間にも爆音は迫る。そして気付けば、ロングレッグオルフェノクを挟む様にしてソレは並走していた。
見るな。見るな。見るな。見てしまえば最期、心が完全に恐怖に呑まれてしまう。
『Exceed Charge』
だが、死神の囁きの様な電子音声を聞いてしまったとき、彼はついに隣を見てしまった。
「何だ、そりゃ……」
呆然とするしかない。カイザが乗っている乗り物は二輪ではあるがバイクと呼ぶには規格外の代物であった。流線型のカウルや車体が通常のバイクの倍以上ある大きさであり、それを支える二つのタイヤもまた巨大であった。極めつけは車体側部と後方に設置されている複数のジェットノズル。それが巨体を無理矢理動かし、反則的な速度を生み出している。
先程二人が呼び出したもの、それがこの超高速アタッキングビークル、ジェットスライガーである。
そんな大型を操るカイザは、片手にχ字型の武器を持ち、その銃口をロングレッグオルフェノクに向けていた。
「チェック!」
『Exceed Charge』
反対側からも聞こえる電子音声。そちらを見れば、デルタもまたジェットスライガーを操りつつ銃口をロングレッグオルフェノクに向けていた。
χ字型の銃から螺旋状の光弾。三原の銃からは白色の光弾が撃ち出される。
螺旋状の光弾はロングレッグオルフェノクに当たると同時に網目状に広がってその体を縛り、白色の光弾は直撃する直前に三角錐状に展開。
ロングレッグオルフェノクの動きを停める。
「うあ、ぐうう!」
動こうにも指一本動かすことが出来ない。
カイザとデルタは直撃したのを見るとジェットスライガーを操作。タイヤの向きを水平に返ると側面にあるジェットノズルを噴射させ、その場で百八十度回転。強引に急停止させる。
ジェットスライガーから降りると同時に、カイザはχ字型の武器から伸びている光刃を後方に下げながら振り上げ、デルタはロングレッグオルフェノク目掛けて跳び上がる。
カイザの前に浮かぶχのマーク、それに飛び込む様にしてロングレッグオルフェノクへと踏み込む。
空中で跳んだデルタは、展開している三角錐に向かって右足を突き出す構えをしながら飛び込んだ。
χが斬り裂き、Δが貫く。
二人がロングレッグオルフェノクの背後に現れたとき、χとΔの紋章がロングレッグオルフェノクの体に刻まれると、その身が赤い炎に包まれ灰となって崩れ落ちた。
ロングレッグオルフェノクの体が完全に消え去ったのを見て、二人は変身を解く。
「草加、助けてくれてありがとう」
三原は途中で助けてくれた草加に礼を言う。
「あんまり俺の手を煩わせないでくれるかなぁ」
礼の返事は草加の嫌味であった。だが三原は反論出来ない。草加が現れなかったらどうなっていたか分からなかった。
情けなさから俯いてしまう。
「まあ――」
続いてどんな嫌味が出るのか、三原は覚悟し甘んじて受け入れる気でいた。
「――最初の頃に比べれば多少マシになったかもしれないがな」
思わず三原は草加を見る。言われた内容が内容なだけあって草加を凝視してしまうが、やがて三原は苦笑を浮かべる。
「草加の強さにはぜんぜん敵わないけどな」
そう言うと草加は一笑する。
かつて同じ施設で育った。何年も経って再会したときは別人と思えるぐらいに変わっていた。
だがこのとき三原には、ほんの僅かな間だけであるが、草加の横顔がかつての面影と重なって見えた。
これにてカイザの話は完結とさせてもらいます。
ファイズと共闘した話を書いたならば、デルタとの共闘も書かなくてはと思い書いてみました。
草加は流星塾の面々には少しだけ優しい印象があります。ただし澤田は除く。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
仮面ライダー913 end
雑草が生い茂げ、空き缶やゴミが転がる高架下。乱雑とした有様が人気の少ないことを表している。
静寂が常に漂う場所。だが、今そこで激しい戦いの音が繰り広げられていた。
紫の仮面。銀色の装甲。その装甲に描かれる黄色の線を体中に走らせた戦士が、数体の灰色の怪物と対峙していた。
知る者はその戦士をカイザと呼び、灰色の怪物はオルフェノクと呼ぶ。
カイザは逆手に握り締めたχを模した武器――カイザブレイガンから伸びる光刃を振るい、オルフェノクの一体を斬り付ける。
悲鳴を上げて倒れるオルフェノク。頭頂部が平べったい皿状の形をしており、両眼は離れたその顔は魚類――コバンザメに似ていた。
コバンザメのオルフェノク――リモーラオルフェノクに追撃をしようとするが、横から突き出された幅広の刃がそれを妨害する。
カイザは自分を狙って突き出されたそれを光刃で滑らせ、軌道を逸らし回避する。
幅広の刃を伝う様に目を動かす。刃の根本には鍔、そして柄、それを握り締める手。
丸い目。背と腹部から突き出る鰭。大剣を握るオルフェノクは、マンボウの姿に酷似していた
マンボウ――サンフィッシュオルフェノクは、もう一度カイザを斬ろうとするが、カイザはカイザブレイガンの端を引く。
『Burst Mode』
カイザブレイガンから発射された光弾が、サンフィッシュオルフェノクの体に直撃し、火花を上げる。
引き金を更に引こうとしたとき、背後から気配を感じ、咄嗟に横へ飛ぶ。その直後にカイザが居た場所に二振りの剣が通過し、地面に叩き付けられる。
二本の剣を振るったのは、三角形の先細りの頭部に、そこから一対の触手を生やした海老に似たオルフェノク。
海老のオルフェノクことシュリンプオルフェノクは、避けたカイザを追う様に地面に刺さっている二本の剣を同時に振るう。
二振りの斬撃を光刃で纏めて受けると、片手でそれを押さえつけながらシュリンプオルフェノクの顔を空いた手で作られた拳で殴りつけ、怯んだ隙に腹部を蹴り飛ばして、距離を離す。
カイザはシュリンプオルフェノクを斬り付け様と足に力を込め、一気に駆け出す――直前に急停止する。すると、カイザの眼前に巨大な水の塊が通り過ぎていき、高架橋を支える支柱に衝突。コンクリートで出来た柱を大きく窪ませる。
水を吐いたのは、他のオルフェノクたちとは違い離れた場所に立つオルフェノクからであった。
喉から腹にかけてある縦線状の畝。手には両端に三又の刃を付けた槍を持っている。鯨とよく似たオルフェノク――ホエールオルフェノクは、灰色の目でカイザを凝視していた。
(ちっ……)
カイザこと草加雅人は心の中で舌打ちをする。続け様オルフェノクたちにダメージを与えたが、あと一歩踏み込んだ攻撃が出来ず内心苛立つ。
ホエールオルフェノクに横槍を入れられたせいで、体勢を崩していたシュリンプオルフェノクは、立て直してしまっている。他のオルフェノクたちも同様であった。
リモーラオルフェノク、サンフィッシュオルフェノク、シュリンプオルフェノクの個々の力は大したものでは無い。しかし、四対一という数で圧倒的不利な状況のせいで思う様に戦えずにいた。
そして、気になるのがホエールオルフェノクの存在である。思えば、草加が私用で出掛けていた際に三体のオルフェノクたちが襲ってきたときから、ホエールオルフェノクは殆ど戦いに加わらず、実力も未知数である。
その立ち位置に誰も文句を言わないことからこの中のリーダー格だと思われた。
カイザはサンフィッシュオルフェノクの斬撃を避けると共に膝で相手の脇腹を抉り、苦しんでいる間にリモーラオルフェノクへ向け蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされた仲間を避け切ることか出来ず、二人纏めて転倒。カイザブレイガンのレバーを引こうとするが、シュリンプオルフェノクの刃がそれを阻もうとする。
「邪魔だっ!」
苛立ちを怒声に乗せ、シュリンプオルフェノクの刃を光刃で下から斬り上げて弾くと、がら空きとなった胴体に斬り返した光刃で裂く。
絶叫を上げているシュリンプオルフェノクの頭部を掴み、引き寄せ、額に銃口を押し当て、光弾を放つ。
両者の零距離で輝く火花。シュリンプオルフェノクの絶叫はより甲高いものとなり、撃たれた箇所を押さえながら地面の上で悶え苦しむ。
甲殻類に似ているだけあって頑強な装甲を持っているらしく、致命傷に至らなかったことにカイザの不快感はより増す。
化け物は化け物らしくさっさと死んで欲しい。
ヒロイックな外見とは裏腹に、カイザの内面では怨念の如き感情が渦巻いていた。
一体ずつ相手にしていても埒が明かない。大火力を以って纏めて始末しようと考え、腰に巻かれたベルトに填め込まれた携帯電話型の変身ツール――カイザフォンに手を伸ばす。
すると、それを阻止するホエールオルフェノクの水弾。
一発目は光刃で斬り払ったが、間髪来る二発目に間に合わないと判断し、腕を交差し防御を固める。
上半身が仰け反る衝撃。両足で踏ん張ることが出来ず、カイザは近くの端に背中を打ち付けた。
肺や骨を貫く痛み。声を洩らしそうになるが、奥歯を噛み締めてそれを呑み下す。忌々しい相手を前に、自分の苦しむ姿を見せるなど彼のプライドが許さなかった。
痛みを押し殺し、すぐにカイザは体勢を戻して構える。
ホエールオルフェノクの動きは、カイザが何をしようとしていたのか明らかに分かっていた動きであった。
凡そ予想はしていたが、襲撃の理由は間違いなくカイザのベルトの強奪である。
ベルト一つで四体のオルフェノクを釣れたのは上々かもしれないが、その四体をどう屠るかが釣った後の問題である。
三体のオルフェノクたちがジリジリと距離を詰めてくる。
相手がどう仕掛けてくるか、慎重に出方を窺うカイザ。
そのとき、人気の無いこと場所に不似合いなバイクのエンジン音が聞こえてくる。
聞き慣れたその音は、カイザの知っている人物が乗っているバイクの音に間違い無い。
だが、それを聞いたカイザの胸中に湧いたのは、援軍が来たという安堵では無く、目の前のオルフェノクたちよりも更に濃い不快感と敵対心であった。
オルフェノクたちもエンジン音に気付き、音の方に目を向ける。
バイクに跨る二人の人物。そのどちらもカイザと似た姿をしていた。
丁度バイクの真正面に立っていたサンフィッシュオルフェノクは、時速数百キロで疾走してきたバイクを咄嗟に躱すことが出来ず、撥ね飛ばされ、体を錐揉みさせながら地面に勢いよく倒れた。
同時にシュリンプオルフェノクは、バイクの後部座席に乗っていた者から光弾を撃ち込まれて転倒。バイクの登場に気を取られて無防備な背中を見せてしまったリモーラオルフェノクは、カイザからの銃撃を受けて土を舐める様に顔面から突っ伏す。
オルフェノクたちの包囲を突き破ったバイクは、カイザの前で旋回しながら急停止すると、バイクに乗っていた二人が降りる。
「無事みたいだな」
「大丈夫か! 草加!」
φの文字を模した仮面を持ち、銀の装甲に赤いラインを巡らせるのは、カイザと同系の存在ファイズ。
頂点が向かい合うΔの仮面、黒を基調した装甲を白色のラインで彩るはカイザとファイズの原型であるデルタ。
オルフェノクに唯一対抗出来る三本のベルトが、この場所に集う。
「――何故ここに?」
ファイズとデルタの参戦に喜びよりも、不信感の様な疑惑の言葉を掛ける。それもファイズに。
「話は後だ。行くぞ!」
ファイズの言葉に、カイザは鼻を鳴らすがそれ以上追求することはせず、目の前のオルフェノクたちを倒すことに意識を切り替える。
不意打ちを受け、倒れていたオルフェノクたちが、受けた痛みを怒りに変え、咆哮を上げながらカイザたちに猛然と襲い掛かってきた。
『ハアッ!』
カイザたちは待ち構えてのではなく、一歩前に踏み込み、迫るオルフェノクたちを前蹴りによって迎撃する。
カイザの足底を胸部に受けたシュリンプオルフェノクは、体をくの字に折ってヨロヨロと数歩後退する。そこにすかさず踏み込み距離を詰めたカイザの光刃の袈裟切りが入り、肩から脇腹に掛けて斜線の裂傷が刻まれる。
「あがっ!」
痛みの余り叫ぶシュリンプオルフェノク。するとカイザは、刻んだ傷をなぞる様にカイザブレイガンから光弾を撃ち出す。裂かれても尚灰色の傷を黄色の光弾が穿つ。
最早、灼熱と化した痛み。撃たれた衝撃で仰け反ってしまうシュリンプオルフェノクであったが、カイザは一分たりとも手を緩めず、カイザブレイガンの柄頭に当たる部分へ掌を押し当て、仰け反り胸を張った形となったシュリンプオルフェノクを光刃で突く。
突くに適した形をしていないカイザブレイガンの光刃であったが、刃に込められた膨大な熱はオルフェノクの灰色の肉体に潜ると焼き、溶かし、そして突きの威力によって飛ばす。
ファイズは、腹を蹴り飛ばされて悶えているサンフィッシュオルフェノクに悠然とした歩みで距離を詰めていく。
カシャリ、とファイズは手首をしならせことで装甲同士が擦れ合い、そんな音が鳴る。
その音を耳にしたサンフィッシュオルフェノクは、体をビクリと震わせ、痛みに苦しむを止めて大剣を構えた。
手首をスナップさせた音をゴングにして、ファイズとサンフィッシュオルフェノクの戦いが始まる。
背負い投げる様にして振るわれた大剣。だが、ファイズは怯むことなく大剣の柄を両手で掴み、自分に到達する前に止めてしまう。
サンフィッシュオルフェノクはファイズを振り払おうと両腕で体ごと左右に揺さぶるが、ファイズは掴んだ手を放さない。寧ろ、振り払おうことに夢中になっているサンフィッシュオルフェノクの横っ腹を膝で貫く。
膝蹴りの衝撃で、サンフィッシュオルフェノクは体を硬直させる。その隙にファイズは相手の側面に移動しながら大剣を押さえて下げさせ、移動し終えると同時にサンフィッシュオルフェノクの真っ直ぐに伸びた腕を下から蹴り上げる。
ひじ関節が逆に曲げられる痛みでサンフィッシュオルフェノクの手から大剣が放されると、ファイズは大振りのフックによる左右の連打で相手の顔を殴打。計六発打ち込むと、休む暇も与えず、相手の肩を片手で掴んで逃げられない様にし、胸部に拳を真っ直ぐ打ち込む。
拳を放った数の合計が十を超えるとサンフィッシュオルフェノクの膝から力が抜けるが、ファイズは両手で肩を掴み、相手を無理矢理立たせると体ごと捻る様にして放った拳をサンフィッシュオルフェノクの顎に打ち込み、殴り飛ばす。
デルタは、リモーラオルフェノクとの距離が空くと、手に持っているデジタルカメラ型のマルチウェポン――デルタムーバーを向ける。
「ファイアッ!」
『Burst Mode』
デルタの声に反応し、銃の形態へと移行する。
照準を定めると、引き金が引かれてデルタムーバーのレンズから白色の光弾が発射され、リモーラオルフェノクに着弾、引き金を引いた数だけ火花を上げさせる。
「うああああああ!」
気迫を込めた叫びを上げながら、デルタは次々に光弾を放ち、リモーラオルフェノクの体と体力を削っていく。
リモーラオルフェノクもただ案山子の様に撃ち込まれて続けている訳でなく、完全に体が動かなくなる前に多少の負傷を覚悟でデルタの光弾を受けながら走り、距離を一気に詰めてきた。
「があああああっ!」
痛みと傷を代償にして、リモーラオルフェノクはデルタに手が届く位置にまで迫ると、ありったけの力を込め、デルタの頭部を刈り取らんばかりの横振りの拳を放つ。
渾身の力を込めたそれに、デルタは回避する動作を見せない。
貰った、とリモーラオルフェノクは確信したとき、リモーラオルフェノクの拳を阻む様にデルタは腕を突き上げる。
「なっ……」
そこから言葉を繋ぐことが出来なかった。リモーラオルフェノクの手首に添える様にしてデルタの腕が当てられる。
リモーラオルフェノクは背筋が凍り付く気分であった。腕がこれ以上動かないのだ。体格は変わらない。だというのに防がれた瞬間、大木でも殴ったかと錯覚するほどデルタは微動だにしなかった。
圧倒的地力の差を一瞬にして理解させられる。
リモーラオルフェノクがデルタの力に恐怖している隙に、デルタは当てていたリモーラオルフェノクの腕を弾き、鳩尾に拳を連続で叩き込む。
体が折れたタイミングでリモーラオルフェノクの顎を突き上げ、リモーラオルフェノクの意識が飛んでいた刹那の間に、デルタムーバーの光弾を撃ち込んだ。
止めの一撃を放とうと、デルタがベルトに手を伸ばしたとき、不意に横から巨大な影が現れ、デルタを吹っ飛ばす。
「うあっ!」
飛ばされ、地面を転がっていくデルタ。カイザとファイズはデルタが攻撃を受けたことに気付き、そして、襲った相手の正体を見て思わず相手をしていたオルフェノクへの攻撃の手を止めてしまった。
「何……」
「でけぇ……」
何も無い空中をさも水があるかの様に泳いでいるのは、今まで殆ど傍観していたホエールオルフェノクであった。その下半身は両脚が一体化して尾ヒレと変化していたが、目を引くのがその大きさであった。
まるで原寸のクジラの胴体に無理矢理人をくっつけたとしか思えないアンバランスなまでのサイズ差。ホエールオルフェノクの畝がクジラそのものと化した下半身と繋がっていることで辛うじて上と下が同一人物のものであることが分かる。
ホエールオルフェノクは、デルタを吹き飛ばしたときの様にカイザとファイズ目掛けて尾ヒレを振るう。
咄嗟に身を屈めてそれを躱す二人。
ホエールオルフェノクは身を捻じりながら空中を泳ぎ、巨体さ故の緩慢な動きで体勢を戻している。
ホエールオルフェノクの変化を見て、傷を負って倒れていたオルフェノクたちは風向きが自分たちの方に向いたと思い、折れ掛けていた士気が再び高まっていく。
人とクジラ。大きさを比べれば絶望的なまでに人は矮小である。事実、ホエールオルフェノクも他のオルフェノクたちも勝ったかの様な気になっている。
だが、彼らは知らない。
カイザたちがこの程度のことで怯え、竦む筈など無いことを。
その身に纏う装甲よりも重く、固い信念を持っていることを。
カイザの内に、振るう光刃よりも熱く、昏い情念があることを。
「一気に片を付けるぞ」
「――君に出来るのかな?」
ファイズは無言で左手首に巻かれたリストウォッチを見せる。カイザは、それを見て鼻を鳴らす。
「タイミングは合わせてやる」
「巻き込まれて足を引っ張らないでくれよ?」
まあ、そっちの方が都合は良いけどね、という言葉は胸中で呟き、カイザはカイザフォンに手を伸ばす。
二人が何かしようとしているのを見て、サンフィッシュオルフェノクらが駆け出すが、それを阻む者が居た。
ファイズが乗って来たバイク。それが、搭乗者が居ないまま自動的に動き出す。
『Battle Mode』
電子音声が鳴り、自動走行していたバイクが人型のロボットと変形すると、最接近していたサンフィッシュオルフェノクに拳を叩き込む。
「はっがっ!」
来た道を走ってきたとき以上の速度で戻されるサンフィッシュオルフェノク。打ち込まれた拳の重さと威力は、サンフィッシュオルフェノクの体にハッキリと残っているロボットの拳の跡が物語っている。
ロボットことオートバジンは、左手に装備したバイクの前輪をリモーラオルフェノク、シュリンプオルフェノクに向ける。すると、前輪の回転と同時にそこから無数の弾が発射され、その弾幕によって二体のオルフェノクを大きく後退させた。
この隙にカイザは、ベルトのカイザフォンにある番号を素早く入力する。
その動きを見逃さなかったホエールオルフェノクは、本能的に危ういものを感じ取ったらしく、カイザ目掛けて襲い掛かる。
が、突如としてホエールオルフェノクの巨体が空中で軌道を変える。否、変えさせられた。
横から現れた二輪の巨大な乗り物が、ホエールオルフェノクの胴体に突進したのだ。ジェットノズルを備えた鋼鉄の塊。重さと速度を掛け合わせた体当たりは、それ以上の巨体を持つホエールオルフェノクでもかなり応える。
人が扱うには大き過ぎるこの乗り物。それは呼んだのは――
「間に合ったか!」
――デルタであった。ホエールオルフェノクの尾の一撃を受けた後、必要になると思い密かに呼び出していたのだ。この乗り物――ジェットスライガーを。
デルタは飛び、ジェットスライガーに搭乗する。
ジェットスライガーの重い不意打ちを受け、苦しむホエールオルフェノク。これによって生まれた時間の猶予が、更なる力をこの場に呼び寄せる。
『Battle Mode』
それは最初ただのサイドカーであった。しかし、その電子音声からただのサイドカーは別の物へと変形していく。
側車は逆関節の二脚に。前輪と後輪は右手と左手に。サイドカーがオートバジンとは違った形のロボットへ変形する。
オルフェノクたちの奇襲を受け、その場に放置せざるを得なかったカイザ専用のバイク――サイドバッシャー。それをようやくこの場に呼び出すことが出来た。
カイザ、デルタの準備が完了したのを見て、ファイズは動き出す。
腰に付けていたトーチライト型ツール――ファイズポインターにベルト中央部分に挿し込まれているメモリーカード――ミッションメモリーを挿し込む。
『Ready』
ライト部分が伸びたそれを、右脛部分へ装着する。そして、左手首に巻かれたリストウォッチ――ファイズアクセルに挿し込まれているメモリーを引き抜き、ベルト中央に挿し込んだ。
『Complete』
胸部装甲が左右に展開し、内部機構が露出する。全身を巡る赤のラインは銀に色を変え、代わりに仮面の黄色の目が赤へと変わる。
全て準備は整った。そして、全てを終わるのは十秒後。
カウントダウンを開始する様に、ファイズはファイズアクセルのスイッチを押す。
『Start Up』
ホエールオルフェノクは痛みから復活し、すぐにカイザたちに反撃をしようとする。
だが、次に彼が視た光景は異常そのもの。
仲間のオルフェノクたちが見えない何かによって次々と宙を舞っていく。
正確には不可視の存在では無い。銀と赤の残光。だが、それが見えたときには既に遅い。
三体のオルフェノクたちに向け展開される赤の円錐状の光。それがオルフェノクたちをほぼ同時に貫き、φのマークを刻み込むと同時に青い炎に包まれ灰化していく。
仲間の滅びと共に見た。別の姿となったファイズがこちらを見上げるのを。
突き付けられた死。ホエールオルフェノクは恐怖する。だが、彼は気付かない。突き付けられる死の影で、更なる脅威が動いていることを。
滞空していたジェットスライガーのカウル部分が左右に展開。現れるのはミサイルの弾頭。積まれたミサイルが一斉発射され、ホエールオルフェノクを爆撃する。
悲鳴すら呑み込む爆音。いくら巨体でもミサイルの群は致命傷になりかねない。
追撃の手は緩まない。デルタはミッションメモリーを挿し込んだデルタムーバーを向ける。
「チェック!」
『Exceed Charge』
白いラインに光が伝わり、デルタムーバーに注ぎ込まれる。
カイザも時を同じくして、ミッションメモリーを双眼鏡型ツール――カイザポインターに挿し込み、それを右脛部分に装着していた。
ベルトをずらし、『Enter』と描かれたボタンを押す。
『Exceed Charge』
ラインを通じ、カイザポインターに光が流し込まれる。
終わりへの最後の仕上げが、ここに全て完了する。
ホエールオルフェノクに向け――
――ファイズは音速の中へ飛び込み。
――デルタは引き金を引き。
――カイザはサイドバッシャーのカウル部分を足場にして右足を向けた。
ホエールオルフェノクの四方に浮かび上がる五つの円錐の光。白く輝く三角錐。限りなく黄金に近い黄の四角錐。
最初に赤の円錐が一斉にホエールオルフェノクを貫く。
「たああああああああああ!」
続けて右足を突き出して三角錐に飛び込むデルタ。三角錐の光ごとホエールオルフェノクを貫いた。
そして最後にカイザが揃えられた両足から四角錐の光の中に飛び込もうとする。同時にサイドバッシャーも動き、左手に装着された六門の砲塔を掲げ、そこから六発のミサイル。更にミサイルから複数の小型ミサイルが発射され、飛び掛かってカイザの後を追う。
「でぇぇいやあああああああああ!」
ミサイルを先導するかの様に四角錐へと飛び込むカイザ。
ホエールオルフェノクの巨体は突き破られ、その身にφ、χ、Δの記号が刻まれたかと思えば、直後に小型ミサイルがホエールオルフェノクに群がり、爆破。
青い炎は紅蓮に消え、灰は爆風によって跡形も無く吹き飛んだ。
◇
全ての戦いを終え、カイザたちは変身を解く。
カイザは草加に。ファイズは乾巧に。デルタは三原修二に戻る。
草加はポケットからウェットティッシュを取り出し、手を拭き始める。
それを巧は不機嫌そうに見ていた。
「――何か言うことは無いのかよ?」
「言うこと?」
草加は巧を見向きもしない。
「別に何も」
巧の眉間の皺が深まる。
「それともお礼でも言って欲しかったのかな? 何時から君は、そんなに恩着せがましくなったのかなぁ?」
「お前……」
草加の嫌味に、巧は一歩前に出る。三原は慌てて二人の間に入った。
「と、兎に角! 草加、君が無事で良かった」
三原が草加の無事を安堵する。草加は三原を一瞥し、特に何も言わず手を拭き続ける。
「――ったく」
「たっくーん! 草加さーん! 三原さーん!」
それぞれの名を呼びながら誰かが駆け寄ってくる。
短髪にお人好しそうとも間が抜けてそうとも見える男性。草加と巧が下宿しているクリーニング店の若き店主、菊池啓太郎である。
草加は何故巧と三原がここに来られたのか察した。啓太郎が偶然オルフェノクたちに襲われた現場を目撃して二人を呼んだのが答えらしい。
「みんな無事で良かったー!」
今にも泣き出しそうな顔で無事を喜ぶ啓太郎。
巧はその様子に呆れながらも口許は緩ませ、三原も苦笑している。
一気に騒がしくなる場。
草加は、戦いから日常へ切り替わったことを感じ、彼にしか分からない感情が込められた溜息を一つ吐いた後、その手を拭うのを止めた。
仮面ライダージオウ出演記念でこの日に投稿しました。
これで本当に最後となります。雑ですが入れたいものをとことん入れてみました。
昔、村上デルタとカイザが戦いで、ミサイル弾幕とゴルドスマッシュのシーンを見てカッコイイと思いましたが、改めて見てみると無茶苦茶ことしてましたね。
目次 感想へのリンク しおりを挟む