GOD EATER;亜 {狂想円環のカーディナル} (秋並 真貳佳)
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零 記前 {聖戦停止のデストロイヤ}

GOD EATERのお話です。作者はこの作品が処女作となるため、稚拙な部分も目立つと思いますがよろしくお願いします。今回は前書きのため、えらく短めです。続きを読むかどうかは、これを読んで決めては如何でしょうか。


 雨だ。

 男にはもはや、何時から雨が降っていたかなどわからなかった。

 頭にバラクラバをすっぽりと被った男は、天井のない教会で壁にもたれて荒い息を整えていた。周囲に他の人影はなく、空を行く暗雲は大きめの雨粒と暗い影を男に降り注いでいる。

 たまに耳のヘッドセットにつながる無線機をちまちまいじっているが、大きく肩で息をする男はそれ以外の行動はとれないようだった。バラクラバで男の表情は一切読めないが、おそらく苦悶の表情をしているだろうことはすぐわかる。

 男は、耳のヘッドセットから聞こえる別の男の声を垂れ流すがごとく聞いていたが、ある単語を聞いたところで眼を見開いた。

 しばらくの間、男は荒い息すら押し込めてひたすら動揺していたが、それが終わると空を突然仰ぎ、バラクラバを被った顔面を雨で濡らした。

 男はふいにヘッドセットを乱暴に外し、無線機ごと床に投げて踏んづけた。別の男は未だ無線機の向こう側で喋り続けていたが、男は構わずに踏み砕いた。無線機はなかなかに頑丈なはずだが、男は怒り、激昂に身を任せていた。また息が乱れてきた男は鬱陶しそうにバラクラバをひんむき、今度は手からこぼすように捨てた。男の表情が空気に触れる。三十代半ばに見える、痩せた男だった。

 男は視線を床に落とした。そこにあるのは、めくれてバラバラに砕けた市松模様のタイルと、

 

 ……紅い、真っ赤な真っ赤なピストルだった。

 

 男は右手で左腕があったはずの場所を押さえながらかがみ、その紅い銃を手に取った。

 男は一人、全身を雨で濡らしながら立ち上がった。そして一言、消え入りそうな声で「待ってろよ」とつぶやいて、重い体で、疲弊しきった身体で、挫けそうな心で、雨の中を駆けていった。

 

 

 

 

 真実に、七年前の話である。

 




初の投稿のため、多少ミスがあるはずですので、そこはスルーで頼みます。さて記念すべき第0話、如何でしたでしょうか。なるべく今後の展開を気になるようにしてみました。よければこれからも読者の皆様に付き合っていただければ幸いです。それでは。


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壹 朝 {普遍日常のノート•プロローグ}

第二話です。ゆっくりしていってね。


 雨だ。

 朝だというのにあんまりすっきりしないな、なんて思って少し光の加減が抑え気味なカーテンを開けた途端、外の灰色に気づかされたのだった。……湿気がこもってじめっとしている。よれたタンクトップに半ズボンという俺の薄着でも蒸し暑い。

 昔は梅雨、なんて季節があったらしく、その時期になると毎日雨が降り続けたのだとか。俺は別に雨が好きとか嫌いとかこだわりはないけど、ホントにそんなだったら相当鬱な気分になること請け合いだろうな。昔、と言うからには当然今はそんなことはなく、今じゃ季節の移り変わりなんてほとんどわからない。もうずっと続いている異常気象は回復の目処が立たない、とか先輩が言ってたっけな。

 人はちょっとした伸びをするだけでも気分転換ができるものだ。とも言っていたのを思い出した俺は、少し窓と間を開けて、両手の指を絡ませてスタンバイした。……まだだ。まだ早い。何事も焦らせば焦らすほど、溜めれば溜めるほど効果は三割くらい増しになるものだ。

 ふふっ。俺の灰色の脳細胞は今日も絶好調らしい。俺には何をすれば自分にとって一番利益が生じるか、何が俺に収益をもたらすのかという不確定可能性理論を理解し操る技能{スキル}が天から与えられている。と俺は思っている。

 よし、頃合いだろう、と俺はすこうしずつ前方の手を上昇させる。……ゆっくりだ。ゆっくり行け。伸ばしきった際の快感を三割増しにするために。でもゆっくり過ぎず。ゆっくり過ぎると逆効果、ただの伸びになって快感は消えるからだ。よし。良い調子だ。水平ラインを超えるぞ。

 ……今だ!一気に伸ばせ!

 

 バァン!

 

 その瞬間、背後のドアが爆発したような音を立てて乱暴に開かれた。

「ぬおう!?」

「リュウ!いつまで寝て……なにしてんの?」

その時俺は、水平ラインを超した両手を上げ損ねて、腰を後ろに突き出して、腕だけ上にもつれたまま上げるという変な体制になっていた。びびったわけではない……はずだ。これはそう、来るべき「敵」の襲来に備えた対ショック姿勢なのだ。そうなのだ。誰が何と言おうとそうなのだ。疑うな。

「ちょ……リュウ?」

「どぅっ……黙れ!お前まで疑うのか……!」

「何をだよ。てかまずその体制どうにかなんないの?」

俺はまだ対ショック姿勢を崩さない。だって対ショックなんだもん。こいつから攻撃が来ない保証がない以上、対ショックと言う設定のこの姿勢は崩してはならない。

「やっぱり疑ってるじゃないか、妹の分際で」

「いつから私はリュウの妹になったんだよ。……まあいいや、まだ寝てると思って起こしにきたんだけど。起きてたなら早く朝ご飯食べちゃってよ、食器片付けらんないから」

そう言ってハルカは部屋を出て行った。

 しかたないな、行ってやるか。俺の胃袋も絶好調だからな、寝てる間に空っぽになったみたいだし。伸びを邪魔したのもお返ししなくてはだし。

 

 

 ハルカが出て行った後、わずか数秒で寝間着から着替える神業を家具に見せつけた俺は二階の自分の部屋から一階のリビングへと降りた。

「あ、やっと来た」

ハルカがポツリと言った。……な、何だと……!?「やっと」と言ったかこの小娘。

「今……何と、言った……?」

そこでハルカが「あ、やべぇ」という顔になった。

「ああいや、その、朝ご飯を用意してから結構時間空いちゃった、って意味であって」

「……そうか、ならいいんだ」

ハルカが面倒そうにふう、とため息をついたのを俺は聞かなかったことにした。

 俺は昔から、「速い」という言葉に魅せられてきた。そして俺は速さを求め、結果俺は足の速さはもちろん、食べる速さも、爪が伸びる速さも速くなったのだ。だから俺は遅いとか言われるのが嫌いなのだ。余談だが、俺は自分の「速さ」が全部で百七つあることを把握している。「あと一つで欲望の数と同じ」とかハルカに言われたことがあるが気にしない。ちなみに、「あなたがいると場が冷めるのが速いね」と言われたこともあるがそれはカウントしていない。別に、悔しいからとか欲望と数が同じなのが恥ずかしいからとかじゃないぞ。疑うな。

「……昔からリュウは面倒だな」

なんだとこの小娘が。

「……聞こえてるぞハルカ」

ぎくり!、なんて効果音が聞こえた。気がした。

「あ、ええと、いまのはね、あ、あはは……」

まったく。昔からそうだ。

 俺が面倒なのが昔から、ではない。いやそうかもしれんが。昔からハルカは人の地味な部分を突くくせに言い訳がへったくそなのだ。

 俺はハルカとは幼なじみだ。小さい頃に片親だった親父が蒸発した俺は、幼なじみのハルカの親に引き取られた。それからはずっとハルカの家に住ませてもらっている。だから結構赤裸々な秘密も互いに知っちゃっているのだ。まぁハルカは好んで俺の秘密を(無理矢理)知ろうとするからあっちの方が情報は多いのだが。

「あ、えっとね、面倒っていうのは手を焼かせるって意味であってね?一種の母性であってね。……母性?……母……フヒヒ」

なんか話がずれてるぞ。

 ハルカは少々(たぶん少々)変態的な面がある。見た目は悪くない奴だが、えらくやなオーラが見えることがある。まさに今がそれだ。スイッチが入るタイミングはかなり運任せだが、こうなるとこいつの方が面倒くさい。

「リュウ……フヒヒヒ……」

 そろそろ止まっとけ変態、と言ってから俺は絶賛空腹なうということに気づいて、用意されていた朝飯のサンドイッチを食べ始めた。

「あ、リュウいけないんだー。いただきますって言ってないでしょー」

トリップから帰ってきたハルカが俺を指で指した。

「……むうう。イタダキマス」

「感情がこもってないよ。作った人に感謝ぐらいしてよー」

「イタダキマス」

「……」

「イッタダッキマース」

「……」

諦めた様子のハルカは、溜息をつきながらキッチンに入っていった。

 岡寺ハルカ。十五歳。俺の幼なじみ。趣味は写真というだけあって、いつもレトロな大きい一眼のカメラを持ち歩いている。撮る写真は様々で、風景の写真から俺の入浴場まで。性格は明朗快活で、とても前向きだ。絶対に本人には言わないが一緒にいて楽しいし落ち着く。顔立ちは整っているが、まだまだ幼い感じが抜けない少女だ。小さい頃に父親を無くし、母はそれがきっかけで病気を患い、ずっと寝込みっぱなし。家業の薬局をこの歳で引き継ぎ、たった一人で店を切り盛りしている。……変態要素が無ければ惚れてもおかしくないが、非常に脆い部分もあるから見ててやらないと不安になる。どこか妹みたいな奴だ。

 俺はというと、配給だけでは足りないし、とてもではないが生きていけないので、こいつの収入に完全に頼っている。ヒモとか言うな。確かに学校は途中で止めたが。

 学校で思い出した。

「おういハルカぁ」

もう食べ終わったの、とキッチンに掛けてあるのれんを分けてちっこいセミロングの頭が出てきた。

「うわほんとに食べ終わってる」

「俺は超神速{トップ•スピード}だからな。あそうだ、違う違う。今日は出かけるからな」

む、という顔をしてからむむう、という顔になるハルカ。

「またあの女の所?」

「あのお方をあの女とかいうでない。俺の師匠だぞ」

「むうう……」

ハルカは唸りながら、またキッチンに引っ込んでった。

 のだが。

「あああああああああああああああああ!」

いきなり叫び声が聞こえてきた。もちろんハルカの声が、キッチンから。

「うるさいぞ。焼きそば流し台にぶちまけたりでもしたか」

キッチンからちっこいセミロングが出てきた。おお激しくデジャヴ。でもさっきより心なしか顔がうつむいているっぽい。

 わすれてたぁと言いながらソファに深々と腰を落とすハルカ。ここからだと短いワンピースの中が丸見えだがスパッツをはいているので全然ブツは見えたりなどしない。疑うな。

「うう。今日本部の視察団が来るんだった」

……ああなるほど。ってかまたかよ。

 ここ極東支部にはちょくちょく本部の奴らが視察にくる。その度にハルカは、薬局員としていろいろ挨拶だの接待だのするのだが、ハルカはそういう大人の社交的関係に苦手意識があるのだ。いろいろ接待の準備もあるはずだが、この調子だと全然やってないんだろう。

「極東、激戦区だからな……今日は誰が来るんだ」

誰、というのはなんという名目で来るか、というのを意味する。前までは普通に業務視察とか居住区視察とかまあ普通だったが、最近はなんか回数が多い。だから俺、と言うより俺たち居住区の住民は何となく怪しんでいるのである。だからどんな目的で来るか気になるし、誰が来るかわかれば何が目的かおおよその検討がつく。それが不自然に違ってたりすればまあ怪しいのだ。なにかできる訳ではないのだが。

「……ん。本部の何とかって幹部と……特殊部隊の連中らしいよ」

おかしいな。幹部ってのはよくある、というより一番メジャーな人種だ。だが特殊部隊?護衛なら一般の奴に任せれば良いものを、なんでそんな大掛かりな。

「……しかも小隊一つまるまる」

ハルカが心底疲れた顔で言う。特殊部隊、しかも小隊一つ?大胆だな。最近のうちではかなりの異例な気がする。

「……だいじょぶ?」

なんとなくハルカが心配げに俺の顔を覗き込む。見えないけどワンピースは直せ。

「……ああ」

さっきからハルカが歯切れ悪いのは少し理由がある。俺の親父は、

 

ゴッドイーターだった。

 

 ゴッドイーター。世界を救う唯一の希望。生化学企業フェンリルに所属する、人類の切り札。人類最後の砦。

 数十年前、突如世界に広がった謎の生物、アラガミ。アラガミは世界の何もかもを「喰」い散らし、人類も相当数が「喰」われてしまった。地球のあらゆるものが「喰」われていくなか、人類がいまだ絶滅していないのはゴッドイーターの活躍のおかげである。彼らは唯一アラガミにダメージを与えることのできる武器、神機を用いて戦い、俺たちを護ってくれている。

 親父はそのゴッドイーターだった。その頃はまだ今のような強力な神機ではなく、ピストル型のものを使っていたという違いはあったが、神機を使って人を護るという点は一緒だ。親父は本部直属の特殊部隊に所属していたが、数年前に特殊任務を受けて以来戻っていない。生命反応は途絶えていて、親父以外の隊員はほとんど喰い残しが見つかっており、生存は絶望的。実際、フェンリルでは戦闘中行方不明として捜索は随分前に打ち切られている。

 ハルカはそれが俺のトラウマとなっているんじゃないか、と思って気を使っているらしい。普段はアレだけど、こういう時には気を使ってくれる。かわいい奴め。

「そう気を使うな。大丈夫だ、問題ない」

そう言ってやると、ハルカはほ、と息をついてからまたべちゃあっとソファに沈みこんだ。何度も言うがスパッツをはいているので見えない。疑うな。

「……正直めんどいなぁ」

何の気なしに窓の外、灰色の空を眺めるハルカ。

 なんとなく、いつも通りの日常だな、と思う。窮屈だけど幸せだ。

 

 まだ大丈夫

 

 ……?不意にそんな言葉が浮かぶ。……まだ。……。ええいうるさい。そうかもしれんがそれでいい。今が大事だ。

 俺は頭に勝手に浮かんだ文に一人で悶々としつつ、食後のコーヒーを味わい始めた。と同時にハルカが愚痴を再開した。俺は別にいつだかの士官がウザいとか興味ないんだが、まぁ付き合ってやる。

 伸びの邪魔をしたのも免除してやるか。今日は気分が良いし、何より。

 

 さっきの礼だ。

 

 

 




ちょっと短かったかな。とにかく読んでくれてありがとうございます。今回はただの日常でしたが、多分次回もそうなるかなあ。ま気長に待っててくださいね。戦闘シーンが欲しい人はもっちょい待って!おらがんばるから!じ、次回もよろしくね!


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貳 奇襲 {密宣告のラグナロク•プロローグ}

二話です。ゆっくりしていってね。


「ガランディアーティ……何て?」

「むぅ……わからないならいいんだが」

俺がそう言うと先輩は口を尖らせた。

「ええ……聞くなら最後まで聞くのが筋じゃないかな」

気になるらしい。

「まぁ、気にしないでくだせぇよ」

「そんな言い方されて、どうやったら気にせずに済むって言うのさ」

「こう口ずさむのさ……『正義の在処はここにあり。故に嵐は過ぎさるしかできぬ、雷は黙るしかできぬ。考えずとも、おのずと』」

「ああもういいや」

ひどい。気になるっぽいから気にせずに済む方法を教えたのに。

「ただの長い文じゃないかな……少なくとも思考をストップさせる機能は無いと思うよ」

そんな真面目に考えられても困る。俺も使うっちゃ使うが信憑性は無い。小さい頃よく口ずさんでた、ただのおまじないだ。懐かしい感じしかしないタイプの。

 

 

 さて今俺は薄汚れた倉庫っぽい所にいる。明かりも薄く、まさしく倉庫っぽい所だ。何で俺がこんな所にいるかと言うと、ここが俺の教室だからである。

 さっきから俺と話しているのは先輩である。本名が気になるだろうが、先輩は先輩であり、それ以上でもそれ以下でもない。先輩は先輩なのだ。先輩は十代後半……いや中盤くらいかな?ぐらいの若さでかなりの技術力を持ったエンジニアだ。あまりプロフィールとか詳しいことはよく知らない。最近伸びてきた銀ショートの髪がまぶしい。先輩との出会いは三、四ヶ月程前、居住区で男に絡まれている所を助けたのがきっかけで、俺は今無職者{ヒモ}である傍ら、彼女に神機の手入れなんかを学んでいる。俺もさすがに生涯無職はまずいと思って、エンジニア兼開発者を目指して色々学んでいるのだ。

「そういえば先輩」

「無駄話は後。あなたまだアーティフィシャルCNSについてのおさらいしてないでしょ」

厳しい。

「……でこのアーティフィシャルCNSは……」

授業を再開した先輩をよそに、俺は後ろの自分の鞄に手を突っ込む。

「聞いてくれたらカレーパンあげたのに……」

ぐ、と詰まる先輩。ふふふ。この俺は欺けんぞ先輩。本心が丸見えだ。

「……神機にとって必要なもの、ではなく、神機そのものにおける……」

「カレーパイもつけたのに」

うじじ、と詰まる先輩。なんか自分に言い聞かせるように授業を続けている先輩。ふっふっふ。

「……大事な役割を果たす、いわば……えーと……いわば……いわば……」

「……冷やしカレードリンクもつけたのに」

「参りましたああ!聞くから!悪かったから!ね!だから見せびらかすようにちらちらさせるのは止めて!」

「あっはっは!続けてくださいよ先輩!授業の後で聞きますので!」

「ひどい!ひどいよリュウガ君!」

 

 

 十分後。カレーセット一式を食べ終えた先輩に聞いてみた、のだが。

「それで先輩。聞きたいんですがね?あの……せんぱーい?」

食べさせてあげたのに、拗ねた先輩が背を向けて体育座りしていた。

「あんなひどいことをするリュウガ君は違うよ」

違うってなんぞ?確かに昨日から何も食べてないって言ってた人に食料をちらつかせて脅したんだから、まあひどいのはわかるが。

「あの日私を助けてくれたリュウガ君は……死んだ」

いくらなんでも話が飛躍し過ぎだろう。

「ああ……謝ります。もう二度とあんなことしないから聞いてください」

「……ホント?」

ホントも何も、あれはいつも徹夜仕事だから今日も何も食ってないんだろうと考えた俺がわざわざ買っておいたものだ。ちょっといじめたくなっただけだ。ああまで几帳面に傷つくとは考えてなかった。

「ホントですよ。だから聞いてくださいよ」

「……むぅ」

しばし俺をじとっとした目で見る先輩。……そんな真意を測るように見られても困る。

「……うん……信じとくよ」

なんでこんな重い感じになってんだ。俺そんな重罪は犯してないぞ。疑うな。

「で……何だっけ、私に聞いてほしいことがあるんだっけ?」

忘れてた。

「ああ、そうです」

「……その……そんなに聞いてほしいって言っても……告白はだめだよ?」

頬を少し赤らめた先輩が潤んだ瞳を向けながら言った。…はい?

「……違いますよ、全然」

「え……?男の子がしつこく聞いてほしいって言うのは……その……告白の……時だって」

誰が吹き込んだんだそんな偏った知識。というかそれはそれで俺、ふられてるんだが。傷つく。

「極東支部{アナグラ}のことです」

「え?アナグラがどうかしたの」

「今度本部から視察団が来るらしいじゃないすか。あれっていつ頃なんでしょう?」

そうだ、それが聞きたかった。ハルカが言うには近いうちらしいが、いつ頃だろう。

 何故こんなことを聞くかというと、ちょっとばっかし興味があるからだ。親父も本部の特殊部隊に所属してたし、どんな人間が入っているのか知りたい。だから、まあその。コンタクトを図ろうという訳だ。

「ああ、あの件ね。もう来てるんじゃないかな」

「……なんだって?」

「いやだから、到着は確か今日の、えっと、正午くらいの予定だったんじゃなかったっけ」

もう一度言おう。なんだって?

「本当は来週のはずだったんだけど予定が繰り上がったとか」

……こうしてはおれん。早速会いにいってみようか。

「すんません先輩。今日の授業はここまでで」

「なっ!何それ!だいたいまだアーティフィシャルCNSの復習が……」

言うと思った。だがアーティなんとかより、今は特殊部隊のが大事だ。そんな気がする。

「復習ぐらいは自分でできますって!」

言いながら俺はノートやらペンやらを自分のショルダーバッグに入れていく。

「ちょっとぉ!今日はもっと実践的な内容に入ろうと思ったのにぃ」

なおも諦めずにうじじと噛み付く先輩。実践的、というのは惹かれるが、今は特殊部隊のが大事だ。そんな気がする。

「すんません!俺、ペストと赤痢と腸チフスを併発して死にそうだ!ってことで。じゃ!」

少し心苦しいが、今は特殊部隊のが以下略。先輩がまだなにか言おうとしていたので、上から言葉を重ねて静かにさせる。

「ああ先輩、一つだけ!ほっぺにカレー付いてますよ!じゃ!」

先輩はまた頬を赤らめて、ハンカチで口の横のカレーを拭きながら、ちょっと眉を寄せながら、ようやく口を噤んだ。

 倉庫の扉から飛び出した瞬間に目に何か入った。……水滴だ。

 そういえば雨だった。俺は忘れていた傘を持って外に出て、アナグラに向かった。

 

 

 一般人は会えないぞ、と言われて追い返された。なんとまぁ、どうやら今回の視察団がいる間、アナグラへの入場は制限されるらしい。大掛かりだ。ちきしょう。まぁそんな簡単に会える訳も無いのだが、それじゃあ先輩に悪い。どうにかして会いたい。会ってみたい。

 しばらく立ったまま居れば中に入れてもらえるかな、と思って、傘をさしつつ、さっきの入り口付近の受付の奴にずっとガンを飛ばしていると、後ろから声をかけられた。

「すいません」

敵か!

「誰だっ!」

「なッ……え……」

そこにいたのは、明るい茶髪のさらさらショートヘアの頭だった。敵ではないっぽい(当たり前か)、灰色のコート、黒いのぺっとしたミニスカートにニーソックスを身に纏い、白い傘をさしたちっこい背丈の少女。顔立ちは整っているが、今は驚いて口を開けたまんまだ。赤い光彩をした目が俺を見ている。

「……ちょっと失礼じゃないですか。初対面の人に向かってそれって」

すぐに不機嫌そうな表情に変わる。そりゃそうか。振り返り様に叫んで、ファイティングポーズまでとったもんな。

 まぁそれは置いておき、俺は一つ気になったことがある。

 何故手が震えているんだろう。

 俺はなんと、この傘をさした少女相手にビビっていた。へたれじゃない。疑うな。

 この少女、なんとなくスゴい……オーラみたいなのが感じられる、この威圧感。まるで鬼に遭遇した子供みたいに気圧される。なんなんだろう。何か違和感がある。

「ちょっと、聞いてます?」

じ、と俺の目を覗き込んでくる。……引き込まれそうな大きな目。長いまつげが縁取る、赤い目。手が震えてさした傘から水滴が飛ぶ。

 おそるおそる声を出してみる。喉でひっかかる感じがする。

「……ぅ……ぅ俺になんの……用だ……?」

「用があるのはあなたじゃなくてそっちの受付の人。……あの、どいてくれます?邪魔なんですが」

なんかしゃくに障る言い方だな。

「悪いな。俺もこのおっさんには用があってな。で、俺が先に来たのだ。順番どおりにいくのが定石だろう?それくらいはわかるだろうな、子供でも」

今度はすらすら喋れた。こんな言い方をしてるのは、なんとなく気に入らないからだけでは無い。なぜか、この少女には油断してはいけない気がするからだ。

「……な……極東の男の人は礼儀も何も無いんですね。あと私は十七です。子供じゃないです」

なんと俺と一つしかしか違わないとは。

「黙れ!騙されんぞ……この俺は超神速{トップ•スピード}、騙されるはずが……」

そんなことを言ってると、聞かずにこの少女は俺を手でどけて受付の人の前に割り込んだ。動いても俺はそいつの目から視線を外さない。

「大変だったでしょう。ええと、用があるんですけど……」

「ああ助かりました。しつこくて困ってたんです。それで、用件は……」

……こいつら、俺をいないものとして扱い始めやがった。ちきしょう。

 まあ、ねばっても無理だろうし、今はこの少女に場を譲るか。しょうがないよな。

「それで、あの角を右に……」

「えっと、ああ、わかります……」

しょうが……ないよな。別に立ち去りかけてるのに気にしてもらえないのが悔しい訳じゃないぞ。疑うな。

 ちきしょう。

 仕方ないな、と後ろを向いて立ち去りかけた、その時。

 

 ゔぁんゔぁんゔぁん!!

 

 な……なんだ?

 いきなりサイレンが鳴り始めた。

「これは!?」

少女をどけて受付の奴に聞いてみる。

「おそらく……外部居住区にアラガミが!」

受付はすごい形相で空の向こうを見た。

 マジかよ。

「仕方ないですね。私はハンガーに!」

少女が何か言っている。

「おっ……俺は?アラガミ侵入だからアナグラに避難させてもらえるんだろ!?」

「あ……そ……そうだな、緊急時だから入場を許可しよう!」

アナグラに走った。少女相手には敬語だったのに、とかは別に気にならなかった。この機会に便乗して例の特殊部隊と、とかも考えていない。

ただただ、一つだけ。いち早くこの中で待たなければ。

 ……ハルカ……!

 

 

 俺は数十分後、ゴッドイーターに手を引かれたハルカをアナグラの中で見つけた。

「ハルカ!」

「あ……リュウ……」

全身びしょ濡れのハルカに走り寄る。当のハルカはどこかおぼつかない足取りだ。ふらついていて顔が真っ青だ。

「良かった、しばらく見当たらないもんだから……」

そう言うとハルカは息を切らしながらとぎれとぎれに言った。

「……はぁ……はぁ……うぅ……お、おおばや……う」

途中まで言ってハルカが泣き出した。……まさか。

「お……大林おばさんが……おばさんが……う、ううぅぅぅ……」

しゃがみこんでハルカは泣いた。そうか……おばさんが。

「お、おばさ……ううぅぅぅ…」

「ああ、もう言わなくていい」

おそらく目の前だったんだろう。相当つらかったはずだ。ハルカは勝ち気ではあるが、本当はかなり繊細で崩れやすい。

「う……うううううう」

泣き続けるハルカ。ふと、体を見てみた。いたる所をすりむいていて痛々しい。かなり急いで逃げてきたんだろう事がわかる。おばさんが*われるところを見て、必死に。これで泣かなかったらおかしい。見ている俺がつらいくらいだ。

 ん?

「お前カメラは?」

この場でなんてことを聞いているんだ俺は。

「……急いでたから……ううぅ」

ちきしょう。こいつが手放したという事は相当ヤバい時だったということか。

「……ちょっと待ってろ」

立ち上がる俺。

「……え……リュウ取りに行くつもり……?」

もちろん。

「バカ!リュウも喰べられちゃうよ!」

「バカはお前だろうが!」

あれは俺たちの思い出の固まりだろう。自由の少ないこの世界で、唯一思い出をしまっておけるもの。俺もあれが大切だと思ってるんだ。

「思い出くらい取りに行かせろ!あれが無くなるのは俺も悲しいんだ!」

あれはハルカが小さい頃、ハルカが父親から貰ったもの、要は形見だ。どこまで悲しい思いをするつもりだよお前。

「さんざん大切にしてきたもんだろうが。お前はここで待ってればいい。俺が取ってきてやる」

かがんで頭に手を乗っける。

「……帰って、来る……?」

「当たり前だ。俺を誰だと思ってる。超神速{トップ•スピード}のリュウガだぞ」

後は聞かない。それだけ言い残して走った。

 

 

 アナグラから出るのは案外楽だった。さっきの受付はどこかにいなくなっていたからである。

 午前より明らかに強まった雨の中走り、息を荒くしてようやく辿り着いた。服がかなり重い。まあ、神速の俺は時間で言えば相当早くついたが。

 居住区の俺たちの家は、相当ショッキングな有様だった。いたる所が崩れていて、瓦礫になっていた。廃墟。そんな言葉が似合う相貌になってしまった。

 周りの他の家も似た状態になっていたが、自分の家は相当こたえた。ハルカの母親はアナグラの医療室に入院してて命拾いしたな、とか思いつつ家だったものに入って行く。

 先ほど戦闘があったようだが、今は遠くの方から鳴き声が聞こえ、あとは降り注ぐ雨の音だけ。静かだ。それが逆に寂しい。

「……くっそ」

かなり中は進みづらい。おかげで埃まみれだ。服の水分が砂埃をくっつけている。

 と、

「あったッ……!」

テーブルだったものの下に、俺と同じく埃まみれの見慣れた一眼が埋もれていた。引っこ抜いて起動するか確認する。ぶいーん、と音がしてちっこい液晶に会社のロゴが浮かぶ。よし。

 廃墟から這い出て、辺りを見回してみる。改めて見て、悲惨だ。ここまで崩れたのはかなり希有な例じゃないか、ここでは。

 ……数時間前までここで日常してたんだな、俺。瓦礫の中に埋もれた写真立てが目に入った。そこに写った、満開の花のごとき満面の笑みをたたえた三人の子供と、五、六人程の大人。まだ俺が小さい頃の写真だ。近くには、病室を背景に、俺とハルカ、それともう一人、白いベッドに眠っている少女が写っている写真がそのままの状態で落ちていた。こちらは最近撮ったものだ。……思い出の詰まった写真箱がひっくり返されたらしく、見ていて胸が締め付けられた。

 全て拾いたかったが、そうゆっくりしてはいられない。今はアナグラに急がないと、いつ奴らが来るかわかったものではない……

 がらら、と音がした。軽い小石が落ちる音だった。

 何か、と思って音のした方をなんの気無しに見た、俺は後悔した。

 俺の家の一部が崩落して、隣の雑な作りの家と合体してしまっていたのだが、その敷地の境界あたりを隠していた瓦礫の陰から赤い水溜りが広がっていた。

 別に見たくて見たわけじゃない。

 人が。

 動かず。

 横たわって。

 死んでいた。

 見たことのあるような、無いような印象の小柄なシルエット。白いコートを来た、……少女だろうか?細い印象だ。

 明るいショートカットがやけにさらさらしていた。

 まさか、さっき、受付にいた……?

 怖い。一刻も早くここから離れたい。恐らくこの子には失礼に当たるんだろうけど、今すぐ走って逃げ出したい。でも、足がすくんで動かない。動けない。

 いきなり見慣れない死体を見て混乱していた俺が、後ろに足音を聞いたのはその時だった。

 

 ぐ、ぐ、ふうう

 

 家を後にしようとした俺の背後から、荒い息づかいが響いた。ぎょっとした俺は震える足を殴って、無理矢理に走った。降り続ける豪雨の中。後ろは見ない。見てはいけない気がする。畜生。畜生。さっきまでいなかったじゃねぇか。なんだよ。

 俺は近所にあった教会だったものに逃げ込んだ。戦闘の後でかなりボロボロだが、確か出口が複数あったからまくには丁度いい、と思った俺は絶望した。……瓦礫で俺が入った入り口以外が塞がれている。無論後ろには引き返せない。まずい、まずい。

 追い込まれた。

「畜生、畜生畜生!!ちっくしょう!何だよこれ!!」

奥にあった、小さいステンドグラスが二、三メートルほど上に付けられている壁を何回も叩いた。そこに届くわけもないのに。

 

 まだ大丈夫

 

 ……あの時のあれを思い出す。そういうことかよ。

 めし、と聞こえて後ろを振り向いてしまう。鬼のような形相をした化け物がいた。

 ごがああああああ

 メシメシとにじり寄ってくる白い化け物。ぐわぁ、と開いた口からは、肉の腐った匂いがしてきた気がした。やけにひどい匂い。壁によたれて尻餅をつく俺。足から力が抜けていく。……ここまでか。ハルカ、カメラ、渡せそうにないよ。……ごめんな。

 ハルカ……ソラ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<A,buek,sankudamm.>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バリイイイイイイン!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおっ」

直上、斜め後ろのステンドグラスが砕けて、大量の雨粒と一緒に何かが飛び出す。その何かは、俺を飛び越え、そのままの勢いで目の前の化け物を、折りたたんでいた手から居合の容量で切り抜いて着地、足を軸にして回転し、もう一振り。切り裂いた。

 そこでようやく、その何かは止まる。姿が見えるようになる。そして持っていた大きな得物を自身の後ろに回し、言った。

 

「大丈夫ですか、少年」

 

 受付で会った、生意気な少女。

 ……お前のが年下だろう、とか場違いなことを思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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參 開戦 {義務了解のザンジャック•プロローグ}

ふう。どうもこんにちは、秋並です。前話と少し間が空いてしまいました。すみません。さて、ようやく今回でプロローグは終了となります。長かった。ようやく、主人公にも色がついてくる所。ではではゆっくりお楽しみください。



 思わず目を見張る。

 目の前に悠然と降り立ったのは数十分前に少し険悪な雰囲気になった少女だ。あんな小さいステンドグラスをよくくぐれたな、とかはこの際置いておく。何より俺の視線を集めたのは、少女が軽々と持っている特大の得物だ。

 神機。

 ゴッドイーターしか持つことを許されない禁忌の武器、神機。少女の持つ、紫色に輝く両刃の剣もその神機だ。

「聞いてます?大丈夫ですか?、と言ってるじゃないですか」

黙れ。今ちょっとそれどころじゃない。先ほどの強い恐怖のせいで頭がうまく回らない。つか、え?待てよ待て待て。神機はゴッドイーターしか使えない。そしてこの少女は今さっき、白い小型のアラガミをやすやすと切り裂いて見せた。ということは、

「ちょっと。聞いてます?って聞いてるでしょう?返事くらいできないんですか?」

だからそれどころじゃないって。……ええと、つまりこの少女は、

「ゴッドイーター……なのか?」

「見てわからないんですか?それともバカなんですか?」

……マジか。

「さっき戦闘中に、遠くの方で猛然と走って行くあなたを見かけたので追いかけてみたら、こういうわけでした。一般人のくせによくそんな無茶ができますね。アナグラのすぐ近くにいたのに、なんでわざわざこんな所に?」

「……ちょっとした用事だ」

「へぇ。命を捨てるのと同義のことをするに値する用事って何なんでしょう?……ひょっとしてそのカメラで戦闘中の写真でも撮ろうとしてたんですか?」

「……さっきから質問ばっかりだなお前」

「あなたの行動が不自然すぎるんです」

……まあ確かに。

「とにかく今は外に行きましょう。ここにいても何もできない」

「……連れてってくれんのか?」

「あくまでゴッドイーターとしての仕事、ということですが。その点を抜けば置いてってますよ」

なんだって。

「行きますよ、ええと、……」

「ああ、名前か。俺は、」

「いやいいです。どうせ憶えるつもりないので。言おうとしたのは、その……」

……なんだよ。

「いつまでそんな無様に転がってるんです?ってことなんですが」

……そういやずっと尻餅ついたままだった。情けない。

 

 

 冷静になってみると、俺の家の近くで亡くなってい少女はこの少女とは別人らしかった。うつ伏せだったし元々確証はなかったが、なんか複雑な気持ちになった。

 二人とも傘が無いのでずぶ濡れになりつつ教会の外に出ると、わりと近くから男の声が聞こえた。渋い声だ。

「おいキギリギ!どこだ!」

キギリギ?なんぞ?

「ああ隊長!ここです!」

こいつの名前かよ。キギリギってどこの言葉だろう。顔は日本人ぽいんだが。

 瓦礫の向こうから顔を出したのは、二十歳過ぎくらいだろうか、声のわりに若い男だった。男前な面してやがる。俺たちと同じでびしょ濡れだが、黒い長めのコートを着込んでいて不気味な印象がある。そして手に持つのはやはりというか、神機だった。服装と合う、紫色の細長長方形の剣、暗い神機。その剣筋は怪しく光っている。不可思議に、紫色に輝いている剣。

「あまり一人で突っ走るな。無線に出ないのもどうにかしろ。いい加減扱い方を憶えておけ。……そいつは?」

「逃げ遅れの一般人みたいです」

別に逃げ遅れって訳でもないのだが。

「……ち……面倒だな」

……ひどくないか、それ。この少女、ええと、キギリギだったかじゃないが、初対面でそれは失礼ではないだろうか。

「アナグラまで案内してやらねばならんのか。面倒を増やしてくれる」

なんだこの言われよう。顔が引きつるのが自分でわかる。助けられる立場なので口出しはできないが。

「何か他に懸案事項が?」

「このエリアに侵入したアラガミの総数、聞いたか?」

「……いいえ」

キギリギの顔が少し険しくなる。何となく嫌な予感がするのだろう。俺もそんな気がする。つうかその文脈、もう多いよ、って言ってるようなもんじゃねぇか。

「約八十だ」

「な……!なんでそんな量!」

確かに多い。一般の戦闘なら、多くても十匹行くか行かないかの量を相手にした作戦が主だと聞いたが。

「詳しくはわからん。極東の奴らがサボってたのか知らんが、この量はとてもではないがまずい。このエリアは一時封鎖だ」

「そんな!私は反対します!居住区を封鎖だなんて……」

キギリギは意外にも反対した。

 俺もそんな、封鎖なんてのは御免だ。ここは大切な故郷なんだ。

「そうだ、ふざけんな!ここは俺たちの町だぞ!それをあいつら{アラガミ}の巣にするとか、俺も反対するぞ!」

そうだ。そんなあっさりと封鎖とか言えるのは自分の故郷じゃないからだ。

「キギリギ、何故この町を封鎖してはならないんだ」

「……そこから見える全ての一般人を護るのがゴッドイーターの役目だと教わったからです。まだ逃げていない人だっているかもしれません」

「またそれか。いい加減理想から醒めろ。全員、全てを救うことなどできない。時には切り捨てるのも大事だ。今回は数が多すぎる。作戦が失敗する恐れがある。そうなったら何が起きるかわかるだろう。封鎖ができず、より大多数の一般人が危機にさらされる」

「……すいません……」

キギリギが肩を落とす。

 なんだそれ。

「なら……」

「おい待てよ」

見かねた。

「なんだ。話の腰を折るな」

「……あんた、それは無いんじゃねぇかよ」

「なんだと……?」

「相手を選んで助ける、つうのは場合によっちゃ良い考えかもしれない。効率が良くなる場合もあるし、対象を増やすことも可能だしな。でも、今は違うんじゃねぇか」

「……何がだ」

「数が多いだけなんだろ?あんた達には悪いけど、ちょっとだけ数を稼げば良いんだろ?……この町は俺たちの大切な故郷だ。簡単に封鎖するとか言わないでくれ」

 思い浮かぶのは二人の少女の顔。一人は勝気で、写真が大好きで、実はちょっぴり脆い面があって、なにかと面倒を見てくれて、あんな貧しい生活でも、毎日毎日を必死に生きて、笑顔を絶対に絶やさない、そんな可愛い奴。もう一人は、今はいないが、あいつとも、こんな死と隣り合わせな時代で三人で走り回って遊んだ。

 あいつらは貧相なこの町を誰より愛していた。砂埃しかないような町なのに、あいつらはいたくこの町を気に入っていた。何故なのかよくわからないが、あいつらにとってはこの町の貧しささえ愛おしいものだった。

 経緯はよくわからないが、あいつらが大切と言うんなら俺にも大切なものだ。この町は、俺にとってもかけがえの無い大切なものだ。だから封鎖なんてさせたくない。

 だが。こいつが言ったのは、そんな俺の考えなんてどうでもいいらしい、ということだった。

「……素人が口を挟むんじゃない」

……。

「貴様は勘違いしている。この町はフェンリルのものだ。それを間借りさせてもらっている分際で故郷だと?長い間普通に暮らしていて平和ボケでもしたか。所詮砂埃程度の町など守る価値もないだろうが。切り捨てるというのは命令だ、一般人ごときが反発するんじゃない」

何だと……?

 頭の中が赤くなっていく。ハルカ達が愛したものを……馬鹿にしている。

 目の前の隊長はしめにこんなことをのたまった。

 

「お前に故郷など無い」

 

 拳が勝手に握られた。

 目の前が赤くなり、風を切る音。

 

 ぶぉん

 めしゃ

 

 ……ばしゃん

 

 声が聞こえる。目が開か……ないが、これ……は隊長の声だ。かなり……遠くで喋っているのか、……、よく、聞こえ……ない。

「馬鹿*。ゴッドイー**相手に手*上がるとで*思った*か?」

頬全体と腰……に痛みが広がる。頭が、……くらくら、する。ゴッド……イーター、の本気、?だから、かな。

どうやら……殴ろうとした瞬間、に、カウンターをくらっ……たらしい。

「いい*一般人!お前*理想*強*ぎだ!お前のそれ*独*的な主観で*かな*!冷静に考え*みろ。*前ら一般人はあ*だこうだと俺*ちに難癖付*るが戦ってい**は俺た*だ!封鎖**くない?俺*ちの町?お*は頼ん*いる側だ!護*れて*る側だ!自*の意見な*ざクズ同*と考*ろ!」

目前……がかすんでよく見えな……い。体の半身が……冷たい。水たまりに……おもいっきし、突っ込んだ、みたいだ。

「お前み*いなのは……」

……続けようと、した隊長の言葉、が……ふいに止まる。……なんだ?

「……隊長」

……少女の……声がする。……ああ……キギリギか。

「今の*十分でしょ*。彼*反省したと思*ます。早*救出して帰還*ましょう」

ぼやけて……よく見えないが、目の前に……立ちふさがる影?がうっすら、見える。

「……*ん。何*あっ*らお前*責*だ*、キ**ギ」

「*い**ん」

う……。駄目、だ。意識……が、遠、、n、

「!!、あっち*、ア*ガミ*群れ*!」

「っち。突*込む*。蹴散*すぞキ*リギ……そ*間こいつには黙っ*てもらう*」

なんて言った、……アラガミの……群れ……?ああ…逃げなきゃ。……喰べられてしまう。……ハルカの言っ……た通りになってしまう。でも力が入らない、……よ。

 

めしゃっ

 

「**ッ!*******!」

「……**、*************……」

 

いっ てえ な  こい    つ        ……う

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ、起きた?

 

 まだそのままにしていてね。ちょっとひどいけがだから。

 

 あの人もあの人だけど、でも、あなたもあなただよ。

 

 あー、もうこんな時間か。行かなくちゃ。

 

 じゃあね。また、きっと、必ず来るから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 行かないでくれ。俺を置いて、行かないでくれ。ここにいてくれ。ここは寒い。まだ一人じゃ無理、だ。

 行かないでくれ。

 まだ

 

「行かないでくれぇっ!!」

「うひゃあ!?」

 ……あ、ううう。……?ここどこだ?なんか周りが白い。まるでフィルタがかかっているようにぼやけていてよく周りが見えない。

「……はぁっ……俺……は?」

「……何ですかあなた。殴られただけで記憶喪失?」

殴られた?……ああ、そんなこともあったっけな。ええと、……なんだっけ。それよりも息が上がっているのを何とかしたい。荒い呼吸が喉に痛い。

 目の前にいるのはあの生意気な少女だ。端正な顔に挑発的な表情を貼り付けている。

「何なんです?いきなり跳ね起きて『行かないでくれ』って。どんな夢見たんですか?ママが出て行く夢でも見ましたか」

息があがっていてろくに喋れない。前髪から汗が落ちる。シャツが汗で張り付いていて気持ち悪い。

 ゼーハー言ってる俺を見てキギリギは言う。

「ちょっと……ホントに大丈夫ですか?先生呼んできましょうか?」

ここは医療室だ。アナグラの中、のだ。ハルカの母親とあいつもここに入院している。別の部屋らしい、が。

 息ができない。苦しい。肋骨が折れてるんだろうか。ヒューヒュー言ってる俺を見かねてキギリギが言う。

「ちょっ……待っててください、先生呼んできますから」

後ろを向いたキギリギを気にせず、俺は無理矢理ベッドから降りる。真っ白な掛け布団をはねのけて床に立つ。地面が揺れてるんじゃないかと言うくらいの吐き気に襲われたが、構わずにキギリギの所へ向かう。点滴の台が倒れて、派手な音を立てた。俺の腕から外れたチューブが液体と血を撒き散らしながら転がる。その音に振り返って俺を見たキギリギが止めようと慌てだす。

「なっ……何やってるんですか!ふらふらじゃないですか!おとなしく寝ていないと……」

なんだって言うんだ。

 

 ぐいいっ。

 

 ……気づくと、キギリギのほっそい肩を乱暴に掴んでいる自分がいた。

「なっ……何なんですか!?あんな無茶したあなたを助けたの、誰だと思ってんですか!ていうか今も先生呼んできてあげようと!」

無茶?知るか。

「……はぁっ……さっき……はぁっ……なんて……いった」

自分でも驚くくらいどす黒い声が出た。

「ひッ!……え、えと、ふらふらだから先生呼んでくる、って……」

「そうじゃ……ない」

無意識に肩を掴む手に力が入る。

「なっ、いった!……その前ってこと?……ええと、……、……まさかあなたって俗に言うマザーコンプレックス……?」

…………。

「な、いたたたたた!悪かった!悪かったです!だから離して!痛い痛い!」

「そういう意味じゃない……違う……違う……!」

何してるんだ俺。なんか頭に血が上って、え?なんで俺、こいつに暴力を?え?え?

そんな時に扉が開いた。最悪のタイミング。……あれ?なんで最悪?本能的に最悪なのはわかるんだがなんで最悪なんだろう。ダメだ。なんか頭が回らない。首元がうざったい。なんだこれ。吐き気がする。気持ち悪い。気持ち悪い。

「あのねー、あっちの水道、排水管が……ちょ、何してんの?」

声から察するにハルカか。ちょっと今取り込んでいるんだ。後にしてくれ。そう言いたいのに、息ができなくて言葉が紡げない。酸素が足りない。

「あ、ちょっとあなた!助けてください!この変態が……」

「ああもうリュウったら。可愛い子を見つけるとすぐ飛びかかるんだから。ほらほらリュウー、私がいるよー」

どけ変態。後にしろと言ったろ。……いや、言えなかったんだっけ?くそ、くそ。視界が歪んでいる。腹の中が掻き回されてるみたいで気持ち悪いなんて話じゃない。なんにも考えられない。なんだこれ。なんだこれ。なんだこれ。

 なんだこれ。

「……あ、リュウ。なあんだ、欲情したんじゃないじゃない。何かガマンしてる顔だもん」

ガマンだと?何を。

「リュウは辛い時に耳の穴が広がるんだよねー。全くー」

えっと、何だっけ、何をガマンしてたか、だ。……ああそうか。この吐き気か。少し考えればわかったじゃないか。

 ああ駄目だ。全然頭が回らない……。

 

 

「……よし。そろそろ説明してもらいましょうか」

キギリギが言う。

 俺がちょっと興奮していたので落ち着いてから話を聞こう、ということになって数分。キギリギの着ている物が簡単なパーカーとショートパンツになっていると気づける程度に多少息が整ってきた俺に、待ってましたとばかりにキギリギが声を出したのだった。

「何故です?」

話が漠然とし過ぎだろう。

「……どの『何故』なのかわからないんだが」

「……?何故私を襲ったのか、しかないでしょう」

……ああ、それか。

「まさか本当にマザーコンプレックス……?」

「それは違う」

絶対違う、と付け加えようとした所で興味津々に俺とキギリギを見ていたハルカが言う。

「うふふふ。リュウはシスコンでファザコンだもんねぇ」

「それも違ぇ!……半分当たりではあるかもだが」

今度はキギリギが言った。

「え……?シスターコンプレックス……?」

そっちかよ。

「違ぇ!俺はファザコンだ!」

「…………」

「…………」

「……ええぇ……わ、悪かったです。ええそうでしたか、ハイ。世の中にはたくさんの人がいますもんね。……うわぁ……」

何か勘違いされている気がするがスルー。

「だから『親が出て行った』でキレたんですね」

「まあそうなるか。元々興奮してたからそれもあるかもだが……なんだその目は」

キギリギの俺を見る目がかなり低温になっている気がする。

「……いえいえ。ただファザーコンプレックスの男の人って初めて見たので」

軽蔑……?されているみたいだ。え?亡くした親を思うのって軽蔑されるのか?

 まあいいや。

「俺もいくつか聞きたいことがあるのだが」

「なんですかファザコン」

「……うぅ……まず一つ目。一番気になっているのだがあの時俺に何があった?」

それだ。一番気になっている。結局あの町は閉じられてしまったのか?意識が途切れる寸前に現れたアラガミの軍勢は?

「憶えていないんですか?お酒でも飲んでいたのか知りませんが、あの時のこと、どの辺りまで憶えていますか?」

「……ええと、あいつ、隊長とかいう奴が俺に……ああ言った後に俺が殴ろうとして、カウンターをくらって……で、ええと。そう、そこでアラガミの軍勢が現れた辺りまで」

ハルカを気遣って隊長が言ったことは伏せておく。

「……そこまでしか?」

「ああ。……そんなに不思議か。ゴッドイーターに全力で殴られて気を失うのはおかしいか」

「いえ……あのあと、あなたもう一度隊長に殴られたんですよ」

なんだって。

「起こしていても多分邪魔になるだけだって、寝てるあなたを上から。多分それで気を失ったんでしょうね……まあそれは良いとしましょう」

「良くねぇよ」

「話の腰を折らないでください……ええと、そのあとあなた立ち上がって……」

隊長の真似をしたところで殴りたいと思ったが止しておいた。……え?立ち上がった?俺が?

「はい。憶えていないのが不思議なんですが。私たちがいったん道を作って、そこをあなたを連れて逃げようとしたんですが、あなた勝手に突っ走ってっちゃって」

なんだそりゃ。

「隊長もぼやいてましたが、後半『仕事が減った』って気づいて喜んでました」

隊長はどうでもいい。つか、

「俺、勝手に丸腰で突っ走っちゃってよく無事で済んだな」

「無事で済む訳ないでしょう。何とかエリアが封鎖される前に脱出してアナグラに帰ったら、血塗れになったあなたが他のゴッドイーターに捕まって運ばれてたんですよ」

あぶな。何してんだ俺。

「こっちが聞きたいです。極地的緊張で逃げ出してしまった、というのならわかりますが、あなたには逃走中の記憶が無い……どういうことなんでしょう」

……まあ何が俺に起きたかはだいたいわかった。

「で、結局あのエリアは封鎖……ってことになったんだな……」

「……ええ、私たちがなんとか帰還した直後に最後のシャッターが閉まりました」

「……そうか……」

「……リュウ?」

黙っていたハルカに呼ばれてはっとする。

「ハルカ……」

でもハルカは予想外に明るい顔をしていた。

「……落ち込まないでリュウ。私ももうそんなに子供じゃないよ」

……。

「この人から聞いたよ。エントランスで血塗れのリュウに付いててくれた時に。その隊長、って人相手に私たちの町を守るためにケンカしてくれた、って」

ケンカって言うと語弊があるような気がするが、まあそれに近いことはしたな。殴られたし止められなかったけど。

「嬉しかったんだ……リュウがそんなふうにあの町を思ってくれてたこと」

「ハルカ……」

「でももう大丈夫だよ。私ももう区切り……を……付けられるようになったつもりだから」

 アナグラから飛び出していく直前で見たハルカを思い出す。びしょ濡れであちこち擦りむいて、縮こまって震えて泣いて。なのに今は明るい、いつものハルカだ。

 強いな。こいつはホントにもう。

「カメラも取り戻したし、リュウのお着替えもしてあげられたし」

……おい。確かに着てるものが違うな、とは思っていたが。

「ほんとに……お気の毒に……思います」

「……キギリギ。お前も何か違和感に気づけ」

「あら。私の名前を憶えていたことに違和感」

……なんかなめられ過ぎだな、最近。

「へぇ、キギリギ……さん?っていうの?」

意外にもハルカが口を出した。

「ええ。……ああでも、すぐ本部に戻るつもりですし、忘れてもらって構いませんよ」

「そんなぁ。リュウの命の恩人なんでしょー?忘れる訳にはいきませんよ。かわいいし。…ふへへ」

おい。なんか戻りすぎてないかお前。

「ありがとう。そんな風に人に親切にされたのなんていつ以来でしょう…」

親切…なのか疑問だが…ゴッドイーターも色々あるんだな。

 ああそんなことより。

「お前本部の人間だったのか」

ふ、と遠い目をしていたキギリギが俺に視線を戻した。

「ええ。言いませんでしたっけ」

初耳だ。

「じゃあ、あんたらが本部からの視察団?」

「の護衛、が正しい言い方ですが。はい、そうですよ」

 ……思いもしなかった、と言うとなんとなく嘘だ。何となく違う感じはあった。違和感、が適切か。

「……何となく見直した、お前」

「なっ……なんですか急に、気持ち悪い」

「いや、初めはなんだこのガキ、とかしか思ってなかったんだが、何かを護るために遠くまで来るような信念の持ち主だったんだな」

「……信念、なんてたいそうなものじゃないです。ただの義務、ってだけで。そこには意志も何もいらない。……ゴッドイーターですから」

キギリギが俯くのを見てこっちもちょっぴりナーバスになる。

 何言えば良いんだろうか。下手に慰めるのも良くないな。そうだな、

「……ゴッドイーターってだけでも意志はいるだろうに」

「慰め方が下手ですねあなた」

んだとこのガキ。

「ふふ。第一印象よりはマシですけどね」

「えー。リュウ、何かやったの?元気なのはいいけど痴漢は駄目だぞー」

おまえはどうしてそっちに話を持っていくんだよ。

「で、ここにはいつぐらいまでいるんだ、お前ら特殊部隊は」

「特殊部隊、ってところまで知ってましたか」

「そりゃ噂にはなってたからな」

「ふーん。あんまりそういうのは喜ばしくない感じですがね。特に今回は隠しで行こう、ってなってましたから」

「騒いでたけど、来るのがこんなガキだとは思わなかったがな」

「……あまり身長の話はしないでいただきたいのですが」

「悪かったな。頭の位置が低いから聞こえないと思ったのだが」

「……さっきのマシ、ってのは無しで。見た目通りでした。ああそれよりもいつまで、でしたね。多分遅くても五日ほどかと」

思ったより短い。

「ああ、そうか。……まあ、なんだ。助けてもらったしな。一応忘れないでおく」

「そういうのは実際に行くときに言わないと後が気まずいですよ」

うるせぇ。

 その後ぽつりとこう言った。

「アナグラが修復すれば早く行けるんですが」

……?

「……おい、アナグラが修復、ってどういう意味だ」

「え?言葉のままですが……ああ。知らないんでしたっけ。実は、あのエリアを抜けたアラガミがアナグラの方まで押し寄せてきてしまって」

八十だもんな。そりゃ対応しきれないわな。

「アナグラが侵入でもされたのか」

「それに近い状態にはなりました。ここの防衛班が必死で食い止めたおかげで最悪の事態は逃れましたが」

どういう意味だ。

「その際に、爆発する遠距離攻撃手段を持ったアラガミの流れ弾が大量に当たってしまって」

その衝撃がここまで来た訳か。アナグラ、大部分が地下だもんな。

「その被害でごたごたしてたせいで物資とかもちょっとうまく回ってなくて。すぐ戻ると思うんですが」

「そりゃ残念だったな」

「それなりに大きい被害だったんですよ?とくにここ、ラボラトリ。無傷の部屋なんてこの部屋ぐらいですよ。どうしてこんな良い待遇受けられたんでしょう?支部内にコネでもあったんですか」

……無いっちゃあ無いしあるっちゃああるな。

「どっちですか」

ハルカに、言うなよ!絶対に言うなよ!と目で合図しておく。OK!という手の表示を受け取った。かたじけない。

「はぁ。他の部屋は結構悲惨だったのに。このD606号室だけ……どういう……」

……悲惨?

「……おい。どの程度まで悲惨なんだ」

「?うーん。ひどい所だと部屋が潰れたとか……」

「あああ!」

途中でハルカが声を上げた。

「どうしたハルカ」

「ごめんね、用事を思い出しちゃった!じゃあねキギリギちゃん!リュウも二人きりだからって調子に乗っちゃ駄目だよ!!」

そういい残して白いスライドドアをこじ開けて出て行くハルカ。何だあいつ。

「?忙しいんですね、ハルカさん」

「名前知ってたのか」

「初めてあったときに大声で叫ばれましたので」

「……何やってんだあいつ」

心底あきれる俺。

「……ああ。で、部屋が潰れた、って?」

「そうです。どうやら人がそれで……亡くなったみたいです」

 ……………。

 ………………………………………。

 ………………………………………………………………………おい。

 

                                          まさか。

 

「それは……何号室だ」

「え?ええと……B408?だったかな…そんな感じの数字でした」

 ……。……そうか……。ハルカが出て行ったのは……。

 そうだ、あいつの部屋は。

「その部屋だけか、被害が出たのは」

「ええ、……と」

顎に人差し指をあてて考えるキギリギ。

「いいえ。全部で三部屋、使えなくなった、と言ってました。でも完全に潰れたのはその部屋だけだと」

……こうしてはいられない。

「すまない。少し行く所ができた」

ドアを開けて出ようとしたが、キギリギに腕を掴まれて阻止された。

「あなたはまだケガ人でしょうが。どこに行くっていうんですか」

「うるせぇ。無事を確かめないと行けない奴がいるんだ」

「誰ですかそれは。言ってください。私が探しにいきますからあなたは寝ててください。あなたあんなケガしといて三時間ちょいで治る訳無いでしょう」

そういえば今何時だっけ、と思っていたがそんなに時間は経っていないらしい。まだ夕方だ。

 いやそんなのはどうでもいい。

「離せ……よっ!」

キギリギを振り切って部屋から出る。

「ああっ!倒れても知りませんよ!」

病室から声が聞こえたがうるさいのでドアは閉めて出て行く。

 と、病室を出た所で、悲惨な状態になっている廊下に気づいた。予想よりも大分ひどい有様だ。蛍光灯は点いておらず、代わりに裸電球の即席の照明が吊ってある。壁には無数に亀裂がほとばしっていて、面、と言うにはぼこぼこになり過ぎな感じになっていた。一体どこに爆発なんちゃらが当たったのだろう。ここ結構地下のはずだし、何より他のフロアより頑丈にできているんじゃないだろうかと思う。

 この具合では、あいつはもう————

 入り口を出た所で立ち止まっていたが、ふと横に目をやると体育座りで膝に顔を埋めているハルカがいた。

「……お前、」

「いい」

止められた。

「何も言わないで……わかってる。わかってるよ。泣いちゃ駄目だって。でも……どうしても……だめだよ……」

膝に埋めた顔はおそらく、悲しみに歪んでいるのだろう。こいつのことだから泣いたら迷惑になるとか考えてるんじゃないか。

「……良いんだぞ、泣いても」

「でも!泣いたらリュウが走って行っちゃって!ぼろぼろになって戻ってきて……!!」

ハルカが顔を上げた。予想以上に我慢している顔だった。漏れる嗚咽は相当喉を痛ませているに違いない。

 なんだ。そんなことで。ずっと明るいふうを装って、いつも通りを演じて、必死こいて耐えて。一人で傷ついて。……俺に気づかせないようにして。

「あれはお前が泣いたせいじゃない!俺が勝手に突っ走ってやったことだ!!そこを突いてきたアラガミのせいだ!!そんなだけのことで泣いたら駄目とか考えてんじゃねぇよ!!」

「でも……でも……!!」

「それに……母親が死んだのに泣かないなんて奴は嫌いだ!!」

 B408。

 ハルカの母親が入院していた部屋。

 ———今日潰れてしまった部屋。

 おそらくアラガミが攻めて来たせいでここまで手が回らないうちに潰れたのだろう。

「ううぅ……うっ……」

ただただ泣くしかできないハルカ。それを見て思う。

 —————無力だ。

 ハルカが、では無い。俺がだ。今日だけで何回ハルカを泣かせているんだ俺は。アラガミを追い払う力があれば。もっとうまく慰めることができれば。……もっとうまく、毎日を悔いなく過ごさせることができたら。もっともっと、ハルカには話したいことがあったろう。もっともっと、お母さんと思い出を作りたかったろう。もっともっと、広がっていて予測もつかない未来を見せてあげたかったろう。

 畜生。

 俺は、

 ハルカを……

「うっく……うっく、う……き、てる……よ」

ふいにハルカが言った。

「なんだって!」

俺にはそれが希望にしか聞こえなかった。

「あいつか!あいつの部屋は!」

「大丈夫。……うぅ……っく、確認は……したよ」

……良かった。

 俺が泣きたかった。生きていてくれたか。……良かった。

「……大声出してすまない。今日はもう行け。疲れたろ。アナグラが仮住居を提供してくれるんだろ?」

「……うん……っう……」

ふらふらとハルカが立ち上がる。まだ心配だし一緒にいたいが、俺もダメージがでかい。ふがいないばかりだが引っ込むしかない。

 無力だ、俺は。一人でふらふらと区画移動用のエレベーターに乗るハルカを見て改めてそう感じる。

「……ごめんなさい。盗み聞きするつもりはなかったんですが」

後ろから声がした。振り返ってみると、いつの間にか開いていたドアからキギリギが顔を出して俯いていた。

「その……ハルカさんの……お母様が」

「……ああ」

「……お気の毒に……」

「……ありがとうな」

「……私ももう行きますね」

さっきよりもがくりと気を落としているキギリギが前を通ってエレベーターに向かう。

「ここを発つときは必ず……挨拶に来ます」

ハルカを乗せて上に行ったエレベーターを待っているキギリギが言った。

「……ああわかった、待ってる。今日は助けてくれてありがとうな」

そう言い残して俺は部屋に戻った。これしか言えないのが、なんとなくもどかしい。

 自動だったのに今は手動になっているドアをくぐった俺は吸い込まれるようにしてベッドに入った。まだ夕方のはずだがよく眠れそうだった。

 

 

 あれからどれくらい経ったか。そう言うとかなり長い時間に聞こえてしまうが、実際まだ四日ほどしか経っていない。

 俺はこの数日、一回も部屋から出ていない。あいつの病室に行きたいのはやまやまだが、それで挨拶に来たキギリギとすれ違いになる気がしてしまって部屋から出られないのだ。もどかしい。

 夜に寝られずに、そういえばハルカともずっと会っていないな、と思っていた矢先ドアが開いたときはびっくりした。しかし、入ってきたのはハルカでも、キギリギでも、あいつでもなかった。見知らぬ男が入ってきて告げたのだ。

「起きているかい?君に適性があるんだけど」と、一言。

 ……。

「……はあ?」

入ってきたのはなんだかよくわからない格好をした男だった。髪は所々がはねていて、もっさりした長い明るめの茶色の羽織に、中に派手な、カラフルな生地が見えた。足には下駄を履いていて、いくつも眼鏡を首からさげて一つだけかけているというへんてこな装束だ。特徴的な細い目が笑っているように見える。こんな風貌なのに、話の流れからするとこの男はフェンリル、アナグラの職員らしい。

「……おや、聞こえなかったようだね。寝ぼけて居るのかい?君に適合する神機が見つかったんだよ」

……いやそれはわかるんだがわからない。確かに今は夜更けだが寝ぼけてはないはず。神機?なんだって?……この間自分が無力だと感じたばかりなのに?

「……ふむ、返事が無いのは困るけど、居住区に住んでいる者はそういう規約だし、無理強いできてしまうんだ。あまりそういう野蛮なことはしたくないから君の意見を聞いて参考にしたいんだ」

 神機が見つかった。それは単純に、ゴッドイーターになれることを意味する。この男が聞いているのは、ゴッドイーターになるかどうするか、ということだ。普通の人間は財産ができる唯一の希望としてなりたがる奴が多いが、俺の親父が遺した多額の財産が、親父の親友だったハルカの親の元に行く手はずになっていたために二食とれる程度には裕福と言える。

 自分の顔に今、浮かんでいるであろう表情は困惑だろう。額に両手を押し付けて考える。俺はベッドに座り込む姿勢で、ドアの前に立っている男には少々待ってもらう。

 確かに裕福にはなれるだろうし、ひょっとしたら皆からもてはやしてもらえるかもしれない。でもそれは命の駆け引きで。いつ命を落としてしまってもおかしくない職業で。死ぬのは嫌だな……。

 いや待て……ゴッドイーターになる意味って、そんなものか?

 俺に、使える力ができる。

 俺は?どう思う。俺の意見は。ハルカの母親を救えなかった俺の意見は。ずぶ濡れになって手に入った物がたった一つのカメラだけだった俺の意見は。町を閉鎖させてしまうのを止められなかった俺の意見は。……ハルカを泣かせた俺の意見は。        

 

 

                                    俺は。

「……俺は?」

無力。                                 弱い。

「君は、天性の素質を持ってるんだ」

虚無。                             弱い弱い弱い。

「……ゴッドイーターに?」

絶望。                   弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い。

「なれるとも」

—————希望。                            強く?

 

 

「……なるさ」

 

 

 決めた。なってやる。ゴッドイーターになってやる。なんだって救ってやる。皆を救ってやる。金?名声?命?何をうじうじと、今更。皆を救える手段ができる、そうだな。もう迷ったりしない。あの隊長は救う対象を選ぶ、とか言っていたが俺は違う。皆を救える手段を見つけ出してやる。みんな助ける。

 キギリギが言っていた……見えた人間全てを救う、というゴッドイーターの使命。それを俺が叶えてやる。

 ちょっと吹っ切れた。

「おお!おお良かった!拒絶されたらどうしようかと思ったよ。正直君のプロフィールを見つけたときは自信無かったんだが、まぁ結果オーライ、かな?」

男が柄にも無くはしゃぐ。

「……で、あんたは」

「おや、ご存じなかったかい?僕はペイラー•榊。元は研究職の人間だから、気軽に『博士』と呼んでくれて構わないよ」

結構有名な人なのかな。まるで自分を知っていることを前提に話していたが。……気付けば俺は、ゴッドイーターに興味があったくせにアナグラのことをよく知らない。役職なんてさっぱりだ。……この人、『元は』ってことは今は違うのかな。ひょっとして支部長だったりして。……それは無いか。いい加減そうな人だしな。

「では、神機の適合試験を受けてもらうよ。日付はいつが良いかい?」

「……今日この後ですぐやれませんか?」

「お、良いのかい!実はもう準備は終わっているから助かるよ。じゃあ、そうだなぁ……君の準備もあるし時間は、……そうだね、三十分くらい、で来る用意できるかな?」

……甘いな博士。

「いや。三分で良いです」

びしっと指を三本立てて見せつけてやる。

「本当かい?早いに超したことは無いが、ケガ人の君には体に無理をさせることになるんだ。あまり無茶はしないでね」

 その後場所を俺に伝えた博士は足早に部屋を出て行った。

 俺にも、力が持てるのか。生きていることを久しく実感できた気がする。

 そうと決まれば準備か。着替えなくちゃな。博士が『はい君の』と置いてった、赤いフェンリルの制服が入ったビニル袋の封を切る。赤色が好きなのはばれていた。

 超神速{トップ•スピード}の本領を見せてやる。

 

 

 さすがに三分は無理だったが、かなり速いことには間違いなかった。キギリギとすれ違いになるかもしれなかったが、今は構わない。今やらないといけない。そんな気がする。

 何か変な色をした注射を受けてから数分。大きな装置の前に俺はいる。大きなプレス台のような形で無骨なごつごつしたデザインのそれは、大きな剣のようなものを乗せて口を開いていた。俺がいる部屋はかなり広く、ドーム状のそれは闘技場を思わせた。そんな中に一人でいるのは、なんとなく緊張感が高まる。

「リラックスしてね。その方が良い結果が出やすいから」

放送で聞こえる博士の声は相変わらずのんきだ。なんでわざわざ別の部屋から言うんだろうか。緊張する今の雰囲気からするとかなり助かるのだが。

 プレス台に挟まれる形で置いてある、赤い剣のつかに右手を伸ばす。プレス台は、まるで腕の形に合うように適応した部分が腕の形にへっこんでいて、挟まれても多分大丈夫かな、ぐらいの隙間はできそうだった。

 ……瞬。

 

 がしゃーん!!

 

 大きな音とともに、右腕を挟んでプレス台が閉じる。本当にやりやがった。いやまあ予想はしていたが。

「うっ……ぐうぅ……」

痛い。痛い痛い痛い。なんだこれ。腕に何かを植え付けられてる感じがする。ぐじゅぐじゅと音がするのは気のせいじゃない、腕がかき混ぜられている。

 数秒後にぶっしゅー、と煙を吐いてプレス台が開く。白い煙が主だが、腕の周りには黒煙が広がっている。

 腕に赤い、赤い大きな腕輪があった。はめられた、ではおそらく正しくない。溶接された。

 そのまま手を握ってみると、指の先に当たる物がある。先ほどの、真っ赤な剣。手で掴んでみる。……暖かい。ヒーターとかの暖かさじゃない。何故か生き物的な暖かさを感じる。……?なんだろう。何となく引っ張られる感じがする。腕全体、いや体全体が……

 ぐっじゅうう

 ……?なんだろう。剣のつか辺りから黒い獣の頭みたいなゴム質の生き物…だろうか。小動物……ネズミ程度のサイズの触手が出てきた。

 ぐ……?ぐじゅり

 それが腕輪に刺さって、腕を貫いて手に絡んだ。ってわああ。何してるお前。絡んだ触手は、そのまますうっと肌の中に薄れて消えていった。傷はない。腕に変なむずがゆさがあるだけ。なんなんだ。

「いやあ良かった良かった、無事に適合したみたいだね。はっはっは、これで君も立派な新型神機使い!ってことだね。いやあ良かった」

……なんだって。おい。今新型、と言わなかったか。

「ああ説明してなかったっけ。君はかなり稀有な新型のゴッドイーターなんだよね」

……もっと早く言えよ。

「ああ、知っていたかな?新型神機。主流である、遠距離型と近距離型の二つの旧型神機の両方を切り替えて使うことのできる、戦力の大幅アップの可能性がある新タイプの神機。近年発見されたばかりでまだわかっていないことも多い。適合する人間も少なく、まだまだ普及はしていない」

俺が新型?ゴッドイーターになれること自体珍しいチャンスだってのに、その上を行くこの事態はちょっと予想外だった。

 戦力の要となるやもしれない新型に、俺が。嬉しい。最近、物が手からこぼれるばかりだったのに、ようやく積もったこの感じ。力がどんどん手に入って行くさまに俺は胸を高鳴らせた。ハルカにはなんと言おう。いや多分、あいつのことだから命をかけるゴッドイーターなんてならないでって言うのかな。そうだとしたら嬉しい反面困るが、俺にはあいつを守るだけの力が手に入ったんだ。

 電話、通信端末の音がドームに響いた。博士のものだろうか。放送のスイッチを切らないまま放っていたところになったらしい。変なところで抜けている。

「ああすまない検査中失礼するよ!」

またもスイッチを切らないまま、スピーカーの向こうで話しているらしい博士。なんでこう、変に隙があるんだろうあの人。つかみどころのない不思議な人だな。

 ふと、右手を見てみる。体と一体化したような感覚の腕輪と剣。どちらも赤い。……こうやって改めて確認すると、神機って不思議だな、なんて思う。俺の好きな赤色で統一されているのは嬉しいが。確か新型神機って剣と銃と盾の形態があったはずだが、見る限り全部赤い。今は剣形態だが、見た目はかなりシュッとしていて、だけれどその中にしっかりした感じも備えていて良い。剣の表面には横切るように長方形がたくさん並んでいて、両刃の剣のバランスの良さを引き出している。

 博士が急にスピーカーから声を出した。

「あーごめんごめん!待たせてすまない!それで今の電話なんだけど、……あー……ここからじゃ言い難いな、うん、ちょっと上がってきてもらっていいかい?」

 で、着く。

「いきなりどうしたんですか博士」

「ああ……すまない。いくつか君に伝達事項があってね」

何だろう。……クビか!……な訳無いって。

「いやあ、まず一つ目なんだけど、この支部に君を置いとけなくなってしまった」

……は?

「はあ!?」

「いやアナグラから出ていけって言うわけじゃない。君が新型、ってことで本部の方から指示が出ちゃってね。確かに極東には新型は既に居るんだ。だから本部の方に置いておきたいらしくてね。本部に出向いてもらわないといけないんだ」

本部?極東には居られない、ってことか。

 なんだよそれ。俺はハルカたちを護れるからゴッドイーターになることを決意したのに。

「本当にすまない。でもこれは上からの命令でね。厳しいことを言うがこればかりは僕も無視できないんだ。……すまない」

顔に出ていたらしい。博士を見ながら俺は下唇を噛み締めた。俺は、こんな力まで手に入れておいてまだ無力だ。……くそ。でも今更逆らえない。今頃になってフェンリルの統括力を恐ろしく感じた。

「えっと、もう一つ。こちらは君にとって朗報だよ。……ある一人の女の子が目覚めた、と言えば全部わかるかな?」

……なんだって?……さっきからこれしか言ってない気がするが今回は本当になんだって?

 あいつが?目を覚ました?

 極東にいられないとか一瞬どうでもよくなった。あいつが目を覚ました。これはずっと、ずっと待ち望んできたことだ。ついさっきまで憤慨していたのが嘘みたいに今は歓喜が体に満ちている。こうしてはいられない。

 だが、走り出した俺を博士が止めた。

「おっと。いきなり走って行かれたら困るな。あと何点か伝えるべきことがあるんだよね。それを聞いてくれたら後は自由で良いよ。……いやメディカルチェックを受けてもらわないといけないからその後になるけど」

早くしてくれ。早くあいつに会いたいんだ。

「午後にヘリの予約をとっておくから、それに乗って本部に行って欲しいんだ。なんかやけに早い展開だけど、どうも本部は早め早めに新型が欲しいみたいなんだ。今日中に出発させるように言われちゃってね」

なんだそんなことか。よしわかった。午後までに荷物まとめればいいんだな。

「よし、メディカルチェック受けて、その後午後にヘリに乗ればいいんだな!」

じゃあ、と言って出て行こうとしたところをまた捕まった。

「なんですか!急いでるんですが!」

「最後にもう一つだけ」

博士は顔を近づけて、声を小さくして囁くように短く、だけど重みを持った感じで言った。

「……というわけだ」

「……嘘……だろ……?」

「事実だよ」

 最後に伝えられたのはびっくり、というより意外、という感じだった。

 いや、動揺している場合じゃない。とりあえず今はあいつの元に行ってやろう。

「……じゃあまたあとでね」

博士は最後にこんなことを言った。

 

 

 少し急ピッチできたが、ここまではほんの序章にすぎない。ようやく、俺が一番話したかった奴を紹介できる。

 名を白眞{はくま}ソラという少女である。昔はよく、ハルカと俺と三人で遊んだものだが、体が弱かった。それで五、六年前、大きい病気にかかってしまい、昏睡状態になってしまった。病気で昏睡なんてなぜとも思ったが、今じゃ病原菌なんてのもどう進化してるのか把握しきれていないらしく、ただできる処置をアナグラでずっとやってもらっていた。そいつが、なんと目を覚ましたらしい。

 走る走る。かなり速い速度で修復されているラボラトリの壁は白い布がかかっているものの、もうほとんど治っているようだった。今は深夜だから照明はぽつぽつとしか点いていないが、蛍光灯に戻っており、前の洞窟みたいな無骨さはもう無い。

 走る走る。——————D798、D797、D796。思うのだが一体いくつまで部屋があるんだろう。ちょっと気になる。

 走る走る。——————D795、D794、D793。周囲の景色の流れていくさまは風のように。……だけどスローだ。

 走る走る。——————D792、D791、D790。心臓がやけにうるさい。かなり息が上がっている。

 走る走る。———————止まる。D、789。ここだ。

 博士の最後に言った言葉が脳裏を掠める。

 ……いや。今は。そう考えて頭を振る。

 そうだ。まずは顔を見せてやらないと。ドアの横、白い布の一部が四角く切り取られている。そこにある装置のボタンを押す。カシュー、と風を吐きながらドアが開く。息があがっているときに風が来たのでむせ気味になるが、構わずに部屋の中を見渡す。

 ……いた。布団に入ったまま、上半身は起こして、俺と反対に顔を向けていた。

 何度も見舞いは来ていたし部屋の内装は憶えていたが、今のそれは全然違う色に見える。白く光って仕方ない。見ようにも目を凝らさないと輝いて見えない。……こんなにこの部屋って綺麗だったっけ。いつも薄暗くて、いづらくて。あいつの苦しそうな寝顔を見ては落ち込んだのに。

 部屋の奥、入り口と真反対の壁にある大きな液晶に映っていた夜天を駆ける翼馬{ペガサス}の絵を眺めていたそいつが振り向く。長い、腰にまでかかるんじゃないかというロングの真っ白い髪がふわあっ、と空を仰ぐ。なんだか髪の毛まで輝いて見えるがそれは光の反射か。

「……リュウ?」

「……ソラ……」

思ったよりも血色が良いな、なんて考えられる俺は意外に心にゆとりを持っていたのかもしれない。

「やっと……お前……」

「……うん、起きたよー」

綺麗な水色の目がどこまでも澄んでいた。笑顔。その無邪気な笑顔を俺は。何年待ち続けた。

 思わず部屋の中に踏み込んでゆく。他に人はいない。個室だ。……なのにそれは広く、開放感にあふれている感じがした。

「お前……お前……」

「あー、リュウ泣いてるー。だらしないんだー」

「誰のせいだと思ってる……このやろう」

「女の子にこの野郎なんて、リュウひどーい」

……良かった。昔からこいつはこんな具合にどこか抜けていた。昔と、何も変わらない笑顔。……いやまあ今は十六だし、それなりに成長もしてるし昔よりずっとずっとかわいい。……でも、昔と同じ感覚に感動を覚える。

「……うん。起きたときはびっくりしたけど。もう何年も経っちゃったんだね。なんでリュウが泣いちゃうのかもちゃんとわかるよ。からかってごめんね。……小生、こんなに待たせちゃったんだねー……」

 ……昔からこいつはこんなだった。子供っぽいのに大人っぽい。変な一人称も全然変わらない、ソラと話すときのこの感じ。

「……ほんとにもう。お前を待つ時間がどれだけ長かったか。身体はどうだ?」

「うん!もう全然平気ー。さっきちょっと歩いてみたけど、大丈夫だったよー。すごく景色が高くてびっくりしたけどー」

マジか。回復早すぎだろう。いや遅いんだけど。……これ、つい昨日の昨日まで治るかわからない、って言われてた奴の言葉か。

「……うん、びっくりしたよー、ほんと。今がいつなのか、何があったか、リュウがなんでこんなにかっこ良くなってるのか。……すごくたくさんの時間が流れたんだね」

ああ。あああ。ソラが本当に、起きて動いている。嬉しい。

 ……と、博士の言葉が浮かぶ。最後に通達された、あの言葉。今じゃ何か、呪縛めいたものを感じるが。

 それは。

『白眞ソラくん。彼女にも新型の適性があるみたいなんだ』

らしい。まだ適合する神機が見つかっていないから、候補者、ということで俺と本部に行け、と言われただけだったが。

「どーしたの?リュウ?」

「……すまないな。目覚めたばかりで悪いんだが、……ここから出て行ってもらわなきゃいけないんだ」

「えー、どういうこと?」

「ああ。……難しい話かもしれないが、お前はひょっとしたらゴッドイーターになれるかもしれないんだ」

「ごっど……いーたー……」

「ああ……わかるか?ゴッドイーター」

「……うん。アラガミを倒すひーろーみたいな人たち、だよね」

「ああ」

「小生が……ゴッドイーターに……」

「病み上がりですまないが、適正が見つかるとどうしてもフェンリルの人たちの言う通りにしないといけない」

「……へー」

「……それでお前には、……遠くに行ってもらわないといけない」

「え!嫌だよ!リュウともハルカとも会えないなんて嫌だ!」

なんとなく嬉しい。

「安心しろ。ハルカは違うけど、俺はついていける」

「……ホント?」

「ああ」

「……うん、わかった。リュウの言うことなら信じる」

……良かった。

「ん、それじゃ準備……することもないか。時間になったら迎えに来る。今日中に出るぞ」

「わかった。ハルカに会えないのは寂しいけど、リュウでがまんする」

なんだそりゃ。

 と、急にふにゃっとした笑顔を浮かべたソラが言う。

「えっへへー。リュウ、かっこよくなったね」

う……面と向かって言われると恥ずかしい。

「背も高くなったし、声も。大人っぽくなった」

「そ……そうか」

「ねー、小生は?」

……正直な話、見た時に吹きそうになったほどかわいい。美少女だ。キギリギも美少女だが、ソラも負けないくらいかわいい。

 だが、言えるわけがない。

「そうだなー……まだまだ子供だ」

「えー……ひどーい……鏡見たら大人っぽくなってたから自信あったのになぁ」

「まだまだだなぁ。俺から言わせれば、もうちょっと、ってところだな」

「え、ほんと!あとちょっとなら、小生がんばるよ!」

……がんばる?がんばるってなんぞ。

「あ、ああ……がんばれよ」

「うん!」

そうだった。こいつは性格が素直すぎるんだった。変にからかうと真に受けるから困る。

 今は逃げよう。

「ああ済まない!用事を思い出した。行かなきゃ」

用事があるのはホントだ。メディカルチェックを受けなくてはならない。

「えー!小生はもっとお話ししたいのにー」

「悪い!後で迎えにくるからな!身体気を付けろよ!」

「うん。用事なら仕方ないね。後で、絶対に来てねー」

後ろで手を振るソラを視界の端にとめつつ、足早に病室を去った。

 

 

「う、おおう……」

目覚めが悪い。メディカルチェックを受けるとき、寝かされて起きたら正午前だ。チェック、って何したんだろう。博士は何も言わなかったが、寝てるうちに全部終わってたのでわからない。……そういえば博士は俺とソラのことを何も言わなかった。変に気遣いができるらしい。不思議な人だ。

 ふと時計を見る。約束、ヘリ出発のときはもうすぐ。ソラに着替えとけぐらい言っておくんだった。病室着のままだったらどうしよう。……それともう一つ懸案事項が。俺はまだ、ハルカに何も言っていない。やばい。でも言ったら無理にでもついてきそうだし、かといって何も言わずに置いとくのは何となく心配だ。母親の事もあるしどうしよう。と、そこへ、

「起きたかい?」

ノックもせずに博士が入ってきた。

 空気読めよ。

「そろそろ起きるだろうと思ったんだけど……ビンゴみたいだね。そろそろ身支度をしてもらえるかな?」

「ああ、はい」

病室は俺の住まいみたいになっていた。だからこそ、今日でお別れと考えるとなんか寂しい。部屋の隅に置いてあった大きめのショルダーバッグを肩にかける。さらばだD606号室。

「大掛かりな退院だね」

博士が言う。まあ確かに、ヘリで退院なんてそうそうできないかもな。

「よし。じゃあソラくんのところへ」

俺がソラのところに行くってのは知っていたのか、それとも予想なのか。この人は底が知れない。

 で、ソラの部屋。

「あー、リュウやっと来た」

そのあー、っていうのはアホっぽいからやめろ。

「この時間、ずっと暇すぎて小生は寝てしまうところだったよー」

言わずともちゃんとした服、白い半袖にロングスカートってちゃんとした、か?白い髪と合ってよく映えているな……じゃないじゃない。着替えていたのは評価するが、流石にそれは危機感なさすぎではないだろうか。まだ仮とはいえ、命の駆け引きをする人になるんだぞ。ワンピースっておい。

「適度にリラックスするのは良いことさ」

博士が言う。人の心を勝手に読まないでくれ。

「持って行く物は?」

「何も無いよ。何年も寝てたんだから」

「……ああ、なんかすまん……」

「気にしないで。ささ、早く行こ」

……。

「じゃあ最後に、誰か別れを言いそびれた人はいるかい?」

博士が言う。

 ハルカ、すまない。あれから悩んだが、本部に行っても誰かを助けることは変わらない。それにいつか力を付けたら、戻ってくることも可能だと博士は言う。……なら。向こうで力を付けて、ハルカを立派に護れるようになって戻ってこよう。そう決めた。

 だから今は一時のお別れだ。どうしても行かなくちゃならないなら、おそらく喚くだろうハルカにはお別れは言えない。……すまない。

「リュウ?」

ソラが不安そうに訪ねてきた。……そうだよな。こいつを護る。それでも多分手一杯だよな。

「ああ、すまん。……必ず、俺がお前を護るからな」

「え?」

「大丈夫です博士。誰もいません」

「……そうかい?それなら良いね、行こう」

これでいいんだ。すまないハルカ。

 

 

「ところで博士」

「なんだい?」

アナグラのエレベーターは問題なく動いているようだ。

「たった二人のためにヘリなんてよく確保出来ましたね」

それはずっと気になっていたことだ。ヘリなんてこのご時世、そんなに飛ばすことはできない。

「ああなんだそんなこと気にしてたの」

まあ別に知らなきゃいけないことではないが、なんとなく気になる。

「別に君達のために確保したわけじゃないよ。ラッキーな事に今日、ここを離れる人達がいてね。彼らの乗るヘリに一緒に乗ってもらおうという寸法さ」

「へえ、ここから出て行く人達が他に。どんな人達ですか?」

「ああ、ちょっとカタブツな人達だけど悪い人間ではないよ」

どんな人達だろう。

 ぴんこーん。ちゃっちい音と一緒に扉が開く。ばばばばばば!という轟音が耳をつんざいて、目の中に何か入った。……風?

「ああしまった!百八十秒ほど遅刻だ!」

響く轟音に撒かれつつ、博士が叫んだ。叫ばないと聞こえない状況だからだ。……三分で良くないか。いやそんなことより、輸送ヘリが既にプロペラの回転を始めていた。屋上のど真ん中で、輸送ヘリが佇んでいるのがなんとなく新鮮。……関係ないけど良い天気だ。この間の豪雨は嘘のよう。

 ヘリのドアが開いたようだ。風と音で周囲の状況がよくわからないが、視界の隅でソラの長い銀髪が荒ぶっているのがわかる。

「本部への移動の方ですな!すぐに飛びますんで早く乗ってくだせえ!」

前の方の窓から出てきた、丸いグレーのヘルメットを被った、操縦士?が叫ぶ。三十代くらいの男だろうか。かろうじて聞こえたので急ごう。

 風に負けじと歩いて行った俺は驚いた。

「キギリギ!?」

ドアの陰にちらちら後頭部が見えていた。俺の叫び声で振り向いた顔は確かにそうだった。風に踊るさらさらのショート、明るい茶髪。グレーのパーカー。大きめの挑発的な赤い目。

「え!?ちょ、え!?」

どうやらキギリギは戸惑っているようだった。

 無視して乗り込む。ソラもそのまま乗ることはできないらしく、手を引っ張って乗せてやる。真っ白なスカートが風で暴れている。機内は意外に広く、ちょっとした小部屋みたいな広さはあった。座席は七、八人は座れそうな物がヘリの中を平行に二つ、向かい合わせで設置されていた。機内の後ろの方は不自然にドアが設置されていて、小窓からは金属でできた長方形の箱がハンガーみたいのに引っかかっているのが見えた。おそらく神機だろうか。

「よし、乗ったね!閉めるよ!」

外で叫ぶ博士はそのままドアを閉めた。窓を開ける。一度静まった機内にまた暴風と轟音が入ってくる。

「世話になりました!博士!」

「ああ!君も本部で頑張ってね!いつ帰って来ても良いように手配はしておくからね!」

「窓を閉めてくだせえ!そろそろ飛びますぜ!」

運転手に言われて仕方なく閉めると機内が一気に静かになる。酸素を求めた喉がむせた。手で口を抑えながら窓を見ると、窓の外に置かれた博士が必死に口を開けて何か言っていた。

『おあえあうんあああえああえ』

くらいしか口の開き方から判断できない。……ので、仕方なくうなずいておく。多分やりきれるだろう。

「大丈夫?リュウ?」

「ああ……大丈夫だ」

思ったよりむせていたらしい。ソラが不安げに顔を覗き込んでくる。ああもうかわいいなこいつは。

「……で、説明してもらえますか」

澄んだ綺麗な声が機内に響く。キギリギの声だ。乱れた髪を手でほぐしながら睨んでいる。

「説明、といってもな。……ああそれよりお前、挨拶は必ず来るって言ったではないか」

「病室に行ってもいなかったのはあなたじゃないですか!何が挨拶ですか。礼儀が無かったのはあなたの方じゃないですか」

あの隙に来てたとは。

「適合試験が急に入ってな。今日一日でどんだけ自分の体を理解したと……」

「ああそうですかはいはい!特殊部隊降ろされた私たちよりあなたは多忙でしたよ!」

「おいキギリギ。部外者に情報を漏らすんじゃない」

……睨み合ってたら聞こえたのは隊長の声だ。なんだ。こいつもいんのか。

「生憎!もう俺は部外者じゃないんだ。れっきとしたフェンリルのゴッドイーターだ」

「ふん。どうだかな。その右腕の腕輪、叩いたら割れたりなどしないだろうな」

「当たり前だ!ホンモノだぞこれ!叩いてみるか!」

言い合ってると全く関係のない二人が口を出した。

「二人とも大人げないよー。もっと仲良くしないと小生は寂しいよー」

「全くです。いちいち突っかからないでください赤いの」

誰が赤いのだ、と言いかけて俺は舌を噛みそうになった。ぐん、と機内が大きく揺れた。地面から飛び立ったらしい。

「喋ってっと舌ぁ噛みますぜ!」

操縦室の男が、機内との間の壁の小窓から灰色ヘルメットの横顔を覗かせる。……遅いよ。口の中に血の味がしてないことを確認して、立ちっぱなしもあれなので俺たち二人は硬めの長椅子に腰掛ける。

「……で、なんだっけ。特殊部隊を降ろされた?だっけ?」

「なんでそこまで戻るんですか。……まぁ確かにそうですけど」

隊長はツンとしている。そのまま寝るつもりなのか、目を閉じて腕を組んでだんまりを決めている。

 ちなみに今の座席は、機内を上から見たとして、上に操縦席、左上(ドア側)にキギリギ、左下に隊長、右上に俺、右下にソラだ。他にいるのは運転手くらいで、誰もいない。……これで全部な訳無いよな。士官も、他の隊員もいるはずだろう。

「他の人間はどうした。もっといるんじゃないのか」

「……え。話の流れからしてなんで隊を潰された、とか聞くものかと」

「聞いてどうする」

「あ……そうですか……」

「聞いてほしかったのか」

「そんな訳無いでしょう。……まあ言うとすれば」

言うんだ。

「あなたのせい、ですかね」

「なんだそりゃ」

「あのとき、あのエリアから早めに切り上げられれば対応も遅れずに済んだのですが、あなたを見かけた私は走って追いかけましたよね。それで対応が遅れてしまい、結局エリアは封鎖。『何のための特殊部隊だ』って怒鳴られちゃいました。……ナーバスです」

「そりゃ確かに俺にも責任あるかもだが、走って追いかけたのはお前だし、二人だけで前線に戻って解決できた問題だったかよ」

「当たり前です」

言い切った。

「勿論です」

二度言った。

「私、これでも特殊部隊の一員だったんですよ?それしきの対応なんて楽勝でした。あなたさえいなければ……」

それは無いと思う、と言いかけて止めた。なんかすごい目つきだったからだ。……すげぇ目力。

「わ、悪かったよ。……何か特殊部隊にいなきゃいけない理由でもあったのか」

「……あるアラガミを……探してて。優先的に任務を回してもらえるから、欲しい任務を受けられるし都合良かったのに。あんなくっだらない視察がまさかこんなことになるとは……」

くだらないって。

「小生はちょっと悲しいなー……」

ソラが急に言ってきた。

「小生達の家……あそこにあったんだよねー……それが壊れちゃったのがくだらないっていうのはねー……」

「ああごめんなさい!そういう意味で言ったんじゃなくて、視察がくだらないって……」

「ようは、この女、極東が見るに値しないと言ってるぞソラ」

「えー……」

「ちっ……ちが……」

慌てふためくキギリギ。

「小生はねー……あの町が大好きだったんだー。リュウがいて、ハルカがいて。楽しかったんだー」

いきなりマジな話を出したソラを見てしょぼんとするキギリギ。

「……あ……ごめんなさい……」

「ふふふ。謝ってるぞ。この元特殊部隊員の女、謝ってるぞ」

「なあっ……!」

「それで結局、他の奴はどうなった」

「……うぅ……極東支部にいますよ」

なぜ。

「特殊部隊が解散になって、あの人達行き先を無くしちゃって。戻りたい人だけ、元々手配されていたヘリに乗ったんですよ。……二人だけでしたが。視察の幹部職の人もそのまま。極東支部でなんか仕事ができたみたいで」

「仕事?なんぞ?」

「さあ?」

なんだって。

「あの人、よくわからない人でしたし。……それより。あなたが神機使いになったってことの方が気になってるんですが」

「ああそれか。……今更?」

「あなたがずっと質問し続けてたんじゃないですか」

「……まあそうかもな」

「で、どうなんですか」

「どうと言われてもな。深夜にいきなり博士が来て、『適性がある』と一言言われて、それからいろいろ検査を受けて、だ」

「本当……みたいですね。なんだ。もう会わないで済むと思ったのに、職業も職場も同じになるんですか」

そういえば確かに。

「まあ……そうなる、か」

「……ちっ」

あ、今舌打ちした!この女舌打ちした!

「失礼な女だ全く。……今時デレないツンなんて流行らんぞ」

「はあ?」

「……そろそろ黙れ。長い時間がかかる。今のうちに寝ておけ。いつアラガミが来るかわからない」

いきなり隊長が口を挟んだ。起きてたのかよ。……なんていうかもう。空気読めよ。

「特に赤いの。お前は実戦経験が無いんだろう。ならせめて戦える我々の邪魔をしないでもらいたい」

誰が赤いのだ、と言おうとして止める。こいつと張り合っても仕方ない。

「……ああそうかい。なら黙らしていただく……」

「ねー。あなたのお名前、何て言うの?」

おいソラ。お前話の流れを理解しているのか。こいつはそんな妖精に話しかけるようなノリで話す奴じゃないんだよ。

「ん?そういえば気になっていたがこの少女は何故乗っている?腕輪も見当たらないが」

俺に聞いてるのか?

「ああ、こいつは適性があったんだが神機が見つかってなくてな。だから今の所は本部に置いておくらしい」

「……そうか。俺はレインだ。レイン•ティーヴァエル•アーツファルク」

……答えちゃうんだ。俺と態度が全然違うんだが、こいつまさか女の子に興味ありありなむっつりか。

「長いお名前だね。小生はソラ、白眞ソラって言うんだよ」

「そうか。この男とは違って話ができるようで助かる。よろしくな、ソラ」

「えっへへー。よろしくね」

何だこの会話。意外すぎて引くわ。

「おおお、おーい!ソラの名前より先に俺の名前を憶えるべきではないのか!」

「……話しているときに口を出されるのは気分を害する。気をつけろ」

「お、ま、え、が、い、う、な!いいか!俺はな———」

「ああそういえば!私まだ自己紹介してませんでしたね!ね、隊長、ソラ!」

「ああそうだな。自己紹介されたのならば返すべきだ。社交をわきまえているな」

「うんうん。小生もあなたのお名前知りたーい」

「私の名前は鬼々璃玖{きぎりぎ}ノエル、ノエルって言うの!よろしくね、ソラ!」

へえ、ノエルって言うんだ。良い名前ー、……じゃねえよ!

「憶えておけよ鬼々璃玖……いろんな意味で憶えておけよ。俺の名前は—————」

「ああちなみに!操縦士の俺はゼット•ガゼィ•バースマンだ。気軽にゼット、あるいはゼっとんと呼んでくれ!」

操縦室の小窓から声が聞こえた。ゼっとんかぁ、憶えやすいのにチャーミング。かわいい響きだなー、……じゃねえよ!

「お前まで何出てきてんだよ!モブはモブらしく引っ込んでろ!」

「……モブって……あぁんひどぅい……」

「うるさいキモい!いいか俺の名前は————————」

「ぷぷ。自己紹介で数度にわたってキレる男。ぷー」

「……鬼、々、璃、玖!!てめえだけは許さねえぞ……何としても憶えてもらうぞ。俺の名は—————————————」

一度周りを見渡して邪魔が無いか確認する。そして皆妨害に飽きたようだったのを確認して、いつの間にか立っていたのを活かし「荒ぶる神のポーズ」(いつぞやの対ショック姿勢をこう名付けた)をとってやった。強く、叫ぶ。

 

 「拾皇{じゅうがみ}、リュウガだ!」

 

「はいはい時間取り過ぎ。憶えるつもり無いので無意味ですよ。そのポーズも」

「憶えにくい名前だな……毛頭憶えるつもりもないが」

「ソラはもう知ってるし、それに声が大きいよー」

「モブの俺もびっくりの意味の無さだなそのポーズ」

……お前ら……もっとこう……言い方があるだろ……

 

 

 それ以降は、奇跡的にアラガミが攻めてくるわけでもなく特出して何事も無かった。本部に着いた時に疲労していたのは俺だけというなんだこれ。ようは俺いびりがずっと続いたまま丸半日をヘリで過ごした訳である。

 まだ足下がぐらぐらする感じ——ヘリに長い間乗っていたから——を我慢して上を見る。灰色の空が一面に広がっている。曇りだ。やけに空が広い。極東と同じで、外部居住区には低い建物しか無いのでかなり視界が広い。

「ああ、や、んー!どこなの……」

鬼々璃玖の声が機内から聞こえる。

「……二人はもう行ったぞ。早くしてくれ」

鬼々璃玖と俺は着陸してからずっとヘリポートにいた。二人は先に行ってしまったが、鬼々璃玖が機内に忘れ物をした、と戻り、俺は待たされているのである。なぜ俺だけ……。あ、ゼットは早々に倉庫の方に行ってしまった。

「あ、あった」

ようやくか。

「じゃあ早い所行くぞ」

「ああ、はい。よっ、……と」

少し高い機内からばっと降り立つ鬼々璃玖。ちょっとふらついたので腕を掴んで支えてやる。

「ああ、ありがとうございます、うぅ」

「そんなんでゴッドイーターが勤まるのか」

「当たり前です!こんなのちょっと油断しただけで……」

ヘリの中で過ごしてわかったことがある。こいつ負けず嫌いだ。

「……」

「なんだよ」

急に言い訳が止まったので聞いてみる。

「ずっと聞けなかったんですが、あなたどうしてゴッドイーターに?」

……確かに二人じゃないと聞けないよな。誰でも、ゴッドイーターなら気になるはずだ。「何故命の駆け引きをする道を選んだか」。

「ああ、それはな……よっ、と」

ふらつく鬼々璃玖を立たせてやる。……そして、俺はわざと、ばっ、と音がなるように後ろに振り抜く。

「いつか、強くなったら教えてやる」

「なんですかそれ」

後ろで鬼々璃玖が不満げな顔をしているのがわかる。

 そう、いつか。

 ハルカ達を護れるようになったら。

 ————なれるさ。

 決意新たに踏み出した足は先ほどのぐらつきも無く、がっしりと歩けた。

 

 

 

<B,hvosugr,oojci;Z>

 

 

 

 がちり、ザラザラ。なんの音だろう。なんとなく聞こえた気がしたが、鬼々璃玖は別にそうでもなかったようなので幻聴かな、と流した。疲れてるのかな。

本部、か。

 

 俺の速さについてこれる所なら良いんだが。

 

 

 

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。第三話、ようやく主人公が神機使いになりましたね。長えよ!遅えよ!と思った方ごめんなさいね。文量もはんぱねぇことになってしまいましたし。多分前回の四倍くらいかな?重くなったと思います。すいません。また、今回でプロローグ終わらせようと無理矢理詰め込んだせいで、色々展開がわけわかんなくなってしまったと思います。その点についてもお詫びを。すいません。
次回からは本編、舞台はヨーロッパ。本部直轄の地域となります。いやはや。設定全てを把握していない状態で、原作と時間も場所も違う所を書くのは難しいです。多分これからもたくさんミスると思いますので、どうか呆れず最後までお付き合いいただけたらと思います。今回も読んでいただきありがとうございました。


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