Selector Unlimited WIXOSS (-Y-)
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1.最高の"世界"へようこそ

「それでは、今月の"身体"をご報告します」

 

 薄暗く静かな広い部屋の中。巨大なモニターの光が唯一の光源となった一室で、スーツを着た男が言った。

 

「ええ、どうぞ」

 

 回転椅子に足を乗せ、モニターを見上げていた少女は男に振り返り言った。

 少女は十四、五才程の見た目、顔つきからはふわふわお嬢様のような印象を感じさせてはいるのだが、態度はまるでその逆。

 どこか高慢さを感じさせる小さな仕草、不敵に笑う怪しげな笑み、それらはその少女に"似合っていない"かのように不自然だった。

 

「今月の"身体"は二名。どちらも重要度は低いですが、いかが致しましょう?」

 

 スーツの男は、相手が少女だというのにその態度に意見を言うわけでもない、丁寧な口調で話し続ける。

 

「そうですか、まあ一応目を通しておきましょうか。……準備を」

 

「はっ」

 

 少女がひらひらと手を振ると、スーツの男はモニターに近づき電子端末を操作すると画面がフッと切り替わる。

 画面に映し出されたのは二人の少女の写真。

 どちらも証明写真のような胸から上を正面から映したもので、その隣には名前を始めとした個人情報が表示されていた。

 

 少女は一人の少女に視線をやった。

 数秒ほど眺めた後、詰まらなさそうにため息をつく。

 

「はぁ……まあ、いつも通りね」

 

 少女は椅子にもたれ、足をどかっと机の上に乗せた。

 そのような態度を取っても、スーツの男は微動だにしない。

 

「……うん?」

 

 もう一人の少女の写真、そして個人情報へと視線をやった少女は親指の爪を噛みながら眉を寄せる。

 

「なるみ、ゆり。……"ナルミ"?」

 

「どうかしましたか?」

 

 スーツの男の言葉に少女は「……なんでもない」と答えた。

 

「……いいわ。今月もご苦労様。来月もお願いね」

 

「は、お嬢様の願いのままに」

 

 スーツの男は一礼すると、部屋を退出していった。

 薄暗い部屋に一人残された少女は回転椅子に足を畳んで座り、くるくると回る。

 

「……そう、お姉ちゃんだったのね。"咲(さく)"」

 

 少女はぴたりと椅子を止め、モニターに表示された一人の少女の個人情報を読み取って、にやりと笑った。

 

「ふふふ……。さあ、復讐を始めましょうか――」

 

 少女の悪魔的な微笑みを見たものは、誰もいない。

 机に置かれた、一枚のカード以外は。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

「……由利(ゆり)がいない」

 

 日付も変わろうかという時刻。マンションの一室、静かなリビングで私は呟いた。

 妹の由利が連絡もなく、こんな時間まで帰ってこないなんて。

 

「探しに行かないのか」

 

 私ではない"声"が私に話しかける。

 探そうにも、手がかりがあるわけではない。初めての出来事に私はただ呆然と部屋に立ち尽くしていた。

 

 その時だった。

 家の呼び鈴が鳴った。こんな時間に、一体誰が?

 

「……そうか、今日は"月の変わり目"。おい、咲(さく)」

 

 "声"は何かに気づいたように、私に語りかける。

 そうだ、"声"の言葉で私は理解した。

 由利は"誘拐された"のだと。

 

 最近巷で語られる都市伝説の一つだ。

 月の変わり目、零時――すなわち今。"少女"を誘拐した報告にやって来る"少女"がいるという噂。

 

 ただの噂ではないことを私は知っている。それが"リミテッド"という集団の仕業で、何故少女を誘拐するのかも。

 

 今この時間に呼び鈴が鳴ったということは、つまりは――。

 

 思考している途中、もう一度呼び鈴が鳴る。奴らが相手ならば、そうだ。私は相応の出迎えをしなくてはならない。

 

 私は"とあるカード"を手に、玄関へ向かい扉を開けた。

 

「どちら様ですか」

 

「はーいっ、こーんばんはー♪ お宅の由利ちゃんについてお話にきましたーっ」

 

 客人はやはり私と同い年程度の少女。言動からして、やはりこいつは……。

 

「"リミテッド"が……私の妹をどこへやった!」

 

 私は少女の胸倉を掴み、睨みながら言った。

 

「は? 嘘、なんで"私ら"のこと知ってんの? ……あ、まさかあんたが噂に聞く"アンリミテッド"とか言う連中? 私らの邪魔してるっていう」

 

 私の手を払いのけながら、少女は気に入らなさそうに私を見て言った。

 

「なーんだ、そうだったの。通りで持ちかけた"バトル"の話がさっさと進んだと思ったわ。あの子もアンリミテッドだったのね」

 

「妹はどうしたのって聞いてるの」

 

「負けたんだよ。わざわざ私らのとこに乗り込んで来てさぁ。どんな"願い"があったんだろうねぇ。ま、バトルに負けて今は地下室行きだけど」

 

 少女はまるで日常の出来事かのように、軽い口調で言った。

 

「……妹を返せ」

 

「私に言われても困るなぁ。ちゃあんと"手順"を踏んでもらわないと。あんまり雑魚だと連れて行った私が怒られちゃうしね」

 

「だったら今ここであんたを倒す」

 

 少女の飄々とした態度にいい加減いらいらしていた私は吐き捨てるように言った。

 

「はぁ? 態度でかくてむかつくんですけどぉ。私これでもリーダー直々に目をかけてもらってるのよ。そこんとこ、わかるぅ?」

 

 少女も私の態度にいらついたのか、煽るように返す。

 

「いいからバトル。それとも何、私がアンリミテッドだと知ってびくびくしているの?」

 

「こいつ……! うぜー。いいよ、叩き潰してやりゃいいんでしょうがっ!」

 

 上手く乗ってきた相手に内心ほくそ笑みながら、私は手に持ったカードを掲げる。

 

「――オープン」

 

 私が呟くと、意識がふっと眠りに落ちるかのように消えていった――。



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2.この"未来"は読めたか

 どこまでも続きそうな深い闇に、霧が立ち込めている。

 不思議な空間に私達はいた。

 

 私と"リミテッドの少女"は向かい合ったテーブルの側に立っていた。

 この空間こそ、私達の戦場。本来であれば、儚い願いをかけて少女同士が戦う場所だ。

 だが私は知っている。その少女達は"釣られて"いるのだ。戦って勝てば願いが叶うなどという、甘い誘惑に。

 勝ったって負けたって、ろくな結果が待ってはいない。

 

 しかし私は違う。誘惑が嘘だと知って私はここにいる。

 "甘い誘惑"とはまた別に、少女達を狙い"願いの生贄"とする集団――リミテッドを狩る"アンリミテッド"、それが私だからだ。

 

 私は持っていた黒いカードの束、デッキをテーブルにセットする。

 そう、戦いはこのカードによって行われる。

 

「そういえばまだ名乗ってなかったわね。あんたも知っての通り、"リミテッド"の新井優(あらいゆう)よ。そしてこれが――」

 

 リミテッドの少女、優が向こう側のテーブルから話しかけてくる。

 そして優も同じようにデッキをセットし、白いカードをテーブルの中央に置くとそれをひっくり返した。

 

「私のルリグ、新月の巫女<カグヤ>よ」

 

 カードから、人形のような大きさの少女が具現化される。

 古風な着物に"零"と書かれた金の髪飾り、その大きさと相まってより人形らしく見えるが彼女は人形ではなく"ルリグ"と呼ばれる存在である。

 

 ルリグとは、カードに宿る人の意志。このルリグが私達ゲームのプレイヤー――セレクターの代わりに戦うのだ。

 

 カグヤが具現化されると、優の辺りを包んでいた闇が消え、白い光に覆われた空間となる。

 戦場の雰囲気は、ルリグの持つ"色"によって変化するという。今のような状況ならば、カグヤは白のルリグだということが分かる。

 

「ほら、あんたもルリグをオープンしなさいよ」

 

 言われるまでもない。私も白いカードをテーブルに置きそれをゆっくりとひっくり返す。

 

「これが私のルリグ、斬切姫・零(キリキリヒメ・ゼロ)」

 

 具現化されたのは二つ結びの銀髪に、半分に割れたピエロの仮面で顔を覆った姿が印象的なルリグ。

 "斬切"の名を表す二本の刀を腰に提げている。

 斬切姫――通称"キリ"だ。

 

「不思議……ここに来ると、心が落ち着く。でも、騒ぐ」

 

 戦場の空を穏やかな表情で見つめるキリ。

 その声はリビングで私に語りかけてきた"あの声"だ。

 キリと見下ろす私との目が合った。

 

「行くよ、キリ」

 

「ええ、あいつを"ぶちのめせば"いいのね」

 

 そう言うとキリは相手のルリグ、カグヤを視界にとらえ舌なめずりをする。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」

 

 いよいよバトル開始かという時に、優がそれを静止する。

 

「あんた、"色"は何なわけ?」

 

 優の疑問はもっともだ。通常、戦場はルリグの持つ色で各セレクター側の色が変わるが、私の"陣地"に色の変更はなかったからだ。

 

「ルリグの特殊能力。"レベル1になるまで相手に色を悟らせない"。リミテッドのあんたなら存在くらいは知ってるでしょう?」

 

「ルリグの……ああ、なるほど。あの"モデルの娘"もそんなルリグ持ちだったっけ」

 

 優の思い描く少女が誰のことかは分からないが、どうやらテキストに書かれた以外の能力を持つ特別なルリグが存在することは知っているらしい。

 

「ならさっさとやっちゃおうよ。――ゲームスタート」

 

 戦場の上空に鎮座するルーレットが回る。針は"白"を指した。これは白のルリグが先行権を得たということを表す。

 勝利条件は単純。お互いが持つ7つのライフを削り、トドメの攻撃を指したほうが勝利者となる。

 

「私のターン!」

 

ライフ7

エナ0

手札5

 

「カードドロー、エナチャージ。そしてルリグをレベル1、三日月の巫女カグヤにグロウ!」

 

 光の輪がカグヤを包み、足先から頭まで通り過ぎていく。カグヤの髪飾りに書かれた文字が"壱"に変わる。

 自分のターンに一度、こうしてルリグをグロウして、進化させていく。これがゲームの基本である。

 

「センターにラウンド、ライトにハニエルを召還してターンエンドよ」

 

 カグヤを守るように精霊、シグニが配置された。ルリグにダメージを与えるためにはあのシグニ達を掻い潜って攻撃するか、シグニを倒してラインを空けるしかない。

 

「私のターンね」

 

ライフ7

エナ0

手札5

 

「カードをドロー、エナチャージしてキリをレベル1にグロウ! 斬切姫・壱!」

 

 その瞬間、キリを包み込む光の輪が急激に膨張し、空間を包み込む。

 光が止んだ頃、私の陣地の色は"赤く"染まっていた。

 キリの髪は赤く、そしてピエロを模した仮面に血の涙のような点が一つ描かれていた。

 先ほどのカグヤ含め、ルリグはグロウしレベルアップするごとに身体に数字を表す特徴が追加されていくのだ。

 

「ふん、もったいぶった割には大した能力じゃないのね。赤デッキと分かればこれからいくらでも対処が――」

 

「本当にそう?」

 

「なっ……」

 

 余裕ぶる優の言葉を遮る。バトルは読み合い、騙しあい。始まる前から駆け引きは始まっている。

 

「私はアメジストをレフトに、サーバントOをライトに配置。アメジストの出現効果でハニエルをバニッシュ!」

 

 私は場にシグニを2体召還する。アメジストの効果はパワー1000のシグニをバニッシュ――倒す能力を持つ。

 赤デッキのコンセプトを象徴する一枚だ。

 バニッシュされたハニエルはエナ、カードの発動に必要なエネルギーへと変換される。

 最初のエナチャージと合わせ、優のエナは2になった。

 

「ちぇっ、赤だと分かっていればパワーラインを上げていたのに……」

 

「更に私はエナを1払い、手札から光欲の宝剣を発動! 対象はアメジスト!」

 

「宝剣……鉱石のシグニを"ダブルクラッシュ"にするカード」

 

 ダブルクラッシュのシグニならば一回の攻撃で2つのライフを削ることができる。

 これも赤を象徴するサポートカードだ。

 

「アタックに入るわ」

 

――アタックフェイズ――

■:シグニ

□:空

 

□■□

 

■□■

 

 

「そうはさせない。私はアーツ、バロックディフェンスを発動! このターン、アメジストをアタック不能にする!」

 

 バロックディフェンス。2エナを消費してシグニかルリグのアタックを1ターン封じるアーツと呼ばれるカード。

 白デッキなら積んでいる可能性が高いカード。赤デッキ使いなら十分警戒しなければならないカードだ。

 

「あはは、せっかくの宝剣も意味なくなっちゃったねっ」

 

「――そうね。じゃあサーバントOでライフクロスにアタックするわ」

 

 優の嘲笑を無視し、私はゲームを続ける。相手の場にはラウンドが配置されている。

 シグニは敵シグニのルリグへの攻撃を守るが、空いているラインの攻撃は防げない。私のサーバントの攻撃は通るというわけだ。

 

 キリは霧状になったサーバントを自らが持つ刀に宿し、カグヤに切りかかる。

 

「くっ……」

 

 カグヤが刀で切られた時、テーブルに示されたライフ数を表す光が一つ消える。

 

「更に、キリでアタック!」

 

 シグニの攻撃はあくまでも補佐。ターン中はルリグ本体での攻撃も可能だ。

 キリが腰に提げたもう一本の刀を抜きカグヤに切りかかる。

 

「サーバントでブロック!」

 

 優が手札からサーバントを召還すると、それは霧となってカグヤを守り、キリの刀を弾いた。

 ルリグの攻撃は手札にあるサーバントを使って防ぐことができるのだ。ルリグの攻撃が終了するとターンは相手へと移る。

 

ライフ6

手札2

エナ1

 

「私のターン、ドロー。エナチャージ、そしてレベル2、半月の巫女カグヤにグロウ!」

 

 光の輪がカグヤを包み込む。髪飾りに書かれた文字は"弐"になった。

 

「私はライトにスクエア、レフトにミカエルを召還! 更にミカエルをダウンし起動効果を発動。手札を一枚捨て、デッキからレベル3以下の白シグニをサーチする。私がサーチするのはヴァルキリー!」

 

 白デッキはミカエルのようにデッキ内をサーチして好きなカードを手札に持ってくることが出来る。

 優が選択したヴァルキリーはレベル3のシグニの中でも強力なカードだ。

 カグヤのレベルは2なのでまだレベル3のシグニは召還できないが、次のターンから警戒しなければならない。

 

「アタックに入るわっ!」

 

――アタックフェイズ――

■■■

 

■□■

 

 優のシグニが場を埋めた状態。ミカエルは能力を使ったのでこのターン攻撃は出来ないが、他のシグニで攻撃が可能だ。

 

「まずはそのアメジストをバニッシュ! 続けてラウンドでがら空きのセンターにアタック!」

 

 カグヤがシグニを身に纏いこちらに突進してくる。アメジストがバニッシュされ、ライフが削られる。

 

「更にカグヤで攻撃!」

 

 こちらにガードする術がない。カグヤの追撃を受け、キリが吹っ飛ばされる。

 

「キリ!」

 

「私は大丈夫だ……咲。こちらも反撃するぞ」

 

「ええ!」

 

 そしてターンは廻り、私の番となる。

 こちらもシグニを展開し、場が空かないようにゲームを進めていく。

 

 シグニを倒し、相手のライフを削り合いながらターンが過ぎて行った。

 ルリグが進化するごとに、その戦いは過激化していく。

 

 そうしてゲームは終盤に差し掛かろうとしていた――。

 

 

 

優:ライフ1

咲:ライフ4

 

「ここまで私を追い詰めるなんて……さすがアンリミテッドって言ったところねっ」

 

 ライフは私が有利になっていた。ヴァルキリーの弱点である低いパワーを狙い、レベル3へのグロウ時に発動する効果を使いヴァルキリーをバニッシュ。更に空いたラインに宝剣で攻撃できたことが功を制したようだった。

 

「サーチ時にわざわざ見せられたシグニを狙わない手はないわ」

 

「ふんっ、言ってろっての。後悔するわよ……あははっ。ルリグをレベル4、太陽の巫女カグヤにグロウ!」

 

 太陽の巫女。対戦相手のシグニをバウンス(手札に戻す)強力なレベル4形態だ。

 

「そして手札から、ゲットバイブルを発動!」

 

 ゲットバイブル。脅威度は低い、白デッキにありがちなシグニサーチスペル。

 しかし、様子は何かと違っていた。

 優がスペルを発動すると、今までに見ない、奇妙な青白い光がカードから放出され私を照らし出す。

 あまりの眩しさに私は腕で目を覆う。

 間違いない、これは相手のルリグ……"カグヤの特殊能力"だ。

 

「くくく……あはははは! カグヤの能力発動! "ゲット"と名のつくスペルを発動した時、相手が次のターンに行う行動を知ることができる!」

 

「(やっぱりそうか……!)」

 

 やはりカグヤには特殊能力が備わっていた。それは十分予測の範疇ではあった。

 何故ならリミテッドは大量のルリグカードを保管しているらしい。そのリーダーたる人物に目をかけられているというこの少女は、有能なルリグを渡されている可能性が高かったからだ。

 

「あんたは次に……そう、"火鳥風月"にグロウするんだ。……ってことは狙いは――大器晩成(ビッグバン)」

 

 大器晩成とは大量のエナを放出し、敵のルリグとエナを全て破壊する強力なアーツだ。

 そして火鳥風月タイプのルリグはエナを溜めることを得意とするため、このアーツとのシナジーがあることがセレクター内では広く知られている。

 

「ああー、怖い怖い。すっごく怖いからぁ……その手、封じちゃうね」

 

 思考を呼んだことで優勢の笑みを浮かべる優。

 

「ゲットバイブルで選択するのは、先駆の大天使アークゲイン!」

 

「アークゲイン……!」

 

 アークゲイン。白カードの中でも最強とされている天使種族のトップレアカード。

 ルリグ以外のあらゆる効果を受けない効果を持ち、それは他の天使種族のシグニをも対象とする。

 

 最強のアーツ、大器晩成であっても例外なく無効化するシグニだ。

 

「そのままアークゲインを召還! そして出現効果、デッキから天使のシグニを1体場に召還する。選択するのは……未来の福音アークホールド!」

 

 アークホールド。アークゲインの妹で、場の天使のパワーを2000上げるカード。

 ほぼ全てのカードを無効化するアークゲインの弱点は直接攻撃でバニッシュされることなのだが、アークホールドでパワーを上げられればそれすらも弱点でなくなるのだ。

 

「更に手札からアークホールドを召還……あはは! これでアークゲインのパワーは16000!」

 

 弱点を克服し、文字通り最強の存在となったアークゲイン。さらに2体のアークホールドも天使であるためカードを無効化する能力が付与されている。

 

「更に更にぃ、太陽の巫女カグヤの起動効果発動! 2エナと手札2枚を消費し、あんたの場のシグニ2体をバウンス!」

 

 場のシグニが手札に戻される。これで2ラインが空けられてしまう。

 

「あはは! いきなさいカグヤ! 天使の力を見せ付けてやるのよ!」

 

 優の命令に従い、天使達の力を纏いこちらに突進してくるカグヤ。

 空けられた2ラインからライフを2枚削られてしまう。

 

「くっ、サーバントでガード!」

 

 私はとっさにサーバントを召還し、カグヤの攻撃を防ぐ。こちらのライフは残り2だ。

 

「なになにしぶといじゃん。もう諦めたらいいのにぃ」

 

 最強の布陣を完成させ、愉悦に浸り笑う優。だが、まだ勝負は終わっていない。

 

「どうする、咲。あの軍勢は難しいのではないか」

 

 キリがこちらを見上げて言う。負けるかもしれないというのに、その表情は普段のものからまったく変わらない。

 

「……まだ、負けてない。その顔面、歪ませてやる……! レベル4、火鳥風月 斬切姫・肆にグロウ!」

 

「はいはい。知ってる知ってるって。そんで、起動能力で私のライフを削って、スリーアウトでドローして、適当なシグニならべて終わりでしょ」

 

 カグヤの能力は本物らしい。行動を知っているらしい優の言うとおりのプレイングを行いターンを終了した。

 

「あっはは、さすがは私。"予知能力者"だねっ。あーん、でもでもライフが0になっちゃった。怖い怖ーい。手札にサーバントもいないから次でやられちゃうよう」

 

 優はわざとらしく言った。ライフではこちらが有利だが、場の状況では圧倒的に向こうが有利なのだ。

 

「いないからぁ……引いちゃおっと。アークホールドをエナに、そして手札からヴァルキリーを召還! 起動効果使いまーすっ」

 

 ヴァルキリーの起動効果。デッキからレベル3以下のシグニをサーチする効果だ。

 下位に位置する天使のサーチシグニとは違い、種族を問わずサーチすることができる。――つまり。

 

「サーバントOちゃんを手札に加えちゃいまーす。これで次のターンも安心安心っ。更にカグヤの能力で2体バウンスして、空いたところにゲインちゃんとホールドちゃんでアタック!」

 

 天使の攻撃がキリを貫いた。ライフは0、次の攻撃を受けたら全てが終わる。

 

「カグヤの攻撃は通さない! サーバントでガードする!」

 

「ちぇ、スリーアウトで引き込んでたのね。まあいいわ、ターン終了。勝ち確勝ち確~っ」

 

「……ねえ、あなた。もう勝ったと思い込んでるの」

 

「はあ? この状況からどうやって負けるっていうの? あんたに天使三体の内どれか一体でも倒す手立てがあるっていうの? アーツ残り一枚の癖に調子乗ってるんじゃないっての」

 

「そう……なら、ラストターン。カードを二枚ドロー、エナをチャージ……」

 

「あはは! なんでもやっちゃえ、やっちゃえー」

 

 

 

「グロウフェイズ」

 

 

「……は?」

 

 グロウフェイズ。ルリグをレベルアップするためのフェイズであるが、ルリグのレベルは最大で4。

 通常、終盤では何も行わないフェイズ。

 

「何がグロウフェイズよ。何も出来ないくせに。その残り一枚のアーツだって大器晩成でしょうが。とっととゲームを進めなさいよ」

 

 手をひらひらと振り、余裕を見せる優。

 私は今から彼女に教えてやらなければならないようだ。

 

「"思い込みと慢心が負けを呼ぶ"ということを――!」

 

 私は残された一枚の白いカードを手に取り、それをキリに重ねる。

 

「グロウダウン! レベル2、轟炎 斬切姫・爾改!」

 

「グロウ……ダウン?」

 

 そう、グロウフェイズは何もレベルを上げるだけじゃない。"下げることも可能"なのだ。

 

「更に起動効果発動。このターン、レベル2以下のサーバントにはガードされない」

 

「ま、まさかっ――」

 

「そう、あなたの手札にはさっきサーチしたサーバントO……レベル1のサーバントしかいない。この局面を乗り越えるカードといえば……そう、"バロックディフェンス"とか――?」

 

「――っ!?」

 

 優は面食らった表情で、目を見開いた。

 バロックディフェンス――それは既に優が1ターン目に使用したアーツだった。

 

「この未来は見えたの? "予知能力者"さんっ――?」

 

 優の顔面が蒼白になっていくのが目に見えて分かった。この分だと二枚目のバロックディフェンスを握っているということはないようだ。

 

「とどめよ、キリ!」

 

「承知した――!」

 

 火炎を纏う鮮やかな二刀流は優の手札から召還されたサーバントをも巻き込んで、カグヤごと切り刻んだ。

 こうしてゲームエンドを向かえたのだった――。



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3.その名は"天照"

「くそっ……なんなんだ、なんなんだあんたはっ!」

 

 戦場は崩壊し、私達は元の世界に戻る。(正確には現実世界の身体が意識を取り戻す)

 その瞬間、優が私を睨め付け言った。

 

「あなたもご存知、"アンリミテッド"。さっき言ったでしょう? とにかく、早く妹に会わせて」

 

「……後日、"リミテッドバトル"を行う会場を連絡するわ。――ふん、あんたなんかじゃ到底リーダーには勝てないだろうけど」

 

 優が吐き捨てるように言った。

 

「さあ、それはどうかな」

 

 私はその言葉になんの興味も見せず言った。そんな私の様子を見て腹立ったのか、ぶつぶつと何か呟きながらこの場を去っていった。

 

「由利……待ってて」

 

 私は真っ暗の夜空、そこに浮かぶ星を見上げながら呟いた。

 由利は、絶対に取り戻す――

 

 

 

 

***

 

 

 

「――へぇ、負けたんだ。君」

 

 とある部屋の一室。

 巨大なモニターの前で、テーブルに足を乗せ座る少女と、リミテッドの優、そしてスーツを着た男がいた。

 

「ご、ごめんなさいリーダー。でも、あいつのルリグ能力は分かりました。ゲーム開始時は無色だけど赤デッキのルリグでした」

 

 必死に頭を下げ、そして自分はただ敗北したわけではなく有用な情報を持っているんだ、ということを示す。

 

「そう、赤デッキなの」

 

「はい、なのでリーダーのルリグ能力で動きを止められるはずっ――」

 

「地下行き」

 

「……えっ?」

 

 優はリーダーと呼ばれる少女の言葉を聞き取れず、素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

「地下行き、と言ったの。ほら、早く行きなさい」

 

「ちょ……待ってください! もう一度やらせてください! 次は、次は絶対に――」

 

「敗北者には罰を。私の言ってることが分からないのかしら?」

 

「ひっ……」

 

 少女の冷たい視線が、優に突き刺さる。

 まるで悪魔にでも睨まれたかのように、優の身体が硬直した。

 

「連れてって」

 

「はっ」

 

 少女がスーツの男に命じると、優の腕を無理やり掴み部屋から追い出そうとする。

 

「待って! やだっ! あそこだけは、地下だけはっ――」

 

「さようなら……」

 

 優はスーツの男に連行され、部屋のドアは無情にも閉じられ優の言葉も聞こえなくなった。

 

「ふふ……早く会いたいわ。咲……」

 

 少女の中に、もう優という存在はない。

 咲を思い浮かべながらサディスティックな笑みをただ浮かべていた――。

 

 

 

 

***

 

 

 

 次の日。

 

 私はパソコンの前に向かい、"とあるサイト"にアクセスしていた。

 "アンリミテッド・ネットワーク"……私が所属するアンリミテッドが管理する情報共有サイトだった。

 IDとパスワードを入力し、ログインする。このサイトにはゲームを勝ち進めるために必要なノウハウやリミテッドに関する情報が掲載されている。

 

 私が次に戦うであろう相手は恐らくリミテッドのリーダーだろう。それを踏まえ、事前に情報を集めておこうと思ったのだ。

 基本的な情報ならば既に知っている。リミテッドのリーダー、"愛染姫子(あいぜんひめこ)"。

 国の中でもトップクラスの企業"愛染グループ"の社長、その娘がリーダーらしい。

 

 私の見解では、もうこの少女は"姫子であって姫子ではない"。

 既に夢限少女システムを利用した入れ替わりが発生していると思われる。サイト内の情報にもそれらしいことが書かれている。

 

 そもそもリミテッドとは、本来小規模の集団だった。

 その行動目的は、"好きな他人の身体を手に入れる"こと。だが今では単純にそういうわけではなくなっていた。

 

 勢力を増したリミテッドだが、今その大勢を支えているのは"大人達"だ。身も蓋もない言い方をすれば、"金"を目的とした集団になりつつあるということ。

 今の姫子のように、有名な企業の情報源となりうる人物の身体を乗っ取れば、それは社会や市場の状況を一転させかねない事態となってしまう。

 私利私欲の為に動いていた少女達は、私利私欲に溺れた大人によって支配されているのだ。

 

 私は姫子の情報を読み進めていく。

 過去の戦績、思考の偏り、デッキの傾向など――色々な情報が手に入った。

 

 その中でも最も注意しなければならないこと、最も危険とされているのがルリグの能力だ。

 太陽の巫女アマテラス――それが姫子の持つルリグの最終形態。太陽型自体もシンプルで強く、優との戦いでも苦戦させられたタイプ。だがそれ以上に厄介なのは"特殊能力"の方だった。

 その能力とは"ライフクロスが強力なバーストになる"というものだった。

 バーストとはライフクロスが削られた時に、それがバースト効果を持つカードだった場合に発動する特別な効果のことだ。

 40枚のデッキ内にあるバーストカードは一律20枚。その中でも強力なものがバーストに仕込まれるそうだ。いくらシャッフルしようともそうなってしまうことが確認されているため、イカサマではなくルリグ能力としか思えない、というのがアンリミテッド達の見解だった。

 

 太陽型ということは、色は白。その中でも強力なバーストカードと言えばまず思い浮かぶのがこちらの攻撃を全て止める"アークオーラ"。

 その他には防御と次ターンの攻勢をも兼ねるローメイル、場に出ても良し、バーストカードとしても優秀なアークゲインといったところだろうか。

 多色を織り交ぜているとなれば、ライフを増やす緑カード"修復"やシグニを貫いてライフを攻撃することが出来る"着植"など挙げていけば限がない。

 

 バーストを操作する"マーク"タイプのルリグとのバトル経験はあるが、これらが素でライフ内にあるとなると同じ戦術では勝てないだろう。

 

「こっちはこっちの戦い方を貫くしかない……か」

 

 構築に数十分を要し、ようやく対アマテラス用のデッキが完成した。その時だった。

 家のチャイムが鳴らされた。

 

 誰だろう……と、私が玄関に出るも、人影はない。

 いたずらか? そう思った矢先、ポストに入れられた一枚の手紙を発見した。

 

「明日、リミテッドバトルを執り行う――果たし状ってわけね」

 

 手紙には日時、場所、そしてリミテッド達が用意する"制限ルール"についても記載されていた。

 

「……少し練り直しが必要かもね」

 

 提示された制限ルール。それを生かすも殺すも、全ては戦略と事前のデッキ構築なのだ。

 来るときに向け、私はまたカードとにらみ合いを始めたのだった――。

 



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4.気に入らない"あなた"

 次の日。

 

「ここが……バトルの会場」

 

 自宅から4駅ほど電車に乗り、10分ほど歩いたところで手紙に記載された住所へと辿り着いた。

 見た目にはそれほど妙なところはない、普通の概観をしたビルだった。

 

「いいのか、咲」

 

 カードケースの中から、キリが話しかけてくる。

 

「いいって、何が」

 

 私はキリを取り出し、言葉の意図を尋ねる。

 

「負ければ君も"地下行き"とやらだ。覚悟はいいのか?」

 

「勝つ覚悟なら。負ける覚悟なら、してきてない」

 

「君は自分の戦略と予測に絶対の自信を持っている。慎重に物事を考えているようで、実は慢心しているところがある」

 

 キリは真剣な眼差しでこちらを見て言った。

 茶化しているわけではないのは分かっていた。キリは不必要に冗談を言ったり戯言を言ったりしたことがないからだ。

 あくまでも事務的に。キリの言葉には感情論は含まれない。

 

「あなたがそう言うなら、そうかもしれない」

 

 だから、私はキリの言葉を素直に受け止めた。

 仮に口喧嘩の宣戦布告だったとしても、大事な戦いの前にお互いの信頼関係を壊す必要がどこにあるというのだろう。

 

「相手の策を読みきって、その先の策を"更に読まれてる"と思って行動したほうがいい。今回はきっと、そういう戦いだ」

 

 何故普段あまり干渉してこないキリがそこまで――と考えている途中で思い出した。

 昨日は対戦相手、姫子の情報をキリも見ていたのだ。

 リミテッドのリーダー、その称号は伊達ではない戦績、戦術、デッキ構成だった。

 

 今までで一番警戒しなければならない相手だと、キリは感じているのだろう。

 

「わかったよ、キリ」

 

「……なあ、咲」

 

「まだ、なにか?」

 

 今日のキリはお喋りがしたいらしい。

 何か心境の変化でもあったのだろうか。

 

 

「私はたまに、"君が何を考えているのか分からない"んだ」

 

 

「――っ!?」

 

 思いがけない一言に、私は息を呑む。

 狙って言ったのか、そうでないのか。どういうつもりで言ったのか、分からない。

 

 昔――そう。今はいない母に言われた言葉だ。

 "何を考えているのか、分からない"。その一言がどれだけ私の心を削り取ったのか、あの人には分からないだろう。それとも、私が"悪い子"だったのだろうか。

 ……いや、今はこんなことを考えている場合ではない。全力を持って戦い、そして妹を取り戻す。なすべきことはそれだけだ。

 

「……馬鹿なこと言ってないで、行くよキリ」

 

「そうだな、今すべき話じゃあなかった。すまない」

 

 

 そうしてビルの中へ入った私は、スーツを着た男に案内され上の階へと昇っていった。

 私は情報を聞き出そうといくらか話しかけたが、必要以上のことはまったく喋ってくれなかった。組織に忠実な人間らしい。

 導かれるままに着いて行く私。スーツの男はとある部屋の前に立ち止まり言った。

 

「本日のバトル会場です」

 

 自動ドアが開き、私は中に足を踏み入れる。中は異様な風景だった。

 ぱっと見ればそれはテーブルのあるただのオフィス風景。ただしそれぞれが向かい合うようにして置かれた"拘束具"がある以外は。

 

「ようこそ……鳴海咲」

 

 そこに立っていたのはリミテッドのリーダー、愛染姫子。見た目のふわふわした印象からは180度違う、ドス黒い存在感を放つ少女だった。

 何故かはよく分からないが、こうして対立しているだけで"鬱陶しく"感じる。

 初対面のはずだが、生理的に受け付けないのか?

 

「……とっとと始めようよ。趣味じゃないんだ、あなたみたいな人と長話するのは」

 

 自然と口調も荒れる。相手はリミテッド、それもそれを統括リーダーだ。どんな無礼を働こうが今更関係ない。

 

「あら、冷たいのね。なら早速ルールの説明をするわ。概ねは手紙に書いた通り、今から行うのはリミテッドバトル。こちらが定めた条件に乗っ取ってゲームを進行することになるわ。そして今日の制限は――」

 

「"同名アーツカードの使用禁止"ね、分かってる。手紙に書いてあったこと以外の説明は? 例えば、あなたが負けた場合とか」

 

 会話を円滑に進めるため、割り込んで話す。制限ルールについては既に手紙に書いてあったことだ。

 

「そうね、お互いはその拘束具をはめてバトルするの。負けたほうはそのまま機械が作動して"地下行き"というわけ」

 

「私が勝っても地下に送ったりしないでしょうね」

 

「そんな無粋な真似はしません。機械は敗北したセレクターの"WIXOSS因子"を感知し、判断します。疑念が晴れないというなら、どちらの拘束具を選ぶかはあなたに任せます」

 

 WIXOSS因子。願いを叶える、人間のルリグ化といった事象を引き起こすと言われる未知数の因子。

 ルリグはこれを嗅ぎ湧けることができるらしい。誰がセレクターであるとか、負けたセレクターの匂いを感じるだとか、キリはそう言っていた。

 

「わかった、それじゃあ始めよう」

 

 私は念のため奥側にあった拘束具を選択した。

 スーツの男にそれをはめられ、私は立った状態ながら首、腕、腰、足を革のベルトのようなもので縛られ、鎖に繋がれ身動きが取れなくなり姫子も同様の処置を受けた。

 

「……では、楽しいバトルにしましょう。――オープン」

 

 そして私の意識はふっと消えていった。

 

 



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5.気安く"名前"を呼ぶな

「……ふふ、こんな日が来るとは思わなかったわ」

 

「……どういうこと」

 

 霧が立ち込める戦場で、私と姫子は向かい合う。

 姫子の不可解な言葉に私はいぶかしむも、会話はそれ以上続くことはなかった。

 頭上に浮かぶルーレットが軋みながら回り、針は"白色"を指した。

 

「私の先行みたいね。ドロー、エナチャージ。ルリグを三日月の巫女アマテラスへグロウ」

 

 アマテラス。情報によれば最強と噂されるルリグ。

 着物を着ており、全体的に和風な装飾が目立つ。先端が星を象った自信の背丈ほどもある杖を持ち、鏡のような材質で出来た大きな輪を背負っている姿が特徴的だ。

 輪の表面には光の玉が映し出されており、それがぐるぐると回転を続けていた。グロウ時に現れたものなのでどうやら玉の数がルリグレベルを表しているらしい。

 

「センターとライトにラウンドを配置、ターンエンド」

 

 こちらのターン時にパワーが上がる盾系のシグニを二対並べた、ということは優に私のデッキは赤色だと知らされているのだろうか。

 ラウンドはアメジストやヒスイの出現時バニッシュ効果を受け付けないという意味では強力なレベル1シグニだろう。

 だが、私は情報面で不利を背負うつもりは毛頭なかった。

 

「私のターン、ドロー。エナチャージして、グロウフェイズは――」

 

 なぜならば私のルリグ、斬切姫の特殊能力は相手に色を悟らせないのではない。

 

「レベル1、創造の鍵主ジョーカー=エットにグロウ!」

 

 その瞬間、キリの白い髪は黒に変色し、顔を半分覆うピエロの仮面が半回転、上下逆さまになり唇の部分がニヤリと笑う目のように見える異質な姿となった。

 更に、無色だった私の陣地は黒色へと染まる。

 

「――黒デッキ」

 

 ぽつりと、姫子が呟く。どうやら赤デッキと思っていたらしい。姫子の言うとおり今回の私は黒デッキだ。

 

 キリの本当の特殊能力、それは"最初のグロウのみ、どのタイプにもグロウが可能"というものだった。

 通常、セレクターが手にするルリグは一枚。つまり、その一枚をメイン色としてデッキを構成しなければならない。

 しかし、この能力があればあらゆる相手に対応可能。デッキを構成する際にメイン色から組みなおすことができるのだ。

 余談だが、グロウ先によっては今のように仮面が反転し、"ジョーカーモード"に移行することがある。

 "鍵主"や"コード"タイプの場合にジョーカーとなることが確認済みであり逆に"巫女"や"闘娘"、"轟炎"タイプ等は斬切姫のままである。

 

「ライトにテキサハンマ、センターにクレイを配置。アタック!」

 

 まず一撃。空いたラインを攻撃することにした。

 キリがテキサハンマを刀に纏わせ、アマテラスへ攻撃する。ライフが削れ、カードがガラスが割れたような音と共に砕け散る――が。

 割れた破片が翡翠色の光を纏い、元の形へと戻っていった。

 

「"修復"のカード……!」

 

 ライフが削られた時に発動するカード。文字通りライフを修復――厳密に言えば、追加する効果を持っている。

 修復は闘姫タイプのルリグにしか扱えないが、今のようにライフバーストで発動すればどのルリグでもライフを回復することが出来るのだ。

 太陽型のデッキに積み込むという話はあまり聞いたことが無いが、アマテラスの能力を加味すればその選択も頷ける。

 

「でも、もう一撃! キリ!」

 

「させない」

 

 更にキリが刀をアマテラスに向けるが、姫子はサーバントによってその攻撃を回避した。

 結果的にこのターン、私は一度もダメージを与えていないことになってしまった。ターンは姫子へと移る。

 

「私のターン。ドロー、エナチャージ……レベル2、流星の巫女アマテラスにグロウ!」

 

 流星タイプにグロウした――?

 あれは確か、場のシグニパワーを1000上げる常時効果を持っているけどリミットが4しかない……つまり、配置できるシグニが少ないはず。

 何故あのタイプを採用しているのか、狙いは分からないが闇雲にプレイしているわけではないはず。警戒しなければ。

 

「アーツ、チャージング発動。更にレフトにラビエルを配置。出現効果でバロックディフェンスとエナを1トラッシュに送り、テキサハンマをバウンス!」

 

 二枚目のアーツを使った。太陽までグロウするとすれば姫子のアーツは残り3枚だ。

 そしてラビエルはアーツを消費してシグニを手札に戻すカード。これで私のライトとレフトががら空きになってしまう。

 

「行きなさい、アマテラス」

 

 アマテラスは頷くと背負った大きな輪をキリに向けて振りかぶった。

 

「くっ……!」

 

 手札にサーバントがない。空いた2ラインと本体の攻撃で3ダメージが通ってしまう――!

 

「っ、これは――!」

 

 キリは輪に切り裂かれ、ライフが削られてしまう。しかし、そのライフの破片から私が掴み取ったのは二枚目のテキサハンマ……1ドローできるバースト効果を持つカードだった。

 とっさに引いたサーバントで本体攻撃をガードする。しかしこれでライフクロスは7対5……先に攻撃権を取ったはずの私が出遅れる形となってしまっていた。

 これを取り返すには、どうにかして盤面を空け、こちらも積極的にアタックするしかない。これが得意なのは赤のカードと、そして今使っている黒のカードだ。やれるはずだ。

 

「ドロー! エナチャージしてレベル2、創造の鍵主ジョーカー=トヴォにグロウ!」

 

 ドローしたカードはマチュピ。黒デッキにおける序盤のダメージレースとなるカードだ。手札を一枚捨てシグニのパワーを-5000することができ、パワーが0になったシグニをバニッシュすることが出来るのだ。

 ラウンドやラビエルのパワーは5000。とにかくラインを空けてアタックしたいところだったが――。

 

「待て、咲。奴ら、パワーが上がっているぞ!」

 

 キリが私を制止する。そうだ、流星タイプの効果で姫子のシグニ3体のパワーは全て6000――ぎりぎりバニッシュに届かない。流星タイプを採用した理由は、恐らくマチュピと似た効果を持つ赤のカード、ランチャンを意識した戦術だったのだ。

 あまり見ないタイプのルリグだったため、効果を忘れかけていた。これではラインを空けることができない。

 私はとにかくこれ以上のダメージを防ぎたかったので、シグニを全ラインに配置しておいた。

 今すべきことは、耐えること。これ以上カードをプレイせず、私はアタックすることにした。

 

「キリ、行って!」

 

 今パワー6000を超えるシグニはいない。シグニでの攻撃は行わず、キリ本体でアタックを仕掛ける。

 姫子はサーバントでガードすることは無く、アマテラスにアタックが通る。

 

「ふふっ、残念」

 

 割れたライフクロスの中から現れたのはローメイルだった。高いパワーを持つシグニで、バーストが発動した場合シグニを一体手札に戻すことができるカードだ。

 

「くそっ……インチキ臭いマネしやがって――!」

 

 思わず悪態をついてしまう。修復に続きローメイル……恐らくこの先のライフクロスも強力なものが目白押しなのだろう。

 とにかくこれでライフは6対5、エナにそれほど違いもない。しかし手札に戻されたシグニのラインががら空きだ。またこのラインを通されてしまうだろう。

 

「私のターン、ドロー。場のラウンドをエナに。レベル3、月蝕の巫女アマテラスにグロウするわ」

 

 月蝕、エナを支払えばシグニをデッキからサーチできるルリグタイプ。でも私が満足に攻撃できていないため余りエナが残っていない姫子は、その能力は使わないらしい。

 

「ふふふ」

 

 突然、姫子が薄ら笑いを浮かべる。

 

「何よ」

 

「いや、こうして"また"あなたと戦うのが、嬲り殺しにできるのが楽しいから」

 

 また。

 姫子は確かにそう言った。姫子、いや……"姫子の中身"は私の知っている人物なのだろうか?

 

「誰だ、あんた」

 

「さあ? 私は正真正銘の愛染姫子。それ以外でも、以下でもない」

 

 姫子はおどけてそう言った。リミテッドというのはすべからく言葉の通じない人種なのだろうか。

 

「そういう意味で言ったんじゃない。"あんたは誰だ"と、私は聞いている」

 

「……ふーん。何なら当ててみる? 私はよく知っているわ。あなたがまだ"カードだった時のこと"も――。ふふ、コレを言ったら分かっちゃうかしら」

 

「……は? 何を言っているの?」

 

 姫子の言葉の意味が分からなかった。私がカードだった時? ルリグだった時ということか?

 私は正真正銘の人間だ。ずっと前から、生まれた時から今まで。

 

「しらばっくれても知ってるのよ、咲。あなたは私に屈辱をもたらした。忘れるはずもない、"あの戦い"を――!」

 

「しらばっくれてなんかない。あなたが今、何を言っているのか真剣に分からない。私がルリグだったって?」

 

「……本気、なの……?」

 

「本気も何も、私はずっと人間」

 

「……嘘を吐いているようじゃ、ない……みたいね」

 

 姫子が何を考えているのか分からない。精神的な揺さぶりにしては意図を掴めかねるし、言動の意味がまるで察せない。

 

「ふ、ふふふっ……本気で忘れているようなら……私が思い出させてあげるわっ! ヴァルキリーをセンターに配置し起動効果発動! デッキからミカエルをサーチするわ」

 

 思い出させる? 何を?

 私が混乱する間にも、バトルは続いていく。

 

「手札から芽生えを発動、エナの修復を支払いエナチャージ。ローメイルが空けたラインにアタックする!」

 

 またもやラインの隙をつきアマテラスが突撃してくる。

 キリが輪に切り裂かれ、空いたラインと本体の攻撃とで2ライフが削られてしまう。バースト効果はエナチャージなどといった頼りのないものしか発動しなかった。

 

「……さっきから意味わかんない。何が言いたいのよ! 私のターン、ドロー! クレイをエナチャージしてレベル3、創造の鍵主ジョーカー=トレにグロウ!」

 

 ライフ差は6対3。アマテラスの能力のせいでろくに削ることができない。

 レベル4になったらきっとアークゲインを配置される。そうなってはもう手のつけようがなくなってしまう。今のうちに削れるだけ削っておかなくては。

 

「スペル、セルフスラッシュ発動! さあ、自分でバニッシュするシグニを選んで」

 

「……なら、ラウンドをバニッシュするわ」

 

 これで1ライン空いた。まだまだやれる!

 

「レフトにアステカを配置! 出現効果でこのターンのみ場に出現できるレベル1の古代兵器シグニ、テキサハンマをセンターに! そしてライトにメガトロンを配置して起動効果を発動するわ。テキサハンマをトラッシュに置きヴァルキリーをバニッシュ!」

 

 メガトロンは自身をダウンすることで味方のシグニをトラッシュに置き、相手のレベル3以下のシグニをバニッシュすることが出来る。

 この効果が通用するのは、アークゲインがいない今だけだ。アステカの能力でターン終了時にはトラッシュ行きであるテキサハンマをコストにすることで無駄なリソース消費を防ぐ。

 

「あらあら、急にあせり始めて……余裕がなくなったのかしら?」

 

「うるさい、まだまだ――! 更に手札からメガトロンをセンターに配置。起動効果でライトのメガトロンをトラッシュに置きラビエルをバニッシュ! ダウンしたメガトロンをトラッシュに置き、ライトにアイアン、センターにモアを配置!」

 

 これで3ライン。ライフを削るには今しかない――!

 

「キリ、全シグニでアタックして!」

 

 キリは三体の古代兵器を身に纏い、アマテラスへ突進する。刀を構え、その身体を一刀両断する――!

 

 

「――ライフバースト、発動」

 

 

 アマテラスと姫子が、にやりと口元を歪めた。削ったライフクロスがまばゆく発光し始める。

 

「このっ――」

 

 キリは光を臆せず、二刀目を抜刀し振りぬいた。しかしその攻撃はライフクロスから発せられる光が象る剣によって防がれる。

 その後の三撃、四撃――その全てが光の剣によって阻まれてしまう。

 

「……アーク、オーラ……?」

 

 一撃目に発動したバーストカードは"アークオーラ"。全シグニとルリグをダウンさせるカード。

 実質、発動したターンのその後は一撃たりとも攻撃が許されない強力なカードだった。デッキに組み込まれていることは当然予想の範疇だが、このタイミングでくるなんて――!

 

 ライフは5対3、結局ここまで削れたライフは実質2のみ……次のターンからはレベル4シグニの防御を掻い潜らなければならなくなってしまった。

 

「惨めね。"あの頃"のあなたはそんなに激情したりしなかった。状況を冷静に判断し、常に最善であろう行動を取る。憎たらしいことにあなたはすっかり腑抜けたようね」

 

 私の何を知って、何の義理があってそんなことを飄々と――!

 だが、一概に反論できなかった。今のアークオーラだって、アマテラスの能力から予測できたはずなのだ。

 アークゲインを警戒しすぎて、勝負を焦りすぎたのかもしれない。

 

「まあいいわ、その軟弱な心を根っこからへし折ってあげる。出なさい、太陽の巫女アマテラス!」

 

 光の輪がアマテラスを包み込む。光り輝く翼を纏うその姿は、まさしく太陽の巫女だった。

 太陽の巫女は手札から白のシグニ、そして白エナを1支払うことで場のシグニを一体手札に戻す能力を持っている。

 現在の姫子の手札は4、エナは5という状況だ。姫子の場にシグニはいないため、手札にあるであろう3枚のシグニを展開すれば手札がなくなるためバウンス能力が使えなくなるはず。

 さあ、どうでる――?

 

「私はヴァルキリーを配置、そして起動効果を使ってデッキからシグニをサーチ。更にスペル、ゲットインデックス発動! ダウンしたヴァルキリーをバニッシュして更にシグニをサーチするわ」

 

 ゲットインデックス。場のシグニをエナに送りながら更に白のシグニをサーチする強力なスペルだ。

 姫子が選択したシグニはキュアエルとアークゲインだった。

 

「スリーアウト発動。三枚ドローして一枚トラッシュに送るわ。そしてキュアエル、アークゲイン、ラウンドを場に配置!」

 

 一気に場が三面埋まる。しかしラウンドは天使ではないのでアークゲインの効果――ルリグ以外の効果を無効にする効果が付与されない。

 あいつを狙ってなんとかラインを空けるしか――。

 

「更にゲットインデックスを発動、ラウンドをバニッシュしキュアエルをサーチ、そのまま配置するわ」

 

 まだ持っていたゲットインデックスで場が全て天使になってしまった。

 防御も攻撃も、かなり苦しい状況になってしまった。

 

「エナを1、手札から白のシグニを1支払い、アイアンをバウンスするわ」

 

 1ラインのみ空けられてしまう。相手のエナは5、手札は1。これだけならまだ1ターンは耐えられるが――。

 

「スペル発動」

 

 そう、私は知らなかった。姫子という人間は知慮深く見えても、その本質は私と同じ強気な、激情型だったということを。

 

 

「アークオーラ!」

 

 

 全エナと手札を使いきり、この局面でアークオーラ。アークオーラは場のシグニの数だけルリグの攻撃回数を追加できるスペル。

 シグニとルリグが合わされば計7回もの攻撃が可能な文字通り必殺のスペルカード。ただし追加攻撃する分だけシグニをトラッシュに送らなければならない諸刃の剣でもある。

 まさに自身のライフクロスを信頼しての強気な行動だった。しかしこの状況はなんというか、このターンで仕留めなくても、次のターンで仕留められる――そんな気配の感じるアークオーラだった。ここで防御札を使ったりエナを使うのは得策ではないと私は思った。

 切り札の一つであるアーツ、アンシエントサプライズは、使わずに取っておくことにした。

 

 まばゆい光の剣を携えアマテラスが攻撃を仕掛けてくる。

 空いたラインによる一撃、ルリグの一撃。そしてシグニをトラッシュに送り、追加攻撃の一撃で全てのライフが割られてしまう。

 

 残り、二撃――!

 

「ふふふっ、その手札にサーバントはあるのかしら!? 鳴海咲ゥ!!」

 

 光の剣がキリの身体を貫こうかという時――。

 霧状の精霊がその剣を代わりに受けていた。私が手札に温存し信頼をおいていたガード。サーバントだ。

 

「――気安く名前呼んでんじゃねぇ、電波女――」

 

 ――反撃開始だ。いつまでもこんな女に好き勝手やらせるわけにはいかない。



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6.その命に"風穴"を

「私達のライフは5対0、一体なにが出来るというの? まだ勝てる見込みでも?」

 

 ふふん、と勝ち誇った笑みを浮かべる姫子。今すぐその顔を歪ませてやる。

 

「……このターン発動したバーストカードは"サーチャー"。デッキから好きなスペルを手札に加えることが出来る。私が選択するのは――"ロストテクノロジー"!」

 

「ロストテクノロジー……」

 

 ロストテクノロジー。場のシグニを3体トラッシュに送ることで相手のライフクロスを二枚クラッシュする黒カードの必殺スペル。

 私が姫子、アマテラスに対して組んだ黒デッキ。全てはこの時のため、このターンのための"黒"だ。

 

「私のターン! レベル4ルリグ、創造の鍵主ジョーカー=フィーラにグロウ!」

 

 エナは7、手札は5枚。対する相手はライフは5、手札やエナは0。

 ライフクロスの中身は身を持って知っている。中途半端な攻めでは駄目だ。徹底的に、冷静に、介入の余地を与えない詰みを用意してやらねばならない。

 

「愛染姫子、あなたが何者なのかは知らないし知りたくもない。ただ言えるのは、この状況こそ慢心が生んだ結果だってこと」

 

「……何が言いたいの」

 

「"激情"が弱点だと、あなたは言った。でも一番激情していたのは誰? 序盤から防御を固めていたあなたが唯一攻撃的になったさっきのターン……自分のプレイングを見失った時こそ、セレクターは負ける」

 

「人のプレイングにケチをつける暇があったら、この状況をなんとかしたらどう? ライフ差5枚……内バーストカードは何枚かしらね」

 

 自身のルリグに絶対の自信を持っている姫子。今までのバトルもそうして勝利してきたのだろう。

 ゲットインデックスでデッキの中を見た時、バーストカードが何かを知ったはず。恐らくはそのターンの攻撃を全て止めるアークオーラ辺りが入っているのだろう。

 そうでなければこの大事な局面を手札、エナ無しでターンを渡すなどと酔狂なことはしないはずだ。

 

 アークオーラが出たターンは確かに全ての攻撃が止められる。全てのシグニとルリグがダウンさせられるからだ。

 ただしそれはシグニの再配置ができない"アタックフェイズ"の話。

 

「ええ、ご期待に添えて……」

 

 この"メインフェイズ"において、アークオーラに絶対防御はありえない――!

 

 

「その"クソ"みたいなライフクロスに風穴空けてやるッ――!」

 

 

 私はアイアンを召還し、場を三体のシグニで埋めた。無論、ここでロストテクノロジーを発動する。

 

「場のシグニを全てトラッシュに送りライフクロスを二枚クラッシュ!」

 

 轟音と共に瘴気がアマテラスを襲い、その命を剥いでいく。剥がれたライフから現れたカードはローメイル、そしてアークオーラ。

 光の剣がキリの周りに突き立てられる。いくつかの光の剣はシグニという目標を失い、彼方へと消えていった。

 

「私はミリアを召還、出現効果発動。デッキから10枚のカードをトラッシュに送り、トラッシュから5枚の黒のシグニをデッキに戻す」

 

 紅蓮の使者ミリア。デッキから10枚のカードをトラッシュに送る。この効果で10枚のカードをトラッシュに送った場合5枚のシグニを選択してデッキに戻すことができる。

 私は5枚のうち1枚をテキサハンマにすることで後のシナジーとなるように仕込んでおく。

 

「急に動き出した……来るのね、"鳴海咲"」

 

 にやりと姫子が笑う。気色悪い女だ。

 今すぐその顔を笑えないものにしてやる。

 

「更にキティラを召還し起動効果発動! デッキからカードを三枚めくり古代兵器のシグニ――アステカを手札に加えそれ以外をトラッシュに送る。そしてこの効果によりデッキからトラッシュに送られたテキサハンマを場に召還する!」

 

 また場に三体のシグニが揃う。

 そうだ、私は"このターンに決着をつける"つもりでいる。

 

「そして手札からロストテクノロジーを発動!」

 

 三体のシグニをトラッシュに送り更に二枚のライフをクラッシュする。残りライフは1。

 出てきたのはサーバントOとアークゲイン。問題なのはアークゲインよりもサーバント……マルチエナ効果により全ての色を扱うかのようにコストとして使用できるそれは、アンチスペルを使うリソースにできる。

 姫子の残りアーツは3枚……アンチスペルがあれば、ロストテクノロジーを無効化されてしまう恐れがある。

 

「サーバントが出たことに注意がいってるみたいだけど……」

 

 突如、姫子が口を挟む。

 

「何を警戒しているのかしら? アンチスペル? そんなことよりもあなた……このターン、それ以上なにするつもり?」

 

「無論、あんたのライフを全て剥がしてからアタックフェイズに入る」

 

「私は見ていたわ。さっきのミリアの能力で一枚、そしてライフから出た計二枚の"ロストテクノロジー"が既にトラッシュにあるということを。あなたは既に二枚のロストテクノロジーを使っている。もうデッキや手札にそれはない」

 

「随分注目しているのね、それで?」

 

「あなたのルリグはアークオーラでダウンしている。攻撃に参加できる回数はシグニを全て並べても三回。私のライフは1。つまり二回の攻撃を止められたらあなたは私にトドメをさせない。でも私には今5エナある。ホワイトホープで2ライン埋めればあなたはなす術がない。それくらいあなたは分かっているはず。それなのになぜアンチスペルを警戒しているの?」

 

 長々と先手を読む姫子。確かに間違ってはいない。姫子の言うとおり、今ロストテクノロジーは四枚全てがトラッシュにある。

 それでも私は、このターンに全てのライフを割る。絶対に。だから姫子の言うホワイトホープなんかじゃ私を止められない。

 

「私は手札からグレイブメイカーを発動! デッキから6枚のカードをトラッシュに送る! そしてこの効果でトラッシュに送られたテキサハンマを場に召還!」

 

「今更場を埋めたってしょうがないのに……あきらめが悪いのね」

 

「執念が違うの、あなたとは。手札からスリーアウト発動、カードを三枚引いて一枚トラッシュへ送る。更にアーツ、チャージングを使ってエナチャージそして手札からミリアを召還、出現効果により――」

 

「はいはい、またシグニをデッキに戻――……っ!?」

 

 姫子は何かに気づいたようだった。そうだ、お前が今気づいたことが、私の狙いだ。

 

 

 そう、私はミリアの効果でトラッシュからデッキにシグニを戻すことが出来ない。

 なぜならば、10枚のカードがトラッシュに送られなかったからだ。

 

「ライブラリアウトによるデッキリフレッシュ――!」

 

 これが私の狙い。キーカードがトラッシュにあるならば回収する方法は一つ。

 デッキを再構築することだ――!

 

 デッキが0枚になったプレイヤーはトラッシュを全てシャッフルし一つのデッキとする。

 これをリフレッシュといい、これが行われた場合ライフを一つトラッシュに置かなければならないが、今の私はライフ0。痛くもかゆくもない。

 

「そして私はアーツ、ウェイクアップ発動! エナゾーンからカードを一枚選択して手札に戻す。選択するのは――"サーチャー"のカード」

 

 そう、先ほどバーストで出たサーチャーのカード。バースト時と同様、使用すればデッキから好きなスペルを引くことができる。

 選ぶスペルは、いわずもがな再構成されたデッキに眠るロストテクノロジーだ。

 

「手札からマリゴールドを配置し出現効果発動、緑のアーツ……ビッグバンをトラッシュに置きエナチャージ2。そして三体のシグニが並んだことにより、ロストテクノロジーを発動!」

 

 アンチスペルは使われることなく、姫子の最後のライフが割れた。現れたのはサーバントT。これで姫子のエナは7となる。

 

「……見事ね、咲。まさかあの局面からここまで持ってくるなんて。さすがは私の認めたセレクター……」

 

「手のひら返ししてるんじゃないわ。何を言おうと私は今からあなたを倒す」

 

 姫子をにらめつけるも、対する相手の表情はどこか薄ら笑いのようにも見える。

 まだ何か策があるとでもいうのだろうか。

 私はあとシグニを三体並べてアタックする。それでホワイトホープを使われようが私の勝ちではないか。何故、私は怯えている?

 

 ……いや、出来ることはまだある。

 エナが、手札が。リソースの残る限りを尽くすのだ。

 

「私は手札から烈情の割裂を発動! お互いのプレイヤーはエナが4になるようにエナをトラッシュに送る!」

 

 不確定要素となりえるエナは、潰す。だがここで私の想定しない事態が起きる。

 

「スペルカットイン! アーツ、アンチスペル!」

 

 ここで、アンチスペル? 何故ロストテクノロジーやサーチャーに使わなかったんだ?

 結果として、姫子はアンチスペルのコスト、エナ2を支払い残り5エナとなった。

 

 これでは1エナしか得をしていない。何を考えている――?

 

 私は可能性を模索する。

 4エナで出来ず、5エナならば出来ること。脳内にカードのイメージが走る。ありとあらゆるカードの効果と組み合わせを。

 

 ホワイトホープで2ライン、バロックディフェンスで1ラインならば5エナで3ライン守りきれる。

 しかし姫子はバロックディフェンスを序盤に、ラビエルの効果で捨てている。今回のリミテッドルールでは同名アーツをデッキに入れることは出来ない。

 自分で自分の首を絞めているのだ。あの女は。

 

 となればやはり防ぐ手立てはないのか……いや、あの女が意味のない行動をするはずはない。

 何かあるはずだ――何かが。

 

 ホワイトホープを使うことはほぼ確定している。3エナで2ライン守れるのはこれと状況限定下のアンシエントサプライズのみ。

 ならば残り2エナは何を?

 姫子のエナは白2、赤1、マルチエナ2の5エナ。

 

 ――と、そこに。

 ふと一枚の赤1のエナが目に留まる。

 ペンシルロケッツ。レベル2のシグニで赤アーツ一枚とエナ2を払いパワー10000以下のシグニをバニッシュするカード。

 効果のわりにコストが高いためあまり採用されないカード。何故それが姫子のデッキに?

 

「――おい、咲。ホワイトホープは"確か"――」

 

 突如、キリが口を開く。その一言が私に閃きを与えた。

 そう、ホワイトホープはより鮮明に効果を説明するとすれば、レベル2のウエポンかアームのシグニを2体まで場に並べるカード。

 ペンシルロケッツはレベル2のウエポン。ホワイトホープの対象にすることが出来るのだ。

 この布陣なら、5エナで3ラインを守ることが出来る。それが奴の狙い――不可解なアンチスペルの意味。

 

 ならば、私がすべきことは――。

 

「私は手札からグレイブメイカーを発動! デッキから6枚のカードをトラッシュに送る!」

 

 このトラッシュへいくカードによって私の運命が変わる――。

 

「そして私はパルテノを2体召還し、出現効果を発動! トラッシュからシグニ1体を場に出す! 選択するカードは……パワー7000、キティラ!」

 

 にやりと、姫子の顔が歪んだ。パワーを見て勝ちを確信したのか? 私は、そこまで愚かじゃない。

 

「パルテノの効果でトラッシュからシグニが場に出された時、全てのシグニのパワーを+2000する! 場にはパルテノが2体、よってキティラのパワーは11000!」

 

「11000……ですって……?」

 

 いきなり目を見開く姫子。パルテノではなくキティラのパワーに驚いているということはつまり……10000を超えるパワーに怯えているということだ。

 これで私はエナ0となった。やれるだけ、考えられるだけのことはやった。

 後は、叩き込んでやるだけだ。

 

「アタックフェイズに入る!」

 

「させないわ。アーツ、ホワイトホープ発動」

 

 残り二枚の内の一枚、ホワイトホープが発動された。残り一枚は恐らくだが赤のアーツ。

 姫子が選ぶシグニは……。

 

「まずペンシルロケッツを場に召還」

 

 やはり来た! もう一枚デッキに入れていたのだ。

 しかし出現効果は使えない。何故なら、こちらのパワーは全て10000を超えている。パワーマイナス効果のあるアンシエントサプライズを打つエナもアーツ枠も残っていない。

 

「そしてもう一枚……ボーニャを召還」

 

 ……ボーニャ?

 確かパワー1000のシステムシグニで、デッキトップを並べ替える効果があったはず。

 姫子はデッキからカードを3枚めくり、順番も変えずにそっとデッキに戻した。

 

 ペンシルロケッツの効果は使えないので、1ラインは空いたまま。ここが通れば私の勝ちだ。

 

 

「行って、キリ!」

 

「待ちなさい」

 

 姫子の言葉にキリが立ち止まる。この後に及んでまだ何があるというのだろう。

 

「まだアーツの使用権は私にある」

 

「何を言っているの? この状況を2エナでしのぐ赤のアーツなんてありゃしないわ」

 

 

「最後の一枚……このアーツを、誰が赤色だって?」

 

 

 より一層、姫子の口角がつりあがり歪む。

 赤アーツでは、ない?

 

 

「アーツ、モダンバウンダリー発動!」

 

 

「モダン……? ――ッ、しまった!?」

 

 モダンバウンダリー。2エナの白アーツで、効果はまさにギャンブル。

 数字を一つ宣言し、デッキからカードを三枚めくる。その中に指定した数字のレベルを持つシグニがいれば相手のシグニを一体手札に戻すというアーツ。

 

 あいつはさっきボーニャでデッキトップを確認している。

 

「あ、あぁ……あ……」

 

「私の選択する数字は――」

 

 

 私は強烈な吐き気と、頭痛を感じた。目の前が真っ暗になり、いつしか意識は落ちていった。

 ――私は、惨めにも敗北したのだ。



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7.記憶無き少女

 ――。

 

 まどろんだ意識の中。幼い私と由利の姿が見える。"私"はそれを傍観していた。

 

「私、お姉ちゃんと結婚する!」

 

「そう、じゃあ私はお嫁さん? それともお婿さんになるの?」

 

 私は楽しそうに言って由利の身体を抱き寄せた。"私"はそれを傍観していた。

 

「んー、どっちもお嫁さんかなっ!」

 

 由利が、屈託のない笑顔で言った。私は由利の頭を撫で、そして笑っていた。"私"はそれを傍観していた。

 

 夢なのだろうか、思い出のフィードバックだろうか。

 残念ながら私にはこんな微笑ましいエピソードがあった覚えはない。あった覚えはないけれど、あったかもしれない。

 何故なら、私の記憶が始まったのは一年前――。私は一年分の記憶しか継続していないからだ。

 

 生まれてから一年前以前の思い出、"記憶の連続性"が何故そこで途絶えてしまったのかは分からない。

 私の記憶が始まった時、肉親や知人には人が変わったようだと言われていた。

 ただ一人、由利だけが私のことを愛してくれていた。

 

 そんな由利を私が助けなければならないのに、私は――。

 

 と、そこで視界が水の中に入ったようにぼやけ、そして徐々に薄暗くなっていく。

 これは夢か妄想か……答えをだせない内に私の目の前から光が無くなった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「う、ん……ここ、は……?」

 

 目が覚めると、私は暗い部屋に囚われていた。

 拘束具をはめられたまま、まったく身動きがとれずにいた。

 

「……おはよう、ナルミ。最悪のお目覚めだな」

 

「キリ?」

 

 そうだ、思い出した。

 私は姫子とバトルしていて……最後のアタックを止められてそれで――負けたんだ。

 

「これで"二回"。もう"後がない"な。いや、もうバトルすることはない……かもしれないな」とキリが言った。

 

「……関係ない。私は由利を」

 

「分かっているのか。セレクターは三回負ければいくつかのペナルティを負う。その中には"セレクターバトルに関する記憶の剥奪"も含まれている。それがどういう意味か分かるだろう。ウィクロスを通じて出あった人々――お前の記憶の始まり、由利との関係も」

 

「黙って、キリ。誰か来る」

 

 静かな部屋のもっと奥で、かすかな足音が聞こえた。

 重々しい金属音と共に扉が開かれる。そこにいたのは――。

 

 

「あんたは確か――"浦添伊緒奈"」

 

 裏のセレクター世界をリミテッドが牛耳っているとすれば、表のセレクター世界を支配しているのは間違いなくこの女だろう。

 現にセレクターを集めて大規模な大会を取り仕切ったこともあるという。

 その女が、何故ここに?

 

「あら、こんなところにまで名前が届いているなんて。でも私もあなたを知っているわ、鳴海咲。もちろん名前だけじゃない……あの戦い方は、まるで――」

 

「……まるで?」

 

「……ふん、本当に忘れているようね。まあいいわ、単刀直入に聞く。ここから出たい?」

 

 姫子といいこの浦添伊緒奈といい、私の何を知っているのだ?

 私の記憶に関することを知っているのだろうか。

 いや、今はそんなことよりも、この状況を変えることの方が重要だ。

 

「……ええ、もちろん」

 

「そう。私の権力を持ってすれば、あなたをここから出すくらいのことは出来るわ。ただし、ある条件に従ってもらうけれど」

 

 この女に何の権限があってそれが可能なのかは分からない。

 だが出来る大口を叩くくらいなのだから、可能なのだろう。今は話を聞くしかない。

 

「条件って?」

 

「ある人物とバトルして、勝って欲しい。それが条件」

 

「随分単純なのね。誰と戦えっていうの?」

 

「……あなた、"小湊るう子"のことは知ってる?」

 

 小湊るう子――確かこの伊緒奈が主催したウィクロスの大会……その優勝者だったか。会ったことはないが名前くらいはアンリミテッドのデータベースで見たことがある。

 

「ええ、名前くらいは。実力はあるみたいね。その子がここにいるの?」

 

「いえ、彼女は"外"にいるわ。小湊るう子とのバトルに敗北したら、あなたはまた地下送りになる」

 

「へえ、随分ゆるゆるなのね。外に出た私が、バトルせずに逃げたらどうなるの?」

 

「私はあなたを"信頼"しているわ……ふふ」

 

 よくもまあ、いけしゃあしゃあとそんな言葉を吐けたものだ。

 違う、この女はそれを不可能とする抑止力を提供するはずだ。

 

「……まあ、そうね。まずは仮に外出するための条件をクリアしてもらいましょうか。あなたの腕前をもっと見てみたいし」

 

「誰かとバトルしろということ?」

 

「そういうこと……さあ、案内してあげて」

 

 伊緒奈がそういうと黒いスーツに身を包んだ数人の男に拘束具を外され別の部屋へ連行された。

 この隙に逃げようかとも考えたが、大人数人を相手に、出口も分からない施設から脱出するのは困難に思えたのでやめた。

 

「ここにあなたの対戦相手がいるわ」

 

 そういわれ案内された部屋は先ほど私がいた部屋と似たような雰囲気の部屋。

 中央には黒い物体――いや、ラバー製のスーツで頭の先からつま先までが覆われ、いくつもの革ベルトで身体をぎちぎちに拘束された人間の姿があった。

 私の時よりきつい拘束だ。あれではぴくりとも動くことを許されないだろう。

 

「……悪趣味ね」

 

「やったのは私じゃないわ。私はあくまでもこの施設に足を運んでいるただの"客"なんだから」

 

「あっそう、どっちでもいわ。じゃあ早速バトルしましょう。早くここから出たいの」

 

「せっかちなのね、まあいいわ。ならオープンの宣言をして。向こうはもう準備できているから」

 

 この拘束された少女が何者かは知らない。が、私にはやらなければならないことがある。

 恨むなとは言わないが、運がなかったとでも思っていてくれればいい。

 

 今デッキホルダーには対アマテラス用の黒デッキしかない。今回もこれでいくしかないようだ。

 

「――オープン」

 

 私が宣言すると意識がフェードアウトし、身体が浮遊感と共に世界を移動する。

 次に目を開けたとき、そこはいつもの霧がかった戦場。テーブルの上にはキリがいる。

 

 そして対戦相手は――。

 

 

「お……お姉ちゃん!?」

 

 

 それは見まごうことない。

 私の妹、鳴海由利とそのルリグ"ロンド"の姿があったのだった――。



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8.看破する魔眼

「由利!? どうして、ここに」

 

 言ってから、私は気づいた。

 "どうして"。というよりはむしろ、"必然"なのではないか、と。

 意図的な、この組み合わせは。

 

「まさかここで……"戦場"で君に会うことになるとは、ロンド」

 

 キリが由利のルリグ、ロンドを見て言った。

 ロンドは髪、肌、服装……その全てが"白"で統一された姿をしている。

 何束も作った細く長い三つ編みに修道女のような頭巾を被り、これもまた容姿と同じく真っ白な機関銃を肩に担いでいた。

 見た目的には不自然な程、統一された白。だというのにロンドというルリグが主とする色は"赤"だというのだから、これほどミスマッチな組み合わせもないだろう。

 

「そうね……"姫"。あたしもあなたと戦う日が来るとは思わなかった」

 

 ロンドは白い機関銃を構え、それをキリに向けることで答える。

 

「おい、どうするナルミ。向こうはやる気みたいだが」と、キリが私を見上げていった。

 

「無論、決まってる――。由利! "猶予"はあと何回残ってる!?」私は対面にいる由利に話しかける。

 

「もう……残ってない。後一回負けたら、私――」

 

 酷く怯えた表情で由利がこちらを見つめる。こちらもあと一回負ければ、ゲームオーバー。

 いやらしい舞台を用意してくれたものだ。浦添伊緒奈という奴は――!

 

「聞いて由利。私ももう二回負けてる。でも私がこのバトルに勝てば、二人で外に出られるんだ。だからここは私に――」

 

「嫌だっ!」

 

「……えっ」

 

 普段は大人しいはずの由利。その由利が、はっきりと私の提案を拒絶した。

 いつもは私の後についてくる、素直な由利が。

 

「三回負ければ、願いが逆転してウィクロスに関する記憶を失う。でも逆に言えばそれだけ。それだけで私達は外に出られるんだよ!?」

 

「それでも嫌なの!」

 

「どうして!」

 

「それは――」

 

 由利が口を紡ぐ。視線は虚空を泳ぎ、口は開きかけども、その先を発しようとしない。

 数秒、そうしている内、由利は何かを決意し拳をぎゅっと握り締める。

 そして私に驚愕を叩き込む。

 

「それは、私が勝っても……二人が出られるから……」

 

「なッ――」

 

 私は戦場の隅、私達を傍観する浦添伊緒奈に視線を向ける。

 にやりと口角を歪める、下衆な笑みが私を不快にさせた。

 

 そう、彼女は知っているのだ。私達に与えられた条件は同じ。どちらが勝とうが外には出られる。

 しかしそれは同時に、どちらかが"負けなければ"外には出られないということを表していた。

 どちらもペナルティに向かってリーチの状態。これはいわば、どちらが自身の記憶を大事にして相手を蹴落とすか――そういうゲームらしい。

 

 でも、だったら。

 私の記憶は"始まって間もない"。それならば、勝利を由利に譲れば良いではないか。私の失うものは、限られて、そして少ないのだから。

 

 そう決めて、私が勝負を放棄しようとした時。

 鋭い頭痛が私を襲った。ちくりと針を刺されたような瞬間的な痛み。ちくちくと、何度も私の頭を刺すような痛みが走った。

 

「うっ……く……ぅ」

 

 私の頭が、私自身が、記憶を放棄することに拒否反応を起こしている?

 そんな馬鹿な。今しがた決めたではないか。自分よりも妹の……由利の優先をするのだと。

 それがどうしてこんな――私は何が不満でこんなに頭が痛む?

 

「おい、ナルミ。大丈夫か……?」

 

 キリの言葉が、私の耳を通り抜けていく。

 私の本能は、何に怯えている? 敗北すること? 記憶を失うこと?

 分からない。ただ、こう告げているのは分かる。

 

 ――鳴海咲に敗北は許されない、と。

 

「いや……大丈夫。それよりも、キリ――」

 

「まさか……やるのか? ナルミ妹と」

 

「やる。本能的に、ここは譲れない」

 

「……くくくっ、いつもは冷静な君が"本能"で動くなんて。まあいい、私はナルミに力を貸す。それだけだ」

 

 二振りの剣を構え、キリはロンドと対峙する。

 そして先手を決めるルーレットが回る。針が指したのは"無色"。つまりキリの色だった。

 

「こっちの先行――! グロウして、テキサハンマとクレイを配置しターンエンド!」

 

 靄を抱えたまま、バトルが始まった。こんなに乗り気のしないバトルは初めてだった。

 そうしてターンが回っていく。お互いが持った状況が状況ゆえに、過剰に攻め合ったりはしなかった。酷く静かなバトル。

 しかし迎える3ターン目、ついに由利が動き始める。

 

「私はカーノとコマリスを配置! さらにコマリスの起動効果発動! ロンド爾改の効果と合わさりカーノのパワーを10000アップ! カーノのパワーが15000を超えたことによってお姉ちゃんの場のシグニを一体とカーノ自身をバニッシュ!」

 

 由利のデッキはルリグのレベルを2で留めるというコンセプト。

 ルリグのレベルは低ければ低いほど、テキスト能力は劣るがアーツカードを多く使用できるという利点がある。

 その中にはおそらくアンシエントサプライズ、もしくはビッグバンといった強力なアーツが含まれているだろう。

 これらを使われる前に、もしくはそのタイミングを読ませないまま勝負を決するしかない。

 

「更に、アンモライトを配置して硝煙の気焔発動! ダウン中のコマリスをバニッシュしてお姉ちゃんのシグニ一体をバニッシュ! そしてターン中に赤スペルを使用したことによってアンモライトはダブルクラッシュを得る! ロンド、アタックして!」

 

 ダブルクラッシュ。一度の攻撃で二つのライフを削る強力な効果。アンモライトというシグニは何かしらの赤スペルを使用することによってその効果を得る攻撃特化のシグニだ。

 私のシグニはこのターン二体バニッシュされ2ラインが空いてしまった。このままではシグニの攻撃だけでライフが3も削られてしまう。

 使用するなら、今しかない。

 

「アーツ、アンシエントサプライズ発動! トラッシュからアステカを復活! 更にアステカの能力によりトラッシュからクレイを復活させる!」

 

 これで空いた2ラインを守れる。アンシエントサプライズは3つのモードから効果を選択するカード。

 本当はパワーマイナス効果を使用して相手シグニを全てバニッシュしたかったが、向こうはルリグ効果によりパワーが上がっているので意味をなさない。ライフには代えられないのでここは防御に徹することにする。

 

「思い切った攻撃するじゃない、由利。そこまでして、どうして」

 

「……負けられないから」

 

「そんなに記憶が大事ってこと」

 

 私の問いかけに、由利は首を縦に振って答える。

 勝ちたいというが、その態度はどこか私に遠慮をしている。それは何故か、私を苛立たせた。

 ぎり、と歯を食いしばりそれ以上会話することなく、私にターンが回る。

 

「ドロー! エナチャージしてレベル4、ジョーカー=フィーラにグロウ! ――ん……?」

 

 ドロー、エナチャージ、グロウ。いつも通りの流れ。だが違和感があった。

 私の視界に映る手札、否……もう一つの手札とも呼べるルリグデッキ。今しがた発動したアンシエントサプライズ。そのすぐ裏に見慣れないアーツカードがあった。

 

「"看破する魔眼"……?」

 

 見慣れないどころか、見たことがないカードだった。当然私はデッキに入れた覚えはない。

 

「まさか――」

 

 ふと、伊緒奈の方を見る。「やっと気づいたか――」と、言わんばかりのいやらしい視線でこちらを見ていた。

 間違いない、このアーツを私のデッキに入れたのは伊緒奈だ。だが、その意図はなんだ? そしてこのアーツの効果は……?

 

「対戦相手の……思考を読む?」

 

 超能力じゃあるまい、馬鹿馬鹿しい。カードとしての効果を果たしていないじゃないか。

 

「こんなもの――」

 

 捨ててやろうか。そう考えもしていた時、少し前に戦ったカグヤというルリグの力を思い出す。

 "あれ"は確かに私の思考を読んでいた。私が行うプレイングを、全て言い当てた。

 それに、伊緒奈が何の考えも無し、ただの悪戯でこんなカードを私のデッキに入れるか?

 いや、違うはずだ。セレクターバトルにおいて、現実的な考えなど捨てたほうがいいのかもしれない。

 

 このカードは、この効果が本当だとしたら。

 今の不可解な由利の態度について、何か分かるかもしれない。

 

 意を決し、私はアーツを発動させた。

 

「アーツ発動! 看破する魔眼!」

 

「――ッ! そのアーツは!?」

 

 由利が酷く驚いた表情を見せた。まさか、このアーツの存在を知っているのか? 私でさえ知らなかったこのカードの存在を?

 疑問に思うこと一瞬、視界が急に暗くなっていき、私の五感がじわりじわりと、失われていった――。



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9.少女の心、その過去へ

――遡る時、ずっと昔――

 

 

「ほ、ほんとにカードが動いた……喋った! 夢じゃない……よね? 本物なんだよね?」

 

 鳴海由利はカードに向かって語りかけた。

 傍から見れば異様な光景。しかし彼女には見えていた。"ルリグ"という、その存在が。

 

「どうやらあなたは"選ばれてしまった"みたいね……。ま、これからよろしく」

 

 ルリグはあっけらかんとした態度で言った。カードである少女はこんなこと慣れっこだといわんばかりに。

 

「う、うん、よろしくね。私は鳴海由利っていうの。あなたは?」

 

 由利は持ち前の明るさで、ルリグに語りかける。

 

「裂雷(ワケイカヅチ)……。雷を裂くと書いて、そう読む。よろしく、セレクター」

 

 こうして出会ったルリグとセレクターは願いをかけた戦いに身を寄せることになる。

 それが偽りの希望とも知らずに――。

 

 

「とどめ! 裂雷でアタック!」

 

「……これで三勝、か」

 

「ありがとう、あなたのおかげだよ。いつになったら願いが叶うのかなあ」

 

「君の願いは、姉の苦しみを癒す――だったか」

 

「うん、ほんとは自分の力でやるべきなんだけど。そうも言ってられなくて……"これ"にすがるしかないの」

 

「……まあ、君らの仲を見ていれば察しはつくが」

 

 その頃、鳴海姉妹の日常は荒れていた。いや、姉の咲が……というべきか。

 母親、父親ともに残された姉妹。妹は現実を受け入れたが姉はそれを受け入れようとはしなかった。

 部屋に閉じこもり、ただじっとしている。ただ、家族の優しさに飢えている。だというのに、妹の善意を全て跳ね除けていた。

 ――違う、そうではないのだ。姉は、存在している妹のことはよかった。欲しいのは、失われた両親からの暖かさ。

 

 妹が近づくと、姉は荒れた。物を投げつけ、壊し、破り――いつまでもいつまでも、ただ喚き散らす日々が続いていた。

 それはまだ、この時も――。

 

「姉がそうなった原因は両親の他界だというのに、君の願いは両親を生き返らせる――とか、そういうことにはならないんだな」

 

「お母さんとお父さんがいなくなったのは、事実だから。そういう、事実。もし生き返らせることができたら――それは、素敵なことだと思う。でも、それは私にとって良いことなのかな」

 

「良いも何も、死というのはすべからく悲しいものだ。それをなかったことにするのは良いことなんじゃないのか」

 

「……仮にね、願いが叶って両親が生き返ったら私だって嬉しい。でも、それが叶ってしまったら……人の命って、人生って、何? って、私の価値観が壊れてしまう気がするの。「あ、また誰か死んじゃった。でも生き返らせられるからいいやー」……なんて。無感情で味気ない、そんな自分になってしまうかもしれない。そうならない自信がない。だからこの願いを選んだ。両親が死んでいなくなったことは事実。だから、それを受け入れて前に進んでいくんだ。私はもう、そうし始めている。お姉ちゃんと二人で歩いていくために、その一歩目だけ、力を貸して」

 

「君は……そんなこと、考えて願いを」

 

「自分のための願いが叶ってしまったら、きっと私は我が侭になると思う。手に入らない物があったり、思い通りにいかないことがあったら、拗ねてしまう人間になる。願いは自分のためじゃない、誰かのため、大切な人の為に私は使うよ」

 

 裂雷は驚かされた。中学生そこらの少女が、そんな考えを持っているとは。

 セレクターバトルとは、欲望と絶望……それらが渦巻く黒い背景を持つ戦い。まさかそれほどの想いと、考えで戦っていたとは――と。

 

「――やれやれ、君に隠しておくことはもうできそうにないな。良心の呵責で死ねそうだ」

 

「……? どういうこと?」

 

 そして裂雷は話した。セレクターバトルの秘密。

 三回負けたときのペナルティ。そして、夢限少女になるというのはどういうことを意味するのかを。

 

 

「そんな……じゃあ、今までしてきたことって」

 

「恨んでくれていい。私は人間になるために君を騙してきた。が、それが免罪符になるとは思っていない。君を、同じ立場に引きずり込もうとしたのだから」

 

「……いや、恨んだりなんかしないよ。むしろ感謝してるくらい。人間になるためにセレクターを偽り続ける。あなたにはそれが出来たはず。なのにしなかった。私に本当のこと話してくれた」

 

「……君には適わないな。もう、バトルはしないだろ?」

 

「そうだね、私とあなたのセレクターとルリグ、その関係も……終わり」

 

 そういうと由利はカード……裂雷を持ち上げた。

 

「ああ……破り捨てるなり、燃やすなり……好きにしてくれ」覚悟を決め、目を閉じ裂雷は言う。

 

 それを受け、由利はカードを持つ手とは逆の手を裂雷に近づけ――。

 

 

 

 その頭を、指で小突いた。

 

 

「痛ッ――!?」

 

「そんなことするわけないでしょ。確かにセレクターとルリグの関係はおしまい。だったら私達、次は友達でしょ?」

 

「友達……」

 

「そう、友達。あ、そうだ! 友達だったら「君」、「あなた」なんて呼ばないよね。お互い呼び方変えようよ」由利は屈託のない笑顔で言った。

 

「呼び方……か。じゃあ私は君を由利と呼ぼう。由利は私をなんて呼ぶんだ?」

 

「うーん……そうだなぁ……。裂雷(ワケイカヅチ)だから……ワケちゃん? イカちゃん? んー……」

 

「どこで区切ってもしっくりこない呼び名だな……」

 

 二人はうーんと唸り考える。そもそも裂雷という名前が、呼び名には適していないのだ。それも、女性の名前に。

 

「そうだっ、裂雷は雷を裂くって意味なんだよね?」ぽん、と手を叩き由利が言った。

 

「ああ、そうだ」

 

「だったら名前じゃなくてその由来の方を取って、"サク"って呼ぶのはどう? 女の子っぽいでしょ?」

 

「サク……か。ああ、良いと思う。――ん? だがこの名前は確か――」

 

「えへへ、気づいた? そう、サクは私のお姉ちゃんと同じ名前だよ」

 

 そう、サクというのは由利の姉である、鳴海咲と同じ名前だった。

 

「ふふ、なんか不思議な気分だ」

 

「うん、私もっ」

 

 由利が真実を知っても、二人は仲違いすることなく笑いあった。

 

 ――こうして、一人のセレクターが戦いの場から身を引いた。

 だが、由利の……"鳴海姉妹"の物語はここから一変することになる。



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10.咲はサクと見つめあう

 ある日、咲は由利に暴行を働いた。

 言葉にならない言葉を喚き散らしながら物を投げつけ、そして殴る。

 それが、日常となりはじめた。

 

「もう駄目だ、由利。彼女に君の言葉は届かない」裂雷が由利に言った。

 

「私は……大丈夫だから」

 

「血が、出ている」

 

「大丈夫だから」

 

「このままあいつと過ごすのは君にとって」

 

「大丈夫だからッ!!」

 

 由利が大きな声で言った。カードでしかない裂雷には、彼女らを無理やり引き離すこともできない。

 自分がカードであることを、これほど疎んだことはない。それほどの思いだった。

 裂雷がセレクターゲームの真実を明かしたからといって、それで安穏の日々が過ごせるわけではない。

 

「ナルミ……サク。あいつさえいなければ、由利は……」

 

 由利は真っ当な人間だ。両親がいなくなっても絶望にくれることなく、しっかりと前を見ている。

 それに比べてなんだ、あのクソ野郎は――!?

 実体があれば確実に手が出ている。裂雷はぎりりと唇を噛んだ。それほどに無力な自分が悔しくて堪らなかった。

 

 そんな日常も、いつまでも続かない。変化はおのずと訪れる。

 

 由利はいつものように夕飯の準備のため、裂雷を自室の机に一時的に置いていた。

 部屋の扉が開く。誰が開けたのだろう。その正体は珍しく部屋から出てきたであろう、鳴海咲だった。

 

 彼女はすすり泣くように、あるいは呻く様にしながら由利の部屋を物色する。

 本棚の本をばらばらと落とし、小物を見つけてはしばらく見つめ、やがてつまらなさそうな顔をしては、それを捨てる。

 暴れているわけではない。それらの動作は極めてゆっくりとしたもので、咲は空ろに、ゆらりと物色を続けた。

 

 やがて彼女は見つけた。由利が夢中になっているウィクロスのカード。

 一枚一枚手に取り――テキストでも読んでいるのだろうか、なにやらぶつぶつと呟きながら何故かカードたちを見るのを続ける。

 

 そしてその手は、ついに裂雷を拾い上げる。

 裂雷と咲の視線が、交差した。

 

 酷い面をしている――。裂雷は思った。

 まともに食をとっていない痩せこけた頬に、ろくに眠れていないのか、目の下の隈が凄い。

 この女が大事な友達、由利を傷つけていると思うと裂雷は妙にいらついた。

 

「クソ野郎」

 

 裂雷は呟いた。だが咲はじっと裂雷を見たまま、動かない。

 

「いい加減にしろよ、あんた。妹の由利があれだけ真摯にあんたのことを思っているのに。なぜ変わろうとしない? 毎日ぎゃあぎゃあ喚いて。赤ん坊じゃああるまいし」

 

 裂雷は言ってやりたいことを好きなだけ言った。

 しかし、これだけ言ったというのに、咲は何の反応もしない。

 

「……ふん。聞こえていないのか。セレクターとしての資格すらないんだね。つくづく残念な奴だ、君は」

 

 裂雷が悪態をつく。すると咲はそのまま由利のデッキケースと裂雷を持ち出し、部屋を後にする。

 

「おい、待て。どこに行くつもりだ。そいつは由利の――おい、おいッ!!」

 

 裂雷が咲に語り掛けるも、咲はまったく言葉を返さない。

 返す代わりに、咲は口角を歪め、呟いた。

 

 

「――見つけた、私のルリグ」

 

 

「な……」

 

 

 聞こえていた。見られていた。

 咲はセレクターの資格があったのだ。おおよそ何かの拍子に願いが叶うとされるセレクターバトルのことを知り、気に入らない現状を変えるために戦おうとしているんだ――と裂雷は思った。

 

 

 

***

 

 

 

 咲は夜の街を歩いていた。ルリグカード、裂雷を回りによく見えるように掲げたまま歩き続ける。

 周りからどんな目で見られようが構わない。セレクターを見つけられれば、他になにもいらない。咲はそんな精神状態で、ゆらりゆらりと歩を進めていく。

 

 そんな目立つ行為をしていれば、他のセレクターに目をつけられるのは必然だった。

 やがて一人のセレクターと出会い、とんとん拍子にバトルする方向に話は進んでいった。

 

「何やってるんだ、君は。初心者が勝てるわけないだろう。由利ならともかく君にそのデッキは――」

 

「……強い由利のカードなら、それを使う私も強い」

 

「だからと言って戦ったこともないのにいきなり実戦をするやつがあるか! いいかい、セレクターバトルに三回負ければ二度と願いが叶わないしペナルティがあるんだ。どうせそのペナルティで君はより一般の生活がおくれなくなるに決まっている。まだ由利を困らせたいのか!!」

 

 裂雷が激昂する。だが咲はまったく聞く耳を持とうとはしなかった。大丈夫、大丈夫……と震える声で呟きながら咲はデッキケースからカードの束を取り出す。

 

 

「オープン……!」

 

 咲と相手のセレクター、お互いがカードを構えそう宣言するとセレクターとルリグの意識が深い闇に閉ざされる。

 その時、遠くから声が聞こえた。

 

「お姉ちゃん待って!」

 

「由利ッ!? くっ――」

 

 しかし無情にも、戦いの火蓋は切って落とされた。

 駆けつけた由利もまた、巻き込まれるように戦場へと誘われた――。

 

 

 

***

 

 

 相手のセレクターは名を千里といい、そのルリグの色は黒――"閻魔 グリム"

 対する裂雷の色は白。相反する色がセレクター同士の陣地を染める。

 

「さあ、始めましょう。パパとママの再誕パーティーを……!」

 

 咲はぞっとするような笑みを浮かべ口角を吊り上げる。

 そしてルーレットが回転し、針の先端は黒を示した。

 

「私のターンね。ドロー、エナチャージ……いや、やっぱこっちにするわ。灼熱の閻魔グリムにグロウ! シグニを二体配置してターンエンドよ」

 

 少女がエナチャージしかけた一枚目のカードはアークオーラだった。閻魔タイプのルリグに対して限定条件で使用禁止であるアークオーラが入っているということはつまり、限定条件を無視してスペルを扱える閻魔タイプにグロウするに違いない。

 裂雷と、遠巻きにゲームを見る由利はそのことに気づいたが、カードプールをまったく知らない咲はそのようなことは、知る由もない。

 

「あんなふうにプレイングしていくんだ。ほら、君の番だ」

 

 裂雷に促された咲は返事をする代わりにカードをドローしプレイを始める。

 

「エナチャージ、グロウ。ターンエンド」

 

 咲はあろうことか、シグニを配置しないばかりかルリグアタックすらすることなくターンエンドを宣言してしまう。

 

「ばか、なにやってるんだ。シグニを置いて攻撃しなきゃ……これじゃあ攻撃してくれっていってるようなものだ」

 

 やはり咲は初心者だった。とてもセレクターバトルできるような状態に仕上がってなどいない……裂雷はそう思った。

 その後もシグニは配置するもまったくアタックすることはなくゲームが進行していく。

 

 そしてターンが過ぎていった後、実は相手のセレクター……千里は苦しんでいた。

 

「(グロウ……できない……!)」

 

 ルリグをグロウするためにはコストであるエナを支払う必要がある。

 そして基本的にエナは能動的に溜めることができるのはターン始めのエナフェイズのみ。供給源としてはシグニがバニッシュされることやクラッシュされたライフクロスのほうが枚数が多くなるが、こちらは対戦相手が攻撃しなければエナにならない。

 数ターン、咲がまったく攻撃しなかったため、千里のエナは枯渇状態。ついにグロウすることができなくなってしまった。

 

「(ビギナーズラックってやつね。初心者ゆえのミスがこんなところに響くなんて……でも、焦ることはない。私のライフクロスはまだ無傷なんだから――)」

 

 千里はこれ以上グロウできなくなってしまうことを考え、無駄にエナを消費することなくそのターンを終わらせる。

 ゲームが始まってから今まで、咲の表情は動くことはない。何を考えているのか、まったく分からない。

 

「(まさかお姉ちゃん……わざと? レベル5を警戒して? ……いや、そんなことって)」

 

 例外はあるが、基本的にルリグのレベルは高いほうがもちろん強い。

 どのレベルまで上げる型なのかはセレクターが選択するが、アークオーラの入った千里のデッキはほぼ間違いなくレベル5の"虚無の閻魔"が採用されているという読みは出来る。

 それに対応して攻撃をせずにグロウを遅らせるという戦術は確かに存在するが、ゲーム初心者の咲がそれをやってのけたというのは考えにくい。

 

 千里が苦い表情をしている間、咲は表情一つ変えずただ虚空を眺めていた――。

 

 



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11.選択者の推理

 そしてさらにターンが経過。

 ゲームは淡々と進められ、咲のライフクロスは残り1。千里はまだ3枚のライフが残されていた。

 ルールの理解不足か、または戦略の内なのか。序盤アタックしないことで相手にグロウさせないことに成功した咲だったが、やはりダメージレースでは負けていた。

 

 そして、バトルは終盤。千里のターンへと移る。

 

「(良いカードが入った……。でも、勝負に出るのはまだ。完全に"詰み"となるまでは)」

 

 現在グリムのレベルは4。由利の洞察力が正しければ、更なるグロウを可能としているはずである。

 にやりと笑う千里だったが、まだ勝負には出ない。エナを温存したいのか、無理にカードをプレイせずに手持ちからシグニを展開していく。それらは低~中級ほどの壁シグニ。

 ただ、その中には一際異彩を放つレベル4シグニ、サクラのカードがあった。

 

 サクラはある状況下で大量のエナチャージを可能とするシグニ。大量に並べてこそ意味があるので、恐らくデッキに大量投入されている中の一枚だろうと由利は考えた。

 そしてこのシグニの登場で千里のゲームエンドカードはおのずと分かってしまうこととなる。

 ウィクロスの中で最も消費エナの高い、最上級カロリーのアーツ――ビッグバン。千里のデッキに十中八九投入されているはずである。

 ビッグバンはその求められるコストの高さゆえ、入念な前準備が必要だった。ろくにエナも手札もない千里はまだこのアーツを打てない。

 

 案の定、千里はこのターン咲に対してアタックを仕掛ける気はなかった。

 非常に薄味な、場を動かさないプレイングを行う。

 

「バアルの能力を発動。デッキトップをめくり、それが悪魔のシグニなら手札に加える――残念、種族は精元……サーバントのカードよ」

 

 開帳されたカードはサーバント。種族が悪魔ではないので手札に加えることはできない。

 

「まあいいわ。ならば――そうね、ターンエンドするわ」

 

 あろうことか、千里はアタックをスキップする。シグニのみならずルリグの攻撃までどうして――?

 遠くからゲームを観戦する由利は思考する。

 

「(普通、ルリグアタックまでもしない……ということは、それなりの考えがあってのこと。例えば、お姉ちゃんのように相手にエナを与えずルリグのグロウをスキップさせるため……とか)」

 

 しかし、咲のルリグ――裂雷は"巫女"タイプ。現在はレベル4の紅蓮の巫女裂雷の状態である。

 確かに巫女状態からレベル5へのグロウは存在する。しかし巫女をレベル5にグロウすることはある条件のみ満たせば可能であり、グロウに必要なエナ支払いがない。

 グロウスキップが狙いということは考えにくい。

 

 ならば――と。由利はその他の可能性を模索する。

 

 余計なライフバーストを踏みたくない、グロウスキップが目当てではないが、エナを与えたくない。

 その辺りが打倒だろうか。だがこの局面でアタック一回に引き換えてでも――という理由としてはまだ小さい気がした。

 

「(――そうか)」

 

 と、そこで由利は気づく。"デッキリフレッシュ"が千里の狙いなのだと。

 咲が序盤アタックしないことでバトルは長期化し、お互い残りデッキはかなり少ない。このままゲームを続ければデッキが無くなり、ライフと引き換えにデッキを復活させなければならない。

 ただでさえ黒のデッキ――閻魔タイプのルリグはお互いのデッキを大量にトラッシュに置くことを得意としている。

 リフレッシュの為に削られるライフはエナにならないばかりか、ライフバーストすら発動しない。

 このターンでまだ決着がつかないのなら、相手に余計なエナを与えずに次のターンに備える。そしておそらく手札にあるであろうメツムの出現効果で簡単にデッキリフレッシュを起こして安全にライフを処理できる。

 恐らくこれが狙いのはずだ――由利はそう考えた。

 

「(この次のターンはきっと最終盤面がライフ0からの防衛になる。いくつのラインを空けられるかは分からないけど、相手のライフが3も残っている以上ここはエナとアーツを温存するべき――)」

 

 自分がプレイング中ならばそうする、と、由利は思っていた。

 だが、姉の咲はまるで違うプレイング。頭の中には別のストーリーがあったようだ。

 

 場にはアークゲインが1、そしてサーバントが1。

 咲はエナチャージで空いた盤面を埋めようとする。

 

「紅蓮のエクシード効果発動。デッキからラビエルを配置し出現効果発動。エナとバロックディフェンスを支払いバアルをバウンス。更に紅蓮の起動能力でアームを二枚手札からトラッシュに送りサクラをバウンス」

 

 これで2ライン空けたことになる。ルリグアタックも通ったとしても3ダメージ。ライフが三枚削れるだけでトドメには至らない。

 

「アタックに入る」

 

「通すわ」

 

 千里からアーツの発動はないようだった。

 アークゲイン、ラビエルの攻撃が通り千里の残りライフは1。

 

「ターンエンド」

 

 そして何を思ったのか。なんと千里から続き、咲までもルリグアタックをスキップする。

 この盤面とプレイングでは駄目だ――。由利は思った。

 

 トドメを刺しきれないことは分かりきっていた。ここは動かずに次の防御に備えるべきだった。

 ラビエルで捨てるアーツにしてもそうだ。守りの要、バロックディフェンスを捨ててしまっては次のターン生き残ることは難しい。

 そして盤面にはあらゆる効果耐性に強いアークゲインがいるが、盤面が全て天使属性で埋まっていないことも問題である。

 由利の考えでは恐らく相手は"アークゲインであろうとバニッシュ、あるいはトラッシュ送り"にしてくるだろう。だが生き残る可能性を少しでも上げるならば、やはり盤面を全て天使にすべきだろう。

 

 また、今回咲がルリグアタックをスキップした事に関しては、まるで意図がつかめなかった。

 エナを使ってまで2ライン空けておきながら、ルリグアタックはしない。攻めるなら攻める、守るなら守る――そのメリハリがどうも咲にはないように、由利の目には映っていた。

 

「ふふ、そういうこと……。なら……私のターン、ドロー」

 

 千里は何故か不敵に笑みを浮かべ、カードを引いた。

 

「ようやく来た、この時が。グロウ、虚無の閻魔グリム」

 

「(やっぱり来た。レベル5のルリグ――!)」

 

 由利の読みどおり、千里のデッキにはレベル5のルリグが投入されていた。

 このレベル5の登場にも、やはり咲は表情を崩さない。

 

「さっそく虚無のエクシード効果発動させてもらうわ」

 

 虚無の閻魔。そのエクシードとは、今までグロウしてきた自身の痕跡を抹消することで起こす奇跡。

 手札からカードを一枚選択し、そのカードの色が対戦相手に当てられなければ相手シグニを全てトラッシュに送ることが出来る。たとえそれが強固な耐性を持つアークゲインであれども。

 由利がさきほど思い描いていた、アークゲインであれど場を空けてくるとはつまりそういうこと。

 

 色には白、黒、赤、青、緑の5色が存在する。無色という選択肢を含めば色を当てる側が選ぶのは6択の内一つ。

 単純に見れば確率は1/6。だが手札を選ぶのは虚無を持つセレクター。盤面、デッキ構成、プレイヤーの性格――それらの要素によってこの効果は単なる1/6という確率によって決まりはしない。

 

「私が選ぶのは――このカード」

 

 そう言うと千里は一枚のカードを裏返しのまま、セットする。

 

「さあ、私の選んだ色を……当てて?」

 

「(この場合出そうな色……と言えば)」

 

 観戦しながら由利は考える。今もっとも千里の手札にありそうなもの。そして、人間の心理的に千里が出したい色のカードを。

 相手が初心者の咲であればこそ、その心理を読んだ色にしてくる可能性もあることから、色々な説が頭に思い浮かぶ。

 

 例えば、まだゲームに不慣れな初心者が選ぶ色。

 恐らくは黒か緑……または無色だろうと由利は思った。

 初心者ならこの効果を単純な1/6と判断する。そうすると選びたくなってくるのは、"相手が確実に持っている色"だ。

 

 さっきの咲のターンで黒のカード、バアルと緑のカード、サクラをバウンスしている。千里はこの二枚を必ず保有しているということだ。

 逆にこれらのカードは手札にあることがばれている虚無側からすれば、このカードは選びたくない。

 まあ、かといって他の色のカードを持っているかはその時々によるが。とにかく、伏せられた黒か緑である可能性は0%ではない。

 

 もう少し知恵を絞れば、選択する側に更なる情報がある。それは無色のカードのこと。

 

 さらにもう1ターン前。千里はバアルの効果でデッキトップを確認している。それは無色のカード、サーバントだった。

 その後一度もデッキがシャッフルされていないということは、先ほどのドローでそのサーバントが手札に入ったということだ。

 虚無側がバウンスされたカードを読まれているという考えで黒と緑を省いたカードで選ぶ選択肢には、十分ありえるカード。

 ただし、自身でそのことを覚えており、警戒をしているのならばその無色のカードすら選ばれないだろう。白、赤、青といった手札にあるか不確定である色の方が、選択する側からすれば選びたくないカードだからだ。

 

 そう、このエクシード効果は一見すると"相手の手札に何色のカードがあるかを考え、その中から色を選ぶ"のではない。

 選択する側からすれば、それがもっとも合理的。相手の手札にない色を宣言してしまいそもそも確率の問題ですらなかった――そんな状況には確かに陥りたくはない。

 

 だが、虚無側からすればどうだろうか。当然、バレている色は推理されるので選びたくはない。

 むしろ、選択する側が選びたくないカードを選ぶのが、虚無側の合理性。

 相手からすれば手札にあるかどうかもわからない色を選ぶのが、人間の心理。

 

「(……と、すれば相手のセレクターは白か赤か青を選びたいはず……)」

 

 由利は盤面に目を通す。

 エナゾーンには白、黒、緑の色が見えている。更にシグニゾーンにも白が1。トラッシュに白2、赤1、青は存在していない。

 

「(閻魔のデッキにしてはやけに白が落ちてる……)」

 

 閻魔とは、そもそも黒色のルリグ。レベル5の虚無にグロウするためには異なる色のエナを溜める必要があるので、多少他の色が混ざった構築は珍しくない。一つの色につき2~3枚入れれば良い方だ。

 だが盤面の公開情報の中には先ほどの三色の状態が白3、赤1、青0というもの。恐らく白はデッキから全て吐き出されたはず。もう手札に入っていることはないだろう。

 赤と青については考えるべき点がある。

 トラッシュにある赤はスペル、烈情の割裂だった。このカードはお互いエナが4になるようにエナをトラッシュに送らなければならないカード。

 限定条件がついておらず、エナを溜めるプレイングに対抗できるカードなので投入しているセレクターは多い。

 また、このカードは入手源が少し特殊で、手に入る時は大抵2枚セットで手に入るのだ。つまり残り一枚、千里のデッキか手札にある可能性が高いということ。

 

 青に関してはまったくの未知数。今まで一度も青のカードはプレイングされておらず、公開されてもいない。

 この終盤まで出てこなかったということは、一枚も投入されている可能性が考えられる。が、一枚も公開されなかったことを良い事に、虚無側は青を選択するかもしれない。

 

 ここまで考えると、あとは堂々巡りするのみ。

 赤か、青か。由利ならばそのどちらかを宣言することだろう。

 

「(お姉ちゃんはどの色を選ぶんだろう……)」

 

 由利は不安げな表情で、拳をぎゅっと握り姉の宣言を待った。

 

 

 

「私が宣言する色は――」



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12.異次元からの刺客

「(いや、待って――)」

 

 由利が考えた、赤か青という可能性。ある一つの出来事を思い出せば、それらがひっくり返る。

 

「(最初のターンに見えたアークオーラ……まだ一度も場に出ていない!)」

 

 そう、千里が最初のターンのエナチャージの時に見せたアークオーラのカード。

 あれがまだプレイされていなかった。エナにも、トラッシュにさえも。

 

 つまり、アークオーラは確実に手札の中にあるということ。

 

 虚無側が選ぶ合理性が、手札に必ずあるとは限らないと"相手が"思っている色だとすれば。

 それは白、赤、青のいずれか。デッキ40枚に対して既に見えている多くの白。黒ルリグにしては多いともいえるその数。

 色を当てる側からすれば、その色が手札にあるとは考えにくい。つまり"宣言しづらい"のだ。

 当てる側から宣言しづらいと感じる色は、虚無側にとって提示したい色。

 

 赤や青なんかじゃない。あれは白のカードだ――!と由利はこの一瞬で思いつく。

 

「(お願い、気づいてお姉ちゃん――!)」 

 

 由利はぎゅっと目を閉じて、両手のひらを合わせる。

 一瞬の沈黙、そして誰もが咲の言葉を待った。

 

「私が宣言する色は――白」

 

「(やった――!)」

 

 ヤマ勘か、自分と同じ考えに辿り着いたのか。それは分からないが確かに姉は自分の推理通りの色を宣言した。

 十中八九これが当たりのはず――。と由利が思っていた矢先。

 

「――に、しようと思ったけど。やっぱり"無色"にする」

 

「(な、に――?)」

 

 辿り着いた答え。恐らく当たりであろうその色を、咲はみすみすと変えてしまう。

 何故? どうして?

 由利にはわからなかった。無色のカードを千里が選ぶ可能性が少なすぎる。

 今までのプレイから咲が初心者であることはバレている。ということは、千里は"初心者が考え付く色"を選ぶことはない。

 初心者が推理できる範疇にある色はバアルでめくれていた無色と、バウンスした黒と緑。やはり、咲は勘で色を選んだのだろうか――?

 

「さあ、開帳しろ。千里」

 

 咲は強気に、そういった。今までと違い、どこかその表情には小さな笑みが見られた。

 笑顔などという和やかなものではなく、にやりと口角を吊り上げる不気味な笑いだった。

 

「私の選んだ色は――」

 

 千里がカードを開帳する。咲を除く誰もが、生唾を飲み込む。

 ふわりとカードが浮き上がり、その絵柄を外へとさらけ出す。そのカードの色とは――。

 

 

 

 

「無色……サーバントのカード!?」

 

 

 

 

 馬鹿な、ありえない――。由利も千里も、この状況を理解できなかった。

 何故千里が無色のカードを選んだのか、それが分からない由利。

 何故咲が無色のカードを宣言できたのか、それが分からない千里。

 

 そして全てを見通しているかのような不気味な視線で開帳されたカードを見つめる咲。

 

 裂雷は心底怯えていた。この鳴海咲というセレクターに。

 何故なら、決して勘などではない異常としか思えない読みで、このカードを見事読み当てたのだ。

 

「何故……あなたがこのカードを……。嘘……当てられるわけが……」

 

 千里は愕然とする。由利からすればなぜ無色を選んだのか、その理由が分からないが、千里はある"思想"のもとこのカードを選んでいた。

 咲が選ぶことなどありえない、その思想があったのだ。

 

「……まず最初のターン」

 

 ぽつりと。咲が口を開く。

 

「アークオーラが見えたことは事故でも偶然でもない――必然。人を嵌めるためにやった、薄汚い戦法、その布石」

 

 そう、最初に見えたアークオーラは咲も覚えていた。そしてそれがいまだプレイされず手札に残っていることも。

 

「いつもそうしてきたんだろ……色当てゲームに勝つために。相手に"白"と宣言させるために。ある程度頭を働かせるセレクター相手なら上手く嵌る戦法……そのはずだった」

 

 由利は愕然としていた。あれだけ考え抜いた推理が、千里に誘導されたことだったのだ。

 淡々と咲が言葉を紡いでいく。誰もがその種明かしに耳を傾けていた。

 

「だが、今回の相手はまったくのド素人……。最後の色当ての時、場の動きを読んで"白"と宣言しなさそうな相手。君はそう思っていた……2ターン前までは」

 

「くっ……」

 

 突きつけられた読みが図星なのか、千里は何も言い返せない。

 

「だが1ターン前に君の考えは変わった。その理由は、私が"ルリグアタック"をしなかったこと」

 

 前の千里のターン。彼女はルリグアタックをしなかった。その理由は更に次のターン……つまり今回のターンで咲のデッキをリフレッシュするから。

 ここまでは由利が考えていることが正解である。と、すれば咲がルリグアタックしなかったことが分からない。しかもそれが千里の判断を変える要因となったのは何故か?

 

「由利、あんたは少し頭が固いみたいね。能動的にデッキリフレッシュされることまで分かっているなら、おのずと答えは出るはずだけれど……?」

 

 咲が由利を見上げていった。どうやら由利が状況を把握できていないことが咲には分かっているようだ。

 

「(デッキリフレッシュされることが分かっているならおのずと――あっ!)」

 

 黒のカードに、相手のデッキだけを一方的に削るカードは存在しない。

 デッキを削る時は、己のデッキも削る時。順当にプレイングを行っていれば、二人は同時にリフレッシュすることになる。

 

 咲は既にそこまで見切っていた。

 千里が咲のデッキをリフレッシュするために使用するであろうメツムやアンシエントサプライズは、千里のデッキそのものも削り取ってしまうことを。

 由利には理由が分からなかったルリグアタックスキップは、千里からすれば最善手。この時点で咲がにわかなセレクターでないことが分かってしまったのだ。

 

「ただの初心者じゃないことが分かった君はいつも通り白と思わせて、白を出さない戦法をとった――」

 

「私が聞きたいのはそうじゃない! 白じゃないなら、何故"無色"が当てられる!? 何の根拠があって!?」

 

 千里が口調を荒げ、言った。

 咲はそんな千里に対しても、冷静に言葉を返す。

 

「策士策に溺れる……言葉通りだな。自分の策に絶対の自信を持つものほど、利己的な合理主義者ほど"無自覚"とか、"癖"とか、理性外の出来事に足をすくわれるんだ」

 

「何を……言って……」

 

「なら一つ質問……というか、推理してあげよう。――君は右利きだろ?」

 

「なに? 自分は予知ができるとでも言いたいわけ? 確かに私は右利きだけど、それを当てたからって凄くもなんともない。右と言えば、8割くらいの確率でそれは当たる」

 

「予知じゃないさ。それに普通のカードゲームなら当てられなかった。セレクターバトルだからこそ色が分かる」

 

「……普通のゲームじゃない、から……?」

 

「敵のルリグアタックに対してリアルタイムでガードを行わなければならないセレクターバトルにおいて、カードをスピーディにプレイするために理札……整理を行うのはよくある話だろ」

 

 千里や由利には、咲の言葉がますます分からない。色を当てられた原因が利き腕や、セレクターバトルのルールそのものに影響を与えるとは一体――?

 

 

「まだ分からないか。君はガード……つまりサーバントのカードを使用しやすいように、"無自覚に"手札の右端に持ってくる癖がある。このゲーム中のガードは全て手札の右端からサーバントが落ちてきていた」

 

 

 

「――なッ……にっ!?」

 

 異次元からの刺客。通常のプレイヤーの思考の及ばない境地からの攻撃。

 ただの素人が、千里という策士がまるで意識したことのない"プレイングの癖"を突いた奇跡的な有効手――!

 

「無論、"そこの"サーバントも手札の右端から落ちてきた。――くくくっ、これからはハンドシャッフルする癖もつけたほうがいいんじゃあないかな」

 

 以上に冴え渡る、咲の勘と読み。

 まさかとは思うが――と、裂雷は"ある可能性"を考えていた――。



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13.策略家は不敵に笑う

「(な、なんなのこいつ――! ほんとに初心者!? いや――、一介のセレクターだってこんな……こんなこと!?)」

 

 千里は恐怖した。この鳴海咲という人物の底の知れぬ人間性。うすら笑いを浮かべる表情の下で何を考えているのか。

 この"冴えすぎた"思考能力は一体――? が、千里は辿り着けない。その答えに。

 

「思考して、思考して思考して思考して……」

 

 ぼつぼつと、咲が呟く。

 

「全て考え抜いたその先。互いの合理性、思考の偏り、癖……。それを意識できないようじゃあ、凡も凡。中の下。こいつはカードゲームでありコミュニケーションゲームだ。……ふふ、勉強になるな。こいつは」

 

 そして不敵に笑う。言葉の意味が、千里には理解し難かった。ただひたすらに咲への恐怖、疑念……得体の知れなさが膨らんでいく。

 まるでどす黒い靄につつまれるような、息苦しさ、気持ちの悪い感覚が千里の身体を巡る。

 胸焼けしたような感覚。心の底まで見透かされたようで、どうも落ち着くことが出来ない。

 

「ふっざけんな! 要は勝ちゃあいいんだ! あんたみたいな、あんたみたいなやつに誰がッ!!」

 

 強がる。その表現がもっとも正しいだろう。もしかしたら自分はとんでもないセレクターを相手にしているのかもしれない。

 だが、弱さは見せられなかった。千里のプライドが、自身を奮い立たせるのだ。

 

「メツムを配置しお互いのデッキから7枚のカードをトラッシュへ! これで私のデッキがリフレッシュされる」

 

 千里はレベル4シグニ、メツムを使用しお互いのデッキを削り始める。

 WIXOSSはデッキが0枚になるとライフを1枚消費し、トラッシュのカードをデッキへ再構成するというルールがある。

 これで千里のライフが0になり、一見すると咲が有利のように思えるが、無論まだ彼女のターンは終わらない。

 

「更にメツムを配置! 今度はあんたにリフレッシュしてもらう!」

 

 千里は更にメツムを使用する。このターンで合計14枚のカードがデッキから消滅したことになる。

 それに加えて積極的なアタックが行われなかった今回のゲーム。咲のデッキもリフレッシュしてしまい、ライフはお互い0となってしまった。

 

「(やっぱり、相手のセレクターはお姉ちゃんのライフをリフレッシュによって破壊する作戦……。デッキ枚数からしてリフレッシュするのは相手が先。だからおねえちゃんは攻撃しなかったんだ……)」

 

 由利は素直に驚いていた。初心者であるはずの姉のプレイングが、後々になって活きてきている。

 まるで吸い込まれるように、"そういう状況に"なっていくのだ。

 

「まだまだ、私はミリアを配置! デッキから10枚のカードをトラッシュに送り、トラッシュから5枚のカードをデッキに戻す!」

 

 千里はミリアを配置。10枚落とし、5枚を回収する。先のメツムとあわせ、千里のトラッシュ領域はリフレッシュが行われたばかりだというのに10枚のカードを超えていた。

 

「(トラッシュを肥やしはじめた――! おそらくあれは防御の前準備。トラッシュが多ければ有利に働くアーツを持っているのか)」

 

 裂雷は瞬時に判断する。環境の相場から考えて、閻魔ルリグに積まれるアーツはおそらく"アンサプ"や"ブラックデザイア"。

 トラッシュを肥やすプレイングがブラフでないならば、そのどちらかないしどちらもがアーツに組み込まれているはずだ、と。

 

「まだまだ……全てのシグニをトラッシュに送り……"サクラ"を三体召還! そしてスペル発動……ファイナルディストラクション!!」

 

「なにっ!?」

 

 ファイナルディストラクション。

 このターンルリグは攻撃できない代わりに、相手のシグニを全てバニッシュする能力を1ターンのみ"ルリグに与える"カード。一見ルリグに能力を与えることに何の影響があるのか分かりづらいカード。

 持続しない能力をわざわざ別のカードに置き換えて発動するのにはワケがあった。それは"先駆の大天使アークゲイン"の存在だった。

 今も咲の場に並ぶそれはパワーこそ凡なものの、鉄壁の耐性を持つカード。自分ばかりか味方の天使までもを"ルリグ以外の効果を無効にする"という凶悪な効果を持つ。

 シグニの効果、スペル、アーツ……それらを無効化できるが、唯一ルリグの能力がアークゲインには効く。

 

 このファイナルディストラクション自体はスペルだが、シグニをバニッシュする効果を操るのはルリグ。つまりこのターンにアークゲインを含めたシグニは全てバニッシュされてしまうのだ。

 それだけではない。千里が先ほど配置したシグニ……"サクラ"はメインフェイズ中にバニッシュが発生した場合その回数分だけエナチャージを行うことができる。

 今回バニッシュされたカードはアークゲイン、ラビエル、サーバントの三枚だが、対するサクラも三枚場に並んでいる。――この場合。

 

「ふふっ……私の場にはサクラが三枚! これら一枚一枚が個々のバニッシュ発生に干渉する――つまり合計9枚のエナチャージ!!」

 

 通常のプレイではまず考えられない莫大なエナチャージ。千里はアークゲインを含む全てのシグニバニッシュを行いながらこれほどのアドバンテージを生み出すことに成功したのだ。 

 咲はライフ0、シグニ0というがら空きの状態。それでも千里は念には念を入れ、確実なプレイングを始める。

 

「更に増えたエナでリストラクチャーを発動! ライフを一枚回復!」

 

「(リストラクチャー!?)」

 

 リストラクチャーはライフを一枚回復できるアーツ。

 少々カロリーの高いアーツだが、先ほど得たエナを使用すれば、多少のコストなど簡単に払うことができる。

 あまり閻魔タイプに積まれないアーツのため、由利は思わず息をのんでしまう。

 

「そして、アーツ……クロスライフクロス! ライフのカード1枚と、手札のカードを1枚とを交換する」

 

「(こんなカードまで入れているなんて……!)」

 

 クロスライフクロスは手札のカードをライフに"仕込む"ことを得意とするマークタイプのルリグが扱えるアーツ。

 しかし今の千里のルリグは"虚無"。万物のスペル、アーツを扱うことができるのだ。

 

「(だからってこんな、一体何を仕掛けて……はっ!? まさか!)」

 

 由利は気づいた。一見ミスマッチしているデッキの内容。だが、この状況において、咲が"詰み"となってしまうプレイングがある。

 それは"千里のライフの中身がアークオーラであること"だ。仕掛けたのはアークオーラでまず間違いないはずだと由利は思った。

 

「くっくっく……それじゃあ、アタックに入るわ」

 

 してやったり。千里はそんな表情をしていた。全てのシグニをバニッシュした。防御の用意は二重三重にも整っている。

 仮にこの状況をしのげたとして、咲に次はない。完全に、チェックメイトの状況。

 

 咲は目を閉じ、静かに思考する。この状況を打開する、その最善手があるのか――。

 

「(お姉ちゃんのエナは1、2……6エナ。白2青2マルチ2という状況。たとえこの場をしのいでも次のライフがアークオーラだったら――)」

 

■:シグニ

□:空

 

千里

■■■

 

□□□

 

「(今空いている三面……6エナあれば三面を守ることは不可能じゃない。それに相手はスペルとアーツをこのターンに使っているからアイドルディフェンスが使える。ならその6エナを引き継いで次ターンに"紅蓮"の効果で上手く三面バウンスに成功したと仮定すると――)」 

 

千里

□□□

 

■■■

 

「(理想形はこう……。それもアークオーラの効力を受けないアークゲインと天使を並べなければならない。紅蓮のバウンスは手札をかなり消費するからこの条件だけでもきつい……。しかも相手がもしもアンシエントサプライズを使ったとしたら……)」

 

千里

■■□

 

■■■

 

「(アステカを呼び戻し、こうして二面を守ってくるはず。すると通るシグニアタックは一回。その一回でアークオーラが発動してルリグがアタックできなくなる……!)」

 

 

 そう、この状況は咲にとって絶望的だった。

 このターンを生き残ったとして、次のターンに全面空けて全面を天使にしたとしても、あと一歩届かないのだ。

 咲が並べるシグニを全て天使にして、なおかつその中にアークゲインを含み相手のラインを全面空ける。その条件をクリアしても、たった二面、前にシグニを置かれるだけでトドメをさせなくなってしまう。 

 

 この状況で千里にトドメをさせるとしたら、それは天使シグニのアタックが2回通ることだ。

 だが、それはありえない。どうしてもアンシエントサプライズとアークオーラが干渉し、千里に届かないのだ。

 大体、全バウンスと全天使+アークゲインという盤面にする可能性だって、ほとんどないのだから――

 

 

「あっははは! もう諦めたら? 状況を見て、わからない? あんたに"何ができる"っていうのよ!! あぁ!?」

 

 攻撃、防御、資源の準備……その全てを完璧にこなして見せた千里は、激昂する。

 すると咲は薄く目を開け、静かに口を開いた。

 

「"何でもできるさ"――」

 

 不敵に、余裕を見せる咲。その脳内にはどんな戦略が練られているのか――。

 

「どこまでも舐めた口を――……サクラでアタック!!」

 

「させない……アーツ、"ドントムーブ"」

 

「(ドントムーブ!? アイドルディフェンスじゃない!?)」

 

 咲は場のシグニ2体をダウンさせるアーツ、ドントムーブを使用した。3エナを消費して。

 由利の考えでは、ここはアイドルディフェンスを使用してシグニアタックステップそのものをスキップさせるはずだった。

 しかも由利のデッキを使っているはずなのに、入れた覚えのないアーツ。おそらく咲が差し替えているのだろう。

 

「ふふふ、随分焦っているみたいねえ。忘れたの? サクラの"もう一つの能力"を――」

 

「(もう一つの能力……? あっ!)」

 

 そう、サクラにはもう一つの能力が存在する。

 それは"カードの効果によってシグニがダウンした時、エナチャージを行う"というものだった。

 今回ダウンしたシグニは2体。ダウン一回に対してそれぞれのサクラの能力が発動するので、計6枚のエナチャージが行われてしまった。

 

「(サクラを積み込んだ閻魔のデッキ……最悪のケースなら、ビッグバンが入っているかもしれない。尚更次のターンで終わらせないと……しかも、まだ止められたのは2面だけ。まだ1面残ってる。どうするのお姉ちゃん……!?)」

 

 由利は胸の前で両手を握り、姉を見守る。もはや自分の知識や経験が生きない世界の戦い。由利が思い浮かべるどんなケースでも、咲の勝つ道がないように思えていた。

 

「更に……アーツ。"アンシエントサプライズ"を発動する……!」

 

 咲は残った3エナを使い、アンシエントサプライズを使用する。

 種族が限定されているが、シグニを一体配置する能力。トラッシュ枚数に応じて敵シグニのパワーをマイナスする能力。お互いのデッキを7枚削り取るという3つのモードから効果を選択するアーツ。

 

「なるほどねえ。ドントムーブで2体止めて、アンサプで残った1体の前にシグニを配置するってわけ? エナも空っぽで、もう何にもできないわねぇ……ふふふっ」

 

 もはや咲にエナは残されていない。次のターンにいくらシグニを並べても、アークオーラで確実に止まる。しかもシグニやバウンスをやりくりするエナすらなければ、もうどうすることもできない。

 咲の敗北である。

 

 

 

 

 

 

 

 ――咲が、シグニを配置するモードを"選択"した場合ならばの話だが。

 

 

「……違う」

 

「はあ?」

 

「私が選択するモード……それは"お互いのプレイヤーはデッキからカードを7枚トラッシュに置く"効果!」

 

「ちょっと、何言っちゃってるわけ? 今そんなことしてなんの意味が――」

 

 咲の行動。その意図が分からない千里は思わず口を開いた。今はとにかくアタックを防がなければならない状況。

 デッキを削っている場合ではないはずだ。敗北を前にやけになったか――千里が詰ろうとしたその時。

 

「な……私のアークオーラがっ……!?」

 

 ライフに仕込まれたアークオーラ。それが発動することなくトラッシュに送られたのだ。

 アンシエントサプライズの能力、そしてアークオーラの消滅。これが意味することとは。

 

「……デッキ、リフレッシュ」

 

 裂雷が呟いた。そう、この生きるか死ぬかの瀬戸際に、ここまで思い切ったことができるセレクターはそうそういない。

 恐らく咲はプレイされているカード枚数を事前に数えており、千里のデッキ枚数を記憶していたのだろう。

 

「だからなんだってのよ!? 盤面が空いていることに変わりはないわ! いきなさいサクラ!」

 

 そう、アークオーラは破壊できても盤面を埋めたり敵のシグニを止めたわけではない。

 通常ならば、このアタックが通って勝負は決していた。だが、千里が命じてもサクラは動かない。アタックを行わない。

 

「ちょっと! 聞いてるの!? ねえ、ねえってばっ!!!」

 

 いくら叫ぼうとも、サクラがアタックすることはない。一体なにが起きているのか――?

 この場にいる誰もが困惑した。

 

 ――鳴海咲を除いては。

 

 

「まだわからないのか」

 

 

 

 

 そしてその口から告げられる事実。

 

 

 

 

「このデッキリフレッシュは――」

 

 

 

 

 狂人のようにしか思えない、その防御策とは。

 

 

 

 

「――君にとって、"二回目"なんだよ」

 

 

 

 

 "ターンそのもの"を、消滅させること。

 WIXOSSには、ターン中に二度目のデッキリフレッシュが行われた場合、強制的にターンが終了するというペナルティがある。

 普段ならばまったく意識しないルール。この瞬間、この状況でのみ、アンシエントサプライズは"絶対防御"と"ライフラッシュ"を兼ね備えた最強のアーツへと変貌する。

 

「ば……ばか……な……」

 

 ファイナルディストラクションの効果で千里に手札はない。アークオーラが消滅した今、彼女をルリグから守る術はなくなっていた。

 

「終わりだ。千里」

 

「う、うわああああああああああああッッ!!!!」

 

 叫び、発狂する。確信を得た勝利から、敗北と言う名のどん底に叩きつけられる衝撃。

 鳴海咲は、ただ口元を歪にさせ、にやりと笑うだけだった――。

 

 



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