[凍結中]魔弾の王×戦姫×狂戦士×赤い竜 (ヴェルバーン)
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第一話

このサイトを知り、皆さんの作品を読んで妄想が爆発してできた作品です。

転移の原因は? とか色々言いたいことはあるだろうけど、そこら辺朧気にしか考えてないんで期待しないでください。

DOD3はやってません。DOD1も手元にないので齟齬と矛盾が生じる可能性があります。

作者は素人なので批判はありがたく、謙虚な気持ちで聞きます。どこがダメだったか教えてください。現時点でも違和感は多数あるのですがどこがダメなのかもわからない状況です。
すぐに、とはいかないと思いますが、できるだけ取り入れていきます。

キャラ崩壊は気をつけていますが、あるかもしれません。

私の、アンヘルとカイムへの愛は不変です。


 

 荒れ果てた女神の城。

 18年前に女神の封印が失われて以来、封印騎士団の心ばかりの維持によって形だけは保たれていた朽ちた古城。

 

 此の両者にとって全ての『始まりの地』は今、両者の『最期の地』にも成ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 18年前。

 世界は女神を守る連合軍と、その女神を奪い世界を滅亡させようと企む帝国軍との熾烈な争いが繰り広げられた。

 そして帝国軍の裏の顔、すべての首魁。天使の教会の司教「マナ」を追い詰めた折。

 喪った女神──フリアエ──の代わりにその身を自身の契約者である男の為、その為だけに封印に身を捧げた赤き竜──アンヘル──。

 

 各所に別れていた封印の負荷を一身に浴び、辛苦に身を焦がすアンヘルにとって、男の存在だけが心の支えだった。

 

 

 ──たとえ、その姿が見えなくても。

その手が己に触れず、温めてくれなくても。

男と過ごした日々が。

男の手の感触、幾度も温めてくれた温もりが──

 

 そして何より男の存在を感じるという事実が。

 

 

 それだけがアンヘルを癒し、心の拠り所だった。

 

 

 

 残された男──カイム──は半身を失った空虚な心と、元凶の少女マナを連れて各地を彷徨した。

 少女に己が為した罪の在処を見せつける為。半身に焦がれる心を持て余しながら、静かに朽ちていくような日々を送る。

 

 

 そんな日々を15年程続けたある日、焦がれる心が落ち着きはじめていたカイムは、半身の苦痛の思念を感じ取った。

 

 思念を感じ、動揺したカイムの隙を衝き、左目を潰され、少女──マナを逃した。

 しかし、そんなものはカイムにとって二の次だった。

 戸惑うカイムの声がアンヘルに聞こえているのか、いないのか。苦痛に苛むアンヘルの思念が次第に虚空に離れ去っていく。

 アンヘルの言では封印が組み換えられているようだ。

 理性を失う程負荷を重くし、封印の強化を。

 それも、カイムや当事者のアンヘルに何の相談もなく、即ち

 

 神官長──ヴェルドレ──の裏切り。

 

 空虚だったカイムの心が、──懐かしき、憎悪の炎で満たされた瞬間だった。

 

 ヴェルドレの護衛達を撫で斬りにし、ヴェルドレの命乞いを聞かず一閃。

 鍵となる男をも切り捨て、封印改変を阻止した筈だったが、

 しかし……封印は組み換えられてしまう。

 アンヘルの思念は苦痛に塗れ、消え去っていった。

 

 アンヘルを救うには封印の鍵を打ち砕き、最終封印から解き放つこと。しかし、最終封印を解き放てば世界は滅ぶ。

 

 世界か、己の半身たるアンヘルか。

 

 カイムにとって考える迄もなかった。カイムは世界よりアンヘルを選んだ。

 

 

 

 

 

 アンヘルは封印の負荷が倍増しその身が激痛に支配されていく中、カイムの存在を徐々に感じられなくなっていった。

 

 昏い闇の中で、痛みに苛まれながらアンヘルはカイムの存在を求めた。何度も、何度も。

 

 意識の端でカイムの声がアンヘルの名を呼んだ気がした何度も、何度も。

 

 カイムの存在を求めたアンヘルだが幾ら求めようとも届かず、痛みだけが変わらずその身体を支配した。

 

 次第に理性は摩りきれ、カイムの存在を忘却の彼方に追いやり、自身にこの様な責め苦を科した人間への、狂気と評していい程の憤怒と怨嗟が膨らんでいった。

 

 

 

 そして、解き放たれた最終封印。

 

 

 カイムは、破壊の限りを尽くし街々を焼き払った半身を城に呼び寄せ、アンヘルは今際の際で理性を取り戻し、両者は求め続けていた半身と再会した。

 

 

 

 

 

 二人は見上げる必要も、見下ろす必要もなかった。

 

 隻眼の男──カイムは壮年をそろそろ過ぎる齢だろうか。

 解れ、血が滲みボロボロになった赤い縁取りの黒い装束は土埃りに塗れ、何処を視ても傷だらけ。

 疲れ果て、体力も底をつき、膝を折っていないのが他者から観ても不思議なくらいのその身体。

 

 そのカイムの隻眼が向ける先、

 

 赤き竜──アンヘルの体躯は平常では観るものが賛嘆を挙げるだろうその身から血を流し、裂傷や打撲痕、煤や泥混じりのその身を石畳に投げ出していた。疲弊しきり血を流し過ぎたその身体では、僅かに頸をもたげるのが精々だ。

 

 丁度、目線が同じ高さになり、万感の思いで二人の視線は交差した。

 

 共にボロボロの身体が眼に写る。

 

 それでもカイムとアンヘルは此の結果と結末に満足していた。

 もう二度と別離の苦痛を味わいたくなかった。

 

 カイムはアンヘルの顔を優しく撫で、温める。両者の脳裏を共に過ごした日々が、走馬灯のように駆け巡る。

 

「……もう良いのか、カイム」

 

──ああ。行こう、共に……。

 

 アンヘルの瞳から光が消え、もたげていた頸が力なく石畳に落ちた。体躯からは炎が灯り、カイムの身体に燃え広がる。

 

 

 二人の意識は虚空に途絶え……、そして……

 

 

 

 

 

 物語の幕が開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 首筋がチリチリと焼けるような感覚にティグルは飛び起きた。その際、弓と矢筒を携えて起きたのは、我ながら大したものだと思った。

 

 日はとうに落ち、日付が変わって一刻半(三時間)程経った時分。自身の領地アルサスと隣国ジスタートを隔てるヴォージュ山脈の間の鬱蒼と生い茂る森の中の少し開けた所にティグルはいた。

 

 唯一の光源は星明かりのみという暗い森の中で、漸く青年に入ろうか、という年頃の赤毛の狩人ティグルは、仮眠を含めた休息を取っていた。

 此処からもう少し山脈に近づけば、狩りの目的である獲物が、喉を潤す湧水まで歩いて半刻程といった場所だ。

 

 狩りはティグルの唯一と言っていい趣味だ。物心つく前から弓に興味を示し、ティグルの亡き父──ウルス──も、優れた狩人であった祖先の事があってか、興味があるならと手解きしてくれた。

 今では、弓の腕はティグルにとって唯一と言っていい特技だ。

 

 

 

 だが、此のブリューヌという国では弓を使う者は蔑視される。

 

 

 

 かつての戦で弓を使う者を、

──弓は敵の剣や槍に身をさらせぬ、臆病者の武器だ──

または、

──安全な後方から矢を放っていた者より、誰よりも前で敵を食い止めていた者にこそ価値が在る──

と貶めた者がいた。

 

 事実、その時敵国との戦いで多大な戦果を挙げた弓兵部隊は、報酬どころか労いの言葉一つ掛けられなかった。

 

 それ以来、弓兵の功績は評価の対象にすらならない。

 

 それ処か、弓という話題を出すだけで、話の空気ががらりと変わることもある。

 

 

 ティグルも過去、弓を使うという事で苦い経験をした事は一度や二度ではない。軽蔑や嘲笑の声は当前の事、露骨に名指しで侮辱する者すら居る。

 ティグルが普通の狩人であったならばもう少し風当たりも良かったのかもしれないが、ティグルはアルサスの領主。貴族だった。

 山と森、町が一つに村が四つという田舎と言っていい程の辺境の領地だが、貴族は貴族。蔑如の視線は避けられなかった。

 

 それでも、ティグルは弓を使うことを辞めなかった。

 他の武器の扱いが人並み以下で、捨てようにも捨てられなかったのも一因でもあるが、やはり狩りが好きだった事が最大の理由だろう。その趣味が過ぎて、公私を忘れることもしばしばだが。

 

 そして昨日から、泊まりがけで森に入り、開けた場所にポツンと立っている枯れた大樹の根本に身を預けながら身体を休めていた。

 

 そんな時、嫌な予感と共に首筋を焦げ付きそうな感覚に襲われ飛び起きた。

 

「……何だっ!」

 

 何かは判らないが、良くないものだけは確かなようだ。ティグルは此の感覚に覚えがあった。

 前回、此の感覚に襲われたときは七十チェート(六、七メートル)程の地竜と遭遇した。逃げながら──自分でも未だに信じられないが──何とか倒したが、今回はそれほどの脅威ではないと思いたい。

 

 しかし、その感覚の鋭さに喜べばいいのか、予想と外れなかった事を嘆けばいいのか。

 

 それほど遠くない所で、はっきりとした遠吠えを耳にした。

 

「狼か……っ」

 

 その遠吠えに答えるように別の方角、かなり近い処から遠吠えが上がり、ティグルは恐怖した。

 

「囲まれてる……!」

 

 狼は持久力がある、今から逃げても疲れきったところを必ず喰い付かれるだろう。自分の不注意と間抜けさを呪いたいが、その時間も惜しい。こうなれば、この枯れた大樹の上で迎え撃つか、大樹の上で一晩明かすしかなくなるだろう。

 迎え撃つ場合、問題となるのは狼の数と狼の引き際だ。矢筒にある矢は8本。それより多くいた場合と、素直に退くかどうかの問題がある。

 大樹の上で一晩明かし、運良く退いてくれたとしても、帰りは夜通し歩いても一日掛かるだろう。その道中に待ち伏せでもされたら目も当てられないし、ティグルを追って近隣の村々に被害が出てもいけない。

 

 そんなことが脳裏を駆け巡る中、大樹に登って十秒も経たぬ頃。樹上から狼の姿が見えてきた。

 

 数は見える範囲で9匹。しかし、まだ姿を見せず潜んでいる狼もいるかもしれない、とティグルは仮定する。

 

 9匹以上の狼。数が多い、矢が足りない。恐怖と焦燥感に駈られながら、ティグルは二日前に自身を見送ってくれた少女を思い出した。

 

──ティッタ……。

 

 今も、ティグルを心配しながら待って居るだろう妹分兼侍女の少女を想像し、沈痛な表情を浮かべながら、如何にしてこの状況を打破するか考えを巡らせ始めたその時。

 

 

 

 

 

 樹上のティグルのなお上から、大気が震える程の雄叫びを聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 近くで水の流れる音がする。

どうやら己はうつ伏せに倒れているようだ。その事を自覚した時、何故と思う拠りも先ずアンヘルと己の最期を思い出し、跳ね起きた。

 辺りを見回す。生い茂る草木に、苔むした岩、森の動物達の足跡の残る地面に、細いが力強さを感じられる沢。

 

 何故こんな場所に、と思いながらも視線を八方に向けると視界の端に亡き父の形見が光った。

 24年前から使い続けている愛用の剣だ。

 その剣の方向に歩みながら、辺りを見渡して見るがアンヘルの姿は見えない。だが見えないというのに、近年身を焦がしていた熱い衝動と、喪失感は鳴りを潜めている。

 

 何故か。

 

 近くに感じるからだ。その存在が、その思念が。

 

 どんなに声をかけても、返って来ることのなかった己の──半身の声が。

 

 

━━カ……ム、……こ……?

 

 聞こえた。

 

━━カイ……、我……声が……えて…………か?

 

 今度は少し長く、困惑を滲ませて。思わず懐かしさが込み上げる。

 

━━カイム……、……こ……に……る?

 

 半身が、己の名を呼んでいる。ならば──

 

━━カイムよ! 何処にいる? 応えよ!

 

 もどかしげなアンヘルの声に応え、剣を手に取り鞘に収めながら、己の身体は暗い森の中へ駆け出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先ず、感じたのは身を切るような風の感触だった。次いで、その風の音。

 墜ちる体躯を整えて翼を拡げたのは、空を生きるものにとって、何ら難しくない反射的な行動だった。

 そこから風を捕まえて、辺りの暗い山々を俯瞰したのは、念願叶って再び出会えた、己の半身を見付ける為。

 

「案ずることはない。我等の契約は途切れていない」

 

 思わず口に出た言葉に動揺した。自分で自分を安心させるかのような言葉を吐くなど、人間でもあるまいに。

 そんな自嘲が洩れるほど自分の心は弱っているようだった。

 

 そんな思いを振り払うべく、半身たるカイムに声を飛ばす。

 

━━カイムよ、何処だ?

 

 返答はない。声が届いていないのか、或いは飛ばせぬ状況に陥っているのか。もう一度……。

 

━━カイム、我の声は聴こえていないのか?

 

 カイムの思念が洩れてきた。どうやら絶えて久しいやり取りに、思う処があるらしい。

 ……まあ、悪い気はしない。

 

━━カイムよ、今何処にいる?

 

 以前返答はない。……全く! いい加減にせよ! と言いたいが気持ちは分からんでもない。だが、そろそろ本当に返答してもらわねば、無為に飛び続けることになる。此れで応えねば少々の小言を覚悟せよ、という微量の苛立ちを込めてもう一度声を飛ばす。

 

━━カイムよ! 何処にいる? 応えよ!

 

四度の呼び掛けに漸く答えが返ってくる。やれやれやっとかという思いと、小言を回避したか相変わらず悪運の強い奴め、という思いがない交ぜになりそれすらも懐かしい気持ちになる。

 

 翼をはためかせ、咆哮を挙げる。

 

 カイムはすぐそこだ。逸る気を落ち着かせ、咆哮が木霊する山々を尻目に、暗鬱たる森が拓けた場所に降り立った。

 

 

 

 




次は、ちと長い


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第二話

このサイトの使い方がいまいちよく分からない。


 狼達は直ぐに去って行った。いっそ憐れみを覚えるほど無様な引き際だが、その心境は良く理解出来る。今まさに、ティグルも同じ心境に襲われているからだ。

 

 

 

 頭上から咆哮が響き渡り、迫り来る影が降り立つと同時に、十二匹の狼達は脇目も降らず逃走した。

──結局三匹が大樹からはなれた、背後の木立に潜んでいたようだ──

 

 

 新たな脅威が飛来し、先程の比ではない恐怖にティグルは身を強張らせながら、飛来した恐怖──赤き竜の一挙手一投足に戦々恐々としていた。

 

 一体幾歳月経てば、これほどの竜になるのかティグルには見当もつかなかった。

 

 全長は……どれ程だろうか?

 正確には判らないが、最低でも三百チェート(三十メートル)は超えているだろう。普通の成竜の倍以上はある。

 翼開長はおそらくそれよりもやや長いだろうと推測でき。

 尾は煮え立つマグマでも詰まって入るかのように、亀裂から赤い光が揺らめいている。

 牙はすべてが鋭く尖っており、その鋭さはまるで一流の鍛治師が鍛え上げたナイフの様だ。

 金色の立派な角と、同色の深い知性を湛えた縦長の竜眼が向ける先は、木々の間の闇の中。

 何かを待っているようだ。

 

 

 

 逃げるなら今と分かっていながらもその見事な巨躯にティグルは眼を奪われた。

此れほどの竜が静かに見つめる先には何がいるのかと一瞬興味を引かれ、気付けば完全に機を逸したティグルは仕方なく樹上の人であり続けた。

 

 赤き竜の金の眼が見詰めるその先には、暗い森の木々しか見えない。然し、竜の眼には何か、或いは誰かが来るのが分かっているようだ。

 三百アルシン(約三百メートル)先から人の顔を見分けられるティグルの眼でも、やはり木々と闇しか見えない。

 一体何が来るのかという好奇心と、機を観て逃げなければ、という焦燥感の狭間でティグルは一杯一杯だった。

 

 額から汗が流れ、それでも竜と竜が向く先を伺っていると、微かな月明かりに照らされて朧気ながら、人影が浮かんで来た。

 

 

 

出てきたのは壮年の男だった。

 

 ボサボサの髪は確実に視界を妨げているだろうに、そんなことは些事と気にした風もなく竜目掛けて歩いている。

 赤い紋様で縁取られた黒い装束を、太い革帯で固定し、両の上腕には内側まで覆う腕甲が月明かりを鈍く反射していた。

 左腰には護拳付きの大剣を携え、その相貌はシワが目立ち始め、無精髭が伸び、左眼は白く濁り隻眼。

 残る右眼には──長い間闘い続けていたのだろう──疲れ以外、何の感情も見えない。男と親しくないティグルにはそれ以外見てとれなかった。

 そして、戦場に余り馴染みのないティグルでも判る程の死臭。

 一体何人殺せば此処までのものになるのだろう、千や二千では効かない筈だ。

 

 戦場帰りの戦士。

 

 そんな血臭と、隙のない男の立ち振舞いが全てを物語っていた。

 

 そんな考察を逃げるタイミングを逸したティグルが続けていると、竜の眼前の三アルシン(三メートル)程手前で男が停止した。

 

 

 

 男は見上げ、竜は見下ろす。

 まるで其所だけ時が止まったかのように、互いを見詰め合い微動だにしない。

 

 ティグルは枯れた大樹の上から固唾を飲んで二人を見守り、懸命に注目を集めないように気を配っていた。

 もしかすると戦闘に発展するんじゃないかという想いは少しだけあったが、二人の眼は敵意を帯びておらず、寧ろ互いを労る様な眼差しが傍目に見ても良く分かった。

 

 そんな視線が交差して数十秒経った頃──ティグルの体感では数分経った様な気がしたが──、漸く二人に動きがあった。

 

──まぁ、このままだんまりという事はないだろうな

 

 ティグルは半ば当然の予想をしていたが。

 

 しかし、ティグルの予想に反して口を開いたのは竜の方だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「伝えたいこと、聞きたいことが幾つもあったのだが……」

 

「…………」

 

「そうよな、実際に会ってみれば中々出てこぬものよ。或いはそうした言の葉は無粋なのかもしれぬな」

 

「……、…………」

 

「あぁ、しかし此れだけ言っておかねばな……、カイム」

 

「……?」

 

「我を苦痛の中から救いだしてくれたこと、お主に心から……感謝を」

 

 

 アンヘルはカイムに頭を下げた。それは見ていて、やり慣れていない事が分かる程ぎこちないものだったが、其れを気にするカイムではなかった。

 

 カイムは頭を下げるアンヘルに近寄り、その顔を優しく撫でた。感謝などする必要はないと、そんなことは当然の事だと言うように。武骨な手で、半身に己の温かさを感じられるように。

 

 そうして暫くアンヘルとカイムが触れ合っていると、互いに疑問があったのか色々質問を交わし始めた。

 

──何故生きているのか?

──傷は?

──体調は?

──此処は何処か?

──封印を失ったこの世界は?

 細々とした疑問はあれど、中でもこの五つが気になった。

 しかし、今迄の状況から、二人は現状の完璧な把握は困難と見ており、分かるものから挙げていく。

 

「前の二つは分からぬが、残りの問いには答えてやれそうだ」

 

「…………?」

 

「先ず体調についてだが、我は常と代わりない。封印の負荷の影響も残っていないと言っていい。お主の方も……、問題ないようだな」

 

 アンヘルはカイムを見遣りながら確認し、カイムは頷きを返す。

 

「次に、此処は何処か、という問いだが。上空からみたこの近辺は、我の見知らぬ土地であるとしか言えぬ。おそらく、お主にとっても知らぬ土地の筈だ。いや、此れは最後の質問にも関係してくるのだが……」

 

 そこで初めてアンヘルは言い淀む。常ならばはっきりした物言いをする此の竜にしては珍しい。

 しかし、見知らぬ土地とは些か妙だ。カイムとアンヘルは18年前の戦争時にかなりの土地を巡った。そしてカイムも知らぬ筈と言う。

 アンヘルが封印されていた18年間、カイムはアンヘルの知らないであろう土地にも訪れたことがあるが、それはアンヘルとて分かっている筈。それでもカイムが知らないと判断した理由とは?

 

 最後の問い、封印を失った世界についてだが、カイムでは想像もつかない事が起きているのだろうか。

 

「我は……我らは死んだ。

我は最終封印、我が死ねば世界は滅ぶが、直ぐ様世界が滅ぶというわけではない。しかし、何らかの異常が有っても可笑しくない筈。

だというのに、此れといった異常は……、少なくとも空に上がった限りは感じられぬ」

 

「……」

 

 確かにそれはカイムも感じていた。

 カイムの妹、女神フリアエの死の際には世界には様々な問題が発生し各地がざわめいていたという。それは動物たちも例外ではない。カイムの記憶では、生き物は皆、訳の分からない不安が去来し、騒がしく、落ち着きがなかった筈だ。

 だというのに、この場所に至る迄の道中の動物たちは、常と変わらぬ平常振り。何かおかしいと感じるにはは充分だった。

 

「おそらく、此の世界は我らの世界とは別の、異なる理の世界なのであろうな」

 

 アンヘルは確信が持てない為か、くぐもった声を発しながらカイムにそう告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜が人の言葉を喋ってる。

 

 ティグルは仰天しながらも、なんとか樹上に留まった。

 男は終始無言であるにも関わらず、竜との会話は通じているようだった。竜が話す言葉は朧気ながら聴こえて来るが、はっきりとした内容は分からない。分かるのは、男と竜はかなり親しいということ。二人は、長いこと会っていなかった為に、互いを気遣っているということのみだ。

 それ以上は混乱していているティグルの頭では分からない。

 

 一方のみが声を発して、それでも続いている不思議な会話を盗み見ているティグルは、次第に自分が酷く場違いな事をしているんじゃないかと思えてきた。

 遠来の友との語らいを邪魔する無粋者か、恋人との逢瀬を不埒にも覗く様な出歯亀のような。

 

 これ以上この場に居てはいけないと思うが、何かの拍子に注目を集めその剣と牙が自身に剥かないとも限らない。

 いや、確実に自分の存在に気付いているとは思うが。

 

 

 そんな葛藤を抱いているティグルを、いつの間にか男の碧い眼と竜の金色の眼が、見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話しが途切れた頃を見計らっていたカイムは、先程からずっと不思議に思っていたことを訊ねた。何をと言う迄もない。

 

 アンヘルとカイムを先程から朽ちた巨木に陣取って注視している赤髪の男についてだ。

 

「…………?」

 

「あの人間か?

我は知らぬぞ。というより、まだ居ったのか? 

害にも成りそうにないので放っておいたのだから、逃げるなりすれば良いものを」

 

 アンヘルは男の方にぐるんと頚を向けながらそう言うと、

 

 男の方は見るからに前身が強張っていた。

 

「まあ良い、事のついでだ。あの小僧の話しを聞けば、今の我らの状況がはっきりするかもしれん。…………あまり期待できそうにないが」

 

 アンヘルは見るからに狼狽えている男の方へ、話を聞くため枯れた樹へ向かい始めた。

 カイムも何らかの情報を得る必要性は分かっていたので──人と関わるのは気が進まないが──仕方なく男の方へ歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在ティグルは、樹上の人から竜上の人へと昇華していた。

 

 身を切る様な風が、自身の赤髪と、機能さ、身軽さを優先した狩装束をはためかせる。

 下を見れば黒々とした森が絨毯のように広がっているのが見え、東の地平線上には、ヴォージュ山脈からもうすぐ朝陽が顔を出すのだろう、空が白み始めようとしていた。

 西にはヴォージュ山脈からたなびく陰が自身の領地アルサスに架かる。

 

 何もかもが新鮮な空の景色に感嘆の溜め息が洩れそうになった。

 

「うっ……!」

 

 だが、不意な上昇によって臓器が持ち上がる不快感に、くぐもった声しか出ない。鐙も無い竜の背で、咄嗟に男──カイム──の背を掴んでいた手に力がこもる。

 

「やれやれ、本来なら我の背に跨がって悲鳴など挙げようものなら、容赦なく叩き落としているところだ。

小僧、己の利用価値と我の寛容さに感謝するがいい」

 

 最も本来ならカイムしか背を許さぬがな、と赤い竜──アンヘル──の言は続く。

 おそらく今の上昇はワザとだろう。

 悔しげなティグルの視線にも、この人語を解する竜は何処吹く風だ。

 何で注意しないんだ、とティグルが背を掴み、風避けとしていたカイムの表情を伺うと、前を見続けている変わらぬ無表情。

 慣れっこなのかなとも思うが、それよりも

こんな高所で人をからかうなど、や

人の気も知らないで、と

毒づく言葉が脳裏をよぎる──、がしかし口には出さない。

 

──実際にはカイムはそんなことを戦闘中、一々気にしてられないからなのだが──

 

 

 どうも苦手だ、とティグルは心中呟いた。

 感情を宿さない瞳に、常に無表情で何を考えているのか読めない顔。態度にも何ら自身の言いたいことを込めないので、傍にいて不安に思う。

 声が出せないなら、それらが顕著に表れそうなものだがと、自身の素人考えが浮かび、思わず出た溜め息が風に流れた。

 

 

 何でこんな事に、とこの竜と男を連れて領地に帰る事になったティグルは、冷たい風に身を縮こませながら、後悔し始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「小僧、其処で何をしておる?」

 

「…………」

 

 近づいて来た赤い竜の問いに、ティグルは答えを返すことができない。いや、答えることはできる。狼から避難していたのだと言えばいい。

 しかし、今この場に狼は居ない。なら何故こんな処に居続けるのだと、必ず問うて来るだろう。

 まさか馬鹿正直に、「貴方達に興味がありました」等と物見遊山気分で言うわけにもいくまい。もし、機嫌を損ねてその剣と牙が此方に剥いてきたらどうするのか。

 

 ティグルに取れた選択肢は四つ。

「正直に話す」、

「巧い言い訳を思い付く」か、

「黙ったままでいる」最悪、

「そのまま逃げる」か。

 

 無論、最後の逃げるは論外だが、咄嗟に言い訳等を思い付くわけもなく。

 正直に話す踏ん切りに時間が掛かったティグルは、「黙ったままでいる」を選ぶことしか出来なかった。

 

「……何故黙っておる?

何か疚しい事でもあるのか?」

 

「……いや、実は」

 

 結局、一つ目の全てを「正直に話す」を選んだ。嘘を付くのも、黙りこんでいるのも結局機嫌を損ねるだけだと思い至ったのだ。

 死にたくないが、もし襲われて死んでも人として恥じない死に方を。馬鹿な死に様かもしれないが、少しでも良心を咎めない方を選んだ。

 そんなティグルの善良さを感じたのか竜が返した言葉は、

 

 

 

「何だ、唯の間抜けか……」

 

 

 

 酷い言い様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンヘルとカイムは、何故か必死めいた表情をして、弁解じみた男の境遇を訊きながら、凡そ、話しは真実だと判断した。

 

 理由は第一に、アンヘルは逃げる狼を見ていたこと、カイムも狼とすれ違ったこと。

──因みにカイムは襲って来た十二匹の狼を返り討ちにし、そのうち八匹の狼を蹴り殺した──

 

 第二に、自分達を騙す理由がないこと。

 此れは、普通に考えてアンヘルとカイムを騙して得られる利益はないだろうと思ったからだ。

 

 此の世界の価値観は知らないが、例え此の男が追い剥ぎや賊の類いだとしても、カイムの風体は金持ちには見えないだろうし、常人なら近付くのを躊躇う。

 仮にアンヘルの、竜という身体に価値を見出だしてたとしても、此の男一人でアンヘルがどうにかなる相手とは思えない。

 

 話しの内容を聞く限りでは偶々其処に避難し、逃げる機を逸しただけのようである。

 例え此の男が自分達を此の地に呼び寄せた張本人だとしても、男の方から自分達に要求や取引を持ち掛けなかった点が不可解になり、また、偶然自分達を呼んだにしても、直ぐに逃げなかった点が不可解になる。

 

 まあ縦しんば、此れらの推測が事実と反していたと後に判ったとしても、その時はその時、下らない嘘をついたことを死んで後悔するまで報復すれば良いだけのこと。

 

 詰まるところ、此の男の境遇は自分達にとってどうでも良いのである。

 先の問いは、此方の知りたいことを吐かせる為の繋ぎであり、布石ですらない挨拶程度のもの。

 そんな問いに、何を切羽詰まった表情をして話しているのか自分達には分からないが、会話の出来る相手というのが分かれば其れで善し。

 適当に答えを返し、その質問を切り上げ次の質問に移る。

 

「何を呆けている? 問いを続けるぞ、此処はなんという場所だ?」

 

「っ、ああ。此処はアルサス領だ。もう少し東に行けば国境のヴォージュ山脈だ」

 

 アンヘルは呆ける男に訝しげながら問いを続けると、出てくるのは自分達には馴染みのない地名。しかし、半ば予想はできていたので、それほど戸惑うことはない。

 

「フム、次の問いだ。『封印騎士団』、『女神』……少し古いかもしれぬが、『帝国』や『連合』、『天使の教会』……此れらの単語に聞き覚えは?」

 

 赤毛の男は困惑を顔に浮かべながらも、アンヘルの問いに答える。

 

「『女神』という単語で思い当たるのは、風と嵐の女神エリスや大地母神モーシアのことかな? 

他の単語は悪いけど、聞いたことがない。

いや、俺が知らないだけって事も有るかもしれないけど」

 

「そうか、────よく分かった。

次を最後の問いにしようぞ」

 

 五つの単語の内、一つだけしか知らない。その一つも、求める答えとは異なっている。分別のついた人間なら、最初の二つの単語は自分達の世界の一般常識だ。

 推測通り、自分達にとって此の世界は──

 

「最後の問いだ。此処から一番近い人里は何処だ?」

 

 ──異なる世界、さて此れからどうするか──という嘆息をおくびにも出さず、アンヘルは最後の問いを男に投げ掛ける。

 

しかし、不思議な事に男は突然顔を強張らせてアンヘルの問いに問いで返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ティグルと人語を話す赤い竜の会話に、隻眼の男は一切入って来なかった。感情の見えないその単眼には、そもそも会話の内容に興味が有るのかさえ定かではない。

 

 話しの内容は、現在地と暗号めいた単語の確認のみ。意図が迂遠過ぎて何だかよく分からないが、竜は注意深く聞いている。もういい加減勘弁して欲しいと思っていたティグルに、漸く最後の問いがやって来た。

 

「最後の問いだ。此処から一番近い人里は何処だ?」

 

 竜も漸く終われると思ったのだろう。気だるげな視線を寄越しながら、ティグルに最後となるであろう問いを投げ掛ける。

 

 しかし、ティグルは質問に答えるのを躊躇した。この二人の目的が定かではない為だ。

 何と言っても、二人の内一方は竜なのだ。

 竜は普段、森や山を棲みかとし、人が目にすることは殆どない。そして出会えば必ずと言っていい程襲われる。

 質問の意図を察するに、竜が近くの村や町に立ち寄る気があるのは明白だ。

 そして、竜が町中に降り立ったら町人が混乱するのは目に見えている。

 

──今現在、自分は襲われていないが、質問が終われば用済みと判断し殺されるかもしれない。たとえ、答えて助かったとしても町の人間が襲われない保証はない──

 

 少なくとも自身の領地である此処アルサスの領地に、この人語を解する竜が領民を襲う可能性を排する事ができない以上、近くの町の場所を教えることはできなかった。

 

「それを聞いてどうするんだ?」

 

「その問いはお主に関係があるのか?」

 

 間髪入れずに竜が問い返す。

 ティグルは竜の言葉を額面通りの意味と取るべきか、「自分達の行動に口出しするな。好奇心は身を滅ぼすぞ、さっさと答えろ」という言外の警告と取るべきか、判断がつかなかった。

 然し、実際にティグルに関係が有るので、言及しない訳にはいかない。

 

「ああ。俺にも関係がある」

 

「フム、どう関係があるのだ?」

 

 竜はティグルの答えが意外だったのだろう、金色の目を僅かに見開いた。──やはり警告だった様だ──冷めた様な視線が、興味深げで舐め回す様な視線に変わる。

 

 そこで漸くティグルは朽ちた大樹から降りて、目の前の赤い竜と隻眼の男の前に立ち、貴族の礼を取って自身の名と素性を二人に告げた。

 

「俺は、ティグルヴルムド=ヴォルン。このブリューヌ王国の伯爵で、ここアルサス領の領主だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男──ティグルヴルムド=ヴォルン──の話しは続く。

 

「近くの町──セレスタは俺の領地だ。俺は自分の領地に竜が降り立って、領民に被害が出る可能性を見過ごすことはできない」

 

「ホウ、お主が此の地の領主か」

 

 アンヘルは愉快げに嗤いながら、ティグルにそう返した。

 今のティグルの格好は、誰が見ても普通の狩人だ。

 こんな真夜中の森で供も連れず、市勢の狩人が着る様な草染めの服に、なめした皮の装束を纏っている者が領主。

 此れが供を連れ、豪奢な装飾や意匠を凝らした狩装束を着込んでいたなら、成る程、貴族が遊猟に来ていると信じたかもしれないが。

 

 しかし、嗤うアンヘルにティグルは毅然とした態度を崩さない。

 アンヘルは嗤いを納め、ティグルを改めて注視した。

 

 確かに、ティグルの顔はよく見れば整った品のある顔立ちをしている。

 領主に、──というより人間の貴族に──余り詳しくないアンヘルは、少なくともそれなりに裕福で、他者に傅かれる生まれにいるのだろう、と

 

そう見て取った。

 

「フム、まさかとは思うが、我が見境無しに人間を襲って喰らう邪竜だ、等と言いたいわけではあるまいな?

其れは要らぬ危惧よ。

我らは唯、静かに生きることを望んでいる。然し、最低限の生活でも必用なものというのはあろう? 

それを求めているのみだ」

 

「でも、町の者は怖がるだろうし、それに、この人は……喋れないんだろう?」

 

 そう言って、ティグルは変わらぬ無表情のカイムを見遣る。

 注意を向けているが、その眼に何の感情の色も映さない。

 

「お主の察しておる通り、此の男は口が利けぬ。代弁できるのは我しか居らぬ。

然し我が『声』を使う故、問題ない。」

 

「『声』?」

 

「此方にはないのか? 思念による言葉の伝達法だ」

 

━━此のようにして意志を伝える積もりだ

 

 いきなり頭の中に響いた『声』に驚いたのだろう、アンヘルはティグルは身動ぎしたのが分かった。

 然しティグルは、まだ納得いっていないようで、

 

「でも、おま……いや、あなたが人を襲わないという保証はないし、それにこの人が町に入っている間に、あなたは町の傍で待っているんだろう?」

 

「当然だ」

 

「それは、やっぱり領民が不安がる。

出来ればそれは止めて欲しい」

 

「ではどうせよと?

我は人間など喰らう悪食な竜ではないし、無闇に人を害する邪竜でもない。

無論、貴様らが先に手を出しておいて静穏を保って居られる程、穏やかな竜でもないがな。

我に此のまま此処で、一生置物の生を過ごせと?

或いは、此の男に一生此の森の隠者で居れと? お主はそう言うのか?

それとも何か?

お主が我の代わりを務めるとでも?」

 

 

 

 

 アンヘルは自分の要求を撥ね付け続けるティグルに、確かな怒りを抱いていた。

 高々人間風情が、自分達の行動を制限する等、思い上がりも甚だしい。

 挙げ句の果てに自分の事をお前呼ばわり。

──殺気込めて睨み付け「あなた」に変更させたが──

 世界は変わっても、所詮人間は人間か、とその愚かさと傲慢さに軽蔑するような皮肉を吐いた。

 

 しかし、アンヘルの浴びせる台詞の何処にティグルの琴線が触れたのか。ティグルは考え込んでいる様だった。

 

 

「……まあ、それしか手段がないなら」

 

「何?」

 

 返答次第では唯では済まさぬ、といった風情のアンヘルだったが、ティグルが発した言葉に当惑の声が洩れた。

 

「というか、それしかないか……」

 

「どういうことだ?」

 

「どうって、俺が貴方の代わりになるってことだよ。

俺はこの人の言いたいは分からないけど、貴方を挟んでならわかるだろう?

確かに、四六時中付き添ってやることは出来ないけど、最初に俺の口から町の皆にこの二人は安全だって説明すれば良いんだ。

それに……」

 

「何だ?」

 

「それに、俺が何を言っても遅かれ早かれ、町には行くんだろう?

なら、領主である俺の言葉があった方が混乱は少ない、だろう?」

 

 アンヘルは、まさかティグルが自分の皮肉を真剣に考えるとは思わなかった。

 些か勢い任せな所はあるが、よくよく考えてみればティグルの提案はそう悪いものではない。寧ろ自分達にとっては好都合だ。

 

然し、ティグルの思惑が見えて来ない。

 

 確かに、ティグルは此の提案によって領地の混乱をある程度は防げるだろう。自分達も普通に施設の利用や手持ちの換金、物の売買ができる筈だ。

 

 だが、当然リスクはある。カイムやアンヘルが問題を起こせばティグルの責任問題となることだ。

 領主であるティグルが自分達の安全性を領民に保証したにも関わらず、(過失、故意を問わず)問題を起こした場合。ティグルが補償や補填、賠償をしなければならない。

 

 そんなリスクを負わずとも、自分達に他の土地へ行ってください、と一言頼めば済む話。

 

 

 ティグル自身には旨みがない。それなのに何故、態々自分から苦労を背負い込む様な真似をするのか。

 

 アンヘルには理解出来なかった。

 

 

「小僧、お主はそれでよいのか?」

 

「それで、って何が?」

 

「我らが問題を起こせば、その大きさにも因るがお主の領民から、お主自身にその責を問う声が必ず上がろう。

 

その覚悟はあるのか?」

 

 

 此れはある種、重要な賭けだった。但し比重はティグルの方が圧倒的に重いが。

 

 此の問いに依って、アンヘルとカイムの存在を重荷に思い前言を翻すなら、アンヘルはティグルを此の場で殺してでもその町に行くのをやめないが、翻さずに覚悟を示すならば、歓んで利用させて貰おうと考えた。

 

 アンヘルが勝てば、ティグルは命を繋ぎ、二人にも利益がある。

 ティグルが勝てば、ティグルの命は無くなり、二人にも利益は無い。

 

 しかし、どちらに転んでもアンヘルとカイムに損はない。

 

 ティグルは知らず自身の命をチップに、アンヘルはティグルの存在による旨みをチップに。

 

 

 この真剣なアンヘルの厳かな問い──ベット──に、ティグルは

 

 

 

 

「まあ、なんとかなるだろう」

 

 

 

 凡そ、能天気としか言えない台詞を返してきた。

 

「それにそういう問い掛けをしてくるってことは、

大体の場合、自分から騒ぎを起こさないものさ」

 

 アンヘルは思わず毒気を抜かれて、ティグルに呆れた様な、馬鹿にした様な溜め息を衝きながら。

 

「楽観的だな、少々不安になってくるが……。

まあ、よかろう」

 

 そう、よいのだ。

 確かに、アンヘルは賭けに勝ったのだから。

例え、覚悟を示した、とは到底言えない返答であったとしても。

 

「此の男の名はカイム。我の名は……アンヘルだ。

では小僧、さっさと乗れ」

 

「え?」

 

「我とて、お主など乗せたくないわ。

然し、お主の存在は我らにとっても有用だ。

もう夜も明ける。

時間も惜しい、我が我慢してやる。

早く乗れ」

 

「ああ! 分かった」

 

 アンヘルは自分の名を教えるの一瞬躊躇ったが、結局教えることにした。

 此れからカイムが世話になるのだし、名がなければ不便かもしれないと判断したからだ。

 そして、いつの間に乗って居たのか、カイムは既にアンヘルの上だ。

 ティグルは慌てて、アンヘルの首元に駆け寄る。

 

 そんなティグルがアンヘルの背に乗るのに手間取っていると、カイムは仕方なく手を差し出しティグルを引き揚げた。

 

「ありがとう」

 

「……」

 

カイムは無表情で一瞥するだけでティグルに関心を示した様子はない。

 

 ティグルが背に乗ったのが分かったアンヘルは、そのまま翼をはためかせ一気に空へ駆け上がった。

 上空を旋回しながらアンヘルはティグルに問う。

 

「人里はどっちだ?」

 

「っ、ここから西の方角だ!」

 

 答えは吃り、大声だった。鐙もない背に不安か、それとも叩きつける風と冷たい空気に困惑か。

 

「行くぞ」

 

 そんなティグルに、アンヘルはお構い無しとばかりに、悠々と朝陽が滲む大空を舞った。

 

 こうして三人は空の人となった。



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第三話

感想に返信するのって、誤って削除に指が行っちゃいそうで怖い。


 アンヘルとカイム、そしてティグルの三人は、四半刻(三十分)と掛からずセレスタの町の東側に広がる森に舞い降りた。

 此処からセレスタの町まで、距離にして二ベルスタ(二キロ)程の処だ。

 

「俺の一日半掛けて歩いた道のりを、たった四半刻足らずで……」

 

「フン、此れでも速さは抑えた方だ。

然し、お主に気を使った分、思いの外時間が掛かったな」

 

 かなりの距離を歩いた記憶があるティグルは、空路という移動方法の便利さ、その想像を絶する風の強さ、そして、今も寒さに震えている冷たさに改めて慄然とした様だった。

 然し、久方ぶりのカイムを乗せた空の旅を、自由に飛ぶことが出来ずにいたアンヘルは不満そうである。

 ティグルという無粋者が居なければ、思う存分昔の感覚に浸れだろうに、と不満も露にティグルに言い返す。

 

「ともあれ、朝も早い頃合いに到着したのは幸いだろう。

小僧、我らの事を町の住人に何と説明するか、ある程度考えは纏まったか?」

 

「う~ん。それなんだよな……」

 

 そう言ってティグルは、未だ上手く纏まっていないていないことを誤魔化すかのように、自身のくすんだ赤髪をなで回した。

 

「あなた達がどこから来たのは知らないけど、幸いアルサスは東の国境のヴォージュ山脈に接してる。

そこを越えてきた、ってことで話しは通るし、カイムさんの言いたいことはあなたが、俺かみんなに『声』で伝えてくれたらいい。

問題は、……喋る竜と、その竜の安全性をどう説明するかなんだよなぁ」

 

 ティグルは若干慣れたのだろう──それでも「あなた」呼びだが──砕けた言葉で、しかし最後の方は言いづらそうにアンヘルとカイムに告げる。

 

「フム、我らの生まれた地では珍しくもないが……。

此方の竜は喋らないのか?」

 

「俺は、聞いた事がないな。

というよりも、普通の人間は竜という存在自体に馴染みがない」

 

 ティグルは少し自身の経験と記憶を遡り、アンヘルの問いに答えた。

 

「そもそも、あなたは本当に竜なのか?

人間が化けているとかじゃなくて?」

 

 ティグルはそちらの方がまだ信じられる、と言わんばかりの表情でアンヘルに問い返す。

 問われたアンヘルは心外な、と言う風情で頭をふり断言する。

 

「お主も我の背に乗って判っておるだろう。我は紛う事なき竜だ。

お主には残念な事かもしれんがな」

 

「そっか。まあ、そうだよな。

じゃあ、こういうのはどうだろう」

 

 ティグルは余り疑っていなかったのかそう納得し、アンヘルに自身の考えを告げる。

 

 主として、五つのことを上げた。

 

──

・アンヘルとカイムはここから東の、異国の地で生まれ育ち、今日ヴォージュ山脈を越えてアルサスの町に辿り着いた。

 

・その地では、竜が喋ることは珍しくない。

 

・アンヘルは自分の『声』を遠方の者に届けられる。

 

・カイムは喋ることはできないが、アンヘルと喋ることができ、アンヘルがカイムの言葉を代弁する。

 

・アンヘルとカイムに危険性はない。これを領主として、ティグルヴルムド=ヴォルンが保証する。

──

 

「まぁ。出身地以外は今日、俺が見たままだし、最後の危険性云々は二人を信じるほかないんだけど」

 

「その辺りは信じよ、としか言えんな。

他に関しても、下手に嘘を重ねるとボロが出る。此の辺りが無難だな」

 

「そうだな。まぁ、俺がしっかり説明すれば、領地内の人にはあまり問題はないだろう。

領地外の人間に関しても、二人の方から手を出さなければ問題には発展しないだろうしな。

カイムさんも、それでいいか?」

 

 カイムも話しを聞いていた限り問題ないと判断し、微かに首肯する。

 それを見たティグルは、二人との会話を切り上げ行動に移す。

 

「さてと、俺は先ずはティッタ──俺の屋敷の侍女や従者のバートラン。町の顔役や有力者に話しを通してここに連れて来るよ。他の人や近くの村には、俺から触れを出した上で今言った人達から話して貰おう。

町のみんなはもう起きてるだろうから、連れて来るのに一刻(二時間)も掛からないと思うけど。

カイムさんはどうする? 一緒に行くか、ここに残るか?」

 

 カイムはティグルにそう問われ少し考えた。三つは数えるか数えないか位に首肯すると、左腰に佩いた大剣と、右後ろの腰に装備していた投剣を外し、アンヘルの近くの岩の上に置いた。

 

 確かに、これから世話になる相手に武器を持って行く馬鹿はいない。

 

「じゃあ、行こうか。

アンヘルさん、すぐ戻って来るから」

 

「ああ。

カイムよ、判っておるとは思うが、何かあったら『声』を飛ばせ」

 

「……」

 

 ティグルはアンヘルに一旦別れることを告げると、カイムを伴いセレスタの町へ歩みを進めた。

 カイムは一瞬アンヘルを見たが、直ぐに視線を逸らしティグルの後に続き、アンヘルは二人を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気まずい。

 

 ティグルの心境はただひたすらそれだった。

 

 

 ティグルはカイムを伴い、セレスタの町を目指して歩き続けている。

 平素なら慣れ親しんだその道行きにも、ティグルの心中は決して穏やかなものではなかった。

 

 原因はカイムの存在だ、これに尽きる。

 初めのうちは、ティグルも気にしなかった。馴れない土地で緊張しているかもしれないと、言葉を発せないカイムを思い、頷くか首を振るかで出来る会話を続けていた。

 

──良い天気ですね?

 

──ブリューヌの春はいつもこんな感じなんだけど、馴染めそうですか?

 

──それにしても、空は凄かったですね。俺は寒さに震えてただけだけど、カイムさんは平気でしたか?

 

──へえ。旅は長いんですか?

 

──そうか。疲れていたら遠慮なく言って下さいね?

 

──アルサスは山と森ばかりの田舎だけど、好い人ばかりだから、きっと早く受け入れてくれますよ。

 

 そんなティグルが話し続ける話題も、歩き始めの一ベルスタほどで尽きた。

 

 カイムの雰囲気が変わらないからだ。

 カイムの風情は、控えめに言っても無愛想。良く言っても打ち解けない、そして初めて会った時からまるで変わらない。

 どうしたものかと思い悩むティグルを気にも留めず、カイムは唯ひたすらティグルの一歩後ろを歩いている。

 

 そして漸く、思い悩むティグルを救うかのようにセレスタの町を囲む防壁と、その入り口である門、そして門番が見えてきた。

 

「見えて来た。あれがセレスタの門です」

 

「……」

 

 ティグルの言葉に微かに首肯を返すカイム。

 

 二人はセレスタの町に入った。

 

 

 

 

 

 

 二人は町の住民と挨拶を交わしながらヴォルン家の屋敷へ歩みを進める。

 と言っても、カイムは微かに首肯するだけで、挨拶自体はティグルがした。

 当然、住民は喋らないカイムの事を不思議そうに見て、何者なのかを問い掛ける。

 

「お帰りなさい、領主様」

 

「ああ、ただいま」

 

「お帰りなさいませ、領主様。お早いお帰りですね?」

 

「ただいま。ちょっと用ができてね」

 

「お帰りなさい、若様。……隣の方は?」

 

「ああ、この人は暫く町に逗留することになったカイムさんだ。

あとで主だった人を集めて、詳しく説明するが、彼は喋れないんだ。

よろしく頼むよ」

 

 ティグルは気さくに住民に接し、事情を話せぬことへの罪悪感を感じたが、詳しい説明は後という体を崩さず目的地であるヴォルン家の屋敷へ向かう。

 

 

 一通りティグルを目にした人との挨拶を終え、漸く目的地に着いた二人は屋敷の門をくぐる。

 屋敷の玄関の前では妹分兼侍女のティッタが掃き掃除をしていた。

 

 帰って来たんだなあ、と実感するよりも先にティッタは気付き、慌てた風にティグルを出迎える。

 

「お、お帰りなさい、ティグル様。ずいぶん早いですね?」

 

「ああ、ただいまティッタ。

ちょっと急用ができてね。途中で狩りを切り上げたんだ」

 

「急用ですか、何かありましたか?

それに、そちらの方は?」

 

ティッタはティグルの隣にいるカイムの風貌を恐ろしげに感じているのか、警戒しつつティグルに問う。

 

「ああ、この人の事でね。

これから少し時間を貰えるかな? 着いて来て欲しい所があるんだけど」

 

 ティッタは少しの間逡巡し、ティグルがカイムのことを警戒していないという事が分かったのだろう、少し警戒を解きティグルに問い返す。

 

「……あたし達三人だけで、ですか?」

 

「バートランや数人の兵士。主だった商会の人や顔が利く地主、神殿の方達と一緒だ」

 

「……分かりました。あたしは構いません」

 

「ありがとう」

 

 結局ティッタは、ティグルの言葉を了承した。まだ警戒はしているがそれでもカイムに礼儀正しく会釈する。

 

「初めまして、ティッタといいます」

 

「……」

 

 カイムはティッタを一瞥し微かに頷きを返す。

 

 名乗らないカイムにティッタは再度警戒を強めるが、ティグルが慌てて間に入り弁解する。

 

「す、すまないティッタ、カイムさんは喋れないんだ。

だから、気を悪くしないで欲しい」

 

「そ、そうなんですか。ごめんなさい!

 

もう! ティグル様、そういう大事な事は初めに言って下さい!」

 

 説明の足りない主に、ティッタは少量の申し訳なさと羞恥、そして多分にふくまれる怒りに顔を赤くし、ぷんぷん怒りだし説教を始めた。

 

 

 

 

 

 ティグルは頬を膨らませて怒るティッタを宥めすかし、神殿に話しを通してれるよう頼み見送ると、今度は父の代からヴォルン家に使えている、従者のバートランに話しを持っていった。

 

 ティグルは、バートランが不審な男と共にいる自分に疑問の声を上げるよりも先に、ティッタと話した内容と同じ話を聞かせる。

 

「まぁ、若がそう言うんなら……」

 

 と暗に、まだ自分はその男を信用していないぞ、という不満が入り交じった言葉を告げるが、早速バートランは準備に取り掛かる。

 数人の兵士を連れ四半刻後、東の門で落ち合う約束をとった。

 

 セレスタの町の商会は規模が小さく、十数店舗しかない。あとは露店だがそれでも結構時間が掛かった。

 朝の呼び込みを始める忙しい時間帯で、詳しい説明もせずにだ。

 それでも、地主と併せて十六人もの人が集まってくれた。

 集まれなかった数人も腰や足、体調を悪くしている者か、本当に手が放せない者のみだ。彼らは無茶な要求をしている自分達に、本当に申し訳なさそうに謝った。

 

「申し訳ありません、領主様。

この老いぼれの足が、もう少し動けたらば」

 

「いいんだ。こちらこそ、すまない。

身体の方が大事だ。良く労ってくれ」

 

 結局、この老人は代理を立てた。

 

 

 

 

 

 そうして、ティグルとカイム、ティッタにバートランの四人。セレスタの警備に当たる中から六人の兵士と、神殿関係者一人。主だった地主と商会の人物十六人。

 

 併せて約三十人近くの集団がセレスタの町の、東の門に集まった

 

 

 

 

 

「分かってたけど。かなり、目立つな」

 

 ティグルは自分達を遠目に見る、町の住民達と、集まってくれた人達の不安そうな視線にそう呟いた。

 ティッタはそんなティグルに不安そうに皆を集めた理由を訊ねる。

 

「あの、ティグル様。これからどこへ?」

 

「ああ。

みんな、詳しい説明もせずに、集まってくれてありがとう!

しかし、話しはこれから二ベルスタほど歩いた森の中でする。

疑問に思うだろうが、もう少し辛抱してくれ」

 

 集まった人々は、自分達を集めた理由を教えないティグルに、疑問と困惑を抱いたようだ。

 しかし、皆は不満には思わなかった用で、問題ない大丈夫だと言う台詞を口にした。それどころか

 

「問題ありゃしませんて、領主様。

逆に、日頃の運動不足を解消してくれる機会に感謝ですわ」

 

「お前さんは、もう少し運動しろ。

儂なんぞ、その距離では運動にもならんわ」

 

「何を、この爺! 冗談はその曲がった腰だけにしとけ!」

 

「何だ、若造! やる気か!」

 

「上等だ、爺!」

 

 慌てて止めたが、こんな軽口すら口にする位だった。

 ティグルは皆に感謝の言葉を告げ、カイムですら僅かに頭を下げた。

 

 そして集団は、アンヘルの待つ森の中へ歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 道中は、喧しいものだった。

 

 ティグルは普段、目にしているはずの人達が同じ理由で、同じ時、同じ場所にいるだけでここまで騒々しくなるのかという思いを抱かずには要られいほど。

 

「ワシらを、集めてどうするんじゃろ?」

 

「さあ、見当もつきませんね」

 

 等はいい方で。

 

「先月ね、孫が産まれたのよ。

もう可愛くって」

 

「あら、本当?」

 

 近況や、

 

「ジスタートとの国境の河で、また氾濫が起きたそうで」

 

「はあ、麦が値上がりしないといいが……」

 

 等の、商人通しの会話。

 

「ふん。この程度で息を乱す等、だらしのない奴じゃのう」

 

「爺……、何でそんなに……、身軽なんだ?」

 

 他愛ない雑談が途切れない。

 

 不安はあるのだろうが、自分を信じて獣道を行く彼らに、ティグルは心中で改めて感謝した。

 

 

 

 そして、アンヘルのいる場所まで三百アルシン程の処、緑が広がる遠くに、赤い何かが緑の中にちらつくのが見えると、ティグルは一旦止まって振り返り、こう告げた。

 

「みんな、目的の場所はもうすぐだ。

そこにいる存在に対して、みんなは多分驚くだろう、恐れるだろう。

しかし、領主である俺が保証する。その存在に危険はない。

そして、アルサスで受け容れたいと思っている。

それだけを覚えておいて欲しい」

 

「ティグル様……」

 

 皆一様に、見える赤い物体に不安を露にし、ティッタが皆の言葉を代弁するかのようにティグルの名を呼ぶ。

しかし、皆ティグルの事を信じたのか困惑は直ぐに収まった。

 

「ありがとう」

 

「……」

 

 ティグルは感謝の言葉を述べ、カイムは出発時に頭を下げたときより、明らかに下げ謝意を表す。

 

 そして、再び歩みを進めた一向に、森は拓け。

 

 視界一杯の赤い巨躯が広がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四話

 アンヘルはティグルを先頭に、恐る恐ると言っていい程の歩みで自身に近付く人間達を知覚し、言葉を発した。

 

「来たか」

 

『り、竜だ!』

 

『しゃ、喋った!』

 

 一瞬、「黙れ!」と一喝しそうになったアンヘルだが、此方はカイムの為に頼みを願い出る立場と思い直し、かなり癪ではあるものの、喧しい人間達が口々に囀ずるのを黙って眺めていた。

 

「りょ、領主様! これは一体!」

 

「ワ、ワシらは食べられるのか!」

 

「ひぃぃぃ!」

 

 等々、

 ──あるものはアンヘルを指を差しながら口を開け広げる者、

 ──またあるものは腰を抜かしながら後退する者、

 ──そして、悲鳴を上げながら蹲る者、

 

 アンヘルは喧喧諤諤な様相を呈する此の場に今、自分から何を言っても無駄だと判断し、怒りの声を押さえながらせめて視覚だけでもと、目を閉じて場が落ち着くのを待った。

 

 そして、三十をたっぷり数えた頃、そろそろアンヘルの忍耐が限界に達しようとしていた時、漸く場を治めようとする一人の老人の声を耳にした。

 従者のバートランだ。

 

「落ち着けえぃぃぃ!」

 

 混乱の場を水を打ったように静まり返る。

 バートランは続ける。

 

「若が危険はねぇ、と言って下さっただろうが!

先ず若の話を聞け!」

 

「で、でも! バートラン……」

 

「でもも、しかしもねぇ!

若の話を聞け!

 

若、お願いしやす」

 

 混乱は引いたがまだ戦々恐々とした眼差しで皆アンヘルと距離をとると、皆一様にティグルを見る。

 その目は困惑まじりだ。

 バートランもティグルを見る目は厳しくもあり、困惑の色合いもある。

 

 ティグルは先程から声を張り上げ、混乱を治めようしていた自分の声が、漸く皆に届くと思いバートランに感謝しながら、意を決して語り始めた。

 

「質問は話し終わってから受け付けるよ。

実は……」

 

 

 

狼に囲まれたこと。

 

二人が来て助かったこと。

 

安住の地を求めて旅をしていること。

 

二人は必要な物を求めて、近くの町に行きたいこと。

 

近くの町の場所を教える為、三人で空を飛んだこと。

 

アルサスに暫く逗留して、近隣の情報を得たいこと。

 

 

 

 加えて、

 

 

アンヘルとカイムはここから東の、異国の地で生まれ育ち、今日ヴォージュ山脈を越えてアルサスの町に辿り着いたこと。

 

その地では、竜が喋ることは珍しくないこと。

 

アンヘルは自分の『声』を遠方の者に届けられること。

 

カイムは喋ることはできないが、アンヘルと喋ることができ、アンヘルがカイムの言葉を代弁すること。

 

アンヘルとカイムに危険性はない。これを領主として、ティグルヴルムド=ヴォルンが保証すること。

 

 

 これらのことを語った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ティグルは語りながら皆の反応を窺うが、その表情は様々なものだったが、

 

 そうなのかと、頷くように聞く者。

 半信半疑で首を傾げる者。

 まるっきり出鱈目だと信じ込みティグルを含む三人に非難の視線を浴びせる者。

 

 大体、この三者に別れた。

 

「……という訳なんだ」

 

 アンヘルとカイムの出会いから現在に到るまでの話しを、最後まで語り終えたティグルは皆の様子を黙って窺った。

 

 集まった人々は暫く黙っていた。

 

 どこか声を出すのを躊躇う風にも見え、終われば質問の嵐だと身構えていたティグルは若干拍子抜けした。

 

 そんな中、ティグルの話し聞き終わって、十数える位の間黙っていたバートランが口を開く。

 

「若は、その話を信じなさるんで?」

 

「ああ」

 

 ティグルは即答した。自分が疑っては話しそのものが終わるし、何よりティグルは二人を信じると決めていた。

 少なくとも、こちらから理不尽な要求と手を出さなければ、手出ししないと言うアンヘルの言を。

 カイムの方も、危険な雰囲気を醸し出してはいるが、これまで行動を共にして少々無愛想な面が目立つが、根は悪い人

ではないと判断していたし、好んで争いを起こす人には見えなかった。

 

「……そうですかい」

 

 バートランは困惑した様相を隠せず、そう言って沈黙した。

 一同は再び訪れた沈黙を嫌ってか、今度は積極的に質問した。

 

「ティグル様、そのアンヘル……さん? に関しては安全、何でしょうか?

例えば、その……いきなり咬まれるとか?」

 

 ティッタは今も不安そうに、アンヘルの横に居るティグルを見ながら発言する。

 

「そういったことは心配しなくていいよ、ティッタ。

普通の人と同じ様に敬意を持って接していれば、いきなり咬み付かれる様なことはない筈だ。

少なくとも俺はそうだった」

 

 そう言いながらティグルは隣のアンヘルを見遣る。

 アンヘルはティグルの視線の意味を察したのか仕方なく口を開く。

 

「そうだな。

物珍しげな動物を見る様な眼で我を観るなら、その限りではないが」

 

 皆恐々としてアンヘルを見たが、言った本人は歯牙にも掛けない。慌ててティグルがフォローに入る。

 

「つまり、無遠慮な言動は慎んでくれってことだ」

 

質問はまだまだ増える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家畜に被害は。

子供が怖がる。

何時までアルサスに。

何を食べるんだ。

その男──カイムに危険性は。

どうして、竜が喋るんだ。

何の目的で旅をしているの。

東って、ジスタートよりもか。

何処で寝泊まりするの。

『声』って何。

王や他の貴族に目をつけられたら。

被害を受けたら、誰が責任を。

アルサスでは、何を生計に。

 

 

 等々、プライベートにまで踏み込む質問も多数ある。

 これらの質問に対して、アンヘルは苛立ち紛れに答える。

 

 

我は家畜など襲わぬ。

知らぬ、近づけるな。

半年を目処に。

我は何も食べぬ。

先に手を出さねば概ね問題ない。

そういうものだと理解しろ。

安住の地を求めてだ。

遠方の地だ。

小僧の屋敷だ。

━━こう言うものだ。

消し飛ばしてやるわ。

小僧──ティグルが取る。

カイムは戦うことしかできぬ。

 

 

 と言ったものを、ティグルが──ティグルも答えに驚きながら──婉曲的に誤魔化しつつ答える。

 

 

 

 

 そして最後に、バートランの

 

「なぜ若は、この二人をアルサスに受け容れる事をお決めになったんで?

 

それに、何でわしらにこの場を設けて下さったんです?

 

若がお決めになったことなら、わしらは逆らえねぇのに」

 

 という質問を最後に、皆が閉口する。

 

 

 

 領主であるティグルがこの二人を受け容れると、アルサスの領地は確実に混乱する。

 

 そんなことを自分達に言われるまでもなくティグルは判っているだろうし、自分達がそんな事態に陥ることを良しとしないということも、ティグルの人柄を見知っている自分達には分かっている。

 

 

 

では何故? という思い、

 

そして、この場を設けた理由が分からない。

 

 

 封建制であるブリューヌでは、領民にとって領主は絶対の存在だ。

 

 一同は普段ティグルに気安く話し掛けているものの、その権威は絶対だと判っているし、領主の決定に異論を唱えるなど一族郎党、殺されても文句は言えないということも判っている。

 

 普通の領主なら、自分達に「この二人を受け容れる。便宜を図れ」と命令すれば済む話。

 

 何故わざわざ自分達に質疑の場を設けるのか。

 

 未だティグル自身が迷っていて、自分達の意見を取り入れてくれるのか。

 或いは既に、受け容れるのは決定事項で質疑の場を設けたのは、町に顔が利く自分達に下達するためなのか。

 

 それとも──

 いや或いは──

 

 

 

 

 

 様々な考えが一同の脳裏をよぎる中ティグルか返した答えは、

 

「いや、この二人はどっち道この町に来る予定だった様だからな。

しかし、それだとみんなが混乱する。

なら予め、俺の口からみんなに説明しておこうと思ってな。

 

俺がこの二人に出会えたのは僥幸だったよ。いきなり大混乱って可能性もあったからな」

 

 という気楽な発言だった。

 

『は?』

 

 一同は唖然とした。

 次いで、困惑したようにそれぞれの顔を見渡す。

 

 困惑から立ち直れない一同の一人が、おもむろに口を開いた。

 

「それは、つまり……二人が来ることは止められない。

そして止められないことが判っているなら、自分から招き二人に危険性はないことを説明しようと?

その為にこの場を設けたと?」

 

「それと、もう一つ。

カイムさんは喋れない。その事で不自由して欲しくなかった。

アンヘルさんから『声』で事情を説明しても、みんなは混乱して信じなかっただろうからなあ」

 

 ティグルの最後の言葉は何処かしょうがないと言いたげだった。

 質問した者も納得したようだ。

 そして未だ困惑していた中からもう一人、アンヘルとカイムを憚るように質問する。

 

「あの、領主様。

この二人の前で言うのはあれなんですが、その……二人に他の領地へ行って貰おうとは考えなかったんですか?

そうすりゃ、混乱なんか起きないですよね?」

 

「そうだな。確かに俺も、最初はそう考えた」

 

 ティグルは質問の内容に首肯し、そう返した。しかし、続けて頭を振る。

 

「だけど、俺がそう言っても二人が素直に聞くかという点、言わなくても二人が直ぐセレスタの町を自分で見つけてしまうだろうという点。

その二つが気になった。

それに……」

 

「……それに?」

 

 ティグルは話しの途中に何故か逡巡した。

 ティグルの従者バートランは、一同を代表し言い淀む主人に続きを促す。

 

「それに、他の領地でこの二人が騒ぎになったら、俺は自分を責める。

他の領地の住民と、領主に対して申し訳ないからな。

 

勿論、みんなに苦労を掛けるのは心苦しいが」

 

 ティグルは何処か困ったように答えた。

 しかし、この答えが決め手になったのだろう。

 ティグルの気遣いが垣間見え、一同は納得し、困惑から立ち直る。

 

 

──大丈夫だ、領主様はちゃんと自分達の事を考えて下さっている。

 領主様は、儂達が混乱しないようにこの場を設けて下さった。

 領主様は、自分たちを、この二人を、信じている。

 なら、俺たちも──

 

 

 

 

「ティグル様のお考えは分かりました。

でも、具体的にあたし達は何をすれば?」

 

 これまで黙っていたティッタが皆を代弁し、ティグルに問う。

 ティグルはティッタを含める皆を安心させるかのように微笑んで見渡し、こう説いた。

 

「何も難しい事はない。今言った事に配慮して普通に接してくれ。

そして、町のみんなに同じ様に伝えてくれ。

最初は戸惑うだろうけど、次第に二人に危険はないということがわかる筈だ」

 

「分かりました」

 

 ティッタはティグルの言葉に頷きを返すと、恐る恐るカイムとアンヘルに向き直った。

 

「ティッタと言います。困った事があったら言ってください。

カイムさん、アンヘルさん、よろしくお願いします」

 

 そう言ってスカートの端をつまみ上げ一礼した。

 つまみ上げた手は震えていたが、ティッタは精一杯の笑顔を見せた。

 

 従者のバートランも笑みを浮かべて、会釈した。

 

「バートランだ。困った事があったら言え」

 

 だが、笑みを浮かべているが若干硬く、視線も油断がない。

 

 

 

 カイムは微かに頭を下げ、アンヘルはティッタの勇気と誠意を──面倒臭くも──感じ取り、

 

「カイムの事を宜しく頼む」

 

 と言うに止めた。

 

 

 一同は女の子であるティッタと、老人のバートランに負けじと、口々に挨拶の言葉を交わす。

 

 アンヘルはカイムの為と自分を抑え、鬱陶しい人間達に逐一、言葉を返すが、目が徐々に冷やかになっている。

 カイムは、本当は人間に名を呼ばれるのが嫌な筈のアンヘルが、自分の為に骨を折ってくれているという事実を無駄にしないため、見知らぬ人達に頭を下げたり首肯したりと忙しない。しかし、カイムの眉間に皺が寄ってきた。

 

 

 

 

 

 

 二人の、余り大きくない許容の杯が溢れそうになる寸前に、ティグルが止めてくれなければアンヘルは人々を消し炭にし、カイム人々を蹴り倒していただろう。

 

「みんな、その辺で勘弁してくれ。

一度に紹介されても分からなくなるだろう?」

 

 アンヘルとカイムは、未だどこか残念そうな一同を一瞥し、この二人にしてはかなり珍しい感謝の念を持った。

 アンヘルは思わずティグルに感謝の言葉を漏らし、カイムは首肯した。

 

「感謝するぞ、小僧」

 

「……」

 

「初めてなら、俺でも誰が誰か判らなくなるからな」

 

 

 一瞬、何の事だと思った二人だが、少し考えて思い至る。ティグルは自分達が顔と名前を覚えられずに混乱しているように見えたのだろう。

 実際は、此処まで苦労した結果を、自分達で無にせずに済んだという意味なのだが。

 まさか、目の前の者達を殺そうとしようとしていたとは思い当たらない様だ。

 

 アンヘルは咄嗟に言葉を返せず黙りこみ、カイムはこういう時喋れないと楽だな、と思い普段通り沈黙する。

 

 アンヘルは若干恨めしげにカイムを見た後、突然黙った自分達を不思議そうに見ていたティグルに、些か精彩を欠いた言葉を呟く。

 

「そうだな」

 

 アンヘルはこんな言葉しか吐けない己の余裕のなさに自嘲しながらも、新しい世界でこれからカイムと共に過ごす日々を思った。

 

 

 

 



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第五話 ティッタの一日

ここからの数話は三日置きに投稿しますが、自分でもあまり納得がいっていません。

大筋を変えるつもりはありませんが、折を見て書き直す可能性、大です。


「ん、いい味」

 

 ティッタは味見用の小皿に口を付け、自分の口から洩れ出た言葉に満足した。

 

そして、ティッタはコトコトと煮立った鍋を、竈から下ろして皿に注ぐ。

 

 スープを注いだ皿を、川魚を香草で焼いた皿、ライ麦のパンを乗せた平皿と共に、盆に置く。

 

「スープは大丈夫。パンは焼き立てだし、メインの川魚も大丈夫。

あとは……ミルクと葡萄酒っと」

 

 最後に六つのコップに、ミルクと葡萄酒を零れないように注ぎ終え、ティッタいつもより一人分多い朝食を盛り付け終わり、食堂のテーブルに運ぶ。

 

 気持ちの良い朝に、思わず鼻唄を歌いながら、いつもより少しだけ早い朝食の用意をやり終えた。

 

 さぁ、あとは怠惰な主と同居人の男性を呼びに行くだけ。

 

 ティッタは未だぐっすり寝ているだろう主と、ちょうど一週間前からこの屋敷に滞在している便宜上客分の男性を思い浮かべた。

 

「カイムさん……かぁ……」

 

 思わず呟いた言葉が、ため息と共に食堂に消える。

 客分である男性を思い出しティッタは少し憂鬱になった。

 

 

 

 

 一週間前、ティッタの主──ティグルが町の主だった人物を集め、受け容れることを説明したその日にこの屋敷に来た男性。

 

名前をカイム。

 

 初めてこの男性を紹介された時ティッタは、警戒して身構えたが次いで喋れないと判り、羞恥心で顔を赤くした。

 

 その時は、説明不足な主を説教して誤魔化したが、今でも思い出すとカイムへの申し訳なさと、主への怒りの念が浮かぶ。

 

 ティッタは慌てて謝ったが、カイムのその瞳は何処か虚ろで、目の前のティッタを映していないかのように見えた。

 

 ティッタはその時から、何を考えているのか分からないカイムが、少し苦手だった。

 

 

「よし!」

 

 ティッタは憂鬱な気分を払うかの様に、声を出して気合いを入れ廊下に出る。

 

「今頃は、外かな」

 

 ティッタは屋敷の裏で鍛錬しているであろうカイムに、朝食が出来たことを伝えるため、屋敷の裏口から外に出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟、という音がした。

 

 ティッタは、屋敷の裏口の扉を少し開けて裏庭を覗くと、目的の男性、カイムが大剣を中空に薙いでいた。

 

 

 逆袈裟、右薙ぎ、左切上、唐竹割り……。

 

 

 カイムは順々に剣を繰り出し大気を切り裂いていく。

 

 淀み無い剣筋は、素人のティッタにも、カイムの実力の高さを窺い知れるものだった。

 

 

 左薙ぎ、袈裟切り、逆袈裟、刺突……。

 

 

 ティッタでは、両手でも振り回すができない様な大剣を、まるで小枝でも持っているかのように、片手で軽々と振り回している。

 

 大剣の一撃一撃が、大気ごとその空間を引き裂かんとするかのように、烈風を伴って襲う。

 

 

 右薙ぎ、逆袈裟、唐竹割り、左切上……。

 

 

 一瞬でどれだけの剣閃が煌めいているのか、ティッタの動体視力では分からない。

 

 ティッタの目には、日の光に反射して、剣が閃光のように光っているのが精々判る程度で、剣どころか繰り出す腕すらも霞んで見える。

 

 しかしその剣が生み出す暴風は、少し扉を開いたここまで確かに届いてくる。

 

 

 

 

 まさに斬撃の嵐としか形容することしかできないこの空間にティッタは身震いした。

 

 

 

 

 

 これが普通の剣舞だったら、ティッタもここまで恐怖しないだろう。

 

 しかし、カイムのその執念染みた鬼気迫る剣気に、ティッタは最初に目にした時、あまりの恐怖に腰を抜かした。

 

 以来、最初は覗き見る様にしてこの空間を伺うようにしている。

 

 

 滞在三日目から続いているこの鍛錬は、ティッタがそれまで変わらないと思っていた日常に出来た、初めての異常だった。

 

 

 扉を開け五つも数えていないだろう、カイムはティッタの存在に気付き、剣を止めてティッタの方を振り向く。

 気付かれたティッタは、恐怖を抑え扉から完全に出てカイムに近寄る。

 

 

 

 そして驚いた。

 

「お、おはようございます。カイムさん。

か、髪を切ったんですね。」

 

「……」

 

 カイムは微かに首肯する。

 

 初対面の時より、何年も手入れをしていないかの様な頭髪を整え、伸び放題だった無精髭を剃り、まるで生まれ変わった様な端正な顔を明らかにしている。

 

 相変わらず、髪の隙間から覗く白い濁った左眼は怖いが……。

 

 品のある雅な顔立ちに、思わず吃りながらも挨拶を交わす。

 

「よくお似合いですよ」

 

「……」

 

 ティッタの賛する言葉にまた微かに首肯する。

 

 しかし、瞳や表情に変化を見出だせない。これが嬉しそうな変化を見せるなら、ティッタも続いて言葉を発せられるが、滞在二日でこの男性の無感動さは判っている。

 

 ティッタは案の定無表情なカイムに、朝食の用意が出来たことを伝えると、カイムは剣を鞘に収め、手拭いで汗を拭うと剣を置きに一旦部屋に戻るため、ティッタに続き廊下に向かった。

 

 

 二人で廊下を歩いていると、話す話題がなく、気まずくなりティッタは早口でカイムに告げる。

 

「あたしは、ティグル様を起こしてきます」

 

 そう言い、早足でその場を抜け出す。

 ティグルの部屋がある二階への階段を上りきったとき、壁に背を預け胸を抑えて、盛大なため息を吐いた。

 

「ハァ~、緊張した」

 

 やっぱり苦手だと改めて思う。

 

 ティグルとティッタ、カイムの三人でいる時は普通に接せられるが、二人だけの時は思わず緊張して身構えてしまう。

 

 これが後半年も続くとなると思うと、ティッタの方が参ってしまいそうだ。

 

 

「悪い人じゃないとは思うけど……」

 

 

 しかし、やっぱり苦手だ。

 

 感情を映さない碧い瞳、常に無表情な顔。白く濁った左眼。

 

 今回はその顔立ちが思いの外、雅でびっくりしたというのが一番の収穫だろう。

 

 

 そこまで考えてティッタは頭を振る。

 

「ティグル様を起こさないと」

 

 あんまり長く待たせると、カイムさんに悪いし料理も冷めてしまう。

 

 余分な考えを脇へ追いやり、ティッタは自分の務めをはたそうと、ティグルの部屋に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝食の折、ティッタは朝食のライ麦のパンを摘まみながら、対面のカイムを盗み見ていた。

 

 背筋が伸びて姿勢がよく、スープの飲み方やパンの千切り方、魚の骨の取り方等、どれをとっても美しい。

 

 ティッタは貴族というと、ティグルとティグルの亡き父ウルス、ティグルの後見人代わりのマスハス卿しか知らない。

 

 しかし、カイムの食事の美しさは、その三人より確実に綺麗で、美しく洗練され、かつ気品があるように見えた。

 

 貴族よりも美しい食べ方をするこの人は何者なんだろう、と探る様な視線を向けると、ふいに視線が交差し慌てて自身の皿をじっと見遣る。

 

 カイムは別段どうとも思わなかったのか、それとも喋れないので仕方なく追及しなかったのか、朝食が終わっても何も言って来ることはなかった。

 

 思わずホッとしたティッタを、ティグルだけが不思議そうに見ていた。

 

 

 

 

 そんな忙しない朝食が終わり、ティグルがカイムに声を掛ける。

 

「カイムさん。今日もバートランの所に?」

 

 カイムは頷き肯定する。

 

 カイムは三日前からバートランに文字の読み書きを習っている。

 

 こちらの文字を書けないと知ったカイムを慮って、バートランが声を掛けたのだ。

 

 話せない、書けない、読めない、では大変だろうと。

 

 聞く所に依ると、文法自体に差異はなく文字と単語、熟語や独特の言い回し等を中心に習っているそうだ。

 

 ティッタもバートランから聞いている限りでは、覚えが早く自分より字が綺麗だと、悔しげに話されたことを覚えている。

 

 ティグルは続けて、カイムに二三話し掛けると自身の書斎に向かい、カイムも外出するため玄関に向かう。

 

 ティッタは一瞬執務を行うティグルに、いつも通りお茶を淹れるかカイムを見送るために玄関に向かうか迷ったが、今日は早いし、見送った後にお茶を淹れても問題ないと判断し、カイムを追い玄関に向かった。

 

 カイムは、今まさに玄関を出る所だったのか、扉に手を掛けていた。しかしティッタに気付いたのか、カイムにしては珍しく、その瞳に不思議そうな色を宿していた。

 

 カイムは扉に掛けていた手を下ろし、ティッタに向き直った。

 

「……」

 

 カイムの何かあったか、という問いたげな視線がティッタに突き刺さる。

 

「あ、いえ。お見送りを……」

 

 この後に続く、気の効いた台詞がティッタには思い付かず、結局定型通りの言葉を紡ぎ微笑んで会釈した。

 

「いってらっしゃいませ」

 

 

「……」

 

 珍しいものを見たという風情のカイムは、一拍遅れてティッタの言葉に頷くと、再び扉に手を掛け外に出た。

 

 初めてカイムの瞳に感情の色を見出だせたティッタは、綻び微笑んだ。

 

「無感情な人ではないんだよね……」

 

 満足気に呟いたティッタは、ティグルにお茶を淹れるため、台所への道を歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方になり、夕食の用意を続けていたティッタは、調理の途中で少しばかり水が足りなくなってきたことを思い、鍋を竈から下ろして、井戸に向かい瓶に水を汲む。

 

 何度も釣瓶を往復し、漸く瓶が満杯になり重くなったそれを抱え、中の水を溢さない様に慎重に歩く。

 

 しかし、並々と波紋が浮かぶ瓶に注意を割きすぎたのが原因か、足下の小石に躓いた。

 

「きゃっ!」

 

 思わず悲鳴が洩れ、次いで衝撃に身を備えて身体を固くしたティッタだが、いつまで経っても見に迫る筈の衝撃と、瓶の割れる音が来ない。

 

 薄らと目を開けると、水瓶と自身の背に手を添えて、自身を支えてくれた男性の顔が横目に見える。

 

 

 カイムだった。

 

 

「カ、カイムさん!」

 

 いつの間に、と思うよりも早く身体が強張るが、慌てて頭を下げ礼を述べる。

 

「あ、ありがとうございます!

 

あっ!」

 

 しかし、瓶を抱えた状態で身体を曲げれば当然水が落ちる。

 

 カイムのズボンは、膝から下がびしょ濡れになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すいません。本当に……」

 

 ティッタは半泣きになりながら、瓶に水を汲むカイムを見ながら謝る。

 

 転びそうになった自分を助けてくれたのに水を掛けてしまい、そればかりか水を汲むのを手伝わせてしまった。

 

 ティッタは申し訳なさでカイムの顔を見れず、自己嫌悪の念を感じ俯いた。

 

 俯くティッタを余所に、釣瓶を落とすカイムは、唯黙々と瓶に水を運ぶ。

 

 カイムは別段気にもしていなかった。こんなこともあるか、と唯思うだけ。

 

 だが、ティッタはその方が辛く、もしかして怒っているのではと思い顔を上げられない。

 

 

 気不味いティッタを余所に釣瓶が水に落ちる音だけが響く。

 

 

 

 そしてティッタにとっては幸いなことに、瓶が満杯になったのだろう、カイムは手を止めて重くなった瓶を片手で抱え上げ台所へ運ぼうとした。

 

 そこで漸くティッタは顔を上げ、慌ててカイムに近寄った。

 

「あたしが運びます」

 

「……」

 

 しかし、カイムは首を振る。

 

 また転ぶと思っているのか、それとも力仕事は自分の方がいいと思っているのか、ティッタには判断が付かなかったが、折角の好意を無駄にしないためカイムを先導する。

 

「じゃ、じゃあこっちです」

 

 無言で歩く二人だが、ティッタの方はカイムの好意に、これまで感じていた苦手意識が若干薄れていた。本当に若干だが。

 

「ありがとうございます、カイムさん。

できたらお呼びしますから、夕食はもう少し待っててくださいね。

 

それと、水を掛けてしまい、申し訳ありませんでした。」

 

 深々と頭を下げるティッタに、カイムは気にした風もなく首肯し、着替える為に自身の部屋に向かう。

 

 そんな後ろ姿を見送って、ティッタはカイムの珍しい好意を思い返し、思わず口角が上がるが、頭を振り再び調理に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜、寝る頃になるとティッタの部屋の灯りはまだ点いていた。

 

 ティッタは愛用の裁縫道具を脇に置き、黒い布地に針を通す。

 

 黒い布地は一見何の用途に使うか分からないが、ティッタは嬉しそうだ。

 

 縫い上げながら、ティッタは今日一日を思い返す。

 

「やっぱり悪い人じゃなかった」

 

 今日一日で、カイムの新たな一面を垣間見たティッタは、思わず顔が綻んだ。

 

「着けてくれるかな」

 

 ティッタは今自分が縫い上げている黒い帯の様な物体に目を向けた。

 

 ティッタから見た、帯のやや左よりは少し膨らみ赤い装飾が施されていた。

 

 黒い帯の正体は眼帯だった。

 

 朝ティッタが見た時、若干左目を隠す様に、あまり髪を切らなかったのが気になったのだ。

 

「よし、できた!」

 

 完成した眼帯を掲げ、達成感に思わず微笑む。

 

 一頻り満足したティッタは、ふいに込み上げてきた欠伸を噛み殺した。

 

「もう寝ないと」

 

ティッタは眼帯を机に置いて灯りを消し、裁縫道具を片付け寝床に入った。

 

「喜んでくれるかな」

 

 思わず洩れた自身の呟きに笑った。

 

 どんな表情を見せるのかな、無表情かな、それでも着けてくれるかな、といった思いが微睡んだ脳裏によぎる。

 

「喜んでくれるといいな……」

 

 ティッタはその言葉を最後に、意識を完全に手放し、すうすうと寝息を立てた。

 

 

 そんなティッタの呟きを机の上の黒い眼帯だけが聞いていた。




実は、最初はダークソウルの主人公をクロスさせる予定でした。




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第六話 バートランの鍛練

次の更新は三日後だと言ったな…………。すまん、ありゃ嘘だった。

今回の話しは短めです。

以下、作者の心の叫び。















ヴぁかめ!

古今東西、あらゆる作者が更新の予定の宣言を守ると誰が思うか!?

それでなくても、更新がなくて泣かされているというのに!!!






嘘です、すいません本当に。

ただ、自分が定めた期日は守りましょう、と言いたいだけなんです。


「フッ! ハァァ! ウオォォォォ!」

 

 裂帛の気合いと共に雄叫びを上げ、バートランは薙ぎ払い、打ち払い、突きを繰り出す。

 これが模擬戦用の槍でなければ、相手の命は尽きていた所だろう。

 

 特に最後の突きは、体重の乗った渾身の一突き。

 そこらの騎士でも凌ぎきれない程の連撃が相手を襲う。

 

 これで勝負は決まった。

 

 そう思った。

 

 

 しかし、相手は百戦錬磨を誇るカイム。

 

 

 その薙ぎを弾き、打ちを防ぎ、突きを捌く、そうして出来た足下の隙をカイムは無逃さず、自身の模擬戦用の槍の石突でバートランの脚を刈り払う。

 

 バートランは脚を刈られ倒れ込み、そこへカイムが首元に穂先を突き付けて、バートランの稽古は終了。

 

 また一巡する迄待たなければならない。

 

 若い青年達や腕に覚えのある農夫達が、カイムに畏怖と尊敬の眼差しを浴びせる中、バートランは仰向けになり荒い息を吐きながら、気持ち良さそうに青い空を見詰めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ことの始まりは一週間前、カイムとアンヘルがセレスタの町に来て三週間程前に遡る。

 バートランが、カイムへの読み書きをある程度教え終わった時だ。

 

 自身がこれ以上教えられる事はない、とカイムの秀麗な文字による文章を見て判断し、バートランがカイムに告げる。

 

「相変わらず達筆な字だな。

よし、カイム! もうわしはおめぇさんに教えてやれることはねぇ。

後の普段使わねぇ難しい事は、若に聞くんだな。

おめぇさんは晴れて卒業だ」

 

 感慨深げに告げるバートランにカイムは、これまで根気よく付き合ってくれたバートランに、謝意を籠めて静かに頭を下げようとした。

 

 しかし、バートランは気にするなと言った風情で、彼を制すると今までの闊達な様子とは打って変わり、寂しそうに染々と呟いた。

 

「喜ばしいことだが、寂しくなるな」

 

 バートランは、この時間が思いの外楽しかった。

 

 確かに最初の内はぎこちなく、アンヘルが『声』飛ばす事もあったが、次第にカイムの表情を見分けられるようになった。

 

 困惑、納得、疑問、そして満足。

 

 これらの表情の、微細と言っていい程の違いを見抜けるようになり、バートランは次はどんな表情がその顔に浮かぶのかを、日々の楽しみにしていた。

 

 しかし、そんな時間も今日で終わり。

 

 バートランは自身の湿っぽい気持ちを払い、快活に笑いながらカイムに次の提案を勧めるべく話を切り出した。

 

「話しは変わるがカイム。

 

おめぇさん、かなり強いだろ?」 

 

 

 

 カイムは、突然変わった話しに付いていけないのか若干困惑し、眉間に皺が寄る。

 

「初めておめぇさんと会った時、おめぇさんには悪いが、纏っている空気が違うと思った。

こいつは尋常の者じゃねえ。それこそ、おとぎ話の魔物のような恐さを感じた。

わしは戦で何人も殺したし、戦で狂った男も何人か見たが、こいつだけは殺せねぇ、絶対に勝てない。

早くケツ捲って逃げろ。

そう思った」

 

 バートランはその時感じた思いを掘り起こすように、淡々と語り始める。

 

「しかし、若に何かあっちゃならねぇ。

その時は例え刺し違える事になってもおめぇさんを止める。

 

そう思ってた」

 

 バートランは、その時抱いた覚悟を思い出し、決死の表情をしていた。

 

「実際に相対してわかった。

おめぇさんは俺が刺し違える覚悟で挑んでっても、軽く捻り潰すだろうってことが。

 

だから次に、おめぇさんを知ろうと思った。

おめぇさんの弱点を見つけるためにな」

 

 それはカイムも気付いていた。

 

 時折この老人の目に、探るような意図と、動きがあったことを。

 

 しかし、カイムは問題にしなかった。

 この老人の言う様に、相討ち狙いでも自身に傷を付けるのが精々だと判断したからだ。

 

 例え、自身が気を抜いていたとしても、この身体に染み着いた動きが自分を動かし、この老人を反射的に死に至らしめるだろうと知って。

 

「だがおめぇさんと来たら、無防備にわしに接するし、かと思えば反射的にわしの行動を予測する。

んでもって、おめぇさんはわしの教えに素直に従う。

 

次第におめぇさんを気に入ってきた。

危険だが、悪い奴じゃねぇと分かったからな」

 

 バートランは、どこか照れ臭いといった風情で頭を振りながらそう告げる。

 

「それで、ここからが本題だ」

 

 バートランは表情を改め、カイムに向き直る。

 どこか決意を懐いた様な眼差しをカイムに注ぎ、カイムは微かに身動ぎした。

 

 

「わしを、いや、わし達を鍛えてやってくれねぇか?」

 

 

 カイムは困惑を微かに顔に浮かべた。

 眼帯で分かりづらいが、バートラン以外でもはっきり分かる程に。

 

 話しの関連性が見出だせず、バートランに真意を問う様な視線を向ける。

 

 

 バートランも話しが性急過ぎたと判り、その理由を説明する。

 

「若の目はなぁ、このアルサスにしか向いてねぇ。

 

わしら年寄り連中も、若の父上のウルス様も、若が外にも関心を持って目を向けて欲しくてなぁ。

 

そりゃあまだ十六歳だってのに、領主の仕事をちゃんとなさってるの立派だ、だがそれでも、こんな閉じた世界で満足して欲しくなかった。

 

現にウルス様に仕えていて、若と親しかった奴は外に飛び出していったしな。

 

おめぇさん達の存在は渡りに舟だった。

これで外の事に目を向けることも知ってくださる。

そう思った。

 

しかしなぁ」

 

 そこでバートランは困った様に言葉を切る。そこから先は、カイムでも分かった。

 

 カイム達が此処に来たのはあくまで自分達からであり、ティグルの自発的行動ではない。

 自分達を招いた行動も、仕方なくの上でありそして、それ以来外の様子に関心を払う様子はない。

 

 ティグルは外界に興味を持っていないのだ。

 

「若がこのまま外に興味を持たないなら、それも仕方のない事なのかもしれねぇ。

 

しかし、おめぇさん達の時の様に外から関心を向けられることもあるかもしれねぇ。

 

そうなった時、わしは……わしらは若の力になってやりてぇ」

 

 バートランは改めてカイムに向き直り、静かに頭を下げる。

 

「こんな事を言われても迷惑なのは分かっとる。

 

だが、どうかわしらに稽古を付けてやってくれ。

 

頼む」

 

 カイムは目の前の真摯に頭を下げる老人が、かつての家臣や将兵達と重なって見えた。

 

 

 

 カイムは今から二十四年前、十八歳の時に連合軍に入った。

 そこでは祖国カールレオンの将兵や家臣達も参加しており、王子であったカイムに敬意と気遣う態度で接する者が数多くいた。

 

 カイムは復讐に身を焦がし、女神である妹を守ることに固執して、大半の言葉や気遣いを気にも留めていなかったが、今になってそれらを幻視した。

 

 自分を気遣う者は確かにいた。しかし、自分は彼らと碌に言葉を交わさなかった。

 ばかりか、言葉を交わせなくなり、そのせいで妹、フリアエを喪った。

 

 

 

 今の自分を彼らが見たら、何を思い、何と言葉を掛けるだろうか。

 

 

 

そこまで考えカイムはバートランを見る。

 

 バートランはもう隠居に入る年頃だというのに、主人を思い、まだ身を粉にして主人に尽くそうとしている。

 

 カイムはそんなバートランを見て思わず胸が痛んだ。

 彼の思いに、そして自分を思ってくれた嘗ての家臣と将兵に。

 

 

 

「……」

 

 カイムはバートランの両肩に手を置き、ゆっくりと頭を上げさせ、了承の意を伝えるため頷いた。するとバートランは涙声で、カイムに礼を言った。

 

「ありがどうなぁ」

 

 一頻り泣いたバートランはすっきりしたのか、今度は恥ずかしそうに鼻をかんだ。

 

「へへ、年寄りは涙もろくていけねぇ」

 

 そう言ってまた鼻をかみ、カイムと具体的な内容を話し合った。

 

「鍛えて欲しいのは三十人位だ、それも年寄りか、若い奴が多い。場所はこの町の空いてる広場を使おうと思っとる。

人数が多いから最初のうちはローテーションでな。

来週からなんだが頼めるか?」

 

「……」

 

 カイムは少し考え、首肯し、了承する。

 バートランは快活に笑い、カイムの肩を叩きながら言う。

 

「徹底的にしごいてやってくれ、特に若いもんはな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よろしくお願いします! ハァァ!」

 

 また年若い青年が元気よく挨拶し、カイムに勢いよく向かい一合で吹き飛ばされる。

 

 かれこれ二刻(四時間)程続けているが、カイムには衰える様子がまるでない。

 

 吹き飛ばされた青年は気を失い、仲間に運ばれていった。これで六人目だ。いい加減馴れつつある。

 

 

 そして漸く、バートランの番がやって来た。

 

二人は無言でにじり寄るが、次第に堪えられなくなり、バートランが先に駆け出し、槍を繰り出した。

 

 助走からの刺突一閃

 

 これまで生きてきた中で最高の一撃。

 

 これほどの一撃は、狙ってももう二度と出せないと、自信でも確信できる程のそれがカイムを襲う。

 

 しかし、読まれていたのか簡単に捌かれ、鳩尾に石突が叩き込まれる。

 

 わしは若いもんじゃねぇぞ。もっと加減しろ!

 

 という思いが薄れ行く意識の端を過ったが、くぐもった声しか出せず、バートランは意識を手放す。

 

 

 

 

 本日、七人目の犠牲者だった。





前書きで偉そうなこと言いましたが

八話までは一日一回更新です。




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第七話 マスハス卿の災難

 マスハス=ローダント伯爵は、自身の領地の屋敷で、溜め息を吐いて内心頭を抱えていた。

 

「……竜か」

 

 もう一度、手元の紙を見遣る。

 差出人は亡き友人の息子からで、内容は近況報告。

 主な内容としては昨今の情勢、自身の健康、領民の様子。

 

 そして、自身の領地で喋る竜と喋れない男を受け容れたこと。

 

 最後の内容については、マスハスも知っていた。

 領民や商人が、遠くで見たと部下から報告が上がってはいたが、見間違いや噂話の類いだと判断したのだ。

 

 しかし、彼からのこの手紙の内容。

 

 俄には信じ難い事ではあるが、彼が自分に嘘をつくとも思えない。

 となるとやはり真実という事になるのだが、やはりマスハスには信じられない。

 

 百歩譲って竜はいい、いやよくないが、まだいい。だが、喋るとはどういうことだ?

 そして、そんな竜を受け容れるとはどういうことだ?

 捕らえたでもなく、保護したでもない。

 受け容れた。

 

 そして、喋れない男との関係は?

 

 全くもって意味が分からない。

 

 

 

 

「この忙しい時に……」

 

 思わず呟いた苛立ちの言葉に、知らず歯噛みする。

 

 今このブリューヌでは戦の機運が高まっていた。

 相手は隣国ジスタート王国。七人の戦姫を擁し、黒竜旗を掲げる強国だ。

 そのジスタートとの戦に、マスハスも兵を連れ参陣しなければならない。

 表向きの原因は河川の氾濫によるいざこざだが、本当の理由は王子殿下への箔付けだ。

 全くもって下らないとは思うが、王家に忠誠を誓う騎士でもあるマスハスは断れない。

 恐らくは、この夏も過ぎる頃に出兵すると思われるが、早まる可能性だってある。

 

 思わず、何もこんな時でなくてもと呟きそうになるが、差出人である彼だって忙しいだろうに、それでも報告を上げてくれたことに感謝する。

 

 

 

 

「竜か……」

 

 

 再度呟き、自身の灰色の髭を撫でる。

 それにしても、どうしたものか。

 

 いや、本当は分かっているのだ。

 只、決心が付かないだけで。

 

 もう一度、深く溜め息を吐いた。

 

「行くか……」

 

 明日、亡き友人ウルスの息子、ティグルが治めるアルサスの領地に向かう事に決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マスハスは供も連れず、二日掛けて馬を飛ばし、漸くセレスタの町に到着した。

 時刻は昼過ぎ、夏の陽射しは、老齢のマスハスには堪えるが、そうも言ってられない。

 門番が慌てて出迎えてくれるが、マスハスの挨拶はおざなりだ。それよりも町の様子が気になって仕方ない。

 門番に竜の事を尋ねると、

 

「ああ、竜殿の事ですね。

東の森にいらっしゃいますよ」

 

 と返ってきた。

 危険はないのかと尋ねるも、門番は笑ってこう答えた。

 

「いい人……竜ですよ。

訊かれたことには、面倒臭げにでも答えてくれますしね。

領主様の言う話の通り、礼儀もって接すれば大人しいもんで……。

 

本当に面倒臭げにですけど……」

 

 マスハスは、信じられない面持ちでその場を後にした。

 

 

 

 

「普段通りじゃな……」

 

 馬をティグルの屋敷へ進めながらその道中、町の様子を観る。しかし、どこも異常は見当たらない。

 大通り。広場。商会の平常振り、露店商や、道行く人の表情。

 

 東の森に竜がいるとの事だが、住民に緊張した様子は感じられなかった。

 

 

 

 これはわしの杞憂か、と思うより早くマスハスは、ティグルの屋敷へ到着した。

 門を潜り厩舎に馬を入れ、玄関に向かう。

 

 ドアノッカーを数回叩き、待つこと二十を数えた辺りで侍女であるティッタが、驚きと共に出迎えてくれた。

 

「マスハス様! ようこそお出でくださいました。

 

出迎えにも出れず、申し訳ありません。

今日はティグル様に御用事ですか?」

 

「おおティッタ、元気そうじゃな。

急に来て悪かったのう。

今日はティグルにも用事があってな」

 

 出迎えてくれた平素と変わらぬティッタに、マスハスは顔を綻ばせながら、彼女に急な来訪を詫び用向きを伝える。

 

 マスハスに息子はいるが娘は居らず、それもあってかティッタを娘の様に思い、何かと気遣い、可愛がっていた。

 町の住民と同じく、常と変わらぬティッタに安堵し、続けて知らず心配そうな視線で彼女を見遣る。

 

 彼女の主──ティグルヴルムド=ヴォルン伯爵の手紙には、三ヶ月ほど前からこの屋敷に、同居人が増えた様だが彼女の表情から不安の念は感じられない。

 いったいどういうことだ? と考え込むマスハスにティッタは

 

「申し訳ありませんが、応接室で少々お待ちください。

ティグル様は今お昼寝をしていますので、急いで起こして参ります」

 

 と、主の自堕落さを少し恥ずかしそうに、頬を赤く染めながら告げて、マスハスを応接室に案内した。

 

 応接室まで案内されたマスハスは、やれまた昼寝かとティグルを呆れながらも待ち、その間夏の暑い気温を涼めるため、開け放たれた窓から見える裏庭に目を遣った。

 

 手入れが行き届いている裏庭には、夏だというのに余分な雑草が微塵も生えていない。さすがはティッタだ、と思いながらも他に目を遣ると、不自然な空間が目に入った。

 そこだけ円形のように草がなぎ倒され、中心には何度も踏み均したのだろう土の色が見え、草が一本も生えていない。

 

 はて、と疑問を持つより早く扉が開く。

 

 くすんだ赤髪に寝癖を付け襟を曲げながら、屋敷の主にしてこのアルサスの領主、ティグルヴルムド=ヴォルンが漸く入ってきた。

 

 

 

「お待たせして申し訳ありません、マスハス卿。寝ていました」

 

「見れば分かる。寝癖が付いておるぞ、襟も曲がっておる」

 

 慌てて起き、急いで着替えてここに来たのだろう、ティグルの焦った様な口調に思わず皮肉げに返す。

慌ててティッタが直すも、寝癖の方は思いの外強く付いたのか一向に直らない。

 ティグルは仕方なく諦め、そのままの体勢でマスハスに急な来訪の目的を問う。

 

「それで、マスハス卿。今日は何の御用でこちらに?」

 

「何の用でだと? おぬしの手紙に書いてあった、竜の件についてに決まっておろうが。

 

受け容れたとはどういう事じゃ?

領民に被害が出たらどうするつもりじゃ?

今現在領民をどう宥めておるのじゃ?

 

と、挙げれば切りがないが取り敢えずは、

 

大丈夫な様じゃな」

 

 気楽な質問に途中語気が強まったが、最後の方で安心したように住民の様子を思い出して、ティグルに確認する。

 

 ティグルも語気を強めたマスハスに、一瞬叱られた子供の如く身を縮ませたが、最後の確認の問いには辛うじて頷いた。

 

「はい、なんとかやっています」

 

「そうか。

 

実際の所、何があったんじゃ?」

 

 だが、まだ心配げなマスハスはティグルに詳しい説明を求める。

 

 喋る竜とは? 喋れない男とは?

 それらが一体何処から? 何の目的でアルサスへ?

 

 疑問は尽きないが、まずはティグルの説明を聞いてから判断しようと思い、ティグルが口を開くのを待つ。

 ティグルも、自分を心配してくれている老伯爵に、若干ばつが悪そうな面持ちでいる。

 

 ティグルは、ティッタが冷茶を運び終え、退室するのを待ってから静かに語り始めた。

 

「あれは、三ヶ月程前の事なんですが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……という次第です」

 

 ティグルが一通り話し終わり、マスハスは話の内容を吟味した。

 

 竜と男は安住の地を求め、此処より遥か東からやって来た。

 アルサスへは、その地を見つけるための情報を求めて。

 男は喋れないが竜は喋ることができ、男の意思を代弁する。

 そして、竜が使う『声』。

 

 これが吟遊詩人の話しならば、「成る程、面白いな」と言って笑えたかもしれないが、ティグルは領主であり吟遊詩人ではない。

 門番の話しと町の様子を見なければ、この話しを与太話と切って捨ててもおかしくない程だ。

 

 

 

 マスハスは暫く黙り込んで口を開いた。

 

「おぬしはそれを信じるのか?」

 

「はい、少なくとも凡その所は」

 

 背筋を伸ばして、何処か威圧する風なマスハスの態度と口調に、ティグルは身動ぎもせずにそう言った。

 マスハスは、自分を真剣な瞳で見詰めるティグルに、威圧を解きながら

 

「そうか」

 

 とだけ返し、威圧を完全に解いて何処か安心したようにソファに背を預ける。

 

 ティグルはマスハスが、自身と自身の領地を常に心配してくれているのを知っているためか、立ち上がり感謝の言葉を告げ、頭を下げる。

 

「はい。

ですが、マスハス卿の心配はごもっともな事です。

気に掛けてくださり、ありがとうございます」

 

 何処か消沈したマスハスを気遣う様な発言だ。

 

 子供の成長は早いな、と今年で五十五歳になるマスハスは染々思う。

 

 友人であるウルスが死んだ時、この若者は十四歳だった。この町と四つの村々の代表者に「まあ、なんとかやっていきます」と能天気に返したあの日が嘘のようだ。

 

 そんな感慨を懐くマスハスは、頭を下げるティグルに微笑しながら面を上げさせ、自身の心配が杞憂だったことを理解する。

 

「よい、わしの杞憂だったようじゃ。

二人と領民に被害がなければ、それでよい」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 ティグルはもう一度マスハスに礼を述べ、ソファに座る。

 

 そして、マスハスはもう一つの懸念事項をティグルに問う。

 

 こちらは、あまり心配しなくてもいいかもしれないが、ティグルが下手を打っていた場合、彼がかなり困った事になる。

 

「ついでに聞いておくが、その竜と男、まだ王宮に知らせておらんじゃろうな?」

 

 そう、今この事を王宮に知らせていた場合、ティグルがかなり厳しい立場に置かれる事になる。

 

 ティグルと親しい、マスハスでさえ信じられなかったのだ。王宮が虚言と判断しても無理はない。

 

 王宮にこの話を持ち込んだとしても、この忙しい時に、そんな与太話を持ち込んだのはどこの貴族だ、とあまり良い顔はしないだろう。

 

 王宮が思わないにしても、大貴族は必ず機嫌を損ねる。王宮の手を煩わせる不忠者はどこの領主だと、必ず糾弾して来るに違いない。

 

 何れ周りに露見するにしても、今は戦の準備の真っ最中。

 特に、レグナス王子の初陣ということもあり、ブリューヌ王国は神経を尖らせている。

 

 時期を見計らわなければ、周りの不信を買い、話しそのものを信じてもらえないばかりか、不興を買い戦の先鋒を努める事になるかもしれない。

 只でさえティグルは、ブリューヌでは蔑視されている弓を使うという事で、周りからよく思われていないのだ。

 

 マスハスは、ティグルに微笑を続け自身の灰色の髭を撫でながらも、眼だけは真剣に、事の次第を確認する。

 

「はい、今はまだ知らせていません。

知らせるなら、戦が終わってからの方が良いだろうと判断したのですが……」

 

 ティグルは、自身のこの判断にあまり自信がないのか、何処かマスハスの顔色を窺うような視線で見る。

 

 そんなティグルにマスハスは苦笑し、自身の思いはすべて杞憂だったと悟り、ティグルの判断は正しい事を告げる。

 

「そうじゃな。その方がよかろう」

 

 二人の間にやっと人心地ついた空気が流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからはティッタも交え、取り留めのない話しを交わし、同居人である男性や喋る竜について話が及ぶ。

 

 

 ティッタは男性の事を

 

──最初は恐いと思っていたけど、実は優しい人、

 

 

──夜なべして作った眼帯を、ちゃんと着けてくれた、

 

やら

 

──剣や槍がとっても強くて、バートランさんでも勝てない

 

など

 

──二週間で読み書きを覚えた凄い人、

 

 

 と、凡そ好意的に語る。

 ティグルもティッタの話しに相づちを打ちながら、大体その通りだと述べた。

 

 では、竜の方は? と問うと、ティッタは突然怒りを露にして顔を赤くし、憤懣やる方ないと言った風情で語り出す。

 

 

──ティグルの事を「小僧」と呼び、自分の事を「小娘」と呼ぶ、

 

 

──「お主は自分の主に懸想しておるのか?」とティグルの前で公然とティッタに問う、

 

やら

 

──「あんな小僧の何処が良いのだ」とティッタに嘲笑交じりで言い放ったり、

 

など

 

──「お主のような年頃の娘は、皆こうも口喧しいのか? それともお主だけの特性か?」と、さも不思議そうに、嫌味ったらしく言う、

 

 

 と、余り好意的ではないようだ。

 マスハスは熱く語るティッタを手で制し、ティグルに確認の意味で目線を遣ると「ティッタの自分への好意はともかく、すべて事実です」とマスハスに笑いながら告げる。

 

 その言葉にティッタは一瞬残念そうにしたが、今はそれよりも喋る竜への怒りが強いのか、なお気炎を上げてその時の状況を語り出す。

 

 

 ある日、アンヘルに、

 

──「お主も苦労するな、だらしのない主を持って」

 

 だらしなくなんてありません

 と反発すると、

 

──「事実であろうが、お主が溢す愚痴の節々から感じ取れるわ。

時には主君の不興を買おうとも、諌める声を上げたらどうだ?」

 

 そ、そんなことありません!

 それに、大きなお世話です

 と返すも、

 

──「この部下にして、この主君あり。他者からの諫言は、謙虚に受け止めよ。

 

主の品格が疑われるぞ」

 

 っ! あ、あなたという人は!

 

──「我は竜だ、人ではない。間違えるな」

 

 っ! ~~~~~っ!

 

 

 

 

 

 存外仲が良いようだ。

 

 ティグルも自身の事を、二人に話の種にされたのを知らなかったのか、決まり悪げに「仲が良いんだな」と呟くが、ティッタに「良くありません!」と大声で断言され口を噤み、ティッタは話しを続ける。

 

 それらの話しは、ティグルやマスハスにとっては苦行に等しい時間だったが、ティッタが二人の心情に気づいた様子はない。

 

 ティッタにしては珍しいことだが、話がなかなか進まないので手で制し、それ以外で何か困ったことはないか尋ねる。

 

 ティッタの眼には、まだ言い足りないのか怒りが浮かんでいるが、それでもマスハスの問いには答えてくれて「戦があるんですか?」と少し消沈し、呟くように訊く。

 

 マスハスはティグルと目配せし、詳細な事は語らず、戦の時期についてだけ告げる。

 

「うむ、秋の始めごろにな」

 

「ティグル様やマスハス様も……ですか?」

 

 不安そうなティッタを、安心させるかのようにティグルが宥める。

 

「多分、俺達は後方だよ。そこまで心配しなくていい」

 

「そう……ですか」

 

 若干安心したようだが、それでも完全には不安は拭い去れないのか、眼に力はない。

 ティグルはあれやこれやと慰める言葉をティッタに掛けるが効果はない。

 

 マスハスはこの話題を変えようと思い、先にも話しに挙がった男性に会いたいと願い出る。

 だが、男性と竜は近隣の地形を確認しに出ていて、あと二日は帰らないという。

 

 

 

 

 

 しかし、話題を逸らすのに成功したのかティッタの瞳にも力が入り始め、ティグルはマスハスに感謝と尊敬の念を送る。

 

 そして、ティグルも話しに乗り今度は、竜のことを話題に出す。

 

 マスハスは一瞬、ティグルに余計なことをと言いたげな視線で見遣るが、ティグルに気付いた様子はない。

 案の定、ティッタは再度怒りを露にし、竜への怒りの言葉を口にする。

 

 遅まきながら気付いたティグルは話しを変えようとするがもう遅い。

 

 ティッタの舌は、留まること知らないかの如く良く動き、竜への不満が次々に口から飛び出る。

 

 

 結局マスハスとティグルは、嵐が通り過ぎるのを待つ船乗りの様に、ティッタの言葉を一刻(二時間)程聞き続けて、漸く解放された。

 





感想は、今回ちょっと忙しいんで、明日の12時までには返します。


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第八話 ???の歓談

短めです。タイトルはバレバレかな。






 ジスタート王国のライトメリッツ公国。

 

 その公宮のとある応接室で、三人の女性が歓談していた。

 

 

 一人は青眼に、白金の髪を横に纏めて流して、臍と背中を大きく開けた青い色調の服を身に纏っている。

 その豊満な胸が傍目にも判る程ぴっちりとしたその装束は、今すぐにでも鎧を纏えると言わんばかりだ。

 彼女は従者然とした姿勢を崩さず、主を立てるかのように、客人と対面する主の後ろに侍り、一歩引いて二人の会話に耳をそばだてている。

 時折、失礼にならない程度に相づちを打ち、話し自体には加わっているようだ。

 

 

 その彼女を侍らせている白銀の髪の少女は、従者と同じく青を基調とした、見るものに涼やかな印象を与える装いに、白い衣をを羽織っている。

 凛とした紅の瞳は、会話の内容が面白いのか楽しげな光を宿し、表情には笑みを絶やさない。

 側には、美しい銀の装飾がなされた、羽根を思わせる鍔の長剣が鞘に収まっていた。

 

 

 銀髪の少女の対面に座る女性は、覗き込む者を包み込んでしまう程の優しさを湛えた緑眼を細め、対面する少女達より大きい、ふくよかな胸を揺らして嬉しそうに微笑んでいる。

 祭事の際の踊り子でも通る服装は、清楚ながらも艶があり、その豊満な肢体に色香を漂わせ、その背に届く波打つ金髪を際立たせていた。

 傍らには、不思議な造りの金の錫杖が立て掛けられている。

 

 

 

 

 

 

 三人の歓談はそれから四半刻(三十分)程続き、銀髪の少女は話しの内容に興奮したのか、声を荒げてその時の様子を詳細に語る。

 

 

「……そうしたらサーシャが『君達は本当に懲りないね、同じ戦姫同士なんだから、少しは協調性を持ったらどうだい?』何て言うんだ!

私とあいつとの間に、そんなものが芽生える余地がない事ぐらい、サーシャだって分かっている筈なのに!」

 

「エレオノーラ様、アレクサンドラ様のおっしゃる通りです。

偶には、リュドミラ様に大人な対応をされてみては?」

 

「そうよ、エレン。合う度に角突き合わせていたら疲れてしまうわ。

そういう時は、貴女の方が大人にならないと」

 

「嫌だ!

私がそんな対応をとっても、あいつがあの態度を改めるとは思えない。

 

それになにより、大人な対応をするならあいつからするべきだ!

 

そうしたら私だって、今までのあいつの態度を寛大な心で赦してやらんこともない」

 

 

 従者と金髪の女性の最もな指摘にも少女───エレオノーラ=ヴィルターリアは耳を貸さず、相手の対応次第では、赦す『かも』しれないと言う旨の発言を二人に返す。

 主の発言に気付いた従者の女性はエレオノーラ──エレンに指摘する。

 

 

「赦すとは、断言なさらないのですね」

 

「当然だろう、リム。

 

まあ、私も鬼ではない。それ相応の謝り方をして、私の心が満足すれば赦してやるつもりだ。

 

無論、私の心は妥協しないがな」

 

「どんな謝り方なら満足するの?」

 

 

 エレンは従者の女性──リムアリーシャの言葉に憤然とした風情で腕を組み、言い返す。

 そんなエレンに、金髪の女性が困ったように笑いながら、どんな謝罪の方法なら赦すのか問い掛ける。

 

 エレンは腕を組んだまま少し考えて、最初はおもむろに口を開いた。

 

「そうだなあ。

 

まず土下座は欠かせないとして……」

 

 この時点で既に赦す気はないと判断した二人は、あれ得ない未来の光景を思い浮かべる必要はない、と判断しエレンの話を遮ろうとする。

 しかし、エレンは徐々に考えが纏まってきたのか、滑るように言葉を紡ぐ。

 

「これまでの非礼と、暴言の数々。

そして、私に手を上げた諸々をすべてを謝罪し、もう今後二度と私に対して不愉快な言動はしない、という誓約書を書かせた上で『エレオノーラ=ヴィルターリア様、今まで本当に申し訳ありませんでした』と言う書き取りを……」

 

「もう結構です」

 

「何故だリム、まだ続くぞ。

その書き取りを五十……いや、百枚だな。

それから、ソフィーやサーシャにも迷惑を掛けたし、この二人にも同じ様に……」

 

「だからもういいわよ。

貴女、それ絶対赦す気ないでしょう」

 

 金髪の女性──ソフィーヤ=オベルタスの言葉に、まだ言い足りないのか不満そうにするエレン。

 リムアリーシャ──リムはそんな主に非難の視線を送り、苦笑するソフィーヤに対し感謝の念を送る。

 

 味方はいないと判断したのか、エレンは不機嫌そうに鼻をならし、話題を変えた。

 

 

「それで、今日は何の用だ?

 

ルーニエなら厩舎にいるぞ。

 

私たちライトメリッツは、ブリューヌとの戦の準備で忙しいんだが」

 

 何処か拗ねたようにエレンが今日の来訪の目的をソフィーヤ──ソフィーに問う。

 主の態度はともかく、その発言にはリムも気になっていたのか、姿勢を正しソフィーの用件を聞く体勢に入る。

 ソフィーも雑談はここまでと判断し、今日の来訪の理由を話し始める。

 

「そうね、その戦に関係があることよ」

 

「なに?」

 

「どう言うことでしょうか?」

 

 思わず疑問の声が洩れる二人に、ソフィーは詳しい内容を最初から説明する。

 

「切っ掛けは四ヶ月前、ジスタートとブリューヌの国境のヴォージュ山脈で、竜を見たという話が上がった事なんだけど。

 

貴女達は知ってるかしら?」

 

「いや、私は知らないな。ルーニエのことじゃないのか?」

 

「私はルーニエとは別に、二度ほど侍女の数人から聞いています」

 

 

 ソフィーの問いに初耳だったエレンはそう返す。

 ルーニエとは、エレンがこの公宮で飼っている中型犬並の幼竜のことだ。時々、放して自由にさせているがそれが大袈裟に伝わったかと思ったが、自身の副官でもあるリムが話を知っていた事に驚く。

 

「リム! 何故、私に言わなかった!」

 

「二度目の時点で申し上げました。

 

最初は三月程前のことですが、噂話だと判断し報告には上げませんでしたが。

 

二度目の時である一月前も、エレオノーラ様は眠たげな声で『そうか』とおっしゃいましたので、それほど大事にはしませんでした。

 

それ以降は耳にしていないので、やはり噂話の類いかと結論していたのですが……」

 

 

 エレンは思い出した。そういえばその時、ルーニエと戯れて疲れていたが、確かに耳にした。

 山の方で竜の足跡を見た猟師がいるとの事だったが、噂話かもしれませんと言う彼女に自分は、ルーニエと同じ位の大きさなら飼ってもいいな、という旨の発言をした様な覚えがある。

 

 何処か咎める様なリムの視線は、気のせいではない筈だ。

 

 ソフィーはそんな主従の様子に苦笑して、話しを続ける。

 

「それで、わたくし興味が湧いてね。

ブリューヌに探りを入れたのよ。

勿論最初は、通いの商人や旅行者なんかに聞いてだけどね」

 

「お前が興味を持つのは分かるが……」

 

 ソフィーは竜が大好きだ。

 特にルーニエを気に入っており、エレンとソフィーが仲良くなれたのも、ルーニエの存在が一因と言ってもいい。

 最もルーニエは、ソフィーのことを好いてはいないが。

 

 情報収集を得意としているソフィーが、竜好きが高じて力を入れてもおかしくない、そう思い発言するエレンだったが、彼女は静かに首を振る。

 

「いいえ、そうじゃないわ。

確かに最初はわたくしの趣向が発端だったのは否定しないけれど。

 

初めの調査では、地方の領主の一人が竜を匿っている話し程度で、これについてはルーニエちゃんと同じ扱いなんじゃないかと判断したんだけれど、

 

途中から何だか胸騒ぎがしてね、もう少しブリューヌで詳しく調べてみたのよ」

 

 何処かすっきりしない、という風なソフィーに二人は顔を見合せ、どうやら只事ではないようだと感じた。

 

「それで、どうだったんだ?」

 

 エレンは微かに緊張を面に出しソフィーに問い掛け、リムも油断なく聞く。

 

「二人はテナルディエ公爵を知っているかしら?」

 

「ああ、知っている。

……あまり良い噂は聞かないが」

 

「私も、知っています。

此度の戦で、領民に重税と非道な行いを強いているようですが」

 

 ソフィーの口から出てきたのは、これから戦うブリューヌ王国でも、有力な諸侯の名前だ。

 知らず、その公爵の風評に、苦いものを噛み締めた様な表情が二人に走る。

 ソフィーも好意を懐いていないのか、同じ様な表情をして話しを続ける。

 

「そのテナルディエ公爵の元に、竜を調教出来る者が居るらしいの」

 

「っ!」

 

 二人は思わず息を呑んだ。竜を調教、つまり────

 

「それでは、ブリューヌ軍に竜が?」

 

 リムは愕然とした表情でソフィーに問う。エレンも唖然とした面持ちだ。

 しかし、ソフィーは首を振ってリムの質問に答える。

 

「いいえ、そこまでは分からなかったわ。

 

ただ、その可能性は低いと思う。

 

理由としては、テナルディエ公爵だって、少なからず喧伝する筈なのにまだそれをしないこと。竜が同道するのに、ブリューヌ兵の動揺が感じられないこと。

 

でも、絶対じゃないから、もしかしたら竜が出てくるという可能性も少なからずあるわ。

 

その可能性を、排除しないで欲しいのよ」

 

 その彼女の言葉に、幾分か冷静さを取り戻したエレンは、ソフィーに情報の提供を感謝する。

 

「ソフィー、教えてくれてありがとう。

もし、知らずに対峙していたら、兵の動揺は避けられなかっただろう。

感謝する」

 

「いいのよ、気にしないで。

また、詳しい事が分かったら連絡するわね」

 

「ああ、私たちも調べてみる」

 

 エレンには、竜具と竜技があるとはいえ、他の兵士には望むべくもない。確実に混乱しただろう。

 真摯に頭を下げるエレンとリムに、ソフィーは微笑し鷹揚に頷き、この話しはこれでお仕舞いとばかりに手を打つ。

 

「さあ、後はルーニエちゃんに会わないと」

 

 彼女はブレなかった。

 

 

 

 

 その後、嫌がるルーニエを一日掛けて可愛がったソフィーは、自身の領地であるポリーシャ公国に戻るべく、ライトメリッツの公宮を去ろうとしていた。

 

「じゃあね、エレン、リム。武勲を期待しているわ」

 

「ああ、期待していてくれ」

 

「恐れ入ります」

 

 ソフィーの腕には、別れを惜しむかの様にルーニエが抱き抱えられている。

 ルーニエは、この一日逃げ回り本当に疲れたのだろう、ぐったりして死んだ魚の様な目をしていた。

 

「くれぐれも竜に気を付けて」

 

「大丈夫だ、私にはアリファールがある」

 

 心配そうに声をかけるソフィーに、エレンと竜具アリファールは安心させる様に風を吹かせる。

 続けてリムも安心させるかのように、ソフィーに声をかける。

 

「ソフィーヤ様。

エレオノーラ様には、私が決して無理をさせませんので」

 

「リム、アリファール、エレンをお願いね」

 

 リムの言葉と、アリファールの微風に、少し不安が和らいだのか微笑を浮かべる。

 別れの言葉を紡いでいく三人だが、徐々に言葉が少なくなっていく。

 戦前ということで、少々湿っぽくなった空気を払うべく、エレンは二日前の歓談の中で、不思議に思っていたことをソフィーに質問する。

 

「ところで、竜を匿っている領地とはどこなんだ?

 

私は聞いたことがないのだが」

 

 不思議そうにしているエレンに、ソフィーは少し困ったように微笑して、自身の知っている、あやふやな情報を教えるべきか迷う。

 迷いを見せるソフィーに、リムは困惑し何か不味い事でも聞いてしまったのかと問う。

 

 しかしソフィーは変わらず困ったように微笑し、

 

「わたくしも旅人や、商人から聞いたから、ハッキリしたことは判らないけれど、」

 

と前置きして、

 

「なんでも、普通の竜の二倍以上の体躯を持った赤い竜がいるとかで────」

 

───その竜はこのジスタートよりも東から来た。

 

───竜の背にはいつも一人の男が乗っている。

 

───その竜は喋る。

 

 

 などと言った、自身でもあまり信じきれていない、情報を二人に伝える。

 

 エレンは、話の信憑性に疑問があるのか顔に苦笑を顔に浮かべ、

 

「まあ、本当ではないにしろ、用心だけはしておこう」

 

 とだけ返し、リムは訝しい視線をソフィーに向け、

 

「その吟遊詩人が歌ったかのような領地はどこなのですか?」

 

 とまるっきり信じていないのか、疑問の声を上げる。

 

「確か、ここからそう遠くないわよ。

山一つ隔てているかどうか、じゃなかったかしら?

名前は確か────

 

 

 

 

 ────────アルサスだったような。












このあと二三話挟んで原作軸なんですが、この後の第九話が悩みものであまり良い出来ではありません。

話の筋は決まっているのですが、描写が難しくて第十話が先に出来てしまいました。

次回の更新はそう遠くないとは思いますが、あんまり早くは期待しないでください。


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第九話 カイムの憂慮

だから、作者の予定は信じるなとあれ程(ry








「小娘、何を忙しくしておる。とうとう催したか?」

 

「そうなのか、ティッタ? 一旦下ろして貰おうか?」

 

「ち、違います! もう!

アンヘルさん、変なこと言わないで下さい!」

 

「……」

 

 

 

 時刻は日の出間近、アンヘルとカイム、ティグルとティッタの四人は、ヴォージュ山脈の麓の森目掛けて空を飛んでいた。

 

 目的はティグルの狩りで、カイムとアンヘル、そしてティッタはその付き添いだ。

 

 戦の準備で忙しい筈なのだが、その戦が近付くにつれて、余裕を無くしていくティグルを見かね、ティッタがアンヘルに内緒で頼み込んで来たのだ。

 

 カイムにも、アンヘルへの口添えを頼まれた。

 

 カイムは少しだけ考えて了承し、アンヘルの元に二人で赴く。

 

 アンヘルは本来ならそんな頼みなど一蹴するが、暫くカイムと見つめあって、その頼みを聞き入れた。

 

 

 だがカイムも予期せず、アンヘルは独断で条件を付けた。

 

 

「お主らも共に来い」

 

 

 カイムは、訝しげな視線をアンヘルに向けたが、短く嘆息すると了承した。

 

しかし問題はティッタの方で、仰天した彼女は、なんとかその条件を取り下げてもらうべく、

 

───自分がいたらティグル様が楽しめない。

 

───ティグル様に迷惑が掛かる。

 

───空を飛ぶのが怖い。

 

 と、必死に交渉したのだがアンヘルは首を横に振り

 

 

「なら諦めよ」

 

 

 と、考えは翻さない。

 

 結局根負けしたティッタは、ティグルに喜んで貰いたい一心で、お荷物である自分も、ティグルの狩りに付いていくことに決めた様だった。

 

 

 こうして三人は、ティグルの最後の気晴らしに付き合うことにした。

 

 

 

 翌日、ティッタはすべての話しをティグルに打ち明けた様なのだが、その喜びようは酷いものだった。

 

 その一日だけで

 

 書類を書き損じること、六回

 鼻唄を歌うこと、二十五回

 兵士との調練中の不注意で意識を失うこと、五回

 そして、ティッタを抱き締めること、十八回

 

 と、常人が見れば気でも違えたか、と思う程の喜び振りで、カイムとティッタを困らせた。

 

 ティッタは、ティグルの喜びに水を指すのは忍びないと思いながらも、自分も付いて行く事を忘れているんじゃないかと指摘したようだが、

 

「多分、大丈夫だろう。俺とカイムさんと、アンヘルさんもいるんだし」

 

 と、気にした様子はない。

 

 そんなティグルの様子に、カイムとティッタは少々不安になるが、面には出さず、黙々と準備を終えた。

 

 

 そんなこんなで、一泊二日の狩りが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「小娘、手洗いは済ませたか?

 

催したなら早めに言えよ。

 

我の背で漏らそうものなら、只でさえ儚いお主の命が、その時点で潰えると思え」

 

 

「ティッタ、忘れ物はないか?

丸一日屋敷に戻らないんだ、戸締まりとかも大丈夫か?」

 

 

「もう! アンヘルさん、余計なお世話ですし、脅かさないでください!

 

ティグル様も! ちゃんとポーラさんがいるんですから大丈夫です!」

 

 

「……」

 

 アンヘルは主発前に、ティグルやティッタに事前に注意し、ティグルも、初めて付いてくるティッタを心配し何かと気遣い声を掛けていた。

 

 ティッタはそんな二人に喧しくも、返答を返している。

 

 カイムは、騒々しい様子のこの場を眺め嘆息した。

 ティグルは、久々の狩りに興奮して浮き足立っているし、ティッタは初めての飛行と狩りで頻りに不安がっている。

 

 カイムは、この二人を後ろにして飛ぶのかと思うと少々憂鬱になるが、行きと帰りだけだと思い我慢する。

 

 まあ、目的地に着けば少しはマシになるだろうと、いい加減この場のやり取りにうんざりしていたカイムは、早々にアンヘルの背に跨がる。

 

 跨がったカイムに、二人は慌てて後ろに続き、漸く全員アンヘルの背に跨がった。

 

「いくぞ」

 

 アンヘルはその赤い翼をはためかせて大空を駆り目的地である森へ飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目的地に着くまでの騒がしい一幕を終え、四人はヴォージュ山脈にある川に程近い麓に到着した。

 

 アンヘルはその巨躯が完全に収まる場所を事前に調査しており、ある程度森が拓けた場所に降り立った。

 

 ティグルは本来なら二日は掛かるこの距離を、たった四半刻(三十分)足らずで着いた事に喜び、時間ギリギリまで狩りを楽しもうと、早速狩りの準備に取り掛かる。

 

 ティッタは、空の予想以上の寒さに身を身を縮こまらせ、厚手の麻織りの服の上から、薄手のマントにくるまって身体を擦っている。

 それでも徐々に、ティグルのマントを受け取ったり、野営の荷物を出したりと準備をし始めた。

 

 そんな二人を尻目に、自分の野営の準備を終えたカイムは、初めての野営の準備に手間取っていたティッタを見かねて、手伝い始めた。

 

「あ、ありがとうございます、カイムさん」

 

「……」

 

 カイムは首肯してティッタの言葉に応え、ティッタ用の天幕を張り終えた。

 

 持って来た天幕は、ティッタの分だけであり、アンヘルの分は言うに及ばず、カイムとティグルは、布を敷いてそのまま寝る予定だ。

 

 ティグルも狩りの準備が調い、三人は漸く人心地着いた。

 

 さあ、狩りだと勇むティグルにティッタは、不安を浮かべた表情でティグルを窺う。

 

「あの、ティグル様。あたし、やっぱりここに残った方が……」

 

 ティグルは一瞬、きょとんとした顔でティッタを見るが、次いでティッタの気遣いに朗らかに笑いながら答える。

 

「気にしなくていいよ、ティッタ。

折角なんだから、一緒に行こう。

ティッタ一人位が増えてもあまり問題は無いし、分からない事があっても俺が教えるから」

 

 ティグルは彼女の気遣いに、遠慮は無用とばかりに彼女に手を差し出す。ティッタは一瞬迷ったが、決心してその手を取る。

 

 二人は、アンヘルとカイムの方に向き直り出発の声を掛ける。

 

「それじゃあ、アンヘルさん、カイムさん。

夜までには、ここに戻ってくるよ」

 

「行ってきます、アンヘルさん、カイムさん」

 

 二人の言葉に、アンヘルは首を僅かにもたげ、面倒臭げに二人を送り出した。

 

「我らは、此処に居る。精々励むがいい」

 

二人が森に向かい、その姿が完全に消えると、アンヘルがカイムに話し掛けた。

 

「やっと行ったな」

 

「……」

 

「そうよな。

 

ところで、お主は本当に良いのか?」

 

「……、…………?」

 

「我に否はない。愚かな人間同士、勝手にやっておればいい」

 

「……」

 

「そうか、では今夜にでも」

 

「……」

 

 アンヘルとカイムは会話を終え、今後の方針を確認すると、カイムはアンヘルの体躯に背を預け眠りに入る。

 

 アンヘルも、そんなカイムを柔らかい目で見遣り、カイムの温かさを感じながら眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人が戻って来たのは夕刻で、そろそろ日も落ちそうな刻限だった。

 

 収穫は野兎が四羽に、牡鹿が一頭、昼食がてら獲った野鳥三羽と、大したものだった。

 特に牡鹿は、普通のものより一回りは大きく、ティグルも大満足のようだった。

 

 よく運べたなとカイムは思うが、ティグルは解体して運んで来たようだ。

 

 ティッタも、初めての狩りに興奮したようで、頻りに自身の手柄である野鳥の尾羽と、野兎を見ている。

 

 そう、ティッタも実際に弓で獲物を仕止めたのだ。

 

 ティグルの弓と矢を借り、ティグルが助言をしても、初めの数匹は外してしまったが、徐々に精度は上がり、八匹目にして野鳥を捉え昼食にしたそうだ。

 

 それから途中の沢で涼み、帰りがけに野兎と牡鹿を狩り、ここに戻って来た。

 と、ティッタがその時の感情混じりで、いまいち判り難い話しを、二人に聞かせながら夕食を作り終える。

 

 牡鹿は、後ろ足のモモ肉以外はアンヘルに譲り、他は三人で鍋にして食べた。

 

 アンヘルは、差し出された鹿肉に以外だと思ったのか、少し黙孝したものの結局普通に食べた。

 

 ティグルとティッタは、今日の戦果である牡鹿と野兎の毛皮、そして数枚の羽を一頻り見遣り、満足した様だった。

 

 ティグルは、今日狩りが出来たことに対して、カイムとアンヘルに礼を言い、ティッタも自分達を連れてきてくれたことを、二人に感謝した。

 

 アンヘルは、それらの言葉に「良い」とだけ答え、カイムは一度首肯したのみで、後は二人とも重苦しく黙ったままだった。

 

 ティグルとティッタは黙った二人を不思議に思うも、興奮と緊張で眠たくなったのか、半刻(一時間)程で床に入った。

 

 そんな様子の二人を、カイムとアンヘルは二人が完全に眠るまで、黙って眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

──小僧、起きよ。

 

 

 アンヘルは眠っていたティグルに『声』掛け、ティグルが跳ね起きるのを、カイムとアンヘルの二人は黙って眺めていた。

 

「っな! 何だ!」

 

 ティグルは布を敷いただけの寝床で、毛布を跳ね上げながら上半身を起こした。

 そして、先程脳内に響いた言葉は、アンヘルの『声』だと察したようで、呆けた顔が納得した表情に変わる。

 

──此方へ来い、そして静かに話せ。小娘が起きる。

 

 カイムはアンヘルに並び、石に腰掛けながらティグルを待った。

 

 ティグルはカイムの目から見ても、慎重過ぎると言って言い程静かに寝床を出て、辺りを見回しながら、弓と矢筒を持って此方に近寄る。

 

 

「何かあったのか? こんな夜中に起こして」

 

 ティグルは驚きと困惑の表情を露にし、狼などの襲撃などではないと判断して二人に問い掛ける。

 アンヘルは、近付いて来たティグルに今度は肉声で目的を告げる。

 

「少し、お主と我ら二人で話したい事があってな」

 

「話したいこと?」

 

「ああ」

 

 ティグルは困惑したのだろう、こんな夜中に自分を起こして、余人を交えず三人で話したい事。

 

 確かに、不思議に思っても仕方ない。

 

 ティグルは、さぞ重要なこと事に違いないと察したようで、緊張気味に二人に問い掛ける。

 

「何かな? アンヘルさん、カイムさん」

 

 

 カイムは、そんなティグルを冷静に、感情を込めず、冷ややかと言っていい程に見る。

 

 話す内容が内容だ、自身への非難の視線は避けられないと判っているし、別段気にもしない。

 

 しかし、この決断を下した自分ならまだしも、こんな自分を肯定してくれたこの片割れに、そんな視線を浴びせたくはない。

 

 故にカイムは、冷然とした態度を崩さない。

 悪意や罵りの言葉は、自分のみが引き受けると、覚悟を露にした瞳でティグルを見遣る。

 

 そんな視線を感じたのか、ティグルは緊張した表情で冷や汗を掻きながら、アンヘルの言葉を待つ。

 

 アンヘルはカイムの考えを察したようで、一瞬逡巡し、次いでティグルに自身の思いを悟らせぬよう、敢えて冷淡な態度で口を開く。

 

「近々、戦があるようだな」

 

「ああ、この夏を過ぎる頃かな」

 

 アンヘルの言葉は、質問ではなく確認だった。ティグルもそう感じたのか、淀みなく事実を答える。

 

「お主も兵を率いて往くのだろう」

 

「バートランや領民のみんなを連れてだけど……」

 

 ティグルは連れていく者達に、若干申し訳なさそうにアンヘルの言に答える。

 アンヘルはティグルの感情を察したが、少し不思議そうにティグルを見る。

 

「……我らの力を当てせんのか?」

 

「え?」

 

「小僧、今の言葉に我らの名はなかった。

 

我らの力を当てにしていないのか?」

 

 カイムもアンヘルと同じく不思議に思った。二人はティグルが、自分達の名を出したのなら突き放す積もりだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 事実カイムとアンヘルは、このブリューヌ王国とジスタート王国との戦争に、参加しないと事前に決めていた。

 

 自分達には関係のない戦い故に。

 

 確かに、カイムは自分の事を、殺人に悦びを見出だす者だと自覚しているが、好んで殺すのは敵対しているものだけ。

 人を斬るのも、自身の目的に邪魔だと判断した場合のみ、それくらいの分別はついている。

 

 二十四年前は、自分の復讐と妹を守る事を目的に。

 三年前からは、アンヘルの解放を目的に。

 

 その過程で、人を斬って悦ぶのも仕方ないとしている。

 

──まあ、自身の目的の大部分は復讐が優先され、敵を斬ること自体が目的になることもあると判ってはいるが──

 

 

 

 この戦争で、敵が自分達に害を振り撒くなら迎え撃つが、好んで戦いに加わろうとはしない積もりだった。

 

 バートランや町の住民が、戦に赴くのになにも思わないでもないが、止める理由も、義理もない。

 

 所詮その程度の思いだ。

 

 ティグルが自分達を戦の勘定にしているなら、早いうちに正しておこうと。

 

 

 

 そんな事をカイムが考えていると、自分達の雰囲気が変わり自分達の意図を察したのか、ティグルがアンヘルの問いに答える。

 

「ああ! そう言うことか!

 

今回、二人の力を借りるつもりはないよ。これは俺の国の問題だ。

傭兵ならまだしも、二人は旅人ってことで逗留しているし、領民にもそう説明してる。

 

二人が心配するような事にはならないさ」

 

 

 

 ティグルは、自分達が戦いに参加しないことで領民が文句は言わない、と言いたいのだろう。

 若干、意図するところはずれているが、内容はカイムにとっても満足できるものだった。

 

 しかし、満足したと感じた瞬間、カイムの胸に痛みが走った。だが、その痛みは一瞬で直ぐに消え去ったが。

 

 カイムが痛みに驚いている間も話しは続き、アンヘルがティグルの答えに納得したかのような言葉を告げる。

 

 

 

 

「成る程な。

 

では精々、得物を磨いておくことだ。

 

その弓以外に、何を得物としているかは知らぬが」

 

「いや、弓以外は持って行かないよ。

只の荷物になるから。

それに後方だろうし、これ以外はからっきしだからなあ」

 

 ティグルは、自分の左手に持った弓を掲げながら、これしか取り柄がないことを幾分残念そうに、アンヘルに話す。

 しかしアンヘルは、そんなティグルの考えに苦言を呈し、珍しく戒めるように語りかける。

 

「戦場で其の様な事を言っている場合か?

 

矢束が尽き、弓が折れたならばお主は赤子同然ぞ。

後方であろうと奇襲の危険性はあるのだ。

 

カイムやあの老人に、多少なりとも手解きを受けよ。

 

お主の命は、この領を背負っておるのだぞ」

 

 

 

 アンヘルとティグルの話しは続き、カイムは先程の痛みを気のせいだと断じた。

 自分のこの感情は、只の一時の気の迷いだと結論付け、二人の話しに集中する。

 幸い、アンヘルに気付かれた様子はない。余計な心配事は増やさない方がいい。

 

 二人の会話は続く。

 

 

「いや、そうは言われても……。

カ、カイムさんやバートランがどう思うか」

 

「と言っておるが、カイム。

 

お主はどうだ?」

 

「……?」

 

 

 若干及び腰のティグルに、アンヘルは無情にカイムに返答を促す。

 

 しかし自身の考えに埋没していたカイムは突然の事に、一瞬何の事か分からず眉間に皺を寄せ、アンヘルに問う。

 

 アンヘルはやや、呆れながらも話しの内容を聞かせ、再度返答を促す

 

 

「やれやれ、お主話を聞いて居らなんだな。

 

この小僧、弓以外に取り柄はないそうだ。

それ故、お主が稽古を付けるという話だ。

 

どうだ?」

 

「カ、カイムさん、無理はしなくていいから」

 

 明らかに慌てているティグルと、それをやや楽しげに見ているアンヘル。

 話しの内容を理解したカイムは、少し考えて首肯する。

 この世の終わりの様な表情をして、カイムを見るティグルと、自身の提案が通り、満足げなアンヘルが印象的だった。

 

「そ、そんな、どうして……」

 

「決まりだな」

 

 アンヘルは、どれ程ボロボロに痛めつけるか、といった風情でティグルを困らせ。

 ティグルも自身の待遇と、訓練内容を必死で確認する。

 

 終いには、あまりの五月蝿さにティッタも起き出して。

 

 話しの内容を煮詰める二人と、寝惚け眼でティグルを説教するティッタに、カイムは静かに目を閉じ眠りに入る。

 

 

 

 この日常を守りたいなどと感じた、自身の思いに必死に蓋をしながら。

 

 




という訳で、二人はディナント平原の会戦には参加しません。

まだ焦らします。

みんなすまない。カイム達が暴れるザイアン戦まで待ってて。たぶんそんなに掛からないから。

次は短めです。


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第十話 ティグルの日々

前話でも書きましたが短いです。







 ティグルの日常は、最近少し騒がしく変化していた。

 と言っても戦雲が近いブリューヌでは、当たり前の変化だと誰もが判断するだろうが。

 

 

 

 

 

 

 変化したと一言で言っても、ティグル自身の朝はあまり変わらず、いつも通り侍女であり妹分でもあるティッタの不断の努力から始まる。

 

 

「ティグル様。 朝ですよ、起きていらっしゃいますか」

 

 まずはティグルの寝室の前のドアを叩いて。

 

「ティグル様! もう朝ですよ! いい加減に起きてください!」

 

 次に部屋に入り、ティグルの傍まで近寄り。

 

「ティグル様! もういい加減に起きてください! カイムさんも待ってるんですよ!」

 

 さらにティグルの肩を揺すり、敢えて客分であり、同居人でもある男性の名前を出して焦燥感を煽るが。

 

「……あともう少し……、もう少しだけ……」

 

 と呟き起きない。そんなティグルに業を煮やしたのかティッタは。

 

「もう! ティグル様! いい加減にしてください!」

 

 肩をひっ掴み、無理やり上半身を起こしてそのまま左右に振る。

 ぐわんぐわんと首が左右に揺すられ、漸くティグルの頭が起き出す。

 

 ティグルは欠伸をしながら、ティッタと朝の挨拶を交わす。

 

「ふぁ~。……おはよう、ティッタ」

 

 そこでティッタは、漸く手を離す。

 もしティグルがこのまま起きなければ、もう一度今のをやったのだろう。

 

「はい。おはようございます、ティグル様。

 

朝食の用意が出来ていますよ。

 

今日はお昼から、各村の村長様や商会の方を招いて、糧食や兵士さんの手配についてお話しするんじゃなかったですか?」

 

 ティッタは、今日の予定をティグルに確認しながら、ティグルに水が入った桶を渡す。

 ティグルは忘れてはいなかったのだろう、ぼんやりしていた顔を急に真面目ぶった表情に変え、ティッタの発言を制する。

 

「ティッタ、会合は昼からだ。まだ時間はある。

 

と言うわけでもう一眠り……」

 

「もう! ティグル様!」

 

 ティッタの怒号が屋敷に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう! 会合自体は昼からですけど、商会の方や村長様達は、もうセレスタに来ているんですからね!

 

ティグル様が歓待しなくて誰がするんですか!?」

 

 家宝の弓に、先祖代々への礼を欠かさずやり終えたティグルは、階段を降りながらそう発言するティッタに、何も言い返せず無言で一階に降りる。

 

 確かに、その日の内に町に入りそのまま会合、では忙しなさ過ぎる。

 当然、各々昨日の内に町に入り、宿をとって今日の会合に臨んでいる。

 

 領主であるティグルに失礼があってはいけないと思い、時間より早く来る者がいてもおかしくはない。

 

 ティッタの至極御最もな発言に、ティグルはぐぅの音も出なかった。

 

「お待たせしました、カイムさん。

ティグル様がやっと起きてくれました。

朝食を食べましょう」

 

「……」

 

 ティッタの言葉に、微かに首肯するカイム。

 ティグルとティッタの毎朝のやり取りに、もはや完全に慣れていた。

 

 

 そして朝食が終わり、ティグルは書斎で必要な書類を纏め、誤字が無いかを確認する。

 

 一頻り確認し終わり、来客用の服に着替えて一刻半(三時間)程が経過した頃。

 

 村の村長の一人が屋敷に到着した。

 

「領主様、ご無沙汰しております。

今日はどうぞよろしくお願いします」

 

「ああ、早いな。

今日は来てくれてありがとう。

よろしくお願いするのは、こちらこそだ。

今日は無理を聞いてもらうんだからな」

 

 

 

 そして全員集まった食堂で昼食を振る舞いながら、各々出せる兵や糧食を試算し、その日の内に決着を見せる。

 

 疲れてクタクタになったティグルは、着替えもせず寝床に横になった。

 明日ティッタに散々怒られるんだろうなあ、という考えが頭をよぎるがもう微睡み、日々戦への気配が近付く日常を思いながら、意識を手放すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数週間経った昼下がり、ティグルはカイムやバートランが、練兵する丘に足を運んでいた。

 

 この数週間で変わったことを思い、憂鬱な体現するかのように、その足取りは重い。

 

 

 

 セレスタの町からほど遠くない丘の上で、兵士百十人程が調練していた。

 

 集まった人々の表情は様々だ。

 

 ある青年は、カイムの武技に見惚れ。

 また、ある近隣の村の老人は槍の腕前が上達したバートランに悔しそうに詰め寄り。

 また、ある農夫はカイムの槍捌きに心を奪われ。

 また、ある老兵はバートランの指揮に忠実に従い。

 また、ある新兵はカイムに弟子入りしたい、と剣を片手に師事を請う。

 

 

 戦の匂いが漂ってきそうだった。

 

 

 

「よろしくお願いします! ハアァ!」

 

 また若い青年が、カイムに向かって声を張り上げながら槍を繰り出すのを見て、この数週間で変わった、自身を含む周りの変化に溜め息を洩らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 集まった百十人の内、百人が戦に赴き、残りの十人が程が領地の守備に当たる。

 

 カイムとアンヘルには領地の守備だけをお願いしていた。

 カイムが戦場に行けば、当然アンヘルが付いてくるし、それはあまりにも悪目立ちが過ぎる。

 なにより、ティグルが望まなかった。

 

 正式な領民ではないし、最初に会ったときアンヘルが「静かに暮らしたい」と言ったのを覚えていたからだ。

 

 しかしカイムは、見知ったバートラン達が、戦場に赴こうとするのに何かを感じたのか、調練にも参加した。

 

 アンヘルはそんなカイムに、若干驚いたようだが特に何も言わず、黙ってカイムを見守りお願いを聞いてくれた。

 

 ティグルも二人に感謝し、ティッタやセレスタをよろしく頼む旨を伝え、問題はないかのように思われたのだが。

 

 

 

 問題があるのは、ティッタだった。

 

 ティッタは、カイムとアンヘルも共に戦場に行くと思っていたが、二人はセレスタに残るという。

 それを知ったティッタは、当然三人に詰め寄りなんで、どうしてという詰問を抑えられなかった。

 最後には納得してくれたが、カイムとアンヘルを見る眼は厳しい。

 

 あんなに強いのにどうして? と、眼が語っていた。

 

 

 それ以来、屋敷の空気は結構重苦しい。

 ティッタはカイムを責める様な、何処か咎める様な視線で見るし、カイムはその視線を気にしていない。

 というよりは、歯牙にも掛けていないと言った風情だ。

 その態度を感じたティッタが、また視線を険しくする、という悪循環に陥っていた。

 

 自分が戦争から戻れば元に戻るだろうと、楽観的な思考をしていたが、その思考は正しいと思っている。

 

 ティッタは、ティグルが心配で仕方ないようだった。

 戦争の話題を出すと事ある毎に、ティグルの身体を気遣い無事に帰って来てください、武勲何て要りませんからと繰り返す。

 

 

 

 ティッタの献身に感謝しつつも、これ以上ティッタと二人の関係が悪化しませんように、とブリューヌで信仰されている十の神々の内、九柱に祈る。

 

 そんなことを祈られる神も迷惑だろうが、それでも祈り終えたティグルは、改めて丘の兵士達の方を見遣る。

 

 

 

 先程の青年は、とっくにカイムに気絶され、仲間に介抱されながら伸びており、新しい者が今弾き飛ばされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 何とか彼らの命を守り、生きて連れて帰らねばと、思い立ちティグルも訓練に加わる。

 

 

 そうしてティグルの番がやって来た。

 

 

 弓以外はからっきしなのだが、戦場ではそうも言ってられないだろう、と言うアンヘルの言に、自身の剣の腕を雀の涙程でも上げるべくカイムに挑みかかる。

 

 

 

 そして、カイムが大幅に手加減した様子見である剣の一閃を、一合と持たせられず武器ごと吹っ飛ばされ、ティグルの意識は刈り取られた。

 

 

 

 そしてその日、ティグルは何度か武器を変えカイムに挑みかかるも、弓以外ではそもそも勝負にすらならなかった。

 

 

 槍を繰り出せば、若干腰の曲がった老人にも三合と持たず。

 

 斧を振るえば、ふらつきその隙を老齢といっていい老人に簡単に突かれ、一合も武器を打ち合えない。

 

 殴打武器に至っては、簡単にその軌道を読まれ、素手でティグルと同じ年頃の少年に惨敗を喫した。

 

 

 生きて彼らを連れ帰ると皆を心配するどころか、皆に自分の命を守る事すらできないんじゃないかと、心配される始末だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、ティグルは「カールレオンの王子に揮えぬ武器無し」とまで称された天才カイムをして、「弓以外の武器を持てば、この領民達にも迷惑がかかる」と無表情に伝えられ、自身のあんまりな惨状に匙を投げられた。

 

 しかしティグルは、カイムを拝み倒して剣の基本的な型だけでも教わり、後の二週間でぼろぼろになりながらも、何とか一般兵の水準程度まで上達する。

 ──意外にもカイムが、懇切丁寧にティグルに教えたのが一番の要因だが──

 

 だが、カイムは納得していないのか、それを使う様な状況に陥らぬよう充分留意すべしという、有難い訓示をティグルに授け、とうとう出立の日を迎えた。






やっと次から原作軸!

長かった。

切りがいいのでちょっと書き貯めします。少々お待ちを。

そんなに長く待たせません。長くても一週間ぐらいかな。

そして明日はアニメの二話。しっかり観ないと。


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第十一話

ストックは予定の半分までしか進んでおりません。かなり余裕こいてました申し訳ない。
原作軸ということで台詞が丸被りしないように結構気を使いますし、まして戦記ものなので主人公である二人が絡まない場面は多く、そこでも丸被りしないように気を使ってあまり進みません。


投稿しながら書き溜めますが途絶えてしまったら申し訳ない。
取り合えず今日の12時にも投稿しますが、それ以降は一日一回更新です。








 朝の未だ日の出から間もない頃。緑の樹木も、段々と秋の色合いを帯びようとしている季節。

 ヴォルン伯爵家の屋敷の裏庭に、また一陣の剣風が草を薙いだ。

 

 脳裏によぎる仮想の敵を斬り払い、突き崩し、殴り倒し、蹴り抜き、薙ぎ払う。

 時に防ぎ、捌き、受け止め、弾き返しながら、目に見えない仮想の敵をその右目で睨み付ける。

 

 普段のカイムの鍛練風景を知る者が居れば、その表情に驚いたことだろう。

 普段の鍛練の時のカイムは、無表情に相手を睥睨し無駄な感情を悟らせず、執念を感じさせる剣気で対峙する。

 少なくともこの世界に来てからは。

 

 しかし、今のカイムは何処か迷いを帯び、焦燥感に駆られながら剣を振っている。

 息は乱れ顔は強張り、まるでその仮想の敵が自身の悩みの元凶であるかのように、剣の一太刀一太刀に確かな憤りを込めていた。

 

 ついには嘗ての世界での怨敵に斬り掛かるかの如く、剣に怒りと殺気を乗せ始めたその瞬間、不意に息を呑む様な悲鳴を聞いた。

 慌てて振り返り殺気を消すも、すでに遅く彼女は尻餅を着いていた。

 

 案の定、ティッタだった。

 

 ティッタは恐怖に身体を震わせ、怯える様な眼差しでカイムを見る。

 見られたカイムは瞳に何処かばつが悪い様な色合いを帯びるが、それもほんの一瞬の事。

 カイムはティッタに手を貸そうかと思ったが、反って逆効果になると思い至り彼女に近寄らなかった。

 カイムに出来たのは、ティッタが立ち直るまでに自身の汗を拭い、その間に彼女の感情が落ち着くのを祈るだけ。

 暫くそうしたティッタを尻目に汗を拭うカイムの祈りが功を奏したのか、彼女は佇まいを直し始め、少し恥ずかしそうにカイムに近寄り声を掛ける。

 

「し、失礼しました。朝食の用意が出来ました」

 

 それだけ告げると、ティッタはそそくさともと来た道を戻り始めその場を去った。

 カイムは何時もより朝食の準備が早いなと思い空を見上げると、日は完全に上がっていて、寧ろ何時もより若干遅いくらいだった。

 今日は何時もより早く始めたとはいえ、随分熱中していた様だと自嘲も露に顔に薄い笑みが浮かぶ。

 自分が行くわけでもない戦争に何を昂るのかと、自嘲の笑みが濃くなるが頭を振って意識を切り替える。

 

 一瞬俯いた顔を上げ、歩み始めたカイムにはいつも通りの無表情があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ティグルは自身の寝台から跳ね起きた。

 この感覚には覚えがある。

 一番最近では忘れもしない、アンヘルとカイムに出会った日だ。暫く感じていなかった物騒な気配に、反射的に上半身を起こして自身の部屋を見渡す。

 

 しかし幾ら経っても異常がない事を確認すると、溜め息を吐いて再度仰向けに寝転がった。

 窓から覗く空の光が朝を告げているのを見てティグルは思わず呟いた。

 

「もう、朝か」

 

 ティグルは何時もより早く目覚めたようだ。狩りの日以外に、ティッタの手を借りずにこんな早く起きるのは随分久しぶりだった。知らず緊張していたのかなとも思うが、先程の感覚を思い出し否定する。

 

 あれは気のせいではなかった。まるで二年前の初陣の時、敵に殺意を浴びせられたかのような冷たい感覚。気のせいと片付けるには冷たすぎた。

 

「……カイムさんかな」

 

 原因に心当たりはあるが、確かなことは言えない。他に思い当たるのは何かあっただろうかと、つらつらと考えながら名残惜しげに寝台を這い出る。

 寝台から完全に出て寝衣を着替えると、気分をサッパリさせるために水を求めて自身の部屋から出た。

 扉を閉めたと同時に廊下から水桶を持ったティッタの姿が覗く。ティッタは驚きを露にしてティグルを見つめ近寄って来た。

 

「お、おはようございます、ティグル様。

 

今日は……やっぱり早いんですね」

 

 ティッタは今日という日に、やはり思うところがあるのかいつもより不安げな、悲しげな表情を見せる。

 ティグルは心配はいらないと言う様に、努めて明るく振る舞いティッタと朝の挨拶を交わした。

 

「ああ、おはよう、ティッタ。

今日は大事な日だからな。流石に寝坊はしないさ」

 

 本当は嫌な感覚で飛び起きたのだが当然口には出さない、余計に不安にさせるだけだ。

 ティグルの明るい口調に、ティッタも少しは安心したのか表情を緩め、二人で一旦ティグルの部屋に戻ると、今度はティグルの身嗜みについて言及し始める。

 

「さあティグル様、お水で顔を洗ってくださいな。

 

それから、襟が曲がっていますし、寝癖も付いていますよ」

 

 と、甲斐甲斐しくティグルの世話を焼き始めるティッタに、ティグルは顔を洗った後は身を任せるままだ。

 

 

 そうしてティグルの身嗜みが整うと、ティッタはまた不安げな表情に戻りそして意を決したようにティグルに話し掛ける。

 

「……ティグル様、あのっ!」

 

「うん?」

 

「やっぱりカイムさんとアンヘルさんにお願いして、付いてきて貰いませんか?

 

そうすればきっと……」

 

「ティッタ」

 

 ティグルは徐々に尻窄みになっていくティッタの話を、静かに遮った。

 

 この妹分は、時々分かりきった事を言ってティグルを困らせる事があるが、今のは見過ごせない。

 

 二人は正式な領民ではないのだ。戦いを強制することなど出来ないし、彼らも望んでいない。

 たとえ領民だったとしても彼らの意を汲み、出きる限り出兵の人選からは外すだろう。

 今回の人選は半分以上は志願者だが、残りの半分は二人の様に争いを好まず簡単に進まなかったし、それが普通だとティグルは思っている。

 そんな争いを好まない二人に、ティグルはティッタとこのセレスタを守ってくれと恥知らずにも頼み込んだ。本来なら一蹴されてもティグルは文句は言えない頼みだ。

 

 しかし、彼らは頼みを聞きティグルがいない間守ってくれると約束してくれた。

 そればかりか、生き残る可能性を上げるために領民に手解きもしてくれた。ティグルもカイムに大変世話になった。

 それだけでも感謝すべき事なのに、その原因である戦争に参加して欲しい等とどうして言えようか。

 

 ティグルは数週間前と同じく懇切丁寧にティッタに説き始めた。

 ティッタも分かっていることなのか黙って聞いているが、その表情に浮かぶ不安は拭えない。

 理解は出来ているのだろう、しかし感情では納得出来ず安心はできない。

 

 ティグルも彼女の不安は理解は出来るが、自分は考えを変える積もりもないしカイムとアンヘルも変えないだろう。

 

 ティッタの不安を解消する方法は只一つ、自分が戦から無事に帰ることだが、当たり前だが戦である以上死ぬ可能性もある。

 無論、五体満足で帰るつもりだが絶対に負傷しないとは言い切れないし、そんなことはティッタとて分かっているから、こんなに不安がっているのだ。

 

 ティグルが負傷して戻ったらティッタは二人を責めるだろうし、かといって怪我をしないと確約は出来ないしと、悩みながらを説き伏せるティグルにティッタが弱々しく口を開いた。

 

「……約束」

 

「だから二人に感謝を……え?」

 

「……約束、して下さいますか?

無事に帰ってくるって……そして、また四人であの森に行くって」

 

「ティッタ……」

 

 すがる様な視線と表情でティグルを見るティッタに、ティグルは思わず答えを返せなかった。

 親とはぐれた子供のように泣き出しそうな彼女の目は、何かを信じなければ安心できないのだとティグルは悟った。

 そんな約束がティッタの心の支えになるのならと、ティグルは彼女を抱きしめながら了承する。

 

「ああ、絶対無事で帰ってくる。

 

そして、またみんなで狩りに行こう」

 

「……約束、ですよ」

 

「ああ。

 

だから、ティッタも早く二人と仲直りするんだぞ?

その時まで気不味くならないようにな」

 

 ティッタはティグルの言葉に活力を取り戻したのか、ふふふと笑って今度は元気そうに答えを返した。

 

「はい、そうですね!

 

さあティグル様、食堂に行きましょう!

 

カイムさんも待っていますよ!」

 

 そう言って部屋を出ようとする彼女に、やはりティッタは元気な方が良いとティグルは改めて思う。

 

 廊下に出た彼女の背中にティグルは

声を掛ける。

 

「ああ、すぐ行くよ」

 

 相変わらず薄気味悪い家宝の弓に、代々の先祖に礼をすると、食堂に向かって駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カイムとアンヘルは眼下の集団に目を向けた。

 集団はセレスタの町を出て、友軍と合流しながら主戦場であるディナント平原に向かう予定だ。

 

 カイムも集団を教練したが満足のいく仕上がりとは程遠い、自身の求める最低ラインに引っ掛かるかどうかと言った所だ。

 

 兵と呼べるのは二十数人、それも集団としてのものであり純粋なる個の兵士と呼べるまで教練出来たのは片手で事足りる。その兵士さえ二流程度の水準だが。

 残りの大多数は農民崩れと言っていい。

 

 この世界の兵士の水準は知らないし、元の世界の騎士に勝てるまでとは言わないが、せめてもう少し鍛えてやりたかった。

 

 敵に勝つ力ではなく、戦いに生き残る力を。

 

 短い期間では、学ぶ方も苦労するが教える方も苦労する。

 故にカイムは自分でも珍しく積極的に自らの技術を集団に教えた。

 彼らが一人でも多く生き残れるように、自分の持つ技術が彼らの命を一人でも多く救えるように。

 

 その甲斐あってか多少の成果は上げられた。

 だが実戦に投入するのにはまだ早すぎる。せめて全員が集団としての兵士になるまでは戦場に出したくなかった。

 

 彼らが配置されるのは後方だという話だが、そんなもの何の気休めにもならないとカイムは身をもって知っている。

 元の世界の敵はそういう油断を突いてきたし、カイム自身もまた敵のそういう油断を何度も突いてきた。

 

 

 

 この百一人の集団の内、何人が生きて戻れるのだろうか。

 

 

 その考えが脳裏を過り、頭を振る。

 

 

 今、歩兵達の軍旗が翻り出立の合図が出された。

 行軍を始めた集団を、かなり離れた丘の上から俯瞰する二人は無言で見送る。

 

 不意にアンヘルがカイムに首をもたげ、興味深そうな何処か愛おしむ様な視線で問い掛ける。

 

「お主、何処か変わったか?」

 

「……」

 

「関わりのない人間を心配するなど……」

 

 カイムの変化に嬉しげで、微かな笑いを含む問い掛けにカイムは無言で通した。

 

 確かに自分らしくもない。

 自分はただ、今の二人の日常に亀裂が走るかもしれない、その事だけを心配しているのだと、少なくともカイムはそう思っている。

 

 アンヘルはカイムの考えが分かっているのかいないのか、何処か楽しげな瞳でカイムを見ている。

 

 その金色の瞳がカイムには癪に障る。

 まるで、お前自身が気付いていない事に自分は既に分かっていると言いたげなその瞳が。

 

 カイムは努めてアンヘルの瞳を視界に入れないようにして集団を見る。

 集団は常人の目には人の集まり程度にしか見えないが、契約者であるカイムの目には顔まで識別出来る。

 

 ふとカイムは、自分達二人に骨を折ってくれた少年の姿を探す。

 自分達にこの日常の切っ掛けをもたらし、カイムにさんざん手を焼かせたその少年は程無く見つかった。

 片割れの鮮烈な赤とは違い、くすんだ赤色の髪の少年は馬上にて欠伸をしていた。

 

 思わず呆れるが、それ以外の佇まいは兵の手前もあり堂々としている。

 マントは上等だが革尽くしの装備には一集団の指揮官として、カイムが見てもどうかと思うが。

 武器は弓に矢筒、そして左腰に小剣を佩いている。

 弓はいい、カイムでさえ及ばない域に居る。問題は剣だ。

 あれだけ鍛練に付き合ってもそれほど進歩せず、しかしやる気だけはあったのかカイムも思わず熱が入ってしまった。

 だがそれだけ手を焼いても一般兵士程度、それも三流並みの向上しかしなかったので、戦場では使わない様注意したが弓だけで何処まで持つか。

 

 次いで、従者の老人や鍛練を施した者達を順に見る。

 今はどの顔も緩んでいて和やかだ。しかしこれらの表情が戦場に近付くにつれて、どのように変化するのか。

 

 精々生き残ってくれればと思う、その為に鍛えてやったのだから。

 

 カイムは自分でもどんな表情をしているのか分からないが、隣のアンヘルの視線を察するに、碌な表情ではないのだろうと確信した。

 

 アンヘルの視線を努めて無視し、次第に遠ざかる集団が、二人の目に完全に見えなくなるまで見送りは続いた。









次はちと長いです。感想返しは12時までにします。


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第十二話

この作品を書く切っ掛けになった他サイトの作者さんが、この作品を知っていた。

感激です!










 それからの半月間はカイムにとって、ティグルが居ない以外特段変わりなく過ぎた。

 

 朝目覚めたら、腕が錆び付かぬよう剣を振り。

 朝食をとった後は昼までアンヘルの処に。

 昼から夕方は、ティグルに頼まれたセレスタの町を警羅したり、守備兵の調練などに参加する。

 アンヘルも時折、上空から不審な影を見つけたら報告するようにしている。

 夜は屋敷に戻り、夕食を食べ身体を洗い寝る。

 

 アンヘルと過ごす時間は減った。

 カイムとアンヘルにとってはかけがえのない時間ではあるが、しかし一時の事。

 ティグルが帰ればまた同じ様な日々が戻り、そして遠くない内に二人は此処を去る。

 

 逗留予定の半年はもう過ぎようとしていたが、ティグルが戻るまでこの町を守る約束をしてしまった以上、此処を去れない。

 

 その日を待ち望むカイムだが、此処で過ごした日々は、存外悪いものではなかったと感じていた。

 

 アルサスという此の領地は、争いとは無縁で物が溢れかえると言うよりは寒々しい懐具合だが、田舎故に人は純朴でありカイムとアンヘルを受け容れてくれた。

 

 この先この国で、二人を受け容れてくれる土地が見付かる可能性は低い。どころかほぼ無いだろう。

 

 隣国のジスタートやアスヴァールなら竜を奉じている為可能性はあるが、人付き合いが煩わしい二人にとってそこで一から環境を作るのは億劫だ。

 何しろカイムは喋れないため、会話はほぼアンヘル任せになるだろう。

 

 アンヘルと契約した事を微塵も後悔はしていないが、こういう時は不便だとカイムは感じる。

 

 契約で得たものは多いが、失ったものも多い。

 

 そんなことを自室で考え込んでいると、屋敷の玄関の扉が開く音がした。

 契約者の身体機能で漸く捉えられる程の微かな音だ。

 

 音の発声原因は、ティッタだった。

 

 ティッタは毎夜、神殿にティグルの無事を祈りに行っている。

 

 気持ちは理解できなくはない。

 しかし、町中とはとは言え夜道は危険だからあまり出歩かないで欲しいのだが、ティッタ自身の不安も和らげる意味合いがあるのかカイムは止められなかった。

 

 ただティッタを気に掛け、屋敷に帰って来るまでカイムは寝ずに待っている日々が続く。

 ティグルとの約束にはティッタの事も含まれているので、最大限彼女の意に沿う形で過ごさせるには、これくらいの肉体的負担は問題にはならない。

 

 暫くして廊下を歩く彼女の足音が続き、彼女の部屋の扉が閉まる音がすると漸くカイムは寝台に入る。

 

 しかし、肉体的には三、四日眠らなくても問題はないとしても、いい歳して子女の帰りを寝ずに待つのは精神的にはいい加減嫌になる、こんな日々があと何日か続くのかと思うとカイムの方が参ってしまいそうだ。

 若干憂鬱になるカイムは、寝台に身を横たえながらさっさと眠ろうと目を瞑る。

 

 しかし、……何か違和感があり眠れない。

 睡魔は確かにある。だがそれを上回る違和感で頭が強制的に冴え渡っているのだ。そしてこの虫の知らせの様な嫌な感覚には覚えはあるが、久しく感じていなかったせいか思い出せない。

 かなり重要な事だった筈だが一体何だっただろうかと悶々と悩み、気付いたら夜も明けようとしていた。

 

 短く嘆息を吐き、仕方なく寝台から出て剣を取り屋敷の裏庭に行く。

 一心不乱と言った風情で剣を振るもやはり思い出せない。

 あまりに集中し過ぎてティッタが朝食の声を掛けるまで、彼女の気配に気付かない程だった。

 彼女の気配程度を感じ取れなくなるのは不味いと思い、まだ続いている胸騒ぎを一旦思考の隅に追い遣り、朝食に集中する。

 結局その日は何事もなく過ぎ、自身の杞憂かと判断しようとしていた翌日の昼。

 

 

 アルサスにブリューヌ軍、ディナント平原にて敗北との報せが届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 敗戦の報せから一週間が経ったがカイムの日常に変化はない。今もこうしてティッタの帰りを待っている。

 

 ブリューヌ敗報を聞いたティッタは大きく取り乱した。

 しかし、アンヘルの助けを借りてティグルが配置されているのは後方である、ブリューヌは負けたがティグルが死んだとは限らない等、を伝えると一旦は落ち着きを取り戻した。

 しかしやはり不安なのか、その日の夜から一昨日の夜までティグルの名を呼び啜り泣く音が途絶えなかった。

 そして日中も酷いもので、料理中に指を切ったり洗濯物を取り込み忘れたりと、些細な失敗を繰り返した。

 そしてその間にも神殿には欠かさず行き、祈る時間が日毎に増えていく。

 

 昨日、どうにか表面上は立ち直り何時もと変わらぬ風を装っていたが、却って痛々しく見ていて気持ちの良いものではない。

 

 距離と日数から考えれば、ティグル達は今夜から明日の朝にはアルサスに着いてもおかしくはないと考えていると、不意に来客を報せる打音が屋敷に響いた。

 

 

 咄嗟に気配を探ると二つの気配が玄関の方にいる。次いでよく知る気配の一つを確認し一先ず安心する。

 

 一つは馴染み深いバートランだ。

 しかし、もう一つの気配は知らない。

 

 バートランが共にいるので必要ないとは思うが、万一の為に備えて腰に剣を佩く。

 しかし殺気が無いとはいえ、見知らぬ気配の接近を此処まで許す等、この町の空気に馴染み過ぎたかと自省しながら玄関に向かう。

 ティグルの存在が無いことがカイムの脳裏を過るが、先ずは出迎えだと思い直し扉を開ける。

 

 そして驚かれた。

 

「お、おぬしは……」

 

 扉の前の老人は大変驚いた様でカイムを見て瞠目する。

 老人は灰色の髪と同じ色の立派な髭を生やし、派手ではないが品のある服を纏っているが、どちらも泥や土埃、汗の汚れが隠せない。

 続いてバートランも見遣るが、彼も同じ様な状態で二人とも顔に疲れが出ている。

 

 カイムは初対面の老人と馴染みの従者に、挨拶と労いの意味で微かに目礼すると先ずバートランが動き出す。

 

「マスハス卿、こいつは先日の話にも出てきたカイムです。

 

おう、カイム今戻ったぞ。

こちらの方はマスハス卿だ、前にも話したことがあるかもしれんがウルス様のご友人で、若の後見人代わりを務めてくださっとる」

 

 カイムは再度目礼するとマスハスやっと動きだしカイムに挨拶をする。

 

「いや、失礼した。カイム殿。噂はかねがね。

 

わしは此処より北西のオードという土地の領主のマスハス=ローダントじゃ。

日も暮れた時分に伺って申し訳ない。

しかし、ティグルに関係のあること故伺わせて貰ったのじゃ。

 

ティッタは今屋敷におるかのう?」

 

 マスハスは疲れきった顔に微笑を浮かべティッタの所在を問うが、カイムは首を横に振り彼女は今いないことを告げる。

 

 マスハスもバートランも不思議に思ったのか顔を見合わせ、今度はバートランが問い掛ける。

 

「カイム。もう夜だぞ?

 

ティッタは今どこに?」

 

 カイムは眉間に皺を寄せて、顔をアンヘルのいる方角に向け『声』を飛ばす。

 

 突然顔をあらぬ方向に向けたカイムを不思議そうな表情で見ているマスハスと、文字を教えた頃に見慣れているバートランは辛抱強く待つ。

 

 やや、あって三人の頭に何処か気怠げな、しかし威厳を感じさせる皺枯れた『声』が響いた。

 

 

───やれやれ、あの小娘はまた神殿に祈りに行っているようだ。そろそろカイムの苦労も知って欲しいものだが。

 

 

 初めて体験するであろう脳に直接響く声にマスハスは絶句し、バートランはアンヘルの言葉に痛ましさを湛えた表情で目を暝り、唇を噛み締める。

 カイムは一瞬バートランの表情に最悪な事態を想像するが、すべてはティッタが帰ってきてからだと思い二人を居間に通す為に扉を大きく開ける。

 マスハスは驚きから立ち直り玄関の扉を潜りながら今の『声』について質問する。

 

「カイム殿。い、今の声について聞かせて貰いたいのじゃが」

 

「マスハス卿、それについてはわしが……」

 

 喋れないカイムを気遣ったのかバートランが代わりに説明を買って出た。

 

 カイムはその間、居間の明かりを灯しティッタには少し悪いと思いながらも、厨房を使い茶を淹れる準備に取り掛かった。

 

 

 

 

 

「なるほどのう。事前に聞いてはいたが、こういうものじゃったか……」

 

 マスハスは先程の不思議な現象に納得するかの様に頻りに髭を撫でている。

 バートランの説明はどういう原理かは彼も知らないので、ただ東の竜が使う不思議な能力であると、些か簡潔過ぎる説明をした様だ。

 まあ、マスハスも実際に聞いているのでそういうものだと理解したようだが。

 

 カイムは大変遺憾ながら、剣の魔法で茶を沸かし陶杯を配り終えると、居間の壁に背を預けティッタを待ちながらアンヘルに『声』を飛ばす。

 

───小娘には『声』を飛ばした。直に来るだろう。

 

「そうか」

 

 何処か安堵した様な二人の表情は、これから話す内容が分かっているのか少々硬い。

 それから千も数えていない位に玄関の扉が勢いよく開く音がし、此処まで駆ける音が聞こえ、居間の扉が開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つ、捕まったって……どういう事ですか!?」

 

 ティッタの悲痛を帯びた声にバートランが項垂れ、マスハスは苦しそうに汗を流し、カイムは思わず天を仰いだ。

 

 思い起こせば、詳しい説明しない二人にも問題はあったが、それを言及せずさらにティグルが居ないと『声』で説明しなかったカイムにも非はあっただろう。

 アンヘルが何と『声』を飛ばしたのか知らないが、開扉と同時に「ティグル様!」と叫ぶティッタをカイムは止められなかった。

 戦と行軍で疲れている筈の彼ら二人に、この言葉はさらに堪えただろう。

 

 主君を守れず、亡き友人の息子を救えなかったこの二人には。

 

 それからティッタは非礼を詫び、マスハスとバートランは参軍した兵の状況と、彼らの俸給と手当て、埋葬の件を話す。

 しかしティグルの事を一更に話そうとしない二人に焦れて、ついに彼女はその所在を不安げな声色で問う。

 申し訳なさそうにティグルは敵に捕まったと二人は話す。

 そしてティッタの悲痛な叫びがカイムの耳に響く。

 

 

 

 

 項垂れたバートランを慮ってか、マスハスが話しを引き継ぎ説明を始める。

 カイムはその内容に嘆息した。

 

 マスハスの言に因れば、今から四十日以内にティグルを捕虜としたジスタートのライトメリッツ公国、戦姫エレオノーラ=ヴィルターリアまで身代金を届けなければならないとの事なのだが。

 

「そ、そんな大金払えません!

 

アルサスの税収三年分だなんて、何を売ったって無理です!」

 

 問題は身代金の額だった。

 一年分の蓄えしかないとティッタは悲嘆し、足りない分をどう補うか言い募る三人

に、カイムはもう一度短く嘆息して壁から背を離した。

 

 

 

 過熱する話しを邪魔しないように静かに居間を後にすると、剣を持ち自室へと向かう。

 そして、荷物を漁って目的のものを取りだし中身を確認した。

 

 続けて必要なものを数点装着し、目的の三つの包みを持って再び居間に戻る。

 重苦しい空気を放つ扉を開けると遅まきながら気付いたバートランが怒りの声をカイムに上げる。

 

「カイム、おめぇさんいったい……ど……こに?」

 

 「何処に行っていた?」と聞きたかったのだろう。しかし言い淀み戸惑うバートランに、ティッタとマスハスも振り返りながらカイムに視線を向ける。

 

 次いで二人も同じ様に戸惑った。

 

 大剣を左腰に佩き鈍く光る腕甲を両腕に、右腰には投擲用の剣と短剣を帯びて、外套を羽織っている。

 まるでこれから戦いに赴くのかの様な格好をしているカイムに戸惑うのは当然だった。

 

 しかし、カイムは三人の困惑する様な視線に一瞥すらせず、机の上に大中小三つの包みを置き、そして開く。

 

 三人の顔が驚きに彩られた。

 

「こ、こりゃ!」

 

「ほ、宝石……!」

 

「それに……こっちは砂金じゃ!」

 

 カイムの拳が二つは入る大きさの包みの中には、親指の第一間接くらいの大きさの様々な宝石がごろごろと入っている。

 小さい包みの方には、最大で小指の爪くらいの大きさの砂金がびっしりとは言わないが詰まっている。それでもティッタの両手ですっぽり収まるくらいの量だ

 残りの包みの中身はブリューヌの硬貨だ。銀貨と銅貨が多く、中には数枚金貨も入っている。

 

 シャンデリアの灯りの火がそれらを反射して輝き、幻想的な光りが覗き込む三人の顔に当たる。

 

 カイムは驚きの声を上げそれらを凝視する三人を一瞥し、アンヘルに『声』を飛ばす。

 その内容を聞いたアンヘルはやれやれと言った風情で、その場の者達にカイムの言葉を伝える。

 

 

───カイムからの伝言だ。それらを身代金の足しにしろ、自分達はこれから少し稼いでくる、だそうだ。

 

 

 全く以て世話の焼ける小僧よ、と溜め息混じりで続けるアンヘルの言葉にも、三人は反応を示さない。

 

 唖然とした面持ちの三人を尻目に、カイムは居間を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三人は暫く呆けた様に光る宝石と砂金、硬貨を見るが、慌ててカイムの姿を探し後を追う。

 

 カイムは自室には居らず、玄関から出て門へ向かおうとしているのだろう、石畳の中央を歩いていた。

 息急き切って追ってきた三人の声がカイムの背に掛かる。

 

「カ、カイム! ちょっと待て! あれはどうしたってぇんだぁ!」

 

「カイム殿! ぁ、あの宝石はどういう事じゃ!」

 

「カ、カイムさん! 待って下さぃ」

 

 ぜぇぜぇと息を荒げながらカイムに言い詰まる三人に、カイムはいかにも面倒臭げな表情で振り返る。

 三人が追い付くとカイムの何だと問いたげな視線が突き刺さり、三人の心に思わずイラっとした思いが走るが、先ずは呼吸を整える事に集中する。

 

 

 

 

 

 

 各々、屈んで手を膝に衝いたり胸に手を当てたりと体が上下している。

 ゆっくり数えて十ほど経ち、漸く落ち着いてきた三人を見計らってか、アンヘルから『声』が掛かる。

 

───何だ?

 

 三人の心に確かな苛立ちが芽生え、代表してティッタが詰問する。

 

「何だ、じゃありません!

 

あの宝石はどういう事ですか!?

 

一体いつの間にあんなものを!?」

 

 がなり立てるティッタの言葉の内容には二人も賛成だが、子女としての言動には賛成しかねるので、諌めるマスハスの声がティッタを止める。

 

「落ち着くんじゃ、ティッタ。

そうも詰め寄られては答えられまい。

 

カイム殿、あれらの出所やら本当に良いのかを聞きたいのじゃが……?」

 

 マスハスはティッタの肩に手を置き制しながらカイムを見る。

 三人の視線を浴びたカイムは本日何度目の嘆息か、短く息を吐くと自身の言葉をアンヘルに伝える。

 三人の間に緊迫した空気が流れ、辛抱強く待つこと三呼吸分。アンヘルの皺枯れた声が脳内に響いた。

 

 

───然るべき所へ持っていけば問題はないそうだ。

───元々カイムが持っていた路銀に加え、返り討ちにした賊共が持っていたものだと言っておる。

───決して盗んだり強盗紛いな真似はしていないともな。

 

 三人の間の空気が僅かに弛緩した。

 

 盗品である品物もあるだろうが、持ち主に返す際に謝礼として何割か貰える可能性もあるし、闇市などに出品する商人を仲介して現金化できる可能性もあるとマスハスは考える。

 幸いにも自身は顔が広い。これらの取り引き相手には困らない。

 非常時には、あまり好ましくないが値を釣り上げる事もマスハスは視野に入れる。

 

 しかし、今度は緊張の色を隠さないバートランがカイムに詰め寄る。

 バートランはカイムがどうやって稼ぐのか気になり疑問をそのままぶつける。

 

「カイムおめぇさん、どうやって稼ぐ気だ?

 

まさかとは思うが……」

 

 人を襲うのかと、若干心配した風なバートランの視線も何のその、カイムは自分達の予定と目的を教える。

 

───無論、賊狩りだが? 何だ老僕、何か言いたい事でもあるのか?

 

「いや……、しかしなぁ……」

 

 答えに詰まるバートラン。

 やはりと言うべきか、それしか考えられなかった。カイムの強さは、バートランも身をもって知っている。

 戦が終わった以上雇い入れた傭兵も賊の真似事をしていてもおかしくはない。それを狙っているのだろう。

 しかしいくら強いとは言えたった一人で賊達に挑むなんてと、バートランは心配の色を隠せない。

 

 だが、そんな問いはどうでもいいと言いたげなティッタが、バートランと並んでいたその足を一歩踏み出し、前に出てカイムの真意を問う。

 

「カイムさん。

あなたは、なんでここまでしてくれるんですか?

 

あなたにはここまでする理由はないのに……」

 

 

 有り難い申し出だ。これによってティグルが戻ってくる可能性もかなり上がるだろう。

 しかし、カイムがここまでする理由が分からない。

 この事が後に負い目となり、自分達が不利な関係となるようなら申し出を拒まなければならない。

 ティグルの留守を預かるティッタとしては引けない問題だ。

 ティッタは覚悟を籠めてカイムをじっと見る。

 見られたカイムは変わらぬ無表情だがティッタを注視している。

 マスハスもバートランもカイムの返答が気になり自然無言になる。

 黙りこんだ一同が返答を待っていると、不意にカイムの視線が逸れ、アンヘルの皺枯れた声が三人に響く。

 

 

───そうまで気にせずともよいわ。

───単なるカイム自身の気紛れだ。この件に関して後にお主らに無理を強いる心算はない。

───その事は我が保証しよう。

 

「そ、そうですか。……すいませんカイムさん。

折角の厚意を疑ってしまって。

 

本当に申し訳ありません」

 

 

 アンヘルの言葉にティッタは安心すると同時に己を責めた。そして、折角の厚意に水をさす質問と自身の下種な勘繰りに恥じた。

 ティッタにとってティグルの命に変えられるものなどない。それをカイムは私財をなげうってまで、彼の命を救おうとしてくれているのに、その厚意を疑うなど何事か。

 マスハスは恥じ入るティッタを庇うかのように、カイムに謝罪する。

 

「申し訳ない、カイム殿。

ティッタはただ、ティグルの立場を慮っただけなのじゃ。

この事でティグルが、延いては領民が辛い立場に追いやられるかもしれぬと。

 

どうか赦して欲しい」

 

 カイムは気にしていない風に手で制すると、三人の間にほっとした空気が流れる。

 

 

 そしてそんな空気の中、ティッタが真剣な表情で三人に宣言する。

 

「あ、あたし、町や村をまわって足りない分のお金を借りてきます!」

 

 ティッタの声は上ずっていたが、言葉には覚悟が宿っていた。

 

「ティグル様は領主になって二年目です。

けど、このアルサスを立派に治めてきたってわかってくれる人や、力を貸してくれる人はいるはずです。

 

その人達からお金を借りてきます!」

 

 

 ティッタの言葉にマスハスとバートランも決意を新たに今後の事を告げる。

 

「ああ、そうじゃな。

よし! ティッタとバートランにはそれを頼もう!

わしは知り合いの商人や好事家、身代金を出してくれそうなものに当たってみる!

 

よいか?」

 

「お任せ下さい、マスハス卿!

カイム達が頑張ってるってぇのにわしらが動かなきゃ、若が戻ってきた時に顔向けできねぇ!」

 

 方針を決める三人の瞳には希望の光りが灯り始める。

 

 

 

 

 そして、

 

 

 

 

───話しは終わったか?

 

 

 そんな希望の火種を煽るかの如く、声と共に上空から飛来した赤い轟風。

 

 

「な、何じゃ!」

 

「こりゃ!」

 

「っアンヘルさん!」

 

 

 三人は思わず砂塵や木葉から目を庇い、髪を押さえる。

 

「こ、これが竜……!」

 

 マスハスは初めて見るその巨躯に目を奪われる。

 なんと大きく、荘厳か。

 威風堂々たる佇まいに思わず感嘆し瞠目する。

 

 そして、その赤い翼が翻る度にたじろぐ三人を一瞥し、カイムは只人では敵わない跳躍を見せた。

 

『な、!』

 

 カイムは助走も無しに膝を屈めて跳んだだけで、十アルシン(約十メートル)も跳躍しアンヘルの背に降り立つ。

 カイムの人外の身体能力に驚愕する三人にアンヘルは告げる。

 

「我らは十日に一度戻ってくる。

その時に事の進捗を聞かせよ」

 

 ではな、と続けてそのまま遥か上空に舞い上がるアンヘルとカイム。

 茫然とする三人は、黒い夜空の遥か彼方に飛び去っていく鮮烈な赤を見送る事しか出来なかった。

 

 まるで嵐の様に去って行った二人に、マスハスとティッタ、バートランは顔を見合わせる。

 

 三人は見るも無惨な有り様だった。

 マスハスは疲労していても、綺麗に撫で付けていた灰色の髪と髭は乱れ。

 ティッタの栗色のツインテールはボサボサになり、侍女服の白い前掛けに土埃が目立っている。

 バートランに至っては服の裾が捲れ上がり、少ない頭髪には木葉が刺さっている。

 

 あんまりな惨状に三人は同時に吹き出し、笑い声を上げた。

 

 大丈夫、まだ笑える。と希望を胸に。

 

 その笑い声に呼応するかのように、遠い夜空でアンヘルの咆哮が木霊した。





次回から一日一回です。そして、次の次が問題です。


もしかしたら更新が途切れるかも……。


追記、少し駆け足気味なので加筆するかもしれません。


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第十三話

後半ちょっとグロありです。









「私はお前がほしい」

 

 エレンは言い終わってから一瞬、自身の言葉に頬を赤くした。

 傍目から見ると、まるで男を寝所に誘う遊女の様な言葉だと、自分で言っていて気付いたからだ。

 

 しかし、自身の様子を相手に気付かれた様子はない。前髪を掻き回し自身の誘いに悩んでいる。

 知らず安堵するエレンだが、次いで出てくるであろう返答に注目する。

 

 そんなに待っていないだろう、二呼吸分位の間に自身の捕虜である男は口を開いた。

 

「断る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 エレンは十数日前、ディナント平原でブリューヌ軍に勝利した際、一人の敵兵を捕らえ捕虜とした。

 

 名をティグルヴルムド=ヴォルン。

 

 エレンはこの名前に何処か引っ掛かりを覚えるのだが、未だに思い出せないでいる。副官であるリムも同様だそうだ。

 まあ、忘れてしまう程の事なら大したことはないだろうと、ティグルを捕虜とした後二人で結論を出したが。

 

 そして、この捕虜───ティグルは凄まじい弓の技量の持ち主だった。

 

 戦が終わった掃討戦の最中に、エレンを討ち取ろうと三百アルシン(約三百メートル)も先から射掛けてきた。

 エレンは自軍の敗戦にも関わらず、確実に自分を仕留めようとする気概を気に入り、彼を捕虜とし自身が治めるライトメリッツ公国に連れ帰った。

 

 それからジスタート国王ヴィクトールへ、戦勝の報告を済ませ自身の公宮に戻って来たのが一昨日。

 

 そして昨日は、ティグルに自身の処遇を伝え、弓の腕前を披露させた。

 ティグルの処遇は、期日内にエレンのもとに身代金が届けられない場合、彼の身柄がエレンのものとなる事。

 弓の腕前の披露に関しては弓で三百アルシン(約三百メートル)先の的を射抜かせる積もりだったのだが、披露する際にエレンを狙う暗殺者の足を狙い射止めたことで良しとした。

 

 さらに翌日経った昼前の今、エレンはティグルを自身の執務室に呼び出し、エレンの前に立たせ話を聞かせている。

 

「楽しませた? 俺が?」

 

「ああ、お前がだ」

 

 始めは、弓の腕前を披露する際の粗末な弓を渡した件の謝罪から始まり、彼女がティグルの弓の技量に惚れたやら、そもそも何故披露させるに至ったかを説明した。

 そしてそれに関連して、ティグルを捕虜としたのは自分を楽しませたからだと語る。

 それから敵軍の呆気なさとブリューヌの王子の戦死を告げる。

 

 そして今、

 

 

 

 

 

 

「私に仕えないか」

 

 話の本題に移りティグルに厚遇を約束し自身に仕えるよう提案するが……。

 

「断る」

 

 ティグルはエレンの誘いをはっきりと拒絶する。

 

「有り難い話しだとは思う。事実、今でも嬉しい。

こんな誘い、これからの一生でもう二度とないだろうと確信できるよ」

 

 エレンの裡に落胆の色はある。それは確かだ。

 しかし手に入れば役に立つ程度で、それ以上のものではない。

 

 

「では何故私の誘いを拒むのだ?」

 

 ただ、そこまで判っていて何故自分の誘いを断るのか、その理由が知りたかった。

 

「俺は戻りたい、守りたい場所がある」

 

 ティグルは決意を感じさせる声音でエレンに続ける。

 

 そして続いて出てきた言葉にエレンは瞠目した。

 

「アルサス。亡き父から受け継いだ俺の領地だ。

中央から離れた田舎で、こことは比べるまでもなく貧しい領地だが、俺はそこを守りたい。放り出す気も毛頭ない。

 

だから、その誘いを受ける事はできない」

 

 

 すまないなと、続けるティグルの言葉が殆ど頭に入ってこない。

 エレンは話しの中に自身の琴線に引っ掛かる単語を聞いた。

 唖然とするエレンは自身の記憶を思い起こすかのようにその単語を呟く。

 

「アルサス……だと?」

 

 エレンはその領地の名に聞き覚えがあった。リムもエレンの呟きを聞き思い出したのだろう顔色を変えて、エレンをそしてティグルを見る。

 確か自身と同じ戦姫、ソフィーからの情報ではその地に喋る竜が居るとの話だが……。

 

 いや、しかし先ずは事実の確認だとエレンは思い直す。

 

 竜が居ること事態が眉唾物だし、ソフィーが似た名前の違う領地を誤って自分達に伝えてしまった場合もある。

 勿論、自分達も短い期間なりに調べたが、ブリューヌ軍に竜が居ないと確認した時にアルサスの名は二人の記憶の隅に追いやられ、今の今まで忘れ去られていた。

 ティグルの名はその時調べた資料に載っていたと二人は思い返した。

 

 エレンは胸のつかえが取れた気分だったが、仮に竜が居た場合テナルディエ───ブリューヌで竜を調教している者と関係している可能性もあり、現状まだ予断は許されない。

 気を引き締め先ずは地理的なものをティグルに確認する。

 

「……その地は我が国と国境を接しているか?」

 

「……? 山を一つ隔ててはいるが……?」

 

 前に立つエレンと、自身の後ろで警戒していたリムの纏う空気が変わったのが分かったのだろう、ティグルは困惑した口調で答えた。

 

 ここまではソフィーの情報通り、エレンは更に確認する。

 

「その地に喋る竜が居ると噂で耳にしたが……本当か?」

 

「ああ! アンヘルさんの事か! 確かにアルサスに居るよ。

 

……いや、

 

居る筈だ」

 

 どうやら、ティグルはその喋る竜を知っているらしく、竜の名前らしきものを口にした。

 しかし、ティグルの口調は何処か遺憾混じりで、はっきりと竜の所在を明言しない。不審に思ったエレンは、

 

「居る筈、とはどういう意味だ? お前の領地の事だろう?

名前まで知っている位なのだから、その居場所だって判っているだろう?」

 

 当然ティグルの発言に対し言及するが、ティグルは俯き慚愧の念に堪えぬと言った風情で首を横に振る。

 

「確かに、二人には俺がいない間俺の領地のセレスタの町を頼んだが、俺が捕虜となってからはどうしているか判らない。

 

俺が戻るまで町を守ってくれているか、俺が戻れないと知ってもう旅立ったか。

 

逗留予定の半年はもう過ぎる頃だしなあ」

 

 

 そんな事を頼んだ自身を責める気持ちか、そんな状況に追いやってしまった二人への申し訳なさか。多分その両方だろう。

 二つの気持ちが入り交じった表情をしながらエレンに語る。

 

 エレンはティグルの表情を努めて気にせず、彼の言葉を反芻する。

 関係ないのか?……いや、しかし……それにしても……二人?

 

 エレンは情報が足りずに考えが纏まらず、さらに詳しい情報を引き出すべく彼と竜との関係を質問する。

 

「……頼み事をするくらい仲が良かったのか?

 

というか、二人とはなんだ?

 

どういう経緯で知り合ったんだ?」

 

 ティグルはどう答えたものかという風に少し考え込み、やがて口を開き始めた。

 

「二人っていうのは喋る竜のアンヘルさんと、その竜と一緒にいる喋れない人間のカイムさんだ。

 

俺と二人の仲は……どうなんだろうな?

悪くない事だけは確かだが。

邪険に扱ったり、話しも聞いてくれない何て事はないしな。

 

二人と出合ったのは半年程前で……」

 

 

 ティグルが語る話の内容はエレンに取って俄には信じ難いものだった。

 リムを見ると彼女も如何にも胡散臭いと言うような表情で聞いている。

 常人なら、寝言は寝てほざけと一喝する様な類いの話しだった。

 

 百歩譲ってその二人の素性はいい。

 普通の竜の二倍以上の体躯や、自分達ジスタートに気付かれずヴォージュの山々を越えたのも良しとしよう。

 だが、

 

「よくそんな目的で領民が納得するな。

 

普通騒ぎ立てそうなものだが」

 

 それもあくまで個人単位の話。

 

 その二人は安住の地を探して旅をしているようだが、どこまで本当か疑わしい。

 他国の細作といった方がまだ信じられる。

 

 そして、集団心理というのは難しいのだ。そこに危険があるかもしれないと言うだけで、不必要に不安や不満を露にし騒ぎ立てる。

 ライトメリッツ公国の主として、そういう案件に幾度も悩まされてきたエレンには、そのアルサスという土地の住民が摩訶不思議なるものに思えて仕方なかった。

 

 ティグルは、自身の話しに疑わしい視線や言葉を隠そうともしない二人に反駁して、

 

「ちゃんと町の主だった者には、事前に説明の場を設けたぞ。

二人が問題を起こした場合、俺が補償や補填をすることを触れで領内に出した」

 

 と憮然した口調と態度で応じる。

 

 

 

 そんなティグルの様子にエレンは依然として納得しないが、フムと一つ頷く。

 そう仮定しなければ話し自体が進まないと判断して、自身の中で折り合いを付ける。

 そしてそれを念頭に置いた時、彼の話しに幾つか気になった点があり質問する。

 

「……その、カイム? とかいう男は、竜を調教できるのか?」

 

しかし、

 

 

 

 

 

 

「…………は?」

 

 お前何を言ってるんだ? と口を呆然と開き、気でも違えたかという様な視線でエレンを見てきた。

 しかしそれも一瞬の事で直ぐ様リムの殺気を浴びて慌てて佇まいを直し、エレンの質問にはあり得ない問いを聞いた風に答える。

 

「た、多分できないと思うぞ。

 

というか、調教するしないの問題じゃないと思うから」

 

 ティグルは答える途中その光景を思い浮かべたのか、青ざめた表情で断言した。

 

 突然青ざめたティグルに訝しい表情をするエレンとリムだが、まだ質問があり思ったより時間が経っているためその場で言及はしなかった。

 

「フム? まあその二人については後日、時間を設けよう。

 

最後に、ブリューヌのテナルディエ公爵の元に、竜を調教できる者が居ると聞いたがお前は何か知っているか?」

 

「? いや、そんな話し初めて耳にするな」

 

 僅かに殺気を込め質問するエレンは、これで嘘だったら大した役者だなと思いながらティグルを見る。

 

「……本当か?」

 

 しかしティグルは額に冷や汗を滲ませながら戸惑う表情でエレンを見詰める。

 

「あ、ああ。聞いたことはない」

 

 徐々に高まる殺気と緊張で、両者の顔は強張っている。

 見詰め合う二人のそれが頂点に達しようとした時、副官のリムがエレンを制止した。

 

「エレオノーラ様、その辺りで」

 

 ふぅ、と息を吐く二人の呼吸が重なる。

 ティグルが本当に何も知らないと判断したエレンは、彼に殺気を向けたことを謝罪した。

 

「試して悪かったな。

何か関係があるんじゃないかと疑った。

 

謝罪する。すまなかった」

 

「……どうして嘘をついてないって判断したんだ?」

 

 頭を下げる自身に代わり、心底不思議だと言いたげなティグルの問いに答えたのは、リムだった。

 

 

「これが嘘をついている者ならば、素知らぬ顔で惚けエレオノーラ様の殺気を受け流すか、

或いは逆に身に覚えのない事を詰問されたという体で怒りを面に出してきます。

 

エレオノーラ様の謝罪はそういうことです。

 

貴方が余程の役者であるならば、話しは違ってきますが」

 

 

 リムの言外な

「困惑していたお前は白だ。だが、それも絶対ではないがな」

 という思いが伝わったのだろう、ティグルはあまりいい気分にはならなかった様で、自身のくすんだ赤髪を掻き回しながら

 

「……物騒な判別方法だな」

 

 とだけ返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからエレンはティグルの今後と暗殺者の件、自身の竜具──アリファールの風は適当にぼかした──や公宮内の出入りなどを話すとティグルを自室に戻し、リムも一旦退室した。

 

「……竜と男か」

 

 確かアンヘルとカイムだったかな? と続けて呟きエレンは嘆息を洩らした。

 

 さて、どうしたものかと考えているとノックの音が自身の執務室に響き我に帰る。

 

「は、入れ!?」

 

 慌てて入室を促す声を上げたが思わず上擦ってしまった。

 

「? 失礼します」

 

 自身の声音に訝しげな表情で入室するリムだが、特に追求はせず淡々と報告を述べる。

 

「ティグルヴルムド卿を送ってきました」

 

「ご苦労」

 

 今度はちゃんと答えられた。

 エレンは内心の思いを悟られない様に陶杯を口にして誤魔化そうとした。が、

 

「やはり先程の竜と男の件、ですか」

 

「ぶほっ!」

 

 リムの言葉に思わず吹き出し、咳き込む。

 エレンは乙女として上げてはいけない声も同時に出たが、呼吸を落ち着けるのに必死で気が付かなかった。

 

 呼吸が落ち着いた頃を見計らってか、リムが自身のハンカチを差し出し、

 

「大丈夫ですか?」

 

 と悪びれもせず声を掛ける。

 これが他人ならエレンもいっそ感謝の念を懐くのだろうが、相手はこの事態の元凶だ。

 エレンはハンカチを受け取り口を拭うと、若干恨めしげな視線でリムを見るが彼女に気にした様子はない。

 不機嫌な顔を隠しもせずハンカチを洗って返す旨を伝えると、リムは再度問い掛ける。

 

「先程のティグルヴルムド卿の話しで出た、竜と男の件についてお悩みでしょうか?」

 

「……ああ」

 

 認めるのはかなり癪だったが、ここで認めなければ今の醜態は何だったのかということになる。何処か拗ねた様な声で言うエレンの声音も仕方のない事だ。

 

「エレオノーラ様のお考えは?」

 

 しかしリムは自身の声音を意に介した様子はなく、相も変わらず愛想のない表情を崩していない。

 

「……そうだなあ、まあ面白いの一言に尽きるな。

 

ティグルも、喋る竜も喋れない男も」

 

 

「そういう意味ではありません。

 

男の方はともかく、竜がティグルヴルムド卿を助けに来たら、我々では為す術もないということを言っているのです」

 

 

「あるいは、それを囮として徒歩で脱走するということもあり得るぞ?

 

何せ小さい山程もあるらしいからな。

大人数で出向かなければ対処は出来まい。その手薄になった警備の隙を突くということも」

 

「エレオノーラ様」

 

 からかう様に笑うエレンの話しを遮ったリムの表情は真剣だ。

 エレンも笑いを収めリムを見て告げる。

 

「分かっているさ、リム。

 

竜が出てきたら私が出る。それでいいだろう?」

 

「ありがとうございます」

 

 深く頭を下げる自身の副官に、エレンは抑揚に頷くとその可能性が低いことを指摘する。

 

「しかし心配性だな、リム

ティグルの話しでは、助けに来るどころかもう旅立っているかもしれないのに」

 

「その言葉は、彼の言い分です。その時、竜が来てからでは遅過ぎます。

 

それに、彼に公宮内での自由を与えてしまいました。

部下への誘いもそうですが、何故彼にここまでの厚遇を?」

 

 エレンはリムの最もな発言に対し首を竦めて聞いていたが、次いで出てきた不満の声には彼女を宥めるかのように、自身の考えを語った。

 

「軍同士の戦いが私のすべてではない。個人の武が必要な場面だって当然ある。

 

弓でこの公宮にあいつに敵う者がいるか?

 

緊張して手が震えてもおかしくないあの場面で、冷静に、確実に私を仕留めようとしたあいつに。

あいつは、ティグルは強い。こと、弓に関しては。

手元に置いておく価値は充分あるさ」

 

「……」

 

 エレンの言葉に考え込むように黙ってしまったリムを慮り、笑いながら言葉を紡ぐ。

 

「まあ、暫くは城壁の歩哨の数を増やして様子を見よう。部下にするにしても、あいつの事をもっとよく知りたいしな」

 

 エレンは竜に対して気を抜いていないことを軽やかな声色で告げると、自身の執務に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドナルベインは今年で三十三になる元傭兵だった。それも歴然といって言い程の。

 近隣諸国に勇猛を知られる戦士や、その国の王の覚えも目出度い将兵を討ち取ったこともある。

 名のある会戦にも参加した。

 

 しかし今は、このヴォージュ山脈の南部で盗賊や野盗などの頭目をしている。

 

 何故か?

 

 最初はただ旨みが少ないと思い、仕方なく手を染めてしまった。

 

 初めて何の罪もない村人を殺したとき、それまで殺していた兵士達には感じなかった思いに突如手が震えた。

 最初は罪悪感故の震えだと思った。

 

 しかし、最初の村を手下と供に襲い終え周りの光景を見渡した瞬間

ドナルベインの身体は、えも言われぬ快感に打ち奮えた。

 

──抵抗する村人を殺し。

──家畜や財貨を奪い。

──気に入った女を犯し。

──命乞いに哄笑し。

──家屋に火を放つ。

 

 自分の行為を自覚したその瞬間から、この歓喜の行いを止めることをやめた。

 

 段々とその味を占め、のめり込む様に悪事に手を染めていく。

 

 殺し、奪い、舐り尽くす。

 

 後から思えば、この時から自分の終わりは見えていたのだろう。

 

 だから、その終わりも唐突で必然だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悲鳴を上げる者

 

「ひっ! ヒィィ!」

 

 この未来を想定すらしていなかった者

 

「こ、こんな! こんな筈じゃ!」

 

 何とかこの場から逃げ延びようとする者

 

「逃げろ! 逃げるんだ!」

 

 茫然と立ち竦み、次いで狂ったように恐怖に向かう者

 

「あ、あ、あぁ、あぁぁぁ!」

 

 悔しさで怨嗟の呟きを口にしながら息絶える者

 

「畜生、ちくしょ……っ、……」

 

そして、その惨状に狂ったように哄笑する者

 

「ハハ! ハハハ! ハハハハハ!」

 

 

 そこは惨劇の屠殺場だった。

 

 

 

 

「う、腕が! 俺のうでがぁぁぁ!!!」

 

 男の振り下ろした斧が両の腕ごと彼方へと切り飛ばされ。

 

 

 

 

「やめてくれ! 殺さなぃ……ぁ」

 

 ある男は脚を切り落とされ蹲り平伏して命を乞うが、頭蓋を踏み潰され脳漿をぶち撒ける。

 

 

 

 

「嫌だ、いやだ、イヤだぁぁぁぁぁ!」

 

 そしてある男は、この場の惨状を認めたくないが為に剣を取り、元凶に向かうも手にした剣を振りかぶることすら出来ず首を跳ね飛ばされ。

 

 

 

 

「ァ? ァァ!? ァァァァア!!!」

 

 そしてまたある男は、恐怖の権化からの剣を躱し仲間の仇を討とうとした瞬間、何かを引き摺る違和感に気付く、見回せば自身の臓物が飛び出ていて慌てて戻そうとする。

 

 

 

 

「……死に……たくない。まだ……死にた……くな……ぃ……」

 

 その男は、上半身と下半身に別たれ奇跡的に未だ命の灯を消さずにいるも、徐々に強くなる剣風に抗わんと生への執着を口にしながら、完全に瞳から光が失われ。

 

 

 

 

「来るな、来るなァァァァァァァァ!」

 

 この男は半狂乱になり、迫り来る恐怖を拒絶する言葉を吐くが、何故かその恐怖に向かって駆け寄るという訳のわからない行動をとり、今その恐怖の拳を頬に受け上顎から上が血霧となって爆散した。

 

 

 

 

 

 

 

「ちくしょう! なんだ奴は!」

 

 ドナルベインの叫びも無理はない。

 

 これが戦の最中であったならまだ解る。

 

 

 しかしこの場は、自身の塒である城砦であり。

 己はこの真夜中に、手下が襲撃だと叫び回り叩き起こされて。

 そして現場に来てみれば阿鼻叫喚と混乱の坩堝。

 

 ドナルベインは、剣を握り締める己の手が震えていることにも気付かずに、己の手下十数人に囲まれているこの処刑場の主を見る。

 

 

 その男は黒い上等な衣を血で汚し。

 両腕には金色に鈍く光る腕甲を装着し。

 本来両腕で振るうべき大きさの大剣を片腕で振り回し。

 年の頃は壮年だろうか、炎の様な装飾がなされた眼帯で、顔の左半分が隠れているので確かなことは判らないが。

 

 

 

 

 そして何と言っても、目の前の命を奪うのが楽しくて愉しくて、仕方ないという。

 眼帯で隠れていても判る程の端整な顔が、愉悦により歪む満面の笑み。

 

 

 

 

 

 

 

 その顔に浮かぶ笑みに覚えがあるドナルベインは、この男に戦慄した。

 自分達盗賊が村々を襲い、

 

──財貨を

──家を

──女を

──誇りを

──命を

 

 それらすべてを奪う時に浮かべる笑みを、さらに凝縮した凄絶なる破顔。

 

 自身の経験上、この手の輩は決まって────

 

 

「っ! ウォォォォ!」

 

『ハァァァァ!』

 

 今、男を取り囲んだ手下の一人が、この恐怖に耐えられんと一歩を踏み出し、槍を突き入れる。

 同じく耐えられなかった残りの手下達が、その機を逃さんと一気呵成に己の得物を繰り出し、男を仕留めんとする。

 

 自身に迫る白刃にも、男は笑みを崩さない。

 むしろ、手下達が死の恐怖に抗おうとするその行為さえも愛おしいと感じているのか、浮かべる笑みを深めた。

 

 手下達の得物が男の元に到達するとドナルベインが確信した瞬間、男は消えそして数瞬後、いつの間にか包囲の外に抜け出ていた。

 

 そして手下達が男の姿を探そうと、思い思いの場所を振り返ろうとした時には、既に手下達の腰から上は血飛沫を上げて別たれていた。

 

 驚いたことに、男は身に迫る白刃を超高速で跳躍して躱し、そのまま着地の勢いを殺さぬまま一歩踏み込んで剣を一閃させ惨殺した。

 

 凡そ十二アルシン(約十二メートル)先から見ていた歴戦のドナルベインしか分からぬであろう、人外の身体能力による早業。

 

 

 

 

 そして遂に、男がこちら振り向き歩み寄る。

 

 残る味方はドナルベインを含めて僅か三人。

 二百人いた盗賊団がたった一人に撫で切りにされた。

 

 このヴォージュ山脈の南部の山道は、この城砦から続く僅か一本。それも中腹で蛇のようにのたくっていて、簡単に脱出出来ない。

 守るに易く攻めるに難しを選んだこの城砦なのだが、今回それが仇となった。

 

 手下の二人は今月入ったばかりの雑用兼見習いで、まだ殺しも済ませていない町のチンピラ上がり。

 

 当然この恐怖に耐えられる筈もなく。

 

「う、うわぁぁぁぁ!」

 

「ひぃぃぃぃ!」

 

「バカ野郎! そっちは!」

 

 武器を放り出しあらぬ方へ逃げていく二人の悲鳴は、唐突に途切れた。

 

 その場所は深い藪の後ろにある切り立った崖で、この盗賊団に入るときに散々注意したというのに。

 

 ドナルベインはたった一人となり絶望感に苛まれながらも、目の前の男を注視する。

 

 男の表情は勝手に自滅した二人の手下に興醒めといった体で、残りのドナルベインをつまらなそうに見ている。

 

 そして男の大剣が自身に振りかぶるのを茫然として見ていると、幾多の戦を潜り抜けた身体は反射的に動き、受け太刀の構えを取らせた。

 そしてドナルベインは、男の腕が霞むのを見ると同時に自身の剣に衝撃が奔り、意識が落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カイムは最後の男の首を、その剣ごと薙ぎ払った。

 首は跳ね飛んで転がり、剣は砕け折れ何処かに飛んでいき、返す刀で大剣の血を振り払い鞘に収める。

 

 途中までは楽しめた。だが、最後はつまらなかった。

 まさしくそんな感想を抱いた様な表情を消し、カイムは金目の物を物色しようと城砦内に足を踏み入れる。

 

 

 ティグルが捕虜となった知らせがアルサスに届いて丁度一ヶ月。その身代金を工面するのに勤しむカイムとアンヘルだが、予想以上に盗賊達の懐具合が悪く嘆息している。

 そして今回もまた、大規模と言っていい盗賊団の塒を襲ったのだが、また外れだった様だ。

 

 

 カイムは奥に十数人程の気配が感じ取ったが、別段気にもせず足を進め各部屋を物色し細々とした金品を袋にいれる。

 

 部屋を回っているとカイムの脳裡に『声』が響く。

 

───カイム。この近くの領兵が、異常を感じてそちらに馬を飛ばしておるぞ。

───お主また派手にやったな。

 

 全くそういう所は変わって居らんのだからな、というアンヘルの小言を聞き流しながら各部屋を四刻半程で周り終えると、今度は拐われた女達が居るであろう牢屋に向かう。

 

 廊下を歩き扉を開けると、一糸纏わぬ女達の悲鳴と泣き声が牢屋に反響してかなり喧しい。

 女達はまた陵辱されると思ったのか泣き喚くが、カイムはそれらを一顧だにせず大剣を抜いて鉄格子の錠前ごと叩き切る。

 そして女達に一瞥すらせずその場所を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 カイムは城砦の扉から、人の血肉と臓物が散らばる山道までの入り口を通り抜けると、アンヘルが着陸する為の開けた場所に向かった。

 

 百も数えていない位の頃合いに、カイムの後を追ってきたのだろう牢屋の女達が怖々と進み寄ってきた。

 

 彼女達は悲鳴を上げ血臭に顔を顰めたり、人の原型を留めていない様に嘔吐したりと忙しいが、素足が汚れるのも構わず真っ直ぐこちらに向かってくる。

 

 そして、どうにかカイムの元に辿り着いた総勢十六人の彼女達は一斉に頭を下げた。

 

 賊達に犯された恐怖がこびり付いているのだろう、同じ男であるカイムにも恐れを隠さないがか細い声で確り感謝の言葉を述べる。

 

「あの……ありがとう、ございました」

 

「……助けて頂いて、本当に……ありがとうございます」

 

「ぁ、ありがとう! おじさん!」

 

 

 

 

「……」

 

 しかし、カイムは彼女達の言葉に一瞥したのみで反応を示さない。

 黙り込むカイムを不思議に思ったのか、一人の女性が代表してカイムに問い掛ける。

 

「あの、……あなたは、一体……?」

 

 誰なのか、何者なのかという言葉は聞けなかった。

 まるで巨大な布を翻した様な音が規則的に鼓膜を打ち、只でさえ恐怖している彼女達は息を呑み込む様な短い悲鳴を上げた。

 

 そして、彼女達の上空に月明かりに照らされた影が掛かる。

 

「あ、あれ!」

 

 上空に指を指し示す一人の少女の声が彼女達を振り向かせ、一斉に息を呑んだ音がした。

 

『り、竜!』

 

 しかし彼女達が逃げる間もなくアンヘルは急降下してカイムの目の前に降り立つ。

 カイムは荷物を肩に担ぎ直しアンヘルに近寄る。

 

「? 何だ、この小娘共は?」

 

「…………」

 

「フム、お主にしては珍しいな」

 

「……?」

 

「いや、別段どうとも思わん。

 

しかし、人間とはつくづく旺盛な生き物だな。

 

猿の方がまだ分別が有りそうだ」

 

「……」

 

 カイムはアンヘルとの会話を強制的に終了させその背に跳び乗ると、少し考えて自身の言葉を己の半身に告げる。

 

 

「…………、……?」

 

「? 放って置けば良いものを。

 

まあ、良い。

 

小娘共、直に此の場に領兵が来る。その者達に保護を頼め」

 

 アンヘルはやれやれと言った口調で彼女達の今後を伝える。

 

 その彼女達はアンヘルが人の言葉を喋っていることに驚きその恐ろしい外見に絶句していた様で、自分達に話し掛けられると漸く頭が働くようになったのか、一人の少女がやっとの事で口を開いた。

 

「ぁ、あの! あなた達は……!?」

 

 何者なんですか? という意味での問い掛けだろうとカイムは思ったが、アンヘルは

 

「我らは直ぐに此の場を去る。

 

お主らが気にする事ではない」

 

 これからどこへ? という意味で捉えたのか封殺する様に答えてカイムを乗せその場を去った。

 

 

 

 

 

 アンヘルは翼を翻し、上空の冷たい風を翼に受け眼下を俯瞰している。

 

 遠ざかる城砦と囚われていた女達の姿が完全に見えなくなった時、カイムは次は何処で獲物を探すかと問い掛ける。

 

 

「それも良いが、一旦アルサスに戻るべきではないか?

 

進捗次第だが我らが賊を狩っていても限界があろう。

昨今の盗賊事情とは侘しいものの様だしな」

 

「……」

 

「それに此の国の情勢もきな臭い」

 

 資金は確実に集まっている。普通の村人が凡そ二十年は食うに困らない程だ

 しかし、このペースでは確実に間に合わない。一旦大物の賊の情報を探る為小物を襲うのを控えるか、小物を襲い続け確実に集めるか。

 

 内乱が近いのか獲物である賊が傭兵に転向し、狩り難くなっている事も問題だ

 

 アンヘルの言葉通りこのままでは限界がある、総て合わせて今現在どれだけ集まっているかも判らないのでは判断も出来ない。

 

 一旦アルサスに戻る事を伝えると、アンヘルは翼を翻した。







感想は明日までに返します。


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第十四話

申し訳ない!
ストックが切れそうなんで、三日~一週間程一巻の内容まで書き溜めに入らせて頂きます!
すべては自分の想定の甘さです。原作軸はムズい!

本当に申し訳ない!

そして今話は短いです。



後書きにこの話を書いていて驚愕したことと、次回の概要が……。










 ザイアンは父であるテナルディエ公爵に呼ばれ、その豪奢な館の一室で対面していた。

 

「アルサスですか?」

 

「そうだ。その地を焼き払え」

 

 ザイアンは笑いで歪みそうになる表情を必死で整える。だが、自身でもその努力が功を奏しているとは言い難い。顔がひきつっているのが自分でも判るからだ。

 理由だが、その土地はあの忌々しい男を思い出させると同時に、ある出来事を連想してしまうからである。

 アルサスは遠方で赴くのが面倒なことだが、その面倒さよりもそのある出来事で込み上げる笑いの方が強かった。

 

 これであの男がアルサスに居たならさらに楽しめると思うが、あの男───ティグルはジスタートに捕まっている。

 

 ザイアンはティグルが捕まったと聞いた時は周りの取り巻き達と大声で嘲笑ったものだ。

 

 弓など使い、自領で竜を匿ったなどと嘯くからこうなるのだと。

 

 最後に会ったディナントでは、当然ザイアンはその事を指摘し大いに笑った。

 まさか「竜自身が戦に行きたくない」という理由を話すとは思わなかった。

 その時はもう少し知恵を絞れと取り巻きが言い、その言葉の正しさに吹き出してしまった程だ。

 

 ザイアンはその時の事を思い出し、笑いが込み上げて来るのを必死で抑える。

 

「ご下命、確と。

 

しかし、理由をお聞かせ願えませんか?

今回の出兵に兵には何と?

それに四千は多過ぎでは?」

 

「内乱が近い。そのアルサスをガヌロンが奪うやもしれん。

それに国境を接しているジスタートの干渉があれば些か面倒だ。

兵達には領民を捕らえて連れてこいとだけ言っておけ。

ムオジネルに奴隷として売り払うのもよしとする。

気に入った女達はお前達で好きにしろ

 

それから……」

 

「? 何か?」

 

 公爵の言葉の内容に喜色を露にするザイアンだが、常にはっきりとした物言いを好む公爵が途中言い淀み、思わず疑問の声を投げ掛ける。

 

 公爵は何でもないと言うように首を振り、続きを話す。

 

「騎士は最低でも二千は連れていけ。

時間は掛かっても充分に物資や武器の用意をさせよ。

 

 

異論は許さん」

 

「!? っは! 畏まりました!」

 

 ザイアンは話しの途中、戦力が過剰や過保護に過ぎると不満を面に出してしまった。

 だが公爵の最後の言葉の声色に不興を買ってしまったと判断し急いで膝をついた。

 

 しかし、公爵は膝をついたザイアンに何も言わず最後に「ドレカヴァクに会っていけ」とだけ言葉を掛け退室を促した。

 

 

 

 

 

 

「おいお前、ドレカヴァクを見たか?」

 

「こ、これはザイアン様。ドレカヴァク様なら厩舎の方でお見掛けしました。」

 

「そうか」

 

 ザイアンはその後、公爵の言葉に従いドレカヴァクに会おうとその姿を探していたのだが、一向に見付からず先程漸く知っている使用人に会えた。

 

「全く、あいつが厩舎に何の用があるというんだ?」

 

 ドレカヴァクは公爵である父が重用している占い師だ。

 しかし、ザイアンはこの老人が全く好きではない。

 いつもフードを目深に被り胡散臭げで、公爵家の金を何に使っているのか不審に思っている。

 機会さえあればドレカヴァクを殺したい程だ。

 

しかし、

 

「父上も何故あんな場所に四千も……」

 

 このネメクタムとは比べるのも失礼なくらい、小さく人も少ない土地に何故騎士二千も向けるのか。ザイアンは不思議で仕方なかった。

 

「……途中の領地への示威行為か?」

 

 そんな事を考えながらドレカヴァクを探していると目的の厩舎が見えてきた。

 

 ザイアンは厩舎独特の動物の匂いと、糞便の臭いに鼻が曲がりそうになるが我慢してドレカヴァクを探す。

 

 

「ドレカヴァク! 居るか!」

 

 こんな場所に占い師が何の用があるんだと思い声を掛けるが、返事はない。

 

 既に立ち去った後かと思い、探し回りながら念のためもう一度呼び掛ける。

 

「ドレカヴァク! 居ない……の……か……」

 

 そこには竜が四頭いた。

 

 地竜と飛竜が二頭ずつ。

 地竜の一体は体長が百二十チェート(約十二メートル)程もあり、大きさがもう一体より際立っている。

 しかし、もう一体も頼りないと言う風では決してなく、大きい地竜よりも胴が太く頼もしい。こちらの体長は八チェート(約八メートル)程。

 

 飛竜二体も八チェート程の大きさで、大きさが揃っている分美しく圧巻だった。

 

「おお、ザイアン様。お越しくださるとは」

 

 ザイアンの声が聞こえていたのだろう、ドレカヴァクは大きい方の地竜の影に隠れてザイアンには見えなかった様だ。

 

 ザイアンが茫然と立ち尽くしているとドレカヴァクが傍まで寄って声を掛ける。

 

「ザイアン様、こちらへ」

 

 ザイアンはその言葉に漸く身体が動き出す。恐る恐る竜達の方に近付く。

 

「ド、ドレカヴァク。この竜達は……一体?」

 

「この竜共は、ザイアン様の出征のお祝いに贈る予定のものでございます。

 

最初は二頭贈らせて頂く予定でしたが閣下から増やせと仰せ付かり、至急揃えましてな。

 

飛竜共と小さい方の地竜は調教を終えておりますが、こちらの大きい地竜はあと数日は掛かるかと。」

 

 もう暫しお待ち下さいと、続けるドレカヴァクの声も耳に入らない程、ザイアンは竜達に圧倒されていた。

 

「こ、これを、この竜達を俺に?」

 

 そしてこの竜達が自分のものになるという事実に歓喜した。

 

「大きい方の地竜はもう暫しご猶予を」

 

「あ、ああ。そうだったな。

しかし、でかしたぞ! ドレカヴァク」

 

「ただ、二つ程お願いが」

 

「なんだ?」

 

 ドレカヴァクの願いの一つ目は、竜はまだ人の臭いに慣れていないため町に留めるなというもので、これには竜に暴れられては敵わないとしてザイアンも納得せざるを得なかった。

 二つ目は、この竜達の他に、別の竜を見たらドレカヴァクまで報せて欲しいとのことだ。

 

「何故だ、竜がその辺に居る筈ないだろう?」

 

「アルサスには竜が居るという噂があります。

竜を調教出来る者としては興味深いので」

 

「ああ、ヴォルンのホラ話か? ふん、まあ良いだろう。

 

見かけたら報せれば良いのだな?」

 

 

「ありがとうございます」

 

 ザイアンはそんな噂話など欠片も信じていないが、報せるだけなら別に構わないとして願いを聞き入れた。

 

「竜か……」

 

 ザイアンはもう一度竜を見詰める。

 そして、この竜を駆り雄々しく進軍する自分を想像して胸を熱くした。

 

 

 アルサスに出征する四千の軍勢、そして四頭の竜。

 目の前の竜を見詰めて熱い視線を送り、自身の未来を想像するザイアン。

 

 そんなザイアンをドレカヴァクが無機質な眼で見詰めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「申し訳ない、カイム殿。アンヘル殿も……」

 

 血を吐く様にそう言って、涙目で頭を下げるマスハスにカイムは知らず歯噛みした。

 

 

 昼より二刻ばかり過ぎた頃、ティグルの屋敷の応接室で四人は向かい合っている。

 身代金の集まりは芳しくない。期日は今日を入れてあと七日だというのに。

 

 現在の身代金の資金は目標とする額の三分の二。

 カイムが身銭を切って賊を狩りその首級や戦利品を加えてもこの額。

 そしてティッタとバートランが各村から集めた資金、さらにマスハス自身の資金を加えても約五分の一足りない。

 

 あと七日、いや届ける日数も掛けると四日もない。

 凡そ三日でこの状況を打開できなければ、ティグルは恐らく奴隷として売り払われるだろう。

 

「ティッタ、バートランもすまない。

村々を必死に駆け回ってくれたというのに……」

 

「おやめ下さい! マスハス様!

どうか頭をお上げ下さい!」

 

「そうです、マスハス卿!

マスハス卿が手を尽くして下さったのは、わしらだって分かっとります!」

 

 消沈して頭を下げるマスハスに、ティッタとバートランの二人が止めに入る。

 

 この二人もかなりこの領地を駆けずり回った。

 このセレスタは言うに及ばず、四つの村の凡そすべての家に直談判しに行き、少ないながらも今日まで資金を集め続けた。

 

「……こうなってはティグルの脱走に望みを掛けるしかあるまい」

 

 

 それだけでも問題だというのに新たな問題が発生した。

 

 このアルサスに兵が向かっているのだ。

 

 テナルディエ公爵の軍勢約四千が、公爵の治めるネメクタムを発ったという報告が先日判明した。

 あと数日でこのアルサスに襲来する。

 

 同じくガヌロン公爵もテナルディエ公爵に先んじてアルサスに兵を出そうと、現在動いているらしい。

 ガヌロン公爵の方がこのアルサスに近く、先んじる事は充分に可能だ。

 

「わしはガヌロン公爵の方を抑えなければならん。

テナルディエ公爵の方は……。

心苦しいが囚われているティグルに頼む他あるまい。

 

バートラン」

 

「はい、マスハス卿」

 

「ティグルに手紙をしたためる。

 

ジスタートまで、行ってくれるか?」

 

 マスハスの悲壮な問い掛けに、バートランは迷う素振りも見せず即答した。

 

「お任せ下さい、マスハス卿!

必ず、若を連れて戻って来ます!」

 

 バートランは決意を感じさせる口調でそう宣言した。

 続けてマスハスはカイムに向き直り涙目で頼みを告げる。

 

「カイム殿、アンヘル殿。

本来関係のないおぬしらに、この様な頼みをするのは筋が違うと分かっておる。

 

しかし、どうか……どうかバートランと共にティグルの脱出に手を貸して欲しい。

 

恥知らずな願いだとは分かっておる。

だが、どうか……」

 

 そこから先は言葉にならなかった。

 カイムの足元に縋り付く様に懇願するマスハス。

 

 

 

 

 

 マスハスは泣いていた。そして哭いていた。

 ティグルの為に。このアルサスの現状に。

 何故彼がこんな目に遭うのか。

 彼は領主として自分に出来ることを精一杯やっていた。

 

 このアルサスの領民が何をしたのか?

 

故郷から離し、連れさる必要があるのか?

家を、畑を、家畜を、財産を、家族を、命を、尊厳を、

 

奪い、焼き払う必要があるのか?

奴隷とする程の罪を犯したのか?

 

 マスハスは憤っていた。

 力及ばぬ自分自身に。他者に縋らねば打破できない現状に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カイムは自身に縋り付いているマスハスを見下ろしながらこの状況を思った。

 

 彼ら三人は謂れのない現状に必死で抗おうとしている。

 

 二十四年前の自分と同じように。

 

 そしてふと思う、

 

 この三人は嘗ての自分と同じになるのではないか?

 

──故郷を滅ぼされた自分、滅ぼされようとしている彼ら。

 

──大切な者を喪った自分、喪おうとしている彼ら。

 

 その未来を想像したカイムは愕然とした。

 

 今の三人は二十四年前の自分だ。

 すべてを失うことになる前の自分だ。

 

 しかし、この三人は自分とは違いまだ救える余地がある。

 

 そして、滅ぼされ喪った自身の境遇と彼ら三人の境遇はまだ何ら共通していない。しかし、ある一つの思いが共通し共感できるものがある。

 

 それは───、

 

 

───迫り来る理不尽に憤り、抗い戦おうとしていること。

 

 

 

 

 そのことを自覚したカイムは、自身に縋り付くマスハスの肩を掴み同じ目線に引き上げる。

 

 いきなり引き上げられたマスハスは、涙を浮かべていた顔を呆けさせ、カイムを見る。

 ティッタやバートランも同じくついていけない様で、哀しみに歪んでマスハスを見ていた顔を呆けさせた。

 

 カイムはアンヘルに『声』を飛ばす。

 アンヘルはその内容に若干戸惑った様でカイムだけに『声』を飛ばした。

 

 

━━━良いのか? お主がそこまでする義理はないのだぞ。

 

━━━……、…………。

 

━━━フム、まあ、確かにな。

 

━━━…………。

 

━━━……ならば、我はもう何も言わん。我も力を貸そう。お主の好きにするといい。

 

━━━……。

 

 

 

 マスハスを引き上げてから十ほど数えても、何の言葉も伝えない自身に不審に思ったのだろう。

 三人の顔には訝しい表情が浮かんでいる。

 アンヘルはカイムの意志を伝えるため三人に『声』を飛ばす。

 

 

━━━出発はいつだ?

 

「で、では!」

 

━━━刻限が迫っておるのだろう? 老僕、準備はいつまでに終わる?

 

「あ、ああ。今夜までには……」

 

━━━老いた人間よ。大味なもので構わん、地図を用意しろ。そして手紙も。

 

「……ああ、もちろんじゃ!」

 

━━━……それから、小娘。

 

「は、はい!?」

 

 三人の顔に徐々に生気が戻り、喜色めいた表情でアンヘルの問いに答えていくマスハスとバートラン。

 ティッタも喜びを露にし、そのやり取りを嬉しそうに見ていた。

 しかし、自分には声が掛かることは無いと思っていたのか、慌てて返事をして声が上擦っている。

 カイムとアンヘルは一瞬、彼女を一人で残して行く事に不安を覚えたが面には出さなかった。

 代わりに、

 

━━━……留守を頼むぞ。

 

「!? はい! 任せて下さい!」

 

 留守を預けるとだけ伝え、あまり気を負わない様にと思ったのだが何処まで理解したか。

 

「よし! 早速、準備に掛かろう!」

 

 マスハスの言葉に一同は忙しなく屋敷内を往き来する。

 そして数刻後、赤い翼が秋の夜空に翻った。




フェリックス=アーロン=テナルディエ

カイム・カールレオン




実は共に、42歳。


ちょっ、カイムさん!
あんな強面な方と同い年なんですか!?

18年って凄いわ。

まあ、それは置いといて。


次回は潜入ミッション!



スネェーーーークゥーーーー!



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第十五話




俺、この作品(A end:虐殺控え目)書き終わったら、次の作品(B end:虐殺多め)書くんだ……。








 カイム達はアルサスから国境のヴォージュ山脈を越え、ジスタートのライトメリッツ公国に四半刻(三十分)を少し超えた時間で到着した。

 

 カイムとアンヘルの二人ならさらに短かっただろうが、バートランを慮り速度を抑えて飛行した為このような時間となった。

 

 それでも、陸路なら数日掛かる道行きを大幅に短縮し、日付が変わる前にはライトメリッツ公国の領内に入った。

 

 しかし、

 

 

 

 

「す、すまねぇな……」

 

「……」

 

「あと一刻(約二時間)程休み、身体を温めておけ。

 

そこからはまた空だ」

 

 上空のあまりの寒さにバートランが音を上げてしまった。

 

 ライトメリッツ公国の公宮に近い西の森の中、バートランは持っていた槍を地面に放り出し、ガタガタと身体を震わせ厚手の外套に包まっている。

 目立つので火は焚けないが、少しでも早く温かさを取り戻そうと身体を擦っている。

 

 バートランは今年で五十歳の老人。普通の村人なら隠居していてもおかしくない齢だ。

 そんな彼が上空の、真冬並みの気温に耐えられるはずがない。今は秋だが、冬の寒空だったらポックリ逝ってしまったかもしれない。

 

 思えば、ティグルの救出を決めたのが約三刻(六時間)程前。そこからバートランはずっと準備に駆けずり回っていたのだ。

 寧ろよく、持った方だろう。

 

 上空の叩き付ける風や温度以上に、この老人の体力を考慮すべきだったと二人は自省していた。

 

 

 

 

 暫くそうしてバートランの体力が回復するのを待っていると。

 

「……しかし、どうするか?

あの公宮の門は閉じとるだろうし空から乗り入れるにしても、

 

お前さんの身体は目立つからなぁ」

 

 外套に包まり鼻を啜るバートランはアンヘルの体躯を見て、どうやって侵入しティグルを連れて脱出するかという相談を二人に投げ掛ける。

 

 

 しかし、カイムは遥か上方からライトメリッツの公宮を眺めていた時に、既にその侵入の段取りを考えていたのかアンヘルにその内容をバートランに伝えるよう頼む。

 

 内容を聞いたアンヘルはその方法に特に異論はないのか、気怠い様子でバートランに説明する。

 

「正面から突破する」

 

「……へ?」

 

「無論お主には無理がある故に、目的地から少し離れた森の中で待っておれ」

 

 そこに小僧を伴い合流してアルサスに戻る、とアンヘルはバートランにカイムの考えを簡潔に伝える。

 

 アンヘルが陽動として公宮の庭で暴れ、カイムがティグルの救出に向かい、彼を連れてアンヘルと共に公宮を去る。

 

 現状ではこれが最善だろうと。

 

 しかし、説明を聞いたバートランは口を開けて呆けた様な表情をしている。

 バートランの表情に、何か問題や疑問な点でもあるのかと二人は訝る様な顔で彼を見遣る。

 それから三呼吸分間を空けて、バートランは呆けた顔を怒りの形相に変え、唾を飛ばして二人に詰め寄った。

 

「バ、バカ言っちゃいけねぇ! 何を考えとる!

いくらお前さんらが強いと言っても限度があらぁ!

あの公宮にはなぁ百や二百じゃねぇ、千単位の兵と騎士がいるんだぞ!?

侵入さえ出来るかどうかだってのに、ケンカを売りにいくバカがいるか!」

 

 バートランは顔を真っ赤に染め肩を怒らせながら、二人を怒鳴り付けてその提案を撥ね付けた。

 当然、考えを否定された二人はいい顔をしなかったが、現在体調の悪いバートランを慮り自分達には問題ないことを冷静に、宥める様に説明するが……。

 

「我らの前では雑兵など相手にもならん。

 

お主の心配は杞憂よ」

 

「……お前さんらがわしの立場だとして、その言葉を信じろってか?」

 

「……」

 

「……フン」

 

 バートランの言葉に、カイムとアンヘルは思わぬ所を付かれたといった体で眉をひそめ、鼻を鳴らした。

 二人は思わず十八年前の感覚で説明したのだが、当然バートランには受け入れ難かった様だ。

 元の世界の戦争時には二人が強力な契約者ということもあり、連合の将兵は寧ろ喜んで送り出してくれたのだが、バートランはそんな事を知らないし言っても理解できないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 カイムはいっそ、バートランを無視してこのまま直行するかとも考えたが、この老人は意地でも追い縋ってくるだろうと判断し、断念した。

 囚われているティグルを連れて脱出する際、当然追っ手が掛かる。

 そんな中、バートランにこの近辺をうろつかれたら怪しまれて彼が捕まる。二度手間だ。

 

 ならば、彼をこの場に縛り付けて……とカイムが潜孝していると、不満を隠さない様子のアンヘルがバートランの考えを窺う。

 

「では、どうするというのだ?

老僕、お主に代案があるのか?」

 

 アンヘルの幾分意地の悪い問い掛けに、今度はバートランが押し黙って渋面を作り、ややあって答えた。

 

「そ、そりゃ……その……これから考えるが……」

 

「話しにならんな」

 

 間髪容れずにバートランの答えを切って捨てたアンヘル。しかし、バートランは焦った様にアンヘルに言い募る。

 

「だ、だが、お前さんらになにかあったら若が悲しむ!

若だけじゃねぇティッタやマスハス卿もだ!

それに!

このお役目はわしにだって任されとるんだ!

わしだけ安全な場所でぬくぬくと待っとられんわ!」

 

 バートランは意地でも二人に付いていくという姿勢を見せて、首を縦に振らない。

 頑なに自身の考えを変えようとしないバートランに、次第にアンヘルも怒りを声に滲ませ、

 

「では、お主の案が浮かぶのは何時になるのだ?

我らは此処で無為に時間を過ごす心算はない。

それから、我らに付いてくるだと?

はっきりと言ってやるが、お主の腕では足手纏いだ。

 

大人しく我らを待て」

 

と、バートランの話しに取り合わない。

 遂に場が剣呑なものとなり、アンヘルとバートランは睨み合い始めた。

 

 そんな二人の様子に、どうしたものかとカイムは悩む。

 ティグルやティッタ、そしてこのバートランには借りがある、恩とも言い換えてもいいが。

 カイムはそれを仇で返すような真似は極力避けたかった。

 

 ティグルには二人の町の受け容れや、住居の提供。この国(世界)の基礎的な知識。

 ティッタには日々の食事や日常の雑事。

 そして、バートランには自身に文字や手持ちの換金、些末な事柄にも逐一教えて貰った。

 

 ティッタ達の前でティグルを助けるのは自身の気紛れ等と言ったが、実はその借りを返す意味合いもある。

 後はまあ、自身が指導したティグルへの責任感や、情が移ったとまでは言わないが自身にも思う所などが極微量に存在する。

 

 何れにせよ、それらすべての借りを十分に返した後、アルサスを去る心算でいたのだ。

 

 そして、このバートランにも……。

 

 アンヘルとバートランを見る。二人は睨み合いからまた口論になり、激しく言葉を交わしている。

 

 アンヘルは、いつ浮かぶとも知れぬ良案を待つことなく迅速に事を成すべきだ、と言い。

 バートランは、失敗する可能性の高い救出案より確実性の高い案を考えるべきだと反論し、その言葉にアンヘルが鼻で笑う。

 

「確実だと? 笑わせるくれる。戦場である以上、確実なもの等何もない。

況して此処は敵地。地の利は向こうにあるのだ。

 

多少の危険を覚悟するのは当然の事よ」

 

「多少の危険どころじゃねぇと言っとるんだ!

お前さんらがヘマして若が殺されたらどうすんだ!

 

そうならんようにわしは絶対付いていくし、お前さんらの案も認めんからな!」

 

「寧ろ、お主を連れて行く方が失敗する可能性が高いと何故判らん。

 

もう良い。

カイム、この老僕を其処らの木にでも縛り付けておけ!」

 

「ふ、ふざけんな! わしは絶対若を助けに行くからな!」

 

 バートランは地面に投げ出していた槍を慌てて拾い、カイムが教えた槍の構えの一つを取る。

 しかし、寒さで震えているのかそれとも、槍を指導した自分の強さを身体が覚えているのか、槍を持つ手は震えて身体は強張っている。

 

 カイムは仕方ないといった風情で首を振り、嘆息を洩らす。

 そして、構えているバートランに

───ギリギリ意識を保てる程度の殺気を叩きつけ───

 次いでアンヘルを見上げる。

 

「……カイム?」

 

 何故さっさと気絶させないと言いたげな瞳でカイムを見下ろす。

 カイムはアンヘルに自身の『代案』の内容を話して聞かせる。

 しかし、アンヘルはその内容に不満の色を浮かべ、カイムに言い募る。

 

「……お主の言い分は、分かる……。

 

……それなら、小僧が人質に取られる危険がないことも。

しかし、小僧があの公宮の何処に居るかという問題もある。

そして、この老僕は確実に足手纏いだ。

 

其処はどうするのだ」

 

 アンヘルはバートランを見遣り、カイムも視線を移した。

 バートランは先程より身体の震えが大きくなり顔は恐怖に歪んで、額に脂汗が滲んでいる。

 腰も若干引けて、脚まで震えてきている。

 

 だが、カイムが発する殺気に、情けないながらも耐えている。

 

「……」

 

「……はあ。……良かろう……」

 

 どうやらアンヘルは自身の『代案』に考えを譲ってくれた様だ。

 カイムは何処か気落ちしているアンヘルに謝意を籠めて、その体躯を優しく撫で上げた。

 

「っ…………!」

 

 アンヘルは身動ぎして、しかし嫌ではないのかそのままの体勢で、カイムの手の感覚と温かさを感じ続ける。

 それからカイムは自身の熱と、思いを、アンヘルに分かって欲しくて丹念に撫で続ける。

 そして、これから死地に赴こうとする自身の、常の覚悟と、新たな決意を理解できるように。

 

 そんなやり取りを暫く続けた後、

 

「……もう良い」

 

 アンヘルはまだ『代案』に不満がありそうだが温かさには満足した様で、その行為の終了を告げる。

 

 

 アンヘルはカイムが心配だったのだ。

 そして不安を感じた。

 また三年前の様にカイムの存在を感じ取れなくなり、会えなくなるのを。

 契約で繋がっているとはいえ、自分の目の届かない場所にカイムが行くのを恐れ、孤独になるのを。

 それが分かった故にカイムは温めたのだ。

 必ず生き残るという十八年前からの覚悟と、

 必ず生きて帰るという新たな決意を込めて。

 

 

 

 

 

 

 

 アンヘルは、依然カイムの殺気を浴びているバートランに向き直り、厳しい声音で問い掛ける。

 

「……我らの案に反対なのだな?」

 

「っ! ぁ、ああ!」

 

 問われたバートランは唾を呑み込み、身体を震わせながらも答える。

 だが、アンヘルはその情けない姿を気にせず、問い続ける。

 

「我らに付いてくるのだな?」

 

「あ、ああ!」

 

 今度は恐怖に歪む表情を戸惑いに変えて、だがはっきりと、覚悟を込めて答える。

 アンヘルはさらに問う。

 

「死ぬやもしれんぞ?」

 

 最後の問い。お前に死線を潜る覚悟はあるのか?

 

 アンヘルのその問いにより、バートランは遂にカイムの殺気を跳ね除け、戸惑う表情を毅然とした面立ちに変えて自らの決心をアンヘルに告げる。

 

「若を助けるまで、わしは死なん!」

 

 アンヘルはバートランの表情を幾分か満足気に見遣り、彼の決心を愉快気に思いながら

 

「良かろう」

 

 とだけ返した。

 そして、カイムの『代案』を説明する。

 

「カイムに『代案』があるそうだ。

お主を連れてあの小僧を助け尚且つ、危険の少ない『代案』が」

 

「……は?」

 

 

 思わず、バートランは間の抜けた声を上げた。





バートランを同行させた理由?

二人で正面突破させたら、皆殺しになっちゃうからさ……。

それがいいという方もいるとは思いますが、……現時点で原作の終わりが見えないから何とも言えなくて。

この話は非難を覚悟しています。

皆申し訳ない

それから「決意」と「覚悟」意味は似ているようで違います。
興味があったら調べてみてください。

それからそれから、こんなのカイムじゃないという方もいると思います。ですがカイムももうオッサンです。
考え方も多少丸くなっています。
というよりは余裕ができたのかな?
そんな感じで読んでくれたらと思っています。

時間があるときにでも加筆するかもしれません。大筋は変えませんが。

次は明後日には更新します。


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第十六話

 一刻(約二時間)後

 

 

「ほ、本当に大丈夫なんだろうなあ!?」

 

「喧しいぞ、老僕。声を荒らげるな。

此処は敵地だとあれ程言ったであろう。

 

それに、カイムも一人程度なら問題にもならんと言っておる。

潜入手段も実際に見せた。

お主もそれに納得しただろう。

 

まだ不満なのか?」

 

「いや、だけどなあ!?」

 

 

 日付を跨いだ頃合いに、バートランの悲鳴が空に響き渡る。

 バートランは一刻程前の会話からこの調子だ。

 

 バートランはカイムの『代案』を聞いて「正気か?」と自身の考えに難色を示した。

 なら、他に案があるのかと二人が問えば渋面を作り「ない」と答える。

 二人はさらに、これ以上譲歩する積もりはないことを伝えると、バートランが渋々ながら了承の意を示したので彼の回復を待って共に向かうことにした。

 

 それが一刻前

 

 だが、バートランはアンヘルに騎乗した今も不安を隠せない様で、頻りに声を張り上げている。

 

「おい。カイム! いいか、絶対に落とすんじゃねぇぞ!」

 

 死んだら祟ってやるからな、と耳元でがなり立てるバートランを歯牙にも掛けないカイムは、遥か真下の『点』と言っていい公宮と城下町を俯瞰する。

 

 準備が整った。

 

「老僕、いい加減に口を閉じろ。

 

 

そろそろ始める。

 

 

 

───行くぞ……!」

 

 

 

 

 アンヘルは突如その体躯を翻し、翼をたたんで落下する。

 

 カイムとバートランの身体が持ち上がりかけ、アンヘルの背から離れようとするのを二人は跨がった脚に力を込めて懸命に堪えた。

 風を切る音が耳を支配し、叩きつける風が顔に当り、髪が逆立ちうねる。

 

 そして、否やはりと言うべきか。

 バートランの体が浮き上がりカイムがその首根っこを掴み引き寄せる。

 吹き付ける風に涙が零れそうになるが、睨むように目を細め風が入るのを防止する。

 そして、朧気だった公宮の外観が形を確かなものになり、思わずバートランの身体を掴む手に力が入った。

 

 徐々に近付いてくる公宮の庭にアンヘルの咆哮が響き渡り、八つの火球が着弾した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ! 始まったか……」

 

 響き渡る咆哮と連続する衝撃。

 ティグルの居る部屋がビリビリと震えた。

 

 ティグルは昂る緊張によって、弓を握る手に力が籠り、弓の握りと革の手袋兼弓懸(ゆがけ)の擦れる音が鳴る。

 

「っ……落ち着け……!」

 

 ティグルは手の力を弛め自制する。

 

 そして、これで見納めとなるかもしれない今の自分の小さな部屋を見渡した。

 と言うより、それしかできなかった。

 

 家具は寝台しかなく、廊下へ繋がる扉に埋め込み式の窓。

 窓は脱走を防止するためか、小さく高い位置にあり空しか見えない。

 今夜は曇天ではないが綿の様な雲が多く、風は凪いでいた。

 廊下からは、今の咆哮に起き出した公宮の者達の喧騒が木霊している。

 

 思わず耳を澄ます。

 

「……大丈夫かな?」

 

 ティグルは耳をそばだてながら不安の言葉を洩らし、自身を救出しに来た三人の事を心配する。

 

「……カイムさん」

 

 常に無表情で感情を面に出さない男性。

 しかし、面に出さないだけで、接すれば確りと感じ取れる。

 外見からは想像できないが意外と義理堅く、自身に熱心に剣を指導してくれた。それが役立ったとは言えないが、何かと気に掛けてくれて感謝している。

 

「……バートラン」

 

 子供の頃から自身の家に仕えてくれている従者。

 いつも親身になって亡き父とティグルに尽くしてくれた老齢の男性。

 父が亡くなってから、自身の側にはいつも彼がいた。今もその身体に鞭打ってここに来ている。

 

「……アンヘルさん」

 

 いつもカイムと共にいる竜。

 傍目には判りにくいが、常にカイムの事を思い気遣い労っていて、その献身的な姿勢は自身の侍女を想起させる。

 言動は常に高圧的で初めは恐ろしかったが、その心は高潔で誇り高く今では頼もしさを感じている。

 

「……テナルディエ、公爵……!」

 

 ティグルは四半刻前にアンヘルから届いた『声』の内容を思い出し、改めて怒りが湧く。

 彼らの軍勢が自身の領地を荒らし回り、領民達に非道を働く未来を想像して、ティグルは吐き気がした。

 

 しかし、今は込み上げる憤怒を飲み込んで息を吐く。

 

「……フゥ」

 

 自分を助けるために来てくれた三人には申し訳ないが、今は脱走の手順を確認することしかできない。

 そして、

 

「今は、信じて待とう……」

 

 彼らを信じることしかできない。

 歯痒いが、アンヘルの『声』によればカイムとバートランは程なくこの部屋に来る予定だ。

 それまで手順の確認と、三人を信じて待つことに終始する。

 刻々と時間が過ぎる中、ティグルは四半刻(約三十分)前の事を思い起こした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━━起きておるか、小僧。

 

 ガバッ、という擬音が付けられる程の勢いでティグルは寝台から跳ね起きた。

 

 次いで何が起きたのかを即座に理解した。

 瞬時に頭が覚醒できたのは、その脳裡に直接響く独特な感覚に覚えがあったからだ。

 これがティッタの肉声なら、こんなにも容易く起きられなかっただろう。

 

 

   アンヘルの『声』だ。

 

 

「っ、アンヘルさん!」

 

 ティグルは懐かしさと歓びが入り交じった声音で、その『声』の主を呼んだ。

 

 アンヘルの言葉は続く。

 

━━━寝ておったのなら起きろよ、小僧。

━━━起きておったのなら、周りに人が居らぬ処に行け。

━━━行けぬ場合は……そのまま聞け。

 

「大丈夫だ、アンヘルさん。

この部屋は俺一人だけだから」

 

 ティグルは捕虜生活で慣れ親しんでしまった、自身の殺風景な部屋を見渡しながらアンヘルの声に応える。

 

 しかし、見渡すと……何故か違和感が。

 

 何かが……ない?

 

 

 

━━━ああ、それから……。

 

「!? ああ、……なんだ?」

 

 ティグルは、何かが足りない気がするなと首を捻る。

 しかし、アンヘルの言葉が続き違和感を一旦思考の隅へ追いやる。

 そして、出てきた言葉に表情を一変させた。

 

 

━━━その場にはカイムが居らぬ故な、お主の言葉は我には届かぬ。

 

━━━よって、今からお主に一方的に話す際、相槌などを打って周囲の不審を買うような言動は慎めよ。

 

 

 くれぐれもな、という意地悪気なアンヘルの言葉と声音に一拍置いて。

 ティグルの顔は羞恥心で真っ赤に染まり、怒りでぷるぷると身体に震えが奔る。

 

 思わず、

 

「もっと、早く言ってくれ!」

 

 と大声で怒鳴りそうになったが、そんな事をすればアンヘルの言葉通り、監視役がこの部屋にすっ飛んで来るだろうと思い止まり、必死に口を噤む。

 

 

 違和感の正体はカイムだった。

 

 

 いつもは喋れないカイムが、その言葉を代弁するためにアンヘルの『声』を使い、会話を成り立たせている。

 カイムが居ない時に、こうして室内で『声』を掛けられたのは初めてだったので会話が成立していないとは全く気付かなかった。

 そして、アンヘルの指摘で今やっと違和感の正体と、会話が成立していない事実が判明した。

 

 ティグルは、当たり前の様に返事をしていた先程の言動が気恥ずかしかった。

 

 次いで、このやり取りで悦んでいるだろう竜を想像する。

 アンヘルは時折、こうして自分をからかってくる事がある。

 自身の鍛練内容を決める時には、随分と恐々とさせられたのは記憶に新しい。

 

 鍛練自体は自分にも必要だと分かったから文句も言わなかったが、アンヘルが愉快気に列挙する内容の酷さにはそこまでする必要があるのか、というものが数多くありティグルも必死に抗弁した。

 最後にはカイムの「戦まで時間がない」という言葉に助けられ、鍛練はそこまで酷くはならなかったのだが。

 

 ティグルはそれらの事を思い出し、何も今こんな所でからかわなくてもと、カイムの存在に気付かなかった自身を棚上げし、羞恥と怒りで憮然とした態度を取りながら、寝台に胡座をかいてアンヘルの言葉を待つ。

 

 

 

 

 

 

━━━さて、我はあのお喋りな小娘の様に無駄話をする心算はない。

━━━しかし、此れからの行動はお主の心持ち次第で、我らの足を引っ張る可能性もあるからな。

━━━故に些か面倒だが、お主が気になっているだろう事から説明してやる。

 

━━━心して聞け。

 

 

 アンヘルの声音が、からかう様な口調から気怠げなものに切り替わる。

 ティグルは思う所が多々あるがそれは一旦置き、態度を改めて訝しい表情で耳を傾ける。

 

 それにしても行動? アンヘル達の足を引っ張る?

 

 そもそも何をしにここへ?

 

 ティグルの頭に疑問が尽きない。

 

 

 

 

━━━先ず、お主に取っては一番気掛かりな報せからいくぞ。

 

━━━身代金についてだが、期日までには用意出来ない事が昨日、判った。

 

 

「っ!……」

 

 ティグルは、アンヘルの言葉に思わず身体を強張らせた。

 その事実に残念な気持ちもある。

 しかし、やはりという納得の気持ちもあった。

 アンヘルの『声』が聞こえた時点でそれを想定して納得の思いが強まったが、こうもはっきり言われると流石に胸にくる。

 

 つまり、ティグルはこれからムオジネルに奴隷として売り払われ、自身を買った者に鞭打たれながら労働し、満足な食事も取らせてもらえない事が確定した訳だ。

 

 その未来を想像すると今から身が竦む思いだ。

 

「……無理だったか」

 

 

━━━我らも、老いた人間……、マスハスと言ったか?

━━━それらも色々と手を尽くしたが、提示された金額には届かなかった。

━━━まだ期日まで幾許か日数がある筈だが、此れは確定だ。

 

 

「……マスハス卿」

 

 ティグルは無事に生き延びていたマスハスに安堵し、手を尽くしてくれた事に感謝する。

 

 アンヘルの『声』は続く。

 

 

━━━そして小娘については、戦の勝敗が決した後も、お主の無事を願い毎夜神殿に祈りに行っている様だ。

━━━身代金を集めようと、村々を駆け回ってもいたな。

 

 

「……ティッタ」

 

 呟く声が震える。

 彼女のその姿が目に浮かび、思わず目頭が熱くなった。

 そして、出立前の彼女との約束が果たせない事を、本当に申し訳なく思う。

 

 

━━━お主の領地の住人に関しては、概ね平穏の様だ。

━━━今の所はな。

 

 

「? まあ、よかった……のか?」

 

 アンヘルの何処か含みがある言い方に眉を顰めるが、こちらの声は届かないためそれしか言えなかった。

 領民にこれから何かあるのか、それとも深い意味などなくただ現状を述べただけなのか、どちらとも取れる声音だった。

 

 それにしても、自身の従者の名前が出てこない。

 まさか、ディナントで……、と最悪な予想がティグルの脳裏を過る。

 

 しかし、その予想は意外な形で裏切られた。

 

 

━━━そして、我らと老僕は今、此の地へ来ておる。

━━━お主の救出のためにな。

 

━━━全く、お主は本当に世話が焼けるな。

 

 

「! 救出!? バ、バートランも!? 」

 

 アンヘルは何処か感嘆混じりの声色だ。

 

 しかし、ティグルはアンヘルのしみじみとした口調も気にならない様子で、自身の声が伝わらないことも忘れ、アンヘル達と従者の行動に驚きの声を上げた。

 

 

 

━━━続けるぞ?

━━━身代金が用意できぬと判明したのが昨日だ、と我は言ったな?

━━━まだ期日まで時間がある。

━━━にも拘わらず、お主の救出を今夜決行するのには理由がある。

 

━━━それは、

 

 

 ティグルは途中「今夜」という部分に驚愕しながらも、出てくる言葉に集中する。

 一字一句聞き逃すまいと、息をするのも忘れてアンヘルの言葉を待つ。

 

 

━━━お主の領地に近々軍勢が攻め入るためだ。

 

━━攻め入る軍勢の名は、テナルディエ公爵と言っていたな。

━━━目的は、お主の領地を焼き払うことだと。

 

「?…………っ!」

 

 

 ティグルは一瞬、アンヘルが何を言っているか分からず眉を顰め、中空を睨みつけた。

 

 そして言葉の意味を理解し、自身の顔が怒りで歪むのが分かった。

 身体が熱くなり、握り締めた拳は脚絆を巻き込みながら震え、身体が強張り歯軋りの音が鳴った。

 

 ディナントでマスハスと話した内容を思い出し、噛み締めるように呟いた。

 

「……テナルディエ公爵なら、やりかねない……!」

 

 しかし、ティグルの心情などお構いなしにアンヘルの『声』は続く。

 

 

━━━領民に関しては、自領に連れていくか奴隷にするかのどちらかの様だ。

━━━そして既に、公爵の軍勢は己が領地を発っておる。

━━━また、他の公爵もお主の領地を狙っておるそうだ。

━━━詳しくはマスハスを預かった手紙に書いておるだろうが、彼奴はそちらを抑えるのに手一杯だとも。

 

 

「クソッ!」

 

 

 思わず、ティグルの口から悪態の言葉が洩れる。

 マスハスにではない、そのテナルディエ公爵と他の公爵──恐らく、ガヌロン公爵だと当たりをつけ──にだ。

 

 そして、領民の処遇にも。

 

 アンヘルのどうでもよさそうな声色も気にならず、思ったより時間がない事に焦り、寝台から出て狭い室内を落ち着かない様子で動き回る。

 

 そこでふと、アンヘルの言葉を思い起こし、自身の救出は今夜決行だと気付く。

 

 ティグルは最後の希望に縋る様な面持ちで、アンヘルの言葉を待つ。

 

 

━━━時間がないことは理解できたか?

 

━━━よって今から四半刻後、お主の救出を行う。

━━━決行の合図は我の咆哮と、炎の着弾だ。

━━━お主の部屋の場所が分からぬ故、迎えにはカイムと老僕が行く。

━━━カイム達がお主の部屋の扉を叩く際、我がお主に『声』を飛ばす。

━━━まあ……、鉄格子の填まった牢屋であれば見付けやすいのだがな。

 

 

 ティグルは恐ろしい事を想像させるなぁと、思いながら自身の待遇に感謝した。

 

 確かにそういった部屋はこの公宮にもあるだろうが、それも重犯罪人用だと想像がつく。

 そして大抵、地下にあるだろうということも簡単に判断がついた。

 

 一応伯爵で良かったと、ティグルは変な所で安堵した。

 

 

━━━まあ、良い。

━━━すべては四半刻後だ。

━━━扉を叩く際の『声』に注意を払え。

━━━我の『声』が聞こえなかった場合は敵だと思い、警戒しろ。

 

━━━だが、敵であっても掴み掛かる様な愚は犯すなよ。

━━━大人しく時間を稼げ。

━━━不審に思われないようにな。

 

━━━お主のいる場所からの脱出方法は、合流した時に説明する。

 

━━━我からの連絡は以上だ。

 

━━━精々、音と衝撃に備えておけ。

 

 ではな、という言葉を最後に言い残し、本当に言いたいことだけ言って、それ以後ティグルに話しかけてこなかった。

 

 

 

 それが四半刻前。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今ティグルは身なりを正し、寝台に腰掛けながら扉を見詰めている。

 

 愛用の弓は左手に、空の矢筒はすぐ脱出できるよう扉に程近い所に置いて、すべての準備は完了している。

 

 扉の向こうの喧騒が耳に届き、胸がざわつく。

 

 

 そんな時間が四半刻程、経つかどうかという時。

 

 

 失敗して捕まったのか? 疑問が脳裏をよぎるなか。

 人の気配が自身の部屋の前に来たのを感じた。

 

 そして、───扉が叩かれた。

 

 

 









次は土曜日に更新します。


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第十七話

どうも筆が乗りません。

気分転換に違うssを書いてますが、そちらもムズいです。

次話の更新は来週中に上げる予定です。








 扉を叩く打音とともに室内のティグルに声が掛けられる。

 

「ティグルヴルムド卿! 起きていらっしゃいますか!?」

 

 ルーリックだ。

 

「……ああ、起きてるよ!

さっきの音と衝撃はなんだ!」

 

 思わず落胆したが、次いで緊張により身体に力が入る。

 

 バートランは?

 カイムは?

 アンヘルは?

 捕まったのか?

 自分は疑われているのか?

 

 疑念と警戒心から、演技をする余裕がない程自身の顔が強張っているのが判る。

 

 故に、ティグルは扉は開けなかった。

 

 しかし不審に思われないように、声色だけはこの場に沿ったものを心掛ける。

 

 

 扉の向こうには彼だけではない、他にも数人居るようだ。

 

 代表するルーリックの声音は緊張していて、扉から離れたこちらにも彼らの緊迫感が伝わって来る。

 

 

「公宮の上空に竜が現れました!

竜は空から公宮の庭に炎を吐きつけ、そのまま西に飛び去ったようです!

 

被害は、厩舎や鍛練場に火災が発生!

死傷者も多数出ており、城壁の一部にも損壊が見られます!

 

しかし、宮殿に燃え移る危険性はないと判断されました!

現在、他の者が消火作業と負傷者の手当に当たっています!

 

我々は、他の区画に異常がないか調べて回っている所です!

 

こちらに何か異常はありませんでしたか!?」

 

 

 ティグルはアンヘルが炎を吐いた所は見たことはないが、その被害は甚大なものの様だ。

 公宮の人間達に死人が出ているかもしれないことに胸が張り裂けそうなほど痛む。

 彼らにどう償うかは考えてはいるが、今からその時のことを想像すると恐怖に身が竦む。

 

「ああ、こっちは大丈夫だ!

特に異常はない!」

 

 扉越しに、異常がないことだけを告げる。

 これまで自分に良くしてくれた彼を騙し、知らぬ振りを通すのは後ろめたいが、今回ばかりはそうも言ってられない。

 心の中で彼に謝罪し、一刻も早く立ち去ってくれることを願う。

 

 

「そうですか、ご協力感謝します!

 

竜がまた来ないとも限りません、ティグルヴルムド卿も今夜は出来る限り部屋を出ないで下さい!

 

それでは失礼します!

 

行くぞ!」

 

 

 ルーリックは最後にティグルに部屋から出ないよう忠告すると、軍靴を鳴らしながら配下の者と共に去っていった。

 

 ティグルは潜入している筈の二人について聞かれないことに驚いた。

 よほど巧くやっていて痕跡をまだ掴めていないのか、或いは自分には潜入者の情報を故意に伝えないのか。

 ティグルは前者であることを祈りたかった。

 

 

 足音が完全に遠ざかるまで待つと、ティグルは全身の力を抜いた。

 

 そして、罪悪感に顔を歪める。

 

 

「……ルーリック、……みんな、……リム、……エレン、……すまない」

 

 捕虜生活の中で、自分と親しくしてくれた彼らを思う。

 

 チェスで勝ち、トランプで大負けし、ダーツで圧勝し、九柱戯で接戦を繰り広げた遊び仲間。

 他にも、厨房で動物を解体の手伝いをしたとき、駄賃をくれた厨房長。

 ティグルがライトメリッツの政事の書類や記録を見せてもらった際、自身に根気よく丁寧に教えてくれたリム。

 そして、ブリューヌでは蔑視されているティグルの弓の腕前を褒め、部下へと誘ってくれたエレン。

 

 彼らの内、何人が死んだのだろうか。

 

 自分がここで過ごした日々が悪くなかったのは、彼らや彼女らのお陰だというのに。

 こんな形で裏切るのは、やはり良心が咎める。

 

 しかし、アルサスの危機だ。

 彼らには───

 

「必ず戻ってきて、謝る」

 

 テナルディエ公爵の軍勢を退け、アルサスへの安全を守る。

 その上で、またここに戻って来る。

 そして、許されなくても絶対に謝る。

 

 たとえ───

 

「……殺されても」

 

 戻って来たとき必ず処刑されるだろう。

 自分はそれだけのことを三人にやらせてしまったのだ。

 

 問題は自分の首だけで済むかどうかだが……。

 

 

 ティグルがそう思案している時、扉が叩かれた。

 

 

 

   コン、コン、コン。

 

━━━━小僧、起きておるか。

 

 

 

 ティグルは扉を振り返る。

 ノックの音とアンヘルの『声』だ。

 聞き間違いではなかった。

 そして、それを証明するかのようにもう一度。

 

   コン、コン、コン。

 

━━━━開けよ。

 

 しかし、足音がしなかった。それに気配も……いや気配は微かにだが、ある。

 寝ていたなら気付かなかったかもしれない程に微少で、来ると分かっていなかったら確実に気付かなかった筈だ。

 

   コン、コン、コン。

 

━━━━……小僧、お主寝ておるのではあるまいな?

 

 やや、呆れ混じりのアンヘルの『声』に、慌てて扉に駆け寄り少し開けて暗い廊下を覗く。

 

   しかし、誰もいない。

 

 ティグルは、囁くように小さな声で呼び掛ける。

 

 

「……バートラン? ……カイッ……!?」

 

 

 しかし、最後まで続けられなかった。

 

 扉から覗いた景色の半分がぼやけていく。

 そして、ぼやける空間が徐々に色づいて、人の形を当て嵌めていく。

 昏い闇から浮かんできたのは、同じく暗い色調の外套を頭から被り、縦に並んだ二人組だった。

 

 

 手前の一人はフードを目深に被りどんな風貌か見えないが、片刃がギザギザとした白い刀身の小剣を右手に握っているのがチラチラと見える。

 奥の一人も同様で、暗く光源がない廊下では顔が見えないが、手前の人物の左肩に右手を置き左手は口元を押さえ、嘔吐く様に震えている。

 

 手前の一人が右手の剣を翻して逆手に持ち、人差し指と中指、親指でフードを取って漸くその顔が窺えた。

 

「カイムさん……!」

 

「……」

 

 カイムはティグルを無感情な瞳で見詰め、自身の身体の上から下まで眺めると、すぐに視線を外して周囲の警戒に入った。

 

 他者から見れば一瞥と言っていい程だ。

 しかし、ティグルに取ってはその表情も視線も雰囲気も、すべてが懐かしい。

 カイムは一応心配してくれたのか、ティグルの身体に異常がないことを確認した様だ。

 

「バートラン……?」

 

 次に、後ろの人物──バートランに声を掛ける。

 この従者は文字通り、息と気配を殺してここまで来たのだろう。

 左手で口を押さえ、微かな声すらも上げんとしていた。

 しかし、手で顔の下半分は見えないものの、目元の部分は涙を流しながら綻んでいる。

 ティグルはバートランに近寄り、カイムの肩に置いていた手を取る。

 

「バートラン……!」

 

「若……! よく……無事で!」

 

「お前こそ! 本当によかった!」

 

 バートランはティグルの手を力強く握り返してきた。

 感極まったティグルの視界が涙で滲む。

 

「本当に……よかった!

バートラン、アンヘルさんから大体の事情は聞いている。

しかし、お前の口からも確認したい。

ティッタやマスハス卿、アルサ……」

 

 続けてアルサスの現状について口を開きかけたティグルに、アンヘルの『声』が掛かる。

 

━━━感動の再会も良いがな、此処は敵地で、我らが侵入者だということを忘れてはおるまいな?

━━━部屋の中に入ってからにしろ。

 

 苛立たしげなアンヘルの口調に、ティグルは慌てて部屋の中に入るよう促した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凡そ、四半刻前。

 

 公宮の庭園に八つの火球が着弾し、炎と粉塵が舞い上がる中にカイムとバートランは着地した。

 アンヘルはそのままヴォージュ山脈の麓で待機し、カイム達がティグルと合流した時点でまた戻って来る予定だ。

 

 そして、カイム達は公宮内の宮殿に潜入するための入口と、ティグルのいる部屋の特定、そしてそこまでの経路を把握しなければならない。

 入口は簡単だ。

 この混乱で向こうから開けてくれる。

 問題は、ティグルの部屋の位置とそこまでの経路。

 位置はアンヘルの指向性の『声』でも、大まかにしか分からなかった。

 従って、カイム達はその足でティグルを探し回らなければならないのだが、公宮の人間ではない者が動き回れば当然捕まる。

 カイム一人なら、この規模の建物を制圧することは訳ないのだが、今回はバートランがいる。そして、敵にティグルとカイム達の関係を知られていた場合、最悪、彼を人質に取られる危険性がある。

 ティグルがカイム達の事を喋った可能性もあるし、賊狩りや風聞で探りを入れている可能性もあるかもしれない。

 判らない以上、知られているものとして動く。

 もし、カイム達の関係が知られていて潜入を悟られてしまったなら、敵は必ず「賊よ、姿を見せろ。ティグルが死ぬぞ」と、この公宮内で大声で触れ回るだろう。

 

 故に、カイム達は潜入したことは悟られてはいけない。

 この騒動はティグルの救出を目的としたものではなく、攻撃を目的としたものと誤認させなければならないのだ。

 

 誤認させた際、ティグルが処刑されるかもしれないが、これだけの損害を出したのだ、目に見える形で処断しなければ他の者に示しがつかない。

 そうなればこちらの思う壺。

 ティグルが衆人環視の中にいるなら、不意を打って救えばいい。

 問題は彼の居場所なのだから。

 

 そして、潜入を悟られない手は既に打っている。

 アンヘルは一度も地に降りなかった。

 それ故に、人が約三十アルシン(約三十メール)も上から飛び降りて来るなど敵は想像出来ないだろう。

 更に、アンヘルの炎が着弾する間際、カイムは右腰の小剣を抜き放った。

 

 銘を《白蝋の剣》

 

 刀身は白く鋭く片刃は鋸状になっており、細身の剣を折ることが出来る。

 その切れ味も然ることながら、真価は籠められている魔法にあった。

 

 《透徹の息吹・インビジブルブレス》

 

 使用者を透明にする魔法。

 今回はその応用で触れているバートランにも効果が及んでいる。

──アンヘルを透明にさせなかったのは幾つか理由があるが、最大の理由はあれ程の巨躯を透明にすると魔力の消費が激しいからだ──

 カイムはその魔法を発動させた。

 

 

 そしてティグルの部屋の位置と経路は……。

 

 

「こりゃ……ひでぇな」

 

「……」

 

 透明となったカイムとバートランは目の前の惨状を見渡す。

 

 美しかったであろう庭園は炎に彩られ、その名残を微かに残すのみだった。

 

 公宮の門から宮殿までの石畳は、めくれ上がり土が露出し破片が飛び散っている。

 一部では、炎の直撃を受けてまだ赤熱している箇所もあった。

 並木道の木々や、綺麗に整えられた低木は炎に包まれ、その火は更に拡大しようと風の煽りを受けて火の粉が舞う。

 公宮をぐるりと囲む城壁の西側の一部はは、アンヘルの火球の直撃を受けて崩れ去り、夜空と城下町が見えている。

 そして、壁上の歩哨達が混乱し右往左往しているのが松明で判断出来た。

 彼らは消火活動や上官への伝令やらを大声で怒鳴りあい、自身を含める兵達を必死に宥め、纏めようとしているのが厩舎の馬の嘶きや轟々と燃え上がる炎の音に混じって聞き取れる。

 歩哨達は庭園に降り、巡回中だった兵士と共に消火に専念しているが、大半の者はアンヘルの再来を恐れ上空を頻りに見上げている。

 

 アンヘルを透明にさせなかったのは上空に注意を逸らす意味もあった。彼らが上空を警戒すれば地表のカイム達に注意を払う目も弱まる。

 火災への対処と、負傷者の手当て及び救出、更に上空への警戒と人手を割けば、侵入者の捜索は人数が絞られるだろう。

 

 そして漸く宮殿の扉が開き、甲冑を着ける間を惜しんだ騎士や兵士が続々となだれ込んできた。

 彼らはこの惨状を見て茫然として立ち尽くしたが、一人の女性の声が火の粉舞う庭園に響き渡り、兵達を我に返らせた。

 

「何をしているのですか!

各班は即刻、消火作業に移り負傷者の手当てと確認を急ぎなさい!

ルーリック、隊を纏め宮殿の中、及び公宮内の被害の確認を!」

 

 くすんだ金髪の女性が険しい口調で命ずると、兵達は即座に立ち直り持ち場に移る。

 思ったよりも混乱が少なく、この女性が部下への統率力が高いことが窺えた。

 

「了解です、リムアリーシャ殿!

 

アラム!

私は宮殿内に異常がないか調べて回る、お前はこの庭園の被害状況を!」

 

「了解!」

 

 金髪の女性が禿頭の青年に指示を出して事態の収集を図り、彼と日に焼けた丸顔の男が行動に入る。

 

 カイムとバートランは、宮殿の中に向かうルーリックと呼ばれた禿頭の騎士の背中を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━━後は、この公宮の人間共がお主の部屋まで導いてくれたな。

 

「……そうか、それで……」

 

 アルサスの現状や、ティッタとマスハスの様子をバートランは涙ながらに語り、預かった手紙からも彼らの近況は窺えた。

 カイムは扉に程近い壁に背を預け、廊下を油断なく探りながらアンヘルに言葉を伝えている。

 バートランは疲れと安堵が共に来て寝台に腰掛けながら寝てしまっている。

 そして潜入方法に話が及ぶと、カイムの言葉を代弁するアンヘルの皮肉気な声に、驚愕しながらも納得した様に頷く。

 そして、問題の剣を見せてもらう。

 

「……これが?」

 

 ティグルは恐る恐るといった風情でその手に持つ。

 白い刀身に片刃はギザギザとした鋸状。

 その鋒と鋸のような刃は如何にも鋭利といった具合だ。

 このサイズならティグルにも扱えそうだが、使いたいとは欠片も思わなかった。

 カイムには悪いが、この剣はかなり薄気味が悪い。いや、この剣だけではない。出会ってから今まで敢えて視界に入れないようにしていたが、カイムが今腰に佩いている剣もだ。

 家宝の弓と同じ様な息苦しさと、圧迫感を感じる。

 時間はないが、気になったので少し聞いてみることにした。

 

「カイムさん。こういう魔法の籠った武器ってもの凄く珍しいと思うんだけど……?」

 

 もしかすると、カイムの話からあの弓のことが少しは分かるかもしれない。

 あと、エレンの竜具アリファールのことも。

 

 しかしカイムは首を横に振り、アンヘルがややあって答える。

 

━━━此方ではそうかもしれんが、我らの居た地ではそう珍しいものでもない。

━━━確かに、その剣に籠められている魔法は殊更特殊なものだ。

━━━だが、魔性を帯びた武具という点で見れば、それ程稀少なものではない。

━━━魔法、魔術、呪術、怨念、祝福、強い想念。

━━━果ては我の様な竜が加護を与えたものや、神が作り出したものすら存在する。

━━━それらの武具の魔性や聖性の強いものだけを挙げても数えきれん。

━━━効力の弱いものを含めるなら腐る程あるだろう。

━━━そして、我らはそんなものに一々気を取られていたら切りがないと知っておる。

━━━故に、お主もあまり気に病まないことだ。

 

 何処か諌める様なアンヘルの言葉に、ティグルは胸を撫で下ろして頷いた。

 話の内容には驚いたが、忠告めいた助言には少し胸が軽くなった。

 アンヘルの言葉は──自分とは比べるまでもなく長い時を生きてきたのだろう──聞くものを納得させる重みがあった。

 知らず、弓の存在が心の中で大きく占めていたのかもしれない。

 ティグルは謝意を籠めて礼を言う。

 

「そうか、ありがとう。アンヘルさん、カイムさん」

 

「……」

 

━━━フン、納得したのなら早くその部屋を出るがいい。

━━━我は何時でも飛び立つ準備は出来ておるぞ。

 

「ああ、そうだな。

そろそろ、ここを出てアルサスに帰らないと。

 

バートラン、起きてくれ。

疲れているのは分かっているし、俺の為に申し訳ないとも思うが、もう一頑張りしてくれ。

アルサスに帰ったら好きなだけ寝てくれていいから」

 

「……ぁあ、……若?」

 

「……」

 

「すまない、バートラン。もう少しだけ頑張ってくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、ティグル達は透明になり部屋を出た。

 ライトメリッツの公宮にアンヘルの咆哮が響き、と火球が着弾してから約半刻(約一時間)後の事だった。










白蝋の剣の魔法で他者まで効果が及ぶのは、皆さん言いたいことがあると思います。

しかし、DOD2でカイムが見せた三つの魔法を見て、他の魔法もバリエーションがあるんじゃないかなぁ、と思った次第です。

ちょいちょいこういうオリジナル技を入れていきますので、苦手な方は申し訳ありません。
出来るだけ少なくするよう努力します。

それから武器に関してですが、3は知らないので出せませんが2のほうはある程度出します。
具体的に言うと

DOD1の全武器-(DOD2の一周目で手に入る武器+キャラ別の武器+破天シリーズ)=今作品に登場予定の武器

とする予定です。
必然的にロングソードは少なくなりますので、期待してる人は申し訳ありません。
カイムの剣が多くなります。

そして他の武器は18年の放浪で手にいれたことにします。

ご了承下さい。


前書きでも書きましたが現在筆が乗っておりません。
こんなんだらだら続けたくないので、早く戦闘に入りたいのですが巧くいかなくて……。
書いても書き直す事が多々続き、この身の未熟を恥じ入るばかりです。

お待たせするのは申し訳ありませんが、もう暫しお待ちください。

よろしくお願いします。


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