武装神姫 Another World (グレイ雪風)
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Episode01 Male Type Shinki

※ご存じの通り、この物語は二次創作で、本編及び公式設定とは関係ありませんのでご了承下さい。


 目が覚めた。

彼は隣で鳴り響く目覚まし時計を止め、ベッドから起き上がる。

 時刻は5時40分。学校に行くのに充分な時間があった。

 彼は洗面所で顔を洗い、歯を磨いた後、冷蔵庫から食パンと牛乳を取り出し、食パンはトースターに、牛乳はマグカップに注いで電子レンジにかけた。

 彼の名は影山彰。3ヶ月前の4月から高校入学を機にアパートで一人暮らしを始めた高校1年生である。

 彰は着替えを済ませ、焼きあがった食パンをトースターから引っ張り出してそのまま平らげ、温まった牛乳で流し込んだ。

 マグカップを洗って食器乾燥機に入れてタイマーをかけると、鞄を持って玄関へ向かった。

 いつもならそのまま靴を履いて玄関から出て、学校へ行くために駅へ向かうのが日常だった。

 しかし、玄関の前に来た瞬間、彰は突然身体が痺れてその場に崩れ落ちた。

「(何だ・・・?)」

 彰は起き上がろうとしたが、全身が麻痺していて動くことすらできなかった。彼は次第に呼吸も出来なくなり、そのまま意識を失った。

 

 

 

 彼が目を覚ますと、目の前に天井と蛍光灯が見えた。

どうやらどこかの病院に運ばれたようだった。

 彰は身体を起こそうとすると、全身に違和感を感じた。いつもに比べて、身体を動かすときの感覚が明らかに違った。

「気がついたかい?」

 彼の目の前に突然、男性の顔が現れた。

「わあっ!」

 彰は驚いて馴れない身体をジタバタ動かした。

何故なら、その男性の顔は巨人のように大きかったからだ。よく見ると周りの机や扉などもかなり大きくなっていた。

「落ち着いて下さい!」

 そこに彰と同サイズのオールベルン型ナース神姫2体が彼の身体を押さえつけた。

 それを見て彰は理解した。

 周りが大きくなったのではなく、自分が小さくなっていることに。

「どうなってるんだこれ・・・」

 しかも彼は人間の身体ではなく神姫の身体だった。

 黒髪と緑色の瞳、ボディーカラーは黒と白にオレンジと緑色のラインが入れられていた。

 だが、窓に映っている自分の姿は、普通の神姫とは少し違う感じに見えた。神姫にしては肩幅が少し広く、全体的に少しがっしりしていて、まるで男性のようだった。

「実は、君の身体はアパートで発見された時点で UWNP に感染していたんだ。 」

「UWNP?」

 UWNPとは、 Unknown Whole nerve paralysis の略であり、 未だ適切な治療法が発見されていない未知の病だった。

「そして、UWNPが君の脳にまで侵攻する前に、脳内に蓄積された情報を電子化し、その神姫の身体に移したんだ。」

 男性は気まずそうな表情でそう言った。

「俺の記憶を・・・神姫に?」

 彰は男性が話したことを受け入れることが出来ないでいた。人間の記憶を神姫に移したという事例など今までに無いからだった。

 だが、事実上、彼はこうして神姫の身体になってしまっている以上はその話を認めざるを得なかった。

「じゃあ・・・俺はずっとこのままなんですか!?」

 彰は急に不安になって男性に尋ねた。

「いや、理論上、君の身体に脳内情報を戻すことは可能だ。ただ、今、元の身体に戻るのは危険すぎるから、治療法が見つかるまではその身体で居て貰うことになる。」

 彰は元の人間に戻れることを聞いてホッとしたが、まだ幾つか訊きたいことが残っていた。

「あの、あなたは・・・」

「ああ、そう言えばまだ名前を言ってなかったね・・・私は湯田川総一朗。この大学病院の院長だ。」

 彰はその名前を聞いたことがあった。

 湯田川総一朗は境界大学病院の院長で、数々の難病を解明してきた名の知れた医者だった。

 医療以外にも神姫の研究を行っており、今回、彰の身体となった神姫は世界初の男性タイプの神姫で、境界大学病院とFRONT LINE社が共同開発したものだった。

 この神姫のもう一つの特徴は、レーダー及び視界から姿を消すアクティブ・ステルス機能を搭載していることだ。

 湯田川の話によれば、まだ正式に名前がつけられておらず、現在決まっているのは“ステルス型”というところまでらしい。

「先生、俺を発見したのは誰ですか?確か玄関の鍵を開ける前に気を失ったと思うのですが・・・」

 彰が倒れた時点で、全ての窓及び外へ繋がる扉には鍵が掛かっていたので、合い鍵を使うか、物理的に破壊しない限りは部屋の中へ侵入出来ないはずだった。

 家主なら合い鍵を所有しているはずなので、発見したのは彰が住むアパートの家主だろうと思ったが、念のために確認を取った。

「ああ、理比理人って高校生だよ。君のクラスメートだって言ってたけど・・・」

「理人が!?」

 彰はその名前を知っていた。

 理比理人は、彰が通っている高校のクラスメートで、入学して比較的初期によく話すようになった相手だ。彼は両親の都合でそれまでは海外で暮らしていて、ちょうど彰がこの街に引っ越して来た頃とほぼ同時期に高校入学を機に日本へ帰国して、彰のアパートとは少し離れた所にあるマンションで一人暮らしをしている。

「でも、何で・・・」

「彼は外で待っているから呼んで来るよ。詳しい話は彼から訊くと良いだろう。」

 そういって湯田川は立ち上がって部屋から出た。

 

 

 

「本当に・・・彰?」

 アルトアイネス型の神姫が彰の顔をじっと見たまま訊いた。

 この時、理人は自分の神姫達も連れており、アルトアイネス型の神姫は連れてきた4体のうちの1体だった。

「まさか、人間が神姫になるなんてな・・・」

 ストラーフ型の神姫が鋭い目つきで腕組みしながらそう言った。

「まあ・・・彰さんがこんなイケメンの神姫さんに・・・これは衣装の作り甲斐があるのです!」

 アルトレーネ型の神姫がさっそく何らかの計画を立てているようだった。

「私、男性タイプの神姫、初めて見ました・・・」

 アーンヴァル型の神姫は赤らめた頬に手をあてて彰を見ていた。

 ちなみにアーンヴァル型はアン、ストラーフ型はヒナ、アルトアイネス型はアイネス、アルトレーネ型はレーネという名前だった。いずれも彰は何度か会ったことがあるので、理人の神姫達とは面識があった。

「それで、どうやって部屋で倒れている俺を発見したんだ?」

 彰は4体の神姫達を余所に、理人に事情を訊いた。

「えっと、今日の朝、学校の先生に欠席している彰の事情を知っている人は居るかって訊かれて、後で先生に詳しく話を訊いたら、彰から何の連絡も来ていないって言ってたから、あれだけ真面目な君が無断欠席するはずがないと思って、放課後、アパートに来てみたんだ。だけど、インターホンを鳴らしても返事がないし、おかしいなと思って家主さんを呼ぼうとしたら、ヒナが「私達が行った方が早い」って言って換気扇から中に入って、玄関前で倒れている君を見つけたんだ。そして僕は直ぐに救急車を呼んで、現在に至るんだけど・・・」

 彰はそれを訊いてある程度事情が分かった。

 自分の事をよく分かっている彼が居なかったら、今頃自分は死んでただろうと思った。

 理人は普段、よく遅刻をしたり物を忘れたりとだらしない人間ではあるが、同じ高校生にしてはそれなりに高いプログラミング技術と人や神姫などのことを思いやる心は人一倍である。

 時間を見た。もう8時過ぎだった。

「あの、もう帰ってもいいですか?」

 彰は湯田川に訊いた。

「ああ、もうこんな時間だしね・・・そうだ、君の事なんだけど・・・」

「何ですか?」

 彰は不思議そうな表情で訊いた。

「君はUWNPが解明するまでの間、理人君に引き取ってもらうことになった。」

 湯田川は少し間を置いてから答えた。

「え・・・、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 こうして彰は、人間の影山彰ではなく、神姫のアキラとしてしばらくの間、理人の元で生活することになった。

 

 

 

 アキラは、理人と4体の神姫達と共に、街から少し離れた所にある理人の住むマンションへ帰宅した。

「ようこそ、マスターのお部屋へ。」

 理人がバスルームで入浴している間、アンがアキラのちょっとした歓迎会を開いていた。

「ようこそって、まぁ、何度かここにはお邪魔したことあるんだけどね・・・」

 アキラは気まずそうに言った。

「もう、細かいことは気にしないの!」

 アイネスがツッコんだ。彼女はいつもこの役目である。

 アキラはヒナの方を向いた。

「えっと、君のことはやっぱり────」

「ストラーフと呼んでくれ。たとえマスターの友人だろうが何だろうが、名前で呼んでいいのはマスターだけだ。」

「だよね・・・」

 アキラは苦笑した。ヒナが不快に思ったかもしれない。

 ヒナは理人の父親がフロントライン北米支社のストラーフ型のモニターに応募して受け取った神姫であり、理人がここに引っ越して来た時にモニタリングとして贈られていた。

 理人以外に名前で呼ばれることを嫌い、周りにはストラーフと呼ばせている。

 アキラが見た限り、いかにも周りとまだ馴染めず、1人で居ることが多そうに見えた。

「皆さ~ん!ヂェリカンを持ってきました~!」

 台所の方からレーネがヂェリカンを5つ抱えて走ってきた。

 ヂェリカンとは、神姫のおやつとして好まれている神姫用の飲み物で、味には様々な種類があり、ご当地ものなどレアリティの高い商品も存在する。 元はアーク型とイーダ型のメーカー、オーメストラーダが発売したもので、それが神姫用の嗜好食品として広まっていった。また、ヂェリカン以外にも神姫用嗜好食品がいくつか発売されている。

「あっ!」

 レーネはもう少しで4人の元へたどり着くところで躓き、抱えていたヂェリカンを落としてしまった。

「あーもう、何やってるんだよレーネ・・・」

 アイネスは呆れた表情でレーネに言った。

「大丈夫か?」

 アキラはレーネに手を差し伸べる。

「すみません、アキラさん・・・」

 レーネは少し恥ずかしそうにアキラの手を握り、立ち上がる。

 そして、レーネが持ってきたヂェリカンを全員が持つと、

「それでは、アキラさんの入居を記念して、乾杯!」

「乾杯!!」

 アンに続いてヂェリカンをぶつけた。もっとも、ヒナとアキラは“乾杯”とは言わなかったのだが。

「入居って・・・俺の病気が治るまでの間なんだけどね・・・」

 アキラは苦笑しながら言う。

「そういう細かいことは気にしなくていいから、まずはヂェリカンを飲んだ飲んだ!」

 またしてもアイネスがツッコんだ。

 アキラは言われるがままに右手に持ったヂェリカンを飲んだ。

 ヂェリカンは神姫用の飲み物で、人間が服用することは出来ないので、アキラは人間で初めてヂェリカンを味わったことになる。

 今回のヂェリカンはストロベリー味で、飲んだ瞬間、確かにイチゴの味が口の中に広がった。感覚としては、普通の人間がイチゴジュースを飲むのと大して変わらなかった。

「どうですか?初めてのヂェリカンのお味は。」

 レーネはアキラがヂェリカンを飲んだのを見計らって感想を訊いてきた。

「ああ、美味しいよ。思ってたより、ジュースを飲んでるときの感覚とあまり変わらないし・・・」

「ねぇ、アキラにも武装あるんでしょ!?ちょっと見せて!」

 アイネスが会話に割り込んでそんなことを頼んできた。

「確かに!アキラさんも今は神姫なんですし、アキラさんの武装が気になりますね!」

 アンもアキラの武装に興味があるようだ。

「アキラさん、私にも見せて欲しいのです!」

 レーネもアキラの武装を見たがっていた。

「ほう、私にも見せて貰おうか。最新型の武装を・・・」

 ついにはヒナまで武装を見せるよう希望してきた。むしろヒナが一番、こういう事に興味がありそうだが。

「分かったよ。えっと、確か・・・」

 アキラは立ち上がり、メモリーに記憶されていた説明通りに武装を呼び出した。

 アキラの身体が光に包まれ、光が消えた時には武装を纏った状態になっていた。

 彼の武装は、頭部には特殊なセンサーを装備したバイザーを、両肩にマントのようなバインダーが装備されていて、裏側に武器をマウントできるようになっていた。背中にはステルス戦闘機のF-117を思わせる後退翼の大型ウィングに、横長のスラスターが装備されていた。両腕にはガントレット、脚部には補助スラスターが装備されていた。

 色は全体的に黒がメインカラーで、所々にグレーのラインが入れられていた。

 ちなみに武装はFRONT LINE社が開発していることもあって、背中の飛行ユニットと両肩のバインダーを合体させると、ミラージュとよばれる支援戦闘機になる。

「へぇ~、結構カッコいいじゃん。ちょっとボクにも付けさせてよ!」

「アイネスが装備してどうするのです・・・これはアキラさんの装備なのです。」

 前のめりにアキラに顔を近づけたアイネスを、レーネが引き戻した。

「だが確かに、なかなかいい装備だな。」

 ヒナはアキラの装備に対してそう感想を述べた。

「何というか、いかにもFRONT LINE製って感じですね!」

 アンがそう言った直後、理人がバスルームから出てきた。

「何してるの?」

「あ、マスター。ちょっとアキラさんの歓迎会を・・・」

「そうなんだ。でも、そろそろ充電した方がいいんじゃない?もう、こんな時間だし・・・」

 時計を見ると、もうすぐ10時になろうとしていた。

「そうですね。それではみんな、クレイドルに行きましょう。」

 アンに続いて、窓辺に置かれたクレイドルに向かった。

 クレイドルとは、神姫用の充電器で、エネルギーチャージと同時に、メモリー内の情報を整理する役割もあり、分かりやすく言えば人間で言う睡眠を行うのだ。

「あ、そうだ。湯田川さんから貰ったアキラ用のクレイドルもセットしなきゃ。」

 理人は少し慌ててクレイドルを取りに行った。

 まだ用意してなかったのかと、アキラは呆れた顔で理人の方を見ながら思った。

 しばらくして理人が5人の元に来て、アキラのクレイドルを4つ横に並んだクレイドルの横に置いた。

「それじゃあ、おやすみ。ゴメンね、アキラ・・・」

「おやすみなさい、マスター。」

 理人はアンの挨拶を聞くと、自分の寝床へ戻っていった。

「それじゃ、ボク達も寝よっか。」

 アイネスが両腕を頭の後ろに組みながらそう言った。

「そうですね。」

 アン、アイネス、レーネ、ヒナ、そしてアキラの5人はそれぞれ自分のクレイドルに戻っていった。

 アキラは、充電するときはどんな感じなのだろうと少しゾクゾクしていたが、特に痛くも苦しくもなく、ただ自然に力が漲ってくるという感覚があった。

「どうですか?初めてのクレイドルでの充電は・・・」

 目を開けると、いつの間にかアンが目の前でアキラの顔をのぞき込んでいた。

 アキラは突然の出来事だったので、流石に少しびっくりした。

「あ、すみません。少し驚かせてしまいましたね・・・」

「あ、いや・・・別に何ともなかったよ。充電してるときは、力が漲ってくるくらいで・・・」

「そうですか。良かった・・・」

「良かったって、何が?」

「あ、いえ・・・元々アキラさんは人間の方なので、何か大変な思いをされたりしてないか気になって・・・」

 アンは前のめりの状態のまま、顔を背けて言った。どうやらアンはアキラのことを気遣ってくれているようだった。まだ馴れない身体で馴れない生活を送るアキラの手助けをしようと色んな所で彼を気にかけてくれているのだ。

「ありがとう、アン。これからも宜しく。」

 アキラはアンに微笑みかけた。

「はい!」

 アンも嬉しそうに微笑んだ。

「さて、明日はもう少し早く寝ないとな。今日はあまり動いてないからいいが・・・」

「あ、そういえばアキラさんの身体は通常の神姫の倍、充電に時間が掛かると湯田川さんが言ってましたね。」

「武装側にも大容量バッテリーがあるからだって言ってたな。」

 アキラの武装には、神姫のメインバッテリーの3倍の容量をもつ小型の大容量バッテリーが装備されていた。理由は、ステルス機能を使用した際に膨大な電力を消費するため、活動時間が戦闘モード時の半分以下に減ってしまうからだ。それを補うため、武装側(正確な位置は背中の飛行ユニット)に最大で通常モード位はステルス状態で活動できるように新型の大容量バッテリーを搭載していた。

 これにより、通常モードでの活動時間は倍に増えており、もし、仲間の神姫がバッテリー切れを起こして近くに充電設備が無くても、この武装を付けさせることにより、相手のバッテリーを充電することもできる。

 ちなみにこの大容量バッテリーは、次世代型の神姫のバッテリーにも活用される予定である。

「それでは、おやすみなさい。アキラさん。」

「ああ、おやすみ。」

 アンが自分のクレイドルに戻っていくと、アキラは目を閉じた。

 しばらくすると、意識がだんだん遠のいていった。メモリー内の情報を整理しているのだ。

 アキラは、自分はどれくらい経てば人間に戻れるのだろうと考えながら、静かに眠りについた。

 

 

 




 まだ連載中の作品があるのにも関わらず投稿してしまいました。
作業はとある技師と神姫の物語の制作をメインに進めていきますので、こちらの投稿はかなり遅れると思います。


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Episode02 Active Stealth

 目が覚めた。

「ん・・・」

 アキラは軽く背伸びをしてクレイドルから起き上がった。

 ふと窓を見た。外はまだ薄暗く、窓に自分の姿が映っていた。

 そこに居るのは、人間ではなく神姫。やっぱり昨日のことは夢じゃないんだなと改めて実感させられる。

 アキラは時間を確認した。時刻はまだ5時だった。

 理人や神姫達が起床するのは6時55分から7時のいずれかだった。

 通常は普通の神姫よりもバッテリーの充電に時間が掛かるので、起床するのは神姫達と同じか少し遅くなるのだが、昨日はこの身体を起動させたのが午後の7時辺りだったので、充電にそこまでの時間が掛からず、メモリーの整理する情報が少ない分、早く完了したのだろう。

 そのため、それ以上のスリープモードの持続に意味が無いとシステムが判断し、早めに起きれた、あるいは、単に以前の癖が残ってるだけかもしれない。

 隣のクレイドルを見た。4人ともまだ寝ているようだった。

 アキラは1人、キッチンへ向かった。

「どうせアイツのことだから、普段まともな食事とってないんだろうし、ちょっと料理の腕前、見せてやろうかな・・・」

 アキラはそう言って、小さな身体で冷蔵庫を開けた。

 中は意外とまともな材料が揃っていて、きっちり整理整頓されていた。きっと、神姫達が管理しているのだろう。

 アキラは冷蔵庫の中から必要な食材を取り出し、調理に使用する包丁やまな板、ボールに計量カップなどを用意した。

 そして、いざ始めようとしたとき、調理するのだから消毒はした方がいいだろうと思い、一番分かりやすい所に置いてあった消毒液を持ってきて、自分の身体に吹きかけた。

 どうやって人間用のサイズの消毒液のスプレーを吹きかけたかというと、どこから現れたのか、アキラより少し大きなハムスターがスプレーのボタンを押してくれたのだ。

 最初は少しびっくりしたが、そのハムスターはなかなか大人しく、しつけられている様子だったので、きっと理人が飼ってるハムスターだろうとアキラは思った。ハムスターはスプレーのボタンだけ押すと、何もせずそのまま廊下の方へ行ってしまった。

「さて、やりますか!」

 アキラは気を取り直して、調理を開始した。

 

 

 

 朝の7時、窓辺のクレイドルにいる神姫4体が起床した。

 アーンヴァル型はアン、ストラーフ型はヒナ、アルトアイネス型はアイネス、アルトレーネ型はレーネという名前だ。

「ん~・・・おはよう、みんな。」

 アンは背伸びしながら言う。

「ふわぁぁぁぁ・・・おはよう・・・」

 アイネスは大きな欠伸をしながら頷いた。

 ヒナは早速、武器の手入れを始めていた。

「あら?アキラさんが居ないのです。」

 レーネはアキラがクレイドルに居ないことに気がついた。

「ホントだ、一体何処に・・・」

 その時、アイネスが何かの匂いを嗅いだ。

「ねぇ、何かいい匂いがするんだけど・・・」

「本当ですね・・・でも、一体何の匂い?」

 アンもレーネもその匂いを感じ取った。

「これは・・・台所からなのです!」

 ヒナを除いた3人はキッチンへ向かった。

 キッチンに来てみると、アキラがそこで何やら作業をしていた。テーブルの上には調理した料理が幾つか置かれていた。

 白ご飯と、オムレツにベーコンと野菜のバター炒めだった。

 そしてそこに皮を兎のように切った林檎とコーヒーをアキラが運んできた。

「ふぅ~、これで終わりっと・・・」

 3人はその光景を呆然と見ていた。

 すると、アキラはそこに立っている3人に気づいた。

「あ、おはようみんな。」

 アキラは爽やかな笑顔で挨拶した。

「は、はい・・・おはようございます。起きるの早いですね・・・」

「ああ。昨日、あんまり動いてなかったせいか、結構早く起きちゃったからな・・・」

「あの、その料理、アキラさんが作ったのですか?」

 レーネはアキラに質問した。

「ああ、時間も充分にあったし、理人のことだから普段冷凍食品とかそんなのしか食べてないだろうなと思ってな・・・」

「凄いよアキラ!よく1人でここまで出来たね・・・」

 アイネスは少し感心しているようだった。

「結構大変だったよ。体が小さくなってる分、自由は利かないし、作業はいつもの倍手間が掛かるし・・・」

「起こしてくれたらボク達だって手伝ったのに・・・」

「気持ちよさそうに寝てたから、起こしたら悪いと思ったんだよ。」

 ちょうどその時、理人が起きてきた。

「おはようみんな。あれっ?朝ご飯作っててくれたんだ・・・」

「はい。朝早くからアキラさんが作ってくれたみたいなんです。」

 アンが説明する。

「アキラが?ごめんね、わざわざ・・・」

「いや、俺の料理の腕前を見せてやろうと思ってな。どうせ普段はあまりまともな料理食べてないんだろ?」

「うん、まあ・・・」

 理人は恥ずかしそうに後頭部を掻いた。

「それにしても、お前にしては珍しいな。1人でちゃんと起きるなんて。」

 以前から日常のことは聞いていたので、彼の大体の生活態度は分かる。

「いやぁ、いい匂いがしたもんだからつい・・・」

 要するに、理人は料理の匂いに釣られて起きてきたのだ。

「さあ、冷めない内に早く食べた方がいいぞ。」

 アキラがそう言うと、理人は頷いて椅子に座った。

「いただきます。」

 理人はまず、オムレツから食べた。

 口に入れた瞬間、とろけるような食感と美味しさが広がった。

「美味しい!アキラって、料理上手なんだね。」

 理人の口に合ったようだ。

「まあ、俺も普段朝食は食パンに牛乳くらいで済ましてるんだけど、休日とか時間がある時は、いつも自分で料理して食べてるんだ。」

「へぇ、羨ましいな。僕なんてろくに調理できないよ。だからいつも神姫に任せっぱなしなんだよね・・・」

「やれやれ、これは毎日が大変になりそうだよ。」

 アキラはそう言って普段の神姫達の様子を想像した。

 いつも神姫に何もかも任せてるのだから、アン達は相当大変な思いをしてるだろう。今日からしばらく理人の神姫として生活するのだから、アキラも4人と共にその大変な作業をする事になる。

「まあ、その事は置いといて、早くそれを食べ終わりなよ。折角早起きしたのに、また遅刻するぞ。」

「おっと、そうだね。」

 アキラにそう言われると、理人は再び朝食を食べ始めた。

「ねえ、アキラ!ボクにも美味しい料理を作るコツ教えて!」

「あ、私にもお願いします!」

「私にも教えて欲しいのです!」

 アンとアイネス、それにレーネの3人がアキラに頼んだ。きっと、彼女らも理人に美味しい料理を食べさせたいのだろう。

「べ、別に良いけど・・・どう説明したら良いのかな?所々、神姫だと分かりにくいところもあるしな・・・」

 その時、アキラはヒナが居ないことに気づいた。

 3人に訊くと、起きて早々、武器の手入れを始めたらしい。

「ストラーフったら、手伝ってって言っても、『そんなヌルい事ができるか!』なんて言って手伝ってくれないんだよね。」

「なるほどな・・・じゃあ、彼女には包丁の整備でもして貰おうかな?」

 普段、武器の手入れをしているヒナにとても合った仕事だろう。

「確かに、それならストラーフも手伝ってくれそうですね!」

 アンがアキラの意見に賛成のようだ。あとの2人も、賛成という感じの表情だった。

「私が何を手伝うって?」

「わぁ!!」

 3人が振り向くと、そこにはヒナが立っていた。様子から見て、どうやら武器の整備は終わったらしい。

「ああ。ストラーフが普段、みんなの手伝いをしないって訊いて、それなら包丁とか調理道具の整備ならやってくれるんじゃないって言ってたところだよ。」

 アキラはいつの間にかそこにいたヒナに特に驚きもせず普通に話した。

「フン、なるほどな・・・」

 ヒナはそう言うと、キッチンへ走っていった。

「あっ、私達も片付けしましょう!きっと、キッチンがすっかり散らかってるんじゃないですか?」

「まあ、確かに調理するのに色々使ったしな・・・」

「ねえ、アキラ。今度からはボク達も呼んでよね!ただでさえ神姫が料理するのは危ないんだから・・・」

「その通りなのです。年間700件以上も神姫が料理中に事故を起こしてますので・・・」

「分かったよ。今度からはそうするから・・・」

 そう言いながら、4人はヒナの後を追いかけた。

 

 

 

 理人が学校へ行ってから朝食の後片付けをしたあと、洗濯や掃除などを済ませて、1時過ぎに一休みした。

「ふう・・・やっと終わりましたね・・・」

 みんなは非常に疲れてるようだった。アキラも今回を通して神姫達の苦労を思い知った。

「あ、そう言えば・・・」

 アキラはあることを思い出し、窓際へ歩いて行った。

「どうしたんですか?アキラさん。」

「ああ、湯田川先生にこの身体のテストを頼まれてな。実践データが欲しいんだって。」

 アキラはそう言うと、眩い光と共に武装を呼び出し、窓から外へ飛んでいった。

「あっ、アキラさん待って下さい!」

 アンは自分の武装を呼び出すと、窓から飛び出し、アキラの後を追いかけた。

「んもう・・・まだあの身体には馴れてない癖に、何考えてんだよ!?」

 アイネスは呆れて立ち上がった。

「面白い。最新型の性能、見せて貰うぞ!」

 ヒナはそう言って武装を纏い、アンと共にアキラを追いかけた。

「あ、ちょっとストラーフ!?」

「早く連れ戻さないと・・・今日は午後から雨なのです!」

 レーネは深刻な表情で言った。

「えっ!?嘘、ヤバいじゃん・・・」

 既に梅雨の時期に入っており、ゲリラ豪雨になる可能性もあった。

「とにかく、私達も追いかけるのです!」

 アイネスとレーネも自分の武装を呼び出し、雲が出始めている空へ飛んでいった。

 その頃、アキラは街の上空を楽しそうに飛んでいた。

 飛行機などの乗り物を使わず、初めて大空を自由に飛んでいるので、彼はとても興奮していた。

 まるで、今から40年くらい昔にあった実写映画のアイアンマンになった気分だった。

 頭部のバイザーを下げると、視界に戦闘機のガンカメラのようなものが映った。

 中央には姿勢指示計、その周囲には対気速度計、高度計、昇降計、方位計、傾斜計などが青色で表示されていた。

 このバイザーは、通常とは異なる特殊なセンサーを装備しており、視野を調整したり、遠くのものを拡大して表示したり、壁の裏側にいるものをある程度透視できたり、障害物が多い所などで、安全なルートをバイザーに表示して案内したり、こちらに向かってくる銃弾やビーム、ミサイルなどを探知して警告するなど、様々な機能を搭載していた。

 アキラは空中戦闘機動やアクロバット飛行などを数回行い、ビルなどの建物の間を高速で通り抜けていった。ルートはバイザーにあらかじめ表示されるので、それ通りに飛んでいれば問題なかった。

 ビル街を抜け、住宅地まで引き返していると、バイザーに銃弾接近の警告アラートが表示された。

 アキラは咄嗟にそれを避けたが、またさらに銃撃が地上から襲ってきた。

 銃弾が飛んできた方向から1体の神姫が飛んできた。タイプはエウクランテ型だった。

 アキラはその神姫の銃撃を避けながら、地上の方へ追い詰められた。彼が着地すると、相手は銃撃を止め、アキラと少し距離を置いて着地した。

「あなた、見かけない神姫ね。」

 エウクランテ型の神姫はアキラを睨みつけている。

「ええ、まあ・・・」

「さてはあなた、違法改造された神姫ね!」

「いや、違う!俺は違法改造なんか・・・」

 アキラは両手と首を振った。

「どう見たって、一般で販売されている神姫じゃないわ!それに、声もなんか神姫にしては男っぽいし。」

「それは、まあ・・・俺は男だし、まだ正式には────」

「とにかく、あなたのような神姫は放っておけないわ!」

 エウクランテ型の神姫はアキラに銃を向けた。

「ま、待ってくれ!俺は君と戦うつもりはない!」

「・・・そう、あなたが戦うつもりが無いなら、仕方ないわね。」

 アキラは戦意が無いことが相手に伝わったと思った。だが、

「そっちが戦わないというなら、私は遠慮なくあなたを破壊させて貰うわ!」

 そう言ってエウクランテ型の神姫は実体剣を構え、アキラに急速接近してきた。

 アキラは相手が振りかざした実体剣を、マウントされていたブレイドで受け止めた。

「交渉決裂か・・・仕方がない、悪いけど君にはコイツの武装のテストに付き合って貰おうか。」

 そう言ってアキラはブレイドを収納し、ワイヤーアンカー付きのハンドガン2丁に持ち替えた。

 通常モードから、戦闘モードに切り替える。

「どうやらやる気が出たみたいね!」

 エウクランテ型の神姫が再び切りかかってきた。アキラは振り下ろされた実体剣を苦もなく避ける。

 相手はさらに実体剣で切りかかってきた。だが、いずれも全てアキラには当てられなかった。

「何で、何で当たらないの!?」

 エウクランテ型の神姫は実体剣で横に切りかかる。

 アキラは姿勢を低くし、同時に剣をハンドガンで破壊した。

「・・・動きに無駄が多いんだよ。」

「!?」

 エウクランテ型の神姫はアキラから距離を置き、残った2連式の銃で攻撃してきた。

 アキラはその銃撃を巧みに避けていると、突然、姿を消した。

「っ!・・・何処!?」

 エウクランテ型の神姫が辺りを見回していると、いつの間にかアキラは目の前にいた。

 彼が今、使用したのは、この身体の特徴の1つと言えるアクティブ・ステルス機能だった。

 通常のステルス装備とは違い、レーダー波を分析し、逆に欺瞞情報を送り返すことにより相手に探知されにくくする電子対抗と、光学迷彩の技術によってセンサー及び視界からほぼ完全に姿を消すことができる。これにより、従来のステルス機能のように、常に機体表面を磨いたり電波吸収性塗料を塗装する必要が無いため、エネルギーがある限りはステルス機能が失われることはない。より高い隠密性を保てるだけでなく、パッシプ・ステルス機のように空力性能を犠牲にして機体形状を隠密性に特化した形状にする必要がないので、外装の自由が広がるメリットもある。

 欠点は、ステルス機能を使用するのに膨大な電力を消費するため、素体のみだと活動時間が戦闘モードの半分以下に減少してしまうことである。そのため、電力不足の対策として大容量のアシストバッテリーを搭載した飛行ユニットを装備していない時はステルス機能を使用することが出来なくなっている。ただし、リミッターを解除すれば、短時間ながら素体のみでステルス機能を使用できる。

 アキラは突きつけたハンドガンで相手の頭部バイザーを破壊した。

「くっ!」

 エウクランテ型の神姫はすかさず近距離でアキラに銃を突きつけた。

 アキラは引き金を引かれる前に脚部の補助スラスターでホバー移動して相手の後ろへ回り込んだ。

「速い!」

 エウクランテ型の神姫が振り向くよりも前にアキラは背中の飛行ユニットをハンドガンで破壊した。

 エウクランテ型の神姫は体勢を崩しながらもアキラに銃を向けたが、ほぼ一瞬でその銃を破壊された。

 相手に武装は残っていなかった。アキラの勝利だった。

 戦闘開始から僅か30秒程しか経っていなかった。

「どうする?まだ続けるのか?」

 アキラは相手にハンドガンを向けたまま訊いた。

「っ・・・」

 丸腰の彼女にはどうすることも出来なかった。唯一の手段として、肉弾戦が残されていたが、アキラに勝てる気はしなかった。

「(コイツ、強い・・・)」

 エウクランテ型の神姫がそんなことを思いながらアキラを見上げていると、遠くから聞き慣れた声が聞こえた。

「ストップ、ストップ!!」

 そう叫んだのは、アルトアイネス型のアイネスだった。

「アキラさん、待って下さい!」

 アイネスの後方からアーンヴァルMk.2型のアンが飛んできた。

「勝手に戦ったら、マスターに叱られるのです!」

 さらに後ろからアルトレーネ型のレーネが飛んでくる。

「俺だって、本当は戦いたくなかったんだ。急に彼女から攻撃を受けて、違法神姫扱いされて・・・」

 アキラはエウクランテ型の神姫に向けていたハンドガンを下ろした。

「何がともあれ、無闇に他の神姫と戦っちゃ駄目~!!」

 アイネスはアキラをキツく叱った。

「それに、彼女は悪い神姫ではありません。私達の知り合いです。」

「そうだったのか・・・」

 アキラはアンに言われてエウクランテ型の神姫を見た。

「・・・アキラ!?」

 エウクランテ型の神姫は何か思い出したような表情で言った。

「?・・・何で俺の名前を────」

「あなた、もしかして影山彰?」

「あ、ああ・・・そうだけど。」

 アキラが答えると、急に相手が立ち上がった。

「じゃあ、あなたが噂の男性型神姫!?」

「ああ・・・そうだけど。」

 アキラは相手の対応の変わりように少し戸惑っていた。

「そう言われて見れば、確かに体格が男っぽいわね。道理で声も男っぽいわけね・・・あっ、ごめんなさいね。いきなりこっちから襲ってきたりして。」

「あ、いや・・・こちらこそ、君の武装を壊してしまって・・・」

「良いのよ、こっちが悪いんだから。・・・私はクララ、よろしくね。」

 クララは手を差し伸ばす。

「ああ、よろしく。」

 アキラは差し出された手を握り、握手を交わした。

 アンはヒナが居ないことに気がついて辺りを見回すと、いつの間にか後ろに立っていた。

 何か落ち込んでる様子だった。

「どうしたの?ストラーフ。」

「・・・奴の戦闘が見たかった・・・」

 そんなことをボソッと言った。

 どうやら余程アキラの実力が知りたかったらしい。

「えぇい!こうなったら、今からでも私と勝負だ!!」

 ヒナは開き直って刀をアキラに向けた。

「おいおい、勘弁してくれ・・・」

 アキラは肩を落とした。

「やめて、ストラーフ!仲間同士で戦うなんて・・・」

 アンはヒナを止めた。

「何でいつもそんなことばっかりするんだよ・・・」

 アイネスは呆れながら言った。

「それに、早く帰らないと雨が降り出してしまうのです。」

 6人は上空を見た。今にも降り出しそうな空模様だった。

「本当ね・・・そろそろ帰った方が良さそうね。」

「あ・・・でも、君、飛行ユニットが・・・」

 クララの武装は胴体と脚部以外は殆ど先ほどの戦闘で破壊されていた。

「大丈夫よ。どうせここからそう遠くもないし・・・」

「いや、大雨で洪水が起きたときが心配だ。家まで送って行くよ。」

 アキラはそう言うと、肩のバインダーと飛行ユニットを分離した。

 すると、分離したパーツが合体して、支援戦闘機のミラージュに変形した。

「乗ってくれ、君の家はどっちだ?」

 アキラはミラージュの上に乗ると、クララに手を指し伸ばした。

 ミラージュはそれなりに大きいので、神姫2体が乗っても問題は無かった。

「うわぁ~、いいなぁ!・・・ボクも乗せてよ!」

「アイネスが乗ってどうするのです?」

 ミラージュに乗ろうとしたアイネスをレーネが引き留めた。

「え~、良いじゃん。あんだけ大きいんだし・・・」

「でも、アキラさんのことも心配ですし、私達も一緒に行きましょう。」

 結局、ミラージュの上にはアキラとクララが乗って、あとの4人もクララの家まで付き添って行った。

 クララを送り届けたあと、雨がぱらつき始めていたので、5人は大急ぎでマンションへ戻った。

 

 

 




今回は書くことが多すぎていつもより長めになってしまいましたので、2つに分けました。
 引き続き、Episode03をご覧ください。


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Episode03 It's a race! Park going around

 梅雨ということもあり、雷を伴って激しく降った。雨は日没辺りでやみ、すっかり夜空が見えていた。

 その日の夜、アン達はアキラに神姫ハウスを紹介してきた。

 神姫ハウスとは、理人が小さい頃にビジュアライザーと呼ばれる携帯型バトルフィールド発生装置を改造したもので、スイッチ1つで様々な空間に変更できるようになっている。

 アン達の普段の部屋はどこかSFのブリーフィングルームを思わせる部屋で、4人で話し合った末、間を取ってこの部屋になったらしい。

 アキラ本人としては、このような基地みたいな空間も悪くなく、むしろ気に入っていた。

「へぇ、よくできてるな・・・」

 アキラは、ほぼ実物同然に実体化した空間の壁などに触れながら感心していた。

「さあ、今日は外に出たり風呂場の掃除をしたりして疲れてるでしょうから、これでのんびりしましょう!」

 アンはそう言ってリモコンのスイッチを押した。

 すると、たちまち部屋が変化し、目の前に銭湯が現れた。

「確かにちょうど今、お風呂に入りたい気分なのです!」

「こういう疲れた時の温泉って最高なんだよね・・・」

 アイネスとレーネもアンの提案に賛成のようだ。

「それじゃあ、早速行きましょう!」

 そう言ってアン達は銭湯へ歩いていったが、アキラとヒナがついて来なかった。

「どうしたんですか?2人共・・・」

 アンは2人に訊ねた。

 ヒナはくだらないとでも言いたげな表情だったが、アキラは何だか気まずそうな表情だった。

「いや、その・・・」

 アキラは何か言いたそうだった。

 アンは彼の様子を見て首を傾げた。

「アキラさん、お風呂嫌いなんですか?」

「違う、そうじゃないんだ。ただ・・・」

「ただ?」

 アキラは少し間を開けてから言った。

「部屋が仕切られていないからさ・・・」

 アンはそれを訊いて気づいた。ビジュアライザーで実体化された銭湯は部屋が仕切られていなかったことに。

 つまり、このままアキラも銭湯に入ると言うことは、アン達と同じ浴槽に入るということを意味していた。

「あ・・・そういえば、男性用の浴室が無かったですね。」

「そりゃまあ、元々、男性型神姫なんて今まで無かったからね・・・」

 本来、神姫は女性として扱われているが、男性型はこれまでに無かった為、こういった神姫用の設備は性別で分けられてはいなかった。

「アン達は先に入ってくれ、俺は後で入るから。」

 アキラはアン達に先に入浴するよう奨めた。

「そうだね。さすがに、このまま一緒に入るって訳にもいかないし・・・」

 アイネスもその意見に賛成した。

「わかりました。では、すみませんがお先に────」

 アンがそこまで言い掛けたときだった。

「いいえ、アキラさんも一緒に入るのです!」

 レーネがそう言ってアキラの後ろに回り込み、彼を銭湯の方へ押していった。

「お、おい、レーネ!それは・・・」

「遠慮しなくて良いのです。さ、早く早く・・・」

「ちょ、ちょっとレーネ!何考えてんのさ!?」

 さすがにアイネスもレーネを止めにかかった。

「何か問題でも?」

「大有りだよ!少しは異性のこと考えなよ!」

 アイネスはアキラをレーネから引き離そうとしながら言った。

「別に神姫のボディは人間の身体ほど精密に再現されてませんし───」

「そーいう問題じゃないの!とにかく、駄目なものは駄目~!!」

 すると、レーネはアイネスの耳元に顔を近づけて、

「これは、アキラさんの身体をいじる絶好のチャンスなのです。」

 と、レーネが小声でアイネスに言った。

 何故なら、これまでに無かった男性型の神姫なのだから、レーネは相当アキラのボディに興味があるのだ。

「あ、ちょっと・・・」

 レーネはアキラを押して銭湯の中へ入っていった。もはや、レーネを止めることは出来そうに無かった。

 すると、後ろで立っていたヒナがその場から立ち去ろうとした。

「何処行くんだよ、ヒナ。」

 アイネスはヒナを引き止める。

「その名前で呼ぶな!」

 そう言ってヒナはアイネスに刀を向けた。

「う・・・そんなことどうでも良いけどさ、ストラーフは銭湯行かないの?」

「くだらない。私はそんなことに付き合うつもりは────」

「まあまあ、そんなお堅い事言ってないで。元々はストラーフの為にアンが用意したものなんだし・・・」

 アイネスはヒナの背中に回り、銭湯の方へ押していった。

「おい、待て!だから私は、お前達の戯れ言に付き合う気は・・・」

「良いから良いから・・・」

 アイネスはヒナの言うことを無視して、銭湯の中へ入っていった。

「なんか・・・どっちもどっちですね。」

 1人残されたアンはそう言って4人の後を追った。

 

 

 

 銭湯の浴室内はそれなりに広く、向かい側の壁に大きな富士山が描かれていた。

「ふぅ~、気持ちいい・・・」

「良い湯加減なのです・・・」

「一仕事した後の温泉って、やっぱ最高だよね~」

 アンとアイネス、それにレーネがくつろぐ中、ヒナは気まずそうに胡座と腕組みをしていた。

「・・・」

 そして、最も気まずそうな様子の神姫がアン達がいる浴槽の反対側の端にいた。

 昨日、境界大学病院で湯田川からクレイドルと一緒に防水使用のアーマーも貰ってきており、今、アキラはアン達が付けているアーマーの男性用を装着していた。

 これをわざわざ一緒にくれたという事は、湯田川はこうなる事を予め予測していたということだろうかと、アキラは思った。

 だとすれば、湯田川にからかわれたということにもなる。

「アキラさん、何で私達からそんなに離れてるのですか?」

 レーネは不思議そうにアキラに訊いた。アキラはアン達に背を向けたまま答えない。

「何でって、異性の中に1人だけ混じって入ってるんだから当たり前でしょ!」

 アイネスがレーネにツッコんだ。

「そっとしておいてあげて下さい、レーネ。アキラさんは、今とても恥ずかしいんですよ。」

 だが、そんなアンの言葉を訊かず、レーネはアキラに接近した。

「そんなに恥ずかしがる事はないのです。ですから、アキラさんも────」

 すると、レーネが触れる前にアキラはその場から立ち上がり、浴槽から出た。

「アキラさん、どちらへ?」

「身体を洗ってくる。」

 そう言ってアキラは風呂椅子と湯桶を持って洗い場に向かった。

「あっ、それならレーネにおまかせなのです!」

 レーネも浴槽から上がってアキラの元へ走っていった。

「あっ!ちょっと、レーネ!」

 アイネスが止めようとしたが、レーネを捕まえることは出来なかった。

「自分でやるよ。子供じゃあるまいし・・・」

 アキラは振り向かずに言った。

「いいから私に任せるのです。」

 レーネはアキラの背中に接触してきた。

「お、おい・・・」

「身体の表面だけでなく、こういう所も・・・」

「っ!?」

 レーネがそう言った瞬間、右肩の関節から物凄く擽ったい触感が襲った。

「身体を洗う時は、こういうねじ穴まで洗うのが、レディの嗜みなのですよ。」

「いや、俺、男だから・・・うわっ」

「そんなことは関係ないのです。」

 レーネはさらにアキラのねじ穴を洗った。

「わっ・・・も、もうよせ、分かったから・・・後は自分で───うわぁぁぁぁぁぁ!」

 そんなアキラの言葉を余所に、レーネはお構いなしに彼の身体を洗った。

 その様子を、アンとアイネスは顔を赤らめて茫然と見ていた。だが、2人は直ぐに我に返り、アキラとレーネの元へ向かった。

「ちょっとレーネ!さすがにいい加減にしなよ!?」

 アイネスはそう言いながらレーネの左腕を掴んだ。

「そうです!早くアキラさんから離れて下さい、後は私がやりますから!」

 アンはレーネの右腕を掴みながらアイネスとは違う発言をした。

「・・・えっ?何言ってるのさ、アン。」

 その瞬間、騒がしい室内が静かになった。

「だって、ズルいじゃないですか。1人だけアキラさんの身体を独り占めして洗うなんて・・・」

「いや、そう言う問題じゃ無いだろ!?ていうか、アンまで何考えてんのさ!?」

 2人が言い争っている間に、レーネはアキラの身体をねじ穴中心に洗い続けた。

「あっ、こら、レーネ!」

「アキラさんの身体は渡さないのです!」

「レーネ、ズルい!」

 そして、いつの間にかアキラの取り合いになった。その中、アキラは急にめまいに襲われ、意識を失った。

 

 

 

 気がつくと、アキラは休憩所の長椅子に横たわっていた。

 辺りを見渡すと、アン達は近くのマッサージチェアに座っていた。アキラからは見えなかったが、3人は眠っていた。

「気がついたようだな。」

 声のした方を見ると、ヒナが壁にもたれてアキラを見下ろしていた。

「俺は、一体・・・」

 アキラは身体を起こした。

「アン達がお前を取り合っている最中に、気を失ったんだ。恐らく、逆上せただけだと思うが。」

 ヒナはそう言いながらペットボトルのようなものをアキラに手渡した。

 神姫用のスポーツドリンクらしく、飲むとアクエリアスのような味がした。

「神姫用にもこんなのがあるんだな・・・」

 アキラはボトルをしげしげと見ながら言った。

「ヂェリカン以外にも、神姫用に人間が食べているような食品が幾つか開発されている。さすがに、ヂェリカンだけだと物足りんからな。」

 ヒナはアキラに手渡したのと同じ物を飲んだ。

「それを訊いて安心したよ。てっきり、ヂェリカン以外、口にできる物が無いと思ってたから。」

 すると、ヒナはボトルを小さなテーブルに置いて、アキラに顔を近づけた。

「!?」

「ちょっと良いか?」

 アキラは、ヒナまでアン達のようなことをしてくるのではないかと不安になったが、用件は全く違うものだった。

 

 

 

 次の日の朝、アンが目を覚ました。だが、周りには誰も居なかった。

「レーネもアイネスも居ない・・・ストラーフも、アキラさんまで・・・」

 すると、アンはヒナとアキラのクレイドルの上に紙が置かれているのに気がついた。

 まずは、ヒナの方から見た。

 

 バイトにいってくる

 

と書いてあった。

「・・・?」

 続いてアキラの方を見た。

 

アン、アイネス、レーネ、そして理人へ

 俺は、今からあるわけがあってバイトへ行ってきます。

詳しくは話せないけど、昼までには帰ってきますので

心配しないで下さい。

               アキラ

 

と書いてあった。

「バイト?」

 

 

 

 その頃、とある公園で神姫-1グランプリと呼ばれるカーレースが開催されていた。

 アキラとヒナは、合図があるまで控え室で武装の点検をしながら待機していた。

 実は、昨日、アン達が神姫ハウスを紹介する前に理人と夏休みの事を話している時だった。

 夏休みに何処かへ旅行に行こうという話だったのだが、何処も旅費が高く、予算を大幅にオーバーしていた。

 アイネスはアキラからも旅費を出すように言ってきたが、人間に戻った際に生活費が払えないとまずいので断った。何より、理人はアイネスの意見に賛成しなかった。

 その時、理人が旅行の為にアルバイトをしまくるなど言い出したからか、銭湯でアキラが逆上せて気がついたあと、ヒナが旅費を稼ぐために一緒にバイトをするように頼んできた。

 正確には、2人ともある所から雇われたらしく、会話の内容としてはその伝言をアキラに伝えたということになるのだが。

 アキラとヒナがする仕事内容は、ゴールの前で選手達の妨害をするというものだった。

 こんな仕事を引き受けるよりも、レースの優勝賞品である沖縄旅行4泊5日のチケットを大会で勝って獲得した方が早いのではないかと思ったが、この仕事の報酬がかなりの額で、2人分を合計すると、沖縄への旅費程度は充分余裕があった。それを考えれば、レースに出場するよりもリスクが少なかった。

 結果、ヒナと共にレースの妨害担当要員として仕事をすることになった。

 選手達がスタートした数10分後、スタッフから合図が出て、2人は指定の位置に移動した。

 ヒナは道路のど真ん中に、アキラは観客席でステルス状態で待機した。

 しばらくすると、トンネルの方から1体の神姫が現れた。しかし、アキラはその姿に見覚えがあった。

 何故なら、走ってきたのはブースターを付けた大八車を引くレーネだったからだ。しかも、よく見ると大八車に乗っているブースターも何処かで見覚えがあった。

「(あれ、アンのラファールだよな・・・?)」

 アキラがそんなことを思っていると、トンネルからさらにもう1体神姫が現れた。

 一瞬、ハイマニューバ型のイーダかと思ったが、よく見ると、イーダのトライクに乗ったアイネスだった。

 何故か変装をしていたが、アキラから見れば一目瞭然だった。

「マスターに沖縄旅行をプレゼントするのは、このボクだぁぁぁ!!」

 アイネスはそう叫びながらスピードを上げた。

 どうやら2人とも理人のためにレースに出場したようだった。

 2人が妨害エリアに入り、道路のど真ん中で待機していたヒナが立ちはだかった。

「ストラーフ!?」

 アイネスが驚いたように叫んだ。

 このことは誰にも話していなかったので、無理もなかった。

 ヒナは上昇して、アイネスとレーネを背中の武装の右腕に装備されたガトリングガンで砲撃した。

 2人はそれを紙一重で避けた。

 アキラはロングレンジライフルを構え、レーネの大八車を狙った。

 放たれたビームは左の車輪に命中し、大八車は粉々になった。

 レーネは上手く転がって、大きな損傷は免れたようだった。大八車に乗せていたラファールも運良く破損箇所は無かった。

「レーネ!」

 アイネスは後方を向いて叫んだ。

 アキラはアイネスの乗るトライクの足下を狙い、車体を横転させた。

「うわぁ!!」

 アイネスは突然の出来事に、車体が横転しながら叫んだ。

 レーネが引いてきた大八車は途中の道で捨てられていたガラクタから見つけた物なので、アンのラファールさえ無事なら問題ないが、アイネスが乗っているトライクはイーダの物なので、下手に攻撃して壊してしまったら大変なことになる。

「一体、何処から・・・」

 レーネは起きあがりながら辺りを見回した。だが、当然のごとく、ステルス機能で姿を消しているアキラは見えなかった。

「何処にも姿が見えない・・・まさか、アキラ!?」

 アイネスは直感的に言い当てた。

「やれやれ、バレちゃったか・・・」

 そう言いながらも、決してステルスを切ることはせず、再び射撃を始めた。

「わあぁぁ!」

 アイネスは驚いて飛び跳ねた。

「何で!?・・・まさか、アキラもストラーフも抜け駆けして沖縄旅行を!?」

「違う!実行委員会から、レースを盛り上げる為の妨害担当要員として雇われたバイトだ!!」

 ヒナは、アイネスに対してありのままの事を言った。

「えぇぇぇ!?」

 アイネスはなんだそりゃとでも言いたげな様子だった。

「ま、そう言うことだ。」

 そう言ってアキラはアイネスを狙う。ヒナの方からも容赦なく砲撃がアイネスに降り注ぐ。

「ひぃぃぃぃ・・・ちょっとは手加減してよ!」

 アイネスは双方の攻撃を避けながら文句を言った。

 確かにヒナの攻撃には全く容赦なかった。近くで横転しているトライクに被弾したらどうする気だろうとアキラは思った。

「ここは私が!先に行って、アイネス!!」

 レーネは武装を呼び出しながらアイネスに言った。

「えっ?レーネ、知ってたの!?」

 アイネスは自分の正体を見破っていたレーネに驚いた。

「いいから早く!」

 レーネはヒナに向かって飛んでいった。

 アキラはレーネの相手をヒナに任せて、アイネスを攻撃した。

「ん゙ん゙んんんん・・・いい加減にしろぉぉぉぉ!!」

 アイネスは武装を纏い、アキラがいる地点に突っ込んでいった。

 アキラがいた所を狙って剣を振り下ろしたが、そこには何もなく、ただ観客席が壊れてるだけだった。

 すると、別の方向から砲撃がアイネスを襲った。

「そっちか!」

 アイネスは何とかアキラに当てようと攻撃を繰り返したが、姿が見えないアキラにダメージを与えることが出来なかった。

 その時、遠くでレーネの悲鳴が聞こえた。見ると、ヒナの攻撃によって地面に叩きつけられていた。

「!!」

 アイネスはアキラを無視して真っ先にレーネの元へ飛んでいった。

 アキラはその時、あえて背を向けたアイネスに攻撃しなかった。場の空気を読んだ上での配慮だった。

「レーネ!」

 アイネスはレーネに自分の腕を差し出す。

「アイネス・・・!」

 レーネはその手を握り、助け起こされた。

「ここで借りを作るわけにはいかないからね。」

 アイネスはニヤリと笑いながら言った。

 そして、2人の方を向くと、レーネはヒナ、アイネスはアキラの方へ飛んでいった。

 この時、アキラは真剣勝負の為にステルスを解除していた。

「流石はストラーフ型と、最新鋭のステルス型!高いバイト料を払っただけのことはあります!・・・行けぇ!やっちまえぇ!殺せ!殺せぇ!」

 司会のマリー・滝川・セレスが粗暴な口調になりながら実況していた。

 4人が戦闘を繰り広げる中、壊れたマシンのハンドルを持って道路を走るクララの姿が見えた。

「あら・・・」

 大会実行委員長のイーア姉さんがクララを見て少し驚いていた。

「・・・って、ここでまさかの噛ませ犬クララ!これってありかよ!?」

 ハンドルを持って走るクララを見てマリー・滝川は言った。

「ハンドルを握っているので、ギリギリありです!」

 イーア姉さんは呑気に言った。もはやカーレースとは何だったのだろうと思わせる。

「しまった!」

 アキラは対戦していたアイネスを突き飛ばすと、ロングレンジライフルを構えてクララの足下を撃った。

「きゃあぁぁぁ!」

 クララは宙を舞い、そのままゴールへ落下した。

「あ・・・」

 アキラは余計なことをしてしまった自分を愚かに思った。

「まさかの、ライフルで吹き飛ばされてゴール!」

「しかも、ちゃんとハンドルを握ったままですね。」

 マリー・滝川もイーア姉さんもその光景に驚いていた。

 クララは訳が分からない中、とりあえず勝利したことを確信すると、両腕を大きく上に上げて笑顔で笑っていた。

「えぇぇぇ!?」

 アイネスとレーネはゴールしたクララを見て、そう叫んだ。

 

 

 

 その後、4人は理人のマンションへ戻っていた。

「散々だよ全く!もう少しでマスターに、沖縄旅行プレゼント出来たのに・・・」

 アイネスは愚痴を言った。

「面目ない。俺が余計なことをしたために・・・」

 アキラは少し落ち込んでいた。

「良いよ別に、元々妨害するのがアキラとヒナの役目だったんだし・・・」

「その名前で呼ぶな!」

 ヒナはアイネスを睨みつけた。

「うっ・・・それで、レーネは結局、何がしたかったんだよ?」

「私は、マスターのためではなくて、これのためにレースに出たのです。」

 そう言ってレーネはヂェリカンを取り出した。

「イチゴ味の・・・ヂェリカン?」

「そう、完走したら貰えるこのヂェリカンを、アイネスにプレゼントしようと思ったのです。」

「・・・何で?」

 すると、レーネは俯いて話し始めた。

「だってアイネス、イチゴのヂェリカン大好きだったから・・・昔、よく2人で半分こして飲んだのです。・・・だから私・・・」

「レーネ・・・」

 アイネスはここのところ、レーネばかりが理人に良いようにされていることに嫉妬していて機嫌が悪かったので、どうやらそれでレーネがアイネスの機嫌を直そうと思ったようだ。

「お姉・・・ちゃん」

 アイネスはレーネをそう呼んだ。

「お姉ちゃん・・・?」

 武器の手入れをしていたヒナがその言葉に反応した。

「じゃなくて、レーネ!別に本当の姉妹ってわけじゃないんだから・・・」

 アイネスはヒナの方を向いて叫んだ。

「良いお姉さんじゃないか。」

 アキラはレーネのことをそう評価した。

「だから、別にレーネは本当のお姉ちゃんってわけじゃないって・・・」

 すると、レーネが微かに笑った。

「おはよう・・・」

 声が聞こえた方を向くと、寝間着姿の理人が立っていた。

「おはようって、今、何時だと思ってるんだ?」

 アキラは呆れた表情で言った。

「ホントだよ。マスター寝過ぎ、もうお昼過ぎだよ・・・」

「ああ、ごめん。でも、みんなどうしたの?」

「何でも無いのです。おはようございます、マスター。」

 理人の質問に、レーネが答えた。

「あれ?そう言えば、アンは?」

 その時、皆は初めてアンが居ないことに気づいた。だが、探す前に本人が現れた。

「マスター、見て下さい!沖縄旅行貰っちゃいました!」

 アンは、「商店街福引大会 特賞 沖縄旅行」と書かれた券を持って嬉しそうに走ってきた。

「えぇぇぇ!?何で!?」

 アイネスは驚いて立ち上がった。

「アイネスが置いていったミニカー、あの後色んな物と交換して・・・」

 アンはレース中のアイネスと会ってから彼女が置いていったミニカーを、最初は飛鳥型の神姫が持っていた豆と交換し、次にスイカ、次に狸の置物、そして商店街福引大会の福引券と交換して、見事、特賞の沖縄旅行を当てたらしい。

「というわけなんです!」

 アンは笑顔のまま言った。

「アン・・・」

 アイネスはそれだけ言った。

 アキラは、何処のわらしべ長者だと思ったのと同時に、今までの苦労は一体何だったんだと思った。

「えっ?どうかしたんですか?」

 アンは不思議そうな表情で訊いた。

「いや、何でもない。」

 そう言ってアイネスは頭を抱えた。すると、レーネはアイネスに向かって微笑んだ。

 アイネスはそんなレーネを見て、少し気まずそうな表情で微笑し、最後にもう一度レーネに向かって微笑んだ。




 今回は書くことが多すぎていつもより長めになってしまいましたので、2つに分けました。
 とある技師と神姫の物語のchapter05はもうすぐ完成です。


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Episode04 Journey of Okinawa 2000 km Part.A

 アン達4人は、真夏の日差しが降り注ぐ海岸前の砂浜に立っていた。

 そこは見渡す限り、青い海が一面に広がっていた。

「青い海・・・白い砂浜・・・」

 日傘を持ったアンが呟いた。

「わき上がる入道雲・・・」

 アンに続いて、レーネがそう呟く。

「完璧な沖縄の海だ!」

 アイネスがそう言った直後、4人は上着を脱いで中に着ていた水着を露わにすると、波打つ海岸へ走っていった。

 その頃アキラは、アン達がいるビジュアライザーの外で、ある物の制作をしていた。

「それ、今日中に間に合いそう?」

 アキラが保護メガネを上げて声がしたほうを振り向くと、理人がこちらを見ていた。

「ああ、もう細かいところの調整だけだ。」

「それにしても、アキラは凄いなぁ。こんなものまで1人で作っちゃうんだから・・・」

「お前にプログラム以外の技能があれば、こういう事だって出来ただろうな。」

 そう言ってアキラは保護メガネを下ろして再び作業に取り掛かった。

「僕だってやれば出来ると思うんだけど、何か上手く出来ないんだよね。塗装とかはある程度出来るんだけど・・・」

「それは良いとして、旅行の準備は大丈夫なのか?いざ出発する時になって慌てるなよ?」

「あぁっ、そうだ!・・・ええっと・・・」

 理人は慌てて部屋から出て行った。

「理人との旅行か・・・」

 アキラは作業をしながら、先が思いやられるなと思った。

 

 

 

 アン達はある程度海で遊び尽くすと、海岸まで上がって休憩していた。

「っ~・・・冷たぁい・・・」

 アンはアイスをかじってアイスクリーム頭痛を起こした。

「頭がキ~ンとなるのです・・・」

「ん~・・・これが噂に聞くキ~ンってくるやつか・・・」

 アイネスとレーネにも同じ症状が出ていた。

「あ!」

 突然、アンが叫んだ。

「どうしたんですか?」

「見て下さい、当たりが出ました!」

 アンが食べたアイスの棒には、(当たり)と書かれていた。

「それにしても、アキラ遅いな・・・」

 アイネスは自分のアイスに当たりがないか確かめながら言った。

「本当ですね・・・特にアキラさんは、神姫の身体で泳いだことすら無いのに・・・」

 アンはビジュアライザーの外を見ながら言った。

「そういえばアキラさん、アンさんが沖縄旅行を当ててから何かを作り始めていたのです。」

 レーネがそんな話をした時だった。

「おーい、お待たせ!」

 見ると、何か大きな物を持ち上げながら走ってくるアキラの姿があった。

「アキラさん!」

 アンは立ち上がりながら叫んだ。

「遅いよ、もう・・・」

 アイネスは少し怒り気味に言った。

「ごめんごめん。コイツの調整に結構時間掛かっちゃって・・・」

 そう言ってアキラは持ち上げていた物をそっと降ろした。

「アキラさん、これは?」

 レーネが質問した。

「ウォーターバイクだ。」

 アキラが今まで制作し、そして今持ってきたのは、両側にアウトリガー(浮き)を装備したやや細身なウォーターバイクだった。

「うわぁ、凄~い!」

 アンはウォーターバイクを見て関心していた。

「これ、本当にアキラが作ったの!?」

 アイネスも少し驚いていた。

「フム、なかなかの腕だな。」

 先ほどまで黙ってアイスを食べていたヒナも、アキラが制作したウォーターバイクを見て関心したようだった。

「アキラさん、今からそれで走るのでしたら、私も一緒に・・・」

 レーネは勝手に同乗許可を求めようとしていた。

「レーネ・・・ていうか、何処にそんな物作るだけの材料があったんだよ?」

 アイネスは疑問に思ったことをアキラに訊いた。

「ああ、アンが沖縄旅行当ててから、制作に必要な工具や材料をメーカーから取り寄せたんだよ。この前のバイトで、結構稼いだし。」

「ホントにこれ、沖縄に持って行くの?明らかに重量オーバーだと思うんだけど・・・それ以前にトランクの中に入らないだろこれ・・・」

 アイネスが言うとおり、このウォーターバイクは5人が旅行の際に入るトランクには入らないサイズだった。ちなみに、1人が持って行く荷物は500gまでである。

「コイツがトランクに何だって?」

 アキラがそう言ってウォーターバイクに備え付けられている機器の1つを操作すると、両側のアウトリガーや、ハンドル、リアユニットなどが折り畳まれ、比較にコンパクトなサイズになった。

「うぇぇえぇ!?ど、どこにそんな機能が・・・」

 アイネスは突然の出来事に驚きが隠せなかった。アンやヒナ、レーネも驚いている様子だった。

「これなら入るんじゃないかな?」

 アキラは笑顔で言った。

「いやいやいや、ちょっと待って。例えサイズに問題無くったって、重量が・・・」

 そう言ってアイネスはコンパクトになったウォーターバイクを腰に力を入れて持ち上げようとしたが、それは軽々と持ち上がった。

「あれっ?・・・軽い。」

 アイネスはウォーターバイクのあちこちを見ながら言った。よほど信じられないのだろう。

「当然だよ。そいつのボディは比較的軽い素材を使ってるんだから。まあ、構造と予算の問題で頑丈な素材を買えなかったことから、強度はあまり高くないけど。」

 アキラは本来、このウォーターバイクの材料にチタンを混ぜた軽くて頑丈な素材を使いたかったのだが、その分価格が高かった為、予算の問題上購入する事ができなかった。その結果、軽さを最優先にした素材を選び、現在に至る。

「じゃあ、その格好は何?明らかに水着アーマーじゃないみたいだけど・・・」

 アイネスはアキラの身体をしげしげと見ながら訊いた。

「確かに、私も気になっていた。その装備は何だ?」

 ヒナもアキラの格好を見て訊いた。

「ああ、一週間前くらいに湯田川さんから送られてきた水中用の装備だよ。」

 アキラは、水着というより武装に等しい格好だった。だが、いつもの武装とも違う装備だった。

 頭部のバイザーはいつものが赤外線ゴーグルを思わせる形状に変化したような外装になっており、フロント部分に2つの丸いカメラが横に並んで装備されていた。

 それ以外には、背中の飛行ユニットと脚部の補助スラスターがウォータージェット式の推進器になり、手足のアーマーが水の抵抗を避けるために比較的曲面が多い外装になっているのと、肩のバインダーが無いこと、そして今は出していないが武装がジャベリンガンと2丁のアンカーショットのみになっているくらいであとは特にいつもと変わらないが、全身に水着アーマー以上の防水機構が施されていた。

 一方でアクティブ・ステルス機能は健在で、バックパックにはアシスト用の大容量バッテリーが搭載されている。

 今回は試作型ということで(今まで使ってきたのも一応、試作段階なのだが)支援機への可変機能はオミットされているが、完成型には搭載する予定らしい。

「へえ~、いいなぁ。でも、何でそんな都合のいい物を?」

「真意は分からないけど、俺が夏休みに理人やアン達と沖縄へ行くと訊いて、まだ試作段階の水中用装備をテストする良い機会だからって、送ってきたんだ。そこで実践データを取ることを条件に。」

「そうなんだ・・・アンタも大変だね。」

 アイネスはそう言って同情した。

「さて・・・じゃあ早速、コイツのテスト走行をしようか。」

 そう言ってアキラはアイネスからウォーターバイクを取ると、海岸へ向かって走っていった。

「あっ、ちょっと待って!ボクもそれに乗せてよ!」

 アイネスはウォーターバイクに乗りたがるレーネに呆れてはいたものの、どうやら自分も乗りたかった様子だ。

「あっ、待って下さい。私も!」

 アンも後を追いかけた。

「後部座席は誰にも渡さないのです!」

 そう言ってレーネもアキラを追いかけた。

 ヒナは何も言わなかったが、アキラを追いかけているところから見て、どうやら彼女も乗りたいようだ。

「駄目駄目!まだ試運転してないんだから万が一の事があったら・・・」

「それはアキラだって同じでしょーが!ていうか、立場上アンタの命が最優先なんだし・・・」

 アイネスの言うとおり、アキラは今、身体は神姫だが中身は人間なので、命の優先順位はアキラの方が優先である。

「そんなの、人間だろうが神姫だろうが変わらないよ!」

 そう言うと、アキラは畳まれたウォーターバイクを展開して海面に浮かべ、シートへ跨がると素早くバイクを発進させた。

 あと少しの所でバイクの後部座席に乗れる所まで来ていたアン達はバランスを崩して、下からアイネス、アン、レーネ、ヒナの順に重なって倒れた。

「うっ・・・ちょ、ちょっと待てってば・・・お、重い・・・」

 一番体重がかかっているアイネスは苦しそうだった。

 アキラが制作したウォーターバイクは、ウォータージェット推進器とスクリュー式推進器を両方搭載したハイブリッド方式で、状況に応じて使い分けられるようになっている。

 例えば、先ほどのような急速な発進時はスクリューを動かし、ある程度速度が出た所でスクリューを格納してウォータージェット推進器で走行し、ウォータージェット推進器だけだと効率が悪いときなどはスクリューも動かしてサポートすることができる。

 その反面、構造が複雑になるのと、2つの推進機関を同時に使用した際の電費効率の悪さ、コストの問題がある。それに、今回は軽いが耐久性が少し低い素材を使用しているので、下手に扱うと走行中に大破する危険がある。

 アキラを乗せたウォーターバイクは海面をもの凄いスピードで走っていた。

「気持ちいいな・・・」

 アキラが前から吹きつける風に対してそう言った。

 ウォーターバイクの各機構は快調で、推進機構も正常にスクリューからウォータージェットに切り替わっていた。

「さて、次は旋回の・・・」

 そう言って旋回のテストを行おうとした、その時だった。

「待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 突然、後ろから重複した叫び声が聞こえた。

「!?」

 振り返ると、アン達が武装して飛行しながらアキラの後を追いかけていた。

 アキラは4人に飛びつかれそうな所で咄嗟に旋回して避けた。ウォーターバイクの旋回性能には問題無さそうだった。

「あ、危ないじゃないか!壊れたりしたらどうするんだ!?」

 アキラは冷や汗を掻きながら叫んだ。

「だったらボク達も乗せてよ!」

 アイネスがいち早く体勢を立て直しながら叫んだ。

「だから、まだ試運転が終わってないから駄目だって!」

「それなら私が同乗する!その程度で怖じ気づいて引き下がるくらいでは、神姫として務まらんからな!」

 ヒナはそう言って同乗させようとした。

「万が一、機体が大破したら危険なんだ!」

「それはアキラさんだって同じですよ!」

 アンはアキラを説得しようと試みる。

「試運転が終わったらお前達も乗せてやるから、それまでは────」

「そんなに待ちきれないのです!」

 レーネは3人を追い越してアキラが乗るウォーターバイクに接近した。

 どうしたら分かってくれるんだ、と思いながらアキラはエンジンの出力を上げた。

 

 

 

 数時間の間、最大出力でアン達から逃げ回った結果、ウォーターバイクのバッテリーが切れ、全員で海岸までバイクを引っ張っていく形で収束がついた。

 アン達は海岸で休憩していた。

「あーあ、ウォーターバイク乗りたかったなぁ・・・」

 アイネスは頭部以外の体が砂で埋められた状態だった。

「仕方ないですよ。バッテリーが切れてしまったのでは・・・」

 アンはそう言ってアイネスの胸の辺りに貝殻を2つ乗せた。

「私達がせっかちになって追い回したのがいけなかったのです。」

 レーネは砂のお城を作りながら言った。

 アンもレーネも反省している様子だった。

「全くだ。私としたことが、こんなくだらないことで逆上するとは・・・」

 ヒナはそう言って立ち上がると、懐から黒くて長い布を取り出した。

「私は私で楽しませて貰う。」

「楽しむって、何をするのさ?・・・てか、この貝殻はどういう意味だよ!?」

 アイネスはヒナに質問すると同時に、胸の辺りに貝殻を乗せたアンに訊いた。

「似合ってますよ・・・」

 アンはクスクス笑いながら言った。

「何だよその笑いは!?」

 アイネスは自分のスタイルを気にしてか、少し怒り気味だった。

「夏の砂浜と言えばこれに決まっている・・・」

 そう言ってヒナは1個のスイカを砂浜に置いた。しかも、何故かアイネスの頭部の近くに。

「スイカ割りか。なるほど、面白そうじゃないか。」

 先ほどまでウォーターバイクに異常がないか点検していたアキラが立ち上がってそう言った。

「ほう、お前もやるのか。ならば、どちらが先に割るか勝負だ!」

 そう言ってヒナはアキラに予備の目隠し用の黒い布を手渡し、自分の布で目を隠した。

 続いてアキラがヒナに手渡された布を頭部に結びつけると、スイカ割りがスタートした。

 ヒナは愛用の刀を呼び出し、アキラは何故かブレイドではなくハンドガンを呼び出した。

「あぁぁぁぁぁ・・・か、刀はともかくハンドガンでスイカ割りってどういうプレイだよ!?」

 アイネスは怯えながら言った。何故なら、スイカが近くにある以上、自分に当たる危険性が高かったからだ。

 ヒナは刀を前に構えながらゆっくりとスイカに向かって歩いてきた。アキラはそこから動かず、ハンドガンをゆっくりと前に向けた。

 銃口の下から伸びる照準用の赤いレーザーポインターがスイカではなくアイネスの額に当たる。アキラが今、使っているハンドガンはいつものワイヤーアンカー付きのものでは無かった。

「違う・・・こっちじゃない、こっちじゃない・・・」

 アイネスは必死に2人にスイカの場所を言葉で教えようと試みた。失敗すれば、自分の命の保証がないからだ。

 アイネスの額に当たっていたレーザーポインターが首に移った。

「スイカはもっと右!みぎぃ!」

 アイネスは焦りながら必死に叫んだ。

 ヒナは立ち止まると、刀を上に大きく振り上げた。それと同時に、アキラも引き金に力を入れた。

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 ヒナは刀を振り下ろした。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 アイネスは悲鳴をあげた。

 だが、ヒナがスイカとアイネスのいずれかに刀を降ろす前に、スイカが突然、破裂した。

 アキラの方がヒナより先に引き金を引いていたのだ。

 近くにいたヒナとアイネスは、破裂した際に飛び散ったスイカの汁でびしょ濡れだった。

 その後、割ったスイカを5人で分けて食べた。切ったのではなく粉々になったので、1つ1つの形と大きさがバラバラな上に不格好だった。

「全くもう、スイカ割りにハンドガンを使うバカがどこにいるんだよ・・・」

 アイネスはそう言って岩のような形のスイカにかぶりついた。

「ごめんごめん、まさか演習用のゴム弾でもあそこまで威力があるとは思わなくて・・・」

 アキラはアイネスに謝った。

「でも、味はとても美味しいですね。このスイカ。」

 アンはスイカに対してそう述べた。

「次は何して遊びましょうか?」

 レーネは早速、次の予定を考えているようだ。

「ん~・・・だけどそのスク水アーマー、沖縄の海にはちょっと地味じゃない?他にもっと可愛いの無かったの?」

 アイネスはヒナの水着を見てそう言った。

「可愛い必要はない、機動力を考えればこれが一番だ。」

 ヒナはそう言って立ち上がった。

「確かに、海で思いっきり泳ぎたいなら、こういうのが一番だよな。」

 アキラはそう言って両腰に手を当てて立ち上がった。

「いや、アンタの場合例外だから。」

 アイネスは水着アーマーではなく水中用の武装を纏っているアキラにツッコんだ。

「機動力ねぇ・・・だったら試してみる!?」

 アイネスはヒナを見上げながら、少し嫌らしい顔で言った。

「面白い、受けて立とう。」

 そう言って2人が勝負に選んだのは、ビーチバレーだった。ボールを打ち返すには、相手が打つ角度やスピードに合わせて落下地点まで急速に移動する必要があるため、機動力の勝負には適したスポーツだった。

「それじゃ、行っくよぉ~。」

 最初の先攻はアイネスからだった。

「そぉれ!」

 アイネスはヒナの陣地に思いっきりボールを打ち込んだ。

 ヒナはボールの落下地点まで走り、ブレーキをかけながらボールを打ち返した。

 2人が勝負している間、アンとレーネはビーチパラソルの下でビーチドリンクを飲みながら、ビーチチェアでくつろいでいた。アキラはコートの近くで試合を見物していた。

 現在の得点は0対5でヒナが勝っていた。アイネスは何度もボールを打ち返しているが、なかなか点を取れずにいた。

「くっ・・・なかなかやるじゃないか・・・」

 アイネスは悔しそうな様子でヒナに言った。

「フン、これが機動力を重視した水着アーマーの格の違いだ!」

 ヒナはそう言ってアイネスの陣地にボールを打ち込んだ。これで0対6になった。

「苦戦してるようだね、アイネス。」

 先ほどまで試合を見物していたアキラがそう言ってアイネスの方のコートに入ってきた。

「えっ、ちょっと・・・」

 アイネスは戸惑っていた。

「ほう、お前も私に勝負を挑むか・・・面白い、2人まとめて相手をしてやる!」

 そう言ってヒナはビーチボールを高く上げると、相手の陣地に向かって打ち込んだ。ヒナが打ったボールはアキラともアイネスとも離れた場所に向かっていた。

 だが、アキラは素早くボールが飛んでくる方向へ移動し、片手で跳ね返した。

「今のをよく跳ね返せたな、誉めてやろう。だが、これで終わりだ!」

 ヒナはそう言って再び跳ね返されたボールを相手の陣地へ打ち込んだ。

 だが、アキラは打ち込んできたボールをレシーブで跳ね上げ、落下したところで素早くジャンプしてヒナの陣地へボールを思いっきり打ち込んだ。

 ヒナはアキラの動きの早さに、対応が間に合わなかった。

「(コイツ、あんな余計な装備をつけたままで・・・)」

 アキラは、地上では全く意味のないウォータージェット推進器を装備したままだった。同時に、水着アーマーを着ているヒナと比較すると、明らかにアキラの方が重装備だった。だが、アキラはそんな状態で、しかもアーマーの各関節部分のパワーアシスト無しでヒナと互角以上の機動性を発揮していた。

 その後もアキラとヒナの試合が続いたが、ほぼ一方的にヒナが押されていった。その間、アイネスは何もできないでいた。

「(コイツ、できる・・・!)」

 ヒナがそんなことを思っていると、ビーチパラソルの方から悲鳴があがった。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!ねじ穴の中に!」

 足元にいた蟹がアンの脚を登ってきて、股関節部分に入り込んでしまったようだった。

 アンは立ち上がって蟹を出そうとする。

 ちょうどその時、アキラが打ったボールをヒナがレシーブで跳ね返し、ボールがアキラの陣地ではなくアンの方へ向かって飛んでいった。

 ビーチボールはアンの身体に当たり、しかもその衝撃で上のビキニの紐がほどけてしまった。

「あ・・・っ・・・あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 アンはあまりの恥ずかしさに大声で悲鳴をあげた。

「フン、だからビキニタイプのアーマーはダメなんだ。防御が甘い・・・」

 ヒナは少し自慢げに言った。

 アキラはアンのビキニが外れる前に外方を向いていた為、アンの裸体を見ずに済んでいた。

「?」

 そこに悲鳴を聞きつけた理人がビジュアライザーの中を覗いてきた。

「ま、マスター・・・」

 アンは胸部を両腕で隠しながら恥ずかしそうに見上げた。

「(タイミングの悪いときにお前は・・・)」

 アキラは外方を向いたまま頭の中で呟いた。

 

 

 

 5人は沖縄の海を再現した空間から出ると、ビジュアライザーを閉じた。

「みんな水着アーマーで何してたの?」

 理人は5人に訊いた。約1名は水着アーマーではなく水中用装備なのだが。

「えっと、明日から行く沖縄旅行の予行演習をちょっと・・・」

 アイネスが代表して答える。

「はは・・・予習もいいけど、早く荷作りをしてしまわないと。明日は早いんだから・・・」

「はい、マスター。でも、持って行く物がなかなか決まらなくて・・・マスターは、どっちの水着アーマーが良いと思いますか?」

 アンはピンク色の水着アーマーを出しながら理人に訊いた。

「ん~・・・アンには、こっちの方が似合うんじゃないかな?」

 理人はアンが今着ている水着アーマーを示した。

「そうだ、今の内にあれ塗っておこう。」

 理人はそう言って、青いボトルを出した。

「防水オイル。紫外線をブロックする効果もあるんだ。」

「あ・・・お願いします、マスター。」

 アンは頬を赤らめながら頼んだ。

「さあ、横になって。」

 理人は筆を取り出しながら言った。

 まずはアンの塗装から始めた。

「この水着アーマーだと、素体の露出部分が多いから、オイルいっぱい使っちゃいそうだな・・・」

 理人はアンの全身を見ながら防水オイルをアンの腹部に優しく当てた。

「あっ!・・・うぅ・・・」

 アンは擽ったそうに喚く。

「マスター!ボクもボクも!!」

 アイネスはアンが羨ましくなって理人に言った。

「待って、順番順番。」

「それじゃあ、次は私が───」

「ズルいぞ、レーネ!ボクが先!!」

「喧嘩はよせ。どっちにしても全員塗るんだから。」

 アキラは喧嘩になる前にアイネスとレーネをとめた。一方でヒナは、露出が少ない自分の水着アーマーを見て顔を赤らめていた。

 その後、アン、アイネス、レーネ、ヒナ、そして最後にアキラの順で防水オイルを塗った。

 アキラは5人の中で特に素体の露出部分が少なかった(正直なところ、本来塗る必要は無いのだが)ので、塗装には殆ど時間は掛からなかった。

 塗装中、アキラは身体を擽られるような感覚に襲われたが、塗装部分が少ないことがあってか、アン達に比べれば比較的に大人しかった。

 全員の塗装が終わった後、5人は荷作りを済ませて、早い内にクレイドルでバッテリーをフル充電状態にしておいた。何故なら、沖縄へ着くまでは小型トランクケースの中に居るからだ。

 アキラは予行演習でバッテリー切れになったウォーターバイクもしっかり充電して、トランクの中に入れた。

 そして夜、理人に挨拶をしてトランクケースに入った。理人は夏休みの宿題をまとめて終わらせてから寝ると言っていた。

 アキラは少々心配だったが、人間の時と違い、無理が利かないこの身体で夜遅くまで彼を見てやることも手伝うこともできないので、今の彼にはどうすることもできなかった。アキラにできるのは、明日に備えてアン達と共に早めに休むことだけだった。

「何かドキドキして、なかなかスリープモードに入れない・・・」

 アンは明日がよほど楽しみなのか、眠れない様子だった。ヒナとアイネスとレーネも、目を開けていることから同じ状況のようだが、それに対しアキラはいち早くぐっすりと眠っていた。

「寝るの早いな、コイツ・・・」

 アイネスはアキラを見ながら呆れた顔で言った。

「忘れ物無いかな・・・」

 レーネはそんな事を呟いた。

「あっ!」

 そう言うと、アンは固定シーツから抜け出した。

「どうしたの?アン・・・」

 アキラを見ていたアイネスがアンの方を向いてに訪ねた。

 アンは何やら画面を空間に表示して悩んでいた。

「2日目の観光コース、やっぱり水族館より首里城を入れた方が・・・」

 アンは沖縄旅行のスケジュールを気にしているようだった。

「それはマスターに聞いてみないと・・・」

 レーネは画面を覗き込みながら言った。

「沖縄に着いてからで良いでしょ?それより、早く寝よう・・・って、何これ!?」

 アイネスは上を見た瞬間、ある物が目に留まった。

「あっ、それはイーア姉さんから借りた人魚タイプの武装なのです。」

 上の棚にはイーアネイラ型の水中用脚部パーツが棚から思いっきりはみ出た状態で置かれていた。

「デカすぎ!て言うか、荷物は1人500gまでってみんなで決めたでしょ!?」

 隣に置いてあるアンのロングヘアパーツやアキラの折り畳まれたウォーターバイクと比較しても圧倒的に大きかった。

「だけどアイネスだって・・・」

 レーネがそこまで言いかけた時、鼻先に雫が落ちてきた。雫の正体は、ヂェリカンの液体だった。棚に置かれていた大量のヂェリカンの1つのバルブが緩んで、中の液体が漏れていた。

「あっ、漏れてるのです!何でこんなにたくさんのヂェリカン~!」

 レーネはそう言いながら緩んだヂェリカンのバルブを閉めた。

「だって、ヂェリカンはおやつ・・・じゃなくて、重さに入らないんじゃなかったっけ?」

「そんなの訊いてなかったのです。・・・だったら、私だってもっと・・・」

「何を持って行くのさ?」

「えっと・・・」

 レーネが考え込んでると、1匹のハムスターがトランクケースの中に顔を出した。

「いや、お前は連れてけないから・・・」

 アイネスがツッコんだ。

「あ・・・」

 アンが見た先にはビキニタイプの水着を見ているヒナの姿があった。

「水着アーマーは、やっぱりビキニタイプが似合うと思います。」

「も、もう寝る!」

 アンがそう言うと、ヒナは顔を赤らめて固定シーツに潜り込んだ。

 アンは微笑んでシーツの中に入った。

「私達も、もう寝ましょう。明日、目が覚めたら・・・そこはもう沖縄・・・」

 そう言って、アンは瞳を閉じた。

 

 

 

 次の日、アン達はあらかじめセットしておいたアラームに起こされた。

「ん~・・・、みんなおはよう・・・」

 アンに続いてヒナ、アイネス、レーネも起床した。

「ふわぁぁぁぁ・・・もう、沖縄に着いてる頃だね。」

 アイネスは欠伸をしながら言った。

「あら?アキラさんが居ないのです。」

 レーネが見ている方を見ると、アキラの姿が無かった。

「さてはアキラの奴、抜け駆けして先に沖縄の海に・・・」

 アイネスがそんな事を言っていると、あとの3人が水着アーマーに着替え始めた。

「直ぐに後を追うぞ!」

 水着アーマーを着ながらヒナは言った。

「ああっ!ちょっと、ボクも!!」

 アイネスは慌てて着替え始めた。

 そして、アン達はフル装備状態でトランクケースから飛び出した。

「沖縄の海~!」

 そう言って出た先には、1匹のハムスターが向日葵の種をカジりながら立っていた。

「あれ?」

 最初は一緒について来たのかと思ったのだが、周りを見ると、そこは沖縄などではなく、理人のマンションの中だった。

「ひょっとしてボクたち・・・」

「置いて行かれちゃった・・・?」

 すると、遠くでアキラの声が聞こえた。ビジュアライザーが置いてある方向だった。

 アン達は声がする方へ行ってみると、予想通りにビジュアライザーが展開していた。

 フィールド内に入ると、アキラが受話器を手に誰かと話していた。

「だからあれほど言ったじゃないか。出発する時になって慌てるなよって・・・」

<ゴメン、本当にゴメン!>

 相手は沖縄にいる理人だった。

「良いよ、そんなに謝らなくても。起きてしまったことはどうしようもないし・・・」

 理人はアン達が入っているトランクケースともう1つ、模様以外同一のトランクケースを持って行かないのにも関わらず、アン達が入っているトランクケースの近くに置いていた。それを理人が寝坊して焦っていた時に間違えて持って行かない方のトランクケースを持って行ってしまったのだ。

 その中身はただのガラクタで、しかも、ちょうどアン達が入っている時の重さとほぼ同じだった。

 アキラは、あの時、ちゃんとトランクケースの事を訊いておけば良かったと後悔した。

「アキラさん?」

 アンが後ろから小声でアキラを呼んだ。

「?・・・ああ、起きたのか。」

 アキラは振り返ってアン達を認識した。

「あの、今、話している方は?」

「ああ、今、理人と話しているところだよ。」

「マスターと!?」

 アンはアキラから受話器を取りあげた。

「マスター!?私です、アンです!」

<あ、アン!?・・・ゴメンね、アキラから聞いたかもしれないけど、今日出るときに間違えて違うトランクケースを持って行っちゃったんだ・・・>

「そうなんですか・・・」

<ゴメンねアン、本当にゴメン!>

「そんなに謝らなくても大丈夫ですよ。マスター、昨日は夜遅くまで勉強してたんですし、仕方ありません。」

 アキラはその会話を聞いて、アンは優しいなと思った。それに対して、自分は責める言葉しかなかった為、罪悪感すら感じた。

「はい・・・はい・・・えぇっ!?そうですか。じゃあ、マスターと3日間も会えないと言うことに・・・」

 今回、旅行に使用した沖縄旅行のチケットは、通常の航空券での旅行と違い、帰国日が決められているため、その日までは戻ることが出来ないのだ。

 アンは通話を終了すると、受話器を戻した。

「3日間もマスターと離れ離れ・・・」

 アイネスはガッカリしていた。

「せっかく、マスターと沖縄、楽しみにしてたのに・・・」

 レーネもかなり落ち込んでいた。

「どうしよう・・・」

「どうしようもない。私達だけじゃ、飛行機には乗れない。」

 アイネスの言ったことに対し、ヒナがそう答えた。すると、周りはさらに落ち込んだ。

 アキラは、ふと自分のバッテリー残量を確認した。現在、本体のバッテリーと武装側のアシストバッテリーの容量を合計するとエネルギーは99%あった。そして、次にここから沖縄までの距離と、現在のバッテリー残量で飛べる航続距離を計算した。

 沖縄までは約2000kmあり、現在のバッテリー残量で沖縄まで飛行ユニットで飛んでいくことはギリギリ可能だった。

 しかし、これはあくまでアキラが前提のデータであって、本体側のバッテリーしか持たないアン達では、航続距離が足りなかった。予備バッテリーを使用したとしても、現状、理人のマンションにある予備バッテリーは1人1個分しかない上、沖縄まで飛ぶには最低でも予備バッテリーが2つ必要なため、どちらにしても沖縄まで自力で飛んでいくことは不可能だった。

 アキラは、他に沖縄へ行く方法が無いか考えた。すると、交通機関を利用できないのかと思いついた。バスや電車を途中で利用しながら行けば、その分バッテリーは消費しないので、これならば効率的に沖縄へ行けるのではないかと考えた。

 アキラは直ぐに交通機関の利用を前提としたデータをはじき出した。結果、予備バッテリーが1個さえあればアン達でも余裕で沖縄へ行くことが可能だった。

 アキラはそれをみんなに説明しようとした時、アンが口を開いた。

「諦めちゃダメです!」

「えっ、でも・・・」

「別に、地球の裏側まで行こうって訳じゃ無いんです!きっと何とかなります!私達だけで行きましょう、沖縄へ!」

 しばらくの間、沈黙が続いた。

「うん、アンの言うとおりだ!」

 先に口を開いたのはアイネスだった。

「なのです!」

 レーネも続いて頷いた。

「まあ、ここでじっとしていても、身体が鈍るだけだしな。」

 ヒナは両手を腰に当てながら賛成した。

「自力で沖縄まで飛んでいくのか・・・面白そうじゃないか。」

 もちろん、アキラもアンの意見に賛成だった。

「みんなでマスターをびっくりさせましょう!」

 そう言ってアンは笑顔を作った。

 こうして、アン達5人は自分たちだけで沖縄へ行くことになった。




 今回も文章が長めになってしまいましたので、AパートとBパートに分けました。引き続き、Bパートをどうぞご覧ください。


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Episode04 Journey of Okinawa 2000 km Part.B

Bパートです。


 アン達はマンションのベランダから出発した。5人はそれぞれ自分の荷物を持ちながら飛行していた。アンはハムスター型のリュックを、ヒナは3本銛を、アイネスとレーネは浮き輪を、アキラは折り畳まれたウォーターバイクを両手で持っていた。

 まずはアキラが先頭になって、素体本体と頭部バイザーの機能で沖縄までの最短ルートを調べた。数秒後、直ぐにバイザーに最短ルートが表示され、アキラはそのルートに従って旋回を始めた。後ろを飛んでいるアン達もアキラに続いて旋回した。

 しばらくの間、ルートを辿って飛んでいると、富士山が見えてきた。

「今どの辺り?」

 アイネスが現在地を訊いてきた。

「山梨県富士吉田市上空。」

 アキラが答えた。

「まだまだ先は長い。」

 一番後ろを飛んでいるヒナはそう言った。

「ねえ、まさかこのまま沖縄まで飛んでくつもり?」

 アイネスは心配になって尋ねた。

「大丈夫なのです。乗り換え案内でルートを調べれば・・・」

 レーネはそう言って高速道路を走るバスの行き先を調べた。

「あのバスに乗るのです!」

 そう言って名古屋行きのバスのルーフの上に着地した。レーネがここまで考えていたことに、アキラは少し関心した。何故なら、いつもは少しドジな一面があるからだ。

 5人はバスのルーフの上にあるガスボンベのカバーにもたれた。前方から吹き付けてくる風が気持ち良かった。だが、アン達がしていることは、いくら神姫用の乗車券などが無いとはいえ不正乗車である事に変わりはないので、乗っている時も降りる時も、周りの人間に発見されないようにしなければならない。断じて今から30年ほど前にあったどこかのアニメにいたアンに少し似た声の宇宙人が言ったような台詞を言うつもりは無いが。

「気持ちいい~」

「これってどこ行きですか?」

 アンがバスの行き先を訊いた。

「流石に沖縄までは無理っしょ・・・」

 アイネスは分かり切ったように言った。

「名古屋行きだよ。」

 アキラが答える。

「次は列車に乗り換えるのです!」

 レーネは人差し指を上に向けながら言った。

 アン達は線路の近くでバスを降り、目的の列車が来るのを待った。

「来た。」

 ヒナがそう言った時、線路の向こう側から目的の列車が走ってきた。

 だが、それは通常の電車ではなく、貨物列車だった。列車はアン達の近くで停車した。

「貨物列車・・・?」

 アイネスは、呆然とした表情で言った。

「行きましょう!」

 レーネに続いて列車の上に乗った。

 列車が再び走り出すと、そこには普段電車の客席から見るのと変わらない風景があった。

「列車の旅も良いものなのです。」

 レーネがそんなことを呟いた。アキラも同感だった。景色が横へと流れていくのを眺めながら旅するのも嫌いではなかった。

 アキラは、武装の収納スペースからカメラを取り出した。

「えっ、何それ!?」

 アイネスは、見慣れない物をアキラが出したので、少し驚いていた。

「一眼レフカメラだよ。ウォーターバイクを製作する前に作ったんだ、こういう時の為にね。」

 アキラはそう言いながらカメラを構えてシャッターボタンを押した。

「凄いですね、アキラさんって色んな物を作れるんですから・・・」

 アンはアキラの技術力にかなり関心を持っていた。

「いや、流石に何でも作れるというわけじゃないけど・・・それに、コイツは本来、内部にミラーを付けたかったんだけど、スペースの問題でミラーレスになっちゃったから、俺としては納得のいく出来では無いんだ。」

 アキラはカメラを下ろしながらそう言った。

「て言うか、別にそんなカメラ使わなくったって、神姫本体のカメラ機能使えば良くない?」

 アイネスは疑問に思ったことを言った。

 神姫の目のカメラには撮影機能も備わっていて、パソコンなどの端末を通して保存した画像データを他のメモリーなどに移したり、写真を印刷したりできる。

「こういうのは、好みと拘りってヤツだよ。それに、こういうのに画像データを保存しておけば、その分、体内のメモリーを使わずに済むだろ?」

 アキラはまたカメラを構えて風景を撮った。

「確かにそうだけどさ・・・。それにしても、揺れが気持ちいいよね・・・何か眠くなっちゃいそう。」

 アイネスは、アキラの一眼レフのことから列車のことについて言った。

「それじゃあ、みんなでお弁当にしましょう。」

 そう言ってアンはリュックの中からヂェリカンを取り出した。パッケージには“KAMAMESHI”と書いてあった。

「峠の釜飯味・・・」

 ヒナは半目になって言った。

「お腹いっぱいになったら、ますます眠くなっちゃいそう・・・」

「だったら、アイネスはいらない?」

「あぁっ、・・・食べる食べる!」

 アイネスは居眠りを心配していたが、釜飯味のヂェリカンを食べ損ねるのが我慢できず、一緒にそのヂェリカンを飲むことにした。

「順番に一口ずつですよ~」

 アンはそう言ってレーネにヂェリカンを渡した。

「お茶を持ってくるの忘れた・・・」

「お茶なら俺が持ってきたよ。」

 アキラはヒナに言った。

 アキラは弁当にお茶が入ったボトルとカロリーメイトのような固体のエネルギー補給食品を持ってきていた。

「そんなのいいから、早く早く!」

「私は、イカ飯味を持ってきたのです!」

 レーネが持ってきたイカ飯味のヂェリカンが追加され、みんなに回すのが困難になった。

 アン達が乗った列車は橋の上を通った。しばらくの間、昼食をとっている内にアン達は予想通りに居眠りをしてしまっていた。唯一、起きていたアキラは風景をカメラに収めていると、眠っているアン達に気づいた。

 アキラはフッと微笑むと、居眠りしているアン達4人をカメラで1枚撮った。

 そして再び風景の撮影をしていると、横で何かが動く音と誰かの声が聞こえた。どうやらアンが起きたようだった。しかし、次の瞬間、何かが滑り落ちる音と共にアンが叫んだ。

「荷物が!」

 アンはそう言って、武装を展開して橋の下へ降下した。見ると、アンが持ってきたリュックが橋の下の川へと落ちていく様子が確認できた。

 アキラはみんなが目を覚ますより先に、武装を呼び出してアンの後を追いかけた。

 リュックは、アンが追いつくより前に川の中へ落ちた。アンは諦めたのか、徐々に速度を落としていった。だが、アキラはそんなアンを追い越し、水面すれすれまで高度を落とすと、武装を水中用の装備に付け替えて川の中へ飛び込んだ。

 一方、アンは川の近くの岩の上で立ち尽くしていた。

「どうしよう・・・」

 すると、あとを追ってきたアイネス、レーネ、ヒナの3人が降りてきた。

「あー、諦めるしかないね。」

 アイネスは着地しながら言った。

「居眠りしたのが悪かったのです・・・」

 レーネは自分達の行いを反省した。

「でも、あれが無いと・・・」

 だがアンは、リュックに重要な物が入っていたという感じの様子だった。

「中身は何だったんだ?」

 ヒナが訊く。

「予備のバッテリーパック・・・みんなの分も。」

「えぇぇぇ!?」

「と言うことは・・・」

 アイネスとレーネは重大な問題が発生したことで不安が広がった。

「ボクたち、途中どこかで充電しないと、沖縄までエネルギーがもたないって事?」

「とにかく線路に戻ろう。大きな街なら、神姫ショップがあるはず・・・」

 ヒナがそう言ったとき、アキラが居ないことにレーネが気づいた。

「そういえば、アキラさんは?」

 その直後、川の下流の方からアキラがアンのリュックを両手でぶら下げながら飛んできた。

「アキラさん!私のリュック、見つけてきてくれたんですね!!」

 アンは嬉しそうに言った。だが、それに対してアキラは何か気まずそうな表情だった。

「ありがとう、アキラ!良かった・・・これで沖縄まで────」

「すまない・・・中に入っていた予備バッテリーなんだが・・・」

 アキラはアイネスの言葉を遮って謝罪の言葉を口にした。

「全部水没してて、使えそうにないんだ・・・」

 

 

 

 アンのリュックは特に防水加工されていたわけでは無かった為、中は水浸しだった。アキラの証言通り、中に入っていた予備バッテリーは完全に水に浸かっていた。

 アキラは自分の分の予備バッテリーの状態を調べた。予想通り、予備バッテリーは水没して使い物にならないことが判明した。視界にも、予備バッテリーが使用不可能と示す表示が出ていた。

「駄目だ、やっぱり使えなそうだ。」

 アキラは後ろで自分の予備バッテリーを調べているアン達に振り向きながらそう報告した。

「こっちも使えないみたい。」

 アイネスはアキラの方を見て言った。後の3人も同じようだった。

「はあ・・・折角、バッテリーの心配がなくなったと思ったのに・・・」

 アンは溜め息をつきながら呟いた。

「すまない、俺がちゃんと見てさえいれば・・・」

「アキラさんのせいじゃありませんよ。そもそも、私がお弁当にしようなんて言わなければ、居眠りすることも・・・」

「だけどあの場合、起きている俺が本来見ているべきだったんだ・・・」

「それは────」

「今更過ぎたことを悔やんでいたって仕方がない。とにかく、線路へ戻ろう。」

 ヒナが会話に割り込んでそう言った。

「そうだな、いつまでもこんなことしてたって、エネルギーの無駄だしな。」

 アキラは立ち上がりながら言った。

「そうだ、お前に1つ言っておこう。アキラ、お前の飛行ユニットのバッテリーをなるべく温存しておいてくれ。いざという時に、そいつからエネルギーを補給できるように・・・」

 アキラの飛行ユニットには、使用時に膨大な電力を消費するアクティブ・ステルス機能の活動時間延長の為に、神姫本体の約3倍以上の容量をもつ小型大容量バッテリーが搭載されていた。これにより、ステルス機能非使用時の活動時間は倍に延長され、同時にこの飛行ユニットを他の神姫に装着させることによってエネルギーの充電を行うことも可能だった。

 アキラはヒナにそう言われると、飛行ユニットの大容量バッテリーからの電力供給をカットした。現在、身体本体のバッテリー残量は100%、飛行ユニットの大容量バッテリーは94%残っていた。このまま予定通りに行けば沖縄までエネルギーは何とか保ちそうだったが、さっき列車を降りてしまった為、ここから街まで歩いて行かなければならなくなっていた。

 ちょうどアキラ達がいる辺りは山に囲まれていて電波が届かないので、現在地が分からなかった。その為、通常モードよりもエネルギーを消費する飛行モードで下手に飛んでいくのは危険だった。

 アキラ達は線路まで戻ると、そこから列車が走って行った方へ向かって歩き始めた。線路の中央をアキラ、ヒナ、アン、レーネが横に並んで進み、右のレールの上をアイネスが歩いた。

「喉乾いたぁ~・・・アキラ、お茶~」

 アイネスが辛そうな表情でアキラに要求してきた。

「列車の上で弁当を食べたとき、全部飲んじゃっただろ?しかも、最後に飲み干したのはアイネスじゃないか。」

 アキラは空のボトルを振りながら言った。

「どうぞ。」

 アンはリュックに入っていた釜飯味のヂェリカンを差し出した。

「この状況で釜飯味ってどうなの・・・?」

 アイネスは呆れた顔で言った。

「文句があるなら飲むな。」

 ヒナはそう言ってアンから受け取ったヂェリカンを一口飲んだ。だが、さすがのヒナも水分補給に釜飯味のヂェリカンは口に合わない様子だった。

「アキラさんはどうですか?」

 アンはアキラにも勧めてきた。

「いや、俺はいいよ・・・」

 アキラはそう言って断った。

 アキラとしては、できれば本当に喉が乾いた時以外は釜飯味のヂェリカンは飲みたくないと思った。

「それにしても、もう随分歩いてるのに、電車は一本も通らないのです・・・」

 レーネは人差し指を上に向けながら言った。

「そう言えば、途中でいくつか線路の切り替えポイントあったよね・・・」

 アイネスは首を傾げた。

「まさか、使われていない線路に入っちゃったとか・・・」

 アンは少し不安になった。

 アキラは現在地を確認しようとしたが、電波が届かない為、ネットに接続出来なかった。このまま引き返しても、現在地が分からない以上、余計に道に迷う危険があった。

 アキラ達は、ただその道が目的地に繋がっていることを祈るしか無かった。

 

 

 

「どうやら、そのまさかみたいだ。」

 アキラ達がたどり着いた場所は、廃線になって使われていない荒れ果てた無人駅だった。

 現在のJRは、全体のほぼ90%以上が有人駅で、最低限駅施設や、駅員および駅員神姫が配備されている。それに対し、無人駅の殆どはちゃんとした設備を備えた有人駅に改装されたか、ほんの僅かながら人口の多い田舎の駅として現役で使用されているか、あるいはそのまま使われずに放棄されているのが現状である。

 アキラ達がたどり着いたのは、使われず放棄された無人駅の内の1つのようだ。

「廃線?やっぱり、途中で線路を間違えた・・・」

 アンはリュックを下ろしながら言った。

「今、どの辺り?・・・地図は・・・?」

 アイネスは中腰の状態で木の枝を杖にもたれ掛かりながら立つレーネに訊いた。

「駄目です、圏外です・・・ネットに接続できません・・・」

 レーネは息を切らしながら言った。レーネの前には赤く(圏外)と空間に表示され、点滅していた。

 アキラは念の為に自分もネットに接続できないか試したが、結果は同じだった。レーネとは少し違い、目の前の空間に(Out of area)と青い横長の四角い枠の中に白く表示されていた。

「仕方がない、こうなったら自力で飛んで───」

「いや、飛行モードはエネルギーの消費が激しい。現在地も分からないのに、飛ぶのは・・・」

 今からマラソンでもするかのようなポーズで飛ぼうとするアイネスを、ヒナがそう言って引き止めた。

 その時、生い茂る草が動く音が聞こえた。音に気づいたヒナは辺りを警戒する。

「どうしたの?」

 アンは警戒するヒナに尋ねた。

「何か居る・・・」

「人間?」

 アイネスが訊く。

「違う・・・」

「野生動物か何か?」

 アンも辺りを見回しながら言った。

「山の中だし、熊って可能性もあるな・・・」

 アキラはそう言いながら、眉をひそめて周りを警戒した。

「ちょっと、嫌なこと言わないでよぉ!」

 アイネスは、不安な表情でアキラに文句を言った。

「とにかく、今は武装して戦うのも避けた方がいい。」

「そうなのです・・・飛行モードよりさらにエネルギーを消耗してしまうのです・・・」

 レーネは疲れ切った声でそう言いながらヒナに賛同した。

 アキラは5人の中で一番活動時間が長いが、非常時に備えてアシストバッテリーを温存しなければならないので、彼が戦うわけにもいかなかった。さらに言えば、アキラのアクティブ・ステルス機能は戦闘モードの倍にエネルギーを消費する上、活動時間延長用のアシストバッテリーのエネルギー供給を受けないとなるとさらに活動時間が減少することになる。

「暗くなってからの移動は危険だ、今夜はここで一泊しよう。2人ずつ組になって、交代で見張りを。」

 ヒナがそう提案した時、アキラは視線を感じて樹木の方を睨んだ。

「どうした?」

 ヒナはアキラに尋ねた。樹木には何も居なかった。

「・・・いや、何でもない。」

 アキラはそう言って樹木から目を離した。

 その後、夕日はあっという間に沈み、辺りは月と蛍の照らす光以外薄暗くてよく見えなくなっていた。アンとヒナ、それにアキラの3人は川の近くの岩の上で見張り、アイネスとレーネは後ろの草むらの中で眠っていた。

「お前はまだ寝ていろ。交代の時間まではエネルギーを温存して────」

「大丈夫。みんなほど本体のエネルギーは消耗していないから・・・」

 ヒナは、3本銛を手に周りを警戒しながらアキラに言った。本来はまだアキラが見張る番では無かった。だが、交代時間まで休むように言うヒナに、アキラはそう言って辺りを見回した。

 アキラのエネルギーは、予備バッテリーを失うまでの間、飛行ユニットのアシストバッテリーで補っていた為、本体のバッテリー残量はまだ80%も残っていた。

「それでも、お前はなるべく休んでいろ。お前にはいざという時に飛行ユニットのバッテリーからエネルギーを供給できるようにしておいてほしいからな。それに、お前は・・・」

 お前は人間だから、と言おうとして口を止めた。アキラは、人間だからとか神姫だからとかで命の優先順位や価値を決めるような考えを嫌っているからだ。

「こんな山の中でエネルギーが切れて動けなくなったら、誰も助けに来てくれない・・・マスターとも、もう二度と会えない。」

 岩の上に座っていたアンが突然、そう呟いた。酷く辛い表情だった。

「マスター、今頃どうしてるかな・・・?」

「きっと、もう眠っている。」

 アンの疑問に、ヒナが答えた。時刻は10時半過ぎだった。

「私のせいでこんなことになって・・・」

「別に、アンだけのせいじゃない。」

「でも、私が行こうって言い出したから────」

「アンが言わなかったら、俺が言ってたよ。」

 アキラが会話に割り込んでそう言った。アンは驚いてアキラの方を向いた。

「あの時、俺は何とか自力で沖縄へ行けないか検討したんだ。その結果、交通機関を利用すれば、何とか理人のマンションにある装備で沖縄まで行けることが判明したから、それをみんなに話そうとした時に、アンが自分達だけで沖縄へ行こうって言い出したんだ。」

「アキラさん・・・」

「だから、別にアンだけが責任を感じることはないよ。」

 アキラは微笑みながらアンに言った。

「アンやアキラが言わなくても、きっと他の誰かが言い出していた。それに・・・」

 ヒナは一度言葉を切り、アンがこちらを見ると同時に正面を向いた。

「私も、本物の海を見るのは初めてだから、一度行ってみたかった。」

「ストラーフ・・・」

 アンは、それを聞いてふと思い出した。ヒナはアキラを除けば理人のもとに来てからまだ数ヶ月で、本物の海など見たことがないことに。それならば、さぞかし海には興味があるだろう。

「っ!・・・などと考えてしまうくらい、最近は腑抜けていたが私はサバイバル能力にも長けている。これくらいの状況何でもない。」

「そこはもっと素直になってもいいんじゃないかな?」

 アキラは、急に開き直ったヒナにそう言った。

「う、うるさい!あくまで興味があっただけの話で・・・」

「俺は子供の頃に、何度か両親に海へ連れて行ってもらったことがあるけど、さすがに沖縄の海は見たことが無かったし、それどころか沖縄にすら行ったことが無かったからね。俺も一度で良いから、沖縄には行ってみたかったんだ。」

 アキラは自分の思いを語った。だが、その時のアキラは、何故か悲しそうな表情だった。

「どうしたんですか?アキラさん・・・」

 アンは心配そうにアキラに訊いた。

「あっ、いや・・・何でもないよ。」

 アキラは我に返って、無理に微笑んだ。アキラが何かを隠していることは、アンやヒナにも分かった。しかし、あえてその事には触れなかった。

「ありがとう。アキラさん、ストラーフ・・・」

 アンは2人に礼を言った。

 その時、アキラの視界に警告音と共に警告アラートが表示された。

<WARNING:Unidentified enemy approaching. Be careful.>

 アキラは辺りを見回した。すると、暗い森の奥の辺りで敵の位置を示すアイコンが視界に複数表示された。

「どうした?」

 ヒナは、驚いた表情で森の奥を見るアキラに尋ねた。警告音は、周りには聞こえないようになっていた。

 すると、突然近くの草むらが動いた。

「!?・・・やっぱり、何か居る。」

 ヒナは3本銛を構えて辺りを警戒した。

 草むらの奥には、複数の狼が瞳を黄色に光らせてアン達を睨んでいた。アキラが見ている森の奥にも、大量の狼が数体こちらに向かっていた。上空を見ると、複数の鷲がアン達を狙って旋回し続けていた。

「マズいな、逃げ場が無いぞ・・・」

 アン達は、完全に囲まれていた。

 ヒナは、アンの前に立ち、3本銛を構えた。すると、アンがヒナの横に立って構えた。

「ストラーフ、私も一緒に戦います!」

「待て。」

 ヒナと共に戦おうとするアンを、アキラが止めた。何を言ってるんですか、とアンが言おうとすると、アキラはアンの手元に何かを投げ渡した。

「これは・・・?」

「折り畳み式のコンバットナイフだ。丸腰で戦うよりはマシだろう?」

 アキラはそう言いながら、いつの間にか脚部にマウントされていたホルダーからもう1本のコンバットナイフを取り出した。

 グリップにあるスイッチを押すと、柄の部分から刀身が出てきた。

 この装備は、アキラが万が一、バッテリー残量が少ない状態での戦闘を強いられた時を想定して購入していたもので、正式名称は、“対装甲・戦闘用サバイバルナイフ”という。

 刀身の刃の部分がチェーンソーのように高速回転することにより、切断力を向上させることが可能な上、使用電力も少なく、刃を回転させなくても充分な切れ味があるのでバッテリーが少ない時などの戦闘に適した武装と言える。

 このコンバットナイフは、他にも超振動モーターを搭載したタイプがあり、これらの特徴から、愛用者からはプログレッシブナイフ、アーマーシュナイダーなどとも呼ばれている。

「来るぞ・・・」

 アキラはコンバットナイフを翳しながら言った。周りを取り囲む狼と上空を飛ぶ鷲が、ほぼ同時にアン達に襲いかかってきた。

「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 ヒナが狼の大群に飛びかかろうとしたと同時に、アキラが大群の中の1匹をロックオンしようとした、その時だった。

 突如、背後から銃声が響いた。狼と鷲の大群はその銃声に驚いて逃げていった。

「!?」

 アン達が振り向くと、少し離れた所にゼルノグラード型の神姫が長砲身ライフルを構えて立っていた。

 頭部バイザーの赤いセンサーが薄暗い空間の中で光っていた。

「あなた達!そんな軽装備で山に入るなんて無防備過ぎだよ!」

 ゼルノグラード型の神姫は頭部バイザーを上げながらアン達に言った。

「俺達の装備が何か?」

 アキラは自分の武装を呼び出しながらゼルノグラード型に言った。

「アキラさん・・・」

 アンはそんなアキラを見ながら苦笑いした。

「あれっ?・・・君って、もしかして・・・」

 ゼルノグラード型が、アキラに心当たりがある様子だった。

「・・・?」

 

 

 

 アン達は、寝ていたアイネスとレーネと一緒にゼルノグラード型の神姫のテントへと案内された。テントと言っても、軍用のヘルメットに電球や発電器が付いたような代物だったのだが。

 アン達は発電器から電力を得るためのクッション型充電ユニットの上に座って充電してもらっていた。

「自家発電だから、ちょっと時間はかかるけど、朝までには全員終わると思うよ。」

 ゼルノグラード型がアン達に言った。

「ありがとうございます。助かりました・・・」

 アンはゼルノグラード型の神姫に礼を言った。

「でも、何でこんな山の中で1人でテント生活を?」

「マスターはいらっしゃらないのですか?」

 アイネスとレーネが質問した。

「私のマスターは自衛官なんだ。ほら、あそこに基地が。」

 ゼルノグラード型は草木の間から見える自衛隊の基地を指差した。

「私の任務は、この山を守ること。だから、マスターの任務中は、ここで1人で野営をしてるってわけ。」

 ゼルノグラード型はアン達に向き直りながら腕を組んだ。

「へぇ・・・結構大変だろ?電波も届かないのに・・・道に迷ったりしないのか?」

「まぁ、この山のことは知り尽くしているから、特に困ることも、道に迷ったりすることなんてめったに無いけど・・・あっ、でも、君たちみたいに、無防備に山の中に入って迷子になったりする神姫がよく居るから、それはちょっと困るな・・・」

 アキラの質問に、ゼルノグラード型が答えた。それくらい出来なければ、この任務は務まらないのだろう。

「それにしても、驚いたよ。まさか、こんなところで噂の男性型神姫に会えるなんて思ってもみなかったから・・・」

「そんなに俺のことが噂になってるのか?」

「それはもう、うちのマスターの基地でも話題になってるくらいだし、結構、君って人気者みたいだよ。」

 アキラのことは、ニュースや新聞、ネットなどを通じて話題になっており、ゼルノグラード型のマスターの自衛隊基地でもこの話が話題になっているようだった。

 翌朝、全員のバッテリーの充電が無事に完了し、ゼルノグラード型に山の出口まで案内してもらった。

「南の方角はあっち。それじゃあ、私はここでね。」

「ありがとう。次に会った時は、是非、一戦交えよう。」

 ヒナはゼルノグラード型に礼を言った。

「うん、楽しみにしてる。ストラーフ型とは、一度戦って見たかったんだ・・・そうだ、アキラ・・・だっけ?」

 ゼルノグラード型の神姫がアキラを見て言った。

「ああ。」

「君とも、今度会った時に対戦してみたいなぁ・・・」

「うちのマスターの許可が下りればな。神姫バトルは危ないからって、俺達のバトルへの参加を許可してくれないんだよな・・・」

「そうなんだ・・・もし、対戦できる機会があったら、その時は、最新型の性能を見せてもらうよ。」

「ああ、その時は、ゼルノグラード型の射撃能力も見せてもらおうかな。」

 アキラは、ゼルノグラード型の射撃能力にも興味があったので、対戦できる時が待ち遠しく思った。

「本当に、すっかりお世話になっちゃいました。予備の電池パックまで頂いて・・・」

 アンは少し申し訳なさそうな表情で言った。しかも、本来必要のないアキラの分の電池パックまでも、念のためにと譲ってくれていた。

「良いって事。困った時はお互い様だから・・・」

「今日中に沖縄に着けるかな?」

 アイネスが心配そうな顔でレーネに訊いた。

「何とかなります。きっと・・・」

 レーネはそう答えた。

 アキラは自分のバッテリー残量を確認した。本体及び、飛行ユニットのアシストバッテリーは100%で、現在地から沖縄まで余裕で飛んでいくことが可能だった。

「無事、マスターに会えるといいね。」

 そう言ってゼルノグラード型の神姫はにっこりと笑顔を作った。

「はい!」

 アンは、そう返事をした。

「色々ありがとう。それじゃ、出発しようか!」

 アキラはそう言うと、武装を呼び出して真っ先に沖縄に向かって出発した。アキラの飛行ユニットのスラスターは5人の中で一番高性能な上に最速を誇るため、スラスター点火と同時にほぼ一瞬で空の彼方へ飛んでいった。

「あっ、ちょっと待ってよぉ!」

 アイネスは慌てて武装を呼び出し、アキラの後を追いかけた。

「勝手に1人で飛んでいっては駄目なのです!」

「アキラさん、速い!」

「全く、何考えてんだか・・・」

 アンやヒナ、レーネの3人もアイネスに続いてアキラを追いかけた。

「アキラ・・・か。」

 ゼルノグラード型の神姫は、南の空へと飛んでいく5人が見えなくなるまで、そこに立ったまま見送った。

 

 

 

 その後、アキラ達は沖縄を目指しながら途中で通りかかった色々な観光地を見ていった。

 最初は、京都の清水寺の五重塔を、次に大阪の大阪城付近を通りかかった所で、レーネが野良犬にさらわれ、それを追いかける羽目になった。アキラ達が追いついた頃には、レーネは野良犬に逆さの状態で地面に埋められ、下半身のみが地上に出ている状態になっていた。その光景は、まるでドラゴンボールに登場するベジータのあるシーンを連想させた。

 その次に兵庫県神戸市のメリケンパークを休憩時に観光し、次に広島の原爆ドームを、タクシーのルーフの上に乗りながら見かけた。もちろん、無賃乗車だった。

 アキラは、見かけた観光地をカメラで全て収めていた。

 途中でまた道に迷いかけ、おまけに予想以上に時間を掛けるなどのアクシデントが発生したので、道路脇で(沖縄)と書かれたボードを掲げながら沖縄への道案内を呼びかけたが、結局誰もそれに応じてはくれなかった。

 仕方なく、アキラ達は瀬戸内海まで何とか自力でたどり着いたが、そこでアキラ以外の4人の航続距離が足りないことが判明した。途中で寄り道をし過ぎたのだ。

「どうしよう、この辺じゃ沖縄行きの船なんて見当たらないし、ボク達だけで泳いでいくなんて無理だよ・・・」

 アイネスは辺りを見回しながら言った。

「困りましたね。もう、ゼルノグラード型の神姫さんからいただいた予備バッテリーも使っちゃったし・・・」

 アンはその場に立ち尽くしながら言う。

「どうだ、アキラ?沖縄まで保ちそうか?」

 ヒナは、飛行ユニットのアシストバッテリーで全員のバッテリーをチャージした場合の航続距離を計算するアキラに訊いた。

「駄目だな。全員のエネルギーを充電しても、航続距離が足りない。5人共々、海へ真っ逆さまだ。」

 アキラはそう言って、計算結果をヒナに見せた。

「でも、この辺りに神姫ショップはありませんし、どうしましょう・・・」

 レーネは不安になってそう呟いた。

 もはやこれまでか、そう思いだしたその時だった。アキラの目に、風に流されながら空中に浮かぶ風船が映った。アキラはすかさず、武装を呼び出して風船を追いかけた。

「あっ、ちょっとアキラ!どこ行くのさ!?」

 アイネスがそう叫ぶのを余所に、アキラは風船の紐の先にくくり付けられている厚紙に向かってハンドガンのアンカーを射出した。アンカーの先端は見事、風船の紐にある厚紙に吸着した。アキラは、次々に空中に浮かぶ風船を回収し始めた。

「なるほど、そういうことか!」

 その様子を見ていた4人の内、ヒナが最初にアキラの意図に気づき、加勢しに向かった。

 遅れて気づいたあとの3人も、2人の方へ向かった。その時には既に、空中に浮かんでいた5つの風船を全て回収していた。

「これだけあれば、沖縄まで保つんじゃないかな?」

 アキラの提案は、風船の浮力を利用して沖縄まで行こうと言うものだった。無論、沖縄へ向かうために進行方向を調節する必要があったが、風船の浮力が働く分エネルギーを使わないので、これなら沖縄までたどり着けそうだった。

 4人はアキラの提案に乗り、風船に掴まって沖縄まで飛んでいくことになった。

 アキラを中心にアン達がその周りにしがみつき、アキラの両手に握られたハンドガンのワイヤーアンカーを5人の周りに巻き付け、アンカーの先端は結んだ紐の先端の厚紙に固定した。風船は5人のほぼ中心から出ていた。

 アン、ヒナ、アイネス、レーネの4人は万が一の時に備えて風船の紐をしっかり握り、アキラはハンドガンと背中の飛行ユニット以外の武装を解除し、飛行ユニットのスラスターと主翼のエルロンなどで進行方向を調節しながら、沖縄を目指した。

 しばらく海の上を飛んでいる間に日が暮れ、夕陽が見えた。

「綺麗・・・」

 アンは夕陽を見ながら呟いた。あとの4人も同じ気分のようだった。しかし、アキラは少し残念そうな表情だった。

「か、カメラが出せない・・・」

 アキラはそう言った。

 彼の両腕は、アン達と風船を固定するためのワイヤーアンカー付きのハンドガンで塞がれているため、カメラが取り出せなかった。

「もう、これぐらい自分のカメラ機能で記録しなよ。」

 アイネスはアキラにそう言った。

 仕方なくアキラは、瞳のカメラ機能で夕陽を撮影した。神姫本体のカメラ機能の性能もそれなりに高いので、写りは悪くなかった。

 それから少しして、アキラ達の視界の先に、目的地の沖縄が見えてきた。

「見て、沖縄だよ!ボク達、ついにここまで来たんだよ!」

 アイネスは興奮していた。

「本当ですね。私達、やっと・・・」

「油断するな、まだ到着したわけではない。」

 ヒナがアンの言葉を遮って、そう警告した。現在、高度はまだかなり高いので、早く降下しなければ着陸する前に通り過ぎてしまう危険があった。アキラのバッテリー残量も残り少なく、何度もやり直す余裕は無かった。

「当機は間もなく、沖縄へ着陸いたします。」

「そんなこと言わなくて良いから、早く着陸して!」

 アイネスは、旅客機のアナウンスの真似をしたアキラにそう言ってツッコミながら沖縄への降下を要求した。

 アキラ達は、沖縄へと降下を始めた。

 

 

 

 その頃、理人は海岸の近くで自由の女神像の置物を地面に突き刺して座り込んでいた。彼は、アン達をうっかり自宅に置き去りにしてしまった自分を責めていた。自分がもっとしっかりしていれば、こんなことにはならなかったのに。アン達に寂しい思いをさせることにはなかったのに。そう思いながら、海面へ砂を投げていた。

 理人はこの2日間、ろくに沖縄旅行を満喫してはいなかった。置いて行かれたアン達は今頃、寂しい思いをしながらマンションでひっそりと過ごしているというのに、自分だけ沖縄での生活を楽しむことなどできなかった。こうなったのは、自分のせいだと言うのに。

 理人がまた、海面に砂を投げようとした、その時だった。

「おーい、理人~!」

「マスター!」

 自分を呼ぶ声が、後方から聞こえた。理人は振り返って上空を見ると、風船にしがみつくアキラ達がこちらに向かって飛んできていた。両腕が塞がっているアキラを除き、あとの4人が空いている片手を振った。

 理人は笑顔になって、アキラ達を出迎えた。

 アキラ達は、ある程度高度を下げた所で風船を切り離し、差し出された理人の手のひらの上に着地した。

「マスター、来ちゃいました!」

 アンが、笑顔で理人を見上げながら言った。

「手間をかけさせてくれるよ、全く。」

 続いてアキラが言う。

「本当、大変だったんだからね!」

 アイネスが怒りっぽく言ったが、顔は怒ってはいなかった。

「でも、楽しかったのです!」

 レーネがそう言った。

 それに対し理人は、ここまでアン達に苦労させてしまったことへの罪悪感を感じて、落ち込んだ表情になっていた。

「みんな・・・ゴメン。」

 理人は5人に謝った。

 アキラ達が掴まっていた5つの風船が、茜色の空へと消えていった。




 作中及び原作でアン達がゼルルっちと別れた後に通りかかった場所は、行ったことがない所が多かったので、名前を探すのに苦労しました。
 次回は、原作には無かったオリジナルストーリーを書いていきます。


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