白銀の復讐者 (炎狼)
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第一話

アカメが斬る! では初めての投稿になりますが、よろしくお願いします。


 ――――帝都。

 

 千年前、時の始皇帝が統一、建国した帝国の首都。中心には荘厳な宮殿がそびえ、宮殿を取り巻くように都が展開している。

 

 けれど千年という長きに渡って繁栄してきた帝国は、腐敗の一途を辿っていた。

 

 まるで末期の病魔の如く国を貪る悪、悪、悪……。

 

 苦しみ、絶望し、涙を流す民衆達。けれど、彼等の言葉が聞かれる事はない。

 

 横行する腐敗政治は止まることを知らず、人々は圧政の中苦しみ続けるしかなかった。

 

 そんな不条理な世界に、一人の少年が生まれた。

 

 少年は果たして何を成すのか、その先に待つのは希望か絶望か、はたまた別の何かか……。

 

 これは、そんな少年が作り出す物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝暦1004年の冬。

 

 雪の降る帝都の、下町にある病院の一室で、一人の赤ん坊が生まれた。

 

「おめでとうございます! 元気な男の子ですよ」

 

 初老の助産師が生まれたばかりの赤ん坊をお湯で洗い、清潔な布に包むと、赤ん坊の母親である、色白で、尚且つ髪の毛も白銀の女性の隣に赤ん坊を寝かせた。

 

 女性の顔には疲れが浮かんで見えたが、彼女は赤ん坊を見ると大粒の涙を流しながら嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「よかった……!」

 

 赤ん坊のおなかを優しく摩りながら彼女が言うと、それに答えるように赤ん坊も彼女の指を握った。

 

 彼女が苦笑を浮かべながらそれを見ていると、病室の扉が勢いよく開き、黒髪をオールバックにした筋肉質な男性が心配そうに入ってきた。パッとガタイが大きいため、威圧されそうだが、今はそうでもない。

 

「せ、セシル! 大丈夫か!?」

 

「クレイル……ええ、大丈夫よ。この子もね」

 

 言いながらセシルと呼ばれた彼女は、夫であるクレイルに微笑みかける。すると、クレイルも安堵したのかほっと胸を撫で下ろし、彼女の手を握る。

 

「ありがとう、セシル……! よくがんばってくれた……!!」

 

「もう、泣き過ぎよ」

 

 傍らで感謝の言葉を涙ながらに言うクレイルにセシルは苦笑してしまう。

 

 クレイルは涙を拭うと赤ん坊を抱き上げて、赤ん坊の顔を見やる。

 

「かわいいなぁ、どちらかと言うと俺よりもセシルに似たみたいだ。銀髪がそっくりだし、鼻がスッと通ってるところもも似てる。こりゃあ、将来相当イケメンになるな」

 

「あら、アナタに似たところもあったわよ。睫毛とか」

 

「おいおい、俺だけ規模が小さくないかぁ?」

 

 大きく溜息を付きながら言うものの、内心ではかなり嬉しいのか未だに頬が緩みっぱなしだ。

 

「名前はもう決めてあるの?」

 

「ああ! もちろんだ! 色々調べてたんだが、どっかの国の言葉で『光』を意味する『リヒト』にしようと思うんだが……どうだ?」

 

「リヒト……うん、男の子っぽいし良いんじゃないかしら。私は気に入ったわ」

 

「そうか! いやー良かった良かった。反対されたらどうしようと思ってたんだ」

 

 若干焦りながらいった後、彼はリヒトを真っ直ぐに見て告げた。

 

「今日からお前の名前はリヒトだ。俺とセシルの子供だ。産まれてきてくれてありがとうな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――五年後。

 

「母さん! 今日もあそびにいってくる!!」

 

 白銀の髪をロングに伸ばした少年、リヒトは玄関のドアを開けながら台所に立つセシルに告げた。

 

「あまり遅くなっちゃダメよー!」

 

「わかってるー!」

 

 母に軽く手を振りながら家を出たリヒトは、真っ直ぐに友人の家を目指した。

 

 家を出てから数分も立たないうちに、目的の場所にたどり着いた。

 

「ルークー! あそぼうぜー!」

 

 玄関の前で大声で言うと、中から金色の髪をした少年が顔を出す。彼はリヒトが産まれた翌月に産まれた少年で名をルークという。

 

 生まれつき身体が弱いようで、あまり外で遊ぶ事はないが何故かリヒトとはうまが合うようでこうして幼馴染の関係を持っている。

 

 しかし、顔を出したルークはどこか残念そうだ。

 

「ごめんよ、リヒト。今日は母さんに家にいなさいって言われてるんだ」

 

「そっかぁ……」

 

 申し訳なさそうにいうルークにリヒトも少しがっかりしたようなそぶりを見せるが、何かを思い至ったのかポンと手を叩いた。

 

「そうだ! だったらルークの部屋で遊ぼうぜ! それなら出かけないから平気だろ?」

 

「う、うん。僕は別に良いけど……中で走ったりはしないでね?」

 

「わかってるって! それじゃあ、おじゃましまーす!」

 

 ルークの動揺を尻目にリヒトはさっさとルークの家に入り、彼と一緒に部屋へ向かった。

 

 部屋に着いた二人はそれぞれ適当なところに座り、適当におもちゃで遊び始めた。

 

 時折本を読んだりもしたが、やはりおもちゃで遊んでいる方が楽しかったのか、あまり長続きはしなかった。

 

 一時間ほど遊んだところで、ふとルークがリヒトに問いを投げかけた。

 

「ねぇリヒト。リヒトのしょうらいのゆめってなに?」

 

「しょうらいのゆめ? それっておとなになったら何をしたいかってことか?」

 

「そうだよ。もう何かきめてるの?」

 

「おう! オレはてーこくのぐんじんになりたい! そんで、悪いやつらをやっつけるんだ!」

 

 ビシッと拳を突き出しながら言うと、ルークはやっぱりと言う様にクスクスと笑った。

 

「フフ、やっぱりリヒトならそういうと思ったよ」

 

「なんだよそれー。じゃあじゃあ、お前のゆめってなんだよルーク?」

 

「僕? 僕は……ていこくのかんりょうになって、皆の暮らしを楽にしてあげたいかな」

 

「かんりょー?」

 

「窓の外にみえるでしょ? きゅうでんではたらいている人たちのことだよ。リヒトもぐんじんになるなら入ることもあると思うよ」

 

 ルークの言葉を果たして理解したのかしていないのか、リヒトは小首をかしげながら窓の外に見える宮殿を見やった。

 

 けれど、すぐに視線を戻して遊び始める。

 

 そのまま数時間ルークと遊んでいると、時計が鳴った。

 

「あ、もう帰らないと。そんじゃ、また来るぜルーク」

 

「うん、またね。リヒト」

 

 軽く手を振りながらルークの家から出ると、そのまま自宅を目指す。すると、その途中で声をかけられた。

 

「おぅい、リヒト」

 

 そちらに視線を送ると黒髪をオールバックに纏め上げた、筋肉質な男性、リヒトの父であるクレイルが手を振っていた。

 

「父さん!」

 

 彼の姿を見つけて駆け寄っていく。そして彼が近くまで来るとクレイルは高い高いをするように抱き上げる。

 

「なんだ? また、ルークのところに行ってたのか?」

 

「うん。一緒に遊んでた」

 

「まったく、お前とあの子はタイプが違うってのに本当に仲がいいなぁ。まぁとりあえず今は家に帰るか。そろそろお母さんがご飯の準備をしているころだしな」

 

 リヒトを肩車しながらクレイルが言うと、リヒトは大きく頷いて返した。

 

 夕日に照らされ家路につく二人だが、ふとリヒトがクレイルに告げた。

 

「父さん。オレさ、てーこくのぐんじんになりたい」

 

「……そうか」

 

「そんでさ、悪いやつをたくさんやっつけるんだ!」

 

「……そうだな、いい夢だ……」

 

 先ほどまで笑顔を浮かべていたクレイルだが、リヒトの宣言を聞いた瞬間、どこか悲しげな面持ちになった。

 

 しかし、リヒトはそれに気が付く事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜中。

 

 既にリヒトが眠ったあと、セシルとクレイルは寝室で話し合っていた。

 

「セシル。今日、リヒトが帝国の軍人になりたいって言ったんだ。……どう思う?」

 

「……私は反対よ。あんな腐りきった帝国の軍人にあの子をさせるなんて」

 

 拳をキュッと握り締め、眉間に皺を寄せているセシルに対し、クレイルも静かに頷く。

 

「ああ、俺も出来ればあの子を軍人にはしたくない。でも、全員が全員腐敗してるわけじゃない」

 

「でも……」

 

「わかってる。だから、あの子が軍に入るまで、俺があの子を強い子にしてみせる。肉体的にはもちろん、精神的にもな」

 

 落ち着いた様子でクレイルが言うと、彼の手にセシルが手を重ねる。

 

「貴方がそういうのなら私は止めません。でも、これだけは約束して。絶対に無理はしないで」

 

「ああ、わかった。……そのうちあの子にも帝国の現状を話しておくとするよ」

 

「そうね。そのほうが良いかもしれないわ。でも、後一つだけ言わせて。決してあの子を貴方みたいなガチムチのマッチョにはしないでね?」

 

「えッ!? ダメ!?」

 

 クレイルは本気で驚いていたようだが、セシルはただ頷く。

 

 ……まぁいずれにせよあの子が軍人にならないって言っても鍛えるつもりではいたんでしょうが。

 

「やっていいのは細マッチョね」

 

「えー……。やっぱり俺のようながっちりした方がよくないかぁ?」

 

「嫌よ。あの子イケメンになるし、それなのに身体はそんなにがっちりしてるなんて」

 

 結局、深夜までこの話は続いた。

 

 

 

 

 

 翌日の早朝、クレイルはリヒトを起こし、家族三人で食卓に着いた。

 

「なぁリヒト。やっぱり、まだ帝国の軍人になりたいか?」

 

「うん」

 

 リヒトの目は真剣そのものであり、半端な気持ちでなりたいと言っている訳ではないと理解できた。

 

 彼の覚悟を見極めたクレイルはセシルに視線を送る。セシルもまたそれに答えるようにコクッと頷く。

 

「よし、それじゃあリヒト。軍人になりたいならまずは身体を鍛えないといけない。だから、今日から俺がみっちりお前を鍛えてやる」

 

「きたえる?」

 

「ああ、お前を強くするんだ。安心しろ、これでも俺は元帝国の軍人だ。まぁ今は怪我の影響で軍には所属していないんだけどな」

 

 半袖を少し脱いでクレイルが肩を見せると、そこには痛々しい傷跡と、手術のあとのようなものがあった。

 

 傷口を見てリヒトはゴクリと生唾を飲み込んだが、すぐに被りを振る。

 

「もちろん、軍に入ればこんな傷を負うこともある。それだけ危険なんだ。だからこれが最後の確認だ、本当に軍人になりたいか?」

 

 鋭い眼光でリヒトを見るクレイル。

 

 しかし、リヒトは決してそれに臆することなく頷くと、

 

「うん、オレはそれでも軍人になりたい。そんで皆を守れるようになったり、悪いやつをやっつけられるようになりたい」

 

「……わかった。じゃあ、今日から鍛錬を始めるぞ! 覚悟しろよ」

 

 そして、クレイルによる鍛錬が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――そして八年後。

 

 帝都近郊に存在する山、フェイクマウンテンにて、十三歳になったリヒトはクレイルとの鍛錬に今日も明け暮れていた。

 

「結構霧が濃くなってきたけど大丈夫かな、父さん」

 

「なんだ? 怖くなってきたのか?」

 

「違うって。ただ、こうも濃いとやっぱりあいつ等が出るんじゃないかなって――」

 

 瞬間、リヒトは前に前転した。

 

 そしてそんな彼の頭上を太い木の枝のようなものが風を巻き込みながら通過する。

 

「――やっぱり出たか。木獣に石獣」

 

 すぐさま態勢を立て直して腰に下がっている剣に手をかける。

 

「父さんは肩あがらねぇんだから喰われない様に隠れてろよ」

 

「まだまだ自分の子供に負けるわけにはいかねぇよ。特級は無理かもしれんが、一級くらいまでなら何とかなる。それに木獣は雑魚だからな」

 

 クレイルも背負っていたリュックを下ろすと、剣を抜いた。

 

 そうこうしているうちに、周りにあった殆どの樹木が木獣に変わり、転がっていた石も石獣に変異した。

 

「死ぬなよ?」

 

「どっちが!!」

 

 言いながらクレイルより先にリヒトが駆け出し、木獣達を狩りに向かった。

 

 

 

 

 

 数分後、積み上げられた木獣の屍骸に座り込みながらリヒトがため息をついた。

 

「あー……弱いくせに数は多いんだよなぁ」

 

「まぁそう言うな。木獣も食えるし、今日の夕飯はこれにしよう」

 

 木獣を捌きながら肉を取り出したクレイルは捌く用の小刀を放ってきた。

 

「お前もやれ、働いた分夕飯が増える」

 

「へーい」

 

 面倒くさそうに木獣の屍骸の山から下りると、調理しやすい大きさに切り分け始める。

 

 ある程度木獣やら石獣を捌き終えた二人はフェイクマウンテンから下山し、川原の近くでテントを張った。

 

 その後林で薪を拾い、リヒトは火を起こす。焚き火が完全に燃え上がったところで、リヒトは夕焼けと夜がちょうど交わりあう、群青色の空を見上げながら息をついた。

 

「この鍛錬も明日で終わりかー、結構早かったな」

 

「まぁ一週間くらいだからな。軍に入ったら辺境に送られることもある。これが終わったらまた別の場所で鍛錬だ」

 

「次は何処ですんの?」

 

「そうさな……出来れば寒冷地がいい。寒い地域の気候にも慣れておくのも大切だからな」

 

 木獣の肉を串に刺して焚き火にくべながらクレイルにリヒトは納得したように頷く。

 

「やっぱり父さんはすごいな。軍に入ってたときもいろんな所に行ってたんだっけ?」

 

「ハハ、まぁな。よく言えばいろんな経験を積んだ、悪く言えば辺境にすっ飛ばされてただけだけどな。……でも、戦地で異民族の人たちの命を奪ってきたのも事実だ。何人殺したのかもわからない。そのうち人を殺すことに何の躊躇もしなくなっちまった。

 人間ってのは恐ろしいよなぁ。それが習慣になっちまえば何の躊躇もしなくなって、恐怖すらも磨耗して行っちまう」

 

 目の前でゆらゆらと揺れる炎を見ていたクレイルの双眸は酷く悲しげで、後悔も入り混じっていた。

 

 この話自体はリヒトからすればもう何百と聞かされた話であったが、彼はこの話をいつも真剣に聞くようにしている。

 

 軍人になるために修行が始まってからというもの、リヒトはセシルとクレイルからこの国の政治面的な話と軍事的な話を教わった。

 

 今現在、帝国を纏め上げていた皇帝は病床についている。けれど、余命幾ばくもないらしい。今は何とか大臣のチョウリが管理をしているものの、その裏では副大臣であるオネストが暗躍しており、帝国は腐敗の一途を辿っている。

 

 リヒトも帝国の暗い影が濃くなってきたのはわかってきていた。待ち行く人々は暗い顔をしているし、強盗も頻発するようになっていた。

 

 さらには官僚たちの汚職、警備隊の中には賄賂をもらっている者もいるとのことだ。富裕層ではその財力で地方出身者を遊び道具にするなんということもあるらしい。

 

 軍事面から見ても、皇帝が病床につく前よりも異民族との戦争が増えている。更には罪のない人々を殺すなんていうこともざらにあるようだった。

 

 しかし、これらを聞かされてもリヒトの帝国軍に入るという夢は変わらなかった。いや、むしろ幼年期よりも強くなったといっても良いだろう。

 

 それはリヒトの中で夢が軍人になって悪いやつをやっつけるというだけでなく、もう一つ増えたことだ。父と母、二人の話を聞いてリヒトは腐敗する帝国を内側から変えたいという夢が出来たのだ。

 

 そのことを親友であり、幼馴染でもあるルークに話すと、彼もまたそれに同意した。そして二人は誓った、リヒトは軍事面で、ルークは政治面でこの国を変えて見せると。

 

 ……でも、それにはもっと力が必要だ。

 

 グッと拳を握り締めるリヒトの瞳には覚悟の炎が光って見えた。

 

 すると、彼の鼻先に焼けた肉がずいっと出された。

 

「ホラ、明日に備えて食っとけ」

 

「うん。それで明日はなにをするんだ? 今日と同じ感じ?」

 

「いいや、明日は少し試験のようなことをする。なぁに、今のお前ならなんとかなるさ。それ食ったら少し勉強して、そこの川で軽く水浴びをした後に寝るからな」

 

「えー、勉強すんのー?」

 

「ったりめぇだろうが。軍人になるには多少勉強も出来ないといけないんだよ。ただ強いだけじゃ、いろいろ見落としちまうこともあるしな。ほれ、さっさと食え」

 

 言いながらクレイルは肉にかぶりつくが「かてぇなこれ」などと愚痴を零しながら咀嚼した。

 

 勉強という言葉に辟易した様子のリヒトも、串に刺さった肉を口に入れる。

 

「かてぇ……」




はい、一話を投稿してみました。
とりあえずはリヒトの生まれからですが、原作に絡むのはもうちょい先ですね。あと二、三話ですかね。
木獣ってうまいんだか不味いんだか……まぁ危険種は食えるものもいるらしいですし……。
話中で色々独自の解釈はありますが、果たしてそれが合っているのかはわかりません。設定資料を読みましたが、載っていないことも多々ありましたので。
どこか変だと思われましたらお気軽にお申し付けください、修正いたします。

では、感想などありましたらよろしくお願いします。


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第二話

 翌日、空が白んできた早朝にリヒトはクレイルに起こされた。

 

 二人は軽く朝食を済ませると、それぞれ顔を洗い、テントをしまって森の中へと入っていく。

 

「昨日試験をするって言ってたけど、具体的には何をするんだよ、父さん?」

 

「ん? まぁついて来い。この先にいるって情報だからな」

 

「いる?」

 

 小首をかしげながら聞くものの、クレイルは答えず二人はどんどんと森深くへ進んでいく。やがて山の断崖に出来た洞窟の近くの茂みまでやってくると、クレイルがしゃがむように促す。

 

 そのままハンドサインでリヒトに指示を出すと、リヒトもそれに頷き茂みの中から顔を出した。

 

 すると、彼の瞳の中に今まで見たことのない生物がいた。

 

 その生物は黒光りする外殻を持ち、巨大な鋏をもつ、海に生息するカニのような生物だった。

 

「あれは?」

 

 声を潜めながら問うと、クレイルもささやき声で告げた。

 

「アイツはロウセイキャンサーっつってな。普通なら帝都からもっと北西にあるロウセイ山に生息してる一級危険種だ。まぁここに来たのはたまたまだろうな。基本的に危険種は何処にでも生息している」

 

 話しながらロウセイキャンサーを観察していると、周囲を警戒するように見回していた。

 

「あれが試験の相手ってこと?」

 

「ああ。アイツはまだ子供のほうだが、一級危険種なんてそうそう相手には出来ないからな。それに、昨日戦った木獣やら石獣を倒せるんだったら、アイツも倒せるはずだ。

 安心しろ、危なくなったらちゃんと助けてやるから」

 

 言うと、クレイルが背中をぽんと押してきた。

 

 それに小さくため息をつきつつ、剣を抜き放ちながら茂みから出る。

 

 茂みが揺れる音に反応したのか、ロウセイキャンサーがぐるん! と音がしそうなほどの勢いでこちらを向いた。

 

 しかし、その瞬間には既にリヒトは懐にまで潜り込んでおり、腹に剣をつきたてようとしていた。

 

 けれど、当たるかいなかの瞬間、ロウセイキャンサーの巨大な鋏が剣をはじく。

 

「チッ!」

 

 舌打ちをしながらバク転の要領で後退する。

 

「かってー外殻だなくそ!」

 

「子供だからって油断はするなよ。あれでも一級の危険種だ」

 

「わかってる! 父さんは絶対に邪魔すんなよ!」

 

 クレイルに言いながら、今度は剣を両手で構えながら突貫する。

 

 ……今度はギリギリまで引き付けてからズバッと行ってやる!

 

 思考をめぐらせながら接近していると、巨大な鋏が開きながらリヒトに迫る。それを冷静に見極め、スライディングをしてロウセイキャンサーの背後に回りこむ。

 

「でやああああッ!!」

 

 気合を入れながら背部を切りつけるが、それでもロウセイキャンサーにダメージを与えるには至らない。

 

 そしてもう一度距離をとり、呼吸を整える。

 

 ……くっそ、硬すぎだろ。もうちょっと柔らかい部分があっても――。

 

「――? 待てよ、柔らかい部分?」

 

 なにかを思いついたのか一度深く深呼吸をすると、剣を構えてロウセイキャンサーを見据える。

 

「あそこなら、ぶった切れるはず」

 

 リヒトが言うと同時に、今度はロウセイキャンサーのほうが突っ込んできた。例によって巨大な鋏が広がりながらリヒトを捕らえようとする。

 

 けれどこの攻撃自体は大して脅威でもなんでもない。落ち着き払った様子で鋏による攻撃を避けると、鋏は地面に深々と突き刺さる。

 

 すると、これを待っていたという風に剣を振りかぶり、リヒトはロウセイキャンサーの鋏と腕の部分を繋ぐ節に剣を突き立てる。

 

 突き立てられた傷口からは血が噴出し、それはリヒト自身にも降りかかるが、そんなことを気にしてはいられない。

 

 ロウセイキャンサーは痛みでのたうちまわるが、鋏は思いのほか深々と突き刺さっていたようで、簡単に抜ける様子ではない。

 

「暴れんなって! そのうち楽にしてやっから!!」

 

 言いながら突き立てた剣をスライドさせて鋏を斬り落とす。

 

 聞くに堪えない悲鳴が上がり、斬りおとされた鋏が軽い地響きを立てて落ちるが、リヒトの手が休まる事はなく、今度はもう一方の鋏を切り落としにかかる。

 

 またしても鮮血が降りかかり、服をべったりと濡らすが、手つきはもうなれたものだ。あっという間に鋏を斬り落とすと、一旦離脱する。

 

 顔にかかった血を乾いている服の袖で拭っていると、クレイルが声をかけてきた。

 

「気がついたみたいだな。まぁ今回の修行の成果ってわけだ」

 

「観察眼を養うってこと?」

 

「そうだ、どんな敵にも弱点はある。木獣やら石獣と戦ってあいつ等の擬態を見破れるなら、それは観察眼が鍛えられてるってことだ。その鍛えた観察眼で相手を良く見て、刃が通りやすい部分を探す。

 敵を見ていれば必ず襤褸が出る。それを察知するのも戦いにおいては重要だ。ほい、解説終わり、後は簡単だろアイツに留めさしてやれ。腕を失ったロウセイキャンサーほど哀れなモンはねぇ」

 

 クレイルが顎をしゃくって差すと、確かにロウセイキャンサーは腕から大量の血液を噴出し、口からも唾液と血液が入り混じった吐瀉物流れていた。

 

「……ごめんな」

 

 短く言ったあと、リヒトはロウセイキャンサーに切りかかり、頭の後ろにある節に剣を突き立てて深く押し込んだ。

 

 肉を貫通する手ごたえを感じると同時に、ロウセイキャンサーが数回痙攣してその場に腹ばいに倒れ付した。

 

 完全に動かなくなったことを確認してから剣を引き抜き、刀身についた血を振り払い鞘に収める。

 

「ふぅ……」

 

 小さく溜息をついて地面に降りると、急にドッと汗が出てきた。自分でも知らないうちに緊張していたのだろう。

 

 そのまま足の力が入らず尻餅をつきそうになるが、クレイルがそれを途中で受け止めた。

 

「お疲れさん。試験は合格だ……まぁどんな結果でも合格にはする気でいたんだが、それでも子供とはいえ、一級危険種を倒せたのはすごいぜ?」

 

「ありがと。それで、コイツの身や甲殻も剥ぐの?」

 

「そうだな。身は帰って母さんに料理してもらうとして……殻のほうは売って金にするか。お前はそこで休んでろ、疲れただろうからな」

 

 リヒトを近場の木の根元に座らせ、クレイルが懐から小刀を出した。

 

 彼はそのままロウセイキャンサーに手を合わせると「すまんな」と謝り、その身体に小刀を突き刺して解体を始めた。

 

 そして、全て解体が終わり二人はそのまま帝都への帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝都に戻ると、やはり一番最初に飛び込んでくるのは人々の賑わいだが、リヒトの目にはその中で悲しげな瞳をしているもの、絶望に打ちひしがれている者が見て取れた。

 

 そんな彼等を見やりながら歩いていると、不意に背後から声をかけられた。

 

「リヒト!」

 

 振り返ってみると、そこには金髪の少年がいた。

 

「ルーク!」

 

 そう、リヒトの幼馴染であるルークだ。リヒトはクレイルに視線を送る。

 

 クレイルはその意図が理解できたのか「剣は置いてけよ」と言った。それに頷きながら腰に巻いていたベルトから剣を抜いてクレイルに渡す。

 

 そしてルークの方に向かって駆けて行く。

 

「よう、ルーク! 一週間ぶりぐらいだけど元気にしてたか?」

 

「うん。リヒトのほうこそ大丈夫だった? 危険種がいっぱいるフェクマにいったってセシルさんから聞いたけど」

 

「あったりまえだろ。この無傷な身体が何よりの証拠だぜ!」

 

 袖をまくって見せたり腹や背中を見せるリヒトだが、ルークがそれをとめる。

 

「別に見せなくてもいいってば! でも、元気そうで良かったよ」

 

「ああ。お前も勉強がんばってるか?」

 

「もちろん、身体が弱い僕が出来るのはこっち方面しかないからね」

 

 そういう彼の手には文房具と分厚い本、そして羊皮紙の束があった。

 

「おぅい、リヒトー。俺は先に家に帰ってるから、お前はルークと好きに遊んで来い。夕飯には戻って来いよー」

 

「わかったー」

 

 クレイルに返答すると、クレイルも軽く手を振って先に家に帰った。

 

「どーする? 今日は遊べるのか?」

 

「うん、今日は身体の調子もいいからね。空き地にでも行く?」

 

「だな。久しぶりに行こうぜ!」

 

 二人は空き地に向かって歩き出す。その間にリヒトは一週間の鍛錬を話したり、ルークも自分がやってきた勉強の話をしていた。

 

 やがて空き地にやってくると、二人は空き地が妙に騒がしいことに気がついた。

 

「なんだ?」

 

「ずいぶんと騒がしいみたいだけど……あ!?」

 

 リヒトよりも先に空き地を覗き込んだルークが突然驚きの声を上げた。

 

 それに続くようにリヒトも空き地を覗き込むと、空き地では数人の男子が一人の女の子に暴力を振るっていた。

 

 女の子は茶髪の髪をポニーテールに結わいており、その髪を男子達が引っ張ってもてあそんでいる。

 

「リ、リヒト」

 

「ああ、助けるよ。女の子をいじめるやつは見過ごせねぇからな」

 

 リヒトは言うとそいじめ少年達の下に向かっていく。

 

「おい、その辺にしてやれよ。その子泣いてんじゃねぇか」

 

 その言葉に反応した少年達は水を差されたことに随分とご立腹のようで、リーダー格と思しき少年がリヒトに睨みをきかせた。

 

「あぁん? んだよテメェ。俺たちのお楽しみ中に口出すんじゃねぇよ。ぶっ殺すぞ?」

 

「ぶっ殺すって……随分と物騒なヤツだなぁ。オレはただその子を話してやれって言ってんの。もう十分痛めつけただろ」

 

「はぁ? なんで俺がお前に指図されなきゃいけないわけ? 俺はまだ満足してないんだよ。この女を痛めつけるのになぁ!!」

 

 すると少年は足を持ち上げて女の子の顔を蹴ろうとした。

 

 しかし、少女にぶつかる直前でその蹴りはとめられた。

 

 見るとリヒトが少年の足の前に自分の足を挟むように差し出していた。蹴り自体はリヒトにあたったことになる。

 

「な? もういい加減いいだろ? この子が何したのかはしらねぇけど、許してやれって」

 

 もう一度言ってみる物の、少年は少し後ずさって怒鳴る。

 

「うるせぇ! なんなんだテメェ! 急に横から口出してきやがって、俺の邪魔すんじゃねぇよ!!」

 

「お前、なんでここまでこの子に執着してんだよ。見た感じオレと同い年くらいなんだからもうちょっと――」

 

「うるせぇっていってんだろ!! もういい、テメェら! そいつも一緒にやっちまえ!!」

 

 少年が命じると、女の子を取り巻いていた他の少年たちがそれぞれ頷いて今度はリヒトを囲んだ。

 

「ルーク! その子もうちょっと離れた場所にやっとけ!」

 

「う、うん!」

 

 リヒトの声に遠巻きで見ていたルークが頷き、女の子に肩を貸してリヒト達から少し離れた。

 

 それを確認していると、その隙を狙っているつもりであろう太めの少年が殴りかかってきた。

 

 けれどそんなもの危険種を相手取っているリヒトからすれば、大したことではない。余裕でそれを回避すると、少年の背中を軽く押して顔面から地面に叩きつける。

 

「グエ」とカエルが潰れたような声を出した少年を尻目に、そのほかの少年達もリヒトに殴りかかったり蹴りかかったりするものの、結局全てあたらずに最初の少年と同じように、皆地面に叩き伏せられた。

 

「さて、これで残るはお前だけだけど……どーする? 別に逃げたっていいぜ? 追いやしないし。まぁその時にはこいつ等のお前に対する評価はガタ落ちだろうけどな」

 

 叩き伏せた少年達を見やりながらリヒトが言うと、リーダー格の少年はズボンのポケットから折りたたみ式のナイフを取り出して、切先をリヒトに向けた。

 

「おいおい、さすがにそれ出すなって」

 

 肩を竦めながら言ってみるものの、少年にはどうやら声が届いていないようで、叫びながら突進してきた。

 

 しかし、やはり危険種と比べれば鈍重もいいところであり、リヒトは簡単に避け少年のナイフを持っているほうの手首に手刀をかます。

 

「いっ!?」

 

 短い悲鳴を上げる少年だが、彼の足のリヒトの足が引っ掛けられ、彼は盛大にすっ転んだ。恐らく顎あたりを強打しただろう。顎が外れていなければいいが。

 

 すると少年はすぐに身を返してリヒトを見やる。やはり顎を強打したようで顎から血が出ている。けれど大した怪我ではなさそうだ。

 

 しかし、そんな少年を見ることなく、地面に突き刺さったナイフを引き抜くと、少年を呼ぶ。

 

「おい、これお前のなんだからちゃんと持って帰れよ」

 

 言いながら投げたナイフは少年の股間ギリギリに突き刺さった。

 

 それが引き金になったのか、少年はナイフを拾わずそのまま泣き喚きながらどこかへ行ってしまった。それに続いて子分の少年達も逃げていく。

 

「あ、おい! ナイフ持って帰れ……って聞こえてないか。どーすんだこれ」

 

 引き抜いたナイフを折りたたんでいると、ルークと先ほどの女の子がやってきた。

 

「平気か?」

 

「僕はね。でもこの子はやっぱり怪我してる」

 

 ルークに言われてリヒトも少女を見やる。確かに膝や肘、頬などもすりむいているようで、じんわりと血が出ている。

 

「ありゃー、とりあえずバンソーコーは持ってるからルーク、このハンカチその辺の水道で濡らしてきてくれ」

 

「わかった」

 

 リヒトからハンカチを受け取ってルークは小走りに水道へ急ぐ。

 

「さて、とりあえずお前の名前教えてくれるか?」

 

「あ、ごめんなさい。私は、セリューっていいます。セリュー・ユビキタスです! 助けてくれてありがとうございました!」

 

「いや、別に謝らなくてもいいけど。オレはリヒトだ。んで、今ハンカチ濡らしに行ったのがオレの親友のルーク。よろしくな」

 

 握手をするために手を差し出すと、セリューはそれに応じて二人は握手を交わす。そして二人はその場に座り込む。

 

「なぁセリューなんであいつ等に絡まれてたんだ?」

 

「そ、それはあの子達がこの空き地をずっと独占してて、他の子に全然遊ばせなかったからです」

 

「だからお前が抗議したんだけども、結局殴られちまったわけか」

 

「はい……これでも警備隊のパパに色々教えてもらったんですけど、ちょっと数が多くって」

 

「それにお前は女の子だしな。体格的には男のあいつ等のほうが勝るのは当たり前か」

 

 肩を竦めてみるものの、セリューがジーッとリヒトを見ていた。

 

「あんだよ」

 

「あ、すみません! えっと、リヒトさんは随分強いんだなぁって思って」

 

「父さんが元帝国軍人でな。お前と同じで色々教わってんの。危険種の狩り方もな。あと、オレの事は呼び捨てでいいぜ。ルークもそれで気にしねぇだろうし、あと敬語はなしで頼むわ」

 

 言い切ると同時にハンカチを濡らし終わったルークが戻ってきた。彼はそのままセリューの傷口を拭って土や血を拭き取っていき、リヒトからバンソーコーを受け取って傷口に貼り付けた。

 

 その後ルークの自己紹介も終わり、三人は多少話しこむ。

 

「まぁ今日はたまたまオレらが来たからいいけどさ。次からは気をつけろよ?」

 

「うん……でも、あの子達がやってる事は許せないし。独占するのはよくないから」

 

「そうだと思うけど、そのたびに君が声をかけてたらまた今日みたいになるよ。セリュー」

 

「でも、空き地はみんなのものだし……」

 

 二人が忠告してみるものの、セリューは頑なだった。その態度にリヒトとルークは互いに顔を見合わせると小さくため息をついた。

 

「じゃあさ、友達になろうよ。セリュー」

 

「だな、オレらがお前と友達になっとけば、あいつ等もあんまつっかかってこねーだろ」

 

「でも、そしたら二人に迷惑がかかっちゃうよ?」

 

「いいさ。別に気にしないし、女の子を守るのは男子の仕事だもんな」

 

「そうだね。……まぁ僕はリヒトみたいな事は出来ないと思うけど……」

 

 胸を張るリヒトとは対照的にルークは苦笑を浮かべるが、セリューは気にしていないようだった。

 

 すると、今度はセリューの方から手を差し出してきた。

 

「それじゃあ、これからよろしく。リヒト、ルーク」

 

「おう、よろしく」

 

「うん、こちらこそ」

 

 二人はセリューの握手に答え、それぞれ笑みを浮かべた。

 

 そのあと、三人は日が暮れるギリギリまで遊んだが、それぞれが家で親から大目玉を食らったのは言うまでもない。




はい、今回はセリューが登場しましたねぇ……
まぁセリューの親父さんがセリューが何歳の頃に死んでしまったのかはわからないので、この作品中ではこの後、ということにしていきたいと思います。

一応友人にはなりましたが、果たしてそこまで絡むのかどうかw
そのうちリヒトも軍に入りますから、警備隊のセリューとは顔を合わせることも多いので大丈夫でしょう……多分。

では、感想などありましたらよろしくお願いします。


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第三話

 カーテンの隙間から入る陽光と、鳥の鳴き声でリヒトは目を覚ます。

 

「……」

 

 半眼でぬぼーっとしながらも布団から這い出ると、そのままリビングへと向かう。

 

「おはよー」

 

「あら、もっと寝ているかと思ったけれど、早かったわねリヒト」

 

 リビングのソファに座って本を読んでいた母、セシルが声をかけてきた。

 

「んー、まだ眠いんだけどさー。なんか目ぇ覚めた、アレ? 父さんは?」

 

「お父さんは昨日貴方が狩ったロウセイキャンサーの甲殻を市場に出しに行ったわ。朝御飯用意しておくから顔を洗ってらっしゃい」

 

 彼女に言われ洗面所に向かって冷水で顔を洗う。冷たい水のおかげで靄がかかったような脳内が覚醒し、表情もどこかハッキリする。

 

 そのまま顔についた水滴を拭うとリビングを抜けて食卓についた。

 

 すでにテーブルの上には木皿に入ったスープと、その隣には二つのパンが置かれていた。

 

「いただきます」

 

 手を合わせて言うと、リヒトはスープを一口飲んでからパンにかじりつく。

 

「そういえばリヒト、昨日できた新しい友達のセリューちゃんて言ったっけ? どんな子なの?」

 

「普通の女の子だと思うよ。まぁ多少人より正義感が強いみたいだけど」

 

「ふーん、結構かわいかったりするの?」

 

「まぁ普通にかわいい子だとは思うけど……って何でそんなに聞いてくんだよ」

 

「息子のそういった方面の話も面白いじゃない。それで今日は予定とかあるの?」

 

 セシルの問いに理非とは首を横に振る。昨日は十分二人と遊んだし、鍛錬から帰ってきたばかりなので、今日は休息日なのだ。

 

 すると、セシルは小さく笑みを浮かべて言ってくる。

 

「なら、少しだけお買い物に付き合ってくれる? 母さん一人だと大変だから」

 

「そんなところだと思ってたけど……いいよ、別にそこまで動かないでしょ?」

 

「ええ、一時間もあれば終わるから」

 

 セシルに了解したように頷くと、「それじゃあ十時くらいに出るように支度をしておいてね」とだけ告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝食を済ませ、支度を整えたリヒトはセシルと共に家を出た。

 

 二人が向かっているのは、食材やパン類などが売っているメインストリートだ。

 

「今日はなに買うの?」

 

「お野菜がそろそろきれそうだったから、それを買いに来たのよ。あとはパンとか米とかね。あ、お魚も必要かしらね」

 

「まぁいろいろ買うってわけね」

 

 セシルに対しやや肩を竦めるが、彼女は特に気にしていないようだ。

 

 軽くため息をつきつつ、セシルの後についていきながらメインストリートの店を見て回る。

 

 メインストリートだからか賑やかではあるものの、恐らく路地裏ではよからぬことが行われているのかもしれない。

 

 ……皇帝が病気にならなければこんなことにはならなかったんだろうけど。

 

 そこまで思ったところでリヒトは首を振った。皇帝も自ら病気になったわけではない、たまたまかかってしまっただけなのだ。

 

 そんなことを思っていると、前をゆくセシルが足を止めた。

 

 同時に前方が妙に騒がしい。

 

 セシルの隣に出て前方を見ると、なにやらガラの悪そうな男が必死の形相でこちらに向かって駆けて来ていた。その手にはバックがもたれており、彼の後ろからは警備隊員と思われる者達が走っている。

 

「引ったくり?」

 

「みたいね。ヤレヤレだわまったく」

 

 話していると引っ手繰り犯がすぐ近くにまで来ており、その瞳がセシルを捕らえるのをリヒトは目撃する。

 

 恐らく人質にしようとしているのだろう。

 

 ……馬鹿なヤツ。

 

 案の定男はセシルに手を伸ばしてきたが、彼女はそれにまったく動じることなく男の手をはらりと避けると、足を引っ掛ける。

 

 かなり急いで走っていたためか、男は凄まじい勢いで転び、数メートル地面と熱いキスを交わすこととなった。

 

 転んだ痛みで男がうめいていると、警備隊が追いつき彼を確保した。

 

「うわーアレ絶対痛いって……」

 

「まぁそうね。でも、人を人質にしようとしてたんだから、かわいそうとは思わないけれど」

 

「母さんて地味にS入ってるよね?」

 

「そうかしら?」

 

 苦笑しながら聞いてみるものの、セシルは何処吹く風だった。

 

 すると男を拘束した警備隊の一人がセシルの下までやってきて軽く頭を下げた。

 

「ご協力感謝します、ご婦人」

 

「いえいえ、警備ご苦労様です。では」

 

 手短に挨拶を済ませた彼女はリヒトの襟を軽く引っ張って買い物へと戻る。

 

 買い物に戻った二人だが、リヒトはセシルに問うてみた。

 

「警備隊の人でもああいう人っているんだね」

 

「まぁ全員が全員悪いヤツではないってことよ。多くの場合は市民を守ろうとしているけど、中には賄賂を受け取ってる悪徳警備隊員もいるらしいわ」

 

「そいつ等も国をおかしくするヤツだよね?」

 

「そうね。でも、こういう話は外でしてはいけないわ。ばれたらあらぬ罪を着せられる可能性もあるから」

 

 言い聞かせるように言うセシルだが、この話も何度か聞いたことがある。

 

「さて、それじゃあ買い物を続けましょう。リヒト、ちゃんと荷物持ってね?」

 

「わかってるよ」

 

 彼女に対して頷くと、二人は買い物を再開する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リヒトー」

 

 買い物が終わり、荷物を持ちながら家路についていると、不意に背後から声をかけられた。

 

 そちらを見ると、栗色の髪をポニーテールにした少女、昨日友達になったセリューがこちらに手を振っていた。

 

 彼女の隣には警備隊と思われる男性がいる。

 

「あぁ、アイツの親父さんか」

 

 確かセリューは『警備隊のパパ』と言っていたことを思い出し、納得する。そそんな風に自己完結していると、セシルが声をかけてきた。

 

「リヒト、あの子がセリューちゃん?」

 

「うん。多分隣にいるのはアイツの親父さんだと思う。警備隊に勤めてるって言ってたし」

 

 そんな風に話していると、セリューがこちらに向かって駆け出してきた。その後ろに彼女の父もついて来る。

 

 彼女が目の前までやってくるとリヒトは薄く笑みを見せながら声かけた。

 

「よう、セリュー。怪我は平気か?」

 

「うん! これぐらい平気平気」

 

 えっへん、と言うように胸を張るセリューを見ると、確かにあまり後を引くような怪我はなさそうだった。

 

「まぁ大丈夫そうならよかったよ」

 

 肩を竦めて言ってみると、彼女の父親から声をかけられた。

 

「本当にすまなかったねリヒトくん。私から礼を言わせてくれ、セリューを助けてくれてありがとう。親御さんも感謝が遅れて申し訳ありませんでした」

 

「気になさらないでくださいな。それよりも、こんな可愛らしい女の子に大きなお怪我がなくて本当に良かったです」

 

「ハハ。この子は昔から妙に正義感が強くて。まぁ警備隊に所属している私の影響もあるのでしょうが」

 

 セリューの頭にポンポンと手をのせながら彼は笑みを浮かべた。セシルもそれに笑みで答えていると、急にセリューの父親が何かを思い出したかのように手を叩いた。

 

「お買い物の最中に引き止めてしまって申し訳ありません。では私もこれからこの子と買い物へ行かなくてはならないので。これで。

 ほら、セリュー。リヒトくんに挨拶なさい」

 

「はーい、それじゃあまたねリヒト。あ、そうだ! 明日また遊ぼうよ! ルークも誘ってさ」

 

「ああ、そだな。それじゃあ、昨日の空き地に一時くらいでいいか?」

 

「うん、いいよ。じゃあ明日ね!」

 

 セリューは笑顔を浮かべ、手を振りながら歩いていった。彼女の前では彼女の父が最後にもう一度頭を下げて感謝を表している。

 

 やがて二人の姿が見えなくなると、セシルが若干小悪魔的な笑みを浮かべる。

 

「随分かわいい子ねぇ。リヒトー、アンタがんばりなさいよー?」

 

「がんばれって……セリューはただの友達だって何回も言ってるだろ。ホラ、そろそろお昼だから帰ろうよ。父さんも帰ってくるだろ?」

 

「フフ、そうね」

 

 セシルの問いを一蹴しながらリヒトは歩き出す。

 

 しかし内心では国が大変な状況であっても、自分達の周りは基本的に平和であってよかったとも思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の深夜、なにやら外が騒がしく、リヒトは目を覚ましてしまった。それはクレイルやセシルも同じなようで、リビングから声が聞こえてくる。

 

「なにかあったの?」

 

 部屋から出ると、リビングのソファに座っていたクレイルが頷いた。

 

「なんか賊が出たらしい。まぁこのご時勢だからな、多分何人かは一般市民だろうさ」

 

「でもこれだけ騒いでいるってことは結構大事なのかしら」

 

「かもな。多分警備隊も出動してるだろ。まぁこっちまでは来てなさそうだから、お前はもう寝ろ。明日セリューちゃんと約束してるんだろ?」

 

「うん、あぁでも喉渇いたから水飲む」

 

 台所まで行ってコップに水を注いで、それを一気に煽った後、両親に「おやすみ」とだけ告げてリヒトはベッドへ戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、昼食を終えたリヒトとルークは空き地でセリューが来るのを待っていた。因みにルークには昨日の夕方に伝えたのだ。

 

 時刻は午後0時50分。そろそろ来てもいい頃合だと思うが。

 

「ねぇリヒト、昨日の夜に賊が出たって知ってる?」

 

「ああ、結構騒いでたよな。まぁ警備隊が何とかしただろ」

 

 そんなことを話ていても、一向にセリューが姿を見せる事はなかった。結局、一時を過ぎても来なかったので彼女が来るまで適当に遊んでいるかと決めた二人だが、待てど暮らせどセリューは来なかった。

 

「もう一時間たってっけど……アイツ何してんだ? 風邪でもひいたんかな?」

 

「どうだろう、でも僕達セリューの家知らないから確かめようがないよね」

 

「そうだなぁ……まぁいいや、オレら二人で遊んでようぜ」

 

「だね。もしかしたら遊んでるうちに来るかもしれないし」

 

 互いに大して気にもせずに二人は遊んだ。

 

 しかし、結局セリューは来なかった。日が傾きかけても姿を現さなかった。

 

 二人は「まぁ風邪でもひいたか、都合が出来たんだろう」と楽観的に済ませてしまったが、その日以来、セリューが空き地に現れることはなかった。

 

 それどころか、二人の前に姿を現すこともなかったのだ。まるで、存在そのものが消えてしまったかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――三年後。

 

「おぅい、リヒトー。今日は軍の入隊式だろー」

 

「ああ、わかってるよ父さん」

 

 父に言われ、白銀の長髪を一本に結った長身の少年、リヒトは腰に剣を差してリュックを背負ってからリビングへ出る。

 

「あら、やっぱり髪は纏めていた方がすっきりするわね」

 

「ああ、というかもう短く切っちまえよ。鬱陶しいだろ」

 

 両親が口々に言ってくるが、リヒトはそれに首を振る。

 

「いや、オレはこっちの方が好きだからさ。……そんじゃ、父さん、母さん。いってきます」

 

 深々と頭を下げて言うと、クレイルはニヒルな笑みを浮かべる。セシルも笑みを浮かべていたが、その目尻には涙が光っていた。

 

 そう、リヒトは軍へ入ることが決まったのだ。そして、今日がその入隊式。これから彼は軍部の寮で生活することになるのだ。

 

 三人は外に出ると、リヒトは二人に向かいあいながら告げる。

 

「それじゃあ、行くよ。二人とも身体には気をつけてな」

 

「おう、お前もがんばれよ。絶対に死ぬんじゃないぞ」

 

「つらくなったらいつでも帰ってきなさいね」

 

 二人の激励と思いやりの言葉に頷くと、彼はそのまま踵を返して宮殿へ向かう。

 

 

 

 そんな彼の背中を見送りながら、セシルはクレイルに寄りかかる。

 

「あの子なら、大丈夫よね?」

 

「ああ、俺達の子だ。間違いなんか起こさないさ」

 

 二人は、リヒトの姿が見えなくなるまでずっと見守っていた。

 

 

 

 

 

 宮殿に向かう途中、街角に金髪を綺麗に切り揃えたリヒトよりも少し背の小さい少年、ルークがいた。

 

「やぁリヒト、今日入隊だっけ?」

 

「ああ。正式には今日入隊して本格的な訓練とかは明日からだけどな」

 

「そっか、僕はこれから目をかけてもらえた政務官の先生のところでお手伝いなんだ。宮殿には一緒に入る事は出来ないけれど、僕の夢は君と一緒だから、いつか必ず追いつくよ」

 

「おう、待ってるぜ。そっちもがんばれよ」

 

 ニッと笑った二人は互いの拳をぶつけ合ってそのまま別れた。

 

 ルークと別れ、宮殿まで後少しとなったところで、彼は人ごみの中で見覚えのある人物を発見した。

 

 ……あれは。

 

「まさか……セリュー!?」

 

 思わず大きな声を出してしまった。すると、彼の視線の先にいた栗色のポニーテールの少女が振り向いた。

 

 少し距離があるが、間違いなかった。彼女は三年前に会ったきりの友人、セリュー・ユビキタスだ。

 

 セリューもリヒトに気がついたのか彼に手を振りながらかけてくる。

 

「リヒト! 久しぶり!」

 

「久しぶりじゃねぇよお前! 三年間も姿見せなくて何してたんだ?」

 

「あ、それはごめん。ちょっといろいろあってさ」

 

 申し訳なさそうに顔を伏せる彼女だが、リヒトは小さくため息をつくと肩をすくめた。

 

「まぁいいさ。こうしてまた会えたんだ、でもそれって確か警備隊のだよな?」

 

「うん、私も今日入隊なんだ。リヒトは軍だっけ?」

 

「ああ。そっか、親父さんと同じ警備隊に入ったのか。親父さんは元気か?」

 

 瞬間、セリューが悲しげに顔をゆがめた。

 

 そして彼女はポツリポツリと告白し始める。

 

「パパは……賊に殺されたの。三年前に」

 

「……それって、まさか」

 

「うん。リヒトと遊ぶ約束をしたその日の夜に、パパは凶賊に殺されたの」

 

「……わるい、言いにくいこと聞いちまって」

 

「ううん、いいの。それに私にも目標が出来たから」

 

 彼女は目尻に浮かんでいた涙を指の腹で拭うと、真剣な様子で言う。

 

「パパは死んじゃう前にいったんだ、『正義は悪に屈してはならない』って。だから、私はそんなパパの意思をついで、この国に蔓延る悪を全部根絶やしにすることにしたんだ」

 

 はたから聞けば彼女の言う事は理解が出来るだろう。しかし、リヒトは目の前で言ってのける彼女の瞳が酷く歪んでみえた。

 

 恐らく自分でも怪訝な表情はしていることだろう。けれど、セリューはそれに気がつかずにポンと手を叩いた。

 

「っと、それじゃあ私はこっちだからもう行くね。リヒトもがんばってね。そして一緒に悪を倒そうねー!」

 

 軽快なフットワークで人ごみを抜けながらセリューは手を振りながら姿を消した。

 

「悪を根絶やしに……か」

 

 恐らく彼女はこの国に蔓延る本当の悪がわかっていないのだろう。この国の悪、それは他でもない帝国の政府そのものなのに。

 

「いや、それよりもオレも急がないと」

 

 軽く被りを振ってリヒトは小走りに宮殿へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宮殿では既に多くの者達が広場に集まっていた。

 

 上を見ると謁見の間と思われる部屋からテラスのようなものが伸びている。恐らく皇帝があそこから顔を出すのだろう。

 

「にしても、結構いるもんなんだなぁ」

 

「そりゃあそうだろうよ」

 

 呟いたつもりが近くにいた少年に答えられてしまった。

 

「この情勢なんだ、軍に入りたいなんてヤツは五萬といる。その中で受かった俺らは幸運だぜ。っとわりぃ紹介が遅れたな、俺はラウル。よろしくな」

 

「オレはリヒトだ。こちらこそよろしく」

 

「よろしくな、リヒト。つーか知ってるか? この入隊式、式なんていってるがあんまり形式ばったことはしないらしいぜ? そのうち係りのヤツが来て寮に入れられるって噂だ」

 

「そうなのか、じゃあ別にぼーっとしてても平気ってわけだ」

 

 リヒトは小さく息をついたあと、先ほど見えたテラスを見上げる。

 

「あれは……」

 

 見えたのは子供とその傍らで何かをもちゃもちゃと食っている巨漢の男だった。

 

 恐らく、子供の方が先代皇帝の息子だろう。そして現皇帝だ。彼の隣にいる巨漢の男がオネスト大臣だろう。

 

 パッと見だと鈍重極まりなさそうな男だが、あの男は今の幼い皇帝を世継ぎ争いの結果勝たせた相当のキレ者らしい。また、そのおかげで前大臣だったチョウリがやめ、彼が大臣となった。

 

 しかし、彼が大臣に就任してからと言うものの、帝国の腐敗は一気に加速した。そして、異民族たちとの戦争も増え、帝国はますます混沌としていった。

 

 また、官僚の中には彼が就任してから消えたと言うものもいるし、何かと黒い噂が絶える事がない。

 

「……アイツが、全ての元凶ってことか……」

 

「? なんか言ったかリヒト?」

 

「いや、なんでもねぇ」

 

 ラウルが問うて来るが、リヒトは首を横に振って何事もない風を装う。

 

 その後、係官がやってきてリヒト達はそれぞれ用意された寮へと入ることとなった。




はい、今回はリヒト十六歳まで持ってきました。
まぁ入隊式なんて言ってますが、これは完全に自己解釈です。もしかしたらするんじゃないかなって思っただけです。タツミのときは情勢が酷かったですから、仕官制だったのでしょう。
そして謎なのが……帝国軍って何歳で入れるんでしょうねwこっちでは十六歳ってことにしといてますが……まぁエスデスがリヒトよりちょっと上だから恐らく今は将軍への道を駆け上がってることでしょう。ナジェンダさんもそれぐらいかな……

途中出てきたセリューの親父さんなんかはまったくの想像です。
本編出てきてないからわからん……。
ですがまぁこれで軍に入ってリヒトがいろいろして、いよいよ出てきますよダークな部分が!

では、今回はこれにて……
感想などありましたらよろしくお願いします。


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第四話

 軍に入隊した翌日から訓練と言う名の選別が始まった。この中で使えると判断されたものは帝都近郊に残されるが、使えないと判断されれば即異民族との戦争のための補充要因として向かわせられる。

 

 リヒトからすれば何処に向かうことになろうがどうでも良いのだが。

 

「……レベル低いな」

 

 呟きを漏らすが誰にも聞こえてはいないだろう。現在、彼の目の前では新兵同士の模擬戦が行われている。

 

 模擬戦は数ブロックごとのトーナメント形式となっており、最終的に勝ち残ったものだけが帝都近郊に配置されると言うことだ。

 

 また、それは将軍級の人物達にも見られているようであり、周囲からの視線が痛いほどだった。

 

「まぁ殆どは地方からの出稼ぎ連中だから仕方ないっていえば仕方ないのか」

 

「なにぼそぼそ言ってんだよリヒト。次お前の番だぞ」

 

 横から声をかけてきたのは昨日友人になったラウルだ。彼はリングの上を指差しており、確かにそこにはリヒトの対戦相手がいた。

 

「ヤベ」

 

「ぼーっとしてんなよ」

 

「ああ、さんきゅな」

 

 軽く礼だけ言うと、リヒトは軽い身のこなしでリングへと上がる。対戦相手を見ると、相手は二メートルは超えているかと思うほどの巨体だった。

 

 筋肉もしっかりついていたからかなり鍛えているのはわかったが、あまり戦闘慣れしているようには思えなかった。

 

「おいおい、こんなガキが俺の相手かよぉ! 殺しちまうかもしれねぇぜ!?」

 

 大男の言葉に周囲の新兵達が笑うものの、リヒトはまったく臆した様子も見せずに肩を竦めた。

 

 するとそれが癪に障ったのか彼は苛立った様子でずいっと顔を近づけてきた。

 

「おうおう、今呆れてなかったか? なんだ? 俺じゃあ相手にならないってかぁ?」

 

「別にそんなこといってねぇだろ。つーか顔近づけんな口が臭え」

 

 瞬間、大男は額に血管を浮き出させて拳を振り上げて強烈な拳打を放つ。しかし、危険種と比べれば鈍重極まるその動きにリヒトが反応できないわけがない。

 

 さらりとそれ避けると踵で思い切り男の足を踏みつける。その際コキッという小気味良い音が聞こえたが、まぁ問題はないだろう。

 

 男はそれがそうとうの激痛だったのか、少しうめいたが、すぐにリヒトを睨んで殴りかかってくる。

 

 例によってそれをいとも簡単に避けてみせると、そのまま相手の懐に滑り込み、男の顎に向かって逆立ちするように強烈な蹴りを放つ。

 

「ご……あ……」

 

 そんなうめき声を上げてそのまま仰向けに倒れこむ。恐らく脳が揺れたことによる軽い脳震盪だろう。足の指の骨は折れただろうが。

 

 そのまま何事もなかったようにリヒトはリングから降りる。

 

「ハァ……ホント、レベルひきぃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなリヒト達新兵の模擬戦を高みにある席から見下ろしていた一人の女がいた。

 

 蒼銀とも言うのか、そんな色の髪をストレートのロングにし、頬杖をついている女だが、そんな彼女に話しかけてくる巨漢の男がいた。オネスト大臣だ。

 

「どうですかな、今回の新兵達は。エスデス将軍」

 

「どいつもこいつもつまらん素材だ。模擬戦もいっそのこと殺し合いにしてほしいものだ」

 

「それをしだすと戦争へ派遣する人員が不足してしまいますからな。まぁ帝都周辺はあの中の優秀な連中を選びますよ」

 

 大きな腹を揺らしながら大臣が笑う。彼の手には生肉が大量に入ったつぼが握られており、話の最中でもパクパクと肉を喰らっていた。

 

 しかし、エスデスはそれを気にした風もない。

 

「それで、貴女のお眼鏡にかなった新兵はおりましたか?」

 

「そうだな……あぁ、いたいた。アイツは将来有望だと思うぞ。動きが他の新兵とは段違いだ。それにまだ本気を出していない節もある」

 

 エスデスが指差した先には白銀の髪をした少年がおり、彼は隣にいる同年代くらいの少年と軽く談笑していた。

 

「ほぉ……パッと見はただの優男と言う風に見えますが?」

 

「確かに大臣が言うことも尤もだ。しかし、ヤツはいい逸材だ。実におもしろいし、私のペットにしてやりたいくらいだ」

 

 ニィっと笑みを浮かべるエスデスだが、大臣はそれに微妙な顔をする。

 

「ふむ……模擬戦が一通り終わったら私のところに呼び出してみるか」

 

「まぁそれもよろしいですが、ほどほどに頼みますよ?」

 

「手加減できればな。というか、大臣が人の心配をするなど珍しいな」

 

「別にあの新兵が死のうがどうでもよいのですが、力があると言うのなら国のために役立てたいと思いましてな」

 

 ムッシャムッシャと肉を食いながら言う大臣の顔は残虐極まりなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夕刻、選抜のトーナメントが終了し見事勝ち残ったリヒトはトーナメントが終了した後上官に呼び出されてある場所へ向かっていた。

 

「オレなんかしたっけか?」

 

「黙っていろ、それと私は貴様の上官だ。上官には敬語を使え」

 

「へーい」

 

 適当に返事をしておきながらリヒトは無言のまま上官の後に続く。

 

 そして宮殿の内にある将軍級の人物がいるフロアにたどり着き、一つの扉の前で上官が扉をノックした。

 

「エスデス将軍。例の新兵を連れてきました」

 

『入れ』

 

 ほぼ即答で帰ってきた言葉に、上官は「失礼します」と頭を下げながら扉を開けてリヒトに入るように促した。

 

 それに肩をすくめつつリヒトが中に入ると、上官は室内には入らずにそのまま扉を閉めた。

 

 チラッと一瞥した後視線を正面に向けると、いきなり顔面に向かって剣が迫ってきた。

 

「ッ!」

 

 迫る剣先をブリッジするように避けきるが、今度は刃の部分が振り下ろされて自分を真っ二つにせんとする。

 

 しかし、あくまで冷静に判断すると自身の身体に刃が触れる前に両手で挟み取る。

 

「フッ!!」

 

 一呼吸の後に挟み取った剣を支点として身体を捻ると、剣の持ち主に蹴りを放つ。しかし、剣の持ち主は軽くそれを避ける。

 

 そればかりか持っていた剣を離した相手は、ヒールのブーツで強烈な蹴りを放ってきた。

 

 ヒールを履いているという事は相手は女だろう。しかし、油断できる相手ではなさそうだ。

 

 瞬間的に腕甲で蹴りを防ぐが、空中であったためリヒトは大きく後方に飛ばされる。

 

 けれど後方の壁に激突する瞬間、空中で身体を反転させ壁を蹴り、勢いをそのままに相手に肉薄する。

 

 その際に女性の全貌をやっと見ることが出来た。蒼銀と言い表すのが妥当の髪を膝裏近くまで伸ばしており、頭には白の帽子。着衣も白を基調とした上着と、タイトスカート。そして靴は膝上まであるヒールブーツだった。また、所々には黒の配色もされている。

 

「いきなり襲ってこられる覚えはねぇんだけど!!」

 

 言いながら腰に差している剣を抜いて相手に斬りかかる。相手の女性は剣を構えてそれを受け止める。

 

「ほう、なかなか力が強いな」

 

「そりゃどーも!」

 

 面白げな声に答えながらも、二人の間には剣による鍔迫り合いの影響で火花が散る。

 

「ふむ。やはり新兵にしてはかなりの力量だ。トーナメントなど退屈だったのではないか?」

 

「ああ、退屈だったよ! でも今はそんなことより、なんで殺されかけてんのかわからねぇ! オレなんかやったっけかぁ!?」

 

「クク、将軍である私に敬語無しとは……より一層お前に興味がわいたよ」

 

 すると彼女は剣を退いて鞘に収める。同時に殺気も収められた為リヒトも鞘に剣を戻す。

 

「確かお前は、リヒトと言ったか?」

 

「ああ。そーいうアンタは……将軍で女ってなると……エスデス将軍か?」

 

「正解だ。よろしくな、リヒト」

 

 エスデスが手を出してきたので、内心ため息をつきつつ握手をする。

 

 ……確かコイツは、南西のバン族一万人をもう一人の女将軍のナジェンダ将軍と制圧したんだっけか。

 

 父に教えてもらった話を思い出す。

 

「あれ、でもナジェンダ将軍は見てない気がするけど」

 

「アイツは帝国を離反した。革命軍に加わったんだ、一年ほど前だったかな」

 

 ソファに腰を下ろしながら言う彼女の言葉を聞いてもリヒトはあまり驚かずにとうた。

 

「ナジェンダ将軍はどうなったんだ?」

 

「ん? 右目と右手を潰した。まぁアイツは中々しぶとい。死んではいないだろう」

 

 笑みを浮かべるエスデスだが、その笑みは酷く冷たく残忍だった。

 

 するとエスデスはリヒトを見やって座るように促す。

 

「で、オレを呼び出した理由ってなんだよ。まさかこうやって戦うために呼び出したのか?」

 

「まぁお前とこうして戦いあうのもそうだが……」

 

 ……否定しねぇのかよ。

 

「実際は、お前を私の部隊にスカウトしたいと思ってな」

 

「スカウト?」

 

 問い返すと、エスデスは薄く笑みを浮かべながら頷く。

 

「お前の力量は新兵どころではない。普通に見ればすぐにでも隊長クラス、もっと言ってしまえば将軍にもなれると私は思っている」

 

「そいつぁどーも」

 

「それだけの力を持つお前を私は手に入れたい。理由などそれだけだ。ただ気に入ったから手に入れる、他に理由が必要か?」

 

「アンタの考えに別に首はつっこまねぇけど、その話は断らせてもらう」

 

 リヒトはそれだけ言うと立ち上がり、ツカツカと扉の方まで向かっていく。すると、背筋に冷たい氷で出来た刃がギリギリの状態でつきつけられた。

 

 ……これは。

 

「帝具か……」

 

「そうだ、始皇帝が作り出した四十八の超兵器。そのうちの一つ、私のものはデモンズエキスと言う」

 

「その様子からして氷を操るってのが妥当か。しかも完全に何もないところからも発生させてるな」

 

「ああ。いいかリヒト、さっき言ったスカウトというのは正確には誤りだ。アレは命令だ。私はほしいものは絶対に手に入れる主義でな、今回はお前が目に留まったというわけだ。だから私の軍門に下れ」

 

 瞬間、背後から押し潰されるのではないかと言うほどの濃密な殺気がのしかかって来た。僅かながら汗を流しつつも、小さく深呼吸をした後リヒトは振り返って言い放つ。

 

「オレにはオレのやりたいことがある。けど、あんたの下で働いてたらそれは一生かなわない。だからアンタの軍には入らない!」

 

 毅然と言い放つと、そのまま踵を返して扉を乱暴に閉めて部屋を後にした。

 

 廊下をズンズン歩きながら後ろを警戒するが、どうにも追っては来ないようだ。

 

「まったく……ホント、メンドクセェ」

 

 頭をガリガリを掻きながらリヒトは寮へと戻った。

 

 

 

 

 リヒトが去った室内でエスデスは展開した氷をかき消したあと、机の椅子に背を預けて大きく息をついた。

 

「ふむ……この私に対してあそこまで言い切るとは、かなりの度胸だな。それに一瞬向けた私への殺気……素晴しい」

 

 自分に対して真っ直ぐに意見を言ってのけたリヒトの姿を思い出しながらエスデスは楽しげに笑みを浮かべる。

 

「ますますお前に興味が湧いたよ、リヒト」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の朝にはそれぞれが配属される部隊が決まり、リヒトは帝都近郊の危険種を狩る部隊への配属が決まった。

 

 エスデスが無理やりにでも介入してくるかと思っていたが、そんな事はなかったようだった。

 

 そしてリヒトは寮においていた荷物を纏めた後、配属された部隊へ向かう。

 

「ようリヒト。お前は危険種狩りだって?」

 

 声がしたほうを見やると、ラウルが鎧を纏ってこちらに片手を上げていた。

 

「ああ、帝都周辺に現れる危険種を討伐して都民を守るんだってよ。詰め所は外にあるらしいから、今日でこの寮ともお別れだ。まぁ二日しか居なかったけどな、お前は?」

 

「俺は異民族の討伐だってよ。まったく、帝都で働こうと思ってたってぇのにいきなり辺境送りとわな」

 

 ラウルはあまり乗り気ではないように見える。まぁそれもそうだろう、いきなり戦場に送り込まれるというのに嬉々として向かうやつなどいない。

 

「そうぼやくなよ。辺境だって言ったって将軍クラスもたくさん居る。そうそう死ぬことにはならねぇよ」

 

「無責任に言ってくれるなよお前。こっちだって不安なんだぜ? せめて慰めてくれるとかないのか?」

 

「男に慰められて嬉しいか?」

 

「いや、それはねぇな」

 

 自分で言ったくせにかぶりを振るとはなんとも失礼なヤツである。

 

「まぁがんばれよ。危険度的に言えばオレだってかわらねぇ。互いに死なねぇようにしようぜ」

 

「ああ、そうだな。いつまで気にしててもしょうがねぇし、腹ぁくくるか! じゃあ行くわ、お前もがんばれよリヒト」

 

「おう、お前もな」

 

 二人は軽く拳を打ち合わせて、ラウルや馬車へ、リヒトは帝都外にある詰め所へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 詰め所は帝都から出て西へ三キロの地点にあった。詰め所の様相は簡単に言えばそれなりに広い屋敷というのが妥当だろう。ご丁寧に門まである。

 

 時刻は既に昼を過ぎている。けれども時間指定はなかったので特に気にする事はないだろう。

 

 リヒトは用意された馬から下りて門を開くと、玄関の扉まで真っ直ぐに向かう。

 

「すんませーん、今日から配属されたリヒトってもんですがー」

 

 硬い扉をゴンゴンと乱暴にノックすると、中から黒髪に所々白髪が入り混じった壮年の男性が出てきた。鎧のしたからでもわかる隆起した筋肉は、凄まじいものがあり、顔もどちらかと言うと強面だ。

 

 外見的には怖そうなイメージのある男性だったが、すぐに彼は小さく笑みを浮かべた。

 

「お前さんがそうか。話は通ってる、俺はここの部隊長をやってるユルゲンスだ。よろしくな」

 

「俺はリヒトだ……じゃねぇや、です。よろしくお願いします」

 

「ハハ、なんだ敬語は苦手か? まぁ俺はそのあたりはきにしねぇから好きに呼びな。さて、立ち話もなんだから中はいれ」

 

「ウス」

 

 ユルゲンスに促されてリヒトが中に入ると、そのまま応接室のようなところにとうされた。

 

「他の人とか何処行ってんだ?」

 

「敬語使わなくなるのはえーなおい! ……まぁいいや、今の時間はみんなパトロールに出ちまってる。あと十分もしたら戻ってくるさ。そしたらまた正式にみんなの前で自己紹介がある。なに言うか準備はしとけよ」

 

「へーい。つーか、ここって何人ぐらいでやってんだ?」

 

「そうだな、オレとお前を合わせて……十人だな。まぁ危険種自体が大挙として押し寄せることなんざありゃしねぇから、少なくても平気なんだ」

 

 人のよさげな笑みを見せるユルゲンスにリヒトも頷きながら納得すると、室内を見回した。

 

 詰め所などと聞いていたからもっと埃っぽいのかと思っていたが、そうでもない。というよりはよく掃除が行き届いている。

 

「わりと綺麗になってるだろ?」

 

「ああ、掃除とかしてんだな」

 

「してるって言うよりは、させられてるんだけどな」

 

「?」

 

 ユルゲンスが微妙な顔をして言うのをリヒトが首をかしげて見ていると、玄関の扉が開けられて数人の人物が入ってくる足音が聞こえた。

 

「たいちょー、ただいま戻りましたー」

 

 最初に顔を出したのは紅色の髪の少女だった。年齢的にはリヒトよりも二、三歳年上といったところだろうか。彼女は髪を右でサイドアップにしていた。

 

 すると、それに続いて別の少女が入ってくる。

 

「レン、応接室なんだから誰か居るかもしれないでしょー」

 

 続いて入ってきたのはレンと呼ばれた少女と瓜二つの容姿の少女だった。外見的差異というと胸のふくらみと、サイドアップが右左で逆になっているということか。

 

 それに引き続いて六人ほどの男性兵士も入ってくる。

 

「お、来たなお前達。紹介するぞ、今日から配属になったリヒトだ。まだ若いが、話に聞くところだとかなりの実力を持っているそうだ。みんな仲良くしてやってくれ。

 ホレ、お前も挨拶しろ」

 

 ユルゲンスに言われ立ち上がると、リヒトは皆に向かって自己紹介を始める。

 

「新兵のリヒトだ。今日からここでみんなの世話になることになった。よろしく」

 

 敬語ではなかったが、最後にしっかりと頭を下げた。

 

「まぁこのとおり少しばかり礼儀がなっちゃいないが、よろしく頼むぞお前達」




はい、今回はアレですね。リヒトとエスデスが合いましたが……まぁもう将軍にはなっているでしょう。はい。

最後に所属させた部隊は完全にただの妄想ですのであしからず。
帝都近郊に現れる危険種は駆逐されるって言ってたので、多分こういう部隊があってもおかしくはないかと。
リヒトは基本敬語なんて使いません。失礼とか言っちゃダメ。

次回は部隊にはいってからのお話をやって……ダークな部分まで出せるかなぁ……。

では感想などありましたらよろしくお願いいたします。


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第五話

 危険種討伐部隊に配属されてから早半年。

 

 リヒトは樹海を駆けていた。

 

「ったく、なんだってこんなとこまで来て討伐なんか!」

 

「文句を言うなリヒト。このジフノラ樹海は危険種が特に多い。帝都近郊にも毎年何匹か流れてくるから定期的にこうやって数を減らさなくてはならないんだ」

 

 傍らで注意するのは同じ危険種討伐部隊の副隊長である、リューインだ。彼の手には長槍が握られている。

 

「ハハハ! でもなんやかんやいってリヒトはちゃんと任務を達成するよねー」

 

 笑いながらリヒト達の上にある木の枝から枝へ飛び移っているのは、紅色の髪を右側でサイドアップにしたレンだ。

 

 彼女はかなり身軽な格好で、恐らく危険種から一撃でももらおうものなら、確実に死に至る格好だ。

 

 すると、跳んでいた彼女が二人に向かって「止まって!」と言いつけた。

 

「前方約百メートルにジフノラトッグの群れ発見! 数凡そ五十! 進行方向には街道あり」

 

「なんだ、三級かよ」

 

「三級だろうとなんだろうと街道にでられたら迷惑だ。狩るぞ! リヒト、レン!」

 

「へいへい」

 

「りょうかーい」

 

 リューインの指示に従い、二人はジフノラトッグの群れを駆逐しに向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザクッ! という音と共にジフノラトッグの頭に剣を突き刺して、リヒトはその亡骸の上に腰を下ろす。

 

「やっぱ三級だと手ごたえねぇのな」

 

「まぁ一級とか特級とかと比べるとね。でも、そんな三級であっても一般市民には脅威だから、駆逐できる時に駆逐しておかないと」

 

「そうだな。さて、今日はもう夕暮れだ。この近くで野営しよう」

 

 リューインの指示にリヒトとは頷き、レンは顔をヒクつかせた。

 

「マジで? こんな樹海の中で野営すんの!?」

 

「今から樹海を抜けようとしたら夜になってしまう。夜は危険種の動きが活発になるし、何より周囲が暗いために戦闘には不向きだ」

 

「だな、オレも副隊長の意見に賛成だ。夜はあんまり動かない方がいい。お前だってわかってんだろレン」

 

「うー、それはそうだけどさぁ、お風呂は入れないし。何より男二人が私に欲情しないとも――」

 

「「それはない」」

 

 レンの意見をばっさりと切り捨てると、彼女を尻目にジフノラトッグを解体して食料の調達を開始した。すると、むくれていたレンも溜息をつきつつ食料調達を始めた。

 

 

 

 

 三十分後、三人分の食料を調達し終えた三人は野営が張れる開けた場所へ到着した。

 

「これだけ広ければなんか来ても気がつくだろ」

 

「ああ、しかし一応索敵用のトラップも仕掛けておくか。リヒト、レンお前達はテントを張っておいてくれ」

 

 二人はそれに頷き、リュックからテントを取り出す。

 

「張るテントは二つだな、交代制で見張りをする」

 

「えー、二人でやってよー」

 

「アホか。明日もあるんだぞ? お前だけのうのうと眠らせてやるわけねぇだろっての」

 

 ブーブーと文句をたれるレンを一蹴して手馴れた様子でテントを張り始める。背後ではレンもなんやかんやいいながらテントを張り始めた。自分の寝床を作るのだから当たり前といえば当たり前なのだが。

 

 レンよりも先にテントを張り終えると、そのまま焚き火の準備に取り掛かる。適当な大きさの石を運び、円形に並べてから薪を拾いに行こうとしたが、そこでリューインが戻ってきた。

 

「トラップははり終わった。あと、薪も拾ってきたぞ」

 

「あぁ、あんがと。レン、火を起すから適当な紙ねぇか?」

 

「ちょっと待ってて羊皮紙があった気がする」

 

 彼女は言いつつ、リュックをまさぐる。少しだけ探っているとすぐに「あった」という声が聞こえてきた。

 

「ほい、これでいい?」

 

「ああ」

 

 羊皮紙を受け取ると、持って来たマッチで火をつけ、それを乾燥した薪にくべた。すぐに薪に日が乗り移り、一気に焚き火が出来上がった。

 

 その周囲に先ほどとったジフノラトッグの肉を串に刺して、焚き火の周囲に並べていく。

 

「前々から思ってたけど、リヒトってこういうの手馴れてるけどなんで?」

 

「親父から教わったんだ。子供の頃から危険種とか狩ってたから、その日中に帰れないなんてこともざらだったからな」

 

「なるほどねぇ、でも最初の任務でも一級危険種の土竜相手に一人で勝ててたもんね。危険種を狩ってたって言うのも納得かも」

 

「土竜なんてただの雑魚だろ。動きは単調だし、観察眼さえ養えば誰だってできる。っと、焼けたぞ」

 

 肉の刺さった串をレンに手渡して、焚き火を挟んだ合い向かい側に居るリューインにも肉を渡した。

 

 その後、三人で適当に夕食を済ませた後、それぞれ武装の手入れをしてから交代で仮眠を取ることとなった。

 

 

 

 リューインとレンがテントで眠り始め、リヒトが見張りの番になったとき、彼は目の前で揺らめく炎を見やりながら呟いた。

 

「ルークのヤツ元気でやってかな、あとは……セリューも」

 

 ふと見上げた空には流れ星が一つ、キラリと輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝都の下町にある自身の家で、ルークは働かせてもらっている政務官の書類を纏めていた。

 

「さてっと、とりあえずこれで一通り纏めたかな?」

 

 ため息をつきつつ書類を封筒に納めようとした。けれど、空だと思っていた封筒の中から一枚の羊皮紙が零れ落ちた。

 

「なんだろこれ」

 

 落ちた羊皮紙を拾い上げてそれを見ると、ルークの顔が強張った。

 

「これは……」

 

 羊皮紙にはこう書かれていた。

 

『地方出身の女五人納品完了。代金はいつもの場所で』

 

 と。

 

 思わずルークは生唾を飲み込んだ。同時に、口元を押さえて息を詰まらせる。

 

「……まさか、人身売買? でも……そんな、あのターヘイン先生が?」

 

 ルークが師事してもらっている政務官、ターヘインは汚職などない良識派として通っているはずだった。しかし、この封筒はその本人から手渡されているのだ、となればこの紙に書かれている事は事実だとしか言いようがない。

 

「いや、でも確かに思い返してみればおかしな行動もあったにはあった……まさか、その時に……すぐにリヒトに――!」

 

 部屋から出てすぐにリヒトの元へ行って相談しようと思ったが、彼は足を止めた。

 

「いいや、リヒトも軍でがんばっているんだ。それにもしここで僕が迷惑をかけたりなんかしたら、リヒトの軍での立場が危うくなるかもしれない」

 

 口元に手を当てながら考えたルークは小さく頷いたあと、拳を握り締めながらひとりごちた。

 

「これは僕が見きわめないと」

 

 紙を握り締めて言うルークだが、彼はまだこのときは気が付いていなかった。

 

 これが自分の運命を決める分かれ道だと言うことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さらに半年後、リヒトが危険種討伐隊に配属されてから一年がたった。

 

 すでに部隊の全員とも打ち解け、それぞれが毎日を平穏無事に過ごしていた。

 

 ちょうど今の時間はパトロールが終わって全員でくつろいでいる時間帯だ。けれどその中に隊長であるユルゲンスの姿が見えない。

 

「隊長はどうしたんだ?」

 

「なんか宮殿に呼び出されたっぽいよー。さっき出てった」

 

「宮殿に? 何かあったのか?」

 

「隊長は普段大雑把にも見えるが基本的に仕事が出来る人だからな。大臣達のように邪なことはしていないし」

 

 リューインが言うとそれに皆「確かに」と声をそろえて言うと、互いに笑い合う。

 

 配属されて気が付いたことだが、ここの部隊は全体的に良識派の連中が揃っている。皆今の帝国が正常とは思っていないし、大臣達をよしともしていない。

 

「だが最近は警備隊の中にも非道なものが増えたな」

 

 口を開いたのは禿頭の大男、ゴウだ。それに対し、レンの双子の姉であるリンが険しい顔をしたまま頷いた。

 

「あれでしょ? 確か鬼のオーガってやつ。昔はそれほどでもなかったけど最近になってかなり過激なことをやってるって噂だよね」

 

「ああ、賄賂をもらう事は勿論、無実の者にあらぬ罪を着せて処刑するなどしているらしい。しかも自身は安全なところにいるという徹底振りだ。市民を守るはずの警備隊が聞いて呆れるよまったく」

 

 お茶を飲みながらため息をついたのは、部隊の中でのムードメーカーポジションのトーマだ。

 

 ふと、彼は思い出したようにリヒトに問うてきた。

 

「そういや、リヒトの友達も警備隊にいるんだろ? 大丈夫なのか?」

 

「その辺はわからねぇ。最後に会ったのは十ヶ月くらい前だったからな。まぁ何とかなるだろ」

 

「少しは心配してやれよ」

 

「ああ、わかってるけどさ。……それよりもオレが気になってんのは幼馴染の方なんだ」

 

「それって政務官の付き人をしてるって言う?」

 

 レンの質問に頷くと、リヒトは指を組みながら真剣な表情になる。

 

「休暇の時に会って来たんだけど……なんつーか妙に気負ってる感じがしたって言うかさ」

 

「なんか聞いたりしてないの?」

 

「聞いたさ。でも、『なんでもないよ』って言われちまって煙に巻かれちまう感じで、なんも教えてくれなかった」

 

「多分リヒトに心配をかけたくないんだろう。何かあったら向こうから声をかけてくるんじゃないか?」

 

 リューインの言葉に頷いておくが、リヒトは未だに腑に落ちないことが多いのか険しい表情をしていた。

 

 その後も皆それぞれ話をしていたが、やがてユルゲンスが帝都から戻り、皆の前で帝国からの伝令を告げた。

 

「やれやれ、こんな老い耄れを未だにこき使うとは帝国もやめてほしい限りだよ。とりあえず、今日聞いてきた話を皆に伝えておくぞ。

 まず最初に将軍の中で何人かが、革命軍に移ったらしい。見つけた場合は即時殺せとのことだ」

 

「この情勢じゃ反乱軍に入りたくなるのもわかりますがね」

 

「そういうのはこの中だけにしておけよ。バレでもしたら即時処刑だぞ」

 

 ゴウに注意をしつつ、ユルゲンスは続ける。

 

「あとは危険種についてだな。ここではないが南に特級危険種のエビルバードが目撃されたらしい。しかも群れでな。まぁ帝都の上空は常に危険種が警備をしているから問題はないとのことだが、こちらも見つけ次第殺せと言う命令だ。何か質問はあるか?」

 

 ユルゲンスの問いに対し、皆はそれに対し無言で答える。

 

「何もないみたいだな。ではちょうど夕方のパトロールの時間だ。それぞれ武装して向かうように、エビルバードも確認されている銃火器も忘れるなよ」

 

 皆は返事をしながら敬礼をするとそれぞれ準備に取り掛かる。リヒトもまた同じように準備を始めたが、ユルゲンスに呼び止められた。

 

「リヒト、お前に渡すものがある。ルークというお前の幼馴染の少年から預かった。今日中に読んでおいて欲しいとのことだ」

 

「ルークから?」

 

 手渡されたものは手紙だ。

 

 怪訝に思いつつも、手紙を懐にしまった後、リヒトは皆と共にパトロールへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。夕食を終えて風呂に入る前、リヒトはユルゲンスから受け取ったルークの手紙を広げていた。

 

 手紙にはこう書かれていた。

 

『ルーク、忙しいところに突然手紙を出してごめん。でも、どうしても君に伝えたいことがあるんだ。明日のお昼に僕の家に来てほしい。突然で本当にすまないけれど、よろしく頼む』

 

 随分と短いものだったが、彼が何かに悩んでいると言うのは理解が出来た。

 

「よし、隊長に言ってちょっとばかし休みをもらうか」

 

 ルークとの約束を遂げるためにリヒトはユルゲンスの元に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の昼前、リヒトはユルゲンスに休みをもらって帝都へと向かった。本当は二、三時間休みがもらえればよかったのだが、ユルゲンスは「親御さんに顔見せて来い」と、休みを翌日の昼まで許してくれた。

 

「あの人、この国の状態でよく部隊長やってるよなぁ」

 

 などとぼやきながらリヒトは馬を駆ってルークの家を目指す――。

 

 

 そして約束の時間の十分前にリヒトはルークの家に到着した。

 

「ルーク! リヒトだ! 開けてくれー」

 

 扉をノックしながら言ってみるものの、しばらくしても返事はない。「おかしいな」などとぼやいていると、後ろから声をかけられた。

 

「リヒト!」

 

 そちらを振り向くと、母のセシルが心配げな面持ちでこちらを見ていた。

 

「母さん、どうしたんだそんなに血相変えて。なんかあったのか?」

 

「来なさい!」

 

「え? うぉっ!? ちょ、母さん!」

 

 間髪いれずにセシルは腕をつかんできてリヒトはそのまま家まで連行された。

 

 半ば乱暴に家に入れられたリヒトはセシルに問うた。

 

「いきなりなんだよ、母さん。オレはルークと約束があって帰ってきたんだぞ」

 

「……」

 

 けれどセシルは答えなかった。すると、玄関の扉が開いてクレイルが入ってきた。

 

「リヒト……」

 

 名をよんでくるもののいつもの彼の人のよさげな笑みは見られない。

 

「父さん。なんだよそんな落ち込んだ顔して……あ、市場で売れるものがなかったのか?」

 

 若干お茶らけたふうに言ってみるが、クレイルは何も答えなかった。そして、彼はそのままリヒトの肩に両手を置いて、真剣な様子で告げた。

 

「いいかリヒト……よく聞け、絶対に取り乱すんじゃないぞ」

 

「なんだよ、そんなにやばい話でもあるのか?」

 

 苦笑しつつ聞いてみるものの、次の言葉を聞いた瞬間、リヒトの顔は絶望に染まこととなった。

 

「……ルークと、彼の母親が……国家反逆罪として処刑された」

 

「……………は?」

 

 沈黙が流れた。

 

 しかし、リヒトはすぐに被りを振ってクレイルの手を払う。

 

「やめろよ父さん。流石にそれは笑えない冗談だぜ。なんでルークとルークのおふくろさんが処刑なんか……しかも反逆罪なんて」

 

 そこまで言ったところで椅子に座っていたセシルがすすり泣く声が聞こえた。また、クレイルも目頭を押さえながら涙を流しているのが見える。

 

 それを目撃したリヒトは弾かれるように外に飛び出した。

 

「待て! リヒト!」

 

 後ろからクレイルの呼び止める声が聞こえてきたが、そんなことは無視してリヒトはがむしゃらに帝都を走る。

 

 十分ほど走っていると、大広場で人だかりを見つけた。そしてそんな彼等の視線の先には十字架のようなものまである。

 

 ――嘘だ。

 

 思いながら震える足で一歩を踏み出す。

 

 ――そんなことあるわけがない。

 

 まるで理性が「行くな!」と警鐘を鳴らしているかのように、足が思うように動かない。

 

 ――アイツが処刑されるなんて。

 

 段々と足が動くようになり、堰を切ったように走り出す。

 

 ――絶対にあるわけがない。

 

 最後まで父の言葉を認めてはいなかった。いいや、認めたくなかった。子供の頃から兄弟のように育ったかけがえのない親友が殺されるなんてあるわけがないと。

 

 しかし、十字架の前で顔を上げた瞬間、そんな思いはバラバラに打ち砕かれることとなる。

 

 綺麗に切り揃えられた金髪の髪は固まった血で淀み、片腕と片足は欠損している。腹には何発も殴られた痕があり、紫色にはれ上がっている箇所も見えた。

 

 その隣に立てられた十字架にも、彼とどこか雰囲気が似ている女性が磔にされている。

 

 見間違いようがなかった。

 

 磔にされているのは幼馴染であり、親友、兄弟ともいえるほど仲の良かったルーク。そして、いつも二人で遊んでいる時に優しく、時には厳しく声をかけてくれた彼の母親だった。

 

「……うそ……だ」

 

 かすれた声が出た。しかし、その声に答える者はいない。話しかければ答えてくれた親友は目の前で磔にされているのだから。




大分話をはしょって書きましたが、とりあえずはこんな感じで。
リヒトがすごした時間は別の話でちょいちょいやっていきましょうかね。

ルークが殺されてしまいました。
そして、いよいよ次の話から作品にあるように復讐劇が始まります。

では感想などありましたらよろしくお願いします。


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第六話

 茫然自失となったリヒトはフラフラとした足取りのまま自宅の自室へと戻った。部屋に戻る途中で両親に声をかけられたような気がした。けれどたとえ声をかけられていたとしても、今の彼に答えるだけの気力はなかった。

 

 ベッドの上に座り込み、陰鬱としながら俯く。ふと、目から熱い物が流れ、床を濡らす。

 

 涙だ。

 

 どうやら広場では衝撃のあまり出てこなかった涙が今になって出てきたらしい。同時に、親友を失った悲しみ、自分が彼の変化に気付くことができなかった不甲斐無さと悔しさ、そして彼を死に追い遣った者達に対する怒りが心の奥底からあふれ出してきた。

 

 ……オレは……どうしようもねぇバカヤローだ。アイツとはガキのころからずっと一緒にいたのに……ルークが悩んでいたのに気付いていながら。

 

 思い返してみれば彼を救う機会はいくらでもあったはずだった。だと言うのに自分はルークがいつか話してくれるだろうという甘い考えのまま放っておいてしまった。

 

 それが今回の惨劇の原因であると言ってもいいだろう。

 

「……くそ……!!」

 

 ブチッ! と掌から皮が裂けた様な音がした。そして拳からは血が流れ始めた。けれどそんな痛さなどこれっぽっちも気にならなかった。ルークが受けた痛みはこんなものではないのだから。

 

 すると、自室のドアが軽くノックされ、クレイルが入ってきた。

 

「大丈夫か、リヒト」

 

「……なんとか」

 

 かすれた声で答えると、クレイルは懐から手紙を出して手渡してきた。

 

「これは?」

 

「ポストに入っていた。……お前宛にルークからだ」

 

 瞬間、弾かれるようにクレイルから手紙を引っ手繰ると、乱暴に手紙の封を開ける。

 

 文面は謝罪から始まっている。

 

『リヒト、ごめんね。多分これを君が読んでいる時、僕はもうこの世にいないかもしれない。だから、僕が半年をかけて調べ上げたこと全てをここに記しておくよ。

 僕が使えていた政務官、ターヘインは世間的に見ると良識派として通っている。でも彼は皆の眼が届かないところで、罪を犯していたんだ。その罪は、地方出身者の主に美麗な女性ばかりを人身売買で買い取り、薬漬けにして自分を奉仕させるための性奴隷として仕立て上げることをしていた。これは地方出身者に限らず、都民も何名か誘拐していたようだった。

 さらに彼は誘拐してきた女性達を自分の作品として、富裕層や権力層の貴族に対しても売って利益を得ていた。この他にも帝都警備隊を懐柔しての殺人、麻薬の売買、賄賂……並べればキリがないほどの悪行をターヘインは行っていた。

 リヒト、僕は彼を直接問い詰めるつもりだ。それで僕は殺されるかもしれない。けれど、僕が死んだとしても決して君のせいなんかじゃない。これは僕が判断して僕が行ったことだ。もし君や君の両親のところに警備隊の人間が来ても知らぬ存ぜぬを通して欲しい。僕の勝手な行動で君を危険な目に合わせてしまって本当に悪いと思ってる。本当にごめん。そして――さようなら。』

 

 別れの言葉で手紙は締めくくられていた。それをリヒトの横で見ていたクレイルも目頭を押さえて泣いていた。

 

「バカヤロウ……なんでお前が謝ってんだよ……!! 謝るのはオレの方だろッ!!」

 

 思わず叫んでいた。同時に、堰を切ったように涙が溢れ始める。

 

「どうして……どうして……!! ちくしょぉ……!!」

 

 その場に膝を着いて、手紙を破れるのではないかと言うほど強く握り締めた。

 

 しばらくその場に蹲り、悲しみの涙を流していたが、リヒトは大きく息をつくと流した涙を乱雑に拭って立ち上がる。

 

 その双眸には明確な怒りと憎悪、殺意が渦巻いていた。

 

「……殺してやる……。ルークとアイツの母親を殺した奴等全員皆殺しにして地獄に叩き落してやる……!!」

 

 歯がきしむような音が聞こえたが、そんな事はどうでもよかった。そのまま自室から出て行こうとするが、そんな彼をクレイルがとめる。

 

「待て、リヒト」

 

「止めるなよ父さん。オレは、奴等を殺す」

 

「俺もお前の気持ちは痛いほどわかる。だからお前がターヘインたちを殺そうと思うのは良くわかる。でもそれでいいのか? お前とルークの夢は国を内側から変えることだったんじゃないのか」

 

「……ああ、そうだよ。でも……そんな甘っちょろいことを考えていたがために、ルークは殺されたんだ……!! こんなことが許されていいのか!?」

 

 リヒトの瞳は怒りと悲しみに満ちていた。するとクレイルもそれが見るに耐えなかったのか、小さくため息をついて小さく告げた。

 

「わかった……お前の道はお前の道だからな。俺が口出しすることじゃない。だが、襲撃するのなら今はやめろ、目立ちすぎる」

 

「夜まで待てってことか?」

 

「ああ。だがな、リヒト。これだけは覚悟しろ。人を一人殺した時点でそこからは修羅の道だ。今でこそ俺は隠居生活を送ってはいるが、いずれ相応の報いがあると思っている。お前にその覚悟があるか?」

 

 父の言葉は今まで聞いた以上に重かった。けれど、自分の考えは既に固まっている。

 

「ある。人殺しがいいこととはいえない。でも、この国には法で裁けない悪が多すぎる。だから……俺が裁く。この手で」

 

 グッと拳を握り締めて覚悟を露にすると、クレイルは小さく頷いて告げた。

 

「……どうやら覚悟は本物のようだな。だったらもう止めはしない、しかし、襲撃は夜だ」

 

「わかってる。あと父さん、襲撃には父さんはついてこなくてもいい。父さんは母さんと一緒に田舎の村にでも逃げてくれ。オレがやったってバレれば二人が狙われる。だから頼む」

 

 懇願に対し、クレイルは難しい表情をするが、すぐに頷いた。同時にクレイルは両肩に手を乗せてきて「絶対に死ぬな」と念を押してきた。

 

 彼はそのまま部屋から出て行ったが、リヒトにはまだやることがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家から出て、帝都から出たリヒトは真っ直ぐに己が所属している部隊の詰め所へ駆け込んだ。何事かと皆が驚いているのがわかったが、それを無視してユルゲンスの元へ向かう。

 

 部隊長室ではユルゲンスが書類を纏めていた。彼は少し驚いた顔をしてリヒトに問うてきた。

 

「どうした血相変えて、なんか忘れ物でもしたか?」

 

「……隊長、アンタに頼みがある」

 

「どうした畏まって。帝都で何かあったのか?」

 

 薄く笑みを漏らしながら言ってくるユルゲンスだが、リヒトは非常に冷淡に言い放つ。

 

「ルークが、国家反逆罪として殺された。その背後にはターヘインっていう政務官が関わってる」

 

 その告白にユルゲンスは声が出なかったようだ。しかし、すぐに目を細めると考え込む。けれどリヒトはそんな彼に向かって続けて告げる。

 

「隊長、無理とは思うが……オレを任務中に死亡したことに出来ねぇか?」

 

「任務中に死亡だぁ? お前何言って……。まさかっ!」

 

 ユルゲンスはリヒトがやろうとしていることに気が付いたのか、かぶりを振った。

 

「やめろリヒト、お前……ターヘインを殺しに行くんだろう?」

 

「ああ。奴に報いを受けさせてやる」

 

「お前の夢は内側からこの国を変えることじゃなかったのか? 今お前がしようとしている事はそれにはかなり程遠いことだぞ」

 

「確かに、軍に入る前や入って今回の事件が起きるまではそう思っていたさ。けどな隊長、その考えは甘かった……この国はもう取り返しのつかないところまで腐ってる」

 

 ぶるぶると腕を怒りで震わせながら言うリヒトの双眸は、怒りの炎が揺らめいており、ユルゲンスでさえ一瞬たじろいでしまうほどだった。

 

「この国を変えるのに、内側から変えるなんてあまっちょろいことを考えたこと自体が間違っていたんだ。この国を変えるためには、悪の根源である大臣を殺す以外手はない。だからオレは……ルークの仇をとったあと、その足で革命軍に加わるつもりだ」

 

「……」

 

 リヒトの目尻には涙が浮かんでいた。するとユルゲンスは眉間に濃く皺を寄せたあと、机の引き出しを開けて一枚の紙を取り出した。

 

 紙には既になにか書き込まれており、リヒトがそれを覗き込むと紙の一番上の題目にはこう書かれていた。

 

『殉職者報告書』と。

 

 彼はそのまま出した紙にリヒトの名を書き込んでいく。

 

「隊長……」

 

「今日で〝帝国軍〟のお前はここで死ぬ。そして、今からお前は〝革命軍〟のお前だ。なぁに言いやしねぇよ。それにウチの隊の相手は危険種だからな。運悪く仲間を守って時に死亡したとでも書いて置くさ。そうだ、一応甲冑は置いて行け、調べられた時に血のついたものとかがあると便利だからな」

 

 彼に言われたとおり、剣を残して甲冑を全て外すとリヒトは深く頭を下げて礼を言う。

 

「……一年間、ありがとうございました。ユルゲンス隊長」

 

「敬語なんてやめろ。お前に敬語使われると気持ち悪くてしょうがねぇ。行け、皆には俺から言っておく」

 

 リヒトは頭を上げると、敬礼をして踵を返しそのまま部屋の扉近くまで行くとドアノブに手をかける。

 

「死ぬなよ」

 

「……ああ」

 

 振り返らず、短く答え、リヒトはそのまま詰め所から飛び出して馬に乗って帝都を目指す。

 

 復讐を遂げるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜になった。

 

 日はとっぷりと暮れ、月明かりのみが照らす中、リヒトはターヘイン邸の近場の路地に身を隠していた。

 

 上着のフードをすっぽりと被り、顔が見えないようにする。同時に装備をもう一度確認した。

 

 投擲用の小型ナイフが十本と脱出用の煙幕。そして、愛用の片手剣。

 

 ……よし、準備は整った。父さんや母さんは安全なところまで逃げられたかな……。

 

 青白い光りを放つ月をぼんやりと見上げながら、夕方に帝都から馬車で逃げた両親のことを思い出す。

 

 恐らく、この復讐が失敗しようと成功しようともう会える事はないだろう。いや、会ってはいけないのだ。会ったら両親に危害が及びすぎるから。

 

「……こっからはオレの戦いだ」

 

 言うと、リヒトは立ち上がってから、瞳を閉じて大きく深呼吸をした。

 

 これから人を何人も殺すと言うのに頭は異常なほどクリアだった。恐怖は多少成りあるものの、気にかけている暇ではない。

 

 そしてリヒトが次に瞳を開けた時、彼の双眸には冷酷な光りが灯っていた。

 

 闇に紛れながらリヒトは門の前にいる兵士達を睨みつけ、投げナイフを二本投擲。

 

 空気を切りながら真っ直ぐに兵士たちの首元に向かっていったナイフは見事命中。兵士達は声も上げられぬままその命の灯火を消した。

 

 門番を殺し、がら空きになった門に近づくと一応門番達の装備である銃を手に取り、拝借。返す予定はないが。

 

 門自体は大きかったが、あまり大きな音はしなかった。そのまま、スルリと身体を滑らすように邸宅の庭に立ち入ると、近場の茂みに身を隠す。

 

 ターヘインの邸宅は庭が多少の林が出来るぐらいには広かった。けれど、建造物自体は一つなので彼がいるのはそこしかないだろう。また、庭には十人程度の兵士が見回りとして配置されている。

 

 すると門の異変に気が付いたらしい兵士の一人が門のほうへ向かう。

 

 息を潜め、兵士に手が届くまでじっと待つ。そして、彼が死んでいる門番を見つけて仲間を呼ぼうとした瞬間、リヒトは茂みから躍り出て兵士の口を塞ぎ、片手剣で兵士の喉笛を裂く。

 

 鮮血が舞い、あたりを血の海に変える。けれどそんなことを悠長に見てもいられない。他の兵士が気が付く前に兵士を茂みに押し込んでからターヘインの邸宅へと足を運ぶ。

 

 

 

 

 

 二十分も経たない内にリヒトはターヘインの邸宅の壁際にたどり着いた。

 

 ……ここに来る間に兵士は全員始末した。

 

「……ハハ、十人殺したってのに対してなんにもおもわねぇとは……殺人の素質でもあったかね……」

 

 そんなことを呟きながらリヒトは一階にまだ明かりが灯っている部屋を見つけた。部屋の窓際にまで近寄ると、部屋の中を少しだけ見やる。

 

 中には高級そうな椅子に座った細身の男性と、そんな彼の前に座る筋肉質で頭を丸刈りにし、口元に大きな傷のある大男がいた。

 

 大男の方は警備隊の装備をしていた。

 

『ハッハッハ、いやはや今回は誠にありがとうございます。ジンサツ殿』

 

『なに、金がもらえれば問題はねぇ。それにしてもあんなひ弱な小僧一人、オレではなくとも良かったんじゃないのか?』

 

『いえいえ。ジンサツ殿であれば証拠も残さず抹殺してくれると評判でしたのでな。ところで……あの若造の家から押収したブツは?』

 

『ここにある。だがあの小僧中々の情報収集能力だったぜターヘインさんよ。あんたがやってきたことが全て調べ上げられている』

 

『まったく目障りな若造でした。下町出身で政務官を目指し、私に教えをこうてきて仕方なく受けてやったらその恩をこのような形で返すのですからな。

 本当にゴミはゴミでしかないですなぁ。多少使えるからそばに置いてやっただけだと言うのに』

 

『良識派で通ってるアンタがそんなこと言っていいのか?』

 

『おっと、危ない危ない』

 

 ジンサツとターヘインは互いに下卑た笑いを漏らす。

 

 それを外から聞いていたリヒトは殺意と憎悪ではらわたが煮えくり返りそうになるのを覚えた。

 

 しかし、強すぎる殺意を向ければ確実に感づかれる。だから耐えた、殺意を出さないように身体を丸めて耐え抜いた。しかし、心の中では怨嗟の言葉を吐き続ける。

 

 ……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すッ!!

 

「……殺しつくしてやる……!!」

 

 声を押し留めながら怒りに震える。

 

 すると、室内に動きがあった。どうやらジンサツが出て行くようだ。好機とリヒトは邸宅の玄関に先回りし、物陰に身を隠す。

 

 しばらく待っていると、ジンサツは二人の部下を引き連れて邸宅から出てきた。

 

 遠目から見ても窓の外から見てもわかることだったが、ジンサツはどちらかと言うと強い部類に入る人種だろう。しかし、それは一般人から見ればの話だ。

 

 ……特級危険種と比べりゃ赤ん坊も同然だ……。

 

 思いつつ、リヒトは最後の投げナイフ二本を投擲。

 

 ナイフはジンサツの部下二人の首筋に突き刺さり、彼等はうめいた後その場にドウッと倒れこむ。

 

「なっ!?」

 

 ジンサツは突然部下が倒れたことに驚いた様子だったが、リヒトはそんな彼にゆっくりと歩み寄る。

 

 するとジンサツもその気配に気が付いたのか、振り向いてこちらを睨んできた。けれど、そんなことでは臆さない。

 

「無罪の人間を殺して得た金はさぞ気持ちがいいんだろうな。テメェみたいな悪人にとっては」

 

「なんだと? テメェ……どこでそんなことを聞いた?」

 

「何処だっていいだろ。これから死ぬテメェには関係のねぇことだ」

 

 言い切ると同時にリヒトは一瞬にしてジンサツの懐に潜り込み、彼が剣をつかむ前に右腕を切り飛ばした。

 

「ぎっ……ああああああぁぁぁぁぁ!? 俺の腕が……ッ!!」

 

「腕ぐらいでなんだ。オレの親友は足も失っていた……テメェに拷問されてなぁッ!!」

 

 続けてリヒトはジンサツの右足を切り刻む。痛みで声も出なくなったのか、彼は水から出された魚のように口をパクパクとさせる。

 

 だが、何とか声を絞り出し、リヒトに対し助けをこうてきた。

 

「た、頼む……俺にできることなら何でもしてやる! だ、だから命だけは……命だけは……ッ!!」

 

「お前はそういう風に助けを求めてきた無罪の人々を何人殺してきた? 何人を金のための食い物にしてきた? 何人をいたぶって殺した?」

 

「ッ!」

 

「だが今のこの国じゃテメェのような屑野郎は裁く事ができない……だから、オレが裁く!! 報いを受けろ、ジンサツ!!」

 

 憎悪の眼でにらみつけたと同時に、リヒトは片手剣を振りかぶってジンサツを脳天から切り裂いた。

 

 一気に股まで切り裂くと、ジンサツだった肉塊はドチャッという水音を立ててその場に倒れ付す。

 

 リヒトはそれに軽蔑の眼差しを向けた後、もう一人の標的であるターヘインを始末しに邸宅へ向かおうとした。

 

 だが、ちょうどそこで騒ぎを見に来たであろうターヘインが窓からこちらをのぞいているのが見えた。

 

 間髪いれずにリヒトはその部屋に向かって駆け、窓を突き破って室内に侵入する。

 

「ひぃッ!?」

 

 すぐ近くでターヘインの悲鳴が聞こえた。どうやら腰が抜けて動けないでいるようだ。しかしそんな事は関係ない。

 

「ターヘインだな」

 

「そ、そうだ。貴様、何が目的だ!? 金か? それならホラ、ここにあ――」

 

 懐から金をだしてリヒトに見せてきたところで彼の腕は虚空を舞った。

 

「――ぐおおおおおッ!? 私のうで、腕がなくな――」

 

「黙れ」

 

 酷く冷たい声で言い放つと、ターヘインの肩口を踏みつけて床に叩きつける。

 

「貴様にオレが望むこと……? そんなのテメェの命に決まってるだろ。オレの親友を殺したんだ……いや、アイツだけじゃないはずだ。もっと多くの人間をテメェは闇に葬ってきた。地獄に落ちろッ、この外道野郎!!!!」

 

 言い切ると同時にターヘインの心臓に深々と片手剣を突き立てる。彼は一瞬苦しげな動きをしたが、すぐに動かなくなった。

 

 片手剣を抜き取り、血を振り払うとリヒトは屋敷の一階をくまなく捜索する。その中で書斎と思しき部屋を見つけた。

 

 しかし僅かながら異臭がする。独特の甘く鼻につく匂いだ。以前、リヒトはこれと同じ匂いをクレイルとの鍛錬の中で嗅いだことがあった。確か麻薬草の一種で精神的快楽と媚薬効果を誘発する麻薬だったか。

 

 同時に、何度か使用していると中毒性が増し最終的には廃人同然となってしまうと言う恐ろしい薬だ。

 

「この部屋からするってことはこの何処かに地下室への扉が……ん?」

 

 本棚のあたりを捜索していたリヒトはふと、一つの本棚が他とは少しだけずれて並べられていることに気が付いた。

 

 とりあえず、一度本を出そうとしたが、本に手を書けた瞬間、それがまったく別のもので作られた偽物の本だと言うことがわかった。

 

「ってことは……この奥に……」

 

 いいつつ、本棚をずって引き出すと案の定地下へと通じる階段と、奥には扉があった。扉は硬く施錠がされていたが、手持ちの片手剣でそれを破壊すると扉を開ける。

 

 同時にむせ返るような甘い匂いが立ちこめ、思わず鼻と口を塞ぐ。中には十数名ほどの女性の姿があり、皆薄い服を羽織っている状態だった。

 

 その光景にターヘインへの怒りを再燃させながらも、麻薬が焚かれている火鉢を引っ掴んで階段を駆け上がってから外に放り捨てる。

 

 全ての窓を全開にしてから地下室に戻ると、数名の女性が頭を押さえながら被りを振っていた。

 

「大丈夫か?」

 

「え、えぇ……貴方は?」

 

「オレの事はどうでもいい。そんなことよりもアンタ動けるか?」

 

「な、なんとか……でもどうやってここに? ターヘインは?」

 

 いまだ気分が悪そうにしていた女性だったが、心配そうにとうてきた。リヒトはそれに小さく笑みを浮かべると安心させるように告げる。

 

「大丈夫だ。アイツは死んだ、オレが殺した」

 

「本当に?」

 

「ああ。それよりも今はここから出よう。何人ぐらい動ける?」

 

「私とあと三人ぐらいは昨日ここに入れられたばかりだから、動けると思うわ」

 

「そうか、それじゃあ外に荷物用の馬車があったからそれに皆を乗せるの手伝ってくれ」

 

 その言葉に女性が頷き、二人は室内にいた女性達と協力して動けない者達を馬車へ乗せ、警備が手薄になっている夜のうちに帝都から脱した。

 

 

 

 

 

 翌日、良識派で通っていたターヘインが殺されたとして帝都は大騒ぎになったらしいが、その時既にリヒトは帝都からはるか南へ逃げおおせていた。

 

 

 

 

 

 女性達を途中の村で下ろし、リヒトは馬に乗ってある場所を目指していた。

 

 革命軍のアジトだ。

 

 クレイルからの情報によると、革命軍の本拠地は帝都からはるか南に言ったところにあるらしい。けれど、明確な位置までは把握できていない。

 

「この辺である事は変わりはないんだが……」

 

 馬上で周囲を見回してもそれらしいものはない。まぁそれも当たり前と言えば当たり前だろう。帝国に反旗を翻していると言うのに、簡単に見つかるところにあっては意味がない。

 

 しかし、既に太陽は傾き空はオレンジ色と群青色が見事なコントラストを描き、星まで見えている。

 

「仕方ねぇ、とりあえずは今日はここで野宿だな」

 

 言うとリヒトは馬と共に近場の川原まで行き、火を起こし始める。

 

 マッチなどはないが、野営の心得は父に耳が痛くなるほど聞かされたので簡単に火を起こすことができた。

 

 やがて太陽は完全に沈み、世界を夜の闇が支配し始めた。途中の村で買った干し肉を咀嚼しながらリヒトは一晩で十人以上の命を奪った自身の手に視線を落とす。

 

 初めて人を斬ったと言うのにあまり恐怖は感じず、心はまったく揺らいでいない。標的がルークの仇だったというのもあるのだろうが、それにしても自分の心はクリアだったと思い返してみる。

 

 ある程度やわらかくなった干し肉をゴクンと嚥下し、天に浮かぶ星を眺める。

 

「……父さんと母さん、元気だといいけど」

 

 そんなことを呟いた時だった。近くの茂みからガサリと音がした。馬もそれに反応して音のしたほうを見やって警戒するが、リヒトがそれを落ち着かせる。しかし、彼も腰の片手剣からは手を離さない。

 

 十秒ほどそちらを見やっていると、まったく予想していなかったモノが出てきた。いや、モノではない。茂みから姿を現したのは人間だった、しかも女性。

 

 銀色の髪を短めに切り揃え、黒の衣服に身を包んだ、なんともイケメンな女性が茂みから出てきたのだ。因みになぜ女性だったのかとわかったのかと言うと、胸が大きかったからである。

 

 けれど、彼女の右目には無骨で何の飾り気もない黒い眼帯がしてあり、右腕は肩口から深い緑色の義肢になっていた。

 

「そこの少年、少し頼みがある」

 

 などと女性のことを観察していると急にこちらを指差しながら声をかけられた。

 

「なんだよ」

 

 若干警戒しつつ問い返すと、なんとも可愛らしい腹の虫がなり、女性は微妙な顔をしながら告げてきた。

 

「……食料を少し分けてくれはしないか?」




復讐完了……

まぁこんな感じでかなり駆け足で終わりにしましたが、早く原作と絡ませたかったのでw
そんなことをいってもまだしっかりと絡んでは来ないんですが……w

最後に出てきたイケメンな銀髪お姉さんはもう誰かはお分かりですよねw
実際彼女がそんな様な事を求めてくるとは思いませんが、それぐらいあってもいいじゃないって感じです。
また、私の解釈ではまだナイトレイドは活動していないと思われます。
今は本編開始の凡そ三年ほど前なので、開始となると、後半年後とかそのあたりではないかと。

そのうち主人公の帝具も登場するのでしばしお待ちを……

では、感想などありましたらよろしくお願いします。


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第七話

「すまないな。目的地まであと少しだったんだが、この辺りは夜に活動する危険種が厄介なのが多くてな」

 

 焚き火を挟んで向かい側にいる銀髪の女性は自嘲気味に笑みを浮かべると肩を竦めて見せた。

 

 まぁ、確かに夜危険種を相手にするのは面倒なので彼女の言う事は尤もだった。

 

「別にいいさ、オレもこの近くに用があったからな」

 

「ほう? 見たところ旅というわけではなさそうだが。こんなところまで何をしにきたんだ?」

 

 眼帯に覆われていない方の瞳でこちらを見る彼女の視線は少しだけ鋭かった。けれどリヒトは気にした様子もなく彼女を真っ直ぐ見据えた状態で告げた。

 

「革命軍に入るために来た。アンタ、革命軍の人間だろ?」

 

「なぜそう思う?」

 

「なんでって言われると……うーん、言っていいものか……」

 

「構わないさ。言ってみろ」

 

 腕を組みながらいい悩んでいると、女性の方が小さく笑みを見せながら言ってきた。表情は先ほどと比べるとどこか柔らかい。

 

 けれど、瞳の奥には嘘偽りを見逃さないと言う風な光りが揺らめいていた。

 

「……アンタ、元帝国の将軍のナジェンダだろ? エスデス将軍と並んで若くして将軍になったけど、二年位前に革命軍に加わったって聞いた。その目と義手はエスデスにやられたんだろ?」

 

 彼女がナジェンダである事は最初現れた時から予測はついていた。一年ほど前にエスデスから教えられた情報と、今の彼女の状態が酷似していたからだ。

 

 あの話の中で、エスデスはナジェンダの右手と右目を潰したと言っていた。そんなピンポイントで同じところに怪我をする人物などそうはいないだろう。だから、リヒトは目の前の女性がナジェンダだと予想した。

 

 すると、ナジェンダと思われる女性は小さく笑みを見せてから、頷く。

 

「ああ、お前の言うとおり、私は帝国軍の元将軍だったナジェンダだよ。しかし……エスデスから聞いたと言っていたが……お前はエスデスの部下なのか?」

 

「あのドS女の部下ならもうとっくに革命軍は全滅してるはずだぜ? あの女と話したのは本当に少しだけ。軍に入ったばっかりの頃に目をつけられて話しただけだよ。それ以外は何もない」

 

 間違った事は言っていない。現に、ナジェンダにもそれが通じたのか彼女は納得したように笑みを見せていた。

 

 けれど右腕を押さえるそぶりを見せるのは、まだエスデスに潰された腕が疼くのだろう。

 

「ではもう一つ、なぜお前は革命軍に入りたい? こんなところまで来たんだ、相応の理由があるんだろう?」

 

「……まぁな。オレは、帝国の外道野郎に幼馴染を殺されたんだ。アイツはその野郎の罪を暴き出して、無実のはずなのに国家反逆罪というあらぬ罪を着せられて殺された。そしてそいつの母親もな。

 そんで、昨日のうちに復讐は遂げてきた。でもあんな小者をいくら始末したって諸悪の根源である大臣を倒せなくちゃ意味がねぇ。だから打倒大臣を掲げている革命軍に入ることにしたんだ」

 

 自然と拳には力が入り、少しだけ語気も強くなっていた。するとナジェンダは懐から煙草を取り出して焚き火から火をもらって紫煙を燻らせる。

 

 彼女は煙草を吸っている間目を瞑っていたが、しばらくするとこちらの瞳をジッと見てきた。

 

「嘘は言っていないようだな」

 

「こんなとこまで来て嘘なんていわねぇよ。まぁ慎重になるのはわかるけどな」

 

「すまないな、一応警戒のためなのでな。……それにしても仇を討った、か。その仇というのは政務官のターヘインか?」

 

「ああ、何でわかる?」

 

「奴の悪行は革命軍も知るところとなっていたからな。また、奴の邸宅の警備をしていた兵士もそれを知りながら隠していた事で同罪として近いうちに殺すことになっていた。だが、今日帝都に潜伏している者から連絡があって、多少驚いていたところだ」

 

「驚いているようには見えないけどな。でも、あんた等の手間が省けてよかったろ?」

 

 小さく笑みを浮かべながら言うと、ナジェンダも「まぁな」と短く答え、持っていた煙草の残りを焚き火の中にくべた。

 

「じゃあ、そろそろお前の名を聞かせてもらっても良いか?」

 

「あぁ、わるい。オレはリヒトっていう。よろしく頼むぜ」

 

 焚き火から少しずれてナジェンダに握手を求めると、彼女もそれに答えてきた。

 

「ではこれからよろしくな、リヒト。アジトに戻るのは明日の明け方にしよう、今から動くのは面倒だからな」

 

 ナジェンダの指示に頷くと、先ほど自分が座っていたところに戻る。その後、適当に話した後、二人はそれぞれ交代で眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、朝霧が立ち込める中、リヒトはナジェンダと共に革命軍の本拠地にたどり着いた。

 

 門番らしき者達にナジェンダが軽く挨拶をすると、彼等はすんなりと通してくれた。やがて朝霧が晴れ、朝日が革命軍の本拠地を照らし始めた。

 

 それにより朝きりに隠されていた野営用の大型のテントなどが視界に入り始めた。しばらくすると革命軍のメンバーらしき者達もぞろぞろと出てくる。

 

「かなりの数なんだな」

 

「そうだな。最初は小さなレジスタンスに過ぎなかった革命軍だが、今や帝国を脅かしつつある一大勢力だ。皆、平和のために一人一人、努力を怠っていない。帝都での密偵やそのほかの仕事もな」

 

「ナジェンダさーん!」

 

 彼女がそこまで言ったところで彼女の名を呼ぶ声が聞こえた。二人がそちらを見ると、緑髪の少年が手を振りながらこちらにかけてきたところだった。

 

「お帰りなさい、怪我とかしてないですか?」

 

「ああ、問題ない。そうだ。ラバック、コイツに拠点を案内してやってくれないか? 私はこれから上に報告があるからな。お前も構わないだろう?」

 

「オレは別にどっちでも」

 

「そうか、ではラバック頼んだぞ」

 

 ナジェンダは小さく笑みを浮かべながらその場から去っていった。

 

 残されたリヒトとラバックと呼ばれていた少年は互いに顔を見合わせる。が、あからさまにラバックが嫌そうな顔をした。

 

「ちぇー、ナジェンダさんが帰ってきたからいろいろ話そうと思ってたのによー。よりによって新人のお守りとは」

 

「ソイツは悪いことをしちまったな、謝るぜ」

 

 肩を竦めながら言うと、ラバック少年はパタパタと腕を振った。

 

「やめろって、別に謝ってほしいわけじゃないって。まぁナジェンダさんと話すのはまた後の機会として、自己紹介がまだだったな。オレはラバック、よろしくな」

 

「リヒトだ。こちらこそよろしく頼むぜ、先輩」

 

 二人は互いに小さく笑みを浮かべると握手を交わす。最初は会って早々嫌な顔をされたからとっつきにくい奴かとも思ったが、そうでもなさそうだ。

 

「さてっと、んじゃ案内か……。寝床はあとでナジェンダさんが教えてくれるから良いとして……風呂場とか食堂あたり見ておくか?」

 

「ああ、頼んだ」

 

 二人はそのまま食堂と風呂場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁざっとこんな感じだけど覚えられたか?」

 

「二箇所くらいだからな。他にもあるのか?」

 

 風呂場と食堂を見終わったリヒトとラバックは話をしていた。

 

「あとはそうだな、作戦会議室とかもあっけど……その辺は上層部、ナジェンダさん辺りが行くところだからオレらには関係ないと思うぜ」

 

「ふーん。ならいいな」

 

「ああ。んじゃあちょっと聞いても良いか? 何でリヒトは革命軍に入ったんだ?」

 

「今の帝国をぶっ壊して幸せな世界を作りたい……じゃ、理由にならねぇか?」

 

 ラバックの問いにニヒルな笑みを浮かべながら言うと、「へぇ……」と感心したように頷いた。

 

「なんだよ、へぇって」

 

「あぁわるい、別に馬鹿にしてるわけじゃないんだ。ただ、お前からそういう言葉が飛び出してくるとは思ってなくってさ」

 

「これでも一応常識はあるほうだと自負してんだけどな」

 

 肩を竦めてみると、ラバックも「まぁそれはわかるよ」と苦笑気味に言ってきた。その時、ふと彼の手に嵌められているグローブが少しだけ変わっているのに気が付いた。

 

 そして、異様なまでの雰囲気を醸し出していることにも。

 

「なぁラバック、そのグローブって帝具か?」

 

「お、よくわかったな。帝国の古文書でも見たのか?」

 

「いや、なんとなくだ。雰囲気が他の武器とは違う感じだったからよ」

 

「雰囲気か……まぁそうだよな。コイツは実際グローブが帝具なんじゃなくて、ここに内蔵されてる糸が帝具なんだ。名前は『千変万化・クローステール』結構いろいろできんだぜ」

 

 いいながら彼はグローブの手の甲あたる部分に取り付けられている、糸を巻き取る装置のようなものを見せてきた。

 

 それをジッと見ていると、確かに装置の中には糸がびっしりと入っていた。絡まったりしないのだろうか。

 

「帝具か……革命軍にも流れてるってのは聞いてたけど、他にもいたりすんのか?」

 

「ああ。オレを含めると今のところ三人かな。あぁでも戦闘向きじゃない帝具を持ってるやつもいるからなぁ……でも、戦闘方面だとオレとあと二人ぐらいだよ。なんなら紹介しようか」

 

「大丈夫なのか?」

 

「おう、その辺は問題ねぇよ。んじゃ、行くか」

 

 ラバックが踵を返したので、リヒトはそれについていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく歩いていると、前方をゆくラバックが「お、いたいた」などと言って小走りにそちらにかけていく。

 

 それに続いていくと前に修練場のような場所があり、そこで一人の男が槍を振るっていた。

 

「今暇だったりする?」

 

「どうかしたのかラバ?」

 

「新入りが入ったんで紹介しようと思ってさ。リヒト、来いよ」

 

「ん、ああ」

 

 呼ばれたのでリヒトはラバック達の下へと歩み寄っていくと、リーゼントが似合うナイスガイが少し驚いたようなそぶりを見せた。

 

「ラバが男の新入りを案内するたぁな。こりゃ明日は雪じゃねぇのか?」

 

「オレだってたまにはこういうことぐらいするっての。ホラ、一応連れてきたんだから挨拶してよ」

 

「おう。リヒトつったか? よろしくな、オレはブラートだ」

 

 ブラートは軽くリーゼントを整えてから言ってきた。けれどリヒトは彼の名前に覚えがあることに気が付いた。

 

「ブラートって百人斬りのブラートか?」

 

「お、オレのこと知ってるってことは帝国の元軍人だったのか」

 

「ああ。一昨日くらいまでな……アンタ革命軍にいたんだな」

 

「……まぁいろいろあってよ」

 

 ブラートは少しだけ肩を竦めるが、その表情にはどこか悔しさが滲んでいるように見える。

 

 人の過去はあまり探るものではないと、リヒトは話をやめてラバックを見やる。彼もその意図を感じ取ったのか小さく頷いた後に言う。

 

「そんじゃ次はアカメちゃんの方行ってみるか」

 

「アカメだったら川原でなんかやってるの見たぜ」

 

 ブラートに言われ二人は頷くと川原のほうを目指す。

 

 野営地をでて、その奥に広がる林を抜けたところでラバックは周囲を見回す。少しの間見回していると目的の人物を発見したようで、指し示してきた。

 

 ラバックが指差す先には黒髪の少女と思しき影があった。けれど、それ以上に目に入るのは少女の前で燃える焚火の上で串焼きにされているエビルバードだった。

 

「おぉう……。なかなかインパクトがあるな」

 

「何言ってんだよ。……アカメちゃーん!」

 

 驚いている脇でラバックは少女の名を呼んだ。それに気が付いたのか、アカメはくるりとこちらを向く。口にエビルバードの肉を咥えながら。

 

「はふぁっくは」

 

「いや、まず口に入ってるものとってからしゃべろうよ」

 

「ん、すまない。……そっちは?」

 

 骨付き肉を片手で持ちながらアカメは小首をかしげる。

 

「あぁ、コイツは新入り。今日ナジェンダさんが連れてきたんだ」

 

「仲間か?」

 

「そうだよ」

 

 ラバックが頷いてこちらを見てきたので、こちらも頷いてからアカメに声をかけようとしたが、骨付き肉が放り投げられてきた。突然のことで一瞬驚いたが、何とかそれをキャッチする。

 

「食え」

 

「お、おう」

 

 アカメはそれだけ言うと別の肉をラバックに放った。ラバックはそれを受け取ってから「朝から濃いなー……」などと呟きながらも肉にかぶりつき、こちらに耳打ちしてきた。

 

「アカメちゃんは仲間にはこういう風に肉をくれたり、優しいところがあってさ。まぁ読めないところも多いと思うけど仲良くしてやってくれよ」

 

「ああ、わかった」

 

 それに答えてから肉を咀嚼する。なかなかいい焼き加減で、外はパリッとなかはふんわりとした焼き加減だった。

 

 肉をある程度食べ終え、リヒトはアカメの隣まで行って彼女に告げた。

 

「オレはリヒトってんだ。よろしくな、アカメ」

 

「ああ。よろしく、リヒト」

 

 二人は互いに握手を交わす。

 

 そんな二人の姿を見ていたラバックはどこか満足げだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜中、リヒトは割り当てられたテントの中で仰向けになりながらため息をついた。

 

「……わるいな、ルーク。オレはお前との約束を破る……けど、国を変えるという目的は変わらない。そこんところは理解してくれよ」

 

 既に死んだ者にこんなことを言っても誰も答える事はないが、親友との約束を破ったのは事実だ。自己満足かもしれないが、謝っておいて損はないのかもしれない。

 

 そのままもう一度小さく息をつき、意識を手放す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、ナジェンダは酒を片手に一枚の羊皮紙を眺めていた。

 

「初期のメンバー枠はあと一人……。ラバックにブラート、アカメは確定として誰にするべきか……」

 

 酒の入ったグラスを置き、煙草に火をつけてから大きく一吸いしてから椅子の背もたれに寄りかかる。

 

 紫煙を吐き出してそれが空気中に溶け込むのを眺めながらナジェンダは昨日会って、今日革命軍に正式に所属した少年、リヒトのことを思い出す。

 

 ……目指す理念は皆と同じだが……。なぜだろうな、アイツは出来る気がする。

 

 殆ど直感だ。

 

 けれど、たった一晩で十人余りを暗殺。それも無傷だと言うのだから実力は備わっているだろう。また、自分の右腕と右目を潰したエスデスが興味を持つと言うのも気がかりであはある。

 

 しかし、そこでふと気が付いた。

 

 いつの間にか羊皮紙に名前を書いてしまっていたようだ。

 

「ふむ……。まぁいいか」

 

 半ば軽いノリであったが、小さくため息をつき煙草を灰皿でグシグシと消してから、グラスを一気に仰いだ。

 

「とりあえず、今日はもう寝るとしよう。っと、その前に歯を磨いておかねば」

 

 我ながら小さいことを気にするとは思うが、身だしなみは大切だ。

 

 ナジェンダはそのまま歯を磨きに行った。

 

 

 

 彼女がいなくなり、先ほどまでナジェンダが向かい合っていた羊皮紙を見ると、それにはこう書かれていた。

 

『革命軍暗殺部隊・ナイトレイド 

 

 メンバー候補・ブラート、ラバック、アカメ、リヒト』

 




はい、とりあえずこんな感じですね。

もう独自解釈もいいところですw
とりあえず、レオーネやらマイン、シェーレはもっと後だと資料を読んで私の仲で解釈しました。おそらく一年後とか半年後あたりでしょうかね。

なんかナイトレイド入りが早すぎなような気もしますが、申し訳ありません。

では感想などありましたらよろしくお願いいたします。


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第八話

 革命軍に所属してから一週間が過ぎようとしていた。けれど、まだ明確な所属は割り振られてはいない。

 

「くぁ……」

 

 大きくあくびをするリヒトは、川の近くにある巨大な岩の上から釣り糸を垂らしていた。

 

 ブラートに聞いた話だが、このあたりには美味い巨大魚がいるらしい。それを聞いてなんというか、男の浪漫と言うやつがふつふつと沸きあがってきて現在に至る。

 

「……巨大とか言われるとなんか釣り上げたくなるんだよなぁ」

 

 苦笑気味にひとりごちるがそこで竿が大きくしなりを見せ、思わず身体が川の中に引きずり込まれそうになる。

 

「来たか」

 

 岩の上で何とか態勢を立て直すと、足と腕に満遍なく力をこめる。

 

「フンヌッ!!」

 

 思わず変な気合の掛け声が出てしまったが、それによって川面の巨大な影が出現し、そのまま大きな水飛沫を上げながら巨大な魚が飛び出してきた。

 

 巨大魚はそのまま川原に打ち上げられてビチビチと跳ね回っていたが、やがて呼吸ができなくなったのか動きが鈍くなった。

 

「コイツがそうか……確かにでかいな。でも強烈な顔してんなぁ」

 

 正面に回りこんで巨大魚の顔を拝みながら呟くが、隣で「きゅ~」というなんとも可愛らしい腹の虫の声が聞こえた。

 

「……何やってんだアカメ」

 

「音がしたので来て見たらリヒトが巨大魚を釣り上げていた」

 

 淡々と言うものの、彼女の口元からはヨダレがひとすじ垂れており、尚且つ凄まじく物欲しそうな瞳でこちらをジーッと見やってくる。

 

 十中八九喰いたいのだろう。一週間革命軍に身を置いてわかったことだが、アカメはかなりの食いしん坊キャラだ。

 

「はぁ……喰うか?」

 

 問うてみるとアカメは首が千切れるのではないかと言うほど頭を縦に振った。それに微笑を浮かべつつ、巨大魚の腹に片手剣を突き刺して捌き始める。

 

「あぁそうだ、アカメ皆にも食わせるために全部喰うなよ?」

 

「ああ、もちろんだ」

 

「……よだれ出まくりの表情で言われても説得力ねぇけど」

 

 こちらに言ってくる彼女の瞳は異様に輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 巨大魚を捌き、刺身と焼き身にしたものを近場にあった大き目の葉っぱの皿に乗せると、二人はそれを食べ始める。

 

「うん、うまい」

 

「そうだな」

 

 言葉は少ないものの、特に仲が悪いという雰囲気でもない二人は黙々と巨大魚を食べる。

 

「リヒトは料理が上手いようだな」

 

「そりゃどうも、でもこんなん切って焼いただけだ料理の部類には入らないだろ」

 

「そうなのか?」

 

「多分な」

 

 肩を竦めながらリヒトが言うと、アカメも納得したように頷いていた。

 

 やがてそれぞれの分を食べ終えた二人だが、そこでリヒトがアカメに告げる。

 

「なぁアカメ、腹ごなしに軽く鍛錬でもしようぜ」

 

「うん、構わない」

 

「そっか、んじゃあまずは適当に組み手から――」

 

「リヒトー! アカメー!」

 

 そこまで言ったところで後ろから声をかけられた、見るとブラートが手を振っている。

 

「招集がかかってる! 行くぞ」

 

「ああ、わかった! ……じゃあ鍛錬はその後にするか」

 

「そうだな」

 

 二人は互いに頷き合うと、ブラートの下に駆けて行き、そのまま三人で召集場所へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 召集場所に行くとそこにはナジェンダとラバックがいた。

 

「急に呼び出してすまないな」

 

「別にいいけど……何の召集なんだ?」

 

「そのことだが……リヒト、お前にある部門への配属が決まった」

 

「どこだ?」

 

 聞き返すと、彼女は小さく笑みを浮かべながら告げる。

 

「実は我々革命軍に帝都の外道共を暗殺する新たな組織『ナイトレイド』ができた。今のところ確定しているメンバーは私を含めてその三人だ。そして初期メンバーとしてはあと一人が必要なんだ」

 

「てことは……」

 

「ああ、察しが良いな。最後のメンバーはお前だ」

 

 義手の指でこちらを指してくるナジェンダはクールな笑みを浮かべていた。胸がなかったら普通に男と思ってしまうほどイケメンだ。

 

 いや、そんな事はどうでもいい。

 

「帝都の内部のゴミ掃除をするってわけだよな」

 

「簡単に言えばそんなところだ。で、どうだ? やれるか? まぁ決定と言っても今なら入らないと言うのもありだが、どうする」

 

 真剣な眼差しで自分を見据えてくるナジェンダの気迫は、元将軍というだけあってかなり凄まじかった。

 

 けれど、リヒトはそれに対してニッと口角を釣り上げて言い放つ。

 

「いいぜ、そのナイトレイドにオレも入れてくれ」

 

 言うと同時に、ナジェンダも「その言葉を待っていた」と言う風にニヒルな笑みを浮かべる。

 

「お前ならそういってくれると思ったよ。では……これからよろしく頼むぞ、リヒト」

 

「ああ、こちらこそよろしくな。で、アンタの事はどう呼べばいいんだ? ボス?」

 

「そうだな……まぁなんでもいいさ。好きなように呼べ」

 

「了解だ、ボス」

 

 肩を竦めつつ言うとナジェンダもうんうんと頷いた。するとそこでブラートが声をかける。

 

「そういやボス、リヒトには帝具を持たせるのか?」

 

「あぁそうだったな。リヒト、ちょっと着いて来てくれるか? 皆も頼む」

 

 ナジェンダに言われリヒトは彼女の後を付いていき、その後ろにラバック達が続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五人がやってきたのは厳重に鍵がかけられた倉庫のような場所だった。それにリヒトが少しばかり驚いていると、ナジェンダがポケットから鍵を取り出して扉を開け、中に入っていく。

 

 倉庫の中は薄暗かったが、ラバックがランプを持ってきたので何かを見るのにはこまらなそうだ。

 

 しばらく進むと、ブラートが大きめの箱を持ってきて、アカメが台を引きずってきた。

 

 ブラートは箱に入っていたものを取り出して、台に乗せ始める。台に全てを乗せきるとラバックがランプで照らす。

 

「これは……」

 

「今現在革命軍にある帝具だ。この中でお前に適合する物があればいいが……まぁもしなくてもそのうち何とかなる」

 

「ふーん……でもよ、帝具ってどういう風に適合するんだ?」

 

「基本的には第一印象が強いぜ。自分が見て「かっこいい」とかプラスの方向に感情が動けば相性が高いだろうし、「あんまりよくない」って言う風にマイナスに考えると相性は悪いことが多い」

 

「オレもクローステールのときは第一印象だったからね。まぁそのあたりから選べば良いと思うよ」

 

 ブラートのラバックの解説に頷いて納得すると、リヒトは並べられた帝具に向き直る。

 

 左から並べられた帝具は四つ。多いとはいえないが、内乱によって大半が紛失したのだからしょうがないと言えばしょうがないだろう。

 

 むしろ、帝国が牛耳ろうとしているのに四つもあるのだからそれはそれですごいと言える。

 

「結構形も色々だな、これは……ハサミか」

 

「それは『万物両断・エクスタス』だな。非常に高い強度を誇るレアメタルで形成されている。気に入ったか?」

 

「いや、まぁ嫌いじゃないけど……いまいちピンと来ないな」

 

 エクスタスをその場においてため息をつき、そのほかの帝具も見て回るが、これと言って何か来るものはなかった。

 

「特になかったようだな」

 

「ああ、まぁ別に帝具がなくても戦えるしな。帝具持ちとの戦闘はめんどくさそうだけど」

 

 肩を竦めつつアカメに答えてみるが、そこで先ほどまで帝具が入っていた箱を覗き込んでいたラバックが声を漏らした。

 

「なんか最後一個余ってるのがあったよ」

 

 箱から帝具と思しきものを持ってきたラバックが台の上にそれを乗せた。金属質な音とジャラっという鎖のような音が聞こえた。

 

 皆がそれを覗き込むが、ブラートが肩を竦めた。

 

「随分古ぼけてんな、埃被ってるぜ」

 

「多分他の帝具の下にあったから存在自体が忘れられてたんだろうね。古文書とかには載ってないないですか? ナジェンダさん」

 

 ラバックが問うと、ナジェンダは棚の上にあった古文書をペラペラとめくり始めた。すると最後の方のページにに差し掛かったところで彼女はページをめくる手を止めて、皆にそのページを見せる。

 

 ページには鎖と、その先端には竜のアギトを模したオブジェがついているイラストが描かれていた。

 

双頭縛鎖(そうとうばくさ)・ヨルムンガンド……?」

 

 イラストの下に書かれている文字をブラートが読み上げる。

 

「でも双頭って言う割には一本しかなかったぞ」

 

「てことは足りないのか?」

 

 アカメやラバックが考え込んでいると、ブラートがリヒトに言う。

 

「おい、リヒト。多分その帝具一本足りないみたいだから装備は出来ないと思うぜ」

 

 その声にリヒトは被りを振った。

 

「いいや、これはこれで良いんだ」

 

「「「「?」」」」

 

 リヒトの言っていることが良く理解できていないのか四人は首を傾げたが、それを尻目に鎖に触れてみる。

 

 瞬間、鎖はまるで生きているかのようにドクンと脈動する。そしてその場に浮き上がると同時にリヒトの周りを旋廻し始めた。

 

 リヒトが手を出すと鎖はその上に落ち着き、蛇がとぐろを巻くように丸まった。

 

「うん……身体に馴染む感じがする」

 

「てことは適合できたってことか。でも何で双頭?」

 

「それは多分、コイツのことだろ」

 

 良いながらリヒトがもう一方の手を出すと、その上に真っ黒な鎖が現れる。その先端にももう一方の方と同じように竜のアギトのようなオブジェが現れていた。

 

 しかし、こちらの鎖はどこか存在がおぼろげで、透けているようにも見える。

 

「どっから出したんだそれ?」

 

「オレの精神力を削って出来てるみたいだ。いわば、精神エネルギーで出来た鎖だな。多分双頭ってのはこういうことなんだと思う。コイツに触った時にやり方も頭の中に流れ込んできたから、適合しないとやり方がわからないんだろうな」

 

「なるほど……。やはり帝具はわからないことも多いと言うことだな」

 

 ナジェンダも納得したのか小さく頷いた。しかし、すぐに皆のほうに向き直って宣言する。

 

「では、今このときより、私たちは革命軍の帝都専門暗殺部隊、『ナイトレイド』だ。明日には帝都近郊のアジトへ向かう……各自準備をしておけ」

 

 ナジェンダの指示に四人は頷くことで了解の意を表した。

 

 その後、倉庫を出るとナジェンダを除いた四人は川原へと向かう。

 

 理由は、リヒトの帝具がどんなものなのか、試すためだ。

 

「よし、んじゃまずは軽く何を出来るかやってみろよ」

 

「ああ」

 

 ブラートに言われ、リヒトは右腕に巻きついている鎖を限界まで伸ばしてみようと鎖を伸ばしてみる。けれどその時点でその場にいた全員が異変に気が付いた。

 

「鎖がさっきよりも長くなっている」

 

 アカメがそう漏らすと、ブラートとラバックも頷いた。それはリヒトもわかっていることであり、確かに先程よりも長さが増している。その長さは腕に巻きつくほどの長さだったものが、今は凡そ二十メートル弱にまで達している。

 

 けれど、ただ伸びたのではなく、鎖の一つ一つの太さや大きさも変わっている。

 

「そういうことか」

 

「なんか気が付いたのか?」

 

「ああ。多分こっちの鎖も少なからずオレの精神エネルギーを喰って長さを調節することが出来るみたいだ。でも伸ばせば伸ばすほど、相手を縛る力は弱くなっていくんだろうな」

 

 鎖を戻しながら言うと、確かに彼の腕に収まった鎖は最初の太さに戻っている。

 

「んじゃあ、次は全てが精神エネルギーで出来てるそっちの方を使ってみなよ」

 

 ラバックが言ってくるのでもう一方の精神エネルギーのみで構成された鎖を、たまたま水面から飛び跳ねた魚に向かって伸ばす。

 

 音もなく伸びる鎖は、やはり先ほどの鎖と同じく自動的に伸びていく。やがて先端の竜のオブジェが魚に突き刺さる。けれど、魚は何事もなかったかのように水中へ戻っていく。

 

「アレ?」

 

「今確実に魚を貫通したはずだよな?」

 

「うん、だとおもうけど……」

 

 リヒトに加えてブラートとラバックが首をかしげていると、アカメが告げてきた。

 

「いま魚にはあたったけどすり抜けてた」

 

「すり抜けた?」

 

 首をかしげながら問うと、アカメは頷いて鎖を戻すように言ってきたので、それに従い鎖を戻す。

 

 すると彼女は戻ってきた鎖を持とうとしたが、鎖は彼女の手をすり抜ける。

 

「やはりな。こっちの鎖は人の身体のように実体のあるものには触れられないようだ」

 

「それじゃあ実体がないものには触れられるって事か?」

 

「だろうな。またはもっとリヒトの精神エネルギーを消費させれば触れられるようになるのかもしれない」

 

「じゃあ、ちょっとやってみっか」

 

 アカメの言うことに納得すると、リヒトは精神を集中させる。すると、先ほどまで若干透けていた鎖が濃い色を帯び始めた。

 

 ある程度濃くなったところでアカメが持とうとすると、今度は普通に持つことが出来たようだ。けれど、リヒトには若干の疲れが見られる。

 

「おー、アカメちゃんの行ったとおりだな。でもさ、いちいちこんなことしてたら、体力、精神力を使う帝具を長い時間は使えないんじゃないの?」

 

 ラバックの問いも尤もだ。現時点でもリヒトの精神力はそれなりに消耗している。まぁ帝具での戦闘が長期化するような事は余りないらしいので、そこまで気にしなくてもいいのだろうが。

 

「確かにそうだな……。でも実体のないものって言うとなんだ?」

 

「幽霊とか?」

 

「そんなもん触ってどうすんだよ。ん? 待てよ……」

 

 ラバックに突っ込みを入れてみたが、リヒトは何かが引っかかった。

 

 ……帝具は精神力もかなり消耗する……。ってことは――。

 

「ブラート、頼みがある」

 

「ん? なんだ?」

 

「アンタの帝具ってインクルシオって言う鎧型の帝具だったよな。今ここで展開してくれないか?」

 

「別にかまわねぇけど。なんか気付いたのか?」

 

「ちょっと試してみたいことがあってな」

 

 ブラートの問いに小さく笑みを見せながら答えると、彼も頷いてリヒトから少し離れた所で自身の帝具、インクルシオを展開する。

 

 ブラートの帝具、インクルシオは最高の防御力を誇る鎧の帝具である。また、使用者の能力も引き上げることが出来る。けれど、装備すると身体にかなりの負荷がかかり、常人では即死してしまうと言う。また、インクルシオには副武装としてノインテーターという槍がついてくる。

 

「これでいいか?」

 

「ああ、ちょっとそのままじっとしててくれよ」

 

 リヒトは言うと左手の精神エネルギーで形成された鎖の精神エネルギーを弱めてブラートに向かって告げる。

 

「ブラート、今からアンタにこの鎖を巻きつける。痛みはないと思うけどやっても良いか?」

 

「おう、いいぜ。けど殺してくれるなよ?」

 

「そんなことしねぇよ」

 

 肩を竦めると、リヒトは一呼吸の後に鎖をブラートに向かって伸ばす。鎖は真っ直ぐに伸び、ブラートに接近すると同時に鎖部分をしならせて彼の身体に纏わりつく。

 

 けれど、はたから見ると実体のない鎖がブラートの身体に食い込んでいるように見える。

 

「なんか変化あるか?」

 

「いいや、特にはねぇけど」

 

「わかった、後一つやりたいことがあるからそのままでいてくれ」

 

 リヒトはブラートに宣言すると、頭の中でヨルムンガンドに命じる。

 

 ……咬め。

 

 するとそれが聞こえたのか、ブラートに巻きついていた鎖の先端にある竜のオブジェの顎がガパッと開き、ブラートの首筋に噛み付いた。

 

 隣でラバックとアカメが驚いたような表情をするが、ブラートは特に気になっていないようだ。

 

「やりたかったことってこれか?」

 

「ああ、多分これでコイツがどんな能力を持っているのかわかるはずだ」

 

「へぇ……ッ!?」

 

 ブラートが頷いた瞬間、装備していたインクルシオがバシュッという音と共に外された。それを見ていたアカメとラバックは最初彼がといたのかと思っていたが、ブラート自身が状況が良くわかっていない風だったので、彼がやったのではないとわかった。

 

「やっぱりな」

 

 リヒトはブラートに巻きついている鎖を回収して、自身の手元に戻って来させると鎖を消す。

 

 ブラートも首を傾げつつこちらに戻ってくると、問いを投げかけてきた。

 

「今のはなんだったんだ? インクルシオが強制的に戻されたぞ」

 

「だと思った。ちょっと待っててくれ、もうちょいコイツで色々試してから説明する」

 

 それだけ言うと、ヨルムンガンドを両手に展開した状態で操作方法を確かめるように振るい始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「よし、こんなもんか」

 

 あらかたヨルムンガンドの操作方法が理解できたリヒトは三人の元に戻って先ほど起きたことの解説を始める。

 

「待たせたな、そんじゃさっきブラートのインクルシオが何で解けたのか、だよな。

 アレをやる前、アカメがヨルムンガンドの実体のない方が実体のないものに触れられるかもしれないって言ったよな。アレでピンと来たんだ。精神力も実体がないんじゃないかってな」

 

「! なるほど……そういうことか」

 

 ブラートは合点がいったのか口元に手を当てる。それに続いてアカメ、ラバックも理解したのかそれぞれ頷いた。

 

「三人ともわかったみたいだな。そう、実体のないヨルムンガンドは人間の精神力を縛る効果があるんだ。それだけじゃない、先端の竜の顎みたいなところで噛み付くように命じると相手の精神力を喰ってエネルギーとして変換できるみたいなんだ。

 でも、今回インクルシオがアレだけ早く解けしまったのは、戦闘中じゃなかったこともあったからだと思う。実際戦闘中だともっと時間はかかると思う」

 

「使い方によっちゃあかなり強力な帝具だな」

 

「ああ、それに実体のある方を組み合わせれば色々な使い方が出来そうだ。ラバックのクローステールと似た感じかもな」

 

 リヒトは小さく笑みを浮かべると、ブラートに頭を下げた。

 

「ありがとな、ブラート。それと実験みたいなことして悪かった」

 

「気にすんなって。これぐらい仲間同士ならお安い御用さ。俺達は同じチームだ。協力し合うのは当然だろ」

 

 彼は笑みを見せながら言うものの、何故か若干表情が恥ずかしがっているようにも見え、尚且つ彼の後ろには満開のバラが見えた。ような気がした。

 

 ……なぜ顔を赤らめる。

 

 内心で突っ込みを入れては見たものの、リヒトはすぐに雑念を振り払う。すると、ラバックが三人に告げた。

 

「そんじゃ、今日はこれぐらいにして皆明日に備えようぜ。明日は結構移動するし」

 

「そうだな、休息も大切だ――」

 

 アカメがラバックの意見に同意して拳をグッと握った瞬間、彼女の腹が鳴った。

 

「――あと食事も」

 

「どっちかって言うとアカメは食事のほうが大切な気がするけどな」

 

「そんなことはないぞ。ちゃんと休息も取らねば――」

 

 キュ~。

 

 またしても彼女の腹の虫。

 

「わかったわかった、後でメシ行こうな」

 

 肩を竦めつつリヒトは笑いながら彼女の背中をポンポンと叩いた。

 

 四人はそのまま野営地に戻り、明日の準備に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リヒト」

 

 夜、夕食を済ませたリヒトが適当に月を眺めていると不意に声をかけられた。そちらを見るとアカメがいた。

 

「どうした? まだメシ喰ってたんじゃないのか?」

 

「大丈夫だ、いろいろ持ってきている」

 

 そういう彼女の両手には皿からはみ出るほどの料理が乗せられていた。いや、手だけではなく頭にまで乗っている。器用なことだ。

 

 それに苦笑を浮かべていると、アカメは隣に座ってむしゃむしゃと食事を開始した。

 

「なんでこんなところ来たんだ? メシ喰うなら食堂で食ってた方が良かっただろ?」

 

「月が見ながら食べたくなった」

 

「なかなか酔狂な性格してるなお前」

 

「ほうか?」

 

 口に大振りの骨付き肉を咥えている彼女だが、その姿は普通に堂に入っているように見えた。

 

 しばらく横で料理を貪る音をアクセントに月を眺めていると、不意にアカメが呟いた。

 

「……クロメ……」

 

「クロメ?」

 

 首をかしげながら問うと、アカメはハッとした後ポツリと言った。

 

「私の妹の名前だ」

 

「へぇ、お前に妹がいたのか。姉ちゃんのお前が食いしん坊なんだから妹も相当喰うのか?」

 

「ああそうだな。クロメはお菓子を食べていることが多い」

 

「かわらねぇよ」

 

 ククッと小さく笑うと、アカメは少しだけ落ち込んだ様子を見せた。その様子を見て妹は死んだのかと思ったが、言葉が過去形ではなかったことからそうではないと思った。

 

 するとリヒトは立ち上がってアカメに告げる。

 

「アカメ、オレは仲間になってまだ日が浅い。だから、なにかオレに話すことがあるのなら、それはもう少し先になってからでいいからな。お前の好きな時に話してくれ。

 そんじゃ、オレは風呂入ってくるからな。お前もあんま喰いすぎんなよー」

 

 ヒラヒラと手を振ってリヒトはその場を後にする。

 

 だが、アカメからある程度離れた所で、声をかけられた。

 

「リヒト、少しいいか?」

 

 声の主はナジェンダだ。リヒトは彼女の問いに頷くと二人は近場の切り株を椅子代わりにその場に腰を下ろす。

 

「お前にも話しておこうと思ってな。ナイトレイドの方向性についてだ」

 

「方向性?」

 

「ああ、今現在ナイトレイドは私を入れて五人。人数的には少ない」

 

「まぁそうだな。……もしかして何人かスカウトするのか?」

 

 リヒトが問うとナジェンダは静かに頷いた。

 

「実は既に何名か候補が上がっているんだ。それに革命軍の中にも一人いる」

 

「革命軍にいる候補のやつは連れてけばいいんじゃないのか?」

 

「いや、彼女はもう少し鍛錬を積んでからだ」

 

「まぁボスが言うなら別に何もいわねぇけど」

 

 ナジェンダの言葉に頷くと、リヒトはふと疑問に思ったことを口にする。

 

「そういやさ、話は変わるんだけど明日は何で移動するんだ? 馬か?」

 

「いいや。明日はここで飼いならしているエアマンタで移動する」

 

 ナジェンダは恐らくエアマンタの巣があるであろう方向を指差した。けれどそちらには森があるだけだ。けれど明日になればわかるだろうとリヒトは頷いておく。

 

「エアマンタって飼いならせるもんなんだな。確か特級危険種だったろ」

 

「まぁそんな細かい事は気にするな。さて、ではそろそろラバックにも話をしなくてはならないからな。私はもう行く」

 

「明日は何時集合だ?」

 

「朝の七時だ」

 

「了解、ボス」

 

 ナジェンダはラバックに話をしに行ったが、残されたリヒトは七時集合ということに小さく笑みを零した。

 

「はやくね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の午前七時、リヒトを含めナイトレイドの面々はエアマンタの背中にいた。すると、ナジェンダがリヒト達の前に立って話を始める。

 

「さて、いよいよ今日から私たちはナイトレイドとして活動を始める。その前に皆に行っておきたいことが一つだ。

 皆、絶対に無理はせず、生きて革命の日を迎えるぞ!」

 

「「「「おう!!」」」」

 

 ナジェンダの言葉に四人は頷く。

 

 同時に、エアマンタが浮上を始めいよいよ新たなアジトへの移動が始まった。

 

 しかし、ある程度の高さまで上がったところでラバックが悲鳴を上げた。

 

「イヤァァァァァァッ!!!! やっぱオレ馬で行くぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 

 どうやら彼は高所恐怖症のようだ。けれど、そんな彼の背後に近づく影一つ。

 

「当身!」

 

「あひん!」

 

 ラバックは首筋に当身をされてそのまま気絶した。

 

「ナイスだリヒト。あのまま騒がれてはたまらんからな」

 

「単純に最初っから気絶させときゃよかったんじゃねぇの?」

 

 肩を竦めつつナジェンダに言うと、彼女も「それもそうだな」と口元に手を当てた。

 

 ヤレヤレとは思ったが、これもこれで面白いとリヒトは小さく笑みを浮かべる。

 

 そして、ナイトレイドの五人を乗せたエアマンタは帝都近くのアジトへと向かった。




はい、では今回でいよいよナイトレイドの面々が動き出したわけですね。
リヒトの帝具はまぁ鎖なんていう厨二全開の帝具ですが、恐らく使い勝手はいいようで悪いのでしょう。
というかパンプキンが精神エネルギーを打ち出すわけだから、精神エネルギーで構成された鎖があってもいいと思う。はい、これはわたしのかってな妄想です。スルーしてください。
次回は……一気に飛んで原作開始まで行くか……

ですが、とりあえずこれで第一部は終了です。
ここまで読んでくださった読者の皆様誠にありがとうございます。
そして、これからもよろしくお願いいたします。

では、感想などありましたらよろしくお願いします。


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第九話

 帝都から北へ十キロの山中。

 

 その山中に流れる小川で白銀の髪の青年、リヒトは川のせせらぎを聞きながら寝息を立てていた。

 

 しかし、それに近づく大きな影が一つ。

 

 頭部から生えた湾曲した二対の角。そして左右にある目と、人間で言う額の部分には三つ目の目が備わった四肢を持つ生物。

 

 二級危険種のジャックレオだ。

 

 ジャックレオはそのまま喉をかすかに「グルル……」と鳴らしながらリヒトにゆっくりと近づいてくる。

 

 だがリヒトはまだ目を覚まさず、穏やかな寝息を立てたままだ。

 

 そして、ジャックレオはとうとうリヒトのすぐ近くまでやって来て、口をガバッと開いた。鋭い牙がリヒトに向かって突き立てられようとしたが、次の瞬間ジャックレオは一度大きく震えた。

 

 かと思いきやジャックレオは口から大量の血を吐き出しながら横向きに倒れる。

 

「ったく……人が気持ちよく寝てるってぇのに水差すんじゃねぇよ」

 

 言いながらムクリと起き上がったリヒトの傍らには、竜の顎を模したオブジェが取り付けられた鎖の帝具、ヨルムンガンドが彼の腕に少しだけ巻きつき、竜の部分が首をもたげるように浮いていた。

 

 また、その部分には血がべっとりとこびり付いている。

 

「倒しちまったけど、どうすっかな。ジャックレオも食えるとは思うけど……んー、アカメやレオーネあたりなら食うか」

 

 ジャックレオの屍骸をちょんちょんと突っついた後、片腕でそれをひょいっと持ち上げる。それなりに重量があるが日々、鍛えている身からすればそれほどでもない。

 

「やっぱ外で寝るもんじゃねーなぁ……レオーネが帰ってくる前にもう一眠りしとくか」

 

 屍骸を運びながら呟き、アジトへ戻っていく。

 

 しばらく歩いているとねずみ返しのようになった崖の下に大きな建造物が見えてきた。リヒトが所属する暗殺組織、ナイトレイドのアジトだ。

 

 初めてやって来たのは二年前だったから今見ると多少汚れがついているようにも見える。

 

 まぁそんなことは大して気にすることもないからどっちでも構いはしないのだが。

 

「リヒト」

 

 ふと名前を呼ばれた。

 

 そちらを見ると長い黒髪をストレートにした赤き瞳の美少女、アカメが物欲しげな視線をこちらに送っていた。

 

「ようアカメ、食うか?」

 

 ジャックレオの屍骸を顎で差すと、アカメはコクコクと頷いた。

 

「んじゃ、ここで適当に捌くか……。アカメ、なんか敷くもの持ってきてくれ」

 

「わかった」

 

 彼女はアジトへ向かったが、そんな彼女と入れ替わるように眼鏡を頭に乗せた女性が現れた。

 

「リヒト、私の眼鏡知りませんか? 顔を洗ったらなくなっていたんです」

 

「眼鏡なら頭の上に乗ってるぞシェーレ」

 

 教えてやると、シェーレと呼ばれた女性はハッとした様子で頭に手をかけ、眼鏡をかけなおした。

 

 彼女はリヒト達ナイトレイドが活動を開始してから数ヵ月後に革命軍の密偵がスカウトした女性だ。また、鋏型の帝具『万物両断・エクスタス』の所有者でもある。

 

「ありがとうございます、リヒト」

 

「礼を言われるほどじゃねぇよ」

 

「それはそうと……これってジャックレオですよね? 狩りにでも行って来たんですか?」

 

「いんや、外で昼寝してたら襲われかけたからヨルムンガンド使って殺しちまった」

 

 肩を竦めつつ腰の鞘から片手剣を出す。それと同時にアカメがアジトから大きな布を持ってきた。

 

 布を受け取りそれを広げた後、ジャックレオを布の上に乗せてから少年時代に父親から教わった解体術でテキパキと解体を開始する。

 

「なぁアカメ。ジャックレオってどの変がうまかったっけか?」

 

「基本的に肉は全般的に美味い」

 

「……あぁうん、わかった」

 

 アカメが食いしん坊キャラということを加味していなかった質問にヤレヤレと思いつつ、ジャックレオを解体し終える。

 

「さてっと……とりあえずこれで夕飯が一品増えたわけだが」

 

「リヒトが外に出ると必ず危険種を狩って来るからおかずが増える。だからもっと外で昼寝をしてくればいいと思う」

 

「そんなキラキラした視線をオレに送るな。好きで狩ってる訳じゃねぇ、ただ異様に絡まれることが多いんだよ」

 

「危険種に絡まれるってそれはそれで稀有な才能だと思いますけど」

 

 若干興奮気味のアカメとクスクスと笑っているシェーレに肩を竦めつつ、布にくるんだジャックレオの肉をアジトの厨房に運び入れ、冷蔵室に保管する。

 

「あら? 三人そろってなにやってるの?」

 

 声がした方を見ると、桃色の髪をツインテールに纏め上げている、これまた美少女が立っていた。

 

「ジャックレオの解体が終わったからそれを冷蔵室に入れに来たんだ。で? お前の方こそどうしたマイン」

 

「私はちょっと小腹がすいたからおやつを探しにきたの」

 

「太っても知らんぞ?」

 

 言った瞬間脛を蹴られた。それもかなり速く力のこもったものだった。

 

「イッテェッ!! 別にそこまで怒らんでもいいだろうに……」

 

「フン! レディに対して体重のことと年齢を聞くのは野暮ってもんでしょーが! そこんとこちゃんと考えなさいよね」

 

 プンプンと怒りながらマインは近場の戸棚を探し始めた。

 

 彼女はリヒト達がナイトレイドとして行動を起した半年後に、革命軍から推薦された少女だ。所持する帝具はナジェンダが将軍時代に使っていた『浪漫砲台・パンプキン』である。

 

 歳は十七、八くらいだっただろうか。

 

「でもまた危険種を狩って来たわけ? リヒトってホント危険種をよく狩って来るわよねぇ」

 

「さっきこの二人に言ったことだがオレだって好きで狩ってる訳じゃねぇ。あっちからよって来るんだっつの」

 

「危険種から見たらアンタが美味しそうなんじゃないの?」

 

「あー……かもしれませんねぇ」

 

「だがそのおかげで食事が多くなるのはいいことだと思う」

 

 マインの意見にシェーレとアカメが答えたものの、当のリヒトはというと微妙な表情を浮かべていた。

 

「お前等さ……オレに対しての心配は?」

 

「「「ない」」(ですねぇ)」

 

 三人が見事なハモリを見せた。それに対して大きく溜息をつきながら「まぁわかってたけどサ」なんて呟いていると、今度は緑髪の少年、ラバックがやってきた。

 

「みんなここにいたか。レオ姐さんが帰ってきたから、いつもんとこ集合してくれない?」

 

 ラバックの言葉を聞いた瞬間、その場にいた全員の空気が少しだけ鋭くなる。

 

「ウラが取れたか?」

 

「ああ、そうみたいだ。詳しい事はレオ姐さんから聞こうぜ」

 

 彼に言われ、四人はいつも作戦が立てられる部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 作戦会議室まで行くと、リーゼント頭のハンサム、ブラートと彼の向かい側に金髪でチューブトップから見事な胸の谷間が見えている女性、レオーネの姿があった。

 

 レオーネもシェーレと同じように革命軍がスカウトした人物で、彼女もまた帝具を所持している。だがその手に入れ方がなんとも面白く、闇市で安く買ったベルトが帝具だったというのだ。

 

 名称は『百獣王化・ライオネル』。所有者を獣化させ、身体能力と五感を上げることのできる帝具だ。

 

「お、来たな。んじゃサクッと会議始めるか」

 

 ブラートが皆に気が付き、皆いつも自分が立つ位置に落ち着く。

 

 それを確認したレオーネが口を開いた。

 

「前々から話に上がってた富裕層の一家だけど、ウラが取れた。間違いないな、血の匂いやら人が腐る匂いやらでいっぱいだ。しかも民衆にはばれないようになってやがる」

 

「確か地方出身者を親切を装って引き込んで、結局その地方出身者が出てこなかったんだっけか?」

 

「ああ。それで人の血の匂いがするとなれば……もう考えられる事は一つしかないだろ。それに目撃証言も十分だ、密偵からの連絡もあるしな」

 

 リヒトの問いにレオーネが肩を竦めつつ答えると、アカメが凛とした声で告げた。

 

「標的がクロだとわかった以上、私たちがやる事は一つ……標的を葬るだけだ」

 

「だな。そんでどうする? ボスがいないから指示はお前に任せるぜ、ボス代行」

 

 ブラートが言うと、アカメは頷き皆に告げてきた。

 

「夜襲を仕掛けるのは明日にしよう。今日はレオーネが帝都まで行ってきてくれたわけだからな」

 

「私は別にそこまで疲れてないけどなー」

 

「だろうな、それよりも随分と帝都で楽しんできたみたいにも見える」

 

 レオーネの言葉にすぐさまリヒトが告げた。しかし、レオーネはというと一回ビクリと肩を震わせた。

 

「隠すなよレオーネ。酒の匂いが強いってことから大分飲んできたな?」

 

「な、なんのことやら?」

 

「おいおい。隠すなって言ってんだろ? それと、その腰からぶら下がってる袋はなんだ? ちょっとジャンプしてみろ」

 

 リヒトはとてもイイ笑顔を浮かべながら問うものの、レオーネはソロリソロリと後ずさる。そして一瞬だけ近場の扉を見てからすぐさまそちらに身体を反転させる。

 

「三十六計逃げるに如かず!」

 

「逃がすか! ヨルムンガンド!!」

 

 レオーネがドアノブに手をかけた瞬間、彼女の身体にヨルムンガンドが巻きついた。巻かれたレオーネは態勢を崩して倒れそうになるが、リヒトはヨルムンガンドを引いて彼女を引き寄せる。

 

「こんなことで帝具使うなよー!」

 

「何事にも全力がオレの性分でな」

 

「うわー、二年前から組んでる俺でも聞いたことないわー」

 

 ラバックが何か言っていたがそれを無視してレオーネに問う。

 

「そんで? その腰からぶら下がってる袋には何が入っている? さっき引いたとき明らかにジャラって言ったから金だとは思うけど……地方出身者からくすねたってかんじか?」

 

 どうやらその問いは図星だったようで頬をヒクつかせた。同時に額には若干汗が滲んでいるのが見て取れた。

 

「ったく……オレたちは正義の味方じゃないが、すこしはそういうの自嘲しろよ」

 

「いやーだってさー。アレじゃん? これを私に渡した少年もきっといい社会勉強になったって――」

 

 瞬間、彼女の脳天に拳骨が叩き込まれた。

 

「いたぁッ!? 殴ることないじゃんかー!」

 

「あぁん? なぁにナメたこと言ってやがりますかこの女は。いいか、明日の仕事が終わったら絶対に返して来いよ」

 

「ちょ、ちょいまち! 返して来いって言ったって帝都とかかなりの広さが……」

 

「ライオネルをつかって嗅覚強化すれば簡単だろ。その袋には少年の匂いがついてるはずだし」

 

「私は犬か!?」

 

「まぁ今回はお前が悪いからな」

 

 ヨルムンガンドを解きながら言うと、レオーネは「あうー」と落ち込みながらその場に仰向けに倒れこんだ。

 

 だが、すぐさま近場にいたアカメの近くに行くと、彼女の足にヒシッとしがみ付いた。

 

「アカメー! リヒトが私のこといじめるー!」

 

「だめだぞリヒト、レオーネをいじめては」

 

「いじめてないっつの」

 

 頭をガリガリと掻きながらため息をつくと、リヒトは踵を返して会議室を出て行こうとする。

 

「どっか行くのか?」

 

「メシの下ごしらえすんだよ。アカメ、行くぞー」

 

 ブラートに答えながらアカメを呼ぶと、彼女は若干嬉しそうに笑みをうかべてから彼についていった。

 

 

 

 二人が会議室から出て行き、マインが呟いた。

 

「それにしても、あの二人って仲いいわよね」

 

「まぁ二年前から組んでるからな。それに二人での任務も多かったし、まぁリヒトがヨルムンガンドで拘束してから、アカメが村正で斬るっていう手法も多かったからな」

 

「それ以上にアカメの場合リヒトのメシが好きだからってのもありそうだけどな」

 

 ブラートの意見にレオーネが笑みを浮かべると、皆思うところがあるのか彼女と同じように笑った。

 

 

 

 

「今日は何を作るんだ、リヒト?」

 

「シチューでも作ろうと思ってる。あとは、ジャックレオの肉を使って肉焼きとサラダでいいんじゃね?」

 

「うん、おいしそうだ」

 

 アカメは早速ヨダレを垂らしていたが、いつものことなのでリヒトはスルー。

 

 因みに、リヒトとアカメがナイトレイドの炊事係となっている。

 

 ふと隣を歩くアカメが親指をグッと立てて告げてきた。

 

「リヒトの料理は美味いから私は好きだぞ」

 

「そりゃどーも。でもオレの作るもんなんて基本的に誰でも作れるヤツだろ」

 

「そこがいい。庶民的なのがいいんだ」

 

「そーいうもんかね」

 

 アカメの考えに肩を竦めつつも、リヒトは彼女と共に厨房へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明くる日……。

 

 太陽が西に沈み、既に夜が世界を包んでいた。だが、天高く上がる月は不気味なほど赤く染まっている。

 

「赤い月とか珍しいな」

 

「光りの加減でそう見えるってことは聞いたことあるけどな」

 

 呟きに答えたのはインクルシオを展開したブラートだ。彼の後ろにはアカメや他のメンバーも集まっている。

 

 また、それぞれの手には自身が手にする帝具があった。

 

「では標的の確認だ。今日の標的は帝都の富裕層の貴族一家と彼等を警護する警備兵全てだ」

 

 村雨を腰に差し、黒いコートを羽織ったアカメが皆に言うと、皆それぞれ頷いた。

 

「屋敷に侵入するのはシェーレとレオーネだ。外の標的は私たちが葬る。ラバック、足場の構成を頼む」

 

「りょーかい」

 

「では、皆準備はいいか?」

 

 彼女の問いにリヒトを含め全員が頷く。

 

 それを確認したアカメは静かに頷いた後踵を返した。

 

「行くぞ」




今回はえらく飛んで一気に原作開始まで行きました。
まぁだらだらと過去編をやってもしょうがないですし、原作キャラが絡んできたほうが面白いですしね。

次回はタツミが出ますね。
今回もちょっとだけ影が出てますが……レオーネに金を奪われた少年A的な感じでw

では、感想などあればよろしくお願いします。


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第十話

 標的である富裕層の家族が住む屋敷に到着するやいなや、シェーレが先行して屋敷へ潜入した。

 

 そして現在、リヒト達ナイトレイド一行は屋敷の庭に生えている木と木の間に、ラバックのクローステールが張り巡らされた足場に佇んでいた。

 

「あー……確かにくせぇわこれ。人の腐る臭いがしやがる」

 

「だろ? まぁ臭いの元は、あの離れだろ」

 

 鼻を押さえつつ言うと、レオーネが親指を立てながら離れのほうを指した。

 

「出てきたな、警備兵が」

 

 アカメの声にそちらを見やると、屋敷内から十数人の警備兵が現れた。全員完全武装でいつでも戦闘に入れるようだ。

 

 それを確認したアカメがまず初めに地面に降り立ち、その後に続いてブラート、レオーネがそれぞれ降り立った。

 

 しかしリヒトはまだ降りない。

 

「リヒトは行かなくていいのかよ」

 

「レオーネは屋敷内に入るけど、まぁあの程度の雑魚共だったらアカメとブラートだけで十分だろ。

 ってわけでオレは別行ってみるわ。こっちは頼んだぜ、ラバック、マイン」

 

 告げると同時にヨルムンガンドの実体のある方を伸ばして屋敷の壁に打ち込み、鎖を一気に短くすることでそちらへ飛ぶ。

 

 ヨルムンガンドを手に入れると同時に、リヒトはヨルムンガンドを一種のアンカーとして利用するようにもなった。これによって空間全体を使った立体的な戦闘が可能になった。

 

 ただ、これが出来るのは樹海や森林、渓谷などと言ったところのみに限られる。しかし、帝具とは良くできたもので、もう一方の実体のない鎖は、空間自体を掴み取ることができ、空中をまでも自在に移動することが出来るのだ。

 

 だが、もとより実体のないヨルムンガンドをずっと維持することは、かなりの精神力と体力を消耗するため、後者を使用する際は短期決戦が重要となる。

 

「よっと」

 

 実体のないヨルムンガンドを虚空に向けて発射し、龍のオブジェが空間を掴み取ったことを確認すると、リヒトは鎖を巻き取って空中に躍り出て周囲を見回す。

 

 ……アカメの方に大方の兵が集まってるか……っといたいた。

 

 空中で獲物を見つけたリヒトはヨルムンガンドを空中に噛み付かせて地上へ降り立つ。

 

「よう、どこ行く気だい? お嬢ちゃん」

 

「ひっ!?」

 

 短く悲鳴をあげたのは今回の標的に含まれる少女だった。確か名前はアリアと言ったか。

 

 彼女に対し片手剣の切先を向けるリヒトだが、その前に警備兵が立ちはだかる。

 

「く、来るな!」

 

 バイザーをつけた兵士が剣を向けながら言ってくる。

 

「あーぁ……なんでそんな奴を庇うのかねぇ。でもまぁ心根まで腐ってんだから当たり前か」

 

「なにを――」

 

 その言葉を最後に兵士の心臓に鎖が突き刺さり、彼は簡単に絶命した。嘆息気味にヨルムンガンドを巻き取り、軽く血を払った後、アリアに近づいてから彼女をヨルムンガンドで拘束して、首筋に片手剣を突きつける。

 

「さて、お嬢ちゃん。今頃君のお父さんとお母さんは地獄にいるだろうから、お前も後を追いな」

 

「ど、どうしてッ!? 私が何をしたっていうの!?」

 

「何をした……って……。ク、ハハッ! おいおい、ざけたことぬかしてんじゃねぇぞ外道女」

 

 呆れきった様子で言い切るリヒトだが、ふと背後に誰かがいるのに気が付いた。するとリヒトが振り返るよりも早くアリアがその者の名を呼んだ。

 

「タツミ!」

 

 声に続くようにそちらを見やると、栗色の髪をした年齢的にはマインと同じくらいの少年が剣をこちらに向けていた。

 

「誰だ? 標的には入ってなかったはずだが……」

 

「その人から剣を離せよ、ナイトレイド!」

 

「……あぁなるほど、街中でコイツに拾われた地方出身者か……。少年、悪い事はいわねぇからこの女を守ろうとしないほうがいいと思うぜ? お前が命をかけて守る価値のある女じゃない」

 

 肩を竦めながらいってみるものの、タツミという少年は額に僅かながら汗を浮かばせながらこちらを探るように見てくる。

 

 ……へぇ、いい鍛え方してんなぁ。磨けばかなりの使い手にはなりそうだ。

 

 対するこちらもタツミを見回しながら分析していると、彼が言ってきた。

 

「どうしてだ、どうしてその人を狙う! アリアさんは路頭に迷ってたオレを拾ってくれた恩人で――」

 

「――恩人だからって全員が全員、いい人だって証拠は何処にもないんだぜ。少年」

 

「なに?」

 

 タツミが問い返してきたが、ちょうどそこへ兵士の始末を終えたアカメと、屋敷内でアリアの父親を殺害してきたであろうレオーネがやってきた。

 

「リヒトなにやってって……うわーお、まさかこんなところで会うなんて思わなかったなー少年」

 

 レオーネが溜息をつきながら言っているのを聞いて、リヒトは昨日彼女が言っていたことを思い出す。

 

「あぁ、なるほど。レオーネに金騙し取られたってのはお前のことか少年。ってか、もしここで少年が死んでたら、お前にも責任はあると思うぜ、レオーネ」

 

「ぐぬっ……。本当のこと過ぎて言い返せない」

 

 気まずそうな顔をするレオーネだが、タツミが彼女のほうを向いて「あっ」と声を上げた。

 

「アンタ、あの時のおっぱ――!」

 

 おっぱいって言おうとしたよこの少年。まぁそれも無理はないと思うが。

 

「ソダヨー、あの時の美人のお姉さんだ」

 

 ヒラヒラと手を振りながら悪びれた様子もないレオーネに対し、リヒトは言い放つ。

 

「おいレオーネ。少年には後で謝っておくとして、この少年にこの女の本当のツラを見せてやれ」

 

「ほーい。……少年、よく見とけよ。これがその女の本性だ」

 

 離れの重厚な扉を、ライオネルで強化した拳で破ると、それと同時に強烈な腐臭と血臭がその場にいた全員を襲った。

 

 離れの中はまるで地獄だった。天井からは数人の人間が逆さ吊りにされ、手術台のような上には腕と脚を拘束された状態の男性の遺体が転がっており、その腹からは内臓がこぼれ出ていた。

 

 更には首や赤ん坊と思しきものが容器の中に収められていたり、水牢のようなものの中には既に事切れていた者の姿もある。

 

 壁際を見ると、手足をもがれた死体が飾ってあったりもしたが、まだ息のある者も数人見て取れた。だが、この腐臭からしてそう永くはないだろう。

 

 それらを一通り見終えたリヒトはため息をつく。

 

「こいつぁまた随分とショッキングだねぇ」

 

「なんだよ……これ……」

 

「これがこの女……この家のウラの顔ってわけだ。地方出身者を甘言で惑わして家にいれ、その後薬を盛ってから死ぬまで拷問し続け自分達の快楽を満たす……ようは、とんだサド家族ってわけだ。そうだろ嬢ちゃん」

 

 ヨルムンガンドを引っ張ってアリアに中を確認させるが、彼女は被りを振って否定する。

 

「し、知らないわ! 私こんな場所があったなんて知らなかったものっ!」

 

「まだシラを切るか……その図太さだけは尊敬するな」

 

 そんなことを離していると、タツミがふらふらとした足取りで離れの中に入り、天井から吊られている少女の遺体を見ながら彼女の名前を読んでいた。

 

 すると、壁際の檻に閉じ込められていた少年がタツミを呼んでいる。どうやら知り合いのようだ。けれど、檻にいる少年の肌には赤黒い斑点が浮き出ていた。

 

 症状的に見ると病名は確かルボラ病だったか。

 

「知り合いがいたみたいだな」

 

「ああ……で、これでもまだシラを切るのか? あの檻の中の少年が言うことは本当なんだろ?」

 

 乱雑に引っ張ると、アリアは鎖を振りほどこうと身体を揺すった。しかし、そんなもので帝具であるヨルムンガンドが緩まるはずもない。

 

 そしてアリアはついにその歪み切った本性を露にする。

 

「なにが悪いって言うのよ! あんな地方出身者なんて家畜同然じゃない! それをどんな風に扱おうが私の勝手!!

 むしろこれだけ目をかけてもらっただけありがたいと思いなさいよ! 所詮は家畜なのに文句垂れるんじゃないわよ!!」

 

「騒ぐなクソ女」

 

「ごふッ!?」

 

 アリアが言い切ると同時にリヒトはヨルムンガンドに隙間を開けさせて、鳩尾の辺りを蹴りつける。

 

 体がくの字に折れ曲がり、口からは吐瀉物を吐き出すアリアだが、彼女はすぐに強制的に立たされた。

 

「もういいよな、ヤッちまっても」

 

「ああ、もう十分だ」

 

 アカメの指示を聞き、頷いてから片手剣で首を刎ねようとした時、

 

「待て」

 

 タツミが小さく言った。最初はまだ情でもあるのかと思ったが、彼から発せられる殺気を感じ取ると、ヨルムンガンドの拘束を解く。

 

 瞬間、アリアは逃げようとしたが、既に手遅れだった。

 

 なぜならタツミが彼女の上半身と下半身を真っ二つにしていたのだから。

 

 ……へぇ、思い切りがいいな。

 

 ヨルムンガンドを回収しつつ、タツミの手際を見て頷く。タツミは剣を鞘に収めながら離れに幽閉されている友人を助けに行ったものの、外に連れ出した頃にはもう手遅れだった。

 

「イエヤス! おい、しっかりしろよ!」

 

「無理だな、もう末期だ。ここまで進行してたら治しようがねぇ」

 

「ああ。もうほとんど気力で持っていた状態だったんだろう」

 

 アカメは言うと踵を返してブラート達の下へ戻ろうとしたが、そこでレオーネが提案した。

 

「なぁ、この少年もって帰ろうぜ。リヒトだって少年の強さわかっただろ」

 

「そうだな。まぁいいんじゃね、人手不足なのは確かだし、なかなか肝も据わってる」

 

 肩を竦めつつ答えると、レオーネがタツミの襟を「むんず」とつかんだ。しかし、タツミはというと、

 

「放せ! 俺は二人の墓を作るんだ!!」

 

「あーはいはい、二人はちゃんとオレが運んでやるから安心しろ。レオーネ、少年頼むぞ」

 

「はいよー」

 

 レオーネがタツミを抱えたのを確認すると、リヒトもヨルムンガンドをタツミの友人二人の体に巻きつけてブラート達の下へ急いだ。

 

 

「お待たせー」

 

「遅いわよ三人とも! なにやってた……って、それなに?」

 

 戻ると同時に開口一番マインが若干怒りながら言って来たが、タツミを見て首をかしげる。

 

「新しい仲間だ!」

 

「ファッ!?」

 

 レオーネの言葉に誰よりもビックリしていたのはタツミだった。まぁいきなり仲間だといわれても驚くのは当たり前だが。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺は別に仲間には」

 

「あきらめろ少年。レオーネはそういうのはまったく聞き入れないからな」

 

 肩を竦めつつタツミの肩に手を置いたリヒトは、レオーネをキロリと睨む。

 

「レオーネ、あとで少年に金返しとけよ」

 

「……はーい」

 

 しょぼんと、落ち込んだ様子を見せるレオーネだが、それを尻目にリヒトはアカメに視線を送る。

 

 彼女もその意図が理解できたのかコクンと頷き、皆に告げる。

 

「では任務終了だ。アジトに帰還するぞ!」

 

 号令と共に皆同時に駆け出し、タツミはブラートに抱えられて行くこととなった。途中、市街地を駆けながらリヒトはシェーレのことをラバックに問うた。

 

「シェーレは先に戻ったのか?」

 

「ああ、リヒト達が戻ってくるちょっと前にね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アジトに戻ってから三日たった昼頃、リヒトはナイトレイドのアジトにある訓練場でブラートと模擬戦を行っていた。

 

「なぁブラート、あの少年のことどう思う?」

 

「タツミって奴のことか? どうだろうなぁ、戦ってるところを見てないからはっきりした事はいえねぇけど、体の作りは良かったと思うぜ」

 

 槍による豪快な突きを放ってくるが、リヒトはそれを避けつつ呆れた様子で言う。

 

「……顔赤らめながら言うんじゃねぇよ」

 

「お前から見たらどうなんだよ、リヒト」

 

「まぁ思いきりはよかったし、剣の腕もそれなりにたつみたいだったな。磨けばかなりの逸材にはなるだろうよっと!!」

 

 片手剣を振るって一気に攻め立てて行くが、ブラートはそれらを全て防いでいき、リヒトに出来た一瞬の隙を突いてカウンターを放ってきた。

 

「マジかッ!?」

 

「ふふん、まだオレには及ばないな、リヒト」

 

 結局それを防ぐことが出来ず、大きく後退させられたリヒトだが、ふとそこでレオーネの声が聞こえたので、そちらを向くとタツミとレオーネが訓練所の縁側に立っていた。

 

「よう、タツミ。ナイトレイドに入る決心はついたのか?」

 

「いや、それは……」

 

 タツミは言葉に詰まって顔を伏せるが、リヒトはそれに小さく頷きながら「まぁ」と続けた。

 

「早急に決めろってわけじゃないから、そこまで焦ることもないと思うけどな。っと、自己紹介がまだだったな、リヒトだ。よろしくな」

 

 こちらが手をさしのべると、タツミもそれに答えて二人は握手をする。

 

「そういえば、アンタだったよな。サヨとイエヤスを運んでくれたのは……ありがとう」

 

「気にすんな。ホレ、ブラート。お前も自己紹介しとけよ」

 

 リヒトはブラートに促したあと、己の剣術修行に戻っていった。

 

 

 

 

 

 レオーネによってアジトを案内されていたタツミは、訓練所を後にしてまた別の施設へ足を向けていた。

 

 すると、レオーネが先ほどの一人、リヒトについて説明し始めた。

 

「リヒトはアレでも元帝国の軍人だったんだってさ」

 

「そうなのか、でもどうしてナイトレイドに入ったんだ?」

 

「……親友が殺されたんだってさ。子供の頃から兄弟みたいに育ってきた親友が、何の罪もないのに国家反逆罪って言う濡れ衣を着せられて拷問の末、磔にされたらしい」

 

 レオーネの言葉にタツミは表情が強張ったのを感じた。

 

 自分もつい先日に二人の親友を殺されているから、リヒトの気持ちも少しだけわかったような気もした。

 

「じゃあ気を取り直して今度はラバの方にでも行ってみるか」

 

 首を腕と胸で挟みこまれながらタツミはレオーネと共に別のメンバーがいる場所へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブラートと鍛錬をしていたリヒトだが、休憩をしていたところで出張っていたナイトレイドのボス、ナジェンダが帰ってきたとのことで、皆作戦会議室に集められた。

 

 また、椅子に座るナジェンダの前にはタツミの姿もあった。どうやらレオーネが彼のことをナジェンダに話したようである。

 

「さて、事情はここに来る途中話してもらったから大体納得はした。それでどうだ? タツミ、ナイトレイドに加入する気はないか?」

 

 ナジェンダが義手の掌を向けてタツミに問うたが、彼はまだ決心がついていないのか言いよどむ。

 

「でも断ったりしたらあの世行きって聞いたぞ」

 

「そんなことはしないさ、しかし故郷に返してやるわけにも行かないな。革命軍の本部にある工房で働いてもらうことになる」

 だから別に断ったところで命が危ないとかそういうのはない。それを踏まえたうえでどうする?」

 

 ナジェンダの鋭い視線がタツミに向けられる。すると彼は拳をグッと握り締めてポツリと語りだした。

 

「俺は、帝都で稼いで故郷を少しでも救いたかったんだ。でも、いざ帝都に来てみれば国を治めるはずの都市が腐りきってた……ッ!」

 

「まぁ上が上だからな。なぁブラート」

 

「ああ、中央のお偉いさん方が腐ってるから、地方はどんどん貧困にあえぐことになるんだ。だから俺達はその根幹を取っ払おうとしてるってわけだ」

 

 リヒトの声に頷きつつタツミに告げるブラートに続いてナジェンダが補足を入れた。

 

「ブラートとリヒトは元帝国の軍人だ。しかし、二人とも帝国の腐敗を知って革命軍に入ったんだ」

 

「でもさ、この前みたいな政治に直接関係のない悪人をちょいちょい殺していっても国を変えるには至らないんじゃないか?」

 

「ああ。確かにお前の言っているとおりだけど、タツミ。さっきボスがいったこと忘れてないか? オレたちは何もオレたちだけで帝国と戦おうってわけじゃないんだ。

 オレ達は元々革命軍に身をおいているんだ」

 

「革命軍?」

 

 リヒトに対して小首をかしげるタツミに、彼は更に続ける。

 

「そう。帝都から遥か南方には革命軍の本拠地がある。ボスの話じゃ最初こそ小さな組織だったらしいが、今じゃ帝国も危険視する一大組織だ。でもそれだけ大きくなってくると、必然的に帝都の情報収集や暗殺と言った日陰の仕事も多くなる。

 そのために結成されたのが、オレ達ナイトレイドってわけだ」

 

 言い切ると、リヒトはナジェンダに視線を向けて「続きを」と促した。彼女もそれに頷くと、説明を始めた。

 

「今リヒトが行ったとおりだ。そして、我々の最終目標は革命軍が決起した際の混乱に乗じて、この国の腐敗の根源。大臣を討つッ!」

 

「大臣を……!?」

 

「最終的な目標はそれだ。勿論その後の国のことも考えてはいるし、それだけが全てじゃない。しかし、今はそれを置いておく。

 でも大臣を討ち取ることが出来れば、この国はきっと変わる」

 

 ナジェンダの言葉にタツミは息をのみ、考えるそぶりを見せた後に問うた。

 

「新しい国は、民にも優しいんだよな?」

 

「無論だ」

 

「……なるほど、スゲェ。じゃあ、今もゴミ掃除をしてるってだけで、所謂正義の――」

 

「――それは違うぞ、タツミ」

 

 タツミが言いかけたところで、リヒトが割って入った。それに疑問符を浮かべているタツミだが、リヒトは静かに告げる。

 

「オレ達がやっている事は確かに聞こえ的には気持ちがいいものかもしれない。でも、結局のところ、殺しは殺しだ。そこに正義なんてものはない」

 

「ここにいるオレ達全員、いずれ報いをうけてもおかしくはないんだぜ」

 

 ブラートが続けるように言った。二人の瞳には暗い影が落ちており、酷く冷たい目をしていた。しかし、それは二人に限ったことではなく、この場にいる全員がそうだった。

 

 それに対しタツミがゴクリと生唾を飲み込んだが、ナジェンダが最後の問いを投げかけた。

 

「二人の言うとおり、ここにいる全員相応の覚悟を持っている。それでもお前の意見はかわらないか?」

 

「……ああ、変わらないさ。それに報酬がもらえるんだったら、それを故郷に送って少しでも故郷を豊かにしてやりたい」

 

「殺しの稼業を始めたら大手を振って故郷に帰れなくなるかもしれないわよ?」

 

 マインが意地悪げな笑みを浮かべて言うものの、タツミはそれに被りを振って答える。

 

「構わないさ。オレの力で村の皆が少しでも幸せになるならな」

 

「……決まりだな。修羅の道へようこそ、タツミ」

 

 ナジェンダいいつつ、彼に手をさしのべた瞬間、ラバックのクローステールが巻かれる音が聞こえた。

 

「ナジェンダさん、敵襲だ!」

 

「何人だ?」

 

「オレの結界のなかだと……合計で九人……いや、十人だ! 全員がアジト近くまで来てます!」

 

「ここを嗅ぎつけたとなると、異民族の傭兵あたりか。仕方あるまい――」

 

 ナジェンダは煙草にライターで火をつけると皆に向かって冷徹な声で告げた。

 

「――全員生かして返すな」

 

 瞬間、その場の空気が一気に重くなり、さらにそれぞれの殺気が鋭くなった。

 

「全員散開、行け!」

 

 言うが早いかその場にいた全員が一気に駆け出し、リヒトも外へ向かう。外に着いたところでアカメに問うてみる。

 

「どっち行くよ、アカメ」

 

「私は川原の方へ向かってみる。リヒトは?」

 

「森の奥だな。そんじゃ、早々に終わらせようぜ」

 

「ああ」

 

 二人は軽く拳を合わせた後、各々の方へ向かって駆け出した。




はい、今回はあまり原作との差異はありませんでしたが、襲撃してくる傭兵が八人から十人に少し増えましたね。

そして視点もリヒト視点が殆どというw
さらにヨルムンガンドが某立体機動みたいなことが出来るというね。

では感想などありましたらよろしくお願いいたします。


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第十一話

 木々にヨルムンガンドを打ちつけ、森の中を立体的に移動しているリヒトは侵入者の影を見つけた。

 

 ……二人か。

 

 服装からして異民族だろう。ナジェンダが言ったように帝国に依頼された傭兵か。

 

 瞬間、実体のないヨルムンガンドを空中に打ち上げて空に躍り出る。すると、侵入者のほうもこちらの存在に気が付いたようで、剣を構えた。

 

「ハッ! バカめ、空中じゃ身動きが取れまい!」

 

「タイミングよくぶった切ってやるぁッ!!」

 

 筋肉質で獣の仮面をつけた男と、禿頭に鉢巻を巻いた男が言ってくるが、リヒトは内心でほくそ笑む。

 

 そして、リヒトの身体に剣が届く瞬間、男達は剣を振りぬいた。しかし、剣は空を切り彼の姿は何処にもなかった。

 

 見ると、リヒトは剣があたるギリギリでヨルムンガンドを伸ばして回避していたのだ。けれど男達はまだこのことに気が付いていない。

 

「まず一人」

 

 言うが早いか、実体のあるヨルムンガンドを伸ばし禿頭の男の心臓に突き刺す。

 

「がっ!?」

 

 いきなり背後から襲われ、心臓を貫かれた男は血を噴きながらその場に倒れこむ。隣にいた獣の仮面をつけた男はそれに驚いてはいたものの、すぐに踵を返して森の中に逃げ込もうとしたが、もう遅い。

 

「これで終いだ」

 

 ヨルムンガンドを回収し、龍の顎に短剣を加えさせたリヒトが彼目掛けて鎖を伸ばす。

 

 鎖を張った状態で思い切りヨルムンガンドを真横に振りぬくと、先端の短剣が男の首筋を捉え、そのまま男の頭を跳ね飛ばす。

 

 頭部を失ったが、男の体は二、三歩走った。けれど、すぐにドウッとその場に倒れ付し、その近くには男の頭部が転がった。

 

「よし、終了っと。……さて、タツミは大丈夫かねぇ」

 

 鎖を回収し短剣を鞘に戻しながら、リヒトは来た時と同じように森の中の木々に鎖を打ち込みつつアジトに戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 夜になり、タツミが加入したことと彼が初陣を生き残ったことで軽い宴会が催された。

 

 アカメから聞いた話では、相手を殺すことに一瞬迷って窮地に立ったらしいがアカメが駆けつけて事なきを得たらしい。

 

 そのことを指摘されてか、タツミはうかない顔をしたままフラッとどこかへ行ってしまった。

 

 すると、タツミがいなくなったのを見計らったマインが肩を竦めながら言う。

 

「ホント甘ちゃんよねー、あの新人」

 

「初陣で死ななかっただけ上等だろ。お前だって初任務の時はあんなもんだったし」

 

「そ、そんなことないわよ!」

 

「いいやあったね。オレ見てたもん」

 

 ジョッキを煽って酒を飲みつつ言ってみるものの、マインは気に食わなかったのか「キシャー」と唸っていた。

 

 それを適当にあしらいつつ、リヒトはタツミの元へ向かう。

 

 案の定というべきか。タツミは友人二人の墓の前で膝を抱えて座っていた。それに小さく息をつくとリヒトは彼の隣に座り込んで、ジョッキを渡す。

 

「ほい、お疲れさん」

 

「あ、あぁ。サンキュ、リヒト」

 

「おう」

 

 酒を飲みながら答えると、タツミも渡されたジョッキを煽った。因みに彼のジョッキに入っているのは酒ではなくジュースである。

 

「初陣でアレだけ動けりゃ上等だ。大して気にするもんでもねぇ」

 

「ああ……なぁリヒト、アンタは人を殺す時に迷わないのか?」

 

「迷った事は……ねぇな。最初に殺したのはほぼ勢いだった、まぁお前がアリアを殺したのと一緒かもな」

 

 自嘲気味に言ってみるが、タツミはそれを真剣に聞いていた。

 

「レオーネあたりから聞いたと思うけどよ、オレは幼馴染を殺された。あらぬ罪を着せられ国家反逆罪で街中に磔された、そいつの母親もな」

 

「だから幼馴染の仇である政務官を殺したんだよな」

 

「そう。そして革命軍に入ってナイトレイドで働いてるってわけだ。今まで何人も殺した。強敵もいた。でもさ、人って言うのは成長するもんだ。高説垂れてるようなガラじゃねぇけどよ、お前もきっと強くなるよ。

 さて、オレはそろそろ戻るけど、お前も早めに戻って来いよ。ボスもなんか話があるみたいだったしな」

 

 それだけ告げて立ち上がるとその場を後にし、アカメたちの元へ戻っていく。

 

 リヒトが戻ってから数分も経たないうちにタツミは戻り、ナジェンダからアカメの下で色々と勉強しろと告げられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだって殺し屋なのに炊事なんか……」

 

 アカメと組んで数日後、厨房ではタツミがリンゴの皮をむきながらぶつくさ文句を垂れていた。

 

 タツミはアカメと組まされてからというもの日々訓練と、炊事を任されていた。

 

「それはしょうがない。ナイトレイドの中での私の割り当ては炊事だからな。私と組めば必然的にお前も炊事担当になる。この後は私と食料調達に行くぞ」

 

「ああ……というか、さっき出てった他の皆は何処いったんだ?」

 

「別の任務だ。因みに言っておくと、リヒトも炊事担当だからアイツと組んだ時も炊事になると思う」

 

「アレ? でもリヒトもいないけど一緒に行ったのか?」

 

 聞き返すと、アカメは被りを振って否定した。

 

「ちがう。リヒトも別の任務の話があるとかでボスに呼ばれた。だから今アジトにいるのは、私とお前、レオーネ、リヒト、ボスの五人というわけだ。

 よし、では行くぞ」

 

 そういったアカメはエプロンを外して食料調達に向かい、タツミもそれに付いて行った。

 

 

 

 

 アカメ達が食料調達に出かけたころ、リヒトは作戦会議室でナジェンダ、レオーネと新たな依頼について話をしていた。

 

「んで、標的は?」

 

「今回の標的は三人だ。そのうち二人は油屋のガマルと帝都警備隊のオーガ。そしてもう一人は薬屋のリョウイだ」

 

「薬屋?」

 

 ナジェンダの言葉にリヒトは怪訝な表情をする。薬屋が悪事を働くとは思わなかったのだろう。

 

「薬屋と言っても売ってるのは普通の薬じゃないぞ」

 

「あぁそういうことか。麻薬ってわけだ」

 

 納得したようにリヒトが頷くと、ナジェンダとレオーネも静かに頷いた。

 

「リョウイが売っているのは中毒性の高い麻薬だ。それ以外にも帝都のスラム街で出回っている麻薬も奴が売っている。しかし、警備隊はこの事実を隠蔽している。まぁオーガもこれに関わっているというのが打倒だろう。

 オーガとガマルの方はアカメ達がやるから、お前はリョウイの方を殺せ」

 

「オーライ。で、いつ行けばいい?」

 

「今日の夜だ。レオーネの調べによれば、リョウイは毎日自宅で高価なワインを嗜んでいるようだからな」

 

「他人の人生ぶち壊した酒はさぞかし美味いんだろうよ。屑が」

 

 レオーネが苛立たしげに拳を握り締め鋭い眼光を見せる。彼女は元々スラム街の出身でもあるため、スラムに麻薬を流通させたリョウイが気に入らないのだろう。

 

「じゃあオレはリョウイが気分よく酒飲んでるときにザックリやればいいってわけだ。楽な仕事だな」

 

「ああ、同時刻にはアカメとレオーネ、タツミがガマルとオーガを始末することになっている。帝都に行く時には一緒に行け」

 

「あいよ」

 

 黒い笑みを浮かべ、リヒトは踵を返して会議室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして夕刻、太陽が西の空に沈み、橙色と群青色が見事なコントラストを見せる頃。リヒトとレオーネ、タツミはメインストリートの前にやってきていた。

 

 因みにアカメは手配書が出回っているので今は別のところで待機している。

 

「そんじゃあリヒト、タツミがんばって来いよ。グッドキル!」

 

「ああ」

 

「おう!」

 

 レオーネに送られ二人はメインストリートに向けて歩き出す。

 

 しばらく歩いていると、タツミが思い出したように問うてきた。

 

「そういえばリヒトは手配書とか出回ってないのか?」

 

「そうだな、オレは軍にいたけど死亡者扱いになってるから手配書とかは出回ってないんだよ」

 

「へぇ……でも、顔見知りとかいたらヤバイだろ」

 

「そんときゃそん時だ。さて、ここで一旦お別れだ」

 

 立ち止まって言うと、タツミも周囲を見回した。ここはアーケードの中間地点で、十字路になっている。二人は今その中心にいるというわけだ。

 

「オレはこっち。お前はあっち。オーケー?」

 

「お、おう。大丈夫だ」

 

 若干緊張気味のタツミは拳を握り締めていたが、そんな彼の胸をリヒトは軽く小突く。

 

「緊張するなって。大丈夫だ、オーガは強いが何事も落ち着いてやりゃあ出来る。お前には速度があるわけだしな。それを生かせよ」

 

 小さく笑った後、リヒトは上着をはためかせてタツミとは別方向に向けて歩き出した。しかし、その瞳には光が灯っておらず、先ほどタツミに見せた笑顔も消えうせ、完全な殺戮者としての顔がそこにはあった。

 

「……さて、お仕事片付けますかね」

 

 言いつつ、上着のフードを目深に被り、リヒトは夕闇の中へと消えて行った。

 

 

 夜になり、リョウイは自室でワイングラスになみなみとワインを注いで晩酌をしていた。

 

「やはり一仕事した後の酒は格別だ」

 

 などといいながら酒を煽る彼の頬は既に酒の影響で赤くなっていた。

 

「今日も本当にいい仕事だった。あの薬はもっと仕入れても損はなさそうだな。まぁそれもこれもオーガが隠蔽してくれているからなんだが」

 

 くつくつと笑いながら飲み終わったグラスに再びワインを注ごうとした時だった。背後の窓が割れた音が聞こえた。

 

 それに「なんだ」と反応しようとした時にはもう遅かった。

 

 ドスッという音と共に椅子の背もたれを何かが貫通し、そのままこちらの左胸を貫いたのだ。

 

「え?」

 

 そんな声と共に己の胸を刺し貫いたモノを見る。

 

 胸からはなにやら龍の頭を思わせるものが飛び出していた。それにこびり付いている肉片は自身の肉だろう。

 

 机には鮮血が飛び散り胸からは止め処なく血があふれ出ている。

 

「あっ」と声を上げようとした時にはもうリョウイの意識は完全になくなっていた。まったく予期しないタイミングでリョウイはいとも簡単に命を奪われたのだ。

 

 

「地獄で苦しめ外道が」

 

 ヨルムンガンドを回収したリヒトは冷たく言い放つ。

 

 彼が今いるのはリョウイの自宅兼店の向かいにある店の屋根の上だった。彼はタツミと分かれた後、ここでリョウイが姿を現すのをずっと待っていたのだ。

 

「それにしたってあんな狙われやすい場所で酒飲むバカもいねぇわな」

 

 肩を竦めて笑った後、実体のないヨルムンガンドを伸ばしてリヒトはメインストリートを抜ける。

 

「時間的にタツミもそろそろ戻ってくる頃だと思うが……」

 

 などと思いながら木の幹に背を預けていると、不意に声をかけられた。

 

「おや? こんなところで何をしておられるのですか?」

 

 声からして女だ。けれど、リヒトはその声にどこか聞き覚えがあるのを思い出す。「まさか」と思いながらそちらに視線だけを送る。

 

 だが次の瞬間、リヒトの顔は一気に強張った。

 

 ……セリュー……! 

 

 そう、視線の先にいたのは友人であったセリュー・ユビキタスだったのだ。彼女はこちらの顔にはまだ気が付いていないようで、小首をかしげながらこちらに近寄ってきた。

 

「失礼ですが、ここで何をしてらっしゃるので?」

 

 警備隊なのだから怪しい人物がいれば声をかけるのは当たり前なのだが、なんと言うタイミングで来るのだろうか。

 

 内心で舌打ちしつつ、リヒトは声音を低くして告げた。

 

「私は地方から出稼ぎの者でして、なにぶん金もないため宿を取るのに困っていたのですよ。だから今日はここで夜を明かそうと思っていたのです」

 

「なるほど! それは不躾なことを聞いてしまって申し訳ありませんでした。あ! 申し送れました。私、帝都警備隊のセリュー・ユビキタスといいます。こっちは私の帝具、ヘカトンケイル。コロっていいます」

 

 セリューが指した方には白黒のぬいぐるみのような生物がいた。パッと見はたいした事はなさげだが、帝具という事は何かを隠し持っているのだろう。

 

「あ、もう一つ聞いてもよろしいですか?」

 

「はい?」

 

「なぜ夜なのにフードを被ってらっしゃるのでしょう?」

 

 この質問は流石にギクリとした。しかし、何とかこの場を打開する言葉を見つけ出す。

 

「……これですか、すみません私の顔には酷い火傷のあとと危険種につけられた傷跡があるのです。なので、人様のご気分を害さないためにこうやっているんです。明日はマスクを買ってしまおうと思っているんです」

 

「そうなのですか……重ね重ね失礼な質問申し訳ありません! っと、私は夜のパトロールがありますのでこれにてっ!

 そうだ、帝都で何か困ったことがあったらなんでも言って下さいね。私は正義の味方ですから! 行くよ、コロ!」

 

「キューッ!」

 

 セリューとコロはリヒトのことに気が付かず、そのまま走り去っていった。

 

 彼女らがいなくなったことで、リヒトは張り詰めていたの緊張の糸を一気に緩め、その場に座り込んだ。

 

「あっぶねー……。ここで見つかったらなに言われるかわかったもんじゃねぇ。……にしても、アイツ帝具使いになったのか。それで警備隊となると……一戦交えるかもしれねぇな。しかもあの帝具生物型か……厄介だな」

 

 小さく息をつくと、セリューの瞳を思い出す。

 

「……アイツの目……真っ直ぐだったけど、歪んでたな。……親父さんのことを引きずってんだよな」

 

 二年前警備隊に所属した時も彼女は言っていた。『悪を倒す』と。けれど、その悪が国自体だというのに彼女はまだ気が付いていないのだろう。

 

 その後、オーガを始末したタツミと合流したリヒトはアジトへと帰還した。

 

 アジトへ戻ってからだが、タツミは傷がないかアカメとレオーネ、ナジェンダにパンツを残してひん剥かれた。まぁ標的には毒を使うものもいるのでそれの確認ではあったのだが。

 

 そして、ナジェンダからはタツミに次の指令が下された。それはマインの下で色々と勉強するというものだった。




はい、今回はオーガ戦までをサクッと終わりにし、リヒトも別の標的を始末しました。
ヨルムンガンドって便利ね! 二十メートル程度ならこんなことも出来る!
さらに先端にナイフを持たせればズバッとやれる! 暗殺向きだ……w

最後の方はリヒト何とか乗り切りましたねw
まぁ夜だから暗かったですし、セリューもしばらく聞いていなかったので気付かなかったのでしょう。はい、そういうことにしてくださいw

次はマインとタツミが組んであれ誰だっけ……大臣の親族をやるやつですね。
リヒトなんかは皇拳寺の師範代あたりを相手にするのは原作と同じですね。しかし、ここでもまたヨルムンガンドが役に立つぜ!!

では、感想などありましたらよろしくお願いします。


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第十二話

 夜。星星が煌めくその下で、リヒトは森の中にある木の枝に腰掛けていた。

 

「暇だ……」

 

 なんてことをあくびをしながら言っていると、木々を伝ってレオーネがこちらにやってくる。

 

「そろそろマインが動くぞ」

 

「てぇことは、イヲカルの護衛が動き出す頃か……皇拳寺の護衛。どれほどのもんか見せてもらおうかねぇ」

 

 枝の上に立ちつつリヒトが言うと、レオーネも拳と拳を打ち鳴らして笑みを浮かべた。

 

 現在、ナイトレイド一行は新たな依頼の真っ最中である。標的は帝国を牛耳ろうとしているオネスト大臣の遠縁、イヲカルとそのおこぼれに預かる護衛たち六人だ。因みに、タツミはマインの下で勉強ということなので、今はマインと行動を共にしている。

 

 ナジェンダの話では、イヲカルは大臣の名を利用しては美人な女性を拉致。死ぬまで暴行を加えるという残虐極まりない奴だそうだ。

 

 ……まぁそういうのに限って弱いんだけどな。まさに虎の威を借るなんとやらだ。

 

 肩を竦めながらそんなことを思っていると、視界の端で一筋の光がイヲカルの豪邸目掛けてほとばしった。

 

 マインの持つパンプキンの狙撃だろう。間違いなくイヲカルを仕留めたはずだ。

 

 彼女の狙撃はかなりの腕だ。その辺りはまさに天才と言っていいだろう。そもそもパンプキンは中々扱いづらい帝具であり、使用者がピンチになればなるほどその射撃の威力は増大するという兵器だ。

 

 以前それを知ったリヒトが元所有者のナジェンダと、現所有者のマインに対して「とんだドM帝具だ」といったらフルボッコにされた。

 

「……あんなに怒らなくても良かったと思けどなぁ……」

 

「何言ってんだよリヒト。行くぞ!」

 

 レオーネに言われそちらを見ると、既にアカメ達が真下にいた。どうやら皇拳寺の護衛六人を迎え撃つ準備が出来たようだ。

 

 リヒトもレオーネに続きアカメ達に合流するが、そのすぐ後、護衛と思われる者達五人が駆けてきた。

 

「さぁて、今回は暴れちゃうぞ!」

 

 先ほどと同じように拳を打ち鳴らしたレオーネが悪戯っぽい笑みを浮かべながら言った。しかし、リヒトは妙なことに気が付いた。

 

 ……護衛って六人じゃなかったか?

 

 だがそれを確認する暇もなく、護衛の一人がこちらに襲い掛かってきた。狙い的にはリヒトだろう。

 

「……いきなりオレかよ」

 

 なんとぶつくさ言いながらも、ヨルムンガンドを伸ばす。真っ直ぐに飛んだそれは護衛の腹部に目掛けて一直線に進んだが、敵はそれをハラリと軽い身のこなしで避ける。

 

 しかし、リヒトはニヤリと笑みを浮かべるとヨルムンガンドを一気に短くすることで、その場から加速。次の瞬間には護衛の目の前に肉薄しており、彼の胸に片手剣を突き刺す。

 

「ガハッ!?」

 

 仮面の下で血を吐いた男は一瞬苦しげにうめいた。けれど、心臓を一突きにされたこともあって地面に転がる頃には絶命していたようだ。

 

「はい、とりあえず一人っと。そっちは……心配するほどでもねぇか」

 

 薄く笑みを浮かべながらレオーネ達のほうを見ると、もうあらかた勝負はついているようであった。

 

 

 

 

 

 数分後、リヒト達の周囲には護衛たちの骸が転がっていた。

 

「あー! スカッと爽やか♡」

 

 ホクホク顔でいうレオーネに苦笑しつつリヒトはもう一度死体の数を数えてみる。やはり五人だけだ。

 

「ふむ……」

 

「一人足りないな」

 

 口元に手を当てているとアカメが隣に立っていってきた。その声が聞こえたのかレオーネ達も死体の数を数え始める。

 

「ホントだ。ってことは……マインとタツミの方に向かったのか」

 

「だろうな。んじゃ、先に合流地点行ってみるわ。アカメ達は後から来い」

 

 言いつつ、リヒトはヨルムンガンドを近場の気に打ち付け飛び上がってから空中を移動する。

 

 合流地点へ向かってからしばらくしたとき、彼の耳に何かが放たれる轟音が入ってきた。しかし、リヒトはそれに薄く笑みを浮かべ合流地点の近くに降り立った。

 

 そのまま少し歩くと、聞き覚えのある声が怒鳴りあっているのが聞こえる。

 

「……によ! せっかく認めてあげようと思ったのに!!」

 

「うるせぇ! お前天才じゃないな、秀才止まりだ!!」

 

 茂みを抜けて声のするほうを見ると、案の定というべきかタツミとマインが言い争いをしていた。彼等のすぐそばには護衛の一人と思われる男の骸が胸を打ち抜かれた状態で倒れていた。恐らく先ほどの轟音はパンプキンの砲撃で、護衛の男はそれに打ち抜かれたのだろう。

 

 しかし、タツミの頭を見てみると頭頂部がチリチリになっており、多少なり煙も出ていた。

 

 ……マインの砲撃がタツミの頭を掠めでもしたかね。

 

 肩を竦めつつ未だに言い合いをしている二人を見ていると、アカメ達がやってきた。

 

「やっぱ心配する必要なかったな」

 

「ああ、あの程度の奴等なら問題はなかっただろ」

 

 レオーネの言葉に頷きつつ、薄く笑みを浮かべる。

 

 その後、二人のいい争いが一段楽したところでナイトレイド一行はアジトへと帰還した。

 

 

 

 

 

 

 ナイトレイドの面々がアジトへ帰還したちょうどその頃……。

 

 帝都の裏路地では一人の男が手配書をみて不気味な笑みを見せていた。

 

「俺と同じ帝具使い……殺し屋……クク、愉快愉快。こんなのが暴れていたとは……」

 

 ニィっと口角を上げて笑う男は心底嬉しそうである。男の額にはなにやら目玉のようなものがついており、それがより一層男の不気味さを引き立たせている。

 

「おい、そこのお前!」

 

「怪しい奴だな、こちらを向け!」

 

 声のするほうを見ると警備隊と思しき二人組みが銃口を向けていた。笑っていた男もそれに反応するが、次の瞬間、警備隊二人の頭が吹き飛んだ。

 

「え?」

 

 首だけになった二人組みが間の抜けた声を上げていたが、男はそんなことを気にしていないかのように歩みを進めていく。

 

「どうやら帝都は最高に過ごしやすい場所のようだ。まぁどんなに斬っても人が多いからなぁ。愉快愉快……」

 

 悪鬼の表情を浮かべる男の瞳は狂気と快楽に満ち満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前回の依頼から数日たったある日、リヒト達はナジェンダから新たな仕事の説明を聞くために作戦会議室に集まっていた。

 

 皆が集まったことを確認したナジェンダが口を開く。

 

「今回の標的は帝都で噂の連続通り魔だ。夜な夜な現れては無差別に人を殺す……しかも被害者は一様に首が狩られている。もう何十人も殺されている」

 

「首を狩る……ザンクか?」

 

 ナジェンダの言葉にリヒトは壁に背を預けながら言う。するとナジェンダはおろかその場にいたタツミとシェーレを除いた全員が頷いた。

 

「ザンクって誰だ?」

 

「アンタまさか知らないの? 本当にド田舎からきたのね」

 

 タツミの質問にマインが呆れているが、彼女はタツミにザンクについての説明を始める。タツミが理解するまで待っていようかと思ったが、不意に袖口をチョイチョイと引かれる。

 

 見るとシェーレが小首をかしげていた。

 

「リヒト、私もわからないんですが」

 

「……シェーレの場合は忘れてるだけだとは思うけど、まぁ一応説明しておくか。いいか、ザンクは通称〝首斬りザンク〟って呼ばれてたんだ。今回みたいに被害者の首を狩っていたからだな。

 だけどザンクもハナッから辻斬りだったわけじゃねぇ。アイツは元々は帝国最大の刑務所の処刑人だったのさ」

 

「処刑人?」

 

「ああ。死刑になったものの首を落とす仕事だな。だが、今の大臣になってから処刑する人数が増え、来る日も来る日も、無実を訴える人々の首を落としていったんだそうだ。

 最終的には首を落とすのがくせになっちまったわけだ。そんで監獄だけじゃ満足できなくなったから辻斬りになった。こんなところだな」

 

「なるほど……でもただの辻斬りに、警備隊までもがそこまで躍起になるのはなんでなんでしょう?」

 

 素朴な疑問を浮かべ、小首をかしげるシェーレ。しかし彼女の言うことも尤もである。ただの辻斬り程度であれば帝国もそこまで躍起にはならないだろう。

 

「確かにお前の言うとおり()()の辻斬りなら、帝国もこんないは動かないさ。けどな、ザンクは獄長の持っていた帝具をもって辻斬りになった……ここまで言えばわかるよな?」

 

「はい、帝具持ちであるから帝国はそれの回収も兼ねているということですね」

 

「そう。帝国も革命軍に対しては優位に立ちたいだろうからな。だから帝具が必要になってくるのさ」

 

 説明を終えるてタツミのほうを見ると、どうやらブラートがリヒトがシェーレに対して放したことと同じことを説明しているようだった。なぜかタツミの顎を持ち上げて頬を薄く上気させながら。

 

 すると、ナジェンダが軽く咳払いをしてからつげてきた。

 

「今回は全員二人一組で動け。相手は帝具使いであるということを忘れるなよ」

 

 彼女の言葉に全員が頷き、今日の深夜からザンクの討伐に出かけるということになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……出来ればレオーネ姐さんかアカメちゃんとがよかったなー」

 

 文句を垂れているのはラバックだ。しかし、そんな彼の頭に軽い手刀が炸裂した。

 

「あだ」

 

「オレでわるかったな。でもこれはお前が好きでたまらないボスからの命令だ。ちゃんとしろよ」

 

 溜息気味に言うのはリヒトだった。

 

 二人は帝都の通りを歩きながザンク捜索の真っ最中である。帝都についた後、ナジェンダ以外の面々はそれぞれタツミとアカメ、レオーネとブラート、マインとシェーレという編成で各地区を調査していた。

 

 ラバック的には女子と一緒でなかったことが不満なのだろう。

 

「わーってるよー、つーかさ男だけしかいない方を狙うかねぇ。オレだったら絶対に女の子のほうを狙うね!」

 

「お前の好みだろうがそれは……。っと」

 

 ラバックの物言いにやれやれと思っていたリヒトだが、ふと足を止めてラバックを路地裏に引きずり込む。

 

「ちょちょちょ!?」

 

「静かにしてろ」

 

 言いながら先ほどまで自分達がいたところに視線を向ける。すると、警備隊の人間が数人駆けて行った。

 

「オーガを殺されたからその犯人探しもしてるってわけだ。タツミも大変だねぇ」

 

「あっちにも気をつけていかねぇとな」

 

 警備隊の隊員が過ぎ去ったのを確認し、二人は再び通りを歩いてザンクの捜索を開始した。

 

 けれど行けども行けどもザンクは見つかる事はなかったので、適当な路地を見つけた二人は適当に座った。。それでも二人は周囲の警戒を怠る事はない。

 

「あー……全然出てこねぇじゃんか」

 

「やっぱさー女の子の方に行ったんだって。男二人じゃつまらないじゃん?」

 

「段々とお前の考えに同感してきちまうオレが怖くなってきた……」

 

 唇を尖らせて嘆息するが、そこでラバックが思い出したように声を上げた。

 

「そういえばさ。ヨルムンガンドの奥の手って発動したことあったらしいけど……結局どんなの?」

 

「ラバックはまだ見たことなかったか。んー……どんなのって言われるとアレは……かなり疲れる」

 

「そんなに?」

 

「ああ。全力で発動すると発動している間はいいんだが、解除した途端に体が動かなくなるんだ。そのときは一週間近く体が動かなくてしゃべることぐらいしかできなかったな」

 

 当時のことを思い出しつつ、リヒトは星空を見上げる。

 

 帝具には「奥の手」を有するものがある。例えばインクルシオの場合は素材にされた超級危険種、タイラントの特性を生かした透明化が出来る。しかし、気配までは完全に断てる訳ではないのであまり動かないほうがいいとブラートは言っていた。

 

 リヒトの持つヨルムンガンドにも奥の手が存在しており、一年ほど前に使ってみたがとても連発できるような代物ではなかった。そもそも奥の手は連発するようなものではないのだが。

 

「そんなに疲れるってことはかなり大規模なもんなのか?」

 

「ああ。なんつーか終わった後に体力、精神力をごっそり喰われた感じなんだ。アレを使うなら……エスデスをぶち殺す時にした方がいいかもな」

 

「エスデスねぇ……でもさ、あの女はいま北に行ってるじゃん」

 

「北の勇者ヌマ・セイカの討伐だったか。どれぐらいかかることやら」

 

「最低でも一年はあるって。ヌマ・セイカの軍は中々強いらしいし」

 

 ラバックはそう言っているものの、リヒトは疑念があるのか考え込む。エスデスは今現在帝国の軍人の中で大将軍といわれるブドーと並ぶほどの強さを持っている。ナイトレイドで彼女に匹敵できるといえばブラートくらいだろう。

 

 アカメも強いがエスデスは彼女をゆうに超えるはずだ。リヒトも奥の手を使えばわからないが、勝てるとまでは行かない。

 

「ホントバケモンだからなぁ……あの女」

 

「だな。アレを一人で倒そうとは思えない」

 

 ラバックも肩を竦めているが、彼の反応は正解だ。

 

 結局、その後もザンクを探して回ったものの見つかる事はなく、捜索を始めてからしばらく経った後、アカメとタツミがザンクを討伐したということを聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ザンク討伐任務の翌日、リヒトはアカメ達が回収した帝具「スペクテッド」と眺めていた。

 

「コイツがザンクの帝具か。気味ワリィな」

 

「能力は遠視、洞視、未来視、透視、幻視の五視だそうだ。タツミは幻視に惑わされてしまい、洞視や未来視で苦戦を強いられたんだろう」

 

 茶を飲みながら答えるアカメの解析に、リヒトはため息をつく。

 

「五視ねぇ……そんじゃあザンクはこいつの能力の一つである「遠視」を使ってオレたちを観察して、誰を一番に狙うか吟味してたってわけだ。まったくいい性格してやがる」

 

 肩を竦めスペクテッドをテーブルの上に置き、タツミの姿を探してみる。しかし、何処にもいない。

 

「タツミは?」

 

「多分友人二人の墓だろう。幻視とやらは相手がもっとも愛する者の姿を目の前に浮かび上がらせる能力らしいからな」

 

「なるほどな……んじゃ、先輩として喝を入れに行くか。行くぞアカメ」

 

「ああ、夕食の準備もさせないといけないしな」

 

 二人はタツミの下へ向かった。

 

 外に出るとやはりタツミが墓の前でしゃがんで手を合わせているのが見える。

 

「怪我してるとこ悪いがタツミ、夕飯のしたくするぞー」

 

 麻袋を彼の頭に投げたリヒトが言うと、タツミは短く返事をしてこちらにやってきた。だが、近くまで来たところでタツミがアカメに問うた。

 

「アカメ、お前ザンクと戦った時幻視を使われてたよな。……あの時、誰を見たんだ?」

 

 その問いにリヒトも少しだけ驚いた表情を見せ、アカメは伏目がちに答えた。

 

「……時が来れば話す。……ただ、これだけは言える。今の私にとって大切なのはナイトレイドの仲間達だ。勿論お前もだぞ、タツミ」

 

「んなっ!?」

 

 アカメの言葉にタツミは頬を赤らめ指をワナワナと動かしていたが、リヒトは笑みを浮かべて二人に告げた。

 

「ホレ、二人とも行くぞ。今日はアカメのリクエスト通りに肉づくしだ」

 

「よし」

 

「って昨日も肉だっただろ!」

 

 アカメが喜び、タツミがそれにツッコミをいれたあと、三人は夕食の調達へと向かった。

 

 しかし食料調達の間、リヒトはアカメが幻視によってみたという人物を思い浮かべていた。

 

 ……アカメが見たって言う人物……恐らくは帝国に所属している妹のクロメか。

 

 以前話してもらった彼女の妹、クロメ。会ったこともしゃべったこともないが、帝国に所属しており、尚且つアカメの妹なのだから手馴れであることには変わりはないだろう。

 

 ……そのうち戦うこともあるかもしれねぇな。

 

 などとは思ってみたが、今はそれを胸にしまっておくことにした。




やったぜランキング一位になった!!

……はい、本当にありがとうございます。読者の方々のおかげでございます。
でもまさか一位になれるとは思わなかったですw
本当はもっと早くかきあげたかったのですが、レポートやらなんやらが多くて。

まぁそんな私のどうでもいい近況報告は置いといて……
今回ザンクさん出てますけど実際にリヒトとは戦わせませんでした。面倒とかそういうのではなく、流れ的にこちらのほうが良いと思った所存です。
その代わりと言ってはなんですが、ヨルムンガンドの奥の手がどんなものなのかがちょいだしましたw
すごく……大規模です。

次はマイン&シェーレとセリュー&コロが戦う直前で終わりを目標にしたいと思います。

では、感想などありましたらよろしくお願いします。


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第十三話

 ナイトレイドの修練場にはアカメとリヒトの姿があった。彼らは木刀で修練の真っ最中だ。剣戟によって木刀同士が激しくぶつかり合う音が響く。

 

 すると、アカメが鋭い突きを放ってきた。

 

「フッ!」

 

「なんのッ!!」

 

 少しだけ服を掠めながらもそれを避けきると、今度はリヒトが胴を狙った横一閃を振り抜く。空気を切りながら振られた木刀は的確にアカメを捉えていたが、木刀はアカメにあたることなく空を斬った。

 

 見ると、アカメは空中に飛び上がっておりそのまま身体を一回転させ、こちらに向かって木刀を振り下ろしてきていた。

 

 リヒトも瞬時に反応すると木刀を横に構えてアカメの一撃を防御する。

 

 無言で振り下ろされた一撃だが、彼女の全体重を乗せた重い一撃に顔をしかめる。振り下ろしの衝撃が身体を伝って地面に伝わり、その場が足の形にメコッと凹んだ。

 

 同時に彼の身体も一瞬沈みかけるが、リヒトは腕の力でアカメを振りほどく。

 

「うぉらッ!!」

 

「ッ!」

 

 アカメは少しだけ驚いた表情をしたが、小さく笑みを浮かべて空中で身を翻して着地する。

 

 何人も着地した時は一瞬からだが硬直するものである。そこを狙ってリヒトは地を蹴り一気にアカメの懐に潜り込んで木刀の刃を上に立て斬り上げる。

 

 鋭く振り上げられた木刀はアカメの顎先を狙っていたが、アカメはバク転をしてそれを避けきる。

 

「チッ!」

 

 軽めの舌打ちの後、更に追撃をしようと距離をつめたが、そこで第三者の声が割って入った。

 

「おい、アカメにリヒト。ボスがこれからタツミにザンクから奪った帝具が適合するかどうかやってみるから会議室に来いってよ」

 

 声のするほうを見ると、リーゼントのハンサム、ブラートがいた。その声に頷くと、二人はブラートと共に会議室へ向かう。

 

 その道中、リヒトは思いだしたように声を上げる。

 

「そういや今のタツミの教育係はシェーレだったか」

 

「ああ」

 

「……シェーレで大丈夫なのか?」

 

「問題ないだろう。シェーレは家事全般は出来ないが、戦闘はずば抜けているしな」

 

「そういうもんかね」

 

 軽く息をつきながら三人は作戦会議室へと向かった。

 

 

 

 

 会議室には既にメンバーが揃っていた。

 

「全員揃ったな。……ではタツミ、お前の傷も癒えたことだしザンクから奪取したこの帝具をつけてみろ」

 

「お、おう!」

 

 若干緊張した面持ちでタツミがスペクテッドを手にとって額につける。

 

 するとアカメがタツミに告げる。

 

「確か心を見る能力があったろう。私の心を見てみろ」

 

「アカメの心は……夜に肉を食いたいと思っている」

 

「完璧だな!」

 

「それはいつものことでしょーが!」

 

 恐らくタツミもアカメの好物を大体把握してきたのだろう。

 

「まぁ残念なことに今日は魚料理だけどな」

 

「なん……だと……!?」

 

 リヒトの言葉にアカメがその場にガクリと膝をついた。まぁ昨日も一昨日も肉だったのだから魚も必要である。実際魚肉も肉が入っているから肉には変わりはないのだが。

 

「今日の夕飯の話は置いといて、心を見られるのは流石に嫌だからもっと別のを試してみなさいよ」

 

「わかったよ……」

 

 タツミは言うと目をつぶって精神を集中させにかかったようだ。少しするとスペクテッドの瞳が開き、力を発現した様だ。しかしタツミが女性陣を見て驚いているのはどうしたことだろう。

 

「……あぁ、なるほど」

 

「ん? どうかしたの?」

 

 ラバックが問うて来るとリヒトは肩をすくめがちに答えた。

 

「五視の中には確か透視もあった気がしてな、多分今のタツミはアカメ達の下着が見えてんじゃねーのかなって思ってよ」

 

「マジでッ!? すっげーうらやましいんだけど!!」

 

「欲望に忠実だねお前は……」

 

 興奮した面持ちでいるラバックに溜息を送りつつ、タツミを見ると突然彼の頭から少量の血しぶきが飛び出した。

 

 一瞬それに皆が驚くがリヒトがすぐに告げた。

 

「拒絶反応か、アカメ外してやれ」

 

「ああ」

 

 リヒトに言われてアカメがタツミからスペクテッドを引っぺがした。タツミは突然起こったことに目を白黒させていたが、そこでナジェンダが静かに告げた。

 

「相性が悪かったようだな。スペクテッドがお前には合わなかったのさ」

 

「どうせだっさい外見だなーとか思ってたんでしょ」

 

「それと相性が関係してくるのか!?」

 

「ああ、帝具との相性は基本的に第一印象で決まるからな。最初に抱いた感情が「かっこいい」とかそういうのだったら相性がいいって感じだ。オレのヨルムンガンドもそうだったしな」

 

 ジャラッと音をさせてヨルムンガンドを見せると、タツミも納得したのか頷いていた。

 

「いいか、タツミ。私たちは殺し屋チームだが、今回のように帝具集めもサブミッションなんだ。ザンクのような帝具使いとの戦闘では一番いいのは相手の帝具を奪取すること。最低でも破壊がミッションだ」

 

「帝国に渡さないためか」

 

「そういうことだ。とりあえずこの文献でも読んでおけ、帝具のことについて書かれている」

 

 ナジェンダが言いながら文献を放り投げた。それを受け取ったタツミは早速本を開く。

 

「結構あるけど……これで一部なのか?」

 

「そうだ。出来ればその本に書いてある帝具の情報だけでも頭に入れておけ」

 

「わかった……でもさ、ボス。一番強い帝具ってなんなんだ?」

 

「……相性や用途で変わってくるが……強いてあげるなら“氷を操る帝具”だと思う。リヒトから聞いた話だと名前はデモンズエキスだったか。まぁ幸い使用者は北の異民族征伐に向かっているがな」

 

 眼帯を抑えながら言うナジェンダはこちらを見ながら言ってくる。タツミもそれにつられてこちらを見やってくるが、リヒトは静かに頷き、脳裏に一人の女を浮かび上がらせる。

 

 ……エスデス……。

 

 一度話した程度だが、彼女の威圧感は忘れもしない。帝具と同じくまさしく氷の女と言った感じだった。

 

 ふとそこでタツミが笑みを零して笑い始めた。

 

「フッフッフ、強敵上等! どんどん帝具を集めようぜ」

 

「随分とご機嫌だなー、いきなりどーした?」

 

 彼の言動を不審に思ったレオーネが聞くと、タツミは皆のほうを向きながら笑みを崩さずに告げた。

 

「帝具ってのはまだまだ未知の能力を秘めてる奴もあるかもしれないんだろ? そこで俺はピンと来たんだよ。

 これだけの力がある帝具ならさ、もしかしたらだけど……死者を生き返らせる帝具だってあるだろ!

 そしたらさ、サヨとイエヤスだって生き返るかもしれねぇだろ? だからオレは帝具を集め――」

 

「――ねぇよ」

 

 タツミの発言をそこで終わりにさせたのはブラートだった。見ると彼以外の全員が顔を伏せており、目の色が見えないようにしている。

 

「帝具であろうと死んだものは生き返らねぇ。命は一つだけだ」

 

「で、でも! そんなの探してみなくちゃわからねぇじゃねぇかよ!!」

 

 悲しい声を上げるタツミ。しかし、誰もそれに首を縦に振る事はなかった。無論リヒトも同じだが、彼はタツミがそう望むことも仕方がないと思っていた。

 

 けれど、一見非情とも思える言葉がアカメから発せられる。

 

「タツミ、始皇帝のことを考えてみろ。もしそんな帝具があるのなら、彼はまだ生きているはずだ」

 

「不老不死の力を得る帝具がなかったから死んだ……ようはそういうことだ」

 

 二人の声にタツミは顔を伏せる。

 

「あきらめろ、でないとその心の隙を敵に利用されて……お前が死んでしまうぞ、タツミ」

 

 アカメの声を最後にタツミは最後まで声を発することがなく、夕食にも現れる事はなかった。

 

 そんな夕食時、リヒトはブラートとアカメに告げる。

 

「もうすこし優しく言ってやってもよかったんじゃねぇの?」

 

「いいや、アレぐらい言ってやったほうがいい」

 

「ああ。変な希望を持たせてやるよりは、スッパリ忘れちまったほうがいいからな」

 

「そういうもんかねぇ。……でもさ、オレ、アイツの気持ちわかっちまうんだよ。オレも初めてコイツを手に入れたときは、もしかしたらって思ってた」

 

 ヨルムンガンドをテーブルの上においたリヒトの声に、ナジェンダが驚いた様子を見せる。

 

「お前はそういうのはないと思っていたから意外だな」

 

「そうか? でもさ、一度は思っちまうよなぁこんな常識離れした兵器を目の当たりにすれば、『死者も生き返る』ってよ」

 

 天井を仰ぎ見て言うと、アカメが袖口を引いて問うてきた。

 

「今はそういう事は思っていないだろう?」

 

 恐らくこちらを心配して聞いているのだろう。それに対してリヒトは口角を上げて言う。

 

「ああ。帝具を手に入れて半月でそんな甘い考えは捨てたさ。さっきお前やブラートが言ったみたいに、そんなもんがあれば始皇帝はまだ生きているだろうしな」

 

「そうか」

 

 少しだけ安堵したようにアカメが息をついた。

 

「まぁタツミもきっと理解はしているだろう。……ごちそうさま、今日も美味かったぞリヒト」

 

「はい、お粗末さんでした」

 

 ナジェンダが言って席を立ち、それにつられるように他のメンバーも食事を終えて各々の部屋で戻っていった。

 

 それからしばらく経って深夜……。

 

 リヒトはまだ部屋には戻らず、食堂でグラスに酒を注いで煽っていた。去年あたりから飲み始めた酒は、最初は不味いと思っていたのだが、飲みなれてくると美味いと感じるものだった。

 

「この酒……あたりだな。あとでレオーネにでも買ってきてもらうか」

 

 思いつつ呟いていると、食堂の入り口からシェーレがひょっこりと顔を出した。

 

「まだ起きていたんですか、リヒト」

 

「ああ、オレは炊事係だからな。それにまだ一人、メシを食ってない奴がそこにいることだし」

 

 首を傾けてシェーレの後ろを見やると、タツミがいた。彼は何か言いたげだったが、リヒトは調理台に立って夕食のスープを温めてから彼の前に出してやる。

 

「食えよ。メシ食ってなくちゃ明日の訓練も耐えられないぜ?」

 

「あ、あぁ……」

 

 タツミは答えるとスープを口にし始め、リヒトも次の料理を暖め始めた。

 

「タツミ、どうせシェーレに慰められたんだろうからたいした事はいわねーけどよ。お前が思った事は恥ずかしいことでも悪いことでもない。だから気にすんな。

 アカメやブラートもお前を心配して言ってくれたわけだからな」

 

「……ありがとう、リヒト」

 

「いいさ」

 

 それ以降話す事はなかったが、タツミは幾分か気が楽になったようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 北の異民族が住まう要塞都市。

 

 多くの人々が住んでいたこの都市だが、今は人は皆凍りつき、中には半裸にされた状態で槍に串刺しにされ、物を言わぬ骸とかしている者が整然と並んでいた。

 

 その異様な光景の中で一人の女が冷たい椅子に座った状態で鎖を引っ張った。鎖の先を見ると、半裸にされ四つん這いの状態の青年の姿があった。

 

 彼は首輪をされているのにも関わらず、女のブーツを嬉しそうに舐めている。

 

 青年の名はヌマ・セイカ。以前は北の勇者という称号と共に帝国と戦ってきた英傑だ。しかし、今はそんな威厳は見る影もなく、その双眸には歪んでしまった精神と狂わされた光が浮かんでいた。

 

 すると、一人の帝国軍の兵士と思われる男が椅子に座る女に声をかけた。

 

「北の異民族を瞬く間に討伐、さすがです将軍!」

 

 彼の頬には僅かながら汗が浮かんでいた。恐らく彼自身も目の前の女が怖いのだろう。

 

 しかし、女は答えずにヌマ・セイカを絶対零度の視線で見据える。

 

「民も兵もみな殺され、誇りも砕かれてついに壊れたか……これが北の勇者とはな。興醒めもいいところだ。

 ……もういい、つまらんから死ね。犬」

 

 冷たく言い放つと、女は鋭い蹴りを放ち、ヌマ・セイカの首をへし折った。

 

「やれやれ、どこかに私を私を満足させてくれるような者はいないものか……」

 

 ……そう、二年前に会った新兵。リヒトのように。

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 妙な悪寒と共にリヒトは飛び起きた。

 

 身体を触ってみると、寝間着は冷や汗で少しだけ濡れていた。

 

「……まさか」

 

 なにかを思いいたったのか、リヒトは少しだけ乱れていた呼吸を落ち着かせる。そして窓際まで行くと恐らくこの悪寒の元凶であるものの名を口にした。

 

「来るか……エスデス……ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タツミとスペクテッドの相性確認がされてから数日後たったある日の深夜。大人組は食堂で酒を飲んでいた。

 

「プハーッ! あー酒が美味い!」

 

「飲みすぎんなよレオーネ、明日任務だぞ」

 

「わーってるって、それに明日はタツミに加えてリヒトも一緒に行くからダイジョーブだろー」

 

 ジョッキを煽っていう彼女に若干呆れ気味になりながらもリヒトは自身のグラスを傾けた。

 

 今この場にいるのは二十代を越えた者達、ナジェンダ、ブラート、レオーネ、シェーレ、リヒトの五人だ。彼等はたまに集まってこうやって飲み交わしている。

 

 今夜は今日、レオーネがタツミと共に帝都に行った時に買ってきた酒を飲んでいる最中だ。

 

「ところでブラート、最近タツミを鍛えてやってるみたいだけどどんな感じだ?」

 

「ん? まぁタツミはまだ青いがありゃあマジで強くなるぜ。厳しく鍛えてやればそれこそ俺を超える逸材になるかもしれねぇからな。楽しみだぜ」

 

「へぇ……ブラートが言うならそうなのかもな」

 

「因みに言っておくとお前もだぜ。リヒト」

 

「オレもか?」

 

 問い返すとブラートは静かに頷いた。そして彼はそのまま告げる。

 

「俺はなリヒト、お前がいざって時に皆を引っ張っていける存在だと思ってるんだぜ?」

 

「皆を引っ張っていけるって言ったってボスがいるだろ」

 

 ナジェンダのほうを見ながら言うと、ブラートは首を横に振った。

 

「そういう意味じゃなくて、俺の代わりとしてだ。俺に何かあったとき兄貴のようにいけるって話さ」

 

「オレが兄貴ねぇ……まぁそんなことは当分おこらねぇと思うぜ。ブラートが死ぬことなんて想像できねぇしな」

 

「ハハ、それは俺もだ。まだまだ死ぬなんておもわねぇよ」

 

 二人は笑い合っていたが、それをはたから見ていた女性陣がコソコソと話をしていた。

 

「……やっぱりあの二人って本当は出来てるだろ」

 

「……そうなんですか?」

 

「……なるほど、リヒトは所謂ツンデレというやつだな?」

 

 妙な談義をしていた三人だったが、リヒトとブラートはそれには気が付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 翌日の夜。

 

 帝都の色町の屋根の上にはリヒト、レオーネ、タツミの姿があった。

 

「ここが帝都の色町か……なんかドキドキするな」

 

「初々しいねぇ」

 

「ああ、そのストレートな反応お姉さん的にはポイント高いぞ」

 

 肩を竦めるリヒトと軽くウインクをしたレオーネにタツミは少しだけ唇を尖らした。

 

 すると、彼の肩にリヒトが腕を乗せる。

 

「まぁ革命が終わったらラバック共々つれてきてやっから」

 

「リヒトは来たことあんのか!?」

 

「まぁ軍にいたときに先輩に連れてこられてな。十七くらいだったかな」

 

「マジかよ……」

 

「はいはい、その話は後にしてさっさとお仕事するぞー。借金返さないと」

 

 レオーネは言うと同時にライオネルを展開。髪は鬣のように伸び、頭には獣の耳がピョコンと立ち、腕や足も獣のそれに変化する。

 

「よし! この姿になるとやっぱ高ぶってくるなぁ!」

 

 やる気満々と言った様子で言うと、レオーネは驚いているタツミを抱き上げた。

 

「そんじゃ先に行くけどリヒトもちゃんとついて来いよ!」

 

「あいよ」

 

 答えると同時にレオーネは屋根が凹むほど力をこめて蹴り、一気に屋根の上を駆け抜け始めた。

 

 それに続きリヒトもヨルムンガンドを伸ばしてついて行く。しばらく空をかけていると、レオーネが一つの建物の中に飛び込んだ。あそこが標的の潜む建物だ。

 

 彼女のすぐ後にリヒトも中に飛び込むがその際に、ハゲの見張りの首筋に投擲用のナイフを放っておいた。短くうめいた声と倒れた声が聞こえたので死んだだろう。

 

「ふいー到着到着」

 

「……これって潜入じゃなくね?」

 

「まぁレオーネの場合は潜入じゃなくて突貫だな。でもまぁ常人じゃみえねぇしいいだろ」

 

「ホラ、二人ともこっちだ」

 

 タツミの意見にリヒトが答えると、レオーネが二人を呼んで天井板を外した。

 

 そこから下の様子を眺めると、下の部屋には数十人の女性が半裸の状態でいた。しかも何かの香が焚かれているのか、独特の甘ったるい匂いがした。

 

「うっ!?」

 

 下の光景と臭いにタツミが鼻と口を押さえる。

 

「この臭い、快楽増大の媚薬か。しかも中毒性のあるやつだな」

 

「ああ、殆どがスラムから甘言で惑わされた女の子達だ」

 

 そんなことを話していると人相の悪い二人組みの男が現れた。一人は眼帯をつけた男であり、もう一人はまだ若い男だった。恐らく兄貴と子分と言った関係なのだろう。

 

 彼等は女性達に薬を回してやるだなどと言っていたが、一人の女性が彼等に薬をせがんだ瞬間、子分の方が女性を殴りつけた。

 

「ソイツはさっさと廃棄処分しとけよ。事後処理もめんどくせぇからな」

 

「ウス」

 

 その声を聞いていたタツミとリヒト、レオーネはそれぞれ怒りを露にする。

 

「なんて奴等だ……許せねぇ」

 

「地獄行き確定だな。だろ、レオーネ?」

 

「ああ、それにさっきの子スラムの顔なじみだった子だった……ムカつくからあいつ等さっさと始末しよう」

 

 ガンッ! と拳を打ち鳴らしたレオーネにタツミとリヒトも頷いた。

 

 そして三人は男達をつけ、彼等がいる真上に到着すると、一気に天井板をぶち抜いて降り立つ。

 

「な、なんだッ!?」

 

「「「地獄への案内人だ外道共」」」

 

 埃の中から告げると、先ほどの幹部らしき眼帯の男が焦ったような表情をする。しかし、すぐに子分の方が八人ほどいたほかのメンバーに命令を下した。

 

「侵入者だ! 三人纏めて始末しろ!!」

 

 その声に黒スーツの男達がそれぞれ動こうとした時だった。二人の間に立っていたリヒトがニィッと残虐な笑みを見せた。

 

 そして次の瞬間、八人の護衛の心臓を床を貫いて現れたヨルムンガンドが纏めて貫いた。

 

「なッ!?」

 

「はい残念。オレらが入った瞬間からもうテメェらは詰んでんだよ……だからさっさと報いを受けろ」

 

 リヒトの声と共にタツミとレオーネが同時に駆け出し、タツミは子分の男の胴を断ち切り、レオーネは幹部の男の首を持って持ち上げる。

 

「な、なにもんだ手前等……ッ!」

 

「ハッ、これから死ぬ奴に言ったってしょうがないけケド、あえて言うなら……ただの、ろくでなしさ!!」

 

 レオーネは言い切ると共に男の胸に渾身の一撃を叩き込んだ。男の胸には大穴が開き、彼は壁にめり込んでいた。

 

「だからこそ、世の中のドブさらいに適してるのさ」

 

 

 

 

 

 依頼された組織の一味を狩り終えた三人は帰路についていた。

 

「とりあえずこれで任務は達成したわけだが……レオーネ、あの子達どうするつもりだ?」

 

「そこは私たちの領分じゃないだろ」

 

「放って置くのか姐さん!?」

 

 レオーネの言葉にタツミが声を上げたが、彼の声にレオーネは少々照れ隠しをしながら告げる。

 

「ま、まぁ顔なじみもいたし、下町には元医者のじーさんがいる。そこをあたってみるさ。若い女の子大好きだからじーさんも喜ぶだろうし」

 

 彼女は僅かながら頬を赤らめていたが、その瞳には優しさが写っていた。

 

 レオーネのそんな反応に肩を竦めながらニヒルな笑みを浮かべたリヒトだが、ふとそこでピリッとした感覚に襲われた。

 

 弾かれるようにその感覚が走った方角を見る。

 

 ……確かあっちはシェーレやマインがチブルを狩りに行った方角……。

 

 そう、今回の任務はこちらとシェーレとマインの別動隊が動く形になっている。彼女たちがチブルごときに遅れをとるとは思えないが、この妙な胸のざわつきはなんだろうか。

 

「リヒトー? どーしたー?」

 

 先を行くレオーネが聞いてきたが、リヒトはそれに短く答える。

 

「レオーネ、先に合流地点まで行っててくれ! オレは気がかりなことが出来た!」

 

「え? あ、ちょオイ、リヒト!?」

 

 そんな声が聞こえたが、空中にヨルムンガンドを打ち付けて一気に空へ飛び上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リヒト達から離れたところで、シェーレとマインは一人の帝具使いと交戦していた。帝具使いの名はセリュー・ユビキタス。帝都警備隊の人間だった。

 

 そして彼女の帝具は生物型の帝具・ヘカトンケイル。しかし、どちらかと言うと優勢に見えるのはマインとシェーレのほうだ。

 

 なぜならば、セリューの両腕は既にシェーレによって断ち切られていたのだから。

 

 ……腕を切らせて致命傷を避けるとは……ですがこれで終わりにします!

 

 思い、エクスタスを広げながらセリューに肉薄するシェーレだが、腕を失ってもなおセリューは狂気に満ちた笑みを見せた。

 

「正義は……必ず勝ぁぁぁぁつ!!」

 

 その声と共に彼女の腕からは小型の銃が姿を現した。人体改造をしたのだろう。

 

「オーガ隊長から授かった切り札だ! 喰らえぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 言い切ると銃口から火炎が噴出し、弾丸が射出された。しかし、銃弾はあっけなくエクスタスに防がれ、セリューは銃を粉砕されて後ずさる。

 

「くっ、まだ……まだだ!! コロ!! 狂化(おくのて)!!!!」

 

 彼女の声が引き金になったのか、ただでさえ戦闘態勢に入って巨大化していたヘカトンケイルの威圧感が更に強大になり、次の瞬間には大音響の咆哮が響く。

 

 耳をつんざくような轟咆に思わずマインとセリューは耳を塞いだが、その一瞬の隙をついてマインがヘカトンケイルに捕まった。

 

「しまっ!?」

 

「マイン!」

 

 シェーレが声を上げるが、セリューは命令を下す。

 

「コロ、そいつを握りつぶせェ!!!!」

 

 答えるようにヘカトンケイルが腕に力をこめてマインを握りつぶさんとする。メキメキと力が入り、マインの細腕がボキリと音を立てて折れたが、体の奥まで握りつぶされる瞬間、シェーレがヘカトンケイルの腕を斬りおとした。

 

「シェーレ!」

 

「よかった、マイン。間に合いました」

 

 二人は安堵したような表情を見せるが、次の瞬間、彼女らの表情は驚愕に歪む。

 

 ドンッ! という短い銃声が響いたのだ。それと同時にシェーレの心臓より下、脇腹の辺りから血がこぼれた。

 

 背後を見ると、口の中から銃口を出したセリューが狂笑を浮かべている。

 

 銃口の大きさからして傷自体は大したものではない。しかし、シェーレは自身の体が動かないことに気が付く。

 

 ……まさか、麻痺毒をッ!?

 

 驚くのも束の間、目だけを動かすと、自身に迫るヘカトンケイルが大口を開けているのが見えた。

 

 口の中には無数の凶悪な形をした牙が並んでおり、敵を噛み砕かんとするさまが見て取れる。

 

 瞬間、シェーレは自身が死ぬのだと直感した。マインも動けない今、生き残るのは不可能であろう。

 

 ……嗚呼、すいません。ナイトレイドの皆……すいません、タツミ……もう抱きしめてあげられません……。

 

 そう思っている間にもヘカトンケイルの大口が迫っており、あと一歩というところまできていた。

 

 すぐにでも喰いちぎられる痛みが来るだろうと覚悟していたが、襲ってきたのは体を大きく横に引っ張られる感覚と、腕を肩口から失う痛みだった。

 

「え?」

 

 自分でもマヌケな声が出たとシェーレは思う。

 

 痛みは予想できた。しかし、想像していた痛みが軽すぎたのだ。本当ならば体が上半身と下半身に分かたれるような痛みが来ると思ったのだが、見ると右腕だけが喰いちぎられている状態であった。

 

 更に見ると、自身の腰に鎖が巻き付いており、それの先端には龍の頭のオブジェが取り付けられている。

 

「これは……ヨルムンガンド?」

 

 そう、これはリヒトの帝具、双頭縛鎖・ヨルムンガンドだ。

 

 そう思っていると、シェーレはその持ち主の声を聞いた。

 

「ギリギリ……間に合ったか……!!」

 

 若干荒い息をはきつついう声はすぐ隣から聞こえた。そこには白銀の髪をした青年、リヒトが立っていた。彼の隣にはマインの姿もある。

 

「リヒト……」

 

「ワリィ、遅れた。……でも、安心してくれ」

 

 彼はいうと二本の鎖を自身の周りに展開させる。

 

「オレの仲間は絶対に死なせねぇから」




はい、今回は少々急いだ感じがありますが、とりあえずこの感じで。

いよいよセリュー戦でございます。
まぁそんなことは言ってもセリューは満身創痍なので激戦というわけにはいきませんが、それなりにオリジナル感を出せると思われます。
そしてシェーレは生きさせます。腕は食われましたが……。

次で決着がつき、シェーレがどうなるかも決まります。
その後はいよいよ三獣士戦ですが……予告しておきますとリヒトは別任務でいないとおもわれます。

では、感想などありましたらよろしくお願いいたします。


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第十四話

 セリューは自身の目を疑った。

 

 相棒のコロの捕食でナイトレイドの眼鏡をかけた女を殺せると思っていたのに、それがギリギリでできなかったこともそうだが、それ以上に驚愕したのは彼女を助けた青年だ。

 

 中性的でありながらどこか男らしさを感じさせる顔立ち。全てを見透かすような黄金の瞳。

 

 そして何よりも目を引くのは、肩口のあたりまで伸ばしたしゃらしゃらとした白銀の頭髪だった。

 

「リヒト……」

 

 意識せずに自然と青年の名を呼んだ。

 

 帝都周辺の危険種討伐部隊配属され、二年前に死んだと聞かされた友の姿が憎き悪達とともにあった。

 

 

 

 

 

 

 リヒトは二本のヨルムンガンドを展開し、ヘカトンケイルの攻撃をいつでも対処できるように戦闘態勢をとる。

 

 けれど、待てどもヘカトンケイルが攻撃を仕掛けてくる様子はない。セリューの方に視線を向けると、彼女は呆然とこちらを見ていた。

 

 ……バレちまったな。

 

 思ってみるものの、いつかこうなる事は覚悟はしていた。殺し屋と警備隊、まみえることは絶対にあることだと。現につい先日も会ったばかりだ。あの時は何とか切り抜けられたが、今はもう顔を確実に見られてしまっている。

 

「……ホント、難儀な稼業だ」

 

 呟くと、リヒトは振り向かずにマインに告げた。

 

「マイン、今すぐこの場所を離脱して合流場所へ向かえ。走れるな?」

 

「なんとかね、でもシェーレは麻痺毒が抜けてないわ……」

 

 確かに、シェーレの指は痙攣していた。先ほどヘカトンケイルの攻撃を避けられなかったのはこれだったか。

 

 それを確認すると、リヒトは羽織っていた上着を脱ぎ捨ててシェーレを背負ってから、脱いだ上着をシェーレの傷口と自分の身体を固定するように縛り付ける。

 

「リヒ、ト……なにを……?」

 

「これで戦うしかねぇだろ。お前をあんなところにほっぽっておいたら狙われるからな。少しばかり振動とかで痛みが強くなるかもしれねぇが、その辺りは我慢してくれ。

 マイン、シェーレはなんとしても生きて帰らせる。だからお前も行け、オレもすぐに追いつく」

 

 彼の言葉にマインは逡巡するように顔を伏せるが、自身の腕が折れていることを思い出し、静かに頷くと合流場所に向けて駆けて行く。

 

「必ず……必ず生きて帰りなさいよ、二人とも!」

 

「……あいよ」

 

 振り向かずに答え、リヒトは歩みを進める。

 

 そしていよいよかつての友人であり、現在の敵、セリュー・ユビキタスに口を開いた。

 

「よう、久しぶりだな。セリュー」

 

「……リヒト……。どうして貴方が……貴方は死んだと隊長から聞いたのに……」

 

 両腕を失った状態であるのにセリューの意識ははっきりとしていた。しかし、表情はまだ驚愕に染まったままだ。

 

 恐らく今の彼女の中にはリヒトが生きていたことに対する喜びと驚愕、凶賊であるナイトレイドを守ったことに対する怒りが渦巻いていることだろう。

 

 しかし、リヒトは容赦のない言葉を彼女に向けて投げる。

 

「オレは今……ナイトレイドに所属している」

 

 言葉を聞いた瞬間、セリューの体がビクリと震えた。彼女は言葉を否定するように

フルフルと頭を左右に振った。

 

「嘘……嘘だよねリヒト? 今だって偶然相手を間違えただけで、本当は私の加勢を――」

 

「――違う。オレはお前を守りに来たんじゃない。オレは、シェーレとマインを助けに来たんだ。セリュー・ユビキタスという敵から守るためにここに来た」

 

 瞬間、セリューの瞳から光りが消えうせ、絶望の色に染まる。

 

 しかしすぐに彼女の瞳には狂気の色が戻り、彼女はポツポツと言葉をつむぐ。

 

「そうか……ようはお前も帝国を裏切り……悪の道に堕ちたんだな……リヒト」

 

「……ああ、だがオレは間違っていることをしているとは思わない」

 

「一度は正義の道を志した者がなんて愚かなことを……同じだ、お前も、死んだルークも正義の敵である悪に染まった!!」

 

 立ち上がりながらこちらを睨んでくるセリューの目尻には涙が浮かび、その双眸は怒りに打ち震えていた。

 

 それに対してもリヒトはまったく気にかけた様子もない。しかし、彼の瞳には静かな怒りが見えていた。

 

「オレのことは好きに言ってろ。けどな……ルークをオレみてぇな人殺しと一緒にするんじゃねぇ」

 

 セリューのように怒鳴り散らすような事はせず、淡々とした声音で言うと、態勢を低くする。

 

 すると彼女もヘカトンケイルに命令を下す。

 

「やれッ! コロ! もうその男は私の友でもなんでもない、ただの凶賊だッ!!!! 絶対正義の名の下にその男を断罪しろ!!!!」

 

 その声に反応し狂化されたヘカトンケイルが吠えながら向かってくる。

 

 リヒトはそれに対して近場の時計塔にヨルムンガンドを打ち込んで固定。しかし、その瞬間にはヘカトンケイルが迫り、大口を開けていた。

 

 そしてその強靭な顎がこちらを噛み砕こうとした瞬間、もう一本のヨルムンガンドを空中に打ち付けてそちらに飛び上がると、時計塔に固定した方をたゆませてからヘカトンケイルの首に引っ掛けると、今度は別の場所にもう一本を打ち込んでそちらに加速することで、一気にヘカトンケイルの首が絞まり、千切れとんだ。

 

 普通ならこれでおしまいなのだが、シェーレが焦った様子で言う。

 

「リヒト、まだです。あの帝具は首を切られても死にません!」

 

「確か生物型はコアを破壊しねぇとダメだったっけか……めんどうだな」

 

 シェーレの言うとおり、既にヘカトンケイルの再生は始まっており、こちらをギロリと睨んで唸っていた。

 

「無駄だぞリヒト! コロは正義の帝具だ。悪ごときに遅れはとらない!」

 

「そのわりにはえらく消耗してるみたいじゃねぇか。汗が止まってないぜ、セリュー」

 

 確かに彼のいうとおり、セリューの額には汗が浮かび顔には若干の疲労も見られる。そればかりか、ヘカトンケイル自体も妙に動きが遅く見えた。

 

「そういえばさっきあの子は『奥の手』と言っていました……! その影響が出ているのかも……」

 

「なるほどな。生物型って言ったって全てが自立してるわけじゃないってことか。多少は所有者も辛いってわけだ」

 

 解析しているとまたしてもヘカトンケイルが突っ込んできた。だがその動きは先程よりも更に遅い。

 

 突進を易々と避けてみせると、時計塔から引き抜いたヨルムンガンドを瞬時に戻し、今度は別の方向に向けて放つ。

 

 その間にもヘカトンケイルは攻撃を放ってくるが、動きは鈍重となっている。しかし、いくら速度が遅くなったといっても一発一発は必殺のそれだ。少しでも喰らえば大きな隙が出来てしまう。

 

 加えてこちらはシェーレを背負っているため、常に先を読んだ行動をしなければならない。

 

「どうしたリヒト! 大口を叩いたわりには逃げてばかりだぞ!!」

 

「……」

 

 セリューが挑発してくるがそれには耳を貸さない。すると、伸ばしていたヨルムンガンドが目当てのものを咥えた感覚が伝わってくる。

 

 不適に笑みを浮かべてもう一本を伸ばしてそちらに跳ぶ。

 

 一瞬シェーレが身を竦めたが、ここでスピードを殺すわけにはいかないので何とか耐えてもらう。

 

 そしてちょうどヨルムンガンドが咥えたものの三メートルほど手前で止まり、リヒトはシェーレに声をかける。

 

「シェーレ、ちょっとばかしこいつ借りるぜ」

 

「え?」

 

 彼女が答えたときには既にそれは始まっていた。

 

 ブゥン! と風を裂く様な音がリヒトとシェーレの頭上で鳴った。シェーレがそちらに目を向けると、そこにはヨルムンガンドが何かを咥えた状態で大きく回転している。

 

 そして、咥えられている()()が次の瞬間には唸りを上げてヘカトンケイルに投げつけられた。

 

 ここに来てシェーレは投擲されたものがなんであるか理解できた。

 

「アレは、エクスタス?」

 

 そう、投擲された物体は彼女の帝具、エクスタスだったのだ。

 

 さすがにこれにはセリューも驚いたようで、声を上げていた。

 

「馬鹿な!? 帝具は一人一つしか扱えないはずだ!」

 

「ああ、そうだな。でもオレはエクスタスを使ってんじゃない、()()()()()だ。オレはエクスタスの担い手じゃないからシェーレのように扱う事は不可能だ。

 だが、今みたいにヨルムンガンドに咥えさせてぶん投げることぐらいはできる」

 

「クッ! コロ、避けろ――」

 

 彼女は言うものの、その声空しく『奥の手』を発動し続けたヘカトンケイルの反応速度はそれに追いつくことが出来ずに、エクスタスがヘカトンケイルの胸に突き刺さり、そのまま時計塔に磔にされた。

 

 ヘカトンケイルが叫びをあげてエクスタスを引き抜こうとするが、そこでついに奥の手が解けたようで動かなくなってしまった。

 

 しかし、コアはまだ破壊できていないのか、僅かながら唸り声だけが聞こえる。

 

「これで帝具は封じた……残るはお前だけだ、セリュー」

 

 言いながらリヒトはヨルムンガンドを回収して片手剣を抜き放つ。

 

 しかし、そこで数十人の人間が駆けて来る音が聞こえた。恐らく帝都警備隊だろう。騒ぎを聞きつけてやってきたのか、それともセリューが呼んでいたのか。まぁそんなことはどうでもよく、リヒトは舌打ちする。

 

 ……退き時か……囲まれると厄介だからな。

 

「……退くぞシェーレ」

 

「はい……エクスタスの回収、お願いします」

 

 彼女の言葉に頷きつつ、リヒトはヨルムンガンドをエクスタスに巻きつけてヘカトンケイルから引き抜いて回収した。ヘカトンケイルはその場にズン! と倒れたが、まだ壊れてはいない。さすが帝具といったところか。

 

「いたぞ!」

 

「賊を逃がすな!」

 

 背後を見てみると、警備隊の人間がすぐそこまで迫っていた。それにため息をつきつつ、ヨルムンガンドを空中に打ち込み、空へ躍り出る。

 

 その際、地上でこちらを睨みつけるセリューを一瞥したが、リヒトとシェーレはそのまま夜の闇へと消え、アジトまで戻っていった。

 

 

 

 

 

 リヒトとシェーレが逃げた後でその場に残されたセリューは、相棒であるコロの隣に座り込みながら怨嗟の言葉を吐く。

 

「本当に悪に堕ちたか……リヒト……!!」

 

 その瞳にはリヒトに対する怒りしか見られない。そして彼女はリヒトが消えた夜空に向かって吼えた。

 

「絶対正義の名において……私は絶対に貴様を許さない、次に会ったら殺してやる……リヒトオオオオオオオオオォォォォォォォォォォッ!!!!!!!」

 

 彼女の目尻からは血の涙が流れ、怒りの咆哮はその場にいた警備隊全員を震え上がららせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 明け方、リヒトとシェーレはアジトへと帰還を果たす。

 

 帰還するやいなや目に玉の様な涙を浮かべながらマインがシェーレに飛びつき、リヒトはブラートやタツミ、ラバックといった男組に「よくやった!」と褒められたが、あまりに抱きついてくるもんだから窒息しかけた。

 

 その後ラバックのクローステールによってシェーレの傷口は縫合され、なんとか一命を取り留めることができ、ナイトレイドはメンバーを失うことにはならなかった。

 

 夜になり、食堂ではマインとシェーレを除いた全員が夕飯を食べていた。

 

「それにしてもよく生き残れたもんだよ、リヒト」

 

 ラバックがパンにかじりつきながら言うと、リヒトは嘆息気味に答える。

 

「相手側にシェーレとマインがダメージを与えてくれていたからこそだけどな。もし相手が万全だったら多分シェーレを守る事は出来なかったと思う」

 

「そんなに強かったのか?」

 

 ブラートが問うて来たのでソレに頷きながら答える。

 

「帝具の使用者はオレよりも弱いと思うけど、問題なのは帝具の方だった。生物型ってのはかなり厄介だ。コアを破壊しない限り何度でも蘇りやがる。今回はあの二人に感謝しねぇと」

 

 酒を煽りつつ言うと、ナジェンダも難しい顔をして頷くと、タバコに火をつけてから言ってくる。

 

「確かに今回は本当に危なかったな。しかし、シェーレを助けたことは素直に素晴しい業績だ。お前にも感謝しているぞ、リヒト」

 

「よせよボス。オレは仲間を助けるって言う至極当然のことをしただけだ。礼なんて言わなくたっていい」

 

 ニヒルに笑みを浮かべていうリヒトはそのまま立ち上がると、空になった皿を流し台に置いてから食器棚から新しい器を出して料理を盛り付ける。盛り付けたそれをトレイの上に置いてから皆に告げる。

 

「ちょっくらマインとシェーレに持っていくわ」

 

「私も手伝うぞ」

 

 声を上げたのはアカメだった。彼女の食器も既に空になっており、手伝う気満々と言った感じだ。

 

「さんきゅ、じゃあアカメはマインの方を頼む」

 

「ああ。レオーネ、私の分の食器を後で片付けておいてくれ」

 

「はいよー」

 

 その返事を聞いた後、リヒトはトレイにのっていた皿とスプーンとフォークをアカメに手渡す。

 

「そんじゃ頼むぜ」

 

「了解だ」

 

 二人はそれぞれマインとシェーレの部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シェーレの部屋の前に到着したリヒトはドアを数回ノックした。すると短く「どうぞ」という声が聞こえたのでゆっくりと室内へ入る。

 

 部屋にはシェーレの机や本棚があり、ベッドの上には上半身を起したシェーレの姿があった。手元にはハードカバーの本が置いてある。どうやら読書中だったようだ。

 

「傷は平気か?」

 

「ええ、腕はラバックが傷口を縫合してくれましたし、ボスがくれた治療薬も効いているようなので痛みは余りありません。でもやっぱり片腕がないのは不便ですね」

 

 クスッと笑って見せるシェーレだが、表情はやはり硬い。けれどそれは仕方のないことだろう。

 

 けれどリヒトはそれに慰めの声をかけるわけでもなく、室内にあった適当な椅子を引っ張ってくると、ベッドの脇に座り込むと、皿の上に盛り付けたものをスプーンで掬って彼女の眼前にズイッと突き出す。

 

「まずは食え、せっかく持ってきたんだ。今夜はリゾットだぞ」

 

 その言い分に若干気圧されたようなシェーレだったが、彼女はスプーンに乗っているものをパクッと口に含む。何度かそれを咀嚼し、飲み込むとシェーレは息をつきながら言葉を漏らす。

 

「おいしいです……」

 

「まぁほぼ一日何も食ってなかったしな。ホレ、まだあるからガンガン食えよ。あーんしろあーん」

 

「……あーん」

 

 まるでひな鳥と親鳥のようなことをしながら、リヒトはシェーレに夕食を食べさせた。

 

 しばらくして夕食を終えると、シェーレが問うてきた。

 

「あの、リヒト……昨日戦ったあの子はリヒトの友達だったんですか?」

 

「……まぁな。でも、今は敵同士だ。次に会えば殺す」

 

 その声には確かな覚悟と、明確な殺意がこめられていた。すると、シェーレは俯きがちに言ってくる。

 

「悲しかったり、事情を説明して彼女を助けようと思ったりは?」

 

「ない。……アイツの正義は歪んじまってる。だからもうアイツは治らないし、救う事はできない。まぁ歪めたのはオーガ達帝国の奴等なんだろうが。

 でも、オレはもう決めてんだよ。殺し屋(ナイトレイド)になった時からな。いずれアイツ……セリューと戦うことになるとは覚悟はしていた。その覚悟を今になって変えたりするつもりなんかない」

 

 言っているうちに自然と拳に力が入り、ブチリと皮が裂ける音がした。僅かながら拳から血が出始めると、シェーレが手を握ってきた。

 

「無理はしないでくださいね。リヒト」

 

「ああ、お互いにな。さて、お前はもっと休んでろ。そんじゃおやすみ」

 

 小さく笑みを浮かべてから席を立ち、それだけシェーレに告げるとリヒトは部屋を出て行った。

 

 シェーレの部屋を後にしたリヒトは自分の言葉を再確認する。

 

「……ナイトレイドに入ったときから覚悟はしていた……ああ、そうだ。覚悟はしていたことだろうが、顔なじみを殺すかもしれないなんて事は」

 

 決意の炎が灯った金色の瞳は何処までも澄み渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セリューやリヒト達との戦闘から数日経ったある日。帝都近郊の崖の上に蒼銀の髪をした女……帝国最強と謳われる将軍、エスデスが飛竜の背に乗っていた。

 

「……ただいま、帝都」

 

 そう言う彼女は笑みを浮かべているものの、その笑みは冷たく、瞳は凍えるようなものであった。




はい、第一回リヒト対セリュー戦はこんな感じで。
今回はリヒトのほうが有利ではありましたね、セリューは両腕ありませんでしたし、コロもコロで狂化していましたから。
ヨルムンガンドはいろいろ使い道があって書いてて面白いのですが……私に文才がないので戦闘描写が下手糞ですいませんorz

今回は殺しきれませんでしたが、キョロクのあそこあたりでは決着がつくでしょう。
そして、リヒトも指名手配になる道が決まったと……
さらにエスデス様に狙われることになるかもしれないと……
アレ? なんか詰んでません?www

それはさておき、シェーレがこれからどうなるかはもうちょっと先ですね。
多分ラバックのクローステールならこれくらいできるって……w

では、感想ありましたらよろしくお願いいたします。


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第十五話

 帝都の宮殿内にある謁見の間でエスデスは帽子を取り、それを胸に当てた状態で跪いていた。彼女の前には数段の階段と、その上の豪奢な彫刻が施された椅子に腰掛けている少年と、彼の傍らで何かを貪っている大臣の姿がある。

 

 謁見の間の最上段にいることから、少年の正体が現皇帝であることは明白であろう。しかし、エスデスにとってはそんなものは瑣末な問題だ。すると、皇帝がエスデスにはっきりとした口調で呼んで来た。

 

「エスデス将軍」

 

「はっ」

 

「北の制圧、見事であった。褒美として黄金一万用意してあるぞ」

 

「ありがとうございます。陛下から与えられた褒美、北に残してきた兵たちに贈ります。さぞ喜びましょう」

 

 閉じていた瞳を開け、宝石のような双眸を皇帝に向けると、彼は一度頷いてから告げてくる。

 

「うむ、しかし戻ったばかりですまないが、仕事がある。帝都周辺でナイトレイドはじめ、凶悪な輩がはびこっている。奴らを将軍の力で掃討して欲しいのだ」

 

 『ナイトレイド』、確か帝具持ちがいる殺し屋組織だったか。記憶を思い出しつつ、エスデスは再度目を閉じてから皇帝の言葉に答える。

 

「……分かりました。ですが、一つだけお願いがございます」

 

「兵士か? できるだけ多く用意はするつもりだが」

 

「いえ、聞くところによると賊の中には帝具使いも多いとのこと。帝具には帝具が有効です。六人の帝具使いを集めてください。兵はそれで十分、帝具使いのみの治安維持部隊を結成します」

 

 その言葉に、皇帝は驚いていた。確かに六人もの帝具使いを集めるとなると、難しいものだろう。

 

「将軍には三獣士という帝具使いの部下がいたはずだが……さらに六人もか?」

 

「陛下」

 

 皇帝の質問に答えるように今まで黙っていた大臣がスッと話しに入ってきた。

 

「エスデス将軍にならば安心して兵を預けられますぞ」

 

「……そうか。お前が言うのなら安心だが、集められそうか?」

 

「もちろんでございます。すぐに手配いたしましょう」

 

 ニコリと人のよさげな笑みを見せた大臣だが、皇帝は彼の真意を見抜く事は出来ないだろう。だからこそ彼はいまほっと胸を撫で下ろしているのだから。しかし、エスデスは大臣の瞳に黒い炎を浮かんでいるのが見えた。

 

 ……また悪巧みか、よくやるものだ。

 

 内心で嘆息していると、問いを投げかけられた。

 

「だが苦労をかける将軍には別の褒美を与えたいな。将軍は何か欲しいものはないか? 例えば爵位とか領地とか」

 

 問いに対し、少しだけ考え込む。けれどふと思い出す、産まれてこの方闘争と殺戮程度しか興味がわかなかった自分が最近になってふと産まれた感情を。

 

「あえて言えば……恋を、したいと思っております」

 

 その言葉に皇帝はおろか、大臣でさえも表情が固まった。エスデスからこのような言葉が飛び出すとは思っていなかったのだろう。

 

 数秒間の沈黙の後、皇帝はポンと手を叩いて固まっていた口を開いた。

 

「そ、そうであったか! それはそうであるよな、将軍も年頃なのに独り身であるし」

 

「しかし、将軍の周囲には慕っている者達が多くおりますでしょう? その中から選べばよいのでは」

 

「アレはペットです」

 

 嘘はついていない。実際問題エスデスにしてみれば部下達に多少は気をかけてやるものの、恋愛対象とかにはなりえない。彼女の物言いに若干戸惑いつつも、皇帝は大臣のほうに手を向けて言う。

 

「で、では誰かを斡旋しよう。そうだ、この大臣などはどうだ? いい男だぞ!」

 

「ちょ、陛下!」

 

「お言葉ですが、大臣殿は高血圧で明日をも知れぬ命」

 

「これでも健康です失礼な」

 

 もぐもぐといつも食べ物にがっつき、そんな体型で言われても説得力のかけらもない。本当に大臣の胃袋というのはどうなっているのだろうか。

 

「では、将軍はどのような人物がお好みで?」

 

「ここに私の好み書き連ねた紙をご用意しました。該当者がいれば知らせてください」

 

「う、うむ。承知した」

 

 懐から出した紙を皇帝と大臣に見せつつ言うと、二人は戸惑いながらも頷いた。

 

 

 

 

 

 エスデスは謁見の間から出て、宮殿の中庭通路を大臣と歩きながら話をしていた。

 

「しかし妙なことだ。殺戮と闘争以外に興味の向かなかった私が恋などと」

 

「あぁ、けれど生物として異性を欲するのは至極当然のことでしょう。将軍はその気になるのが遅すぎるくらいです」

 

「ようはこれも本能ということか。まぁいい、今は賊狩りを楽しむとしよう」

 

「それなのですが……」

 

 大臣が言いつつこちらを見据えてきた。怒っているとかそういうのではなく、呆れているという風が打倒の表情をしている。

 

「将軍といえど、帝具使い六人はドS過ぎます」

 

「しかし大臣の力を持ってすれば備えられる範疇だろう?」

 

 笑みを浮かべながら言うと、大臣も肩を竦めながらやれやれと頷いた。しかし、大臣はすぐに腕を組みながら嘆息した。

 

「もし彼がまだ軍にいてくれれば、賊の掃討は彼に任せたのですがねぇ」

 

「彼?」

 

 大臣が言った意味ありげな言葉に反応して聞き返すと、大臣は静かに頷いてから告げてきた。

 

「エスデス将軍が知らないのも無理はないですな。いたのですよ、二十数年前に現在のブドー大将軍と双璧を成すと謳われた英傑が」

 

「ほう……。今で言う私のポジションか?」

 

「そうですな。十代のうちに将軍になり、二十代に入ってからも辺境の地へ赴いては異民族を掃討、戦争の総指揮、上げた戦果は数知れず……」

 

「そこまでの将軍がどうして軍を抜けた?」

 

「彼はとある戦場で自身の部下を守って大怪我を負ったのです。そして彼は満足に戦うことが出来なくなり、自ら将軍の座を退いたと聞きます」

 

 聞きますという言葉からして大臣も細かいことまでは知りえていないのだろう。しかし、エスデスはその男に若干の興味がわいた。もちろん恋愛対象とかそういうのではなく、闘争対象といったものだが。

 

「その元将軍の名は?」

 

「クレイルと言う名だったかと。まぁ軍部を抜けてからぱったりと消息がなくなっていましたが……噂に聞くと、帝都の下町に住んでいたとか何とか。私が知って得をすることでもないので干渉はしませんでしたが。

 とまぁそんな昔話はさておき、さっきの六人の帝具使いの件で、揃えるかわりと言ってはなんですが……私、消えて欲しい人たちがいるんですよねぇ」

 

「フ、また悪巧みか」

 

 クールな笑みを見せてエスデスは言うが、その心には先ほどのクレイルという男がどれほどの男なのか戦ってみたいという感情が渦巻いていた。

 

 ……ブドー大将軍と並ぶほどの英傑……おもしろそうな男じゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アジトから少しだけ離れた森の中でリヒトとタツミは籠を背負って食材採取をしていた。なぜ二人がこんなことをしているかというと、今回はリヒトがタツミの教育係だからだ。本当はもっと遅かったのだが、ボス命令で「やれ」とのことだった。

 

「教育係っていったって炊事はアカメが教えたからなぁ……何を教えたもんか。タツミー、お前オレに何か教えて欲しいことあんの?」

 

「いやそれはリヒトが考えることじゃん! 教育係なんだからさ!」

 

「えーやだー。めんどーい」

 

 などとぶつくさ文句を言いながらもリヒトは食用のキノコや、草を取っていく。しかし、そこでふと感じ慣れた感覚が襲ってくる。

 

「あ、タツミ」

 

「うん?」

 

 タツミがそう答えた瞬間、片手剣を抜き放つとそれをタツミの背後に向かって投擲。タツミは顔のすぐそばを擦過していった片手剣に驚いていたが、すぐに自身の後ろに何かを感じたのか振り返った。

 

 そこには合計八本の足を生やした蜘蛛がいた。しかし、ただの蜘蛛ではない。体躯は巨大すぎであるし、口元は金属を思わせるほど硬そうだ。けれど頭を見るとリヒトが投げた片手剣が突き刺さっている。

 

「ビノシスパイダー……二級危険種だが、気配を消す事は大得意で動物や人間の背後に近づいてから、ケツの毒針で神経を動かなくさせてからゆっくり養分を吸い取る、いやーな危険種」

 

 言いながら突き刺した片手剣をヨルムンガンドで回収したリヒトは、タツミに教えてやる。

 

「因みに言っておくとソイツ、クソ不味いからな。一回喰ったけど吐いた」

 

「まぁ虫系だしな……。つか、攻撃するなら言ってくれよ」

 

「言ったじゃん、「タツミ」って」

 

「名前呼んだだけだろ!?」

 

「え、でもアカメなら一発で分かるぞ?」

 

「アカメと一緒にしないでくれない!? オレアイツよりも弱いし!」

 

 なんとも必死な訴えであったが、リヒトは自身の体質というか、一種の特技を思い出す。

 

「あぁボスがお前につけって言ったのはそういうことか……」

 

「え?」

 

「タツミには言ってなかったから知らねぇよな。オレはさ、何でかわかんねぇけど妙に危険種に絡まれる体質でさ。まぁその体質のせいで食材調達もする炊事係になってるんだが」

 

「危険種に絡まれるって、そんな体質あんのか?」

 

「さぁ? でも現にオレがそうなんだしあるんじゃね。っと言っている間に出てきた出てきた」

 

 話していると、周囲に先ほどのビノシスパイダーと思われる危険種や、そのほかの危険種が集まりつつあった。アジトからそう離れていないのに何処から出てきたのか。

 

「なんでこんな出てくんだよ!?」

 

「まぁオレがいるからだろーな。どういうことかねぇ、アジトとか建物の中にいれば問題はないんだが、外に出るとこうなんだよな。とまぁ中には喰えるのもいるから殲滅するぞー」

 

「お、おう!」

 

 タツミも戸惑ってはいたが剣を抜き放って応戦態勢をとる。それを確認すると、リヒトもニヤリと笑みを浮かべると、危険種の掃討に向かう。

 

 

 

 

 

 数分後、危険種の骸の中心にリヒトとタツミが背中合わせで立っていた。彼等のもつ剣の刃や衣服、顔には危険種の血が飛び散っていた。

 

「疲れた……」

 

「はい、お疲れさん。お前はそこで休んでろ、オレはちっとばかし解体するわ」

 

「ああ」

 

 リヒトに言われタツミはその場に座り込むが、ふと何かを思ったのかこちらに声をかけてきた。

 

「なぁリヒト、アカメから聞いた話なんだけどさ。兄貴のインクルシオは普通の人間が装備すると死ぬって言われてるらしいけど、リヒトのヨルムンガンドもそれぐらい危険なのか?」

 

「どーだろうな、でも危険といえば危険なのかもな」

 

「どういう意味だ?」

 

「んー、まぁ言っても特に問題ないから言うけど。オレのヨルムンガンドはさ、適合した時は良かったんだ。でもその後がきつかった。

 ヨルムンガンドを装備してからしばらくの間、悪夢を見たんだ。オレ自身が鎖に絞め付けられる悪夢、オレの親や死んだ親友が苦しめられる悪夢、そしてオレ自身がでっかい蛇みたいなやつに飲み込まれる悪夢……あげていったらキリがねぇ。昼間はそういうのがなかったから気を保ててたけど、じっさいアレが昼間も続いてたら気が狂ってたな」

 

 笑いながら言っているものの、実際は笑っていられるような状態ではなかった。昼間は皆に心配をかけまいと平静を装っていたのだが、それでも辛いものは辛かった。まぁ結局アカメには見事に見破られたのだが。

 

「けど一ヶ月くらい耐えてたらその日からパッタリ見なくなってな。今は何とかこういう風にいられるってわけだ。本当に面倒な帝具だよ、コイツは」

 

 言いながらヨルムンガンドをジャラッと伸ばすリヒトだが、タツミは随分と驚いているようだった。大方悪夢を見続けるというのを想像してしまったのだろう。

 

 そんな彼を見やりつつ、リヒトは残った危険種の解体を急いだ。

 

 

 

 危険種を解体し、そのほかの食材も集め終えた夕暮れ。リヒトとタツミはアジトへの帰路につく。しばらく会話がなかったものの、タツミがポツリと漏らす。

 

「シェーレはどうするんだろうな」

 

 恐らく腕を失った彼女の今後の動向を気にしているのだろう。しかしリヒトは肩を竦めただけで振り向かずに答える。

 

「それはオレ達が口を出す問題じゃない。これからどうするかはアイツ自身が決めることだ。でも、カタギに戻ることが出来ないことぐらいはシェーレも割り切ってるだろ」

 

「じゃあもし、ナイトレイドを抜けるってなったら?」

 

「そんときゃそん時だ。それにナイトレイドを抜けたってシェーレは革命軍の本部に戻るだけだ。会いに行きたくなればいつでも会いにいける。革命が終われば皆笑っていられるさ。

 つーか、そんな辛気臭ぇ顔してたらまたマインにどやされるぞ」

 

 振り向かずに言うリヒトだが、その顔は面白げに笑みを浮かべているものだった。すると、タツミも「そうだな」と短く答え、二人は今日の夕飯を作るためにアジトへと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「話ってなんだよ、ボス」

 

 深夜。リヒトはナジェンダに呼び出されて作戦会議室に顔を出していた。ナジェンダはいつもの椅子に据わった状態で紫煙を燻らせている。

 

「リヒト、シェーレが革命軍の本部に一旦戻ることになった。今のままでは戦えないからな」

 

「戦えない、か……シェーレ本人が言ったのか?」

 

「ああ。それで、本部に戻る道中お前に警護を頼みたい。馬は明日の夕方に別のチームが準備する手はずになっている」

 

「了解だ、ボス。でも馬だとどれぐらいかかったっけか?」

 

「滞在しなければ行き帰りで一週間程だろう。荷物は明日中に纏めておいてくれ、急ですまんな」

 

 ナジェンダはそう言っては来るが、リヒトは軽く肩を竦める。そしてニヒルな笑みも見せる。

 

「気にしないでいいさ。それにオレからすれば久々の野営も楽しめそうだからな」

 

「そうか。しかし、警戒は怠るなよ」

 

「おう、そんぐらいは心得てるさ。そんじゃおやすみ。ボスも早く寝ないとお肌が荒れちまうぜ?」

 

 最後にそれだけ言い残し、そのまま踵を返すとリヒトは会議室を後にして自身の部屋に戻ってから本部へ戻るための準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 革命軍の別のチームから用意された馬二頭に食料とテント、飲み水を積んでリヒトとシェーレはそれぞれ馬に跨った。シェーレが多少難儀していたが、リヒトが尻を押してやったらわりとすんなり乗れたようだ。

 

 しかし、その際にマインに思い切り蹴りつけられたのはなぜだろう。

 

「んじゃ、行って来るわ。タツミ、教育係が短く終わっちまってわるかったな」

 

「気にすんなって。オレはレオ姐さんの下でまた色々教えてもらうから」

 

 タツミは笑みを浮かべながらリヒトに答える。すると、そんな彼にレオーネが抱きつき、なにやら話を始めた。

 

 そんな彼等を見ながら苦笑を浮かべていると、マインが上着を引っ張ってくる。

 

「あんだよ」

 

「ちゃんとシェーレを守りなさいよね。片腕がないからエクスタスだって満足に使えないんだから。あと! さっきみたいにデリカシーのない事はしないこと、わかった!?」

 

「へーい……安心しろ、シェーレには傷一つ負わせやしないさ。そんじゃ行くか、準備はいいな」

 

「はい、道中お願いしますね。リヒト」

 

「あいよ」

 

 返答を聞いてから馬の腹を蹴ってリヒトとシェーレはアジトを出発した。天上に浮かぶ月は強い光を放っており、街道を進んでいれば迷う事はないだろう。

 

「頼んだぞーリヒトー!」

 

 背後からの声はブラートだろうか、それに振り向かずに腕だけを上げて答え、リヒトは後ろに続くシェーレに告げる。

 

「シェーレ、早めに街道に出るために少しだけ急ぐけど大丈夫か?」

 

「ええ。全然耐えられます」

 

「上等。ハッ」

 

 少しだけ馬の腹を強めに蹴ってリヒトは加速し、シェーレもそれについて行く。

 

 目指すは革命軍の本部、長いようで短い旅の始まりだ。




はい、今回はクレイルさんのちょっとした種明かしというかネタ明かし? しましたw
最初の方は原作どおりでつまらなかったかもしれませんね、その点においては誠に申し訳ない。

中盤から後半はリヒトとタツミがちょっと行動しただけですが、まぁこれぐらいでいいでしょう(なにがだ)

シェーレを革命軍に送るのならエアマンタ使えばよかったんじゃね? とか
危険種に良く絡まれるリヒトじゃ護衛にならなくね? 逆に危険じゃね? とか思ってはいけない……w

まぁそんな事はさておき、原作組みは原作どおりに動きますが、リヒトはシェーレを送る為にまったくの別行動、即ち原作に絡みません。
三獣士とも戦わないし、エスデスにも再会しない……ようはそういうことです

では感想などありましたらよろしくお願いします。


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第十六話

 アジトを出発してから三日がたった夜。リヒトとシェーレは革命軍の本部から離れた山中で焚火を挟んで座り込んでいた。季節的には冬であるため二人はそれぞれの服の上に厚手の上着を羽織っている。また、シェーレの場合は怪我人であるため、膝の上には毛布をかけている。

 

 しかし、シェーレはそれが何処となくリヒトに申し訳ないようで控えめに言ってきた。

 

「いいんですか、リヒト。私ばかりがこんなにかけてしまって」

 

「いいんだよ。怪我してんだし、それに怪我に冬の冷たい風は響くだろ。っと、焼けた焼けた」

 

 言いながらリヒトは焚火であぶっていた危険種の肉を皿にのせてシェーレに渡す。程よく焼かれた肉はこぼれ出した肉汁に焚火の炎が反射して光っているように見える。

 

「ホラ、リンシンバイソンの一番いいとこだぞ。アカメだったら飛び上がって喜ぶ肉だ」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ。リンシンバイソンは三級危険種で比較的狩り易い上に、肉はどんな料理にも使える。煮込んでもよし、焼いてもよし、蒸してもよし……なんでもござれの肉だぞ。特にこの時期のこいつの肉は脂がのってて美味い」

 

 説明しながらも自身の分の肉を頬張るリヒト。その光景を見たシェーレも笑みを零すと、肉にフォークを刺して口に運び咀嚼する。すると、よほど美味しかったのか頬を綻ばせ、目もキラキラとし始めた。

 

「うまいだろ?」

 

 こちらが問うと彼女は口元を押さえながら一度頷き、ゴクンと肉を飲み込む。

 

「はい。とっても美味しいです。でもリヒトは本当に危険種については詳しいですよね」

 

「まぁガキの頃から親父にいろんな所に連れまわされたからな。薬草とかもそれなりには知ってるぜ。不味い危険種と美味い危険種もな」

 

 カラカラと笑うリヒトだが、その手は次の作業に移っていた。アジトから持ってきたまな板で次の肉を刻んでいるのだ。その傍らには金属製の鍋も見受けられる。

 

「今度は何を作るんですか?」

 

「ん? あぁこれか、これはあれだ。明日の朝用のスープ。さっきこの辺探してたら料理に使える香草とキノコがあったからな。あとはこれにアジトから持ってきたイモやタマネギを入れれば野菜スープの完成だ」

 

 そういうとリヒトは荷物の中から袋に入ったタマネギとイモを見せる。彼はそのまま先ほどまで座っていた場所に戻ると、まな板の上にそれらを乗せて調理を開始した。

 

 しばらく無言でリヒトが野菜を刻んだり肉を刻んだりする。トントンという音が響いていたが、そこでシェーレが小さくあくびを零した。

 

「眠いか?」

 

「あ、いえまだまだ大丈夫です」

 

「無理するな。今日もかなり移動したから疲れたろ、寝たければ好きに寝ていいぜ。オレはちゃんとここにいるし、何かあったら起こすさ」

 

 シェーレを見ずに告げる彼だったが、声音は優しいものだった。シェーレもその気遣いに頷くと、「では」と告げて敷き毛布の上に寝転がった。

 

「お先に休ませてもらいます。すいません、リヒト」

 

「謝ることじゃないさ。ホラ、明日も早いからさっさと寝ろ」

 

 まるで父親が娘に言うように声をかけると、シェーレも頷いて焚火に背中を向けて眠り始めた。しばらくすると彼女から一定のリズムの寝息が聞こえてきて、深い眠りについたのだと理解できた。

 

 そんな彼女を見つつ鍋に食材を入れるが、ふとそこで寝息で上下するシェーレの右肩が目に付いた。しかし、本来であればあるはずの右腕はそこにはない。

 

 セリューが操る帝具、ヘカトンケイルに喰いちぎられたのだから当たり前と言ってしまえばそうなのだが、リヒトは彼女の肩を見ながら拳を握り締める。その際、握っていたイモが砕けてしまった。

 

「セリュー、お前はオレが殺す」

 

 その声は驚くほど冷たく、明確な殺意が孕んでいるとわかる。けれどリヒトはそこで思い出す、自身の拳の中で粉々になってしまったイモの存在を。

 

「やっちまった……!」

 

 悔いたところで粉々になったイモは戻らない。仕方なくそれにため息をつきつつ、リヒトは他の食材も全て鍋に入れて焚火の上にそれを乗せ、調理を開始した。

 

 

 

 

 

 リヒトがスープの調理を終了させて数十分後、シェーレはパチリと目を覚まし眼鏡をかけた。

 

 焚火は未だに強い光りを放ちながら揺ら揺らと炎をはためかせている。その隣には鍋があり、鼻腔をくすぐるいい香りがした。リヒトを見ると彼は近場の木の幹に背を預けて眠っている。

 

 その顔はとても穏やかで、戦闘時の険しい表情など微塵も残っていなかった。もし彼が殺し屋でなかったのならば、劇団の俳優などは向いていたのではないだろうか。するとシェーレは立ち上がり、リヒトの隣に腰を下ろすと彼の方を向きながら囁く。

 

「……ありがとうございます、リヒト……」

 

 言うと彼女は毛布をリヒトまでかかるように広げ、シェーレはリヒトの肩を枕に眠り始めた。

 

 

 

 

 

 翌日の早朝、しっかりと睡眠をとったリヒトとシェーレは朝食であるスープを飲んでいた。しかし、リヒトはなんともいえない表情だ。原因は朝起きたら別のところで眠っていたのはずのシェーレがすぐ隣で寝息を立てていたことにある。

 

 リヒトも色恋沙汰には普通に興味のある二十歳の青年だ。なので、朝起き抜けに見るシェーレの可愛らしい顔と、豊満な胸の谷間は刺激が強かった。危うく息子が反応するところだった、いや、朝だから生理現象として反応はしていたのだが。

 

 まぁそんなお下劣な話はさておいて、今日はいよいよ革命軍の本部に到着する算段になっている。順当に行けば夕刻には到着するだろう。

 

 そして二人は朝食を終えると、立ち上がって馬に乗ろうとした。しかし、そこで二人の耳に朝の爽やかな空気を一転させる、耳をつんざくような悲鳴が聞こえた。声からすると女性、しかも少女ぐらいの年であることには間違いないだろう。

 

「リヒト!」

 

「ああ、わかってる」

 

 シェーレに答えつつ、リヒトは声のした方角に駆け出す。二人がしばらく走っていると、川原へたどり着いた。周囲を見回すと、すぐにその声の主が発見できた。案の定声の主は少女だったが、彼女の前にはガラの悪そうな男二人組みがいた。

 

「アレか」

 

 言いながらそちらに駆け寄るとリヒトは男たちに声をかける。

 

「おい、そこの二人、何やってんだ」

 

「あぁん? んだテメェら、俺達はこれからお楽しみの時間なんだから口出すな」

 

 小太りの男が言ってくるが、リヒトはそれに耳を貸さずに女性のほうを見やる。女性の服は所々破れているし、目尻には涙もたまっている。まぁ言わなくてもわかるだろうが、ようはこの男達はこの少女を強姦しようとしていたのだ。

 

 ……こういうの見ると、同じ男として悲しくなるねぇ。

 

 内心で肩を竦めながらリヒトはシェーレに目配せをする。彼女もその意図が理解できたのか、半歩後ろに下がる。

 

「おい、アニキの言ってることがきこえねぇのか銀髪ヤロー! さっさとどっかに消えろってんだよ!」

 

 恐らく子分と思われるやせた男が言ってくるが、次の瞬間、男の首にはヨルムンガンドが巻きつきそのまま声を上げることもなく、ガリ男は川の中に放り込まれた。

 

「な、テメェよくも俺のしゃて――」

 

「うるせぇ」

 

 ガリ男が川に投げ込まれたことに怒ったデブ男が腰の剣を抜いて向かってくるが、鈍重極まるその動きに簡単に反応すると、片手剣の柄尻を男の鳩尾に食い込ませる。

 

「オゲェッ!?」

 

 空気を一気に吐き出して苦しげにうめいた男は、そのまま数歩前に歩く。しかし、リヒトがそんなところを見逃すわけもなく、彼は思い切り振りかぶった回し蹴りを叩き込んだ。

 

「水でも浴びて頭冷やせ馬鹿が」

 

 その声と同時に男は冬の川に頭から突っ込み、子分の男も川の中から顔を出してガチガチと震えていた。冬の川の水はさぞ冷たいことだろう。

 

 川に突っ込んだ二人の男を蔑視していると、襲われそうになっていた少女を連れたシェーレがやってきた。

 

「お疲れ様でした」

 

「ああ。そっちは平気か?」

 

 問うとシェーレが頷く。リヒトはそれを確認した後少女のほうを見やる。確かに問題はなさそうだ。しかし、服が薄手なのはいささかいただけない。

 

「とりあえず野宿したところまで戻るぞ。嬢ちゃんも来い」

 

「は、はい」

 

 少女は若干緊張した面持ちで頷いたが、直感的にリヒト達が先ほどの男達のような人物ではないと悟ったのか、おとなしくついてきた。

 

 しばらく歩き、野宿地に到着すると消えかかっていた焚火をもう一度熾して朝食のあまりであるスープを温めると、それを少女に渡す。急に渡されたそれを怪訝そうに見やる少女だが、リヒトは特に気にした様子もなく告げる。

 

「食え。そんな薄着じゃ風邪引く。安心しろ毒なんて盛っちゃいねぇ、あと毛布かけてやれ」

 

 リヒトの言葉にシェーレが頷き、少女の方に毛布をかけてやってから彼女はリヒトの隣に座り込む。

 

 焚火の前に向かい側に座る少女はこちらの表情を確認した後、スープに手をつけ始め、やがて全てたいらげてしまった。よほど腹がすいていたのか、はたまたリヒトのスープがうまかったのか。

 

「そんで嬢ちゃんよ、なんでこんな朝っぱらからあんなとこにいたんだ?」

 

「薬草を……取りに来たの」

 

「誰かご病気なんですか?」

 

「お母さんが病気なの。そこまで重い病気じゃないんだけど、定期的にこのあたりで取れる薬草を煎じて飲まないと苦しくなっちゃうから……」

 

「なるほどな。そんでさっきのデブとガリは見たこととかあるのか?」

 

 その問いに少女は首を横に振った。

 

「知らない。なんか急に襲われそうになってあそこまで逃げたの」

 

「ふーん……」

 

 言いながらリヒトは立ち上がると、鍋などを片付けたあと焚火を消し少女に告げた。

 

「とりあえず嬢ちゃん、お前はオレらが村まで送ってやるから今日は家でおとなしくしてろ」

 

「そ、それはできないよ! お母さんのための薬草が――ッ」

 

 彼女がそこまで言ったところでリヒトはズイッと彼女の前に草を突き出した。彼女は一瞬それにビクついて瞳を閉じてしまったが、恐る恐る目を開けその草を見た瞬間驚いた表情を浮かべ、それを受け取る。

 

「これ、セイアン草!? え、でもなんで持ってるの?」

 

「セイアン草は怪我をしたときにも使えるからな。適当に採取しといたんだよ。んで、この薬草は煎じて飲むと確かハイエ病の処方薬だ。お前のお袋さん、ハイエ病だろ」

 

「う、うん……アンタすごいね、なんですぐにわかったの?」

 

「彼は色々な薬草がどんな効能を持つのかを知ってますからね、きっと貴方のお母さんの病名もすぐにわかったんでしょう」

 

 火を消して馬に荷物を積み込んでいるリヒトのかわりにシェーレが代弁をした。少女はそれに感心したように頷いた。

 

 そしてリヒトは馬に全ての荷物を積み終わり、シェーレと少女のほうを見やる。

 

「そんじゃ行くか。あぁそうだ、嬢ちゃん、お前の名前は?」

 

「あ、ごめん。助けてもらったのに……私はミナっていうの。よろしくね、えっと……」

 

「そういや自己紹介がまだだったな。オレは……」

 

 リヒトはそこで言葉に詰まる。理由は単純だ。リヒトとシェーレはナイトレイドだ。リヒトはまだわからないが、シェーレはこちらまで手配書が出回っているかもしれない。もうそうならば名前を変える必要がある。

 

「……オレはクレイルだ。んであっちがセシルな」

 

 咄嗟に出たのは父と母の名前だった。あの二人なら特に使っても問題はないだろう。

 

 親指を立ててシェーレを差すと彼女も小さく笑みを浮かべてミナに笑いかけた。どうやらリヒトの意図を読んだらしい。けれどそこでミナが何かを思ったのか小首をかしげる。

 

「二人はこんなところで何してるの?」

 

「ちょいとあの山の向こうに用があってな。まぁオレらのことはどうでもいい、送ってやっからさっさと行くぞ」

 

 ミナの問いをあしらいながらリヒトは彼女を馬に乗せる。因みに彼女が乗った馬はリヒトの馬だ。本来なら女同士でシェーレのほうが良かったのだろうが、片腕がないシェーレは何かとバランスをとり辛いという配慮だ。シェーレも特に何か言うわけではなく馬に乗り込んだ。

 

 シェーレが乗り込んだのを確認し、リヒトは馬の腹をやさしめに蹴って歩かせ、ミナの村へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 十分ほど走ったところで、ミナが「アレだよ」と声を上げたのでリヒトとシェーレはそちらを前方を注視する。

 

 そこにはアーチ状の入り口があり、アーチには『レイミン村』と刻まれていた。

 

「ここか……よし、ミナお前はここで降りて家に帰れ」

 

「え、でもクレイル達にお礼もしたいし……」

 

 彼女は申し訳なさそうに言うが、リヒトは難しい表情をしてシェーレに視線を向ける。実際のところミナを村の中までは送ってやりたいが、リヒト達は帝国で指名手配を受けている身だ。特にシェーレは手配書が出回っているし、リヒトもこの前のセリューとの一件で完全に生きていることが露見した。

 

 名前を変えてはいるものの、もしこの村に手配書が出回っていたら革命軍の本部まで特定されかねない。しかし、そんなことをミナに話すわけにもいかない。どうすべきかと口元に手を当てて悩んでいると、シェーレがミナの頭を撫でながら言う。

 

「ミナ、お礼をしてくれるという厚意だけ今回は受け取っておきます。今日は私たち先を急がなくてはならないんです。ですからまた今度お邪魔させてもらいます」

 

「……そっか、うんわかった。二人も色々ありそうだしね」

 

 言うと、彼女は馬から飛び降りて村の方までかけて行き、その途中でこちらに手を振ってきた。

 

「またねー! 二人とも、助けてくれてありがとー!」

 

 それに対して言葉では答えず、二人は軽く手を挙げて答えた。ミナもそれが見えたのかリヒトが渡したセイアン草を片手に村へと入っていった。

 

 彼女の後姿が見えなくなったところで、リヒトはシェーレをみて礼を言う。

 

「さんきゅなシェーレ」

 

「いえ、そんなに大それたことはしてませんよ」

 

「いや。思ってみればオレの行動が軽率だった。いくら襲われてるからと言っても結構しゃべりすぎたな」

 

「いいんじゃないですか? タツミもやったことですし、それにリヒトは所謂『放っておけない病』でしょう?」

 

「……かもな」

 

 軽く肩を竦めて答え、リヒトとシェーレはレイミン村を後にし革命軍の本部を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リヒトとシェーレが革命軍の本部に到着したのは深夜だった。けれど守衛の兵にナジェンダからの手紙を見せるとすんなりと通してくれ、二人は何事もなく本部へ入った。

 

 そのまま二人は馬を厩舎にいれてから割り当てられた部屋に向かおうかと思ったが、その途中で本部の知り合いに声をかけられた。

 

「リヒトッ!」

 

 声に振り向くと、そこには坊主頭の男がいた。彼の名はコウサと言い、革命軍本部でのリヒトの知り合いだ。

 

「ようコウサ、どうしたそんなに慌てて」

 

 言ってみるものの、コウサは息を切らしており未だに声が出ない様子だ。それをしばらく待ってみようと思ったが、彼はこちらに一枚の紙を渡してきた。大きさ的には手紙というよりも伝令書と言ったところか。

 

 それを受け取り、リヒトとシェーレは近場のたいまつで紙を照らす。筆跡からしてナジェンダであることはわかったが、字が細かくそこまですらすらとは読めない。

 

「えっと……リヒト、シェーレ……お前たちに伝えておかなければならないことがある。昨日、エスデスの三獣士と……タツミとブラートが交戦した……その際、三獣士は無事撃破」

 

 その知らせに二人はほっと胸を撫で下ろす。確か三獣士はエスデス直属の部下で三人ともが帝具持ちという強敵だ。それを撃破できたことは大きな戦果だ。けれど、紙にはまだ続きがある。

 

 しかしそれを読んだ瞬間、リヒトとシェーレの表情強張ることになる。

 

「……だが、その際負傷したブラートが……敵の毒を受けて……戦死……。……は?」

 

 渇いた声が出た。自分でも驚くほどに。

 

 それでもすぐに頭を振ったリヒトはコウサにつかみかかる。

 

「どういうことだよ……おい、コウサ!!」

 

「……そこに書いてあるとおりだ……ッ! さっき密偵チームからの伝令もあった……確定情報だそうだ、ブラートは、死んだんだ……ッ!!」

 

 肩を震わせながら言う彼の目尻は涙が溜まっている。その涙に嘘偽りはなく、本当のことだとすぐに悟ることが出来た。背後ではシェーレが膝を付いて静かに泣いているのが聞こえる。

 

「……ふざけんな……ふざけんなよッ!!」

 

 その声は誰に向けたものだったのか。死んでしまったブラートに向けたものだったのか、それとも仲間を助けられなかった自分に対するものだったのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブラートの死が告げられて数時間後、時刻は深夜二時。

 

 リヒトは本部から少しはなれた丘の頂上で酒瓶を片手に星を見上げていた。ふとそこで手にしていた酒瓶の銘柄を見て小さく笑みを零す。

 

「……そういやこの酒、ブラートと初めて飲んだ酒だったか……」

 

 酒を飲み始めたのは本当に数ヶ月前だ。その際一緒に飲もうと言ってきたのはブラートだった。リヒトは一口酒を飲むと目を閉じてそのときのことを思い出す。

 

 

『まず……酒ってこんなに不味いのかよ』

 

『ハハ、やっぱまだリヒトにこれは早かったか。コイツは結構クセの強い酒でさ、俺でも飲むのには結構かかったもんだぜ』

 

『そんなもん進めんなよ』

 

『いいから聞けよ。コイツは確かにクセのある酒だが、俺はお前なら飲めると思うんだ。まぁうまいって言えるようになるのはまだまだ先だろうけどな』

 

『上等じゃねぇか。だったら革命が終わるまでに美味いって言えるようになってやるよ! そん時は酒に付き合えよな』

 

『おう! そん時を楽しみにしてるぜ!』

 

 

 彼はそういって笑みを浮かべていた。

 

 今でもその約束は忘れることはない。いつか革命が終わったらもう一度飲み交わすと約束していた酒を、今リヒトはたった一人で飲んでいる。

 

 すると、頬を熱い涙が伝い、酒瓶を持つ手の甲を濡らした。

 

「約束したじゃねぇかよ! ……兄貴……ッ!!」

 

 初めて言葉に表してリヒトはブラートのことを兄貴と呼んだ。しかし、今となってはその声に答えてくれる者はいない。

 

 そしてリヒトはその場で眠りこけた。しばらく何もする気が起きなかったからだ。まるで泥のように、リヒトはその場で眠る。

 

 

 

 

 

 夢を見ていた。

 

 なぜ夢と断定できたのか、それは今自分が立つ場所が、あまりにも現実離れしすぎた真っ白な空間だったからだ。

 

『何処だよここ』

 

 気だるそうにリヒトは呟く。

 

 しかし、そこで唐突に肩を小突かれた。

 

『なに、辛気臭ぇ顔してんだよリヒト』

 

 その声は死んだと聞かされたブラートのものだった。瞬間的に振り向こうとしたが、そこで彼の一喝がとんで来た。

 

『振り向くんじゃねぇ! そのままで聞け、リヒト』

 

 声は真剣なものだった。

 

『いいか、リヒト。俺はもう死んじまった。だからお前と酒を飲み交わすこともできねぇ。でも俺が死んだくらいでへこたれんな。

 お前は前を向いて、進んで行け。漢なら過去を引き摺らずに前だけ向いて行け。そんで、前に言ったろ。俺に何かあったときはタツミ達を頼むってよ』

 

『オレがお前に変わって兄貴分になるって話か……』

 

『ああ。そんなお前が暗い顔してたらタツミや他の皆に示しがつかねぇだろ。だからシャンとしろ』

 

『勝手すぎんだろ』

 

 苦笑交じりの声だったが、ブラートもそれに笑って答えた。

 

『ハハ、確かにな。でもよ、お前ならできるさ。だからこれで本当にお別れだ。この先どんなことがあっても決して惑わされんな。「もし」とか「たら」とか、悲観的になるんじゃねぇぞ』

 

 その声とともに前に押し出された。思わずたたらを踏みそうになるが、リヒトはすぐに態勢を立て直して一歩を踏み出した。

 

『……あばよ、リヒト……』

 

『あばよじゃねぇさ。アンタの魂はいつも一緒だよ、兄貴』

 

『……ああ!』

 

 その声を最後にブラートの声は聞こえなくなったが、リヒトの顔は最初よりも遥かに嬉しげであり、吹っ切れたようだった。

 

 リヒトは歩いていく、真っ白な空間を、ただひたすらに。

 

 

 

 

 

 リヒトは目を覚ました。見ると、既に朝日が昇り始め東の空が赤く染まっている。やがて太陽が昇り、燃えるような光りが身体を照らし出す。

 

 しかし、照らされた彼の顔は夜よりも遥かに明るい表情をしている。しばらく太陽を見ていたリヒトは凛とした言葉を発しながら片手剣を抜き放った。

 

「ありがとよ、ブラート」

 

 礼を言うと同時に彼は白銀の髪に手を伸ばしてつかむと、片手剣で乱暴に断髪し、切った髪を風に流す。

 

 夢で見たブラートが本物だったのか、それともリヒトの空想だったのかはわからない。しかし、彼の魂は確かに受け取った。

 

 決してあきらめることがなく、どんな逆境に立ってもあきらめることのない不屈の闘志を受け取ったのだ。




はい、今回は一気に書きました。

前半はいらなかったような……なんてことを言ってはいけない。

後半、へたくそですねー……自分でも何やってんだかって感じです。
そしてわかるお方はわかりますよね、中の人ネタです。
でも、この言葉ってすごくかっこいいですし、闘志を受け継がせるためにぴったりですよね。少しだけアレンジしましたが……。

次回はまだアジトには戻りません。
代わりと言ってはアレですが、彼女と会います。

では、感想などありましたらよろしくお願いいたします。


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第十七話

 ブラートの死が告げられた翌日、リヒトはアジトに戻るために馬に跨って本部を出ようとしていた。しかし、それをコウサに呼び止められる。

 

「リヒト! ちょっと待ってくれ!」

 

「あん?」

 

 首をかしげながらそちらを見ると、コウサは少しだけ息を切らしながら言ってきた。

 

「わるいんだけど、まだ帰らないでもらえるか? こっちにも新しい任務があるんだ。だけど如何せん人員が足りなくてな」

 

「ふーん……了解だ。じゃあコウサ、ボスに手紙出しといてくれ。こっちに少し滞在するってよ」

 

「ああ、やっておくよ。すまないな」

 

「いいさ。革命につながるなら何でもやってやる。んで? 何処に行けばいい?」

 

 馬から下りながら問いを投げかけると、コウサは頷いて本部の北にある作戦会議室を指差した。

 

「あそこに今回の任務に同行してくれる帝具使いがいる。詳しい話は彼女から聞いてくれ」

 

「あいよ。つーか、女なのか」

 

「因みに言っておくとかなりかわいい。けど小悪魔っぽい」

 

 ニヤついた顔でいうコウサだが、リヒトは大して興味もなさげに肩をすくめ、そのまま馬を厩舎につないでから作戦会議室へ足を運んだ。

 

 会議室はアジトの会議室を似たような形をしており、中央には地図を載せる用の卓が置かれている。

 

 しかし、コウサから伝えられた帝具使いの姿は見えない。その代わりというように椅子の上に猫が丸まっていた。

 

 すると猫はこちらに気が付いたのか「にゃー」と小さく鳴いてこちらにやってきた。

 

「随分人懐っこい猫だな」

 

 いいながら猫の頭を撫でようとしたとき、微かだが殺気を感じたリヒトは猫から手を引いて片手剣を抜き放ち、切先を猫に向ける。

 

 瞬間、猫は白い煙に包まれ、やがてその中から悪戯っぽい女性の声が聞こえた。

 

「にゃははー。いやーまさかばれちゃうなんて思ってなかったよー」

 

 煙の中から姿を現したのは栗色に若干赤い色が混じったような髪の色をした女性だ。彼女の手には化粧品のようなものが握られており、リヒトは直感でそれが帝具だと悟った。

 

 恐らく彼女がコウサが言っていた帝具使いなのだろうが、リヒトは緊張の糸は緩めない。

 

「お前は?」

 

「あぁ自己紹介がまだだったねん。私はチェルシー。よろしくね、リヒト」

 

 いいながら彼女はポケットからキャンディーを取り出して口に入れ、こちらにもそれを渡してきた。

 

 片手剣をおさめながらそれを受け取ると、リヒトは小さく嘆息する。

 

「それにしても、良く私が化けてるってわかったねぇ」

 

「殆ど勘だったけどな。それにお前、一瞬だけどオレに殺気を向けただろ。それが一番わかりやすかった」

 

「ふぅん。流石はナイトレイドの一員って感じなのかな?」

 

「そんなんでもねぇだろ。アレぐらい殺気が感じられるようになれば誰だって出来る。んで? 作戦の内容はなんだよ、チェルシー」

 

 問うてみるとチェルシーは思い出したように手を叩き、部屋の中心に置かれている卓まで行くとちょいちょいとこちらに手招きをした。

 

「今回の作戦は近隣の村に出没する山賊の討伐なんだよ。前までは大した動きはしなくなったんだけど、最近になって過激になって来たらしくてさ。小さい村が襲われてるんだ」

 

「なるほど。でもなんでこのタイミングで任務がある?」

 

「うん。実は昨日の夜、ここから山一つ跨いだところにあるレイミン村が襲われてね。結構な犠牲者を出したらしいよ」

 

 レイミン村という名を聞いた瞬間、リヒトの顔が強張った。

 

 それもそのはず、その村は昨日リヒトとシェーレが救ったミナという少女の村だったのだから。するとその様子に気が付いたのか、チェルシーが問うて来た。

 

「知ってるの?」

 

「ちょっとな。名前と外観だけは見た」

 

「そう。話を続けるけど、抵抗したものは殆ど殺されたらしくて、女子供は人身売買と薬漬けにして楽しむためにさらわれたらしいよ。だから私たちがすることは、村の人々の救助と山賊全員の討伐」

 

「山賊は合計で何人だ?」

 

「九十人強。中には軍人崩れもいるみたいだよ」

 

 その数を知らされてリヒトは考え込む。

 

 ……九十人か。ヨルムンガンドで一度に貫通できるとすれば十人やそこらだ。でもまぁなんとかなるか。

 

「その九十人をオレとお前だけで相手にするのか?」

 

「ううん、革命軍からも数人出していくよ。でも十人くらいだと思うけどね」

 

「十分だな。オレ一人で三十人以上は狩れる。お前は?」

 

「私の帝具は一気に多人数を相手にするのは向いてないけど……潜入して少しずつ狩っていくのはやれるよ」

 

 彼女は卓に化粧品箱を置きながら言うと、解説を始めた。

 

「私の帝具はガイアファンデーションって言ってね。どんなものにも変身が出来るんだよん。さっきみたいな猫はもちろん、人にもね」

 

「便利な帝具だな。じゃあオレが見張りをぶっ殺した後、チェルシーはそいつに化けて敵襲ってことで奴等を誘き出してくれ。そこをオレを含めた革命軍の奴等で叩く」

 

「それがベストかもね。じゃあ私は気付かれないように中で数人相手をした後に捕まった人たちを助けるよ」

 

「ああ、頼む」

 

 その後、二人は同行するほかの兵士達も交えて作戦の最終確認をした後、山賊のアジトがある洞窟へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜、山賊たちのアジト近くまでやってきたリヒトとチェルシーは木の枝の上から見張りを観察していた。

 

「見張りは三人か……。ヨルムンガンドで一気に心臓ぶち抜けばいっか」

 

 いいながらヨルムンガンドを構えて投げると、蛇のようにしなりながらヨルムンガンドのオブジェが三人の見張りの心臓を次々に刺し貫いて行き、リヒトは串刺しになった連中をヨルムンガンドと共に回収した。

 

「おー、うまいもんだねぇ。鎖型の帝具ヨルムンガンド、そんなことも出来るんだ」

 

「まぁな。先端にナイフとか短剣を咥えさせれば遠くから斬り飛ばすことだって出来る。じゃあ、後は頼むぞチェルシー」

 

「りょーかい」

 

 軽く敬礼したチェルシーはガイアファンデーションを取り出してリヒトが殺した男の一人に成り代わった。

 

「こんな感じ?」

 

「ああ、完璧だ。見分けつかねーわ」

 

 薄く笑みを浮かべたリヒトにチェルシーも笑うと、洞窟の中へと足を踏み入れた。

 

「死ぬなよ」

 

「リヒトもちゃんと倒してね」

 

 いいながらチェルシーは走って敵襲を告げに言った。彼女の姿が見えなくなったのを確認すると、リヒトはパチンと指を鳴らして革命軍の兵士を呼んで彼等に告げた。

 

「準備はいいかお前等。山賊共が来たら間髪いれずに引き金を引いてぶっ放せ。遠慮はいらねぇ。全員蜂の巣だ」

 

 その言葉に全員が頷き、彼等は銃撃の構えを取った。

 

「……さて、うまくやってくれよ。チェルシー」

 

 

 

 

 

 

 

 ……なるほどねぇ。洞窟の中はこうなってるんだ。

 

 洞窟内を走りながら周囲を警戒するチェルシーは既に五人ほどの山賊を殺していた。チェルシーの戦術はリヒトのように剣を使ったものではなく、小さな針で的確に急所を突くというやり方でまさしく暗殺者というものだ。

 

 すると、洞窟の奥のほうが次第に明るくなり、大勢の話し声が聞こえた。どうやらアジトの最深部に到着したようだ。

 

 チェルシーはそれににやりと笑うと演技をしながらその場に転がり込んだ。

 

 するとその様子に驚いた山賊の仲間がわらわらと集まってきて問うてきた。

 

「おいおい、どうしたんだよそんなに慌ててよぉ」

 

「不細工なツラが更に不細工になってるぜ?」

 

 ……うっざ。変身してなきゃ普通に美少女ですしー。

 

 などと思いながらもチェルシーは息も絶え絶えの演技をしながらその場にいた全員に告げた。

 

「て、敵襲だ! 見張りのヤツが俺以外全員やられちまった!」

 

「なにぃ!? おい、ボス呼んで来い!」

 

 驚いた様子を見せる男達だが、ひょろっちい男が洞窟の更に奥に足を運ぶと、筋骨隆々な大男がのっしりと現れた。どうやらこの男がこの山賊のリーダーのようだ。

 

「ボス、敵襲だそうですぜ」

 

「あぁわかってる。何処の命知らずかしらねぇが俺たちに喧嘩を吹っ掛けるたぁいい度胸だ。テメェら、一人も生きて返すなよ!」

 

 男の命令に山賊たちは自分の獲物を取って洞窟の外に向かって走り出した。そして全員がいなくなったところで、チェルシーも立ちあがり出て行こうとしたリーダーに声をかけた。

 

「あの、ボス」

 

「あん? なにしてるお前もさっさと行け」

 

「その前にボスに耳寄りな情報をお伝えしたくて、すこし耳を貸してもらえます?」

 

「チッ、さっさとしろよ」

 

 舌打ちをしてから面倒くさそうに耳を傾けてきた男だが、その瞬間チェルシーは残忍な笑みを浮かべて懐から取り出した鋭利な針を男の首筋につきたてた。

 

「え?」

 

「油断大敵ってヤツだよ。おじさん。お山の大将気取ってたみたいだけど、油断しすぎ」

 

 言うと同時にチェルシーは変身を解除し、男のベルトにぶら下がっていた鍵の束をくすねると、周囲を見回してから捕らえられた人々が閉じ込められている部屋を見つけた。

 

 そちらに向かいながらチェルシーは正体がばれないように上着のフードを目深に被る。部屋の中にいた女性は皆半裸の状態で、その檻の隣の檻には小さな子供たちの姿も見られる。

 

 部屋がボスの部屋の近くにあり、若い女性が半裸にされているということは、つまりそういうことだろう。まったく吐き気がする。チェルシーは嘆息気味に檻を開ける。

 

 檻が開いたことに気が付いた女性達は一瞬おびえたような表情をしたが、チェルシーは優しげな声音で言う。

 

「大丈夫よ。山賊たちは今頃皆殺しにされてる頃だと思うから。出ても平気」

 

 その声を聞いた女性達は恐る恐る外に出て、隣の檻に閉じ込められている子供たちのほうに向かった。子供たちの檻は既にチェルシーが開けてある。

 

「こっちはこんなもんかな。あとは頼んだよ、リヒト」

 

 誰にも聞こえない声で小さく言ったチェルシーは期待した表情を洞窟の外に向けていた。

 

 

 

 

 

 

「ほーらよっ!」

 

 なんとも軽く言いながらリヒトは片手剣をふるって山賊の一人を脳天からかち割り、革命軍の兵士と共に洞窟の中に進軍していった。

 

 作戦通り山賊たちは洞窟からわらわらと出てきたので、リヒト達はそれを狙い撃ちし殆どを蜂の巣にし、戦力をかなり削った。

 

 それでも全員を殺すには至らず、何十人かは洞窟の中でひしめき合っている。けれど、それこそが狙いだ。狭い洞窟の中は逃げ道がない。出鼻をくじかれた山賊たちは一気にパニックに陥ったため、動きが鈍いことこの上ない。

 

「地の利を生かすってのはこういうことなのかねぇ」

 

 肩を竦めつつ言うリヒトだが、彼を目掛けて山賊たちの中から銃弾が放たれた。しかし、それはあっけないほど簡単にヨルムンガンドに防がれ、リヒトには傷一つすらない。

 

「あーメンドクセ。いいかげんあきらめて投降してくれたほうがいいんだが……向こうはやる気満々か」

 

 ため息をつきながらもリヒトはニヤリと笑みを浮かべると、一気に短剣を咥えさせたヨルムンガンドを伸ばして次々に彼等の胸や顔に激突させていった。

 

 胸に突き刺さったものは心臓が弾け、顔面に突き刺さったものは脳漿が飛び散った。それを見たもの達は仲間の無残な姿に情けない悲鳴を上げている。

 

「そんぐらいでびびってんじゃないぞと!」

 

 ヨルムンガンドを回収がてらリヒトは飛び出し、一番手前にいた山賊の首を刎ね、流れるような動きで次々に山賊たちを斬殺していく。

 

 するとその様子に恐怖したのか、ついに山賊たちの中で腰を抜かすものが現れ始めた。 

 

「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃッ!」

 

「な、なにもんだテメェら!? 欲しいものがあるんだったら何でもやるからこれ以上はッ!」

 

「欲しいものねぇ……こっちはハナッからテメェらの命が欲しくてやってるから、わるいな」

 

 軽く笑みを見せたリヒトだが、彼の瞳にはまったくと言っていいほど光が灯っておらず、それだけで山賊たちを恐怖させた。

 

「それにさぁ、女子供掻っ攫って村の人間ぶっ殺しといて自分達は殺されないなんてあるわけないだろ? 人を殺した瞬間にソイツには相応のい報いってもんがあるんだよ。だからあきらめな」

 

 言うと同時にリヒトは腕を振り下ろして兵士たちに撃ち殺すように命じた。表情からは完全に笑みが消え、一体の修羅と化したリヒトに容赦、情けという感情はこれっぽっちも残ってはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 山賊全員を殺しきり、血の海となった洞窟から捉えられた人々を外に出した時にはすでに辺りは明るくなり始め、山の間からは陽光が差し込んできはじめた。

 

「朝か、どーする? この人たち送ってくか?」

 

「それは他の人たちがやってくれるみたいだから私たちは本部に戻ろうよ。いろいろやったら疲れちゃった」

 

「そんな大層なことはやってないと思うが……」

 

 チェルシーの言葉に肩を竦めながらリヒトはいうが、彼は視界の端で他にさらわれた子供たちと笑い合っている少女を見やる。

 

 彼女は先日リヒトとシェーレが助けた少女、ミナだ。母親の姿がないのは病気ということで攫うのが面倒になったのだろうか。

 

「どしたの?」

 

「いんや、なんでもねぇ。じゃあ本部に戻って風呂でも入ろうぜ」

 

「え、それって誘ってる?」

 

「んなわけねぇだろ」

 

 小悪魔のような笑みを浮かべたチェルシーに肩を竦めながら答えると、リヒトは共に戦った革命軍の隊員に「あとは頼む」と告げ、チェルシーと共に一足先に本部へと帰還した。

 

 本部に戻る山の中でリヒトはチェルシーに声をかけられた。

 

「それにしてもナイトレイドって結構甘い連中がいるのかと思ってたけど、リヒトみたいなやつもいるんだね」

 

「どういう意味だ?」

 

「そのまんまの意味だよ。リヒトと一緒に戻ってきたシェーレ、今回死んだブラート……どちらも仲間を守ってそれぞれ傷を負ったり、命を落としたじゃない。十分甘ちゃんだと思うけど?」

 

 彼女の言葉は淡々としており、こちらを試しているようにも聞こえた。恐らくマインやタツミが聞いたら怒るのかもしれないが、リヒトは肩を震わせて笑った。

 

「ハハ、お前優しいんだなチェルシー」

 

「なっ!?」

 

 言うが早いかチェルシーは顔を赤くしたが、リヒトは気にした様子もなく続けた。

 

「確かにお前の言うとおり、ブラートやシェーレは甘ちゃんだったかも知れねぇ。でもさ、甘さがあってこその人間だとおれは思うぜ。ただ任務だけに集中するよりはずっといい。それに仲間を見捨てて動くようなやつは、殺し屋としては完璧だろうが人間としては失格だ。

 まぁこんな考えを持ってちゃあ、オレもお前の言うところの『甘ちゃん』なのかもしれないけどな」

 

 カラカラと笑いながらリヒトは歩き出し、チェルシーもそれに続く。

 

「さっきオレはお前に『優しいんだな』って言ったけど、アレはお前のことを『甘ちゃん』って言ったわけじゃない。お前はこれ以上仲間に死んでほしくないからあえて非情なことを言った……それだけ革命軍の仲間のことを心配しているから。そうだろ?」

 

「……さぁね。リヒトがそう思ってるならそうなんじゃないの?」

 

「そうかい。んじゃ、そういうことにしておくよ」

 

 言いながらリヒトは振り返らずに歩き続けた。背後のチェルシーはなにも言わなかったが理解はしてくれたのではないだろうか。

 

 しかし、そう思ったのも束の間、頭をひっぱたかれた。

 

「いでッ」

 

「やっぱ今のナシ! 別にリヒトとかの心配してたんじゃなくて、私の精神衛生上の問題よ!」

 

「はいはい、精神衛生上ね。了解しましたお嬢さん」

 

 軽く笑みを浮かべながら言ったが、チェルシーはそれが気に入らなかったのかもう一発ひっぱたかれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜船で起きた事件から数日後、エスデスは新たに自身の組織『特殊警察・イェーガーズ』を結成した。

 

 そんな彼女の私室でエスデスはイェーガーズのメンバーである少女、セリュー・ユビキタスと話をしていた。外を見ると陽はとっぷりと暮れている。

 

「話というのはなんだ、セリュー」

 

「はい。エスデス隊長はリヒトという男を知っていますか?」

 

 その名を聞き、エスデスは静かに頷いた。過去に一度『おもしろい』という理由で自らの軍門に下らせようとし、失敗した少年の名だ。確か随分前の報告では死んだと聞かされていたが。

 

「ああ、知っている。それがどうした?」

 

「ヤツは生きています。ナイトレイドとして。しかも帝具まで所持していました」

 

 瞬間、エスデスは頬が緩むのを感じた。決して安心したとかそういうものではない。単純に嬉しいのだ。もう一度まみえ、あまつさえ敵として出てくることで戦えるということに。

 

 しかし、心の中では彼の死を信じていなかったのもまた事実だ。

 

「ほう……やはり生きていたか。それでセリュー、それだけか?」

 

「いいえ、おねがいがあるのですが……リヒトを発見した時は、私の手で殺させてください」

 

 彼女の瞳には確かな憎悪と憤怒が見えた。常人では萎縮してしまいそうなものだが、エスデスは肩を竦めると頷いた。

 

「いいだろう。お前の好きにしろ。ただし、負けは許さんぞ」

 

「わかっています。ありがとうございました!」

 

 セリューは腰をほぼ直角に曲げて礼を言うとそのまま部屋を出て行ったが、エスデスは口を三日月に吊り上げて笑みを浮かべた。

 

「そうか、生きていたかリヒト。あぁ楽しみだ、お前と本気で戦えることが実にな……」

 

 若干の狂気を孕んだ彼女の言葉は誰にも聞かれることなく夜の闇に消えた。




はい、お待たせしました。

今回はチェルシー登場です。
多分いたでしょう。いたはずです、いたことにしてください。

キーボードがぶっ壊れなければもっと早くできたのですが……申し訳ない。
まぁ他にもオリジナルの方を書いていた……ゲフンゲフン
そんなことはさておき、次は飛んでナジェンダさんと合流しましょうかね。リヒトは本部での色々な任務を手伝っていたという感じで。
次はスーさんが目覚めるくらいまではかけるかな……。

その後はナイトレイドメンバーと合流で、スタイリッシュを殺すところですね。

ではでは、感想などありましたらよろしくお願いします。


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第十八話

 リヒトはシェーレを本部まで送り届けた日から、革命軍本部で一週間近くの間任務にいそしんでいた。その殆どはチェルシーとの暗殺任務であり、本部から多少離れた街にも赴いた。

 

 無論野宿することもあったのでチェルシーと語らうことも多く、彼女が前にいたチームの話も聞いた。

 

 チェルシーのチームは、彼女がリヒトと行動する少し前にチームが全滅したらしい。それに対しリヒトは別段優しい言葉をかけようとは思わず、ただ黙って聞いていただけだ。

 

 別にチェルシーが可哀想とか、辛いだろうなんてことを思わなかったわけではない。しかし、彼女が受けた心の痛みを自分がどうにかできるとは思えなかったのだ。

 

 その際チェルシーが「慰めてくれないんだ」と悪戯っぽく言ってきたが、リヒトは「慰めてほしくなさそうにしてたからな」と返しておいた。

 

 そして現在、今日も今日とてリヒトは本部で働いていた。今日は特に暗殺任務はないので、本部の人手が足りないところで器材運びをしている真っ最中だ。

 

「リヒトー」

 

「あん?」

 

 声がしたほうに首を傾けると、いつもどおりキャンディーと咥えているチェルシーがヒラヒラと手を振っていた。すると彼女はそのままこちらにかけてきた。

 

「なんか用か、チェルシー」

 

「うん。ナジェンダさんが来たよん。呼んで来てくれって言われたから呼びに来た」

 

「そいつぁどーも。んじゃ、行くかね……コウサー! ちょっくら行って来るからあと頼んだー!」

 

 少し離れた所で作業をしているコウサに声をかけると、彼も了承したのか手を挙げた。それを確認し、リヒトはチェルシーと共にナジェンダが待っている会議室に向かう。

 

 その道中、リヒトはチェルシーに問うた。

 

「なぁチェルシー、最近シェーレ見たか?」

 

「ううん、見てないけど。なんか気になる?」

 

「いや、ちょいと気になっただけだ。まぁ本部にいることは確かみたいだから気にすることもないか」

 

 肩竦めて話を自己完結させる。

 

 しばしチェルシーと並んで歩き、会議室に到着したリヒトは壁際の椅子に腰掛けているナジェンダを見やった。

 

「よう、ボス。しばらくぶりだな」

 

「ああ。元気そうで何よりだ……髪の毛、切ったんだな」

 

 ナジェンダに言われ、リヒトは「ああこれか」といいながら、肩の長さに切り揃えられた銀髪をいじる。

 

「気分転換でな。因みにうまい感じに切り揃えてくれたのはここにいるチェルシーだぜ」

 

「だってリヒトの髪めちゃくちゃ適当に切ってあったんだもん。少しは切り揃えた方が良いと思ったんだよ。せっかくそんなに綺麗な髪質してるのにもったいないじゃん」

 

「男が言われてうれしい言葉じゃねぇな。髪質なんざどれも一緒だろ」

 

 肩を竦めて言ってみるが、チェルシーは呆れたようにため息をついた。するとそれを見ていたナジェンダが僅かに笑みを浮かべてこちらに告げてきた。

 

「その様子ならもう信頼関係は築けているようだな。十分だ」

 

「十分?」

 

「ああ。今日からチェルシーもナイトレイドに入るからな。まぁ正式に皆に発表するのはアジトに行ってからだがな。まぁその話はさて置いてだ、帝都の方でしょうしょう厄介なことが起きた」

 

 先ほどまでの笑みを消したナジェンダはタバコに火をつけて軽く紫煙を燻らせたあと、鋭い眼光で言い放った。

 

「タツミがエスデスにさらわれたらしい」

 

「え? 確かタツミってナイトレイドのメンバーの子だよね……だったら素性がばれたとか?」

 

「いいや。ことの経緯はエスデスが主催した都民武芸試合なるものにタツミが出場したことが発端らしくてな。タツミが対戦相手を打ち負かした時にエスデスが現れ、タツミに首輪をかけてほぼ無理やりに連れて行かれたらしい。ただ、そこまで険悪なムードではなかったとのことだ」

 

「首輪って……相変わらず考え方がSっぽいな」

 

 リヒトは軍に入りたての頃を思い出してげんなりとしつつ、苦い顔を浮かべた。

 

「また、エスデスはイェーガーズという帝具使いのみで構成された特殊警察を組織したとの情報も密偵から入っている」

 

「帝具使いのみってことは、完全にオレたちを潰しにきてるわけか。けど、険悪なムードじゃなかったんなら平気じゃねぇ? オレん時も結構無理やりだったし。タツミがヘマしない限り問題はねぇだろ」

 

「だといいがな」

 

 タバコを吸いながらナジェンダは椅子に深く腰掛ける。リヒトは軽く息をつきながら壁に背を預け、目を細めた。

 

 ……まぁアカメやレオーネ達ならタツミを助けるとは思うが、無理はしなけりゃいいが。

 

「そういやボス、マインの腕は治ったか?」

 

 ふと思い至ったので聞いてみるとナジェンダは「ああ」と短く答えた。それに頷いて返しておくが、ナジェンダはタバコを灰皿で消してから立ち上がる。

 

「とりあえずあちらのことをこちらでウジウジと考えても何かが変わるわけでもない。アジトの方はアカメ達に任せるとしよう。私もこちらでやることがあるからな」

 

「やること?」

 

「ああ。あと一人、人員を増やしておきたくてな。ソイツが見つかり次第、私達はアジトに帰還する。いいな?」

 

 ナジェンダの声にリヒトとチェルシーは頷いて答えた。

 

 

 

 

 

 夜になり、ナジェンダは本部の自室で長旅の疲れを取るためにベッドに横になっていた。室内にある机の上には書類の束や、氷が入ったグラスと酒がある。

 

「あと一人……できれば戦闘向きがいいのだが、誰かいないものか」

 

 ため息をつきつつ自身の義手を開いたり閉じたりする。そしてかつてエスデスにやられた右目が僅かに疼いた。

 

「ブラートを失ったのは大きな痛手だ……しかし、こちらにはまだアカメがいるし、いざという時のリヒトもいる。そう急くことではないにしても、できればもう一人を増やしておきたいな。……犠牲をこれ以上出さないためにも」

 

 などとひとりごちていると、唐突に部屋のドアがノックされた。それに答えると、ドアが開けられ、よく知った人物が現れた。

 

「こんばんは、ボス」

 

 部屋にやってきたのはシェーレだった。しかし、柔和な声音に反し彼女の顔はどこか固い。

 

「しばらくぶりだな。どうした? そんなに固い顔をして」

 

 ナジェンダも彼女の表情が気にかかったのか、問うてみた。すると、シェーレはヘカトンケイルに喰いちぎられた右腕を押さえながら真剣な表情で告げてきた。

 

「ボス、お願いがあります――」

 

 

 

 

 

「急に呼び出してなにかと思ったら酒に付き合えってことかよ」

 

 呆れた顔をたリヒトは酒の入ったグラスを煽る。

 

 そんな彼の前にいるのは同じように酒を飲むチェルシーだ。彼女は悪戯っぽい笑みを見せる。

 

「いいじゃん別に。暇だったんでしょ?」

 

「……まぁな。つーかお前、酒飲める歳だったんだな」

 

「お、ということは私はリヒトよりも年下に見られてたんだ」

 

「ああ。実際十八くらいかと思ってた」

 

 肩を竦めながら答えると、チェルシーは嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

 リヒトがいるのはチェルシーの部屋だ。家具は女性っぽいものでコーディネートされており、机やタンスの上には小物も置かれている。

 

 すると、チェルシーがニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべて空になったグラスに酒を注いできた。

 

「リヒトは確か二十歳だったから、私より少し年下だねぇ。だから、先輩の晩酌には付き合うのだー」

 

「へいへい。わーったよ、先輩」

 

 ガリガリと頭を掻きながら答えると、チェルシーもよろしい、と答えてグラスをこちらに少しだけ傾けて来た。乾杯をしなおせということなのだろう。それに答えて二人はカランとグラス同士を当てる。

 

「そういえばリヒトと組んでるけど、私の話ばっかりでつまんないからリヒトの話も聞かせてよ」

 

「オレの話しなんざ暗くって酒の肴にもなりゃしねぇよ。胃もたれすんぜ」

 

「私だって暗い話だったしいいじゃん。ほらー、はーやーくー!」

 

「チェルシー、お前ぜってー絡み酒だろ」

 

 大きなため息をつきながらも、結局はチェルシーに自分の身の上話をすることになった。そうして夜はふけて行ったが、リヒトとチェルシーはその場で眠りこけてしまった。

 

 その結果、翌日の朝。若干顔色が悪いチェルシーと、頭を押さえているリヒトが目撃されたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 昼になり、若干酔いがさめて来たリヒトとチェルシーはナジェンダに呼ばれて帝具保管庫にやってきた。

 

 既にナジェンダは二人を待っていたが、やってきた二人に向けてただ一言。

 

「お前等、昨日どれだけ飲んだんだ……」

 

「十本くらい空けたっけ?」

 

「あぁ、確かそんな感じ。頭イテェ……」

 

 いまだズキズキとする頭を押さえながら答えるリヒトは所々髪の毛が跳ねている。しかしチェルシーも同じようなもので、髪飾りがあらぬ方向を向いている。

 

 ナジェンダは大きなため息をついたが、すぐに踵を返して保管庫の奥に進んで行く。それにリヒト達もふらふらとした足取りでついていく。

 

 保管庫は奥に進むにつれて暗くなっており、振り返れば出口は白い四角形のように見える。すると、前方を行くナジェンダが足を止め、リヒトとチェルシーも止まる。

 

 二人は立ち止まったナジェンダの先を見るために、彼女の脇から顔を出す形でナジェンダの視線の先を見る。

 

 そこには頭部の両端から角を生やし、胸には赤い円盤のようなものが埋め込まれた白装束の男が鎮座していた。外見的な年齢は三十歳前後だろうか。しかし、リヒトは妙な疑問にかられた。

 

 男性から生気を感じることが出来なかったのだ。なんというかただある、人形のような雰囲気だけが男性からは発せられていた。すると、そこでナジェンダが呟く。

 

「これが電光石火・スサノオか……。生物型の帝具と聞いたが、まさか人間体とはな」

 

 その言葉で目の前の男性から生気が感じられないことに合点がいったリヒトだが、それ以上に帝具ということに驚いてしまった。

 

「生物型って、コイツ帝具なのか!?」

 

「ああ。今朝聞いたんだ。もしかしたら私になら動かせるかもしれないといわれてな。それで来てみたと言う訳さ」

 

 軽く言ってのけるナジェンダだが、リヒトからすれば驚いたのにも程がある。なにせ、生物型はあのヘカトンケイルぐらいしかいないと思っていたからだ。いや、それでは少し語弊がある。正確には皆あのような獣の姿をしているものだと思っていたのだ。それが今、目の前にしているものは殆ど人間と変わらない容姿をしているのだから驚くのも無理はない。

 

 それはチェルシーも同じのようで肩を竦めて驚きを露にしていた。だが、そんな彼等を尻目にナジェンダはスサノオに歩み寄ると、彼の肩に触れる。

 

 瞬間、今まで目を閉じていたスサノオがカッと目を見開いた。同時に今まで感じられなかった生気が感じられた。これでリヒトは確信することが出来た。スサノオはただの帝具ではなく、人間のように生きているのだと。

 

 するとスサノオはナジェンダの方を見てから一度立ち上がり、彼女に対して頭を垂れた。

 

「帝具スサノオ。起動に応じて貴殿を主と認めよう」

 

 低い声がリヒト達のほうまで届き、スサノオの起動に成功したのだとわかった。

 

「マジかよ、ボスってもう帝具使えないもんだと思ってたけど……」

 

「生物型は自動で動くから負担が少ないんじゃない?」

 

「ああ、なるへそ」

 

 チェルシーの解説にリヒトが頷いていると、唐突にスサノオが眼前に迫ってきた。背が高いことと、眼光が鋭いことも相まってかなりの威圧感だ。

 

「なんだよ、なんかオレに文句でも――」

 

 そこまで言いかけたところでスサノオの瞳がキランと光り、彼は懐から櫛を取り出しリヒトの髪をすき始めた。しばらくそれをしていたスサノオだが、ある程度やり終えると納得が言ったのか、コクリと頷いてから満足げに言った。

 

「よしッ!」

 

「はい?」

 

 疑問符を浮かべ、すぐに声をかけようとしたのも束の間。スサノオは今度はチェルシーに方に向かって駆け、彼女のずれていた髪飾りを真っ直ぐに直した。そして底でも一言。

 

「よしッ!」

 

 と告げて満足げにしていた。

 

 すると、その光景を見ていたナジェンダがうんうんと頷きながら言った。

 

「なるほど、意外と几帳面な性格をしているんだな。まぁ要人警護用に制作された帝具らしいからそういう気配りも出来るのだろう」

 

「いやー、それはどうなんだ……。根っからの几帳面にしか見えねぇぞ」

 

 ナジェンダに対して若干呆れ声を漏らすが、リヒトはスサノオの動きを見てはっきりと強いと確信できた。

 

 ……技量的にはブラートとどっこいか、若干劣るぐらいか? でも、帝具ってことは奥の手もあるよな。

 

「……まぁわかることは、えらく強いってことだな……」

 

「ん? 何か言ったかリヒト」

 

「いんや、なんも。それでどうする? もう戻るか?」

 

 掌を向けて問うてみるが、ナジェンダは問いに被りを振る。

 

「確かにそうしたいのは山々なんだが、私にはまだ終えなければならない仕事があってな。帰るのは明日だ。それまでリヒトとチェルシーはスサノオと親交を深めておいてくれ」

 

「あいよ」

 

 それに肯定するとナジェンダも頷き、彼女はチェルシーとスサノオにそれらを話しに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 ナジェンダと別れて本部の適当な場所で三角形になるように座った、リヒト、チェルシー、スサノオはいちどそれぞれの顔を見やる。

 

 そして一息ついてからチェルシーが軽い咳払いの後、スサノオに告げた。

 

「とりあえず名前を言ってなかったから、軽めの自己紹介でもしようか。私はチェルシー。よろしくね、スサノオ」

 

「ああ。よろしく頼む」

 

 彼女の名を聞いてスサノオは表情を崩すことなく握手を交わす。彼女に続いてリヒトもスサノオを見据えてから告げた。

 

「リヒトだ。これからよろしくな」

 

 スサノオはそれに頷き、今チェルシーとしたのと同じように握手を交わした。しかし、そこで一度会話が途切れてしまった。いや、会話という会話は殆どしていないのだが。

 

 けれど、そこでふとリヒトが何かを思ったのかスサノオに問いを投げかけた。

 

「そういや聞きたかったんだけどよ。なんでボスに反応したんだ?」

 

「あ、それは私も聞きたいかな。何か特別な理由があったりするの?」

 

 チェルシーもその問いに乗っかり、スサノオに問うたが、しばしの沈黙の後答えが返ってきた。

 

「ナジェンダは昔のマスターに瓜二つでな。雰囲気も何処となく似ていたからかもしれん」

 

「へぇ……ボスと瓜二つってどんなヤツだったんだ?」

 

「前のマスターは将軍でな。彼ほど素晴しい将軍はいなかったッ!!!!」

 

 その声に一瞬その場の空気が固まり、チェルシーが一番最初にフルフルと肩を震わせながら問うた。

 

「彼? え、ちょいまちちょいまち。今彼って言った? ってことは、ボスって男とそっくりってこと?」

 

「ああ。ナジェンダは女でありながら彼と瓜二つなんだ」

 

「ブッ……ハハハハハハハッ!! マジか!? やべぇ、腹イテェ! お、女なのに男と瓜二つとかマジでヤベェ。さすが影でイケメンといわれるだけのことはあるな!」

 

「ちょ、リヒト笑いすぎだって……フフ、そんな笑っちゃ、ボスに、ハハ……失礼だってば。ハハハハハハ!」

 

 忠告してくるチェルシーだが、彼女も笑いながら言っているため、あまり説得力がない。しばらくその場で馬鹿笑いをした二人はそれぞれ「ひーひー」と腹を抱えながらスサノオに向き直った。

 

「そこまで笑うことなのか?」

 

「あぁわるいなスサノオ。ついつい……いやそれにしてもマジで男と瓜二つとか……クク」

 

「やめてってばリヒト。思い出させたらまた笑っちゃうから」

 

 チェルシーが呼吸を整えながら言ってきたので、リヒトも笑うことをこらえた。

 

「あ、そうだ。前に仕えてたマスターの記憶があるってことはさ、帝具とかも見たことあるの?」

 

「ある程度はな。だが、チェルシーのものは見たことがない」

 

「チェルシーのはってことはコイツは見たことがあるのか?」

 

 リヒトは言いながらヨルムンガンドをスサノオに見せる。彼はそれにうん、と頷いてから言い始めた。

 

「それは確か双頭縛鎖・ヨルムンガンドだったか。鎖型の帝具で、実体のあるものとない鎖があったな。因みに言っておくと、奥の手で多少タイプが変化する変わった帝具だった気がする。奥の手は使ったことがあるか?」

 

「まぁちょっとな。でもそれなりに知ってんだな」

 

「そうだな。しかし、俺にもわからん帝具はある。先ほどのチェルシーの帝具のようにな」

 

 感慨深げにスサノオは言う。そんな彼の様子を見てリヒトとチェルシーは小さく笑みを浮かべる。

 

「スサノオ、お前って結構面白いヤツだな」

 

「だね。もっと鉄面皮で感情なんて皆無って感じがしたけど、全然そんなことない」

 

「そうか?」

 

「ああ。お前は普通の人間と同じだよ。自分で考えてたりするしな。だから、そんなお前を見込んで頼みがある」

 

「なんだ?」

 

 スサノオが問うと、リヒトとチェルシーはそれぞれ視線を交わして悪戯っぽい笑みを浮かべながら告げた。

 

「「ボスが男と瓜二つだったことはまだボスには言わないで(くれ)」」

 

 同時に言った言葉にスサノオは一瞬キョトンとしたが、小さく笑みを浮かべてから頷いた。

 

「ああ。なんだかわからんが、いいだろう」

 

「よし」

 

 スサノオが了解したことにリヒトはグッと親指を立てて彼を賞賛した。その後、三人は親睦を深めるためにいろいろなことを話し合った。

 

 そしてその日の夕食時、スサノオが家事にも優れているということがわかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 だが、翌日の夕方、思ったより仕事が長引いたナジェンダの下に本部の占いの帝具を持つ者から不吉な占いが告げられた。

 

 その内容は『ナイトレイドのアジトの方角で凶』という内容の占いであった。それを聞いたナジェンダと、リヒト、チェルシー、スサノオはすぐさま準備を整え、本部が飼いならしているエアマンタに乗ってアジトに向かうことを決定した。

 

「三人とも準備は整ったな?」

 

 エアマンタの前でナジェンダが言うと、ナイトレイドのエンブレムが描かれたコートを着込んだ三人は頷いた。

 

 それを確認したナジェンダが先にエアマンタに乗り込み、次にスサノオとチェルシーが続く。リヒトも最後に乗り込もうとしたが、そこで呼び止められた。

 

 声のしたほうを見ると、そこにはシェーレがいた。

 

「よう、シェーレ。しばらく会ってなかったけど元気そうじゃねぇか」

 

「はい、おかげ様で。……アジトが危ないそうですね」

 

「おう。まぁあいつ等なら平気だろ」

 

「そうですね。でも、リヒトお願いをしてもいいですか?」

 

「……オレが守れる範疇ならな」

 

 そう答えると、シェーレは小さく笑みを浮かべてから真剣な眼差しのまま告げてきた。

 

「リヒト、決して死なないでください。そしていつかまた会いましょう。絶対に。あと、マインとタツミを守ってあげてください」

 

 その願いに、リヒトは小さく息をついてから答える。

 

「後のほうは守ってやる。でも、前者はわからねぇ。こんな稼業だ。いつ死ぬかはわからねぇ」

 

「そう、ですよね……」

 

 残念そうに顔を伏せるシェーレだが、リヒトは「けど」と続けた。

 

「善処はする。だから――」

 

 言いながらリヒトはシェーレに拳をむける。すると、その意図が理解できたのか、シェーレはこちらの拳に拳を合わせた。

 

「では、また」

 

「おう。またな」

 

 軽くコツンと拳を打ちあわせたあと、リヒトは踵を返してエアマンタに乗り込んだ。すると、一部始終を見ていたスサノオが問うてきた。

 

「話は済んだか?」

 

「おう。待たせてわるかったな。ボス、出してくれ!」

 

「ああ。行くぞッ! 目指すはアジトだ!!」

 

 ナジェンダは言うと同時にエアマンタの背中を軽く叩いた。そしてエアマンタがゆっくりと浮上を始め、四人はそのままアジトへと急行する。

 

 

 

 

 

 

 

 飛び上がり、アジトへと向かった四人を見送ったシェーレは右腕を押さえながら呟く。

 

「皆、待っていてください。私もいつか戻りますから」

 

 そういう彼女の瞳には不屈の炎が灯っていた。




はい、お待たせいたしました。

今回も話が進みませんでしたね……
しかし、次でいよいよアジトでスタイリッシュ戦です。
リヒトはどんな風に戦うのかw
またはチェルシーと同じく傍観ですかね……

そしてなんだかリヒトとチェルシーがいい感じのご様子。これはもしや……ッ!?
スーさんも出しましたけど、起動の感じとかは完全に想像ですので突っ込まないでいただけると幸いです。(勝手な物言いすみません)

徐々に明らかになるヨルムンガンドの奥の手。
真相が明らかになるのはまだまだ先……。
前マスターのことを覚えているのだから、帝具とかの知識もある程度ある……はず。

なかなか出せないイェーガーズサイド……。スタイリッシュ殺せばセリューのアレがあるからアレがアレでアレを出来るはず。

では、感想などありましたらよろしくお願いいたします。


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第十九話

 革命軍の本部を出発して数時間。とっくに日はくれていたが、満月であるためか漆黒の闇というほどの夜ではない。それでも地上を見るにはやや目を凝らさなくてはいけない。

 

 リヒト達四人がいるのはエアマンタの上だ。ただ、リヒト、チェルシー、スサノオの三人はしゃがんでいるのだがナジェンダは腕を組んで仁王立ちしている。

 

「ボスー。もうすぐアジトだからかっこつけるのもわかるけどよ。そんな体勢で落ちんなよ?」

 

 そんなナジェンダに対してリヒトが呆れ気味な声を出すと、彼女はやや焦り気味に返す。

 

「べ、別にかっこをつけているわけではないぞ!? ただ、登場の仕方に少しは威厳があった方がいいだろう?」

 

「いや、オレ的にはなんでもいいけどよ。問題なのは落ちんなってことだから」

 

「ふふん、心配はするな。これぐらいどうということどわぁ!?」

 

 かっこよく決めようとしたはいいものの、突然来た突風に危うくすっ飛ばされそうになったナジェンダだが、リヒトとスサノオがそれを受け止める。

 

「だから気をつけとけって言ったじゃねぇのよ」

 

 たしなめるように言うが、ナジェンダは渋い顔をするだけだった。それに小さな溜息をついていると前方数キロの地点から太い光線が闇夜を切り裂いた。

 

 すると、スサノオに支えられたナジェンダが声を漏らす。

 

「アレはパンプキンの砲撃だな。しかし、あれほどの砲撃となるとどうやら占いの帝具は当たったようだ」

 

「さすが帝具。的中率ハンパないねぇ」

 

 チェルシーがキャンディーを頬張りながら言うと、リヒトもそれに頷く。内心ではあまり信用していなかったのだろう。

 

 すると、ナジェンダが再び三人の前に出て上着を義手でつかんでから腕を組んだ。

 

「よし、今度は失敗しないからな! 見ておけよリヒト!」

 

「へいへい……んな意地張らなくたっていいんじゃないかねぇ」

 

 肩を竦めてみるが、ふとリヒトはスサノオがナジェンダの後姿を見て真剣な表情をしているのを目撃した。

 

「どしたスサノオ?」

 

「いや……ナジェンダが今義手でつかんでいる上着なのだが。出来れば普通に着て欲しい! 凄まじく気になってしょうがないんだ!!」

 

「……」

 

 真剣な表情で言うスサノオだが、今はそれを軽くスルーしておくことにした。

 

 そしてマインの砲撃から数分たった後、四人はアジト上空にたどり着いた。

 

 眼下を見ると数十人の人間がおり、それらが囲っている中心にはアカメ達の姿があった。どうやら今のところは全員無事のようだ。向こうもこちらに気が付いたのか、インクルシオを装備したタツミと、パンプキンのスコープを目に付けたマインがこちらを見ていた。

 

 とりあえず皆が無事でいたことにリヒトは内心でほっと胸を撫で下ろしたのだが、そこでタツミを除いた全員がその場に倒れこんだ。

 

「おいおい、どうしたあいつ等」

 

「周りの奴等は平気そうだから……たぶん、毒かもしれないね。それも無色無臭の」

 

 上着のフードを被ったチェルシーが落ち着いた様子で分析すると、ナジェンダがスサノオを見やる。するとスサノオも彼女の意図を理解したのか、上着を脱いでエアマンタから飛び降りた。

 

 高所からの落下をまったく恐れずに飛び降りたスサノオは、そのままアカメ達を囲んでいる敵に突っ込み、そのなかの一人の頭を持っていた長柄の槌で押しつぶした。

 

 彼はそのまま悠然と立ち上がって周囲の適を見回す。敵も上空からの奇襲に皆距離を置いている。

 

「チェルシーが言ったように、もしあの周囲一帯に毒が散布されているのなら私達は降りるべきではない。まずはここから指示を出すぞ」

 

「あいよ」

 

「りょーかい」

 

 二人がそれに返答したことを確認すると、ナジェンダは下にいるスサノオに命令を下した。

 

「目の前の敵を駆逐しろ、スサノオ!!」

 

 その声にスサノオもこちらを見上げながら頷いた。声は聞こえなかったが、口の動きからして「わかった」と答えたのだろう。

 

 彼はもう一度周囲を囲んでいる敵を全て見た後、槌を真横に振るった。同時に槌の隙間から無数の刃が展開される。

 

 その光景に敵が身構えた瞬間スサノオは地面を強く踏み、真っ直ぐに跳びながら槌を前方にかかげる。その速さはアカメより少々劣るものだったが、敵の一人一人は大した実力者ではないものが多かったため、それだけで大部分が切り刻まれて行った。

 

 けれども敵もただぼうっと突っ立っている木偶ばかりではない。スサノオの背後から彼を仕留め様と動いたものもいた。しかし、スサノオは簡単に反応を見せ、一人の顔面を粉砕したのち、次々に襲ってきた敵をなぎ払って行った。

 

「ほぇー、強いだろうとは思ってたが本当にやるなぁスサノオのやつ」

 

「ああ。しかも毒が効かないもんだから敵さんも焦っているだろう」

 

 ナジェンダのクールな笑みにリヒトも同意しつつ、眼下で戦うスサノオを再度見やった。

 

 だがそこでスサノオの周囲に散らばっていた敵の屍骸が光りを放ち、次の瞬間には次々に屍骸が爆発していった。それでもリヒトやチェルシー、ナジェンダは表情を変えることはなかった。

 

「生物型であるアイツにあの程度の爆発が効くはずもねぇ。だが、今ので大体場所は絞れるな」

 

 リヒトは言いながら懐からスコープを取り出してアジトの周囲にある岸壁を見る。

 

 ……毒を散布してるってことは風上で、なおかつ動きが観察できるってこたぁあの辺か。

 

 スコープをそちらに向けてズームアップしてみると、案の定岸壁の上には四人の人物がいた。そのうち三人は妙に耳がでかい者や、鼻がでかい者、目がでかい者で、それらの中心には白衣を来た眼鏡の男性が佇んでいた。

 

「ボス。あっちに指揮官がいるみたいだ」

 

「わかった。スサノオ! 南西の森に敵がいる、残さず潰せ!!」

 

 ナジェンダが言うとスサノオも頷く。そしてナジェンダがエアマンタに命じ、三人は一足先に四人を追う。

 

 四人も気付かれたことに感づいたのか、退避運動を取っていたが、エアマンタが起した強烈な突風によりそれを遮る。

 

 するとリヒトが羽織っていた上着を脱ぎ捨て、チェルシーにスコープを渡してからナジェンダに告げる。

 

「そんじゃ、オレもそろそろ行くわ。ボスは他の奴等のフォロー頼んだぜ!」

 

「ああ。行って来い」

 

 声を聞きながらリヒトはバックステップでエアマンタから飛び降り、空中で体を反転させ、そのまま落下する。しばらく落下したところで実体のないヨルムンガンドを空中に打ち込み落下のスピードを抑え着地した。

 

 そして四人の敵を見やると、白衣の男を守るように目がでかい男と鼻がでかい男が前に出る。

 

「ご安心ください。スタイリッシュ様!」

 

「我々は将棋で言えば金と銀。必ずや貴方をお守りいたします!」

 

 二人は声高々に言ってくるものの、あまり強そうには見えなかった。むしろ先ほどスサノオと戦っていた連中の方が戦闘向きなのではないだろうか。けれどそこでスタイリッシュと呼ばれた男がリヒトのことを観察しながら言ってきた。

 

「金色の瞳、銀髪に鎖……貴方もしかしてリヒトかしら?」

 

「オレのこと知ってんのか? オカマに知り合いはいなかったはずだけどな」

 

「なるほどなるほど、あの子から聞いたとおりの外見ね。初めましてリヒト、アタシはDr.スタイリッシュ。アンタはアタシと面識がなくても、アタシはアンタのことをよぉく知ってるわ」

 

「へぇ、手配書でも出回ってたかい?」

 

「ええ。もちろん手配書も見たケド……アンタもよく知ってる娘から色々教えてもらったのよねぇ。そう、セリューから、ネ」

 

 セリューの名を聞いた瞬間、リヒトの眉が少しだけ動いた。スタイリッシュもそれを見逃さなかったのか言葉巧みに畳み掛けてくる。

 

「セリューは本当に扱いやすい娘だったわ。帝国のことを正義と盲信して、アタシやオーガがやっていたことだって全て正しいと思っていた。自分がただの実験動物とも知らずにね」

 

「……」

 

「自分の体がどんなに改造されたって『正義のために』『悪を倒すタメだから』って……ホント、馬鹿な娘で助かったわ。いえ、アレはもう人間というよりはただの兵器と言った方が妥当かしらねぇ」

 

 まるでリヒトの感情を逆なでするような言葉を浴びせてくるスタイリッシュだが、リヒトはそれに小さく笑みを浮かべて答える。

 

「くっだらねぇ話並べてんじゃねぇよオカマ野郎。今の話を聞いてオレがむやみやたらに殴りかかるとでも思ったか?」

 

 今度はリヒトの方がスタイリッシュを挑発するように言う。

 

「セリューがどうなろうが知ったこっちゃねぇ。アイツがテメェで自分の身体を改造したんならオレが関わることでもねぇだろ。セリューはセリュー、オレはオレだ。他人の倫理観をとやかく言うつもりはねぇよ。

 それに今の関係のほうが実に単純だろうが。アイツは敵、ただそれだけだ。幼馴染だろうがなんだろうが、立ちはだかるヤツには一切合切の容赦をする気はねぇ」

 

 きっぱりと言い切ったリヒトの瞳は酷く冷たい光りを宿しており、スタイリッシュの護衛二人もその冷たさに若干の恐怖を覚えたらしく、半歩退いた。

 

 しかしそこでスタイリッシュは懐からなにやら注射器のようなものを取り出した。

 

「余計な心理戦は無駄だったってわけね。だったらもうハラを括ってェ!!」

 

 言うやいなや彼は注射器を腕に打ち込みながら更に続けた。

 

「切り札その2! 危険種イッパツッ!! これしかないようねッ!!」

 

 言い切ると同時に注射器に入っていた液体を全て入れ終わった彼の身体に変化が起こった。体が膨らみ始めたのだ。しかし、どんなに膨らんでもスタイリッシュの体がはじけることはなく、むしろ体が巨大化して行っている。

 

「きたきたきたァ!! これぞ究極のスタイリッシュ!!」

 

 声高らかに言う彼だが、リヒトは危険を察知し後方にヨルムンガンドを打ち込んで退避する。退避しきったところで背後から声をかけられた。

 

「大丈夫か、リヒト」

 

「ああ。怪我はなしだが……わりぃ、もっと早く片付けとくべきだった」

 

「気にするな。所詮は的がでかくなっただけのことだ」

 

 謝罪にたいしスサノオが答えた。そしてリヒトがもう一度スタイリッシュに目を向けると、そこにはスタイリッシュや彼の護衛の影はなく、巨大な人型の怪物が現れていた。いや、スタイリッシュの姿はあった。彼は怪物の額の辺りに下半身を埋没させた状態で居たのだ。

 

「でっか……。さすがにコイツ自体を相手にする気にはならねぇな」

 

 そんな風に声を漏らしていると、巨大な腕が迫り、こちらをつかもうとしてきた。

 

「あんた達もアタシの栄養源になりなさあああいッ!!」

 

「いやなこった」

 

 大きすぎるためか動きが鈍重で、リヒトやスサノオが避けるのは簡単であった。そのまましばらく攻撃を避け続けていると、スサノオが問うてきた。

 

「どうする。あの巨体、まともに相手取るにはちと面倒だぞ。それになかなか硬い」

 

「ああ。それはわかってる。でも、狙うとこは大体予想がついた。だからスサノオ、ちょいと時間を稼いでくれ」

 

「承知した」

 

 スサノオが頷き、スタイリッシュに一撃を見舞ったところでリヒトはスタイリッシュの視界から外れ、ヨルムンガンドで空中に躍り出る。

 

 うまい具合にスサノオがスタイリッシュをひきつけ、尚且つ挑発してくれているので、スタイリッシュは頭に血が上ったのかスサノオしか見えていない様子だ。

 

 ……さすがスサノオ、ナイスサポートだぜ。

 

 内心で彼に感謝しながらリヒトはスタイリッシュの背後の空中を上がっていく。実体のある鎖と違い、精神体の方の鎖は音が鳴く彼の耳に音が入ることもない。

 

 だからこそリヒトはあっという間にスタイリッシュを超えた空に上がることに成功し、彼を見下す形となった。

 

「チィ! ちょこまかちょこまか面倒くさいわね生物帝具!!」

 

 逃げては攻撃し、逃げては攻撃しを繰り返すスサノオにスタイリッシュが苛立ちの声を上げる。

 

「だったらこれで終わりにしてやるよ。スタイリッシュ」

 

「え?」

 

 背後からかけた声にスタイリッシュはこちらを振り向いた。同時にリヒトはヨルムンガンドを使って急降下。しかし、スタイリッシュもそれを阻もうと巨大な腕を振るってくるが、それはエアマンタに乗った状態のマインの狙撃により防がれた。

 

「まだもう一本あるわ!!」

 

 焦った様子で言うスタイリッシュだが、その腕さえもスサノオに弾かれ、リヒトと自分を遮断するものは何もなかった。

 

 しかしそれでも彼はあきらめていないのか、「まだまだよ!」と告げたあと、彼の背後から注射針のようなものがついた管が何本も射出されリヒトを襲う。

 

「……無駄だ、バァカ」

 

 ニィッと残虐な笑みを浮かべたリヒトは瞬時にヨルムンガンドを伸ばし、スタイリッシュのちょうど隣の空間に打ち込み、一気に加速し注射針による攻撃を避けきってみせる。

 

「終いだ、Dr.スタイリッシュ!!」

 

 終幕を告げながら接近するリヒトは片手剣を抜き放ってスタイリッシュの首を刎ねる体勢をとる。

 

 そして次の瞬間、勝負はあっという間に決した。

 

 リヒトの片手剣がスタイリッシュの首を刎ね飛ばしたのだ。しかし、スタイリッシュは首だけになっても声を漏らした。

 

「まだ……いろいろ実験……やって……」

 

 しかし、そこで彼の言葉は完全になくなり、巨体は後ろに倒れこんだ。

 

 大地を揺るがしながら倒れた巨大を背に、リヒトは刎ね飛ばしたスタイリッシュの頭を持って、放り投げながら一言。

 

「地獄で苦しめ。クズヤロー」

 

 リヒトの声は、身が凍りつくのではないかというほど冷たいものだった。

 

 その後、タツミに背負われたアカメとラバックを持ったレオーネも合流し、ナイトレイドは新メンバーを含めて全員集合を遂げた。

 

 

 

 

 そして明け方、ナイトレイド一行は次のアジトが見つかるまで、帝都から南東へ800km離れたマーグ高地へ潜伏することとなった。




はい、お待たせいたしました。

今回はスタイリッシュを殺りました。
本当はアカメをリヒトがぶん投げる形でも良かったんですが、原作と差異を出すためにリヒトが殺ることに決めました。後悔はしていません。
それにリヒトに見せ場作らないといけませんからねぇ。

途中スタイリッシュがなにやらセリューのことを色々言ってますが、あれは私の妄想と言うか、彼は自分の作品を駒としか見ていない様子だったので、セリューのこともあんな感じだろうって感じで書きました。

では、次回はマーグ高地でのチェルシー達の紹介とイェーガーズの話もしましょうかね。

感想などありましたらよろしくお願いいたします。


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第二十話

 帝都より南東へ離れること八〇〇km。垂直に切り立ったテーブルマウンテンが数十種点在し、独自の生態系を気付いている秘境、マーグ高地。

 

 ここに潜む危険種のレベルは帝都近郊よりも圧倒的に高く、常人は決して寄り付かない。しかし、だからこそナイトレイド一行の潜伏には最適なのだ。

 

「ここなら帝国側に見つかることはないからな。新しいアジトが出来るまで、それぞれのレベルアップとこれからの方針を決める。いいな?」

 

 全員がエアマンタから降りたところで、大きなバックパックを担いだナジェンダが皆に告げた。

 

 すると彼等の背後でジッとしていたエアマンタがフワッと浮き上がり、そのまま飛び去っていってしまった。

 

「あれ? 行っちゃったけどいいの?」

 

 マインが言うが、チェルシーとリヒトが補足を入れた。

 

「巣がある本部へ戻ったんだよ。荷物運搬もかねてるしね」

 

「それにアイツは革命軍の大事な機動力だからな。オレたちが独占するわけにもいかねぇんだよ」

 

「マインってそんなこともしらないんだね。アハハ!」

 

 リヒトの言葉に続いてチェルシーが小馬鹿にしたような言葉をマインに投げかけた。マインはこちらに顔を向けてはいないが、恐らくカチンときていることだろう。

 

 するとタツミが思い至ったように言葉を漏らす。

 

「でもさ、アイツがいれば宮殿へ一直線に突っ込めるんじゃないのか?」

 

「それは無理だ。宮殿の上空には帝具で飼いならした危険種がガチガチに守りを固めている」

 

「あぁ、なるほどな」

 

「帝都のほとぼりが冷めて、アジトが見つかれば迎えに来てくれる手筈になっているから帰りは安心して良いぞ。さて、一通り説明も済んだことだし。新メンバーの紹介といこうか」

 

 ナジェンダが告げ新メンバーであるチェルシーとスサノオの自己紹介が始まったが、チェルシーは早々にアカメをアメで餌付けし、スサノオは自身の持つ家事スキルをフルに活用してあっという間に食事と洗濯、さらには簡易的な家まで建ててしまった。

 

「よし。これでここでの拠点は完成したな」

 

「って、全然戦闘と関係ないでしょーが!」

 

「いやいや、これはかなり便利だぞ! それにスサノオの奥の手はちゃんとあるから心配するな」

 

 マインの突っ込みをサラリを受け流したナジェンダに対し、スサノオも静かに頷いた。

 

 それを呆れ気味に眺めていたリヒトだが、ふと思い出したように手を挙げた。

 

「なぁボス。オレって危険種に絡まれやすい体質なんだけどさ。こんなところで修行してたらめっちゃ寄って来ると思うんだけど」

 

 その言葉に全員が「あー……」と言う反応を見せ、ナジェンダも顎に手を当ててしばらく考え込んだ。そして答えが出たのか、彼女はリヒトに真剣な面持ちで向き直った。

 

「リヒト……その辺はがんばれ」

 

「うわーお。すんごい投げやりー」

 

 真剣な面持ちで言うにはあまり気持ちがこもっていなかったナジェンダに対し、リヒトは微妙な表情をしていた。

 

「まぁ何とかなるだろう。それに前向きに考えてみろ。危険種に絡まれるということはそれだけお前のレベルもアップするということだ」

 

「あと私達の食事が増える!」

 

「ボスの言い分はまだ納得できるが……アカメ、お前は少し食い意地を抑えようぜ。さっきチェルシーにアメもらったし、それに今は早速スサノオの作った料理にがっついてんじゃねぇか!」

 

「心配するなリヒトの料理も美味いからまだまだ入る。安心して危険種を狩って来るといい!」

 

 グッと親指を立て、口元に食べかすやらソースをつけたままで言う彼女だが、リヒトは顔を覆うように手を当てる。

 

「ダメだコイツ、全然人の話し聞かねー……」

 

 呟いてみるものの結局アカメにリヒトの声は届かなかった。しかし、その代わりと言う様にチェルシーやタツミ、ラバックが慰めるようにポンポンと軽く肩を叩いて来た。

 

 しかし、何故かそれが逆に悲しくなるリヒトであった。

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって帝都の宮殿の一角。そこでイェーガーズのメンバー、セリューはエスデスに対して頭を下げていた。

 

「ありがとうございました、隊長。それと見苦しいところを見せてしまいすみませんでした」

 

 彼女がエスデスに対して頭を下げている理由。それはスタイリッシュの殉職を聞いて悲しみを露にしていたところを、エスデスが優しく抱いてくれたことに対してのお礼だった。

 

「気にするな。恩人を失ったのだから悲しむのも無理はない」

 

「いえ、隊長に慰めてもらっていろいろ吹っ切れました。ドクターのことは残念ですけど、いつまでも悲しんでいても始まりません。今の私にできることはオーガ隊長とドクター、二人の仇であるナイトレイドを殲滅することです」

 

「そうか。それだけわかっていれば十分だ。その精神を持ち続けていれば必ず叶うだろうさ」

 

 エスデスは帽子を目深に被った後、踵を返して私室に戻っていった。そんな彼女の背中に敬礼したセリューは手を降ろして義手を強く握る。

 

 ギチッという軋む音がするほど握られた拳を見ながら彼女は怨敵の名を口にする。

 

「絶対に殲滅してやるぞ、ナイトレイド。そしてリヒト……貴様もだ」

 

 憤怒と憎悪に満ち満ちたセリューの瞳の奥には黒き炎が揺らめいていた。

 

 

 ちょうどその頃、イェーガーズの談話室では若干藍色がかった黒髪の少年が長机に突っ伏していた。彼の斜め前には小袋に入ったお菓子を貪っている肩にかかる程度の黒髪の少女が見える。小袋には『クロメのおかし』と書いてあったのでそれが彼女の名だろう。

 

「いつまでいじけてるのウェイブ」

 

 クロメがお菓子を咀嚼しながら問うと、机に突っ伏していたウェイブと呼ばれた少年は大きなため息をついた。

 

「別にいじけてはないけどよ。ただ、俺こっちに来てからあんまり戦果出せてねぇなって思ったんだよ」

 

「そうだね。隊長に見張っとけって言われたタツミには逃げられるし、ドクターを亡くしたセリューを励まそうとしたら隊長に先を越されるし、宮殿の中で迷っていろんなものを漏らしそうになるし……散々だね」

 

「ちょっと待て。前二つは認めるが最後のは俺じゃねぇ! 流石の俺でもそんなみっともない事にはならねぇよ!」

 

「でも迷いかけたのは事実だよね?」

 

「ぐぬっ」

 

 クロメの冷静なツッコミにウェイブは若干くぐもった声を上げた。すると談話室の扉が開き、なんとも不気味な仮面を着けた胸の傷のある筋肉隆々な大男と、金髪を肩にかかるか否かまで伸ばした美青年が現れた。

 

「やや!? どうしたんだいウェイブ君。そんな風に突っ伏してしまってどこかからだの具合でも悪いのかい?」

 

 大男はその怖そうな外見とは裏腹にウェイブを心配していた。

 

「気にしないで良いよボルスさん。自分の不甲斐無さに打ちひしがれてるだけだから」

 

「不甲斐無いって、私はそんなことはないと思うよウェイブ君。君はとても優しいし、それに任務には失敗だって付き物だよ。そんなに心配することもないんじゃないかな」

 

 ボルスはウェイブの肩をポンポンをたたいて慰めた。ウェイブもその励ましで元気を取り戻したのかボルスの手をガシッと握っていた。

 

 それを眺めていたもう一方の入室者である金髪の青年がクロメに声をかける。

 

「そういえばクロメ、先ほどセリューのところにウェイブと一緒に行っていたようですが、何かありましたか?」

 

「アレはウェイブがセリューを元気付けたいって言ったから付いて行ったんだけど、結局隊長に先越されたんだよ。そういえばラン達の方も調べ物は良いの?」

 

 クロメの問いにランという青年は微笑を浮かべながら答える。

 

「ええ、ドクターの研究所の報告も隊長に伝えましたし、今日の仕事は終わらせました」

 

「そう。でもさ、ドクターがナイトレイドに先攻してやられたとしたら、当分ナイトレイドは帝都に出てこないかもね」

 

「そうですね。彼等も殺し屋といえど退き際を見極めることぐらいは出来るでしょう。ですがそれがどうかしたんですか?」

 

「うーん、お姉ちゃんとを殺してあげられる日が遠くなっちゃうなぁって思ってさ。まぁそのうち会えるだろうから良いけど」

 

 口角をクッと上げたクロメの笑みはとても嬉しそうなものだったが、酷く歪でもあった。

 

 ランはそんな彼女を見やりながら一人思う。

 

 ……クロメの姉、ナイトレイドのアカメ。かつては帝国の暗殺部隊に所属していたということですが、後に帝国を離反。帝具は確か一斬必殺・村雨でしたか。

 

「……まぁ彼女もこの国が間違っていることに気が付いたのでしょうが、そのやり方では何も解決は出来そうにもありませんね……」 

 

「うん? ランなんか言った?」

 

「あぁいえ何も」

 

 こちらを不思議そうに見上げてくるクロメだが、ランはそれにいつもの笑みを見せながら答えた。

 

 クロメもそれ以上を聞いてくることはなく、退屈そうに中庭を眺め始めた。

 

 

 

 

 

 

 夕食を終えたナイトレイドの面々は、皆それぞれ明日からの鍛錬に備えるため、早めの就寝した。

 

 しかし、スサノオが建設した家の屋根の上ではリヒトとタツミが星を見上げていた。

 

「話ってなんだよリヒト」

 

「んー、いや大した話じゃねぇんだけどさ。この前の戦いでブラートが逝っちまったわけだ。あぁ変な風に勘繰るなよ? 別にお前のことを責めようってわけじゃないからな?」

 

「それはわかってるよ。それで?」

 

「そんで、まぁあれだ。オレ、アイツに頼まれ事されてたんだよ。お前のことを頼むってな」

 

「俺のことを?」

 

 怪訝そうに聞き返してきたのでリヒトはそれに黙って頷くと星空を見上げながら続けた。

 

「『俺に何かあったら俺の変わりにタツミを鍛えてやってくれ』って言われてたんだ。だからこれからはオレが暇な時には鍛錬するぞ。ブラートほどではないにしろ一応お前のレベルを上げてやることぐらいは可能だろうからな」

 

「……そっか、うん。じゃあこれから頼むよ、リヒト」

 

「おう。まぁどっちかっつーとオレよりもスサノオの方が良いかもしれない時はあるかもな。インクルシオの副武装であるノインテーターも槍だから、その辺の扱いはアイツに聞いたほうがいい。オレがやってやれるのはほんのちょっとのことかもしれないな」

 

 自嘲気味な笑みを浮かべたリヒトだが、タツミはそれに被りを振ってきた。

 

「いや、今の俺じゃあリヒトには勝てないと思うから、鍛えてくれるのはありがたいよ。それに俺ももっと力をつけたいしな」

 

「そういってもらえると鍛える側も嬉しいねェ。とまぁ、話はこんなもんだ。わざわざ呼び出してわるかったな、戻って寝ていいぜ」

 

「ああ。それじゃ、おやすみ……っとそうだ。ちょっと聞きたかったことがあるんだけど、いいか?」

 

 屋根から降り掛けたタツミが問うてきたので、リヒトは上体を起しながら首をかしげる。

 

「リヒトから見た兄貴ってどんな人だった?」

 

 彼のそんな素朴な疑問に対し、口元に手を当てたあと考え込むと僅かに笑みを見せながら答えた。

 

「……親友、飲み仲間、相談役、鍛錬相手……こんな感じが多かったけど、結局のところはお前と同じだよ。ブラートはオレにとっても兄貴だった。って、小恥ずかしいこといわせんじゃねぇよ」

 

 タツミの問いに答えたリヒトだが、その顔はどこか恥ずかしげだった。すると、それを見たタツミはニッと笑みを浮かべた後「うん」と頷いた。

 

「やっぱ兄貴は兄貴なんだよな。ありがとう、リヒト。そんじゃおやすみ!」

 

 それだけ言い残してタツミは屋内に戻っていったが、彼が残した言葉にリヒトは僅かながら首をかしげる。

 

「なんで「ありがとう」だ? オレ、なんかお礼されるようなこと言ったっけか?」

 

 若干の疑問を残しながらも、リヒトは適当に外で過ごした後眠るために部屋へ戻って行った。

 

「あー、ねむねむ。さっさとねようおッ!?」

 

 大あくびをしながら自分の部屋のドアノブに手をかけた瞬間、何者かに思い切り手を引かれ、そのまま別室に引きずり込まれた。

 

 部屋に引き込まれてすぐにその部屋の主が明りをつけた。リヒトは腰を摩りながら立ち上がる。

 

「腰打った……ったく、こんな夜中に何の用だよラバ」

 

 部屋の主、ラバックに対して若干眉間に皺を寄せながら聞くと、彼は真剣な表情と真剣な声を発した。

 

「リヒト、俺は今大問題に直面しているんだ」

 

 そうはいうものの、こちらからすれば「何のこっちゃ」という感じなので、とりあえず首を傾けていくことにした。

 

「このまま行くと、俺のポジションがスーさんに取られちまうッ!!」

 

「フーン」

 

「……」

 

「……」

 

 しばしの沈黙が二人の間に流れる。

 

 だが、すぐにその沈黙はラバックによって破られた。

 

「なんか言えよ!!」

 

「何をだよ」

 

「慰めの言葉とかないのかよ!? 親友の俺のポジが危うくなってんだぞ!!」

 

「しらねぇよ。つーかそもそものところお前のポジってスサノオじゃないだろ」

 

 後頭部を掻きながら言うと、ラバックは一瞬嬉しそうな顔を見せ問うてきた。

 

「そ、そうか!? それじゃあ俺のポジって何かな?」

 

 期待に満ち満ちた表情で聞いてくるので、とてもいい笑顔を浮かべながら告げる。

 

「なんだよ気付いてなかったのか? お前のポジは今も昔も変わらず……お笑いポジだ」

 

「ガッデム!! なにそれ、俺初耳なんだけど!」

 

「あ、そうなの? じゃあ良かったな、これで改めて確認することが出来たな。それじゃあ、色々解決したことだしおやすみー」

 

 棒読み口調で言い切るリヒトだが、すぐに部屋に引き戻された。

 

「待って! ホントに俺のポジってお笑いなの!?」

 

「ああ、そうだ。なんならマインとかレオーネあたりに聞いてみたらどうだ? きっといい答えが返ってくるぜ」

 

 親指をグッと立てて爽やかな笑顔を向けながら言うものの、ラバックはまだ納得がいかない様子だ。だが、彼はすぐに何かに気が付いたのかくぐもった笑い声を漏らした。

 

「フ、フフフ……そうだ。ポジションがなくなるのは俺だけじゃないじゃん。ポジションがなくなるのはお前もだリヒト!」

 

「オレが?」

 

「ああ。スーさんは料理だけじゃなくて掃除、洗濯、何でもござれだ! だからこそ普段炊事担当のお前のポジはスーさんに取られるってわけさ!!」

 

 ビシッと音がしそうなほど人差し指を突きつけられた。同時に目の前のラバックはかなりのドヤ顔を見せている。

 

「まぁ確かにそうかもな。でもオレは別に好きで炊事担当になったわけじゃないから、特に深い思い入れもないし、何でもいい」

 

「ファッ!?」

 

「そもそものところオレが炊事担当になったのは、ナイトレイドの中で一番まともに料理が作れたからだしな。それが今、トップがスサノオに変わったってだけでオレも炊事はするから、結局のところオレのポジションは変わってないだろ」

 

「なん……だと……!?」

 

 まさに愕然と言った表情をするラバック。しかしリヒトはそんな彼に対して踵を返した。

 

「そんじゃこの話はこれでおしまいな。明日もはえーからさっさと寝ろよー」

 

「え? ちょ、まっ!?」

 

 最後の最後まで追いすがってきたものの、彼が追いつく前にドアを完全に閉め切った。すると、スピードを殺せなかったラバックがドアに激突した音が聞こえた。

 

 しばらく待ってもドアが開く気配はなかったので、恐らくあきらめたか鼻血をたらしてのびているのだろう。

 

「ふぁ……あぁ疲れた。さっさと寝よ。つーかこんなことになるなら屋根で寝てれば良かったか」

 

 適当な愚痴を零しながらリヒトは自身の部屋に戻りそのまま就寝した。




はい、お待たせしました。
今回は皆がマーグ高地に行ったところと、やっと出せたイェーガーズの面々のお話です。

いやぁ……セリューがどんどんリヒトに対する怒りを強くしていくw
まぁそのほうがキョロクでの戦闘が面白くなりそうなのでいいですがw

途中ウェイブが宮殿で彷徨って漏らしそうになったって話は私の勝手な妄想です。
なんかウェイブってしっかりしてそうで天然な面もありそうなので……ささやかな笑い担当として出しました。ウェイブファンの方々申し訳ない。

最後の方はタツミとリヒトの対談でしたが、この辺りはイイハナシダナー程度で終わったでしょうかね?
まぁラバックは……お笑い担当ですし……w

次回はリヒトの修行風景とチェルシーかアカメと何かさせますかね。
出来れば人型危険種のところをやって、あの人を活躍させたい感じです。

では感想などありましたらよろしくお願いいたします。


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第二十一話

「クソがあああ! 毎日毎日追って来やがって!!」

 

 マーグ高地の一角をリヒトは愚痴を漏らしながら全力疾走していた。それもそのはず、彼の背後には大小様々な危険種が彼を捕食しようと追ってきているのだ。

 

 ……そんなにいるんなら共食いでもしてろってぇの。

 

 内心で思いながらリヒトは前方を確認し、ヨルムンガンドを空中に打ち込み瞬時に縮めて急加速。そのまま森から脱するために飛び出したのはいいが、そこはにはもう地面がなかった。

 

 ようは空中に飛び出してしまったのだ。けれどリヒトはまったく焦らず、ニッと笑みを浮かべる。実体のないヨルムンガンドは空間をつかむことが出来る。だから空中に躍り出たとしても落下することはない。

 

 背後を見てみるとリヒトを追っていた危険種達はスピードを殺すことが出来ず、殆どは崖から転げ落ちている。何体かは生き残っているものの、こちらが空中にいることで追えないと判断したのか森の奥に消えていった。

 

「やれやれ、こう毎度のこと追われるとストレスが――」

 

 そこまで言った所だった、リヒトの頭上を大きな影が通過して行った。しかも一体や二体ではない。

 

 嫌な予感がしたのか影が通り過ぎていった方角を見やるとそこには大きな翼を持った鳥類型の二級危険種、マーグコンドルがいた。

 

「あのさぁ……」

 

 開いているほうの手で顔を覆うリヒトだが、マーグコンドルは容赦なくこちらに襲い掛かってきた。あの鋭い爪やくちばしをもろに受ければ間違いなく死ぬだろう。しかしこんなところで殺されるわけにも行かない。

 

 リヒトは一度ヨルムンガンドを消してそのまま真下に落下する。マーグコンドルもそれを追って急降下してくるが、そこでヨルムンガンドを空中に打ち出し、スピードを保ったまま振り子時計の要領で上空に舞い上がったリヒト。

 

 獲物が急に上に消えたことでマーグコンドルは一瞬反応が遅れているようだが、野生の勘と言うのもあるのかすぐにこちらを捉えて威嚇するように鳴いた。

 

「ハッ、さすがマーグ高地に生息してるだけはあるか……でもこっちも負けらんないんでなっと!!」

 

 空中で実体のあるヨルムンガンドに短剣を咥えさせ、そのまま撃ち放つとヨルムンガンドは最初に突っ込んできたマーグコンドルを刺し貫く。鮮血を撒き散らしてマーグコンドルは絶命したが、その仲間達は怯むこともせずにその強靭な爪を光らせた。

 

 それに対しリヒトは回収したヨルムンガンドを再び放ち、一匹の身体に巻きつけた。

 

 突然拘束されたことでマーグコンドルは困惑したようだが、すぐにその頭を龍のオブジェが貫き、動かなくなる。それを確認しリヒトは今いる空域から脱っした。

 

「そんじゃまぁ死体になっても役立ってもらうぜ!!」

 

 言うと同時にヨルムンガンドを振るい、その先端に拘束されたマーグコンドルの死体を槌のように利用してその他のコンドル達を撃墜する。

 

 何度かそれを繰り返していると、十数匹いたマーグコンドルを全て撃墜できたようだ。そしてヨルムンガンドを崖の上の木に打ち込み、太い枝に座り込んで幹に背を預けた。

 

「あー疲れた……空中戦とかマジ勘弁――」

 

 しかしそこまで言った所でまたしても嫌な予感と、殺気を感じたので上を見てみると、そこにはマーグパンサーが低い呻り声を上げていた。どうやらあちらも休憩中だったようだ。

 

「ど、どーも」

 

 なんとなく言ってみるが人間の言葉が彼等に通じるわけもなく、マーグパンサーは恐ろしい声を上げて飛び掛ってきた。

 

 瞬時にそれに反応して枝から飛び降りるものの、リヒトはガリガリと頭を掻いて嘆息する。

 

「あーくっそ!! なんでこうなるかねぇ!?」

 

 悪態をつきながらもヨルムンガンドを展開し、片手剣を抜き放ったリヒトはマーグパンサーに向き直った。

 

 

 

 

 

 

 昼過ぎ。リヒトは疲れきった表情で臨時アジトに戻ってきた。

 

 マーグパンサーに絡まれた後、次々と別の危険種が襲い掛かって来たおかげで休むなんてことは出来なかった。一応食べられそうな危険種も持ち帰ってきたものの、恐らくそれも疲れの原因といえるだろう。

 

「やっぱりオレ革命軍本部にいた方がよかったかも」

 

 ずるずると狩った危険種を引き摺りながら溜息交じりにそんなことを漏らすと、アジトの扉が開き、ナジェンダが姿を現した。

 

「おーボスー。いやー参ったぜ危険種に絡まれちまってさ」

 

 声をかけてみるものの、ナジェンダは答えずに静かにこちらにやってきた。しかしなぜだろう。凄まじいまでの殺気と嫌な予感を感じる。

 

 そしてリヒトはナジェンダの後ろ、アジトの扉の近くで大きなたんこぶを作っているレオーネとタツミを目撃した。さらにそのすぐそばにはスサノオと悪戯っぽい笑みを浮かべているチェルシーがいる。

 

 瞬間、リヒトの中であることが直結する。

 

「これはもしかしてばれたっぽい?」

 

 呟きを漏らしヨルムンガンドを回収するとすぐにナジェンダの怒号がとんで来た。

 

「リヒト! お前スサノオの前のマスターが男だって知っていたな!?」

 

「あーやっぱりバレたか……」

 

 案の定だった。どうやらスサノオがしゃべってしまったらしい、しかもリヒトに口止めされていたことも含めて全て。

 

「いや、アレだぜボス。別に面白そうだとか、後でボスの聞いてないとこで酒の肴に使用なんてこれっぽっちも、あ」

 

 しまったという表情をリヒトは浮かべた。どうやら疲れていたせいでいろんなことを口走ってしまったようだ。しかもそれを聞いたナジェンダはよりいっそうワナワナと拳を握り締めた。

 

「お前そこでじっとしてろ! お仕置きだ!!」

 

「それだけはご勘弁!」

 

 言うが早いかリヒトは駆け出すが、ナジェンダも追ってきた。

 

「待てリヒトー!! 二、三発殴らせろ! 義手で!!」

 

「そんな金属の塊で二、三発も殴られたら死んじまうっての! つーか待てといわれて待つやつがいるか!」

 

「上司命令だ待て!」

 

「嫌なこった!」

 

 そうしてこの後二時間にも及ぶリヒトとナジェンダの鬼ごっこのようなものが始まったのである。

 

 しかし、そんな彼等を見てアジトにいたラバックはただ一言「いいなぁ」と漏らしていたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 夕食後、リヒトは何故かマインに呼び出されてアジトの正面で焚火を囲んでいた。リヒトとマインのほかにはタツミとラバックの姿も見える。

 

 するとタツミが焚火をいじりながらマインに問いを投げかけた。

 

「で、話ってなんだよマイン」

 

「夕方のことよ」

 

「あぁ、あれかチェルシーがブラートとシェーレのこと批評したことか」

 

 マインの言葉にリヒトが答えると、彼女は不服そうにコクンと頷いた。

 

 実は夕方こんなことがあったのだ。ナジェンダがチェルシーに対してナイトレイドはどうだ? と聞いたとき、彼女は強いと認めた。しかし問題なのはその次の言葉だった。

 

 彼女は皆に向かってこう告げたのだ。『ブラートとシェーレは人としては良いかも知れないけど、殺し屋としては失格だ』と。この言葉はリヒトは二度目だ。彼女の真意を知っているから特に気にしなかったが、マインはどうやら癪にさわったらしい。まぁ親友のシェーレのことを悪く言われれば怒るのも無理はないが。

 

「チェルシーちゃん割とズケズケものを言うからねぇ」

 

「だからアンタらがチェルシーに対して「お前も隙だらけだぜ!」っとことを教えてやりなさいってことよ。そこで凹んでる所にアタシがギャフンと言わせて勝利宣言! 完璧だわ」

 

 マインはいうもののリヒトはそれに対して鼻で笑ってみせた。

 

「そう言ってやるなマイン。アイツにもアイツなりの考えがあるんだ。そんなにピリピリしてたってしょうがないだろう? もうこっちに来て一ヶ月だいい加減仲良くしてやれよ」

 

「それだけは絶対に無理! アタシとアイツ絶対にソリがあわないもん!」

 

「どっちかが折れてやることだって大事だぜ。いつまでもそんな調子じゃダメだぜマインちゃん、ダッ!?」

 

 おどけた風に言ってみるが、帰ってきたのは小石だった。結構気にさわったらしい。

 

「アンタがなんと言おうと作戦は決行するの! いいわね、ちゃんと考えなさいよ」

 

 それだけ言い残したマインはアジトの中に戻っていってしまったが、その後姿を見送った三人は大きなため息をついた。

 

「まだまだガキだねぇマインは」

 

「しかも相変わらず強引にも程があるよね」

 

 呆れた様子で言うラバックとリヒトに対し、タツミは難しい表情をしている。

 

「どした?」

 

「あぁいや、なぁリヒト。チェルシーのあの言葉を聞いた時、お前は全然動じてなかったけど、前も似たようなことを聞いたりしたのか?」

 

「……こっちに帰ってくる前にアイツと組んでるときにな。同じことを言ってたよ。でもさ、チェルシーは悪気があって言ったわけじゃないんだ。アイツが元いたチームはアイツを残して壊滅しちまったらしくてな。チェルシーはオレ達にそうなってほしくないんだ。だから、ああいう風に厳しい言葉が出ちまったんだろ」

 

 ゆらゆらと揺れる焚火を見つめながら言うと、タツミも理解したのか何度か頷いていた。ラバックもまた真剣だ。

 

「アイツは誰よりも仲間を思ってるこれは確かだ」

 

「そっか、そうだよな。だったらいいや、俺はマインの作戦に参加しない」

 

「マインちゃんにどやされてもしらないよー?」

 

 その後適当に談笑しあった三人は、適当なところで切り上げてアジトの中へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 そのすぐ後、リヒトは風呂に向かっていたが、その途中で風呂上りのチェルシーに出会った。

 

「ようチェルシー。今誰も入ってねぇか?」

 

「んー。多分ねー」

 

「そうかい。あぁそうだ、お前のこと少しだけタツミやラバックに話しちまった」

 

「あ、女の子のプライベートなこと話すなんていけないんだー」

 

 チェルシーは小悪魔っぽい笑みを浮かべて言ってくるが、リヒトはそれに対して肩を竦めた。

 

「別に口止めされてないしいいだろ」

 

「まぁねー。でも次からは私に許可をとってね」

 

「あいあい」

 

 適当に答えてみるものの彼女はまだ言いたいことがあるようで、人差し指を立ててこちらに告げてきた。

 

「今回は罰として今日の深夜お酒タイムに付き合うこと」

 

「またかよ。でも、いいぜ付き合ってやるよ」

 

 リヒトはそれだけ告げて風呂に行こうとするが、その途中で足を止めて振り返る。

 

「チェルシー。結局お前も甘いな、仲間思いで優しい……オレはお前みたいなヤツ大好きだ」

 

「なッ!?」

 

「うん? どした?」

 

 小首を傾げてみるもののチェルシーは首元から顔を真っ赤にして頭をブンブンを振った。

 

「な、ななな何言ってんの!? り、リヒトに好きとか言われても全然嬉しくないし!」

 

「そーかい、わるかったな」

 

 カラカラと笑うリヒトだがチェルシーは少しだけ気にいらなそうにこぶしを握った後、少しだけ強めの口調で言ってきた。

 

「こうなったら今日はどっちかが潰れるまで飲むから覚悟しなさいよ!」

 

「へいへい。そんじゃまた後でな」

 

 嘆息気味に答えたリヒトはそのまま風呂場へと消えて行った。

 

 

 

 

 リヒトが風呂に行き、自室まで戻ってきたチェルシーは自分の頬をさわってみた。

 

「……熱い」

 

 とても熱かった。まぁ原因は間違いなくリヒトだ。

 

『オレはお前みたいなヤツ大好きだ』。あの言葉は普通に仲間として好きという意味なのだろうが、面と向かって笑顔で「好き」とか言われると中々に来るものがある。

 

「あぁもう! リヒトのバカ!!」

 

 怒りなのか悔しさなのか、それともまったく別の感情なのかわからない感情を枕に当てるチェルシーはずっと悶々としていた。

 

 ある意味この現状はマインが言っていたギャフンといわせるということに似ているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナイトレイド一行が帝都から離れてから一ヶ月と少しが経過したある日から、こんな噂が流れ始めた。

 

 帝都近隣の採掘場や密林にて、見たこともない新型の危険種が発見されたという噂だ。また、かなり人間に酷似している形らしい。

 

 このことは帝都や近隣の住民も知ることとなり、それなりの騒ぎにもなっていた。

 

 

 

 そしてある夜、帝都近隣の村――。

 

「最近ここらへんの森や鉱山に新型の危険種が出るようになったそうだ。お前、絶対に一人で出かけるなよ」

 

 猟師のような服装をしている男性は、帳簿のようなものをつけながら彼の妻に告げた。

 

「ええ、わかってるわ。お腹のこの子ためにもね」

 

 笑顔で答える女性のお腹は大きく膨らんでおり、妊婦だということがすぐに理解が出来る。しかし、そんな言葉をあざ笑うかのように家の扉が乱暴に開け放たれた。

 

 そちらを見ると、件の新種の危険種と思しきものが二匹もいた。形は人間のようだが、大きく膨らんだ筋肉や、首がない頭など異形の姿だ。

 

 男性はすぐさま猟銃で応戦しようとするが遅すぎた。妻に対し「逃げろ」と声を発しようとした時にはその頭は危険種に喰いちぎられてしまった。

 

 女性の方も立ち上がったが、二匹いるうちの一匹が彼女を視線で捉えゆっくりと向かって行く。

 

「あ、いや来ないで」

 

 地面を這うように後ずさるがすぐに家の壁に阻まれてしまう、そしてついに危険種の手が女性に触れようとした。

 

 瞬間的に女性はお腹の子を守ろうとした。せめてこの子だけはという母親の本能だろう。しかし、危険種にそんな気持ちは通じない。

 

「……だ、だれかたすけて……」

 

 掻き消えるような声を漏らしたときだった。突然先ほど夫の頭を喰いちぎった危険種が苦しげなうめき声を上げた。

 

 見ると危険種の腹から片手用の直剣と思しき刃が突き出していた。剣はそのまま危険種の腹を薙ぎ、次の瞬間には危険種の頭が宙を舞っていた。

 

 危険種が倒れたことにより背後にいた者の姿が鮮明に見えた。

 

 頭まですっぽりと覆う長めの外套。少し長めの片手直剣。そして背中には若干不釣合いな籠が見える。けれど外套の隙間から見える身体はかなり鍛えられているようで、がっしりとした雰囲気だ。

 

「やれやれ、最近はこんな危険種もいるのか……」

 

 声からすると四十代後半と言ったところだろうか。それでもどこか若々しさを感じさせる声だった。

 

 すると女性を襲おうとした危険種は外套の人物に向き直ってうめき声をあげながら猛突進を始める。

 

「まったく血の気の多いヤツだ」

 

 冷静な声と共に男性は剣を構える。そして危険種がその強靭な腕を伸ばして男性を捕らえようとする。だが危険種が捉えたのは男性が着ていた外套の頭の端の部分だけであり、男性の姿は既に危険種の懐にあった。

 

「フッ!!」

 

 気合の声と共に危険種の腹に突き刺された剣はそのまま上に駆け上がり、あっという間に危険種を両断してしまった。

 

 両断された危険種はそのまま力なく床に倒れ付したが、女性はその向こう側にいる男性を見た。

 

 整った顔立ちにオールバックの黒い髪。ややツリ目がちの瞳の色は黄金色。どこか精悍で勇猛な雰囲気を漂わせる男性だ。

 

 男性は剣を鞘におさめてからこちらに向き直り、スッと手を差し出してきた。

 

「大丈夫かい、奥さん。それとすまなかった、旦那さんを助けることが出来なくて」

 

「……いいえ。助けてくださってありがとうございます。おかげでこの子も助かりました……」

 

 お腹を撫でていうと男性はもう一度謝った。表情はとても柔らかで危険種を二匹も狩ったとは思えない。

 

「あの、よろしければお名前を」

 

「あぁそうか……俺はレイルだ。この辺りの危険種は全て狩った、もう来ることもないだろう。一応帝都に報告することを薦める。ではな」

 

 レイルと名乗った男性はそのまま夜の闇へと消えてしまったが、女性は最後まで彼に対して頭を下げていた。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……まったく久々に帝都に来て見ればこんな調子だ。どうなっているんだまったく」

 

 村から抜けたレイルはヤレヤレとため息をつきながら森を進んでいた。

 

「エスデス将軍もなにをやっているのやら。それに、あぁいやアイツはこんなことをする器じゃないか。というか、さっきの偽名はなかったな。クを抜いただけだろうが」

 

 肩を竦めながら記憶を手繰ってみる。そして数年前別れた一人息子のことを思い出す。

 

「リヒトも無事でいてくれればいいがな……っと、早く帰らないとセシルが心配するな」

 

 小さな笑みを浮かべながらレイル……ではなくクレイルは夜の森を駆けて行った。




はい、お待たせしました。

申し訳ありません、一月に入ってから高熱を出しまして中々に書くのが辛かったので放っておいてしまいました。
今回はリヒトの絡まれ具合が如実に現れましたね。

また、最後の方はクレイルが出てきましたが物語りにがっちり絡んでくるかといわれますとそうでもありませんw
次回は本格的な危険種狩りですが、リヒトは誰と組むのか。
そしてもはやヒロインは決まったようなモノではないのでしょうか……。

あと宣伝になりますが、性懲りもなく新しい小説書き始めました。
ホント、一作品ぐらい完結させろよって感じですよね……

名前は「ソードアート・オンライン -宵闇の大剣士-」という作品です。興味がありましたらそちらもどうぞ。

では感想などありましたらよろしくお願いします。


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第二十二話

「新種の危険種?」

 

 マーグ高地にあるナイトレイドの臨時アジトでリヒトはナジェンダの言葉に首をかしげた。

 

 ナジェンダはそれに頷くとタバコに火をつけてから告げた。

 

「そうだ、最近帝都周辺を騒がしているらしくてな。密偵からの情報では帝国も駆除に躍起になっているそうだ」

 

「ふぅん。んで、オレ達はどうする訳?」

 

「知れたことだ。民を危険に晒す危険種を野放しにはできん。だからこちらも打って出る。新しいアジトも出来たことだし、なによりこちらには危険種寄せの達人がいるんだからな」

 

 不適な笑みを浮かべるナジェンダに対し、ソファに足を組んで座っていたリヒトは肩を竦めた。ほかの皆もまたどうにもいえないといった表情をしていたが、リヒトの体質は凄まじかった。

 

 マーグ高地での修行でも連日のように危険種に絡まれ、地上戦はおろか水中戦から空中戦、様々な場面での戦闘を行った。アカメは食料が増えるなどと喜んでいたが、当の本人からすればたまったものではない。

 

「……あぁ、新型危険種の大群に追っかけられるビジョンしか浮かんでこねぇ」

 

「しょうがないだろー、リヒトのそれは体質だもん。アレ? でも何でここにいるときは危険種たちは何もしてこないんだ?」

 

 豊満な胸をリヒトの頭に乗せながらいうレオーネに彼は小さくため息をつく。

 

「たぶんアレじゃね? 危険種もこんだけの使い手が揃ってるところには手を出したくないんだろ。動物の本能ってヤツだな」

 

「あぁ本能か。だったら私も感じたことあるな」

 

「ライオネルはその辺も強化されるってわけだな。あといい加減胸を置くんじゃねぇ」

 

 若干苛立ち気味にレオーネを引っぺがすものの彼女は「いいじゃんかー」などとぶつくさ言いながら絡んできた。最初のうちはあしらっていたリヒトだが、段々と面倒くさくなってきたのか最後の方は彼女の好きにさせていた。

 

「ではこれより新しいアジトへと帰還するぞ。アカメ、タツミとスサノオを呼んできてくれ」

 

「わかった」

 

 ナジェンダに言われアカメはアジト近くの滝で修行中のタツミ達を呼びに行った。

 

 その後帰ってきたタツミとスサノオに事情を説明したのち、ナイトレイド一行は帝都より北東十五km地点にあるという新アジトへと向かった。

 

 しかしリヒトは臨時アジトでレオーネに絡まれて以来、妙な視線を感じていた。一つはラバックの妬みと嫉みの視線だ。まぁこちらは大方想像がつく。でも分からなかったのはチェルシーの視線だ。なにかつまらなそうにリヒトを睨み、目を合わせれば直ぐに逸らされる……何かしただろうか。

 

 

 

 

 

 

 帝都近郊の村にはエスデス達イェーガーズの姿があった。

 

 ここは数日前例の新型危険種によって数人の村人が食い殺された村だ。イェーガーズはそれの事後処理兼危険種の調査でやってきたのだ。

 

 エスデスは頭を吹き飛ばされた危険種と身体を立てに裂かれた危険種を眺めていた。

 

 ……見事な斬り口だ。一切の迷いのない太刀筋と、確実に獲物をしとめる狩り方。これをやったヤツは危険種の殺し方……いや、生物の殺し方に卓越しているな。

 

 斬殺された危険種の死体を見ながらエスデスは小さく息を漏らす。

 

「隊長!」

 

 不意に声をかけられそちらに向き直るとウェイブとクロメがこちらにかけてきた。

 

「なにかわかったか?」

 

「はい。この危険種に殺されそうになった女性に話を聞いたところ、助けたのは村の住人ではないとのことです」

 

「やはりか……」

 

 ウェイブの報告にエスデスは口元に手を当てる。

 

 この村には猟師はいたらしいが、皆銃を使っている。第一、あのような斬り方を猟師や村人が出来るとは思えない。

 

「他には?」

 

 続けて問うと今度はクロメが口を開いた。

 

「その人にもっと詳しいことを聞いたんですけど、助けてくれた人の性別は男で黒い外套を纏っていたようです。名前も名乗って行ったらしく『レイル』と名乗っていたようです。年齢は四十代後半くらいだとも言っていました」

 

「レイルか。ふむ、二人ともご苦労。引き続き調査を行え」

 

 エスデスは二人に命じると再び危険種に向き直った。

 

 ……四十代にしてこの筋肉質な危険種を打ち倒す膂力。そして生物の殺し方に対する知識。只者でないことは確かだ。それにレイルという名前、以前大臣に聞いた『クレイル』という男の名に酷似しすぎている。あの話が本当だとすれば彼がこれをやった可能性もあるな。

 

 そう思ったのだが、エスデスはそこで思考を停止させた。

 

「いや、出来すぎだな。妙に勘繰りすぎか」

 

 嘆息を漏らしながらエスデスは虚空を見上げながら逃げられてしまった想い人の名をつぶやく。

 

「……私に変な勘繰りをさせるのも、全部お前のせいだぞタツミ……」

 

 

 

 

 

 

「ぶぇっくしょい!!」

 

 ナイトレイドの新アジトに到着し、作戦会議室に着いた所でタツミが大きなくしゃみをした。マインは「きったないわねー」と言っていたが、リヒトは持っていたちり紙をタツミに渡す。

 

「風邪でもひいたか?」

 

「いや、わかんない。誰かが噂してんのかな」

 

「エスデスだったりしてな」

 

「ヤメテ!」

 

 タツミはややカタコト気味になりながら答えたがリヒトはカラカラと笑っていた。まったく狙ったとおりの反応をしてくれるヤツである。というかズボンのチャック開いてる。

 

「とりあえずタツミがエスデスにいろんな意味で狙われているのは置いておいてだ。戻って早々悪いが例の件だ」

 

 例の件という言葉に皆が反応し、作戦会議室にピリッとした空気が張り詰める。しかし、リヒトはタツミのズボンのチャックが全開なことを指摘しようか迷っていた。

 

 ……言った方がいいのか。それとも終わるまで待つか。いや、今言うとタツミの尊厳が色々と傷つきそうだからボスの話が終わってからにしよう。そうしよう。

 

 一人で納得し頷くが、そこでナジェンダに声をかけられた。

 

「聞いてるのかリヒト」

 

「え、あぁもちろんだぜ。新型危険種早く殲滅しねぇといけないって話だろ?」

 

「まぁそれでいい。とりあえず私達が動くのは夜限定だから兵士やイェーガーズと鉢合わせることはないだろう」

 

 ナジェンダの言葉に皆納得しように頷くが、少し離れた柱に寄りかかっていたチェルシーが納得いかなそうな声を上げた。

 

「大きな危険を冒してバケモノ退治ねぇ。それくらい帝都の兵士かイェーガーズに任せておけばいいのに、やっぱりみんなどこか甘いよ」

 

 彼女の言うことも一理ある。確かにいくら新型の危険種が民の脅威と言えど、エスデス直属のイェーガーズならば苦もなく討伐はするだろう。しかし、彼女達だけでは広く展開する危険種を全て討伐するには時間がかかる。その間に民が襲われては元も子もない。

 

「そう言うなよチェルシー。何もイェーガーズに協力するってわけじゃあないんだからよ」

 

「それはそうだけどさ……」

 

 チェルシーは未だに引き下がろうとはしなかったが、黙っていたタツミがそこで口を開いた。

 

「俺もチェルシーが言いたいことはわかる。けど、その危険種達は今もどこかで人々を苦しめてるかもしれない。

 甘っちょろい考えかもしれないけど、俺達は殺し屋だけど民の味方のつもりだ。殲滅を早めて一人でも多く助けたい!」

 

 覚悟のある瞳でチェルシーに告げたタツミにチェルシーも肩を竦めながらも納得したようだ。しかし、リヒトの視線はタツミのズボンのチャックに注がれていた。

 

 ……かっこいいこと言ってるけど、チャック全開だな。早く言ってやらないと。

 

 と、思ったまではいいものの、そこでスサノオがある意味予想通りというか、気付いたら言うだろうなぁっと思っていた言葉を吐いた。

 

「タツミ、ズボンのチャックが全開だ。気になるから閉めてくれ」

 

「あっ!?」

 

 スサノオに言われ、やっと気が付いたタツミは静かにチャックを上げた。静かな作戦会議室に空しくチャックを上げる音が響いた。

 

「せっかく決めたのにカッコ悪ー!」

 

「ねぇねぇ今どんな気持ち? どんな気持ち?」

 

 腹を抱えて笑ったのはレオーネであり、タツミの周りでコソコソ動きながらあおっているのはラバックだ。それを見つつリヒトは申し訳ない顔をしていた。もう少し早く知らせてやるべきだったと思っているのだ。

 

 タツミは二人に煽られて半泣き状態だが、ふとそこで静かにしていたアカメがタツミに謝罪した。

 

「すまないタツミ。気付いていたのだがファッションかと思った」

 

「俺はそんな解放的で自由な人間じゃないから!」

 

 アカメに反論するタツミは恥ずかしげに顔を染めていたが、そこでリヒトも追い討ちをかけるようにタツミに告げる。

 

「わるいタツミ、オレも会議室に着いた当初から気が付いてたんだけどさ」

 

「じゃあそのときに言ってくれよ!」

 

「いやぁほら、ボスが真面目な話始めちゃったじゃん? だから言うに言えなくなっちまったんだよなぁ。ホラ、空気的にそんな雰囲気じゃなかったジャン?」

 

「だったら耳打ちするとかやりようあっただろ……」

 

「耳打ちしたって目立っちまうしさぁ。まぁ過ぎたことだ、ごめんタツミ」

 

 苦笑しつつ手を合わせたリヒトにタツミはなんとも言えない表情をしていたが、未だにラバック達が彼に追い討ちをかけていた。

 

「そう悲観するなってタツミ。お前は民を救いたいんだろ? チャック全開で」

 

「はっ倒すぞラバ!」

 

「まぁまぁお前のチャックは民のために開いてるんだろ」

 

 その後いじられまくるタツミを見ながらもう一度心の中で謝罪したリヒトであった。

 

 

 

 

 

 その日の夜中。

 

 帝都近くの森林にはリヒトとアカメの姿があった。例の新型危険種の討伐である。

 

「そういや新型危険種の外見とかしらねぇけど、どんな形なんだろうな」

 

「密偵からの報告だと人間に近い体つきをしているらしい。中には体からチューブのようなものを生やしたものもいるとか」

 

「……なんかスゲぇ危険種っぽくねぇなそれ。なんつーか人為的に作られたみたいだ」

 

「まぁどんなものでさえ民を傷つけるのを黙って見過ごすわけには行かない」

 

 言いながら先行するアカメにリヒトも小さく頷いた。

 

 しかしそこで前方の彼女から唾液を飲み込む音と舌なめずりの音が聞こえた。

 

「言っておくがアカメ、たぶんソイツ食えないからな」

 

「ッ!?」

 

「いやそんなビックリした顔で振り向かれてもよ……。さすがに人型はないって」

 

「……そうか」

 

 シュンっとするアカメだがその様子から本当に食う気だったのだろうか。趣味というか食の好みは人それぞれだがさすがに人型を取った危険種は気が引ける。

 

 すると彼等の前方に数匹の影が現れた。やがて月明かりに照らされ、その影の姿が露になった。

 

 そこには巨大な人間のようなバケモノがいた。筋肉隆々の体に首はなく不恰好な頭が乗っかっており、顔はのっぺりとしたものから溶けてしまったようなもの、その他トカゲの尻尾のようなものまでついているものもいた。

 

 また、身体からはチューブのようなものや金属の拘束具を思わせるものまでついている。ここまで来ればもう間違いはないだろう。

 

「こいつらが新型の危険種か。どうだアカメ、アイツ等食いたいと思うか?」

 

「食えないことはないと思うが、相当不味そうだ」

 

「だよなぁ。じゃあ一気に――」

 

 腰の片手剣に手をかけようとしたところでリヒトは背後にさらに複数匹の危険種の感覚がいるのを感じ取った。視線をそちらに向けると案の定十匹はくだらない危険種が見えた。

 

「ありゃりゃ、やっぱ引き寄せちまったか。ワリィなアカメ」

 

「構わない。奴等は強そうだが私達の敵ではない。前方は任せろ」

 

「おう」

 

 二人は軽く拳を打ち付け合うと互いの得物を抜く。

 

 アカメは愛刀である村雨を。リヒトはヨルムンガンドを二本展開し、それぞれに短剣を咥えさせた。

 

「実体のない方でも短剣を咥えられるようになったのか」

 

「ちぃと疲れるけどな。でもマーグ高地で修行したからこれくらいはいけるさ。行くぞ……」

 

 低い声音でいうと同時に二人はもう互いの顔を見ず、目の前の標的を見据えた。

 

 瞬間、危険種がうなり声を上げながら迫ってきた。それはアカメの方も同じなようで背後からもうなり声と地面が振動する気配がした。

 

 けれど恐怖はない。背中を守るのはあのアカメだ。信じているからこそ命を預けられる。アカメもまた同じであり一呼吸の後に地面が抉れるほど踏み込んで危険種に向かって行った。

 

 リヒトも態勢を低くしながら二本のヨルムンガンドを伸ばす。

 

 不規則な軌道を描きながら突き進む二本の蛇は的確に危険種の心臓を捉え、先にかかってきた二匹の心臓に突き刺さった。しかし、まだ止まらない。実体のある鎖は二十一メートルほどの限界があるが、実体のない方に制限はない。リヒトの精神力が続く限り何処までも伸び続けるのだ。

 

 双蛇は最初に殺した危険種の身体を貫き、その背後にいた危険種達の心臓や頭を刈り取って行く。だが帝具ばかりでは限界があるのも事実。だからこそリヒトは片手剣を抜き放って帝具が殺し損ねた危険種の心臓を抉り、頭を吹き飛ばす。

 

「さぁて、どんどんかかって来い。雑魚共が」

 

 残忍な笑みを危険種に向けながらリヒトは残ったモノを狩りに向かった。

 

 

 

 

 

 数分後、現れた危険種をすべて狩り終えたアカメとリヒトは危険種の死体の前にいた。

 

「見れば見るほど変な危険種だな」

 

「ああ。行動も人間と同じ行動が多かったし、なにより骨格が似すぎている」

 

「そうだな。でもよオレはなんとなくだけどコイツらの正体がつかめてきたぜ」

 

 リヒトの言葉にアカメは首を傾げたが、彼は言葉をつなぐ。

 

「ほら、覚えてねぇか? スタイリッシュと戦った時、アイツ危険種みたいになってたじゃねぇか」

 

「確かにな。しかしそれとこれが関係があるのか?」

 

「お前はあの時まだ来てなかったから分からないのも無理はねぇが、あいつあの時こういったんだよ。『危険種イッパツ!』ってな、他にも『私自身が危険種になることで』うんたらかんたらみたいなこと言ってたから、アイツは危険種の研究もしてたんじゃねぇか?」

 

「なるほど。ということはこいつ等はスタイリッシュが作った危険種ということか……」

 

「断言はできねぇけどな。でも分かるのはアイツは帝国の科学者でそれなりの地位にいたってことだ。だから死刑囚とかを実験材料にすることは簡単だったはずだ」

 

 そこまで言ったところでアカメが気がついたようでハッとした。リヒトもそれに頷きそのまま続ける。

 

「そう、たぶんこいつ等は全部元人間だ。それも死刑囚とか囚人だな。スタイリッシュはそいつ等を集めて危険種にする実験をしていたのか、研究の途中の副産物かはしらないがな」

 

「なんてヤツだ。だがリヒト、疑問が残るぞ。スタイリッシュが死んだというのに、コイツらはどうやって出てきたんだ? これだけ危険な奴等だ、スタイリッシュといえど封印や監禁していたとしてもおかしくはないと思うぞ」

 

「確かにな。だから、どっかのバカが解き放ってコイツらで遊んでるって方が強いかもしれねぇ」

 

 顎に手を当てて考え込むリヒトは真剣な表情をしていた。もし、そんなヤツがいるとすればソイツは相当頭がイカれているか、ただただ闘争を望んでいるかのどちらかだ。

 

 そこでアカメが「だが」と言った。

 

「こいつ等がいる限りは民が安心して眠れない。影にどのようなヤツがいようとも、今はコイツ等を葬るだけだ」

 

「……だな。そんじゃもうちっと見回ってみますかね」

 

「ああ」

 

 二人は立ち上がるともうしばらく見回るため森の中を歩き始めた。

 

 その後朝方まで見回りを続けた二人だが、アジトに戻ったところでラバックから思いもよらないことを告げられた。

 

「タツミが戻ってこない?」

 

「うん、一緒にフェクマで新型危険種がいないか見回りしてたんだけどさ、タツミが頂上を見てくるって言ったきり戻ってこなかったんだ。それでしばらくしたらなんかものすごいスピードで駆け上がってくる気配があったからさ、ヤバイって思って近場の木に隠れたんだよ。それでその気配が消えたあとタツミがいないか確認しに行ったらそこには誰もいなくてバラバラにされた新型危険種の死体だけがころがってたんだよ」

 

「となるとあとから頂上に行ったって言う野郎に連れ去られたか、姿もなくなるぐらいに消されちまったかだな」

 

「後者はないと思う。それだけのヤツならもっと動きがあったっていいはずだし。あるとすれば前者が濃厚だね」

 

 ラバックの推測にリヒトとアカメも頷いた。だが、すぐにやってくるのは連れ去られたとすれば誰に? という疑問だ。

 

「もし連れ去られたのだとすればその後から上ったヤツとか?」

 

「それもあるだろうし、頂上に上った時にもうつれさられそうになっていた……っていうこともあるな。とりあえずは様子見だな。ボスもそう言ってんだろ」

 

「まぁね。でも大丈夫かな」

 

「心配することもないんじゃねぇか? なんやかんやでアイツは運がいい。もしかしたらどっかでヨロシクやってるかもしれねぇしな」

 

 肩を竦めたリヒトは仮眠を取るために自室へと戻った。

 

 

 

 

 

 夕方。

 

 仮眠と軽い食事を済ませたリヒトはナジェンダに呼ばれ、一人作戦会議室へやってきていた。

 

「任務か?」

 

「ああ。疲れているところ悪いが、暗殺任務だ」

 

 低めの声に思わず背筋が伸びそうになるが、リヒトはいつもの態度のまま壁に寄りかかった。

 

「今回の暗殺対象は帝国の軍人だ。調べによるとソイツは上司に対する賄賂を贈っているらしい。まぁここまではよくある話だが、問題はその賄賂の出所だ。賄賂の多くは人身売買、薬物売買、強盗などから得ているらしい」

 

「派手だねぇ。でもそんな風に行動してたら流石に帝国だって気づくんじゃねぇか?」

 

「いや、実際に犯罪に手を染めているのは貧困層の市民であったり、地方から出稼ぎに来たもののうまくいかなかったりした連中だそうだ」

 

「ってことはソイツは市民に犯罪を教唆してるってことか?」

 

 問にナジェンダは静かに頷き話を続ける。

 

「ああ、しかも教唆した人たちがある程度金を稼いだところで口封じのために殺しているらしい」

 

「証拠隠滅か……けっこうな悪党じゃねぇか。で、そいつの名前は?」

 

 肩を竦めつつ聞くが、リヒトは次の彼女の言葉に息をのんでしまった。

 

「その男の名は、リューインだ」

 

 

 

 

 

 とっぷりと日がくれ帝都のメインストリートからも段々と人影がなくなった頃。

 

 リヒトは黒いコートを着てそこから少し離れたリューインの家の前に来ていた。

 

「……二年ぶりか」

 

 そう呟きを漏らしたリヒトは目を閉じて夕方のナジェンダとの話を思い出す。

 

 

『その男の名は、リューインだ」

 

 その名を聞いた瞬間、リヒトは自分の耳を疑った。同時に驚きもあらわにして息も詰まらせてしまった。

 

『どうした、リヒト!』

 

『……そいつはオレが軍にいた時の上司だ』

 

『ッ! そうか……どうする? 無理だと思うのならやめてもいいぞ』

 

『いいや、行くさ。そんなぐらい出来なくって何が殺し屋だよ』

 

 リヒトはそれだけ告げるとナジェンダからその他の情報を聞いて踵を返した。けれど、ナジェンダにまたしても呼び止められた。

 

『リヒト、本当にいいのか?』

 

『この稼業を始めてから顔見知りと戦うことになるのは覚悟していたことだ。迷いはねぇよ』

 

 

 そう告げて出てきたのだから任務はキッチリと遂行する。同時にリヒトの瞳から光が消え、場の空気が一気に低くなったようになる。

 

 一呼吸の後にリューインの自宅のドアに手をかけようとしたが、その瞬間背後から声をかけられた。

 

「おい、そこのお前」

 

 一瞬警備隊かと思ったがリヒトはこの声に聞き覚えがあった。そして彼は振り向くと同時に声をかけてきた人物に苦笑しながら手を挙げた。

 

「オレだよ、リューイン副隊長」

 

「その声……髪は短くなってるがお前リヒトか!?」

 

「ああ、久しぶりだな」

 

 先ほどのような冷徹な瞳ではなく、いつもの表情に戻ったリヒトに対し、リューインもまた笑みを浮かべてきた。

 

「二年ぶりじゃないか。どうしたんだ急に、革命軍の仕事とやらか?」

 

「いや、ちょっとな。久々に昔の話でもしたくなってよ」

 

「そうか。上がってくれ、酒とつまみを出そう」

 

 リューインは特に訝しむような表情はせず、すんなりとリヒトを家に入れた。その自然対応がどこか引っかかったのか、リヒトは彼に問うた。

 

「いいのかよ。帝国の軍人が革命軍の人間を家に入れて」

 

「構わんさ。別に監視されているわけではないし、バレなければ問題じゃあない」

 

 軽く言ってのけるもののそういう問題ではないだろう。だが、彼はリヒトを死亡者扱いにしてくれたユルゲンスの下で働いていたのだそれぐらいの優遇はしてくれるのだろう。

 

 ……オレはアンタを殺しに来てるんだけどな。

 

 内心でよく分からない気分になりながらもリヒトはすすめられた椅子に腰掛ける。

 

 やがてリューインが皿に適当なつまみを乗せ、ワイングラスとワインボトルを持ってきた。グラスにワインが注がれ、それを受け取ったところで小首を傾げつつ問う。

 

「なぁリューイン。聞いた話だと部隊は解散になったみたいだけど、みんな元気にやってるのか?」

 

「革命軍は情報を入れるのが上手いな。まぁ部隊は解散したが、皆元気でやっているんじゃないか? だがお前の方が知っていると思ったな」

 

「なに?」

 

「知らないのか。部隊の多くは革命軍に加入したらしいぞ。トーマやゴウ、リンにレンもな。同じ革命軍でも大分違うのか?」

 

「配属された部署が違うんだろ。さすがに帝国の軍人にベラベラしゃべるわけにはいかねぇけどな」

 

 肩を竦めてリューインに言うと、彼も「確かにな」と短く答える。

 

「ユルゲンス隊長はどうした?」

 

「……」

 

 その質問にだけはリューインが口をつぐんだ。最初はそれに首を傾げたが、すぐに彼はゆっくりと告げてきた。

 

「……隊長は、亡くなられた」

 

「オレの、せいか?」

 

 返ってきた答えに一瞬息が詰まりそうになったものの、リヒトは問う。ユルゲンスが死んだとすればそれはリヒトの死亡扱いを偽造したという点での見せしめが濃厚だろう。でもリューインはそれに被りを振った。

 

「いいや、隊長は病で亡くなられたんだ。お前が革命軍に入ってすぐに隊長は不治の病にかかってな。最終的には寝たきりになってしまったんだ」

 

 ユルゲンスの死亡原因にリヒトは声が出なかったが、心のどこかではホッとしたような気分になってしまった。自分を庇って死んだのではないと思ってしまったからだろう。

 

「そう、か」

 

「ま、まぁ暗い話はここまでにして久々に会ったんだ。もっと話そうじゃないか」

 

 リューインは暗くなった空気を元に戻そうとグラスを持って乾杯をしようと傾けてくる。リヒトはそんな彼を見つつ心が揺らぐのを感じた。本当にこんな彼が人身売買など非人道的なことをするのだろうか。何かの間違いではないだろうか、という気持ちが湧いて来るのだ。

 

 けれどリヒトはそんな甘い考えをすべて排除し、鋭い眼光で彼を見据えると低い声で問うた。

 

「なぁリューイン、今革命軍の方である話があがっててさ。お前、人身売買をしたり、生活が苦しい市民に犯罪を教唆したり、そうやって手に入れた金で上司に賄賂を送ってるらしいじゃねぇか」

 

 その問にリューインはすぐには答えず、しばしの沈黙が流れた。ふと彼は口元に小さな笑みを浮かべると答える。

 

「おいおい、そんな身も蓋もない話を信じたのか? 俺がそんなことをするわけないだろう。俺だって今の帝国の現状には辟易しているんだ」

 

「そう……だよな」

 

 リヒトも笑みを浮かべるものの俯いているためか目元まではわからない。リューインもまた「笑えない話だぞ」と失笑気味だ。しかしそこでリヒトは俯いていた顔を上にして静かに言い放った。

 

「リューイン、アンタやっぱり嘘が下手だよ」

 

「なに?」

 

「気付いてるかどうかしらねぇけどさ。アンタ前から嘘をつくとき顔がヒクつくんだ。目元の辺りが」

 

 言うと同時に彼はハッとして目元を押さえるが、その瞬間リヒトは目の前にあったテーブルを蹴り上げて片手剣を抜き放ち、彼の肩口を斬りつける。

 

「ぐぉッ!」

 

 くぐもった声を上げて倒れこんだリューインに対し、リヒトは刃についた血を振り払う。

 

「いまのは嘘だ。でも、アンタがよからぬことしてるってことはもう分かったな」

 

「か、カマをかけたのか!?」

 

「……本当は最後の望みだったんだけどな。アンタがそんな腐ったことをしているはずがないって言う、最後のな」

 

 悲しげな声を漏らしながらゆっくりとリューインに歩み寄る。そのときリューインが苛立たしげな顔をして懐から銃を取り出して発砲した。しかし銃弾はリヒトに届く前にヨルムンガンドが弾いた。

 

「なっ!?」

 

「聞かせてくれよ、リューイン。アンタ、何でそこまで堕ちた!!」

 

 怒鳴り声をあげるリヒトの目尻には僅かながら涙が浮かんでいた。リューインは銃を下げながらギリッと歯を食いしばった。

 

「仕方なかったんだ……! ユルゲンス隊長を失って隊も解体され、皆革命軍に入った。だが、俺には皆のように軍を抜ける勇気がなくてここに残った。でもたかが兵士の給料なんてたかが知れている!」

 

「だから上司に賄賂を送って地位を上げようとしたってことかよ」

 

「そうしなければ俺の生活だって危うかったんだ! それに市民を利用したっていいじゃないか! 俺は彼等を守るために毎日危険種と戦っていたんだぞ!? これぐらいの見返りを受けたってぐッ!」

 

 そこまで言った所でリヒトが蹴りを叩き込み、彼のつま先がリューインの鳩尾にめり込み、壁際まで吹き飛ばした。

 

「もう一度言ってみろテメェ……民を利用していい? 守ってやったんだから見返りを受けるのは当たり前だ? ふざけんじゃねぇぞバカ野郎!! お前は民を守るために軍人になったのにその民を傷つけ、あまつさえ殺してどうするんだよ!!」

 

「うるさい、黙れ! お前には分からんだろうさ! 途中で己の責務を捨てたお前に俺の気持ちが分かってたまるか!」

 

「分かりたくもねぇよ! 守るはずの民を傷つけてテメェの至福を肥やすクソヤローの気持ちなんて!!」

 

 血が滲むほど片手剣を握り締めるリヒトの言葉にリューインは萎縮し、唇を噛み締めた。だがここまで聞いたリヒトの腹はもう決まっている。

 

「終わりだリューイン……アンタは暗殺対象に入ってる。だからここで殺す。オレの手でな」

 

「ま、まさかお前あのナイトレイドにッ!?」

 

「ああ、そうだ……」

 

 声に答えるとリューインは周りにあったものをでたらめに投げつけてくるが、それらは殆どがヨルムンガンドによって防がれた。そしてリューインは逃げようと背中を向けるが、その瞬間、彼の胸を一本の短剣が貫いた。

 

 リヒトが実体のないヨルムンガンドを伸ばして彼の背中に突き刺したのだ。

 

「こん、な……はずじゃ、なかった……のに。俺は……」

 

 苦しげにうめき、最後まで逃げようとしたリューインは手を伸ばした姿勢のまま力なくその場に倒れこんだ。

 

 彼の背中から短剣を回収し、ヨルムンガンドを消したリヒトは目の前に転がるリューインの死体を見たあと下唇を噛み締めて俯く。

 

「……バカ野郎が……! なにやってんだよ……!」

 

 リヒトの瞳からは涙が零れ落ちた。

 

 

 

 

 

 リューインの暗殺を終えてアジトへ帰還したリヒトは特になにかあった様子もなくいたが、月光に照らされるアジトの廊下でアカメに声をかけられた。

 

「リヒト」

 

「よう、アカメ。どした? いつもならもう寝てる時間だろ」

 

 おちゃらけた風に言ってみるものの、アカメは真剣な眼差しを向けてくる。

 

「リヒト。今日の暗殺対象、昔の仲間だったそうだな」

 

「……昔の話だ。ちゃんと殺してきたさ」

 

「それはもう分かっている。でもリヒト、辛いんじゃないのか?」

 

「そうでもねぇさ。こうなることは覚悟してたことだ。別に気にかけるようなことじゃない」

 

 肩を竦めてアカメの横を通り過ぎようとしたが、腕をつかまれた。

 

「離せよ」

 

「嫌だ。無理をするなリヒト、泣きたい時は泣けばいいんだ。殺し屋だからと言って泣いてはいけないなんてことはない」

 

「ガキじゃあるめぇし。泣きゃしねぇよこんなことで……」

 

 そうは言うもののリヒトの言葉は震えていた。

 

「自分の感情を殺そうとするな。そんなことをいつまでも続けていたらお前の心が死んでしまうぞ」

 

「……やめろよ。そんなことを言うんじゃねぇよ」

 

 アカメの手を振り払い。彼女に向き直った彼の双眸からは涙が止め処なく流れていた。

 

「リヒト……」

 

「覚悟なんかしてたんだよ……! こんなことになるってことは。なのに我慢しようとしても出て来るんだよ!!」

 

「それはお前の心が泣きたいと言っているからじゃないのか?」

 

「心が?」

 

 問い返すとアカメは静かに頷きリヒトの手を握った。

 

「いいかリヒト、我慢はいけない。嬉しい時は笑うのに、悲しい時には泣かないなんてそれはダメだ。自分の気持ちにもっと正直になれ。私だって悲しい時には泣く、これはみんな一緒だ。だからお前は泣いていいんだ」

 

「……ハッ。まさかアカメにそんなことを言われるとはな」

 

「もう二年も組んでいるんだ。お前の様子がおかしいことぐらい簡単に分かる」

 

「そうかい、それじゃアカメに隠し事はできねぇなぁ」

 

 涙を零しながらも苦笑したリヒトだが、そこでとうとう我慢が出来なくなったのか、嗚咽を漏らした。

 

 そこからはもう滝のように涙が出てきた。どれだけ拭っても涙は溢れ出し、口からは静かな嗚咽が漏れていた。廊下の壁に背を預ける形で座り込み、泣き続けるリヒトだったが彼の隣にはアカメが座り込み彼の頭をずっと撫でていた。




はい、今回は予定通り行きましたね。

前回と打って変ってアカメとの行動が多かった今回でしたがいかがでしたでしょうか。
最後のほうとかアカメちゃんマジ天使状態でしたねwww

タツミはエスデスとバカンスだったというのにリヒトと来たら凄まじいほど精神を抉られる仕事をこなしていました。
まぁこう言うこともあるでしょう。セリューも似たようなもんですしおすし。

ではでは次回はタツミを帰還させてやっとこさキョロク入りですかね。
近づいてくるのはチェルシーの生死とセリュー戦、果たしてどうなるのか……

感想などありましたらよろしくお願いします。


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第二十三話

 結果から述べると、タツミは失踪した翌日に自力でアジトまで戻ってきた。

 

 リヒトが暗殺任務をこなし、タツミ自身が失踪した翌日、彼はけろりとした顔で戻ってきたのだ。彼曰く、フェイクマウンテンの山頂に上ったところ、なんとエスデスが空から降ってきたのだという。

 

 大方飛竜の背中にでも乗ってやってきたのだろうが、相変わらず行動が読めない女である。そして山頂で出会った二人を待っていたかのように例の新型危険種が現れたらしいのだが……。

 

 タツミが逃げるまもなくエスデスに瞬殺され、タツミは彼女にロックされてしまったとのことだ。けれど、そんな二人のところにラバックが言っていた麓から一気に駆け上がってきた男がやって来て、男の持つ帝具らしきもので帝都から遙か南東の無人島に転移させられてしまった。

 

 そしてタツミはエスデスと共に新型危険種の巨大版、スタイリッシュのようなものと戦ったり、彼女に迫られたりしていたらしい。まったく人が精神的にダメージを負っていたと言うのにバカンスとはいいご身分である。

 

 しかしただ遊んでいたわけでもなく、タツミはエスデスから彼女の過去と帝具がどのようなものであるかを聞き出すことに成功したのだ。そこは評価に値する。

 

「でもなぁ、よくよく考えれば美女と南の島でイチャコラしてたんだろ? お前的にはどーよ、ラバック先生」

 

 風呂に入っているボスに出すコーヒーを淹れているラバックに聞くと、彼は小さく鼻で笑った。

 

「別にどうとも思わないよ。だって相手敵だし、できればそのまま置いて来ればよかったのにさ……いや、マジで気にしてないからね。ホントマジで」

 

 スプーンでカップに入ったコーヒーを良く混ぜながらいうラバックであるが、よく見ると彼は俯きながら涙を流していた。女好きであるのだから悔しいのだろう。というかさっさとナジェンダに告白すればいいのではないだろうか。

 

「あいつは昔からしぶといからな」

 

 声がしたほうを見るとバスルームからナジェンダが髪を拭きながらやってきた。黒のタンクトップは丈が短いもので見事なくびれが露になっている。こうしてみると顔はイケメンだが、体つきはエスデスに引けを取らないほどセクシーである。

 

「たとえタツミがエスデスを置いてきたとしても、ヤツなら自力で危険種でも手なずけて戻ってくるだろうさ。だったら最初から貸し借りなんて無しにして、敵として出会った時に全力で戦えるようにした方がいい」

 

 彼女の言葉を聞き、リヒトも軍で初めて会った時のエスデスの威圧感を思い出す。確かに彼女なら危険種を手なずけるなど簡単だろう。しかもタツミの話では彼女は北方の狩猟民族の出らしい。危険種を手なずける術を知っていてもおかしくはない。まぁ手なずけるという名の調教をするのだろうが。

 

 リヒトは彼女が危険種を調教している様を思い浮かべてゾッとしてしまった。

 

 ……きっとめっちゃ笑顔でやるんだろうなぁ。

 

 感慨深げに頷いていると、タツミが目の前を吹き飛ばされる形で通過していった。

 

「うん?」

 

 そちらに目をやると顔をパンパンに腫らしたタツミがプルプルと震えていた。一部始終を見ていなかったので疑問を浮かべるリヒトだが、チェルシーが耳打ちしてきた。

 

「タツミは今ボスのことを二十代半ばに見えないって言ったんだよ。意外すぎるってね」

 

「あぁなる……」

 

 さすがに女性の前で年齢を聞くのは失礼だ。それも実年齢を意外すぎるとかいったらぶっ飛ばされるのは当たり前だろう。

 

「食事後に大事なミーティングがある。皆あまり飲みすぎるなよ!」

 

 怒りを孕んだ彼女の言葉にオレ達は素直に頷いた。

 

 

 

 

 

 帝都近郊の森をセリューは相棒である帝具ヘカトンケイルこと、コロと共に歩いていた。見れば彼女の服には少々の血の点が見える。コロの口元にはそれ以上にべっとりを血がついている。

 

 つい先ほど帝都で悪事を働いた三人の盗人をコロに捕食させたばかりだ。恐らくその際に付着したのだろう。まぁそんなことはどうでもいい。所詮は悪だ。

 

「……」

 

 でもセリューには分からないことがあった。

 

 それは少し前に合流したウェイブの言動だ。彼はこう言った。

 

『盗賊を一方的に殺したな?』と。

 

 それには答えなかったが、彼はさらに言葉を続けた。

 

『いくらイェーガーズに特権があるとはいえ、個人ではやって良いことと悪いことがある』と彼は続けたのだ。

 

 セリューにはこの言葉がどうしても分からなかった。悪なのだから殺したほうがいいに決まっている。隊長の指示を仰ぐまでもない。

 

 悪は殺す、そして正義は勝つのだ。なんらおかしいことなんてない。恩人であるオーガやスタイリッシュだって言っていた。『悪いやつはみんな殺すべきだ』と。

 

「そうだよ。悪は殺さないといけないんだ。……パパを殺した悪はこの世から消滅させるんだ」

 

 そう呟いた彼女の瞳には光が灯っておらず、どこか虚ろだった。けれど瞳の奥にはどす黒く光る刃の矛先は、ただひとりの人物に向けられている。

 

「……待っていろリヒト、お前を私は認めない。絶対正義の名の下に貴様を断罪してやる……!」

 

 義手がギチリと軋む音が聞こえるほど握った彼女の口元は、ひどく歪な笑みを持っていた。

 

 

 

 

 

 食事を終えたリヒト達はナジェンダから次の案件を聞いていた。

 

 今回の案件はここ十年で一気に勢力を増やしてきた宗教勢力、『安寧道』の武装蜂起、つまり宗教反乱だ。革命軍はそれを利用し、西の異民族と共に帝都を陥落させる計画を立てている。

 

 民の犠牲は極力避けたいものだが、この国はすでに末期だ。民を苦しめ虐め過ぎたからこそ、今手を打たねば取り返しのつかないことになる。

 

 そこで安寧道の武装蜂起と同時に西の異民族が攻め入り、それに続いて革命軍が進撃を開始するのだ。既に革命軍本部から帝都までの関所や城の太守には内応を取り付けてあるため、無血開城で一気に帝都へ突き進むことが出来る。

 

 けれどそれでも帝国の大将軍、ブドーとその近衛兵が迎撃をしてくるだろう。しかしそれによって宮殿は手薄となり護衛のための兵士しか残っていない。そこをナイトレイドが叩き、大臣を暗殺するというのが帝都を切り崩すためのシナリオだ。

 

 ただし、それを行うにあたって邪魔な人物が安寧道の中に潜り込んでいるのだ。それが大臣が送り込んだスパイ、ボリック。彼は見事に安寧道に潜り込み、ボリック派と呼ばれる派閥まで作り上げているらしい。

 

 大臣が彼を送り込んだ理由はただ一つ。安寧道に武装蜂起をさせないことだ。もっと言ってしまえば、現教主を殺して本当の神に仕立て上げることで、自分自身が新たな教主となると考えているのだ。

 

 そんなことをさせないために今回のナイトレイドの任務は安寧道の本拠地に乗り込み、ボリックを討つことだ。それにボリックを暗殺するための情報は既に揃っている。

 

 彼は信者の女性達に薬を盛る事で中毒状態にし、忠実な人形に仕立て上げているとのことだ。

 

 それを聞いたリヒトは権力を手に入れたものは、本当に女を欲しがるものだと思った。

 

 ……そんなにいいかねぇ。まぁ優越感とか支配欲を満たしたいんだろうが。

 

 肩を竦めてナジェンダの話に耳を傾ける。

 

「では最後にイェーガーズについてだが……アイツ等は今、全力で私達を狩ろうとしている。このまま後手後手ではいつか捕まってしまうだろう」

 

「私の前の任務でも私の能力じゃなかったらやばかったしね」

 

 チェルシーは真面目な顔をしつつ言う。彼女は前回の任務で危うくイェーガーズに捕らえられる所だったのだ。そう言った状況にあったからこそ彼女の言葉は重い。

 

「ならば今回はアイツ等を帝都の外に誘き出し、そこで仕掛けようと思う」

 

 ナジェンダは鋭い視線で皆に告げた。ようはナイトレイドとイェーガーズ、双方で全面対決をするのだ。

 

 それを聞きリヒトは口元に手をあて、幼馴染である少女、セリューを思い浮かべる。帝国の腐敗、汚い大人たちによって純粋な心を捻じ曲げられてしまった哀れな少女。だが彼女のやっていることは到底見過ごせることではない。

 

「リヒト」

 

 ふとナジェンダに呼ばれた。見るとほかの皆も全員こちらを心配するようにうかがっている。

 

「なんだよ、皆して」

 

「いや、お前は先日も昔の上司を暗殺したばかりだし、イェーガーズには幼馴染もいるんだろう?」

 

「……ハッ! 心配すんなよボス。アイツは、セリューはオレの手で殺す。言っただろ、覚悟は出来てる。この前は少しばかり動揺しちまったけど、もう大丈夫だ。迷いはねぇさ」

 

 薄く笑みを浮かべながら言うと、皆納得がいったのか笑みを見せ、ナジェンダも「よし」と短く答えた。

 

「では、みんな決戦に向けて各自準備は怠るなよ」

 

 ナジェンダが告げミーティングは終了となったが、オレはふと誰かの視線に気が付きそちらに目をやった。

 

 見るとちょうどチェルシーと目が合った。しかし彼女はすぐに顔を伏せて視線を逸らしてしまう。やっぱり何かしただろうか。

 

 気になったリヒトは皆が会議室を出て行ったのを見計らって彼女に声をかけてみた。

 

「チェルシー」

 

「んー? なにー?」

 

 言いながら振り向いた彼女はいつもと変わらなかったが僅かに頬が赤い。

 

「お前最近ボーっとしてる事多いけど熱でもあんのか? 顔も赤いし」

 

「ふぇっ!? そ、そんなことないってばー。あー、ホラ! 任務帰りで少し疲れちゃったからじゃない?」

 

「それってやっぱり調子悪いんじゃねぇか。ちょっと来い」

 

 言うが早いかリヒトは乱雑にチェルシーの頭を引っ掴むと、間髪いれずに自分の額と彼女の額を合わせた。熱があるかチェックしているのである。

 

「んー、やっぱり少し熱いぞお前。薬飲んで早く寝たほうが……」

 

 リヒトがそういう内にもチェルシーの顔はどんどん赤くなり、茹蛸のようになってしまった。

 

「り、り、り、り……」

 

「り?」

 

 ずっと「り」を繰り返す彼女を不審に思ったリヒトは額を離すものの、次の瞬間凄まじい力で右頬を引っ叩かれた。

 

「リヒトのバカあああああ!!」

 

「へぶらぁッ!!!??」

 

 恐らく渾身の力で放たれたであろうビンタの威力は凄まじく、壁に激突させられてしまった。

 

「言っとくけど私に熱なんかないからね!」

 

 チェルシーはそれだけ言い残すとズンズンと部屋に戻っていってしまった。残されたリヒトは引っ叩かれた頬を摩る。

 

「かー……いてぇ。ビンタって割と威力あんなぁ。でも、あんだけ力が出せれば調子は悪くないか。うん? じゃあなんで顔が赤かったんだ?」

 

 妙な疑問を抱えたものの、リヒトはすぐに「まぁいいか」と考えるのをやめ、会議室を後にした。

 

 

 

 

 リヒトを盛大にビンタしたチェルシーは凄まじい速さで自室に戻ると、勢いよくドアを閉めた。そして全身の力を抜くように閉めたドアに寄りかかると、そのままズルズルと床にへたり込む。

 

「はぁ~……」

 

 大きくて長い溜息が漏れた。

 

 リヒトの顔を打った右手はジンジンとしており、かなり力を込めていたのがわかる。

 

 チェルシーは左手で自分の頬をさわってみた。

 

 やはりというべきか頬はとても熱くなっていた。それもこの前の比ではないほどに。

 

「もう、もうもうもう! なんでああいうことを平然と出来るのかなぁ! リヒトの精神状態が見てみたいよ……」

 

 膝を抱えこむ形で座るが、頭の中ではリヒトのことばかりを考えていた。

 

 というかここ数日の間ずっとそうだ。

 

 リヒトがいれば自然と彼を目で追ってしまうし、彼がレオーネやマイン、アカメと仲良くしていればなんだかモヤモヤしてしまう。酷い時などリヒトの姿がないだけでボスに何度も確認を取ってしまったこともある。

 

 その原因はやっぱりアレだろう。修行中にリヒトがチェルシーに言った、『好きだ』という言葉。

 

 心の中では分かっているのだ。あの「好き」は仲間として好きなのであって、恋愛対象ではないと。でもどうしても意識してしまう。

 

 最初は彼のことをそこそこ強くて頭の回転が速い子だなぁ程度にしか考えていなかった。でも一緒に任務をこなしていくうちに徐々に彼に惹かれて行った自分がいるのもまた事実。

 

 そして今、チェルシーは確信してしまった。自分の中で渦巻くこの感情が何であるのか。そうこれは――。

 

「恋……だよねぇ……」

 

 そう。チェルシーはリヒトに恋心を抱いていた。それも結構一方的な恋心だ。でもこれを判断するだけの材料はちゃんと揃っている。

 

「好きになっちゃったなぁ、リヒトのこと……」

 

 苦笑交じりに言うチェルシーだが、その顔はかつてないほどに綻んでいた。

 

 

 

 

 

 夜中。

 

 リヒトは眠ることが出来ずしばらく夜風に当たってこようと、アジトの上の岸壁にやってきた。

 

 しかし既に先客がいたようだ。

 

「珍しいな、ボス」

 

 先客はナジェンダだった。彼女は天上に浮かぶ月を見上げながら一人、酒を飲んでいたようだ。

 

「妙に眠れなくてな。お前もか?」

 

「まぁな。その酒って結構上手かったよな。貰えるか?」

 

 言うと同時にグラスを持ってきていないことに気付いたが、その瞬間、ナジェンダがグラスを放ってきた。

 

「持ってきてたのかよ」

 

「誰か来た時のためにな。まぁ座れ」

 

 ポンポンと横に来るように言われたのでそこに腰を下ろすと、ナジェンダは酒のボトルを傾けてグラスに注いできた。

 

 酒の色は透明な黄色と言った感じで所謂、白葡萄酒だ。一口それを含むとフルーティな甘みが広がるが、その次には強い酸味が襲ってくる。

 

「やっぱ上手いなこれ」

 

「それなりに上物だからな。ところでリヒト、奥の手はどうだ?」

 

「……部分展開だけなら多少の休息を取るだけでなんとかなる。ただ、完全展開は一週間の休息が必要なのはかわらねぇ」

 

「そうか。ならばイェーガーズとの対決では完全展開は使用しない方がいいな。お前に一週間も動けなくなってもらっては困る」

 

「あいよ。まぁ完全展開は本当にやばい時だけだな」

 

 苦笑気味に答えるとナジェンダも頷いて答える。そのまましばらく無言で月を眺めていると、ナジェンダがタバコを咥えて紫煙を燻らせた。

 

「そういやボス。その銘柄のタバコずっと吸ってるけど美味いのか?」

 

「別に美味いわけじゃないさ。ただ煙吸ってるだけだからな。吸ってみるか?」

 

「いんや、やめとく。癖になるのも嫌だし」

 

 肩を竦めて答えるとナジェンダはつまらなそうな表情をした。身体に入れた煙を吐き出す。

 

「それは残念だ。愛煙家が増えてくれるのもいいと思ったのだがな」

 

「ほどほどにしとけよ。タバコは健康に悪いって言うしな」

 

「フフ、気をつけておこう」

 

 小さく笑ったナジェンダは肩を竦めた。それを見つつ残った酒を一気に煽ったリヒトは再度グラスに酒を注いだ。

 

 その後一時間ほどした後、各々部屋に戻ると睡眠を取った。

 

 翌日、ナイトレイド一行は安寧道の本拠地があるキョロクへと向かった。

 

 

 

 それから凡そ数日、イェーガーズにもナイトレイドの目撃情報が入り、彼等もまたナイトレイドを狩るために帝都を後にした。

 

 

 

 

 

 ロマリー街道から南にある渓谷地帯の上にある、森林内の一本の樹木の枝にリヒトの姿があった。

 

 彼は今ここでイェーガーズのメンバーが来るのを待ち伏せているのである。

 

 キョロクに到着する前、ロマリー街道付近でアカメとマインの姿を民衆に晒すことで、イェーガーズが出てくると踏んでいたのだ。そしてつい先日帝都を監視している密偵からイェーガーズが出動したとの連絡が入ったのだ。

 

 だから昨日もアカメ達が街道に出ることで、イェーガーズにナイトレイドがいることを知らせたのだ。その後アカメとナジェンダが二手に分かれたように見せかけ、東には情報を送った野盗やら盗賊やらを配置しているため、容易にこちらと合流できはしないだろう。

 

 そして今ここでリヒトは待っているというわけだ。ほかのメンバーもそれぞれの配置についているし、マインはかなり離れた所で狙撃態勢を取っているだろう。

 

 しかしリヒトの視線の先には、自分の筋肉を見せ付けるような格好をした案山子が立っていた。アレはナイトレイドが用意したものだが、実はあの中にはスサノオがいる。ようは相手が不審がって近づいた時に奇襲をかけるというわけだ。

 

「つーか池面ってなんだし」

 

 案山子の胸の部分に書かれた文字を見ながら嘆息するが、リヒトはその後口元に手を当てて考え込む。

 

 ……まぁエスデスからすればボスを捕らえたいだろうから、恐らくこっちには来ないはず……となると、イェーガーズの数からして三人がこっちに来るか。

 

 思考を走らせる中でセリューの顔がちらつく。だがそんなことは関係ない。幼馴染だろうがなんだろうが、革命の邪魔となるのなら排除するのみだ。

 

「リヒトー」

 

 考えていると名前を呼ばれたのでそちらを見ると向かいの木の枝にチェルシーがいた。

 

「よう、チェルシー。そろそろ持ち場に着いた方がいいんじゃねぇか?」

 

「私遊撃手だからさ、特定の持ち場とかないわけ」

 

「そういやそうだったな。で? なんか用か?」

 

 小首をかしげて彼女に問うと、チェルシーは少しだけ顔を伏せながらも言ってきた。

 

「えっとね……あとで話があるからこの戦いは絶対に生き残ってね」

 

「後でって……今じゃダメなのかよ」

 

「だーめ。せっかちさんは嫌われるよん」

 

 ウインクしながら言うチェルシーはいつもの悪戯っぽい笑みを浮かべていた。リヒトは若干納得がいかなさそうにするものの、後で話してくれるならと思い頷いた。

 

「りょーかいだ。だったらお前もちゃんと生き残れよ?」

 

「私はホラ、直接戦闘はないし大丈夫だって。でも……うん、ちゃんと生き残るよ」

 

「ったりめーだ。言いたいことがあるって言って死なれたらこっちがモヤモヤしちまうからな」

 

「ハハッ、そうだね」

 

 そう笑みを浮かべる彼女の顔は今まで見たことがないほど可愛らしく、リヒトは自分の心臓が一際強く脈打ったのを感じた。

 

 しかし、それとほぼ同時に渓谷の方で馬の走る音が聞こえた。音からして三匹だ。

 

「来たな」

 

「うん。それじゃあリヒト、がんばってね」

 

「おう。お前もな」

 

 ハイタッチを交わして二人は別れ、リヒトは双眼鏡を覗き込む。

 

 視線の先には三人の人間の姿があった。一人はタツミと同じくらいの藍色髪の少年。もう一人は筋肉隆々で胸に傷のあるマスク姿の大男。そして二人に挟まれるようにして黒髪黒目の刀を持った少女がいる。

 

 タツミの情報から言って少年の方はウェイブ。大男はボルス。そして真ん中の少女はアカメの実の妹、クロメだろう。ウェイブは暗殺対象ではないが、クロメとボルスは革命軍の暗殺対象に入っている。

 

 ……似てるな。

 

 クロメの顔はアカメとよく似ていた。髪が長くてもう少し背が高ければ、目が赤いか黒いかでしか判別できないのではないだろうか。

 

 しかし彼女とアカメの根本から違うのは、その瞳の奥に宿った禍々しい光だ。同じ地を持っていながら、彼女達の瞳の光は違いすぎていた。クロメの光はどす黒くて、とても重い。

 

 帝国の暗殺部隊の話を聞けばあのようになってしまうのは仕方のないことなのだろうが、辛い過去があるからと言って見過ごすわけには行かないのだ。

 

 などと思っていると遙か後方からパンプキンの銃撃音が聞こえた。音は最小限に絞られていたので、谷にいるクロメ達には聞こえていないはずだ。暗殺対象的に考えて狙ったのはクロメだろうか。

 

 リヒトはマインの狙撃をクロメが避けられるとは思っておらず、確実に一人目をしとめたと思った。しかし、そんな考えは甘かった。

 

 双眼鏡の先でクロメの瞳が僅かに動いたかと思うと、彼女はその場から身を翻して回避運動を取ったのだ。それによりマインの放った弾丸は、空しく大地に着弾しただけだ。

 

 ……アレを避けるかよ。なんつー反応してやがる……。

 

 敵ながらあっぱれなその行動に舌を巻いてしまったが、今のであの三人に罠だと気がつかれてしまった。けれどその後のことはちゃんと準備はしてある。

 

 案山子が膨れたかと思うと、その中に隠れていたスサノオが一気にクロメに詰め寄り、彼女に向けて槌を降りぬいた。だが、その攻撃は彼女の隣にいたウェイブに防がれた。

 

 ウェイブはスサノオの力を相殺することが出来ず、彼方へ吹っ飛んでいった。ここまでで結果的に二人に削れた。

 

「でも、結構厄介そうな二人だな」

 

 言いつつ渓谷を見るとタツミ達も展開を始めた。ここで出て行くべきなのだろうが、ナジェンダからはしばらく出るなといわれているので今しばらくここで息を潜める。

 

 タツミ達の登場により、ボルスは火炎放射器型の帝具、ルビカンテを構えた。それに続いてクロメも刀を抜くかと思いきや、彼女はアカメに話しかけているようだった。

 

 その時、クロメはとても晴れやかな笑みを浮かべた。でも、リヒトはその笑みに心底おぞましいものを感じた。あの笑顔の下には黒くて暗くてとてつもなく重い物が隠されている。あれはセリューの狂笑の比ではない。

 

 やがてクロメは彼女が所持している刀型の帝具、八房を抜き放った。

 

 彼女はそれを天を突くように掲げる。すると、それと同時に彼女の周囲に黒い稲光のいようなものが発生し始めた。そして地面から人の手がボコリと出てきた。

 

 文献で読んだ彼女の帝具、八房の能力は切り捨てた死体を呪いによって骸人形にし、所有者の思うように動かすことが出来る帝具だ。となると出てくるのは八体の人間の骸人形だと思ったのだが――。

 

 瞬間、腕が出てきたところの少し後ろの地面が大きくひび割れ、地震のように大地が揺れた。するとバキバキと地面を破砕しながら巨大な手が現れる。

 

 手は人間のものではない。まぁそれは巨大さから普通に分かるが、それよりも気になったのはその腕が骨だったことだ。そして段々と現れてきた巨大な影にリヒトは思わず息を呑んだ。

 

 その影は渓谷からリヒトがいる木の近くまでの背丈を持ち、腰からは太い尻尾が生えているバケモノの骨だった。だがリヒトは以前この骨格を持った危険種を図鑑で見たことがある。確かコイツの名前は――。

 

「超級危険種、デスタグール……」

 

 超級危険種……帝具の素材にもなったほどの力を持つ存在。その強さは特級までとは段違いの存在そのものが災害並みの危険種だ。

 

 そしてデスタグールは一風変わったもので、全身が骨柄であり生存時もあの姿で生きているのだ。やはり危険種は帝具と同じで特殊なものも多いようだ。

 

「まさか超級まで手懐けるとはな。どんな精神力してんだか」

 

 呆れた声を漏らしているとアカメが地を蹴り、デスタグールの肩にいるクロメを接近した。だがリヒトはその行動が彼女らしくないと思った。少し熱くなっているのだろうか。

 

 できれば彼女を制止してやりたいが、それはできない。ここでリヒトの存在がばれてしまえば、奇襲が成功しない。

 

 だからこそ手伝いたい気持ちを抑えながら二人の戦いを見守る。しかし、クロメは彼女の骸人形といるようで、アカメの攻撃が入ることはない。そればかりかアカメは蹴りをもらい、デスタグールから落とされてしまった。

 

 あの程度の高さから落ちたとしてもアカメなら大丈夫だろうが、問題なのは下にいる人物だ。アカメの下を見ると、そこにはルビカンテを構えたボルスがいた。

 

 ルビカンテの放射口には炎が集束しており、次の瞬間には凝縮された火球がアカメに向かって放たれた。いくらアカメといえど空中では身動きが取れない。

 

「この際四の五のいってられねぇか……!」

 

 ヨルムンガンドを展開してアカメを救出しようとしたが、それよりも早くにタツミが火球が直撃する前に彼女を助け出した。それとほぼ同時にクロメと彼女の骸人形はリヒトとは対岸の岸壁に行く。

 

 クロメは岸壁からアカメ達を見下ろし、気に食わないといった表情を浮かべるとデスタグールに命じた。

 

 その声と共にデスタグールの口の辺りにエネルギーのようなものが集束し始めた。ある程度までそれが凝縮されると、デスタグールはエネルギー体を一気に放出し、衝撃波のようにして放つ。

 

 ゴウッ!! という凄まじい音が響き、谷にいたメンバーに向けて放たれた衝撃波だが、リヒトはその瞬間に実体のないヨルムンガンドを、空中にめいっぱい引き伸ばして上空へ躍り出た。

 

 地表を見てみると渓谷は地形が変わるほど歪んでいた。けれど動く影が見えたことから皆生き残ったようだ。まぁデスタグールが衝撃波を発射するまでかなりのインターバルがあったから回避運動を取るのも容易だったのだろう。

 

 リヒトはそれを確認しつつ対岸に移動したクロメを見やる。相変わらず彼女の隣には、槍のようでありながら片方しか刃のついていない武器を持った青年の姿をした骸人形が静かに控えている。東洋の方ではあのような武器があると聞いたことがあるが、原本までは思い出せない。

 

 この際だから名前などはどうでもいいが、リヒトはあの骸人形がかなりの使い手であることは分かった。恐らく自分とほぼ互角だろう。

 

 すると骸人形は槍のようなものの柄を対岸まで伸ばした。どうやらあれも特殊な武器のようだ。対岸の木の幹に突き刺さった槍にマインは反応して避けたようだが、柄を伝って行く影が一つ。

 

 どうやらあれも骸人形のようだ。そしてリヒトは改めて今現在展開している骸人形の数を確認する。

 

 まず、デスタグール。そしてボルスを警護しているのが一人。レオーネを止めたのが一人。マインを交戦しているのが一人。タツミと戦闘しているのが猿のような危険種とボロボロのマントを被った男が一人。そしてクロメを警護しているのが一人。

 

 今のところ合計で七体の骸人形が見える。

 

 ……あと一体。

 

「できれば八体全部出揃ったところで攻撃を仕掛けたいと思ってたけど、もう行くしかねぇか」

 

 言いながらクロメに目を向けたリヒトの視界にチカッとした光が差し込んだ。スコープで見るとナジェンダが鏡の切れ端で合図を送っていた。「行け」ということだろう。

 

 リヒトはニヒルな笑みを作るとヨルムンガンドを伸ばす。ある程度のところまで引き伸ばしたヨルムンガンドをアンカー代わりにして回収することで、急加速しながら落下するリヒトは片手剣を抜き放つ。

 

「できればこれで死んでほしいもんだが――」

 

 小さく呟き構えを取るとリヒトの瞳から光が消え失せ、暗殺者としての顔が覗く。

 

 だがクロメまであと少しと言ったところで、隣にいた青年の骸人形がリヒトに反応した。それと同時にクロメも反応する。

 

「――やっぱりそうは行かねぇよなぁッ!!!!」

 

 言いながら構えた片手剣を振りかぶって、落下の速度を乗せた斬撃を放つ。

 

 瞬間、リヒトの片手剣と骸人形の持つ槍の柄が激突し、目の前で激しい火花を散らせる。だが、彼の背後にいたクロメがニタリと三日月の笑みを浮かべた。

 

「単身で突っ込んでくるっていう勇気は認めるけどさ。それって馬鹿のやることだよね?」

 

 言いながら彼女は八房による突きを放ってくる。鉛色の凶刃がリヒトの眼球に迫ってくる。しかしリヒトはいたって冷静にヨルムンガンドを伸ばすと、突きを避けてクロメの背後に回る。

 

 すぐさま片手剣を構えて骸人形とクロメに向き直るが、こちらを向いたクロメは感心したような表情をしていた。

 

「へぇ……器用なんだねぇ。それにその帝具も面白い」

 

「お褒めにあずかり光栄だぜ、クロメちゃん」

 

「ハハ、結構余裕ありそうだね。()()()くん?」

 

「オレの名前を知ってるとは思わなかったぜ。手配書でも見たか」

 

「まぁね。でも君には結構興味湧いてたんだよね。隊長がタツミ以外に興味持ってたし」

 

 クスクスと笑う少女は端から見れば愛らしいが、彼女からはどす黒いものが見えた。

 

 すると彼女は「ナタラ」と告げる。それに答えるように隣の骸人形がクロメを守るように立つ。どうやらあの青年の骸人形はナタラという名前らしい。

 

「君、結構面白そうだからさお姉ちゃんと一緒に殺して私のコレクションに加えてあげるよ」

 

「流石に死んでまでこき使われたくないんだよなぁ。だから……」

 

 リヒトは言うと両腕を前に掲げる。すると、彼の腕にがっちりと巻きついていた実体のあるヨルムンガンドが彼の手を離れ、腕から少し離れた所に浮かぶ。それに続いてエネルギー体の鎖も出現して同じように浮かんだ。

 

 そして二本の鎖とリヒトの腕を繋ぐように銀色のオーラが走った。それは鎖にも纏わりつき、最終的にオーラが鎖全体を包み込むと、先端の龍のオブジェクトの瞳が金色に光った。

 

 同時にリヒトは体のなかで何かが接続されたような感覚を覚える。

 

 彼は真っ直ぐにクロメを見据えて言葉を繋ぐ。

 

「……負けるわけには、行かないよなぁ」




はい、今回は大急ぎで書いて出来が悪いかもしれませんが、なんとか書きましたデスタグール辺りまで!

そして次はいよいよ……アレです。
まぁもう結末はわかるような感じですがチェルシーのあのへんまでかければと思います。
長くなってしまうかもしれませんががんばります。

最後のほうでリヒトがなんか奥の手っぽいことしてますが、アレは修行の成果です。

えーでは、ここいらでヨルムンガンドがどうなっているかといいますと、普段実体のあるほうは戦闘時はリヒトの腕に巻きついている感じですな。戦闘以外はベルト辺りに吊ってあります。実体のない方は精神エネルギーで形成しているので空間からポンって出てくる感じですね。今回は両方を一気に展開してさらに腕から離れることで多少機動力が増す感じです。
因みに奥の手はね……出していいのか出さなくていいのか。でも一ついえることはとんでもなく疲れて、尚且つ使いすぎるとリヒトの命が危ない感じです。ようは勾玉みたいなもんです。

ではでは、感想などありましたらよろしくお願いします。




リヒトの顔でも描こうかしら……(錯乱)


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第二十四話

 ヨルムンガンドを展開したリヒトは目の前の二人を睨みつける。しかし、それに答えたのはナタラだけであり、クロメは八房をおさめて近場の岩に腰掛けてしまった。

 

 それに怪訝な表情を浮かべていると、クロメは懐から『クロメのおかし』と書かれた袋を取り出し、クッキーらしきものを咀嚼しながら問うてきた。

 

「どうして数で優位に立っているのに二人で攻撃しようとしないんだ? って考えてない?」

 

「まぁな」

 

 クロメの言ったことは実際のところ図星である。戦いにおいて数で上回っているということは、それだけで優位に立っていると同じことだ。まぁ帝具戦ならば話は別かもしれないが。

 

「じゃあ一応答えてあげるね。ナタラは他の骸人形の中でも戦闘能力は特に高いんだよ。そうだなぁ……あそこにエイプマンっていう特級危険種の骸人形がいるでしょ。簡単に言えばアレの十倍は強いよ。私やお姉ちゃんがいた暗殺者育成機関で育ったし」

 

「だからオレには勝ち目はねぇって?」

 

「どうだろうねぇ、それには答えてあーげない。それよりもホラ、ちゃんと前見ないと……死んじゃうよ」

 

 彼女がそこまで言ったところでリヒトは直感的に仰け反った。刹那、彼の頭を掠めるようにしてナタラの持っていた槍のような武器の刃が通過していった。

 

 バック転の要領でその場から飛び退くとナタラが次の攻撃態勢を取っているところだった。

 

「嫌な攻撃してきやがって」

 

 毒づきつつナタラを睨みつけるが、彼の目に感情は見えない。死者なのだから当たり前といえば当たり前なのだが。

 

 リヒトは一瞬クロメを見やる。彼女は相変わらずお菓子にパクついているが、眼光は鋭い。恐らくこちらに一瞬の隙でもできれば斬りかかって来ることは間違いないだろう。

 

「どうやらクロメを殺すにはお前さんを再起不能にするしかないっぽいな。ナタラくんよ」

 

 肩を竦めながら言うとナタラはそれに答えるように武器を構えた。リヒトもまた片手剣を構える。

 

 二人の間に静寂が流れ、聞こえるのは谷底で戦っている者達の音しか聞こえない。クロメもこの状況でリヒトに隙がないことが理解できているようで一切の攻撃を仕掛けては来ない。

 

 そしてリヒトとナタラ、二人の視線が交錯した時。彼等はほぼ同時に動いた。

 

 リヒトは右腕に浮かぶ実体のあるヨルムンガンドを投げつけ、ナタラは一気に距離詰める。ヨルムンガンドは弾丸には及ばないものの、かなりの速さで伸びていくが、ナタラはギリギリで避けて見せた。

 

 さすがはアカメと同じ教養を受けてきただけはある。先ほどのアカメとの戦闘を見ていても分かることだが、彼は相当訓練を積んでいたのだろう。

 

 ナタラはヨルムンガンドを避けてそのままこちらに直進しながら武器を構え、強烈な刺突を放ってきた。リヒトはそれに恐れず片手剣を構えて走る。

 

 顔面に向けて放たれた突きを剣で弾き、そのまま刀身を滑らせるようにナタラに肉薄し、彼の首筋目掛けて剣を振り抜いた。

 

 ナタラの武器は槍ではない。しかしこういったリーチのある武器はその構造上相手との距離をある程度取り、中距離からの攻撃を得意とする。だからこそリヒトは一気に懐にもぐりこんで首を飛ばそうと思ったのだ。

 

 けれど、ナタラは渇いた瞳でこちらを一瞥すると武器の柄を後方に伸ばし、身体をひねり柄でで薙いできた。直撃すれば肋骨が折れるだろう。リヒトはそれもおかまい無しに首を落とそうとも思ったが、よくよく考えれば首をとばした程度で動かなくなるわけではなさそうだし、何よりここで無理をしてナタラの首を刎ねたとしても、次にはクロメがいる。

 

 負傷した状態でクロメに勝つのは難しいと判断を下し、リヒトはエネルギー体のヨルムンガンドを後方の虚空に打ち込むことでその場から離脱するが、リヒトの口元は僅かに上がっている。

 

 すでに手を打ってあるのだ。空中で実体のあるヨルムンガンドをクロメに向けて振りぬく。短剣を咥えさせているので殺傷能力は高い。離れている距離は空中にいる高さも加えても十メートル前後。鎖を戻しながら振っても十分届く距離だ。

 

 地上のナタラもそれに気が付いたのかクロメの護衛に走る。滑り込みながらクロメの横に立った彼はヨルムンガンドを叩き伏せる。

 

「残念。おしかったね、リヒト」

 

 お菓子を食べながら言ってくるクロメは微笑を浮かべていたが、リヒトもそれに対しニィっと笑って返す。

 

「いいや、手順通りだ」

 

 笑って言うリヒトを怪訝に思ったのか、クロメは隣にいるナタラを見やる。見ると、ナタラの武器と腕にはヨルムンガンドが巻きついている。

 

 ナタラもそれを引き剥がそうとしているものの、ヨルムンガンドは離そうとも離れようともしない。

 

「……なるほど、最初から狙いは私じゃなくてナタラの武器だったってわけだ」

 

「正解。気付いた代わりに種明かしと行こう。基本的にオレの帝具、ヨルムンガンドはオレの意思で動かしているが、今の状態になるとヨルムンガンドにもある程度の自律行動が取れるようになる。だから余計な思考は排除することが出来るんだよ」

 

 地面に降り立ちながら解説するリヒトに対し、クロメは冷たい瞳を向けてくる。

 

「思った以上に面倒くさい帝具だね、それ。でも――」

 

 彼女が言った瞬間、リヒトの体が凄まじい力で引っ張られた。ナタラが武器をふるって釣りのように引っ張ってきたのだ。

 

「――ちょっと舐めすぎだよ」

 

 不適な笑みを浮かべてくる彼女は、八房を抜き放った。そして一気に足に力を込めるとリヒトに向かって逆袈裟斬りを放つ。しかしリヒトは冷静に状況を判断。引き寄せられるスピードをそのままに彼女の攻撃を弾く。

 

「やっぱりアカメと太刀筋が似てるな、クロメ!」

 

 攻撃を弾き、そのままナタラの力で空中に放り出されながら言うリヒトだが、既に背後にはナタラがいた。彼は先ほどのように柄を伸ばし、今度は上から叩きつけるように槍を振り下ろしてくる。

 

 するとヨルムンガンドが危険を察知したのかリヒトの意思に反し、空間を噛んでそのばから強制的にリヒトを離脱させた。

 

 そちらに引っ張られると同時にナタラの武器に巻きつけたヨルムンガンドを引っ張ってみるが、彼もそれを離そうとはしない。

 

「だったら、これでどうだッ!」

 

 リヒトはヨルムンガンドを力のままに振り下ろした。腕を拘束されているから武器は振りほどけないはずだ。案の定、ナタラはそのまま地面に叩きつけられ、大きな土煙が上がった。

 

 鎖を伸ばしたまま地上に降り立った後、鎖を回収しながら土煙の中を一瞥する。

 

 ……影は見えねぇが、今ので再起不能はないよな。死体だし。

 

 嘆息しつつクロメを見ると、相変わらず嫌な笑みを浮かべている。彼女はそのまま膝を曲げると、八房を構える。その姿はアカメのものと本当に酷似していた。

 

 それに内心で笑いつつも、リヒトは駆け出す。クロメも同じように駆け出すと、剣と刀が衝突した。

 

 金属と金属がぶつかり合う音が響き、二人の目の前で火花が散る。

 

 二人はそのまま何度も激突し、一進一退の攻防が続く。

 

「一つ聞きたいんだがクロメ、どうして昔の仲間を骸人形にする。仲間なら静かに眠らせた方がそいつの為だろ」

 

「お姉ちゃんと同じことを言うんだね。そうじゃないよリヒト、仲間だからいつまでも一緒に居たいんだよ。だから私は大好きなお姉ちゃんと一緒に居るためにお姉ちゃんを殺すの」

 

「なるほどな。まぁテメェの言い分も分からないことはねぇ。誰だってずっと一緒にいたいヤツはいる……でも、いつまでも過去に囚われていたら前には進めない。死んだやつは土に還してやれ」

 

「君の言い分なんて聞いてないよ」

 

 彼女は言うと同時に一際強く八房を振るってきた。リヒトはそれに大きく後退させられるが、彼女は追撃をしてくることはなく崖に向かって行った。空中で見たとき崖下にはレオーネがいたはずだ。

 

 恐らくクロメは彼女に仕掛けるつもりだろう。そうはさせまいとヨルムンガンドを放つが、彼女に直撃仕掛けた瞬間、回復したナタラによって防がれた。

 

「絶対にクロメには傷を負わせないってか……。生きてるころは正義感が強かったのかもな」

 

 苦笑するリヒトにナタラは戦闘態勢をとって駆けて来る。それに対してリヒトも戦闘態勢を取った。

 

 

 

 

 

 リヒト達の戦いを少しはなれた林の中で観察していたチェルシーは、アメを舐めながらため息をついた。

 

「リヒトは大丈夫そうだけど、タツミがなぁ……。苦戦してるっぽい」

 

 上から見下ろす形だがタツミは二対一の状態で苦戦しているのが見て取れる。タツミが戦っているのは特級危険種のエイプマンの骸人形と、バン族の生き残りだという黒いローブを来たヘンターという骸人形。

 

「アカメの話だと八房で骸人形にされた人は生前に染み付いた強い念や癖は残ってるんだっけ。だったら効果がありそうなのはあのヘンターだね」

 

 不適な笑みを見せながらチェルシーは気付かれずにがけ下に降りるために適当な鳥に変身すると、タツミの背後にある岩陰に身を潜める。

 

 エイプマンはタツミが相手をしているから、この隙を狙ってヘンターが仕掛けてくるだろう。チェルシーは一度変身を時、再度ガイアファンデーションを使用する。

 

 出来上がったのはバン族の男の体だ。バン族は数年前にエスデスが制圧した一族だ。その際の生き残りというのなら、同胞には相当強い念を抱いているだろう。だからこそ、その心のヒダを狙うのだ。

 

 そして男がタツミに向かって駆け出した時、チェルシーはヘンターの前に姿を現す。ヘンターはいきなりの同胞の登場に一瞬呆けたような顔をしていた。そして口からは途切れ途切れの声が漏れる。

 

「ナ……カマ……!?」

 

 同胞を皆殺しにされた彼にとっては突然の同胞の出現は嬉しさもあったのだろう。僅かに口元が緩み、体にも隙が現れている。

 

 次の瞬間、彼の額に鋭い針が突き刺された。

 

 同時にチェルシーは変身を解き、ヘンターに告げる。

 

「残念ながら、私は滅ぼされた貴方の同胞じゃないわ」

 

 チェルシーの言葉にヘンターは悔しさと怒りが混じったような呻き声を上げたが、上から飛来したタツミの一撃によって体を両断された。

 

「ナイス、タツミ。体を真っ二つにすればもう動けないでしょ」

 

「助かったぜチェルシー!」

 

 タツミはビッと親指を立ててくるが、チェルシーがそちらを向くとエイプマンが体を起しているところだった。

 

「タツミ、その猿は任せたわよ!」

 

「お!? おう!」

 

 余裕ありげな返答だったので問題はないだろう。チェルシーは走りながら嘆息する。

 

 ……やれやれ、リヒトの行ったとおり私も甘ちゃんだなぁ。流石に今のは大胆すぎた。

 

 戦場から離れ岩陰に隠れたところでチェルシーはリヒトが戦っている崖の上を見やる。時折空に彼の姿が見えることからまだ生きているだろう。いいや、生きていてくれなければ困るのだ。

 

「告白するまでは生きててよね、リヒト。私も生き残るからさ」

 

 

 

 

 

 リヒトとナタラによる戦闘はどちらかといえばリヒトが優勢であった。しかし、未だにナタラを仕留め切れてはいない。その理由はやはりクロメだ。彼女はナタラだけは失いたくないようで、彼がピンチに陥ると確実に割って入ってくる。

 

 しかもナタラは段々とヨルムンガンドを使った立体的な戦闘方法に慣れてきたようで、防御能力も上がっている。

 

 ……いい加減クロメの精神力でも削るべきか?

 

 リヒトは戦いながらエネルギー体のヨルムンガンドをクロメに巻きつける算段を立てるが、内心で被りを振った。

 

 ……だめだ。クロメの精神力を削るなら八体目が出てからか、骸人形を少なくしてからじゃねぇと。

 

 判断を下したリヒトはナタラとの戦闘に戻るが、そこでクロメが焦ったようにナタラを呼んだ。

 

 彼はそれに瞬時に反応するとクロメの元に駆けて行く。リヒトもそれを追うと、二人は対岸へと移った。確かあちらにはマインがいたはずだ。

 

「マインは仕留めさせねぇよっと!」

 

 ヨルムンガンドを対岸の木に打ち込んで二人の後を追う。二人の姿はやや広いところにあったが、彼らの前には巨大なカエルがいた。

 

「カイザーフロッグだぁ!? アレも骸人形ってことかよ!」

 

 カイザーフロッグはエイプマンと同じ特級危険種だ。消化液が凄まじく何でも溶かしてしまうという話だが、まさかあんなものまでコレクションしていたとは。

 

「って、マイン!!」

 

 リヒトが驚くのも無理はない。カイザーフロッグの口元からはマインの手と特徴的なピンクの髪が見えている。短い舌打ちの後彼女の手にヨルムンガンドを巻きつけて引っ張り出そうとしたが、一歩遅かった。

 

 ヨルムンガンドが届く前にマインは完全に飲み込まれてしまったのだ。

 

「クッソ! 待ってろマイン!!」

 

 毒づきながらもマインを救出しに走るが、その前にナタラが立ちふさがり、クロメが楽しげに言う。

 

「あの子を助けたいなら私達を倒してからじゃないとね。でも、その頃にはドロドロに溶かされてるかもしれないけど」

 

「テメェ……!」

 

 リヒトがクロメを睨みナタラの攻撃を受け止めたところで谷底からエイプマンが跳ね上がってきた。全員がそちらに視線を向けるとインクルシオを装備したタツミがエイプマンを蹴りつけた。

 

 タツミがそのまま崖上に上がってきたのでリヒトは彼に向かって名を呼ばずに告げた。

 

「マインがそのでけぇカエルに飲み込まれてるから、エイプマンを再起不能にして助け出せ!! クロメとコイツはオレが何とかする!」

 

「お、おう! わかった!!」

 

 唐突に言われたことでタツミは驚いたようだったが、すぐさま向かってきたエイプマンを撃退し、首をとばした。恐らく身体にも相当ダメージが残っていたエイプマンは、そのまま力なく倒れ付す。

 

 タツミはノインテーターを出現させるとクロメを一瞥した後カイザーグロッグに向かって行く。

 

「行かせないよ……ッ!?」

 

 クロメが動き出そうとしたものの、その足を見るとヨルムンガンドがとぐろを巻くようにきつく巻きついていた。

 

 リヒトはマイン救出用に伸ばしたヨルムンガンドを、クロメに気付かれないようにゆっくりと彼女の足元まで戻していたのだ。また、今はヨルムンガンドとオーラで接続されているためそちらに手を向けなくて済むので、ナタラとの戦闘にも集中できる。

 

「オレとのデートがまだだろクロメちゃん」

 

 ニッと笑みを浮かべながら言うリヒトはナタラの攻撃を受け流していく。ここまで戦ってきて改めてナタラの戦闘力の高さに驚かされれるが、この程度ではブラートには及ばない。

 

 それに今はマインを救出することが第一だ。なんとしてもクロメをタツミの元に行かせる訳にはいかないのだ。すると、クロメは冷徹な眼差しをこちらに向けて不気味な微笑を浮かべた。

 

「それじゃあさっさと君を殺してアレも殺すことにするよ」

 

「好きにしろ。オレを殺せたらだけどな、クソガキ」

 

 煽るような言葉を口にするとクロメが八房を抜き放ちながら迫り、逆からはナタラが迫ってきた。

 

 リヒトはクロメが迫るのにあわせてヨルムンガンドを回収し、八房を鎖で受け止め、ナタラの槍を片手剣で受け止める。ギチギチと音を立てて鎖が軋むが、ヨルムンガンドは短くすれば短くした分強度が増す。この程度まで戻せていれば帝具の一撃を受け止めることは可能だ。

 

 クロメは不機嫌そうな顔をしたが、リヒトはそれを見ながら嫌味たっぷりの笑みを投げた。それが気に食わなかったのかクロメは八房をグッと押し込んできた。角度を見るとリヒトの脇腹に突き刺さる軌道だ。

 

 恐らく彼女はこれをリヒトが避けると踏んだのかもしれないが、リヒトの行動は意外なものだった。

 

 リヒトは八房の攻撃を避けなかったのだ。それにより八房の刀身が脇腹に突き刺さった。鋭い痛みが身体を駆け抜け、リヒトは苦悶に顔を歪ませる。さすがのクロメもこれには驚いたようで初めて明確な驚きが顔に表れた。

 

「八房は斬り殺した相手を骸人形にする呪いをかける帝具だから、殺されてなけりゃ問題はねぇんだよ。だからさぁ……」

 

 言いながらリヒトは八房の刀身を右手で握って彼女がこれ以上動けないようにする。

 

「……捕まえたぜ」

 

「ナタラ!」

 

 クロメは動けるナタラにこちらを殺すように命じたようだが、既に策は打ってある。ナタラの手にはエネルギー体のヨルムンガンドが巻きついているのだ。そう、リヒトは激痛に苦しめられるこの状況下であっても精神を研ぎ澄ましているのだ。

 

 だからこそ鎖の強度もグンと上がっているというわけだ。

 

 リヒトは視線だけを動かしてカイザーフロッグに飲み込まれたマインを救出仕様としているタツミを見やる。カイザーフロッグは元々動きが遅いので簡単に背中に乗れたようで、そこにノインテーターを突き立てているところだった。

 

 すると、それに答えるようにカイザーフロッグの体がボコボコと膨らみ始めた。そしてリヒトは思い出す。飲み込まれたマインの持つ帝具は、所有者がピンチになればなるほど力を増すパンプキンだということを。

 

 そしてタツミが背中を裂こうとしたところで、彼の眼前をレーザーが駆け抜けていった。タツミはそれをアクロバティックな動きで避けていたが、中からは服の所々を溶かしたマインが出てきた。

 

 ……あの状況なら相当ピンチだよな。

 

 内心で笑みを浮かべていると、脇腹と右掌に鋭い痛みが走った。見るとクロメが八房をグリグリと動かしている。

 

「お仲間が救えたところを見てる場合じゃないよ。早くこの状況を打破しないと死ぬよ?」

 

「あぁ、そうさな……。でも、次の手はもう来てる……」

 

 ニッと笑みを浮かべながら言うと、彼の背後から影が飛び上がってきた。クロメとナタラもそれに気がつき、リヒトの力が緩んだほんの一瞬を見計らってその場から離脱した。

 

 八房が引き抜かれたことで血が流れ出るが、刺さった場所には大きな内臓もないし、血管も傷ついてはいないはずだ。

 

「足止めご苦労だったな、リヒト」

 

「ハッ。ちっとばかし痛かったぜ」

 

 そういわれたのでそちらに視線を向けると、ナジェンダがいた。そして彼女の隣にはいつもとはまったく違う風貌のスサノオが険しい表情で佇んでいた。

 

「ソイツがスサノオの奥の手か……」

 

「ああ。後はこちらがやる、お前は少し休んでいろ」

 

「冗談。こんくらい怪我の内にはいらねぇよ。まだ戦えるさ」

 

 とは言って見るものの、リヒトの表情は晴れない。クロメを見ると相変わらず不気味な笑みを浮かべている。また、彼女から発せられる覇気もなんとなく強くなった。

 

「骸人形の制御が減った分、クロメに力が戻っているようだな。気を引き締めねば一瞬で骸人形にされるぞ!」

 

 ナジェンダに言われてその場にいる全員が戦闘態勢を取った。けれど次の瞬間、彼等の視界の端で一瞬チカッと何かが発光し、それに続いて轟音と共に球状の爆発が起こった。

 

 爆心地の方角的にあちらはアカメとレオーネがボルスと戦っていた方角だ。リヒトはカイザーフロッグの骸の影に隠れることで事なきを得たが、視線はクロメたちを探していた。

 

 しかしそれだけ見回しても彼女らの姿はなく、崖の近くにナタラの持っていた武器が突き刺さっているだけだった。どうやら爆発に乗じて逃げたようだ。

 

 やがて爆発が止み、リヒト達は互いの生存を確認した。

 

「クロメは逃げたようだな」

 

「あの爆発は、ボルスか……アカメとレオーネは大丈夫か?」

 

「待っていろ」

 

 ナジェンダは言うとスコープを取り出して谷底を見やった。リヒトもそれにならって目視で注視すると爆心地の近くにアカメとレオーネの姿が見て取れた。しかし、レオーネは倒れているようだ。

 

「タツミ。動けるならあの二人を頼む」

 

 ナジェンダがタツミに命じると彼は崖下へと降りて行った。

 

「レオーネは大丈夫そうか?」

 

「体が上下していたから息はあるはずだ。それにライオネルには奥の手もあるしな」

 

 それに頷いたリヒトは一瞬視界がぶれるのを感じた。彼はそのまま倒れこみそうになるが、スサノオがそれを受け止める。

 

「わるい、スサノオ」

 

「気にするな。それよりもまずは手当てをしなければ。ナジェンダ、拠点に戻ったほうがいいんじゃないか?」

 

「そうだな、アカメ達が合流したら一度拠点へ戻ろう。チェルシーもラバックと合流している頃だろう」

 

 スサノオもそれに頷いたが、リヒトだけは首を横に振った。

 

「いいや、ボス。オレはラバックと合流する」

 

「その傷でか? やめておけ、無理はしない方がいい」

 

「わかってる。でも、チェルシーが気になる。無理をするんじゃないかって思ってな」

 

 脇腹を押さえながら言うリヒトの額には僅かに汗が浮かんでおり、服には血が滲んでいる。ナジェンダはその状態を見て難しい表情をしたが、しばらく考えた後に頷くとスサノオに命じた。

 

「スサノオ、リヒトの手当てをしてやれ。リヒト、二人と合流したら決して深追いはするな。先ほどの爆発がボルスの持つ帝具のルビカンテの自爆だとすれば、それだけでも十分な戦果だ。決して戦闘などしようと考えるなよ」

 

「ああ、了解だ。それにエスデス達も合流するだろうしな」

 

 リヒトは軽く答えてみるものの、傷の痛みは消えてはいない。むしろ強くなっているといってもいいだろう。

 

「よし、とりあえずこれで止血は終了した。だが無理はするなよ」

 

「わーってるよ、そんじゃ行ってくる。みんなは先に戻っててくれ」

 

 言いながらリヒトはラバックとチェルシーが合流するという地点へ向かった。

 

 

 

 

 

 木にヨルムンガンドを打ち込みながら合流地点へと向かうリヒトは、傷口を押さえていた。恐らくスサノオに止血してもらった傷口が開きかけているのだろう。

 

「まぁこんだけ動き回ってれば当たり前か……」

 

 苦笑しながら進んでいると、そこで林の中にラバックが走っているのが見えた。

 

「ラバ!」

 

 リヒトが声をかけると彼は一瞬身構えたが、すぐに緊張を解いてこちらを見上げてきた。

 

「リヒト、何でお前こんなところに」

 

「んなことはどうでもいい。チェルシーはどうした!?」

 

「チェルシーちゃんならボルスを殺し終わって、みんなを楽にするためにってクロメを追ったよ」

 

「あの馬鹿……!! ラバ、お前は拠点に戻ってろ。オレはチェルシーを追う。アイツはどっちに行った!」

 

「え、あぁクロメがいる方向だから結界の外……このまま真っ直ぐ進めば合流できると思う」

 

 リヒトはそれだけ聞くと空中へ高く飛び上がった。空中で周囲を見回すと林の中の小路にボルスが倒れこんでいる。チェルシーに始末された本物のボルスだろう。

 

 恐らくチェルシーは彼に化けてクロメを暗殺するつもりなのだろう。しかし、リヒトは胸がざわめくのを感じていた。先ほどの戦闘の前、彼女は長距離からのマインの狙撃を避けてみせた。

 

 あの反応速度は明らかに人間のそれを越えている。だからリヒトは軍に所属していた頃に聞いた暗殺部隊のエリート組みから零れ落ちた者達のことを思い出す。

 

 暗殺部隊を作るため、帝国は年端も行かない純真無垢な子供たちを百人買い付け、暗殺者として育て上げた。その内の七人は精鋭部隊とされており、アカメはこれに所属していたのだ。

 

 だが、その他選抜から外れた大勢の子供たちの末路は、帝国の地下で行われていたのは劇薬などの薬物投与を施す人体実験だったらしい。

 

 恐らくクロメのあの反応速度はそれの産物によるものだろう。もしかするとクロメはチェルシーの殺し方では殺しきることが出来ないかもしれない。

 

「早まるんじゃねぇぞ、チェルシー……!!」

 

 脇腹の痛みも無視して突き進むリヒトはやがて森を抜けた。地上に降り立つといよいよ止血の効果がなくなってきたのか、脇腹からじんわりと湿ってきた。しかしそんなことを気にしている暇はない。

 

 周囲を見回すと崖近くの小路を歩いているボルスとクロメの姿があった。あのボルスはチェルシーで間違いがないだろう。すると、クロメが態勢を崩しその場にへたり込んだ。先の戦闘で八房を使いすぎた疲労だろうか。

 

 ボルス……いいや、チェルシーはクロメを心配するように腰を落とす。そしてクロメの背中を摩った瞬間、ボルスの姿が掻き消え、その中からチェルシーの姿が露になった。

 

 クロメはそれに反応することが出来なかったようで、次の瞬間には彼女はその場に倒れこんだ。恐らくチェルシーは針で急所を抉ったのだろう。けれどリヒトの胸中にはいまだざわめきが残っている。

 

「チェルシー!」

 

 声を大にして叫ぶと彼女はこちらに振り向き微笑みを返しながら歩いてきた。リヒトは彼女に「走れ!」と言おうとしたが、その時彼女の後ろでゆらりと悪鬼が立った。

 

 こちらに歩いてきていたチェルシーもそれに気が付いたのか、すぐさま身体を反転させる。

 

 リヒトはその時クロメの瞳を見てしまった。あの瞳はもう人間がしていいものではない。今まで見てきた敵の中で最も不気味な瞳は素直にリヒトを恐怖させた。クロメはお菓子を噛み砕きながら八房を抜き放つ。

 

「チッ!!」

 

 短い舌打ちの後、リヒトはヨルムンガンドを一気に伸ばしてチェルシーの身体に巻きつける。そのまま力いっぱい引っ張ったがそれが幸を創した。彼女が先ほどまでいた場所にナタラが現れたのだ。その背後には銃を持った女の骸人形がいる。

 

 チェルシーを何とか自分のいるところまで引っ張ることに成功したリヒトは、大きく息をついて目の前の三人を見据える。だがクロメはというとその場に八房を突き刺して座り込んでいる。

 

 死の淵から復活したとは言えどダメージは大きいのだろう。または、劇薬の後遺症か……。

 

「ありがとう、リヒト。危なかった……」

 

「無理しすぎなんだよテメェは。それにオレに話すことがあるんだったらもっと命を大切にしやがれ」

 

「……うん、そうだね」

 

 チェルシーは顔を伏せながらいうもののリヒトはどうやってこの場から逃げたものかと算段を立てていた。

 

 ……どうする。強行突破で抜けるか? いいや、ナタラの戦闘能力を考えるとオレは逃げ切れてもチェルシーがキツイ。それにもう一人と連携されても厄介だ。

 

 何度も逃げることを考えるもののいい案は一向に思い浮かんでこない。その間にもナタラと女の骸人形は着々と近づいている。そして彼等が腰を低くし一気に来るか否かの瞬間、僅かな地響きと鳥類がギャーギャーと鳴く声が聞こえた。

 

「なに?」

 

 不思議そうに辺りを見回すのはチェルシーであるが、それは骸人形二人とクロメも同じことだった。しかし、リヒトだけはこの地響きがなんであるのかが理解できた。

 

「逃げるぞチェルシー」

 

「え、どうやって……うわぁっ!?」

 

 チェルシーの声を最後まで聞かずにリヒトは彼女を左手で持ち上げる。ナタラと銃使いはそれに反応したが、その瞬間彼等の目の前に危険種の群れが雪崩れ込んできた。

 

 危険種の姿は一言で言えば馬のような姿だった。しかし、頭には刀のように反り返った角が生えており、口元からは鋭利な牙が覗いている。二級危険種のブレードランナーの群れだ。個々の力はそうでもないが、群れで行動するのが脅威となる危険種だ。

 

「コイツ等、一体何処から……」

 

「オレにひきつけられて来たんだろうさ。いい感じに来てくれたぜ」

 

 ニッと笑みを浮かべて言うのも無理はない。なにせブレードランナーはリヒトにも向かってきているが、動けないクロメにも向かっているのだ。クロメに向かっているということはナタラ達は動けない彼女を援護するほかない。

 

 だからこそ今が好機なのだ。

 

「跳ぶぞ、チェルシー。しっかりしがみ付いてろよ!!」

 

 言うが早いかリヒトは虚空にヨルムンガンドをい打ち込み、空中へ躍り出た。眼下ではクロメが睨んでいたが、そんなことは気にしていられない。一刻も早くこの場から離脱しなければならない。

 

 そのまま次の空間にヨルムンガンドを打ち込もうとしたが、その時したから一つの銃声が聞こえた。そして次の瞬間リヒトは腹部の辺りを何かが貫通したのを感じた。

 

「リヒト?」

 

 一瞬震えたリヒトに対しチェルシーが怪訝な顔を向けてきたが、彼はそれに答えずに空中を跳びながら臨時拠点へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 臨時拠点の近くへ帰還を遂げたリヒトとチェルシーは地上に降り立ち、互いに安堵の息をついた。

 

「ここまでくれば問題ないだろ。オレの体質もたまには役に立つな」

 

 肩を竦めながら言うリヒトにチェルシーも頷いたが、彼女の顔は晴れない。深追いしたことを悪く思っているのだろう。

 

「ごめんね、リヒト。無茶させちゃって」

 

「気にすんな。ラバックから聞いたけどオレ達を楽させようとしてくれたんだろ。謝ることじゃない。でも、今度からは誰かと一緒に行動しろよ」

 

 苦笑しつつ言うリヒトだが、息は荒いし顔色も悪い。流石にチェルシーもそれに気が付いたのか顔を覗き込んでくる。

 

「ねぇリヒト。調子悪そうだけど怪我してるの?」

 

「ん、ああ。脇腹を刺されててな、ちょっとばかし視界が霞んでるだけだ」

 

「ちょ!? それって全然大丈夫じゃないじゃん! 早く戻って治療しないと!」

 

「そうだな。でも大丈夫そうだ。ホラ、前見ろ」

 

 顎をしゃくって前を指すとアカメとタツミが二人に手を振って駆けてくるところだった。チェルシーはそれに安堵したような表情を見せたが、リヒトはその表情を最後まで確認することが出来なかった。

 

 視界がもう確認できないところまで霞んできていたのだ。そして体の重心がぶれたかと思うと、彼はそのまま地面に倒れこんだ。

 

「リヒト? リヒト!?」

 

 チェルシーの声は聞こえるものの限り無く遠い。リヒトは空を見上げながら刀傷のある脇腹ではなく、腹部の辺りを撫でた。

 

 妙に温かみのある液体の感触と本来人体にはない穴がそこにはあった。そう、リヒトはクロメの骸人形の一人である銃使いの女に撃たれていたのだ。

 

 ……やっぱ撃たれてたよな。ヤバイ、もう意識が……。

 

 徐々に視界が狭まり、もはや人の顔すらも認識できないぐらいまで視界が霞む。しかし、チェルシーが必死に呼びかけているのは聞こえた。

 

「しっかりして! リヒト、死んじゃいやだよ!! まだ伝えたいこと伝えてないのに!!」

 

 段々とその声も聞こえなくなってきたが、声の感じからして彼女が鳴いているのが分かったリヒトは、口を僅かに動かした。

 

『泣くなよ』と。

 

 だが言い終えると同時に彼の視界は完全に闇に支配された。

 

 

 

 

 

 リヒトが『泣くなよ』と口パクで伝えてから目を瞑ってしまったことにチェルシーの顔が蒼白になった。

 

「そんな……リヒト? 嘘だよね?」

 

 言って見るものの彼女の問いにリヒトは答えない。チェルシーは最悪なことを想像したが、その瞬間焦った様子でタツミとアカメがやってきた。

 

「チェルシー! リヒトは!?」

 

 タツミに問われたものの、チェルシーはそれに答えることが出来なかった。タツミも彼女の反応に最悪の事態を想像してしまったようだが、リヒトの胸に耳を当てたアカメが告げる。

 

「タツミ、チェルシー。急いでリヒトを拠点へ運ぶぞ! まだ心臓は動いてるし息もある。今ならまだ間に合うはずだ!!」

 

 アカメに命じられて二人は顔を見合わせるとそれに頷いた。

 

 すぐさまチェルシーが傷口からこれ以上血が流れ出ないように押さえながら、リヒトをタツミに背負わせる。

 

「急ぐぞ! 早く処置しないと取り返しがつかなくなる!」

 

「おう!!」

 

 タツミは走り出し、チェルシーとアカメもリヒトの傷口を押さえながら走り出した。そしてチェルシーは下唇を噛み締めながら祈った。

 

 ……お願い。死なないで、リヒト!!

 

 彼女の瞳からは涙が零れ落ちた。




はい、早めに投稿するなどと言っておきながら一週間も空いてしまって申し訳ないです……。
なにぶん荒ぶる神々を食べることに必死だったものでして……。
まぁそんなことは理由になりませんよねw
尚且つ戦闘描写へたくそですみません……。

チェルシー生存確定!
もっとピンチな所に颯爽登場!! させようかとも思ったんですが主人公負傷の方がおもしろいかなーって思ったのでこんな感じにしました。
そして次に控えてるのはセリュー戦!! 負傷しているリヒトは二週間で完治させることが出来るのか……そしてセリューは狂気から解き放たれるのか……もう少々お待ちくださいませ。

そしてもうお解かりですね、この作品のヒロインは……。

では、感想などありましたらよろしくお願いします。

追記
本編中でタツミがバレてますが、そこは私のミスです。
修正しておきます。
皆様には多大なるご迷惑をおかけして申し訳ないです。


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第二十五話

甘く……出来たのか、それともエロく……できたのか……


 妙に暖かい空気が肌を撫でたことでリヒトは目を覚ました。

 

 仰向けの状態で視線だけを泳がせると、自分の周囲には草が生い茂っているのが見える。空は遠かったが群青色と橙色の見事なコントラストを描いている。恐らく夕暮れだろう。

 

 最初はキョロクまで行く時のナイトレイドの野営地かとも思ったが、すぐにそうではない事がわかった。

 

 痛みが消えていたのだ。

 

 クロメに刺され、彼女の骸人形撃たれた傷の痛みがなくなっていた。そればかりか脇腹を触っても傷跡らしい傷跡がない。

 

「どうなってんだよ……」

 

 疑問に思いながらゆっくり起き上がると、自分がいる場所の全景が見えてきた。どうやらここは海に面した丘のようなところらしい。周囲にはゴツゴツとした岩も見えるが、それらを覆うように雑草と、色とりどりの花々が咲き誇っている。

 

 海の方からはしきりに波の音が聞こえ、潮風が鼻腔をついた。

 

 ひとしきり周囲を確認したリヒトは、「うん」と一度頷くと呟く。

 

「これってもしかして、あの世ってヤツ?」

 

「ちがうよ」

 

 不意に背後から声をかけられたのでそちらに振り向くと、背後には金髪で柔和な顔立ちの少年がいた。リヒトはその少年に見覚えがあった。いいや、見覚えがあるとかそういったものではない。幼き頃から兄弟の様に育ち、互いに夢を持った彼を忘れるはずがなかった。

 

「ルーク……」

 

 彼の名を呼ぶリヒトは驚愕の表情を見せたが、すぐに被りを振る。

 

「いやいやいやいや、お前いるってことはオレ死んだんじゃね? これってアレだろ、さっき行ったあの世ってヤツ」

 

「大丈夫。君は死んでないよ。前にもあったんじゃないこんなこと」

 

「前にもって……あ」

 

 リヒトは以前ブラートが戦死したときのことを思い出す。あの時は夢を見たのだ。ブラートに背中を押される夢を。

 

「じゃあ、これも夢ってことか」

 

「そう思っていいんじゃない? まぁ僕は君に話があったんだけどね」

 

 人が悩んでいる時に随分と楽観的な死人だ。

 

 小さく溜息をつきながらリヒトはルークに問うた。

 

「夢だろうが現実だろうがこの際なんでもいいや。で? オレに話しって何だよルーク。死人がわざわざ出てきたってことはそれだけ重要なことなんだろ?」

 

「うん。リヒト、君に頼みがある。彼女を……セリューをあの狂気から解放してあげて欲しい」

 

「……解放、か」

 

「彼女がああいう風に歪んでしまったのは、帝国の廃れた政治のせいでもある。言わばあの子は被害者だ。だから僕はあの子を助けてあげたい。でも、僕はもう死んでいるからね……君に頼りきりになってしまっていることは百も承知だ。本当にすまないと思う。けどお願いだ、リヒト、セリューを助けてあげて」

 

「……」

 

 ルークの言葉にリヒトは答えず、セリューの瞳を思い出す。彼女の瞳は酷く濁り、歪んだ光りを灯していた。初めて会った時の狂気に満ちた表情は今でも忘れはしない。

 

 あそこまで歪んでしまった彼女を自分が救うことが出来るのだろうか。むしろ何もしないまま殺してやった方が楽なのではないだろうか。リヒトはルークの顔を見やると溜息をつく。

 

「わーったよ。出来る限り努力はする。けど、オレが無理だと判断したらその時は、一切合切の容赦なくあいつを殺す。解放とかそういうのは考えない。こっちにも恨みがあるんでな」

 

「それでいいよ。じゃあ、これでお別れかな」

 

 ルークは悲しげな表情を見せたかと思うと、一瞬リヒトの視界がグラつき意識も遠のいてゆく。そして地面に倒れこむと同時に、意識は完全に暗転した。

 

 

 

 

 

 

 額のひんやりとした感覚と誰かに手をきつく握られていることに気が付いたリヒトは、ゆっくりと瞼を上げた。最初に目に着いたのは見知らぬ天井だった。形状からしてテントではなく建造物の中のようだ。

 

 すると、視界の下から影がヌッと出てきた。急に出てこられたので誰かと思ったが、そこにいたのは、まぶたを赤く腫らしたチェルシーだった。目尻には涙が見える。

 

「……ひでぇ顔だな。まぁ、眠気覚ましにゃちょうどいいか」

 

 苦笑いを浮かべながら言うと両頬を抓られた。しかも結構な強さで。

 

「いひゃいいひゃい」

 

 抓られているせいで上手く言葉が出なかったが、チェルシーはすぐに開放してくれた。前髪が目にかかっているので表情は読めないが、肩は小さく震えている。彼女はその状態のまま小さく言って来た。

 

「……ごめん」

 

「なんでお前が謝ってんだ」

 

「だって、私が独断専行して失敗して……それでリヒトにこんな怪我負わせちゃったわけだし……」

 

「元々オレの傷のうち一つはオレの行きすぎた行動のせいだし、もう一つだってオレの責任だ。お前が泣いて謝るようなことじゃねぇんだよ」

 

 左手をゆっくりと上げて彼女の額を弾くと、チェルシーの表情が露になった。

 

 案の定チェルシーの双眸には涙が浮かび、目も充血していた。

 

「やれやれ、こんなに泣かれちゃおちおち寝てもいらんねぇな。ちょっと水取ってくれ」

 

 ベッドサイドテーブルにある水を要求し、布団と額に乗っていた濡れタオルを引っぺがしてから首をゴキゴキ鳴らす。改めて自分の身体を見下ろすと、上半身にはしっかりと包帯が巻かれており、傷跡もそこまで強く痛まない。

 

 チェルシーから水を受け取ってそれを一気に飲み干す。

 

「ふぅ……何日経った? つーか、ここは何処だ」

 

「ここはキョロクの拠点。倒れてから三日経って、ここには昨日着いたんだよ」

 

「怪しまれなかったか?」

 

「深夜に来たし、スサノオの上着の下におぶられてたから大丈夫。傷口はラバックが縫ってくれて、薬とかはアカメが採ってきた薬草を塗ったんだ」

 

 事細かに説明するチェルシーは涙を拭った。リヒトは彼女の説明に頷いた後少し開いたカーテンの隙間から外を見たが、外は既にとっぷりと日が暮れているようだ。

 

「皆はどっかいったのか?」

 

「タツミとマインはキョロクの近くにある遺跡地帯に行ってて、ラバは聖堂近くを偵察中。アカメは墓地の方を見てくるみたい。ボス達なら会議室にいるよ」

 

「じゃあボスに会いに行くかね。よっと」

 

 少しだけ勢いをつけて起き上がってみたが、まだ足に力がしっかりと入らず、リヒトはそのままフラリと仰向けに倒れこんでしまった。

 

「ちょ、ちょっとリヒト、大丈夫?」

 

 チェルシーが心配げにしゃがみ込み、こちらの顔を確認しにきた。しかし、リヒトは見てしまった。チェルシーのスカートの中を。

 

「黒か……」

 

「え? ……ッ!!」

 

 思わずこぼれ出た呟きに気付いた彼女は凄まじい勢いで後ずさった。蹴りの一発ぐらいは貰うかと思ったが、いつまでたってもそのような衝撃と痛みは襲ってこない。

 

 流石に怪我人だから気遣ってくれているのかと思い彼女の顔色を確認すると、チェルシーの顔は真っ赤に染まっていた。それはもう今まで見たことないほどに。

 

 リヒトも心配になってきたので立ち上がってから彼女に問う。

 

「ど、どした?」

 

「なんでもない……。まったく、リヒトもエッチなんだから」

 

「偶々見えたんだよ。狙ってやったわけじゃないし」

 

「ふぅん……」

 

 チェルシーはそっぽを向いた。それは怒っているとかそういう感じではなく、むしろ照れ隠しと言った感じだったなのだが、リヒトはそこまで気づいていないようで首をかしげいてる。

 

 そしてチェルシーが落ち着いたところで二人は部屋を出て会議室へと顔を出した。

 

 会議室にいたのはナジェンダとスサノオ、レオーネの三人だった。レオーネは腕の接合が済んだのか、包帯で手を吊り、ナジェンダはタバコをふかしていた。

 

「お、リヒト。目が覚めたかー。いやぁよかったよかった、お姉さんは心配したぞ」

 

「お前も腕くっついてよかったなレオーネ」

 

 椅子に座っているレオーネと軽くハイタッチを交わし、リヒトはナジェンダの元まで歩み寄る。

 

「休んじまって悪かったな、ボス」

 

「気にするな。お前の働きのおかげでチェルシーを失わずに済んだ。今は決戦に向けて十分休息を取ってくれ。そうだ、腹減ってないか?」

 

「そういや減ってるな……」

 

 ナジェンダに言われ、腹に手を当てると空腹を報せる腹の虫が鳴った。

 

「まぁ三日間も眠っていたんだから無理はないな。スサノオ、準備できるか?」

 

「わかった。病み上がりだからな、消化の良いものを作ってこよう」

 

 スサノオはキッチンへ向かった。リヒトも料理が出てくるのを座って待つことにすると、チェルシーが告げてきた。

 

「それじゃあ私お風呂入ってくるから」

 

「ああ。ゆっくり浸かって来い」

 

 ナジェンダに送られチェルシーは会議室を出て行った。その後姿を見送っているとナジェンダが肩を叩いてきた。

 

「リヒト、後でチェルシーに礼を言っておけよ」

 

「そうそう。お前のことずーっと看てたんだからな。アカメ達が変わるって行っても「自分のせいだから」って譲らなかったんだぞー」

 

「そうか……」

 

 二人に答えると看病してくれていたチェルシーの手を思い出す。彼女の手は先のほうが赤くなっていたのだ。額に乗っていた濡れタオルをずっと交換し続けてくれたのだろう。

 

 先ほども彼女に言ったが、あそこまでチェルシーが責任を感じることはないのだ。アレは彼女がクロメと倒した方が後々楽になってくると判断したからこその判断だ。その考えは決して間違えてはいないし、リヒトとて同じ状況であればそうしたかもしれない。

 

 けれど、今回は相手が悪かった。誰だって急所を抉った人間が再び起き上がるなど考えもしない。今回は不幸が重なってしまっただけなのだ。

 

「……責任感じすぎなんだよなぁ」

 

「そう言ってやるな。チェルシーにとってお前の看病はせめてもの罪滅ぼしだったのだろう」

 

「そういうもんかねぇ。つーかアカメ達は遅くねぇか? いくら偵察って言ったって遅すぎだろ」

 

 リヒトが言うとナジェンダは顔を曇らせてタバコを灰皿にグリグリと押し付けた。

 

「実は革命軍の情報屋から連絡が入っていてな、現在ここキョロクにはエスデス率いるイェーガーズだけでなく、大臣お抱えの処刑人である『羅刹四鬼』が入ってきているらしい。恐らくだが、アカメ達の帰りが遅くなっているのは奴等と交戦中なのだろう」

 

 羅刹四鬼とは皇拳寺に所属しているいわば暗殺部隊のようなものだ。一人一人が特殊な修行をしたり、特殊な体質であったりするらしい。腕前も相応のものだという。

 

「助けに行くべきなんじゃねぇのか?」

 

「確かにそうだが、私もスサノオの奥の手を使った後だ。それにレオーネも腕がくっついたとはいえ本調子ではない。お前だってそうだろう。チェルシーも肉弾戦型ではないからな。今はアカメ達を信じよう」

 

「まっ、アイツ等なら大丈夫だって。なんか私も腹減ってきた……スーさーん、私にもなんかつくってー」

 

 レオーネは楽観的に答えてスサノオに頼み込んでいたが、リヒトは窓から見える外の景色を見て小さくため息をついた。

 

 

 

 バスルームで少し熱めのシャワーを浴びながらチェルシーは浮かない表情をしていた。

 

「リヒトはああ言ってくれたけど……やっぱり……」

 

 頭に何度もフラッシュバックするのは自分を助けに来たことで血まみれになったリヒトと、彼の苦しそうな顔だ。そのたびに胸が裂かれそうなほどの罪悪感と、哀傷の念にかられてしまう。

 

 ゴン、とタイルの壁に頭を打ちつけながらチェルシーは小さく息をつき、言葉を漏らす。

 

「……私がリヒトと付き合おうだなんて、ムシが良すぎる話だよね」

 

 ざぁざぁと降り注ぐシャワーの音にかき消されそうなほど小さな声は、今の彼女の心の中を表しているようだった。

 

 

 

 その後、リヒトが食事を終えてさらに夜が深まった頃、アカメ達は無事に臨時拠点に帰還してきた。アカメとラバックが多少負傷したようだったが、タツミとマインは無事のようだった。

 

 けれど、羅刹四鬼の一人の手によって情報員達は殆どやられてしまったという事実も突きつけられた。

 

「情報員がやられたってなると、ちっとばかし動きづらくなってくるな」

 

「ああ。今回の一件でイェーガーズも嗅ぎ付けただろうからな。これからは膠着状態が続くと覚悟していいだろう。皆、街に出るときはくれぐれも変装を忘れるなよ。特に手配書が出回っている組は気をつけろ」

 

 ナジェンダの言葉に全員が頷き、その日の夜は解散となった。夜とは言っても明け方だったが。

 

 リヒトもすっかり戻ってきた身体の調子を確かめるようにしながら自室に戻っていくが、途中でチェルシーに呼び止められた。屋上について来て欲しいとのことだった。

 

 言われるがままチェルシーについて行き、拠点の屋上へ上がると東の空が白み始めているところだった。空にはまだ星が煌めいている。

 

「前に言ったよね、リヒト。君に伝えたいことがあるって」

 

「ああ」

 

「それを言おうと思ってたんだけど……ごめん、アレ忘れて。思い返せばそんな大した事じゃなかったし」

 

 いつもの小悪魔っぽい笑顔浮かべて言うチェルシー。しかしリヒトにはそんな笑顔がどこか儚げで、とても悲しげに見えた。彼女はそのまま「それじゃ、後でね」とだけ告げて戻っていこうとしたが、リヒトがそれを許さなかった。

 

「待てよ、チェルシー。このままだとオレが気持ち悪い。伝えたいことがあるのなら、はっきりと伝えてくれ」

 

「だから、大したことじゃないって言ってるじゃん。気にしないでよ」

 

「嫌だね。つーか、お前平静を装ってるつもりだろうけどバレバレなんだよ。泣きそうになってたじゃねぇか」

 

「……」

 

 チェルシーは答えなかったが、リヒトの手を振り切ろうと力を込めていた右腕の力を抜いた。彼女はこちらに向き直るが、顔は伏せたままだ。

 

 そして彼女の口にリヒトは胸を打たれることとなった。

 

「私……私はね、リヒト……君のことが好きになっちゃったんだよ。もうどうしようもないくらいに」

 

「好きって、お前……」

 

 思いもよらぬチェルシーの告白にリヒトは息を詰まらせる。けれどチェルシーは言葉を繋げて行く。

 

「君がレオーネやアカメと仲良くしてたら嫉妬しちゃうし、気がついたらいつも君を目で追ってた……。最初の頃はただちょっとかっこいいかなーって思ってたけど、一緒に任務をこなしたり、危ないところを助けてもらったりしたらどんどん君に惹かれて行ったんだよ」

 

 告白にリヒトはどう反応したらいいのかと悩んだが、チェルシーは「でも……」と続けた。

 

「でも……この前のことで私がリヒトを好きになる資格なんてないって思ったんだ。だって、私の自分勝手な判断で君を殺しかけたんだよ? リヒトを危険に晒して、ましてや生死の境を彷徨わせて……それで付き合いたいだなんてムシが良すぎるじゃん」

 

 顔を上げた彼女の瞳からは大粒の涙が零れている。表情は悲しみと悔しさに染まりぐしゃぐしゃになっている。

 

「私と一緒にいたらリヒトが不幸になる。私に君を好きになる資格なんてこれっぽっちもないんだよ!! それに私はあの場で死ぬべきだったんだよ! 好きな人死なせかけるなんてありえないよ……!!。

 だから私のことはもう気にしないで。リヒトはアカメと付き合った方がいいよ二人ならお似合いだもん」

 

 必死に笑みを作って言ってくるものの、涙は止め処なく溢れている。今まで大人の女というか、みんなの前でお姉さん的なポジションであったせいもあるのだろうか。今の彼女は酷く小さく見えた。まるで両親とはぐれた幼子のようだ。

 

 ……頼むからそんな顔はしないでくれ。

 

 彼女の表情と言葉にリヒトは胸が熱くなったの感じた。

 

 そして気がついたときにはリヒトは動いていた。一瞬力が抜けかけた腕に力を込め、チェルシーを一気に引き寄せると、彼女の腰に手を回し無理やりに唇を合わせた。

 

 勢いあまったためか、カチン! と前歯があたったような音がしたが、そんなことは気にしない。リヒトは離したくなかった。目の前で自責の念にかられ、今にも壊れてしまいそうな彼女を。

 

 するとチェルシーもこちらの腰に手を回してキスに答えてきた。

 

 何分ぐらい唇を合わせていただろうか。いいや、実質的には何十秒なのだろうがそれだけ長く感じたのだ。

 

 やがてキスを終えた二人だが、リヒトはチェルシーをすぐに開放はせずにきつく抱きしめた。

 

「チェルシー、さっきも言っただろ。お前が責任を感じる必要はないんだ。お前の行動は確かに独断専行だったかもしれない。でも、アレはオレ達の後々の戦いを想定してのことだったんだろ? だったら、お前を責める理由なんてこれっぽちもないじゃないか」

 

 いつもの粗野な声音ではなく、酷く優しく、あやす様な声で彼女に告げながら頭を撫でる。

 

「だから死ぬべきだったのは自分だったとか、付き合う資格がないとか、そんな悲しいこと言わないでくれよ。お前はオレの大切な仲間で……恋人なんだからさ」

 

 そう言うとチェルシーの身体がピクンと震えた。

 

「私が……恋人で、いいの?」

 

 嗚咽交じりの声にリヒトは「ああ」と短く答える。

 

「というか付き合ってくれ。女の子にアレだけ言われたら、男として付き合わないわけにはいかないだろ」

 

「……ありがとう、リヒト。あと、これからよろしく……」

 

「こちらこそだ。チェルシー」

 

 その返答にいよいよチェルシーは我慢の限界だったのか、嗚咽を漏らしリヒトの胸に顔を押し付けながら泣きじゃくった。リヒトはただただそれを優しく受け止め、彼女の背中を撫で続けた。

 

 いつの間にか朝日が昇り、暖かい橙色の日差しが差し込んでいた。その暖かな光りはまるで結ばれた二人を祝福しているようでもあった。

 

 しばらくの間泣き続けたチェルシーを解放したリヒトは彼女の手を握って歩き出そうとしたが、チェルシーに止められた。

 

「ねぇリヒト。もう一回キスして」

 

「はぁ!? なんでまた……」

 

「だってこれが夢だったりしたら嫌じゃん。だから現実だって分かるためにさ」

 

「ったく……」

 

 さっきは勢いで何とかなったものの、いざやってくれと頼まれるとどうにも気恥ずかしいものである。けれど恋人になると宣言してしまった以上、断るわけにも行くまい。

 

 意を決したリヒトはさっきよりは優しく唇を合わせたものの、チェルシーは口の中に舌を入れて来た。いわゆるディープキスというヤツだろう。

 

 いきなりの行動に驚いたが、リヒトはそれにすら答えて彼女の口に舌を突っ込んだ。

 

 深いキスを終えた二人は互いに頬を染めていたが、チェルシーはとても満足げだ。

 

「それじゃあ、戻ろうか」

 

「ああ。一応ボスとかにも報告しないとな」

 

「だね。でも今は皆寝てるだろうし、報告はお昼くらいでいいんじゃない? だからさ……それまでは、ね?」

 

 この蠱惑的でどこか艶っぽい視線を向けてくるということは、そういうことだろう。まったくこちらは怪我人だというのに……。

 

「怪我が開かない程度に頼むぜ……。怪我人なもんでね」

 

「その辺はしっかり配慮するよ。優しく、し・て・あ・げ・る」

 

 ウインクをしながら言ってくる彼女は、本当に先ほどまで泣き腫らしていた人物かと疑わせるほど色っぽかった。

 

 その後、二人はリヒトの自室に消えていったが、そこであったことについては何も言うまい。

 

 

 

 

 

「というわけで、オレとチェルシーは付き合うことになりました」

 

 昼食を終えた所で皆に発表した。殆どは祝福してくれたのだが、ラバックだけは険しい表情をしている。

 

「どうしたんだよ、ラバック」

 

「ぶぇっつにぃ~。よかったんじゃないの、チェルシーちゃんと彼氏彼女の関係になってさ。でも言っとくけどそれ死亡フラグだかんな!」

 

「死亡フラグ?」

 

「良く物語とかにあるだろ。守るものが出来た途端に死ぬとか。戦争中に恋人の話をしたヤツから真っ先に死ぬアレだよ! 高確率でそうなるからせいぜい気をつけろよ!」

 

 人差し指をこちらにビシッと向けて言ってくるラバックだが、彼の肩にレオーネが手を置いた。

 

「んで、本音は?」

 

「うらやましいです! 俺も彼女欲しいYO!!」

 

「まぁまぁ泣くなよ。いつかお前にも春が来るって……何時かは分からんけど」

 

「チェルシーちゃんの手ぇ握りながら言ってるから嫌味にしか聞こえねぇよ!!」

 

 ラバックは血涙を流しそうな勢いで天を仰いだあと、テーブルの上に突っ伏した。そんなに彼女が欲しいのならさっさとナジェンダに告白してしまえばいいものを。まぁそれが成就するとは言い切れないが。

 

 その様子を呆れたように見ていたマインが紅茶を飲みながらアカメに言った。

 

「でも意外よねー。リヒトはアカメとくっつくものだと思ってたわ」

 

「なぜだ?」

 

「だってアンタとリヒトって任務は一緒のことが多かったし、アンタだってべったりだったじゃない」

 

「それはリヒトといると食べるものに困らなかったからだ」

 

 そういう彼女の言葉にリヒトも頷くとマインに告げる。

 

「アカメは恋愛対象とかそういうのより、なんつーか手間のかかる妹? って感じだな。今もだけど」

 

「あぁ……なんか分かる気もするわね」

 

 マインも納得がいったのかうんうんと頷いていたが、そこで様子をみていたナジェンダが皆に聞こえるように大きな咳払いをした。

 

「守るものが出来ると人は強くなるが、二人とも決して浮ついた行動には出ないようにな。朝方も話したが情報員がいなくなった今、迂闊に動くことはできない。各々注意するように」

 

 ナジェンダの命令によって若干浮ついていた空気が引き締まり、今日一日は外に出ず、拠点で待機との命令が下された。

 

 その後、イェーガーズもキョロクでの警戒を強め戦闘も何も起こらない膠着状態のまま、二週間が経過していった。




羅刹四鬼などしらぬ!!(キリッ)

はい、今回は前回よりも少しだけ短めでしたね。
まぁ次回はアレが控えてますから……ええ、いよいよですよまったく。
果たしてどうなることやら……。

そしてリヒトとチェルシーくっつけました!
リヒトは良く受け止めました……僕にはあれ以上思い浮かびませぬ。
まぁ部屋に行ったってことはもうお察しください。ホラ、こういう流れよくあるじゃないですか……(震え声)
なにぶん恋愛ものには疎いものでして甘く出来たのかはわかりませんが、今後も二人はいたるところでイチャコラするのだろうと思います。皆様塩の準備をお忘れなく。

次回はいよいよセリュー戦ですね。ルークに言われたとおり狂気から解き放つことが出来るのか、それとも無難に殺してしまうのか。そして奥の手は出るのか……。

そしてもう一つ、それなりに先の話になりますが。
……ボルスさんの奥さんと娘さん、生かしてあげた方がいいですよね……?

ではでは、感想などありましたらよろしくお願いします。


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第二十六話

 キョロクにあるナイトレイドの臨時アジトの自室にて、リヒトは上半身裸で姿見を見ていた。彼の身体には少年時代に負った傷やら訓練中に負った傷など大小さまざまな傷跡が残っていた。

 

 そして両脇腹を見ると銃創痕と八房による刀痕が刻まれていた。そのどちらも今は傷がふさがっているため血は見えないが、痛々しさは十分に体現されていた。

 

「よし、治った治った」

 

 彼は傷跡の辺りを軽くなぞったあと肌着を着て普段着に着替えて自室を後にする。目を覚ましてから二週間が経過したものの、ナイトレイドは思うように動けていない。

 

 まぁ情報員が殺されてしまったのも強いが、もう一つの要因としてはイェーガーズが警戒を強めたことだ。リヒトも何度か外に出たとき遠目にウェイブという少年を見たときはヒヤッとした。

 

「あん時はさすがにビクッたなぁ。肝を冷やすってのはまさにあのことだな、うん」

 

 肩を竦めつつ会議室のドアノブに手をかけて中に入ると、既に全員が席についていた。マインが「遅いわよ」といた風な視線を送ってきたので、手をヒラヒラと振りながら自分の席に着く。

 

 そして窓際の席に座っているナジェンダがテーブルについた皆を見回して見て告げる。

 

「全員揃ったな。では今日の予定を確認しておくぞ。っとそのまえにリヒト、傷の具合は大丈夫か?」

 

「完治したぜ。戦闘にも支障はねぇ」

 

「そうか。では改めて確認するぞ。レオーネとスサノオはトンネル掘り。マインとチェルシーは午前中の情報収集。昼過ぎはアカメとラバックが行け。そして夕刻はタツミとリヒトだ。異論はあるか?」

 

 ナジェンダの言葉に皆被りを振って答えると、問うた彼女は一度頷き言葉を続けた。

 

「レオーネ達が掘ったトンネルが開通した後、いよいよボリックの暗殺ミッションを開始とする。皆、情報収集の際はくれぐれも無理をしないように」

 

「そりゃそうだな。無理をするとオレみたいになるし、あだ」

 

 答えたものの軽く頭を小突かれた。隣を見やるとチェルシーがムッとした顔をしていた。どうやら今言った言葉が気に食わなかったようだ。

 

 それに軽く笑みを浮かべながら答えていると、向かいに座っているラバックがジト目を送ってきた。

 

「ラバ。このあとの展開は大体想像できるから言っとくけどもう変なやり取りしないからな」

 

「だったら俺の前でチェルシーちゃんとイチャつくのをやめろよ! なんだ今の!? 彼女にムッとされて苦笑いで返すとかなんか羨ましい!!」

 

「あー、そうかい。そらーわるーござんしたー」

 

 語尾を延ばしながら答えるとラバックはまだ「ぐぬぬ……」と呻っていたが、リヒトは特に反応する気もない。

 

 しかしリヒトとて彼女がいないラバックの前でやりすぎたといえばやりすぎている。ある時は「はい、あ~ん」を目の前でやってみたり、またある時はチェルシーがリヒトの名を呼んで「呼んでみただけー」もやった。他にも上げるとすればいってらっしゃいのキスぐらいか。

 

 これらは全てリヒトが望んでやったことではない。どちらかと言うとチェルシーがやってきたことなのでリヒトも断れば良いのだが、チェルシーがそれを許さないのだ。断ろうとすれば涙目になるので彼氏としては彼女に泣かれるのは忍びない。それらが結果としてラバックの精神を抉っているということだ。

 

 するとリヒトを睨んでいたラバックを制するように、ナジェンダが少し大きめの咳払いをした。ラバックもそれを聞いて引っ込んだ。

 

「リヒトとチェルシーがイチャつくのは一向に構わんが、あまりハメを外しすぎないように。ラバックがイライラするのも分からんことはないがな」

 

「常時ポワポワした甘ったるい空気を醸し出されたらたまったもんじゃないわよねぇ。その辺はアタシも同意するわ」

 

 マインが若干うんざりしたように言うが、そこでチェルシーの瞳が光った。

 

「あれー? マインもしかしてうらやましいの~?」

 

「ハァ!? 誰が羨ましいって言ったのよ! アタシはただあんた等のいちゃつき具合が迷惑だって言ってんのよ。場所を選ばずイチャイチャイチャイチャ……緊張感がないわ!」

 

 肩で息をしながら声を荒げる彼女の顔は僅かに朱に染まっていた。恐らく本気で怒っているのではないだろう。しかし、そんな彼女を嗜めるようにスサノオが落ち着いた声で言う。

 

「そう言うなマイン。常時緊張していては精神が磨り減ってしまう。二人のようにゆるい感じにいるのも手だぞ。それに二人は情報収集の時はしっかりやっているだろう?」

 

「そ、それはそうだけど……」

 

「やーいやーい、言われてやんのー」

 

「うっさいわね、チェルシー!」

 

 マインは猫が毛を逆立たせて威嚇するように身体を構えたが、チェルシーはいつもの悪戯っぽい笑みを見せている。

 

 二人の様子に皆やれやれと首を振っていたが、空気はそれなりに明るくなった。

 

 その後二人が落ち着いたのを見計らって朝食を取り、チェルシーとマインが情報収集のために出て行った。

 

 

 

 

 

 

 教会にある中庭にてイェーガーズのメンバー、セリューは相棒ヘカトンケイル……コロに収納してある武装『十王の裁き』の整備をしていた。

 

 いつもは休憩時間に子供たちと遊んでいるこの中庭も、彼女が広げる武器によって異様な空気を放っている。すると、そんな彼女の背後に同じくイェーガーズのメンバーであるウェイブが現れた。

 

「おはようございます、ウェイブくん。なにか用ですか?」

 

「少しな。……セリュー、隊長から聞いた話しなんだけどよ。ナイトレイドの中にいるリヒトってヤツ。お前の幼馴染なんだってな」

 

「……そうですよ。でもそれがどうかしましたか? 幼馴染だって彼はもう悪に染まってしまったんです。悪を断罪するのが私の役目なんだから、それがたとえ顔見知りでも遂行するだけですよ」

 

 笑って言ってのけるセリューだが、それを見たウェイブは悔しさと悲しさが入り混じったような表情をしていた。

 

「お前はそれでいいのかよ」

 

「当たり前です。それにあっちも私を殺す気でいるでしょう。まぁ悪は正義に勝てませんけど。それだけですか、ウェイブくん」

 

「……ああ。でも、最後に言わせてくれ。無理はするなよ?」

 

「わかってます」

 

 答えたのを確認したのかウェイブは教会の方に戻っていったが、残されたセリューは武装を磨きながら抜けるような青空を見上げた。澄み渡った青空は見ているだけで心を現れるようだったが、それに介入するように輝く白銀の髪と、煌めく黄金の瞳の青年の姿がチラつく。

 

 幼きころにほんの少しであったが共に過ごした青年リヒト。しかし、当時の彼はもういないのだ。今いるのは帝国に仇なす凶賊、ナイトレイドのリヒトだ。だからこそ殺さなければならない。否、殺すのだ。

 

「正義は必ず勝つ。どんなヤツが相手でも私は負けない」

 

 義手が軋むほど拳を握り締めた彼女だが、その目尻からは小さな涙が零れる。しかし彼女はそれに気が付かない。その涙が何の涙であったのかすら。

 

 

 

 セリューと少し話しをしたウェイブは頭をガリガリを掻いていた。

 

「あー、くそ。やっぱ俺こういうの向いてねぇかなぁ」

 

 そういう彼の瞳には後悔の念が見える。原因はさっきのセリューとのやり取りだ。

 

 確かに彼女の言うことも分かるには分かる。悪事を働いた人間は罰さないといけないし、ナイトレイドは帝国の要人も殺している。彼等が死刑になるのは免れないことだと思うのだが、どうにも落ち着かないのだ。

 

 言ってはなんだがナイトレイドや革命軍のように今の帝国に、反旗を翻す気持ちも分からなくはない。自分の目で見てきたことだから分かるのだ。今帝都がどれだけ酷い状況にあるのかが。

 

 しかしウェイブはそこで頭を振る。

 

「いやいや、ダメだ。しっかりしろ俺。ナイトレイドはスタイリッシュやボルスさんを殺してクロメを殺しかけたんだぞ」

 

「どしたの?」

 

「どわぁ!?」

 

 言い聞かせるようにして呟いたところで背後から急に声をかけられた。振り向くと首に包帯を巻いたクロメがお菓子を食べながら立っている。

 

「な、なんだクロメかよ。脅かすなって」

 

「別に脅かす気はないよ。ウェイブの注意力が散漫なだけだって」

 

「そうかな……。まぁいいや、それよりもクロメ、傷の具合は?」

 

「まだ少し痛むけど最初よりは平気だよ。ありがとね、ウェイブ」

 

「仲間の心配するのは当たり前だろ」

 

 笑みを浮かべながら答えるとクロメも微笑を浮かべながら言ってきた。

 

「じゃあさっきセリューと話してたのも心配してあげてたんだ」

 

「……見てたのか。まぁそうだな、アイツちょっと無理してる感じがしたし」

 

「なるほどね。でも確かセリューが殺したい相手って……」

 

「ああ。幼馴染らしい。そういえばクロメ、お前リヒトってヤツと闘ったんだろ? どんなヤツだった。強いのか?」

 

 首をかしげながら聞いてみると、クロメは俯いて口元に手を当てて考え込んだ。そしてしばらく考えた後静かに頷いた。

 

「強いよ。実力的にはナタラを越えるだろうし。お姉ちゃんと良い勝負かも。何と言っても面倒くさいのがリヒトが持ってる帝具、ヨルムンガンド。空間を自由に使った立体機動は正直厄介だったしね」

 

「セリューの勝率はどれくらいだと思う」

 

「一人だけなら負けちゃうかもしれないけど、コロがいるし大丈夫だと思うよ。断定は出来ないけどね」

 

 彼女の言葉は決して過大評価ではないのだろう。それはクロメの瞳が語っていることだった。ウェイブもそれに難しい顔をしつつも一度頷くと中庭を見やった。

 

 そこには朝食を終えた子供たちと戯れるセリューの姿がある。

 

「それじゃあ私はそろそろ行くね。ウェイブも気をつけて」

 

 クロメはそれだけ言うと教会の廊下を歩いていったが、彼女の首に巻かれている包帯を見てウェイブは拳を握り締める。

 

 同時に脳裏にロマリーの街へ瀕死の状態で戻ってきたクロメの姿がフラッシュバックした。あの時は自分の不甲斐無さを酷く悔いたものだ。そしてロマリーを出るときに彼女が言っていた『処理される』という言葉。

 

 暗殺部隊の人間はその性質上情報漏洩を防ぐために使えなくなったら帝都で処分、ようは殺されてしまうらしい。無論ウェイブとてそんなことはさせたくない。エスデスに取り合えばそれなりに便宜を図ってくれるだろうが、高望みはできない。

 

 あの時は完治すれば力も戻るといっていた彼女だが、今の様子を見てもまだ完全回復はしていないのだろう。

 

 ウェイブは眉間に皺を寄せると小さく息をついて首元のマフラーを直す。

 

「……クロメに無理させないためにも俺が働かねぇとな……!!」

 

 

 

 

 

 

 キョロクの商店街を歩くマインとチェルシーは変装をして歩いていた。マインは髪をボサボサにして刺々しい服を着込んでいる。チェルシーはというとガイアファンデーションを使用してまったくの別人に変装してる。

 

「アンタの帝具ってこういう情報収集とかで便利よね」

 

 マインが言うとチェルシーはふふんと言った表情で笑みを浮かべる。

 

「まぁね。でも皆みたいに直接戦闘ではあんまり力を発揮できないから残念だけどね」

 

「アンタの場合リヒトと一緒にいられないってのが残念なんでしょ?」

 

「あ、やっぱりわかる? いやぁ一度付き合っちゃうとどんどん好きになっちゃんだよねぇ。マインも誰かと付き合ってみれば分かると思うよ?」

 

 笑みを浮かべるチェルシーの頬は僅かに赤く染まっており、照れ交じりに言っているのがわかった。

 

「冗談でしょ。アンタまで安寧道の教主様と同じようなこと言わないでよ」

 

「マイン、教主と会ったの?」

 

「ええ。ホラ、皆が羅刹四鬼と戦ってた時あるじゃない。あの時タツミと一緒に町外れに居たんだけど、ちょっとした口論になってね。そしたら教主様が出てきて『喧嘩はやめてください』って言ったのよ。そしたらなんかアタシとタツミが赤い糸で結ばれてるとか何とかいってたわ」

 

「へぇ。だったらタツミと付き合えばいいんじゃない? 教主って不思議な力を持ってるって噂だし、もしかしたら本当かもしれないよ」

 

 チェルシーがいうもののマインは小さく肩を竦めた。

 

「冗談。確かに最近のアイツはそれなりに頼もしくなってきたけどまだまだよ」

 

「ふぅん。その割にはタツミがレオーネに胸押し当てられたりしてるところチラチラ見てるよね。本当は気になってるんじゃないのー?」

 

「そ、そんなことないってば! ただタツミが変な事しないか見張ってるだけ! そんなことよりもさっさと情報収集するわよ」

 

 やや小走り気味にマインは先を行った。そんな彼女の背中を見やりながらチェルシーは大き目の溜息をつく。

 

「そう言うのが気になってるって言うと思うんだけどね」

 

 やれやれと呆れつつもマインの後を追った。

 

 

 

 

 

 夕刻。

 

 今度はリヒトとタツミが街中を偵察および、情報収集することとなった。因みにリヒトの変装は、ナジェンダの予備の眼帯に、服屋で適用に見繕った黒のボロボロのコート。そして口元ではタバコをふかしている状態だ。

 

 タツミはというとサングラスで目元を隠し、フードを深めに被り、髪をオールバックにしている。なんだか逆に目立ちそうな格好の二人だが、どちらも割りと似合っていた。

 

「リヒトってタバコ吸えたんだな」

 

「これは吸ってるんじゃねぇ咥えてるだけだ。煙だって大して吸っちゃいないさ」

 

「苦手なのか?」

 

「吸おうと思えば吸えるけど匂いが気になるだけさ」

 

 質問に対して咥えていたタバコを指に挟んで答えると、タツミも納得がいったのか小さく頷いた。

 

 そのまましばらく無言で歩いていた二人だが、ふとリヒトがタツミに問うた。

 

「そういやタツミ、お前マインと赤い糸で結ばれてるんだって?」

 

「な、なんでそのことを?」

 

「いや、さっき出がけにチェルシーから聞いてさ。安寧道の教主に言われたんだってな」

 

 半目がちに聞いてみるとタツミはなんともいえない表情を浮かべながら言った。

 

「ああ。なんか急にカップルになればいい的なことを言われたんだ。ありえないよな、俺とマインだぜ?」

 

「ありえないって断言しちまうのはどうかと思うぜ。それにホラ、教主は不思議な力があるって言われてるじゃねぇか。だから言ってることはあながち嘘じゃないかもな」

 

 言ってみるとタツミは「そうかもしれないけどさぁ……」と眉間に皺を寄せながら悩んだ様子を見せる。

 

 安寧道の教主は圧倒的なカリスマ性を持ち、信者の名前と死んだ時の死因さえ記憶している。性格も温厚であり信者からの信頼は絶対的なものだ。そんな彼だからこそ安寧道という宗教をここまで成長させることが出来たのだろうが、彼には不思議な能力が備わっている。

 

 それは予知夢や人々の傷を癒せるというものらしい。詳しいことは分からないが、教団の協力者の話では帝具などの類ではなく、本当に彼本人の力なのだという。

 

 そのような力を持っている者がタツミとマインの未来を予知したのだとすれば、恐らくそれは間違っては居ないのではないだろうか。

 

 ……なんやかんやで良い感じのコンビではあるよな。まぁナイトレイドの中でさらにアベックが増えたらラバの精神に異常をきたすだろうなぁ。

 

 嘆息しつつその時のラバックの反応を予想するとなんとも分かりやすい。恐らくリヒトとタツミはかなりジト目を送られることだろう。

 

「意外とマインから来るかもしれないから待ってみればいいんじゃね?」

 

「マインの方から来るとは思えないんだけどなぁ」

 

「だから意外とって言ってんだろ」

 

 リヒトは小さく笑いながらタバコを咥えて歩き始めた。

 

 タツミも悩みながらも着いて来たので、二人は再び巡回を再開した。

 

 

 

 安寧道の聖堂近くにある塔の上で羅刹四鬼の最後の一人、袴姿の女性、スズカは街を見下ろしていた。

 

 羅刹四鬼は卓越した戦闘能力を持っているが、それと同じように所謂裏の人間の気配がよく分かるのだ。それだけ数々の場面を見、そして聞いてきたからこそできる芸当だ。

 

 それはスズカも例外ではなく、彼女の視線の先で二人の人物が目に止まった。

 

 一人は目深に被ったフードとサングラスをかけた少年。そしてもう一人は黒の眼帯に加えタバコの銀髪の青年だ。どちらも一般人からすれば多少怖い人と言った出で立ちだが、スズカにはよく分かった。彼等の歩き方、そして目配せの方法など常人のそれではないことが。

 

「どっちも上手い感じに隠せてるけど、やっぱりわかっちゃうんだよねぇ」

 

 ニタリと笑みを浮かべた彼女は、中庭で子供たちとボール遊びをしているセリューを呼び、彼女と共に彼等の尾行をすることにした。

 

 

 

 

 

 リヒトとタツミはキョロクの外れにある遺跡近くにやってきた。既に日は暮れており空を見上げれば輝く星と、深い藍色を思わせる夜空が広がっていた。

 

「やれやれ、変装も楽じゃないな」

 

「でも地下でトンネル掘ってるスーさんや姐さんと比べたら楽な方だろ」

 

 上着を脱ぐタツミが答えるとリヒトも眼帯を外し、咥えていたタバコを地面に放って靴底でグシグシと火を消した。

 

 とりあえず変装を解いた二人は緊張をほぐす様に肩をまわしたり、首を回したりしていたが、ふとリヒトがタツミに問うた。

 

「タツミ」

 

「ん?」

 

「死んだヤツの夢って見るか?」

 

「……」

 

 その問に対してタツミは少しの間黙ったものの、やがて静かに頷いた。

 

「ああ。最近見たのは兄貴の夢だったかな。もっと前に遡ればサヨとイエヤスの夢も見た。でもそれがどうかしたのか?」

 

「オレも最近見たからな。オレだけかと思ったけど、やっぱりお前も見たか」

 

「因みにだけどさ、リヒトは誰の夢を見たんだ?」

 

「お前と似たり寄ったりだよ。ブラートの夢だったり殺された幼馴染の夢さ」

 

 肩を竦めて言うリヒトは笑みを浮かべていたが、瞳の色はどこか悲しげだった。

 

「死んでいったやつらのためにがんばらないといけないのは分かってるんだが、どうにもナーバスになっちまう時があるんだよな」

 

「それは皆そうだろ。むしろナーバスにならないほうがおかしいって」

 

「……変わったな、タツミ。ナイトレイドに入ったときよりも強くなった。肉体的にも、もちろん精神的にも」

 

「いろいろと学ばせてもらったからなぁ。兄貴にはもちろんだけど、兄貴が死んだ後のリヒトとの訓練は大変だった……」

 

 遠い目をして言うタツミだがそれも無理はない。何せマーグ高地での鍛錬の際にリヒトと行った修行が相当ヤバイものだったからだ。

 

 鍛錬の内容を単純に言ってしまえば危険種狩り。だが問題はその数だ。リヒトは危険種を呼び寄せる体質なので、彼がマーグ高地の森の中を歩くだけで四方八方から危険種がやってくるのだ。

 

 タツミはそれの真っ只中に居て彼と共にかなりの数の危険種を倒した。

 

「あー、アレはオレもつかれたなぁ。五十殺した辺りから数えんのやめたし」

 

「危険種寄せ体質とか不便この上ないだろ」

 

「そんなことはないぜ。この前はこの体質のおかげでチェルシーを助けられたしな」

 

「へぇ。どんな風にやったんだ?」

 

「オレに寄せられてきた危険種をクロメに丸投げした」

 

「……さいですか」

 

 タツミは呆れたような可笑しい様な表情を浮かべて笑い、リヒトも微笑を浮かべた。

 

 ひとしきり休憩した後、二人はアジトに戻るために腰をあげる。

 

「それじゃ帰ろうぜ。そろそろボスとアカメも巡回が終わるだろうし」

 

「ああ――」

 

 リヒトがそう答えたとき、彼の背筋に悪寒が走る。弾かれるようにそちらを見たとき、彼の双眸には遺跡の上に佇む異形の影が見えた。

 

 影の双肩には四角い装備品、腰にも何かついているようだ。右腕には巨大な砲身が装備され、その傍らには小さな犬のような影も見える。

 

 けれどリヒトにはそんな装備よりもその装備を背負っている影が誰なのかはっきりとわかった。赤茶色の頭髪に深緑色の服。見紛うはずがない。そこにはかつての幼馴染、そして現在の敵である少女、セリュー・ユビキタスが居た。

 

 彼女を確認したのも束の間。セリューの装備から爆煙と炎が吹き上がり、装備から弾丸のような物が発射された。リヒトも回避行動を取ろうとしたが、そんな彼の腰を誰かが持って走り始めた。

 

 視線を向けるとそこにはインクルシオを装備したタツミがリヒトを担いで運んでいるところだった。

 

「ありがとよ、タツミ。でも無理に運ばなくたって大丈夫だぜ?」

 

「インクルシオを装備してるから走る速度とすれば俺の方が速いし、リヒトのヨルムンガンドで空中へ上がっても結構きついだろ。だから今は俺が運ぶぜ」

 

「そうかい。それじゃあここでゆっくりと――」

 

 言いかけたとき背後から数発の弾丸が炎を吹き上げながらやって来た。リヒトはそれに反応しヨルムンガンドを伸ばすとそれらを全て叩き落す。

 

 火炎の中を駆け抜け、轟音と熱波にさらされながらもタツミはリヒトを担いだまま崖を駆け上がった。攻撃はやんだ様で今は爆発の残響と、岩が崩れる音が聞こえる程度だ。

 

「さっきのセリュー・ユビキタスだよな」

 

「見えたか。まぁあんな砲撃してくるヤツはアイツ以外ありえねぇしな。けど妙だな、変装的にはばれた様子はなかったし、街にアイツの姿もなかった。だとすれば……」

 

 懐から双眼鏡を取り出して周囲を確認すると、案の定、この場から離れる袴姿の女の姿が目に入った。格好からして羅刹四鬼の最後だろう。

 

「もう一人発見。タツミ、お前はアッチを殺せ。セリューはオレが殺す」

 

「ま、待てよリヒト! 相手はセリューだけじゃないんだぞ!? ヘカトンケイルって言う生物帝具もいる。そんなヤツと真正面からやったらいくらリヒトでも……!」

 

「心配すんな。一対複数なんて慣れてる。それにどちらかって言うと今はあの羅刹四鬼の最後を殺したほうが良い。アイツ等の観察眼は脅威だ。なにせ完全にキョロクに溶け込んだ密偵とラバを襲ったんだからな。奴等は鼻が効く、裏世界の人間ってヤツが分かるんだろう」

 

 両腕にヨルムンガンドを展開し、片手剣を抜き放った彼からは背筋が凍りつくのではないかというほどの威圧感と、殺気を感じた。

 

 タツミはリヒトに対して何か言いたげにしていたが、拳をきつく握り締めた。

 

「……わかった。ここはお前に任せるよ。でも、無理はすんなよ」

 

「わーってるよ。あぁそうだ、羅刹四鬼の最後を倒してもこっちには来るなよ」

 

「なっ!?」

 

「干渉、手助け、一切無用って言ってんだよ。アイツとのケジメはオレがつけなくちゃならねぇからな。だから行け、タツミ!」

 

 言われたタツミはリヒトの覚悟を汲み取ったのか小さく頷いて羅刹四鬼を追っていった。彼が行った事に僅かに笑ったリヒトは崖下にいる少女を見据える。

 

 土煙の間から見える彼女の顔には残虐な笑みがあり、かつての可愛らしさは見えない。

 

 すると、次の瞬間リヒトは思わず顔をしかめた。

 

 なんとコロがセリューの身体に噛み付いたのだ。けれど、血が見えないところからして何か別の意味があるのだろうと考えた。

 

 見事にそれは的中し、コロの口から出てきたセリューには傷一つあらず、先ほどの装備品もすべてなくなっていた。その代わりの言うように、彼女の右手に巨大な砲弾のようなものが装備されているではないか。

 

 ……なるほど。ああやってヘカトンケイルの中にしまってるわけか。つーか、ヘカトンケイルの体内はどうなってんだよ。

 

 若干呆れつつもリヒトが身構えると、セリューが右腕をこちらに向けてきた。

 

「一人で残ったのは失策だったなリヒト! 例えお前とて、一人で私達に勝てるわけがない!!」

 

 その声と同時に砲弾が発射される。けれどリヒトは焦らずに崖から飛び降りると、砲弾に足を乗せて一気に駆け出した。

 

「何!?」

 

「おせぇんだよ、ボケが」

 

 驚きの声に答えるようにリヒトは砲弾を蹴って空中に躍り出ると、短剣を加えさせたヨルムンガンドを投擲。それと同時に背後で爆炎と轟音が響く。どうやら先ほどの砲弾が崖にぶち当たって爆発したらしい。

 

 けれどそんなことは些細なことだ。見ると、セリューもヨルムンガンドの一撃を避けている。

 

「コロ!」

 

「キュアアア!!」

 

 セリューの声に反応したコロが可愛らしい声をあげるが、その姿は一気に巨大な影へと変貌し、凶悪な顔が覗く。

 

「テメェはこれでも喰らっとけ!」

 

 もう一方のヨルムンガンドを投擲し、コロの腹部辺りに突き刺す。

 

「バカめ! その程度の攻撃でコロは止まらない!!」

 

「……どうだろうな」

 

 余裕綽々と言った表情のセリューにリヒトが小さく言うと、彼女は訝しげにこちらを睨む。すると、ヨルムンガンドを引き抜かれたコロの胸の辺りが大きく膨らみ、次の瞬間には腹部が破裂した。

 

「なんだと!?」

 

「ただぶち込むだけじゃ意味がないのは重々承知だ。だから爆弾を置いてきたんだよ」

 

 ニッと笑みを浮かべて地上に降り立つと、それに続くようにしてコロが落ちてきた。それなりのダメージだったらしく、まだ動けはしないようだ。

 

 最初に投擲したヨルムンガンドを回収してリヒトはセリューを睨みつける。セリューもまたリヒトを睨むが、口元には狂気の笑みが見えた。

 

「随分とうれしそうじゃねぇか。セリュー。そんなにオレに会いたかったのかな?」

 

「ああ、会いたかったとも。悪に染まった貴様を断罪できるこのときを待ったぞ」

 

「そいつぁご苦労なこって。でも良いのかよ。こういう場合は持ち場を離れるのには上司の許可が必要なはずだぜ。警備隊で学ばなかったか?」

 

「隊長にはスズカさんが報告しに言ってくれている。じきにここにも到着する。まぁ隊長がここに来るころには貴様はコロのおやつだろうがな」

 

「おぉこわ。そんじゃあ、そうならないためにお前を殺すとしますかね」

 

「ほざけ。殺されるのはお前だ、リヒト。絶対正義の名においてここで貴様を完膚なきまでに断罪する!」

 

 人差し指を向けて言う彼女だが、その瞳は酷く歪んで見えた。そして彼女の言葉をあざ笑うかのようにリヒトは肩を竦める。

 

「正義ねぇ……。お前の行動に正義なんてありゃしないと思うけどなぁ」

 

「なに?」

 

「あぁいいや、これだと語弊があるか。お前の行動じゃなくて、お前が妄信してやまないオーガやスタイリッシュ、そして今の帝国に正義なんてありゃしねぇんだよ」

 

「貴様、オーガ隊長とドクターを愚弄することは許さんぞ!!」

 

「別に許してくれなくて結構だ。第一、お前もマヌケだよな。アレだけあの二人の近くにいてオーガの蛮行に気が付けず、スタイリッシュの実験体にされていることにも気付かないなんてな」

 

 大仰に手を広げながら言うリヒトの顔には笑みがあった。所謂冷笑という冷たくて人を小馬鹿にするような笑みだ。

 

「まぁそういうことも考えればお前はある種の被害者と言っても良い。だからここで罪を認めれば楽に殺してやる」

 

「罪? 罪だと? 戯言も程ほどにしろリヒト。罪を認めるのはお前達だ! 帝国の風紀を乱し、数々の殺人を犯した貴様等のほうこそ罪を認めろ!!」

 

「……あぁそうかい。じゃあもう好きにしろ。だがこれだけは言わせて貰う、テメェの行動は正義じゃない。悪だ。無論オレのやっていることだって正義じゃなくて悪の部類に入るだろうさ」

 

 そういいきるが、セリューは肩を震わせて笑う。そしてそれと同時に彼女の右腕に再生が完了したコロが噛み付いた。

 

「言いたいことを済ませてスッキリしたか? だが、その戯言を言うのもここまでだ! 貴様はここで殺す!!」

 

 彼女は憤怒と憎悪の瞳でこちらを見据えた。そして傍らのコロもまたリヒトを凶悪な顔で睨んでくる。

 

 けれどリヒトはいたって冷静に一人と一匹を、光りの灯っていない絶対零度の瞳で見た。

 

「……もうこの道しかねぇよな。わるい、ルーク」

 

 

 

 

 

 

 

 幼き頃、ひょんなことから出会った彼等。少しの間の交流であったが、彼等の間には確かに友情があった。

 

 だがいまや二人の間にあるのは友情ではなく敵意、憎悪、憤怒、哀憐……。そこにかつての笑顔はない。

 

 狂気と腐敗によって捻じ曲げられた二人の戦闘が始まった。




お待たせしました。
最近次元覇王流の練習をしたり、積んでしまったガ○プラの制作ばかりに手をまわしていたものでして……。

はい、まぁ私のどーでもいい話は置いておいて、いよいよVSセリューです。
もはや最後のほうで色々決裂してる感は否めませんが、次回で終わると思われます。
果たしてセリューはどうなってしまうのでしょうねぇ。アカメらしく終わるのか、それともアカメらしくなく終わるのか……。
二十七話までしばしおまちくださいませませ。

では、感想などありましたらよろしくお願いいたします。


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第二十七話

「コロ、5番。それと腕……!」

 

 セリューが言うと、コロが彼女の右腕に噛み付いて新たな武器を装備させた。

 

 武器の形状は鉱山などで使用される、掘削機の一種であるドリルだ。けれど、それは人間が装備するには明らかに大きすぎる。

 

 アレだけのものを扱えるのも帝具使いであるが故か、それともスタイリッシュの実験で身体強化の薬物でも投与されたのだろうか。そのほか考えられるとすれば義手の性能もあるかもしれない。

 

 ……まぁ今はそんなことどうでもいいか。

 

 思いつつ腰を落として戦闘態勢を取ると、コロの腕が巨大なものに変貌した。どうやら先ほどの「腕」という命令は、ヘカトンケイルの身体の部位を強化するものらしい。

 

「タツミと組んでいればまだ勝機はあったものを……。やはり、悪に堕ちた者は愚かだな。リヒト」

 

「愚かで結構。腐った国の下にいるよりはマシだ」

 

「その軽い口もいつまで叩けるか見ものだな。行くぞ、コロ!」

 

 言うと同時に彼女らはリヒトに向かって駆け出す。

 

 リヒトもエネルギー体のヨルムンガンドを伸ばすと、それは真っ直ぐにコロの身体に突き刺さった。いいや、どちらかと言うと刺さったというよりも、身体をすり抜けたと言う方が正しいか。

 

 これだけに戦闘能力はないので、ダメージは与えられないが、狙いは別にあるのだ。

 

 生物型の帝具を殺しきるには、エネルギーの供給源となる核を破壊する必要がある。それ以外の箇所をいくら攻撃したとしても、いずれは再生してしまう。

 

 先ほどのように大きなダメージを与えられれば、再生までの時間は稼げるだろうが、結局は同じことなので、最優先すべきは核の破壊なのだ。使用者を殺してしまうのもありだが、それはそれでコロが全力で守りに来るだろう。

 

 それにリヒトにはマインからの情報がある。それはヘカトンケイルの核の大まかな位置情報だ。

 

 彼女の話によると、核は首元から右腕の付け根辺りだったらしい。なので、リヒトは実体のないヨルムンガンドを突き刺すことで、もっと細かな位置情報を手に入れようとしているのだ。

 

 けれど簡単にいくものではなく、ヘカトンケイルはこちらに対して強烈な拳を叩き込んできた。拳の速度は確かに速いものだが、アカメの斬撃に比べれば恐怖するものではない。

 

 叩き込まれた拳を避けると、今度はセリューの狂気の笑みが見えた。右腕に装備された巨大な凶器がこちらの命を刈り取らんとしている。普通ならば避けられるはずのない間合いだが、リヒトはクッと口元を上げると右腕のヨルムンガンドを岩壁に打ち込んでドリルを回避した。

 

「チッ!」

 

 セリューが舌打ちをするものの、彼女の心意を汲み取ったか、ヘカトンケイルがこちらに向かって跳躍してきた。

 

「やっぱりペットはご主人様に似るみたいだな」

 

 などと余裕の言葉を口にしながらいると、跳躍したヘカトンケイルの拳がまたしてもリヒトに向かって叩き込まれる。

 

 壁を噛んでいたヨルムンガンドを解除し、落下する形でそれを避けきると、下でこちらを待ち構えているセリューが見えた。

 

 やはり生物型の帝具を使うだけあってコンビネーションが面倒だ。

 

 だとしても、セリューの動きは自分よりも遅い。だから動きも読めるのだ。

 

 セリューは飛び上がるとドリルを向けて叫ぶ。

 

「千切れろリヒトォ!!」

 

 怨嗟の言葉を口にしながら突っ込んでくる彼女だが、相変わらず隙が大きい。ニヤリと笑みを浮かべた後、彼は地面にヨルムンガンドを打ち込んで一気に回収。ドリルを僅かに掠めながらも避けきると、勢いをそのままに彼女の腹部に蹴りを放つ。

 

 穿つ様に放たれた蹴りの影響で、リヒトの足にはメキメキと言う骨が軋む感触が伝わってきた。それに次いで、ついに骨が折れる感触も伝わってきた。

 

「ガッ!?」

 

 短いうめきと共にセリューはまっさかさまに落下して地面に激突した。衝撃によって土煙が舞い上がり、地表に蜘蛛の巣状の亀裂が入った。

 

 一度その場から離脱するために向かいの岩壁にヨルムンガンドを打ち込み、その場から一時離脱。

 

 セリューが叩きつけられた地面から二十メートルほど離れた場所に降り立つと、土煙のなかで揺らめく影が見えた。随分と早い回復だが、それなりにダメージは入っただろう。

 

 コロもまた彼女の隣に降り立ったが、ちょうどその時、伸ばしていたヨルムンガンドが僅かに震えた。

 

「見つけた……」

 

 冷淡な声で呟く彼に返事をするように何度か震えた。核のサーチのために、ヘカトンケイルの体内を縦横無尽に駆け巡っていたヨルムンガンドがついに核を発見したのだ。

 

 こうなれば後は簡単だ。エネルギー体のヨルムンガンドを貫通させ、今度は実体化させればよいのだ。こうしてしまえば簡単に核を貫いて破壊できる。

 

 だからこそリヒトはすぐさま行動しようとおもったのだが、それを遮るようにして土煙の中にいるセリューが叫んだ。

 

「コロ! 狂化(おくのて)ッ!!」

 

 瞬間、今まで周囲に蔓延っていた空気が更に重々しいものとなった。見ると、コロの身体が黒く染まり、禍々しい瞳が赤く光っている。元から大きかった体躯も一回り大きく見える。

 

 ヘカトンケイルの奥の手は『狂化』。確か内部エネルギーを完全開放し、戦闘能力を底上げするものだ。そしてもう一つ気をつけなければならないのが……。

 

「やばっ……!」

 

 リヒトは声を僅かに詰まらせると、懐から耳栓を取り出し、両耳に深く押し込んだ。さらにダメ押しというように耳を塞ぐ。

 

 それとほぼ同時にコロが大きく口を開け、次の瞬間には衝撃波のような轟咆が飛んできた。

 

 これが狂化状態のヘカトンケイルの技の一つだ。大音量の咆哮で相手の動きを止め、攻撃の隙を作る。非常にシンプルな技であるが、それゆえに面倒なのだ。

 

 もしこれが前情報なしだったかと思うと、ゾッとする。なにせ身体が硬直してしまえば、ヘカトンケイルにも攻撃をされるし、セリューにも攻撃を加えられてしまう。いや、最悪の場合は同時に攻撃を仕掛けられて一瞬で命を刈り取られてしまうだろう。

 

 ……マインとシェーレに感謝だな。

 

 内心で二人に感謝を述べつつ、目の前で咆哮を上げるヘカトンケイルを睨みつけて小さな舌打ちをする。

 

 なぜならば今、ヘカトンケイルの身体にヨルムンガンドは突き刺さっていないからだ。当初の予定通りならば、核を破壊できているはずなのだが、それが今の咆哮のせいで見事に集中力が乱され、ヨルムンガンドが霧散してしまったのだ。

 

 セリューがこれを狙っていたとは思えないので、偶然の賜物と言って良いのだろうが、まったく最悪な場面で発動してくれたものだ。

 

 けれどサーチのおかげで核の的確な位置はわかったので、後は攻撃を咥えてやれば簡単に破壊できるだろう。普通の武器では難しいとしても、こちらも帝具なのだから手間取りはしない。

 

 しかし、そうは問屋がおろさないとでも言うのか、口元から僅かに血を流したセリューがヘカトンケイルの背後から飛び上がり、こちらに接近してきた。

 

 それに対し実体ヨルムンガンドで応戦しようとすると、彼女は眉間に皺を寄せて、螺旋状の槍をこちらに向けた。

 

 同時に槍の付け根から微量の炎が迸った。かと思うと、右腕から槍が射出されたではないか。

 

「閻魔槍射出!!」

 

 射出された槍は真っ直ぐとこちらに向かってくるが、距離がある程度開いていたためか、避けるのに苦労はしなかった。

 

 すぐさまヨルムンガンドを空中にいるセリューに突き刺そうとしたが、視界の端で地面に突き刺さった槍が発光したのが見て取れた。同時に僅かに香る火薬の匂い。

 

「ッ!」

 

 驚いたのも束の間。放たれた槍が爆裂したのだ。

 

 大きさに違わず、中々に高威力な爆弾であり、リヒトはその場から大きく吹き飛ばされた。

 

「ぐッ!」

 

 歯噛みしつつも、空中で体勢を立て直して空中にヨルムンガンドを打ち込むとそのまま熱波の中から脱出する。

 

 しかし脱出した先には、狂化状態のヘカトンケイルが強靭な腕を振りかぶっていた。瞬間、リヒトの脳裏に『死』の一文字が浮かび上がる。

 

 いくら日々鍛えているとはいえ、今の状態のヘカトンケイルに殴られればひとたまりもないだろう。頭に拳があたれば、頭が吹き飛ぶかもしれない。

 

 最悪生き残ったとしても、大ダメージによって動けないところをあっけなく捕食されるだろう。

 

「あぁくそ。調子乗りすぎたな」

 

 小さく呟いたものの、そんなもので状況が変わるはずもなく、ヘカトンケイルの腕は呻りを上げてこちらに迫ってくる。

 

 完全に自分の失態だ。もっと早くヘカトンケイルを倒せていれば、こんなことにはならなかったというのに。

 

「その男を塵も残さず粉砕しろ!」

 

 地上ではセリューが声を張り上げている。

 

 別に彼女を恨みはしない。彼女は被害者だ。この腐った世界で人生を捻じ曲げられた、哀れで悲しい少女。

 

 ……わりぃな、チェルシー。帰れそうにねぇわ。

 

 彼がそう言った瞬間、ヘカトンケイルの拳がリヒトの腹部に叩き込まれた。

 

 が、彼の身体にはまったく異変がない。そればかりか、拳を叩き込んだヘカトンケイルの方が驚愕の表情を露にしているではないか。

 

「なぁんて、簡単にあきらめなんてしないんだよ」

 

 冷淡な声で言う彼の正面には、ヨルムンガンドが円を描き、まるで盾のようになり、拳を受け止めているのだ。しかし、多少なりダメージは通ったのか、リヒトもセリューと同じく口元から血を流している。

 

「まずい、コロ……!」

 

 眼下ではセリューがヘカトンケイルに指示を出そうとしていたが、リヒトは笑みを浮かべたまま告げる。

 

「おせぇ」

 

 彼が低い声音で言うと、こぶしを止めていたヨルムンガンドが目にも止まらぬ速さで、ヘカトンケイルの巨体に巻きつき、あっという間に拘束してしまった。

 

 ヘカトンケイルもそれを必死で解こうとするが、ヨルムンガンドを形作っている金属は、失われた秘術によって生み出された超金属だ。生物型の帝具がいくら強靭であろうとも、簡単に千切れはしない。

 

「残念だったな。コロ。さっきのは決して悪手じゃなかった。脱出してお前の位置が分からないところでの奇襲……実に見事な判断だ。お前がスサノオみたいな帝具人間だったらもっと手こずったろうが、所詮は犬畜生と同じだ。大事なところで冷静な判断が出来ない」

 

 いまだヨルムンガンドを引き千切ろうとしているコロに、リヒトは淡々と告げていく。そして彼はエネルギー体のヨルムンガンドに意識を集中させると、それを核に向けて放った。

 

 ヘカトンケイルはそれをなんとか防ごうと、腕でガードしようとしたが、ヨルムンガンドは鋭角的に軌道を曲げ、腕を回避して身体を刺し貫いた。

 

 そして身体から飛び出したヨルムンガンドの龍のオブジェの口元には、黒い宝石のような球体が咥えられていた。

 

「役目を終えろ。ヘカトンケイル」

 

 言うと同時に拘束していたヨルムンガンドも核に噛み付いた。

 

 既に小さな亀裂が入っていた核は、これで決定的なまでのひびを作り、次の瞬間にはあっけなく、粉々に砕け散った。

 

 地上ではセリューの小さな悲鳴が聞こえたが、核を破壊されたヘカトンケイルからは力が抜け、そのまま砂が崩れるように、サラサラと空気中に流れていく。身体に収納されていたらしいセリューの武器もけたたましい音を立てながら地面に落下する。

 

 それを見つつ、地上に降り立ったリヒトだが、僅かに顔が曇っている。盾で防いだとはいえ、流石に重い一撃だったのだからしょうがないだろう。

 

 しかし彼は痛みを無視して、崩れ去っていくヘカトンケイルを見つめているセリューを見やると、彼女にはっきりと告げた。

 

「セリュー。お前の敗北は決定した。抵抗しないのなら命は取らないが、このままイェーガーズに返すわけにも行かない。事が終わるまで革命軍で拘束させてもらうが、どうする?」

 

 至って冷静に、抑揚のない落ち着き払った声で問うリヒトの声は酷く冷たい。しかし、それに対しセリューは義手を握り締めて怒りの炎を灯した双眸で彼を睨む。

 

「ふざけるな……誰が悪である貴様に屈するものか。私がまだ生きている限り、正義は執行できる!」

 

「そうか。なら、この場で死ね。正義正義とほざかれるのもいい加減耳障りだからな。だからせめてもの情けとして、一瞬で殺してやるよ」

 

 言うが早いか、リヒトはヨルムンガンドを伸ばしてセリューに接近。そのまま勢いを保持したまま、彼女に切りかかった。彼女はそれを義手で受け止めるが、そもそもが武器ではない義手には簡単に傷が付いた。

 

「オラオラどうしたぁ!? ヘカトンケイルがいなきゃその程度か?」

 

「黙れぇ!!」

 

「スタイリッシュに強化されたといっても、所詮はその程度。元々が弱いんだよ、お前は。動きは直線的で、攻撃も単調」

 

「うるさい!!」

 

 セリューが喚きながら彼の顎先を蹴り上げようとしたが、既にそのときにはリヒトのい姿はなかった。

 

「だからこういう風に動きが読まれる」

 

 見ると、彼の姿は既に彼女の後ろにあり、蹴りを入れようとしている最中だった。そのまま足の裏で押す様にセリューの身体を蹴ると、蹴られたセリューは体勢を立て直しつつ、両腕の義手を外し、身体に内蔵された銃の銃口をリヒトに向ける。

 

 けれどそれすらも見切っていたのか、リヒトは彼女の肩口から腕を切り飛ばした。それでもセリューは眉間に皺をよせ、口を開けた。中には小さな銃口が見える。確かシェーレを撃った銃だったか。

 

 それを確認したと同時に銃弾がうちだされたが、頭に当たる直前で、ヨルムンガンドが自律して銃弾を弾いた。

 

「なっ!?」

 

 彼女は驚いた声をあげるが、リヒトはそれを聞かずに剣を横凪にして、彼女の足を切り取った。

 

「うぐ……!」

 

「口ん中の銃も使って、腕も足も潰した。気分はどうだセリュー。お前の言う悪に見下される気分は」

 

「貴様ぁ……!!」

 

 憤怒の眼光でこちらを睨みつけてくる彼女だが、リヒトは相変わらず落ち着き払った様子だ。

 

「なぁセリュー、お前にとっての正義ってのはなんだ?」

 

「それは私のパパを殺し、オーガ隊長やドクターを殺した貴様等のような逆賊だ! 人々の生活を脅かす貴様等だ!」

 

「じゃあ、お前にとって帝国は大正義ってわけか?」

 

「当たり前だ! 帝国の理念こそ至高のものだ! それを貴様等が邪魔立てするから犯罪が起こってしまうんだ!!」

 

 彼女は何を言っているという風な表情でこちらを見てくるが、リヒトはそれに対して大きなため息をついた。

 

「だったらどうして安寧道なんてものが出来たんだろうな。セリュー」

 

「なに?」

 

「安寧道は、人々が苦しみから脱却したいから信仰される宗教だ。お前の言う帝国の理念が崇高なものなら、どうして皆帝国を信用しない? なぜ宗教を信じる?」

 

「それは……」

 

「今回お前達は大臣の命令でボリックの護衛に来たんだろう? だったらそこで見たんじゃないか? パーティで出た豪勢な料理、煌びやかな装飾の数々……それらは全て帝国が汚い手を使って国民から徴収した税金だ。年々引き上げられる税金で貧困層の人々はさらに生活に困窮し、地方の人々は出稼ぎに来る始末だ。そして彼等を低賃金でこき使い、果ては己の快楽を満たすための道具にして殺す……そんな貴族や官僚なんて嫌って程見てきたさ。

 なぁセリュー。これの何処に正義がある? 人々を苦しめて、安寧道なんて宗教を生み出して、革命軍を作らせた帝国の何処に正義があるんだ?」

 

 問いかける彼の表情はとても遣る瀬無いものだった。けれど、話を黙って聞いていたセリューはギロリとリヒトをさらに強く睨みつけてきた。

 

「所詮は悪……そうやって私を言いくるめようとしているのだろうが、無駄なことだ」

 

「別に言いくるめようなんて思っちゃいないさ。けどな、セリュー。お前も心のどこかでは分かってたんじゃないか? 自分がやっていることがどれだけ人の道を踏み外しているのか。人を無残に殺している時、お前の気持ちは晴れたか?」

 

「当たり前だ。悪をこの手で滅することが出来る。これほど気分が高揚することはなかったぞ」

 

 既にない腕でこちらを指して来る彼女の瞳は酷く歪だった。

 

 その瞳を見たとき、リヒトはやはりと思った。

 

 手遅れだったのだ。彼女を狂気の螺旋から救いだすことなど、土台無理な話だった。救うのなら、もっと早い段階……そう。子供の頃、セリューの父親が殺された後も、彼女と接していれば、このようなことにはならなかったのかもしれない。

 

「やっぱり、お前とは分かり合えなかったな。最後まで」

 

「もとより正義と悪は相容れない存在だ。だが忘れるな、リヒト。私を殺しても、エスデス隊長が貴様等を粛清する。悪に未来などない」

 

「どうだろうな。だがな、セリュー。この世界に完全な正義なんてありゃしないんだ。オレ達だって自分が正義なんて思っちゃいない。やってることは人殺しっていう外道の所業だからな。いずれ報いは受けるだろう。今回はそれがお前だったってことだ」

 

「これが報い? ハッ、だったら貴様も報いを受ける時間だな」

 

 彼女は言い終えると、歯をガチリとかみ合わせた。

 

「あと十五秒後だ……」

 

 その言い分からどのようなことなのかすぐに理解できた。

 

「爆弾か……」

 

「ああ。十王の裁き最終番、五道転輪炉。ドクターから授かった最終兵器だ。これが頭の中にある限り、私は負けない。クク、あと十秒だな」

 

「そうかよ、けどそのお誘いは断らせてもらうぜ」

 

 言うが早いか、彼はヨルムンガンドをセリューの身体に巻きつけ、空中に躍り出る。

 

「な、なにを!?」

 

「死ぬのはテメェ一人だけにしろ。オレには帰りを待ってくれる人がいるんだ。心中なんてごめんだね」

 

 そしてヨルムンガンドを投げ縄のように振り回し、遠心力に乗せてセリューを空中高く放り投げた。それを見送らず、すぐさまこの地域から離脱するため、ヨルムンガンドを伸ばして空中を駆け抜ける。

 

「逃げられると思うなよ、リヒトオオオオオオオオオ!!」

 

 背後から聞こえてくる叫びが聞こえたのも一瞬だった。すぐに背後で眩い光がほとばしり、巨大な球体状の爆発が見て取れた。

 

 けれど、思いのほか爆発が大きく、リヒトのすぐ背後まで爆炎が迫ってきていた。凄まじい熱波と轟音が追って来る。

 

 まるで死してなお、リヒトを殺そうとするセリューの精神が具現化したかのようだ。

 

「でも、この程度で死ぬわけには行かねーのよ」

 

 言いながら空中を駆け抜けると、やがて爆炎が勢いを落とし、リヒトの背後から遠ざかって行った。

 

 リヒトはある程度かけたところで岩山に降りると、背後に広がる焼け野原を見る。

 

 所何処は高熱で岩が溶けたのか、未だに赤い炎がチラチラと光っている。

 

 その光景を見ながら懐からタバコを取り出し、いつもナジェンダがやっているようにライターで火をつけ、自然な流れで紫煙を燻らせる。

 

「……あばよ、セリュー。地獄で会おうぜ。それとルーク、ごめんな。約束守れなかったわ」

 

 散ったセリューに別れの言葉を、ルークには謝罪の言葉を言い残したリヒトは、そのばから立ち去り、羅刹四鬼を撃退したタツミと合流し、アジトへと帰還を果たした。

 

 

 

 

 

 セリューが戦死したことは翌日にはイェーガーズの全員が知ることとなった。

 

 それはエスデスも例外ではなく、彼女はランからの報告でそれを知った。

 

「リヒトに負けたか……。素質があっただけに、実に残念だ」

 

 小さく言う彼女の声音は決して優しいものではなかったが、どこか悔しそうな雰囲気も漂っていた。




はい、お待たせしました。
本当に申し訳ない。いろいろ始まって忙しかったもので……

今回でセリュー戦は終了です。
なんかあっさりしちゃってすみません。
でも、原作見てもそこまで言い争いながら闘ってないんですよねぇ。それにコロがいますから言い争えないというかなんと言うか。
ですが、これだけあっさりしてた方がいいかもしれません。あんまり長くやりすぎるとおんなじことを何回も繰り返してしまいそうな感じがするのでw

結局セリューは救えませんでした。もっとスタイリッシュたちの悪行を羅列していけばよかったのかもしれませんが、彼女は決して信じないでしょう。あそこまで狂われると手のつけようがありません。でも、これぐらい突き抜けてた方が原作を無視しすぎないでいいのではないでしょうか。

では、感想などありましたらよろしくお願いいたします。


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第二十八話

 朝。独特の肌寒さと、窓の外から聞こえる鳥のさえずりが聞こえ、リヒトは重たい瞼を開けた。視界はぼんやりとしていたが、何回か瞼を瞬くことにより、段々と鮮明になってくる。

 

「ふぁ……。朝か」

 

 呟きながら上体を起こし、大きく伸びをする。変な格好で寝ていたのか、伸びた背骨がパキパキと小気味よい音を立てた。

 

 そのまま腕を布団の上に下ろすが、その時右手に柔らかいものが当たった。例えるなら、『ムニュ』や『プニ』が正しいだろう。

 

 なんだと思い、何度かその柔らかい物体を何回か揉みしだいてみる。

 

 何回か揉むと、布団の中から「んぁっ」や、「あふっ」と言った妙に艶のある声が聞こえてきた。それに触っていると、なにやら掌の中心辺りに少しだけ硬さのあるものが……。

 

「……」

 

 リヒトは無言で手を離し、恐る恐る布団を捲ってみる。

 

 一言で言うと、そこには何故かレオーネが仰向けで寝転がっていた。なぜ別室のはずのレオーネが自分の部屋で眠っているのか、悪戯にしては過激すぎるというかなんと言うか……。

 

「まぁ確かにチェルシーにしてはでかいと思ったけどさ」

 

 手に残っている感触を思い出す。チェルシーはレオーネほどではないにしろ大きい部類に入る。だが、レオーネの場合はそれの上を行く。

 

「何を食ったらこんな風になるんだか……。つか、酒臭っ! コイツ、夜中にへべれけになるまで飲んだな。それで部屋を間違えたってとこか……」

 

 やれやれと頭を抱えながら溜息をつくと、間が悪いことに部屋のドアが軽くノックされた。

 

「リヒトー、起きてるー? 朝御飯だってー」

 

 しかもノックした主はチェルシーと来た。

 

 室内には半裸のリヒトと、ほぼ全裸のレオーネしかいない。この状況からしてそういうことをしていた風にしか見えないだろう。

 

 チェルシーと付き合うようになって分かったことだが、彼女は少々独占欲が強いようで、アカメと話していたり、ナジェンダと話していたりすると、確実と言っていいほど話に飛び込んでくるのだ。

 

 その後は決まってベタベタとくっ付いてくる。その光景をみてラバックがキレる。これが一連の流れとなっている。

 

 今回はラバックのことは放っておいてもいいが、問題なのはこの状況を見たチェルシーの反応だ。

 

 絶対に勘違いをするはずだ。なのでなんとしても彼女の侵入を防がなければ。

 

「お、おう、起きてる。先に行っててくれ、チェルシー」

 

 若干緊張していたが為か声が上ずった気がしたが、それほど気にすることでもないはずだ。

 

「わかった。あ、速く来ないとアカメに全部食べられちゃうからねー」

 

 チェルシーは上ずった声に疑問を抱かなかったようで、足音が遠くなっていった。山場を越えて一息ついたリヒトは、レオーネを放っておき、手早く着替えに入った。

 

 一ヶ月前に行ったセリュー戦において少なからず傷を負ったため、まだ包帯が取れていない。

 

 包帯に気をつけながら上着を羽織ろうとした時だった。

 

 遠くなっていったはずのチェルシーの足音が迫ってきているではないか。

 

「まずっ!?」

 

 急いで廊下に出ようと思ったが、包帯が邪魔なせいで動きがぎこちなくなってしまった。瞬間、部屋のドアが勢いよく開け放たれた。

 

「なんてねっ! いなくなったとリヒトに思わせて油断させる作戦なのでしたー! というわけでリヒトー、着替え手伝うよー!」

 

 満面の笑みを浮かべ、少しだけ気恥ずかしそうにしたチェルシーが声高だかに言い放った。

 

 が、すぐさま彼女の顔面からは笑みが消え、身体からはなにやら黒いオーラのようなものが見え始めた。

 

 その時、リヒトの全身に悪寒が奔り、ぞわぞわと鳥肌が立つ。そしてチェルシーは身体をゆらりと揺らした。

 

「……リヒト、なんでベッドにほぼ全裸のレオーネがいるのかな?」

 

「いや、待て待て待て待てチェルシー。一旦落ち着こう。話せば分かるから、その針をしまおう。なっ!?」

 

「落ち着く? やだなぁ、リヒト。私はすっごく落ち着いてるよぉ?」

 

 ゆっくりと近寄るチェルシーから発せられる殺気にも似たオーラはどんどん強くなる。

 

 彼女の瞳には光が灯っていなかった。アカメが標的を殺す時はこんな目をしていたなと、思い出してみるが、いまはそんなことを考えている場合ではない。

 

「ご、誤解だって。決してレオーネとやましいことはしていない! これは、あれだ、レオーネが酔っ払って俺の部屋に入ってきただけなんだ!」

 

「酔っ払って? ……そういえば昨日は遅くまで飲んでたような……」

 

 思い当たる節があるのか、チェルシーは口元に手を当てた。同時に黒いオーラもなりを潜め、瞳にも光が戻り始めた。

 

 それにほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。眠っていたレオーネがとんでもない寝言を放った。

 

「ん~……。リヒトー、お姉さんのおっぱいが柔らかいからって……そんなに揉んじゃだめだぞ~……むにゃむにゃ……」

 

 ……なんてことを言ってくれやがる!

 

 確かに胸をもんだことは事実だが、アレは不可抗力と言うかそういうのであって、断じてわざとではない。

 

 しかし、そんな言葉を聞いてチェルシーが黙っているはずもなく、消えかけていた黒いオーラが再び噴出した。今度はさらに規模が大きくなって。

 

「リヒト、レオーネ、オッパイ、モンダ?」

 

「落ち着こうチェルシーさんッ!! 片言になってる! なんか違う国の人みたいになってる!!」

 

 後ずさりながら声をかけてみるものの、チェルシーはまったく止まる様子を見せない。それどころか口元には笑みすら浮かんで見える。

 

 光のない瞳に、三日月のように吊り上げられた口元……。凄まじい恐怖感だ。

 

 ごくりと生唾を飲みこんだリヒトは、ベッドで眠るレオーネの肩を揺さぶる。

 

「おい、起きろレオーネ! お前からも説明してくれ!! これ以上行くと俺の命が危ない!」

 

 がくんがくんと揺さぶると、レオーネは薄目を開けた。

 

「起きたか、レオーネ! じゃあ早くチェルシーに説明を――」

 

 そこまで言ったところで、レオーネの腕か首に回され、そのまま彼女の豊満な胸の谷間に引き込まれた。

 

「ちょ、おま!?」

 

「なんだよ、リヒトー。そんなにお姉さんにハグしてもらいたいのか~?」

 

 リヒトはそのままレオーネの胸でもみくちゃにされた。柔らかい感触がいやおうなく襲ってきて、思わず反応してしまいそうになった。

 

 やがて強烈なハグから解放されたものの、背後の殺気は相当危険なものに進化していた。

 

 そのまま動けずにいると、肩にポンと手を置かれ、耳元で囁かれた。

 

「それじゃあ、リヒト。少し私と楽しいオハナシしようか……?」

 

 底冷えするような絶対零度の声音に思わずいろんなところが縮み上がってしまう。が、リヒトも覚悟を決めたのか、ギギギギッと音がなりそうなほどゆっくりと首を動かし、背後のチェルシーを見やる。

 

「う、うす……。お手柔らかにお願いします……」

 

「うん♪」

 

 頷いた彼女はとても爽やかな笑みを浮かべていた。

 

 

 

 数分後、リヒトの悲鳴が拠点に響いたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

「いやー、参った参った。まさか酒に呑まれてリヒトの部屋で寝ちまうとなー」

 

 笑みを浮かびながら言うレオーネは、会議室兼食卓の椅子の背もたれに寄りかかった。

 

 彼女の隣にはバツが悪そうなチェルシーが座り、その隣には両頬が真っ赤に腫れたリヒトがいた。

 

「参ったのは俺だっての……。走馬灯が見えかけたぜ」

 

 俯きがちに言うリヒトに対し、タツミが苦笑いを浮かべた。マインは「何やってんだか」と呆れ、アカメは食べることに集中し、スサノオとナジェンダは小さな笑みを浮かべている。

 

 が、この手の話には一番反応しそうなラバックだけは、額をテーブルに押し当てていて、表情をうかがうことができなかった。

 

「どうした、ラバ? いつもならこういうネタには一番反応するだろ?」

 

 不審に思ったのか、タツミが問う。

 

「……いや、まぁ、確かにさ。勘違いしたチェルシーちゃんにボッコボコにされてザマァとか、いい気になってるから報いだバーカとか、色々馬鹿にしたい気分ではあるんだけどさ」

 

「オウ、いい根性してんなコノヤロウ」

 

 ラバックの物言いにリヒトは額に血管を浮き立たせた。

 

 けれど、ラバックは勢いよく跳ね起きると、悔しげな表情を見せながらリヒトに飛び掛ってきた。

 

「それはそれで羨ましかったりするんだよッ!! 彼女が嫉妬したり勘違いしたりするとか、カップルの醍醐味じゃん!! それでアレだろ!? 最終的に仲直りして更に甘い空気を醸しだすんだろ!? なんだよそれ、超羨ましい! 俺にもやらせろ!」

 

「お前めんどくせぇな! 何でもかんでも反応すんなし!」

 

「うるせぇ! 幸せオーラ出しやがって、独り身の気持ちにもなれクルァ!!」

 

 悔しさから鬼気迫る表情に変わったラバックだが、リヒトは頬を引き攣らせている。

 

 二人は互いの掌をガッチリと握り、いがみ合うが、それを見ていたナジェンダがスサノオに目配せをして、ラバックが摘み上げられた。

 

「リヒトとチェルシーのカップル問題は二人で解決してもらうとして、今日の予定を確認するぞ、お前達」

 

「つっても予定なんてトンネル掘るくらいしかないじゃん」

 

 レオーネの言うとおりである。今現在、ナイトレイドの面々が行っていることといえば、主にレオーネとスサノオが大聖堂へのトンネルを掘っていることぐらいである。

 

 そのほかは街の見回りなどが主軸となっている。が、これもあまり動けていない。

 

 以前のリヒトとセリューの一戦から、大聖堂付近の警備はさらに厳重になっていて、変装での視察も困難を極めている。

 

 であれば、ここで出てくるのはチェルシーの帝具、ガイアファンデーションなのだが、これもいまいち効果的ではなかった。

 

 一般の信者に化けて情報を仕入れるという手段は、行ったことには行った。けれども、変な風に接触すれば怪しまれる確立が高くなるので、あまり有意義な情報は仕入れられなかった。それに、イェーガーズがボリックの護衛任務の詳細を一信者に話すわけもない。

 

 ボリックは基本的に聖堂の奥に引っ込んで出てこないし、周辺はエスデスやらクロメがガチガチに固めている。そんな中にチェルシーを一人で送り込むのは、危険が大きすぎる。それに、もとより教会内部には協力者がいるので、それで事は足りている。

 

 それゆえ今現在はトンネルが開通するまで待つしか方法がないのだ。

 

「ま、まぁそれはそうだが、一応こういうのは形としてな」

 

 的確なことを言われ、ナジェンダは小さく咳払いをしたあと、皆に向かって告げた。

 

「やれることは限られるが、各自決戦に備えてしっかりと準備をしておくようにな。では、解散」

 

 ナジェンダの言葉に全員が頷き、朝食兼会議は終了となった。

 

 皆それぞれの部屋や、仕事に戻る中、リヒトとチェルシーは肩を並べて歩いていた。

 

「ゴメンね、リヒト。あの時は色々落ち着けなかったというか、テンパったというか……それでちょっと周りが見えなくて……ホント、ゴメン!」

 

 ふかぶかと頭を下げたチェルシーだが、リヒトは沈黙した後、大きなため息をついた。

 

「あの場じゃ確かにそういう勘違いするのも分かるけど、色々痛かったなぁ……。だから……」

 

 彼はチェルシーに頭を上げさせると、その額に向けて自身の額をコツンと押し当てた。頭突きなどと言う野蛮なものではない、もっと優しく温かみのあるものだ。

 

「これで今朝のことは水に流そう。お前もずっと気にしてんじゃねぇぞ」

 

「……うん、わかった!」

 

 額を押し当て合った状態で笑い合う二人は、心底幸せそうであり、チェルシーに至っては完全に頬が緩みきっていた。

 

 やがて額を離した二人は、軽く街中を偵察しに出かけた。腕を組んだ状態で。

 

 

 

 そんな二人から離れること数メートル。

 

 ラバックは一人、血の涙を流さんばかりの勢いで涙を流し、アジトの柱にかじりついていた。

 

 が、すぐさまナジェンダに「柱を喰うな!」と義手で拳骨を落とされたらしい。

 

 一部始終を見ていたスサノオによると、その際彼は幸せそうな表情を浮かべていたという。

 

 

 

 

 

 

 夕方、リヒトは一人で出かけていた。今いるのはセリューと戦った場所である。

 

 彼の手には白い花の花束があり、表情にはどこか悲哀が漂っている。

 

 眼下には彼女の自爆で形成された巨大なクレーターが広がり、大地がその場だけ削り取られたようになっている。

 

 その中心に向けて、持っていた花束を放る。

 

「ホラよ、セリュー。一応手向けとして受け取れや」

 

 放られた花束は風に乗り、花弁を散らしながら地面に落ちた。

 

 今日、リヒトは自身が殺したセリューに向けた供養をしにきたのだ。

 

「……つっても、オレからの手向けなんていらねぇか。最後まで憎まれてばっかだったもんな」

 

 苦笑いを浮かべ、肩を竦めるリヒトは持ってきたバッグから一本の酒を取り出して栓を開ける。

 

 コルクの抜ける小気味よい音が鳴る。抜いたコルクは吐き出し、彼はそのまま酒を煽る。

 

 グビリと二、三回喉が鳴り、リヒトは酒を飲む。この酒はリヒトが好んで呑む果実酒だ。芳醇な果実の香りが癖になるらしい。

 

「オレからの手向け、パート2だ。結構上物の酒だから残さず飲めよ」

 

 口から酒瓶を離し、果実酒を地面に向かってかける。

 

 酒瓶の半分ほどがなくなったところで、リヒトは酒をかけるのをやめ、その場に座り込む。

 

「いよいよもってオレだけになっちまったなぁ。短い間だったけど、ガキの頃は三人で楽しく遊んでたのにな」

 

 語りかけるようにしていうものの、返答が返ってくるわけでもない。返ってくるのは夕方の冷たい風だけだ。

 

 ふとリヒトの右目から涙が零れ落ちた。

 

 リヒトは自分のこういうところが弱いと思っている。殺し屋だというのに、自分の関係者を殺したとなれば、感情が抑えられない。

 

 人間としては当たり前の反応で、正解か不正解かで問われれば、間違いなく正解の反応だ。しかし、殺し屋としては不正解もいいところだ。

 

 以前、リューインを殺した時もアカメの胸を貸してもらって情けなく泣いたこともあった。あの頃から比べれば、号泣しない分まだマシだろうが、根本的に成長は見られない。

 

「……弱いなぁ、オレ」

 

 頬を伝った涙を拭い、苦笑を浮かべる。そして夕焼けに染まる空を見上げた。

 

 その時だった。

 

「そこのお方」

 

 誰かから声をかけられた。これだけ近づかれたというのに気付けなかったというのはアレだが、声音と気配からして敵意は感じられない。

 

 首だけを動かして背後を見やると、そこには長髪の男性がいた。

 

 一見すると女性にも見えるが、声の質からして男性であることは間違いない。男性は黒いローブのようなものを身に纏い、その下には白い装束に金属製の装飾品を身につけており、頭には髪飾りのようなものもつけている。目尻から三本のラインが伸びているのも特徴的だ。

 

 彼の背後には、白装束で顔を隠した男女がいる。雰囲気からして護衛のようだ。

 

「アンタ、安寧道の教主様か?」

 

 立ち上がって尻についた土を払いながら問うと、彼は胸に手を当てて静かに頷いた。

 

「はい。私を見たことが?」

 

「いんや、知り合いが会ったらしくて、その時にアンタの格好とか色々話しててな。それで聞いてみた」

 

「そうでしたか。では、そのお知り合いの方にはよろしくお伝えください」

 

 教主は人の良さげな笑みを浮かべる。この様子からも分かるが、本当にこの男性は心底優しい。それでいて、人を寄せ付けるカリスマも持ち合わせている。

 

 また、彼には特殊な能力も備わっていると聞く。だからこそ人が集まってくるのだろう。まぁ、それを抜きにしても彼の元には自然と人間が集まりそうであるが。

 

「あぁ、伝えとくよ。そんで、教主様がこんなトコでなにやってんの?」

 

「時々こうして街の周辺を見回っているのですよ。今日は少し遠出しました。……どうやらここで激しい戦いもあったようなので」

 

「まぁこんだけでけぇクレーターできてるしな。それで、どうしてオレに声をかけたんだ?」

 

「貴方と少しお話がしたくなったのです。お手間は取らせませんのでいかがですか? 護衛の者達は下がらせますので」

 

 彼は小首をかしげながら笑顔を見せてきた。雰囲気からしてなにかを狙ってるとか、そういうのはない。本心からの言葉であることはすぐに分かった。

 

 時間も気になったが、さほど長く話すこともないだろうと思ったので、リヒトはそれに頷く。

 

「ああ。わかった」

 

「ありがとうございます。では、あちらでお話しましょう。あなた方はこちらでお待ちを」

 

 護衛に一言添え、教主は歩いていった。リヒトもそれに続き、まだ半分余っている酒瓶を持って歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 マインとの見回りから帰って来たタツミはアジトの一室でナジェンダと話していた。

 

 今日の昼頃、タツミはマインと街の偵察でた。本当はラバックといく予定だったのだが、マインが無理やりにラバックと変わったのだ。

 

 ある程度見回りが終わったあと、昼食をとっていると、再び安寧道の教主と出会った。なので、タツミはそこで思い切って聞いてみることにした。

 

 安寧道に潜む闇のことを。

 

 教主はそのことに対して答えないかと思ったが、彼はそれに答えてくれた。彼自身、教団の幹部に闇を持っている人物がいることは、把握できているようであった。

 

 結局のところ彼は底抜けに善人であった。たとえ闇を持つ幹部がいようとも、彼は「信じる」と言っていた。そしてタツミは、改めて彼のような人間を死なせてはいけないと思えたのだ。

 

 また、彼は帰り際、こうも言っていた。

 

『お二人は以前よりも仲良くなったように見えます。赤い糸がより濃くなっていますよ』と。

 

 とは言われたものの、アレからマインとの進展は特にない。が、以前会った時に言われたことで、なんとなく意識してしまうのは分かる。

 

 確かにマインは時々かわいいとは思う。これは事実だ。が、恋愛対象と言われれば、悩むところだ。そもそもマインは、ことあるごとに突っかかってきていたので、そのあたりは薄いのではないだろうか。

 

 が、マインもチェルシーにたきつけられているのか、最近よりいっそうちょっかいを出してくるようになった。今日もスサノオに作ってもらったデザートランナーのから揚げを食べているのにたいし、向こうからよこしてきたくせに、食べ方が子供っぽいと笑われた。

 

 まぁとりあえず、マインとの赤い糸のことは置いておいてだ。今はボリックの暗殺を成功させなければならない。

 

 が、その前に立ちはだかるのは帝国最強の女、エスデスだ。だから、タツミは改めてナジェンダに聞いた。

 

「あの、ボス。前々から聞いてみたかったんですけど」

 

「なんだ?」

 

「エスデスを倒すのに、どれくらいの力が必要だと見ているんですか?」

 

「……」

 

 その問いにナジェンダは持っていたタバコを灰皿において注げた。

 

「五万の精兵と、アカメ、リヒトを含んだ帝具使い十名以上」

 

 愕然とした。

 

 アカメは勿論入ると思っていたが、彼女に加えてリヒト、さらに十名以上の帝具使い、そして五万の精兵……。途方もない戦力だ。弱い国ならこれだけで陥落させられるのではないだろうか。

 

「そんなに……!?」

 

「あいつとブドー大将軍だけは別格だ。私をこんな体にしたのもエスデスだからな」

 

 ナジェンダは右腕の義手を持ち上げる。

 

「丁度いい。話してやろう。あいつと私の因縁を」

 

 

 

 

 

 

「なるほど……。貴方も旅のお方でしたか」

 

「貴方も?」

 

 教主と話していたリヒトは首をかしげた。

 

「あぁ失礼。ここに来る前、二人の少年少女と出会いましてね。一人は茶髪の少年で、もう一人は桃色の髪の少女でした」

 

 外見から言ってタツミとマインで相違ないだろう。どうやら二度目の遭遇を果たしたらしい。

 

 リヒトは自分の身の上をただの旅人だと話した。そして今日ここに来たのは、古くからの友人が先日起きた爆発で死んだのでその供養をしにきたと伝えた。

 

 多少無理があるいいわけであったが、教主は詮索せずにそれを聞いた。

 

「しかし、ご友人をなくされたとは……お辛いでしょう」

 

「まぁ辛くないって言えば嘘になるけど、昔喧嘩別れしたからな。それほどでもねぇよ」

 

「嘘はいけませんよ。少なくとも、貴方の心は悲しんでいる」

 

 目を閉じた状態で教主は言ってくる。どうやら件の特殊能力は本物らしい。

 

「参ったな。あんたの能力の前じゃ嘘はつけないと見えた」

 

「ははは、今のは能力ではありませんよ。単純に貴方の声色や、しゃべり方、表情をうかがった結果です」

 

「……さすが、アレだけの教団を纏め上げるだけはある」

 

 見透かされてしまったことに、リヒトは肩を竦め素直に驚いた。

 

「ははは、そんなすごいことでもありませんよ。私一人では、教団もここまで大きくはできなかった。全ては皆さんの助力のおかげです。……ですが、闇を感じることもあります」

 

「闇?」

 

「ええ。茶髪の少年にも聞かれましたが、一部の幹部からは深い闇を感じます。けれど、私は信じることにしているのです。例え闇を抱えていても、彼等がいなければ、安寧道もここまで大きくすることは出来なかった。それに、人間ならば誰でも闇は持っていますからね」

 

 胸に手を当てながら彼は真っ直ぐな瞳をこちらに向けてきた。その瞳のなかには一切の迷いがなく、澄み切っていた。

 

「信じる……ね。アンタ、早死にするタイプだな。あまっちょろい考えの理想主義者だ」

 

「よく言われます。護衛の者達にもたまに叱られてしまいますね」

 

 微笑を浮かべた教主に後悔の念は見られなかった。彼はたとえ幹部に裏切られて殺されたとしても、決して彼等を恨みはしないだろう。それだけ彼は優しいのだ。

 

「まぁでもアンタみたいな考え、オレは好きだぜ」

 

「ありがとうございます。では、私からも貴方に助言というかアドバイスをさせていただきます」

 

 ふたたび目を閉じた教主はそのまま告げてきた。

 

「貴方は自分が弱いと思っていますね。ですが、そんなことはありません。貴方は強い。身体も、精神も。貴方が弱いと思っているのは、すぐに涙を流し、感情を抑えられないことでしょう。

 それは弱さではありません。強さです。感情を殺すというのは、自分の思っていることに表に出すことが出来ない、弱さであると私は考えています。感情は抑えるものではありません。外にさらけ出すものです。だから貴方は自分の感情にしたがって生きなさい。感情を出せるということはそれだけで素晴しいことなのですよ」

 

「……」

 

 教主の言葉はリヒトの胸を打った。

 

 いつかの夜。アカメにも似たようなことを言われた。泣きたい時には泣けばいいと。感情を殺しては心が死んでしまうと。

 

 その時は彼女の言葉を分かった気でいた。だが、根本的には理解が出来ていなかったのだ。

 

 感情を表に出すのは弱さではなく、強さ。アカメもきっと同じことを言おうとしたのだろう。

 

「……そっか、やっぱオレって馬鹿だな」

 

「いいえ。貴方もゆくゆくは気付いたでしょう。しかし、今回は私が後押しをさせていただいただけです。余計なお世話でしたかね?」

 

「いや。ありがとな、教主様。おかげで色々吹っ切れたわ」

 

「それはよかった。では、その報酬と言ってはなんですが、そのお酒、頂いてもよろしいですか?」

 

 教主はリヒトの足元にある酒瓶を指差して首をかしげた。

 

「別にいいけど、なんだアンタも酒好きなのか?」

 

「ええ、まぁ。教団内にいるときは余り飲めないので……。それに、そのお酒は私も大好きなものなんですよ」

 

「へぇ、意外だな。酒なんて飲まないもんかと思ったぜ」

 

「私とて人間ですからね。好物くらいはありますよ」

 

「ははは。ちがいねぇ、ホラよ。全部飲んで構わないぜ」

 

 教主に酒瓶を渡すと、彼は一度頭をさげて祈りを捧げた後酒瓶に口をつけて酒を煽った。中々いい飲みっぷりである。

 

 何度か喉が鳴るが、リヒトはそこで「うん?」と首をかしげる。教主はグビグビと喉を鳴らし、酒を飲み下していく。だが、あの酒はそれなりにアルコールの度数は高い。半分残っているなら何回かに分けて飲むのが普通なのだが……。

 

「お、おい。そんな一気飲みして大丈夫か……?」

 

 さすがにここで倒れられては色々とまずい。場合によっては護衛たちに殺されかねない。

 

 だがそんな心配は何処吹く風。教主は酒を飲み続け、最終的に全部飲み干してしまった。そして彼は深く息をついて一言。

 

「……ふむ、やはりここの果実酒は美味しいですね。久方ぶりに飲んだので、抑えが利きませんでした。もう一本持ってません?」

 

「ねぇよ! つか、アンタ見かけによらず酒豪か? 結構度数たけぇよなアレ」

 

「昔からお酒には強いのですよ」

 

 けろりとした表情の教主の顔には少しの火照りも見えず、呼吸も非常に落ち着いている。

 

「教主様の意外な顔を見られたな。いつかアンタとは飲み交わしたい気分だ。いい酒が飲めそうだ」

 

「では、ご都合が合うときにいらしてください。私も忙しくなければ、お相手しましょう。あぁ、お名前は?」

 

「うーん、事情的に教えられないから。髪の色からとって、銀色さんで」

 

「ではギンさんとお呼びします。では、今日はこれで。お話できて楽しかったですよ。ギンさん」

 

「オレもアンタと話が出来て、色々わかったよ。教主様、さんきゅーな」

 

 軽く手を振ると、教主もそれに答え、護衛たちの下に戻っていった。

 

 その途中、彼はこちらに振り向いて大きめの声で言ってきた。

 

「あと、彼女さんは大事になさってくださいね。あなた方はきっと結婚までこぎつけると思われますよ」

 

「そうかい、そりゃありがとよ」

 

 改めて手を上げると、教主も満足げに手を振ってきた。

 

 彼の姿が見えなくなるまで見た後、リヒトは大きく伸びをして晴れ晴れとした表情を浮かべた。

 

「よし、帰るか。はやくしねぇと夕飯に遅れる」

 

 リヒトはヨルムンガンドを伸ばして空中に躍り出た。

 

 

 

 

 

 

 

「というのが、私とエスデスとの因縁だ。結局のところ私は生き残り、今ここにいる。だから最終的には私が勝利し、この呪縛解いてくれる」

 

 鋭い眼光を見せながら言うナジェンダに、タツミはゴクリと生唾を飲み込んだ。

 

 ……さすがボス。スゲェイケメン!

 

 驚く方向性は間違っているような気がしたが、それはさて置いてだ。タツミはもう一つ気になったことを問うた。

 

「あのさ、ボス。リヒトの帝具、ヨルムンガンドの奥の手って本当になんなんだ?前聞いたときは疲れるって言ってたけど……」

 

「ヨルムンガンドは……いや、この話はあいつから口止めされているからな。本人から聞け」

 

 返答はなんとなく予想が出来ていたが、やはり、リヒトとアカメの奥の手は秘匿が絶対らしい。

 

「ただ、一ついえることは、ヨルムンガンドの奥の手は破壊に特化したものだ。その気になれば、街一つを一瞬で葬ることぐらい簡単だろう。うまくいけば、エスデスとブドー両方を一気に消し去ることも可能なはずだ」

 

「マジかよ!?」

 

「あくまで推察の域を出ないがな。しかし、それだけあの帝具は強力なんだ。ゆえに……」

 

「そうか……リヒトに対するダメージも……」

 

 ナジェンダは静かにうなずいた。

 

 強大すぎる力には危険が伴うというのはセオリーだ。帝具も勿論そうだ。インクルシオも装備するには相当の危険を孕んでいる。

 

 ヨルムンガンドも本当に使いこなすまでには、発狂しそうなほどの悪夢を見るというし、奥の手もそれだけ危険なのだろう。

 

「じゃあ、展開して一週間近く動けなくなるって言うのは、症状が軽いほうなんだな」

 

「だろうな。アレを見る限り、最大出力での展開は命に関わるはずだ。だからできればリヒトには負担をかけてやりたくない。チェルシーもいることだしな」

 

「そうですね。だったら、リヒトが無理しないように、俺もがんばらないと!」

 

「フッ、その意気だ。タツミ、期待しているぞ」

 

 ナジェンダは小さく笑みを見せた。

 

 タツミも拳を握り、決意に満ちた顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 深夜。

 

 大聖堂近くの森林地帯に、穴が開いた。

 

 中を覗くと、やりきった表情のレオーネとスサノオがいた。

 

「よし、開通したぞ……」

 

 スサノオは武器である槌を肩に担ぎ、標的を見据えた鋭い眼光を大聖堂に向ける。

 

「ついに攻め込めるな」




はい、お待たせいたしました。
前回の投稿からもう四ヶ月近くも放置してましたね。申し訳ない。

今回はバトルなしでこんな感じで。
教主様はこういうアドバイスキャラがいいと思ってます。
あとぜったい酒強そうですもんw
飲んでいいのか知りませんけど!
教主様って結構恋愛ごとに口出すの好きですよねw

次回は攻め込むあたりまでかければとおもいます。
今度はそれほどお待たせせずに、書きたいと思います。
がんばりますです。
では、感想などありましたらよろしくおねがいします。


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第二十九話

 キョロクにあるナイトレイドのアジトの、食堂兼会議室にはメンバー全員が集まっていた。彼等の視線の先には、異様な雰囲気を出しているスサノオがいる。

 

「今日の俺は本気も本気。覚悟はいいな、お前たち」

 

 スサノオの言葉にメンバー全員が「おおおー」と反応する。スサノオの両手には湯気を放つどんぶりやら、大皿があり、先ほどから美味しそうな香りが漂っている。

 

「まずはナジェンダのリクエスト。塩ラーメン麺固め。鳥の旨みと味のキレに自信ありだ!」

 

 置かれたのは、黄金色に透き通るスープが美しいラーメンだ。鼻腔をくすぐる香ばしいかおりが食欲を引き立てる。

 

「マインにはストロベリーパフェ。隠し味も入っている!」

 

 マインの前には、新鮮なイチゴがふんだんに使われた、甘い香りを放つパフェが置かれる。生クリームに加え、アイスクリームもスサノオのお手製だ。

 

「ラバックには鮮度の高いボッカイ海老の造り!」

 

 ラバックへ用意されたのは、ボッカイ海老だ。ボッカイ海老は、海老の中でも非常に美味とされ、高級食材としても知られている。その身は、弾力と柔らかさがちょうど良いバランスで融合しており、甘く芳醇な味も素晴しい魚介だ。

 

「レオーネにはおでんと評価の高い地酒の冷酒!」

 

 レオーネの前へ置かれたのは、東方の国から伝わったと言う、『おでん』という料理だ。味付けされ出汁に、大根や卵、コンニャクなどのおでん種と言われる食材を入れて、煮込む料理だ。非常に酒に合うとされ、伝わった当初から、焼き鳥と同じくらい酒飲みに好まれている料理である。

 

「アカメにはあらんかぎりの肉料理だ。俺秘伝のタレで煮込んでいる!」

 

 そう言って置かれたのは、巨大な皿に、「これでもか!」盛られた肉の数々だ。ここまで来ると逆に見ただけで胃が拒否反応を示しそうだが、甘辛い香りが食欲をさらにプッシュし、拒否反応を吹き飛ばしてしまう。その証拠にアカメはかなり嬉しそうだ。

 

「チェルシーにはペスカトーレスパゲティだ。今朝取れたばかりのトマトをソースにして、魚介を混ぜ合わせた一品だ!」

 

 チェルシーの前には小奇麗に盛られたトマトソースのパスタが置かれた。最近では、ペスカトーレはトマトを使ったパスタというイメージがあるが、本来は魚介を使っていれば全てペスカトーレと呼ぶことが出来る。けれどそんなことは瑣末な問題だろう。

 

 魚介の香りに混じり、ニンニクが入ったトマトソースの芳しい香りが漂う。さらに、パスタの上には大振りのいエビと、貝が乗せられていて、とても食べ応えがありそうだ。

 

「リヒトにはモナルカイモのフライドポテトに、ヘルツォークバイソンのパティを俺が焼いたバンズで挟んだハンバーガーだ。パティは三段重ねでボリュームをアップしている!」

 

 ドンッと置かれたのは、よい焼け目がついたハンバーガーとフライドポテトのセットだ。ハンバーガーには肉の他にトマトやレタスが挟まれており、さらにチーズもトロリと溶け出し、必然的に唾液が分泌される。

 

「タツミはなんでもいいと言ったので、特製スサノオランチだ」

 

 最後、タツミの前に置かれたのは所謂お子様ランチを髣髴とさせる、プレート料理だった。さすがにこれはタツミも思ったのか、

 

「これって、お子様ランチじゃあ……」

 

 と呟いた。彼の隣に座っていたマインもその声が聞こえたようで、小さく噴出していた。

 

「各々の大好物をスサノオに作ってもらった。存分に食べて鋭気を養って……って、言う前から食べてるなお前たち。まぁ元気で結構」

 

 ナジェンダが言葉に対し、全員が耳を貸さずに目の前に置かれた好物を存分にかっ食らっていた。

 

 無論、リヒトやチェルシーも例外ではなく、

 

「うぉッ!? うまいなこのパテ! 肉汁が閉じ込められてて噛んだ瞬間溢れてきたぞ!」

 

「私のパスタも美味しいよー。さっすがスサノオだねぇ。その辺の料理人じゃ相手になんないよ」

 

「フッ、満足したようで何よりだ」

 

 スサノオも褒められたことが満更でもないのか、小さく口角を上げ、満足そうな笑みを浮かべた。

 

 それぞれが好物を楽しみながら食べていると、チェルシーの前に座っていたマインが、隣のタツミに声をかける。

 

「ねぇ、タツミ。このパフェ美味しいから、アンタも――」

 

「ターツミィ! お姉さんの盃が空いてたらどうすんだっけー?」

 

 しかし、言葉の途中でレオーネがタツミに絡み、マインの声は阻まれて、タツミに届かなかった。

 

「ハイハイ、注ぎますよー」

 

「よーしよし、えらいぞータツミー」

 

 レオーネはタツミの肩に手をまわし、自身の胸に引き寄せるようにしている。タツミも抜け出すことはせずに、素直に彼女に従っている。

 

 そんな光景を見たマインは、少しだけ不服そうに頬を膨らませる。

 

 勿論そんな面白そうな光景をチェルシーが見逃すはずもなく、

 

「おやおやぁん? 随分と不満そうですなぁ、マインちゃーん?」

 

「ふ、不満なんてないわよ! ていうか、あんた達も少しは自重しなさいよ。こんな時まで腕組まなくたっていいじゃない」

 

「愛し合う二人が腕を組んでてなにが悪いのかにゃー? 悔しかったらマインも誰かと付き合っちゃえばいいのにー。誰かとは言わないけどねー」

 

 ニヤニヤと面白そうな笑みを浮かべるチェルシーに対し、マインは悔しげにスプーンを握り締めていた。

 

 が、リヒトとチェルシーがいちゃつくことによって苛立つ人物がもう一人。

 

「なぁチェルシー。一旦離れよう」

 

「え、なんで?」

 

「アカメの向こう側から凄まじい怨念と殺気を感じる」

 

 言いながらリヒトは横目でアカメの向こう側を見やる。

 

 視線を追うと、その先にいたのは、もう定番と言うか、決まりきっているというか……目を血走らせているラバックであった。

 

 ボッカイ海老の造りを食べながらこちらを凝視する彼の後ろには黒いオーラが見える。けれど、もう見飽きた光景のせいで、誰も反応しない。

 

「ラバックなんて放っておけばいいじゃん。いつもあんな感じだし」

 

「それもそうなんだけど、アイツお笑い担当だから、反応しねぇと後からうるさいんだっての」

 

「俺お笑い担当じゃないって言ってんじゃん! つか、真面目に迷惑そうな顔すんの止めてくんない!? 割とメンタルごっそり持ってかれるから!」

 

「じゃあこっち睨むなよ」

 

「しょーがねぇじゃん! なんかラブオーラが出てるとこう、必然的にそっちを見ちまうんだよ! だから俺は悪くねぇ! 悪いのはラブオーラを出すお前らが悪い!」

 

「うるさいぞラバック! 立ち上がるな、ほこりが立つ!」

 

「すみませんナジェンダさん!」

 

 即座にラバックは席について食べることに戻った。やはり、ナジェンダに言われるのが一番聞くようだ。

 

 そのままギャーギャーと騒ぎながら食卓を囲み、好物を堪能したあと、少ししてから会議が始まった。

 

「さて、レオーネとスサノオの働きのおかげでトンネルが大聖堂の隣まで貫通した。いよいよボリック暗殺ミッションだ」

 

 ボリック暗殺という単語を聞き、食後の余韻に浸っていた空気が引き締まる。

 

「屋敷じゃなくてあえて大聖堂にいるところを狙うんですね」

 

「この数ヶ月でボリックの屋敷は罠が満載になったって話だからね。そこよりはましじゃない?」

 

 タツミに対し、マインがお茶を啜りながら告げる。

 

 ボリック側もナイトレイドが狙っていることなど当の昔から分かっている。だからこそ、屋敷には大量の罠を仕掛けたのだろう。まぁ元々何個かは仕掛けて置いたのだろうが。

 

「見取り図を見ると、屋敷に比べて大聖堂は身を隠せる遮蔽物が多いからな。俺たち向けのステージだぜ」

 

「その分敵さんの警戒も強くなるけどな。アッチもわかってんだろ、んなことは」

 

「確かにそのとおりだが、ねらい目も存在する。内部の協力者の情報では、標的は一ヶ月に一度、夜通し祈りを捧げる日があるという。明後日だ」

 

「密偵の報告とも一致しているから、その日の夜、決行と言うわけだな」

 

「けど、本当に祈りを捧げてるのか……?」

 

 タツミが疑問に思ったのか、口元に手を当てる。それを聞いていたラバックは呆れたような表情で背もたれに寄りかかる。

 

「んなのアピールだろ。ぜってー女といちゃついているね。そこにいる銀髪くんみたいに」

 

 ラバックの視線の先を見ると、チェルシーと手を絡めているリヒトがいた。けれど、ラバックの嫌味にはもう飽きたのか、リヒトは特に反応を示さずにナジェンダに問う。

 

「けどよ、地中からの侵攻はやっこさん側も読んでるんじゃない?」

 

「マジかよ!?」

 

「当たり前じゃん、タツミ。攻め込む手段の常套手段の一つだし」

 

「だろうな。待ち構えている可能性も高いだろう」

 

 確かに向こう側もこれは考えていることだろう。だから、こちら側もそれ相応の対応をしなければならない。

 

「その意見は最もだ。だから、ここはチームを二つに分ける。一つは地底からの陽動チーム。突入して騒ぎを大きくしつつ、敵の目をひきつける。ここは私、スサノオ、リヒト、レオーネ、チェルシーであたる。チェルシーには後で詳細を教えておく」

 

「被弾覚悟だけあって回復力とか防御力が高いチームだな。あとは隠密性か」

 

「イェーガーズが出てくるだろうが相手にするな。引っ掻き回して生き残る。そして時間差で残りのメンバーはエアマンタを使い空から大聖堂に突入。騒ぎに乗じてボリックを討つ!」

 

「エアマンタってあれか! 秘境に言った時のアレ!?」

 

「本部から貸してもらったからな。今夜中にも来るはずだ」

 

「よし、また乗れるんだな!」

 

 どうやらタツミはエアマンタに乗って空を飛ぶことがお気に入りらしく、非常に喜んでいた。マインはそれを見て「ガキねー」と呆れていた。

 

「まぁタツミのテンションが上がるのに越したことはない。というわけで、アカメ、マイン、ラバック、タツミ。頼んだぞ」

 

「了解! 標的はあくまでもボリックのみってわけね」

 

「ああ。標的をヤツ一人に絞れば、今の戦力でもエスデスとは戦える」

 

「こうなるといままで戦力を削ってきたのは大きいな」

 

「ああ。幸いなことにこっちは一人も欠けてないからな」

 

「注意する人物もグンと減ったしね」

 

 リヒトとタツミは笑みを浮かべる。確かに、今まで羅刹四鬼やイェーガーズのセリュー、ボルスを消したのは大きいだろう。まだボルスかセリューが残っていたことを想像すると、暗殺は難しいかもしれない。

 

「護衛もエスデスは得意ではないはずだ。アイツを使うとすれば、それは殆どが攻撃、や殲滅戦だからな」

 

「そこにつけいる隙があるかもしれないね」

 

 ナジェンダの言うことは最もだ。エスデスの圧倒的な戦力は、確かに強大で凶悪だ。しかし、護衛任務に就くというのは、エスデス自身余り経験がないことだろう。だから、レオーネの言うとおり、隙が生まれるかもしれない。

 

「ボリック……必ず葬る」

 

 皆が口々にもらしたあと、アカメが最後に拳を握りながら言った。

 

 

 この時、一同は理解していた。

 

 今回の突入は教主暗殺という時間制限を前にした強攻策であるということを。

 

 これまでのようにガードが固くとも、もうやるしかない。

 

 革命の要となるこの作戦の成功を目指し……。

 

 それぞれが覚悟を決めたのであった。

 

 

 

 

 

 会議を終えた後、アジトの浴場には、ナジェンダ、マイン、チェルシー、三人の姿があった。

 

「いいお湯加減だねぇ……」

 

 目を閉じながらほっこりとした口調でチェルシーが呟くと、二人もそれに頷いて同意した。

 

「出張先でもアジトに風呂があるっていいよな」

 

「決戦に向けて体を休められるからちょうどいいわ」

 

「湯船に浸かるのとシャワーだけだと、結構体に差が出るよね。というかさ、マイン。決戦前なんだし、いい加減タツミとくっ付けばぁ?」

 

「は、ハァッ!? なにそれ!」

 

「それは私も言おうと思っていたことなんだ。マイン、心残りはない様にした方がいいぞ」

 

「だ、だから、二人してなに言ってんのよ!!」

 

 ザバッ! と立ち上がったマインは、徐々に顔を赤らめながら抗議して来る。けれど、ナジェンダとチェルシーは止まらない。

 

「私ほどの人間になると部下の心情が分かってきてな。教主に赤い糸がどーの言われて以来、タツミと行動を共にすることが多くなっただろう」

 

「今日だってタツミの隣に座ってたしねぇ。パフェだって上げようとしてたし。もう見てるこっちが恥ずかしかったわ」

 

「タツミとは、そんなんじゃないんだってば! ただ、最近ちょっとは頼もしくなってきたから認めてあげてるだけで、好きとかそういうのはないのよ!」

 

 強がった様子で言うが、チェルシーは恋愛の先駆者としてさらに捲くし立てる。

 

「うっそだー。じゃあなんでレオーネとタツミが絡んでるとあんなに不満そうなの? 意識してるからでしょー?」

 

「チェルシーのときもリヒトがレオーネと絡んでいたりすると、不満そうだったしな」

 

「あ、やっぱりばれてました?」

 

「モロバレだ」

 

「いやーん、恥ずかしいなぁ。結構隠してたつもりなんですけど」

 

 頬に手をあてて「いやんいやん」とのろけ始めるチェルシー。その表情には幸せさと恥ずかしさが入り混じっていた。それだけリヒトとくっつけたということが嬉しいということか。

 

「まぁ最終的にどうするかはお前次第だからな。だが、早くしないとレオーネあたりにぶわっ」

 

 そこまで言ったところでナジェンダの顔にお湯がかけられた。見ると、マインが風呂桶を放り、ズンズンと脱衣所に向かっている。

 

「もう上がるわ! アンタ等の話を聞いてたらのぼせちゃうもの!」

 

「あぁ、待て待てマイン。もう一つ言わなければならないことがあったんだ。出て行く前に聞け」

 

 ナジェンダはマインが脱衣所の扉に手をかけた所で彼女を呼びとめた。マインは若干怪訝な表情を見せながら彼女を見やる。

 

「……なによ」

 

「お前には一番に伝えておくべきだと思ってな。皆の前では言わなかったが、近いうちに、シェーレが戻ってくるぞ」

 

「ホントッ!?」

 

「ああ。ホントもホントだ。リハビリをがんばっているらしくてな。医師の話では凄まじい回復力だそうだ。本人も前線に戻るのを望んでいるらしいぞ」

 

「やった! さっそく皆にも伝えてくるわね!」

 

「うむ。だからマイン、シェーレが帰って来たときにアイツをビックリさせるためにタツミとくっ付けばおぶ」

 

 再びナジェンダの顔面にお湯が引っ掛けられた。

 

「だからなんでそっちに話が転換すんのよ! まったく!!」

 

 彼女は脱衣所の扉をピシャン! と勢い閉じて出て行った。

 

 残されたナジェンダとチェルシーは、面白げに笑みを見せながら、

 

「フッ、若いな。マイン」

 

「ですね。もっと素直になってもいいのに」

 

「まぁ無理に囃し立てても仕方ないからな。あとはマインがどうにかするだろうさ。それでだ、チェルシー。決戦の際の役割を説明しておくが、いいか?」

 

「はい。どうぞ」

 

 チェルシーとナジェンダは向かい合った状態で座る。

 

「チェルシーは私たちと同時に潜入した後、ガイアファンデーションで変身してもらう。お前はほかのメンバーと比べると、パワー系ではないからな。変身しつつ、ボリック敵の数を減らしていってくれ。もっと言えば、ボリックの暗殺も頼むかもしれん」

 

「了解です」

 

「ただ、ボリックの近くにはエスデス以外にも、最低一人護衛がつくと考えていいだろう。その際は無理はせずに、殺気を消して小動物にでも変身して好機を待て。決して無理はするな」

 

「その辺は大丈夫ですよ。ボス。リヒトにも言われてますからね、もう無茶なことはすんなよって」

 

「そうか。やはり、愛する者が出来たのは大きいな」

 

「勿論ですよ。リヒトを一人残して死ねませんからね。必ず生き残ります」

 

 チェルシーはそう明言すると、「じゃあ私もそろそろ上がりますね」と浴場から出て行った。

 

 一人残ったナジェンダは右の肩口を抑えながら思う。

 

 ……誰一人、死なせたくはない。スサノオの勾玉顕現二回目、使わざるを得んだろうな。

 

 スサノオの奥の手、勾玉顕現。一回目はクロメが召喚したデスタグールを撃滅するために使用した。ただ、あれは使用者の命を削るものだ。だから、多用すればナジェンダも死に至る可能性があるだろう。

 

 しかし、死を覚悟しなければ、革命など夢のまた夢になってしまう。

 

「……使ってやるさ。この命を捨ててでもな」

 

 

 

 

 

 女子連中が風呂に入っている間、リヒトはアジトの屋上に上がり、酒瓶を傍らに置いて月見をしていた。口元にはタバコが見える。

 

 彼はタバコを灰皿のふちにおいてから、酒をグラスに注いでそれを煽る。

 

「……決戦は明後日か。いよいよここまで来たって感じだな」

 

 空になったグラスに再び酒を注ぎながら彼は呟く。リヒト自身、今回のミッションが危険だというのは充分に理解している。しかし、やり遂げなければ、革命に大きな支障をきたしてしまう。だからやらなければならないのだ。

 

「チェルシーを一人にさせないためにも、しっかりと生き残らないとな」

 

 グッと拳を握ったリヒトだが、それに呼応するようにヨルムンガンドがふわりと浮き上がる。

 

「お前には、もっと働いてもらうぜ。相棒」

 

 そう言うと、ヨルムンガンドは頷くように反応した後、腰のホルダーに戻っていった。

 

 しばらく月見酒を楽しんでいると、屋上へ誰かがやって来た。そちらを見ると、スサノオがいた。

 

「よう、スサノオ。お前も月見か?」

 

「いや。お前に用があったんだ、リヒト」

 

 彼は答えると、リヒトの隣に座った。スサノオは、リヒトがタバコをくわえていることに気付いたようで、

 

「うん? タバコを吸うようになったのか?」

 

「あぁこれか、まぁボス程ヘビーには吸ってないけどな。嗜み程度だよ。あんまり吸いすぎるとチェルシーに臭いっていわれるからな。健康にも悪いし」

 

「それもそうだな。ナジェンダにもやめてもらいたいものだが、アレは死ぬまで直らんだろう」

 

「違いねぇ。そんで、話ってなんだよ。スサノオ」

 

 一応誰か来たときのためにと持ってきていたもう一つのグラスに酒を注ぎ、それをスサノオに渡しながら問う。

 

 スサノオはグラスを受け取りつつ、懐から何回かに分けて折られた羊皮紙の束を取り出し、リヒトに渡した。

 

「これは?」

 

「俺が作れる料理のレシピだ。お前に受け取ってもらいたくてな」

 

「おいおい、なんで急にそんなもん……」

 

「今回の任務は危険なものだからな。もしかすると俺が死ぬかもしれん。そんな時、俺の料理を残せればと思ったんだ。ナイトレイドで一番料理が出来るのはお前だからな」

 

「そんな後ろ向きでどう済んだよ。死ぬことなんて考えんな」

 

「無論俺とて死ぬつもりは毛頭ない。だが、もしも、と言うことはあるだろう? だから、な」

 

 スサノオはグラスを傾けながら言ってくる。彼の瞳を見るに、諦めとかそういった色の光は見えない。非常に前向きで、覚悟の込められた闘志がみなぎっていた。

 

 だからリヒトは羊皮紙の束を受け取り、小さく笑みを零した。

 

「わーったよ。つか、考えてみればお前が一番死ななさそうだけどな」

 

「ハハ、それはお前もだろう。リヒト。一回は死の淵からよみがえったことだしな」

 

「それもそうか。けどよ、お互い生き残って革命の日を迎えようぜ。そしたら二人で料亭でも開くか?」

 

「それはいいな。料亭『大鴉』という名前がいい」

 

「じゃあその店名で開くか」

 

「ああ。お前とならいい料理を提供できそうだからな。その時はよろしくな。リヒト」

 

「おう。こっちもな」

 

 二人はグラスを軽くチンッと鳴らし、同時に酒を煽った。

 

 

 屋上から降りたあと、リヒトとスサノオは、食堂の入り口あたりでなにやら室内の様子をうかがっているラバックを見つけた。

 

 首をかしげながらも、二人はゆっくりと彼の背後に接近する。

 

「何してんだお前」

 

「おげるんばッ!?」

 

「どういう悲鳴だ」

 

 気配を断って近寄ったためか、必要以上に驚かせてしまったようだ。

 

「な、なんだ。リヒトにスーさんかよ。脅かしやがって」

 

「それは悪かったな。で、お前は何をしていたんだ?」

 

 問いに対し、ラバックが顎をしゃくって食堂を指す。

 

 室内を見ると、そこにはマインとタツミがいた。加えて、なんとなくふんわりとした雰囲気を感じさせる。

 

 なんとなくその空気に思い当たる節があったリヒトの顔には笑みが浮かんだ。

 

「なるほどねぇ……」

 

「あんな甘酸っぱい空気出しやがって。これ以上アベックが増えてたまるか! ぶち壊してくる!」

 

「黙ってろ。スサノオ、抑えとけ」

 

「わかった」

 

 飛び出していきそうになるラバックの頭を掴んで押し返し、スサノオにパスする。スサノオもラバックの口元を手で押さえて声が漏れないようにした。

 

「んーんー!」と騒ぐラバックを尻目に、リヒトとスサノオは二人の様子を見ながら満足げな微笑を浮かべた。

 

「リラックスしてるみたいだな」

 

「ああ。変に緊張していなくてよかった。コンディションとしては最適だろう」

 

「あとは、全力を尽くして標的を討つだけだな」

 

 

 

 

 深夜。

 

 リヒトの部屋のベッドの上には、リヒトの腕枕に頭を乗せているチェルシーがいた。

 

「そうか、お前も結構ヤバイ役目だな。チェルシー」

 

「うん。でも、実際のところ主に戦うのは、リヒト達だから、皆に比べるとわりかし安全かも。やばくなったら小動物にでも化けて逃げちゃうしね」

 

「ガイアファンデーション様様だな」

 

 皮肉っぽく言うと、チェルシーもそう思っていたのか、「だねー」とチェルシーも笑みを零した。

 

 しばらく二人の間には沈黙が流れる。

 

「ねぇ、リヒト」

 

 最初に口を開いたのはチェルシーだった。

 

「約束してくれる? 絶対に私を一人にしないって」

 

 声はどこか力がこもっていた。同時に、不安も入り混じっている。

 

 リヒトもそれを感じ取り、はっきりと約束をするかと思いきや、

 

「チェルシー。ミッションの生死において、俺は絶対なんて約束はしない」

 

「……」

 

「けど、善処はする。生き残るための努力はする」

 

「……うん。よかった。リヒトっぽい返事が聞けて」

 

 満足げな笑みを浮かべるチェルシー。その声からも、不安さはなくなっていた。

 

「だから私も約束はしないよ。努力する。帰ってくるためのね」

 

「ああ。そうだな。お互いがんばろうぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 深夜一時――。

 

 安寧道の大聖堂近くでは、警備の兵士、二人が夜警をしていた。

 

「なんだか今日はいつもよりも不気味だな」

 

「なんだ? まさかお前幽霊が怖いとでも言うのか?」

 

 相方の発言をからかうが、それに対して先ほど不気味と言った兵士は首を振る。

 

「違う。エスデス将軍も言っていたろう。今夜あたり賊が攻め込んでくるやもしれんと。だから不気味だと言ったんだ」

 

「ボリック様も警戒しすぎだとは思うがな。なにせこっちには、あのエスデス将軍がついているんだぞ? たとえ帝具持ちの賊と言っても勝ち目はないさ」

 

「そういえばお前はエスデス将軍推しだったか」

 

「ああ。あのドSな性格がたまらない」

 

 夜警の最中だというのになんとも気が抜けているが、こうでもしないと緊張感が解れないのだろう。

 

「で、実際のところエスデス将軍に何をしてもらいたいんだ?」

 

「無論、せめて欲しいに決まっている。あのヒールで踏んでもらったり――」

 

 突然声が聞こえなくなった。

 

 不自然に思い、相方を確認すると、そこには喉を掻っ切られ、膝から崩れ落ちる相方がいた。

 

「てっ――!?」

 

『敵襲だ!』と叫ぼうとした時、兵士は自分の喉に何かが突き刺さったのを感じた。

 

 ……しまった。喉をッ!?

 

 兵士は、自分の喉に突き刺さっているものを見る。

 

 喉からは黒い鎖が伸びていた。その鎖を辿って行くと、先ほど倒れた相方の背後で闇夜に光る金色の双眸が見えた。やがて月明かりに照らされると、闇の中からは銀髪の青年が出てきた。

 

 この瞬間、兵士は青年の正体を確信した。彼は殺し屋集団、ナイトレイドに所属し、指名手配中の男、リヒトであるということを。

 

 が、確信しても、もうどうしようもない。

 

 ……だれか、たすけ――。

 

 思った瞬間、兵士の視界は夜の闇ではなく、死と言う名の暗黒に呑まれて行った。

 

 

 

 夜警の兵士二人の始末を終えたリヒトは、トンネルで待っているナジェンダたちに合図を送る。

 

 トンネルから出てきた四人と共に、大聖堂の壁まで行くと、ヨルムンガンドを伸ばして壁に打ち込む。

 

 よく固定されたことを確認すると、全員がリヒトの身体に掴まった。

 

「こういうときにヨルムンガンドは便利だな」

 

「まぁ、実際のところはかなり便利だと思ってる。でもよ、ボス。なんでタツミじゃなくて俺が陽動なんだ? インクルシオの透明化ならもっと上手くできそうなもんだぜ?」

 

「それはそうだが、今回はより確実性を重視したんだ。お前ならタツミよりも場数を踏んでいる。それに、インクルシオの透明化はボリックを奇襲するのにも使えるからな」

 

「なるほどね。じゃあ、俺たちは俺たちの仕事をこなしますか」

 

 五人は屋根に上ると、中庭を見下ろす。既に多くの兵士達が警備に当たっていて、まさに厳重警戒と言った感じだ。

 

「私はここから単独行動だから、後でね」

 

 チェルシーは軽く手を上げて屋根を伝ってボリックがいるであろう建物に潜入して行った。

 

「私たちも行くぞ」

 

 ナジェンダに言われ、大聖堂の屋根から中庭に降り立つと、周囲の兵士達は一瞬度肝を抜かれたような表情を浮かべた。

 

 まぁ前触れもなく侵入者が現れれば当たり前か。

 

「では始めるぞお前たち。騒ぎを起してエスデスを引っ張り出す」

 

「「「おう!」」」

 

 号令に答え、戦闘態勢に入る兵士達に向かって駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 大聖堂の天井に近い屋根組みの柱の上に、チェルシーの姿があった。いや、正確にはねずみの姿に化けたチェルシーであるが。

 

 ……この姿便利なんだけどビジュアル的にいやなんだよねぇ。

 

 内心で自身の姿を想像して溜息をつくチェルシー。

 

 まぁ無理もないだろう。女の子にとってねずみは余り好きな動物ではないはずだ。ハムスターなら別だが。

 

 チェルシーは柱の上を伝いながら下を見る。

 

 大聖堂には数人の人物がいた。

 

 一人は言わずもがな、暗殺対象のボリック。それを警護するエスデス、さらにクロメの姿もあった。もう一人いるが、あれはボリックの女だろう。襲撃の時まで女をはべらせるとは、肝っ玉が据わっているのやらいないのやら。

 

 ……クロメはまだ本調子じゃないと見ていいかな。あの毒から蘇ったと言っても、後遺症はバッチリ残ってるだろうし。

 

 その証拠に、クロメの首下には包帯が巻かれている。それに骸人形の数も一人と少ない。警戒するのならもっと多く展開していてもおかしくないだろう。

 

 けれど、チェルシーはクロメよりも、エスデスから発せられる殺気の濃さに気圧されそうになっていた。

 

 ……なんて殺気。こんなの人間が出していい範疇を越えてるって。いるだけで気分悪くなりそう。

 

 クロメの殺気も凄まじいが、エスデスの場合はそれがかわいく思えてくる。正直言うと、あんなのとは一分でも一緒の空間にはいたくない。

 

 ……ボリックの方は相変わらずクロメがガッチリマークしてるし、隙を見つけるのは至難かなぁ。

 

 思いながら見ていると、大聖堂の扉が勢いよく開けられ、焦燥気味の兵士が駆け込んできた。

 

「た、大変です! 賊が数名突然中庭に現れて……!」

 

「やはり今晩を狙って来たか、ナイトレイド。読みどおりだ」

 

「な、中庭!? すぐそこではないか!!」

 

 兵士の言葉にそれぞれ対照的な反応をみせるエスデスとボリック。やはり、ボリックは肝っ玉が据わっていたのではなさそうだ。大方ナイトレイドがここに来る前に全滅するとでも思っていたのだろう。

 

 エスデスはと言うと、にやりと不適な笑みを浮かべている。

 

「クロメはボリックを徹底マーク。離れるなよ」

 

「了解!」

 

 ……うーん、私的には離れて欲しいんだけどなぁ。やっぱりそうはいかないよねぇ。

 

 やれやれと思いながらも、チェルシーは監視を続ける。

 

「しょ、将軍! 将軍が直に守ってください!」

 

 ……それも嫌なんだけどなぁ。

 

「普段顔を立ててやっている分デンとしてろ。みっともない。心配せずとも大聖堂から出たりせん」

 

 エスデスは足にしがみ付いてきたボリックを払うと、彼の顔面にヒールのかかとを押し込む。メシリという音がこちらにまで聞こえてきた。

 

 ……そのまま踏み抜いてくれてもいいんだけど。というか、アンタは中庭に出て行ってよ。

 

 やり取りを見ながらチェルシーは溜息をつく。

 

 が、一瞬緩んだ緊張感はすぐに引き戻された。

 

 エスデスから発せられる殺気がより強いものとなったのだ。

 

 ……ちょっとちょっと、まだ殺気が上がるって冗談でしょ!?

 

 ビリビリと伝わってくる殺気に全身の毛が逆立つのを感じながら、チェルシーは中庭で戦っている四人と、エアマンタでこちらに向かっている四人を思い浮かべる。

 

 ……みんな、本当に気をつけて。

 

 

 

 

 

 エスデスは大聖堂でナイトレイドの面々を待ちながら笑みを浮かべていた。

 

 ……来いナイトレイド。どんなに騒ぎを大きくしても、結局のところお前たちはボリックを殺せなければ負けだ。

 

 ニィっと口元が吊りあがり、凶悪な表情が濃くなっていく。

 

「さぁ、早く来い」




はい、今回は突入まで持って来れました。

チーム編成は原作とは違う感じになりましたが、これもこれでありでしょう。多分。
次回はアカメ達の方を書いて、大聖堂のなかでの戦いですかね。スピーディに書くことが出来ればと思います。

そしてリヒトのリア充加減とキザ加減がさらに上がっていく(ピキピキ)

では、感想などありましたらよろしくお願いします。


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第三十話

 リヒト達陽動チームがエスデスを引っ張り出すため、大聖堂の中庭で暴れまわっている最中、今回の暗殺対象であるボリックを暗殺する要であるアカメ達突入チームは、キョロク上空をエアマンタに乗って移動していた。

 

「大聖堂が見えてきたな」

 

「うん。よし、それじゃ最後におさらいしとくよ。とは言ってもやることは単純だけどね。このまま直進して大聖堂の天井へ突っ込む。その直前に、マインちゃんはパンプキンで天井にいい感じの穴を作ってくれ」

 

「分かってるわ。準備万端よ!」

 

 マインはパンプキンを持って小さく笑みを浮かべる。その表情からは、彼女の言うとおり、自信が見て取れる。

 

「んで、マインちゃんが空けた穴から突入して、ボリックを()る。多分これは機動力のあるアカメちゃんか、インクルシオの透明化を使ったタツミの役割だと思うから、よろしくな」

 

「おう! スーさん達もがんばってるだろうからな。絶対に成功させるぜ! な、アカメ」

 

 既にインクルシオを装備しているタツミが言うと、アカメはコクリと頷く。

 

「ああ。それに村雨であれば掠った程度でも葬ることが出来る」

 

「そういうこと考えると、村雨って本当に暗殺向きだよねぇ」

 

 ラバックの言うことも最もだ。帝具であることを抜けば、村雨は指先に掠っただけでも、耳に掠っただけでも対象を確実に死にいたらしめる。

 

 こと暗殺に関しては、非常に高い隠密性があると言っていい。

 

「確かに村雨は暗殺向きだが、頑丈さで言えばパンプキンの方が高いだろう」

 

「それはそうかもね。ボスが将軍だった時の話とか聞いてても、本当によく壊れなかったと思うわ」

 

「壊れてねぇのはいいけど、射線とか大丈夫か? 最近無理してる感じあったけど」

 

 タツミが心配そうな声音で問うと、マインが軽く鼻で笑った。

 

「その辺はぬかりないわよ。まったく、アンタは臆病ねぇ。タツミ」

 

「別にビビッてるわけじゃねぇよ。ただ、まぁなんつーか、心配だったからさ」

 

 インクルシオを装備しているから表情は分からないが、声や仕草からして少々照れているような雰囲気のタツミ。

 

 マインもそんな彼の声に少しだけ頬を赤らめ、顔を俯かせるが、少しすると息を吐いてからいつもの得意げな笑みを見せる。

 

「アンタに心配されるほどのことはないわよ。それに言ったでしょ。あたしは射撃の天才なんだから」

 

「……だったな」

 

 タツミは肩を竦めてから頷いた。突入前だが、随分とリラックスできているようで、アカメもそんな二人を見て満足げだ。

 

 ただ一人、ラバックはジト目で二人を見やっていたが。

 

 しかし、この和やかな空気は予期せぬ乱入者によって破壊されることとなる。

 

 ギラリ。と突入チームの後方の空域で何かが光る。星や月のように夜空に浮かぶ何かではない。もっと別の、凄まじい速さの何かだ。

 

 その光はあっと言う間に突入チームの真横にやってくる。

 

「なっ!?」

 

 普段は冷静なアカメでさえ驚きの声を上げた。光の方を見やると、そこには帝具と思しき翼で空を飛ぶ一人の美青年がいた。

 

「やはり空からの別動隊。今度はこちらの読み勝ちのようですね」

 

 青年が口を開く。言動と帝具と思しき翼からして、以前一時的にではあるが、イェーガーズに捕まっていたタツミの報告と照らし合わせると、彼がランであろう。

 

 ランは殺気のこもった声と、視線を四人に向ける。

 

「私と言う存在を知りながら、領域(ナワバリ)である空から攻撃を仕掛けてくるとは――」

 

 言いつつ、彼は体を翻してエアマンタの腹部に潜り込むと、その光の翼から無数の光り輝く羽根を掃射した。

 

「――〝愚策〟と言わざるを得ませんね」

 

 帝具による攻撃を受けたため、巨大なエアマンタであってもそれに耐えうる事はできなかった。エアマンタは力なく急降下していく。

 

 

 

 

 急降下するエアマンタは地上からも見ることができた。それは大聖堂近くの屋敷のバルコニーからも例外ではなかった。

 

 バルコニーで剣状態のグランシャリオの柄を握る青年、ウェイブは落下するナイトレイドに対して低い声で言う。

 

「来たか、ナイトレイド。……ボルスさんと、セリューとコロの仇、そしてクロメの怪我……」

 

 殺意が乗せられた低い声音で彼は続ける。

 

「まとめて、ケジメつけさせてもらうぜ!!」

 

 

 

 

 

 突入チームがイェーガーズの奇襲によって、大聖堂の一歩手前で落とされてしまったちょうどその時。

 

 大聖堂の中庭ではリヒト達によって叩きのめされた兵達が転がっていた。が、肝心のエスデスの姿は見えない。

 

「これだけ騒ぎを起しても出てこないか」

 

「逃げた可能性は?」

 

「そりゃないぜ。なぁ、レオーネ」

 

 スサノオの言葉に答えたリヒトが彼女を見やると、レオーネは頷いて頬から緊張から来たであろう汗を垂らす。

 

「大聖堂からすごくおぞましい殺気が漏れ出てる。それも、最初よりも強くなってる。こんな殺気を出せるのは間違いなくエスデス。こっちを狩る気満々だ」

 

 ライオネルで感覚が強化されているが故、レオーネは特に殺気を強く感じ取れる。リヒトも彼女ほどではないにしろ、かつて一度だけ味わった彼女の殺気は忘れるはずもない。

 

「計画だと、そろそろアカメ達が突入してきてもおかしくねぇ時間だ。どうする、ボス」

 

「……」

 

 リヒトの問いにナジェンダは口元に指を当てて考え込む。

 

 ……ボリック暗殺を成功させるためには、エスデスの注意をひきつける必要がある。先に入ったチェルシーのことも考えると……やむを得ん!

 

「プラン変更だ! こちらから大聖堂に乗り込むぞ!」

 

「おうさ」

 

「了解!」

 

 リヒトはヨルムンガンドを自律行動状態へと移行させる。今まで腕に巻きついていたヨルムンガンドが浮き上がる。

 

「スサノオ、奥の手の準備はいいな?」

 

「ああ。ナジェンダがキーワードを言うだけで発動するようになっている」

 

 スサノオの返答にナジェンダは頷き、彼女たちは一斉に大聖堂へ向けて駆け出す。

 

 走りながらナジェンダがリヒトに告げる。

 

「やることはわかっているな。リヒト」

 

「ああ。俺が何よりもやるべきなのは、エスデスに対する直接的な攻撃じゃなくて、エネルギー体のヨルムンガンドをエスデスに巻きつけること。だろ?」

 

「そうだ。かなり面倒かつ、危険だがお前ならやれるはずだ。信じているぞ」

 

「わーってるよ。それに俺も、恋人残して死ぬわけにはいかないんでな」

 

 肩を竦めるリヒトだが、その瞳には決して油断などと言ったあまっちょろい色はなく、生き残るという信念が光っていた。

 

 

 

 

 

 陽動チームが大聖堂へ突入するのとほぼ同時刻、落下中のエアマンタ上ではラバック達が焦りを見せていた。

 

「どうにかなんねぇのか、ラバ!」

 

「んなこと言ったってさっきの攻撃でエアマンタ即死しちまってるよ!」

 

「じゃあ墜落までなす術なしってわけ!?」

 

 慌てる一行であるが、そんな彼等に対しランが再び飛翔する。

 

「このチャンスは逃しません」

 

 再び光の羽根が放たれた。

 

 が、今度はただでやられるわけではない。瞬時にそれに反応したマインがパンプキンをランと、襲ってくる光の羽根に向けて狙い済ます。

 

「このピンチは逃さない」

 

 言い終えると同時にパンプキンの引き金が引かれる。放たれた精神エネルギーは一筋のビームとなって、羽根を巻き込みながらランの脇腹を掠めていった。

 

 撃墜こそされなかったものの、ランは掠めた脇腹を押さえながら落下を続けるエアマンタの上にいるマインを見やる。

 

 その視線に気が付いているかはわからないが、マインはランを見ながら悔しげに顔をゆがめる。

 

 ……掠っただけか。こんな時、パンプキンの射撃が曲げられたり、なぎ払えたりすればいいのに!

 

 パンプキンの欠点は攻撃方法が銃と同じで点であるということだ。大規模な射撃をする場合はどうしても体を固定しなければならないため、射撃は一方向にしか進まない。

 

 それをどうにかこうにかして面や線に移行出来ない物かとマインは悩んでいる。もしそれが可能であれば、グンと戦力が増すはずなのだ。先ほどの攻撃でも、もし薙ぎ払うことが出来ればランの体を貫くことも可能だっただろう。

 

 が、そんなことを考えている、彼女の真横からパンプキンの射線上になかった光の羽根が飛来した。

 

 すぐにそちらにパンプキンを向けようとするが、大規模射撃の後のパンプキンには少しの間冷却時間が必要となる。即ち、迎撃は不可能。

 

 思わず目を瞑るマインであるが、彼女の前にノインテーターを携えたタツミが現れ、回転させることで羽根による攻撃を捌き切る。

 

 その時、一瞬ではあるがマインの瞳にはタツミの背中が大きく、たくましく見えた。

 

「大丈夫か、マイン!?」

 

「え、えぇ。大丈夫よ」

 

「そっか、けどさすが射撃の天才だな。追っ払うことが出来た!」

 

「フン、あったりまえでしょ! アンタもナイスフォロー、ありがとね。タツミ」

 

 褒められて少しだけ頬を染めるマインだが、そんな二人の間の空気を打ち壊すようにラバックの絶叫が聞こえた。

 

「二人して甘い空気出してる場合じゃないでしょ! 落下してんだよこれ! このままじゃみんな墜落死するって!!」

 

 喚きつつも、ラバックはクローステールを操り、エアマンタ全体を覆うように糸を展開させる。

 

 そしてエアマンタの体全体がクローステールによって包まれる。

 

「とりあえず即席のマットだ。これでなんとか衝撃はやわらぐ筈!」

 

 ラバックの言葉に続き、それぞれが対ショック態勢を取る。

 

 因みにこの時、タツミはラバックの肩に掴まっていたが、アカメとマインはそれぞれラバックの足に掴まっていた。それも結構がっしりと。

 

 が、緊張感のせいなのか、今のラバックにそれに気が付く余裕はない。普段の彼から見ればなんとも残念な結果である。

 

 やがてエアマンタは凄まじい音と共に地面に落下する。

 

 落下したエアマンタを覆っていたクローステールが解かれると、中からは無傷のアカメ達が現れた。

 

「流石……衝撃は全部エアマンタの体が吸収してくれたぜ」

 

「無理させちまったな……」

 

 タツミがエアマンタの体に手を当てると、マインも同じように手を当てる。

 

「最後までこの子のおかげで助かったわね」

 

「ああ。感謝してもしきれない」

 

 アカメもまた、エアマンタに対して頭を下げるが、すぐに踵を返して大聖堂へ足を向ける。

 

「手前で落とされてしまった。大聖堂へ急ごう――」

 

「――いかせねーよ」

 

 アカメの言葉が終わる前に、彼女等の前に一人の青年が立ちふさがる。

 

 タツミがそちらを見ると、そこにいたのは以前イェーガーズに囚われていた時、少しの間行動を共にした青年、ウェイブであった。

 

 アカメ達からすれば、キョロクに到着する前にスサノオによって吹き飛ばされた印象が強いだろう。

 

「お前らの相手は、この俺だ」

 

 酷く低い声音で言う彼の気迫は、非常に洗練されていて、只者ではない雰囲気をかもし出していた。

 

「ッ!」

 

「……!」

 

「イェーガーズか!」

 

「標的じゃなくても四対一で容赦なくいくわよ」

 

 四人全員がそれぞれの得物を構えるが、そこでウェイブが四人を見回して問うてきた。

 

「戦う前に一つだけ聞きてぇ。リヒトはどこだ」

 

「なに?」

 

 予期していなかった質問にアカメは警戒を解かずに声を漏らす。ウェイブとリヒトには特に接点と言っていい接点はなかったはずだ。そんな彼がリヒトのことを問うなど、どうしたのだろうか。

 

「知ってたって誰が言うかよ。第一、お前とアイツに何の関係がある。敵ってだけだろ」

 

「確かに、お前の言うとおりだ。俺とリヒトにゃ接点なんてねぇ。けど、この前アイツに殺されたセリューは違う。セリューとリヒトは友達だったらしい、だが、リヒトはそんな友達でさえ容赦なく殺した。俺にはそれが我慢ならねぇ」

 

 搾り出すような声に緊迫感がより濃くなっていく。

 

「そんなのは当たり前じゃない! セリューはイェーガーズ、リヒトはナイトレイドよ! 昔友達だったからって、今は違う。二人は敵同士なんだから殺しあうのは必然でしょ!」

 

「んなこたぁ俺だってわかってる。けどよ、聞いてみたかったんだよ。友達を殺した時、アイツはどんな気持ちだったのかをな」

 

 憤怒の色が見えるウェイブの眼光は凄まじいまでの威圧感であった。無論、この程度で萎縮するアカメ達ではないが、彼の言うことが気にならないかといわれればそうでもない。

 

 セリューと交戦したあの日、リヒトは特に変わった様子もなく帰って来た。強いて言うなら多少の傷はあったものの、精神的には殆ど変わらない様子であった。

 

 恐らくセリューを完全に敵として認識することで、彼女を殺すことに躊躇しなかったのだろうが、誰も彼にその時のことを聞かなかったので、実際彼がどういう心境であったのかはわからない。

 

 しばしの沈黙が続いていると、インクルシオを装備したタツミが彼に答えた。

 

「俺は聞いた。セリューを殺す時、リヒトがどんな気持ちだったのかを」

 

「……アイツは、リヒトはなんて言った?」

 

 インクルシオによって顔を覆われているため、声もくぐもっている。ウェイブはタツミだとは気付いていないようだった。

 

 そしてタツミはアジトを出るとき、リヒトに言われたことを思い出す。

 

 

『タツミ。もしイェーガーズのメンバーの誰かにセリューを殺した時どんな気持ちだった? とか、どんな理由で殺した? とか聞かれたらこう答えといてくれ』

 

『なんだよ藪から棒に。というか、そんなこと効いてくる奴なんているのか?』

 

『さてな。まぁでも、一応聞いとけよ。いいか、もし聞かれたらこう答えとけ――』

 

 

「『――何も思わなかった。ただ殺しただけだ』だってよ」

 

「ッ!!」

 

 リヒトの声を代弁したタツミの返答に、ウェイブが息を詰まらせる音が聞こえた。そして彼は、ゆっくりと剣を鞘から抜く。

 

「そうか、やっぱり殺し屋は持ってる感性が違うってことかよ。少しは納得のいく答えが聞けるかと思った俺が馬鹿だったぜ」

 

 ゆっくりと剣を抜きながら彼は言葉をつなげていく。

 

「もういいぜ。来いよ殺し屋ども。これ以上仲間を失うのは御免だ! もう誰一人傷つけさせやしねぇ……!!」

 

 彼は言い切り、剣を完全に抜き放つとそのまま地面に突き立て。吼えた。

 

 

 

「グランシャリオォォォォォォォッ!!」

 

 

 

 咆哮と共に、彼の背後にインクルシオと同じく巨大な鎧が現れ、彼の体を包み込んでいく。

 

 やがてウェイブの体全体を覆うように、紺色の鎧が展開される。

 

 全てを展開し終えた隙を狙い、マインがウェイブに向かってパンプキンを撃ち放つが、ウェイブはそれを読んでいたのか、簡単に回避行動を取ると、そのままマインへ向けて突撃。

 

 が、無防備であるマインを守るためにタツミがノインテーターを構えて前に出る。

 

 しかし、タツミがマインの前に出たのは無防備なマインを防御するためはもちろん、注意をタツミにひきつけるための策略だ。本命は彼の背後から飛び上がったアカメである。

 

 アカメが空中で身を翻し、ウェイブに村雨をぶつける。金属と金属が擦りあう金切音が響く。

 

 鎧と刀が何度もぶつかり合う中、アカメはグランシャリオの硬度に気づく。

 

 ……この鎧の硬度、刃が肌まで通らない。

 

 鎧には多かれ少なかれ硬度が薄い箇所がある。主に関節部分や首もとなど、戦いにおいて動かす部位は動かしやすさを重視して、必然的に鎧は薄くなるはずなのだ。

 

 アカメも先ほどからなんども狙ってはいるものの、グランシャリオの硬度によって阻まれてしまう。

 

 ……鎧の隙間は、ない……!

 

 本来であれば貫けるはずの箇所が貫けないことに気付いたアカメに、一瞬の隙ができる。その隙をウェイブは見逃さなかった。

 

「どれだけ人数差があろうが!!」

 

 吼えたウェイブの拳はアカメの腹部を捉え、痛烈な拳打がアカメを襲い、彼女は背後の林の木々に叩きつけられる。

 

 アカメと入れ替わるようにしてタツミがノインテーターをウェイブに向けて突き放つ。敵を打ち倒した一瞬の隙を狙ったいい判断だったが、ウェイブもそれを読んでいたようで、矛先を見据えて全てを回避する。

 

 タツミもただ突きだけを繰り出すのではなく、横薙ぎや振り下ろしをするものの、グランシャリオの強度な防御力とウェイブの洗練された回避運動によって、決定打が与えられない。

 

 何度かの激突の末、ノインテーターの槍撃を見切ったであろうウェイブが、槍の柄を蹴り飛ばした。しかしタツミも負けてはいない。弾かれたノインテーターのことは追わず、目の前で羅刹の如く戦うウェイブを見据える。

 

 が、そこでタツミの視線の先にウェイブの背後に回りこんだラバックが現れる。彼の意図をすぐさま理解したタツミは、拳打をバックステップで避ける。

 

「逃がすか!」

 

 追撃するウェイブであるが、次の瞬間彼の体にクローステールの強靭な糸が巻きつけられる。

 

「よし、捕まえ……」

 

 ウェイブを拘束できたことに安堵の声を上げるラバックであるが、彼の予想はすぐに外れてしまう。

 

 なんとウェイブはその膂力でクローステールの糸を引き千切ったのだ。そしてすぐさま彼はタツミから注意を外し、こんどはラバックへ向けて駆け出してきた。

 

 クローステールによる拘束が引き千切られ、ラバックもそれなりには驚いたが、それはまだ予想済みである。

 

 ……そのまま来い! 糸の罠に引っかかりやがれ!

 

 見るとラバックの前方にはウェイブの首の高さに張られたクローステールの一本があった。最初から拘束はブラフ。本命は糸の罠であったのだ。

 

 が、しかし、彼の予想はまたしても外れることとなる。糸に当たる瞬間、ウェイブが跳躍して罠を跳び越したのだ。

 

「バレてんのかよ!!」

 

 さすがにこれには面食らったようで、ラバックの緊張が強くなった。

 

「テメぇら全員撃滅してやる!!」

 

 怒号とも取れる声と共にウェイブは飛び上がった状態で身を翻し、ラバックに向けて足を向ける。いわば跳び蹴りの姿勢である。

 

 すぐにラバックも反応し、クローステールによる糸の盾を形成する。

 

「ダメだ、ラバ! そいつの蹴りはッ!」

 

 以前、彼の蹴りを喰らったことがあるタツミがラバックに呼びかけるが、既に遅い。ウェイブの蹴りはラバックの糸の盾を貫通。そのままラバックの体に激突し、ラバックは先ほどのアカメと同じように大きく飛ばされた。

 

「この!」

 

 マインがパンプキンを三回連続で砲撃。が、砲撃は跳びあがったウェイブに回避され、虚しく地面を抉っただけに終わった。

 

 再び地面に降立ったマインが、視線の先で態勢を整えているウェイブを見やる。

 

「コイツ、こんなに強かったの? ボルスの時とは段違いじゃない!」

 

「あの時は不意をつけてたからな。多分、これが本来のアイツの強さなのかもしれない」

 

 マインの声に答えるようにタツミが彼女の横で構えを取る。すると、殴り飛ばされたアカメが腹部を押さえながらやってきた。

 

「大丈夫か、アカメ!」

 

「ああ。少々痛手だが、作戦に支障はない。しかし、今のタツミの言葉、確かにそうかもしれない」

 

 アカメはこちらを見据えるウェイブに視線を送る。今、彼からは尋常ならざる気迫と殺気が溢れている。

 

「あの男、凄まじい気迫だ。恐らくあの強さは元々あの男が持つ戦闘センスと、仲間達が倒れたことによる激情が相まってさらに引き出されているのだろう」

 

「けど、あたし達もいつまでもこんなところで道草食ってるわけにはいかないわ。早くしないと!」

 

「分かっている。早くしないと陽動チームが全滅してしまう。だから、ここは少しでも戦力を送っておく必要がある」

 

「何か作戦があるのか?」

 

「ああ。それも、タツミ。お前にしか出来ないことだ」

 

 アカメに言われ、タツミはなんとなくであるが、彼女の考えていることが理解できた。

 

「……なるほど、そういうことか」

 

 

 

 

 目の前で三人がなにやら話しこんでいるのを見つつ、ウェイブは大きく息を吐いてから再び走り出す。

 

 ……コソコソ話し合って何を考えているかは知らねぇが!

 

「お前等みたいな殺し屋の作戦なんて全部叩き潰してやるよ!!」

 

 圧倒的な気迫を背負い、ウェイブは突貫する。

 

 

 

 

 

 

 大聖堂ではエスデスと陽動チームの四人が向かい合っていた。エスデスの背後には安寧道の教団のっとりを企てるボリックが椅子に座り、両脇をクロメとクロメの骸人形が固めている。

 

 敵同士が向かい合っているというのに、大聖堂内は異常なまでに静かであった。が、別の意味で言えば非常に騒がしくもあった。

 

 それはエスデス、そしてナイトレイドのメンバー、一人一人から発せられる殺気の影響だ。そこにいるだけで肌がヒリつき、空気が振動し、大地が揺れるような濃密な殺気が大聖堂内に蔓延っているのだ。言葉を発さずとも騒がしく感じてしまうのだ。

 

 やがて不敵な笑みを浮かべたエスデスがナジェンダ達へ向けて声をかけてきた。

 

「久しぶりだな。ナジェンダ」

 

 空気が凍てつくのではないかと言うほど冷たい声が響く。しかし、その声には美しさが強い。

 

「エスデス……」

 

 緊張した声音でナジェンダが答えると、彼女は一度頷きヨルムンガンドを展開しているリヒトを見やる。

 

「お前とも久しいな。リヒト。帝具を手に入れより強くなったと見える」

 

「ハッ、帝国最強に褒めていただいて嬉しい限りだよ。エスデス」

 

「フフ、相変わらず強気だな。が、お前のそういうところ、私は嫌いではないぞ。戦いの中でその強気さがどこまで失墜するか……実に楽しみだ」

 

 サディスティックな笑みを見せるエスデスに、リヒトは肩を竦める。

 

 ……相変わらず化物染みた殺気出しやがる。それに、あの時よりもかなり濃いな。

 

 外からでも分かっていたことだが、彼女の殺気はすでに人間のそれを超えている。いや、獣のそれも越えているかもしれない。

 

「まぁお前は私が気に入った男の二人目だからな。闘ってもしも生きていたら、私の軍門に下るように教育……いや、調教してやってもいい。どうだ?」

 

「そん時ぁ自分で自分の命を断つさ」

 

「クク、私がそんなことをさせるとでも?」

 

 心底楽しげに笑うエスデスに対し、リヒトは背筋が凍りつきそうになるのを感じた。恐怖がないといわれれば嘘になる。目の前にいるたった一人の女に、リヒトは明確な恐怖を抱いていた。

 

 が、決して逃げ出したいとか、そんなことは考えていない。恐怖は恥ではない、恐怖があるからこそ、人間らしい判断が出来るのだ。

 

「まぁ話はまた後に拷問室でやるとしよう。今はせっかく来た客人に私の帝具を馳走してやらねばな」

 

 シャラン、という音と共にエスデスが軍刀(サーベル)を抜き放つ。

 

「遠慮しよう。できればお前とはあまり口を利きたくない」

 

「つれないな、ナジェンダ。リヒトは随分としゃべってくれたというのに。あとそう邪険にするな。せっかく奥の手まで用意したんだ」

 

「奥の手」という単語を聞いた時、ナジェンダの顔が曇る。

 

「お前の帝具デモンズエキスには奥の手はなかったと昔聞いた覚えがあるが……?」

 

「そう。だから自力で編み出したんだ。凄いだろう」

 

 少々ドヤ顔が入ったエスデスの言葉に、ナジェンダ以外の三人がなんとも言えない表情を浮かべる。

 

「凄いだろうって、自慢かよ」

 

「自慢するためにあの話に持ち込んだのか?」

 

「つか、奥の手って編み出すモンじゃないよなフツー」

 

「エスデスらしい破天荒さだよ、まったく」

 

 ナジェンダも呆れ気味に首を振る。が、緊張は解かれてはいない。

 

「まぁ開発したとは言っても莫大なエネルギーを使ってしまうからな。使うのはここぞと言うときだけだ。だから私が思わず使ってしまうような戦闘を期待するぞ」

 

 高圧的にいってくるエスデスの瞳の中に宿る黒い光がより濃さを増した。そろそろ仕掛けてくる頃合だろう。

 

 けれども、ナイトレイド側には不安もある。本来なら到着してもいい時間帯に、アカメたちが来ないのだ。リヒトを含め、他のメンバーは皆それに心当たりはあった。

 

 ……他のイェーガーズのメンバーに足止め喰らってるか。まぁ定石な攻め方だから、読まれるのは仕方ねぇか。やっぱりここは、俺らが踏ん張るしかねぇわな。

 

 リヒトは思い、ナジェンダに視線を送る。彼女が頷いたため、やることは変わらないだろう。

 

 ……いつでもアイツ等が突撃してきていいように、そしてチェルシーがボリックを仕留められる様に、エスデスの注意をこっちにひきつける。あとは奥の手を使わせないために、コイツが必要になる。

 

 エネルギー体のヨルムンガンドを見やると、ヨルムンガンドも理解しているのか何度か動いて了解しているような意を表す。

 

「クロメ、周囲を警戒しておけ。どこから敵の増援が来るかわからんぞ」

 

「了解」

 

 ボリックを護衛しているクロメに注意をしてからエスデスは右腕をゆっくりと上げる。

 

「いくぞ」

 

 口元を三日月にゆがめ、彼女は指を鳴らした。

 

「ナイトレイド!!」

 

 声と共に大聖堂の中天に巨大な氷塊が一瞬にして出現した。一瞬で出来上がった氷塊にナジェンダ、レオーネは驚愕の表情を見せ、リヒトとスサノオは氷塊を睨む。

 

「俺の後ろに!」

 

 スサノオの指示に、三人は彼の背後に回る。落下してくる氷塊を前に、スサノオは跳躍し、槌で粉々に突き砕く。

 

 流石は帝具人間と言ったところか、その膂力によって氷塊は無残な姿へと変えられる。しかし、それだけで終わるエスデスの攻撃ではない。

 

「これはどうだ?」

 

 彼女が腕を前に突き出すと、小型の氷塊が飛来する。小さいとは言っても先端は氷柱のように尖り、非常に鋭利な形をしているため、刺されば致命傷は免れない。

 

 未だ空中にいるスサノオの変わりに、今度はリヒトが前に出て実体のあるヨルムンガンドを突き出す。すると、ヨルムンガンドは空中で高速回転を始め、襲ってきた氷柱を叩き落す。

 

 やがて着地したスサノオも槌に仕込まれた刃を回転させることで、氷柱による攻撃を防ぎきる。

 

「見事な連携だ。それに見たところ、角のあるお前、報告にあった帝具人間だな。だったら俄然面白くなってきた!!」

 

 声高々に彼女が言うと、先ほどのような氷柱が再び襲ってきた。

 

「こちらからも仕掛けるぞ!」

 

「ああ!」

 

 スサノオの声に続き、四人は飛来する氷柱の中を描ける。リヒトとは氷柱の射程から外れた空中をエネルギー体であるヨルムンガンドを空中に打ち込んで移動し、レオーネはライオネルによって強化された動体視力で避けながら迫る。

 

 スサノオは回転する刃で氷柱を防ぎながら進み、ナジェンダは彼の背後に回って続く。

 

 最初にエスデスに到達したのはスサノオであった。彼は下段から槌をエスデス目掛けて突き穿とうとするが、エスデスの顔に凶悪な笑みがこぼれる。

 

「刺し貫いてやろう」

 

 彼女が床に手を置くと、スサノオの真下から巨大な氷が飛び出す。しかもただの氷ではなく、先端が非常に鋭利な形をした殺人に特化した氷だ。

 

 しかしスサノオは帝具人間。コアが破壊されない限りは死ぬことはない。だからこそ、レオーネがエスデスの隙を突く回し蹴りを放つ。

 

 完璧なタイミングであり、普通であれば回避することは難しい。そう、普通であれば。

 

 ブンッ! という空気を切る音と共に振りぬかれたレオーネの足は虚しく空を切ってしまった。エスデスがレオーネの攻撃に反応して避けきったのだ。

 

 レオーネの空中に取り残され、身動きが取れない。エスデスはその隙を決して逃さず、軍刀を一切の容赦なくレオーネの背中に突き立てる。軍刀は貫通し、レオーネの腹部から飛び出した。

 

「っ!」

 

 ……なんて反応速度だ! 獣のそれより迅い……!!

 

 悔しげに歯噛みするレオーネであるが、まだ攻撃は終わっていない。見ると、エスデスの左方にリヒトがおり、エネルギー体のヨルムンガンドをエスデス目掛けて放った。

 

 エネルギー体のヨルムンガンドは精神力を集中しなければ相手を殺傷するちからは皆無。だが、今回はエスデスを殺すことが目的ではない。あくまでもボリック暗殺が最優先事項だ。

 

 けれど攻撃と取れるその行動をエスデスが避けないはずはなく、彼女はレオーネの背中をヒールで蹴りつけ、軍刀を引き抜き、接近してきた実体のないヨルムンガンドを軍刀で叩き落そうとする。

 

 が、それこそが狙いだ。エスデスといえど全ての帝具の特性を熟知しているわけではない。エネルギー体にヨルムンガンドは物質を貫通する。だから軍刀で落とそうとしても、落とせない。

 

 軍刀をするりと貫通したヨルムンガンドに流石のエスデスも驚きの表情をした。

 

 ……狙いはテメぇの中にあるモンだ!!

 

 リヒトは打ち込めたと思った。だが、エスデスの動きは予想の上を行った。眼前に迫ったヨルムンガンドにを避けるため、彼女は体をその場で回転させる。ギリギリで避けるその超反応に悔しさよりも、驚嘆してしまった。

 

 ……あんなギリギリを避けるかよ!?

 

 しかもその状態であってもエスデスは攻撃を放ち、リヒトに氷柱や氷塊による射撃攻撃を仕掛けてくる。ヨルムンガンドで退きつつそれを避けきる。

 

 すると、スサノオの背後に構えていたナジェンダが右腕の義手の肘から先を射出した。再び隙を突いたいい判断だ。けれどエスデスは華麗なステップでそれを回避。見ると、振り出しに戻されてしまった。

 

「ほぅ。隙を突くいい戦法だ。それに、女の方は人間だろうに治癒が早い。帝具の性能か。そしてリヒト、貴様の帝具は中々面白いな。さっきのはどんな効果があるんだ?」

 

「さてな。テメぇで考えな。敵に手の内をさらすほど俺は優しかないぜ」

 

 答えるリヒトの頬に汗が伝う。

 

 すると、レオーネが小声で言ってくる。

 

「おいリヒト。ヨルムンガンド、なんでずっと伸ばしてないんだよ。エネルギー体の方は延び続けることが出来るんだろ? だったら伸ばし続けて喰らいつかせられないのか?」

 

「無茶言うな。俺の精神力がゴリゴリ削られちまうよ。第一、やっこさんがそんな簡単に撃ち込ませてくれるわけねぇだろうが」

 

「そうか。クソッ」

 

 悔しげに歯噛みするレオーネの腹部の傷は、既に修復を終えている。ナジェンダを見ても苦しげな表情がうかがえる。

 

「やっぱりアカメ達は足止め喰らってるか。できれば速く来て欲しいもんだが……」

 

 嘆息していると、エスデスが動いた。

 

「面白い素材たちを集めたものだ。確保するとしよう」

 

 声と共にまたしてもエスデスが床に片手をつける。瞬間、凍てつく音と共に床が凍りつき、なおかつ刺々しい氷が飛び出す。

 

 四人はすぐさまその場から飛び退くが、既にエスデスの攻撃はこの時点で始まっていた。

 

 最初に標的にされたのはナジェンダであった。

 

 氷を張って回避する方向を絞ることで、エスデスは瞬時に獲物を見定めたのだ。そして一番近場にいたナジェンダの背後に回りこんだのだ。

 

 ナジェンダがエスデスの気配と感じ取って振り向こうとした時には、彼女の首筋にエスデスの手刀が襲った。

 

「ぐっ!」

 

「お前には聞きたいことが沢山ある」

 

 一撃で昏倒されたナジェンダは床へ落下していくが、彼女が攻撃されたことに三人が気が付き、一番近くにいたレオーネが大聖堂の柱を蹴ってエスデスに迫る。

 

 レオーネの動きは確かにこの場で取れるもっとも最善の策であった。しかし、エスデスの身体能力は圧倒的である。彼女は空中で前転をするように縦に回転すると、レオーネの攻撃をテンポを遅らせることで回避。

 

 同時に左足を振りかぶり、回転の勢いをそのまま乗せた痛烈な踵落としをレオーネに見舞う。

 

 背後からの強烈な一撃にレオーネは床へ叩きつけられる。

 

 今度はスサノオが動き、槌の刃を回転させながら突くが、エスデスは空中で体を捩じることでそれを回避。勢いよく接近してきたスサノオの顔面に掌を這わせる。

 

「凍れ」

 

 途端、スサノオを包むように氷が展開され、スサノオの身動きを封じた。

 

「……捕獲完了」

 

 三人を相手にし、無傷。なおかつ彼女は余裕の笑みすら浮かべている。が、床に降立ったエスデスの真上から剣を振りかぶったリヒトが、ヨルムンガンドで付けた勢いを乗せて斬りかかった。

 

「ラァッ!!!!」

 

 気合いの咆哮と同時に放たれた剣は、エスデスによって防がれる。

 

「ハハハッ! 殺意の乗ったいい剣だリヒト。実を言うとな、お前が帝国を抜けてくれたことには感謝しているんだ。なにせ、こうしてなんの遠慮もなく殺しあうことが出来るのだからな!!」

 

「どうだかな! 軍にいたって、やられそうでおっかねぇよ!」

 

 ギリギリと音を立てる剣と軍刀の刃と刃の間には火花が散る。

 

「そんなことはしないさ。私はこれでも部下には優しいんだぞ?」

 

「そうかい。だったら、殺す時も優しくして欲しい、ねぇ!」

 

 さらに強く剣を押し込むと、同時に、エネルギー体のヨルムンガンドがリヒトの肩口のから飛び出す。

 

 それを目撃したエスデスはリヒトを弾き、ヨルムンガンドを避けながら鞭の様にしなった足でリヒトの鳩尾に蹴りを叩き込む。

 

「ガッ!?」

 

 息を詰まらせながらリヒトは蹴り飛ばされ、そのまま大聖堂の柱に背中から激突した。

 

「なるほど。あえて正面からあの鎖を打ち込むことで、背後から来るかもしれないという予測の裏をかいたつもりか。まだまだ浅はかだな」

 

 床に落下したリヒトから視線を外し、エスデスは踵落としで床にたたき付けたレオーネに歩み寄っていく。

 

 リヒトは体を動かそうとするが、背中から叩きつけられたことと、鳩尾にダメージを食らったことで、体が思うように動かない。

 

 ……クソが。あの女、どんな反応してやがんだよ。

 

 常軌を逸した行動の連続に歯噛みしつつも、リヒトは血を吐き出す。すると、視線の先でレオーネに歩み寄ったエスデスが行動を起した。

 

 レオーネの体を軍刀を刺し始めたのだ。刺すばかりではなく、動きからして斬りおとしている動きもある。

 

「ぐああああああああああッ!!」

 

 レオーネの悲痛な声が聞こえる。声が出ているということはまだ生きてはいる。

 

 そして恐ろしい声が聞こえてきた。

 

「では致命傷を与え続けてみるか。どれだけ耐えられるか……」

 

 言いながら彼女は軍刀を振りかぶる。その動きにリヒトは未だ痺れる体を引き摺るようにして体を這わせる。

 

 ……動け、動け!!

 

 内心で体を鼓舞するが、まだ動くのは腕だけだ。ヨルムンガンドを動かすのは、意思の力であるので、動かすことは可能だが、ただ動かしただけでは根本的な解決にはならない。

 

 が、そこでリヒトにとある考えが思い浮かぶ。

 

「……悪いなレオーネ。ちょっと利用させてもらうぜ……!」

 

 言うと、リヒトの近くに浮かんでいたエネルギー体のヨルムンガンドがどこかに消えた。そして、リヒトは実体のあるヨルムンガンドをエスデスの頭目掛けて放った。

 

 無音のまま伸び続けるヨルムンガンドだが、エスデスに当たる直前で彼女は体を反転させてそれを撃ち落し、リヒトを見据える。

 

「随分と甘いなリヒト。とは言っても、動けないようだが」

 

 不適な笑みを送ってくるエスデス。が、そんな彼女に対し、リヒトもまた不適な笑みを見せた。さすがにエスデスもこれを怪訝に思ったのか首をかしげる。

 

「確かに行動自体は甘いかもな。けど、お前もレオーネと()()()のヨルムンガンドに気を取られすぎたな。殺気をこっちだけに乗せといてよかったぜ」

 

 ゆっくりと立ち上がりながらいうリヒトの頭からは、先ほど叩きつけられた時に打った血が流れている。しかし、彼の瞳には強い光があり、口元は更に吊りあがった。

 

「捕獲、完了だ……!」

 

 先ほどエスデスがスサノオに対して言ったことをそのまま返したリヒトは、完全に立ち上がった後に、エスデスの足を指差した。

 

「テメぇの足、よく見てみな」

 

 言われ、エスデスはそこで初めて自身の異変に気が付く。

 

 エスデスの左足にはエネルギー体のヨルムンガンドが巻きついていた。鎖が伸びる先を見ると、ヨルムンガンドはレオーネの胸の当たりを貫通するように伸びている。

 

「そいつは実体がない。そして物体は貫通する。だから、レオーネを傷つけずにお前を捕まえられた」

 

「……なるほど。地中を這わせ、尚且つ仲間の体を貫通させることで殺意をなくして近づけたか。考えたな」

 

「レオーネには悪いことしたけどな……」

 

 ニッと笑みを浮かべるリヒトだが、エスデスもまた笑みを浮かべる。

 

 足に食いついているように見えたヨルムンガンドは、そのまま彼女の体を這うように巻きつき、首もとを噛む様な仕草をした。

 

「これにどういった効果があるのかは知らんが、どちらにせよ使用者であるお前を昏倒させるか殺すかすれば、解けることだ。容赦はせん」

 

「上等……!! 仕切りなおしだ、エスデスッ!!」

 

 

 

 

 

 眼下でリヒトがエスデスにヨルムンガンドを打ち込むのに成功した時。大聖堂の天井近くでは、ガイアファンデーションでネズミに扮したチェルシーがボリックの頭上まで来ていた。

 

 ……なんとかリヒトも上手くできたみたいだね。あとは、こっち。

 

 殺気を極限まで押し殺し、眼下でクロメに守られているボリックを見やる。残念なことに今攻めることは出来ない。エスデスはリヒト達が注意を引いてくれているが、クロメはボリックの護衛に専念している。

 

 この場で突っ込めば骸人形に串刺しにされてしまうだろう。

 

 ……ダメージはあると言っても、肉弾戦で私が勝てる相手じゃない。だから今は待つ、ここぞと言う時を。

 

 絶対に死なないために、チェルシーは仲間達を信じ待ち続ける。最大の好機を。




ガルパンはいいぞおおおおおおおおおおッ!!

……申し訳ない。劇場版見てきたんで興奮してましたw吼えたかった。

かなりお待たせして申し訳ないです。いろいろと立て込んでたものでして。すみません、いいわけですね。
とにかく今回で大聖堂での戦いにしっかり入ることが出来ました。のっけからリヒトがんばってますがw防戦に徹するならエスデス相手でも生き残る可能性ワンチャン?
まぁ今の状態では少なくとも勝つのは無理でしょう。

そして、アカメ最新巻……実によかった! 涙を流しました!
なんといってもあの海の男イケメンすぎるでしょう……。あんなこと言われてあんなことされれば惚れますよそりゃあ。幸せになってほしい。

では、今回はこの辺で。

あ、関係ないですけど、超今更ツイッターはじめましたwなんか回りに進められてしまって……。
まだまだ使い慣れてないんであれですが、どうでもいいこと呟いてるかもです。お暇があったら覗いてみてください。名前は炎狼Xですのでどうぞよろしく。


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第三十一話

 大聖堂の中では剣戟の音が鳴り響いていた。

 

 その中心にいるのは、ナイトレイドのリヒト。そして帝国最強の異名をとる、エスデスだ。

 

 素人目に見れば二人はほぼ互角に戦っているようにも見えるだろう。しかし、戦っているリヒトからすれば、互角などとは決して言えなかった。

 

 エスデスの放つ一撃一撃、それらは全て急所を貫く必殺の一撃だ。

 

 右目に向けて放たれた突きを、拳の腹で受け流す。頬を僅かに切り裂き鮮血が舞う。けれど痛みを気にしている余裕はない。

 

 今度はリヒトがエスデスの顔面目掛けてヨルムンガンドを放つ。真っ直ぐに迫るヨルムンガンドには確かな速さがある。常人であればこの距離で避けるのは不可能だろう。

 

 そう。常人であれば、だ。

 

 ヨルムンガンドがエスデスの顔面に直撃する直前、彼女の眼前に厚い氷が出現してヨルムンガンドを弾いた。

 

 氷だというのに、響いた音は金属音。その音だけで氷がどれだけ硬いものなのかを物語っている。

 

 瞬間、エスデスの瞳に嗜虐的な光が灯ったのをリヒトは見逃さず、直感的にその場から飛び退いた。

 

 刹那、彼がいた場所へ鋭い氷柱が降り注いだ。

 

 土煙と砂埃が発生し、一時的にリヒトの視界を塞ぐ。が、リヒトはすぐさま防御態勢を取った。同時に、エスデスが煙の中から現れ、軍刀を上段から振り下ろした。

 

 再び剣戟の音が響く。剣と剣が激突し、火花が散る。

 

 鍔迫り合いをする二人であるが、エスデスはその整った口元を邪悪にゆがめる。

 

「よく防いだ。直感だったか?」

 

「残念。テメェの殺気が強くなったから攻めてくるって分かったんだよ! こちとらガキの頃から危険種と馬鹿みてぇに戦ってきてるからな。それが役に立ったぜ」

 

「ほう、子供の頃から危険種とか……。では私たちは似たもの同士と言うわけだな」

 

「なに……!?」

 

 驚きながらも剣を握る力は一瞬たりとも緩めない。緩めた瞬間、それは死につながるからだ。

 

「私の出自は北方の狩猟民族のパルタス族でな。幼い頃より危険種を狩って生活していた。父からは危険種を狩るための教育を受けてきた。お前もそうなのだろう?」

 

「……ああ。親父は俺に危険種の狩り方を教えてくれたよ。けど、似てるのはそこだけだろうが。俺の生き方はテメェとは同じじゃねぇ!」

 

「そうだな。確かに生き方は違う。だが、心はどうだ? お前は戦いを楽しんだことはないのか?」

 

「なんだと?」

 

「お前は殺し屋だ。ターゲットを殺した時『やったぞ』という愉悦が微塵もなかったと言えるのか?」

 

 人の心を見透かすような透き通る声がリヒトの耳に入ってくる。

 

「残念ながらそれはないだろう。目的を達成した時、人間は愉悦を感じずにはいられない。私とてそうだ。強い者を精神的にも、肉体的にも破壊しつくすのは楽しくてたまらない。お前も標的を殺した時、嬉しかっただろう?」

 

「……ッ!!」

 

 否定は出来なかった。エスデスの言葉は全てにおいてリヒトの心を見透かし、そして正しかった。

 

 かつての仲間を殺した時を除いて、標的を殺した時は多少なり達成感は味わった。

 

「否定しないところをみると、正解か。だが、それは決して恥ずべきことでも、忌むべきことでもない。寧ろ誇ればいい」

 

 残虐で嗜虐的な笑みを強めるエスデス。けれど、妙なのはその声に場違いな優しさがあったことだ。

 

「その愉悦、私と来ればもっと味わわせてやるぞ? 心配はするな、洗脳も拷問もしない。捕虜として拘束して、四六時中私の監視下に置くだけだ。衣食住には困らず、快楽にも困らない。なかなかいい提案だと思うが?」

 

 ギチリと剣を寄せてくる。

 

 確かに、いい提案だ。彼女の軍門に下りさえすれば、命までは取られない。そればかりか、衣食住の世話までしてくれる。これほど好条件な提案はないだろう。

 

 リヒトはそれにフッと笑うと、彼女に返答する。

 

「そうだな……まぁ確かに、お前の提案はすごく魅力的だよ」

 

 そこまで言ったところで、今度はリヒトが剣を強く押し戻す。

 

「けどな、エスデス。俺はもうとっくに覚悟を決めてんだ。ナイトレイドとして、革命軍として、この国を変えてやるってな」

 

 鍔迫り合いにより、二人の間に火花が散る。

 

「それにテメェで決めた覚悟を最後まで持てない男にはなりたかないんでね」

 

「そうか、ならば散れ。今、この場で」

 

 瞬間、エスデスの周囲に氷が展開。息つく間もなくリヒトに襲い掛かった。

 

 彼はヨルムンガンドを氷が展開したと同時に後方に伸ばし、ギリギリでそれを避ける。そのまま壁に伸ばして打ち込むと、さらに追撃してくる氷を避けながら大聖堂全体を見回す。

 

 ……さすがにまだ三人の回復はきついか。

 

 レオーネは体を切り刻まれていて腕が斬りおとされてしまっている。アレを治すとすれば、クローステールで縫合したほうが良いだろう。

 

 ナジェンダも未だに気絶していて、スサノオも凍結されてしまっている。本来ならば既にアカメ達が到着していてもいい頃合なのだが、足止めをくっているためか、彼女達が到着する正確な時間は分からない。

 

 最低あと二人、いや三人動ければエスデスとクロメを留めて、チェルシーかアカメがボリックを殺せるのだが、この状況では難しい。

 

 ……万事休すってわけでもないが、このまま俺だけで戦っても一度攻め込まれると苦しいな。にしても――。

 

「どんな精神力してんだ、アイツ」

 

 背後に迫る氷の攻撃を避けながらリヒトはエスデスを見やる。

 

 既にヨルムンガンドを巻きつけてからそれなりの時間は経過したはずだ。言い方は矛盾があるかもしれないが、普通の帝具使いであればそろそろ帝具を使うのに疲弊してもおかしくはないのだが……。

 

「さすがにそう簡単にはいかねぇか」

 

 やはりデモンズエキスを従えるだけの精神力は、そんじょそこらの帝具使いの比ではないということらしい。

 

 全てにおいて規格外、それがエスデスという女だ。

 

「けど、そういう規格外に立ち向かって勝ちたいってのは、男の子のロマンかもなぁッ!!」

 

 逃げるのをやめ、今度は攻撃に転ずる。

 

 射出される氷塊を、ヨルムンガンドを駆使した機動力で避けながらエスデスに斬りかかる。

 

「やはりその機動力、なかなか侮れんな」

 

「冷静に防御しといてよく言う」

 

 二人はまた剣を交える。

 

 大聖堂には、剣戟の音が再び響き渡った。

 

 

 

 

 

 一方、大聖堂の外では、アカメ達を相手にウェイブが一人で見事な立ち回りを見せている。

 

「このやろッ!」

 

 ラバックが攻撃をしかけるものの、ウェイブはそれを簡単に回避し、彼の足元を刈るとそのまま空中に投げ出されたラバックの鳩尾に痛烈な蹴りを叩き込んだ。

 

 すぐさまアカメが斬りかかり、ウェイブの隙を突くものの、ウェイブはそれに反応して彼女と戦闘に入った。

 

 そして、彼はマインの射撃にも気を配っているため、なかなか突破が難しい状況となっている。

 

「そんなもんかよ、ナイトレイド!!」

 

 吼えるウェイブであるが、彼は違和感を覚えた。

 

 ……一人、足りない!?

 

 アカメと戦いながら彼は周囲を見回す。アカメを含め、今、彼の前にいるのは、ラバックとマインだけだ。戦闘開始当初はあと一人、インクルシオがいたはずだが……。

 

「まさか、あの野郎!!」

 

 ウェイブはすぐに気が付き、大聖堂を見やった。

 

 

 

 

 ……気が付いたか。

 

 ウェイブと戦いながらアカメは、先ほどタツミと交わしたやり取りを思い出す。

 

『ようは、ウェイブの一瞬の隙を突いて俺が透明化すればいいんだよな?』

 

『ああ。あの男は確かに周囲の気配に鋭敏に反応してはいるが、それも万能ではない。確実に視線を外す瞬間がある。そこを狙って透明化するんだ』

 

『了解。でも、アカメ達は……』

 

『安心しろ。すぐに追いつくさ。だから、私たちよりも先に大聖堂へ向かって、ボス達を援護してやってくれ』

 

 このやり取りの後、タツミはインクルシオの透明化によってその姿を消し、ウェイブの目を掻い潜って大聖堂へと向かった。そろそろ到着した頃合だろう。

 

 だが、作戦を確実なものとするためにはまだ足りない。

 

 ……この男を仕留めないまでも、戦闘続行が出来ないようにしなくてはな。

 

 アカメは村雨を構えて斬りかかろうとするが、視線の奥、ウェイブの後方にいるラバックがこちらにアイコンタクトを送ってきたのが見えたので、攻撃を中止する。

 

 ウェイブもこれには不信に思ったようだが、彼が一歩踏み出そうとしたところでその動きが拘束された。

 

「これはっ!?」

 

 驚くウェイブの身体にはクローステールが巻きついており、糸の先はラバックによって木の幹にくくりつけられている。

 

「こっちも別にただ逃げてたわけじゃないんだよ。戦いながらお前の身体に糸を巻きつけていたのさ。ガフ、ゲホッ!」

 

 咳き込むラバックは微量ながらも血を吐き出した。

 

 三人の中では一番被弾率が高かったため、ダメージが大きいのだろう。

 

「甘いぜ。こんな糸、さっきみたいに引き千切って……ッ!?」

 

「甘いのはそっちだっての。その糸は、界断糸って言ってな。とっておきの一本だ。……先に行け、アカメ!!」

 

 ラバックに言われ、アカメは頷いてからマインと共に大聖堂へ向けて駆け出した。背後ではウェイブが声を荒げているが、そんなことを気にかけている場合ではない。

 

 走りながらマインが若干心配そうな声を上げる。

 

「タツミのヤツ、ちゃんと着いてるわよね?」

 

「それは心配ないだろう。途中で兵が待ち受けていようとも、インクルシオの透明化を使って気配を断てば交戦せずに切り抜けられる」

 

「まぁそれもそうね。でも、あたし達もかなり遅れちゃったわ。急がないと」

 

「ああ」

 

 二人は走る速度を上げて大聖堂へ急ぐ。

 

 ……皆、無事でいてくれよ。

 

 

 

 

 

 場所は戻り、再び大聖堂。

 

 空中を飛び回りながらエスデスの攻撃を避け、隙あらば斬り込んで行くリヒト。が、攻撃はしっかりと防がれるばかりか、カウンターなども叩き込んでくるため、決定打は中々打ち込めない。

 

 連射される氷塊は相変わらず一つ一つが非常に凶悪なもので、一撃でも喰らえば致命傷は必至。

 

「つか、いい加減ヨルムンガンドの効果が出てもいいだろうよ。バカスカ撃ちやがって……ッ!?」

 

 毒づき、ヨルムンガンドが天井へ向けて伸びたときだった。天井に打ち込まれる前にヨルムンガンドがそれ以上伸びなくなってしまった。

 

「逃さん!」

 

 声が聞こえ、そちらを見るとエスデスの頭上にリヒトの体を二分しそうなほど巨大な氷柱が出現し、次の瞬間には射出された。

 

「なんの……!」

 

 空中に放り出された状態のリヒトであるが、すぐにヨルムンガンドは意思を持ったように天井近くの柱に方向を変え、そのまま柱を噛んだ。

 

 間一髪氷を避けたリヒトはそのまま壁に張り付くように移動し、エスデスを見下ろした。

 

 ……今のはさすがに肝が冷えたな。流石に血の流しすぎか。

 

 頭の傷から流れ続ける血はとまることを知らずずっと流れ続けている。その他にもエスデスとの剣戟で負った傷も多かれ少なかれ存在している。騙し騙し来たものの身体は正直と言うべきか、警鐘を鳴らすように視界もぼやけ始めている。

 

 だが、恐らくは出血だけが原因と言うわけではないのだろう。エスデスに噛み付かせているヨルムンガンドは精神力が具現化したものだ。具現化させるには集中力をかなり消費する。

 

 怪我をした状態でエスデスという戦闘本能の塊のようなバケモノと一対一で戦い合い、なおかつ精神力も削り続ける役割を担うのは流石に骨が折れる。

 

「まぁ、無理のしすぎってことか……上等じゃねぇの」

 

 口の辺りにまで伝ってきた血を舐め取っていると、こちらを見るエスデスが不適な笑みを浮かべた。

 

「なんだよ、攻撃してこないなんてアンタらしくないな」

 

「考え込んでいるようだったのでな。だが、随分と消耗しているようだな。さっきの隙、わざと見せたわけではあるまい?」

 

「……さぁな」

 

 痛いところを突かれたものの表情には出さずに、あくまで平静を装うリヒトであるが、不意にエスデスがその場から一歩飛び退いた。

 

 その行動を疑問に思っていると、彼女の近くにインクルシオを装着したタツミが現れた。出現の仕方からして透明化して突入してきたのだろう。

 

「ったく、遅いんだよ」

 

 溜息をつきながらも壁から降りたリヒトはようやくやってきたタツミの隣に立った。

 

「わるい、リヒト。遅くなった」

 

「本当におせぇ。流石に殺意が湧きかけたぜ」

 

 冗談交じりに言うと、タツミは少し苦笑したような声を上げる。

 

「ほう、インクルシオか。これを狙っていたのか、リヒト?」

 

「どうだろうな。敵さんに作戦のことなんざ教えねぇよ」

 

 またしてもはぐらかすリヒトであるが、エスデスは余裕たっぷりの笑みを見せる。

 

「まぁいいさ。インクルシオ、お前とは戦ってみたかったからな」

 

 彼女の口振りからしてまだインクルシオを装備しているのがタツミということはばれていないらしい。

 

 そして二人が戦闘態勢を取り、エスデスが軍刀を構えた時だった。彼女が弾かれるようにして背後を見やった。同時に、二人もそちらに視線を向ける。

 

 エスデスは驚いた表情を、リヒトとタツミはそれぞれ安堵したような笑みを浮かべるた。

 

 視線を辿ると、その先には気絶していたナジェンダが立ち上がり、氷漬けにされていたスサノオにエネルギーが送られているのが見て取れた。

 

「ナジェンダ? 何をしている……?」

 

「残念だが、エスデス。ここまで生き残っている私たちは皆しぶとい。氷漬けにしたからといって、安心しないほうがいい」

 

 エスデスとはまた別の不適な笑みを見せたナジェンダは、仰向けに倒れこみながら告げる。

 

「行け、スサノオ。ボリックを倒せ!」

 

 瞬間、スサノオを封じていた氷が内部から砕け散り、様相の変わったスサノオが鋭い眼光でエスデスを睨む。

 

「なるほど、その生物帝具の奥の手か! しかしあの状態から発動できるとはな」

 

 エスデスが言い切るとほぼ同時に、スサノオが彼女との距離を一気に詰め拳を放つ。

 

「俺たちも行くぞ」

 

「ああ」

 

 復活したスサノオに続き、リヒトとタツミも同時に駆け出しエスデスに攻撃を仕掛ける。

 

 タツミはスサノオの攻撃にあわせ、彼の攻撃の合間を縫うようにしてエスデスに拳を放つが、エスデスはスサノオの攻撃とあわせて全てを捌き切る。

 

 けれどまだ終わりではない。空中に舞い上がったリヒトはヨルムンガンドに短剣を咥えさせ、鞭のようにしならせながら彼女の頭に向けて振った。

 

 エスデスは回避運動を取らずに、タツミとスサノオの攻撃を捌いていたが、直撃する寸前で、背後に視線を向けてからタツミに肘鉄を放ち、彼を殴り飛ばしそちらに回避行動を取った。

 

 普通であればこれで避けられたということになるが、今展開しているヨルムンガンドはある程度の意思を持って動いている。エスデスの顔の横を通過する時、龍のオブジェが顔を動かし、短剣をエスデスの頬に向ける。

 

「ッ!?」

 

 流石のエスデスもこれには回避が間に合わなかったようで、リヒトの手には肌とは違う硬い手ごたえが伝わってきた。

 

 ヨルムンガンドを回収してから着地すると、エスデスの頬に傷はなく、彼女の顔の真横に展開された氷に小さな溝があるだけだった。

 

「三人でアレだけ攻めて氷に小さい傷一つとか……割りにあわねー」

 

「そう悲観することでもないぞ、リヒト。私も今のは驚いた。まさか生物型でもないのに意思を持ったように動くとはな」

 

 エスデスが感心したように頷いている。相変わらず余裕たっぷりの様子だ。

 

 そんな彼女に辟易した様子のリヒト近くにスサノオが近づき、彼に小さな声で告げてきた。

 

「リヒト、まだやれるか?」

 

「大丈夫だ。まだリタイアには早い。なんか狙ってんだろ、スサノオ」

 

「ああ。恐らく今の状況ではエスデスを殺しきるのは不可能だろう。だが、ボリックだけを狙えば話は別だ」

 

「今回の任務はあくまでボリック暗殺だからな。それにまだチェルシーも動いてねぇ」

 

「次の攻防で俺とタツミが囮となる。そしてリヒト、お前はクロメと骸人形を何とかしてくれ。その隙があればチェルシーでも殺せるはずだ」

 

 スサノオの考案した作戦にリヒトが頷き、タツミにも視線を送ると彼も凡そ理解できたのか頷いた。

 

「なにか考えているようだが、お前たちだけで私を倒せるかな?」

 

「どうだろうな。だがそんなことは、やってみなくてはわからん!!」

 

 

 

 

 

 リヒト、スサノオ、タツミがエスデスと戦うのを天井から見ていたチェルシーは、先ほど二人が話しているのを見て、なにかを狙っているのだろ感じていた。

 

 彼女はずっと化けていたネズミから姿を戻すと、懐にしまっていたケースから一本の針を取り出す。

 

 この毒針の先端には成人男性五人分を殺せる超猛毒が塗ってある。ボリック程度であれば一瞬で殺せるだろう。

 

「けど、問題はその一瞬を作れるかどうかだよね。頼むよ、三人とも」

 

 彼女は祈りつつ、気配を殺しながらボリックの真上にまで移動した。そこで再び三人に視線を戻すと、ちょうどタツミがエスデスの追撃を受けているところであった。スサノオはと言うと、氷柱による攻撃を腕を振り払って防いでいる。

 

 が、先ほどまでいたはずのリヒトの姿がない。どこに行ったのかと視線を巡らせていると、壁を走っているのが見えた。

 

 支えになっているのは天井に突き刺さっているヨルムンガンドだ。エスデスはと言うと、眼前のスサノオに集中しており、まだ彼に気が付いていない。

 

 すると聖堂内にバキバキという木材を強引に叩き折る音が響く。見ると、スサノオが長大すぎる大剣を握り、聖堂の椅子を破壊しながらエスデスに向かって突貫していた。

 

 そしてある程度距離を詰めた時、彼はその場に停止すると同時に大剣をエスデス目掛けて振るった。

 

天叢雲剣(あめのむらくも)!」

 

 振るわれた大剣は風を斬りながらエスデスに迫るが、彼女は笑みを浮かべながらその場に氷壁を連続で出現させた。

 

 氷壁と剣が衝突し、けたたましい音が響く。最初こそ剣の勢いが勝っていたが、連続で現れる氷壁に封じられ、剣が振りぬかれることはなかった。

 

 けれども、スサノオの桁外れの膂力で振るわれた剣によって発生した衝撃波は凄まじく、天井にいたチェルシーにもそれが届いていた。

 

「すごい衝撃……! でも、これならボリックもろとも……!?」

 

 衝撃波によってボリックを消し飛ばせたかもしれないと思ったが、それは間違いであった。見ると、骸人形に抱えられたクロメとボリックの姿がある。その様子からして傷はないようだ。

 

 が、骸人形も無事ではすまなかったようで、クロメとボリックを降ろした後、力なくその場に倒れこんだ。

 

 ……やっぱり私がつけた傷がまだ効いてる。扱えるのはあの一体だけか。

 

 などと考えていると、エスデスの張りのある声が響いた。

 

「後ろだ、クロメ!」

 

 その声と同時にクロメと骸人形の体に龍のオブジェを象った鎖が巻きついた。鎖の伸びている方向を見ると、そこにはリヒトは不適な笑みを浮かべていた。

 

 瞬間、チェルシーはここが「好機!」と思い足場にしていた柱から飛び降りようとした。

 

 けれどそれは出来なかった。なぜならば、彼女は感じ取ってしまったのだ。スサノオと対峙するエスデスの中に圧倒的な力の塊が集約するのを。

 

 そして彼女は感じた。この力の矛先が、今クロメと捉え、剣の刃をボリックに向けているリヒトであるということに。

 

「まずい、リヒト――!」

 

『逃げて』と続けようとした時、エスデスの冷徹な声が聖堂内に響く。

 

 

 

摩訶鉢特摩(マカハドマ)

 

 

 

 摩訶鉢特摩。その名を告げた瞬間、時が凍った。

 

 けれど、唯一動けている女がいる。それは摩訶鉢特摩を使用した張本人、エスデスだ。

 

「私の前では全てが凍る」

 

 彼女は止まった時空の中でただ一人動き始めると、軍刀を鞘から抜き放ち、眼前に立ちはだかっているスサノオの腹に刀身をつきたてる。

 

「邪魔だ」

 

 そのままスサノオの体を横薙ぎにするが、スサノオは動かない。

 

 エスデスはカツカツとヒールを鳴らし、クロメと捉えているリヒトに近寄っていく。

 

「やれやれ、本当はタツミと絶対に逃さないために開発した奥の手だったのだがな……。生物帝具とインクルシオを囮として最大限に活用し、私の目を掻い潜ったところまでは褒めてやろう」

 

 冷淡な声をリヒトに浴びせるエスデスであるが、彼からの反応は返ってこない。が、エスデスは自分とリヒトを繋いでいる鎖が未だに途切れていないことに気が付いた。

 

「ほう、時を止めても未だに効力を発揮しているのか。どのような効力かは知らんが特殊な帝具であることに変わりはなさそうだ。しかしこの消耗量……一日一回が限界と言ったところだが、それでも充分だと思わないか? リヒト」

 

 言いながら彼女はリヒトの腹部に軍刀を突き立てる――。

 

 ――はずであった。

 

「ぐっ……!?」

 

 不意にエスデスは自身に意識にノイズが奔るのを感じ、頭を押さえてしまう。リヒトの腹部を狙っていた軍刀も指すことができていない。そればかりか止めていた時が再び動き始めた。

 

 ……馬鹿な。私の意志に関係なく摩訶鉢特摩が破られただと?

 

 冷静に分析するエスデスであるが、頭の中に走るノイズは更に強くなり、頭痛すらも現れ始める。

 

 すると、そんな彼女の目の前で、軍刀にヨルムンガンドを巻き付けたリヒトが不適な笑みを浮かべた。

 

「どうやってこんな近くまで移動したかはしらねぇが。ようやく効いてきたか。ったく、馬鹿みたいな精神力しやがって……」

 

「なんだと、リヒト。貴様私になにをし……ッ! そうか、この……ヨルムンガンドの能力……!」

 

「ご明察だ。俺のお前の首筋に噛み付いてるヨルムンガンドは、対象の精神力を徐々に削り取る。まるで、獲物を縛り上げて体力を奪う蛇みたいにな」

 

 リヒトに言われたとおりであった。エスデスは摩訶鉢特摩で消耗した精神力とは別に、自身の精神力が削られていることに気が付いた。

 

「お前の帝具、デモンズエキスは帝具の中でも最強の部類に入る。だが、それを扱うには常時大量の精神力を消費する。お前はお前の力で逆に押し潰されるんだ!」

 

 動けないようにしているリヒトであるが、エスデスは決して焦ることはなく、ましてや怒りを見せることもなくいつもの不適な笑みを零した。

 

「私を追い込んで得意げなところ悪いが、リヒト。残念だったな……」

 

「なにっ?」

 

「この程度の消耗で、動けなくなっているようなら。私は帝国最強となど言われていないさ」

 

 エスデスは言いながら背後から迫っていたスサノオに対し、頭上に生み出した氷塊をぶつける。避けられはしただろうが、今はそれで充分だ。

 

「チッ!」

 

「余所見をしている暇はないぞ」

 

 舌打ちしたリヒトに対しあくまで冷徹に告げると、彼女は軍刀から手を離し、右足を軸に回し蹴りを叩き込んだ。

 

「ぐぅっ!?」

 

 油断していたこともあったのか、リヒトはそのまま吹き飛ばされ、柱に激突し崩れ落ちた。

 

「生物型も厄介だが、貴様の帝具はさらに厄介だ、リヒト。しかし、戦場で油断は禁物だ。私を止めたいのならその鎖で雁字搦めにする気で来い」

 

 土煙の中にいるリヒトにエスデスは告げる。けれどその頬には彼女にしては珍しく汗が滲んでいた。

 

 生物帝具を見ると、動けはするようだがまだ腹部の傷が回復していない。恐らく先ほどの攻撃も勢いに任せたものだったのだろう。インクルシオをみてもそれは同様で、まだ動けていない。

 

「ククク……」

 

 不意に土煙の中からリヒトの笑い声が聞こえた。この状況にはそぐわない笑いに、エスデスが眉をひそめる。

 

「どうした、リヒト」

 

「いや、確かにお前を止めたいならそれぐらいはしたほうが良さそうだと思ってさ。でも、忘れてないよな。エスデス、今回俺たちが来たのはあくまでもボリックの暗殺、だぜ?」

 

 土煙が晴れ、露になった彼の頭からは先程よりも血が滴っており、服にも赤い滲みが出来ている。

 

 だが、黄金に輝く瞳には力強い光が宿っている。そして、エスデスは彼の手から伸びる鎖を辿る。鎖はクロメとナタラを拘束し、彼女の軍刀に巻きついている。だが、ボリックには巻きついていない。

 

「隊長!!」

 

 クロメの声に反応し、弾かれるように振り返ったエスデスの視線の先に移っていたのは、ボリックの首筋に小さな針を突き刺している赤茶髪の女と、針を刺されたためかぐったりとしているボリックであった。

 

 ボリックからは生気が感じられず、瞳には光が宿っていない。

 

 死んだのだ。

 

 帝具などではなく、針一本であっけなくボリックは殺され、エスデス達は任務に失敗した。

 

 エスデスはここで初めて悔しさをあらわにした。彼女は腕を女のほうに突き出し、氷柱で串刺しにしてやろうと試みたが、生物帝具の高速移動によって、氷柱が突き刺さる前に女はそこを脱し、リヒトもまた同じように生物帝具に回収されて難を逃れた。

 

 そのままインクルシオと、金髪の女も回収され、ナジェンダの下までの後退を許してしまった。

 

 エスデスは頭を押さえつつ、死んだボリックを今一度見やる。

 

 あの男自体にはなんの興味もないが、護衛対象を死なせてしまったということは事実。

 

「――――っ。任務失敗か」

 

 

 

 

 

 スサノオによって回収されたリヒトは、チェルシーと拳をぶつける。

 

「ナイスタイミング、チェルシー」

 

「ありがと。でも、リヒトもスーさんも、皆ギリギリだったね」

 

「ああ。つか、あの女、どうやって俺の目の前まで移動しやがった……?」

 

 疑問は残るが、とりあえず今はボリックを暗殺を喜ぶべきなのだろう。ナジェンダに視線を向けると、彼女も座りながらであるが笑いかけてきた。

 

「よくやったチェルシー。それに、三人も良く頑張ってくれた」

 

「ひとまずはこれで任務達成か」

 

「となるな。だが、まだ気を抜くなよ」

 

 ナジェンダの言葉に意識を取り戻したであろうタツミを含め、全員が頷いた。

 

 確かに、ボリック暗殺という任務は達成した。しかし、彼等にはまだやるべきことが残っている。

 

「全員で、生きてここを脱出するぞ」




お疲れ様です。
更新遅れて申し訳ないです。

任務……完了……。

はい、とりあえずこれでボリック暗殺完了です。
え、あっさりしてるって? まぁこんなモンでしょう。マカハドマも出しましたし、というか、エスデスも消耗してるんでチェルシーには気付いてないです。そういう設定です。
チェルシーも頑張りました。タイミングが大事でしたからね……。
マカハドマに気が付いたのは、力が集められてたから、それが伝わった感じです。それぐらい普通にあると思うんですけどね。
しかし、リヒト、タツミ、スーさんの三人がかりで戦っても結局エスデスには傷一つつけられませんでした。
そうかんがえると、やっぱりこの人バケモノですよね。倒せるのかしら。というか、精神力消耗したって普通に帝具使うし……なんなのかしらこの人。

次回は聖堂から脱出するところですが、果たしてスーさんは大丈夫なのだろうか。


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第三十二話

お久しぶりでございます。


 危険種。

 

 獰猛かつ凶暴な生物である彼らは、それぞれが独自の進化を遂げ、生態や大きさも千差万別である。殆どが肉食の彼らは時に村を丸ごと食い尽くすこともある。

 

 かつて帝具開発のため素材となった危険種も存在し、彼らは一個体で一つの国の軍隊と同等の力を有する。まさしくこの世界を生きる人々の脅威といえるだろう。

 

 しかし、獰猛かつ凶暴をそのままイコールで繋げられるかと問われればそうでもない。危険種の中には幼体の頃から世話をしてやれば、人に懐き、共生する個体も存在する。

 

 多くは三級から二級、もしくは一級であるが、特級という超級には届かないとはいえ、驚異的な力を持つ危険種も時に人との信頼関係を築き、絆を深めることが出来る。

 

 その最たる例として挙げられるのが、革命軍が所有し、マーグ高地へのナイトレイドの輸送を行ったエアマンタである。特級の中では比較的大人しく、大人数を輸送したり、地上からの物資供給が難しい場所への運搬任務などで重宝されていた。

 

 ボリック暗殺任務の際も、ナイトレイドをフォローしたものの、エスデス率いるイェーガーズの一人、ランによる戦闘ダメージで撃墜。そのまま命を落とした。

 

 しかし、革命軍にはまだ空を翔ける翼がある。エアマンタほど多くのものを運ぶことは出来ないが、速度はエアマンタを軽く凌駕し、自然の個体は雷鳴轟く高山に生息する特級危険種である。

 

 龍のような頭の下には蛇のようにしなやかな体が伸び、鱗は剣のように鋭い。腕が発達したであろう二対の強靭な翼を有するそれは、風を斬りながら夜の空を高速で翔ける。

 

「そろそろ目標地点だ!! 残念ながらコイツは急に止まることは出来ねぇ! 跳ぶタイミングは自分で計ってくれ!!」

 

 ゴウゴウという風を斬る音に負けないように、危険種の背に乗った男性は、背後の同乗者に叫ぶ。

 

「わかりました。無理を言ってすみません」

 

 同乗者の声は大きなものではなかったが、凛とした張りのある声で風の中でも良く響いた。

 

「気にしなさんな! ピンチの仲間を助けるのに無理もなにもあるかよ!!」

 

 ニヤッと笑った男性は、前を見据える。すると、峠の上を越えたところで遠くに街の明りが見えた。

 

「見えたぞ、キョロクだ!!」

 

 男性の声に、同乗者はハッと顔を上げて街明りを見やる。そして頭から被っていた外套を脱ぎ捨て、背負った得物の柄をなぞり、視界をより明瞭にするために眼鏡をクイッと持ち上げる。

 

「……今行きます、皆……!」

 

 

 

 

 

 大聖堂ではエスデスとナイトレイドの面々が睨みあった状態で硬直していた。

 

 既にボリックの殺害はチェルシーによって果たされた。ゆえに任務自体は成功と言って良いだろう。しかし、未だにエスデスは健在だ。

 

 リヒトの帝具と自分自身の力によって消耗しているとはいえ、ナイトレイド側の戦力は殆どが満身創痍と言って良い。ここで彼女まで倒すのは不可能だろう。

 

 ……どうする。この場から全員生きて脱出するには、何が最善だ!?

 

 頭から出血しているリヒトは、眼に入ってきた血を肩で拭いながら思考を走らせる。目の前で冷徹な視線を向けてくるエスデスは、こちらを攻撃しようとはしていない。

 

 待っているのだ。こちらが動くのを。

 

 恐らく彼女は、こちらが動かなければ決して動かない。だが、こちらが少しでも逃亡の素振りを見せた瞬間に、最大の攻撃をもってそれを妨害してくるだろう。

 

「クソ……ッ!」

 

 何度も思考を回転させるものの、どの手でも最低一人が犠牲となる確率が高いことにリヒトは小さく毒づく。

 

「リヒト、やはりここは俺が……」

 

「黙ってろ、スサノオ。それ以上言うな」

 

 怒気を孕んだ声でスサノオの言葉を途中で止める。大方彼は自分が囮となってエスデスをひきつけるからその間にナジェンダを連れて逃げろとでも言いたいのだろう。

 

 それではだめだ。約束したのだ、全員で生きて帰ると。

 

 けれど逃亡する算段を立てているリヒトの視界は、エスデスとの戦闘で負った傷からの流血のせいでぼんやりとかすみ始める。

 

 ……やべぇな、クロメの時ほどじゃないが血ィ流しすぎた。

 

 まだ軽度の症状で済んでいるものの、このまま止血がなされなければ意識を失うのも時間の問題だろう。そればかりかエネルギー体のヨルムンガンドを維持するのも難しい。

 

「策謀を張り巡らせているようだな」

 

 冷淡な声が静寂が蔓延る大聖堂に響く。

 

 見ると、エスデスが台座の上からリヒト達を見下ろしている。彼女の周囲には冷気がゆらめき、いつでも大技が出せる状態のようだ。

 

 彼女の背後のクロメもまた、八房に手をかけナタラも戦闘態勢を取っている。

 

「この状況を、どうやって切り抜けるつもりだ?」

 

 首をコテンをかしげる仕草をしながら薄く笑みを浮かべるエスデス。その表情にナイトレイドメンバーは総毛立つのを感じた。

 

 リヒトの帝具によって奥の手を途中で破られたというのにも関わらず、彼女にはまだ余裕があるという事実を再認識してしまった影響だろう。

 

「煙幕でも使うか、それとも帝具人間が囮にでもなるか……まぁどんなことを考えていようが、動いた瞬間狩ってやる」

 

「ハッ、んなこと言ってる割には顔色が優れないぜ? 奥の手の消耗が利いてるみたいじゃねぇか」

 

 血を拭いながら煽ってみるリヒトであるが、薄い笑みを崩さずエスデスが指の腹を上に向けた状態で嗜めるような声を発する。

 

「吼えるな、リヒト。確かに私もかなり消耗したが、貴様等を相手取るにはちょうどいいハンデだ。それに、消耗しているのはお前も同じではないか?」

 

 どこか美しさのあった笑みから、口角のつりあがった凶悪な笑みに変貌したエスデスの言葉に、リヒトは額から血が混ざった赤い汗を垂らす。

 

 彼女の言葉に間違いはなく、リヒトもかなり消耗している。そもそもエネルギー体のヨルムンガンドの維持には、リヒト自身の集中力と精神力を消費する。それを彼はこの闘いが始まった当初からずっと発動し続け、短時間ではあったがエスデスと一対一の闘いを繰り広げていた。

 

 一瞬でも気を抜くことが許されない闘いで、精神力の消費は体力消費よりも激しかったことだろう。それに加え、頭部や体からの出血だ。消耗するなと言う方が無理な話だ。

 

「気付いていないとでも思ったか? 私とお前を繋いでいるこの鎖、戦闘開始時と比べ随分と色素が薄くなっている。時折濃さを取り戻しはするが、最初ほど濃くなることはない。これはお前の限界を現していると言ってもいいのだろう?」

 

「……どうだかな」

 

 僅かな沈黙の後に返した言葉は精一杯の強がりであった。なにせ彼女が推察したことは、決して間違っていないからだ。

 

 けれどもリヒトの双眸にはいまだ闘志の光が宿っており、絶望しているわけではないことが見て取れる。

 

「ほう。まだそんな眼ができるか。……お前も同じか、ナジェンダ」

 

 エスデスが視線をリヒトから外し、彼の背後にいるナジェンダを見やった。

 

 ナジェンダもまた決して諦めたような表情をしておらず、『生き残る』という確固たる意思を持った光を瞳に宿らせている。

 

「当然だ。ボリックの殺害は成した。そして私達は全員でこの場から脱出してみせる」

 

「どうやってだ? 一人も切り捨てられん甘い貴様らが、この状況からどうやって脱出する。私がその気になれば、帝具人間を処理して貴様等を物言わぬ肉塊に変えることなど造作もないぞ」

 

「甘い、か……。確かにお前から見れば私達は甘いだろう。しかし、その甘さこそが強さだ。仲間を信じて見捨てないということがな」

 

 リヒトの肩に手を置きながらいうナジェンダの言葉に、その場に固まっていたナイトレイドメンバーが頷いた。

 

「ナジェンダの言う通りだ。オレたちは決して諦めはしない」

 

 スサノオはヒト達を守るように半歩前に出る。だが、守って死のうとしているわけではない。

 

 その様子に、エスデスは笑みを消して大きく息をつくと「くだらん」と呟いた後、上に向けて腕を伸ばす。

 

「お前たちの言うそれは他者と協力しなければ生きて行けない弱者の理論だ。実につまらん。だから――」

 

 ビキ、ビキッ! という軋むような音を立てながらエスデスの頭上に、剣のように鋭い氷が生成されていく。それは大きさを増し、リヒト達を一瞬で亡き者に出来るほどに巨大なものとなった。

 

 やがて生成を終えた氷を一瞥したエスデスは、絶対零度の眼差しを向けて短く告げる。

 

「――死ぬがいい」

 

 彼女が言い切ると同時に、巨大な氷の剣が撃ちだされる。

 

 スサノオは背後に立つリヒトやタツミ達を守るため、両手首を合わせた状態で吼える。

 

「八咫鏡!!」

 

 瞬間、彼らの前に巨大な円形の鏡が現れる。

 

 八咫鏡は、奥の手を発動した状態のスサノオが使う武装の一つであり、撃ち出されたものをそのまま相手に反射させる力を持つ。

 

 巨大な氷の剣をそのままエスデスに反射させるつもりだろう。しかし、剣が迫る中でリヒトが弾かれるように天井近くにあるステンドグラスに視線を向け、ニッと笑みを浮かべる。

 

「鏡を引っ込めろ、スサノオ!!」

 

 リヒトに言われ、弾かれるようにスサノオは八咫鏡をかき消す。同時に、ステンドグラスが割れ、二人の人物が大聖堂内に飛び込んできた。

 

 それは、別動隊として動いていたアカメとマインであった。

 

「このタイミングで新手か!」

 

 エスデスも予期していなかったようで、僅かに眉間に皺を寄せる。すぐに別の氷を生成してそちらに向けるが、ヨルムンガンドによって削られた精神力の影響か生成に時間がかかっている。

 

 その間に飛び込んできた二人は着地し、マインはすぐさまリヒト達に迫る氷の剣の前に躍り出ると、力強く叫んだ。

 

「パンプキンッ!!」

 

 咆哮と同時に放たれたのは、氷の剣と同等かそれ以上の太さがあるビームだ。パンプキンは使用者にピンチが訪れるほどその破壊力を増す帝具だ。ゆえに、彼女は大聖堂に飛び込んできた瞬間に全てを悟り、リヒト達の前に出ることであえてピンチを作り出してパンプキンを放った。

 

 ビームは一直線に氷に進み、着弾と同時に氷を砕きながら進んでいく。やがて氷を全て砕いたビームは大聖堂の天井を貫通して夜空へと消える。

 

 放射を終えたパンプキンから排熱しつつ、マインはリヒト達に視線を向ける。

 

「まだ生きてるわね。アンタ達!」

 

「どうにかな」

 

 リヒトは大きく息をつきながら言うものの、表情は酷く苦しげだ。そろそろ本当に限界が近いのだろう。

 

「もうちょっと早く来てよー! 本当にやばかったんだから!」

 

「仕方ないでしょ。こっちだってインクルシオみたいなヤツに足止めされてたんだから!!」

 

 マインはエスデスと交戦を始めたアカメを援護しながら、文句を言うチェルシーに言って返す。

 

 先ほどまでの重い空気は二人が現れてくれたことで幾分か柔らかくなった。リヒトもスサノオとナジェンダに視線を向ける。

 

 二人も小さく笑みを浮かべ、どこか和やかとも取れる空気が漂う。しかし、まだ敵地であることに変わりはない。

 

 リヒトはまだ動けるであろうタツミに一瞬目配せをすると、彼もその意図を理解したのか、エスデスと戦うアカメの加勢に向かう。

 

「ボス、何か策とか考えてあるか?」

 

 リヒトの問いかけにナジェンダは小さく頷く。

 

「ある。先ほどまでの状況ならば難しかったが、アカメとマインが来てくれたおかげで成功率はグンと上がった。リヒト、煙幕はあるか?」

 

「ああ。ちなみに俺が考えてた作戦もマインが来てくれたおかげで大分成功率が上がったぜ。聞くかい?」

 

「いいや、恐らく私達が考えていることは同じだろう。エスデスが放った大技をパンプキンの砲撃で破壊しつつ、エスデスの視線をそらしつつ、隙を狙ってスサノオの八尺瓊勾玉の速力で一気に脱出だ」

 

「オーライ、やっぱ俺と同じこと考えてたな。……マイン!」

 

 笑ったリヒトは、アカメとタツミの援護をしながらやや怒ったような声を上げる。

 

「聞こえてたわよ! まったくアンタ達揃いも揃ってアタシのことこき使ってくれちゃって。ボス、帰ったらなにかボーナス的なものちょうだいよね!」

 

「善処しよう。だが、本当に来てくれて助かったよ」

 

 スサノオに背負われながら感謝するナジェンダに対し、マインは満更でもなさそうな笑みを浮かべると、「しっかり役目は果たすわ」と真剣な表情に戻りながら頷く。

 

 そんな彼女の様子を見つつ、リヒトは倒れているレオーネを背負う。すぐにチェルシーが彼をサポートするようにロープを取り出して、レオーネとリヒトの体をきつく固定した。

 

「さんきゅーな。リヒト、チェルシー」

 

 意識が回復したのか、レオーネが二人に礼を言う。けれどもリヒトとチェルシーはそれに首を振って答える。

 

「気にすんな。それよりもお前の斬られた腕とか指は?」

 

「それなら私が持ってるよ。腕もしっかりとね」

 

「上等」

 

 二人はそれぞれスサノオの横に回ると、眼前で行われている戦闘を見やる。

 

 現在エスデスはアカメとタツミが抑え、エスデスに加勢しようと動くクロメをマインが牽制している。

 

 一見すると押しているようにも見えるが、エスデス自身にはまだかなりの余力が残っている。現に、アカメとタツミの同時攻撃を受けても彼女は傷一つ負っていない。

 

 というかそもそも彼女はこの大聖堂の闘いが始まってから傷を負っていない。リヒトが出来たのは奥の手の強制解除のみだ。

 

 いまなお余裕のある闘いを見せるエスデスに、リヒトはギリッと音がするほど歯を噛み締める。

 

 ……情けねぇな。でかいこと言ってた割りに大したことできちゃいねぇ。

 

 傷の一つも与えられなかった悔しさと情けなさを感じつつも、その感情を一度押し殺し、リヒトはナジェンダを見やる。

 

 彼女もその意図を理解したのか、眼前で戦う二人に命令を下す。

 

「二人ともそのまま戦線を保て! エスデスをそれ以上近づけるな!」

 

 ナジェンダの声にアカメとタツミはそれぞれ頷き、エスデスに対して更なる猛攻を仕掛ける。

 

 その際、リヒトはアカメに眼で合図を行う。彼女もそれを理解したようで、エスデスをただ攻撃するのではなく、マインの射線上に来るように誘導を始める。

 

「私を近づけるなと来たか! だが、ナジェンダ。それはこのアカメか、そこにいるリヒト、もしくは帝具人間と同等の実力者がもう一人いて成り立つことだ。このインクルシオでは――」

 

 アカメの攻撃を弾きながら言うエスデスの背後から、拳を構えたタツミが迫る。しかし……。

 

「――私の相手にはならん」

 

 言葉と同時に、タツミの拳が放たれるが、それを身を屈めることで回避し、彼女はそのまま軸足を回転させて強烈なアッパーカットを叩き込む。

 

 正確にタツミの顎先を狙った拳は、一撃で彼の意識を刈り取るだろう。エスデスもそれを確信していた。が……。

 

 エスデスの手に返ってきたのは、顎を殴りぬけた感触ではなく、放った拳を掴まれる感触だった。

 

 見ると、エスデスの拳をタツミが両掌で受け止めている。

 

「反応しただと!?」

 

 これには彼女も驚いたようで、珍しく驚愕の表情をあらわにした。とはいえ攻撃をとめられたからと言っていつまでも呆けている彼女ではなく、すぐさま拳を引き、鋭利な氷柱を生成するとそのままタツミへ向けて放たれる。

 

 空中で無防備な状態のタツミを氷柱が襲う。しかし、氷柱が刺さるよりも早く、後方のマインによる援護で殆どの氷は撃墜された。

 

「サンキュー、マイン!」

 

「ボサッとしない!! さっさと動く!!」

 

 タツミは着地しつつ感謝するものの、マインは砲撃でエスデスを牽制しながら叱咤交じりの指示を出す。

 

 繰り広げられる戦況を確認しながらリヒトは、エスデスに巻きつけているヨルムンガンドに精神を再度集中させる。

 

 ……気張れよ、俺。一分一秒でも長くエスデスの力を削ることだけを考えろ。

 

 エネルギー体のヨルムンガンドが掻き消えれば、これ以上エスデスの力を削ることが出来なくなってしまう。

 

 エスデスも自分の力がそれなりに削られていることは理解しているようで、先ほどの一撃以降、大きな技を連発していない。来るとすれば、やはりこちらを纏めて潰す時だろう。

 

 けれども、彼女の放つ大技をこちらは狙っている。それを破壊した瞬間こそ、確実な隙になるからだ。

 

「ナジェンダ、まだか……!?」

 

 目の前で戦う三人のことを案じてなのか、スサノオがやや苛立たしげな声でナジェンダに問う。彼もまだ戦力として戦えるため、三人ばかりに重荷を背負わせているような気分でいるのだろう。

 

「まだだ。もう少し、もう少しで……!」

 

 ナジェンダとてそれは同じことだ。スサノオに背負われているだけで、戦闘に参加できないこの状況は彼女のプライドを酷く傷つけているはずだ。ナジェンダやスサノオだけではない。負傷や出血で戦線に復帰できないリヒト、レオーネ。元来が白兵戦向きではないチェルシーも、この状況は悔しくてたまらないはずだ。

 

 だが、いまは耐えるしかない。ここで下手な動きを見せれば、隙を疲れて拘束されるか、最悪殺されるだろう。ゆえにまだ耐える。目の前で戦う三人を信じて。

 

 そして一際強い剣戟の音が大聖堂内に響き渡る。見ると、エスデスは軍刀で村雨を止め、横凪ぎに打ち付けるように放たれたノインテーターを氷の防壁で防御している。

 

「フッ!」

 

 短く強い呼吸が聞こえたかと思うと、エスデスがアカメを弾き飛ばし、タツミの鳩尾に向けて氷塊を叩き込んだ。

 

 二人はそのまま大きく後退させられ、マインがいる辺りに着地した。アカメの頬や腕には傷があり、僅かに血も流れ始め、タツミも鳩尾にくらった氷塊の影響で何度か咳ごんでいる。

 

 この隙を逃すエスデスではない。パチンと指を鳴らすと、彼女がいる地点から真っ直ぐに二筋の氷壁が大聖堂の床を這う様に生成され、リヒト達の背後にも退路を断つかのように巨大で分厚い氷壁が生み出された。

 

「いい加減ちょろちょろと逃げ回られるのは面倒なのでな。これで終わりにさせる。なぁに安心しろ、生き残ったらそのまま拷問室へ招待してやる」

 

 悪魔のような笑みを浮かべたエスデスが片腕を前に突き出すと、バキバキと一際大きな金属が軋むような音をたてながら、一対の巨大な氷柱が彼女の頭上に現れ、そのまま驚くべき速さで射出された。

 

 普通なら絶望的な状況だ。退路は断たれ、殆どのメンバーは満身創痍。どう足掻いても覆せないであろう状況と言える。

 

 しかし、この圧倒的に危機的な状況こそ、リヒトやナジェンダ、そしてマインが待ち望んでいたものだ。

 

「マインッ!!」

 

「ぶちかませッ!!」

 

 ナジェンダの声に続いてリヒトが言うと、最前に立つマインがフッと口元に笑みを浮かべ、落ち着き払った様子で低い姿勢でパンプキンを構える。

 

「言われなくても、ぶち込んでやるわよッ!!」

 

 声と同時にトリガーを引き絞ると、パンプキンの銃口から大聖堂に突入した時、最初に放ったビームを遙かに凌駕する極太のビームが撃ち出された。

 

 ゴウッ! っという凄まじい衝撃音を響かせながら放たれたそれは、エスデスの撃ち放った氷柱を先端から蒸発させ、そのままエスデスを呑み込もう迫る。殆どのメンバーがこれで大きな隙が生まれると確信していた。だが、リヒトとアカメは見てしまった。ビーム飲み込まれる直前にエスデスが不敵な笑みを見せたことを。

 

 まずい。と直感的に判断した二人は同時に声を上げようとしたが、それすらも許さないというように、冷淡な声が頭上から響いた。

 

「やはりその帝具、自らの危機に応じて威力を変動させるものだったようだな」

 

 見ると、リヒト達の頭上よりもやや斜め前に、エスデスが軍帽のつばを押さえながら薄い笑みを浮かべている。

 

「せっかくお膳立てしてやったんだ。そら、もっと足掻いてみせろ」

 

 その言葉にナジェンダを含む全員が愕然とした。彼女はこの状況をリヒト達が望んでいると踏んであえて作り出したのだ。つまり、リヒト達は……。

 

「まんまと嵌められたってことかよ……!!」

 

「そう悲観することはないぞ。私とてその帝具の能力は半信半疑だった。だから試したまでだ。まぁ案の定だったようだが」

 

 彼女は再び指を鳴らす。瞬時に生み出されたのは鋭利な氷柱ではなく、リヒト達を圧殺するには十分すぎる大きさの氷塊だった。

 

 圧倒的質量による圧殺。退路は完全に断たれ、頼みの綱であるパンプキンの砲撃も間に合わない。誰もが万事休すかと思ったその瞬間、いまだ放射を続けているマインが叫んだ。

 

「さっきからごちゃごちゃと! パンプキンを……!! なめんじゃないわよおおぉぉぉッ!!!!」

 

 雄叫びをあげながらマインは放射を続けるパンプキンを動かし、更に気合いを入れた咆哮を轟かせる。

 

「撃ちッ……抜けええええぇぇぇぇぇぇッ!!!!」

 

 瞬間、先ほどまで僅かにしか動かなかったパンプキンを、マインが一気に振り抜き、エスデスが生成した氷塊を切り裂くようにしてビームを薙ぎ払った。

 

「なにっ!?」

 

 パンプキンが危機的状況になると威力を増す帝具だと予想していたエスデスであるが、さすがにこのビーム薙ぎ払いには面食らったようで、氷塊を蹴って地上に退避する。

 

 同時に、パンプキンの放射が終わり、氷塊はリヒト達の横に展開していた氷壁を押し潰しながら落下していった。

 

 砂埃が舞い、一種の煙幕が発生すると同時にナジェンダが叫ぶ。

 

「今だ、スサノオッ!!」

 

「応ッ!!」

 

 答えたスサノオは、奥の手を『勾玉顕現』を発動した状態での高速移動術である『八尺瓊勾玉』を発動させる。同時にリヒトも実体のあるヨルムンガンドを周囲を取り巻くように展開させる。

 

 スサノオに縛り付けることで全員での脱出を図ろうとしているのだ。エスデスも先ほどのパンプキンによる薙ぎ払いで大きく後退させられ、クロメも砂埃の影響で不用意には動けない今こそが好機なのだ。

 

 ……間に合え!!

 

 やや前方にいたマインを巻き込むようにヨルムンガンドを伸ばし、何とかスサノオまで一気に引き寄せられる配置に持っていく。

 

 しかし、ここで再三にわたる冷酷なる悪魔の声が響く。

 

「あの土壇場で放射攻撃を薙ぎ払うとは、なかなかいい逸材だな」

 

 声と同時に、凄まじい勢いで砂埃を突き抜けたエスデスが軍刀を構えてマインに迫る。砂埃の隙間から見ると、先ほどまで彼女がいた辺りには前方に突き出した氷がある。そこでリヒトは理解した。彼女は薙ぎ払いを避けて着地すると同時に、自分の足裏を押すように氷を精製し、カタパルトのようにして自らを撃ち出したのだ。

 

 それゆえにいまの彼女の速度は人間のそれではない。マインに軍刀を突き立てるまで数秒もかからないだろう。

 

 ……もう四の五の言ってられねぇ!!

 

 リヒトはエネルギー体のヨルムンガンドを瞬時に掻き消すと、持てる精神力を注ぎ込んで実体をつかめるだけの鎖として撃ち出す。

 

 マインは先ほどの薙ぎ払いでエスデスの攻撃を避けることができない。今彼女を失うことだけはなんとしても避けなければならない。

 

「……届け……!!」

 

 祈るような声を絞り出すものの、現実はそこまで上手くいくものではない。マインの服を掴むようにして撃ち出されたヨルムンガンドよりも、エスデスの方が僅かに速い。

 

 ここまでかとリヒトは歯噛みするが、その眼前をインクルシオをまとったタツミが駆けた。

 

「マインッ!! 手ェ伸ばせ!!」

 

 彼の声にマインが反応し、タツミの手を取ろうと手を伸ばす。だがやはりエスデスの方が速い。

 

 そしてマインに軍刀が到達し、仲間達の目の前で彼女が命を散すことになる……瞬間、大聖堂の上空で天を裂く雷鳴のような轟音が響く。

 

 と、同時にこの戦闘でぽっかりと穴が空いた大聖堂の天蓋から、何かが飛来し。ドゴンッ!! という重苦しい音を立てる。

 

 見ると、飛来したものの下にはエスデスの軍刀が折れた状態で転がっており、エスデスは台座の上まで後退している。恐らく軍刀が折られたのと同時に警戒して後退したのだろう。

 

 しかし、リヒト達はそんなことよりも飛来した物体に眼を奪われていた。

 

 そこにあったのは、鋏だった。

 

 とはいってもただの鋏ではない。大柄な男一人分はあるかというほどに巨大な鋏だ。人一人であれば簡単に両断できてしまいそうなその鋏を、リヒト達は知っている。

 

「エクスタス……」

 

 声を挙げたのはタツミに抱えられたマインだった。

 

 そう、飛来した鋏の正体はリヒト達の持つ帝具と同じ、始皇帝が作らせた帝具の一つ『万物両断・エクスタス』だったのだ。

 

 夜だというのに反射して輝きを放つ刃は一切の曇りすら見えない。妖しく光るエクスタスに皆が眼を奪われていると、天蓋から人影が降りたち、床に突き刺さったエクスタスを引き抜く。

 

 引き抜いたのは眼鏡をかけた女性だった。足に深くスリットの入った薄紫色の服を身に纏い、服よりも濃い色をした紫色の髪を以前よりも動き易いようにポニーテールに纏めた彼女は、非常に整った顔立ちをしている。しかし、片方の腕はナジェンダよりもやや華奢なデザインの義手となっていた。

 

 リヒト達は知っている。あの鋏を使い、片腕を失いつつも「必ず戻ってくる」と約束した仲間のことを。そして、待ちに待った仲間の到着を喜び、目尻に涙を浮かべたマインがかけがえのない親友の名前を叫んだ。

 

「シェーレ!!」

 

 マインに呼ばれ、彼女はチラリと振り向くと、口角を挙げて微笑を浮かべた。

 

「ただいま戻りました。マイン、そしてみんな」

 

 片腕の治療のため、革命軍本部に戻り、一時的にナイトレイドを離れていたシェーレの登場に、メンバー達は驚きと喜びの表情を浮かべる。

 

 だが、シェーレの前ではすぐさま戦闘態勢に戻ったエスデスが鋭利な氷柱を精製して射出する。

 

「まさか、この土壇場で援軍とはなッ!」

 

「避けろ、シェーレ!!」

 

 リヒトは彼女に向かって回避を促すが、シェーレは酷く優しげな顔で「大丈夫です」と答え、エクスタスの柄を支点にして回転させる。

 

 同時に彼女を狙っていた氷柱が回転しているエクスタスに弾き落とされる。氷柱を回転させて氷柱を防ぎながらシェーレはリヒトを一瞥すると、視線を僅かに上に向ける。

 

 それに気がついたリヒトは、大聖堂の天蓋にぽっかりと空いた大穴を見やる。一見するとただの大穴のようにも見えるが、小さな光が天蓋の辺りで明滅しているのが見える。

 

 ……炎? いや、あの発光の仕方と不規則な動きは……!!

 

「そうか、だからあの時……!」

 

「どうした、リヒト?」

 

 何かに気がついた様子のリヒトにナジェンダが問うと、彼はニヤリと笑うとナジェンダに耳打ちする。

 

 それを聞いたナジェンダも視線を上に向けると、緊張が僅かに解れた表情をみせてスサノオに指示を出す。

 

「スサノオ、次に私が指示を出した時が勝負だ。その瞬間にもう一度、八尺瓊勾玉を発動させろ。私の体のことは気にするな、あと眼を瞑れ」

 

「承知した」

 

 スサノオの返答を聞いたナジェンダは、リヒトを見やる。彼もその意図を理解し、スサノオを中心にヨルムンガンドを円形に展開し、メンバーの体を彼の腕と足に干渉しない程度に縛り付ける。

 

「ちょっと、リヒトなんでシェーレを……!」

 

 シェーレが含まれていないことに文句をいうマインだが、彼はそれを無視して目の前でエスデスの攻撃を防いでいるシェーレを見やる。

 

 彼女は氷を防ぎながら、皆がいつでも脱出できる体勢に入っていることを確認すると、エクスタスの回転を止め、氷柱の合間を抜けるようにしてエスデスに向けて駆け出す。

 

「ほう、一騎打ちをご所望か! 受けて立ってやろう!!」

 

 エスデスはシェーレの行動が気に入ったのか、どこかうれしげな表情を浮かべていたが、シェーレはそれに答えず、エクスタスを大きく開いて彼女に迫る。

 

 そしてエクスタスの刃がエスデスに届くか否かの瞬間、ナジェンダがそれを見極めて叫んだ。

 

「行け、スサノオッ!!」

 

 彼女の命令に、スサノオは答えずに八尺瓊勾玉を発動させる。と同時に、前方のシェーレも叫ぶ。

 

(エクスタス)ッ!!!!」

 

 瞬間、シェーレの持つエクスタスが眩い光を放った。

 

 エクスタスの奥の手は、閃光だ。帝具には失われた力で生成されたレアメタルが使用されているものがあり、エクスタスもまたその一つだ。ただし、エクスタスの場合は他の帝具と違い、使用されたレアメタルの量が段違いであり、レアメタル自体の発光が一種の閃光弾の役割を担うまでになっている。

 

 非常に強烈な光は、エクスタスの奥の手をリサーチしていなかったエスデスとクロメの視界を一瞬にして奪い、彼女らの視界を白に染め上げる。

 

「閃光だとっ!? どこだ、ナジェンダ!!」

 

 ほぼゼロ距離での発光を喰らったエスデスは、目頭を押さえながら吼えるがその時にはナジェンダ達の姿は既に天蓋の大穴近くにあった。

 

 あらかじめ眼を瞑り、視界を確保していたリヒトはエネルギー体のヨルムンガンドの強度を全開にしてシェーレ目掛けて伸ばす。彼女もそれをわかっていたようで、腕を伸ばしてヨルムンガンドを迎える。

 

 シェーレの腕にヨルムンガンドが巻きついたのを確認すると、そのまま鎖を一気に短くして彼女を回収するが、シェーレからやや離れていた位置にいたクロメが目眩ましから回復したようで控えさせていたナタラに命じる。

 

「ナタラ! その女だけでも!!」

 

 命じられたナタラがすぐさまシェーレ回収の妨害に出ようとするが、それを小さくはあるが的確な射撃が妨害する。

 

 微力ながら砲撃が出来る程度に放熱が完了したパンプキンによる射撃だ。

 

 射撃によって一瞬足が止まったことで、ナタラによる追撃は回避でき、シェーレはスサノオの背中に乗る様にして回収された。

 

 しかし、その瞬間下から冷気が上がってきたかと思うと、エスデスが氷の射出体勢に入っていた。

 

「上から逃げることもあるとは思ったが、やはり貴様達は甘い、今の射撃音で大体の場所は特定できた」

 

 まだ視界は回復していないのにも関わらず、彼女が放った氷は的確にスサノオを捉えていた。

 

「そう易々と喰らうものではない!! 八咫鏡!」

 

 撃ち出された氷が届く前にスサノオは、自身の前に八咫鏡を出現させる。同時に、氷塊が着弾するものの、鏡面に当たった氷塊は、勢いをそのままにエスデスに反射される。

 

「ナタラ、隊長を!!」

 

 声に反応したナタラは、エスデスに向けて駆け出し、反射された氷が着弾する前に彼女を助け出す。

 

 クロメによる援護で難を逃れたエスデスであるが、その隙にナジェンダ達は更に上へ逃れる。

 

 大聖堂の天蓋の上に出たスサノオは、一度屋根を蹴ってさらに跳躍してからナジェンダに問う。

 

「それでこの後どうするんだ」

 

「待っていろ。もうすぐか、リヒト」

 

「ああ。もうすぐ来るぞ。そうだろ、シェーレ」

 

「はい。すぐ来てくれます」

 

 スサノオの肩に捕まったシェーレが答えるものの、特に説明がなされていないほかのメンバーは「なんのこっちゃ」と言いたげな表情をしている。

 

「三人ともさっきからなにを……」

 

 タツミがそこまで言いかけたところで、彼の視界の端からなにか煌めくものがこちらに向かってきた。

 

 その光はどんどん大きくなり、雷鳴のような音を響かせながら接近してくる。タツミが「なんだ?」と言おうとした瞬間、ナジェンダが命令を下す。

 

「全員、スサノオの体に全力でしがみ付け!! やれるな、リヒト!」

 

「おう! お前等まだ気ィ抜くなよ!!」

 

 リヒトが言い終えると同時に、接近していた光がその正体を現す。

 

 全長はエアマンタを凌ぐそれは、例えるなら一対の巨大な翼を持った蛇だった。しかし、顔つきは蛇よりも龍に近い。時折バチバチと雷電鳴らしながら飛ぶその姿から、人々はこの生物をこう呼ぶ。

 

「特級危険種、ブリッツワイアーム……」

 

 メンバーの誰かが眼前を飛ぶ生物の名を呼んだものの、その声はすぐさま別の声に掻き消える。何故ならば……。

 

「かなり揺れるけど絶対に手ェ離すなよ! ちょっとばかり危険な空の旅だ!!」

 

 言うが早いか、リヒトはシェーレを回収した際に用いたエネルギー体のヨルムンガンドを伸ばしてブリッツワイアームの尻尾に巻きつける。

 

「ちょ、まさかッ!!?」

 

「嘘でしょッ!!」

 

 チェルシーとマインが顔面を蒼白に染めるがもう遅い。次の瞬間、彼らは猛烈なスピードで引っ張られ、そして上へ下へと激しく揺られながら夜空を駆ける事となった。

 

「ギャアアアアアアアアアアッ!!!?? おーちーるぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」

 

 悲鳴を木霊させながらナイトレイド一行はキョロクの空を駆けて行く。ボリック暗殺成功、全員生存、尚且つ一名復帰という戦果をあげて。

 

 

 

 

 

 遠くから聞こえる悲鳴を聞いたエスデスは、既に奪われた視界を取り戻し、眉間に皺を寄せていた。

 

「何人かを痛めつけはしたが、任務を失敗しては元も子もないか」

 

「すみませんでした、隊長。私とナタラがもっと動ければ……」

 

 クロメが謝罪するものの、エスデスは首を横に振ってそれを否定する。

 

「謝るな。今回はナジェンダ達が上手くやり、私達がまんまとしてやられただけのことだ。終わったことを気にしてもどうにもならん。ウェイブとランが戻り次第、帝都に帰還するぞ」

 

 それだけ言うとエスデスは歩きながら適当に拾い上げた床の欠片を握り砕く。

 

 ……負けたわけではないが、こちらの被害を考えれば十分な負け戦だな。私も久々にかなり消耗した。やはりあの帝具、ヨルムンガンドはかなりの脅威となりえる。

 

 戦闘を分析しながら彼女は拠点へと戻っていく。そして大聖堂を出たところで、夜空に消えていったナイトレイドとその中の一人の人物のことを思い出す。

 

 ……あの時聞こえたインクルシオの声……。

 

「中身はまさか……な」

 

 一瞬脳裏によぎった少年の姿を掻き消し、エスデスは夜の闇へと消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キョロク内にある小さな森では……。

 

「リトネ君、多分さっきの光がそうだよ!」

 

「ああ。行こう、パイス」

 

 先ほど空を駆け抜けていった光を追いながら大柄の青年と可愛げのある少女が森の中を駆けていた。いや、実際にはあと一人いる、それはリトネと呼ばれた筋肉隆々な青年の背中におぶられた少年、ラバックである。

 

「……なんか俺だけ全然目立ってねぇ気がするんだけど……!」

 

 ただ一人キョロクに置いてけぼりを食らったラバックは、生き残りつつもどうにも釈然としないこの状況に、嬉しいやら悲しいやら、よくわからない感情を胸に抱くのだった。




はい、お疲れさまでございました。
そして二年以上放置してしまい、大変申し訳ないです。

いや、本当にですね、自分が嫌になりますよ。書くだけ書いてエタるなんてゴミです。殺してください。出来れば村雨あたりで。
リアルが忙しかったとか、やることが他にあったとかは言いません、いいわけしても結局は自分が悪いのですから。

そして約二年ぶりの新話投稿いかがでしたでしょうか。
正直、書くスピードも表現もガクッと下がりましたよねwww本当にこういうのは書かなければ劣化していく一方ですね。
せっかくシェーレを生き残らせたのに、このままでは最終決戦まで登場しないのではとプロットを読み直して再構成したらこんな感じになりました。とはいえ、かなり無理くりねじ込んでいるのもまた事実。義手つけてまだ半年も経ってないんじゃなかろうか……。
まぁその辺りはシェーレの頑張りということで。

さてこれでキョロクは終わったわけですが、ついに出てくるわけですワイルドハント&シュラ。原作では色々やってくれちゃった彼らですが、こっちだとどんなことをしたり、されたりするのやらw

なるべく早くの投稿を目指します。
そして完結までがんばりたいと思いますので、今一度応援の程よろしくお願い致します。


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第三十三話

 キョロクの街並みを見渡すことができる小高い丘の上には、タツミとマインの姿があった。

 

「どうにかこうにか斬りぬけたって感じだけど、とりあえず任務は成功したわね」

 

「ああ。けど本当に皆頑張ったよな。誰も欠けることなく生き残ったし」

 

 タツミは目を細めて遠くを見やる。

 

 視線の先に微かに見えているのは、天蓋が割れた大聖堂だった。

 

 ブリッツワイアームに掴まって半ば強引に大聖堂から脱出したナイトレイドの面々は、キョロク郊外の集合場所に身を潜めた。

 

 当初はもっと遠くへ身を潜めるべきだとも考えたが、ラバックが合流していないことも考え集合場所に留まったのだ。

 

 結果としてラバックは革命軍の諜報員二人に連れられて合流することが出来、療養中のシェーレも戻った。

 

 結果的にナイトレイドは誰も欠くことはおろか、一人の戦力が復帰したことになる。

 

 そして一日経過したもののエスデスの追撃はなかった。

 

 彼女自身も消耗していたようだし、帝都へ報告に戻ったのかもしれない。

 

「まぁ今回は革命軍のバックアップとシェーレが戻ってきてくれたことに感謝だな」

 

「ふふん、当然よ。シェーレが戻ったんだから負けるはずがないわ」

 

「……なんでお前が得意げなんだよ」

 

 親友が戻ったことが嬉しいのかマインは鼻高々と言った感じで無い胸を張る。

 

 タツミはそれに若干呆れ気味だったが、「そうだ」と彼女に向き直る。

 

「お前、ボリック暗殺任務の前に終わったら伝えることがあるとか言ってたけど、結局なんだったんだよ」

 

「……」

 

 タツミの問いにマインが少しだけ頬を染めるものの、彼は不思議そうに小首をかしげる。

 

「なんか顔あけーけど……冷えたのか?」

 

「ち、ちがうわよ! そのことに関してはあとで、もうちょっとムード的なものができたら言うわ!」

 

「はぁ? なんだよムード的なもんって……気になるから今言えよ」

 

「うっさいわね。伝えないとは言ってないんだから待ってなさい。ホラ、馬車がそろそろ着くわよ!」

 

「ちょ! なんなんだよ、分からねーやつだな!」

 

 ぐいぐいと背中を押され、タツミはマインと共に他のメンバーが集まっている場所へ向かう。

 

 

 

 二人が馬車へ向かう姿を、岩陰から見守る影があった。

 

 中性的な顔立ちの髪の長い青年、安寧道の教主は二人の姿を微笑みながら見やる。

 

「……よかった。あの二人、うまく行きそうで安心しました」

 

「誰が上手く行きそうだって?」

 

 不意にかけられた声に、教主は振り返る。

 

 そこにいたのは、綺麗な銀髪の青年だった。

 

「おや、ギンさん。貴方も無事でしたか」

 

「無事って……俺やあいつ等がなんなのか知った風な口振りだな。教主サマよ」

 

「これは失礼。ではこちらのお名前でお呼びした方がいいですかね、リヒトさん?」

 

「……やっぱり知ってたか」

 

 心の中を見透かすような瞳を向けられたリヒトは、肩を竦めると溜息をついた。

 

「まぁ安寧道の教主サマが、手配書に目を通してないわけねぇもんなぁ。ってことは、あん時も知ってたろ」

 

「はい。ですが特に言うべきでもなかったので、あえて話題には挙げませんでした」

 

「へぇ……でもいいのか? 俺のことを知ってるってことはナイトレイドも知ってるだろ。ボリックを殺したのも俺達だぜ?」

 

 やや睨むような視線を向けるリヒトであるが、教主は小さく首を振る。

 

 瞳には僅かに悲しげな色があるものの、憎悪や怒りなどといった感情は感じられない。

 

「確かに、彼を殺したのはあなた方ですが、彼が帝国のスパイであることは重々承知していました。時が来るまでは手を出すつもりは無かったのですが、それよりも早くあなた方が始末をつけてくれた。

 悲しいことですが、彼の行いを考えれば因果応報でしょう。なので、安寧道からあなた方に手を出すようなことはありませんよ。ご安心を」

 

 教主は胸のあたりに手を置いて軽く頭を下げた。

 

 声音や口調や一切乱れていない。

 

 どうやら本当にナイトレイドをどうこうするつもりはないようだ。

 

 まぁ安寧道の宗教観からすれば、今の帝国に反感を持っているのは当然なので、革命軍所属のナイトレイドを恨むとは思えないが。

 

「そうかい。邪魔して悪かったな」

 

 リヒトは満足した様子で踵を返そうとしたものの「リヒトさん」と呼び止められる。

 

「あの二人のことを守ってあげてください」

 

 教主の視線の先には馬車に向かうタツミとマインの姿があった。

 

 リヒトは再び教主に視線を戻して怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「……なんか視えたのか?」

 

「ちょっとした予知のようなものです。ただ、正直に言ってあの二人に待ち受ける未来は過酷なものです。なので、私もこの予知が外れることを祈ります。そして貴方にはあの二人を守っていただきたい」

 

「どうしてそこまであいつ等に肩入れするんだ?」

 

 考えてみれば妙な話だ。

 

 タツミとマインが教主に出会ったのはあくまで偶然だったはず。

 

 そんな風に出会った二人をなぜそこまで気に掛けるのか。

 

 すると教主は優しげな微笑を浮かべる。

 

「深い理由なんてありませんよ。ただ、理由をつけるとすれば、若い二人の未来が摘まれてしまうのは、悲しいことじゃないですか。それに私、人の恋愛を見守るのが好きなもので」

 

 彼の理由はあまりにも個人的すぎる内容で、リヒトは一瞬言葉を失うものの、すぐに笑う。

 

「ハハハ! やっぱアンタ変わってんな。でも大丈夫さ。あいつ等は俺がしっかり守る。全てが終わったら、アンタに挨拶にでも行かせるさ」

 

「それは楽しみですね」

 

「ああ、楽しみに待ってやっててくれ。じゃ、俺はこれで行くぜ……っとそうだ。ホラよ、教主サマ」

 

 リヒトは色のついたビンを教主に放る。

 

 掴み取ったビンに貼られているラベルを見ると、以前教主とリヒトが出会ったときに飲んでいた酒と同じものだ。

 

「道中飲もうかと思ったんだが、怪我してるもんだからどうせ飲めないだろうし、アンタにやるよ」

 

「ありがとうございます。……リヒトさん。貴方の未来を知りたいですか?」

 

 投げかけられた声にリヒトは一切振り向かずに、手を挙げてかるく振った。

 

「……いや、いい。俺は俺の道を行くだけだ。じゃあな」

 

 リヒトはそのまま姿を消した。

 

 残された教主は、果実酒のビンに視線を落とすと僅かに口角をあげた。

 

「……幸運を祈ります。ナイトレイドの皆さん……」

 

 教主はキョロクの街へ向けて歩き出す。

 

 ボリックを失った教団内部は混乱するだろう。

 

 ならば、それを導くのが自身の役目だと、彼自身も覚悟を決める。

 

 

 

 

 

 ナイトレイドの面々は革命軍が寄越した馬車に乗って一路、アジトを目指す。

 

 ただ、その道中。

 

 リヒトが持っていた酒を教主に渡したことで、酒類が料理酒程度しかなくなったことで、レオーネあたりが非常に荒れたのは言うまでも無い。

 

 

 

 

 

 キョロク近郊にある遺跡群の岩場では、羅刹四鬼に一人、スズカが傾き掛けた太陽を見やりながら大きく伸びをしていた。

 

「あぁあー……。はじめての経験だったもんだから、生き埋めを堪能しすぎちゃった。まぁでも、こういうとき羅刹四鬼の身体能力って便利だよねぇ」

 

 わずかに上気した表情をする彼女はつい先日、タツミと交戦し、遺跡の中へ誘いこまれた結果、見事に生き埋めにされた。

 

 ただ、生き埋め程度で命を落とすはずがなかった。

 

 では何故今まで出てこなかったのかというと、本当にその状態を堪能していたからである。

 

「むふん。新たなプレイに目覚めさせてくれるなんて、あの鎧の子やるじゃん」

 

 鼻息荒く言う彼女は真正のマゾヒストである。

 

 ゆえに、常人では意識があっても発狂しかねない生き埋め状態でも平気でいられたのだ。

 

「確かタツミってセリューちゃんは言ってたっけ? まだ生きてるといいんだけどねー。ま、とりあえずはエスデス将軍に報告しとかないとね」

 

 スズカは岩場から飛び降りて姿を消した。

 

 エスデスに折檻されることを期待している色に染まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜。

 

 帝都の宮殿の一室では、高級そうな皮素材のソファに座る人影があった。

 

 浅黒い肌に、顔にはクロスした傷跡がある青年は口元に凶悪な笑みを浮かべる。

 

「仲間は――これで揃ったな。頃合だ」

 

 青年が視線を向ける先には外套のフードを深く被った者達がいた。

 

 背丈は様々だが、どの人物も只者ではない雰囲気を纏っている。

 

「今度のオモチャはこの国そのものだ。このシュラ様が、たっぷり遊びつくしてやるぜ」

 

 ニィっと更に笑みを強くした青年、シュラの瞳は妖しく光っていた。

 

 

 

 ボリックの暗殺という大仕事をおえたナイトレイド。

 

 しかし、彼らの行く道はまだ険しく、帝都では新たな闇が動きだそうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボリックの死後、安寧道の派閥は一気に傾き、教団はついに武装蜂起に踏み切った。

 

 民草を苦しめる国と闘うことが善行だとした彼らは、重税を課した官庁や悪徳地主の蔵を襲った。

 

 無論、教主は血を流すことは好ましくないと考えてはいたが、帝国への不満が形になったかのような膨大な数の教徒を養っていくには、土地や食料が必要であるという幹部達の説得を最終的には聞き入れたのだ。

 

 時を同じくして、安寧道以外でも帝国に虐げられてきた民が次々に各地で蜂起。

 

 反乱の規模は次第に帝国全土へと拡大していった。

 

 さらに、西の異民族もそれを待っていたかのように大挙として進軍を開始。

 

 練度の低い帝国兵はなすすべなく敗戦し、帝国領に異民族の侵入を許す事態に発展。

 

 結果的に帝国は国内部だけではなく、外部にも悩みの種を生んでしまうことになった。

 

 それは勿論、この国を影で牛耳る外道、オネスト大臣も知るところになっていた。

 

「なぁ大臣。余の軍がまた西の異民族に負けたそうだが大丈夫なのか? 敵は大勢いると聞いているが……」

 

 宮殿にある庭園では、池を眺めながら皇帝が少しだけ暗い面持ちでオネストに問うていた。

 

 オネストはそんな幼帝に人のよさげな微笑みを浮かべる。

 

「おやおや、誰が陛下のお耳にそのような不安にさせることを?」

 

「セイギ内政官だが」

 

 瞬間、オネストの瞳が黒く、冷たいものへ変化する。

 

 しかし、幼き皇帝はその変化に気付かない。

 

「……どうやらセイギ内政官は責任逃れをしていますなぁ。よいですか、陛下。今各地で起きている反乱の責任は内政官の責任です。セイギ内政官はそれを陛下に悟られないため、あえて異民族の侵攻を強調しているのでしょう

 それに外敵の件はエスデス将軍に任せます。将軍の力があれば、敵の数など大した問題にはなりません」

 

 皇帝を安心させるような優しい声音でオネストは告げる。

 

 彼の話を聞いていた皇帝の表情もどこか明るいものとなっていく。

 

 オネストは更に続ける。

 

「陛下、帝国も千年続けばこのようなことは起きます。ですが、こんな時だからこそ、貴方は皇帝として民を導く存在として毅然と振舞わなければいけないのですよ」

 

「わかった! 余もへこたれてはいけないということだな! お前にはいつも救われる。ありがとう、大臣」

 

 皇帝は立ち上がるとどこか吹っ切れたような表情でオネストに笑いかける。

 

 オネスト自身もまた彼に柔和な笑みを浮かべるものの、内心は決して穏やかなものではなかった。

 

 

 

「ハアアアァァァ……」

 

 皇帝と別れたオネストの姿は彼の私室にあった。

 

 目の前には豪勢な料理が並び、高級なワインが注がれているグラスもあった。

 

 彼は大きなため息とは裏腹にそれらに手をつけていく。

 

「やれやれ……反乱だ異民族の侵攻だ……最近は面倒くさいことが多い。ストレスで体重が増えてしまいますよ」

 

 ガブリと巨大な肉に齧り尽きながら言うと、彼の向かいに座る青年が一切恐れることなく告げる。

 

「ギャハハハ! 食いすぎだろ親父!」

 

「まぁ土産が上手いですからね。……しかし、可愛い子には旅をさせよと言いますが、随分と立派になって戻ってきたではないですか。親としては嬉しい限りですよシュラ」

 

 オネストの正面にいる青年は、三ヶ月ほど前にこの帝都へと戻ってきた彼の実の息子、シュラであった。

 

 彼は行儀悪くテーブルに足を乗せているものの、オネストは一切咎めずにいる。

 

「おかげでいろいろ巡らせてもらって楽しかったぜ」

 

「ほう。では簡単に聞かせてもらえませんか?」

 

 オネストの問いにシュラは頷くと自身が今まで巡った国々の話をしていく。

 

 南方に点在する島国。

 

 北方の凍土。

 

 錬金術が盛んな西の王国。

 

 などなど、自身が巡った諸国の特徴を話していくが、東方の島国に話題で僅かに表情が曇る。

 

「東方未開の地にいけなかったのは心残りだけどな」

 

「東海の果てにある島国ですか。あそこは未知の領域と言っても過言ではないですから、仕方ないでしょう。……それで、宿題の方もちゃんとやってきましたか?」

 

 オネストの雰囲気が変わり、シュラも彼と似たような笑みを浮かべながら答える。

 

「……ああ。いい人材を見つけてきた。見に行くかい?」

 

「なるほど。それはぜひとも見せてもらいたいものですなぁ」

 

 ブチリと肉を引き千切りながら、オネストは邪悪に口元を歪めた。

 

 

 

 

 帝都の練兵場には数体の死体が転がっていた。

 

 彼らは死刑囚。

 

 とは言っても、実際本当に死刑になるような犯罪を冒したのかは、今の帝国の状況では甚だ疑問ではあるが。

 

 死体の前には彼らを殺した五人の人影があった。

 

 彼らは全てシュラが各地で集めてきた人材だ。

 

 東方由来の服装に身を包み、刀を携えた男はイゾウという剣客。

 

 マイクを握り一見するとバニーガールのような格好をした少女はコスミナ。魔女裁判で有罪となった歌姫。

 

 その隣、五人の中でもっとも背が低く、ゴスロリチックな服装の少女はドロテアという肉体改造を繰り返している錬金術師。

 

 若干苛立ち気味のおかっぱ頭の青年はエンシン。南方の島国近海で暴れていた海賊である。

 

 そして最後の一人。もっとも背が高く色黒な大男。常時「ハァハァ」しているのは、道化師の格好をしたシリアルキラー、チャンプだ。

 

「なるほど……なるほどなるほど。よくもまぁこれだけ濃いメンツを集めたものですな」

 

 観覧席で戦闘の一部始終を見ていたオネストは、関心と呆れが混じったような声をもらしつつ肉に喰らいつく。

 

「というか、三名ほどどう見ても帝具を装備しているようですが?」

 

「別にいいだろ。国外に散った帝具集めもしたんだ。自由に使わせてくれよ」

 

「まぁ構いませんが」

 

「話が早くて助かるぜ。けどあいつ等いい人材だろ? 親父お抱えの羅刹四鬼でも勝てないんじゃね?」

 

「……かわいい挑発ですな」

 

「挑発じゃねぇよ。なんならさっき言ってたセイギとかいう内政官。俺達で殺してくるぜ?」

 

 ニィっと狂気を含んだ黒い笑みを見せるシュラであるが、オネストは一度鼻で笑った後に「いえ結構」と首を振る。

 

「面倒くさいとは言いましたが、国に異変が起きた今こそ、忠臣ぶったゴミ共をあぶりだすチャンスです。この機に私に歯向かう輩は、連座制でどんどん処刑して行きます。罪なんていくらだって捏造できるのだから……ヌフフフ」

 

 オネストにあったのはシュラ以上にどす黒く、凶悪な笑み。

 

 シュラも実の父親が見せる狂気に気圧される。

 

 ……さすがの性悪さだぜ。やっぱ、親父を追い抜くには骨が折れそうだな。

 

 珍しく喉を鳴らしたシュラであるが、彼は自身が集めた五人に視線を向けるとにやりと笑みを浮かべる。

 

 ……まぁでも今はいい。とりあえずは遊ばなきゃな。オモチャつかってよ。

 

 

 

 

 

 帝都の市街は各地で起こる反乱や異民族の侵攻が嘘のように平和だった。

 

 雪が舞うこの季節でも人々は楽しげに街道を歩いていく。

 

 そんな中、キョロクでの任務の後、帝都へ戻ってきたイェーガーズのウェイブ、クロメはカフェの店外席でお茶をしていた。

 

「こうしてみると、まだ帝都は平和って感じだなー」

 

「……そうだね」

 

 ウェイブは軽い口調でいうものの、クロメはどこか落ち込んだ様子で相槌をうつ。

 

 その様子を見かねたのか、ウェイブは小さく溜息をつく。

 

「なぁ、いつまで気落ちしてんだよクロメ」

 

「だって、肝心な時に役に立てなかったし……ナイトレイドも全員取り逃がしたし」

 

「確かに俺達は任務に失敗したさ。けど、いつまでもしょげてたって変わらねぇだろうが。隊長が異民族の討伐に出てる今、俺達だけでも帝都の治安を守っていかねぇと」

 

「うん……」

 

 クロメもウェイブの言っていることは分かっているのだろうが、如何せん声に覇気がない。

 

 仕方なく、ウェイブは自分の前に置かれているケーキを彼女の前に進める。

 

「ホラ、俺の分のケーキの食っていいから」

 

「……そうだね」

 

 すると、僅かにクロメが口元を緩ませる。

 

「二回も敵に吹き飛ばされたウェイブがこんなにあっさり切り替えてるんだから、私も切り替えていかないと!」

 

「お、おう!」

 

 若干胸にグサリと刺さることを言われつつも、とりあえずウェイブはクロメが少しだけ前向きになれたことに安堵する。

 

 ケーキを頬張る彼女は、年相応の女の子といった感じだった。

 

 ……キョロクに行くまでにボルスさん。そしてキョロクではセリューにコロ……負けてばっかだけど次にあったら絶対にとっ捕まえてやる。

 

 ウェイブはクロメに悟られないように内心でナイトレイドを見定める。

 

 その中にはもちろん、セリューという友人をためらい無く殺したあの男、リヒトの姿もあった。

 

「……うん?」

 

 ふと、ウェイブは通りの向かい側にある人だかりに視線を向ける。

 

 どうやら大道芸人がいるらしく、小さな子供が騒ぐ声が聞こえる。

 

 そして彼らから少し離れたところには、同じくイェーガーズの仲間であるランの姿もあった。

 

 彼は道化師の格好をした芸人をジッと見据えている。

 

「なんだ、ラン。お前大道芸に興味なんてあったのか――」

 

 すこしだけからかうような声音でウェイブはランに駆け寄る。

 

 しかし、僅かに見えたランの横顔は凄まじい殺意に満ちていた。

 

 瞳は氷のように冷たく、表情は一切の感情を廃したもの。

 

 ゾクッと全身に鳥肌が立つのを感じるウェイブであるが、ランの表情はすぐにいつもの笑みへ戻る。

 

「おや、ウェイブ。どうかしましたか?」

 

「どうかしたって……。すげぇ怖い顔してたぜお前。何かあったのか?」

 

「いいえ、なにもありませんよ。それよりもお待たせしてすみませんでした」

 

 ランは本当に何事も無かったかのように笑いかけると、クロメの座るカフェの席へ腰を下ろした。

 

 そんな彼と、大道芸人の姿を見やるウェイブはやはり納得がいかず首をかしげるのだった。

 

 

 

 ……やはり違う、か。

 

 カフェの席に座ったランはもう一度だけ視線を道化師に向ける。

 

 彼にとって、道化師は決して良い思い出のあるものではない。

 

 笑顔の裏に隠されているのは、決して潰えることのない怒りと復讐の劫火。

 

 ランはそれをなんとか押しとどめ、ウェイブ達と共に帝都のパトロールを再開するのだった。




はい、再び一年明けて申し訳ありません。

「なろう」の方でオリジナルを書いたりしてました。
ですが、やはり一度書きはじめた以上、二次創作を完結させねばなりませんね。

読者の方には大変なご迷惑をおかけして申し訳なく思います。
今後は遅くとも一ヶ月更新は心がけますので、よろしくお願いします。

さて、今回は正直原作と差異は殆どありませんでしたね。
教主サマのとこは結構オリジナル解釈入ってます。
多分知ってますよナイトレイドのことは。

では、今後ともよろしくお願いします。
……やっぱりボルスさんの奥さんと子供は助けてあげたいですよね。


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第三十四話

 帝都で新たな脅威が動こうとしていた時、ナイトレイド一行は帝都から南に離れること二百五十キロメートルの地点でキャンプを張っていた。

 

 本当ならばすぐにでもアジトへ帰還したいところだったが、帰還時にイェーガーズが待ち受けている可能性を加味し、大きく迂回するルートを選んだのだ。

 

 全員無事に任務を達成することは出来たがダメージがないわけではないので利口な判断といえるだろう。

 

「傷の具合はどうだ、アカメ」

 

 スサノオの奥の手、禍玉顕現の副作用から回復していないナジェンダが問うと、半裸状態のアカメが軽く肩を回す。

 

「良くはなっているが、全治にはあと数週間はかかりそうだな」

 

「私はもう殆ど回復してるぞ!」

 

「信じられない」

 

 アカメは元気に答えたレオーネに若干いぶかしむような視線を送るが、それも無理はないだろう。

 

 それなりに重傷者は出た今回の戦いだが、傷の度合いで言えばレオーネが一番酷かった。

 

 しかし、実際に彼女の体にはもう傷が殆どない。

 

 恐らくはライオネルの自然治癒能力の活性化の影響だろう。

 

「だが、こうして皆生き延びられたのはお前が来てくれたおかげだよ。シェーレ」

 

 体を起すことが困難なナジェンダは頭を焚火の向かい側、アカメの隣にいるシェーレに告げる。

 

「いえ、私一人の力じゃありませんよ。ですが、本当に間に合ってよかったです」

 

「ホント、ナイスタイミングだったよなー! 正直あそこでシェーレが間に合わなかったらゾッとするし」

 

「ああ。無理をして出てきてくれたことには感謝しかない」

 

 アカメとレオーネに言われ、シェーレは眼鏡を整えつつ少しだけ赤くなる。

 

 が、やはりナジェンダの視線は彼女の片腕に向けられる。

 

 数ヶ月前、ヘカトンケイルによって喰いちぎられた彼女の腕は、今は義手となっている。

 

 ナジェンダのものよりは少しだけ華奢な外見だが、シェーレもまた完全復帰というわけではないのだ。

 

 今はある程度動けるようになった状態にすぎない。

 

 革命軍の連絡部隊に聞いた話では、無理をすることはできないとのこと。

 

 ……本当に感謝する。

 

 レオーネとじゃれているシェーレを見つつ、ナジェンダは内心で呟くが、その瞬間テントの入り口が開かれた。

 

「ちなみにナジェンダさん! 俺なら後一ヶ月くらいでいけま――」

 

「――いいから大人しく寝ていろ。それと女子テントに入ってくるな!」

 

 入ってこようとしたのはラバックだったが、彼はテント内を見る前にレオーネによって目を潰され、そのまま自分のテントへと放り込まれる。

 

 ナジェンダは大きく溜息をつきながら仰向けになる。

 

 ……ボリック暗殺での殉職者はなし。エスデスと精鋭揃いのイェーガーズを相手にこの戦果ならば大成功と言えるだろう。だが、アカメとラバックは骨を折られ、完全回復にはまだかかる。シェーレも万全な状態とは言えないし、私も禍玉顕現の副作用が出ている。

 

 ナジェンダは義手を掲げてグッと握りこむ。

 

 スサノオの奥の手、禍玉顕現は強力だがその分、ナジェンダの命を吸い上げてしまう。

 

 死ぬことはなかったが、その副作用はそれなりに深刻だ。

 

 ……だがまぁ、スサノオも生き残り私も生きることが出来た。革命の日まではこの命、もたせることができるかもしれないな。

 

 実際のところ、今回の任務でナジェンダは自身とスサノオが死ぬと思っていた。

 

 が、こうして命を拾うことができた。

 

 心配事はあるが、少しだけ希望が見えてきた。

 

「……生きてやるさ」

 

「大丈夫だ」

 

 殆ど聞こえないように漏らした呟きにアカメが反応し、ナジェンダは視線を向ける。

 

「ナジェンダからは天性のしぶとさを感じる。まだ生きるぞ」

 

「……ハハハ、そうか。そういえば食料調達の前にスサノオもそんなことを言っていたな。お前にも言われるとは、心強いよ」

 

「とりあえずはエネルギーを補給して、動けるようにならないといけないぞ」

 

「けどまだ調達班戻って来ないなぁ。なんかあったかな遅いけど……」

 

「まぁ、あちらにはリヒトがいますから……」

 

 シェーレが苦笑交じりに言うと、三人はそれぞれ顔を見合わせて「あー……」と頷いた。

 

 

 

 

 

 その頃、リヒト達の姿はテントからやや離れた場所にあった。

 

 周囲を森に囲まれた中でリヒトは雪を掻き分けながら、山菜や薬草、香草の類を採集している。

 

 近くにはチェルシーとスサノオの姿も見受けられるが、タツミとマインの姿は見られない。

 

「どっちかーてーと。肉の調達は俺が適任じゃねぇかな」

 

「まぁ確かにリヒトの特技は危険種寄せだもんね」

 

「特技じゃねぇわ。体質だっつの」

 

「そんな体質もないと思うが。これに関しては仕方ない。ジャンケンで決まったわけだからな」

 

 篭に山菜を入れていくスサノオに言われ、リヒトは少しだけ溜息をつく。

 

 動ける五人ということでリヒト達は食料調達に出たのだが、手分けをした方が早いということでジャンケンで分かれることになったのだ。

 

 結果、タツミとマインが肉の調達で、リヒト、チェルシー、スサノオが山菜集めということになった。

 

「だけど二人は大丈夫かなー」

 

「その辺は大丈夫だろ。迷うほどの山でもねぇし、この辺の危険種はせいぜいが三級だしな」

 

「ああ、あの二人なら問題はないはずだ」

 

「そういうんじゃなくてさー! 私は二人の関係のこと言ってんの!」

 

「関係?」

 

 リヒトは集めた山菜をスサノオに預けながらチェルシーを見やる。

 

 彼女はどこか興奮した様子で拳を握り締める。

 

「二人とも気付いてなかったの? タツミを見つめるマインの眼! どう見てもあれは恋する乙女の目だったでしょうが!」

 

「そうだったのか?」

 

「いや俺に聞かれてもな。チェルシーと付き合ってっけど、その前の段階まではさすがに……」

 

「私の彼氏なのになんて情けない! いーい? せっかく二人っきりになれる絶好のタイミングをマインが逃すわけないわ。私の勘だとキャンプに戻ったら確実に付き合ってるわよあの二人!」

 

 フンス、と鼻息荒いチェルシー。

 

 どうやら女子というのは他人の色恋沙汰にも目ざといらしい。

 

「ふぅん。じゃあラバックの胃が心配だなー。これ以上カップルが増えると、ストレスがやばいんじゃねぇか?」

 

「そうだな。あれ以上のストレスは胃に穴が開く可能性がある。整腸作用のある薬草を集めておこう」

 

「問題そっち!?」

 

「別にあいつ等が付き合うことになったらなったでいいじゃねぇか。守るもんが出来た人間ってのはと強くなるからな。俺みたいに」

 

 リヒトはチェルシーに思わせぶりな笑みを向ける。

 

 途端、チェルシーの顔は一気に赤くなり「やだもー! なに恥ずかしいこといってんのよー!」と腰をくねらせる。

 

 愛する者が出来ると本当に人は強くなれる。

 

 チェルシーの言ったようにタツミとマインが付き合うことになるのなら、それはそれで戦力増強にも繋がるだろう。

 

 ……まぁその分、二人をしっかり守ってやらねぇとな。

 

 若い二人の命を革命の日まで繋げることを考えながら、リヒトは山菜取りへ戻るものの、不意に茂みを掻き分けた時、思わず「おぉ!」と声を漏らす。

 

「どしたの?」

 

「いや、珍しいもん見っけてよ。スサノオ! ちょっと来てくれ!」

 

 瞳を輝かせたリヒトに呼ばれ、スサノオがやってくると彼も「これは……!」と驚いた表情をしていた。

 

 三人の視線の先にあったのは、木の根の付近に隠れるようにして生えている、鎌のような形をした真っ赤な実だった。

 

「これは珍しいな。冬山に自生しているとは聞いていたが、俺もこの状態で見るのは初めてだ」

 

「俺もだ。しかも一つだけじゃねぇ。結構あるみたいだぜ」

 

「二人だけで興奮してないで教えてってば! この実がなんなの?」

 

 興奮している二人に置いてけぼりをくらったチェルシーがリヒトの腕を抱くように問うと、彼は「あぁ、わるい」と短く謝りながら告げる。

 

「コイツはな、デッドエンド・リーパーっていう超辛い唐辛子だ。普段俺達が使ってる唐辛子なんて比じゃないほどのな。扱いには細心の注意が必要で、手袋は最低でも二枚重ね、ゴーグルマスクは絶対必須。植物の危険種なんて呼ばれてもいる」

 

「……それ食べ物なの?」

 

「当然だ。辛い料理にはなるが、うまさもしっかりとある。暖を取るには最適な食材だ。今日はこれを少し使った鍋にしよう」

 

「いいねぇ。それじゃさっそく取りますか」

 

 リヒトは手袋を重ねると唐辛子の実をナイフで切り取り、手早く袋にしまっていく。

 

「そこから注意すんの!?」

 

「当たり前だ。あと口閉じとけよ風向き的に多分そっちに行くから」

 

「え、何が……って辛ぁ!!?? なにこれ!? 空気が辛いんだけど!!」

 

 チェルシーは咳き込みながらリヒト風向きとは別方向に立つ。

 

「切り取った瞬間に少量ではあるが、辛味成分が放出されるんだ。一度取ってしまえば問題はないがな」

 

「スーさんは平気そうだね……」

 

「俺は帝具人間だからな。最初から俺がやるべきだったかもしれん。リヒト、俺が変わろう」

 

「あー、じゃあ頼むわ」

 

 スサノオにナイフを渡したリヒトはチェルシーと共に風上へと避難する。

 

「とりあえず俺等はもうちょい薬草とか探してみるわ」

 

「了解した。全て取り終えたらそちらに向かう」

 

 返事をしつつもスサノオは辛さなど意に介さず唐辛子を採取していく。

 

「こりゃ夕飯が楽しみだな」

 

「……明日絶対お尻痛くなる……」

 

 楽しげなリヒトとは裏腹にチェルシーはどこか呆れ混じりといった様子だ。

 

 すると、前を歩いていたリヒトが急に立ち止まり、チェルシーは「むぎゅ」とくぐもった声を漏らす。

 

「急に止まんないで……ってどしたの?」

 

「いや、あそこにいるのってタツミとマインじゃね?」

 

 リヒトが指差すほうを見ると、森の中にある開けた場所に危険種らしき獲物を担いだタツミと、彼に何か言っているマインの姿があった。

 

 喧嘩をしているようにも見えるが、そこまで険悪な雰囲気でもない。

 

 が、気になった二人はその場に屈んで双眼鏡で二人の様子を観察する。

 

「こういうのってなんか異国の言葉であったよな。デバガメ?」

 

「なんか意味違う気がする。それよりも、マインどう出るかなー」

 

「楽しそうだな」

 

「もち!!」

 

 双眼鏡を覗くチェルシーは鼻息が荒い。

 

 女子というよりはチェルシー自身がこういったコイバナ系が好きなのかもしれない。

 

 子供のようにはしゃぐチェルシーに苦笑しながらも、リヒトが双眼鏡に視線を戻すと、視線の先で動きがおきた。

 

 マインがタツミの胸倉を掴んで一気に引き寄せたのだ。

 

 そのまま二人の姿は重なり、唇が触れ合った。

 

「うわっ! やった!! マインったらだいたーん!! キャー!」

 

 チェルシーは興奮のあまり双眼鏡を手放してリヒトに抱きつくとそのままぎゅううっと彼を抱きしめる。

 

「ち、チェルシーさん……! 絞まってる! いろんなところが絞まってる……!!」

 

 肉弾戦特化でないとは言えチェルシーも暗殺者。

 

 それなりの力はあるため全力に近い状態で抱きしめられると結構苦しい。

 

 一応その間もリヒトは二人の様子を観察していたが、なにやら軽くじゃれた後、二人は手を繋いだ。

 

 二人の姿に素直に笑顔を向けたいリヒトだったが、チェルシーの締めが尋常ではなくなってきた。

 

「手なんてつないじゃって! あー、もう初々しい!! ああいうのもいいなぁ……。リヒト! 今度私達もああいうのやろう!!」

 

「わかった、わかったから落ち着け! 意識が遠のいてきた……!!」

 

 いつの間にかチェルシーの腕はリヒトの首に回っており、リヒトは青い顔になってきていた。

 

「あ、ごめん」

 

「いや、いい……。じゃあ、あっちも肉取ったみたいだし、スサノオと合流して集合地点に戻るか――っ!?」

 

 屈んだ状態から立ち上がろうとするものの、今度はリヒトが胸倉をつかまれて強引に唇を重ねられた。

 

 急な行動に驚きつつも、リヒトは慌てることなくチェルシーの肩に手を置いて彼女を離す。

 

 顔を覗き込んでみると、チェルシーは僅かに頬を染めて「えへへー……」と小悪魔っぽく笑っている。

 

「急にどうしたよ」

 

「んー、二人のを見てたら触発されちゃって。嫌だった?」

 

「まさか。こんな美少女とキスできてうれしい限りだ。もう一回しとくか?」

 

 微笑ながら両手を軽く広げたリヒトに、チェルシーは一瞬驚くものの、すぐに彼の胸に飛び込むと、二人は再びキスをするのだった。

 

 

 

「……む!? なんか近くでカップルがイチャついてる気配がする……!!」

 

 テントで休むラバックは何かを感じ取っていた。

 

 

 

「も、戻ったらボスに伝えるつもりだったんだけど、先にアンタ達に言っとくわね! アタシ達、付き合うことになったから!」

 

 合流するとほぼ同時に、開口一番マインがリヒト達三人に告げた。

 

 タツミは恥ずかしげにしているものの、二人の手は固く結ばれている。

 

 しかし、一部始終を見ていたリヒト達が驚くはずはなく。

 

「うん、知ってる」

 

「そうよね。さすがにアンタ達でも驚くわよね、アタシとタツミが付き合うなんて――え、知ってる?」

 

「うん」

 

 チェルシーは凄まじくイイ笑顔を浮かべている。

 

 少しだけ馬鹿にしているようにみ見えるが、それはまぁご愛嬌だろう。

 

「し、知ってるってどういうことよ!?」

 

「まさか、見られてた……?」

 

 二人はそれぞれ顔を真っ赤にしてリヒトとチェルシーを見やる。

 

 リヒトは特にこれといって表情にも行動にも出さなかったが、チェルシーは相変わらず笑顔を浮かべ何度も頷いていた。

 

「いやー、いいもの見せてもらったよー。特にマイン! タツミを引き寄せて無理やりキスするなんてやるねー。もう少し奥手かなーなんて思ったけど、大胆すぎるよー」

 

 顔を真っ赤に染めて俯くマインをあおるようにチェルシーは彼女を肘で小突く。

 

 が、リヒトはマインの指がパンプキンのトリガーにかかったところを見逃さず、スサノオの背後に隠れる。

 

「見せ付けてくれるよねー。隅におけないぞーコノコノ!」

 

 いまだあおり続けるチェルシーであるが、ついにマインが我慢の限界を迎えたようで、弾けた。

 

「うがああああああ!!!! うっさいのよ、チェルシー!! やっぱアンタは黙らせないとダメだわ!!」

 

「きゃー、マインがキレたー! こわーい!」

 

「待ちなさい、こんの盗み見女あああ!!!!」

 

 完全に棒読みの悲鳴を上げながらチェルシーはマインから逃げていく。

 

 マインはというと彼女のあとを追いながらパンプキンを乱射しているが、興奮状態のためかまるで当たる気配がない。

 

 彼女二人が追いかけっこをしている様子を彼氏二人は見守りながら溜息をつく。

 

「まっ。お前もこれで彼女持ちだ。大変だぞ、いろいろと。なぁ、スサノオ」

 

「俺は真っ当な人間ではないから色恋沙汰は良く分からんが、まぁお似合いの二人だとは思っている」

 

「ありがと、スーさん。けど俺もこれで簡単には死ねないな」

 

「ちなみに言っとくと、ラバックあたりがすげぇ嫉妬してくるから気をつけとけよ」

 

「それはリヒトとチェルシー見てたら分かるよ」

 

「それもそうか――うぉ!?」

 

 二人は肩を竦めて笑うものの、突然飛来した光線にリヒトは体を仰け反らせる。

 

 少しだけ髪を掠めたようでチリチリしてしまった。

 

 すぐさま体を起して視線を戻すと、パンプキンを構えたマインが鬼の形相でこちらを睨んでいた。

 

 すでにチェルシーの姿は無い。恐らくガイアファンデーションで上手く逃げたのだろう。

 

「あ、危ねぇなマイン!! いきなり何しやがる!!??」

 

「うっさい! アンタあの女の彼氏ならもう少し手綱握っときなさいよ!!」

 

「俺が悪いのかよ!?」

 

「そうよ! あいつの行動を止められなかったアンタも同罪!! 大人しく私に撃ち抜かれなさい!!」

 

 言うと、マインは再びパンプキンを連射する。

 

 しかし今度は正確にリヒトの体を射抜こうとしている軌道だ。

 

 どうやら一度上った血が下がって落ち着いた分、狙撃に正確さが出ているようだ。

 

「どわああああ!? 待て待て待て!! せっかく生き残ったってのに仲間を殺すつもりか!」

 

「ふん! 二、三発当たったところでアンタなら死なないでしょ!!」

 

「ぎゃああああ!! 今、顔掠ったぞ!? おい、タツミ、スサノオ! さっさと止めてくれ!!」

 

「お、おう!」

 

「了解した」

 

 タツミとスサノオが動き、結果としてマインは取り押さえられたものの、完全に終わるまでにはそれなりの時間を要した。

 

 ちなみに、そんなことをしていたためテントに戻ったらアカメが空腹で倒れていたのは言うまでも無い。

 

 また、途中で取ったデッドエンド・リーパーを使った鍋はスサノオの完璧な調理で辛すぎない程度に抑えられた鍋に仕上がっていた。

 

 タツミとマインが付き合うことになり、しかも全員無事のナイトレイド一行に流れる時間は平和そのものであった。

 

 

 

 

 

 だが、帝都ではエスデスの留守をいいことに、シュラ率いる新組織、『秘密警察ワイルドハント』が暴虐の限りを尽くしていた。

 

 取調べと称して行われるのは、シュラたちの快楽を満たすための行為。

 

 しかし、誰も逆らうことが出来なかった。

 

 それは彼らが帝具を持っていることだけが理由ではない。

 

 もっとも大きいのはシュラの父、オネスト大臣の存在だ。

 

 逆らおうにもあの悪の権化のような男の息子に逆らえば、どんな報復があるかも分からない。

 

 自分ひとりで済むかもしれないところを、家族、親戚、友人すらも危険に晒す危険性がある。

 

 ゆえに、誰も彼らには逆らえなかった。

 

「やっぱ遊ぶには帝都だよなぁ。おぉ、しまるしまる。やっぱ取調べっつたらこれよなー」

 

 残忍な笑みを浮かべるシュラの前には、裸に剥かれたまだ少女がいる。

 

 彼女は首を絞められ、声を出せずにいる。なんとか抵抗を試みてはいるが、武術にも傾倒しているシュラにそんなものが通用するはずもない。

 

 やがて少女は涙を流しながら事切れた。

 

 すると、シュラは途端に興味をなくしたようで、大きく溜息をついた。

 

「あーもう壊れちまったかー。やっぱもうちょい楽しむには、それなりに鍛えてるヤツを捕まえるしかねーか」

 

 肩を竦めたシュラは少女の遺体をモノのように蹴り飛ばす。

 

「親父に言われてる、ナイトレイドも出てくる気配はねぇし。もう少し楽しませてもうかね。ハハハハ!」

 

 残虐さを体現するかのような笑い声が帝都に木霊する。

 

 新たな悪が生まれた帝都は残虐と暴力の坩堝と化す――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宮殿内部。

 

 夜の帝都が見渡せる一室では、とある男性が眼下に広がる街明りを見やっていた。

 

 黒い鎧に纏うのは、厳格かつ豪胆な雰囲気とエスデスと同等かそれ以上の威圧感を放つ彼こそが帝国軍の最上位に位置する。

 

 名をブドー。

 

 肩書きは大将軍。

 

 つまりはエスデスよりも上に位置する男である。

 

 彼は静かに椅子に腰を下ろすと、机の引き出しからあるものを取り出す。

 

 それは古びた短刀だった。

 

 鞘から抜くと、まだ刃には輝きがある。

 

 同時に思い出されるのは、まだ彼が若かった頃の記憶。

 

『じゃあな、ブドー。いつかまた、どこかで会おう』

 

 そう言って彼は軍部から去っていった。

 

 かつて自身と対等とすら言われていた一人の男。

 

 ブドー自身が終生のライバルとして認め、恐らく唯一無二の友人。

 

「……今のこの帝都を見て、お前はどう思うのだろうな」

 

 月光を反射する短刀を介してブドーの脳裏によぎるのは、長剣をふるって単身敵軍に乗り込み大立ち回りを演じていたかつての戦友の姿。

 

「……クレイルよ……」




読んで頂き、ありがとうございます。

すこしリハビリに時間がかかりました。
実際ワイルドハントにオリキャラでもぶちこまない限りシュラ側のオリジナル描写って難しいんですよね……(言い訳)

最後のほうはちょっとかっこつけました!

ブドーとクレイルの関係は後々明かしますが、まぁ凡そこんな感じです。
ブドー大将軍って厳格な描写しかされてなくて扱いが難しそうだったんですが、こういった人間臭い部分があってもいいと思うんです。
一人だけのときくらいすこし気を抜いたっていいじゃない……。
ブリーチの白哉みたいに若い頃は今よりも砕けた性格だったけど、年を重ねるにつれてーみたいな。
そういうの私大好きなのです。
ちなみにブドーとクレイルってそんな年近いの? って思うかもしれませんが、大将軍あれで40代らしいです。クレイルもそんなもんです。

次もしっかり更新できるようにしたいと思いますので、よろしくお願いします。


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第三十五話

「やれやれ……あの堅物の相手は疲れますねぇ。これでは食が進みませんよ」

 

 オネスト大臣は、宮殿内部にある私室で大きな骨付き肉に齧り尽きながら肩を竦めた。

 

「食が進まねぇとか言っておきながら肉食ってるじゃねぇか。さっきの会議でもめっちゃ食ってたしよ」

 

 呆れたような声を漏らしたのは、シュラだった。

 

 彼らはつい先程まで、会議の間で各地で侵攻を続ける反乱軍に対処するための会議に出席していた。

 

 とは言っても結果としてこれと言った妙案などは出なかった。

 

 政務官の殆どは、無血開城する関所の太守を批難したり、地方軍への不満を漏らしたりなど、自らの保身からか下手な案を出す気はなかったようだ。

 

「これはあくまで標準な食事です。いつもならもう少し食べられますよ」

 

「それ以上食ったらマジで高血圧で死ぬぞ、親父」

 

「エスデス将軍にも言われましたが、これでも健康体です」

 

「そうかい。けど、あのオッサン、反乱軍締めたらこの国の歪みを元から断つとか言ってたけど、余裕ぶっこいてていいのか?」

 

「おや、不安ですか?」

 

「まさか。単純に気になっただけだ。まぁアンタのことだろうから、対策は考えてあんだろうけどよ」

 

「んっふっふ。そのあたりは追々開かして行きますよ。とはいえ、あの堅物に出張って来られるのはそれはそれで面倒なんですよねぇ」

 

 ギチリと肉を喰いちぎるオネストは、やや不機嫌そうな表情を浮かべる。

 

 二人が言うところの「オッサン」やら「堅物」と呼んでいるのは、先程の会議の途中に入ってきた人物を指している。

 

 帝国の近衛兵団を従える彼の名はブドー。

 

 大将軍と呼ばれるエスデスと並ぶほどの実力を有している実力者だ。

 

 本来ならば『武官、政治に口を出すべからず』という大将軍の家系の教えを実直に守っているはずの彼だが、今回ばかりは目に余ると思ったのか、自ら動くらしい。

 

 彼自身、オネストの蛮行を把握はしているようで、会議の前も軽く凄まれているため、オネスト自身もあまり目立った行動はできそうにない。

 

 だからこそ多少不機嫌なのだろう。

 

「とはいえ……あの堅物の隣に彼がいなかったことは幸いでしたかねぇ」

 

「彼?」

 

 なにげなくもらした呟きにシュラが食いつく。

 

「誰だよそれ。あのオッサンの隣って、それだけの実力者ってことか?」

 

「ええ、まぁ。そんなところですよね。ふむ……まぁいい機会ですし、お前にも話しておきますかね。かつて帝国には、大将軍にすら並びうるといわれた将軍がいたのですよ。今で言うところのエスデス将軍ですね」

 

「マジかよ。けど今いねぇってことは死んだのか?」

 

「いいえ。将軍としてしばらく活躍していたのですが、異民族討伐遠征の際、部下を守ったことで深手を負ったらしく、そのまま退役しましたよ」

 

「部下を守ってって、アホかそいつ。使えねぇ駒は捨てときゃいいのによ」

 

「ええ、それに関してはまったく同感です。とはいえ、退役したことに関しては助かりましたよ。下手をすれば、この現状を大将軍と共にひっくり返すことも可能でしょうしね。たとえエスデス将軍がこちら側にいたとしても、あの二人に組まれたら打つ手はありません」

 

 オネストは肩を竦めるものの、シュラはどこか面白げな笑みを浮かべる。

 

 彼自身、自分の戦闘能力が高いものだと理解している。

 

 だからこそ、エスデスやブドーの実力もそれなりにわかっており、彼らと並ぶほどの実力者の存在は気になるところなのだろう。

 

「そいつは今どうしてんだ?」

 

「退役後は帝都の下町で家族と隠居生活をしているとのことですよ。ただ、今もそこにいるかは知りません。噂では既に帝都を出たとの情報もありますし。行ったところで無駄ですよ」

 

「なんだよ、ツマンネ。けどまぁ一応名前聞いとくわ。そいつの名前は?」

 

「クレイルという男です。しかしシュラ……たとえ彼を見つけたとしても、お前では勝てませんよ」

 

 オネストの言葉にシュラは僅かに表情をしかめ、実父を睨みつける。

 

「どういうことだよ、親父。俺が弱いって言いたいのか?」

 

「いいえ、お前は十分強いと思いますよ。ただ、向こうは若いころの大将軍に並ぶ存在です。怪我を負ったとはいえ、その実力は本物であり、今も生きていることでしょう。手を出そうとしているのなら、やめておいたほうがいい。痛い目を見ますよ」

 

 彼の言葉には確かな重みがあり、冗談や茶化しているわけではないということは容易に想像できた。

 

 シュラもオネストの性格を理解しているため、彼の瞳と言葉に「手を出すな」という色があることはすぐに理解した。

 

 ゆえにシュラは大きなため息のあとに肩を竦める。

 

「ハッ! んな老い耄れになんか興味ねぇよ。それに今は秘密警察の活動が忙しいんでな。じゃあな、親父」

 

 椅子から跳ね起きたシュラはそのまま部屋を出て行く。

 

 息子の後姿を見やりながら、オネストはやれやれと被りを振った。

 

「子育てというのは、やはり面倒なものですねぇ……」

 

 はむ、と再び肉にかじりついたオネストは、そのまま食事を続けた。

 

 

 

 オネストの部屋を後にしたシュラは、やや不機嫌な面持ちで待たせていたワイルドハントのメンバーに合流する。

 

 すると、やや不満そうなドロテアが溜息交じりに声をかけてきた。

 

「遅いではないか、シュラ。巡回をすると言ったのはお前じゃぞ?」

 

「るっせぇな。少し遅れただけだろうが」

 

「アレアレ、シュラ君もしかして不機嫌だったりします?」

 

「テメェも黙ってろコスミナ。別に大したことじゃねぇ、ちょっとした野暮用だ。それよりも今日もしっかり巡回するぞ。取り調べも、しっかりな……」

 

 シュラがニタリと凶悪な笑みを浮かべる。

 

 オネストに言われたことは正直気に食わないが、今はとりあえず己が欲望を満たしたい気分であった。

 

 ――まぁいいさ。強いヤツにも興味はあるが、今はおもちゃで遊ぶほうを優先だ。

 

 クレイルという男にもそれなりに興味を抱いているものの、アレだけ念を押されては従う他あるまい。

 

「今日はどのあたりだ?」

 

「そうだなぁ、レストラン街あたりでも行ってみるか」

 

「レストラン街……小さい子がいればいいんだけどなぁ」

 

「拙者は紅雪に食事を与えられればどこでもかまわん」

 

「よーし、決まりだ。あぁそうだ、チャンプ、エンシン。この巡回が終わったら、例の場所に行くぜ」

 

 シュラの言葉に二人はニヤリと口元をゆがめる。

 

 彼は、メンバーの先頭に立って巡回を開始する。

 

 悪鬼外道が跋扈する帝都は、より混迷を極めていた。

 

 

 

 

 

 ワイルドハントが巡回と証する大臣の名を笠に着た殺人、強姦、恐喝を行おうとしているのと同じころ、帝都郊外にある墓地にはウェイブとランの姿があった。

 

 彼らの前には墓石に祈りを捧げる喪服を身を包んだ女性と少女の姿がある。

 

 二人はボルスの妻と娘だ。

 

 やがて二人は祈りを終え、ウェイブは墓参り用の花束を渡しながら問う。

 

「あの、なにか生活に不自由してたりしませんか?」

 

「大丈夫です。イェーガーズのお給料としてエスデス将軍から十分なお金をいただきましたから」

 

「隊長がそんな支援を……」

 

「陛下から頂いた黄金を兵士に贈った方ですし、私たちが知らないところでいろいろ配慮してくださる方ですよ」

 

「はい。なのでそこまで心配していただかなくても大丈夫ですよ。ウェイブさん」

 

 彼女は薄く笑みを浮かべながら言うものの、その声はやはりまだ震えていて、悲しみから抜け出せていないようだった。

 

 娘の方もどこか陰鬱とした様子に見える。

 

 けれどそれも仕方のないことだろう。

 

 彼女ら家族はとても仲睦まじい幸せそうな家族だった。

 

 その家族の一人が突然奪われれば、悲しみにくれるのも無理はない。

 

 しかし、ウェイブは彼女の瞳に強い光を見た。

 

「元からのたくわえもありますし、これからは私一人でしっかりとこの子を育てて行こうと思います」

 

 彼女は悲しみを抱きながらも、しっかりと前を向こうとしていたのだ。

 

 夫を失っても、決して悲観にくれることなく、前進しようとするその姿にウェイブの目尻に涙が浮かぶ。

 

 が、彼はそれを前髪で隠す。

 

「わかりました。けど、なにか困ったことがあったら言って下さいね。……あ、それともう一つ。これは出来れば絶対に守って欲しいことです」

 

 ウェイブの声が僅かに低くなり、ボルスの妻は怪訝な表情を浮かべた。

 

「帝都の中心部には絶対に近づかないでください。シャレにならないほど危険な連中が暴れてるんです」

 

 脳裏に浮かぶのは、悪逆の限りを尽くすワイルドハントの姿。

 

 彼らだけには絶対にこの二人を会わせてはいけないと、ウェイブは心の中で決意する。

 

 すると、墓地の入り口の方から一人の兵士が駆けてきた。

 

「お二人とも! すぐに帝都中心街へ戻ってください! ワイルドハントがまた……!!」

 

 かなり焦った様子の兵士の言葉にランとウェイブの表情が一気に強張る。

 

「どこですか」

 

「中心街にあるレストラン、ノワールの近くです! 現場はもう酷い有様で……! すぐに来てください!」

 

「わかりました。行きましょう、ウェイブ」

 

「ああ! それじゃ、二人とも。さっき言ったこと、忘れないでください! それじゃ!」

 

 ウェイブはボルスの妻と娘に頭を下げると、ランと共に駆けて行く。

 

 

 

 墓地から出て行くウェイブとランを見送りながら、ボルスの妻はふと娘がスカートを掴んでいるのに気がついた。

 

「どうしたの?」

 

「……もう少し、ここにいたい」

 

 娘の視線はボルスの墓に向いていた。

 

 父の死を受け入れているとはいえ、やはりまだ不安なことは多い。

 

 彼女は娘に対して柔和に微笑むと、静かに頷いた。

 

「ええ、そうしましょう。私ももう少しパパと一緒にいたいもの」

 

 再び妻子は夫の墓に祈りを捧げる。

 

 けれど、悪鬼の足音は彼女のすぐ傍にまで迫ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナイトレイドの面々は長い迂回路を経て帝都近郊のアジトに戻ってきていた。

 

 メンバーにはナジェンダから、密偵チームからの情報が上がってくるまでアジトで待機の命令が下されていた。

 

「あーあ、流石に暇だなー」

 

「そうぼやくなラバック。まだお前も万全ではないのだから、しっかりと体を休めておけ」

 

「そうは言ってもさー、スーさん。……アジト内にカップルが二組もいるんだぜ? マジ嫉妬で腹がよじれそうだよ……」

 

「そのあたりは俺にはよくわからんので、あまりアドバイスはできんな」

 

 食堂ではラバックが嫉妬に身を焦がしていたが、スサノオは軽く受け流している。

 

 すると、「あれー?」と疑問符を浮かべたチェルシーがひょっこり顔を出した。

 

「二人だけ? リヒトは?」

 

「見てないよー。アカメちゃんと食料調達にでも行ってるんじゃないの?」

 

「アカメには会ったけど見てないって。ほかの皆も同じ。あとはここだけだったんだけど……どこ行っちゃったのかなぁ」

 

「……そういえば」

 

 キッチンでなにやら準備を始めていたスサノオが思い出したように声を漏らすと、チェルシーが耳を傾ける。

 

「アジトに到着した時、リヒトがナジェンダに話をしていたな。なにか頼んでいるようにも見えたが……」

 

「えー、ボスは出かけちゃったじゃん……。けど、いないんじゃしょうがないね。また後にしよ……ってスーさんそれ……」

 

「あぁこれか、ちょうどこれで最後だったから痛む前に使おうと思ってな」

 

 スサノオの手元にあったのは、雪山で発見した超激辛トウガラシ。デッドエンドリーパーだった。

 

 チェルシーはその破壊力を知っているため、思わずたじろぐものの、ふとおかしなことに気がついた。

 

「アレ? でも結構数減ってない? もっと余ってなかったっけ」

 

 彼女の言うとおり、デッドエンドリーパーはもう少し余っていたはずだ。

 

 けれど、スサノオが持っているのは四本程度だ。二十本ほど残っていたようにも見えたがもう使ってしまったのだろうか。

 

「アジトに戻ってくる少し前にリヒトが調合に使うとかで持っていったんだ。だがこれで一体なにを……」

 

「うーん、催涙煙玉とか?」

 

「ありえそうだな。このトウガラシのカプサイシンならどんな強敵であっても確実に怯むはずだ」

 

 チェルシーもそれに内心でうんうんと頷く。

 

 スサノオが調理をしたことで辛味は多少緩和されていたが、生の状態は本当い劇物に近いのがこのトウガラシの恐ろしいところだ。

 

 思い出しただけでお尻が痛くなりそうなチェルシーであるが、話を聞いていたラバックが少しだけ呆れたような声で割って入ってきた。

 

「ホントにそんなに辛いのー? 前に料理で出てきたけど、少し辛いな位だったじゃん。スーさん、少し齧らして」

 

「かまわないが、後悔するなよ?」

 

「ラバック、やめといた方が……!」

 

「へーきへーき。こう見えて俺、辛いもの得意だからさ」

 

 ニッと笑ったラバックはスサノオが差し出したデッドエンドリーパーにかじりついた。

 

 瞬間、ラバックは吼えた。

 

「かっっっっらああぁぁあぁぁぁああぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁッッッッ!!!???」

 

 アジト全体に響き渡りそうな大絶叫と共に、ラバックは大急ぎで蛇口を捻ると口を濯ぎ始める。

 

 しかし、そんなものでデッドエンドリーパーの辛味が中和されるはずもなく、流し台から顔を上げたラバックはそのままアジトの外に飛び出していった。

 

「ちょ、ラバック!?」

 

「蛇口程度の水ではやはりどうにもならなかったか。川に行ったな」

 

「……やっぱそのトウガラシ食べ物じゃないって……」

 

 大きなため息をついたチェルシーの耳には、遠くで川にダイブする音が聞こえるのだった。

 

 

 

 

 

「……よっと」

 

 リヒトの姿は林の中にあった。

 

 その装いはフードを目深にかぶり、外套で全身を隠したなんとも怪しさ満点の格好だった。

 

 本来ならばアジトで待機を命じられていたのだが、少しだけナジェンダに無理を言って出てきたのだ。

 

「ボスには後でうまいつまみでも作ってやらねぇとな」

 

 ナジェンダに感謝しつつ、林を抜けたリヒトの視界に広がったのは、等間隔に配置された石が広がる野原だった。

 

 けれど、置かれているのはただの石ではない。

 

 石にはそれぞれ名前が刻まれている。

 

 名前の下には生年月日が刻まれ隣には、没年が刻まれている。

 

 ここは帝都郊外にある墓地だ。

 

 リヒトの目的は墓参り。

 

 中心街へは絶対に近づかないことを条件に、なんとか許可をしてもらったのだ。

 

 彼の手には一本の酒瓶と途中で摘んで来た花束がある。

 

 そのままリヒトは、目当ての墓石を目指して歩いていく。

 

 やがて彼は歩みを止めると、墓石の前で小さく笑みを浮かべる。

 

「……久しぶりだな。隊長」

 

 視線の先の墓石には『ユルゲンス』と刻まれていた。

 

 ユルゲンス。それはリヒトがまだ帝国軍人であった頃、帝都近郊の警備隊で世話になった隊長である。

 

 彼がいなければ恐らく今のリヒトはなかったと言っても過言ではない。

 

 彼の偽装工作があったからこそ、リヒトは革命軍と合流し、今はナイトレイドとして活動することが出来ているのだ。

 

「遅くなってわるい。もっと早く来たかったんだけどな……」

 

 リヒトは墓石の前で酒瓶の栓を抜くと、墓石の上から軽くかけてやる。

 

 彼が死んだことは、標的であったリューインから聞いたのだが、如何せん忙しかったため、こうやって墓参りに来ることはできなかったのだ。

 

「あんたの好きだった酒だ。それとこれ、花。男に貰ってもうれしかねぇだろうけど、置いてくぜ」

 

 摘んで来た花を墓石の前に置く。

 

「隊長、あんたにはもう一度会って伝えたかったことがあるんだ」

 

 リヒトはそのまま墓石に向けてふかぶかと腰を折る。

 

「ユルゲンス隊長。ありがとうございました。俺は、貴方のおかげでここまで来ることが出来ました」

 

 伝えたかったこと。それはひとえに感謝だった。

 

 こんな腐った国で、彼ほど人格者と言える上司はいなかった。

 

 革命軍に入ると言ったときも、リヒトが死んだと偽装をしてくれたことは、今でも本当に恩を感じている。

 

「できれば貴方にも革命の日を見ていて欲しかったけど、空の上で見ていてくれ。この国が変わっていくところを……」

 

 リヒトの双眸からは僅かに涙が零れ落ちた。

 

 そのまま彼は酒を煽り、今まであったことを彼に話そうと思ったが、彼の言葉は不意に聞こえてきた少女の声によって阻まれる。

 

「や、やめて! ママをいじめないで!!!!」

 

 弾かれるようにしてリヒトが視線を向けた先にいたのは、喪服姿の親子の姿。

 

 そして彼女らの前には見るからにガラの悪い男二人と、道化師の格好をした巨漢男がいる。

 

「あああああああ!! すんげぇ可愛いんですけどおぉぉぉぉぉ!!!???」

 

 道化師男の耳障りな声はリヒトの耳にまで届き、彼は表情をしかめる。

 

 直感的にリヒトはあの三人のことを理解した。

 

 アレらは外道だ。

 

 何人もの外道達を相手にしてきたリヒトだからこそわかる。

 

 彼らは真人間ではない。

 

 人の命をもてあそぶ人の皮を被った悪鬼そのもの。

 

 しかし、リヒトの脳裏でナジェンダに言われたことがフラッシュバックする。

 

『行ってもかまわないが、絶対に問題は起すなよ。なにかあっても私たちは手を出せないからな』

 

 そうだ。

 

 騒ぎを起せばそれだけ目立ってしまう。

 

 ならば、ここは関わらずに立ち去る方が得策だといえる。

 

 だが、リヒトの視線の先では今まさにあの親子が蹂躙されようとしている。

 

 そんな光景を黙って見過ごせるほど、リヒトの心は冷たくできてはいない。

 

「……わりぃな、ボス。ちょっとだけ約束破るぜ」

 

 ギン、と鋭い眼光を灯したリヒトは襲われそうになっている親子を助けるために駆けて行った。




お久しぶりです。

少し遅れました。
もう少し早く更新するはずだったのですがね……。

とりあえずはこんな感じです。
ブドーとクレイルの話はもうちょい先、ですかね。
そしてついにやってきた問題の場面。

助けたっていいじゃない、ヒーロー(殺し屋)だもの……。
偽善で結構。
殺した男の家族を救ってなにが悪いのか。
救える命は救うんだよ……!!
はい、変に語ってすみません。
今回もよろしくお願いします!!


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第三十六話

 毎日亡くなった夫の墓参りをかかさない美人の未亡人がいるという噂を聞いたシュラは、配下であるエンシンとチャンプを連れて墓地にやってきた。

 

 そこで見たのは噂どおりの美人と幼い娘の姿。

 

 瞬間的にシュラは己の中に燃える黒い感情をあの母子にぶつけることにした。

 

 チャンプなどすでに鼻息荒く娘に近寄って「結婚式」だなんだと叫んでいる。

 

「ったく、我慢のきかねぇ野郎だな。おい、チャンプもうちょいおちつ――」

 

 瞬間、シュラの耳に金属と金属がこすれあうような音が聞こえた。

 

 僅かに顔をしかめたシュラが周囲を見回すと、母子の後ろから外套を羽織った人影が凄まじい勢いで飛んできた。

 

「そこのガキ、頭下げろ!!」

 

 声に気付いたのは娘の母親だった。

 

 彼女は娘を抱くように倒れこむと、その上をが駆け抜け、チャンプの顔面に強烈な蹴りを叩き込んだ。

 

「ふべぇッッ!!????」

 

 完璧にヒットした蹴りはチャンプの顔に埋まり、元々不細工な顔をさらに醜悪なものへと変えた。

 

 まともに蹴りを喰らったチャンプはそのまま為すすべなく吹っ飛び、後ろにあった墓石をいくつか破壊してようやく停止した。

 

「ぐ、おおぉぉおおぉぉぉ!!?? いてぇ……! いてぇぞ……!! 誰だちくしょうっ!!!!」

 

 痛みにうめくチャンプは顔を抑えて転がっているものの、シュラとエンシンは彼の体たらくに肩を竦めた。

 

「おいおい、嘘だろチャンプ。なにやってんだこのデブ!」

 

「興奮しすぎで周りが見えてなかったんだろ? まったく、変態はこれだからよぉ」

 

 一応くくりとしては仲間として扱ってはいるが、そこまで大事にしているというわけでもない。

 

 今の攻撃を防ぐなり回避するなりできなかった彼が悪いのだ。

 

 転げまわるチャンプに下卑た嘲笑を浴びせるシュラであるが、一頻り笑い終えると、ギロリと眼光鋭く外套の人物を見やる。

 

「とはいえ、だ。あんなヤツでも一応はワイルドハントのメンバーだ。俺達に楯突くってことはどういうことか、テメェわかってんだろうな?」

 

 凶悪な雰囲気を纏ったシュラの今のターゲットは、母子ではなく、目の前の外套に絞られた。

 

 フードを目深に被っているから顔立ちまでははっきりとしないが、肩幅からして男であることはわかった。

 

 すると、外套男は僅かに頭を上げた。

 

 その奥には黄金に輝く瞳がシュラ達に向けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……さぁて、どうしたもんかね。

 

 襲われそうになっていた母子を助けるため、とりあえずは娘に手を出しかけていたデブを蹴り飛ばしたものの、状況はあまりよろしくない。

 

 リヒトは小さく溜息をつくと目の前にいる褐色の肌と顔面に刻まれた傷が特徴的な青年を見やる。

 

 ……強さ的にはコイツが突出してるな。後の二人はまぁ身構えるほどの連中でもねぇか。

 

 直感的に目の前にいる男がもっとも危険であると判断したリヒトは、背後で抱き合う親子に視線を向ける。

 

 二人は状況を飲み込むので精一杯なようで、すぐには立ち上がれそうにない。

 

 まぁ、この状況で走って逃げろとも言えないので、ジッとしてくれていた方がいいといえばいいのだが。

 

 ふと、リヒトは彼女らの背後にあった墓石を見て思わず目を見開いた。

 

 墓石には『ボルス』とあった。

 

「……マジかよ」

 

 ボルスといえばリヒト達ナイトレイドが殺したイェーガーズのメンバーだ。

 

 まさかその妻子とこんな場所で会うことになるとは。

 

 運命の悪戯か、それともただの偶然かわからないが、なんとも奇妙な話だ。

 

「とはいえ、だ。あんなヤツでも一応はワイルドハントのメンバーだ。俺達に楯突くってことはどういうことか、テメェわかってんだろうな?」

 

 褐色の青年の声にリヒトは視線をそちらに向ける。

 

 そして彼らが何者であるかも今の説明でわかった。

 

 ……コイツらが帝都を荒らしまくってるって噂のワイルドハントか。んで、恐らくコイツが大臣の息子、シュラだよな。

 

 墓参りに来るため、ナジェンダからはある程度の情報を貰っていた。

 

 帝都で悪逆非道の限りを尽くす秘密警察ワイルドハント。

 

 その首魁はオネスト大臣の実の息子であるシュラ。

 

 ナイトレイドとしてもいずれは始末すべき相手だろうと、ナジェンダは語っていた。

 

「……親がクズなら、子もクズか……反吐がでるぜ……」

 

 あまり声は出したくなかったが、リヒトは小さく悪態をついた。

 

「あぁ? テメェ今なにか言ったかぁ!!??」

 

「……」

 

 シュラが煽るような怒鳴り声を上げたが、リヒトは答えない。

 

 とりあえず身がばれるような情報はヤツらに与えるべきではないと考えたからだ。

 

「ケッ、だんまりかよ。正義の味方気取りか知らねぇが、余計な気ぃまわしてんじゃねぇぞ平民が! 玩具は玩具らしく、俺らに使われてりゃいいんだ!!」

 

「おいシュラ、コイツさっさと殺してお楽しみとしゃれ込もうぜ。なんならオレに任せろよ。チャンプのデブは使えねぇが、こんな野郎、オレにかかりゃ一瞬だ」

 

「ハッハァ、いいぜ。お楽しみ前の余興と行くか。エンシン、帝具はどうする?」

 

「いるかよ。素手で充分だ」

 

 エンシンと呼ばれたオカッパ頭の青年はベロリと唇を舐めながらシュラの前に出た。

 

 どうやら一対一をお望みらしい。

 

 が、それはそれでこちらとしても好都合。

 

 ……まぁ三人いっぺんに来てもこれ使えば逃げるくらい簡単だけどな。

 

 装備入れをまさぐっていた手からとある物を離したリヒトは、母子を守るように前に立ち拳を構える。

 

「あ、あの……」

 

 背後にいるボルスの妻が震える声で声をかけて来た。

 

 リヒトは眼光をエンシンに向けたまま彼女に答える。

 

「まだそこを動かずにガキをしっかり抱えてろ。それと、立てるならいつでも走れるようにしとけ」

 

「は、はい」

 

 彼女は娘をしっかりとその胸に抱き、僅かに腰を浮かせた。

 

 恐怖に震えていたからすぐには無理かとも思ったが、流石にそこは軍人であるボルスの妻だ。

 

 震えていた瞳には強い光が宿り、なんとしても娘を守るという決意が見て取れた。

 

 ……良い嫁さんだな、ボルス。

 

 内心で笑っていると、それを隙だとでも思ったのか、エンシンが拳を振り上げて距離を詰めてきた。

 

 距離を詰めるための体捌きと鍛えられた肢体からして、それなりに実力はあるほうだろう。

 

 だが――。

 

「っ!!??」

 

 エンシンの放った拳は虚しく空を切った。

 

 瞬間、彼の鳩尾にはリヒトの強烈な肘鉄が叩き込まれる。

 

「がっ!?」

 

 鈍痛によろめくエンシンだが、それで倒れるほど柔ではなく、すぐに怒りの表情を浮かべてリヒトに打撃をはなってきた。

 

「なめてんじゃねぇぞ、この外套野郎!!」

 

 最初の一発は様子見だったのか、放たれる拳打には先ほど以上の速さがあった。

 

 とはいえ、リヒトからすれば見切れないはずがない。

 

 エスデスと戦い生き残り、日頃からスピードのあるアカメやレオーネ、そして今は亡きブラートに鍛えられてきたリヒトにとっては、エンシンの攻撃をいなすことなど簡単だった。

 

 放たれる連打を次々に払いのけ、隙を見て彼の顔面や腹部にカウンターを叩き込んでいく。

 

 そして、先ほど吹き飛ばしたチャンプとかいうデブと同様に顔面に拳を叩き込むと、エンシンはよろめきながら数歩後退していく。

 

「ぐ、クソがぁ! このオレの顔を……! 許さねぇ……!!」

 

 鼻血を垂らしたエンシンは腰に差していた曲刀を抜いて切先をリヒトに向ける。

 

 確か先ほどシュラはエンシンに帝具は使うのかと聞いていた。

 

 そして興奮状態となっているエンシンを見るに、恐らくあの曲刀が帝具だろう。

 

 帝具には帝具で対抗すべきとリヒトもヨルムンガンドを使うべきかと迷うが、エンシンの曲刀とシュラが下げさせた。

 

「ったく、見てられねぇな。もういい、お行儀のいい一対一なんてここまでだ。こっからは俺達全員でやる。ちょうどチャンプも復活したしな」

 

 シュラが向けた視線の先を見ると、確かに先ほどまでのたうっていたチャンプが鼻息荒くリヒトを睨みつけていた。

 

 鼻血は激しく流れており、顔面の中心は幾分か凹んでいる。

 

 不細工がより不細工だ。

 

「なめやがって、なめやがって、なめやがってぇ……! オレとその子の至福の時間をよくも邪魔しやがったなぁ!!!!」

 

 吼えるチャンプにリヒトは大きく溜息をついて辟易した様子を見せる。

 

 どこをどうとれば至福の時間に見えたのやら。

 

 ……頭のイカれた野郎の思考ってのは理解できん。

 

 辟易するリヒトだが、状況は若干悪くなってしまった。

 

 彼らの様子からして正々堂々なんて言葉が似合う連中ではない。

 

 だからこそリヒトにも対多人数用の道具を用意してある。

 

 ……ただまぁ、範囲が結構広いのと俺にも割りと効果があるってのが玉に瑕だけどな。

 

 腰の装備入れから二、三個の赤い玉を取り出したリヒトは苦笑するも、視界の端で動いたチャンプにすぐさま視線を向ける。

 

「決めたぞ! テメェは腐ってドロドロになりやがれぇ!!!!」

 

 チャンプの掲げた手にはおどろおどろしい色をした球体があった。

 

 それが帝具ということはすぐに理解した。

 

 構えからして投げるタイプの帝具だろう。

 

 チャンプの図体からして投げられる速度はかなり速いと見てもいいはず。

 

 だが、投げられるのを待っていればその間にシュラとエンシンがしかけて来る可能性が高い。

 

 後ろの二人を守りながらでは正直キツイ。

 

「なら、そろそろ退くか」

 

 ニッと笑みを浮かべたリヒトはボルスの妻子の隣に行くと、シュラには見えないように彼女達の体にヨルムンガンドを巻き付け、自身の体に縛り付ける。

 

「ひゃ……!?」

 

「わりぃな。こっから結構揺れる。旦那以外の見ず知らず野郎に背負われんのは嫌かもしれねぇけど、出来ればしっかりしがみ付いとくれ。嬢ちゃんもな」

 

「……はい!」

 

 ボルスの妻はリヒトの首にしっかりと手をまわし、娘の方も背中にしっかりとしがみ付いている。

 

「その子から離れろテメェ!! うらやましいことしやがってぇ!!」

 

 チャンプが叫びながら球体を投げた。

 

 リヒトが回避すると、球体はそのまま後ろにあった墓石に衝突すると、墓石を破壊ではなく腐食させた。

 

 ……なるほど、ドロドロにするってのはそういうことか。

 

 見るとチャンプの周囲には今の球体以外に五つの球体が浮かんでいた。

 

 それぞれの球体は発動する効果に対応しているであろう色と、文字のようなものが刻まれている。

 

 ……アレ一つ一つに効果があって、投げれば効果が発動するってことか。いっぺんに投げられると正直厄介だな。

 

 分析していたリヒトだが、唐突な殺気と空気の流れが変わったのを感じその場から飛び退いた。

 

 刹那、地面が抉れ三日月状の風のようなものが通り過ぎ、近くにあった木を数本なぎ倒した。

 

「ハハハ! ガキと女背負った状態でよく避けるじゃねぇか!」

 

 笑うエンシンの手には先ほどの曲刀があった。

 

 恐らくは先ほどの三日月状の風のようなものは真空刃だろう。

 

 しかし、威力はそこまでではない。

 

「そらそらぁ! 休んでる暇はねぇぞ!!」

 

 エンシンが放った真空刃を回避した瞬間、シュラが猛烈な乱打を叩き込んできた。

 

 やはりと言うべきか先ほどのエンシンよりも遥かに早い。

 

 だが、それでも捌けないわけでも回避できないわけでもない。

 

 全ての攻撃を紙一重でいなし、叩き落としていく。

 

 一見すると余裕にも見えるが、リヒトの表情は硬い。

 

 ……華奢とはいえ流石に二人背負ったままはきちぃな。

 

 二人を背負った状態でなければ、シュラの拳打の嵐を回避しながらカウンターを叩き込むことは出来た。

 

 しかし、二人を背負っているため、若干動きが遅くなってしまっている。

 

 拳の中にある隠し玉を使うにしても、カウンターを射ち込める隙がなくては意味がない。

 

「どうしたぁ!? 防戦一方って感じだな――ッ!!??」

 

 嘲笑交じりに煽ってきたシュラだが、何故か彼は猛攻をやめて飛び退いた。

 

 同時にリヒトもその場を離れる。

 

 それとほぼ同時に二人の間を雷を伴った球体が通り過ぎていく。

 

 見ると、チャンプが鼻息荒くリヒトを睨みつけていた。

 

「テメェ! 何しやがるクソデブ!! 俺ごと殺す気か!!」

 

「うるせぇ! ソイツは俺がぶち殺すんだよ! 邪魔なのはテメェだシュラ!!」

 

 どうやらチャンプは顔面を蹴られたことが相当頭に来ているようだ。

 

 だが、それはリヒトにとってつけいる隙となる。

 

「なら、最初はテメェからだ……!!」

 

 シュラとエンシンの視線がチャンプに向いている今こそ、ヨルムンガンドを使うことが出来る。

 

 チャンプの近くにある墓石にヨルムンガンドを射ち込み、一気にそれを縮める。

 

 背負っている二人にはかなりの負担だろうが、そこは我慢してもらう。

 

 チャンプとの距離を一気に詰めたことで、彼は「はや――!!??」とリヒトの速さに対応が出来ていない。

 

「テメェはこれでも食ってろ」

 

 握っていた二つの小さな赤い球体を通り過ぎざまにチャンプの口に叩き込む。

 

 チャンプは突然口の中に投げ入れられたものを吐き出すことが出来ず、そのまま嚥下した。

 

 瞬間、彼は見る見るうちに大粒の汗をかき、表情を青くしたり赤くしたりとめまぐるしく変化させた後、天に向かって吼えた。

 

「か、かれえええぇえぇええええぇえええぇぇぇえぇぇぇぇえぇッッッッ!!??」

 

 口から炎を吐き出さんばかりに吼えたチャンプは、腹部や喉を押さえながらその場にしゃがみ込んでえづきはじめた。

 

「どうした、チャンプ!」

 

「か、かれ……!!?? み、みみみずみずみずみみずううず……!!」

 

「水ぅ? あの野郎になにやられたんだ!」

 

 チャンプの異常な様子にさすがのいシュラたちも表情を曇らせている。

 

 それにリヒトはニタリと笑みを浮かべてようやく彼らに向けて声を発した。

 

「そのデブに食わせたのは、デッドエンドリーパーってトウガラシから作った特製の唐辛子玉だ。各種スパイスと混ぜ合わせてっから、絶品だと思うぜ?」

 

「唐辛子だぁ!? そんなもんでこんな風になるってのか!?」

 

「なるさ。デッドエンドリーパーは植物の危険種なんて言われるほどの辛さを持つ。そいつの腹の中は今頃大変なことになってるだろうなぁ。二、三日は地獄の苦しみが続くだろうよ」

 

 アジトに戻る前に採取したデッドエンドリーパーをいくつか拝借して作り出した唐辛子玉の効果は充分のようだ。

 

 恐らくチャンプの腹の中は焼かれるような痛みが広がっているはず。

 

 帝具を使うことはおろか、立ち上がることすら出来ないだろう。

 

「さぁて、次はどっちがコイツを喰う? 感想を聞かせてくれよ」

 

「テメェ……!」

 

「コケにすんのも大概にしやがれぇ!!」

 

 二人は同時にリヒトに向けて距離を詰めてきた。

 

 だが、リヒトはそれを待っていた。

 

 装備入れに入れていた先ほどの唐辛子玉よりもやや大きめの赤い玉を三つ取り出し、背負っている二人に告げる。

 

「目瞑って俺がいいって言うまで呼吸するな」

 

 コクンと頷いた感覚が伝わってきたので、二人とも了解できたようだ。

 

 リヒトは距離を縮めてくる二人を見据えると、突撃するように走り出す。

 

 血迷ったわけではない。

 

 狙いを完璧に決めるのであれば、至近距離でなければならない。

 

「死ねぇ!!」

 

 最初に突っ込んできたシュラの鋭利な突きがリヒトを襲うも、リヒトは落ち着いて回避するとシュラの顔面に目掛けて先ほどの赤い玉を投げつける。

 

 シュラはそれを間一髪回避するもの、リヒトは二つ目の玉を地面に転がした。

 

 瞬間、玉は弾け二人を起点として赤黒い煙が周囲を包んだ。

 

 リヒトはすぐさま息をとめたが、シュラは思わず呼吸してしまったのだろう。

 

 次の瞬間、彼もチャンプのように地獄を見ることとなる。

 

「ぐおっ!? くせ、かれぇえぇえぇえぇえぇえ!!?? な、なんらこりゃあ!!??」

 

「シュラ!! どうした、おい!!」

 

 やや離れた場所にいたエンシンは直撃を免れたようだったが、それを見逃すほどリヒトは甘くはない。

 

 ヨルムンガンドを空中に射ち込みいち早く煙の中から脱すると、エンシンに目掛けて装備入れから出した三つの玉を取り出して投げつける。

 

 地面に落下したものとエンシンの顔面に直撃したものはそれぞれ爆散し、再び周囲に赤黒い煙を撒き散らした。

 

「ぎゃああああ!!?? く、くせぇし、かれぇえええ! ちくしょう、催涙煙玉か……!!」

 

 エンシンはすぐに察しがついたようで煙の中から逃れようとしているが、リヒトは空中からそれを見逃さず、彼が逃げる方向に煙玉を投げておく。

 

 ついでにシュラとチャンプに向けても一つずつ投げつける。念には念だ。

 

「その煙玉にはデットエンドリーパーの粉末と、腐った危険種の血、ほかにもうんこやらしょんべんが入ってる。早く逃げねぇと目も耳しばらく使い物になんねぇぞ」

 

 そう言うリヒトの瞳も充血しており、効果の激しさを物語っていた。

 

「ち、ちくしょう! このオレをここまでコケにしやがって! 必ずぶち殺してやる!!」

 

「好きにしろ。あばよ、これに懲りたら少しは自制すんのを覚えろ、お坊ちゃん」

 

 リヒトはそのまま空中にヨルムンガンドを射ち込みながら墓地を去る。

 

 最初から勝利などは望んでいない。

 

 母子を救うことができればそれでよいのだ。

 

 リヒトはワイルドハント三人の絶叫を心地よく感じつつ、二人に呼吸を促しながら安全な場所へと運んでいく。

 

 

 

 

 

 墓地から離れ、帝都の下町あたりで二人を降ろす。

 

「ここまで来れば追ってこねぇだろ。大丈夫だったか?」

 

「はい……。危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました。おかげで私もこの子も命を拾いました」

 

「気にすんな。あいつ等ムカついたから手ェ出しただけだ。それにまだ安心ってわけじゃねぇからな……」

 

 一瞬、リヒトの瞳に黒い影が落ち、光が消え失せた。

 

「それはどういう――」

 

 ボルスの妻が言いかけたところで、リヒトは彼女の鳩尾に拳を入れた。

 

 彼女は短く「あ……」と漏らした後、その場に倒れむものの、リヒトはそれを抱き留める。

 

「ママ……! どうし――」

 

 母の様子に娘が駆け寄るものの、リヒトは娘の腹部にも拳を軽く入れる。

 

 子供相手にはいささか乱暴だが、騒がれるといろいろと面倒だ。

 

「恨んでくれてかまわねぇ。……さて、この二人をどうするか、だな」

 

 とりあえず近くに積まれていた木箱を背にして二人を座らせると、リヒトは口元に指を当てて考える。

 

 二人を気絶させたのはこれ以上自身の姿を見せないためだ。

 

 家まで送り届けてそのまますぐに消えようかとも思っていたのだが、それは危険であると判断した。

 

 シュラの様子からしてこの母子のことを気に入っていることは容易に想像できた。

 

 ああいう手合いは一度ターゲットにした相手をしつこく狙う。

 

 最終的には家を突き止めて母子を蹂躙するだろう。

 

 それでは助けた意味がない。

 

 とはいえこのままここに放置するわけにはいかない。

 

 下町はスラムよりは治安がいいので、放置しても問題はないだろうが、もしもという場合もある。

 

 では警備隊に引渡すのがいいのかと言われるとそれもダメだ。

 

 リヒトは既に手配書が出回ってしまっており、警備隊の前に姿を現そうものなら騒ぎになることは確実だ。

 

 では、何をするのが最善か。

 

 二人を安全かつこれからもワイルドハントから守るにはどうすれば良いのか……。

 

「……やっぱりあいつ等に直接会うしかねぇか」

 

 大きなため息をつきながら二人の体にヨルムンガンドを巻き付けて再び体に固定する。

 

 リヒトが決めた会う相手は、敵であるイェーガーズだ。

 

 ボルスがイェーガーズに所属していた以上、彼の妻子である彼女らも庇護対象にはなるだろう。

 

 ちょうどエスデスもいないようなので、会うのはそれほど難易が高くはないだろう。

 

「まぁ、問題はどうやって引き渡すか、だよなぁ。素直に見逃してくれるといいんだが……どうなるかねぇ」

 

 悪手であることはわかっている。

 

 選択を誤れば確実に捕縛され、仲間達に迷惑をかけてしまう。

 

 だからこそ、取引は慎重にしなければならない。

 

 その相手もしっかりと選んだ方がいいだろう。

 

「狙うとすれば、やっぱりアイツだよな」

 

 溜息をついたリヒトは二人を背負いながら屋根の上を駆けていく。

 

 流石に親子二人を鎖で拘束して往来を連れまわすほど特殊なプレイをするつもりはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワイルドハントが街中で起した事件の後始末を終えたウェイブは、墓地でシュラ達が騒ぎを起したと聞き、すぐさま墓地へ走った。

 

 そこには数名の警備兵の姿があり、ウェイブは背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。

 

 まさか、というくらい影が心に落ちたが、ウェイブが描いていた最悪のビジョンは広がってはいなかった。

 

 警備兵が駆けつけると、そこには鼻水やら鼻血やら涙やらで顔がぐちゃぐちゃになったシュラ達がいたという。

 

 彼らは外套を羽織った何者かに襲われたという。

 

 その何者かはここで墓参りをしていた母子を攫っていったとも言っていたらしい。

 

 墓参りをしていた母子。

 

 ウェイブはすぐにボルスの妻子であると見抜いた。

 

 同時に、顔がグチャグチャになったシュラ達を想像して「ざまあみろ」と思った。

 

「……当然の報いってヤツだ」

 

 悪逆非道の限りを尽くした彼らには軽いくらいの罰だ。

 

 しかし、気がかりなのはボルスの妻子が攫われたということだ。

 

 恐らく外套の人物は彼女らを助けてくれたのだろうが、どこに消えてしまったのだろうか。

 

「うーん、一体どこに……」

 

 ウェイブは口元に指を当てて考えながら帝都の下町を歩く。

 

 が、ふと彼は立ち止まった。

 

 見ると、ウェイブの表情は驚愕に染まっている。

 

 視線を追うと路地の向こう側にある大通りを見ていた。

 

 そこには綺麗な銀髪に黄金の瞳をした青年が外套を羽織って歩いていた。

 

「リヒト……!!?」

 

 すぐさまウェイブは彼を追った。

 

 路地を抜け、リヒトが歩いていた大通りに出ると周囲を見回して彼を探す。

 

「……いた!」

 

 雑踏に紛れながらリヒトは歩いていた。

 

 ウェイブはすぐさま彼の尾行を始め、人ごみに紛れながら彼の動向を探っている。

 

 ……偵察か? じゃあこの後仲間と合流するのかも。

 

 出来れば人気のないところに言って欲しいと願いながら、彼の後ろをついていく。

 

 やがてリヒトは人気のない路地に消え、ウェイブも見失わないように駆ける。

 

 そして路地に飛び込むウェイブだったが、彼は思わず息を詰まらせた。

 

「よう、ウェイブ」

 

 そこにいたのは家屋の壁に背を預けて立っていたリヒトだった。

 

 彼の様子からして、どうやら尾行はばれていたようだ。

 

 しかし、ウェイブはうろたえることはしなかった。

 

「ここで何をしてる。偵察か?」

 

「いいや、どっちかって言うとお前を探してたんだよ。ウェイブ」

 

「俺を?」

 

 ウェイブは怪訝な顔をすると、リヒトはどこかニヒルな笑みを浮かべ、近くにあった樽の影から何かを引きずり出した。

 

「この二人を預けたくてな」

 

 瞬間、ウェイブは目を見開いた。

 

 リヒトが樽の影から出したのは、手を縛られたボルスの妻子だったのだ。




はい、お疲れ様でした。

少し更新が遅れてしまい、大変申し訳ありません。
とりあえず、ボルスの妻子は救うことにしました。
……可哀想だったしね。

また、唐辛子程度でと思うかもしれませんが、どんなに強くても目や鼻を刺激されれば隙はできるものなのです。(暴論)

果たしてリヒトはウェイブとの取引がうまくいくのか……。
次回の更新は来年になると思いますが、よろしくお願い致します。

皆様、良いお年を。


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第三十七話

 大樽の影から手を縛られた形で姿を見せたボルスの妻子の姿にウェイブは目を見開いた。

 

 二人に目立った外傷はなかったが、気絶させられているのかどちらにも意識はない。

 

 生きてはいるようなのでひとまず胸を撫で下ろすウェイブは、すぐにリヒトを睨みつけた。

 

「テメェ、二人になにをした!」

 

「ちっと強めに殴って気絶させただけだよ」

 

「殴っただと……!? テメェ、ボルスさんだけじゃ飽き足らず……!」

 

「待て待て待て! お前が興奮する気持ちもわかるが、この二人に対してそういうことはしねぇよ!」

 

「信用できると思うか!? お前は、いいやお前達は俺達の仲間を何人も殺してる! セリューだって、お前の友達だったはずだろ!!」

 

 指差すウェイブの声にリヒトは一瞬表情を硬くするものの、すぐに大きなため息をついてみせる。

 

「その話は今関係ねぇ。言っただろ。この二人を預けたいってよ」

 

 まるで気にも止めていないような行動にウェイブはギチリと音が立つほど歯をかみ締める。

 

 が、ふと思い出す。

 

 ボルスの妻子がいたのは墓地だ。

 

 そしてついさっきシュラ達が何者かに襲撃され、手ひどくやられたのも同じ墓地。

 

 だが、妻子は今リヒトの下にいる。

 

 ウェイブはとある仮説が組み立て、燃え上がりかけていた怒りの炎を納めてリヒトを見据える。

 

「お前まさか……シュラ達から二人を助けたのか?」

 

「……どーだかな。仮にそうだったらどうすんだ。感謝でもしてくれるのか?」

 

「いや、そういうことじゃねぇけど。なんで助けたんだ? お前はナイトレイドだろ」

 

「そうだな。確かに俺はナイトレイドで、畜生以下の殺し屋だ。けどな、殺し屋には殺し屋なりの矜持とプライドがある。俺達は気に入らないヤツ誰彼構わずぶっ殺すような、ワイルドハントみたいな殺戮集団じゃねぇ」

 

「リヒト、お前……」

 

 彼の瞳に歪みは一片たりともなかった。

 

 自身の信念を貫く男の眼。

 

 シュラのような外道とはかけ離れた綺麗な黄金の双眸がそこにはあった。

 

「けどまぁ、時には手段を選ばない時もあるけどな……」

 

 ウェイブが気を抜いた瞬間、リヒトが動いた。

 

 かすかな金属音と共に、鈍く光る刃が妻子の首下に突きつけられたのだ。

 

「お前、やっぱり……!」

 

 一瞬でも気を抜いたことを後悔したウェイブはすぐさまグランシャリオを展開しようと構えたが、「動くなッ!」と一喝される。

 

「そこから一歩でも動いたら、女とガキの喉を掻っ切る。二人を無事でいさせたいなら、俺と取引しな」

 

「取引!?」

 

「ああ」

 

 ニッとリヒトの顔に悪い笑みが浮かんだ。

 

 どんな無理難題を押し付けてくるのかとウェイブは思わず喉を鳴らし、緊張感が高まる。

 

「この二人を渡すかわりに、今日は俺を見逃せ。絶対に追うな」

 

「え……」

 

 身構えていたウェイブの口から洩れたのはなんとも拍子抜けした声だった。

 

「そ、それだけか? もっとこう、俺にイェーガーズや帝都の警備情報を寄越せとか、そういうのじゃないのか? 隊長の弱点をとかよ」

 

「……いや、別にそこまで求めてねぇし。てか何でお前そんなに思考がマゾ寄りなんだよ。エスデスに影響されてねぇか?」

 

 リヒトは「うへぇ」と言いたげな表情で若干引いていた。

 

「な、なんで引いてんだよ! 普通悪党と取引っつったらそういうの想像するだろうが!!」

 

「あー、まぁ確かにそう言われてみるとそうか……。けどこの取引はナイトレイドは関係ねぇ。俺とお前だけの取引だ。だからお前にわざと見つかったわけだしな」

 

「じゃあさっき街中にいたのも……」

 

「ああ。ちょうどお前の視界に入るように動いてただけだ。そしたら見事にお前はここにやってきた。やっぱお前を選んで正解だったな」

 

 肩を竦めるリヒトに対し、ウェイブは若干馬鹿にされた気分になったのか、苦い表情だった。

 

「クロメはまず話が通じねぇし、ランとかいうヤツは頭の回転が速そうでこの状況を作り出しても逆手に取られそうだったからな。この二人を預けるには、お前がベストだと踏んだ」

 

「……頭の回転が悪いって言われてるようにしか聞こえねぇよ」

 

「そうは言ってねぇよ。二人を渡すならお前以外の適任者はいねぇ。感情的で優しくて、面倒見の良いお前がな」

 

 呆れ混じりの笑みを浮かべるリヒトにウェイブは「はぁ!?」と食い下がろうとしたが、すぐにかぶりを振ると軽く咳払いをする。

 

 ……どうする。ここでリヒトを逃したらまた、クロメ達が危なくなるかもしれねぇ。けどアイツの眼は本気の眼だ。

 

 再度リヒトに視線を向ける。

 

 彼は薄く笑みを浮かべていはいるが、その瞳だけは決して笑っていない。

 

 もしもここでウェイブが動こうものなら彼は本当に妻子の喉を斬るだろう。

 

 対峙してみて始めてわかる。

 

 彼には人並みの常識もあるが、殺し屋としての冷徹さもある。

 

 ゆえに殺すと決めた時には一切の躊躇がないはずだ。

 

 クロメとランのことは勿論大切だ。

 

 けれど、ボルスの妻子は二人よりも非力な弱者。

 

 ならばそれを守るのが帝国軍人としての本懐だろう。

 

 ……悪いな二人とも。そして隊長、すみません。

 

 心の中で謝罪したウェイブは改めてリヒトと視線を交錯させる。

 

「答えは出たか?」

 

「ああ。……俺はお前をここで捕まえないし、追わない。だから二人を渡してくれ」

 

「……わかった。少し待ってろ」

 

 ウェイブの返答に頷いたリヒトは二人の手を縛っている縄を切り、大樽に背中を預けさせた。

 

「ここに置いていく。軽く頬を叩いてやれば起きるはずだ。気絶させるために殴ってるから、あとで一応医者に診せてやってくれ」

 

「わかった。お前が見えなくなるまで俺はここから動かねぇ。速く行けよ」

 

「ああ。……それと忠告しといてやる。その親子を守りたいなら、帝都から出してやることだ。あのシュラってヤツはイカれだ。エスデスもイカれた女だが、それなりにポリシーは持ってる。

 けど、シュラは違う。まるで子供がそのまま大人になったみてぇなヤツだ。ガキの頃からオネスト大臣の権威の庇護下にあって、望むものは与えられて育った典型的幼児志向野郎だ。なんでも自分の思い通りになって来たんだろうよ。

 だから気をつけな。ああいう手合いは一度獲物と決めたヤツを決して諦めねぇ」

 

「言われなくてもわかってる。この二人に危険な思いはさせねぇ」

 

「そうかい。じゃあな。次に会う時は殺しあうだろうが、容赦はしないぜ」

 

「俺もだ。必ずとっ捕まえてやるから覚悟しとけ」

 

 強く言い放ったウェイブだが、リヒトは返答もせずにヨルムンガンドを伸ばして路地裏から消えた。

 

 後に残ったウェイブは大きく溜息をついてから妻子の下へ駆け寄ると、二人の頬を軽く叩いてやる。

 

 すると二人は微かにうめいたあと、ゆっくりと目を覚ました。

 

「よかった、眼が覚めましたか……!」

 

 ホッと胸を撫で下ろしたウェイブだが、妻子はきょろきょろと周囲を見回した。

 

「ウェイブさん……ここは……?」

 

「あぁここは帝都の路地裏です。あの、思い出したくないかもしれませんけど、墓地でワイルドハントの連中に襲われそうになりましたか?」

 

 ボルスの妻はすぐにハッと顔を上げて頷くと、やや焦った様子を見せた。

 

「そうです。墓地で大臣の息子と名乗る人と出会いました。そして襲われそうになったところを、外套を目深にかぶった人に助けてもらったんです」

 

「そう、ですか……」

 

 やはり、リヒトは二人を助けていたようだ。

 

 状況から察するに助けたあとに顔を見られないよう気絶させたというわけか。

 

「助けてもらったあと、急に意識が遠のいてしまって。あの方は……!?」

 

「えっと、さっきお二人を俺に引き渡して帰っていきました。今はいません」

 

「そうですか……。残念です。しっかりお礼もしたかったんですが……。お名前や住所などは言い残していませんでしたか?」

 

「いいえ。本人もお礼はいらない様子だったんで、大丈夫だと思います。それよりも一度、医者に見てもらいましょう。怪我があるかもしれません」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 二人を起したウェイブは娘を背負ってからボルスの妻と共に宮殿にある医務室へ向かった。

 

 

 

 

 

「はぁ、やれやれだまったく……」

 

 帝都からアジトへ戻る道中でリヒトは溜息をついた。

 

 思い出すのはボルスの妻子を救った時のことだ。

 

 リヒトからすれば彼女等は標的の親族であり、できるだけ関わるべきではない存在のはず。

 

「どうしてこう変な縁ばかり呼び寄せるんだかなぁ」

 

 思い返してみれば過去に始末した元上司のリューインも、セリューもリヒトにとっては縁のある者達だった。

 

 そこに来てボルスの妻子ときたものだからそういう星の下に生まれたとしか思えない。

 

「危険種を呼び寄せる体質はこんなとこまで影響してくんのかね」

 

 自分の妙な体質に苦笑しながらも、夕闇の中を進んでいくリヒトはふと振り返る。

 

 夕日が照らす帝都の街並みは光と影が非常に強く分かれていた。

 

 けれど、既に日の光は小さくなり始めており、闇がその範囲を広げている。

 

 その光景はまるで帝国を侵食する悪の影そのものだった。

 

「ウェイブみてーなヤツがたくさんいれば、この国もここまで腐らなかったんだろうな」

 

 大きな木のてっぺんの枝に降立ったリヒトの表情はどこか悲しげだった。

 

 正直に言うと、リヒトはウェイブの真っ直ぐさと我慢強さが羨ましい。

 

 彼は帝国の軍人として自身の正義を真っ当しようとしている。

 

 けれど、リヒトはダメだった。

 

 親友の死を見てこの国を見限り、幼い頃ルークと立てた『国を内部から変える』という誓いを捨ててしまった。

 

 しかも自分のせいで両親の人生まで変えてしまった。

 

「ご大層なことは言ったけど、ガキだったよなぁ」

 

 頭をガリガリとかいたリヒトは大きく溜息をついた。

 

 同時に、彼の脳裏には両親と過ごした幼少の頃の記憶がよみがえっていく。

 

 セリューを殺し、久々に戻った帝都で若干気持ちがナイーブになっているようだ。

 

「父さんと母さん、今頃どこにいるんだろうなぁ……」

 

 生きているとは思う。

 

 息子の直感だがこれは絶対だ。

 

 クレイルの力量は帝具使いとまでは行かないが、相当高くその辺の盗賊や帝国兵には負けないだろう。

 

 セシルも恐らくクレイルがしっかりと守っているはずだし、変に心配する必要もないのかもしれない。

 

 けれど、会いたくないといえばそれは嘘だ。

 

 できれば無事な姿を見たいし、彼女も紹介したい。

 

「革命が終わったら、まずは二人を探すとこから始めてみるか」

 

 リヒトは革命後の予定の一つを立てると、木から飛び降りて再びアジトへ向かう。

 

 途中、食料になりそうな危険種がいたので、適当に始末して食いしん坊への手土産にしておいた。

 

 

 

 

 

 宮殿にある医務室を後にしたウェイブとボルスの妻子は、宮殿の中にあるイェーガーズの執務室へと向かっていた。

 

「本当にいいんでしょうか。あの人がイェーガーズに所属していたとはいえ、私のような庶民が宮殿に宿泊するなんて……」

 

「平気ですよ。隊長もお二人のことを気にかけていましたし、変なところに行かなければ一日くらい問題ありません。それに今の夜の帝都に二人を放り出すわけにはいきません」

 

 医務室での診断を終えた時には既に陽はとっぷりとくれており、そとは暗くなっていた。

 

 深夜というわけではないので真っ暗、市街区にはまだまだ明りがあるが、昼間の一件もあるので今日は二人を泊らせることにしたのだ。

 

 本当はダメかもしれないが、危険と判断した結果の処置だ。

 

 エスデスにバレたとしてもそこまで咎められることはないだろう。

 

 だが、ウェイブはそれ以上に気がかりなことがあった。

 

 二人を助けたリヒトや彼が所属するナイトレイドついてだ。

 

 当初からウェイブはナイトレイドのことを無差別に暗殺を繰り返す殺戮集団という認識しかなかった。

 

 しかし、今日始めて対峙したリヒトの行動はとてもそんな風には見えなかった。

 

 ボルスの妻子にしろ顔を見られたくないなら、殺してしまった方が手っ取り早かっただろう。

 

 けれどリヒトはそれをしなかった。

 

 そればかりか、捕まる危険をおかして中心街までやってきて殆ど旨みのない取引を持ちかけてきた。

 

 妻子の話でもリヒトは終始二人を守って戦っていたようで、二人は本当に感謝している様子だった。

 

 ……ナイトレイド……俺が思っているような連中じゃないのか?

 

 口元に指を当てたウェイブだが、彼は前から来る人影に気付けなかった。

 

「ウェイブ」

 

「おわっ!? ってなんだ、クロメか……びっくりさせんなって」

 

「あ、ごめん。で、どうしたの? 柄にもなく難しい表情して」

 

「柄にもなくは余計だっての! いや、ちょっといろいろあってな。あぁそうだ、今日は執務室に二人を泊めるけど平気だよな?」

 

「んー、大丈夫だと思うよ。空き部屋はいっぱいあるし……」

 

 クロメは少しだけ伏目がちに答え、ウェイブはそれに若干たじろいだ。

 

 まぁ、ナイトレイドとの戦いで既に多くの仲間を失っているので、空き部屋があるのは当然といえば当然なのだが……。

 

「うん? なんだ、この臭い……」

 

 ふとウェイブは鼻に入ってきた強烈な臭いに顔をしかめた。

 

 それに続いてクロメ、そしてボルスの妻子も顔を歪ませる。

 

「くさーい」

 

「確かに臭い……」

 

「なんていうかそのあっち系の臭いがしますよね……」

 

「確かに」

 

 四人が想像したのは、人間や動物の所謂排泄物の臭いだった。

 

 どこから臭ってくるのかと周囲を見回していると、前方の暗がりから悪態を月ながらとある人物が姿を現した。

 

「あぁくそッ!! 三時間近く風呂入ってたってのにまだ臭いが抜けねぇ!!」

 

 姿を見せたのは、シュラだった。

 

 彼の登場により異臭がさらに強くなり、ウェイブたちは思わず後ずさる。

 

 が、シュラは四人を見つけるとニタリと凶悪な笑みを浮かべる。

 

「おんやぁ? また会ったな。腰抜けのイェーガーズくん」

 

 今日の昼間、ウェイブが彼の意見に退いたことを言っているのだろう。

 

 しかしシュラはすぐにウェイブから視線を外すと、クロメそしてボルスの妻子へと視線を向けた。

 

「なんだよ。イェーガーズにもこんな上玉がいたんじゃねぇか。よく見てなかったからわからなかったぜ。それに、どっかで見た顔だと思ったら墓地の未亡人じゃねぇか。俺への献上品か? 感心だな、腰抜けくん」

 

 下卑た笑みを浮かべた異臭を放つシュラ。

 

 彼はクロメの手を引こうとしたが、それを遮るように舌足らずな声が廊下に響く。

 

「ママー。あの人くさーい」

 

 瞬間、空気が凍りついた。

 

 同時に、ウェイブとクロメが吹き出し、ボルスの妻も思わず笑ってしまう。

 

 けれど三人の行動はシュラの逆鱗に触れたようで、彼はクロメの腕を強引につかむ。

 

「ふざけんじゃねぇぞ糞共が……! この俺を誰だと思ってやがる……!」

 

「……糞はお前だろ……」

 

 ウェイブが小さな声で言うと、シュラはそれに反応してクロメを放してから彼につかみかかる。

 

「おい、テメェ。今なんつった? えぇ!? 俺に意見あんのかコラ!? 俺は大臣の息子シュラ様だぞ!! 媚びへつらってるのがテメェら平民の仕事だろうがよ!!」

 

 襟を掴んでくるシュラの顔は怒りでかなり歪んでいた。

 

 けれどなぜだろう。

 

 ウェイブには彼が酷く滑稽に見えてしまっていた。

 

『ガキの頃からオネスト大臣の権威の庇護下にあって、望むものは与えられて育った典型的幼児志向野郎だ』

 

 思い出されるのは夕方リヒトが言っていたシュラの人間性だ。

 

 確かに彼の言うとおり、今のこれを見ても彼がそういった人間だということはすぐにわかった。

 

 そう考えると彼のことが非常に愚かに見えた。

 

「おい、なんとか言ってみろこの腰抜けぇ!!」

 

「やめて、ウェイブを離して!」

 

 怒声を張り上げてすごんでくるシュラの腕をクロメがつかむものの、彼はそれを乱暴に振り払った。

 

 その拍子にクロメの頬にシュラの腕が辺り、彼女は壁に叩きつけられた。

 

「うるせぇな薬漬け女! あとで遊んでやっから大人しくしてろ!!」

 

 ブチリ、とウェイブの中で何かが切れた。

 

「……こんなヤツに頭下げてたのかよ、俺は」

 

「あぁ!? テメェ舐めたこといってっとまじぶっころ――――」

 

 言い切る前に、シュラの鼻先にウェイブの頭突きが叩き込まれた。

 

「ぶはっ!?」

 

 醜い呻き声をあげたシュラは鼻血を吹き出しながら廊下を転がった。

 

「臭ぇんだよ、クズ野郎。その汚い手で俺の大事な仲間に触るんじゃねぇ……!!」

 

 眉間に深く皺を寄せたウェイブはシュラを睨みつけながらクロメを立ち上がらせると、彼女に軽く謝る。

 

「ごめん、クロメ。隊長に迷惑がかからないように我慢してたけど、我慢できなかった」

 

「ウェイブ……」

 

 クロメは心配そうな視線を送ってくるものの、ウェイブはすぐに仰向けに倒れているシュラに向き直る。

 

「お前みたいなヤツをもう見過ごすことはできねぇ。治安を乱す輩はイェーガーズが狩る!! それがたとえ大臣の息子だろうがなッ!!!!」

 

 今まで見せたことのないほどの怒号を飛ばすウェイブ。

 

 すると、視線の先でシュラがゆっくりと上体を起す。

 

「あー、いい頭突きしてくれやがるなぁおい。こりゃ君死刑確定だわー」

 

 立ち上がったシュラは懐から帝具と思われるものを取り出し、血走った眼でウェイブを睨みつける。

 

「このシュラ様がズタズタに引き裂いてやるよ。俺に逆らった上に、俺のお楽しみを邪魔してくれるとは……こいつは許せねぇなぁ。どんな死刑が好みだ? ん?」

 

 サディスティックな表情を浮かべ、脅してくるものの、今のウェイブにとってそれはまったくといっていいほど意味を成していなかった。

 

「煮る、斬る、焼く? 裂く、潰す、埋める? どれが良い? 全部フルコースで行くか? それともあれか。四肢切断して成す術ない状態でそこの三人を犯すとこ診せてやろうか?」

 

「……くだらねぇ。俺がお前如きに負けるかよ。結局お前だって大臣がいなけりゃなんもできねぇボンボンだろうが。そうやって何人理不尽に殺してきた……」

 

 ギチッと歯をかみ締めたウェイブは、グランシャリオを抜き放つ。

 

「ワイルドハント、お前達は絶対に許せねぇ……! いいや、許すわけにはいかねぇ!!!」

 

 それぞれ戦闘態勢に入った二人は互いに睨み合う。

 

 ただし、その場にはシュラの異臭もしっかりと蔓延していた。 

 




はい、お疲れ様です。

一月中には更新しようと思っていたんですが、無理でした。

というわけでしっかり二人は返しました。
リヒトとウェイブのわだかまりも少しは解消できたかな?

クレイル、出せたらいいなぁ(願望)

後半シュラとウェイブが一悶着ありますが、この場面、シュラはずっと○んこ臭いです。
もうすごいです。常にう○こです。
うん○マンです。
そんな調子ですごまれても対して怖くないっていうね。

次回は二月中に更新しますー。
では!


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第三十八話

「待てい!!!!」

 

 睨み合うウェイブとシュラを諌める厳粛な声が宮殿の廊下に響く。

 

 その場にいた全員が反射的に声の主を探すと、彼らの視線の先に黒い鎧を纏った巌のような表情を浮べた男、ブドーが歩み寄ってくるところだった。

 

 ガチャリと鎧を鳴らしながら歩み寄ってくるブドーの威圧感にボルスの妻子は数歩後ずさるほどだった。

 

「妙な殺気を感じて来てみれば、貴様ら私の警護する宮殿で暴れるつもりか?」

 

 ギロリと両者を睨みつける鋭い視線。

 

「仮にそうであるとすれば、私は貴様らを許さん。帝具を使おうものなら私自らが貴様らを処刑してやろう。私のアドラメレクでな」

 

 反論することすら許可しないという風な圧倒的な凄み。

 

 ウェイブはまだ彼と直接であったことはなかったが、彼が纏っている雰囲気だけで大将軍であることはすぐに理解できた。

 

 故に昂ぶった感情が一度静まり、逆らうべきではないと本能的に理解する。

 

 ただ一人、シュラだけを除いては。

 

 彼はブドーを忌々しげに見据えた後、何かを思いついたのかわざとらしく提案する。

 

「いやいや大将軍、残念ながら男として引けないとこまで来てんだわ今。だからまぁ、解決案としてよ。宮殿に危害を加えない素手勝負ならどうだい? どっちが勝っても今後の遺恨は一切なしだ」

 

「……!」

 

 ウェイブはシュラの持ち掛けた提案に警戒を強めた。

 

 どうやらなにがなんでもウェイブと決着を着けたいらしい。

 

「お前はどうだ?」

 

 ブドーもシュラが持ち掛けてきた提案を承諾したのか、ウェイブに視線が向く。

 

 だが、ウェイブにとってその問いは無駄なものだった。

 

 ウェイブは一度、後ろで事態のいきさつを窺っているボルスの妻子に視線を向ける。

 

 同時に脳裏では昼間出会ったリヒトの声が反復される。

 

『ああいう手合いは一度獲物と決めたヤツを決して諦めねぇ』

 

 彼の言うとおりだ。

 

 シュラはここで退いたとしても彼女らを諦めはしないだろう。

 

 どこまでも追っていってその毒牙にかけ、嬲り、貪り、汚し尽くすはずだ。

 

 そんなことはさせない。

 

 だからここで決着をつけてやる。

 

 遺恨を残すことなくシュラを狩れるとわかった時点で、ウェイブの決意は固まっていた。

 

「……ああ、素手でいいぜ」

 

 抜きかけたグランシャリオを剣帯に納めながらウェイブはシュラを睨みつけた。

 

「ならば私が立会いをしてやろう。中庭までついてこい」

 

 ブドーは踵を返して中庭へ向けて歩きだしたが、ウェイブは自分が返答した時シュラの表情が愉悦に歪んだのを確かに見た。

 

 ……遺恨なしなら俺がここで死んだとしても、隊長だって何も言えねぇってことか。

 

 シュラがこれまで直接的に邪魔なイェーガーズに手を出してこなかったのは、エスデスという抑止力があったからだ。

 

 だが、エスデスと対等と言われるブドー大将軍が立会い、両者共に遺恨は残さないという承諾した以上、エスデスが後から手を出すことはできない。

 

 性格の悪いシュラが考えつきそうな手だ。

 

 とはいえウェイブとしも都合がいい。

 

 シュラがよからぬことを考えていようがいまいが、もはや関係ないのだ。

 

 今まで罪のない人々を虐げてきた報いを受けさせる絶好の機会、無駄にしてなるものか。

 

「ウェイブ、あいつ――」

 

 先を行くブドーとシュラについて行こうとした時、クロメがウェイブの袖を引っ張った。

 

「――わかってる。あいつは相当の使い手だ。だけど、安心してくれ。今度こそ俺の強いとこ見せてやっから。クロメはボルスさんの奥さんと娘さんを見ててやってくれ」

 

「わかった……でもそこまで言うんだから絶対に勝ってよね」

 

「おう。二人も安心してください。アイツは必ず俺が倒して見せますから」

 

 にこやかに笑ったウェイブは前を行くシュラの背中を見据えた。

 

 

 

 中庭まで到着すると、ウェイブ、シュラの二人は互いにある程度の感覚をあけて向かい合う。

 

 どちらも帝具は手放しており、暗器の類も持ち合わせていない。

 

「よし、始めるがいい」

 

 近くの腰掛に腰掛ながらブドーが告げると、体を慣らしていたシュラが指で誘う。

 

「そら、俺のことがムカついてんだろ? さっさとかかって来いよ、腰抜けくん」

 

「……その前に聞きてぇんだけどよ」

 

「あん?」

 

「テメェ、なんでそんなに臭ぇんだよ。廊下で会った時からマジで鼻が曲がりそうだぜ」

 

「……!!」

 

 ウェイブの声にシュラの表情が一気に怒りのそれへ変化した。

 

 眉間やら額やらに血管を浮だたせているその様子からして相当な屈辱を味わっていたらしい。

 

「そういや墓地でボルスさんの妻子を狙ったお前らが負けたって聞いたな。相手は、外套を被った男だったっけな」

 

「テメェ……どこでそれを!!」

 

「さぁな。けど、正直それを聞いたときはスッとしたぜ。どこの誰だかは知らねぇけどな」

 

 実際は嘘だ。

 

 シュラ達を追い払ったのがリヒトであることは知っている。

 

 だが、シュラの性格上少しあおってやれば確実にボロが出る。

 

 そこが狙い目でもあるのだ。

 

「ハッ! 腰抜けが随分でかい口きくじゃねぇか。上等だ……こっちから叩きのめしてやらぁ!!!!」

 

 ダン、と地面を蹴ったシュラが肉薄してくる。

 

 低い姿勢から放たれたのは唸りながら迫るアッパーカット。

 

 普通ならばここで回避するなり、防御するなりが当然だろう。

 

 しかし、ウェイブはそれをしなかった。

 

 動けなかったのではない。

 

 あえて動かなかったのだ。

 

 次の瞬間、快音と共にウェイブの顔面に拳が叩き込まれる。

 

「馬鹿が!! 余裕ぶっこいてる状況か――!」

 

 嘲笑を浮かべたシュラが腕を引こうとしたがウェイブはそれは許さない。

 

「――勘違いしてんじゃねぇよ。これはさっきテメェに一発ぶち込んだ分だ」

 

 ギン、とウェイブの双眸に強い光が灯る。

 

 瞬間的にシュラは危険だと判断したのか、腕を払おうとしたがもはや遅い。

 

 顔面に繰り出された拳を掴み取った状態で思い切り彼を引っ張る。

 

「今受けてみてわかったぜ。テメェの拳は――」

 

 シュラは引っ張られながらもウェイブに貫手を放ったが、それは虚しく空をえぐっただけだった。

 

「く……!?」

 

 防御も回避も間に合うことはない。

 

 故に叩き込む。

 

 人を嘲るその顔面に全力の拳を。

 

「――軽ぃんだよ」

 

 鼻っ柱にめり込んだウェイブの拳によって、ほぼ空中に浮いていた上体のシュラは大きく後ろへ吹き飛んだ。

 

 ……まだだ。

 

 グン、と態勢を低くしてウェイブは追撃するために殴り飛ばしたシュラを追う。

 

 

 

 

 

「ほう、あの若造。あそこまで強いとはな」

 

 二人の決闘を見やっていたブドーはウェイブの動きに感心を現していた。

 

 すると、彼の口振りに少しだけカチンと来たのかクロメが軽く咳払いをする。

 

「……ウェイブが勝ちます」

 

「……随分と若造を信頼しているようだが、そう簡単にはいかんだろうな。見てみろ」

 

 ブドーに言われ、クロメは追撃を喰らったあとに立ち上がったシュラを見やる。

 

 同時に彼女は眉をひそめる。

 

 シュラの雰囲気が変わったのだ。

 

 先程までは嘲るような笑みや、苛立ちを浮かべていたシュラの口元から一切の感情が排斥された。

 

 瞳はウェイブを見据えている。

 

「シュラの小僧から慢心が消えた。先程までのようにうまくは勝負を運ぶことはできんだろう」

 

「だとしても、ウェイブは負けません。あんなやつには絶対に……」

 

「なるほど。よい信頼関係だ……しかし、なぜシュラはあそこまで異臭を放っている?」

 

 意外なことにブドーは顔をしかめながらシュラの体から放たれる悪臭について問うた。

 

「細かいことは知りませんけど、墓地で彼女達を襲おうとしたら割って入ってきたヤツに邪魔されたみたいです。あの臭いは多分その時に使われたっていう煙幕の影響だと……」

 

「ふむ、臭いの感じからして動物の排泄物に、腐った血液……あとは香辛料か……催涙煙幕の類だな」

 

「どうしてそこまでわかるんですか?」

 

「なに、似たようなものを使っていた男がいてな。まぁ、シュラの小僧が出会ったのはその男ではないだろうが」

 

 ブドーはどこか懐かしそうに夜空を見やったが、ふと骨の軋むような音が中庭に響き渡った。

 

 見ると、シュラの足がウェイブの背中に直撃していた。

 

「伊達に世界を旅してきたわけではないようだな。各国の武術の長所だけを取り入れ、独自の格闘術へ昇華させている」

 

 感心したように頷いたブドーの視線の先では、背中を直撃した蹴りによって態勢を崩したウェイブの胸に掌底を放ったシュラの姿があった。

 

 その衝撃は凄まじく、ウェイブの背後を衝撃波が抜けていったのが目視できるほどだった。

 

 喀血したウェイブはそのまま膝をつき地面に倒れ付した。

 

「あの若さで強さは完成へ向かっていると言っていい」

 

 ブドーの眼には勝負がついたように見えたのか、視線は倒れたウェイブへと注がれている。

 

 しかし、それを否定するようにクロメが笑ってみせた。

 

「それならウェイブの方が上です」

 

「何?」

 

 自信ありげなクロメに視線を向けたとき、ブドーの視界の端ではゆらりとウェイブが立ち上がるのが見えた。

 

 同時にブドーはゆっくりとウェイブに歩み寄っていくシュラに再び慢心が出たのを見逃さなかった。

 

 先程まで張り詰めていた緊張の糸のようなものは完全になくなってしまっている。

 

 ……愚かな。

 

 嘆息したブドーには既にこの勝負の決着が見えた。

 

 立ち上がったウェイブに対し、シュラは乱雑な拳を見舞ったが、それは直前で回避されあたることはない。

 

「シュラが完成に向かっているのなら、ウェイブは既に完成された強さだって、隊長からも太鼓判を押してもらってますから」

 

 誇らしげに言うクロメに対し、ブドーは「だろうな」と言うようにうなずいて決闘の終わりを見届ける。

 

 撃ち出された拳を回避されたシュラの鳩尾に容赦のない拳が叩き込まれる。

 

「ぐ、が……!?」

 

 苦しげにうめいたが、まだウェイブは止まらない。

 

 既にシュラの動きを完全に把握したのか、回避行動をとったシュラに容赦なく連打を叩き込んでいく。

 

「ふ、ふざけんなよ! 俺がこんなカスにっ!!!!」

 

 敗北が近いことを悟ったのか、否定の絶叫を上げるもののそれすらも隙になる。

 

「オオオオオォオォオォォッ!!!!」

 

 絶叫はウェイブの雄叫びによってかき消され、その顎先に全力の拳が叩き込まれた。

 

 捻りを加え、抉り穿つように放たれた拳の直撃を受けたシュラはそのまま中庭を転がり、二度と起き上がることはなかった。

 

「テメェみたいなヤツには、絶対に負けねぇよ」

 

 鼻血を拭ったウェイブは気絶したシュラを見やっている。

 

「……勝負ありだな。お前の勝ちだ、ウェイブ」

 

「……」

 

 ブドーが勝利を宣言したが、ウェイブは伸びているシュラをしばらく睨みつけていた。

 

 表情にはまだ納得がいかないと言いたげだった。

 

 しかし、大きく深呼吸したあと、彼は上着を拾ってクロメと合流する。

 

「……ほう。殺しに行くかと思ったが、存外冷静なものだな」

 

「本当ははらわた煮えくり返ってますよ。そんなヤツ今すぐにでもい殺したいくらいだ」

 

 腕は微かに震えており、瞳に浮かぶ光には冷たい殺意がはっきりとあった。

 

「だけどここでコイツを殺せば、仲間に迷惑がかかる。隊長にだって……」

 

「賢明だな。まだやろうとしていたなら、私がお前を殴り飛ばしていたところだ。手当てをして休むがいい。シュラはこちらでなんとかしよう。……いい腕だった。その力、反乱軍討伐に役立てることだな」

 

 ブドーが指を鳴らすと、どこからともなく現れた近衛兵が現れ、シュラを搬送していった。

 

「あぁそれと、そこにいる民間人はどういうことだ?」

 

「……この人達は俺達の仲間だったボルスの妻子です。街中で気絶していたのを発見したのでここまで運んできました。夜も遅いので今夜はイェーガーズに割り当てられた部屋へ泊ってもらおうと思っています」

 

「なるほど……」

 

 ブドーは妻子を一瞥する。

 

 ビクリと体を震わせた妻子だが、ブドーはすぐに踵を返した。

 

「本来ならば民間人を宮殿内に宿泊させることなど許可はしないが、帝国軍に従事した者の縁者ならば特例としてよしとしよう。下手に動き回らないのであれば、好きにするがいい」

 

 そのまま彼は中庭を後にする。

 

 シュラのことはあとで部下がオネストに報告に行くだろう。

 

 負けたことに激昂はするだろうが、自分から提案した以上、もう表立ってウェイブたちに手を出すことはしないはずだ。

 

「それにしても……」

 

 宮殿の廊下を歩くブドーは夜空に浮かんでいる月を見上げた。

 

「催涙煙幕……まさかな……」

 

 脳裏をよぎった一人の男を思い浮かべるが、すぐにそれを振り払う。

 

 けれどその口元には普段の彼は決して見せないどこか柔らかい笑みがあった。

 

 

 

 

 

 ウェイブとシュラの決着がついた頃、リヒトはアジトへと戻ってきていた。

 

 最初はどこへ行っていたのかと詰め寄られると思っていたのだが、そんなことはなく、今は出迎えたチェルシーと共に会議室へ向かっているところだ。

 

「会議室に集まるってことは本部からの指令か?」

 

「うん。帝国が新設した組織、秘密警察ワイルドハント。その暴虐を止めてくれって」

 

「……そりゃそうだろうな」

 

「なんか事情知ってそうだね」

 

「ちっとばっか噂を小耳に挟んだだけだよ。帝都には今ヤベーのがいるってな」

 

 帝都に行ったことはあえて濁しておいた。

 

 任務前に余計な心配をさせないためだ。

 

 すると、先を歩いていたチェルシーが急に立ち止まり、ボフッとリヒトの胸板へ顔を埋めた。

 

 その行動は理解することは出来なかったが、なんとなく彼女が求めていることはわかったので頭に手を乗せる。

 

「どした?」

 

「……彼女としてさ、ある程度リヒトのことは理解してるつもりだよ。出来るだけリヒトがやりたいようにやらせてあげるつもり。けど、心配してないってわけじゃないからね」

 

「ああ、わーってる」

 

「だから、一人で勝手に何かしたり何処かに行ったりっていうのはやめて。そこでリヒトが死んだりしたら、私絶対に立ち直れないから」

 

「……あいよ」

 

 どうやら見抜かれていたらしい。

 

 女の勘は鋭いとは父親が言っていたことだが、こうして直に体験してみるとよくわかる。

 

 しばし顔を埋めていたチェルシーであるが、一度強く抱き着いてきた後、満足げに離れていく。

 

「よし! リヒト成分充填完了! これで明日のお昼まで持つよ!」

 

「次の補充はいつだ?」

 

「んー、とりあえずリヒトが私から離れたらその都度?」

 

「充填スパン短すぎだろ。ラバックが見たら胃に穴が開くぞ」

 

「もう開いてるわこのバカップルがーッ!!!!」

 

 目の前の暗闇から血涙を流したラバックが跳び蹴りの姿勢のままかっとんで来た。

 

 それを余裕で回避すると、ラバックはすぐさま反転して詰め寄ってきた。

 

「なに、なんなのお前ら!? チェルシーちゃん遅いなーって思ったらなに廊下でイチャついてんの!? お盛んなの!? ここは既に二人の愛の巣ですってか!! すっげぇなおい!!」

 

「おー、すっかり回復したじゃねぇかよかったよかった」

 

「よかねぇよ! 怪我から回復してもアジトにはアベックが二組も!! いろんな意味で俺はもう満身創痍デス!!!!」

 

「いいじゃねぇか毎日がきっと刺激的だぜ!」

 

 グッとサムズアップしてみるものの、ラバックはフガフガと鼻息荒くしている。

 

 どうやら相当ストレスが溜まっているようだ。

 

「二人ともー、遊んでないで行くよー」

 

「おう。行くぞ、ラバック」

 

「ハァン!? もとはといえばお前がどっか出かけてて遅いからって、髪引っ張るな! 禿げる禿げる!!」

 

 そのままラバックをズルズルと引き摺りながらリヒトは会議室へ向かう。

 

 

 

 会議室にやってくるとナジェンダを除いた全員が揃っていた。

 

 マインが「遅いわよ!」と言いたげだったが、悶着を起していては話が前に進まないためか視線だけにとどめている。

 

「全員揃ったな。では、ついさっき届いた革命軍からの指令を伝える」

 

 ナジェンダ不在のため、指示は全てアカメが出す。

 

 騒いでいたラバックもこの時だけは声を潜めて耳を傾けている。

 

「標的は帝都にて悪逆非道の限りを作る新組織、秘密警察ワイルドハント。首魁は大臣の息子であるシュラ。オネスト大臣という巨大な後ろ盾があるおかげで市民達はその横暴に逆らえずにいる。それゆえ、民達からも私たちに依頼が来ている」

 

「確か過去最大件数の暗殺依頼だっけ? 凶暴性がはっきり出てんね」

 

「ああ。革命軍からの指令としては、このワイルドハントの撃滅。及び、可能であれば奴らが所持している帝具の奪取だ。異論ある者は?」

 

 アカメの問いに皆無言だった。

 

 ただ瞳には冷たい光が灯っており、それだけで合意という意図は理解できる。

 

「……では、すぐにでも帝都へ向かうぞ。向こうもこちらを狙っているはず。基本は暗殺だが、会敵した場合は即座に戦闘に入る。それとリヒト、予定より帰還が遅かった理由はなんだ?」

 

「ありゃ、このまま聞かれないかと思ったぜ」

 

「ナジェンダからは大まかなことは聞いていた。知人の墓参りに行ったらすぐに戻ってくるというはずではなかったか?」

 

「ああ。まぁそうなんだけどよ。墓参りの途中でそのワイルドハントに会っちまってな。少しばかり闘った」

 

「そういうのはさっさと言いなさいよアンタ!」

 

「それに関しちゃわるかった。とりあえず話を進めると、闘ったのは三人だ。リーダーのシュラ、あとおかっぱ頭のエンシンって細身の男、そしてピエロの格好をしたロリコンデブ……名前は確かチャンプって言ったっけか」

 

「エンシンにチャンプ……どちらもワイルドハントのメンバーに入っているな。主な行為は強姦、殺人、児童に対する性的暴行等、上げていけばキリがないな」

 

「女子供を見境なしに狙うなんて……イカれてるぜ」

 

 タツミは理解に苦しむといった様子で表情を硬くした。

 

 それに関してはリヒトも同意見であり、ワイルドハントには不快感しか感じなかった。

 

「連中を見てるとイェーガーズがかなりまともに見えるからな。エスデスは除いてだが」

 

「行動理念がおかしいのだろう。己の欲望を満たすためだけに行動する。まるで野獣のそれだ」

 

「野獣のほうがまだかわいげがあるけどな。ちなみにエンシンってヤツの帝具は曲刀で真空刃を出す。チャンプってヤツのほうは属性の球みたいなのを投げると、それに対応した効果が現れるみたいだった」

 

「属性の球……快投乱麻ダイリーガーだな。知識としては知っているが、相対したことはない帝具だ」

 

 どうやらチャンプの帝具はスサノオの知識の中に入っていたらしい。

 

「属性はなにがあるんだ?」

 

「焔、雷、氷、嵐、腐食、爆発だな。リヒトの言った様に投げるとその球に対応した効果が現れる。直撃は避けたい帝具だ」

 

「エンシンという男の帝具もこの本に似たものがありました。月光麗舞シャムシール、リヒトの言うとおり真空刃を飛ばす能力のようですね」

 

 帝具の名前や能力の情報が記された古文書を開いたシェーレが言うと、マインがそれを覗き込む。

 

「月齢で威力が変化するみたいね。って、今日満月じゃない?」

 

「最高出力ってわけだな。ビビッたのか? マイン」

 

「んなわけないでしょ。寧ろ好都合よ。威力がでかい分、私がピンチになってパンプキンの威力だって上がるんだから!」

 

「だけど無理はするなよ、マイン。お前が傷つくのはその……見たくないから、さ」

 

「わ、わかってるわよ!」

 

 タツミがやや心配げに言うと、マインは頬を赤らめた。

 

 なんとも初々しくてほほえましい光景である。

 

 ただ一人、ラバックだけは完全に瞳孔が開いたカサカサの眼をしていたが。

 

 一見すると戦闘前に気が抜けているような雰囲気だが、下手に緊張しているよりは遥かにいい。

 

 だが、これだけリラックスしていられるのはボリック暗殺の際に誰一人として欠けることがなかったのも起因しているのだろう。

 

「さて、仲良くするのは結構だが、そろそろ出撃だ。ただ、シェーレは義手がまだ本調子でないことも含めてここで待機だ。それとスサノオ、チェルシーも残ってくれるか?」

 

「了解した」

 

「私も?」

 

「ああ。アジトの場所がばれていないとはいえ、完全に手薄にしてしまうのは避けたい。スタイリッシュの件もあるからな」

 

 アカメの判断は正しいと言えるだろう。

 

 戦力的に見ればスサノオは連れて行くべきかもしれないが、シェーレはまだ本調子ではないし、チェルシーも白兵戦向きではない。

 

 そんな時に襲撃でもあればいささか面倒だ。

 

「それでいいか? チェルシー」

 

「んー、そだね。ワイルドハントの感じからして私の帝具向きじゃなさそうだし、今回はここでみんなの帰りを待ってるよ」

 

「アジトは任せてください。皆は標的の抹殺を」

 

「うまい夕食を作って待っている。いって来い」

 

「ああ。では、出撃だ」

 

 アカメの号令に三人を除いたメンバーが駆け出し、そのまま外へ飛び出した。

 

 夜の森を駆けながら帝都を目指すリヒト達。

 

 その中心でアカメは今一度皆に告げる。

 

「皆わかっているな。標的は非道の限りをつくすワイルドハント一味。これ以上虐げられる民が増えないよう、私たちの手で必ず葬るぞ!」

 

「おう!」

 

 ナイトレイドは満月が浮かぶ夜を駆けて行く。

 

 民を虐げ、暴虐の限りを尽くす警察とは名ばかりの悪辣集団、ワイルドハントを始末するために。

 

 

 

 

 

 ランは宮殿を出てワイルドハントの詰所へと向かっていた。

 

 その双眸には明確な殺意とかすかな怒気が見える。

 

「どこへ行くの、ラン」

 

 不意に駆けられた声に振り返ると、八房を携えたクロメがたっていた。

 

 周囲にはそれなりに警戒をしいていたはずだが、気配を遮断したクロメに気付くことはできなかった。

 

「さすがですね、クロメさん。この距離に近づかれるまでわからなかった」

 

「茶化すのはやめてよ。ねぇ、もしかして今から行こうとしてるのって、ワイルドハントの詰所?」

 

「……」

 

 ランは彼女の問いには答えなかった。

 

 けれどクロメにはその沈黙がなにを意味するのかわかったようで、真剣な眼差しで彼を見やる。

 

「さっき宮殿で私たちにしてくれた話。アレには続きがあるんでしょ」

 

 話というのは彼の過去の話だ。

 

 同時に、なぜ彼がイェーガーズに所属したのか、そして何を行おうとしているのかも話した。

 

「ワイルドハントの中にいるんじゃない? ランが勉強を教えてた子供達を殺した犯人が。だからランは表立たないようにワイルドハントに喧嘩を売ろうとしている」

 

「……そこまで推察されているとは、やはりさすがですね。クロメさん」

 

「顔に出てたよ。暗殺部隊をやってるとそういうの磨かれるんだ。ウェイブは気付いてなかったと思うけど」

 

「いいんですよ。ウェイブはもう十分やってくれました。それに私のようなやり方は彼には似合いませんから」

 

「知ってる。まぁだから声をかけなかったんだけどね」

 

 クスっと笑ったクロメの表情からしてウェイブはイェーガーズの詰所にある自室で眠っていることだろう。

 

 今からやろうとしていることを彼に話せばきっと協力してくれるだろうが、それは彼には似合わない。

 

「私が協力するよ。あいつ等のやってることはこの国のためにならない。それに今日だって任務でもないのにボルスさんの奥さんと娘さんを狙った。それは絶対に許したくない」

 

 ランは彼女の瞳を見て本気であることを確信する。

 

 同時に、心強い味方が出来たと薄く笑みを浮かべた。

 

「……ありがとうございます、クロメさん。では、珍しい組み合わせとなりますが、よろしくお願いします」

 

「うん!」

 

 ランはクロメと共に再び歩き出す。

 

 ただ胸の奥底にはクロメを巻き込んでしまった自責の念があった。

 

 しかし、それでもやり遂げるのだ。

 

 あの日あの男に無惨に殺害された教え子達の魂を弔うために。

 

 

 

 

 

 ナイトレイド、イェーガーズ、そしてワイルドハント。

 

 満月が浮かぶ夜。

 

 三つ巴の戦いが始まろうとしていた。




……はい、申し訳ありません。

前回更新からはや三ヶ月経ってしまいました。

二月更新を予定していたのですが、体調崩したり職場でいろいろあったりした結果こんなことに……。

時折、感想やメッセージなどをかいていただき、待ってくださっている方のためにかかねば! と思い、今回更新いたしました。
次回もなるべく早い更新を心がけます……()

今回の内容ですが、前半はウェイブ対シュラですね。
ちょっとシュラが臭かったりしましたが、基本は原作どおりウェイブが勝利しました。
そのあとは少し代えてみましたがね。
ボルスさんの奥さんと娘さんが殺されていないため少し落ち着いていた感じでしょうか。

後半は原作になかったナイトレイド側の描写でしたね。
バカップルってこんな感じでしょうか(わからん)

ランの話は次回の冒頭を使いたいと思います。
原作沿いしすぎるとなぞってるだけなのでやりたくないのですが、こればかりはどうにも……。
イェーガーズ側にもオリキャラがいればよかったんですがね。

では、次回もよろしくお願いします。


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第三十九話

 イェーガーズに所属する前、ランは帝国のジョヨウという地方都市近くの農村で教師をしていた。

 

 貧困が広がっている帝国領内であるが、彼のいたジョヨウは他の地域よりも比較的豊かだった。

 

 それゆえ貧富の差による治安の悪化もなく、ランが勉学を教えていた子供達もゆとりのある環境の中で育っていった。

 

 ランにとってもそれはうれしいことであり、誇らしいことだった。

 

 帝国の腐敗はわかっていた。

 

 けれど、自分の手が届く範囲の平穏は子供達が成長するまで保たれると思っていた。

 

 あの事が起きるまでは。

 

 それはランの留守中に起きたこと。

 

 凶賊によって子供達は一人残らず殺されていた。

 

 ランはすぐに役人達に事件の捜査と犯人の確保を申し出たが、それは果たされなかった。

 

 ジョヨウの役人達は治安最高の地方都市という名目を汚したくないがために、子供達の死をもみ消したのだ。

 

 許せなかった。

 

 子供達を殺した凶賊は当然のことながら、役人達の対応もランは決して許ことができなかった。

 

 故に彼は国を変えようと誓った。

 

 殺された子供達のような悲劇を二度と生まないために。

 

 その上で彼が選んだのは、帝国を内部から変える方法だ。

 

 革命軍に所属するという手もあるにはあったが、エスデスやブドーという戦力を有している帝国に対して勝ち目があるとは思えなかったのだ。

 

 内部から変えるのであれば、国内で権力を手に入れる必要がある。

 

 ランはすぐさま行動を開始し、手始めにジョヨウの女性太守に取り入った。

 

 簡単に言うとその美形な顔と話術でたらしこんだのだ。

 

 都合がいいことに太守に気にいられたことで帝具も入手でき、最終的にはイェーガーズに所属できるまでになった。

 

 子供達のために権力を手に入れるまで大きな問題は起さず、出世していくのだと心に決めていた。

 

 だがその間も子供達を惨殺した犯人を追っていた。

 

 復讐を果たすために。

 

「……」

 

 ランが見据えるのはワイルドハントの詰め所の中にいる存在。

 

 子供ばかりを狙い、己の歪んだ欲望を満たす下劣な道化師。

 

 ワイルドハントが発足して少し経った時、酒の席で彼は誇らしげに自慢していた。

 

『ジョヨウの街で子供達を襲って皆殺しにしてやった』と。

 

 その時、ランの内で燻っていた真っ黒な復讐の劫火が燃え盛った。

 

 追っていた犯人をついに見つけたのだ。

 

「……必ず、殺す」

 

 燃え上がる憤怒を今は抑え、彼は詰め所へ入って行った。

 

 

 

 

 

 満月が照らす帝都の街中にはナイトレイドの姿があった。

 

「月明かりがすごいな……暗殺には不向きじゃねーか?」

 

 タツミは苦い表情で空を見上げている。

 

 確かにタツミの言うこともわかる。

 

 地面にくっきり影が出来るほどに明るい夜は、警備兵はもちろん、暗殺対象にも見つかりやすくなる。

 

 ビビッているわけではないだろうが、多少心配するのは当然だろう。

 

「今までだって満月の時はあったでしょ。まさか恐いって言うんじゃないでしょうね」

 

「そうじゃねーよ。ただ、マインは狙撃手だし、目立っちゃダメだろ。嫌なんだよ……その、彼女が傷つくのみるのは……」

 

 どこか気恥ずかしげにいうタツミの頬は僅かに赤くなっていた。

 

 それに呼応するようにマインも一気に顔を赤くし、二人はもじもじしている。

 

「……あいつ等ちょっと甘すぎじゃない?」

 

「出来立てのアベックなんてあんなもんだろ。俺だってチェルシーとあんな調子だったろうが」

 

「羨ましいを通り越して殺意が湧くんだけど……。あてつけ? あてつけなの? 俺がナジェンダさんと付き合えないことに対しての!!」

 

「知らねぇよ。つかいちいち騒ぐな面倒くせぇ!!」

 

「だってさー!」

 

「だってもへったくれもあるか!」

 

 リヒトは縋り寄ってくるラバックを乱暴に引っぺがしてからアカメを見やる。

 

「どうするアカメ。目的はワイルドハントだけど詰所をいきなり襲撃ってわけにもいかないだろ?」

 

「ああ。乱戦はなるべく避けたい。相手取るならば多くとも二人までになるだろうな」

 

「じゃー誘き出すとか?」

 

「いや、それもやめておこう。こちらの構成を二手にわけよう。密偵からの連絡で詰所の場所はわかっている。私とレオーネ、タツミとマインの四人は詰所の監視。リヒトとラバックは機動力を活かして周囲の警戒と暗殺対象の捜索を頼む」

 

「了解だ。ってわけだ、行くぞラバック」

 

「いーやーだー! まぁたお前と一緒じゃんかよー!! アカメちゃん達と一緒がいーいー!」

 

「駄々こねてる場合かよ。ほれ」

 

 リヒトは屋上からラバックを放り投げた。

 

 一瞬、「ちょっ!?」という声が聞こえた気がするが問題ないだろう。

 

 現にすぐさまクローステールの糸が屋根の端に巻き付いてラバックが上がってきた。

 

「なにしてんの!? 普通放り投げる!? 地面スレッスレだったんだけど!!!!」

 

「俺はお前のことを信頼して放り投げたんだぜ」

 

「なに決め顔で歯ぁキラーンさせてんだよ!! 言ってる事とやってる事が脈絡無さすぎて恐いよ!! サイコだよ!!」

 

「おー、流石芸人枠。見事なツッコミだ」

 

「芸人扱いだけはマジでヤメテ!!」

 

「じゃあそう扱われないようにさっさと行こうぜ。それじゃまた後でなアカメ、再集合はどれくらいにする?」

 

「三時間以内には集まろう。収穫がなかったとしても集まるように」

 

「あいよ」

 

 リヒトは空中にヨルムンガンドを射ち込み、ラバックは溜息をつきながらもクローステールを展開して空を走っていく。

 

 ワイルドハントの詰所は民から奪い取った旅館。

 

 リヒトとラバックは円を描くように警戒にあたる。

 

「なぁラバック」

 

「なに?」

 

「俺とチェルシーとか、タツミとマインとかのことが羨ましいってずっと言ってるけどよ、なんでお前ボスに告白とかしないわけ?」

 

 問いを投げかけた瞬間、ラバックがクローステールの足場からずり落ち、地面と濃厚なキスをしそうになった。

 

 が、これもすぐさま糸を展開したことで、なんとか回避してみせる。

 

「あっ……ぶな……! てか、いきなりなに言ってくれちゃってんだよ!」

 

「いや、だって気になってさ。お前会った時からずーっとナジェンダさんナジェンダさん言ってるし、そろそろアクション起した方がいいんじゃねーの?」

 

「う、うっさいなぁ。そういうのは自分のタイミングで言いたいんだよ。それに今はナジェンダさんに余計な心配とか負荷はかけたくないし……」

 

 ラバックの言い分もわからなくはない。

 

 ナジェンダは革命軍の中でも重要なポジションにいる。

 

 それゆえ少なからず心労もあるだろう。

 

 そこに恋愛ごとなどを挟めば、ナジェンダの負担はそれなりに重くなってしまう。

 

 せめてプライベートくらいは気を抜いてもらいたいのだろう。

 

「俺はもうちょい先でいいかな。革命が終わったら、とか」

 

「ふぅん。お前がそれでいいならあんましつこく言わねーけど、後悔はするなよ」

 

 リヒトは少しだけ鋭い視線をラバックに向けた。

 

「こんな稼業だ。いつ死ぬかなんてわからねぇ。そん時にやっぱり言っとけばよかったなんてことにはなるなよ」

 

「……わーってるよ。だから、死なないようにするって。それに知ってるだろ。俺って結構しぶといんだぜ」

 

「ああ、そうだな。まぁ、俺が言ってるのはタイミング見すぎて誰かさんに取られないようにしろよってことなんだけどな」

 

「は?」

 

「考えてもみろよ、ラバック。イケメンだなんだと言われてるけど、ボスはかなりの美人だ。革命が終わって平和になったら、モテるぞーあれは」

 

「ま、まぁ現役時代からけっこうモテてたしな……。で、でも俺は基本的にナジェンダさんといるだろうし、チャンスは何時だってあるって!」

 

「どーかねぇ。お前が眼を離した隙にコロっと行っちまう可能性もなきにしもあらず……かもな」

 

 ニヤリ、と少しだけ意地の悪い笑みを浮かべてみると、ラバックの表情が見る見るうちに青くなっていく。

 

「い、言われてみると確かに……! 革命軍の中でもナジェンダさん人気あるし、中には俺よりも美形なヤツ結構いたし……!!」

 

「まっそれも含めて後悔するなよって話だ。そんじゃ続き行くぞー」

 

「ちょ、待って!! なんかアドバイス的なもんないわけ!?」

 

「ハハハ、頑張れって感じだな」

 

 リヒトの口元には笑みがあり、面白がっている様子は明らかだった。

 

 しかし、百面相しているラバックを見やるリヒトの表情はどこか柔らかい。

 

 ……なんてな。ラバックよ、お前は十分脈アリだって。

 

 ナジェンダをよく見ていればわかる。

 

 リヒトやタツミ、スサノオに対する接し方と、ラバックへの接し方では僅かにだが差がある。

 

 それを気付かせないあたり、さすが元将軍というべきか。

 

「……早めの方が言いと思うけどな……」

 

 口角を上げて呟いたリヒトの声をラバックは完全に聞きそびれていた。

 

 

 

 

 

「んー……結構しらみつぶしに回ってみたけど、案外見つからないもんだな」

 

 詰所の周囲を警戒していらラバックとリヒトは手ごろな屋根に上がって休息を取っていた。

 

「夜の街だし、好き放題やってるのかと思ったけどね」

 

「ワイルドハントにとっちゃ昼も夜も変わらねぇんだろ。真昼間から女子供襲おうとするとか、イカれてるとしか思えねーよ」

 

「それに関しては同意するけど、どうする? 一回アカメちゃん達と合流しとく?」

 

 それも一つの手ではある。

 

 もしかするとワイルドハントは今夜は巣篭もりを決め込んでいる可能性もあるので、下手に動いて体力を消耗するよりは合流した方がいいだろう。

 

「いや、もうちょい回ってみようぜ。警備兵の巡回もあるかもしれねぇ」

 

「りょーかい。まぁ同じ帝国って言っても、警備兵だってワイルドハントには近づきたくないみたいだけどねぇ」

 

 ラバックの言うとおり、周囲を警戒してわかったことだが、この辺り周辺の街路には、一般人はおろか警備兵の姿も殆ど見えなかった。

 

 皆それだけワイルドハントのことを恐れているのだ。

 

 一般人はおろか味方である警備兵にまで嫌われているとは、さすがオネスト大臣の息子というべきか。

 

「よし、じゃあもうちょい見て回ってから――」

 

 言いかけた時。

 

 詰所のある場所からやや離れた林に囲まれた広場の辺りで甲高い音と、衝撃音が鳴り響いた。

 

 音自体はそこまで大きいものではない。 

 

 ただ、リヒトもラバックもそれが戦闘音だということはすぐにわかった。

 

「ラバック!」

 

「わかってる!!」

 

 二人は瞬時に得物を伸ばして空中へ躍り出る。

 

 音と共に感じ取った殺気と気配。

 

 明らかにカタギや警備兵が起せる範疇を超えていた。

 

 帝具使いは必ずいるはず。

 

 戦っているのはアカメ達か、それとも……。

 

「あいつ等か……」

 

 脳裏をよぎったのはウェイブの姿。

 

 もしそうだった場合は三つ巴の戦いになるかもしれないが、この際とやかく言ってはいられない。

 

 お互いに殺しあう覚悟はとうに出来ている。

 

 ワイルドハントという共通の敵の排除が終われば、次はイェーガーズだ。

 

 二人は戦闘が行われている林の中へ急ぐ。

 

 

 

 

 

 イェーガーズの執務室に隣接する自室にてウェイブは眼を覚ました。

 

 正確には喉の渇きで起きたといった方が正しいか。

 

「水……」

 

 ややぬぼーっとした状態で起き上がり給湯室へ向かう。

 

「いてて……やっぱそれなりにダメージ来てるな……」

 

 体の痛む箇所を押さえながら給湯室に辿り着くと、コップに注いだ水をゆっくりと嚥下する。

 

 口の中も切れていたのか僅かに血の味がした。

 

「ふぅ……。よし、また寝よ……うん……?」

 

 コップを洗って給湯室を出ようとした時、ウェイブは違和感を覚えた。

 

 誰もいないのだ。

 

 いや、深夜なのだから皆眠っているのかもしれないが、やはりどこかおかしい。

 

 エスデスがいないとはいえ、イェーガーズにも任務はある。

 

 深夜の出動だってありうるはずなのに、執務室に誰もいないというのは妙だ。

 

 首をかしげたウェイブは若干ためらいながらクロメの部屋のドアに手をかける。

 

「クロメ、入るぞ」

 

 恐る恐る頭だけを入れて覗き込んでみたが、ベッドには誰もいない。

 

 次にランの部屋も覗いてみるがやはりいない。

 

 他の部屋も見て回ったが、いたのはボルスの妻子だけだった。

 

「どこ行ったんだ。緊急の任務とかか……?」

 

 可能性としてはありうる。

 

 シュラとの戦いで負傷したウェイブを気遣って二人だけで出動したのは十分考えられることだ。

 

 しかし、それなら書置きなりがあってもおかしくはない。

 

「書置きできないほど急いでたのか? だったら二人だけじゃない方がいいよな……よし、じゃあ俺も!」

 

 ウェイブは自室に戻ると、ベッドサイドに立て掛けてあったグランシャリオを剣帯に差す。

 

 妻子を残していくことに若干の不安はあったが、ここは一応宮殿の中。

 

 ブドー立会いの下戦い、ウェイブが勝利したのだからシュラも下手に手は出してこないだろう。

 

 念のために執務室に鍵をかけ、ウェイブはまだ痛む体に鞭打って走り出す。

 

「待ってろよ二人とも! 俺も加勢にいってやるぜ!! あたたた……」

 

 拳を突き上げた瞬間走った痛みで目尻に涙を浮かべながらも、ウェイブは宮殿から市街へ出る。

 

「さてと、二人はどこに……」

 

 まったく情報がないのでその辺りにいる警備兵にでも聞こうかと思った時、ウェイブは肌にピリッとした感覚が走ったのを感じた。

 

「今のは……」

 

 それなりの修羅場を潜り抜けてきたからわかる。

 

 今の感覚は殺気だ。

 

 しかも並みの人間のそれじゃない。

 

「近くで戦いが起きてるのか……!? でも、誰が……!」

 

 まさか、とウェイブの脳裏にランとクロメの顔がよぎる。

 

 ありえない話ではない。

 

 では相手は誰だ?

 

 順当に考えればナイトレイドかもしれないが、ウェイブがシュラといざこざを起している時点でワイルドハントという可能性もいなめない。

 

 少しの間考え込んでいたが、彼はすぐにそれを振り払うように駆け出す。

 

 細かいことを考えている場合ではない。

 

 クロメとランが危ないという可能性が少しでもあるのなら、二人の援護に行かなければ。

 

 体の痛みを無視しウェイブは深夜の帝都を駆けていく。

 

 

 

 

 

 ラン追っていた子供達の仇はワイルドハントの道化師、チャンプだった。

 

 子供達の仇をうつためワイルドハントに取り入り、チャンプに接触した。

 

 そして今日、復讐のための好機がやって来たのだ。

 

 ワイルドハントの詰所にシュラはいない。

 

 そのほかのメンバーもコスミナとエンシンくらいのもの。

 

 チャンプのみを誘き出すのは容易だった。

 

 エサは単純。

 

 チャンプ好みの子供達がいると誘い、彼を廃墟区画までつれてきたのだ。

 

 もちろん子供など最初からいない。

 

 いるのはクロメが操る骸人形とランのみ。

 

 だからランはそこでチャンプに引導を渡し、彼に激痛を与えながら始末した。

 

 はずだった。

 

「くっ……!」

 

 地面でうめくランの背中には酷い火傷の痕があり、傍らには気を失っているクロメの姿があった。

 

「ヘ、ヘヘヘ、ハハハハハ! 少しは、気分が晴れた、ぜ……!」

 

 湿った笑い声を上げているのは、片目がつぶれ、腹部に剣によって裂かれた傷を作ったチャンプだ。

 

 体のあちこちにはマスティマの羽根が突き刺さっており、普通の人間ならば死んでいてもおかしくない大怪我だ。

 

 ……確かに抉ったはず……腹の脂肪のせいで命拾いしたのですか、タフなデブですね。

 

 視線だけをチャンプに向けると、彼はゆっくりとこちらに歩み寄ってきている。

 

「この、チャンプ様を、見くびったなぁ……えぇ、おい! 先生さんよぉ……!!」

 

「う、く……」

 

 クロメを庇ったことでダイリーガーの攻撃をまともに喰らったランは、立ち上がることすらままならない。

 

「ち、反応が薄いじゃねぇかよ。けど、テメェのせいで俺はちっとばかし嫌なこと思い出してんだよねぇ。あの天使達はずーっとテメェのことばかり呼んでやがったよ」

 

「ッ!!」

 

 ランの瞳に一際強い光が灯る。

 

 ザリッと地面に爪を立てて全身に力を入れる。

 

「せんせーせんせーってよぉ。ホント台無しだったぜ。俺と天使達の神聖な時間を穢しやがって……!! マジに許せねぇ……!!」

 

 ふざけるな。

 

 ランはこみ上げてくる怒りを力に変え、動こうとしない体に鞭をうつ。

 

 痛みがなんだ、火傷がなんだ。

 

 子供達が受けた仕打ちや恐怖に比べればこんなものなんでもないだろう。

 

「決めたぜ。テメェは火達磨にして殺してやる……!!」

 

 チャンプが赤色の玉を握ったと同時に、ランは中腰ながらも立ち上がった。

 

「今更遅ぇんだよぉ!! テメェは火達磨になって焼け死ねオラァッ!!!!!」

 

 巨漢であるチャンプの全体重が乗って投げられた玉は凄まじい速度で迫る。

 

 が、チャンプはまだわかっていない。

 

 ランには奥の手が残っていることを。

 

 ……今こそ、私にありったけの力を……! この男を断罪するための力を!!

 

 刹那、マスティマの翼の発生源である円盤が開き、光の羽根が出現する。

 

 これこそマスティマの奥の手、神の羽根である。

 

 凄まじいエネルギーの凝縮体であるそれを、ランは瞬時に防御するように展開する。

 

 同時に燃える炎の玉と神の羽根が激突し、大きなスパークが弾けた。

 

 だがそれもほんの一瞬。

 

 羽根によって受け止められた玉は、チャンプへと戻って行ったのだ。

 

 しかも勢いは一切殺しておらず、速度は何倍にもなって跳ね返っている。

 

「なッ!?」

 

 驚愕の声を上げるチャンプだが、既に遅い。

 

 怪我をしていることも含め、その巨体では回避もままならないだろう。

 

「……んだ、そりゃあ……!!」

 

 間抜けな言葉を漏らしたチャンプの体がくの字に折れ曲がる。

 

 炎を纏った玉が直撃したのだ。

 

 炎熱は一気に勢いを増し、次の瞬間にはチャンプの体全てを飲み込んだ。

 

「あ゛ぢいいいぃいぃいぃいいいぃぃいぃいぃぃぃいぃぃぃッ!!!!!!」

 

 体を焼かれる痛みにもがく絶叫が木霊する。

 

 本来なら聞くに堪えない耳障りなノイズでしかない断末魔。

 

 けれどランにとっては待ち望んだ瞬間だった。

 

 ……これでようやく……。

 

 倒れそうになる体に踏ん張りを効かせ、焼け爛れていく仇を見据える。

 

「ぐおぇ……ッ!!??」

 

 ランが鋭い眼光を向けた瞬間、燃えるチャンプの体は骨を残して完全に消滅した。

 

 骸骨の姿となったチャンプにランは笑みを向ける。

 

「……罰を与えることが、できました……」

 

 満足げな笑みを浮かべ、膝をつくラン。

 

 満身創痍。

 

 恐らく命もそう長くはない。

 

 しかし、子供達の未来を奪った鬼畜を葬ることが出来た。

 

 これで少しは天国の子供達も報われることだろう。

 

 

 

 

 

 林の中でマインはスコープを覗いていた。

 

 視線の先にいるのはワイルドハントのデブを倒し、今にも力尽きそうなラン。

 

 マインの腕なら殺すことは簡単だ。

 

 しかし、今日の相手はあくまでワイルドハント。

 

 それに死に掛けに追い討ちをかけるような真似は彼女のポリシーに反する。

 

 故に彼女が狙うのはもう一人。

 

 バニーガールのような格好をした眼鏡の女、名前は確かコスミナだったか。

 

 狙われていることも知らず、ランに駆け寄っている彼女の首筋に照準を合わせ、トリガーを引き絞る。

 

 パンプキンは使用者がピンチになれば威力を増すが、ピンチでなくとも殺傷能力はある。

 

 放たれた弾丸はコスミナの肩甲骨の中間に直撃し、そのまま彼女の胸を貫通した。

 

 突然撃たれたことでコスミナは前のめりに倒れこむ。

 

「よし! ナイスアタシ! そして護衛サンキュー、レオーネ!」

 

「んじゃ、あっちの援護に行こうか」

 

 あっちというのはもう一人のワイルドハントメンバー、エンシンを狩りに行ったアカメとタツミのことだ。

 

 が、レオーネに抱えられて二人と合流するときには既にアカメがエンシンの目の前にまで迫っていた。

 

 直感的に理解する。

 

 勝負はついたと。

 

 一瞬にして懐へもぐりこんだアカメは村雨を横一閃に振り払う。

 

 村雨は掠っただけでも呪毒によって死に至る。

 

 よし心臓に近い位置を斬られれば呪毒が回る速度は速く、それこそ一瞬にして死ぬ。

 

 エンシンはまともに村雨の刃をくらい、そのまま絶命した。

 

 それを確認し、レオーネに離すようにアイコンタクトを送り、空中で離してもらったマインはアカメと合流する。

 

「まさかイェーガーズと同じ標的を相手にするとはね」

 

 呟く彼女の前には、立ち上がっているクロメがいた。

 

 アカメを見やると彼女はクロメを鋭い眼光で見据えており、クロメは一瞬複雑そうな表情を浮かべた。

 

 が、彼女も覚悟はできているようで、八房を抜き放った。

 

「治安を乱す輩は私達イェーガーズが狩る! それがたとえ誰であろうとも!!」

 

 致命傷ではないにしろ傷を負っているクロメ。

 

 正直に言ってしまえばやり辛い。

 

「クロメ……アンタも革命軍の標的なのよ」

 

「行くぞ、クロメ」

 

 マインは複雑な気持ちを抱えながらもパンプキンを構え、アカメが前に出た。

 

 クロメも臨戦態勢に入ったが、不意に彼女の背後から腕が回る。

 

 ランだ。

 

「マスティマッ!!!!」

 

 放たれたのは貫通能力のある羽根。

 

 圧縮され、まるで槍のようになったそれは真っ直ぐにアカメへ迫る。

 

「アカメ、危ねぇ!!」

 

 直撃する直前でタツミが割って入り、ノインテーターを回転させて防いだが、相当な力で放ったようで完全にかき消すことは出来ずにいる。

 

「ッ! これはキツイ……!!」

 

 マインはすぐさま本体であるランを狙いに行くが、その時には既に二人は遥か彼方へと逃げおおせていた。

 

「……ダメね、射程距離から外れた」

 

 タツミを見ると、羽根の攻撃が終わっている。

 

 どうやら離脱するためだけに放った一撃だったようだ。

 

 そのままタツミにおぶられる形でアカメ達と合流する。

 

「力を振り絞ったって感じの渾身の離脱だったわ」

 

「無理に追わなくてもいいだろ。帝具は回収できるし。まぁ私はなんもできなかったからちょっと消化不良って感じだけど」

 

「残りのワイルドハントは次ってことにすればいいでしょ、姐さん」

 

「そだね。ってわけでボス代理、引き上げる?」

 

「……ああ。再集合場所に戻ろう。じきにリヒト達も戻ってくるはずだ」

 

 アカメはクロメが離脱した方向を一瞥してから踵を返した。

 

 

 

 

 

 戦闘音が聞こえなくなる直前、リヒトとラバックは夜空を切り裂く光を見た。

 

「見えたか、ラバック」

 

「うん、多分あれってイェーガーズの……」

 

「ああ、ランだろうな。誰か抱えてるようにも見えたけど……ラバック、お前は皆と先に合流してろ!」

 

「はぁ!?」

 

「俺はランを追う。アカメ達には少し遅れるって説明しといてくれ」

 

 リヒトはすぐさま方向を変え、ランが飛び去っていった方へ向かう。

 

 が、背後から「おい、待てって!」とラバックがついてくる。

 

「リヒトそうやって大怪我したの忘れたのか!? あん時だって俺を戻らせて死にかけただろ!」

 

「それは……」

 

 ラバックの声にリヒトは反論が出来なかった。

 

「だから俺も行く。仮にお前が死んだり捕まったりしたらチェルシーちゃんに何言われるかわかったもんじゃないし」

 

「わかったよ……。じゃあなんかあったら援護頼むわ」

 

「おう。任せとけ!」

 

 二人は空中を駆けながらランを追った。

 

 

 

「確かこのあたりに……」

 

 ラバックと共にランが着地したと思われる場所を捜索するリヒト。

 

 街灯もあるのでそれほど視界が悪いというわけではないが、凡その場所しかつかめていないため、まだはっきりとは見つかっていない。

 

「おい、リヒト!」

 

 焦ったようなラバックの声を聞き、リヒトは彼の近くにある茂みに座る。

 

「どうした?」

 

「あれ、あれ見ろって!」

 

 言われたとおりラバックが指差したほうを見ると、ランが倒れていた。

 

 傍らにはクロメもおり、彼女の瞳から涙が零れ落ちている。

 

 遠くからみてもわかる。

 

 ランは致命傷だ。

 

 放って置いても死ぬだろう。

 

「……どうする?」

 

「帝具は回収できるかもしれねぇけど、さっきあれだけの騒ぎがあったんだ。警備兵だってこっちに向かってるはず。ここはもう少し様子を見て――」

 

 刹那、リヒトはクロメからどす黒いオーラを感じた。

 

 殺気ではない。

 

 ましてや怒りでもない。

 

 もっと別の限り無く黒く、歪んでしまった感情。

 

 クロメは八房に手をかけていた。

 

 一瞬にして彼女がやろうとしていることを理解したリヒトは茂みから飛び出した。

 

「お、おい! リヒト!!」

 

 背後でラバックが呼ぶものの、もはや反応している余裕はない。

 

「……やめろ、クロメ。それだけは……!!」

 

 彼女がやろうとしているのは、ランを殺すこと。

 

 だが、ただ殺すのではない。

 

 八房は殺した相手を骸人形として使役することの出来る帝具。

 

 死に掛けているランを殺すことで、人形として近くに置こうとしているのだ。

 

 帝国軍の暗殺部隊は捨てられた子供を集められて造られているという。

 

 故に彼らの結束は硬く、家族のそれに近い。

 

 クロメもまたその環境で育ち、そして歪んでしまった。

 

 強い仲間意識は死に逝く仲間にすら及び、彼女は死者とすら共にあろうとする。

 

 大切な人と離れたくない、離したくない、人間誰もが持っている感情の最悪な究極系。

 

 クロメが抱いているのはそれだ。

 

 ……間に合えッ!!!!

 

 ヨルムンガンドを伸ばし、クロメの腕を止めようとするも、一瞬間に合わない。

 

 そして無情にも八房はランの心臓へ突き立てられる――。

 

 

 

 ――刹那、切先が直前で止まった。

 

 

 

 一瞬、リヒトにもなにが起きたのかわからなかった。

 

 だが、僅かにたった砂埃の奥に黒い影が見える。

 

 インクルシオよりもややマッシブに見える黒い鎧。

 

 月明かりを反射して煌くそれは間違いなく、ウェイブが纏うグランシャリオだった。

 

「ウェイブ……!!」

 

 クロメが信じられないものを見るように彼を見やる。

 

 すると、ウェイブはグランシャリオを戻してから彼女に告げた。

 

「やめてくれ、クロメ……」




はい、お疲れ様でした。

今回は原作に沿いながらもやや違いを持たせてみました。
最大の違いは、最後のあれですね。

果たして今後どうなるのか……。
まぁそれほど変わらないような気もしますが……。

ラバックとリヒトの掛け合いというか距離感は面白いようにはしてます。

芸人枠ですからね。

では、次回もよろしくお願いします。


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