けいおんにもう一人部員がいたら (アキゾノ)
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プロローグ

もしも、けいおんの世界にもう一人部員がいたら・・・という作者の妄想を形にしたものです。
ハーメルンにて多くの二次創作を読み漁り、自分でも書いてみたくなって就活も終わったので、意を決して投稿してみました。
小説を書くのも初めてで駄文および原作の漫画も持ってないので色々とおかしな部分があるかも知れませんが、それでもいいという方のみ読んでくださると幸いです。


私の名前は湯宮千乃(ゆみやゆきの)

今年で18歳になるそうです。

なるそうです、と何故他人事のようなのかと言うと、私は生まれてからずっと、

ずっと病院で過ごしてきたからです。

 

「喪失病」(そうしつびょう)

 

いわゆる不治の病とされるこの病気は体から全てが失われていく病気だそうです。

体の色素が無くなり、髪も白くなり、視力も聴力も味覚も嗅覚も触覚も無くなり、

声もでなくなり、最終的には人生も失われる、つまりは死んでしまうそうです。

ここまでだったらわずかな差違はあれど、似たような病気は沢山あります。

 

けど何故、この病気に【喪失病】なんて名前がついたか。

それはその病気にかかった人の存在や思いでも失われていく、からです。

 

どういうことかというと、例えばその喪失病にかかった人が居たとしましょう。

居たとしましょうって、今現在、私が罹っているのにおかしな言い方ですよね。

でも私をその例え話で登場させる事はできないのです。

 

話を戻しますけど、不運にも喪失病に罹ってしまった人が居たとします。

その人には親友がいて・・・親友じゃなくても家族だったり恋人だったり恩師だったり、誰だって良いんですけど、そんな大事な人と長い付き合いだったとします。

誕生日はお祝いしてもらったり、入学式には写真を撮ってもらったり、一世一代のプロポーズをしちゃったりな関係だったとします。

 

けど、そんな大切な思いでも、喪失病に罹った人が死んでしまうと、薄くなっていってしまうんだそうです。

どんなに大切に思っていても、例外なく「そう言えばそんなこともあったね」って感じになるんだそうです。

 

大切な、宝物のようなものでも、喪失、してしまうんだそうです。

 

それ故に【喪失病】。

 

この病気の原因は?

発症条件は?

治療法は?

全てがわからない病気らしいです。

一応、喪失病に罹った人は2011年の今までで、全世界で10人程度だそうです。

初めての患者さんが1992年に発症した方らしいので、大体2年に1人の計算になるんでしょうか。

 

全世界のお医者さんがこの病気を治そうと努力してくれていますが、いまだ有効なものは何一つ発見できず、世間の皆は、

「どうか自分と周りの人間には発症しませんように」と願っている事でしょう。

 

私がこの病気を発症したのは、今思えば小学校の入学式の日から始まっていたのでした。

症状が現れたのは翌年の事ではあったのですが。

 

今はもう思い出すのが難しくなってきた両親と、学校へ向かう途中のことでした。

両手を繋いでいたんだと思います。

下から見上げる両隣のお父さんとお母さんが笑っているのだけはまだ覚えていますので。

 

そこに車が突っ込んできました。

よくある話です。

両親は即死。

私は一命は取り留めたものの、その時の手術の後遺症により、体中にチューブや機械を刺しとかないと、数分と持たないそうです。

 

手術後、目が覚めた私は、まだ7歳だった私は、体中に繋がる延命のための装置を見て大層泣き叫んだそうです。

もうその事は忘れて(失われて)しまいましたが。

泣き叫ぶ私が両親を呼ぶ姿は、きっとお医者さんたちを困らせてしまった事でしょう。

 

両親が死んだ事も伝えられ、本気でこの世界を恨みました。

翌年に、泣き続けた私から景色が無くなりました。

日本で初の、喪失病だったそうです。

 

お医者さんたちは、家族を失った私から、神様が見るに耐えかねて、全てをなくしてしまう気なんだと、哀しそうに言っていました。

 

私はどうする事もできませんでした。

両親を殺した運転手は許せません。

けど、だからってその運転手を殺したって親は帰ってはきません。

心にどうすることもできない葛藤や悲しみを、体には延命装置をつけて。

 

 

そうして私は18歳の今日まで生きてきました。

 

 

 

 

 

 




初っ端からえらい話やでぇ・・・。

神様「次から本気出す」

今回出てきた病気の喪失病、これには元ネタがありまして
昔読んだ小説のキーワードになってます。
本家ではもうちょっと症状が重かったような気もしますが、この作品では少し軽めにしてます。

まことに申し訳ないのですが、けいおんの原作は次の次くらいから入れると思います。

よろしくおねがいします。


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プロローグ②

感想をいただけるとは思ってもいなかったので、めちゃくちゃ嬉しかったです。
これからも頑張ります。


18歳になった私は、喪失病も進行し、今では触れてもわからない、触れられてもわからないところまできています。

視覚は完全に、嗅覚と味覚は10歳の時に。チューブから流されれていた栄養の摂取だけを目的とした液体だけでは可哀想だと、お医者さんが気を利かしてくれて、少しならと、口から摂取しても良いという事で、プリンを買ってきてくれたことがありました。

 

食べなければ良かったと思いました。

久しぶりに食べたプリンは、胃がびっくりしたのか、すぐ戻してしまいました。

けれどそれは仕方なく、むしろ私は無味無臭のプリンに絶望してしまいました。

チューブから流されてくる液体に生かされていた私には既に、味覚が失われていたのです。

私の体内から込み上げてくる吐瀉物にすら、臭いや味は感じませんでした。

そのことに気づいて、また戻しました。

 

それから、私はずっとチューブから流れてくる栄養だけで生きてきました。

お医者さんは、無理にでもいいから、少しだけでも何かを食べることを進めてきました。

けれど私はもう味を感じることが出来ないなんて、知りたくなかったから、逃げてきました。

昔に食べた、もう記憶の中だけの、お母さんが作ってくれたカレー、作り方を教えて貰ったカレーが、本当に食べられなくなってしまったなんて知りたくなかったから、逃げてきました。

もしかしたら、たまたまその日は風邪気味で、味がわかりにくかっただけなのかも知れない。

そんな逃げ道を、ひたすら走り続けて。

 

 

14歳のときに声が、出なくなりました。

最初は耳が聞こえなくなったのかと思いましたけど、口をパクパクと動かす私を、お医者さんが、泣きそうな声で教えてくれました。

もしかしたら頭をなでてくれていたのかもしれません。

もしかしたら抱きしめながら伝えてくれていたのかもしれません。

感覚がない私ですけれど、耳元で、お医者さんが言ってくれたから。

 

声が出ない、ということが一番ショックでした。

あまり運動が得意ではなかった私に、お父さんとお母さんが良く褒めてくれていたことが、歌を歌うことでした。

将来はアイドルか歌手だな、その言葉はまだ忘れていません。

忘れていないからこそ、辛いです。

 

そして現在、今日は世間では卒業式らしいです。

友達と抱き合い、親に写真を撮ってもらい、これからも友達でいようともう一度抱き合う。

小学生の時から空白の私からしたら、それは物語のような話でしかなく、友達が一人もいなかった私はそれがたまらなく羨ましく思いました。

五感のほとんどが失われ、そして今、最後の聴覚が失われていく私は、病室で、ずっとお医者さんが貸してくれている音楽プレーヤーなるものから流れる音楽以外に、

外の世界と繋がる術を持っていません。

時より、窓から外の話し声が聞こえてくるのですが、聴覚もほとんどないので、会話の内容までは聞こえてきません。

でも、雰囲気だけはわかります。

今日は特に。

寂しさと嬉しさがわかります。

本当に、羨ましいです。

 

 

ごめんなさい、お父さん、お母さん。

私はもう、何にもなれません。

勉強も出来なくなってしまいました。今じゃ鉛筆を持っているのかどうかもわかりません。

一生懸命勉強して、お父さんと同じ大学に入って喜ばせてあげたかったです。

運動も出来なくなってしまいました。元から運動は苦手でよく転んでいたけど、お母さんがよしよしと頭をなでてくれるのが大好きでした。

喋ることもできません、会話することも出来ません、歌うことが出来ません。

アイドルは恥ずかしいから、なりたくなかったけど、歌手になりたいと思ってました。

お父さんとお母さんが褒めてくれたから、歌手になりたいと思ってました。

親ばかで、上手だと言ってくれてたのか、本当にそう思ってくれていたのか、わからないけど。

もし、次があれば、人生に次なんてないけど、それでももし、生まれ変わりなんてものがあるとしたら。

そしてそこでは元気な体だったら。

精一杯、元気に笑って、友達も作って、写真もとって、美味しいご飯もたくさん食べて、休みの日は友達の家に遊びに行ったりなんかして、お泊りして、怖い映画も見て、好きな人が出来たりして、お父さんとお母さんに紹介したりして。

そして、歌をたくさん歌いたい。

 

やりたいことが多いなぁと、久々に笑ったような気がする。

感覚が無いから、本当に笑えたかどうかわからないけど。

 

 

「千乃ちゃん、聞こえてる!?」

「駄目です先生、脈が・・・」

「千乃ちゃん、いっちゃ駄目だ!」

 

 

なんだか今日は、気分が良いなぁ。

もうほとんど聞こえなくなった耳から、誰か呼んでる気がするけど、でも今は心地いいよ。

 

 

「先生・・・千乃ちゃんが・・・笑っています」

「千乃ちゃん・・・」

 

 

心地いい。

色を無くした目には、お父さんとお母さんが笑っているのが見えた気がした。

色を無くした鼻からは、懐かしい食卓の香りがしたような気がした。

色を無くした舌からは、大好きなカレーの味がしたような気がした。

色を無くした耳からは、私を呼ぶお父さんとお母さんの声がしたような気がした。

そして。

全ての色を無くした私に、誰かが、頭をなでてくれたような気がした。

 

 

 

 

もう、随分と、感じることの無かった感覚を抱きしめながら、声がする。

 

「3年間だけ、元気な体で生き返らせてあげることが出来る。そこは君の知ってる世界じゃないし、喪失病も君だけだけれど。3年間だけは、生き返らせてあげることが出来る。」

 

どうする?と、聞こえたような気がした。

 

私は、それに飛びついた。

思い出してしまった。

両親の姿を、声を、臭いを、味を、頭をなでられるということを。

思い出してしまったのだから、焦がれてしまった。

 

 

「喪失病はなくしてあげることは出来ないし、家族もいない。もっと辛い目にあってしまうかも知れないけど。

それでも?」

 

 

もちろん。

3年間だけでもいい。

元気な体で、自由に。

最後には喪失病で消えてしまってもいい。

誰の記憶に残らなくてもいい。

だけど、私が生きたっていう証を、私の中に残したい。

 

 

「わかった。3年間だけ生き返らせてあげる。けど、3年と言う時間は長いようで短い。

悔いのないようにね。」

 

 

今度は笑えたと分かった。

 




神様「転生!!!」

だらだらとプロローグに2話も使ってしまって申し訳ないです。
次から原作に入れると思います。

いろいろな方の作品を見てきましたが、やはりというか、文章にすることがこんなにも難しいとは思わなかったです。
これからも、駄文や文法間違い、誤字脱字があると思いますが、生暖かい目で、見守ってくれたり、教えてくれたりすると嬉しいです。

ちなみに、感想とか、めっちゃ嬉しかったです。
書き手のエネルギーになるとはこういう事なのかと、びっくりしました。
次もなるべく早く投稿します!


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原作開始 一歩手前

やっぱり、ハーメルンの二次創作はおもしろいなぁ。
このサイトをもっと前から知っていればなぁと思います。

これは疑問なんですが、1話は大体何文字がベストなんでしょうか。
気になります。

今回は原作に入る導入です。
よろしくお願いします。
文才欲しい・・・


眩しい。

幻聴だったのか、よくわからないけれど、あの声がしてから、光が眩しい。

喪失病によって、8歳の頃に視覚を失ってから、見ることの無かった光が、今、目の前に。

これは夢なのでしょうか。いつかは覚めてしまうのでしょうか。

だったら、見ないほうがいい、なんてもう言わない。

文字通り、夢にまで見た光景が、光が。

忘れていた。これが光。本当に。

なんて、眩しい。

そして、つんと、鼻に何かが香る。わからない、なんだろうこの匂いは。

昔、私とお父さんとお母さんで歩いた光景を思い出した。

たしか、あれは、桜っていう花でした。

あぁ・・・この匂いが。

深呼吸するように、胸いっぱいに息を吸う。

音が聞こえる。騒がしいような、でも決して耳障りではないような、そんな音が。

本当に・・・私は・・・。

涙が溢れてくるのがわかりました。喪失病により全てを無くした私が、涙が頬を伝うのがわかったんです。

あとは、目を開けるだけ。それだけで、私は、きっと。

・・・・でも、これが嘘だったらどうしよう。

全部、私が作り出した妄想だったら。目を開けて本当は病室で寝たきりの私だったら。

あんまりにも、惨め過ぎます。

 

目を開けるのが怖いです。

閉じている目に、ぎゅっと力が入ってしまいます。

懐かしい、手の感触が、握りこぶしを作っているのがわかりました。ビリビリと血が流れているのがわかりました。

目を開けるのが怖いです。

でも、それ以上に、何も出来ないことが怖いということを、私は知っているから。

 

そっと目をあけました。

 

あぁ・・・あぁ・・・。

目に飛び込んでくる、全ての光景が、信じられません。

凄い・・・私、制服を着てます。ペラペラの紙のような患者衣じゃない、かわいい制服を。

自分の手を見ると綺麗な手でした。チューブが刺さっていた痕もない。

木って、あんなに大きいのですか。桜って、こんなに綺麗なんですか。

空って、こんなに青いんですか。

あ、涙が止まりません。

私、本当に、一回死んで、生き返ったんだ。

 

本当は、何度も死にたいと思った。お父さんとお母さんがいない世界で、一人で生きていくなんて怖かった。

寂しかった。私も2人のところに行きたかった。でも、生きていれば、良い事があるって思ってた。喪失病に罹って、全部失って、それでもその思いは捨てられなかった。

何度も何度も、死にたいと思ったけど、その分、何度も何度も生きたいと思った。

生きてて・・・生き返らしてくれて、本当にありがとうございます。

 

 

 

感動は止まらないですけど、とりあえず周りの状況を確認しなくちゃ。

現在、私は自分の足で、校門の前に立ってます。

立ってる・・・立つことができてる・・・また泣きそうです。

えーと、私は今、制服を着て、校門の前に立っています。

高校名は・・・私立桜が丘女子高等学校?

校門に掲げられている名前を見ていると、どんどん同じ制服を着ている女の子達が、校舎へと向かっていく。

そちらへ目を向けると、入学式とでかでかと書かれた立て札が立っていました。

なるほど、入学式ですか。

でも、私、このまま会場に向かってもいいんでしょうか。

私の最後の記憶だと、病室で寝てて、声が聞こえて・・・って感じなんですけど。

なんとなしに、鞄に目を向け、中に手を入れてみる。

そこには筆記用具と、一冊のノートが入っていました。

とりあえず、ノートに手を伸ばしてみると、表紙に

 

『千乃ちゃんへ』

 

と書かれていました。

明らかに私のものではいですけど、私宛にはなってるので、恐る恐るあけてみると、メッセージが書かれてました。

 

『千乃ちゃん。無事にそっちの世界へ送ることが出来てよかった。

もう気づいているかも知れないけど、僕が君を送った、いわゆる転生をさせた者です。

神様って呼んでくれても、あながち間違いではないです。

まぁ僕のことはどうでもいいです。

千乃ちゃん。君はこの世界では、家族はいない。小学校の入学式の日に両親を事故で無くした。これは変わっていない。ただ千乃ちゃんだけは事故にあわなかった。そんな世界に君は今いる。事故にあわなかった君は、両親の遺産や保険を全部相続し、祖父や祖母が君の身元引受人になってくれている。といっても君は今日から一人暮らしだ。

祖父母らは遠い田舎にいる。お金も、高校三年間だけなら暮らしてゆけるほどある。

だが、喪失病だけはなくすことは出来ない。これは絶対なんだ。

この三年間でまた症状は出てくる。

きっかり3年後、全ては失われる。それだけは忘れないでおくれ。

 

さて、これから君は、高校三年間を、本来ならなかったはずの人生を歩んでいく。

それがどんな人生になるかは僕にもわからない。けど、君は、君なら大丈夫だ。

このノートは餞別に贈らせてもらう。特別製でね、思いを込めることができるノートなんだ。いきなりこんなこと言われても普通は理解できないだろうが、思いを込めたこのノートのおかげで、ややこしい過程を吹き飛ばして、理解できたと思う。これがそのノートの力だ。

今、僕が記したのは文字だが、使い方によっては面白いことも出来る。有効活用してくれ。

さて、まずは、入学式だ。君が夢見た入学式だ。高校生活だ。

 

楽しんでおくれ。

P.S 家とか生活用品とかは一式用意してある。生徒手帳に住所も書いてあるので、そこに帰るように。』

 

・・・・なるほど。神様だったんですか。びっくりです。

事故にあって、喪失病になって、神様を恨んだことはいっぱいあります。

恨まなかった日なんてなかったかも知れません。

何で私が。なんでお父さんとお母さんが。

そう思わなかった日は一度もありません。

なのに、なんで今更、生まれ変わらせてくれたんでしょうか。

でも、いまだけはどうでもいいです。

本当に、ありがとうございます。

・・・今まで流さなかった分、涙もろくなってしまっているようです。

 

とにかく!

私は、人生を、やりなおすんだ!

やりたいことはいっぱいあります。3年間で全部やることが出来ればいいな。

とりあえずは、校舎に向かいましょう。

 

 

 

お父さん、お母さん。

千乃は、高校生になりました。

 

 

 

 

 

 

 

新入生の列に並び、校長先生が挨拶をしています。

周りの人達は期待を胸に、いい顔をしています。

けど私は・・・上手くやっていけるんでしょうか。

ずっと病院で、他者と交わることをしてこなかった私は、上手くやっていけるんでしょうか。

友達なんて、いなかったんです。友達の作り方なんて知らないんです。

私の世界は、お医者さんに借りていた音楽プレーヤーの中の歌だけ。

もしも、嫌われちゃったらどうしよう。不快な気持ちにさせてしまったらどうしよう。

いじめられたら、どうしよう。

 

おかしいです。

あんなに夢にまで見た世界なのに。

今、私は不安でいっぱいです。胸が苦しいです。気持ち悪い、です。

 

その後のことはあんまり覚えていません。

入学式が終わり、クラスに案内され、担任の先生が明日からの予定について、連絡をしていたのはかろうじて覚えています。

そして、先生の話が終わり、解散となったのですが、まだ帰らない人のほうが大勢で。

友達になったであろうグループが、話に花を咲かせています。

席に着いていた私ですが、

周りの人達が、こちらを見て何か言っているような気がしました。

けど私は、小さくなるばかりで、動けずにいました。

もしかして、何かもう、ミスをしてしまったんでしょうか。

あの子は変なヤツだと、指を指されているんじゃないでしょうか。

心臓が痛いほど、鳴っていて、手のひらがじんわりと、汗ばんでいます。

視界が滲んで。

私は、いったい何をしているんでしょう。

やり直すって、決めたのに。

 

 

 

気づけば、屋上にいました。

・・・この学校は、屋上が開放しているんですか。まるで、病院みたい。

気分が沈んでいきます。

病室で、寝たきりだった私は、この生活を手に入れたかったはずなのに。

それなのに、今ではもう、いなくなってしまいたい気分で。

自分で自分を抱きしめるように、小さくなって座り込んだ私は、情けない気分でいっぱいで。

 

どのくらいの時間がたったんでしょうか。

今では、もうほとんど生徒もいなくなり、寂しさが残る夕日を見て。

私は。

何のためにここにいるのかと。

改めてそう思いました。

 

生きたいんです。

3年後には消えてしまうけれど、それまで死にたくないんです。

光が見たいんです。

高校生活を送りたいんです。

カレーを、お母さんの教えてくれたカレーを食べたいんです。

花火もしたいんです。

旅行もしたいんです。

恋愛もしてみたいんです。

そして、それは、一人でじゃなくて。

誰か、素敵な、友人と。

 

・・・はい、私は友達が欲しいんです。

人と向き合うのは、怖いけれど。

付き合い方なんてわからないけれど。

いっぱい友達が欲しいんです。

いや、いっぱいじゃなくていい。

ほんの一握りでいい。

私のことを大切に思ってくれる、そんな友人がほしいんです。

私が困っていたら、いや私だけじゃなくて、誰かが困っていたら、助けてくれるような。

他人に対して、真剣になれるような。

そんな友人が欲しいんです。

そして、私も、そんな風に思える人間に、なりたい。

 

 

決意はできました。目標もできました。

あとは、私が動くだけ。

 

 

あ、あと、思いっきり、歌いたい。

 

 

・・・胸が高まる。

自然と、頬が上気する。

今から私がやることを思っただけで、私は私でなくなるような、そんな感覚がします。

でも、決めたから。

これはその証。

これからも、いっぱい迷ったり、不安になったりしてしまうと思うけど。

でも、この日を忘れない。

私が生まれ変わった日。

私が生まれた日。

私が決めた日。

 

私が、歌った日。

 

「Let It Be」

 

 




神様「ボッチはあかん・・・」

視点をどうするか、それが問題です。

次くらいに、原作キャラが登場します。
読んでくださった方に、感謝です!


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第1話 軽音部、結成!

大学始まると、時間が・・・グヌヌ
書くスピードはやっぱり慣れなのかなぁと思う今日この頃です。

今回は原作キャラの登場です。
「こんなの澪ちゃんじゃない!」
「律ちゃんはもっと男前や!」
「誰だ沢庵おいたやつ」
となってしまうかも知れません・・・すいません。


Side律

「澪~、クラブ見学いこ~ぜ~」

 

「ちょっと待ってくれ。まだ荷物が・・・」

 

私は田井中律。今日から私立桜が丘高校に通うピカピカに1年生だ!

これから始まる高校生活、期待で胸が膨らむぜ。膨らんだら澪にも大きさで勝てるな!

・・・言ってて哀しくなってきた。

まぁでも、楽しみで仕方ないって言うのは本当。

高校生になった私たちは、選択肢が増えたってことだ。

勉強は難しくなりそうだけど、そこは幼馴染の澪がいるし。

バイトとかも興味があるな。修学旅行はどこに行くんだろう。

それになんと言っても、クラブ活動だ!

澪とも約束したし、軽音学部でLet’s Partyだ!じゃんじゃん叩くぞー。

まずは軽音楽部の部室に行って、入部届けを出さなきゃな。

澪のヤツは恥ずかしがり屋だから、気が変わらないうちに入部させとかないと・・・ふっふっふ。

 

「・・・・・」モタモタ

 

「・・・遅っそーーーい!こんなもんガッと鞄に詰め込めばいいんだよ!」

 

教師から配られたであろうプリントを丁寧にファイルにはさみ、折れないように細心の注意を払いながら、鞄に入れようとして悪戦苦闘している幼馴染にツッコミをいれ、代わりに入れてやった。

 

「ほら、入った!」

 

「あーーー!折れちゃってるじゃないかバカ律―っ!!」

 

ゴン

 

あいたぁ・・・ぶたれた。

丁寧に入れなおしている澪を尻目にため息をつく。

このプリント1枚に気を使いすぎてるヤツが私の幼馴染の、秋山澪だ。

澪とは幼稚園のころからの付き合いだけど、こういうところは変わっていない。

細かいというか、几帳面というか・・・だからベースとか指でちまちま弾く楽器が得意なんだろうな。

私はそんなの無理だから、豪快にドラムを叩くぜ。

 

「まったく・・・律はいつもいつも・・・」

 

もしかしたら澪も同じような事を考えてたのかも・・・。

 

「よし・・・っと。じゃあ行こうか」

 

荷物をまとめ終わった澪が私に言う。

 

「楽しみだな、澪」

 

「そうだな・・・でもクラブ見学って言ったってどこに行くんだ?」

 

「ひどい、忘れるなよ!軽音部だよ軽音部!」

 

とにかく、楽しみだ!!!

 

 

 

 

Side澪

「へ?廃部した?」

 

律が素っ頓狂な声をあげた。

私の名前は秋山澪。今日から高校生だ。

私はどちらかというと緊張しがちな性格だから、高校生活も少し不安だったけど、この幼馴染のおかげでそんな不安も一蹴された。

だから、クラブも付き合うつもりだった。

律と一緒に、職員室に軽音部の部室はどこにあるのか聞きにきたんだけど、どうやら廃部になっていたらしい。

目の前の美人な先生が言う。

 

「正確には廃部寸前ね

昨年度までいた部員は、みんな卒業しちゃって・・・今月中に入部しないと廃部になっちゃうの」

 

なるほど。メンバーを集めればいいわけだ。

・・・知らない人に声をかけるなんて、考えただけで足が震えてしまう。

隣で呆然と立ちすくんでる律。無理もないか。あれだけ楽しみにしていたもんな。

 

すると他の生徒が職員室に入ってきて、どうやらこの先生に用があるらしく。

 

「ごめんね。呼んでるから」

 

そういって、頑張って!と手を振り去っていく。

まだ律は動かない。

 

「きれいな先生だったなー。

でも廃部なら仕方ないな。じゃあ私は元から入りたかった文芸部に・・・」

 

そういった私の襟首を掴んで律は。

 

「誰もいないって事は、今入部すれば私が部長・・・ふふ、悪くないわね」

 

落ち込んでたんじゃなかったのか!?

さすが律・・・図太い卑怯だ。悪い顔が似合ってる。

だけど・・・それでこそ律だ。落ち込んでるよりこっちのほうがずっと律っぽいな。

 

「とりあえず、前使ってた部室に行こう!そこで作戦会議だ!」

 

私の手を取って、引っ張っていく律。

きゅ、急に走るな!

 

 

 

そして部室に到着。

まさか、最上階だったとは・・・疲れた。

 

「まぁまぁの部室だな」

 

「はぁはぁ・・・何様なんだ・・・」

 

「よし、まずは部員集めからだな。手当たり次第ビラでも配るか」

 

!!!???

 

「・・・知らない人にか?」

 

「当たり前だろ?この学校に知り合いでもいるのか?」

 

「むむむ無理に決まってるだろ!」

 

は、ハードルが高すぎる!

 

「高校生にもなって・・・」

 

はぁ、とため息をつかれる。わかってるんだけど、変わろうとはしてるんだけど、急には無理だ!こういうのは時間をかけないと・・・。

 

そこに第三者が現れる。

 

「あのー・・・見学したいんですけど・・・」

 

うわぁ・・・綺麗な人だ・・・。地毛なのか黄金色のウェーブのかかったロング。

触らなくてもわかる、あの髪は最高品質だ。女性の私からしても美人だとはっきり口に出来る。

そしてなによりも纏っているオーラ。一挙一動が洗練されたお淑やかな動きだ。

時代が時代ならお姫様と間違えてしまうほどだ。

 

「軽音部の!?」

 

そんな珠の様な、芸術品と言っても差し支えない女の子に、律は飛びついた。

 

「いえ合唱部の・・・」

 

「軽音部に入りませんか!?今部員が少なくて・・・」

 

「こら!!」

 

手を取ってまくしたてる律に私は大声を出してしまう。

 

「そんな強引な勧誘したら迷惑だろう!!」

 

ただでさえ相手は知らない人なんだし、合唱部目当てできたんだから。

 

ずるずると律を引き剥がす。

 

「それじゃ、私も文芸部に行くから」

 

第三者がきて、びびったわけじゃないんだからな。

 

「澪っ!!あのときの約束は嘘だったのか!?

私がドラムで!澪がベース!2人でずーっとバンド組もうって!!」

 

その言葉に、私は戸惑ってしまう。

こんな真剣な律、久しぶりかも・・・。

 

「律・・・」

 

「それでプロになったらギャラは7:3ねって」

 

「捏造するな!!」

 

前言撤回。頭を叩く。ちょっと真面目な話をすればすぐに茶化す。

 

「ぷっ・・・くすくす・・・」

 

なんだろう、と見てみれば、さっきの女の子が笑っている。

恥ずかしいところを見られてしまった。

 

「なんだか楽しそうですね。キーボードくらいしか出来ませんけど、私でよければ入部させてください」

 

おかしそうにクスクス笑う女の子は私たちに向かってそう言った。

 

律は満面の笑みを浮かべて

 

「ありがとーっ!!これであと一人入部すればっ!!廃部は免れる!!!」

 

その言葉に。

 

「・・・私はもう人数に入ってるのね・・・」

 

文芸部、入りたかったんだけどな。でも、バンドも面白そうだし。

なんだか素敵な出会いがありそうな気がする。

・・・っは!?まさか運命の・・・いい詩が浮かんできた。

 

「あとはギター!それにボーカルがいれば完璧だな!!さっそく勧誘だ!職員室でビラ作るための紙とか貰いに行こう!」

 

 

 

Side紬

 

今日は高校の入学式。

自分で言うのも恥ずかしいけど、親が大金持ちです。

そのせいか、幼い頃から英才教育を受けさせられ、何をするにも親の意向に沿ってきました。

でも、私は人形じゃない。両親のことは尊敬してるし、大好きだけど、私の人生は私が決めたい。

そう思い、親が進める学校ではなく、自分の意思で桜が丘高校へ入学しました。

今までのような、周りも同じようなお嬢様ばかりの学校ではない、ここでなら、私をお嬢様だって知ってる人もいない。

レッテルではなく、ありのままの自分で見てくれるはず。

凄く楽しみでした。

そして、入学式のあと、私は合唱部に入ろうと音楽室を訪れました。

けど、そこで私を待っていたのは素敵な出会いでした。

お嬢様、だから私に話しかけてくるのではなく。

人数が足りないから。私は笑ってしまいました。そんなことは初めてだったから。

軽音楽、やったことはありませんでしたが、凄く興味を持ってしまいました。

まったくの新しい世界が目の前に広がっている。親に進められた道ではない。

お嬢様というレールでもない。

普通の、女の子。私が求めていたもの。

目の前の2人の女の子たちは、お互いを信頼しあっているんでしょう。

私も、そんな2人が羨ましくて、仲間になりたいと思ったんです。

だから、入部を決めました。

田井中律さんと、秋山澪さん。今はまだ、苗字で呼び合う仲だけど、

いつか、私も気軽に名前で呼び合える仲に・・・フンスフンス

 

 

そして今、部員を集めるために、ビラを作るため、材料を職員室に貰いにいってる途中です。

・・・私が材料を用意するっていうのは駄目なのかしら。

 

 

3人で廊下を歩いて、職員室へ向かっている途中。

会話が続かない・・・。

秋山さんはずっと下を向いて、それを田井中さんが仕方ないなって顔してるみたいです。

・・・さっきまであんなに楽しそうに話してた2人になんだか申し訳ない気分です。

気まずいです。

 

 

何か喋ろうと口を開くのですが、それは声にならず。

田井中さんも困った顔をしてるみたいで。

もしかして、私、いないほうがいいんじゃ・・・

知らずに迷惑かけてるんじゃ・・・嫌な想像は止まらないものです。

 

その時、何か聞こえてきました。

これは・・・英語?

 

「なんか聞こえないか?」

 

田井中さんもそう思ったようで。

 

「英語・・・ですね。」

 

「ていうかこれ、歌じゃないか?」

 

田井中さんの言葉に、秋山さんも口を開き。

 

「綺麗な・・・声だな」

 

さっきまで下を向いてばかりだった秋山さんが、耳を澄ましてそう答える。

 

歌・・・確かにメロディがあって、綺麗な声です。

 

「Let It Be」

 

流暢な英語。けれど驚くべきところはそこではなく。

力強く、ぶれずに、声量がある声。

そしてなによりも、感情をそのままぶつけてくるような、鬼気迫る歌声。

うまい。本当に上手い。

 

 

心に、直接、語りかけるように、何度も何度も、そのままでいい、と歌うその声は。

私の心にあった、わだかまり。

自分で勝手に作った氷を溶かしていく。

 

 

そのままでいい、そのままで行こう。

私は、勝手に、救われていくのでした。

 

 

 

 

Side律

 

急に聞こえてきた歌に、私達3人は、足を止め、聞き入っていた。

うまい。

素人の私でもわかる。ただ上手いだけじゃなく・・・なんていうか・・・特別な上手さっていうか・・・まるで、歌うために生まれてきたような・・・あー!ボキャブラリーが無いからうまい言葉が見つからん!

でも、歌が好きなんだなって、めちゃくちゃ伝わってきた!それだけは確かだ!

英語の意味はわからないけど、心があったかくなる。

さっきまで、琴吹さんに緊張していた澪も目をキラキラさせている。

・・・正直に言うとさっきまで、かなり参ってた。

澪は初対面の琴吹さんに緊張して、琴吹さんはそれに呼応するかのように気持ちが落ちていって。

話せばきっと仲良くなれる。それは絶対だ!

だけど時間が短すぎて。急には仲良くなれなかった。あの澪ってこともあるし。

だけど、その重かった雰囲気が、いまでは嘘のように消えていた。

3人で一緒の空間を共有している。

それもこれも、この歌のおかげだった。

 

そして、歌が終わったようだ。

もっと聞きたいと思った。

!!!!

いいこと思いついた。

 

 

 

 

Side澪

 

私は、今、凄く感動している。

ついさっきまで、私は初対面の琴吹さんに対して、失礼な態度を取ってしまっていた。

いくら緊張していたからって、ずっと下を向いて極力目をあわさないようにしていたんだから。

本当に、こういうところを治したい。

でも、聞こえてきた曲。

これはたしかBeatlesのLet It Beだ。

誰が歌っているんだろう。そう思うや否や、そのうまさに驚いて聞き入ってしまった。

時に弱く、哀愁を込めて。

時に強く、叫ぶように。

 

そのままでいい、そこに答えがあるだろう

 

私は、比喩ではなく、泣いてしまっていた。

こんなこと初めてだった。

哀しくもない。痛みも無い。

なのに涙が溢れてくる。

 

抑えきれない、そう聞こえたような気がした。

そして感情の塊、『歌』が、私の体全部にぶつけられ。

 

そして、気づいたら、歌は終わっていた。

 

 

しばらくの間・・・誰も声を出すことが出来ずにいた。

余韻に浸っていたのかも知れない。

 

そして

 

「田井中さん、秋山さん。こんな時になんだけど、これから3年間、バンドの仲間として、よろしくお願いします」

 

と、琴吹さんが手を差し出してきた。

 

私も。

 

「こちらこそ、よろしく。・・・さっきはごめん・・・私、人と話すのが恥ずかしくて・・・」

 

「そんな、気にしないで」

 

律が笑ってた。

 

「よっし!今からが本当の軽音部の活動開始だ!」

 

肩を組んでくる律。

それを嬉しそうに受け入れる琴吹さん。

もちろん、私だって。

 

「でさ、私にいい考えがあるんだ」

 

ニヤっと笑い、私たちを抱き寄せる。

 

 

 

 

 

「今歌ってたやつ、ボーカルで軽音部に入ってもらおうぜ!!」

 




神様「ずうとるびwwww」

今回、びーとるずのれっといっとびーを作中で紹介しました。
この曲は大好きで、父が幼稚園児だった私に聞かせ続けてきた曲のひとつです。
最近、似た曲名のものが出ましたが勝手にびっくりしてました。

ようやく、原作キャラでてきたでぇ・・・。
大学とバイト、猟銃免許取得とか色々ありますが、次もなるべく早く投稿できるように頑張ります。


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第2話

1日1回の投稿を心がけようとしてたのですが、執筆スピードの遅い事遅い事。
すいません、慣れるまで、不定期更新が続くと思います。

これからも頑張ります。
読んでくださっている皆さまに感謝です。


息を吸って、はく。

当たり前のことだけど、私にとっては当たり前のことではありませんでした。

事故にあって、機械に繋がれ、息を吸うにも補助が必要でした。

そのうち、私はそれを当たり前の事として受け入れていました。

だから今、自分の力で深呼吸を行っていることをかみ締めています。

 

 

思えば、生まれ変わって以来ちゃんと声を発していなかった気がします。

だから、ちゃんと歌えるかな。

・・・いや、うまく歌えなくたっていい。ずっと病院で生きてきた人間がうまく歌えるはずないんですから。

だけど精一杯、力の限り歌います。それが私が決めたこと。

それが、これからの私なんです。

 

 

すぅ。

 

 

そして私は、お父さんとお母さんが亡くなって喋らなくなってから、実に10年ぶりくらいに歌を歌ったのでした。

 

声を出す。

喉を震わす。

誰かに聞かれていたら、そう思うと恥ずかしいです。

けど、久しぶりにでた声は、喉を通るときになんだかむず痒い感覚を思い出させ。

ずーっと忘れていた私の声は。

私にいろんなことを思い出させてくれました。

歌う曲は、BeatlesのLet It Beという曲です。

この曲は、今現在の自分のままでいい、という言葉を第三者からかけてもらったという曲です。

病院に入院していた私は当然学校に通うなんて出来るはずもなく、リハビリの一環としてお医者さんに勉強を教わっていました。

目が、声が、耳が失われていく私に教えるのは根気のいる話だったと思います。

その時の英語の勉強法として、洋楽を和訳して覚えていくというものでした。

これだけは、真面目にやってきました。

そして、お医者さんの音楽プレーヤーにわざわざ沢山の洋楽を入れて持ってきてくれました。

おかげで英語が一番得意になりました。

その中でもこの曲は大好きでした。

何故、今この歌を歌っているのか。

特に深い意味はないんです。ただ、初めて歌う曲は大好きな歌にしよう、そう思っただけでして。

・・・だけど、もしかしたら、私は誰かにそのままの今の私に声をかけて欲しかったのかも知れません。

入院していた私。誰も友達がいなかった私に、声をかけて欲しかったのかも知れません。

 

 

気づいたら歌い終わっていました。

久しぶりに出したからなのか、それとも歌い方がへたくそだからなのでしょうか。

最後のほうは声がかすれていたと思います。

誰かに聞かれていたら笑われていたと思います。

でも、歌いきった、歌いきったんです。

初めて私が、私だけの力でやりとげたんです。

 

ただ歌を歌っただけ。

だけどそれがこんなにも嬉しい。

胸には爽快感だけが残り、このまま寝転んでしまいたい衝動に駆られます。

空はすっかり朱に染められ、妙な孤独感が、今の私にマッチして。

一人明日からの生活に、今朝には無かった希望を感じたのでした。

 

 

気持ちいい。

 

 

少し佇んでから家に帰ろうとしたとき、なにやら声が聞こえてきました。

なんでしょう、誰かが忘れ物でも取りに来たのでしょうか?

 

て、手伝ったほうがいいのかな・・・友達になってくれるかも知れませんし・・・。

 

 

「今歌ってたやつはどこだー!」

 

 

・・・前言撤回、ニゲマショウ。

なぜかわかりませんが、歌っていた人(私)を探し回る女の子の声が聞こえました。

怒声です。もしかしたらうるさかったのかも知れません。

もしかしたら屋上に出てはいけなかったのかもしれません。

それで文句を言いにきたのかも・・・。

 

謝ったほうが、いいんですよね・・・?

 

意を決して名乗り出ようとしました。

 

 

「絶対に逃がすなー!捕まえろー!高く売れるぞー!」

 

 

・・・!!!???

 

 

え、私、売られちゃうんですか!?

 

 

そういえば入院してた頃、音だけ聞こえてくるテレビから、よく女の子が行方不明になったっていうニュースを聞いていました!

まさか、こんな身近に起こり得る事件だったなんて。

逃げましょう。

せっかく生まれ変わったっていうのに、そんな終わり方は嫌です。

 

そして、屋上から校内へ戻り、声がする方向とは逆に走ります。

まだ何か叫んでいますけど、気にしていられません。

何度もいいますが、私は長い間入院していたため、走り方なんて忘れてしまってたんです。

走るっていう感覚がなんだかふわふわするような感じで、もつれそうになる足をなんとか必死に動かします。

 

あとは階段を下っていくだけ。

そう思った矢先、階段を踏み外してしまい、ズルっと効果音が聞こえてきそうなほど見事に転んでしまいました。

けれど、衝撃はいつまで立ってもやってきませんでした。

怖くて目を閉じていた私は、体が包まれたような感触を得ました。

恐る恐る、薄目を開けてみると。

その感覚の正体は、階段から滑り落ちた私を正面から抱っこするような支えてくれた人のおかげでした。

 

 

「大丈夫!?」

 

そう聞いてくれたのは、赤いふちの眼鏡をかけたショートカットの女の子でした。

凛とした風貌に、女の子なのに少しかっこいいと思ってしまいました。

 

 

「・・・えっと。聞こえてる?」

 

 

見とれて、まだ支えてもらっていた私に再度確認をとる。

 

 

「・・・あ、えと、だ、大丈夫れす!」

 

 

噛んでしまいました。

久しぶりに面と向かって話すんです。

それもこんな美人と。

緊張してしまうのは当たり前ってものです。

 

 

「落ち着いて。ゆっくりでいいから、怪我がないか確認して?」

 

 

なんだかこういったシチュエーションに慣れているような感じで、なだめてくれました。

 

深呼吸して気持ちを落ち着かせたいところですが、そんなことをしたら変な子と思われてしまうかもしれないので、とにかくゆっくり、けど待たせるのも申し訳ないので、やはり慌てて離れようとします。

急いで体に異常がないか調べて、特に痛むところもなかったので、自然と良かったと息をつきました。

 

 

「その分だと特に怪我はないみたいね。」

 

ほっとため息をついてくれました。

 

肯定の意味の言葉を出そうと思ったのですが、やはりどうしても緊張してしまって。

 

「コクコク!」

 

と。素早く頷くことで意思疎通を図ることしか出来ませんでした。

 

 

「・・・っぷ。あははは」

 

と命の恩人が笑いました。

笑った顔も綺麗でした。

 

「あ、ごめんね。なんだか知り合いに似ててつい笑っちゃった」

気分を悪くしたらごめんね、と言う言葉に。

私はまたも。

 

「ブンブン!」

 

と首を今度は横に振るだけでした。

 

 

「なら良かった。・・・あなた、確か同じクラスよね?」

 

「!?」

 

「自己紹介はなかったから、顔を知らなくても無理ないからそんなに驚かないで。

私、真鍋和(まなべ のどか)。よろしくね」

 

そういって手を差し出してきました。

 

私は、その手を取ろうと思いました。

私の手に汚れがついてないか、汗ばんでいないかとか確認してからおずおずと手を差し出します。

そんな私を見て、またくすりと笑った。

 

そして

 

「湯宮・・・千乃です。よ、よろしきゅおねがいしましゅ」

 

・・・いや、もうなんだか嫌になってきました。

でも、命の恩人の、真鍋さんは優しい目で私を見て。

 

 

「よろしく。今日はもう帰るの?よかったら一緒に帰らない?」

 

そう言ってくれました。

 

凄く優しい人です。

きっと私みたいにコミュニケーションが苦手な人でも自分のペースで話させてくれるような、そんな人のことを考えてくれる人。

私が、なりたい人でした。

だから・・・勇気を出して・・・

 

「会わせたい子もいるの。私の幼馴染なんだけど、きっと仲良くなれると思うわ」

 

「っ!?」

 

知らない子もいるんですか・・・それはなんというか、緊張してしまいます。

そんな私の顔を見て真鍋さんは。

 

「無理にとは言わないけれど・・・あなたと友達になりたいの・・・どうかしら?」

 

胸が鷲掴みされたような気がしました。

と、友達・・・前の世界では作ることが出来なかった友達。

けど、今、目の前に、友達になってくれるといってくれる人が。

うまく話すことができないって知ってるのに、そんなことを言ってくれる人が。

目の前に・・・。

 

 

「あ、・・・うぇっと・・・その・・・」

 

・・・頑張って。

お願い、今の私、頑張って。

 

 

ずっと夢見てきたんです。

 

友達って、どういう感じなんだろうって。

友達になるって、どんな気持ちなんだろうって。

 

白い病室で、体を動かすことさえ満足に出来なかった私には、友達なんか出来ないってわかってました。

でも、いつも考えていたんです。

きっと、それは素敵なことで。

友達と、楽しいも、苦しいも、哀しいも、嬉しいも、共有できたら。

それは、嫌なこともあるだろうし、うまくいかない時だってあるはずです。

でも、友達の分の苦しいや悲しいを、私が一緒に受け止めてあげることが出来たら。

そしてその分、嬉しいや楽しいを、一緒に味わうことが出来たら。

多分、それが、幸せで胸がいっぱいということで。

それが、友達になるってことなんだと、ずっと、想像してきました。

 

だから。

 

「こ・・・こんな私が・・・友達」

こんな私が友達でいいんですか?

 

そう言おうとして、止めました。

そうじゃなくて。

 

 

「わ、私と・・・友達になってください!!!」

 

言えた。

言えました。

 

 

 

返事は、笑顔と握手でした。

 

 

 




神様「最初の原作キャラとの絡みは、わちゃんだって決めてましたキリ」



いつも読んでくださってる皆さまに感謝です。


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第3話 やさしさに包まれたなら

内定式にて、更新が遅くなってしまいました。
なるべく早く更新できるよう頑張ります。

キャラの口調に違和感とかありましたらお申し付けください。




Side律

 

あの歌を聴いてから、私たち3人は本当の仲間になれた気がした。

ギクシャクしてた空気が一蹴されて、澪もムギ(琴吹さんの事をそう呼ぶことにした!)も、もうすっかり打ち解けている。

そして、その原因はもちろん、さっき聞いた歌だ。

本当に不思議な声だった。

普通の声、と思ったら聞いたこともないような声質で幻想的だった。

高音なのか低音なのかもわからなかった。聞いてたのにわからなかったって、じゃあ何を聞いてたんだって話しになるけど、それほど聞き入ってたってことな!

私の頭に浮かんだイメージは、暗い海の中から一人ぼっちで歌っている人魚のような、そんな物悲しさを含んだようなイメージだ。

・・・なんか詩的だな!澪のセンスが移ったのかも・・・。

 

ただただ、聞き入っていた。

そして声質だけではなく、その歌い方。

命をぶつけてくるようなって言ったら大げさに感じるかも知れないけど、本当にそう感じたんだ。

私は、この声の持ち主とバンドをやりたい。

このボーカルと音楽を作って行きたい、そう思った。

そしてそれは澪もムギも賛成してくれて、声の主を捜すことにした。

 

 

不思議な声といったが、声質だけでそういったのではなく、何故こんな時間に、一人で、しかもどこで歌っているのかもわからなかったから、そう表現した。

普通、こんな時間に、アカペラで歌うヤツなんていない。

合唱部、かとも思ったけどそれは違った。

何でかって言うと、合唱部のヤツらも声の主を捜していたからだ。

・・・争奪戦か!?

 

こうしちゃいられない!

ちまちま捜してたら先を越される!

 

だから私は大声を上げて捜した。

 

 

「今歌ってたやつはどこだー!」

 

 

・・・返事はなし。

 

無言で澪に頭を殴られた。

でも、先を越されたくない気持ちは同じようで、それ以上は何も言わず、あたりを捜す。

 

たかが一曲歌っただけ。でもそれで、争奪戦が起きてる。

それほどの価値が、あるということ。

絶対に私たち、軽音部のもんだ!

そして、一緒に歌って演奏して、対バンしたりして、偉い人の目に留まって、プロになって、オリコンで1位になったりして、CDもバンバン売れて、ゆくゆくは世界に・・・っは!?

夢か!

えぇい、とにかくまずは捜さにゃあ始まらん!

 

 

「絶対に逃がすなー!捕まえろー!高く売れるぞー!」

 

 

おっといけない、また妄想もとい未来設計図が漏れてしまった。

 

 

 

けど、結局見つけられなかった。

合唱部も肩を落としてた。

 

不思議な歌声で、心が癒されて、軽音部の結束が強まって、けど声の主は見つけられなくて。

なんだか、本当に不思議な体験だった。

外もすっかり暗くなっちゃったし、今日はこの辺で帰ろう。

最低でもあと一人、部員がいないと一週間後には廃部になるし・・・なんとしてでも確保だ!!

 

 

 

 

Side和

びっくりした。

急に人が落ちてくるなんて。

 

 

話はいきなり前後するのだけど

入学式の日、HRにて生徒会に興味がある者は職員室に来るようにと、担任の先生がそう仰ったので、放課後に立ち寄った。

本来なら幼馴染の唯と帰る予定だったんだけど、待たせるのも悪いので先に帰ってもらおうとそう言ったのだけど、唯もクラブに興味があるらしく、お互いに用事が終わり次第、連絡を取り合おうということになった。

職員室についた私は、生徒会顧問の教員に話を伺い、生徒会への入部を決めた。

説明会、面接、書類にサイン、少しのアンケートのようなもの、そして桜が丘高校をどのような高校として目指すのか。

最後の質問に、私は。

 

 

それらを書ききった私は、すっかり日が暮れてしまった空を見て、携帯へと手を伸ばした。

唯からメールが10分前に来ており、

 

 

「校門で待ってまーす v(`ゝω・´)キャピィ」

 

・・・最近携帯を買ってもらったから、唯は顔文字を多用してくる。

その幼馴染の幼さに少し呆れつつも、疲れた体が軽くなった気がした。

 

そして階段を下り、下駄箱へ向かう途中。

誰かが上から下りてきたのがわかった。

なんでかって、かなり急いでいたのかバタバタと走っておりてきているからだ。

その足取りもなんだかおぼつかないのか、ところどころでつんのめっているようだ。

危ないな・・・そう思った矢先、ちょうど私が階段を曲がり、更に下へ続く階段へ足を踏み出し、中間地点あたりに着いた時。

その足音の主が私のいる階段に追いついたのか、姿が見えた。

 

その姿は。

女の子だった。

そう、普通の女の子。

目元が見えるように綺麗に切りそろえられた前髪。

後ろは無造作に放置されているアンバランスさが相まって、目を引いてしまう。

背はそんなに高くは無い。

いたって普通のかわいい女の子。

だけど、その女の子は白かった。

着てる服は、私のと同じ制服で紺のジャケット、髪も深い海のような色なのに。

だけど、肌が病的に白くて。

そしてなによりも、彼女には、色が無いように思えた。

・・・何を言っているか自分でもよくわからないけど、なんていうか・・・人は自分の好みや、今までの人生で得た経験などがそのまま自分のカラーとして、多かれ少なかれ独自の空気、色を醸し出すのだけど。

目の前にいる女の子は、女の子にはそれが感じられなくて。

なんだか、精巧な人形を見ているようだった。

かわいい、美しい、綺麗、美人。

そのどれもが当てはまり、またどれも表現するには合わなく、それゆえに、白色。

人形のような女の子。

その姿を見て私は、息をのんでしまった。

不気味の谷、そんな現象のように不気味だから息をのんだ?

違う。

確かに彼女は人形のようだ。マネキンのようだった。

だけど、彼女から意思を感じる。命を感じる。

当たり前だけど、それが奇跡のようにも感じられて。

どんなものかはわからないけど、力強い意志が。

たった数分前に何かを決意したような意思が。

 

その矛盾に、私は何かを見た気がした。

 

見とれて、危ないから走ってはいけない、という注意を口にすることができなかった。

そして案の定、彼女は階段を踏み外した。

 

 

とっさに、正面から落ちてくる彼女を抱きとめることができたのは本当に奇跡だ。

抱きかかえる形になってしまい、自然と顔が近くなる。

 

 

「大丈夫!?」

 

 

そう問いかけるも返事がない。まさか怪我でもしてしまったのではないか。

不安になった。

 

 

「・・・えっと。聞こえてる?」

 

 

なぜか、ポーっとしている彼女に問いかける。

うっ・・・間近で見ると本当にかわいい。真っ白のキャンバスに描かれた女の子みたい。

同性の私でもなんだかドキドキする。

 

 

「・・・あ、えと、だ、大丈夫れす!」

 

 

再起動したかのように、返事を返してくれた。

見事に噛んでしまっていた。

あまり、喋るのが得意ではないのかもしれない。

 

そこで私の頭に、ある想像がよぎった。

私は勉強ができる。自慢でもある。

だけど、それゆえに、考えないでいいことまで考えてしまう。

 

階段を降りる際のおぼつかない足取り。

病的なまでの白い肌。

色がない。

そして、喋るのが苦手かもしれないということ。

 

もしかして彼女は、何らかの理由で入院していたのではないか。

そして、退院して、入学。

 

もちろんこれはあくまでも私の想像にしかすぎず、それを確認することもない。

だけど、もしそんな話が本当だったら。

それこそ私が・・・。

 

 

「落ち着いて。ゆっくりでいいから、怪我がないか確認して?」

 

 

まだ落ち着かないのか、目の前の女の子にそう言う。

 

 

その言葉は逆効果で、むしろ気を使わせてしまったのか慌ててしまっているようだ。

けど、一応の確認は済ませて、ほっと息をついていた。

転んだりしたら、時間がたってから現れてくることがあるのだけれど・・・。

安心させるためにも。

 

 

「その分だと特に怪我はないみたいね。」

 

 

「コクコク!」

 

 

!?

私の言葉に素早く頷く小動物のような彼女。

か、かわいいわね。

 

 

思わず。

 

 

「・・・っぷ。あははは」

 

 

笑ってしまう。

タイプは違えど、なんだか唯のように子供っぽいと言うか、ほっとけないような。

ついつい構ってしまいたくなる。

 

 

「あ、ごめんね。なんだか知り合いに似ててつい笑っちゃった」

 

 

笑ってしまったことで、萎縮させては申し訳ないと思い、謝るが少女はそれに対して、首を今度は横に振る。

 

 

「なら良かった。・・・あなた、確か同じクラスよね?」

 

・・・うん。よく見るとこの子、同じクラスだった気がする。

HRが終わってもなかなか席から離れず、誰と話すわけでもなく・・・ただ座っていたのを覚えてる。

遠目だったから、気づかなかった。

容姿も、白色という事も。

 

 

こんな出会い方ではあったけど、せっかく話す機会もあったので。

あと、私の言葉に驚きあたふたしてる彼女の弁明のためにも。

 

 

「自己紹介はなかったから、顔を知らなくても無理ないからそんなに驚かないで。 私、真鍋和。よろしくね」

 

 

きっと、この子は優しいのだろう。

いや、自信がないだけか。

私が差し出した手に驚き、また慌てながら手を差し出してきた。

 

 

「湯宮・・・千乃です。よ、よろしきゅおねがいしましゅ」

 

 

・・・うん、大丈夫よ。噛むなんて大したことじゃないから。

だからその泣きそうな目をやめなさい。

あまり威圧させないように、彼女が喋りやすいようにペースをあわせる。

 

 

「よろしく。今日はもう帰るの?よかったら一緒に帰らない?」

 

 

きっと、この子は優しい。優しいけど、誰かとコミュニケーションを取るのが苦手なんだろう。

もしくはそういう経験を取れるような場面がなかったのかもしれない。

だけど、それじゃ駄目なの。

昔はどうあれ、今は元気にここにいるんだから。

今は桜が丘高校にいるんだから。

そして、私が生徒会にいる限り、絶対に孤立させない。

私の勘違いだったらそれでいい。

ただ一人でいるのが好きで、そういうお節介はいらないならそれでいい。

だけど、もし踏み出したい一歩があるけど、踏み出せないのなら。

私がその助けになる。

 

目の前の少女、湯宮さんは目を見開き、心なしか表情が緩んだ気がした。

よかった。

私は間違ってなかった。

けど、返事がなかなか来ない。

待つべきかしら。

いや、少しでも戸惑っているなら私が手を取る。

 

 

「会わせたい子もいるの。私の幼馴染なんだけど、きっと仲良くなれると思うわ」

 

 

・・・あ、顔がこわばってしまった。

唯がいれば、あのゆるいムードで湯宮さんの緊張も解いてくれると思ったんだけど。

 

 

諦めるな私。

私が生徒会に入ったのは何のため?

湯宮さんみたいに、勇気をだそうとしている子の力になるためでしょ?

 

 

「無理にとは言わないけれど・・・あなたと友達になりたいの・・・どうかしら?」

 

 

私は自分の心を、素直に吐き出した。

打算や、使命ではない。

そんなものでは決してない。

ただ、純粋に、今にも勇気を口にしようとしている小さな少女と友達になりたいと思っただけだ。

 

 

「あ、・・・うぇっと・・・その・・・」

 

 

頑張れ。否定の言葉でもいい。肯定の言葉なら嬉しい。

けど何よりも、あなたの言葉を聞かせて欲しい。

あなた自身の心を教えて欲しい。

 

 

「こ・・・こんな私が・・・友達」

 

 

言いかけて止まる。

そして。

 

 

「わ、私と・・・友達になってください!!!」

 

 

そう、湯宮さんは言った。

凄い。

素直にそう思った。

私は湯宮さんの声を聞きたいとそう願ったけど。

湯宮さんは、はっきりと答えてくれた。

それがどれだけ、勇気のいることか。

瞬間、目を細めてしまった。

あまりにも、湯宮さんが眩しいものに見えたから。

 

私は嬉しくて、自分でもわかるくらい、凄い笑顔で手を握った。

 

 

 

 

 

 

 

Side 千乃

 

今、私は生まれて初めて出来た、と・・・友達と一緒に校門へ向かっています。

真鍋和さん。

はきはきと話し、物腰が丁寧で、どこか余裕があって、同い年のはずなんですけど大人の女性って感じがします。クールビューティーです。

眼鏡も似合っており、噂に聞く美人秘書・・・もしくは敏腕社長の雰囲気が漂っています。

こういう知識は、私が入院して塞ぎ込んでいた時に、とある看護師さんから聞かされてました。

外には楽しいものがいっぱいあるって。

それは、小説だったり漫画だったり映画だったりテレビだったり。

友達のことだったり。

たまによくわからない話も教えてくれました。大人になればわかるからと言って聞かされました。

その後、看護師さんはお医者さんに連行されていくことが多かったです。

 

その時は、なんでこんな話をするんだろう、私が動けないの知ってるくせにって、ずっと思ってました。

でも、今は、面白いものがいっぱいあるから頑張って治せって。

そう励ましてくれてたのかなって思います。

 

話がそれてしまいました。

真鍋さんは、校門に友人を待たせているようで。

私たちは靴を履き替えそこに向かっているというわけです。

 

 

 

「あ~、和ちゃん遅いよ~」

 

 

そこにいたのはショートボブの明るい茶の髪を持つ女の子でした。

少し間延びした喋り方と、ほっとするような雰囲気の少女でした。

・・・仲良くなれるかな。

 

 

「ごめんごめん。」

 

 

真鍋さんはそういって、私を紹介してくれる。

 

 

「同じクラスの・・・湯宮千乃さん。さっきそこで会って友達になったの」

 

 

なんで一瞬、間があったんですか!?

もしかして名前、聞き取れてなかったんでしょうか?

もっとハキハキと喋れるようになりたいです。

 

 

「ほんと~!?私、平沢唯っていうの。よろしくね~」

 

 

私も友達~!

笑顔で、そういってくれた。

 

 

「よ、よろしく!」

 

 

人生二人目の友達・・・

よし、噛みませんでした!

この調子で頑張っていきます。

 

 

真鍋さんと平沢さんが前を歩き、私がそれについていくように歩く。

 

 

「ところで湯宮さんの家ってどのへんなの~?」

 

 

・・・そういえばどこでしたっけ。

朝は余裕がなかったので、神様からの手紙をきちんと読んでいませんでした。

たしか、どこかに載ってるって言ってましたよね。

 

 

でも今、確かめたりしていたらおかしな人って思われます。

 

 

「えっと・・・もうしゅこししゃきにいったとっころでし」

 

 

油断するとこれですよ。

真鍋さんは顔がまっかっかになってます。

平沢さんは、?って顔してます。

私もそれを見て、顔まっかっかです。

 

 

「ゆ・・・唯っ!・・・っ!ぷ・・・」

 

 

あぁ・・・人生初の友達が肩を震わしながら笑いをこらえているのが見えます。

顔から火が出そうな私は、せめてもの抵抗で下を向きます。

 

 

「ふ~。唯はクラブ、良い所あったの?」

 

 

笑いが収まったのか、真鍋さんは話題を変えようと平沢さんへと話を振る。

 

 

「う~ん・・・面白そうなのがいっぱいあってどれにしようか迷っちゃって。和ちゃんは生徒会に入るの?」

 

 

「うん。書類とかも提出してきたわ。明日からスタートするの」

 

 

「ほぇ~・・・さすが和ちゃん。湯宮さんはクラブとか入るの?」

 

 

正直、振らないで欲しかったです。

逃げないって決めた私だけど、今だけは時間を置いて欲しかったです。

けど・・・クラブですか。

音楽に関係するクラブがいいですね。

へたくそですが、歌いたいです。

結構歩いたのか、小さな公園の中を通っている最中で。

子供たちもほとんどいません。

だから少し気が強くなったのか。

 

 

「えと、その、音楽系のクラブに・・・入れたら・・・」

 

 

最後のほうは聞こえましたでしょうか。

 

 

「あら、何か楽器できるの?」

 

 

聞こえてたみたいです。

 

 

「いえ、その・・・・・・・・・・・歌を・・・」ゴニョゴニョ

 

 

何故でしょうか。

さっき噛んだときより顔が赤くなってる気がします。

 

 

「へー!湯宮さんすごいねー!私よく音痴って言われるんだー。」

 

 

「唯の歌は確かに独特よね」

 

 

「ひどいよ~。」

 

 

「それにしても歌ね。聞いてみたいわね

将来は歌手か、可愛いしアイドルもいけるわ、きっと」

 

 

「今のうちにサインもらっとこ~かな~」

 

 

その言葉に私は思い出した。

お父さんとお母さんが、私に言ってくれた、私に夢見てたことを。

 

 

「・・・・お父さんとお母さんも・・・そう言ってくれたんです。

私が、歌手かアイドルになるのが、夢だって」

 

 

はっきりと、言えました。

この言葉だけは、噛みたくなくて。

 

 

「じゃあ決まりだね!湯宮ちゃんはアイドル!」

 

 

「歌手のほうがいいんじゃない?声も綺麗だし、可愛いけどアイドルより歌手のほうが歌えるんじゃないかしら」

 

 

「じゃあ歌手兼アイドルで!」

 

 

「なによそれ」

 

 

笑いあう2人は、それでもお父さんのとお母さんの夢、そして私の夢は笑いませんでした。

そのことに、無性に嬉しくなって。

 

 

「じゃあ、何か歌いながら帰ろっか~」

 

 

無性に、歌いたくなって。

 

 

帰り道で、夕方で人気の少ない公園とはいえ外で。

いつもの私なら恥ずかしくてそんなこと、思いもしないんですけど。

 

だけど今の私の気持ち。

それを伝えたい。

歌いたい。

 

 

「なに歌おっか~」

 

 

「・・・」

 

 

手が震えてます。

逃げない。

そう決めたから。

 

 

ふと、手が包まれました。

真鍋さんが、何も言わず手を握ってくれました。

 

 

嘘のように私の口が動きます。

 

 

 

 

 

 

「やさしさに包まれたなら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




神様「舌足らずちゃうで」


読んでくださってる方、更新が遅くなってしまい、申し訳ありません。
なんだか急いで投稿したので、もしかしたら結構直して再投稿するかもしれません。



次からこんな事ないように気をつけます。

これからも頑張ります。
読んでくださった方に感謝です。


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第4話

台風こわいです・・・最近の日本は色々とひどいですね。

作中で紹介する曲はこれ以降、基本的に昔のやマイナーなものになると思います。
また、オススメの曲とかありましたら教えてくれると喜びます。
次も頑張って投稿します。



やさしさに包まれたなら。

この歌を歌うとき、それは何か大切なとき。

自分に思いがけない幸福が降り注いだときに歌うって、決めていました。

この曲は、入院していたときはあまり好きではありませんでした。

だって、この曲は日々の平凡な出来事が、いつか大切なものであると気づく日が来る。

そういった意味であると思っているからです。

そして、歌詞にでてくる神様っていうのは両親のことだと、私はそう思ってます。

両親のいない私には、理解できない曲でした。

それは今も変わりません。

変わったのは、私を取り巻く環境です。

あの時は未来なんてなくて、ただ独りでありました。

そんな私にこの曲は、心を抉るような、そんな曲でした。

だから、あまり好きではありませんでした。

 

でも嫌いにはなれませんでした。

私には縁のない曲。

でも聞くのを止めることはできませんでした。

きっと、そんな未来を生きたかったから。

みんなが当たり前だと思う日常に、憧れを抱かずにはいられませんでした。

 

 

そして今、私に友達が出来ました。

その友達は、2人で。

少ない、と笑われるかも知れませんが。

それでも初めてできた友達で。

真鍋さんは、話すのが下手な私を、それでも友達になってくれて。

平沢さんはのんびりした雰囲気ですが、すぐに友達になってくれて。

2人とも私の夢を笑わないで。

2人とも私の手を取ってくれて。

 

そんな奇跡が、これからの私の日常になっていくと。

 

だから私は、もしいつかそんな奇跡が、私に訪れたなら歌いたいと決めていたこの歌を。

歌いたいと思いました。

 

 

真鍋さんが手を握ってくれています。

優しい人です。

そしてやっぱりかっこいいです。クールビューティーです。

 

 

人の前で歌うこと。

そのことがまだ恥ずかしいですけれど。

 

独りじゃない。

真鍋さんの目が、握ってくれている手の温かさがそう言ってるような気がしました。

 

独りじゃない。

いつか、私は真鍋さんや平沢さんの助けになることが出来るのでしょうか。

2人が困っているときに、同じ言葉を言えるでしょうか。

 

 

 

 

搾り出す声に力が入る。

 

今私は、いったいどんな顔で歌ってるんでしょうか。

どんな声を出しているんでしょうか。

 

やっぱり下手くそだと、笑われてないでしょうか。

せっかく友達になったのに、嫌われたりしていないでしょうか。

 

どうして嫌な疑問ばかりが浮かんでしまうのでしょうか。

 

 

自然に、手に力が入ってしまいます。

 

 

 

握った手が、力強く握り返されました。

 

 

 

あぁ・・・真鍋さん・・・

あったかい。

 

 

やさしさに包まれていく。

落ちていく日も、時折頬を撫でていく風も、起きたときの朝日も、隣から聞こえるかすかな息遣いも。

手を握る感触も。

これからは、全て日常になっていく。

喧嘩もしてしまって、相手を嫌な思いにさせてしまう日もあるかもしれません。

でも、それも日常に。

これからはそんな素敵な日々を、この友達と一緒に。

 

 

 

私、今、凄く幸せです。

 

 

 

 

 

Side 和

 

新しく出来た友達、湯宮さんに唯を紹介した。

やっぱりと言うか、唯はすぐ相手の懐に入り込むことができ、湯宮さんも第一関門は突破できたように思えた。

 

帰りの道を歩いていると、クラブの話になった。

唯はまだ決めかねてるみたいね。

桜が丘高校は、なかなか偏差値が高く、自然と入学する子もお嬢様気質なところがある。

よく言えば行儀がいいということね。

だから唯がクラブに入るなら、正直限られてはくると思うのだけど・・・。

まあ、唯ならなんやかんやでうまくやれるわ。

 

話してると、唯が湯宮さんに話をふった。

私も気になるわね。

 

 

「えと、その、音楽系のクラブに・・・入れたら・・・」

 

 

「あら、何か楽器できるの?」

 

 

すると、モジモジと小さくなって、俯きながら。

 

 

「いえ、その・・・・・・・・・・・歌を・・・」ゴニョゴニョ

 

 

・・・正直、意外だったわ。

歌を歌う。

湯宮さんが、また赤くなってる。

人前で歌うのだから、正直、湯宮さんには難しいのではないだろうか、そんなことを考えてしまった。

私の悪い癖だ。

人と普通に話すことも難しいのに、歌うことなんて出来るの?

そんな考えを、しかし私は頭の中で消す。

だって湯宮さんは勇気を持っているから。

私に見せてくれた勇気。

だから大丈夫、そう思った。

 

 

「それにしても歌ね。聞いてみたいわね 将来は歌手か、可愛いしアイドルもいけるわ、きっと」

 

 

そう、湯宮さんは可愛い。

私とは違って女の子らしいし、きっと誰からも愛される容姿をしている。

それに、声も綺麗だ。

透き通るような声、とでも言うのかしら。

よく噛むけれどそんなことは気にならなくて。

湯宮さんと話していると、なんだか嬉しくなる。

何でかしら。

 

 

「今のうちにサインもらっとこ~かな~」

 

 

唯がそんなことを言う。

俯いていた湯宮さんが、ぱっと私のほうを見て。

 

 

「・・・・お父さんとお母さんも・・・そう言ってくれたんです。 私が、歌手かアイドルになるのが、夢だって」

 

 

しっかりと、私の目を見てそういった。

その言葉に、私はまた嬉しくなってしまった。

 

 

「じゃあ決まりだね!湯宮ちゃんはアイドル!」

 

 

「歌手のほうがいいんじゃない?声も綺麗だし、可愛いけどアイドルより歌手のほうが歌えるんじゃないかしら」

 

 

・・・なんだかアイドルにはなって欲しくないって、思ってしまった。

 

 

「じゃあ歌手兼アイドルで!」

 

 

「なによそれ」

 

 

誤魔化すように、そう笑う。

 

 

「じゃあ、何か歌いながら帰ろっか~」

 

 

唯がそう言った。

今は夕方で、公園には人が少ないとはいえ、こんなところで歌えないでしょう。

そう思っていたんだけど。

 

 

「・・・」

 

 

湯宮さんの手が震えています。

見るからに緊張しているのがわかった。

だけど、その目はゆるがず、今にも崩れてしまいそうなその足は、それでも折れなかった。

 

きっと、歌いたいのだろう。

唯に言われたとはいえ、自分の夢を語ってくれて、また勇気を出そうとしている。

 

なら私がやることは一つ。

支えになること。

一緒にいてあげること。

 

だから私は湯宮さんの手にそっと、私の手を重ねる。

 

湯宮さんが驚いたようにこっちを見る。

目で、大丈夫、と言ってみる。

 

少し涙目なのかしら。

夕日がその涙ににじみ、宝石のような眼を綺麗と思った。

 

 

 

「やさしさに包まれたなら」

 

 

 

 

湯宮さんが歌っているその曲は、有名でアニメの主題歌にもなった曲。

今まで何度も耳にしたことがある。

どこか懐かしいメロディで、聞く人の心を優しい気分にさせてくれる。

そんな曲を、湯宮さんが歌っている。

 

気づけば私は、今よりももっと昔の時分、自分を思い出していた。

幼いとき、幼稚園でみんなで日向に当たりながらお昼寝をしたこと。

その時、先生に頭を撫でられたことを覚えてる。

小学生になるとき、唯と入学式は一緒だったけど、新しく始まる生活に期待と不安を持ってて、緊張してたのも覚えてる。

中学生になって、また一つ大人になって。

今まで以上にしっかりしないと、そう思って大人ぶったりもして。

そんな背伸びした思いでも。

そんなものも全部、今まで忘れてた。

いや、忘れてたんじゃなくて日々の生活の中で埋もれて行ってたんだ。

 

湯宮さんの歌を聞いて、私は懐かしさに浸ってた。

かわいい口から出てくる声は普通の女の子の声、と思った瞬間にその認識は変わって。

目の前の小さな女の子が歌ってるなんて思えなかった。

さっきまで、あんなに緊張して会話するにも一苦労だった女の子が歌ってるなんて思えなかった。

心臓を撫でられてるような声。

決して悪い意味ではなく。

疲れてた体を、忘れていた思い出を救うように撫でるようなその声に。

私はただ、せめて邪魔をしないようにと、聞き入ることしか出来なかった。

 

すると、繋いでいた手が一段と強く握られて。

私も、それに返すように握り返す。

 

うん・・・ごめん。

ただ聞き入るだけじゃなくて、ちゃんとあなたを支えるよ。

独りにしないよ。

 

強く握られたその訳、その真意はわからないけど、私はそう思いながら握り返す。

 

湯宮さんが、嬉しそうに笑った気がした。

 

 

 

 

3分ほどの、短い時間ではあったがまるで夢の中にいたような感覚ね。

まさか、ここまで凄いとは思いもしなかったわ。

唯も感動したのか、湯宮さんの手を握ってる。

気づいたら、私は湯宮さんの手を離していた。

 

 

「すごいよ~!あんな綺麗な歌、聴いたことないもん!」

 

 

「え、あ、うぇっと、その、ありがとう・・・ございます」

 

 

べた褒めされて、顔を赤くする湯宮さん。

 

 

「えぇ。本当にすごかったわ。これは今から楽しみね」

 

 

「ぅぅ・・・ありがとうございます」

 

 

モジモジと、また小さくなってる。

褒められるのも、恥ずかしいのかしら。

ちらちらと、私の手を見てる。

気づいたら離してしまってたけど、もしかして何も言わずに離さなかったのはまずかった?

 

 

「・・・真鍋さんの手、安心します・・・」

 

 

!!

か、かわいい。

そう言ってくれるのは、悪い気はしないわね。

・・・ちらちらと手を見てるのは、もしかして私と手を繋ぎたい・・・のかしら?

まさかね。

そこまで自意識過剰じゃない。

 

 

「う~ん・・・私も音楽やろうかな!」

 

 

唯がいきなりそう言った。

今の歌を聞いて、感化されたのだろうか。

でも、それはわかる。

湯宮さんはそれを聞いて嬉しそうね。

 

 

「でも音楽って言ったって唯、あなた楽器できたっけ?」

 

 

「カスタネットくらいなら・・・」

 

 

「・・・それじゃ厳しいわよ」

 

 

ガーンという効果音と共に、唯ががっかりする。

湯宮さんもだ。

 

 

「まぁ、高校から何か新しいことを始めるのもいいんじゃないかしら」

 

 

そういって、2人に声をかける。

 

 

「まぁ、まだまだ時間はあるんだし、ゆっくり考えなさい」

 

 

「ほ~い・・・」

 

 

踏み切りを超えて、家へ近づいていく。

 

 

「じゃあ私、こっちだから」

 

 

分かれ道に差し掛かり、私は唯とは違う道となる。

 

 

「うん!和ちゃんまた明日―!」

 

 

「あ・・・」

 

 

湯宮さんが、なんだかこっちを見たまま止まってしまった。

そんな怯えたような目をしないでも

 

 

「明日からずっと一緒よ」

 

 

心の中でつぶやいた声が、自然に口から出てしまった。

いきなりなにを言ってるのか、困惑させてしまったかもしれない。

けど。

 

 

「はい!

あの・・・真鍋さん・・・平沢さん・・・あ、明日からも・・・その・・・よろしくお願いしまし!」

 

 

目を輝かせて、すごく嬉しそうにそう言ってくれた。

少し噛んでるけど、最初よりは砕けてきてくれて私まで嬉しくなってしまう。

だから、つい。

 

 

「名前で呼んでくれると嬉しいわ、千乃」

 

 

名前で呼んでしまった。

別に唯のことを名前で呼んでいるのだから、そこまで緊張することではない・・・はずなのに。

どうしたんだろう、私はどきどきしてる。

これは、受け入れられるか緊張してるってことかしら。

今日あったばかりの子を呼び捨てで名前で呼ぶなんて変かしら。

でも、呼びたかったんだもの。

だからつい、名前で呼んでしまって。

私も名前で呼んで欲しかった。

もし、嫌そうな顔をしたら。

・・・なかなか辛いわね。

けどそんな心配はいらなかった。

 

 

「・・・っ!はい、また明日です、和さん!」

 

 

「じゃあ、また明日」

 

 

やばいわね。

あんなに嬉しそうな顔、私が男だったら惚れてしまってもおかしくないくらいの破壊力だったわ。

それにしても、和さん、か。

駄目ね。

顔がにやけてしまうのがとめられない。

 

今日はなんだかいい夢が見れそうね。

 

 

 

 

 

Side千乃

 

歌い終わったとき。

2人が褒めてくれました。

初めて私が人前で歌った歌を、綺麗だと言ってくれました。

嬉しかったです。

誰かに褒められるなんて、忘れてしまってから。

 

褒めてくれてる時の真鍋さんと平沢さんの顔、一生忘れることは出来そうにないです。

 

・・・手が寂しいです。

さっきまで真鍋さんが握ってくれてた私の手が、今は寂しいです。

あったかくて、優しい真鍋さんの手。

・・・また、繋ぎたいなぁ。

見ていたことに気づいたのか、真鍋さんが微笑んだ気がします。

なにを慌てたのか、言い訳をする様に

 

 

「・・・真鍋さんの手、安心します・・・」

 

 

・・・言い訳になってませんね。

感想になってます。

ますます変な子って思われてしまったかも知れません・・・。

真鍋さんも呆れてしまったのか、顔がニヤついています。

 

その後、平沢さんが音楽をやりたいと言ってました。

真鍋さんはそれに対して、現実的なことを言って、でも最後は優しく導いてました。

 

 

そして、そんな楽しかった始めての帰り道も、終わりを迎えたようで。

 

 

「じゃあ私、こっちだから」

 

 

そういって、真鍋さんが振り返りました。

 

 

「うん!和ちゃんまた明日―!」

 

 

平沢さんは、いつもどおりだからか、返事を返します。

でも私は、私にとってはいつものことではなくて。

 

真鍋さんが友達になってくれて本当に嬉しかった。

だから、別れるのが少し怖いです。

もし、友達になっても今日みたいに話せなかったら。

1日、日をあけたら今日の体験も思いでも消えてしまいそうで。

そしてなにより、もし事故とかで会えなくなったら。

 

私は、気づかないうちに泣きそうな顔をしていました。

いやだ、別れたくない。

 

でも、真鍋さんはそんな私に。

 

 

「明日からずっと一緒よ」

 

 

そう言ってくれました。

その言葉で、不安だったことが吹き飛んでしまいました。

 

 

「・・・っはい!

あの・・・真鍋さん・・・平沢さん・・・あ、明日からも・・・その・・・よろしくお願いしまし!」

 

 

今だけは噛んでもいいと思いました。

だって、こんなに幸せなことを言ってくれたんですから!

でも、幸せは、そこでは終わりませんでした。

 

 

「名前で呼んでくれると嬉しいわ、千乃」

 

 

千乃。

はっきりと、私の名前を言ってくれました。

そして。

真鍋さんも、名前で呼んで欲しいって。

 

夢なんでしょうか。

今日だけで、いくつも夢が叶ってしまいました。

生まれ変わって。

健康な体で。

高校に通うことが出来て。

歌うことが出来て。

友達も出来て。

そして・・・名前で呼んでくれる人がいて。

 

なんて良い夢なんでしょうか。

いや、夢なんかじゃない。

こんなに幸せな夢、見たことありませんから。

だから、その幸せを噛み締めて。

 

 

「・・・っ!はい、また明日です、和さん!」

 

 

私も、友達の名前を呼びました。

 

 

その後、平沢さんとも別れて。

私の家はどこかなと、生徒手帳を開いて、住所を確認します。

警察官に噛みながらも場所を聞いて、たどり着きました。

びっくりしました。

綺麗なマンションで、10階建て。

どうやら私の部屋は505号室、つまり5階です。

おーとろっくなるものをはじめて見て、開け方がわからなかったところに、管理人さんが来て教えてくれました。

 

生徒手帳に挟まっていた鍵でドアを開けると、机と、ベッドと、本棚、あとは生活に必要な家具がありました。

 

机は綺麗なガラスでできたもので、高級という事だけわかりました。

その机の上に紙が一枚。

 

 

『入居おめでとう。

これからの学園生活、頑張ってね。

必要なものは基本的にそろってる。

何か買い足したいのであれば、自分でやるように。

By神様』

 

・・・。

 

今日一日、いろいろなことがあって、正直眠いです・・・。

疲れてしまいました。

いつも、入院してたときは寝ることくらいしかしなかったので、普通のこの年頃の子はなにをするんでしょうか。

とりあえずは・・・食事にお風呂ですね。

食事・・・美味しいご飯。

楽しみです。

 

っとその前に。

神様からもらったノートに・・・ノートっていうか日記帳ですね。

日記帳に、今日の出来事を書き残しとこうと思います。

今日だけでなく、これからのことも。

 

書き出しは・・・そうですね。

友達が出来たこと、お父さんとお母さんに報告することにしましょう。

 

 

明日が楽しみ、そんなこと前までは思いもしませんでした。

でも・・・それがこれからの日常。

 

明日は・・・どんな素敵なことが起きるんでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 




神様「和ちゃんまじ天使」


今回、やさしさに包まれてと言う曲を紹介しましたがこの曲は皆さんご存知の魔女宅の主題歌です。
曲調も大好きで、歌詞も大人になってあらためて聞くと、ハッとなる歌詞ですよね。
これからは、作中で紹介する曲はマイナーなものになるかもです。
でも、私自身大好きな曲ばかりなので、これを機に興味を持っていただけると蝶☆サイコーです。


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第5話 碧の香り

本編に全く関係ないのですが。

『近所の小学生に遊戯王で遊ぼうと言われ、今も昔もブルーアイズが最強と信じて疑わない私に白色のカードや黒色のカード、あげくにモンスターと魔法が混ざったようなカードを使われ、1ターンで負けた』
な… 何を言ってるのか わからねーと思うがおれも何をされたのかわからなかった…
頭がどうにかなりそうだった…
催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…

3行でまとめると。
社会人一歩手前の私が
いつも遊んでやってるジャリ共に
カモられた。

誰か今の遊戯王教えてください。



朝、目を覚ました私は体を抱きしめる。

あぁよかった。夢なんかじゃなかった。

私は、生まれ変わったんだ。

いつもは、目を覚ましても体を動かすことはほとんど出来ず、わずかに動く首を精一杯動かし、事故にあったことも、喪失病も、両親がいないことも全部夢じゃなかったと確認していただけでした。

けど・・・夢じゃないんです。

 

やってみたかったこと。

眼が覚めておもいっきり『伸び』をしてみたかったので、ん~と眠気を吹き飛ばします。

昨日は結局、疲れてしまってたのか、お風呂に入ってから卵かけご飯を食べてすぐ寝てしまいました。

卵かけご飯、本当に美味しかったです。

純白の白米の美しさ。

炊き上がった湯気が顔いっぱいに広がり、温かさが撫でていきました。

お米も一粒一粒がキラキラと輝いていて、宝石のようでした。

この宝石の上に卵をかけてしまうことを、何かいけないことのようにも思えましたが、

ほかほかの白米は卵を受け入れて、更に眩しく光って、白い雲に浮かぶ月のようでした。

醤油を少したらして、お箸を手に握ります。

ゴクっと、喉が鳴ってしまいました。

チューブで食事を済ましていた私の体は果たしてどんな反応をするのでしょうか。

胃がびっくりして、戻してしまうのではないでしょうか。

味が感じなかったらどうしようかとか、いろんな事が頭によぎりました。

でも、そんなことが小さいことに思えるように、目の前のご飯は輝いていました。

 

少しだけ、口に含むつもりでした。

私の舌先に触れた白米と卵は、脳天を貫いた感覚を残していきました。

もしかしたら、私は感覚が鋭敏化しているのかもしれません。

そう思えるほど久しく味を失っていた私には、それが何よりも衝撃で。

また一口。

もう一口。

気づけばすするようにかき込んでいました。

あまり、お行儀がよくはありません。

でも、噛みごたえ抜群のお米と。

喉をするりと落ちていく卵。

そして頬をつたう涙が私を、一心不乱に動かします。

 

美味しい・・・。

美味しいです・・・。

 

1杯だけでおなかは膨れてしまいました。

食べるって、こんなに満ち足りることなんですね。

これから毎日、なにを食べるかすっごく迷います!

 

 

その後、歯磨きをして泥のように眠りました。

気持ちの良い眠りでした。

 

今日から高校生活。

勉強についていけるかな。

運動も頑張らなきゃ。

友達・・・和さんと平沢さんともっと仲良くなりたいな。

 

頑張ろうって思いました。

とりあえずは朝ごはんにしましょう。

もーにんぐとーすと・・・食べて見たいと思ってました。

・・・別に食い意地ははってませんよ?

 

 

 

 

登校中。

家から学校は道に迷いさえしなければ歩いて25分くらいでした。

同じ制服の人がいっぱいいます。

なんだか、その光景が嬉しいですね。

私もその1員なんです。

 

校門を抜けて、靴を履き替え教室へ向かいます。

1年3組。

ここが私の教室。

昨日は、一言もしゃべれなかったですけど今日からは違います!

いっぱい喋ります!

目指せ友達100人です!

 

 

「おはよー」

 

 

・・・教室に足を踏み入れた私にそんな声が。

私なんかとは比べ物にならないくらいしっかりした体の女の子が目の前にいました。

今のは・・・私に声をかけたんじゃなくて、後ろの人ですよね?

後ろを振り返るけど、誰もいません。

 

 

「いやいやいや・・・誰もいないから・・・」

 

 

呆れたような声でそう言う。

ってことはですよ?

私に言ったってことですか?

 

 

「・・・っ!?あ、おおおおはようでうs!」

 

 

もう帰りたくなりました。

目の前の人も目を丸くしてます・・・。

せっかく声をかけてくれたのに。

 

 

「ぷ、あはははは!!」

 

 

いきなり笑い始めました。

わ、私何かしましたか!?

 

 

「あはははは!!か、噛みまくり!ひー!」

 

 

すごく笑ってます。

なんだか・・・どうしたらいいんでしょうか。

 

 

「・・・っ!ふぅ・・・いやーごめんね。

いきなりだったからさー。昨日は喋ってるところ見なかったからクールな子なのかとおもったら、そんなリアクションくれるとはね!あ、私は中島信代ね!同じクラス、よろしく!」

 

 

いっきにまくし立てられて口を挟むことが出来なかったんですが、挨拶はせねばと思い。

 

 

「あえっと、湯宮・・・千乃です・・・よろしくお願いしまし」

 

 

「はいはい、よろしくねー。席は自由らしいよー」

 

 

「あ、あありがとうございます」

 

 

「べつにそんな緊張しなくても・・・取って喰やしないよ」

 

 

ニヤニヤと笑って言ってくれます。

う・・・また笑ってます。

 

 

「あら、千乃。おはよう」

 

 

この声は!

和さん!

 

 

「お、おはようございます!和さん!」

 

 

名前で呼んでくれました!

名前で呼んじゃいました!

・・・やっぱり嬉しいなぁ。

いつも憧れてたんです。

教室で、友達と何気ない朝の挨拶をするってこと。

1人、感動に浸ります。

 

 

「あれ、もう友達?」

 

 

中島さんが和さんにそう尋ね。

 

 

「ええ。少し噛み癖があるけれど、友達よ」

 

 

もしかして今の会話、聞いてました!?

 

 

「あははは!やっぱそうなんだ!」

 

 

「ふふ。でもやるときはやる子よ・・・席は自由なのね」

 

 

ピコーン!

席は自由・・・和さんとち・・・近くがいいなぁ。

 

 

「千乃、まだ決めてないなら隣に座らない?」

 

 

「い、いいんですか!?」

 

 

「もちろん。唯もきっと近いだろうし・・・私も近くがいいわ」ボソ

 

 

最後のほうはあまり聞き取れなかったですけど、でも隣・・・。

すっごく嬉しい。

 

 

「おやおや?顔がほころんでますなぁ」

 

 

!?

隠すように手を頬にあてる。

 

 

「う・・・かわいい」

 

 

「でしょう?」

 

 

2人が何か会話しています。

 

 

「じゃあ千乃、窓際が開いてるからそこにしよっか」

 

 

「あ、はい・・・」

 

 

後ろを着いていきます。

 

 

「なんか羨ましい・・・」

 

 

中島さん、なにが羨ましいんでしょうか・・・?

 

 

「おっはよ~!」

 

 

平沢さんが到着しました。

朝からすごく元気で、見てるこっちもなんだか元気になります。

 

 

「唯、おはよう」

 

 

「あ、ひっ、平沢さん・・・おはようございます」

 

 

「和ちゃん、ゆっきーおはよー!

聞いてよあのね~、目覚ましかけたと思ったら電池が切れててさー・・・憂が起こしてくれなかったら遅刻してたよ~」

 

 

・・・ゆっきー?

誰のことでしょうか。

 

 

「・・・唯、いきなり言うとわからないわよ。千乃、唯が今呼んだのはあなたのことよ」

 

 

・・・・・・!?

朝から驚くことがいっぱいです。

私が・・・ゆっきー?

 

 

「あ、もしかしてニックネームとか嫌だった・・・?」

 

 

平沢さんが不安そうな顔で覗き込んできます。

嫌だなんて・・・そんなことありません。

嬉しいです。

そんなこと、今までありませんでしたから。

 

 

「いえ・・・すっごく嬉しいです!」

 

 

自分でも大きな声がでたと思いました。

クラスのみんなが驚いてます。

うぅ・・・また失敗しちゃいました。

 

 

「よかった~。千乃ちゃんだからゆっきー!」

 

 

「唯は安直よね。きっとペットを買ったら、犬なら太郎、猫ならミケ、ハムスターならハムよ」

 

 

「む、そんなことないよ~。ちゃんと昨日の夜一生懸命考えたんだも~ん」

 

 

「まあ千乃が気にいってるならいいんじゃない?」

 

 

「はい・・・ありがとう・・・ございます」

 

 

喜びでおかしくなりそうです。

・・・欲を言っても許されるなら、和さんにも・・・そう呼んで欲しいような・・・いえ、なぜか和さんには千乃って呼んで欲しいって思いました。

 

 

「ひ、平沢さんも・・・席・・・ちっ近くに・・・」モニョモニョ

 

 

「うん、そうする~。あ、ゆっきー、私も唯って呼んでよ~」

 

 

えへへって笑いながらいってくれました。

もう、幸せで今ならはじけて消えてもいいかも・・・いや、やっぱりもっと一緒にいたいです。

 

 

「えぁっと・・・ゆゆゆうういさn?」

 

 

「あははは!違うよ~。ゆ・い!」

 

 

「ゆ、ゆいさん」

 

 

「む~。さん付けじゃなくていいのに・・・」

 

 

「確かにね。もっと砕けて呼んでくれてもいいのよ」

 

 

そんな・・・そんな恐れ多いです。

もし、そんな事をしてしまったら幸せで死んでしまいそうです。

 

 

「や、え、っとその・・・」

 

 

下を向いてしまいました。

感じ悪い・・・ですよね。

 

 

「・・・すぐにとは言わないわ。いつか・・・呼んでくれたら嬉しい」

 

 

そう言って、手に触れてくれました。

暖かい、です。

 

 

「・・・コク」

 

 

なんとか、首を縦に振ることが出来ました。

 

 

 

 

その後に先生が来て、朝のHRが終わり授業が始まりました。

授業自体は、私がまだ喪失病で感覚など失う前に病院のリハビリの一環として習っていたものだったので、ついていく事は出来ました。

でも、久々に鉛筆を手にしたので字がうまく書けません。

帰ったら練習しよう・・・。

授業と授業の合間に、鉛筆を削っていると和さんと唯さんがびっくりしてました。

 

 

「なんでシャーペン使わないの~?」

 

 

しゃあぺん?

なんですかそれ?

 

 

私が頭をかしげていると唯さんがそのしゃあぺんなるものを見せてくれました。

 

 

「・・・!?」

 

 

見た目は鉛筆でしたが、材質は木ではなくメカチック・・・頭を押すと鉛筆の芯が出てくる・・・すごい!

カチカチ、と耳障りのいい音を気に入ってしまいずっと押してると、芯がポロっと落ちてしまいました。

 

 

「あー!壊した!」

 

 

唯さんがそう言った。

嘘・・・壊してしまったんですか?

どどどどどどどどどうしよう・・・

おろおろとしてる私を、和さんが。

 

 

「壊れてないわよ」

 

 

そう言って、芯を入れなおしてくれました。

よかった・・・。

 

 

「いや~、ゆっきーはいいリアクションするねぇ。かわいくてついいじめたくなっちゃうよ~」

 

 

・・・知らなかったんですもん。

あと、可愛いなんてお世辞、恥ずかしいです。

唯さんのほうが可愛いし、和さんも言ってくれたことはあるけど、和さんのほうが美人です。

でも、きっと2人は優しいからそう言ってくれたんですよね。

今度、おしゃれの仕方でも聞いてみようと思いました。

 

 

 

 

授業は終わり、下校の時間になりました。

高校では給食じゃなくてお弁当と聞いたときは絶望でした。

小学生の社会的知識と、看護しさんによる情操教育による知識しかなかったので、高校では給食じゃないって知らなかったのです。

お弁当がない私に、和さんと唯さんが少しずつ分けてくれました。

絶対に恩返しします。

お弁当は美味しかったです。

美味しそうに食べるね~って、2人に言われました。

 

 

放課後になって、私はクラブ見学をしようと思い、学校に残りました。

和さんは生徒会らしく、同じく残ることに。

唯さんは今日は帰るそうです。

何でも妹さんと料理をするんだとか・・・。

 

別れ際、中島さんが声をかけてくれました。

 

 

「クラブ見学するの?バスケットボールは!?」

 

 

グワっと迫ってくる中島さん。

びっくりして荷物を落としてしまいました。

びびびびびびっくりしただけで、泣いてはいませんからグス

 

 

「あああ、ごめん!」

 

 

そう言って拾うのを手伝ってくれました。

 

 

「大丈夫ですか?」

 

 

長い黒髪が綺麗で、和さんとはまた違ったベクトルの綺麗な女の子も手伝ってくれました。

お礼を言わないと・・・。

 

 

「あああありがとうございまっす」

 

 

きょとんとした顔でこっちを見てます。

中島さんは笑いをこらえてます。

 

 

「そ、そうですよね!?普通初対面の人と話すと緊張しますよね!?」

 

 

急に、綺麗というか可愛い雰囲気になりました。

話し始めた内容をまとめるとどうやら、幼馴染さんが無理難題を言って困らしているらしいです。

荷物を拾ってくれたお礼を言って、別れた後、なんだか少しおかしくなってしまいました。

目の前で急に慌てるようにまくしたてる彼女の表情。

可愛かったです。

あ、名前・・・聞いておけばよかった。

 

 

 

桜が丘高校のクラブはいっぱいありました。

他の高校のクラブの数を知らない私が言うのも変ですけどね。

でも、残念なことに音楽系は2つしかありませんでした。

一つは合唱部です。

結構有名らしくて、コンクールで賞を貰うこともあるとか・・・全国レベルらしいです。

でも、部室に行っても誰もおらず、顧問の先生に聞いたところ、将来有望な新戦力確保のために部員総出で勧誘に向かってるらしいです。

そんなにすごい人がいるんですか・・・私も会ってみたいです。

そして歌い方とか教えて欲しいです。

結局、部員の方とは会えず、次に向かいました。

もう一つはジャズ研と呼ばれる部。

ジャズ研はかなり部員も多く、楽器が出来ないと正直きついと言われました。

もちろんクラブ内で教えあったりもするが基本はサバイバルである、と。

一丸となってコンクールに出ることもあれば、個人ででたり・・・。

部室内はかなり広く、使い込まれている楽器、賞状やトロフィーがいっぱいありました。

あと、歌は正直いらないとも。

演奏メインらしいです。

残念です。

 

・・・歌いたかったなぁ。

 

 

あと・・・軽音部があったらしいです。

あったらしいというのは、今はもう部員がいなくて廃部になりかけているらしいです。

だから実質2つの音楽系のクラブということです。

 

軽音部、どんなクラブだったのでしょうか。

少し、興味があります。

一度、部室を見に行ってみたいと思いました。

 

 

 

 

ここ・・・ですか。

校舎の3階、そこに軽音部の部室はありました。

中をのぞいてみると、誰もいません。

当たり前ですよね。

でも・・・妙に綺麗といいますか。

つい先ほどまで誰かいたかのような感じがします。

ここで演奏したり、歌ったりしてたんですね。

そんな思い出が染み付いて、私にそんな感覚を覚えさせたのかもしれません。

・・・入りたかったなぁ。

何故だかそう思いました。

きっと、楽しかったと思います。

 

でも廃部してしまったのならしょうがないと思います。

1から部員を集めるなんて、私にはとても出来そうもありませんし。

 

・・・いや、それは言い訳ですよね。

ジャズ研部には断られて。

軽音部は廃部。

合唱部はまだわかりませんけど。

私には音楽と縁がないのかもしれないと、弱気になってるんですよね。

きっと諦めることしかできなかったから、諦めることに慣れてしまっていて。

でも、もう絶対に諦めません。

部員を集める。

絶対に無理、なんて言いません。

やってみせます。

だって、夢だから。

 

 

 

 

なんだか、本当にここはいい場所です。

落ち着くといいますか、誰もいないからそう思うのかもしれません。

私の決意を後押ししてくれてるような気がします。

この空間が好きになってしまいました。

 

 

絶対に諦めない。

その誓いに、自分への約束として。

歌いたいと思いました。

ただ誓うだけじゃ弱いと思って。

・・・和さんにも、唯さんにも上手だといってくれたから歌いたいっていうのもあります。

それに、歌うのは恥ずかしいけど、その分、私っていうものが作られて行くような気がして。

幸いにしてここは音楽室。

防音は完璧です、多分。

それに誰もいません。

これが重要です。

 

 

 

 

 

 

 

「碧の香り」

 

 

 

 

 

 




神様「まさかの信代さん」


最近寒くなってきましたね。
季節の変わり目は気をつけたいと思います。

碧の香りは、牧野由衣さんという歌手の曲です。
いい曲です。
ソウルイーターというアニメのEDになってました。
初めて聞いたって方は、是非一度聞いてみて欲しいです。


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第6話

今回は少し短めです。
次もなるべく早めに投稿できるように頑張ります。





Side 律

 

あの歌を聴いてから、歌ってたやつのことばかり考えてた。

昨日アレだけ探しても見つからなかったんだから何か策を講じるべきか・・・。

とりあえず、いろんなクラスを回ってみるか。

名探偵もびっくりな私のスーパー頭脳によると、あの歌ってたやつは私とおなじ1年生である可能性が高い!

合唱部の先輩らがその存在を知らなかったこと。

入学式で学校には2年生、3年生らの上級生は手伝いに来てた少ない人数しかいなかったこと。

そして何よりも、私の勘がそう言っている!!!

・・・最後のは澪とムギには言わないほうがいいな。

なんか白い目で見られそうだ。

とにかく、同学年だってんならクラスを回れば見つかるはずだ。

うかうかしてたら他の部に取られるかも。

放課後は澪とムギにも言って手分けして捜すとしよう。

記念すべき軽音部4人目は、君に決めた!

 

 

 

 

 

 

「むむむむムリに決まってるだろう!!」

 

 

澪がそう言う。

放課後になり、クラスを手分けして探そうと提案し、ムギは快く了承してくれたのだが・・・。

澪め。

どうせ恥ずかしいって言いたいんだろう。

 

 

「あのなぁ・・・別に悪いことするわけじゃないんだ。人を捜すだけ」

 

 

「知らない人に話しかけるなんてムリだ!!」

 

 

言い終わる前に澪が喰い気味に。

しかし・・・澪の人見知りは昔から知ってるけど、直らんもんかね。

 

 

「まぁまぁまぁまぁ」

 

 

ムギがたしなめる。

 

 

「律ちゃんの考えは名案だけど、澪ちゃんが出来ないって言うなら無理強いは良くないと思うわ」

 

 

っぐ。

ムギに言われると反省してしまう。

 

 

「でも澪ちゃんも、勇気を出さなきゃいつまでも無理なままよ?」

 

 

申し訳なさそうに澪を見る。

それに対して澪もなんだか申し訳なさそうな顔をする。

 

 

「だから最初はみんなで一緒に回りませんか?チラシも作ってきたことですし」

 

 

そう言って、ムギは昨日放課後に立ち寄ったファーストフード店で考えてたビラを取り出した。

その言葉に澪はぱっと笑顔になった。

 

 

「そ、そうしよう!最初はみんなで、なっ!律!」

 

 

はいはい、わかりましたよ。

 

 

「とりあえず、職員室でコピーしてもらうか~」

 

 

「あ、なら私が行ってくるよ」

 

 

澪が立候補する。

澪は澪なりに積極的になろうとしてるのかもな。

もう少し、サポートしてやるか。

 

 

「気をつけろよ澪ちゅわん。知らない人について行ったらだめでちゅよ」

 

 

「うっさいバカ律!」

 

 

ぶたれました。

ムギがくすくす笑ってる。

ま、結果オーライだな。

 

 

 

Side 澪

 

 

まったく律は・・・私が人見知りなの知ってるくせに。

知らないんだろうか、私みたいな繊細な心の持ち主にそういう行為は逆行為だって事。

でも、ムギの言うように無理だといってても何も変わらないってこともわかってる。

わかってるつもりなんだけど。

勇気が出ない。

知らない人と話すって考えただけで足が震えてくる。

なんでこんなんなんだろう。

律みたいに誰とでも話せるようになりたい。

・・・私みたいな人間っておかしいのかな。

人見知りな人は多分いっぱいいるとは思うけど、ここまで極端な人はいないものなのかな・・・。

 

 

1年3組の教室の前を通りかかったとき、体のおっきな女の子の足元に荷物が散らばってるのが見えた。

いや・・・正確に言うならば、その体の大きな子の陰に隠れていた、小柄な女の子の荷物だとわかった。

 

て、手伝う・・・もし断られたらどうしようかな。

でも、私も変わりたいって思ったから。

これはその一歩・・・!

 

 

「大丈夫ですか?」

 

 

そう声をかけると、女の子が顔を向ける。

か、かわいい。

なんていうのか、まるで絵本の中のお姫様みたいだって思った。

ムギのように高貴なイメージじゃなくて、いや、そんなイメージもあるんだけど、なんだろう・・・。

人形のような美しさっていうのかな。

肌も雪原みたいだし、髪の色も天気のいい日に見える、宇宙に限りなく近い空の色みたいだ。

目もパッチリ大きいし、まつげも長い・・・。

有名な絵からそのまま出てきたって言っても信じてしまうかも。

 

 

「あああありがとうございまっす」

 

 

そんな女の子から、考えられないような返事が返ってきた。

すごく緊張してる、のかな?

だったら私と同じ!

・・・ここまで私はひどくない、と信じたい。

でも、この子も私と同じで、人見知りなのかも。

 

 

「そ、そうですよね!?普通初対面の人と話すと緊張しますよね!?」

 

 

仲間を見付けたような感覚になって嬉しくなり、その後に律のこととか私の体験談を喋ってしまった。

なんだか、話しやすかった・・・?

 

あ、名前を聞いてない。

せっかくいっぱい喋れたのに。

後でこのクラスにもう一度勧誘に来ようかな。

なにかクラブやってるのかな。

それに、どこかで聞いたような声・・・だったかも?

 

 

 

 

Side 律

 

 

澪が帰ってきて、なにやら興奮している。

どうやら初対面の人と随分話し込んできたようだ。

本当かどうかあやしいけど、私だってやれば出来るんだって言うドヤ顔がちょっとムカツク。

でもまぁ、それで澪の自信に繋がるならいいことだ。

ムギも興奮してるようで、詳しく話を聞いてる。

 

 

「おーい、お2人さん。そろそろ勧誘に行きたいんですけどー?」

 

 

 

「あ、ごめんなさい。その女の子のこと気になっちゃって」

 

 

「そうだ律!先にその3組に勧誘に行かないか?私が人見知りを克服したことを見せてやる!」

 

 

「はぁ・・・別にいいけどさ」

 

 

「よし!行こう!」

 

 

・・・こういうのフラグって言うんじゃなかったっけ?

 

 

 

 

 

「・・・・いない」

 

 

ほらやっぱり。

フラグ回収早いなー。

 

とりあえず、おろおろしてる澪も回収するか。

 

 

「澪・・・大丈夫だから、本来の目的を果たそうぜ?」

 

 

な?と問いかけると。

 

 

「本当にいたんだ!嘘じゃないんだ!」

 

 

「えぇ・・・澪ちゃんを疑ってない、わ、よ?」

 

 

「信じてくれー!ムギ!律!」

 

 

「わかったわかった。追い詰めすぎたよ。澪はそのままでいいからさ」

 

 

「本当なんだー!」

 

 

いじめすぎたかね。

でも、時間を取られたんだ!

これくらいしたってバチはあたらないはず。

 

さぁ、ここからが本番で、人探しだ!!!

絶対に見つけるぞー!

 

 

 

 

結果から言うと、何も手がかり無しだった。

誰もそんな人知らないっていうし、その歌自体、聴いてないって。

確かに入学式で、時間も結構遅かったけど、こうも目撃証言がないとは・・・。

くそぅ。

澪はまだショックから立ち直ってないし、ムギも残念そうな顔してる。

 

 

「あと一週間もないし・・・他の人を勧誘したほうがいいんじゃないかしら」

 

 

「う~ん・・・」

 

 

「部員を確保してから、ゆっくり捜すほうがいいのかも」

 

 

確かにムギの言うこともわかる。

むしろそっちのほうが現実的だ。

でも、早く見つけたいって気持ちがある。

早く見つけてあげたいって。

なんでそう思ったのか、自分でも良くわかってない。

でも、昨日あの歌を聞いてから、ずっとそんな風に思ってる。

うまかった。

鳥肌がたった。

それで軽音部が結束された。

でも、それ以上に、はやく仲間に入れてあげたいって思ったんだ。

だって、悲しそうな気がしたから。

なんでそう思ったかは・・・やっぱりわからない。

強いて言うなら、勘だ!

・・・本当だぜ?

 

とりあえず、作戦会議のために部室に戻るかー。

 

 

「ねぇ律ちゃん。」

 

 

「どしたー?」

 

 

見つけられなかったガッカリ感に支配されてる私にに、今なにを言っても無駄だぜー。

 

 

「何か聞こえない?」

 

 

「何かって・・・」

 

 

耳をすませてみる。

・・・もしかしてこのパターンは。

もしかして・・・もしかして!

 

 

「これって歌だよな!?」

 

 

「うん!それに多分あの歌の人かも!」

 

 

実際には誰が歌ってるかまではわからなかったけど、こうなりゃ賭けてやるぜ!

 

 

「どこだ!?どこで歌ってるんだー!?」

 

 

外か!?

教室か!?

屋上か!?

 

 

「これ・・・軽音部の部室じゃ・・・」

 

 

「・・・っえ!?」

 

 

なんで!?

ウソだろ!?

 

 

現在、階段の二階。

あと少し上がれば軽音部の部室につく。

澪も我に返ったようで。

 

3人で急いで部室へ向かう。

 

ドアの前に、なぜか私達はこっそりと覗くような感じで中を見る。

すると、そこには女の子が1人、歌ってた。

ここを軽音部の部室と知っているのかそうでないのか。

私たちが荷物を置かずに、勧誘に回ってたから今は無人のままであったからおそらくは知らなかったんだろう。

なんてチャンスなんだ!

極上の獲物が自ら口に入ってきた気分だ!

ぐへへへ!

 

でも、本当に昨日歌ってたやつか?

部室は防音が結構しっかりしてて、あんまり外に漏れないからわからないな。

 

・・・ここは律ちゃん様に任せなさい!

少し、ほんの少~しだけドアを開ける。

すると聞こえてきたのは紛れもなく昨日の声の持ち主だった。

 

歌ってる曲は、聴いたことない曲だった。

でも、なぜか優しい気分になる曲調に。

あの女の子の優しくて、囁くような歌声が完璧に調和してる。

歌詞も、誰かを応援してるような歌で。

励ますように、慰めるような、そして愛する人への歌詞で。

優しさと切なさをまるごと包み込むような、そんな歌詞。

・・・あーもう!最初から聞きたかった!

だけどわかった。

あの女の子が昨日、歌ってたやつだ!

そして、やっぱりどこか寂しそうだ。

悲しそうだった。

その理由はわからない。

わからないから知りたい。

そんなに悲しいなら、そんなとこで1人で歌うなよ。

私と・・・私たちと一緒にバンドやろうよ・・・。

口出そうとして、止めた。

まだ歌ってるから。

まだ聞いていたかったから。

 

夕日が差し込むこの部屋で、1人歌う彼女の姿は神秘的で。

時間も、場所も、何もかもを通り越して、香る愛しい人。

まさに彼女は歌をその折れてしまいそうな華奢な体いっぱいで表現をしている。

見れて良かった。

聞けてよかった。

 

歌い終わった女の子は、ゆっくりと息を吐き、よし!と顔をたたく。

私たちは気づいたらそのドアを開け放ち、走りよっていた。

 

 

「軽音部に入部してくれないか!?」

「さっき3組の前で会ったよね!?」

「美味しいケーキがあるんだけど!」

 

 

「!!!???」ビクッ

 

 

誰も聞いていないと思って歌ってたんだろうから、急に話しかけられて飛び跳ねるようにこちらを向く。

顔が見る見るうちに赤くなっていく。

な、泣き出した!

やばい!

どうする!?

どうすんの私!?

 

 

 

 

あれから5分・・・ムギが機転を利かして、とりあえずはイスに座らせて。

ムギ持参の多分高級な紅茶を両手でくぴくぴと飲んでる。

泣き出したときはびっくりしたけど、よく見れば・・・よく見なくてもかなり可愛い。

この容姿で、あの声の持ち主・・・アイドルか!

羨ましい・・・私はガサツだからな。

でも羨ましい以上に、すごいと思った。

だから、絶対にバンドに・・・ギラリ

 

 

「どう?美味しい?」

 

 

ムギが満面の笑みでそう尋ねる。

なんか上機嫌だ。

私だってそうだ。

さて・・・こっからどうやって入部させるか。

 

 

「・・・プハ。えっと、美味しい・・・れす。」

 

 

「あらあらまあまあ!」

 

 

・・・なんでムギ、こんなに喜んでるんだ?

まあいいか。

 

 

「え~っと・・・名前聞いていいかな?あ、私は田井中律!」

 

 

「琴吹紬です」

 

 

「秋山澪です。あの・・・さっき・・・」

 

 

ええい!

今はその話はいい!

 

 

「あえっと・・・湯宮千乃です・・・」

 

 

おなかの辺りで指をもじもじと絡ませながら言う。

あんまり、人と話すのが得意じゃないのかも。

澪と一緒だな。

なら、押しに弱いはず・・・!

 

 

「湯宮さん!軽音部に入部しない!?今、部員集めてるんだけど後1人いないと廃部になっちゃうんだ!さっきの歌も感動した!昨日も歌ってたでしょ!?本当は昨日も大声で探してたんだけど見つからなくてさ!だから・・・」

 

 

言いかけて、ぎょっとする。

何故また泣く!?

目から大粒の涙が今にも零れ落ちそうだ。

けど、それを落とすまいと必死にこらえてる。

不謹慎だけど・・・か、かわいい。

ムギが隣でなんか息が荒くなってる。

澪もなんか赤くなってる。

もしかして私も!?

 

わからない・・・どうしたらいいんだ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




神様「ムギwww」


また台風が接近とか・・・。

ムギちゃんは私の中でこういうキャラだと思ってます。


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第7話

台風のせいで、家から出られない・・・


なので一気に書き上げました。
おかしいとこあるかも知れません・・・。


あと、つい先日友達とカラオケに行きまして。
やっぱりセンスが違う人と行くのは楽しい!
メンバーは私(基本的に昔の曲)とデスボイス野郎、アニソン好きの3人です。
またいい曲を知ることが出来ました。
またここで紹介出来たらいいなと思います。

これからもどうかよろしくお願いします。


Side 千乃

 

碧の香り。

語りかけるように歌うこの曲は、もう会えない大切な人との思い出を歌ったものだと思ってます。

過去の自分との決別。

そんな意味を込めて歌う。

でも、全てを過去のものとして置いていくんじゃなくて、愛した思い出も心の傷も、全部受け入れて新しく一歩を踏み出す。

そんな曲です。

だから、私は歌います。

思い出は少なくて、傷だらけでしたけど。

和さん、唯さん。

今はここにいない私の初めての友達、握ってくれた手の感触、名前を呼んでくれたくすぐったい感覚。

今みたいに弱きになってしまっても、こうして私の支えになってくれる友達。

全部、わたしのこれからになって。

 

 

歌い終わった私は、音楽系のクラブが無いなら作ってみせます!と決意を新たに、顔をパンと叩きます。

まずは、やはり部室の確保でしょうか。

具体的なビジョンがないと勧誘しても興味を持つことは難しいと思いますし。

職員室に行って、この部屋を使わせてもらうことは出来るか聞いてみましょう。

まずは、そこから始めていきたいと思います。

軽音部を復活させてみせます!

唯さんも音楽に興味を持ってくれてましたし、入ってくれたら嬉しいです。

和さんは、生徒会だから難しいでしょうか。

すると急にドアが開いて。

 

 

「軽音部に入部してくれないか!?」

「さっき3組の前で会ったよね!?」

「美味しいケーキがあるんだけど!」

 

 

だだだだだれですか!?

びっくりしました!

言葉にするとただそれだけですが、私自身は心臓が本当に止まりかけました!!

目の前の女の子達が何か言って入ってきましたが、びっくりしすぎて内容が聞き取れませんでした。

 

 

「!!!???」ビクッ

 

 

何故こんなところに人がとか、歌ってたの聞かれてたとか、色々頭をよぎったような気がしましたがそんなことはどうでも良く・・・良くはありませんが、それよりも感情が追いつきません!

もしかして、ここは使っちゃいけないところだったのでしょうか?

私・・・また失敗しちゃいましたか・・・?

 

あれ・・・視界がにじんでいきます。

もう何がなんだかわかりません。

慌てて駆け寄ってくる女の子達、それだけかろうじて私の頭で理解できました。

 

 

声をなんとか出さないように泣いてた私を、黄金の髪のすごく綺麗な人がイスに座らせてくれました。

どこから出したのかわからなかったですけど、暖かくてほっとする紅茶も頂いちゃいました。

 

 

「どう?美味しい?」

 

 

そう笑顔で問いかけてくれます。

見てるだけで癒されるような笑顔です。

なんだか・・・私のお母さんに似てるって、ふと思いました。

顔とかはもちろん違いますけど、雰囲気っていうか、なんだか安心して眠くなっちゃうような、そんな感じです。

優しいお母さんって、こんな感じなんだろうなって。

和さんもお母さんって感じもしますけど、タイプがちがくて、和さんはしっかりしたお母さんのイメージです。

 

 

「・・・プハ。えっと、美味しい・・・れす。」

 

 

紅茶はすっごく美味しかったです。

正直、人生で初めて紅茶を飲みました。

どんな味がするんだろうってどきどきしながら口をつけたのですが、

日本人の私は今までほとんどお茶を飲んですごしてきましたので最初は正直美味しくないと思いました。

お薬の味がするって思いました。

でも、入院してからはほとんどお水でしたから、新しい飲み物に期待せずに入られませんでした。

また一口含みました。

すると最初ほどのきつい味、香りはせず、柑橘系?のいい香りが鼻から抜けていきました。

やっぱり感覚が敏感になってるんでしょうか。

じんわりと、私の体をめぐっていくのがわかりました。

あまりの美味しさにまた噛んでしまいましたが・・・誰も気づいていませんよね?

 

 

「あらあらまあまあ!」

 

 

嬉しそうに笑ってくれました。

するとカチューシャをした元気のいい女の子が。

 

 

「え~っと・・・名前聞いていいかな?あ、私は田井中律!」

 

 

私も答えようとしたのですがすぐに他の人達も自己紹介をしてくれて。

 

 

「琴吹紬です」

 

 

紅茶を入れてくれた綺麗な女の子が琴吹さん・・・。

 

 

「秋山澪です。あの・・・さっき・・・」

 

 

黒髪でロングヘアのこの人が秋山さん・・・あ!

さっき廊下で落し物を拾ってくれた優しい人です!

 

 

お礼を言おうとしたら、田井中さんが秋山さんを押しのけるように私の前に立って、自己紹介を待ってます。

 

 

ですので。

 

 

「あえっと・・・湯宮千乃です・・・」

 

 

 

今度は噛みませんでした!

涙も止まりましたし、もう大丈夫です。

でも田井中さん、琴吹さん、秋山さんがじっとこちらを見ているので・・・すごく緊張してしまいます。

ごまかすために、指を絡ませてしまったり声も小さくなってしまったかもしれません・・・。

けど、田井中さんはそんなことは気にもせず。

 

 

「湯宮さん!軽音部に入部しない!?今、部員集めてるんだけど後1人いないと廃部になっちゃうんだ!さっきの歌も感動した!」

 

 

そう言ってくれました。

田井中さんたちは軽音部を廃部させないために勧誘をして回ってたそうです。

私と同じです。

同じ気持ちの人がいて、嬉しくなりました。

それに私の歌・・・褒めてくれるなんて。

だから入部してくれないか?って言葉がまるで運命みたいな気もして。

返す言葉で返事をしようと思ったのですが。

 

 

「昨日も歌ってたでしょ!?本当は昨日も大声で探してたんだけど見つからなくてさ!だから」

 

 

昨日の大声は田井中さんみたいです。

それを理解した瞬間に、涙がまた滲んできました。

昨日、大声で、田井中さんは言いました。

『高く売れる』と・・・。

今、この教室には4人。

私と、田井中さんと琴吹さんと秋山さん。

1対3です。

逃げられません。

今も優しい対応をしてくれて、秋山さんも荷物を拾うのを手伝ってくれて、琴吹さんも優しいってわかります。

でも、売られちゃうんです。

そう考えてたら、涙が溢れてきて。

でも怖がってるのがバレたら、ますます田井中さんたちが強気になるって思って、頑張って涙がこぼれないようにこらえます。

 

うぅ、売られたくない゛…!

 

 

そんな私を見て田井中さんたちは何故かあたふたしてます。

 

 

「え、ちょ、なんで泣く!?」

 

 

「だって、だって・・・売られだくない・・・」

 

 

声もたえたえになんとか振り絞ります。

 

 

「はぁ!?売る!?なにを・・・」

 

 

「!! 律が昨日大声で叫んでたからじゃないか!?」

 

 

「叫んだってそんなこと・・・あ・・・言いました・・・」

 

 

やっぱり!

売られてしまう!

 

 

「いや、確かに言ったけど!意味が違う!」

 

 

「・・・意味?」

 

 

「湯宮さんとバンドを組んで、プロを目指してCDとか出して・・・って考えてただけだって!本当!」

 

 

「・・・本当、ですか?」

 

 

「もちろん!・・・ていうか普通売られるとか考えるか?」

 

 

う、普通・・・ですか。

 

 

「・・・すいません、勘違いしてしまいました!」

 

 

「あーいや、こっちも紛らわしくて(?)ごめんな」

 

 

良かった・・・売られないみたいです。

 

 

「って、そんなことより!軽音部に入部してくれないか!?」

 

 

そうでした。

軽音部。

田井中さん達は軽音部を存続させるために頑張っていたんです。

偶然にも、私と同じで。

 

 

「あの・・・プロって・・・?」

 

 

お願いします!とは言えず、先に気になったことを聴いてみました。

田井中さんはプロにって、言いました。

 

 

「ん?あぁいや、やるからにはプロを目指さないと!ってこと」

 

 

「まぁ私たちはバンドなんて組んだこともないし、楽器だって中学からだけどな・・・」

 

 

「う・・・でも目標がないと駄目だろ!?」

 

 

「それは否定はしないけど・・・」

 

 

「だろ!?だからプロになって、CD出して!がっぽり稼いでやる!」

 

 

「な・・・なるほど・・・です」

 

 

プロになる。

先ほども言われましたが私にはあまり『普通』っていう感覚がないのかもしれません。

私もプロになりたいって思ってました。

それがお父さんとお母さんの夢で。

和さんも、唯さんも頑張れって言ってくれました。

だから、プロを目指したいって思ってました。

そして、今目の前に同じことを言ってる人がいます。

 

 

「だからさ!湯宮さんも軽音部に入ってくれないか!?」

 

 

嬉しい。

でも・・・でも。

 

忘れていました。

幸せなことがいっぺんに起こりすぎて、今の今まで忘れてたんです。

私の時間は3年間しかない。

バカですね、私。

3年間で、どうやってプロになるっていうんですか。

なり方もわからないのに。

 

胸が締め付けられたような気がしました。

 

そうですよ。

クラブに入って、頑張るのはいいです。

一緒にプロを目指すのだっていいです。

そして、仮にプロになれなくたって、それはそれでいいかもしれません。

 

でも、3年間のその思い出は?

3年後に必ずいなくなってしまうのがわかってるのに、それを、わかりながら、3年間、

苦楽を共にするであろう友達と過ごさなくちゃいけないんですか・・・?

 

体温が消えていくのがわかります。

その感覚に、私は更に血が引いていくのがわかりました。

まさか・・・喪失病?

・・・・・・・・いえ、どの感覚もまだ、大丈夫・・・なはずです。

 

支離滅裂ですよね。

生まれ変わったときは、それが嬉しすぎて。

3年後には消えてしまってもいいなんて言ってました。

でも、和さんと出会って、初めての友達になって。

唯さんも愛称で呼んでくれて。

歌って。

ご飯を食べて。

でもそれも全部、失うって。

幸せすぎて浮かれてたんですね。

失うのが、こんなに怖いのなんて忘れてました。

 

動機が早くなっていきます。

呼吸が、しんどくなってきました。

 

 

「お、おい、大丈夫?」

 

 

「律がまくし立てるから困ってるんじゃないのか?」

 

 

「え!?そ、そんなことないだろ!?」

 

 

「待って・・・湯宮さんどうしたの!?気分悪いの!?」

 

 

琴吹さんが私に触れました。

私は、それが怖くて。

その手を押しのけてしまいました。

 

思ってしまったのです。

どうせ失うなら、最初から何もいらないって。

 

 

「いや・・・いらない・・・」

 

 

最低です。

こんな自分が。

せっかく生き返らせてもらったのに。

頑張るって決めて、なんども決意したのに。

いざ、幸せが目の前に訪れたらそれを拒んで。

挙句、優しくしてくれた琴吹さんの手を、拒んで。

 

 

「やだやだ・・・怖い・・・いやだ・・・」

 

 

今度は涙が止まりませんでした。

頭が混乱して、なにがどうなってるかわからないと、冷静に見てる自分がいました。

この感覚は、私が入院して、寝たきりだったときに似ています。

 

 

「いらない・・・いらない!」

 

 

大声を出してしまいました。

恥ずかしい。

大きな声を出したことではなく、他人に当たることしかできない自分が。

 

嫌いです。

喪失病の私も。

生き返ったのに何も変わってない私も。

3年後には消えてしまう私も。

神様も。

そんな世界も。

私が消えた後も続いていく世界も。

全部、全部。

 

 

 

 

ぎゅっと。

なにかが私を包みました。

温かい。

琴吹さんが、私を抱きしめてました。

触れ合う体のところから、熱が戻ってきます。

さらさらの紙が少しくすぐったいなんて、思いもしました。

でもその温かさが怖くて、なんとか抜け出そうとしましたが。

 

 

「大丈夫・・・大丈夫だから」

 

 

そう囁いて、私の頭を撫でてくれて。

 

涙が止まりませんでした。

私、今なにを思ってたんですか?

全部が怖くて、憎んでしまって。

そんなことを考えたことが、怖くなって。

 

 

「わ、私・・・私!」

 

 

止まらない涙と嗚咽のせいで喋ることができません。

 

 

「よしよし・・・」

 

 

何も聞かず、嫌な思いをしたと思うのに。

琴吹さんはただ、私をあやし続けてくれました。

 

 

この世界に生まれ変わって、初めて大泣きしてしまいました。

感情が爆発して声にならない声で何かを訴えていたような気がします。

どのくらいの時間がたったかわかりませんが、その間もずっと頭を撫でてくれました。

 

 

泣き疲れた私が落ち着いた頃を見計らって、田井中さんと秋山さんが部屋に入ってきました。

私の気づかないうちに、2人は気を使って外に出てくれていたみたいです。

 

 

しゃくりあげる私の声だけが部屋で聞こえます。

 

 

「落ち着きました?」

 

 

琴吹さんが、腕の中の私を見て言ってくれます。

 

 

「・・・ごめんなさい・・・私・・・」

 

 

自然と見上げる形になります。

 

 

「いいんです」

 

 

笑顔で琴吹さんは、また頭を撫でてくれました。

 

 

「いや~・・・急に泣き出したときはびっくりしたけど・・・」

 

 

「・・すいません・・・」

 

 

「そうじゃないだろ、律」

 

 

「わかってるよ。

湯宮さん、なにが悲しかったのかわかんないけどさ。改めて軽音部に入らないか?」

 

 

・・・その問いに、私は答えることが出来ませんでした。

今は落ち着きましたが、結局世界は何も変わっていないんです。

いつまた、今みたいに感情が爆発してしまうかわからないんです。

間近で・・・眩しいものを見ていたら・・・その後の絶望も大きくて。

・・・なんで私、さっきまで軽音部を復活させようなんて思ってたんでしょうか。

わかってます。

バカで、浮かれてからです。

 

 

断るほうが、いいんですよね、きっと。

こんなに、優しい人達の傍にいると、自分がどうしようもないって思い知らされてるようで。

そしてなにより、私がいることで、嫌な思いをさせてしまうかもしれません。

いえ、きっとさせてしまいます。

だから、断ろう。

傷つくのがわかってて、それを乗り越える強さもなくて。

 

 

「・・・すいません・・・私は・・・」

 

 

「・・・湯宮さんがなにを抱えてるのか、私らはわかんないけどさ。支えることはできるぜ?」

 

 

「・・・え?」

 

 

「1人じゃ辛いときもあるだろ?そんな時はさ、誰かと一緒にいればいい。

・・・誰かといるのが辛い?それもいい。でもさ、誰かといるのって、楽しいぜ?

辛いこともあるのも当たり前、けど、楽しい事だってあるんだ。

1人じゃ重くて辛くても、2人なら半分こだ!それにここには私と、澪と、ムギがいる。

だから、その抱えてるもの、預けてくれないか?・・・かっこつけすぎか?」

 

 

「・・・律にしてはいいこと言うな。

でも私も同じ気持ちだよ。私だって1人がいいときもある。でも、1人は寂しいよ。

私たちが持ってる時間は長いようで短いから・・・悲しいことよりも嬉しいでいっぱいでいたい。」

 

 

「湯宮さんが、人生を『嫌い』や『寂しい』でいっぱいにするのは私も悲しいです。

だから、私たちと、バンドやりませんか?きっと、楽しいですよ。」

 

 

なんで・・・なんでこんなに優しいんですか?

 

 

「・・・もし・・・嬉しい楽しい・・・幸せがいっぱいでも・・・最後にはやっぱり悲しいで終わるなら・・・普通の悲しいよりも・・・もっと悲しいから・・・」

 

 

私は消え入りそうな声で言いました。

幸せを知らなければ、不幸だって思わない。

 

 

「・・・それでも、嬉しいや楽しいを友達と感じることが出来たら・・・。

きっと後悔はしないと思うの。人生に正解なんてない。だから、選んだ道を一緒に正解にしましょう?」

 

 

「・・・琴吹さん・・・」

 

 

「それにさっ!頑張って生きて、幸せな思い出がこれでもか!ってくらいに手に入っても、それでも悲しいで終わるなら、それはそれで笑えばいいじゃん!」

 

 

「・・・田井中さん」

 

 

「まったく律は・・・湯宮さん。私も人見知りで話すのが得意じゃないけど、ここにいる2人はそんなこと気にもしないよ。優しくて、支えてくれるよ。もちろん私もね。」

 

 

「・・・秋山さん」

 

 

琴吹さんは私を抱きしめ。

田井中さんは手を握ってくれて。

秋山さんは頭を撫でてくれた。

 

 

「わ・・・私がいると・・・迷惑をかけ・・・ちゃうかもしれない・・・」

 

 

「それは私たちが決めることだ!」

 

 

「そうね。そして、湯宮さんが私たちといたいって思ってくれるなら、それが嬉しいな」

 

 

 

 

そんなの・・・

 

 

「いたい・・・いたいです・・・一緒に・・・」

 

 

抱えてるもの・・・喪失病のことや生まれ変わった事・・・。

言えない。言ってしまったら気絶されそうで。

怖いけど。憎いけど。悲しいけど。

でも、一緒にいたい・・・それだけは本当で。

 

 

「なら、決まりだな」

 

 

「あぁ、記念すべき、4人目だ!」

 

 

「ふふふ、嬉しいわ」

 

 

 

 

「「「ようこそ、軽音部へ!」」」

 

 

 

 

 

 

「・・・いつか、抱えてるもの、教えてくれると嬉しい」

 

 

 

 

小さくそう、言ってくれました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




神様「原作キャラはええ子ばっかや・・・」


この話を機に、いままで同じところを回っていた主人公ですが変わっていきます。
もしよろしければ、これからもよろしくお願いします。


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第8話

ボンボンってのは季節の変わり目に弱い。
とある映画の台詞ですが、これを聞いたとき、じゃあ私は大丈夫だと思いました。
しかし、私は今現在、綾瀬はるかさんのおすすめする銀のお薬を呑んでいます。

だからなんだって言う話です。



「いよ~し!4人揃ったことだし軽音部の活動開始だー!」

 

 

「とりあえず、これからの事も含めて色々相談しませんか?ケーキ持ってきたんです」

 

 

「・・・なんか軽音部のこれからが目に浮かぶような・・・」

 

 

私を受け入れてくれた軽音部の皆さん。

これから私はこのクラブで、このメンバーで3年間を過ごしてゆきます。

何も話せなかった私を、それでも支えると言ってくれた優しい人達。

 

 

「湯宮さんも、行こう?」

 

 

秋山さんが声をかけてくれます。

 

 

「・・・はい」

 

 

その優しさに、またためらうような返事を残してしまいます。

でも、それでも。

 

 

「最初からじゃなくていいからさ・・・ゆっくり・・・」

 

 

最後までは言わずに、微笑んでくれました。

 

 

「2人とも早くこーい!紅茶が冷めちゃうぞー」

 

 

「はいはい・・・行こう?」

 

 

手を差し出して。

私は握ります。

 

 

「・・・はい!」

 

 

 

 

 

 

「じゃー、どうやったらプロになれるか話し合おうぜ!」

 

 

「いきなり・・・まずはちゃんと演奏が形になるかどうか考えるのが先だろ?」

 

 

「確かに・・・私達のバンドはギターがいないものね」

 

 

皆さんが口々に話しています。

私は気になったことを聞こうと思ったのですが・・・こんな大勢の前で話すのなんか緊張してしまいます。

でも私も軽音部になったから頑張って、積極的に・・・!

 

 

「・・・あ、あにょ」

 

 

まだまだ!

 

 

「ん!?どした!?」

 

 

田井中さんが嬉しそうにこちらを向いてくれます。

なんだか申し訳なくなってきます。

 

 

「みにゃあさんがやってる楽器ってなんなんでしか!?」

 

 

伝わってください!

 

 

3人がなんだか震えて下を向いています。

笑われてるんでしょうね。

 

 

「「「か、かわいい」」」ボソ

 

 

何か言いましたか?

 

 

「えーっとだな・・・私はドラムだ!チマチマした演奏は嫌いだからな。豪快に叩くぜ!」

 

 

「律はガサツだからな・・・よく走った演奏するんだ。」

 

 

やれやれ・・・とため息をつく秋山さん。

なんだか苦労してる・・・のでしょうか?

 

 

「なんだとぅ!?澪だってチマチマイジイジしてるから人見知りが直らないんだぞ!」

 

 

「なっ!?今それは関係ないだろう!?」

 

 

「あ、お、落ち着いてくだしゃい!」

 

 

喧嘩!?

喧嘩ですか!?

すると私の頭が撫でられました。

琴吹さんです。

 

 

「大丈夫よ。澪ちゃんと律ちゃんは幼馴染だから~」

 

 

・・・幼馴染だから?

ぽわぽわしてる琴吹さんはそれ以上何もいうことはなく、私の頭を撫で続けます。

 

 

「あ・・・あの・・・琴吹さん・・・恥ずかしい・・・です」

 

 

「あらあらまあまあ」

 

 

それでも止めてくれません。

なんだか気持ちよくなってきました。

 

 

「あふぅ・・・」

 

 

つい声が・・・顔が真っ赤になるのがわかります。

でも、私達同級生ですよね?

なんで、あやされてるんでしょうか。

やっぱりさっき、泣き喚いたのが影響してるんでしょうか・・・。

 

 

「あ、ムギ!ずるいぞ!」

 

 

田井中さん?

何がずるいんでしょうか。

 

 

「そうだぞムギ!」

 

 

「ほら!次!」

 

 

そう言って田井中さんは私の肩を抱いて、琴吹さんに言いました。

 

 

「私はキーボード担当で~す。」

 

 

撫で続けながら琴吹さんは言います。

 

 

「コンクールで賞を頂いたこともあるの~」

 

 

「す、すごい!・・・でっす・・・」

 

 

「そうだぞ~。我々軽音部はすごいのだ!」

 

 

「律は偉そうだなぁ・・・」

 

 

「実際に偉いんだ!なんせ部長だからな!!!ほら澪、次!」

 

 

「わかってるよ・・・」

 

 

何故か秋山さんは、琴吹さんと田井中さんを羨ましそうに見て私に視線を。

 

 

「私はベース担当なんだ。律とリズム隊なんだけど走り気味になるから抑えるのに苦労してる」

 

 

「そ、そうなんですか」

 

 

「だまされるな千乃隊員!澪が細かすぎるだけだ!」

 

 

「・・・な、名前」

 

 

「ん?あ、名前で呼ばれるの嫌か?」

 

 

そんなことない。

両親にもらった大事な名前。

呼んでもらえることなんてほとんど覚えていない。

和さんにはじめて呼んでもらって嬉しかった。

唯さんにも愛称で呼ばれて嬉しかった。

そしてまた、田井中さんにも。

 

 

「・・・すごく嬉しいです!」

 

 

大きな声で、田井中さんは目を丸くした後、ニ~と笑顔になりました。

 

 

「おう!じゃあ私の事も律って呼んでくれよな!」

 

 

「あ、ずるい・・・私も!私も名前で呼んでね千乃ちゃん!」

 

 

「わ、私も名前で呼んでもいいか・・・?呼んでくれたら嬉しいし・・・」

 

 

「・・・はい・・・グス」

 

 

「ま~た泣いた。泣き虫だな~」

 

 

「・・・すいません・・・嬉しいことがいっぱいで・・・」

 

 

「これで『嬉しい』が一個増えたな!」

 

 

「千乃ちゃん・・・!」ハァハァ

 

 

「ど、どうしたムギ?」

 

 

嬉しいことがいっぱい。

いつか失くすってわかってても。

手を伸ばさずにはいられない温かいもの。

 

 

「律さん・・・澪さん・・・紬さん・・・」

 

 

幸せを確かめるように口にする。

 

 

「もっと砕けて呼んでくれていいんだぜ?」

 

 

和さんや唯さんのときと同じで、そんな事をしたら幸せすぎて・・・また怖くなってしまう。

 

 

「・・・」

 

 

何かを察したのか、皆静かになってしまいました。

 

 

「「「・・・最初に、愛称で呼んでもらう・・・」」」ボソリ

 

 

???

今誰か何か言いましたか?

 

 

「と、とにかく私たちのパートはこんな感じだ」

 

 

「ギターが・・・居ない・・・ですか」

 

 

「そうだ。千乃ギター弾けないか?」

 

澪さんが聞いてきます。

 

 

「す・・・すいません・・・楽器はピアノしか・・・」

 

 

「私とお揃いね~」

 

 

紬さん、私、賞なんてもらったことないです。

家にあったピアノをお母さんに教えて貰ってただけで、比べるのもおこがましいです。

 

 

「そだ。ならこの際にギターやってみたらどうだ?」

 

 

「いいんじゃないか?」

 

 

「あ・・・」

 

 

正直、惹かれなかったわけではありません。

でも、私は喪失病で。

多分、また体を動かすのもいつか難しくなってくると思います。

そのときに、私がギターだと皆さんに迷惑をかけてしまうと思います。

それに・・・唯さんが音楽に興味を持ってくれてましたから、もしかしたらって期待もあります。

ので。

 

 

「・・・すいません、私には・・・でも、心当たりが・・・ある・・・かもしれません」

 

 

「え?」

 

 

「も・・・もしかしたらです・・・けど・・・もう1人・・・」

 

 

「本当か!?」

 

 

「まぁ!」

 

 

「もももも、もしかしたら!・・・です・・・」

 

 

期待させるだけさせて、やっぱりムリでした、というのは私は嫌いで。

 

 

「何組!?」

 

 

「あえっと・・・私と同じです」

 

 

「3組か!今から勧誘しに行くか!」

 

 

「今日は・・・もう帰ってます・・・すいません」

 

 

「千乃ちゃんが謝ることじゃないわ」

 

 

「・・・はい」

 

 

「まあじゃ明日勧誘だな!」

 

 

「その子はギターできるのか?」

 

 

「ギターはわかりませんけど・・・カスタネット・・・?」

 

 

「・・・・・・」

 

 

あれ、なんだか静かになりました。

 

 

「と・・・とりあえずこの話はまた明日だな・・・」

 

 

せっかく出してくれたので・・・というのは建前で先ほどからケーキが美味しそうで困ります。

紅茶もいい香りです。

 

 

「千乃ちゃん、どうぞ召し上がれ?」

 

 

!?

 

 

「ムギのケーキはうまいぞ~!」

 

 

「確かに・・・こんなに美味しいケーキいったいどこの」

 

 

律さんと澪さんがおすすめしてくれます。

 

 

「い、いただきまし」

 

 

・・・・・美味しい!!!

甘し!

さっとう!

・・・誕生日を思い出しました。

 

 

「喜んでくれて嬉しいわぁ・・・!!」

 

 

その時、紬さんの目が光ったような、頭のところに豪華な電球が現れたようなきがしました。

 

 

「千乃ちゃん・・・あ~んしてくださ~い!」

 

 

・・・?

紬さんが自分の分のケーキを、フォークに一刺しして私に持ってきてくれました。

 

 

「な!?」

 

 

「ムギ!」

 

 

律さんと澪さんがなんだか怒ったように声を出します。

お行儀が・・・悪いからでしょうか。

 

 

「・・・はむ」

 

 

いつまでも紬さんが動かないので、申し訳ないですし頂きました。

すごく嬉しそうな顔です。

ケーキが好きな私にわざわざ自分の分を・・・優しい人です。

 

 

「私、こうやってあ~んってするのが夢だったの~」

 

 

・・・紬さんも紬さんで結構ずれてるんじゃないか思います。

 

 

「もう一口・・・」

 

 

言い終わる前に澪さんが。

 

 

「れ、練習!練習しよう!」

 

 

「おぉ!ナイス・・・アイディア澪!やろうやろう!」

 

 

「練習・・・ギターいないんじゃ・・・」

 

 

「明日、千乃の友達連れてくるんだから、その時用になにか練習しとこう!」

 

 

う、もう明日来ることになってるんですね。

・・・唯さんの居ないところでこんなに話を進めてしまって構わないんでしょうか?

 

 

「ギターいなくて、ベースとドラムとキーボード・・・簡単な曲ならなんとか」

 

 

「なんとか形になればいいさ。あとは千乃が歌えば完璧!」

 

 

「じゃあ何を練習しよう。時間もないし・・・」

 

 

「みんなが知ってる曲・・・泳げたい焼きくんとか?」

 

 

「やれるモンなら見てみたいわ!っていうか澪のセンスは私にはわからん…」

 

 

「可愛い曲なのに…」

 

 

「もうここは合唱曲とかどう?それならみんな歌ったこともあると思うから練習しやすいんじゃ?」

 

 

「ムギの案を採用!」

 

 

「合唱曲・・・翼をくださいとか?」

 

 

「千乃ちゃん、いけそう?」

 

 

めまぐるしくはずむ会話についていけませんでしたが、この歌なら知ってます。

 

 

「はい・・・大丈夫です」

 

 

「よっしゃ!じゃあ練習だー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 紬

 

 

 

私は今幸せです。

あの歌を歌っていた子が私達の部室で歌っていたこともそうですが、その子がすっごく可愛かったからです。

穢れも知らない純真無垢な少女。

お人形さんのような女の子。

歌っている姿は、白い肌もどこか物憂げな表情も相まって、天使のようにも見えました。

 

・・・実は私・・・女の子が好きと言いますか・・・女の子同士が『仲良く』してるのが好きといいますか・・・。

 

と、とにかく!

こんなに可愛い子に出会えたのは奇跡だと思いました!

 

だから、歌い終わったあとに勧誘すべく押しかけました。

小動物が天敵に見つかったときのような顔をしてたのがまた可愛かったです。

でもその女の子は私たちが声をかけたら、泣いてしまいました。

理由はわからなかったですけどその泣き顔がまたもの凄く破壊力があって・・・女の子には申し訳ないと思ったのですけど、すごく胸がきゅんきゅんしちゃいまして・・・フフ。

 

もっと見たいと思いましたが落ち着かせるためにもお茶をお出ししました。

顔を隠したいのか、カップを両手で持ってゆっくり飲んでる目の前の女の子・・・可愛すぎます。

もって帰りたいな・・・とか思いました。

私が美味しい?って聞いたら、まるで迷子の子供のように少し怯えながらも美味しいといってくれました。

・・・本当にお持ち帰りしちゃいましょうか。

 

自己紹介のときもおへその辺りで手をもじもじと・・・クハ!

するとまた涙が・・・自然と私は息が荒くなってしまいました。

よく見ると澪ちゃんも?

ま、まさか・・・キマシ!?

 

泣いていた理由は昨日、律ちゃんが言っていた「売れる」という発言でした。

どうやら自分が売られると勘違いしたようです。

・・・言い値で買い取りましょうか!

でも、そんな勘違いをするなんて、普通の女の子なら思わないと思います。

もしかしたら、この子も私と同じで一般常識と言いますか、いわゆる普通の生活を送ってこなかったのでしょうか?

 

湯宮千乃さんを軽音部へ勧誘すると言うこと。

私たちはそれを、昨日の声を聞いたからという理由で行いました。

それは間違ってないと思いますし、実際に話してみて一緒にバンドをやりたい、友達になりたい、と思うようになりました。

 

けれど、湯宮さんは。

律ちゃんの再三にわたる勧誘は。

 

明らかに湯宮さんを動揺させていました。

体が震え、顔は下を向き、一瞬見えた表情は絶望そのものでした。

なぜ?

バンドを、音楽をやることがそんなに嫌なの?

なら・・・どうして歌っていたの?

そんな疑問が頭をよぎっては消えていきます。

 

 

ふらっと、体が揺れ落ちてしまいそうな湯宮さんを見てると、どうしようもなく悲しくなってきて。

 

 

「待って・・・湯宮さんどうしたの!?気分悪いの!?」

 

 

と、体に触れようとしました。

けれど、その手は拒まれてしまいました。

 

 

「いや・・・いらない・・・」

 

 

消え入るような、そんな声で湯宮さんは言いました。

生まれて今まで、私の望むものは何でも手に入って。

望まないものも手に入ってきました。

だから、拒否されたその手が信じられなくて。

その事実が信じられませんでした。

 

でも。

 

 

「いらない・・・いらない!」

 

 

大きな声で、我にかえります。

湯宮さんが叫びました。

その言葉は、私の心を抉りました。

先ほどまで聞いていた曲とは正反対に私の心を抉っていきました。

 

私は何を勘違いしていたんでしょうか。

目の前の女子。

天使のような、人形のような。

可愛い、女の子。

可愛いだけの、女の子。

私と同じで、親に過保護に育てられ、危険なんてない人生を歩んできた、女の子。

そんな風に、勝手に見てしまっていました。

少し前の私に、怒鳴り散らしたいと、そう思いました。

 

目の前で感情を爆発させる女の子は、私の知らない何かを抱えているんだ、そう理解したと同時に、どこか遠くへ行ってしまいそうな気がして。

 

 

私は、湯宮さんを抱き寄せていました。

私の手の中で、湯宮さんがもがいていますが。

 

 

「大丈夫・・・大丈夫だから」

 

 

そう、言いました。

抱きしめないとわからないことがある。

いつかそんなフレーズをどこかで耳にしたことがあります。

湯宮さんを抱きしめて、この子はアンバランスだって感じました。

何故そう思ったのかはわかりません。

でも、何かが抜けているというのか。

天使のようで、人形のようで、かわいい湯宮さんは。

ただの女の子だったんです。

 

 

そう思ったとき、私は今まで以上に湯宮さんが愛おしく思えて、頭を撫でて、まるで赤ちゃんをあやすように優しく抱きしめ続けました。

同級生だけど、歌うときは圧倒的な存在感で、だけど今はどうしたらいいのかわからず泣き叫ぶ赤ちゃんのようで。

この女の子はいったいなんなんでしょうか。

私はこの子をどうしたいんでしょうか。

 

律ちゃんと澪ちゃんは、外に出てくれてました。

泣き叫ぶ湯宮さんは、なにを言ってるかわからないほど感情を爆発させていました。

時より、『失いたくない』や『3年間』というワードが聞こえ、耳に残りました。

 

泣き疲れたようで、すんすんとしゃくりあげる湯宮さん。

その顔は、幾分か晴れたようにも見えましたが、それでもやっぱり悲しそうで。

私に何が出来るんでしょうか。

お金ならいっぱいあるのに、それで解決は出来ない、そう思いました。

私は結局、そういったものしか持ち合わせていないのです。

そしたら律さんが。

 

 

「・・・湯宮さんがなにを抱えてるのか、私らはわかんないけどさ。支えることはできるぜ?」

 

 

そう言いました。

私はその言葉がすごく眩しいものにみえて。

私にも出来る、そう思ったら嬉しくなって。

 

 

湯宮さんが泣きそうな顔で。

 

 

「・・・もし・・・嬉しい楽しい・・・幸せがいっぱいでも・・・最後にはやっぱり悲しいで終わるなら・・・普通の悲しいよりも・・・もっと悲しいから・・・」

 

 

そう言います。

けれど、私にも出来る事がある。

 

 

「・・・それでも、嬉しいや楽しいを友達と感じることが出来たら・・・。 きっと後悔はしないと思うの。人生に正解なんてない。だから、選んだ道を一緒に正解にしましょう?」

 

 

一緒に。

この言葉がこんなにも嬉しいものだったなんて、知りませんでした。

このメンバーだったら、湯宮さんと一緒だったら・・・。

一緒に同じ道を歩いていける、そう思いました。

 

 

 

「湯宮さんが私たちといたいって思ってくれるなら、それが嬉しいな」

 

 

本心です。

もちろん、湯宮さんが辛いときは支えます。

一人になんてしません。

 

 

湯宮さんが、軽音部に入部を決めてくれたのは、このすぐ後でした。

 

 

 

 

 

Side律

 

 

晴れて4人!

こっから軽音部はスタートするぜ!

 

まぁ正直、千乃がなにか変なヤツだってのは驚いた。

見た目はかわいい女の子~って感じなんだが、なにか抱えてる。

それがどんなものなのか全然わからないけど、あそこまで泣くんだからかなりのものなんだろうな・・・。

支えてやりたいって思ったよ。

打算とか抜きにしても。

会ってまだ初日だけどさ、そう思っちゃったんだもん。

澪もムギも一緒のようで、千乃をみんなで支えようって言わなくても通じたような気がした。

やっぱりどこかぎこちないっていう感じはするけど、名前で呼んだら千乃も名前で呼んでくれた。

めちゃくちゃ嬉しかった。

名前を呼ばれただけ、けど初めて仲間になれた気がした・・・単純で悪かったな。

 

 

なにはともあれ、軽音部はスタートした。

誰がなんと言おうとスタートしたんだ!!

 

けど、ギターがいない・・・練習ができん。

千乃にギターをやらそうかと提案したんだけど、どうやらアテがあるらしい。

ま、千乃には歌に集中してほしいし、もう1人部員が出来る事は良いことだ!

どんな子なんだろう・・・。

明日が楽しみだな!

そんな事を考えてると、千乃がケーキをむしゃむしゃと食べてる。

た、食べ方もかわいいんか・・・

しかしまぁ・・・美味しそうに食べるなぁ。

紅茶もそうだけど、初めて食べるみたいな感じ。

ケーキを食べ終わった後も、皿をじーっと見てる。

しゃーない・・・私のを少しやるか。

そう思ってたらムギが。

 

 

「千乃ちゃん・・・あ~んしてくださ~い!」

 

 

!!!???

なん・・・だと・・・!?

ムギのやつ・・・こんな大胆なことをするなんて・・・!

ていうか、なんで私はこんなに動揺してるんだ?

・・・わからん。

けどなんでかずるいって思ってしまう!

 

さらにムギが千乃に食べさせようとするが、澪がインターセプトして練習する流れに!

ギターがいない?それがどうした!

いないならいないでそういう曲をすればいい。

これには千乃もやる気があるらしく、曲はみんなが知ってる翼をくださいだ。

 

まずは私と澪、ムギの3人が慣らしていく。

う~む・・・初めての3人での演奏。

まだまだバラバラって感じがする。

最初からうまくいくなんて思ってないけど、プロになる!って豪語した手前、ちょっと恥ずかしかったり・・・。

・・・千乃は私たちの演奏をどう思ってるんだろうか。

ガッカリしてないだろうか・・・。

 

・・・・・・なんかキラキラした目で見てる・・・

ええい、そんな目で見られちゃやるしかあるめぇ!

私は力いっぱい演奏した。

 

 

こんなに本気で練習したのは始めてだった。

 

 

 

結局、曲をまともに演奏できるというところまででかなりの時間を使ってしまった。

その間、千乃は文句も言わずひたすら私たちも演奏を気持ちよさそうに聞いていた。

 

最後に一曲私達の演奏と千乃の歌を合わせようという話になったけど、さすがに遅くなってしまい、結局あわせることは出来なかった。

あ、明日はぶっつけ本番・・・!

 

 

「明日・・・大丈夫かな・・・」

 

 

「な、なんとかなる!!・・・はず」

 

 

弱気になってしまう。

最初の演奏は成功させたいなんて思ったりする分、余計に緊張しちゃうな。

 

 

「あ、千乃ちゃん。携帯の番号、交換しましょう?」

 

 

ムギが千乃にそう言っていた。

 

 

「そうだった、私も」

 

 

澪もそそくさと携帯を出す。

仲間はずれをとことんきらうからなぁ・・・澪は。

 

 

けど、千乃は頭をかしげて。

 

 

「携帯・・・電話?」

 

 

とおっしゃられた・・・まさか知らない・・・のか?

 

 

「す・・・すいません・・・私持ってません・・・」

 

 

「えぇ!?まじか!」

 

 

「いまどきの子からしたら珍しいわよねぇ・・・」

 

 

「じ、じゃあ家の番号は?」

 

 

「あ、家には電話あります!」

 

 

「そりゃそうだろう・・・」

 

 

「教えてくれるか?」

 

 

「・・・すいません・・・忘れました・・・」

 

 

「あらあら・・・じゃあ私の番号渡しておくから、帰ったら一度電話もらえる?」

 

 

「は、はい!します!絶対!」

 

 

「あ、私にもな!」

 

 

「千乃、私にもしてくれよ!?忘れないでな!?」

 

 

「はい!」

 

 

こうして最初の部活動が終わる。

千乃はやっぱり変わってるな。

携帯を持ってない、というよりも存在を知らなかったように思えた・・・。

いつかそういったことも含めて、あいつのこと教えてくれるといいなぁ。

 

 

とにかく、明日の演奏頑張ろう。

・・・もうちっと家で練習しとくか。

 

 

 

 




神様「ムギに吉影さんがログインしました」

原作と違う点がいくつか出てきました。
唯ちゃんよりさきに入部した主人公。
一週間待たずに入部フラグのたった唯ちゃん。
そして原作よりちょっとアレなムギちゃん。
はたしてここからどんなストーリーになっていくのか。

次回、ムギちゃんとキマシタワー建設!(嘘)

ちなみに、作中で泳げたい焼きくんを出したのは、つい最近お店で聞いただけで、特に意味はなかったりします。


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第9話 翼をください

最近、近所の子供達にカモられて以来、遊戯王にはまってしまいました。
カード屋さんがこんなにいっぱいあることに驚きました。
あと、そこでけいおんのスリーブ?っていうんですか?
遊戯王と関係ないはずのアニメのキャラの絵が入ったカードの袋がいっぱいあってそれにも驚きました。
そして何より、カード1枚でこんなにお値段がするなんて・・・驚きました。
全然本編に関係ないと思いましたか?
残念!ムギちゃんのを買ったことにより私の力になるんでした!

(スリーブで、透明で前と後ろで大きさの違う袋の名前ってなんていうんだろう・・・)


ただいま軽音部の部室です。

唯さんが3人がけのイスに座りながらこちらを見ています。

少し涙目です。

手には入部届けとケーキ。

私達、軽音部は演奏の準備をしています。

律さんも澪さんも紬さんもどこか緊張した面持ちです・・・私もなんだか変な言葉使いですね、なんて・・・。

うぅ~・・・やっぱり歌うのは恥ずかしいです。

でも、この演奏で唯さんが入るかどうかが決まるかもしれませんから、精一杯歌います。

 

まだ準備がかかりそうなので、なんでこんな状況になっているか、順を追って話して行きたいと思います。

 

昨日の夜、家に帰った私はろくに料理も出来ませんので、お米をたいて、卵とお野菜を炒めたものと、納豆さんを頂きました。

すごく美味しかったです。

ここでレポートしたいのですが、そうすると長くなりそうなのでまたの機会にさせていただきます。

ご飯を食べた私は、どきどきしながら紬さんに電話をかけました。

 

 

「はい、もしもし」

 

 

わ、でました!

 

 

「あ、えと、あああああの」

 

 

「ふふ。落ち着いて千乃ちゃん」

 

 

「すいません・・・友達(ボソ)・・・に電話するのはじめてで・・・」

 

 

「・・・いいのよ~。電話番号登録しとくね」

 

 

「あ、ありがようございます!」

 

 

「・・・ところで千乃ちゃん、律ちゃん達にも電話した?」

 

 

「あいえ、これから電話するところ、です」

 

 

「私が最初・・・うふふ」

 

 

「?」

 

 

「千乃ちゃん、ありがとう」

 

 

「え、どどどうしたんですか?私何か、しましたか?」

 

 

すると、電話の向こう側からまた笑い声が聞こえました。

こういった笑い方一つとっても、紬さんはお上品だと思ってしまいます。

 

 

「んー・・・軽音部に入ってくれて!」

 

 

「そんな・・・私がお礼言いたいくらいで・・・」

 

 

「・・・うん。明日の演奏、頑張ろうね」

 

 

「は、はい!えと・・・じゃあまたあ」

 

 

「ところで千乃ちゃんは何が好き?」

 

 

「な、何が好き・・・ですか?」

 

 

質問の幅が広すぎて・・・えっと。

 

 

「・・・・・・・・・・・・・」

 

 

私の好きなもの・・・わかりません。

嫌いなものはすぐに言うことが出来るのに。

 

 

「私の・・・好きなもの・・・」

 

 

答えあぐねてる私に、紬さんが慌てたようにフォローしてくれます。

 

 

「そんなに難しく考えないでいいのよ?」

 

 

「・・・」

 

 

目を閉じて考えます。

お父さんとお母さん。

美味しいご飯。

目に映るものすべてが新鮮で、どれもこれもが好きになってしまいます。

でも、今胸に浮かんだものは。

 

 

「け、軽音部・・・の皆さんが・・・好きです」

 

 

うん、しっくりきます。

好きになるのも大事に思うのも、怖いですけど。

でも、この『好き』っていう気持ちは本当です。

 

 

「・・・・・」

 

 

紬さんが無言になってしまいました。

変なこと言ってしまいましたでしょうか?

 

すると。

 

 

「嬉しいわぁ!私も軽音部のみんなが大好き。もちろん千乃ちゃんも!」

 

 

すごく嬉しそうにそう言ってくれました。

そこからの紬さんは凄くて、およそ1時間ほど喋りっぱなしで、いろいろな話をしてくれました。

私の想像もできない世界のお話。

外国やお菓子、そして紬さんのお家が裕福で、そのせいであまり普通の女の子という事が出来ないということ。

 

 

「いっぱいお喋りしたね~・・・ごめんね、迷惑だったかしら?」

 

 

「そそそんなことありません!」

 

 

「よかったぁ。私、友達と長電話するのが夢だったの~」

 

 

「わ・・・私もです!」

 

 

「うふふ、おそろいね~・・・なんだか千乃ちゃんとお話できてスッキリしたわぁ」

 

 

ありがとうね。

また明日、そう言って紬さんとは電話を終えました。

結構、時間も遅くなってきちゃいました。

急いで電話しましょう。

 

 

「はい、田井中です」

 

 

・・・!?

おおおおおおおお男の人の声!?

 

 

「あ、うぇっと!その、あの・・・私は・・・・うぅ・・・すいません・・・」

 

 

「えっと・・・どちらさまですか?」

 

 

すると大きな声で。

 

 

(さとし)!それ多分私!』

 

 

「姉ちゃんの友達?」

 

 

「おう、代わって!・・・・はいはーい千乃か~?」

 

 

「り、律さん!よかった・・・知らないところにかけてしまったと思いました・・・」

 

 

「(最初に田井中って言ってたと思うんだけど・・・相当テンパってたな。)」

 

 

「律さんが出てくれて・・・本当に良かったです・・・」

 

 

「(か、かわいい・・・けど、携帯じゃなくて家の番号を教えてこんな展開になるように仕組んだ私としては胸が痛む・・・)」

 

 

「・・・律さん?」

 

 

「あぁいや!なんでもない!っていうか結構遅かったなー。こんな夜遅くに!」

 

 

「わぁああ!すいません!迷惑でしたよね!」

 

 

「ジョークだよジョーク!」

 

 

クックっと笑う声が聞こえます。

 

 

「いや~・・・いじりがいがあるよなぁ」

 

 

律さんはこういう人なんだと忘れないようにしよう・・・

 

 

「でも、本当に遅かったな。なんか用事でもあったか?」

 

 

「あ・・・え、と。紬さんに色々お話してもらってました・・・」

 

 

「・・・なんだって?」

 

 

なんだか律さんの声のトーンが少し下がったような気がします。

 

 

「私が最初じゃないのかー!」

 

 

「ひっ・・・しゅいません・・・」

 

 

「まったく・・・部長の私を差し置いてだな・・・」

 

 

ここからまた1時間くらいお話しました。

律さんのお話は、日々の失敗談や弟さんのことなど、どれも面白いものばかりで、私も自然に笑っていました。

特に澪さんとは幼い頃からの友達だそうで、幼馴染がいない私は凄く羨ましかったです。

 

 

「おっと、話し込んじゃったな。この後は澪に電話するんだろ?」

 

 

「はい・・・でももう遅いですから迷惑じゃないでしょうか?」

 

 

「いや、むしろ電話してやらないと明日、絶対すねるぜ!」

 

 

「まさか・・・澪さんって、クールで大人みたいにかっこいいじゃないですか」

 

 

「ふっふ~ん!澪は結構子供っぽいぜ。ま、電話してやってよ、喜ぶからさ!」

 

 

「・・・わかりました。澪さんのこと、何でも知ってるんですね・・・羨ましいです」

 

 

「まぁな!付き合いがないからな」

 

 

そして。

 

 

「千乃ともこれからそうなる予定だからな!」

 

 

「・・・はいっ」

 

 

「ん!じゃあまた明日な!」

 

 

「あ、お休みなさい・・・」

 

 

「お休み~」

 

 

律さんと話すと元気をもらえるような気がしますね。

 

さて、最後。

澪さんに電話をしようかと思いますが・・・本当にいいんでしょうか?

もう時計は11を指しているのですが。

 

律さんは言ってました。

『喜ぶ』って。

 

・・・寝てたら申し訳ないので、3回くらいコールして出なかったら、残念だけどきることにしようと思います。

 

 

「prrrrr!」ガチャ

 

 

「はい!」

 

 

早い!

まだワンコールしてるところだったのですが。

 

 

「もしもし!?千乃か!?」

 

 

「あ、はい、えっと澪さん、こんばんは」

 

 

「遅いじゃないか!もう11時だぞ!なにしてたんだ!心配したじゃないか!」

 

 

「す、すいません!」

 

 

普段の澪さんでは考えられないくらい、尋常じゃないほどまくしたてられました。

 

 

「もう遅いからちょっとしか話せないじゃないか・・・」

 

 

「・・・ごめんなさい」

 

 

「なんでこんなに遅かったんだ・・・?」

 

 

恐る恐る、といった感じで聞いてきました。

 

 

「えと、紬さんと律さんと少し話し込んでしまって・・・」

 

 

「私が最後なのか!?」

 

 

「ひっ・・・ごめんなさい」

 

 

「うぅ・・・」

 

 

「ああああの!深い意味はなくて、電話番号を聞いた順番で電話させてもらったんです!」

 

 

なんで私はこんなにあせってるんでしょうか。

 

 

「・・・そうなのか?」

 

 

「は、はい」

 

 

「わかった・・・大声出してごめんな」

 

 

「いえ・・・心配してくれてすいません・・・」

 

 

「こういうときは、ありがとうって言ってくれ」

 

 

声が優しい、いつもの澪さんに戻りました。

よかった・・・もしかしてさっきのが律さんの言う『拗ねてる澪さん』なんでしょうか・・・。

いつもは大人びた美人な澪さんがこんな風になるなんて・・・なんだか可愛いです。

 

 

「・・・はい、ありがとうございます!」

 

 

「あぁ・・・そういえば2人とはどんなこと話したんだ?」

 

 

「はい、えっと、紬さんには外国の風景とか、美味しいお菓子とか・・・夢のようなお話をたくさんしていただきました。律さんには・・・弟さんのこととか、ファーストフード店のこととか・・・あ、あと澪さんのお話も・・・」

 

 

「な!なんて言ってた!?」

 

 

「えぁっと・・・捏造をよくする・・・とか」

 

 

「してない!!全部律のでまかせだ!」

 

 

「そ、そうなんですか?」

 

 

「他にもいってたか!?」

 

 

「うんと・・・軽音部に入ろうとした理由とか・・・あっ!あと澪さんが寂しがりやだって言うのもお話してくれました」

 

 

「律・・・明日しばく」

 

 

「・・・でも、律さんと澪さんは本当に仲が良くて羨ましいです」

 

 

「・・・はぁ」

 

 

澪さんがため息をつきます。

 

 

「まぁ腐れ縁だからな・・・こっ、これからは軽音部の皆で・・・仲良くなるんだからな?」

 

 

!!

やっぱり、お2人は仲がいいです。

同じこと、言ってますもん。

心がほっこりしますね。

 

 

「うふふ」

 

 

「どうした?」

 

 

「いえ・・・何でもありません」クスクス

 

 

「なんだよぉ・・・気になる・・・」

 

 

「澪さん!」

 

 

「はいっ!?」

 

 

「明日の演奏・・・頑張りましょうね!」

 

 

私にしては珍しく、はっきりと言えました。

だんだん、緊張もしなくなってきてるのかもしれません!

 

 

「あ、あぁ!」

 

 

結局、澪さんとも話し込んでしまい、一時間くらいたっていました。

澪さんは、元は詩を書くのが好きで文芸部に入りたかったみたいですが、律さんと軽音部に入ることを決め、そこで才能を活かすことにしたそうです。

会話の途中、良い詩が思い浮かんだりもしたそうです。

聞かせて欲しかったのですが、恥ずかしいの一点張りで、残念なことに聞くことはできませんでした。

私も歌うのは恥ずかしいですから、しょうがないと思いました。

でも、今度ノートに書いたやつを見せてくれるそうです。

楽しみです!

 

電話を切った後、疲労感がありましたがそれ以上に、楽しかったです。

友達と夜、長電話・・・夢でした。

明日、和さんと唯さんにも電話番号を教えてくれないか聞いて見たいと思いました。

この幸せを・・・忘れないうちに日記帳に書いとかないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、1年3組、教室にて。

 

 

春とはいえ、まだ結構肌寒い気がします。

入院してるときはそういった感覚すらなかったので、ある意味新鮮ではありました。

 

 

「千乃、おはよう」

 

 

「の、和さん・・・おはようございます!」

 

 

「あら、元気いいわね。何かいいことでもあった?」

 

 

さすが和さんです。

声のトーンなどから察するなんて・・・!

そして、気づいてくれたことに、頬がほころんでしまいます。

 

 

「はい・・・えっと、和さん。私・・・昨日クラブに入ったんです」

 

 

その言葉に、ポカンとした表情になる和さん。

そして。

 

 

「い、いったいどこのクラブ・・・まさか運動部じゃないわよね!?」

 

 

「・・・どういう意味ですか?」

 

 

「あ、いや・・・別に千乃が運動音痴だなんて思って・・・・・・・・・・・・ないわよ?」

 

 

「・・・ひどいですっ」

 

 

「もう・・・冗談よ。だからそんなに怒らないで?」

 

 

いつのまにか膨らんでいた私の頬。

そんな私を撫でてくれます。

・・・・・・温かい、です・

 

 

「でも、本当になんのクラブ?」

 

 

「あ、はい・・・軽音部に、はいりました」

 

 

「音楽系ね。いいと思うわ。でも軽音部は確か廃部になりかけてたような・・・」

 

 

「はい、ですので私が入って4人になりました」

 

 

「そう。じゃあ部長の人にちゃんと申請するように言っておいてくれるかしら?一週間たつと廃部になっちゃうからね?」

 

 

「わかりました・・・ありがとうございます、和さん」

 

 

「私、生徒会だから。それに、千乃の友達だからね」

 

 

パチンと、ウィンクしてくれました。

うぅ・・・かっこいいです。

 

 

「それで、友達はできた?」

 

 

「あ・・・はい・・・3人友達に・・・なってくれました」

 

 

「それは良かったわ」

 

 

「あ、和さん・・・あの、その、もし良かったらなんです・・・けど」

 

 

「どうかした?」

 

 

「あの、えっと、携帯電話・・・モニョモニョ」

 

 

「あぁ、そういえばまだ交換してなかったわね」

 

 

そう言って携帯を鞄から取り出します。

 

 

「・・・?千乃?」

 

 

いつまでたってもペンとメモ帳しか手に持たない私に、和さんが問いかけます。

 

「あ・・・私、携帯電話、もってないんです」

 

 

「あら、珍しいわね」

 

 

「それでね・・・もし迷惑じゃなかったら・・・家から掛けたいから、和さんの携帯番号・・・教えてくれませんか?」

 

 

断られたらどうしようなんて。

考えてしまうのは、もうどうしようもないくらい私なんですね。

 

でも、和さんは。

 

 

「えぇ、いつでもかけて」

 

 

どうしましょう・・・すっごく嬉しいです!!

それが、伝わってしまったのか。

 

 

「そんなに喜んでくれるなんて、なんだかこっちまで嬉しくなるわね」

 

 

「なになに、なんか楽しそうね」

 

 

「お、おはようございます中島さん」

 

 

「おっはー」

 

 

「おはよう。千乃と番号交換してたのよ」

 

 

「携帯の?なら私とも交換してよ!」

 

 

中島さんがそう言ってくれます。

 

 

「は、はい!・・・でもあの、私携帯持ってなっくて・・・」

 

 

「そうなの!?じゃあ家の固定電話?」

 

 

「はぃ・・・」

 

 

なんだか恥ずかしくて消えそうな声になってしまいます。

 

 

「そっかー。じゃあなんかあったら電話しておくれ!」

 

 

電話番号を、サラサラっとメモ帳に書いてくれました。

ううううれしい。

和さんと中島さん、そして律さん、澪さん、紬さんの5人の電話番号が今この手に。

宝物のようです。

 

 

「いちいちかわいい・・・」

 

 

「おっはっよ~!」

 

 

中島さんが何かを言った後に、唯さんが登場です。

 

 

「唯、おはよう」

 

 

「おはよう、平沢さん」

 

 

「おおおはようございます」

 

 

「みんなおはよ~」

 

 

唯さんは朝から元気です。

今日の放課後のこと、唯さんに聞いてみないと・・・。

 

 

「あ、あのね唯さん!放課後・・・大事なお話がある・・・んですけど・・・」

 

 

その言葉に、クラス中がザワっと。

和さんも、どこか顔が怖いような気がします。

 

え、なんですか?

どうしたんですか?

 

 

「なになに、告白してくれるの~?」

 

 

・・・・・・・!!!???

 

 

「え、や、そういう意味じゃなくって!なんていうか、全然ちがくて!!」

 

 

確かにそういう意味に取られてしまうかもしれない発言でした。

顔が真っ赤になってるのがわかります。

なんでこんなに頭が回らないんでしょう!

 

 

「あはは、わかってるよ~。放課後だよね?今日は何もないからいいよ~」

 

 

「うぅ・・・ありがとうございます・・・」

 

 

唯さんが笑うようにいってくれたのがせめてもの救いでした。

どこかほっとしたような和さんを見て、何故か私もほっとしてしまいます。

 

 

「放課後に何の用事~?」

 

 

「えっと・・・わ、わたし、軽音部に入った、んでう」

 

 

「え~凄い!」

 

 

「そ、それでね、唯さんもおおお音楽に興味があるって・・・」

 

 

「うん?」

 

 

「えっと、えっと・・・」

 

 

「千乃は軽音部に入ったから、音楽に興味が出たって言ってた唯も一緒にどうかって思ったのよ。だから放課後にクラブ見学に行かない?ってことよね?」

 

 

和さんが全部説明してくれました。

なんでこうも言いたいことを、わかってくれるんでしょうか。

そして、和さんにわかってもらえることが、どうしてこんなに嬉しいんでしょうか。

こくこくと縦に首を振ります。

 

 

「ほぇ~。でも、急に行ってもいいの?」

 

 

「は、はいっ、大丈夫です」

 

 

「わかった~、楽しみだねぇ~」

 

 

鼻歌を歌いながら、唯さんは承諾してくれました。

よかった・・・来てくれるんですね。

これで入部してくれたら・・・すごく嬉しいです。

 

 

「ま、唯はなにかきっかけがないと、何も始めないからいい機会ね」

 

 

「む~、ひどいよ和ちゃん」

 

 

「きっと千乃が誘わなかったらニートが出来上がってたわ」

 

 

「部活してないだけでニート!?」

 

 

「千乃、唯のことよろしくね」

 

 

「そ、そんな・・・こちらこそ、よろしくお願いします・・・」

 

 

「いいもん。ゆっきーと仲良くやるもん」

 

 

 

 

 

 

 

そして放課後。

 

 

「ねぇねぇゆっきー」

 

 

「はっい?」

 

 

「軽音部ってどんな人達がいるの?」

 

 

軽音部の部室へ向かう途中、唯さんがそう聞いてきました。

 

 

「はい、えっと、皆さん同じ1年生で・・・私のほかに、3人います」

 

 

「先輩はいないんだー」

 

 

「はい・・・んと、部長の律さんはドラムで、元気いっぱいでみんなを引っ張ってくれる人で、面白い人です・・・ベースの澪さんは綺麗でかっこよくてしっかりした人だけど、可愛いところもあります。キーボードの紬さんは・・・おっとりぽわぽわしてる人で、すごくあったかい人です。なんていうか、全体的にやわらかいと言いますか・・・」

 

 

抱きしめて貰ったときのことを思い出してしまいます。

 

 

「きっと・・・皆さんと仲良くなると思います・・・」

 

 

「うん!ゆっきーはみんなのこと大好きなんだね~」

 

 

「え?」

 

 

「だって、あんなに軽音部のいいところを言えるなんて凄いもん」

 

 

「そう・・・なんでしょうか」

 

 

「そうだよ~!あ、ところで軽音部ってどんなことやるのかな?軽い音楽だから口笛とかかな?」

 

 

「い、え・・・部室に着いたら、その、演奏を・・・モニョモニョ」

 

 

「演奏してくれるの?・・・ゆっきーが歌うの!?」

 

 

「あえっと・・・はぃ・・・・」

 

 

「わー楽しみ!早く行こう!」

 

 

私の手を握って、唯さんが走り出します。

けれど。

私は、長い入院生活のせいか、それとも元来運動神経がよくなかったのか、うまく走ることが出来ず転んでしまいました。

 

 

「いたっ・・・」

 

 

「ゆっきー!?」

 

 

階段で、また転んでしまいました。

和さんの時もそうでしたが、階段と私はなにか縁でもあるのでしょうか?

 

 

「ゆっきー!」

 

 

慌てて唯さんが駆け寄ってきてくれます。

 

 

「どこか痛む?怪我してない?ごめんねゆっきー・・・ごめんね!」

 

 

すごく謝ってくれます。

でも特に傷はないし、少し痛むくらいだったので。

 

 

「はい、大丈夫です。ごめんなさい、私、走ったりするの得意じゃ、なくて・・・」

 

 

「違うよ!私が引っ張っちゃったから・・・」

 

 

「気にしないでください・・・っつ」

 

 

「本当に?大丈夫?」

 

 

「はい・・・すぐそこに保健室があるので、絆創膏だけ貰ってきますね」

 

 

「私も一緒に行く!」

 

 

「えあっと・・・唯さんは先に、部室に行ってくれませんか?」

 

 

入院していてわかったことはいっぱいあります。

それは、大勢でいるのは迷惑という事や、あまり治療中の姿を見られたくないということ。

ですので、先に唯さんには部室へ向かっておいて欲しいのでした。

それに、もし、気分の悪い人がベッドで寝ていたりしたら、なるべく静かに素早く用事を済ませたいので、1人のほうが都合がよいのです。

 

 

「もう、軽音部の皆さんには放課後、行くこと、伝えていますので・・・」

 

 

「・・・わかった・・・本当にごめんね」

 

 

すごく落ち込んでしまったようで。

私は本当に気にしてないので、というか私の運動神経に問題があったわけで。

きっと普通の人だったらこんなことはおきていなかったはずです。

私だから起きてしまった事故。

唯さんにいらない責任を負わせてしまったのだから。

 

和さんや紬さんがしてくれたように。

 

 

「唯さん、そんな顔しないでください・・・唯さんの顔は笑ったほうが好き、です」

 

 

そういって、唯さんの頭を撫でました。

 

 

「ふぇ・・・」

 

 

泣きそうな顔になってしまいました。

・・・なぜでしょう。

私には、和さんや紬さんのような魔法は使えないんでしょうか。

 

 

なんとか、唯さんを部室へ送り出しました。

保健室は、他に生徒はおらず、すぐに先生に治療して貰えました。

膝を少しすりむいていたようで、消毒液が染みます。

絆創膏をはって貰って、先生にお礼を言い部室へ向かいます。

 

部室の前に着いたら、何か騒がしい感じが中から聞こえてきます。

開けてみると、唯さんが泣いていました。

な、なんで!?

 

 

「あ、千乃、大丈夫か?」

 

 

律さんが声をかけてくれます。

 

 

「はい、すり傷だけでしたので・・・ところで、唯さんは、どうしたんですか?」

 

 

「なんか自己紹介をして、千乃を怪我させたって、報告してくれたところで泣いちゃって・・・」

 

 

「ごめんね・・・ゆっぎーごべんんん!」

 

 

鼻水が凄くたれてます・・・でもこんなに謝らせてしまうなんて・・・なんだか私も泣いてしまいそうです。

 

 

「わ、わたし・・・昔からこんなんで・・・楽器だって・・・軽い音楽だからもっと・・・楽なものだって思ってて・・・すいません・・・」

 

 

軽音部の皆さんも、かなり困ってるみたいです。

 

 

「ゆっきーに怪我させちゃったし・・・楽器だってできないし・・・だから・・・入部の話は・・・」

 

 

「そ・・・そんな」

 

 

私が何か言う前に、軽音部3人の目が光りました。

 

 

「ちょっと待った!」

 

 

「もう少し考えてくれないか!?」

 

 

「美味しいケーキもあるの!」

 

 

「4人いないと演奏できないんだ!」

 

 

「1からギター始めてみないか!?」

 

 

「美味しいお茶もあるの!」

 

 

律さん、澪さん、紬さんと説得にかかります。

私も唯さんに入って欲しいですから、頑張ります!

 

 

「ゆ、唯さん!私達の・・・演奏を聴いてくれませんか!?」

 

 

大きな声を出したのが私だと驚いたのか、4人がこちらを見ます。

 

 

「精一杯歌います・・・ので、聞いていってくれませんか?」

 

 

私の心を少しでも伝えたい。

自然と手を唯さんの手に重ねます。

後ろのほうでなにか雰囲気が変わったような気もしますが、いまは唯さんに集中です!

 

 

「お願いします・・・」

 

 

「う・・・・うん」

 

 

顔が赤い唯さん。

泣いてしまったからでしょうか。

失礼ですが、可愛いと思ってしまいました。

 

そして、冒頭に戻ります。

落ち着かせるために、と餌付け?のためにケーキが唯さんにお出ししました。

そして、唯さんが持ってきていた入部届けを見て、私達に力が入ります。

 

 

絶対に、唯さんに入って欲しいです。

だから、今出来る最高の演奏を。

最高の歌を。

 

 

 

 

 

「翼をください」

 

 

 

 

 




神様「和!和!和!和ぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああん!!!(ry」


この作品は、話が結構進むのが遅いですね。
作者の気分で書いてますので、それでもよいという方のみどうぞよろしくお願いします・・・。





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第10話

風邪が治らない・・・いつもなら次の日には治ってるんですが。


今回で、唯ちゃんも軽音部に仲間入りです。
こっから原作の本筋を辿りながら、オリ話とか織り交ぜつつ最後までいけたらなと思います。

これからも、どうかよろしくお願いします。



Side和

 

 

「千乃、おはよう」

 

 

朝、教室で友達の姿を見かけたので、挨拶をする。

結構まだ寒くて、朝は気が滅入る気がするわね。

 

 

「の、和さん・・・おはようございます!」

 

 

けど、この笑顔を見たらそんな気持ちも吹っ飛んでしまった。

振り向いたその顔は、満面の笑みで、なんというか子犬が嬉しそうに尻尾を振っているようなイメージを持たせた。

この子は本当に・・・かわいいわ。

昨日、学校で別れてから何かいいことでもあったのだろうか。

それくらいに、声が弾んでる。

 

聞いてみるとどうやらクラブに入ったみたいだ。

運動系・・・じゃなく音楽の。

ちょっとだけ心配してしまった。

正直、千乃は初対面の人とのコミュニケーションはお世辞にも得意だとは言えない。

だから、そんな千乃がクラブでやっていけるのだろうか。

お節介だとは自覚はしているわ。

でも、心配なんだもの・・・仕方ないわ。

でも、聞いてる分だと、クラブの人達は言い人ばかりのようね。

軽音楽部・・・たしか廃部になりかけてたはず。

千乃いわく、立て直そうとした矢先、同じ考えの人がいたみたい。

まるで運命を感じるような話ね。

でもまあ、同級生だけなら千乃も気兼ねはしないでしょう・

しかし・・・千乃は思ってたより行動力があるわね。

昨日の今日・・・正確には一昨日の昨日でもう入部してしまうなんて・・・。

まだまだ付き合いは短いけれど、やる時はやるのよ。

これから千乃は軽音部の仲間達と仲良くなっていく・・・嬉しいことなのに、どうしてか胸が落ち着かない。

この気持ちはなんなんだろう。

置いてかれそうな気がして、つい千乃を撫でてしまう。

気持ちよさそうな顔・・・。

私に出来る事は、千乃を支えることと・・・友達としてね。

 

千乃がちらちらと何か言いたそうね。

 

 

「あの、えっと、携帯電話・・・モニョモニョ」

 

 

・・・私も聞こうとしてたこと。

千乃から言ってくれるとは。

 

 

「あぁ、そういえばまだ交換してなかったわね」

 

 

声が弾まないように、なんでもないように振舞いながら、私は携帯を取り出す。

しかし、千乃が携帯を出さない。

なんでも、携帯電話を持っていないようだ。

珍しい、と思った。

いまどきの若い子は必需品とさえ言えるものなのに。

でも、千乃にはなにか理由がある。

それは一昨日と昨日でわかってること。

だから私は、それを追及したりしない。

いつか、千乃自身から教えて欲しい。

 

 

「それでね・・・もし迷惑じゃなかったら・・・家から掛けたいから、和さんの携帯番号・・・教えてくれませんか?」

 

 

まったくもう・・・なんでこの子はこんなにかわいいのかしらね。

困ったことがあったらいつでもかけるように言い渡す。

凄く嬉しそうな顔が、また私の胸を撃つ・・・。

私達の会話を聞いていた中島さんが近づいてきた。

 

中島さんとも携帯の番号を交換し、メモ帳を宝物のように抱きしめてる・・・かわいすぎる。

そこに唯がやってきた。

また遅刻ギリギリね。

挨拶を交わしていく。

千乃も挨拶を返した。

けど次の言葉で私はフリーズしてしまう。

 

 

「あ、あのね唯さん!放課後・・・大事なお話がある・・・んですけど・・・」

 

 

クラス中が、騒然とした。

大事・・・な、はな・・・し?

えーっと・・・つまりどういうこと?

 

 

「なになに、告白してくれるの~?」

 

 

!?

いや、だって、女の子同士で、そんな・・・いえ、最近はそういう子も多いって聞く!

その・・・いわゆる『女の子を好きな女の子』が。

確かに、桜が丘高校は女子高で、その手の話はよく聞くって先輩が言ってたわ。

千乃が・・・女の子に告白・・・唯に告白・・・!

なんで?とか、千乃はそういう子だったの?とかの疑問ではなく、胸が痛くなるのはなぜ?

この痛みの理由は?

それにたどり着く前に。

 

 

「え、や、そういう意味じゃなくって!なんていうか、全然ちがくて!!」

 

 

千乃が必死に否定する。

まあ冷静に考えてみたら、恥ずかしがりやの千乃がこんなところで告白なんて出来るわけもなかったわ。

『女の子が好き』疑惑が晴れてほっとするのと同時に、モヤモヤしたものを感じる・・・。

 

話をまとめると、千乃は唯をクラブに誘ってるという話で。

放課後に、見学にどうかとただそれだけのこと。

以上、2人の私の友達の話でした。

 

 

 

 

 

Side 唯

 

 

まだまだ朝は寒いね~。

少し早歩きで教室に行こうっと。

そうすると、和ちゃんとゆっきーが話してるのが見えた。

おはようと挨拶をすると返してくれる。

ゆっきーは多分まだ緊張してるのかなー。

どことなくぎこちない気がする。

けど、ゆっきーが何かを言いたそうにこっちを見てる。

なんだろうと思ってると。

 

 

「あ、あのね唯さん!放課後・・・大事なお話がある・・・んですけど・・・」

 

 

そう言われた。

ゆっきーはそんなつもりで言ったんじゃないんだろうけど、今の台詞はけっこう大胆。

だって告白みたいに聞こえるんだもん。

ゆっきーは、誰かと付き合ったこととかないのかなぁ。

見た目も仕草もかわいいけど、どこか抜けてるというか・・・。

そういう経験がないから、今みたいな台詞がぽんとでるのかも。

私も無いけど・・・。

結局、放課後にクラブに見学に来ないかという話でした。

音楽に興味がある、確かに嘘じゃないけど楽器なんて出来ないよ。

でもまあ軽音部、軽い音楽って言うくらいだから多分大丈夫だよね~。

口笛、カスタネットなら得意だよ!

それにゆっきーの歌が聞けるならそれだけで入る価値ありだよ~。

和ちゃんが羨ましそうに見てたのは気のせいかなぁ?

 

 

 

放課後、ゆっきーと一緒に部室へ!

その途中で私は今更ながらどんな人達がいるのか気になってしまいました。

ゆっきーは、みんな同じ学年の人って言ってたけど、怖い人がいたらどうしよう・・・。

でもゆっきーはすごく嬉しそうに紹介してくれました。

 

 

「はい・・・んと、部長の律さんはドラムで、元気いっぱいでみんなを引っ張ってくれる人で、面白い人です・・・ベースの澪さんは綺麗でかっこよくてしっかりした人だけど、可愛いところもあります。キーボードの紬さんは・・・おっとりぽわぽわしてる人で、すごくあったかい人です。なんていうか、全体的にやわらかいと言いますか・・・」

 

 

ちょっと驚きました。

だってゆっきーは、いつも自信なさげで、お話しするのも得意じゃないって感じだけど、すらすらと紹介してくれました。

だから私は。

 

 

「ゆっきーはみんなのこと大好きなんだね~」

 

 

そう言いました。

きっとそうなんだと思います。

まだ友達になって少ししか経ってないけど、ゆっきーがこんなに嬉しそうに話すんだから、きっと良い人達に決まってます。

楽しみだなぁ!

そして、なんと私のために軽音部の皆さんが演奏してくれるみたいです!

凄い!

嬉しい!

ゆっきーの歌が聞けると思うと、早く部室へ行きたいと思うようになって、手をとって走り出しました。

けど、私は昔からおっちょこちょいで、人のことを考えていませんでした。

急に走りってしまったので、ゆっきーが転んでしまいました。

ど、どうしよう・・・ゆっきーがケガしちゃったら・・・。

 

 

「どこか痛む?怪我してない?ごめんねゆっきー・・・ごめんね!」

 

 

必死に謝ります。

ゆっきーは、大丈夫と言ってくれたけど・・・でも足が痛そう・・・。

本当に大丈夫と、言うけど一応保健室に行くというので私も!と思ったんだけど・・・。

あまり保健室に大人数で行くのは迷惑かもしれないとゆっきーが言います。

自分がケガしたのに、他の人のことを考えてる・・・私は自分の事が恥ずかしくて。

 

 

「本当にごめんね」

 

 

そんな言葉しかでない。

今回は幸運にも大事にはならなかったけど、少し間違えたらきっと危なかった。

 

 

ゆっきーが、辛そうな顔をしてる。

やっぱりどこか痛むんじゃ・・・。

そう思ってたら。

 

 

「唯さん、そんな顔しないでください・・・唯さんの顔は笑ったほうが好き、です」

 

 

そう言って、頭を撫でてくれました。

・・・なんで?

なんで優しくしてくれるの?

ケガさせたの私なのに・・・。

辛そうな顔は私を気遣ってのことだとわかった瞬間、また私は自分が恥ずかしく思いました。

保健室に向かうゆっきーをただ見てることしか出来ませんでした。

 

 

階段を上る足が重いような気がします。

ゆっきーを怪我させてしまったことをなんて説明しよう・・・。

 

部室の前、中を覗いてみると3人の姿が見えた。

カチューシャをしてる人が田井中律さんで、黒い髪のかっこいい人が秋山澪さん、金髪で眉毛が特徴的な人が琴吹紬さん。

ゆっきーの言ってたとおり、みんな優しそうな人ばかりで。

それが私の心をちくちくとさせる。

きっと怒られてしまう。それは良い。

当たり前なんだから。

悪いことをしたら怒られる。

でも、ゆっきーは怒ってくれなかった。

優しいからかなぁ。

もし、軽音部の人達も怒ってくれなかったら・・・。

 

 

ノックをしようとして、ためらってしまう。

けど、私は。

 

 

「すいません・・・」

 

 

「お・・・え~と、平沢さん?」

 

 

田井中さんが聞いてきます。

 

 

「はい・・・あのぉ~・・・」

 

 

「よく来てくれた!いや~期待の新人(?)なんだよな!?」

 

 

「だ、誰がそんなこと!?」

 

 

「千乃が誘うくらいだからかなりの腕前なんだろう?」

 

 

「!?」ブンブン

 

 

首を精一杯横に振ります。

ゆっきー・・・私楽器なんて出来ないよぅ・・・。

 

 

「っと・・・自己紹介しなきゃな・・・私が部長の・・・」

 

 

「あ、ゆっきーから聞いてます・・・田井中律さんですよね?」

 

 

「お、紹介されてたか・・・どんな風に?」

 

 

なぜか、眼が変わったような気がします。

それは後ろの2人も同じようで。

 

 

「えっと・・・田井中さんは、元気いっぱいで頼りになって、面白い人・・・って。」

 

 

「な、なんか照れるな・・・」

 

 

「平沢さん!私、私は!?」

 

 

「琴吹さんは、おっとりしてて、優しくて、すごくあったかいって言ってました」

 

 

「まぁ・・・!」フンフン

 

 

「わ、私の事は・・・?」

 

 

「秋山さんは・・・かっこよくて、綺麗で、でも可愛いところもあるって。」

 

 

「う・・・恥ずかしぃ」

 

 

そのわりに、顔は緩んでました。

 

 

「まあ、ゆっくりしていってくれよ。ムギ!お菓子を!」

 

 

それは秋山さんだけじゃなくて、田井中さんも。

 

 

「は~い!」

 

 

琴吹さんもでした。

 

 

「練習しようよ・・・ところで千乃は?」

 

 

「そういえば・・・一緒に来るって言ってなかったか?」

 

 

「あ、あの!」

 

 

「どうしたの平沢さん?」

 

 

「ゆっきーは、その・・・私がケガさせちゃって・・・」

 

 

「なにぃ!?」

 

 

田井中さんが大声を上げる。

 

 

「ケガって・・・」

 

 

「何があったの?」

 

 

「その・・・私がはしゃいじゃって・・・それで・・・ゆっきーが転んじゃって」

 

 

ちゃんと説明できたか怪しいのですが、それでも1から説明しました。

ついに耐え切れなくなって涙がこぼれてしまいました。

泣く資格なんて自分にはないのに、それでも泣いてしまいました。

 

 

黙って聞いてた軽音部の人達。

そこにゆっきーが来ました。

泣いてる私を見て、また悲しそうな表情をしてます。

違うんです、そんな顔しないでください。

もっと、怒ってください。

 

 

「わ、わたし・・・昔からこんなんで・・・楽器だって・・・軽い音楽だからもっと・・・楽なものだって思ってて・・・すいません・・・」

 

そう、昔から1人じゃ何も出来なくて。

何にも打ち込まず、なあなあで生きてきました。

他人に迷惑をかけることも多かったです。

妹に何もかも任せてきました。

そんな自分では、何も出来ないと思って。

高校では何か新しいことを始めたいと思ったけど・・・そうしようと思った矢先に迷惑をかけて・・・。

 

 

「ゆっきーに怪我させちゃったし・・・楽器だってできないし・・・だから・・・入部の話は・・・」

 

 

やっぱり止めます・・・そう言おうとしました。

けど、言い切る前にゆっきーが言います。

 

 

「そ・・・そんな」

 

 

ごめんね、せっかく誘ってくれたのに。

 

 

「ちょっと待った!」

 

 

「もう少し考えてくれないか!?」

 

 

「美味しいケーキもあるの!」

 

 

「4人いないと演奏できないんだ!」

 

 

「1からギター始めてみないか!?」

 

 

「美味しいお茶もあるの!」

 

 

ゆっきーだけじゃなくて、ほかの人達も・・・なんで私を叱ってくれないんですか?

大切な友達のゆっきーを怪我させちゃったのに。

それに、楽器をやったこともない私を入れるより、経験者に入部して貰えば良いのに。

私が入ったって・・・きっと足を引っ張るだけなのに。

 

 

「ゆ、唯さん!私達の・・・演奏を聴いてくれませんか!?」

 

 

・・・ゆっきー?

びっくりしちゃった。

大きな声、出せるんだね。

驚いてると。

 

 

「精一杯歌います・・・ので、聞いていってくれませんか?」

 

 

私の手をギュッと、握りながら。

下を向いてる私に目線を合わせようと、絆創膏をはってる膝を床に着けて、見上げるようにそう問いかけるゆっきー。

そのビクビクとうかがう表情が、すごく可愛くて。

なんだか顔が熱い・・・。

何も言えずにいると、気づいたらイスに座らせられてケーキも貰っちゃいました。

そして、今、軽音部が私のために演奏をしてくれるようです。

 

 

ゆっきーが大きく息をすって。

 

 

「翼をください」

 

 

翼をください。

この曲は知ってる。

学校の音楽の時間でよく聞く曲。

合唱曲として有名なのかな・・・。

でも、目の前の軽音楽部が演奏する曲は違ってる。

 

最初、ゆっきーが演奏なしに囁くように歌って。

その声は歌うというよりも、語りかけるような感じだった。

そしてそれは、不特定多数の誰かにじゃなくて、目の前にいる私に・・・。

私だけに。

そして一般的に言われる、サビを歌い終わると、私の知ってる合唱曲ではなくて、軽快でポップな演奏になった。

私には音楽の知識なんてないし、あんまり聴かないけど、ゆっきーたちがうまいって事はわかった。

何をやってるのかはわからないけど、3人はすごく楽しそうに演奏してる。

たまにミスをしたなって言うのがなんとなくわかるけど、それもカバーしあうように演奏をして。

そしてその演奏に、ゆっきーが声を乗せる。

ゆっきーの歌がひときわ響く時は、演奏のミスを帳消しにして。

3人の演奏は、ゆっきーがカバーしてくれると、もっとテンポが良くなり聞いててうまくなっていくのがわかった。

なんていうか・・・たし算やひき算じゃなくてかけ算のような・・・そんな感じ。

凄いって思った。

羨ましいとも思った。

私に出来ないことをやってのける目の前の4人も。

信頼しあう4人も。

演奏する4人を見て、演奏する4人の音を聞いて、私は始めて思った。

私もやりたい・・・って。

今までも思ったことはあるけど、それはやっぱり本気じゃなくて。

でも、今、この胸を動かす音は私が欲してやまなかったもの。

あれ・・・涙が出てくる。

さっきみたいな悲しい涙じゃなくて、嬉しいの涙。

お金も名声もいらない、自由の羽が欲しい、自由に生きたい。

そう歌うゆっきーの声が私の心に突き刺さり、『自由の羽が欲しい』というのが、私の事のように思えちゃう・・・のは都合が良いのかな。

自由に生きるための羽、生きていくために一緒にいたい人・・・そう思っても良いのかなぁ。

でも、私だけを見て歌うゆっきーが、そう言ってくれてるような気がしてるんだもん。

他の誰かじゃなくって、私のために・・・。

真っ白い肌は、歌ってるからかな、ほんのり赤くなってる。

なんかかわいいなぁ。

一生けんめい・・・私のために。

 

 

 

歌い終わったみんなは少し疲れたのか、肩ちょっと息が乱れてる。

 

 

「・・・ど、どうでしたか?」

 

 

そんな目で見ないでよゆっきー。

凄かったよ。

感動したもん。

このメンバーだったらプロにだってなれる、そう思ったもん。

だからいっぱい凄いって言いたい。

けど、私が言えたのは多くなく。

 

 

「なんていうか・・・すごく言葉にしにくいんだけど・・・」

 

 

「は、はい・・・」

 

 

「すごく感動しました!」

 

 

 

「ほ、本当ですか?」

 

 

「うん・・・だから私、この部に入部して一緒に音楽やりたいって思いました」

 

 

「じゃあ・・・?」

 

 

「入部させてください!」

 

 

「よっしゃー!5人目だー!」

 

 

「明日またティーカップ持ってこなくっちゃ!」

 

 

「いや、そのまえにギターとか教えないと・・・でも良かったな千乃」

 

 

「はい・・・唯さん!」

 

 

「ゆっきー・・・」

 

 

「入ってくれて・・・ありがとうございます・・・私、唯さんが入部してくれてすっごく幸せです!」

 

 

「ケガさせちゃったのに・・・そんなこといってくれるの?」

 

 

「そのことはもう、気にしないでください!」

 

 

「でもぉ・・・」

 

 

「確かに千乃がケガしたのは事実だし、そのことは反省してさ、次はないように気をつけたら良いんじゃないか?」

 

 

「田井中さん・・・ゆっきー、許してくれる?」

 

 

「は、はい!」

 

 

「ありがとうゆっきー・・・大好きぃ!」

 

 

「なぁ!?」

 

 

「ひ、平沢さん!?」

 

 

「唯さん・・・は、恥ずかしいです」

 

 

ついゆっきーに抱きついちゃった。

でも、ゆっきーは良いにおいがした。

他のみんなも驚いてるような怒ってるような・・・そんな気がします。

 

こうしてわたしは軽音部に入部しました。

これから訪れる楽しい3年間。

そのきっかけとなったゆっきー・・・。

ありがとう、ゆっきー。

 

 

 

 

 

Side 千乃

 

 

唯さんが軽音部に入部してくれました!

嬉しいです!

 

 

「あ・・・でも私、楽器できないよ?」

 

 

「そうだったそうだった・・・平沢さんさ、ギターやってみる気ない?」

 

 

「ぎたー?」

 

 

律さんが唯さんにそう薦めます。

 

 

「ギターはかっこいいぞ~。バンドの花形だからな!」

 

 

そう・・・なんでしょうか?

私はバンドの全部の楽器がそれぞれ主役だと思ってるんですが・・・そう思ってたら澪さんが私にコソッと耳打ちしてくれました。

 

 

「律は平沢さんにギターやってもらいたいからああ言ってるだけだからな。ベースだってかっこいいんだ」

 

 

ちょっとムっとしたように言います。

紬さんも。

 

 

「キーボードだって負けません!特にボーカルと2人で演奏できるし」

 

 

「そ、そうなんですか」

 

 

弾き語り、見たいな感じなのかなぁ・・・。

唯さんは律さんに洗脳、もとい説明を受けて、目をキラキラさせています。

律さん・・・凄いです。

 

 

「ゆっきー!私、ギターやる~!」

 

 

また唯さんが抱きついてきて、そう言いました。

 

 

「わ・・・えと、良いと思います!唯さんのギター、楽しみです!」

 

 

「うん!だからギターの弾き方教えてね?」

 

 

「私、ギターの事はちょっとわからなくて・・・すいません・・・」

 

 

「平沢さん!私がギター教えてあげるから!」

 

 

澪さんが唯さんを引き剥がすように言います。

 

 

「ていうか平沢さん、まだギターないよね?買わなきゃだね」

 

 

「うん!5,000円くらいで買えるよね?」

 

 

「ない事もないけど・・・ピンきりだからなぁ・・・」

 

 

「普通はどれくらいのなの?」

 

 

「安いのだと、1万円台からあるけど、安すぎるとあんまり良くないから・・・最初は3万円くらいでいいんじゃないか?」

 

 

「さ、3万円!?」

 

 

「楽器って10万円とかもざらだぜ?」

 

 

「さ・・・3万、円・・・私のお小遣い半年分・・・」

 

 

「聞いちゃいない・・・」

 

 

「結構、お値段するんですね・・・」

 

 

「千乃も楽器、やってみたいか?」

 

 

「いえ、私は・・・歌い、たいです」

 

 

「・・・そうだな!」

 

 

「さ・・・3万・・・」

 

 

まだフリーズしてる唯さん。

 

 

「とりあえず、明日学校休みだしさ、楽器屋に行ってみないか?」

 

 

「そうね。もしかしたら安くていいものがあるかもしれないし・・・平沢さん、どう?」

 

 

「う・・・ん。お小遣い前借してみる。ありがとう!」

 

 

・・・明日の土曜日・・・軽音部のみんながお出かけ・・・わ、私も行って良いのかな?

 

 

「じゃあ明日、お昼の2時くらいに集合な!」

 

 

「寝坊するなよ律」

 

 

「そうなったら起こしてくれ」

 

 

「千乃ちゃん、明日楽しみね!」

 

 

「!!!」

 

 

私も行っていいんですか・・・!

友達と初めてのお出かけ!

休日ショッピング・・・!

楽しみすぎます!

 

 

「はい!楽しみでっす!」

 

 

「お、千乃も楽しみか!なら楽器屋だけじゃなくてどっか行くか!」

 

 

「まずは楽器屋だぞ?忘れないでくれよな」

 

 

「わかってるって澪ちゃんは心配性だなぁ」

 

 

「うるさい!」

 

 

澪さんが律さんを叩きました。

それを横目に、唯さんが。

 

 

「じゃあ明日は私服?」

 

 

私服・・・そういえば私、私服なんてありましたでしょうか・・・クローゼットの中、まだ見てなかったです。

帰ったらチェックしないとです。

 

 

「「「「千乃(ちゃん)(ゆっきー)の私服って・・・どんなんだろう」」」」

 

 

何か言いましたか?

 

 

4人がなんだかそわそわしてます。

とにかく、明日、凄く楽しみです。

明日はいったいどんなことが起こるんでしょうか。

 

 

 

 

 

 

「「「「私服・・・至福・・・」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 




神様「千乃の私服・・・どないしよう」


次の話は、買い物かいです。
千乃の家には、お金と家具、それと制服など、必要最低限のものしかありません。
下着類などもです・・・。
ですので、次の話はちょっとR-15かも・・・しれません。
私服を買いに行ったり、女性として必要なもの(美容関係な!)とかの買い物回です。

読んで面白いものじゃないとおもうので、飛ばしてくれても大丈夫かと・・・。
ちなみに私は、そういった日常回が大好きです。
他の作者様の、キャラが買い物したりご飯食べたりの話がすごい好きです。




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第11話 日常回 前編

また本編には関係ありませんが、ドラゴンボールの新作ソフト、楽しみすぎます。
PS4とXboxOne、どっちがいいんでしょうか・・・。


昨日は良く眠れませんでした・・・。

だって今日は夢にまで見た友達とのお買い物の日ですから。

想像も出来ません。

話に聞く限り(看護師さん談)によれば、なんでもただ買い物をするのではないそうです。

『?』となるかも知れませんが、私も良くわかってないのです。

綺麗な洋服着て、友達と買い物をする・・・ただそれだけでもいつもとは違うのです。

普段の友達とは違う一面が見れるのだとか・・・。

楽しみすぎます。

ただ、私は今、非常に困っています。

クローゼットの中には制服とパジャマしか入っていなかったのです。

あ、その、下着系は・・・ありましたです。

 

これじゃあ買い物に行く時も制服で・・・ありなんでしょうか?

病院にいた時はずっとペラペラの患者衣でしたので、制服が凄く新鮮なものに感じられて、浮かれていました。

普通、制服で買い物は行かないのだと思います・・・確証はありませんが・・・。

 

でも、無いものはしょうがないので、とりあえずはいつもの制服を着ます。

うぅ・・・変な子って思われるかもしれないです・・・。

 

待ち合わせは駅前の商店街の入り口だそうです。

昨日の夜、律さんと澪さんと紬さんの3人からそのお電話を頂きました。

1人から教えて貰えるだけで良かったのですが・・・優しい人が多くてわざわざ電話をしてくれたのでした。

携帯がないと、やっぱり少し不便なんでしょうか・・・。

駅前は休日やお昼という事もあって、なかなか賑わっています。

なんだか、道行く人に見られている気がします・・・やっぱり制服がおかしいのでしょうか。

皆さんと別れた後に、洋服を何か買って帰ろうと決意しました。

軽音部の皆さんは、女の私から見てもすごく可愛くて、綺麗で、羨ましくなってしまいます。

生まれ変わった私ですが、どうにも体が細すぎるような気がします。

だから、こんな私が軽音部の皆さんと一緒にいるのは、皆さんの株を下げてしまうといいますか・・・綺麗なグループの中に私みたいなのがいると不釣合いといいますか・・・きっと皆さんは優しいからそんなことは言わないと思いますが私はどうしてもそう考えてしまいます。

ですので、可愛い服を買えば、まだ少しでもマシになるのではないでしょうか・・・。

そんな風に思っています。

可愛い服というのがどんなものなのかわかりませんが。

 

待ち合わせの場所はどこでしょうか・・・えっと・・・商店街の入り口ですよね?

周りを見渡していると。

 

 

「お、千乃が2番か・・・ってなんで制服なんだ!?」

 

 

澪さんがいました。

まだ待ち合わせには15分前くらいですのに、1番に来てくれてました。

そしてやっぱり制服はおかしいみたいです・・・。

澪さんの服は明るい紫のパンツに、ピンクのパーカー、その上に水色のジャケットのようなものを羽織っています。

かっこいいです。

澪さんにはこういう大人の女性って言う感じの服が似合うと思います。

 

 

「あ、あの・・・その・・・」

 

 

怒られているわけじゃないんですけど、なんだかいけないことをしてしまったような気がして、声がうまく紡げません。

 

 

「澪ちゃん、千乃ちゃんおはよう」

 

 

紬さんの声がします。

振り返ると、休日にお忍びできたお嬢様のような雰囲気で、真っ白のワンピースとその上に青リンゴ色のカーディガンを着た紬さんが笑顔で小走りで駆け寄ってきていました。

 

 

「おはよう、ムギ」

 

 

「お、おはようございまし」

 

 

あまりの綺麗さに、噛んでしまいました。

でも、本当に綺麗というかなんというか・・・澪さんと紬さんが2人並んでいるとモデルさんと一緒にいるみたいな感じがします。

周りの人達も、ちらちら見てます。

私が場違いな格好をしているのがさらに目立っちゃいます。

 

 

「あれ、千乃ちゃんは・・・どうして制服なの!?」

 

 

ズイ、と紬さんが迫ってきます。

どどどどうしましょうか。

正直に言うと、なんで服がないのかを追求されてしまいます。

かといって嘘なんかつきたくないです・・・。

でも本当のことを言ってしまうと、頭のおかしい子って思われてしまいそうで、怖いです。

なんて説明しようかと考えていると。

 

 

「おーっす」

 

 

部長、律さん登場です。

動きやすさを重視しているのでしょうか、なかなかボーイッシュな服装です。

でも、すごく似合っています。

この律さんの登場でなんとかうやむやにできないでしょうか・・・?

 

 

「ん?なんで千乃制服なんだよ!」

 

 

駄目でした。

私でも多分聞きますもん。

 

 

「あうあう」

 

 

とうとうちゃんと喋れているかも怪しくなってきました。

どうしましょうどうしましょう・・・。

 

 

「みんなはやいね~」

 

 

唯さん!

 

 

「みんな今日はつき合わせてごめんね~」

 

 

私の格好には触れず、そのまま話を進めていく唯さん。

是非そのままお願いします!

 

 

「この恩はいつか返すね~・・・ところでゆっきー、なんで制服なの~?」

 

 

ですよね!

やっぱり聞きますよね!

もう・・・どうしましょうか。

さっきも考えたけど、やっぱり嘘なんかつきたくないです。

私の、大事な友達だから。

でも、本当のことを言って嫌われたくもないです。

 

 

「・・・・・・・あ、えっと・・・こっちに、来るときに・・・服を持ってきてなくて・・・」

 

 

嘘じゃないです。

こっちの世界に来るときに、服は持ってきていません。

制服は神様から頂いたものですし。

だから、嘘じゃないんです。

 

 

「そうなんだ~。じゃあ今日、服買うの?」

 

 

「えと、はい・・・みなさんと遊び終わった後に、何か適当に買いに行こうかと・・・思ってます」

 

 

「なに!?」

 

 

「服がない・・・?」

 

 

「あらあらまあまあ・・・」

 

 

律さん、澪さん、紬さんが驚いているのでしょうか・・・。

服がないなんて、変ですもんね。

けど、3人は。

 

 

「じゃあ私達が選んでやるよ!」

 

 

「千乃に似合いそうな服、さっき見かけたんだ!」

 

 

「私も千乃ちゃんに合うコーディネートしたい!」

 

 

そう言ってくれました。

3人は、私のために服を選んでくれると、そう言ったんです。

 

 

「あ・・・でも・・・付き合ってもらうの、悪いです・・・よ」

 

 

「な~に言ってんだよ!私達がやりたいんだ、迷惑だなんて思ってないよ」

 

 

「そうだぞ千乃。今日はそういう日なんだから」

 

 

「私・・・」

 

 

「千乃ちゃんは、迷惑?」

 

 

「そんなことない!です・・・嬉しいです・・・」

 

 

本当に。

友達がこういってくれることが嬉しいんです。

 

 

「よっし!なら行くか~!最初は楽器屋なー!」

 

 

律さんがそう言って、歩き始めます。

 

 

「ところで平沢さん、お金は大丈夫なの?」

 

 

「唯で良いよ!お母さんに無理言って、5万円前借させてもらったの~」

 

 

笑顔で財布を大事そうに抱きかかえる唯さん。

 

 

「これからは計画的に使わないと・・・なんだけど、この服、今なら買える!」

 

 

「コラコラ・・・」

 

 

商店街を歩き始めてすぐの洋服屋さんで、唯さんがいきなりそんな事を言ってました。

ぎ、ギターですよね?

 

 

「あ、でもこの服、千乃に似合わないか?」

 

 

律さん!?

楽器屋さんが最初じゃないんですか!?

真っ白な、多分ぴったりとするタイプのパンツを手に、問いかけてきます。

 

 

「いや・・・千乃は肌が白いから、もっと濃い色がいいんじゃないかな・・・例えばこんなのは?」

 

 

こげ茶色のカーディガンを持ってきてくれる澪さん・・・澪さんまで・・・。

でも、確かに服を見るのは楽しいです。

いろんな服があるんですね。

 

 

「千乃ちゃん、この服・・・試着してみない?」フンスフンス

 

 

紬さんが持ってきたのは・・・持ってきたのは・・・なんですかこれ?

ズボンなんですけど、み、短すぎます。

ふとももが全部出ちゃうんですけど・・・こんなのもあるんですか?

肌を露出させることがほとんどなかった私は、かなり抵抗があるんですが・・・これが、普通なんでしょうか?

 

 

「ぶはっ!ムギ・・・ナイス・・・!」

 

 

律さんが噴出しました。

 

 

「ね?とりあえず、試着してみましょう?ね?」

 

 

なんだか・・・眼が怖いです。

なんでそんなに目を見開いて、ゆっくり迫ってくるんですか?

思わず、後ずさりしてしまいます。

 

 

「きっと、似合うと思うの・・・千乃ちゃん・・・だから、ね?」

 

 

なにが『ね?』なんでしょうか。

ほんのり顔が赤くなってる紬さん、心なしか息も荒くなってる気がします。

 

 

「似合う、千乃、きっと・・・」

 

 

澪さんが後ろに立ってました。

なんでそんなカタコトなんですか!?

ちょっと本当に怖くなってきました。

 

 

「大丈夫、大丈夫。ちょっとだけだから」

 

 

こうして私は、試着室に放り込まれ、いろんな服を着せ替えられる人形になってしまいました・・・。

 

 

「千乃ちゃん、とりあえずこれ着てみてね!」

 

 

かごいっぱいのお洋服・・・。

いえ、こんなに綺麗なお洋服をいっぱい着れるのは嬉しいんですけどね。

 

とりあえず、紬さんが持ってきてくれた青いシャツと薄手のセーターとこの・・・短すぎるズボンを、履いてみ、まし、た。

は・・・・・・恥ずかしいです!!

これ、だって・・・えぇ!?

本当にこれであってるんでしょうか!?

 

 

「千乃ちゃん、着た?」

 

 

「あ!え、う・・・はい・・・」

 

 

シャっと試着室のカーテンが開けられて、皆さんに見られてしまいます。

 

 

「わ、わ!なんであけるんですか!?」

 

 

急にあけられてしまったことに何故か恥ずかしさが込み上げてきました。

 

 

「開けないと見れないだろ・・・」

 

 

「て、てっきり中に入って見てくれるものだと・・・」

 

 

顔が真っ赤になってると思います。

だって、こんな服を着たのは初めてで。

いえ、普通の服を着たのなんてもういつだったか忘れてしまっていましたから。

 

 

「中に入って良いの!?」

 

 

紬さんがそう聞いてきました。

 

 

「落ち着けムギ!」

 

 

「だって・・・千乃ちゃんが!」

 

 

「気持ちはわかる・・・」

 

 

どういう意味でしょうか?

 

 

「うわ~!ゆっきー可愛い!!!」

 

 

唯さんが褒めてくれました。

褒められることに慣れていないので、また恥ずかしくなってしまいました。

 

 

「確かに・・・似合ってるよ千乃」

 

 

「うぅ・・・ありがとうございます唯さん、澪さん」

 

 

「でもこれ・・・ちょっと刺激が強すぎるな」

 

 

「千乃ちゃんの肌、綺麗だから強調してみたんだけど・・・周りの目が危険ね」

 

 

律さんと紬さんがひそひそと何かを話しています。

 

 

「次はこれね!」ハーハー

 

 

「その次はこれ着てみ」ニヤニヤ

 

 

「そのあとは、私が選んだのも着てみてくれ」テレテレ

 

 

「ゆっきー、こんなのはどうかな?」フンスフンス

 

 

なんとお洋服を試着していただけで、2時間近くが過ぎていました。

途中から店員さんまで混ざって、あれこれオススメしてくれました。

着替えてる最中に、紬さんが何度か入ってこようとしたのはびっくりしました。

着方がわからないのがあったら教えようと思って・・・とつぶやく姿がなんだか哀愁を感じさせてくれました。

 

 

結局、いっぱい洋服を買ってしまいました。

現金ではなくて、クレジットカードを持っていることに驚かれましたが、紬さんが普通じゃないの?という反応をしてくれましたのでうやむやになりました。

カードの使い方もわからなかったのですが、紬さんが教えてくれました。

 

制服で移動するのは、目立ってしまいますし、せっかくみなさんに選んでもらった服なので、お店で着替えさせてもらいました。

これで、目立つことはなくなりました。

軽音部の皆さんが、笑顔で待っててくれたのが、また嬉しかったです。

お洋服・・・嬉しい。

 

 

「千乃ちゃん、かわいい」

 

 

「あ、えと・・・ありがとうございます・・・紬さんも、可愛いです・・・」

 

 

「・・・」

 

 

無言で笑顔の紬さん。

かわいいなぁと思ってしまいます。

 

 

「澪さんも、律さんも、唯さんも、皆さん可愛くて・・・服だけですけど、私も皆さんみたいに少しでも可愛くなれた気がします・・・」

 

 

鏡を見て、そこに写る私は病院にいた頃、最後に見た自分の顔ではありませんでした。

生気のない、死んでるような顔。

それが私の最後の見た顔でした。

でも、今目の前にいる私は。

自分で言うのもなんですが、いきいきしています。

新たしく買ったお洋服も綺麗で、私にはもったいないくらいのものですが、これで少しでも皆さんに近づくことは出来たでしょうか。

 

 

「「「「そんなことない!」」」」

 

 

・・・え、え!?

皆さんが声をそろえてそう言いました。

そんなことない、とは・・・私が少しでも可愛くなったと思ったことででしょうか?

そう・・・ですよね。

 

 

「千乃・・・お前とはまだ友達になったばっかだけど性格がわかってきた。お前のことだから『自分が少しでも可愛くなったということは嘘だ』て思ってるんだろ?」

 

 

・・・そうじゃないんですか?

 

 

「・・・やっぱりそうか」

 

 

はぁ、と律さんがため息をつきます。

 

 

「はっきり言うけど、千乃は可愛いぞ!」

 

 

グイ、と私を抱き寄せる律さん。

ドキっとしてしまいました。

けど、私が可愛いというのは嘘だと。

私は思った。

 

 

「正直・・・羨ましいと思ってるよ。私はガサツだから可愛い服なんて似合わないし、細かい事とかできないからドラムやってるし」

 

 

律さんが、しっかりと私の目を見て言います。

 

 

「でも千乃、お前は華奢だし色も白いし髪もきれいだし声だって綺麗だ。私にないもの、お前は全部持ってるんだぜ。お前は可愛いんだ」

 

 

・・・そんなこと、思ったこともなかったです。

華奢なのは、ずっと病院で寝たきりだったからです。

手術の痕はなくなっても、体はそのままで。

色が白いのも日に当たることができなかったから。

髪だって普通ですよ。

声なんて・・・一度は失われたものなんです・・・綺麗だなんて言われたこともない。

それに、私になくて律さんにあるもののほうが多いです・・・。

 

 

「千乃ちゃんは可愛いわ。噛んでしまうとこも、すぐ泣いちゃうところも、ちょっと世間知らずなところも。」

 

 

今度は紬さんが抱き寄せて話してくれます。

 

 

「本当よ?それとも、友達の言うこと、信じてくれない?」

 

 

そんなの・・・そんなのずるいですよ。

 

 

「千乃は自分に自信がないんじゃないか?・・・私もそういうところあるし、なんとなくわかるよ。でもムギが言ったように信じてくれないか?千乃は可愛いよ。可愛い普通の女の子だ」

 

 

澪さんが言ってくれて。

そして唯さんが何も言わずに頭を撫でてくれます。

この世界に生まれ変わって、頭を撫でられることが多いような気がします。

でも気持ちよくて、つい甘えてしまいたくなります。

 

 

「私・・・可愛いですか?」

 

 

「おう!」

 

 

「・・・嬉しい、です。そんなこと言われたの初めてで」

 

 

両親が言ってくれたのをカウントしないと、初めてでした。

今までも何度かそう言ってくれてましたが、これが本当に最初のものだと思ってます。

嬉しい。

 

 

「まったく・・・うちのメンバーは手のかかるやつが多くて律ちゃん困っちゃうぜ」

 

 

「その中に律も入ってるんだからな」

 

 

「なにおー!?澪なんか私がいないと何も出来ないくせに!」

 

 

「で、できる!律なんかいつもテストで泣きついてくるくせに!」

 

 

律さんと澪さんが言い合います。

それを見ていた紬さんが。

 

 

「唯ちゃんはどこかのんびり屋さんよね~」

 

 

「あ、わかります~?いつも妹に助けてもらってるんだ~」

 

 

いきなりそんな話を始めました。

そんな皆さんを見てると心があったかくなって、笑いが込み上げてきました。

 

 

「ぷふ・・・あははっ!」

 

 

「・・・千乃が笑った」

 

 

「またそんな可愛い笑い方・・・」

 

 

「ハァハァハァハア」

 

 

「ゆっきーが笑うところ初めて見たかも」

 

 

「あ・・・すいません・・・」

 

 

「なーんで謝る?もっと笑えーい!」

 

 

手をわきわきと動かしながら迫ってくる律さん。

何をするんでしょうか、と思ってると急に脇やおなかをくすぐられました。

 

 

「――――――!?」

 

 

声にならない声で笑います。

 

 

「あはははははは、やめ、律さ、――――っ!息が―――!」

 

 

「なんでビデオカメラを持ってきてないのかしら私のばか!」

 

 

遠くのほうでそんな声が聞こえたような気がします。

 

 

 

「まったく千乃は・・・そんな風に考えてたなんてこっちが傷つくぜ」

 

 

私を解放した律さんはそういいます。

 

 

「ま、さっきも言ったけどさ、うちは手のかかるのが多いから千乃のこともフォローしてやるよ」

 

 

「・・・・律さん」

 

 

「じゃ、気を取り直して、遊ぶか!」

 

 

「律ちゃん隊長!あそこにゲームセンターがあります!」

 

 

「よし!唯隊員、私について来い!華麗な太鼓さばきを見せてやる!」

 

 

走っていく二人。

澪さんもやれやれって感じでついてゆきます。

 

いいんでしょうか・・・紬さんを放っておいて。

なぜだか頭を抱えてうんうん唸っています。

ビデオ・・・カメラ・・・撮影・・・とボソボソと喋る紬さんはちょっと怖いです。

なぜか体が危険だと感じているので私もゲームセンターについてゆくことにしました。

 

 

初めてのゲームセンター・・・なんだかすごくチカチカしてて見てるだけで楽しいと思ってしまいます。

すると。

 

 

「おぉ~凄い律ちゃん!」

 

 

「へっへ~ん!マカセロー!うらああ!」

 

 

画面には良くわからないけど、いっぱい流れてくる顔みたいなものを、律さんが太鼓でタイミングよく叩いてゆきます。

ミスなく叩く律さんはどこか誇らしげです。

 

 

「千乃はなにかするか?」

 

 

澪さんが聞いてくれます。

 

 

「ゲームセンター始めてで・・・なにかおすすめありますか?」

 

 

「初めてだったのか!んー、私もあんまり詳しくないからなぁ・・・!そうだ!一緒にプリクラをとらないか!?」

 

 

「プリクラ・・・ですか?」

 

 

「あぁ!こっちにある!」

 

 

プリクラなるものを知らない私は、そんなに澪さんがオススメするものに興味があり、それなら皆もと誘おうとすると。

 

 

「2人でとろう!そうしよう!」

 

 

澪さんに引きづられていいきます。

 

 

「この箱のなかですか・・・」

 

 

どんなものなのでしょうか。

 

 

「お金を入れて・・・と。千乃こっちに・・・ムギ?」

 

 

「はい?」

 

 

「なんで・・・ここにいるの?」

 

 

「澪ちゃんと千乃ちゃんが小さな密室に入っていくのが見えたので・・・」

 

 

「・・・・・」

 

 

「プリクラか~、千乃、もっとそっちに詰めてくれるか?」

 

 

「律!?いつから・・・」

 

 

「ぬけがけは許さんぜ」

 

 

「まったく・・・澪ちゃんてば・・・」

 

 

「うぅ・・・」

 

 

「ど、どうしたんですか?」

 

 

「やめとけ千乃・・・今澪は恥ずかしさと自己嫌悪でいっぱいなのさ」

 

 

よく意味がわからなかったんですが、プリクラは写真を撮る機械でした。

しかもシールになるんです!

みんなで撮ったプリクラは、律さんが変な顔をして、唯さんがポーズを決めて、澪さんがなぜか元気がなくて、紬さんが私を抱き寄せてるものができました。

みんなで共有する財産・・・幸せです。

 

 

お昼時になり、ファーストフード店なるラモス・バーガーに入りました。

 

 

「店員さんに注文できるのかな~抜け駆け澪ちゃん」

「もうそれ止めろ!」

「悲しきかな・・・裏切り者では真の幸せはつかめない」

「唯さんのキャラがいつもとちがう・・・」

「私、ポテトも一緒にいかかですかって言われるの夢だったの~」

 

 

 

 

「澪のポテトと私のポテトを合体!」

「あー!」

「あ、いいなぁ!私のも!」

「って唯!ハピネスセットかよ!」

「千乃ちゃん、あ~ん」

「あ、あ~ん・・・」

「「「!!!???」」」

 

 

 

 

 

「ゴクゴク」←コーラを飲む律さん

「・・・律ちゃん見て見て、鼻毛が凄い人―」←自分の髪を鼻に持っていく

「ブフゥゥゥゥゥ」←コーラを鼻から噴き出し澪さんの鞄にかかる

「わー!律のバカー!」←律さんを叩く

「理不尽!」

 

 

 

 

 

 

「・・・!?」

「紬さん、どうしたんですか?」

「千乃ちゃん、これなんて読むの?」

「・・・ミルクセーキですか?」

「も・・・もう一度!」

「ミルクセーキ・・・?」

「「「「もう一度!」」」」

「増えました!?」

 

 

 

 

 

「律ちゃ~ん」

「ん?どしたムギ・・・」

「鼻毛が凄い人~」

「ムギはやっちゃだめだ!」

「え、えぇ!?」

「・・・」チョンチョン←唯さんが律さんをつつく

「・・・なんだよ」

「鼻毛がもっと凄い人」←澪さんの髪を澪さんの鼻へ持っていく

「ぶふううううううううううううううううう!」

「バカ律―――――――!」←思いっきり律さんを叩く

「だからなんで私!?」

「・・・ゴクリ」

「頼むから千乃だけはしないでくれ!」

 

 

 

 

 

ご飯を食べ終わってまたゲームセンターへ。

腕相撲のゲームがあり律さんが挑むも負けてしまいました。

「律ちゃんの仇は私がとるわ!」

「無理するなよムギ!」

「・・・・っく!すごい・・・力!」

「ま、負けるなムギ!」

「だめ・・・強すぎる・・・私!」

ガァン!←ムギさんが一瞬で横綱の腕を叩きつける。

「お前がかい!」

 

 

 

 

 

 

 

いっぱいお話した後、気づけばもう夕方近くなっていました。

 

「いや~、楽しいな!次はどこ行く!?」

 

 

「あ、律ちゃん、あそこにCD屋さんがあります!」

 

 

「よし、みんな私についてこーい!」

 

 

「・・・楽器は?」

 

 

私の言葉に皆さんが停止しました。

 

 

「「「「忘れてた・・・」」」」

 

 

律さんや唯さんはなんとなく仕方ないなって思ってしまいますが、澪さんや紬さんまで・・・。

でも、私もさっきまで忘れてました・・・楽しすぎて。

 

 

「えー・・・ごほん。ヤロウドモ、楽器屋に行くぞー!」

 

 

 

 

「「「「お、おー」」」」

 

 

 

なんとこの話、続くんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




神様「ムギはもう駄目かもわからんね」


今回は日常回でした。
前回、『次の話はちょっとR-15かも』と言ったが・・・あれは嘘だ。

こういうくだらない日常回とか会話もこれからあるかもしれませんがどうぞ生温かい目で見てくださると嬉しいです。
この日常回、まだ終わりじゃないぞよ、 もうちょっとだけ続くんじゃ。

次も早めに更新できるよう頑張ります。


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第12話 愛してる

※注意※

最初のほうにも書いていたのですが、主人公のいた世界の曲、つまり主人公の歌う曲はほとんどがけいおん世界では存在していないということになっています。
特に深い意味はないんですが・・・。

それでもおっけーという方のみよろしくお願いします。



あれからまっすぐ楽器屋さんに向かうべく、私達は黙々と歩き続けました。

 

私も楽器屋さんなんて始めてで場所もわからなかったので、ただ後ろを着いていくだけでした。

澪さんと律さんが自分の楽器を買ったところだそうで、デパートの地下にあるそうです。

エスカレーターを降りていく途中、ダンボールの箱がいっぱい積んであるのを見て、なんだか秘密基地みたいでどきどきしたことは内緒です。

 

その楽器屋さんは『10GIA』という名前で、入り口にはなんだかチラシや広告がいっぱいありました。

律さんが何かを手にとって鞄にしまっていましたが・・・なんだったんでしょうか?

 

店内に進むと、色んな楽器が所狭しと並んでいます。

楽譜やCDなんかも売ってました。

澪さんと律さんは慣れているのか、すいすいとギターの売ってあるところまで進んで行きます。

私はキョロキョロと、目に映るものすべてが新鮮でつい見てしまいます。

唯さんも同じようで、2人して顔を見合わせて笑ってしまいました。

 

 

「え~っと・・・この辺のギターがお手ごろだな」

 

 

「ありがとう澪ちゃん!」

 

 

「ぎ、ギターだけでも、こんなにあるんですね・・・」

 

 

「すごいね~ゆっきー。ギターがいーっぱい」

 

 

物色を始める唯さん。

とりあえずギターについてアドバイスできる唯一の存在の澪さんは、唯さんが選ぶのを待つようで、そこからアドバイスをしていくみたいです。

 

 

澪さんその間に、左利き用のギターを見に行ってしまい、紬さんは唯さんと一緒に選んでいるみたいです。

私は、律さんに気になることを聞いてみました。

 

 

「律さん、このお店って大きいほうなんでしょうか?」

 

 

「んー?まあこの辺じゃ一番でかいと思うぞ?」

 

 

「そうですか・・・あれ?」

 

 

「どした?」

 

 

「あのボード・・・なんですか?」

 

 

私が気になったのは、お店の隅のほうにボードがあり、そこには色んな紙が張られていました。

カラフルな色使いのものもあれば、シンプルにプリントされたものなど・・・。

 

 

「あぁ、あれは・・・バンドのメンバー募集の張り紙だな。あそこのボードに好きに張って良いんだ」

 

 

律さんがそう教えてくれます。

メンバー募集・・・なるほど、こういう音楽のやり方もあるんですね。

もしかしたら私も、軽音部に出会わなければこういう音楽の始め方もあったのかもしれませんね。

 

 

「凄いですね・・・あ、ボーカル募集・・・」

 

 

「千乃はうちのだからな」

 

 

だからメンバー募集なんて関係ないと。

律さんは何事もないように言ってくれましたが・・・私はそれがとても嬉しくて顔が熱いです。

しかし、私はこの軽音部のボーカルでいいんでしょうか。

私の歌が足を引っ張っていないでしょうか・・・聞くのは怖いですね。

でも、律さんがこう言ってくれているので、私は頑張るだけです。

 

 

「・・・そういえば律さん、さっき、なにかチラシをもらってませんでしたか?」

 

 

「・・・まぁ、な。」

 

 

律さんにしては珍しく、どこか歯切れが悪いといいますか。

 

 

「唯~、何にするか決まった?」

 

 

「律ちゃん・・・何か選ぶ基準とかあるのかなぁ?」

 

 

そこに澪さんがやってきてアドバイスをしてくれます。

 

 

「もちろんある。ギターは音色はもちろん、ネックの形や太さ、重さだって色々あるんだ。」

 

 

なるほど・・・一見どれも同じに見えてしまうのは私が知らなかっただけで、本当はそんなに深いものなんですね。

 

 

「だから女の子はネックが細くて軽いものがいいんじゃないか?」

 

 

「このギター可愛い!!」

 

 

「聞いちゃいない・・・」

 

 

唯さんはマイペースですね。

そんな唯さんの気に入ったギターは、オレンジ色が中心でその周りを赤が覆う、リンゴのようなギターでした。

確かに色合いは唯さんにぴったりかも知れません。

けどこれは・・・なかなか太くて重そうですが・・・男の人が持つやつなんでしょうか?

 

そして唯さんは驚きの声を上げます。

なんとそのギター、お値段が25万円!!!

確か唯さんは5万円前借したって言ってました。

20万円ほど足りません、よね?

 

 

「うぅ・・・これはさすがに手がでないや~」

 

 

悲しそうにそういう唯さん。

律さんも澪さんも紬さんも、顔が難しくなります。

 

 

「・・・このギターが欲しいの?」

 

 

紬さんが問います。

 

 

「うん・・・」

 

 

でもお金がないと、やっぱり駄目なんですよね?

私がお金を貸したら買えます・・・。

 

 

「あっちに安いのがあるぜ?」

 

 

律さんが唯さんにそう薦めます。

その方向を見て、また目の前のギターに目を戻します。

 

 

「・・・やっぱりこれがいいなぁ~」

 

 

その姿に澪さんが。

 

 

「そういえば私も今のベースが欲しくて・・・悩んで悩んで、何日も通ったなぁ」

 

 

しみじみと思い返しています。

そして律さんも。

 

 

「私も、中古のドラムセット、値切って値切って・・・」

 

 

「店員さん泣いてたぞ」

 

 

「どうしてもあのドラムが欲しかったんだよ!」

 

 

なんだか・・・その様子が目に見えるようです・・・。

 

 

「あの・・・値切るって?」

 

 

紬さんが不思議な顔をして首を傾げます。

律さんはその問いに、『欲しいもののために努力と根性でお金をまけさせること』と説明しています。

 

 

「凄い!なんだか憧れてしまいます!」

 

 

・・・やっぱり紬さんはどこかズレてます。

そんな会話の中、唯さんはずっとギターを見ています。

本当に気に入ったみたいです。

・・・お金を貸してあげることは良いんでしょうか。

すると律さんが。

 

 

「・・・よっし!みんなでバイトしよ!」

 

 

「バイト・・・ですか?」

 

 

「うん!唯のギターを買うために!」

 

 

なるほど!

良い考えだと思います。

 

 

「えぇ!?そんなの悪いよ!」

 

 

「これも軽音部の活動のためだ!」

 

 

「律ちゃん・・・」

 

 

「バイト・・・私もやってみたいです!」

 

 

「ムギちゃん・・・」

 

 

「どんなバイトするんだろう・・・」

 

 

澪さんが不安そうにそう呟きます。

 

 

「よーし!やるぞ~!」

 

 

「お~!」

 

 

お店の中の人がこっちを見ていました。

 

 

 

 

 

 

そして、またファーストフード店に移動します。

今度はコンビニで貰ってきたバイト雑誌なるものをたくさん抱えて。

 

 

「さて・・・どのバイトにするかね」

 

 

「定番でティッシュ配りなんてどうかな?」

 

 

「知らない人に配れる気がしない・・・」

 

 

「ならファーストフード店なんてどう?ここなんて良いかも~」

 

 

「知らない人に注文聞くなんて・・・」ガクガク

 

 

「ん~・・・澪にはどれもハードルが高いな。っていうか澪は将来働けるのか?」

 

 

「うぅ・・・」

 

 

今日は言い返せないみたいです。

でも、澪さんが断ってくれてよかったです。

私も考えただけで恥ずかしいです。

 

 

「ゆっきー、何か良いアイディアない?」

 

 

「えあっと・・・」

 

 

パラパラとページをめくってみます。

人と話す必要がなくて、接することもないお仕事。

・・・あるんでしょうか?

 

めくり続けます・・・。

・・・・・・・・・・あれ?

これは。

 

 

「あの・・・これ・・・」

 

 

おずおずと差し出します。

そこに書かれていたお仕事は、交通量調査というものでした。

 

 

「どれどれ・・・うん、これならいけるんじゃないか?」

 

 

簡単に言ってしまえば歩いてる人や車の数を数える仕事だそうです。

そして満場一致でアルバイト先が決まり、明日さっそくお仕事になりました。

帰り際に唯さんがみなさんにお礼を言ってました。

急な話ではありましたけど、私もアルバイト初めてなのでどきどきしてます!

頑張って働いて、お金を稼ぐ。

普通の高校生みたいです。

あまり激しい運動とかだったらきつかったですけど、これなら大丈夫そうです。

明日が楽しみです。

朝かららしいので、また日記を書いて早く寝ることにします。

 

 

 

 

 

 

朝、集合場所で待ってると少し早かったかなと1人思っています。

昨日皆さんに選んでいただいた新品の洋服に袖を通し、そわそわとしてしまいます。

こんな可愛い服を着る事ができるなんて、本当に夢みたいですから。

待つこと20分ほどで軽音部全員が揃いました。

唯さんが大きな手さげ鞄を持ってきています。

 

 

「じゃあ2人一組で、1時間ずつで交代らしいから・・・チーム分けだな!・・・ッとその前に、これ」

 

 

そう言って律さんが出したのは、カウンターと呼ばれる今回の仕事で使う機材です。

唯さんがそれを受け取り、連打をしていきます。

それを見た律さんはまけじと凄いスピードで押していきます。

どうでもいいんですけど、あのカウンターってリセットは出来るのでしょうか?

・・・あ、律さんが押しすぎて指をつったみたいです。

 

 

「まだ時間もあるし、とりあえずお茶にしましょう?」

 

 

紬さんがどこからか大きな鞄を取り出し、お茶セットを並び始めます。

ピクニックのようだと唯さんが嬉しそうに笑っています。

澪さんは呆れたようにため息をついています。

 

お茶を用意してもらい、とりあえず最初のチームを決めることになりました。

方法はジャンケンで負けた2人がやるらしいです。

 

負けました。

一発で負けました。

まあこういうこともあります。

その次に紬さんが負けて、最初は私と紬さんでやることになりました。

 

 

「いきなりこの2人か・・・車、事故でも起こさなきゃいいけどな」

 

 

律さんがそう言って、澪さんがうなづいていました。

どういう意味なんでしょうと思ってると、紬さんが赤くなっていました。

褒め言葉、だったんでしょうか?

 

時間は1時間です。

結構、日差しもあり、帽子がないのでただ座ってるだけでも私の貧弱な体では少々きついかも知れません。

でも、これもお金を稼ぐため、唯さんのためなので頑張ります。

 

 

隣のイスに座る紬さんは、本当に綺麗で優雅に思えます。

こんな綺麗なお嬢様みたいな人が、アルバイトをするだなんて・・・と、通行人がちらちらと見ているのがわかります。

 

 

「あ、と、紬さんよろしくお願いします」

 

 

「こちらこそよろしくね千乃ちゃん」

 

 

にっこりと微笑んでくれる紬さん・・・可愛すぎます。

ともあれ、ここからは真剣にお仕事です。

紬さんの邪魔にならないように、私も頑張って数えます。

 

 

「千乃ちゃん、暑くない?」

 

 

「あ・・・大丈夫、です」

 

 

「そう?でも無理しないでね?」

 

 

私の事をきにしながらも、カウントする指は止まらない紬さん。

優しいです。

 

 

「でね・・・千乃ちゃんにお願いがあるんだけど・・・」

 

 

「なんでしょうか?」

 

 

そう言って紬さんは、片手で何かを鞄から取り出しました。

手のひらに収まるその長方形の機械・・・?

 

 

「あのね・・・この機械に向かっていって欲しい言葉があるの」

 

 

凄い神妙な顔で言うから、何かもっと大変なことだと思ったんですけど、それくらいならお仕事しながらでもいけるので、快諾しました。

 

 

「はい・・・大丈夫です、けど、なにを言えば・・・?」

 

 

「ありがとう千乃ちゃん!!!じゃあさっそく・・・」

 

 

おはようございます、から、おやすみなさいまでの日常挨拶を機械に向かって言いました。

これで良いのでしょうか?

紬さんは。

 

 

「じゃあ次は・・・」

 

 

機械に向かって、『怒って』と言われました。

・・・怒る・・・。

難しいですね。

でも紬さんの力になれるならばと。

頑張って怒ってみました。

怒る機会がなかった私はこれで良いのかなと疑問に思いながら、吹き込んでいきました。

なんだか少し疲れてしまいました。

最後に。

 

 

「じゃあ最後に・・・ミルクセーキって言ってくれる?」ハァハァ

 

 

「なに言わしてんだ!」

 

 

後ろから律さんと澪さん、唯さんが紬さんに怒ってました。

それくらいなら言いますのに・・・。

何か特別な意味でもあるんでしょうか?

でも紬さん・・・暑かったんでしょうか鼻血が出てます。

 

気づけば1時間が経っていて、唯さんと律さんが交代でやってくれるそうです。

澪さんに連れられて、休憩場所に行きます。

紬さんが用意したお茶が美味しいです。

 

 

「千乃、ムギ、暑くなかったか?」

 

 

「私は帽子があったからそんなに暑くなかったわ~」

 

 

「少しだけ、汗をかいてしまいました」

 

 

「・・・千乃の髪、結んで良いか?」

 

 

澪さんがそう聞いてきます。

 

 

「あ・・・でも・・・汗かいているので、手が汚れてしまいますよ」

 

 

「そんなことは気にするな。千乃はどんな髪型が似合うかな・・・」

 

 

澪さんがなんの抵抗もなく髪をすいてくれます。

なんだかお母さんに昔、やってもらったことがあるような思い出が・・・。

頭を撫でられるのも好きですけど、こうやって髪を触ってもらうのも気持ちよくて好きかも知れません。

もっと、もっとと気づいたら澪さんに肩を預けて寄りかかるような形になってしまってました。

 

 

「あ!すすすしません!」

 

 

「・・・」プシュー

 

 

「澪ちゃん!私が代わるわ!」フンフン

 

 

澪さんの頭から煙が出て、紬さんがまた息が荒くなっていました。

再起動した澪さんと落ち着いたけどまだ目がちょっと怖い紬さんは話し合い、結果私の髪型は一般的に言われる『おさげ』になりました。

 

今までは無造作に後ろに流していた私の髪は、今では澪さんと紬さんのおかげで、綺麗にまとめられ、首から二つに結んで貰ってます。

その首から2つにまとめられた髪は肩の前に流しています。

 

 

「うん、かわいい!」

 

 

「とっても可愛いわ千乃ちゃん!」

 

 

2人が絶賛してくれます。

鏡に映る私。

凄く、かわいい髪型で、また嬉しくなってしまいました。

可愛い髪型も、それをしてくれて褒めてくれる友人にも。

 

 

「・・・ありがとうございます!」

 

 

そしてまた1時間が経ち、休憩時間となりました。

 

 

「たっだいま~・・・お、千乃髪型どうした!?」

 

 

「ゆっきー可愛い!」

 

 

帰ってくるなりいきなり唯さんに抱きつかれました。

なんだか唯さんに抱きつかれると気持ちが嬉しくなるんですが、地味に痛かったりもします。

 

 

「澪さんと、紬さんが結んでくれて・・・どうでしょうか?」

 

 

「うんうん、似合ってるぜ!」

 

 

褒められるのは慣れません。

顔がにやけてしまうのが止められなくて、手で覆って隠します。

 

 

お昼休みになり、唯さんが持ってきてくれたお弁当を皆さんで頂きました。

何でも、唯さんの妹さんがわざわざ軽音部の皆さんの分まで作ってくれたそうで・・・。

美味しそうなサンドウィッチが大きなバスケットに所狭しと並んでいます。

お、美味しそうです。

 

 

「お菓子もあるから、食べてね~」

 

 

紬さんがモンブランケーキを出してくれます。

 

 

「結構、楽なバイトでよかったな」

 

 

「律はもっとまじめにやれ!途中からビート刻んでたろ」

 

 

「ついドラマーの血が騒いでさ・・・澪は真面目だから、どうせ流れる雲をカウントすることになるぜ?」

 

 

「うぐ・・・」

 

 

「ま、今日はバイトで潰れるからさ、のんびりやろーぜ」

 

 

「次は誰が行く?」

 

 

「澪がまだやってないだろうから・・・澪と」

 

 

「千乃、いっしょにやらないか?」

 

 

紬さんが何かに反応してましたがなんでしょうか。

澪さんにせっかく誘って貰ったのでやらせてもらうことにしました。

 

 

 

 

 

「よ、よろしくな千乃!」

 

 

「は、はいよろしきゅです!」

 

 

人見知り同士(?)お仕事開始です。

でも、先ほどの紬さんみたいに話しかけてこず、もくもくと仕事に打ち込む澪さん。

どちらが良いとか優劣ではなく、紬さんも澪さんも頼りになるという感じです。

でも、何故かチラチラとこちらを見てくる澪さん。

 

 

「あ、あの・・・どうかしましたか?」

 

 

「な、なんでもない!」

 

 

結局、澪さんとは何も話さず、ずっとちらちらと見合う中でお仕事は終わりました。

その後、紬さんと唯さんがカウンターをして今日のお仕事は終了です。

 

 

「おし、バイト終了~」

 

 

「1日で8千円か・・・」

 

 

「前借したのもあわせても、まだ全然足りないわね」

 

 

「なら、まあバイト探すか!」

 

 

「ゆ、唯さん、これ・・・」

 

 

今日貰ったバイト代を唯さんに渡します。

確かに、まだまだ足りません。

でも、こうやって友達と何か目標のために頑張るのって凄く楽しいです。

 

 

「あ、あの!やっぱりこれもらえないよ」

 

 

「え?」

 

 

「バイト代はみんな、自分のために使って!」

 

 

そう言って唯さんは一人ひとりにバイト代を分配していきます。

 

 

「今買えるギターにするよ。早く買って、皆と一緒に音楽やりたいもん!」

 

 

「唯・・・」

 

 

「だからまた、楽器屋さんに付き合ってもらっても良い?」

 

 

その問いに、私達はみんな首を縦に振りました。

 

 

「じゃあ、今日はみんなありがとうね!」

 

 

「唯は歩いて帰るんだっけ」

 

 

「千乃もだろ?」

 

 

「澪ちゃんと律ちゃんは電車、私はバスだからここでお別れね」

 

 

「おう、気をつけてな!」

 

 

「千乃、唯が危ないことしようとしてたら止めるんだぞ」

 

 

「ひどいよ澪ちゃん・・・」

 

 

「は、はい!任されました!」

 

 

「「「「「じゃあ、また明日」」」」」

 

 

こうして、初めてのアルバイトは終わりました。

 

 

「ゆっきー、私・・・ギターうまく弾けるかなぁ」

 

 

帰り道、唯さんがそう聞いてきます。

 

 

「・・・ギターを弾いたことはないので、わからないです・・・」

 

 

「そっかぁ」

 

 

「でも、私は、唯さんがいい、です」

 

 

入部した時、私を必要だと言ってくれた軽音部。

そして私にも同じ事で。

律さんがドラムで、澪さんがベース。

紬さんがキーボードで、ギターは唯さん。

それしか考えられないのです。

 

 

「そっか・・・うん!私頑張るね!!」

 

 

「はい!」

 

 

「とりゃー」

 

 

そしてあたかもギターがあるかのようにふるまい、飛んだりはねたりしながら唯さんは進んでいきます。

私も負けじと走ります。

またこけそうになりましたが、それでも走ることは止めませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

翌日になり、月曜日、授業が終わり軽音部の皆さんと唯さんのギターを買うために帰りによる予定です。

和さんと休日明けに会ったことで私のテンションはかなりマックスです。

今度は和さんの時間があるときに、一緒に遊びたいです。

 

学校帰りに10GIAにまたやってきました。

楽器屋です。

平日の夕方でも客足は多く、にぎわっていました。

 

律さんを先頭に、ギターコーナーを歩いていると、唯さんが気に入っていたギターの前で立ち尽くしていました。

やっぱりあのギターが欲しいみたいです。

 

 

「よっぽど気に入ったんだな」

 

 

「しゃーない・・・やっぱまたバイトすっか!」

 

 

「・・・!ちょっと待ってて!」

 

 

紬さんが店員さんのほうへ向かって行きます。

いったい何をするんでしょうか、と皆で見ていると。

 

 

「あの~・・・」

 

 

「はい、お客様どうかなさいましたか?」

 

 

「値切っても良いですか?」

 

 

「・・・はい?」

 

 

店員さんが怪訝な顔をしています。

私達軽音部も同じ気持ちです。

紬さん・・・25万円のギターを値切る・・・。

 

 

「ギターのお値段、まけてもらえないでしょうか?」

 

 

そして、手招きをします。

・・・・・・・・私ですか!?

いいいいいいいいいったい何を!?

 

 

「行ってこい千乃!唯のギターはおまえにかかってる!」

 

 

「え、ええー!?」

 

 

「ゆっきー、お願い!」

 

 

本当ですか?

冗談ですよね?

私なんかがなに言っても跳ね返されると思うんですけど・・・。

 

 

「つ、紬さん・・・なんですか?」

 

 

「今から私と千乃ちゃんが演奏しますので、その分おまけしてくださ~い」

 

 

!!!!???

 

はっきり言います。

紬さん、あなたはズレてます。

思わずそうツッコミそうになりましたが、なんとか踏みとどまります。

でも、冷静に考えてもそんなの無理ですよ!

だってプロでもないし素人の演奏にお金なんて代えられないですもの。

 

 

店員さんも『なに言ってんだ』っていう顔してます。

しかし次の瞬間、店員さんの目が変わりました。

紬さんを見て。

 

 

「そ、その眉・・・ごほん、あなたは社長の娘さん!!」

 

 

今何か言いかけてましたがそれどころじゃなくって・・・社長の娘さん!?

紬さん、お嬢様だとは思っていましたがまさか本当のお嬢様だったとは・・・!

気軽にお茶なんて入れてもらってましたけど、なんていう罰当たりな・・・。

 

 

って、今はそれはどうでもよくって!

 

 

「つつつ紬さん!ムリですよぉ!」

 

 

半ば泣き気味で言います。

結構、軽音部の皆さんは冗談っぽく言いますが、本気のことが多いですから。

 

 

「大丈夫よ千乃ちゃん。私達ならできるわ」

 

 

そうは言っても・・・そ、それに店員さんが困ってますし!

助けを求めるようにチラっと店員さんを見ると、何故か顔を赤くして目をそらされてしまいました。

なんだか悲しい。

 

 

「わ・・・わかりました・・・」

 

 

えぇ!?

本当に!?

 

 

「ですが、私も音楽に携わる1人の人間・・・いかに社長の娘さんといえども、私を満足させることが出来なかったこの話はなしという事でお願いします!」

 

 

「大丈夫よ~。必ず満足するわ!」

 

 

うぅ・・・紬さんも店員さんもなんでこんなにやる気なんでしょうか・・・。

でも。

唯さんが不安そうに見ています。

友達のため・・・私がこんなことを言える日が来るなんて・・・。

 

 

「千乃ちゃん・・・巻き込んでごめんね?でも千乃ちゃんの歌ならいけると思ったの」

 

 

「紬さん・・・」

 

 

そして、こんなに信頼してくれてる友達の期待を私は裏切りたくない。

だから。

歌います。

こんな平日で、お客さんもいっぱいですけど。

 

 

 

「私が伴奏するわ。何を歌う?」

 

 

私が歌える曲。

病院で寝たきりだった私の世界。

私だけの世界。

でもその世界がいまの私になってる。

 

 

歌う曲は、その一つ。

 

 

 

 

 

「愛してる」

 

 

 

 

 

 




神様「和ちゃん成分が足りない」


今回最後に出てきた『愛してる』と言う曲。
これは高鈴さんという歌手の曲です。
以前、マイナーな曲を~といっていたかも知れませんが、私の周りで私の聴いてる曲を知ってる友人や知人がいないので、もしかしたら知る人ぞ知る名曲なのでは!?と思ってマイナーと表現しました。
悪意はありません・・・よろしくお願いします。
ちなみに、ムギちゃんが、知らない曲、いうなら『異世界の曲』をぶっつけで聴いて伴奏できんのかよと思われる人もいるかも知れませんが、不思議な事に楽譜が浮かんでくるそうです。
また詳しく言及していきます。

読んでくださってありがとうございます。


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第13話

けいおんの映画は何度見てもいいなぁと思う今日この頃です。
私は映画館派で、劇場まで足を運ぶ事も多いのですが、けいおんなど混雑が予想されるものはBDやDVDが発売されるまでガマンします。
そしてBDを発売日に買って家出見てびっくりしました。
最初のシーンで、ヘヴィメタを演奏するHTT。
何事かと。


Side 『10GIA』の店員さん

 

 

今日も今日とて、僕は楽器屋で働く。

このお店はあの琴吹系列の大手チェーン店である。

このお店に就職できたことは嬉しかった。

音楽の才能はなかったけど、音を出すのは好きだし聞くのも大好きだ。

だからこのお店で働けると聞いた時、音楽好きのお客さんのために一生懸命働こうと思った。

 

お、女子高生の団体だ。

あの子達、一昨日も来てたな。

察するに、バンドで新しいものを買おうとしてる子の付き添いかな?

ギターのところで長い時間止まってたし。

しかし、女子高生のお財布じゃなかなかポンとは買えないよねぇ。

それこそお嬢様じゃないと。

 

そんな僕の前に、綺麗な女の子がやってきた。

ん・・・と、どこかで見た気がするな。

なんて考えてると。

 

 

「値切っても良いですか?」

 

 

と言われた。

びっくりした。

値切られたことにではないよ。

そういうことは良くあることだし。

前だって、カチューシャをした活発な女の子に、中古だったけど結構良いドラムをこれでもかってくらい値切られたし・・・。

店長にはやりすぎだって怒られて泣いてしまったくらいだ。

でも、僕も音楽が好きだし、大人と比べて自由にできるお金が少ない子供には出来る限りサービスしたいって僕は思ってるから後悔はしてないけどね。

だから値切ることに関しては応相談だ!

でも驚いたところはそこじゃなくて、目の前の女の子が値切るような雰囲気じゃないってところだ。

見るからに良い育ちで、気品溢れる女の子。

値切らなくたってお金持ってるんじゃないのかな?ッて思ってしまった。

実際はどうか知らないけど。

 

 

そしてその子は手招きをする。

さっきの女子高生の団体だったみたい。

おどおどと呼ばれた女の子はこれまた可愛い女の子だった。

最初の女の子とは違って、恥ずかしいのかもじもじしてるのが個人的にプラスポイントだ。

この子のために値切ろうとしてるのかな?

ならサービスしちゃおっかな~なんて考えてしまう。

目の前にこんな女の子が2人も並ぶなんて・・・芸術とも呼べる精巧な人形を見てるみたいだ。

ポーっと見とれていると。

 

 

「今から私と千乃ちゃんが演奏しますので、その分おまけしてくださ~い」

 

 

なんて。

またびっくりした。

正直言って、なに言ってんだって感じだ。

これでも僕は結構長く音楽に携わってきた。

就職できてまだまだ日が浅いけど、その前から音楽はやってきた。

だからこそ、目の前の女の子の提案はわからなかった。

最近の子は、興味本位でなんにでも手を出す。

それは良いことかもしれないけど、すぐ辞めていくことも事実だ。

軽く手を出して、そしてすぐ辞めていく最近の若者と同じなんじゃないか?

そんな子達が何をナマイキな・・・と思ってしまった。

そして、僕は更に驚愕する。

目の前にいるこの女の子は・・・。

 

 

「そ、その眉・・・ごほん、あなたは社長の娘さん!!」

 

 

そう、僕が働いてるこのお店、それだけじゃなくてもっと多くの世界で活躍する琴吹社長の娘さんだったのだ!

これは・・・下手な対応したらクビが飛ぶ!

 

そしてその事実を知らなかったのか、手招きされた女の子がびっくりしてる。

そして、琴吹お嬢様の提案に言いたいところがあるのか僕のほうをチラチラ見てくるのだが、そのしぐさがまた可愛い。

 

お嬢様、ということでその提案を受けることにした。

機嫌を損ねたら本当に怖い。

 

 

「わ・・・わかりました・・・」

 

 

そう・・・仕方ないことなのだ。

でも。

 

 

「ですが、私も音楽に携わる1人の人間・・・いかに社長の娘さんといえども、私を満足させることが出来なかったこの話はなしという事でお願いします!」

 

 

これだけは僕の音楽人生にかけて譲れないとこだ。

お粗末な演奏だったらクビになろうがサービスはなし!

お嬢様となにやら打ち合わせをしている女の子はひどく怯えているようだ。

そりゃあ、お客さんが結構いるお店でなんて、普通は緊張するってもんだよね。

しかも、聞こえてくる会話でなんとこの女の子が歌うらしいのだ。

想像もつかないなぁ・・・。

 

そして、決心がついたのか、怯えた表情はなくなり。

お嬢様がキボードの前に立つ。

周りのお客さんたちが、僕と女の子達の空気に何かを感じたのか、視線が集まる。

 

 

「愛してる」

 

 

人形のような女の子が、そう呟き、歌い始めた時、僕は今日何度目になるかわからない驚きを味わった。

 

 

 

 

 

 

 

Side 千乃

 

 

私が歌うのは、愛してるとただひたすらに伝えたいと葛藤する恋人達の曲です。

どれだけ話しても、どれだけ愛してると言っても言い足りない。

この世界がなくなってしまうまであなたのことを愛す、と。

そんな大きな事を、小さな私達が伝え合い、笑いあう日々。

このもどかしい気持ちを、本当に伝えられているのかな。

愛するあなたに、伝えられているのかな。

不安になるこの気持ちすらもあなたに伝えたくて、知って欲しくて精一杯抱きしめる。

そしてあなたも抱きしめてくれて、それだけで世界が輝いて見えるよ。

そしてもし、いつの日か別々の道を歩くことになっても、この思い出だけで私は幸せだ。

 

 

私は、歌う。

歌っていて、伝えたかった。

今はもう遠くすら感じてしまうあの病院で過ごしていた日々で聞いたこの曲を。

感受が爆発してしまう。

このすばらしい歌を、知って欲しいと。

そして今更ながらに思う。

紬さんがこの曲を知らなかったら私はアカペラで歌っているのだと。

今の今まで、集中していたのか自分の声だけしか聞こえていなかったのですが、紬さんはしっかりとキーボードで私を支えてくれていました。

よかった。

紬さんがこの曲を知っていてくれて、嬉しくなり歌に力が入ります。

 

 

愛す、ただ愛す。

何回でも言いたい。

伝わっても、まだまだ伝えたい。

この気持ちよ、どうか届いてください。

 

 

 

 

歌い終わった私は、ここでようやく歌とキーボードだけの世界から戻ってきます。

・・・周りが静かすぎます。

あまりにも下手すぎて、顰蹙を買ってしまったのでしょうか。

きょろきょろと周りを見渡すと、律さんがこちらに親指をたててくれていました。

 

そして、ぱちぱちと。

1人が拍手をくれました。

するとそれに呼応するかのように、たくさんの拍手を頂くことが出来ました。

紬さんが私に走りよってきて手を握ってくれます。

少し濡れていたのは、紬さんも緊張していたからでしょうか。

もちろん私だって。

でも、この拍手の功労者は紬さんです。

はっきり言って、私は紬さんの音をほとんど聞いていませんでした。

耳には入っていました。

むしろキーボードと歌しか聞こえていませんでした。

でも、私は好き勝手に歌うだけで、紬さんのことを考えていませんでした。

それなのに、紬さんはしっかりと私に合わせてくれて・・・凄いです。

そして罪悪感。

 

けれど今だけは喜びたいです。

紬さんとこの音楽を出来たことを。

 

 

そして店員さんが私達に言ってくれます。

 

 

「すばらしかった・・・」

 

 

そう、ただ一言。

そして何かを噛み締めるように黙ってしまいます。

 

 

「それで、お値引きしてくださいますか?」

 

 

紬さんがそう問いかけ。

 

 

「・・・あ、ああ!もちろんだとも!」

 

 

そう言って提示してくれたお値段はぴったし5万円でした。

やった!

これで唯さんがこのギターを買える!!

 

 

「いやしかし・・・本当に凄かった。あの曲は聴いたことがなかった。もしかして君達が作ったのかい?」

 

 

その問いに私は少し驚いてしまいました。

まあそうは言っても知らない曲なんて人によって違うなんてわかっていますので。

紬さんが訂正してくれるかな?と思ってたら。

 

 

「私も気になるわ~。千乃ちゃんあれはオリジナル?」

 

 

・・・っ耳を疑ってしまいました。

だって紬さんは、演奏してくれたじゃないですか!

 

 

「え、演奏してくれたから・・・知ってるんじゃない、ですか?」

 

 

「それが・・・聞いた事はないんだけど、千乃ちゃんが歌い始めた時、自然とこうじゃないかしら、って指が動いたの」

 

 

なんと。

紬さんは天才でもありました。

なんとなくで、完璧に伴奏してくれるなんて。

 

 

「高鈴さんっていう・・・歌手さんです」

 

 

「高鈴・・・聞いたこともないな」

 

 

そう言ってなにやら機械をいじって、調べているんでしょうか?

 

 

「ネットにもそんな歌手の情報はない・・・インディーズでもない、と」

 

 

「千乃ちゃん、本当にオリジナルじゃないの?」

 

 

多分・・・私はお医者さんにそう聞いてます

 

 

「うーむ・・・こんないい歌ならインディーズでも有名になってると思うし、まずネットで検索にひっかからないなんて・・・」

 

 

うんうんとうなっています。

結局、私の歌った曲は存在していませんでした。

 

私は不思議でしょうがなかったです。

ちゃんとこの耳で聞いていたのに。

 

 

「まあでも、唯ちゃんのギター、手に入りそうでよかったわ」

 

 

そう・・・ですね!

唯さんたちに報告しにいくためにみんなのところへ向かいます。

 

 

「みんなー、ギターのお値段、まけてくれるって!」

 

 

紬さんのその言葉に。

唯さん、律さん、澪さんは何故か一瞬渋い顔をしました。

なぜでしょうか。

 

けどそれは本当に一瞬で、すぐに嬉しそうな顔になって。

 

 

「ありがとうゆっきー、ムギちゃん!」

 

 

「千乃、ムギ。すごい演奏だったぞ!」

 

 

「うぅ~、なんかドラム叩きたくなってきた!!」

 

 

喜んでくれてます。

嬉しいです。

 

 

「本当にありがとう~・・・私ぜったいいっぱい練習してうまくなるね!」

 

 

「唯・・・」

 

 

「そしてさっきみたいなゆっきーとムギちゃんみたいに人を感動させる演奏したい!」

 

 

そう言った唯さんは照れくさそうに笑った。

その言葉が嬉しすぎて。

何もいえませんでした。

 

そして唯さんはギターを手に入れました。

さっそく帰ったら練習をするといって先に帰ってしまいました。

それを4人で見送って、ほほえましい気持ちになります。

 

 

「それにしても・・・千乃にムギ。さっきのあの曲は誰の曲なんだ?」

 

 

「あ、それ私も気になってたんだ」

 

 

どうやら澪さんも律さんも知らないようです。

 

 

「あの・・・高鈴さんていう方の曲なんです」

 

 

「高鈴?」

 

 

「インディーズバンドか?」

 

 

「それが、千乃ちゃんはそう言うんだけど、ネットには情報がないの」

 

 

「なんだそりゃ・・・っていうかムギは知らなかったのになんで弾けたんだ?」

 

 

「それが・・・千乃ちゃんが歌い始めた時、急に指が動いてっていうか・・・頭にこのメロディーが浮かんだっていうか・・・不思議だったけど弾けちゃったの」

 

 

「まじか・・・」

 

 

「千乃、オリジナルなんじゃないのか?」

 

 

・・・こうまで言われてしまうと、なんだか本当に皆さんの言うとおりに思えてしまいます。

黙ってしまった私。

 

 

「・・・まぁいいか。何はともあれこれでやっと軽音部らしい活動が出来るな!」

 

 

何かを察してくれたのか、律さんはそうまとめます。

 

 

「明日から楽しみだな!」

 

 

「そうね~。でもそろそろテストも始まるわ」

 

 

「げ、もうそんな時期か?」

 

 

「まあ中間だからそんなに難しくはないさ」

 

 

「また澪に教えてもらおー」

 

 

「自分でやれ!」

 

 

そんな会話を聞きながら、解散となりました。

明日から、きっと練習もできるようになったから厳しくなるのでしょう。

頑張っていきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

Side 律

 

 

唯のギターを手に入れるために、またバイトをしようかと提案したけどムギに何か秘策ありだったようで任すことにした。

なにか、店員さんに話しかけてるみたいだ。

・・・多分値切ってるんだろうなー。

そう考えてると、千乃を手招きしてる。

まさか・・・。

 

とりあえずムギのその案にのるべく、千乃を送り出す。

するとどうやら思ったとおりで、千乃と演奏するみたいだ。

かなり力技だなぁ・・・と思いながらも面白い考えだとも思った。

 

 

そして千乃が歌いだす。

優しい声で、愛していると。

結構、離れているんだけど、耳元で囁かれた気がして、どきどきしてしまった。

千乃の魔法。

単なる歌じゃなくて、聞くもの全てを魅了するその歌は、どうやらこのお店にいる人間全員を虜にしてしまったようだ。

すごいよ。

そして、悔しいとも思った。

私はあの演奏に入れない。

ムギはピアノのコンクールで賞を貰ったこともあるほどの腕前だ。

だからあの歌について行ける。

今、歌ってる曲はスローテンポではあるけど、あの歌の邪魔にならず、寄り添いながら音楽を作るのは私にはまだまだ無理だって思った。

それは澪も唯も感じ取ったようだ。

部室に一緒にいたはずなんだけど急に2人が遠い存在に思えた。

この2人ならこのままプロにだってなれるかもしれない。

悔しいなぁ。

 

 

歌い終わった後、周りの客は多分感動して声も出ないんだと思う。

私達だってそうだ。

近寄れない。

でも

千乃は不安そうな顔で周りを見渡す。

知ってる、可愛い千乃だ。

だから安心させるために、私は合図を送る。

客は思い出したかのように拍手をして、絶賛をしている。

ムギは慣れているのか普通にしているけど、千乃は気づいていないようだ。

周りの目が明らかにキラキラしてることに。

やっぱり千乃の声はすごいぜ。

澪と唯はまだ放心している。

仕方ないさ。

でも、私達はあの2人とバンドをやるんだ。

いつまでも遠い存在だと思ってちゃ駄目なんだからな。

 

そして唯がギターを手に入れて練習したいといって先に帰ってしまった。

その気持ちはわかるぜ。

明日からは練習が始められる。

最初はゆっくりお茶でもしながらゆっくりしようかと思ってたけど、そんな悠長にはしてられないな。

すぐに追いつくからな!!!

 

そして、近づくことが出来れば・・・。

初めて皆と来たときに手にしてすぐに鞄にしまったこのチラシ。

近くにあるライブハウスでブッキングライブの出演者募集と書かれている。

せっかく千乃っていう最高のボーカルと、ムギっていう完璧なキーボード奏者がいるんだ。

私達もうまくなって、これに出場してやる!

そしていっきにメジャーデビュー・・・うぷぷ。

普通なら自分で言って笑ってしまうくらいの夢だけど、なんだか本当に出来そうな気がするな。

 

帰ったらまた練習だ!

 

 

 

 

 

Side 千乃

 

 

はぁ~・・・恥ずかしかったです。

いきなり歌うことになってどうしようかと思いましたけど、やっぱり歌うこと自体は大好きです。

それに、紬さんの演奏・・・すごかったです。

知らない曲をいきなり合わせることが出来るなんて。

私ももっと頑張ろうと思いました。

歌の練習ってどうすればいいんでしょうか?

 

そうだ、気になることがあったんでした。

私の歌った曲。

それを皆さんが知らなかったこと。

いや、さっきも思ってたんですけど、知らない曲があるのは普通だと思うんですが、店員さんのあの言葉。

『ネットにもそんな歌手の情報はない・・・インディーズでもない、と』

つまり、私の知ってる曲はこっちの生まれ変わった世界では存在していないということでしょうか?

だとすれば・・・その歌を歌うのは良いんでしょうか?

だって、その人の努力の結晶とも言える曲を・・・。

我が物顔で歌うことになるのですから。

でも、歌いたい。

私の知ってるすばらしい歌を、皆にも知って欲しいんです。

もちろん、私の知ってる曲全てがこの世界に存在していないわけじゃないと思います。

たまたま、今回歌ったものが存在してなかっただけという事かも知れません。

とりあえず、良い歌を知ってもらいたいという理由と、私がいた世界を忘れないためにこれからも歌い続けたいと思いました。

 

 

 

そして翌日。

昨日の興奮も冷めやらないまま、学校へと向かいます。

今日から練習・・・どんなことをするんでしょうか。

 

 

「千乃、おはよう」

 

 

「和さん!」

 

 

「ど、どうしたの?」

 

 

「あ・・・いえ・・・」

 

 

和さんに会えたこと。

それが嬉しかったなんていえないです。

だって普通に昨日も会ってるのに、そんな事言われても困ってしまうと思いましたから。

 

 

「おはようございます・・・」

 

 

ちょっと反省です。

生まれてはじめての友達に、変な子だなんて思われたらその瞬間に消えてなくなってしまいそうです。

 

 

「そういえば千乃、軽音部の申請まだだけど?」

 

 

「・・・!!」

 

 

「忘れてたのかしら?」

 

 

「あえっと・・・忘れてました・・・」

 

 

「はぁ・・・今週いっぱいまでは大丈夫だけど、しっかりしなさい」

 

 

「うぅ・・・本当にすいません」

 

 

せっかく前に教えてくれてたのに、それを忘れてたなんて。

私はいったい何様なんでしょうか。

最低です。

 

 

「・・・誰だってミスはするものよ。大事なのはその後」

 

 

和さん・・・。

 

 

「だから落ち込むのもいいけど、それから学ぶこと」

 

 

ね?と言って。

私を励ましてくれます。

私のために叱ってくれる友人。

そして道を示してくれる。

本当に私は、和さんに出会えて良かった。

あまりにも嬉しくて、そして昨日人前で歌ったことから、感情が高ぶっているのでしょうか。

普段ならそんなこと絶対にしないって言いきれるのですが。

つい、私は、和さんに抱きついていました。

和さんの首に顔をうずめるように。

それは無意識に、当たり前のように。

 

それがおかしいということに気づいたのは、クラスが静まり返ってからでした。

 

 

「ゆ、千乃?」

 

 

「和さん・・・っ!?」

 

 

気持ちの良い日向から急に目が覚めたように、私は和さんから離れようとします。

 

 

「すすすすすすすすすいません!!!!!!!!!!!」

 

 

うわ!

どうしよう!

私は何をしていたんでしょうか!

あばばばばばっば。

頭がまわりません。

えっと、とりあえず和さんに土下座して、そして急いでタイムマシンを捜して、それからえっと、えっと・・・。

 

 

「はいはい、よしよし。軽音部の部長によろしくね」

 

 

和さんは、何事もなかったかのように、抱きついてる私の背中をぽんぽんと叩き。

赤ちゃんをあやすように。

そういいました。

和さんがこういう対応をしたために、周りのクラスメートも。

『なんだ冗談か』と思ってくれたようです。

和さん・・・本当にありがとうございます。

そしてすいません・・・。

 

けど、和さんはこういう対応が板についてるような・・・。

まさか、和さんにはそういう相手、つつつつつまりは恋人なんてものがいるんでしょうか・・・!

ありえます。

だって和さんはかっこいいし、美人だし、頼りになるし、お母さんみたいだし。

良いところを挙げれば切がありません。

そして悪いところなんて一切ないです。

断言できます。

 

そっか・・・和さんにはそういう相手がいてもおかしくないんですか・・・。

なんだか胸がいやな感じです?

なんででしょうか・・・。

この胸ももやもやは・・・?

 

 

「おっはよー!」

 

 

「あら唯、おはよう。どうしたのその背中の荷物は」

 

 

「じゃじゃーん!ギターを買っちゃったんだー!・・・ていうか和ちゃんはなんでゆっきーと抱きしめあってるの!?」

 

 

・・・わ、あまりに動転しすぎて離れるのを忘れてました!

和さんはきっと優しくて、自分からは離れられなかったんだと思います。

 

 

「和さん、すいませんでした!」

 

 

ばっと離れます。

その時、小さく。

『あ・・・』

と聞こえた気がしますが、きっとてんぱってるがゆえの幻聴だと思われます。

 

 

「むー・・・ゆっきー私も!」

 

 

そういって唯さんが抱きついてきます。

なるほど、私が私らしからぬ行動をとったのは唯さんのこれが原因ですか。

 

 

「ゆ、唯さん・・・恥ずかしいです」

 

 

「まあまあ~よいではないか~」

 

 

うぅ・・・唯さんはほっとしてしまうので眠くなってきます。

 

 

「ほら唯も千乃も。そろそろ席に着きなさい」

 

 

そう言って唯さんを席につかせます。

朝から失敗してしまったお話です。

このことは唯さんには内緒にしといてもらいたいです。

軽音部の皆さんに笑われたくありませんのだ。

 

 

 

 

 

 

Side 和

 

 

この状況は・・・私は夢でも見てるのかしら。

千乃が私に抱きついている。

首あたりに顔をうずめているからか、千乃の息がくすぐったい。

そして、良い匂いがする。

香水とかそういうものじゃなくて、女の子の匂いって言うか。

ってそれは今どうでもよくって。

いきなり千乃が抱きついてきた。

最初は貧血で倒れたのかと思ったけど、耳元で。

『和さん』と、熱っぽく囁くように言ってるので意識はある・・・はず。

あやうく私が意識を失うところだったけど。

 

けど、なんでいきなり?

千乃はこういうコミュニケーションは苦手だったはず・・・。

思い当たる節は私の幼馴染ね。

唯ならこういうことも平然とやってのけるから、その影響かしら。

まあ・・・なんというか驚いたのはもちろんだけど、それを受け入れてる自分にも驚いた。

そりゃあ千乃のことは嫌いじゃない。

むしろ好感が持てる。

こんな言い方だと、硬いと思われるかも知れないけど、私は今まであまり、なんていうか、人と過度に触れ合う経験が唯以外になかった。

もちろんお付き合いの経験なんてものも。

それなのに、まだ知り合ってから少ししか経ってないのに、千乃に触られるのは嫌じゃないわ。

何でかしら。

教室内は、千乃の行動に驚いてる反応しかない。

当然よね。

千乃は、自分では知らないと思うけど、クラス中から興味をもたれてる。

あの容姿で、あの性格だもの。

まるで子供のまま成長したかのように純粋で。

お人形みたいに整った見た目。

どんな風に育ったのか、何に興味があるのか。

ひっそりとクラスで噂になってる。

社長令嬢だとか、外国人の血が混じってるとか。

私も気になるといえばそうだけど、そんなの知らなくても千乃は良い子だし。

そして、そんな千乃と仲良くしたい子は多いみたい。

そんな事を何故か思い出した私は、本当に何故か、千乃を抱きしめ返した。

周りに見せ付けるように・・・じゃなくって、千乃のフォローのために。

だって、このままだと千乃は『女の子が好きな女の子』というカテゴリー、いわゆる『百合』だと認識されてしまうからよ。

そうすると、色んな子が千乃にそういう意味で付きまとうかも知れない。

そう、だからこれはあくまでも千乃のフォローなんだから。

決して、他意はないのよ。

 

 

そして、フォローは成功したみたいで周りの目は普通に戻った。

ほっとしたのはなんでかしらね。

唯も登場し、ギターを抱えてる。

どうやら昨日、千乃たち軽音部で買いに行ったらしい。

今日から本格始動だというので、もう一度、申請の件を千乃に念を押しておいた。

 

 

胸の鼓動が収まったのは家に帰ってからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




神様「和ちゃんキマシタワー」


久々に和ちゃんを出したかったので、そういう回です。
和ちゃん万歳。

次からちょっと駆け足で進めていこうかなぁなんて思ってたりします。
また良かったら見てください!
よろしくお願いします!


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第14話

Side 千乃

 

 

放課後になり、私と唯さんは和さんに別れを告げ、部室へ向かいます。

唯さんは、背中にあるギターが嬉しいようで、しきりにちらちらとギターを見るように後ろを振り返ります。

それが可愛すぎて私も自然と笑顔になってしまいます。

今日からいよいよ軽音部として練習が始まります。

いったいどんな練習になるのでしょうか・・・どきどきします。

 

 

「唯さん、ギター・・・嬉しそうですね」

 

 

「わかる~?すっごく嬉しくて昨日もいっぱい磨いたりしてたんだー」

 

 

このギターも唯さんと出会えて良かったですねと思いました。

そうこうしている間に部室へと到着しました。

まだ部室には誰もおらず、唯さんと私だけでした。

 

 

「いっちばーん!」

 

 

唯さんが走って中に入り、鞄を長椅子に置きます。

 

 

「さてと・・・ゆっきー、ギターの練習するから手伝って!」

 

 

「えと、私ギターに触ったことなくって・・・手伝うって行っても何をすれば・・・」

 

 

「あ、そっか・・・どうやって弾くんだろう」

 

 

そう言って指でギターの弦を弾くと鈍い音がでました。

 

 

「テレビとかで見ると、抑えたりすると綺麗な音がでるんだよね」

 

 

「もしかしたら、説明書みたいなのがあるかもしれません・・・音楽室ですし・・・」

 

 

「お、ゆっきーナイスアイディア!じゃさっそく・・・」

 

 

手当たり次第に、部室内にあった本を漁っていく唯さん。

私も手伝います。

 

 

「んーと・・・『ピアノの弾き方』に『サルでも叩けるドラム』に『人見知り克服の100の方法』・・・なんでこんなものがあるんだろう」

 

 

「・・・」

 

 

なんとなく最後のは澪さんのかなぁなんて思ってしまいました。

 

 

「ギター、ギター・・・ん?なんだろこれ」

 

 

「・・・?」

 

 

そう言って唯さんが手に取ったのは『女の子が好きで何が悪い!』と書かれた本でした。

なんでしょうかこのタイトル・・・ここ音楽室ですよね?

しかも、かなり読み込まれた後があるような・・・。

しかし、唯さんはそれが気になったらしくめくり始めます。

私はなんだか、人の前でそういうのを読むのが恥ずかしいと思って、先ほどの『人見知り克服の100の方法』を手にとって見ます。

ふむふむ・・・なるほど・・・ためになります。

でも、まずは相手に話しかけてみようってステップ1にあるのですが、それが無理なんですけど・・・。

そんな事を思ってると、唯さんが後ろから抱きついてきました。

けど、いつもみたいなギュってした感じではなく、包み込むような優しさで、ドキってしてしまいました。

 

 

「ゆゆゆゆゆゆ唯しゃん!?」

 

 

「ゆっきー・・・」

 

 

ど、どうしたんですか!?

後ろを振り返りたいんですが、何故か向けません。

力は強くないのに、それでも唯さんのほうを向けません。

そして私のおなか辺りに唯さんの手が来たときに、私の緊張は限界突破してしまい、変な声がでてしまいました。

それに驚いたのか唯さんが。

 

 

「あははごめんね、びっくりした?」

 

 

そう言いながら、手元にあった先ほどの本、『女の子が好きで何が悪い!』を見せてくれました。

 

 

「ここに今の抱きつき方が書いてあったの。どきどきした?」

 

 

・・・なんだ!

びっくりしました!

急にどうしたのかと思いました!

本に載ってあったことを実践しただけなんですよね!

はーびっくりです!!!

まだどきどきが止まりません。

自分でおなかに触っても何も感じないのに、唯さんが触るか触らないかのところであんなに緊張してしまうなんて・・・。

 

 

「は、い・・・かなり・・・」

 

 

「ゆっきー、さっき可愛かったよ!」

 

 

「・・・!」

 

 

声にならない声で抗議をします。

それを笑ってみる唯さん。

ここであることに唯さんが気づきました。

 

 

「あれ・・・この本、琴吹出版社って書いてある」

 

 

「琴吹・・・紬さんのお父さんの会社でしょうか」

 

 

「多分・・・」

 

 

なんともなしに、お互い黙ってしまい、しまう事にしました。

・・・実は読んでみたかったりもします・・・誰もいない時にこっそり読みたいです。

 

 

「・・・あ!ギターの本を発見!!」

 

 

「・・・結構これも使い込まれてますね」

 

 

その本は、カバーがけっこう古くなっており、付箋もいっぱい貼ってありました。

中をパラパラとめくってみると、かなり書き込まれてます。

私はギターの事が良くわかりませんが、事細かにいろんな事が記されてます。

残念ながら誰のものか名前は書いてなかったのですが、ここにあるということは少なくともこの学校の誰かのものであります。

唯さんが集中してます。

邪魔にならないように、本を片付けていると一冊の本が落ちてしまいました。

それはアルバムのようで、写真にはおそらく以前の軽音部の人達が写っていました。

これが・・・先輩たち。

綺麗な人達が演奏してる姿や、記念写真、そしてこの部室で楽しそうに笑ってる姿でした。

・・・いいなぁ。

私達もこれからこんな風に、一緒に演奏してもっと仲良くなれるかなぁ・・・。

ペラ、とまためくります。

すると、先ほどまでとは打って変わって、すごい格好の人達が写っていました。

なんでしょう・・・悪魔みたいな?格好です。

周りのお客さんもちらちらと写ってるんですが、同じように奇抜な格好をしてます。

ちょっと怖いな、なんて思ってしまいました。

 

 

「なに見てるのゆっきー・・・うわ!」

 

 

横から覗いてきた唯さんは、驚いたようで持ってた本を落としてしまいました。

私も、本を持つ手が震えてしまってます。

その時、律さんと澪さん、紬さんがやってきました。

 

 

「おーす」

 

 

「2人とも早いな」

 

 

「あら・・・唯ちゃん、千乃ちゃん何を見てるの?」

 

 

「こ・・・こんにちは。それが・・・」

 

 

事のあらましを説明します。

唯さんのギターの教科書を探してたら、アルバムがでてきたこと。

 

 

「そんで、この写真か・・・ヘビメタっていうのか?」

 

 

「というよりデスメタルじゃないかしら?」

 

 

「うぅ・・・怖いのは苦手だ!」

 

 

「こんな人たちが昔の軽音部だったのか・・・なんか時代を感じるな!」

 

 

「あ・・・なんだろうこれ」

 

 

唯さんが戸棚の置くからカセットテープを取り出します。

 

 

「桜高祭って書いてあるな・・・」

 

 

「先輩達が学際で演奏したやつじゃないか!?」

 

 

「聞いてみるか?」

 

 

そして、備え付けのカセットデッキにいれ、再生ボタンを押します。

そこから流れてきたのはかなり上手な演奏でした・・・デスメタルの。

かなりハードで正直何がどうなってるのかわからなかったんですが、それでもこれだけ弾けるのは並みの腕ではないと思います。

律さんも唯さんも紬さんも感心しています。

澪さんは耳を塞いで部屋の隅っこで震えています。

 

 

「はぁ~・・・こんだけ上達するにはどうしたらいいのかなぁ~・・・」

 

 

唯さんがそうため息をつきます。

 

 

「そりゃ練習あるのみだ」

 

 

「・・・だよね!よし、私頑張るよ!」

 

 

「その意気だ!ギターなら澪に聞け!」

 

 

「そうだな・・・まずはコードを覚えるところからだ」

 

 

頼られて嬉しいのでしょうか、澪さんはいつのまにか復活していて唯さんの持ってた教本のコードのページを開きます。

 

 

「よーし!!」

 

 

数十秒後。

 

 

「ま、まずは、コードの読み方から教えてつかぁさい・・・」

 

 

「そこから!?」

 

 

そんなやりとりから1時間くらいが経って、休憩になりました。

私はこの1時間、紬さんと発声練習をやっていました。

休憩時間となり皆さんが席に着き、紬さんの持ってきてくれたケーキと紅茶を頂きます。

美味しいです・・・本当に。

この時間に、部長である律さんに、和さんから教えて貰ったことについて報告しようと思います。

 

 

「あ、あの・・・律さん・・・」

 

 

「お、なんだ?ケーキのおかわりか?」

 

 

ち、違いますと言う前に、律さんが自分のケーキを私の口に運んできてくれました。

そしてあまりにも美味しいケーキを前に、食べ物に長い間飢えていた私はついつい食べてしまいました。

 

 

「うまいか?」

 

 

「ふぁい・・・ありがとうございます」モグモグ

 

 

「千乃ちゃん!私のも!」

 

 

紬さんが同じように食べさせてくれようとするのですが、それがフォークから零れ落ちてしまい、紬さんのスカートに。

 

 

「あらあら大変!!早く取らないとシミになっちゃうわ(棒」

 

 

「あ、えっと・・・」

 

 

「千乃ちゃん早くとって!あ、手は駄目よ!口で取ってね!」

 

 

「え、えー!?」

 

 

鬼気迫る表情でそう言われてしまうと、なんだか本当にそうしないといけないような気分になってしまい。

恐る恐る、近づくと。

 

 

「・・・っ!」

 

 

ボタボタと紬さんが鼻血を出してしまいました。

 

 

「っは!しまった・・・つい・・・」

 

 

急いでティッシュを紬さんに渡します。

なんとかすぐ治まったものの、びっくりしまた。

その拍子に、ケーキも床に落ちてしまいガッカリした表情の紬さんは、悲しそうでした。

 

 

「そろそろ練習すっか」

 

 

「あ・・・あの」

 

 

「もうケーキはないぞ?」

 

 

「そ、そうじゃなくて・・・ええっと・・・軽音部の申請・・・」

 

 

「申請・・・?」

 

 

澪さんや紬さん、唯さんは『?』という顔をしています。

しかし律さんは。

 

 

「いっけねー忘れてた!」

 

 

「何の話?」

 

 

「いや・・・軽音部ってまだ正式な部として認められてなかったんだよ。4人集まった時点で申請用紙を提出しないといけなかったんだけど・・・忘れてた」テヘペロ

 

 

「っな!?」

 

 

澪さんがすごく驚いた顔をしています。

 

 

「バカ律!部長だから自分でやるって言ってたよな!」

 

 

「しーましぇーん・・・」

 

 

「まったく・・・千乃が言ってくれなかったら本当に潰れてたところなんだぞ」

 

 

「うぅ・・・ありがとう千乃―・・・」

 

 

「あ・・・いえ・・・私の、友達が・・・教えてくれたんです・・・」テレテレ

 

 

「とも・・・だち?」

 

 

紬さん、ちょ、ちょっと近いです。

 

 

「あー、和ちゃん?」

 

 

「はい・・・」

 

 

「誰?」

 

 

「私とゆっきーと同じクラスの友達だよー」

 

 

「その人にも感謝だな」

 

 

「それで律、用紙はあるのか?」

 

 

「それなら大丈夫!一度も鞄から出してないから!」

 

 

ゴン、と。

律さんはぶたれてしまいました。

 

 

「もういい・・・私が記入する」

 

 

そしてスラスラと記入していく澪さん。

しかしあるところで手が止まってしまいます。

 

 

「顧問って・・・」

 

 

「・・・そういや誰なんだろう」

 

 

「・・・職員室で聞いてみたらいいんじゃないかしら?」

 

 

 

 

というわけで、職員室にやってきました。

 

 

「軽音部の顧問?」

 

 

「はい!」

 

 

綺麗な女性の先生に聞いてみました。

 

 

「えーっと・・・あ、ちょうど去年転勤しちゃったみたいね」

 

 

「なんと・・・」

 

 

「じゃあ新しく顧問をしてくれる先生を捜さないといけないって事?」

 

 

「そうみたいね・・・頑張ってね?」

 

 

そう言って対応してくれた先生はどこかへ行ってしまいました。

 

 

「・・・どうするんだ律?」

 

 

「今の先生さ、美人だし優しそうだし、顧問やってくれないかな?」

 

 

「まぁ!いいんじゃないでしょうか!」

 

 

紬さんがすぐに賛成の意を示します。

私も、すごく優しそうな先生に思えたので賛成です。

それに・・・どこかで見たような気が・・・?

 

 

「私もー」

 

 

唯さんも賛成のようです。

それならばということで。

 

 

「よし・・・じゃあお願いしに行こう!」

 

 

 

 

先ほどの先生は、廊下で生徒たちと話しているようで、笑顔が絶えません。

きっと人気のある先生なんだと思います。

すると律さんが。

 

「山中さわ子先生・・・わが校の音楽教師である。その綺麗な顔立ちとやわらかな物腰で生徒だけではなく教師陣の間でも人気がある。さらに楽器の腕前や歌声もすばらしくファンクラブが存在するほどである」

 

 

とナレーションのように話し始めました。

 

 

「あ・・・あの」

 

 

山中先生と呼ばれたその先生はこちらに気づき話しかけてきました。

 

 

「さっきからなに言ってるの?」

 

 

「実は軽音楽部の顧問になってほしくてお願いしにきたんです」

 

 

「・・・だから私の事、よいしょしてたのね・・・」

 

 

な、なるほど・・・律さんが急に山中先生のことを説明してたのはそういうことだったんですね。

 

 

「・・・でもごめんなさいね。私、吹奏楽部の顧問もしてるからかけもちはちょっと・・・」

 

 

「そんなぁ・・・・・・」

 

 

「本当にごめんなさいね」

 

 

「・・・今まで声をかけてきた男の人の数は数え切れず・・・」

 

 

「だ、だからおだてても駄目です!」

 

 

律さんは諦めておらず、畳み掛けています。

私の隣で唯さんがじーっと先生の顔を見ています。

 

 

「先生ってここの卒業生ですか?」

 

 

そんな唯さんの発言に。

 

 

「そうだけど・・・どうして?」

 

 

「さっき見た軽音部のアルバムに先生に似てた人がいたから・・・」

 

 

「っ!?」

 

 

一瞬で先生の顔が強張りました。

その瞬間、先生は走り出しました。

あっちは・・・軽音部の方向です。

 

 

「みんな、先生を追いかけよう!」

 

 

そう言って律さんは駆け出します。

唯さんがそれに続き、澪さんも置いていかれるのが嫌なのか走ります。

私も走ろうとしたのですが、運動不足といいますか運動音痴といいますか、うまく走ることが出来ず、どんどん皆さんと距離が離れていってしまいます。

『待って』なんて言えるはずもなく。

一生懸命走りますが、どんどん離れてしまいます。

けれど、紬さんが手を握ってくれて。

 

 

「ゆっくりでいいから、一緒にいきましょう?」

 

 

そう言ってくれました。

一緒に歩いてくれる友達に私は感謝しつつ、手を握り返します。

 

 

「あ、ありがとうございます・・・」

 

 

そう一言、伝えました。

 

 

 

 

 

 

軽音部の部室に着いたとき、山中先生が泣き崩れていました。

澪さんいわく、先生は軽音部にあるアルバムから自分の写真を消去しようと思ったらしく、急いでやってきたんだそうですが、既にその写真は律さんが隠し持っていたらしいです。

律さんもなんとなくって感じで気づいていたみたいです・・・さすが部長です!

 

そして、先生の過去話(好きな人のためにデスメタルをやり始めたなど)を自白し始め、現在に至るそうです。

でも、好きな人のためにここまでやれるなんてすごいと思いました。

私もそんな人に出会えたらいいなぁなんて。

唯さんが先生に問いかけます。

 

 

「軽音部にいたってことはギター弾けるんですか?」

 

 

「そっか!ちょっと弾いてみてくださいっ!」

 

 

「・・・・・・・・しゃーねぇな」

 

 

急に雰囲気が変わりました!?

目つきも鋭くなりました・・・ちょっと怖いです。

 

 

「オラオラオラオラぁ!」ピロリロリロリロ

 

 

「は、速弾き!?」

 

 

「無駄無駄無駄無駄無駄ぁ!」ティロロロロロロロロ

 

 

「タッピング!?」

 

 

「・・・っ!!・・・っっ!!」ドギャーーーーーzン

 

 

「歯ギター!?」

 

 

「あぁ・・・私のギターが・・・」

 

 

そして一通り演奏し終わった先生が。

 

 

「お前ら音楽室好き勝手に使いすぎなんだよ!!!」

 

 

「「「「「ご、ごめんなさい!!」」」」」

 

 

 

 

少し時間が経つと。

先生は以前の状態に戻ってくれました。

 

 

「ううぅ・・・先生になったらお淑やかなキャラで通そうって思ってたのにもうバレちゃった・・・」

 

 

グスグスとなく先生。

なんだか可愛そうです。

そんな先生に律さんが近づいて言います。

 

 

「・・・先生」

 

 

ポンと肩に手を置き。

 

 

「このことバラされたくなかったら顧問やってください」

 

 

「律ちゃん、たくましい子!」

 

 

先生が絶望的な顔をしています。

しかし、もう後戻りも出来ないようで、なくなくサインしていました。

い、良いんでしょうか?

 

 

「さ、顧問も決まったことだし後は練習あるのみだな!」

 

 

「無理やり顧問にされた・・・」

 

 

はぁ、とため息をつく先生。

紬さんが先生に近づきケーキを差し出して言います。

 

 

「先生もケーキ、お一ついかがですか?」

 

 

「・・・いただきます!!!」

 

 

すごくいい顔でした。

そしてティータイム。

私、この時間がすごく好きです。

こんな美味しいもの、食べられるなんて夢のようです。

 

 

「・・・この子、すごく美味しそうに食べるわね」

 

 

「千乃は可愛いからな」

 

 

「どんな理由・・・?」

 

 

でも、そんな先生もすごく美味しそうです。

 

 

「さて、これで本当の本当に軽音部が設立されたわけだが・・・なんか目標とか決めとくか」

 

 

「あ、それ良い~!」

 

 

「まぁ目標があるといいと思うけど・・・」

 

 

「じゃあまずは唯!」

 

 

「う~ん・・・じゃあ目指せ武道館!」

 

 

その言葉に先生と澪さんが噴き出します。

 

 

「むむむむむむむりだ!そんな大勢でなんて!」

 

 

「っていうか武道館て・・・」

 

 

「良い目標だな!じゃあムギ!」

 

 

「私は・・・このメンバーで仲良くずっとやることかしら」

 

 

「むぅ・・・」

 

 

「そうそう、こういうのが普通の目標なのよ」

 

 

「ぬぐぐ・・・澪!」

 

 

「いきなり言われてもな・・・私もこのメンバーでやれたらそれでいいって言うか・・・対バンとか興味はあるけど」

 

 

「うんうん」

 

 

先生が頷きます。

 

 

「ぐぬぬぬぬぬ・・・」

 

 

「律ちゃんはー?」

 

 

「私の目標はな・・・世界一有名なバンドになることだ!」

 

 

「おぉ~!さすが律ちゃん!」

 

 

「世界一って・・・」

 

 

「あらあらまあまあ」

 

 

「それくらい大きくってことだよ!・・・まあ前も言ったけどとりあえずプロになるところからだな!」

 

 

律さんは少し照れくさそうにそう言います。

でもその目はしっかりと私達を見ていました。

本当に、そうなることを目指すように。

 

 

「じゃー最後は、千乃だな」

 

 

私は決まっています。

 

 

「わ・・・私は・・・私も・・・プロになりたいです・・・」

 

 

お父さんとお母さんの夢。

私なんかに見てくれた夢。

もうそれを見せることは出来ないけど、それでも叶えたいんです。

 

 

「さすが千乃だぜ!」

 

 

律さんが肩を抱き寄せてくれます。

 

 

「まあ、バンドやってたらそう思うのも普通よね」

 

 

先生も若干呆れながら、頷いています。

 

 

「私もバンドやってた時は目指してたもんだわ・・・周りが結婚とかで結局は駄目だったけどね」

 

 

優しそうに笑って教えてくれました。

 

 

「・・・なら私もプロ目指すわ!」

 

 

紬さんがそう言って。

 

 

「軽音部の4人がプロを目指す・・・澪ちゃんはいいのかなー?」

 

 

律さんがからかうように澪さんに問いかけます。

 

 

「・・・うぅ、私も目指すからそんな言い方は止めてくれ!」

 

 

澪さんもそう言って。

これが軽音部です。

このやりとりが軽音部なんですねーと1人思ってると。

 

 

「ま、目指すのはいいけど、ちゃんと練習しないとね。あと、テストもそろそろ始まるからそっちもおろそかにしないように」

 

 

先生がそう言って、部活申請届けを持っていきます。

 

 

「生徒会に持って行っといてあげるわ」

 

 

「先生・・・ありがとうございます!」

 

 

「はいはい、顧問になっちゃったしね・・・とりあえず今度の学際を一つのラインにして練習するといいんじゃないかしら?じゃ、またね」

 

 

ドアを開けて出て行きます。

 

 

「・・・かっこいいな」

 

 

「クールな先生っていうか・・・頼りになるっていうか・・・」

 

 

「きっと先生にも思うところがあったんじゃないかしら?」

 

 

「どういうことー?」

 

 

「先生もプロになりたかったんじゃないかしら?それで私達が同じことを言ったから・・・」

 

 

「感傷・・・か」

 

 

「・・・私、マジだからな」

 

 

「わかってるよ。律が真面目な顔して言うことなんて年に1回あるかどうかだもんな」

 

 

「なんだとー!?」

 

 

「まぁまぁ・・・でも私も本気だよ!」

 

 

「私も。このメンバーだったらいけそうな気がするの」

 

 

「そのためにもまずは唯のギターの練習だな!」

 

 

律さんが笑いながら言い。

 

 

「そんでさ、プロになったら先生に恩返ししようぜ!」

 

 

「そうだな」

 

 

「よし・・・練習しよ!」

 

 

「千乃ちゃん、頑張ろうね」

 

 

「は・・・はい!」

 

 

皆さんの会話スピードに入れませんでしたが私もおんなじ気持ちです。

 

 

学際にテスト勉強とやることがいっぱいですが、それでも私、今すごく充実しています!

まずはテスト勉強!

頑張ります!!!

 

そしてその日は解散となりました。

いつもどおりに日記を書き、思考の海へダイブします。

明日はどんなことがあるんでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side ???

 

 

「・・・・・・・私が置いた『女の子が好きで何が悪い!』、誰かに読まれた形跡が・・・千乃ちゃんかしら」グヘヘ

 

 

 

 

 

 

 




神様「犯人はムギ」



謎が謎を呼ぶ、迷宮入りのキマシタワー!
千乃が狙われ、唯も巻き込まれる!
そして案の定、ムギちゃんが流血を!
いったい最後のは誰なんだ!?
次週、世界の中心で百合を叫んだツムギ。
ヨロシクデース(ヤケクソ)


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第15話

遅くなってしまった・・・すいません。


Side 千乃

 

 

軽音部の顧問を山中先生が引き受けてくれて、かなり練習が充実しています。

高校に入学することが出来て、3週間が経ちました。

こんなに幸せな時間を過ごすことが夢見たいで、ただひたすらに生きていることに感謝する毎日でした。

この3週間で、唯さんのギターはかなり上達したと思います。

澪さんが根気よくコードを教え、唯さんも覚えるのが速く。

 

また、山中先生がケーキを食べに来てる時に、ちょくちょく唯さんにアドバイスをしているので今ではかっこよく弾いています。

他の皆さんもそれに驚いているようで、追い抜かれないように一生懸命になっています。

私も、皆さんに置いていかれない様に必死に練習しています。

軽音部としての活動はこんな感じです。

 

日常生活では、困ることばっかりでした。

私はご飯を作るなんてことも経験がなかったので、ほとんど白いご飯とお惣菜を買って帰る毎日でした。

けれど、せっかく生まれ変わることが出来たのでこれだけじゃ駄目だと思い、料理の本を買って自分で作るようにしてみました。

軽音部の皆さんに聞いてみる、和さんに聞いてみるということも考えてはみたのですが、そこで両親の話になった時になんて言ったら良いのかわからなかったので、本を読んで自分で頑張ることにしました。

最初はもう全然で、失敗ばかりでした。

大さじ小さじの意味もわからなくて、とてもじゃありませんが料理と呼べるものはできませんでした。

けど、その失敗も次に活かすために頑張って食べました。

1週間が過ぎたくらいでコツが掴めて来て、まだまだ包丁の使い方も調理のスピードも遅いですが、それでも初めて料理が完成しました。

お母さんに作って貰った大好きなカレー。

あの味は出せなかったですけど、それでもお母さんのカレーを思い出して、1人泣いてしまったことは私だけの胸の内に閉まっておくことにしておきます。

 

せっかく選んでもらったお洋服も、洗濯機の使い方がわからず、溜め込むばかりでした。

もし家に友達が遊びにきたら多分引かれちゃうなぁ・・・なんて思いながらどうしようかと悩みました。

まぁ友達が私の家に遊びに来ることなんてないんですけどね。

結局、コインランドリーなるものに行き、そこの使い方を暗記して家でもなんとか洗えるようになりました。

 

今では、ご飯も選択もお掃除もなんとか人並みと言えるかな?っていうところまで来ることができました。

やってみて思ったことは、やっぱり大変だなぁということと、新しいことが出来るようになるということはなんだか『私』と言う存在が厚くなっていくような感じがして少しだけ楽しいなぁということです。

 

この3週間で、学校生活で変わった事は、クラスの人達がポツポツと話しかけてきてくれるようになりました。

と言っても挨拶やプリントについてのお話など他愛無いことですが。

それでもそのことが嬉しくて、なんとか頑張って噛まないように気をつけながらお話します。

最初のころは和さんと唯さん、中島信代さん(信代って呼んでいいと言ってくれました)だけとしか話すことはなかったのですが、最近では少しずつではありますがお話しする機会が増えてきました。

これからも頑張って話すことが出来たらいいなぁと思います。

 

和さんともお話しする機会が多く、私としてはそれがすごく嬉しいことでした。

和さんは、本当にしっかりして優しい人で、よく気にかけてくれます。

そろそろテストが始まると言うことで、わからないところや苦手なところはないかとよく聞いてくれます。

私は一応、病院にいる時リハビリの一環として、勉強をしてきました。

耳だけは最後まで使うことが出来たので、かなり効率は悪かったのですが支援の人に音読して貰いながら耳で聞いて覚えることをしていました。

そのおかげで高校生の範囲は一応習っています。

ですので、正直今、学校で学んでいるところは大丈夫です・・・大丈夫なんですが和さんと少しでも一緒にいたいと思ってしまって、わからないフリをしようかな・・・なんて!

思ってしまうことも多々あります。

でも、それは和さんに失礼だし迷惑をかけてしまうと思ったので、まだやったことはありません・・・えぇありません。

 

テストまであと3日です。

軽音部の皆さんは何も言いませんが、きっと皆さんもテスト勉強はばっちりのはずです。

 

 

今日も部活が終わり、皆さんと別れて家へと向かいます。

唯さんとは途中まで同じなので、一緒に帰っています。

唯さんはギターのフレーズを復習しながら歩いています。

集中力がすごいので覚えるのもすぐな唯さん、テスト勉強もこんな感じででちょちょいのちょいって感じなんでしょうか。

すると後ろから声がします。

この声は・・・!

 

 

「唯、千乃!」

 

 

和さんです。

 

 

「こ、こんにちは和さん!」

 

 

「和ちゃんももう帰りー?」

 

 

「うん、もうすぐ中間テストだからね。生徒会も早く終わったの」

 

 

「そっかぁ・・・え!?テスト!?」

 

 

いきなり大声を上げる唯さん。

かなり驚いているようです。

ど、どうしたんですか?_

 

 

「唯・・・まさかテストのこと忘れてたの?」

 

「あ、あはは・・・どうしよう!!」

 

 

「ゆ、唯さん・・・」

 

 

「もうテストなのかぁ・・・どうしよう」

 

 

「・・・あんた今まで試験勉強なんてしたことなかったじゃない」

 

 

「・・・!そっか、なら大丈夫だね」

 

 

「いや・・・大丈夫じゃないでしょ」

 

 

「ああああの、唯さん、一緒に勉強し、しますか?」

 

 

「うーん・・・お誘いは嬉しいんだけど、勉強よりギターの練習したいかなー」

 

 

「そ・・・そうですか」

 

 

「千乃、甘やかしたら駄目よ」

 

 

「は、い」

 

 

「まあ大丈夫だよゆっきー!私、やる時はやる子だから!」

 

 

そう言って唯さんは眩しいくらいに笑って、ギターのコードの復習に戻りました。

 

 

「・・・確かに唯は一夜漬けとか得意だし、そんなに心配することないわ。それにもう高校生なんだし、自立させないと」

 

 

「・・・わかりました」

 

 

「うん。千乃も勉強のほうは大丈夫なのよね?」

 

 

「あ、はい・・・多分、大丈夫です」

 

 

「本当に?」

 

 

「・・・はい」

 

 

「そう。何かわからないところがあったらすぐに電話してくるのよ」

 

 

先ほど、自立させないといけないと唯さんに言っていた和さんがすごく気に欠けてくれます。

そんなに頼りないのでしょうか・・・でも気にかけてもらえることに嬉しさを覚えてしまいます。

 

 

 

 

その日の夜、和さんとお話したいと思って、お勉強のことで和さんに電話しました。

嫌な声一つせずに、教えてくれました。

こころなしか、いつもより和さんが上機嫌に思えました。

何か良い事があったんでしょうか?

聞いてみたいと思いましたが、あまり深く聞きすぎて迷惑をかけるのも迷惑だと思われるのも嫌です。

それにもし・・・お、男の人の話題とかだったりしたら・・・そう考えるとなんだか変な気持ちになってしまいます。

結局、聞くことが出来ませんでしたが、和さんと話すことができて嬉しかったです。

 

 

そしてテスト当日、普段の授業のある学校ではなく、なんだかそわそわしてしまいます。

 

 

「千乃、体調悪かったりしない?」

 

 

「あ・・・大丈夫です」

 

 

「和は心配性だなぁ」

 

 

「あら、いけないかしら?」

 

 

「いやいや、私も気になるよ」

 

 

和さんと信代さんが朝のHRが終わってから私の席に来てくれました。

いつもの席ではなく、テスト期間だけは出席番号純になるのです。

和さんと隣の席になることは出来ませんでしたが、私の座ってる席から一列横にずれて少し後ろの席が和さんの席です。

 

 

「それにしても・・・唯は・・・」

 

 

「あ、あはは」

 

 

席に向かってうつらうつらと舟をこいでいる唯さん。

昨日の夜遅くまで勉強していたんでしょうか。

 

 

「あ、先生が来た」

 

 

「の、信代さん・・・頑張りましょうね」

 

 

「あはは!ありがとね!」

 

 

席に戻っていく信代さんを見送ります。

 

 

「の、和さんも・・・お勉強教えてくれてありがとうございました。私・・・一生懸命頑張ります!」

 

 

「うん、焦らずにね」

 

 

さぁ・・・テスト開始です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テスト返却日・・・。

 

 

ゆ・・・唯さんが干からびてます。

 

 

「今回は唯は駄目だったみたいね・・・」

 

 

「和さん・・・」

 

 

「きっと・・・ギターをやり始めたからね」

 

 

「そ、そんな・・・」

 

 

私が誘ったから、唯さんの成績だ下がってしまったなんて。

どうしよう・・・なんて謝ったらいいんでしょうか。

 

 

「お礼を言うわ千乃」

 

 

「・・・え?」

 

 

「唯って新しいことやっても少し時間が経つと、結構何でもそつなくこなすのよ。でも飽き性って言うか・・・あんまり長く続かなくて」

 

 

「・・・」

 

 

「高校生活、唯は楽しめるかちょっとだけ心配だったんだけど・・・杞憂だったみたい」

 

 

そう言って和さんは。

 

 

「きっと唯は勉強を忘れるほどギターが・・・千乃達と音楽をやってることが楽しすぎなんだと思うわ」

 

 

笑いました。

その笑顔が、綺麗で。

思わず見とれてしまいました。

 

 

「和さん・・・」

 

 

「幼馴染としてお礼を言わせて・・・どうしたの千乃、顔が赤いわよ?」

 

 

「へ・・・あ!すすすすいません・・・」

 

 

私ってば、何を考えてるんですか・・・。

 

 

でも、和さんがそう言ってくれて嬉しいです。

そして唯さんに、和さんがこんなに唯さんのことを考えてると言うことに少しだけ胸がちくりとしたり・・・なんででしょう。

 

 

「まあ、唯なら追試で本気だすわ、きっと」

 

 

確信している顔。

 

 

「それまで、唯は部活禁止だけど・・・ま、3日の我慢よ・・・って聞いてないわね」

 

 

唯さんは魂が抜けてしまっているようです。

 

 

「こんな幼馴染だけど、よろしく頼むわ」

 

 

「・・・はい!」

 

 

「じゃあ私、生徒会だから」

 

 

「はい、ま、また明日です!」

 

 

そして唯さんと私が残されます。

とりあえず・・・部室へ行くことにします。

 

 

「唯さん・・・部室行きましょう?」

 

 

「・・・ゆっき~」

 

 

うあー、と言う声を出しながら私に抱きついてきます。

いつか私もやってもらったように、よしよしと頭を撫でます。

どこかで紬さんの声が聞こえたような気がしましたが、気のせいだと思います。

 

そして部室に到着です。

既に律さん、澪さん、紬さんが来ていました。

 

 

「2人とも、お疲れさま」

 

 

紬さんが迎え入れてくれます。

 

 

「うーんっ!やっとテスト終わったから肩の荷が下りたぜ!」

 

 

伸びをしながら律さんが気持ちよさそうに言います。

 

 

「そうね~。でも高校になって急に難しくなってきた気がするわ~」

 

 

笑顔を絶やさずに紬さんが言います。

 

 

「そうだな・・・そして唯が大変なことになってるんだが」

 

 

澪さんが恐る恐る言います。

答案用紙を持って乾いた笑い声を上げる唯さん。

 

 

「そ、そんなに悪かったのか?」

 

 

「クラスで1人、追試だそうです・・・」

 

 

「うわぁ・・・」

 

 

なんとも言えない澪さんの顔。

 

 

「だ、大丈夫よ!今回はたまたま勉強の方法が悪かっただけじゃない?」

 

 

「そうそう!ちょっと頑張れば追試なんて余裕だぜ!?」

 

 

紬さんと律さんが励まします。

 

 

「勉強はまったくしなかったんだけどね・・・」

 

 

「おいこら励ましの言葉返せコノヤロウ」

 

 

はぁとため息をつき。

 

 

「なんで勉強しなかったのさ」

 

 

「いや~・・・最初はしようと思ったんだけど・・・なんかテスト期間中って部屋のちょっとした汚れとか気になって気づいたら掃除したり・・・」

 

 

「あー・・・なんかわかる」

 

 

「納得してどうするんだ律」

 

 

「それで、一旦勉強から離れちゃうとギターやっちゃって・・・勉強はまったくしなかったの。でもおかげであの曲を弾けるようになったんだよ?」

 

 

「あの曲?」

 

 

「ゆっきーが公園で歌ってくれたやつ!」

 

 

「あ・・・優しさに包まれたなら、ですか?」

 

 

「そうそう!」

 

 

「なに!?唯だけ知ってるのか!?」

 

 

「いつ歌ったんだ!?」

 

 

「千乃ちゃん今歌って!」

 

 

「え、あ、と・・・」

 

 

急に3人が詰め寄ってきます。

 

 

「まぁまぁ3人とも・・・私だけじゃないよ?和ちゃんも一緒だったし」

 

 

「またでてきたなその『和ちゃん』って人」

 

 

「羨ましい」

 

 

「今度、絶対聞かせてね?」

 

 

「う、あ、はひ」

 

 

一旦、落ち着きまして。

 

 

「でももう曲を弾けるようにまでなったか・・・」

 

 

「唯ちゃんの成長スピードには目を見張るものがあるわ」

 

 

「その集中力を少しでも勉強にまわせれば・・・」

 

 

澪さんが呟きます。

 

 

「っていうか、そういう律ちゃんはどうだったのさ!」

 

 

「ん?わたし?」

 

 

ふふーんと胸を張って、89点と書かれた答案用紙を出します。

 

 

「この通り!余裕ですわ~!」

 

 

おーほっほっほと笑う律さん。

それを見た唯さんはすごく残念そうな顔をしています。

 

 

「こんなの律ちゃんのキャラじゃないよ・・・」

 

 

「どういう意味だ!」

 

 

一転して律さんが怒ります。

 

 

「私くらいのレベルになると、なーんでもそつなくこなせるもんなんだよ!」

 

 

「うぅ・・・私の仲間だと思ってたのに・・・」

 

 

涙目で見つめる唯さん、笑い続ける律さん。

 

 

「・・・テスト前日に泣きついてきたのは誰だったかなー」ボソ

 

 

「あ、澪!しー!」

 

 

あわてて澪さんの前に行き何かを言う律さん。

しかし唯さんには聞こえていたようで。

満面の笑みで言います。

 

 

「それでこそだよ律ちゃん!!!」

 

 

「うるせー補習組み!」

 

 

「まぁまぁ・・・千乃ちゃんはどうだったの?」

 

 

「あ、えっと・・・大丈夫でした」

 

 

「わ、すごい!全部90点以上!しかも英語は100点!」

 

 

「すっげー!」

 

 

「・・・」テレテレ

 

 

「すごいな千乃・・・そういえば英語のあの歌もすっげー流暢だったもんな」

 

 

「外国にいたことでもあるのか?」

 

 

「あ、いえ・・・そういうことでは・・・ただ英語の歌をいっぱい聴いてただけで」

 

 

「それで100点取れるのか・・・」

 

 

「ゆっきーは私の自慢の友達だからね!」

 

 

「それなのに唯は12点・・・」

 

 

「う・・・とりあえず追試で合格点取れるまで部活動は禁止だから頑張らなきゃ」

 

 

「・・・え!?そしてらここにいるのって不味いんじゃ!?」

 

 

「大丈夫だよ、お菓子食べにきてるだけだし!」

 

 

「そっか!それなら安心ってなんでやねん!」

 

 

見事なチョークスリーパーが決まります。

 

 

「本当・・・私じゃなかったら退部になってたかも知れないわよ?」

 

 

いきなり山中先生の声がします。

気づいたらイスに座って優雅にお茶を飲んでいました。

 

 

「いたんですか!?」

 

 

「えぇ・・・ずっと。とりあえず今日はもう帰りなさい。誰かの家で勉強教えてあげたら?」

 

 

そのアドバイスに皆さんは賛成のようで。

 

 

「はぁ・・・しょうがないから唯に勉強教えるか」

 

 

「律ちゃんにできるのー?」

 

 

「おま、赤点取ったやつがなにナマイキ言ってんだ!」

 

 

「皆で教えればいいんじゃないか?」

 

 

「澪ちゃん本当!?」

 

 

「まあ澪なら教え方もうまいしな・・・唯でも確実に合格点を得ることができるだろう!」

 

 

「澪さんすごいです!」

 

 

「いやぁ・・・それほどでも」テレテレ

 

 

「私にもなにか手伝えることがあれば・・・お手伝いさせてください!

 

「私も教えるわ!」

 

 

「ムギちゃんも・・・みんなありがとう!先生、私頑張るね!」

 

 

「はいはい。みんな頑張って教えてあげてね」

 

 

 

 

 

そんなこんなで、唯さんの家にお邪魔することになりました。

は・・・初めての友達のお家です・・・緊張します。

お菓子とか持ってきたほうが良かったんでしょうか・・・紬さんのお菓子に勝てる気はしないですが。

唯さんのお家は一軒家でした。

大きいです。

 

 

「ただいまー」

 

 

「「「「おじゃまします」」」」

 

 

「みんなあがってあがって!」

 

 

すると、奥の扉が開き。

 

 

「お姉ちゃん、お帰り~・・・あれ?お友達?」

 

 

と、可愛い女の子が出てきました。

 

 

「はじめまして、妹の憂と申します。姉がいつもお世話になっています」

 

 

深々と頭を下げられてしまいました。

律さん、澪さん、紬さんは驚いた表情をしています。

見たところまだ中学生の高学年でしょうか・・・礼儀がすごく正しい子です。

 

 

「憂~、私の部屋で勉強するから~」

 

 

「うん、わかった。邪魔しないようにするね」

 

 

そう言いながらスリッパを引いてくれます。

『できた子だー!』と、聞こえたような気がしました。

 

 

 

唯さんの部屋に案内されて、中に入れて貰います。

部屋も広いです。

本棚とベッド、机にギターが目に付きます。

 

 

「しかし・・・姉妹でこうも違うモンかね」

 

 

律さんが唯さんを見ながら言います。

 

 

「何が?」

 

 

「妹さんにいいところ全部吸い取られたんじゃないのか?」

 

 

ニヤニヤという律さんに唯さんはからかわれてると気づき。

 

 

「ひっどーい!」

 

 

楽しそうに笑いあっています。

 

 

「あの~・・・みなさん良かったらお茶どうぞ」

 

 

妹の憂さんがやってきて、お茶の入ったポット、人数分のカップ、そしてお菓子を持ってきてくれました。

 

 

「「「本当にできた子だー!」」」

 

 

あ、3人が口に出してしまいました。

 

 

「憂ちゃんは今、何年生?」

 

 

「中三です」

 

 

「一つ年下!?」

 

 

「まぁ!受験生ね」

 

 

「どこ受けるかもう決めてる?」

 

 

「う~ん・・・桜が丘に行きたいとは思ってるんですけど、受かるかどうか心配で・・・」

 

 

「お姉ちゃんでも受かったんだから大丈夫だよ」

 

 

ピースしながら唯さんが、おいでおいでと言います。

 

 

「お姉ちゃんに勉強教えて貰えばいいんじゃないか?」

 

 

という澪さんの言葉に。

 

 

「勉強は・・・自分でできるから大丈夫です・・・」

 

 

「あはは!断られたな唯!」

 

 

「えー!なんでなんで!?」

 

 

「でも!お姉ちゃんはやる時はやる人です!」

 

 

と、力強く言い切る憂さん。

やっぱりすごくいい子のようです。

 

 

 

 

「じゃあ、あんまり時間もないし、まずは数学からだな。数学は公式をまず覚えよう」

 

 

澪さんが教科書を持って教え始めます。

 

 

「集中ね」

 

 

「うん!」

 

 

10分くらい経ったころ、律さんが大きな口をあけてあくびをします。

律さんはどうやらお暇なようです。

キョロキョロと周りを見渡したり。イスに座って回ったり、マンガを読んで笑ったり・・・。

 

 

「うるさい!」

 

 

澪さんにぶたれて、大きなたんこぶができてしまいました。

反省したように正座で唯さんを見守る律さん。

ですが、唯さんの足が痺れているのを察知し、音もなく近づき、後ろからボタンをおすとうに・・・。

 

 

「ちょびん!」

 

 

「うぎゃあああああああ!」

 

 

「律――――!!!」

 

 

何故か快感というような顔の律さんと、何故か私の足を見てくる紬さん・・・痺れてませんよ?

そして律さんは頭に雪だるまのようなたんこぶを作り、外に出されて正座させられてしまいました。

 

 

唯さんは30分くらい集中していたのですが、やっぱり疲れてしまったようで。

 

 

「疲れたー」

 

 

「まだ30分しか経ってないぞ」

 

 

「唯ちゃん、ケーキあるから、もう少し頑張ろう?」

 

 

と澪さんと紬さんの言葉でターボがかかり、すごいスピードで問題を解いていきます。

 

 

そこに律さんが入ってきて・・・。

 

 

「おー、みんなやっとるかねー」

 

 

と、なんだか渋い声を出して入ってきたかと思ったらすぐに外に出て行ってしまいました。

唯さんも澪さんも紬さんも誰も何も言いません。

っていうか誰も律さんを見ませんでした。

外から『駄目か・・・』と聞こえてきました。

そしてまた。

 

 

「手を挙げろー!フリーズ!プリーズ!なんてね!」

 

 

そしてまた反応はなく、すぐに出て行ってしまいます。

 

 

そして。

バンという大きな音と大きな声と共に、律さんが前回り?をしながら入ってきました。

 

 

「うおりゃあああああああ!!!」

 

 

着地したと同時に澪さんが律さんの頭を叩きました。

 

 

「やかましい!!」

 

 

きゅ~・・・と言う声と一緒に律さんは沈んでいきました。

 

 

 

 

休憩となり、皆さんとケーキを食べることになりました。

唯さんは美味しそうにむしゃむしゃと食べてます。

 

 

「ムギちゃんのお菓子は美味しいなぁ」モグモグ

 

 

「そう言ってもらえると持ってきたかいがあるわぁ」

 

 

「お姉ちゃん、和ちゃんが来たよー」

 

 

「どう?はかどってる?」

 

 

和さんが来ました!

 

 

「うん!みんなに教えてもらってる」

 

 

「皆さんが軽音楽部の・・・」

 

 

「あ、紹介するね!秋山澪ちゃんに、田井中律ちゃんに琴吹紬ちゃん!ゆっきーは紹介いらないよね?」

 

 

「えぇ、大丈夫よ。皆さん始めまして。真鍋和です、いつも唯がご迷惑を・・・これ、サンドイッチ作ってきたので良かったら食べてください」

 

 

「そういえばお昼食べてなかったな」

 

 

「真鍋さん、どうもありがとう」

 

 

「和でいいわ。唯と千乃にもそう呼んでもらってるし」

 

 

「そっか?じゃあいただくぜ和」

 

 

「少しは遠慮しろ・・・って千乃はやっ!」

 

 

「あらあら・・・千乃ちゃん、一番に和ちゃんの食べたかったのね!」

 

 

・・・なんとなく、一番に手を伸ばしてしまいました。

 

 

「えっと・・・和さんいただきます・・・」

 

 

「お口に合うかどうかわからないけど・・・」

 

 

ぱくり、と一口。

・・・おいっしい!

サンドイッチなのに、レタスがしゃきしゃきしてて、中に入ってるハムと卵が絶妙・・・。

 

 

「・・・どう?」

 

 

「すっっっっっっごく美味しいです!」

 

 

こんなに大きな声を出したのは久しぶりで、皆さんも驚いてるみたいです。

和さんがホッとしたような顔で。

 

 

「良かったわ」

 

 

「あれ・・・和ちゃん嬉しそうだね」

 

 

「まあね」

 

 

「確かに美味しいなこれ」

 

 

「和ちゃんは料理とかするの?」

 

 

「まあ人並みには・・・」

 

 

「和ちゃんは勉強もできるし料理もできるし自慢の友達なんだ~」

 

 

「そんだけ器量が良かったら、彼氏とかいるんじゃないか?」

 

 

!!!???

そ、そ、その話題は・・・ある意味すごく気になるけれど、もしいたらと考えると怖い話題です・・・。

 

 

「いないわ。どうもそういうのに縁がないというか」

 

 

「まあ女子高だしな」

 

 

「でも和ちゃん、中学生のとき告白されてたじゃん」

 

 

「あれは・・・手紙を貰っただけよ」

 

 

「なんて書いてあったの!?」

 

 

「こら律!」

 

 

「別にいいわよ。大したことじゃなかったし・・・交際して欲しいって書いてあったの」

 

 

「「「「「・・・ゴクリ」」」」」

 

 

「でも、直に言う勇気もないのならお断りしますって伝えたわ」

 

 

「おぅふ・・・」

 

 

「すごいな」

 

 

「でもそれっきりよ」

 

 

「かっこいいです・・・」

 

 

「女子高だとそんな話も聞かないよなー」

 

 

「女子高だと女の子同士のお話をよく聞くって言うけど・・・」

 

 

紬さんのその言葉に、場が凍りつきます。

律さんはむせてしまったようです。

 

 

「ま、まあそういう話も聞くけどさ・・・」

 

 

・・・なんでしょうか、この空気は。

しかし、女の子同士なんて、そういうこともあるんですね。

 

 

「・・・勉強!勉強しよう!!」

 

 

「そそそそうだね!うん!勉強しよう!」

 

 

一瞬の静寂のあとに勉強が開始されました。

和さんは用事があるようで、家に帰ってしまったのですが唯さんの勉強は続きます。

基本的に澪さんが教えて、紬さんがフォローします。

律さんは教える漫画を読んで・・・あれ、いません。

どこに行ったんでしょうか。

ちなみに私は英語を教えていたのですが、どうにも教え方が下手なようで、すぐに唯さんが横道にそれてしまいます。

戦力外ですので、大人しくしておこうと思います。

同じ部屋にいると集中力の妨げになるかなと、部屋の外で待ってようと出てみると、律さんの声が聞こえます。

そこに向かってみると、妹さんの憂さんとTVゲームをしていました。

 

 

「また負けたー!強いな憂ちゃん」

 

 

「いえいえ、他愛もない取り柄です」

 

 

「次は負けないぞ~っと、千乃もやるか?」

 

 

「あ・・・いえ・・・」

 

 

「千乃さん、お姉ちゃんのお勉強見てくれてありがとうございます」

 

 

私に気づいた憂さんは丁寧に頭を下げてくれます。

 

 

「や、あの、私、力にな、なれなくって・・・」

 

 

「あー憂ちゃん、千乃は緊張しいでさ」

 

 

「そうなんですか・・・和ちゃんから聞いたんですが、千乃さんがお姉ちゃんを軽音楽部に誘ってくれたんですよね?」

 

 

「えあっと・・・」

 

 

なんとか首を縦に振ります。

 

 

「本当にありがとうございます。お姉ちゃん、毎日ギターの練習してて・・・それでテストの点数は悪かったんですけど、あんなに楽しそうなおねえちゃん初めて見て・・・」

 

 

「憂さん・・・」

 

 

「お姉ちゃんは・・・ちょっと人とずれてて誤解されるかも知れませんけど、でも優しくて・・・本当に優しいお姉ちゃんなんです!」

 

 

「・・・はい。唯さんが優しくてすごい人なのは知ってますよ・・・私もあのあったかさ、大好きです」

 

 

唯さんは見ず知らずの私でも、受け入れてくれて、愛称で呼んでくれました。

こんなにおどおどしてる私でも、それが何でも無いように普通に。

だから、私は唯さんが大好きです。

 

 

「千乃さん・・・」

 

 

「唯さんはこれからもっともっとギター上手くなります・・・も、もし良かったらですけど、桜が丘に入学したら、一度聞きにきてください・・・きっとびっくりします」

 

 

本当の気持ちです。

私は話すのも苦手で、目をあわすのも恥ずかしいですけど、唯さんのすごさを心配している妹さんに伝えたたくて、精一杯の笑顔で言います。

 

 

「千乃・・・その笑顔は反則だ」

 

 

「え・・・え?」

 

 

「千乃さん、ありがとうございます・・・律さんも・・・お姉ちゃんのことよろしくお願いします!」

 

 

「・・・?」

 

 

「任せとけって!そのうちプロになって超有名人になるからサインなら今のうちだぞー」

 

 

わはははと笑う律さん。

それに憂さんもつられて笑って、私も笑ってしまいました。

 

 

 

そして勉強会は終わり、唯さんは補習テストへ。

結果は・・・100点でした。

軽音部の皆さんは『極端な子』だと驚いていましたが、私はなんとなくそんな気がしていました。

 

これで、軽音部の活動が再開できるようになり、練習に励みます。

しかし、唯さんがコードとか所々忘れてしまったようで・・・澪さんが一言。

 

 

 

 

 

 

「音楽合宿をしよう!!!!」

 

 

 

 




神様「憂ちゃんキター!」



更新が遅くなってしまって、呼んでくださってる皆さますいません。
駆け足で書き上げたのでちょっと内容が・・・かもです。
次から合宿デース。
千乃にとってどんな感じになるのか・・・頑張って書きます。
よろしくお願いします。


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第16話

最近寒くなってきました。
風邪には気をつけてください!


Side 千乃

 

 

テストが終わり、唯さんの補習も無事に終わり、さあ練習だと思った矢先に唯さんがギターのコードを忘れてしまいました。

まああれだけ集中して勉強していたので、忘れてしまっても無理はないのかぁ・・・とか思っていたら。

 

 

「合宿をします!」

 

 

と澪さんが言いました。

 

 

「え?合宿!?」

 

 

「マジで!?海か!それとも山か!?」

 

 

「あらあら!」

 

 

「水着買わないと!」

 

 

 

「合宿・・・ですか?」

 

 

「言っとくが遊びに行くんじゃないからな・・・バンドの強化合宿!朝から晩までみっちりと練習するの!」

 

 

澪さんがビシッと言い切ります。

けれど・・・。

 

 

「水着もそうだけど新しい服も買わないとな!」

 

 

「私、そんなにお金残ってないよ~」

 

 

「聞けーっ!」

 

 

唯さんと律さんはもう遊びに行く気まんまんです。

でも、なんでいきなり合宿なんでしょうか・・・?

 

 

「あ、あああの・・・」

 

 

「どうしたの千乃ちゃん?」

 

 

「いえ、えっと、なんで合宿を・・・?」

 

 

「今、千乃がいい事を聞いてくれた・・・私達軽音部ができてからもう結構経つのに、まだちゃんと演奏してないだろ?」

 

 

「まあ確かに・・・まだまだ個人練習しかしてないもんな」

 

 

「コードも忘れちゃったし・・・」

 

 

「そう。ムギと千乃だけがちゃんとした形で演奏をしただけで私達軽音部としての演奏は、唯を勧誘した時のあれだけだ」

 

 

「・・・確かに。でもなんで合宿?」

 

 

「夏休み明けたら学園祭だろ?みっちり練習しとかないと」

 

 

その言葉に皆さんが目をキラキラと輝かせました。

 

 

「学園祭・・・!メイド喫茶やりたーい!」

 

 

「私はお化け屋敷がいい!」

 

 

「マッサージ屋さんがいいわー」ハァハァ

 

 

「私達はけ・い・お・ん・ぶ!!ライブやるの!」

 

 

いつもどおり、唯さんと律さんが冗談をいい紬さんもそれに乗って、澪さんがつっこむ。

日常です。

 

 

「あはは」

 

 

その日常に自然と笑みがこぼれてしまいます。

 

 

「おちゃめな律ちゃんジョークなのに・・・ていうかなんで私だけぶたれたの?」

 

 

ぷく~とふくらむたんこぶを痛そうに唯さんが見ます。

 

 

「・・・でもさ、メイド服似合いそうなやつ多いんじゃないか?」

 

 

「なっ、なにを言ってるんだ律は!」

 

 

「いやいや・・・考えてみろって。唯は抵抗なく着れるだろうし、ムギはどっちかって言うとメイドよりもお嬢様だけど絶対似合うだろ。千乃なんて恥ずかしがって俯きながらもじもじして注文聞いてくるんだぞ?男だったら生唾もんだろ」

 

 

「・・・ゴクリ」

 

 

「ムギちゃんどうしたの?」

 

 

「いえ、なんでもないでございますわよ?」

 

 

「口調がおかしいよ?」

 

 

「澪もスタイルいいし、軽音部でメイド服でも着て演奏するか?」

 

 

ニヤニヤしながら言う律さん。

一瞬考えた澪さんは、それでもやっぱり律さんを叩きました。

二段重ねのたんこぶ・・・前も見ました。

ちなみにメイド服ってどんなものなんでしょうか?

 

 

「ま、合宿やるのはいいけどさ、どこでやるんだ?」

 

 

「あ・・・」

 

 

「スタジオもあって、寝泊りできる場所なんて結構高いぜ?」

 

 

「私お金ないよ~・・・」

 

 

「・・・ムギ?別荘とかって持ってない?」

 

 

「ありますよ?」

 

 

「「「「あるの!?」」」」

 

 

「はい。でも今からだったらどこが取れるかわからないけど・・・それでも良かったらだけど」

 

 

「全然いい!むしろお願いします!!!」

 

 

「これで宿代は浮いたな・・・あとは交通費とか食費か・・・これくらいだったらいけるかな?」

 

 

「そうだな・・・っていうかみんな夏休みに2泊3日の合宿、いいのか?・・・今更だけど」

 

 

「私はいいぜ。早く皆で演奏したいし!」

 

 

「私もー!ギター上手くなってゆっきーと演奏したい!」

 

 

「友達とお泊りするの夢だったから私も大丈夫よ~」

 

 

「千乃は?」

 

 

「あ・・・えっと・・・」

 

 

特に、用事もありませんし、夏休みの宿題とかも計画的にやれば大丈夫ですよね?

少し考えていたら。

 

 

「・・・きついかな?親の許可とか・・・」

 

 

親はいません、と。

危うく言いかけましたが、ギリギリで止まってくれました。

危なかったです。

 

 

「親は・・・別に・・・」

 

 

その言葉に、皆さんが怪訝な顔をしてしまったので急いで返事をします。

 

 

「私も大丈夫です・・・よろしくお願いします」

 

 

「あ、あぁ・・・じゃあ全員参加だな!」

 

 

「楽しみね~」

 

 

「出発は大体2週間くらい先だな・・・それまでに宿題とかやっとくように、律」

 

 

「だからなんで私だけなんだ!」

 

 

「いつも写しにきてるからだ!」

 

 

「まあまあ・・・じゃあ予約しとくからね」

 

 

「紬さん、ありがとうございます」

 

 

「いいのよ~。楽しみましょうね」

 

 

こうして2週間後に合宿をすることになりました。

行き先はまだ詳しくはわからないそうですが、海がありスタジオがあるのは絶対だそうです。

海・・・昔お父さんとお母さんと一回だけ行ったことがあるそうです。

私がまだ幼稚園に通っていた時の話だそうで、全然覚えてはいないのですが・・・。

正直、すごく楽しみではあるのですが、澪さんも言っていた通り、練習をしにいくのであって遊びに行くのではないのです。

海を見れたらいいなぁくらいに思っておきます。

 

 

「今度、合宿の準備ってことで買い物行くか!」

 

 

「あ、律ちゃんいいねー!」

 

 

「私、人生ゲームやってみたいでーす!」

 

 

「だから遊びに行くんじゃないからな!っていうかムギまで!」

 

 

・・・・・・・・多分、澪さんはこれからも苦労するんだろうなーと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「千乃、夏休み何か予定ある?」

 

 

テストが終わり、もう1学期が終わろうと、クラスの皆さんがうきうきしています。

そんな中、和さんが私に声をかけてくれました。

 

 

「え・・・っと、軽音楽部で合宿するくらいです・・・」

 

 

「あら、合宿するの?頑張ってね」

 

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 

「うん。その合宿はいつくらい?」

 

 

「はい・・・夏休みに入ってすぐ、です」

 

 

「そっか。じゃあ合宿から帰ってきたら、一緒にお祭りに行かない?8月にあるんだけど」

 

 

「お、お祭り!」

 

 

その単語に私は自分でもびっくりするくらい気持ちが上がってしまいました。

和さんは、そんな私の反応をわかっていたようにくすくすと笑いました・・・恥ずかしいです。

 

 

「行きたいです!」

 

 

「わかったわ。まあお祭りだけじゃなくて、夏休みで練習が無い日とか良かったら遊びましょ」

 

 

なんて嬉しいお誘いなんでしょうか。

 

 

「はひ!お願いします!」

 

 

「なになに何の話―?」

 

 

「信代、千乃と夏休み遊ぶ約束をしてたの」

 

 

「あ、いいじゃん。わたしもわたしも!」

 

 

「いいわよ」

 

 

「の、信代さんもおm」

 

 

お祭り、一緒に行きますか?といい終わる前に。

和さんの指が私の口に押し当てられて、びっくりして言葉を続けることが出来ませんでした。

ののおののののののののどかさんの、指が、私の、口に・・・!!!

冷静に考えたらすごいことで、えっと、なんていうか、和さんの指、温かくって!

 

 

「和、なにしてんの?」

 

 

「・・・千乃の口にお米がついてたの」

 

 

「いや・・・そんなの無かったけど・・・」

 

 

お米・・・付いてたんですか?

和さんを見ると、今度は自分の口に指を当てていました。

・・・内緒っていう意味なんでしょうか?

というよりも、そのポーズがなんだか綺麗と言うか様になってると言いますか・・・。

 

 

「まあ、私もバスケ部の練習があるからまたメールするよ。千乃には電話ね」

 

 

「わかったわ」

 

 

「はい、よろしくお願いします・・・」

 

 

「じゃ、またねー」

 

 

「さ、さようなら」

 

 

「部活、頑張ってね」

 

 

信代さんが去ってから、なんだか気まずい沈黙が続きます。

別になんでもないことなんですが・・・。

 

 

「ごめんね千乃、口に触っちゃって」

 

 

「あ、いえ!別に大丈夫といいますか、和さんだからと言いますか・・・」ゴニョゴニョ

 

 

「・・・?」

 

 

「あの、えっと、さっきのはどういう意味なんでしょうか・・・?」

 

 

「・・・さっきのって?」

 

 

「あの・・・しーって」

 

 

「あぁ・・・お祭り、2人で行きたいなって思っただけよ・・・」

 

 

「そ、それって・・・唯さんも?」

 

 

「2人だけって思ってたけど。千乃は唯も誘いたい?」

 

 

「・・・」

 

 

正直、頭が混乱しちゃっています。

だって、あの和さんが私と2人でお祭りに行きたいって・・・そそそそそそそれってまるで、ででででで、デートみたいで!!

いやいやいや!女の子ですし!和さんも女の子ですから!そういうんじゃないですから!

・・・っは!?そういえばこの間、唯さんの家で勉強会したとき、女の子同士が付き合うという話があったような・・・!!!!

でもでも、和さんみたいなかっこよくて、綺麗で、何でもできる人が私みたいなのにそんな感情持つはずないですって!きっと、ろくに世間も知らない私に社会勉強させてあげようって感じですよ、うん!

 

 

「・・・唯は面倒くさがりで、いつもお祭りに誘っても行かないことが多いからって思ったんだけど・・・誘ってみる?」

 

 

「そそそういうことでしたか!」

 

 

なるほどなるほど・・・なら私だけを誘ってくれたことも納得できました!

 

 

「じ、じゃあよろしくお願いします・・・」

 

 

「えーと、2人でいいって事?」

 

 

「ひゃい」

 

 

「わかったわ。じゃあまた詳しい時間とかは電話するわね」

 

 

「ありがとうございます・・・和さん!」

 

 

「なに?」

 

 

「誘ってくれて、本当にありがとうございます!すっごく楽しみです!」

 

 

「そこまで喜んでくれるなんて・・・誘ったこっちも嬉しいわ」

 

 

そう言って、2人で唯さんを待ち、下校しました。

夏休み・・・合宿と和さんとお祭り、信代さんとも遊ぶ・・・いっぱい楽しみなことがあります。

子供みたいですけど、友達との予定があることがこんなに嬉しいんですね。

その日の夜はなんだか興奮して寝ることができませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 和

 

 

テストが終わったあと、幼馴染の唯が赤点を取ってしまい、クラスでただ1人追試を受けることとなった。

普段から勉強はせず、けれどテスト自体は平均点を取っている唯にしては珍しいことだった。

理由はわかってる。

打ち込めるものを見つけたからだ。

軽音楽部。

そのメンバーをほとんど知らないけれど、唯がいい人ばかりだと言っていた。

そのうちの1人は私の友達でもある千乃だ。

千乃のことを考えるとなんだか変な気持ちになる。

どうしても気にかけてしまうというか、庇護欲を掻き立てられるというか・・・こんなこと初めてで良くわからないわ。

もっと仲良くなりたいと思ってるし、一緒にいたいと思っている。

高校に入って最初の友達で、千乃にとっても私が始めての友達だと言ってくれた。

だからなのかもしれないし、もしかしたら違う気持ちなのかも知れない。

お母さんってこんな気持ちなのかなと思うこともあるし・・・もしかしたらこれが好きになるって事なのかもって思った。

後者の気持ちを初めて持ったのは、唯の家で千乃達軽音部が唯に勉強を教えると言ったときのこと。

私も手伝おうかなと思い、家にお邪魔した時、千乃が軽音部のみんなと笑いあっていたところだったと思う。

その笑顔を見て、急に嫌な気持ちになった。

私と話す時、千乃はすごく緊張してる時のほうが多いんだけど、軽音部のみんなと話すその顔は自然体で・・・どうしようなんて考えてしまった。

その時に、あぁ、私って千乃の事が好きなんだって思った。

恋なんてしたことも無いからわからなかったけど、そうなんだ、私は千乃が好きなんだって思った。

でも、急に怖くもなった。

女の私が、千乃を好きになる。

これを千乃が知ったら、どう思われるのかなって。

千乃は優しい。

だからもしかしたら受け入れてくれるかもしれない。

でも、そうじゃなくって・・・あぁもう!

自分の気持ちがよくわからない、考えがまとまらない初めてよこんな気持ち・・・。

・・・正直、女の子どうしなんて普通じゃない。

海外だったらそういうことも認められてるけど、日本だとまだ周りの目は厳しい。

もし、私が千乃が好きだって言って、千乃は優しいから受け入れてくれたとして。

でも周りからは変な目で見られたとき、千乃も傷ついてしまうかもしれないと考えたら、背中が冷たくなった。

千乃が泣く姿なんて、見たくない。

だから、この気持ちは誰にも言わず、風化するのを待つことにした。

きっと、私が恋なんてしたこともないから、初めてのこの気持ちをそういう風に勘違いしてるだけよ・・・そう思って、閉じ込めた。

 

 

けど、千乃は笑った。

私のサンドイッチを食べてくれて、美味しいって何度も言ってくれて、笑ってくれたの。

1番に食べて言ってくれた。

単純な理由だけどそのことが嬉しすぎて、もう駄目だった。

うん、好きなのよ。

いつもあの子前だと、背伸びして大人びたフリをしてしまうけど。

素直になろうと思った。

同じ目線でいたい。

でも、どうしたらいいかなんてわからない。

そういう経験もないし、周りにも詳しい人はいない・・・お母さんに相談するのは・・・まだ早い。

だから、とりあえずは普通に接することにする。

特別なことなんて無い、普通の友達がするように遊ぶ。

と言うわけで、私は千乃を遊びに誘った。

夏休み、生徒会の仕事はあるけれど、それは千乃も似たようなものだし。

千乃が合宿に行く、と聞いてまた少し焦燥感を感じるけど、千乃も楽しみにしてるみたいだし、頑張ってと言う。

だけど私も千乃と遊びたいし、お祭りに誘った。

2人で。

千乃は少し考えてるようだった。

2人は嫌なのかしらと、緊張してしまう。

けど、どうやら唯を誘わなくてもいいのかということだったらしく、説明すると快諾してくれた。

千乃と2人きりでお祭り・・・自分で誘っておいて、緊張してしまうわね。

 

そんな話をしてると、信代が話しに混ざってきた。

信代も一緒に遊びたいらしく、それには私も賛成だった。

信代は、おおらかな性格で、クラスを盛り上げることが得意だ。

バスケ部という体育会系だし、千乃もリラックスしてくれるわきっと。

 

ただ、お祭りだけは2人で行きたいの。

千乃が信代にお祭りの誘いをしようとしたのを、なんとか止める。

急なことだったから、千乃の口に指を当ててしまった。

なんていうか・・・千乃の唇ってぷにぷにっていうか・・・桜色のその口は予想通りのものだったというか・・・こういう所がいちいち可愛いのよ。

信代には少し疑われたけど、なんとか隠し通せたわ。

・・・自分でもなにをやってるんだか・・・。

千乃も、本当は人数が多いほうが楽しめると思ってるかも知れないわね。

自分のことを優先させた私の本心を知れば軽蔑されてしまうかもしれない。

 

 

けど千乃は。

 

 

「誘ってくれて、本当にありがとうございます!すっごく楽しみです!」

 

 

と言ってくれた。

その笑顔がまた私の胸を貫く。

女の子を好きになるなんて思いもしなかった。

千乃に会うまで、そんな感情一切なかったのに。

あの日、あの階段で千乃に会わなかったら、こんなに悩まなくてすんだのに。

 

でも、出会わなかったほうが良かったなんて気持ち、これっぽちもないわ。

うん、それだけはない。

といかく、夏休みに入ったら千乃はすぐ合宿みたいだし、なるべく、宿題とか生徒会の仕事は早めに終わらせとこうと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 千乃

 

 

今日、私はお買い物に来ています。

といってもいつもみたいに、ご飯の材料の買い物です。

今日は何にしようかな・・・最近はレパートリーも少しずつですけど増えてきました。

やっぱりあの本を買ってよかったです。

『オリーブオイル派に送る至高の料理本!これだけあれば無人島でもLet`s Party!』という本・・・これでもかっていうくらいにオリーブオイルを勧めてくる本でした。

丁寧に書かれていて私でも作ることができたのですが、隙あらばオリーブオイルを足そうとしてくるのがたまに傷です。

いったい、なにが作者をここまで駆り立てるのでしょうか。

でもオリーブオイルも美味しいです。

愛用の本です!

今回は『見よ!これがオリーブオイル派によるオリーブオイル派のためのオリーブオイルだ!(チンジャオロース)』を作ることにしましょう。

でも料理の名前に『』が2種類と50文字の字数って・・・はじめてみた時は自分の目を疑ってしまいました。

まあそんなことはさておき、材料をかごに入れていきます。

えーっと・・・ピーマンに牛肉・・・あ、オリーブオイルも忘れないようにしないと・・・。

とその時。

 

 

「ゆ・き・の!」

 

 

そう呼ばれたと思ったら、急に後ろから抱きつかれました。

だだだだだれですか!?

 

 

「あ・・・律さん」

 

 

「おっす、何の買い物?」

 

 

「えっと、夜ご飯の買い物です」

 

 

「お使いか、偉いなー」

 

 

「律さんは、どうしたんですか?」

 

 

「私はお菓子買いに来たんだ」

 

 

「お菓子・・・ですか」

 

 

「おう!合宿の時に持って行こうと思ってさ・・・あ!千乃はきのこ?それともたけのこ!?」

 

 

何の話でしょうか・・・。

でも、律さんはその手に2つの箱を持っていて、パッケージにはきのことたけのこが描かれています。

きっとこのどちらかを好きかを聞いているのでしょう。

・・・昔に食べたような気がしないでもないです・・・喪失病で忘れてしまったんでしょうか。

でも、私の魂がこっちだと指差しています、なので。

 

 

「私は・・・たけのこさんのほうが好きかも・・・です」

 

 

「たけのこかー!美味しいよな!」

 

 

「律さんも、たけのこですか?」

 

 

「私はどっちも好きだ!というわけで両方買うことにする」

 

 

律さんらしいです。

 

 

「そういやさ、本当に合宿大丈夫なのか?」

 

 

「・・・?」

 

 

「いや・・・なんか迷ってたみたいだからさ」

 

 

「あ・・・いえ、そんなことは」

 

 

「本当か?・・・私は部長だからさ、なんでも言ってくれよな」

 

 

「・・・はい!ありがとうございます」

 

 

「うん!合宿楽しみだな」

 

 

「そうですね・・・」

 

 

「千乃、水着忘れるなよ?」

 

 

「え、持っていくんですか?」

 

 

「当たり前だろ!?何しに行くつもりなんだ!」

 

 

「音楽合宿じゃ・・・」

 

 

「あ、私が千乃の水着えらんでやろっか?」

 

 

「そういえば、持って無かったです・・・」

 

 

「じゃあ買いに行くか・・・って荷物あるな・・・肉は痛んじゃうし」

 

 

「すいません・・・」

 

 

「いいさ。まだ時間はあるし、今度買い物行こうぜ!」

 

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 

「姉ちゃん、こんなところにいた・・・って誰?」

 

 

律さんの後ろから男の子が出てきました。

この声は・・・以前、律さんの家に電話した時に出てきた男の子の声、です。

ということは。

 

 

「お、千乃、紹介するよ。弟の聡。こっちは千乃だ」

 

 

「こ、こんにちは・・・湯宮千乃と言います・・・」

 

 

「あ・・・聡です・・・よろしくお願いします」

 

 

「なに照れてんだ聡~」

 

 

「う、うるさい姉ちゃん」

 

 

「お前、澪にも照れてるよな。面食い」

 

 

田井中兄弟の会話は続き、そのやりとりは本当に仲の良いものでした。

私も、弟や妹がいれば、こんな風に付き合えるのでしょうか。

 

お店で別れて、一人帰路に着く私は、そんな事を思い、ちょっとだけ寂しさを覚えてしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




神様「ん和ちゃあん!」


今回は和が自分の気持ちに気づくという場面と、中のいい兄弟を見て千乃が寂しさを覚えるということを書いておきたかったです。

次もなるべく早く更新できるようにします。


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第17話

ランキングに乗っていたらしく・・・急にUAが跳ね上がったり、お気に入りにしてくれた人が沢山いたりとびっくりしました。

なんだか、コソコソと書いていた私なので変に緊張してしまってます。

これからも頑張って書いていきますので、またお暇な時にでも読んでくださると幸いです。


ちなみに今回は、若干シリアスとキャラ崩壊があるかもです。
それでも良いという方のみよろしくお願いします。









Side 千乃

 

 

目の前で、和さんと軽音部の皆さんが笑っています。

何を話しているのでしょうか。

気になって、私もその輪に入っていこうと思い近寄ります。

けれど、その距離は一向に縮まることはなく。

そして、和さん、澪さん、律さん、唯さん、紬さんは一度も振り返ることも無く5人でどこかへ行ってしまいました。

待って、と声を出したつもりがその声は伝わることは無く、静寂に包まれて。

それでも一生懸命に走り続けますがもう姿が見えなくなっていました。

耳に残る、皆さんの楽しそうな笑い声。

気づきたくなんて無かったですけど、これが私の『普通』でした。

視界が滲み、荒れていた息も聞こえなくなり、立っているのかどうかもわからなくなってしまいました。

必死に、皆さんのことを思い出します。

忘れないように、と。

 

 

そこで、私は目が覚めました。

まるで全力疾走をしたように息がしんどく、汗をかいていました。

今のは夢、ですよね。

なんでこんな夢をみたんでしょうか・・・。

まだ収まらない動悸を引きずりながら、洗面所へ向かいます。

 

生まれ変わってから、こんな夢を見たのは初めてです。

きっと、私が喪失病で消えてなくなってしまったら、今見ていた夢が実現するのではないでしょうか。

もしかしたら神様がわざわざ見せてくれたのかも知れませんね。

それか、私が無意識のうちにそうなると理解しているのか。

顔を洗う手が震えています。

やっぱり・・・怖いですね。

そして他の皆さんが羨ましく・・・妬ましく思ってしまいます。

 

濡れた顔を、そんな考えも一緒にタオルでふき取ります。

こうなることは最初からわかっていたのですから。

それにまだ私はここにいます。

この一瞬一瞬を大切にしていくと決めましたから。

今日も私は、一生懸命に生きてゆきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっしゃ!じゃあ今日は合宿の買出しだな!」

 

 

「律ちゃん隊長!まずはどこへ行くでありますか!?」

 

 

「唯隊員、まずは水着を買いに行くのだ!ちゃんと資金は用意したんだろうな!?」

 

 

「はい!妹に借りました!」

 

 

というわけで、今日は皆さんと合宿の用意をしにまたお買い物に来ました。

律さんと唯さんは今日も元気です。

澪さんはそんな2人を注意して、紬さんがそれを笑顔で見ています。

そのいつもの光景に安堵を覚えて、今朝見た夢の恐怖を打ち消してくれた気がしました。

 

 

「どうしたの千乃ちゃん、なんだか元気が無いような・・・気分でも悪いの?」

 

 

紬さんが、私のことを気にかけてくれます。

その紬さんの気遣いに感謝しつつも、精一杯笑顔で答えます。

 

 

「いえ、ちょっと寝不足で・・・」

 

 

私を受け入れてくれた大切な軽音部の皆さんに、心配なんてさせたくありません。

軽音部の皆さんは優しいから、きっと必要以上に心配をしてくれます。

私はそれが嫌です。

優しい人が、私なんかのことで心を痛めてしまうことが嫌なんです。

病院にいた時はそんなこと考えもしませんでした。

どうして私が、とただそれだけを考えていて周りの人のことなんて気にすることも忘れていました。

けど、今は違います。

本当なら、軽音部の皆さんのことを考えるなら、今すぐにでも辞めるべきではないかとずっと考えています。

でもあの日、拒む私をそれでも受け入れてくれた皆さんの温かさに触れてしまったから、辞められずにいます。

あの温かさに触れてしまったから、もう離れられなくなってしまっていたんです。

辞めなければいけないとわかってるのに、辞めたくない。

いつか必ず来るお別れに怯えながら、私はそれでも離れられずにいます。

優しさを知って、私もそうなりたいと願って。

 

 

「・・・本当に大丈夫?」

 

 

「はい、紬さん合宿楽しみですね。私、海って多分初めてだからどきどきしてます」

 

 

「多分?」

 

 

「あ、えっと・・・」

 

 

しまった、と思いました。

話題を変えようとして、いらないことまで言ってしまいました。

 

 

「多分ってどういうこと?千乃ちゃんは海は始めてなの?」

 

 

「あえっと・・・」

 

 

なんて言えばいいのかわからなくて、言葉が出ません。

そんな私を、紬さんが再度問いかけます。

 

 

「千乃ちゃん・・・良かったら教えてくれない?」

 

 

「・・・・・・・」

 

 

とうとう言葉も出なくなって俯いてしまいました。

嘘は言いたくありません、けど本当のことを言えば頭のおかしい子と思われてしまうかもしれません。

嫌われたくなく、失いたくないんです。

現状維持を望んで、だから笑ってなんでもないように話を終わらせて欲しかったのですが、紬さんは私をじっと見ています。

いつもより、少しだけ紬さんが怖いと思ってしまいました。

 

 

「おーい、何してんだ?」

 

 

律さんです。

 

 

「律ちゃん・・・ううん、何もないわ」

 

 

そう言って紬さんは皆さんのほうへ向かっていきます。

遠い、とそんな言葉が胸に浮かびました。

どうしても距離ができてしまう・・・この壁を壊すには・・・打ち明けるしかないのでしょうか。

 

 

「千乃!早く来いよー」

 

 

「は、はい!」

 

 

でも、打ち明けてしまったら、優しい皆さんはきっと自分のことのように感じてしまうと思ってしまいます。

だから、言えるはずもないのです。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・なんで最初が水着コーナーなんだ!」

 

 

「澪にはこういうのが似合うんじゃないか?」

 

 

「ぶはっ・・・律ちゃんこれほとんどヒモしかないジャンッ!」

 

 

「プクク・・・澪にはこれくらいがちょうどいいさ」

 

 

「バカ律―――!」

 

 

唯さんと律さんのやり取りに澪さんがまたツッコミを。

このやり取りを見ているだけで安心してしまいます。

けれど、いつもならここに紬さんが笑顔で仲裁に入るか、笑いながら見ているかなのですが、今回は紬さんは笑っていませんでした。

いつものような綺麗な笑顔ではなく、その顔には陰ができていました。

きっと、私がさきほどあんな態度を取ってしまったからでしょうか・・・。

そうだとするならば、私はいったいどうすればいいんでしょうか。

 

 

「千乃、どうした?」

 

 

「律さん・・・」

 

 

「ムギも元気ないし・・・喧嘩でもしたか?」

 

 

澪さんと唯さんが紬さんと水着を選んでいるほうを見て、首を振ります。

 

 

「違うんです・・・きっと私がいけないんです」

 

 

「うーん・・・良くわかんないけど、千乃はどうしたいんだ?」

 

 

どうしたいかと問われて。

私の気持ち・・・わからない。

自分で自分の気持ちがわからないなんて・・・どうかしています。

 

 

「難しく考えるなよ。千乃はムギにどんな顔してもらいたいか、考えてみな?」

 

 

「どんな顔・・・」

 

 

私の心に浮かぶのは・・・綺麗に、楽しそうに笑う紬さんの顔。

 

 

「笑ってて・・・欲しいです」

 

 

「うんうん。だったらさ魔法を教えてやるよ」

 

 

「魔法・・・?」

 

 

「仲なおりできる魔法!」

 

 

屈託のない笑顔でそういう律さん。

仲なおりできる魔法・・・本当にそんなものがあるのでしょうか。

 

 

「あ、信じてないなその顔は!本当なんだって!私も良く澪と喧嘩するけどこの方法だったらすぐ仲直りできる!」

 

 

「す、すごいです!教えてください!」

 

 

「おう!まずはゴニョゴニョしてな?そんでゴニョゴニョ・・・」

 

 

そして、頑張れって言ってくれた律さんは澪さんと唯さんを呼んで別のコーナーに行ってくれました。

きっと気を使ってくれたんだと思います。

残された私と紬さんは、気まずい雰囲気でお互いに何を話すこともなく・・・時間が過ぎていきます。

そして、紬さんが試着のために試着室へと入り、カーテンを閉めてしまいました。

その閉められたカーテンが、私を拒絶しているように思えて、足元が崩れてしまうような気持ちになりました。

紬さんにそんな気持ちがあったかはわかりません。

でも、今朝見た夢がフラッシュバックしてしまって、私は自分でも情けないと思うくらい涙が零れてきてしまいました。

相手からしたら、勝手に何を泣いてるんだろうって呆れられてしまうと思います。

けれど拒絶や呆れられた、友達を失うと思ってしまった私にはどうすることもできず、ただ泣くことしかできませんでした。

きっと変な光景だったと思います。

試着室の前で泣いている変な子がいるって。

 

 

「う・・・ぐす・・・紬さん・・・」

 

 

なんとかぽつりと声を出します。

その声が相手に届いているかはわかりません。

でも、今の私にはそれくらいしかできなくて。

 

 

「わ、わたし・・・自分のことを、なんて説明したらいいか・・・わからなくって・・・」

 

 

次から次へと溢れてくる涙で視界はぐちゃぐちゃで、嗚咽のせいで上手く話せなくって。

 

 

「おかしいですよね・・・じ、じぶんの事、説明、できないなんて・・・」

 

 

どうしたらいいのかわからない。

 

 

「わ、わたし・・・わたし・・・は・・・」

 

 

友達に嫌われたくない・・・もう何も失いたくない。

喪失病で消えてなくなってしまうまで、あんなに辛い気持ちを味わいたくない。

このまま、何も言えずに嫌われてしまうなら、言ってしまったほうがいいんじゃないのか、と心に浮かんでしまい。

もう、私はどうにかなってしまっていたんだと思います。

そして、口を開くその時に。

手を引かれて、試着室の仲へ誘われます。

 

 

「千乃ちゃん、聞いてくれる?」

 

 

顔が間近に、紬さんが私に言いました。

カーテン越しに、私の声は届いていました。

 

 

「わたし、怒ってなんかないの」

 

 

怒ってない、はずがないと思いました。

けど。

 

 

「千乃ちゃんが、何か言えないことがあるって言うのは初めて会ったときに、ね?だけど言って欲しかったの」

 

 

ギュッと、私の手を握る紬さんに力が入ります。

 

 

「私ね・・・家柄がちょっと特別で、子供のころから言われてきたの。『琴吹さんは特別』だって。ずっと、そう言われてきたの。普通に小学校に通ってても。勉強していい点をとってもコンクールで入賞しても・・・何をしても『琴吹だから』って。みんな私を『琴吹』で見てるの。それが私は嫌だったの。だから高校は私のことを知らないところが良くて、そこで初めて友達ができたの。私が『琴吹』じゃなくても友達になってくれた軽音部のみんなに会えたの。でも、どこか律ちゃんも、澪ちゃんも唯ちゃんも遠慮があるっていうか、そんな気がするの・・・」

 

 

その顔は寂しそうで、泣いてしまいそうな迷子のような紬さんはそれでも言う。

 

 

「最初は時間が経てば解消するんだって思ってた・・・けど私が『琴吹』だって知ってどこか壁が厚くなったように思えて・・・」

 

 

唯さんのギターを買った時、確かに唯さん、律さんや澪さんは驚いていました。

 

 

「でも、でもね、私は私なんだよ?琴吹紬は何も偉くない普通の女の子なんだよ」

 

 

ずっと、言いたかったのでしょうか。

心なしか、話し方もいつものようなお淑やかなものではなく、どこにでもいる女のこのものでした。

こんな紬さん、今まで見た事なくて、想像もできませんでした。

今では紬さんが泣いてしまって。

 

 

「千乃ちゃんだけだった・・・私が『琴吹』だって知っても何も変わらずに接してくれたのは・・・」

 

 

泣きながら私にそういう紬さんのそのまなざしはどこかで見たことがあると思いました。

まるで病院にいたころの私に似ていて。

ずっと、誰にも言えない葛藤を抱えてきた気持ちが私には痛いほどわかって。

 

 

「だから、千乃ちゃんには私のことを知ってもらいたかった、千乃ちゃんのことを知りたかった・・・」

 

 

だから私がさっき言葉を濁してしまった事に、紬さんは。

 

 

「怒ってなんかないの・・・ちょっと悲しかっただけで・・・」

 

 

泣いていた顔を、無理にいつもの笑顔にしようとする紬さん。

その行為が、私には我慢できなくてつい抱きついていました。

 

 

「・・・あのね・・・紬さん。私もね、聞いて欲しい事があるんです」

 

 

なにを言うつもりなのか。

理性は押しとどめようとするのですがもう止まれません。

止まりません。

私だけに、見せてくれたその姿。

私だけと言ってくれた紬さんに、私も誠心誠意答えるべきだと。

 

 

「私・・・」

 

 

言う。

言うんだ。

言わなければ。

 

心の中で、何度もそう思う。

この結果、おかしなヤツだと思われてもいい。

今、目の前にいる紬さんは言ってくれたのだから。

目からまた涙が零れてしまうがそんなことはもうどうでもいいんです。

しゃっくり交じりの声で、伝わるかわかりませんがそれでも言うのです。

 

 

「千乃ちゃん・・・」

 

 

「紬さん、私、喪失病なんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言った。

言ってしまった。

心に溜まっていたものが和らぎ、同時に背筋が凍るような思いでした。

紬さんを抱きしめる私の手は震えてしまっています。

いや、手だけではなく体全てがガタガタと震えているのだと思います。

 

 

「喪失病・・・?千乃ちゃん、病気なの?」

 

 

キョトンとする紬さん。

そうです、この世界にはそんな病気はなく、神様も私だけだと言っていました。

だから、何のことかわからなくて当たり前です。

でも、何かの病気だと認識した紬さんは、どんな症状かもわからないまま、心配してくれています。

 

 

「ど、どんな病気なの?」

 

 

「・・・全部、なくなってしまう病気だそうです。景色も、味も、音も、匂いも、全ての感覚がなくなって、色の何もかもなくなってしまうんだそうです」

 

 

まるで冗談のような病気。

私だって、自分じゃなかったら信じられません。

当然、紬さんはこんなこと信じられなくて。

 

 

「嘘・・・よね?」

 

 

「・・・この3年間が私の時間、です」

 

 

「そんな・・・うそ・・・」

 

 

「紬さんは、高校生になって初めて友達ができたって言いましたよね。こんな私ですけど、それでも紬さんは初めての友達だって・・・私もです。私も高校生になって初めて友達ができたんです」

 

 

「・・・」

 

 

「私、小学生になる前に交通事故に遭ってしまって・・・そこからずっと高校生になるまで病院に入院していたんです・・・病院のなかで日に日に何かを失っていくなかで、聞こえてくる楽しそうな笑い声とか・・・想像するだけで胸がどきどきしてました。でもずっと病室で動けなかった私は、だから友達ができなくて・・・友達が欲しいってずっと思ってたんです。奇跡が起きて、高校生になることができた私は、凄く嬉しかったんです。やっと普通の女の子になれるって。でもいざ高校生になってみたら、怖かったんです。今まで誰とも付き合ってこなかったんだから、人と接すると言うことが怖くなってたんです・・・でも、軽音部の皆さんは、こんな私を受け入れてくれて・・・泣く私を抱きしめてくれて・・・嬉しかったんです」

 

 

そう、嬉しかった、救われたのだ。

 

 

「そんな優しくて、私の大好きな軽音部の皆さんに、心配をかけたくなくて今まで私の事、この病気のことを言えなかったんです・・・きっと自分のこと以上に心配してしまうから・・・言えなかった・・・それに、もしかしたら信じてもらえなくて、嫌われてしまうかもなんて、思ってしまったんです・・・そんなことないってわかってたはずなのに。ごめんなさい」

 

 

けど。

 

 

「けど、紬さんは自分の心の声を私に言ってくれました・・・どれだけ勇気のいることか・・・。だから、私ももう隠したくない、逃げたくない」

 

 

「ゆ・・・千乃ちゃん」

 

 

ボロボロと、大粒の涙を流す紬さんが私の胸に顔をうずめて大声を上げて泣きます。

 

 

「ああぁぁ・・・うわぁああああああああああん!!」

 

 

急に大きく泣き出してしまった紬さん。

私はそのことに驚いてしまって。

 

 

「ごめんね、千乃ちゃん、ごめんね!」

 

 

「な、なんで」

 

 

「ごめんね!気づいてあげられなくて・・・痛かったよね?苦しかったよね?今まで頑張ったね・・・私、自分の事ばかりで・・・気づいてあげられなかった!!」

 

 

その言葉を聴いて。

私は。

ダメ、と思ったのですがもう遅くて。

感情が膨れ上がり爆発してしまいました。

何回目になるかわからない涙があふれ出て、私も紬さんに顔をうずめて子供のように泣き叫んでしまいました。

そっか、私は誰かにこのことを話したかったんだ。

誰かに頑張ったねって言って欲しかったんだ。

 

初めて誰かにこのことを伝えることができて、そしてそれをただ悲しむのではなくわかろうとしてくれた。

喪失病で、事故に遭って、親もいなくて、そんな悲劇の主人公みたいな私が嫌いでした。

でも、そのおかげで、紬さんを抱きしめることができて、私と一緒に泣いてくれて・・・そんな未来を生きることが今できている。

いつも綺麗で優しい紬さんが鼻水や涙でぐちゃぐちゃになった顔で泣き続け、私も同じ顔で泣き続けました。

でも、繋いだ手だけはお互いに離すことはなく。

 

 

2人で泣き続けて、お店の人が来るまでずっと泣き続けて。

律さんがお店の人に頭を下げているのが見えて、澪さんと唯さんに連れられてその場を後にします。

 

 

私と紬さんは一緒にファーストフード店のトイレに入れられました。

顔を洗ってこいということでしょうか。

また沈黙が続いてしまいます。

でも、先ほどまでのものとは違って、辛い沈黙ではなかったです。

そして、結局生き返ったと言うことは言えませんでした。

言うタイミングを逃してしまったと言うか・・・。

 

 

「千乃ちゃん・・・恥ずかしいところ見せちゃってごめんなさい」

 

 

「あ、いや、そんなこと・・・それに嬉しかったです・・・紬さんとちゃんと話せて」

 

 

「・・・病気のこと、本当なのよね?」

 

 

「はい・・・あ、あの、病気のことは、他の皆さんには出来たら言わないで欲しいと言うか・・・」

 

 

その言葉に紬さんは、難色を示します。

 

 

「言いたくないのはわかるけど・・・」

 

 

「お願いします!紬さんみたいに皆さんもきっと心を痛めてしまうと思うんです・・・」

 

 

「・・・・・・でも、隠すことは出来なくなるんじゃないの?」

 

 

「はい・・・症状は徐々に出てくるんですが・・・きっと隠すことはできないと思うんです・・・でも、なるべく知られたくないんです・・・お願いします」

 

 

「・・・・・・わかったわ。どこまで隠せるかわからないけど、私も協力するわ」

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

そこで思い出す。

律さんに言われた仲直りの魔法、結局使うことがなかったなと。

もう紬さんとの間に、壁はなく前にもまして仲良くなれた気がしています。

きっと本心を打ち明けることができたから。

 

 

「おーい、2人とももういいか?」

 

 

律さんが外から声をかけてきます。

紬さんとお互いに少し笑いながら外へと向かいます。

 

 

「お、仲直りできたみたいだな」

 

 

「心配したんだよー。いっぱい泣いてたからさ~」

 

 

「千乃はともかく・・・ムギまであんなに泣くなんてちょっと驚いたよ」

 

 

澪さんがそういいます。

いつもなら私も、確かにと思っていました。

でも、紬さんは普通の女の子なんだとわかったから。

 

 

「つ、紬さんも・・・普通の、女の子だから、泣くこともあります・・・よ?」

 

 

私がめずらしく意見することがよほど驚いたのか、皆さんがハッとします。

そして。

 

 

「確かにな。社長の娘だとかそんなの関係ないもんな!ムギはムギだ!」

 

 

律さんがそう言って紬さんを抱き寄せます。

律さんが紬さんにこういうことするのは初めて見ました。

紬さんも驚いて、けど表情は柔らかいです。

 

 

「・・・ごめんなムギ、私無意識にそんな風に思ってたのかも・・・」

 

 

澪さんもそう言って謝ります。

 

 

「いいのよ。昔からそうだったから・・・でも軽音部のみんなとはそうじゃなくて、普通に接して欲しいの」

 

 

その言葉は皆さんに伝わりました。

 

 

「しかし・・・千乃がムギと喧嘩するなんてなぁ・・・」

 

 

「いえ・・・喧嘩じゃなかったっていうか・・・」

 

 

「どうだった?私が教えた仲直りの魔法は」

 

 

「仲直りの魔法?」

 

 

紬さんが首を傾げます。

 

 

「あ・・・その、せっかく教えて貰ったんですけど、使いませんでした・・・」

 

 

「なんだよー!」

 

 

「まった・・・律、その仲直りの魔法ってまさか・・・」

 

 

「そっそ。いつも澪にもやってるやつ」

 

 

「っばか!あれは仲直りの魔法じゃないだろ!」

 

 

「えー・・・でもいつもあれすると澪は許してくれるジャン」

 

 

「いや・・・っでも・・・」

 

 

「何の話―?」

 

 

「いや、千乃がムギと喧嘩したって言うからさ、律ちゃん直伝の仲直りの魔法を教えてやったのさ」

 

 

「まぁ・・・どんなの?」

 

 

「ん?簡単だよ。後ろから抱きしめて耳元で謝りながら息を吹きかけて、耳たぶをハムってして・・・」

 

 

「千乃ちゃん!!!今!!!今して!!!その仲直りの魔法!!!」

 

 

目が血走ってる紬さんが凄い勢いで私の目の前に移動してきました。

そのスピードもさることながら、先ほどまでの雰囲気はふっとび、今ではいつもの(?)紬さんに戻りました。

 

 

「っていうか律ちゃんはいつも澪ちゃんにそんなことしてるの!?」

 

 

「いや~・・・最近ではさせてくれなんだけどさ・・・昔はそれこそ一発で」

 

 

「なに言ってるんだ!」

 

 

「律ちゃん・・・大胆だね!」

 

 

「澪は耳が弱いんだぜ?」

 

 

「だ―――!うるさい!」

 

 

「千乃ちゃん?して?ね?」ハァハァ

 

 

・・・うん、律さんと唯さんが澪さんをからかって、紬さんがちょっと興奮してて・・・いつもの軽音部です。

今日は紬さんと話すことができてよかったと、思いました。

最初は嫌われてしまうと思って怖かったのですが、頼りになる部長のおかげで話す決心ができて、紬さんとしっかりと向き合うことができて。

 

 

「あ、結局水着買ってないな」

 

 

「今日あそこに戻るのはちょっと気まずいかな?」

 

 

「なら違うとこに買いに行けばいいさ」

 

 

おお泣きして恥ずかしいところを見せても、こうしてかわらず接してくれる皆さん。

このメンバーが大好きで本当に、あの日入部して良かったと思いました。

 

 

「じゃああっちの店に行こうか」

 

 

皆で移動する時、そっと手が握られました。

 

 

「千乃ちゃん・・・ありがとう」

 

 

「・・・・・・」

 

 

なにを言うんですか紬さん。

私のほうこそ、ありがとうって何回言っても足りないものをもらってるんですよ?

でも、それを口にするのはなんだか恥ずかしくて、紬さんもちょっと照れくさかったのか、2人で顔を見合わせて笑いあいました。

 




神様「仲直りするまでが喧嘩です」



今回は、ちょっとムギちゃんと仲良くさせたかったので主人公の事情を知る回にしました。
ちなみに、結局生き返ったということは言えずじまいです。

基本的に思いつくまま書いているので、気楽に読んでくだされば嬉しいです。

今回、更新が遅れてしまいました・・・すいません・・・。
基本的に3日に1度のペースを目指していたのですが、ジェムナイトと魔導書が強くて・・・あとゼミで発表がごたついてまして・・・なるべく早く更新できるように頑張ります。


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第18話

今回も若干のシリアスおよび、キャラ崩壊、ムギ暴走が入っております。
おk!という方のみよろしくお願いします。


Side 澪

 

 

今でもたまに夢に見る。

律と一緒に軽音部の部室へ行った時の日のこと。

ムギっていう新しい友達を得るきっかけになったあの歌。

まだまだ私と律は音楽に触れてから日が浅かったけど、それでも凄いってわかった。

だから千乃に入部して貰って、唯も加わって、これであの歌と一緒に演奏できると思ってたんだけど・・・千乃とムギが2人で演奏をした。

唯のギターを買った時、あの2人の演奏を聴いてしまった。

凄いと思ったのと同時に、悔しいと思った。

そりゃあムギはコンクールで賞をもらうほどの腕前だし、ピアノと向き合ってきた年月があるのはわかる。

でも、千乃は多分そうじゃない・・・と思う。

私の胸を嫌な思いが覆っていく。

千乃のあの歌と言うか声は、きっと才能って言うものなんだろうか。

それに、あの感情を爆発させて歌うやり方・・・。

普段の千乃からは想像もつかなかった。

私にないもの、才能を持っていることに嫉妬を覚えてしまう。

性格はおどおどとして何かに怯えているのだろうかって感じもするけど、最近ではそれも可愛いって思えるようになってきた。

ムギと喧嘩したって聞いたときは驚いた。

どっちもそんなことするような性格じゃないと思っていたから。

ムギはお嬢様でそんなこと歯牙にもかけないと、千乃は波風たてるようなことはしないと・・・そう勝手に思っていたから。

だから本当に驚いた。

そして大声で泣きあった2人は仲直りをして、以前にもまして仲良くなった気がする。

並んで笑う2人はかなり絵になっている。

・・・私たちは気づけなかったムギの声に、千乃はそれを真正面から受け止めた。

多分・・・私には無理だった。

正面からぶつかり合うなんて、律くらいのものだ。

もちろんムギのことは好きだし、大切な仲間だ。

だからこそ、まだその関係が壊れないように慎重になってしまう。

律だったらこんなこと考えないでいいのに・・・。

でも、同じくらいの付き合いの千乃はムギを受け止めた。

そのことにまた、自分でも嫌な感情がこみあげてくる。

『歌』って言う才能もあるのに、そんなこともできるのか・・・。

私にないものを一体いくつもってるんだろう。

もう、見せつけないでくれ・・・と思ってしまった。

 

こんな感情は嫌だ。

前まではこんなことを思ったことはなかったのに。

きっと、私と同じような性格の千乃が、仲間だと思っていた千乃が目の前で成長していくのを見せつけられて、あせっているんだ。

何か私もしなくちゃいけない、と。

でもその勇気を私は持てない・・・きっと自信がないからだ。

だから私は楽器を頑張ることにした。

何か一つ、自信を持てるものがあれば私だって変われる。

そのための合宿だ。

そして明日はいよいよその合宿。

いっぱい練習して、すこしでもムギと千乃に追いついて、私も堂々と軽音部だと言えるようになろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

SIDE 千乃

今、私たちは電車に乗っています。

紬さんの用意してくれた別荘へ合宿をしに行くためにです。

電車に乗るのも久しぶりです・・・この揺れとか忘れていました。

律さんと唯さんはお菓子を食べながら外の景色を楽しんでいます。

澪さんはどこか引き締まった顔で、いつもみたいな感じがしません・・・。

紬さんは珍しそうにお菓子の箱を見ています。

いつも紬さんが持ってきてくれるケーキとかのように高級なものではないので、きっと珍しいんだと思います。

 

 

「紬さん、そのお菓子、食べますか?」

 

 

「え!?いいの!?」

 

 

子供のように無邪気に目を輝かせます。

あの喧嘩(?)の一件以来、紬さんは紬さんらしくなりました。

なんだか変な言い方ですね。

でも、今の紬さんは楽しそうで、きっとこれが本来の紬さんなんだと思います。

つられて私も楽しくなってしまうのです。

 

 

「たけのこの里・・・すごいお菓子ね・・・」

 

 

「あっちで律さんが食べてるのがきのこの山ですよ」

 

 

「まあ!お菓子なのにストーリーがあるのね」

 

 

「みたいですよ?」

 

 

「どっちが美味しいのかしら」

 

 

「一概には言えませんけど・・・私はたけのこさんが好きです」

 

 

「なるほど・・・確かに美味しいわ!律ちゃん、きのこ少しもらえない?」

 

 

「お、ムギもきのこたけのこ戦争に足を突っ込んだか!」

 

 

今の席は、4人席を2個使ってる感じです。

律さんと唯さん、澪さんの3人と通路を挟んで、私と紬さんの2人で別れています。

律さんと唯さんが窓際です。

私たちのほうは席が2つ余っているのでそこに皆さんのも含めて荷物を置いてある状態です。

結構このあたりになると乗客もいないようで・・・すいてて良かったなと思います。

紬さんもきのことたけのこが美味しかったのか、はしゃいでいます。

楽しそうでいいなと思っていたら。

 

 

「おい皆、あんまり羽目をはずすなよ・・・今回は合宿なんだから」

 

 

と。

澪さんが言いました。

その言い方はいつものようなものではなく、どことなく怒っているような・・・そんな感じでした。

 

 

「おいおい・・・そんなこと言うなよ澪。合宿たって遊びは必要だろ?」

 

 

「律はいつも遊びしかないだろ」

 

 

「まあな!」

 

 

「・・・今回はちゃんとしろよな」

 

 

そう言って澪さんは目を閉じてしまいました。

いつもと少し違う澪さんに、紬さんも違和感を覚えたようで、なんだか心配そうな顔をしています。

唯さんは変わらず、律さんとお菓子を楽しんでいます。

律さんは・・・意外にも変わりませんでした。

私たちが過剰に心配しているだけなのでしょうか・・・きっとそうなんだと思います。

一番付き合いの長い律さんが何も心配していないのですから。

紬さんと顔を見合わせて、そう結論付けました。

 

 

「それにしても・・・よかったんでしょうか・・・?」

 

 

小声で紬さんに話しかけます。

 

 

「なにが?」

 

 

「紬さんに別荘を都合して貰って・・・その、頼ってしまって・・・紬さんに迷惑をかけてしまうのではないかと・・・」

 

 

『琴吹』の力で何かをすることに、紬さんは抵抗を覚えてしまうと言うことを、教えて貰ったので今回のことも気乗りしないんじゃないかと。

けれど紬さんは笑ってくれました。

 

 

「気にしないで?みんなの力になれるなら私はそれが嬉しいの」

 

 

「そう・・・ですか」

 

 

無理な笑顔、ではなく幸せそうに笑う紬さん。

電車の窓から差し込む光があたり、女神様みたいに見えました。

やっぱり、綺麗だなぁ・・・。

 

 

「それに、海に近いところを取らなくちゃ・・・せっかく買った千乃ちゃんの水着を堪能できないもの!」

 

 

・・・綺麗な顔で笑う紬さんでした。

 

 

「千乃ちゃんは海、初めてだしね」

 

 

「お、千乃は行ったことないのか!?」

 

 

紬さんの声が律さんに聞こえてしまっていたようです。

申し訳なさそうな顔をする紬さん。

 

 

「えっと・・・はい、多分」

 

 

「まじか・・・ならいっぱい泳がなきゃな!」

 

 

「ゆっきーは泳げるの?」

 

 

「・・・大丈夫だと、思います」

 

 

「私が手取り足取り教えてあげるわ!」

 

 

「千乃・・・何かあったら大きな声出すんだぞ・・・」

 

 

「なにかって・・・なんですか?」

 

 

「いや・・・ほら、うん・・・」

 

 

紬さんのほうを向いて、ボソボソと言う律さん。

その意味を私はわかりませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

「「と―――――ちゃ―――っく!」」

 

 

駅のホームで、律さんと唯さんの声が響き渡ります。

それを澪さんが制します。

律さんの頭を叩いて。

 

 

「うるさい!他の人の迷惑になるだろ!」

 

 

「また・・・私だけ・・・」

 

 

澪さんがいつもどおりのツッコミをしてくれたことに安心しました。

けど・・・律さん痛そうです・・・。

 

 

 

 

皆さんと駅から歩き、紬さんの借りてくれた別荘へと向かう途中、綺麗な海が見えてきました。

規則的な波の音が私の耳をくすぐり、心地よい気持ちにしてくれます。

少しだけ、鼻に塩の香りが強かったですが、それすらも感動です。

なんと言っても青いです。

何故青いんでしょうか・・・海の原理なるものはわかりません。

塩辛い理由も・・・。

でもそんなものは些細なことでしかなく、いまはとにかく。

 

 

「綺麗・・・ですね」

 

 

そんな感想しかでてきませんでした。

見渡す限り、青色です。

砂浜には誰もおらず、軽音部の皆さんとだけというちょっとした独り占め、のような感覚が気分を高揚させます。

 

 

「本当だねゆっきー・・・こんな綺麗な海見たことない!」

 

 

「くぅ~・・・横須賀のとびうおの名が騒ぐぜ!」

 

 

「律ちゃんってそんな異名あったの!?」

 

 

「喜んでもらえて何よりだわ~」

 

 

「遊びに来たんじゃないからな」

 

 

「澪は硬いなぁ~・・・もっとリラックスしようぜ?」

 

 

「・・・・・・」

 

 

澪さんはそのことに言い返すことなく。

 

 

「ムギ、はやく案内してくれないか?」

 

 

「あ、ごめんなさい・・・」

 

 

「えー、もっと海見て行こうよ~」

 

 

「そうだそうだー」

 

 

それらを無視するかのように、進んでいきました。

 

 

「なんだよ・・・澪のヤツどうしたんだ?」

 

 

「さぁ・・・」

 

 

そして別荘に到着しました。

お、大きいです。

こんな大きな家、入ることなんか初めてです。

 

 

「ごめんね・・・急だったからこんな小さなところしか借りられなくて・・・狭いと思うけど、我慢してね?」

 

 

「これが小さいんですか・・・!」

 

 

「っていうかこれ以上の別荘あるのか!」

 

 

「ムギちゃん・・・恐ろしい子!」

 

 

「よし、練習するぞ」

 

 

「いきなりかよ!」

 

 

「まずは探索からでしょ~」

 

 

「行くぞ唯隊員!」

 

 

「あいさー!」

 

 

「あ、コラ!」

 

 

「まあまあ澪ちゃん」

 

 

「・・・」キョロキョロ

 

 

「千乃ちゃんも気になるの?」

 

 

「あ、はい・・・こんなに大きな家、初めてで・・・」

 

 

「じゃあ一緒に行きましょう!」

 

 

手を握られて、紬さんと歩き出します。

急な行動だったので、びっくりしたのですがなんだかどきどきしました。

なんだかいつもの驚きのどきどきではなくて、こう、なんていうか胸がぽかぽかするようなどきどきと言うか・・・和さんと話している時のような感じと似ています。

 

 

「ムギに千乃まで・・・」

 

 

後ろから寂しそうな澪さんの声が聞こえました。

私はそれを、いつものような呆れつつもどこか許容したものだと勝手に思っていました。

 

 

 

 

 

「うおーーー!ベッドすげーーーー!」

 

 

「お姫様ベッドだぁ!」

 

 

律さんと唯さんのキャイキャイと嬉しそうな声がする部屋を覗くと、物語に出てきそうなベッドがあるお部屋でした。

しかもそのベッドの上に、お花が散らされており、なんだかあんまり見てはいけない、大人の世界だと思ってしまいました。

 

 

「千乃ちゃん、今日は私と一緒に寝ましょうね?」

「え・・・?皆さんで一緒に寝るんじゃなんですか・・・?」

「ブハ!・・・千乃ちゃん・・・いきなり5Pだなんて・・・大胆すぎ・・・」

 

 

鼻を押さえる紬さん。

意味が良くわからないので聞き返そうとすると律さんが私の耳を押さえました。

 

 

 

 

「ビ、ビリヤードがあるよ律ちゃん!」

「やったことないなぁ・・・けどせっかくだから夜やるか?」

「律はこういうチマチマしたの苦手だろ?」

「澪は得意なのか?」

「まぁ・・・それなりには」

「ちょっと!」

「ど、どしたムギ?」

「澪ちゃん!棒でつつくのが得意って・・・!」

「いつにもましてどうしたムギ!」

 

 

 

 

 

「冷蔵庫はいけーん!」

「ふおぉぉおお!でっかいお肉だ~!」

「これは今日の夜ご飯はバーベキューか?」

「切って、焼くだけだしいいかもな」

「お野菜も新鮮ですね」

「千乃ちゃん、ソーセージもあるのよ?」

「ソーセージ・・・ですか?」

「そうそう!私が食べさせてあげるからね!あ、他の人は触らないようにね!私の味を染み込ませて・・・」

「わー!わー!もういいから!」

「む、ムギが!」

「・・・・水着姿でソーセージを頬張る千乃ちゃん・・・興奮するわ」ハァハァ

「本当にどうしたんだムギ・・・!」

「ソーセージは細切れにして・・・お野菜と炒めちゃいましょうか」

「・・・・・」サァー

「ムギが気を失ってる!」

「想像しちゃったんだねきっと・・・」

「哀れ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

「ここがお風呂・・・まさか露天風呂とは・・・」

「もう何があっても驚かないよね、律ちゃん」

「さすがに・・・ちょっと恥ずかしいな」

「あら、女の子同士で何を恥ずかしがることがあるのかしら?」

「一重にお前がいるからだよ・・・ムギ」

「いっぱい、Oっぱい、私元気」

「風呂はいる時は、ムギを縛ってからはいることにしよう・・・」

 

 

 

 

別荘の中を探検し終わって、荷物を部屋に置き、ちょっと一息です。

家を歩くだけでたくさん笑いました。

律さんと唯さんのはちゃめちゃが押し寄せてきたり、澪さんがヤンチャガールの2人を抑えたり、紬さんの暴走したり・・・。

友達と一緒にいるだけでこんなに楽しいんですね。

旅行だからか、普段よりも皆さんテンションが上がっていると思います。

 

 

「さ、もういいだろ?練習しよう」

 

 

澪さんがそう言って立ち上がりました。

けれど律さんと唯さんはいつのまにか水着に着替えており。

 

 

「遊ぶぞー!」

 

 

「律ちゃん、海に1番乗りは譲らないよ!」

 

 

言うが早いか、2人はすぐさま飛び出して行ってしまいました。

紬さんも水着になっていて。

 

 

「澪ちゃんも千乃ちゃんも行こう?」

 

 

楽しそうに笑う紬さん。

きっと早く遊びたいんだと思います。

私も遊びたいなぁと思っていたので、それについていこうとしました。

とりあえず、水着に着替えないとですね。

澪さんも行きましょうと言う前に。

 

 

「練習しないといけないのに・・・」

 

 

と、小さな声で言いました。

その言葉が、何かとても大事な言葉の気がして私の足は止まってしまいます。

 

 

「どうしたの2人とも・・・?」

 

 

「合宿に来たんだ。それなのに・・・」

 

 

「澪ちゃん・・・きっと遊び終わったら練習するわよ」

 

 

「・・・・・・」

 

 

「律ちゃんも唯ちゃんも、やる時はやる子よ」

 

 

そう言って澪さんに笑いかける紬さん。

 

 

「ほら、千乃ちゃんも着替えて着替えて!」

 

 

押されるがまま、別の部屋に連れて行かれます。

この間、皆さんと一緒に買った水着を手に取り着替えようとするのですが、何故か紬さんが部屋から出て行ってくれません。

 

 

「・・・・・・あの、紬さん?」

 

 

「なにかしら~?」

 

 

あれ・・・なんでこんなに普通の顔をしてるんでしょうか・・・もしかしてこれって普通なんでしょうか・・・?

 

 

「さ、時間もないし、着替えちゃいましょう」

 

 

当たり前みたいに淡々と言う紬さんにおかしなところは何もありません。

女の子が着替える時は普通1人で着替えるのではないでしょうか・・・でも私は『普通』がわからないのでだから、ちょっと不思議に思いながらも私は水着を取り出して着ていた服に手をかけます。

 

 

薄手のカーデガンのボタンを一つ一つはずしていきます。

その時、いつも家でやってるように外していってるのですが、なんだか緊張してしまって、恥ずかしくなってしまいました。

なんででしょうか・・・。

紬さんという、普段はいない人がこの場にいるからでしょうか?

全て外し終わったカーデガンをハンガーにかけて、次はシャツのボタンに手をかけます。

このシャツの下はもう下着で、一つ、また一つとボタンを外す手が震えてきてしまいました。

上から3つほど開けたところで手が止まってしまいました。

どういうわけか、これ以上は手が動かず、恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になっていると思います。

すると紬さんが。

 

 

「どうしたの千乃ちゃん?ボタンが外れないの?・・・私が外してあげようか?」

 

 

心なしか、息遣いがあらい紬さんが私に近づいてきました。

 

 

「あ・・・いえ大丈夫っです!」

 

 

「遠慮しないで?私、大切な友達のために何かしてあげたいの・・・ダメかしら?」

 

 

うぅ・・・上目遣いで涙目の紬さん可愛すぎます。

そんなこと言われたら、断れないじゃないですか・・・!

でもそのどんどん荒くなっていく息がちょっと怖いです。

あといつの間にかビデオカメラを手に持っているのは何でですか?

 

 

「・・・あ、これ?いや・・・記念にと思って」

 

 

何の記念ですカー!?

 

 

「大丈夫ヨ・・・優シク着替エサセテアゲルカラ」

 

 

そして後ろから抱きつくような形でボタンを外されていって、最後の一個のときに。

急にボタンではなくおへそ辺りを紬さんの細くて綺麗な指で撫でられ、無意識に変な声が出てしまいました。

でも、その声を出した恥ずかしさよりも・・・・・もっと触って欲しいような・・・。

 

 

「背中綺麗ね千乃ちゃん」

 

 

「あ、ありがとうございます・・・」

 

 

「じ、じゃあ脱がすわね・・・!」ゴクリ

 

 

おなか辺りから込み上げてくるこのくすぐったい感覚で頭がどうにかなってしまいそうでした。

もう夏であり、着替えるために部屋を閉め切っていたのもありのぼせてしまったのかも知れません・・・。

もなんでもいいや、と思ってしまいました。

紬さんのいつもより大人っぽい声に、自然と私も紬さんに任せてしまおうと思い、思考を放棄しました。

体は固まるばかりで、首筋にかかる紬さんの吐息で更にどきどきしてしまいます。

しゅる・・・という音と共にシャツがめくられ・・・る瞬間に扉が勢いよく開けられます。

 

 

「千乃!大丈夫か!!!」

 

 

り・・・つさん?

どうしてここに・・・!!!!????

わ、わ、わ、わわわわわたあし今何を!!??

紬さんにボタンを外して貰って・・・触られて・・・へ、変な気持ちになって・・・!!

今になって自分はどうにかなってたと思いました。

 

 

「まって!律ちゃんお願い!あと少しなの!」

 

 

「ムギ!お前は自重しろ!」

 

 

「澪ちゃんに、ゆっきーとムギちゃんが2人で着替えにいったって聞いて様子を見に来てよかったね・・・」

 

 

「さすがにこれはまずいだろ・・・」

 

 

「やだー!千乃ちゃんの着替え終わってないのー!」

 

 

「ちょ、こら、暴れるなムギ!力強っ!!!」

 

 

3人がかりで引きずられていく紬さん。

その声は私が合流するまで、いつまでも続きました。

 

 

 

 

 

 

 

「まったく・・・いいかげん機嫌直せよムギ」

 

 

「うぅ・・・千載一遇のチャンスだったのに」

 

 

「千乃もちゃんとムギに言わないと」

 

 

「はい・・・でもこれが普通なのかと思って・・・」

 

 

澪さんにたしなめられ、答えます。

 

 

「千乃とムギの普通はちょっとずれてるからな」

 

 

「でもゆっきーの水着、可愛いね!」

 

 

「・・・ありがとうございます」

 

 

唯さんにストレートに言われ、照れてしまいます。

私の水着は皆さんが選んでくれたもので、オレンジ色の水着で、首の後ろで結ぶタイプのものです。

ちょっと布の面積が少ないと言うか、今までこういうものを身につける機会がなかったので、変な感じです。

でもそういう唯さんだって、フリルの付いた水着で、可愛いです。

いつもみたいにヘアピンじゃなくて横で2つに縛ってるのも新鮮です。

 

 

「あはは、ありがとう!」

 

 

ぎゅーって抱きしめてくれます。

 

 

紬さんはまだ落ち込んでいるみたいで、砂浜に座ったままです。

澪さんは、その顔はあまり優れてはいませんが、それでもカメラのシャッターをきって色んなものをとっています。

律さんと唯さんはビニールのボールに空気を入れて遊んでいます。

 

私は、恐る恐る足を海につけました。

冷たいです。

波に押されて、そして引いていくとき砂が私の足をなぞっていくのが気持ちよかったです。

 

 

「へい!千乃!」

 

 

後ろから律さんの声がして、振り返るとボールが飛んできていました。

とっさに動けるはずもなく。

 

 

「ばブ!」

 

 

と。

顔にボールが当たり、変な声を出しながら体制を崩してしまいました。

 

 

「見たか唯!凄い声だったぞ!」

 

 

「ゆっきーだいじょうぶ?」

 

 

いたた、と立ち上がり、ボールを掴んで私も投げ返します。

でも見当違いの方向へ飛んでいき、紬さんのほうへと転がっていきました。

律さんがにこやかに、紬さんのほうに向かって口をパクパクしています。

私に紬さんに何か言えってことでしょうか?

 

 

「・・・紬さん!」

 

 

結構な大きな声だったのか、紬さんはすぐこっちを向きます。

ちょっと前の私では考えられないくらい、最近の私は声を出します。

もう噛むことも少なくなってきました。

 

 

「一緒にボールで遊びませんか?」

 

 

その問いに、紬さんは少し間をあけて、笑みを浮かべてボールを投げ返してくれました。

そして私のほうへ歩いてきて小声で。

 

 

「さっきはごめんなさい・・・」

 

 

「あ、いえ・・・なんていうか・・・」

 

 

首をかしげる紬さん。

 

 

「ちょっ・・・だけ、気持ちよかったていうか・・・」

 

 

ってなにを言ってるんでしょうか私は!

 

 

「千乃ちゃん!」

 

 

訂正する前に抱きつかれて、2人して海の中に倒れこんでしまいました。

そして澪さんも混ざって、楽しい時間はあっという間に過ぎていってしまいました。

海から上がり、簡単に野菜を切って、バーベーキューをしました。

こんなに美味しいお肉は食べたことがない!と何回も皆さんと言い合いました。

 

そしてお風呂の前に、汗をかくかもという事で、澪さんの提案の下で練習をすることになりました。

しかし、律さんと唯さんはおなかがいっぱいらしく、ごろごろと床に寝転がっています。

私も正直、今日は疲れてしまいました。

楽しかったのでついはしゃいでしまいました。

でも、澪さんは絶対に練習をすると言い、無理やり律さんを立たせます。

 

 

「もう遅いし明日にしようぜ~」

 

 

「なにを言ってるんだ律。散々お昼は遊んだだろ」

 

 

「でも疲れちゃったんだモーん」

 

 

「・・・だから先に練習しようって言ったのに」

 

 

「でも海があったら泳ぎたくなるジャン」

 

 

「遊びにきたんじゃ・・・もういいからやるぞ」

 

 

何かを言いかけて、やめました。

 

 

「その前にお茶にしようぜ」

 

 

「練習するぞっ!」

 

 

澪さんが大きな声を出しました。

こんなに大きな声、初めて聞きました。

唯さんと紬さんは驚いています、私だってびっくりしてしまいました。

 

「はいはい・・・」

 

 

なんとか体を起こす律さんと唯さん。

どことなく、いつもとムードが違います。

以前から練習している曲をあわしてみます。

最後にあわせた時よりも、バラバラでした。

言葉には誰も出しませんでしたが、皆さん気づいてるはずです。

軽音部の皆さんの演奏は、本当に揃ってると言いますか、一心同体な演奏なんです。

でも、今はバラバラでした。

 

 

「もう一回」

 

 

澪さんがそう言って、最初からはじめます。

けど、さっきよりも合わなくなってしまって、もう演奏なんて呼べるものじゃなくなってしまい、私は歌うのをとめてしまいました。

こんなの、いつもの皆さんの演奏じゃないと思い、つい止まってしまったのです。

 

 

「なんで止めるんだ千乃」

 

 

「・・・あの・・・」

 

 

「・・・・・・千乃は歌ってるだけでいいのかも知れないけど、私たち楽器隊は千乃に合わせなきゃいけないんだから、最初に止まるなよ。演奏してる私たちがバカみたいじゃないか」

 

 

私を見る澪さんの目が、いつもと違いました。

その言葉も、何故か私の胸に刺さりました。

 

 

「おい澪」

 

 

「・・・そりゃあ千乃は歌えれば何でもいいかも知れないけど、私たちの目標だって一応プロなんだ。私だって真剣にやってるんだ。皆ももっと真面目にやってくれよ。あの目標は嘘だったのか?」

 

 

誰も何も言えません。

 

 

「律、ムギと千乃に追いつきたいって言ってたのに、なんで率先して遊ぶんだよ。なんで練習しないんだ?」

 

 

「・・・・・」

 

 

「唯だってそうだ。確かに上達スピードは凄いけどすぐ忘れちゃ意味ないだろ」

 

 

「澪ちゃん・・・」

 

 

「ムギは千乃にあわせ過ぎだ。そのせいで他の楽器とずれてる。こっちの音も聞いてくれ」

 

 

「・・・ごめんなさい」

 

 

「千乃は・・・私のことバカにしてるのか?」

 

 

「・・・え?」

 

 

 

 

その言葉で、私は頭を何かとても硬いもので叩かれたような気がしました。

 

 

「千乃は凄いよ。最初は私と同じで自分の意見を言うことが得意じゃないと思ってたけど、綺麗だし可愛いし優しいし、歌の才能だってあるし、何でも持ってるよ。

ムギのことだって千乃がいないと気づけなかったよ。・・・私は何ももってないんだよ。だから持ってる千乃が羨ましいんだよ。なのに何でもっと前にでないんだよ。何でいつも遠慮するんだよ。あてつけか?何ももってない私が惨めだから譲ってくださってるのか?」

 

 

そんなつもりもないし、譲ったこともなかった。

でも、澪さんはそう思ってたのだ。

ずっと思ってたのだ。

 

 

 

「・・・プロになりたいって言ってたよな?そんなに凄いんだから私みたいなレベルの低いヤツがいるところじゃなくてもっとレベルの高いところにいってくれよ」

 

 

澪さんの目からは涙が溢れており、今にも大きな声を上げて泣き叫びそうな顔でした。

でも私はそれを見ることは叶いませんでした。

急に私の視点は滲み、ぼやけてしまいました。

 

 

この感覚は覚えています。

私が1番怖くて、嫌いなもので。

何年間も背負ってきたものです。

 

 

 

喪失病。

その言葉が頭をよぎり、気持ち悪さと焦燥感でいっぱいになり、気づいたら口を押さえて洗面所へ走っていました。

 

 

 

私の、目が少しだけ色を失ったのです。

 

 

 

 

その事実に耐えられなくて。

なんだか、気持ち悪い・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 




神様「どーなるどーする・・・」



今回はちょっと長くなりそうだったので、2話くらいに分けようかと思いました。
作中の途中途中で細かいネタがあるのですがわかる人いたら凄いです。
澪ちゃんは今回と次回で、溜まってたものとか色々出してもらう予定です。
支離滅裂なこと言ってるのは、もう気持ちに余裕がないからです。
次もなるべく早く投稿できるように頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。


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第19話

今回はちょっと短めです。
最近ちょっと忙しくて、申し訳ないです・・・。



今回も若干のシリアスがあります。

よろしくお願いします。


 

 

 

 

Side 澪

 

 

言った。

言ってしまった。

私の嫌な部分、絶対に人に見せたくなかった部分。

どうにもならないことを、どうにかしたいと思って、でもどうしたら良いのかわからなくて。

 

 

 

最低だ。

こんなもの、八つ当たりもいいところだ。

律だって練習してるのは知ってた。

毎日、学校から帰ってからもずっと部屋で練習して、日に日に上手くなっているんだから。

 

唯だってちょっと不器用だけど、それでも0から初めて一生懸命私たちについてきてくれてる。

 

ムギのことだって・・・私たちがまだ2人についていけてないから、率先して千乃と私たちを繋いでくれてただけなんだ。

全部わかってる。

全部わかってるんだけど、言ってしまった。

だって悔しかった。

軽音部としてのスタートは一緒だったのに、2人の後姿はもう見えないくらい先を走ってるんだから。

それを少しでも縮めようと私だって、努力してきたんだ。

けど、そんな努力だっていったい何になるんだ・・・。

私1人がやる気になって、空回りして、大切な友達を傷つけて。

私はいったい何をやりたかったんだ?

 

気づいたら一人、海岸にいた。

ヒリヒリすると思って、足を見たら裸足だった。

何も履かずに飛び出してきたのかな・・・その場に留まることが嫌で、逃げ出したんだきっと。

 

みんな私を嫌いになったと思う。

あれだけ喚きたてたんだ。

自分こそ何もできないくせに、人のことばかりを言う嫌なやつだって。

 

 

これからどうしよう・・・。

もう前みたいな関係には戻れないだろうな・・・嫌だな。

交友関係の狭い私の唯一の友達だったのに。

これからの高校生活もつまらないんだろうな。

っていうか、何で私は音楽をやってたんだっけ。

私、何がしたかったんだっけ。

ベースをやり始めたきっかけってなんでだっけ。

 

 

波の音だけが聞こえてくる。

その波の音さえも私を攻めるように感じられて、まるで世界に誰も私の味方がいないような気さえして。

そんなこと自分の被害妄想だってわかってるんだけど、もうそう思わないと自分の嫌な部分に押しつぶされてしまいそうだから。

どこまでも私は嫌なやつだ・・・そう思った。

 

 

 

 

「おい、澪」

 

 

律の声がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 千乃

 

 

気持ち悪い・・・これは嫌だ、これだけは嫌だった。

一度無くし、奇跡が起きて取り戻した視力が、また失われていく感覚。

息継ぎのできないまま、ずっと海のそこを目指すようなそんな感覚で。

もがきかたもわからず、ただひたすらそれを受け入れるしかない。

怖い。

見えていかなくなっていく。

洗面所にたどり着いた私は、鍵をかけることも忘れて、もどした。

私の胃から、さっき食べたものが逆流する。

あぁ、せっかく皆さんとつくったご飯なのに・・・もったいないなぁ、なんて思って。

 

 

「うぇ・・・っ・・・ケふ・・・」

 

 

「千乃ちゃん!大丈夫!?」

 

 

ドアを開けて紬さんが入ってきました。

汚れてしまってる私の様子を見て、なんの躊躇いもなく、背中をさすってくれます。

こんなところ見られたくなかったから、私は手で紬さんを押しのけようとしたのですが、その手は空をきりました。

視力の低下、というよりも機能が失われていくこの喪失病は、私から距離感を奪いました。

見当違いのところを私の手が通り抜けていったことは、とても間抜けに見えたでしょう。

笑われてしまうかもしれませんね。

むしろ笑ってください。

こんな病気で、最後には消えてしまう私をどうか笑ってください。

以前は周りは悲しい雰囲気だったので、次は嘲笑でもどんなものでもいいから笑い声が欲しいです。

バカですね、そんなことするはずがないのに。

優しいから紬さんは。

今の行動だけで、気づいてしまったんじゃないでしょうか。

そして、心を痛めてしまうんです。

嫌だなぁ。

せめて、少しでも紬さんへのダメージが少なくなるように、一生懸命笑います。

怖いですけど、気持ち悪いですけど、紬さんのためならって思えて。

大丈夫ですよ、って。

こんなことへっちゃらです、もう既に一回経験してますから。

こうみえて結構、経験豊富なんですよ?

だから泣かないでくださいよ。

紬さんがそんな顔してしまうと、私だって・・・悲しくなっちゃうじゃないですか。

泣かないでください、お願いします。

 

 

「千乃ちゃん、無理に笑わないで?大丈夫、ここには2人だけだから・・・全部受け止めるから」

 

 

ギュッと胸に私を抱きこみます。

ダメですよ。

私が泣いたら紬さんも泣いちゃうじゃないですか。

でも、優しいその心が聞こえてくるくらいぎゅって抱きしめてくれて、紬さんの心音がとくとくって聞こえて。

それがなんだか無性に懐かしいものに思えて、頑張って止めていた涙も溢れ出してきてしまいました。

自然と、私の口から言葉がこぼれていきます。

 

 

「どうしよう・・・どうしよう紬さん!喪失病、始まっちゃったよ!眼がね、おかしいんです!ここに紬さんがいるのに遠くにいるように見えたりするんです!怖いです!これからどんどん無くなって行っちゃいます!嫌です怖いです!」

 

 

震える体をどうにかして欲しいと、紬さんを離さないように、思いっきり抱きつきます。

1人にしないで欲しい、一緒にいて欲しい。

こわいこわいこわい怖いんです。

 

そんな私を紬さんは力いっぱい抱きしめてくれました。

私が喚きたててる間もずっと耳元で、ここにいるよって言ってくれました。

おなかから込み上げてくる気持ち悪さと、まだ止まらない涙と嗚咽にどうにかなってしまいそうな私を紬さんはずっと抱きしめてくれていました。

もし、喪失病が人に見えない悪魔や幽霊なんかの仕業だとしたら、その喪失病に私が触れられないようにと、紬さんは私をずっと抱きしめてくれてました。

恐怖と寒さに犯されながら、それでもこの伝わる温かさを逃すまいと必死に握りしめて、私の意識はここで途切れました。

 

 

 

 

 

 

Side 紬

 

 

千乃ちゃんをベッドへと寝かした私は、ひとり頭を抱えてしまいました。

千乃ちゃんが言った喪失病・・・信じてなかったわけじゃなかったけど、まさかこんな時に、と思ってしまった。

皆で仲良く合宿にやってきて、千乃ちゃんも海が始めてだって言うから凄く楽しみにしてたのにこんなことになるなんて。

 

さっきの光景を思い出すと、今でも悲しくなってくる。

澪ちゃんが、今まで胸の奥底に溜め込んでいたものを吐き出したことにより、その場は凍り付いてしまった。

澪ちゃんにも思うところがあったのだろうと思う・・・私が以前そうだったように。

でもその時は千乃ちゃんが全部受け止めてくれた。

その上で、千乃ちゃんは私に秘密を話してくれて仲良くなれた。

けど、そんな千乃ちゃんが澪ちゃんは羨ましくて妬んでしまったんだと言ってた。

才能もあって、容姿も綺麗で、性格だって文句なし。

誰もが羨むものを全部持ってるって。

私は澪ちゃんを叱ってあげたかった。

そんなことはないんだって。

千乃ちゃんは確かに可愛いし、歌だって凄く上手だけど、千乃ちゃんはいっぱい持ってないものがあるということを教えてあげたかった。

だから、澪ちゃんには何もないって言ったことを許せなかった。

千乃ちゃんがしてくれたみたいに、私も澪ちゃんを受け止めてあげたかった。

けど、千乃ちゃんが少しふらついてから、口を押さえながら駆け出していってしまった。

それと同時に澪ちゃんも外に走って行ってしまった。

私は、千乃ちゃんの尋常じゃない顔つきを見て、すぐにでも行ってあげたかったけど、澪ちゃんだって放っておけない。

だから、少し迷ってしまったところに、律ちゃんが。

 

 

「澪は任せてくれ」

 

 

そう言って律ちゃんは行った。

唯ちゃんも澪ちゃんのほうを頼むと言われ、律ちゃんに付いていきました。

 

私はすぐに千乃ちゃんの後を追いました。

すると、洗面所から苦しそうな声が聞こえます。

千乃ちゃんが、真っ青になりながら、もどしていました。

私はすぐに駆け寄りましたが、その時に千乃ちゃんの手が私のいるところのまったく別のところを通り過ぎていきました。

瞬間、私の体から血の気が去っていくのがわかりました。

嫌な予感というには具体的過ぎて。

 

喪失病・・・おそらくは距離感がなくなってしまったのではないかと。

確かめる前に、千乃ちゃんを抱きしめ、落ち着かせますが、千乃ちゃんは笑いました。

無理に笑ったんだと思います。

きっと、私を心配させまいと。

そんな悲痛な笑顔をさせてしまった。

今でもそれが許せないの。

 

だから、私はひたすら抱きしめて、私の温度、鼓動、全部千乃ちゃんにあげるかのように抱きしめ続けました。

結局千乃ちゃんは、最後まで泣き続けて、今では眠ってしまいました。

あんな千乃ちゃんを見てしまったら・・・。

 

まだ、目尻に涙が溜まってる千乃ちゃんの頭を撫でながら私は思ってしまう。

喪失病の治療方法と、なんで千乃ちゃんなんだろうと。

喪失病なんて、聞いたこともないし、琴吹専属の腕のいい医者に聞いてみてもそんなものは知らないといってた。

なら、千乃ちゃんが始めての患者となるのだろうか。

その治療法を探すには、千乃ちゃんが協力が必要になってくるが、見たくない現実を見せ付けてしまうことにもなると思う・・・。

なんで・・・なんで千乃ちゃんなんだろう。

事故に遭って、両親を亡くして、ずっと病院生活で友達がいなかったというこの少女を、なぜ神様は・・・。

 

 

もちろん考えたって、答えなんてわからない。

でも、わからないからってこのまま手をこまねいているわけにはいかない。

千乃ちゃんは、高校生活が自分の時間だといった。

それは3年間ということで喪失病が進行しきってしまうという意味なのではないか。

なら、私は私の持てる全てのものを使っても、千乃ちゃんを守ってみせる。

3年後も、それからさきもずっと一緒にいるために。

皆にも言ったほうがいいのかという考えが頭をよぎるが、千乃ちゃんには口止めされてるから・・・。

とりあえず、千乃ちゃんの起きた時のために飲み物を持ってくるのと、澪ちゃんたちはどうなったのかを確認しようと立ち上がろうしたら。

 

千乃ちゃんが、眠ったまま私の服のすそを握っていた。

一人にしないで、そう聞こえたような気がして。

 

 

「赤ちゃんみたい・・・1人になんかしないわ・・・」

 

 

悲しそうで不安そうな顔をする千乃ちゃんのおでこに、優しくキスをする。

すると、少し表情が和らいだような気がして、千乃ちゃんの手が開き服から離す。

そのことに少しだけ、後悔があるけれど、すぐに戻ってくるからと思って、急いで用事を済ませるために走った。

 

 

「・・・寝てる時に、口にキスはさすがにダメだから・・・起きたら・・・その時は・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 律

 

 

「おい、澪」

 

 

海岸沿いで1人でいた澪を私は見つけた。

いつもの澪とはちがい、その目はどこか淀んでいた。

どうしてこんな目をしてるのか、私にはわかってる。

 

 

「・・・帰ろうぜ。ここは寒いしさ」

 

 

「・・・律だけで帰ってくれ。私は荷物を取ったら帰るよ」

 

その帰るという意味は、私の言う意味とは違った。

まぁ、なんとなくそう言うだろうなぁとは思った。

 

 

「澪が言い出した合宿だろ?最後までやっていかないのか?」

 

 

「今更・・・あんなこと言っちゃったんだ。私はもう軽音部やめるよ」

 

 

「はぁ・・・なんだって?」

 

 

「もう音楽は辞めるって言ったんだ」

 

 

下を見ながら言う澪。

けっして目を合わせようとはしない。

まあ、いつもどおりだな。

本心じゃない時はいつも目を合わせない。

 

 

「何で辞めるんだ?」

 

 

「わかってるだろ!皆にあんな事言って・・・今更どの面下げて会えばいいんだ!」

 

 

「あんなことって・・・どれだよ?」

 

 

「なんっ・・・!」

 

 

「もしかして、私たちに言ったことか?」

 

 

まったく・・・澪はバカだな。

 

 

「間違ってないよお前が言ったことは。私が遊びを優先したことは事実だし、唯が忘れてたことも本当だ。ムギは・・・見てたらわかるだろうけど、千乃好きなんだからあわせちゃうのもしょうがないだろうって思ったよ。だから、お前は間違ってないよ。でも、千乃には謝っておけよ?あれは澪が悪い」

 

 

「・・・・」

 

 

「自分でもそう思ってんだろ?」

 

 

その問いに澪はかすかに首を縦に動かした。

 

 

「ま、そのことは千乃と2人で話してくれ・・・私が口を挟むことじゃないよな。それに・・・私も謝らなくちゃいけないな」

 

 

「・・・律が?」

 

 

「あぁ。澪がそんなふうになるまで溜め込んでたこと、気づいてあげられなくてごめんな。部長失格だ」

 

 

「・・・・・」

 

 

「本当なら私が率先してひっぱらないといけないのにさ、澪にそういうことやらせてた・・・」

 

 

「・・・・・・」

 

 

「でもさ、澪。遊ぶことも大事なんだ。いつもいつも肩肘張っててもしんどいだろ?」

 

 

「しんどいって・・・しんどくなきゃ上手くなんない・・・プロになんかなれないだろ・・・」

 

 

「んー・・・私が思うに上手くなるには、プロになるにはさ、もちろん練習も大事だ。いっぱいいっぱい練習しないとだよな。でも、同じくらい楽しくないとダメだって思うんだよね」

 

 

その言葉に澪は、顔を上げる。

私はにっこり笑って。

 

 

「辛い、きついだけじゃ、この長い道は歩いていけない・・・だから適度に遊びも必要だと思うんだ」

 

 

「でも・・・律は遊びが多すぎると思う・・・」

 

 

「そこが困りどころでさ!私だけだとどうしても楽しいを優先しちゃうんだよねー。だから頼りになる幼馴染にお尻叩かれないとな!」

 

 

「・・・バカ律」

 

 

「知ってるよ、バカ澪・・・さ、帰ろう」

 

 

「で、でも・・・みんなきっと怒ってるだろ」

 

 

「怒ってるかもなー。もしかしたら絶交だー!って言うかもな」

 

 

「・・・どうしよう」

 

 

「変わりたいんだろ?だったら自分で考えないとな」

 

 

澪の手を取って、歩き出す。

冷たい手だ。

こんなところにいたらそりゃあ凍えただろうに。

本当、澪はバカだ。

 

 

「自分には何もない、とかさ。

そんなこと言うなよ。

私のほうが何もないっつーの!」

 

 

風が出てきて、波の音が大きくなる。

こういう島では天気は変わりやすいんだっけ。

雨が降ってきそうだ。

私はそのなかで、澪に聞こえるように一方的に話す。

 

 

「私、澪に憧れてるんだぜ?

綺麗な黒髪で、女の子らしくて、勉強もできて、頼りになる私の幼馴染。

私の自慢だ!だから、もう二度とそんな悲しいこと言うなよ!」

 

 

聞こえたかな。

自分から言っといて、聞こえてたら恥ずかしいなと思ってしまうぜ。

千乃は恥ずかしがり屋だけど、こういうことはポンと口にするんだよな。

澪も、いつかそう変われるさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

合宿所に戻ると、ムギが冷蔵庫の前にいた。

飲み物を注いでるところから察するに、千乃に持っていくのかな?

 

 

「ムギ、ただいま。千乃は?」

 

 

「律ちゃんおかえり・・・千乃ちゃんは眠ってるわ。澪ちゃんは?」

 

 

「・・・ムギ、さっきはごめん!わたし、何も考えないでただ喚き散らしちゃって・・・本当にごめん!」

 

 

「・・・澪ちゃん。何も持ってない、って言ったこと、今もそう思う?」

 

 

「いや・・・私にも持ってるものはいっぱいあった・・・ただ気づいてないだけだった」

 

 

「そう・・・なら私は澪ちゃんを許すわ。私が千乃ちゃんに合わせすぎてたのも事実だし・・・ごめんなさい」

 

 

「いや・・・ムギが謝ることなんて・・・」

 

 

「でも、千乃ちゃんにはちゃんと謝って欲しいの・・・澪ちゃんにあって千乃ちゃんにないものだってあるんだから」

 

 

そういったムギの顔は、みたこともない悲しいものだった。

あのムギと千乃の喧嘩以来、やっぱりムギは千乃の何かを知ったのかな。

それを私たちに言わないのは千乃が言わないでとか言ってるんだろうか。

そこまでするくらい、知られたくないことなのだろうか・・・。

 

 

「あぁ・・・千乃にもちゃんと謝りたい・・・もう寝ちゃったのか?」

 

 

「えぇ・・・ちょっと疲れが溜まってたみたい・・・でも澪ちゃんのこと心配してたわ」

 

 

「そっか・・・明日、ちゃんと千乃と話したい」

 

 

「おう!意見をぶつかり合わせるのはいいことだぜ!」

 

 

「あとは唯だけど・・・どこに?」

 

 

「澪を捜す途中で、2手に別れたんだけど・・・まだ帰ってきてないのか?

 

 

「いえ・・・みてないけど・・・」

 

 

「ちょっと待って・・・何か聞こえないか?」

 

 

「本当だ・・・これは・・・ギター?」

 

 

その音の出所に行くと、唯が1人でギターをかき鳴らしていた。

 

 

「唯・・・お前・・・」

 

 

「あ!澪ちゃん!お帰り!」

 

 

「あ、あぁ・・・ごめん、迷惑かけて・・・」

 

 

「ううん、全然いいよぉ」

 

 

「唯・・・ギター・・・」

 

 

「うん?あぁ・・・澪ちゃんを捜してたんだけど、見つからなかったからギターの練習をすることにしたの!律ちゃんなら絶対澪ちゃんを見つけれるって思ってたから、私は少しでもギターの練習をして上手に弾けるようにって!」

 

 

そう言って、ジャカジャカと弾くその腕は、たしかにまた一段と上手くなっていた。

この短時間で、腕を上げたのだ。

 

 

「はぁー・・・凄いな唯は」

 

 

「澪ちゃん・・・私いっぱい練習するよ!もう忘れないくらいいっぱい練習するから、これからも一緒に音楽やろうね!」

 

 

まっすぐすぎる唯のその目は、澪を笑顔にした。

 

 

「うん・・・よろしくな唯!」

 

 

とりあえずは丸く収まったのかな。

後は千乃なんだけど・・・さっき、千乃の顔はただ事じゃないように思えたからなぁ・・・。

ムギに聞いてみるか?

いや・・・言ってこないということは、やっぱり本人からじゃないとってやつだよな。

 

明日、本人に聞いてみるか。

 

 

 

 

 




神様「ムギちゃんマジ天使」



今回は律ちゃんと、澪ちゃんの絡みと、軽音部の結束を固めるきっかけになるような回にしたかったので、こんな話を書きました。
そして、主人公の病気の再発による不安と同様を少しでも描けて入れればいいなと思います。

次もなるべく早く更新できるように頑張ります。
よろしくお願いします!


ちなみに、今回の喪失病d失ったのは、視力の低下とそれに伴い距離感の喪失です。
と言っても、ものが重なって見えたり、ぼやけて見えたり、色が薄くなって見えたりということです。
しかし、精神のコンディションにより、その度合いは増したりします。
これから、どんどん進行していきます。


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第20話

寒くなってきました。
インフルエンザとか気をつけましょうと思いました。
就職するにあたり、入社前に健康診断を受けるとか知らなかったです。


なにかいい歌手とか曲がないかなぁと最近色々掘り出し物を探しています。

なにかオススメありましたら教えてくださると嬉しいです。
ちなみに衝撃を受けたのはSIONの12号室という曲です。
曲調も独特で既存の曲に囚われない曲だと思いました。
歌詞もさることながら・・・。
いつか、作中で歌わせてみたい・・・けどその場面が思い浮かばないw


Side 千乃

 

 

 

私は今、雲の上にいます。

・・・はい、夢だってすぐに気づきました。

でも夢でもいいです。

風が気持ちよくて、雲の上に寝転がりこのまま眠りに落ちてしまいそうになります。

夢の中で眠るとどうなるんだろう・・・なんてどうでもいいことを考えてしまうほど、今の私は自由といいますか、何事にもとらわれない感じでした。

っていうかこの雲、凄くやわらかいです。

マシュマロみたいな・・・いえ、それ以上のやわらかさで、ついつい顔をうずめてしまいます。

ふわぁ・・・気持ちよすぎます。

あぁ・・・これが夢だと言うのが悔やまれます。

現実にこんな至高のやわらかさを持つものなんてないでしょうし・・・今はせめてこの夢を堪能するだけです。

思い出せないですけど、起きたらきっと何か悲しいことが待ってるような気がして。

 

 

 

 

 

 

「・・・んぅ」

 

 

「おはよう千乃ちゃん」

 

 

「おふぁようございます・・・紬さん」

 

 

耳元で聞こえてくる紬さんの声に返事を返しながら、起き上がろうとします。

すると何かやわらかいものが顔に当たってることに気づき、目を開けます。

ぼやけた視界には真っ白のものが見えました。

なんでぼやけてるんだろう・・・起きたてだからかなぁ・・・と思考もぼやけていてその顔に当たるものが枕か何かだと思いました。

紬さんの用意してくれたこの別荘は超がつくほどの一流のものであり、当然そこに用意されてる寝具も一流なのかなと。

 

 

「良く眠れた?」

 

 

「ふぁい・・・あれ、いつの間に寝たんでしたっけ・・・」

 

 

気持ちよすぎるその枕に、顔をうずめなおします。

だって気持ちよすぎるんですもん・・・。

 

 

「覚えてない?昨日の事・・・」

 

 

昨日?

昨日は確か・・・皆さんと海で遊んで、バーベーキューをして、そのあとにバンドの練習をして・・・澪さんが怒って・・・!

そうだ、私、澪さんを怒らせてしまって、その後に視界が急にぼやけて・・・喪失病。

急激に冷めていく体温。

思い出すのは昨日の感覚で、震える体と乱れる呼吸が私を・・・!

そうだ、私の目はおかしくなっちゃったんだ・・・いつまでたっても霞みがかってるのはそれが理由だったんでした・・・。

・・・ていうかなんでここに紬さんが!?

 

 

「よしよし・・・千乃ちゃんおちついてね?」

 

 

ぎゅっと抱きしめながら背中を優しく叩いてくれる紬さん・・・昨日取り乱した私を抱きしめ続けてくれたんだ・・・吐瀉物で汚れた私をそれでも紬さんが・・・。

一定のリズムでとんとんとしてくれる紬さんは、昨日の状態のままの私をまだ抱き続けてくれている。

綺麗にした記憶も、お風呂に入った記憶もないので紬さんが汚れてしまうと思った私は、今更ながら紬さんに言いました。

 

「つ、紬さん、私汚れてるから、離れてくださいっ」

 

 

けど、紬さんは。

 

 

「あら、もう今更だわ。それに千乃ちゃんなら例えどんな時でも抱きしめてあげるわ」

 

 

それに、と続け。

 

 

「あんなに気持ちよさそうに私に抱きついてきてた千乃ちゃんを見たら・・・離れられないわ!」

 

 

その言葉を聴いて、今の状態がようやく理解できました。

私が極上のマシュマロ枕だと思っていたのは・・・思っていたのは・・・紬さんの大きなお胸でした・・・!!!

 

 

「え、や、あ、ごごごごごごごめんなさい!!!」

 

 

慌てて離れようとするのですが、がっしりと紬さんに抑えられて離れることができませんでした。

 

 

「紬さん!?」

 

 

「落ち着いて千乃ちゃん。昨日の事思い出したのよね?なら、急に動くと危ないわ」

 

 

パニックになりかけてた私は、その言葉でまた紬さんに迷惑をかけていたことに気づきます。

喪失病によって視力が失われつつある私は、当然のことではあるのだけれど前よりも、視界が見難くなっているのです。

そんな状態で急に動くと危ない、とそう言ってくれたのです。

 

 

「あ・・・ごめんなさい・・・」

 

 

「いいのよ」

 

 

ゆっくりとベッドの上で座らせてくれた紬さん・・・今は紬さんがこうやって手を貸してくれましたが、これから私はずっとこんな感じで、1人でやっていかないといけないのです。

喪失病の再発と、その事実にかなり落ち込んでしまいます。

でも、それでも以前ほどではないのは何故でしょうか・・・?

一度体験していて、再発することはわかっていたからでしょうか?

それとも・・・紬さんが支えてくれていたからでしょうか?

取り乱した私を、抱きしめてくれる友達ができたからでしょうか?

前の世界では、悩みを打ち明けられる友達はいなかった。

けど、今は違います。

だから今私は、自分でも驚くほど冷静でいられるのでしょうか。

ほんの少しだけ震えてる私の手を紬さんは優しく撫でながら、微笑んでくれています。

 

 

「紬さん・・・昨日はすいませんでした・・・そして、一緒にいてくれてありがとうございました」

 

 

「ふふ、どういたしまして!」

 

 

「えっと・・・澪さんは、その・・・」

 

 

「そうね。色々と話したい事もあるし、とりあえずお風呂に入りに行きましょうか」

 

 

「・・・え?」

 

 

「千乃ちゃんに言いたいことも相談したいこともあるし、お風呂に入ってさっぱりしながら、ね?」

 

 

お風呂・・・確かに入ってさっぱりしたいと思いました。

でもその前に澪さんや他の皆さんの状況だけでも知りたいとも思いました。

 

 

「まぁまぁ・・・とにかくお風呂に行きましょう?みんなが起きる前に、ね?」

 

 

なんでこんなにお風呂を勧めてくれるんでしょうか・・・やっぱり結構汚れてしまってるからでしょうか。

 

 

「さぁさぁ浴場はこっちよ」

 

 

手を取って歩き出す紬さん。

廊下にでて、ぼやける視界におぼつかなくなってしまった私の足取りをフォローしてくれる優しさに感謝しつつ、お風呂場に向かいました。

 

 

「こっちよ・・・」ハァハァ

 

 

連れられたのは脱衣所で、紬さんが私の服に手をかけます。

びっくりしてしまったのですが。

 

 

「大丈夫よ千乃ちゃん、慣れるまでは私が手取り足取りサポートしてあげるからね」

 

 

すごく・・・嬉しいんですがやっぱり息が荒くなる紬さんに少しだけ恐怖を覚えながら、けど大切な友達がせっかく手伝ってくれるので、私はそれに甘えることにしました。

 

 

「まてまてまてまて!!!」

 

 

律さんの声です。

 

 

「ムギ!お前また!」

 

 

「・・・ッチ」

 

 

何か聞こえた後に紬さんが。

 

 

「おはよう律ちゃん。早かったのね」

 

 

「トイレに行こうと起きたら声が聞こえて・・・ってそうじゃなくて本当にそういうの犯罪だからな!?」

 

 

「やだわぁ・・・千乃ちゃんも同意の上よ?」

 

 

「絶対、千乃にはその意味がわかってないだろ・・・」

 

 

そしてこちらに向き直って。

 

 

「千乃・・・大丈夫か?」

 

 

「えっと・・・はい」

 

 

「・・・昨日のことで話したいことがあるんだ。今から来れるか?」

 

 

「まって律ちゃん。その前にお風呂に入らせてあげて」

 

 

「ムギ・・・今は冗談とか無しでいきたいんだ」

 

 

「冗談なんかじゃないわ。千乃ちゃん、昨日もどしちゃって・・・」

 

 

その言葉に私と律さんは目を見開きました。

私は、なぜそのことを律さんに言うのかという理由で。

 

 

「そ、そうだったのか・・・ごめん!気づいてなかった・・・ゆっくり入ってくれ。出てきたらリビングに来てくれるか?」

 

 

「あ・・・はい、わかりました・・・すいません」

 

 

「なんで謝るんだ・・・千乃、眠いのか?」

 

 

「え?」

 

 

「いや・・・なんか目が眠そうというか・・・」

 

 

どきりとしました。

さすが律さんです。

私たちの部長は、部員のことをちゃんと見ていてくれているんですよね。

 

 

「いえ、そんなことないですよ」

 

 

「・・・そっか。ならいいんだ。ムギ、私らは出とこう」

 

 

「私もお風呂に入るわ」

 

 

「・・・なんで?」

 

 

「その理由も含めてまた後で話すわ」

 

 

「・・・絶対だぞ?」

 

 

そう言って、律さんは出て行きました。

私は、紬さんの言ったことが気になって仕方ありませんでした。

だって・・・まるで私が隠したいことを言ってしまうような言い方で。

 

 

「あ・・・あの紬さん」

 

 

言いかけた私を遮り。

 

 

「わかってるわ・・・ちゃんと聞くから、まずはお風呂に入りましょう・・・」

 

 

さきほどまでの雰囲気とは打って変わり、すこしトーンが低めです。

私はそれ以上なにも言えず、お洋服を脱ぎます。

今更になって気づいたのですが、お風呂に入るってことは裸になるということで。

私の裸を紬さんに、紬さんの裸を私が見ると言うこと・・・いや私は目がおかしくなってしまったから紬さんの裸はあまり意識しなくてもいいのでしょうか・

 

とたんに恥ずかしくなってしまい・・・どうしようかと思っていたら紬さんが一気に私の服を脱がし、タオルを巻いてくれました。

 

 

「本当はもっと雰囲気のある感じで楽しみたかったんだけど・・・今回は真面目に話したい事もあるから」

 

 

そう言って、また私の手を取ってくれてゆっくりと歩き出しました。

段差があるよ、そこ滑るからゆっくりね、と優しく導いてくれる紬さん。

 

 

「じゃあ、シャワーをだすわね」

 

 

イスに座った私に、シャワーをかけてくれます。

 

 

「髪も洗ってあげるわね」

 

 

「じ、自分で洗えますよぉ」

 

 

「よいではないか、よいではないかぁ」

 

 

ヒヤッとする液体を頭にかけられ、紬さんの細い指で洗われます。

絶妙な力加減で、すごく気持ちがいいといいますか・・・。

 

 

「どう千乃ちゃん、気持ちいい?」

 

 

「ふぁい・・・きもちいいです」

 

 

ずっとやってて欲しいなぁ・・・と思ってしまうほどです。

ちょっとだけむずむずします。

紬さんが洗い流す時に、思わず『あ・・・』と声がでてしまいました。

もっとやってほしいなんて、言えるわけないのでちょっと恥ずかしかったです。

 

 

「じゃあ、次は体を洗ってあげるわぁ」

 

 

 

「!?そそそそsれはいいです!大丈夫です!」

 

 

さすがにそんなことまでして貰うのは申し訳なさすぎます!

それに体だったら、ちょっとくらい目が見えなくても十分洗えますし!

けれど紬さんは頑として首を縦には振らず。

 

 

「いいからいいから!」

 

 

そう言って洗いはじめました。

やわらかいスポンジのようなものに泡をたたせ、まずは腕を撫でてくれます。

次の首を、そしてそのまま下へおろしていきます。

なんでしょうか・・・女の子同士でお風呂に入るのは普通って聞いてたのに、こんなに恥ずかしいのは何か理由があるんでしょうか・・・。

私が普通に耐性がないだけならいいのですが・・・もしかして私は紬さんをそういう目で見ているのでしょうか・・・つまりは、私は女の子が好き・・・!!!!

いやいやいや!

確かに紬さんは美人で綺麗で可愛くて優しくて良い匂いもしてやわらかいですけど・・・友達をそんな目で見るわけ・・・ないです、よ、ね?

あと何故か女の子が好きなのかって考えた時に、和さんの顔が浮かんできたのは・・・もう考えるのはやめとこう・・・なんだか変になっちゃいそうです。

 

 

「千乃ちゃんの肌・・・きれい」

 

 

妙に熱っぽい紬さんの声に、どきどきしてしまいます。

頭に、昨日の水着に着替える時のことを思い出してしまいました。

紬さんの指が私のおへそに、って何を考えてるんですか私は!

 

つつ、と紬さんの指が背中をなぞって、変な声が出てしまいます。

その声に呼応するかのように、紬さんはさらに指を動かして、背中だけじゃなくて脇やおなかも・・・頭がくらくらしてきました。

変なことを言うようですけど・・・気持ちが良くて、こんなこと今まで感じたことのない感覚でした。

喪失病で視覚を少し失ってしまった私は、失った感覚を補うようにその新しい感覚を受け入れます。

自然と体に力が入るのですが、足や手には力が入らず、むしろ抜けていきます。

 

 

「・・・これ以上すると戻れなくなりそうね・・・私が」

 

 

紬さんの声が聞こえて、指が止まります。

 

 

「今日はどうしてもこれ以上できないけど・・・今度は終わりまで・・・」

 

 

どういう意味かはわかりませんが、きっとその終わりまで言ってしまうと私も私でなくなってしまう気がしました。

そして綺麗に洗ってくれて、一緒にお風呂につかります。

ちょっとすでにのぼせ気味ではあるのですが、紬さんと一緒なら。

 

 

そして少し無言が続き。

 

 

「あのね、千乃ちゃん」

 

 

紬さんが口を開きました。

 

 

「昨日の事、みんなに話すべきだと思うの」

 

 

「・・・え?」

 

 

唐突に紡がれたその言葉の意味が私にはわかりませんでした。

何を言ってるんでしょうか。

この間、紬さんは内緒にするって言ってくれたのに。

 

 

「千乃ちゃんの病気のことも、症状がでてきたことも、みんなに言ったほうがいいと思うの」

 

 

「・・・いや、えっと」

 

 

「千乃ちゃんの言いたいことはわかってる・・・この病気のことを言うとみんなに心配かけちゃうとか、もしかしたら嫌われちゃうかもって思ってるのよね?」

 

 

一息溜めて、続けます。

 

 

「でも・・・もし私がその事実を知らなくて、千乃ちゃんが3年後に急にそのことを教えてくれても・・・嫌だもの」

 

 

「・・・・」

 

 

「友達だからこそ、教えておくべきだと思うの」

 

 

「でも・・・でも・・・皆さんはきっと」

 

 

「それも含めて、伝えるの。みんな千乃ちゃんを心配して、心を痛めちゃうかもしれない。けどみんな一緒なら乗り越えられる、千乃ちゃんをもっと支えてあげられると思うの」

 

 

だから、ね?と。

 

 

「傷つけたくないから言わないなんて・・・そんなのダメよ・・・」

 

 

私は何も言えなくなりました。

本当はもっと言いたいこともありました。

どうしたらいいのかわからないんです。

本当は言いたい、皆さんに言ってしまいたいのです。

言ってしまって、楽になってしまいたいのです。

でも、それをすると皆さんはきっと私という存在に少なからずの重さを持ってしまうと思うのです。

可哀想とか、思ってしまうのです。

 

 

「大丈夫・・・みんな受け入れてくれるわ。絶対に。そしてみんなで一緒に歩きましょう?」

 

 

「・・・・こわいんです。皆さんに嫌われることも、負い目を作って今の関係が壊れることも・・・私は身近なものを失うのがとにかく怖いんです!」

 

 

「・・・わかるわ。でも、言うの。言わないといけないの千乃ちゃん」

 

 

紬さんはかたくなで。

 

 

「お願いします、言わないでください・・・お願いします」

 

 

水面に移る私の顔はやっぱりぼやけていて、けどくしゃくしゃになっているのがわかります。

 

 

「千乃ちゃん・・・ダメよ、言うの」

 

 

「こわい・・・こわいの!紬さんにはわからない、この怖さは!」

 

 

一度目の人生では私には無縁だった感覚。

手に入れたかったけど手に入れられなかった友達というもの。

けど、この世界では私には大切な友達ができて・・・せめてこの世界でだけは大切にしていきたい、嫌われて失いたくない・・・そう思っていた。

だから、私には皆さんに伝えてこの夢みたいな世界を壊したくない・・・現状維持でいいじゃないですか・・・。

 

 

「それでも言うの、千乃ちゃん!苦しくても怖くても泣いてしまっても、言わないといけないの!」

 

 

「なんで・・・どうしてそんなこと言うんですか?」

 

 

「私がそうだったからよ。千乃ちゃんに私は自分の心を伝えることができて、救われたの。もちろん怖かったわ。言うのは苦しかったわ。でも勇気を出して伝えて・・・いまこうして千乃ちゃんといることができてるの。友達以上・・・私にとってはそれくらい千乃ちゃんが大切に思えるの。だから・・・千乃ちゃんが1人で苦しむのが嫌なの・・・今は怖くてどうしようもないくらい、震えるのもわかる・・・けど、一生懸命に伝えるの。どんな稚拙な言葉でもいい、噛んでもいい、きっとその先には光があるから・・・今の私みたいに」

 

 

ずるい。

そんな・・・そんなこと言われたら。

もう何もいえないじゃないですか。

 

 

「大丈夫・・・1人が怖かったら、私が隣にいるから」

 

 

手をそっと握ってくれて、言います。

 

 

「私の事、信じられない?」

 

 

「・・・ううん。そんなこと、ないです」

 

 

「・・・ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お風呂から上がり、紬さんと私服に着替えてる間も、私はこれからの事を考えて泣いてしまいそうになってしまうのですが、その都度、紬さんが励ましてくれます。

手を握ってくれたり、頭を撫でてくれたり。

思えば、あのお洋服屋さんの更衣室で、紬さんと話してから、紬さんに触れられるのが好きになってしまっています。

おかしいですね。

やっぱり、私って、変な子なんでしょうか。

女の子が・・・好きなんでしょうか。

そんなことはない!と言い切れなくなってきてしまってます。

・・・きっと紬さんのことが好きなだけで、ろくに恋もしたことがないからそう思ってるだけですよきっと、うん、そうにちがいないです。

 

 

「どうしたの?」

 

 

ぽーっと紬さんを見てたら、首をかしげてこちらを見てくる紬さんと目が合ってしまいました。

慌てて首を振り、なんでもないことを伝えます。

 

 

「そう?」

 

 

うぅ・・・なんだか紬さんの顔を見れません。

さっきのお風呂でのことも思い出して、綺麗なはだとか濡れた髪とか・・・!!!

もう、考えるのはよしとこうと思いました。

そして、着替えも髪を乾かすのも終わって、リビングに向かいます。

 

 

 

 

 

リビングには律さんと唯さん、それに澪さんがいました。

私は澪さんを見て、また怒らせてしまうのではないかと緊張してしまいます。

けど、今の私の隣には紬さんがいて、不思議と怖いものも受け入れられる気持ちでした。

 

 

「ゆっきーおはよ~!昨日寝ちゃうんだもん、枕投げできなかったね~」

 

 

挨拶をしてくれる唯さん、ですがそれを律さんがおさえます。

そして澪さんがやってきて。

 

 

「千乃・・・昨日はごめん!私がバカだった!」

 

 

と、いきなり澪さんは凄い勢いで頭を下げました。

私の目がおかしくなってしまったからでしょうか・・・残像が見えるほどの早さでした。

突然のことに私はきっと間抜けな顔をしていたと思います。

だって・・・澪さんが謝ることなんて何もないのに。

けれど澪さんは言いました。

 

 

「私・・・千乃に嫉妬してたんだ・・・だからあんなこと言っちゃってごめん!」

 

 

「あ・・・いえ・・・そんな」

 

 

「本当にごめん・・・それで、あの・・・もう一度、私と友達になってくれないか?」

 

 

「え?」

 

 

「いや・・・なんていうかその・・・ここから、もう一度はじめたいんだ・・・千乃、私と友達になってくれ!」

 

 

そう言って、また残像が見えるくらいのスピードで頭を下げた澪さんに私は駆け寄ってその頭をなんとか上げてもらえるようにします。

 

 

「ああああああの澪さん!頭をあげてください!」

 

 

頑としてう、動かないです。

 

 

「友達になってくれるまで動く気ないぞ、あれ」

 

 

「澪ちゃんもなんだかアグレッシブになったね!」

 

 

「ま、いい変化だな・・・千乃は困ってるけど」

 

 

「千乃ちゃん!澪ちゃんに一言、言ってあげるだけで元通りよぉ~」

 

 

そ、そうは言っても・・・なんて言えばいいのか!

 

 

「えっと・・・澪さん、私たち、友達です・・・」

 

 

すると、今まで以上のスピードで澪さんが顔を上げて私に抱きついてきました。

 

 

「本当か!?ありがとう!!」

 

 

く・・・くるしい!

首が絞まってます。

 

でも、澪さんと前みたいな関係に戻れたことに私はホッとしました。

そして、澪さんとも紬さんみたいに仲良くなれたことは嬉しいです。

澪さんの心は、人付き合いの未熟な私にとってはかなりびっくりするもので、まさか私なんかが誰からか羨ましがられるなんて思いもしなかったです。

 

ふと、気になりました。

紬さんや澪さんは心に溜め込んでいたものがあって、それは律さんや唯さんにもあるのでしょうか・・・?

なんて考えてたのもすぐに終わりました。

 

紬さんが私の手を握り、頷きます。

あぁ・・・怖い。

3年間、誰にも言う気はなかったものなのに。

紬さんに言ってしまい、今からまた言うのです。

言わなければよかったとは、思えないのですが。

 

けれど、私が1度死んで生き返ったことだけは言えません・・・そして3年後、綺麗さっぱり消えてしまうことも。

紬さんに言ったことは、私の過去と3年間で感覚が消えると言うことのみ。

これ以上はさすがに言えません。

 

 

「それで・・・千乃、昨日は大丈夫だったのか?」

 

 

ごくり、と緊張が私を支配します。

右手から伝わってくる紬さんの温かさだけが、私を奮い立たせてくれます。

手を握りながら話そうとする私に何かを感じ取ったのか、誰も何も話しません。

 

 

「あの・・・皆さんに聞いて欲しいことが、あります」

 

 

そして私は、事故で今まで病院生活だったこと、親がいないこと、そして喪失病の事を伝えました。

きっと3年後には歌うこともできなくなって、何も喋らない人形のようになってるということも。

上手く話せているのでしょうか。

きれぎれに、噛んでしまったり詰まったり・・・でも伝えたのです。

 

 

私が話すあいだ、皆さんからの声はなく、また私は顔を上げることはできませんでした。

そしてしばしの静寂。

その静寂は律さんの声によって破られました。

 

 

「そっか・・・そんなこと隠してたのか・・・」

 

 

怒鳴られるかな、悲しませてしまうかなと思っていたのですが、やれやれ、といった感じで律さんは言いました。

まるで子供のいたずらを叱るように。

 

 

「しょうがないヤツだな、千乃は・・・知られるのが怖かったのか?どうせ私たちが傷つかないようにって、そう思ったんだろ?」

 

 

その通りで・・・。

 

 

「それとも今の関係が壊れるとでも思ったか?」

 

 

はい・・・。

 

 

「バカだよ、千乃・・・本当に」

 

 

すぅ、と息を吸う律さん。

 

 

「私たちにも傷つかせろよ!私たちにとってお前は大切な友達なんだよ!お前は・・・いっぱい軽音部にくれた!軽音部の結束!その綺麗な声!期待の新人の唯!他にもいっぱい・・・!お前はいっぱい私たちにくれたんだ!そんな大切な友達なのに・・・なんで1人で背負おうとするんだよ!お前にとって私たちはそんなに頼りないのか!?

そりゃあ今初めて聞いて正直胸が痛いよ!張り裂けそうだよ!それでも一緒にいたいって思ったよなんでかわかるか!?」

 

 

「・・・・・・うぅ」

 

 

「千乃だからだ!!その綺麗な歌が聴けなくなっても千乃が私たちを感じれなくなっても、一緒にいたいって思うのは私たちの大切な千乃だからだ!」

 

 

「うぅ!」

 

 

私の目からは大粒の涙がぼろぼろと零れ落ちます。

 

 

「千乃・・・」

 

 

澪さんの声が聞こえます。

 

 

「千乃・・・本当に私、なんて事を言っちゃったんだろう・・・こんなに千乃が1人で頑張ってたのに・・・」

 

 

「み、澪さん・・・」

 

 

「これからは私も一緒に支える!大切な友達だから!」

 

 

「ゆっきー・・・私も一緒だよ・・・だからそんな悲しそうな顔しないで・・・笑ってよぉ」

 

 

ずっと、皆さんの顔を見ることはできなかったのですが、今、私の向ける視線にはいつの間にか多くの足が見えました。

それは律さんのもので、澪さんのものでもあり、唯さんのでした。

そして、私をずっと支えてくれていた紬さんも加わって。

 

 

「千乃ちゃん・・・もうみんな同じ気持ちよ」

 

 

「私は・・・うぅ・・・わたしはぁ・・・これからも、いっぱい、いっぱい自分のことで泣いたりします・・・皆さんといたら迷惑をかけるかもしれません・・・いつまでも、喪失病に囚われて、元気だった過去を思いだして、それにすがって・・・何度も立ち止まって、後ろを振り返ります・・・皆さんはこれからも前に進んでいくのに、私は進めなくなります・・・」

 

 

「それはおかしなことじゃないのよ千乃ちゃん。過去を思い出すのはみんなするの。私だって思い出すわ。みんなと出会う前の『琴吹』だった私を。でもね、それはおかしなことじゃないの。後ろを振り返るのは、前に進んでる証拠なの」

 

 

「紬さん」

 

 

「そうさ。それに何度も言うけど迷惑かけろ、自分だけで溜め込むな!友達だろ!」

 

 

澪さんも唯さんも頷いて、そこからはもう私は大声を上げて泣き喚き、紬さんも律さんも澪さんも唯さんも泣き始めて、収拾がつかなくなりました。

ここがプライベートビーチで良かったと思いました。

 

ただいま午前8時。

本日は快晴で、海は青く、空も負けないくらいに青く、私たちもそれに負けないくらい青かったのでした。

 

泣かせてしまった。

結局私は迷惑をかけてばかりです。

でも、笑ってもくれたんです。

泣きながら、涙を流しながら、私は鼻水も出てたかもしれません。

抱き合って泣きながら、でも抱き合う体から伝わる皆さんの体温や涙が嬉しくて、皆さんと笑ったのです。

 

 

病室で、ただ生きていただけの昔の私に教えてあげたい。

いつの日か私は、こうやって大きな声で泣いて、笑える日がくるんだよって。

それも1人でじゃなくて、友達と一緒に。

 

 

 

 

 

 

 

 




神様「最近歌ってへんなぁ・・・」



今回も読んでくださってありがとうございました。
おなべが美味しい季節になりましたので、そろそろ梅酒片手にコタツでゆっくりしたいです。
全然関係ない話なんですが、今回のガキ使はなにをやるのでしょうか・・・笑ってはけないやってほしいなー。

今回の話から千乃はもうちょっと明るくなりアグレッシブになります。
けど、それがまた問題を起こすのですが、それはもうちょっと後の話になりますです。
次回もなるべく早く更新できるように頑張ります。


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第21話 ひとり

今回も原作にはなかったキャラの描写が・・・完全に私による偏見ありな回です。


おkという方のみよろしくお願いします。
ムギはもうダメかもわからんね。


Side 千乃

 

 

合宿2日目、私たちは昨日の演奏が嘘のように思えるほど息の合った曲を作り上げることができました。

練習している曲は全部で3つ。

そのどれもが私の世界にあったものではあるのですが、全くの同じものと言うものではなく、澪さんと紬さんの力も加わってアレンジがされています。

夏休み明けの学園祭で、皆さんと作り上げたこの曲を披露できることが今から凄く楽しみで仕方ありません。

 

 

大声で泣き笑いあった朝を越えて、私たちはまた一つ何かを得ることができたような気がします。

人によっては必要のないものであったり、逃げたと言われるのかも知れませんが私の道はこれなのです。

 

 

 

 

 

「よっし・・・今日はこんなもんでいいんじゃないか?」

 

 

律さんが額に浮かぶ汗をぬぐいながらそう言います。

朝は話し合いで使い、お昼ご飯を食べてそこからずっと夜まで練習をしていたので、皆さんの顔には疲労がうかがえます。

いつもなら率先して律さんや唯さんが休憩をとるのですが、2人は一言の弱音も吐かず今の今まで練習をしてきました。

その光景に澪さんは嬉しそうでもありました。

 

 

「確かにな・・・かなり形になった。でも明日帰るんだし、もうちょっとやっておきたい気はする・・・まだ気になるところもあるし」

 

 

澪さんのその言葉に。

 

 

「確かにね~。こんなにいい環境で練習できるなんてそうそうないよね~」

 

 

水で水分補給をし終わった唯さんがそう答えます。

この合宿で軽音部全員が上手くなったと断言できますが、その中でも唯さんが目に見えるほど上手くなったと思います。

何か唯さんにもきっかけがあったのでしょうか。

その場に立ち会うことができなくて残念ではあるのですが、友達の進歩に私も嬉しくなります。

 

 

「千乃ちゃんは大丈夫?疲れてない?」

 

 

「は、はい・・・」

 

 

そしてこの軽音部で一番体力がない私は結構いっぱいいっぱいです。

でも、歌うことは大好きですし、皆さんとこうやって素敵な音楽を作り上げられるということが嬉しくて自分からはやめたくありませんでした。

まだ失われた視力に慣れなくて、ちょっとしたことでその失ったものの大きさに戸惑ってしまうのですが、紬さんが私を支えてくれて、皆さんも気にかけてくれています。

そのおかげで、なんとかやっていけそうです。

しかし、それはあくまでもこの合宿の間だけです。

家に帰ったら私は1人なので、今のうちに慣れておかなければなりません。

和さんとのお祭り・・・行けそうにないなぁ・・・。

 

一瞬、和さんにも言ってしまいたいという欲に駆られてしまった私の頭を叩きます。

軽音部の皆さんは、私と一緒に歩いてくれるといってくれました。

嬉しかったです。

けど、和さんには迷惑をかけたくないという気持ちが何故か強いのです。

もちろん軽音部の皆さんを下に見ているとかそういうのでは絶対にありません。

けれど和さんには・・・と思ってしまうのです。

この気持ちもわからないのです。

 

 

 

 

 

「ま、あんまり根をつめすぎても良くないしさ、とりあえず飯食って休憩しようぜ。したら風呂の前に練習するか?」

 

 

「そうね。結構汗かいちゃうしそれがいいかも」

 

 

「律ちゃん、今日は練習するね~」

 

 

「そういう唯こそ。いつもこんな感じだったら文句ないんだけどな~」

 

 

「律ちゃんに言われたくないよー!いつも律ちゃんだってすーぐ休憩するじゃん!」

 

 

「私はいつも唯にあわせてやっていただけなのだよ!」

 

 

「ずる~い・・・」

 

 

「じゃあ律は休憩いらないんだよな?よし、2人で練習するか」

 

 

「いやん、嘘ですわ~」

 

 

「きゃぴきゃぴしても可愛くないぞ」

 

 

目が悪くなってもこのやり取りを聞くことができて安心します。

自然と笑顔を浮かべていた私に紬さんが声をかけてくれます。

 

 

「疲れたらすぐ言ってね?」

 

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

「うん!あ、今日の夜は何をたべようかしら?」

 

 

その言葉に、唯さんも混ざり。

 

 

「私はケーキ食べたいなぁ・・・甘いものを取らないと死んでしまう病なの~」

 

 

「・・・わかってると思うけど千乃、今のは唯の冗談だからな?」

 

 

澪さんに言われます。

一瞬驚いてしまう私ですが、初めからわかってる風に装います。

 

 

「も、もちろんわかってるに決まってるじゃないですか」

 

 

・・・あ、なんだかジトーって見られてる・・・気がします。

 

 

「もう唯ちゃん!あんまりそういう冗談はやめて!」

 

 

紬さんが抗議の声を上げます。

いつもより大きな声でした。

そのことにちょっと驚いてしまったのですがその理由が、『私』にあるとわかってちょっと悲しくなってしまいました。

皆さんも何ともいえない感じだと思います。

 

 

「ああの、紬さん・・・それに皆さんも。私、前みたいに接してくれると嬉しいです・・・私の事、気遣ってくれるのは嬉しいんですが・・・やっぱり皆さんに気を使われるのは・・・」

 

 

律さんが何か言いたそうにこっちを見るのがわかりました。

なにを言いたいのか、わかっています。

迷惑をかけろ、遠慮するな。

そう言ってくれるのです。

ですけど。

 

 

「迷惑をかける、かけてしまうこといっぱいあると思うんです・・・だからせめて・・・なんていうか、その・・・普段は特別扱いしないで欲しい・・・と言いますか・・・」ゴニョゴニョ

 

 

せっかくできた友達に、気を使われて、線を引かれて、腫れ物を扱われるように接してもらうこと・・・寂しいと思ってしまうのです。

もちろん、私のことを考えて色々と手を貸してくれることには感謝してもしきれないくらい嬉しいんです。

でも、だからこそ。

友達だからこそ、同じ目線でいたいのです。

たくさん大切な友達ができて、欲張りになってしまっているのかも知れません。

 

うまく自分の心を形にできない・・・けど皆さんは。

 

 

「そうだな。ちょっと過敏になってたかもな」

 

 

と納得してくれました。

 

 

「・・・わかったわ。でも絶対、助けて欲しい時は言ってね?」

 

 

紬さんもそう言ってくれました。

 

 

「はい、紬さん!」

 

 

「ま、過敏になりすぎてもいけないよな」

 

 

「あら、澪ちゅわんが一番神経質だと思いますけど?」

 

 

「う、うるさい!」

 

 

ぐぅぅぅぅぅぅ

 

 

「・・・お腹すいたぁ」

 

 

唯さんのその言葉に、私たちは顔を見合わせて笑い。

 

 

「唯・・・」

 

 

「大物になるよな、唯って」

 

 

そう言って、練習を切り上げて合宿最後の料理を作ることになりました。

昨日はバーベキューという調理があまり必要とされないものだったので、最後は少し趣向をこらそうと律さんが言いました。

一人ひとりが一品ずつ作ってそれを皆さんに食べて貰うと言うものでした。

唯さんはお腹が空いているからか、もう動けないらしく食べる役だけになりました。

そして、唯さんが1番美味しかったと声が多かった人に、ある権利が与えられると。

その権利は、言うことを一つだけ聞く、というもの。

それを聞いたとたん、特に紬さんのやる気が目に見えて上がったのがわかりました。

 

 

「すぐ上手いもん食わしてやるからな!」

 

 

そう言って律さんはすぐに用意に取り掛かりました。

もしかしたら律さんはお料理が得意なのかもしれません。

けど選んで持っていった材料がエビだけなのが気になります・・・それも何種類ものエビを。

というかたった2日の合宿でこんなに食材を用意してくれた琴吹家の心遣いに今更ながら感謝と気後れしてしまいます。

きっとガイドブックとかに5つ星と評されるくらいのリゾートなのに・・・申し訳ないです。

と、話を戻しますと律さんはエビをたくさん持って行きました。

エビ・・・子供のころにお母さんの作ったエビシューマイ、美味しかったなぁ。

そんな事を思っていると澪さんは、強力粉や薄力粉、卵にトマトといったものをチョイスしていきます。

スパゲッティでしょうか?

そして紬さんは・・・いつの間にかいなくなっています。

さっきまでここにいて、何かを探していたと思ったのですが・・・。

私も他の皆さんに負けないように何を作るか思案します。

あまり、唯さんを待たせないようにできる料理がいいかなぁ・・・。

 

 

 

普段から1人暮らしで、家事をやってる私はその中でも料理が好きです。

美味しいものを食べたいと言う欲求も相まって一番力を入れてると思います。

皆さんと食べる・・・そう考えた時に一番に頭をよぎったのがカレーでした。

お母さんが作ってくれたカレー。

私がまだ覚えている記憶の一つ。

この料理を振舞いたいと思ったのですが、今から用意するとなれば時間がかかってしまうのです。

唯さんのお腹の減り具合を考えると、やっぱりこれはダメでしょうね。

なら、早く用意できてなおかつ美味しいもの・・・。

真夏ではあるのですが、あれを囲むことにしましょう。

そうして私は用意に取り掛かります。

 

 

そして、皆さんの準備が終わり、唯さんがテーブルを叩きながら催促しています。

よっぽどお腹が減っているのでしょう。

なんだか、お母さんからご飯を待っているひな鳥みたいでかわいいです。

 

トップバッターは律さん。

自信満々に先陣を切ります。

テーブルに並べられたのは一つのお皿でした。

私自身、午前からの練習でお腹が減っており、その私の空っぽのお腹を刺激するかのように所狭しとエビが並べられていました。

エビ、えび、海老・・・全部エビです。

エビチリ、エビマヨ、エビシューマイ、エビチャーハン、エビフライにエビの丸焼き・・・これ以上どんなエビを求めればいいのかという考えが浮かぶほどエビでした。

そのお皿を見ていると、これでもかと言う声が聞こえてくるくらいエビしかありませんでした。

付け合せのお野菜やパセリなんてものもなく、エビ単体です。

確かにエビの魅力たるや今更語るに及ばずです。

すこしあっけに取られてしまいましたが、香ってくる料理の匂いはお腹を刺激するばかり。

思わず生唾を飲み込んでしまいました。

 

 

「私特製、エビ尽くし!」

 

 

「ほぇ~」

 

 

目をキラキラさせる唯さん。

よだれが出てしまっています。

でもそれくらい美味しそうで、豪快で律さんらしい料理だと思いました。

 

 

「エビばっかだな・・・」

 

 

「文句は食べてからにしろい!」

 

 

さぁ!と言わんばかりにお皿とお箸を手渡し、それぞれ口に運んでいきます。

カジュ、と歯ごたえがよくあえてエビの殻を残しているのも凄く食欲を促進させ、皆さん手が止まりませんでした。

唯さんの評価も良く、ガッツポーズを取る律さん。

 

 

「これで『何でも言うこと聞く権』は私のもんだな!」

 

 

「律、そんなに大見得をはると後で泣くはめになるぞ」

 

 

「自身ありげだ」

 

 

「まあね。じゃあ次は私だな!」

 

 

そう言って澪さんが作った料理は、やはりスパゲッティでした。

しかし普通のスパゲッティではなく、ピンク色をした生地でつくられたものでした。

こんなスパゲッティ・・・見たことありません。

 

 

「・・・これ、なに?」

 

 

恐る恐るといった感じで尋ねる律さん。

紬さんもまじまじと目を見開いています。

 

 

「ふふん、これが私特製のパスタ!シュガーキャンディーキャラメルコーンパスタだ!」

 

 

「じゃあ次の料理いこうか。次はムギ?」

 

 

「うん、私からいくわ」

 

 

「ちょ、ちょちょちょっと!私のパスタは!?」

 

 

澪さんが抗議をします。

しかし、澪さんが作った料理を一瞥した律さんは言いました。

 

 

「・・・私まだ死にたくないし・・・」

 

 

「死なないよ!?」

 

 

「だってなぁ・・・」

 

 

「ねぇ・・・」

 

 

紬さんも乗り気ではないらしく。

澪さんの目が潤んでしまっています。

確かにこんなスパゲッティ・・・見たことありません。

どんな味がするのか気になります。

 

生地はピンク色で、キラキラと光る飴玉のようなものがあり、雲のような白いふわふわしたものも気になります。

そして何より、それら全てが様々な色でキラキラと光っているのです。

なんていうんでしょうか・・・ラメ?というのでしょうか。

はっきりいって、どんな味がするのか想像もつきません。

唯さんもそう思ったらしく、顔を見合わせます。

 

 

「唯!千乃!なんとかいってくれ!」

 

 

「・・・食べてみよっか?」

 

 

「そうですね・・・このスパゲッティ・・・気になります」

 

 

「待て!早まるな!」

 

 

「千乃ちゃん!命、大事に!」

 

 

「大げさなんだよ!あと千乃・・・パスタって言ってくれ」

 

 

私と唯さんの言葉に、律さんと紬さんは焦ったように言います。

なにがなんでも、お料理でそんなことにはなりませんよぉ、と笑いながら一口。

瞬間、口のなかが・・・!!!!

 

 

「ど、どうした!」

 

 

「hgヴぃうぎ!!??」

 

 

「千乃ちゃん!?」

 

 

口の中が爆発したかのように甘さが・・・いや苦い?いやいや、なんだか痛くなってきました!!!

飴玉のように綺麗だったものは本当に飴玉だったみたいで、柔らかい生地に飴玉がまざりジャリジャリとした食感が・・・ていうかおれ砂糖も練りこんでませんか!?

カカオパウダーにシナモンも・・・!!!???

どういう料理なんですか!?

ふと視界に唯さんの口からなにかマシュマロみたいなものが出て行くのが見えました。

けど、私も自分の事でいっぱいいっぱいで。

不意に色々な映像が頭で再生されました。

それは口では説明することができないくらいに、あっっっっっっっっっまい映像でした。

とにかく、女の子が好きそうなもの、というか可愛いものばかりの映像でした。

ピンクの空から星型のナッツが絶えず落ちてきて、脳をくらくらさせる甘い匂い。

クッキーでできたぬいぐるみやお菓子でできたお城。

チョコレートの海にわたあめのベッド。

そしてにこにことした顔の澪さんがカゴいっぱいにお菓子をつめてばら撒いて迫ってくる夢。

私も甘いものは好きですが、これは・・・。

 

 

「千乃ちゃん、ペッてしなさい!ぺっ!」

 

 

背中をさすってくれる紬さんのおかげで我にかえりました。

なにか怖い夢を見てきた気がします。

私、今まで気絶してたみたいです。

律さんは唯さんを介抱しているみたいで、私よりも深刻だったとか。

なんでも、目がぐるぐる巻きだったのに、澪さんが作ったものを一心不乱に食べていたとかなんとか・・・恐ろしいです。

 

そしてその澪さんは、こっちを見て泣いてるような、笑ってるような複雑な顔をしていました。

 

 

「あ、あはは・・・」

 

 

そんな乾いた声がとめどなく溢れています。

 

 

「澪・・・お前いつのまにこんな兵器を・・・」

 

 

「普通の食材だけで、唯ちゃんが中毒者みたいになるなんて・・・」

 

 

もう何も言えず、澪さんは魂が抜けてしまったように座り込んでしまいました。

唯さんもなんとか意識が戻ったみたいです。

 

 

「あれ・・・ひいおばあちゃんは?」

 

 

その言葉を聴いて背筋が寒くなりました。

まさか・・・。

他の皆さん(澪さん除く)も同じ考えを持ったようです。

三途の川・・・いやなんでもありません。

 

 

「・・・どうする?もうやめとくか?」

 

 

「さすがに澪ちゃん以上のはないんじゃない?」

 

 

「そうよね・・・きっと。それに私、権利欲しいもの!」

 

 

紬さんがそう言って料理を出しました。

それはケーキでした。

美味しそうな苺のショートケーキ。

さきほど、澪さんのおかげで変な夢を見た気がしたのですがそれは置いといて・・・。

 

 

「ケーキ・・・こんな短時間で立派なケーキが・・・」

 

 

「実は昨日の夜に作ってたの。千乃ちゃんに元気になって欲しくて!」

 

 

「私らはオマケかよ~」

 

 

「うふふ、そんなことないわ」

 

 

にこっと笑う紬さん。

凄くホッとします。

ケーキを見た瞬間に、嫌な汗が吹き出たのですがそれすら吹き飛ばすほどでした。

 

 

「どうかな、千乃ちゃん・・・食べてくれる?」

 

 

「はい!もちろんです!」

 

 

「嬉しい!じゃあ切り分けるわね!」

 

 

そう言って丁寧に切り分けていく紬さん。

皆さんがわくわくするような顔でそれを見ています。

 

 

「じゃあ私これ!」

 

 

と、ひときわ大きな苺が乗ってる部分を律さんが取ろうとした瞬間。

 

 

「ダメ!!!それは千乃ちゃんの!!!」

 

 

と。

紬さんが言いました。

凄い剣幕で言った紬さんに、皆さん呆然としてしまいました。

落ち込んでいた澪さんもビクってなっています。

 

 

「・・・あ、ごめんなさい・・・大きな声出しちゃって・・・」

 

 

なんでもなかったかのように、紬さんはそれぞれケーキの入ったお皿を皆さんに渡していきます。

そして、その大きな苺が乗ったケーキが私の手元に・・・。

 

 

「千乃ちゃんに元気を出して貰おうと思って、大きな苺を乗せたの!」

 

 

そんな笑顔で言われたら、嬉しくなっちゃいます。

その心遣いに感謝して美味しく頂こうとしたら、律さんがそれを私から奪って、幸せそうに食べている唯さんの口に放り込みました。

 

 

「あ・・・」

 

 

と紬さんが言った途端に。

急に唯さんの頭から煙が出て、顔が真っ赤になり、汗をかき始めモジモジと体を動かし始めました。

そして隣に座っていた私に急に抱きついてきました。

けれど、いつもみたいに楽しそうにではなく、なんだか息が荒く、紬さんみたいでした。

私を見るその目は潤んでおり、ドキッとしてしまいました。

 

 

「ねぇゆっきー・・・なんだか体が熱いの・・・」

 

 

そう言っておでことおでこをくっつけます。

唯さんの息が、私の口や鼻にあたるほど接近しており、なんだか・・・なんだか!!!

 

 

「ムギ!なに入れた!?」

 

 

明らかに普通ではないその様子に、律さんが慌てて私から唯さんを離そうとしています。

けれど、唯さんは信じられないくらい力が強く一向に離れず。

 

 

「ゆっきー、離れちゃいや~」

 

 

「ひゅい!?ゆいさん!?」

 

 

そして紬さんは舌打ちをして。

 

 

「あとちょっとだったのに・・・あとちょっとで千乃ちゃんと私がベッドインだったのに・・・ひどいわ律ちゃん!!」

 

 

「ひどいのはお前の頭ぁ!ていうか本当にそろそろ捕まるレベルだぞ!」

 

 

「ていうか唯ちゃん!千乃ちゃんから離れて!人前でそういうのはいけないわ!そういうプレイはまだ早いわ!」

 

 

「ムギぃぃぃぃ!!!」

 

 

結局、騒動が治まったのはそれから1時間後くらいでした。

皆さんもう疲れているみたいで、ほとんど誰も声がでていません。

私も疲れてしまいました。

でもまだ私の料理を出していません。

是非、皆さんで食べて貰いたいと思って作ったのです。

皆さんと食べたいと思って作ったのです。

 

 

「はぁ・・・えっと最後は千乃か」

 

 

「・・・遅くなっちゃったわね」

 

 

「一重にお前のせいだぞ、ムギ」

 

 

「ていうか、なんだかフラフラするよぉ~」

 

 

「唯は知らないうちに自分が大変なものを失いかけたことを知らないんだな・・・」

 

 

「じゃあ千乃、持ってきてくれるか?」

 

 

「あ、はい!」

 

 

そう言って私は、ガスコンロを用意して、その上におなべを用意しました。

中にはおだしとお野菜、そして皆さんが調理に使ったあまりを全部入れた、皆さんで作ったようなおなべです。

律さんが使ったエビ、澪さんのパスタの生地で包んだ餃子、紬さんの用意してくれた食材はもちろん、軽音部皆さんの個性が集まったおなべです。

 

 

「おなべ?」

 

 

「はい・・・私、誰かとこうやってご飯を食べること、すごい嬉しくて・・・いつかおなべを囲んで笑いながら食べたいってずっと思ってて・・・夏でちょっと暑いかもしれませんけど・・・」

 

 

なんだか自分の心を形にするということ、以前はこんなにはっきりとは喋られなかったのに・・・。

みなさんと出会って、色んな経験をして私も知らずのうちにこんなに成長できていたんだ。

紬さんが言ったみたいに、いつまでも立ち止まってはいなかったんだ。

少しは、前に向かってるんだ。

 

 

「・・・千乃らしいな!」

 

 

「そうだな・・・うん、千乃だ」

 

 

律さんが言って、澪さんが笑いました。

 

 

「ゆっきー、私おなべ大好きなんだ!ありがとう!いっぱい食べよ~っと!」

 

 

「千乃ちゃん、あーんってして?」

 

 

よかった・・・皆さん喜んでくれて。

本当はカレーを作りたかったのですが、時間がないからやめて残念ではありましたがこれはこれで良かったと思いました。

 

 

そして唯さんはどれも美味しいと、評価を下したのですが澪さんと紬さんのは含まれず、私と律さんでジャンケンをして、勝ったほうが権利を得られると言うことになりました。

そして勝者は私。

私が得た権利で、願ったことは皆さんで一緒に眠ることでした。

大きなベッドの上で、皆さんと眠くなるまでお話して、疲れてしまった人から眠っていく。

そんな事を願いました。

 

皆さんは呆れたように笑って、承諾してくれました。

紬さんだけはいつもどおり、ちょっとおかしかったですけど・・・。

そして片づけをして、練習をしてお風呂に入り、ベッドに寝転びます。

こんな時間が永遠に続けばいいのに、なんて子供のようなことを思いながら。

1人、また1人と瞼が下がってきて。

その邪魔にならないように、私は1人、歌いました。

寝転んだまま、皆さんの眠気を妨げないように、小さな声で。

中島美嘉の『ひとり』という曲。

これはもともとスローテンポなもので、演奏無しでも歌えるものであります。

悲しい曲調、孤独感を感じてしまう歌詞。

外から聞こえてくる波の音も相まって、少ししんみりしてしまうかもしれませんが、それでもこの曲は誰もが持っている心の寂しさをうめるための曲なのです。

孤独感を感じてしまう寂しい夜、布団に包まりながらその中で体を丸めて、ただひたすら後悔をする。

でも、それでも忘れられない思い出、忘れられない人を思う歌。

優しい音に乗せたその思いは、冷たく凍えてしまいそうになってしまう。

だから、私はこの曲を歌いました。

私の隣で寝ていた紬さんと唯さん、そしてその隣の澪さんに律さん。

皆さんが自然とお互いに寄り添いあい、暖めあうように眠る。

 

このときを一生忘れない。

みんな弱さを持っているのだから、それを支えあおう。

そう歌う私は、皆さんを抱きしめて温かさを感じて、離さないようにと、ただそう願いました。

 

 

朝、起きた時、そこには5人ベッドなのにまるで2人分しか使われてなかったみたいに寄り添いあう5人の姿があったとか・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




神様「ファッ!?媚薬!?」


今回も読んでくださってありがとうございます!
よかったらまた次回もよろしくお願いします!




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第22話

以前、感想の欄で教えていただいたGirls Dead Monsterというグループの曲を聞いてみました。
凄くいい曲でした。
なんだか知らないものを誰かから教えて貰えると言うのが嬉しくて嬉しくて・・・。
また何かオススメありましたら、教えていただけたら嬉しいです!

そして更新が遅れてしまってすいません・・・。


ラジオ体操、第一。

きっと誰もが聞いたことがあると思われる音楽。

聞くだけで夏の始まりを感じ取ることができ、これから訪れる素敵な長期休暇および友達と遊ぶことに胸を膨らませることは間違いないはずです。

かくいう私も、やったことがある・・・はずです。

なんとなく覚えています。

内気で人見知りだった私には、前の世界では友人がおらず幼稚園の時代は親に連れられて、地域の集まりでやっていました。

なんで、こんな話をしているかといいますと、今まさにそのラジオ体操をしているからです。

たくさんの子供やおじいちゃんおばあちゃん達と一緒に。

 

ことの始まりは合宿から帰ってきたその日。

私を連れて、紬さんはある病院へと向かいました。

琴吹病院。

なんと琴吹家が作ったという病院だそうです。

ここはお金の少ない人達や、難病を抱えている人達が多く入院されているそうで、中には紬さんみたいにいわゆる令嬢と呼ばれる人達も入院されているとか。

普通の病院よりも優秀なお医者様が在籍し、日々研究も進み、技術を進歩させているそうです。

私の喪失病を紬さんは治療しようとしてくれて連れて来てくれたそうです。

紬さんに手を握ってもらって連れて行ってもらったお部屋には見るからに優しそうなお爺さんがいました。

しかも外国人です!

お口が見えなくなってしまってるくらいにお髭を蓄え、目元は少し垂れているこのお爺さんはこの病院で一番の名医さんだそうです。

紬さんも小さいころは良くお世話になっていたんだとか。

 

 

「やぁ、元気だったかい?紬ちゃん」

 

 

「はい。先生も」

 

 

「ほっほ。元気の秘密はな、子供達の笑顔じゃ」

 

 

そう言って笑ったお医者様は凄く嬉しそうで、そして私を見ました。

 

 

「君が千乃ちゃんかな?」

 

 

私の名前が呼ばれ、そのことに驚いてしまいました。

 

 

「あ、はい。湯宮千乃と申します・・・」

 

 

「そう畏まらんでもええ。話は紬ちゃんから聞いておる。とは言っても全部ではないがの」

 

 

にっこりと笑い、あったかいレモンティーとクッキーを出してくれました。

それを飲むようにいわれ、口に含むと心のうちからホッとしました。

あったかい・・・。

 

 

「儂のことはトムと呼んでおくれ。ここの子供達からはクマ先生と呼ばれとるがの。さて・・・この老いぼれに詳しく話してくれるかな?」

 

 

お髭を触りながら、またにっこりと笑いました。

なんだか笑うのが似合うと、そんな事を思ってしまいました。

 

 

なんと言ったらいいものか・・・信じて貰えるだろうか・・・頭の中で色々な考えが浮かびましたが、紬さんは隣で、両手で私の手を握ってくれたのでゆっくり話し始めることができました。

そして、私は自分の事を話します。

事故にあったこと、両親がいないこと、喪失病のこと。

話している最中、お爺さん・・・じゃなくてトム先生は何も言わず、ただうんうんと頷いているだけでした。

そして話し終えると、少し沈黙がこの場を支配します。

 

 

「・・・にわかには信じられん話じゃ」

 

 

「でも先生、本当なんです!千乃ちゃんは喪失病なんです!」

 

 

「あぁ、嘘を言っているというわけじゃなく、聞いたこともないから驚いているだけじゃ・・・喪失病か・・・それにご両親も。辛かったじゃろう・・・。

聞きたいんじゃが、そう診断されたのじゃろう?どのお医者さんに診断されたか覚えておるか?」

 

 

「・・・神様、でしょうか?」

 

 

2人とも怪訝な顔をしています。

普通の反応ですよね。

急に神様に言われたなんて、誰も信じませんよ。

私が以前いた世界では、喪失病は世間に認知されていたのですが、こっちでは私1人と神様は言っていました。

だから、説明の仕様がないのです。

 

 

「あ、あの・・・本当なんです・・・」

 

 

何を持って本当だと断ずるのか・・・そう思っているとトム先生は頭を撫でてくれて。

 

 

「うむ、信じるとも」

 

 

そう言ってくれました。

 

 

「大きな声では言えんが、この病院にもたくさんの患者がおる・・・中には見たことも聞いたこともない病気の人もおった。そういった患者は神様が選んだ人なんじゃと思っとる。

つまりじゃな・・・その人なら乗り越えられると、神様は思ってるんじゃ。

だから千乃ちゃんに神様が言ったというのもわかる。千乃ちゃんなら負けないと儂も思っとる。

それに、新しい病気というのは珍しくない。

なんだって始めてはあるのじゃ。その新しい病気に名前をつけて初めて世間に認知させることができる。だから千乃ちゃんが抱えておる病気も信じる・・・辛いかも知れんが、君が始めての患者さんというわけじゃ。そういう患者をわし等はなんとか治療できんかと思って日々研究しておる。だから、千乃ちゃんの喪失病も、きっとわし等が何とかしてみせる」

 

 

今まで何人もの患者さんを救ってきたであろうトム先生の手は大きく、わしわしと頭を撫でられて、私の髪はクシャクシャになってしまいました。

でも嫌ではありませんでした。

優しい顔で私を見て、手のひらから伝わる温度が・・・何故か私のお父さんを思い出させました。

今はもうほとんど思い出せなくなっているそのお父さんを。

 

 

「先生・・・千乃ちゃんは高校を卒業するくらいに喪失病は進行しきってしまうって・・・」

 

 

「うむ・・・あまり時間はないのぉ」

 

 

「あの・・・無理を言ってるのはわかるんですが・・・」

 

 

私は言います・

 

 

「入院とか、したくないんです・・・」

 

 

「ふむ・・・しかし入院してもらったほうが何かあったときにすぐ対応できる」

 

 

「はい・・・治療して貰う身分でこんなおこがましいこと言えた立場じゃないんですけど・・・それでも、私は高校に通っていたいんです。大好きな紬さんや皆さんと・・・叶えたい夢があるんです」

 

 

「・・・・・」

 

 

「お願いします。きっと入院してしまうと、羨んでしまうと思うんです。元気な皆さんと、自分を比べて勝手に落ち込んでしまうと思うんです・・・そんなことしたくないんです。

大好きな人をそんな風に思いたくないんです・・・」

 

 

「千乃ちゃん・・・」

 

 

「だから・・・お願いします!」

 

 

「先生!私からもお願いします!」

 

 

紬さんが一緒に頭を下げてくれます。

 

 

「ふむ・・・ふむ!わかった。高校に通うことは良いことじゃ。負けない心を育むことができる!それに、病気が治った千乃ちゃんはそこからも人生が続いていくからのぉ・・・勉強はしとかんとな!」

 

 

ニカっと笑うトム先生。

あぁ・・・なんて安心する笑顔なんでしょうか。

 

 

「紬ちゃんよ、いい友達を得ることができたんじゃな・・・昔はあまり楽しそうではなかったが、安心したわい」

 

 

「はい・・・お父様の反対を押し切って自分で高校を選んでよかったと思っています・・・軽音部の皆さんと出会えたこと、今まで経験したことのないことを沢山できたこと・・・そして、親友が出来たから」

 

 

そう言って、こちらを見て笑ってくれました。

親友!?

・・・照れくさいです・・・だって私の言葉でもあるのですから。

 

 

「あいわかった!じゃが、通院という形でほぼ毎日来てもらうことになるぞ?」

 

 

「はい、大丈夫です!」

 

 

「千乃ちゃん、クラブが終わったら私がそのまま送ってあげるから安心してね!」

 

 

「え、や、そんな、悪いですよ!」

 

 

「私が好きでやってることだからいいの!先生、私も付き添いできていいですか!?」

 

 

「ふむ・・・儂としては歓迎するが、千乃ちゃんもいいかの?」

 

 

お紬さんがきらきらした目で私を見ている・・・気がします。

病院という場所は、私にとってはあまりいい思い出がある場所ではなく、トム先生がどんなに良い人でも、やっぱり少しばかり緊張して足がすくんでしまいます。

なので、紬さんが一緒にいてくれると凄く安心はできるんです。

 

 

「・・・・・いいんですか?」

 

 

「もちろんよ!」

 

 

「じゃあ・・・お願いします」

 

 

「うん、任せて!」

 

 

「うむうむ!そうじゃ、夏休みの間はなるべく朝に来てもらえるかの?ちょっと頼みたいこともあるのじゃ」

 

 

「わかりました・・・あ、えっと、その・・・治療費って大体いくらくらいなんでしょうか・・・?」

 

 

神様曰く、高校生活の間分はお金が困らないくらいあるといっていましたが、病院の治療費の相場がわからなくて、恐る恐る聞いてみます。

 

 

「おぉ、そうじゃったな・・・うむ、明日祖手も含めて話すとしようかの。今日はもう遅い、帰ったほうがいいじゃろ」

 

 

「はい、ありがとうございました」

 

 

「先生、よろしくお願いします!」

 

 

「うむ、気をつけてな」

 

 

そして、私たちは病院を出ます。

 

 

「千乃ちゃん・・・私、一緒に歩くからね」

 

 

そう言って、紬さんは何も喋らなくなりました。

一緒に歩く、その言葉にどれだけの意味が込められていたのでしょうか。

私も、ただ、ありがとうと言ったきり、口を閉じました。

この心地いい空気を、味わいたくて。

 

 

 

 

 

翌日、朝、いつもより早めに起きて紬さんと駅で待ち合わせをしました。

病院からは駅から歩いて30分ほど。

車だと10分かからないそうです。

 

 

「おはよう千乃ちゃん!」

 

 

「おはようございます、紬さん」

 

 

麦藁帽子に、スカート、白いカーディガンの紬さんはやっぱり絵を切り抜いたように綺麗です。

周りの人達も見ているのがわかります。

 

 

「大丈夫だった?ここまで何もなかった?転んでない?」

 

 

「大丈夫ですよ。視力が失われたって言ったって、全部見えなくなったわけじゃないですから!それに、距離感だけはどうしても慣れませんけど・・・」

 

 

「今日、病院に行ったときに白状借りとこう?」

 

 

「えっと・・・」

 

 

確か、目が不自由な人が持って歩く棒のことですよね?

・・・あまり持ちたくない、というのが心情です。

だって、それを持ってたらやっぱり周りの人にすぐ気づかれてしまうし・・・なにより自分はどうしようもなく病気なんだと思い知らされそうで。

いや、これは独りよがりですよね。

心配してくれてる友達がいるのに。

 

 

「そう、ですね・・・」

 

 

だから、私は借りることができればいいなと思いました。

これで少しでも皆さんの不安が解消されれば、そんなに嬉しいことはないのですから。

 

 

 

 

そして病院に着きました。

 

受付で用件を伝えると、トム先生の部屋へと案内されました。

 

 

扉を開けると、昨日と変わらない先生の顔があり、安心してしまいます。

 

 

「おはよう、2人とも」

 

 

「「おはようございますトム先生」」

 

 

時刻は朝の8時。

 

 

「うむ、じゃあさっそく検査のほうを・・・の前に、千乃ちゃんに頼みたいことがあると昨日言ったね?」

 

 

「えっと、はい」

 

 

「・・・千乃ちゃん、この病院には沢山の患者がおる。その中には身寄りのない子供やお年寄り、わけありの患者もおる・・・というかほとんどがそうじゃな・・・」

 

 

しみじみと語るトム先生。

 

 

「無理にとは言わんのじゃが・・・できたらここの患者と仲良くしてやってくれんか?」

 

 

「え?」

 

 

「入院している患者、特に子供達は長いこと入院してるものばかりでな、あまり病院の外には出れんのじゃ・・・出たいのはわかっとるんじゃが、それはできん」

 

 

なぜ?と顔に出ていたのでしょうか。

トム先生は困ったように、紬さんは下を向いて。

 

 

「外に出られるほど、みな健康じゃない・・・あんなに小さな子供達も・・・琴吹病院はそういった、他の病院では受け入れ拒否した患者を積極的に受け入れておるんじゃ」

 

 

「・・・・そう、なんですか」

 

 

「うむ・・・外が恋しかったり、外の人と話したかったり・・・目に見えての。じゃからどうか友達になってやってはくれんだろうか・・・」

 

 

老いぼれの頼みじゃ

 

 

頭を下げるトム先生に私は慌てて駆け寄り。

 

 

「あ、頭を上げてください!むしろ私に力にならせてください!」

 

 

入院している時の心細さは、良くわかっている。

あれは辛いものです。

 

 

「すまん・・・ありがとう!」

 

 

「先生、私も力になるわ!」

 

 

「紬ちゃんまで・・・ありがとう!」

 

 

そう言って私と紬さんを抱きかかえ、嬉しそうに涙を流すトム先生は本当に優しい人だと再認識しました。

 

 

「そうじゃ、昨日、治療費と言っておったが、これがそうじゃと思ってくれ」

 

 

「え・・と?」

 

 

「千乃ちゃん、つまりお金は要らないって事!」

 

 

「え、えぇ~!?」

 

 

「いいんじゃ!わしが一番ここで偉いから!」

 

 

豪快に笑うトム先生に笑顔の紬さん。

もしかして、昨日のうちに紬さんが何か手を回してくれていたのかと思ったけれど、このトム先生の態度はきっと今、初めて決めたんだと思います・・・。

でも、私としてもお金がかからないことはもちろん、昔の私みたいな子供達の力に慣れるなら・・・そう思いました。

 

 

「よし!この病院では朝にラジオ体操をしておっての。もうそろそろ始まるから2人も一緒に来たらええ。朝の体操は気持ちええぞ~!儂も毎日やっとる」

 

 

有無を言わさず、私たちを連れて行くトム先生。

今更ながらトム先生は体が大きいことをここに明言しておきます。

縦もさることながら、横も・・・なんだか本当にクマさんみたい。

 

 

そして、中庭らしきところに到着。

すでに多くの患者さん達が集まっていました。

子供も多く、その子供達は皆がみんな、患者なんだと思うと可哀想だと思ってしまいます。

でも、長い入院を経験している人からしたら、そういった同情というものは苦でしかないというのは身をもって体験しているので、そういった目では見ないように気をつけます。

 

 

「おはよ――――!!!!」

 

 

トム先生の大きな声に、患者さん達は大きな声で返事をします。

 

 

「「「「「「「「「「おはよ――――――!!!」」」」」」」」」」

 

 

「うむ、ええ元気じゃ!今日はみんなに紹介したい人がおる!この2人じゃ」

 

 

広場にいる皆さんの視線がこっちに向いたのがわかります。

 

 

「ほれ、自己紹介」

 

 

「え、え?えっと・・・私は・・・その」

 

 

広場には多分ですけど50人くらいいると思います。

そんな中で自己紹介・・・恥ずかしい!

なのでドモってしまいます。

皆さんも、どうしたどうした?みたいな感じでざわざわし始めました。

うぅ・・・貝になりたい。

 

 

「琴吹紬です。今日からみんなと友達になれたらいいなと思ってます。よろしくお願いします」

 

 

紬さんが、割って入ってくれたので、視線がそっちに向かいます。

紬さん・・・ありがとうございます。

 

 

「そしてこっちが私の友達の・・・」

 

 

「湯宮千乃です。わ、わたしも友達になりたい!・・・です」

 

 

よろしくお願いします、と頭を下げます。

紬さんがふってくれたのでその勢いに乗って自己紹介をしました。

声の強弱がバラバラだったと思われます。

うぅ・・・恥ずかしい。

 

 

「・・・・・・・」

 

 

周りの人達は何も言いません。

なんででしょうか・・・もしかして私のせい!?

変な自己紹介をしてしまったからでしょうか?

しかし。

 

 

 

「お姉ちゃんたち、きれ~」

 

きれ~・・・きれー・・・きれい・・・綺麗?

1人の女の子、おそらくは小学校低学年くらいの女の子がそう言いました。

綺麗・・・確かに紬さんは綺麗です。

私もそう思います。

でも、私自身はそう思いません。

でも、この子は『たち』と言いました。

お世辞でも嬉しいなと。

それをかわぎりに、他の皆さんもいっぱい歓迎してくれました。

 

男の子達はやんちゃで、女の子達は色んな質問するほど好奇心旺盛で、病院に長い間入院しているとは思えないほど元気いっぱいでした。

 

そして冒頭のラジオ体操に戻ります。

歓迎してくれた子達の中でも特に目立つのがしんのすけ君にとおる君、まさお君にぼー君にねねちゃんの5人組。

ラジオ体操に不慣れな私たちに、お手本を見せてくれます。

良い所を見せることができるからか、ちょっと自慢げなのが可愛いです。

 

ラジオ体操自体は3分くらいなので、体力のない私でもなんとかついていけます。

というか、体操で疲れてしまう私っていったい・・・。

 

体操が終わって、皆さんが各部屋に戻る時、私たちも一緒にと言ってくれたのですが、トム先生が私の検査があるからと言うと凄くごねられました。

まだ会って少ししか経ってないのに、ここまで言ってくれるのは嬉しいですね。

だから。

 

 

「明日からも毎日会えるから・・・ね?」

 

 

そういうと、目をキラキラさせて。

 

 

「約束だよ!?」

 

 

と、指きりげんまんをしました。

5人と。

 

 

いつまでも私たちに手を振ってくれる皆さんに後ろ髪を引かれる思いではあったのですが、そこをあとにします。

 

 

「どうじゃった?」

 

 

「はい、みんなとってもいい子達でした」

 

 

「そ、それに・・・また約束してくれました」

 

 

「うむ!これからもよろしく頼むわ!わしには最近の子達のゲームやらアニメやらはわからんでな・・・」

 

 

寂しそうに背中がすすけて見えたのは気のせいだと思いました。

そして検査が始まり、見たことのない機械の中をくぐったり、写真を取られたり・・・気づいたらもう日が落ちていました。

その間も紬さんは何一つ文句を言わず、ずっと寄り添ってくれていました。

 

 

検査は終わり、明日からは研究とお薬の開発、などなど・・・だそうです。

ここまでしてくれるトム先生と紬さんのためにもなんとか病気を治せたらいいなと・・・いや、そんな人達とこれからも生きていきたいから、なんとしてでも病気を治したいと思いました。

 

 

紬さんと病院をあとにして、駅まで歩いていきます。

その手には、トム先生に借りることができた白杖。

周りの人達の視線が、今朝とは違うことを感じながら歩いてゆきます。

 

明日の朝、また駅で待ちあわせと約束をし、別れます。

紬さんの去り際に私は大きな声で、ありがとうございましたと伝えました。

遠く見える紬さんに届いたかは私の目にはわかりませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日の午後。

紬さんと病院から帰って自室でただ独り。

ふり返ると、まだ夏休みが始まって少ししか経っていないのですが、様々なことが起こってその出来事に振り回される毎日を過ごすことができています。

 

軽音部の合宿は、練習できた時間は微々たる物ではありますが、一層絆を深めていい感じだと思います。

練習していた曲はあと少しで完成できると思います。

夏休みが明けたら学園祭がありますので今から緊張してしまいます。

澪さんからのど飴を食べると良いと言う事、クーラーにあたってお腹を冷やさないようにと教えていただきました。

あとは・・・学生の身分なので宿題はもちろん、復習と予習は欠かさないようにしています。

家事はなかなか板についてきたと自負しています。

お料理のレパートリーも結構増えてきましたし!

喪失病でぼやけるようになった私の視界で、最初は慣れない事ばかりでしたが、落ち着いてゆっくり確実に物事に当たるようにしています。

その甲斐あって、最初はあちこちぶつけていたのですが、家の中だったら普通に家事が出来るようになりました。

軽音部の皆さんが練習で集まるたびに心配して、家事などの手伝いを申し出てくれるのですがそれは丁重にお断りしています。

また怒られるかもしれませんが、やっぱり貴重な夏休みを、私の手伝いで消費するのではなく有意義に過ごして欲しいということ・・・あと、私自身、1人でやっていきたいと思っているからです。

今はまだ視力だけですが、これからもっともっと大変になっていくと思うので、今から少しでもせめて家の中だけは目をつぶっても何でも出来るようになりたいと思っているからです。

全てのものは定位置を作り、使ったらすぐ同じところへ戻す。

たったこれだけで今のところはなに不自由なくやっていけているのだから、人間と言うのはすごいと思います。

まあ、もともと私の住んでいる家にはモノが少ないのですが。

 

紬さんに連れて行ってもらった病院でまた新しい出会いを得ることができました。

 

 

あれから喪失病は進行を見せず、いつ来るのか私は緊張しています。

これが合宿で発症したからまだ良かったのですが、学校だったらどうなっていたのでしょうか・・・。

そう考えるとちょっと怖くなってしまいますね。

 

 

 

神様から貰った日記(?)なのですが、不思議なことに何ページ書いても終わりがありません。

恥ずかしい話ではあるのですが、私は1日に何回もこの日記を書きます。

多いときだったら5ページくらい・・・。

書きたいことが多すぎるんです。

人から見たら、小さなことでも私にとったらそれは全部大切なことで。

ついついいっぱい書いてしまうのです。

だから、もうそろそろページが尽きると思ってたのですが、一向に終わりがないのです・・・いや、嬉しいことではあるのですが。

そういえば神様がなんだかそんな事を言っていたような気がします。

まだまだ厚さからしたら教科書ほどしかないのですが、それでも私の全てが詰まってるこの日記・・・誰かに見られたら恥ずかしいですね。

私が喪失病で消えてしまうとき、この日記も持っていくことはできないのでしょうか・・・。

持っていけたらいいなぁ、と思う私です。

 

 

 

 

 

っと、電話です。

時間はお昼過ぎです。

この時間ですと、律さんでしょうか?

 

 

「はい、湯宮です」

 

 

しかし、電話の相手は律さんではなく。

 

 

「あ、もしもし千乃?」

 

 

和さんでした。

自分でも笑ってしまうほど、テンションが上がってしまいます。

 

 

「和さん!」

 

 

「こんにちは千乃。元気そうね」

 

 

「はい!あ、あの和さんも、お変わりありませんか?」

 

 

「そうね、友達から夏休みに入って一回も連絡がないこと以外は変わりないわ」

 

 

その言葉に私は動揺してしまいます。

 

 

「あ、あああの、夏休みで、と、と、友達にお電話していい時間帯が、わからなくて、本当は何回かかけようとしたんですけど、結局かけられなくて・・・ごめんなさい・・・」

 

 

「冗談よ千乃。でも、そんなの気にしないで何時でもかけてきなさい。迷惑だなんて思わないから」

 

 

「・・・ありがとうございます」

 

 

「うん。それで用件のほうなんだけど、千乃、前言ってたお祭りなんだけど、明日だけど大丈夫?」

 

 

「あ・・・えっと、その・・・」

 

 

そう、和さんと夏休み前にお祭りに行く約束をしてました。

けど、私はそれを断ろうと思っていたのです。

だって目が見難くなって、そこから和さんに喪失病のこと、ばれてしまうと思うととてもじゃありませんが行けません。

 

 

「・・・?千乃?」

 

 

だから断ろうと思っているのです。

 

 

「もしかして・・・都合悪い?」

 

 

「いえ・・・明日、行けます」

 

 

断ろうと思っていたのですが、できませんでした。

だって、和さんとお祭り、凄く楽しみにしてたんです。

バカですよ、本当に。

どうするんですか、これから。

 

 

「そう?良かった。じゃあ明日、夕方6時くらいに駅で待ち合わせでいいかしら?」

 

 

「は、はい・・・お願いします」

 

 

 

 

 

電話が切れたあと。

どうしましょう・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 




神様「めずらしくムギがまとも・・・・・・・・・・だと・・・・・・?」


今回はムギちゃんのダディあ経営する病院にて、新しい出会いの回でした。
この病院で書きたい話が合ったので、今回は1話まるまるその前準備で使わせて貰いました。
ちなみにトム先生ですが、フランス人です・・・どうでもいいですね。
あと、患者の中にもしかしたら知ってる名前が出てきていたかもしれませんが特に意味はないのです。
知ってたらイメージしやすいかな?とおもっただけです・・・すいません。


そして次は和ちゃん回です・・・私は和ちゃん大好きなのでどんな話にしようかと今からわくわくしています。

また機会がありましたら読んでくださると嬉しいです。


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第23話

もう年も終わりそうですね・・・社会人一歩手前ですがXBOX ONE を買うか迷っています・・・ドラゴンボール欲しい!


今回は激しく原作との性格が変わってる人がいます。
はい、沢庵さんです。
それでもおkという方のみよろしくお願いします。


Side 千乃

 

 

お祭り。

私がまだ、今よりももっと子供だったころ、お父さんとお母さんに連れて行ってもらったことがあります。

引っ込み思案、人見知り、恥ずかしがりや。

そんな私は幼稚園でも教室で1人、本を読んでいるような子だったと思います・・・その記憶はもうおぼろげですが。

家に帰ってもお母さんに料理の作り方を習ったり、本を読み聞かせてもらったり、一緒に歌ったりで外に出ることはあまりなかったのです。

そんな私を、2人は少し心配してかお祭りには毎年連れて行ってくれていました。

なんとなくでしか覚えてはいないのですが、お祭りは夢みたいな場所でした。

まるで物語にでてくるようなワンダーランド。

どこからか漂ってくる美味しそうな匂いに楽しそうな笑い声。

初めて綿菓子を見たときなんて、心が躍りました。

こんなに楽しいところがあったのか・・・。

私の両となりにいるお父さんとお母さんの口元が笑っていて、その時は理由がわかりませんでしたが、きっと私が目を輝かせていたのが面白かったんだと思います。

今ならわかります。

 

お祭り・・・行きたいなぁ。

初めての友達である和さん。

優しくて、綺麗で、かっこよくて、面倒見が良くて、美人な私の友達。

そんな和さんが私をそのお祭りに誘ってくれました。

私は二つ返事で約束をしました。

それが夏休み前の出来事です。

しかし、そのあと私は喪失病により視力が『失われて』しまいました。

と言っても全部が見えなくなったわけではなく、距離感が少しあやふやなのと寝起きのように靄がかかっていると、そんな感じです。

今は紬さんの協力の下その治療に当たってはいますが、前の世界で10年間くらい結局直ることがなかった病気をタイムリミットの3年で治すことは難しいと思っています。

それに神様の言うとおり、3年間と言う夢のような時間を見ることができた後は、夢から目を覚ますだけ。

綺麗さっぱり、私という存在は消えてなくなると言っていましたからこれは確定事項なんでしょう。

さすがにそれ以上を望むのは欲張りっていうものですよね?

綺麗な景色、素敵な経験、最高の友達。

今だけでも、前世で手に入らなかったものがこんなに手に入っているのですから。

 

もちろん、そんなことは口が裂けてもいえません。

これだけは言いません。

 

じゃあ、治療に使われるお金が無駄になるんじゃないか?と私は思ったのですが、何でもこんな病気は今までに見たことがないらしく、先生曰く私の体を調べるだけで色々な新発見があるんだとか。

何回目の診断になるのでしょうか、先生は診断するたびに発見があるらしいのです。

興奮気味に言われて、なにかの役に立つことができるのならと、私は自分の治療という題目で、新しい何かを、私がいなくなったあとに繋がるきっかけを提供をできればいいなと思っています。

もしかしたら何かの薬の開発のきっかけになるかも知れない・・・もしかしたら他の人が喪失病になった時、少しでも役に立てるかもしれない・・・なんて。

 

 

えっと、話が逸れてしまいましたが・・・要は紬さんの好意の下で治療にあたってはいるのですが、それでも視力が回復することは難しく、そんな状態で明日のお祭りに行くなんて無謀という話です。

けれど・・・私は愚かで、和さんに改めて『行く』と宣言してしまいました。

和さんに会いたい。

一緒にお祭りに行きたい。

ただそれだけの理由で。

 

・・・・どうしよう。

絶対に無理ですよね・・・。

迷惑をかけてしまうのは絶対で、そこから喪失病がばれてしまうのが怖いのです。

でも・・・和さんとお祭り・・・行きたいんです。

どうしようかと1人で頭を抱えている私はもやもやした気持ちを抱えて、軽音部の練習へ向かいます。

和さんとの約束は夕方の6時からで、お昼過ぎくらいまでは軽音部の練習です。

合宿が終わってから、皆さんはどんどん上手くなっていきます。

置いていかれない様に私も必死に練習します。

そうだ、私には紬さん、澪さん、律さん、唯さんという友達がいるのだから相談してみるのはどうだろうか・・・。

きっとなにかアドバイスをくれるに違いない!

先ほどまで心にかかっていたモヤモヤが嘘のように晴れて、足取りは軽くなりました。

 

 

 

白杖の扱いにもだいぶ慣れました。

学校についてからは周りの目が気になるので、白杖をしまいます。

トム先生が気を利かしてくれて、コンパクトに折りたためるものを貸してくださいました。

鞄にしまって靴を履き替え階段を上ります。

当たり前の動作なのですが、少し手間取ってしまうのはご愛嬌です。

階段にぼる時は絶対に手すりを持つように、と紬さんに何度も言われました。

そんなにドジに見えるのでしょうか・・・いくら視力が弱くなったって階段くらいは大丈夫・・・と思ったのですが良く考えてみれば和さんと会った時も、唯さんを連れて行ったときも階段で怪我しましたね・・・。

それに紬さんは、心の底から心配してくれてるのがわかりますので、私もそれに従います。

私の友達は優しい人ばかりです。

 

軽音部の部室に到着しました。

扉を開けると、澪さんと律さんの声がします。

 

 

「千乃おはよー」

 

 

「くる途中、大丈夫だったか?」

 

 

「おはようございます。大丈夫ですよ」

 

 

ぼやけてはいますが、律さんと澪さんがイスに座っているのが見えます。

そしてそこには紬さんと唯さんの姿がない・・・と思います、多分。

 

 

「紬さんと、唯さんはまだでしたか」

 

 

「おはよう千乃ちゃん」

 

 

すぐ後ろから紬さんの声がします。

びっくりして体が跳ね上がりました。

 

 

「お、おはようございます・・・」

 

 

「律ちゃん、澪ちゃんおはよ~」

 

 

「おう、おはよう。さて、ムギも来たことだし・・・」

 

 

「おはようムギ。もう練習するのか?唯がまだだけど・・・」

 

 

「さっそくお茶にするか!」

 

 

ズルっと、澪さんが体を滑らしました。

 

 

「ふふ、すぐ入れるわね。千乃ちゃんもイスに座って待ってて」

 

 

いそいそと準備を始める紬さん。

紬さんの入れたお茶は美味しいです。

紬さんの人となりが出ているような・・・そう、すぐ私の後ろに立っていた優しさみたいな。

きっと階段を上る私のすぐ後ろにいて、一緒に上がっていてくれたのではないか・・・なんて。

 

 

「な、何か手伝えること、ありますか?」

 

 

「そうね・・・じゃあ千乃ちゃんのミルクを・・・」

 

 

「はいアウト!澪、千乃の隣に座ってガードだ」

 

 

「あ、うそ!ごめんなさいちょっとした冗談なの!」

 

 

「ムギ・・・いいかげん学習したらいいのに・・・」

 

 

私にはどういう意味かわからないのですが、軽音部の皆さんは時々今みたいに私の知らない話で楽しそうにはしゃぎます。

私もその中に入りたいとおもうのですが・・・何故か入れてくれません。

いつか教えて欲しいと思います。

 

お茶を飲み、一息ついていたとき階段を上がる音がします。

バタバタと、慌てているような音。

これだけで誰かすぐわかります。

唯さん。

勢い良く開け放たれたドアからは乱れた呼吸が。

 

 

「遅いぞ唯!」

 

 

「ごべんなざい・・・」

 

 

澪さんが注意をして、唯さんが謝ります。

この光景はよくみかけます。

 

 

「それで?今日の遅刻の原因は?」

 

 

「どうせまた夜遅くまでゲームでもしてたんだろ?」

 

 

「目覚まし時計が壊れてたんじゃない?」

 

律さんと紬さんは予想をたてて、しかし唯さんの答えは。

 

 

「・・・・・・・・憂が寝かせてくれなくて・・・」

 

 

「キマシタワ―――――!!!!!」

 

 

瞬間、紬さんが大きな声を上げました。

腕を思いっきり振り上げたり、せわしくなく動く足を見ていると、病院に入院しているしんのすけ君たちを思い出す。

なんていうか・・・そう、我慢できなくて体全体で感情を表現するような、そんな感じ。

紬さんのその豹変に、律さんはため息をつき、澪さんはびっくりしたのかうずくまっています。

 

 

「寝かせてくれないって・・・寝かせてくれないって!!もう高校生なのにどんだけハードなの!?しかも憂ちゃんはまだ中学生よね!?いったいどんなプレイをいやいやそれよりもどっちが受け!?攻め!?唯ちゃんはネコなのタチなのどっちなの!!!???あ、千乃ちゃんは意味わからいわよね?大丈夫ぽよよ、ちゃんとあとで私がじっくりねっとりその体に教えてあげるからね!」

 

 

鼻から凄い量の息が漏れているのがわかります。ていうかなんだか語尾がおかしいような・・・。

ぽよよって。

今の会話のどこに、紬さんがこうなる要素があったのかわかりませんが、今日も紬さんが楽しそうでよかったです。

 

 

「ムギ!ムギ!落ち着け!はっちゃけすぎだ!」

 

 

律さんが抑えに回りますが、止まりません。

今日の紬さんは一味違うようです。

 

 

「いーえ、今日は止まりません!まったくこの軽音部のメンバーは本当に私を揺さぶりまくりよ!律ちゃんと澪ちゃんカップルに、唯ちゃんと憂ちゃんカップル!それに天然ものの千乃ちゃん!みんなのせいで私はどんどんおかしくなっちゃうわ!抑えられないの!!こうなったのもみんなのせいなんだから責任とって貰うわ!さぁさぁ唯ちゃん昨日の夜のこと詳しく聞きましょうか!?シャワーは入ってからの話なの!?トイレは!?」ハァハァハァハァハァハァハァ

 

 

「シャワーは入ってからだよー?トイレは・・・途中で?」

 

 

「ンマー!禁断のし、し、し、し、姉妹丼!?」ワァァァァァァァァァァァ

 

 

「私が眠りそうになるとさ、憂がわきをくすぐったりしてくるの」

 

 

「くすぐりプレイ!?」ハナヂガデタ・・・

 

 

「びっくりして目がさえるの~。それで遅刻しちゃった、ごめんね・・・でもおかげで宿題終わったの!」

 

 

「なんて大胆・・・しゅ、しゅくだい?」

 

 

今までとは打って変わって、紬さんのオーラが目に見えてしぼんでいきます。

目が白黒しています。

 

 

「うん、憂に夏休みの宿題手伝ってもらってたのー」

 

 

えへへ、と笑う唯さんと対象に紬さんは・・・。

はっきり言ってどういう意味かはわからなかったのですが、紬さんが思っていたのとは違ったのでしょう。

律さんは笑いをこらえています。

澪さんはまだうずくまっています。

 

完全にいつもの顔で、紬さんが一言。

 

 

「そろそろ練習しましょうか」

 

 

「そのテンションの上がり下がりすげぇ!」

 

 

律さんの言葉が響きました。

 

 

 

 

 

 

練習もひと段落。

何故か紬さんの演奏がいつもよりも力が入っていました。

いや、いいことなのですが、鬼気迫るような何かを感じました・・・。

 

 

紬さんの持ってきてくれた美味しいケーキと唯さんが持ってきてくれた(正確には憂さんが作ってきてくれた)おにぎりを食べて休憩中です。

そこで、私は相談をしてみることにしました。

和さんとのお祭りの件。

 

 

「「「「お祭り?」」」」

 

 

「はい・・・和さんに誘ってもらったんですけど・・・」

 

 

「この辺でお祭りって言ったら・・・神社から川沿いのやつか!」

 

 

「あぁ、結構大きなお祭りだよね。花火もあるし」

 

 

「そう、なんですか?」

 

 

「私も昔はよく行ってたなー。去年は勉強でいけなかったけど・・・そっかー、和ちゃんと行くのか~」

 

 

 

 

「・・・・・なぁ、和ってこの間、唯の勉強会のときに来てくれた幼馴染だよな?」コソ

「多分そうだと思うけど・・・どうした律?」コソ

「いやさ・・・なんで2人なんだろうと思って」コソコソ

「・・・友達だからじゃないか?千乃と」コソコソ

「じゃあなんで幼馴染の唯は誘ってないんだ?唯も知らなかったみたいだし」コソコソコソ

「確かに・・・」コソコソコソ

「・・・・まさかさ、ムギと同じってことはないよな?」コソコソコソコソ

「同じって・・・?」コソコソコソコソ

「だから・・・その・・・女の子のことがさ・・・」コソコソコソコソコソ

「・・・ん?」

 

 

律さんと澪さんが何か耳打ちしているのが見えます。

内容までは聞こえないのですが、どこか神妙な感じがします。

 

 

「千乃ちゃん・・・その和ちゃんとは2人で行こうって言われたのかしら?」

 

 

紬さんのその言葉に私は返事を返します。

 

 

「えっと、はい」

 

 

「そう・・・」

 

 

「・・・・ムギ?」

 

 

黙り込んでしまった紬さんに、律さんが恐る恐る離しかけます。

 

 

「千乃ちゃんは、お祭りに行きたいのね?」

 

 

「・・・はい・・・友達と、お祭り、初めてで・・・行ってみたいんです」

 

 

「・・・・・・・・・・わかったわ」

 

 

「え?」

 

 

「千乃ちゃんが行きたいなら、私はとめないわ」

 

 

そして。

 

 

「ただし。ちゃんと真鍋さんにも千乃ちゃんのことを伝えること。理由は言わなくてもわかるわよね?」

 

 

ぴん、と空気が張り詰めたような気がしました。

紬さんの言う理由。

それは私が合宿の時に言ってもらえた言葉。

友達だからこそ、ということ。

 

 

「それが出来ないなら、行くべきじゃないと思う」

 

 

周りの皆さんは何も言いません。

賛成なのか反対なのか。

ただ、黙って私を成り行きを。

 

 

「・・・・・・和さんに、伝える・・・ですか」

 

 

考えたことがないわけではないのです。

本当は思っていた。

紬さんに伝え、律さんに、澪さんに、唯さんに伝え、受け入れられたときから・・・いや、本当はもっと前から思っていた。

 

全部言ってしまって、初めてスタート地点に立てる、なんて思いはしないけれど、それでも言うことで何かが変わるのは確かだ。

その『何か』が私は欲しいのだと、わかった。

しかし私の境遇を知って、和さんは傷ついてしまうかもしれない。

優しいから。

いくら友達だからといって、求めてもいない他人の過去を知らされていい気分になるはずがない、ましてや喪失病のことなんて。

紬さん達みたいに受け入れてくれるかも知れない、けれど受け入れてくれないかも知れない・・・。

和さんのことだからそれは絶対にないと思えるのだけど、それでもやはりこれだけは怖いです。

でも・・・・・・・もし、受け入れてくれて、そうすることで軽音部の皆さん達のように一層絆が深まるなら・・・そんな夢みたいなことが起こるのならば・・・。

 

言いたいと思った。

 

 

「・・・・はい。私、和さんに言います・・・ちゃんと、伝えます・・・」

 

 

「うん・・・なら、私はそれをサポートするわ」

 

 

にっこりと微笑んでくれる紬さん。

なんでそこまでしてくれるのでしょうか。

なんて答えるか、わかります。

友達だから。

自然と笑みがこぼれてしまいます。

 

 

「あ、あの・・・皆さんも一緒にお祭りに行きませんか?」

 

 

そうだったらきっと、楽しいと思う。

和さんと2人というのは、なんだか恥ずかしくて・・・いえ、嫌とかじゃないんです絶対に。

ただ、私のためにここまで心配してくれる友人も一緒にいたら、それはなんだかとっても素敵だと思うから。

けれど。

 

 

「・・・遠慮しておくわ。和さんと2人で楽しんできて!」

 

 

断られてしまいました。

急には迷惑でしたね。

 

 

「じゃあまずは・・・着替えなきゃね!」

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紬さんがどこかに電話をかけると、10分もかからない内に目の前に高そうな浴衣が出てきました。

出てきましたって言うと魔法みたいに聞こえるかも知れませんが、本当にそう思いました。

紬さん曰く、女の子がお祭りにいくなら、おめかししなくちゃいけないと。

 

練習の終わった音楽室で着替えタイムがはじまります。

唯さんと律さんも澪さんも着替えており、皆さん似合っています。

紬さんは私に会う浴衣を、あれでもないこれでもないと必死にコーディネートしてくれています。

 

 

「千乃ちゃんにはこれがあうんじゃないかしら?」

 

 

急に現れた我らが顧問の山中さわ子先生。

お茶をすすりながら・・・いつの間に。

 

 

「い、いたの・・・さわちゃん」

 

 

「えぇ・・ずっと」

 

 

結局、2時間ほどかかって選んでもらったものは、深い青色の基調とし、雪みたいな白い百合の絵が入ったもので、目が弱い私にも凄くきれいに見えました。

 

 

「うん!千乃ちゃんすごく似合ってるわ!」

 

 

「そ、そうですか?」

 

 

浴衣なんて着たことないから、なんだか落ち着かない気分です。

 

 

「これで真鍋さんもドギマギよ!」フハフハ

 

 

「そ、そんな・・・」

 

 

恥ずかしいです。

そして紬さんは、少し不安そうな顔を下あと、私の目をしっかりと見据えて。

 

 

「まあ・・・なんていうか、頑張ってね。勇気の要ることだから・・・ね」

 

 

急に神妙な面持ちになった紬さん。

言いたいことはわかっています。

 

 

「・・・・はい」

 

 

「・・・駅まで一緒に行こうか?」

 

 

「・・・いえ、1人で歩きます。」

 

 

「うん・・・じゃあ、行ってらっしゃい!」

 

 

「千乃、荷物とか服は預かっとくから、次の練習の時に渡すよ」

 

 

律さんがそう言ってくれて、私の荷物を持とうとしてくれたのですが、紬さんが逸れに手を伸ばそうとして、律さんがその手を叩きました。

・・・・どういうこと?

 

 

時刻は5時くらい。

歩いて駅まで向かって少し早くついてしまうと思いますが、その待ち時間さえもなぜかどきどきしてしまいます。

和さんに会える。

そう思っただけで、こんなにも心が乱れてしまう。

 

 

「紬さん・・・こんなに綺麗にしてくれて、ありがとうございます・・・ささえてくれてありがとうございます・・・行ってきます!」

 

 

音楽室を浴衣で出る。

普通ならありえないのですが、夏休みと言うこともあり生徒のほとんどはおらず、部活の人達とはほとんど合いませんでした。

校門に出るとき、体育館かの横を通るのですが、せわしなく弾むボールの音が聞こえます。

そういえば、信代さんも部活中なのでしょうか。

挨拶していきたいのですが、浴衣なのでまずいですよね。

それに、目があまり見えないので捜しきれないかもしれないです。

信代さんにも電話したいなと、思いながらあとにします。

 

 

 

 

 

 

 

Side 紬

 

 

千乃ちゃんを見送ってから、私は次の行動に移す。

いそいそと荷物をまとめる私に律ちゃんが話しかけてくる。

 

 

「よかったのか?」

 

 

「え?なにが?」

 

 

「千乃のことだよ。ムギだったらお祭りの誘いに乗ると思ってた」

 

 

「私も。なんで行かなかったんだ?」

 

 

その問いに私はこう答える。

 

 

「真鍋さんも、きっと千乃ちゃんのこと好きなんだと思うの。前、唯ちゃんの勉強会のとき、そんな感じがしたから。合宿で私は千乃ちゃんと仲良く慣れたから、次は真鍋さんの番かなって」

 

 

「真鍋さん『も』好き・・・か」

 

 

「うん。私、千乃ちゃんが好き。もちろんみんなのことも好きよ?けど、なんていうか・・・」

 

 

「わかるよ。あれだろ?LikeじゃなくてLoveのほうで、だろ?」

 

 

「・・・いつくらいからわかってたの?」

 

 

「見てたらすぐわかるわ!ま、水着買いに行った時くらいに確信できたよ」

 

 

「うぅ・・・恥ずかしい」

 

 

「もっと色んなところ恥ずかしがるべきだよムギ・・・ていうかムギは千乃のことがその、す、す、すすす好きなんだな」

 

 

 

 

 

そう、私は千乃ちゃんが好きだ。

昔から女の子同士が仲よさそうにしていると胸が高まっていた。

その意味に気づいた時、やっぱり周りと違うって傷ついた時もあった。

そのことを周りの人に言えたこともなかった。

けど、あの日、千乃ちゃんが歌ってるところを見て入部してくれた時に思った。

綺麗だって。

可愛いって。

あんなにころころと表情が変わる千乃ちゃん。

自身がなさそうに、でも他人を思いやる優しさを持って、弱い千乃ちゃん。

まだまだ色んな千乃ちゃんを見たい、一緒にいたいって思って。

そして私の気持ちを受け止めてくれた千乃ちゃんに、私は生まれて初めて恋をした。

私が好きな千乃ちゃんに、私のことも好きになって欲しい。

けど、恋なんてしたことない私にはどうしたらいいか正直わからない。

強引に行くべきなのか、地道に外堀から埋めていくべきなのか。

既成事実をつくるのは・・・最終手段かなゲフンゲフン。

 

とにかく、私は千乃ちゃんが好き。

そしてきっと真鍋さんも。

今、私は合宿というチャンスで仲を深めることが出来た。

けどこれはあくまでも軽音部での活動であり、私自身の力で得たチャンスじゃない。

だから、真鍋さんにもそういったチャンスがあってしかるべきだ。

じゃないと、不公平だもんね。

 

 

「ふぅん・・・ま、ムギがいいなら良いさ。じゃー私らでお祭り行くか?」

 

 

「お、いいねー律ちゃん!」

 

 

「さわちゃん、お小遣いちょーだい?」

 

 

「先生にたかるな律!」

 

 

「ていうか先生、いつのまにかいないんだけど・・・」

 

 

「みんな、なに言ってるの?」

 

 

3人が、え?っていう顔をしている。

 

 

「私達はこれから、千乃ちゃんを尾行します!」

 

 

「「はぁ!?」」

 

 

「おー、尾行!かっこいい!」

 

 

澪ちゃんと律ちゃんが驚き、唯ちゃんが乗り気で賛成の声をあげる。

 

 

「いや・・・いやいやいや尾行って・・・」

 

 

澪ちゃんが目を点にしながら聞いてきます。

なにかおかしなとこあったかしら?

 

 

「今の流れは、千乃と和の仲を祝福するっていうことじゃないのか?」

 

 

「違うわよ?私は真鍋さんが私の好敵手足り得るか、それが知りたいから千乃ちゃんを今回だけ任せただけよ?もし取るに足らない相手、千乃ちゃんを困らせるだけならすぐさま私が千乃ちゃんを攫ってお祭りを楽しむだけよ」

 

 

そう、それだけよ。

千乃ちゃんが楽しめるかどうかが私の懸念事項であり、もし真鍋さんが千乃ちゃんを悲しませる行動を取ったらすぐに琴吹家の力を使って粛清するだけ・・・ふふふ。

今回のチャンスを与えたのはさっきも言ったとおり、千乃ちゃんを好きだってことを知ってたからそのテストのようなものよ!

千乃ちゃんの時間は短い。

絶対に病気を治してみせるからこんなことを考えたって意味はないのだけど、3年間しかないと千乃ちゃんは言った。

だから、その3年間は楽しいでいっぱいにしてあげたい。

それに相応しいか試させて貰うわ、真鍋さん!

・・・・合宿では私が一歩リード・・・よね?

スタートラインは一緒にしてあげるって意味じゃなんだから。

 

 

「和ちゃんは頼りになるし、ゆっきーのこと任せられると思うけどな~」

 

 

「しゃらっぷ!私の目で判断させて貰います!」

 

 

「キャラ変わってるぞ、ムギ・・・」

 

 

『キャラが変わってる』とか、『尾行は人としてどうか』とか・・・そんな道徳観は私にはない!

恋は戦争!勝ったものが勝者!勝ったものが正義!

それが全て・・・そこに不純物は何もないのよ!

『千乃ちゃんを手に入れる』ということが真実で、過程や、方法なんて、関係ないのよォ―――――!!!

 

 

「悪い顔してるな~・・・ま、千乃には悪いけどちょっと気になるし、祭りも行きたいし、いっちょ尾行しますか!」

 

 

「本気か律!?」

 

 

「楽しそうジャン」

 

 

呆れたように律ちゃんを見る澪ちゃん。

 

 

「それに、何かあったとき、私らがいたほうが千乃に対応できるだろ?」

 

 

小さな声で言った言葉を、私達は全員聞き逃さなかった。

・・・まさか律ちゃんも千乃ちゃんを!?

 

 

「なに考えてるかすぐわかるわムギ・・・初期のころのかわいいムギはどこ行った・・・」

 

 

まぁ、失礼しちゃう。

・・・と、千乃ちゃんが出て行ってから10分くらい経っちゃったわね。

さ、追いかけましょう。

 

 

 

 

『紬さん・・・こんなに綺麗にしてくれて、ありがとうございます・・・ささえてくれてありがとうございます・・・行ってきます!』

 

 

部室を出るときの、千乃ちゃんが私に言った言葉。

あの嬉しそうな顔はきっと忘れることはできない。

あんなに嬉しそうな顔。

そんな顔をさせる真鍋さん。

・・・えぇ、障害は大きいほうが私も燃えるわ。

絶対に負けないんだから!!

 

 

 

 

 

 




神様「ウホっ!いい沢庵」


主人公、知らないところで尾行されるの回。
次もなるべく早く更新できるように頑張ります。


読んでくださってありがとうございました!


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第24話

長い間、更新できなくてすいませんでした。
大学やらバイトやらサッカーやらで全然時間が取れなかったです。
今回も、なんとか時間が空いてるときにチマチマと殴り書きしたようなものなので内容はお察し・・・。
このお話だけはなんとしても完結させたいので、時間がかかってしまうかもしれませんがお付き合い頂ければ嬉しいです。
次もなるb区早い更新を目指しますが・・・いつになることか・・・すいません。
あと、今回の話もいつか必ず書き直しますのでよろしくお願いします。


Side 和

 

 

夕方の町を歩く。

夏休みということもあり駅前はかなり人が多いように思える。

けど今日はいつもよりも多いわね。

ここから少し歩いたところにお祭りがあるからかしら。

そんなに有名なお祭りではないし、来るものもほとんどが地元の人間だけどそれでも一つの場所に集まれば多く感じる。

・・・・・普段はこんなどうでもいいことを考えたりはしないんだけど。

緊張してるのね。

千乃と一緒にお祭りに行く。

2人で。

たったそれだけのことなのに、私の胸はこんなにも高鳴っている。

 

今回の約束をした時、千乃はちょっと戸惑っていたような声をだした。

そのことが一層、私の心をかき鳴らす。

本当は迷惑なんじゃないかって。

昔から周りの人の心を読む、とまではいかないでも空気を読むということは得意だった。

だから、千乃の声の機微を感じ取った。

それが私の緊張の原因なのかしら・・・きっとそうね。

そして、一緒にお祭りに行けることも。

・・・・なんだか待ってるだけだけど、胸が痛いわ。

待つことがこんなにも辛いなんて思わなかった。

集合時間までまだ15分もある。

結構待ってるから、いったい私はどれだけ早くから待ってるのだろう。

どれだけ楽しみにしてるのだろう。

私らしくない。

 

・・・・浴衣、着てきたほうが良かったかな。

千乃だったら、きっと褒めてくれる。

私の容姿を綺麗って言ってくれたのは今までで千乃だけ。

 

はじめて会って、そして会うたびに私に嬉しいをくれる千乃。

だけど、どこか壁を感じてしまう。

今まで私は、深く仲良くなることなんて滅多になかった。

来るものは拒まず、去るものは追わず。

そんなスタンスを続けて、残った友達は唯だけだった。

そして今、新しい千乃っていう友達を得ることが出来た。

今までだったら、新しい友達に合わせることはなかった。

嫌いになったらいつでも離れてくれてかまわない、合わせるほうが疲れる・・・と。

でも、初めて一緒にいたいって思った。

あんなに健気で、一生懸命で、見るもの全てに目を輝かせるんだから。

私も一緒に同じものを見たいって思った。

・・・上手く言葉に出来ないのは、千乃のせいね。

 

 

ふと視界に見知った顔が。

考えるまでもない、待ちわびた友達。

千乃だ、と理解した瞬間。

私はフリーズした。

 

 

 

 

千乃が、浴衣を着ている。

 

 

おずおずと、私のほうへ歩いてくる千乃。

少し歩き方がおぼつかないのは、浴衣に慣れていないから?

でも、そんなことがどうでも良く思えるくらい、その姿は・・・。

 

 

「こ、こんにちは和さん。遅れてしまってすいません」

 

 

「・・・あ、うん・・・」

 

 

なんとか搾り出した声。

何もいえない。

言葉に出来ない。

それくらい千乃は可愛かった。

深い海の色のような浴衣。

その足元から生える一本の白い百合の花。

海という閉鎖的な空間にひっそりと生きる孤独な印象、儚げなイメージがぴったりだと思ってしまった。

駅から出てくる人達も足を止めては千乃を見ている。

 

私の友達。

千乃のこの姿をもっと見て欲しいと思う反面、1人占めしたいとも思った。

だから気づいたら千乃の手を取って、歩き始めていた。

お祭りへ行く道は大通りだけど、少し遠回りして人気の少ない裏路地から行こう。

・・・本当に、私らしくない。

冷静になろう。

これは千乃よ。

いつも教室で、おっかなびっくりしてるあの千乃。

その千乃が浴衣を着てるだけなんだから。

深呼吸。

よし、落ち着いた。

可愛い千乃が、綺麗な浴衣を着て、綺麗で可愛い千乃が爆誕しただけ・・・うん問題なし。

 

 

「あ、あの・・・和さん?」

 

 

「なにかしら?」

 

 

「えっと・・・すいません、待たせてしまって・・・」

 

 

「気にしないで。少し私が早く来すぎただけよ」

 

 

「・・・・・」テレテレ

 

 

千乃はそれから黙ってしまい、何故か下を向いてしまってる。

なんで?

やっぱり私と一緒だと面白くないの?

軽音部にいる時の顔は、私にはしてくれないの?

 

 

「・・・千乃、」

 

 

もしかして迷惑だった?

そう口にするために後ろを振り返る。

しかし私の口はその言葉を紡ぐことはなかった。

なぜなら、千乃の顔が真っ赤に染まっていたから。

 

 

「うぅ・・・・」

 

 

見れば、千乃は照れているようで。

そしてようやく私は理解した。

千乃の手を握っていたことに。

さっき、千乃の手を取ってここまでつれてきたのだ。

なるほど、千乃はどうやら私に手を握られて照れてしまって俯いていたわけね。

なるほどなるほど・・・可愛すぎるでしょ。

確かに、手を握って歩くなんてそうそう経験することはないでしょうね。

カップルなんかだったらそうでもないと思うけど、千乃はそういうのには奥手そうだし・・・私もそうだけど。

でも女の子同士だったら普通にありえそうだけど・・・唯とかだったら普通にしてくる。

もしかして私は唯の普通に感化されてるのかしら・・・。

でも良かった。

千乃は照れてるだけだった。

・・・・・なんだか私も気恥ずかしくなってきた。

でも、ここで手を離すと、千乃が嫌で離すみたいだから絶対にダメね。

かといってこのまま離すタイミングが掴めなくて祭りの場所まで行くと・・・きっと周りの人から見られる。

ただでさえ目を引く容姿なのに、浴衣まで着てきて・・・その上に手まで繋いでたら。

うぅ・・・どうしようかしら。

 

 

でも、こうやって繋いでるのも悪くないわ。

さっきも少し思ったけど、千乃は慣れない浴衣のせいか、少し歩き方に違和感を感じる。

でも手を繋いでるおかげでそのサポートというかリードしやすい。

気づいたら、後ろじゃなくて横に千乃と並んでいた。

夕方で助かったわ。

今が明るかったら、きっと私の顔も千乃に負けず劣らずに真っ赤だったと思うから。

 

 

 

 

「・・・合宿は楽しかった?」

 

 

「へ?あ、うえっと、はい!凄く楽しかった、ですよ」

 

 

沈黙が続いて、ちょっと気まずかったので話をふる。

合宿の話。

千乃は普段の会話だったら、噛んでしまうけど音楽の話だといっぱい話してくれる。

 

 

「今度、学園祭で演奏する曲は3曲だっけ?」

 

 

「はい、いっぱい練習しました!和さん、あの、聞きに来てくれますか?」

 

 

「えぇ、楽しみにしてるわ。唯も少しは上達したかしら?」

 

 

「唯さん、すっごく練習してて、皆さんも驚くくらい弾けるようになったって言ってました!」

 

 

「昔から集中さえしたら何でもこなしてたわ」

 

 

「凄い、ですね・・・」

 

 

段々と会場が近づいてきたのか、賑やかな喧騒が聞こえてきた。

このあたりになると、裏路地とはいえそれなりに人は多くなってくる。

その誰もが笑顔だ。

きっとこの先に楽しい事があると分かってるからのこの顔。

見ると、千乃もそわそわとしている。

行ったことはないけど、ライブが始まる前ってこんな感じなんじゃないかしら。

 

お祭りは楽しい。

好きな人と一緒だともっと楽しい。

だから、私は今、きっと幸せなんだと思う。

自然と、握る手に力が入る。

すると握り返される力が心地いい。

 

あぁ・・・やっぱりどうしようもないほど、私は千乃が好きなんだなぁ。

 

 

 

だからこそ、私は千乃に聞きたいことがあった。

私に何かを隠している、それを感じたのはいつだったか・・・。

人に言えない悩み事なんて珍しくない、むしろ当たり前のことで。

でも、なんていうか・・・千乃の場合は少し違うような気もした。

知られたくない、と同時に何かを待っているような、そんな気がする。

確証はないけど、私だって千乃のことなんでも知りたいし、力になりたい。

だから、今日のお祭りでそれについて何か知ることが出来たらいいなと・・・思う。

 

 

まあ、それもまずは一通りお祭りを楽しんでからね。

千乃も楽しみにしてくれてたし。

まずはどこから行こうか。

 

 

 

 

 

Side 千乃

 

 

和さんと静かな道を歩いてどれくらいたったでしょうか。

お互いに当たり障りのない会話・・・もちろん私にとっては凄く嬉しい時間なのですが、あまり集中できません。

だって和さんと手を繋いで歩いてるのですから。

なんで手を握っているのかなんてわかりません。

気づいたら和さんに惹かれるように歩いていました。

それを理解した瞬間、頭が爆発したように何も考えられなくなりました。

けれど和さんはなんでもないように歩いています。

私が気にしすぎてるのかな・・・でもそれを口にはしません。

言ってしまう事で、この手を離すことになるのが嫌だから。

 

 

浴衣・・・似合ってるのかな・・・和さんは何も言いはしませんでした。

それに私だけ浴衣なのもなんだか恥ずかしいですね。

どんだけ楽しみにしてたんだっていう話です。

いつもより和さんの雰囲気がおかしいのは、私のそういう行動が起因してるのかも知れませんね。

紬さんに言われたから、じゃないですけどやっぱり和さんには私のことを知ってもらいたい・・・けど怖い。

うぅ・・・どんなタイミングで言えばいいんだろう。

 

でも、和さんに迷惑だと思われても、視力低下で何回も躓く私を引っ張ってくれるこの手だけは離したくないです。

 

 

 

 

 

道を曲がると、そこは光輝燦然、夢のような世界でした。

大きな川に沿った一本の長い道。

その両隣には煙と共に花を擽る美味しそうな匂いや見たこともないおもちゃが並んでいます。

あれはお面かな?

あっちにはいっぱいヒモが出てるお店があります。

小学生くらいの男の子達が楽しそうに笑っています。

私たちと同い年くらいの男の子と女の子が幸せそうに歩いています。

 

視線がぼやけてしまうのですが、この道のゴールが見えません。

きっと喪失病のせいだけではないはず。

遠く、遠くまで続いているんですよね。

はぁ・・・胸がどきどきします。

私たちを追い越していく子供達の声も、お客さんを呼ぶお店の人の声も、全部が私を熱くする。

そんな私に気づいたのか、和さんは一言だけ言って歩き出しました。

 

 

「手を離さないでね」

 

 

・・・はい。

離しませんよ。

 

私は和さんの手を、ギュッと握り締めて並び歩きます。

道の幅がそんなに広くないようで、ぎりぎり6人くらいが並べるといったかんじでしょうか。

そのせいか、すれ違うたびに肩があたったり、転びそうになったり。

和さん1人だったらこんなに進むのが遅いなんて事はなかったと思うのですが・・・申し訳ないです。

でも何も言わず、転びそうになったり躓いたりした時もすぐ受け止めてくれます。

申し訳ない反面、嬉しくもなってしまうのは言えませんよね。

 

 

「とりあえず何か食べる?」

 

 

「あ、はい。和さんは何が食べたいですか?」

 

 

「千乃は?」

 

 

ノータイムで返事が来ます。

 

 

「えと・・・」

 

 

「遠慮しないで。何でも言って」

 

 

「じ、じゃあ、わたあめ・・・」

 

 

と言いかけて、澪さんのパスタが思い浮かんだので頭を振ります。

 

 

「じゃなくって、たこ焼き・・・とか食べてみたいです」

 

 

甘いものに少し抵抗ができてしまったのでしょうか・・・恐るべし澪さん。

 

 

「いいの?」

 

 

「はい!」

 

 

「おっけ。ちょうどあそこにあるから並びましょ」

 

 

待つこと5分。

 

 

「結構並ぶわね」

 

 

「そ、そうですね。で・・・でも、こんな時間も、嫌じゃない・・・かも、です」

 

 

目が見えにくくなった分、音で周囲の状況を判断することが出来るようになってきて、耳から入ってくる活気のあるこの場所で、そして友達と何かを一緒にするということだけで私は満たされるのです。

そしてそれが和さんとだともっと・・・なんちゃって。

心の中で思っただけなのに、なんだか照れちゃいますね。

 

 

「千乃が良いなら。それにしても結構混んでるわね・・・」

 

 

「はい・・・こんなに多い人の中にいるなんて初めてです」

 

 

「毎年、こんなに人が多かったかしら・・・と、やっと買えるわね」

 

 

前のお客さんが全員いなくなっていて、私たちの番が来ました。

目の前で熱々のたこ焼きが所狭しと並んでいます。

 

 

「そんなに多くても、他に食べられなくなるし、一緒に買って分けない?」

 

 

「あ、はい」

 

 

願ってもない申し出です。

美味しいものは大好きなのですが、もともと食の細いほうだったらしく、量としてはあまり食べられないのです。

 

 

人ごみの中で立ち止まって食べるのは迷惑にもなるということで、少し道から外れた木陰へと移動します。

右手には和さんの手が、左手にはたこ焼きの熱が。

幸せです。

やっぱり最初は和さんに食べて貰おう。

私は次でいい。

まずは和さんの笑った顔が見たいです。

今日、会ってからまだ一度も笑っていない和さん。

美味しいものを食べたらきっと笑ってくれますよね?

心の中でわくわくしながら歩いていたのですが、その時の私はいつも以上に不注意で、石段に躓いてしまいました。

咄嗟に和さんが支えてくれようと手を出すのですが、私はこんな時に思い出します。

今着ているこの浴衣は紬さんに借りているもの・・・きっとお値段も相当するはずで、しかもたこ焼きを持っている。

このまま和さんにもたれると、きっと支えてくれるけど、たこ焼きが浴衣に落ちてしまうかもしれない。

でもこのまま何もしないと、浴衣を地面でこすってしまう。

本当に、いつもの私じゃ考えられないくらい動きで、和さんから手を離し、地面に手をついて被害を最低限に抑えます。

グシャっと、嫌な音がします。

見ると、右手はなんとか地面につくことができました。

手のひらが少しヒリヒリしますが問題ありません。

けど、左手は。

せっかく並んで買ったたこ焼きを、押しつぶすようにしてついていました。

顔が真っ青になるのがわかります。

これが私だけのお金で買ったものならば良かった、まだ残念ですんだ。

けど、和さんのものでもあるのです。

 

 

「あ・・・ごめんなさい・・・」

 

 

「・・・・・」

 

 

私のその言葉に和さんは何も言わず、むしろ怒ってるように黙っています。

そして、地面から私を立たせようと手を差し出してくれるのですが、私は両方とも汚れてしまってるので躊躇してしまって。

そのことが更に気に入らなかったのか、和さんは無理やり私を引っ張って起こしました。

いつもの優しい和さんとはどこか違う、少し荒々しいその手つきで。

 

 

「・・・千乃、なんで私が怒ってるかわかる?」

 

 

やはり怒ってるようです。

その理由は、きっとおそらく。

 

 

「・・・・すいません・・・手が、汚れてる・・・ので、すぐに掴めなくて・・・和さんのことが嫌いだからすぐに手を取ることができなかったんじゃないです!」

 

 

不快にさせてはいけない、友達だから。

人はそう簡単には変われない。

紬さんや澪さん、律さんに唯さんと仲良くなっても私という人間はやはりどうしようもないほどこういう人間なのだ。

不快にさせたくない、嫌われたくない。

ましてそれが和さんならばなおさら。

 

 

「そうじゃないでしょ!」

 

 

しかし、私の考えは間違いで。

雷鳴のような和さんの声に、私は体が焼かれたように固まってしまいました。

そして一息置いて和さんは。

 

 

「あのね・・・千乃は気を使って手を取らなかったのかも知れないけど、そっちのほうが傷つくわ」

 

 

「・・・え?」

 

 

その言葉の意味。

和さんが怒ってる理由。

わからない。

 

 

「はぁ・・・これは一回ちゃんと話し合ったほうがいいわね」

 

 

そう言ってたこ焼きで汚れた手を、和さんがハンカチで浮いてくれます。

 

 

「あ、汚れちゃいますよ」

 

 

「いいのよ。そのためのものなんだから・・・それよりも」

 

 

ずい、と顔を近づける和さん。

至近距離から見る和さんはやっぱり綺麗で、いい香りがします。

 

 

「そういうところよ、千乃」

 

 

「へ?」

 

 

見とれてたところに急に言われて、間抜けな声が出てしまいます。

 

 

「千乃は自分のことで迷惑をかけたくないって、さっき思ったでしょ?」

 

 

そう・・・ですね。

迷惑をかけて、面倒くさがられて嫌われたくない。

そう思ってしまいました。

 

 

「そうよね、千乃はそういう子だもんね。でもそれじゃ何でも自分でやらなきゃいけない。苦しくても、辛くても、誰にも言わない。身を削って心まで削っていくような生き方になっちゃう」

 

 

考えて、ぞっとした。

前までだったら、それこそ生まれ変わる前だったらそれが普通だったのに。

今ではそれを怖いと思ってる自分がいる。

和さんに会えて、友達が出来て、軽音部の皆さんに受け入れられて。

一度温かさを覚えてしまったから、もう前みたいには戻れない。

 

 

「・・・軽音部の人達に出会って、友達の大切さはわかってるわよね?」

 

 

優しく諭してくれるその言い方に、無性に人恋しくなった。

 

 

「だったら人に頼るって言うことの意味もわかるわよね?」

 

 

紬さんと澪さんと本音をぶつけたこと思い出す。

辛くても怖くても、ぶつかり合うことで得られることがあると知った。

そしてそれはこれからの私の一部になって生き続ける。

頼るということはある種、生きていくことに必要なものなんだと、わかった。

 

 

「それに・・・こうやって大切な人に頼られるのって・・・嬉しかったりするものなのよ」

 

 

転んだ時に擦りむいてしまった右手を、拭いてくれる。

どこからか出した小さなポーチから絆創膏を取り出して、笑いながら貼ってくれた。

あぁ・・・私はわかってなかったんだ。

紬さんと澪さんに教えられて、わかった気になってただけだった。

本当のところはあと一歩、踏み込めていなかった。

人に頼る、人に甘える。

人に助けて貰う。

たったそれだけのこと、だけどそれをわかっていなかったんだ。

 

 

「・・・和さん」

 

 

ごめんなさい、ではなくて。

 

 

「ありがとうございます」

 

 

「うん。じゃあまたたこ焼きで買いに行きましょうか」

 

 

その提案は魅力的ですけど、その前に私も言っておかなければ。

 

 

「えっと・・・和さん、聞いて欲しいことがあるんです」

 

 

不思議と、軽音部の皆さんのときのような不安はありませんでした。

喪失病のことを話すときはいつも緊張してた。

けれど今は何故かそんな気持ちはない。

 

 

和さんも、何かを察してくれたのか何も言わずに寄り添ってくれている。

そして私は、私の事を話した。

 

 

 

 

 

 

少し離れたところでは沢山の人がお祭りを楽しんでいる。

それはとても賑やかで、いつまでもきいていたくなるほど心地よいものだ。

話し終えた私は、和さんからの反応を待つ。

 

 

 

 

 

 

Side 和

 

 

千乃は何かを隠している。

それを知りたいと思っていた。

けどまさか、こんなことを隠していたなんて。

喪失病なんてきいたことがない。

千乃が世界で始めての発症者。

そして、今、既に視力の低下がおきているという。

そんな状態で、何も言わずここまで来てくれたなんて。

不謹慎かも知れないけど、千乃がすごく愛おしく思えてしまう。

頼ることの重要性を説いたあとで、少しだけ無責任だとも思ってしまったけど、それでも勇気を出してくれたのは千乃なんだから。

私はそれを受け止める。

ただ受け止めるのではない、一緒に、よ。

思えば初めて会った時も、歌を聴いたときも同じことを思ったわね。

 

千乃が不安そうな顔でこちらを見ている。

大丈夫よ。

そんな顔しないで。

 

 

「千乃、手、握って」

 

 

差し出す私の手を今度は握ってくれる。

そしてその手を引っ張り、抱きしめる。

少しだけ、体が震えるのはいったいどちらからなのか。

 

 

「千乃は凄いわ・・・本当に。そんな事を1人で抱えようとしてたんだもの。そして、私に一生懸命、伝えてくれたことも・・・千乃には驚かされてばかりだわ」

 

 

「そんなこと・・・ないです・・・いつも悩んでて、迷ってて、本当にこれで良かったのおかなって・・・いつも怖いです。変われたつもりで、本当はそんなことなくて・・・強くなりたいって・・・思ってるんです」

 

 

「そっか。そんな風に思ってるのね。なら言ってあげるわ。

千乃、あなたは凄い」

 

 

一息すって。

 

 

「たった一人で、悩むことが出来て、もがいてあがくことが出来るんだもの。」

 

 

そう。

千乃は、私の友達は。

 

 

「千乃、あなたは凄いのよ。そして強い。他の誰でもない、あなたの最初の友達が言うんだから間違いないわ」

 

 

「の・・・和さん・・・!」

 

 

「はいはい、落ち着いて」

 

 

顔をうずめてくる千乃は、やっぱり年相応の女の子だわ。

しかし、涙目で見上げてくるその顔はクルものがあるわね・・・。

 

 

「あなたは凄いわ・・・けど、私たちまだまだ若いんだから、溜め込まずに全部吐き出すこともたまには必要よ」

 

 

背中をさするように。

 

 

「だからこれからはもっと頼りなさい。さっきも言ったけど・・・好きな人に頼られるのは嬉しいものなのよ」

 

 

「好きな人・・・」

 

 

言って、気づいた。

私、今、好きな人って・・・千乃のことを好きと・・・!!!!

 

 

「・・・・千乃」

 

 

「は、はい」

 

 

日も暮れて、お祭りの明かりが幻想的に思える時間帯。

周りには誰もいない。

また千乃と深くつながれたような気がするこの状況・・・。

チャンスかしら。

 

 

「あのね・・・」

 

 

千乃の顔を上げて、真正面から目をあわす。

どことなく怯えた小動物のようなのはきっと千乃のデフォルトなんだわ。

この目を見てたら、他のことがどうでも良くなってしまう気がする・・・じゃなくて。

言うべき?

誰にも邪魔されず、2人きりでいい感じの雰囲気なんてもうないかも・・・。

でも、女の子同士なんて千乃はどうおもうのかしら・・・自分で言っておいてなんだけど、勇気がない。

もし千乃に拒絶されたらと考えると。

・・・・・でも、千乃は見せてくれた。

私にないその勇気を。

想像もつかないほどの勇気がいることだっただろう。

 

だから、私も勇気を出す。

 

 

 

 

「千乃・・・」

 

 

自分の鼓動が千乃に聞こえてしまうんじゃないかってくらいに弾けそうだ。

その時、ひときわ大きな音が。

花火だ。

そういえばいつも最後には花火が上がってたわ。

見れば千乃も驚いたような顔をしてる。

 

 

「好き」

 

 

そしておもわず、ポロリとそんな言葉が私の口から零れた。

言った瞬間に体が熱くなった。

そういえば今まで、私の中では好きだとは思っても、こうやって声に出して言ったことはなかった。

そのせいか足が震えてしまうほど私の中の何かが暴れている。

言うだけでこうなってしまったのだ。

返事を聞いたらどうなってしまうのだろう。

もし・・・もしも通じたならどうなってしまうんだろう・・・。

 

けれどもその返事はない。

不安を覚えてしまうけど、千乃はボーっと花火を見ている。

・・・もしかして花火の音で聞こえてなかった・・・?

多分、いやきっとそうね。

子供みたいに目をぱちぱちとさせる千乃に、少しばかりの残念の気持ちと安堵の気持ち。

聞こえていないなら何度でも言おう。

そう思ったけれど千乃の顔を見て、やめた。

花火を見る千乃の顔があまりにも愛おしかったからいつまでも見たいと思ってしまった。

 

まぁ、今日は私も勇気を出せた。

千乃のことも知ることが出来た。

大きな前進だと思う。

 

こんなチャンスは二度とないかもしれないけど、それでも私は今、この瞬間の千乃と一緒にいたい。

抱きしめる千乃の顔が近く、上がる花火の光で空が変わる。

千乃の目に映る花火のせいか、宝石のような目に私は吸い込まれてしまいそうだ。

いっそ、そのまま閉じ込めて欲しいとさえ思った。

 

花火が終わるまで、ずっと抱きしめていよう。

きっと花火が終わってしまうと、千乃は恥ずかしがってしまうから。

 

 

 

 

 




神様「・・・・・・スァセンシタッ!!」←野口英世を差し出しながらの土下座。


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第25話

ぐへぇ・・・遅くなってしまい申し訳ないです。
あと、感想を書いてくれる人が、最近なんだかボケを入れてくれるようになって、嬉しいなと思いました。



例によって、キャラ崩壊です。
おkという方のみよろしくお願いします。

今回はかなり短めですが、生存確認の報告と、なにか更新せねばと思い書き上げました。
最後のオチはひどいと自分でも思います。
でも、次くらいから、また少しシリアス気味になるので、その緩和剤と思っていただけたら・・・。
今年もよろしくお願いします。




Side 紬

 

 

真鍋さん・・・恐ろしい子!!

私は唯ちゃんと澪ちゃん、律ちゃんと一緒に千乃ちゃんの後をつけていた。

それは1人で歩くのが危険という意味もあるけれど、やっぱり気になってしまうから。

千乃ちゃんは、真鍋さんの話をする時、嬉しそうな顔をする。

その顔は、多分私が千乃ちゃんにするそれと同じ。

千乃ちゃん自身は気づいていないかも知れないけど・・・私はわかる。

そして多分、真鍋さんも同じ。

そしてそれは確信へと変わった。

お祭りを楽しむ2人を私たちはそっと見つからないように隠れながら見る。

所狭しと並ぶ屋台に目を奪われる千乃ちゃん、それに微笑む真鍋さん。

やばい・・・相当いい雰囲気だわ・・・!

そして事件は起こった。

千乃ちゃんが転んでしまい、それを真鍋さんが起こす。

しかし真鍋さんは千乃ちゃんに怒ってるようだった。

その理由は・・・私にもわかってしまう。

きっと千乃ちゃんは迷惑をかけたくないとおもってしまった。

私に対しても同じだった。

けど、話し合って助け合うと約束した。

そこに至るまでは衝突もしてしまったけど、そういう仲になれたから私は嬉しかった。

しかし真鍋さんはきっと違う。

千乃ちゃんの中で、真鍋さんという存在は最初から違うところにある。

真鍋さんは初めての友達、そう聞いたからわかってしまう。

初めてだからこそ、言えないこともある。

千乃ちゃんはきっと、初めての友達だからこそ迷惑をかけたくない・・・対等でいたいと思っている。

だから頼るということよりも、頑張ってる姿を見て欲しいと思うのかも知れない。

そういった点では、頼ってもらえるという点においては私は一歩リードしている・・・のかしら。

けど、それ以上に真鍋さんは特別であるように思えてしまう。

 

そして、真鍋さんが千乃ちゃんを叱って・・・千乃ちゃんが喪失病のことを話した。

その反応は私たちと同じでやっぱり動揺を隠せないようで。

2人は手を合わせて何かを話している。

うぅ・・・ここからだと会話の内容までは聞き取れないわね・・・。

 

 

「なぁ・・・ムギ、もういいんじゃないか?」

 

 

後ろから律ちゃんが声をかけてくる。

 

 

「そうだよー。私もうお腹すいた~・・・こんなに周りにいっぱい食べ物があるのに・・・」

 

 

「見た感じ、真鍋さんも受け入れてくれたみたいだし、もう心配する必要ないんじゃないか?」

 

 

唯ちゃんと澪ちゃんが言う。

 

 

「ダメよ!むしろ危ない匂いがするわ!ここでジャブの一発入れておく必要が・・・!」

 

 

その時、小さな声で・・・本当に小さな声で。

 

 

「好き」

 

 

と聞こえた。

まさか!

そう思って振り返ると、花火の音にまぎれて真鍋さんがそう発したんだとわかった。

だって、花火よりも真っ赤なんだもの。

重大な告白、お祭りで花火が上がるというシチュエーション・・・相手は可愛い女の子。

私だって言ってしまう。

しかし、幸か不幸か千乃ちゃんは聞き取れなかったみたいだけれど・・・それでも面とむかって言ったのは事実!

リードしていたつもりが、大きく追い抜かれた。

そんな気がした。

今日は真鍋さんに譲る日だって思ってたけど、気づいたら走ってた。

走って、千乃ちゃんのところに向かっていっていた。

後ろから律ちゃん達の声が聞こえたような気がしたけど、止まらない。

そして。

 

 

「私だって!」

 

 

大きな声でそう言っていた。

目の前にはびっくりした顔の千乃ちゃん。

色々と察した顔の真鍋さん。

きっと私の言った意味を理解したのだろう、真鍋さんは千乃ちゃんの手を取る。

その行為に、負けじと私も手を取る。

 

私と真鍋さんの間に挟まれ、何がなんだかわからない様子の千乃ちゃん。

 

 

「千乃、こんどこそたこ焼きを買って食べましょう・・・一緒に」

 

 

そう真鍋さんが言えば。

 

 

「千乃ちゃん、あっちに金魚すくいがあったの!やらない?2人で!」

 

 

私も言う。

 

 

「え?あ、えと、紬さん!?」

 

 

「千乃、今日は私と2人でお祭りに行く。そうだったわよね?」

 

 

「は、はい」

 

 

「でも千乃ちゃん的には、人数が多いほうが楽しいわよね?」

 

 

「えぁっと・・・はい・・・?」

 

 

私と真鍋さんがにらみ合うような形に。

 

 

「そういうわけだから、真鍋さん。私たちと一緒に行動しましょう?」

 

 

「・・・えぇ。千乃がそれを望むならいいわ。でも人が多いからはぐれないようにしっかりと手を繋いでおかないと」

 

 

「!!」

 

 

そう言って真鍋さんは千乃ちゃんの手をとったまま、自分のほうへと引き寄せた。

 

 

「3人並んで歩くと危険だし、迷惑だから琴吹さんは手を離してくれるかしら?」

 

 

危険。

もし3人で千乃ちゃんと手を繋いだまま歩いて、転んだりしてしまったら真ん中の千乃ちゃんは必然的に両の手がふさがってるから危険だ。

だから片方は空けておくべき。

その言い分はわかる・・・けど!

 

 

「・・・琴吹さん?」

 

 

「わ・・・私が千乃ちゃんのサポートをするから真鍋さんはゆっくり後ろにいてくれれば良いわ。なんたって同じ軽音部だもの」

 

 

立場を利用する。

軽音部仲間だから気兼ねなく・・・そういう意味で放った。

千乃ちゃんの手を引き、こちら側へ寄せる。

 

 

「・・・それにはおよばないわ。千乃の初めての友達として、私がサポートする」

 

 

平行線。

どっちも引かないし、譲らない。

他のなにを譲っても、これだけは負けられない。

 

 

互いの視線が絡み合って火花が散っている・・・と思う。

 

 

「いいか唯、澪。その昔、子供の親権をめぐって、子供の手をひっぱりあった親がいたそうだ。その時、本当の親は子供の痛がる顔に我慢できなくなって手を離した。それが愛っていうもんだ。」

 

 

「なるほど・・・じゃあ今回もゆっきーの手を最初に離したほうが勝者ってこと!?」

 

 

「そうなるな!」

 

 

「ならないだろ・・・ていうかそろそろ千乃を助けたほうがいいんじゃないか?本当に引っ張り合いになってきてるぞ」

 

 

律ちゃんたちには悪いけど、この手は離せない・・・。

離したら最後・・・一瞬で千乃ちゃんの横のポジションは埋められて、何かを言う前に歩き出してしまうに違いない。

つまり・・・この場で律ちゃんの言う道徳は通じない!

あるのは勝利という名の罪科だけ!

ふふ・・・人間の本質は石器時代から一歩も前に進んではいないのね・・・!

 

見れば真鍋さんも同じ考えのようで。

 

 

「勝てばよかろうなのだ・・・」

 

 

と小さな声でポツリと聞こえた。

 

 

「い、いたたた」

 

 

真ん中の千乃ちゃんが悲痛な声をあげる。

もう少し待っててね、すぐに私が救ってあげるから!

 

 

 

 

 

「あれ、千乃じゃん」

 

 

真鍋さんと私はその声に振り返る。

見れば、少しふくよかな女の子が酒瓶の入ったケースを持ってこっちに歩いてきている。

 

 

「信代さん!こんばんは!」

 

 

千乃ちゃんが嬉しそうな声を上げる。

真鍋さんと私はジロリとその人物を見やった。

たとえライバルでも、共通の敵には力を合わせない道理はない。

 

 

「おっすー・・・どういう状況?」

 

 

「私にもさっぱり・・・」

 

 

「ふむ・・・和がいるってことは・・・そういうことか」

 

 

察しのいい人らしい。

私と真鍋さんを一瞥して、少しため息をついた信代さんらしき人物は。

 

 

「信代ちょ~っぷ」

 

 

と、私と真鍋さんに軽いけど重たい、そんなチョップを繰り出した。

まさか同級生から、しかもこんなところでチョップされるなんて思いもしなかったからつい手を離してしまった。

 

 

「まったく・・・千乃が痛がってたよ。和も、えっと琴吹さん?もこういうところではしゃぐと危ないよ!」

 

 

通りのよい声で、叱られてしまいました。

それに・・・なんで私の名前を?

そんな疑問が私の顔に浮かんでいたのか。

 

 

「千乃に毎日聞かされてるからね・・・軽音部の話は」

 

 

照れくさそうな顔をする千乃ちゃん。

少し手をぷらぷらとさせていることに気づき、反省をする。

 

 

「それにしてもお祭りに来てたなんて」

 

 

「和さんに誘っていただいたんです」

 

 

「・・・はっは~ん。あの時のはそういうことだったのか」

 

 

ニヤニヤと笑い真鍋さんを見る。

そのことに顔を赤らめさせ、そっぽを向く。

 

 

「信代さんは・・・?」

 

 

「私?私はねー、家の手伝いで来てたんだ。もう終わるけどね」

 

 

「家の・・・手伝い?」

 

 

「そ。私の家、酒屋なんだ。今日はここの神社にお酒を奉納しに来たのと、あっちでべろんべろんになってる町内会のオヤジ達に差し入れに」

 

 

そう言って、手に抱えていたケースを見せる。

 

 

「もう終わるから、良かったら私も一緒にいい?」

 

 

「はい、もちろんです!!」

 

 

私と真鍋さんは何もいえなかった。

千乃ちゃんが嬉しそうに話すのもそうだけれど、信代さんなる人物に圧倒されてしまったからだ。

こういう雰囲気の人はいる。

いわゆる肝っ玉お母さん的な存在。

嫌味はなく、けど逆らえないというか・・・そんな感じ。

千乃ちゃんは信代さんに着いていってしまい。

 

 

「凄いな・・・暴走状態のムギと和を同時に制した・・・!」

 

 

律ちゃん達もそう呟きながら後を着いていった。

 

 

残された私と真鍋さん。

 

 

「・・・負けないわよ、ムギ」

 

 

名前で呼ばれ、びっくりしたけどこっちだって望むところ。

 

 

「私だって、和ちゃん」

 

 

緊張の空間は解かれ、自然と笑みがこぼれた。

誰かと好きな人を取り合うなんて、私の望んでいた世界。

ライバル。

絶対に負けない。

 

 

千乃ちゃん達のあとを追う私達は、きっと同じ気持ちだ。

 

 

「待ってー千乃ちゃん!私凄いこと気づいたの!金魚すくいとビー玉つかみ取りの店を合併させたら『金○すくい』に・・・」

 

 

「混ぜるな危険んんん!」

 

 

 

 

 

 

律ちゃんの突っ込みで人生二回目の頭にチョップを食らった私でした。

 

 

 

 

 

 




神様「ムギちゃんの下ネタはデフォになってきてるな」


次も早めの更新を頑張りますです。
けど、今でこのペースだと社会人になったらどうなってしまうんだろう・・・ボソ


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第26話

遅くなってすいません。
何とか時間を見つけて書きました。


よろしくお願いします。


琴吹病院の朝は早い。

都心部から少し離れた場所に位置するこの病院は、都会の喧騒から離れ、静かであるといえるが朝の静寂はその比ではない。

鳥のさえずりや蝉の鳴き声、時折吹き抜ける風が葉を揺らす音、それ以外は全くと言っていいほど聞こえない。

そこに音が流れる。

勤務している従業員の方々はもちろん、患者の朝も早い。

ラジカセから流れる音楽にのり、子供達は元気に体操をしている。

先頭には大柄で人のよさそうなトム先生が、眠そうな顔で体を動かしている。

この朝のラジオ体操はこの病院の習慣であり、ほとんどの人が参加している。

 

ラジオ体操が終わり、汗を拭く者や世間話をしながら部屋へと戻っていく者が多くいる中、子供達はある場所へと向かっていく。

 

 

「お姉ちゃん、遊んで~」

 

 

 

 

 

Side 千乃

 

 

遊んで。

そう言われて私は振り向く。

そこには子供達が笑顔で走ってきていました。

紬さんに紹介されて、この病院に通って2週間くらいでしょうか。

最初は持ち前の人見知りバリアーでうまく話せなかったのですが、ここの子達はみんな元気で見ているだけで私も元気になりました。

まるでここの子達が全員、律さんみたいな・・・そんな感じです。

 

そんな子供達の中で、とりわけ特徴的な5人の子供達。

ちょっとおませなシンちゃん、しっかりもののカザマくん、泣き虫のマサオくん、不思議な頼りがいのあるボーちゃん、かわいいネネちゃん。

初めて私がここに来たとき、最初に声をかけてくれたのがこの5人組でした。

この病院内でこの子達は少し手がかかるけど、いつも元気でみんなを笑わせたり勇気をわけたりする中心的な子なのです。

だから、私にも気にかけてくれて・・・本当は立場が逆で私がそういうことをするべきなんでしょうが・・・どこか大人びた子達で助けて貰っています。

他の子たちのお話や、施設の案内、色んなところで本当によくしてもらっています。

仲良くなれてると、思ってもいいのかな・・・。

そして今日もこうして声をかけてくれてくれるのでした。

シンちゃんを筆頭に集まってくるのですが・・・止まる気配がありません。

え?と思っているとなんとその体のどこに力があるのかと思ってしまうくらい、高くジャンプをし、飛び込んできます。

あまりの光景にとっさに目をつぶってしまったのですが・・・訪れると思っていた衝撃はいつまで経っても訪れず・・・。

恐る恐る目を開けてみるとそこには和さんと紬さん、信代さんが立っていました。

シンちゃんを抱えて。

 

 

「・・・シンちゃん?そういうのは危ないから止めようねって前、お・は・な・し・・・したわよね?」

 

 

「次ぎやったらお仕置きとも、言ったわ」

 

 

「元気があるのはいいことだけどね。」

 

 

紬さん、和さん、信代さんが順に言います。

 

 

「え、えっと・・・オラ、用事おもいだした」

 

 

じゃ、そゆことで。

きびすを返して行こうとするのですが、掴まれた腕は硬いようで、そして3人から目に見えるようなオーラが・・・特に紬さんと和さんからですが。

 

 

「千乃に飛び込んだのが運のつきだな」

 

 

「澪ちゃんに飛び込んだ時は律ちゃんが注意したからね~」

 

 

「うぅ・・・」

 

 

律さん、唯さん、澪さんはその光景を見て言います。

あのお祭りのあと、詳しい話を和さんと信代さんに話しました。

本当は信代さんには言うつもりはなかったのですが、信代さんと話していたら安心するといいますか、和さん、紬さんとはまた違ったあったかさを感じたといいますか・・・気づいたら話していたのです。

しかし、信代さんは動じることなく、いつもと同じように接してくれました。

そして、話してくれて嬉しい、私も力になるよって、そう言ってくれたのです。

お祭りを楽しみ、皆さんと別れる時、通院していることを伝えたら、次の日から皆さんが一緒に病院についてきてくれました。

それ以来、私なんかよりもすぐに皆さんはここに馴染んで、今ではこういう光景は当たり前になっているのです。

 

 

ふらふらと、シンちゃんが歩いてくる。

 

 

「ひどいめにあったぞ・・・母ちゃんみたいだった」

 

 

うんうんと頭を抱えてる姿にカザマくんが注意をしているがそれをどこ吹く風で交わすやりとりは長年連れ添った友達同士だからこそ、というのがわかる。

この子達を見ていると、ここが病院だということを忘れられるくらい、元気な気持ちをもらえる。

 

 

「千乃、そろそろ診察じゃない?」

 

 

和さんが私に言います。

 

 

「え~・・・千乃お姉さんもう行っちゃうの?」

 

 

「ごめんね・・・終わったらすぐ帰ってくるからね」

 

 

「大丈夫よ千乃ちゃん、それまでは私達が遊んであげるから」

 

 

フフフと笑う紬さんにシンちゃんはビクっと体を震わせます。

 

 

「千乃、ついていかなくて大丈夫か?」

 

 

「はい、すぐそこなので大丈夫です」

 

 

「いってらっしゃ~い」

 

 

 

 

ラジオ体操をしていた中庭をぬけ、病院内に入る。

やっぱり意識をしてしまう。

ここが境目なんだなぁ・・・と。

 

 

 

診察自体は30分くらいで終わった。

トム先生はどうやらなにも進展がないことに申し訳なさそうな雰囲気で。

私としては、神様にもらった時間が3年間だということをあらかじめ了承はしてるので、むしろこっちこそが申し訳ない感じで・・・。

もちろんもっと長く生きたいという欲もあります。

和さんと友達になって、軽音部の皆さんと一緒に音楽をすることができて。

信代さんに出会って、こうして夏休みにいっしょにいることができて。

できることならもっと一緒にいたいと思ってる。

 

 

このことを、私は最近よく考えてしまう。

そして決まって少し悲しくなってしまう。

 

診察が終わって皆さんと合流すべきなのですが、今いくとまた心配をかけてしまうかもしれない。

顔に出やすいのでしょうか、紬さんと和さんにはすぐばれてしまうのです。

だから少し遠回りをしてから皆さんのところに戻ろう、そう思い普段行かない棟へと繋がる階段を上ります。

 

ぼやける視界にも慣れてきて、白杖ありとはいえそれなりの速さで歩くことに抵抗がなくなってきました。

皆さんには、お願いだから気をつけて歩いてくれと言われますが・・・。

 

 

琴吹病院は、さすがと言うべきでしょうか、かなり大きくて敷地内にいくつこ建物があります。

そしてそのどの建物も通路が繋がっています。

気づいたら自分がどこにいるのかわからなくなってしまっていました。

 

なにをしているんだか・・・自分でため息をついてしまいます。

屋上に上ろう。

そうしたら自分の位置がわかるだろうし、綺麗な空を見るとこの陰鬱とした気持ちも少しは晴れるだろうと、そう思ったのでした。

 

 

 

 

階段を上る。

一生懸命上った先にはきっと綺麗な空がある。

そう思うから頑張れる。

きっと人生も一緒なんだ。

何か目標があるから人は生きていられる。

その目標は人それぞれだけれど、みんなその目標に向かって頑張っている。

私だってそうだ。

もっと友達と一緒にいたい。

プロになりたい。

そう思って頑張っている。

 

 

 

最上階、そこに屋上に続く扉はなく。

真っ白な、本当に真っ白な部屋が一つあるだけでした。

最上階を全て費やして一つの部屋が存在している。

そういえば以前、トム先生や紬さんが言っていました。

 

ここにはいろんな患者がいると。

もしかしたらここには、いわゆるお金持ちのお嬢様が入院しているのではないか。

それか一般の病院では入院することが出来ない、入院することが大ニュースになってしまうような有名人がいるのではないか・・・。

想像は止まらず、勇気のない私はそれを確かめることは出来ず、その場から離れようと、上ってきた階段を下りようとしました。

しかし。

 

 

「入ってきて」

 

 

ただ一言。

そう言われました。

 

 

律さんとか唯さんだったら迷わず入れるのでしょうか。

和さんや紬さんだったら臆することなく入ることが出来るのでしょうか。

私は・・・。

 

 

 

 

「失礼します・・・」

 

 

音があまりたたないように、恐る恐るドアをスライドさせます。

その中にいたのは、怖い顔の人でもなく、またテレビで見るような有名人でもありませんでした。

とは言っても、私は世間のテレビ事情に詳しくはなく、目が悪いので確信はありませんが。

 

女性でした。

どこにでもいそうな、綺麗な女性。

その顔は優しげで、にっこりと私を見て微笑んでいます。

髪は長くもなく短くもなく・・・しかしそんなことなどうでもいいほど、綺麗な紙をしていました。

入院している人に間違いはないはずなのですが、モデルさんのように綺麗でした。

 

 

「かわいい子が来たわ。今日はいい事が起こりそうな気がしてたの」

 

 

ふふ、と笑うそれは一枚の絵のようで、私の周りにはいないタイプの女性でした。

きっと紬さんや和さんが今よりももっと大人になったら、こういう女性になるんだろうな・・・とそんな事を思ってしまいます。

 

 

「良かったら少し、お話をしない?」

 

 

でも・・・なんていうんでしょうか。

 

 

「えっと・・・」

 

 

「あなたのお名前、聞かせて」

 

 

「湯宮・・・千乃です」

 

 

「そう、あなたが。いい名前ね。ぴったりだわ。私は菊里。榊菊里。よろしくね、千乃ちゃん」

 

 

「はい・・・よろしくお願いします」

 

 

この人・・・菊里さんは。

 

 

「千乃ちゃんは最近この病院に来たのよね。トム先生から聞いてるわ。子供達の相手をしてくれてるんでしょう?この最上階の部屋にまでよく中庭の声が聞こえてくるの。楽しそうで一回話してみたかったの」

 

 

目の前にいる菊里さんは、笑っているのに。

 

 

「ここにいるってことは病気なんだろうけど・・・どう?千乃ちゃんは生きてて楽しい?」

 

 

心は笑っていないのだ。

一度も、私が来てから、ただの一度も私に興味なんてない。

 

 

「聞かせて?」

 

 

そう問われて、私の心は氷のように冷たくなっていくのを感じました。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・難しい質問だったかしら。まあどうだっていいのだけれど」

 

 

そしてまた笑い、手招きをする。

 

 

「この部屋に誰か来るのはこの病院のスタッフ以外、あなたが始めて。だからもっとお話しましょうよ。外の世界って今どうなっているの?嘘みたいに薄いテレビがあるってきいたけど。あとアメリカのお店が日本にはいっぱいあるんでしょう?自分たちの国なのに好き勝手荒らされて特定の市場は独占状態だとか。あ、携帯電話って知ってる?私が最後に見たのはこんな分厚いやつだったのだけれど、今はどうなってるの?もしかしてそれも薄くなってたりするのかしら」

 

 

菊里さんはそう言って私を見るのですが、やはりその口から出る言葉には重さは感じられなく、たとえるならば暇つぶしのようなそんな気さえしてしまいます。

だというのに笑顔で、ひどくアンバランスで・・・。

 

 

「私も・・・詳しくはわかりません・・・」

 

 

「あれ、最近の若者はそういう流行のものには敏感だって聞いたけれど。」

 

 

「私、ついこの間まで入院してましたので・・・」

 

 

「ふぅん。どのくらい?」

 

 

普通なら躊躇するであろう質問を、しかし菊里さんはなんでもないように聞いてきます。

ここに紬さんや和さんがいなくて良かったと、思いました。

きっと、険悪な雰囲気になってしまうから。

 

 

「えっと・・・小学生の入学式から、高校生になるまで・・・です」

 

 

そこで初めて、菊里さんは私に興味を持ったように思えました。

 

 

「9年間。」

 

 

何かを数える仕草をして言います。

 

 

「千乃ちゃん、私も同じ。なんだか運命を感じちゃうわね」

 

 

「え?」

 

 

「9年間、私はこの部屋から一歩も出ていないの」

 

 

それは。

あまりにもな言葉でした。

まずはじめに思ったことは、同じだ、ということ。

私が入院して、周り全てを恨んで、けど何も出来ずに生かされ続けてたあの時。

菊里さんもここで。

 

 

「交通事故。飲酒運転でトラックにはねられてそのあとダメ押しで轢かれたわ。ふふ、ニュースでよく聞く話だけれど、いざ自分がなってみるとおかしくて。目が覚めた時にはここで見たこともないくらいのチューブに繋がれてて周りは機械だらけ。意味がわからなかったわ。トム先生に事情を聞いて、琴吹さんのご好意でここに置かせていただいてるの。私の親が琴吹さんと懇意にさせてもらっててね」

 

 

「紬さんのご両親と・・・同じ会社で働かれているんですか?」

 

 

「知らない。あの人達のことはもう覚えてないなぁ」

 

 

「え・・・と・・・?」

 

 

「目が覚めてから一回も会ってないの。まったく・・・酷い親よね。たった一人の娘が事故に遭ったって言うのに見にもこないなんて」

 

 

「・・・・・」

 

 

「嘘、少しだけ覚えてるわ。確かそこそこのお金持ちだった。取引相手で琴吹家と繋がりがあったんでしょうね。だから私はここでまだ生きてるのだから。」

 

 

一息。

 

 

「でも、私は早く死にたいの」

 

 

菊里さんに会ってから何度目の体験だろうか。

菊里さんが何かを言うたびに私の心は冷たい氷を削るような感覚に陥るのです。

 

 

「な・・・なんでそんなこと、言うんですか?」

 

 

わかってる。

その答えは私が一番わかってる。

だって、私も思っていたから。

 

 

「んー。千乃ちゃん、おいで」

 

 

近くに招かれる。

私は逆らうことなんて出来ず、自然と近づいていって。

 

 

菊里さんは綺麗だ。

その顔立ちはそう表現するのが一番だ。

それはつまり、顔には傷がないということで。

 

 

「いいもの見せてあげる」

 

 

自分の服を脱ぎ、その体をあらわにする。

当然、その美貌に相応しいシルクのような肌が現れるとおもっていたのですが。

そこにあったのは。

 

何度も何度も縫われた痕があり、肌は変色していて、とてもじゃありませんが普通の人は見続けることが出来ないであろうものでした。

顔が綺麗だからこそ、その対比がより際立っている。

 

 

「・・・もっと驚くと思ったのだけれど。」

 

 

「・・・私も、似たようなもの、でした・・・」

 

 

「千乃ちゃんも、か。つくづく似たもの同士ね私達。でも、そのわりには元気そうに見えるけれど?」

 

 

生まれ変わることが出来たから。

言えるはずもなく。

しかし言いたい。

この人は私だ。

私と同じなんだ。

 

菊里さんはデリカシーのないような質問をして、普段なら苦手な人になるのだろうけど、何故だか私はもっと話したいと、そう思ったのです。

 

 

「いいのよ。ここには誰もいない。いるのは私達だけ。『私』だけ。何でも言いなさい」

 

 

「あ・・・」

 

 

私の口からこぼれた言葉は止まらず、全てを話していました。

他の誰にも言っていない、生まれ変わったことも。

 

与えられた時間が3年間であることも。

 

だって、相手は『私』なんだから。

 

 

 

 

 

 

「・・・・そっか。凄い体験ね、羨ましいとは思えないけど」

 

 

「・・・・」

 

 

「わかってるんでしょう?最後は消えてなくなってしまうって。私には耐えられないわ、2度も味わうなんて」

 

 

そう。

私のもっとも恐れること。

それを菊里さんは理解してくれた。

 

 

「・・・私の体ね、首から下は全部他人のものなの。臓器も肌も知らない誰かのもの。

機械も入ってるわ。親が一応の体裁を保つために、私を生かし続けてるの。きっとこう思ってるのよ。『手は尽くした』って」

 

 

その言葉に私はとうとう堪えきれなくなって涙が流れてしまう。

 

 

「この病院から・・・ううん、この病室から出たら多分1時間くらいで死んじゃうわ。今の私はこの機械と琴吹家、あとはトム先生の日々の検診によって生かされてるのね」

 

 

あぁ・・・どこまでも一緒なんだ。

菊里さんはどこまでも私と同じ。

 

 

「こんなの、生きてるなんていえない。私は目が覚めてからずっとそう思ってきたの。だから早く死にたい。」

 

 

「でも・・・それでも・・・菊里さんはここに・・・」

 

 

初めて、ここで反対を示す言葉を口にした。

この菊里さんの言葉を飲み込んでしまうと、私の今まではなくなってしまう。

気づかないふりをして逃げてきたものに追いつかれてしまう。

精一杯の勇気を振り絞っていった。

 

 

「誰とも遭えない、一人じゃ何も出来ない。単純な話、停電が一回でも起きれば私はそれだけで死ぬわ」

 

 

また笑う菊里さん。

菊里さんの心を知ることが出来て、この笑顔を改めて見て思う。

悲しい。

 

 

「それに・・・親にも捨てられて、私を知る人はもう私だけ。死んだら榊菊里はいなくなってしまう。誰の心にも残らず」

 

 

「じゃあ!誰かの心に残るように頑張ればいいじゃないですか!」

 

 

私らしくない大声。

否定しなければ私が否定されてしまう。

 

 

「無理よ。私は普通の人とは違う。榊菊里のものはこの頭だけ。他は全部寄せ集めのボロ人形。そんな化物には誰も仲良くなんてなれないわよ。気持ち悪がられるだけ。それに、しんどいのよ。」

 

 

その言葉だけはダメだ。

聞いてはダメだ。

 

けれど。

 

 

「普通の人と、こんな私。恨んでしまうわ、羨んでしまうわ。どうしようもない違いに私はいっそう惨めに思えてしまうもの。だから私は誰とも接しない。誰とも関わりたくない。そうすれば、幸せを知らなかったら不幸を知らずにすむもの。これが私なの」

 

 

もう涙は止まらない。

なのに、どうしてだ。

 

 

「・・・こういう生き方もあるのよ」

 

こんなに心が安らぐのは。

世界の全てに拒絶されても、この人にだけはわかってもらえる。

 

 

「でも千乃ちゃん、あなたにだけは興味がわく。だから、ねぇ聞かせて。」

 

 

 

 

 

 

「あなたの9年間は、幸せだった?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




神様「新キャラ登場・・・けどどうしようこれ」



更新遅くなってすいません。
今回は新しいキャラが登場です。

このキャラと関わる事で主人公はまた葛藤して、物語を加速する材料になればいいなと思います。
次もなるべく早く更新します。


よろしくお願いします。


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第27話

また遅くなってしまい・・・短くてすいません。
やっと少し時間を取れるようになったので、次は3~7日のうちに必ず更新できるように頑張りますです。


なんかどんどん内容が・・・もっとじっくり書きたいなぁと思う今日この頃です。

よろしくお願いします。



Side 千乃

 

 

 

 

 

気がつけば私は廊下を歩いていた。

菊里さんの問いに私は答えることは出来ませんでした。

ただ、下を向いて喉を絞められているような、水の中にいるような、そんな息苦しさを感じながら時間が過ぎるのをただひたすらに願っていたのです。

菊里さんが私に興味をなくし、もう帰っていいよと、そう言ってくれることも待ち続けたのです。

 

けれど菊里さんは何が面白かったのか、笑って言いました。

 

 

「また来てね」

 

 

って。

 

 

どれほどの時間をこの廊下で費やしたのかわかりません。

頭がボーっとしている。

 

生きていて幸せか。

この問いに何故私は答えられなかったのだろう。

 

初めての友達の和さん。

一緒に音楽をやる仲間の軽音部の皆さん。

信代さんまでいるのに、なんで楽しいって言えなかったんだろう。

心の中では『幸せだ』と叫んでいたのに、菊里さんには言えなかった。

 

 

初めて自分と同じ境遇の人を見た。

理不尽に振り回され、あがくことも出来ず、ただ生かされ続けている。

それがどれほどの地獄か、共感しあえる存在。

鏡を見ているようなそんな感覚で。

もちろん姿は似ていないけれど、間違いなく菊里さんは生まれ変わる前の私だった。

だからわかってしまう。

菊里さんの気持ちもその最期も。

私は、奇跡が起きて今こうしてここにいることができる。

でも菊里さんは言った。

羨ましいとは思えないと。

いずれ来る『2度目』の最期に恐怖するから。

 

菊里さんはもう自分の中で終わっている。

自己完結してしまっている。

誰とも関わらない、だから喧嘩とか恋愛とか、そういった感情で傷つくことはない。

何も期待しない代わりに絶望もないって。

 

その生き方を否定することは出来なかった。

だって私もそうだったから。

 

 

頭が上手く回らない。

考えがまとまらない。

さっきから同じことを考えては振り出しに戻ってる気がする。

 

どうしたらいいんだろう。

 

どうしたらいいんだろうって、何について?

菊里さんをどうにかしたいとでも言うのだろうか私は。

人を幸せにする、人を幸せにできるというのは幸せな人にしか出来ない、だから私は幸せだ。

そう思いたいのだろうか?

だから菊里さんを幸せにしたいと思ったのか。

 

 

わからない。

 

 

じゃあ見なかったことにするということ?

菊里さんとは出会わなかった、そうやって忘れるべきだと、そう思ったのだろうか?

 

 

わからない。

 

 

・・・・もし、私がいたら。

生まれ変わる前の私がここにいたら、どうなっていたんだろう。

もし、菊里さんのご両親が、菊里さんのもとにいてくれたら何か変わっていたのだろうか。

 

そんなIFを考えてしまう。

 

 

 

 

 

結局何も決められないまま、私は皆さんのところに戻った。

今までだったらきっと自分だけの胸の内にしまっていたと思う。

けれど今は相談できる人達が出来た。

 

 

「遅かったな」

 

 

律さんが私に気づいてそう声をかけてくれた。

皆さんは中庭にあるちょっとしたテラスにいました。

律さんの声に、他の皆さんも迎え入れてくれました。

 

 

「おかえりなさい、千乃ちゃん」

 

 

「おかえり千乃」

 

 

「シンちゃん達が残念がってたよ~。遊びたかったってさ」

 

 

「すいません・・・遅くなってしまいました」

 

 

温かく迎え入れてくれる皆さん。

さっきまではちょっと怖いという感情をもっていましたがほっとするような、そんな気持ちにしてくれます。

 

 

しかし・・・どうしたものか。

なんて切り出しましょうか。

自分の考えすらもまとまっていないこの時点で何を相談するのか。

すると。

 

 

 

「で・・・今度は何を迷ってるんだ?」

 

 

「・・・え?」

 

 

律さんが私を見ながらそういいました。

気づけば、皆さんが同じような顔をしていました。

なんていうか・・・やれやれ、みたいな少し呆れたような顔。

 

 

「な、なんで・・・?」

 

 

「あのね千乃・・・あなたは顔に出過ぎよ」

 

 

「そうだよゆっきー、そんな悲しい顔してたら心配になっちゃうよ」

 

 

「唯と和の言うとおりだ。どうしたんだ?」

 

 

大丈夫だって、言ってくれたような気がした。

皆さんの声が私を包む。

そうだった。

私の友達は、こういう人たちだった。

私にはもったいない、最高の友達で。

皆さんがここにいてくれたから、私はここにいることができるんだ。

私の居場所。

もう一人ぼっちの病室じゃない。

 

まったく単純な話で、皆さんの顔を見るだけで、今じゃもうこんなに勇気が湧いてくるのです。

 

1人じゃ何も出来ないけど、皆さんと一緒なら私は強くなれる。

それを、その意味を菊里さんに見せたい。

知って欲しい、それがどんなに素晴らしいものなのかを。

 

今なら言える。

幸せだって。

 

 

 

 

 

 

「なるほどな・・・」

 

 

一通り、話し終えた私は皆さんの反応を待つ。

 

 

「ムギは知ってたのか?」

 

 

「・・・知ってたわ。菊里お姉ちゃんとは小さいころ、沢山遊んで貰った記憶があるの」

 

 

それは意外でした。

菊里さんの話だと、親同士だけの付き合いみたいに言っていたから。

でも、ならなんで紬さんの話をしなかったのだろうか。

そのことが私は気になりました。

 

 

「私が小学生になる前で菊里お姉ちゃんが中学生くらいだった。事故に遭って、それからずっとここに入院してるの」

 

 

「・・・・・」

 

 

「確かにご両親がここに来た記録はないわ・・・私は何度も病室に向かったけど・・・入れてくれなかった。今でも通ってたりするんだけど・・・扉の前までしか・・・」

 

 

紬さんは、ずっと菊里さんのもとへ訪れていた。

けど菊里さんはそれを受け入れなかった。

9年間、誰とも関わらなかった。

 

 

私の場合は、誰もいなかった。

両親も、友達も。

ある意味、だからこそ諦めもついた。

私の事を知ってる人が居ないのだから、一人ぼっちなのはしょうがない、と。

それが喪失病で消えて亡くなることを受け入れることには繋がりはしないのだけれど。

 

 

けど菊里さんは違う。

確かにご両親はいないのと同じかも知れないけど、紬さんはずっといたのだ。

9年間も・・・。

それを拒み続けた菊里さん。

 

 

 

「千乃と同じような境遇・・・か」

 

 

一息おいて。

 

 

「それで・・・千乃はどうしたいんだ?」

 

 

そうなのです。

そこが問題で。

 

 

「・・・さっきまでは・・・何をしたいのかわからなかったんです。そもそも私に何が出来るか・・・ずっと考えてて・・・」

 

 

でも。

 

 

「でも今、思うのは・・・私は幸せだって、ちゃんと言いたいです・・・菊里さんは他人なんか要らないって言ったけど・・・私は違う、友達が出来たことでこんなに変われたんだよって。だから・・・その・・・へんな言い方になってしまうんですけど・・・自慢の、友達を、見せたい・・・です」

 

 

こんなに私を気にしてくれている友達が、こんなに沢山いる。

それだけで私は生まれ変われてよかったと。

でもただそれを口にしても何も説得力はない。

 

 

「つまり・・・他者との繋がりがどんなものなのかを教えるってことか」

 

 

「千乃が自慢の友達って言ってくれるなんてうれしいな」

 

 

「ならここでライブやろうよ~!ゆっきーの歌と私達の演奏だったらそれがきっと伝わるよ」

 

 

律さんと澪さん、唯さんがそう言ってくれます。

そこに和さんと信代さんが混ざってもう段取りを話し合い始めてます。

自分で言い出しといてなんですが、その行動力は見習いたいなと思います。

すると、紬さんが私の腕を掴んで皆さんから少し離れます。

 

どうしたんだろうと思っていると、紬さんは顔を下に俯かせながら何かを言いたそうにもじもじとしていました。

 

 

「紬さん?」

 

 

「・・・千乃ちゃんに、謝らないといけないことがあるの・・・」

 

 

「え?」

 

 

「私・・・千乃ちゃんの昔のお話を初めて聞いたとき、菊里お姉ちゃんと同じだって思ったの。さっきも言ったんだけど・・・菊里お姉ちゃんが事故に遭ってから一回も会えてないの・・・扉の前までしか入れてくれなくて・・・会えないのは私が何の役にも立たないからしょうがないって思ってたの」

 

 

そう言う紬さんはいつもよりも悲しそうに。

目に見えて落ち込んでいるのがわかります。

こんな紬さんを見るのは合宿前の、試着室以来初めてです。

 

 

「そんな時に千乃ちゃんと会って、千乃ちゃんの話を聞いて・・・同じだって思ったの・・・菊里お姉ちゃんと。もしかしたら・・・ううん、きっとこう思ってた。『菊里お姉ちゃんと同じような境遇の千乃ちゃんだから』って。だから私は千乃ちゃんに・・・そういう気持ちで接してたのかもしれない・・・」

 

 

それ以上は続きませんでした。

紬さんが言いたかったその意味・・・わかりません。

私は頭が良くないのでしょう。

けど、紬さんがこんなに震えながら話してくれたのです。

 

 

「そんなことで謝らないでください。紬さんは優しいです。言わなかったらわからないのに・・・なのに言ってくれるなんて。それに紬さんがそう言う気持ちで接してくれてるっていうことは私と・・・菊里さんを救いたいって思ってくれてるからです。そのおかげで今、紬さんとこうしてお話できてるんだから、私は幸せです」

 

 

「千乃ちゃん・・・」

 

 

「それに・・・今は菊里さんと同じ・・・じゃなくてちゃんと私を見てくれてるって・・・そう思うのは贅沢でしょうか?」

 

 

「ううん、そんなことないわ!千乃ちゃんは千乃ちゃんだって!」

 

 

「嬉しいです」

 

 

「・・・千乃ちゃん!!!」

 

 

急に紬さんが抱きついてきました。

よっぽど溜め込んでいたのでしょうか。

体制を崩してしまいそうになってしまいましたが、すぐ後ろに和さんが立っていて支えてくれました。

 

 

「・・・ムギ?何をしているのかしら?」

 

 

「あ、和さん・・・えっとこれは」

 

 

「千乃はちょっと向こうにいてくれるかしら?」

 

 

ニコニコと文字が見えそうな和さん、けどなぜでしょう・・・。

レンズの向こうの目が笑ってないように思えるのは・・・。

 

 

 

 

そこから10分ほどたってようやく和さんと紬さんが戻ってきました。

すこし紬さんが元気なさそうなのは気のせい・・・ではないのでしょうね。

 

 

なにはともあれ。

 

 

 

 

「ま、かわいい千乃のためだ。唯の案でいくか」

 

 

「ライブか。けど病院でできるのか?」

 

 

「それなら儂に任せてくれ」

 

 

トム先生!

いつの間にかトム先生がおり、許可をくれた。

 

 

「ここじゃ、月に何回か子供達のためになにかしらの企画をしておるんじゃ。君達がバンド演奏してくれるなら嬉しい」

 

 

「ありがとうございます、トム先生」

 

 

「よっし、決まったことだしさっそく練習だ!」

 

 

「私達は演奏できないけど、なにか手伝うわ」

 

 

「なにか重いもの運ぶ時とか遠慮なく言ってね」

 

 

「和さん、信代さん・・・ありがとうございます!」

 

 

「その代わり、最高の演奏をお願いするわ」

 

 

「学園祭も近いし、スキルアップしないと・・・」ガクガク

 

 

澪さんは通常通りですね。

演奏する曲はやっぱり学園祭のために一生懸命練習してきた3曲のうちどれかを。

どれもいい曲ばかりで、皆さんもどんどん上達して・・・置いていかれない様に私も一生懸命に歌う曲。

 

 

沢山の人の前で歌うことは初めてで、もう今から緊張しています。

律さんが私と澪さんを見て『姉妹か!』って言ってます。

それを紬さんが聞いて何故か鼻血がでて、和さんが呆れて、信代さんが私の耳を塞いで、唯さんが笑って。

いつの間にか緊張が抑えられていることに気づいて、自然と笑みがこぼれます。

 

そんな私を皆さんが見て、優しく笑ってくれたのがわかりました。

 

初めてのライブ演奏・・・菊里さんに伝えたい気持ちと、私たち軽音部のこれからのための一歩となるであろうこのライブを、絶対に成功させたい。

そう思いました。

 




神様「やっと話が本編にもどれそう・・・」


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第28話 歌う人

あぁ・・・いよいよあと一ヶ月くらいで社会人・・・なんだか得体の知れない恐怖感が。


次も早い更新目指して頑張ります。
よろしくお願いします。


Side 菊里

 

 

 

昨日は楽しかった。

久しぶりに人と話した気がするわ。

ここ3ヶ月くらい、ドアの前まで来るあの子がよく話す千乃という子の話。

それを初めて聞いたとき、何故かわからないけど凄く惹かれた。

聞く限り、歌が上手くて人見知りで上手く話せなくて、可愛い小動物のような女の子。

それだけだったら普通の女の子なのに、あの子・・・紬ちゃんが沢山話す。

それもこれ以上ないくらい嬉しいそうに。

興味が湧いてきた。

そしてトム先生の治療を受けに来ていると聞いたとき、会いたいと思った。

こんな気持ちはこの病室に入ってから持ったことがないかもしれない。

もう随分とこの部屋にいるからそんな気持ちは無くなっていると思ったけど・・・その事実にまた惹かれる。

それから、窓を開けることが多くなった。

ここの子供達がはしゃぐような声が増えた気がしたから。

その中に紬ちゃんと・・・綺麗な声の女の子がいることに気づいた。

この声の持ち主だ。

直感でそう感じ取った。

 

 

なるほど・・・遠目から見てもわかるくらいに可愛いわ。

外見だけでなく、人に慣れていないそんな動作が所々で見える。

 

もしかしてあの子は・・・何か事情があって人と接することが得意じゃないのではないか。

もしかしたら・・・そう、私のような。

会いたいという気持ちがもっと強まった。

でも、私はこの病室から出ることは出来ない。

 

機械に繋がれているということも大きい。

それに、ここから出てしまえば・・・いよいよ私という存在が消えてなくなってしまいそうで。

親から見捨てられて、友人もおらず。

生きている意味さえもうわからなくなっている、そんなちっぽけで無力で意味のない私が、まだこうして私足りえているのは一重にこの病室にいるからだ。

こんな気持ち、誰にもわからないだろうけど・・・ここが私の存在できる唯一の場所なの。

 

だから私には彼女に会える機会がない。

こうやって窓から眺める。

それしかない。

今までどおりに。

 

 

けど、奇跡か神様の悪ふざけか、昨日偶然としか言えないが彼女がこの病室にやってきた。

どうやら誰に頼まれたわけでもなく、本当に偶然。

部屋の中からはわからないけど、彼女がドアの前にいるのが私には手に取るようにわかる。

そうなることが決まっていたように、当たり前のように私は声をかける。

 

 

「入ってきて」

 

 

久しぶりに出した声は驚くほど鮮明に通る。

まるでこの時をまっていたかのように。

 

 

入ってきた女の子を見たとき、やっぱり、と思った。

『同じ』であったから。

何も聞いていないけど、それがわかった。

俄然、興味が湧いてきた。

 

彼女のその顔は浮かばれないようで、緊張からなのか何か嫌なことがあったのか・・・。

私にはわかる。

 

 

そして彼女、千乃ちゃんに私は自分のことを話す。

それは私と『同じ』だから共有したいと思ったのか、『同じ』くせに幸せそうだったからかはわからない。

9年間、ずっと話さなかったのに自分でも驚くほど饒舌だった。

胸の内から込み上げてくる思いは私を留まらせることなく口を動かさせる。

 

よくある事故でずっと病院生活。

普通の人だったら同情の念を向けるか、不幸自慢かという顔をする。

けど千乃ちゃんは驚いたような顔はしたものの、それは同情でも軽蔑でもなく。

少しの喜びと泣きそうな顔だった。

わかるよ。

自分と『同じ』存在を見つけることができたっていう喜びと、同時に自分と重ねた故の顔だったんだよね。

紬ちゃんから聞いてはいたけれど、顔にすぐでるみたい。

 

特に私が親のことを話しているところで凄く顔が歪んでいた。

今時、そんなに珍しくはないと思うのだけれど・・・まあ所詮私の知識はテレビのドラマとかくらいだけどね。

 

けど・・・久しぶりの親のことを思い出した気がする。

どんな顔だったか・・・忘れてしまってるけど。

薄情な親、それが一番のイメージ。

当初は、見舞いに来てくれない親を待ち望んだり恨んだりもしてたけど、今となってはどうでもいい。

この病院で話すのなんて、先生くらい・・・それも必要最低限の返事だけ。

・・・・・よくドアの前まで来る紬ちゃんとは会話していない。

理由は・・・私には不必要なものだから。

生きていく上で、それは必要ないものなんだ。

他者との繋がりも、それを望む気持ちも。

わずかな栄養と生命維持装置。

それだけで人は生きていける。

むしろ、そんなものを背負うから弱くなるんだ。

誰かと接するということは、弱さを作ることに他ならない。

その『誰か』を気にしなくてはいけなくなる。

その『誰か』を大切に思えば思うほど、愛せば愛すほど、その『誰か』が傷つけば自分も傷ついてしまう。

そんなものは弱さだ。

弱点にしかならない。

私1人でさえ、こんな機械につながれていないと死んでしまうほど、弱いというのに。

『誰か』を背負ってしまったら。

愛してしまえばもう・・・。

 

だから、私は紬ちゃんと話さない、部屋に入れてこなかった。

9年間、私が事故にあってからずっと通い続けてくれた紬ちゃんを。

 

まだ私が制服を着ていて、紬ちゃんが小学生になると嬉しそうに話してくれていたあのころ。

私なんかとは違う、危険もない世界で育った可愛い私の妹のような存在。

 

 

背負えるわけがない。

紬ちゃんにとって、私がもし大切な『誰か』になってしまったら・・・どれだけ重荷になってしまうか。

こんな醜い私を、その優しさから愛してしまったら・・・どれだけ傷ついてしまうか。

 

だから私は接することをしなかった。

 

けれど・・・捨てきることもできなかった。

本当に1人で生きていくなら、もう来るなって言えばよかったのにそれが出来なかった。

心のどこかで、求めていたとでも言うのか。

どうしても、言うことができなかった。

 

 

この気持ち、きっと千乃ちゃんならわかってくれるはずだ。

彼女は私で、私は彼女なんだから。

 

彼女もまた私と同様で、事故によって人生を破壊された子だった。

何の因果か同じ9年間。

 

その後に言った千乃ちゃんの言葉。

一度死んで、この世界にもう一度生きる権利を与えられた、いわば生まれ変わった、という。

普通なら、SF小説の読みすぎかドラマの見すぎか・・・なんにせよおかしい子だと一笑に付した。

けど、相手は『私』だ。

その言葉もすんなりと、自分でもびっくりするほどあっさりと受け入れられた。

 

それを羨ましいとは思えなかった。

むしろ可哀想だと思った。

こんな世界で死んだ後も続かなければならないのか、と。

けれど目の前の女の子はそれを苦とは思っていないような顔で・・・いやきっと心の中ではちゃんとわかっているのだ。

また、別れを経験しないといけないと。

わかっているくせに、それでも現状を受け入れているそんな彼女に、私はイジワルをしたくなった。

 

今、幸せか。

 

彼女は、答えられなかった。

 

 

 

 

そんな昨日の出来事を思い出すと、少し笑顔が浮かぶ。

別にイジワルして楽しかったということではない。

いや・・・少しはあるけれど・・・。

じゃなくって、彼女は幸せだとは答えられなかった・・・けど、幸せじゃないとも言わなかった。

そのことが、私が笑った理由だ。

 

『私』が、幸せではない、不幸だ・・・と言わなかった。

その意味を想像すると胸から何かが込み上げてくる。

久しく忘れていたこれからもの感情の名前を忘れてしまっているけど、とても懐かしいものだ。

 

 

その思いに浸ろうとした瞬間、歌が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 千乃

 

 

トム先生の許可を貰って、私達軽音部は朝早くに駅前に集合した。

そこには唯さん、律さん澪さん、紬さんの姿。

そして和さんと信代さんの姿も。

アンプやスピーカーなど一緒に運んでくれると申し出てくれたのです。

結構・・・ていうかかなり重いのですが信代さんは軽い軽いと笑いながら運んでいました。

律さんや澪さんは緊張しているのでしょうか、口数が少ない気がします。

あ、澪さんは半分気絶しているみたいです。

唯さんはいつもどおりと言いますか、変わらず明るく歩いていますが、手と足が一緒に出ているのは気のせいでしょうか。

 

紬さんは、何かを考えるように沈黙を続けます。

律さんや澪さんみたいな緊張からではないと思うのですが・・・。

 

和さんは私に気を使って、隣を歩いてくれます。

やっぱり、視力の低下のせいか、外を歩くのは慣れて来ているとはいえ自然と遅くなってしまうのです。

一番後ろを歩くのですが、和さんが同じスピードで隣にいるので、安心して私も歩くことが出来ます。

 

けど、やっぱり緊張します。

多くの人の前で歌うのは楽器のお店以来ですし、何より菊里さんに私の思いは届くのでしょうか。

所詮は私1人の押し付けで、だからなに?と言われるのではないでしょうか。

迷惑なだけなんじゃないでしょうか。

1人でいいと言っている菊里さんに、無理やり迫っているだけなのではないか。

そんな思いが昨日からずっと頭を回って、結局答えは出ませんでした。

こんな状態でなにを言っても、伝わらないんじゃないか・・・。

 

 

ぎゅっと。

両手を包まれる。

この感触は、私が何か困った時にいつも助けてくれた感触だ。

左は紬さんが。

右は和さんが。

 

ぼやける視界に、2人の顔が。

何も言わず、ただ優しく頷いてくれる。

上手く言えないけど、ちゃんと言葉に出来ないかも知れないけど、私は今この気持ちを全て歌にして全部伝えたいと、そう思った。

 

 

 

中庭には既に、多くの人が待っていた。

いつもラジオ体操に出ている人達はもちろん、ナースの方々やスタッフの方。

そして。

 

 

「ゆきのおね~さ~ん!」

 

 

シンちゃんが大きな声で手を振りながら走ってくる。

その後ろにはいつもの仲間達がいた。

 

スッっと私の前に立つ3人の影。

紬さんに和さんに信代さんだ。

それを見たシンちゃんはピタっと擬音が出るほど綺麗に止まった。

 

 

「おはようシンちゃん・・・昨日言ったこと、忘れてないようで良かったわぁ」

 

 

「う、うん・・・オラ忘れてないゾ・・・」

 

 

「あはは・・・」

 

 

そのやり取りを見ていたら、肩の力が抜けたような気がしました。

律さんも大丈夫なようです・・・ただ澪さんが・・・。

 

 

「お姉さんたち、きょうはすっごくたのしみにしてます!!」

 

 

紅一点のネネちゃんがそう言って、澪さんのところに。

 

 

「みおおねえさん、かっこいい~!」

 

 

「へ?」

 

 

言われた澪さん本人は、何が?みたいな顔をしていますが、ネネちゃんの言葉、判る気がします。

澪さんは人見知りで、おっかなびっくりしていますが、ベースを持つと途端に目つきがキリっとします。

もちろん本人は緊張していることに変わりないのですが、それでも今まで練習してきた時間は裏切らないので、雰囲気が一変してつい見とれてしまうほどかっこいいです。

 

 

ネネちゃんの言葉に、外だけではなく内もいい感じにリラックスできたのか、若干赤くなりながらもその動きはいつもよりも軽快です。

律さんも安心したのか、ドラムの準備を。

唯さんはポーズを決めたり既に終わったときのことを考えて、顔に笑顔を浮かべています。

きっと失敗することなんて微塵も考えていないのでしょう。

その信頼はチーム全員に向けてのものでもあるのです。

その信頼にこたえられるように私も精一杯、頑張ります。

 

見上げて、ある一室を見つめます。

その部屋は窓は開いてるのですが、真っ白なカーテンがなびくだけで部屋の主は見えない。

けどきっとこの声は届くはず。

 

全員の準備が出来たようで、和さんと信代さんが、グッと親指を立ててくれたのがわかりました。

 

 

マイクスタンドの前に立つ私。

唯さんの楽器を買いに行ったときに、紬さんと歌ったあのときも緊張したのは歌う前まで。

歌うことが好きだった。

両親が褒めてくれた歌うことが大好きだ。

だから歌う時はいつもその思いに満たされる。

父と母の優しい両手の感触、頭を撫でられたときの温かさ。

今、歌うことができるこの幸せ。

大好きな軽音部の皆さんと一緒に演奏できる幸せ。

和さんと信代さんが見ていてくれてる幸せ。

 

この幸せを、そのまま感情から歌にする。

 

 

「歌う人」

 

 

 

この歌はKOKIAという歌手の曲です。

『生きてる』とはどういうことかを歌った曲。

菊里さんに向けて、私の感情をぶつけるにはこれ以上の曲はありません。

人は生きてるのです。

何もない人なんていない、どんな些細なことでもそれは誰かにめぐりめぐって力となっている。

そうやって繋がって、また誰かから何かを貰って。

人は生きているのです。

1人なんかじゃない。

私にだって・・・菊里さんにだって。

 

紬さんは9年間も菊里さんに話しかけてきた。

本当に菊里さんが誰とも接する気がないなら、追い返してたはず。

もう来るな、話しかけるなと言えばよかった。

けど、それはしなかった。

わかります。

本当は誰かと話したかった。

本当の意味で、1人になることは出来なかった。

菊里さんが捨てきれなかった人との繋がりと、紬さんが諦めずに信じ続けたから。

 

生きてることは幸せか。

 

そう言ってほしかったのは他ならぬ『私』自身、菊里さんなのだ。

 

確かに生きていくことは楽しいことばかりではない。

傷つくことも多分にある。

嫌われることもあるでしょう。

けど、それが生きていくと言うことなのです。

綺麗じゃなくたっていい、泥にまみれたっていい。

一生懸命に生きていく。

そうすることで、その姿は種となって、周りの人の心に自分と言う花が咲くのだ。

 

菊里さんがもう何も感じず、本気で死にたいと思っているのならこの歌は届かない。

けど、紬さんの9年間は無駄じゃなかったって、私はそう信じてる。

菊里さんの9年間は寂しい、辛いだけじゃなかったって信じたい。

紬さんの声は・・・菊里さんの心にちゃんと花を咲かせるはずだ。

 

 

 

 

歌い終わった私達は肩で息をしている。

曲自体はそんなに激しいものではなく、むしろバラード、クラシックの分類です。

けど、誰も言葉を発することが出来ない。

合宿の時よりも、部室で練習していたときよりもかなりの疲労度です。

人前で演奏することはやはり違う。

そして何より、今までで一番いい演奏ができた。

皆さんの顔を見るとそれがわかる。

律さんが呆然としている。

澪さんが自分の手を見ている。

唯さんが空を見上げている。

紬さんは笑顔で皆さんを見ている。

和さんと信代も驚いた顔をしている。

 

そして少し遅れて、シンちゃん達が拍手をしてくれた。

それに気づいたかのように拍手を頂いた。

聞いてくれた皆さんは口々に、「凄かった」「鳥肌がたった」「また歌って」と言ってくれた。

トム先生も手が腫れ上がらんばかりに拍手をしてくれていた。

 

確かな手ごたえ。

私は菊里さんの病室を見上げる。

しかしそこに姿は無く、変わらずにカーテンだけが揺れていただけでした。

 

 

 

 

 

 




神様「KOKIAさんは最高やでぇ・・・」

今回も読んでくださってありがとうございます。
最近は時間がなくて薄いないようにバカみたいな更新期間と、舐めてんのか!って言われても仕方ないと思ってます・・・罵っておくれハァハァ

次の話で文化祭に行きますです。
やっと・・・やっと軽音本編に回帰です!
よろしくお願いします!



この話で紹介したKOKIAさんの『歌う人』という曲はすばらしいものです。
私はKOKIAさん大好きなので、これからもたびたび紹介するかと思われます。


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第29話 文化祭①

口の周りがなんだか甘い!!!



次もなるべく早く更新できるよう頑張ります!


Side 千乃

 

 

桜が丘高校の文化祭の今日、いつもよりも賑やかな校内。

廊下を歩くだけで、私にとっては目新しい出し物が沢山あります。

綺麗な折り紙やシールで彩られた窓、道行く人にチラシを配るメイド服を着た学生さん。

外にはこの日のために建てられた出店やアクセサリーを作れるお店、クレープ、オムレツ、カキ氷などなど・・・。

着ぐるみと写真を撮っている他校の方も見ました。

中庭にはすごろく広場や占いの館、各クラスの宣伝の風船や垂れ幕が青空に映えています。

天気もよく、絶好の文化祭日和です。

みんながみんな、楽しそうに笑顔を浮かべています。

本当なら凄く楽しくてはしゃいでしまうと思うのですが、私の心はどこか憂鬱です。

 

私のクラスは焼きソバを作って売る、喫茶店のようなものをしています。

焼きソバ自体、そんなに難しい料理でもなく、また私も恥ずかしながら自炊をしているので力になれると思ってたのですが、和さんと信代さんに包丁は握らせてもらえませんでした。

喪失病のせいですよね・・・それで私は売り子やチラシ配り、客引きを担当させて貰っています。

普段は迷惑をかけっぱなしなので、こういうところで一生懸命頑張りたいと思います。

クラスの中は、熱気が凄いです。

普通の焼きソバを売るというのは面白みに欠け、クラス対抗の売り上げ勝負に勝てる要素が見当たらないというクラスの過半数の意見によりとある工夫を凝らすこととなっています。

たくさんお客さんを連れてこれるように・・・と言うことと、ここでしか食べられない焼きソバを出すと言うこと。

前者はともかく、後者は、それが出来たら苦労はないと皆さんが言っていたのですが、唯さんが持ってきたレシピ通りに作ったところ、クラス全員が美味しいと納得の行くものでした。

焼きソバとは本来ソーズをベースとした味付けなのですが、唯さんの案はセレクトできるというもの。

ソースに限らず塩ベース、醤油ベース、キムチベース、キーマカレーベース、卵とからめるテッパンミーなどなど・・・。

このたくさんの種類は和さん曰く、妹の憂さんが一生懸命考えて何度も作り、今日の日のために仕上げたものだそうです。

唯さんのために徹夜していたそうです。

そして唯さんのオリジナルメニューである『シュガソバ』。

これが人気メニューであります。

シュガー焼きそば・・・らしいです。

私はこれを見ていると頭が痛くなって、何か思い出してはいけないものを思い出してしまいそうになるのです・・・具体的に言うと澪さんの笑顔が・・・うぅ頭痛い。

このシュガソバが、怖いもの見たさで注文が殺到し、また食べた人が不思議な味だと口コミで広がり次から次へと飛ぶように売れていっています。

この口コミも、和さんの戦略で客引きするさいにその存在をほのめかしたり、サクラを使って廊下で吹聴して歩かせたりと・・・なんだかお金を管理しているときの和さんの顔は、私の視界がぼやけてるせいでしょうか、とても悪い顔に見えました。

和さんも生徒会の仕事があるのですが、出来るだけクラスにいてくれたり、私がチラシを配りに行く時はついてきてくれたりと、気を使わせてしまっています。

 

チラシを配ってるとき、琴吹病院のシンちゃんやカザマ君、ボーちゃんにマサオ君にネネちゃん、トム先生や他の人達も来てくれました。

クラスへ案内すると、唯さんが制服ではなくてアフロに衣装を着ていたので、楽しそうに笑っていました。

 

他にも、他校の女の子や男の子に声をかけられたりもしました。

けど、すぐにどこかへ走って行ってしまったのでお話をすることは出来ませんでした。

和さんが「どうしたのかしらねぇ・・・」と笑顔で言っていたのが何故か印象的でした。

 

初めてヅクシの文化祭、凄く楽しい・・・はずなのに私はちゃんと笑えているのでしょうか。

私だけじゃない、唯さんも律さんも澪さんも、紬さんも。

 

 

あの日、琴吹病院で演奏をした時、結局菊里さんにはなんの変化もありませんでした。

ドアの前に行っても紬さんだけでなく、私も入れてくれませんでした。

また来てね、と言ってくれていたのに返事も無く一度も会えず終いでした。

 

それからと言うもの、私達は仕方ないと口では言っていたものの、やはり何か変えられるだろうと思っていたのか、練習に身が入らなかったのです。

そして今日、文化祭で私達は3曲披露する時間があるのですが・・・今のままでは成功させることが出来るのか、なんて思ってしまいます。

この間、病院で歌った『歌う人』はともかく、あとの2曲はちゃんと練習で、やれるとこまでやった!と言う実感が持てずにいるのです。

もちろん、夏休み前から練習していて、合宿でも何度も何度も演奏はしているのですが、どうしても自信が持てずにいます。

 

各々のクラブ活動がある人は時間を区切ってクラスの出し物を手伝うという、徹底した和さんのタイムスケジュール管理の下で交代をしていきます。

私達の軽音部はまだ時間があるので、唯さんは一心不乱に焼きそばを作っています。

私としては・・・練習をしたい・・・のでしょうか。

いえ、どちらかというとお布団にくるまって蹲ってしまいたい気分です。

怖いと言う感情なんでしょうか。

チラシを配っている途中、澪さんがいました。

私に気づいたみたいで近づいてきてくれます。

 

 

「千乃、お疲れ様」

 

 

「お疲れ様です」

 

 

「・・・・・・」

 

 

澪さんの顔はいつも以上に緊張しているのがわかります。

もともと人見知りと言うこともあるのですがそれだけではない気がします。

私と同じで、上手くいくイメージがないのだと。

 

 

「えっと、千乃はあとどれくらいで部室に来れる?」

 

 

「私は・・・多分30分後には・・・」

 

 

「そっか・・・唯は?」

 

 

「唯さんはもう少しかかるかもしれません」

 

 

「練習しときたいのに・・・」

 

 

その言葉を聞いたとき、私の気持ちは重くなりました。

あの時の演奏は、素晴らしかったと思うのです。

律さんのドラムも、澪さんのベースも。

唯さんのギターだって最高だったし、紬さんはいつも以上に気迫がありました。

だからあの演奏だったら、変な話だけど誰にも負けないくらい素晴らしいものだって思ったんです。

それなのに、菊里さんには届かなかった。

それは・・・私が下手くそだからなんじゃないか・・・ずっとそう思ってます。

私が足を引っ張っているのではないか。

もちろん、周りの人達はそんな風には思わないかもしれないけど、私自身がそう思ってしまうのです。

 

 

「とりあえず、先に部室で待ってるから」

 

 

そう言って澪さんは歩いていってしまいました。

 

 

「千乃?」

 

 

和さんです。

 

 

「和さん・・・私・・・」

 

 

「千乃達の音楽、凄かったわよ」

 

 

「え?」

 

 

「病院のみんなのため・・・榊さんのために頑張って歌った千乃の音楽は、ちゃんと届いてるわ」

 

 

和さんは・・・やっぱり和さんで、いつも私の言いたいことを察してくれて・・・。

 

 

「でも・・・頑張ったって・・・何も変わらなかったら・・・」

 

 

「急には変われない人だっているわ。千乃達の音楽を聴いて、何か感じて、それが何なのかを理解して、変わっていくには時間だって必要よ。それに千乃の歌は周りの人の心に響いて、花を咲かせてるわよ。大丈夫、ちゃんと届いてるわ」

 

 

「和さん・・・」

 

 

「あの時、周りの人達の顔はちゃんと見た?」

 

 

周りの人達というのは、シンちゃん達や先生方のことでしょうか・・・たくさん拍手をしてくれていました。

 

 

「それだけじゃないわ。感動して泣いてる人だっていたんだから。信代なんて大号泣よ」

 

 

ふふ、って笑う和さんはどこか嬉しそうでした。

 

 

「そう・・・だったんですか」

 

 

「まあ、榊さんに気を取られてたのはわかるけど、あなた達はちゃんと周りの人達に感動を与えてたんだから。それって凄いことなのよ、誰にだってできることじゃない。それだって立派な結果よ」

 

 

だから、と付け加え。

 

 

「心配ばっかりしてないで、さっさと練習してきなさい」

 

 

「え?でも、まだクラスの手伝いが・・・」

 

 

「いいから。私が代わりにやっておくから」

 

 

「和さん・・・」

 

 

「そのかわり、3曲ともちゃんと頼むわよ。楽しみにしてる人がいるんだから」

 

 

「・・・はい!和さんありがとうございます!いつも助けて貰ってばかりで・・・」

 

 

「いいわよ別に。今度デートさえしてくれれば」

 

 

「・・・・・でででででででででデート!?」

 

 

それってあのいわゆる大人の男性と女性が仲良く手を繋いだり一つのパフェをお互いに食べさせたりき、き、き、き、きすとかしちゃったりする大人の付き合いのやつですかぁ!?

 

 

「・・・顔、真っ赤よ。」

 

 

「へ!?いや、だって和さんが!」

 

 

「・・・あぁもう可愛いわね。」

 

 

「うぅ・・・」

 

 

「デートって行っても、買い物したりご飯食べたりするだけよ」

 

 

「あ・・・そうなんですか・・・」

 

 

ホッとしたような残念なような・・・ってなんで残念なんですか!

 

 

「ま、無理にとは言わないけど」

 

 

「いえ!お願いします!」

 

 

言った後に気づいた。

なんてことを大きな声で・・・恥ずかしいです。

 

 

「そ。ならまずは最高の歌を頼むわ」

 

 

あくまでクールビューティーな和さん。

でもなんでほっぺを手で押さえているのでしょうか。

 

 

「はい、わかりました。精一杯歌います」

 

 

「うん。行ってらっしゃい」

 

 

いつもよりも少し早足な和さんはそう言ってクラスへと向かっていきました。

私は、さっきまでの答えは出ていないけど、そえでも自分に出来る事は歌うことだけ。

それ以外になんの能もない。

そうだった。

忘れてたんだ。

病院で生活してきた私が唯一褒められたことは歌うことだけ。

なら歌うだけです、下手は下手なりに一生懸命に、一曲一曲を大切に。

 

菊里さんに伝わらなかった、んじゃない。

まだ伝えている途中なんだ。

この文化祭が終わったら、もう一度会いに行こう。

何度でも歌うよ。

伝わるまで。

 

足取りは軽く、部室へと向かう私でした。

 

 

 

 

 

 

 

Side 和

 

 

あの病院での演奏以来、軽音部のメンバーは元気がないように思えた。

榊さんに変化が見られなかったからだと思う。

千乃や澪はともかく、あの唯までいつもと違った。

 

頑張ったけど、その結果が出なかったらがっかりするのもわかる気がするけどそうじゃない、それだけじゃないという事を千乃に伝えられて良かったわ。

それに榊さんはわからないけど、私達の心にはちゃんと響いていた。

誰かのために演奏する千乃達の音楽が。

そのことに気づいていない本人達は、練習にも身が入らなかったみたい。

だから、今の私に出来る事はこうやって後押しすることだけ。

いじいじしたまま練習したって何にもならないから。

元気になって、やる気も出た今ならきっと一回で何回分にもためになる練習が出来るはず。

 

ま、うん、千乃が元気になって良かった。

まったく、手のかかる友人だわ。

あなた達の音楽を楽しみにしてる人がいるんだから、しっかりしなさい。

 

 

それにしても・・・。

 

「最後のはずるいわ・・・不意打ちよ」

 

 

頭が沸騰しそう。

抑えとかないと頬が勝手に緩んでしまう。

 

絶対にデートで私が千乃に同じ思いをさせてやるんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 千乃

 

 

いつもの階段を上り、部室を目指します。

唯さんはさっきまで教室にいたのを見ていたのでまだ来てはいないでしょう。

澪さんは律さんや紬さんを迎えに行っててまだ帰ってきてはいないのでしょうか。

どちらにせよ、1人でも練習をしなければ・・・。

 

すると、部室のドアの前に誰かいます。

あのちょっとぽっちゃりとした大柄なシルエットは・・・トム先生!?

何故ここに・・・。

 

 

「こんにちは」

 

 

「おぉ千乃ちゃん、待っておった」

 

 

にっこりと笑ってこちらに振り返ります。

その大きな手で私を引き寄せてくれるのですが、やはり何故ここにという疑問が強くて・・・混乱状態です。

 

 

「子供らは他のスタッフの方に任せて楽しそうに遊んでおる。やはりお祭りは楽しいの。あんなに子供らが楽しそうにしているのは儂も嬉しい。・・・・本当じゃったらあまり病院の外に出たがらない子達ばかりだったんじゃが、君達の演奏を聞いて、つき物が取れたかのように変わった子達もいての。感謝しておる。なかなか人前で言うのは恥ずかしくてのぉ。こんなところで申し訳ないが感謝の気持ちを述べさせて貰おう。」

 

 

「いえ!そんな・・・私1人じゃ何も出来なかったですし・・・それに、そう言ってもらえると、私も嬉しいです・・・救われます」

 

 

「救って貰ったのはこっちなんじゃが・・・あまり元気がなかったのは菊里ちゃんのことか?」

 

 

「いいえ、って言うと嘘になっちゃいます。私達は・・・私は菊里さんに何もしてあげられなかった。私みたいな人が人様に何かしてあげられるなんておこがましいかもしれませんが・・・結果が出なかったことが・・・それが悔しかったんだと思います」

 

 

「ふむ」

 

 

「でも、そうじゃなかったんです。さっき私の友達に教えられました。

何も出来なかったなんてことはないって。ちゃんと種をまけたんだって。

感動してくれた人達がいて、今も先生にありがとうって言ってもらって。

それだって立派な結果なんだって・・・そう言ってくれたんです。

だから私、諦めません。

もっと菊里さんとも話したいです。面倒くさがられても、無視されても、菊里さんとちゃんと話したいです。

話して、その結果で怒られたり嫌われてしまったっていいです・・・。

結果が出ずに、終わらせたくないんです。

・・・こんな考えって、おかしいんでしょうか?」

 

 

「いや、おかしくないとも。それが人間じゃ。でも、嫌われたっていいなんてそんなことは言わないでおくれ」

 

 

そう言って、頭をわしわしと撫でられました。

 

 

「はい・・・」

 

 

「うむ。じゃあ、今のをちゃんと伝えてあげておくれ」

 

 

背中をポンっと押され、その言葉の意味を理解できないまま、私は部室へと入りました。

そこには、車椅子に乗った菊里さんがいました。

 

 

 

 

 

「菊里・・・さん・・・?」

 

 

「こんにちは、千乃ちゃん」

 

 

「え・・・だって・・・病院から出られないんじゃ・・・?」

 

 

「トム先生の日々の診察のおかげ、とでも言うのかしら。医術は進化してるのね。」

 

 

ほら、と言って車椅子に座っている菊里さんは足元にかけた薄手の布をめくりました。

その手には機械がありました。

その機械から伸びるチューブは菊里さんの体に繋がっていて、菊里さんの言っていた延命装置なんだとわかりました。

私も似たようなものをつけてはいましたがここまでコンパクトなモノではありませんでしたが。

 

 

「これのおかげで、2時間くらいなら外に出られるようになったわ。」

 

 

「・・・・」

 

 

「そんな驚いた顔をするなんて。無理言って頼んでよかったわ」

 

 

微笑を浮かべる菊里さんは、前のような雰囲気はなく、なんていうか柔らかい感じがします。

 

 

「あまり時間がないから、軽音部全員の子のクラスには回れないけど、紬ちゃんのところには行って来たわ。」

 

 

「そうなんですか・・・」

 

 

「忙しそうだったしあんまり喋れなかったけどね。だから一言だけ、今まで私を一人にしないでくれてありがとうって言って来た。凄く驚いてたわ。9年間、顔を見てこなかったからあんなに美人になってたなんて思わなかった。」

 

 

そして。

 

 

「千乃ちゃんにも、ありがとう。あの歌を聴いてなかったらこんな気持ちになれなかったと思う・・・」

 

 

「・・・菊里さん、あの、私」

 

 

「待って。私に言わせて。」

 

 

一呼吸。

 

 

「今まで、ずっと恨んでた。こんな自分が嫌だった。周りの幸せそうな人が憎かった。でもそれを表に出してこなかった。出してしまえば同情をされる、必死だと笑われると思ってた。だからいつも飄々として、一歩引いて、気にしてませんって強がってた。親も来ない、友人もいない。来てくれた紬ちゃんにも会わなかった。紬ちゃんを愛して裏切られるのが怖かった。紬ちゃんが私の事で傷つくのが怖かった。」

 

 

「・・・・・・」

 

 

「でも、千乃ちゃんが一生懸命歌ってくれて・・・私のために必死に力を振り絞ってくれて・・・その千乃ちゃんをサポートする軽音部の演奏を聴いて、わかった。誰かと繋がるってこんなに凄いことなんだって。あの日、あの演奏を聴いてからそう思えるようになったの。だから・・・ありがとう」

 

 

満面の笑みで笑った菊里さんは、凄く綺麗でした。

そんな菊里さんに私は。

 

 

「菊里さん、私、今幸せです」

 

 

「私も、千乃ちゃん」

 

 

「菊里さん、この後って・・・」

 

 

「うん、楽しみにしてるライブくらいかしら」

 

 

「!!」

 

 

「きっと素晴らしい音楽が聴けるって思うの。なんたって、人一人を救ったバンドだもの」

 

 

ちょっと意地の悪い顔を浮かべる。

こういうところは地だったみたいですね。

 

 

「はい!きっと・・・きっと感動します!一生懸命、力の限り歌うと思います!」

 

 

「そう・・・なら、そんな一生懸命に歌ってくれる音楽隊にこれを渡しておいてくれるかしら」

 

 

そう言って菊里さんが大事そうに取り出したのは、綺麗に包装された箱でした。

まるでプレゼント箱。

中に何が入ってるのか凄く気になります。

 

 

「きっとこれからそのバンドは有名になるわ。ライブハウスとかでも演奏すると思う。そんな時に使って貰えればって思って…不器用だから作るのに時間がかかって、それで会えなかったん…だけど一生懸命作ったの…触発されちゃったかしら」

 

 

「・・・・」

 

 

「中身は全員そろってから見てもらえると嬉しいな」

 

 

そして、キコキコと車椅子を動かしてドアへと向かいます。

手伝おうとしますが、それは声にて制されます。

 

 

「大丈夫・・・1人でできるよ。強がってるんじゃなくて、これからもっとやりたいことが出来たから、そのリハビリに」

 

 

その笑顔は強がりなんかじゃなく、前へ進もうとする気高い顔でした。

 

 

「また、病院でも歌って欲しいな。あれ以来、病院内で凄く評判良いの。皆、聞きたがってる」

 

 

トム先生と何人かの病院スタッフが車椅子を持ち上げ階段をゆっくりと降りていきます。

 

 

「紬ちゃんとも、ちゃんとゆっくり話さなきゃ」

 

 

どんどん降りていく菊里さんに私は大きな声で。

 

 

「菊里さん!プレゼントありがとうございます!それと・・・私と友達になってください!」

 

 

手を軽く振る菊里さんの姿が見えなくなるまで私はずっと手を振り続けました。

 




神様「さ~て、来週のけいおんは!」

こんばんわ。
アキゾノです。
寒さがなくなって、ようやく春へと向かうかなと思っていたのですが、今日からまた寒くなると、なんだかおかしな天気が続きます。
みなさんも風邪など引かないように気をつけてください。
花粉症にも悩まされる季節に近づいてますが・・・もし花粉症になったら諦めましょう!
では、次の話は曲紹介の怒涛の3連続です(一曲は歌う人)!
またよろしくお願いします!


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第30話 文化祭② 歌う人 New Day, New Life 車輪の歌

部屋にある本(漫画とか小説)が全部あわせて4,000冊超えてるのがわかってちょっと自分でも怖くなった。
いつの間にこんなに増えてたのか。
掃除もこまめにしてるので整理整頓とかしてたはずなのに・・・ライトノベルはあんまり持っていなくていわゆる普通の小説ばっかりの部屋と漫画の部屋を新たに作りました。
でも友達は1万冊を超えているとかすれた笑い声でそう言っていました。
僕にはどうする事もできませんでした。

以上、意味のない世間話!!
ちなみに、自分の部屋でGが出たことがないのが自慢です。


Side 千乃

 

 

菊里さんを見送って、私は1人部室で待つ。

軽音部のメンバーを。

 

思えば、この部室で私の軽音部の道は始まったのでした。

生まれ変わることが出来て、綺麗なものや目新しいものを一度にたくさん見た。

嬉しかった。

そして怖かった。

何度も何度も葛藤している思い。

2度目の死、と言うものに。

 

けど、ここで歌って心は決まった。

それをあと押ししてくれた友人にも出会うことが出来た。

プロを目指すという夢、一緒に歩いてくれる最高のメンバー。

そして今日、その夢へと繋がるための更なる一歩を踏み出す。

胸がどきどきしています。

今でさえこんなに緊張しているのだから、いざステージに上がってしまったらどうなってしまうのでしょうか。

そんな緊張でも、一緒にわけあえる仲間がいると思うと、不思議と怖くない。

 

 

声を出す。

『歌』ではない。

本番はこの後にあるのだから、喉に負担をかけず、体力も使わないもの。

いわゆる喉慣らし。

明確な言語ではないし、ほとんどハミングのようなもの。

軽音部の皆さんが来るまでの練習です。

 

このメロディを聞くと、落ち着いた気分になれるのです。

『ひろしの回想』、私にIpodをくれたお医者さんいわくそういう曲の名前だそうです。

とある男性の回想、そう思って聞くと色々な想像が頭に浮かびます。

この「ひろし」という男性が少年だとするならば、夏休みで友達とラジオ体操に行って、川で遊んだり森で虫を捕まえたり。

宝物のような思い出の回想。

青年であるならば、きっと甘酸っぱい青春の思い出。

恋して、別れも経験して。

そんなちょっぴり悲しくもかけがえのない回想。

成人であるならば・・・愛する人と一緒になり、子供が生まれ、そんな大切な家族を守るために一生懸命戦い、そして自分が体験した宝物のような経験を子供に伝える、そんな回想。

 

この曲は聴くたびにイメージが変わっていくのです。

曲ってそういうものなのかもしれません。

 

一通り歌い終わって、視線を感じました。

部室のドアから唯さん澪さん律さん、紬さんが私を見ていました。

どんな表情なのかはわからないのですが、私がそっちを向いたことによって驚いてるのかも知れません。

 

 

こんにちは。

そういう前に。

 

 

「今の曲、すごい良かったよゆっきー!」

 

 

唯さんが開口一番そういいながら、抱きついてきました。

 

 

「綺麗な曲というか・・・なんか懐かしくなるような感じだな」

 

 

澪さんも入ってきて言ってくれます。

 

 

「今回の出し物最優秀賞は私達、軽音部のものだなコリャ・・・」

 

 

うぷぷ、とそんな風に笑いながら律さんが何かぶつぶつ言っています。

そして紬さんは。

 

 

「千乃ちゃん・・・菊里お姉ちゃんが来てくれたの!それでね、それでね・・・私にね・・・ありがとうって、言ってくれたの・・・!」

 

 

涙ながらにそういう紬さんを、私は唯さんと一緒に抱きしめました。

律さんと澪さんも、そんな私達を包んでくれます。

 

9年間、紬さんはきっと悩んできたんだと思います。

本当にこれでいいのかって。

もっと何かしてあげられることはあったんじゃないのか、本当は迷惑なんじゃないかって。

もちろん、全部想像ですけど。

でも、それが今日報われたんです。

これが、紬さんの9年間の結果なのです。

あぁ・・・なんて綺麗なんでしょうか。

こんなに泣いている紬さんはあの買い物での更衣室以来でしょうか。

私が紬さんに言うことはただ一つ。

 

 

「紬さんがいたから、菊里さんは幸せだって言ってました・・・紬さんが諦めなかったから、菊里さんが救われたんです。私は、誰かのために頑張れるそんな紬さんが、好きです」

 

 

ギュッと、普段の私の力よりももっと強い力で抱きしめます。

あったかい。

紬さんのこの温度に、何度救われたか。

すると・・・私の腕の中の紬さんがもぞもぞして・・・。

 

 

「好き!?今好きって言った!?隙でも鍬でもなく好き!?私も好きよ!ってことは相思相愛よね!どうしましょう式場はどこにしましょう!ドレスも似合うと思うけど着物も似合いそうだから迷っちゃうわ!皆も式に招待するから祝福してね!千乃ちゃん何をそんな不安な顔をしているの?あ、わかったわマリッジブルーね。もう気が早いんだから。それに不安なことなんて何もないんだから。たとえドラえもんの地球破壊爆弾が落ちてきても千乃ちゃんを守るためなら受け止めて見せるわ。お金だって高給取りになってみせる!だから千乃ちゃんは私の側で笑っていてくれるだけでいいの!千乃ちゃんからお金なんて一銭もいりません!千乃ちゃんが満足されたらそれがなによりの私の幸せでございます!オーッホッホ!」

 

 

途中から喪服が似合いそうな雰囲気の喋り方になっていましたが・・・こうやって紬さんが時々おかしくなるのは知っています。

律さんと澪さんに羽交い絞めにされながらもなんとかこっちに向かってこようとしてる紬さんを見てそんな事を思います。

 

 

「ちょ、落ち着けムギ!ステイ!おすわり!」

 

 

「千乃も千乃だ!変なこと言うなよ!」

 

 

律さんが嗜め、澪さんが私に向かって言う。

何か・・・おかしな事言いましたでしょうか?

 

 

「・・・?澪さんのことも好きですよ?もちろん律さんのことだって・・・唯さんのことだって」

 

 

言った瞬間、皆さんの顔がポカーンとなりました。

 

 

「誰かのために一生懸命になれる、軽音部の皆さんのことが大好きです」

 

 

正直な気持ちです。

これからライブが始まるという興奮からでしょうか、それともトム先生に間違っていないと言われたからでしょうか。

もしかしたら、この部室で先ほどまで1人で物思いにふけっていたからでしょうか。

普段の私だったら赤面してしまうであろう言葉を、今は言えます。

これだって、立派な結果ですよね?

でもやっぱり恥ずかしいみたいです。

顔が熱くなっていくのがわかりました。

 

 

「そこで照れるのはずるいだろ・・・」

 

 

「うぅ・・・」

 

 

「でも、千乃らしいな」

 

 

「ゆっきー、私も好きだよ~!」

 

 

「・・・・・・・」

 

 

「ムギが固まってる・・・哀れ」

 

 

「じゃ、私達の大好きな千乃が練習してたし、私達も練習しよう!」

 

 

「澪ちゃんやる気だね!」

 

 

「緊張のし過ぎで、何かやってないと不安なんだよなー?」

 

 

「そういう律こそスティック、逆に持ってるぞ」

 

 

「え!嘘!?」

 

 

「嘘だよ」

 

 

「澪―!」

 

 

「律が最初にからかったんだろ!」

 

 

「おぉ!めずらしく澪ちゃんがやり返した!」

 

 

「・・・・・・・」

 

 

「ムギはいつまで呆けてるんだ!」

 

 

わいわいと一気に賑やかになる部室内。

そう、この雰囲気が軽音部なんです。

昨日までのと全然違います。

 

きっと、皆さんも菊里さんのことで悩んでいたんだと思います。

尾が引いたままライブになんて望めるはずもなく、けどどうすればやる気が出るのかわからなかった昨日。

けど、今日、紬さんに菊里さんが面と向かって伝えたことを聞いて、活気が戻りました。

今なら全部が上手くいく、そんな気がするんです。

 

 

「ところで千乃ちゃん、その綺麗で大きな箱は?」

 

 

復活した紬さんが私の持ってる、菊里さんからのプレゼントを見て言いました。

他の皆さんも気になってたみたいで、一斉にこっちを見ます。

 

 

「あ、はい・・・菊里さんからのプレゼント・・・です。軽音部全員宛の・・・」

 

 

「え?!菊里お姉ちゃんから!?

 

 

「なんで千乃が持ってるんだ!?」

 

 

「さっきこの部室に来てたんです・・・軽音部の皆さんにありがとうって言って・・・すぐに帰ってしまいましたけど」

 

 

「そうだったのか・・・私も会いたかったな」

 

 

「人見知りの澪がいても話せなかっただろ」

 

 

「うるさい!」

 

 

「ゆっきー、中身あけようよ!」

 

 

「あ、わかりました」

 

 

5人で箱を囲んで綺麗に結ばれたリボンを解いていく。

こういう作品みたいに綺麗なプレゼントはあけるのが躊躇われますね。

昔、私がまだ子供だったころ、お父さんとお母さんがまだいたころ・・・こんな風に私もプレゼントをあけていたのでしょうか。

 

 

「あけます・・・」

 

 

スっと箱を持ちあげます。

するとそこには・・・なんでしょうか?

 

 

「これって・・・マスク?」

 

 

「マスクっていうよりも仮面か?」

 

 

「すごい綺麗だな」

 

 

「でもなんで?」

 

 

口々に各々の感想を述べていく。

 

 

「千乃ちゃん、菊里お姉ちゃんは何か言ってた?」

 

 

「え・・・っと、ライブハウスで演奏することもあるだろうから・・・って・・・」

 

 

「・・・?」

 

 

「どういう意味だろう」

 

 

よくわからない顔をする皆さん。

そんな中、律さんだけは何かひらめいた顔をしています。

 

 

「なるほど・・・最高のプレゼントだな!」

 

 

「どういうこと?」

 

 

「ライブハウスとかで演奏する時もそうだけど、正体不明のバンドマンってかっこいいだろ?聞いてる人からすると、どんな人か想像が広がる。それにインパクトも強い!きっと口コミでどんどん広まっていくな。体型とかで女だってことはわかるだろうけど、それでも十分にミステリアスだ!うん、いいじゃん!謎の新星バンド現る、その正体は!?見たいな感じで!」

 

 

「そんなものなのか?」

 

 

「そんなもんだ!それに、顔を隠してるから澪も少しは恥ずかしくないんじゃないか?」

 

 

「!!良いなマスク!」

 

 

「なるほどぉ・・・ちなみにどれが誰の仮面なんだろう?」

 

 

「あ、紙があるわ。えっと・・・これが唯ちゃんのね」

 

 

そういって唯さんに手渡されたものは太陽のような向日葵をあしらったマスク。

見るもの全てに元気を与えるそれは、冠のように幾重にも重なって唯さんの頭ににっており、目元が隠れています。

見えているのか心配になったのですが、どうやら見えているようです。

 

 

「可愛い~!」

 

どうやらかなりお気に召したようです。

 

紬さんに宛てられたものは淡い桃色の混じった白い花。

アザレアという花で作られたもの。

首もとにチョーカーをつけ、そこから伸びるように両目を覆うように、所狭しとアザレアがちりばめられています。

 

 

「・・・・・」

 

 

目を見開くように、けれどその顔には笑顔が浮かんでいる紬さん。

 

 

「アザレアの花言葉は、『あなたに愛される喜び』もしくは『愛の楽しみ』なんだ。ムギが嬉しそうなのはそれじゃないかな」

 

 

澪さんが私に教えてくれます。

 

 

「澪は花言葉とか好きだもんな」

 

 

「乙女のたしなみだ」

 

 

そして澪さん。

水色が綺麗に映えるアサガオが右目を覆い、左目には蔓とひときわ小さなアサガオが手を伸ばすように伸びています。

 

そして対になるように律さんのは真っ赤なゼラニウムが、澪さんのマスクの左右対称となるようにあしらわれています。

菊里さんは、この2人の関係を知っていたのでしょうか・・・2つのマスクを並べると、互いに求め合うような形になるのです。

ちなみに澪さんいわく、アサガオとゼラニウムの花言葉はどちらも『友情』に関するもの。

2人にはぴったりだと思いました・・・羨ましいと思ったのは内緒です。

 

そして私のものは・・・数え切れないくらいの真っ赤な彼岸花が鼻から上を多い、唯さんと同じように冠の形となっています。

ただ、違いがあるとすれば唯さんのは中が空洞となっている、つまり放射状の王冠に対し、私のものは空洞ではない、帽子部がついた王冠です。

要するにどこからみても鼻から上が彼岸花しか見えなくなり、頭が隠れてしまうのです。

 

 

「彼岸花って・・・あんまり縁起が良くないものじゃなかったか?」

 

 

律さんが恐る恐る言います。

私も正直、花には詳しくはないのですが彼岸花は病院で入院してたころ、毎日変えてくれる花で見かけたことがありませんでした。

 

 

「そんなことはないぞ。彼岸花の花言葉は良いものも多い。『情熱』とか、『思うはあなた1人』とか」

 

 

「それと・・・『また会う日を楽しみに』っていうものもあるの。きっと菊里お姉ちゃんはそう言いたかったんじゃないかしら」

 

 

「なるほどなぁ・・・良かったな千乃」

 

 

「はい!一生大事にします」

 

 

「私も~」

 

 

「よっし、じゃあ今日は早速使うか!菊里さん、見に来てくれるんだろ?」

 

 

「そう言ってくれてました。」

 

 

「かっこ悪いところ見せられないな」

 

 

「もちろんだよ澪ちゃん!最高の演奏をしなくちゃ!」

 

 

「私も菊里お姉ちゃんに、私たちの最高のものを聞かせてあげたい!」

 

 

「わ、私だって!」

 

 

「もちろん私もだ!」

 

 

そして、4人が私を見て。

 

 

「・・・・私もです!」

 

 

「よし、私達軽音部・・・そういやバンドの名前決めてなかった・・・」

 

 

言われてハッとします。

大切なことを忘れていました。

 

 

「え?『ぴゅあ☆ぴゅあ』だろ?」

 

 

「違うよ~、スイーツスマイルだよ!」

 

 

「2人の中ではもう勝手に決まってたのか・・・」

 

 

「あはは・・・」

 

 

「いい機会だし、決めとこう!」

 

 

「そうそう、バンドの名前って大事よー。私のときもかなり悩んだし」

 

 

いつの間にか山中先生が部室でお茶を飲んでいました!

 

 

「さわちゃん・・・いたの?」

 

 

「えぇ、ずっと」

 

 

「・・・まいいや。じゃあ何にしようか」

 

 

「皆で一つずつアイディアを出して、そこから決めるのはどう?」

 

 

「ムギの案でいこうか・・・じゃあ、まずは唯!」

 

 

「平沢唯と愉快な仲間達!」

 

 

「私らはおまけか!次、澪!」

 

 

「えぇと・・・ポップコーンハネムーンはどうかな」

 

 

「甘い・・・って、あぁ!唯!千乃!どうした!?」

 

 

「なんだか・・・急に頭が割れるように痛い・・・吐きそう!」

 

 

「なんででしょう・・・思い出してはいけないことを思い出してしまいそうな・・・!」

 

 

「が、合宿の時のあのゲテモノ料理か!まだ後遺症が残ってるなんて・・・澪、恐ろしい子!」

 

 

「唯ちゃん、千乃ちゃん!深呼吸よ!ひっひっふー!ひっひっふー!」

 

 

「止めろムギ!それは出すほうのやつだ!!!!」

 

 

「私の料理って・・・いったい・・・」グス

 

 

「次ムギ!」

 

 

「充電期間とか?」

 

 

「う、なんか縁起悪いな・・・千乃は?」

 

 

「えっと・・・フラワーズとか・・・どうでしょう・・・」

 

 

「一番まともだ・・・けどインパクトに欠けるよな。もうちょっとひねって欲しいところ・・・」

 

 

「千乃ちゃんのアイディアに賛成!!!なんて芸術的なセンスなの!きっと未来永劫語り継がれる最高のバンド名になるわ!」

 

 

「千乃のアイディアだからか!?そうなんだろ!?」

 

 

「ムギはイエスマンだなぁ・・・千乃専用の」

 

 

「あーもう!決まらん!」

 

 

「っていうか律ちゃんのは?」

 

 

「そうだぞ律。私達だけに考えさせといて・・・」

 

 

「う~んそうだな・・・靴の裏にガム」

 

 

「私今日踏んだぁ!」

 

 

「知ってる、だから言ったんだ」

 

 

「適当・・・やっぱり私の案でいいんじゃないか!?」

 

 

「えー・・・じゃあ私のがいい!」

 

 

「千乃ちゃんので行きましょう!絶対そうしましょう!」

 

 

「紬さん、もうやめてください恥ずかしいですよぉ!」

 

 

「千乃があんなになるなんて・・・かわいそうに「」

 

 

ぎゃーぎゃーと一向に決まる気配がなく、それを見ていた山中先生が。

 

 

「あーもううるさい!!こんなの適当でいいのよ!」

 

 

「「「「「さっきと言ってることが違う(違います)!!!」」」」」

 

 

そして、どこからか取り出した紙に。

 

HTT。

『放課後ティータイム』

と書いてくれました。

 

 

「これで決まりね。次うだうだ言ったらもう顧問辞めるからね」

 

 

「うぅ・・・独裁政権だ」

 

 

でも、皆さんの顔にはそれほど悲痛なものはなく、なんとなくしっくり来ているようなそんな気がします。

 

 

「まーじゃあ、バンド名も決まったことだし、円陣組もうぜ!」

 

 

「なんで円陣・・・」

 

 

「律ちゃんいぇ~い!」

 

 

まず、唯さんが律さんの肩を組みました。

そして。

 

 

「千乃ちゃん、私と!」

 

 

紬さんに肩を組まれ、唯さんとも組みます。

 

 

「澪はやんないのかーそうかーじゃあ4人でやるか!」

 

 

「待ってよぉ!私もやる!」

 

 

泣きながら澪さんが入ってきました。

これが軽音部、放課後ティータイムなのです。

 

 

「よっし!絶対成功させるぞー!」

 

 

「「「「「おー!」」」」」

 

 

 

 

「私は入れてくれないのね・・・」

 

 

山中先生の声が空しく響きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

暗いステージ裏で、私達は待機しています。

あの後、いじけてしまった山中先生の機嫌を取るので時間がかかったのですが、山中先生が作ってきた衣装に着替えると言うことで丸く収まりました。

丸く収まったのでしょうか。

なんていうんでしょうか・・・律さんいわく、『ごすろり』という服だそうです。

私てきには外国のお洋服みたいで、可愛いなぁと思ったんですが、澪さんは恥ずかしがって最後まで抵抗しました。

律さんが、「じゃぁ澪だけ制服で出たら?多分、5人中1人だけ制服だからかなり目立つけど」と言ってやっと着てくれました。

たしかにちょっと恥ずかしい気はしますが、こんなに可愛い服が着れるならうれしいです!

 

いよいよ、この次に私達の出番です。

他のクラブの出し物も凄いものばかりで、特に合唱部とジャズ研の音楽は圧巻でした。

どちらの部活にも私は一度入ろうと尋ねてみたことがありました。

もしかしたら合唱部、もしくはジャズ研で演奏している私という未来も合ったのかもしれません。

けど、それでも私は今の軽音部で歌えることに、どんな未来よりも私は感謝しています。

合唱部にも、ジャズ研にも負けない素晴らしい音楽を。

 

 

「千乃」

 

 

「和さん」

 

生徒会の和さんは、文化祭のいたるところで活躍をしています。

校内の見回りやこういった企画の運営など。

今は同じステージ裏でいることが出来るのは、もしかしたら和さんが私達軽音部のために、この時間帯の業務を引き受けてくれたからでは・・・なんて思うのは都合がいいですか?

 

 

「いよいよね」

 

 

「はい・・・」

 

 

「緊張してるの?」

 

 

「・・・少しだけ」

 

 

「手を出して」

 

 

「・・・?」

 

 

言われるままに手を出す。

すると和さんが私の手を取って、指を絡ませます。

 

 

「千乃の緊張、伝わるわ」

 

 

「うぅ・・・」

 

 

「緊張するほど、たくさん練習してきたものね」

 

 

「・・・はい」

 

 

「この手の振るえも一つの結果よ。それと・・・後ろを見てみなさい」

 

 

振り返ると、唯さんと紬さん、澪さんに律さんが。

 

 

「こんなに心強い仲間がいるんだから、緊張する必要なんてないのよ。めいっぱい楽しんできなさい」

 

 

「・・・はい!行ってきます!」

 

 

幕は下りており、私達は演奏の準備をします。

ステージ裏は明かりがほとんどなく、マスクをつけた皆さんの顔が見えづらい。

だから、言えるのかも。

誰に聞こえる声でもなく。

本当に囁くような大きさで。

 

 

「お父さん、お母さん・・・一生懸命歌うからね」

 

 

 

そして上がった幕。

観客席のほうも明かりはなく、ステージから漏れる光のみが体育館を照らします。

もともとの視力がもう悪くなってしまってるのも相まって、奥のほうは見えません。

けど、なんていうのでしょうか・・・胸がふわふわしてると言いますか。

夢の中にいるみたいです。

観客席からはざわざわと、何か落ち着かない様子が伝わってきます。

きと、この衣装とマスクではないでしょうか。

インパクト、大ですね。

ところどころ、可愛いと聞こえてくるのがうれしいです。

それと、思ったよりも人が多いような気がします。

一応、この出し物は見たい人だけが来ると言うものなので、そんなに多くはないと思ってたのですが・・・あれ?

観客席のほうから手を振ってる大柄な人が・・・信代さん!?

来てくれたんですか!

おもわず軽く手を振ってしまいました。

 

 

「軽音部の発表です」

 

 

和さんの声と共に一曲目が始まります。

『歌う人』。

病院でも歌った曲です。

菊里さんが、シンちゃん達が今この体育館のどこかで聞いてると思うと、少々照れくさいですが、この歌は聞いていて欲しいです。

軽音部、と聞くと激しい曲とまではいかないまでも、やっぱりポップな曲と思っていたりする人が多いかもしれません。

だから最初、いきなりのクラシック、バラードに驚いてるかもしれませんね。

それもまた、律さんの作戦のうち、らしいです。

 

そして歌い終わって、すかさず2曲目をはじめます。

『New Day, New Life』。

これもKOKIAという歌手の曲です。

バラード、けどさっきの曲よりも力強い曲調です。

浮遊感があり、どこまでも伸びて行きそうな爽快感を感じることが出来る曲。

生きる意味、人生とはなにか、そんな葛藤に悩まされながらも、あがき続ける。

そうして、自分にとって大切なものを見つけることができて、それのおかげで生きていける、そのために生きていく。

『命』を弾けさせる、そんな曲なのです。

 

そして最後の曲。

『車輪の歌』。

BUMP OF CHICKENの曲です。

先ほどまでとは変わって、軽快な曲調なこの歌は人それぞれの捉え方はあると思うのですが、きっと切ない恋を歌ったものだという思いが多いと思います。

互いに恋を患い、けど別れの時は必ず来る。

大人じゃない僕らはそれをどうすることも出来ない。

けど、約束だよ。

また会える日を楽しみにしている。

電車に乗って離れていく、どんな距離でも君の事、わかる。

どんな顔なのか、どんな気持ちなのか。

きっと君もそうなんだろう。

 

君といた街中は静かだったけど、君さえいたら寂しくはないって感じていた。

1人になってしまった今は街は騒がしいけど心にぽっかり穴が開いてしまったみたいだ。

でも、またいつか会える。

その約束だけで生きていけるよ。

だから・・・忘れないでね。

 

 

 

そんなまるで映画のような歌を歌い終わる。

3曲をほぼ休憩無しで演奏しきった。

律さんも澪さんも、唯さんも紬さんも手が上がらないのか、肩で息をしながらそれでも顔だけは互いを見るようにあげている。

静まり返った体育館で、ただ荒々しい息づかいだけが聞こえる。

汗が流れて、髪も濡れてしまっている。

私も膝が笑ってしまっています。

そして、拍手も歓声もないまま私達はステージから降りる。

誰も何もいうまでもなく、体を引きずるように舞台裏から外を目指す。

ドアを出たところで、体育館が爆発したように思えるほどの拍手と声が聞こえた。

それがきっと私達に宛てられたものだと思った。

いつもだったらそんな考えは図々しいと思うのだけど、今日だけは、今だけは浸らせて欲しい。

これが私達軽音部。

これが私の最高の友達との音楽。

 

なんとか部室を目指すけど、もうこの達成感に身を任して眠りに落ちてしまいたい。

皆さんも同じような顔をしています。

けど、さすがにそんなことも出来るはずもなく、部室に着きました。

 

律さんと唯さんがすぐ倒れこむように座ります。

 

 

「疲れたー!」

 

 

「ホント、すごく疲れたよ~」

 

 

はふーと空気の抜ける音と共に、二人は言います。

 

 

「まったく・・・2人ともだらしないぞ」

 

 

「まぁまぁ澪ちゃん。あれだけ一生懸命にやったんだもの。疲れてるのは当然よ」

 

 

「そうだそうだ!澪なんて最後、腕上がってなくて指も動いてなかったぞ」

 

 

「律なんて演奏終わった後、スティック落としてただろ」

 

 

「お、落としてねーし!あれは地球の大いなる鼓動を私のスティッ君とドラミに感じさせたくてだな!」

 

 

「ベタな名前・・・ベタ子さん!」

 

 

「ギー太も似たようなもんだろ!」

 

 

そして・・・一息ついて。

澪さんが。

 

 

「本当に・・・演奏してたんだよな」

 

 

「そうだよ」

 

 

「私達が・・・あの演奏をしたんだよな?」

 

 

「・・・そうだよ」

 

 

「あの拍手は・・・私達のなんだよな?」

 

 

「そうだよ・・・泣くなよまったく」

 

 

「そういう律ちゃんこそ泣いてるよ?」

 

 

「唯ちゃんもよ?」

 

 

「紬さんもです・・・」

 

 

「千乃・・・鏡見てみようか」

 

 

自然と流れてくる涙は何故でしょうか?

悲しくない、幸せなのに。

決まってます。

涙は嬉しい時にも流れるもの。

私は・・・この軽音部で、このメンバーと最高の演奏を出来たことが嬉しい。

 

 

皆さんが泣いてる理由も・・・いまならわかる気がします。

 

 

「千乃・・・ありがとうな」

 

 

澪さんが私に言います。

 

 

「え?」

 

 

「合宿の時・・・私は何も持ってないって・・・言ったことあったでしょ?」

 

 

「あ・・・はい」

 

 

「今日、あの演奏を出来たことでもっと自信がついたような気がする・・・辛い時、今日のことを思い出すだけで勇気が沸いてくるような・・・きっと千乃がいなかったらあの気持ちを吐き出すこともなかっただろうし・・・こんな気持ちを持てたかもわからないからさ」

 

 

「澪さん・・・」

 

 

「えー澪ちゃん、千乃ちゃんにだけー?」

 

 

「唯にもだよ。音楽経験がなかったのに、ここまで頑張ってくれてありがとうな。もちろん、ムギも。」

 

 

「あら、澪ちゅわん私は?」

 

 

キャピキャピと律さんが言います。

 

 

「・・・感謝してるよ。軽音部、創ろうって言ったのも私を誘ったのも、律だからさ」

 

 

「うっ・・・なんか澪が私を素直に褒めるなんて・・・調子狂うだろ!」

 

 

「はいはい」

 

 

心地よい一体感。

外は夕日が差してきており、まるで。

 

 

「ゴールデンスランバー・・・」

 

 

「ん?どういう意味だ千乃?」

 

 

「黄金のまどろみ、って言う意味よね」

 

 

「はい・・・なんだか・・・気持ちよくて、眠っちゃいそうです・・・」

 

 

「寝るなよー。今寝たら危険だぞ」

 

 

「律ちゃん、どういうこと?」

 

 

「文化祭が終わって、校舎からでられなくなるってことだろ?」

 

 

「いや・・・主に千乃の貞操の危機・・・」

 

 

「・・・・・・」

 

 

「なんでムギが黙ってるのか・・・はさて置いて、とりあえず着替え・・・も危ないな。」

 

 

「ムギちゃんはモンスターか何かなの?」

 

 

「あ、あの皆さん」

 

 

「どした?」

 

 

「あ、えっと・・・」

 

 

ライブが終わって、思うことはやっぱり『ありがとう』だけ。

 

 

「私と・・・私なんかと一緒に音楽を作ってくれて・・・ありがとうございます!

ずっと夢だったステージで歌うことも、誰かと一から作り上げることも・・・紬さんと澪さん、律さんと唯さんの皆さんがいたから叶いました・・・本当に・・・本当にむぐ」

 

 

急に口を指で押さえられ。

 

 

「そんなこと、改めて言われると悲しいわ。私達は友達で、同じバンドの仲間で、今日一つのライブを終えたんだから」

 

 

「え・・・っと?」

 

 

「つーまーり!」

 

 

「もっと砕けて接してくれってことだ。前から皆で言ってたんだ。千乃とフレンドリーに接したいって・・・あ、別に今までがそうじゃなかったってことじゃないからな?なんていうか・・・」

 

 

「『さん』じゃなくてあだ名で呼んでってこと!」

 

 

「ま、簡単に言ったらそういうことだけど・・・敬語とかじゃなくてさもっと気楽に話そうぜってこと!」

 

 

「・・・・」

 

 

「とりあえず、名前を呼んでくれるか?」

 

 

ニヤニヤと律さんが言います。

澪さんも唯さんも紬さんもこっちを見て笑っています。

 

 

「えと・・・り、りっちゃん」モニョモニョ

 

 

「ぐはっ!思った以上の破壊力だ・・・」

 

 

「ゆっきー私も私も!」

 

 

「私もだぞ千乃!」

 

 

「千乃ちゃん、私も!」

 

 

「うぅ・・・・唯ちゃん、澪ちゃん・・・紬ちゃん・・・」

 

 

「「「ぐっはぁ」」」

 

 

「ははは!これで私達の願いも一つ叶ったな!」

 

 

「これからもっと練習して、プロになるんだもんな」

 

 

「絶対なれるよ~」

 

 

「うふふ」

 

 

「よーっし!じゃあ腹も減ったしなにか食べに行くか!」

 

 

「私焼きそばを食べるのが夢だったの~」

 

 

「あ、じゃあ私達のクラスに来てよ~。美味しい焼きそばございますよー。ね、ゆっきー」

 

 

「あ、はい!美味しいです!」

 

 

「私はわたあめとかポップコーンがいいなぁ」

 

 

「澪・・・一回病院にいけ」

 

 

「なんで!?」

 

 

「お前の甘いものに対する異常な執着は幼馴染の私でもひく」

 

 

皆さんで笑いあって、クラスへ向かう。

廊下に伸びる長い影は、楽しそうに重なり合っていくのでした。

 

 

 

 




神様「第一部完!」←フラグ


今回も読んでくださってありがとうございます。
えっと、この話で出てきたマスクというのは、作中でも説明させて貰ったとおり、ビジュアル重視の意味合いと、正体を隠す的なニュアンスが強いです。
ちなみに主人公のマスクは、まどマギのホムリリィの彼岸花をイメージして貰えれば…!

そして千乃が加わった事で、まさかの澪ちゃんのパンチライベント回避・・・歴史が変わっていく・・・!

感想で、オススメの曲を教えてもらい全部聞いてみました。
どれも素晴らしいものばかりでCD借りちゃいました。
この場を借りて感謝の言葉を述べさせていただきます。

安全第一さん、月のしずく、最高です!
成龍さん、Elychikaさん、ガルデモの曲かっこよかったです!
シア中尉さん、藤田麻衣子さんの歌、すごく綺麗ではまってしまいました!
kurotonさん、EGOISTさんのこの世界で見つけたもの、私もお気に入りになってしまいました!
Ki-maさん、アイマスの歌は初めて聴いたのですがどちらも感動でした!

たくさん教えてくださって感謝感激です!
もし名前出されて迷惑でしたらすぐ修正しますので気軽に言ってください。

これかやもよろしくお願いします!



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第31話

あわわわ・・・卒業までカウントダウンだ・・・


Side 千乃

 

 

文化祭が終わってはじめての日曜日。

お昼時の公園前ということもあって、あまり人はいません。

いつもよりもオシャレをしているのですが・・・似合っているんでしょうか。

 

今日は和さんと遊ぶ約束をしており、楽しみすぎてちょっと早く集合場所に来てしまったようです。

昨日もあんまり眠れませんでした。

だって、和さんが文化祭の時に『デート』だって言ってたから・・・。

緊張してしまいます。

 

ちょっと早く来すぎたと反省しつつも、私は思い出します。

あの文化祭で私達軽音部の音楽を。

今までで最高の音楽、最高の演奏。

きっと一生忘れることはない、たとえ喪失病で全部失っても。

 

澪さんちゃんはあの時言いました。

『今日、あの演奏を出来たことでもっと自信がついたような気がする・・・辛い時、今日のことを思い出すだけで勇気が沸いてくるような』って。

私も同じ。

この思い出だけは絶対に忘れたくないし、きっと忘れない。

魂にまで刻み込むような、そんな思い出。

 

それにしても楽しかったなぁ・・・文化祭。

ヘトヘトになった後も私達は、色んな出し物を回った。

焼きそばも食べたし、皆で写真も撮った。

菊里さんはもう帰ってしまっていたけど、演奏だけはちゃんと聴いてくれていました。

一言、感動したと残して。

 

シンちゃん達も合流して、和さんも仕事を終え信代さんも一緒に回ってくれました。

 

そしてあれ以来・・・私達、軽音部は少しだけ有名になりました。

マスクや衣装の効果もあってクラスメイトで軽音部を知ってる人意外は、軽音部の正体について想像したり、友人同士の間で色んな話が飛び交っていたそうです。

律ちゃんの目論見どおり・・・さすが我らが部長です。

まあそれでも、高校での話ですのですぐに正体などはバレてしまいましたが。

おかげでよく話しかけられたりします。

確かに軽音部の皆さんは綺麗な人や可愛い人ばかりなので、有名になるのもわかります。

私も、よく紬ちゃんや和さんが可愛いと言ってくれるのですが・・・よくわかりません。

どうしても昔を思い出してしまって自分に自信がなくなってしまうのです・・・が、でも今の自分は好きです。

軽音部の私、信代さんの友達の私、和さんの友達の私。

好きです。

 

変わったことと言えば、澪ちゃんにファンクラブができました。

なんでもベースを弾く大人っぽいクールな印象が人気だとか。

わかります。

澪ちゃんは普段は人見知りで可愛いのですが、ベースを弾くときはピリっとしてて、かっこいいのです。

でも当の本人は、恥ずかしがっていました。

以前、唯ちゃんのお家で勉強会をした時、女子高では女の子同士のお話はよく聞くと言っていましたが・・・これもその一つなのでしょうか。

律ちゃんが澪ちゃんをその話でよくからかっています。

「澪お姉さま~」

って。

澪ちゃんは恥ずかしがって怒ったりするのがここ最近の2人のやり取りでみかけます。

多分、いつものやり取りだとは思うのですが・・・なんだか不安を覚えてしまいます。

過敏でしょうか。

あと、シンちゃん達が楽器を教えて欲しいとも。

私達の音楽を聴いて、自分達もやってみたいと思ってくれたみたいです。

ネネちゃんは澪ちゃんのようにかっこいいベースを。

ボーちゃんは律ちゃんのドラム、カザマくんは紬ちゃんのキーボード、シンちゃんとマサオくんは唯さんのギター。

そして、皆ボーカルをしたいと言ってくれました。

それぞれの楽器の使い方と、歌を教えて欲しいって。

誰かに何かを教えてと言われたことなんてなかったので、何故か涙が零れてしまいました。

今度から病院で少しずつ教えていくんだーって皆さんはりきってました。

こうやって受け継がれていくのが音楽で、私も何かを残せたらいいな・・・なんて漠然と思っています。

 

と、考えているうちに和さんがやってきました。

いつも制服姿でも綺麗でかっこいい和さんは、今日はその白い肌を肩から出しているいわゆるノースリーブに短めのパンツ。

お、大人です!

通りすがりの人も振り返っているのがわかります。

 

時間ぴったりに来るところも、和さんぽいです。

白杖を持っていないほうの手を振ります。

 

 

「こんにちは千乃。待たせちゃったかしら」

 

 

「こ、こんにちは和さん。今来たところです」

 

 

なんだかこのやり取り・・・本当のデートみたいです。

こんなに綺麗な人と今から一緒に歩くのだと考えて、緊張です。

その緊張のあまり。

 

 

「和さん・・・綺麗です」

 

 

などと言ってしまいました。

つい口が滑ると言いますか、緊張してしまうとポロっと口から零れ落ちるのは入学当初から変わりませんね・・・。

 

 

「ありがとう。千乃も可愛いわ」

 

 

大人っぽい笑顔で言われてまたドキっとしてしまいます。

きっと頭がくらくらするのは夏の日財のせいです・・・絶対そうです。

夏は過ぎたとか、そんな野暮なツッコミはなしです。

 

 

「じゃあ行こっか」

 

 

「はい」

 

 

「・・・っとその前に。白杖しまってくれる?」

 

 

「あ・・・すいません」

 

 

「謝ることじゃないわ」

 

 

白杖をしまう。

そして。

手が握られます。

 

 

「今日は私がずっといるから、それは必要ないわ」

 

 

ね?と笑いかける和さんの顔を、私は恥ずかしくて直視できませんでした。

何度目でしょうか。

和さんに手を握ってもらうのは。

握られるたびに私はあったかい気持ちになるのです。

 

 

「さ・・・まずはお昼ね」

 

 

「はい」

 

 

「何か食べたいものある?」

 

 

「えっと・・・なんでも・・・」

 

 

「そう?なら美味しいパンがあるんだけど、そこでいい?」

 

 

「はい!」

 

 

パン・・・楽しみです。

 

 

 

 

 

 

 

少し歩いたところにそのお店はありました。

店内は木の机に落ち着いた色つかいの壁、おしゃれというよりもシックな大人の隠れ家みたいな感じです。

落ち着いた雰囲気になれます。

 

そして店内に入った瞬間から、すごく美味しそうな匂いが・・・!

所狭しと色んなパンが机に置かれており、自分のトレイに乗せてレジへと持っていくシステム。

買ったパンをお店でも食べられるようで、イスとテーブルがあります。

レジの向こう側には今まさに出来上がったパンが宝石みたいに輝いています。

思わず、ごくりと。

 

 

「ふふ、千乃子供みたい」

 

 

「うぅ・・・」

 

 

和さんに見られていたみたいでからかわれてしまいます。

店内はそれほど広くないみたいで、パンの種類も多いこともあってすこし通路が狭く感じます。

だから、和さんは私と手を繋いだままトレイを持っていてそこに一緒に乗せていこうと言いました。

 

なんで手を繋いでるんだ?女の子同士なのに・・・みたいな視線は感じます。

パン屋さんに来る前からずっとです。

少し気恥ずかしい気持ちではあるのですが、でもそんなことは和さんと繋いでる嬉しさのほうが強いので、何とでも言って!です。

 

 

「いっぱい・・・種類がありますね」

 

 

「でしょ?いつも何を買うか迷うの。でもどれも美味しいわよ」

 

 

「・・・迷っちゃいます」

 

 

「・・・なら半分こ、しない?それなら種類もたくさん食べられるし」

 

 

「いいんですか!?」

 

 

「もちろん」

 

 

そう言われて、何にしようかと迷っていた私はあまり待たせても申し訳ないですし、それにはやくパンを食べたいのもあってセレクトしました。

 

 

お金は半分ずつ。

席に着いた私は、和さんにレモンティーを渡してわくわくしながら待ちます。

そんな私を和さんはおかしく思ったのか少しだけ笑いました。

 

 

「じゃあまずはこれから」

 

 

チョコのはいったパン。

デニッシュと書いてあったものですね。

和さんおすすめのものです。

 

 

「はい、千乃」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

半分に割ってくれたものを受け取り。

 

 

「「いただきます」」

 

 

一口。

口の中に広がるチョコの香りとサクサクの生地。

 

 

「美味しい!」

 

 

つい思わずそう声に出していってしまいました。

周りのお客さんがくすくす笑ってるのがわかりました。

恥ずかしい・・・。

 

 

「美味しいでしょ?私も大好きなの」

 

 

そう言って口へ運ぶ和さん。

なんだか・・・今日の和さん、いつもと雰囲気が違うって言うか・・・着ている服のせいでしょうか?

いつもより凄く・・・綺麗です。

もちろんいつも綺麗でかっこいいんですけど・・・一段とそう思います。

 

 

「どうかした?」

 

 

覗き込まれ、目の前に和さんの顔が。

 

 

「いえっ!何もないんです!いつも以上に綺麗だなんて思ってないです!本当ですってばぁ!」

 

 

「・・・千乃」

 

 

はぁ、とため息をつく和さん。

呆れられたかもしれません・・・。

 

 

「そんなこと言われると・・・もう抑えきれないわ」

 

 

小声で何かを呟き、私の顔にその手を添えます。

 

 

・・・・え?

え、え、え、え、なななななんですか!?

 

 

「はい、あーん」

 

 

そう言われ2つ目のパン、苺のタルトを差し出してきました。

和さんは、今、『あーん』って言いました。

そして、私に苺タルトを近づけているのです。

・・・・これは、そのまま食べてっていう意味ですよね?

私が自分で持つのではなく、和さんに食べさせて貰う、と。

なるほどなるほど・・・あの和さんから・・・食べさせて貰うと。

色んな人に見られながらですけど、まるでこ、こ、こ、恋人のように食べさせて貰うと。

 

 

 

 

 

無理ですよぉぉぉぉぉ!!

だって、だって、和さんですよ!?

こんなに綺麗な和さん、大人っぽい和さんに!

これが仮に唯さんだったら、友達だからとか、そういうぽわぽわしてる雰囲気だからとかでわかるんですけど、少しイジワルな顔をしている和さんが相手だと心臓がはちきれそうなくらい緊張してしまいます!

 

いつもだったら、冗談よ、って言ってくれたりするのに、今日はずっとそのまま。

頭が真っ白になってしまいます。

多分、他の人から見たら頭から煙が出てたのではないかと思うほど私は赤かったと思います。

思考が・・・おかしくなってしまいます。

 

『・・・・・和さんとは友達ですし、普通のことなんじゃない?』

と私に似た黒い翼が生えた小さな妖精みたいなものが、私の耳元でそう囁いてきます。

 

 

「・・・たしかに」

 

 

『女の子同士だといっても、節度は守るべきじゃないかな・・・?』

今度は白い翼の妖精がそう囁いています・・・心なしか黒いほうよりも声が小さい気がします。

 

 

「それもそうですよね・・・」

 

 

『いやいや、考えてもみようよ。あの和さんだよ?かっこよくて綺麗で美人でクールビューティーな和さんが、いつも以上に綺麗なんだよ?そんな和さんがせっかくあーんってしてくれてるんだよ?こんなチャンスもうないよ?』

 

 

「一理あります・・・」

 

 

『それでも・・・人も見てますし・・・』

 

 

「それは・・・恥ずかしいです・・・」

 

 

『見せつけてあげればいいじゃない?大好きな和さんとのいちゃいちゃを』

 

 

「いちゃいちゃ・・・」

 

 

『・・・・・・』

 

 

白いほうが何も言わなくなりました。

 

 

『それに女の子同士って悪いことなの?』

 

 

「・・・普通じゃ、ないですし・・・」

 

 

『いやいや、確かにマイノリティなのは認めるけど、少数派が悪ってわけじゃないんだよ?外国じゃ普通なんだし。むしろこの国が遅れてるの。だから誇ろう?この国で女の子同士の先駆けとしてさ』

 

 

「・・・和さんのことは好きですけど、そういう好きとかじゃ・・・」

 

 

『今まで一回も恋愛した事もないのになんでわかるの?』

 

 

「それは・・・」

 

 

『わからないよね?和さんに対する気持ちを正確に言い表せないよね?今まで何度も感じたその気持ち、わざと考えないようにしてきたよね?その理由って、突き詰めてしまうのが怖かったからだよね?じゃあなんで怖かったんだと思う?少数派だって言うのがわかるからじゃない?』

 

 

一気にまくし立てる黒い私と私との間に、白い私が現れる。

言い返してくれるのかと思いきや。

 

 

『・・・・そうかも!』

 

 

一気に手のひらを返しました。

 

 

『でしょ?まったく・・・主は本当に自分のことをわかってないんだから・・・私がいないとダメね』

 

 

『目が覚めたよ・・・黒乃』

 

 

どうやら黒い私は黒乃っていうらしい・・・黒いから?

じゃあ白いほうは白乃?

 

 

『いいのよ白乃。これからも一緒にふがいない私達の主を支えて生きましょう?』

 

 

やっぱり白乃でした。

ていうか何を勝手に話をまとめているのでしょうか。

 

 

『そういうわけだからここは一気に和さんのあーんを受け入れなさい』

 

 

「いや・・・なにがそういうわけなのかわからないんですけど・・・」

 

 

『あなた・・・この期に及んでまだそんなことを・・・認めなさい!あなたは女の子が好きなのよ!』

 

 

え、えぇ――!?

 

 

『だから和さんを受け入れてきなさいって言ってるの!』

 

 

いや、でも・・・うぅ、うまく考えられなくなってきた。

女の子が好き、なんていう衝撃的な事実を告げられて正常でいられるはずがないのです。

 

 

『ちょっと待って黒乃!』

 

 

白乃・・・信じてたよ!

 

 

『ただ受け入れるだけじゃなくて、和さんの指をそのまま噛んだり舐めたりするのはどうかな?!最悪事故で済ませられるし、上手くいけばいっきに関係が進むと思うんだけど!』

 

 

駄目でしたー!

むしろ白乃のほうがアウトな気がするんですけど・・・。

 

 

『さっすが白乃ね!いいわ、その案でいきましょう!あーここがお店とかじゃなくて部屋とかだったらそのまま・・・』

 

 

頭をふって、そんな邪な考えを吹き飛ばします。(現実世界でこの間1秒)

和さんの顔をまじまじと見てしまい、一気に体温が急上昇です。

頭を振ったこともあってくらくらします。

だから正常な思考が出来ない。

気づいたら私は・・・和さんにされるままにタルトを食べて・・・そしてそのまま和さんの指を咥えていたのでした・・・。

 

周りの人達が

『キマシタワー!』

と叫んでいるのが、聞こえました。

 

 

 

 

 

 

 

Side 和

 

 

 

これは・・・なにが起こっているのかしら?

目の前で千乃が顔を真っ赤にさせて、私の指を咥えている。

だた咥えているだけじゃなくて、そのかわいい小さな舌で指をチロチロと舐めている。

ここは天国?

それともいつのまにか星の入った玉を七個集めて、龍が願いを叶えてたの?

あ、なるほど。

夢ね、これ。

じゃないと、こんなことが起こるはずがないもの。

自分からやっておいて言うのもなんだけど、千乃は恥ずかしがりやだからこんな行動に出れるはずがないんだもの。

それを知っててやった私は、少しでも千乃の可愛い顔を見れればいいなと思ってただけなのに・・・こんな夢みたいなこと・・・え?夢じゃない?

 

いままで見たことがないくらい真っ赤な千乃は、目をつぶりながら咥えてる。

一生懸命に。

そして、片目だけチラって開けて、目が合った。

頭が爆発したかと思うくらい、私も顔が赤くなった。

え・・・・え、どうしよう・・・。

もうこれは責任を取っていくところまで行くべきかしら?

日本じゃ同性婚は出来ないからとりあえず海外に移住ね。

どこがいいかしら・・・個人的にはメキシコとか興味があるけど、千乃はヨーロッパが似合いそうね。

海が見える町並みで毎日、お帰りって言って迎えて欲しい・・・って何を考えてるの私は!

 

そうじゃなくて、ここからどうするか考えないと!

とりあえず千乃を正気に戻す?

どうやって?

その指を引けばいいだけよね?

そう思って力を入れる直前、思う。

なぜ千乃がこんなことを?

さっきも考えたけど、普段の千乃なら恥ずかしがってこんなことは絶対にしない。

ならなぜ急に?

・・・・もしかして、千乃は・・・・千乃も私とムギと同じで・・・女の子同士・・・!

まさか、いやでも他に考えられない・・・!

ならここで指を引いて有耶無耶にして終わらせるのはもったいない!

千載一遇のチャンス、逃すわけにはいけない!

このままどこか落ち着ける場所、できれば部屋!

そうと決まれば・・・と瞬間。

背筋が凍るような気配が。

 

パン屋の外に見慣れた顔が。

般若のような形相で見ていた。

ムギ・・・いつからそんなオーラを放てるように・・・。

おもわず体が動いてしまい、千乃も気づく。

 

 

「紬ちゃん!?」

 

 

ん?

今、紬ちゃんって言った?

今まではさん付けだったのに?

 

 

「千乃・・・ムギのこと、ちゃん付けなのはなんで?」

 

 

「え?えぇと・・・文化祭が終わってから、皆さんにもっと砕けて話してって言われて・・・」

 

 

なるほど。

文化祭を乗り越えたことで一層、絆が深まったと言うわけね?

千乃が嬉しそうな顔をするのは私も嬉しい、けどちょっと面白くないわ。

私は、千乃の始めての友達なんだから。

 

 

「千乃、私はさん付けなのだけど?」

 

 

「ああああの、本当は和さんも、呼びたいってずっと思ってたんですけど・・・」ゴニョゴニョ

 

 

「あまり千乃ちゃんを困らせないでくれるかしら、和ちゃん?」

 

 

気づけば、ムギはいつのまにか店内に入ってきており、私達のテーブルのすぐ側にいた。

 

 

「・・・迷惑なんてかけていないわ」

 

 

「あら?さっき嫌がる千乃ちゃんに無理やり指を咥えさせていたのはどこの誰かしら?」

 

 

「無理やりじゃないわよ。千乃から咥えてきたの」

 

 

「あはは。千乃ちゃん、和ちゃんはちょっと錯乱してるみたいだから今日はもう家に帰らせたほうがいいみたい。それで良かったらだけどこれから私と一緒に私の家に行かない?この間みたいに、一緒にお風呂に入ったりしよう?」

 

 

「錯乱なんかしてないわよ・・・って千乃!あなたお風呂に一緒に入ったの!?」

 

 

「あの・・・えと・・・合宿の時に・・・」

 

 

「なんて羨ま・・・妬ま・・・嫉ま・・・!」

 

 

「さ、行きましょう千乃ちゃん」

 

 

「ま、待ちなさい!千乃は行くなんて一言も言ってないでしょう!?」

 

 

「勘違いしないで?千乃ちゃんを守るために連れて行くの」

 

 

「誰からよ!」

 

 

「心当たりがあるならきっと合ってるわ」

 

 

「・・・っ!千乃、今日は何の日だったかしら?」

 

 

「え・・・っと?」

 

 

「いよいよ錯乱状態ね。日にちも忘れるなんて・・・」

 

 

「デートの日、よね?」

 

 

「えぇ!?」

 

 

「あ・・・えと、はい」

 

 

顔を赤くする千乃。

かわいいし、ムギにかなりのダメージ。

 

 

「そう、私達デート中なの。申し訳ないけど部外者は席を外して貰える?」

 

 

「うそ・・・うそよ!だって・・・女の子同士でデートなんて!」

 

 

「つまり・・・千乃もそういうことよ」

 

 

ムギの耳元でそう囁く。

 

勝った、そう思った。

 

 

「あぇっと、ご飯食べたり買い物したりのデートに、和さんが誘ってくれたんです・・・文化祭で軽音部のことで迷惑をかけてしまったりもしたので・・・何かお礼をしたくて・・・まだお昼を食べただけなんですけど、何かプレゼントできたらなって、思ってて・・・」

 

 

その言葉にムギはピクンと。

 

 

「・・・そっかぁ。そういう意味のデートね・・・安心したわ。まだ勝負は決まってないのね・・・それに和ちゃん、まだ『さん』付けなのね・・・ふふふ」

 

 

「なっ・・・」

 

 

「千乃ちゃーん!私の名前、呼んでくれる?」

 

 

「え?紬ちゃん・・・」

 

 

「そう!もう一回!」

 

 

「・・・紬ちゃん?」

 

 

「わんもあ!」

 

 

「紬ちゃん・・・どうしたんですか?」

 

 

心底嬉しそうに笑うムギに私は。

 

 

「千乃、私だけ『さん』付けは寂しいわ・・・和って呼んで?」

 

 

「あ、しまった!」

 

 

ムギが何か慌ててるけどもう遅い。

 

 

「え、でも・・・」

 

 

「いいから」

 

 

指をモジモジさせ、俯きながら顔を真っ赤にし。

 

 

「の・・・のど・・・か・・・ちゃん」ボソ

 

 

「・・・千乃?」

 

 

「ご、ごめんなさい!呼び捨てにしたこと、なくって・・・ごめんなさい・・・」

 

 

「・・・いいわ、もう。そんなに謝らないで。ちょっとムキになっちゃっただけだし・・・」

 

 

「和さん・・・」

 

 

「でも『さん』付けは嫌」

 

 

「あぅ」

 

 

「だから、私もちゃん付け、お願い」

 

 

パァっと明るくなる千乃。

 

 

「和ちゃん!」

 

 

満面の笑みでそう言われると、すごい破壊力。

 

 

「・・・というわけでムギ、これで私も同じね、これからもよろしく」

 

 

固まってるムギに握手をする。

 

 

「・・・こちらこそ、仲良くして行こうね」

 

 

ギュっと本気で握り合う。

顔は笑ったまま。

千乃は気づいていない。

しかし今この瞬間にも戦いは行われている。

絶対に負けない。

 

 

「じゃ、私達はこのへんで・・・行こう千乃」

 

 

「ちょっと待って。さっき千乃ちゃんが軽音部がお世話になったからって言ってたわよね?私も軽音部、和ちゃんにお礼したいわ~。だからご一緒させて貰いたいんだけど、いいかしら?」

 

 

「!?」

 

 

ムギ・・・強かね!

どう断ったものか、そしてどう絡めて行くかと、私とムギの顔に出ていたのか、不安になった千乃が。

 

 

「和ちゃんと紬ちゃん、皆と一緒だともっと楽しいな・・・」

 

 

その一言で、私達はお互いに顔を見合わせ、息を漏らす。

 

 

「はぁ・・・千乃がそういうからどうぞ」

 

 

「ありがとう千乃ちゃん」

 

 

「・・・はい!」

 

 

ま、いっか。

千乃が女の子同士でも良いかも?と少しでも思ってるのがわかったし、それに千乃の悲しい顔は見たくないもの。

 

 

結局、夕方まで3人で遊びまわった。

千乃は私に何かをプレゼントしたがってたみたいだけど、それは2人のときに楽しみにしておくことにする。

 

 

「千乃とは私が手を繋ぐから」

 

 

「誰が決めたの?」

 

 

「今日のデートが始まったときからよ」

 

 

「今は3人なのでそれは無効でーす」

 

 

「・・・ムギ」

 

 

「・・・和ちゃん」

 

 

すると手にあったかい感触が。

 

見ると、私とムギの間に千乃がおり、その手にはそれぞれと重ねた手が。

 

 

「私を気遣ってくれるのは嬉しいですけど・・・喧嘩はして欲しくないです」

 

 

ちょっと頬が膨らんだ千乃が可愛すぎて何も言えず、心の中のシャッターを何度も押しまくって永久保存版に。

 

 

ムギのおんなじ気持ちなのか黙って千乃の顔を見ています。

そして。

 

 

3人で手を繋ぎながら歩いていく。

 

道行く人達からは、仲が良いねぇとか、羨ましいとか、キマシタワーとかいろんな事を言われてるけど、千乃は気づいてないみたい。

自分から手を繋ぐ、という慣れないことをしたからか顔が真っ赤だ。

・・・なんだかいつも顔が真っ赤になってる気がするわ。

でも今はきっと私もそうだ。

ムギでさえそうなんだから。

 

 

やっぱり・・・千乃はかわいいわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




神様「白乃仕事しろ」


梅酒飲みながら書きました。
内容がないよう…なんちゃって。
次もなるべく早い更新頑張ります!
よろしくお願いします!


Maruwellさん、真理絵さん聞きました!めっちゃ綺麗な曲で好きになりました。
安全第一さん、桜流し、よかったです!高橋洋子さんの声はどツボですw
kurotonさん、BUMPはいい曲多いですよね!アルバム全部持ってます!AQUATIMESも好きなのでまた借りて聞いてみたいです!



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ちょっと番外編

今回は、今まで以上に原作のキャラ崩壊の設定があります。
それでもおkというかたのみよろしくお願いします。

あとかなり短いので、次の更新、早くできるように頑張りますです!


いつも読んでくださってありがとうございます。


Side 律

 

 

私と澪が仲良くなったのは小学4年生の時だ。

クラスでいつも本を読んでいて、おとなしかった澪に私が声をかけたのが最初だ。

なんで話しかけたか。

なんの本を読んでいるのか、本が好きなのか、外で遊ばないのか。

理由はなんだって良かったんだと思う。

その綺麗な黒髪とか、おどおどした動作とか、私にない女のこらしさに惹かれたから話しかけた。

澪はクラスの男子から凄く人気があって、それが良くも悪くも澪が人見知りになったことに拍車をかけたと思う。

まあ、もとから人見知りではあったけど。

小学生なんて、深く考える事はない。

気に入らないものは気に入らないと言い、好きなものだけを集める。

たまたまクラスの女の子が好きだった男子が澪のことを可愛いと言った。

もちろん、澪はそのことを知らない。

自分の好きな人が、自分ではない人を好き。

それだけ。

たったそれだけで澪は仲間はずれにされた。

澪は意味がわからなかったと思う。

普段からあまり人と話すタイプじゃなかったんだろうけど、それでもある日を境にそれは始まった。

ぶりっこ、こびてる、どろぼう・・・etc。

ちゃんと言葉の意味を理解しているかもあやしい単語を澪はその身に浴びた。

ある時は机に、ある時は紙で、またある時は面と向かって。

 

私が澪と始めて話したとき、可愛い女の子だと思った。

なんで仲間はずれにされてるのかがわからいくらい普通で、ちょっと人見知りだけど良いヤツだった。

そんな澪が、仲間はずれにされて、怯えるように本を読んでいた。

私は澪に友達になってと言った。

 

私は強くなりたかった。

男子に混じって喧嘩もしたこともあるし、女子と取っ組み合いをしたことも多かった。

普段からヤンチャと言われて、男子と遊ぶことが多かった私は、男みたいな思考回路で強いってことが偉いって思ってた。

だから、仲間はずれにされてる澪を助けてあげることが出来れば私はまた『強い』と思えるから。

そんな理由で私は澪と友達になりたかった。

 

澪は震える声で承諾してくれた。

 

 

なにかあったらわたしが秋山さんを助けてあげる!

 

 

そんなことを言った覚えがある。

その時の私はただのバカだった。

何も知らない、勘違いしただけのバカな子供。

 

ある時、澪と仲良くしてるからと言う理由で私も仲間はずれにされた。

今でも覚えてる、あの気持ち悪い気持ち。

私が呼びかけても、誰も何も反応しない、ただクスクスと笑い声が聞こえる。

自慢だった私の『強さ』は何も意味を成さなかった。

そこで私は始めて思い知らされたんだ。

私は強くなんかなかった。

 

学校に行くことも嫌になった私は、それでも引きずるように学校へ向かう。

机に落書きをされ、それを先生に見られる前に自分で消す作業。

心が壊れてしまいそうだった。

なんで私がこんな目にあうんだ。

私が何か悪いことをしたのか。

澪と友達になったから?

澪を庇ったから?

もうしないから。

助けて。

 

 

ピタリ、と私への嫌がらせは止まった。

無視をしていた回りの人が私に話しかけてきた。

何事もなかったように。

私は怖かった。

何で平気で接することが出来るのか。

昨日まであんな仕打ちをしていたのに。

でも、それを言うことでまた無視をされることが怖かった。

私は、ただ愛想笑いを浮かべることしかできなかった。

 

 

 

私への嫌がらせがなくなった理由を知った。

澪が私の分も嫌がらせを受けていたのだ。

正直・・・ホッとした。

ホッとしてしまった。

澪を庇ったから私も対象になったんだ。

だからそれがあるべき形に戻ったんだ。

これで私は解放された。

よかった。

 

放課後、教室から聞こえてきた。

「秋山さん、おかしいよね。田井中さんに迷惑かけないで!だってさ」

「自分がいじめられてるのに、田井中さんの分も引き受けるって・・・変な子だよね」

教室には5人くらいの女子が固まってそんな会話をしていた。

 

頭が真っ白になった。

私が解放されたのは、澪が私の分を引き受けていたからだった。

私が助けていたつもりが、私が助けられていた。

同時に、涙が流れてきた。

私は・・・澪を、友達を切り捨てたんだ。

 

気づいたら教室に入ってそこにいた5人を殴り飛ばしていた。

泣いていた。

私も泣いていた。

でも止められなかった。

私を助けてくれた澪をいじめてるこいつらを許せなかった。

自分のために切り捨てた私自身も。

 

もうしないから、許して。

 

そう言って泣いて許しを請うけど止める気はなかった。

こいつらをもう二度といじめる気を起こさせないように。

そして私が『強い』ってそう思いたかった。

 

けど、私の手は止まった。

止める気なんてなかった。

強さを認めさせるための私の手は、澪によって止められた。

 

私といじめっ子達の間に震える体を割り込ませ、あろうことかいじめっ子達を庇うように。

 

 

「なんで・・・?そいつらは秋山さんをいじめてたんだよ?」

 

 

「・・・・・・!」

 

 

何も言わなかった澪は、それでもどこうとしない。

ただひたすら私をまっすぐに見て、口を一文字にしていた。

 

その姿が、私にはわからなかった。

なんで自分をいじめてたやつを守るのか。

けど、すごくかっこよかった。

理由はわからないけど、あの時の澪が今も私の胸に色褪せないまま残っている。

 

結局、その後は先生が来て、いじめっ子たちが自白し、謝罪。

私も手を上げたのだから謝罪。

それ以降は澪もいじめられず、そのいじめっ子達も落ち着いていった。

 

そして私と澪は友達として、今もずっと一緒にいる。

守ってくれてありがとうって、澪は私に言った。

けどそれは違う。

あの時の澪の姿に憧れて。

あの、いじめっ子に『勝った』澪の姿を目指して私は今日も生きている。

 

軽音部の部長としての私は誰からも頼りにされて、絶対に負けない、『勝つ』ことを目指して。

 

 

 

 

 

 

 

 




神様「・・・・・」[壁]_・)チラッ。。。。。。。゙(ノ・_・)ノスタスタッ。。。。。。チラッ(・_[壁]



↑改変と短すぎて怒られないか心配な神様の図。


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第32話

卒業式が間近です。
いよいよ社会人になるのか・・・想像できませんね。
働き始めたら、こうやってサッカーとかゲームとか、このお話を書くことも出来なくなるのかなぁと思うと悲しくなっちゃいますね。

出来る事ならば、細々とでもいいから続けて生きたいと思いました。


これからもよろしくお願いします。


Side 千乃

 

 

肌を焼くような夏が終わり、季節は何かに備えるような実りの秋へと移った。

秋。

それは読書の秋、スポーツの秋、芸術の秋。

そして、食欲の秋。

 

 

「千乃って本当に美味しそうにご飯を食べるよね」

 

 

信代ちゃん(以前と同じようにちゃんづけで呼んでと言ってくれた)が若干、呆れたように私に言います。

現在、クラスにてお昼ご飯。

仲の良いグループでそれぞれが食事をしている。

私も和ちゃんと唯ちゃん、信代ちゃんと一緒に席を囲んでいる。

唯ちゃんは、妹さんの憂さんのお手製であろう、色とりどりのお弁当。

お姉ちゃんへの愛を感じさせられるそのお弁当は見ていて羨ましい限りです。

和ちゃんのお弁当はシンプルではあるものの、しっかりと栄養を考えられたもの。

小さめのお弁当箱も和ちゃんぽいです。

対照的に信代ちゃんは大きいです。

中身も豪快で、白いご飯が一面にしきつめられていて、しょうがのいい匂いがする豚肉が目に付きます。

 

 

「そうですか?」

 

 

「いいことよ。仏頂面で食べられてもこっちまで美味しくなくなるし」

 

 

「そうそう!それに信代ちゃんもすっごい笑顔だよ~」

 

 

「いや~・・・運動するとお腹へっちゃって!放課後には部活もあるしさ」

 

 

「バスケ部、どう?」

 

 

「うん、そろそろ地区大会予選だね。一生懸命練習してるよ~。レギュラーになれるかわからないけどさ、この間の軽音部見てたらやる気出てさ。絶対に選ばれてやるって感じ!」

 

 

「嬉しいね~ゆっきー」

 

 

「はい・・・嬉しいです」

 

 

「結構、影響されてる人達は多いよ。バスケ部でもいっぱいいるし」

 

 

「あれから知らない人に声をかけられることも増えたよね~」

 

 

「男子もいたらきっとモテモテだったね」

 

 

「!!」

 

 

「そんなに驚かなくても・・・はっはーん。千乃、男性経験ないな?」

 

 

「ちょっと信代」

 

 

「いいじゃん、気になるでしょ?」

 

 

「男性経験・・・?」

 

 

「簡単に言えば、男の子と付き合ったりデートしたことある?ってこと」

 

 

「ななないですよぉ!」

 

 

「ま・・・聞かないでもわかってたけどさ。そこまで慌てるなんてかわいいなぁ」

 

 

「まったく・・・でも軽音部は人気って言うのは当たってるわ。現に澪のファンクラブが出来てるくらいだし」

 

 

秋山澪ファンクラブ。

あの文化祭でのライブ以降、澪ちゃんにファンクラブができたと言うことはもう周知の事実で私たちも驚きました。

別に、澪ちゃんに!?っていう驚きではなく、物語の中のお話みたいで驚いたのです。

澪ちゃん本人が一番驚いていましたが・・・。

ファンクラブの人数は今も増えているらしく、会員カードまであるらしいです。

それでよく律ちゃんが澪ちゃんをからかっているのが最近の部室でのやりとりです。

 

 

「澪は美人だもんねー」

 

 

「私は~?」

 

 

「唯は・・・かわいい系ね」

 

 

「昔からよく口に食べ物を溜めると言うか、詰め込むタイプだったわね・・・その認識で間違いないわ」

 

 

「えー、私も美人がいいなぁ」

 

 

「なら宿題も家事も自分でやって、磨くことね。憂に任せっぱなしにするんじゃなくて」

 

 

「・・・かわいい系のほうがいい!」

 

 

「あ、あはは」

 

 

「千乃・・・もかわいい系かな」

 

 

「あら、千乃の噂もよく聞くけど、認識は人それぞれって感じね。千乃本人と認識があればかわいい系で、あのライブを見た人は綺麗だって」

 

 

「あー確かに。あの歌ってた千乃はかっこよかったしね。まさに魂の叫びって感じだった」

 

 

「あ・・・ありがとうございます」

 

 

うぅ・・・褒められるのは嬉しいんですけど、やっぱり恥ずかしいです慣れません!

 

 

「来年の部活勧誘、いっぱい軽音部増えそうだな~」

 

 

「後輩か~。楽しみだねゆっきー!」

 

 

「はい!」

 

 

 

余談ではあるのですが、この後、私をかわいい系とか綺麗だとか言ってくれた2人に同じように私のイメージを伝えると、何故か2人はそれきりそっぽを向いてしまいました。

 

 

 

 

 

 

放課後になって、唯ちゃんと一緒に部室へと向かいます。

その途中、何人かの人達の話し声が聞こえてきます。

文化祭のライブの影響でしょうか、聞こえてくる内容は全部は聞こえなかったのですが歌とか演奏とか聞こえてきます。

 

 

「私たち、有名人だね!この調子で一気にプロになれないかなぁ~」

 

 

と、隣の唯ちゃんが誇らしげに言っています。

 

 

「ところでプロってどうやってなるの?」

 

 

「え・・・っとですね・・・応募したりでしょうか?」

 

 

「路上ライブ、やっちゃう?」

 

 

「澪ちゃんが絶対いやだって言いますよ」

 

 

その場面が目に浮かび、笑ってしまいました。

すると唯ちゃんもつられたのか、笑顔になります。

 

 

「まー路上ライブはじょーだんにしてもさ、もっと色んなところで演奏したいね」

 

 

「そうですね・・・唯ちゃんのギター、すっごく歌いやすいですし」

 

 

「ゆっきー・・・なんだか照れますなぁ~!」

 

 

「今度は憂さんにも、聞かせてあげたいです」

 

 

「あ、憂も聞きたいって言ってたよ~ゆっきーの歌!」

 

 

「うぅ・・・練習しないとですね」

 

 

いつか、憂さんに披露することが出来る日を、今から緊張して・・・それ以上に楽しみにしています。

 

 

 

 

部室へ入ると、既に律ちゃんと紬ちゃんがいました。

2人はテーブルについていて、紬ちゃんの持ってきてくれる美味しいお菓子とお茶を飲んでいました。

私たちに気づいたのか。

 

 

「いらっしゃいませー」

 

 

と、かわいい声で紬ちゃんが小走りでぱたぱたと向かってきました。

 

 

「2名様でしょうか?」

 

 

「え・・・?」

 

 

どういう意味かわからなかったのですが、唯ちゃんが変わりに答えてくれました。

 

 

「2人でーす。あ、席は禁煙でトイレから遠いところでお願いします」

 

 

どうやらファミレスごっこのようなものらしいですね。

 

 

「かしこまりましたー。こちらへどうぞ」

 

 

すると急に私たちに耳打ちをする様に紬ちゃんが言いました。

(なんだか律ちゃんの様子がおかしいの・・・返事も曖昧だし元気もないように見えるし・・・澪ちゃんも一緒じゃないし・・・だからちょっと元気付けてあげましょう)ゴニョゴニョ

くすぐったくなる声で、唯ちゃんと私に話していきます。

見れば律ちゃんは確かに心ここにあらずという感じです。

打ち合わせが終わり、流れが始まります。

終始、笑顔だった紬ちゃんが私たちを席へ案内してくれます・・・とは言ってもいつもの場所なのですが。

 

 

 

「ご注文がお決まりでしたらどうぞー」

 

 

メニューもないのですが、唯ちゃんが。

 

 

「そうだなぁ・・・メロンソーダ一つ!」

 

 

「すいません、当店メロンソーダないんです~」

 

 

「えーないのー・・・じゃあコーラフロート一つ!」

 

 

「すいませんそれもないんですよ~」

 

 

「それもないの~?う~ん・・・じゃーきんきんに冷えたサイダーで」

 

 

「ばんざいさいだー!」

 

 

「・・・?」

 

 

「あ、ご存知ありません?ばんざいさいだー。長崎の名物なんです」

 

 

「知らないけど、それならあるの?」

 

 

「ないんですよ~」

 

 

「ないの!?もう水でいいです」

 

 

「はい、ヒマラヤ山脈から手に入った雪解け水1990年もの一杯2500円入りましたー」

 

 

「ちょちょちょ、ぼったくり!どや顔シェフよりぼったくりー!しかもそんなのあるの!?」

 

 

「ないんですよ~」

 

 

「ないのに何でオーダーとったの!?」

 

 

「とっちゃったんですよー・・・」

 

 

ウェイトレスの紬ちゃんとお客さんの唯ちゃんのやり取り。

そして私が。

 

 

「もういいよ・・・どうもありがとうございましたぁ」

 

 

これできっと律ちゃんが食いついてくれるはずです。

唯ちゃんいわく、コテコテの漫才に、最後に急に出てきて〆た私。

お前は誰だ!と言うツッコミ、それにボケが無理やりということも律ちゃんの芸人魂を刺激するはず、らしいです。

 

紬ちゃんが荒ぶるような鳥のポーズを。

唯ちゃんが某車のライオンのポーズを。

そして私はピースを真横にしてそれを両目に当てたポーズを。

3人でポーズをとり、反応を待ちます。

 

 

 

しかし・・・木枯らしが吹くように、何の反応も示さない律ちゃん。

 

 

「じゅ・・・重症だよこれは」

 

 

「律ちゃんがツッコまないなんて・・・」

 

 

「そこまで驚くことなんですか?!」

 

 

とは言ったものの、確かにいつもと違う律ちゃん。

何かあったことは間違いないですよね。

 

 

すると、部室にもう1人。

ドアが開き、ミオちゃんが入ってきた。

 

 

「ごめん、ちょっと遅くなっちゃった・・・って、どうしたの?」

 

 

私たちが口を開いて説明する前に。

 

 

「遅かったな澪。さてはファンの人達といちゃいちゃしてたな!?」

 

 

今まで何も反応がなかった律ちゃんが、澪ちゃんに話しかけます。

そのことに紬ちゃんと顔を見合わせます。

どことなくですが、紬ちゃんは何かに気づいたような反応です。

 

 

「違うってば・・・ていうかそれ言うのやめろって言ってるだろ」

 

 

ここ数日は、律ちゃんが澪ちゃんをからかうことが増えています。

傍目から見ていても・・・少し頻度が多く感じます。

いつもの律ちゃんらしくないような。

そして澪ちゃんも段々とそのやり取りに対して、眉間にしわをよせるようにも。

そんな気さえもします。

 

 

「まぁまぁ」

 

 

紬ちゃんがそう言って、澪ちゃんを席に促します。

その席にはあったかいお茶が既に淹れられており、その場の雰囲気を和ませます。

全員が席について、少し閑談。

その際に、先ほどやった寸劇のようなものを澪ちゃんに話したところ、もう一度やってと言われ、顔を真っ赤にしながらやるはめになりました。

紬ちゃんと唯ちゃんは嬉しそうにやっていたということだけ付け加えておきます。

 

 

 

 

 

それは律ちゃんの一言から始まりました。

 

 

「これに出てみないか?」

 

 

お茶を飲みながらのお話もそこそこに、律ちゃんがおもむろに鞄から一枚の紙を取り出しました。

 

 

「これって・・・ライブハウスのチラシ?」

 

 

「そっそ。対バン!っていうかもう申し込んじゃった!」

 

 

紬ちゃんが紙を手に取り、律ちゃんが答えます。

澪ちゃんと紬ちゃんが驚いた顔をしています。

・・・対バンってなんんでしょう?

 

 

「対バンってなに~?」

 

 

「あ・・・あぁ、簡単に言うと複数のバンドが集まってライブをやることだ。勝敗を決めたりするのもあれば、ただお金を出し合って会場を借りて、あとは各バンドで順番に演奏していくだけのとか色々ある。利点としては今言った通り、用意するお金が少なくなると言うこととか、バンド同士の繋がりが出来るとか・・・あとは他のバンドを見に来た人達に、自分達の演奏を見てもらえるとかファンの獲得とかかな・・・」

 

 

澪ちゃんがそう唯ちゃんに教えているのを、私もなるほどと首を振ります。

 

 

「澪ちゃんくわしいねぇ~」

 

 

「まぁ・・・。律、申し込んだって・・・」

 

 

「忘れる前に申し込んどかないとって学んだからさ!」

 

 

「それにしてもちゃんと話し合ってからじゃないと・・・」

 

 

「なんだ澪は反対なのか?唯は?」

 

「対バンか~・・・はっ!?ここで一気にプロ!?」

 

 

「その通り!私たち放課後ティータイムは文化祭での成功を収め、そしてこのライブハウスで出世街道まっしぐらなのだ!」

 

 

そう叫ぶ我らが部長。

けど・・・なんとなく、やっぱりどこか変な感じが・・・気のせいでしょうか。

 

 

「やるだろ?」

 

 

「私はやりた~い!」

 

 

ふんすふんすと、意気込む唯ちゃん。

紬ちゃんが私を見て、目で聞いてくれます。

特に反対する理由もなかったので頷きます。

 

 

「だってさ。澪は?」

 

 

「うぅ・・・」

 

 

先ほどまで、あれだけ詳しく説明してくれてた澪ちゃんは、今はその頼りになる面影がなくいつも通り萎縮してしまっています。

 

 

「なんだ、まだビビリ癖が治ってないのか?人気者の澪ちゃんなのになぁ」

 

 

と。

また律ちゃんがからかうように。

 

 

「っ、なんでそうやってすぐ嫌なことを言うんだ」

 

 

ため息混じりにそう言った澪ちゃんを、律ちゃんは目が見開くという表現がぴったりなほど張り詰めた顔をしました。

そして。

 

 

「だってそうじゃん。いつまでたっても同じことの繰り返し。いい加減に慣れろよな」

 

 

ピリっと、空気が変わったのをはっきりと感じ取りました。

この雰囲気は、合宿の時。

澪ちゃんがその心に溜め込んでいたものを吐き出したときのものに似ています。

 

 

「な・・・」

 

 

「ストップ!2人とも落ち着いて」

 

 

喧嘩に発展しそうなのを感じ取ったのか、紬ちゃんが2人の間に入って仲裁をします。

 

 

「どうしたの?いつもの律ちゃんらしくないし、今回はみんな都合がよかったけど、急に言われてもしかしたら誰か欠けていたかもしれないのよ?」

 

 

「悪かったって。でも結果おーらいじゃん。それに私たち軽音部の目標はプロだろ?遅かれ早かれこういうのに出とかないとさ。あ、出演するバンドは私たちも含めて6組だってさ。持ち時間は大体20~30分の間で、チケットのノルマはなし。会場自体は結構でかいってさ」

 

 

次々と話していく律ちゃんを、澪ちゃんが眉をひそめながら見ています。

 

 

「だから、今まで練習してたのをいくつかと、一曲新しく何かやらないか?」

 

 

「新しくって・・・ライブはもう次の休み、あと4日だぞ!?無理だ」

 

 

「はぁ~・・・プロになるんだったらこれくらい出来ないと無理だぞ」

 

 

「・・・律、どうしたんだ?」

 

 

「どうって?」

 

 

「お前らしくない」

 

 

「私らしくってどんなだよ」

 

 

「はいはい、話が逸れてるわ。時間もないしやるからにはちゃんと仕上げないと。今までの曲はともかく、新しくやるのはちょっと無理があると思うけど・・・律ちゃん、なにか考えがあるの?」

 

 

「・・・特に深い意味はないよ。やりたいって思っただけ」

 

 

「そう・・・なら今回は今出来る曲をブラッシュアップしたほうがいいと思うんだけど・・・」

 

 

「・・・唯はどう思う?新しい曲やってみたいと思わないか?」

 

 

「う~ん・・・やってみたいとは思うけど4日で私できるかなぁ・・・」

 

 

「出来るって!な?千乃も新しい歌、歌いたいだろ?」

 

 

「え・・・と」

 

 

「いい加減にしろ律!」

 

 

ここまで大きな声を出す澪ちゃんは今まで一回しか見たことがありません。

 

 

「なんか変だぞ最近の律」

 

 

一転、しんとなる部室内。

いつも太陽のような笑顔でいる唯ちゃんもこわばった顔をしています。

今までちょっとした言い合いはあったものの、こんな喧嘩のような2人を見た事がないからでしょうか、際立って異常に思えました。

 

 

「今日はもう解散しましょう。一回離れて少し冷静になってからまた話し合いましょう?」

 

 

紬さんがそう言うやいなや、律ちゃんが荷物を持って部室から飛び出すように出て行きました。

気まずい雰囲気が包む。

 

 

「はぁ・・・みんなごめん」

 

 

澪ちゃんが言います。

 

 

「ううん、でも律ちゃんはどうしたんだろう・・・」

 

 

「わかんない。あんな律、見たことない」

 

 

「なんかイライラしてるようにも見えたよ?」

 

 

「私は焦ってるように見えたわ」

 

 

イライラと焦り。

今まで律ちゃんは私たち軽音部の頼りになるリーダーで、どんな時もまとめ役に回ってくれていて、私みたいな主張が苦手な人の声もちゃんと聞いてくれた。

だから、こんな姿、見たことなかった。

 

 

「とりあえず・・・新しい曲をやるとかはどう考えたって無理だ。明日それを説得させれればいいんだけど・・・」

 

 

消え入るような声は、それが難しいと言うことを示していた。

それは的中して、次の日。

学校に律ちゃんは来ませんでした。

澪ちゃんも理由がわからなくて、携帯にも連絡が帰ってこないのです。

そういうわけで部活を切り上げ、今お家の前にいるのでした。

インターホンを押すと律ちゃんよりも背の大きな男の子が出てきました。

視力低下のせいで、はじめは誰かわからなかったのですが、以前お会いした律ちゃんの弟さんです。

名前はさとし君。

 

 

「あ、澪さん。こんにちは」

 

 

「聡、律はいるか?」

 

 

「えっと・・・姉ちゃん風邪ひいちゃったみたいで。今は寝てるんですけど、皆さんが来てくれたって言ってきますよ」

 

 

「あ、いや、それならいいんだ。お大事にって言っといてくれ。あと携帯の返事も」

 

 

「わかりました。」

 

 

軽く頭を下げる聡君。

それ以上何かをいえることもなく、私たちは家を後にします。

 

 

「律ちゃん風邪だったのかー」

 

 

「だからいつもと調子が違ったのかな?」

 

 

「いや・・・うぅん」

 

 

唯ちゃん、紬ちゃん、澪ちゃんの順に話す。

確かにその風邪のせいもあるとは思うのですがそれでもしっくり来ません。

後ろを振り返り、律ちゃんのお家を見ると何か見えます。

目を細めて見るともぞもぞと・・・動いているのでしょうか?

すると手に持っていた携帯が震えました。

家に帰るまではマナーモード。

メールで相手は律ちゃんから。

1人で家に来てくれという内容でした。

窓のところにいたのは律ちゃんだったのでしょうか。

 

 

「じゃー今日も解散?」

 

 

「そうね・・・律ちゃんがいないと練習も出来ないし。」

 

 

「各自、自分のパート練習だけはしっかりしておいてくれよな」

 

 

そう言って分かれました。

唯ちゃんとは帰る方向が同じだったのですが、少し用事があるといって1人律ちゃんの家へと向かいます。

 

 

そしてインターホン。

 

 

「はーい・・・って湯宮さん?」

 

 

「あ、えっと!湯宮です、こんにちは・・・」

 

 

「え、や、こちらこそ・・・」

 

 

聡君が出迎えてくれたのですが、そういえば私ってこうやって年の近い男の子と話すなんて・・・したことがなかったのです!

緊張・・・。

 

 

「えっと・・・どうかしましたか?」

 

 

「あああああの、そのですね、律ちゃんに呼ばれたと言いますかなんと言いますか・・・」

 

 

「あ、そうだったんですか・・・」

 

 

会話終了。

きまずいです。

 

 

「・・・えっと!じゃあ部屋まで案内しますよ!」

 

 

「えぁっと・・・ありがとうございます!」

 

 

お互い、必要以上に大きな声になってしまうのは・・・きっと私のせいでしょう。

年上である私が情けない態度を取るから聡君も変に緊張してしまうのだと思います。

うぅ・・・憂ちゃんって凄いんだなぁって改めて思います。

 

 

そして部屋の入り口に案内して貰って、分かれます。

 

 

何故か緊張してしまうのはもう愛嬌です。

深呼吸を数回。

そしてノック。

 

中にいる律ちゃんが入ってくれと言いました。

 

 

ドアノブをまわし、中へ入ると元気のない律ちゃんがいました。

あくまでイメージですが、私は水の中にいるような息苦しさを覚え、大きな魚が後ろを通っていくような、得体の知れない不安を感じました。

 

 

 




神様「次回は律ちゃん回&黒髪ツインテールが登場!?」


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第33話

お久しぶりです。
最近、入社前の研修やら入社式やらで全然時間が取れなくて更新できなくてすいませんでした。
こんな作品でも読んでくださってる方がいるのでなんとか続けたいと思っています。
けど、やっぱり更新ペースが圧倒的に遅くなると思います・・・よろしくお願いします!
そして例に漏れず、駄文及び書きなぐったものなので・・・すいません。
いつかきちんと手直ししたいです。


Side 千乃

 

 

ベッドに座る律ちゃんがどこか小さく見えるのは気のせいでしょうか。

私が入ってきたことを確認し、少しずれるように横へと座りなおして空いたスペースを手で叩きます。

 

 

「座ってくれ」

 

 

「えと・・・失礼します」

 

 

友達の部屋に入るのはこれで2度目になります。

初めては唯ちゃんのお部屋でした。

あの時はその感動ゆえにほんの少しだけ緊張してしまっていたのですが今はその比ではありません。

何故、私だけが呼ばれたのか。

 

 

「・・・あえっと、律ちゃん?か、風邪は大丈夫ですか?」

 

 

「あー・・・うん、風邪自体は大丈夫。少し寝たからもう治ったと思う」

 

 

その言葉に胸をなでおろします。

 

 

「なんか心配かけてたみたいだな。ごめんな。」

 

 

「いや、そんな・・・」

 

 

「・・・・・・」

 

 

そして沈黙。

律ちゃんと2人きりになることなんて今まであったかな・・・そうだ。

紬ちゃんと喧嘩してしまったとき、その相談に乗ってくれたのが律ちゃんだった。

あの時、律ちゃんが初めて喧嘩を体験した私の心を落ち着かせてくれたから紬ちゃんと仲直りすることが出来た。

だから、今回は私が律ちゃんのお話を聞きたい。

澪ちゃんと喧嘩、とまでは行かないと思うけどぎこちないのは確かだと思うので何かの役に立てればいいな。

 

 

「・・・・律ちゃん、何かありましたか?あの、私、に出来る事があれば何でも言ってください」

 

 

私には律ちゃんや紬ちゃん、和ちゃんみたいに上手に相手の心を整理させてあげれるような話し方はできない。

だから、全部吐き出してもらえるまでそばにいることだけ。

ただそれだけを誰よりも頑張りたい。

 

どれくらい経ったでしょうか。

頭をかきむしるように律ちゃんが動きました。

カチューシャでまとめていた髪がボサボサになってしまうのですが、それを気にもせず律ちゃんは口を開きます。

 

 

「千乃はさ、『強さ』ってなんだと思う?」

 

 

『強さ』。

到底私には縁のないもの。

真っ先に思い浮かんだものはそんな言葉でした。

体は貧弱で、声も小さくて、いつも緊張してしまって。

3年もしないうちに消えてなくなってしまう、そんな吹けば飛んでしまう存在に『強さ』なんて持ち合わせていない。

けど、その『強さ』を連想させる人が私の周りにはたくさんいます。

かっこよくて綺麗で美人で、自分の意見をはっきりと口にすることが出来る、大樹のように芯の強い和ちゃん。

かわいくて周りの人を安心させるようなぽわぽわした柔らかい空気を持っていて、けれど『琴吹』という特別視されることに立ち向かう意志の強さをもつ紬ちゃん。

この2人以外に周りにもたくさんいるけど、私にとってこの2人が『強さ』を連想させます。

そして・・・軽音部を立て直してメンバーを集めて皆を引っ張ってくれる頼りになる部長・・・目の前にいる律ちゃんも。

私みたいな人を気にかけてくれる、弱い人の味方になってくれる。

そんな『強さ』を3人は私に教えてくれました。

それを伝える前に、律ちゃんは言います。

 

 

「昔さ、まだ澪と友達になるまえからずっと私は『勝つこと』が強いってことなんだと思ってきた。今でもそれは変わらない。だから、私は頼れる部長じゃないといけないんだ。」

 

 

私の目を見ないで、俯きながら言う律ちゃん。

それは私に向かっての言葉ではなく、自分に言い聞かせるようなもので、それ故か前後の文が噛み合ってないように思えました。

強いとは勝つこと、それと頼れる部長じゃないといけない、とはどういう意味なのか。

それを確認するように私は呟きます。

 

 

「勝つことが強い・・・」

 

 

「澪ってさ、今見てもわかると思うけど昔からあんな性格でさ。おどおどしてて小動物みたいだった。男子にもモテてさ。それを当然周りの女子はいい気はしなかったんだよ。

子供ってまだ善悪っていうか良いことと悪いことの区別がまだ出来ないからイジメられてたんだよ澪のヤツ」

 

 

「!?」

 

 

律ちゃんが淡々と話すその内容は、私が聞いてもいいものなんでしょうか。

 

 

 

「そんで今の私見てもわかると思うけど、昔の私もバカだったんだ。弟とよく取っ組み合いのケンカとかもしてたから腕っ節が強くて・・・男子に混じって遊ぶことが多かったんだ。だから勘違いしてた。男と殴りあえる私は強いんだって思い込んでた」

 

 

渇いた笑い。

 

 

「強い私が、いじめられてる澪を助ける。それが出来れば私はまた強いって思える。強いってことはステータス、そんな考え。バカだよな、澪がいじめられて、それをちょっと喜んだんだ。これで『強さを証明できるチャンスが増えた』くらいにしか思ってなかったんだから。澪がどれだけ辛かったか、苦しかったかもわかろうともしなかったくせに。」

 

 

「・・・・・」

 

 

「そんでイジメの標的が澪から私に移って、当時は結構まいってた。澪を助けるなんて、そんなことしなきゃ良かったって何度も思った。けどある日ぱったりといじめがなくなった。

また澪に標的が戻った。私は喜んだ。最低だよ、本当に。」

 

 

顔を覆い隠すように手を当てる律ちゃんの声は震えているのか、それともくぐもっているのか・・・。

 

 

「なんで澪にターゲットが戻ったのか・・・びっくりしたんだけどあの澪が自分に戻すように言ったんだ。あのビビリの澪がだぜ?その理由がさ、友達の私を守るためだったんだ。私は澪を助けたことを後悔してたのに、澪は私を守ってくれてたんだ。気づいたらそのイジメの主犯を殴ってた、謝ってきても何度も。」

 

 

そして今日初めて、律ちゃんは私を見た。

 

 

「したらさ、澪が私と殴られてたヤツの間に入ってきてさ、もう殴っちゃだめだっていったんだ。自分をいじめてたやつも守ったんだあいつは。そんでイジメはなくなった。澪は・・・今でもビビリだけど、『強い』んだ。いじめに負けず、いじめをなくした。私に出来なかったことを澪はしたんだ。」

 

 

だから。

 

 

「私は強くなくちゃいけないんだ。澪はあの時、いじめがなくなったことを私のおかげだと思ってる。理由はわかんないけど、ずっとそう思ってるんだ。多分だけど、いじめられてた澪は正義のヒーローを気取った私に幻想を見てるんだ」

 

 

「・・・・・」

 

 

「一度は見捨てた私を、澪は友達でいてくれてる。だから、私は澪にとって頼れる存在でいないといけないんだ。どんなことでも『勝つ』ヒーローじゃないと・・・澪が私から離れて行っちゃう気がするんだ。本当の私は頼りにならない、自分がピンチになったら平気で誰かを見捨てるようなヤツだって解ったら・・・澪は減滅してもう友達でいてくれない気がするんだ・・・」

 

 

「そんなこと・・・ないですよ!」

 

 

今まで話を聞いていて、あまりのことに頭がついていっていないところもあるけど、それでも澪さんはそんなこと絶対に思わない。

まだ出会ってから半年しか経ってないけどわかる。

律ちゃんと話す澪ちゃんは、いつだって楽しそうで一番安心していたから。

心を開く、と言うと語弊があるかもですがやっぱり澪ちゃんにとって律ちゃんは特別な存在だ。

私にとっての、和ちゃんや紬ちゃんのような・・・そんな存在。

だから、絶対に澪ちゃんが律ちゃんを嫌うなんてことない、離れていくことなんてない!

だけど、それをどう伝えればいいんだろう。

こんな時、自分の語彙力のなさが恨めしい。

和ちゃんや紬ちゃんなら・・・。

 

 

「そんなことあるんだよ、他でもない私がそう思ってるんだから。それに・・・私は醜いんだ」

 

 

「え?」

 

 

「澪があの文化祭以降、人気が出ただろ?今まではちょっと人見知りだけど美人くらいの認識だったのに、あの演奏してた澪を見たらいっきに人気が出てファンクラブができた・・・澪のことを認める人が多く出来た」

 

 

「・・・良い事なんじゃ・・・?」

 

 

「澪にとってはいいことだ、けど、私は怖い。澪が・・・誰かに取られるって思ったら怖くて仕方ないんだ。最低だ、友達の幸せを願えないなんて。それに・・・澪を『モノ』みたいに扱ってることも」

 

 

「・・・」

 

 

最近の律ちゃんの様子がおかしかったのは・・・こういう理由だったんだ。

律ちゃんは、澪ちゃんが大好きで、その澪ちゃんにファンクラブができたことで、嫉妬をしちゃっていたんだ。

だから、あんなに澪ちゃんにイジワルをしてたんだ・・・気を引くために。

 

 

「減滅したよな?千乃も・・・よく私のことを頼りになるって言ってくれるけど・・・本当の私はこんななんだ」

 

 

「・・・ちゃん」

 

 

「部長なんて偉そうに言ってたけど、そんな器なんかじゃないんだよ」

 

 

「律ちゃん!」

 

 

「・・・なんだよ」

 

 

今から私は凄いことを言います。

生まれ変わる前も、生まれ変わったあとも一度も口にした事のない言葉を。

それを口にすることで、律ちゃんは傷つくかもしれない。

もしかしたら私の事を嫌いになってしまうかも知れない。

それでも私は言いたい。

だって、律ちゃんがこんなことで自分を責めて欲しくないから。

 

 

「律ちゃんはバカです」

 

 

「・・・は?」

 

 

今まで見たことがないような、驚いた律ちゃんの顔。

時間が止まったかのような、そんな雰囲気が場を包みます。

 

 

「バカです。大バカです。あんぽんたんです!」

 

 

思いつく限りの悪口を言います。

いまだ表情が固まったままの律ちゃんを、私は罵倒し続けます。

 

 

「澪ちゃんが律ちゃんから離れるわけないじゃないですか!律ちゃんと澪ちゃんは、誰がどう見ても仲良しなんです、隙間がないくらいにピッタリなんです!羨ましいくらいずっと一緒じゃないですか!」

 

 

「ゆ、千乃?」

 

 

「そりゃあ澪ちゃんは綺麗です。ベースだって上手くて、人見知りなところがかわいくて、かっこいいです!私なんかじゃ比べられないくらいの女の子ですよ!」

 

 

一息。

 

 

「でも、律ちゃんだって同じくらい凄いんです!私の憧れなんです!なんでだかわかりますか!?」

 

 

「・・・・」

 

 

「律ちゃんは、いつも頼りになって、皆を引っ張っていってくれるじゃないですか!

自分に自信がないって、澪ちゃんに嫌われないようにここまでやってきたって言ってましたよね?

それは誰にも出来る事なんかじゃないんです、誰かのために一生懸命になるって難しいんです、自分のために努力するって大変なんです、辛いんです。

菊里さんは紬ちゃんのために9年間も頑張ってたんです、紬ちゃんは『琴吹』に埋もれてしまわないように精一杯自分の力を振り絞ってきてたんです。

律ちゃんは・・・律ちゃんは軽音部を一から立て直して、メンバーも全員集めて、あんなに素敵な演奏を作り上げたじゃないですか・・・それが自分のためだったとしても皆の心に影響を与えてるんです、そこが凄いんですよ、わかりますか!?」

 

 

まくしたてる私を、律ちゃんはただ見つめる。

なにを言うでもなく、ただ静かに。

あぁ・・・怒ってしまってるのでしょうか。

こんな私なんかに言われる筋合いはない、と。

そう思っているのでしょうか。

そう考えると、怖い。

せっかく、私にも軽音部っていう居場所が出来たのに、それを自ら放棄するようなこんな真似。

 

でも、ここで終わらせたくない。

だってまだ律ちゃんに伝えてない。

ここで止めてしまえたらきっと楽だ。

冗談だと一言言えばきっと終わる。

 

けど、そんなことはしない。

その結果が、どんなものだったとしても。

律ちゃんの・・・私を軽音部に入れてくれた部長のために。

 

 

「『強さ』ってなにって聞きましたよね?私にはないものです。けど・・・律ちゃんにはあるじゃないですか・・・自分でバカだ、恥ずかしいって思う過去を、逃げずに隠さずに私に話してくれた強さが。」

 

 

そこで初めて律ちゃんはハッとした表情を浮かべました。

少しでも届いてくれていたらいいなと思う。

私の声が、部屋に染み込むように消えていく。

まだ、まだだ。

きっと律ちゃんには、私の言葉じゃダメ。

律ちゃんのこの心を解き放つのはたった一人だけです。

そのためにも・・・。

 

無意識に手をこすり合わせたくなる衝動に駆られる。

寒気からか、それとも神様に祈りささげたいからか。

 

 

「律ちゃん・・・今度の対バン、来ないでください」

 

 

「は、はぁ!?」

 

 

あぁ・・・怖い。

手に入れた幸せを自分から捨てるようなこの感覚が。

 

 

「い、今のまま来られても・・・めいわく、です」

 

 

その瞬間、律ちゃんの顔が変わりました。

今まで見たこともない、鬼の顔。

怒っているのです。

当たり前です。

こうなることを承知の上だと理解していても、やはり怖いですね。

 

 

「千乃・・・どういう意味だ?」

 

 

けど、ここで引けない。

 

 

「・・・そのっままの意味です。いじいじしてる人が、いると・・・ですね、他の人にもいじいじが、うつっちゃいます、から」

 

 

「っ!」

 

 

「だから、律ちゃんのいう『強さ』が見つかるまで来ないでください」

 

 

言った。

言えた。

途中からもう涙が溢れてしまいそうになるほどでしたが言い切りました。

 

 

「ふ、ふぅん。私がいなくても平気だって言うんだな?」

 

 

「・・・律ちゃんは頼りにしてます。いなくちゃ困ります。でもそれは、今の律ちゃんじゃありません」

 

 

「・・・・」

 

 

「そ、それでは・・・お大事に」

 

 

立ち上がり、ドアを目指します。

きっと・・・これでいいはず。

律ちゃんの心の叫びを聞くことが出来た。

何に悩んでいるのかを知る事が出来ました。

その解決策まではわかりませんが、きっとこれでいいはず。

律ちゃんなら、自分で見つけられるはずだって信じています。

絡まった導線のような葛藤は、吐き出すことによって解消されたのだから。

紬ちゃんも、私も、澪ちゃんのときのように。

だから後は待つだけです。

ライブまであと3日。

 

 




神様「ツインテールが出るといったが・・・あれはうそだ」


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第34話

お久しぶりです。
もう書く気ねーだろコイツ、と思われていた皆さん。
すいませんでした!
言い訳になるのですが、新入社員というのは本当に時間がなく、帰ってきても精神的に疲れてすぐにベッドにもぐりこんでしまうのです・・・。
はい、すいません、もう言い訳しません!
今回もかなり短く、その上久しぶりに書いたので、視点が入り乱れて、しかもあまり話が進まないという・・・。
次もいつになるのか解らないのですが、なんとか書きたいと思っています。
完結だけは絶対にさせたいのです。
よろしくお願いします。



Side 和

 

 

千乃たち、軽音部が対バンをするらしい。

なんでも律が提案し、急遽決まったと。

私は音楽の事はあまりわからないけど、もっと練習期間とか必要だったんじゃないかしら・・・。

と、そんなことも考えてしまうけど今はもっと優先的考えなければならないことがある。

千乃が電話で泣きついてきたのだ。

曰く、律にきついことを言ってしまったと。

話を詳しく聞くと、どうやら律は思い悩んでいたらしく(何についてかは千乃は言わなかったし、私も聞かなかった)、それが最近律らしくない行動に繋がってしまったらしい。

律の悩みねぇ・・・案外ああいうまとめ役をする子に限って、自分の悩みは打ち明けられないことが多い。

頼れる自分を維持しないと、先頭に立てなくなり、ひいては組織の崩壊に繋がる・・・なんてそんな難しい話ではないのだけれど。

まあ、なんとなく想像はつくわね。

千乃はきついこと言ってしまったと気にしているようだったけど、後悔はしていなさそうだった、声が震えていたけど。

しかも今度の対バンに来なくていいとまで言ったそうだ、鼻をすする音が聞こえてたけど。

実のところ、私は律の事をあまり心配していない。

と言うのも、薄情というわけではなく千乃がそこまで勇気を出したのだから、きっと律もこれを機に大きく変わると考えてるから。

千乃は優しい。

優しさゆえに、傷ついてきた子よ。

だから、そんなあの子と話すとみんな気づく。

この子は強くない、強くあろうとしているのだ、と。

これって結構重要なことなのよ。

強い人なんて本当に稀で、多くの人がその姿を見て安心して頼ってしまう。

自分で言うのもなんだけど、私はどちらかと言うと頼られるタイプで、それが自身を支える根幹でもあるのだけど、それでもたまには思う。

本当に私の強さは間違ってないのか?

まとめ役、リーダー、部長。

先頭を走る者の呼び方は数多くあれど、その悩みはきっと一つだ。

『本当に間違っていないか?』

並び立つものがいない場所にいると、相談も出来ない。

完璧を目指せというわけでもないのに、弱みを見せられない。

見せてしまえば、他の人が不安がってしまう。

しかし、だからと言って傲慢に何でも自分が正しいとは思ってはいけない。

それは皆を引っ張るものとしてやってはいけないことで。

この2つの考え方が、重荷となってしまい相談することも出来ず溜め込んでしまうのである。

溜め込んで溜め込んで・・・どうしようもなくなった時。

強くなろうとしている人を見ると、なんていうのかな、救われる。

傷つき、もがいて、強くなろうとしているその姿に思い出す。

強くなろうとしていたころの自分を。

その時に、密かに抱えていた心を燃やすような情熱を、信念を。

 

千乃は、今まさに強くなっていっている。

その姿は、きっと律にも何かを与えている。

私や、ムギに対してもそうだったように。

・・・けど、千乃がきついことを言ったってちょっと想像もつかないわね。

バカ、とか嫌い、とか言ったのかしら。

もし自分がいわれたらと考えただけで涙が出そうになるわ。

でも、それも友達よね。

今回、私に相談してくれた千乃に私はちゃんと役目を果たせたのか気になったけど、最後に。

 

 

「和ちゃんに相談できて、本当に良かった」

 

 

と。

もう本当に・・・かわいすぎるわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

Side澪

 

 

律の家にお見舞いに行った次の日、千乃がとんでもないことを言い出した。

 

 

「今度の演奏は、律ちゃん抜きでやります」

 

 

その言葉の意味も驚いたけど、いつもおどおどしている千乃がこんなにはっきり喋ることなんてあんまり見ないからそこにも驚いた。

しかしなんで急に・・・最近の律もおかしかったけど、千乃も何か変だ・・・と思っていたらムギが詳しく話を聞く流れに。

さすがはムギ・・・私なんかは人の話を上手く聞くなんて難しいんだけど、ムギは平然とやってのける。

軽音部でそんなことが出来るのはムギと・・・律くらいだな。

唯は話している途中で、そんなことどうでも良くなってしまうような雰囲気を持ってるけど。

上手く言葉に出来なかった千乃に変わって、ムギが話す。

律はなにか悩んでいるらしい。

その悩みを解決するまでは参加できない、と。

しない、ではなくできない。

千乃がそう律に言ったそうだ。

これまた驚いた。

もっと詳しく聞きたかったけど、ムギが律に直接聞くべきだと、そういった。

結局、本番まで時間もなく、練習が始まったのだが・・・律がいないだけで何で自分はこんなにも調子が狂うんだろう。

なんて。

解ってる。

なんで、私じゃなくて千乃なんだ・・・。

私に相談してくれたら良かったのに。

そう考える自分と、それを恥じる自分がいる。

そのことが、たまらなく嫌で、練習に身が入らない。

私が音楽を続ける理由、ここにいる理由は・・・。

律がいたからなんだ。

あの日の律を忘れられないからだ・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 千乃

 

 

律ちゃん抜きでライブをする。

そのことを、軽音部の皆さんに伝えた。

当然、皆さんは驚いてました。

律ちゃんの事情、特に澪ちゃんとのことについては話さずに上手く説明できるかなと心配だったのですが、紬ちゃんが機転を利かせてくれてうまく説明してくれました。

紬ちゃんも事情はわからないはずなのに、何かを察したように。

本当に感謝しかありません。

何はともあれ、律ちゃん抜きで練習が始まります。

いつも頼りになる律ちゃんがいないことで上手く合わないのは予想していたのですが、まさか澪ちゃんがここまで動揺するなんて。

ボーっとすることが多く、いつもみたいな完璧なリードもない。

そして見る見るうちに元気がなくなってしまいました。

 

 

「澪ちゃん・・・大丈夫?」

 

 

唯ちゃんがそう声をかける。

いつのまにか音楽は止まっており、そのことに今気がついたかのようにハッと顔を上げる。

 

 

「あ・・・あぁ、大丈夫だ。ごめん、止めちゃって」

 

 

ベースに手をかけ、もう一度演奏をしようとする澪ちゃん。

だけど、それを紬ちゃんがとめた。

優しく、その手を重ねて。

 

 

「澪ちゃん、律ちゃんがいないから調子が出ないのよね?」

 

 

「・・・・・・」

 

 

「わかるわ。いつも仲良しな律ちゃんが、自分に悩みを打ち明けずに千乃ちゃんに話したことに嫉妬する気持ちも、律ちゃんの悩みに気づけなかった自分を責める気持ちも」

 

 

澪ちゃんがびくりと、体を震わせる。

そして、私も。

澪ちゃんは律ちゃんの一番の友達。

幼いころからずっと一緒で、律ちゃんから聞いたような過去もある。

ずっと一緒で、これからだってきっと2人はずっと一緒だと思う。

だからこそ、澪ちゃんは自分に相談して欲しかったのではないか、私はそれに気づかず無神経にも澪ちゃんの前で喋ってしまったのでした。

それでどんな気持ちになるかも考えずに。

 

 

「・・・・・・」

 

 

否定もせず、頷きもせず澪ちゃんはただ黙っています。

私は恥ずかしくなってしまいました。

律ちゃんのために何かをしてあげたかったのに、それで澪ちゃんを困らせてしまっています。

挙句、軽音部全体に迷惑をかけているのだから。

 

 

「澪ちゃん・・・今回は出るの止めとく?」

 

 

紬ちゃんのその言葉に、驚いたのは他でもない澪ちゃんでした。

何を言ってるのか解らないと言った顔で次第に悲しそうな顔をします。

 

 

「あ、別に澪ちゃんが必要じゃないって言ってるんじゃないのよ?ただ、私たちは5人で軽音部でしょ?」

 

 

ゆっくりと、その意味を飲み込みながら頷く。

澪ちゃんを見て、唯ちゃんを見て、そして私を見て紬ちゃんは言う。

 

 

「誰が欠けてもダメ・・・けど律ちゃんは今いない」

 

 

「うん・・・」

 

 

「律ちゃんはあれで繊細なところもあるでしょ?澪ちゃんならわかるんじゃないかしら」

 

 

「そう・・・そうなんだ」

 

 

「なら、誰かが寄り添ってあげるべきだと思うの。もちろん全部を全部サポートするんじゃなくて、本当に必要な時にそっと手を差し伸べれるように」

 

 

ニコっと笑う紬ちゃんがそう言い、空気が柔らかくなります。

 

 

「その役は、やっぱり澪ちゃんにしかできないって思うの」

 

 

「でも・・・いいのか?3人だとライブは・・・」

 

 

「任せてよ澪ちゃん!私、一生懸命頑張るから!だから・・・律ちゃんのこと頼むね」

 

 

「・・・あぁわかった!」

 

 

唯ちゃんが負の感情を吹き飛ばすほどの明るさでそう言って、澪ちゃんもつられて。

私は、結局何も出来なかったと思った。

私が勝手に動いて、ライブまでもう時間がないのに不和を引き起こしてしまって、それを紬ちゃん、唯ちゃん、澪ちゃんに解決して貰って・・・。

実感する。

無力な自分を。

胸の中をどろりと思い何かがはいずる感覚。

そこに。

 

 

「千乃もありがとうな・・・千乃が律に言ってくれなかったらきっとあいつはずっとそのままだったよ」

 

 

少し上目遣いで、澪ちゃんが私にそう声をかけた。

 

 

「さすがゆっきー、お手柄だね!」

 

 

唯ちゃんの屈託のないその声に振り返り。

 

 

「本当・・・千乃ちゃんはいつでも人のために一生懸命ね」

 

 

なんで・・・なんでこんなに優しい言葉をかけてくれるのですか?

私、迷惑をかけたのに、律ちゃんにも嫌な思いをさせてしまったのに。

澪ちゃんだって・・・それなのになんで優しい言葉を・・・。

 

 

「よしよし・・・」

 

 

鼻がツンとする。

ぼやけた視界がさらにぐちゃぐちゃになる。

最近、涙腺がゆるくなっている気がします。

紬ちゃんが包んでくれるからより一層・・・。

 

 

「な、なんで泣くんだ千乃!?」

 

 

「あわわ・・・泣かないでゆっきー!」

 

 

「大丈夫よ、悲しくて泣いてるんじゃないものね?」

 

 

一生懸命に頷きます。

悲しいんじゃなくて。

でもこの感情がなんなのかもわからず。

涙は、悲しい時に出るもの。

でもそれだけじゃない。

文化祭の時にも。

 

 

「嬉しいときにだって涙はでるものよ」

 

 

そう・・・そうなのです。

私は今、うれしいんだ。

誰かのために、何かを出来たことが。

それを認めてくれたことが。

 

 

「じゃ・・・澪ちゃん、よろしくね?」

 

 

「あぁ、任せてくれ。そっちも」

 

 

「うん!律ちゃん連れて見に来てね!」

 

 

「もちろん・・・千乃、負けるなよ」

 

 

握られた澪ちゃんの手が、私を押す。

その部分から、血が沸騰するような熱さを感じました。

そしてそれは体をめぐり、今なら何でもできそうなきさえします。

 

 

「まぁ千乃にいう必要はなかったかな」

 

 

「そうね。千乃ちゃんは大丈夫よ」

 

 

どういう意味かは解らないけれど、勇気を貰いました。

そして走って去っていった澪ちゃん。

残された3人で演奏の準備をする。

ギターとピアノとボーカルという異色のトリオ。

放課後ティータイムのリズム隊がいないけど、それでも私たちは怖くなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 律

 

 

 

 

「はぁ?」

 

 

今、部屋に澪がいる。

まあそれはいい。

ちっちゃいころから、澪とは付き合いが長いしもうライブまで時間がない。

なのに、不参加だとなれば部屋まで押しかけてくるとは思ってたし。

だからまあそれはいい。

すっとんきょうな声を上げてしまったのは、千乃とムギと唯の3人でライブをやると言うことに、だ。

つまり澪はでない。

 

 

「なんで澪は出ないんだ!?」

 

 

まさか私が出ないからか!?

ありえる・・・ビビリの澪だ。

そういうこともあるかと考えた。

けどやっぱりありえない。

澪は強い。

口では嫌々と言うけど、逃げたりしない。

いじめっこに立ち向かったように。

 

 

「手のかかる幼馴染のお尻をたたかないといけないから」

 

 

それは・・・その言葉は。

合宿で私が澪に言った言葉・・・。

覚えてくれてる。

そのことに無性に嬉しくなる。

ニヤついてしまう顔を隠すように布団をかぶる。

 

 

「千乃から聞いたよ。悩み、あるんだろ?」

 

 

「・・・・」

 

 

「律はバカなんだから深く考えるなよ」

 

 

「な、なんだとぉ!」

 

 

「で、その悩みはなんなんだ?」

 

 

「うっ・・・言えるか!」

 

 

千乃は言わなかったのか・・・ていうか澪のヤツ。

ツッコミをさせることによって緊張を解かせてから尋問するなんてやり手になってきたな。

 

 

「そっか」

 

 

悲しそうな顔を見せたのはきっと気のせいではない。

でも・・・こんなこと、澪にいえないよ。

 

 

「まあそれもいいさ」

 

 

そう言って、立ち上がって言う。

 

 

「明日、ライブ、行くだろ?」

 

 

「あー・・・まだわかんない」

 

 

「行こう」

 

 

力強い言葉だった。

ずるいぜ澪。

こんな時だけ、強引なんてさ。

でも・・・実際どうしよう。

千乃から言われた『強さの答え』を私はまだ見つけてない。

考えれば考えるほどよくわからない。

 

 

「2人が嫌なら、1人でもいい。だから、絶対に来い」

 

 

そして澪は帰って言った。

残された私は、うずくまるように布団に逃げ込んだ。

 

 

 

 

 




神様「本当に申し訳ない・・・」orz


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第35話 Ake-Kaze ルーズリーフ 裸~Nude~

一生懸命書きました・・・またまた視点変更が多く申しわけないです・・・よろしくお願いします


Side 千乃

 

 

緊張する。

この言葉だけを聞くと、何も伝わらないと思うのですが今私は足が震えて心臓の音が聞こえてくるほど緊張をしています。

喉が渇いて、眩暈がして、その上に夢の中にいるようなふわふわと足が地面についていないような。

隣を見てみると、あの紬ちゃんも少し表情が硬い気がします。

喪失病で見えにくくなった視界でもそれくらいはわかります。

唯一、唯ちゃんだけはいつもどおりなのが救いです。

 

 

「ライブハウスって・・・こんなところだったんですね」

 

 

「そうね・・・私も来るの初めてだから少しだけ緊張しちゃうわ」

 

 

今はお昼。

ライブ自体は夕方から始まります。

その前に受付とリハーサルなどがあるそうで、私たち3人はこうして来ているのですが。

なんていうか・・・圧倒されまくりなのです。

まず、律ちゃんから聞いていたのはあまり大きくないライブハウスで参加者も少ないということだったのに、体育館くらいあるんじゃないですか?

今はまだ準備段階らしいので置いてはいないのですが、ライブが始まったらテーブルとかも設置されるらしいです。

いわゆる立食パーティーみたいな感じです。

他のバンドのかたたちも、熱心に打ち合わせをしておりその数はざっと見て10組は超えています。

シールを貼って、何度もはがされた跡のあるギターケース。

飲みかけのペットボトル。

足元を這う、無数の導線。

全てがはじめてです。

緊張、します。

 

こんな時、いつも先陣を切ってくれる律ちゃん。

やっぱり律ちゃんは凄いんだって改めて思いました。

今日・・・来てくれるかな。

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず、受付しましょう」

 

 

ボーっとしてた私たちは、紬ちゃんの声にやっと動き出しました。

といっても・・・受付って何をしたらいいんでしょうか。

 

 

「ちょっと聞いてくるね!」

 

 

唯ちゃんがそういうや否や、ほかのバンドの人達の輪に入って聞いてくれました。

山中先生のバンド時代みたいな怖い格好をした人達に普通に話しかけられる唯ちゃんはいつでもどこでもマイペース・・・でした。

 

 

受付が終わり、私たちは時間をもてあましていました。

周りの空気はピリピリしており、話しかけるのが憚られました。

どうしようかと思っていたら声をかけられました。

 

 

「見ない顔だね。今日が初めて?」

 

 

「えぁっと・・・」

 

 

「はい、そうです」

 

 

言葉に詰まって、いつも通りの人見知りを発動させた私に代わり、紬ちゃんがそう返してくれます。

声をかけてきたのは、前髪を短く切りそろえた温厚そうな男性でした。

 

 

「あはは、緊張してるのかな?大丈夫、僕も初めはそうだったから!」

 

 

笑うその動きや口調からも、きっと優しい人なんだということが伺えるその男性は手を差し出してきました。

 

 

「自己紹介が遅れたね。僕は根岸宗一。ポップミュージックが好きなんだ」

 

 

「琴吹紬です」

「平沢唯です!」

「湯宮・・・千乃でっす」

 

 

「解らないことがあったらなんでも聞いてね。こう見えて音学歴は長いんだ」

 

 

「ありがとうございます・・・でもなんでこんなに親切にしてくれるんですか?」

 

 

紬さんがそう聞きました。

他のバンドの人達とは違う雰囲気の根岸さん。

私も少し疑問に思っているのです。

 

 

「あー・・・ここの人達は今日は自分のことだけで手一杯だけど普段はもっとフレンドリーなんだ。だから別に僕が特別って言うわけではないんだ」

 

 

「・・・?」

 

 

「あれ、もしかして知らなかったのかな?今日、有名なレーベルのスカウトが見に来るって」

 

 

「え!?」

 

 

その言葉に驚いたのは唯ちゃんでした。

そしてその唯ちゃんの大きな声に、周りの人達が嫌そうな顔をします。

 

 

「だから今日は、みんないつも以上に真剣で余裕がないんだ」

 

 

気を使って、小声になった根岸さんにならい、自然と私たちの声も小さくなります。

 

 

「なるほど・・・納得がいきました。でも、なおさらなんで根岸さんは私たちに親切にしてくれるんですか?」

 

 

「うん、まぁ、なんていうか、僕も初めてライブハウスに来たときに同じように助けてくれた人がいたんだ。右も左もわからない僕に優しくしてくれた人に、憧れてて・・・それで僕もそういう人になりたいって思ったんだ。それに、音楽って売り込むようなものじゃない、売れるものを作るんじゃなくて必要とされる音楽こそが真の音楽だって、そう思うんだ」

 

 

はにかみながらそういう根岸さん。

 

 

「まぁそういうことだから、君達もいつか後輩にこうやって優しくしてくれたら嬉しいな。それじゃ、またね」

 

 

そう言ってそそくさと去っていく。

 

 

「きっと照れくさかったのね」

 

 

「でもいい事言ってたよ!」

 

 

「はい・・・感動しました」

 

 

今日がまさかそんな日だったなんて・・・スカウトがきているなら空気がピリピリしているのも納得です。

そして、そんな中でも根岸さんみたいな優しい人に出会えたことがうれしいです。

 

 

「あら、あそこでプログラム表みたいなの配ってるわ」

 

 

「こんなのもあるんだね~・・・あ、わたし達最後から2番目だ」

 

 

「まぁやっぱり常連の人達が最初だったりするのかしら」

 

 

「なるほど・・・あれ、わたし達の次のバンド名・・・」

 

 

「なになに?わ~かわいい名前だね」

 

 

「ホイップ・ラブ・クリームス・・・・・・・澪ちゃんが好きそうな名前ね」

 

 

あ~・・・なんとなくわかります。

それにしても、たくさんのバンドが参加するみたいです。

きっと私たちよりも上手い人達がたくさんいるのでしょう。

5人が揃っていればどこでも最高の演奏をする自身はあります。

けど澪ちゃんと律ちゃんがいないわたし達に、果たしてちゃんと演奏できるのでしょうか・・・。

いや・・・やらなければならないのです。

律ちゃんが言った『強さ』。

話を聞いただけですが、律ちゃんが澪ちゃんから感じたその『強さ』、私にはなんとなくわかります。

けど、それをただ言葉にしただけでは何も伝わらない。

自分で、見つけて理解するしかないのです。

きっと、そういうものなのです。

 

 

 

 

 

 

「上手だね~・・・」

 

 

ぽつり、そう唯ちゃんが言います。

すっかり日も暮れ、ライブハウスは熱気に包まれています。

ボーカルの人が飛んで跳ねて、それにあわせてお客さんも元気に飛び跳ねて。

会場が震えるほどの一体感。

誰も彼もが叫んでいる。

これがライブハウスでの演奏。

私には多分出来ないと思います。

いわゆる魅せ方というのでしょうか?

スカウトの方がこられていると言うこともあるのでしょうか。

 

 

「あと少しで、私たちの出番ね・・・」

 

 

「はい・・・」

 

 

「緊張、してる?」

 

 

「はい・・・」

 

 

「どうして?」

 

 

「だって・・・こんなに大勢の人達の前で・・・それに、澪ちゃんも律ちゃんもいないですし・・・」

 

 

「うん・・・じゃあ逃げ出したい?」

 

 

「・・・」

 

 

真剣にこっちを見てくる紬ちゃん。

逃げてしまえば、それができてしまえればどんなに楽か。

嫌なことも面倒くさいことも、全部放り投げだしてしまえたならば。

けど、私はそれをしない。

それだけはしない。

喪失病だったあのころ、願ったことだから。

 

もし、次の人生があれば精一杯に生きたいって。

だから、今をないがしろにすることだけは絶対にしない。

 

 

「逃げません・・・澪ちゃんが律ちゃんを必ずつれてくるって信じてますので、わたし達の姿を見せたいんです」

 

 

「たった3人で、演奏も失敗するかも知れない・・・恥をかいてしまうかもしれない・・・それでも?」

 

 

「はい、その姿こそを見てもらいたいから」

 

 

「うん、千乃ちゃんならそういうと思ったわ」

 

 

手を取ってそういう。

油井ちゃんの手も取る。

3人が輪になる。

 

 

「今だけは3人で放課後ティータイム。いつもより人数が少なくて寂しく感じるかも知れない。けど忘れないで。この手の感触を」

 

 

「はい・・・!」

 

 

「憂も和ちゃんも見に来てるし頑張らなきゃ!」

 

 

「はい・・・ってえぇ!?」

 

 

「信代ちゃんも来てるわよ?」

 

 

「な、なんで!?」

 

 

「何でって・・・招待したの」

 

 

「憂、すっごく楽しみにしてたからいつも以上に気合が入るよ~」

 

 

和ちゃんも信代ちゃんも着てるんですか!?

うぅ、急に緊張度が増してきちゃいました。

でもそれ以上に、勇気が湧きました。

かっこ悪いところ、見せられないです。

 

 

「・・・千乃ちゃん、和ちゃんが来るとなんでそんなに緊張するのかしら?」

 

 

「え・・・?」

 

 

「・・・やっぱり和ちゃんは・・・特別なの?」

 

 

「特別・・・」

 

 

「もし・・・もし私が和ちゃんの立場だったら、同じような感情を持ってくれる?」

 

 

紬ちゃんが何故かそんな事を聞いてきました。

意図がわからない、この質問も、なんでそんなにおそるおそる聞くのかも。

 

 

「紬ちゃんは・・・ずっと一緒に演奏してくれるんですよね?」

 

 

「!?」

 

 

考えられないのです。

紬ちゃんがいない軽音部を。

和ちゃんは特別です。

私の初めての友達で、憧れで、なんていうかその・・・よくわからないですけど・・・綺麗でずっと一緒にいたいって思います。

けど、紬ちゃんだってそうです。

ふわふわしてて、優しくて、すっと一緒にいたい、演奏したいってそう思います。

 

 

「そう・・・嬉しい!変なこと聞いてごめんね・・・そっか、和ちゃんと私は違うところでリードし合ってるのね・・・ぐふ」

 

 

「ゆっきー、私も?」

 

 

「もちろんです!唯ちゃんも・・・軽音部はずっと一緒です!」

 

 

こうやって、途中で少し何かを噛み締めるような紬ちゃんも、純真無垢な唯ちゃんもいて、澪ちゃん律ちゃんがいて軽音部なのです。

それを解って貰うためにも、気合を入れて歌いたいです。

 

 

 

 

 

スタンバイ、お願いします。

そう声をかけられて私たちはステージに上がる。

忘れずに菊里さんからもらったマスクをつけ、唯ちゃんは相棒のギー太を、紬ちゃんはキーボードの前に、そして私はマイクを前に。

ライブハウス内は照明が暗い。

あえてそうしてもらいました。

夢心地のような、そんな時間を感じて欲しいから。

見慣れないトリオバンドに、奇抜で精巧な仮面。

多分、今回の参加者で見た目だけで言うなら一番インパクトがあるはずだ。

ざわざわするお客さんたち。

それに少しだけ満足をする。

けれどスカウトがきているからか、他のバンドの人達から嫌悪の念を感じる。

ブーイングというものも飛んできています。

そんな手で目立ったつもりか、と。

その声はどんどん大きくなって会場を包みます。

生きてきて、こんなにも敵意と言う感情を向けられたのは初めて・・・です。

ならば、次は演奏で満足してもらいたい。

 

 

 

負けるな。

そう澪ちゃんに言われた。

プレッシャーに、敵意に、3人組で初出場の高校生が成功するわけがないという常識に。

律ちゃん、来てくれていますか?

重い空気が場を支配して、情けないことに足が震えてしまいます。

けど、負けません。

逃げません。

それが『強さ』だって私は思っているから。

 

 

 

「Ake-Kaze」

 

 

私のその言葉と共に、唯ちゃんがギターを鳴らす。

きっと律ちゃんと澪ちゃんは見てくれてる。

だったら私が歌う曲はその2人に向けて歌いたい。

『強さ』とは何か。

ずっと考えてた律ちゃんに。

私だって『強』くない。

いつだって強さとは無縁の、ちょっとしたことですぐ泣いてしまうほど弱い私だった。

でも、生まれ変わって・・・和ちゃんに出会えて『優しい強さ』に触れた。

軽音部の皆さんに囲まれて、誰かと一緒になって作る『絆の強さ』に助けられた。

『強さ』と一口に言っても、それはたくさんあるのだと思う。

けど、その根底は繋がっている。

『逃げない』こと、『立ち向かうこと』。

それこそ、私になかった『強さ』だと思うのです。

そしてその『強さ』は、きっと誰もが持っているのです。

小さなころ、好き嫌いをせず何でも食べたとか、テストを一生懸命頑張ったとか・・・。

いじめられてた女の子を、助けたとか。

誰もが持ってるその『強さ』は、生きていくうちにどんどん見えなくなってしまう。

けど、無くしたわけじゃない。

胸の奥底で、今か今かとくすぶっているだけなのです。

周りの目とか、誰かが決めた常識とか、見えない鎖で出れなくなってるのです。

 

だから私はこの曲を歌う。

何も特別なことはない、誰でも共感できる普遍的な情景が歌いだしのこの曲だからこそ、きっと昔を思い出せる。

歌詞自体も日々の当たり前のことを歌っている。

朝ごはん、炊き上がった白いご飯の匂いを胸いっぱいに嗅ぐ。

私には、わからないことなのですが・・・きっとほとんどの人はお母さんがつくる朝ごはんの音で目を覚ますことがあったのではないでしょうか。

リズムよく流れる包丁の音。

並べられる食器の触れ合う音。

その後姿に、きっとこう思ったのではないですか。

母の強さを。

子供のころはその姿に何故、『強さ』を感じたのかわからなかった。

けどこうして少し年を取って、色んなものに出会った今なら・・・。

きっとわかるはず。

家族を支える『母の強さ』。

 

そしてこの曲にでてくる『石動なく』と言う言葉。

これは造語で、本来は『揺ぎなく』と言う意味。

母親だって人間で、嫌なこともある、辛い時だってある。

けど、『母親』というものから逃げない。

石動なく。

揺ぎなく。

 

2番に入り歌うものは、一人上京をして今まで守ってくれた家族から離れる、けどその思い出を胸に泣きそうな時も頑張ると言うもの。

辛い時も寂しいときも、明日は笑顔で、と。

きっと上京をするものは、何か夢を抱いてくるもの。

その夢が叶うまで、道は険しく困難で。

けど『逃げない』。

自分の信じる道を、夢見た自分になるために。

 

 

 

 

1曲目を歌い終わって、間を空けずに2曲目に入る。

 

 

「ルーズリーフ」

 

 

そう叫び、私の口から『自由』が飛び出す。

今まで歌ったことのない軽快なラップ調のこの曲は千差万別、十人十色。

誰も彼も違っているのは当たり前。

それを否定するのではなく、また自分が違っているのもいいじゃないかと歌う。

そのままでもいい、変わりたいなら変わればいい。

全部、自由なんだ。

難しい事なんて何もない。

ただ自分がそう決めたなら、私は笑わない。

そんなことで悩むな、あなたはあなたの主人公。

 

 

ライブハウスでどんな曲がいいのかわからず、1曲目はバラード、2曲目は軽快な曲。

そして最後は。

 

 

その時、壇上に上がる一つの影。

それは、よく見知った顔でした。

 

 

「澪ちゃん!?」

 

 

 

 

 

 

 

Side 澪

 

 

 

怖いと、素直にそう思った。

 

 

話はいきなり前後するけど律とはライブハウスの前で待ち合わせた。

時間になっても来ない律を、一応持ってきたエリザベスを背負いながらはらはらしながら待ったけど、千乃達が演奏するのには間に合った。

どんな顔できたらいいのか解らないのか、律は「よぉ」と言ったっきり話さない。

まったく・・・いつもはあんなにお調子者なのになぁ。

でもこうなった原因は私にもあるんだろうなって、思ってた。

子供のころから、ずっと思ってた。

私が、実は、律の重荷になってたんじゃないかって。

いじめられてた私を、ヒーローが助けてくれたあの時から、そのヒーローは正義の味方のように頼りでなければならないと。

そう縛っていたのではないのか。

事実、律はあれからもずっと、私と一緒にいてくれてる。

ずっと一緒にいて、私を引っ張って行ってくれてる。

それがどんなに心強かったか。

それがどんなに心苦しかったか。

でも、律はヒーローなんだ。

誰に何を言われたでもない、一度は私を見捨てたと言ってもその後にまた助けてくれたあの律はまぎれもない私のヒーローだった。

ちょっとやりすぎだと思って止めに入ったけど、どれだけ嬉しかったか。

だから・・・今日までその優しさに甘えてきてしまった。

まるで恋する乙女だ・・・べ、別に律にそういう感情があるわけじゃないぞ!?

いや確かに、ムギとか和の争奪戦を見てたらどきどきしたりするけど・・・うん。

 

と、とにかく!

私は律の枷になってるんじゃないか?

律が悩んでることを私は知らなかった。

その悩みの内容さえも。

だから、私もなんて話しかければ解らず・・・そして冒頭に戻る。

怖いと思ったのは周りにいる人間達。

千乃達が姿を現してから、沸きあがるブーイングの嵐。

もともとライブハウスの観客だからこういう気性の荒いところがあるのもわかる。

そういうバンドが今日来ていてファンが過激なのもわかるけど、なんで千乃達がここまで非難されてるんだ?

千乃達がなにかしたのか?

こんな・・・大勢から敵意を向けられるなんてまるであの時みたいだと思った。

思い出して、足が震える。

ステージにいてそれを一身に浴びてる3人はきっともっと辛いだろう。

ベッドにもぐりこんで何かも拒絶してしまいたい。

けど、足を留まらせる。

また、ヒーローが現れるんじゃないかって横目で。

 

 

「・・・・・律」

 

 

「・・・・・」

 

 

けど、律は動かない。

何かに耐えるように。

違う、って思った。

こんなのやっぱり律じゃない。

私のヒーローじゃない。

勝手だってそう思ってくれたっていい。

私の律は、私の中の律は!

 

 

 

 

その時、歌いだす千乃。

この逆境の中でもその声は透き通ったソーダ瓶のビー玉みたいに綺麗で。

ピタリとブーイングが収まった。

いきなり始まったその曲に、全員が耳を傾けている。

凄い・・・歌も演奏もだけど、それ以上に3人が。

その姿勢、逃げないその3人に。

そう、これなんだ。

この立ち向かう姿に・・・私はヒーローを見たんだ。

隣を見ると、律も目を見開いていて。

涙を流していた。

 

 

「澪・・・澪・・・私・・・怖かったんだ・・・」

 

 

途切れ途切れにそう口を開く律。

 

 

「澪が・・・私から離れていっちゃうんじゃないかって・・・」

 

 

急にそういわれて、私は意味が解らなかった。

考えたこともない、私から離れていくなんて。

けど、涙をボロボロ流す律は冗談ではなく、真剣だった。

 

 

「澪は・・・人気者だ・・・かわいいし美人だし・・・正直何度も思った・・・羨ましいって・・・澪がいじめられてたころも・・・そう思ってた」

 

 

「・・・・・・」

 

 

「その時の私はバカでさ・・・いじめられてる澪にないものを見せ付けたら・・・澪と友達になれるんじゃないかって・・・そう思ってたかもしれない・・・ううん、きっとそうだ」

 

 

「・・・・・・・」

 

 

「だから、『強さ』を求めた。強かったらいいんだって・・・そんなふうに単純に考えてた・・・」

 

 

「律・・・」

 

 

千乃達の曲が変わって、アップテンポに。

 

 

「けど、私は強くなんかなかった・・・ただの勘違いしたバカだった・・・本当に強かったのは・・・澪だった・・・」

 

 

「・・・え?」

 

 

「お前をいじめてたやつを、庇った・・・眩しかった、かっこよかった・・・なんでその姿に『強さ』を感じたかわからなかったけど・・・今なら、あの3人を見てたらわかった・・・私、『強い』ってこと・・・ずっと勝つことだと思ってたんだ。ケンカでもなんでも・・・でもそうじゃなかった・・・勝たなくたっていいんだ、逃げなきゃいいんだ・・・『強い』って・・・そういうことだったんだ・・・本当にバカだ、こんなことに今気づいたなんて・・・何年澪と一緒にいたかわからないくらいなのに・・・きっと気づきたくなかったんだ・・・いじめから逃げた私と、立ち向かった澪。弱いと勝手にそう思ってた澪が私よりも強いなんて信じられなかった信じたくなかったんだ!見てみぬフリして、ずっと同じ場所でうろうろしてたんだ・・・なのに澪は・・・ファンクラブまで出来て、たくさん言い寄られてるのを見て・・・置いてかれると思った・・・恥ずかしい、こんな気持ち・・・だから、頼りになるところを見せたくてライブをしたかったんだ・・・結局私はあんなところにたつことすら出来なかったけど・・・」

 

 

曲調につられてなのか、一気に巻くしたてる律。

ムギも私も、吐き出した抱えてたもの。

私はそっと、律を抱きしめた。

優しくなんかしてやらない・・・力いっぱいに。

 

 

「そんなことでずっと悩んでたのか・・・本当、バカだ」

 

 

その言葉にビクリとする率。

 

 

「私が『強い』ってそう思うなら・・・きっとそれは律のおかげなんだ。律が助けてくれたから、私のために怒ってくれたから・・・立ち向かえたんだ・・・律の『強さ』に触れたから・・・」

 

 

すっと、離れる。

律が手を伸ばしてきたけど、私はそれをもう一歩下がることで触れない。

律の顔が悲壮に歪む。

こんな律・・・本当に初めてだ。

拒絶、ではなく見て欲しいから。

 

今でも怖い。

けど、何故か怖くない。

何を言ってるか自分でもよくわからないけど、そんな気持ちだ。

これから自分がやろうとしていること、普段の私なら気絶ものだ。

 

 

「だから・・・律が自分の『強さ』を忘れたって言うなら・・・見てて」

 

 

私は走る。

目指すはあのステージ。

あの場所。本来は後ろに頼りになるヒーローが私を見守ってくれてるけど今日はいない。

見ていてもらう、今日は前から。

そうだろ?

 

 

「澪ちゃん!?」

 

 

唯が、ムギが、千乃が驚いた顔をしている。

3人のそんな顔もなんかおかしいや。

 

 

「みんな・・・協力してくれ。律にみせてやりたいんだ」

 

 

いったい何を?

そう問いかけられることもなく、むしろ待ってましたとばかりに微笑む。

最高のメンバーだ。

このメンバーは、律、お前がそろえたんだ。

 

 

ベースをかき鳴らす。

ウォーミングアップはいらない。

すでに心はマックスビート、今なら何でもできる。

だから今からすることも怖くない。

 

私の姿を確認して千乃が呟く。

 

 

「裸~Nude~」

 

 

なんて綺麗な歌声なんだ。

何度聞いてもそう思う。

私がそうなんだから、律もそうだろ?

ましてや観客なんて・・・。

 

この曲はバラード。

歌い始めから抑えたテンポ、けどサビに入るとなんて力強いことか。

歌だけではない、歌詞も。

律には内緒で練習していたこの曲。

まさに律にこそ聞いて欲しいとそう思った。

傷つき頑張った人に、喝采を。

鎖に囚われている人に、光を。

報われない人達に力を!

何度も何度もそう歌う千乃。

その小さくて華奢な体のどこからそんな強い声が出るんだろうか。

必死にベースを鳴らす。

届いて欲しいから。

 

律・・・律が言ってくれた。

私が強くて・・・自分がちっぽけに思えるって。

私は強い・・・でしょ?

こんなに怖い人達の前で、乱入するかのように参加して・・・逃げずに律に見て欲しかったから。

でも、この『強さ』は律に憧れて・・・律に触れて手に入れたものなんだ。

だから・・・今の私のこの姿は昔の律の姿で・・・律が自分のことを弱いって言うなら私の姿を見て思い出して・・・!

ヒーローの律を・・・!!!

 

 

 

 

 

 

 

Side 律

 

 

あぁ・・・そうか・・・澪、私の事を強いってそう言ってくれるのか・・・。

4人が演奏するその姿を私は見て、わかった。

そうだったんだ。

これだった、これこそが『強さ』で・・・。

昔の私だって・・・そう言ってくれるんだな。

 

 

 

演奏が終わるまで私は涙が止まらなかった。

ずっと聞いていたかった見ていたかった。

けどどんなことにも終わりはある。

3曲目が終わり、4人は何事もなかったかのように舞台裏へと帰っていった。

遅れて歓声が。

始まる前まであんなにひどいことをしていたくせに手のひらを返して。

でも、誇らしい。

 

 

 

 

その後、私たちはすぐにライブハウスを出た。

話したいことがたくさんあったから。

4人を前にして、色んな言葉が浮かんでは消えていく。

4人に伝えたい、けどそれを表す言葉が見当たらない。

なんて言ったらいい?

なんていえば伝わる?

だめだ、解らない。

 

 

けど4人は。

 

 

「難しく考えるな、律はバカなんだから」

 

 

疲れ果てた澪がそう言い、3人が笑う。

・・・ちぇ。

かっこつけて良いこと言おうとしてたのに・・・でもいい。

そうだな、難しく考えるからこじれるんだ。

私は私らしく行く。

 

 

「空気悪くしてごめん!そんでありがとう!」

 

 

そう。

こんな単純でいい。

だって私だもん。

軽音部の部長で、こいつらの頼りになる存在で・・・澪のヒーローだからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side ???

 

 

私は今、胸の鼓動が止まらない。

偶然、ライブハウスに来て出会ってしまった。

素晴らしい演奏をする人たちに。

どこまでも力強く、時に繊細に歌うボーカル。

それにピッタリとあわせるキーボード。

自由奔放な多彩な音を放つギターにしっかりとした木曽が見えて根幹を支えるベース。

ドラムがいないことに疑問を感じたけど、そんなことはどうでもいいくらいだった。

名前も顔も不明、プロなのかも不明。

体つきから多分全員女の人だと思うけど・・・同じ女性として憧れてしまう。

最初は酷いブーイングを浴びせられてたのに、演奏で黙らしたその生き様に感動すら覚えた。

あのグループ・・・HTT(なんて呼ぶのかはわからない)は演奏し終わったらすぐに姿を消した。

いっきにファンを掴んだので、多くの人達が悲鳴を上げていた。

私もその1人だ。

サインとか・・・いつもどんな練習してるのかとか、目指すのは何なのかとか・・・聞きたいことがたくさんあった。

そして・・・できるなら私も一緒意演奏したい、一緒に音楽を作りたい。

なにやら今日はスカウトが来てたらしく、そのスカウトマンも走り回ってHTTを捜してた。

このライブハウスに通ってたら・・・また会えるよね?

その時まで一生懸命練習をしとかないと・・・!

 

 

 

 

その少女は左右に結んだ髪を揺らしながら呟いた。

 

 

「やってやるです!」

 

 

余談ではあるけど、HTTのあと、最期に歌ったのは根岸宗一、3人に親切にした人である。

彼は初めは甘い甘い歌を一人で歌っていたのだが、途中女の乱入があり少しの暗転のあと、そこには額に2世と書かれた白塗りの、とても根岸宗一とは思えない存在がこの世のものとは思えないギターテクニックと歌でその場の空気をSATUGAIしたのだった。

本当に余談である…

 

 

 




神様「エイシャオラ!」


お疲れ様です。
久々に結構早い更新・・・一気に書き上げたので誤字脱字、雑なところあるかもなので申し訳ないです・・・。

一つ補足を・・・憂ちゃん和ちゃん信代ちゃんの3人は最後のシーンで気を利かせてちょっと離れたところで待機状態です。
和ちゃんだけ、千乃に変な虫が来ないように、HTTを捜す観客に逆方向を教えてました。


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第36話

こんにちわ。
おそくなってしまいすいません。

なんとか時間をつくり書き上げました。
どうか読んでくれるとうれしいです。


Side 千乃

 

 

季節は冬。

あのライブが終わり、学校のテストなどで軽音部の活動は練習だけでした。

澪ちゃんと律ちゃんははやくライブをやりたいって言っていましたが、さすがに勉学をおろそかにすることも出来ずなくなく勉強をしていました。

期末テストは全員無事に終わることが出来ました。

唯ちゃんもいい点数を取ることが出来たみたいで、和ちゃんいわく、赤点を取ったらバンドに集中できなくなるから頑張ったんだと思う、と。

律ちゃんと澪ちゃんも次こそは参加すると意気込んでいます。

次の目標としては、新年明けてのライブハウス。

律ちゃんがもう申し込んでくれているみたいです。

次は何の曲を歌うのでしょうか。

楽しみです。

ただ・・・それを差し引いて少し憂鬱です。

どうやら私は冬と言うものが苦手みたいです。

身を刺すような寒さが、昔を思いださせるのです。

病室で寝たきりだったころ、温度を感じることも出来なかったはずの私は、それでもどうしようもない寒さに犯されていた記憶があります。

喪失病を発症した、合宿の時のようなあの恐ろしい感覚。

冬は私にそれを連想させるのです。

だから、ここ最近調子が出ません。

嫌な予感も、するのです。

神様が言っていた、3年間で喪失病は進行するというあの言葉を。

 

 

 

 

 

終業式。

明日からは冬休みです。

休み自体は少ないですがそれでも学生にしたら貴重なお休みで。

私はもっと皆さんと一緒にいたいのですがそれは贅沢と言うものですよね。

 

最近変わったことと言えば、クラスの若王子苺さんと話すことが多くなりました。

といっても、苺さんはあまり多くは発しないのですがそれでも私が緊張したりどもってしまったときも、「緊張しすぎ、ゆっくりでいい」とフォローをいれてくれたのです。

きっかけは私が白杖をついて歩いているところを見て、声をかけてくれたのです。

仲良くしてくれるようになってから、まだ日が浅いのに冬休みをはさんでしまうことに残念さを感じえません。

「冬休みがあければ、また会えるでしょ」

そう当たり前のように言ってくれる苺さん。

うれしいです。

 

 

終業式が終わり、部室に集まるわたし達放課後ティータイム。

冬休みのスケジュールを合わすためらしいです。

 

 

「とりあえず・・・何か冬休みの予定があるヤツはいるか?」

 

 

我らが部長です。

 

 

「ごめんなさい・・・年末は海外に行かなくちゃいけないの」

 

 

申し訳なさそうな紬ちゃん。

 

 

「お、おぉ・・・」

 

 

「えーいいなぁ。どこいくの?」

 

 

「ベルギーに行くの」

 

 

「ベルギー・・・どこ?」

 

 

「多分私たちには一生縁のないところさ」

 

 

「そんな遠い目をするな律」

 

 

「すごいですね・・・外国っていうとなんだか物語の中みたいなイメージです」

 

 

「あー・・・千乃は海外に行ったことないのか」

 

 

「はい」

 

 

「私と律は中学の時、修学旅行でオーストラリアに行ったな」

 

 

「あんときは澪がイルカに触ってはしゃいでたな」

 

 

「律だってタスマニアンデビル見て騒いでたろ」

 

 

「律ちゃんと澪ちゃんも外国行ったことあるの~。いいなぁー。

ゆっきーと私だけ行ったことなんだね」

 

 

「ですね」

 

 

「一回でいいから行ってみたいね~」

 

 

「いつかいけるさ。プロになって世界ツアーとかで!」

 

 

「・・・まったく律は」

 

 

「なんだよ」

 

 

「いや、別に」

 

 

「で、ムギだけか?用事があるのは」

 

 

「私は特にない」

 

 

「私も~」

 

 

「えと、私も大丈夫だと思います・・・」

 

 

「なら年末年始以外は練習できそうだな」

 

 

「やる気だね~律ちゃん」

 

 

「当たり前だ!あんな演奏聞かされておとなしくしてる律ちゃん様じゃないぜ!」

 

 

「しょぼくれてた罰だな」

 

 

「自分は一曲演奏できたからって澪お前!」

 

 

「まあまあ」

 

 

「けど毎日練習できるのか?場所とかも・・・」

 

 

「むぅ・・・部室は使わせてはくれると思うけど」

 

 

「さすがに毎日は無理なんじゃ」

 

 

「まあ後でさわちゃんを脅・・・説得しよう」

 

 

「私は何も聞いてないからな」

 

 

「あ、どうせならクリスマスパーティーとかしようよ!お正月も一緒にお参り行ったり!」

 

 

「いいんじゃないか?」

 

 

「ムギはお正月は外国だけどな」

 

 

「うぅ・・・ごめんなさい」

 

 

「いや!別に責めてるわけじゃないんだ!」

 

 

「!!」

 

 

その時、律ちゃんが悪い顔をしていました。

 

 

「ムギがいないから、千乃寂しいよな?」

 

 

「え?はい」

 

 

「なら信代とか誘おうか・・・もちろん和も」

 

 

「!!??」

 

 

「きっと和ちゃんも喜ぶよー」

 

 

「まって!それは、その・・・!」

 

 

「んー?どうしたムギ?」

 

 

「私がいない間に・・・千乃ちゃんになにかあったらどうするの!?姫初めとか・・・姫初めとか!」

 

 

「お前の頭の中はそればっかりか!」

 

 

「うぅ・・・お父様に言ってキャンセルしてもらわなきゃ!」

 

 

そう言って慌てて電話をしにいく紬さん。

ひめはじめってなんでしょうか?

 

 

「律・・・お前って本当に悪いやつだな」

 

 

「私は何時でも軽音部の事を考えてる。これで年末年始も練習できるな」

 

 

「ムギが出来ても唯や千乃は大丈夫なのか?」

 

 

「私は大丈夫だよ~。お父さんとお母さんも外国に旅行してるし。だから憂と2人だからうちでパーティーやろ~」

 

 

「それはありがたいな。千乃は?」

 

 

「え・・・っと、私も大丈夫です」

 

 

「千乃はご実家のおばあちゃん達に許可取っといたほうがいいんじゃないか?ムギじゃないけど、何か予定あったりしたら悪いし・・・」

 

 

澪ちゃんがそう言って気を使ってくれますが。

その心遣いに私は申し訳なく思ってしまう。

私にはお母さんとお父さんはおらず。

事故に遭った後、身元引き受け人は祖母と祖父になっていると神様は言った。

遭ったこともないし、本当に存在するかもわからないその情報を、私は合宿の時に皆さんに伝えていた。

喪失病のことを話したけれど、生まれ変わったことは言えていない。

喪失病のことを話すことで、覚悟はしていたけれどやはり皆さんを傷つけてしまった。

心配してくれて叱ってくれて泣いてくれて。

そのことに嬉しさを覚えたのと同じで、悲しさも感じたのです。

だから、これ以上はなるべく傷つけたくない。

律ちゃんも紬ちゃんも、一緒に傷つかせてと言ってくれた。

大事な友達を、1人で傷つかせて痛くないと言ってくれた。

でも、私だって同じだ。

大事な・・・なによりも大好きな友達を、傷つかせたくない。

以前の私だったら、きっとこんな風には思えなかった。

何で私が。

どうして誰もいない。

そんなことばかりを胸に生きていた。

けど・・・今はそう思えない。

大好きだからこそ。

贅沢になってしまったのかも知れません。

頭がぽーっとしてしまうこの気持ちを嬉しいと感じてしまうほど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12月23日。

世間はクリスマスイブイブ。

どうやらこの季節は私が知らない間に全く違うイベントになっていたようです。

私の知るクリスマスはサンタさんが良い子にだけプレゼントをくれる日で、毎年楽しみにしていた記憶があります・・・おぼろげながら。

少し寒いお布団の中で、お父さんとお母さんに挟まれて、今年こそはサンタさんの顔を見てありがとうと言おうと、しかしまぶたが段々と下がってしまって。

確かな温かさにくるまれて目を覚ました時にはプレゼントがおいてあって。

そんな日を懐かしく思い、目の前の光景に戸惑いを隠せません。

だって・・・道行く人達はその・・・カップルばかりで、手を繋いだ男女が所狭しと歩いているのです。

 

私はいつものように食材と、年末の皆さんでやるプレゼント交換に何を用意するかの買い物だったのですが・・・ここはいつから外国になったのでしょうか・・・。

どうしたら良いのかわからず、これだけカップルがいるのだからそうでない私は入って行ってはいけないかのようにさえ思い、立ち尽くしてしまいます。

 

そして思い浮かべてしまうのです。

もし・・・私にも時間があれば・・・。

喪失病がなければ、こういう未来もあるのかな、と。

例えば、ちょっとしたことで知り合って。

偶然また出合って。

気づいたらその人のことばかり考えてしまっているような。

 

なんて。

1人、苦笑を浮かべ引き返す。

ここは私にはとてもじゃないけれど歩けない。

人通りが多い道は怖い。

目が見えなくなってきて、見えたことがある。

周りの人の目が怖いのです。

心無い視線に、弱い私は耐えられなくなってしまう時があるのです。

今もこうして白状をついている私を、何人もの人が見ている。

見えづらいけど、わかります。

その人達に悪気がないのもわかります。

誰だって、珍しいものや自分とは違うものを見てしまいます。

それに・・・そのことに耐えられない私が弱いだけなのです。

 

 

「あ・・・」

 

 

誰かとぶつかってしまいました。

しまったとおもいました。

だからすぐ帰るべきだったのに。

楽しそうに腕を組んで歩くカップルたちが・・・羨ましくて。

つい引き返すのが遅くなってしまったのです。

ぶつかった相手は、もういないようです。

しりもちをついてしまった私は、持っていた鞄がひっくり返ってしまったことに気づきました。

急いでしまおうとするのですが、どうにも距離感がわからなくて、慌ててしまいます。

あぁ・・・また見られている。

すいません。

すぐにどかします。

迷惑かけてしまってすいません・・・。

 

 

 

 

「大丈夫ですか?」

 

 

 

「・・・え?」

 

 

「これ、お姉さんのですよね?」

 

 

「えと・・・」

 

 

そう言って手渡ししてくれたものは、私の持ち物です。

どうやらひろってくれたようです。

 

 

「あ・・・ありがとう、ございます」

 

 

「気にしないでください。それよりもケガとか大丈夫ですか?」

 

 

「だいじょうぶ・・・です」

 

 

差し出された手に躊躇してしまいます、が和ちゃんに言われたことを思い出します。

 

 

「ぶつかって行った人、失礼な人ですよね」

 

 

立たせてくれたその人は、私にそう言いながら頬を膨らませているように見えました。

真っ黒な黒髪に、2本に縛った髪。

唯ちゃんが言っていたツインテールという髪型なのかもしれません。

そして一番目に付いたのが、その小柄な体の背中に掲げられているギターケース。

 

 

「いえ・・・私がボーっとしていたのが悪いんです」

 

 

白杖を拾って、離さぬ様にしっかりと握り締める。

 

 

「・・・目が」

 

 

そう言って口を押さえる目の前の女の子。

 

 

「す、すいません」

 

 

「い、いいんですよ!目が悪いのは事実ですし・・・それに優しい視線にも出会えたから」

 

 

夕方だからでしょうか。

女の子の顔が赤みがかっているように思えます。

 

 

「ところで・・・音楽をやられるんですか?」

 

 

「・・・え!?あ、はい、そうですよ?!」

 

 

どういうわけか、少し様子のおかしい女の子は早口でそういいました。

そしてコホンと、咳払いをし。

 

 

「ギターやってます。音楽が好きで、今日もライブハウスで練習して来た帰りなんです」

 

 

「わぁ・・・すごいですね」

 

 

ライブハウスで練習。

律ちゃんが以前、その提案をしました。

しかし、わたし達高校生に払い続けることのできる額ではなく、バイトなどをしなければならなくなってしまうのでその案はなくなりました。

また、正体を隠すのもかっこいいだろ?とも言っていましたがよく意味がわかりませんでした。

 

 

「・・・あの、つかぬ事をお聞きしますが・・・年上ですよね?どうして敬語なんですか?」

 

 

「え?え・・・っとですね・・・」

 

 

ツインテール少女にそういわれて返答に困ってしまいます。

敬語の理由・・・考えたこともなかったです。

無意識のうちに・・・とでも言うのでしょうか。

あまり人と話したことのない私は緊張から来るものだとそう思っていました。

無論、それも間違いではないはずです。

だけど・・・もしかしたら・・・また自分を下に見ている、のでしょうか。

和ちゃんや軽音部の皆さんに知られたらまた怒られてしまいますね。

 

 

「・・・あ、いや、無理に答えてもらわなくてもいいんです!」

 

 

見るに見かねた私を、フォローしてくれます。

 

 

「お姉さんも音楽は好きですか?」

 

 

「はい・・・大好きですよ」

 

 

「私もです!小さいころからお父さんにギターを教えて貰ってて、気づいたら自分の一部になってて・・・こんなこというのも恥ずかしいんですけど、プロになりたいんです!最近その思いが強くなったんです!憧れの人というか、尊敬してる人というか・・・そんな人が現れて、そう思ったんです」

 

 

照れくさそうに話すその仕草は、どこか恋する乙女のようです・・・って何を言ってるんですか私は。

 

 

「尊敬してる人・・・ですか」

 

 

「はい!この間もライブハウスで・・・ってもうこんな時間!すいません!郵便局の時間がしまっちゃうので!!!」

 

 

「あ、えと、はい!」

 

 

慌てだす女の子につられて私も焦ってしまいます。

 

 

「ごめんなさいお姉さん!」

 

 

走っていく少女に、私は頭を深く下げる。

元気な、それでいて良い子でした。

あんな子が軽音部に入ってくれたらどうなるのかな・・・先輩ってよんでくれるかな。

ありえない想像をして、一人笑ってしまいます。

気づけば先ほどまで卑屈だった私の感情はどこかに吹き飛んでしまっていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

Side???

 

 

「つい話し込んじゃった・・・綺麗なお姉さんだったなぁ・・・ってそうじゃなくって!ギリギリセーフ!」

 

 

受付終了間近、すべりこみセーフで私は封筒を手渡す。

受かりますように・・・!

 

ジャズ研や合唱部で有名な、桜が丘高校。

その願書を提出しにきた私は、少し人形みたいなお姉さんに出会った。

存在感がないような、まるでそこにいないかのような希薄で。

目が見えにくいらしく。

そのことがますます私に違和感というか・・・何かを感じさせるのです。

まるで、この世界とは違うところにいるような。

 

もし・・・私にあのライブハウスで聞いたような素晴らしい歌を演奏できるならば・・・あのお姉さんに聞いて欲しいなと思った。

そうすることで、笑顔を見せてほしい。

そんな事を思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 千乃

 

 

目を覚ます。

そして大きく胸をなでおろす。

よかった。

まだ生きている。

私はここにいる。

冬に入り、私はそんなことばかりを、毎日思っている。

どうしても冬は苦手です。

寝る前は、もしかしたらこのまま目覚めることがないんじゃないかと言う不安感にさいなまされる。

故に、目が覚めたとき安心をするのです。

さぁ、今日は12月24日。

唯ちゃんの家にお邪魔し、みんなでクリスマスパーティーをするのです。

昨日は結局、あの女の子と出会ってから人通りの少ないお店でプレゼントを買うことができた。

交換会なので私のプレゼントは誰に届くのでしょうか。

そして、私はいったい誰のプレゼントをいただくことができるのか・・・。

今から楽しみです。

ベッドから降りて、立ち上がろうとする・・・のですが。

あれ?

おかしいですね。

なんで私はゆっくり地面に向かって倒れていってるのでしょうか。

慌てて手を動かし、踏みとどまろうとするのですが、その手は動かず。

私は地面に突っ伏してしまいました。

頭から倒れたので、痛い。

鼻から流れ出る液体が熱を持ち、その温度が愛おしくなるほど私の体は冷え切ってしまっている。

あぁ・・・。

 

 

そうか・・・。

 

ここでですか。

何もこんな日に。

 

せっかくクリスマスパーティーに呼んでもらえたのに。

 

頭がボーっとする。

体が動かない。

いや、わずかには動いている。

けれど前までのようには動かない。

まるで油を差すことを忘れたブリキの玩具みたい。

ギギギという音まで聞こえてきそうなほどゆっくり、ぎこちなく動いているのが解る。

 

そう・・・そうですよね。

3年、ですもんね。

もう1年が経とうとしてるんですもんね。

あぁ・・・ベッドに寝たきりだったことは1日が死にたくなるほど長かったのに、今では毎日が飛ぶような速さで過ぎていく。

 

だから気づかなかった。

いや、気づきたくなかった。

 

 

喪失病が進行していることに。

 

 

 

 




神様「終わりが始まる」

誤字脱字や言葉足らずでたくさんの指摘をいただき、修正しました。
しっかり読んでくださってる方達がいてくれて嬉しい反面、もっとしつまかり書こうと思いました。

これからもよろしくお願いします!


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第37話

段々と寒くなってきました。
そして社会人になって半年がたとうとしています。
段々と疲れてきました。
朝起きても疲れが取れなくなってきました。
まあそんな話は置いといて。

今回は少しはやめ(?)の更新です。
けど例によって仕事の合間に書き上げたものなので・・・すいません。
またきちんと手直ししたいです。

それといつも感想をありがとうございます!
それだけが支えです。
これからもよろしくお願いします!


Side 和

 

 

ため息が出る。

外気との差によって白くなる私の息は、空に上って消えていく。

肌がぴりっと張っているのがわかる。

冬は毎年のこととはいえ、やはり身構えてしまうわね。

唯なんて毎年のように熱を出してしまうし、今年はまだいいけどこれが3年生になった時に体調を下してしまえば人生を左右しかねない。

まだまだどこの大学に行きたいかなんて決まってはいないけれど。

進学するかもわからない。

そして、怖い。

千乃の言った3年間という言葉が私を不安な気持ちにさせる。

ムギの好意で、治療は受けさして貰ってはいるけどどうなるのか・・・。

この季節はどうしてもマイナス思考になってしまう。

ダメね。

あの子が頑張っているのに私が勝手に落ち込んでしまっては。

けど・・・どんな気持ちなんだろう。

千乃は良くも悪くも、わかりやすい。

顔に出やすいというか、寝たきりの生活で誰かと関わることが少なかったためか、向かい合って話すとかわいいくらいわかりやすい。

うれしいときは笑顔になるし、人と触れ合うと恥ずかしそうに赤くなる。

あたりまえのことだけど、それが凄く尊いものに見えてしまう。

外見が外見だけに当たり前に普通の女の子の部分を見てしまうとそのギャップに、その、惹かれてしまう。

けれど、わかりやすいからこそ注意してみていないと。

解りやすい、顔に出やすいということは感受性が強いということ。

もっといえば、あの子は子供なのだ。

唯と同じように精神年齢が幼い。

唯と違うとこは、唯がオープンなのに対して千乃は1人で抱えがちなところだ。

宿題を教えて、テストどうしよう、お腹すいた、眠い、ギターが楽しい。

そんなことを口を開けば発する唯はなんでも溜め込まない。

自由奔放、純粋無垢。

その点だけは見習いたいと思った。

私もどちらかと言えば千乃タイプだ。

というかほとんどの人間はそうだろう。

ある一定のラインを、ほとんどの人間はもっている。

しかし千乃はそのラインが曖昧なのだ。

だから何かを抱えていても相談しに来ない。

きっと、相談することで相手を困らせると思っているのね。

前もそのことで少し怒ったけど、千乃はやさしいからそれでも1人でなるべく抱え込む。

だから注意してみてないといけない。

本当に手のかかる子。

でも、不思議と嫌な気はしないにはやっぱり、そういうことなのだろう。

やっぱり将来は外国ね。

 

 

・・・・・話が逸れたわ。

千乃は、千乃の目には世界はどんな風に写っているのだろう。

病気を抱え、3年と言われて。

健康な私たちに囲まれて。

薄荷色の宝石みたいなその目に、私たちはどうみえているのだろう・・・。

 

頭を振る。

これからクリスマスパーティーなのにこんな思考を持った人間がいたら盛り下げてしまうわね。

このことはまた千乃と2人のときに聞いておこう。

 

 

 

・・・・・・そろそろ千乃が来ても良いころなのに。

今私は駅前で千乃を待っている。

今日は人通りが多いから雪の1人じゃ危ないと思いこうして迎えに来ている。

澪と律は既に唯の家にいる。

飾りつけと料理の手伝い。

ムギはギリギリまで家の用事らしいわ。なんでも他の用事が入っていたのに無理してクリスマスパーティーに参加するために頑張ってるらしい・・・。

その理由はわかるわ。

・・・・・ていうかこれってかなりチャンスなんじゃないかしら?

ムギもいない。

世間はカップルだらけ。

きっと千乃は顔を赤くしてくるわね。

そこでちょっと寄り道して人気のないところに行って、千乃用に買っているこのプレゼントを渡して・・・その流れでこ、こ、こ、こくはくを・・・!

 

ごくりと、喉が鳴る。

い、いっちゃう?

さっきまでは少し冷えていたのだが今はマフラーを取ってしまいたいほど熱い。

 

 

 

色んな考えが頭をよぎる。

そしてそのどれもが上手くまとまらず浮かんでは消えていく。

その繰り返しで気づけば待ち合わせの時間を当に過ぎていた。

 

 

「・・・おかしい」

 

 

千乃は一度も待ち合わせに遅れたことはない。

遅れて相手に迷惑をかけることを嫌がり、早く来るくらいだ。

前なんて待ち合わせの30分前に来ており、次が私もそれに合わしたら、そのまた次は更に30分前に来ているという始末。

 

なのに、今日は来ていない。

現在は既に夕方。

もうそろそろ暗くなってしまう。

朝寝坊と考えるには無理がある。

お昼寝は、きっと千乃は今日を楽しみにしていたから寝付けないだろう。

なら・・・なぜ?

瞬間、嫌な予感がした。

確信はない。

けど、見過ごせない。

思い過ごしならそれが一番良い。

携帯電話があればいいのだけど、千乃は持っていない。

家にかけてみる。

出ない。

ますます焦燥感があふれ出る。

家の場所はわからない。

こんなことなら聞いておけばよかった。

唯の家に電話をかけ、律、澪、唯にこのことを話す。

不安だけが募っていく。

誰も千乃の家を知らない。

律が山中先生にかけ、折り返すという。

 

私は走る。

大体の位置ならわかる。

初めて千乃と出会い、その帰り道で大体ここら辺だということを聞いていた。

だから私は走る。

1人暮らしをしているのだから一軒家ではない・・・はず。

ならマンションかアパート。

何件も何件も走り回りたどり着いた、一つのマンション。

綺麗なその造りが、何故か千乃にぴったりだと思った。

その時、律から電話がかかってきた。

結果、千乃の住んでいる場所は今私が目の前にしているここだった。

 

 

事情を話し、千乃のいる5階まで開けてもらう。

インターホンを鳴らす。

 

・・・でない。

ドアノブをまわす。

ダメもとの行動でしかなかった。

確かにかかっていた鍵は、まるでなにか不思議な力が働いたとでもいうように、カチャンと音を立てて開いた。

 

そのことに疑問もあったけどいまはどうでもいい。

急いで中に入ると、床にうつぶせで千乃が倒れていた。

血の気が引くのがわかった。

 

 

夢中で駆け寄る。

 

 

「千乃!」

 

 

返事は無い。

抱きかかえる。

体が震えてる。

体は冷え切っていて、氷を触っているように感じられた。

きっと床に長時間触れていたからだろう。

根こそぎ体温が奪われてしまっている・・・のよね?

仰向けにしようとして、千乃が声を発する。

 

 

「和ちゃん・・・」

 

 

体の震えに負けないくらい、その声は震えていてこの世の何よりも弱弱しく思えた。

そして。

 

 

「お願い・・・します・・・そのままで・・・」

 

 

私はその言葉を、抱きしめて離さないでとそう捉えた。

捉えてしまった。

いまだうつ伏せの千乃を暖めようと、仰向けにした。

 

 

「大丈夫よ!絶対に離さないから・・・」

 

 

そう叫びながら、千乃の顔を見る。

そこにはいつもの千乃はいなかった。

鼻からは真っ赤な血が流れた痕があり、額には青あざがあった。

そして何よりもその目には涙が溢れ続けており。

その顔は今まで見たこともないくらいに歪んでいた。

 

 

「お願い・・・見ないでください・・・!」

 

 

必死に搾り出すその声に私はどうしたらいいかわからず。

 

 

「・・・ごめんなさい・・・なんだか、体がうまく動かなくて・・・朝起きた時から、なんだか変で・・・それで、それで・・・」

 

 

スロー映像のように、千乃の手が動き起き上がろうとしている。

そして理解した。

喪失病。

千乃は視力の次に、体が動かなくなってきている。

 

 

「っ!」

 

 

頭では理解したくないことを、それでもなんとか飲み込む。

目の前の千乃は泣きながら戦っているのだから。

 

 

「・・・大丈夫よ千乃。安心して、ゆっくり・・・そう、大丈夫。私がついてるわ」

 

 

懸命に立ち上がろうとする千乃を励ます。

そして思う。

あぁ、なんて私は無力なんだ。

声をかけるだけしかできないなんて。

出来る事なら変わってあげたい。

その病気を、私も背負ってあげたい。

だけどそんなことできるわけもない。

だから、無責任に声をかけるだけ。

歯を食いしばって、泣きながら一人で戦う千乃を、私はただ外側から応援するだけ。

何がクリスマスパーティーだ。

何が告白だ。

私がそんな事を思っているときに、千乃はたった一人でもがいていたんだ。

冷たい床の上で、血を流して。

ふいに目が熱くなる。

鼻をさす痛み。

私が泣く資格なんてないのに、こんなにも弱い私を許して欲しい。

 

 

「の・・・どかちゃん・・・泣かないで。お願いだから・・・泣かないでよぉ・・・」

 

 

震える

指先が私の鼻にふれる。

そして、なぞるように口、頬、そして涙をぬぐってくれる。

今私はどんな顔をしているのかわからない。

力いっぱい千乃を抱きしめる。

 

 

「ごめん・・・千乃・・・ごめんね」

 

 

そうじゃないでしょ私!

千乃に気を使わせてるんじゃない!

 

 

「・・・千乃、まずは体を温めましょう」

 

 

千乃をソファに座らせ、私が来ていたコートを羽織らせる。

洗面台に行ってハンカチを濡らそうと立つ私の手に千乃の手が触れる。

なんて、冷たい。

 

 

「ちょっと待っててね」

 

 

返事は無く、ゆっくりとただ小さく頷く千乃。

 

 

濡れたハンカチで千乃の血痕をふき取る。

その間、千乃は目を合わせない。

見ていてかわいそうになるほど小さくなっている。

歯がカチカチとなっている。

 

 

「千乃・・・」

 

 

隣に座る私に、体を震わせる。

今の千乃は、出会った当初よりも壁を感じる。

 

 

「千乃・・・ごめんなさい・・・私、あなたが1人で倒れている時、暢気に・・・」

 

 

私はそう呟く。

 

 

「独りにしないって・・・決めてたのに・・・もし、これがもっと取り返しのつかないことだったら本当に・・・怖い・・・口だけだわ・・・私はあなたの力になりたい・・・けど・・・けど・・・私は無力で・・・なにもできない・・・」

 

 

ダメだ。

言葉を紡ぐたびに目が潤んでゆく。

心では冷静に言いたいことを考えられているのに、それを声にするととたんに私に制御を離れて、こんなにも荒れ狂う。

私が私じゃないみたい。

自然と顔が下がっていってしまう。

許された景色は地面だけで。

泣きたいのは千乃のほうだ。

喪失病が進行し、たった一人で何時間もいたんだ。

だというのに。

千乃は震えるその手で、私を包む。

 

 

「の、どかさん。覚えてますか・・・はじめてあった時、階段から、おっこちた私を助けてくれたこと」

 

 

「・・・・・」

 

 

「話すのが苦手だった私を・・・自分のペースでゆっくり、話させてくれたこと」

 

 

「・・・・・・」

 

 

「唯ちゃんとも出会わせてくれました・・・お祭りにも連れて行ってもらいました・・・私の歌を綺麗だと言ってくれました」

 

 

「・・・うん」

 

 

「今でも・・・忘れられないです・・・私の数少ない胸を張って自慢出来る事なんです。私の初めての、友達・・・和ちゃん。何も出来ないなんて言わないでください・・・私は、和ちゃんと出会えて、ほんとうにほんっとうに・・・幸せで・・・本当は今、泣き叫びたいはずなのに、和ちゃんが隣にいてくれるから、こうして、いられるんです・・・和ちゃんの気持ちはちゃんと私の心に、花を咲かせてくれてます・・・だから・・・」

 

 

だから。

 

 

「だから、そんな悲しいこと・・・言わないでください」

 

 

千乃の顔を見る。

その顔はお世辞にも綺麗だとは言えない、涙をボロボロ流す初めてみる千乃の顔。

けれど、その顔に私は救われる。

こんな私を、千乃は・・・。

 

気づいたら私は千乃に自分の唇を重ねていた。

時計の針だけが静かに刻まれる。

 

何をしているのか、わかっている。

最低だ。

相手に断りもなくキスをするなんて。

でも、もう、どうしても抑えきれない。

どうしても渇望してしまうんですもの。

私は・・・千乃が、欲しい。

 

 

「・・・・ぅん!?」

 

 

今更になって千乃が事態に気がついたみたい。

眼鏡越しに見える真っ赤な顔が、愛おしい。

離れようとする千乃のぎこちない手を、私は抱きかかえ行為を続ける。

初めてのキスはレモンパイなんて、そんなこと考えてる暇はない。

 

 

「ん・・・の・・・のどかちゃ・・・」

 

 

千乃から微かに漏れるその声に私は罪悪間を感じつつも、もっと聞きたいとさえ思ってしまった。

さきほどまでとはおそらく違った意味合いの涙を流す千乃を見て、唇を離す。

そして、今更ながらのやってしまった感。

同時にここしかないと確信をさせるタイミング。

息づかいの荒くなった千乃の肩を掴み、視線を合わせる。

リンゴのように真っ赤な千乃。

その瞳に写る私も同じくらい真っ赤だ。

でも、もうダメ。

 

 

「はじめてあった時・・・人形みたいに綺麗だと思った・・・それ以上に勇気を振りしぼった千乃を見て・・・うん、その時からきっと千乃のことが好きだった」

 

 

言った・・・!!

 

 

「・・・ふぇ?」

 

 

「それからもあなたの一挙一動に私は・・・感動して、勇気を貰って、好きという感情がどんどん強くなっていったの」

 

 

そう。

日々、新しいことに感動する千乃に目が離せなくなっていく。

 

 

「だから・・・もう・・・」

 

 

・・・あぁもう!

頭が回らない!

千乃のこととなるとどうして!?

答えなんてわかってるわよ!

大好きだからに決まってるじゃない!

 

 

「・・・ガマンできないの。醜いなんて解ってるけど・・・千乃が私以外の誰かとそういう関係になっていくのが怖いの・・・私は・・・私が千乃の一番になりたいの!」

 

 

無茶苦茶なことを言ってるのは解る。

そして千乃はこういう経験はないはず。

もちろん・・・キスだってそう・・・そのはずだ。

なのにそれを私の都合だけで勝手に奪ってしまった。

本当に私は醜い・・・けど。

涙が止まらない。

自分勝手なことをしているのは私なのに、それでも千乃への気持ちが止まらない。

抑えきれない。

好きだ、好きだ、好きだ。

 

 

「大好きなの」

 

 

絞るように言った私の言葉は、果たして千乃にどのように伝わったのか。

気持ち悪いと言われるだろうか。

それとも無理に笑うのだろうか。

 

 

 

千乃は・・・・。

 




神様「oh...」


さて・・・和ちゃん告白タイムの巻でした。
ここから考えているルートはですね、和ちゃんルート、ムギちゃんルート、あずにゃんルート、ハーレムルートです。
大穴で信代ちゃんもあるでぇ・・・


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第38話

今回はかなり短いです。
そして書きなぐったものなのであしからず・・・。



Side 千乃

 

 

喪失病。

それは私から切って離す事のできるものではなく、私という存在をもし一冊の本にしたならば栞のようなものだ。

いつでもどこでも、そこから私は始まる。

そんな病気を恨んだ。

そんな私を恨んだ。

泣き叫びたかった。

声は出なくなった。

あの日、あの病室で一度私は死んで、奇跡が起きて、今こうして新しい生活を手に入れることが出来た。

でも、解ってる。

これはズルなんだ。

言ってしまえば、これは本の最後にある後書きで、ここでいくら素敵な物語を綴ろうと、終わりはすぐにやってくる。

当然のことであり、私はそれでも生きたいと願ったからここにいる。

 

そして、そんな短い後書きの世界で、やりたいことはたくさんあった。

 

美味しいご飯を食べたい。

友達と遊びたい。

歌を歌いたい。

どれもこれも出来なかったことばかりだけれど・・・この新しい世界で叶った。

その中心には、和ちゃんがいた。

私の初めての友達。

生まれ変わって、喜び勇んだものの結局はグズグズと独りでいた私に手を差し伸べてくれた。

どれほど救われたか。

どれだけ嬉しかったか。

 

首筋に綺麗に切りそろえられた髪。

凛とした姿勢。

包み込むようなまなざし。

聞くとホッとするような声。

綺麗だと思った。

こんな女の子になりたかったとも思った。

 

不思議なことに和ちゃんと話すときは頭がぽーっとしてた。

その意味を私は理解できていなかった。

でも、最近になってわかってきた。

これが『好き』っていうことなんだって。

普通の『好き』じゃなくて、特別な『好き』。

もちろん、軽音部の皆さんのことも好きなんだけど、その好きとはまたちょっと違う。

いや・・・紬ちゃんのことも・・・うぅ、頭がパンクしそう。

 

とにかく!

私は前の世界でやりたかったこと、美味しいものを食べる、友達を作る、歌を歌うを体験し、ずっと夢物語だった・・・恋をしてみたいということも叶っていた。

 

目の前の、涙を目に溜めて、宝石みたいな和ちゃん。

喪失病が進行して無様に地べたに倒れてしまっていた私を、助けに来てくれた和ちゃん。

そんな恥ずかしい格好を見られたくはなかったけど、和ちゃんは自分のことのように泣いてくれた。

そのことが嬉しかった。

 

ソファに座らせてくれて、なだめてくれて。

自分のことを責める和ちゃん。

自分は無力だと。

そんなことはない。

絶対にない。

持てる気持ちをそのままにぶつけた。

 

 

一瞬のことだった。

私の口に柔らかいものが。

目の前にはかつてないほど近づいた和ちゃんの顔が。

何が起こったかわかったとき、逆に理解できなかった。

 

どうして?

なんで?

 

それが、ち、ちゅーだと言うことに気づいて私は今までにない衝撃を受けた。

だって、ちゅーなんてお母さんとお父さんにだけしかしたこともされたこともないし、両親からは生涯を誓った相手としかしてはいけないって言われてた・・・きがします。

慌てて離れようとするのですが、やはり喪失病はきちんと進行していて上手く手を動かすことが出来ず。

また、和ちゃんが私の手を押さえて逃げ場がありませんでした。

結局私はされるがままで、和ちゃんの、その、えっと、ちゅーを受けるのでした。

心臓は破裂しそうで、和ちゃんの口から漏れる息がそのまま私に入ってきて。

もうどうにかなりそうだった。

ファーストキス・・・。

 

そして離れる唇。

多分私の顔はおもしろいくらいほうけてると思います。

そして。

 

和ちゃんが言う。

『好き』だと。

その言葉が私には信じられなかった。

まさかと思った。

だって、和ちゃんだ。

あんなに綺麗で、かっこよくて。

誰からも頼りにされてる存在が、私を好きといったんだ。

冗談だと思った。

でも、和ちゃんは言う。

出会った時から、そして出会うたびにどんどん好きになって言ったって。

涙が出た。

さっきまでの悲しい涙なんかじゃない。

この胸の奥から湧き上がる感情はなんなんだろう。

女の子同士だとか、そういう一切合財を洗い流していく。

 

目をギュッとつむり、搾り出した『大好き』と言う言葉。

 

あぁ・・・なんて、なんて綺麗なんだろう。

 

 

「和ちゃん・・・」

 

 

ぽつり、声がこぼれる。

和ちゃんの体が、見ていてもわかるくらいビクリとした。

これって・・・その、告白ということなんでしょうか・・・。

もしそうだとしたなら・・・。和ちゃんでも怖いんですね。

和ちゃんほどの人でも不安な気持ちになるんですね・・・。

それが解った時、喪失病の悲しさも何もかも吹き飛んだように思えた。

 

 

「和ちゃん、えっと、確認です、けど・・・『好き』っていうのは、えぁっと・・・そういう、『好き』という意味で、しょうか?」

 

 

声が震えてます。

夢見たいな話。

夢なら覚めないで欲しい。

 

必死にこくこくと頷く和ちゃん。

かわいすぎです。

でも、私は・・・。

 

 

「嬉しい、です。初めて、告白されちゃいました・・・和ちゃんと、会ってから私、夢が叶いっぱなしです・・・でも」

 

 

でも。

そういった瞬間に和ちゃんの顔が曇ったような気がしました。

違うんです。

和ちゃんが嫌い、なんて絶対にありません。

 

 

「でも・・・私、喪失病です。視力も悪い、です。体も、上手く動かなく、なっちゃいました」

 

 

その弊害からか、上手く話すことも出来なくなってるような気がします。

 

 

「一緒にいると、迷惑を、かけちゃいます」

 

 

そう・・・。

 

 

「それに、私は、あと2年、で・・・」

 

 

2年後には消えてなくなってしまっている人間である私に、和ちゃんの大切な人生を費やして欲しくない。

本当は、死ぬほど嬉しい。

言葉になんかできない。

許されるなら泣いて喜びたい。

私だって和ちゃんのことが好きだ。

1番になりたい。

もっともっと、色んなことを和ちゃんとしたい。

けど、2年後いなくなった私は和ちゃんを残していくことになる。

例え、喪失病で、和ちゃんの心から私が失われても、何故か傷ついている和ちゃんを思ってしまう。

優しい和ちゃんは、かならず傷つく。

そんなの、耐えられない。

そうなることが解っているのに、どうして私はこの告白を受け入れられると言うのか。

 

 

「だか、ら・・・」

 

 

ごめんなさい。

せっかく、告白してくれたのに。

好きといってくれたのに。

勇気を振り絞ってくれたのに。

 

私は、自分から幸せを手放す。

そうすることが正解なのだ。

今は苦しくても、喪失病はこの思いすらも奪っていくのだから我慢するのだ。

和ちゃんの行為を無駄にした私に、神様でも何でもいいから私に罰を与えて欲しい。

涙が零れた。

今度の涙は冷たかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうじゃないでしょ千乃ちゃん?」

 

 

そこにいたのは、神様ではなく、私の太陽。

腕を組んで、仁王立ちするかのような黄金の髪を持ち呆れたように笑う。

紬ちゃんだった。

 




神様「ヒーローは遅れてやってくる」


すいません、衝動的に書き上げたものです。
千乃の心境とあわせると、もっと書きたかったことがあったのですが・・・次の話はじっくり書き上げたいです。


またよろしくお願いします!


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第39話

例によって仕事の合間に書き上げたものです。
また修正したいです。
それでもおkな人だけよろしくお願いします!



Side 千乃

 

 

ぼやける私の視界に、黄金の髪を揺らす紬ちゃんがいる。

肩で息をして、しかしそれでも腕を組んでその姿は威風堂々と。

きっと私をその綺麗な瞳で見つめているに違いない。

紬ちゃんはいつでも、そうだったから。

 

 

「つ、紬ちゃん」

 

 

何でここにいるのか。

家の場所がどうしてわかったのか。

 

思うことはたくさんあったはず。

だけど、そんなことよりも私は安心感で包まれた。

今の今までは、消えてなくなってしまいたくなるほどの思いに駆られていた。

大好きな和ちゃんに、私は残酷な仕打ちをしてしまったのだから。

でも、紬ちゃんが来てくれた。

きっと、うまくこの場をまとめてくれるはず。

他力本願になってしまうことに少しの罪悪感はあるものの、それが一番だと思った。

私の過去を最初に打ち明けて、それでも支えてくれた優しい紬ちゃん。

だから・・・和ちゃんのことも支えてくれるはず。

その結果、私がどんな風に思われてもいい。

そう思う。

だから、紬ちゃん。

どうか和ちゃんを・・・。

 

 

「千乃ちゃん・・・喪失病が・・・進行したの?」

 

 

「っ・・・はい・・・」

 

 

「そう・・・律ちゃんから電話を貰って、すぐに駆けつけることが出来たけど・・・まさかこんなことになってるなんて」

 

 

和ちゃんを見る紬ちゃん。

あのクールな和ちゃんが小さく見えてしまうのは、きっと私のせいだ。

私なんかを好きといってくれた和ちゃんに、私はどう償えば良いのか。

その答えを、紬ちゃんは教えてくれるはずだ。

 

 

「和ちゃん・・・ごめんなさい。私、和ちゃんの告白を聞いちゃったの・・・本当は少し前に着いていたんだけれど、和ちゃんが勇気を出してたから、すぐに入ることが出来なくて・・・それで聞いちゃったの」

 

 

だから、ごめんなさい。

と。

その言葉に和ちゃんは、首を横に振る。

しかし、言葉を出さない。

その理由を、本当に私の都合のよいように解釈をするならば。

するのならば、私が付き合えないと、謝ったから。

 

あぁ・・・なんて私は汚いんだ。

 

 

「凄い、と思った。

私だって何度も思ったことだけど、結局言えなかったことを、和ちゃんはこうして伝えたんだもの。だから、私も・・・もう逃げない」

 

 

そう言って私のほうを向く紬ちゃん。

 

そして、私の手を取って。

 

 

「千乃ちゃん。私も千乃ちゃんが好き。大好き。世界中の誰よりも千乃ちゃんが大好き。きっと何度生まれ変わっても、この気持ちは変わらない。何回言っても足りないくらい、千乃ちゃんが大好き」

 

 

じっと、私の目を覗き込むようにそういった。

 

 

もう、わけがわからない。

なんで・・・なんで?

 

 

「じょうだん・・・ですよね?」

 

 

「どうして?」

 

 

「だって・・・私なんか、好きになって、もらえるところ・・・ありません」

 

 

「それは私たちが決めるの。千乃ちゃんはすごくがんばり屋さんで、いつも一生懸命で・・・私を救ってくれた王子様で、お姫様だもの」

 

 

そして、和ちゃんのほうを見て、紬ちゃんは手を差し出す。

その手を、和ちゃんは一瞥し、躊躇うような仕草をして。

けど力強く握り、立ち上がる。

 

 

「その気持ちは和ちゃんも一緒なのよ?ね?」

 

 

「・・・えぇ、そうよ。千乃の迷惑になろうと振られようと、この気持ちだけは消えない。例え、喪失病でもこの思いだけは消えない」

 

 

「歌う千乃ちゃんが綺麗で」

「新しいものを見て、目を輝かせる千乃が愛おしい」

 

 

「おっかなびっくり、けど人の心に向き合う千乃ちゃんがすごくて」

「恋愛に不慣れですぐ赤くなってしまう千乃が宝物のように尊い」

 

 

「千乃ちゃんの好きなところを挙げようと思ったら、いくら時間があっても足りないわ」

 

 

微笑む紬ちゃん。

 

 

「ごめんなさい、千乃。でも・・・これが私たちの気持ちなの」

 

 

信じられない。

だって・・・だって!

 

 

「もう・・・やめて、ください」

 

 

これ以上は、もう・・・・!

 

 

「千乃ちゃん、逃げないで。

こっちを・・・見て?」

 

 

「千乃・・・」

 

 

やめて・・・やめてやめてやめてやめてやめて。

 

 

「やめてください!」

 

 

叫ぶ。

その反動で、体がぐらつく。

喪失病で上手く動かなくなった体には少しこたえるほどの大声で。

ソファに倒れるように座り込む。

慌てて和ちゃんと紬ちゃんが駆け寄ってくる。

 

 

「来ないで、ください・・・!」

 

 

それを、私は拒む。

 

 

「もう・・・やめて・・・」

 

 

絞り出した声は、自分でも笑ってしまうくらいに弱弱しく。

溢れる涙は今まで以上で。

 

 

「それ以上・・・いわないで、くださいぃ・・・」

 

 

 

「千乃・・・ごめんなさい。気持ち悪かったわね・・・女同士で、こんなこと言うなんて・・・」

 

 

「違うんです・・・」

 

 

「え?」

 

 

「和ちゃん、千乃ちゃんはそう思ってるんじゃなの。怖いのよね?」

 

 

「それって・・・」

 

 

和ちゃんが私を見る。

 

 

「それ以上、言われたら、私・・・私・・・諦められなく、なっちゃい、ます・・・」

 

 

「・・・・・え?」

 

 

怪訝な顔をしてる和ちゃん。

それを紬ちゃんが優しく隣に立ち、包み込むように手を握ってる。

全てを理解しているかのように。

 

 

「私だって・・・私だって、和ちゃんが大好きです、紬ちゃんが大好きです!告白してくれて、うれしいです!夢みたいです!踊りたいくらいなんです!

でも、私は、喪失病で、足も上手く動かなくなっちゃったんです!話すのも、下手になっちゃったんです!」

 

 

叫ぶ。

叫ぶ。

自分の心に浮かんでくる言葉をそのままに。

 

 

「これから、もっと、もっと、何も出来なくなっていくんです!1人で生活することも出来なくなってしまうんです!大好きな歌を、歌うことも出来なく、なってしまうんです!大好きな・・・大好きな和ちゃんも、紬ちゃんも、見えなくなってしまうんです!声も聞こえなくなってしまうんです!」

 

 

ひどい、と自分でも思う。

誰に当たり散らかしてるんでしょうか。

でも、もう止まらない、止まってくれない。

 

 

「2人の、こともわからなくなってしまうんです・・・・」

 

 

そう、そうなのだ。

自分が喪失病で消えていくことが怖い。

けれど、それ以上に大切な人と別れることがこれ以上ないくらいに怖いのだ。

生まれ変わる前、私は最後には消えてしまってもいいと思ってた。

それが当たり前のことで、3年間と言う時間は本来ありえなかったことなのだから。

そのことに文句をつけられるはずもなく、感謝してもし足りないくらいなのだ。

けど・・・思いもしなかった。

友達という存在がここまで大きかったなんて。

軽音部という居場所がこんなにも手放しがたいものだったなんて。

好きな人が出来るってことが、こんなにも苦しいことだったなんて。

 

 

「だから・・・だから・・・うぅ・・・」

 

 

何度目になるかわからない、嗚咽と涙。

考えがまとまらないことはこれまでも多々あったけど、今回以上に心が乱れたことはなかった。

それくらい、大好きなのだから。

その気持ちが、私をおかしくさせる。

 

 

「怖い、んです・・・私は後2年で消えてしまいます・・・けど、和ちゃんと、紬ちゃんは、私がいなく、なった後も、ずっと、ずっと、生きていく、んです・・・こんな私を、好きといってくれた、2人はきっと、優しいから、傷ついてしまう、んです」

 

 

「千乃ちゃん・・・」

「千乃・・・」

 

 

「けど、きっとそれ、は時間が、解決してくれます・・・喪失病は、そういう病気、だから。私が怖いのは・・・皆が私を、忘れてしまう、こと・・・和ちゃんと紬ちゃんが、私を忘れてしまうこと、なんです!」

 

 

今思えば、喪失病のこと、この世界の人にはちゃんと話してませんでした。

感覚が失われていく、その最後には命も喪失してしまう。

そして、喪失病に罹った人との記憶も、きれいさっぱりなくなってしまう。

あぁ・・・なんて恐ろしい。

その事実が怖くて、言えなかった。

だから、だろうか。

目の前の和ちゃんと紬ちゃんが、怪訝な顔をしている。

きっと、私が言った今の言葉に違和感を感じてるのだろう。

だから、私は続ける。

 

 

「そ、喪失病、は罹った人の視力とか、声とか、全部奪っていく、んです・・・そして、最後には、その喪失病に罹った人の記憶も、失われるんです。和ちゃんも、紬ちゃんも、私のことを、失うんです」

 

 

きっと、今の自分の顔はなんて醜い顔をしていることだろう。

2人が心底驚いた顔をしている。

 

 

「うそ・・・でしょ?そうなんでしょ・・・千乃」

 

 

「嘘だったら・・・どんなに、幸せですか・・・」

 

 

「なんで・・・なんで今まで黙ってたの千乃ちゃん!?」

 

 

「・・・っ言える、わけない、じゃないですか・・・そんな病気・・・言ってしまったら、みなさん、今以上に傷ついてしまう、じゃないですか!」

 

 

自分でも嫌になってしまう。

2人にあたってしまうこと、それが醜いと思いながらも止まらないこと。

 

 

「っ・・・!一緒に傷つかせてって言ったじゃない!」

 

 

「私が、いや、なんです!」

 

 

ひときわ、大きな声が出る。

ぼやける視界で、2人が揺らいだように見えた。

 

 

「なんで・・・」

 

 

「だって・・・みなさんは、優しいから・・・優しいから・・・うぅ」

 

 

「千乃・・・」

 

 

「わたし・・・わたしは、みなさんがぁ・・・傷つくところ、見たくないんです」

 

 

涙が止まらない。

感情がまとまらない。

誰かと本気で向かい合うときはいつもそうだった。

生まれ変わる前は、人と向き合ってこなかった。

 

 

「黙ってたこと・・・ごめんなさい・・・」

 

 

搾り出す。

ここが瀬戸際だ。

今まで、軽音部のみなさんには、そしてこの2人にはたくさんのものを貰った。

本当に夢みたいな時間だった。

夢もたくさん叶った。

歌手になりたいって言う夢は無理だったけど、それでも胸いっぱいの幸せを貰った。

 

夢はいつか覚める。

それが今日だった。

 

貰った分、返せてはいないけど、これ以上・・・私は重荷になれない。

なりたくない。

だから・・・。

ここで終わりにしよう。

湯宮千乃という後書き。

読む人にしたら中途半端って思うかもしれないけれど、ここがベストなんだ。

ここから先は蛇足になる。

綺麗に終わるにはここで打ち止めがいいはず。

 

 

「それから、お願いがあるん、です」

 

 

言うんだ。

勇気を持って私に話してくれた紬ちゃんのように。

 

言うんだ。

凛とした態度で、いつでもまっすぐだった和ちゃんのように。

 

 

「もう、私に、関わらないで、ください」

 

 

情けないほど震える体をおさえつけ。

ばれないように、慎重に言葉を刻む。

これで、いいんだ。

 

 

「みなさんといると、辛い、です。みなさんは楽しそうに笑っているのに、どうして、私は病気なの、って思ってしまいます」

 

もうこれ以上、私に関わらなければ。

喪失病で2人が傷つくことはない。

私のことで胸を痛めることはないんだ。

 

関わらないでください。

なんて嫌な言葉なんだろう。

それを私は友達に叩き付けた。

これで嫌われたはずだ。

ごめんなさい。

こんな最低な私を、2人は気にしなくて良くなる。

ごめんなさい。

和ちゃんと紬ちゃんは優しくて綺麗でかわいいから、これからももっと友達が出来る。

ごめんなさい。

きっと・・・好い人だって現れる。

ごめんなさい。

わたしのことなんて、すぐに忘れることが出来る。

・・・ごめんなさい・・・。

コレデ、イインダ。

ごめんなさいぃ・・・。

コレデ、ミンナ、シアワセナンダ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パン。

 

渇いた音が響く。

続いて、頬が熱くなる。

顔を上げると、和ちゃんの顔がすぐ間近にあった。

 

 

「え・・・」

 

 

和ちゃんの目には涙が零れ落ちていた。

そして、紬ちゃんと繋がれていた手は振りぬかれていた。

そこで私は叩かれたんだとわかった。

 

「・・・バカ!」

 

 

和ちゃんから、いや、友達から初めて怒られた。

自分で望んだこととはいえ、やはり悲しい。

けど、これで、終われる。

しかし、その思惑は外れる。

 

 

「千乃、あなた今どんな顔してるかわかってる?」

 

 

鼻声でそう問いかける和ちゃん。

その声は泣いていて、怒っていた。

 

 

「嘘ついてて、何度も何度も謝ってて、一人にしないでって!そう言ってるのよ!」

 

 

「・・・うそです」

 

 

「嘘なんかじゃないわ!」

 

 

「うそですそんなの!」

 

 

「泣いてるじゃない!」

 

 

「っ、これは」

 

 

「私たちを傷つけないように自分の心を殺してるじゃない!」

 

 

「ちがっ・・・なんで和ちゃんにそんなことわかるんですか!」

 

 

「わかるわよ!千乃のことならなんでもわかるよ!だって・・・だって好きなんだもの!」

 

 

「なん・・・」

 

 

 

瞬間、体が包まれる。

和ちゃんが私を抱きしめる。

 

 

「絶対に離さない。一人になんかさせない。こんなに泣いてる千乃を一人になんか・・・」

 

 

「のどかちゃ・・・」

 

続いて紬ちゃんにも包まれる。

 

 

「私も、千乃ちゃんを1人になんかさせないわ。」

 

 

「・・・どうして?あんなに、酷いことを言ったのに・・・どうして2人は・・・」

 

 

「「何度でも言うわ。愛してるからよ」」

 

 

「・・・でも、忘れるんです」

 

 

「忘れない」

 

 

「誓うわ」

 

 

「「絶対に忘れない」」

 

 

その言葉に、生まれ変わる前だったらありえないと、そう思っただろう。

けど、包まれる温かさは本物で。

2人分の鼓動が、私の心を動かしてるみたいで。

 

だから、愚かなことをしてしまった。

信じたい、なんて。

2年後に来る別れを少しでも軽くしようとしたのに、私は結局もとの道を戻ろうとした。

 

 

「あ・・・あぁ・・・・あああぁぁぁぁぁ」

 

 

声を上げて泣く。

抱きしめられる力が強くなる。

そのことにまた泣く。

 

 

「ごめ・・・ごめんなざいぃ・・・私、2人に、酷いことを・・・」

 

 

「いいのよ千乃ちゃん」

 

 

「そうね。好きな人を抱きしめられてるんだから許してあげるわ」

 

 

「あら。好きな人だなんて照れるわ。でも私の一番は千乃ちゃんなの、ごめんね和ちゃん」

 

 

「何を勘違いしているのかしら。というかそろそろ離れてくれないかしら。千乃と私の邪魔なのだけど?」

 

 

「千乃ちゃんは和ちゃんのものじゃないわよ?」

 

 

「でも告白したわ」

 

 

「えぇ、私も」

 

 

「先に告白したのは私よ。その返答をもらえるまではムギのはノーカンよ」

 

 

 

 

 

抱きしめられて、泣いて。

2人の会話を聞いて。

先ほどまでの緊張がうそのように体の震えが止まった。

私は、こんなにも愛されていたんだ。

そこから1時間ほど、私は泣き続けた。

一生分泣いた気がした。

けど、きっともっともっとこれから先泣くはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

「おちついた?」

 

 

「は、はい・・・すいません・・・」

 

 

「いいのよ千乃。何度も言うけど、好きな人に頼られるのってうれしいのよ」

 

 

顔を赤くする和ちゃんに、つられて赤くなるのがわかった。

そうだった・・・告白されたんだ私。

こんな経験なんてないからどうしたらいいのかわからない。

・・・あ、もしかしてさっきの告白は私を落ち着かせるためのものだったんじゃ・・・。

き、きっとそうにちがいない。

 

 

「ところで、千乃・・・さっきの返事を聞かせて欲しいんだけど?」

 

 

うそじゃなかったー!

どどどどどどどどどどどうしよう!

え、女の子同士だし・・・ってそれはそんなに抵抗はないですね。

・・・ってなんでですか!

なんでそうおもうのでしょうか!

うぅ・・・わからない。

 

 

「はいはい!私も聞かせて欲しいわ~」

 

 

「・・・ムギ?」

 

 

「告白した順番なんて関係ないわ。愛の大きさが大事なの」

 

 

「へぇ・・・私より、自分のほうが千乃から愛されてると?」

 

 

「それを決めるは千乃ちゃんよ」

 

 

ふふんと笑う紬ちゃんと、ちょっと怖い雰囲気の和ちゃん。

ていうか紬ちゃんまでー!

もうなにがなんだかわかりません!

これがモテ期!?

頭が沸騰します!

 

 

「いいわ。千乃、改めて言うわ」

 

 

「そうね。千乃ちゃん」

 

 

「「私と付き合ってください」」

 

 

同時に差し出されたその手。

わ、私はどうしたらいいのですか!?

和ちゃんは始めての友達で、綺麗で頼りになって話しててどきどきします。

和ちゃんといるだけで幸せな気分に慣れるんです。

紬ちゃんはたまに雰囲気が変わって何を言ってるか解らないけど、それでもあったかくて柔らかくてそれでいてがんばり屋さんで・・・やっぱり話すとどきどきします。

あれ?

これって私2人に同じ気持ちを?

いやいやいや!

そんな、だって・・・ていうか本当になんで私なんかにこんな素敵な2人が!?

 

 

「千乃?」

 

 

「千乃ちゃん?」

 

 

上目遣いでそう不安そうに名前を呼ぶ紬ちゃんと和ちゃん。

ああああああ!

もう!

考えない!

 

 

私は、手を掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2人の手を。

 

 

 

 

 




神様「ハーレムエンドへの一歩目・・・?」


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第40話 This Love

毎度のことながら、更新遅くてすいません。
これからもどうか、よろしくお願いします!


Side 律

 

 

今日はクリスマスだ。

軽音部の皆で、唯の家でクリスマスパーティーをすることになっている。

憂ちゃんの手料理とか、、プレゼント交換で澪が一喜一憂する姿を楽しみにしてた。

千乃も初めてのクリスマスパーティーと言ってたので、きっと目を輝かせてくれるんだろうと思ってた。

 

連絡があったのは夕方ごろ。

和と千乃は一緒に来るはずだったんだけど、少し遅れてるのか、と。

その時、和が切羽詰った声で電話をしてきた。

こんなに和が慌ててる声なんて聞いたことがない。

 

曰く、千乃が来ない。

嫌な予感がした。

和は千乃の家に向かうと言う。

大まかな場所は把握しているのか、走り出す息づかいが電話越しに伝わる。

私は急いで、さわちゃんに連絡を取り千乃の家の住所を聞き、折り返すと言った。

 

隣で、澪が不安そうな顔で見ていた。

その頭を撫でて、大丈夫だと言う。

まるで自分に言い聞かせるように。

 

けど震える指に、唯も憂ちゃんも手を止めてあつまっている。

結果、さわちゃんはすぐに教えてくれて、和に電話をかける。

 

わかった、とそう端的に言う和の息は整っていた。

きっとすぐ近くまで来ていたのだろう。

私たちも、その住所に行こうと立ち上がったときに、ムギから電話がかかってきた。

タイミングがいいというのはこういうことか。

 

事情を話す。

一瞬の沈黙。

そして。

 

 

「みんなは家で待ってて」

 

 

「はぁ!?なんで!」

 

 

すぐにでも駆けつけてやりたい。

杞憂だったならいい。

だけどもし、病気が進行していたのなら・・・抱きしめてやりたい。

 

 

「千乃ちゃんのことは、和ちゃんと私に任せて。その代わり、みんなはパーティーの準備を進めてて・・・お願い」

 

 

「パーティーって・・・そんなことよりも」

 

 

「お願い・・・もし千乃ちゃんが泣いてたら・・・温かく迎えてあげられる、そんなパーティー会場を・・・」

 

 

ムギも、最悪の想定をしているのだ。

その上で、千乃のために何が出来るかを考えているのだ。

 

 

「・・・わかった」

 

 

「おい、律!」

 

 

澪が私に食ってかかる。

 

 

「その代わり・・・ちゃんと千乃を連れてきてくれな。みんな、待ってるって伝えてくれ」

 

 

そう言って電話を切る。

横には澪が納得いかない顔をしている。

 

 

「そんな顔するなよ・・・千乃のことはあの2人に任せよう」

 

 

「・・・2人より5人のほうが良いに決まってる」

 

 

「かもな・・・でも、千乃はきっと泣いてる」

 

 

「だから!」

 

 

「だから私たちは千乃が笑ってくれる、そんなパーティーにするんだ」

 

 

「・・・・」

 

 

「手伝ってくれよ。私よりも澪のほうが女の子らしいからさ」

 

 

「・・・うん」

 

 

「・・・ありがとな」

 

 

本当は澪も駆けつけたいんだと思う。

できることなら私だってそうだ。

 

 

「律ちゃん隊長!私はどうしたらいいでありますか!」

 

 

「あー・・・唯は澪と一緒に会場造りしててくれ」

 

 

「りょうかい!」

 

 

唯の明るさに救われる。

憂ちゃんも張り切ってくれてる。

だからさ、千乃。

早く来てくれよな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言おう。

なにがどうなって、こうなった!?

 

 

目の前には千乃がいる。

その両脇には和とムギがいる。

そこはいい。

いつもと同じだから。

けどいつもと違うところがある。

それは、腕を組んでるというところだ。

そしてそれは、なんていうか、その・・・いわゆるカップルのようで。

3人の顔は真っ赤で・・・恥ずかしいならしなきゃいいのに!

 

でも、まあとりあえずは。

 

 

「いらっしゃい、千乃」

 

 

 

 

 

 

 

 

Side千乃

 

 

人は後悔をする生き物だと、前の世界の看護師さんは言っていた。

その通りだと思った。

私はいつだって後悔をしている。

本当にこれで良かったのかと。

今回のことだってそうだ。

 

喪失病が進行して、言いたくはないけど良い区切りだと思った。

けど、甘えの捨てられなかった私は、差し伸べられた手を握ってしまった。

一度でも温かさを知ってしまったら・・・もう1人にはなりたくないと思ってしまったのだ。

本当に後悔だ。

自分も辛い。

相手だって辛くなるのに。

 

そしてなにより・・・2人の手を取ってしまった。

こんなこと今まで経験したことがないのだけれど、私は告白をされてしまったのだ。

それもなんと和ちゃんと紬ちゃんに。

何度夢かと、思った。

和ちゃんと紬ちゃんが告白を、手を差し出したとき、私は頭の中が真っ白になり・・・気づいたら2人の手を取っていた。

つまり、私はどちらかを選ぶことが出来なかったのだ。

2人のことを、同じくらいに好きだとそう思ってるから。

 

怒られても仕方ないと思った。

だって・・・これじゃまるで浮気みたいで・・・。

でも、2人は呆れたように笑った。

そして。

 

「「まあ、千乃(ちゃん)だもんね」」と。

 

 

そして、あれよあれよと着替えさせられ、唯ちゃんの家まで腕を組みながら来たのでした。

 

 

 

「え~っと・・・いろいろと聞きたいことがあるんだけど・・・まずは千乃」

 

 

「は、はい」

 

 

律ちゃんが頭を抱えながら私に問いかける。

テーブルには見たこともないような料理の数々。

テーブルの上や窓、ちょっとしたスペースにはかわいらしい色とりどりの飾り付けが。

きっと澪ちゃんと唯ちゃんだと思った。

 

 

「喪失病、か?」

 

 

「っ・・・はい」

 

 

「そっか。歩きづらそうだったけど・・・」

 

 

「はい・・・あの、体が、上手く、動かなくなって、しまいまして」

 

 

途切れ途切れに、そう伝える私。

ぼやけた視界には、顔をゆがめた律ちゃんが見えたような気がした。

 

 

「あの、でも、私、歌えます、から!いっしょう、けんめい、歌います!」

 

 

できるかどうかはわからない。

けど、私から歌うことを取ったら、軽音部での居場所がなくなってしまう。

それだけは嫌だった。

 

 

瞬間、頭に衝撃が。

そしてほっぺたをつねられる。

 

 

「ったく・・・お前もそろそろ私たちをわかってくれ」

 

 

「・・・え?」

 

 

「喪失病が進行して、体が不自由になって、声も出しづらくなったからって、それが何だって言うんだ」

 

 

「そんなことで、千乃への見方をかえたりなんかしないぞ」

 

 

律ちゃんと澪ちゃんはそう言う。

 

 

「そうだよゆっきー。ゆっきーはゆっきーなんだから」

 

 

唯ちゃんもそう言って、頭を撫でてくれる。

なんで・・・和ちゃんも紬ちゃんも・・・律ちゃんも澪ちゃんも唯ちゃんもなんでこんな優しい声をかけてくれるんだ。

 

 

目が熱くなり、鼻がツンとする。

霞がかった視界が、更にぼんやりとする。

 

 

「あー、律ちゃん泣かしたー」

 

 

「律はそういうところがあるからなぁ」

 

 

「ちょ、お前ら!何で私1人のせいに・・・っは!?」

 

 

「律・・・今年の軽音部の予算、削られたいのかしら」

 

 

「ちょっと向こうでお話しよう?律ちゃん・・・」

 

 

「いや・・・ちょっと待ってくだしゃい・・・」

 

 

「律ちゃんも泣いちゃった・・・」

 

 

「泣いてる律・・・かわいい」ボソ

 

 

「て言うかちょっと待て!千乃のことはわかった!次の疑問は和とムギ!おまえら2人だ!」

 

 

「「何か?」」

 

 

「今日に限って仲が良すぎる!ほら和!千乃の横に変態がいるぞ!腕組んでるぞ!ムギも、千乃の片方の腕がむっつりメガネに取られてるぞ!いつもみたくサーチアンドデストロイしろよ!さぁ!ファイっ!」

 

 

「あぁそのこと・・・」

 

 

「そのことならもういいのよ。良くはないけど」

 

 

「「「へ?」」」

 

 

「「私たち、千乃(ちゃん)と付き合うことになったから」」

 

 

「「「・・・ええええええええええええええええ!!!???」」

 

 

みなさんの絶叫が響きます。

 

 

「いや・・・あのちょっと待ってくれ・・・付き合うって、そういう意味で?」

 

 

「えぇ」

 

 

「・・・女どうしで?」

 

 

「そうよ」

 

 

「・・・・千乃、意味わかってるか?」

 

 

「えと、うぅ・・・はい」

 

 

改めて聞かれると恥ずかしいです。

女の子どうしということも、きっぱりと宣言してくれる2人にも。

 

 

「千乃・・・おめでとう!」

 

 

「澪!?」

 

 

澪さんが私の手を取ってそう言ってくれます。

 

 

「和もムギも本当におめでとう!」

 

 

「和ちゃんとムギちゃんはゆっきーのこと大好きだったもんね~。あ、私もゆっきーのこと大好きだよ~」

 

 

「え、なんでみんな普通なんだ・・・私がおかしいのか?」

 

 

律ちゃんが頭を抱えて、うんうんと唸っています。

気持ちは少しだけわかります。

私だってまだ信じられないのですから。

でも、それでもこの手に伝わる温かさは嘘なんかじゃない。

 

 

「じゃーゆっきーも来たことだし、さっそくクリスマスパーティーはじめよー!」

 

 

唯ちゃんの元気な声が響き、ここにパーティーは開催された。

まず初めに憂ちゃんの手料理が振舞われた。

グラタンやチキン、パスタなどが所狭しとならぶテーブルは宝箱と見間違うほどで。

和ちゃんがお皿に取り分けてくれます。

 

 

「はい千乃。慌てずにゆっくり食べなさい」

「はい、ありがとうございます」

「千乃ちゃん、しんどくない?何時でも食べさせてあげるからね」

「あ、ありがとうございます・・・」

「り、律!このパスタ私が作ったんだ!」

「お、おう」

「しょうがないから律にもたべさせてやる」

「待て!そのパスタって合宿んぼbjhjks」

 

 

澪ちゃんが律ちゃんの口にパスタをねじ込んだ後、律ちゃんが変な声を上げて倒れました。

その光景に、何か思い出してはいけないことを思い出しそうになりました。

唯ちゃんも同じのようで、憂ちゃんが隣で慌てています。

 

 

「澪って・・・料理下手だったのね」

「下手と言うか、あれは料理じゃないわ。実験よね」

和ちゃんと紬ちゃんのやりとりも遠く聞こえます。

 

 

 

 

 

 

「えー、宴もたけなわではございますが・・・」

「まだ始まってすぐだぞ律」

「そろそろクリスマスプレゼントの交換会に移らせていただきたいと思います!」

「きっとはやくプレゼント交換したかったのね」

「うるへー!私はさっき死にかけたんだ!これくらいさせろ!」

「死に掛けたって・・・大げさな。ちょっと喉に詰まっただけだろ」

「ちがうわ!一重にお前の料理のせいだ!」

「まったく律はなにをばかなことを」

「「・・・・・・・・」」

「なんで唯と千乃は黙ってるの?」

 

 

 

 

「ケーキでけー!」

「憂と私の力作です!」フンスフンス

「・・・唯はどの部分を作ったのかしら?」

「はい!苺を乗せました!」

「でしょうね」

「でもお姉ちゃんが乗っけた苺、きれいです!」

「「「「ホントにいい子だ!」」」」

 

 

 

 

「千乃ちゃん!」

「へ、なんですか!?」

「お口のまわりに生クリームが!」

「あ、ほんとだゆっきー」

「大変!真っ白な白濁色のベトベトしたものが千乃ちゃんの顔に!」

「大変なのはお前の頭だ!」

「舐めてふき取ってあげなきゃ!」

「ムギ、そこは下半身よ。クリームがついてるのは・・・ここよ」ペロ

「ずるい!私もする!」

「・・・・・・」プシュー

「千乃が気絶してる・・・ん、どした澪?」

「り、律の顔にもクリームついてるから仕方ないからとってやる!」

「いいよ別に。自分で取れるし」

「なに言ってるんだ!律なんて足の指を使わないと20まで数えられないくらおバカだろ」

「そんなわけあるか!」

「いいからほら!」

「ちょ、ちょっと待て!やめ・・・アッー!」←慣れてないのか、澪ちゃんの指が律ちゃんの目を刺した。

 

 

 

 

「さーさー!プレゼント交換だ!」

「方法はどうするんだ?」

「クジとかかしら」

「誰のが当たるか楽しみだねゆっきー」

「はい!」

「あ、こうしよーぜ。歌を歌ってプレゼントをまわして、歌の終わりに持ってたやつがプレゼントってことで!」

「律にしてはいいアイディアだ」

「失礼な!じゃ、千乃、歌ってくれるか?」

「わ、私ですか?」

「ゆっきー以外にいないよ~」

「そうだな。千乃頼む」

「大丈夫よ千乃。私の千乃なら最高の歌を聞かせてくれるはず」

「千乃ちゃん、私がついてるからね!なんてったってカップルなんですもの私たち!グヘヘ」

「えと、では・・・」

 

聖なる夜。

歌う曲に悩んでしまう。

そして不安になる。

果たして自分はちゃんと歌えるのか。

喪失病により、失くしたものは大きく。

体を動かすのも、話すこともしんどくなってしまっているのだから。

 

でも、みなさんはそんな私でも良いと言ってくれた。

その言葉に、私は救われて。

そしてその気持ちを形にするために、口を開く。

 

 

「This Love」

 

 

この曲はアンジェラアキさんという歌手の歌。

この曲のテーマは『愛』である。

恋人、家族からの愛、そして自分からの恋を歌ったこの歌は、聞くもの全てに愛を思い出させるバラードとなっている。

愛を信じ、愛の力を信じる。

楽しいことばかりではないけど、それも含めてあなたを抱きしめる。

静かに優しく歌い始め、サビの部分では一変してなんと力強いことか。

これが私の今の気持ちだ。

喪失病に囚われた私を、みなさんの『愛』が優しく解き放ってくれる。

嬉しい。

気づいたら私は歌い終わってた。

あれだけ、話すことが難しくなっていたのに、歌を歌っている間だけはちゃんと口にすることが出来ていた。

 

歌い終わった私を皆さんが見ている。

 

 

「やっぱり千乃の歌は最高だな」

「当然よ。私の千乃なんだから」

「えと・・・あり、がとう、ございます」

・・・歌い終わったら、またもとの喋り方に戻ってしまう。

そのことに、皆さんの顔がすこし歪んだ気がした。

 

 

でも、手を取ってくれた。

 

「千乃へのプレゼントは・・・これだな」

 

見れば赤を基調とした包装紙にくるまれた真四角の箱。

いったい誰からのプレゼントなのだろう。

見渡してみても、みなさんがニヤニヤしているだけ。

 

 

「ゆっきー、早くあけてみてよ~!」

「バカ、唯!バレるだろう!」ヒソヒソ

「お前もだよ澪」

「さ、千乃ちゃんどうぞ」

 

 

「・・・」ドキドキ

 

 

胸が膨らむ。

いったいなんなんだろう。

 

 

そこにあったものは手のひらサイズのペンダントでした。

可愛いハートの形をしたペンダント。

綺麗・・・。

 

 

「千乃、ここを押してみて」

 

 

和ちゃんに言われるがままに押してみる。

すると、ペンダントは開き、そこには写真が入っていた。

これは・・・軽音部のみなさんで合宿をしたときの写真だ。

各々が楽器を持ち、笑いあっている写真。

あぁ・・・もうなんだか懐かしい。

目に涙が溜まるのが解った。

ダメですね。

最近はなんだか涙もろいです。

 

 

「千乃!?」

「どこかいたいの!?」

 

 

「ちがい、ます・・・うれしいん、です・・・こんな、素敵な、プレゼント、皆さんからいただけるなんて・・・・」

 

 

「・・・ばれたか」

「はい・・・」

「なんでわかったのー?」

「だって・・・こんな・・・こんなに、優しい思いが、溢れてて・・・あったかかった、から・・・」

「千乃・・・」

「アイディアは唯だけどな」

「千乃ちゃんへの初めてのクリスマスプレゼント、みんなで一生懸命作ったの。気に入ってくれるかしら・・・」

「はい・・・!一生、大事に、します。ありがとう、ございます!」

「よかったよかった」

 

 

 

そう、きっと、一生肌身離さず持っている。

喪失病でなにもかも失くしてしまっても、これだけは。

 

 

 

「さ、千乃にはプレゼントが回ったけど私たちはいったい誰のかな?」

「あ、唯が持ってるやつは私のだ」

「澪ちゃんの・・・わー可愛い!ブックカバー!」

「私は・・・憂のね。ニット帽ありがとう」

「澪は誰のだ?」

「和のやつだ。おしゃれなカバン・・・ありがとう!」

「と言うことは・・・ムギが私ので」

「律ちゃんが私のということね・・・くまのぬいぐるみ?」

「・・・なんだよみんなその目は!」

「いや・・・意外だな~って」

「律ちゃんのキャラじゃない」

「うるせ!・・・ムギなにこれ」

「なにって・・・お薬よ?」

「なんか瓶のところに『ハエールMAX』って書いてあるんだけど・・・」

「うん」

「・・・何の薬?」

「生えるの」

「・・・なにが?」

「男の子の象徴」

「いらねーよ!」

「えぇ!?どうして!女の子同士でもそれを飲めば○○が△△で××が出来るのに!?」

「お前の頭の中はそればっかりか!ていうかどこで売ってるんだこんなもの!」

「良くぞ聞いてくれました!琴吹病院のある研究部門で開発された新薬なのです!」

「なんて名前のところだよ」

「女の子の女の子による女の子のための社会を目指す、男撲滅同好会です」

「同好会が作ったの!?大丈夫なのかこの薬」

「大丈夫よ、その薬の効果は私も保証するわ」

「使う機会が一番ないプレゼントだ・・・ちくしょう」

「り、りつ!私明日までパパとママがいないんだ!」

「・・・だからなんだよ!」

 

 

 

 

「ところで千乃のプレゼントは?」

「そういえば・・・」

 

 

「あ、えと・・・ここに・・・」

 

 

「ありがとう千乃」

 

 

「いや、なにを勝手に持って帰ろうとしているの和ちゃん」

 

 

「あら、あなたは律のプレゼントもらってたじゃない」

 

 

「和ちゃんだって憂ちゃんのもらったでしょ!」

 

 

「千乃のプレゼント・・・気になるな。っていうか私も欲しい。この薬だけじゃなんかやだ」

 

 

「あら、ひどいわ律ちゃん」

 

 

「まーまー。それよりも開けてみようよ!」

 

 

そう言って皆さんが私のプレゼントを囲む。

そして綺麗に包装された紙を、和ちゃんが丁寧に開けていく。

 

 

「・・・わぁ!」

 

 

「綺麗・・・」

 

 

イヤリング。

既製品ではなく、手作りのもの。

体が上手く動かなくなる前から、菊里さんに手伝って貰いながら作ったもの。

それぞれのカラーに合わせ、また星や花の形もイメージに合わせたもの。

自分でも驚くほど、上手くできたと思っています。

菊里さんも、褒めてくれました。

 

 

 

「すごい・・・しかも人数分ある」

 

 

「いいのかこんなに高そうなもの・・・」

 

 

「いえ、えぁっと、手作り、なんです・・・すいません」

 

 

「まじ!?すげー・・・すっげー嬉しい!」

 

 

「ありがとう千乃ちゃん!」

 

 

喜んでもらえてよかった・・・そして皆さんの笑顔に、また私は力をもらえる。

 

 

「あれ・・・でも1個あまってるぞ?」

 

 

「あ、それは・・・その、後輩に・・・」ゴニョゴニョ

 

 

「なるほど!来年の新入生のために作ったんだねゆっきー!」

 

 

「気が早いなー」

 

 

「でも、千乃らしいよ」

 

 

 

こうして、私の初めての友達とのクリスマスパーティーは終わっていくのでした。

 




神様「次の更新こそ・・・早めに・・・!」


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第41話 死の黒鍵、生の白鍵 夏の林檎 オーダーメイド

怒涛の更新。
けど、短めです!
よろしくお願いします!



Side 千乃

 

 

年が明け、はいた息が一層白くなる。

けど、どこかすがすがしい気分になるのは新しい一年が始まったからでしょうか。

残された時間はあと2年とすこし。

あれから喪失病は進行はしていないけど、それでもそのいつかはやってくる。

それだけは変わらない。

けど、前と違って私は1人じゃない。

そのことが私を喪失病へ立ち向かわせる勇気をくれる。

さぁ、今日も精一杯に生きよう。

 

 

 

 

 

薄暗い舞台の上。

壇上には私と・・・頼りになる4人の友達。

 

 

「死の黒鍵、生の白鍵」

 

 

落ち着いたメロディで始まるこの曲は、対照的な2人の人物を歌う曲である。

サビに入るまで淡々と進むが、中盤に差し掛かりサビになると感情を一気に吐き出すような物語になっている。

幻想的な歌詞と曲調は非常にマッチしており、きっと私たちHTTのマスクとも合っているのではないかと思う。

そして・・・終わりの世界をイメージされたこの曲は私とも合っているのだろう。

終わった世界、その後に何が残るのか。

その答えはきっと、聞く人の感性や想いによって変わるのだろう。

 

 

 

 

律ちゃんの今回の作戦は、圧倒的な謎をかもし出すこと。

つまりは、幻想的な曲やミテリアスな構想で固めてHTTのイメージを固めると共に、人伝えに噂を流されること・・・らしいです。

 

 

 

 

 

「夏の林檎」

 

 

これはkalafinaさんの曲。

民族的な曲調の始まり。

これもまた、聞く人の想像力に委ねられる歌詞である。

だがしかし、心の奥底にすっと染み込むようなメロディと歌詞に、きっと誰もが共感してしまうだろう。

そして、すこしの恐怖感。

アリスの世界のような、どこかおかしいと感じることだろう。

それこそ、誰もが持っている林檎と言う名の世界なのだ。

 

 

 

 

「オーダーメイド」

 

 

最後の曲はRADWIMPSの曲。

さすがに隙間なく歌い続けているからか、疲労が隠せない。

けど、それは私と音楽を作り続けている4人も一緒なのだ。

だから、私は歌う。

失望なんてさせたくない。

喪失病でも、負けたくはない。

 

 

オーダーメイド。

この曲は生まれてくる前、きっと人間よりも上位の存在にどうなりたいのかと問われるという物語。

腕も足も、どの部分も2つずつ付けてあげようといわれた主人公は、まず口は一つだけでいいとお願いをする。

そうすることでたった一人とだけ愛し合うことが出来るから、と。

心臓も2つずつ付けてあげようといわれた主人公は、それも1つだけでいいとお願いをする。

いつか大切な人と出会い、その人を抱きしめたとき、2つの鼓動がちゃんと感じ取れるから、と。

ファンタジックな世界観に加え、その場面一つ一つが頭に浮かび、もしかしたら記憶がないだけで、私たち人間は生まれてくる前、一人ひとりがこうやってお話しをしていたのかもしれない、と思わせるのです。

 

最後に、涙をオプションで付けてあげることが出来るとその人は言う。

主人公は・・・それを・・・。

 

 

 

 

 

歌い終わった私たち。

そのことに気づいたのか、ライブハウスの人達が一斉に歓声をくれる。

そして、舞台上の電気が消え、上手く動かない私の体を紬ちゃんが支えて歩いてくれる。

自分も疲れているのに。

息もたえたえの声でありがとうと言う。

にっこりと微笑む、紬ちゃんを綺麗だと思った。

 

 

「今回のライブも成功だったな!」

 

 

律ちゃんがペットボトルの中の水を飲み干して言う。

 

 

「そうだな・・・っと。律、早く着替えろ。次の人達が待ってる」

「へーへー」

 

 

年明け。

私たちは以前のライブハウスで年明けライブを行った。

私たちのほかに7組のバンドグループが参加しているので、それなりに活気がある。

 

 

「千乃ちゃん、私が着替えさせてあげるからね」ハァハァ

「ひ、ひとりで、できます、よ?」

「遠慮しないの!」ムフー

「おい警察呼んでくれ」

「もう慣れたよこの光景」

「ムギちゃんは本当に千乃ちゃんが好きだねぇ」

「熱々のカップルだからな」

「和ちゃんがいないこの瞬間こそ私だけの時間よ」

「残念、私はここにいるわ」

「の、のどか、ちゃん」

「お疲れ様。さっそくだけど外、すごいことになってるわよ」

 

 

すごいこと?

律ちゃんの顔が嬉しそうに歪んだ。

 

 

「着替え中止!全員このまま外に出るぞ!」

 

 

そういった律ちゃん。

他のみなさんは頭をかしげている。

今回の衣装は、ワイシャツに赤いネクタイ。

そして真っ黒のパンツで、スタイリッシュな格好です。

そして当然菊里さんのくれたマスクと・・・私の作ったイヤリングを皆さんしてくれています。

だから、正直マスクさえ取れば目立つことはないと思います。

 

 

「どうして?」

 

 

律ちゃんの意味はわからないですが、きっと意味があるのです。

 

 

「いいから!あ、それと私たちの今のキャラはミステリアスな女バンドだからな!変な発言するなよ!」

「律に言われたくないよ・・・っていうかまさか・・・」

「そのまさかだ!」

 

そう言って、ドアを開け通路を歩いていく律ちゃん。

そしてロビーに出るとそこには・・・たくさんの人がいました。

察するに、先ほどまで音楽を聞いてくれていた人達。

観客とでも言うのでしょうか。

その人達が一斉にこっちを向き、そして歓声を上げた。

 

 

「きゃっぁぁぁ!HTTの人達よ!」

 

その声をかわぎりに、押し寄せてきます。

和ちゃんと紬ちゃんが私の前に立って押されないようにしてくれます。

 

 

「あ、あ、あ、ああの!私、ファンなんです!」

 

 

ファン・・・いったい誰のでしょうか。

 

 

「この間、始めてHTTの演奏を聞いて、それですごく感動しちゃって!」

 

 

他の女の子もそういってくれます。

まさかファンとは・・・私たちHTTの!?

 

 

「ふふ、ありがとう」

 

 

律ちゃんがそう言う。

いつもとは雰囲気の違う律ちゃん。

これがさっきいっていたミステリアスな雰囲気なのでしょうか。

横を見てみると、澪ちゃんも口に笑みを浮かべ握手に応じている。

いや・・・よく見てみると律ちゃんとは違い、喋っていない。

きっと、気絶しているのでしょう。

唯ちゃんもノリノリで律ちゃんのように大人びた雰囲気で応対している。

もちろん紬ちゃんもだ。

なんだか・・・絵になりますね。

 

 

 

「あ、あの!ボーカルの方ですよね!?」

 

 

そういわれて私はその声の主を見る。

そこにいたのは、以前、私の荷物を拾ってくれた女の子でした。

たしかこの女の子も音楽をやっているのです。

 

 

「・・・はい」

 

 

一応、私なりにミミステリアスっぽく応対しようとしたのですが、結局解らないのでいつも通りになってしまいそうです。

 

 

「えっと・・・すごく感動しました!歌詞は誰が考えているのですか!?」

「・・・みんなで考えてます」

 

この世界になかった曲。

それをそのまま今の世に出すのではなく、私たちなりにアレンジを加えたり時には1から考えたりしています。

 

 

「すごいです・・・普段どんな練習しているんですか!?」

「・・・普通に」

 

なんだか素っ気無い返事になっているような気がします。

 

 

「えっと・・・お名前とか・・・教えて貰えませんか?」

「・・・・・」

 

 

これは言ってしまってもいいのでしょうか。

困っているところに他の女の子が叫んだ。

 

 

「リリィ様~!」

 

 

リリィ・・・彼岸花を英語で言うと確かそういう呼び方だった。

と言うことは、私のことでしょうか。

 

 

「リリィ・・・さん?」

 

 

目の前の、私を助けてくれた女の子がそう問いかけてくる。

 

 

「・・・そう」

 

 

もうどうにでもなれーと思った。

そこから、唯ちゃん律ちゃん澪ちゃん紬ちゃんのこともマスクの花を英語呼びにしてファンの皆さんから親しまれていました。

 

 

「あの、リリィさん!」

 

 

「・・・なに?」

 

 

「私も、音楽をやっているんです!」

 

 

知っていますよ。

そう言おうとして口を塞ぐ。

 

 

「まだまだ下手なんですけど・・・それでも音楽が大好きで、いつかは、その・・・プロになりたいって・・・おもってます・・・」

 

 

真っ赤になって小さくなる。

 

 

 

 

 

「HTTも、プロを目指しているんですか?」

「・・・はい。私たちの夢です」

 

その言葉に顔を輝かす少女。

 

 

「千乃・・・そろそろ・・・」

 

 

耳打ちで和ちゃんがそういう。

きっと立っているのが辛くなってきたのを察してくれたのだろう。

見れば他のメンバーも切り上げようとしている。

 

 

「じゃぁ・・・そろそろ」

 

 

そう言って立ち去ろうとする私を。

 

「あの・・・私、中野梓と申します!今年高校生になります!」

「・・・・」

「えっと・・・その・・・私もHTTに・・・」

 

その瞬間、人の波が流れ出し、外に出ようとした私たちにたくさんの歓声とプレゼントを渡す。

そのおかげで、中野梓さんの声はかき消された。

 

人の波に動けなくなった私を紬ちゃんと和ちゃんが引っ張ってくれた。

中野梓ちゃんが何かを言おうとしているんが見えたけど、待っている時間はない。

だから。

 

「待ってる」

 

 

そういった。

また次の機会なんて、必ずあるとは言えない。

それが私の抱えているものだ。

けど、なんでかな。

この子とはきっとまた会える。

そんな確信がある。

だから、その時まで。

 

 

「待ってるよ」

 

 

こうして2度目のライブは終わり、みなさんで唯ちゃんの家に上がらせて貰いました。

 

 

「うぷぷ・・・見たかみんな!私たち人気者だぜ!」

「すごかったねぇ~!あんなに感動したって言ってくれて!」

「そうだな。だけどこれで満足しちゃいけないぞ。私たちの目的はプロになることだ」

「みおちゅわん、気絶してたクセにあいかわらずだわね~」

「んな!」

「千乃ちゃん、体痛いところない?大丈夫?」

「はい、だいじょう、ぶ、ですよ」

「無理はしないで。しんどかったらすぐに言うのよ」

「はい、えと、さっき、人に押され、ないように、助けてくれて、ありがとう、ございます・・・2人とも、かっこよかった、です、王子様、みたいで…」

「千乃を守るのは私たちの役目よ」

「私は役目なんて重く考えてないわよ千乃ちゃん!大好きな千乃ちゃんを守りたいから守るの~」

「・・・私だって千乃のこと誰よりも好きよ」

「・・・し、知ってます、よぉ」

改めて言われると、すごく恥ずかしいけど、それ以上にこれほど愛されているのかと嬉しくなります。

 

 

「「かわいすぎ・・・キスしたい」」

 

 

「ストップ!いちゃつくのはあとあと!」

 

律ちゃんの声に目の色が変わった2人が止まる。

 

 

「まずは貰ったもの確認しようぜ!」

 

 

律ちゃんの手にはたくさんの小包や封筒が。

 

 

「ファンの人からの贈り物か」

「なにが入っているのかなー」

「気になる・・・」

「澪宛のはきっとホラー映画とかだな」

「怖いこと言うなバカ律!」

 

いつものやり取り。

自然と笑顔がこぼれます。

 

 

「じゃ、あけるぜ」

 

 

そこには応援の言葉や、感動した、これからも頑張ってくださいなど、多くの励ましの言葉でした。

他にも、クールな澪ちゃんのファンや、ボーイッシュな律ちゃんのファンなど個別のファンからの贈り物も多かった。

当然、紬ちゃんと唯ちゃんのものもあり、何より驚いたのは私のもあったこと。

信じられなかったです。

『綺麗な歌声』『ずっと聴いていたい』など。

涙が溢れそうになるのをぐっとこらえます。

 

全部丁寧に読み、大切に保管するために憂ちゃんが手紙を入れるためのお菓子のかんかんをくれました。

 

 

ひとしきりプレゼントも確認し、一段落というところに、一枚の封筒を律ちゃんは懐から取り出した。

どうやら律ちゃんはこれを見せたかったらしく。

そして今日最大の驚き。

 

そこには、『海馬コーポレーション』と書かれた名刺が。

なんだろうとマジマジとみていると律ちゃんが呆れたように、けれどこらえきれないように言った。

 

「海馬コーポレーション!遊園地とかゲームとかが有名な企業だけど最近は音楽も取り扱っているんだ!」

「はぁ・・・それで?」

 

「だーかーら!その海馬コーポレーションから話が来たんだ!」

 

「だからなんの!」

 

 

「スカウトだよ!」

 

 

胸の鼓動が聞こえた。

私たちは。

 

 

「私たちHTTがプロになれるチャンスが来たってことだ!」

 

夢に向かって走る列車に、乗り込んだのだと。

 




神様「海馬コーポレーションキター!」


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第42話

遅くなってすいません。
今回はちょっと短めです。
そして、無理やりカンががががががが。
よろしくお願いします!



Side 千乃

 

 

 

あの年明けライブから3日が経ち、私たち軽音部はふわふわと落ち着かない気持ちを抱えていた。

原因は一枚の名刺。

海馬コーポレーションと銘打たれ、目もくらむほどの美しさで描かれている竜のシンボルマークが眩しい世界的な企業。

テーマパークやゲームソフトなど、子供達が幸せになれるモノを作り出すことを第一とするこの企業は、その他にも様々なジャンルしも手を出しているらしいのです。

そしてその中には音楽もあり・・・よくテレビで見かける有名なアーティストやCMソングなどなど、上げればキリが無いくらいに海馬コーポレーションがプロデュースし、世に出た人達がいる。

そしてその人達は紛れもなく、『本物』であるのです。

 

 

そんな海馬コーポレーションの人が、私たちHTTのライブを見て、声をかけてくれたのだそうです。

律ちゃんと唯ちゃんはこの3日間、ニヤニヤが止まらなかったそうです。

本当はすぐにでも、あのライブの後にでも話をさせて欲しかったのだそうですが、澪ちゃんが気絶をしては復帰し、名刺を見せたら気絶をして、と。

その繰り返しで、すこし時間を空けることにしたのです。

私も少しだけそのことにホッとしたのは内緒です。

夢にまで見た『プロ』という場所。

こんなチャンスは本来ありえないと思います。

 

そして今日、海馬コーポレーション本社、応接室に私たちは来ているのです。

ふかふかのソファーに、大理石の机。

スーツ姿の綺麗なお姉さんが淹れてくれた紅茶が湯気を躍らせている。

このティーカップも相当高いんだろうなぁ・・・でも紬ちゃんの持ってきてくれているものも高いんでしたっけ・・・なんてへんなことを考えてしまいます。

緊張が止まりませんね。

 

横を見れば、澪ちゃんは・・・いつも通りとして、あの律ちゃんや唯ちゃんも心なしか表情が硬い気がします。

見えづらくなった眼でも、なんとなくわかるほどなのできっとそうなんでしょう。

紬ちゃんは、横に座ってくれていて、初めて来る場所でもサポートをしてくれています。

本当に・・・うれしいです。

こ、こ、恋人、ですから私も貰ってばかりではなく、紬ちゃんに何かをしてあげたいのですが・・・難しいです。

っと、また思考が逸れてしまいました。

今回、海馬コーポレーションに来ている理由、それは律ちゃんが名刺をくれた人とお話をするためで、どんな話になるのかはわからないのですが、それが更に緊張を煽ります。

 

 

数回にわたるノック。

そして扉が開かれ。

現れたのは高そうなスーツをパリっと着こなした、女性の方でした。

 

 

「お待たせして申し訳ありません!」

 

 

少し小柄で、首もとまで伸ばした髪。

そしてその髪をまとめるために、両サイドを大きなピン止めを2本使い、クロスされているのが見える。

ぼやける視界には、優しそうでふわふわした雰囲気の女性だとわかる。

唯ちゃんみたいな雰囲気で、親近感を覚える。

それは私だけではないようで、みなさんも緊張がすこし和らいだように感じました。

 

 

「私、海馬コーポレーション人材育成課の阿澄ゆのと申します!」

 

 

ぺこりと、挨拶をしてくれた阿澄ゆのさん。

私たちも立ち上がり、それに習うように挨拶をする。

 

 

「は、はじめまして!田井中律です!」

「平沢唯です!」

「秋山澪です!」

「琴吹紬です」

「えっと、湯宮、千乃、です」

 

 

「よろしくおねがいします」

 

 

阿澄ゆのさんは、緊張気味の私たちに微笑み。

 

「どうぞ座ってください」

 

と。

 

 

「さっそくですが・・・HTTのみなさんのライブを見させていただきました」

 

ズイっと対面に座った阿澄さんが、体をこちらに寄せてくる。

 

 

「大変感動しました!」

 

 

その言葉を聞いたとき、軽音部のみなさんの表情に嬉しさが浮かび、照れくさくもありました。

 

 

「私、この会社で新しい人材の発掘と育成を担当する部署にいましてですね、日本全国色々なところに足を運ぶんです」

 

「すごーい!私なんてほとんど家の回りしか行かないよー。あ、でもムギちゃんの別荘が一番遠出したところムガ」

 

いつも通りの唯ちゃんの口を、律ちゃんが慌てて抑えます。

 

「すいません!どうぞ続けてください!」

 

 

「あはは・・・えっとそれでですね、自分の目で、耳で、肌で感じてピンと来るものを探しているんです。まあ簡単に言うと将来有望な若い子たちや、今まで埋もれていた才能ある人に声をかけて回っているんです!」

 

 

「たしか、海馬コーポレーションはここ近年ですごく成長された企業ですもんね」

 

 

「お、おいムギ」

 

 

「そ、そうなんです!今の社長になって会社の方針が一新されて、各分野、様々な方面に手を入れてるんです!社長はすごいんです!機械の発明も芸術の昇華も子供達のための施設も、全部取り揃えていて、世界中の子供達が楽しめるものを提供するのが夢なんだって!

私もその企業理念に感動して、一生懸命勉強してこの企業に入ったんです!・・・あ」

 

 

途中からすごい勢いで話し始めた阿澄さんは、顔を赤くしながら席に座りなおしました。

その様子に、もう私たちに緊張感はなくなっており、阿澄さんを微笑ましい眼で見ている律ちゃんや唯ちゃんもいるのでした。

 

 

「す、すいません・・・話が逸れてしまいました」

 

こほんと咳払いをし、再度こちらに眼を向ける。

 

「そしてですね、今回たまたまHTTのみなさんの音楽を聴き、これだ!って思って声をかけさせていただいたということです」

 

 

「・・・・・・・」

 

 

「つまり、海馬コーポレーションプロデュースで、メジャーデビューしませんかということですか?」

 

 

「そうです!社長の審査を受けていただく形になりますけど、HTTのみなさんでしたら絶対大丈夫だと私は思っています!」

 

 

拳を固める阿澄さん。

律ちゃん唯ちゃん澪ちゃんの3人は喜びを隠せないようで笑顔が浮かんでいます。

 

けれど。

紬ちゃんだけが何故かその笑顔を浮かべることがありません。

そしてその紬ちゃんが口を開く。

 

 

「もしそのお話を受けさせていただく場合、担当は阿澄さんが?」

 

 

「はい、私はHTTの担当をさせていただきます!」

 

にっこりと笑う阿澄さん。

それとは対照的に紬さんは厳しい表情をしたままです。

 

「失礼ですが・・・阿澄さんは」

 

「ゆのでいいですよ!」

 

「・・・ゆのさんは、今までにも担当された方はいらっしゃるのですか?」

 

「いえ、まだ入社して1年目でして・・・もしHTTのみなさんがこのお話を受けてくれたなら、初めての担当・・・マネージャーということになります!」

 

その言葉を聞いて、紬ちゃんは一層顔を渋いものにします。

その理由を私は解りません。

 

「・・・担当を替えていただくことは、できるのでしょうか?」

 

そして、紬ちゃんのその一言によって場は凍りつくのでした。

 

 

 

 

 

応接室。

いるのは軽音部のメンバーだけ。

ゆのさんは、席を外しています。

先ほどとは打って変わって、皆さんの顔には困惑が浮かんでいます。

紬ちゃんの言葉によって、凍りついた場。

律ちゃんが、ゆのさんに謝って軽音部だけで話させて欲しいと言い、ゆのさんには席を外してもらっているのです。

部屋を出て行くときのゆのさんの顔。

沈痛な表情をしていたような気がします。

 

「ムギ・・・なんであんなこと言った?」

 

律ちゃんが言う。

いつもと違ってすこし厳しい口調で。

 

「そうだよ~。せっかくゆのっちが声をかけてくれたのに~」

 

「それにあんな言い方・・・ムギらしくないって言うか・・・」

 

唯ちゃん、澪ちゃんも言う。

 

けれど紬ちゃんは動かない。

眼を閉じたまま、話を聞いている。

そして口を開く。

 

「経験豊富な人にマネージメントしてもらったほうがいいと思っただけよ」

 

「なんでだよ。確かにゆのさんは経験浅いかも知れないけど、だからこそ一緒にやっていけるって思えるじゃん」

 

 

「・・・みんな忘れてない?私たちには時間がないのよ?」

 

 

その一言で、私は解りました。

紬ちゃんがなんであんなことを言ったのか。

 

「私たちには・・・千乃ちゃんには時間がないの」

 

そう言って、席を立つ。

紬ちゃんは部屋をでていく。

 

律ちゃん、唯ちゃん、澪ちゃんは呆然としたままだ。

私は・・・急いで紬ちゃんの後を追った。

 

 

 

「ま・・・待って」

 

ぼやける視界、ぴかぴかのオフィス。

なれない場所で、壁に手をつたえさせながら後を追う。

 

そのことに気づいたのか、紬ちゃんが支えてくれる。

 

「千乃ちゃん・・・」

 

「紬ちゃん・・・ごめんなさい・・・わたしのせいで」

 

「それはちがうわ!私が・・・無力だから・・・絶対に喪失病を治すって決めてたのに・・・症状が止まらない・・・もちろん諦める気なんてない・・・けど・・・それでも・・・怖くて仕方ないの・・・千乃ちゃんがいなくなっちゃうんじゃないかって」

 

「つむ、ぎちゃん・・・」

 

「おかしいと思うけど、早くプロになって、たくさんの人に私たちが認められれば、喪失病も治るんじゃないかって、千乃ちゃんがずっと私の隣にいてくれるんじゃないかってそう思うの!

だから・・・だから!」

 

「紬、ちゃん・・・泣かないでください・・・紬ちゃんの気持ち、嬉しい、です。だから・・・」

 

「うぅ・・・私、ゆのさんに酷いこと言っちゃった・・・私たちのことを認めてくれたのに、私・・・」

 

抱きしめる。

紬ちゃんは優しい。

そんなこと解っている。

だから、私のことを思ってきっとこう思ったのだろう。

経験のないゆのさんではなく、ベテランの人にマネージャーを任せてつつがなくデビューを終えようと。

私が喪失病で、時間がないから。

紬ちゃんは、そう思ったのだ。

 

「紬ちゃん、の、いいところ、わかってます。誰かのため、に一生懸命、になれるとこ。

その気持ちだけ、で、私は、嬉しい、です」

 

泣きじゃくる紬ちゃんの背中を、さび付く腕で軽く叩く。

リズムは一定ではないけれど。

私のために、嫌な役を引き受けて、そしてこうやって傷ついてしまっている。

 

「でも、私は、その気持ち、よりも、紬ちゃんが傷ついてしまうこと、のほうが、嫌です。

紬ちゃん、が、誰かから、誤解されて、しまうことのほうが、嫌です」

 

だから。

 

「一緒に、ゆのさん、のとこに、行きましょう?」

 

私の胸の中で泣く紬ちゃんが顔を上げる。

こうしてみると、やっぱり紬ちゃんも女の子で、子供なんだなと思う。

いつもはみんなを優しく包み込む、お母さんのような紬ちゃんだけど。

こういう姿を見せてくれるのは私の前でだけ。

自然と頬が緩む。

 

「うん・・・」

 

にっこりと、微笑を返す。

 

 

 

 

 

 

ひとまず私たちは、3人のもとへと戻り、話した。

紬ちゃんはその間も、私の手を握ってもじもじとしていた。

だから、拙い言葉だけど私が説明をした。

3人は怒る、なんてことはせず、浮かれていたと逆に謝ってきた。

私はそれにすごい勢いで首を横に振る。

みなさんが気にすることなんかじゃなくて、私がいけないのだから。

紬ちゃんもみなさんに謝って、私も謝る。

そうして、みんなで顔を見合わせて自然と笑いが起こる。

 

いつか、こうして笑い会えることが出来なくなることに、どうしようもないっ不安と焦燥感があるけれど。

それでも私は、今こうして、みんなで楽しいと思える日々を過ごせることに感謝するのです。

 

 

そして律ちゃんが、ゆのさんにもう一度お願いしにいこうと言い、直接赴くことにしました。

どこにいるのかわからなかったので、受付の人に聞こうと思い通路を歩く。

その途中、ゆのさんの声が聞こえた。

そこは休憩室。

自動販売機といくつかのテーブルとソファがある。

こういったちょっとした休憩室でさえも至れり尽くせりの設備なあたり、やはり大企業なんだと気後れしてしまいます。

 

話しているのはゆのさんと、もう1人、女性の声。

その内容は、私たちのことだった。

 

 

 

 

「やっぱり私、この仕事向いてないのかな・・・」

 

消え入りそうな声で、俯き話すゆのさん。

その原因が私たちにあるので、申し訳ない気持ちで一杯になってしまう。

 

「そんなことないよー。ゆのっちは面倒見も良いし」

 

相手の女性、ゆのさんは小柄だけれど、その女性は背が高く。

声の大きさもはきはきとした通りのよい声もどちらかというとゆのさんとは逆の印象を受けた。

 

「それにゆのっち、この会社に入るために一生懸命勉強したんでしょ?簡単に諦めちゃだめだよー」

 

「宮ちゃん・・・」

 

「なんかこういう会話してると、高校時代思い出すね。あの時はまだ私たちも絵描きの卵だったもんねー」

 

「結局、絵描きにはならなかったけどね」

 

「絵を描くことよりも、やりたいことが見つかったってことだもん。恥じることじゃないよ?」

 

「うん・・・ありがとう宮ちゃん」

 

「いえいえー。ゆのっちが落ち込むと私が慰めるのはいつものことだからね」

 

「もう・・・宮ちゃんってば」

 

「あはは。でもさ、やりたいことが見つかって、一生懸命勉強して憧れの会社に入って。

それで、初めてこれだって思える人達と会えたんでしょ?」

 

「・・・うん」

 

「だったらさ、自分の気持ちが伝わるまで相手に何度でも伝えなきゃ!

大丈夫、ゆのっちならできる、絶対できるよ」

 

「うん・・・うん!」

 

「それに、ちゃんと結果出さないと社長にも怒られるしねー。粉砕、玉砕、大喝采!って」

 

「うぅ・・・それはいやだよ~」

 

「ゆのっち、社長のこと大好きだもんね」

 

「ち、ちがうよー!尊敬してるし憧れだけど、そういうのじゃ・・・迷惑だろうし・・・」

 

「かわいいなーゆのっちは」

 

 

 

話している会話を遠巻きに聞きながら、私たちは顔を見合わせる。

ゆのさんのやりたいこと、それがなんなのかわからないけど、それでもゆのさんは真っ直ぐだ。

まだ、私たちと一緒にやって聞こうと思ってくれている。

なら私たちがすべきことは・・・。

あれ?

紬ちゃんがいません。

どこにいったのでしょうか。

 

 

「ゆのさん!」

 

紬ちゃんの声。

見ればゆのさんの目の前に紬ちゃんがいるではありませんか。

 

 

 

「さっきはすいませんでした・・・それで、今更虫のいい話かも知れませんが、ゆのさんと一緒にやっていかせてください。

どうか私たちを、私たちの歌を世界に届けさせてください!」

 

勢いよく頭を下げる紬ちゃん。

 

急いで私たちも駆け寄る。

そして頭を下げる。

 

ゆのさんが慌てて立ち上がり。

 

「わ、わ、えっと、顔を上げて?」

 

そしてゆのさんは続けて言う。

 

「私のほうこそ・・・経験もなくて、本当はあなたたちをベテランの先輩に任せたほうがいいか持って思ってたけど・・・どうしてもあなたたちと一緒にやりたいの。

・・・笑わないで聞いてくれる?」

 

頷く。

 

「私がこの会社に入ったの、社長が全世界の子供達を笑顔にしたいって言ったからなの。

恥ずかしいんだけど、私、高校時代は絵描きになりたかったの。

私の絵を見て、誰かの心を豊かにしたいって思ってたの。

でも、私、才能なくて・・・。でも誰かを笑顔にしたいって言う気持ちはなくならなくて。

そんな時に、私に出来ないなら、他の誰かに任せようと思ったの。

私に出来ないこと、まだ見ぬ誰かならできるかもって。

他人任せになっちゃうみたいで嫌なんだけど、それでもどうしてもその夢だけは捨てられなくて。

だから、私と同じ夢を持つ人を見つけて、その人と一緒に誰かを笑顔にすることが出来たらなって・・・その手助けが出来たら言いなって思って、この会社に入ったの。」

 

「ゆのっちは真面目だからね。うそは言ってないよ」

 

「それでね、あなた達HTTの演奏を聞いたとき、この子達とならできる、ってそう思ったの。だから、お願いするのは私のほうで・・・。

まだまだ若輩者で、一生懸命やるけど、もしかしたら頼りないところを見せてしまうかも知れないけど・・・それでも、どうか私と一緒に・・・!」

 

 

「ゆのさん・・・」

 

まっすぐな心をもつゆのさんの言葉はどこまでも真っ直ぐで。

その言葉に私たちは1人残らず同じ気持ちになるのでした。

 

 




神様「新キャラ・・・?」



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第43話

新年明けましておめでとうございます!
新年明けて、初めての投稿がこんなに短いもので申し訳ないです。

どうか、今年もよろしくお願いします。


Side 千乃

 

 

ゆのさんと共に音楽を作っていくと決め、これからのことを話すためにまた応接室に来た。

机をはさんで向かい合う私たちに、先ほどまでのどことなくギクシャクした雰囲気はなく、新しい一歩を踏み出す前の、決意を秘めた人の顔を皆さんがしている。

もちろん私もそうだ。

ゆのさんは言った。

人に感動を与えたい、何かを感じさせてあげたいと。

私の始まりは、両親が好きだといってくれたから。

和ちゃんが後を押してくれたから。

ただそれだけだった私だけど、自分の殻を破った最初。

決意を決めて歌った曲。

楽器屋さんで始めて人前で歌い、琴吹病院の子供達、そして菊里さんに向けて歌い、感謝をされたときに思った。

もっと、歌いたい。

誰かに聞いてもらいたい。

この曲を、歌詞を、私の声を。

喪失病で私のことを忘れてしまうみんなに、それでもこの曲だけは覚えていて欲しいと。

だって、私が病院で独りだったとき、支えてくれたのはこれらの素晴らしい曲だったんだ。

だから、他の困っている誰かに、傷ついてしまった人に、友達と遊んで楽しくて仕方ない人達に、どうか知ってほしいと、そう思うのだ。

 

だから歌を歌いたい。

プロになりたいって思った。

そして、今私は素敵な仲間とバンドを続けている。

ゆのさんの思い描く夢と、私の夢の始まりは違うけれど、それでも根底にあるものは同じなんだと、そう思った。

 

ゆのさんとなら、その夢が叶う。

だから、嬉しくて自然と笑みが浮かぶ。

けれど、同時に言わなければならない。

私のことを。

あと約二年。

それで私は消えてなくなることを。

 

 

「さて、それでですね・・・この会社は実力主義というか言うか、キャリアも関係なくてですね、コネとか権力とかお金があるからデビュー出来るとか言うのじゃないので安心してください。その代わり、社長が全てを決めているんです。

社長の目の前で力を見せてもらい、GOサインが出るかどうかなのがこの海馬コーポレーションのあり方なんです。

だから皆さんなら絶対にいけると思っています!」

 

「うぅ・・・そういわれると緊張するな」

 

「おぉ・・・めずらしく律ちゃんが弱気だ」

 

「まぁ、律は逆境に弱いからな」

 

「みおちゃん手が震えて紅茶、こぼれてるよ」

 

「あ、あの・・・」

 

「はい、どうしました千乃さん」

 

「えっと、私、その・・・」

 

「あー・・・そうだ。ゆのさんに聞いてもらわないといけないことがあるんだ」

 

「千乃ちゃん、私たちがついてるから」

 

「はい・・・ゆのさん、私・・・」

 

 

 

そこから、ゆのさんは何も言わず、ただ聞いてくれました。

軽音部のみなさんが、手や肩を抱いてくれていてくれたおかげで、私はなんとか話すことが出来た。

怖かったのは、私のせいでこのお話がなくなってしまうこと。

たった2年しかないくせに、プロデビューなんかさせられないと断られてしまうことでした。

 

全てを聞き終わったゆのさんは、きっと気のせいではないと思う。

面持ちが沈んでいる。

だから私は慌てて付け足す。

 

「でも、頑張ります、一生懸命、歌います。2年間で、100年分歌います、だから・・・お願い、します、どうか・・・」

 

この話をなかったことにはしないでください。

 

「ごめんなさい・・・そんなこと言わせてしまって。辛かったよね」

 

口調が変わる。

先ほどまでは、お姉さんと言う雰囲気だったけど、今は先ほど休憩室で宮子さんと話していたときのような、砕けた口調へと。

おそらく、これがゆのさんの普段の話し方なんだろう。

 

「大丈夫だよって、簡単には言えない。けど、私に出来る事があればなんでも言ってね!

あ、海馬コーポレーションには医療技術にも力を入れてるから力になれるかも!」

 

返ってきた言葉は、どこまでも人を安心させるような声と優しい思いだった。

 

「・・・いいんですか?」

 

「もちろんだよ!海馬コーポレーションは、その・・・気を悪くしないでね?

海馬コーポレーションは今の千乃ちゃんみたいに、泣きそうな顔をしている人のための会社なの!・・・って社長の受け売りなんだけどね・・・あはは」

 

「なんで・・・」

 

「あ、ちゃん付けで呼ばれるの嫌だった!?」

 

「そうじゃない、です!そうじゃないけど・・・なんで・・・」

 

「?」

 

なんでそんなに優しい言葉をかけてくれるの。

軽音部のみんなも、和ちゃんも。

私は、優しい人にばかり出会う。

こんなにも嬉しい感情を、叫びだしたいほどの感動を、わたしはどうやって返していけばいい?

 

 

ふと、顔を上げると皆さんの笑顔が。

きっと、私がなにを言いたかったか解っていたのでしょう。

同じようなやり取りを何度もしていますからね。

でも、それほど嬉しいんです。

 

 

 

「じゃー、話も決まったことだし」

 

「あ、はいそうですね。お話を続けますね。と言っても、あとは社長に見てもらうだけなのですが・・・」

 

「今日来ていきなり社長に会うなんて、むりですよねー」

 

「いえ、いけますよ?というか、大体社長は人材発掘や研究成果の確認には即対応です」

 

「すごい・・・」

 

「というわけで」

 

「「「「「え?」」」」」

 

にっこりしたゆのさん。

 

「行きましょうか、社長室!」

 

 

 

 

 

 

 

 

何階建てかも解らないビル。

その最上階に私たちはいる。

目の前には龍の模様が描かれた、重くて高そうな扉。

足元には、見ているだけで闘争心が湧いてくるふかふかの絨毯。

 

そう、私たちは社長室の前にいる。

だれもが緊張している。

今日はてっきり、ゆのさんとお話しするだけだと思っていたから。

あの紬ちゃんまで緊張しているのがわかり、さらに緊張度合いが加速する。

でも大丈夫だ。

なんせ、私たちにはゆのさんという頼りになるお姉さんがいるのだから!

横にいるゆのさんを見る。

 

私たちの誰よりも緊張をしていた。

 

 

 

数回にわたるノック。

さすがは律ちゃんです。

私たちを引っ張ってくれる。

そのことに気づいたのか、ゆのさんが慌てて声を出す。

 

「すいません、私、人材育成課の阿澄ゆのと申します。すいません、今回私が見つけてきた音楽家の卵のお目通しとデビューさせるにあたり、社長にテストをしてもらいたく伺いましたすいません」

 

「入れ」

 

扉の向こうから、男の人の声がする。

どこまでも揺ぎ無い、自信と力のある声だ。

というかゆのさん、今の会話の中で3回もすいませんっていってましたね。

 

 

中に入ると、街が一望できるようなガラス張りの部屋。

龍の像に机、イス、そして見たこともないパソコンがあった。

 

それ以上に存在感を放つ、この人こそが海馬コーポレーションの社長。

なんという生命力に溢れた人なんだろう。

はじめてみた人なのに、安心する。

大きな大きな、木。

齢、100年なんてものじゃない。

私たちが生まれるよりももっと前から、大地にしっかりと根をはった大樹。

天まで届くような。

そんなイメージをこの人に見た。

 

「ふぅん、この小娘どもが貴様の言う逸材とやらか」

 

開口一番そういった。

小娘。

そういわれて、嫌な気を持たないのは、それが蔑称ではないと自然と理解できたからか。

実力主義。

年なんて関係ない。

それこそが海馬コーポレーションなのだから。

 

「は、はい!えっとこちらのバンドの方々は」

 

「いちいち説明しなくていい」

 

そう言って席を立つ海馬さん。

私たちをジロリと見て、言う。

 

「貴様が見つけてきた人材、本物ならばおのずと道は決まるだろう」

 

一枚の紙をゆのさんに渡す。

その顔を見たゆのさんは、驚いたような顔をした。

 

「話は以上だ、さがれ」

 

最初から最後まで圧倒されっぱなしだったのは私だけではなかったはず。

見れば皆さんも息をするのを忘れていたようです。

 

「はぁー、緊張した」

 

「だね~。怖そうな人だったけど、なんか不思議とずっといたいって思っちゃった」

 

「人の上に立つ人ってそういうものなのかもね」

 

「起きろ澪!」

 

「っは!?ここは!?」

 

「また気絶してたの澪ちゃん・・・」

 

「あはは・・・」

 

「いきなり社長の前で歌えって言われなくて良かったけど、やっぱりテストはさせてもらえなかったか~」

 

「いえ、それが皆さん・・・」

 

 

ゆのさんの震えるような声に、私たちは顔を向ける。

 

「テスト、あります」

 

「まじか!え、今日!?」

 

「今日です・・・」

 

「くは~、緊張してきた」

 

「ゆのさん?」

 

ずっとぷるぷると震えているゆのさん。

そして、次に私たちが驚愕する番でした。

 

 

「テスト・・・内容はですね、社長を含めた審査員の人達の票が多かったグループ1組だけがデビューという形になります・・・」

 

「・・・といことは私たち意外にもいるってこと?」

 

「まーさすがに私たちだけ一足飛びに、とはいかんかったか。でも腕がなるな!」

 

「律ちゃんってば張り切ってるね」

 

「・・・ゆのさんまだ何かあるの?」

 

コクコクと頷くゆのさん。

そして。

 

「テスト中は、全国メディアで生放送・・・」

 

「・・・は?」

 

「つまり、テレビでそのまま流れると言うこと・・・!」

 

 

「「「「「えぇ―――――――――――――――――――――――――――!?」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




神様「全国メディアデビュー!」


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第44話 The Phoenix 100万回の‘I love you’ グングニル

連続更新。
梅酒をがぶ飲みした勢いで書き上げたものですので、過度な期待はしないでください(みなみけ風


Side 千乃

 

生まれ変わって、こんな気持ちに何度なっただろう。

夢が叶う瞬間、ずっと夢見ていたころの私を思い出す。

もう、今は遠くすら感じるよ。

寝たきりだった私は、ずっと飢えていた。

美味しいご飯が食べたいよ。

友達が欲しいよ。

走り回って遊びたいよ。

空気を胸いっぱい吸いたいよ。

歌いたいよ。

お母さんとお父さんに、頭を撫でて欲しいよ。

 

奇跡が起きて、私は生まれ変わって、そして夢みたいなことが何度もこの身に降り注いだ。

友達が出来た。

独りじゃなく、何人も。

何度もほっぺたをつねってもこの幸せから目が覚めることはなかった。

美味しいご飯が食べられた。

ほかほかの、白い宝石みたいなご飯。

歯ごたえのしっかりして、最初は上手く噛めなかったおかずの数々。

涙を流して食べた。

軽音部も皆さんと、走り回った。

足の遅い私だけど、振り返って笑ってくれる最高のメンバー。

きっといつまでも忘れることは出来ない。

 

そして今、生まれ変わってから欲張りになっている私の数ある夢の一つに届きうるチャンスが目の前に在る。

 

プロの歌手になる。

始まりは、他愛もない、親ばかの一言からだった。

千乃は歌が上手いね。

そこから始まった。

喜ばせたかったから歌った。

もう、おぼろげにしか思い出せない両親が褒めてくれたんだ。

この世界に生を受けて、歌うことの素晴らしさを改めて知った。

歌は、誰かの心に寄り添い、歩くことが出来るということ。

その意味を菊里さんや琴吹病院の子供達から学び、ますます歌うことが好きになった。

プロになりたい。

プロになりたい。

プロになりたい・・・けど、自信がもてない。

全く私という人間はいつまで「こう」なんでしょうか。

自分に自信が持てない。

だって、その「自分」を、私はついこの間まで持っていなかったんだから。

HTTの皆さんの演奏は素晴らしい。

きっと、みんなならどこでもやっていける。

そう思う。

だから、私が足を引っ張ってプロになれなかったらと思うと・・・怖い。

みんなは私の歌を、声を綺麗だといってくれる。

それを信じられないわけはない。

それでも私は自分に圧倒的なまでに自信を持てない。

手が震えう。

目の前が真っ暗になってしまいそうだ。

こういうとき、どうすればいい?

 

頭の中に、愛しい人の声が聞こえる。

 

「好きな人に頼られるのは嬉しい」

 

すると、私を後ろから抱きしめる感覚。

この温かさは紬ちゃんだ。

 

「緊張してる?」

 

「はい・・・」

 

紬ちゃんは私と向き合い、もう一度抱きしめる。

そして、その豊満な胸に私の頭を抱き寄せる。

 

「私の音、聞こえる?」

 

ゆっくりと、けれどどこか不規則な音。

とく、とく、とく。

 

「紬ちゃんも、緊張、ですか?」

 

「そうよ。でもね、ほら」

 

ぎゅっと、力強く抱きしめられる。

すると先ほどまで不規則だった心臓の音は、一定のリズムへと移り、いつまでも聞いて痛くなるほど安心するものになった。

 

「誰かと繋がれば、怖いものも、緊張も、半分こずつ。千乃ちゃんの緊張は、私が半分持つわ」

 

「・・・だったら、紬ちゃんの、緊張は、私が、もちます」

 

「うふふ、ありがとう・・・本当はこんなことしたくないけど、不公平だもんね」

 

そう言って、紬ちゃんは、私に携帯電話を渡す。

その画面には、和ちゃんの名前が載っている。

 

「え・・・っと?」

 

「敵に塩を送るなんて・・・でもそれで千乃ちゃんの緊張が少しでも薄れるなら・・・グヌヌ」

 

「・・・ありがとうございます。紬ちゃんは本当に優しいです」

 

すこしはなれた場所へ移動する紬ちゃん。

足しは、コールボタンを押す。

 

 

 

「・・・もしもし?ムギ?」

 

「あえっと・・・」

 

「千乃?どうしたの?」

 

「えっと、その・・・」

 

いざかけてみたものの、何て言えばいいのか・・・その時。

 

 

「次で最後ですね・・・エントリーナンバー100、HTTの皆さん、準備のほうをお願いします」

 

あわわわわ。

もう始まる。

始まってしまう。

まだ心の準備ができていないのに・・・。

うぅ・・・。

 

「千乃?何か困ってるのね?」

 

「はい・・・でも、時間がなくて、なんていえば、いいか・・・」

 

「・・・わかったわ。千乃、あなたなら大丈夫。独りじゃない。あなたを信じる私を信じて?」

 

一言。

たったその一言で、私の心から迷いはなくなった。

・・・単純すぎますか?

でも、そう言うものです。

愛は不可能を可能にする。

私の愛する、紬ちゃんと和ちゃんから力を貰った。

それだけで私は何度でも歌う。

 

「・・・ありがとうございます。和ちゃん、海馬チャンネル、見ていてください。今日、私たちは夢をかなえます」

 

大好きです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく・・・今日はすごい日だな」

 

「急にどうしたんだ律」

 

「だって考えてみろよ。プロにならないかって言われて、会社の社長と面と向かって会って、急にテストをするといわれ、いきなり全国デビューだぜ?」

 

「確かにな・・・なぁ、本当に私たち、ちゃんと演奏できるのかな」

 

「ん?」

 

「だって・・・私たちの前に演奏してた人達、見ただろ?どのバンドも上手い。正直、私よりも上手いベーシストも何人もいたし・・・」

 

「うぅ・・・ギターもだよぉ」

 

「ドラムもな」

 

「キーボード・・・はほとんど使ってるバンドいなかったわ」

 

「み、みなさん!みなさん、の演奏は、最高です!足を引っ張るのは私の、歌です」

 

大きな声で言う。

 

「千乃ちゃん・・・」

 

「多分・・・いや、きっと、私は誰よりも経験がない、です。ずっと、病院で寝ていたから。

ここにいるどのボーカルよりも、経験がない、です。

でも、この1年は、本当にたくさんの『嬉しい』がありました。

断言できます、この1年間、最高の、メンバーと、音楽を作ってこれた、のは、ここにいるどのボーカルより、私です。

だからこそ、一生懸命、歌います!だから、皆さん、私を、助けてください、一緒に、音楽を作りあげてください!」

 

恥ずかしいほどの敗北宣言。

でも事実だ。

そのことを恨んだこともあった。

もっと早く、歌いたかった。

でもできなかった。

悔しい。

でも、そのおかげでこの素晴らしい仲間を得た。

私は誰よりも劣っている。

わかってる。

なら、それはそれでいいじゃない。

歌は独りで歌うものじゃないんだから。

私の周りには、最高に頼りになる部長、跳んで跳ねる天才ギタリスト、みんなを支えるベーシスト、調和を与えてくれる黄金の太陽がついてるんだ。

なら、下手くそは下手くそなりにいくだけ、歌うだけだ。

 

4人は顔を見合わせ、笑った。

 

「まったく・・・千乃に励まされるとはなー」

 

「律の面目、丸つぶれだな」

 

「澪ちゃん、今日は強気だね!気絶してないし」

 

「ふふふ。あのころの私とはちがうのさ」

 

「さっき、トイレで泣きついてきたのは誰だったかなぁ?ねー、みおちゅわん」

 

「言わないって約束だったろ!?」

 

「結局いつも通りだなぁ」

 

「ふふ、でも、これが私たち放課後ティータイムよ」

 

「さ、じゃあ行こうか。我らが歌姫のお披露目だ。」

 

「そうだな。なにを怖がる必要があったんだ。私たちのボーカルは千乃なんだった」

 

「ゆっきー、いつもみたいに素敵な声、聞かせてね!」

 

「その心配はないわよ唯ちゃん。千乃ちゃんは絶好調よ」

 

「頼もしいぜ」

 

「なんかわくわくしてきたね!あ、憂、ちゃんと録画してくれてるかな」

 

 

「HTTの皆さん、よろしくお願いします」

 

舞台の裏にいる私たちに、声が投げられる。

さぁ、開幕の時は来たれり。

今日はいったいどんな音楽を作り上げられるのか。

怖いけど、この緊張感が、くせになってしまいますね。

電気はついておらず、舞台裏から準備が完了する。

菊里さんから貰ったマスクは忘れずに付けている。

 

私の肩を、4人の手は叩いていく。

私も、返す。

前を向く。

ふと、後ろから声が聞こえたような気がした。

 

‘‘千乃、頑張って’’

 

和ちゃんの顔が浮かんだ。

 

 

 

 

ブザーがなり、幕が上がる。

いまだ電気はついておらず。

 

「The Phoenix」

 

けど律ちゃんの激しいドラムが鳴り響く。

続いて唯ちゃん、澪ちゃん、紬ちゃんと続いていく。

律ちゃんの落雷のような音に、まるで落雷そのもののように一人ひとりに電気がついては消えていく。

 

息を吸って、歌詞を紡ぐ。

この曲は洋楽だ。

内容はどこまでも攻撃的だ。

と言っても誹謗中傷という意味ではない。

どんな状況でも、例え間違っていても、戦う意思を失くさない。

負けそうなとき、くじけそうな時、拳を掲げろ。

そうしたなら私たちは何度でも歌って君を不死鳥のように蘇らせてあげる。

 

ハイテンポで流れるこの曲は、きちんと歌えないとなにを言っているかもわからなくなってしまう。

その上、英語である。

アメリカ人ではない私の英語じゃ拙いかも知れないけど、何か伝わるでしょう?

これが私と、私の最高のメンバーで作った曲なんだ。

叫ぶように歌う。

この曲にはそれが合う。

動かない体を、それでも絞り上げるように歌う。

まだ一曲目なのに、もう息が切れてしまっている。

でもかまうものか。

あぁ、汗が吹き出る。

喉がからからだ。

けど、生きてるって感じがする。

体中をマグマが流れているみたいだ。

 

 

 

初めにこの曲をもってきたのには、律ちゃんの作戦だ。

マスクのバンド。

しかも女のバンドが、いきなりこんなハードな曲を演奏する。

それも英語で。

インパクトは勝ち取れたはず。

さぁ次だ。

 

 

「100万回の‘I love you’」

 

先ほどとは打って変わって落ち着いた出だしのこの曲。

歌詞は、タイトルどおり100万回のI love you を大好きな人に伝える。

けど、それでも足りない。

いくら言っても、どんなに言っても、どんな言葉でも、この気持ちを伝えられない。

それくらいに好きなんだ。

私にとっての紬ちゃんや和ちゃんのような存在を、きっと誰しもいるはずだ。

その人に好きという気持ちを伝えるにはどうしたらいい?

とてもとても大好きなこの気持ち。

つたえきれないよ。

でも、それでもやっぱり『大好き』と言う言葉以外に表せない。

だから何度でも言うよ。

100万回のI love you.

 

 

 

最後の曲。

 

「グングニル」

 

子供のころの夢を覚えていますか?

ヒーローになりたい。

お金持ちになりたい。

でっかい家に住みたい。

そういう夢は大人になるにつれて、きっとどんどん口に出来なくなってきたはず。

世間の視線に怯えて、周りに流されて。

けど、誰にでもあったはずなんだ。

この曲は、そんな夢を持った主人公がその夢をかなえるために旅に出る歌。

周りはそんな主人公を疎ましく思い、失敗しろ、やめてしまえと口々に罵倒する。

それは悪意じゃない。

みんな羨ましかったからなんだ。

自分が出来ないことをやってのけた主人公のことを。

 

その主人公が、挫折しかけた時、気づく。

まだ、握りこぶしが作れていることに。

それができるなら、まだ全力を出し切っていないってこと。

次第に主人公を見て周りの人達は、自分達も握りこぶしを作っていることに気づく。

そしてその拳を天に掲げ、今もまだ戦い続ける主人公に対し突き出す。

 

世界中の誰が笑っても、自分を信じれなくなってはいけない。

私は笑わない。

一生懸命独りで戦い続けてきたあなたのことを。

 

 

 

 

歌っている途中、審査員やテレビのことを忘れていた。

ただ必死にHTTのみんなで曲を作り上げることに夢中になっていた。

結果はどうだろうか。

私の歌は、私たちの演奏は、誰かに届いたのだろうか。

静寂が続く。

 



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第45話

さて、恒例の謝罪タイム。
遅くなってしまいました。
こんな作品でも、読んでくださっている人達に申し訳ないです。
言い訳をさせてもらえるなら、今の仕事がきつく、上司からパワハラというなの教育を受け、うつ病になったということも重なり、更新が遅くなってしまいました。

さらに、今回は本当に短い上に、話は進んでいません。
本当にすいません・・・なので一応、宣言・・・。
次の土日にかならず更新させていただきます・・・多分。
最近良い感じにどうしようもなく気分が落ち込んでいるので、シリアスな話をかけたらなぁと思います。
それでは・・・短いですが、どうっぞよろしくお願いします。


Side 海馬

 

 

世間と言うものは残酷だ。

流行はあくまでも流行に過ぎない。

一過性のもので、永遠と祭られるものなど存在しない。

どれだけ人間が年月をかけて、頭をひねって、死ぬ思い出机にかじりついて作り上げたものでも、飽きたらすぐに忘れられてしまう。

要するに娯楽などいうものは暇つぶしの道具に過ぎない。

流行のものに飛びつき、散々食い荒らして、飽きたら捨てる。

そして何も生み出さない人間が口を開く。

新しい流行をよこせ、と。

新しいものを生み出せないと誹謗中傷の嵐。

反吐が出る。

だが、それもまた真実だ。

世の中は弱肉強食。

才能ないものは、所詮そこまでだと言うことだ。

我がKC(海馬コーポレーション)は常に進化し続ける企業だ。

貴様らが望むもの以上のものを生み出していく。

 

その一環として、新しい取り組みを試みた。

この社長と言う座についてから、思うように時間が取れず、自分の足で世界をめぐることが出来なくなった。

だが、問題ない。

この俺が動けずとも、わが社の人材はこの俺が直々に採用したのだから。

優秀じゃないわけがない。

与えた仕事は一つ。

人材の発掘。

それも、自分の五感で感じて見つけること。

そして、それをこの俺がチェックする。

今まで、つれて来られたやつらはどれも才能溢れるものたちだった。

才能と言ってもそれぞれで、しかし荒削りで磨かれなければ一生埋もれていくものばかり。

その原石を、発掘した社員がどう磨くのか。

そこまでが俺の下した仕事だ。

結果、毎年いくつもの才能がこの会社に持ち込まれ、芽を出していく。

・・・だが芽を出すものはわずかだ。

わが社の優秀な人材でも、才能を世に形として出すというのは難しい。

 

 

 

そして今回、1人の社員がある人材を発掘した。

阿澄ゆの。

入社した時から、いや・・・入社する前からこいつの眼には興味があった。

自信が芸術家を目指していたと言うことはめずらしくはない・・・が、こいつの見るビジョンがこの俺にはなかなか面白く見えた。

 

世界を笑顔に。

 

口にするのはたやすい。

口にするだけならばそこらのストリートミュージシャンでもできる。

だが、未だかつてそれを実現できたものいるだろうか。

あろうことか、それを20にも満たない小娘が口にし、そして本気でそれを望んでいる。

大馬鹿者だ。

身の程をわきまえない馬の骨にも劣るその無知蒙昧ぶり。

今まで大物と呼ばれる政治家や、ビッグスターと呼ばれるアーティストが声高に叫んだがそれでも世界は未だ争いが絶えない。

一笑に付すべきそんな小娘が、俺は、眩しかった。

 

 

 

俺の夢も同じだからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歌が始まる。

小娘が連れてきたのは、さらに小娘共だった。

年齢で判断するつもりはない、がそれでも俺には特別そいつらが何かを持っているとは思えなかった。

1人を除いて。

5人の中でも人一倍、影の薄い小娘。

だが、こいつには他の4人にない何かがあった。

才能?

違う。

その小娘の瞳には、形容しがたい感情の渦が見えた。

興味が湧いた。

この小娘はいったい何を抱えている?

何故、そんなものを抱えながらこの世界を生きていける?

 

プロになる。

大物になる。

偉くなる。

言い方は何でもいい。

だが、お前達がこの世界に挑むと言うのならばここでその力を見せてみろ。

言い訳は通じない。

全ては自身の力によって左右されるこの弱肉強食の世界に。

示してみろ。

 

 

 

 

Side 和

 

 

千乃から電話があった。

ムギの携帯からかかって来た。

確か今日はスカウトの人と話しに行くはずだったけど、何かあったのかしら。

千乃の声はどことなく落ち着かないもので、緊張が伝わってくる。

そして千乃も何が言いたいのか自分でもわからないみたい。

でも、私には解る。

また、あなたは何かに挑戦するのね?

新しいことに挑戦するのは勇気の要ること。

今まで千乃は何度も何度も新しいことに挑戦してきた。

一緒に隣で歩くといったけど・・・遠くにいってしまう気さえする。

でも、それでも私はあなたといるわ。

だから私の書ける声は一つ。

 

「千乃、あなたなら大丈夫。独りじゃない。あなたを信じる私を信じて?」

 

「・・・ありがとうございます。和ちゃん、海馬チャンネル、見ていてください。今日、私たちは夢をかなえます」

 

あなたの力になれてよかった。

 

そして私は千乃の言うとおり、海馬チャンネルをつけた。

そこには、見慣れた花をモチーフにしたバンドの姿があった。

一瞬、眼を疑った。

なんで、千乃達が・・・?

疑問も覚めやらぬうちに、歌が始まる。

落ち着かないきもちはそのままに。

でも、思うことは一つだけ。

HTT、頑張れ・・・千乃、頑張れ!

 

 

 

 

 

 

 

 




神様「次はシリアス回?」


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第46話

今回も短めです!
次の更新をなるべく早くできるように頑張ります(白目)
そして今回は原作キャラを貶めるような発言がありまする…それでも良いという方のみお願いします。


Side 千乃

 

いつもと同じ感覚が私を包む。

皆さんの音が、私という歌を形にしてくれる。

バラバラの個性を、一つの塊へと変え、ただ独りの人間のように。

つまりは気持ちがいいということ。

この感覚は今まで何度か感じられた。

初めて歌ったときもそう。

病院の時も、文化祭の時も。

歌う前は不安だった。

けど、やっぱりこのメンバーは最高だ。

今はもう不安なんて欠片もない。

これこそがHTT。

 

三曲歌いきった。

ヘトヘト、けどこれもいつも通り。

いつだって全力で歌ってきた。

これが・・・もしかしたら最後になるかもしれないと、思っているから。

 

 

 

すこしの静寂。

そして大歓声。

嬉しい。

何で嬉しいのか。

決まっている。

私の最高の友達の演奏を、認められたからだ。

その中に・・・私も少しだけ認められていると、思うのは贅沢かな。

 

見ると、皆さんも疲れきった顔の中に、笑顔がある。

できるのなら、走って抱きついてしまいたい。

喪失病と、あくまでもミステリアスなイメージを出したいのでそんなことはできないのですが。

それでもやっぱり達成感は抑えきれない。

自然と笑顔が浮かぶ。

 

 

「HTTの皆さん、ありがとうございました!いや~大変素晴らしい演奏でしたね、まだ歓声が収まりません」

 

そんな宮子さんの声を聞きながら私たちは下がっていく。

・・・って言うか宮子さんが司会者さんだったんですか!?

始まる前は緊張してて、全然気づきませんでした。

 

 

「緊張した・・・」

 

「でも澪、一番良い演奏だったぜ?」

 

「そ、そうかな?」

 

「あぁ、滴る汗、上気した頬・・・全国メディアで流していいものかハラハラしながら見てた」

 

「なぁ!?」

 

「澪ちゃんと律ちゃんは相変わらずね」

 

「でもでも、今まで出一番良い演奏できたよね!」

 

「うん、唯ちゃんのギターも最高だったわ」

 

「えへへ、ムギちゃんのキーボードもいつも以上に最高だったよ~」

 

「千乃の歌は、文句なしだったな」

 

「当たり前じゃない!千乃ちゃんの声は天使なんだから!神様が与えた目に見える奇跡なんだから!価値なんて付けられないんだから!」

 

「でたでた、ムギの千乃モード・・・こうなるとしばらく手がつけらんないからなぁ・・・結果発表だっけ?」

 

「あぁ、私たちが最後だから・・・結果発表ってアンケートなんだよな?」

 

「だぜ。今の演奏を見た全国の人達の総意で決まるんだ」

 

「うぅ・・・」ガクブル

 

「大丈夫だよ澪ちゃん!絶対に大丈夫!」

 

「ゆいぃ・・・」

 

「・・・千乃?さっきから話してないけど・・・どっか気分悪い?」

 

「あ、いえ・・・ただ、皆さんの、会話を、聞いてるだけで、嬉しくて」

 

「・・・照れるぜ。だけど、そういうのは無しだ!お前も混ざれーい!」

 

そう言って、全員で揉みくちゃになりながら、抱きつく。

あぁ・・・皆さんの厚くなった体温が、心地よい。

 

 

 

 

 

 

 

 

Side ゆの

 

 

凄い・・・やっぱりこの娘たちはすごい!

こんな演奏、聴いたことない!

プロにだっているか・・・こんなに楽しそうに演奏する人が。

技術的なことを言えば、もっと上手い人達がいるのかも知れないけど、それでも・・・この5人で見ると力を感じる。

間違いない。

この娘たちが、1位になると思う。

だけど・・・どうしてだろう。

なにかが引っかかる。

技術的なこと・・・ではない。

もっと・・・根本的な・・・。

 

 

・・・あぁ、そうか。

なんとなくだけどわかった。

わかってしまった。

この娘たちに何が足りないのか・・・を。

 

 

 

 

 

 

Side 千乃

 

 

信じられない・・・。

夢でも見ているのかとほっぺをつねる。

痛い。

けど目は覚まさない。

ということは・・・これは現実。

 

会場に大きく張り出された結果発表の紙。

その一番上にある名前。

見慣れたそのアルファベット。

自然と涙が溢れてくる。

隣で聞こえて来るしゃくりあげる声のほうを向くと、皆さんが泣いていた。

その綺麗な一筋の涙。

美しいと思った。

 

第一位  HTT

 

大歓声がまた聞こえてくる。

まわりのバンドグループが拍手をくれる。

ゆのさんが、拍手をしてくれている、気がした。

でも・・・なんで?

なんでそんなに泣きそうな顔をしているの?

私の視力がおかしいからそう見えるだけ?

その瞬間、心臓が、嫌な音を上げた。

強烈な痛みを感じた後、体がふらついた。

それを支える力が、もう私には残されていないことを悟り、恥ずかしいけど前のめりに倒れた。

気を失う前に見た最後の景色は、紬ちゃんが手を伸ばすものだった。

私は、それを、掴むことはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 律

 

 

千乃が倒れた。

詳しいことは解らない。

喪失病で、歌うこともしんどくなっていたから、疲労で倒れたのかもしれない・・・むしろそうであって欲しいと、今は思う。

喪失病が、進行したとは、考えたくもない。

そして嫌なことは続く。

急いで千乃を病院へ運ぼう音する私たちの前に、海馬社長が立った。

 

「阿澄ゆの、この小娘は磯野と貴様が運べ」

 

「え?」

 

「私たちも付き添います!」

 

「貴様らHTTは俺の部屋に来い。話したいことがある」

 

「・・・は?」

 

「聞こえなかったのか?今すぐに、だ」

 

「ふ、ふざけんな!じゃあ千乃はどうするんだ!?」

 

「ふぅん、阿澄と磯野がいれば問題はない。そんなことよりも、貴様らにはもっと大事なことがあるだろう」

 

「そんなことより・・・だって?」

 

あろうことか、目の前のこの男は、千乃が倒れた事をそんなことと言った。

一瞬で頭が熱くなった。

けど、私よりも先に他の3人が社長に食って掛かった。

 

「千乃は大事な私たちの仲間だ!」

 

「そうだよ!ゆっきーの所に行かせて!」

 

「千乃ちゃんは・・・千乃ちゃんを一人にさせたくないの!」

 

「ふぅん、知った事か」

 

3人は一層、抗議の声を出す。

私だって本当はそうしたい。

きっと、3人が口を先に開かなければ私だって今頃食って掛かっていたことだろう。

そのおかげとも言うべきか、3人よりは幾分か冷静に見ていられる。

 

海馬社長がこう言うのには何か理由があるのか?

阿澄さんから聞く話では、血も涙もない人間だとは思えない。

ならば何かしらの意味があるはず、だ。

その意味を知るために、今私に出来る事は・・・。

 

「3人とも落ち着け」

 

「律!お前も何か言ってくれ!」

 

「澪・・・澪!いいから!」

 

「どうして律ちゃんはそんなに冷静なの!?

千乃ちゃんが倒れたんだよ!?」

 

ムギが大きな声を出す。

本当に千乃のことが好きなんだな。

 

「解ってるよ・・・でも私たちが取り乱したところで変わらないだろ?」

 

「っ・・・!律ちゃんは・・・千乃ちゃんのこと、大事じゃないの・・・?」

 

その言葉を、私は受け流す事は出来ない。

それだけはしてはいけない。

 

「そんなわけあるか!大事なメンバーだ!大事な友達だ!だからこそ、今私たちに出来る事を考えるべきだ!

このまま病院に向かうよりも!千乃が戻ってきた時にプロになれる土台を作っておくべきだ!そうだろ!?」

 

私の言葉に、3人は黙ってしまう。

きっと、みんなもわかっていることだ。

でもそれを言わない、しなかったのはやっぱり千乃の事が大好きだからどうしても心配してしまうのだろう。

お母さんかって突っ込みもしたくなる。

あながち間違いでもないか。

千乃は、子供のまま、一人でここまで来てたんだもんな。

手のかかる子供だ。

それは目の前の3人も同じだけどさ。

ま、私は部長だからな。

憎まれ役くらい、かってやるさ。

 

 

 

 

 

社長室に案内された私たち。

やはりというべきか、3人とも浮かない顔をしている。

頭では理解していても心がそれを受け入れたくないのだろう。

 

 

「ふぅん・・・貴様らが1位になるとは思わなかったが、まあ結果は結果だ。

プロとしてデビューさせてやる・・・と言いたいところだがその話は保留とする」

 

その言葉に、今度は私も焦る。

 

「なんで!?」

 

「理由もわからんか」

 

「まさか・・・千乃ちゃんが倒れたから?」

 

「た、確かに千乃は体も弱いけど、プロになるのが夢だったんだ!」

 

「ここまで一生懸命頑張ってきたんだよ!?」

 

「なにか勘違いしているようだが・・・あの小娘はどうでもいい」

 

「どうでも・・・いい?」

 

「あの小娘は放っておいても良いということだ。目が覚めたら勝手にまた歌いだすだろう。

それしか能がないと、ヤツ自信の眼がそう語っている。

まるで、強迫観念のようにな」

 

「・・・・・・」

 

「そういう人間は強い。あの小娘の体のどこにそんな力があるのかわからんが、事実、ヤツは歌いきった。その結果がこれだ」

 

そう言って、アンケートの結果表を叩く。

 

「例え、ヤツが病気だろうがなんだろうが、そんなことでこの俺が約束を反故にする事などあり得ん。ある意味で、ヤツは完成しているのだから放っておいても勝手に歌い、勝手に売れていく」

 

「完成されている…?」

 

「ふぅん、同じバンドだというのに気づかなかったか?

あの小娘は完成されている…というよりも完結されているというところか。

何があったはしらんがヤツの世界は1人で成り立っている。

成り立っていた…のか?

その辺はよくわからんが、少なくともあの小娘にとって貴様らは大事な人間であるこほは間違いではない。

しかし、こと音楽に関して言えば、あの小娘は1人でさえ歌い続ける。

たとえ貴様らがいなくとも、な」

 

その言葉に、鈍器で頭を殴られたように感じたのは私だけではないはずだ。

 

「俺が保留と言ったのは、貴様らの事だ」

 

「どういう・・・ことですか?」

 

ムギの空気が変わった。

でも、その気持ちはわかる。

私たちが、千乃の足を引っ張っていると、そう言われているように思えたから。

いや・・・きっとそうなんだろう。

 

「言ったとおりの意味だ。あの小娘と貴様らとでは、根本的に違う。生き方も、歌に対する取り組みも何もかもが。

久々に見たが、ああいう眼をする人間は多くはない。

死というものを知っている。

身近な者の死。

あるいはそれに類似するかのような体験。

もう二度と、失いたくないからこその全力。

あの小娘からはそれが感じられた。

しかし貴様らはどうだ?

真剣に音楽と向き合っているか?」

 

千乃は危なっかしいヤツだから、私たちが見ていてあげないとって、ずっとそう思ってた。

 

「はっきり言おう。今の貴様らを雇う気はない」

 

ずっと・・・そう思ってたんだ。

 

 




神様「こっから鬱パート・・・?」


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第47話

お久しぶりです。
今回も短めで申し訳ないです。

よろしくお願いします!


Side 律

 

 

普段歩きなれている道。

子供のころからずっとこの道を通ってたっけ。

小学生のときも、中学生のときも。

思えばこの町も変わったなぁと感じる。

いや、変わったのは私か。

私たち・・・か。

 

2月上旬。

寒さが肌を刺す。

マフラーやコートに身を包み、できるだけ寒さを感じぬように身を縮める。

それでもどうしても寒くて震えてしまう。

口から漏れ行く白い息は、なるほどさながら体の中の『熱』なんだとわかった。

体温とか、感情とか・・・夢への情熱とか。

 

 

 

千乃を除くHTTの面々で、琴吹病院へと足を運ぶ。

その足も、鉛のように重い。

KCPで、私たちは現実を突きつけられた。

それは、私たちにプロになる資格はないということ。

そして・・・千乃だけがその資格があると言うこと。

 

「・・・寒いな」

 

この台詞も何度目だろうか。

そして返ってくる言葉もない。

皆、目に見えて消沈している。

どうして私たちじゃなく、千乃なんだろうか・・・とは思わない。

私たちは、特に私には圧倒的に技術も何も足りていないのは解っている。

そんなのは自分が一番良くわかっている。

千乃の歌があったからこそ、私たちは夢をここまで実現する事が出来た。

わかっている・・・わかってるさ。

それでも・・・悔しい。

あの後、海馬社長に言われた事が頭をぐるぐる回っている。

 

「貴様らには、圧倒的に足りていない」

 

何が、とは言わなかった。

きっと、足りてないものが多すぎたんだろう。

そして、もう一つ。

千乃は・・・独りになっても歌い続ける、とそう海馬社長は言った。

第三者に何がわかるってんだ。

千乃の事、今日初めて知ったくせに。

 

 

 

でも・・・きっとそうなのだ。

千乃は、独りになっても歌う。

夢だもんな。

普段、びくびくしてて自信なんて欠片もないくせに、歌うときだけはかっこいいもんな。

だから、きっと千乃は私たちがいなくても歌う。

その事に安堵しつつ、悲しくも思った。

なにより・・・言われたくない事、目をそむけてた現実を誰かに言われた事に悲しくなった。

 

「千乃に・・・言わなくちゃな」

 

「何を?」

 

「社長に言われた事さ」

 

「・・・いや」

 

ムギが短く言う。

 

「しょうがないだろ・・・私たちに力が足りなかったんだ」

 

「いやよ・・・全員で・・・律ちゃんがいて澪ちゃんがいて唯ちゃんがいて私がいて、千乃ちゃんがいてHTTだもの」

 

「ムギ・・・気持ちはわかるけど・・・悔しいけど私たちには」

 

澪がそう言い切る前にムギが被す。

 

「ダメ!千乃ちゃんを独りにさせない・・・だってそうでしょ?一人じゃ千乃ちゃんがかわいそうだもの」

 

「ムギ・・・」

 

「だめ・・・絶対そんなのだめ・・・千乃ちゃんには私たちがいないとダメなんだから」

 

「ムギ、お前の気持ちもわかる。私だって同じ気持ちさ。千乃は危なっかしいもんな。きっと誰よりも変な奴に騙されるから守ってやんなきゃってのはわかるよ」

 

うん・・・守ってやんなきゃ。

守ってやんなきゃな。

あいつの夢だけは。

 

「でもそれは一人で音楽を続けさせないっていうのとはまた違う話なんだ。

本当はムギだってわかってるんだよな?

KCPはでっかい会社だ。ゆのさんだって、頼りになる。

だからそういう面では大丈夫さ。

ずっと夢だったんだ。他に何もないくらいに千乃は歌いたいんだ。

それを私たちが寂しいっていう理由だけで邪魔なんかできない・・・すべきじゃないんだ。

わかるよな?」

 

「・・・わかんない」

 

「はぁ・・・ムギ!」

 

「わかりません!千乃ちゃんの夢が叶いそうなのに、どうして私は一緒にいられないの!?

喪失病が進行したのに・・・なんで支えてあげられないの・・・?」

 

涙をぼろぼろと流すムギ。

久々にこんなに感情を露わにするムギを見て、微笑む。

こんなにも感情を豊かにするのは千乃に出会ったからなんだと知っているからだ。

 

頭をくしゃくしゃと撫でる。

 

「支えてやれるさ。今生の別れってわけじゃない。私たちの関係は何も変わらないさ。

だから・・・な?」

 

「そうだよムギちゃん。むしろゆっきーに早く追いつかないといけないんだから、これまで以上にゆっきーの傍にいて練習しないとだよ!」

 

「唯は頑張り屋だなぁ・・・私たちも負けないようにしないとねムギ」

 

唯と澪が言う。

あぁ、そうとも。

何も変わらないさ、私たちHTTは。

 

「・・・うん」

 

涙目のムギが、頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

病院に着き、ゆのさんがトム先生と話していた。

私たちに気がついあのか、手招きをする。

今さっき、千乃の意識が戻ったこと。

そして、起きるなり泣いてしまったこと。

理由は喪失病が進行したことによる弊害と、自分のせいでライブを台無しにしてしなったと思い込んでいること。

どこまでも人のことを気にする千乃に苦笑して、どこか安心をする。

そして一抹の不安も。

 

許可をもらい、私たちだけで話させてもらうことに。

 

ドアを開け、中へ入ると千乃がベッドに座っていた。

 

 

「おっす、もう大丈夫か?」

 

「!!」

 

驚いた千乃の顔。

 

「みなさん・・・ごめんなさい・・・私が倒れたせいで・・・最後まで居ることができませんでいた・・・もし、これで私のせいで今回の話がなかったことになったら・・・」

 

「あー、それは大丈夫だ。正式に千乃のデビューは決まったよ」

 

その言葉に顔をあげ、心底安心したかのように笑った。

 

「ほ、本当ですか!?よかったぁ・・・」

 

そして、ここからが部長の私の仕事だ。

 

「ここから先は、千乃一人だ」

 

なるべく、暗くならないように笑顔をで言う。

 

「・・・え?」

 

先ほどまでの笑顔が嘘のように、千乃は停止した。

 

「まぁ一人って言ってもゆのさんもいるし、私たちだってすぐに追いつくからさ。待ってろよな!」

 

「え、っと・・・ちょっと待って、ください・・・どういう、意味ですか?」

 

「あぁ今回、合格というかプロになれたのは千乃だけってこと!羨ましいぜこんちくしょう!」

 

「・・・冗談、ですよね?いつもの、律ちゃんの・・・」

 

「嘘なんかじゃない。千乃は自分の一人の力で、勝ち取ったんだ。誇りに思うよ」

 

「うそ・・・なんで・・・澪ちゃん?唯ちゃん?」

 

その問いに、2人は顔をそむける。

 

「つ、紬ちゃん・・・?」

 

泣きそうな顔をしたムギが一瞬顔を伏せ、そして千乃の手を取る。

 

「千乃ちゃん。ごめんね。私に力がたりなくて、千乃ちゃんを音楽で支えることができなかった・・・本当にごめんなさい」

 

「・・・あ、あはは。皆さんで、冗談、考えたんですか?・・・びっくり、しました」

 

「千乃、これだけは覚えといてくれ。絶対に音楽を辞めないでくれ。お前のことだから全員じゃないと嫌だなんて、言うかもしれない。だけど、そんなことは言わないでくれ。

これは、お前が頑張ったから得た結果なんだ。

そこに嘘はなに一つだってない。

そして私たちがプロになれなかったのにも嘘は何一つない。

だから、お前が勝ちとったその栄光を、私たちのせいで無駄にしないでな・・・」

 

「い、いやです・・・私、一人じゃ・・・」

 

「お前は強くて、良い子だ。

きっとすぐに有名になって…誰もが千乃に夢中になる」

 

「みなさんが、いないと・・・私・・・」

 

「いるさ!ずっとここに」

 

千乃の胸をトンっと軽くたたく。

 

「お前が嬉しい時も悲しい時も、歌ってる時もずっとここに」

 

精一杯の笑顔で笑う。

あぁ・・・千乃はいつもこんなことをしていたのか。

無理に笑うことも多かったって聞く。

すごいよ、やっぱり強いよ千乃は。

 

「それに、私たちだって諦めたわけじゃないんだぜ!?すぐに追いついてやる!

なんたって最高のメンバーがいるんだ。今回は足りないところがあったけど、すぐにそんなものなくしてデビューしてやるさ!

夢は一番有名なギター、ベース、ドラムにキーボード!

そして有名になった私たちは世界一のボーカルと武道館でライブをするのさ!」

 

澪も唯も、ムギも頷く。

だから。

 

「いったん、お別れだ」

 

 

 




神様「次回からドロドロ展開・・・」


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第48話

ひゅー!
早めの更新だぜ!(質があるとはいってない)


というわけで、例によって例のごとく、時間を見つけての更新です。
どうかよろしくお願いします。


Side 紬

 

 

律ちゃんが千乃ちゃんに告げた後、少しの静寂。

目の前の千乃ちゃんはやはり、何が何だかわからないというような顔をしている。

それは、私たちと音楽をずっと続けていけると思っていてくれていたからなんだとわかると、やはり私の胸は締め付けられる。

何が足りなかったのか。

その明確な答えをまだわかっていないことにも自分に憤りを感じるけど・・・それよりもやはりこんな表情をさせてしまったということに私は罪悪感と無力感を覚える。

 

「・・・っ、あ・・・」

 

何かを言おうとして、その小さな口を閉じる千乃ちゃん。

普段ならいとおしいと思うその仕草を、今は私たちを責めるかのように感じてしまう。

 

「わ・・・私、は・・・」

 

やっとの思いで言葉を発する千乃ちゃん。

 

「私が・・・っここまで、これたのは、皆さんがいたからで・・・一人じゃ・・・いや、です」

 

「・・・・・・・・・」

 

「だから・・・皆さんが、いないなら・・・」

 

そういって、その口をまた閉ざす。

律ちゃんの先ほどの言葉を理解しているからだろう。

なかったことにしないでくれ、と。

部長はそう言ったのだ。

 

「わ・・・わたしは・・・」

 

いつも以上におぼろげなその口調に、目にはみるみる涙が溜まっていく。

千乃ちゃんは、卑屈な笑顔を浮かべて。

 

「わたしなんか・・・いらない?」

 

そして、そう言った。

 

「わたしなんか、もう、いらない?」

 

「・・・っ」

 

「一緒にいると、迷惑、かけてしまい、ますか?」

 

今まで何度も言ってきた言葉。

そして、同じように何度も返してきた言葉。

迷惑をかけろ、と。

それを千乃ちゃんは、申し訳なさそうに頼ってくれた。

頼ってくれて来たのに、何故か。

本当に何故か、無性に心がざわついた。

今まで感じたことのないような感情。

これは、いったいなんだろう。

その答えが出ないまま、千乃ちゃんがまた言う。

 

「だったら・・・だったらもう、迷惑を、かけないように、します。

一人で、なんでもやり、ますっ・・・たら・・・そしたら、一緒にいてくれますか?」

 

何度も、躓きながらも言い切った。

どうしてこんなにも、心がざわつくの?

この言いようのない感情はなに?

まるで真夏のアスファルトを歩いているみたい。

そして気づく。

この感情は・・・。

 

「どうか・・・見捨てないでください・・・捨てないでください」

 

「甘えないで」

 

この感情は、苛立ちだ。

 

 

千乃ちゃんが・・・いや、湯宮さんが目を見開き、止まった。

そうだ、なんで私が湯宮さんのためにここまでしないといけないのだろう。

 

別段、そこまで仲良くもないのに。

 

そう思っていると、律ちゃんや澪ちゃんもそう思ってくれたのか、お大事にと一言伝えて、私たちは病室から出ていった。

唯ちゃんは信じられないものを見たような、そんな目をしていたけどなにかあったのかしら。

病室から出ていく最後、湯宮さんが胸を押さえて泣いていたけど、私が思ったことはなんだかめんどくさそうな女の子だなぁということくらいだった。

 

 

 

 

 

Side 千乃

 

 

あぁ・・・あぁ・・・!

そうか、今回はこれか。

今回、喪失したものは・・・これか。

律ちゃんが、澪ちゃんが、紬ちゃんが私を見る目が、他人のものだった。

そのことが、私は今まで喪失したものの中で一番心が痛くなった。

 

生前にも、経験した。

今まで何度も話しかけてくれたお医者様が、ある日を境に急によそよそしくなった。

そして思い出したかのように、以前のようにいろいろと話しかけてくれるようになったこと。

お医者様のお話や、喪失病でわかっていることのなかでもそれは綴られていた。

簡単に言うと、親交度の喪失。

まるで嘘のような現象。

しかし私は疑わない。

経験をしているからだ。

覚悟はしていたけど、やはり、皆さんにあの目を向けられるのは辛い。

皆さんからしたら、きっと、なんで私の病室に来ているか疑問でいっぱいだったことだろう。

他人のお見舞いだなんて、普通はしない。

きっと、皆さんの中では私がHTTの一員だったということも喪失しているのだ。

救いは、これはきっかけがあれば思い出してくれるということ。

以前のお医者様も、わたしのカルテを見たら、思い出してくれていたから。

だから、皆さんも今日KCに何をしに行ったかを考えてくれれば思い出してくれるはず・・・。

でも、やっぱり悔しいなぁ。

忘れないと、言ってくれた。

それを私は、泣いて喜んだ。

無理だとわかっていてももしかして、と。

そして案の定、訪れるべき結末が訪れただけなのに、私の心はこんなにもぼろぼろになっている。

なんで、私なんだ。

病室にいるからか、そんな風に弱気になってしまう。

これも何度も何度も思ったこと。

悲劇のヒロインを気取る気なんかない。

そんなことをしても何も変わらないのはもうわかっているから。

でも、それでもどうしてもこの気持ちだけは抑えられない。

真っ白なベッドに染みを作ってしまう。

声にならない声で泣く。

あぁ・・・なんて無様。

 

ふわり、と頭を撫でられる感触。

 

「喧嘩したの?」

 

そこにいたのは、私自身、菊里さんだった。

 

 

 

 




神様「ここから泥沼」


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第49話

今回で一応、1年目が終わります。
名が好きですね。
このペースで考えると合計150話くらいになってしまいます。
長すぎです。
ですのでこっから巻きで行きます!・・・たぶん




Side 千乃

 

 

 

「菊里さん・・・」

 

心配そうに頭を撫でてくれるのは、菊里さんだった。

 

「なにかあったの?」

 

「っ・・・」

 

言ってしまってもいいのだろうか、という考えはすぐに解決した。

なんせ相手は、自分自身なのだから。

 

たぶん他の誰にも言えない心の内を、私は吐き出すように伝える。

あふれだす言葉は留まることを知らず、悔しさを、悲しさを、恐怖の全てを私は菊里さんにぶつけた。

ひとしきり吐き出した後、菊里さんが表情をゆがめていたことに気付く。

 

「そっか・・・話には聞いてたけど、やっぱり辛いわね」

 

「はい・・・」

 

「もう・・・あの子たちは千乃ちゃんのこと、思い出せないの?」

 

「いえ・・・何かきっかけがあれば・・・たぶんです、けど」

 

「ん・・・私さ、千乃ちゃんの話を聞いても、前までならたぶんどうでもいいことだって思って、そこで終わりにしてたと思う」

 

前まで、というのは生きる意味を、他者とのつながりを感じてくれる前のことだとわかった。

 

「でも、今は違うわ。人とのつながりの大切さ、尊さ、わかるわ。だから千乃ちゃんの今の現状の辛さもすごくわかる」

 

胸が痛そうに、菊里さんは言う。

 

「だからこそ・・・軽々しく千乃ちゃんに言葉をかけられない・・・」

 

 

 

 

 

「千乃ちゃんは、どうしたい?」

 

「っわ、私は・・・」

 

どうしたいのか。

その答えを、私はすぐに言えなかった。

いや、どうしたいかなんて決まってる。

前みたいに、皆さんといたい。

失われる前に戻りたい。

けど・・・その思いを言えない。

今回、失われてわかった。

やっぱり、忘れられることが怖い。

何よりも怖い。

私が覚えているのに、皆さんが私を忘れていく。

そのことだけでも、こんなに苦しいのに、これが逆になってしまったら。

私が皆さんのことを、忘れてしまったら。

その時の皆さんを、想像してしまっただけで、私はもうこれ以上ないくらい胸が苦しくなる。

だから、何も言えなかった。

 

菊里さんはそれすらもわかってるかのように微笑んだ。

いや、きっとわかってるのだ。

 

「千乃ちゃんがこれからどうするのか、それは千乃ちゃん自身が決めること。

その選択を、もしかしたら他の人は責めてしまうかもしれないけれど・・・それでも私は、私だけは受け入れるわ。

よくできたね、頑張ったねって褒めてあげるから・・・せいぜい悔いのないように、ね」

 

鼓舞するでもなく、無理に道を示すのでもなく。

菊里さんは、私の選択を褒めてくれると言った。

他の誰でもない、私自身が私を認めてくれると。

不思議と、力が入る。

それは和ちゃんや紬ちゃんに応援されたときのものとは全く違う感情だけど、やらなければと思った。

他でもない私が、二回目の生を願ったのだから。

 

 

すぐに私は電話を取り出し、ゆのさんへと連絡を入れる。

これから、私がやること・・・いつか皆さんが私を思い出してくれた時、怒られちゃうかな・・・それとも、褒めてくれるかな。

 

 

 

 

 

Side 唯

 

 

どうしたらいいの?

千乃ちゃんは泣いちゃうし、澪ちゃんも律ちゃんもムギちゃんも、なんだか様子がおかしいし。

病室を出る直前、3人の雰囲気が変わったのがわかった。

そのいやな予感が当たっていたらどうしよう・・・。

 

「ところで・・・私たちなにしてたんだっけ」

 

律ちゃんが言う。

澪ちゃんも不思議と頭を傾げている。

 

「えっと・・・ほら、KCのオーディションを受けに行ったんだろ」

 

「あっと、そうだった・・・よな?」

 

「えぇ・・・そうよね?」

 

「まぁ・・・惜しかった!ゆのさんもあと少しだって太鼓判押してくれたし、すぐに再挑戦だ!」

 

「まったく律は・・・でも、確かにいい演奏できてたし、次こそは・・・!」

 

「その前に・・・」

 

「「「ボーカルがいないと!」」」

 

・・・え?

 

「やっぱりボーカル無しは無謀だったなぁ」

 

「私たちのバンドだけいなかったもんね」

 

「律が言い出したんだからな」

 

「ちげーよ!澪が恥ずかしがってやらないのがいけないんだ!」

 

みんな、何を言ってるの?

 

「ま、ボーカルがいれば次で合格だろ!」

 

「さっそく探さなきゃ!」

 

「うぅ・・・知らない人が入ってくるのか・・・」

 

「ちょ、ちょっと待ってよみんな!」

 

「ん?どした唯?」

 

3人が不思議そうに振り返る。

 

「HTTのボーカルは、ゆっきーでしょ?」

 

「ゆっきー・・・?」

 

「唯ちゃん、それは誰?唯ちゃんのお友達?」

 

「唯の友達にボーカル志望の子がいるのか!?」

 

「みんな・・・何を言ってるの?冗談にしても、ひどいよ?」

 

恐る恐る、言う。

心臓がうるさい。

まさか・・・まさか!

 

「・・・私らの知り合いか?そのゆっきーっていう子」

 

「いや、私は知らない・・・」

 

澪ちゃん。

 

「私も・・・」

 

ムギちゃん。

 

「ゆい~・・・緊張してたのはわかるけど、まだ夢心地か?」

 

律ちゃん・・・・。

3人は笑って歩き出す。

そっか・・・。

ゆっきーの病気、進んじゃったんだ。

ゆっきーのこと、みんな忘れちゃったんだ。

この一年間の思い出から、ゆっきーが消えちゃったんだ。

涙が止まらないよ。

ゆっきー、なんにもわるいことしてないのに。

誰よりも、一生懸命だったのに。

 

でもなんで私だけゆっきーのこと忘れてないの?

 

 

ゆっきーに、会わなければ。

何故か、そうしなければ取り返しのつかないことになると、そう思ったから。

 

 

 

 

みんなと別れて、ゆっきーの病室へと向かう。

和ちゃんにも電話で伝えたらすぐに向かうと言ってくれた。

よかった、和ちゃんはゆっきーのこと覚えてた。

でもすぐ向かうと言っても、やっぱり時間はかかる。

私のほうが先に着くんじゃないかな・・・私はゆっきーになんて言えばいいんだろう。

病室の前で、足が止まってしまう。

ううん・・・考える必要なんてない!

友達なんだから、言いたいこといえばいいんだ!

 

「ゆっきー!」

 

そこにはびっくりしたような顔のゆっきーがいた。

 

「唯・・・ちゃん」

 

「ゆっきー・・・みんながゆっきーのこと、忘れちゃったのって・・・喪失病のせい?」

 

「っ・・・そう、です」

 

「ゆっきー・・・私、バカだからむつかしいことわからないんだけど・・・どうして?」

 

「どうして・・・?」

 

「どうして、ゆっきーはそんなこと知ってるの?」

 

「・・・?」

 

ぱたぱたと走ってくる音が聞こえる。

和ちゃんだ。

 

「千乃!」

 

息を切らせながらやってきた和ちゃんは、いつもの落ち着きがない。

それほどゆっきーが大事なんだ。

なのに・・・それすらも忘れてしまうかもしれないなんて。

 

「千乃、大丈夫!?体は!?怪我はない!?」

 

「は、はひ」

 

あまりの勢いにゆっきーがおろおろしている。

いつもの光景に、涙がにじんちゃうよ。

まずは、和ちゃんに教えないと。

今までの経緯を。

 

 

 

 

 

「そんな・・・」

 

今回失ったもの。

トム先生からの補足で、内臓器官の衰弱も見られたことも付け加えられた話を聞き終わった和ちゃんは、絶望のような顔をしていた。

そして、悩ましい顔を浮かべた。

さすが和ちゃんだ。

私が思いつく疑問に、和ちゃんが気づかないはずがないんだ。

 

「ゆっきー、さっきの話だけど、どうしてゆっきーは喪失病のことを知ってるの?」

 

我ながらおかしなことを聞くと思う。

 

「・・・えっと、?」

 

「・・・私も以前から疑問だったの。

唯の言いたいことは何故、世界初ともいえるその病気のことを、千乃は事細かに説明できるの?」

 

その瞬間、ゆっきーは目に見えて驚いていた。

 

「そ、それは・・・」

 

「トム先生から聞いたけど、神様が、って言ったらしいわね」

 

「ゆっきー・・・もしかして・・・ほんとうにもしかしてだけど・・・ゆっきーは」

 

急に頭に靄がかかったような気分になった。

・・・ゆっきーって誰だっけ。

そして、それを思い出したとき、背筋が凍る。

 

たった、今まで目の前ではしていた友人のことが、わからなくなってきてる。

見れば隣で和ちゃんも同じようにあせっていた。

 

「ゆ、ゆっきー!」

 

忘れないようにその名前を叫ぶ。

 

あぁ・・・でも、だめだ。

どんどん頭が真っ白になっていく。

ゆっきーといた記憶が、消えていく。

 

「あ、あはは・・・唯ちゃん、和ちゃん、ここまで来てくれて、本当に、ありがとうご、ざいます。

喪失病、のことなんで、わかるか・・・一度、体験してる、からです。

前の世界、でも、私は喪失病で、今よりももっと、寂しい世界、でした。」

 

「いや・・・いやよ千乃!」

 

「ゆっきー・・・忘れたくないのに・・・」

 

「私が、前の世界、で死んだあと、神様が、くれた二回目の、世界。

それが、今なんです。本当は、最後の最後、まで言うつもり、なかったです、けど・・・

お二人は、最後まで、覚えてくれてた、から・・・言っちゃいまし、た」

 

大粒の涙を零しながら、ゆっ・・・目の前の女の子は言った。

 

「きっと・・・神様も、わかってて、皆さんから私という、存在を消したんじゃ、ないんでしょうか・・・1年ごとの、リセット・・・3年後にまとめて、失うんじゃ、きっと私、耐えられないから・・・」

 

「あ・・・あぁ・・・」

 

もう目の前の女の子のこと、ほとんどわからない。

でも、何か大事な人だった。

だって・・・心が叫んでる。

 

「・・・1年間、本当に、ありがとう、ございました・・・唯ちゃんと和ちゃん、・・・がいなかったら、きっと私、こんなに幸せじゃ、ありませんでした。

唯ちゃん、のその笑顔に、何度も救われました。

和ちゃん、いたらない恋人で、ごめんね。

軽音部の、皆さんにも、言いたかったけど、こんな体だから、もうあの部室には、一人じゃ行けそうに、ありませんね・・・」

 

どうして・・・こんなに涙があふれてくるの?

 

「もし・・・もしも次の1年間でも、仲良く、なれたら、その時はどうか・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 千乃

 

【日記】

今日から新学期。

あれから昨日まで多忙の毎日でした。

私のことを忘れてしまったトム先生に事情を説明し、治療を続けてくれるようにお願いをしたこと。

治る見込みはないし、神様も私だけが喪失病患者だといったけど、もし未知の病気が流行した時に、もしかしたら私の治療データとかが役にたったらいいなぁと思ったから。

 

ゆのさんにも説明をして、ある一つの決断をした。

私は一人でも歌っていくこと。

と言っても最初はゆのさんも海馬社長も私のことを忘れてたから、思い出してもらうために会社のエントランスで歌ったりもして恥ずかしかった・・・このこともいつかきちんと日記に書こうと思う。

何はともあれ、私はプロとしてやっていくことを決めた。

どこまで行けるかはわからない。

途中で力尽きてしまうかもしれないけど。

この1年間のことは失われてしまったけど、それでも残ったものは少しだけどある。

そしてその中の一つ。

大切な、なによりも大切な約束。

 

夢は武道館。

世界一有名なギターにベース、ドラムにキーボード。

そんな素敵なバンドと、世界一のボーカルは共演をするのだから。

その約束の日まで、私は一生懸命歌い続けるよ。

 

 

そしてもう一つ決めたこと。

今日から新学期。

私は、軽音部には入らないということ。

 

4月1日   ❞

 

 

 

 

 

「うん、制服、も着れた」

 

忘れものの確認をして、身だしなみを整えて。

深呼吸。

 

今日から、また最初からスタートだ。

友達、できるかな。

軽音部のみなさんと、また友達になれるかな・・・。

和ちゃんと紬ちゃんと・・・またお付き合いできるかな。

 

不安は募るけど、負けたくない。

1年間で少しは鍛えられたみたい。

 

さぁ行こう。

 

2年生になりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

校門でいきなりこけました。

恥ずかしいですね。

見栄を張らずに白杖を持ってきていればよかったと思います。

 

急いで立ち上がろうとしたものの、やっぱり体が弱ってるのでしょうか。

そういえば内臓器官がけっこう弱ってたってトム先生が言ってましたね。

なかなか立ち上がることができなくなってる私に、手が差し伸べられました。

 

「大丈夫ですか!?」

 

その声に、私は新学期早々1度目の驚きを。

真っ黒の髪を二つにくくり、大きな目に愛らしい表情の女の子。

以前、同じように私に手を差し伸べてくれて、音楽が大好きだといった女の子。

私の声を、きれいだと言ってくれた女の子。

中野梓さん。

まさか、この学校に入学をしていたとは・・・。

でも、本当の驚きはそこじゃなく。

 

「あ、あれ!お姉さん!?」

 

・・・なぜ、中野さんは私のことを覚えているのでしょうか?

 

 




神様「1年ごとのリセットは主人公のためやで~」

主人公が軽音部に入らない理由は簡単に言えば、辛い思いをしたくない、させたくないということに尽きます。
目の前で唯や和が取り乱した姿を、忘れるまで忘れることができないので…。


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第50話

更新が遅くなってしまったことと、かなり内容が少なくて申し訳ない・・・です。
恒例の言い訳タイム。
新入社員が入ってきてその指導や歓迎会やら、慰安旅行的なものやいろいろ重なりまして・・・けして忘れてたりしたわけではないのです!
少しでも皆様の暇つぶしに貢献できれば良いと思っていますので、エタらないように頑張ります。
よろしくお願いします!



Side 千乃

 

 

「えっと・・・中野、梓さん・・・」

 

「覚えてくれていたんですか!?」

 

満面の笑み、を多分浮かべてくれているのだと思う。

いや・・・きっと入学式で気分が高揚しているんだ。

私もそうだったから。

 

「まさかお姉さんの桜が丘高校だったなんて!こんな偶然あるんですね!」

 

私も嬉しいという気持ちがあるけれど・・・それよりも気になってしまうことは、どうして中野さんが私を覚えているのかということ。

1年で全部リセットされるのでは・・・いや、それは私の勝手な想像だけれど。

もっとたくさん話したいことがある。

 

「・・・お姉さん?」

 

でも、新入生の時間をたくさん取らせてしまうのは申し訳ない気持ちがある。

クラスの確認や、初めて出会う人たちとのファーストコンタクト。

名残惜しいけど、あまり時間がない。

だから聞きたいことだけ・・・。

 

「・・・中野さん、は、音楽、のクラブに?」

 

なるべく、流暢に話したつもりだけれどどうしても途切れ途切れになってしまう。

急にそんなことを聞かれた中野さんは、少し戸惑ったような感じで、けど確かに。

力強く。

 

「はい!ジャズ研に入ろうと思っています!」

 

そっか。

中野さんは音楽を、高校生になっても続けるんだ。

ここから、中野さんは目標に向かって頑張っていくんだ

 

私なんかの声(仮面をつけていて私だとは気づいてはいないけれど)を綺麗だと言ってくれた中野さんは、プロを目指してるといった。

けしてジャズ研を下に見ているわけではないけれど・・・これくらいのズルは許してほしい。

 

「ここの、軽音楽部も、すごいです、よ」

 

きっと私の顔は満面の笑みだ。

私という部員がいなかったことになっているはずの軽音部。

HTTに期待のルーキーを入部させたいと思うこの想いを、なんというのだろうか。

 

「軽音楽部って、潰れてたんじゃ・・・」

 

「ちゃんと、ありますよ?中野さんの夢もきっと、叶う」

 

一瞬、疑問を浮かべる顔をした中野さん。

初対面の人からしたら気持ち悪がられると思おうけど、気持ちを伝える方法として私は中野さんの頭を撫でる。

紬さんに、たくさんしてもらったこの方法で。

 

「だから・・・軽音楽部も、見に行ってほしいな」

 

何か言う前に歩き出す。

少し遅れて、中野さんが並んで歩く形となる。

校門をくぐり、ロッカールームまで一緒だ。

 

そして私は1年生用のロッカールームまで中野さんを見送り、その場を後にする。

後ろから中野さんが声をかけてくる。

 

「あ、あの!お姉さんの名前・・・」

 

そういえばちゃんと名乗っていませんでした・・・よね?

最近、物忘れが激しいような気がして。

 

「湯宮、千乃です。今日から2年生になりました」

 

 

 

 

二年生になり、校舎は同じだけど上る階段の数が増え、少し疲れたけれどなんとか新しい教室にたどり着く。

クラス名簿が一階に張り出されていたけど文字が小さくて見えなかったので、自分の名前だけど何とか探し当て、他の人たちの名前は諦める。

 

そして教室に着いた私だったのだが・・・なんというか居心地が悪い・・・ような気がします。

というのもやはり、1年間という期間ですでに仲の良いグループというものは出来上がっており、クラス替えが起きた後でも、その縁は続くようで・・・。

端的に言うと、一人ポツンと孤立してしまっている状態が私だ。

以前までは、教室に入った私を和ちゃんや唯ちゃん、信代ちゃんが迎え入れてくれたけど今はそれもない。

 

まだ喪われていない耳からは

「あんな人、いたっけ?」

「転校生?」

「知ってる?」

「知らない」

「話しかけてみる?」

などなど・・・。

おそらく私のことを言っているであろう会話が聞こえてくる。

 

こちらか話しかけたいという気持ちはある。

けど、本当に良いのかという疑問が頭に一瞬浮かぶ。

また、1年後にリセットされるならば、と。

でも、それでも望んだのは私だ。

生きたいと、2度目の人生を。

後悔するだろうけど、今この一瞬だけを精一杯生きたい。

覚悟を決め、まずは話しかけようと立ち上がる。

その時、急に動いたせいかバランスを崩してしまった。

慌てて手を伸ばすが空を切り、転んでしまった。

1日に2度も転んでしまったことに恥ずかしさを覚えるが、教室の中が静寂に包まれていることに気づき、急いで立ち上がろうとするけど、焦れば焦るほど、惨めにも転んでしまう。

頭が熱くなり、どうしようという気持ちだけが強くなりもう何が何だか分からなくなってしまう。

 

ふと、地面が暗くなった気がして見上げるとそこには苺さんがいました。

若王子苺さん。

和ちゃんとどことなく似たような雰囲気をもつ女の子で、二つに縛った髪がくるくると巻いているのが特徴で、淡々としている苺さん。

けど冷たいというわけではなく、気配りも上手で私のことも心配してくれてました。

誤解されやすいと、信代ちゃんが言ってたのを、もったいない、もっと苺さんのことを知ってほしいと思ったことを思い出しました。

前の1年で、仲良くしてくれた、友達だった人にあえて嬉しい、のですが早くここからどかないと迷惑になると思い一生懸命手足を動かします。

すると、苺さんが手を掴んでくれて立ち上がらせてくれました。

 

「大丈夫?」

 

そう言った苺さんがなんだかとても懐かしく思えて、まだ皆さんが私を忘れてから1ヶ月も経ってないのに、私には苺さんの変わらないその姿が嬉しくて、不覚にも涙があふれるのが止まりませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




神様「苺ちゃん登場」


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第51話

少しづつでもいいから、更新していきたい・・・のでよろしくお願いします!
あと今回、クラス編成として原作と少しちがうところがあります。
ご容赦ください。


Side 千乃

 

 

いちごさんに手を貸してもらい、何とか落ち着いた私はお礼を言ってから苺さんやクラスメイトの人達に挨拶をしようと思ったのですが先生が教室に入ってきて、各々席へと座ってしまいました。

残念な反面、いちごさんが私の隣に座ってくれた事が嬉しく、また私のほうから一方的ではあるが前の一年でのゆ、ゆ、ゆ友人が近くにいることに安心を覚えた。

 

私たち2年1組の先生は、黒井ななこ先生という大変スレンダーで山中先生に負けず劣らず美人な先生でした。

 

 

「ほんならまずは自己紹介からいこか~」

 

その言葉におそらくクラス中が首を傾げた。

いや、まあ新しくクラスが変わったので見知らぬ顔ぶれも増えたことをうまく中和しようということなのだろう。

しかし、クラスに入ってきていきなりその言葉は意表を突かれた。

私としては大助かりだが。

 

「自信があるやつは一発芸してもええで」

 

という前振りがなければ。

さすがに知らない人の中で一発芸をするなんて度胸のある人はいないだろうと思ってたのだけれど

 

「ジョジョ立ちします」

「フリーザ様の物真似します・・・ぜったいにゆるさんぞ虫ケラども!じわじわとなぶり○しにしてやる!」

「納豆の物真似します」

「あやとりで必殺技します・・・ビッグベン・ワイヤー・フレーム!」

「ジブリの1シーンやります・・・うるさいなーもー、万年球ひろい!」

 

名前より先に一発芸する人の多いこと多いこと・・・。

え、これって私も何かやるべきなのでしょうか?

そして私の隣の席の苺さんの番。

いちごさんも何かやるのかなと思ってたら。

 

「若王子いちごです。バトン部に入ってます。1年間よろしくお願いします」

 

そして座った。

ですよね、それが普通ですよね。

私もそれに習おうかと思った、けど。

ふと思う。

私の持ってる病気のこと。

恥ずかしい話、もう私は一人でなんでもやることは難しくなってきている。

もちろん、それを理由に甘えたいわけではない。

ただ知っておいてほしい。

そうすることで、私と関わろうとする人がいなくなってもいい。

知らずに迷惑をかけたくないからだ。

最初から私がそういう病気だったと知っていれば、周りの人も諦めがつく。

あぁ、病気だからこうなのか、と。

全部言う必要はない。

喪失病で1年後にすべて忘れてしまいますなんて頭がおかしいと思われてしまうかもしれないから。

 

刺すような視線を受けながら、私は静かに席を立つ。

 

「湯宮、千乃です。」

 

一息吸って。

 

「えっと、私は、今、病気を患って、ます。体がうまく、動かなくなったり、喋るのが、遅くなったり・・・皆さんに、も迷惑をかけてしまうかも、しれません。なるべく、迷惑を、かけないように、しますので、どうか、よろしくお願い、します」

 

深々と頭を下げる。

先ほどまでは楽しい雰囲気だったのにしん、と静まり返る教室。

あぁ、申し訳ないなぁと思いながら席に座ろうとする私はその前に発せられた言葉に行動を遮られることになった。

 

「それって自虐のつもり?」

 

「・・・え?」

 

隣のいちごさんの口から出た言葉はなぜか私の胸にストンと落ちました。

綺麗な瞳が私の顔を覗き込んでいる。

 

いちごさんは口を再度開いて、何かを言おうとして、やはり閉じた。

 

「まぁ・・・なんや、湯宮が病気って言うのはうちも今知ったわ・・・みんなもできる範囲でええから助けたって」

 

先生がそう言わなければきっとこの空気はずっと続いたと思うほど、長く感じた。

結局、いちごさんはそれ以降、HRが終わるまで何も話しませんでした。

 

怒らせてしまった・・・のだろうか。

 

 

 

そして自己紹介が終わりに近づいたとき、私はまた奇跡を感じた。

 

「真鍋和です。生徒会に所属してます。困ったことがあれば何でも言ってください」

 

「秋山澪です。け、軽音部に所属してます・・・よろしくお願いします!」

 

 

 




神様「いちごさんかわいい」


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第52話

更新遅くなってしまい申し訳ないです。
安定して更新できるようになりたい。

また短くて申し訳ないです。
よろしくお願いします!


Side 澪

 

 

2年生になった。

たった1学年、校舎が一階から二階に変わっただけなのになんだか知らないところに来てしまったかのような気がする。

クラス替えが行われて、律とも唯ともムギとも離れてしまったとわかったときは目の前が真っ白になった。

他の三人は一緒のクラスなのに・・・なんで私だけ・・・。

誰も知り合いがいないクラスで、私は一人席に座りボーっとしてた。

ど、どうしよう。

すると後ろから声をかけられた。

和だ。

どうやら同じクラスになれたみたい。

唯の親友で、私たち軽音部の心強き味方の和。

最近はなんだか元気がないように思えるけど、新学期ということもあってやはり惚れ惚れするくらい気を張りなおしてた。

和ともっと話したかったけどその時、大きな音がしてみればどうやら転んでしまった人がいるようだ。

きっと私なら赤面してどうしたらいいのかわからくなってしまうんだろうなぁ、とぼんやり思っていたらその子はいつまでたっても起き上がらなかった。

どうしたんだろう・・・手を貸したほうがいいのかな・・・そしたら知り合いになれるかもしれないしと席を立とうとしたら、すでに女の子は助け起こされていた。

そして2,3話して先生が来て席に着いたその子は、なんていうか・・・すごく懐かしい気がした。

最近、ふとした時に思うこの感情を、その子から感じた。

名前はなんていうんだろうか。

見たことのないその女の子は、何故かほっとけない存在のように思えた。

隣を見れば、和は落ち着かないようなそんな顔をしていた。

 

 

HRが始まり、自己紹介の時間がとられ、一人ひとりその役目を終えていく。

次に立ったのは先ほどの女の子だ。

・・・やっぱり見たことはない・・・はずだ。

 

湯宮千乃と名乗ったその女の子はどうやら病気らしく、迷惑をかけてしまうかもしれないといった。

白い肌と、先ほど転んでしまったということ・・・そのことが彼女が病気なんだと理解させられた。

でも、すごいと思った。

普通こんな大勢のそれもほとんど知らない人たちの中でいきなりそんなことが言えるなんて。

強い女の子だと思った・・・同時にその強さを私は間近で見てきていた・・・とそんなことを思った。

本当に最近、記憶にないような体験の夢を見る。

深夜に詩を書くのはもうやめようかなぁ・・・。

 

またその女の子は隣の女の子、たしか若王子いちごさんと言った女の子と少し話して、席に座った。

内容まではわからなかったけど、もしかしてあの2人は友達同士なのかな。

私も仲良くなれるかな。

 

 

 

 

 

 

 

今日はHRだけで、午前中に学校は終わった。

私は相棒のエリザベスを背負い部室へと向かうことにした。

決して、知り合いが出来なかったから逃げるわけではない。

 

「澪、今日も部活?」

 

「あぁ、本格的にボーカルの練習もしなきゃだし・・・はやくプロになりたいから」

 

「・・・そう、ね。あなたたちなら、次は合格をもらえると思うわ」

 

「ありがとう。和も生徒会、頑張って」

 

「えぇ。あ、律に伝言をお願いしたいんだけど」

 

「うん、なぁに?」

 

「新入部員勧誘会でステージ使いたいなら今日までに報告するようにって」

 

「わかった。伝えとく」

 

そう言って私は教室を後にする。

その時、湯宮さんが席を立ち、ゆっくり何かを確認するように歩いていくのが見えた。

なぜ、その光景に私は胸がこんなにも苦しく締め付けられるのだろう。

 

 

 

 

 

 

「後輩がほしい!」

 

部室で練習していた私たちは、休憩をとるために各々が飲み物やタオルで汗を拭いている。

そんな時に唯が言った。

 

「私たち軽音部にも後輩がほしい!」

 

「いや、一回言えばわかるよ・・・」

 

「唯ちゃん、急にどうしたの?」

 

「だって私たちもう二年生なんだよ!?先輩になったんだよ!?」

 

「だから後輩がほしいってか?威張りたいだけか!」

 

「ちがうよ~」

 

「でも、今後輩が入ってきてもあまり相手できないんじゃないかな・・・私たちもプロになるための練習があるんだし・・・」

 

「澪の言う通りだ」

 

「でもでも」

 

「私たちは早くプロにならなくちゃなんだし、現実的に考えて厳しいと思うの。楽器に触れたことのない子だったらなおさら」

 

「でもぉ・・・」

 

唯にしては珍しく、という気はないけれど食い下がってくる。

何か理由でもあるのかな。

 

「唯がそこまで言うなんて珍しいな・・・なんかあるのか?」

 

「・・・笑わない?」

 

「・・・自信はないな!」

 

「バカ律はほっといて、聞かせてくれるか?」

 

「うん・・・最近ね、何か忘れてる気がするの。何を忘れてるのかはわからないんだけど・・・大切なことを忘れてる気がするの」

 

その言葉に私はドキッとした。

だって私も思ってたことだから。

 

「絶対に、忘れちゃいけないことだったのに・・・それでね、夢を見るの。

顔は見えないんだけど、女の子と一緒に音楽をやる夢でね、いつか後輩ができたときに、一緒にやさしくいろいろ教えてあげようねって・・・」

 

「夢って・・・」

 

律がそう言う、けれどその声に笑いはない。

 

「夢の中のその女の子は、すごく優しい子で、大切なものをたくさんもらったの。

夢だけど・・・夢に思えなくて。

でも、その女の子の夢を見るとき、最後は決まって泣いてるの。私も・・・泣いてるの」

 

それを、ただの夢だと笑うことはできなかった。

私の見る夢も似たようなものだったから。

律とムギ、私と唯。

その軽音部にもう一人女の子がいた、という夢。

夜遅くにいろいろな歌詞や詩を書いてるからそういう幻想的な夢を見るのだと思っていた。

きっとそうに違いないと思ってる。

 

だって、じゃないと現実的にありえない。

記憶が消えた、なんてことはあり得ないのだから。

ホラーは苦手だ。

 

「・・・で、その夢の中の女の子との約束のために後輩を入れたいって?」

 

「・・・うん」

 

「はぁ・・・唯らしいな」

 

「みんなは、そんな夢は見ない、の?」

 

「・・・・見たよ」

 

律がそう言った。

なんとなくわかってたけど。

 

「私も見たわ・・・なんで私たちがプロになりたいのか・・・きっとその理由もその子絡みなんでしょうね。」

 

「あーもう!なんだかわかんねーけど、その女の子はなにもんなんだ!神様かなんかか!?」

 

「夢で見た光景は、経験したことないはずなのになんだかすごく懐かしいもんね」

 

「う~・・・しゃーない!後輩、探すか!」

 

「いいの!?」

 

「全員が似たような夢を見てるなら、これはきっとそうしなさいって神様の思し召しだ」

 

「ありがとうりっちゃん!」

 

「そうと決まれば、さっそくビラ作って配ろうぜ!」

 

「着ぐるみもあるよ!」

 

「その前に和に新入部員歓迎会体育館の使用許可もらわなきゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 梓

 

 

「ジャズ研・・・思ってたのとちょっと違ってたなぁ」

 

体育館での入学式が終わり、各教室でのHRで軽く自己紹介をして、解散となり私は一人クラブを見て回った。

この桜が丘高校には音楽系のクラブは全部で3つある、らしい。

一つはジャズ研。

二つ目は合唱部。

この二つは他校からも有名で、数々のコンクールやイベントで結果を残してきたクラブとのこと。

私としてはジャズ研に入るつもりだったのだけれど・・・乗り気になれなかった。

決してレベルが低いというわけではないのだけど。

どうしても比べてしまう。

あの人たちの音楽と。

HTTの音楽と。

結局、入部するかどうかは決められなかった。

残りの一つ。

湯宮お姉さんの言ってた軽音部。

実を言うとこの学校に入る前は軽音部があるなんて知らなかった。

湯宮お姉さんに勧められなかったらきっと知らないままで終わってたかもしれない。

でも、残念なことに軽音部の部室を除いても誰もいなかった。

荷物もなかったことから、前情報がなかったら軽音部が存在してたこともやはり疑ってしまうくらいだった。

でも湯宮お姉さんが嘘をつくとは到底思えなかったので、きっと今日はたまたま休みだったんだろう・・・そうに違いない。

 

幸い、明日は新入部員歓迎会で出し物が体育館で行われるはずなので、その時に軽音部も見れるはず!

・・・湯宮お姉さんは何か部活に入ってるのかな・・・もしよかったら明日、一緒に行ってくれないかな。

あの綺麗で優しい声で、梓って呼んでくれないかなぁ・・

あれ、そういえば私って自己紹介してたっけ?

それに、湯宮お姉さんの声・・・あの人の声に似てる気がする・・・まさか、ね。

 




神様「あずにゃん、百合属性の可能性が微レ存」


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第53話

隙を見て投下・・・時間がほしい。
これからもどうかお暇つぶしになりますように。



Side 千乃

 

 

大きくため息をつく。

昨日・・・新学期初日、私はクラスで自己紹介をした時以外は誰かと話すことがなかった。

まぁ2年生になり新しいクラスとはいえ、やはり知り合いが多く、すでにグループのようなものが出来上がっていたのだろうか。

私はHRが終わっても誰とも話すことなく、下をうつむいてはどうしようかと考えるばかりで結局終わってしまった。

 

欲を言えば和ちゃんや澪ちゃんともお話ししたかったけど、2人はHRが終わり次第すぐに教室からいなくなってしまった。

私の都合のいいように解釈をさせてもらえるならば、和ちゃんも澪ちゃんも私のほうを少し見ていたように思えた。

特に和ちゃんは声をかけてくれようとさえしていたけれど、きっと生徒会のお仕事が忙しいのだろう。

今日、新入生を対象とした歓迎会が体育館で行われると聞いている。

その細かいスケジュールの調整は、きっと私では処理しきれないものでさすが和ちゃんと唸ってしまう。

 

そして今日、授業も始まり私は置いて行かれないように授業に集中する。

目が見えなくなってきているのでしっかり耳で覚えなければならない。

一言一句、聞き漏らさないように・・・。

 

 

 

 

お昼時になり、仲の良い人たちは机を囲んでお弁当を広げている。

遠目に見ていて羨ましく思ってしまう。

基本的に私という人間は、はじめの一歩が弱いのだろう。

軽音部で、よくしてもらっていた反動もあるとは思うのですが、こればかりは性分なのかもしれない。

 

体が動かなくなってきても、私はできるだけやれることはやりたいと思っている。

その一環として、お弁当作りは日課となっている。

もちろん時間はかなりかかってしまうけれど、その分の達成感はある。

そしてなにより、近い将来、もう満足に動けなくなってしまったらお弁当を作ることもできなくなってしまうから、今のうちにやっておかなければ。

 

一人で手を合わせて、いただきますと小さい声でつぶやく。

自分で作ったものだから、新しい発見はなく当たり前のお弁当をいただく。

他の人に食べてもらったことなどないから私の料理の腕はどの程度のものなのかわからない。

横目で見れば、周りの人たちは楽しそうにおかず交換をしたりしている。

私が病院にいたとき、したかったことだ・・・と今になって思う。

・・・いや、待った。

私は和ちゃんと唯ちゃんとそういうことはやっている・・・はずだ。

和ちゃんとはパン屋でも似たようなことを・・・。

まさか、忘れていたのか。

嫌な汗が背中を流れる。

これが普通に忘れてしまっていたならいい。

よくはないけど、まだいい。

しかし喪失病だったなら・・・不安はぬぐえない。

さっきまでのお弁当が急に味気なくなった。

まさかこれも喪失病?

周りの声が遠く聞こえる。

だめだだめだ、きっと今は少し憂鬱になっているだけだ。

だから落ちるな。

気のせいなのだから。

 

心の中で必死につぶやくが、それに反比例して心はどんどん冷たくなっていく。

 

「ちょっと」

 

いちごさんがそう声をかけてきたことにより、私の意識は覚醒する。

 

「顔色悪いけど」

 

「うぁ・・・えっと・・・」

 

なんとか返事らしきものは返すけど意味のあるものにはなっていない。

1年生の時、優しく自分のペースで良いと言ってくれたいちごさん。

しかし、昨日苺さんの言った言葉が私は少し怖く感じている。

 

『それって自虐?』

 

そういう意味なのか・・・もともといちごさんは誤解されやすい人間であると、信代ちゃんは言っていた。

最近、落ち気味な私が勝手にマイナスにいちごさんの言葉を受け取っているのかもしれない。

けど、確かにあの時、私は怖くなった。

それが引きずっているのか、うまく答えを返せない。

 

するといちごさんは、目を細めて。

 

「迷惑、かけないから?」

 

そう言った。

 

「・・・えぁっと」

 

「・・・・・」

 

会話になっているのかわからない。

満足したのかわからない。

少し、息を吐いて不機嫌そうにいちごさんはお弁当を食べ始めた。

席が隣だから・・・なのかな。

それとも、惨めな私を見るに見かねて隣にいてくれてるのかな・・・。

 

「そんな目で見ないで」

 

ちらちらと見ていたのがばれたのか、いちごさんが声を更に低くして言った。

それから私は、すいませんと小さく謝り喋らなくなった。

 

 

 

今日は新入生歓迎会があるので授業は5時間目で終わった。

そして部活に入っている人たちは慌ただしく準備に走り回っている。

いちごさんが声をかけてきた。

 

「部活、はいってるの?」

 

どこかぶっきらぼうに。

 

「いえ、入って、ません」

 

「なんで?」

 

「なんで・・・って」

 

「病気だから?」

 

「っ・・・!」

 

そいえば…いちごさんはなかなかずばっという人でした。

 

「そう・・・です」

 

「ばかみたい」

 

本当に、侮蔑の視線を込めて睨んできた。

生前では人と話すことがなかったからもちろん敵意を浴びることはなかった。

この世界でも私は周りの人たちが優しくて恨まれることなんてなかった。

・・・いや、澪ちゃんに怒られたことがあったっけ。

あと、ライブハウスでHTTのデビューした時もブーイングをもらった。

でもそれとは違う。

面と向かって、ここまでの感情をぶつけられたことはない。

そして、経験のない私にできることと言えば、ただこの時が過ぎるまでうつむくことくらいだった。

万が一、私が何かを言い返していちごさんが不快な気分になったらいやだったから。

あと2年で終わってしまう私とは違う。

ここからまだまだ楽しいこと沢山あるいちごさんの邪魔になってはいけない、とも思った。

 

「あのさ」

 

何かを言おうとしたいちごさんは、しかし最後まで言い切ることができなかった。

 

「す、すいません!このクラスに湯宮千乃さんはいますか!?」

 

中野梓ちゃんが、教室のドアからそう大きな声で言ったから。

 

 

私を見て、ため息をついたいちごさんは何も言わず荷物を持って、いつもの速さで歩いて行ってしまった。

どきどきと落ち着かない鼓動を必死に抑えながら、私は息を吸う。

 

そんな私を見つけてくれたのか、中野さんが私のもとへ走ってきた。

 

「湯宮お姉さん!」

 

「あ・・・中野さん」

 

眩しいとしか形容のしようがない笑顔を私に向ける中野さん。

その笑顔に、ガチガチだった心臓がほぐされた気がした。

 

「ど、どうした、んですか?」

 

「すいません、急に押しかけてしまって・・・」

 

「ううん、だいじょう、ぶですよ」

 

どこかもじもじとしている中野さん。

かわいいなぁと思う。

 

「あの・・・今日ってお時間ありますか!?」

 

 

 

 

 

 

 

体育館へ向かう私と、その隣を上機嫌で歩く中野さん。

跳ねるように歩いており、その都度、2つに結んでいる髪がぴょこぴょこと上下しているのが見ていて和む。

なぜ、中野さんと歩いているのかというと。

「私、ジャズ研にも合唱部にも見学行ったんですけど、どっちも私の目指してる音楽じゃなかったので軽音部の演奏、すごく楽しみにしてるんです!湯宮お姉さんがお勧めしてくれなかったらきっと気づかなかったと思います!ありがとうございます!あ、急にお付き合いしてもらって本当にすいません・・・でも湯宮お姉さんと行けて嬉しいです」

 

ということである。

中野さんはエネルギッシュであり、行動力があるみたい。

 

「本当はクラブ活動するよりも入りたいバンドがあるんですけど・・・まだまだ私は力不足なので・・・」

 

入りたいバンド、その言葉に私はどきりとした。

中野さんがどうして私のことを覚えているのか・・・その答えを私は知らない。

けど・・・もしも私のことを忘れないでいてくれる人がいるなら・・・私は希望にすがってしまう。

肉体的な喪失はふせげないだろうけど、それでも心の中に私という存在を端っこでもいいから住まわせてくれるなら、と。

欲が出てしまうのだ。

 

まぁそれは今はおいとこう。

もしここでなんで私のことを覚えているの、なんていえば間違いなく警戒されてしまう。

私はもう軽音部ではないけど、初めての後輩になるかもしれないのに、嫌われてしまったら立ち直れない。

 

「湯宮お姉さんも知ってるかなぁ・・・前、海馬チャンネルでTVに出てたHTTっていうバンドなんですけど・・・」

 

「・・・はい、知ってます、よ」

 

「本当ですか!?」

 

「音楽、好きなんです」

 

「うわぁ・・・うわぁ!私、あのバンド大好きなんです!大ファンなんです!初めて見たときはマスクかぶっててちょっと不気味だったんですけど今はもうかっこよすぎて直視できないんです!あ、湯宮お姉さんは誰が好きですか!?」

 

「誰って・・・」

 

「私は皆さんかっこいいと思ってます!天才タイプのギターも、多彩な音遊びをするキーボードも迫力のあるドラムもクールなベースも!そしてなによりあの綺麗な声!いつかあのバンドに入って私も一緒に音楽を作るのが夢なんです!」

 

うぅ・・・嬉しい、けど恥ずかしい。

顔を必死にそらす。

にやけてしまうのを必死に隠す。

 

「な・・・中野さんなら、きっと、なれます」

 

「本当ですか!?湯宮お姉さんにそう言われると、なんだか本当にそうなるような気がします」

 

今更ながら。

 

「お姉さん・・・」

 

なぜ中野さんは私のことをお姉さんと呼ぶのだろうか。

悪い気はしない。

むしろ妹ができたみたいで嬉しい。

けどもし、年上の人全員をそう呼んでいるのなら、一人舞い上がってしまうのは恥ずかしい。

 

「あ・・・すいません。私ひとりっ子で・・・中学生の時も部活に先輩はいなかったので・・・湯宮お姉さんが初めての年上で『先輩』で・・・だから、その、お姉さんって呼んでしまいました・・・迷惑ですよね?」

 

「ううん、そんなことない、ですよ。」

 

私が初めての先輩・・・やばい。

にやけてしまいますね。

 

 

「中野さん、はギター、ですよね?」

 

「はい!憧れのバンドのギターの人もすごく上手で・・・録画してた海馬チャンネルを何度も見直そうとしてたんですけど、何故か消えてしまってて・・・たぶんお母さんがドラマかなんかを上書き録画しちゃったんだと思うんですけど。初めてお母さんと喧嘩しちゃいました」

 

ずきりと、心が痛む。

きっと録画していた映像が消えた理由は喪失病のせいだ。

前の世界でもそういうことは身の回りで起きた。

私の病気の進行状況をビデオに撮ろうとしていた研究者は、何度撮っても消える不思議な現象に匙を投げていたから。

もうしわけありません中野さん・・・お母さんとの喧嘩の理由は私のせいです・・・。

 

「でも、心の中にしっかり焼き付いているので大丈夫です!きっとあの演奏は忘れることができません!」

 

その言葉に、私の心は温かくなる。

じんわりと喜びの感情がこの胸を覆う。

本当に、なぜ中野さんが覚えてくれているんだろう。

 

 

 

 

「うわぁ・・・やっぱり人、多いですね・・・」

 

体育館の入り口を開けると人の多さと熱気に包まれる。

確かに新入生の歓迎会の面も兼ねているのでほとんどの新入生がこの体育館にいる。

それとは別に単にクラブの出し物を見に来た人たちもいるのでその人数はそれなりに多い。

当初、予定されていた人数は大幅に超えているので、椅子が足りず立ち見となっている。

 

「湯宮お姉さん・・・大丈夫ですか?」

 

「はい・・・」

 

優しい子だ。

私が目が悪いと中野さんは知っているから心配をしてくれている。

 

「ああああの、よかったらその・・・お手を拝借・・・」

 

最後のほうは自分で何を言っているのだろうと思ったのか、赤面をしている中野さん。

でも、その言葉回しも、赤面してしまう様子もなんだか私を見ているようで和んでしまった。

 

私はその中野さんの可愛さに頬を緩めながら、差し出された手を握る。

あぁ・・・和ちゃんと紬ちゃんと手をつないだ時のことを思い出すなぁ。

 

 

「軽音部は、まだで、しょうか」

 

「あ・・・えっと実はパンフレットもらってます・・・軽音部は今からです!」

 

興奮しながら中野さんは言う。

軽音部の音楽。

私のいない軽音部の音楽。

その出来に私は何の不安もない。

いや・・・きっと私を驚かしてくれるはずだ。

だってあの軽音部は、HTTは、プロを目指しているのだから。

きっと中野さんも入りたいと思ってくれるはずだ。

そして、軽音部の正体を今から中野さんは知るはず。

自分の憧れていたバンドだと。

できることなら・・・私も中野さんを喜ばせてあげたかった。

でも、今は無理でも、中野さんがHTTに入って、私も一生懸命頑張って有名になったら・・・その時は共演をするのだ。

その時まで、私のお楽しみは取っておくのだ。

 

カーテンが上がる。

握られる手から、一層力がこもる。

中野さんの瞳が大きく見開かれる。

 

皆さん、頑張って。

 




神様「あずにゃんどんどん出てくるで」


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第54話 yellow moon 流星群 涙なんかいらない

遅くなり申し訳ない。
こんな駄文で良いなら・・・どうか読んでやってください・・・。


Side 梓

 

 

私は自分の目を疑った。

あの日、ライブハウスで初めて見た色鮮やかな花のマスクを被ったバンドグループ。

その演奏に憧れた。

初めてギターを買ってもらった日を思い出し、私は今まで恥ずかしくて言えなかった夢を今一度胸に抱くきっかけとなった、そんな憧れのバンドが目の前に。

夢でも見ているのだろうか。

本当はまだ寝ていて、お母さんに起こされるまでの幸せな、そんな幻なのではないか。

 

しかし、私の頭は今までにないくらい覚醒しているのがわかる。

目の前の光景を、演奏家たちの一挙一動を忘れないように見ている。

 

夢なんかじゃない。

ふわふわとした感じはするが、それこそがこれが本当のライブであることを伝えている。

知らず知らずのうちに力強く握ってしまっていた右手にようやく気付き、慌てて湯宮お姉さんのほうを見る。

にっこりと微笑んでいた。

そしてどこか寂しそうにステージを見ていた。

 

 

「あー・・・どうも軽音楽部、HTTです」

 

真っ赤な花が目立つマスクをしたドラムの女性がそう言う。

あぁ・・・やっぱり間違いなんかじゃない。

この人たちは本物のHTTなんだ。

 

「まずは入学おめでとう。ここにいる新入生諸君の高校生活が幸多いものであるように心を込めて演奏します」

 

あくまで最低限のことしか話さず、そして演奏は始まった。

 

 

「ルーズリーフ」

 

そしてここで私は気づいた。

ボーカルが違う、と。

百合の花から向日葵のボーカルへと。

私は今日何度目になるかわからない驚きを隠せずにいた。

 

 

 

楽器の演奏自体はやっぱり上手かった。

いや、海馬チャンネルで見たときよりも数段に上達していると思った。

だからこそ、ボーカルに違和感を感じた。

まるでここ一ヶ月しか練習していないようなそんな印象を受けた。

なぜ、あの人はいないの?

憧れのバンドを見つけて、けどそこには一人足りなかった。

結局私は、最後まで考えがまとまらず、演奏に集中することができなかった。

 

 

 

 

 

 

歓迎会の出し物すべてが終わり、私は軽音部へ向かった。

湯宮お姉さんにも来てほしかったけど、用があるらしく別れた。

用があったにもかかわらず、付き合ってもらって申し訳なかったなぁと反省をする。

 

校舎の最上階、長い階段を登りきったところに軽音部はあった。

扉の前に立つ。

緊張する。

この奥に私の・・・憧れが。

 

ノックしようとする手が止まる。

結局私はなんて言おうか、なんて聞こうかまとめることができないままここまで来てしまった。

新入部員は募集中なのか、とか。

どういう音楽路線で行くのか、とか。

どういう活動をしていくのか、とか。

 

あのボーカルはどこへ行ったのか、とか。

何故か、湯宮お姉さんの顔が浮かんだ。

 

 

 

 

 

「軽音部に何か用事かしら?」

 

後ろから声をかけられて慌てて振り向く。

そこにいたのは眼鏡をかけた理知的な女性だった。

確か・・・生徒会長さんだ。

 

「えっと、その・・・」

 

「・・・入部希望者?」

 

「あ・・・えと、はい」

 

その言葉を聞いたとたん、にこっと笑う生徒会長さん。

そして軽音部のドアを開けて、中に入る。

 

「みんなお疲れさま。新入生、来てるわよ」

 

「本当か!?」

 

「和ちゃん、疲れたよ~」

 

「唯!シャキッとしろ新入部員が来たんだぞ!」

 

「お茶とお菓子の準備をしなきゃ!」

 

わいわいと一層騒がしくなる部室。

なんだか・・・思ってた人たちと違う・・・。

でもあの演奏は本物だった。

 

聞きたいことはたくさんある。

考えがまとまってないけど、それでもここは私の憧れた場所だ。

だから。

 

「中野梓と申します!ライブハウスで見たときからファンでした!私を入部させてください!!」

 

 

 

 

 

 

Side 千乃

 

 

軽音部のみんなは・・・進化していた。

みんな、私のことは忘れていたけどそれでもプロになるために前に進んでいた。

そのことを嬉しく思ってこんなにも顔が緩んでしまう。

約束を覚えてくれているなんて、そんなありえないことを信じてしまいたくなるくらい。

軽音部のみんなが頑張ってくれているなら、私だって負けるわけにはいかない!

きっとすぐにみんなはプロになる。

その時に、私と一緒に演奏してくれるように有名になっておかなくちゃ。

 

校門前に、車が止まっている。

そこからゆのさんと磯野さんが出てくる。

 

「お疲れさまです、湯宮様」

 

「湯宮様、体調のほうはいかがですか?」

 

順にゆのさん、磯野さんが言う。

 

「はい、大丈夫です・・・すいません、わざわざ、迎えに来てもらって・・・」

 

「お気になさらないでください。社長から、湯宮様の身の回りのことは私と、阿澄に任せると言われておりますので」

 

「まぁ磯野さんは社長の秘書ですから基本的に私が湯宮様のサポートとなります」

 

「あ・・・えと、ありがとうございます・・・その、敬語・・・」

 

「・・・阿澄」

 

「わ、わかりました!んんっ!」

 

深呼吸。

 

「お疲れさま、千乃ちゃん。新学期は楽しかった?」

 

敬語から一転、ゆのさんは前みたいに砕けて話してくれた。

 

「ごめんね、立場上、千乃ちゃんとはビジネスパートナーだから必要以上に硬くなっちゃった」

 

よかった。

みんなから私のという記憶が喪失されて、当然私がプロテストに合格したという事実も失われた。

けどそれでも私にはみんなとの約束だけが全てだったから、一人で海馬社長とゆのさんに会いに行った。

そして一通り事情を説明したけど、普通は信じられない話だ。

だから私は歌った。

それしか能がない。

社長室で演奏も何もない、一人きりの演奏会。

いつもは軽音部の皆さんがいたから怖くなかった。

どんな所でも歌えた。

でもこれからは私一人だと思うと・・・歌い終わった後涙が流れてしまった。

海馬社長とゆのさんは私のことを思い出してくれた。

HTTのことも。

病気のことも。

海馬社長はオカルトと一蹴したけど、だからと言ってそれを理由に他の人と別のようには扱ってくれなかった。

嬉しかった。

病人だから、歌わせてくれないかと思ってた。

残りの時間が2年間だということも伝えたけど、

「それならば、2年の間に貴様は俺が投資した以上に役にたて」

と、それだけだった。

それから、私のデビューの日取りや演出をゆのさんと打ち合わせをする日々。

そして今日から正式に私は海馬コーポレーションの一員となる。

つまりは、今日が私のデビューの日、というわけだ。

だから、ゆのさんもかしこまった口調だったのだろう。

 

「・・・お友達はできた?」

 

ゆのさんが、言う。

HTTの皆さんと、と言う聞こえない言葉が聞こえた気がした。

 

「あ、はは・・・できま、せんでした、けど澪さんと、同じクラス、でした」

 

こんな話し方ですけど、歌うときになったらきちんと歌える。

きっと神様が、普段がこんな口調だからこそ、歌えるようにしてくれてるんだと勝手に思うようにしています。

そして、感謝も。

車に乗り込むとき、ゆのさんの顔が曇ってるようにみえた

 

 

 

 

 

車に乗って、向かってきた場所は海馬コーポレーションの所有する放送局。

後から知った話なのですが、海馬コーポレーションは本当にいろいろなことに手を伸ばしているということ。

変な話、この会社一つで世界は回る・・・かもしれない。

 

控室にてゆのさんの手伝いのもと、私は服を着替えたりお化粧をしてもらっている。

ゆのさんは美術大学出身で、だからというのか手先が器用でお化粧一つしたことのなかった私を、私じゃないみたいに綺麗にしてくれた。

でも、ゆのさんの顔は晴れない。

 

「・・・ゆのさん?」

 

「あ、ごめんね」

 

止まっていた手を再度動かすゆのさん。

やはり、どこか変だ。

 

「どうか、しましたか?」

 

「・・・千乃ちゃん、ごめんね、私がマネージャーで」

 

「なにを」

 

「もっと経験豊富な人が千乃ちゃんのマネージャーだったら・・・もっと千乃ちゃんを可愛くできるのに。

千乃ちゃんとHTTのみんなとも一緒にいさせてあげることもできたかもしれないのに」

 

「・・・・・」

 

驚きました。

まさかゆのさんはそんな風に思っていたなんて。

 

「ゆのさん・・・私は、ゆのさんが、隣にいてくれて、良かったと、思います」

 

当たり前のことだ。

私が今ここにいられるのもゆのさんが私を見てくれていたからだ。

あのライブハウスから。

 

「でも・・・思っちゃうの。ずっと夢だったこの舞台に千乃ちゃんは一人で立つなんて」

 

「・・・確かに、寂しいです。律ちゃんも、澪ちゃんも、紬ちゃんも、唯ちゃんもいない、から。

でも、皆さんは、ここにいます、から」

 

自分の胸に手を置く。

4人分の温かさが、ここにはある。

皆さんが私を忘れても、ここに、いる。

ゆのさんは、泣きそうな顔で私に抱き着く。

私も抱きしめる。

何度もありがとう、と言い合う。

 

「それに、頼りのなる、音楽隊も、います、から」

 

そう、さすがにアカペラじゃ寂しいからと、私は様々な音楽グループと契約をした。

そのグループの手の空いてるとき、私の歌のバックミュージックをお願いしているのです。

海馬社長が方々に声をかけてくださったらしく、またゆのさんも自分の足で見つけてきたりも知てくれた。

本当にお2人にはお世話になってばかりだ。

その恩を、少しでも返そう。

歌という形で。

 

化粧室から隣の控室へ向かう途中、中から声が聞こえた。

 

 

「まさかこの年になって、TVに出るとはのう」

 

「わしらがTVに出ると知ったらババどもはどんな顔するか」

 

「天国へ行く楽しみがまた増えたわい」

 

「あれだけ働けと言われてきたのに、それでも音楽を続けてきた」

 

「その芽が、やっと花を咲かすんじゃ」

 

「どんな花か、ババどもに束で渡してやるわ」

 

「びっくりしてもっかい昇天するんじゃないか?」

 

「ちがいない!」

 

わははと部屋の中がにぎわう。

年季の入ったそのしゃがれた4つの声は、聞いてるだでけ絆の深さを感じる。

きっとどんな時もこのメンバーで乗り越えてきたんだ

私も、今日はその一員になる。

何度も一緒に練習してきた4人のおじいちゃん達、その名を『ブレーメンの音楽隊』。

馬場さん、犬塚さん、猫山さん、鶏内さんら4人は子供のころからずっと音楽が大好きで上京してきたときにライブハウスで知り合い、結成されたグループで、結婚して子供ができてもずっと続けてきた。

奥さんからいろいろ言われてきても、それでも音楽を続け、半ば諦められて放置されてきたことからこのグループ名にしたのだとか。

皆さんは、派手な演奏を好む傾向があり、そのせいかなかなか地に着いた演奏をせず、今まで門前払いを食らってきていたらしい。

ある日、駅前でゲリラ的に演奏していた4人の前に、ゆのさんと私が通りかかったところから出会いは始まった。

みなさんは、高齢であり体力も衰えてきているらしい。

けれど、ついてきてくれた。

私のむちゃくちゃな歌にも、必死でついてきてくれた。

一緒に、音楽を作ってくれた。

感謝しなくちゃいけない人が増えすぎた。

今回の演奏が、成功すれば少しは恩返しになるのかな。

 

するとドアが開く。

 

「おう、誰かと思ったら我らが姫様だ」

 

「というより女神さまじゃな」

 

「わしらの夢を叶えてくれる神様」

 

「わしらが神様とか女神さまとかいうと、シャレにならんわ」

 

またもはじける部屋。

・・・ゆのさんじゃないけれど、私も思ってしまう。

本当に私でよかったのか、と。

 

『ブレーメンの音楽隊』はさっきは体力がないとか、派手好きだとか言ってしまったけど、老練された基礎に嘘はなく、どんな時もしっかりとした演奏をしてくれる。

安心感がある、というのか。

彼らの演奏は、大木のようにしっかりと根を張ったもので、さながら私はその枝で歌うなんか小さな生き物に違いない。

だからこそ思うのだ。

しっかりとしたプロデュースさえすれば、彼らはきっと成功する。

そのプロデュースに、本当に私とセットでよいのだろうか、と。

もちろん、私にも約束がある。

その約束を守るために一生懸命練習もしてきた。

おじいちゃんたちも、私が夢をかなえてくれたというけれど・・・けど・・・けれど・・・。

 

「どうした?」

 

・・・本当に、わたし、でいいの、でしょうか・・・

 

そう声に出そうとして、やめる。

その言い方は失礼であると、思ったから。

私のためにいろいろと手を尽くしてくれている海馬社長や、ゆのさんに。

そしてまだ短い期間ではあるけどともに音楽を作ってきた『ブレーメンの音楽隊』に。

だから、私が言うのは。

 

「みなさん・・・今日まで、ありがとう、ございまし、た。たくさん、無茶を言って、すいません、でした・・・」

 

一息、吸って吐く。

 

「一人で、歌うのは、寂しい、です。

でも、こんなに素晴らしい、音楽隊がいてくれたから、ここまで、来れました。

だから、今日は、私のステージ、ではなくて、にぎやかで楽しい、音楽隊をみんなに知ってもらいたい、ので一生懸命、頑張ります!」

 

私らしくもない大声を出す。

出そうと思ったのではない。

自然に出てしまったのだ。

そのことに、恥ずかしく思ってしまい頬が上気したのが分かった。

 

「ですので・・・みなさん、どうか私に力を貸して、ください・・・」

 

最後はもう消え入りそうな声に。

 

4つの手にわしわしと頭を撫でられる。

大きな手だ。

何年も楽器を握ってきた、音楽家の手だ。

何も言わず、ただ頭を撫でてくれる。

優しさに身をゆだねてしまう。

今から歌うというのに、鼻がつんとしてしまう。

 

「あー!ダメですよ馬場さん!せっかくお化粧したのに!髪もセットしたのにー!」

 

ゆのさんが大声を上げる。

 

「わはは!千乃ちゃんはそのままでも十分可愛いわ」

 

「そういう問題じゃないです!せっかくに晴れ舞台なのに・・・!」

 

「怖い怖い・・・うちのババどもを思い出すわ」

 

「きっとゆのちゃんも将来旦那を尻に引くタイプじゃ」

 

「いや~この小さな尻じゃ、あの社長はひけんわ」

 

「せいぜい、お馬さんごっこしてるくらいにしか見えんな」

 

「な、な、な何を言ってるんですか!女性に向かってそういうこと言わないでください!私だってまだまだ成長するもん!それに私は社長のことそういう風に思ってたりなんか―――――」

 

「そろそろ行くとするか」

 

「おう、いよいよわしらの夢が叶う」

 

怒るゆのさんをそのままに、私の手を引き歩き出す『ブレーメンの音楽隊』。

 

「夢が叶う・・・」

 

「千乃ちゃんの夢も叶うし、わしらの夢もな」

 

そう、『ブレーメンの音楽隊』の夢はプロになること。

私と同じだ。

そして、もう一つ彼ら音楽隊には夢がある。

 

それを思い出すと笑ってしまう。

 

「あの世でババどもの驚く顔を拝んでやるわ」

 

こうやって憎まれ口をたたくけれど、その実は優しい心であふれている。

『ブレーメンの音楽隊』の奥さんたちは、ほとんどお金にならない音楽をやり続けたおじいちゃん達にいろいろ文句を言ってきたけど、でも見捨てなかった。

呆れ、半ば放置という形だったけど、それでも本気で辞めろとは言わなかった。

最後の最後まで、支えてくれたそうだ。

だからこそ、天国で言いたいそうだ。

 

『お前の選んだ男は、最後まで音楽を続け、夢を叶えた。お前がいたおかげだ』と。

 

その言葉のために、音楽隊は今日まで楽器を手放さなかった。

今日、『ブレーメンの音楽隊』と演奏できることを誇りに思う。

 

 

 

「さぁ、皆さん。楽しい、音楽の時間です」

 

 

 

 

 

 

 

 

幕が上がる。

海馬チャンネルの番組が始まる。

生放送だ。

司会者のスピードワゴンさんが私たちの説明をしている。

なんでもスピードワゴンさんは海馬コーポレーションの元社員で、今はSW財団なるものを設立し様々な番組を監修しているそうだが大恩ある海馬社長とよく共同で番組を作ることもあるそうで。

そしてこの歌番組『題名のない音楽会』もその一つで、スピードワゴンさん本人が司会者を務める。

スピードワゴンさんの話し方や独自の説明の仕方はかなり人気があり、彼を見るためにこの番組にチャンネルを合わせる者も多い。

せっかく私たちのことを説明してくれているのに、頭に入ってこない。

緊張、夢が叶うその高揚感、様々な感情が渦巻いているからだ。

歯がガチガチと震える。

あふれだしそうなこの想いをどうすればいい?

 

 

 

あぁ・・・歌いたい。

 

 

 

「yellow moon」

 

これはAkeboshiという歌手の歌だ。

浮遊感ある曲調。

くせになるサビ。

そして切ない歌詞。

バイオリンやピアノの幻想的な音が、目を閉じるとそこには星いっぱいの夜空が広がる。

どことなく寂しい雰囲気があるが、『ブレーメンの音楽隊』の良さが出る曲である。

ごまかしの利かない、実力勝負の曲。

彼らの今までの音楽の歴史がここにはある。

背を向けながら、それでも目で見つめあう。

まるで、『ブレーメンの音楽隊』とそれを文句を言いながらも支えてきた奥さんたちのように。

伝えよう。

この胸にあふれる気持ちを。

感謝という財宝を。

愛してるという星空を。

 

 

 

 

「流星群」

 

鬼束ちひろという歌手の曲。

ピアノで始まるこの曲も落ち着いた曲調である。

一人きりの部屋で独白をするように歌い、誰に届くかもわからずに歌う。

現実の世界というよりも、夢のような曖昧な世界。

人は生きているだけで壁にぶつかるもので、時にはどうしようもなく身動きが取れなくなってしまう。

けれどそんな時こそ一度落ち着いて、奇跡に頼るのではなく周りも見渡して一呼吸をして。

そして自分のいる位置を確認してまた一歩ずつ歩いていこう。

 

 

 

 

 

 

「涙なんかいらない」

 

高鈴の歌。

答えなんか、涙なんか必要ないと歌うこの曲は、答えと涙を否定しているわけではない。

ただ答えと涙に振り回されないでと歌っているのだ。

誰かと比べるのもいい。

競争をして走るのもいい。

けどその結果に振り回されないで。

誰かを追い越そうとして必死になっている自分を見て、それが答えだと、醜いと思わないで。

そのための涙を流さないで。

誰かと比べて自分のいるその位置を自分の全てだと思わないで。

劣っていると、涙を流さないで。

今はまだ山を上っている途中で、長い道を走っている途中で、他の誰かとは違う道を進んでいるだけなのだから。

悔しいと、答えを出してしまって泣かないで。

その涙は明日、成長した時に流す涙なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

歌い終わる私に『ブレーメンの音楽隊』。

少しの静寂のあと、ゆのさんが観客席のよこから拍手をくれた。

それに続くようにぱらぱらと拍手が起こり、それは一つとなってスタジオを揺らすような音に。

『ブレーメンの音楽隊』の皆さんは涙を流しているような気がした。

疲れてもともと悪い視力が、さらに狭まってるように感じた。

それと同じように、達成感を好みに感じた。

 

澪ちゃん、律ちゃん、唯ちゃん、紬ちゃん、和ちゃん。

お父さん、お母さん。

 

私、プロになったよ。

 

 

 

 

 

 



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第55話

今日、この小説に感想をいただきました。
更新が1年くらい止まってるこの作品に感想を…嬉しくなって恥ずかしながら更新してしまいました。
しかも長らく書いていなかったので、分の書き方も勢いもなく、ただ続きを書くという愚行に。
だけど、こんなお話でも読んでくださってる人がいることが嬉しくて嬉しくて・・・。
更新速度も相変わらずですが、これからも頑張っていきたいです。
今回の話も、もっと肉付けしたいので書き直したりすると思うのでどうかこれからもよろしくお願いします!!!



夢を見ていた気がする。

永い、永い夢。

そこでは私は、病気じゃなくて、お母さんもお父さんもいて、ドジなのは変わらないけど走り回ったり、好き嫌いをし、「困ったなぁ」と二人をつぶやかせるのでした。

 

だけどそれは夢なんだと、すぐに気づく。

私にとっての当たり前は、そんな素晴らしいものではなかった。

何もなかった。

喪失病だけが、私を私たりえるモノだった。

みんな、私から離れていく。

みんな、私を忘れていく。

みんな、私を置いて行ってしまう。

だから、どうか、神様。

この一瞬だけでもいい。

誰かの記憶に残って…!

 

 

 

 

 

「千乃ちゃん、お疲れ様!」

 

ステージから降り、控室へと戻った私にゆのさんが声をかけてくれる。

 

「本当にすごかったよ…感動した」

 

「…ありがとうございます」

 

へとへとになってしまっている私に気付いたのか、ゆのさんがすぐに飲み物を渡してくれて椅子に座らせてくれた。

椅子に座るだけでも誰かのお手伝いがないとスムーズに出来なくなっているなんて、なんだかおばあちゃんみたいです。

 

「ゆのさん…」

 

「ん?なぁに?」

 

「私、ちゃんと、歌えてましたか?」

 

「もちろんよ!すごい歓声だったんだから!」

 

「そう、ですか…良かったぁ」

 

ちゃんと歌えてたんだ。

無我夢中だったからあんまり覚えてなかったんだけど…嬉しいな。

 

「…軽音部の皆さんも、見ていてくれたかな…」

 

「…きっと見てくれてたよ」

 

「だったら…いいなぁ」

 

そこで私の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆

 

 

 

Side 律

 

 

「っしゃー、今日の練習はこのくらいにしとくか!」

 

「もうヘトヘトだよ~」

 

「昼からずっとやってるからな…あの律も珍しくさぼったりしてないし」

 

「ふふん、私だってやるときはやるのさ!」

 

「唯のボーカルもどんどん上手くなってるし、こりゃすぐデビュー行けちゃうんじゃないか?今日あたり、行っちゃう?!」

 

「バカ、中野さんだっているのに急にそんな話!」

 

そう、新しく我が軽音部に入ってくれた中野さん、ツインテールが特徴の期待の大型新人だ。

さっきその腕前を見せてもらったところ、こっちが舌を巻くくらいのテクニックを見せてもらった。

変な話、プロを目指すという目標がなかったら唯よりもうまかったかもしれない…。

まぁ即戦力なのは間違いがなく、すぐさま私たちの曲の練習に合流してもらった。

その際に、私たちはプロを目指していることなども話した。

 

「良いじゃん別に。梓だって私たちの仲間なんだし…とそろそろ海馬チャンネル付けとくか…」

 

ゆのさんが、今日新しくデビューする新人がいるって言ってたしチェックせねば!

将来のライバルになるんだしな!

 

「梓って…」

 

「せっかくできた可愛い後輩だからな!打ち解けるためにも名前で呼んでやらないと」

 

「そりゃそうだけど…」

 

「相変わらず人見知りが治らないなぁ…唯を見てみろ」

 

そこには後輩に抱き着く我が部きってのギタリストの姿が。

 

「あずにゃーーーん!!」

 

「わ、わ、わ!」

 

抱きつかれてる当の本人は満更でもないらしく、困ったような顔をしながらも顔を赤くしていた。

 

「まぁ…あれはやりすぎかもしれないけどな…」

 

 

その時、頭にノイズが走った。

こんな景色を見たことがある、という既視感。

隣を見れば澪もそうらしく。

 

「なんか最近デジャブというか…見たことあるような光景が頭に浮かぶんだよな」

 

「私も!」

 

そこで話に入ってきたのはお茶の用意をしていたムギだった。

 

「何だろう…忘れちゃいけない何かを忘れてしまってるような…」

 

この嫌な気持ちは何だろう。

取り返しのつかないことをしているような気がする。

 

 

「あ、あの!皆さんに聞きたいことがありまして…」

 

「ん?どしたー?」

 

梓が唯に抱き着かれながら問いかけてきた。

 

「あの…前にいたボーカルの方って、いらっしゃらないんでしょうか?」

 

 

瞬間、頭に激痛が走った、のは一瞬だった。

 

「ボーカル…?唯ならそこに…」

 

いや、違う、そうじゃない。

何がそうじゃないかはわからないけど、違う。

そうじゃない。

 

「年明けのライブの時にいた―――」

 

 

待って。

 

「百合のマスクをした―――」

 

 

それ以上は。

 

 

「女性ボーカルは?」

 

 

 

音楽が流れ始めた。

聞いたことない、新しい音楽。

一斉にみんながその音の発生源に目を向ける。

それはつけていたテレビから流れていた。

 

年を取った男性のバンドの中にひときわ目立つ、ボーカルの姿。

 

私たちは知っている。

その口からあふれる色鮮やかな音の粒を。

知らない曲だけど、こんな歌を歌えるのは一人しか知らない。

背筋が凍る。

音楽が終わっても、誰も何も発しない。

静寂が痛いほど耳に残る。

きっとみんな同じ気持ちだろう。

 

あぁ、なんてことだ。

私たちは、取り返しのつかないことをしてしまった。

今になって思い出す。

 

あの柔らかな声も。

見るものすべてに目を輝かせるあの幼さも。

勇気も、弱さも、涙も何もかもを覚えてる…いや思い出したんだ。

 

そうだ、私たちのボーカルは―――。

 

 

 

 



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第56話

まだ更新を待ってくれている人がいた…。
その為に書きなぐりました。
内容は推して知るべし…。
いつかきちんと書き直す…
次の更新も早めに…!


Side 律

 

「…行かなきゃ」

 

声を絞り出す。

あの歌を聞いて、そう思った。

あの歌手がだれか、名前も顔もわからない。

けど、あの子は私たちの大切な誰かだった。

なんで忘れてたんだ?

パズルのように記憶が浮かび上がってくる。

 

『あえっと…■■■■です…』

『精一杯歌います…ので、聞いていってくれませんか?』

『誰かのために一生懸命になれる、軽音部の皆さんのことが大好きです』

 

この記憶を、私は知っている。

 

「はやく…行かなきゃ…!」

 

澪も唯もムギも顔を青くしながら頷いた。

唯一、梓だけが何もわからず戸惑っている。

ごめんな、あとで必ず説明するから。

今は許してほしい。

走り出す私たちに、何も言わず付いてきてくれる後輩に感謝と謝罪をしながら私たちは向かった。

大切なボーカルに会いに。

 

 

 

 

 

KCに着いた私たちはすぐに受付の人に叫ぶように面会を求めた。

だけど、そこで私たちは名前を言うことはできなかった。

大切な私たちの仲間。

ボーカル。

忘れないと誓ったのに、私たちは守れなかった。

それも、本人の目の前であんなにひどい裏切りをしてしまった。

唯も、澪もムギも私も泣いてしまった。

泣きながら会わせてほしいと頼んだ。

謝らせてほしい。

私たちを責めてほしい。

嘘つきだって罵ってほしい。

そうでもしてくれないと、私たちはあの涙にどう報いたら良いのかわからない。

 

騒ぎを聞きつけた社員が集まり、私たちはゆのさんに連れられて会議室に通された。

梓はまだ何も言わない。

けど不安そうに、私たちを見て何かを言いたそうに口を開けては閉じる。

ゆのさんが言う。

 

「ごめんなさい。

今は会わせてあげることはできないの」

「どうして!?」

「ライブが終わってすぐ、疲れて眠っちゃったの」

「なら…起きるまでずっと待ちます」

 

帰れない、帰りたくない。

ここで帰ってしまったら次は本当に思い出せない気がするから。

 

「…みんなはどこまで思い出せたの?」

 

その言葉は私たちを凍り付かせるには十分な一言だった。

私たちは、名前すら思い出せていない。

顔も、笑顔も、今までの日々も何もかも。

だけど、大事な人だった。

約束したんだ、忘れないって。

一緒に辛いことも楽しいことも味わうって。

約束したんだ、一緒にプロになって歌うんだって。

 

「会わせられない…会っちゃいけない」

「なんでなんですか!?」

「会ってどうするの?」

「それはっ…」

「会って、謝って、そしてまた忘れるの?」

「…」

「泣いてたの。みんなと別れて、一人で歌っていくって決めたとき。

本当は私だって会わせてあげたい。会って、もう一度みんなの演奏が聴きたい。

だけど、そうじゃないでしょ?」

 

ゆのさんは涙を零しながら言う。

その涙を見てしまったら、もう何も言えない。

考えもなく、衝動的に動いた。

自分たちにだけの都合で、相手の事なんて何も考えずに。

 

 

 

Side 紬

 

「阿澄、目を覚ましたぞ」

「磯野さん…」

 

社長秘書の磯野さんが部屋に入ってきた。

目を覚ましたというのはきっと、大切な誰かのことだ。

…会いたい。

ゆのさんに言われたこと、頭ではわかってる。

今あってもまた悲しませてしまうだけ。

だけど…だけど!

どうして会いたい気持ちがこんなにあふれてくるの!?

 

「阿澄から聞かされてると思うが、面会させることはできない」

「…会いたい。会いたいよ…でも、会ったらきっとまた傷つけちゃう…それだけはイヤ…」

 

どうしたらいいの?

会いたいの。

今すぐにでも会いに行きたい。

会って抱きしめて名前を呼びたい。

もう忘れないように、離れない。

許されるならそうしたい。

でも思いだしちゃったの。

忘れないと言った私たちが、目の前で忘れて傷つけたときの泣き顔を。

その顔が心の中で何度もリフレインされる。

ごめんなさい。

会う資格がないなんてわかってる。

でも…でも!

 

「ゆのさん、磯野さん、ここにいますか?」

 

ドア越しからその声を聴いた瞬間、私は涙が抑えきれなかった。

 

 

 

 

 

Side 千乃

 

視界が暗い。

眠ってたのかな。

体が重い。

張り切りすぎてちょっと疲れちゃったかな。

ここは、どこだろう。

目が悪くなっちゃった。

わかる。

喪失病の進行だ。

もう2年生だもんね。

眼がほとんど見えない。

体もどんどん動かし辛くなってる。

起き上がることさえ、かなりしんどくなってるなぁ。

…神様、お願いします。

二度目の人生を貰っておいて図々しいのはわかってます。

それでも、声だけは最後にしてください。

眼も匂いも、温度も体が動かなくなったって良い。

だから、どうか、神様…私から歌を奪うのは最後にしてください。

 

心の中で神様にお願いした私は着替えて帰る準備をしようと思い、ゆのさんを探す。

でもこの部屋にはいないみたい。

近くの部屋にいるのかな…。

部屋を出て廊下を少し歩き、部屋を見つける。

 

「ゆのさん、磯野さん、ここにいますか?」

 

そう声をかけると、ドアの前に誰かが走ってくる音がする。

ゆのさんだと思った…けどすぐ違うとわかった。

この足音を私は…紬さんだと思った。

自分でもどうかしてると思った。

だって、喪失病で失われたものはもう元にはもどらない。

一時的にでも思い出すには、思い出すような強い何かが必要なんだ。

例えば、その失われた本人と会うとか…。

だから、ありえない。

私は会ってない。

学校でも、音楽でも。

だから私のことを思い出したなんてありえないんだ。

だから私のところに皆さんが来るなんてありえないんだ。

会いたい、会ってもう一度夢のような世界で皆さんといたい。

何度もそう思った、けどそれじゃダメなんだって思って、一人で進むことを決めた。

約束の時までは…。

 

きっと私の勘違いなんだ…目の前の扉の向こうにいる人が私の大好きな人だなんて。

私は何も声を出すことが出来なかった。

ドアの向こうからも何も聞こえない。

あぁ…でも、どうしてだろう。

わかっちゃうよ、紬さんだよ。

泣いてるの?

ドアの向こうの嗚咽が、息遣いがどうしようもなく紬さんだと感じさせる。

嬉しいな。

忘れた私のことを思い出してくれたんだとしたら…。

ドアを開けて、抱きしめたい。

いつかみたいに、泣きながら抱きしめあいたい。

その衝動が私を突き動かしてしまう前に、私は声を出す。

 

「約束…しましたもんね」

 

握りしめた手が痛い。

心も痛い。

だけど、約束したんだ。

 

「私の夢は…世界一の歌手になること、です。

そして、世界一のギター、ベース、ドラムに、そしてキーボードの最高のメンバーと、武道館でライブを、するのさ」

 

あの時の律さんの言葉が私を奮い立たせる。

たった一つの約束。

私は、その約束に向かって歩き出してますよ?

でも約束は一人じゃできないんです。

だから…

 

「待ってますよ」

 

 

 

 

 

 

 



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