Wholly together (不皿雨鮮)
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Wholly together
このクラスは異常だ。俺は常々そう思っていた。
いや、俺を除いたクラスメイト全員からすれば、俺が異常らしいのだが。
教師達のこのクラスの評価は『クラスメイト全員が、一体感を持って、実に生き生きとした高校生活を送っている』とのことらしい。
わざわざ呼び出しを食らって、そんなくだらないことを延々と聞かされたせいか、嫌というほど耳に焼き付いている。
確かに、このクラスは一体感がある。どんなことを話し合っても意見は一致し、どんなことにも全員が意欲的だ。
しかし、それが全問正解という訳でもない。教師や親、周囲に住んでいる人々に怒られることだって少なくない。だが、その結果ですら「みんな怒られてしまったけど、いい経験になったよね」。そんな言葉で、美談に終わる。
美しいのだろう。
皆が団結し、皆が協力し、皆が笑顔で、皆同じ時間を共有している。
皆が同じことをして、皆が同じ考え方をする。実に美しい友情だ。クラスメイトを嫌うこともなく、ただただ平和な日常生活を送っている。
「……だからって、これはないだろ」
目の前にあるのは、血。これは誰の血だろうか。
野球部エースの男子だろうか。それともクラス一の美少女だともてはやされていた俺の隣の席の女子。いやいや、もしかすれば、自分の夢である漫画家になる為に努力していたあの女子と男子の二人だろうか。
――あぁ、違う。
クラス全体に塗りたくられたこの血は、俺ともう一人を除くクラスメイト三十八名全員の血だ。
「……ねぇ。君はどうして生きているの?」
もう一人の生き残りである少女が尋ねる。
「それはお前もだろ」
沈黙。少女は答えない。
「私はもうすぐ死ぬよ?」
そう言って、少女は手に持っていた拳銃を自分の頭に突きつける。当たり前のことのように、少女は自分の命を自分で終わらせると告げていた。
「死なないと。みんな、みんな死んだから、私も死なないと。そうじゃないと、仲間外れになる。……一人は、一人は嫌なの」
言葉とは裏腹に、少女の目は『死にたくない』と訴えていた。
「死んだ人間が、どうやってお前を仲間外れにするんだ?」
尋ねる。もう、既に少女は一人だ。今まで仲の良かったクラスメイトは全員死んだのだから。
「一人ぼっちになりたくない。いじめられたくないの。みんなと一緒にしないと。そうじゃないと、また一人ぼっちになる」
俺の声は、最初から聞こえていなかったようだ。少女はただ、呪詛のようにそう呟き続ける。
視界に映っているのも、俺ではないのだろう。『友達』という鎖が少女を縛り付け、その鎖が少女の人差し指を動かした。
軽い音だ。
この音が三十九発鳴るだけで、目の前の惨状を作り出せるのだ。三十九人の命が、この音と同時に飛び散るのだ。
「…………」
ただただ、無言で俺は三十九人の死体を見つめる。頭が吹き飛んだ三十九個の骸を。
みんな同じ。みんながしているから。そんなくらだらない理由で理性の持った、地球の中で最も賢い生物である『ヒト』が死ぬ。
『緊急のニュースをお伝えします。今日、午前八時三十分。◯◯高校の☓年△組の三十九人が、集団自殺を行いました。この学校は、過去にいじめられた経験のある子どもたちへ教育の機会を与えるために新設された試験高校で、現在唯一生存していた男子一名に事情聴取を行っております』
世間「みんな同じなのに」
俺「みんなと同じである必要がどこにあるんだ」
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Rewrite
この高校は異常だ。常々、そう思っていた。
だが、どうも俺を除くクラスメイトはそうは思わなかったらしい。
イジメにより苦しんだ生徒達が集められ社会復帰を目指すために国が作ったらしいこの高校は、国が予定していた定員の数十倍もの人数が受験した。
俺もイジメを受け、卑屈になった訳だが、それでも可能性があるならとこの高校を受験した。
結果として、俺は見事合格した。嬉しかった。久しぶりに嬉し泣きをした。
だか、蓋を開けてみれば、社会不適合者の寄せ集めが、慣れ合っているだけ。
なるほど、確かにイジメは零だ。何しろ、全員がイジメの恐怖を嫌というほど突き付けられた同じ境遇の人間。
同族意識なるものが働き、それはもう仲の良いクラスが、学年が、学校が出来ていた。
だが、その同族意識が、俺の目には気持ち悪く映った。
その結果が、このザマだ。
俺がいたクラスには一体感があった。どんなことも、皆が真面目に話し合い、意見をまとめてから、共に行動した。
俺は意見を出さず、だからといって反発することなく、それなりの交友関係にとどめたままで生活していた。――深く関わりたくなかった。
今、俺が目の前の地獄を見ないといけない嵌めになっているのは、そのせいなのだろうか。
例え、クラスとしての意見一致しても、それが正解とは限らない。
教師や、誰か、もしくは他クラスの保護者、周囲に住む人々に起こられてしまうことも少なくなかった。
それで誰かを責め立てることはなく、「いい経験になったね」などという綺麗な言葉で、美談になって終わる。
ああ、美しい。本当に美しい。だが、俺はそれを本気で言っているとは思わなかった。
ただ、イジメにならないように、誰しもが我慢をして、平和を徹しているように思えた。
誰しもが平等に、均等に、我慢をしていた。――そんな結果が、これなのだろうか。
目の前。俺達の教室の窓から、夕焼けの空が注ぎ込んでいた。
教室が赤い。夕焼けは、人を殺すように輝いている。
輝いている。輝いている夕焼けの下、教室の中で、人が死んでいる。
赤い。紅い。朱い。
真紅の血液は、床に、机に、黒板に、壁に、亡骸に染み込み、どこか幻想的にも思えた。
「なんで、なんで、こんなことに……?」
分からない。ただ分かるのは、目の前で、次々と人が死んでいっただけだ。
残るのは俺と、目の前で拳銃を自らの頭に突き付ける少女のみ。確か、声優になりたくて、声真似でクラスを賑わせていた少女だ。
少女は朦朧としていて、だが、周囲に起こっていることは理解しているのだろう。
「死ななくちゃ……、死ななくちゃ……、みんな死んだんだから、私も死ななくちゃ」
呟く。呪詛のように。
一週間前、オーディションに受かったと、字のごとく飛び跳ねて喜んでいた少女の口から発した物とは思えなかった。
いや、それだけじゃない。既に息絶えた三十八人は皆、将来の夢を持ち、語り、それに近付くように必死に努力していた、そうして、その半分以上がその手で掴み取っていたはずだ。
なのに、その全員が、何の躊躇いもなく、死んだ。それぞれの手によって。
「……死なないと」
それが決意の、最期の言葉だったのだろうか。
軽い音が響いた。
軽い音が、少女の命を刈り取った。
そんな簡単に、呆気無く、人は死ぬのだろうか。
分からない。死んだことなどないのだから。
だが、恐らくはそうなのだろう。目の前で、軽い音が鳴り響き、結果三十九人が死んだ。
この教室にいた誰しもは、もう二度と話さない。二度と笑わない。――二度と、会えない。
何故かは分からない。だが、皆の中で「死ぬ」という選択肢が一致したのだろう。
そして、誰も疑わずに、それを実行した。
俺はそれに賛成はしない。
異常だ。皆が、皆の自由意志で死んだ。
それほどまでに連帯した関係は、もはや依存と言った方がいいのではないだろうか。
そんな依存をするほどまでに、一人は嫌だったのだろうか。
みんなと同じにしないといけない。そんなくだらない理由で、地球の中で最も賢く、賢しい生物である人間が、死んだ。理性のある人間が死んだ。
この三十九個の骸が死ぬ意味があるのだろうか。
分からない。――わからないということだけが分かっている。
『緊急のニュースをお伝えします。今日、午前八時三十分。◯◯高校の☓年△組の三十九人が、集団自殺を行いました。この学校は、過去にいじめられた経験のある子どもたちへ教育の機会を与えるために新設された試験高校で、現在唯一生存していた男子一名に事情聴取を行っております』
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