前世も現世も、人外に囲まれた人生。 (緑餅 +上新粉)
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Prologue.
File/00.再/転世


下記のタイトルのように、リメイクした話には(再/)という二文字が入ります。あと、繰り返しになりますが、過去のものは削除させて貰います。ご了承ください。

初めてお読みくださる方にはややこしくて申し訳ありません(汗)。こちらが本小説一話目となっております。二話以降は書き方が別人化しますが、今後のリメイクにより統一させる予定です。

リメイクによる設定の改変はしません。


 人間は、地球上で唯一睡眠時に夢を見て、それを客観視できる生物だ。

 

 脳科学的な観点から定義すると、夢は記憶の整理だとか再生だとか、レム睡眠やらノンレム睡眠のメカニズムに関わるだとか...なんにせよ小難しいお話になる。正直、そんな『夢』のない専門的な固有名詞だらけの内容など、見ても聞いても面白くないから興味などない。だから、俺はそうやって何もかもを定義付けしなければ気のすまない人間の性質が嫌いだ。

 

 ....あれ?そもそも、なんでこんなに一人で不機嫌になってるんだっけ。そう思った俺は、閉じていた瞼を開き、胡坐をかいていた状態から腰を上げて立ち上がると、周囲360度を万遍なく見回した。見回して.....そこでようやく、自分の置かれている状況がどれだけ異常で、思わず詳しく知りもしない夢の論評をしていたか分かった。

 

 

「何もねぇ」

 

 

 いいや、何もないという表現では少し御幣があるか。まず、頭上には澄み渡る青空が広がっており、その無限に彩られる蒼いキャンバスには白い雲が幾つも浮かんでいる。そして、地面には足首ほどまで浸かる深さの水が彼方の地平線まで続き、天に浮遊する青と白を鏡合わせのように反射していた。早い話、南米に位置するウユニ塩湖をイメージしてくれればいい。実際に見に行ったことはないが、景観はほぼ同じはずだ。しかし、もしもここがモノホンのウユニ塩湖なら、俺は純粋に喜んでいただろう。はしゃぎまわって一人水遊びをしていたに違いない。

 

 

「そんな気が起きないくらいおかしすぎるんだよな、ここ。そもそも、俺って既に死んでるはずなんだし.....」

 

 

 俺が持つこの場に来る直前までの記憶は、子猫を助けたあとトラックに撥ねられ、一つの小さき命と引き換えにして、己の身体が壊れた人形の如くバラバラとなってしまった光景だ。あの分だと確実に俺は絶命しているだろう。しかし、あちらが夢でこちらが現実だという線も考えられる。....のだが、その推測はこの場において発生している妙な現象によって否定されつつあるのだ。

 

 ───────空を見上げると、風など一切吹いていないはずなのに雲たちは忙しなく地平線へ降りてゆく。

 ───────バシャバシャと水音を立てながら、飛び散った水滴の波紋を幾つも作って歩くものの、一向に俺の足は濡れない。

 

 おかしい。おかしい。何だ、ここは。

 この場において、現世では当然のように起きていた現象が起きず、現世では起きるはずのない現象が起きている。まさか、今まで俺が生きていた世界の法則こそが間違っていたのか?もしそうなのであれば、ここは俺の持つ法則から外れた、夢ではない本当の『現実』...

 

 

「いえいえ、この場所は『現実』ではないですよ。だからここで起こった事は何処の『世界』にも作用しませんし、向こうから作用されることもありません。まぁ、私自らが干渉したら、その限りではありませんが」

 

「んァッ────────??!」

 

 

 一切の前触れなく、しかも心の中で唱えた疑問に応えながら、背後の水を蹴飛ばして近づき、俺の両肩にそっと手を置いた誰か。そんなことをされれば、当然大抵の人間はビックリする。俺もその例外ではなかったらしく、人生最大級といっていいくらいに驚き、声帯が飛び出しても不思議ではないほどの絶叫を辺りへ響かせた。

 

 

「...神様業を始めてから今までで、こんな反応のされ方を経験するのは初めてですね」

 

 

 その声を聞いて、俺は尻もちをついた衝撃で下げていた顔をあげ、そこにいる自分以外の誰かを直視する。足から腰、腰から胸、胸から顔.....順に見たその全てが真っ白な女性の姿があった。

 

 

「どうも初めまして。私は貴方達の世界で言うところの神様という存在です。以後お見知り置きを」

「ああ、はい。こりゃご丁寧にどうも」

 

 

 伸ばされた白くたおやかな手を掴み、挨拶の握手をするとともに尻もちをついた不格好な状態から引き揚げてもらう。その時にバシャリ、という音が尻から鳴ったが、触ってみてもやはり濡れていない。なるほど、これが神の創り出す世界の特性ってやつか。うちゅうのほうそくがみだれる!的な...って、オイまて。

 

 

「アンタ、神様なの?」

「ええ。ちなみに私はゼウスでもシヴァでもアラーでもありません。アレは貴方達が勝手に名づけて勝手に信仰しているものの名ですから。ただ、私の役割を分かりやすく呼称すれば、『神』という名が最も近いというだけです」

「な、なるほど...?」

 

 

 分かったような分かってないような。でも、言葉の意味をざっくりと吟味するに、目の前にいる女性はやはり神様ということでいいのだろう。そう結論付けなければ、いつまでたっても先に進めやしない。今この状況にある時点で聞きたいことは山ほどあるのだから、ここで世間話をしている精神的余裕は無い。そう思った所で、何故か彼女はいきなり得心顔になり、何もかも白の身体の中で、唯一蒼い色を持った瞳を動かして周囲を見渡しながら言う。

 

 

「この場は、数多ある世界につながる中継地点。つまり、死者が次の生に向かうための通り道です」

「死者、だって?ということはやっぱり、俺は死んでるのか」

「ええ、死んでいますよ。今時珍しい、自分とは全く異なる種族を助けて亡くなるというパターンですね、貴方は。素直に感心しますよ」

 

 

 少し嬉しそうな、でも色がないから何処か無機質さを感じさせる笑みを浮かべる神様。俺はそれを見た瞬間、何故かストン、と自分が死んだという事実の全てを腹に収めてしまった。ついさっきまでは、もしかしたらこれは夢で、目が覚めたら俺は病室で寝ていて、心配そうに自分を見つめる親父と母さんが隣に...そんな結末を正直期待していたのに。

 この場で起こっている何もかもを嘘と決めつけることもできるが、俺の中にある、何処か根源的な部分がそれを強く否定している。この場はあまりに現実とかけ離れているくせ、生きていた時に歩んだ場所のどこよりも現実味があり、目前の女性が口にする言葉は凄まじい重みがあった。

 

 

「それはそうです。私は貴方の全てを掌握しているんですからね。生かすも殺すも私次第ってことです」

「ちょ、ナチュラルに人の心を覗いて返答しないでくれ。あと、もう死んでるんだからこれ以上殺さないで」

「ふふ、冗談に決まってるじゃないですか。本来の目的が果たせなくなってしまいますからね」

 

 

 超然的な雰囲気を纏っているくせして、どこか人間臭い面も合わせ持っている白い女性。段々この人が神様なのかどうか怪しくなってくる。

 兎も角、彼女の言う本来の目的とは一体何なのだろう。そんなことを心の中で呟いたら、やはり前方から答えが飛んできた。

 

 

栗花落功太(ツユリ コウタ)さん。貴方はこれから別世界にて今一度の生を謳歌して貰います」

「.....え?今一度?」

「そうです。ああ、それと安心して下さい。貴方は貴方のまま、望むのなら現在の記憶を保った状態で二度目を送ってくれて構いません」

 

 

 ────────今一度の生。それはつまり、転生というやつか?

 いや、それはおかしい。転生というシステムそのものはあるのだろうが、今現在持っている、つまり前世の記憶というやつを引っ提げたまま別世界にいくのは許されないはず。そんなことが俺以外にも為されるているのだとすれば、世の人間は死んだ後も死ぬ前の記憶を持ち続け、実質永遠の生命を手に入れることとなる。...が、少なくともそんなヤツは俺の周りには一人としていなかった。

 輪廻転生という概念は、あくまで人間が勝手に生み出した『この』世と『あの』世を魂が行き来する法則ではあるが、一応理に適っているものだ。しかし、目前の白い女性が言った内容はそれを破綻させている上、誰が考えても辻褄が合っていない。それとも、後々何かしらの調製がされるのだろうか?

 

 

「いえいえ、人間はたかだか数十年ほどしか生を持てない種族です。ましてや、知人のいる元いた世界ではなく、無数に浮かぶ別世界に飛ばされるんですよ?前世の記憶を持つ程度のイレギュラーで貴方の生み出す波紋なんて、他の世界に届くことなく消えてしまいますよ。仮に数万年生きたとしても問題ないですから安心してください。それに、誰かれ構わず転生させているわけでもないですしね」

「す、数万年て。そんなん俺の生きてた世界じゃ十分イレギュラーなんじゃ...」

「あの世界には数万年生きれるだけの方法がそもそも存在しませんからね?もし手に入れられる世界なら、それが認知されていて然るべきところです。そうやって数多ある世界は整合性を保っているんですよ」

 

 

 俺は素直に感心した。なるほど確かに、数万年の命を手に入れるにはそれが出来る世界でなければならないし、出来るのならそこが数万年生きる人間を認知している世界であって当然だ。俺の生きていた世界でそれを手に入れることは不可能であったが、自分と同じ世界に生きる全ての人間にも等しくその法則は降りかかる。こうやって可能とできる物事のボーダーラインは変わってくるにせよ、結局誰もができることしかできない。

 別世界の法則を持った俺という存在は、確かに生まれ落ちた世界にとってイレギュラーとなり得るだろう。しかし、それ以外のイレギュラーを持たないので、結局そこの常識に塗り潰されてしまう以上、俺の作る波紋など海に落ちた一滴の雨粒くらいなものだ。例えその一滴が恐ろしい劇物だとしても、海洋生物を根こそぎ絶滅させることなどできはしない。

 

 

「理解してくれたようでなによりです。...さてさて、転生についてのお話に戻りますが、貴方は随分と動物に愛着があるようで、彼らの消えゆく命をいくつも救ったようですね。それも、決して下々への施しという概念からではなく、目線を同じ高さに合わせての行為...これぞ本物の善行です。涙が出てきますよ」

「あ、アニメみたいに滝のような涙が?!」

 

 

 時々妙なコミカルさを挟むのは、場を和ませるための気遣いかなにかだろうか?正直うざったいので止めて欲しいのだが、こうやって考えていることも全て読まれているので涙の放射がこっちにごぼごぼごぼッ!

 

 

「そうですよ気遣いですよ下手ですいませんね」

「いえ、決してそんなことは....」

「心にもない事を言わないで下さい。むしろもっと悲しくなります」

「俺にどうしろというんだ?!」

 

 

 頭を抱えて半ギレ状態となる俺。だってそうだろう。本来自分しか聞くことの出来ない心の声に気を配るなんて不可能だ。フィルタ機能なんて便利な物などついていないし、常時垂れ流しに決まっている。それでも看過できないというのなら、思考を停止させろとでもいうのか?それとも神様にとって都合の良い事だけを思い浮かべていた方がいいのか?もしそのどちらかを実行しろなんていうなら、たとえ神だろうが思い切り殴ってやる。

 と、これまでの思考を全て読んだ白い女性は、「すみません。ちょっと調子にのりましたね」そう言って頭を下げて来た。...何だか、さっき以上にいよいよこの人が神様なのか疑わしく思えてきたぞ。そんな猜疑心に苛まれていたところ、彼女はコホンと咳払いを一つ挟んでから、手を空に翳し始めた。

 

 

「?...何をしてるんだ?」

「あまりに突飛なイレギュラーを与えることはできませんが、トリガーをあらかじめ用意すれば大丈夫でしょう。...前世の貴方の行いに敬意を評し、その精神に見合った対価を『次の』貴方に贈ります」

「対価、だって?一体どういう──────ッうお?!」

 

 

 唐突に轟音が鳴り響き、それと同時に迸った強い閃光で視界も塗り潰される。まるで至近距離に雷でも落ちたかのような衝撃に、俺は訳が分からないまま煽られ、終いには吹っ飛ばされた。格好悪く背中から着水し、ゴロゴロと三回転ぐらいしたが、相も変わらず濡れない。撥水機能抜群だな。

 身体を起こして、さきほどの不可解な現象のお蔭で何がどうなったのかを確認する。随分無茶苦茶したから二、三メートルくらいのクレーターでも出来てるんじゃなかろうか。そう思ったが、期待を裏切るように数秒前と全く変わらない姿勢で立ち続ける神様がいた。...いや、あの時は空だった掲げる手に、何か白く輝く珠みたいなものがある。

 

 

「これが対価ですよ。にしてもかなり凄いの引きましたね。まぁ、自分の命なげうつほどの自己犠牲精神に見合うかと言ったら多少疑問は残るかもしれませんが、少なくとも貴方の望む力のカタチにはこれ以上ないくらい近いと思います」

「え?俺が望むって...そんなこと伝えた覚えはないんだけど」

「それなら問題ありませんよ。神様権限で把握済みです。プライバシー云々より効率重視が私のモットーですから」

「あの、職権乱用って言葉知ってます?」

「知りませんね。そもそも神様ってただの役職じゃないですし、乱用する権利とやらを取り締まる機関なんてありはしませんよ」

「職権乱用知ってんだろその口振りからして!」

 

 

 何故俺は死んでまでコントをしているのだろう。こういうのってもっとこう、お堅い雰囲気の中でする内容ではないのか?それとも、このルートを通った全員が彼女とコントをしたのだろうか。だとしたら本当にご苦労様です。

 

 

「失礼ですね。コントなんかしてるつもりはないですし、これまでもしたことないですよ。ただまぁ、星の数あるこれまでの転生者と比べると、貴方は随分話しやすいですね」

「そうなのか?死ぬ前の俺は恐ろしく話下手だったぞ。生涯した会話回数は人間より動物のほうが勝ってるからな。確実に」

「では、その回数を逆転できるよう次は頑張って下さい」

 

 

 白い女性は笑みを浮かべたまま俺に近づくと、白い珠を乗せた手をおもむろに俺の胸へ押し当てて来た。すると、何故か一瞬身体が鉛のように重くなった...かと思いきや、すぐに元の感覚に戻る。何だ?ちゃんと収まったのか、対価とやらは。まさか拒絶反応起こしてこの場で死にました、なんてやめてくれよ?そう心の中で問いかけると、手を引っ込めた神様は柔和に微笑んだ。

 

 

「平気ですよ。同調させる時に生じた違和感はもう消えた筈です。本来なら無色の魂に純粋な力を宿すのは簡単なのですが、貴方の場合は少し強力な『色』を含んでいたので、馴染ませる必要がありました」

「強力?それって転生後に行く世界によっては『不可能』のボーダーライン振り切っちまうんじゃないのか?」

 

 

 転生は確かにイレギュラーではあるが、その世界のルールに逆らう力を持てない以上、それ以降は波紋を広げることはない。だが、転生前に強力な力を貰ってしまった場合、あらかじめ飛ぶ世界を指定しない限り、俺の持つ『強力な力』が世界にとって明確な異物となりかねない。これは間違いなく看過できないイレギュラーを生む要因となるはず。

 

 

「...貴方の生きる世界をあらかじめ指定はしません。完全にランダムです」

「じゃあ、やっぱりまずいんじゃ」

「いえ、それに対する保険なら掛けてあります。貴方のそれは、特殊な条件下におかれない限りは起動しない、トリガー付きの能力です。なので、まず前世のような世界で発動することはないでしょう」

 

 

 なるほど。必要であれば使えるようになるし、不必要なら一生使えないということか。...これは、どうせなら使える世界に行きたいな。じゃないと、次の人生はずっと悶々としたものになりそうだ。とはいっても、指定できないのだから結局は運任せだ。

 思いつく限りのおまじないを唱えて神様を苦笑いさせていると、突然腹の奥底まで響くような地鳴りとともに──────空が裂けた。

 

 

「なッ.....?!」

「ああ。もうそろそろ時間切れですか」

 

 

 時間切れ?そう聞こうと思ったが、再び蒼天へ深い亀裂が幾条も走り、硝子が砕け散るような音が幾重にも重なり響き渡った。それに答えるようにして地面も震え、さっきまでの穏やかな空気から一転、世界の終末間際のような有り得ない光景が目前に展開される。何が起きているのかさっぱり分からないが、このままでは不味いという事だけは漠然と理解できた。

 俺は空に向けていた視線を神様に移す。と、その前に片腕を取られ、女の人とは思えないほどの膂力で引っ張られると、いつ間に出現させたのか、四角く象った妙な扉の先へ放り込まれた。

 

 

「ちょ....!え──────?」

 

 

 放り込まれた先には、地面がなかった。

 ここには重力の概念があるのかわからないが、自由落下が始まったことを鑑みるに、それはしっかりと存在するようだ。って、そんなことを悠長に考えてていいのかこの状況!

 

 

「すみません。ここでのことは生命の消費に関係しないので、記憶を引き継ぐ人には時間制限があることをすっかり忘れていました」

「それ結構大事なことだろ?!なんで最初に言わないんだよぉ!」

「いやぁ。ちょっとしたうっかりですよ。まぁ、ここでざっくりと転生要件まとめちゃいますね」

 

 

 パニック状態である俺などお構いなしに、突然現れて会話のペースすら乱しまくる神様。しかし、彼女は常時こうなんだと決めつけた途端、何故だか、もう腹が立たなくなった。所謂諦めの境地である。

 

 

「一つ目は、転生する世界はランダムということです。貴方が望むようなファンタジーな世界かもしれませんし、前世のような異能など存在しない世界かもしれません」

 

 

 やっぱり『普通』が元いたあの世界だと、転生先はファンタジーがいい。もしかしたらそっちの住民は俺と真逆のことを考えてるかもしれないが。

 

 

「二つ目は、前世の記憶を維持したまま二度目の生を送るということですね。名前は勿論維持されますが、脳の構造は人間のままなので、思い出の摩耗は避けきれないでしょう」

 

 

 ああ、そうか。二回目の記憶も前世の記憶が詰まった自分の脳に記憶されるのだから、必然古いものから消失していってしまう。己の人格を形成するリソースとなり得た記憶は長期記憶を司る部分に嵌め込まれるだろうが、それ以外ばかりはどうしようもない。友人の名やよく使っていたスーパーの場所などは徐々に薄らいでいくだろう。

 

 

「最後に────────前世で、心残りはありますか?」

 

「.......」

 

 

 周囲の白が強くなっている。もうそろそろつくのだろう。その前に、彼女の質問に答えねば────────。

 

 

「───────俺は、」

 

 

 後悔、していないよ。あの終わり方(結末)に。

 




前の一話より更に理屈っぽくなってますね。これからのリメイクもこんな感じで行く予定です。

意見や感想等が作者にとっての活力です!是非、お願い致します!


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File/01.再/黒猫

前のものと比べると、初登場時の黒歌は大分荒れてます。台風なみです。
ということで戦闘描写がガッツリ、クサい台詞もガッツリあります。温帯低気圧に変わる終盤まで頑張りましょう。


 この世界に来て、先ず一番最初に驚いたことがある。

 

 記憶や名前は引き継がれると確かに言われていたが、まさか赤ん坊の時から『俺』が保たれているとは思わなかった。一歳児くらいの男の子が十代後半の思考を持つってヤバいだろ...

 目が覚めた時に思わず『なんじゃこりゃぁ』と叫んだつもりだったのだが、その意思に反して俺の口から漏れ出たのは『あ』と『う』で構成された謎言語だった。いやまぁ、発声器官が成熟してないんだから当然なんだけど。何はともあれ、俺は自我がはっきりしているにも関わらず、四方を保育器の透明な壁に囲まれる退屈な毎日を過ごした。もし俺が閉所恐怖症持ちだったら地獄だったな。

 

 それからどれくらい経ったか...俺は目の前に立った看護婦二人の会話から、とんでもない事実を聞かされる。

 

 俺には、両親がいなかった。籠か何かに入れられて拾ってやってください、される捨て子というヤツだ。道理で病院内からいつまでも出られなかった訳である。ということから、ある程度成長したあとは病院から孤児院へ移された。

 

 ─────あれ、おかしいな。なんだか初っ端から雲行き怪しいぞ俺の人生。

 と思ったが、前世では高校生に上がった時から親元を離れて暮らしていたので、一応その延長だと考えれば淋しくはない。それに、両親がいないというのは俺の持つ目的を果たすためには寧ろ好都合だ。そんなことを考えながら幼少時を孤児院で過ごし、ここに居る子供らが至るところでおもちゃを取り合って泣き喚く中、俺は今後どう動くべきかを冷静に思案していた。その間手に持っていた絵本など、真剣に読んだことはない。

 

 ─────そして、俺が六歳になった頃、唐突に孤児院を訪ねて来た見慣れない一人のスーツ男が妙に気になり、小さい身体を駆使してこっそり後をつけてみると、黒服はここの院長を呼び出し、人目に付かないところでおかしな会話をし始めた。

 

 

『この中で、神器(セイクリッド・ギア)を持っている者はいるのか?』

『はい。数人ほどですが.....』

『ふむ。ならば、今度訪問した時に何人か見繕って冥界へ連れて行く』

 

 

 神器、そして冥界......。明らかに冗談で言っているような雰囲気ではない。前世の世界では一笑に伏される馬鹿馬鹿しい単語が、真剣な表情をした大の大人から放たれたということは。...ああ、ここは間違いなく俺の望む『そういうものがある世界』だ。

 しかし、知ったところで行けなければ意味はない。黒服の言う神器とやらを持った子を連れて行くというのなら、その中にさりげなく混じれば行けるか?いいや、どういう形で連れて行くのか分からない以上、不用意な賭けは禁物だ。出来うる限りの安全策を取りたい。...そんな俺の願いは通じたようで、後日に俺は神器持ちの一人として召集を掛けられた。

 

 神器というのはよく分からなかったが、上手く冥界への片道切符を手に入れられた。あとの心配は、冥界が眉唾である可能性と、行けたとしても黒服から逃げられるかどうかだ。何せ、話がまとまったあとに院長は黒服から大金を貰っていたのだ。アレは俺たちを売ったと見て間違いない。いざとなったら戦う覚悟も決めねば、恐らく不味いことになりそうだ。

 

 魔方陣らしきものに乗り、人生初の転移を味わったあと。やはりというか、連れてこられたのは深い森の奥に佇む朽ちた施設のような場所だった。が、入ってみたところ、内装はまるで大学病院のような綺麗さで外観との差に驚かされる。周囲にいた他の子たちも興味津々な体で辺りを見回し、これから始まる新天地での生活に胸を躍らせていた。

 

 だが、ここにいては俺の望む人生など到底手に入らないことは明白。行動は迅速に行い、縛られる前に早急に離脱しよう。

 俺はそう決め、ここ数日で密かにまとめた情報をもとに計画を遂行した。一緒に連れてこられた皆には悪いが、お暇させて貰おう。ただまぁ、ここの待遇も思っていたより酷くないので、寧ろ逃げようとする子の方が少数かもしれない。

 

 .....結果から言うと、俺は脱走に成功した。

 理由は単純。俺たちを子どもだと思って施設の連中が警備など碌にしてなかったからだ。これを使えば少しは楽になるかな、程度に子どもである我が身を利用する案を考えていた俺としては、随分と拍子抜けな結果ではあるのだが。とはいえ、腕や足をもがれることなく無事に生還できたのだから、これ以上を望むのはよくない...そう思った俺だったが、この施設周辺を見て頭を抱えた。

 

 も、森しかねぇ!

 

 既に日が暮れつつあり、樹木の先の光景は暗闇によって閉ざされている。冥界というくらいだから、きっと森の中にはそういう類の化物がいるだろうし、襲われてもなんら不思議ではない。だからといって、いつまでもここに留まっていたらいずれ見つかる。そうなれば、二度目の脱走を画策するのは難しくならざるを得ないだろう。それは、俺にとって最も忌むべき結末だ。

 

 ならば、もはや停滞するという考え自体が愚かというものだ──────!

 

 

 

 

         ***

 

 

 

 どれだけ正しくとも、一人の意志は多数の意志によって潰される。意見したその一人でさえ、数の暴力によって誤った正当性を無理矢理擦り込まれ、本来正常であるはずの思考を異常とみなし、自ら淘汰していってしまう。これを繰り返すことで、まるで川底を転がる石のように角が徐々に取り払われ、やがて周りにとって都合のいい、または同種の存在に成り下がる。

 

 大衆において、自分たちにとって不利益な結果しか生まないものの処理と言う案件では、まず間違いなく元凶の主張や意見など汲まず、一方的な糾弾、そして排除という至極真っ当な決がすぐにでも下されるだろう。何故なら、『世に仇名す悪をいつまでものさばらせるわけにはいかない』という、こんな誰もが首を縦にふり、正義という分かりやすい対極の役目を誰かが担うことで、容易に集団心理とは掌握できるからだ。例えその者の思惑に、決して正義とは言えない『何か』が含まれていようとも、多数が認めれば、それは神の啓示に等しい絶対的な善意となる。

 ああ、それでいい。アンタらは何も間違っちゃいない。本当の悪党に情状酌量の余地などないし、それでも場合によっては同情はするかもしれないが、自業自得だと割り切る自身も俺にはある、...だが、これだけは言っておく。

 

 どんな建前を作ってもいい。自分にとって利益になることを求めてもいい。それでも、悪党に仕立て上げられた『誰か』の後ろに隠れる、本当の悪党を見過ごすことは許されない。

 

 

 

「ここで足跡は途絶える、か。...今日廻って来た情報だし、近くにいるはずだけどな」

 

 

 町はずれの廃屋が立ち並ぶ一帯を見回し、同時に時折風で運ばれてくる鉄の錆びた臭気に眉を顰めながらゆっくりと歩く。その道中に何度か、元は何をしていたところだったのか、中には何があるのかと気になったが、あまり積極的に覗こうという気持ちにはなれなかった。何か怖いの出てきそうだし...

 俺は周囲へ警戒の糸を張り巡らせ、吹く風によって舞い上がった砂粒が地に落ちる音さえも逃さず聞き取る。しかし、地面に伸びた影は既に暗闇が呑みこみ、そろそろ周囲の景色もまともに見えなくなってきた。この分では、あと一時間も経たぬうちにすっかりと夜の帳が落ちるだろう。...だが、それでも。たとえこの状況が己にとってどれほど不利であるとしても、今日は絶対に引き下がらない。

 

 何故なら、今ここにずっと探してきた彼女が確実にいるからだ。

 

 

 

(ッ!!来る!)

 

 

 突如響き渡る、固い地面を引っ掻いたような音。外は砂まじりの土壌であることから、音を発した者は十中八九廃屋の中にいるだろう。幸い、向こうが立っている場所はここから少し距離がある。俺はすぐさま怪音が聞こえて来た方角へ向かい、頭で理解するより先に下げていた右手を振り上げる。

 直後、金属を食い破る凄まじい破砕音とともに、廃屋内部に広がる闇よりさらに黒い何かが飛び掛かって来た。そのときに、僅かに辺りを照らす茜色に反射して金色の極光を放ったのは、果たして爪か牙か。ともあれ、出会ってから二三話し合いをして、理解が得られなければやむを得ず戦闘といった流れにする予定だったのだが、こうなっては仕方ない。

 

 

「『武具創造(オーディナンス・インヴェイション)』───────莫耶」

 

 

 大気を脈動させ、雷光が迸った一瞬の後に振り上げる最中の右手へ白い短剣が出現する。およそ九年間苦楽を共にしてきたソイツの柄の感触を確かめながら、目前にまで迫った凶刃と己の白刃を衝突させる。黒に塗られた影はその交錯の後に俺の正面へ降り立つと、間髪入れずに頭上からの重い振り下ろしを放つ。だが、真横から払うような斬撃で迎え討ち、赤い火花をまき散らしながら軌道を大きく逸らさせる。続けて反対側の手から放たれるのは、下方から風を切って迫る袈裟。対する俺は、柄を手中で素早く回転させて持ち替え、逆袈裟に真正面から斬撃を繰り出して敵の刃を弾き、影を強引に後退させる。

 

 踏み込んだ利き足を背後に移動させながら、先の戦闘中に持ち替えた柄を再度手中で二三回転させ、刃を相手に向けながら水平に構えると、片目を閉じながら深く呼吸をする。...やはり疾い。そして重い。相手へ精神的余裕を与えない為に無表情を繕ってはいるが、打ち合いの最中に少しでも意識を外せば、全力で振ったタイミングが衝突の瞬間とずれ、腕もろとも弾かれる、そんな恐怖心が思考の隅に蟠っていた。事実、その時が俺の最期ではあるが、迎えるつもりは毛頭ない。

 

 

「──────んで」

 

 

 何かが聞こえる。それは、周囲を支配し始めた暗闇の向こうに立つ、黒に沈んだ影から放たれた言葉か。

 

 

「何で死なないのよッ!!」

 

 

 影は激昂しながら両手を左右の肩の高さまで上げる。すると、大気そのものを喰ったかのような音とともに、両腕から濃い黄金色のオーラが立ち昇った。...それは、俺の知識が正しければ『気』というものだ。纏わりつくような粘性の性質から、気を扱う上で最上位の技法である仙術に起因するもののはず。

 

 

「結構まずいな。ぶっちゃけ、会えただけで僥倖だとは思ってたけど...」

 

 

 捕まえるのには難儀しそうだ。そう心の中で呟いた瞬間、拳に金色を携えた影は姿勢を低くして飛び込んで来る。俺は空いた片手を素早く背中に回し、黒い短剣を先ほどと同じ要領で生み出すと、愚直なほど正面から仕掛けて来た相手へ向かって、持っていた白い剣を投擲した。これには影も驚いたか、弾く瞬間に意識を俺から飛翔する剣へ思い切り逸らしてしまう。

 

 

(そりゃ、ほぼ代替の利かない剣を投げたんだ。何か仕組んであると勘繰って当然だろうな)

 

 

 その隙を突き、踏み込んで黒い短剣を全力で振るう。が、影は並外れた動体視力で黒い軌跡を読みきると、寸前で気によって強化された腕を剣の走る軌道上に割り込ませ、容易く刃の侵攻を阻んだ。そこから返す手でもう片方の拳が飛ぶが、先方にとってはさっき投合して失ったはずの白い短剣を持った手を叩き込み、刀身に若干の罅を走らせながらも軌道を逸らすと、何とか頬を浅く擦過するにとどめさせる。続けて、その伸び切った腕を白剣の柄で下方から一撃、怯んだところに足を突き出し、腹を蹴って距離をとった。

 

 

「くっ...?!何、何なのよ!あの白い剣は投げてたはずなのに!」

「うおっと」

 

 

 決して遠くはない距離なのだが、拳から気のオーラのみを固めて飛ばす、高速の弾丸のような攻撃が立て続けに迫る。黄金色の弾丸は確かに早いが、結局起点は拳。自動小銃か何かなら一度弾丸を込めてしまえば、後はトリガーを引くという少ない挙動だけで攻撃は完遂するが、この攻撃法では拳を振るうという長い工程がある。それだけの時間があれば避ける事など簡単だ。俺は漆黒と白亜の剣を手中で回転させ、飛来する全ての気弾を弾く。途中で罅の入っていた莫耶が砕けたが、一瞬の後に()()()させ、ほぼタイムラグなしに続けて弾き続ける。

 ...気とは、使い手の内で練った生命力を外へ放出し、武器とする技。それだけ聞くと簡単そうに思えるが、本来ならどれほど扱いに長けた者でも、精神統一のため座を一時間ほど組まねば、到底先方のように武器として顕現させられない。にもかかわらず、影から滲み出すそれはまるで湯水のように湧き、しかし高純度の練気を保ち続けていた。普通の人間なら、既に吐き出す気と取り込む気の収支が付けられず、生命力が枯渇して枯れ果てているだろう。

 影からは未だに疲労の色が見えてこない。息は上がっているが、それは別の要因によるものだ。...あるいは、それが疲労の波を押し止めているのだろうか。

 

 

「.....辛くないか?」

 

「...な、に?」

 

 

 30ほどの気の弾丸と打ち合った後、一層身体から立ち上る闘気を濃くさせた影へ問う。────殺し合いは辛くないのか、と。例え表情が闇で見えなくとも、直接剣を交わす俺には手に取るように分かる。こうやって戦っている最初から今まで、彼女はずっと泣きそうな顔をしているのだ。

 そして、予想通りその発言で...主殺しの罪人、黒歌は激昂する。

 

 

「辛くないか、ですって...?辛くないわけないでしょうッ!殺したくない誰かを何人も殺して、毎日毎日出会えば表情一つ変えずに武器と魔法を振りかざす追手の影に怯えて...!!でもね、私は..私は正しいことをしたのよッ!世間では許されないことだと分かっていたけど、でもッ!」

「主を殺す。それしか方法がなかった?」

「...そうよ。あの屑は絶対に生かしてはおけない。これだけ追い詰められていても、奴をこの手で殺したことだけは今だって後悔してないわ」

 

 

 拳を握りしめ、彼女はここに来てからはじめて達成感に溢れた声を漏らす。己は善いことをしたのだと、あの時下した判断は間違っていなかったのだと、そう自身へ言い聞かせるように。────でも、それでは駄目だ。いくらその行為が正しかったのだとしても、それを知るのは自分だけ。そして、正義か悪かの判決を下すのは己ではなく周囲の存在だ。

 権力を振りかざし、下々の存在を虐げる甘美さを知った者は、すべからくその世界に用意された席へ座り続けたいと思うだろう。そのためには、同じ権力者とコネクションを持ち、足を滑らせてもそう簡単には落ちない命綱をお互いにかけようと画策する。それが巡りめぐって形成される輪が、権力者の作る、己にとって何処までも都合のいいシステムの基板。誰か一人が落ちそうになったとしても、数千、数万もの存在が自分を助け、代わりに輪の外にいる他の誰かを悪と決めて落とすことで、権力者たちは堂々と悪者を排除した正義を名乗ることができる。今回は黒歌がそれに選ばれてしまったのだ。

 

 

「だから、私はあの男を擁護するお前たちみたいな奴らには捕まらない!絶対によ!」

「.....はは。擁護、か」

「...な、何よ。違うとでもいうの?」

「ああそうだよ、決まってんだろ。何貰ったってアイツの擁護なんてしたかねぇ」

「ッ...!?」

 

 

 俺は両手に握っていた短剣を地面へ落とし魔力へと還元してから、腰に着けていた小さいバッグを漁り、数枚の紙を引っ張りだす。それを持って怪訝な顔をする黒歌の元へ歩く。が、勿論警戒されているため、構えたまま後退りされる。これではきっと埒があかないので、俺は紙を地面にばらまいた。...暗闇の中では普通、紙に書かれた文字を視認することは難しいが、黒歌は猫又の一族だ。問題はないだろう。

 

 

「─────っ!?これは、一体何で!情報は一切漏れていない筈よ!」

「そうだな。確かにお前さんとこの主は、この事実をちゃんと隠してたよ。眷属の陵辱、売春付き取り引き、飽きたら裏で何人か殺してることはな」

「ッ!じゃあ、どうして」

「...金だよ」

 

 

 奴らが築く繋がりの輪は脆い。だからこそ、なるべく多数の同類に媚を売り、もしもの時のために仲間は多めに揃えておくのだ。しかし、その馬鹿どもは元々天秤に乗っていた利より多くの利が乗っかった瞬間、それまでの事などまるでなかったかのように態度を変える。お蔭で言わなくても良いようなことまでペラペラと喋ってくれた。

 同じ穴の狢も、多すぎれば個人の利が廻ってくるのに時間がかかるし、住みにくい。たまには要らない者を住み処から出ていかせることも重要なのだ。

 

 

「...まって、じゃあ結局アンタはなんなの?そいつらに加担してないってことは、利益なんて録に....いや、私みたいな犯罪者と関わった時点でマイナスじゃない。一体、目的は何?」

「はは、目的なしと疑う気持ちも分かるけどな。俺だって結局はお前を追ってきた奴らと大差ないぞ。違うのは真実を知ってたってだけだ。…妹を救うために自分が犯罪者になった、それだけの真実をな。で、俺はそんなお前を救いたいと思った。ほら、あの馬鹿どもとほとんど同じ、自己中心的な行動理念だ。おっとそうだ、利益は申し訳程度の大義名分ってことで」

「あ..アンタは....ふふ、馬鹿ね。...大馬鹿よ」

 

 

 影は地面に膝を着き、声を震わせる。まだ俺を信用するには早いと思うが、がんじがらめにしていた心を震わされたショックは相当大きかったようだ。夜風に乗って嗚咽まで聞こえてくるあたり、今まで相当気を張っていたのだろう。

 無理はない。自分の持っている『本当』を知る人は世界に誰一人としておらず、だからといって真実を伝えようと叫んでみても戯言や狂言と切り捨てられ、理解されない苦しみを押さえつけながら、理解しようとしない悪魔たちを殺し続けたのだ。あと少し遅かったら、本当のはぐれになっていたかもしれない。しかし、彼女の本来持っていた心はまだ生きている。なら、もう俺に出来ることなど決まったも同然だ。

 へたりこむ黒歌に歩み寄り、片手を取ってゆっくり起こす。それに対する抵抗は一切なく、すんなりと立ち上がった彼女に向かい、俺は胸に拳を当てながら言った。

 

 

「お前さんトコの妹は信頼の置ける俺の知り合いに預けた。...って言っても、俺自体信頼できるかどうか怪しいから説得力ねぇな」

「大丈夫よ。こういうことに関して貴方は嘘をつける人じゃないって分かったわ」

「?どいうことだ」

「私を狙った悪魔たちはね。無表情を作ってても瞳の奥に抑えられない欲望があったわ。金、名声、地位、大量殺戮者である私を狩って手に入るものを想像して悦んでた」

 

 

 心の底から嫌悪するような声で、過去自分が殺してきた者たちの被っていた仮面の向こう側にあったものを語る。それは、剥き出しの悪意よりもずっと性質の悪い、ただの過程に過ぎないという無関心。無表情の仮面に覆われた中で唯一覗く瞳だけを喜悦に歪ませ、殺し合いだというのに誰一人自分を見ようとしなかった彼らは、最後の最期まで黒歌を苦しめた。

 彼女は一旦言葉を切ると、今まで泥を吐き出していたかのような声から一転、親しみすら感じられるほどの優しい声音で、「でもね」と言葉を挟む。と、そのとき。それまで空を覆っていた雲が切れ、銀月が優しい斜光を漏らして俺たちを照らした。

 

 

「貴方は最初から今まで、ずっと私を見てくれてたわ」

「......」

「貴方には私の知る悪意はなかった。おまけにでたらめに強いものだから、余計に混乱したわ」

「.....ま、まいったな。理解されるってこんなに照れるもんなのか」

 

 

 折角、月の光が気を利かせて辺りを照らしてくれているというのに、俺は恥ずかしさのあまり黒歌を直視できずにいる。そんな俺の不意を突く形で、彼女は俺の胸に飛び込んで来た。結構な威力で半歩ほど足を後ろに動かしたが、取り敢えず受け止めることに成功する。そして、ここで黒歌の身体が予想以上に冷たいことに気付く。

 それもそのはず。彼女は今まで、碌に食わず寝ずで逃げ回って来たのだ。衰弱していて当然だろう。俺は痩せ細った腰に両手を回し、遠慮なしにきつく抱きしめる。

 

 

「黒歌。俺をどう思う?」

「...そうね。変人、かしら」

「へ、変人か。結構効くぞ」

「大丈夫。素敵な変人、よ」

 

 

 変人なのに素敵とはこれいかに、と素直に喜べず苦笑いをしていると、そんな俺の表情を顔を上げて見た黒歌は初めて聞く微笑を漏らす。

 地面に根を下ろしていた有象無象の影は射した月光で消えた。それでもなお残る黒はきっと、確かな意思と希望を宿したものだろう。

 

 

「じゃあ黒歌。素敵な変人さんの俺がお前を救う。そろそろ日の当たる場所をあるかないと健康に悪いからな。お前もいい加減、その似合わない犯罪者の仮面を脱げ」

「!...ふふ、了解にゃん!」

 

 

 俺は初めて、この世界に来た意味と言うものを彼女の笑顔を通して知れた気がした。




途中時間がかなり飛びましたが、その内容はこの話では語りません。一部というか、その期間何をしていたかはError File.02で描かれています。

メインは小猫ちゃんですが、黒歌もヒロインの一人です。


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File/02.再/ハイスクール

今話のリメイクにより、オリ主が魔王であるサーゼクスを気安く呼ぶ理由が明らかとなります。
最初は会話オンリーですが、場面転換の後にちゃんと地の文はつきますので。


『じゃあ、改めて...僕の名前はサーゼクス・ルシファー。冥界に4人いる現魔王の一人なんだ』

 

『.....そうですか』

 

『ああ、そうさ。それでね、僕は君をこの屋敷に置きたいと思ってるんだ』

 

『...何故ですか?世間の面子がある貴方みたいな人が、血と泥に塗れた俺を近場におくメリットが考えられません』

 

『簡単さ。そのメリットがデメリットを上回っているからだよ。...君は有名になり過ぎた。無論悪い意味でね。僕を含め、魔王幾人かの所有する領地内に踏み入り、不正に魔物を狩った。その数推定数十万。恐ろしい数だ。しかしまぁ、その犯人が人間だなんて誰も想像つかないだろうけど』

 

『...俺は、罪人ということですか?なら、尚更』

 

『うん。端的にいうとそうだ。でも言ったろう?有名になり過ぎたって。魔王諸侯の間では、情報が不明瞭なのをいいことに君の能力や姿を予想するレースが広まってるんだ。おかげでよく知りもしないくせに「欲しい」と言う方々が増えて来ていてね。セラフォルー辺りが一番欲しがっていたな』

 

『珍しいおもちゃか何かだと間違われているんじゃ』

 

『間違ってはいないね。そういう思惑を含んで手を伸ばしてくる者もいるだろう。...さて、巷では「魔払い人(ビースト・キラー)」と呼ばれ、知名度や期待値がうなぎ上りな中、その本人が変わらず放浪の旅をしているとあっては...』

 

『そういう、ことですか』

 

『分かってくれたようで何より。だから、僕のところでかくまわれてくれないかな?』

 

『.....まだ、首を縦には振れません。他の魔王の思惑を知っても、貴方自身がどういった考えを持って俺を手中に収めようとしているのか、教えて貰っていない』

 

『君は...本当に山暮らしとは思えない論理的思考の持ち主だね。さて、その疑問は至極真っ当だ。僕が君を手元に置こうと思ったのはね、冥界にこれ以上波紋を拡げないためだ』

 

『波紋、ですか?』

 

『ああ。実は過去に大きな戦争があってね。先代の魔王たちは皆亡くなってしまったんだ。冥界は未だにそのショックから立ち直れていない。だから、余計な火種を生むことは極力避けたい。つまり』

 

『つまり、俺はここで「魔払い人(ビースト・キラー)」らしくない、普通の生活を送ればいいんですね。そして、そんな人物が存在したことは事実無根であると魔王たちの間に浸透させる』

 

『察しが速くて助かるよ。そういうことだから、君はここで暮らして欲しい。でも、見たところ一般常識、十分な道徳的観念も持ち合わせているんだから、人間界に帰してしまうのも一考の余地アリかな、と思うんだけど』

 

『いえ、あそこにはもう戻れません。俺はもう、あっちのセカイの住人じゃなくなってしまいましたから』

 

『ふむ、込み入った事情はこの際聞かないようにしよう。じゃあ...そうだね、タダで住まわせるのは良くないから、この屋敷の清掃とか、雑用全般を頼もうかな。どう?』

 

『それならお安い御用です。ありがとうございます、サーゼクスさん』

 

『あー。ええと、もう一個条件だしてもいいかな?』

 

『?何でしょう』

 

『その丁寧な言葉遣い、禁止ね。魔王だからと言って気兼ねせず、砕けた態度で接してくれると助かる』

 

『でも...いいんですか?』

 

『うん。魔王職やってると、丁寧な言葉で会話する場面が多くてね。正直に言うと肩が凝って仕方ない。せめて、同じ屋根の下に住む者同士とでは壁を築かずに話し合いたいんだ。友人みたいな関係を心掛けてくれれば、なお良しかな』

 

『ん、分かったよ。サーゼクス』

 

『ふふ、これからよろしく。コウタ君』

 

 

 

          ***

 

 

 

「.....また、懐かしい夢を」

 

 

 目が覚めて早々溜息を吐き、水分を失って乾いた喉に不快感を覚える。僅かに残った微睡みを振り切る意図も含ませ、上体を勢いよく起こす。徐々に覚醒していく意識が受け取った情報は、グレモリー邸内に数ある部屋の一つを借りた、自室のいつも通りの白を基調とした内装であった。

 

 

「初めの頃は、グレイフィアさんに叱られっぱなしの毎日だったなぁ」

 

 

 朝日が差し込む窓をぼんやりと眺めながら一人ごちる。そんな思い出の一かけらを掘り起こしていくうちに、記憶の棚から次々と懐かしい光景が零れ落ちてきた。冥界のこと、悪魔のこと、天使のこと、堕天使のこと...(ドラゴン)のこと。それに合わせ、こっち側で生きる上での最低限の知識、礼儀作法もグレイフィアさんから叩き込まれた。

 それまでひたすらに生きる事を目的として動かしていた身体や頭が、急な方向転換のせいで大分混乱しかけたものの、今ではすっかりと順応出来ていた。背後に気配を感じるたび剣を振り回していたあの頃が懐かしい。

 

 

「ま、今でもたまにやっちゃうんだけどな」

 

 

 やはりこれだけはどうしても直らない。前世の俺が聞いたら、『俺の後ろに立つなとか、厨二病にもほどがあるだろ』とか言って一笑に伏すだろうが、今となっては茶化しなどではなく純然たる警告の言となっていた。毎日己を捕食せんがために全霊をかけて爪牙を振るう相手と渡り合えば、自然と彼らの出す『そう言う空気』に対し敏感となってしまったのだ。

 俺は部屋の中心に立ち、何とはなしに両腕を上げ、手を広げると意識を集中させる。今ではすっかり慣れたもので、全身に魔力が奔り、それが手中で閃いた瞬間、ずしりと重く固い感触が手のひらを包む。

 

 

「やっぱり、お前見てると安心するよ」

 

 

 陽光を弱く反射する二つの剣...干将・莫耶。今俺がこの場に立って心臓を動かしていられるのは、間違いなくこいつらのお蔭だ。この陰陽剣で命を刈り取った魔物の数は計り知れない。

 剣と言うのは振るえば切れる。つまり、命あるものを殺し奪うことにこそ存在意義を見出すものだ。ただ見せるだけに作られた剣など、そんなものは剣ではない。───そう、戦士たちは言うのだろうが、俺は違った。

 俺は決して能動的に殺していた訳ではない。殺す以外に選択肢がなかったから、その行為を多くの葛藤の後に受け容れ、生きて来ただけだ。それでも、仮に自分の身を守るためとはいえ、そして己とは種が違う異形の者とはいえ、一瞬前までは息をしていた相手を引き裂き、臓腑ともども泥の溜まった汚い地面へぶちまけるのは、何度やっても自責の念が膨らんだ。...故に、俺は剣が嫌いだった。命を奪うために握られ続けて来た剣を振るうのは嫌だった。

 

 

「でも、コイツらだけは違ったな」

 

 

 俺がはじめてこの剣を持ったとき、あまりの暖かさに目を剥いた。無論、物理的に暖かかった訳ではなく、剣としての無機質さ、非情さ、冷徹さが他と比べて明らかに少なかったからだ。前述の三つの要素はある種剣として当然の性質であったにも関わらず、この一対の劔にはそういった負の概念がまとわりついていなかった。

 干将莫耶の特異な性質の出所は、この剣が夫婦剣であるということに由来すると俺は考えた。正史上ではどのようなものであったのか分からないが、Fateで語られる干将莫耶の性質は、夫と妻の名を冠し、また互いに引き合い、決して離れることのないというものであり、より人の温かみが感じられるのだ。あの赤き弓兵が好んで使っていた理由は、俺と同じであって欲しいと思う。

 ────と、そこまで考えたところで、俺は干将莫耶へ落としていた顔をぐん、と正面まで上げ、それとほぼ並行して足をスライドさせると、背後へ振り向きざまに莫耶を一閃させる。

 

 

「ッ!」

 

 

 俺を襲った何かと衝突する鈍い音は響いたものの、背後には交錯時に散った火花の残滓が残るのみで、肝心の犯人の姿はない。───が、直後に俺は干将を頭上に振るった。すると、その刃へ向かい後方から衝撃がくると共に、さっきと全く同質の音が響き、少なからず生じた衝撃波で窓辺のカーテンが大きく波打つ。

 

 

「っく、悪ふざけもいい加減に────」

 

 

 俺は双方の拮抗を挟ませることなく、莫耶で相手の武器を頭上から弾き、風のような速さで身を捻ると、そのまま後方にいるだろう相手へ回し蹴りを放つ。

 

 

「───────してください!」

 

 

 ガヅン!という人を打ったとは思えない音が響くと同時、向けた視線の先にいた人物を確認して深いため息を吐く。俺は魔術で強化されたモップの持ち手に阻まれた足を引っ込め、両手に持った干将莫耶を消すと、腕を腹に当てて恭しく礼をした。

 

 

「おはようございます。グレイフィアさん」

「おはようございます。見たところ寝起きのようですが、よくあそこまで動けますね」

「まぁ、起きて一秒後に戦闘、というケースもよくありましたから。酷いときは迎撃した覚えがなく、起きたら死骸が散乱していた、という事もありましたね」

 

 

 一番最初にそれをやった時は驚いたものだ。熟睡ないし気を失いながらも近づいてきた魔物を切った張ったするなど、アニメで出てくる武術の達人みたいだ、と。一応俺の目の前で魔物同士の乱痴気騒ぎがあったという可能性も否定はできなかったが、死体のほとんどは碌に外傷がない状態で両断されていることと、起きた時に両手へ握られていた真っ赤な干将莫耶が全てを物語っていた。

 そんな感じに昔日の光景へ思いを馳せていたところ、グレイフィアさんはモップの持ち手の先で地面を叩くと、綺麗な笑顔を湛えながら言った。

 

 

「なるほど、分かりました。...では、寝坊した言い訳はしない、ということで宜しいのですね」

「...........?!」

 

 

 時計を見ると...おかしい、俺が本来起きる時間から針が一時間ほど先に進んでいる。昨日グレイフィアさんから大事な客人が来ますから遅刻しないようにと釘をさされたはずなのに。いや、そうか。謎は解けたぞ。これは...

 

 

「グレイフィアさんの性質が悪いイタズラですね!?」

「違います」

 

 

 結論:モップは痛かった。

 

 

          ***

 

 

 俺はまだ痛い頭を擦りながら、軽い身支度を整えた後に長い廊下を歩く。容赦なくいかれたもんだから、少しの間視界に星が舞ってた。コブになってたりしなければいいのだが...。そう思いながら、窓の外の景色を見る。

 俺がこのグレモリー邸へ来てからはや三年。立場上使用人という体で暮らしてはいるが、山々を駆けまわって剣を振るっていたあの頃の俺は、まさか自分がこんな所にくるなんて想像もできなかっただろう。今の俺だって、この屋敷に三年間いるなんて信じられない。しかも家主は冥界の権威である魔王の父親。最初は疎まれるかと思ったが、母親共々『孫が増えたようでうれしい』と言ってくれたので、今日まで安心して暮らしていれた。グレイフィアさんは怖いけど。

 自分の顔が見えるほど綺麗に磨かれた廊下を歩き、やがて一つの客間の前で立ち止まる。呼び出された部屋がここなのだが、この部屋は現魔王であるサーゼクス・ルシファーの自室と距離的に近い、どちらかと言うとサロンのようなイメージがある。そんな場所に客を呼ぶなど、あとでサーゼクス本人に何かしら言われるのではないだろうか?ただまぁ、グレイフィアさんのことだ、理由があるんだろう。と決めると、俺は扉をノックして入室の許可を求める。

 

 

「遅れて申し訳ありません。コウタです」

『お、来たね。入っていいよ』

 

 

 ...あれ?この声って確か.....。俺はその疑問を解決できぬまま扉をあけ、その部屋へ足を踏み入れる。その瞬間、真っ先に視界へ飛び込んで来たのは、一度見た者の心に強く焼き付く鮮烈なまでの赤髪。それでもう理解した。

 

 

「さ、サーゼクス!なんで今こんなところに...いやまてよ、そういうことか」

 

 

 俺の反応を見てにこにこするサーゼクスから視線を移動させ、彼のすぐ傍に控える銀髪メイドのグレイフィアさんを見る。それに対し、彼女は俺の方へ軽い頷きを返す。やはり、彼女の言っていた『客人』とはサーゼクスのことで間違いない。だが、一体何の理由があって魔王職があるにも関わらず本家へ出向いてきたのだろう。まさか家族団欒の時に飢えていた、という訳にもいかないだろうし。

 まぁ、何にせよ取りあえず落ち着こう。このまま考え込んでいてはいつまで経っても話にもっていけない。聞き手に回るべき俺は、話し手にとって会話しやすい空気を作るのが義務というものだ。という訳でサーゼクスと対面のソファに座ろうとした俺だったが、腰を下ろそうとした時に覚えのある悪寒に襲われ、素早く目前の卓に手をついて逆立ちすると、右横へ飛んだ。それから間もなく後ろの方からボスン、という音と「むぎゅ」という声が続けて聞こえて来た。振り返ってみると、顔をソファの底面に埋め、黒いパンツを丸出しにしている黒歌の姿があった。

 

 

「コウタ酷いにゃあ。ここは分かってても抱き付かれるのが男の器量ってもんギニャン!」

「黒歌さん。我が主の前でそのようなはしたない姿を晒し続けるのは赦しません」

「うぅ、なんか痴女みたいな扱いにゃん。私が自分の意志でパンツ見せるのはコウタだけよ?そこ、勘違いしないでよね。(...勝負パンツじゃなくてよかったにゃ)」

「分かった。分かったからもう大人しくしててくれ。話が進まない」

 

 

 このままじゃ俺までグレイフィアさんからオシオキされかねない。一応黒歌の保護者は俺ということになっているので、当然彼女の態度が悪ければ俺が怒られる羽目になる。さっきは黒歌だけがモップの持ち手で生尻を叩かれていたが、今度は俺までもが叩かれかねない。生尻を。

 と、ここで何故かサーゼクスが大声で笑い出し、腹を抱えて握り拳を卓にぶつける。辞書通りの抱腹絶倒だ。しかし、こんなに笑っている彼を見るのは久しぶりかもしれない。そうやって一頻り笑い終えたあと、目元を拭いながら話を切り出した。

 

 

「いや、こんなに笑ったのは久しぶりだ。やっぱり皆といると楽しいな」

「はぁ...楽しまれるのは結構ですが、これ以上は」

「うん。分かったよ」

 

 

 ここで、サーゼクスの雰囲気が変わる。俺は真顔になると、さきほど座ろうとしていたソファへ腰を下ろす。それまでふざけていた黒歌も口を噤み、俺の隣のソファへ大人しく腰掛けた。それを見たサーゼクスは一つ頷き、『先ずは』という前置きを挟んだ。

 

 

「コウタ君。十五歳の誕生日おめでとう。少し遅くなっちゃったけどね」

「いや、ここまで無事に生きてこられたのはここに居るみんなのお蔭だ」

「ふふ、どういたしまして。それでね、僕としてはバースデープレゼントの名目で、一つの提案を持ってきたんだ」

「提案?」

 

 

 俺は首を捻る。プレゼントと言うと何か形に残るものが優先的に思い浮かぶが、どうやらサーゼクスが贈ろうとしているのはそういったものではないようだ。試しに背後に控えるグレイフィアさんへ視線を投げてみるが、彼女にも伝え聞かされていないらしく、目を閉じて首を横に振る仕草を見せた。そして答えを知れぬまま、サーゼクスは再び笑顔になると、ソファに背中を預けながら種明かしをした。

 

 

「ハイスクールに、通う気はないか?」

 

「ハイ、スクール...?って、高校だよな」

 

 

 そこに通う。つまり学校生活を謳歌しろと言う話なのか。まぁ、それなりの学はあるつもりだが、冥界の学校で習う内容と人間界で習う内容は恐らく決定的に違う。特に文系科目。歴史や地理は確実に元ある知識が役に立たない。さて、どうするか...

 

 

「ああそうそう。勘違いしてるかもしれないから一応言っておくけど、通うのは冥界の学校じゃなく人間界の学校だからね」

「えっ」

「ふふ、勘違いしてた顔してるにゃん。コウタ」

「か、勘違いしてた...」

 

 

 人間界?でも人間界の学校に行くって不味いんじゃ……いやいや、何も不味くはない。俺は今のところ人生の大半を冥界で消化してはいるが、根っこは純正のヒューマン、人間だ。実は何かの混血...というオチではないと信じたいが。となれば、決して不可能という訳ではない。そも、本来なら俺はそちらに行くことこそが正常の生活なのだ。

 しかし、前世の俺が渇望し、現在こうやって手に入れることができた『異常』な普通の毎日。それを手放すには、最早こちら側を知り過ぎてしまった今、既に手遅れと言える。それでも、もし冥界と縁を切って暮らせというのなら──────

 

 

「ごめんごめん、そんなに思いつめなくていいよ。君のことだ、人間界の学校へ通えという事は、僕たち...ひいては冥界との接点をこれ以上持つな、ということと同義だと考えたんだろう?」

「あ、ああ」

「違うんだ。君にはしっかりとした場で相応の知識を身に着けて貰いたいと思っていて、それには人間界の学校が適しているんだ。だから、そこには僕の妹も通っている」

「サーゼクスの妹...リアス・グレモリーか」

「そう。それにね、君に勧めた学校、駒王学園はリアスの他にもシトリー家次期当主のソーナ・シトリーまでいる。...ここまで言えば、もう分かるだろう?」

 

 

 なるほど、駒王学園は悪魔と深い関わりがある、ということか。だから、俺の危惧しているようなことは一切ないと。しかしまぁ、サーゼクスのことだ。リアス・グレモリーの傘下に加わり、あわよくば転生悪魔になることを少し期待してはいるのだろう。その期待には応えられそうもないが。

 それら全ての思惑やしがらみ全部ひっくるめて考えても、ハイスクールに通うという魅力は輝きを失わなかった。

 

 

「分かった。そのプレゼント、ありがたく頂戴することにするよ」

「ふふ、君ならそう言ってくれると思っていたよ。早速手配するから、準備はしておいてくれ」

 

 

 愉快そうに笑うサーゼクスだが、彼の背後から飛んできた温度の低い声にぴしりと表情筋が凍り付く。冷気を放っているのは言うまでもなくグレイフィアさんであり、彼女がこうなってしまう理由も良く分かる。いくらサプライズプレゼントとはいえ、流石に側近ともいえる彼女には事前に話しておくべきだったろう。口も固そうだし。

 

 

「全く、本当に貴方は勝手ですね。...ですが、ツユリ様をハイスクールへ通わせることに異論はありません」

「そ、そうかい。いや、やはりサプライズというと鮮度が大事だろう?確かに時間的にも結構急にはなるけど、無理な話ではないと思うんだ」

「分かっています。ですが、発案者である以上、協力はして貰いますよ」

「ああ」

 

 

 どうやら、話はまとまったらしい。さて、そうとなったら人間界に移り住む準備を始めねば。流石にグレモリー邸から毎日通うというのは無理なので、貸家を検討しなければならない。予算はどれぐらいが限度だろう。と、そんなことを考えていたとき、それまでだんまりを決め込んでいた黒歌が机を叩きながら立ち上がった。

 

 

「あの!ハイスクール、私もコウタと一緒に通わせてください!」

『────────』

 

 

 黒歌の眼は真剣だった。いつものふざけた態度は完全に鳴りを潜め、着物の裾が溢れた気で揺らめくほどの圧を迸らせる。隣にいる俺でも脳内アラート鳴りっぱなしなことから、常人がこれに正面から当てられれば気を失うか、泣きながら要求を受け入れるだろう。だからこそ、サーゼクスとグレイフィアさんは厳しい顔を作りながら口を開く。

 

 

「言い方は悪いですが、貴女は罪人なのです。世間では傷ついていた所を私たちが捕縛し、そのまま殺害してしまった、ということにしてあります。そんな貴女がグレモリー、シトリー両家の次期当主が在籍する学校へ通うのはあまりにも危険です」

「で、でも...名前とか姿を変えれば!」

 

 

 その反論に対して答えたのはサーゼクスだ。さりげなくグレイフィアさんを庇いながら前に立っている辺り、彼の男らしさが伺える。

 

 

「そういう問題じゃない。君個人が学校に通うという願望は、僕達にとって悪い結果を生む可能性を高める行為にしかなりえないんだよ。いいや、君にとっても酷く部の悪い賭けになるな。...もし、もしも世間に君が『あの黒歌』だということが露見してしまえば、グレモリーの面目は潰れ、君は再び追われる身となる。前科がある以上、僕らは一切手出しできない。寧ろ追う側を支援することになるだろう。───無論コウタ君とも一生離れ離れだ」

 

「ッ」

 

 

 サーゼクスの現実を突きつける容赦の無い言は、熱くなった黒歌の思考回路を冷ますには十分な威力だった。もし目先の利益だけを求めてしまっていたら、きっと『あの時』より酷い未来が待ち受けていたに違いない。それを回避できたのだ。俺は正面から向き合ってくれたグレイフィアさんとサーゼクスへ感謝の気持ちを露わにする。それを受け、二人は一転して相好を崩し、黒歌に優しい目を向けた。

 

 

「最初はどうなるかと思っていましたが、この一か月間、彼女の素行に全く問題はありませんでした。今では抵抗なく信頼できると答えられます。服装以外は」

「まぁ、僕はグレイフィアの報告でしか彼女の存在は把握できなかったけど、君がこの部屋へ来る前に話してみたら凄く良い子で安心したよ。君さえ傍に居続けてくれれば問題はないだろうね。服装以外は」

「??コウタ、私の服装ってそんなにおかしい?」

 

 

 おかしいかおかしくないかで言えば、おかしい。それも面と向かって断言できるほど。だって着物着てるくせして肩が見えるほど襟を緩め、チャイナドレスかよとツッコミたくなるくらい生足を露出しているのだ。着物は白いから妖艶さがある程度緩和されているものの、毎度毎度引っ付かれる俺にとっては誘われていると思っても仕方ない。しかし当人がこれでは邪気など抜けるし気分も萎えるというものだ。

 

 

(学校には通わせられないけど、駒王学園の制服を黒歌の分も頼もうかな)

 

 

 疑問符を浮かべながら襟やら袖やらを不用意にピラピラし何かをぽよぽよさせ、余計肌色成分を増やしてくる黒猫に内心本気で危機感を覚えた俺は、そんなことを割と真剣に考え始めた。

 




黒歌の服装に関して、原作の彼女は意図的にあんな風な感じで着崩していますが、今作では無意識です。かっちり切るのが嫌な人なんです。相手の性的興奮を促している訳ではないんです(ココ重要)!
別に作者が痴女を嫌いなわけではありませんが、原作でああだと、黒歌にはあえて純粋なままでいて貰おうかなと...



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File/03.再/白猫

新居訪問回は此方へずれこみました。でも、今話の内容は以前の内容分を含んでおります。


 そこまで重量のないキャリーケースをストップさせ、俺たちがこれから住むことになった住居を見上げる。そんな己の顔は、きっと新天地での生活に胸を躍らせるようなものではなく、不安と疑いに彩られた表情であろう。

 本当にここで合っているのか本気で心配しながら、指定された住所と地図とを何度も目が行き来する。しかし、どこをどう見たところで、この場がそうである事実は変わりなかった。

 

 

「マジか、やっぱりここなのかよ...ってか表札に栗花落って書いてあるし。バカか俺は」

「にゃにゃ、ここが私たちの新しい家なの?二人で住むにはちょっと、ううん、かなり大きいわね」

 

 

 黒歌の冷静な呟きに呆然と頷き、地図を折り畳みながら思う。サーゼクスのお父さんお母さん、本当に一軒家建てちまうとは思わなかったよ、と。幾らなんでも学生の身でこの家は分不相応も甚だしい。というか一体全体何坪あるんだろうか。

 しかし、惚ける俺とは対照的に、黒歌は軽い足取りで門の閂を外すと、鼻歌を歌いながら玄関まで歩いていき、俺を手招きで催促し始める。そうだな、ここで悩んでいてもなんも変わらない。金銭感覚だけは狂わせないよう気を付けながら付き合っていこう。と、そう決め、キャリーケースを掴み直して家の玄関をくぐる。

 

 

「へぇ、見た目は洋造りだったけど、内装は和風に近いんだな」

「木の匂いがするにゃん」

 

 

 鼻をヒクつかせる黒歌はいつも通り着物を纏ってはいるが、それ単体だと確実に着崩す。流石に入居初日で『あの家には痴女が住む』などと噂されたくはないし、そういうことを意図していない黒歌には謂れのない誹謗中傷となる。───ということで、彼女には着物の上に赤い革ジャンを着て貰うことにした。勿論どこかの殺人鬼お嬢様を意識してはいるが、正直着物に革ジャンは無理があると常々思っていた。しかし、いざ黒歌に着せてみると、本家には届かないにせよ中々どうして似合うのだ。感動のあまりあのナイフを持たせようと本気で思ったくらいである。

 

 

「さて、と。荷物置いたら両隣の家の方たちへ引っ越しの挨拶しに行くけど...黒歌、くるか?」

「そりゃ行くわよ。もし私みたいな美人さんがでてきて襲われたらどうするの?」

「革ジャン羽織った着物美人に襲われる...惨殺死体の未来しか浮かばん。俺はコクトー君みたいに異常者耐性がある訳じゃないぞ」

 

 

 ぼやきながら、ケースから持ってきた荷物をリビングへと持っていく。そんなに量はないので運搬はすぐに終え、文句を言う黒歌と並んで選別を始める。大きい荷物は明日来るので、最初は黒歌に受け取って貰って、学校から帰ってきたら設置や収納を手伝おう。

 

 

「うっし、こんなところか。じゃあ行こうか、黒歌」

「了解。準備はもう万端よ」

「じゃあ、まず真っ先にその人殺せそうな闘気をしまってくれ。話はそれからだ」

 

 

 さて、まずは左隣の家から廻るかな。一応引っ越し挨拶の際に手土産を渡すのは日ノ本に古くから伝わる(?)礼儀作法の一つなので、粗品として冥界特産フルーツのクッキー詰め合わせを持ってきた。

 黒歌が臨戦態勢で後ろをついて来るが、殺気は出してないので無視して門を開け、インターホンのボタンを押し込む。俺としては出て来るのが美人なお姉さんでも妙齢のおばあさんでも構わないが、前者が現れてしまった場合は、すぐさま背後で箭疾歩でも放ちかねない雰囲気を漂わせている黒猫へ先制攻撃を入れなければならない。

 ────そして、多くの問題点を抱えたまま、ついにその扉が開く。

 

 

『っ!』

 

 

 結論から言うと、俺たちは救われた。

 顔を出したのは、柔和な微笑みを浮かべる初老の男性で、引っ越しの挨拶という旨を伝えると、若いにのしっかりしていると褒められ、さらに俺の背後に立つ黒歌を発見するや、随分な別嬪さんを捕まえたな、などとからかわれた。当の黒歌は気を良くしたようで、容赦なく俺の首に腕を回し絡みついてきた。

 ともあれ、話をしたところ左隣りの家の人は、先ほどの男性と、妻であるほぼ同年代の女性がいるだけだという。黒歌の危惧は杞憂に終わった。しかし、まだ安心するには早い。右隣の家が残っているのだ。

 

 

「コウタ!私たちお似合いですって!お似合い!」

「分かった分かった。分かったからしがみつくの止めてくれ。こんな状態で挨拶したら喧嘩売ってるとしか思われないから」

 

 

 なんとか黒歌を引っぺがし、『兵藤』と表札に書かれた家のインターホンを押す。よし、黒歌がさっきの話題で上の空である今が絶好のチャンスだ。もし美人なお姉さんが出てきたら、さらりと挨拶を終わらしてカタストロフを回避しよう。

 

 

「はいはい、兵藤です」

「どうもこんにちは、引っ越しの挨拶に伺いました。栗花落功太という者です。それとつまらないものですが、よかったらこれを親御さんと一緒にどうぞ」

 

 

 出て来たのは、これまた俺の期待を良い方向に裏切る好青年。今日はツイてるな。...いやいやまて、これで判決を下してしまうのは早計かもしれない。姉妹同居、従姉妹同居という数々の不安要素が未だ捨て切れない以上、気を抜くのはまだやめよう。

 

 

「あ、ご丁寧にどうもです。──────っ!?」

「?」

 

 

 なんだ?頭をお礼の会釈のために下げて上げた途中に兵藤君の顔...否、視線がどこかに固定された。その先を見てみると、門の支柱に寄り掛かる黒歌に行き着いた。なるほど、黒歌は確かに美人だ。中身はアレだが、少なくとも俺が前世で見て来た全てのアイドルを一蹴できるほどのプロポーションであることは間違いない。兵藤君が釘付けになってしまうのも仕方ないが...そのなめまわすような視線はアウトだ。黒歌も気付いてる。

 

 

「すまん兵藤君。あそこにいる俺の従姉妹は極度の恥ずかしがり屋なんだ。あんまり見ないでやってくれると助かる」

「へっ?あ、スンマセン!そうとも知らずにジロジロと...」

「いや、いいんだ。じゃ、これからよろしく」

 

 

 今度はこちらが軽く会釈し、大分不機嫌となっている黒歌共々退散する。彼女は俺に見られることは嫌がるどころか、寧ろ見せつけて来るほどであるが、他人に性的な目で見られることは酷く嫌う。それこそ、相手を殺しかねないほどに。今回は俺との約束を守って、よく我慢できたと思う。

 彼女がこうなってしまった原因は、前の主に襲われそうになったこと、そして兇漢に追われる最中にも似たような目に当てられ続けたことが、最も可能性として高いと言える。罪人だからと言う理由で、欲望を隠すことを厭わなかった輩が多かったのだろう。

 

 

「あの兵藤とかいうガキには二度と合いたくない」

 

 

 完全に嫌われたな。兵藤君南無三。

 

 

          ***

 

 

 記念すべき登校初日の昼休み。

 外は文句なしの快晴であるのだが、俺の心の中は荒んでいた。本来なら常時心の表面を覆う鋼がはがされてしまっている今、太陽光は俺にとってもはや攻撃と化している。ナイーブの極地だ。

 その原因はおよそ数時間前、在籍するクラスとの初顔合わせの時に囁かれた、生徒たちの心無い発言によるものだった。以下がその中から一部抜粋したものである。

 

 

『美少女じゃないのかよ。ッチ、白けるぜ』

 

『転校生って言ったら普通可愛い女の子だろうが。空気嫁』

 

『俺の学園生活バラ色計画が....くそぉ、裏切り者め』

 

『ってか、あんまりイケメンじゃないね』

 

『うん。中の下くらいだよね』

 

 

 男ども!テメーら全員エロゲのやり過ぎだ馬鹿野郎!俺も学生時代転校生って聞いたらそういうこと期待したけどさ!クラス内でそういうこと言うのは止めてくれ!俺山育ちで耳がメチャクチャいいんだよ!全部聞こえてんの!

 とまぁ、男の会話は突っ込みを入れられるほどでそこまでダメージにならなかったが、後半に聞こえて来た女子連中の『イケメンじゃない』、『フツーかそれ以下』発言は俺の心をざっくりと抉って行った。そんな愚痴は机に座った以降もほぼ間断なく続き、俺の両隣に座っていた気さくな男二人に慰めて貰わなければ、きっと今まで立ち直っていなかったと思う。

 

 

「ったく、美少女でもイケメンでもなくて悪かったな。なぁ?」

「にゃー」

「お、元気出せって?ありがとな」

 

 

 早速手懐けた白猫の顎を撫でながら、庭にある芝生の上で傷心の俺は一匹の猫と戯れていた。こういう時こそアニマルセラピーの真価が発揮されるな。会話の半分以上は己の独自解釈で成り立ってはいるが。

 俺は何故か昔から動物とだけは打ち解けやすく、最初は反抗的な奴も顔をあわせて数時間ほどコミュニケーションを図れば、大抵向こうから心を開いてくれる。どうやら転生後もその能力が備わっていたらしく、いつも通りの流れで頭や背中を撫でていたらこうなった。

 

 

「飼うと決めてない以上、不用意に飯を与えるのは良くないけど.....」

 

 

 白猫は結構痩せていたので、何か食べさせてやりたかったが、頻繁に俺がご飯を用意してしまうと、自分で調達するという意志が徐々に薄らいで行ってしまう。最終的には、『ここへくればご飯がもらえる』という認識を完全に植え付けることとなり、最後まで面倒を見切るという保証が出来ないのならば、生命の維持に直結する本能の一つを封殺した上、現状よりさらに酷い未来を歩ませることとなる。

 どうするか両手をついて足を拡げ、顔を上げて青空と相談し始めてからすぐ、風に乗って何者かの匂いが運ばれてきたのと、背後の芝生を踏む音の二つで、俺に近づいて来る人物の存在を認識した。

 

 

「こんなところで何を?」

「ん、猫と戯れてた。ほれ、挨拶」

「にゃあー」

「俺にじゃなくて、後ろにいる銀髪の可愛い子に頼む」

「か、可愛い、ですか」

 

 

 無意識に言った可愛い発言に顔を赤くする銀髪少女。俺も不用意だとは思ったが、可愛いのはやはり事実だろう。幼い顔立ちながらも憮然とした表情や口調で大人っぽさを補い、背丈も手伝って内から滲むあどけなさを程よく打ち消している。そんなツンとしたところに好感を持てるし、なによりも彼女は俺のことを教室内でバカにしなかった。

 とはいっても、俺は彼女のことを何も知らない。名前も、出身も、好きな食べ物も。ということで、今挙げた中で最も重要な名前ぐらいは知っておこうと、俺から名乗って自己紹介の雰囲気を出すことにした。

 

 

「俺は栗花落功太。君は同じクラスだったよな」

「はい。私は塔城小猫といいます。転校生さん」

「転校生さんは嫌だなぁ。名字で呼んでくれないか?」

「さっきの仕返しです。でもツユリさんに戻します」

「ありがとう。助かる」

 

 

 会話をしながら、内心では塔城さんが予想以上に気さくだったことに驚きを隠せなくなっていた。クラスで見た時は絶対碌に喋らない無口キャラだろうと勝手に決めつけていたのだが、会話の単語は少ないものの、話は途切れることなく、かつ伝えたいことが簡潔であるためか、こちらも新たな話題の種を植えやすい。人によっては気難しいと思われがちかもしれないが、それは違う。

 彼女はどこか猫に似ている。とはいっても、俺といるときの猫の態度と似ている、ということなのだが。アイツらは伝えたいことははっきりと態度で伝えてくるため、俺も対応策を捻出しやすい。決して一人で不貞腐れたり我慢したりせず、その場で伝える。そんな関係だ。

 

 

「猫、可愛いですよね」

「可愛いことには全面的に賛同するけど、こいつら結構ワガママだぞ?」

「そうなんですか」

 

 

 犬と違い決して従順にならないし、気分屋だし。遊ぼうとかと誘っても寝たり、逆に静かにしてほしい時に限ってヤンチャしまくったり。だからといって体罰や危害を加えたことは一切ないが、代わりの制裁としてウチにいた古参のデブ猫・ダムを召喚するのだ。すると、大抵の奴は一瞬で熱が冷めて大人しくなる。知らない間にカーストでも出来ていたのかもしれない。

 そんな俺の思考でも読んだのか、白猫が突如塔城さんの下を離れたかと思いきや、地面を蹴り、次に俺の肩を蹴り、何故か頭の上に載って来た。お蔭で多少頭が重くなったが、柔な鍛え方などしていないので問題ない。それにこんな事は前世にも何度かあった。...のだが、塔城さんはその光景に愕然とし、それからすぐにすぐに笑い出した。

 

 

「っふ、ふふ」

 

 

 どこかぎこちない、それでも内から自然と外へ出て来てしまったかのような微笑。頬がまだそのカタチを覚えていないらしく、多少固さを残している。それから分かる事は.....彼女は、こういうことで笑顔を見せるのに慣れていない?今まで他人を信用したことがなかったのか、心を許したことがなかったのかは分からないが、どちらにせよ感情の一つを制限するに至る理由とは想像もつかない。

 そんな想像もつかない覚悟を解し、こんなことで彼女を笑わせられるのなら、それこそ何度でもやってやろうと思った。今後も頻繁に頭へ乗って貰うよう、白猫に仕込んでおくかな。

 

 

 

          ***

 

 

 

 昼休みが終わり、それぞれが移動教室の準備をする中、私の目は自然と彼を追っていた。

 

 ────栗花落功太。少し不思議な、でも話してみると楽しい人。

 

 初めて他人との会話で『楽しい』という感情を明確に生み出せた。一番身近で大切な人が豹変した『あのとき』以来、私は感情の起伏が乏しくなってしまったというのに、笑えた。それも無理に作ったものではなく、純粋に。

 

 

(ヘンな顔に、なってなかった、かな)

 

 

 少し心配になった。明日も彼に会って話をしようと決めたし、笑顔の練習をしておいたほうがいいかもしれない。

 

 ──────どうかこの心境の変化が、私と彼にとって幸福となる切っ掛けになりますように。

 

 

          ***

 

 

 

「へぇー、ツユリって帰国子女なん?それって凄まじいスペックじゃねぇか。なんで転校の挨拶のときに言わなかったんだよ」

「く、俺も少し英語できりゃ帰国子女名乗れっかな...。マスターした暁には、転校した初日に帰国子女発言で、クラス内に俺のエリート旋風を巻き起こす。次の日から可愛い女の子が英語教えてと寄ってたかって俺を.....ゲへへ、行けるな」

 

 

 英語が出来る理由を聞かれたので、帰国子女だと答えたら両脇から帰って来た返答がこれだ。さて、その両脇にいる騒々しい輩を簡単に紹介しよう。最初の発言が橘樹林(たちばなきりん)という背の高いメガネ男のものだ。見た目は結構理知的なのに、中身は二次元に行くことしか考えていないバカである。そして、低俗極まる想像を深刻なほど漏洩させているのは光田獅子丸(みつたししまる)。前髪をオールバックにし、後ろで髪を纏めているこれまた特徴的な奴だ。コイツも見た目はいいくせ中身がこれだから困る。しかし、頭の良さはそれぞれ樹林が文系、獅子丸が理系科目と恐ろしく突出しているのだ。天は二物を与えずというが、だからといって何故こんなにも極端にしてしまったのかと頭をかかえたくなる。

 

 

「む!」「お!」

「な、なんだ?今度はどうした一体」

『俺の美少女センサーが反応した』

 

 

 完璧にハモって聞こえた謎のセンサー発言。そんなもの人間にはついてない。

 ためしに辺りを何度か見回してみるが、それらしき影は見当たらず、二人へ誤作動起こしてるみたいだから病院行って看てもらえ。ついでに脳みそも換えてもらったらどうだ?と言うつもりだったのだが────直後にその人物は前触れなく現れた。

 

 

「あら」

 

「────────!」

 

 

 燃えるような赤髪。エメラルドをそのまま嵌め込んだような碧色の瞳。...間違いない、目の前の少女がサーゼクスの妹であり、グレモリー家次期当主、リアス・グレモリーだ。その彼女とは、俺たちが降りる階段の角からばったりと出くわし、正面から向かい合う図になってしまった。これによって両脇の二人は瀕死状態。

 聞いた所、彼らは本物の美少女を直視した場合、ままならないこの現実と、手を伸ばせば届く筈の理想とが激しい摩擦を起こし、人知を超えた葛藤の果てに宇宙の真理を幻視し、結果死ぬらしい。

 

 

「すみません。道を塞いでしまって」

「...いえ、いいのよ。ありがとう」

 

 

 そろそろ宇宙の心理へ辿り着こうとしているバカどもの首辺りへ素早く手刀を入れ、無理矢理現実に向き直らせてから横へずれる。その道を颯爽と行くリアス・グレモリーは、確かに樹林と獅子丸が死ぬほど憧れてしまうのも無理はないと思った。その二人は彼女が歩いて行った道に跪いて深呼吸をしている。

 

 

「君たちなにやってんの?」

『来るべき日にシャングリラへと至るための欠片(キー)を集めているのだよ』

 

 

 またハモった。こいつら怖い。




オリ主が英語できる理由?彼は一応、周囲から伝わる英語は日本語に変換して自分の耳に届け、自分が発言する日本語は英語へ変換して相手に聞かせる術式付きのピアスをしているのですが、グレモリーのお屋敷にいたときに頑張って勉強したので、ぶっちゃけピアスなくても大丈夫だったりします。


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Fallen Angel.
File/04.再/堕天使


本当はもっと早くに更新出来たはずなんですが、うちのPCが起こした不祥事や、どっと舞い込んで来た大学関連の物事に押され、結局ここまでズルズルと伸びてしまいました...
そういうことで、過去二回行ったリメイクとも同日二話、または二日連続更新と、読者の方々には『ああ、リメイクは二話ずつ更新なのか』と思わせておきながら、今回は一話のみの更新とさせて頂きます。ヽ(・ω・)/ ズコー
その分内容詰め込んだので許してくだちい...


「ふぅー。朝方はやっぱり冷えるな...」

 

 

 俺は朝焼けに染まった空を眺め、次に上体を僅かに後方へ逸らしながら目を動かすと、公園内に備え付けられた時計を見る。...時刻は午前五時。未だ多くの人たちが夢枕についている最中だろう。それを裏付けるように、家を出てからこの公園に来るまでの約数キロの道のりでも、遭遇したのは犬の散歩をしている近所の人が二人ほどだった。

 

 

「でもま、一応念には念を入れておかないとな」

 

 

 魔力を集中させた指を動かしながら、宙に人払いの魔方陣を描く。すると、金属を打ちつけたような細い高音が辺りへ広がり、剣呑極まる雰囲気が一帯へ溶け込む。かと思いきや、すぐに明朝特有の冷たい爽風が吹き抜け、張りつめた空気をいとも容易く攫っていく。俺はそれを確認した後、身体を多少前屈みにした。

 ────直後、右足裏から撃発した魔力で地面を蹴り、同時に叫ぶ。

 

 

「『武具精製(オーディナンス・フォーミング)』!」

 

 

 言葉と共に腕から発生した紫電は、俺の駆ける速度を越えた勢いで地を伝って迸り、目的地である地面で一際強く輝くと、すぐさま岩が裂けるような音を響かせて一振りの長剣が姿を現した。それからコンマ数秒足らずで生えた剣の下までたどり着いた俺は、柄を手に取った直後に直進した速度を殺すための魔力を足裏から放出し、大量の砂塵を巻き上げながら静止した。が、それに終わらず、もう一度同じ要領で跳び、もう一本の剣を進行方向へ作ってから、通過途中に掴み取ると地面へ着地。そして、再び足裏から魔力を放出する。

 

 

「ん...ペース遅いかな」

 

 

 ここまでの俺がした一連の行動は、時間にしておおよそ三秒。そう聞くと早いように思えるが、残念ながらそれは間違いだ。何故なら、俺が歩んで来た戦場では多対一など当たり前であり、空間全てが何らかの攻撃で埋まる場合、もはやそこには『間』などというものは存在しない。そんな状況下から脱するには、もはや速いだけでは無理だ。

 故に、俺が求めるのは『認識的アウトレンジ』からの戦闘。...何が言いたいかと言うと、敵に補足されず終始戦い抜き、それによって事実上『そこには最初から敵などいなかった』とする戦闘法。否、であれば戦闘ではなく蹂躙と言い換えた方がいいか。

 

 俺は両手に剣を持った状態で三度跳び、今までと同じように前方へ剣を生やす。しかし、俺の手にはどちらも得物が収まっている。さて、どうするか。...答えは簡単だ。

 

 

「はァッ!」

 

 

 長年の勘で間合いを掴み、下段から振り上げた剣で地面に刺さった剣の柄に刃先を引っ掛けた。すると当然、作られたばかりの剣は天高く舞い上がることになる。そして、剣が宙を舞っている僅かな間に魔力を迸らせ、少し離れた場に四本目の剣を精製する。

 

 

「秘技・ビリヤードアタック!ついでに俺のネーミングセンスの無さに絶望した!」

 

 

 悲痛な想いのまま振った鋭い剣閃は、落下してきた剣を思い切り叩き、それまでの軌道と速度を大幅に変えながら、ほぼ直線を描いて飛び、四本目の剣へ甲高い音を立てて衝突。俺はソイツの着地点へ素早く飛び、両手に持った剣を地面へ刺すと、陽光を反射しながら落ちて来た四本目をキャッチした。

 

 

「っと。これ以上連鎖の余地はあるか?」

 

 

 俺の主要な攻撃手段の一つである、武具精製。大抵の敵にはまずこれをぶつけ、戦力などを測っている。

 武具精製(オーディナンス・フォーミング)とは、名前の通り武具を精製する技だ。具体的には魔力を使用し、土や石などの無機物を固め、または変形させて剣を形作ってから魔力で外側をコーティングするのだ。そして、この技の特筆すべき点は、作るスピード、そして量である。材料さえあれば、それこそ無限に近い剣を一瞬にして生み出し、固有結界という世界の条理に反する行為を行わずとも、剣の荒野を展開することが出来る。...無論、本家には敵わないが。

 

 

「その足りない分を補ってくれるのが、『創造』なんだよな」

 

 

 そう。俺が持ちうる技の中で最強を体現するもの、それは武具創造(オーディナンス・インヴェイション)

 コイツは、脳内に浮かべたFate界に存在する武具のみを魔力によって顕現させることが出来る能力だ。それはつまり、干将莫耶も、約束された勝利の剣も、天の鎖や無毀なる湖光すら創れるということに他ならない。それもほぼノーリスクでやってのける離れ業。だがしかし、俺は魔術回路を持ってはいるものの、その成り立ちや性質は常軌を逸しており、魔術師とは残念ながら到底名乗る事はできない。そんな魔術を扱う者としての技も面子も伴わない中途半端な輩が、宝具を創るなどという封印指定確実の妙技など為せるはずもない。現代における最高の魔術師が行ったとしても、恐らく魔術回路を失う覚悟を持たねばならないだろう。それをあろうことか、本物と遜色ない完成度を引っ提げ、かつ真名解放によって宝具開帳が可能な状態でお披露目できるのだ。世の魔術師が全員白目をむいて昇天すること間違いなしの事実である。

 

 

「だけど、こんな事が出来る理由がまったく分からない...」

 

 

 野山を駆け巡っていた頃に星の数ほどあった窮地から救ってくれたのは、間違いなくこの武具創造という技だ。にも関わらず、俺はその本質を未だ把握できていない。いや、恐らくこの能力には、転生前の神様から貰った『前世の対価』が絡んでいることが予測される。つまり、俺の理解など到底及ばない法則の下で成り立っているモノなのかもしれない。

 

 

「でも、創造が出来るようになったのは魔術回路が出来てからなんだよな。実際、回路に魔力を通す工程を確実に入れないと創れない。もし、仮に単体として機能するなら回路なんて余分なもの必要ない筈だし、だとすると『武具創造』は神様から貰った対価ではない...?」

 

 

 考える姿勢はそのままにして魔術回路へ魔力を流し、掲げた手へ細長い赤槍を創造する。その銘はゲイ・ボルク。ご存知アイルランドの光の御子殿が使う槍である。俺はそれを頭上で一回、二回と回し、感触を確かめた後に素早く持ち方を変え、突き、切り払い、打撃と一通りの技を繰り出してから、最後に穂を地面へ突き刺して一息つく。

 ここ最近、こういったことを考えながら鍛錬する毎日だ。そのたびに、なまじ類を見ない程に強力なのだから、余計扱う上でのリスクが存在する懸念が強まるばかり。

 

 

「...急におっ死んだりしないだろうな」

 

 

 そう呟いた瞬間に立てていたゲイ・ボルクが倒れたので、何故か信憑性が増してしまった。兄貴、頼むぜホント。

 

 

          ****

 

 

 今日も黒歌に見送られ、ようやっと慣れて来た通学路の道を辿り、駒王学園の門を抜けて己のクラスへ入る。クラス内の雰囲気にもここ最近で慣れ、言葉を交わす頻度は少しずつ増えて行った。そうなれば、おのずと女子連中と世間話をする回数も増すというもの。

 ...何故女子との会話が増えるのか?それは至って単純な事だ。駒王学園とは過去女子高であった名残が今も存在し、学校全体の女子の比率がかなり高い。なので、無論俺のクラスも男子より女子の方が多いのだ。

 志望校選出時において、女子は『元女の園』という点でここを目指す人も少なくなく、現在も全体的な数では女子の方が入学人数は勝っているそうだ。しかしまぁ、世の中とは本当に汚いもので、それを聞きつけた不純な動機の男らも、この門をどうにかして通り、誰もがうらやむ素敵なハイスクールライフを送りたいと画策するらしい。が、現実は厳しく、校門は広いくせして合格者を通す門は相当に狭いという。

 それでも。繰り返すが、それでも本当に世の中とは汚いもので.....

 

 

「聞いてくれツユリ!俺さ、今日リアス先輩の胸を揉みしだく夢見ちまってよ!朝の処理大変だったんだぜ?!くっそ、あの感触が夢だったなんて信じられねぇ!」

「.......」

 

 

 俺は朝っぱらからそんなことを大声で豪語するお前の神経が信じられねぇよ。ほれ見ろ、クラスの大半を占める女の子たちが、路上に転がる犬の糞でも見る目をしてるぞ?

 そう言ったところで、目の前の獅子丸はとても止まりそうな勢いではないが...。俺のクラス内カーストに関わるから、取り敢えずコイツの顔に某難関大学教授が著者である数学の参考書を叩きつけて黙らせて置いた。

 と、それまで拡げていた本に目を落としていた樹林が、嬉々として参考書の処理に取り掛かっている獅子丸に目を向けて嘲笑を浮かべる。

 

 

「ふ...天網恢恢疎にして漏らさず。天は今此処にいる淫魔を捕え、必ずや罰してくれるさ。だから、安心しろツユリ」

「いや.....」

 

 

 ───勉学に励む健全なる場で、三国志もののエロ同人広げてたお前にも天罰下るんじゃね?

 そう思ったが、事をややこしくしたくない俺は口を噤むことにした。しかし、それまで数学の参考書を解いていたはずの獅子丸に首へ腕を掛けられ、肩口から顔を覗かせた天才馬鹿に呆れながら愚痴を漏らす。

 

 

「なんだよ、参考書はどうした?」

「ん?もうほとんど解き終わってるぞ?既存の公式当てはめりゃ大体できる問題ばっかだったから、簡略化したオリジナル公式使ってたら楽々よ」

「何故そんなにも天才なのに、お前はどうしようもないくらいにバカなんだ...」

 

 

 小、中学時代は神童と呼ばれさえしていた獅子丸だが、もはやその側面は色欲という煩悩に芯、まで侵され、単語の後ろに(笑)をつけるだけでは済まされなくなってきている。こんな奴が神童と呼ばれてちゃ、世の中の神童諸君に失礼ってもんだ。

 樹林も神童とさえ呼ばれてはいなかったものの、学校での扱いは天才のそれだったようで、やはり文学少年と持て囃され、異性からの大量告白を受けた華々しい過去を持つのだが...それら全ての好意を『二次元に行って出直せ』という恐ろしい返事で木端微塵にしたらしい。それを聞いた当時の俺は、告白した女の子たちが不憫で仕方なくなった。

 ―――――と、樹林の読んでいた歴史ものエロ同人をネタに盛り上がっている二人を見ながら歎いていると、クラス内の一人がとある名を口にした。

 

 

「あ、塔城さん!おはよー!」

「おはようございます」

 

 

 小柄ながらも、しっかりとした足取りで教室に入ってきた白髪の少女、塔城小猫。浮世離れしたその容姿に違わぬ整った顔立ちをしていることから、このクラス内の男子全員に人気があるのは当然のこと、二、三年生の間でも多くの男子連中に狙われているほどだ。しかし、俺だったらそんな内容で凄さを表わされるよりも、二次元しか興味を抱けない樹林に『俺がもしロリ専だったら間違いを起こしているかもしれん』と真顔で言わしめるレベルだと伝えられた方が、驚愕の度合いとしては高い。

 

 

「お.....」

 

 

 塔城さんが持っていた鞄を机に置いたのを確認した俺は、それを合図に席を立つ。樹林と獅子丸は、そんな俺を見て怪訝そうな顔をする。

 

 

「ん?またこの時間に厠か?いよいよ週間づいてきたなぁ」

「いやいや、俺には分かるぜ?これをしないと次に進めないって感覚!ツユリは授業前にしないとダメなんだよな!良かったら俺のとっておき貸してや───オヴェア!」

「ま、そんなトコだ。あと樹林、獅子丸が気絶してる間に、口をガムテープで塞いでから荒縄で亀甲縛りして、掃除用具入れにでも蹴り込んでおいてくれ」

「フ、よかろう」

「ヲッ、ヲッ(ビクンビクン)」

 

 

 良く分からない断末魔を上げている獅子丸を放り、俺は教室を抜ける。それからは一階ずつ階段を上がると、人気のない屋上から一つ下の階段前で立ち止まった。...この時間帯に屋上を利用する生徒などいるはずもないし、校舎の一番端にある階段を通って教室に向かう生徒も少ない。つまり、この場は限りなく無人に近い空間だということだ。

 そんな場所で白磁の壁に背中を預けながら、しばらく待つこと数分。パタパタと内履きが忙しなく階段を叩く音が近づいてきた。

 

 

「ふぅ...すみません。相変わらず、待たせてしまって」

「んや、こうやって話せるだけでも僥倖ってもんだ。時間もまだある程度残ってるし、毎度そんな焦ることないぞ」

「い、いえ。往復するだけでも時間使いますから」

「それもそうか。...じゃ、今日の昼休みだが」

 

 

 ─────そう。俺たちは初めて出会った昼休みの日から、塔城さん本人きっての提案で、毎日朝にこの屋上へ続く階段の踊り場で集まり、昼休みの予定や、部活のこと、勉強のことなどをお話をするという習慣ができている。無論、こんな辺鄙なところを選んだのは、教室や廊下で直接話すと衆目を集める過ぎるという問題を回避するためだ。転入早々、男どもからの嫉妬の視線に常時晒されるのは辛いからな。

 会話の中身はほぼいつも通り、昨日出された宿題の確認、俺たちが責任もって飼うと決めた猫たちのご飯をどうするか、塔城さんが入部しているというオカルト研究部の活動内容などなど、あとはほとんどが他愛ない雑談のようなものだ。しかし、HRの開始時間がそろそろ迫って来た時、俺は昨日担任の先生から言われたことを何となく思い出した。

 

 

「あ、そういえば今日、転校の詳細手続きと教科書受け渡しがあるんだった」

「ということは、帰りが遅くなりそう、とか?」

「むぅ...間違いなく遅くなるな」

 

 

 まいったな。腹をすかせた黒歌が戸棚漁って菓子とかつまみ食いしかねない。事前に知って入ればあらかじめ釘を刺すことができたのだが...後悔先に立たず。さりげなく自分用に取って置いたアレコレは諦めねばならないようである。だが、俺はそんなことよりも、目の前で少し嬉しそうな微笑を湛えながら、窓の外をぼんやりと眺めている塔城さんが気にかかった。

 

 

          ****

 

 

 これは予想外だった。

 幾ら詳細な手続きとはいえ、この世界で親族や縁者が一切いないことで手続きが長引くことは織り込み済みだったが、まさかここまで長引き、気づけばとっくに陽が沈んでいた事実は予想外だ。しかし、それ以上に.....

 

 

「ツユリさん。明日の猫さんたちのお昼、結局どうしますか?」

「...ええと」

 

 

 すっかり真っ暗となってしまった無人の校舎を歩きながら、このまま知人誰一人とも顔をあわせず帰路に着くものだと鷹を括っていたのだが、校門に人の気配を感じたと思いきや、異常に発達した己の夜目で捉えたのは、門の支柱に背を預け、空を眺めながら夜風に銀髪を揺らす塔城さんの姿だった。

 それを見た俺は、こんな遅い時間まで部活をやってて、帰りの準備をしてる部員をここで待ってるのだろう、と決めつけ、軽く挨拶を交わして去ろうとした。が、あろうことか彼女は俺を見つけるなり満面の笑顔で駆け寄ってきて、いつの間にやら同じ帰り道を歩いているではないか。これでは今の今まで必死に否定してきた、『こんな夜遅い時間まで女の子を一人で待たせた最低の甲斐性無し』説が罷り通ってしまう。いや、事実なのだけれども。

 

 

「あのさ...今更聞くのもどうかと思うけど、もしかして俺のこと待ってた?」

「はい。そうですよ」

「..........すみませんでした」

 

 

 俺は夜闇に溶けてしまいそうなくらいダークな罪悪感オーラを身に纏いながら謝罪する。こんなことで赦して貰えるとは思えないが、精一杯の誠意を込めた。だが、塔城さんはどこかくすぐったそうに微笑むと、太陽の恩恵を得られなかったヒマワリのようにしおれた俺の頭を撫でる。

 

 

「ツユリさんが気に病む必要はありません」

「でも、待っただろ?季節はそろそろ夏だが、それでもまだ夜は冷えるしな」

「.....じ、じゃあ。上着、貸してくれませんか?」

「む、上着か?そんなんで許してくれるなら...ほれ」

 

 

 俺が脱いだ駒王学園の上着を手に取った塔城さんは、何故か受け取った姿勢から暫く固まってしまったが、少ししてから再起動し、やたらぎくしゃくした挙動で腕を通した...のだが、予想通り袖は余り、スカートの半分以上まで上着の裾で隠れるという有様だった。しかし、当の本人は両袖を口元に寄せると、暗闇の中でもはっきりと分かるくらいの朱を頬に滲ませ、相好を崩していた。どうやら、頼んだ事に恥じらいながらも喜んでくれているらしい。

 己の選択に内心で自画自賛していた─────その時。

 

 

「.....ッ!」

「あれ、どうしました?」

 

 

 塔城さんの声には取り合わず、極限環境で鍛えられた神経の糸を張り巡らせる。

 

 ────おかしいと思っていた。幾ら夜の帳が完全に降りていようと、時刻はまだ夜七時半過ぎ。住宅が密集したこの地域で、更にこの時間帯で。すれ違う人が今まで誰一人としていなかったのはあまりにも異常────!

 

 

「ふむ。今日は周辺の様子見のみで済ませようと思ったが...そうもいかぬらしい」

 

『!』

 

 

 上。月をバックに何者かが此方を俯瞰している。

 それは黒い翼を広げ、まるで映画のワンシーンの如く中空へとどまっていた。...こんな芸当、それこそ現実ではまず成し遂げることなど不可能なもの。

 ソイツは漆黒の翼で空気を叩きながらゆっくりと地上に降り立ち、俺たちの近くまで歩みを進めると、ご丁寧に電灯の下で立ち止まり、その姿を晒した。

 

 

「堕天使...!」

「フフフ。いかにも、私は堕天使ドーナシーク。故あってこの街に滞在している」

 

 

 塔城さんの狼狽えたような声で、かねてからの疑問が氷解する。成程、堕天使か。道理でこのスーツ男の魔力を探知できなかった訳だ。コイツらの力の源は光。魔力とは全く正反対の属性を持つものだ。

 それはともかく、さっきから俺の前に塔城さんが出ているお蔭で、敵の標的が完璧に彼女へ移ってしまっている。いいや、もともと標的は塔城さんだったか?

 

 

「私たちに、何の用?」

「ああ、安心してくれていい。私は君のような主のいる眷属悪魔だけには手を降さない」

「ッ、やめて!」

「?何をだ。私はただ君を─────」

「それ以上言ったら、殴ります...!」

 

 

 塔城さんは本気だ。本気で怒っている。しかし、今の会話の中で一体なにがいけなかったのか、敵の方もいまいち把握できていないようで、眉を顰めながら腕を組み直す。ちなみに、俺も何が彼女の逆鱗に触れたのかが全く分からない。

 

 

「まぁいい。とにかく、君は早々にこの場を立ち去りたまえ」

「...どういうこと?」

「もう一度言う。そこの人間を置いて、君は去れ」

「な...!?まさか、ツユリさんを!」

「フ、当然だろう?こちらの事を理解している悪魔どもならまだしも、本来なら我らの事など知らずにこの世を去るのが道理である人間に、こんな余計な知識をつけたとあっては捨ておけん」

 

 

 なるほど、つまりこのドーなんちゃらさんの言いたいことは、堕天使のことなど知るまでもなく世から消えて当然の人間が、何の因果かこうやって己と出会ってしまった。ならば、手早く面倒なコイツを始末して、最初からこの邂逅自体をなかったことにしよう、ということだと解釈した。随分身勝手で傲慢な考えだが、堕天使は大体皆こういう思考回路をしているといっていいだろう。人間は何の力も持たない低級の生命体である、と。

 彼らは俺たち人間を殺すことに何ら抵抗を覚えない。何故なら、その行為は自身の周囲を小うるさく飛び回る蚊を潰す感覚に近いからだ。『邪魔だから排除する』。その思考に倫理観や道徳的観念など割り込む余地は到底ない。

 と、ここで塔城さんが怒りの沸点を越えたらしく、無言のまま拳を握りしめながら勢いよく地面を蹴り、跳んだ。その速度は推定80km/h超。とても素の人間が出せるスピードではない。にもかかわらず、それを見切った堕天使は一撃目の拳を躱すと、その間に出現させた光の槍で二撃目を受け止める。

 

 

「っむ!貴様、せっかくの私の親切を無にするか!」

「最初に言ったはず。それ以上言ったら殴ると」

「フ、ほざけ!」

「ッ!」

 

 

 奴は槍の柄で拳を上手く滑らせ、把尖で塔城さんの首を打つ。急所とは言えないが、衝撃(ダメージ)が格段に浸透しやすい部位への一撃。それに合わせ、少なからず光の残滓に触れたことで激痛が走ったらしく、敵にとっては絶好の隙を目前で晒してしまう。既に情けを捨てた敵がそれを見逃すはずもなく、堕天使は口元を皮肉気に歪めながら、大きく槍を振りかぶった。

 

 

「クク、我が忠告を聞き入れなかった、愚かな己を呪いながら疾く逝くがいい!」

 

 

 塔城さんへ穂先が振り下ろされるより一瞬前に、俺はそれまで背中へ隠していた莫耶を逆手に持ち替えると、比較的控えめな動作で投擲を行う。これでは槍を弾くどころか、届くことさえままならない...常人が同じことを試みたらそうなるが、俺の場合は違う。

 自然的な力でもなく、かといって科学的な力でもない、魔力の射出による加速で運動エネルギーを得た莫耶は、唸りを上げながら敵の手元へ肉薄し、持っていた槍の上部のみを器用に砕いた。

 

 

「下がれッ!」

 

「─────ッ!」

 

 

 俺のした容赦の無い一喝で、塔城さんは半ば無意識に堕天使の前から後退し、俺の隣まで戻って来た。そのときに槍を当てられた彼女の首元をさりげなく見てみたが、多少赤く爛れているのみで、そこまで酷い有様では無かった。そう判断して己を安心させてから、瞬時に移動して塔城さんのいた場所に立つと、俺が戦うしかない状況を自ら作り上げる。

 

 

「ち...今のは貴様か?ハハ、まさかな。あの距離から私の武器を破壊する手段などあるまいて」

「どうかな?もしかしたら拳銃とかでもぶっ放してたかもしれないだろ?」

「仮にそうだとしても、たかが鉛玉で私の槍は砕けん。やはりあの悪魔が何かをしたのだろう」

 

 

 男はつまらなそうに息を吐くと、折れた槍を光の粒子に変え消失させてから、もう一度同じ長さ、形の槍を手に持ち、俺に向かって穂先を突きつける。...やはり、あの芸当は俺ではなく塔城さんの仕業だと思ってしまったか。まぁ、無理はないだろうが。

 実のところ俺としては、奴にあの動きを目で捉えるくらいの実力くらいはあってほしかった。何故なら、こんな中途半端極まりない場所とタイミングで、背後の塔城さんに俺の実力を明かさなければならないのだから。実力差を認めてさっさと逃げてくれれば最上の解決となっていたのに。

 

 

「ツユリさん!駄目です、逃げて下さい!!」

 

 

 彼女の悲痛な叫びを無視するのは心苦しいが、この状況を脱するには、俺がこの男と対峙し、戦って勝利せねばならない。奴を塔城さん一人に任せるのは、先ほどの交錯を見る分だとあまりにも危険だ。

 再三の呼びかけにも応じない俺を見た堕天使は、急に真顔になると、一度槍を降ろして戦闘態勢を解いた。

 

 

「人間。これは夢ではないのだぞ?その場で得た正義感に酔うのもいいが、そろそろ現実を直視しろ。...貴様はこれから、人ならざる超常の現象によって死ぬのだ」

「..........はは」

 

 

 未だに分かっていない目前の敵に哀れささえ覚えた俺は、嘲笑にも似た笑みを思わず零してしまう。...もし相手との実力差に裏付けを取れてない場面でこれをやったら、高確率で死亡フラグ立つな。────そんなどうでもいいことを思った時、しっかり俺の笑い声と表情を見た堕天使が激昂する。

 

 

「よかろう。それほど愚かな己を認識せぬまま死にたければ、この私が、貴様を偽りの正義であるまま葬ってやる!」

 

 

 奴は解いていた戦闘態勢を再び取ろうと下げていた槍を持ち変えるが、その動作とほぼ同時に俺は武具精製を発動し、地面へ迸った稲妻を追う形で疾走する。それからは何度もやった鍛錬の時と同じように道中で精製された剣を抜くと、その動作を途中で殺すことなく居合で斬り込み、槍を持った奴の腕を根元から刎ね飛ばしながら駆け抜ける。続けて進行方向とは逆向きに突き出した片足から二度目の魔力放出、身体の向きを180度反転させる。

 普通の人間なら内臓をシェイクされる慣性をあらかじめかけていた身体強化によりやりすごし、三度目の放出と同時に二度目の武具精製を行う。それで出来た無銘の剣を空いた手で抜き、今一度神速の居合切りで以て、残った敵の片腕も斬り飛ばす。

 

 ────────────この間、およそ三秒。

 

 

「..........な、に?」

 

 

 瞬きの間に両腕を失い、絶句している堕天使。現状の理解が追い付いていないのか、痛みに呻くことも、血液を滴らせる傷口を止血することもせず、ただ呆然と立ち尽くす。が、一歩後ずさったときに踏みつけた己の右腕を見た瞬間、ようやく自分の身に何が起き、数秒前と今の立場が天地程の差となっていることに気が付いたようだ。

 

 

「貴様──────!」

 

 

 怒りの言葉とともに黒い翼をはためかせたところへ、まるで境界線を引くかのように堕天使の目前で剣を連続精製させる。無論、俺が使用するときと違って、地中に埋まっているのは柄のほうだ。つまり、今の奴は物理的に喉元へ刃物を突きつけられている状態である。

 

 

「これ以上続けるなら、天に召されるのはお前になるぞ?...事の顛末を上に報告しないまま死んじまってもいいのか?」

「く.........。この借り、いつか返すぞ!」

 

 

 悔し気に歯を噛み締めながら三流の捨て台詞を俺に言い放つと、前を向きながら地面を蹴って跳躍し、そのまま黒翼をはためかせて夜空に溶けて行った。一方の俺は、逃げかえる奴に向かって手を振りながらドナドナを歌っていた。二度と来んなよー?

 堕天使一名を見送ったあと、俺は辺りへ素早く警戒の神経を飛ばす。一応仲間の存在を危惧しての試みだったのだが、その予想に反して返ってきた手応えは皆無だった。それを知って安心したところを見計らったかのように、後方から掠れた声が飛ぶ。

 

 

「ツユリ、さん。もしかして、私のこと」

「ん...まぁ、そうだな。悪魔だったことは知らなかったけど、少なくとも君が人間ではない事は、初めから知ってたよ」

「........そう、ですか。...そうだったんですか」

 

 

 俯いたままの塔城さんが呟いた言葉には、落胆、失望、そういったものは恐らく含まれていない。どちらかというと、俺の言葉をゆっくりと咀嚼し、少しずつ嚥下している最中に思える。だが、無論そんなことは俺の勝手な希望的観測なので、もしかしたら怒り心頭かもしれないと内心ビクビクしていたりするのだが。

 と、判決を待つ被告人の気分で立っていた俺に、待ち人からの鋭い声が浴びせられた。

 

 

「コウタさん!」

「は、はい!執行猶予は?!」

「明日の朝、ここの近くの公園で待っていてくれませんか?」

「明日の朝まで?!それは幾らなんでも...って、え?」

 

 

 発言の真意を掴みかね、確実に変な顔のまま固まる俺。しかし、答えをぼかしていた霧は案外あっさりと晴れた。...今彼女が難儀しているのは、全く予期せぬタイミングで己が人ではない事実が露見したことで、俺との距離感をどうするべきか、ということだろう。それは俺だって自分の部屋に隠していたブツが異性に見られでもしたら、その子との距離感を考えなければなくなる。まぁ、そもそも家に招くほど親しかった女の子なんて生前いなかったんですけどね!

 

 

「あ、あのさ──────」

「!では、明日!...ええと、明日七時頃に集合ということで!」

「ちょ、塔城さん?!」

 

 

 あまり思いつめないで、という感じの言葉をかけようと思ったのだが、かぶせるような発言で俺の声を遮り、目を泳がせながら一頻り捲し立てると、脱兎のごとく駆け出して行ってしまった。ああ、これは思ったより重症かもしれないな。

 後を追うことも少し考えたが、この時間に目を血走らせながら小さい女の子を追い回すのは御縄確定なので、いたずらに期間が空いて溝が深まるよりも、明日会ってちゃんと話をし、何らかの形で綺麗さっぱり終わることはできると気持ちを落ち着け、俺はやや前項姿勢で帰路についたのだった。




この時点でのオリ主が持つ基礎的な身体能力は、悠にアスリートレベルを越えています。
YAMA育ちなので、某殺人鬼教師と同列に考えて貰ってイイでしょう。無論、あんな技は覚えてませんが。


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File/05.再/トモダチ

改めて見返すと、リメイク後の話とリメイク前の次話とで大分内容のズレがでちゃったりしてますね。申し訳ないです。
新規の方には見難いことこの上ないですが、あまりにも致命的なもの以外は次話のリメイクで辻褄合わせを致しますので、更新までお待ちください...。

さて、今話のリメイクは前と比べ大分クサい台詞増量となっております。さぶいぼが立ってきた場合は、暫し間を置いてからの閲覧をお勧めいたします (真顔)。


 ──────明朝。

 珍しく早く起きて来た黒歌は、寝ぼけ眼のまま所々跳ねた髪の毛を整えると、朝飯を作っている最中の俺を見て、何の脈絡もなくこう言った。

 

 

「寝不足?」

「........やっぱ、そう見えるか?」

 

 

 目玉焼きを皿に移し終え、空となったフライパンを流しに置きながら、俺はそう自嘲気味に答える。白状すると、実は昨晩の一件がどうしても気にかかり、それはもう驚くくらい寝付けず、睡眠導入を兼ねて夜通し精神統一の鍛錬をしてしまったのだ。とはいっても、雑念だらけで全く統一できていなかったのが本音だが。

 しかし許して欲しい。俺が今経験しているのは、本来有り得ないはずの人生で二度目の高校生活であり、それは一度目に通った学校よりずっと刺激に溢れているのだ。二回目だというのに周囲の環境や雰囲気は何もかもが違い、そして何もかもが新鮮だ。ならばこそ、この気持ちのまま三年間を過ごしたいと思うのは当然で、そのための努力だって惜しむつもりはない。

 しかし、それでも──────

 

 

「それでも、心と体は別なんだよなぁ...」

「ふーん。ま、女絡みじゃなければなんでもいいわ。あ、朝ごはん貰うにゃん」

「ああ、出来立てだから気を付けろよ (...一応女絡みだけど、ここは黙って置くのが吉だな)」

 

 

 気になることには気になるが、いつまでもそれを言い訳にして逃げていられない。昨日のことで悩んでいるのは、確実に俺だけではないのだから。

 二度目の人生の初めこそは怪物だらけの魔境に放り込まれ、数年間生死の狭間を彷徨いながらの過酷な毎日ではあったが、今となってはすっかり己の笑い話にできる事実だ。それは偏に、今がとても充実しているから言えることなのだろう。

 しかし、そんな俺にとってプライスレスな思い出も、クラスメイトの女の子を泣かせたなんて過去を混ぜられれば一瞬にして色あせてしまう。何故なら、前世の俺は周りとあまり関わりを持たなかったが故に、正の影響と負の影響のどちらも及ぼしてはおらず、対人関係に置いては常に中立を貫いていたからだ。つまり、ここで塔城さんに何らかの悪影響をもたらしたとなれば、その時点で現世の俺は前世と同じ轍を踏むどころか、今まで最低限守って来た戒めすら踏み倒すことになる。

 

 

「俺も難儀な性格してるよなぁ」

 

 

 これを束縛だとは思いたくない。例えこの覚悟が人との付き合い方に幾ばくかの楔を打ち込むことと同義だとしても、それを理由に痛みから逃げて前世の行いを忘却するのは、絶対に後々後悔することになる。だから、甘んじてこの戒めを受けて生きよう。それにきっと、この概念は俺にとってマイナスになる事ばかりじゃないはずだ。

 

 見事に舌を火傷して涙目になっている黒猫に治療を施しながら朝食を終え、俺はここに来てやっと過去の過ちを是正する決意を明確に固めた。

 

 

 

          ***

 

 

 ────俺と黒歌の家の隣に住む、駒王学園二年生・兵藤一誠は変態である。

 

 

「なぁ、イッセー先輩」

「?何だ、ツユリ」

 

 

 俺の呼びかけに答え、それまで前方に向けていた顔をこっちへ移動させる厚手のジャージを着た少年。その容姿は至って普通で、別に服を特別着崩している訳でも、目付きが悪い訳でも、獅子丸のように昨日深夜までゲームしていたお蔭で課題が終わっておらず、俺の散歩に付き合いながらものすごい勢いで答案用紙を埋めている訳でもない。

 問題は、俺が呼びかける前に目を向けていたのが、前方の『歩道』ではなく、俺たちの前を行く早朝の犬の散歩をしている若い女性であり、その視線は完全に首筋や臀部に固定されていたことだ。

 しかし、それで終わりではない。眺めたりチラ見したりなら世の男子は幾らでもしたことだろうが、コイツは完全なる凝視。ある程度察しの悪い人間でもこれは流石に気付く、と自信をもって宣言できるほどだ。と、ここで俺はコンクリートに鎮座する障害物に気付き、先を行く変態へ注意を促すことにした。

 

 

「バナナの皮が落ちてるぞ」

「はは、何言ってやがる。そんな見え透いた嘘に引っかかるわけ────ナアァッ?!」

 

 

 いい具合に熟して黒く変色したバショウ科植物の皮を鮮やかな角度から踏みつけた少年...兵藤一誠は、まるでお手本のような順序で地面と足裏との摩擦係数をゼロへ低下させバランスを崩し、バナナの皮を天高く打ち上げると後頭部を強打した。更に降って来た皮が頭に落ちるという奇跡。ここまでくると、最早笑いを通り越して本心から感動してしまった。

 そんな俺の心中など露程も知らないイッセーは、肩を震わせながらすっくと立ち上がり、頭に乗ったバナナの皮まで手を伸ばして音がするほどに強く握り締めると、全力の投球フォームを介して、手中の黒い物体を他人様の家の塀へ向かって投擲した。

 

 

「アホか!何でこんなトコにバナナの皮なんか仕掛けてんだ!マリヲカートかよ!」

 

 

 ペチィ!という生もの特有の独特な音を響かせ、バナナの皮は再三の衝撃と圧縮と摩擦により耐えかねたか、落下後は哀愁漂う出で立ちでアスファルトの隅へ座した。そんな状態となってしまった諸悪の根源を未だ怒りの視線で以てにらみつけるイッセーへ向かって、俺はヤレヤレのジェスチャーをしながら言った。

 

 

「だから言っただろ。バナナの皮だ、ってよ」

「いやいや、あの場面でそんな発言を聞いて警戒する奴はいないだろ絶対!」

「え?俺だったら警戒するけど?」

「...........あ!お前の足元にバナナの皮が!」

「ハッハ!そんなものが落ちてるわけないだろ。ヴァカか?」

「くっそ腹立つ!お前本当に後輩かよ?!」

 

 

 訂正しよう。兵藤一誠とは変態であり、同時にバカである。

 しかしまぁ、どちらも少々ぶっ飛んでいるのが玉に瑕だが、こういった憎めないところも加味して考えてみれば、出会いが最悪だったあの黒歌も少しは見ただけで殺人衝動を催すのを抑えてくれるかもしれない。

 憤慨しながら、再びくたびれたバナナをこちらに向かって振りかぶらんとするイッセーをなだめすかし、黒歌の機嫌がいいときに撮って置いた写真を手渡す。するとどうだろう、先ほどまでの怒りはたちまち鳴りを潜め、涎を垂らして俺にお礼を言ってくるではないか。やっぱり矯正すべきバカさ加減だった。

 

 

「っと、そろそろ時間だな。じゃ、朝の散歩に付き合ってくれてサンキュー先輩」

「おー。それくらいお安い御用だぜー。でへへへ」

 

 

 完全に上の空であるイッセーに別れを告げ、俺は足早に例の公園へ急ぐ。口に出してはいないが、イッセーと絶妙なコントを繰り広げたおかげで緊張が程よく抜けた。しかし間違えるな、緊張をゼロにしてはいけない。正しい判断をできるだけの冷静な思考が機能するくらいは気を引き締めて行こう。

 

 

「.....あとは、なるようになるしかない、か」

 

 

 

          ***

 

 

 

 ...なるほど。心からの不安を宿している者の顔は、こうも見る者の心をも締め付けるものなのか。

 

 

「.......ツユリさん」

「よ、塔城さん」

 

 

 視線の先には、朝風で揺れる翠の群衆を眺める、小柄な少女が一人。声を掛けて向けられたその表情は明らかに暗く、普段の学園で目にしていた憮然としつつも力強い意思の光を灯す瞳は色を失い、その姿はいつもよりずっと小さく感じられてしまった。

 ...俺の悪い予想は、どうやら当たってしまったらしい。これは相当思いつめてしまったあとだろう。もしここで俺が少しでも強く当たったり非難の姿勢を見せた時点で、彼女の罅が入った意志は修復不可能なほどに砕け散る...とさえ思っていいかもしれない。

 いやしかしだ。一体全体、どんな理由があって彼女はここまで己を追い込む必要があったのか。確かに自分の素性を隠匿していたことは後ろ暗い事実に含まれる。それでも、対人関係には一定の線引きが確実といっていいほど必要だ。多少仲良くなったからと言って全幅の信頼を置き、自分がその友人とは違う種族であることを一切の躊躇いなく打ち明けられる輩など居るはずもない。それに気付けないこともそうだが、彼女には何か、こういった『他人の信頼に関わる物事』に過剰なほど敏感である理由があるのかもしれない。

 俺はいくつかの推測を持つ己の分身と脳内で即興の会議を行いながら、取り敢えず何かを言いたそうに口を開いては閉じを繰り返している塔城さんの言葉を待つことにした。───やがて、此処に俺がやって来てから三度目の木々のざわめきが響いた時、ようやく彼女の言葉が大気へと放たれる。

 

 

「...ツユリさんは最初、私をどう思ってました、か?」

「最初、っていうと...会ったばかりの頃?」

「は、はい...」

 

 

 塔城さんは俺の返答にビクリと反応してから、おずおずと頷く。それを見た俺は、ほぼ間を置かずにはっきりと答えた、

 

 

「俺と同じで猫が好きな普通の女の子」

「え、あ.....」

「で、今目の前に居る女の子も、俺の中ではそんな印象を持ってる」

「な...そ、それはっ」

 

 

 流石に納得がいかなかったのか、二言目の発言に眉を顰めた塔城さんは、多少の躊躇いを含ませながらも身を乗り出して両拳を作り、絞り出すように声を張り上げた。

 

 

「ツユリさんはッ、あんな訳の分からない存在と戦う私を見ても、何にも思わなかったんですか?そんなのは嘘です。絶対に...怖くて、恐ろしくて、逃げ出したくなったはずです!」

「怖い、か。それはまぁ、()()()()()()()()()怖がるだろうな」

「そうでしょう?それが普通なんです。だからツユリさんも、こんな得体の知れない私と関わる事は...」

 

 

 .....駄目だ。最後まで穏便な態度で行こうと思っていたのだが、これはあまりにも重症過ぎる。こういう価値観になってしまった過去が非常に気になるが、好奇心は我慢して貰って、お節介魂を爆発させよう。

 

 

「おいおい。あの場で一番得体の知れないこと仕出かした挙句、訳の分からない存在に三流の台詞吐かせて退場させた俺に向かって言えることか?それ」

「ッ、それは...!でも!」

「俺の方こそすまなかった。なんとなく気付いておきながら何も切り出せなかったのはこっちだ。だからいいんだよ、塔城さん」

「あ、頭を上げて下さい!ツユリさんは悪くありません!」

 

 

 どうやら形勢は完全に逆転したようだが、この謝罪は計略の意図のみを含んだ上っ面のものではなく、俺の心からの謝罪だ。こういった経験など全くないにも関わらず何とかなると勝手に思い込み、事の悪化に気付かないままズルズルとここまで引き摺って、結果塔城さんをひどく追い詰めてしまったのだから、本来なら謝るだけではすまない筈だ。

 そう。謝るだけではこれっぽちも済まないのだから、今の塔城さんが望む最善の答えを用意する事ぐらいはやらなければ、こっちこそ彼女と顔向けできない事態になる。そう結論を出すと、下げていた頭を上げてから冷たい空気を目一杯に吸い込み、思考を明瞭にした。

 

 

「俺はほぼ冥界出身の人間、栗花落功太だ!意志も思考も言動も悪魔のそれに近いが、でも人間である自分が大好きで仕方ない!そしてッ、それと同じくらい()()()()()()()()()()()()()!」

 

「え.....?」

 

「駒王学園に入学したのも、そういう奴等と仲良くなりたいからだ!悪魔だろうが堕天使だろうが大歓迎!────という訳で、俺の最初の友達に立候補するつもりはないか!塔城小猫さん!」

 

「え、え...え??」

 

 

 最後の言葉とともに差し出した手のひらを見て、ひたすらに驚き、大きな目をパチパチ瞬かせる塔城さん。かなり強引かつ無理矢理な人外大好き理論展開による友達宣言だが、もう一秒の間でも、こんな中途半端な関係にしておくのはよくないと俺は判断した。どちらかが先に踏み込まねば、盤上の石は何時まで経っても前に進めないのだから。

 そして、滅茶苦茶ながらも少しづつ俺の言わんとしていることを咀嚼してきたのか、未だに戸惑いを見せつつもゆっくりとこちらへ近づき、目を合わせては逸らすを何度か繰り返した後に口元をキュッと引き結び、それからゆっくりと開いた。

 

 

「私は過去、家族に裏切られました。一番身近で、一番親しかった人に捨てられた」

「.......」

「あんな思いをするのはもう、嫌。だから、出来る限り()()()()()()()()と関係を持つのを止めた」

「...だから、あんな風に近寄りがたい空気を出し続けてたのか」

 

 

 殺気、とまではいかないまでも、他者が無意識下で恐怖に近い感情を持つのに十分な気当たり。そんなものが、学園生活を送る中で塔城さんからは常時放たれていた。だからか、クラスメイトも挨拶を交わしたり、必要な会話以外はあまり彼女の周りに集ることがない。...そんな余裕の無い毎日を送る辛さは、恐らく計り知れないほどだろうに。

 無論、塔城さんがそんな現象を起こす理由について、出会った当初からもの凄く気になってはいたが、不躾に踏み込んでいい話題ではないと数秒で察知し、ある程度親密になった今までも質問することはなかった。俺は対人関係で問題点を抱える人間の持つ独特の空気を感じ取ることに関しては一級品だ。スキルにしたらAランクぐらいいきそう。

 

 

「ずっと後悔してた。ツユリさんが転校してきたあの日の昼、声を掛けなければよかったって」

「なに、俺は今まで付き合って来た友達に、突然『悪魔でした』なんて打ち明けられたくらいで、気持ち悪く思うほど器が小さくはないぞ。なんてったって、俺も立派な人間超越者だしな」

「......」

 

 

 俺は超越者の証明として足元に精製した長剣を土に還元した後、未だに一歩引いた表情のままである塔城さんを見て、やっぱり難しいか、と脳内で毒づいた。

 彼女は『信頼してしまう』ことを恐れている。過去大きな信頼を置いていた肉親に裏切られたせいで、その人物に対し蓄積されていたプラスの感情が一気にマイナスに反転する恐怖を知っているからだ。あの暖かさが、あの笑顔が、あの優しさが。何もかも全て嘘なのだと確信したとき、持っていた信頼はたちまち鋭利な刃となり、心を深くまで突き穿つ。その筆舌に尽くしがたい痛みを知ってしまえば、他人に対し抱く感情と己の性質の変容を責められるはずがない。

 塔城さんは今、心の奥底に隠していた『裏切りの記憶』を、今回の事で生じた『自分の種族を信頼すべき人に隠していた罪悪感』が引き金となり、再び掘り起こしてしまったのだろう。彼女がここまで思いつめるのは、同時に俺への信頼度の高さが現れていて嬉しくはあるのだが、それゆえに関係修復は難しい。

 ...でも、俺は塔城小猫という少女を救いたいと思った。

 

 

「裏切られることの辛さは、きっと皆知ってるはずだ。でも、その『程度』は人それぞれだろうな。...一日、一週間、一か月すれば自然と癒えるもの。もしくは生きている限り永遠に癒えることのないもの」

「...私は」

「どちらにせよ、そんな経験のお蔭で今知っている人、これから出会う人のすべてが裏切り者だなんて決めつけるのは止めてくれ」

「!」

 

 

 塔城さんは息を呑んだように目を開き、俺を見た。その視線を逃すまいと、訴えかける言葉と同時に彼女の目を己の目で射抜き、ゆっくりと歩み寄ると両肩に手を置いた。

 

 

「人が何を考えているかなんてわからない。それは当然だ。だから惹かれた存在を知ろうという欲求が生まれる。そこから人との関係は始まるんだろ?何も分からないから裏切るかもしれない、恐ろしいなんて理由で他人を知る欲を捨てたら、お前は独りになる」

「う、裏切られるくらいなら、独りでいい」

 

 

 さっきから揺らいでばかりいつつも俺の目を見ていた塔城さんだったが、尚も自分の中にいる恐怖の囁きで委縮しているのか、口元を震わせながら視線を外してしまう。が、俺は彼女のそんな行動ではなく、孤独を受け容れようとする言葉に苛立ちを覚えた。

 

 

「ふざけるなッ。まともな思考を持つ奴が独りで生き続けられるはずないだろうが。そもそも、お前はもう『家族と暮らす』という実感を持ってる。人の暖かさを知った奴は、一生独りじゃ生きられなくなるんだよ!」

「止めて!」

「ッ」

 

 

 初めて聞いた、彼女の悲痛な激昂。まるで、目の前で親しい人が傷つけられるのを止めるよう叫ぶ声だ。そんな意志を孕んでいたからか、俺は言葉を喉に詰まらせ、二の句が継げなくなってしまった。しかし、それからすぐに大声を出してしまったことを後悔するように視線を地面に向け、暫くの無言が続いた後、彼女は滔々と言葉を紡ぎ出した。

 

 

「...分かってるんです。どちらも辛くて苦しいことは。でも、どちらかを選べと言われたら、孤独を選びます」

 

「...何でだ」

 

「簡単です。もう()()()()()()()ですよ。...私をここまで追い詰めた裏切りの苦しみは知った。なら、それより苦しみが楽になるかもしれない孤独を私は選びます」

 

「待てよ」

 

「だって、孤独でいることを決めた今日まで、裏切られたあの瞬間より苦しいときは無かった。なら、もう孤独でいることは苦しくないと分かったも同然じゃないですか。ならいいでしょう?これ以上─────」

 

「待てって言ってんだよ!」

 

 

 一度離した両手を再び塔城さんの細い肩に乗せ、下を向いていた顔を強引に上へ向かせる。...頭にキた。何でこうまで彼女は後ろばかりを、()()()()()()()を見ているんだ。

 

 

「正直に答えてくれ。俺と初めて会ったあの日、猫の事を二人で話していただろ。お前はあの時()()()()()()()のか?」

 

「え...?」

 

「痩せ細っていて、栄養失調になりかけていた猫の為に、一緒にご飯を用意したあの時は!」

 

「そ、それは...」

 

「屋上前の階段の踊り場で、他愛のない世間話をしていたあの時のお前の笑顔は、全部嘘だったってのか...!?」

 

「!そんなこと、ない!!」

 

 

 塔城さんは肩に乗った俺の手を掴むと、両手で強く包みながら芯の通った声で叫ぶ。

 

 

「ツユリさんといると楽しかった!今まで全然出来なかったのに自然と笑えた!だから...」

 

「なら、孤独が楽だなんて言うんじゃねぇよ!」

 

「っ...!」

 

「楽しかったんだろ?嬉しかったんだろ?笑えたんだろ?!なら、悪いものしか入ってない籠から最善の選択なんてするな!───俺がお前に『最善』を用意する!だから、こっちに来い...頼む!」

 

 

 俺の用意する最善...それは、塔城さんにとっての最善だ。つまり、俺は彼女を裏切らないと暗に宣言したことになる。端から見ると随分回り道をしているように思えるが、ただ彼女の在り方を否定するだけでは反発されることなど自明の理。だから、彼女の在り方が間違っていることを自覚させてから、俺が選択肢を提示する必要があったのだ。尤も、それを受け容れてくれなかったら意味がないのだが───ああ、どうやら大丈夫そうだ。

 塔城さんは泣いていた。しかし、その表情はさっきまでの悲壮に満ちていたものではなく、ずっと探していた唯一無二の宝物を見つけた時のような顔だった。

 

 

「いま、やっと思い出しました。...私ってツユリさんと一緒に居た時、いつも笑ってた。...楽しくて、幸せで。裏切られることなんて、一度も考えなかった。....なのに、孤独だったころは、ぜんぜん笑えなかった」

「奇遇だな。俺も楽しくて幸せで、塔城さんに裏切られるとは一瞬たりとも考えなかったぞ。...じゃあ、どうする?俺の用意した選択肢、受け取るか?」

「ふふ...もう、手を握ってますから。受け取っちゃってますね」

「!」

 

 

 俺は泣きながら笑う塔城さんの顔にドキリと心臓が跳ね、同時に俺を受け容れてくれた嬉しさからか、彼女の華奢な身体を思い切り抱きしめてしまった。突然のことで驚いたように「ひゃっ」という声を上げたものの、それから間もなくして腰へ手を回した気配があった。それでさらに感極まり、俺までツンと鼻の奥が痺れ、目頭も熱くなって来てしまった。

 

 

「ずずっ...いや、これでやっと俺たち、ちゃんとした友達になれたんだな!」

「ふふ、ツユリさん涙声です。グスっ、大丈夫ですか?」

「おう。元気さだけが取り柄だからな!ほれ、ハンカチ使うか?」

 

 

 長い抱擁を終えたあと、俺は誤魔化すように制服の袖で涙をぬぐい、塔城さんへ常備している青いハンカチを手渡す。彼女は素直にお礼を言った後にハンカチを受け取ると、俺の胸に背を預けながら涙を拭いた。見られたくないという意図を察し、俺は後ろから片腕を回して抱き、もう片方の腕で頭を撫でることにした。背後からなので嬉しがってるのかどうか確認できないが、嫌がる素振りはないので心配する必要はなさそうだ。

 ふと見上げた視線の先には、街路樹に紛れて立っている時計。その針は登校時間が迫っていることを知らせてくれた。少し名残惜しい気持ちはあるが、そのことを塔城さんに伝えようとした矢先──────

 

 

「ッ!...結界が破られた?」

「え?」

 

 

 俺は慌てて勘違いではないかの確認をし、同時に焦っている俺を見て不安そうな顔をし始めた塔城さんへ問題ないという笑顔を返す。が、結界が強引な力により消滅していることは事実のようだった。

 結界の存在を看破したのならまだいい。感知は出来てもこちら側へ踏み込んで来ることはまず、ないと言えるからだ。しかし、破壊されたとなれば話は別だ。何故なら、侵入者には結界を破壊するだけの理由が、更に分かりやすく言えば、俺たちを害する何らかの理由があるからである。とはいえ、防御に重きを置いていない結界だとしても、ここまで見事にぶち壊すには相当の火力が必要だ。果たして、駒王町にそんな実力者がいたか。...いや、越してきてまだ数週間なのだから、そんなこと俺に分かる筈もない。

 溜息を吐きつつ侵入者の到達を待っていると、すぐに妙な違和感────いや、違う。確かに不思議には思ったが、そんな内容の表現では御幣がある。強いて言うなら、そう。懐かしさ。

 

 

「─────貴方、私の大切な下僕に何をしているのかしら」

 

 

 懐かしい魔力。懐かしい紅髪。

 

 しかし、俺の中に或るそんな懐古の情を無視するように、次期グレモリー家当主────リアス・グレモリーは、そう宣言した。




まさかの小猫ちゃんが心の病を患っていた設定。
しかし原作でももうちょっと病んでいても良かったと思うんだ。バイオレンス・スプラッタ系に属性が転身したりしない限りはヤンデレでも受け入れられると作者は常々思って(ry


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File/06.再/勧誘

改訂して出す話は、前のものと比べて良くなっているか緊張しますね。
六度やっておいて今更何言ってんだと思う方もいるでしょうが、物事を始める頃より、始めてから少し経過した後にこういった感情は強くなるもので、何かを継続させることの難しさを感じます。


 

「中々強固かつ巧妙な結界だったけれど、私の目は欺けないわ」

 

 

 闖入者の登場に俺は内心で舌打ちをした。この状況では圧倒的にこっちの分が悪い。

 ただ単に早朝のトレーニングをしていた、という言い訳は俺が事前に張って置いた結界によって選択不可だ。理由は簡単、結界などというものを一般人が張れるはずがないから。この時点で既に俺は身元不明の怪しい人物となるわけで、そんな輩が認識阻害と簡単な防護の二重結界の中で知人を閉じ込めていたとなれば...彼女にとってギルティの判決を下すには十分すぎる内容となる。

 しかし待て、下僕だと?普段と言うか、人間として日常生活を送る上で聞く事など滅多にない、寧ろ聞きなれていては困る単語だが、悪魔界隈でこの言葉が意味するのは...そこまで考えたところで、ローファが砂利を蹴飛ばす鋭い音で我に返る。

 

 

「一般人を装い私の下僕を油断させ、逆らえないよう何らかの仕掛けを施したのね。じゃなければ、今頃貴方は小猫に殴られて地面に転がっている筈だし。待っていなさい、今助け.....?ちょっと小猫、なぜその男を庇うようにして前にくるの?」

「ようにして、ではなく庇っているんです、部長。彼はこんな私の友だちになってくれた、大事な人なんですから」

 

 

 塔城さんの行動に眉を顰め、それから続けて放たれた発言に目を丸くする部長、もといリアスグレモリー。それは不届き者に拐れている本人を助けようとしたところ、その不届き者を守ろうと被害者が動いたのだから。.....ん、『部長』だって?

 

 

「部長って...まさか、オカルト研究部の?」

「え?ちょっと待ちなさい。貴方、学校関係者でもないのに何故そんなことを知っているの?」

「いえ、俺は学校関係者、というか駒王学園のいち生徒です。一年の栗花落功太と申します」

「栗花落...ツユリ・コウタ?もしかして貴方、小猫がよく話していた『コウタさん』なの?」

「ふあっ?ぶ、部長!その話は.....!」

 

 

 リアス・グレモリーが『コウタさん』とやらのことを口にした途端、塔城さんが急にあわわはわわと某軍師二人のような声を漏らしながら挙動不審となった。恐らく、いや十中八九コウタさんとは俺のことなのだろうが、ここまで必死に口止めを頼み込むということは、相当当人に聞かれたくない内容をお話していると見える。そうなると聞きたくなるのが男の性ではあるが、生憎と俺にはゴシップ魂というものはない。

 

 

「なるほど、彼が堕天使を顔色一つ変えずにあしらった人間なのね」

「は、はい。そうです、あれは嘘ではありません」

「ふふ、それに強くてかっこよくて。優しい、ね」

「!!!(ぼんっ)」

「お、おう?」

 

 

 俺はどう反応を返したらいいものか判断が上手くつけられず、無言では不味いと取り敢えず中途半端な生返事をしてみたものの、塔城さんに赤い顔で睨まれてしまった。とはいえ、睨んだとは言っても本気のヘイトなど微塵も含まれてはいなかったが。いやむしろ可愛い。

 塔城さんの身体を張った仲介のお蔭で、最初はピリピリしっぱなしのリアス・グレモリーも少しは態度を軟化させてくれたらしく、さきほどまでの怪しい行動を取れば速殺という雰囲気は鳴りを潜めた。が、代わりに何か面倒なことがこれから起きそうな気がしてならない。この思考を生む主な原因は、直ぐ目の前の誰かさんがしている表情だ。

 

 

「.....ねぇ、ミスターツユリ?少し提案があるのだけど」

「う、何でしょうか」

「そう固くならなくてもいいわよ。でも、この提案を断るのは少しいただけないと思うけどね」

 

 

 片目を瞑りながら若干の笑みを漏らすと、リアス・グレモリーはその豊満な双丘の前で細い腕を組み、次に片腕のみを立てて人差し指をくるくる回した。

 

 

「『そういう力』を持って悪魔である私の下僕に接触してきたのだから、今更知らぬ存ぜぬをしようとしても無駄、と最初に言っておくわね。まず、ここ一帯をテリトリーにしている悪魔は私よ。他にもう一人いるけれど、テリトリー内のこの場で怪しい行動を直接確認した私には、独断で貴方へ何らかの処分を降す権利があるわ」

「ま、待って下さい!今回は私が原因で────」

「小猫、大丈夫よ。貴女にとってこれは悪い話じゃないはずだから。でも、彼にとってはどうなのか分からないけどね」

「.....え?」

 

 

 リアス・グレモリーの発言に俺は内心で首を捻る。塔城さんにとって悪くない話?というと、少なくとも彼女が喜ぶ提案ということか。それなら別にいいかもしれない。今指摘された通り、上級悪魔の持つ領地内で結界を張り、俺自身にはそういう意図がなくとも、塔城さんを拘束してしまったのは事実だ。周りからそんな勘違いをされたくないのなら、勘違いを生まない方法で事を為さなければならない。何故なら、罪とは他者が己に科すものなのだから。ただ、一つだけ意見するとしたら、私的な意見が介在するのを防ぐため、罪状は被害者が言い渡すものでは無いのだが。

 

 

「.....いいですよ。提案、受けます」

「あら、まだ肝心の提案の中身を言ってないのに、もう承諾するの?」

「ええ。塔城さんに利があるなら、それは悪くないかな、と」

「う...本当にいいんですか?ツユリさん」

「おう。男に二言はない」

 

 

 心配そうに俺の服の裾を引っ張って来た塔城さんに余裕の笑みを見せてやると、それを見ていたリアス・グレモリーが満足そうにうなずき、組んでいた腕を解いて指を鳴らした。

 

 

「決定ね。じゃあ今日の放課後、小猫と一緒にオカルト研究部の部室に来なさい。その時に詳しく説明するわ」

 

 

 それだけ言うと、空から飛んできた蝙蝠が持ってきた学生カバンを受け取り、笑顔で手を振りながら公園を出て言った。その後に残ったのは、和解がどうこうと言っていた空気など完璧に何処か彼方へと飛んで行ってしまった状態の俺たちだった。

 

 

「は、ははは、はははは!」

 

「ど、どうかしたんですか?いきなり笑いだして」

「あぁ、何だか雰囲気ぶち壊しにされたみたいでさ。折角塔城さんとちゃんとした友達になれたのに、学園についてからの話題もずっと例の『提案』のことになりそうだから、自棄笑いみたいな感じ」

「ふふ、自棄笑いってなんですか、もう」

 

 

 これから数分後に、リアス・グレモリーが事前の説明を一切することなく公園を出て言った理由を目に入った時計から知る事なり、塔城さんは急いでそのまま学園へ、俺は物理的にすっ飛んで家に帰り、着替えてから登校した。魔力放出って本当便利だなぁ。

 

 

 

          ***

 

 

 

「はぁ.....」

「だ、大丈夫ですかツユリさん?」

「あんまり大丈夫じゃない。獅子丸の奴覚えてろよな.....」

 

 

 あの天才バカは異常に興奮した後の、俗にいう賢者タイム(自称)時に数学の未解決問題に手を出す癖がある。その癖は、普段通り独りでむつかしい公式やら何やらをブツブツ言いながらA4ノートを真っ黒にするだけで終わる筈だったのだが、今回は何故か俺や樹林に質問を投げかけて来る無差別テロの様相を為していた。

 朝からそのテロ事件は既に起きていたらしく、それまで被害を受けていた樹林に青い顔のまま引っ張られ、獅子丸が吐く大半が日本語でも英語でもない言語で構成された呪文を無理やり耳へ流し込まれるという、拷問と言っても過言ではない時間をついさっきまで過ごしていた。明日アイツの机の中に濃厚な腐向け本を大量に詰め込んでおいてやろう。文系科目やゴキブリと同じくらい嫌いなものの一つだからな。

 

 

「.....お?これは」

「あ、気が付きました?」

「あぁ、気付いた。ここに結界が張られてたんだな。だからオカルト研究部は『未知の部活』っていわれてたのか...」

 

 

 認識阻害、もしくは人払いの結界。主な能力としては、『結界』として察知できない者が接近すると、無意識にこの場を避けるようになり、なんらかの情報や物品の隠匿、一時的なカモフラージュなどに向いている。これがオカルト研究部を囲うように張られている限り、一般の生徒たちは血眼になって探そうが見つけることなど到底できない、という仕掛けか。

 部活としてこの行為は有りなのかどうか多少疑わしく思ったが、まぁ所属している部員たちは全員この学園でもトップの美少女&美男子である。こうでもしない限り、場所割れしていたらひっきりなしの入部希望者来訪で活動どころではなくなるだろう。でも、イッセーや獅子丸、樹林のように『俺が入部するなんて恐れ多い!』と考える生徒も多いみたいだし、そういう奴等が固まって過激派勢を牽制しているのかもしれない。

 

 

「着きました。ここがオカルト研究部。通称オカ研です」

「ほう、ここが...金にものを言わせて魔改造されてるかと思ったが、俺の取り越し苦労だったようだ」

「部長、ツユリさんを連れてきました」

 

 

 扉周辺をジロジロしたりペタペタ触ったりしてる俺を放り、一人で部室へと消えていく塔城さん。一応、単純なおふざけではなく、部室のドアにも魔力を感じたから触覚を通して解析を行ったのだが、銃弾程度では傷もつかない障壁がコーティング剤のように表面を覆っていた。この分だと、部室全体の外壁にも同じことが為されているだろう。是非ともその仕組みを拝見したかったが、塔城さんが連れて来たと言っているにも関わらず、あんまり外に居続けるのも失礼にあたる。

 

 

「失礼します。ツユリコウタです...って、いきなり面白いお出迎えですね」

「あら、そうかしら?既に悪魔だという素性を明かしてしまっているのだし、こうやって証拠を見せて顔をあわせた方が分かりやすくていいかと思ったんだけれど」

「うふふ、だから言ったじゃない、リアス。幾ら自分の眷属に手を出されたからといって、こういうイジワルは良くないでしょって」

 

 

 部室の中にいた少年少女は、皆一様に蝙蝠のような黒い一対の翼を背から生やしていた。それに軽く驚いていると、グレモリー先輩の隣にいた、長い黒髪をポニーテールにしてまとめる三年生が片頬に手を当てながら微笑み、油断していたら諌める意味の言葉だと分からないくらいに優しい口調でそう言った。それと同時に彼女の周囲から溢れた頼れるお姉さんオーラ。ここまで揃えば間違いない。彼女は、あのバカ二人から耳にタコが出来るほど聞かされた、駒王学園二代お姉様の一人────

 

 

「貴女は、あの姫島朱乃先輩ですか」

「あらあら。ここに来てから間もない転校生なのに、もう私たちのことを?」

「まぁ、はい。そういう話題には事欠かない連中がいますんで...。あぁでも、此処に来る上で俺には変な下心とかないですよ?」

「うふふ、そうはっきり言われちゃうのも、何だかちょっと悔しいですわね」

 

 

 おどけたように言ったと思いきや、一転して口元に手を当て上品に笑顔を漏らす姫島先輩。元の要素だけでも十分だと言うのに茶目っ気まであるのか。これは男どもが骨抜きになるのも仕方ないだろうな。と、ここまで言っておいてなんだが、俺はそんな彼女の魅力を至近距離で当てられてもそこまで心が動かない。なんとも不思議だ。

 大分個人的なお話で先行し過ぎた姫島先輩をグレモリー先輩が止め、部室の脇で壁に背を預け、静かに成り行きを見守っていた男子生徒に声を掛けた。それに短く答えると、金髪の少年は壁へ預けていた背を動かし、真摯で真っ直ぐな瞳を投げて来る。

 

 

「良かった。部長から聞いていた通り、君は戦士の目付きをしているね。同性として好ましく思うよ。...僕は木場佑斗。二年生だ。よろしくね」

「ああ。ありがとう」

 

 

 初対面にも拘らずストレートな好意をぶつけられて照れくさかったが、そういう彼自身も戦士が持つ鋭い眼光を内に秘めており、言葉を交わさずとも俺たちは何処か根本が似ていると直感で理解できた。そんな木場先輩と握手を交わし、一部始終を見たグレモリー先輩は俺の近くまで移動しながら口を開く。

 

 

「さて、悪魔社会のことをある程度知っているなら、悪魔の駒についても知っていると見てもいいのかしら」

「ええ、大丈夫ですよ」

「話が早くて助かるわ。じゃあ、早速お願いに移らせて貰うわね」

 

 

 グレモリー先輩はそう言うと、チラリと俺と対面する木場先輩へ目くばせをした。それを見た彼は何処か楽しそうな微笑みを浮かべ、グッと握り拳を作ってから俺の胸に向かってゆっくりと突き出してきた。

 

 

「グレモリーの騎士である僕と戦って、もし君が勝利したら部長の眷属にならなくてもいい。けど、敗北したら眷属になることを前向きに考えて欲しい。...そういうことで、一戦交えてくれないかな?」

 

 

 木場先輩は疑問形でイエスorノーの選択をさりげなく乗せてくれたが、彼の背後に立っている姫島先輩の手には体育館の鍵が握られていた。まぁ、事前に提案を受けるとグレモリー先輩に宣言しているのだから、元々俺には選択権などないのだが。

 

 

 

          ***

 

 

 

「制限時間は無し。佑斗は大々的な神器の発動を禁止、コウタもあんまり周囲を壊し過ぎるような力の発動は抑えて頂戴」

「了解です。部長」

「分かりました」

 

 

 断るという選択を消された俺がこの場に立つことは、最早避けられない事態だった。いや、別に心の底から嫌だという訳ではないが、どうも戦いの背後に誰かの思惑が絡んでいると剣の腕が鈍る気がする。余計なことを思考する余地など一切なかった獣の咆哮飛び交う戦場と比べれば、その戦いの舞台は大きく違う。そして、俺は後者のように第三者の介入や評価が無い、ただ己の命を賭けて行う血生臭い戦闘の方が性に合っているらしい。

 そんな気合がイマイチ入り切っていない俺を察知したのかどうかはわからないが、木場先輩は4、5m離れたところから鋭い声音で俺の名前を呼んできた。

 

 

「コウタ君!君にとってこの戦いは不本意なものかもしれないけど、僕は期待しているんだ!堕天使を倒した時に使った君の武器が、剣だって聞いてね!」

「剣.....あぁ、そうか。先輩は騎士なんだから、得物も剣だよな」

「あぁ!同じ剣士同士、後悔のない剣戟をしよう!だから、今だけは他の思惑を無視して、この戦いだけに集中して欲しい!僕は、堕天使を倒したという君の剣を見たいんだ!」

「────は。そりゃ、大きく出たな」

 

 

 パチン、と頭の中にある回路が切り替わる。先輩の純粋なまでに『俺と戦いたい』という淀みない意志が波及し、俺の心が震えたからだ。そう、例え相手がれっきとした強者であったとしても、その姿勢が伴わなければ戦に対する欲求はあっという間に劣化する。だが、逆にどんな弱者であろうと、裂帛の気迫と、肉を断たれれば代わりに相手の骨を断ってやろうという覚悟を感じ取れれば、戦への欲求は俄然高まる。

 木場先輩は俺の闘争心に火をつけた。今目の前にいる人間...いや、悪魔に対し、周囲のことを理由にして戦いから逃げる事などすれば、寧ろこちら側が失礼に当たる。今は俺の眷属入りがかかっている、などという余計なことは度外視し、『強者と剣を交える』ことを最優先事項としよう。そう決めると、早くも己の中にある魔力がざわつき始めた。

 

 

「じゃあ、始めるか」

「.....!コウタ君、ありがとう」

 

 

 直立ながらも臨戦態勢となった俺をみた木場先輩は、一瞬目を見開いた後に礼を言った。それに若干口角を上げながら、徒手空拳のまま敵対者を鋭く見据える。そんな視線にも屈する事なかった彼は、直後に体育館の床を削り取るような深い踏み込みで特攻してくる。

 速い。疾風そのもののような動きはやはり騎士たるが故か。だが、それでも───

 

 

「まだ、遅いな」

「な、っく!」

 

 

 雷撃音、同時に破砕音。その渦中で俺は、青白い雷光が奔る瞬間に体育館の床を破って飛び出た剣の柄を取り、引き抜きざまに木場先輩の振るった剣を弾いている。それが見えていた彼は、すぐさま爪先で地面を蹴って距離を取る。が、俺は笑みと共に物理的に床を蹴り砕いて、戦闘開始時の時と同じくらいに開いていた距離を瞬きの間にゼロへ。

 

 

「!?」

「どうした先輩!まだまだこんなものじゃないだろ!」

「ッ、ははは!当然!」

 

 

 寸でのところで俺の剣を受け止めた先輩は、一度剣を引いてから再び勢いよく前方へ突き出し、俺の剣を弾く。その隙に彼は片足を後方へずらし、バランスを安定させてから鋭く息を吸い込む。そして、今度は剣を持つ手が動いた。

 

 

「ハァァァァァァアアァァ!」

 

 

 猛る声を迸らせながら高速の連撃を撃ち込む木場先輩。上下左右から放たれる銀閃には椀力以上の意志の力が宿っているためか、相対する者を思わず圧倒させてしまう気迫がある。...だが、そんなものにはもう慣れてしまった。

 これは殺し合いではない。それでも、目前の騎士が振るう剣の鋭さたるや、必死の体現だろう。しかし、やはり命をとられまいと文字通り死に物狂いで爪牙を振るう怪物たちの攻撃と比べれば、まだ彼の剣は遠く及ばないものだ。溢れる血すら滾らせ、歯を砕くほどの咆哮を上げ、命を削りながら疾走する彼らの一撃は、未だ死に慣れぬ頃の己の魂を慄然とさせた。

 俺は足を防戦から攻勢の型へ切り替え、右から飛んだ先輩の二連撃に対し、五連撃分の衝撃を瞬きの間に叩き込む。五つの銀閃が駆け、それから直ぐに同箇所を激しく打たれた彼の剣が甲高い悲鳴を上げ、半ばから折れて遙か天高くまで飛ぶ。先輩自身も衝撃を受け止めきれなかったか、二度、三度と地面に身体を打ち付け、体育館の壁まで吹き飛んだ。

 

 

「...どうだ、先輩。全霊をあしらわれて堪えたか」

「いいや、全然。清々しいくらいの負けっぷりだったからね」

「ああ...それを聞けて安心した。やっぱ先輩はいい剣士だな」

「そうかな?でもごめん、一つワガママを聞いてくれてもいいかな」

 

 

 俺が了解を宣言すると、木場先輩は壁に背を預ける状態から起き上がり、上がった息を整えてから笑みを浮かべ、傾いた西日が汗をいい具合に反射させている中で言葉を続けた。

 

 

「学校で普段生活する分では先輩でいいけれど、部活や試合の時は敬称を取ってほしい。剣士としては、君の方が断然格上だからね」

「ああ、そんなことか。なら別に.....って、ちょっと待て。それって俺がもう部活を入る事前提になっているような」

 

 

 俺のそんな問いかけに対する木場の答えは意味深な笑みのみで、戦いに勝ったというのに猛烈な不安に苛まれる羽目となった。

 

 

 

          ***

 

 

 

「ちょっとコウタと二人で話をしたいから、皆は先に部室へ戻っていてくれるかしら」

「うふふ。あまりいじめちゃダメよ?リアス」

「もう、真面目なことだから大丈夫よ」

「...分かりましたわ。じゃあ、二人とも?部室へ戻りましょう」

 

 

 姫島先輩の声に促され、小猫ちゃんと木場は素直に体育館の出口へ向かっていく。その途中に小猫ちゃんと目があったが、大丈夫だから先に行っててくれ、という意を込めたアイコンタクトを送る。それで彼女の顔が変わる事はなかったが、先輩に逆らうことなく出て行ったから心配はいらないだろう。

 

 

「今回の戦い、見事だったわ。アレで全く本気でないのだから驚きよ」

「はは、ちょっと育った環境が特殊だったんで」

「そう。...じゃあ、さっそくだけど本題に入らせて貰うわね」

 

 

 言い終えた途端、グレモリー先輩はそれまでの雰囲気を一変させる。弛緩した場と入れ替わるように支配したのは、有無を言わせぬ圧力と彼女の周囲から噴き出る魔力。物理的な攻撃ではないものの、結界によって強い風の侵入が無い筈である体育館の中で、余りに濃厚な魔力により押し出された空気がつむじ風となり、俺の前髪を躍らせた。

 

 

「さて、知っているかと思うけれど、小猫は猫又、更にその中でも特別な猫魈の一族よ」

「ええ、知ってます」

「...じゃあ、親しい人物から裏切りを受けていることは?」

「知っています」

 

 

 その答えで、一層先輩から吹き出す魔力の量が増えた。俺と彼女が対峙する距離は決して短くはない筈だが、人によっては目を細めてしまうほどの強風が渦巻いている。しかしまぁ、これほど痛烈な圧力を受けたのは久しぶりだ。思わず戦闘体勢に移行しそうになってしまった。

 俺は態度を一切変えることなく、受け身の姿勢を解かない。ここで下手に勇み足になってはならないからだ。あともうすぐで先輩は事の核心に触れるだろう。踏み込むのはそこからだ。

 

 

「そう。...あの時は聞けなかったけど、この場で改めて問わせて貰うわ。なぜ小猫に近づいたの?」

「友人になる為です」

「珍しい種族の猫魈である彼女に取り入るためではなく?」

「ええ」

「.....あくまでも、下心はないと言うのね?」

「そうです」

 

 

 グレモリー先輩は多くを語ろうとせずに一言で質問を片す俺に苛立ちが募ってきているようだ。俺としては彼女に喧嘩を売っているつもりはないのだが、こちらが仕掛けられる質問を早急に口にしてくれるよう会話の回転率を上げるため、こういう返答に徹しなければならない。無駄なことを口にするリスクも下げることができるので、この話し方の方が俺に利がある。

 

 

「だとしても、あまり小猫に妙な影響を与えないで。裏切りのことを知った上で何とかしようとする気持ちは尊重するわ。でも、これは私たち悪魔の問題。もしも逆に傷を拡げてしまったら、今より酷くなってしまう可能性があるのよ」

 

 

 俺は目を瞑って大きく息を吸い、そして吐いた。それから直ぐに高純度の魔力を勢いよく全身に回し、吹き出した余剰分の魔力の余波で、体育館の中を支配していた紅い魔力を押し返す。それに瞠目する先輩の隙を突き、この場で初めて俺から言葉を吐く。

 

 

「塔城さんは強いですよ。何せ、傷付きながらも孤独を受け容れる覚悟を固めつつあったんですから」

「え.....?」

「誰も信じず、誰も信じさせない生き方は辛い。でも、信じ続けて裏切られた方がもっと辛い。だから苦しくても、裏切りよりは許せる孤独を選択するしかなかった。...いいですか?グレモリー先輩。彼女の傷は、今までもずっと広がり続けていたんですよ」

「!」

 

 

 彼女は生来、明るく活発な少女であったはずだ。だが、幼き頃に家族の裏切りを経験し、更にその苦しみを理解してくれる身近な存在がなかったため、孤独を選ぶ強い心を作ってしまった。それと同時に、人と良好な関係を築く術を自ら捨て、身を守るために無表情を象った鉄の仮面を被ったのだ。

 

 

「貴女は一人でいることを迫られた塔城さんの苦しみを理解できなかった。それは、孤独を経験したことがないから。そして孤独を辛いものだと知らないから。だから、塔城さんの苦しみは『裏切りで終わった』と思ってしまった」

「じゃあ、コウタ。小猫が公園で貴方を庇った時に言ったことは...」

「はい。塔城さんが先輩に向けて言った、『俺と友達になった』という宣言は、彼女が孤独を、そして心の傷と決別したことを意味します。俺があの公園で彼女と話していたことはそのことです」

 

 

 その言葉が決め手となったか、グレモリー先輩は肩の力を抜き、纏っていた魔力も霧散させた。お蔭で体育館を包んでいた緊張も解け、いつも通りの放課後特有の空気が流れて来た。だというのに、先輩はバツの悪そうな顔で目を伏せたまま動かない。

 俺はそんな彼女に向かい、多少苦笑い気味に声を掛ける。

 

 

「先輩の気持ちは分かります。大事な眷属が誑かされそうになったら、それは怒りますよね」

「...いいえ、貴方は本当に小猫を助けるため、あの子と関係を持っていた。それを不埒な目的と疑うなんて、主として恥ずかしく思うわ。ごめんなさい」

「はは、俺になんて謝らないで下さい。塔城さんが可愛かったから、というのが無かったわけじゃありませんから。それでも負い目を感じてくれているなら.....」

 

 

 ────今後塔城さんと接するときは、友達のような感じでお願いします。

 

 

 そう伝えると、グレモリー先輩は笑顔とともに二つ返事で肯定してくれた。

 

 




原作ではここまで酷くなかった(はずの)小猫ちゃんの心の傷。
やっぱりラノベ系主人公は、傷心の美少女の心の中に踏み込んで、頼んでもいないのに綺麗さっぱり修復したあと、しっかり懐にしまい込んでカッコイイ台詞と共に持ち去るのがデフォですね。


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File/07.兆候

 今回ちょっと短いです。
 そのくせ視点がころころ変わるので落ち着きがないかと。


 心臓が暴れる。呼吸が浅くなる。

 私は体育館裏口のドアに背中を預け、呆然と座り込んだ。

 

『塔城さんは強いですよ。何せ、傷付きながらも孤独を受け容れる覚悟を固めつつあったんですから』

 

 

 彼の言葉を思い出す。

 部長があの人を責め始めた辺りから気が気ではなかったが、その分だけ、彼が反論の為に放った言葉は私の胸中へ深く響いた。

 

 

「分かってて、くれてた。....私のキモチ」

 

 

 こんなにも心が温かくなったのは、何時以来だろう?

 恐らく、あの日からだ。あの、陽だまりに寝転んで青空を眺めている彼と出会った日から....私は、きっと────────

 

 

『俺が彼女に施すのは過度の慰めではなく、只の友人としてできる範囲のことです』

 

(..!)

 

 

 そうだ。彼が私に抱く感情は、今の自分に渦巻く感情とは違う。

 

 そう思ってしまった瞬間、私は凄まじい孤独感に襲われてしまう。

 

 今すぐ彼の下へ行き、その温もりを、明るい声を感じたい衝動に駆られた。...だが、今は駄目だ。こんな中途半端な関係では、きっといつものようにはぐらかされてしまう。

 少しでも距離を縮められるように努力し、私を一人の女性として見てくれるようになってから、このキモチを伝えよう。そのときまで、この衝動はぐっと抑えておかないといけない。

 

 

「うん。私、頑張る」

 

 

 握り拳を作ってから立ち上がり、体育館の裏出口を急いであとにする。

 ....走れば、まだ彼へ追いつけるかもしれないから。

 

 

 

          ***

 

 

 

「うーん」

 

「どうしたイッセー、悩み事とはらしくないぞ」

「そうだな。いつもエロに脳内容量が独占されているお前らしくない」

「松田、元浜....その物言いは俺に対する宣戦布告と受け取ってもいいのかね?」

『ハハハ、とんでもない』

 

 

 今は下校途中なのだが、胡散臭い笑顔を張り付けながら老人のような声で笑う二人を思わずブン殴りたくなる。だが、ここは我慢だ。本当の紳士とは冷静沈着で、気品にあふれた態度でなければ!

 ─────とまぁ、冗談は此処までにしておいて...悩みの種はちゃんとあるのだ。

 

 最近、俺は誰かに見られているような気がしてならない。

 一応言っておくが、気のせいとか自意識過剰とかではないので、そこのところヨロシク。

 

 好意的なのかどうかは全く見当もつかないし、俺は元浜の持つスリーサイズスカウターみたいな特技を持っている訳ではないので、こちらから探りを入れることも出来ない。

 今までは気のせいで済ましてきたが、ここのところ気のせいで済ませられる頻度を越すほど異様な気配を度々感じている。もし俺のファンだったんなら早く出て来てほしいなぁ....

 

 

「ううーーん」

「おいおい、本当におかしいぞイッセー。昨日はちゃんと自家発電してきたか?」

「欲求不満か?おかず不足なのか?よかったらいいネタを貸してやるぞ?」

「お前ら変なところで優しいよな」

 

 

 二人とも表情は結構真剣なのだが、言ってることが残念過ぎて結局プラマイゼロだ。やっぱこいつらに相談すんのやめよ。明日桐生あたりにでも話してみるかな...

 ともかく、あまり悪い方へ考えないようにしよう。気が滅入る。...しかし、そうだとしたらどのような目的が挙げられるだろうか?

 

 

「追っ掛け....?」

「ん、なんだって?ふりかけ?」

「いや、コン○―ムかもしれんぞ?」

「どこをどう聞いてそうなったのかね?元浜クン」

 

 

 俺たち三人の会話を見て大体分かるように、クラス内の女子が作った『彼氏にしたい男子ランキング』では最悪の評価を貰っている。しょうがないだろ!若い男は性欲が無けりゃ枯れて死んじまうんだよ!

 とは言っても、やはり彼女たちから下されるお言葉は変わらず、俺ら三人の枠だけ生ごみの処分方法みたいな内容になってた。

 そして、クラス外でされる評価も大方同じだ。覗きや盗撮の主犯(事実)という悪評ばかりが飛び交い、寧ろクラス内の方が穏便な対応がとられているかもしれない。

 

 

「松田、元浜....俺って女の子に追いかけられるような男に見えるか?」

『え?イッセーが?それはないな』

「ごふっ...!!」

 

 

 一番理解のある同類から貰った言葉だからこそ来るものがあるな(しかも息ピッタリ)!ショックのあまり危うく卒倒するところだったぜ。

 しかし、本当に悲しいが、二人が言ったことは....じ、事実.......ぐああああああああ!

 

 

「おお!イッセーが急に頭を押さえて唸り出したぞ!」

「オープンエロな変態属性だけでなく厨ニ属性までつけるつもりか!?すげぇぜ、俺には真似できねぇよ!」

 

 

くそ!好き放題言いやがって!絶対お前らより早く彼女作って感想文提出してやるからなぁああ!

 

 

 

          ***

 

 

 

 神父どもを使って作成した祭壇が、ようやく完成した。

 こうして見ているだけでも、これから私自身が歩むであろう未来に期待が高まってくる。もう少し、もう少しで...

 

 

「レイナーレ様、先日からドーナシークの姿が見えませんが....何かあったのですか?」

 

 

 扉のある方から、同胞の堕天使であるミッテルトの声が聞こえた。

 いい気分な時に水を差され、私は眉を顰めながら挙げた片手に黒い羽を出現させると、彼女の方へ掲げて見せてやる。それを視界に入れたミッテルトが息を呑む気配が此処まで伝わって来た。

 

 

「奴は数日前の夜、両腕と右耳を失った状態で、私へこう告げたわ。....『恐ろしい人間がいます。気を付けてください』とね」

「人間...?悪魔の間違いでは?」

 

 

 ミッテルトの疑問を聞いた直後、私は手に乗った黒い羽を魔力の炎で焼き、怒りを隠さずに言う。でなければ腹の虫が収まらないからだ。

 

 

「此処には成り上がった魔王の妹と、その雑魚眷属しかいないわ!その中で只の人間に負けたですって?....アイツは堕天使の恥よッ!」

 

 

 大方、油断してそこらの神器持ちにやられたのだろう。...いや、まさか『例の少年』とドーナシークは戦ったのか?だとしたら、彼の弁にも納得がいく。

 灰となったドーナシークの羽を手を振って散らしてから、私は『ある姿』となって堕天使の翼も隠した。

 

 多少の不祥事はあれど、本元の計画は万事順調。もう少しであの『魔女』もここへ着く。今現在気がかりなのは、自由すぎる教会のはぐれエクソシストと......

 

 

「ちょっと厄介な『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』所持者...兵藤一誠ね」

「レイナーレ様、やはりここは私が.....」

「いいえ、彼は私がやるわ」

 

 

 ミッテルトの申し出を一蹴し、堕天使とは程遠い....少女の姿となった顔で笑う。

 

 そう、これは余興。私が至高の堕天使となる前祝いなのだ。

 ただ殺すだけではあの男も報われないだろう。これまで彼の生活と普段の言動を見てきたが、女に飢えているとほぼ断定できる。

 ならば、最後に夢を与えてやるのもいい。身体を捧げるのは御免だが、恋人紛いのことは幾らでも出来るのだから。

 

 

「ふふふ...その夢は、すぐ醒めるけどね」

 

 

 さて、急いで下ごしらえを始めなければ。

 ドーナシークをあそこまで追い詰めたのだから、もしかしたら兵藤一誠に私たちの存在が知られているかもしれない。

 

 




 原作になかなか入れない....(汗)


 さて、ここで少し補足を。

 レイナーレは、ドーナシークと戦ってぶっと飛ばしたのがイッセーだと勘違いしてます。

 本編からでは分かり難かったかもしれないので、一応。
 


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File/08.はぐれ悪魔

ネタ成分が予想以上に豊富となりました...
原作の内容に入りさえすれば、少しはシリアス分が復活するはず!


 俺が木場と、グレモリー眷属の駒役をかけて戦った数日後。

 あれからの生活にこれと言った変化は....うーん..

 

 

「なんで僕はオカルト研究部(ココ)にいるんでしょうかね?皆様方」

「今更何言ってるのよ、コウタ」

「...えっ?おかしいのって俺?」

 

 

 残念ながら生活は激変しています。何故かというと、放課後になるたびに塔城さ...ゲフンゲフン。小猫ちゃんが、俺を引きずるようにしてこの部室まで連行するからです。

 そして、更に不可解なのは俺の存在がナチュラルに受け入れられているこの状況ですよ!何故!why?!

 

 

「いや、おかしいのは俺ではないはずだ。じゃあこの状態を説明するには、誰かが魔法とかマジックとかイリュージョンを使ったとしか...」

「三つともほぼ同じ意味じゃないの....あのね?貴方はこの部活、オカルト研究部の部員になっているのよ」

「え?いやいや、俺は拒否、して......ないな」

「そう。貴方が辞退したのは、あくまで私の眷属となる提案のみ。入部できない訳じゃないわよね」

 

 

 屁理屈ではない。確かにこの話を聞いて納得しない奴は少数だろう。

 だが、無理矢理というのは感心しな――――――――

 

 

「あとね、小猫は今年入部したてで不安な気持ちが大きかったと思うの。...だから、あの子と仲のいい同年代の貴方が来てくれれば、少しは楽になるんじゃないかって、ね」

 

 

 うわ、そんな言い方はズルい。ここで否定すれば小猫ちゃんまで傷つくじゃないか!

 なかなかの手腕だが、俺に勝った要素があるとすれば...

 

 

「いいですよ。この部活楽しそうですし」

 

 

 俺がオカルト研究部を気に入ってしまったことだ。

 だから、別段断る要素などないのである。

 

 

 

          ***

 

 

 

 

「コウタさん、一緒にお昼食べましょう?」

「おぉう」

 

 

 俺がオカルト研究部へ入部した(事を知った)次の日。

 四時限目の授業が終わり、椅子に背中を預けて大欠伸しているところへ小猫ちゃんがやってきた。そして何故か、椅子を傾けて上を向いた状態の俺の頭が、彼女の細い両腕によってガッチリとホールドされる。

 驚いて少しバランスを崩したが、小猫ちゃんの舵取りで事なきを得た。おお、首から上だけ凄く気持ちいい...

 

 

「これいいな。本格的に眠たくなって来た」

「ここでは駄目です。....皆から向けられる視線も痛いので、外へ行きましょう?」

「何?....おあっ」

 

 

 小猫ちゃんの腕の中でポワポワしていると、女子連中からはニヤニヤとした生暖かい視線を、男子連中からは凄絶な憎しみのこもった視線をぶつけられていた。

 ぜ、前世で思い描いていた理想の光景ではあるが、こうして体感してみるとかなり怖い!という事で逃げるっ!

 

 

「それが俺のジャスティスッ!」

「急に何を....ひゃんっ!」

 

「おい栗花落!テメェいつの間に塔城さんと仲良くなりやがった!」

「信じねぇ、俺は信じねぇぞ!あの寡黙で無感動な塔城さんが、自ら男へアプローチするなどぉ...!」

「お前を殺すが俺は死なん!」

「誰か鋭利な方の彫刻刀貸せ!二度と塔城さんの御尊顔を拝めねぇように、アイツの目ン玉くり抜いてやるッ!」

 

 

 迫りくるカノジョイナイ系男子からの殺意を躱し、小猫ちゃんの手を取ってから引き寄せて御姫様抱っこする。うほぉ!土壇場でもう一個夢が叶ったぜ親父ィ!!

 そのまま教室を飛び出し、突き当りにあった下の階へ続く階段の角に隠れてから、迷彩術式を組み上げて発動。追手をやり過ごした。

 てか、最前線を走ってたのは獅子丸と樹林だったな....目がマジだったのが気がかりだ。

 

 

「うっし、じゃあ外へ...って小猫ちゃん?」

「~♪」

 

 

 あまり長い間御姫様抱っこを続けるとイヤだろうと思ったのだが、とうの彼女は俺の背中へ手を回し、胸元に顔を埋めていた。...恥ずかしかったのだろうか?

 

 

「まぁいいか。役得役得ってな」

 

 

 俺は小猫ちゃんの白いさらさらな髪を撫でながら、あまり揺らさないよう静かに階段を降りはじめた。

 

 

 

          ***

 

 

 

 さて、紆余曲折あったが無事に庭へついた。

 小猫ちゃんには御姫様抱っこを止めて貰い、ちょこんと俺の隣に座っている。

 

 そして、今は俺が呼び寄せた(結界をくりぬいたとも言う)猫数匹を周りに侍らせながら昼飯をつついている。

 

 

「そういえばさ」

「ん....はい?」

()()()()って何で俺と話す時は敬語なんだ?同じ学年なのに」

「...........................」

「?...あっ、小猫ちゃん」

「よろしい」

 

 

 木場との一戦以来、小猫ちゃんは呼び方が下の名前じゃないと不機嫌になる。となると、少しは心を許してくれたのかな?

 しかし、クラス内にいる他の生徒と彼女が話しているのを見るに、同年代で敬語を使って会話しているのは俺だけだ。その程度といえばそうなのだが、やはり壁を感じてしまうのが男の性。我ながらメンドクサイ性格だと思う。

 思い切って理由を聞いてみたところ、小猫ちゃんは暫し悩む素振りを見せ、チラチラと此方を伺いながら言葉を漏らす。

 

 

「コウタさんは...何処か大人っぽく見えるから、かな」

「?....雰囲気か?」

「恐らくそうだと思います。でも、敬語を止めて欲しいなら言ってください」

「あぁいや、理由があるなら大丈夫だ。一番やりやすい方にしてくれ」

 

 

 そう言ってから、黒歌が絶対に作ると譲らなかった玉子焼き(味の確認済み)を口内へ放り込む。なんだか急に家庭的な女を目指すとか言い出したから何事かと思ったな。

 小猫ちゃんはコクリと一つ頷き、それからまた昼食をつつき始めた。

 

 何品かトレードし、粗方食べ終わった頃...良く見知った顔が紅い髪を翻しながら校舎から此方へ歩いて来るのが見えた。

 やがて俺と小猫ちゃんの近くまで歩いてきたグレモリー先輩は、ふぅと深い呼吸をする。

 

 

「全く、貴方達がいるクラス内の皆に聞いても消息不明だっていうから、探すの大変だったわ。コウタの名前を出した瞬間、男子は何故か殺気立ってたし」

「うわ。それはスミマセン、グレモリー先輩。でも連絡してくれれば...」

「校内では基本的に携帯電話の使用が禁止よ?」

「あぁいえ、そうじゃなくて...これですこれ。昨日渡したヤツです」

「?このノートみたいなものかしら」

 

 

 俺は首肯した後、さっき取り出した、見た目は普通の小振りなノートを開いてからペンを使って、『こんにちは』と書いてみる。そして、そのすぐ下へリアス・グレモリーと付け足した。

 俺はペンを仕舞い、軽く手に魔力を込めてから紙面へ当て、上方向へスライドさせると....

 

 

「?何、震えて―――――ッ!これは....!」

 

 

 グレモリー先輩は手に持っていた例のノートを拡げると、最初の一ページ目へ凄まじい勢いで文字が書き込まれているのを見て驚愕の声を上げる。

 その内容は、今さっき俺が書いたものと全く同じ。だが、唯一違うところは、最後に書いたグレモリー先輩の名前が、俺の名前になっている事だ。

 

 

「凄いわね。これも魔術?」

「はい。原理機構だけではなく、発動時に必要な詠唱の術式まで組み込んだので、微量の魔力を込めた簡単な身振りだけで機能を発揮させられます」

 

 

 このノートは、俺を含めたオカルト研究部全員へ手渡した...のだが、その当時である昨日に説明をし忘れてしまい、只のノートだと勘違いさせてしまったようだ。

 しかし、この各ノートは魔力のパスが繋がっており、メッセージの後に書き込んだ名前を認識して送り届けてくれる、超便利アイテムなのだ。

 

 

「確かに、これは学園内で使うには適しているわね」

「面白いです」

「.....小猫ちゃん、喜んでくれるのは製作者側としてこれ以上ないほど嬉しいんだけど、澄まし顔で俺のところに落書きを大量投下するのヤメて」

 

 

 ちなみに、このノートには現代の携帯みたいな受信拒否システムはない。渡す相手は信用のおける人だけにしようね!

 漆黒に染まりゆく、かつて純白に彩られていた紙面を呆然と眺めていると、ノートを閉じた先輩が思い出したように言った。

 

 

「そうそう、此処に来た本来の趣旨を忘れていたわ。...小猫、コウタ。今日の放課後はちょっと付き合って貰うわよ?」

 

 

 

 

          ***

 

 

 

 

「うへぇ...酷い腐臭だな」

「恐らく、例のはぐれ悪魔が喰い散らかした人間でしょうね」

 

 

 放課後、約束通り部室へ行くと、部長から人を襲うはぐれ悪魔討伐の任務を聞いた。なんでも、ここら一帯を領地として持つ彼女へ上級悪魔から依頼が来たのだという。

 奴が潜んでいるのは寂れた工場の様な場所らしく、今はその中の探索をやっているのだが...

 

 

「これは酷いな」

「そうね、やっぱり小猫を外に置いて来て正解だったわ」

「ふふ、確かにこれは気分を害しない方が異常ですわね」

 

 

 眉を顰めた俺の言葉に頷くグレモリー先輩と姫島先輩は、そこいらに転がる人だったモノを避けて周りへ注意を払う。強い明かりをつけたかったが、これは止めた方がよさそうだ。確実に吐く。

 

 と、探し始めて五分程経った頃、突如工場の外から轟音が響いてきた。

 俺たちは顔を見合わせ、すぐに工場を脱出する。...そこで目に飛び込んで来た光景は――――――

 

 

「中にはいなかったみたいですね」

「この場合、僕達の方が貧乏くじを引いたことになるの、かなっ!?」

『ギャアアアアアアアッ!馬鹿な、弱小の眷属悪魔なんかに、この私が!』

 

 

 工場の外には、探していたはぐれ悪魔の歪に肥大化した馬みたいな足を押さえて動きを封じる小猫ちゃんと、高速の斬撃でその四肢を刻む木場がいた。

 一足先に出ていた俺の隣に並んだグレモリー先輩と姫島先輩はその光景を見ると、『計画通り』みたいな顔をした。怖いっす。

 

 二人が善戦する中、グレモリー先輩は姫島先輩へ戦闘に参加するよう命じた。

当の先輩は渋ることなく...寧ろ嬉しそうな顔で翼を展開させて飛び立つ。そんな先輩を見送った部長は、すぐ俺へ告げた。

 

 

「いい機会だから、皆の戦い方と役割を教えておくわね」

「ああ、駒のヤツか」

「そうよ。コウタは眷属じゃないけど、グレモリーの名を背負ったオカルト研究部の部員なんだから、いざという時には連携が取れるようにして貰いたいしね」

 

 

 なんだか、いつの間にやら期待株となりかけているような気がするが、多分それは事実だろう。

 とはいえ、ある程度分かっていたことであり、今この場でいたずらに会話をややこしくしたくはない。

 

 

「まずは佑斗ね。もう知っているだろうけど、彼のピースは騎士。更に魔剣創造(ソード・バース)という神器も併せ持っているわ」

「へぇ、やっぱりThe騎士だな。神器もレア物だし」

 

 

 木場ははぐれ悪魔の腰あたりから生える人型の手を切り飛ばした。奴は木場の動きに全然ついて行けてないな。

 それなりに名のある悪魔だったのかもしれないが、力の無い人間ばかりを狩っていては、心だけでなく力まで堕落するというものだ。

 部長は次に小猫ちゃんへ目を向けた。

 

 

「小猫はあの小柄に似合わず、規格外なパワーを持つわ。駒は戦車、ね」

「道理で、小猫ちゃんに腕を握られた時は毎回骨が奇声を上げる訳だ」

 

 

 木場の猛勢で怯んだところを、彼女は一気に懐へ飛び込んで跳躍する。そして、華麗な空中半回転後――――――――

 

 

「吹き飛べ化物」

『ガッハ!』

 

 

 強烈な回し蹴りがはぐれ悪魔の顔面を捉え、巨体が軽々と打ち上がった。クッ、もう少しで下着が見えそうだったのに...無念。でもギリギリっていいよね。

 はぐれ悪魔は地響きを鳴らしながら落下し、うめき声を上げているところへ姫島先輩が近づく。

 

 

「朱乃の駒は女王よ。貴方と同じく、魔力を使った戦闘が得意ね。で、朱乃が主体とする攻撃方法は...雷」

「へぇ、姫島先輩は神器使いじゃないんですか?.....ってうお!」

 

 

 グレモリー先輩へ疑問の眼差しを向けた瞬間、はぐれ悪魔がいる方向から雷鳴と叫び声が迸った。

 ......その先では、思わず目を覆ってしまう程の酷い仕打ちが行われていたのだ。

 

 

「うふふふふふふ!さぁ、貴女も悪魔の端くれなら、悲鳴以外の嬌声を上げて御覧なさい?」

「やめっ―――アガッガガガガガッガガアァァ!!」

 

 

 姫島先輩は明らかにアレの気のある黒い微笑みを湛えながら、幾条もの激しい雷撃を放っていた。これは茶の間にはお見せできませんね。

 

 

「朱乃、そろそろいいわ」

「あらリアス、これからなのに....」

 

 

 名残惜し気な表情で人差し指を下唇へ当てる姫島先輩だが、グレモリー先輩は指でバッテンを作った。お二人とも、まだ目の前に敵がいますよ?すんごい睨んでますよ?

 一頻り会話をし終えた我らが部長は、唐突に顔から感情を消した。かなりの迫力だったので、俺まで少し寒気を覚えてしまう。

 

 

「はぐれ悪魔バイサー、何か言い残す事はある?」

「殺せ」

 

 

 簡潔な回答に頷いたグレモリー先輩は、その手に紅い波動を生み出し、一撃の下ではぐれ悪魔を消滅させた。

 

 強いな。能力もそうだが、何より....心が強い。

 

 だが、それを一人で保つには重すぎる。彼女もサーゼクスの意志を引き継いではいるが、あの彼でさえグレイフィアさんの存在があってこその強さだ。

 

 

「さぁ、引き上げるわよ」

 

 

 俺は彼女の近くへ行けない。近づける資格もない。だから支える事は出来ないだろう。

 しかし、グレモリー先輩には、きっと――――――――




イッセーに看取られる事無くバイサー逝去。



※挿絵は削除致しました。再掲載させるつもりは今の所ありません。


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File/09.紅色と、血色

やべぇ、Fate成分が二話以降完全に消失しとる。なんとかせねば。

それはともあれ、今季のUBWは面白いですよね。


「実は俺に───────彼女が出来たッ!!」

 

 

 

「──────────────────は?」

 

 

 朝っぱらの通学途中から訳のわからない言葉を聞き、俺は混乱状態へ陥る。

 それきり返答が途切れたことを訝しく思ったのか、イッセーはもう一度口を開いた。

 

 

「だからな?俺に彼女ができたんだよ。嘘だと思うんなら....ほれ証拠」

 

 

 差し出された携帯のディスプレイを眺めると、そこには意外にも結構綺麗な女の子が......ん?

 

 

「フフ、栗花落後輩には付き合ってる女性がいないのはリサーチ済みだ。さぁ、この俺を崇めたまえ...って、どうかしたか?」

「いや.......」

 

 

 何故だろう。写っている女性の表情は笑顔なはずなのに、俺にはどこか作り物めいて見えた。

 考え過ぎだろうか?いや、だがしかし.....

 

 

「イッセー、付き合い始める以前からその子と関係はあったのか?」

「ないぞ。でもさ、『ずっと前から貴方のこと見てました』って言って告白してきたんだよ!ここ最近視線を感じてたから間違いないって!それと実はな、今週末にでもデートの約束をされてよー!」

「そう、か」

 

 

 怪しい。怪しい....が、コイツの幸せそうな顔を見ていたら、そんなこと言い出せなくなってしまった。

 まぁ、人の恋路を邪魔した奴は馬に蹴られて死ぬっていうし、ここは余計な事を言わずに退いておくか。

 俺は嫌な想像を振り払い、努めて笑顔を作ると、イッセーのデートプラン作製へ協力することにした。

 

 

          ***

 

 

 

「んじゃ黒歌、タンニーンによろしく頼むよ」

「分かったにゃん。でもドタキャンされたって機嫌悪くなるだろうから、近いうちに会っておいてね」

「あぁ、スマンな」

 

 

 そこまで会話を終えたところで、ようやく黒歌は俺から離れてくれた。あ、あの胸は凶器だな....

 

 にしても、元龍王とも謳われているイイ歳こいたじいさんドラゴンが寂しがり屋だとはなぁ。...おおよそ、構ってくれるくらいの実力を持った暇なヤツが近くにいないから、昔あちこち飛び回ってた俺に首が向くんだろう。だが、そんなことでは本業の方が大丈夫なのか心配だ。

 まぁ、サーゼクスたちの後ろ盾もあるし、龍族の権威が揺るぎつつある今の時代でも悪魔になって領土を持ち、日々を生きているのだ。ちょっとやそっとじゃへこたれないだろうな。

 

 素早く脳内の思考を別の話題へ切り替えてから、ほぅとため息を吐いていたところで...己の失態に気付く。しかし、それは明らかに遅すぎた。

 

 ハッとした瞬間には、もう黒歌の顔が目の前にあった。

 理解が追い付いたと同時に顔面を抱え込まれ、足も絡められてしまう。くっ、そう毎度上手くいくと思うなよ!

 俺はすぐに空いた腕を使って強引に黒歌を退かそうとする、が───────

 

 

「あ、れ...?腕が、動かないっ」

「んふ、最初に抱き着かせて貰ったときにちょっと、ね」

「ぬあぁ!マジかよっ?」

「コウタってホントに、一度心を許した相手だと警戒心ないにゃん♪」

「.....そりゃ、お前は今じゃ家族みたいな存在だし、な」

「ん、コウタ...」

 

 

 俺は手の痺れをそれまでとは別の理由で無理矢理押し返し、黒歌の頬を撫でる。すると、みるみるうちにその頬へ朱が差し始め、あっという間に蕩けた表情になってしまう。

 なんというか、コイツは強引なんだけどいつも攻めきれてないんだよなぁ...そこがまたいいんだけど。

 

 段々恥ずかしくなってきたようで、黒歌は顔を背ける...が、何かを決心したような顔つきで再び首を伸ばし、俺の頬へキスしてからもの凄い勢いで家を出て行った。

 な、なんだかコッチまでもどかしくなってくるな。...これが作戦だとしたら大したもんだぜ。

 

 

「さ、さてと。俺も出掛ける準備をするかね」

 

 

 今日は小猫ちゃんと、学校にたむろしている猫殿たち用の遊び道具を調達するつもりなのだ。毎日癒しを貰っている俺たちからのささやかなプレゼントという名目である。

 彼女は大体待ち合わせ時間より随分先に来るので、あまり待たせないよう早めに出なければ。

 

 だが、今の俺にはとてつもないハンデがある。

 

 

「腕の痺れがとれんぞ....」

 

 

 さっきから不純物のように溜まった気を魔力で押し流しているのだが、なかなか流れていってくれない。

 黒歌さん、今度はもうちょっと落ち着いて掛けような。加減って超大事よ?

 

 

          ***

 

 

 

(まだちょっと違和感ある.....)

 

 

 腕を廻しながらも、俺はぶら下がっている猫じゃらしへ目を向けて吟味する。ったく黒歌め、どんだけ強力な気を流し込んだんだ.....

 

 俺は現在、近場の商店街にあるこじんまりとしたペットショップへ来ている。

 本当は大型ショピングモールで買った方が安上がりなのだが、こういうところだからこそ拘りの品や、動物たちの身体や性格を気遣った品が置いてある場合が多い。

 

 

「コウタさん、これなんてどうですか?」

「どれどれ.......ふむ、いいね。でももうちょっと柔らかい方が良いかもな。...そろそろ季節に合わせた抜け毛始まるやつもいるから」

「なるほど...分かりました」

 

 

 小猫ちゃんは素直に頷くと、俺が見ていた商品棚の裏へ回っていった。

 うぅむ...これで彼女へのダメ出しは実に四回目だ。普通なら大抵の人格者は此所らでブチキレて「じゃあテメェが選べよ!」と激昂するところだろう。

 しかし、小猫ちゃんは不満など一切言わずに、その都度商品を選んで持ってくる。更に、その慧眼は確実に成長を遂げているのが驚きだ。

 

 だが、もうそろそろいいだろう。お昼時に響いてしまうし、小猫ちゃんのお蔭で大体目星もついた。

 俺は彼女を追って棚の裏へ回る。

 

 

「小猫ちゃん。もう大丈、夫....って、何してるの?」

「さっきの、ブラシ...高、くて...戻せな、くて...っ」

「なら俺がやるから――――」

「だ、大丈夫...んっ、もう、ちょっと...はぁんっ、だか...らぁ....!」

「!?」

 

 

 馬鹿な、そんな馬鹿な!小猫ちゃんは必死になってブラシを高い商品棚へ戻そうとしてるだけなんだ!決して邪な考えを持っていいような場面じゃないだろうがッ!!

 しかし、そんな努力も空しく、背伸びしたことで薄いシャツが持ち上がり、健康的なお腹とお臍が....!

 

 

「や、やっぱり僕がしまうヨ!無理はイケナイからネ!」

「な、なんでいきなり片言なんですか...?」

「そんなことないヨ!?」

 

 

 メチャクチャ片言でした。

 

 

 

 

 

 

 ───────さて、ところ変わってファストフード店内。

 

 俺たちは窓際の席へ座りながらハンバーガーを食べている。

 そこから見える景色は、人、人、人ばかりだった。休日なんだから仕方ないね。

 

 

「すみませんコウタさん。私のせいでご飯が少し遅くなってしまいましたね」

「はは、こんくらいのタイムラグなら問題ないって」

 

 

 小猫ちゃんの風貌はやはり人目を惹く。色めき立って寄ってくる男どもがいるのは仕方ないだろう。だが、隣に俺という男がいるのに白昼堂々とナンパしてきたのには驚いた。俺ってそんなに弱そうかなぁ.....?

 

 

「まぁ、俺の目的は果たせたし....あとは」

「はい、私の番ですね」

 

 

 小猫ちゃんは持っていたSサイズのドリンクを机に置くと、俺の目をしっかりと見てから口を開いた。

 

 

「私を鍛えてくれませんか?」

「............」

「コウタさん?」

「あぁ、スマン。予想外だったもんでな」

 

 

 ───────否、予想はしていた。

 あの時、俺は木場との戦いで、オカルト研究部部員全員へ歴然たる力の差を見せ付けてしまったのだ。

 それの少し前に、小猫ちゃんから仙術を扱えるくらいに強くなりたいという告白を聞いたばかり...なので、今回はもしやと思った次第である。しかし、俺は仙術を使えない。身体に流れる気なんて感じたことなどないし、固めて飛ばすなんてドラゴ○ボールみたいな真似はしたことがない。

 そういえば、この世界にはドラグ・ソボールとかいう、俺からみればパクリ作品同然のアニメがあるのだが....まぁいい。

 

 

(一応、ウチにはその道のプロフェッショナルがいることにはいるんだが......)

 

 

 ダメだ。黒歌は出せない。

 

 

 彼女は、まだ『白音』と会うべきではないのだ。

 

 

 

「俺には仙術を教える事は出来ない。それでもいいって言うなら」

「はい。よろしくお願いします」

「……え、いいの?もう一回言うけど、俺仙術教えられないよ?」

「基本的な体術だけでもいいので、問題は無いです」

 

 

 こ、これは完璧に想定外だ。小猫ちゃんの『強くなる』は、イコール仙術ではなかったのか....?

 黒歌のようにならないためという強い意思に囚われているが故の弊害で、かなり己の内に眠る仙術の制御に躍起だと思ったのだが.....

 

 

「分かった。...けどな、俺は人に何かを教えた事はほとんどない。期待し過ぎるなよ?」

「ふふ....残念ですが、たくさん期待させて貰いますから」

「────────────」

 

 

 何でそこに反則的な笑顔を入れるんだ....!

 分かってやってるんじゃないんだろうが、その分ズキュンときちゃうじゃないかッ!

 

 

「まぁ、その....よろしこ」

「はい。よろしこ、ですっ」

 

 

 どうやら俺は学習をしない生き物だったらしい。悶死した。

 

 

          ***

 

 

 帰りに二人でゲームセンターに寄ったため、空はもう茜色に染まっている。

 それにしても、ゲームセンターにはかなりグレモリー先輩の使い魔がビラを配っていた。あれはお馴染みの召喚魔方陣だな....やっぱ契約は若者重視か。

 

 

「小猫ちゃんはどんな仕事してんだろ」

 

 

 女性陣は恐らく、いや確実にお色気担当だろうな…うぅむ。

 俺は道行く足を止め、学園がある方角へ目を向ける。なんか小猫ちゃんが心配になってきた。変な男にあのか細い身体をまさぐられたりしてないだろうな…?

 

 

「あぁちくしょう...いや待てよそこまでは...いややっぱり...」

 

 

 そんな事を呟きながらウロウロしていると、唐突になつかしくも、あまり歓迎出来ないあの感覚が全身を駆け抜けていった。

 瞬きの強制力と同等なレベルで、俺はすぐに濃厚な魔力を纏う。

 

 通常の数十倍鋭敏になった感覚は、約数秒後にその異変を察知した。...『あの』公園がある方角か!

 俺は人払いした無人の住宅街を埒外な速度で駆け抜け、ひたすらに疾走する。角へ差し掛かるたびに無理な急減速を試みたため、アスファルトがめくれ上がったり抉れてしまう。....だが、それも気にせず更にスピードを上げる。

 

 何か....何か嫌な予感がするんだ...!

 

 永遠のように感じた道のりも、やがて終着点が見えてきた。

 そして、そこで俺が目にした光景は──────────────

 

 

「ッ!!」

 

 

 

 一人の少年が、血の海に沈んでいた。

 

 

 茜色に染まった空の彼方には、漆黒の翼を広げる女性が、いた。

 

 

 こんな状況だけでも十二分に驚けたのだが、彼の風貌に見覚えがあることに気付いて、その顔を視界に入れた瞬間....愕然とした。

 

 

「イッセー、なのか......?」

 

 

 馬鹿な...何故こうなった。

 彼は昨日、始めてのデートだと喜んでいた。俺から見ても本気だと分かる綿密な計画を立てていた。初めてエロ以外の話題でアイツの本当の笑顔が見れた。―――――最高の結末があると信じて疑っていなかった。

 明後日の朝は、通学途中にイッセーが笑顔で告白成功を伝えて、俺がそれを心から祝ってやるはずだったのに。

 

それを、あの女は.....ッ!!

 

 

「殺す」

 

 

「───────待ちなさい、コウタ」

 

 

 紅い光と一緒に流れてきたその声で、俺は少しだけ我を取り戻した。しかし、腹の底で煮えたぎる焔の窯は未だに衰えず、心中へ怒りの残滓を振りまいている。そのためか、声の主に放った語勢は余りにも低く、冷めきっていた。

 

 

「なんだ」

「怒りは尤もよ。だけど、今貴方が一番先にしなきゃいけない事は、復讐じゃない」

 

 

 深紅の髪を揺らしながら、その髪色と同じ血の海に沈む兵藤一誠へ歩み寄り、リアス・グレモリーはその手へ八つの『 駒』を転がした。

 それを見て、俺は彼女の意をようやく悟る。

 

 

「この子を、助けるわよ」

 

 




只今、挿絵いれようか迷ってます。。。


それはともかく、やっとこさ原作一巻目の内容へ突入。十話目だからキリが良くていいですね。
ちなみに、レイナーレを生かすかどうかは上記の挿絵の件と合わせて目下検討中です。





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File/10.似非神父

 タイトルを見て分かるように、今回はあのオモシロおかしい方が文字通りはっちゃけます。


「ふぁ~」

「なんだイッセー、寝不足か?」

「いや、なんだかココのところ身体が変でな....」

 

 

 すでに俺の彼女、天野夕麻ちゃんとデートしてから数日が経った...はずなのだが、不思議なことにその日に何をしてどう帰ってのかがさっぱり思い出せないのだ。記憶喪失にでもなった気分である。

 しかし、妙なのはそれだけに留まらず、何故か最近になって太陽の光を浴びるとチクチク肌の表面が痛み、対して夜は気分が高揚し外に出てはしゃぎたい気分になる。

 

 

「はぁ、風邪かもしれないな...てか、お前が松田じゃなくてグレモリー先輩や姫島先輩だったらなぁー。おでこに手を当てて熱計ってくれたのに」

「無茶言うなよ。俺らじゃ到底手の届かない高嶺の花だぜ」

「ふえぇぇ」

「キモッ!変な声出すな!」

 

 

 泣きたくもなるわこんちくしょう!誰に聞いたって夕麻ちゃんのこと知らないっていうし、まさか俺に彼女がいたこと自体同じように全員の記憶からなくなってんのか!?

 神様、アンタはなんて残酷なんだ!折角上手く行くようにグッチー叩いてお参りまでしたのに...って、何か思い出したら頭までズキズキしてきた。

 

 

「スマン、ちとトイレ行ってくる」

「おう。()してる元浜とバッタリ合うなよ」

「勘弁してくれ」

 

 

 ケラケラ笑う松田へげんなりした顔を向けてから、俺は教室を出て男子トイレへ向かう。今は勿論休み時間なので、廊下は別クラスの友人と談笑する生徒や、次の教科が移動教室である生徒たちで一杯だ。

 

 

「...ん?」

 

 

 だが、そんな中でモーゼの奇跡が如く、人の波を割って歩いている人物がいた。

駒王学園の二大お姉さま、リアス・グレモリー。俺が憧れて止まない紅髪の女性。

 本来なら、こうやって姿を目の当たりに出来ただけでも飛び上がって喜べるところなのだが...今日はそれを押し退けるほどの巨大な疑問が鎌首をもたげていた。

 

 

「あれ...?あの時────────」

 

 

 夕麻ちゃんとデートをした日の不明瞭な記憶を漁ると、何故か真っ先に彼女の紅い髪に似た色が浮かんだ。

 赤い紅い、血にまみれたような.......俺の、手?

 

 

「.............」

「っ!?」

 

 

 思考を止めて頭を上げたところで、丁度俺を見ていた(?)彼女との視線が交錯したような気がした。

 真実かどうか何度も脳内でシュミレートしてみるが、それは無駄骨で終わった。

 

 

「ふふっ」

 

 

 何故なら、今度はハッキリと俺へ向けて笑みをくれたからだ。

 な、なんだ?知らない内になんか仕出かしてたのか俺っ!もしそうなら意地でも思い出してやるッ!!

 

 ....余談だが、俺がトイレに行くという本来の目的を思い出したのは、授業開始の鐘がなってからだった。

 

 

 

          ***

 

 

 

「はっ、ふっ...!」

「.........」

「ふっ、ふっ、はっ.....!」

「コウタさん」

「ん..なんだ?辛いか?」

「いえ、それは寧ろ私から言いたいぐらいですが...これで本当に修行になるんですか?」

「おう!なるぞ」

 

 

 放課後になった今は、お馴染みのオカルト研究部部室内で腕立て伏せをしている最中である。その背中には小猫ちゃんが立っており、俺に掛かっている重量はかなりのものだ。

 しかし、不安定な足場で...かつ上下に移動する背へ微動だにせず直立している小猫ちゃんも凄い。本人はこれが辛いとは思っていないようだが。

 

 

「はぁ、はぁ....くっ、地道な筋トレも、なかなか馬鹿に出来ないね」

「おお、木場先輩もそう思うか」

「うん...でも、既に五百は越えてるはずだよね?何で...息が上がってないんだい?」

「それこそ、鍛え方が違うってもんさ」

「はは.....なるほど、納得だよ」

 

 

 木場は三百回で音を上げた。だが、ノンストップでそれだけできれば十分人外レベルだと言える。その後は、もう百回と奮闘したものの力尽きた次第である。イケメンのくせに随分と熱いガッツを隠し持っているな。

 

 

「基礎が出来てなきゃ応用には行けない。当然だが大切なことだぞ?」

「それだけ喋りながらペースを上げるって凄いね、栗花落君。小猫ちゃんも全くブレてないし」

「修行....(ガクガクガク)」

 

「ふぅ、戻ったわよ...って、コウタと小猫は何をしてるの?」

「あらあら、トレーニングかしら?」

 

 

 腕立て伏せを加速させたところで、扉の方から先輩方二人の声が聞こえた。

 俺は背中の小猫ちゃんに合図してから起き上がり、普通に頭を下げて挨拶しておく。確か二年生の教室へ用があって行ってたんだったけか。

 と、先輩たち二人の背後から聞き覚えのある怒声が響いてきた。

 

 

「なぁ!?何でお前が此処にいるんだ、栗花落後輩っ!」

「ん?その声はイッセーか。...ああ、先輩方はイッセーを迎えに行ってたんですね」

「うふふ、ちょっと彼のクラスは荒れちゃったけどね」

 

 

 ペロリと可愛らしく舌を見せて、お茶目な表情を俺へ向ける姫島先輩。ひょっこり顔を出していたイッセーが隣でデレデレになっとる。

 グレモリー先輩はそんな彼を諌めたあと、イッセーを部屋中央部に備え付けられたソファーへ座るよう促した。

 さて、俺は端にでも移動するかな。これからイッセーへ冥界やら悪魔やらの説明が始まるだろうし。

 

 

「コウタさん、お茶です」

「おお、あんがとさん」

 

 

 小猫ちゃんはお盆に乗ったカップを俺へ手渡すと、そのまま全員へ同じ要領で配った。

 それが終わると、お盆を戻してから俺の隣へ立って沈黙。ちゃっかり上目遣いで確認を取ってきたのが可愛いったらありゃしない。お茶のお礼も込めて小猫ちゃんの頭を撫でてみると、嬉しそうに目を細めて尚更俺へ擦り寄ってきた。

 

 

(イッセーは....一体どんな神器を持ってるんだ?)

 

 

 あの日。自らの血に沈んだイッセーをグレモリー先輩が悪魔へ転生させた時、確かにアイツは兵士(ポーン)のピースを全て取り込んだ。

 悪魔を眷属にする上で、駒の消費量はその者の強さに比例する。すなわち、イッセーは...

 

 

「コウタさん」

「ん、どうした小猫ちゃん」

「イッセー先輩が放心状態です」

「あらら確かに...まぁ、世界観が百八十度変わったと言っても過言じゃないからな」

 

 

 彼女できた!からお腹ブスーでその彼女は堕天使でしたァ!の急転直下から更に、この世界には悪魔がいるんだぜ?実はテメェもその悪魔の仲間入りしたんだぜ?なんて言われたら誰だって気が狂う。イッセー頑張れ、超頑張れ。

 ...にしても、グレモリー先輩がこいつを眷属にしたって事は、オカルト研究部へもう一人新入部員が追加されたってことか。此処も一気に男臭くなったなぁ。

 そんなふうにしみじみ思っていると、何となくある疑問が浮かび上がってきた。

 

 イッセーがあれだけ駒を喰う強キャラなら、眷属じゃない俺っていなくても別に大丈夫じゃね?

 

 

「よっしゃ決めた!上級悪魔になって、俺はハーレム王を目指してやるぜッ!!」

 

 

 ...やっぱ心配だな。てか、立ち直り早い。

 やんちゃ坊主を眺めているかのようなグレモリー先輩の表情を鑑みるに、交渉の余地は残念ながら無さそうである。イッセーのお目付け役は何が何でも辞退させて貰うが。

 

 

          ***

 

 

 

「玉葱トマト白菜~♪....ゴロ悪いな」

 

 

 買い物で選ぶ予定の食材を口ずさみながら、日が傾きかけた休日の住宅街を歩く。

 黒歌からは、例のノートを介して修行が長引いた事を謝る旨の報告が届いている。余り無理はして欲しくないが、強さを求める姿勢は『あの時』より格段に良くなっていることは良い兆候だ。

 

 

「実力は確かに増してる...そこはいい。だが、スキンシップをマシマシにする理由は分からない」

 

 

 昨日は素っ裸で抱きつこうとして来やがった。何とか鋼の理性を総動員してかわし続けたが、黒い欲望に負けて抱擁を許しそうになったのも事実。メロンが!俺を惑わすあのメロンがいけないんだよ!

 

 

「メロン、メロン...そうだ。メロンがいけないんだ」

 

 

 あの凶悪な肌色果実×2を脳内で思い描いてモンモンとしながら歩いていると、上の空だったお蔭で、不意に道の角から現れた礼服の少年とぶつかってしまう。

 

 

「おおっと、スミマセン」

「いーえいえ、私はこれしきの事で怒髪天を衝くようなキレやすい若者ではないのでー」

 

 

 色素が抜けたかのような白髪をした少年神父は鷹揚な言葉使いで頷くと、くるりと半回転し、さっきまでとは反対方向へ歩き始めた。あれ?道逆なんじゃ....

 そう訝しげに思ったところで、唐突に神父は足を止めて聞いてきた。

 

 

「あのぉー、つかぬことを聞きますですが、道の途中で金髪のきゃんわいいーシスターちゃんと会いましたですかね?」

「?いや、会いませんでした」

 

 

 変な言葉遣いだな...見たところ外国人っぽいが、母国語で喋ってもこうなのか?

 俺は耳につけてるピアスへ音声変換の術式を組み込んでいるので、大抵の言語は脳へ伝達される前に適した日本語へ変換されて聞こえているのだ。

 ちなみに、悪魔は元から変換されて聞こえるらしい。今頃イッセーも国際的な男子となっているだろう。

 

 

「んー、そうっすかぁ...まいったなぁ、いやぁまいったまいった」

 

 

 後頭部をボリボリと掻きながら溜め息を吐いた神父は────────

 

 

「じゃ、憂さ晴らしついでで俺ちゃんの前にいる汚っねぇ悪魔と通じてる汚ったねぇ人間を、世界狙える現代アートにでも変えてやるかね」

「....!」

 

 

 コイツ.....ヤベェな。

 今まで生きてきて、色々な輩から発せられる殺気やら闘気...果ては狂気まで浴びるほどの量を経験したが、人間でこれほど負の方向性を持った『気』を放った者は初めてかもしれない。

 久しぶりの強敵から当てられる殺意で、いつもより素早く臨戦態勢へ移行出来た。それにしても、まともにグレモリー先輩たちと接触したことはあまりないというのに...先方は随分と鼻が効くようだ。

 

 

「あるぇ?多少腕に覚えはありますよってか!なにそれ生意気!だからさっさと逝っちゃってよ!」

 

ヒュッ!

 

「うおっと!」

 

 

 飛び掛かりながら繰り出された神父の光の剣を避ける。あの強い聖なる魔力...コイツは悪魔狩りのエクソシストか!

 相手もそれなりに身体強化をしているらしいな。動きが尋常じゃなく早い。

 神父は持ち手と手首をくるくると回転させ、縦横無尽に刃を閃かせる。だが、俺はそれを何とか見切って掻い潜り、後退していく。

 

 

「当たらねぇ当たらねぇ掠りもしねぇ!ならもうイッコ増やしても大丈夫っすよね旦那!」

「!もう一個って─────銃かよ。...チッ。遠近どっちかの戦法とれっつの」

「センポーてなんすかぁ?ショウロンポーのお友達かなにかかね?お、想像したら俺っちベリベリハングリー状態よ」

 

 

 神父がもう片方の手に持ったのは、派手な彫刻があしらわれた銃だった。奴はそれも交えて剣との攻撃を再開する。

 一見、武器が増えたんだから強くなって当たり前だと思うかもしれないが、見様見真似でやるとその難しさが分かるはずだ。

 両手とも剣ならまだしも、双方で攻撃手段の異なる武器を持つとなると、自分の手にあるモノが何なのかを脳味噌に叩き込まねば、動きに大きな乱れが生じる。数瞬の隙で首が飛ぶ戦場においては、これは致命的な弱点となる。

 

 下段からの袈裟斬りには足を半歩後方へずらして軌道上から逃れ、続けて繰り出された光の銃弾はそのまま身体を倒して避ける。

 

 

「やるな、エセ神父くん」

「ほえー、旦那も人間のくせによくやりますわ。ま、アタシもヒューマンなんですけどね。ナカマナカマー」

 

 

 口調ではふざけながらも銃口を向け、攻撃を再開させる少年神父。...これ以上ドンパチやると人払いやっててもキツいな。

 俺は光弾をステップしながら避けると、最後の一発を魔力で強化した手刀で貫く。その後、すぐに全力で駆けた。

 

 否、駆けるというより、()()と言ったほうが合っているか。

 

 

「は?」

 

 

 魔術により足を強化した一歩。並の人間なら、意識を元居た場所へ置き忘れるほどの(はや)さで以て敵へ飛翔、肉薄する。

 あの少年神父の目に映っていた俺は、まさに突然消えて見えただろう。

 

 しかし、欠点はある。

 

 

ガゴォッ!!

 

 

 跳んだはいいものの、自然に停止する便利機能など備わってないため、無理矢理自分でブレーキを掛けなければならないのだ。

 ブレーキの方法は簡単。踵を地面へ叩き付ければいい。これまた並の人間が試みると、急停止時の埒外な慣性で眼球が発射される可能性がある...かも。

 

 

「んじゃおやすみ」

 

 

 俺は少年神父の顔面を無造作に掴むと、そのまま引き倒す。

 奴は後頭部をアスファルトへ叩き付けられ、脳味噌をシェイクしたことで意識を完全にトばす。うし、これでおk。あとはコイツの身柄をどうするかだな...

 一頻り悩んだあと、俺は神父をあの公園へ持っていき、適当な茂みのうら当たりへ放置した。元々人通りは少ないし、この時間なら問題ないだろう。

 

 

「あとは人払いの広域結界を解除して─────と、ん?.........あれは」

 

 

 間違いない。今公園を横切っていったのはイッセーだ。

 だが、隣にいた金髪のシスターは誰だろうか?結構親しそうな雰囲気で歩いていたけど....

 

 

「まぁ、アイツは女襲うような曲がった野郎じゃないし、ほっとくかね」

 

 

 満足気に溜め息を吐いてから、公園を出てさっさと家に帰ろうと決めた。...が。

 

 ああ!そういえば買い物しなきゃいけないんだった!遅れて帰ってくる黒歌より遅くなったら変に勘繰られかねない。急いで終わらせねば!

 やべ、買うものなんだっけ?...買うもの、買うものは....

 

 

「ええーと、確か......メロンかっ!!」

 

 

 違います。

 




 初めて主人公がまともに戦ったのは、よりにもよってアイツです。やったね。


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File/11.部活模様

今回短め。でも内容は結構重要...かも。


「今日もご飯美味しかったわ!...でも、なんでデザートがメロン?」

「悪霊が憑いたんだ。メロンのな」

「??」

 

 

 夕飯を終え、食いきれなかったトマトスープにラップをかけていると、黒歌が背中にまたメロンを押し付けてきた。買わん買わんぞ俺は!断じて!

 いくら柔かさと扇状さとお得な二玉セットを売りにしたところで、此処は退けないのだ。

 

 

(さて、今日の事はグレモリー先輩へ報告すべきだろうか...?)

 

 

 肥大化する煩悩をやり込めるという口実の下、やたら好戦的なエクソシストに出会ったこと、イッセーが謎の金髪美人シスターと歩いていていたことなど、今日あったことを冷静に整理することにした。

 

 まず分かることは、二人ともこの辺りから近くにある教会の連中に通じる者たちだということか。

 そして、夕方に出会った白髪エクソシストが探していたのは、間違いなくイッセーの連れていたあの金髪シスター少女だ。奴がわざわざ探しに出ていたということは、少女が目的地(教会)へ行く途中に道に迷ったか.....そこから逃げたしたか、か。

 奴の口振りから察するに、少なくとも険悪な間柄では無さそうだったから放置したものの、あの時の判断が良かったのかどうかは正直分からないのが本音だ。

 

 一応危険因子(エクソシスト)は潰したのだし、イッセーが奴等の根城である教会へ近づいたりしてさえなければいいのだが...

 

 

(ったく、イッセーを殺した堕天使の手掛かりも掴めてねぇってのに、また新しい問題がわんさかと…)

 

 

 ともかく、あのエクソシストは危険だった。

 俺や黒歌ならともかく、グレモリー眷属のメンバーが単一で当たってしまえば苦戦は必至だろう。今日みたくフラフラ出歩いている可能性もあるのだし、明日にでも報告しようかな。

 

 

          ***

 

 

 

「────────これで、どれだけ迂闊な事をしたか分かったわね?イッセー」

「す、すみません....」

 

 

 予想はものの見事に悪い方向へ当たってしまった。

 昨日、イッセーは教会へ近付き過ぎてしまったようで、天使側に属する人物から目をつけられる可能性が出てきてしまったのだ。なので、グレモリー先輩はかなりお冠状態である。

 しかし、彼女は怒ってはいながらも、一人で危険な場所へ行ってしまったイッセーを心配するような口振りや態度も垣間見せていた。

 何せ付き合っていた彼女が堕天使だったという事をつい最近知ったのだ。未だショック状態である可能性が高いと踏んでいるのだろう。まぁ、自棄にならないとは限らない、かね。

 さて、このままではイッセーへのお説教だけで部活が終わってしまう。俺は新たな話のネタを提供することにした。

 

 

「グレモリー先輩、イッセーが心配だったのは分かりますが、ちょっと気になった事があるのでいいですか?」

「...どうしたの、コウタ?」

 

 

 ふぅ、と深い呼吸をしてからすぐさま思考を切り替えた先輩。流石、こういった場面には強いな。

 

 

「イッセーが言っていた、アーシア・アルジェントという人物には心当たりがあります」

「わざわざそう前置きをしたということは、何かあるのね?」

 

 

 こちらが言いたいことを察知して会話を先導してくれるので、先輩との話はスムーズに進む。語り手の俺としては楽で嬉しい。

 

 

「はい。彼女は数ある神器の中でもかなり稀有な類の物...『聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)』を所持しています」

「聖母の微笑み...聞いたことはあるわ。種族問わず高い治癒の力を発揮できると言われている神器よね?」

「はい。そうです」

 

 

 グレモリー先輩は少なからず驚愕の表情をするが、すぐに眉を顰めた。隣にいた姫島先輩も、彼女と同じような疑問の表情を作る。

 

 

「では、それほどの人物が何故この町に来たのでしょうか....?」

 

 

 俺はその疑問に達するまで少し時間が掛かってしまったが、お二人には造作もないことらしい。

 ここで、今まで黙っていたイッセーが声をあらげた。

 

 

「それなら、俺見たんスよ!アーシアが怪我した子どもの傷をあっという間に治してるのを!」

「なら、やはりその神器持ちだね。目に見える傷をすぐに回復させられる神器なんて、かなり限られてくるからね」

「...でも、やっぱりこの町に来た理由が分からない」

 

 

 小猫ちゃんの指摘に表情を曇らせる皆。話題の行き詰まりを感じた俺は、もうひとつ起爆剤を投下する事にした。

 

 

「実は昨日、彼女を探していたと思われる男と接触しまして、交戦に発展しました」

「!...容姿や風貌は覚えてる?」

「礼服を着た白髪のエクソシストでしたね。正規かどうかは確認出来ませんでしたが、奴等御用達の光剣と銃を扱ってました」

「エクソシスト?何故教会の神父じゃなく悪魔払いなんかが付いてるのかしら...」

「確かに、妙ですわね。護衛の役目を担っているのでしょうか?」

 

 

 グレモリー先輩と姫島先輩の疑問は尤もだ。

 確かにアーシア・アルジェントは重要人物なのだろうが、悪魔狩りのスペシャリストを呼ぶ理由が分からない。まるで戦闘するのを事前に考慮しているような...

 

 

「情報が少ないわね。...取り敢えずイッセー、今後は教会へ近づくのを禁じるわ。他の皆も仕事で外を歩く時は気を付けて頂戴」

『はい!』

「白髪エクソシストとアーシア・アルジェントについては私が預かっておくわ。一応、以前コウタが接触した堕天使の件と合わせて探ってみる。もしかしたら関係があるのかもしれないしね」

 

 

 そう言ってから手を叩き、さっきまでの暗い雰囲気を霧散させるような明るい声でイッセーを呼んだ。

 

 

「さて、イッセー?今日貴方にやってもらうのは、今までのビラ配りとは違ったお仕事よ」

「は、はい。でも、ビラ配り以外となると一体...」

 

 

 話題の即時転換に少し戸惑いながらも、何とか返答の言葉を口にするイッセー。うむ、我らが部長は、一刻も早くイッセーを教会関連の話しから遠ざけたかったんだな。

 彼の返答を聞いたグレモリー先輩は、片目を瞑ってから人差し指を立てた。

 

 

「実はね?悪魔の本来の仕事っていうのは、人間から契約を貰うのが本領なの」

「契約....ですか?」

「そう。何らかの願望がある人間は、貴方が以前私を呼び出したように、あの紙にかかれた魔法陣を介して私たちを呼び出すの」

 

 

 どうやら街中で配っていた連中は、全員先輩の使い魔らしい。それでもイッセーにビラ配りの仕事をさせたのは、悪魔の生業を肌で感じるためなのだと以前聞いている。

 木場や小猫ちゃんもビラ配りをやっていたのは驚いた。もし眷属になっていたら、俺もやらされていたのだろうか...やらされてたんだろうな、絶対。

 

 

「悪魔は依頼者の元へ行き、その願望を叶える代わりに対価を要求するのです。相互で了承できれば、契約成立ですわ」

「なるほど!つまり、俺は依頼してきた人の願いを叶えればいいんですね!」

 

 

 姫島先輩の説明を聞いたイッセーは、拳を握ってメラメラ燃えている。うーん、空回りしなきゃいいんだが...

 グレモリー先輩は彼を一つの魔法陣の上へ案内し、そこへ立つように言った。

 

 

「いい?この魔法陣から、依頼者の持っているチラシの魔法陣へ転移して貰うわ」

「おおっ!なんか悪魔っぽいですね!」

 

 

 俺の隣にいる木場が「イッセー君大丈夫かな?」と聞いてきたが、残念ながら自信を持って大丈夫とは言えない。なので、「神様にでも祈ってろ」と返した。

 小猫ちゃんはおやつの羊羮を食べながら、相変わらずの無表情でイッセーを眺めている。...いや、少し心配してるっぽいな。十秒単位でされる瞬きの平均回数が普段より多い。

 

 

「小猫ちゃん、俺にも羊羮くれない?」

「ん...はい」

 

 

 残りの一つを丁寧に竹串で両断し、その一方を差し出してきてくれた。

 俺は口を開けて小猫ちゃんに羊羮を運んで貰い、ゆっくりと咀嚼する。うん、美味いな。

 

 

「じゃあ、いくわよイッセー」

「はい!」

 

 

 口内を埋め尽くす甘味に至福を感じていると、そのうちに魔法陣が輝き始める。イッセーは陣の中心に立ち、緊張したような表情で目を瞑っていた。

 ...それから五秒、十秒と時間が過ぎていく。

 

 

「...イッセーなかなか飛ばんな」

「...................」

「?小猫ちゃん、なんで竹串を凝視してんの」

 

 

 ふと視線を移動させた先にいた小猫ちゃんは何故か完全に固まっており、視線も竹串の先を照準したまま微動だにしていない。...のだが、頬が心なしか紅潮し、息が荒くなっているような気がするのは錯覚だろうか?

 

 

「っ!(はむっ)」

「おおっ?」

 

 

 羊羮を刺していないのに、竹串の先端だけを口のなかに入れた小猫ちゃん。

 それ以降はカチコチに固まってしまったのだが、何故か表情はとても満足そうだった。...うーむ、謎だ。

 と、ここで前方から焦ったようなイッセーの声が聞こえて来た。

 

 

「あれっ?ここ部室!?何で転移してねぇんだ!」

「イッセー...どうやら、貴方の体内にある魔力が微弱すぎて、魔方陣が反応しないみたいなの」

「え”っ、それってもしかして....?」

「自分の足で行くしかないですわね♪」

「なん...だと...」

 

 

 なんということでしょう。

 あの魔方陣の構成なら、恐らく子どもだって跳べるぞ?...ってことはイッセーはそれ以下なのか...

 オカルト部員全員から哀れみの視線を向けられたイッセーは、さながら二、三浪したあげく、妥協案で選んだ大学にも落ちた受験生のような顔となっていた。

 

 

「ごめんなさいねイッセー。前代未聞だけど、依頼人のご自宅へ直接訪問して貰うしか他に手はないわ」

「が、頑張ってねイッセー君」

「木場テメェ!顔がひきつってるぞコラァ!」

 

 

 悪魔生活は波乱万丈だなイッセー。

 あぁー人間っていいなー。

 




次回はFate分補給回になるかも。


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File/12.精製と創造

オリ主の持つ能力は、一応三つぐらいを予定してます。


 冥界、グレモリー領某所にて。

 

 

 俺は一人(匹?)の黒猫と向き合っていた。

 今日は黒歌との実践を兼ねた、何回目かの鍛錬だ。しかし、これまで直接拳を交えたのは両手で数えられるくらいだったので、前回までの試合で得た知識は正直当てにならない。

 今度は一体どんな芸を身につけたのか...楽しみだな。

 

 

「手加減なし、制約もなし。好きに戦っていい....それでいいな?黒歌」

「ええ!...ふふ、久しぶりの実戦にゃん!腕がなるわ!」

 

 

 黒歌は初めから本気で来るらしい。仙術により増幅された黄金色の闘気が四肢から溢れだしていた。

 ─────なら、俺も()()()()()()でやるか。

 

 

「...『武具創造(オーディナンス・インヴェイション)』。来い、魔搶ゲイ・ボルク」

 

 

 右手に魔力を凝縮し、限界近くまで集まったそれを己の望んだカタチへ具現させる。

其の名は、因果を断つ赤槍(ゲイ・ボルク)

 紅き槍から放たれる圧倒的なまでの存在感と魔力を感じただろう黒歌は、口角を吊り上げながら増々闘気を立ち昇らせた。

 

 

「っ!コウタ、今日は...」

「ああ、ちと本気でいく」

 

 

 言いながら槍を手のひらで一回転させ、俺は地面を蹴る。

 それに対し、黒歌は暴風のような気の嵐を飛ばして応戦したが、俺の横薙ぎに振るった赤槍で跡形もなく霧散した。

 

 

「なっ!?」

「手加減してる暇はないぞー?」

「してないにゃー!」

 

 

 碌な足止めにもならなかった事は想定外らしく、即興の結界による防御に出た黒歌。それでも、目前に張られたそれは空間を歪める程だ。恐らくコイツ単体で突いても破れない。

 そういうこと全部を分かった上で、俺は赤槍を閃かせる。

 

 

「ラァッ!」

「無駄よ!その槍がいくら強力だとはいえ、これは幾重にも連なる空間をそのまま盾にしたもの...貫けるはずがない!」

 

 

 黒歌の声を聞かず、俺は槍の切っ先を突き入れた。───────地面へ。

 ズドム!という鈍い音とともに、刃先が完全に地中へ埋まる。

 外した?いやいや、それは違うよキミ。

 

 

「上がダメなら下から攻めるッ!」

 

 

 瀑布の如き魔力を両手から槍に流し込み、土に埋まったその先端部で運動エネルギーへと変換する。

 

 小細工など必要ない!芸術は爆発だ!

 

 実際は芸術もクソもない破壊の衝撃(ブッ放し)だが、黒歌が張った結界を足元の地盤ごと持ち上げて崩壊させた。これには流石の彼女も苦笑い状態である。

 

 

「やっぱし、万能な(創造した)武器は魔力の透過レベルが違うな!」

 

 

 爆発で巻き上げた岩を足場に飛び上がり、宙に漂う黒猫へ肉薄する。そして、射程距離へ入った瞬間に一閃。

 

 

ガギィッ!!

 

「っお....?!」

 

 

 しかし、振るった槍は謎の一撃を受けて上へ弾かれた。と、そう理解した時には既に、がら空きとなった俺の腹へ気弾が炸裂していた。

 降っている岩を粉砕しながら地面へと墜落し、容赦なく固い岩盤に四肢を叩きつけられる。

 俺はたまらず血を吐いた。二重の防護魔術を展開しててもこのザマか...!

 

 

「ハハハ、っぐ.....久し振りに楽しいな」

 

 

 俺は持っていた槍を空へ突き上げ、続けて追ってきた気弾を全て迎撃する。

 足が少しふらついたが、すぐに槍を杖がわりにして立ち上がり、目前にまで迫って拳を突きだしてきた黒歌を、ゲイ・ボルクと入れ替わるように精製(フォーム)した普通の剣でいなす。やっぱり俺にはコイツが性に合ってるな。

 

 

「なるほどな、強力な仙術で気を編みあげて腕を強化してたのか...ゲイ・ボルクが通らない訳だ」

「冷静に、分析してる暇は、ないわよ!?」

 

 

 上下左右から振るわれる必殺の手刀を上手くいなし続けるが、片手剣は凄まじい勢いで刀身を削られていく。...こりゃあと五手で折れるな。

 秒単位で応酬される剣戟を、俺は目で追って数える。

 

 

左、上、左、右──────下!

 

 

 五手目。下方から突き上げるように打ち出された黒歌の手を、上段からの一閃で弾いた瞬間...ついに名もなき短剣は柄を残し砕け散った。

 武器を失くした俺を見た黒歌は、勝利を確信しながら詰めの一手を放つ。

 

 

「私の.....勝ちよ!」

 

 

 瞬間、俺は両手へ大量の魔力を集約させ、同時に暖めていた脳内のイメージを解き放つ。

 

 

「『体は、剣で出来ている』」

 

 

 『武具創造』とは、精製と違い、己の知識に補完されている剣や槍などを、魔力で(ゼロ)から創る能力である。

 

 そう聞くだけではただの模倣、複製ではあるが、この能力で生み出された武具は何の力も持たないレプリカなどでは決してない。

 

 ()()()()()のではなく、()()()()()()()()()()()を生み出す。

それが、俺の能力(真価)

 

 こんな説明では、『なんだ、結局レプリカじゃないか』と呆れ気味に反論する人が大半だろう。しかし、残念ながら世で一般に言われるレプリカと、俺の能力で創られる『モノ』とには決定的な差がある。

 

 

ガッギィィン!!

 

「っな!...あのタイミングで、弾かれた!?」

「『血潮は鉄で、心は硝子』」

「ぐっ、早....!」

「『幾度の戦場を駆けて不敗』」

 

 

 魔力。

 純度の高い魔力が、かつての英霊が所持していた武具の記憶を、技を、時代を、奇跡を埋める。

 

 皆はご存知だろうか?

 かつてキリストを磔にした刑具である原初の十字架は、凄絶なまでの聖なる力を得ていることを。そして、それを象った十字には全て、重さ、大きさ、色、材質が違えど、それと同質の力を少量とはいえ天から賜ることを。

 

 しかし、武具の記録、記憶すら埋めたそれは、最早虚飾とは程遠く...最も真に近い偽物と言える、至高の贋作。

 ────────(いや)、理すらも真と違えるなど、そんなものは贋作とは呼べないのだろうか。

 

 

「『ただの一度の敗走もなく、ただの一度も理解されない』」

「ッ───────まだよ!」

 

 

 両手で閃くのは黒と白の夫婦剣、干将・莫耶。とある英霊が愛用している、一見飾り気のない二対の剣だ。

 だが、あらゆる剣を創造して手に握っても馴染まなかった俺の感覚が確かに応えたのは、干将莫耶ただひとつだった。

 

 

「『彼の者は常に一人、剣の丘で勝利に酔う』」

「(手数が、多すぎる!)」

 

 

 本来この武器を手にしていた赤き英霊と俺とを比べると、遥かにその技術は劣る。当然ながら、伝説の剣を凡人が持ったところで、その者が強者となれる道理はないのだ。

 それでも尚あの背中へ追い付こうと、我ながら呆れるほど魔物やら魔獣との戦いで干将莫耶を振るった。

 ...当時の俺は何度もこう思った。「何をしたら腕を音速で振れるようになるんだよアホエミヤ!」と。

 

 

「『故に、生涯に意味はなく』」

「なら、その剣ごと―――――」

 

 

 剣が腕の一部になったんじゃないかと錯覚するぐらいの極地に至ったとき、俺はようやく『何か』を掴んだ。

 その経験を忘れぬうちに弛緩する筋肉を無理矢理収縮させ、今しがた屍へと変えた魔物に再度刃を振るった。

 

 終わったあと。そこには....細切れになった肉塊があった。

 

 両手で一振りずつしかしていないはずなのに、無意識に一瞬の内で手数を増やしていたらしい。流石に第二魔法の一端を力業で為すあのNOUMINと比べては劣るだろうが、それでも常人には到底たどり着けぬ技だった。

 何かの間違いだと勘繰って、襲ってきたもう一体の魔物へ、今度は全力で干将莫耶を振るう。

 

 その後の結果は、皆様のご想像にお任せしよう──────。

 

 ただ、一つだけ口にするならば...加減の大事さを心に刻めた、といったところだろうか。

 

「『その体は、きっと────────』」

 

 

 突き出された岩さえ砕く黒歌の両手に、漆黒と白亜の両剣で応えた。

 俺はこの詠唱によって固有結界を展開させることはできないので、あくまでステータスを高める名目の使用に留まる。しかし、それでも十分だ。

 何故なら────

 

 

バキィィイン!

 

「っ!ウ、ソでしょッ?!」

 

 

 左手に持った干将のみが砕け散り、漆黒の破片が陽光を受けて輝く。それに対し、黒歌は両手ごと上方へ弾かれ、大きく仰け反っていた。

 

 

「『───────剣で出来ていた』」

 

 

 俺は右手に残った莫耶を黒歌に突き付け、そこで勝敗は決した。

 

 

          ***

 

 

 

「えっ、あれでも全力じゃない?!」

「う、うん」

「にゃにゃ~...幾らなんでも強くなりすぎにゃあ」

 

 

 黒歌曰く、俺の振るった干将莫耶をあそこまで防げたのは“勘”らしい。つまり、全て偶然。

 確かに、猫又なら動物以上の鋭い危機察知能力と動体視力を備えていても不思議ではない。だが、大抵の魔物は一手でサイコロステーキ化する速さの剣戟を、数百回も全て偶然で捌いたと言うのは、その特性を差し引いてもあまりある事実だ。

 

 

「黒歌、大丈夫だ」

「むぅ~何が大丈夫なの?」

「お前は恐らく、俺の早さについていける『目』を持ってる」

「?...な、なんで分かるのにゃん?」

「アレは偶然やら勘だけじゃ避けられねぇからだ」

 

 

 偶然ではない。ならば必然。

 つまり、彼女は()()()()()()()()()()()()。しかし、目ではなく体で対応して、だ。

 体が動いたのなら目で追うことなど造作もないはず。どうやら、黒歌は初歩を抜かして応用へ飛んでいってしまったらしい。

 

 

「やっぱり才能ってやつか....羨ましいなぁ」

「?私なんかより、コータの方がずっと才能の塊だと思うけどにゃあ」

「天才はスマートなんだ。俺みたいに血と泥にまみれて強くなった奴は天才とは言えない...まぁ、固定観念だろうが」

 

 

 傷を粗方治し終わったので、地面にどっかりと座り込む。

 ふと周りを見渡すと、陥没し、めくれあがった大地が視界に入る。ヤバイな、これは早めに直しておかないと。

 慌てて立ち上がろうとしたところで、黒歌の思い出したかのような声が俺の行動を制した。

 

 

「そういえばコータ。私って闘う前から仙術を使って弱体化を狙ってたんだけど...どうやってあれを『弾いた』の?」

「あぁ、そういうのはよっぽど強力じゃなきゃ、俺の体質に阻まれるからな」

「体質?」

「そ」

 

 

 俺の体内に流れる魔力は、まるでそれ自体が意思を持っているかのような性質を有するらしい。(サーゼクス談)

 身体の主である俺が気付けなかった呪術や魔術を勝手に跳ね返したり、打ち消してしまったりなど、まるで免疫機能みたいな振る舞いをする。

 黒歌の気も、俺自信気付いてはいたが敢えて対処しなかった。「これぐらいなら、免疫でOKだな」と言った感じに。

 

 

「その気になれば、周囲の生命の息吹すら御せる業を『これぐらい』...」

「まぁ、干渉系の魔術は腐るほど受けてきたからな。耐性もガンガン付くってもんだ」

「な、納得できてる自分がいるにゃん。流石コータだわ」

 

 

 瞳をキラキラさせる黒歌へサムズアップしてから、その状態のままで片腕を動かし、前方に広がる荒涼とした大地を指差す。

 

 

「うむ!じゃあ片付けするか!」

「あまりにも脈絡がなさすぎる『じゃあ』の使い方にゃあ...。でもグレイフィアに見付かったら殺されるからやるわ」

 

 

 文句を垂れながらも、めくれあがった岩盤を砕き、砂礫にしてから地面へ敷き詰めていく黒歌。

 さてさて、俺もやるか....っと?

 

 

「なんだ?」

 

 

 ふと微細な魔力の流れを感じ取り、俺は首を傾げながら発信源である例のノートを取り出す。その直後、勢いよく開かれた白い紙面へ文字が刻まれ始めた。

 内容は────────

 

 

「っ、黒歌!急いで終わらすぞ!」

 

 

 

          ***

 

 

 ノートへグレモリー先輩から送られてきた文面は、町内にある廃教会で堕天使が何らかの儀式の準備をしているというものだった。そして、それにエクソシストたち教会の連中が強力していたことで、これまでの疑問が全て氷解したのだ。

 

 『堕天使』と『教会』は、繋がっていた。

 

 現在はオカルト研究部部室内にて、その事実に対する作戦会議を開いている。

 

 

「あの白髪エクソシストと戦ったのか、イッセー」

「一応な。手も足も出なかったけど...」

 

 

 足を押さえたイッセーは、苦々しい顔で自分の非力さを悔やむ。交戦中にあの光弾で打ち抜かれたんだと。

 一連の出来事を知る全員の話しを聞く分だと、どうやらアーシア・アルジェントは良からぬ事へ巻き込まれているらしい。例のエクソシストが戦闘中に、堕天使が彼女を使って何らかの儀式をするという発言をしたのだと、イッセーは言った。

 まぁ、熱いコイツの事だ。例え何が待ち構えていようと教会へ乗り込むつもりだろう。

 

 

「あの神父にはボロクソやられたけど、アイツは嫌がるアーシアを本気で殴りやがった...!このまま引き下がるのは、俺が俺を許さねぇ!」

「駄目よ。イッセー」

「ッ、部長!でも」

「教会には貴方を殺した堕天使レイナーレと、殺しかけられたはぐれのエクソシストの他にも味方がわんさかいるのよ?そこへ単身で突貫するなんて...死にに行くようなものじゃない」

「!──────────────クソッ!!」

 

 

 イッセーも端から分かっていたのか、グレモリー先輩の言に言い返せず机を殴りつける。その瞳は口惜しさに溢れていたが、決して折れる事の無い燃え盛る決意も垣間見えた。

 

 

 コイツ......絶対諦めてねぇな。

 

 

 これからのイッセーの行動が楽しみだ。

 




オリ主との模擬戦やら、冥界での単身修行により黒歌は原作より強い設定です。でもオリ主にはあっという間に負けます。

追伸:この話で展開された好き勝手な論弁に、何か致命的なミスがあれば遠慮なく仰ってください。一応、設定の大筋はFateです。


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File/13.神父再来

今回でついに教会へ乗り込みます。
よっしゃ!誰かホラ貝持って来い!


 ここは何処とも知れぬ、歪な世界。誰に知られることも無く消え去るだけの、何の意味も成さぬ大地になる筈だったモノ。

 そこには、一つの影が立っていた。

 

 

 「次元の狭間を通った魂....面白い」

 

 

 そう呟いた黒き者は、表情を一切変えることなく、しかし内心では微笑みを湛えながら空になれなかった空を見上げる。空間は今の所絶えず崩壊と誕生を繰り返し均衡を保ってはいるが、そのうち存在そのものに亀裂が入るだろう。

 この世界は元より、正常な段階を踏まずにココへ出現していたのだ。放って置けば、矛盾した構成により自己崩壊が始まり、完成と同時に基盤が壊れてしまう...はずだった。

 

 生まれて間もない赤子同然であるこの世界は、自らの懐に降り立った黒き者に心から恐怖していた。

 

 既にその時は過ぎている。しかし壊せない。

 『このお方』が己の身体に存在するまでは、絶対に自壊などさせられない。

 

 

 「今、迎えにいく」

 

 

 ついに『あのお方』が漆黒の翼を拡げた。もうすぐだ。耐えろ、耐えろ!

 その意志に逆らうようにして、『空になる予定だったモノ』が半分砕けた。...しかし、未だ地は健在。鴻荒(こうこう)としてはいるが、両の脚を着けるだけの能力(そんざい)はある。

 そして、黒き者は翼を上下に一度振り、その地からの離脱を果たした。

 

 一歩遅れて地面へ致命的な亀裂が走り、空間へ幾条もの罅が生まれる。

 

 死に往く世界は、飛び立っていく黒き者を見て安堵した。

 『あのお方』の止まり木になるという自分の役目は果たせたのだ。誇っていい。...でも、欲を言うのなら────────

 

 自分に、聲を掛けて欲しかった。

 

 そんな願いを、罅割れていく思考の片隅で浮かばせていると。

 

 

「ありがとう」

 

 

 黒き者は確かに、世界(こちら)を見て告げた。

 あぁ...嗚呼、救われた。ただ生まれては泡沫のように消える己のような存在でも、『あのお方』からの賛辞を受ける資格は確かにあったのだ。

 

 幸福な想いを抱いたまま、元から壊れていた世界は完全に崩壊し、次元の狭間からも消滅した。

 

 

          ***

 

 

 旧校舎から少し外れた場所。

 俺の隣にいるのは、小猫ちゃんと木場だ。二人とも意図すること全てを悟った表情で、目前に立つ少年...イッセーへ厳しい視線を向けていた。

 

 昨日部室で教会へ近づくことを一切禁止されたイッセーだが、アーシアを助けるという信念は変わってないだろう。そこはいいが、ノープランで単身突入するという策だけは捨てて貰わねば困る。

 かくいう俺も、もし此処で自分が教会に乗り込むことをグレモリー先輩へ説得してくれと頼まれたら、迷いなくブン殴るつもりでいる。

 

 

「頼むっ!俺だけじゃ無理だから、三人とも協力してくれ!どうしてもアーシアを助けたいんだ!!」

 

 

 しかし、俺の右拳の出番は無かったようで、少なくとも今日は一人では不可能という事実を認識して来ていたようだ。

 俺はそれだけで満足だったし、あの時コイツを助けられなかった負い目もある。グレモリー先輩も何かを掴んだ様子だったから、こちらも独断で動いても構わないだろう。

 理由は十分に出揃ったので、俺は口角を吊り上げながら拳を片手に打ち付けた。

 

 

「いいぜ、イッセー先輩。俺もおまえを騙した堕天使ブッ飛ばすのに協力してやる」

「なっ...いいのかい功太君?部長たちの許可なしで」

「向こうが規則うんぬん無しに動き回ってこっちに被害出してんだ。騎士道精神も罷り通るのはここまでだろうよ、木場先輩」

「復讐、する」

 

 

 小猫ちゃんがさりげなく物騒な呟きを漏らしていたが、今から俺達がやることは概ねその通りだ。まぁ、それをするのはあくまでイッセーの役割であって、俺と木場先輩、小猫ちゃんはその手伝いなんだがな。

 俺はふとイッセーの持つ龍の手(トゥワイス・クリティカル)を思い出す。コイツは持ち主の力を倍にする能力を有する神器だったな。

 倍と言えば聞こえは良いのだが、ただの人間であるイッセーの基礎体力、筋力、魔力を×2した所で、初期ステータスの時点で桁レベルの違いがある堕天使となど渡り合える筈もない。

 

 

「ううむ......イッセー、何か作戦はあるのか?」

「..ふふ、よく聞いてくれたなコウタ後輩よ」

 

 

 明らかな含みのあるイッセーの返答に、俺自身を含む全員へ緊張が走る。これは予想外だ。何かいい案を持ってきたのか?

 期待と疑問の視線を複数向けられたイッセーは、最早何の隠し立てもせず、いっそ気持ちいいくらいの笑顔で答える。

 

 

「作戦は────────────無いッ!!」

 

 

 俺は右拳の封印を解いた。

 

 

          ***

 

 

 時は日も沈み切った宵。

 俺たちは揃って廃教会を目指していた。

 

 あとを着いて来ている三人は一様に緊張を身に纏い、いつ敵の奇襲が来てもいいように常に構えている。

 それを横目で確認し、拡げていた教会内の地図を畳んでから、本日二回目の溜息を吐く。

 

 

「ここまで来りゃ寧ろ奇襲仕掛ける敵はいないって。そうやって緊張すればするほど身体はカチコチになるぞ。...本番に支障出すなよ?」

「そんなこと言われてもね...やっぱり無意識にこうなっちゃうんだよ」

「むが、そんな100%クリアーな苦笑いは頼んでねぇぞ」

 

 

 木場は少し引き攣った表情なのに美形を保っていた。はは、きっとアイツは俺と違う人種なんだ。じゃなきゃこの敗北感は拭えない。

 

 そんなことをやってるうちに教会の扉の前に着いた。

 俺は勿論、何のリアクションも前振りもなしに勢いよく扉を足で開け放つ。背後で三人が愕然としているような気がしたが、きっと気のせいだ。

 

 

「ヒュウ────────────!!」

「んお?」

 

スカッ

 

「ウエェッ?!今の完璧に不意打ちっぽかったしょ旦那!この前のお礼兼ねてんだから、ちっとは当たってみて下せぇよ!」

「嫌だね」

 

 

 俺は否定の言葉と共に能力を発動させ、上から降って来た挙句好き放題喚くエクソシストを囲むように剣を精製(フォーム)した。

 その隙に背後の二人へ目を向けて言う。

 

 

「ここでは儀式してないみたいだし、きっと地下だな。...ってことで、俺除いた全員で行ってきてくれねぇか?」

「お、おいまてよ!コウタ、お前はどうすんだ!?」

「俺はここであのアホを止める」

 

 

 狼狽したイッセーの声に対し、俺はあくまで冷静な返答をする。 小猫ちゃんと木場は俺の強さを事前に知っているので、あまり強くは言ってこないのが救いだ。

 と、そんな話をしている最中に、突如連続して金属が砕ける甲高い音が聖堂内へ響いた。

 チッ、予想より脱出早いな...

 

 

「だぁーれがアホですって?私にはフリード・セルゼンという素敵で無敵なキラキラネームがあるんスよ。ほら皆もエヴィバディセイ!フリィード☆セルゼン!」

「アイツがワケわからん事言ってる今がチャンスだ!木場、二人を補助しながら奥の地下階段まで走れ!」

「わ、分かった!」

 

 

 右手に剣を携えた木場は、小猫ちゃんとイッセーを背後にするような配置で駆け出す。

 それを馬鹿やりながらも見逃さなかったフリードは、腰から抜いた拳銃を素早く木場たちへ向ける。

 

「ヒャハー!逃がさないよン!」

「某RPGのピエロさんみたいな声出すな!」

 

 

 俺は自分の足元に短剣(ダーク)を精製し、直ぐに投げた。

 

 

「それは予測済みぃ!」

 

 

 しかし、どうやらこうする事が分かっていたらしく、奴は袖から滑るように飛び出した光の剣を掴んで振るい、難なく弾いた。

 そして、光を触媒として打ち出される銃弾は、木場へ当た───────

 

 

「無駄だよ...ハァッ!」

「なに?俺っちの光の弾丸が...打ち消された?」

 

 

 ─────らない。

 彼の持っていた剣は、いつの間にか普通の西洋剣から漆黒のオーラを立ち上らせる黒い剣となっていた。

 なるほど、あれが魔剣創造の本領。あらゆる属性を付与した劔をその手にもたらす神器。

 

 

「あとは頼んだよ!功太君!」

「負けないで...!」

「勝てよ、コウタ後輩!俺はあの堕天使をブッ飛ばしてくるからな!」

 

 

 地下へ続く階段へ飛び込んで行った三人の応援へ手を振って応えてから、飛んできた光の弾丸を、予め集中させておいた魔力で創造した莫耶を使い、弾く。

 その後も続けて肉薄する光弾を、莫耶のみで受けきる。

 

 

「チィ!なら────────これでどうよ旦那ぁ!」

 

 

 フリードは光剣をもう一つ手に持ち、長机を蹴って飛び掛かって来る。

 俺は空中で回転しながらの二手、地に降り立ってからの七手の全てを悉く打ち返す。流すのではなく、真正面から受けとめて、かつ弾く。...その行為は、歴然たる力量の差の証明。

 

 

「...おいおい冗談じゃねぇよ、あンのクソビ〇チ堕天使が!こんなん楽勝なんかじゃねぇーだろがよ!!てか、コイツが敵側にいるって知ってんのか!?」

「煩い」

「なっ!....グゥッ!?」

 

 

 ただでさえ追い詰められてるこの状況で喚き立てるなど、尚更無駄に体力を消耗するだけだ。ったく、実力は確かなのに勿体無いなぁ。

 左手に持っていた光剣を難なく莫耶の柄で叩いて落とし、そのまま手首を返して剣の峰でフリードの左肩を砕く。

 呻き声を上げつつも踏みとどまり、憎しみを貼り付けた瞳で俺を睨む。

 

 

「そんなんじゃあ、いつまでたっても強くはなれねぇよ。フリード☆セルゼン」

 

 

 俺は奴の手に残った光剣を素手で掴み、額へ額をぶつけながら吠える。

 

 

「だからな、少しは鍛えろよ。腕を、足を、技を、術を...心を。話はそこからだ」

 

 

 目を見開いて固まった白髪神父の頭を鷲掴み、聖堂の壁へ向かって放り投げた。

 厚い壁面をぶち抜いた奴は、瓦礫と共に外の裏庭へ放り出されて気絶する。

 

 

「さてと、地下へ....っと?」

 

 

 手をパンパンと叩いてから、散らばる長椅子をどかしながら地下へ続く階段へ降りようする。しかし、下から血相変えたイッセーが駆けてきたので、咄嗟に身を引いて彼を通す。

 取り合えずは一番心配だった奴が無事でよかった。そう素直に喜びたいところなのだが...

 

 

「コウタ...アーシア、が.....」

「なっ、まさか!」

 

 

 イッセーの腕に抱えられていたのは、白を通り越して青くなった顔をしているアーシアだった。

 俺は彼女へ近寄り、手首を掴んで脈と魔力の流れを確認する。...しかし、そのどちらもアーシアからは感じられなかった。

 っ!悲観している場合じゃない。俺はすぐに自分の魔力をアーシアへ注ぎ込んだ。すると、予想以上にその原因が早く判明した。

 

「命と何か深く繋がりのあるモノが、無理矢理剥がされてるな」

「っ、やっぱり...!そうなのかよっ!」

「?何がやっぱりなんだイッセー?」

「夕麻ちゃん...レイナーレが言ったんだ。神器を奪われた者は死ぬって」

 

 

 俺は弾かれたように手を動かし、もう一度アーシアへ魔力を流し込む。

 確かに、彼女からはあるべき神器...聖母の微笑みの存在が感じられなかった。ということは、つまり────────

 

 

「あぁら、逃げずにいたのね?イッセー君♪」

 

 

 あるべきアーシアの神器が、何者かに奪われているということだ。




冒頭に出て来た人物はオリキャラではありません。...といったら、誰かはもう分かっちゃいますかね?


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File/14.血染めの怒り

ここら辺は一巻の内容も終息に向かう頃ですね。
このまま普通に終わらせる気はないですが(笑)


「全く...あの無粋な悪魔二人に足止め喰らっちゃったから、貴方を殺すのが遅れたわ」

「レイ、ナーレエェェェ!!」

 

 

 地下階段から現れた、酷薄な笑みを浮かべるボンデージ姿のレイナーレを認めた瞬間、イッセーは激情に任せて吼えながら拳を握りしめ、猛然と駆けた。

 

 

「ふん、下級悪魔の雑魚が粋がるんじゃないわ!」

「ぐぅっ!?」

 

 

 片手に光の槍を生み出したレイナーレは、吐き捨てるような言葉とともにそれを放った。

 寸分の違いなく、魔を滅する神聖な光条はイッセーの足を穿つ。そして、悪魔にとって光とは、至上の毒。

 

 

「う、ぐああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「アハハ!痛いでしょう?でも大丈夫よ。すぐにそんなものとはお別れさせてあげる!」

 

 

 レイナーレは続けて槍を出現させ、倒れたイッセーを貫かんと振り上げる。

 

 

ガギィン!!

 

「っ?何!?」

「――――――――二回は、殺らせねぇ!」

 

 

 俺はイッセーの前に躍り出ると、あらかじめ用意しておいた魔力を使って素早く莫耶をその手に握り、堕天使の槍を容易く打ち返す。そして、そのまま胴を真っ二つにしようと振りかぶった所を、突如強い力で以て背後から肩を掴まれた。

 

 

「っ!イッセー、何で止める!?」

「ダメ、なんだよ!アイツは、レイナーレは俺が絶対ブッ飛ばすって、決めたんだ....!!」

「お前...――――ッ!」

 

 

 思わず動きを止めてしまった俺目掛け、レイナーレの槍が再び振るわれる。

 正直余裕で避けられたのだが、俺はそれを受けとめ――――切れなかったような体で後方へ吹き飛ぶ。

 衝撃の瞬間に魔力供給を断ち、受けた莫耶をわざと砕いたので、かなりそれっぽく見えた筈だ。こういった細かなトコまで気が回るたぁ、流石俺だぜ!

 内心で自画自賛しながら長机を破壊し、壁へぶち当たって気絶(したように)する。

 

 さて、じゃあ後は頼んだぜ...イッセー!

 

 

「少し驚かされたけど、結局大したことなかったわね、あの人間。全く神器の気配を感じなかったし....フフ、貴方たちの主って本当に眷属を見る目がないわねぇ!アハハハハハ!!」

「うるっ...せええぇぇぇぇぇッ!!」

「なっ!槍を素手で抜いたの!?」

 

 

 カランッ、という軽快な音を立てて地面に落下したのは、赤い血に濡れた光の槍だった。イッセーは強引に掴みとって抜き取ったらしく、握った右手も爛れたように赤くなっていた。

 イッセーはそれも気にせず、もう片方の左手を構え、己の神器を喚ぶ。

 

 

「来い!セイクリッド・ギアッ!!」

 

 

 それに応えて装着されたのは、名前の通り龍の手のような真紅の武具だった。

 持ち主の力を倍にする...ただの人間が人外と戦うには、あまりにも頼りない神器。

 

 

「自分が弱いからって、勝てないからって...そんな腐った理由で逃げて堪るかッ!!!

 

『Dragon Booster!!』

 

「――――――――――――だから、戦うんだッ!!!」

 

『Boost!!』

 

 

 なんだ...?イッセーの中に流れる力が、あの籠手に嵌め込まれた宝玉が発した声と共に膨れ上がったぞ。

 訝しく思い、更に調べてみると...明らかに元の力を倍とする能力を逸脱した流れを感じた。アレは、あの神器は一体...?

 

 

「まだ分からないの?貴方の持つ神器は龍の手!下級悪魔に相応しい、役立たずの雑魚武器なのよ!」

「俺の友達を返せよおおぉぉぉぉ!」

「煩いわ、ねっ!」

 

 

 槍で貫かれた片足に力が入らないのか、イッセーの疾走はかなり蛇行している。そのお陰で、レイナーレの放った槍の軌道から少しずれ、脇腹を削るに留まった。しかし、先ほど言った通り光は悪魔にとって何にも勝る毒。イッセーは凄絶な痛みに耐えきれず、もんどりうって倒れた。

 しかし、イッセーの神器に埋め込まれている宝玉が更に強い光を発した。

 

 

『Boost!!』

 

「ぐ...まだ、だ...!」

「いいえ、これで終わりよ。イッセー君?」

 

 

 レイナーレの使う光は、一見輝きに欠けて見える。だが、イッセーの反応は些か過剰だ。恐らく、見た目に反して光の質が高いのだろう。

 イッセーは肌で体感しているのだから、フリードの使っていた銃の吐き出す光弾とは違う事に気付いているはず。

 

 

「まだだァッ!!!」

「っ!何...?何で立てるのよ!全身に光の魔力が、悪魔にとって最悪の毒が廻っているのに!」

「あぁ、そうだな...。もう手足の感覚がねぇし、意識だってすぐにでもトびそうだ。こうやって立ってるだけでも吐き気がするほどだぜ?」

「チィッ!」

「でもッ!」

 

 

 レイナーレは今一度その手に槍を生み出す。が、それより一歩早く突き出したイッセーの拳が炸裂する。

 

 

「がはっ?!」

「俺はまだ、アーシアの大切なものをテメェから返して貰ってねぇ!!」

 

ガッシャアァ!!

 

 

 ...幾ら神器で力を倍加し攻撃も直撃したとはいえ、人間が放った拳で広い教会の端から端まで堕天使が吹き飛ぶか?

 違う。絶対に、あれは龍の手などという低レベルな神器が為せる力の上昇量じゃない。

 

 

「ぐっ、ああああっ!!調子に乗るなよ下級悪魔がぁッ!」

「こんな痛みなんてなッ!」

 

バギィィンッ!

 

「なっ!弾いた?!」

「アーシアが受けたモンに比べりゃ、屁でもねぇ!!!」

「あぐッ!!」

 

 

 イッセーは籠手が装着された腕を振るい、レイナーレが投擲した槍を弾くと、勢いそのまま殴りかかった。

 これは...一体どういう事なんだ...?

 

 

「やっぱり、部長の言った通りになったね」

「......(コクリ)」

「ぬおっ。木場先輩に小猫ちゃん...いつの間に」

「今さっき地下にいた神父たちを全員気絶させて縛り終えたんだ。コウタ君が狸寝入りしててくれて良かったよ」

 

 

 木場の言う言葉の意味が掴めず、俺は首を捻ることしか出来ない。何故俺がイッセーと共闘しなかったことで喜ばれるのだろうか?気になったので聞いてみたところ...

 

 

「これはイッセー君自らが解決した方がいいからという理由と、彼の能力を計るっていう理由もある。君が介入したら確実に場がめちゃくちゃになるし、圧勝しちゃうからね」

「部長さんからの、伝言」

 

 

 そういって、例のノートを広げる小猫ちゃん。...あらら、此方の行動は全部お見通しか。

 と、俺はここ滅多に感じられなかった純正の癒しの気配を察知し、直ぐさま戦場へ目を移す。

 

 

「フ、フフ...まだよ、まだ私には聖母の微笑みがある!」

 

 

 発信源はレイナーレが取り込んだアーシアの神器、聖母の微笑みが放つ治癒のオーラだった。

 癒しの光に包まれた彼女は、イッセーの攻勢によって負った傷を忽ち回復させていく。しかし――――

 

 

「それはアーシアの神器だろ」

「ッ!」

 

 

 身体のいたるところから血を流し、上半身をふらつかせていながらも、イッセーはその敵を見据え、拳を握っている。

 

 

「テメェが使っていいモンじゃねぇんだよッッ!!!」

 

『Explosion!!』

 

「う、嘘....嘘に決まってる!下級悪魔のアンタが、なんで上級悪魔と同等の魔力を―――ッ!!」

 

 

 魔力が目に見えて膨れ上がったイッセーに畏れ慄いたレイナーレは黒い羽を広げて飛ぼうとしたが、イッセーに腕を掴まれたため叶わなかった。

 

 

「トンズラする前にもう一発喰らっとけッ!クソ堕天使!!」

「この....下級悪魔がぁぁぁぁ!!」

 

 

 赤い流星の如き拳が、ついにレイナーレの顔面を捉える。

 一撃目とは比にならない程吹き飛び、壁を破壊して破砕物をぶちまけた堕天使は、もう起き上がってくることはなかった。

 

 

          ***

 

 

 俺は背後の木場と小猫ちゃんを連れてイッセーに駆け寄る。目を覆いたくなるような傷は多々あるが、本人は何処か憑き物が落ちたかのような表情をしていた。

 イッセーは俺たちに気付くと、力の抜けた笑みを返す。

 

 

「へへ、勝ったぜ...」

「おう。よく頑張ったなイッセー」

「やっぱりやるときはやるね。イッセー君」

「見直した」

 

 

 称賛を受けたイッセーは照れたように頬を掻くが、急に膝が折れてひっくり返りそうになったため、俺は肩を貸すことにした。

 そのまま近場の壊れていない長机に腰掛けさせ、応急処置をするために傷を検めた。こりゃ酷いな...

 

 

「ごめんねコウタ君。僕治癒の術は全然知らないから...」

「いや、いいんだ。元々他人の傷を治すってのは難しい技だからな。人の身体は他人の魔力を通しにくいからよ、っと.....ん?小猫ちゃん、それなに?」

「ええと...れ、レイ.....レイなんちゃらさん」

 

 

 小猫ちゃんがコッチまで引き摺って来たのは、ボロボロになった堕天使レイナーレだった。てか、一応敵だったんだから名前くらいちゃんと覚えておこうよ。

 と、レイナーレの名前を聞いたイッセーは、呻き声を上げながらも俺に言った。

 

 

「せ、神器(セイクリッド・ギア)は....アーシアの神器は戻らないのか?」

「それは..........」

「イッセー君、アーシアさんに神器を戻す事は出来る。でも、それで命まで元の状態へ戻す事は出来ない」

 

 

 俺が言葉に詰まっていると、隣にいた木場が辛い役回りを背負ってくれた。損な性格してるなぁ。

 一方の現実を突き付けられたイッセーは、拳を机へ叩き付けて悔しさを堪えていた。

 

 

「さて、と...外から先輩方の魔力を感じるし、詰めと行きますか」

 

 

 俺はそう呟くと、倒れ伏しているレイナーレの元へ歩み寄り、手を水平に構えて発動。

 

 

「天の鎖よ」

 

 

 途端、何もなかった筈の空間から銀色の鎖が飛び出し、四方から堕天使に絡み付いて磔にした。

 これからお姉様方の事情聴取が始まるので、目が覚めた時に暴れられたら困る。そういう理由からこのようにした次第である。

 

 いや、実はもう一つワケがある。

 ギルは生前の盟友を肉ダルマ縛るために使ったり、聖杯の膨張を止める為に使ったり、命綱に使ったりと散々だったので、せめて見た目は美少女のレイナーレを緊縛してあげることにした。

 うむ、所々破れたボンデージ姿で鎖に縛られる絵って中々ヤバイね!なんかイケナイ気分になってくるよ!

 

 

「あら、もう終わってるみたいね」

「うふふ、少し遅刻しちゃったわね。リアス」

 

 

 教会の扉を開けて入ってきたのは、グレモリー先輩と姫島先輩だった。イッセーたちは気配に気付けていなかったようで、かなり驚いている。特にイッセーは無断で行動はした負い目があるので、怒られないか恐々としていた。

 

 

「イッセー」

「ははははい!すみません!すみませんでした!!このお詫びはウチのモンが責任持って償わせますんでッ」

「何処の極道よ....。ふふ、別に怒ってないか安心しなさい」

「何なら俺の肝っ魂でも...って、えっ?ぶ、部長怒ってないんですか??」

 

 

 グレモリー先輩は笑顔を浮かべ、燃えるような紅い髪を靡かせて磔になっているレイナーレへ視線を向ける。

 答えないグレモリー先輩の代わりに、姫島先輩は口元に手を当てながらクスクスと微笑むと、イッセーへ説明した。

 

 

「失敗したならまだしも、こうやって堕天使さんを捕らえてくれたんですから、ここで怒るのは筋違いですわ。でも、リアスは...」

「ええ。結果としてこうなったからいいけど、もしもの時はあるわ。だから、皆無理は控えて頂戴。...私は貴方たちを喪いたくないの」

 

 

 グレモリー先輩の言葉に半ば同意していると、隣から呻き声にも似た涙混じりの言葉が飛んだ。

 

 

「うぅ...ありがどうございます。部長"....」

「いいのよイッセー。...さて、残りの仕事を片付けるわよ」

 

 

 グレモリー先輩はそう言うと、姫島先輩にお願いして魔力から水球を作り出し、磔状態であるレイナーレの顔面へ浴びせた。

 

 

「ぐっ?...ゲホッ、ゴホッ!」

「初めまして、ね。堕天使さん?」

「....グレモリー家の娘か」

 

 

 ギリッと歯を鳴らしたレイナーレは、忌々し気にグレモリー先輩を睨む。しかし、すぐにその表情を改めると、一転して嘲るような笑みを張り付かせた。

 

 

「残念だけれど、少し詰めが甘かったわねぇ。私にはこの目的へ同調している堕天使(仲間)がついているのよ。じきにこちらへ来るわ」

「あら、その彼女たちならもう此処にいるわよ?」

 

 

 グレモリー先輩は制服の上着から黒い羽を二枚取り出し、レイナーレへ見せる。すると、磔になっている身体を更に強張らせて鎖を揺らした。

 分かったのだろう。援軍は永久に現れないということが。

 

 

「ミッテルト、カラワーナの二人は私が消し飛ばしてから連れてきたわ。ふふ、感動の再開ね」

「ぐっ!ふざけるな悪魔がッ!!私は至高の堕天使!こんな所で消えるなんて神が許さないわ!!」

「こんな所でそうなってるんだから、せいぜい神に見放されたんでしょう?」

「違う!私は偉大なるアザゼル様やシェムハザ様の隣に立つ存在よ!神は私を見放すはずがない!」

 

 

 ガシャガシャと拘束された手足を動かして脱出を試みているが、鎖は切れる気配を見せない。

 エルキドゥは神さえ束縛した代物ではあるが、敵の神性が低いと拘束能力は弱くなってしまい、人間相手に使っては只の鎖とほぼ変わらない。レイナーレも一介の堕天使に過ぎないので、畢竟(ひっきょう)、その効果は薄まるはずだった。

 しかし、この状況に限ってレイナーレは聖母の微笑みを手に入れた事が寧ろ仇となり、鎖はその拘束力を増していた。が、尚も諦める気はないのか、グレモリー先輩に食い下がっている。

 

 

「!」

 

 

 その時、レイナーレの嗤う目がイッセーを捉えるのが見えた。

 

 

「ふふ、イッセー君。私を助けてくれたら、あとでイイコト一杯してあげるわよ?だから、この鎖をほどいてくれない?」

「っ!」

「まだ経験無いんでしょう?なら、私が優しく教えてあげるわ」

「止めなさいレイナーレ!!私の可愛い下僕を誘惑しないで!!」

 

 

 甘言を吐き始めた堕天使へ真っ先に怒りを現したのは、やはりというかグレモリー先輩だった。

 彼女は怒気が具現したかのような滅びのオーラを身に纏い、レイナーレを睨みつけながら激昂する。

 

 

「フン、私は貴女ではなく彼とお話してるのよ?黙っていてくれないかしら」

 

 

 馬鹿にしたようなレイナーレの言に、グレモリー先輩は歯を喰い縛りながら引き下がった。まずはイッセー自身の言葉を聞こうと、断腸の思いで口を閉ざしたのだろう。

 

 全員の視線がイッセーを向く。

 イッセーは俯いているため表情が分からない。...だが、顔を上げるまでの時間は短かった。

 

 

「ありがとな『夕麻ちゃん』、俺に恋を教えてくれてさ。実際、君が俺のことを本心でどう思ってるかは知らないし、抱えてる思惑もよくわからないけど....やっぱり、アーシアの命を奪っておいて、俺の友達まで殺そうとした『レイナーレ』のことは、どうやっても許せそうにねぇんだ。―――――――――だから...ごめん」

 

 

 力無く笑ったイッセーは、そう言ったきり背中を向けてしまう。そして、何かを堪えるように頭上を見上げた。

 一方のレイナーレは完全に凍り付き、絶望の表情を浮かべる。しかし、その感情はやがて怒りへと変わった。

 

 

「この―――――――――!!」

「そこまでにしとけ」

「ッ!?....ぁ.......」

 

 

 何かを言う前に、俺は幻惑の魔術でレイナーレを昏睡させる。すると、彼女は糸の切れた人形のように手足を弛緩させ、沈黙した。

 これ以上はイッセーの傷を広げるだけの会話になる。傷心の男はそっとしておくべきなんだよ。

 

 

「...ありがとうコウタ。かなり取り乱しちゃったわね、私」

「仕方ないですよ。俺だって気が気じゃなかったし」

「そうかしら?」

 

 

 一応嘘はついていない。実際、レイナーレの所々破れたボンデージのせいで落ち着かなかったのだから。

 俺は溜め息を吐いたあと、縛っていた鎖を消して堕天使を解放してから、グレモリー先輩に肝心の事を訊ねてみる。....レイナーレをどうするか、だ。

 

 

「消すわ」

 

 

 間断なく言い切ったグレモリー先輩は、あのはぐれ悪魔を消し飛ばした時と似通った感情の無い表情でレイナーレを睥睨する。

 

 彼女は掲げたその手に消滅の赤い雷を迸らせ、球体のような形をもって浮遊した。

 それを堕天使に突き付けると、獲物を見付けたかのように体積を肥大化させてから肉薄し、盛大な爆発音と赤い衝撃波を振り撒きながら、堕天使共々この世から永久に消え去った。

 

 舞い散る黒い羽の雨中で、俺は独り言のように呟く。

 

 

「グレモリー先輩」

「...どうかした?」

「あまり、無理しないで下さいね」

「!......そう、ね」

 

 

 少しバツの悪そうな表情をしながら顔を背けたグレモリー先輩は、俺へ一言お礼を言うと、イッセーたちの下へ歩いていった。

 

 さて、俺はどうするかな...ここの片付けでも――――――――――――、

 

 

「.......?」

 

 

 微量。

 死地で長年研鑽された己の感覚が、極微量な『何か』の変化を察知した。....故に、詳細は不明。

 ならば、己の目で確かめるべし。

 

 俺は常備してる紙巻煙草(シガレット)を懐から取り出しながら、気配を断って教会を出た。




まさかのイレギュラー発生!

オリ主の感じ取ったヤバい気配とは?
アーシアはちゃんと助かるのか?
厨二的表現は今後激化するのか?

全部ひっくるめて後半へ続く!


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File/15.無限

ようじょは強い。


 裏庭で気絶してるはずのフリードは忽然と姿を消していた。

 

 十中八九逃げたのだろうが、片手間とはいえ常に辺りを警戒していた俺の包囲網を抜けたのには驚ける。普段からこれくらい抜け目なけりゃ、あの時の結果は変わったかもしれないのになぁ.....

 

 

「.............」

 

 

 

 所々壊れた廃教会の裏庭にある、一際広い広場へ出る。花壇やプランターが並んでいることから、以前は色とりどりの鮮やかな花が咲いていたのだろう。

 そんな風景を流し見ながら、俺は即興の魔力補充用に使う紙巻煙草(シガレット)を吸い終わると、『武具精製(オーディナンス・フォーミング)》』を発動させ、あまり飾り気のない長剣を手に持った。その後にすぐ高位防護魔術を三つほど重複させて組み上げ、身体を限界近くまで強化する。

 一連の行動を終え、懐からもう一本煙草を取り出そうとしたところで、全身の皮膚がざわめくような感覚が襲い、無意識に瞳孔が開く。

 

 

「フッ!!」

 

 

 直感に任せ、左側真横の空間へ全力で剣を振るう。が、その刃は『何か』の強度に耐えきれず半ばから折れた。

 これを最悪のパターンとして予測していた俺は、僅かな強化魔術を仕込んでおいた剣の柄を掴んだまま半回転し、続けて放たれるだろう第二撃を防ぐために腕を振るった。

 

 

バギィンッ!!

 

「ぐはっ!」

 

 

 しかし、あっさりとその防護は破られ、展開した魔法陣を容易く砕き、全く相殺できなかった衝撃が突き抜ける。それをほぼ零距離で喰らった俺は、蹴飛ばされた路傍の石ころみたく弾き飛んだ。

 纏っていた三重防護魔術の恩恵で四肢が本体とオサラバすることは避けられたが、衝撃をモロに喰らった左腕は防御を破られ、関節が外れてしまった。

 

 

「我の攻撃...受けた?」

 

 

 肩を押さえながら向けた視線の先に立っていたのは、細腕を下ろしながら無表情で首を傾げる、漆黒の長髪をしたゴスロリ衣装の少女だった。

 俺は一瞬何かの見間違いかと思ったが、違う。この少女から立ち昇る、質量さえあると錯覚してしまうほどの魔力は、先程教会の中で察知したものと同質だ。

 

 

「お前は....何だ?」

 

 

 吹き出る汗に構わず、左肩の骨を嵌め込む。慣れた行為なので一発成功したが、念のため腕を振るって確認しておく。最近痛みに鈍感だな...俺。

 同時に()()を励起させ、莫大な魔力を身に纏う。並の悪魔や魔物なら対峙することすら不可能な気当たりだ。

 それを肌で感じたはずの黒き少女は、僅かに口角を吊り上げた。...笑って、るのか?

 

 

「お前、やはり我やグレートレッドと同じ匂いがする。....異なる魂を持つ者」

「...なんたらレッドとか言う戦隊ヒーローみたいな名前の奴は知らんし、一応俺は人間だが.....お前さんはなんつーか、ヤバそうだな」

「オーフィス」

「.......なんだ」

「我の名」

「じゃオーフィス、何のためにここへ来た」

「お前と戦って、連れてくため」

 

 

 そうぶっきらぼうに答えるや否や、型も何もない挙動で拳をつきだした。...が、それに言い様のない恐怖を覚えた俺は、あらかじめ手に溜めておいた魔力を使い、数秒で干将莫耶を創造。一切の躊躇なく眼前で交差させる。

 瞬間。凄絶な暴風が駆け抜け、両脇の地面が轟音を響かせて消し飛び、外側で防御していた莫耶が砕け散った。なんて出鱈目な威力だ。...なら、こっちも多少のインチキで返さねぇとな!

 

 

Re:Birth(リバース)!」

「!戻った?」

 

 

 この言葉一つで、失われた筈の陰の剣は再び顕現する。

 Re:Birthとは、武具創造において、直前に創っていた武器が破壊された場合、散った魔力の残滓を使用し、詠唱無しで直ぐにその武器を生み出せる技だ。しかし、一度霧散してしまった魔力は以前ほどの純粋さを失っており、どうしても弱体化は免れない。回を重ねるごとにそれは明確となるので、最終的には只の鈍ら以下となってしまうだろう。

 ある程度のリスクはあるものの、この能力を使った際は武器の破壊から創造までの行程が短すぎて、時間が巻き戻ったように感じるはずだ。実際、それだけでも十分にメリットはある。...重要なのは、武器を手放さないことだからな。

 ちなみに、何故態々口に出したかというと...うん、特に理由はないですね。余裕があったから格好つけてみただけです。

 

 俺は足に仕込んでおいた魔力を一気呵成にブーストさせ、翔ぶ。

 地についたあとはわざと足を滑らせ、剣へ乗せる威力を底上げしながら連撃を繰り出す。

 

 

「...速い」

「とか言いながらも全部弾いてんじゃねぇか!」

「否、我はお前より速い者...見たことない」

 

 

 なるほど、自分の力と比べてたわけじゃないのか。...だが、それでもオーフィスは速いと言った。

 ――――――なら!

 

 

「一撃、分ッ!」

 

ガガガガガガガッ!

 

「っ?」

「これで...二撃分ッ!」

 

ガッ!ガガガガガガガッ!

 

「く…」

 

 

 一瞬の間に連撃を放つ。威力はこの際念頭に入れず、手数のみを重ねる。

 オーフィスは俺の激しい攻勢で若干退け腰になった。...ここだな。

 俺は莫耶を右手から消失させ、干将のみにしてから叫んだ。

 

 

「オーバーエッジ・Type-γ(ガンマ)!」

 

 

 魔力の流れを湾曲、歪曲、分岐、収縮させ、干将の形状をより攻撃的に最適化させていく。その変化は、俺が一歩踏み込む頃には終わっていた。

 刀身は以前より長くなり、切っ先へ近付くにつれて厚みは失われていく。しかし、剣の内部には魔力を流す()が複雑に入り組んでいるため、疑似的な魔術回路そのものとなった刀身では、流し込んだ魔力を加速させて増大可能となっている。

 

 エミヤが使っていたオーバーエッジを自分流にアレンジした結果がこれだ。もう魔改造って言ってもいいんじゃないか?

 

 

心技至泰山(力山を貫き)心技渡黄河(剣水を別つ)!」

 

 

 干将に刻まれた紋様が紅い稲妻を放ち始め、内部では魔力が激しく流転する。...これをブッ放したら不味いかも。ちょっとした対城宝具並の威力あるぞ。

 冷や汗を垂らし始めた俺だったが、もう腕は振るわれてしまっている。仕方ない、ちょっと魔力の放出量を落として――――

 

 

「脆い」

「ッ―――――!?」

 

 

 目を見張りながら、すぐに魔力減退の考えを破棄して全力投球へ軌道修正する。

 目前には、死そのもののような黒い魔力を纏ったオーフィスが、先程までとは違い、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 遂に放たれた紅い奔流は、漆黒の濁流に呑み込まれて跡形もなく消えてしまった。

 

 

          ***

 

 

 

「ん…?」

 

 

 滅茶苦茶になっている聖堂内の大まかな後片付けをしている最中に、教会の裏庭がある方から何か大きな力の流れを感じた。最近の修行は自分の中にある気を探るという内容なので、自分でも知らないうちにこういうことに敏感となっているらしい。

 内心で彼に感謝しながら、一旦手を止めて部長の方を見る。...彼女はアーシアさんの悪魔転生をやっていて気づいていないみたい。

 

 私は足元にある長椅子の残骸を木材が積まれた山へ放り投げてから、教会の出口へ向けて歩き出した。

 

 

          ***

 

 

 

「ぐ....あぶねぇ、片手空けといてホントよかった」

 

 

 持っていた干将はオーフィスの馬鹿げた拳打に耐えられず、とうに跡形もなく砕け散っている。正直あれをもう少しでも手加減していたら、用意していた最終手段でも防ぎきれなかっただろう。

 てか、アイツいつのまにココ一帯へ結界なんて張ってたんだ。まぁ、張ってなかったら今頃グレモリー先輩たちも巻き込まれてたんだが。

 

 

「嘘.....我の全力を防いだ?」

「本当に、ギリギリだけどな。てか、コッチとしてもよくあの盾を壊せたもんだと思うぜ」

 

 

 俺が最終手段として用いたのは、熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)だ。

 七枚の花弁の形をもってして顕現する障壁で、その花弁一つ一つが城塞の堅固な壁に匹敵する。コイツが破られたのだとしたら、単純な破壊力で比較すればあらゆる宝具を凌駕していると言える。

 

 

「...名前」

「は?」

「名前、教えて」

栗花落(つゆり)...功太だ」

「ん」

 

 

 相変わらずの無表情で頷いたオーフィスは、再びこちらへ視線を向けた。

 黒曜石のような瞳は微動だにせず俺の()を見つめ続ける。と、これ以上は不味いので簡単な剣を土から精製(フォーム)して前方を切り払う。

 

 

「あ」

「そんな雑な方法で洗脳系の魔術伸ばしたら誰だって気付くっての」

「む...なら、交換条件。我と一緒に来ないと、教会消し飛ばす」

「それは無理だな」

「?」

「『武具創造(オーディナンス・インヴェイション)』」

 

 

 俺は歯を食い縛って残り少ない魔力を使い、歪な形状をした短剣を創造する。そして、それを無造作に張ってある結界へ向かって投げた。

 その切っ先が表面に触れた瞬間、ガラスが砕け散る音を響かせ、異世界を形成していた結界が崩れ去る。

 

 破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)。あらゆる魔術を解体するというこの短剣の前では、いかなる魔術や呪術の類いも切り裂かれる紙片に等しい。

 裏切りの魔女メディアが所持していた宝具なのだが、これ自体に攻撃力は全くないくせ、魔力は一端に持っていく燃費の悪い武器として、よっぽどの事が無い限り日の目を見ない類のものだ。

 

 俺は転がる短剣を消し、上がる息をなんとか殺しながら驚愕の雰囲気を湛えている(多分)オーフィスへ、先程の続きを答えた。

 

 

「俺の上司は有能でさ。もうお前さんはの存在に気付いてコッチに向かってるはずだぜ?...事情は知らんがお忍びで来たみたいだし、不特定多数の人物に見られるのは不味いんじゃないのか?」

「なら、皆蹴散らして連れ」

 

ズガンッ!!!

 

「させると、思うか?」

「.......ん、わかった。今回は諦める」

 

 

 一瞬で頭に血が昇ってしまったらしく、気が付いたらゲイ・ボルグをブッ放していた。いかんいかん、今度からは余裕が無くても感情のコントロールが出来るよう修行しなくては...

 兎も角、オーフィスは帰ってくれるらしい。正直これ以上戦っても魔力枯渇で勝てる気がしなかったから一安心だ。

 

 彼女は地上にあるどの黒いものより黒いであろう翼を広げた。...ここで、俺の中に一つの疑問が浮かぶ。

 

 

「――――オーフィス。お前は一体何なんだ?あの馬鹿げた力に、その翼だって明らか悪魔のモノではないし、ましてや天使でもなさそうだし...」

 

 

 高位の魔物やら魔獣が人に擬態してるのかと思っていたが、奴等がみんなこの強さだとしたら、とうに冥界から悪魔は滅ぼされているだろう。

 

 

「我は無限。永久の静寂を望む者。...周りは我を龍神と恐れる」

「無限....龍神...オー、フィス?」

 

 

 サーゼクスやグレイフィアさんから聞いた、神域に達する力を持つ龍...そのうちの一柱が『無限の龍神・オーフィス』。目の前に立つゴスロリ少女のことだ。

 正直、あの実力を見る前にこんな事聞かされていたら確実に笑い飛ばしていた。だがこれで、宝具を凌ぐほどの盾が拳打一発で穿たれたのにも納得出来る。

 

 

「なるほど、今思い返せばグレートレッドって赤龍神帝じゃねぇか。不足の事態じゃ身に着けた知識も役に立たないな。...おい、オーフィス」

「なに?」

「もし、どうしても俺を連れていきたいんなら、ちゃんとした場で戦って勝て。それなら文句は言わねぇ」

「なら、次は...勝つ」

 

 

 一度膨大な魔力を迸らせてから、オーフィスは漆黒の翼を広げて飛び立った。その姿はすぐに闇へ紛れ、やがて完全に見えなくなってしまう。

 ...最後の魔力放出は冗談で済まされないほど肝が冷えたぞオイ。アイツは人間の心がどれだけ弱っちいか分かってないな。

 

 

「く.....只でさえ、魔力が干上がりかけてる状態なのによ」

 

 

 地べたに腰を降ろしてから、そのまま上半身まで投げ出す。疲れきった体はそれきり運動する意思を無くしたかのように弛緩してしまった。

 と、夜空をボケッと眺め始めてから一分も経たないうちに、教会内部から妙な紅い光が走る。何だ...また厄介事か?

 溜め息を吐いて、仕方無しに起き上がろうと手足へ鞭打つ寸前――――

 

 

「コウタさん!?」

「その声...小猫ちゃんか」

「!....もう、一体どうしたのかと思いました」

「あ、すまんすまん。紛らわしかったな」

 

 

 まだここが安全と決まった訳ではないのだ。敵地で武器も持たずに寝そべっている奴など、相当な馬鹿か死体ぐらいにしか思えないだろう。彼女は後者だと勘違いしたらしい。

 膨れっ面の小猫ちゃんに苦笑いしながら身体を起こそうとした所で、無視できない事実に気付いた。

 

 

(魔力が...回復してる?)

 

 

 驚愕しながらも、それを内心だけに留めて小猫ちゃんの後に続く。

 幾度の戦闘を経験してきた中で、自分がかなり魔力回復に長けている事は把握していたつもりだった...のだが、こいつは流石に変だ。

 いやまぁ、ただの人間が英霊の武器をポンポン出すのはもっと異常だと思えるんだが、今の今まで気にしつつも、原因が不明なだけに放って置いた。

 しかしなにかしらの外的要因がなければ、前述の通りただの人間である俺がこんな芸当を成せる訳がない。どこかに源流のようなものが存在するはず...

 

 

「コウタさん」

「っあ、あぁ...どうした?」

「さっきの赤い光は見ましたか?」

「教会の中から出たアレか。確かに見たが.....え、もしかしてヤバイ状況?」

 

 

 今しがたイレギュラーの塊みたいな敵を撃退したのだ。また不足の事態が起こったとしても、アレを越える輩は出てこないだろう。慣れって怖いな...

 やがて教会の扉の前に着くと、俺の心配とは真逆の表情で小猫ちゃんはこっちを振り向き、扉を押すように言った。

 

 

「.........」

 

 

 俺は多少緊張しながらも、そっと顔だけを入れて中を確かめる。小猫ちゃんも俺の顎の下から顔を覗かせていた。

 教会内は激しい戦闘の爪痕が幾つもあり、破壊された長椅子、窓ガラスが散乱している。しかし、俺たちの目はそんなものより、教会奥の壇上へ引き付けられた。

 

 そこには、号泣するイッセーとそれを見てあたふたするアーシア、遠目で笑顔を湛えながら見守る木場とグレモリー先輩、姫島先輩がいた。

 

 

「...ハッピーエンド」

「だな」

 

 

 笑いあってから、俺たちは大かな音を立てないように扉を潜った。




この作品のオーフィスは結構細かな魔術が使えます。
原作ではそんな描写ありません...でしたよね?

※追記:この話で出て来るオーバーエッジをδ(デルタ)からγ(ガンマ)に変えました。ご了承願います。


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File/16.赤龍帝

今年最後の投稿...になるはず。


 今日も今日とて晴天。

 であれば気分も同じく晴れ晴れ...という訳にもいかないようで、最近は度々現れる『来訪者』の対応をしているため、疲労は溜まる一方だ。黒歌の施してくれる仙術マッサージがなければ、俺は多分ここにいない。

 そして、そんな暗い雰囲気を放っているはずの俺の隣には....

 

 

「イッセーさん、忘れ物はありませんか?」

「おー、大丈夫だぜ。アーシアこそ忘れ物はないか?」

「えへへ。昨日のうちに何度も確認しましたから、絶対ないですよ!」

「はっはっは!流石だなぁ。アーシアは良い娘だなぁ、可愛いなぁ!」

「そ、そんなイッセーさん、可愛いだなんて....」

 

 

 脳味噌まで雲一つない快晴のイッセーがいる。アーシアとの会話を挟みながら俺をちらちらと得意げな目で見て来るのが最高にウザい。

 とはいえ、最近はアーシアと一緒にグレモリー先輩が主導の鍛錬に励んでいるらしく、異性との交流は以前にも増して盛んなのだろう。だからといい、その優越感を俺へ振るのは止めて欲しいのだが。

 まぁ、とりあえずこれだけは最優先で確認しておこうかね。

 

 

「アーシアさん」

「は、はい?なんでしょう栗花落(つゆり)さん」

 

 

 俺は表情を引き締め、真剣な声音で元・シスター少女へ問いかける。

 

 

「...イッセーに、変な事はされてないか?」

 

 

 

 

 

 駒王学園に入学してすぐ、アーシア・アルジェントはオカルト研究部へ入部した。

 

 アーシアは堕天使レイナーレの策謀により神器を奪われ、命すらも失ってしまったが、イッセーの奮闘によりレイナーレを撃破。

 アーシアへ神器を戻したところで命を蘇らせることはできない。が、グレモリー先輩は手持ちの僧侶の駒を使って彼女の魂を肉体へ呼び戻し、悪魔へ転生。眷属へ迎え入れた。

 これでオカルト研究部部員兼グレモリー眷属のメンバーは六名だ。

 

 

「こりゃあ、いよいよ俺がここにいる意味無くなって来たんじゃないですか?グレモリー先輩」

「そんなことはないわ。貴方はこの学校内じゃ決して無視できない実力者なんだから。言い方は悪いけど、相応の力を持つ私たちが監視する必要があるの。一応その権限は生徒会にもあるんだけど、私が一任させて貰っているわ」

「ふーむ、監視....ねぇ」

「なんだコウタ後輩、グレモリー先輩の決定に逆らうのか?そんなの許さんぞ!」

 

 

 妙なところで怒りだしたイッセーの追求はスルーし、小猫ちゃんを呼ぶ。これからお馴染みの鍛練を開始するのだ。

 トテトテとやってきた小猫ちゃんの頭を撫でてから、部室を出て体育館へと向かう。...と、何故か隣に木場がいた。

 

 

「どうした木場先輩。トイレか?」

「一応傍観役のつもりかな。今日に限って何だか鍛練の内容が気になってさ」

「...別途料金を頂きます」

「いいよ。何円だい?」

「冗談は流せよ!」

 

 

 本当に財布を取り出し始めたのには驚いた。木場には冗談が通じない事は覚えておかねば....

 ちなみに、小猫ちゃんはずっと他人事のように俺の隣を歩いていた。

 

 

          ***

 

 

 

──────────体育館

 

 

 

「で、結局全員集まるんすか...」

「ええ、イッセーの持つ神器の実力を改めて見てみたいしね」

「赤龍帝の籠手…ですわね。まさか彼に神滅具が宿っていたなんて、未だに信じられませんわ」

「わぁ…イッセーさんって凄かったんですね!」

 

 

 姫島先輩が今言った通り、イッセーの持っていた神器は龍の手(トゥワイス・クリティカル)などという下位装備ではなかった。

 赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)と双璧を為す、使い手の力を一定時間毎に倍加していく伝説の神器。その圧倒的なまでの力に溺れ、何代もの持ち主を破滅させた曰く付きの神滅具(ロンギヌス)だ。

 俺はそれの試運転を受け止める訳か...面白い。だがまぁ、先にここへ来た本当の目的から消化しよう。

 俺は数メートルほど離れた場所へ立つ小猫ちゃんへ向き直り、戦闘開始を告げる。

 

 

「いくぞ?」

「はい」

 

 

 その言葉を皮切りにし、先にこちらから動こうと小猫ちゃんへ向かって駆け出し─────

 

 

ボンッ!

 

『えっ?』

 

 

 その前に地を蹴った小猫ちゃんの高速膝蹴りで、俺の顔面が撃ち抜かれた。その速さたるや、専門の木場ですら目を剥いた程である。

 しかし、技が決まったはずの小猫ちゃんは顔をしかめた。

 

 当然だ。彼女が攻撃したのは、俺がフェイクで置いた魔力の残滓だからである。手応えなどあるはずもない。

 

 

「そういうのはズルいです。コウタさん」

「いやいや。何度も言ってるが、コレくらいの小細工には対応出来るようにしてもらわないとな」

「む、じゃあ────」

 

 

 小猫ちゃんは膨れっ面を作ってからおもむろに身を屈めると、地面スレスレのダッシュで肉薄してきた。彼女は拳をあらかじめ引いているため、スピードとバネの両方を生かした強力な攻撃が来る。

 俺は片手を前に突きだし、少し強めの防御魔術を発動させた。

 

 が、その瞬間に小猫ちゃんは横へ素早く移動し、今度は跳躍しながらのローキックを繰り出す。

 張られた障壁の範囲外である、側面を狙って。

 

 

「へぇ、随分と弁えてきた...なっ!」

「っ!」

 

 

 『用意していた』もう片方の手で彼女の細い足首を掴むと、突っ込んできた勢いそのままに進行方向へ投げた。

 小猫ちゃんは一度片手を地面に着き、空中で見事なバランスを調整してから両足で降り立つ。そして、反撃しようとこちらを向いたところで─────

 

 

ズガガァン!

 

()()、だ」

 

 

 二本の長剣が、小猫ちゃんの両脇に突き立つ。それで試合の勝敗は決した。

 

 

「また、負けた…」

 

 

 悄然と肩を落としている白猫を背に、オカルト部員たちは案の定絶句していた。俺ではなく、小猫ちゃんの実力にだ。

 

 

「凄いわね...まさかここまで小猫が強くなるなんて。コウタをウチの指導者にしましょうか」

「あぁー、残念ながらそれは無理です。グレモリー先輩」

「む、どうしてよ」

 

「小猫ちゃんの戦闘スタイルは幸い俺とよく似てました。気を使って身体を強化したり、武器だけでなく肉弾戦も交えて攻撃する...彼女は今のところ肉弾戦オンリーですが、武器を手にした分の有利を補えるだけの多様なレパートリーがあります。あとは基本骨子となっているそれをベースに俺の体術を組み込めば、強力なクロスコンバット用の技になります」

 

「でも魔力の事についてなら大丈夫じゃない?」

「いえ、それはもっと駄目ですね。この世界...ごほん。俺がする魔力の扱い方と、先輩方のする魔力の扱い方は根本的に違うんです。教えても役に立たないでしょう」

 

 

 俺はこの世界へ来てから内在する魔力の気配にすぐ気付けたので、魔術回路をイメージし励起してみたのだが、驚くことに一本も起動しなかった。どうやら、この世界には魔術回路どころかマナやオドといった概念すらないらしく、魔力はあくまで魔力として単体で存在するようだ。

 仕方なく、俺は魔術を行使しやすくできる方法を模索し、結果として疑似魔術回路を冥界放浪中に創ることが出来た。魔術回路という明確な予備知識があったからこそできたことなのだが、その実、体内に張り巡らされた血管をほぼ丸々転写した構造がやっとだった。

 前述の通り構造は血管に即しているので回路は一本だが、神造兵装を出せる当たり、流せる魔力量は規格外なはずだ。

 というか、そもそも魔術回路は作ること自体不可能である。正規ではないといえこんな芸当ができたのは、この世界がFateの概念から外れているお蔭だろうと思う。

 ともあれ、これでは魔力の生成、発現などの方法は確実に参考にならない。

 

 

「??つまりコウタ後輩は何が言いたいんだ」

「つまりねイッセー君、小猫ちゃんとは戦い方の相性が良かったから上手く鍛えられたんだ。僕はまだしも、イッセー君やアーシアさん、先輩方に関しては戦闘スタイルがあまりにも乖離し過ぎてる」

「コウタ君は神器を持っていませんし、教えられるのは体術や誰にも指導可能な筋力トレーニングくらいですわね...」

 

 

 そう。小猫ちゃんの気を使って身体を強化するという戦法は、俺が普段使用している魔術によって身体強化を行う戦法と酷似している。

 受けるでなく避ける戦術も同じで、その面へ特化した体捌きもある程度会得していた。

 俺からしてみれば、メチャクチャ得意なお題で絵を描けと言われたも同然だ。小猫ちゃんにとっての得手不得手が手に取るように分かった。

 

 

「ああ。そういう理由で、俺の指導役は小猫ちゃん限定って訳だ」

「!私、限定...いい響き」

 

 

 慣れないことはするものじゃない、というのは確かだ。

 生半可な知識と覚悟で、元あった小猫ちゃんの戦闘スタイルを崩すなどあってはならない。あくまで彼女はグレモリー先輩の眷属なのだから、こういった事は戦術を組み立てる先輩自身が行うべきだ。俺が口頭で伝えるだけじゃ成長度の把握が難しいだろうからな。

 関係がないという訳ではないが、俺の立ち位置は正直微妙という点もまた然り。

 

 

「よし。次は僕が相手になろうかな」

「....傍観役じゃなかったのかよ?」

「あんな戦いを見せられちゃ、騎士(ナイト)である僕は黙ってられないよ」

「はぁ、あんま期待し過ぎるなよ」

 

 

 随分厄介なことになったもんだ。前世じゃ何をどう間違ってもこんな状況には陥らなかったろうに....

 木場先輩は俺の返答に嬉しそうな表情で頷くと、その手に漆黒の剣を持った。お、あれは確か…

 

 

「これはあのエクソシストが撃った光弾を吸収した、光喰剣(ホーリー・イレイザー)さ。僕の神器は剣の属性を変化させられるんだ」

「じゃあ、最初に戦ったあの時は本気じゃなかったのか」

「ははは、ごめんね。あれは正真正銘本気だったよ。いくら属性を付与しても当たらないと意味はないんだ。だから、どれだけ剣自体を強化してもやっぱり僕自身の力量に左右される。 ...でも」

 

 

 そこで言葉を切った途端、彼の持つ剣に変化が起きた。

 剣にまとわりついていた闇が払われ、今度は刀身を包むようなつむじ風が出現したのだ。

 

 

「これで、少しは...」

 

 

 剣の切っ先を後方へ向け、身体を低く倒してから踏み込んだ瞬間、木場先輩が轟音と共に消えた。へぇ...久しぶりだな、霞んでしか見えなかったのは。

 

 

「本気に─────ッ!?」

 

ガァンッ!!

 

「いやさ、移動だけじゃなく攻撃まで速いままじゃないと無駄よ?それ」

「な...!たったそれだけのタイムラグを?」

 

 

 木場先輩の剣は俺の剣で防がれ、ギシギシと音を立てる。なるほど、強い風を後ろにぶっ放して自分の移動速度を底上げしたのか。セイバーさんの風王結界(インビジブル・エア)を地で行ったな。

 着眼点は悪くないが、敵の近場で立ち止まってしまうのは不味い。急所を狙ったり武器破壊を狙ったりと攻撃の視野は確かに広がるが、俺のように『視える』奴相手ではリスクが大きすぎる。

 一旦退こうと足へ力を込めたところを狙い、彼の足元に短剣を精製する。片足を持ち上げられてしまえば、もう身体は言うことを聞かない。

 俺はバランスを崩した先輩の胸元へ掌底を叩き込み、体育館の壁端まで吹っ飛ばした。

 

 

「うぐ...はは、よく分かったよ。速くしなきゃいけないのは、移動だけじゃないんだね」

「ああ。あとは、剣に属性を与える余裕があるんなら、そんなものじゃなく剣自体の強度を重視したほうがいい。それと、見た目に反した軽量化、重量化もその神器ならできるはずだ。強度の面を解決したらその段階に進むといい」

「コウタ君って天の邪鬼だよね」

「だまらっしゃい」

 

 

 木場先輩へ一言コメント(?)してから短剣を消失させ、どうやら準備万端らしいソイツの方へと顔を向ける。

 

 

「今度は俺が相手だ!功太ぁ!」

「ハッ、来いよイッセー!神様だってぶん殴れるっつー赤龍帝の力を見せてみろ!」

 

 

 

          ****

 

 

 

「げほっ...イタタ、もうちょっとくらい手加減して欲しかったなぁ」

「だ、大丈夫ですか?今治しますから」

「ありがとう。アーシアさん」

 

 

 胸を押さえた木場先輩が咳き込みながら私たちのところまで歩いてきた。しかし、すぐに駆け寄ったアーシアさんの治癒で痛みは引いたようだ。

 どうやら先輩は、コウタさんから少し私怨の入った一撃を貰ったみたい。

 

 彼はアドバイスが難しいと言いながらも、ちゃんと先輩へ助言をしていた。私にはよく分からないけど、的確な内容だったんだと思う。

 だけど、今は─────

 

 

「小猫、やっぱり手取り足取りだったの?」

「ふふ、興味津々ね。リアス」

「それはそうよ。小猫の成長はかなりのものなんだから、その中身が気になるじゃない」

「別に...普通です」

 

 

 そう。中身は至って普通。特別な事なんてほとんどない鍛練だった。

 だが、逆に言えばノーマル過ぎて、あまり意識しなかった内容でもある。恐らく、コウタさんの狙いはそれなのかもしれない。

 他に特別なところがあるとすれば、終わったあとに毎回頭を撫でて労ってくれたり、疲れて寝てしまっても膝枕してくれたりと、辛い鍛練の筈なのに、楽しみ...コホン、コウタさんの優しいところが挙げられると思う。

 

 

「普通、ねぇ...」

「あらあら♪」

「??」

「小猫ちゃん、部長さんたちはどうしたの?」

「...分からない」

 

 

 黒き疑いの眼差し×2と、純粋な疑問の眼差し×2から逃れるように視線を背後へ移動させると、丁度イッセー先輩がコウタさんに投げられて宙を舞っているところだった。

 そのまま体育館の壁へ激突し、先輩はやがて動かなくなる。

 

 

「おいおい。赤龍帝ってこんな弱っちかったのか?こりゃ白いのにも期待持てそうにないなぁ」

「コウタ。イッセーはまだ赤龍帝の籠手の真価を発揮出来てないわ。これから伸びるはずよ」

「...まぁ、伸び代はあるにはあると思うんですけど...うぅーん」

 

 

 コウタさんにしては珍しく、歯切れの悪い返答が返ってきた。部長さんたちもそれに少し驚いている。

 結局コウタさんはそれ以上イッセー先輩について口にせず、帰り道でした私との会話もいつも通りだった。




そういや未だに生徒会と一度も関わってなかった。


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File/17.ひとり

次話辺りから投稿ペース落ちるかもしれないです。ご了承をば。


 ヤバイ、帰るのが完璧遅れたな。こりゃ全員腹空かして不機嫌になってるぞ...

 

 そんなことを考えて身を震わせながら、自分とウチにいる猫や犬たち用の夕飯が入ったポリ袋を揺らして走る。

 いつも通っている馴染みのT字交差点へ差し掛かり、歩行者ボタンを押し込んで足踏みしながら信号待ちをする。...と、走行する車を目で追う中、奇跡的に気が付いた。

 

 

「ん?あれは...猫、か?」

 

 

 車道中央の白線辺りでうずくまってる、あの灰色毛玉みたいなのは.....やっぱり間違いない。野良猫だ。

 なんであんなところに、などと文句を垂れている場合じゃない。あの場所は上り左車線の車が右折したら確実に巻き込まれる位置だ。

 俺は持っていたポリ袋を放り出して駆け出す。大丈夫だ、届く!

 

 

「よし、確保だ。さっさと歩道へ戻って――――」

 

プァァァァ!!

 

 

 猫を抱えて振り向いた先の視界へ映ったのは、こういう人間を轢くことに定評のある、いかにもありがちな4tトラック。

 迫る己の死に恐怖はしなかった。俺はただ必死に、胸の中で丸まった命を巻き込むまいと、腕だけを全力で動かした。

 

 そして――――――――――――――

 

 

 

 

 

 .......。

 

 

「あ...がっ」

 

 

 ...なんだ。一体、どうなった?

 一応意識はあるらしいので、脳みそに命令を送って左腕を動かしてみる。

 

 

(あれ…?)

 

 

 しかし、感覚がない。左腕どころか、右腕も、左足も、右足も。全身の感覚が、まるきり亡い。

 目だけは動くらしいが、視界が半分真っ暗だ。それに、何故か冷水を浴びたかのように身体が冷たい。

 そして、俺はこのとき初めて目を『下へ』向けた。

 

 

(あぁ...そうか。やっぱり、そうなっちまったか)

 

 

 地面を染め上げていたのは、赤。それら全ては、己の一部だったモノだ。

 助かったのかなと多少楽観的になっていたが、世の中そう上手くはいかないらしい。

 

 

「にゃあ...にゃー」

 

 

 だが、少なくとも無様な死に方を晒した訳ではなかった。

 この分なら、俺は命懸けで猫を救った英雄として、末代まで語り継がれる伝説となるだろう。...あ、ここで死ぬんだから俺が末代じゃん。兄弟もいないし語り継がれねぇじゃん。

 そんな俺を慰めるように、視界の隅で頬(?)を舐める猫殿。やめろって、血で汚れるぞ。

 

 

「ゲボッ!ぐ...」

 

 

 やべっ、今致命的な何かが口から出たな。あぁーあ、俺もここまでか...思えば、ずっとお前みたいな奴等に囲まれてた人生だったよなぁ。

 走馬灯で流れる記憶は飯食うか寝るか駆け回るかしてるお前らの光景ばっかだ。

 

 俺は霞みがかってきた意識の断片で笑ってみせ、幾ばくかの感情と共に揺蕩う命へ終わりを告げた。

 

 

「全く....碌でもないくらい、楽しい人生だったぜ」

 

 

 俺は闇に呑まれた。

 

 

          ***

 

 

 なにか、腹辺りに重量を感じる。

 そんなに重くはないが、だからといって軽くもない。そして何故か温もりを感じた。こりゃ猫か...?またデブ猫のダムが乗ってると見た。

 俺は虚ろな意識のまま、その暖かい何かを掴んでみる。

 

 

「ふぁ?!」

「おぉ!?」

 

 

 柔らかい感触が手のひらを包んだと認識した同時、少女のものと思われるやたら艶めいた嬌声が響いた。

 俺は驚いて目を開け、目前に映った端正な顔にまた驚く。って、コイツは...

 

 

「オーフィス…なんで俺の布団にいるんだよ」

「それより、我のお尻から手を離してほしい」

「ぬおっ!...す、すまん、寝ぼけてた」

「別に、いい」

 

 

 一度顔を逸らした龍神さまだったが、今の...馬乗りとなった状態のまま、すぐにまた俺の顔を覗き込んできた。

 彼女が持つ黒曜石の如き無機質な瞳は、俺の瞳を捉えて離さない。

 

 

「コウタ。何で、泣いてた?」

「え...?あ、ホントだ」

 

 

 オーフィスに言われて目元を拭うと、その指先には雫が乗っていた。

 そこで自分が泣いていた事に今更気付き、見られていたと思うと少し気恥ずかしくなった。

 俺はこっちに来てからあまり泣いたことなどないし、そもそも見た目は15才だが精神年齢は30代くらいなのだ。涙腺は固い。

 

 

「まぁ、ちょっと昔の夢を見てな」

「昔…?コウタは今どれくらい?」

「15だ」

「全然昔じゃない」

 

 

 不満げな表情でペチペチと俺の胸を叩くオーフィス。何だか近頃あからさまに感情豊かになってきてないか?

 俺はそんな彼女の頭へ手を乗せ、左右させながら笑ってみせる。

 

 

「世の中は分からないことばっかりだ。だから、何でもかんでも手に入れようとするなんて不可能なんだぞ?幾ら龍神だからって、出来ることと出来ないこともあるしな」

「む....我、コウタ欲しい。二人で協力すれば、絶対グレートレッド倒せる。我の望み、これだけ」

「レッドの旦那は、お前と違って争いなんざ望んでねぇと俺は思うなぁ」

 

 

 グレートレッドと面識は一切ないが、何となくそう思った。

 次元を自由に旅するようなとんでもない存在が、静寂を得たいというオーフィスの願いを無碍にするとは思えない。まぁ、赤龍神帝に器量という概念があるのかは分かりかねるが。

 

 

「何故、そう言える」

「勘だよ。勘。だからお前には協力できないってことだ」

「そう。...じゃあ、戦う」

「むおッ!?」

 

 

 急に襟首を掴まれたと思ったら、とんでもない膂力でベッドからブン投げられた。

 俺は驚きながらも空中で身を捻り、地面へ足から着地し転がって距離を取る。...が、姿勢を正してから端と気付いた。

 

 あれ?俺の部屋って何回も転がれるほど広かったっけ?

 

 そんな疑問は、投げられた時に回った視界が回復した瞬間、あっという間に氷解した。

 俺の部屋だった周りの空間は、とうに別次元の世界へと侵食されていたのだ。ああ、アイツは戦う時に毎回この方法で全力を出してるんだった。

 名もなき大地に立つオーフィスは背中から漆黒の翼を広げ、俺は両手に干将莫耶を創造し、気分を入れ替える名目も兼ねて叫ぶ。

 

 

「オーバーエッジ・type-δ(デルタ)!」

 

 

 陰陽両の剣を魔力の変質により形状、特性を変化させ、鋭いフォルムへと仕立て上げた。それに魔力を通し、注ぎ込んだ刀身の回路で更に加速させ、エネルギーを増幅する。

 一方の龍神さまは両手に黒い炎のようなものを纏わせて棒立ち状態だ。

 それにしても、今日はオーフィスの表情がいつもより冷たく感じる。はっきり協力できないと否定したからだろうか?

 

 

「どちらにせよ、この一大決戦は避けられそうにないな」

 

 

 充足する莫大な魔力を証明するように赤と黒の稲妻を幾条も迸らせる干将莫耶を構え、一気に駆け出す。てか、せめて寝間着姿からは着替えたかったなぁ...お蔭でどうも気分が締まらない。

 しかし、是が非でも気を引き締めなければ。オーフィスの攻撃は、その殆どが一撃必殺なのだ。幾ら強力な防護障壁があろうとも、確実に拳一つで破られる。どうしても防ぎたいのなら、ランクA相当の防御宝具が必要だろう。

 なら、攻撃などさせぬ間でこちらが攻撃し続ければいい。

 

 しかし――――

 

 

ガッ、ギィン!!

 

「ッな?!」

「我は無限。故に無駄」

 

 

 振りかざした両剣はいとも容易く華奢な細腕で掴まれた。...おいおい、これ一個ずつ対城宝具並みの威力なんですが!?

 俺は目を剥きながらも、即時に思考を切り替え剣を手離して離脱。俺という魔力供給源かつ調整役を失った干将莫耶は、内に溜まった魔力を暴走させて大爆発を起こす。

 アレに巻き込まれて無事で済む奴はいないと思うんだが...と、巣食った楽観的な思考を隅に押しやり、俺は休むことなく両手を突き出して、再び魔力を手のひらへ集約させ叫ぶ。

 

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!」

「―――――穿て」

 

 

 爆炎を切り裂き、やはり傷一つないオーフィスが放った巨大な焔の矢(ブレス)が飛翔する。これは...防げるか?!

 

 ――――直撃。その瞬間、七枚ある花弁を模した防壁が一度に四枚消し飛んだ。

 

 俺は口元を引き攣らせながらも、残り三枚となったアイアスへ魔力を込め続ける。しかし、それから数秒と持たずに二枚が砕け散った。―――残り、一枚。

 俺はここで、盾にかざしていた右手を頭上に掲げる。

 

 

(どうせここは次元の狭間だ!『アレ』出しても大丈夫だろ!)

 

 

 最高純度の魔力を使い、俺は考えうる中で最も攻守共に優れているあの武器の名を喚ぶ。

 

 

千山斬り拓く翠の地平(イガリマ)ッ!!」

 

 

 ソレは、斬山剣と謂われる極大の神造兵装。名の通り山を斬り、拓く程の威力と大きさを持つ馬鹿げた劔。

 

 熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)が完全に砕け散る寸前、振り下ろしたソレは入れ替わるようにして焔の矢と衝突する。が、まるで相手にならぬとばかりに矢を両断した武骨な岩剣は、その先に居る黒き龍神へ迫った。

 

 

「これは....避ける」

 

 

 そう呟くと、オーフィスは翼を蠢動させて剣の凶刃から素早く退く。

 劔は直線なので、避ける事は容易い。....まぁ、このままなら、な!

 

 

「そうは、いかんってな!」

「!..ちゃんと、操れるの?」

 

 

 俺が手を引いた動作に合わせ、イガリマはその動きを止めると後方へ下がり始める。

 手元まで柄を持ってくると、普通の剣を扱うように腕を振るう。それに合わせて極大の劔も猛威を振るい、衝撃波を撒き散らしながらオーフィスを襲う。

 

 

「デタラメ、過ぎ…!」

「こうでもしねぇと、本気のお前とはまともに戦えねぇんだよ!」

 

 

 地図から街一をつ軽く消せるような存在と真正面から戦って打ち勝つには、それと同列をぶつけるしかない。イガリマを受け流しつつ避ける目前のゴスロリ少女には、特にこの法則を適用しなければ話にもならない。

 いや、勝とうと考えること自体間違いなのかもしれないが。

 

「うらァッ!!」

「...なら」

 

 

 一際大きな振り。オーフィスはそれを見逃さず、『俺』へ向かって疾走する。

 なるほど。武器じゃなく、その使い手を潰して無力化する気か!

 最善の選択ではあるが、今回は些か相手が悪いだろう。リーチも威力も十全なものに対し、肉を切らせて骨を断つという考えはあまりにも危険だ。

 

 

ガッゴオオオオォォォォォン!!

 

 

 しかし、それはあくまで俺たちの常識の下で成り立つ、真っ当な生物の規範に属するモノにのみ限られる。

 

 

 

「コウタ、覚悟」

「うっそ、止めやがった!しかも動かねぇ!」

 

 

 イガリマは龍神の右手に阻まれたきり、黒い瘴気のようなもので縛られ動かなくなった。

 オーフィスは受け止めた右腕から初めて見る血を流しつつも、岩盤のような刀身を伝い、此方へ走ってくる。

 そして、オーフィスの漆黒に染まった拳が、俺へ炸裂し――――――――

 

 

天の鎖よ(エル・キドゥ)

「っ!?」

 

 

 顕れたのは神をも拘束せしめる鎖。それは四方八方から龍神へと迫り、腕、腰、足に絡み付いて一切の動きを封殺した。

 

 搦め手の基本だ。相手が勝てると油断した瞬間を狙い、ジョーカーを切る。ただそれだけ。

 にしてもヤバい、神造兵装を二つも創ったお蔭で魔力がすっからかんだ。...でも、まともに戦って勝てたのは今回が初めて、か。

 

 

「動け、ない?」

「コイツは流石のお前でも逃れられないぞ。神様すら捕まえるからな」

「く...むむむ........う、分かった。我の負け」

 

 

 一頻り抵抗したものの鎖はびくともせず、龍神さまは明らか不満そうな顔だったが負けを認めてくれた。

 鎖を解いて解放し、イガリマも消す。...これで、荒涼とした異界の地に残ったのは俺とオーフィスのみだ。

 

 

「何故...」

「んあ?」

「何故、我に協力してくれない?」

 

 

 先程とは打って変わって、弱々しい声音で俺を見上げた無限の龍神。その瞳は揺れる不安を表しているのか、夜の海みたいに波打っていた。

 俺は目の前に立つ孤独な少女を抱き締めたいという強烈な衝動に見舞われたが、何とか押し留めて深呼吸をする。

 

 

「静寂が欲しい...だっけか」

「そう。我、グレートレッドを倒して静寂を得る」

「...なんで自分から一人になろうとする」

「否、ずっと一人だった。だから元に戻るだけ」

 

 

 その言葉を聞いた俺は思わず歯を噛み締めた。なら毎回、戦いの後に、別れる時に見せるあの寂しそうな顔はなんだ、オーフィス。

 

 尚も無表情な彼女を見ていると、ふと前世で拾ったアイツらの顔が浮かんだ。

 その中で、より鮮明に俺の脳裏を掠めたのは...孤独の寒さに震える、彼らの瞳だった。

 

 

「今までそうだったから...か。そんな理由で意地張るなよ」

「意地なんて...」

「いや、今のお前は...俺のもといた家族と同じ目をしてる。本当は寂しくて仕方無いってのに、わざと知らない振りしてんだ」

 

 

 皆そうだった。

 言葉が通じなくても分かる。心を覗かなくても分かる。アイツらは一匹だって俺に助けてくれなど言っていなかった。

 彼らは泥や血にまみれ極限まで衰弱していようとも、他者による救済を拒絶していたのだ。しかし、瞳の奥には確かに、庇護を求める念が存在した。

 

 同じなんだ。それと。

 

 

「我は―――――」

 

 

 オーフィスが肩を震わせながら顔を俯かせた...その時、盛大な轟音が響き渡った。

 

 この世界そのものを破壊して顔を覗かせたのは、巨大な紅き龍。

 俺は一目見ただけで確信した。...コイツが、次元の狭間を旅する放蕩者、D×D・グレートレッドだと。

 

 

『.....』

 

 

 奴は、俺とオーフィスを見て笑った気がした。嘲笑ではなく、まるで偶然友にでも逢ったかのような、嬉々とした笑み。

 

 

 そして、その光景を最後に、俺の意識は闇へ沈んだ。




原作序盤にてラスボス級キャラと次々顔合わせするオリ主。
実に楽しそうな人生ですね。


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File/18.つながる夢

今回もオーフィス無双。(※物理じゃないよ


 全身が痛い。そして、まるで肺に(つぶて)でも詰まっているかのように呼吸が上手くいかない。

 

 これは....そう、初めて疑似魔術回路に魔力を通したときの不快感に似ている。

 

 

 初めて魔力の精製をした時は、腕から、足から血が噴き出した。

 

 

 あの頃の俺は、魔力の増幅、変換、放出、譲渡...そのどれもが全く出来なかったから、何度も何度も微量の魔力を流して回路を慣れさせる段階から始めたのだ。

 お蔭で魔物との戦いで数えきれないほど死を覚悟した場面があったが、辛労辛苦の末、ようやく俺は体内に魔力を循環させることに成功した。

 ならば、やはり試してみたくなるのが人間の性。俺はそのとき、はじめて明確な魔術の行使をした。

 方法は至って簡単。近場に立っていた大樹に触れ、魔術回路を励起させて材質を詳細に把握。その後は樹に対する最適な破壊の指向性を持った魔術を作り上げるだけ。

 故に、魔力の放出は最小限に抑えられるはず。

 

 

「─────理導(シュトラセ)開通(ゲーエン)

 

 

 己が知るFate知識で、これほど安全かつ単純な魔術行使はないだろう。

 と、そんな俺の考えが根本的に間違っていた事を知ったのは、全ての事象が己の目前に結果として現れた後であった。

 

 具体的に言うと、数十メートルはあった巨木は木の葉一枚すら残さず消し飛び、その先に群生していた樹木も酷い様相となっていた。

 

 俺は、この光景を自分が作り出したものだと受け入れるのに数時間を要した。だって、ありえない。数か月前は少し魔力を通しただけで身体が悲鳴を上げていたのだから。

 

 ...この考えこそが、そもそも間違いだった。

 俺が初めて魔術回路を励起させ、何らかの魔術を行使しようとしたとき。

 

 その時に流した魔力の量は、大魔術や儀礼呪法を軽く上回るほどのものだったのだ。

 

 逆に言えば、そんな量を個人の魔術回路に流しておいて局所的な血管の損傷だけで済んだのはあまりにも異常。どれほど稀代の魔術師であろうと、一人で儀式クラスの魔術を一瞬で為すなど不可能である。

 

 一体何故、それほどまでの魔力を汲み上げられたのか。何故、俺の魔術回路は一切傷付くことなく神代の武具を創れるのか。

 

 

 この魔力は...一体何処から来ているのだろうか?

 

 

 

          ***

 

 何だ...?

 この微睡む感覚、ついさっきにも体験したような気がする。

 相違点を挙げるなら、口元がやたらと生暖かいことぐらいか...?あれ、動いてるぞコイツ。

 

 

「ん、む...」

 

 

 ある程度意識が覚醒してきた。しかし全身が怠い。指一本さえ動かすのが億劫なくらいだ。それに、なんか物理的に重いのが上に乗っかってるみたいだし...

 凄まじい既視感に苛まれながらも目を開けると、これ迄の疑問全てが一気に解決した。

 

 

「ちゅ...ちゅぱ、れる」

「.............................」

 

 

 瞳を閉じて頬を上気させたオーフィスが、俺の口を塞いでいた。...勿論、自分の口で。

 今回の事で、俺は貴重な経験をした。自分の理解を越えた光景が突如として展開されると、人は思考を完全に放棄するらしい。

 

 

「ちゅ、ちゅう...あむ」

 

 

 それは兎も角として...いつ終わるんだこれ。なんか舌とか入って来てるし、唇噛まれるし。まぁ、思考捨ててる俺には些細な問題だな。HAHAHA!

 そんな風にアレな感情を必死こいて躱しながらも、目前で展開される桃色な光景と、今尚蹂躙されつつある己の唇を意識したことで、身体の一部分は露骨な変化を呈し始めている。そろそろ本気で不味い。

 

 と、ここでやっともう一つの『変化』に俺は気付いた。

 

 

「んむ...?」

「ふぁ...コウタ、気付いた」

「お、おう。てかオーフィス、お前なんで...」

「魔力、少なくなってたから」

 

 

 そう。彼女が俺にしていたのは魔力の供給だ。

 吐息や唾液を介して行われる魔力の交換は効率が良く、短時間で他者へ魔力供給が出来る。しかし、俺は別に命へ障るほどの放出はしていない。供給をするにしても、肌の接触を介する程度の行為で充分なのだ。

 以上の事を掻い摘んで懇切丁寧に説明してみたのだが....

 

 

「別に、我の自由」

「なぜ顔を逸らす」

「なんとなく」

「...とりゃ」

「ふみゅっ」

 

 

 両頬を挟み込んでこっちへ向かせる。膨れっ面になっても、寧ろ愛嬌が増しているのは素直に凄い。オーフィスは不満そうだが。

 俺は少し赤くなってしまった頬をさすってあげてから、今度は頭を撫でてやる。

すると、小さき龍神は顔を俯かせてしまう…が、チラチラとこちらを何度か伺ってから、直後に手を伸ばして抱きついてきた。俺、そろそろ萌死にそう。

 

 

「我、コウタの夢...グレートレッドに見せてもらった」

「えっ?」

 

 

 一瞬どういうことか理解しかねたが、グレートレッドは夢幻を司る龍だ。誰かの記憶や夢を他の誰かに見せる事が出来るのだろう。となると、俺の見てた過去の夢がオーフィスへ...なんか恥ずかしいな。

 

 

「コウタの言ってた、家族...みんな、我と同じだった。でも、コウタと一緒にいたら、笑えるようになってた」

「...ああ」

「我もコウタと一緒にいれば、変われる?」

「100%の保証は無理だけど、お前にその意思があるなら、そう出来るように俺も努力するよ」

 

 

 俺もオーフィスの背中へ手を回し、抱き締め返してやる。

 それに答えるように、はたまた俺のした言を受け入れたかのように、一際強く腕の力が増した。

 

 

「俺が、お前に静寂をやる。だからまぁ、何だ。...ここにいろ」

「うん」

 

 

 我ながらぶっきらぼうな言葉である。ろくな声を掛けられなかった謝罪の意も込めて、俺は少女の長い髪を手で梳く。

 暫くそうしていたが、オーフィスは徐に俺の顔を見上げ、多少申し訳なさそうな瞳をした。

 

 

「我、グレートレッドを倒すために、何とかって変な組織に『蛇』あげてる。でも、コウタのお蔭でそいつらいらなくなった」

「ひ、酷ぇ言い様だ...。てか、お前ほどの存在が手を貸した組織ってヤバそうだな」

「名前は確か...か、禍の団(カオス・ブリゲード)

 

 

 知っている。それは冥界で有名な旧魔王派の連中で、現・四代魔王の座につく魔王様たちを憎んでるテロ組織だ!確か派閥が複数存在していたはずだが、今の所表立って動いているのはコイツらだな。

 なぜオーフィスはそんな...って、グレートレッドを倒すことをネタに協力を持ちかけられたのか。

 まさか、そんな奴等と手を組んでたとは...!

 

 

「オーフィス。『蛇』ってなんなんだ?」

「我の力の一端。使えば強くなる」

「...こりゃ、やっぱダメだな」

「?」

 

 

 今すぐにでもオーフィスを禍の団から引き剥がしたいが、メンバーの強化という要を担っている事から、容易には切れない関係になっているだろう。向こうの動向が全く分からない中では無謀な行為だ。

 俺は頭をガシガシ掻き、自分の無力さを痛感しながら口を開く。

 

 

「オーフィス、すまん。まだお前を禍の団から引っ張り出すのは無理だ。冥界で何が起こるか分からない。だから、─────まだ、組織に居てくれ」

「....」

 

 

 オーフィスは何も言わなかった。ただ、俺を抱き締めていた腕を移動させ、今度は肩へ持ってくる。

 疑問苻を浮かべていると、龍神の圧倒的な力で押し倒された。ベッドじゃなかったら確実に脳震盪で意識飛ばしてたな...

 

 

「別に、いい。少し待てば、コウタが助けてくれる」

「ああ、約束する。絶対だ」

「♪」

 

 

 決然と頷くと、オーフィスは薄く微笑んでから俺の首もとへ顔を埋めた。ホントは甘えたがりなのかも…?

 暫く頬を擦り寄せてきたり、じっと見詰めてきたり、抱きついたりと好き放題する甘えん坊な龍神さまを放っておいたが、突如としてその和やかな空気はぶち壊される。

 

 

「にゃあー!コウタ一体何処に──────────ッ!??」

『えっ?』

「…えっ」

 

『───────────────』

 

「お、お邪魔しましたー、にゃんて♪」

 

 

 パタリと扉が閉まる。

 俺はオーフィスへ次元の狭間へ退避するよう言ってから、鬼のような速度で消臭スプレーを部屋内へ振り撒く。こうしないと、黒歌は鼻が利くから匂いでバレるんだよ!

 そして、一通り終わったらベッドの中へ潜り込む。それとほぼ時を同じくして扉が開かれる音がした。

 

 

「あれ...コウタ?」

「お、おう.....黒歌か?」

「にゃにゃ?...コウタ、さっきこの部屋に入った時、変なドレス着た幼女に押し倒されてなかった?」

「ふぁっはっはっは!変な幻覚でも見たんだよきっと」

「むむ、確かにあの時は気が動転してたけど...じゃあ、こんな時間までどこ言ってたのよ!制服置きっぱなしだったから学校行ってるわけでもなかったし。...心配したにゃん!」

「こんな時間....?」

 

 

 俺はベッドの脇に置いてあったデジタル時計を掴みとって眺める。と、時刻は午後の六時過ぎ。朝起きたのが恐らく午前五時か六時頃...おいおい、どんだけ時間経ってんだ?!

 次元の狭間にいた長さは、体感で一時間もない。しかし、現実ではそれの十倍近く時間が経過していたらしい。なんつー浦島太郎だ。

 

 

「コウタ、大丈夫?ちょっと顔色悪いにゃん」

「あ、ああ、大丈夫だ。ちょっと冥界行ってやんちゃしただけだからさ」

「むぅ、なんか釈然としないにゃ...まぁでも?コウタはあんな小さい娘に興味はないでしょうしね」

「それは─────────」

 

「そんな事ない、猫。我、コウタに愛されてる」

 

「えっ」「えっ」

 

「?」

 

『.....................』

 

 

 いつの間にやら、部屋の中央にオーフィスが不満気な表情をしながら立っていた。

 

 降りる沈黙。硬直する二名、そんな二人を見て首を傾げる一名。

 

 それから約三十分後、ようやくお互いが話し合えるまで心の余裕を作ることができ、黒歌に嘘を吐いたことを謝罪、オーフィスの正体も全て話した。

 流石にこの幼き少女が無限の龍神であることに驚愕していたが、黒歌はひたすらに無表情なオーフィスを眺めると、何かを理解したらしく優しい笑みを作って頭を撫でた。当人はそれを撥ね退けて俺の背後へ隠れてしまったが。

 しかし、オーフィスもまた黒歌を認めたようで、少し表情が柔らかかった。

 

 何はともあれ、俺が黒歌に犯罪者予備軍(ロリコン)という不名誉なあだ名を付けられたこと以外はめでたしめでたし。




久しぶりに好き放題やりました。結構満足。

冒頭でオリ主が行った魔術は、Fate/Apocryphaから一部引用したものです。
要所に持論が入ってるので、おかしい点などに気付いた場合は御申しつけを。


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Phoenix.
File/19.修行開始


 この話から原作√へ戻ります。
 フェニックス編突入。
 


 休日の早朝。

 

 俺は小猫ちゃんと一緒に旧校舎までの道を歩いていた。

 今のところ理由は不明だが、宿泊道具を持って部室へ来てくれとのお達しを昨日例のノートでグレモリー先輩から受けてやって来ている。

 

 ...それにしても、学校を休んだことで小猫ちゃんから応答を求む旨のメールが五十通以上届いていたのには肝が冷えた。まさかヤンデレ属性あり?ハッ、冗談キツいぜ。

 ああ、キツいと言えば黒歌の説得は大変だった。部活の行事だから連れて行けないって何度も言ってるのに、保護者役だどーのと訳の分からん理由で引っ付いて来ようとするし...。昨日の夜はずっと押し問答してた記憶しかない。

 

 

「グレモリー先輩の婚約者....か」

「はい。その件で昨日いざこざがありました」

「...いざこざねぇ」

 

 

 俺も昨日は次元の狭間で無限の龍神さまといざこざしてたからな...。まぁ、それを言う気はないけど。

 ときに、先輩の婚約者がフェニックス家の三男とはな。かなりの名家だし、純血の悪魔同士ということで全く文句はないと思えるんだが....

 

 やがてオカルト研究部の部室前へ辿り着き、扉を開ける。

 

 

「失礼しま─────って、なんだコレ!」

「?カバン」

「確かにそうだけど...凄い詰まってんな」

 

 

 部屋に入って早々、膨れ上がったバッグやら筋トレグッズやらが散らばっている意味不明な光景が飛び込んできた。

 

 

「待ってたわよ?二人とも」

「グレモリー先輩、これは一体...?」

「ふふ、このバッグは全員分の荷物、そこの筋トレグッズ一式はトレーニング用ね」

「トレーニング?...まさか」

 

 

 俺は今日小猫ちゃんから聞いた、もう一つの昨日起きた出来事を思い出す。それと関連付ければ、確かにトレーニングする意味は頷ける。

 と、いうことは…?

 

 

「力持ちの二人に、コレを集合場所まで持っていって貰おうと思ったの。とは言っても、転移魔方陣があるから少しの間だけだけどね。で、私は魔方陣の展開を請け負うから、バッグとかの移動をお願いするわ」

「なるほど、こういうオチか...すまん小猫ちゃん、俺の荷物お願い」

「?わかりました」

 

 

 俺はため息を吐きながらも、宿泊道具(?)が詰まってるらしいゴツい登山用バッグを五人分一度に持つ。え、軽っ!合わせても100kgちょっとしかないだろコレ!

 拍子抜けした俺は、片手でバッグを全て持つことに決め、もう片方に筋トレグッズをぶら下げた。コイツは総重量70kgくらいか?

 

 

「あ、あの...」

「ん、どうした?小猫ちゃんは向こうで鍛練するから、自分と俺の荷物以外は持たなくていいぞ」

「いえ、重くないんですか?コウタさん」

「?全然大丈夫だけど」

「一応予想通りだったとはいえ、私がやったら腕取れちゃうわね...」

 

 

 二人が目に見えて引いている。

 いや、それは前世の時と比べたら俺自身だって驚く。だが、そんな事に一々びっくりしていては最早キリがない。

 何も無いトコからポンと剣とか盾を出せるなど有り得ない。魔物や魔獣も有り得ない。悪魔の存在だって有り得ない。...といった感じに。

 

「じゃあ、行きましょうか!」

 

 

 うーん、こりゃイッセー大丈夫かな?鍛錬で死んだりしなけりゃいいけど...

 

 

          ***

 

 

 

「やっぱり、レーティングゲームですか」

「そうよ、ライザーとはこれで決着をつけるわ。...幸い、皆やる気になってくれてるみたいだから」

「特に、イッセー君は天を衝かんばかりですわね」

 

 

 姫島先輩がそう言ってから向けた視線の先では、超重量のバッグを背負い、雄叫びをあげながら必死に斜面をかけ上がるイッセーがいる。しかし、それを尻目に小猫ちゃんや木場は黙々と山を昇っていく。

 あのバッグを背負った状態では、ある程度鍛えている人間でもこの山の半分くらいの標高まで登れるかどうかだ。もう山上近くの目的地は見えつつあるのだから、イッセーも負けず劣らず人を越えている。

 あっ、転けた。

 

 

「わ、私ちょっと行ってきます!」

 

 

 それを見たアーシアが飛び出していき、甲斐甲斐しくイッセーの傷を癒し始めた。辛いとはいえ、一般の登山ルートじゃこういうことは出来ないから利点はあるな。

 

 

「そういえば、アーシアさんってイッセー君のお宅へ住み始めたのですよね?」

「はぁ、だからアイツはここのところ急に余裕ぶり出したのか...」

「ふふ。一応、私も泊まってるんだけどね」

「ちょ...グレモリー先輩までイッセーと同じ屋根の下?!危ないですよ!」

 

 

 そう言っても、先輩は『可愛いから大丈夫』とウインクして答えた。き、危険だ。男はみんな飢えた野獣なんだぞ?

 少し...いや、かなり心配になったが、俺たちが頂上についた時のイッセーの態度でそれは霧散した。

 

 

「部長!朱乃さん!お疲れさまです!」

 

 

 なんというか、これはもう神聖視のレベルだな。コイツは二人へ邪な考えを持つこと自体の撲滅を画策してやがる。

 表面上は明るく、尊敬の念とともに主へ仕える眷属として振る舞ってはいるものの、彼はそれ以上の感情の昇華を自ら封殺していた。

 ...まだ、イッセーの心には天野夕麻が生きている、ということか。

 

 

「コウタ君?どうかしましたか?」

「いえ...」

 

 

 姫島先輩の言葉に否定とも肯定ともつかぬ返答をしてから、俺は自分の手のひらを見つめた。

 

 

(心の中、か)

 

 

 ─────内に住む本当の俺は、どちらなのか。

 前世で動物たちと暮らしていた平凡な俺か、現世で悪魔と暮らす非凡な俺か。...分かるのは、ここにいる俺こそが本物の俺自身であることだ。

 しかし、今問題にしているのは存在ではなく、自己を形作る『中身』。

 

 

(いや、中身の俺も現世のはずだ。じゃないと、俺はここまで非凡にはなれなかったはず。...じゃあ、『向こう』の俺は死んだのか?)

 

 

 いや、きっと違う。俺は『俺』を殺していない。何故なら、ちゃんと己の心にいるからだ。─────確かな記憶として。

 本当の死とは、世界の誰からも忘却されること。...だから、俺だけは絶対に『彼』の事を忘れない。奇しくも今の俺の置かれた状況と似ている、人ならざる存在に囲まれながら生きた、とある人間を。

 

 

「イッセー、憎しみや悲しみは...辛くても、忘れるなよ」

 

 

 過去も未来も現在も踏破してこそ、人は本当の意味で強くなれる。

 それはきっと、悪魔でも人間でも変わらぬ筈だ。

 

 

          ***

 

 

 時折休憩を挟みながら、イッセーたちグレモリー眷属の皆は過酷な鍛練に励んでいる。

 フェニックス家の三男、ライザー・フェニックスとのレーティングゲームまでは十日間の猶予があるらしく、その期間中は全てお山に建つグレモリー所有の別荘での修行に当てるそうだ。

 

 

「ハァァァ!」

「く、速っ...あいだぁ!?」

 

 

 イッセーは毎日木場との打ち合いをしているが、未だに一本も取れていない。攻撃や移動の速度に翻弄され、目も身体でも木場を捉えられていないのだ。

 剣なら攻撃範囲は決して狭くないと、イッセーは技法や戦略を無視してがむしゃらな戦いをしているのだろう。それでは成長するはずもない。

 

 

「くそっ、また負けた...つっ」

「ごめん、ちょっと強めに打ち過ぎたかな?」

「いや、確かに痛かったけど大丈夫だ。...っと、サンキュ」

 

 

 イッセーは木場に手を取って貰い、起き上がる。ふむ、絆が深まって来てるな。重畳重畳。

 二人もそうだが、今のオカ研を見る分だとチームワークに問題は無さそうだ。あとは....

 俺は考えをまとめながら、今まで身を隠していた木の幹の裏側から歩いて外に出る。

 

 

「イッセー、木場先輩。ちといいか?」

「うおっ!びっくりしたぁ!」

「こ、コウタ君、見てたのかい?」

「ああ。...ついでに、二人とも戦いに没頭するのはいいが、もう少しくらい周りへ気を配った方がいい。多対一、それか不特定多数の敵を相手取った場合の戦術は昨日少し教えたろ?」

「そ、そうか。レーティングゲームでも十分その可能性がある訳だな。背後を狙った不意打ちってやつ」

 

 

 ここ三日ほど厳しい鍛練を受けてきたイッセーは、以前と見違える...とまではいかないものの、確実に成長していた。

 木場に木刀でボコボコにされ、小猫ちゃんにぶん殴られてボコボコにされ、俺から大まかな戦術の数々を叩き込まれて精神までボコボコにされているはずなのだが、イッセーはそのたびにアーシアからの治癒を、慰めを施され立ち上がるのだ。流石元聖職者、他人へ希望を持たせることに関してはプロ級だな。

 レーティングゲームのルールも覚え、兵士(自分)が取るべき行動理念もグレモリー先輩を交え、教えている。

 

 

「そうだ。だから、無闇に自分の姿を晒すような戦いは避けるべきだ。都合よく味方全員が敵全員を足止めしてるとは限らないからな」

「あぁ、俺は一対一向きだからな。数で簡単に負け...ってなんか自分で言ってて悲しくなってきた」

「へぇ、コウタ君ってそういう知識はどこから持ってきてるの?以前から何処かの団体に属してたり、眷属になったりはしてないんだよね?」

 

 

 木場の問いに俺は頷き、周りの緑を軽く見渡した。目に映るのは勿論、樹木繁る森林だ。

 

 

「山の中じゃ喧嘩吹っ掛けてきた魔物と戦ってる最中に、別の魔物に背中からバッサリやられる場面が沢山あったんだ。誰の目にもつかないしルールもないから、当然奴等も色んな手を使ってくる」

 

 

 まだ弱かった頃は毎回それで死にかけた。なんせ、一体相手するだけでも骨が折れるのだ。(実は比喩ではなく実際何本も折れた)そうとなっては、二体目など到底手に負えない。

 逃げ足の速さと運の良さが上手く味方したから何度も生還出来たのだろう。知能が低い輩はその場で勝手に争ってくれたりもしたからな。

 

 

「でも、運もコッチ側へ引き込んでこそ、真の強者だ」

「ははは、君らしい考え方だ。まぁ、それには僕も概ね賛同できるかな」

「うーん、俺は実力で勝ちたい派だなぁ...」

 

「ほー。じゃあ、毎日夕飯用の野菜の皮だけを少ない魔力で素っ裸にする行為は、本番で勝てる結果に繋がるのか是非とも知りたいねぇ」

 

「んな!?何故知っている貴様コウタぁ!」

 

 

 俺は黒い笑みを張り付かせ、隠していただろうイッセーの秘密を暴露する。すると案の定問い質され、俺は毎日全員の鍛練を見て回ってる事を悪びれもせず素直に白状した。だって悪い事なんてしてないし。

 これには木場も驚きを呈し、グレモリー眷属の索敵能力の低さも新たな課題となった。

 

 

「じゃあ、ここ三日間誰にも気付かれないでコッソリ覗いてたのか?!アーシアや部長や朱乃さんや小猫ちゃんの鍛練を!?ちくしょう変態め!ことと次第によっちゃ返り討ちにされると分かってても殴りに行くぞ!!」

「大丈夫大丈夫。あくまで俺が見るのは純粋な鍛錬のみだからよ」

 

 

 ま、隠すような事をしてたのはお前くらいだけどなイッセー。と、心の中で呟いてから、木場の方へ顔を向ける。

 

 

「そうだ。木場先輩、ちょっと打ち合わないか?」

「あぁ、良いね。ちょうど鍛錬も行き詰まってきたところだったんだ。...ってことでイッセー君、試合は一時中断でいいかな?」

「はぁ...了解」

 

 

 俺は簡単な長剣を精製(フォーム)し、木場もシンプルな短めの剣...種類としてはグラディウスが最も近いと言えるものを握った。

 やはり動きやすさ重視か。だが、それでは威力や攻撃範囲に欠ける。

 

 

「ふむ」

「...?」

 

 

 俺は切っ先を上へ向け、剣を掲げる形をとった。これを見た木場は、首を傾げながらも攻撃的な姿勢を崩さない。

 そのうちに、剣へ魔力を纏わせていく。

 

 

「えくすかりばー」

 

 

 気の抜けた声をあげながら剣を降り下ろし、魔力で編み上げられた剣圧を飛ばす。その破壊力は、発生地点の地面が丸ごと消し飛ぶほどだ。

 しかし、こんなものは所詮ある程度の魔力を固めて放出しただけ。それ以外に特別な技や芸当などないし、本家の最強の幻想(ラスト・ファンタズム)には遠く及ばない。

 

 盛大に巻き上がった砂煙を眺めながら、無理な扱いにより砕けてしまった剣を土くれへ戻す...ところで、気付いた。

 

 

「チッ」

 

 

 舌打ちしながら立っていた場から飛び退くと、同時に地面から二本の剣が生えた。

そんな風に逃げる俺を追うような形で剣は連続出現したため、目前には剣の道が出来ている。

 

 と、背後に気配。俺は咄嗟に剣を振るう。

 

 

バキャアァン!

 

「─────ッ!」

 

 

 しかし、切ったのは剣。しかも魔力が少し含まれているものだ。

 そして、真横から突きつけられる銀の切っ先。...あらら、騙されたな。

 

 

「やっぱり、コウタ君は敵の存在を魔力で察知するんだね」

「あぁ、基本そうだ」

 

 

 これが一番楽な手法ではあるが、魔力の通った武器にまで該当してしまうので、正確さに欠く。

 本気の戦闘時に索敵で使うのは危険なので避けていたのだが、『グレモリー眷属にはこれで十分』と知らない内に慢心していたらしい。

 

 

「流石は木場先輩。正直驚いた」

 

 

 そう言って笑うと、彼も負けないくらいの笑顔で返答した。

 

 

「僕だってたまには先輩面したいさ」

「ただの見栄っ張りかよ」

 

 

 木場は周りの剣を消失させながら、尚も笑う。どうやら否定する気はないらしい。

 と、終わり的な雰囲気だったのに、それをぶち壊す声が響いた。犯人は無論、イッセーだ。

 

 

「はっ!じゃあ次は俺が先輩面してやるぜ!」

 

 

 回り込んで周到に逃げ道を塞ぐあたり、コイツの面倒な闘争心へ火をつけてしまったと見える。

 俺は露骨にため息を吐いてから、仕方なくイッセーに向かって片方の手のひらを突き出した。

 

 

「はぁ....いいぜ。ただしその頃には、アンタは八つ裂きになってるだろうがな」

 

 

...八つ裂きにはしなかったが、木場に負けた鬱憤晴らしに凡そ数割増しでフルボッコにした。




 慢心は怖い。でもヤンデレはもっと怖い。

 ※原作において、この話の時系列ではリアスとイッセーの同居はまだされていないはずですが、ワケ合って早期に部長さんは兵藤家へ行って頂きました。
 ...理由を察せる人はいるかもしれませんが(笑)


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Error File/01.日常風景

 なんだか物々しいタイトルですが、内容は明るくお気楽です。つまり番外編。
 この作品のコンセプト自体そんなもんですからね(笑)


 誰しもが揃って心折れるであろう、明一番の数学。

 黒板に果てしなく並ぶ珍妙な数式やらギリシャ文字、ノートへ写し取った所で思考を放棄する己の脳、高位の催眠呪術がごとき威力を持つ教師の口頭説明...全てにおいて人間の気概を削ぐに適した要素を果てしなく揃える魔物。それが数学だ。

 

 ....と、前世通っていた高校では、そう思っていた。

 

 

 

「95点...だと?」

 

 

 数日前に行った小テストは、恐ろしい結果を連れて帰還を果たした。いや、何かの間違いだろコレ...

 確かに、授業の内容は何故か以前と比べ物にならないくらい綺麗な形で脳へキャプチャされてはいたが、ほとんど予習なしで受けたんだぞ?

 

 

「おぉ、コウタやるな!まさか獅子丸の点数に匹敵するとは...」

「マジか!今回難しかったのにスゲェな!」

 

 

 何やら騒がしい樹林が、更に騒がしい獅子丸を連れてやってくる。

 そんな二人は実に対照的な点数となっていた。

 

 樹林は21点で、獅子丸は驚異の99点。

 本当は全問正解のはずだったのだが、名前を素で書き忘れるという前代未聞の奇行に及んだために一点マイナスとなった。神様、コイツの数学的理論で占められてる脳内容量を、少しは基本的な常識面へ回してやってくれよ。

 そんな事を思いながらワイワイ騒ぐ馬鹿二人へ溜め息を吐いていると、小猫ちゃんを呼ぶ先生の声が聞こえた。

 彼女は終始無表情で紙を受け取り、顔を上げた時に俺の視線に気付いたか、こちらへ早足でやって来た。

 

 

「どうかしましたか?」

「いや、ちょっと気になっただけだから」

「?...これの点数ですか」

「ん。まぁな」

 

 

 テスト用紙を掲げて見せた小猫ちゃんは、多少逡巡しながらもそれを差し出してきた。無理して見せなくてもいいぞとは思ったが、口に出すと彼女はむしろ意固地になってしまうだろう。

 ということから、俺も自身の用紙を渡すことで、痛み分けにした。

 

 

(あれ…?)

 

 

 小猫ちゃんの名前記入欄へ被せるように赤いボールペンで書かれていた数字は、78。

彼女には悪いが、点数が高めだったのには少し驚いた。

 と、さりげなく遠ざけていたのにも拘わらず、空気読めない例の二人が彼女の存在に気付いてしまう。

 

 

「おふっ!小猫ちゃんいつの間に!」

「し、失敬なのは百も承知でありますが、この卑しい私めに貴女様のテスト結果をご教示頂けないでしょうか?!」

「ダメ」

「ぬっはぁ!付け入る隙のない素晴らしきカウンター!でも悔しい感じちゃゴボフゥッ!?」

 

 

 上体を仰け反らしながらも身体をクネクネさせるという荒業を披露させている最中の樹林に向かって、突如二つの黒板消しが飛来。奴の横腹へ鬼のような速度で衝突したそれは、縦1m80cm、重量70kg近くある巨体を数m先の壁へ容易に縫い付けた。

 

 静まり返る教室。

 その中、両手から白煙をあげる数学教員の口より、たった一言のみが放たれる。

 

 

「黙れ。ガキども」

 

 

 心底どうでもいいが、この学校の教員は黒板消ししか武器として扱えないのだろうか?

 

 

          ***

 

 

 

「うーん...ちっと味付けミスったかなぁ」

 

 

 単純なようで、実は奥が深い卵焼きを咀嚼しながら眉をひそめる。ヤバイな、このままじゃ黒歌に調理スキルの練度を越されちまう。

 最近は弁当の作成を彼女へ任せることが多くなり、元々才能はあったのか確実に腕が上がってきている。

 

 

「まぁ...いいかな」

 

 

 そうなれば、結果的に俺の昼食が豪華になるのだ。上達ぶりに関しては寧ろ此方から後押したいくらいだろう。

 冥界放浪時はぶっ倒した魔物が大抵食糧だったし、味つけに関しては多少寛容なつもりだ。生臭いとかそういうレベルを越えてるからな、アレ。

 グレモリー家で暮らし始めてからは、世界三大珍味が毎日一品当然のように食卓へ置かれたが...いや、あれを普通と思ってはいかん。

 

 

「ん..ぅ」

「っと...おぅ、耳出てるぞ、耳」

「大丈夫。どうせ....二人きり」

 

 

 膝元から聞こえた声で一旦思考を切り、俺は空になった弁当箱を置くと小猫ちゃんの頭を撫でた。

 そう。お昼を食べ終わってから今までずっと彼女を膝枕状態なのだ。最近は毎日、昼休みを学校の庭でこんなことしながら過ごしている。

 

 ちなみに、ここら一帯は認識阻害の魔術結界を施しているので、半径2mより外側からは俺と小猫ちゃんの姿は見えない。なので、校内で俺たちのそういう噂は一向に立っていないのだ。

 

 

(別に立ってくれたっていいんだけどなぁ....あ、でも小猫ちゃんが明らか迷惑だな)

 

「コウタさん...」

「ん?どした」

「あの.....その、アレをやって貰っても、いいですか?」

「あぁ、お安いご用だ。お姫様」

 

 

 頬を紅く染めながらスカートの裾を握る小猫ちゃんの様子から、何を御所望なのかすぐに察し、俺は弁当箱を手早く布に包んでから腕を枕にして仰向けに寝転ぶ。

 すると、そんな俺へ向かい小猫ちゃんが赤い顔のまま覆い被さってきた。

 

 

「はふぅ...」

「はは、もう耳も尻尾も出し放題だな」

「す、すみません。気が抜けて、つい」

 

 

 しかし、謝りながらも俺の首に腕を回して、足まで絡み付かせてきた。スカート!スカート捲れるって!

 そう脳内で喚いてみても、流石にこの体位からでは脱出が難しい。まぁ叫び出したいくらいには幸福感が天元突破してるし、現状維持で行こうか。できれば永遠に。

 

 

「よしよし…」

「~♪」

 

 

 頭や頬、顎を優しく撫でてみると大層お気に召したようで、みるみるうちに小猫ちゃんの表情がトロけ始めた。

 次に彼女の背中へ腕を回し、思いきって抱き締めてみたが、怒られたり逃げられたりするどころか、甘い声を上げながら俺の首筋をペロペロと舐め.....舐め?!

 

 

「ちょ、ひょわ!」

「んふ...れろれろ、ちゅぷ」

「あわわわわ」

 

 

 カチコチ状態の俺に構わず、熱い吐息を吹きかけながら舌を這わせ続ける小猫ちゃん。ヤバイヤバイ!ただでさえ密着されてんだ、首をペロペロされてるなんて思ったら...

 仕方無しに、止まる気がしない彼女の後頭部辺りへ手を触れ、軽く昏睡の魔術を行使。途端にくたりと全身の力を抜き、気を失った小猫ちゃんを見てから安心したような、残念なような複雑な深呼吸をする。

 

 

「いや、寝ちまってる今なら...」

 

 

 そんな黒い衝動が一瞬身体を動かしかけたものの、自分の胸の上で安心したような表情を湛えて眠る無垢な白猫を見た瞬間、邪な感情は全て消し飛んだ。

 

 

(この子は絶対汚しちゃあかん。世が生んだ宝や)

 

 

 俺色に染めてやるとか烏滸(おこ)がましいにも程がある。あとで黒歌に思いきり殴って貰おう。

 

 

「うーん、謎の賢者タイム突入。しかも超前向き」

 

 

 晴天を隠す無粋な雲の少ない青空を眺めながら、そんなことを呟いてみる。

 答える声はなく、俺は当然ながらそれを期待してもいなかった。

 

 

          ***

 

 

 

「コウタ、お帰りにゃん。お風呂出来てるから一緒に入りましょ♪」

 

 

 俺はいつものように玄関先で出迎えてくれた着物姿の黒歌へ、両手を広げてから真剣な声音で懇願する。

 

 

「黒歌、俺を殴ってくれ」

「か、帰ってきて早々意味わかんないにゃん?!」

 

 

 ああ、確かに説明不足だった。これでは殴られたがり屋の変態みたいである。

 俺は少し思案し、最も分かりやすく、簡潔に事情を表現できる文を考えた。

 時間にして十秒。余計な着飾りは必要ないと決心し、生まれた言葉は――――

 

 

「─────寝てる白音にいやらしいことをしようとしアベシッ!」

 

 

 思い付いた言葉をそのまま口にしようとした俺だが、最後まで言い終わる前に左頬へ黒歌の右ストレートがめり込んだ。アカン、この威力はガゼルパンチに匹敵するぞ。

 彼女の加減できないパワーはよく知っている。なので、殴られた際に玄関の扉をぶち抜いて家から飛び出すという近所迷惑な騒音を回避するため、事前に結界を張っておいた。

 よって、固い結界の表面に背中を強打し、俺が涙目になるだけで済んだ。痛杉内。

 

 

「...コウタ、前に約束したわよね?白音が私と和解するまでは手を出さないって」

「ゲホッ...す、すまん。やっぱり俺も年頃の男っつぅどうしようもない生き物だから.....ハッ?!」

 

 

 ヤバい!痛みで正常な思考まで瓦解していたらしく、黒歌の前では絶対言ってはいけない発言をポロッと...って、あぁ!足が、手が動かない!

 冷や汗を垂らしている間に人形化させられてしまった俺は、昏い笑みを浮かべながら迫る黒猫を呆然と眺めるしかない...とでも思ったか!

 

 

「ハッハッハ!忘れたか黒歌!俺には外部から干渉する類いの呪術には耐性があることをッ!」

 

 

 そう。以前黒歌と戦ったとき、仙術を使った弱体化が失敗に終わったことが証拠。

こんなモンはすぐに弾かれて...弾かれて...はじ、かれて...ってあれ、動かんぞ?

 

 

「にゃにゃん♪コウタこそ忘れたのかしら?私の仙術が洗い流せなかったこと」

「な...まさか、あの時の!?」

 

 

 あぁ、あの時は腕の痺れがいつまで立っても取れなくて大変だったんだよなぁって、そんなことを悠長に考えてる場合じゃない!

 コイツ、さっき殴ったときにちゃっかり()()を流し込んでやがったのか!

 

 

「流石に、直接強力なヤツを注入すれば効くのね...むふふ、参考になったわ」

「さ、参考なんかにせんといて!ていうかまず離れてお願い!」

 

 そんな嘆願など聞く耳持たず、ガッシと俺の両肩を掴んだ黒歌は、その(普段は)綺麗な瞳を爛々と輝かせながら手足を絡め、やがて全身まで擦り付けてきた。

 

 

「ひ...ちょま、アッ――――!」

 

 

 この時、俺の脳内では椿の花が落ちる動画が生々しく再生された。

 へへ、親父...なんとか純潔は守ったぜ。

 

 

          ***

 

 

 俺は風呂に入って夕飯を食べたあと、げっそりとした状態のままベッドへ倒れ込む。うぅ、まだ全身に違和感がある...

 黒歌に何をされたかは、俺が精神の均衡を保つためにも聞かないで欲しい。切に。

 

 

「はぁ、気付けも合わせて魔力補給するかな...」

 

 

 そう呟いてゆっくりと起き上がると、ベッドの隣に備え付けられている燭台の引き出しから年季の入った木箱を取り出す。

 金属の金色の留め金を外してから箱を開け、見慣れた紙巻き煙草を一本摘んだ。

 

 

「ちっ、在庫少なくなってんな。ま、ここんとこオーフィスと戦い詰めだし、仕方ないんだがな」

 

 

 愚痴りながらも擬似魔術回路を励起。簡単な方式の魔術を使って炎を人差し指から出現させた。

 煙草へ火を移してから、燃焼する香草の煙と共に肺へ魔力を送り込む。吐き出すのは甘い香草の匂いを含んだ紫煙のみで、魔力は肺に溜め込んだ時点で体内へ溶け込むようになっている。

 身体に悪くないし、周りにも必要以上迷惑をかけない理想的な煙草である。

 

 

「一旦落ち着いたら、あそこに行ってまた買うかね...」

 

 

 上手くブレンドされた香草のもたらす鎮静作用はかなりのものだ。実際、さっきまで焦りまくっていたのが、今では嘘みたく鳴りを潜めている。

 と、何だかんだ考え事をしていたらあっという間に吸い終わり、多少落胆しながらも吸い殻をさっきの魔術で塵も残さず焼き付くす。

 ─────後に残るのは、冷静な感情を湛えた俺自身と、静寂のみ。

 

 

「...外の風にでも、当たるか」

 

 

 俺は木箱を燭台へしまってから立ち上がり、硝子戸を開けてベランダへ出る。瞬間、深夜特有の冷たい風が全身にまとわりつき、否応なく俺の体温を奪って行った。

 金属製の手摺に肘を突きながら、ボケッと夜の住宅を眺める。

 

 

「…起動(セット)全回路の状態を確認(トレース・オール)─────異常なし(クリーン)

 

 

 気づけば、日課と化している擬似魔術回路の拡張を試みていた。

 限りなく雑念や邪念の少ない今なら、或いは...

 

 

図面を確認(プラン・セット)全工程を確認(アドレス・セット)安全性を確認(セイフティ・オン)。─────全て異常なし(オールクリア)

 

 

 俺は魔力を通常の使い方とは異なる形で動かし、イメージする通りに回路を押し進めていく。畑を少しずつ開墾するように、ゆっくりと。

 しかし、異変はすぐに起きた。

 

 

「ぐぅ...あがっ!」

 

 

 まるでそれ以上の進行を阻むかのように、伸ばそうとした回路は弾かれてしまった。

 クソ、今回もだめ...か。

 

 

「ゲホッゲホッ!…く、全工程解除(セット・オープン)進行を破棄(オーバーフロー)!」

 

 

 これ以上の体内損傷を防ぐため、すぐにこれまでやっていたこと全部をごみ箱へ叩き込む。...ふう、何とか多少の喀血だけで済んだか。

 それにしても、毎度毎度こうじゃ進歩がない。ハリボテとはいえ確かに魔術回路が作れたのだから、延ばすくらい何とかなると思っていたのだが...

 

 

「何か、とんでもなくデカい何かが邪魔しやがる」

 

 

 胡乱な表現ではあるが、そうとしか形容できない。最近になってよくわからない箱みたいなイメージも湧いてくるし...

 

 

「はぁ...疲れた。もう寝よ」

 

 

 血が抜けた事で脳味噌に行き渡る酸素が少なくなったか、思考が鈍り始めた事を機に匙投げした。もう十分頑張ったよな、俺。

 

 ちなみに、俺は今日の夢で小猫ちゃんと黒歌の両方から迫られるという状況に陥った。

 親父...やっぱ俺はもう駄目かもしれん。




 疑似魔術回路延長のためにオリ主が詠唱した台詞はオリジナル。と言いたいところですが、言い回しを一部本家から拝借致しました。

 次回はいつものお話の軌道に乗っかり、修行編後半です。


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File/20.Rating Game -Set Up-

 修行はこの話でラスト。
 グレモリー眷属の最終的な成長具合は勿論原作と違います。


『よう、また来たか。...にしても、まさか自分の相棒より先に会話できる相手が出来るなんてな』

 

『む...会話、か。俺はそんな感じじゃないんだがな』

 

『だが、俺の声は聞こえているんだろう?』

 

『ああ。でも何だか現実味がないような感覚がするんだよ。慣れてないだけだろうが、まぁこっちのことだから気にしないでくれ』

 

『そうかい。で、今回は何の用だ?以前は相棒のバックアップを頼まれた訳なんだが、そっちはお前さんの提供してくれた方法で続けているぞ?』

 

『ああ。ちゃんと小分けして送れよ?イッセーのスペックじゃ純正の魔力を受け入れる器がミジンコぐらいしかないからな』

 

『おうよ』

 

『で、肝心の要件なんだが.....これを預かってくれないか?』

 

『む───────ほう、これはまた強烈なものを突っ込みやがったな』

 

『確かにそうかもしれんが。取り合えず、そいつはお前の相棒が次の段階に進んだ瞬間、ポンッと出してやってくれ』

 

『おいおい、こちとら真面に相棒と会話すらできねぇってのに、こんなモンを表に出すのは無理だろうよ』

 

『いや、恐らく平気だ。俺がこうやって会話しに来るたびに、外界との接点は強まっているはずだからな。覚醒さえすれば、多少の相互干渉が可能になる』

 

『...なるほどな。分かった、確かに聞き届けたぞ。俺としても、最強の龍を宿している神器というプライドはあるからな。なるべく相棒の助けにはなりたい』

 

『へぇー、見た目に似合わず健気だねぇ』

 

『黙れ人間。幾ら思念体であろうと、俺の炎で受けた傷はお前の肉体にまで届くぞ』

 

『それはこっちの台詞だ蜥蜴野郎』

 

『────────カカカ!威勢のいいガキだ!いんや、本当はガキって歳じゃないんだろうな、お前は』

 

『..........世間話は此処までだ。俺は戻る』

 

『ああ、今の俺は話し相手がいなくて暇だからな。いつでも来てくれて構わんぞ』

 

『けッ、あんまり懐くなよ。そう心配しなくても、すぐにお前の相棒とお話できるようになるさ。────────────んじゃな、ドライグ』

 

『ああ。─────異なる魂を持つ者よ』

 

 

 

          ***

 

 

 

 俺は腕や足を動かし、軽い準備体操をしながら、『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』がイッセーを強化していく様を眺める。

 

 今日で修行最終日となった今、イッセーと最後の模擬戦をするのだ。六日前に戦った時からどれくらい成長したのか、実に見物ではあるのだが...

 

 

(レーティングゲームじゃ、相手は待ってくれないからなぁ)

 

 

 目の前に倒すべき敵がいて、その人物が己の強化を目論んでいたなら、例え棒立ち状態でも確実にその場で倒すだろう。変身系のヒーローアニメで敵方がする行動としては極刑ものではあるが、残念ながらこの世界には魔法少女も仮○ライダーもいない。

 一応、戦闘前か安全な場所でブーストをしておけとは言ってあるが...本番では不足の事態がつき物だ。

 

 

『Boost!!』

 

「そこまでよイッセー。今の状態でコウタとやりなさい」

「わかりました!」

 

『Explosion!!』

 

 

 その声と同時に、イッセーから放たれる雰囲気が激変した。

 ピリピリと肌を熱で炙られるような痛みが俺を苛み、ごく自然に視界へ映す存在を強敵と認識する。

 侮れば殺られる...そう自らの直感が告げていた。念のため防護結界を二重にしておくか。

 

 

「待たせたな。行くぜ、コウタ!」

「あぁ、来い。....武具精製(オーディナンス・フォーミング)!」

 

 

 地面から飛び出した二本の長剣を掴み、突っ込んでくるイッセーへ牽制の意を込めた刃を閃かせる。彼は挟み込むような俺の剣に焦らず、一方を避け、もう一方は籠手で防御しながら進み、接近を果たす。

 ここまでは凡そ想定内。後は拳で殴ってくるか、勢いそのままにタックルか─────

 

 

「捉えたぜッ!」

「ッ───────それは!」

 

 

 握られた拳の中には、赤いエネルギーの塊があった。...ヤバイ、あれはオーフィスレベルの威力だ!こんな結界じゃ木端微塵にされる!

 尋常ではない危機を察知した俺は、両手に持った剣を触媒に、多少無理矢理ながらも構成を干将莫耶へ上書き(オーバーライド)して交差させた。それとほぼ同時に、破壊の塊は放たれる。

 

 

ドッグァァァァァァン!!

 

「ぬぐぉ!」

 

 

 腕へ凄まじい衝撃が伝わり、後方へ弾かれそうになるのを堪える。どうやら、結界を二重展開させた俺の選択は英断だったらしい。

 やがて衝撃が止み、罅割れた陰陽両の剣を下げた途端...目を見張った。

 

 なにせ、俺の両脇にあった地面が深く抉りとられ、自分の立っている場所のみが浮島のようになっていたからだ。

 

 大部分の威力は割いたはずなので、地を吹き飛ばしたのは弾いた余剰分の力だろう。だとすれば、イッセーの放ったあのエネルギー球は山ひとつ消し飛ばすくらいの威力があってもおかしくない。

 

 

「はぁ、はぁ....ど、どうだ」

「威力は誉められたモンだが、その消耗具合は致命的だな」

「やっぱりか、くそ...」

 

 

 イッセーはその場に寝転ぶと、眉を歪めて悔しそうな声をあげた。しかし、グレモリー先輩は彼に向かって満足そうに微笑んだ。

 

 

「ふふ、大丈夫よイッセー。あれだけの威力じゃレーティングゲームで使うのは無理だけど、もう少し出力を落として放つようにすれば連続して撃てるし、消耗も少ないわ」

 

 

 先ほどのは紛れもなく上級悪魔の攻撃に匹敵する一撃だった。あの分なら、元の4割くらいに落としてもフェニックスの悪魔一人を脱落させるに足る威力があるだろう。

 確かに、赤龍帝の持つ力の全てを使いこなせれば、山どころか国一つ潰せるんじゃなかろうか。先代たちが力に溺れたのも頷ける。

 

 

「にしても、筋トレと走り込み、打ち合いだけでここまで伸びるとは思わなかったな」

「基礎的なことばかりだったよね。イッセー君の鍛練メニューは」

「なんだ木場。喧嘩なら買うぞ」

「イッセー、その気概は明日のフェニックス戦にまで溜めとけ」

「ぐぬ、分かったぜ」

 

 イッセーが退いたのを確認してから、俺は真打ちである小猫ちゃんを呼ぶ。

 今回の鍛練では特別なメニューをこなして貰い、内に眠る仙術の模索をしていたのだ。内容の考案は無論黒歌である。

 ノートで依頼したのだが、彼女の複雑そうな表情が目に浮かんだ。早くこの関係をなんとかしてやらないとなぁ。

 

 

「まだ、安定しないけど...」

 

 

 少し自信無さ気に、しかし明確な意思を持って歩み出た小猫ちゃん。この分なら、やる前から失敗という結果はなさそうだ。

 彼女は両手を少し上げ、目を瞑ってから沈黙する。ひたすらに、沈黙。

 俺を除く全員が心配そうに小猫ちゃんを眺める中、ついにその変化は訪れた。

 

 今もなお微動だにしない四肢から、黄金色のオーラが零れ始めたのだ。さらに頭から白毛の猫耳、臀部からも同色の尻尾が生えた。

 

 

「な、なにぃ?!小猫ちゃんから猫耳と尻尾が...かわええ!!」

「なっ!コウタ、まさかこれって!?」

「はい。これは仙術の気です」

「でも、小猫ちゃんに仙術は...」

「俺、ロリに目覚めそうだ!」

「イッセー、テメェちっと黙ってろ!」

 

 

 そう。グレモリー先輩が驚愕し、木場も疑わしげな表情をしてしまうのも重々承知だ。何故なら、過去のトラウマから小猫ちゃんは仙術を忌避していると知っているからだ。

 だが、彼女は嫌うとともに、その能力を制御したいという強い思いにも苛まれている。言い方は悪いかもしれないが、その感情を鍛錬に利用させてもらった。

 

 

「...っは!く、ぅ...」

「っとと、大丈夫か?小猫ちゃん」

「う、うん...」

 

 

 維持する精神力を切らした小猫ちゃんは、グラリとよろめいて倒れそうになってしまう。が、そうなることをあらかじめ分かっていた俺が、隣から素早く腕を伸ばして抱き止めた。

 少し辛そうだったので、背中を擦ってやりながら元気づける。

 

 

「上出来ね。克服とはいかないまでも、向き合えるだけの覚悟を小猫から引き出すなんて....」

「本当、コウタ君は皆をいい方向へ導いてくれますわね」

「あぁ、猫耳が消えた....チクショウ」

「先輩方ありがとうございます。アーシアさん、今こそイッセーにアレを」

「は、はい!...これもイッセーさんのより良い未来のためです!アーメン!」

 

 

 アーシアは胸の前で十字を切ったあと、修行期間中に俺が必死こいて教えた唯一の魔術を行使する。

 それは──────────

 

 

「ガンドッ!」

「おぶぅ?!」

 

 

 指を銃に見立てて発射したのは、北欧にて人差し指で指さした対象へ病を誘発させる魔術、ガンド撃ち。

 今回は流石にイッセーを不調でブッ倒す訳にはいかないので、呪いの効力を弱め、その分魔力の濃度を上げてある。そのため、物理攻撃ランクには高得点を付けられるガンドとなった。ま、流石にあの()()()()()()には敵わないけどな。

 

 

「あ、アーシアさん。イッセー君動いてないけど大丈夫?」

「はわわ!やり過ぎちゃいました!すみません大丈夫ですか!?」

 

パアァァ

 

「か、回復させるのね」

「ふふ、これが世に言うショック療法というものなのでしょうか」

 

 

 頭から煙を出して目を回すイッセーのお蔭で、決戦間近だというのに明るい雰囲気が溢れる。だが、やはり皆どこかで引き摺っているらしい。

 

 ライザーはフェニックスであるが故に、不死身だという事実を。

 

 

          ***

 

 

 グレモリー対フェニックスのレーティングゲームは、今日の零時丁度となっている。現在は午後十一時五十分、今頃オカ研の皆は部室に集まっている頃だろう。

 当の俺は、旧校舎の外からぼんやりと深夜の夜空を眺めていた。

 

 

「不死身、ねぇ....」

 

 

 雲が月の光を遮る中、俺はライザー・フェニックスとの会話を思い出す。

 

 

 

 ライザー陣営の待機場所には割と楽に通せて貰えた。侵入ももちろんお手のものだったんだが。

 一応上辺だけの口実として、『ゲームの意志確認を目的としたグレモリー側の使者による訪問』。ということにしておいた。

 今更意思確認もなにもないと思うだろう。しかし、この見え透いた嘘には、相手へ腹の探り合いをさせてくれと、暗に申し出ている主旨を込めていた。

 問題は、そこに含まれた俺の意図を先方が汲んでくれているかどうかだったのだが─────────

 

 

「ほう、お前がグレモリーの使者か。─────で、何が目的だ?戦術、戦力分析か?...いいや違うな。この時間では対策を立てる猶予すらないだろうよ」

 

 

 問題なく、ライザー・フェニックスは気付いてくれていたようだ。流石はグレモリー家次期当主の婿殿といったところか。

 さて、こちらも手短にことを済ますとするか。ライザーの眷属の中に俺のことを詳しく知ってる奴がいたら面倒なことになるからな。

 

 

「安心してくれ。俺が聞きたいことは一つだけだ」

「...いいだろう。言ってみろ」

「このレーティングゲームに勝ったら、リアス・グレモリーと本当に婚約するのか?」

「愚問だな。そして、その事実は最早揺るぎないものとなっている」

 

 

 ワインレッドのソファに深く座り直しながら足を組み、口角を吊り上げ頬杖を突くライザー。これは気持ちの良いほど慢心しとるな。

 

 しかし、それに足る実力を備えているのもまた事実。

 

 ライザー・フェニックスが持つレーティングゲームの戦績は八勝二敗で、そのままでもかなりの勝率だ。問題は、その二敗すら懇意にしている家系への配慮でついた黒星に過ぎないということ。つまり、実際に十戦全勝する可能性は十分有り得た。

 これはある意味、グレモリー家の皆が先輩を100%婚約するためにした八百長試合だ。...まさか俺に黙ってこんな事を裏で進めていたとは、全く侮れない人たちだ。

 

 

「ご存知の通り十日の期間を与えてやってはいるが、それだけで彼等の実力が向上しているとは思えない。ま、精々俺の可愛い下僕を一人二人退場させられればいい方だろうよ!」

「あー!酷いですライザー様!それって暗に兵士の私たちが負けるってことじゃないですか!?」

「そうですよー!」

「ははは、誰もそうとは言ってないだろう?」

 

 

 ライザーの丁度背後に控える形で様子を見守っていた眷属のうち、二つの快活な声が響いてきた。口ぶりから察するに、彼の兵士だろう。確か八人満タンなんだっけか。

 当の非難された本人は、じゃれて来る犬や猫をあやすような表情で二人をあしらってから、冷めた声と共に俺の方へ顔を向けた。

 

 

「さぁ、質問には答えた。こちらには色々準備もあることだし、早急に御退室願おうか」

「...ああ、分かった。だが、最後にこの質問だけ答えてくれないか」

「ん?何だ」

 

 

 発言権を貰った俺は、ライザーの至近距離にまで歩み出る。

 当然ながら彼の眷属たちへ緊張が走り、構えたり殺気を飛ばしたりする輩が出た。俺はにじみ出る戦闘意欲を抑えながら言葉を続ける。

 

 

「婚約の目的は何だ?」

「ッ」

 

 

 どうやら、耳元で言われたことと、自分で思うよりも多量の威圧が込められていたことで、ライザーは少し返答に詰まってしまったようだ。

 しかし、ここは彼の高いプライドが上手く働いたらしく、存外に早く立ち直ってくれた。

 

 

「...フェニックス家の地位、権威の向上が為だ」

「ふぅん」

 

 

 興味なさげに生返事で応えたあと、左右両側から閃いた凶刃を強化済みの素手で受け止めた。...ったく、一端の剣士が敵の実力差を悟れなくてどうするよ。

 二人が驚いている間に、掴んだ手から魔力を放出して剣を弾く。双方が予想外の斥力を受けて仰け反った所へ、腹部に軽い掌底を叩き込み壁側へ吹き飛ばした。

 それを見たライザーが泡を食って立ち上がり、全身から炎を立ち昇らせるが、それよりも先に地面から飛び出した二本の剣が彼の顎を捉える。

 

 

「俺に戦闘意志は無い。先に手を出してきた、お前さんの『女王(クイーン)』へ注意してやってくれ」

「き、貴様は...一体」

 

 

 スレスレで止まった剣を消失させてから、俺は驚愕に固まるライザーの眷属(本人含む)へ向かい、営業スマイルでこう答えた。

 

 

「なに、平和的なOHANASHIのみを望んでる、只のグレモリー側から派遣されたしがない使者だよ」

 

 

 

 

 ──────────改めて思い返すと、使者というよりは啖呵切って帰って来ただけの馬鹿みたく感じる。いや、間違いなくそうだ。

 これ以降は軽率な行動を慎むとしよう。下手に警戒されては、寧ろ足を引っ張る結果になりかねない。

 

 そんな風にぼんやりと考えていた所で、部室の窓から光が迸るのが見えた。

 

 俺は深く呼吸をして脳内へ冷たい酸素を取り込んでから、ゆっくりと歩き出す。襲い来る睡魔の攻勢を欠伸で躱しながら歩みを進め、やがて目的の場所へ到着する。

 躊躇なく扉を開け放った先に立っていたのは、銀髪のメイドさん。

 

 

「こんばんは、グレイフィアさん」

「ええ、こんばんわ。....何故か、こうやって話すのは随分と久しぶりな気がします」

「それもそうですね」

 

 

 良く知る人物以外では、よく見ていないと気が付かない程の笑みを浮かべるグレイフィアさん。あら、意外と機嫌よさそうだな。

 そんな俺の雰囲気を察したのか、彼女は小さくなりつつある転移魔方陣を眺めながら言う。

 

 

「リアスが率いていた眷属の皆さん、数日前とは見違えるほど精悍な顔付きになっていましたよ?....貴方の仕業でしょう」

「あー...まぁ、少しは」

「ですから、()()()の可能性を考慮しているんです」

「....グレイフィアさん。その()()()、は一体何個のうちの一つなんですか?」

 

 

 その質問を聞いた瞬間、彼女には珍しく明らかな驚きを呈しながら上体を僅かにのけぞらせた。

 俺は悪戯っぽい笑みをわざと続けながら、居心地悪そうに目を逸らしたグレイフィアさんの返答を待つ。

 

 

「どうでしょうね」

「はは、そうですか。でも、俺がそれに協力するつもりはあるということ...一応伝えておきますね。どうせあのお調子者(サーゼクス)も一枚噛んでるだろうし」

「....これ以上の御遊びは流石に考え物ですよ?」

 

 

 それまでの空気を凍り付かせるほどの濃厚な殺気を漏らしたグレイフィアさんに対し、俺は消えた転移魔方陣の座標まで歩いて移動して、彼女へ背を見せながら明るく言った。

 そう、『努めて』明るくに、だ。

 

 

「─────その遊びで俺に勝てたこと、あります?」

 

 

 俺は殺気を投げかけられると、無意識に臨戦態勢へ移行すると同時、かなり気が短くなる。ちなみに、彼女が遊びで俺に勝てたことが無いというのは本当だ。

 背後にいるグレイフィアさんは少し後悔したような気配を見せた後、その殺気をしまった。

 

 

「『それ』、どうにかならないんですか?」

「『向こう』では気迫で負けると不利だという事に気が付いたんです。まぁ、病気みたいな感じですね」

「次会うまでに矯正しておいてください。お願いです」

「それは無理な相談ですね」

 

 

 割と切に頼み込んできているグレイフィアさんのお願いをバッサリと切り捨てながら、再び俺の足元で展開したレーティングゲーム現地への転移魔方陣へ、彼女とともに乗った。




 魔術回路という概念なしに、何とかガンドくらいはアーシアへ教えられたオリ主。え?役に立つのかって?それは本人次第だね。

 次回は遂にレーティングゲーム本番。
 ああ、小猫ちゃんの終盤まで強制生存フラグは立ってますんで(ゲス顔)


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File/21.Rating Game -Beginning-

ライザーとのRG回は全五部(前話を含めて)による構成で完結させたいと考えてますので、タイトルは分かりやすく今回のような形式で行きます。
ちなみに、RG中はオリ主空気になりますので。


 部長の指示通りに罠の設置を終えたので、次の作戦に移行することになった。

 今私の隣にいるのはイッセー先輩。これから重要拠点である体育館に潜入する際のパートナーである。

 私はさきほど部長から言われたことを改めて反芻してみる。

 

 

「体育館には必ずライザーの下僕がいるわ。戦闘は避けられないでしょうけど、指示通りにお願いね」

 

 

 佑斗先輩と朱乃さんとも途中で別れ、それぞれ個別の作戦へ専念している。

 しかし、この作戦はいずれ合流する二人と部長たちの戦況を有利にするため、絶対成功させなければならない。...実際、それに足る効果が望めるのだから。

 潜入地点である体育館裏の入り口に出たところで、私は前方で注意深く回りを見渡すイッセー先輩へ向かって口を開く。

 

 

「イッセー先輩、『敵を探す時は自分も意識する』。コウタさんの教え通り、不意打ちを喰らわないよう自分の身も案じて下さいね」

「了解.....だけど、建物がこれだけ大きかったら、何処から見てるかなんて分からないな」

「それなら...っ!敵、いる」

 

 

 私は体育館内に複数ある気配を察知し、先導する先輩へ注意を促す。が、それとほぼ同じタイミングで女性と思われる声が響き渡った。

 

 

「そこにいるのは分かってるわ!出てらっしゃい、グレモリーの下僕さんたち!」

 

 

 その挑発には取り合わず、まずは壇上の赤いカーテンから慎重に顔を覗かせ、敵の数を確認してみる。...兵士(ポーン)が三、戦車(ルーク)が一。数では此方が圧倒的に不利。

 私は暫し悩んだあと、イッセー先輩へこういう場合に取る作戦を素早く吟味してから話す。

 

 

「『複数、または見るからに強敵である可能性が高い敵には、正攻法で突っ込むのは上策ではない』。...ですよね。イッセー先輩」

「コウタの戦術マニュアルが役に立つな。よし、俺は一応兵士を相手するつもりだけど、こういう風にしたら─────」

「────────はい、分かりました。頑張ってみます」

 

 

 私の了承を受けたイッセー先輩は壇上から降り、神器を発動させながら体育館の地下へと移動。

 私は一度深呼吸して、逸る気持ちを落ち着けた。...敵が多いときは、なるべく相手全員へ動揺を走らせてから個別に攻めなければ、囲まれたり、挟み撃ちに合って容易に倒される。

 正直、これから取る戦法はあまり褒められたモノではないが、状況を有利に進めるためだ。私情は極力除外して思考するべきである。

 

 さて、あまり間を空けると此方の思惑が悟られかねない。

 私は決意の下に全力で地面を蹴って飛び出し、最も近場にいた小柄な兵士の一人へ肉薄、すれ違い様に回し蹴りを放つ。

 

 

「っな!」

 

バキィ!!

 

 

 防御するために咄嗟の判断で武器を盾にしたのだろう。だが、持っていた棍がそれで破壊されてしまった。

 私はそれを視認するまでもなく足の感触で理解し、地につけていた片足を軸に半回転、念のため用意していたもう一発の蹴りを背後から炸裂させる。

 

 

「ぐはぁッ!」

 

 

 上手く急所へヒットしたか、一際大きい苦悶の声を上げながら、弾丸のように吹き飛んで体育館の壁へ突き刺さる敵の兵士。

 私はそれで気を抜くことなく、すぐさま地面を蹴ってその場を離脱、残る三人から十分な距離を取ってから一息つく。

 

 

【ライザー・フェニックス様の兵士一名、戦闘不能(リタイア)

 

「ッ....不意打ちなんて、舐めた事をしてくれるわね!」

 

 

 今の交錯で一人敗退。開幕の合図としては申し分ない。

 姑息な手段によって仲間が一人脱落したことで、中華服(チャイナドレス)を纏った戦車の一人が怒りに任せて突進してくる。

 私はこの時、攻撃ではなく敵を観察することに念頭を置く。

 

 

『いいか?自分が後手に回った場合の攻撃手段はあんまり考えてするもんじゃない。だから反撃するまでの余裕は敵を観察することにあてるんだ。ここだ!って場面(タイミング)が見つかったら迷いなく勘に任せて動け。そうすりゃ最適なパンチが自然と出るはずだぜ』

 

(コウタさんと比べれば断然遅い。決め手のタイミングは───────多分、ここ!)

 

 

 腕を振りかぶる瞬間を見極め、適した構えを取る。そして、放たれた拳は半身を引く行動のみでギリギリ避け切る。ところが、威力の読みが甘かったらしく、胸元に鋭い痛みが走った。

 私は歯を食い縛ってその痛撃に耐え、標的への反撃を遂行するために拳を握ると、限りなく零距離でアッパーカットを繰り出した。

 

 

「飛べ」

「バカなっ!避け...ガハッ!?」

 

 

 腹へ叩き込んだ強烈な一撃で宙を舞う中華服の女の人。...く、痛みで少し威力が下がった、反省しなきゃ。

 しかし、後悔はあとにしなくては。まだ動ける敵が二人───────

 

 

 

ドルルルルルルッ!

 

「この!」

「よくも二人を!」

(ッ!)

 

 

 駄目だ。この距離ではまず避けられない!だからといって二人分の攻撃...あのチェーンソーを受けたらただでは済まないだろう。

 ───────なら!

 

 私は何とか足を動かし、地面を思い切り踏み鳴らした。そして、その瞬間。

 

 

「おっしゃ!待ちに待った兵藤一誠参上ォー!」

 

『Explosion!!』

 

「えっ!地面から!?」

「出鱈目すぎでしょ!」

 

 

 体育館の地面を勢いよく突き破ってきたのは、地下で倍加の時間を安全に確保していたイッセー先輩。見たところ、丁度いい頃合いだったみたい。

 先輩は驚愕で固まった双子の兵士二人をまとめてブン投げた。

 

 

『キャアアアア!』

 

 

 私は追撃をかけようと足に力を込めるが、それを見たイッセー先輩は何故か待ったをかけた。絶好の機会なのに...何か他にいい作戦でもあるのでしょうか?

 

 

「くははは!今こそ俺の修行の成果を見せる時ッ!いくぜ、洋服破壊(ドレス・ブレイク)!!」

 

 

 イッセー先輩がそう叫びながら指を鳴らした瞬間、さっき投げ飛ばされた二人の服が無残にも破れ散った。って、え?

 体育館内に木霊する兵士二名の絶叫。この光景には敵方の戦車も痛みを忘れ呆然としてしまっている。無論私もその中の一人。

 そんな渦中でただ一人、得意げな顔をしながら鼻血を流して決めポーズをするのはイッセー先輩。

 

 

「コイツは洋服破壊!俺の脳内に溜め込んだ妄想、理想を魔力によって具現化させた究極の俺得必殺技なんだよフハハハハ!...やべ、鼻血が」

「最低!ケダモノ、変態!」

「女の敵!」

 

 

 身体を両手で隠しながら涙目でイッセー先輩を罵る兵士の姉妹。いくら敵だとはいえ、これには同情を禁じ得ません...。というか、イッセー先輩最悪です。

 

 

「こ、小猫ちゃん!そんな目で俺を見ないで!大丈夫だから、使うの敵にだけだから!」

「それでも最悪です」

「一応分かってはいたけど、この結果は辛い!」

 

 

私はイッセー先輩...もとい変態先輩から距離を取り、タイミングよく部長から入って来た通信へ耳を傾ける。

 

 

『イッセー、小猫、そっちの戦況はどう?そろそろ例の作戦へ移れそうかしら』

「はい、大丈夫です。私たちも体勢は整いました」

「次も任せて下さい!」

『いいわ。朱乃の準備も出来たことだし、行動を開始して頂戴!』

 

 

 気持ちを入れ替え、真剣な表情となったイッセー先輩と頷き合い、体育館を離脱するために出入口へ向かって走る。

 その後方から、フェニックスの戦車の驚愕した声が聞こえて来た。

 

 

「なっ!まさか...逃げるの貴方達?重要拠点を放棄するつもり!?」

 

 

 そう、確かにここは重要な拠点。チェスでいうところのセンターであり、ここを占領すれば状況を有利に進められる。

 しかし、私たちの目的は体育館の奪取ではない。本当の目的は、状況を有利に進められると集まった、フェニックスの下僕...つまり彼女たちにある。

 

 体育館を走り抜けたと同時、背後から白い光が迸った。

 そして、直後に轟音。振り向いた先には、体育館が根こそぎ消失した光景が広がる。

 

 

撃破(テイク)

 

 

 その声の発信源へ目を向けると、空中に浮かぶ朱乃さんがいた。どうやら広範囲に及ぶ雷撃で何もかも吹き飛ばしてしまったらしい。

 ともあれ、囮作戦は無事成功。

 

 

『ライザー・フェニックス様の兵士二名、戦車一名戦闘不能』

 

 

 流石は朱乃さん。今の一撃で体育館の中にいた全員を倒してしまったらしい。イッセー先輩もその事実に呆然としていた。先輩も山を吹き飛ばせるぐらいの力を持ってるんですけどね。

 

 

『よしっ、三人のお蔭で最初の作戦は成功よ。...さて、朱乃は次の作戦まで魔力を溜めて置いて。イッセー、小猫は佑斗と合流次第、指示通りにお願い。私とアーシアも機を見計らって前に出るわ!』

 

 

 そろそろ戦況も中盤。だとすると、コウタさんの言う通り事前準備が効果を発揮するのは此処辺りまでということなのだろうか。あとは不測の事態に備え、常に気を抜かないこと....

 それを思い返した私は、念のためコウタさんから事前に教わった簡易的な魔力探知の術式を組み上げておいた。これを理解するまで八日ぐらいかかったのは、私のおつむが弱いせいなのかなぁ。

 

 

「よし、じゃあ木場と合流しようぜ!今の勢いなら俺たち、勝てるぞ!」

「あの変態技は駄目ですよ」

「だ、大丈夫、大丈夫だから!もう俺をそんな目で見ないでぇ!」

 

 

 イッセー先輩へ釘を刺しながら走っていると、今さっき張ったばかりの魔力探知の術式にもう反応があった。私はその瞬間に全力で身を捻り、その場から一刻も早く離れる。

 

 

ドオォォォンッ!!

 

「くぅッ!」

「うおあ!くそッ、何だ!?」

 

 

 何とか避けきったが、二撃目が来るかもしれない。私は地面を転がりながらも素早く次弾を意識して距離を取る。

 此方は只でさえ数が少ないので、一人でもやられれば大打撃だ。恐らくそれを敵も解っているはず。

 

 

「あら?避けられたかしら。意外とすばしっこいわね」

 

ドォン!ドォォォン!

 

「攻撃の数が、多い...!」

「小猫ちゃん!」

「ッ!イッセー先輩、来ちゃ駄目!」

「!」

 

 

 これは寧ろ良い状況だ。敵は先輩を軽視しているようで手を降す気がない。ならば、まざまざ此方の切り札を危険に晒すことは愚行だ。

 しかし、私個人にとってこれは不味い。敵の女王(クイーン)と思われる女性は空中に浮かび続けながら攻撃をしてくるため、私の拳や足はまず届かない。だからといって飛び上がれば只の的になってしまう。

 

 

「ふふふ、良く避けるわね。じゃあ...ここら辺一帯を爆発させたら、どう?」

「!」

 

 

 魔力の渦を纏った手がこちらへ向けられる。

 もう詰めだと諦めかけた瞬間、私と敵の間に一つの影が割り込んで来た。

 

 

「それ以上好きにはさせませんわ。ライザー・フェニックスの女王、ユーベルーナさん」

「あら、貴女は雷の巫女、姫島朱乃...ふふ、いいわ。一度貴女と戦って見たかったのよ」

 

 

 敵の攻撃対象が移った。今なら離脱できる。...でも。

 私は宙に浮かぶ朱乃さんへ視線を投げかけた。すると、彼女も此方を見て、私とは対照的に笑顔で声を掛けてくる。

 

 

「私なら大丈夫。貴方達を甘く見たこと、あの人に後悔させて来ますわ。だから、行って下さいな」

「...はい、頑張ってください。朱乃さん」

「くッ、すみません朱乃さん!お願いします!」

 

 

 彼女の意志を無駄には出来ない。ならば、これ以上の会話はいらないはず。

 私とイッセー先輩は次の戦いのため、その戦場に背を向けて走り出した。

 

 

          ***

 

 

 

「やっぱり、このままじゃジリ貧だな」

 

 

 俺はモニターを見ながらそう呟き、腕を組んで唸る。

 一応、イッセーのとんでもない隠し技には驚かされたが、あの程度では今後の戦況に大きな変化はもたらせないだろう。女性相手には効果的だが、能力の性質上触れなければ発動できないし、ライザー相手にかました所で誰得な光景が目前の画面へ映し出されるだけだ。

 

 さて、ライザーの戦法は既に割れた。アイツは自分の、フェニックスとしての特性を過信しているが故に犠牲(サクリファイス)を好んでいる。

 ライザーが作成した今回のゲーム展開は完璧に手を抜いた構成としているだろう。しかし、恐らく保険は掛けてある。体育館に敢えて実力が低めの兵士や戦車をおいたのは、グレモリー先輩が立てた最初の策を見越した上で立案された、重要となる先遣隊の実力を計る為の策だろうと推測できるからだ。

 彼女たちで先行したグレモリー眷属を脱落させられればそれまで。もし出来なかったら、撃破までの速さ、実力差を考慮した上で上位の戦法へ切り替える。実際、修行前では明らかに実力差のあった二人へ、突然女王を当ててきたのだから明白だ。

 ユーベルーナがイッセーたちを見逃したのは、姫島先輩の乱入が原因だろう。流石に、策を優先するあまりあれほどの実力者へ背を向けるほどの愚者ではないようだ。

 画面越しで次の作戦へ移動するため疾走する小猫ちゃんとイッセーを眺めていると、隣のソファに腰かけるサーゼクスが笑い出した。

 

 

「はは、考えてるね。...本当、君がリアスの陣営へ入ってくれれば負けなしなんだけどなぁ」

「残念。俺は悪魔になる気はないんでね」

「それはもっと残念だ。でも、一応気付いたことを聞かせてくれるかな?」

「ん、いいぞ」

 

 

 俺はさっき頭の中で考えたことを掻い摘んで伝えてみる。すると、サーゼクスは更に笑みを深めて頷いた。

 背後に控えていたグレイフィアさんも多少目を見開いている。

 

 

「フェニックスの不死性...これは確かに厄介だが、精神へ支障を来す術や呪いの類をぶつければ戦意喪失するはず。これがグレモリー側にあれば光明が見えるんだが」

「難しいね。リアスも姫島さんもその面には疎いだろうし、剣使いの木場くんや赤龍帝を宿したイッセー君、近接戦での格闘を重視した塔城さん...これはもう、殴り合って心を折るしかないよ」

「言い方は悪いが...その通りだな」

 

 

 言うだけなら簡単だ。しかし、それをやるのは基本的な実力でも多少なりとは言え差が出てしまうグレモリー眷属たち。ライザーは傷を負ってもいいという捨て身の戦法を取れる分、数で押すという考えも有効とは考え難い。

 

 

「ま、すでに()()の布石は盤上へ打ってある。あとはお前次第だぞ───────イッセー」

 

 




よく見なくても、あんまり空気化してないオリ主。彼のグレモリー眷属への影響力が伺えます。

色んな戦術指南が出てきましたが、恥ずかしながら全部独自論です。
明らかおかしいだろ!と思ったら遠慮なく御申立てください...


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File/22.Rating Game -Middle-

 前話は殆どが小猫ちゃん視点でしたが、この話はイッセー視点で話しが進みます。
 ちなみに、タイトルのMiddleは『中間、中盤』という意味です。


 木場が奮闘してくれたおかげで、ライザー側の兵士(ポーン)が更に三人沈められた。すげぇけど、イケメンスマイル込みで言われたらなんかムカついてきたぜ。

 現在は俺と木場と小猫ちゃんで、運動場の様子を用具倉庫の裏に隠れながら伺っている。なにせ。そこには騎士(ナイト)戦車(ルーク)僧侶(ビショップ)が一人ずついるという厳重っぷりだからだ。向こうにも作戦があるのかもしれないし、簡単に出て行けばやられる可能性は高い。

 だが....

 

 

「私はライザー様に使える騎士カーラマイン!最早腹の探り合いになど飽きた!さぁ出てきて私と戦え!」

 

 

 その声は、運動場のど真ん中に立っていた鎧の女性が発したものだった。俺と小猫ちゃんは思わず呆然としてしまったが、隣にいた木場は何故か笑みを浮かべると、立ち上がって倉庫裏から出て行ってしまう。あ、アイツ馬鹿か?!

 

 

「おい木場、止まれって!ばれちまうぞ!」

「ははは、あれだけ見事な名乗りをされちゃうと、敵役である僕としても無視できないよ。...戦う前から心で負けないように、しっかり名乗ってくる」

 

 

 そう言って背を向け、悠然と運動場へ向かって歩いていく木場は、悔しいけどかっこよかった。チクショウ、俺も負けてらんねぇ!

 後ろに控えていた小猫ちゃんも木場の覚悟に共感したようで、俺の目配せに頷いてくれた。

 

 

「僕はリアス・グレモリーの騎士、木場佑斗」

「俺は兵士の兵藤一誠だ!」

「戦車、塔城小猫」

 

 

 姿を現した俺たちを見たカーラマインは、心底楽しそうな表情で笑みを深めた。こ、この状況下で笑うか。

 

 

「面白い。私の心意気に応えてくれる者がグレモリー眷属に存在したとは...」

「僕としても、回りくどい方法じゃなく真正面から戦うってのは性分に合っててね。君とはいい剣戟が出来そうだ」

「ふはは、よく言ったグレモリーの騎士よ!」

 

 

 何だかあっちはあっちで勝手にヒートアップしてるな。ってか、木場が凄い好戦的な表情してやがる!初めて見るな。コイツのこんな顔。

 二人とも手に剣を握り、同時に駆け出す。だが、それからはすぐに目にも留まらぬ速さで斬り合い、俺の目では捉えきれなくなってしまった。うわ、やっぱりコウタの言ってた『騎士とは絶対戦うな』って忠告は合ってたみたいだ。俺じゃもうとっくに退場してるよ....

 と、見えない二人の戦いを観戦していると、隣にいた小猫ちゃんが俺の服を引っ張ってきた。...ああ、敵がいるのね。

 

 

「ふむ、見ているだけではつまらないだろう?一人で来るか?それとも二人か?」

 

 

 そんな言葉を放ちながら現れたのは、顔半分だけを仮面で覆った女性だった。この人がもう一人の戦車か。

 そして、声は別の方向からもう一つ飛んできた。

 

 

「随分と血気盛んな輩が多いこと。うるさくて耳が痛いですわ」

 

 

 もう一人は豪華なドレスを纏った金髪縦ロールの少女だった。確かこの娘は僧侶だったはず。

 一応、数では五分五分だが、実力のほどは残念ながら分からない。...でも!

 

 

「なら、二人纏めて俺が相手だ!いくぜ、ブーステッドギア!」

 

『Boost!!』

 

「いえ、イッセー先輩。ここは私が...」

「いや、さっき体育館で戦った時と女王(クイーン)との一戦で疲れてるだろ?俺はまだまだいけるから休んでてくれ」

 

 

 俺の指摘は図星だったらしく、小猫ちゃんは少し悩む素振りを見せながらも後ろへ下がってくれた。よし、期待を裏切らないように勝ってやるぜ!

 拳を握って腰を落とし、いつ攻撃が来ても対応できるように準備をしておく。と、そんな臨戦態勢の俺を見た僧侶の少女は、呆れたように嘆息をしてから身を退いた。

 

 

「生憎と私は貴方の相手をする気はありませんの。イザベラ、あの子が一人で戦ってくれるそうよ」

 

 

 どうやら戦意は本当にないらしい。完全に俺たちから離れた場所へ移動し、ライザーの戦車...イザベラへ相手をお願いしていた。

 彼女は元々そのつもりだったらしく、別段驚くことなく俺と対峙している。

 

 

「なぁ、そっちの僧侶は戦う気がないのか?それとも、何か戦えない理由があるのか?」

 

 

 俺の疑問を聞いたイザベラは多少言い淀むような表情を見せたが、やがて口を開いた。

 

 

「まぁ、事情はちょっと特殊でな。あのお方はライザー・フェニックス様の妹君、レイヴェル・フェニックス。正式に眷属悪魔となっているが、実の妹だ」

「な、なんだって!?」

 

 

 じ、実の妹を自分のハーレムに加えるだと?!なんて羨まし...いいや、素晴らし...いいや、最低な奴なんだ!ちくしょうやっぱ羨ましいぞコノヤロー!

 怒りの闘志を燃やし始めた俺を見たイザベラは、顕わになっている顔の半分を笑みにして突っ込んで来る。

 唸りを上げて迫って来た拳は身体を捻って躱す。

 

 

「あぶねッ!」

「...避けたか。ふむ、見くびっていたことを正直に謝ろう。次は遠慮せず行かせて貰う!」

「そ、そうかい!あんまり無理すんなよ!」

 

 

 とはいったものの、此方は致命傷となる一撃を避けるので手いっぱいだ。うおッ!今頬掠ったぞ!

 一応コウタや木場と接近戦の特訓は嫌になるほどやってきた。だが、イザベラから放たれる攻撃は二人とは違って緩慢で柔軟な動作だ。ここまで避けられてるのは、彼女の手数が少ないからこそだと思う。

 コウタが教えてくれた、攻撃の起点を見て、そこから繰り出されるだろうあらゆる攻撃の範囲から抜け出すという戦法。これを使えば、手から飛び道具でも出さない限り俺には当たらない。

 しかし、勿論欠点はある。さっき言った通り、攻撃の予測、防御が完全に出来ない俺では、相手から繰り出される攻撃の最大となる範囲外へ毎回抜け出さなければならない。そのためには大きな動作が必要だから、敵が放つ攻撃は間が長いことが一つ目の条件。そして、もう一つは単純に疲れやすい事。こんだけ激しく動いてりゃそらそうだわな!

 

 

『Boost!!』

 

 

 !...よし、これで五回目の強化だ。少し攻撃を受けてはいるが、まだ目を瞑れるくらいだろう。もうちょっと頑張るか!

 と、更に気合を入れたとき、何故か敵の攻撃が止まる。訝しみながら顔を上げると、その先には驚いた顔をしているイザベラの顔があった。

 

 

「まさかここまで避けられるとはな。その持久力...並大抵ならぬ鍛錬で身に着けてはいまい。傷を負いながらも切らさぬ集中力と合わせ、敵ながら感服する他ないな」

 

 

 放たれたのは、純粋な称賛。厳しい鍛錬を乗り越えて来たからこそ、彼女の言葉には内から込み上げて来るものがある。

 戦いという行為に負の方向性ばかり持っていた俺は、きっと間違いだったんだろう。拳を交えることで通じ合い、分かり合うこともまた可能なんだ。

 コウタ!お前の言っていたことは本当だったんだな!争いだけが戦いじゃねぇってのはさ!

 

 

「ああ、そうだ!だから俺はお前を全力で倒す!俺をここまで鍛えてくれた仲間のために!俺たちを信じてくれる部長のためにな!」

「なるほど、思いの力で神器はその能力を高める...私は倒すべき敵として些か役不足のようだな」

 

 

 イザベラが自嘲気味な表情をしたとき、木場の方でも戦況が動いていた。

 背後から漂ってくるのは、凍えるような冷気。これは...?

 

 

炎凍剣(フレイム・デリート)の前では、如何なる炎も凍り付く」

「なッ!貴様、神器を二つ有しているのか?!」

 

 

 木場の持つ剣は、氷の刀身を持ったものへと変化していた。

 カーラマインの炎を纏っていた剣が凍り付き、やがて崩れ去る。が、彼女は新しく腰から抜いた短剣を掲げ、叫ぶ。

 

 

「まだだ!そのような得物では、我らフェニックスの炎を完全に消す事などできん!」

 

 

 その瞬間、カーラマインを中心に炎の渦が出現し、木場もろとも包み込んだ。あちち!こっちまで熱波が飛んで来やがる!てか、あいつ味方まで巻き込むつもりかよ!

 そんな風に慌てる俺とは対照的に、木場は落ち着き払った表情で溶けてしまった氷の剣を見ながら呟いた。

 

 

「僕はね、複数の神器を持っているわけじゃない。ただ単に────────」

 

 

 突如、渦巻いていた炎が木場の手に集まり始めた。

 その手中にあったのは、またもや新しい剣。不可思議な形状となった中心に渦があるのを見る分、あそこに吸い込まれたのだろう。

 

 

「剣を創る。そういう能力を持った神器があるだけなんだ」

「剣を、創るだと....?」

 

 

 なるほど。『魔剣創造(ソード・バース)』、名前の通り本当に木場はあらゆる魔剣を創れるんだな。コウタとの一戦で見てはいたが、改めて目の当たりにすると強力な神器だ。

 炎の渦が収まったことで、ようやく此方に及ぶ妨害はなくなった。背後の小猫ちゃんにも特に外傷はない。

 

 

『Boost!!』

 

 

 と、ついに待ちに待った百五十秒が来た!

 俺はすぐに籠手が装着されている手を開き、部長の言っていた通り、己がもっともイメージしやすいものに例えてエネルギーを集中させていく。

 それは、俺が好きなアニメ『ドラグ・ソボール』の主人公が持つ必殺技、『ドラゴン波』。

 

 

『Explosion!!』

 

 

 威力を弱めるために少し調節を加えてから、片手に集まった赤い奔流を握り込む。修行中にコウタへ放ったアレをそのままブチかましたら不味いので、セーブをしておく必要があったのだ。

 俺は気合一声、最高のプレゼントを携えた拳を引っ提げてイザベラへ突っ込む。

 

 

「むっ、来るか!」

「俺の持つ最高の拳!受け止めてみろぉ!」

 

 

 今までとは明らかに踏み込みが違うイザベラの拳と、赤い尾を引く俺の拳が激突する。

 痛ってぇ、けどッ!タイミングは文字通り文句なし!出番だぜ、セイクリッドギア!

 

 

「喰らえ、ドラゴンショットッ!」

「な、なに!?」

 

 

 開いた拳から放たれた通称・ドラゴンショットは、威力を大幅に制限してもなお盛大な爆発を巻き起こし、イザベラの立っていた場所へ小規模なクレーターを作り出した。自分でやっておきながら、これはヤバいな...

 直撃を受けたイザベラは光となって消え、ゲームから退場する。

 

 

『ライザー・フェニックス様の戦車一名、戦闘不能』

 

 

 グレイフィアさんの声でアナウンスが入り、それによって自分の力でライザーの眷属を倒した事が理解出来た。

 

 

「いよっしゃあああ!」

 

 

 行ける。行けるぞ!この戦い、勝てますよ部長!

 と、歓喜で震える俺の耳に風切り音が聞こえた。瞬間、金属をぶつけたかのような甲高い音が響き、俺の隣に小猫ちゃんが滑り込んで来る。

 

 

「イッセー先輩、油断はだめ」

「くっ、兵藤一誠は危険だ!今すぐ対処しなければ!」

「いいや、させないよ!」

「ちぃッ!」

 

 

 俺の足元には短剣が転がっていた。どうやら小猫ちゃんはこれを弾いてくれたようだ。危なかった...

 よし!俺も木場の加勢に回って、早くライザーのところまで─────────

 

 

「カーラマイン、グレモリーの下僕さんたちも一度戦闘を止めなさい」

「!レイヴェル様...」

 

 

 今まで後方に下がっていたライザーの妹が、突然カーラマインと俺たちへ戦いを中断するように言って来た。ふむ、流石は王様の妹ってところか、あれだけ熱くなっていた騎士さんを黙らせちまった。

 そして、妙な戦闘中断があってから少しして、前方から複数の影が此方へ近づいてきた。

 

 

「あれ、イザベラ姉さんがいないよ?」

「やられちゃったんじゃないの?」

 

 

 顔を見る分だと、残るライザーの眷属悪魔たちだ。まさか、ここで決戦ってことなのか?

 木場と小猫ちゃんの表情が厳しいものとなってくるが、そんな俺たちに取り合うことなく、レイヴェルは新校舎の屋上に指を向けた。

 そこには──────────────

 

 

「なっ...部長とライザー?!なんであんなところに!」

「お兄様はリアス・グレモリーの善戦っぷりに焚き付けられたみたいですわよ。キング同士の一騎打ちを申し出て、それを貴方達のキングも了承したんですって」

 

 

 それに驚愕する間もなく、通信機からアーシアの慌てた声が聞こえてきた。

 

 

「アーシア!まさか屋上にいるのか?!」

『は、はい!部長さんはライザーさんが突然申し出て来た一騎打ちを受けたんです!私はお許しを貰って同行してるんですけど....』

 

 

 急展開に頭がついて行けない。ちくしょう!どうすりゃいいんだ!

 屋上で始まった二人の戦いを見る事しかできない自分に憤りを感じていると、そんな俺の背中を叩く人物がいた。

 

 

「先輩、行ってください」

「小猫ちゃん...でも」

「ここは私と木場先輩で止めます。大丈夫。彼女たちは不死ではありません。一人例外がいますが、彼女は戦闘向きでない僧侶です」

「っ....そうだな。俺が修行してきたのは、あそこにいる焼き鳥野郎をぶっ飛ばしてやるためだ。なら、俺が行くべきだよな」

 

 

 俺はもう一度屋上を睨んでから、小猫ちゃんと拳を突き合わせる。周りを警戒しながらも話を聞いていた木場と目配せし、タイミングを計る意向を伝えた。

 そんな俺たちを見ていたレイヴェルは、露骨に溜息を吐きながら口を開く。

 

 

「さて、作戦会議は終わりましたの?では、こちらも相応の戦法をとらせて頂きますわよ」

「そうだね。多分そっちと同じくらい────────」

 

 

 木場がそう前置きしてから地面へ手をかざし、前方へ無数の魔剣を生やす。

 

 

「────────こっちも大概な作戦だぜ!?」

 

 

 それを皮切りに、俺は全力で新校舎の昇降口へ向かって駆け出した。

 ここで俺たちの意図を理解したか、レイヴェルが血相を変えて叫んだ。

 

 

「ッ!誰か兵藤一誠を止めなさい!余力を残した彼をお兄様へ近づけるのは不味いですわ!」

『御意!』

 

 

 号令を受け、一気に飛び出してくるライザーの眷属たち!...これはヤバいか?!

 だが、その怒号に一切怯む事無く叫んだのは、我らが『騎士』木場佑斗。

 

 

「かかった!────────必殺、コウタ君直伝・ゲート・オブ・バビロン!」

 

 

 その宣言と同時に、地面から顔を覗かせていた無数の魔剣が、弾丸みたく次々と飛び出した。

 地面から間断なしに放たれる剣で勢いを削がれたライザーの眷属たちは、その身で剣を受けるか、何とか弾くかの方法で後退を余儀なくされていく。

 

 俺はその間に運動場を走り抜け、背中越しに二人へ声援を送る。

 あとは頼んだぜ...木場、小猫ちゃん!

 

 

『ライザー・フェニックス様の兵士二名、僧侶一名、戦闘不能』

 




 原作と違い、運動場での追加戦力を木場君が持つ隠し技で脱落。イッセーは覚醒してない状態のままでライザー戦に望みます。


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File/23.Rating Game -Resolution-

レーティングゲーム回、ついに後半突入です。
そして前回同様、引き続き地の分の視点はイッセーとなってます。
今回のタイトル Resolution は『決意、誓い』という意味です。


 校舎内を駆ける途中で足を止め、窓に目を向けながら歯を噛み締める。

 視界に入った運動場では、依然木場と小猫ちゃんが敵の眷属たちから猛攻を喰らっている。やはり、自分があの場に残った方が良かったのではないだろうか...?

 そんな後悔が脳裏を埋め尽くす中、コウタからレーティングゲームの講義中にこっぴどく言われた、とある言葉がよぎった。

 

 

『キングを最優先で守れ。例え他の誰が危機的状況でも、王様がやられちゃ問答無用で負けるからな。分かったか?イッセー』

 

 

 ...ああ、ちくしょう!分かってるさ、それがどうしようもないくらい正しいって事は!

 

 そう。コウタは何も間違った事を言ってない。理に適っている。...でも、やはりどこか気に入らない。

 自分が上級悪魔に...キングになったら、絶対誰も傷つけはしないし、見捨てもしないのに。

 

 

「そこまでやってこそ、真のハーレム王だ....!」

 

 

 俺は右手から一定の間隔で聞こえてくる強化の音声に耳を傾けながら、屋上へ続く階下の階段に足をかけた。

 その時、驚愕のアナウンスが校内に響き渡る。

 

 

『リアス・グレモリー様の女王、戦闘不能』

 

「な...に?朱乃さんが、だって?」

 

 

 有り得ない。あの人は俺たちの...グレモリー眷属の中でもトップの火力と戦闘知識を兼ね備えてるんだぞ?!

 まさか、敵の女王が朱乃さんより────────

 

 

「クソッ!!んなわけ...!」

 

 

 止まっていた足を動かし、屋上の扉を睨みつけて踏み出す。

 急がないと不味い。もし朱乃さんが本当に倒されてしまったのだとしたら、ユーベルーナの攻撃対象は間違いなく木場と小猫ちゃんへ移る。

 もしレイヴェルたちと合流してしまえば、戦況はさらに悪化するはず。そうなったらもう...

 

 

「させねぇ!俺を信じてここまで連れてってくれた二人の目の前で、ライザーの野郎をぶっ飛ばすんだ!!」

 

 

 決意で奮い立ちながらも、周りを見れる程には理性が残る。実にベストなコンディションとなった。

 勢いそのままに足で扉を蹴破ると、そこには身体のあちこちを裂傷や火傷で傷つけている満身創痍の部長と、その部長を後方で必死に治癒し続けるアーシアがいた。

 我慢ならずに飛び出し、ブーステッドギアの強化を維持させてからライザーへ拳を振りかざす。が、戦場に乾いた音を響かせて、俺の腕は奴の手のひらに阻まれた。

 

 

『イッセー(さん)!』

「はははは!来たか弱小赤龍帝。だが、もう手遅れだ!」

「うるせぇ!どんな状況だろうと部長がいる今なら、テメェを退場させりゃ俺たちの勝ちだろうが!」

「ほう、ならばやってみろ」

 

 

 拳は暫くライザーの手と拮抗していたが、一際強く力を込めると、その勢いでお互いに後退した。

 

 

「イッセー!駄目よ、貴方じゃライザーには勝てない!」

「イッセーさん!」

 

 

 俺の背中越しから部長とアーシアの悲痛な叫びが聞こえてくるが、ここは譲れない。このままでは部長が...俺たちのキングが倒れてしまうからだ。そうなれば、ゲームはライザーの勝利で終わる。

 俺は自分の頬をひっぱたき、気合を入れてから二人へ向かって言う。

 

 

「俺がここにいるのは、皆との約束を守るためです!俺が戦うのは、ライザーに勝つためです!...コウタにもう伝えてあるから!笑顔の部長を連れて帰るって!!」

「イッセー、貴方....分かったわ。存分に戦いなさい!アーシア、彼の回復(バックアップ)をお願い」

「は、はい!」

 

 

 部長は頷いてから下がり、アーシアが代わりに前へ...俺の近くまで歩いて来る。

 俺はアーシアへ無理しないよう釘を刺してから、笑みを浮かべているライザーに身体を向けた。

 

 

「覚悟はいいか?ライザー・フェニックス」

「フン、多少強くなったぐらいで粋がるなよ。兵藤一誠」

 

 

 その瞬間、いかにも挑発に乗ったようなタイミングで踏み込み、すかさず拳を打ち込む。

 弾くか、避けるか...どちらにせよ、ライザー戦の対策はしてあるのだ。

 アイツが油断している今こそ、畳み掛ける絶好のチャンス!

 

 

ガヅッ!!

 

「な....!?」

 

 

 俺は目を剥く。何故なら、フェントで放ったはずの拳を、ライザーは弾くことも避けることもせず、顔面で受け止めたからだ。

 動作を抑えるために手加減してるとは言っても、強化済みだからコンクリート塀に罅入るくらいの威力だぞ?!正気かコイツ──────ッ!

 

 

「ごはッ!」

「無駄なんだよ。お前のする行動、考えてる作戦の全てがなぁ!」

 

 

 驚愕している隙に頭を掴まれ、地面へ引き倒された。その勢いでアスファルトへ思い切り頭突きし、激痛が暴れまわる。

 ぐあぁぁぁ!!痛い痛い!凸が割れちまう!

 そのまま何度も額を地へ打ち付けられた俺は、脳味噌を激しく揺すられたお陰で意識が飛びかけた。

 ────────だが、

 

 

(ッ!!)

 

 

 耳が馬鹿になりかけていたが、確かに聞こえた。アーシアと、部長の声が!

 そうだ、この戦いには負けられない。もう、何かを奪われるのは沢山だ。...なら、ライザーに勝って終わらせる!!

 

 

「ぬぁぁぁぁッ!っ痛ぇんだよ焼き鳥野郎ォ!」

「ぐがっ!...チッ、石頭が。あれだけやってまだ元気だとはな」

 

 

 倒れた状態のまま無理矢理足を持ち上げ、ライザーの頭に蹴りを叩き込んだ。よし、まだ立てる。戦えるぞ!

 俺は握った手にドラゴンショットのエネルギーを溜め、顔を抑えながら後退した奴へ肉薄する。

 

 

「そらぁッ!」

 

ドゴォン!!

 

「ガフッ!...無駄だと言ったろう、お前の力では俺を倒せん」

 

 

 顔面を完璧に捉えたはずの右腕は、ヒットしたにも関わらず応えた様子のないライザーに掴まれていた。くっそ、キザな見た目してるくせしてタフだな!

 ライザーの手に炎が揺らめき始める。そして、奴はその手をがら空きとなった俺の腹へ向かって突き出した。

 

 

「我がフェニックスの業火に耐えられるか?赤龍帝!!.....?」

 

 

 口角を歪めながらそう言い放ったライザーだが、すぐに訝しげな表情に変わる。

 その原因は、俺の左腕も奴の腹に当てられていることだろう。はは、掴まえたのはコッチだぜ。焼き鳥野郎!

 

 

「テメェこそ、赤龍帝ナメんなッ!!」

 

 

 炎が集束する前に、今さっき用意しておいたドラゴンショットをぶっ放す。

 今度は手加減する余裕が無かったので、かなり威力は高めだ。だからこそ、不死身であるライザー相手にはピッタリの出力!

 

 

「はぁ、はぁ...へへ。これで、どうだ」

 

 

 ゼロ距離で直撃したんだ。少しくらいは弱ってくれるはず────────

 

 

「イッセー!ライザーはまだ...!」

「え?...ゴブッ!」

 

 

 部長の声に振り向こうとした瞬間、謎の衝撃とともに全身が灼熱に包まれた。

 

 

「が、あああぁぁぁぁ!」

「はっはっは!いや正直舐めていたよ、すまんな兵藤一誠!まさかここまで実力を上げていたとは。...なら、俺も全力でお前を潰しにかかろう」

「ぐふっ!?」

 

 

 全身を焼いた炎には何とか耐えたが、腹を蹴られた衝撃で意識が完璧に飛んだ。が、屋上の地面へ叩き付けられたショックで辛うじて我を取り戻した。やべぇ、あと少しでも遅かったら完全に脱落だったな俺。危なかった!

 でも、もうヤバい。頭ン中がぐちゃぐちゃだ。足も震えまくってやがる。情けねぇ....

 

 

「イッセーさんッ!大丈夫ですか?!」

「が...ぁ..う、アーシア...すまねぇ」

「くっ、ライザー!貴方!」

「おうおう、可愛い下僕がボロボロになるのは嫌か?嫌だろうなぁ....なら、投降(リザイン)するんだ」

「誰が、してやるもんですかッ!!」

「ぐあっ!...顔に当てるなんて、ヒデェことするじゃねぇのリアス」

 

 

 駄目だ。部長の滅びの魔法でも、傷口に炎が走った途端にきれいさっぱり無くなりやがる。チクショウ、こんなん反則だろ...!

 

 

『リアス・グレモリー様の騎士、戦闘不能』

 

「は......?」

 

 

 ただでさえ絶望的な状況の中に無情なアナウンスが入り、俺たちは愕然とする。う、そだろ?木場が...間違いだって言ってくれ、グレイフィアさん!

 しかし、恐る恐る運動場に向けた視界では、その事実を証明するような爆発音が幾つも響き渡っていた。まさか!

 

 一際大きな爆発が起こった後、それは告げられる。

 

 

『リアス・グレモリー様の戦車、戦闘不能』

 

 

 木場に続き、小猫ちゃんまで脱落。残ったのは、俺とアーシア、部長の三人だけ。

 ライザーにはまだ眷属が沢山残っている。誰がどう見ても、この戦いの先に待つのは部長が負ける事実だと認めざるを得ない。

 

 

「はっ....冗談、だろ」

 

 

 否。それでも俺はまだ諦めない。

 まだ、後ろに部長がいるんだ!木場も小猫ちゃんも、絶対ゲームを諦めてないはずだろ!

 

 

「アーシア、下がっててくれ。今度こそアイツをぶっ飛ばしてくる」

「っ、でもイッセーさん!私、これ以上イッセーさんが傷つくところ、見たくないです...!」

「ははは!馬鹿か赤龍帝?グレモリー側の負けは決まったんだよ。残っている君の眷属は、ここに映る僧侶と兵士の二人だけだ。...さぁ、もう十分だろう?投降してくれ、リアス」

「っ!わ、私は」

 

 

 部長が何かを言う前に、俺は無理矢理身体を立たせて突っ込んだ。

 このタイミングで来るのは想定外だったらしく、ライザーが思わず迎撃のために放った半端な拳を紙一重で避け、その手を掴むと、もう片方の伸ばした腕を奴の首もとへ思い切りぶつける。そして同時に足を払い、引っ張った勢いそのままに地面へ倒す。

 

 

『不死だが、痛みは消せない。なら、外傷とか内部の損傷を抜きにして、痛みに特化した攻撃法...武術をお前に授けよう。────こういう台詞って、一生に一度は言ってみたかったんだよな!』

 

 

 後頭部へ自分の全体重を叩き付けられたライザーは、文字通りのたうち回る。

 俺はそんなライザーへ馬乗りになり、拳を握りながら見下ろした。

 

 

「テッメ、ぇ...!」

「不死だってんなら、お前が白旗揚げるまでムチャクチャ痛いモンを喰らわせる!...水月ってたしかここだっけか」

ドゴッ!

 

「ガッフッ!?...ぐぅ、舐めるなァ!!」

 

 

 再び炎を纏ったライザー。その熱は俺の身体を焼き、凄まじい痛みがやがて全身へ回る。

 それに、耐える。ただ、耐えるだけ。

 フェニックスの業火に焼かれながらも自分の上から転げ落ちず、闘志さえ衰える兆しのない俺を見て驚愕の表情をするライザー。あっちぃ!あっちぃけど、まだ行ける!

 

 

「馬鹿な!何故...ガハッ!?ごあっ!俺の焔に耐えていられる?!」

 

 

 以前コウタから教えられた、『殴られると凄く痛い所』を集中的に狙い、燃え盛る自分を無視して拳を振り続ける。

 ぐ、まだ...終われない!コイツを道連れにしてでも、俺は!

 

 

ドガアァァン!!

 

「あ.....?」

 

 しかし、気付くと俺は仰向けに倒れていた。脳内に叩き付けられる感覚は全て痛みと化しており、満足に声が出せれば十中八九悲鳴を上げていたろう。

 アーシアの治癒が効いてきたのか、痛みが和らいでくる。そして、回復しつつある視界にはライザーの女王が映った。恐らく、アイツが俺を吹き飛ばしたんだろう。

 

 

「ふぅ....さて、リアス。いいかげん投降する気になったか?」

「く...」

「もうそろそろ終わりにしようぜ。じゃねぇと、ユーベルーナがそこで寝てる赤龍帝を、今度は僧侶もろとも爆発させちまうかもしれねぇぞ?ハハハハハ!!」

「黙りなさい!」

「そこまでですリアス・グレモリー。それ以上動けば、さしもの私も黙っていませんよ?」

 

 

 ユーベルーナの牽制が入るが、どちらにせよ先輩の放つ滅びの魔法じゃライザーに傷はつけられない。やっぱり、ここは俺が出ないと...!

 そう思い、試しに足へ力を入れてみたが...想像以上に消耗が激しく、とても立ち上がれる状態ではなかった。

 そして、戦場へ向かう俺の意思を否定するものはもうひとつ。

 

 

「これ以上は駄目です。イッセーさん」

「何、でだ」

「私の神器では疲労まで治すことが出来ないからです。今のイッセーさんは精神的にも、肉体的にも限界なはず...だから」

「だから、諦めるのか?嫌がる部長をライザーに渡すのかよ」

「それ、でも...」

「間違ってる!そんなのは...絶対に、許さねぇ」

 

 

 俺は再度立ち上がり、強化が解けてしまったブーステッド・ギアを今一度起動させる。

 今度こそは、アイツの鼻っ柱をへし折って...っぐぅ?!

 

 

「ゴホッ!....あ?」

 

 

 体内で何かが悲鳴を上げ、俺はそれに耐えきれず膝を追って咳き込んだ。...思わず口元を押さえた手のひらは、真っ赤に染まっている。

 なるほど、な。籠手の効果が切れたのは、もう俺の身体が限界だったからか。

 

 

「イッセー!?」

「イッセーさんっ!」

 

 

 部長とアーシアが血相を変えて近寄ってくる。ああちくしょう。こんなときまで心配かけるたぁ、部長の下僕失格だ。

 こんなんじゃ...もう、強くはなれない....

 

 

『おいおい相棒。あともうちっとなんだから気張れ』

 

 

 な、んだ?今、籠手から声が....

 ボコられ過ぎて気でもやっちまったのか?にしてはかなりハッキリしてたような...

 

 

『何言ってやがる。正真正銘お前は正気で、俺の声は籠手から届いている。ま、取り敢えず詳しい説明は後だ』

 

 

 お、おい待てよ!一番大事な部分が抜けてるっつの!お前は何処の誰なんだよ?!何で俺に協力する!

 

 

『フン、その問い掛けに対して俺からお前に答えられることはこれだけだ。──────絶対に負けるな。地を這い蹲る惨めさなら既に十二分味わったろう?そろそろ手から落ちた武器を取れ』

 

 

 それを最後に言葉は途切れる。....わ、訳が分からん。

 だが、アイツに言われた通り負けたくはない。絶対にだ。膝は笑ってるし、視界は霞んでいるしで散々だが、まだ拳は握れる。

 

 

「うおぉぉぉぉっ!まだ、まだだぁッ!」

 

 

 俺の叫びに答えるかのように籠手の宝玉が光り輝く。

 アーシアが止める前に、俺は執念という名の力で足へ芯を入れ、前へ歩み出る。

 

 

「  !?    !」

 

 

 ライザーがボロボロの俺を見て、笑いながら何かを言っている。

 ────────勝てない。絶対に勝てない。こんな、歩くのがやっとな状態では。

 

 

(だから、どうした!!)

 

 

 なら、何度倒されようと立ち上がるまでだ。そのためなら、身体が裂けるような苦痛だって耐えきってみせる。

 朱乃さんや木場、小猫ちゃんが部長を守れなかった分、俺がその意思を全部背負ってやるんだッ!!

 

 

『よく言った!その覚悟で十分だぜ相棒!!』

 

 

 再びあの声が聞こえたと同時、左手に異変が起きた。

 籠手が変形し、宝玉がもうひとつ腕に出現したのだ。

 

 

「なっ、これは...?」

 

 

 呆然としたのも束の間、白濁していた五感に、霞がかっていた意思に...再び強い焔が灯る。

 行ける。そう確信した俺の足は、さきほどまでとは違い力強く地面を踏みしめた。

 

 

『────────さぁ、反撃と行こうか。現・赤龍帝、兵藤一誠よ』

 

 




Q. 赤龍帝からの贈り物(ブーステッド・ギア・ギフト)は使えるのか?
A. 勿論使えます。原作と違って今回は使用されませんが...


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File/24.Rating Game -Conclusion-

 vsライザー戦のレーティングゲーム、最終回。
 今回のタイトル Conclusion は『終結、終局』という意味です。


『Dragon booster second Liberation!!』

 

 

 おお...すげぇ、力が湧いてくる!お前が何かしてくれてんのか?

 そんな疑問を受け取ったのか、籠手から響く謎の声は再び俺へ返答した。

 

 

『いいや、俺に回復能力はない。ただ、籠手を介して貰った魔力をお前に渡してるだけだ』

 

 

 貰ったって、誰に?と聞きたかったのだが、振るわれるライザーの手や足から逃れることで思考は精一杯だった。

 威勢よく突っ込んだはいいが、策も何もあったもんじゃない。文字通り捨て身の突貫だったのだ。

 

 

「バカな!あれだけ痛めつけられて、あれだけ疲弊していたというのに、何故動ける!?」

「はは!眠っていた力が目覚めたって展開は、少年マンガとかでよくある事だろうが!」

「訳が、分からん!」

 

 

 苛立ち紛れに放たれた拳を交差した腕で受け止め、今度はこっちが仕掛ける。

 追撃してきた奴の膝を肘で受け、浮いていた手を掴んで引き寄せた。そこへ、膝を止めるために引いていたもう片方の手でアッパーカットを繰り出し、ライザーの顎を打つ。

 

 

「ごふっ!」

 

 

 悠に五メートルは打ち上げたところを、軽く溜めたドラゴンショットで更にもう一撃。

 見事直撃して盛大な爆発が起こり、その余波が俺の身体を打つ。確かな手ごたえを感じたが、俺は警戒を解かずに構え続ける。

 

 

『む、相棒!避けろッ!』

「ッ!」

 

ドッグアアァァン!!

 

「チッ!」

 

 

 籠手から響いた声のおかげで、ユーベルーナの乱入攻撃を辛うじて回避出来た。くそ、またお前かよ!いくら多少は元気になったからって二対一はキツイっての!

 上がった息を整えている所を、更に女王の連続爆撃が襲い掛かる。本当に容赦がない。

 と、ここで傷が全快したらしいライザーが前に出て来た。

 

 

「やめろユーベルーナ!コイツは俺が倒す!」

「!ですがライザー様、この男は油断なりませんわ!」

「リアスはあの兵藤一誠がお気に入りらしい。だから、俺自らの手で痛めつけるところを見れば多少は従順になるだろうよ。絶好のチャンスを邪魔するな」

「....分かりました」

 

 

 ユーベルーナを下がらせたライザーは、下卑た笑みを浮かべながら炎を展開させて突っ込んで来る。本当に性格悪いなコイツ!増々部長を渡す訳にゃいかねぇ!

 俺は歯を食い縛って、残り少ない体力を削りながら身体を動かし続ける。そんな俺へ、場違いな程落ち着いた声が掛けられた。

 

 

『相棒、いいか?俺が合図したら、左手で奴の腹あたりへ一発入れろ』

(へ?!な、なんで)

『四の五の言うな。やらんと負けるぞ?』

( ッ、分かったよ!)

 

 

 俺は渋々ながらもその声に従うことにした。どのみち、このままではスタミナ切れでコッチが先にぶっ倒れる。そう決心したとき、ライザーは己の攻撃が当たらないことに痺れを切らしたか、俺の目前で動きを止めると両手を合わせて構えた。瞬間、その手にみるみる炎が集まって行く。

 コイツ、俺じゃダメージを与えられないと踏んで、わざとこんな隙だらけな態勢に...!

 しかし、悔しいがこれは最善策なはず。俺にはもうドラゴンショットを出せるくらいの余力はないし、ライザーの大技を止める術が─────

 

 

『相棒ッ!!今だッ!』

「はっ?!お、おう!!」

 

 

 予想外のタイミングで合図が出されたが、咄嗟に避ける動作を中止して左腕へ意識を向ける。

 

 ライザーはこの拳で何度も殴った。...そして、何度も傷を再生されて振り出しに戻った。今更この一撃で奴をどうにかできるなどとは到底思えない。...が、

 

 

「ど、おりゃああああああああッ!!!」

 

 

 ─────何故だろう。今この状況に限っては、勝てる気しかしないッ!!!!

 

 

「はっ、まだ分かってねぇのか馬鹿が!!俺は不死身なんだよ!そんな拳骨じゃあ傷ひとつつかん!...終幕だ、赤龍帝ッ!!」

『そのバカは手前だ!!ぶちかませ!必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)ッ!!』

 

 

 

 ─────そのとき。屋上にいた全員の目は俺の左腕に注がれていただろう。

 

 輝く黄の槍を生やした、赤い腕に。

 

 

 

「が...はっ!なん、だと...?」

 

 

 腹部を穿たれたライザーは、そんな呟きを漏らしたあとに光となって掻き消えた。

 そして─────

 

 

『キング、ライザー・フェニックス様が戦闘不能となったため、リアス・グレモリー様の勝利です』

 

 

 

          ***

 

 

 グレモリー先輩たちの勝利が決まった瞬間、思わず深い安堵の溜め息を出してしまった。

 あれだけ魔力をドライグへ与えて置いたのに、まさか五分と持たずに消えるとは...

 

 サーゼクスと、勝利をアナウンスしたはずのグレイフィアさんまで無言で固まる中、俺は腕を組んで先程の戦況を考察し始める。

 

 イッセーの拳から出現したのは、『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』。アイルランドの英雄、ディルムッド・オディナが所持していた二本の槍の内の一つ。

 ゲイ・ボウによって負わせられた傷は槍自体を破壊しない限り決して癒えない。そのため、一度深手を負ってしまえば治療の施しようがなく、簡単に失血死してしまう。

 今回は一撃の下にライザーへ致命傷を与えられたので、槍の呪いで回復出来ない状態となった彼は、修復される気配のないまま規定のダメージ量を越えて退場。もし、それより先にゲイ・ボウが消滅していたら、勝敗の結果は間違いなく逆だったろう。

 ライザーの決定的な敗因は、己の不死性を過信しての戦法だ。

 いや、なまじ警戒心が強い相手だったとしても、あの攻撃は予測できるか怪しいものではあるが...

 

 

「兵藤君が出現させた、あの奇妙な槍は一体...?フェニックスの御子息は不死身だったはずなのに、たった一突きで倒れるなんて」

 

 

 モニターを眺めながらようやく紡ぎだしたサーゼクスの言葉は、やはり驚きが大半を占めていた。

 彼も、赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)についてはよく知っているだろう。

 何せ純血悪魔たちの多くを屠った二匹の龍のうちの一匹が封印された神器だ。持ちうる性質や特性もある程度押さえているはず。ならば、癒えない傷を与える槍など赤龍帝が持っていないことは分かると予測できる。

 

 さて、それより現状最も優先すべき問題が他にある。

 

 

「コウタさん。貴方、あの赤龍帝へ何か仕込みましたね?」

 

 

 もう俺を犯人だと断定しかけているこのメイドさんを何とかせねば、俺が冥土に送られてしまうからだ。

 

 

          ***

 

 

 さっき訪問してきた姫島先輩は所々痛々しい火傷が目立ったが、レーティングゲーム用に設置された医療設備は万全らしく、彼女は何の問題もないと俺を励まし、いつも通りのお姉さま然とした態度を崩さなかった。別に無理している感じではなかったから安心したが、本当はゲームの最後まで残る事が出来なくて悔しかっただろう。

 

 木場と小猫ちゃんは結構酷くやられていたが、二人とも俺と顔を合わすと途端に強がりを言いだすから困った。少しでも心配する口振りや素振りをすると木場は遠慮するし、小猫ちゃんは不機嫌になるし...。まぁ労いの言葉はちゃんとかけられたし、良しとするか。

 

 俺は最後となったイッセーのいる医務室の扉をノックしてから開け、先に来ていたアーシアさんとグレモリー先輩へ二人だけで話をさせてくれと頼み、白が基調の個室には男二人が取り残される。

 

 

「大分無茶したな。イッセー」

「ああ、見てたかコウタ。勝ったぜ?あのライザーにさ」

「あぁ、大したもんだよお前は」

 

 

 椅子に腰掛け、身体のあちこちに湿布や包帯を巻かれたイッセーに目を向ける。...見た目よりは酷くなさそうだな。アーシアの支援があったからこそなんだろうが。

 簡単な視診を終えたあと、横にしていた体を起こすイッセーに問い掛ける。

 

 

「さてと。聞きたいことは山ほどあると踏んでいたんだが...そこのところはどうなんだ?」

「勿論あり過ぎるに決まってるだろ!籠手から聞こえた声、あの変な槍、不死身のライザーがなんで負けたのか!」

「まてまて、順を追って話すから一気に会話のボールをこっちへ投げ込まないでくれ」

 

 

 グレモリー眷属の中で一番元気なのは間違いなくコイツだろう。だれよりも酷い怪我してたってのに、ホント頑丈さだけはサーヴァントと比較しても遜色ないのではなかろうか。

 そんな余計な事は置いておくとして、俺はまず、言葉だけで簡単に説明できる話題から拾うことにした。

 

 

「じゃ、まず一つめだ。籠手から聞こえた声について、な」

「あ、あぁ」

「あれは赤龍帝、ドライグのものだ」

「...なッ!赤龍帝ってあの赤龍帝かよ?!戦争のときに封印されたんじゃなかったのかっ?」

 

 

 文字通り掴みかからんばかりの勢いで捲し立ててきたイッセー。

 これを予測していた俺は、語勢を変えることなく返答する。

 

 

「おいおい。なんのためにその神器が神滅具とか言う大層な名前になったのか考えた事無かったのか?」

「ま、まさか」

 

 

 イッセーは色を失った表情で左腕に赤い籠手を出現させ、手の甲にある宝玉をつついた。その瞬間、重々しくもどこか親近感を思わせる声が俺の脳内で響き渡った。

 

 

『おう相棒、随分魔力が回復してきたな。...む。お前もいたか、ツユリ=コウタ。今回は色々世話になったぞ』

『気にすんな。俺もよかれと思ってやった事だ』

『そう言ってくれると、此方としても気が楽だな。...カカカ!まさか、この俺が施しを受けるタマになるとは』

 

 

 自嘲気味な台詞を吐いているはずだが、声調は全くそんな感じなどしないくらい明るい。むしろ愉快さが窺える。

 そんな風に俺とドライグで会話していると、イッセーに異変が訪れた。

 

 

「っだー!なんなんだよお前ら!俺の頭の中で普通に会話しやがって!頼むからこの状況を説明してお願いします!」

『おお、相棒の感情が乱れに乱れているぞ。コウタ、落ち着かせると共に多少の現状説明をしたらどうだ』

『丸投げかよ薄情者!』

 

 

 しかし、今のイッセーにドライグを当てると逆効果だろう。少しでも普通の会話内容に戻さないと、コイツの精神はきっと持たない。

 幸い俺は人の子であり、それに即した価値観と倫理観を持っている。人間でよかったぜ。

 

 

「イッセー、まずは俺のことからだが...みんなの疑心暗鬼を避けるために、伝えないでおいたある能力が存在する」

「え...剣とかを出せる能力だけじゃないのか?」

 

 

 冷静さを取り戻したイッセーの問いかけに頷いてから、自分の目を指差しながら告げる。

 

 

「俺は他人の考えていることが読める。幸いオンオフの融通が効くから、読みたくない時...つまり普段はオフにしてる」

「じ、じゃあ俺の心のなかは一度も見てないんだな?!そうだな?!!」

「うおっ!そうだそうだ大丈夫だから揺らすなって!」

 

 

 肩を揺するイッセーは完全に我を忘れていた。どれだけ変な妄想してたんだよ...

 初めて会ってから一度たりとも使ってないと、五回ぐらい言い聞かせたところでようやく納得してくれた。

 

 

「で、ここからが本題なんだが...俺はこの読心の力を使ってお前の籠手にある宝玉を見ると、意識を半分くらい飛ばしてドライグと会話できる」

「い、意識を半分?それってどんな状態なんだよ」

「夢を見てる感じが少し近い...けど、かなり浅いくせして鮮明っていうか」

「なんじゃそりゃ」

「うまく説明できん。こればっかりは実体験して貰わないとな...って事で、意識トばすか?」

「トばさんわ!」

 

 

 試しに拳を握ってニンマリと笑ってみるが、やはり突っ込まれた。

 というか、あんまり遊んでいても時間が無駄になるだけなので、俺は一転して澄まし顔になると話を続けた。

 

 

「ドライグへ干渉した俺は、お前の覚醒を促すために、純正の魔力を修行中にいくらか渡してた。で、あの槍は最後の会話ついでに置いて行ったモンだ」

「槍...アレが、か」

 

 装着された籠手をまじまじと眺めるイッセー。今はもう槍と同化しておらず、普段通りの様相だ。

 俺はおもむろに手を掲げ、魔術回路を起こすとお馴染みの武具創造(オーディナンス・インヴェイション)を行使する。光が疾走った一瞬の後、その手中に例の黄槍が出現した。

 

 

「『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』。結論から言うと、この槍で負った傷は癒えない」

「なっ!マジかよ!?」

「そういう呪いが掛かってるからな。ちなみに、コイツ自体が折れたり、使い手が死んだりしたら呪いは解ける」

「そりゃ、ライザーがやられた訳だ...」

 

 

 作中では呪布で効力を殺す描写があったが、俺の能力はあくまで宝具として創造されるようで、それに付随してくるなんらかの物品は、また別のものとしてカウントされてしまうらしい。しかし、ここでは真名の露見を気にする必要はないので、あんまり意味はないと思える。

 俺は槍をくるりと一回転させた後に消した。と、それと入れ替わるようにドライグの声が俺の脳内へ響いてきた。

 

 

『...終わったか?相棒の素っ頓狂な声がこっちまでハッキリ聞こえてくる当たり、どうやら繋がりは完璧に回復したらしい』

「おぉ!なら、今までより強化のレベルを上げられるのか?」

「確かに上がるかもしれないが、やっぱり現状じゃ上限はあるぞ」

『うむ。強化をしようとも、その力を受け入れらるだけの強靭な肉体と精神力が必要だ。どちらかでも欠けたまま無理な強化をすれば─────容易く身を滅ぼす』

「......」

『強くなりたいのなら、そうなれるまで努力しろ。幸い、相棒の目の前には到達点に最も近い輩がいる。お前が歩むべき()()だけでも享受させて貰え』

「...ああ、分かった」

 

 

 真剣な表情と声音で頷いたイッセーは、ドライグに断ってから籠手を消失させる。

 そして、真摯な顔を持続させたまま、微量な不安も新たに含ませて、彼は真っ直ぐ俺を見据えた。

 

 

「コウタ....俺は今よりもずっと強くなれるか?部長や皆を…大切な人全員を守れるくらい」

「──────────」

 

 

 一瞬、言葉に詰まった。

 何故なら、イッセーの言葉は...あの正義の味方が宣っていた理想とあまりにも酷似していたからだ。

 

 ─────戦いに関係のない人々を巻き込みたくない。そう願った少年がいた。

 それは何時しか、世界の平和を願う純粋なものから、百を救って一を切り捨てるという合理的な行動理念へと変わってしまった。

 何も間違っていない、ある種究極の善を遂行しようとして、あの日から心の成長を止めた彼は、その生を終えようとも正義の在処を求めた。

 

 ─────強いだけでは為せない。目に映るもの全てを抱え込み、かつその中で悪逆の一切を赦さぬ暴力的な迄の善政を敷くなど。...否、そもそも人の身では不可能。

 

 そこまでではないにせよ、俺は愚直なほど真っ直ぐな意思を持つ目前の少年を応援したくなった。

 

 ある赤い騎士は言った。─────理想を抱いて溺死しろ、と。

 だが、そんなのは御免だ。叶わぬ想いに、叶わぬ願いに手を伸ばして何が悪い。

 俺たちが思考する理由は、より最善の結果を選び取り、その先にある結末を望んだものとするためではないのか。

 

 なら、それを抱えたまま泳ぎ続けられる方法を見つければ、きっと。

 

 理想などではなく、在る現実として己が渇望する未来を創れるのだろう。

 

 

「ああ、なれるぜ。絶対になれる」

 

 

 答えならある。

 今は遥か先で、歩むべき道すら分からないが...必ず辿り着ける筈だ。

 




 ─────"正義の味方"
 現在では子供だましの言葉だと笑うかもしれませんが、ふと童心に帰ってみると、そんな存在を心から待ち望んでいた、あるいはなろうとしていた自分が思い起こされます。

 本当は今も、自分の背負う不幸を丸ごと掻っ攫って行ってくれる、そんな都合のいい"正義の味方"を望んでいるのかもしれません。


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File/25.生徒会長

今回はタイトルを見ての通り、あのお方が登場します。


「うーん....」

 

 

 俺は悩んでいた。それはもう悩んでいた。

 

 実はライザー戦に備えた修行期間中、黒歌を何度か冥界へ派遣し、禍の団(カオス・ブリゲード)の潜伏場所捜索、それに合わせて彼らの動向を窺おうとしたのだ。

 助けるとオーフィスに言った手前、なるべく早く救出してやりたい。...のだが、

 

 

「尻尾すら掴めねぇ、か」

 

 

 結果は『お手上げ』。

 ちなみに、オーフィスが場所を知っているかと思って聞いてみたのだが、彼女からは『次元の狭間を通ってこっちに来ているので分からない』と返されてしまった。

 まぁ、仮にも実力派の魔王たちを悩ませてるテロ組織だ。俺たちが今回働かせた浅知恵で見つかっていたのなら、拍子抜けも甚だしい。

 もしもそんな烏合の衆だったとしたら、当の昔に殲滅されていて然るべきだろう。

 

 

「でも、一つくらいは手掛かり欲しかったなぁ...ってうおっ、ペンが折れた」

 

 

 突如軽快な炸裂音が手元から響き、顔に向かって飛んできた破砕物を全て躱す。

 うわー、またシャーペンが死んだ。この人でなし!

 

 最近多くなったのが、この手に触れたモノを壊してしまう癖だ。

 ペンから道路標識まで何でもござれの傍迷惑な力なのだが、本当は能力でもなんでもなく、ただ魔力が暴走したときに放たれた、簡易的な魔術が原因らしい。

 この前は寄りかかっていた歩行者信号付きの電柱が折れた。思わずふん掴んで直そうかと思ったが、周りの目があるので諦め、人のいる方向へ倒れないよう軌道修正するだけに留めた。

 ちなみにその後聞いた話では、どうやら単純な設計ミスとして処理されたらしい。ここらの市民から安全管理がなってないと自治体へ苦情が行かなければいいんだが。

 

 俺は破損したペンの残骸を片付けたあと、勉強をしていた机から離れてベッドへ倒れ込む。

 さて、目下の問題は、この魔力の暴走が一体何処から来ているのか全く分からないということだ。このまま悪化の一途を辿れば、もしかしたら破壊の権化としてコキュートスに永久保存されてしまうかもしれない。

 ....とはいっても、時折魔力のガス抜きをすれば未然に防げるのだが。

 

 

「よっと...来い、勝利すべき黄金の剣(カリバーン)

 

 

 軽い掛け声とともに王の選定の剣であるカリバーンを創り、それを寝転びながらブンブン振る。ブリテンの王様が見たら卒倒しそうな光景であるが、そんなのお構いなしにクルクル回したりもした。お、これ割と楽しいな。

 満足したら魔力の構成をわざと弱め、現代では間違いなく国宝級の剣を、一切の躊躇なくへし折る。この光景をブリテンの王様が見たら以下略。

 原形を失ったカリバーンは無銘以下の存在となり、この世に止まる権利を亡くして跡形もなく消えた。

 

 

「...あの腹ペコ王の前でやったら確実に惨殺されるな」

 

 

 そう考えると段々笑えない感じになってきたが、いくらこの剣へ並みならぬ確執があろうとも、本人不在という事実は消えない。だからといって、もう一度やろうという気にもならなかったが。

 

 俺はいつの間にか隣に鎮座していた小柄な黒い蛇を、別段驚くことなく撫でてやってから持ち上げ、首に巻き付ける。またオーフィスが送ってきたんだろう。

 度々出歩くことに不信を抱いたらしい禍の団は、なにやら自分へ監視役をつけたのだと彼女は言った。

 正直なんとかしてあげたかったが、命令すれば監視を強行突破してでもこっちへ行くと言い出したので、複雑な心境ながらもストップを言い渡した。ほんと、その気になれば禍の団なんて数分で壊滅させられるんだろうなぁ。

 しかし、そんなことをしてしまえば、魔王諸侯、はたまた天界の連中までオーフィスを危険視しかねない。...彼女の望む静寂は、更に遠ざかってしまう。

 

 

「んぬぁ!バカ、服の中に入ろうとすんなって」

「きゅー...」

「残念そうな声だしても駄目です。ちゃんと構ってやるからそれで我慢しろ」

「きゅう」

 

 

 この蛇は視覚以外の感覚もオーフィス自身とリンクさせているらしく、受けとる快感や苦痛も全て流れるのだと言われている。なので、俺がこうやって顎や身体を撫でまわしているのも、ほぼダイレクトに彼女へ伝わっているはずだ。

 きっと、向こうでは監視されてるのに笑顔になってるアイツがいるんだろうな....怪しまれてなけりゃいいんだが。

 今度は干将莫耶(内訳・各種三本。計六本)でジャグリングしながら、再度禍の団捜索のための手段を深夜まで考えていた。

 

 

          ***

 

 

 グレモリー先輩の話しによると、ライザーはレーティングゲームに負けたショックでかなり塞ぎ込んでしまったのだという。蛇足だが、ドラゴン、槍という言葉がトラウマになりかけているらしい。

 イッセーはその内容に少し申し訳なさそうな顔をしていたが、先輩は清々しいくらいの笑顔だった。

 己が今まで築き上げてきたレーティングゲームでの地位を失墜させてしまったのだ。その悔しさは並大抵のものではないだろう。まぁ、これで自分がしていた言動を顧みさえしてくれれば、多少は良い男になって戻ってくるはずだ。

 

 ─────閑話休題。

 

 いつもの如く旧校舎で部活をしている筈の俺たちなのだが、今日は少し本気でグレモリー先輩へ聞きたいことがあった。

 

 

「あの、球技大会の部活対抗戦って俺も出るんですか?」

「勿論よ。ウチの主力なんだから期待してるわよ」

「コウタがいれば負けなしだな!」

「そうですね!」

「ですわね」

「です」

 

 イッセー、アーシアさん、姫島先輩、小猫ちゃんの順で全面的な同意が得られる。やはり、正式にこの部活動へ参入してるのだからこうなって当然か。

 それにしても、なぜ皆俺にかける期待がそんなにも高いのだろう?今回は剣出して戦うわけではないし、ちょっと今までとは毛色が違うじゃないか。...いや、期待されるというのは決して嫌じゃないけど、皆さん悪魔でしょ?大会に出る一般人の生徒たちぶっちぎりじゃん、確実に。

 そこは温情措置が取られるのか、それとも容赦なく潰しに掛かるのか。真意は量りかねるが、人間としての心情的には出来れば前者の方が...

 そこで思考を一旦切り、僅かに感じた負の念を探す。

 

 

「────────木場先輩?」

 

 

 目を向けた先には、今日一度も会話をしていなかった騎士がいた。

 彼は俺の声に反応すると、首を動かさないまま、どこか虚ろな視線のみを投げかけて来た。

 

 

「.....なんだい?コウタ君」

「?...何かあったのか?随分ひどい顔色だぞ」

「ああ、ゴメン。別にそこまで気にするほどのことじゃないから」

 

 

 そこには、普段から明るくイケメンスマイルを振りまいている木場はいなかった。まるで何かを思いつめているかのように口元を引き結び、瞳は厳しく中空を見つめている。

 聞いた所、皆も彼の豹変ぶりには困っているらしく、何とか出来ないものかと部長から逆に頼まれてしまった。

 

 おかしくなったきっかけというのは、以前イッセーの家で会議を開いた時だったらしい。

 なにやら写真を漁ってキャッキャやっていたようだが、俺は小猫ちゃんとお茶を飲みながら離れたところで談笑していたので、正直木場の表情を伺うタイミングは無かった。

 確かに、部活中や最近始めた球技大会の練習ではボーッとする彼をよく見るようになったが、今日のように会話の流れを乱すほどではなかったはずだ。

 ...先ほど、一瞬とはいえ憎しみの感情すら飛ばしたということは、『ただの悩み事』の線はかなり薄い。日常生活をする中で隠しきれていないのも気がかりではある。

 例え、何らかのショックで忌むべき感情や記憶の『蓋』が開いたとしても、己の意志でまた戻せば、少なくとも表層の態度だけは繕うことができる。それが一向に為されていないということは、恐らく....

 

 兎も角、今は木場のこの状態が球技大会の結果に響かないことを祈ろう。

 

 

 

          ****

 

 

 昼飯を手早く食い終えた俺と小猫ちゃんは、集合を言い渡されたオカ研の部室まで歩く。

 それにしても、授業中にシャーペンが砕け散ったのは驚いた。俺も驚いたが、周りの連中が一番驚いていた。こりゃ、ガス抜きは毎日一回やっておかないとダメだな。

 ということで、俺は現在無毀なる湖光(アロンダイト)を創って腰に下げている。神造兵装を創れば、以降三日ぐらい暴走は起きないだろう。しかし、一切刃毀れしない、という有名なアロンダイトの性質は、今回に限って裏目に出ている。

 そう、刃毀れしないということは、魔力の供給を落としても、そう簡単には叩き折れないのだ(足や手を砕く覚悟でならいけるかも)。なので、目立たないようお馴染みの認識阻害魔術を剣にかけている。エルさんジャラジャラ出してた方が良かったかなぁ....

 一応、あともう少しで魔力を使い果たして存在ごと消えるはずなんだけど────っと、誰かいるな。

 丁度俺が気付いた時に先方もこちらを視界へ入れたらしく、何故か少し驚きを滲ませた態度で俺へ話を振って来た。

 

 

「!貴方は確か、リアスの眷属ではないけどオカルト研究部に所属してるっていう」

「はい、栗花落(つゆり)功太です。貴女は生徒会長の支取蒼那さん、ですよね」

「ええ、これから貴方たちの部室へ向かおうとしていたんですが....あ、サジを置き去りにしてきてしまいました」

「....ぉおーい、待って下さいよ会長!いきなり走り出したかと思ったら...って、小猫ちゃん?と誰?」

 

 

 何やら遅れて慌ただしく走って来たのは一人の少年。

 支取会長がサジと名前らしき言葉を呼び捨てにしたことと、グレモリー先輩から事前に生徒会関連の御客さんが来ると聞いていたから、彼は生徒会関係者なのだと推測できる。

 生徒会長の名はこの学園に在籍するいち生徒ととして最低限知ってはいるが、流石に生徒会メンバー全員の名を補完するほど俺はマニアックではない。

 

 

「俺は一年の栗花落功太。オカルト研究部にいるが、グレモリー先輩から眷属の役目を貰ってない半端者ってところだ」

「ああどうも。俺は二年書記の匙元士郎。会長の兵士やってる」

「兵士...?」

「コウタさん。ソーナさんは上級悪魔シトリー家の次期当主です。眷属がいるのは当然」

 

 

 小猫ちゃんの言葉で、記憶の隅から72柱の情報が引っ張り出される。

 なるほど。こういう時こそ、過去叩き込まれていたグレイフィアさんの冥界知識が役に立たなければならないな。改めて脳味噌から掘り出しておくか。

 

 

「サジ、実は栗花落君の辺りから尋常じゃない何かを感じるんです。さっき走ったのもそれが理由で...」

「え、コイツからそんな気配がするんですか?」

 

 

 匙が怪訝そうな顔で会長に聞いているが、当の彼女は実に真剣な顔色だ。その視線も的確に俺の腰あたりを射抜いている。

 あんまりきょろきょろと観察されるのも何だし、小猫ちゃんからも微妙に不穏な空気を感じるし、さっさとネタ晴らしした方がいいだろうか...

 正直、内包している魔力が残り僅かとはいえ、彼女程の観察眼ではアロンダイトが只の鈍らではないことに気付けてしまうだろう。うーむ、一応お茶濁しもやろうと思えば....いや、もう誤魔化せないだろうな。

 

 

「支取会長。その原因って、これですね?」

「...っ!剣、ですね。それも明らか普通のものじゃない」

「まぁ、たしかに凄く綺麗ですが...そんなにすごいモンですかね?魔力もあんまないですし」

 

 

 やっぱり会長には分かるか。

 アロンダイトは、おおよそ誰かが作ろうと思って作れる代物ではない。つまり、分かる人には『この世界で創られたものではない』と理解できるはず。

 ランスロットがお仲間をこれでバッサリやったお蔭で悪堕ちしたが、魔剣となった状態でも十分チート並みの性能を誇る。ビームは出せないけど。

 

 

「あ、あの!この剣を貸していただけないでしょうか?奪うつもりはないので、どうか─────」

「あ、消えましたよ会長」

「えっ?」

 

 

 どうやらナイスなタイミングで魔力切れをしてくれたようで、儚き幻想の如く消失したアロンダイトを見た支取会長は凍り付く。

 俺は『残念ですが、状態を保つのが難しいんです』、と微量な拒絶の意も含ませて言う。彼女はアレの本質を見抜いているようだし、深くは追及してこないだろう。

 ところが、全く見抜けていなかった匙が俺の両肩をガッシリと掴んだ。

 

 

「なぁ栗花落。さっきのもう一回出せねぇのか?会長がかなり落ち込んでるんだが」

「さ、サジ!落ち込んでなんかいませんから!」

 

 

 そう言いつつもどこか期待するような目を向けるのは止めて欲しいんだが。まぁ、もし逆の立場だったらなりふり構わず飛びついてるけどさ...だってアロンダイトだぜ?

 しかし、神秘の秘匿という体の良い魔術師の使命に基づき、ここははっきりと断っておかなければ。今後もこういったいざこざを起こさない為にも。

 どう言葉にするか悩んでいたところ、俺の隣にいた小猫ちゃんが予想だにしない行動をした。

 

 

「止めて下さい。コウタさんが困ってます」

「ぬお!ゴ、ゴメンゴメン小猫ちゃん、別に栗花落を責めてるわけじゃないんだ」

「.....なるほど。すみません栗花落さん、少々出過ぎた真似をしてしまいました」

「い、いえいえ。平気ですから」

 

 

 小猫ちゃんの態度に何かを感じたのだろうか?支取会長は少し笑みを混ぜながら、しかしあくまで真摯な態度で俺へ謝罪を申し出て来た。

 俺は小猫ちゃんの言動に驚きを隠せず、返答がぎこちなくなってしまった。まさか、身体を盾にしてまで俺を庇ってくるとは...普段の彼女を知っているのなら、驚かない方がおかしい。

 

 

「お?コウタと小猫ちゃん....ってええ!?生徒会長が何故こんなところに!まさか、俺が何かやらかしたのか?!」

「生徒会長さん?ええと、どちらがなんでしょう...?」

 

 

 なにやら後ろが騒がしいと思ったら、イッセーとアーシアがいた。

 なんだか増々ややこしくなって来たな。さっさと部室に行くとしよう。でないと、もっと面倒なことが起きるやもしれん。

 

 

          ***

 

 

 

「イッセー、アーシアと匙の挨拶?」

「そう。ソーナも私と同じくこの学園を領地にしてるんだから、最近下僕にした悪魔は紹介し合うのがセオリーというものよ」

 

 

 姫島先輩が淹れてくれた紅茶を飲みながら、グレモリー先輩の言葉に頷く。なるほど、確かにこういう場を設けないと『フェアじゃない』。お互いに信用はしているのだろうが、あらかじめ手札を晒す形式をとれば無闇な拗れは一切生まれなくなるだろう。

 もう一口芳醇な香りを喉へ流し込んでから、俺はカップを卓に置く。そして、移動させた視線の先には笑顔で握手をする男二人が...。

 

 

「ハッハッハ!同じ兵士で学年まで一緒とは、俺たち気が合いそうだなぁ!(アーシアに手を出したら殺す!)」

「ハッハッハ!ホント奇遇だねぇ!運命だねぇ!(下校途中落雷に当たって死んでしまえ!)」

 

 

 イッセーと匙はあまり馬が合わないようだ。芯がどこか似てるような気がしたので、すぐにでも仲良くなると思ったのだが。....ああ、同族嫌悪?

 笑顔に乗せ爽やかな台詞を相手へ送っているものの、がっちりとした握手には前述の内容が微塵も含まれておらず、そもそも漏れている心の声で全て台無しだ。

 

 

「そういえば、聞きたかったんだけれど」

「はい?」

「コウタは私とライザーのレーティングゲームって見ていたの?」

「ええ...まぁ」

「となると、誰かから招待状を貰ったのかしら?」

 

 

 む、グレモリー先輩って俺が『家』にいたこと知らないんだったな。さて、どうするか....

 ここで暴露するのもアレだし、含みを持たせることなくサーゼクスから貰った、でいいだろう。先輩から俺がオカ研に入部した話は行ってるだろうし、何の違和感もない。

 

 

「ああ、サーゼクスから貰ったんだ」

「やっぱりお兄様から.....って呼び捨て?」

 

 

 あ、やべ!つい長年のクセが!

 そういやサーゼクスって魔王なんだよな。事情を知ってるグレイフィアさんや黒歌の前ならともかく、先輩の前でこれはヤバい!

 

 

「わ、私の身内とはいえ一応魔王なのよ?もしかして、なにか─────」

「い、いえ!ちょっと口が滑っただけというか!ほら!俺人間ですから、様とかつけ慣れてなくてっ!」

「そ、そう?」

 

 

 う、上手く誤魔化せたろうか?

 一応引き下がってくれたみたいだし、成功ということでいいだろう。ふぅ、あぶなかった。

 

 

(怪しい、わね)

 

 

 しかし俺はこのとき、彼女の疑り深さをまるで理解していなかった。

 




サーゼクスを呼び捨てするに至った経緯は、後の番外編で明らかにする予定です。


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Excalibur.
File/26.復讐、その理由


三巻の内容へ本格的に突入。


「ふあぁ.....チクショウ、ちと水分摂りすぎたかな」

 

 

 深夜。睡眠中の俺を叩き起こすように尿意が下腹部で暴れまわったので、仕方なく欠伸を噛み殺して温いベッド這い出てきた。面倒だけど、こればかりはほっとけないからな...

 目的地への移動中は半分以上寝ているような状態だったが、事を為し終えたあとは幾分か睡魔が飛んだため、リビングへ続く扉から光が漏れていることに気付けた。勿論気になったので、少し開けて覗いて見ることにする。

 

 

「あれ...部長?」

 

 

 部屋にいたのは我らがオカルト研究部の部長、リアス・グレモリーだ。部長は何やらテレビの前にしゃがみ込んでゴソゴソやっている。

 俺が漏らした疑問の声は、寝ぼけていたこともあり思い切り口に出てしまっていたらしく、部長はこっちを向くと少し驚いた顔をした。

 

 

「イッセー?どうしたのこんな時間に」

「ぶ、部長こそどうしたんですか?...って、なんかテレビに変な魔方陣が」

「ああ、少しグレイフィアとお話をしようと思って」

「グレイフィア?....ああ、部長の家にいるメイドさんですか」

 

 

 でも、また何でこのタイミングで?眠気覚ましの為に水を一杯飲みながら、俺はそう思った。...あれ。そういや水飲んだらさっき出した意味なくね?まぁいいか。

 リビングに戻ったついでに聞いてみたところ、部長はちょっと苦い顔をしながら答えた。

 

 

「コウタが何かウチの事で隠してるみたいなのよ。本当はお兄様に直接聞きたかったんだけれど、連絡したらやっぱり魔王職で大変だってグレイフィアに言われちゃって。でも、代わりにその話は自分が聞くってテレビ電話の許可を貰ったの。午後は忙しくてだめだけど、深夜ならいいって言ってたから、こうやってその準備をしてるのよ」

 

 

 なるほど、そういう経緯が...って、コウタが何か隠し事?しかも部長のお家の問題だって...?

 なにか複雑な事情なのかな?だとすると、正直俺がここに居ていいのか怖くなって来るんだけど...部長本人から特に言われないし、追い出されない限りは見ておくか。

 そう決めた瞬間、魔方陣が輝きだしてかと思ったらテレビの電源が勝手につき、暫く間が空いた後に見覚えのある綺麗な銀髪メイドさんが映った。

 

 

「夜分遅くにごめんなさい、グレイフィア。どうしても聞きたいことがあるの」

『それは分かっています。話の内容によっては、サーゼクス様へ伝えるようにしましょう。.....あら?貴方は兵藤一誠様ですね。レーティングゲームでの健闘は見事でした。サーゼクス様も大層称賛していましたよ』

「きょ、恐縮です!」

 

 

 ま、魔王様直々に称賛のお言葉を頂いていたとは...!それほどライザーとの戦いに勝ったのは凄いってことなのか。いやでも、あれは色んな偶然が重なった結果だからなぁ。何か少しでも違ってたら恐らく負けてたはずだ。

 と、そんなことを話していたら、隣の部長から大きな咳払いが放たれた。

 

 

「んんっ!内容を戻していいですか?」

『すみません。その前に一応確認させて欲しいのですが、お話をするにあたって兵藤一誠様を同席させてもよろしいのですか?』

「構わないわ」

 

 

 部長からお許しが出た!よかった追い出されなくて...もしかしたらって結構緊張してたんだよな。

 ひとまず安心して、伸ばしきっていた背筋を戻した後に深呼吸をする。それとほぼ同時に、部長の口から本題が語られ始めた。

 

 

栗花落(つゆり)功太...この()()の名前に心当たりはある?」

 

 

 グレイフィアさんにコウタの名前を聞いた?でも、ライザーとの顔合わせの時も、レーティングゲーム直前の時もコウタはいなかったから知らないんじゃ?そもそも部長の下僕じゃないんだし...と、高を括っていたところ、グレイフィアさんは薄く笑みを浮かばせて答えた。

 

 

『よく存じてますよ』

 

「?!」

 

 

 部長にとってこの返答は予想外だったらしく、息を呑む雰囲気が俺の方まで伝わって来た。かくいう俺も驚いている。た、確かに一度も会ってない筈なのに、どうしてだ?しかも、よく存じてるって言ってるし!

 乱れた心中を整えた部長は、両目を閉じながら顎に手を当てて再度口を開く。

 

 

「まさか、グレモリー家と関係ある?」

『ええ。何せ、三年以上暮らしていましたから。ちょうどお嬢様が人間界のハイスクールへ通う事を決め、眷属探しも兼ねて家を出た直後からでしたね』

「な...コウタがグレモリー家に三年?!お母様やお父様は許してくださったの!?」

『そうでなければ、三年もいられないでしょう』

 

 

 グレイフィアさんの言葉で部長は呆然とし、二の句が継げなくなってしまった。それは、自分の家へ知らないうちに誰かが住んでいたなんて衝撃的なニュース過ぎるはず。

 俺は意を決して、グレイフィアさんに非難へ近い発言をする。

 

 

「あ、あの、何で部長にコウタの事を言わなかったんですか?」

『それは、彼自身がお嬢様へお話しして下さるだろうと思っていたからです。...ですが、改めて思うと、これはとても彼一人で説明し、納得を得られる内容ではないですね』

 

 

 グレイフィアさんは申し訳なさそうな表情になると、画面越しに部長へ深く頭を下げた。部長は多少言い淀んだが、「ええ、大丈夫よ」と短く返事をするにとどめた。

 当の俺は、コウタが一体どんな経緯で部長のお家に住むことになったのか気になり始めていた。アイツは人間だし、どうやって冥界へ渡ったのかとかも含めて凄く知りたい。

 

 

『栗花落功太様のことは、次に此方へ来られた時、私とサーゼクス様で詳しく説明するとお約束します。なので、どうか彼を責めないで下さいますよう。お嬢様の通うハイスクールへの入学も、サーゼクス様が御好意で薦めた件なのです』

「......分かったわ。私が『知った』ということを、その時まで話さないようにするわ。それでいい?」

『はい。...兵藤一誠様も、お願いしてよろしいでしょうか?』

 

 

 急に話を振られて背筋が伸びつつも、俺はグレイフィアさんの言うところの意味を理解し、強く頷いた。

 

 

「今日の事をコウタに言わなければいいんですね。任せて下さい!」

『お願いします。....では』

 

 

 それを最後にテレビの電源は切れ、光っていた魔方陣も消えた。どうやら無事にお話が終わったらしい。

 それにしても驚きっぱなしだった。まさかコウタにそんな過去があったなんて...。一方の部長は俺以上に驚いたんだろうが、そんなことを感じさせないほどスッキリとした表情で伸びをしながら立ち上がる。

 

 

「はぁ、何だか疲れたわ。...全く、こういう重要なことは事前に伝えておくべきよね」

「ははは、でも家のことはちょっと言い辛いですよ」

「ふふ、それもそうね」

 

 気にかけていたことが無くなったからだろうか。部長は今日の夜より元気になっていた。良かった。うん、やっぱり部長に似合うのは笑顔だぜ!

 部長のスマイルでテンションがうなぎ上りになっていたが、部屋にある壁掛け時計に目を移すと午前に三時を過ぎていた。これはやばい!明日球技大会なんだから万全の状態にしておかないと!

 何とか自分を御し、冷静になろうと試みていたところを...突如、極上に柔らかい感触が自分の右腕を包み込む。一体どういう事なのかと視線を向けてみれば、俺の腕を抱きながらさっき以上の笑顔を浮かべる部長が...!

 

 

「イッセー、今日は一緒に寝てもいい?」

「全然大丈夫です!はい!」

 

 

 一切の迷いなく答えたものの、これは寝不足が確定であると宣言せざるを得なくなった。否、それでも部長の抱き枕役を出来る事と比べたら...寝不足など吹き飛ばせる!

 

 しかし、部屋に戻ってすぐ部長が服を脱ぎ始めたことで、ほぼ全裸に近い姿じゃないと寝られないという彼女特有の癖を思い出し、目どころか別の部分もギンギンにしながらベッドで唸ることとなった。

 

 

          ****

 

 

 ─────球技大会当日。

 俺とイッセーは精神的に疲れ切っていた。

 

 

「はぁ、何で種目がドッジボールなんだ....」

「ホントだよなぁ...」

 

 

 イッセーのげんなりした呟きに同調し、俺はスポーツドリンクを飲みながら試合の様子を思い起こす。が、浮かび上がったのは、さんざん聞かされたために耳に憑いて離れない、とある怒号だった。

 

 

『あの二人を狙えェー!!』

 

「....」

 

 

 背筋がぞくっとする。つい先ほどまで閉じ込められていた、爛々と目を輝かせる幾つもの猛禽がいた鳥籠の中を鮮明に思い出してしまったからだ。隣のイッセーも顔を青くさせている。

 なぜ俺とイッセーのみが集中的に狙われる構図が出来たのか?それは至って単純だ。グレモリー先輩と姫島先輩は学園の二大お姉さま、アーシアは既に話題となりつつある儚げな金髪少女、小猫ちゃんは学園のマスコット的存在、木場は女子生徒に熱狂的なファンが大勢ついている。...この中の誰に当てても、そいつの学園生活はお先真っ暗になるだろう。ということで、集中的に狙われたのは、無論何のバックがない俺たちである。さらに生徒全員の憧れの的である彼女らの近くにいるという嫉妬心も合わさり、最早スポーツマンシップなど死体蹴り状態であった。

 俺は仮に五方向から同時にボールが飛んできても余裕で捌けるが、いかんせん迫力が段違いだった。

 毎度毎度飛来してくる黄色い球体には濃厚な負の感情が込められており、それが回を重ねるごとに増大していくのだ。避けるときに足へ何か絡みついているような錯覚がしたのは一度や二度じゃ効かない。

 

 

「なぁ、イッセー」

「んー?」

「ああいう学校行事じゃ、俺たち毎回こんな扱いされんのかな」

「......ははは、そうだろうなぁ」

 

 

 知りたくなかった、そんな事実。

 来年の球技大会では、ちゃんと覚悟してから望む事にしよう。でないと精神が持たない。

 俺とイッセーは、そう深く心に刻みつけたのだった。

 

 

          ****

 

 

 球技大会は無事終わった。だが、終始鎌首を擡げたままだった木場の態度は別だ。

 彼は大会中もずっと上の空で、二度声を掛けなければ返答が来ないのは当たり前、歩いている途中に誰かとぶつかったりする場面も多々あった。最早、誰の目から見ても、異常は明らかだ。

 

 

「聖剣計画...ですか」

「木場が、それに?」

 

 

 気になった俺は、グレモリー先輩に彼の経歴を話してくれないかと聞いてみた。彼女は少し渋ったが、イッセーやアーシアも交えて話すということで、現在はイッセー宅で机を囲んで聞いている。

 

 木場は、過去エクスカリバーへの適正を人為的に発生させる試験に選ばれていた。そして、彼の他にも被験者がおり、一様に施設での生活を余儀なくされていたという。

 しかし、誰にも適性を確認できなかったため計画は頓挫し、用済みとなった被験者たちは不良品のレッテルを貼られた上、殺されたのだ。

 彼はその中にいた、ただ一人の生存者らしい。

 

 

「そんな....ひどい」

 

 

 アーシアはグレモリー先輩の話しを聞いてショックを隠せないようだ。全員が神からの救済を信じ続けたのにも関わらずこうなったのだから、悲しむのは無理ないか。

 

 ─────木場の人生を完膚なきまでに崩壊させた聖剣...エクスカリバー。

 

 イッセーが木場自身から聞いた話によると、どうやら彼の見せた写真の中に、偶然聖剣が映っていたらしい。流石にエクスカリバー程では無いにせよ、それは木場が今まで隠伏していた巨大な憎しみを掘り起こしてしまうには十分だった。

 俺は胸の前で腕を組みながら、眉を顰める。...恐らく、今じゃ俺たちの手に負えない。

 

 

「何とかしてやりたい気もするが、こればかりは先輩個人の問題だな」

「なっ...アイツをあのまま放っとくつもりかよ?」

「そうとは言ってない。ただ、俺たちの中でエクスカリバーの詳しい所在を知ってる人物はいないし、そもそも情報が少なすぎる。いや、それ以前に協力はあいつ自身望んでいないはずだ。憎悪って感情は、自分の手で解消しないと復讐にならないからな」

「....現状で、私たちが介入する余地はないわね」

「復讐なんて、そんな...」

 

 

 グレモリー先輩は視線を逸らしながら膝上に置いた両手を握り締め、アーシアは口元を覆って悲哀に目を伏せる。

 ...イッセーが非難した通り、木場を放っておくことは出来ない。このまま精神の天秤が揺らぎ続ければ、やがて根幹となっている心の均衡を保てなくなって自我が崩壊するだろう。もしそうなってしまえば最後、木場は木場じゃなくなる。

 だからといって、俺たちが聖剣を見つけ出して壊すのでは意味が無い。木場がいままで生きて来たのは、きっと聖剣計画に関わった者を全員殺害し、エクスカリバーを己の手で破壊する為だろうから。

 

 

(どこの世界も、利用する奴と、利用される奴の分別が必要なのか。...仮にも神が存在してるってのに、残酷なことしやがる)

 

 

 俺が知るエクスカリバーとは、神秘の結晶。人々の願いが形を得た幻想。星が精製した、常勝の王が携えるべき剣。...つまり、只の人間が扱おうと考えるなど、提灯に釣り鐘と知るべき、あまりにも愚かな行為だ。

 この世界のエクスカリバーがどのようなものなのかは知らないが、使い手の身体を弄る必要があるのなら、確実に人にとって分不相応な代物だろう。それにも関わらず、なぜ非人道的な手段を用いてまで、他人の希望を踏み躙り、力に固執するのか。

 

 俺は知らずに奥歯を噛み締めていた。

 




神秘って、身近にあるとある意味怖いですよね。


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File/27.聖剣エクスカリバー

今回は『オリジナル成分3、原作成分7』ほどでお送り致します。


 この世界ではない、見渡す限り赤い地平線が続く異世界にて。

 俺はこんな場所にも何故か存在する酸素を大きく吸い込み、声を張り上げた。

 

 

武具精製(オーディナンス・フォーミング)ッ!!」

 

 

 ざっと千ほどの剣を放射線状に一斉展開し、赤く荒涼とした地を銀で染め上げる。その先へも荒れ狂うように紫電が迸り、走り去った後の場所には剣が突き立った。

 だが、そんな恐ろしい光景に真っ向から挑む影が、一つ。

 

 

「これくらい─────楽勝にゃん!」

 

 

 至極単純な魔力で外側だけを剣として形作っているとはいえ、それは鉄で出来た並の剣よりも頑丈だ。にもかかわらず、迫る銀の凶刃は黒い影を貫く前に、かなり離れているはずのここからでも視認できるくらいの衝撃波を発生させた正拳突きを喰らい、悉く木端微塵となる。

 それもそのはず。何故なら、影の正体は猫(しょう)の一族が一人、黒歌の鋼どころか家を丸ごと吹き飛ばせるくらいの威力を秘めた拳だからだ。今の一撃でざっと二百は飛んでったな。

 俺はそれを確認すると、削られた分を補充するために魔力を足元から再度迸らせ、こっちへ向かって突っ走ってくる黒猫に向かい、五百は超える剣を突き立てる。

 

 

「その手じゃ、時間稼ぎにもならないわよ?」

 

 

 黒歌は大きく跳び上がり、気によって生物が持つ筋力の限界値を果てしなく逸脱させた踵落としを炸裂させる。

 瞬間、隕石かスペースデブリでも落下したかのような爆音とともに地面が弾け、直径五十メートルはあろうかという規模の岩盤が辺り一帯へ降り注ぐ。俺の展開した剣たちはその雨に呑まれ、次々と巨岩の下敷きにされていく。うん。仙術のパワーって恐ろしいね。

 戦々恐々としながら、今度は手に最高純度の魔力を集約させる。

 

 

「オーバーエッジ・Type-σ(シグマ)!」

 

 

 見た目は普通の干将五本、莫耶五本を創造し、それぞれ空中へ放つ。すると、魔術によってあらかじめ飛翔する軌道の操作をしているため、さも意志のある生物のように宙を蛇行し、俺を潰さんと飛来してきた十メートル超の岩たちへ突き立った。

 その瞬間、俺は創造してからずっと止めていた干将莫耶十本の魔力の流れを動かし、その特性を明らかにさせる。とはいっても、実際は何の捻りも工夫も無い────

 

 

「ばァくはつッ!」

 

 

 ─────である。

 具体的に説明すると、干将莫耶は初めから内包していた莫大な魔力に火を点けられ、組み込まれた疑似魔術回路が加速装置として回転できる許容量を超過して大爆発を起こしたのだ。それに巻き込まれた破壊の権化となるはずだった岩たちは、己の持つエネルギーより遥かに極大な力に晒され、無残にも石ころ以下の大きさに成り下がる。

 ....だが、そんな赤い嵐の中を悠々と駆け抜けて来る者がいた。

 

 

「─────なるほど。気で防壁を張ってるのか」

 

 

 まき散らされた数千度はくだらない炎を意にも介さず、黒猫は気の暴風で寧ろ業火を弾き飛ばしながら迫る。つい先ほど格下たる巨岩を焼き尽くした灼熱は、しかし更なる強敵の闊歩に大気もろとも悲鳴を上げた。

 俺はその光景に獰猛な笑みを浮かべ、更にもう一つのオーバーエッジの解放を決断した。

 

 

「オーバーエッジ・Type-ρ(ロー)!」

 

 

 新たに俺の両手で形作られる干将莫耶は、氷が軋み、罅割れるような異音を響かせながら創造された。そのフォルムはオリジナルの流麗さを完璧に失っており、表面はカットグラスのような凹凸さを呈しながらも、光を反射すると綺麗な虹色に輝く。イメージ的には、宝石剣ゼルレッチを大まかな干将莫耶の形と色合いにしたみたいな感じが最も近い。

 俺の手元に出現した、見たことも無い干将莫耶(武器)の姿に驚く黒歌。なに、こいつはそんなに物騒な能力を持ってるわけじゃないから安心してくれ。

 

 

「ふゥッ!」

 

 

 生まれた躊躇を振り払い、黒歌は一切の容赦がない、只の人間が受ければ余りに暴力的なまでの衝撃で、肉片すら残らず赤い霧と化すだろうタイキックを放つ。

 俺はそれを干将のみで迎え撃ち、その軌道を大きく変化させる。直後、耳元で空気を物理的に切り裂く怪音が響き、多少の生理的嫌悪感を覚えた。手元の干将は...折れるどころか傷一つつかない。

 これで大抵の人は気付くだろう。このオーバーエッジで変化した干将莫耶は、異常なまでの堅牢さを誇ることに。何せ、本家のエクスカリバーを弾くつもりで考案されたんだからな!

 俺は続けて白く輝く莫耶を全力で振るい、迫って来た掌底も下段からの逆袈裟切りで上方へ打ち上げる。すると、腕を大きく弾かれた黒歌は身体を浮かせ、目前の俺にわき腹を露出させてしまう。

 

 

「はッ!」

「う、うそっ......ふぎゅ!」

 

 

 勿論それを見逃すはずもない俺は、そこに向かって容赦なく回し蹴りを叩き込む。とはいっても手加減したので、その一撃に問題はなかったのだが...黒歌自身が必死にその攻撃を避けようと無理矢理身体を捻ったお蔭でバランスを崩し、後頭部を思い切り地面に打ち付けてしまった。

 足を滑らせて壁に衝突した猫みたいな鳴き声を上げた黒歌は、プルプル小刻みに震えながら頭を抱え、若干の抗議を含ませた涙目で俺を見上げてくる。

 

 

「い、痛いにゃんコウタぁ...」

「分かった分かった、ちゃんと撫でてやるからそんな目で見るなって」

 

 

 猫耳をしおらせながらの上目遣いは破壊力が凄まじい。いや、今知ったんだけどさ。

 今の事故は俺にも非があるので早々に白旗を上げると、頼りなく手を伸ばしてきた黒歌を胸元まで抱き寄せ、頭を優しく、労わるように撫で擦る。と、いきなり猫耳が天を突きささんばかりに屹立した...かと思うと、再びペタリとしおれる。な、何だったんだ今の。

 

 

「きゅー」

「っと、何だオーフィス...のヘビさん」

 

 

 俺の足をつつく何者かの感触で目を下にやると、そこには無限の龍神・オーフィスから自分の代わりとして遣わせられる黒い蛇が、口に立札を咥えて鎮座していた。ってか、その自分より遙かに大きい立札ドコから出したんだよ....

 興味深い謎現象に首を捻りながらも、彼女(?)の持つ白い木板の表面を見ると、お世辞にも綺麗とは言えない文字でこう書いてあった。

 

 

「なになに?『猫、コウタにくっつき過ぎ。誰がこの空間まで連れて行ってやったと思ってる』....そう言ってるぞ、黒歌」

「そんなの私知らなーい。別に頭撫でてってコウタに頼んでないし、これはコウタ自身の意志にゃん♪」

「シャァー!」

 

 

 小さい身体ながらも、頑張って屁理屈をこねる黒歌へ威嚇を試みているオーフィス。だが、当人は聞こえていないふりをして尚更俺との密着度を増してくる。いや黒歌さん。これ君が自主的にくっついてきてるよね?俺の意志思い切り無視してるよね?

 

 

(まぁ、黒歌が頑張ってくれてるお蔭で、魔力の暴走はここのところ起きてないからな。...これくらいの我儘はいいか)

 

 

 この方法なら、お互いの鍛錬も兼ねて魔力の消費も行える。とはいえ一番の解決法は、俺が体内に流れる魔力の量をちゃんと調節できるようにする事なのだが...今のところは、解決策の影も形も浮かんでこないのが現状だ。

 いつまでも二人に甘える訳もいかないし、そろそろ本格的に考えなければいけないだろう。

 

 自身の足元と胸元の間で繰り広げられる、猫と蛇の激しい睨みあいに極力関与しないよう、俺は明後日の方向を向きながら強く決心した。

 

 

 

          ****

 

 

 

 ─────噂をすれば。という言葉は、恐らくこういうことを言うのだろう。

 

 現在は放課後。

 聞くに、何やら昨日イッセー宅へ無視できない訪問客が来たようで、先方の話し合いを求める要望に応じ、現在はオカルト研究部部室で、その訪問客...紫藤イリナ、ゼノヴィアという名の二人を招き、ソファへ座るようにグレモリー先輩が促していた。

 装いを見る分だと教会関係者か。神聖...というか、純粋な力のようなものをさっきから感じるな。

 俺は敢えて対面せず、少し遠目から状況を観察することにした。そうすれば、不穏な行動をした時には此方が真っ先に動ける。まぁ、ケンカ売られれば拳銃を突き付けて来るようなどこぞのサングラスシスターではないだろうが、用心に越したことは無い。

 何より、今は木場が心配だ。この場の誰でも分かるほどの殺気を漏らし続け、二人へ憎悪の視線を向けている。

 そんな彼を分かっているのかいないのか、一切言葉を詰まらせることなく本題を口にしたのは、紫藤イリナだ。

 

 

「先日、カトリック教会本部ヴァチカン及び、プロテスタント側、正教会側に保管、管理されていた聖剣エクスカリバーが奪われました」

 

 

 その言葉で、俺は思わず確認の声を上げそうになった。またタイミングよく転がり込んできたもんだ。

 一応木場の方へ目を向けてみるが、彼の顔にはあまり驚きがなかった。己の標的が話題の中心へ立ったってのに、随分と反応が薄いな...

 それにしても、複数個所からエクスカリバーが盗まれたというのはどういうことなのだろう。そういう銘の剣が幾つかあるということか...いや、それら全てをひっくるめて一本のエクスカリバーなのか?

 

 

「聖剣エクスカリバーそのものは現存していないわ」

 

 

 グレモリー先輩の言葉に顔を上げると、彼女は俺とイッセーの方を見ていた。どうやら考えている事を悟られたらしい。続けて、先輩は二人へエクスカリバーの出自についても語って貰うよう促し、紫藤イリナがそれを快諾した。

 

 

「ええと、実はエクスカリバーって大昔の戦争で折れたんです」

 

 

 折れた...だと?星が精製したというあの至上の剣が?!────っと、Fateのエクスカリバーじゃないんだった。あぶねぇ、凄い焦った。

 紫藤の言葉を聞いたもう一人の女性は、自分の傍らに置いてあった、呪言のようなものが書かれた布に巻かれている細長い物体を解いた。そして、現れたのは一振りの長剣。

 ....まさか、これが?

 

 

「これが、エクスカリバーだ」

 

 

 その言葉で、周りの雰囲気が一変した。

 この場にいる中で、俺と紫藤とゼノヴィア以外の人物...つまり、純粋なる悪魔の血族や転生悪魔は身の毛もよだつ感覚を味わっていることだろう。何せ天敵と言ってもいいくらいの代物だ。

 

 

「折れてバラバラになったエクスカリバーの破片を拾い集め、錬金術を用い再生を試みた。それによって生まれたのが七本の剣なんだ。...そして、これはその中の一つ、『破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)』」

 

 

 なるほど。この世界ではエクスカリバーが属性分けされた上、分散しているのか。

 わざわざ治したということは、やはりここでもそれなりの名剣だったということなのだろう。出自がアーサー王伝説なのかは知りたくもあるが、この場で持ちかける話題としては脱線の要因になってしまう。

 ゼノヴィアは破壊の聖剣を布に戻し、再び封をした。それによって部室のヒリヒリした余裕のない雰囲気は一度霧散したが、紫藤の取り出した紐のようなものが全員の眼に触れた瞬間、それはまた復活した。

 それは勝手に動き出したかと思うと、形状を日本刀のように変化させた。そして、この刀からも尋常じゃない聖なるオーラが立ち昇る。

 

 

「私のは『擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)』。今みたいに形を自由に変えられるから便利なのよ。こんな風に他のエクスカリバーも固有の能力があるわ。こっちはプロテスタント側が管理してる」

「おい、イリナ。エクスカリバーの能力まで喋る必要はなかっただろう」

「こういうのは誠意が必要なのよ、ゼノヴィア。下手に出る側は極力出せる情報を開示しなくちゃ、信頼関係なんて築けないわ。それに、能力が知られたところで、この場にいる悪魔の方たちに遅れは取らない」

 

 

 自分の腕に相当な自信があるようで、すがすがしい程の表情で言い切る紫藤。それに対し、木場は増々顔を強張らせていく。

 油断ならない状況に一層の注意を払おうと気合を入れ直したところで、グレモリー先輩が泰然とした態度で口を開く。

 

 

「で、奪われたエクスカリバーが、どうしてこんな極東の地に関係あるのかしら?」

「....カトリック教会の本部に残っているのは私のを含めて二本。プロテスタントにも二本。正教会にも二本。残る一本は三すくみの戦争で行方不明...うち、各陣営にあるエクスカリバーが一本ずつ奪われ、連中はこの地に持ち込んだという訳なのさ」

「まぁ、そうくるわよね...で、肝心のエクスカリバーを盗んだ輩は?」

 

 

 ゼノヴィアの発言に返答した先輩は、核心である奪った組織の話題へと移ろうとした。それに対し、ゼノヴィアは少し顔を顰めながら答える。

 

 

「『神の子を見張る者(グリゴリ)』だ」

「堕天使の組織に聖剣を奪われたの?...まぁ確かに、聖剣に興味を持つのは堕天使くらいでしょうけど」

「ちなみに、奪った連中の主犯格は特定している。グリゴリの幹部、コカビエルだ」

 

 

 コカビエル...一応聞いた事はある。とはいっても、『聖書に出て来る天使』ぐらいにしか知識として補完していないが。

 先輩の反応を見る分だと、コカビエルはこの世界でもかなり大きな力を持つ存在のようだ。にしても、エクスカリバーに堕天使とは。悪魔にとって最悪の組み合わせなのではないか?

 

 

「さて、本題だが...今回貴方達に要望するのは、私たちと堕天使の所持するエクスカリバー争奪の諍いに、ここら一帯を根城とする悪魔が一切介入しないこと。有り体に言えば、傍観者役に徹してくれという事だ」

 

 

 ゼノヴィアの発言に渋面を作ったグレモリー先輩は黙っていられなかったのか、机を指で叩きながら苦言を漏らす。

 

 

「それは、私たちが堕天使と手を組んで、貴女たちの邪魔をすると疑っているからなのかしら?....随分と軽く見られたものね」

「『可能性が無い訳ではない』、と見ただけの話しだ。今回の状況は、聖剣という不安分子を神側から剥ぐことが可能だからな。以後の目的は堕天使と差異があるのかもしれんが、少なくとも『奪う』目的は悪魔側の利も一致する。そのIf(もしも)を危険視した私たちは、先手を打って君たちへ忠告しにきた訳だ。手を出せば、幾ら魔王の妹であっても排除する....上からのお言葉だよ」

 

 

 中々皮肉の口上が上手いな、ゼノヴィアは。これは先輩の神経を逆撫でするのに十分な威力だ。

 俺は面倒なことになったなぁ、とライトノベルの主人公みたいな態度で頭を掻いた。

 グレモリー先輩はゼノヴィアと対峙するようにソファから立ち上がり、一切の迷いなく自分は魔王の妹であることに誇りを持っていると明言した。だからこそ兄であるサーゼクスへ泥を塗るような真似は一切しないと。

 それを聞いたゼノヴィアは満足したらしく、先輩の言を尊重するような言葉を口にした。

 

 というか、イッセーがそろそろ限界なんじゃなかろうか。さっきから固有名詞ばかりを会話の中に入れられて、理解が完璧に及ばないレベルに来てるはずだ。

 

 

(でもまぁ、多少場の雰囲気は和らいだか。むぅ、なんとも厄介なことになったもんだ...ってか、客相手にお茶とか一切出してねぇな。一応気を利かせてやっとくか)

 

 

 俺は溜息を吐きながら緊張を緩め、人数分の紅茶の作成に取り掛かる。ちなみに、俺の紅茶やコーヒーを淹れる練度は、姫島先輩に比肩するほどである。グレモリー家でグレイフィアさんの仕込みを受けたことと、喫茶店で少し働いた経験があるお蔭だ。コーヒーの味だったら恐らく彼女を抜かしてるな。

 結局は自画自賛となったことに内心で苦笑いし、温めて置いたカップへ紅茶を注ごうとした、その時。

 

 

「俺はアーシアを守る!お前たちが手を出すって言うんなら、俺が全員敵に回してでも戦ってやる!」

「ほう、それは我ら教会に対する挑戦か?大きく出たものだな」

 

 

 聞こえて来たイッセーの怒声とともに不穏な空気を鋭敏に察した俺は、すぐ部屋へ戻って状況を検めた。

 イッセーがアーシアを庇うように前へ出て、布に包まれた聖剣を持つゼノヴィアから遠ざけようとしている。どうやら神を信仰する者同士で、何らかの拗れがあったのかもしれない。

 そこまで思考を巡らせたところで、事態は突如予想外の方向へ転換した。

 

 

「ちょうどいい。僕が相手になろう」

 

 

 冷め切った声を発する木場が立ち上がり、その手に出現させた剣を持つ。

 

 ─────不味いな、本気だ。止めるか。

 

 先輩たちは木場の豹変ぶりに呑まれ、言葉が出なくなっている。ゼノヴィアは涼しい顔をしてはいるが、挑戦的なイッセーを鎮めるどころかけしかけている手前、望まれれば戦闘行為を承諾するだろう。

 

 

「木場先輩、落ち着け」

「今回ばかりは止めてくれるな、コウタ君。察しのいい君のことだ、もう僕が何を考えているのか分かっているんだろう?それなら尚更だよ」

「なら、尚のこと先輩を止めなきゃ駄目だな。感情に流されて敵の実力を計れていない。...今の先輩じゃ負ける」

 

 

 俺の率直な言葉が勘に触ったか、木場はギリリと歯を鳴らすと、持っていた剣を勢いよく地面に突き立てて激昂した。

 

 

「負けたっていいッ!!剣が砕けても、腕が無くなっても、足が無くなっても!命が僕を動かし続ける限りエクスカリバーをこの手で叩き壊すッ!!」

 

 

 ─────ああ、この分じゃ説得できそうにないな。完全に頭へ血が昇ってる。

 俺はそう結論づけると、木場の腹部を躊躇なく打った。

 

 

「ぐッ?!」

 

 

 全く予期していなかった衝撃で意識を刈り取られた木場は、瞳を見開いた後にその場で頽れてしまう。

 俺は気を失った彼を抱き止め、ソファにまで移動させてから一息つく。そして、誰一人として現状を呑み込めていない中、特定の二人にだけ笑顔を向けて口を開く。

 

 

「いや、騒ぎ立てて申し訳ない。こちらとしてももう厄介事を起こす気は毛頭ないから、お二方も話が終わったのなら、早急に退室して欲しい」

「....ふむ、分かった。彼のためにも、ここは引き下がろう」

「ふぅー、寿命が縮みっぱなしだったよゼノヴィア。もう少しエリートらしく穏便かつスマートに行こうよ」

 

 

 面倒起こしたんだから出てけとも捉えられる台詞だったが、ゼノヴィアは先ほどの木場が見せた形相に思うところがあったらしく、エクスカリバーを持ち直すと紫藤の下へ下がった。そして、何故か視線を俺の方へ向けて来る。

 交錯は二秒程度。それでゼノヴィアは何かを理解したらしい。

 

 

「君、名は?」

「俺は栗花落(つゆり)功太。念のため言っておくが、悪魔じゃない」

「なるほど、人の身でそこまで磨き上げたのか。敬服するよ」

「そりゃどうも。最近分かってくれる人が少なくてね」

『??』

 

 

 俺とゼノヴィアの分かったような会話にクエスチョンマークを幾つも浮かべる皆。説明しようかどうか迷ったが、重要性皆無なので別にいいだろう。

 ゼノヴィアは俺の答えに含み笑いを漏らすと、背を向けた。

 

 

「また会う事もあるだろうが、是非君とは敵対したくないものだ」

 

 

 そう言ってから、彼女は紫藤を連れて部室を後にした。

 




Q. オリ主のオーバーエッジは何種類あるの?
A. ギリシャ文字全部とは言わないけど、結構考えてます。

原作にあったはずのイッセー、木場VSイリナ、ゼノヴィアの戦闘は削りました。同じ内容やってもほぼトレスになるだけだし、オリ主が頭突っ込む理由もないので。


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File/28.協力要請

川の流れへ身を任せるように、原作に沿います。


「ここもただの廃墟、か?」

 

 

 俺は携帯の地図とネットで調べた情報を見比べながら、柵の外側からコンクリート壁で囲まれた建物を観察する。それと同時に動かしていた手中の光を見て、碌な反応が無かった事を確認すると大きなため息を吐いた。

 

 

「.....やっぱり探知に引っかからない。無人だな」

 

 

 俺は現在、駒王町の各地にある空き家や廃墟を確認して廻っている。

 この街に逃げ込んだという事で、何処かに奴らの根城があるのではと思い至っての行動だったのだが....

 

 

「人探しとか向いてないのかなぁ」

 

 

 先ほどの廃墟で、空き家も含めて十件目。そろそろ数も絞られてくる頃ではあるが、一向に光明は見えてこない。

 やはり探知の魔術を使うのではなく、自分の足で建物の中を見て回った方がいいのだろうか?こういったことに引っかからないよう対策がされてるかもしれないし、念には念をいれてみるか。

 そう思って、赤錆に染まった門を開けようとしたとき。

 

 

「ん?」

 

 

 懐に入れて置いた携帯から着信音が鳴り響き、俺は門へ伸ばしていた手をポケットへと移動させる。ディスプレイに表示されていたのは、兵藤一誠の文字。一体何の用事があって通話なぞしてきたのだろうか?

 俺は訝しみながらも通話のボタンを押し、携帯を耳に当てて応答する、

 

 

「どうしたイッセー。何かあったのか?」

『ああ、ちょっと頼みたい事があってな。今暇か?』

「うーん....。取りあえず要件を言ってくれ。それによって答えは恐らく変わる」

 

 

 門に軽く背中を預けながら携帯を持ちかえて、イッセーへ本題を口にするよう促した。それに首肯しただろう彼は、驚愕の事実をさらりと口にする。

 

 

『今、例の聖剣コンビとファミレスにいるんだけどさ、コウタも話し合いに参加してくれないか?』

「ほう、聖剣コンビとファミレスに?そりゃ...........んん?!」

 

 

 待て待て!今なんつったイッセーの奴?!紫藤とゼノヴィアが一緒にいて、かつファミレスで仲良くお食事中だと?!

 俺は驚きのあまり足を滑らせて、錆びた門ごと後ろ向きにひっくり返った。すると、電話越しに響いた轟音を聞いたであろうイッセーも、負けず劣らず驚きの声を上げる。

 

 

『なんだなんだ?!こ、コウタ、スゲェ音したけど大丈夫か?』

「いだだ...ホントはあんまり大丈夫ではないけど、話を進めてくれ。そっちは一体何がどうなってんだ」

『お、おう。簡単に説明すると─────』

 

 

 イッセーから聞いた内容は、紫藤、ゼノヴィアと共同戦線を張り、コカビエル一派の所有するエクスカリバーの一本を木場自身の手で葬らせる。これによって、彼が持つエクスカリバーへの固執を断ち切ろうというものだった。なんとも彼らしいお節介さを感じると同時に、仲間を放って置けない優しさも同居する考えだった。

 聞いた所、一番の問題であった聖剣コンビとの交渉も先ほど上手くいったようで、あとはこの密約を、どうグレモリー先輩たちへ隠し立てするかが悩みどころだと言う。

 

 

「...よし、分かった。今からそっちに行くから、場所を教えてくれ」

『ああ、それ聞けて安心したぜ。やっぱ匙だけじゃ怖いからな』

「匙だって?おいおい、シトリー側の眷属巻き込んで大丈夫なのか?」

『バレなきゃいいんだって!あとは、木場と小猫ちゃんも呼んであるからな!』

 

 

 もう後に退けない事態へと発展しているようで、こちらとしても事情を知ったからにはイッセーを放って置けない。あの二人がどういう動きをするのか、まだまだ予測できないという懸念もある。

 のんびりと捜し歩いていた今までの気分を入れ替えながら携帯を仕舞ったあと、派手に倒してしまったこの門をどうしようか暫し黙考する。.....まぁ、別にいいか。

 

 ─────そう身勝手な結論を出した直後、背後に濃厚な殺気を感じた。

 

 

「っとぉ!」

 

 

 気分を戦闘態勢に近い形へ変えていたいたこともあり、間一髪で身を捻って回避を成功させ、重ねて魔力を足から放出して地を蹴ると、月面宙返りをして謎の敵と距離をとった。中途半端な態勢だったために着地に難儀したが、地面に片手を着いてバランスを保つ。うお、これがマットの上だったら点数ガタ落ちだな。

 俺は手に付いた土埃を払いながら、無粋な奇襲を仕掛けて来た犯人の顔を確認しようと顔を上げる。その視線の先に佇んでいたのは.....

 

 

「ひゃひゃあー!お久しぶりですこと旦那ぁ!元気にしてましたかね?」

「お前...フリードか!」

「あら、ワタクシの名前を憶えてくれてたなんて!地獄にまでその記憶を持ってってくれると嬉しいわ!」

「ちっ、また面倒な輩が....!」

「まぁまぁそう言わずに。ちょっくらワタクシと新しい相棒のトライアルを手伝ってちょ!良かったらついでに死んじゃってってよ!」

 

 

 アーシアの一件以来の顔合わせとなる白髪変人エクソシスト、フリード・セルゼン。相変わらず意味も無く楽しそうだ。

 本来ならこんな危険人物を野放しにはしないのだが、残念ながらコイツの相手をしている暇はない。イッセー本人が電話でかけて来たとはいえ、向こうでは何が起きているのか予想がつかないのだ。できることなら一刻もはやく現状を把握したい。

 それに、フリードは己の目的を邪魔する存在や、悪魔にのみ明確な殺意を抱く。今は何を企んでいるのか分からないが、理由なく一般人へ刃を突きつける輩ではないので、まぁ対応を後回しにしても問題ないだろう。

 ――――――――――ということで、俺は戦略的撤退をすることにした。

 

 

「じゃあ、トライアルと一緒に俺との鬼ごっこにも付き合ってくれ、よッ!」

「ッ!?まさか旦那、逃げる気か!」

「ふはは!その通りっ!」

 

 

 今一度魔力を足からブーストさせて飛翔する。進行方向はフリードのいる道なので、奴を飛び越えないといけないのだ。幸い周りに人はいないが、あんまり派手な音を出すと気づかれかねない。一度目の出力は最小限に抑える。

 ここでフリードが動いた。下段に構え、持っていた剣を大きく振りかぶる。

 

 

「逃がさぁぁぁん!」

「遅ぇ!」

 

 

 剣の切っ先が届く前にフリードの頭上まで到達し、そこでもう一度、今度は全力のブースト。直後に恐ろしい速度で青空へ飛び出し、一気に地上数百メートルまで昇り詰める。

 

 

武具(オーディナンス・)創造(インヴェイション)!」

 

 

 連続して俺の身体を叩くGの猛撃に耐え、能力を発動。布のようなものを出現させ、それを素早く()()()()。風圧で難儀はしたが、無事に『完成』し、それを素早く被った。

 滞空時間は実に八秒弱。地面と接触する寸前に魔力を軽くブーストさせ、落下速度を相殺させてから降り立つ。

 

 

(大分跳んだが...追いかけて来る可能性はあるな。だけど、こいつを被ってれば)

 

 

 俺が頭にのせているこの帽子は、『ハデスの隠れ兜』。これで括られたものは、視覚的・魔術的に完全な隠匿状態になるのだ。しかし、音や匂いなどは隠せないので、使いどころを誤ると手痛いしっぺ返しを喰らう事になってしまう。

 見えないのをいいことに公道を五十km近くの速度で駆け抜け、フリードを完全に撒く。英霊は素でこれ以上のスピードをだせるんだから凄い。

 それにしても、少しだけ見えたフリードの持つ剣は、あの時の光剣と違って大分聖なる力が強かったように思える。打ち合わずに視界へ入れただけだったので、その本質までは看破できなかったが....

 

 

「ふぅー、なんだかんだで目的地到着っと」

 

 

 考えている最中に、件のファミレスへ到達。実は出鱈目に走っていたわけではなく、ちゃんと待ち合わせ場所であるファミレスを目指していたのだ。だが、電話があってから十分もたたずに到着するというのは...何か言い訳を考えておくか?

 ネタを捻り出しながらファミレスの扉をくぐり、イッセーたちの座る席を探す...ってわかりやすいな。紫藤とゼノヴィアが修道服だから当然なのだが。

 それにしても、客がきたってのに店員が誰も案内に現れないとはどういうことだ?そんなに俺って存在感ないか....?まぁ、今回に限っては案内必要ないんだけどさ。

 

 

「ようイッセー、匙。見たところ、どうやら元気そうだな」

「お?来たかコウタ。随分早.....ってアレ、何処だ?」

「栗花落の声なら正面から聞こえたはず、だけど」

「頭隠して尻隠さず、だっけ?日本語って難しいよね」

「イリナ、それを言うなら声はすれども姿は見えず、だぞ。というか、本当にその通りなのだが」

 

 

 イッセー、匙、紫藤、ゼノヴィアと順に周りを見渡すが、誰一人として俺を直視していない。

 え、どういうこと?声はきこえてるけど姿が見えない?もしかして、本当に存在をどこかに置き忘れて来たんじゃ...!

思わず頭を抱えそうになったところ、頭上に移動させた手が何かに触れる。ん?これは確か....ハデスの隠れ兜!

 

 

「やべ、これ取るのすっかり忘れてたわ」

 

『うわぁ!』

 

 

 何の前触れなく突然目の前に現れた俺を見て、驚愕の声を上げる皆さん。ああ、一回出直せばよかったな。

 このままでは居心地の悪さ全開なので、ちょっとマジックアイテムの試運転をしていたことをそれとなく伝える。それを聞いた聖剣コンビ二人が露骨に目を輝かせた始めたので、ココでもう出す気はないと先手を打っておいた。

 俺は匙の隣へ腰かけ、店員へお水を持ってくるよう頼む。その後に、電話を貰った時からずっと温めて置いた疑問を解消することにした。

 

 

「で、どうやって交渉の席に二人を着かせられたんだ?イッセー、匙」

「ああ、実は二人とも相当食い扶持に困っていたみたいでさ。駅前に居たところを俺と匙が昼飯に誘ったんだ」

「へへ、伝票見てみろよ。アイツと割り勘しても確実に俺の財布は氷河期に突入だ....今はきっとマンモスが大陸移動してるぜ。へへへへへへへ」

「それは...た、大変だったな」

 

 

 壊れた笑みを浮かべる匙の心中を察し、俺も割り勘勢に入ってやろうと決意してから、食後のコーヒーを素知らぬ顔で啜る二人に改めて向き直る。

 

 

「飯を奢ってもらったとはいえ、お二人はなんで俺等の協力を受け入れたんだ?」

「なに、理由は至って単純だよ。私とイリナだけで聖剣を巡り、コカビエルと正面切って戦えば十中八九死ぬ。...神に捧げた我が身とはいえ、やはり命は惜しいし、聖剣奪取の使命も成し遂げたい。だから協力者を得て、少しでもその結末を変えようと足掻きたい訳さ」

「ちょっとゼノヴィア!さっきも言ったけど、本当に悪魔の力を借りるっていうの?そんなの主の意向に反するわ!」

「何、私は悪魔の力を借りるとは言って無い。兵藤一誠に宿る、赤龍帝の力を借りようと言っているんだ。それならいいだろう?」

「むむ.....」

 

 

 紫藤は不満そうだったが、ゼノヴィアの退きそうにない態度でついに諦めたらしい。...さっきの発言は本気みたいだし、紫藤の信仰心はかなりのものだな。自分の命を主の意志と躊躇いなく天秤に掛けられるとは。

 俺たちと価値観が根底から違うこともあるのだろうが、だとしても自分の身を全く顧みないというのは.....いや、この話題は終わりにしよう。

 俺は気分を入れ替え、具体的にどんな方法でエクスカリバーの奪取に踏み切るのか問いただすことに決めたのだが──────

 

 

「え、コウタさん?」

「これは、随分混沌としたメンバーだね」

 

 

 小猫ちゃんと木場が連れだって現れたので、お話はもう一度仕切り直しになりそうだった。

 

 

          ****

 

 

「なるほどね」

「協力の理由としては、妥当」

 

 

 ここでした一連の会話を再び二人へしてから、内容はようやく振り出しに戻る。

 正直反対される可能性も少なからず考慮していたのだが、小猫ちゃんは木場の意志を汲み、木場自身は己の復讐心に従ったのだろう。今はそれでいい。

 と、ゼノヴィアが落ち着きのない木場を見て口角を上げた。

 

 

「君はどうやら、聖剣計画に相当な恨みを持っていると見える。何があったのかは知らんが、私たちの足を引っ張ることは止めてくれよ?」

「君たちに心配されるなんて、僕の身のこなしにも随分と焼きが廻ったかな」

「もう、ゼノヴィアは言い方が悪いよ。...木場くん、聖剣計画は私たち教会側にとっても忌むべき事件だったの。だからそれに加担した人たちは全員異端扱いされたのよ」

「だが、その研究は私たち聖剣使いを生み出すための大きな糧となった.....皮肉なことだがな」

 

 

 言われてみればそうだ。こうやってエクスカリバーを持てる人物がいるという事は、研究が必ずしも役に立たなかった訳ではないのだろう。

 例え、その背後に決して無視できない闇があろうとも、『成功』という煌びやかな結果で隠してしまえばいい。そうすれば、あとに残るのは物言わぬ木偶と化した犠牲者だけになるのだから。

 木場はきっと、それが許せないのだ。利用されるだけだった自分が、仲間が報われずに人々から忘れ去れるのが。

 机にコップを置く音を響かせてから、この嫌な空気の中でも口を開いたのは匙だった。

 

 

「純粋な疑問だけどさ。その計画とやらにはアタマがいるんじゃないのか?こうやって聞いてる分だと一大プロジェクトっぽいんだが」

 

 

 聖剣計画の話から逸れることは出来なかったが、少なくとも停滞していた会話を進める事はできた。ナイスだ匙。

 その質問を聞いて言葉を返したのは、ゼノヴィアだ。

 

 

「ああ、いたな。ソイツは現在堕天使側へと身を置いている。名をバルパー・ガリレイ。『皆殺しの大司教』と呼ばれた者だ」

「皆殺しって...物騒な名前だなぁ」

 

 

 イッセーが嫌な顔をしながら呟く。一方の木場は、ついに計画の首謀者を知ったことで、溢れる殺意が増している。ファミレスで出すオーラじゃないぞ、それ。

 隣の小猫ちゃんが心配そうに肩を揺らしたことで我を取り戻した木場は、彼女に一言謝ってから顔を上げた。そして、一回深い呼吸をしてから紫藤とゼノヴィアへ視線を向ける。

 

 

「元凶を教えてくれたお礼...って訳ではないけれど、僕の持っている情報を提供するよ。先日、エクスカリバーの一つを持った人物に襲撃された」

『!』

 

 

 全員がそろって驚く。それはそうだ、何せ木場からはそんなことを思わせるような態度が全く持って無かったからだ。

 思い返すと、部室で紫藤とゼノヴィアから聖剣の話しを聞かされて、彼が全く動揺しなかったのはこれが原因なのだろう。

 とはいえ、早々エクスカリバー使いと接触できたのは僥倖だ。中々転がって来ない手がかりをようやっと入手できたのだから。

 

 

「名前は、フリード・セルゼン。聞き覚えはあるかい?」

「フリード、なるほど。奴が」

「んな!フリードだって?!」

「ちょ、どうしたのコウタ君?」

 

 

 えええ!あのフリードが聖剣使いだったのか?!さっき会ったんだけど!チクショウ、逃げるんじゃなかった!

 今一度白髪神父の装いを想起してみると、確かに以前は持っていなかった長剣のようなものを手にしていた。しかも、それが普通じゃないことに気付いていながらスルーしてたのが一番悔しい。

 一頻り心の中で後悔をしたあと、大分冷えた周りの空気を察して頭を下げた。

 

 

「すまん、取り乱した。ええとな、実はここへ来る前に会ったんだよ...フリードに」

「じ、じゃあ、それだけ悔しがってるってことは....?」

「ああ、相手するのが面倒くさくて逃げてきちまったんだ。お蔭で手がかりは何もない。...すまん」

 

 

 イッセーの問いかけへ返答したあとに溜息を吐く。せめて奴らの住処を明かせればよかったんだが、まさかアイツが聖剣を持ってるなんて露程も思わなかった。

 俺のせいで崩れた場の空気を咳払いで改めたゼノヴィアは、一枚の紙を取り出してペンを走らせると、それをこちらへ寄越した。

 

 

「今栗花落が言ったことみたいに、何かあったらここへ連絡をくれ」

「お、ありがとさん。んじゃこっちも」

 

 

 イッセーは素直に紙を受け取ってから、ゼノヴィアから紙とペンを受け取ろうとしたが、紫藤が笑顔で手をヒラヒラ振りながら言った。

 

 

「ああ、イッセー君のは叔母様から頂いてるから」

「なに!?母さんいつのまにそんな勝手な事をっ!」

 

 

 イッセーの母親を叔母様....?紫藤とコイツは昔から交流があったのだろうか?

 二人は食事の礼を言ってから立ち去り、俺たちのみが取り残される。皆一様に脱力しており、相当心配な交渉だったのだなー、と他人事のように思った。

 

 

「ああー終わった終わった!じゃさよならー」

 

 

 ファミレスを出て早々、吹く風のように自然とフェードアウトしようとした匙。だが、それをイッセーが見逃す訳もなく、ガシリと力強く襟首を掴まれる。

 

 

「ちょっっっと待とうか匙くん?」

「は、離せっ!もう沢山だ!これ以上お前らと関われば、財布を殺された上に俺も会長に殺される!」

「俺たちだって部長に叱られるリスク背負ってんだ!ここまで頭突っ込んでおいて今更抜けれると思うなよ!」

「突っ込ませたのはお前だろうがイッセェー!!」

 

 

 一応同情はするが、ここまで来たなら最後まで付き合って欲しくはある。しかし、公道で引っ張り合いをするのは他人様の迷惑だから止めて貰おう。

 取り敢えず二人を引っぺがし、匙へ一旦落ち着くよう言い聞かせる。

 数分後、何とかさっきまでの興奮ぶりはなりを潜めたものの、彼は襟を直しながら溜息を吐いて言った。

 

 

「はぁ...いやさ、俺って聖剣計画とか全く分からないし、木場とエクスカリバーがどんな関係を持ってるのかも知らないんだぜ?正直蚊帳の外なんだよ」

 

 

 匙のどこか居心地悪そうな表情に少し申し訳なさを感じ、俺はそれとなく木場へ目くばせをする。

 

 

「ん、分かった。話すよ、僕の過去を」

 

 

 彼は分かってくれたらしく、前置きをしてから己の経歴を語る。

 ─────その内容は壮絶の一言だった。俺も山で五年近く魔物と殺し合いをし続けながら生きるという荒行をしたが、誰かに虐げられながら生きるという人生は想像ができない。

 木場はそれを経験させられた。何もかもを奪われ、利用されるだけの人生を。

 

 

「皆信じてたんだ、希望のある明日を。...でも、そんなものは幻想にすぎなかった」

 

 

 木場は最後に、彼等の死を無駄にしたくない。あの場にいた全員の命には意味があるんだと証明したいんだ...そう答える。

 俺はその心意気に共感し、改めて彼に協力しようと思えた。復讐なんてかっこ悪い言葉は、こいつに似合わない。

 

 

「うぅ.....」

 

 

 鼻をすする音が聞こえると思ったら、匙がガチ泣きしていた。どうやら完璧にやられてしまったらしい。

 それにしても意外だ。この少年がそこまで感情を表に出すタイプだったとは。やはりイッセーと根は似通っているのだろう。

 

 

「すまん木場!お前にそんな辛い過去があったとは知らなかったんだ!必要以上にイケメンだからって嫌ってた俺を許してくれぇ!」

「う、うん。大丈夫だから」

 

 

 二人を若干遠目に見ながらも、これなら匙は逃げないだろうな。と安心する俺たちなのだった。




今回はいつにも増してオリ要素が息をしていない...


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File/29.作戦敢行

みんな大好きフリード君が聖剣でインフェルノディバイダーする回です。


 紫藤、ゼノヴィアとの協力を取り付けられたのはいいが、結局俺たちグレモリー側がやる事といったら、地味な見回りをして情報収集、並びにコカビエル一派と接触を試みるくらいだろう。

 しかし、奴らは身を隠すために駒王町へ来たのだ。簡単に見つかるようなところへ潜伏しているはずもないし、軽率な行動も控えているだろう。約一名を除いて。

 

 

「はぁ、今回もダメか...」

「い、いや!まだ頑張るぞ、諦めんな匙!」

「でもイッセー君、もう夕方だよ?これ以上は不味い」

「佑斗先輩の言う通りです。部長さんにバレる」

 

 

 俺たちは神父服を着て街を歩き、ここら一帯で教会の神父を無差別に殺して廻っているフリードを誘き出す作戦を敢行していた。しかし、結果はご覧の有様で、毎回時間だけが無為に過ぎていくばかりだ。

 発案時のインパクトから効果は結構期待されていたのだが、よく考えると十字架は偽物だし、目的地もなくただ歩き回るだけではダメなのかもしれない。

 

 そう、さっきまで俺は思っていた。

 

 

「?コウタ、さっきから黙ってどうかしたのか」

「.....ああ、ちょっと人払いの結界を張るのと一緒に、この作戦が成功したことに少し驚いてたんだ」

「は?成功って、どこが────────」

 

 

 匙がこめかみを抑えながら呆れたように言いかけるが、直後に彼を含めた全員が身を震わせ、一斉に頭上を見上げる。...瞬間、長剣を振り上げたフリードが家屋の屋根を蹴り、俺たち目掛けて落下してきた。

 

 

「ほあちゃあああ!お前さん方全員、そこに首置いてけぇい!」

 

 

 悪魔の聖剣に対する防衛本能が上手く働いたらしく、全員が素早く安全地帯への回避を果たした。そのためフリードの斬撃は空を切り、誰一人として葬れなかったことに苛立ちを覚えたか、奴はここまで聞こえる舌打ちをかました。

 俺は事前に立てていた作戦通りに動くよう指示を飛ばそうとしたが、神父服を脱ぎ捨てながら激情に任せて飛び出して行った馬鹿がいた。アイツ、また碌に考えもしないで突っ込みやがって!

 

 

「フリードォッ!」

「おろろ!?貴方様は以前会ったばかりの魔剣使いのイケメンくんじゃあーりませんか!ってーことはそこにいるのって....あらやっぱり!いけすかねぇ悪魔の野郎どもと、やっちゃいけない一人鬼ごっこかました人間さん一名勢揃い!おおっと、やっちゃいけないのは一人かくれんぼの方でした!素で間違えた俺っちマジ天然さん☆」

「君は、剣を向けられている自覚がないのかッ!?」

「あー耳元できゃんきゃん五月蠅いなぁ!テメェじゃぼくちんの相手になんないの!」

 

 

 その台詞とともに、フリードの持つ長剣...エクスカリバーが光り輝きだした瞬間、それまで鍔ぜりあっていた木場の魔剣をいともたやすく砕いた。突然己の武器が消失したことに驚いた木場は、目を見開いたまま固まってしまう。

 不味い─────!そう思った俺は足に魔力でブーストをかけ、エクスカリバーを振り上げたフリードの目前から木場を突き飛ばし、精製(フォーム)した二本の剣で受ける。だが、折れたうちの一本とは言え、聖剣の前に急場しのぎの剣など紙束に等しい。

 

 

「ぐぁ!」

「だはは!んな鈍らじゃあ、俺っちの聖剣は止められねぇよ!旦那ぁ!」

 

 

 辛うじて剣閃の軌道を曲げられたが、肩をバッサリと斬られて鮮血が噴き出す。そして、止めと言わんばかりに剣を構えるフリード。しかし、その手に俺の背後から伸びて来た黒い触手のようなものが巻き付いた。

 

 

「ちぃ、うぜぇ!.....ってあら、斬れない?なんでさ!?」

「そいつは生半可な攻撃じゃ簡単に切れてくれないぜ?今だ、イッセー!栗花落と交代しろ!」

 

 

 片手の甲にある黒い蜥蜴の顔のような神器(?)から、舌のようなものを伸ばしてフリードを拘束している最中に、退く俺と入れ替わるような形でイッセーが飛び出して行く。そして、俺が自分を庇って血を流した事で頭が冷えたらしい木場は、作戦通りイッセーの下へ走りだした。

 

 

『レーティングゲームの時は使わなかったけど、籠手が進化した時に倍加の力の新しい使い方が頭に浮かんだんだ。恐らく、エクスカリバーとの戦いで役に立つと思うぜ』

 

 

 イッセーから聞いた、赤龍帝の持つ新しい力。もし聞いた通りの能力なら、聖剣と打ち合うくらい出来るのでは...俺はそう踏んでいる。

 地面に血痕の尾を引きながらも、俺はフリードから十分な間合いを取る。一応防護の魔術はかけておいたが、聖剣の持つアンチスペルが働いた分威力が全く殺せていなかった。

 地面に膝をつき、痛みを堪えながら魔力で傷の治癒をしているところへ、小猫ちゃんが血相を変えて俺の顔を覗き込んで来た。

 

 

「コウタさん!大丈夫ですかッ?」

「ああ、これくらいどうってことない。一応止血はしておいたから、な」

「フラフラじゃないですか。全然大丈夫じゃないです」

「お、思ったより深かったみたいだ」

 

 

 頭を振りながら、ふらついた足元をしっかり地に着ける。久しく体感していなかった死の足音に身体が驚いているらしい。.....日和ってんな、俺。

 自分のことは置いておいて、仲間たちの戦闘へ目を向ける。そこでは、ついに新技を披露するイッセーの姿があった。

 

 

「受け取れ木場ァ!赤龍帝からの贈り物(ブーステッドギア・ギフト)ッ!」

 

『Transfer!!』

 

 

 

 籠手から迸ったドラゴンの力が木場を包み、彼の魔力量が目に見えて跳ね上がる。なるほど、これは面白い使い方だ。

 

 

「!....これなら、行けるッ!!」

「ぬおぉ?!なんじゃそりゃあ!」

 

 

 木場が両手を構え、地面から剣を二本生やした瞬間、水面を打った波紋の如く魔剣が続々と湧き出て来る。だが、フリードは己目掛けて四方八方から刃を突き立てて来た剣に驚愕しながらも、しぶとく飛んで逃げ回る。

 こうなったら、後は木場の独壇場だ。彼は騎士の速度を遺憾なく発揮し、剣を足場にしてフリードを追う。時折掴んだ剣を飛ばしながら奴の移動速度を落とし、ついに完璧に虚を突いた形で背後を取った。

 

 

「貰った!」

 

 

 打たれた詰めの一手。しかし、それは俺の目でしてもぶれる程のスピードで振るったフリードの剣で、文字通り打ち砕かれた。

 木場は驚愕の最中にも衝撃を殺せず吹き飛び、家屋の外壁へ背中から激突する。苦悶の喘ぎを漏らしながら、彼は多量の酸素と共に血を吐き出した。

 

 

「ええ、中々よろしいスペクタクルでしたよ?でも、残念ながら千歩ほど及びませんでしたなぁ」

「な、何なんだ今のは?明らかに速度で木場を越えてたぞ?!」

「ふっふっふ。ワタクシの持つエクスカリバーは『天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ)』!持ち主の素早さをドカンと上げてくれるありがたーい相棒なのよぉ!」

 

 

 イッセーの驚愕の声に答えた白髪神父は、剣の消えた地面へ降り立つ。

 ...譲渡したにも関わらず、木場の剣はフリードへ届かなかった。なら、この場に置いて速度で奴へ届きうる俺と木場が倒れた今、全力で逃げに回るしかない。─────傷が開くかもしれないが、俺が活路を開くか。

 壁に背を預ける木場へ向けて、再度剣を振り下ろそうとするフリード。ここで今一度突貫をしようとした俺だったが、それより一歩先に匙が動いた。

 

 

「そうは、いかねぇよ!」

「ん?ぐぉ...な、なんだこりゃ?!」

 

 

 フリードの腕に絡みついていた黒い舌が光を放った瞬間、奴のバランスが突然崩れた。そして、そのわずかな隙を見逃さなかった木場は離さなかった魔剣の一つを閃かせる。しかし、流石は天閃の聖剣。並の人間には瞬間移動にも等しき速度で身を翻し、剣の回避を成功させる。

 

 ────それを予測していた小猫ちゃんの拳が迫っていることには、果たしていつ気付いたのだろうか。

 

 

 

「ぐふッ!?」

 

 

 腹にめり込んだ拳の威力は相当なものだったのだろう。吹き飛んだ先でぶち当たった電柱には大きく罅が入っていた。

 フリードは軽く喀血したあとに、憎憎しげな表情で匙の手から伸びた触手を見ると、吐き捨てるような口調で言う。

 

 

「ぐ...そいつは、この黒い舌みてぇなのが触れた相手の力を吸う神器だな?」

「ああ。これは『黒い龍脈(アブソーブション・ライン)』。能力は大方お前が言った通りだぜ」

「げぇードラゴン系神器かよ!めんどくせぇ!」

 

 

 匙もドラゴンの神器持ち?赤龍帝と白龍皇以外の神器(やつ)もあるのか。本体が封印されてるのかどうかは知りたくもあるが、今やることではない。

 正直、匙の神器のお蔭で勝機が見えつつある。しかし、依然あの素早さは厄介だ。もう一度木場にドラゴンの力を譲渡できればいいのだが...。そう考えていたところへ、腹を抑えながら近づいて来る騎士(ナイト)の姿が視界の隅に映る。

 

 

「ゲホッ...コウタくん、今は攻めるべきだよ。フリードの速さは本物だけど、全く見えてない訳じゃない」

「だが、先輩の剣じゃエクスカリバーを折れない。赤龍帝の力を使っても、だ」

「.....それは」

 

 

 忌々しそうに顔を伏せる木場。事実だが、受け入れるのを拒否したいのだろう。

 俺は両手に干将莫耶を出現させ、彼の横に並ぶ。まだ肩が少し痛むが、全力で振るわなければ大丈夫だ。あともう少しで傷は塞がるし、それまで辛抱すればいい。

 

 

「今は一人で戦わないでくれ。力を合わせるぞ」

「...うん、分かったよ」

 

 

 暫しの間の後に答えると、立ち上がった俺の背に自身の背を合わせるような構図で並ぶ木場。なんだ、悩んだ割にはノリノリじゃねぇか。

 

 

「はっはは!共同戦線ってやつですか?いやー全くもってウザい!テメェらとっとと俺の前からいなくなれよ!!」

 

 

 天から走った雷のように、左右左右と蛇行しながら地を蹴って肉薄、聖剣の刃を閃かせるフリード。その剣を俺が莫耶で受け止め、木場が迎え撃つ。受け止められるとは思っていなかったか、舌打ちと同時に聖剣の切っ先を地面へ向け、己の身に迫る木場の剣を防御する。

 その直後に視線を後ろへやったことから、態勢を整えようと後退する奴の意を悟り、俺は残った干将も聖剣に打ち付けて弾く。そして、すぐにがら空きとなった懐へ蹴りを叩き込んだ。っ痛ぅ...ちょっと傷開いたか?

 

 

「ごほッ!せ、聖剣を弾いた、だと...?さっきは壊されてたはず、だろが」

「この剣は特別製でな。他の(ヤツ)とは出来が違う」

 

 

 それを聞いたフリードは分が悪い事を悟ったか、一度更に大きく後退する。俺はその距離を詰めようかと思ったが、聞き覚えの無い男の声が響いてきたため、一度足を止めて周囲を見回す。

 それは、白髪神父の背後に立っていた初老の男性から放たれた声だった。

 

 

「全く、あまり聖剣に乱暴な扱いをするんじゃない。フリード」

「げ...バルパーの爺さん。いつのまに」

 

 

 バルパー?どっかで聞いたような名前だな。そんな風に頭を捻っていた俺の隣で激昂したのは、木場だ。

 それで思い出した。以前紫藤とゼノヴィアから聞いていた、聖剣計画の元責任者。皆殺しの大司教とも呼ばれた─────

 

 

「バルパー・ガリレイッ!」

「ああそうだとも、私こそがバルパー・ガリレイ。聖剣使いをこの世に生み出したパイオニアだ。貴様の持つ神器、魔剣創造の力は見せて貰ったぞ。そして、その程度のものならば我が聖剣の足元にも及ばん」

「あのー、俺っちの敵さんにご高説頂いてるトコ悪いんだけど、このマジうざってぇ黒いトカゲちゃんの舌の斬り方ありますかね?」

「...因子の扱い方にまだ慣れていないか。だが、お前はそれを抜きにしても聖剣の扱いが雑すぎる。もっと自分に流れる適正因子の力を認識し、聖剣の能力を向上させろ」

 

 

 フリードは言われるがままに剣を構えて、光を凝縮させていく。その光には聖なる力が濃縮されているらしく、イッセーたちは目に見えて浮き足立っていた。

 奴は眩く輝いた聖剣を振るうと、いとも簡単に匙の伸ばした黒い回路(パス)を断ち斬ってしまう。まさか本当にバッサリやられるとは思ってなかったのか、匙は呆然と戻って来た舌の斬り口を見やる。

 

 

「うっほ、ホントに斬れた!よっしゃ逃げますぜバルパーの爺さん!」

「うむ。コカビエルもこやつらの事を知れば、実験に一層の期待を持つだろう」

 

 

 フリードはバックステップで距離を取り、バルパーのいる後方まで退却する。しかし、そんな彼目掛けて突っ込んで来た影が一つ。

 それは鋭い斬撃とともにフリードの聖剣を叩き、激しく火花を散らす。

 

 

「いいや、やっと尻尾を掴んだんだ!逃がしはしない!」

「っち、教会の手先が偉そうに!物騒なモン振り回してる暇があったら、本業のお祈りでもしててくだせぇ!Forever(永遠に)!」

 

 

 戦闘に乱入してきたのは、破壊の聖剣を持つゼノヴィア。俺の背後ではイッセーと話す紫藤の声も聞こえる。...なんとか間に合ったか。

 敵が想定外の戦力を持っていた場合か、俺たちが想定外の事態に陥った場合に取る、もう一つの手。それが、イッセーに聖剣コンビへ連絡して助太刀を願うという作戦だ。

 

 一際大きな音を響かせて、双方が足を滑らせながら大きく後方へ退く。ゼノヴィアはフリードの持っていた聖剣が天閃の聖剣だという事は知っていたのだろうが、やはり相性が悪かったらしい。

 フリードは彼女の剣を受けているようで、その威力はほとんどが流されている。移動速度が上がっていることにより、剣の軌道が読まれてしまっているのだ。

 

 

「んじゃ、そろそろ本気でおいとま」

 

 

 そう言いながら取り出したのは、光の球らしき物。

 俺はあれがどういうモノなのか分からなかったが、木場は知っていたようだ。

 

 

「あれは衝撃を受けると強い閃光を放つ道具だ!このままじゃ逃げられる!」

「ちょっと待った」

「!何で止めるんだコウタ君?!ここまで来てふざけないでくれッ!」

 

 

 俺は魔剣を片手に掴んだ木場の肩に手を置く。すると、予想していた通り怒声にも近い言葉を放つ。だが、それに構わず悪い笑みを浮かべながら、一枚の布を創造した。

 傷は治ったし、このタイミングなら事を有利に進められる可能性が高い。仕掛けるなら今だ。

 

 

「今ここでアイツらを倒したら、元凶にたどり着けなくなるだろ?」

「.....じゃあ、一体どうするんだい?」

「見つけさせてくれねぇんなら、()()()()()貰う。それだけだ」

 

 

 布を()()()()()瞬間、閃光が辺りを包んだ。

 

 

          ****

 

 

 強烈な光に目がやられ、否応なしに視界が白一色に染まる。そして勿論、目を開けた先にはフリードとバルパーの姿は消え失せていた。くっそ!折角捕まえたと思ったのに、あっさりと逃げられちまった...

 

 

「ここまで来て逃がす訳にはいかない。追うぞ、イリナ!」

「合点だよ!」

「え、おい!」

 

 

 俺の制止など聞く耳持たず、二人は一目散に走り去って行ってしまった。ったく、協力しないと不味いんじゃなかったのかよ。勝手だなぁ。

 そうは思ったものの、フリードの持つ聖剣の力に当てられ過ぎて眩暈が凄まじかった。皆もそうだったようで、小猫ちゃんは汗を拭っていたり、匙は思い切り倒れ込んだりしてた。こりゃ、とても戦える状態じゃないな。

 

 

「なぁコウタ。これって作戦成功ってことで.....あれ?」

「?どうかしたんですか、イッセー先輩」

「いや、コウタがいない...ってうお、木場もいねぇ!?」

 

 

 周りを幾ら見渡しても二人の姿が見えない。先に帰った?それともかくれんぼ?んなわきゃあるか!

 自分で自分にツッコミ入れてると、起き上がって尻を叩く匙が険しい表情をしながら言った。

 

 

「まさか、フリードとバルパーの奴を追ったんじゃ...?」

 

 

 恐らく...いや、確実にそうだ。木場はバルパーに恨みがあるし、コウタだって一回フリードを逃がした負い目がある。

 でも、皆で戦って勝てなかったフリードと、確実に只者じゃない堕天使の幹部がいる敵の陣地へ四人で...

 

 俺たちは、ゼノヴィアとイリナが消えて行った道を呆然と眺めるしかなかった。

 



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File/30.アウトブレイク

コカビエル「俺たちの『根城』へ来たのでな~

根〝城〟⇒城....城か!

はい。城っぽくなりました。


「たーだいま戻りましたよっと」

 

 一時的に住処としている、駒王町から少し離れた小山に建つ館。フリードはその扉を壁に激突するほど勢いよく開けると、我が物顔で踏み込んでいく。

 む、確かこの国には靴を脱いで上がるという面倒なしきたりがあるのだったな。

 そう思いつつも土足のまま玄関を通過する。やろうと思っても、履きかえる靴や収納する場所など存在しないのだ。....っと、そうだ忘れていた。

 

 

「フリード、聖剣の力を仕舞え。ここ辺りをうろつく悪魔などいないだろうが、張って置いた結界の意味を失わせてしまうのは勿体ない」

「おおう。そうですたそうですた」

 

 

 全く、コカビエルのやつめ。実験をうまく運ぶためには、その時まで姿を隠すのが一番だというのに...フリードを野放しにするとは一体どういう了見だ。そのお蔭で神父を殺戮し、グレモリー眷属にまで斬りかかるなどという奇行を許してしまったではないか。

 ...数日間この少年エクソシストと共にいて分かったが、コイツは素で緊張感の欠片も無い言動をどんな時でも取り続け、私のペースをこの上なく乱してくる厄介者だ。

 正直こんな訳の分からない輩にエクスカリバーを三本も預けたくはなかったが、私の実験へ全面的に協力してくれるコカビエルの言葉には逆らえなかった。

 とはいえ、彼の目に狂いは無かったようで、フリードは他の者たちを差し置いて聖剣の因子を取り込むことに成功し、今回の戦闘では聖剣の強化も問題なく出来るようになっている。

 

 

「フリード、バルパー。激しい力の乱れを感じたぞ?何かあったな」

 

 

 大きなアンティークテーブルがあるダイニングへ戻ると、豪奢な一人掛けソファへ腰かけ、優雅にワインを楽しむコカビエルがいた。その声は多量の喜悦を含んでおり、純粋に闘争を愉しまんとする危うい狂気が垣間見える。

 それに対し、どういうわけか彼の考えへ強い共感を示すフリードが、緊張感の欠片もない態度で答えた。

 

 

「それが驚いたことに、教会の手先とグレモリーの悪魔さんたちが、仲良こよしの共同戦線張ってたんすよ!」

「ほう。それは本当か?バルパー」

「うむ、間違いはない。教会の動向を伺っていた時に掴んだ情報にあった、二名の聖剣使いと同じ女がグレモリー眷属と手を結んでいた」

 

 

 それを聞いたコカビエルは突然笑いだし、ソファから立ち上がると此方を向いて両手を広げた。

 瞬間、背中からも同じように十の黒翼が展開し、黒い羽が辺りに舞う。

 

 

「面白い!サーゼクスの妹がそのような行動に出るとは!...だが足りん。この程度の焦燥では、緊迫では!足りんのだ!」

「じゃあどうするんすか?!コカビエルの旦那!」

 

 

 フリードの興奮したような問いかけに口元を歪ませると、彼は玄関の方へ視線を移動させながら言う。

 

 

「当初の計画通り、グレモリーの庭で実験を開始する。.....だが、その前に逸った無粋な客の出迎えをしなければならんな」

 

『?』

 

 

 私とフリードがそろって首を傾げた時、扉が破られる破砕音が此処まで響いてきた。

 

 

          ***

 

 

 俺はハデスの隠れ兜を消すと、木場と共にここらではまず場違いな洋館の前に立つ。

 まさか、駒王町から大きく外れた小高い山の中に、こんなデカい家を建てて潜伏していたとは思わなかった。これでは街中を探して全く見つからないのも納得できる。...ってか、これは潜伏って言わないな。

 

 

「コウタ君、急ごう。僕達に気付いて逃げてるかもしれないよ?」

「いや、それはない。...いま調べて分かったことだが、結界が緩いんだ。これじゃあ、張っていても張っていなくてもほとんど結果は同じだ」

「?...論点がズレてないかい?」

「要は、だ。ここに住む輩は姿を隠す気なんてほとんどないんだよ。まぁ、この館を見れば一目瞭然だろうけどな。幾ら見つけ難い所だとはいえ、些か自己主張が過ぎる。....恐らく、黒幕の性格は分かりやすいほど傲岸な奴だろうよ。だから逃げるどころか、むしろ挑みかかってくる可能性の方が高い」

 

 

 それで納得したらしく、木場はなるほどね。と呟いてから瞳を瞑り、魔剣を一本握ってから見開く。やる気があるのは良い事なのだが、部室のときみたいに空転する可能性もある。何かあった時はフォローへ回れるようにしなければ。

 戦闘前から心配事は絶えないが、一番の悩みどころは目の前の屋敷だ。潜伏する気が見られないのなら、何故こんな場所に居を置くのか。....見つかればそれまでということか?

 『取りあえず』みたいな体で張られた結界と合わせ、随分一貫性に欠く行動だ。───これは、家を建てた奴と結界を張る案を出した奴が同一人物とは考え難いな。

 首を捻りながら、魔力を隠すにはかなり稚拙な結界の分析と合わせ、侵入者の迎撃能力を持つ結界がないか探る。しかし、どうやらそれらしいものは一切無いようで、前述の結界一枚しか張られていないみたいだった。

 いっそ好都合ではあるが、何か締まらないモノを感じつつ木場を促し、扉を蹴破って真正面から侵入する。途端に視界へ飛び込んで来たのは、西洋の館らしい豪華な景観だった。これは紅○館もびっくりだな。

 

 

「ぬお!こりゃ中の景色も豪華絢爛だなオイ」

「...どうやら、内装もコカビエルが好みの空間に変えているみたいだね」

「力の無駄遣いも甚だしいな」

 

 

 先を走って行った木場の後に続いて正面玄関を通り、突き当りにある部屋から回ろうと意見を交わした直後、『その』扉が勢いよく開き、聖剣を持ったフリードが奇声を上げて飛び込んで来た。

 木場はそれに反応して剣を振り上げるが、只の魔剣一本では砕かれた上に刃が自身の身へ及ぶだろう。

 なので、俺は咄嗟に木場の目前へ五本の剣を精製(フォーム)し、フリードの振るった聖剣の凶刃を受け止めさせる。結果、うち四本を砕かれながらも背後の騎士様を守り抜いた。

 

 

「ちぃ!シブトイッつってんだろがァ!!」

 

 

 怒号を上げながら再度振るった剣は、素早く横へ跳んだ木場に回避され、銀閃が空を斬る。俺はその瞬間を狙い、魔力を足裏からブーストさせて赤絨毯が敷かれた地面を蹴ると、瞬きの間にフリードの懐へ潜り込む。

 そこから間髪入れずにアッパーの要領で掌底を操り出し、奴の顎を勢いよく打ち上げた。

 

 

「ハッ!」

 

 

 軽いスタン状態となっている隙に、俺は素早く身を捻って回転、続けて放った鋭い回し蹴りでフリードの横腹を打ち、ダイニングへ強制送還させる。豪華な木椅子を巻き込んで派手に転がった白髪神父は、一度身体を大きく痙攣させてから動かなくなった。

 木場はその光景を見て何故か苦笑いしていたが、奥の方から男の嗤い声が聞こえて来ると表情を改めた。直後に視線で合図し、警戒しながらダイニングへ足を踏み入れる。

 ─────そこには、十の黒い翼を拡げる黒衣の男が立っていた。

 

 

「人間とはいえ、中々素質のある聖剣使いをこうも容易く破るとは。侵入者というには見どころのあり過ぎる者たちだな.....む?」

 

 

 コカビエルの視線が俺を捉える。その瞬間、紅い瞳が限界近くまで見開かれ、得体の知れないようなものを見るような、心底訝しげな意を込めた視線に変わった。

 

 

「魔力も、聖剣の因子も碌に持たぬ人間、だと?...貴様、俺たちがどういう存在で、これが一体どういう状況か理解した上でこの場に立っているのだろうな?」

「ああ、勿論だ。堕天使の幹部、コカビエルさんよ」

「...く、くくくく」

 

 

 コカビエルは顔を片手で覆うと、最早堪えられないとばかりに笑声を喉から漏らし、それでも抑えようと腰を折って顔を下に向ける。だが、結局それは徒労に終わったらしく、ついに天を仰ぎ盛大な笑い声を迸らせる。

 

 

「何だ!一体何を考えているリアス・グレモリー!出来損ないの神器使いに合わせ、悪魔の喰いモノに等しき下等な人間を寄越すだと?!ハハ、ハハハハハハハ!─────ふざけるなよ」

 

 

 一転して笑みを殺し、俺を無表情で見下ろすコカビエル。流石堕天使幹部という肩書きをもっているだけであって、視線を介して伝わってくる重圧は中々のものだ。

 奴はそれに眉一つ動かない俺を見て、多少感心したような表情になる。ちなみに、隣の木場は目に見えて精神的に押されていた。

 

 

「ほう...少しは見込みがあるようだな。─────よかろう」

 

 

 彼は頷くと、出していた殺気を幾分か抑える。そして、背中にあった黒翼も全て仕舞った。...何をするつもりだ?

 俺たちの疑念の眼差しを受けたコカビエルは、胸の前で腕を組みながら両目を閉じた。

 

 

「貴様らは悪魔や堕天使、天使の間で停滞した戦争を再開させるための重要な贄だ。出来る限り大きな舞台でその命を刈り取ってこそ、平和ボケした阿呆どもの目を覚ますことが出来るというものだ」

「な...まさか、もう一度あの戦争を起こそうとしてるのか?!」

「いかにも」

 

 

 木場の驚いた声に答えるコカビエル。薄く開かれたその瞳には、隠し切れないほどの悦びが宿っている。

 

 三すくみの戦争...それは、まだ完全な終息を迎えた訳ではない。

 諍い自体は各勢力が極限まで疲弊したために終局を迎えたが、終わってみると酷い有様だった。

 悪魔陣営は四大魔王全員を喪い、純血悪魔のほとんどが死に絶えた。天使側は神の設定したシステムを大きく狂わされ、世に蔓延る信仰に乱れが生じている。

 その中へ新たに戦いの火種をブチ込もうと言ってるのか。遠まわしに冥界と天界の破滅を目論んでるんじゃないかと疑える考えだ。

 

 

「そういった理由から、今は見逃してやる。だが、今日の深夜にリアス・グレモリーの根城を破壊しに行く。アレはシトリー家次期当主も通う学校だ。両家の魔王どちらかは確実にこちらへ上がってくる。...グレモリー眷属である貴様らも、当然その場に集うだろう?ほれ見ろ、最高の舞台が出来上がりだ」

 

 

 そう言って笑みを零すと、テーブルに置いてあったグラスを持って真紅のワインを煽るコカビエル。

 うわー、随分とこっちを舐めきってるな。こりゃちょっと痛い目見て貰わないとダメですね。

 俺は軽く周りを見渡し、掴みやすいものを探す。...っと、この椅子でいいかな。コカビエルの力で作ってあるとはいえ、自分の意志で消さない限りは実体があるんだし、『当たったら十分痛いだろ』。

 

 

(─────身体強化(エンハンス:フィジカル))

 

 

 強化を終えると背もたれを引っ掴み、コカビエルに向かって全力投球する。...目にも留まらぬ速さで。

 

 

「ッ?!なに...がふゥ!」

 

 

 顔面目掛けて投合したので、防御するには顔を覆い隠す必要がある。その視界が消え失せた一瞬を狙い、コカビエルに向かってフリードを迎撃したのと同じ要領で跳び、腹部へボディブローをめり込ませた。

 思い切り油断していたこともあり、碌な防御も取れなかった堕天使幹部は凄まじい勢いで背後の壁へ激突し、厚い壁面を人型にくり抜いて瓦解させる。これで気絶することはないだろうが、かなり手応えはあった。

 俺は両手に干将莫耶を持ち、まずは先方の反応を伺うことにした。

 

 

「がッあ...バ、バルパー!聞こえているだろうッ!今すぐエクスカリバーをまとめて持ってこい!目測を誤った、コイツらは我々の計画を脅かす存在だ!」

 

 

 腹部を抑えて粉塵を撒き上げながら立ち上がり、黒い翼を再度展開させたコカビエル。その紅い瞳には先ほどまでの慢心は無く、俺を自身の敵と認識した貌となっていた。

 俺は放心している木場に向かって、館のどこかにいるバルパーを探すように言う。が、突如地面から強い光が迸り、周囲が白に飲み込まれていく。全く予期していなかった俺もそれの餌食となり、視界が少しの間ホワイトアウトしてしまった。

 やがて光は収まり、周りの空間が色を取り戻す。...そして、周囲の風景は以前とは全く違うものとなっていた。

 

 

「館を消したのか。でも、消すんじゃなくて壊せば、俺たちをまとめて生き埋めに出来たんじゃないか?」

「フン。少しでも力を還元しておきたかったまでよ。貴様は正体不明が過ぎるからな。今ここで舞台から降りて貰おう!...バルパー、フリード!」

「ここに」

「オイっす!今さっき復活しましたぁ!」

「本当は駒王学園の敷地内で行う予定だったが、ここで聖剣の統合を行う」

「な!それでは完成する聖剣があまりに不完全だ!当初の予定では、教会が派遣した聖剣使い二人から一本は奪取する手はずだっただろう!」

 

 

 聖剣の統合?何のことか分からなかったが、この決定はバルパーの心中を大きく掻き乱すものだったらしく、酷く狼狽したような声でコカビエルに意見した。

 しかし、コカビエルはそれを聞き入れることなく、手に眩い光を集めて地にかざす。すると、彼を中心に陣らしきものが展開し、フリードの持っていた聖剣三本が陣に描かれた円形の部分に突き立つ。

 それを見た木場は、悪魔の持つ危機察知能力が警鐘を鳴らしたか、光をまとう堕天使総督に問いかける。

 

 

「何をするつもりだ!コカビエル!」

「聖剣の統合だ。『天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ)』、『夢幻の聖剣(エクスカリバー・ナイトメア)』、『透明の聖剣(エクスカリバー・トランスペアレンシー)』、この三つのエクスカリバーをこれから一つにする。本当はその時に発生する莫大なエネルギーを利用し、駒王町を丸ごと消滅させるつもりだったのだがな。この場からでは力の流れが町全体へ行き渡らないだろう」

 

 

 なんともまぁ危険なことを考えていたようだ。しかし、それだけの事をすれば魔王諸侯たちの不安感をこの上なく煽れるだろう。

 只でさえ純血悪魔の不足を補うために転生悪魔を増やそうと模索しているのだ。堕天使が人間界を狙っているという憶測が波及すれば、結果は確実に彼の望む方向へ行く。

 コカビエルの言葉に続き、強い光を放ち続けるエクスカリバーの一本に手を置きながら、バルパーが口を開く。

 

 

「だが、私の目的は達成される!本当はこの街に集まった五本全てのエクスカリバーを統合させたかったが.....見ろ!魔方陣から溢れ出る聖なる力を!これなら出来損ないの因子持ちに持たせたエクスカリバーの出力を大きく上回る結果が出るだろう!ハハハハハハ!」

 

 

 昏くなりつつある空を仰ぎ見ながら哄笑を上げるバルパー・ガリレイ。...なるほど、コカビエルの目的は三すくみの戦争再開で、バルパーの目的は聖剣の統合か。奴がエクスカリバーを盗んだのも、天使連中をけしかけるためだったのだろう。

 無事に統合が成功すれば、コカビエルが戦争でその聖剣を使い、かつてバルパーの研究成果を異端とだけ評し罰した天使へ、その威力を存分に知らしめることが出来る。これならば、どちらの目的も達成が可能だ。

 こいつは野放しにするのは不味いか...?そう思った俺は、聖剣の統合をどう止めるべきか意見を仰ごうと隣の相棒へ視線を移すが、そこには怒りに震える木場の姿があった。

 

 

「バルパー・ガリレイッ!聖剣計画で殺された皆をこれ以上愚弄するな!!」

「聖剣計画だと...貴様、まさかアレの生き残りか?」

「ああ、そうだとも!僕はお前の犯した罪を贖わせるために、今まで生きて来たんだ!」

 

 

 それを聞いた瞬間、バルパーは先ほどよりも更に大きな大声で笑い出した。悪党はよく笑うって本当だったんだな。

 

 

「何と数奇な運命よ!このような所でかつての実験を顧みる事になろうとは。くく....ああ、丁度いい。貴様がそこまであの計画で死んだ者どもと再会したいのなら、私がさせてやろうではないか」

「.....何?」

 

 

 言ってることは良い内容である筈なのだが、目前の男は正真正銘の悪漢だ。確実に碌でもないことを仕出かすだろう。

 バルパーは下卑た笑みを浮かべながら、懐から青く輝く結晶のようなモノを取り出した。

 

 

「これは、取り込んだ者に聖剣の因子を与える結晶だ。...貴様が知っての通り、私の研究は聖剣を扱える者を生み出すためだった。だが、そのために集めた奴らは誰も彼も聖剣を扱えるほどの因子を宿していなくてな。私はそこで考えを変えた。被験者から因子を抜き出し、結晶化させるというものへな」

「じゃあ、その結晶は.....ッ」

「ああ。これはあの実験で精製した結晶の一つだ。他はフリードたちに使ってしまったがな」

「ち・な・み・に、俺以外に因子突っ込まれた奴はみーんな扱いきれなく死んじゃいました!生き残ったのは俺っちだけなのよ!」

 

 

 くるくる回りながらステップを踏むフリードをよそに、バルパーは結晶を木場に向かって投げて寄越した。彼は足元に転がったそれを跪いてから持ち上げ、涙を浮かべながら胸に抱く。

 

 

「それはもう私たちにとって必要の無いゴミだ。だが、貴様にとっては大事なものらしいからな、後生大事に持っておくがいい」

「───ゴミ、だと?あれは因子を発現させるために必要なモンなんじゃないのかよ」

「フン。今では更に高い純度で結晶を精製できるようになっている。それと比べれば、アレは不良品のようなモノだ」

「ッ!テメェ...」

「待ってくれ、コウタ君」

 

 

 好き放題に汚い言葉を吐くバルパーへ、いい加減堪忍袋の緒が切れた俺だったが、一歩踏み出そうとしたところで木場が腕を掴んで制止させた。しかし、本当に我慢ならなかったので、その手を振り払ってでも先に進もうと考えたが...木場の背後に幾つも並ぶ魔力の渦に目を見開いた。

 いや、あれは只の魔力の渦じゃない。微弱ではあるが人の気配がする。ならば、あの浮遊する人型は...!

 

 

「話は終わったよ。...彼らは赦してくれた。僕が、僕だけが安穏に生きるということを」

「木場、お前」

「大丈夫だよ、コウタ君。もう、復讐なんて過去ばかりを見る事は止める」

 

 

 彼は澄んだ瞳をしていた。重くのしかかっていたものを、背中から降ろした...そんな表情だ。

 立ち上がると、全身から迸る強力な魔力を手に集め、木場は聖剣に負けないくらいの光を放つ一本の黒き長剣を持った。あれは...なるほど、随分先に進んだじゃないか。

 

 

「君たちがくれたこの力で、僕は聖剣を超える!前を見て、生きるッ!」

「む?貴様、何故その剣には聖なる力と魔力が混在している?!そんな事が有り得るわけが....!」

 

 

 バルパーが狼狽したように後ずさる。そう。彼の言った通り、木場の剣は聖と魔が入り混じった力を宿していた。

 分かる。これはエクスカリバーを完璧に超えた力だ。恐らく、俺の干将莫耶と打ち合えるくらいにまで達しているだろう。

 しかし─────────

 

 

「フハハハハハハ!面白い見世物だ!お前を出来損ないと言ったのを詫びよう。その力、間違いなく本物だ」

 

 

 コカビエルは驚くどころか心底愉快そうに笑い、木場が昇華させた神器の力を称賛する。

 言葉を聞く分だと馬鹿にしているような感じが拭いきれないが、きっと違う。これは、木場を強敵と認めた発言だ。

 何故なら、笑みを収めた彼の表情は、余裕などどこにもない本気の顔立ちだったからだ。

 

 

「さぁ、聖剣の統合まであと僅かだ。...全力で足掻くがいい」

 




バルパーはもっとカッコイイ爺さんだと思ってたら、アニメで裏切られましたね。


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File/31.錆び付く理想、堕ちた憧憬

ここの所コーヒー漬けの毎日。お蔭で最近ポットが逝去しました。
...え、俺のせい?

作者「─────その身体は、カフェインで出来ていた」


 木場が見事な駿足を披露して真っ先に飛び込んでいき、黒い剣を縦に振るう。が、構えられたコカビエルの手から眩い光が広がり、大きな盾となって襲い来る刃を受け止めた。

 その衝撃は一部たりとも大楯を貫くことなく逸らされ、代わりに辺りへ破壊がまき散らされる。

 

 

「ほう!これが相克の剣か!期待を裏切らぬ一撃だ!」

「くっ...あああああ!!」

 

 

 木場は剣へ更に魔力を込め、光の障壁と激しく拮抗する。...いや、実際は拮抗などしていない。コカビエルにはまだ余裕が感じられるからだ。

 そろそろ助太刀するかと考え始めた時、背後から聞き覚えのある声が二つ走って来た。

 

 

「遅くなってすまない!探すのに手間取った!」

「今から加勢するよ!」

 

 

 俺を追い抜いて行ったのは、ゼノヴィアと紫藤の教会二人組だ。どうやら、ここの騒ぎを聞きつけてきたらしい。

 二人ともエクスカリバーの力を全開まで解き放っているらしく、刀身からは強烈なオーラが立ち昇っていた。が、コカビエルは興味なさ気に空いた片手を振り払い、大気の刃を飛ばす。

 

 

「イリナ、廻り込め!私はグレモリーの騎士(ナイト)と共にコカビエルの防壁を破る!」

「了解!」

 

 

 コカビエルが放った衝撃波をイリナはジャンプして躱し、ゼノヴィアは聖剣で流すように軌道を逸らした。...これは少し不味いな。

 敵はコカビエル一、それに対して俺たちは四。数では明らか勝っているものの、敵の力量は圧倒的に上だ。

 しかし、一番の問題点はそこではない。問題は、誰一人として敵から離れた場所での遠距離攻撃が出来ない事だ。

 

 

(こんな乱戦状態じゃ、俺のした攻撃で味方に被害が出る。それに、二人以上の連携プレーってあんまり経験したことないんだよなぁ)

 

 

 俺は暫く、事の成り行きを見守ることにした。

 

 

          ***

 

 

 僕の剣と合わせるように、光の盾へ打ち付けられたエクスカリバーの刃。

 驚きながら視線をずらして隣を見ると、口元を緩ませて笑うゼノヴィアの姿があった。

 

 

「ふ、どうやら憑き物を落としたようだな。目に迷いがなくなっているぞ」

「はは、おかげさまでね。迷惑かけたよ」

「そう思うのなら、協力してコカビエルを倒すぞ」

 

 

 ゼノヴィアは破壊の聖剣の能力を解放したらしく、爆発音を響かせてコカビエルを後退させた。流石に僕の剣と破壊の聖剣では、あの盾も持たなかったか。

 そして、間髪入れずに防御の術をなくした堕天使幹部へ、イリナの擬態の聖剣が迫る!

 

 

「甘いな!」

「ッ?!うそ、聖剣を掴むなんて!」

「散った聖剣の破片など、取るに足らん!」

 

 

 コカビエルはもう片方の手に集めた光弾で動きの止まったイリナを弾き飛ばすと、今度は僕達の方へその手を向けた。

 そこに集まる光りはみるみるうちに大きさを増して行く。...駄目だ、阻止が間に合わない!

 魔力を全開まで込めた剣で迎え討とうと構えるが、何故か背後にいたゼノヴィアが突然僕の前に滑り込んで来た。

 

 

「ペテロ、パシレイオス、ディオニュシウス、そして聖母マリアよ。我が声に耳を傾けてくれ」

(!何をするつもりなんだ?)

 

 

 エクスカリバーを持っていない片手を上げ、詠唱のような言葉を朗朗と読み上げるゼノヴィア。それに形容しがたい恐れを抱いたと同時、渦巻く絶大な力の流れも感じ取れた。

 一体何が来るというのか─────。それは、最後の一節が終わった後に明らかとなる。

 

 

「この刃に宿りしセイントの御名において、我は解放する。────デュランダル!」

「む─────!」

「な、何だと?!」

 

 

 ゼノヴィアが空間を裂いて取り出した剣を見たコカビエルは眉を跳ね上げ、バルパーは驚きのあまり絶句する。

 ...彼女は確かに言った。聖剣デュランダル、と。それはエクスカリバーと並ぶほどの強力無比な聖剣。斬ったものを悉く破壊し尽くす暴君。

 片手にもつ破壊の聖剣が霞むほどの聖なるオーラを吐き出すデュランダルに、コカビエルは恐れるどころか笑みを更に深くした。

 

 

「デュランダル!まさかあの剣に選ばれし者と再び見えようとは!ならば真なる担い手よ、この一撃を防いで見せろ!」

「望むところだ!コカビエルッ!」

 

 

 真なる担い手だって....?まさか、ゼノヴィアは人工的に創られた因子ではなく、本当に聖剣自身の意志から選ばれたのか!

 デュランダルを構えたゼノヴィアは、コカビエルの放った巨大な光弾に真っ向から対峙する。凄まじいエネルギーの余波が此方まで届き、目を開けるのも難しいくらいの極光が辺りを包む。

 しかし、流石は真の聖剣。濁流のように押し寄せた光の波を見事受けきった。

 

 

「くく、なるほど。力、形あるものすべてを打ち砕く。紛れもないデュランダルの力だ。.....しかし!」

 

 

 コカビエルは両手に光をそのまま凝縮させたような槍を出現させ、ゼノヴィアへ向かって放つ。

 二つの光槍はかなりの速度で両側から挟み込むように迫ったが、それらは全て水平に振るったデュランダルで灰燼と化した。

 そして、続けざまに正面から飛んできた槍も危なげなく真っ二つに斬り伏せる。と、その直後に突然彼女の身体が後方へ吹き飛んだ。

 

 

「まだ聖剣の力を御しきれていないな!振り回されるばかりで動きに無駄が多すぎるぞ!」

「ぐ、あ....まだ、だ!」

「いいや、もう十分見せて貰ったよ。お前はこれ以上の芸を持たんだろう」

 

 

 広げた手を倒れたゼノヴィアへ向けるコカビエル。それ以上はさせない!

 僕は剣を構えて全力で駆け、コカビエルに向かって刃を振り下ろす。

 

 

「ハァァァ!」

 

「ほう、速いな。だが、そこの聖剣使いと同じく、まだ力不足だ」

 

「なッ?!...ぐは!」

 

 

 剣を振り下ろす前に腕を掴まれ、そのまま地面へと叩き付けられる。駄目だ、コカビエルには僕の剣が見えてる!

 ─────勝て、ない?これだけの火力を以てしても、神との戦争を生き残った堕天使には敵わないのか!

 さっきの一撃で足を痛めたようで、起き上がろうとしては地面に手を着き、苦悶の表情を浮かべるゼノヴィア。あまりの痛々しさに涙が出そうになったが、怒りで僕の四肢にも力が戻ってくる。

 

 

「クク、諦めないという意志は美しい。だが、敵わぬと知りながら尚も抗うのは只の愚行だ。...さぁ、そろそろ終わろうか」

 

 

 コカビエルは嘆息とともに手中へ光の槍を出現させる。それがゼノヴィアへ向けられた瞬間、一気に血の気が引いた。

 僕は残った力で何とか立ち上がり、魔剣を一本創り出す。それをコカビエルに向かって振るおうとしたが、片手で弾かれた上に腹へ蹴りを叩き込まれ、何メートルも先へ転がされた。

 そして、投擲される光の槍はゼノヴィアを.....

 

 

「よっと」

 

 

 ─────まるで、それが当然であるかのように。振るった白い剣は光の槍を弾き、遙か後方へと吹き飛ばした。

 その白の剣を持ってゼノヴィアの前に立ったのは、とても堕天使の幹部と渡り合える筈もない、普通の人間。この場において誰よりも無力であるべき存在。

 

 でも、僕の目には長年憧れたヒーローのように映った。

 

 

 

「さて、そろそろ舞台役者さんも退場の時間だぜ」

 

 

 

 

          ***

 

 

 

「ゼノヴィア、立てるか?」

「す、すまん。足を痛めてしまったらしい」

「分かった」

 

 

 俺は彼女に肩を貸し、イリナを寝かしてある結界の外側へと移動させる。ここなら、よっぽどの攻撃がぶち当たって結界が砕けない限り安全だ。

 次に、俺は全身ボロボロになってしまった木場を抱える。

 

 

「...ごめん。結局、コウタ君に頼っちゃうね」

「謝るなって。先輩は聖剣を越えた、それだけで十分だ。...ここまで戦ってくれてありがとうな。後は任せろ、全部片づけて来る」

 

 

 自分を責めるような言葉ばかり口にする木場に、俺は首を振ってから感謝と労いの言葉をかける。それを聞いた彼は、どこか安心したように笑みを浮かべてから、気を失った。

 目を向けた戦場には、腕を組んでこちらを見るだけのコカビエルがいる。俺が二人を救出する最中に攻撃してこなかったのは強者たるが故の余裕か、こういったやり口が好かないからか。

 

 

(ってか、助けるのが遅いってな...)

 

 

 一度タイミングを逃すと、ズルズルと最後まで引き摺ってしまうのは悪い癖だ。結果、こうやって誰が見てもピンチな状態にのこのこと出る羽目になる。まるで人の手柄を横取りする悪役じゃないか。

 とはいえ、ただ見ていたわけでもなく、傷ついたイリナの治療や、攻撃の余波が周りに被害を及ぼさないようにさっきの結界を張ったり、聖剣統合の様子を伺ったりしていた。

 

 

「ようやくか。一体いつまで様子見を続けるかと思っていたが...くく、よりにもよってこのような状態のところに出張ってくるとは」

「チームプレイって苦手なんだ」

 

 

 遠まわしに『何でこうなるまで放っといたのお前』というコカビエルの言葉で、地味に心を抉られながらも軽口は叩いておく。いや、個人プレー主義っていうのは事実だけど。

 干将莫邪を両手に構える俺と同じように、奴は光の槍を二本出現させた。それはゼノヴィアに放ったものよりも一回り大きい。

 

 

「フンッ!」

 

 

 コカビエルは一方を投合し、上空へ飛び上がる。それに構わず、俺は向かって来た光の槍を側面から叩き、ほぼ直角に軌道を変化させる。

 そして、素早く背後に移動した奴から放たれたもう一本の槍も、振り返りざまに斬り込む。

 

 

「ちッ!」

「っと」

 

 

 振動する空気を察知し、コカビエルの腕から襲い来る衝撃波を全て干将莫耶で弾く。が、先ほどの光の槍が想像以上に強力だったらしく、衝撃を逸らすごとに刀身へ大きな罅が入った。

 俺は足から魔力を迸らせ、前方に剣の山を築く。それに阻まれた衝撃波は大きく威力を削がれ、俺が纏う防護魔術で弾かれてしまうほど弱体化する。

 その間に持っていた干将莫耶を魔力へ還元し、新しい陰陽剣を両手に創ると、全ての精製した剣を破壊して迫って来た衝撃波を次々撥ね退ける。

 

 

「おおおおお!」

 

 

 一際大きな声と共に放たれた衝撃波。通過した地面を捲り上げながら迫るそれに向かい、俺は下方へ横なぎに振るった干将で岩盤を持ち上げて盾代わりにし、ある程度威力を割いたところで莫耶を逆袈裟切りで振りあげる。しかし、予想外にタフだった衝撃波は、逸らされた腹いせに莫耶を噛み砕いていった。

 片方の剣を失い、ついに明確な隙を露呈したところへ、コカビエルは確かな勝利を獰猛な笑みとして浮かばせながら、今一度光槍を二つ飛ばす。

 

 

「いえ、一つでも大丈夫です」

「何!」

 

 

 俺は先に飛んで来た槍の方向を干将でずらし、もう片方をビリヤードの要領で弾いた。それで腕を止めることなく今一度振るい、持っていた干将を投擲して驚愕の途中であるコカビエルの肩を貫いた。

 苦し紛れの反撃で投げられた光の槍も、すぐに創った干将莫耶で弾いて飛ばす。それを見たコカビエルは、自身を穿った陰剣を抜いて地面に放りながら笑みを浮かべた。...この状況で笑うか?

 

 

「強い!まさか私の攻撃をここまで退け、あまつさえ反撃の手まで加えるとは...くく、実に面白いぞ!────だが、その善戦もここまでだ。バルパー!一つになった聖剣を抜け!」

 

 

 三つの聖剣の統合が完了したようで、コカビエルはバルパーを促す。

 確かに、三つあった魔方陣に突き立っていた各種エクスカリバーが消えており、中心で光り輝く一際大きい陣の中に一本の剣があった。...あれが三本をくっつけたヤツか。

 バルパーはそれを手に取ると、子供のように目を輝かせながら俺に向かって叫んだ。

 

 

「ふはははははは!これだ、これこそが私の求め続けた聖剣の輝き!デュランダルには劣るが、これで完全に貴様の持つ訳の分からん白黒剣を越えた!」

「し、白黒剣って...パンダじゃあるまいし」

「さぁフリード!統合したエクスカリバーを使い、あの人間を葬って見せろ!」

 

 

 俺の意見を思いっきりスルーしたバルパーは、魔方陣の中心で胡坐をかいて居眠りするフリードを叩き起こした。

 これだけ近くでドンパチやって置きながら寝れるのは凄いと思うが、是非とも見習いたくない神経の図太さだ。

 バルパーの怒声を耳元で聞いたフリードは眉を顰めてかったるそうに腕を回すと、大欠伸をかましながら聖剣を手に取る。

 

 

「んーんーなるほどなるほど、話は聞かせて貰ったぜよ。要はコイツで悪魔くんたちを皆殺しにすりゃいいんだな?そんで夕飯のおかずは青椒肉絲(チンジャオロースー)....」

「フリード!夢と現実をごちゃまぜにするな!早くこっちに戻って来い馬鹿が!」

「はっはっは!嫌だなー冗談っすよバルパーの爺さん!」

「ならまずは聖剣の柄を持て!なんで刀身を持って構えてるんだ!?」

 

 

 いっそ恐怖を感じるまでに緊張を損なわせるフリードとバルパーの会話。これにはコカビエルも傷の事を忘れて青筋を額に浮かせている。

 某TCGアニメのように『もう止めて○戯!空気のライフポイントはゼロよ!』と悲痛な叫びを上げようと思いかけた時、ついに聖剣を『正しく』持ったフリードが俺と対峙した。

 

 

「遅くなったな旦那!さぁ、聖剣の錆にしてやんよ!」

 

 

 意気込んだフリードの台詞をよそに、俺は大きく呼吸をすると干将莫耶を魔力に還元した。それを見たフリードやコカビエルは眉を顰める。

 それもそのはず。このタイミングで武器を手放すなど、投降のサインくらいにしか見られないからだ。一応戦闘スタイルの変更という線もあるとは言えるが、ほとんど一番先に上がってくる答えは前者なはず。

 俺は彼らがする無言の問いかけには答えず、代わりにバルパーへ向かって口を開く。

 

 

「バルパー。お前の望む聖剣の在り方は間違ってる」

「間違っているだと?フン、戯言を抜かしおって。ならばフリードの持つ剣はなんだというのだ。この満ちる聖なるオーラ!間違いなく聖剣しか持たぬ力だろうが!」

 

 

 俺の発言を真っ向から否定するバルパー。その怒りさえ感じさせる言葉の裏には、自分の研究成果を称賛することなく、『異端』と評した天使らへの強い憎しみが感じられた。

 きっと、彼も昔は聖剣というものへ純粋な憧れを抱いていたんだろう。それを捨てきれずに持ち続け、いつしかその感情は欲望という黒いものに塗りつぶされてしまった。...バルパーは、聖剣という幻想に囚われた被害者なのかもしれない。

 それを分かった上で尚、俺は彼の信じ続けたものを踏み躙る。

 

 

「いいや、人の手が加えられて生み出された聖剣なんて、そんなものは本物じゃない。お前はこんな偽物のために人を何人も殺していたんだ」

「黙れ!たとえ偽物だろうと使えればそれでいいではないか!強力な兵器として、抑止力として─────」

「違う。俺が言っているのは()()()()()()じゃない。.....バルパー、お前が見たかった聖剣だよ」

「な、に?...私の見たかった、聖剣?」

 

 

 彼は立ったまま居眠りするフリードが持った剣へ視線を移す。そこには確かに、彼が長年生み出したかった聖なる剣の姿がある。

 

 しかし、果たしてそれは人の願いが結晶した剣の放つ輝きだろうか?

 

 俺は片手を前に突き出し、世の理すら覆す最高純度の魔力を集約させる。これには腕を組んで黙って見ていたコカビエルも動揺を呈し、鼻提灯を膨らましていたフリードも咄嗟に身構えた。

 直後、上げた手に太陽と見紛うばかりの神々しい光球が発生し、その中から一本の剣が顕れる。

 

 其れは─────究極の幻想が為した、一つのカタチ。または、人々の願いそのもの。

 

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)

 

 

 




あのーアルトリアさん?貴女の剣好き放題使われてますよ。


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File/32.求めたもの

カリバーすれば大抵全部上手く解決。
zeroでああなったのはウロブチのせい。


 これは燃費が悪いどころの話じゃない。いくら星が製造元とはいえ、まさかここまで魔力を喰うとは思わなかった。

 一応、魔術回路に目立った傷は見られないが、何度も試みればその限りではないだろう。いや、本当はどんな代償を払っても神造兵装は出せないんだけれども。

 俺はひそかに苦笑いを浮かべ、早く取れと言わんばかりに輝きながら浮かぶエクスカリバーの柄を手に取った。へぇ、あまり重くないんだな。

 その後はすぐに意識を集中させ、エクスカリバー自身の持つ『記録』から詳しい使い方のみを読み取り、脳みそへ叩き込んだ。 

 そう。あくまで使い方のみ、だ。考えなしに記録全てを流し込んでしまうと、一気に数百年分もの記憶を吹きかけられ、俺の中から自我が残らず吹き飛ぶ。

 最初はこういったことのコントロールなど効かないと思っていたのだが、こちらから必要な情報を指定し、武具に問いかけることによって、最低限の知識のみを補うことが出来た。

 簡単に表現するなら、取扱説明書の目次から知りたい項目のページへ飛ぶ、といったところか。...こういう融通は、士郎の使う投影魔術では一切効かなかったよな。

 

 今の今まで驚愕によって誰も言葉を発しなかった中、一番最初にその静寂を破ったのは、尻もちを着いたバルパーだった。

 

 

「...バカな。何だ、その剣は」

「こいつはエクスカリバーだよ。俺がよく知ってる方の、な」

「ふざけるな!なぜ、何故そんなものが存在できる?!それはこの世にあってはならぬものではないのか...ッ!?」

 

 

 流石聖剣に精通しているだけあって、この剣が普通に創られたものではないと一目で分かったようだ。とはいえ、これでも正真正銘の本物ではないから騙している罪悪感はあるのだが...

 バルパーは視線を動かさないまま、まるで酔ったかのように身体を揺らして立ち上がり、呆然と俺の持つエクスカリバーを眺める。が、彼はそこから一歩も踏み出す事無く膝を着き、うつ伏せに倒れた。

 

 ─────背中に光の槍を生やしながら。

 

 

「まさか、誰よりも聖剣を知るお前が聖剣に呑まれるとはな。...かくいうこの俺も、アレが放つ輝きに圧倒されてはいるが」

「あらら、コカビエルの旦那。爺さん殺してよかったん?」

「構わん。あの剣使いが聖と魔を一つに混じり合わせた剣を創り上げていた光景を見て、神の死に勘付きつつあったからな。いずれはこうなる運命だったのだろう」

 

 

 光に全身を灼かれ、灰となって崩れ去るバルパーを見下ろすコカビエルの目には、全くと言っていいほど焦りが見受けられない。正直撤退する可能性すら考慮していたのだが、その意思はなさそうだ。

 というか、神が死んでる?でも、システムの運営は無事に為されるはずじゃあ.....いや、今はそんな事を考えている時ではないな。

 と、俺の困惑を感じ取ったのか、彼は口角を吊り上げながらこちらへ全身を向ける。

 

 

「くく、何だ。私が何故こうまで平静を保っているのか不思議か?」

「ああ、とっても不思議だから教えてくれよ」

「簡単だ。その黄金の剣、明らかに人間が扱えるものではないだろう?それだけ大量の魔力を吸われてしまえば、貴様の身も最早数分と持つまい。...事実、体内の魔力はゼロに等しいではないか」

「......」

 

 

 ああ...ものすっごい勘違いしてらっしゃる。それも仕方ないといえば仕方ないのだが。

 俺の疑似魔術回路には常に魔力が流れている訳ではない。一体どういう仕組みなのかは未だに分からないが、魔力を行使するたびに何かしらの蓋が開いて、そこから供給されているのだと俺は考えている。

 そして、現在はコカビエルに指摘された通り、身体の中に魔力が殆ど流れていない状態だ。

 俺が本質的な魔力の現存量として捉えるのは、その蓋の中身なのだから、それが知覚できないために彼は魔力を使い果たしてしまったように見えるのだろう。

 

 

「だがまぁ、折角それだけの見世物を用意してくれたのだ。こちらのとっておきで貴様もろとも結界の外にいる仲間をまとめて葬ってやる」

 

 

 コカビエルは対峙する俺に向かって手をかざすと、そこへ眩い陣のようなものが展開する。これは...聖剣統合のときに中心にあった陣か!

 ───コカビエルは言っていた。聖剣が統合するときに発生する膨大なエネルギーを、駒王学園で解き放って街全体を消滅させる気だったと。

 どうやらヤツは、聖剣の力が溜め込まれた魔方陣を解放して、直接俺に撃ちだそうという魂胆らしい。

 

 

「これに俺自身の力も合わせ、貴様らを消し飛ばした後は駒王学園に向かって放ってやる!あの街一つを消すのは不可能だが、あれしきの建物ぐらいならワケは無い!」

 

 

 俺は興奮したコカビエルの言葉に耳を貸さず、一人喜びに打ち震えていた。

 それは何故か───愚問だな。わざわざカリバれる理由を目の前の相手は作ってくれたんだ。出力調整の程度を掴むにはうってつけじゃねぇか。

 これ以上ないくらいの昂揚感に任せ、かつて何度も夢見たエクスカリバーを掲げる態勢に入ると、見えない筈の剣の切っ先へ意識を集中させた。

 

 この剣は、真名解放により魔力を光に換えて撃ち出すことができる対城宝具。故に、注ぎ込む魔力によって威力は調整が可能。

 

 あまり多くならないよう意識しながら、体内に溶存する魔力を動かし、剣へ送り込むイメージを強く持ち続ける。すると、やがて俺の身体から光の粒子が漏れ始め、エクスカリバーへ次々浸透していく。

 光は徐々に刀身を黄金色へと染め上げ、それでも漏れ出す耀きは激しい渦となり、俺自身をも巻き込んで収束していく。

 

 

「ッ?!何をするつもりだ、貴様はそれを現世(うつしよ)に留めておくだけで手一杯なはずでは...!」

 

 

 展開した魔方陣から何条もの紫電を迸らせるコカビエル。それは紛れもなく、聖剣エクスカリバーの持っていた凄まじい力だ。

 しかし、夜天に掲げられた金色の剣が周囲に散らばる光を集めるという、最早星が降りて来たとしか思えない常軌を逸した光景に瞠目する彼は、絶対の一撃を放つ者とは思えないほど狼狽した表情になっている。

 地上では確実に飽和状態であるはずの莫大なエネルギーを抱える物体が二つとも密集して存在する事実に、空間が壮絶な悲鳴を上げる。これ以上は結界が持たないな。下手をすれば異世界の扉が開きそうだ。

 そう決心した瞬間、ついに前方の魔方陣から巨大な稲妻が放たれる。迫るは、聖剣のエネルギーと、堕天使の力を合わせ持った雷(てい)

 

 

約束された(エクス)─────」

 

 

 ─────それを見た俺は、俺は万を持してその真名を口にする。

 

 

勝利の剣(カリバー)─────ッ!!」

 

 

 手を振り下ろすとともに、全身を使って光の奔流を前方へ撃ちだす。途端に無色の波は全ての色を塗りつぶし、何もかもを余分だと言わんばかりに白へと変貌させた。

 その光が駆け抜けた後、俺の目の前は真っ白になる。

 

 

 ....。

 

 ...。

 

 ..。

 

 

 

 ああ、何も見えない。

 感覚も、五感全てが閉じてしまったかのように断たれている。

 

 そんな中でも、ちゃんと自分は視えている。.....いや、寧ろ今までよりももっとよく視えるようになってる、か?

 

 

(俺の...中)

 

 

 良く視えるからこそ、自分の胸で輝く『それ』の存在に気付けた。

 

 取り出してみると、手のひらに顕れたのは黄金の器。

 

 それは─────聖杯。またの名を、万能の願望器。

 多くの魔術師たちが、幾度も根源到達への足掛かりにしようとしたモノ。

 

 黄金の盃は、穢れなど一切ない『本来』のあるべき姿で、それは俺の疑似魔術回路(いのち)と深くつながっていた。

 

 

 ..。

 

 ...。

 

 ....。

 

 

 

「ッ!」

 

 

 ────────何だ、今のは。俺は一体何を見ていた?

 

 

 気付くと、周りの景色はさっきまでのものに戻っていた。今さっきの鬩ぎ合いで大分地形が変わってはいたが...いや、そんなことよりもだ。

 夢か現かを確かめるように震える両手を上げ、その手中にあった杯を反芻する。が、あの感触は全く訪れず、代わりに俺の身体が大きく脈打った。

 まさか────!そう思い、上げていた両手を胸に当てると....

 

 

「は、はは。神様、あんたなんてモノを俺にぶちこんでくれたんだ」

 

 

 この世界に来て、疑似魔術回路を扱うようになってからずっと疑問に思っていた。ただの人間である俺が、何故神代の武具をあそこまで忠実に再現できるのか、と。

 

 全ては、聖杯のもたらす魔力の恩恵だったのだ。

 

 何らかの魔術や武具の精製、創造を試みるたびに聖杯から魔力が供給され、疲弊するのは単純に魔術回路が続けて流せる限界点を越えそうになっていたからだろう。決して魔力切れを起こしたわけではないようだ。

 しかし、ひとつ気になることがある。

 

 

「魔力の扱いに一際長けたキャスタークラスともなれば、聖杯の仕組みを看破できる。でも、他のサーヴァントだって聖杯を『魔力の塊』みたいな感じで大まかでも知覚できるはずだ。仮に蓋があったとしても、なんで今まで出会ってきた皆やコカビエルは碌に感じ取れなかったんだ?.....って、あぁ!そういえばコカビエル!」

 

 

 二度目の人生で間違いなく最大の発見をしたため、あの堕天使幹部の存在をすっかり忘れていた。まさか消し飛んではいないだろうが、俺がこの場に無傷でいるということは、向こうが押し負けているはずだ。

 掴んでいたエクスカリバーを消し、周囲を探索しようとしたところ...丁度背後に人の気配を察知して咄嗟に手刀を振りかざす。が、その前に土煙の中から伸びて来た手に腕を掴まれた。

 

 

「さっすが旦那。気付かれるだろうとは思ってたけど、いざ体感すると血の気が引きますわ」

「...何だ、やろうってのか?フリード」

「いやいや、あんなモンを見せつけられちゃ戦ったところで勝ち目ねぇですって。俺っちはね、結果が分かってる勝負はしない主義なのよ」

 

 

 フリードは両手を上げて肩を竦めると、持っていた統合済みの聖剣を地面に刺して降参の意を示す。只の戦闘狂かと思ってたが、少しは合理的な判断ができるらしい。

 しかし、自嘲的な笑みはすぐになりを顰め、代わりに表層へ上がって来たのは悪だくみをするいつもの顔だ。それを見た俺は多少身構えるが、彼は人差し指で足元を指さして片目を瞑る。

 警戒しながらも視線を下に向けると...そこには見覚えのある顔があった。

 

 

「コ、コカビエルッ?......反応が無いってことは気絶してんのか」

「ええそうですとも!へっへっへ、ものは相談ですがね旦那。今回の事件の黒幕さんとエクスカリバー全部をそちらへ預ける代わりに、俺っちがスタコラするのを見逃してくれやしませんかね?悪い話ではないと思うんスよぉ」

「.....お前、なかなかやるな」

 

 

 正直、コカビエルの身柄はこの場で確保しておきたい。このまま逃がしたらきっと同じことを繰り返すだろうし、それだけの能力も備えている。

 フリードの口車に乗るのは些か癪に障るが、コイツの巧みな逃げ足でコカビエル共々行方を眩ませられたら、今後に要らぬ遺恨を残すことになりそうだ。

 

 

「はぁ.....分かった。お前の提案を呑むよ」

「フゥー!話が分かるお方って大事にしたいよね!このご恩は向こう一か月くらい忘れませんぜ旦那!」

「一か月で忘れんなよ!魂に刻みつけとけ馬鹿野郎!」

 

 

 「お家に帰ったらやっとくー」とふざけた言葉を残して走り去っていくフリード。俺は嘆息しながらも結界を解除し、奴の逃げ道を確保しておいた。

 それから腰ポケットを漁り、手帳サイズに合わせた例のノートを取り出すと、黒歌宛てに素早くペンを走らせてメッセージを送っておく。

 

 よし。何はともあれ、これで無事にコカビエルは拘束できそうだ。...あ、この件を先輩方へ報告した方がいいだろうか。木場と一緒に突っ走ったこともあるし。

 ....いや、結界で覆っていたとはいえ、これだけ大規模な戦闘をしたのだ。彼女たちが気付かない可能性は考えづらい。もう少しでこの場に到着すると考えていいだろう。

 

 

「.....にしても聖杯、か」

 

 

 改めてその全貌を想起してみると、少し違和感が出てくる。

 

 そもそも、聖杯というのはいち人間が取り込んで大丈夫なものなのだろうか?

 

 どう考えても、美遊ちゃんみたいに聖杯そのものが人格を持ってしまったようなパターンではないし、だからといって宝具をポンポン出せることから偽物という線も考えづらい。

 だとすると、俺の中にあるのは...『冬木の聖杯ではない、また別の聖杯』みたいなものだろうか?

 

 

(じゃあ、各地に散らばったとされる『本物』?...いいや、だとしたら尚更個人が取り込めるものじゃなくなるな)

 

 

 『聖杯』なのか、また『別の魔術礼装』なのか。

 その真実をはっきりさせる方法は、ない事にはない。が、仮に『それ』をやって成功したりしたら、俺自身が無事で済むか正直不安だ。

 

 だが、これだけは分かった。

 俺の中にある聖杯は、冬木においての『小さいほう』ではない。つまり、アレは大聖杯ないし限りなく完全に近い聖杯であることだ。

 

 何故なら、小聖杯はいわば聖杯戦争の賞品であり、英霊の魂を納めることによってのみ形を成すからである。

 なので、まず聖杯戦争という行為自体が行われていない以上、アレは小聖杯とは呼べない。器の形は凄く似ていたけど....

 では、大聖杯の方か?と、考えを転じてみても、炉心となってしまった『冬の聖女(ユスティーツァ)』の気配や意志は全く感じられないし、形もこの世全ての悪(アンリマユ)を抱えて真っ黒になった状態しか知らないが、確実に普通の盃の形はしていない。

 

 

(考えるより、いっそやってみた方が速いか.....?)

 

 

 そうは思ったが、いかんせん『やり方』が分からない。

 従来の方法で成功するのか、個人が聖杯を取り込んでいる、というイレギュラーに即した方法を取らねば成功しないのか、そもそも何をしたとしても成功などしないのか。

 

 

(ま、分からないんなら、分かることから順に消化していけばいい。壁にぶち当たったら、その都度考えよう)

 

 

 行き当たりばったりな結論ではあるが、このケースはFateにある常識的な概念を越えていることからして、現状いくら考えても明確な答えは出ない。ここは潔く諦め、そして決意しよう。

 俺は深く呼吸し、それから口を開こうとした─────その時。

 

 

「ッ!────誰だ?!」

 

 

 背後...いや、正しく言えば背後の夜空か。

 物言わぬオーディエンスであった銀月の他に、もう一つ。筆舌に尽くしがたい異質な気配が俺を俯瞰していた。

 

 

「へぇ、随分と鋭いな。この距離から俺を捉えるか」

 

 

 称賛の言葉を紡ぐ声は、白い鎧で全身を包み、蒼い翼を拡げて宙に浮かぶ人物から放たれた。

 間違いない。今さっき感じた気配は此奴のものだ。

 暴力的と形容しても差支えないほど濃厚な力の奔流。それが、月を背に蒼翼を煌めかせる鎧男から放たれている。

 取り敢えず、この状況で俺が真っ先に言いたいことは一つ。

 

 

「さて。少し、話をしないか?」

 

 

 ...また厄介事かよ。勘弁してくれ。

 




バルパーは最後に真の聖剣と巡り合うことができたので、原作より少しはハッピーなエンド。
そして、フリードは捕えられる事無く無傷で脱出。

〝聖杯〟に関しては、今後詳しい性質が明らかにされて行きます。


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File/33.白龍皇

バルパーを勢いで炭にしてしまった...。お蔭で回収不可能だよ。


「コカビエルが倒れている?....まさか、キミがやったのか」

「......」

 

 その問いかけには答えることなく、今一度夜空に浮かびあがる身なりを一通り確認し、元あった知識と照会してみる。すると、俺は何故か初めて会ったはずである彼の姿に、強烈な既視感を感じた。

 この疑問を解決するためにも、俺は質問へ踏み切ることを決める。

 

 

「何者だ。お前は」

「ヴァ―リ・ルシファー。白龍皇を宿す者...と、そういえば理解してくれるかな?」

「なに?...じゃあお前が、今代の白龍皇の光翼(ディバインディバイディング)の使い手か!」

 

 

 なるほど、この既視感はイッセーの赤龍帝の籠手とデザインが似ていたからか。だが、コイツはイッセーと違って全身鎧(フルアーマー)だな。纏うオーラもけた違いにデカい。

 声は男性と思われる涼しげで低いものだが、微量に残る幼さを含んだ声調と、イッセーより多少高いぐらいの背丈を見るに、年齢は()()()()での俺の年より少し上くらいか?

 彼は俺の問いに頷くと、空からゆっくりと下降し、地面へ両足を着けて俺に視線を戻す。

 

 

「そういうことさ。キミは────人間?ただの人間が一体どうしてコカビエルの前に...いいや、そもそもこんな場所にいる?」

 

 

 まぁ、そうなるだろう。武術に精通する者なら、俺の身のこなしを見て少しは判断できるかもしれないが、相手の力量を魔力で計る者では、俺のことを一般人と断定せざるを得ない。もしキャスターと同じくらい魔術の扱いに長けていたら、聖杯を知覚できる可能性はあるが....俺自身アレを理解しきれていないので、なんとも言えないところだ。

 さて、コカビエルのことはどうするべきか。俺が倒しました!なんて言ったとしても笑われるだけだろうから、通りすがりの一般人を装うか?...否、白龍皇のことを元から知ってるような発言をしてしまったし、いらぬ不信感を煽るだけか。

 ─────ならば、取るべき道は一つ。

 

 

「俺がコカビエルを倒した」

「なに?」

「俺がコカビエルを倒した」

「..........冗談が過ぎるぞ」

 

 

 目元を抑え、呆れたように首を振るヴァ―リ。鎧がガシャリと大きな音を立て、それが彼の苛立ちを形容しているようだった。

 俺としては冗談なぞ一言たりとも言っているつもりはないのだが、先入観にとらわれるというのは恐ろしい。これほど才子才に倒れるという意味を事が起きる前に強く感じたことはない。ああ、コカビエルが俺のことを舐めてた時もそうだったか。

 少し経っても俺が冗談だと言わなかったことに、怒りより訝しみが多量に含まれた雰囲気を放ち始める白龍皇の少年。やがて堪忍したのか、組んでいた両腕を解いてヤレヤレのポーズを取った。

 

 

「....分かったよ。じゃあ、十秒間俺の攻撃を躱し続けられたら認めてやろう」

「それでいいのか?」

「ああ、これで確実にはっきりするさ」

 

 

 蒼き光翼を少し後方へ傾け、前項姿勢になるヴァ―リ。あの態勢を見るに、向こうは一撃で決める腹積もりらしい。

 俺は弱めた身体強化を再び強化させるか暫し迷ったが、結局そのままで挑むことに決めた。

 これくらいのハンデをつけないと、俺自身が自分の実力を分かって彼との戦いに臨んでいる事に対し、あまりにもマイナスの面が強すぎる。

 

 ヴァ―リは一言行くぞ、とだけ答え、俺が頷いたのを見ると羽を素早く下方へ降ろした。

 それから凄まじい勢いで俺の懐へ潜り込むと、握り拳を作った腕が突き出される。───一秒。

 

 俺はその腕を、授業中に発言権を得るために挙げるかの如く持ち上げた手で掴み、すぐに背中を向けてヴァ―リの身体を乗せ、突っ込んだ勢いを殺すことなく投げ飛ばす。────二秒。

 

 地面を転がり、何が起きたか分からないまま痛みに呻くヴァ―リを見下ろす。だが、すぐに現状を理解して起き上がり、目に見えて先ほどとは違う隙の無い構えを取った。────六秒。

 

 そして、彼が今一度光翼をはばたかせようとしたところで─────

 

 

 

「そこまでよ!二人とも拳を収めなさい!」

 

『ッ!』

 

 

 突如響き渡った明瞭な声に、俺のみならずヴァ―リも動きを静止させ、その声の主へ目を向けていた。

 呼び止めたのは、光の少ない夜でも月光を反射し、赤く輝く髪を風に棚引かせるグレモリー先輩。その背後には、いつものオカルト研究部メンバーが勢揃いしていた。

 ヴァ―リは先輩たちを一瞥してから、おもむろに深い溜息を吐く。それから素早く跳躍してコカビエルの横たわる場所へ移動し、片手でその身体を担ぎ上げると夜空へ飛び立った。

 

 

「ッ、待ちなさい!その白い龍を象ったような鎧...貴方は白龍皇よね?何故ここへ来たの?!」

「アザゼルからコカビエルを止めるよう頼まれたんでね。堕天使幹部と戦えるということで楽しみにしてたんだが....ふふ、それよりもずっと凄そうな奴と出会えた」

 

 

 俺の方を見下ろしながら、興味津々な体を隠す気も無い口調で言う。フェイスマスクの下は満面の笑顔だと簡単に想像できるな。

 

 

「キミ、名は何という」

「栗花落功太だ」

「ツユリコウタ...ああ、覚えたぞ。今日の戦いは今度会ったときに仕切り直そう。それじゃあ─────」

「おい待てよ!」

「?君は.....ああ、今代の赤龍帝くんか」

 

 

 背を向けようとしたヴァ―リへ、イッセーが滑り込むようにして俺の隣まで移動し、指を突きつけながら大声で啖呵を切る。だが、当の彼は冷めた返答を返すのみだった。

 その声が気に入らなかったのか、イッセーは左手に赤い籠手を出現させると、今度はその拳を突きつけて怒鳴る。

 

 

「お前は白龍皇...赤龍帝のライバルなんだろ!?なら、俺と勝負してけ!」

「はははは!禁手にも至っていない君と戦うっていうのか?それじゃあ勝負にもならないよ」

「うるせぇ!やってみなきゃ分からねぇだろ!ってか禁手って何だよ!?」

 

 

 今度は質問を飛ばすイッセーだったが、ヴァ―リは今度こそ俺たちのいる方へ背を向けてしまう。

 

 

「知りたければ強くなることだ。強者の地位を追い求めていれば、自然と必要な知識も身に付くからな。...さて、アルビオンの話も済んだことだし、そろそろ退散させて貰うよ」

「お、おい─────」

 

 

 尚も声を上げかけたイッセーだったが、青い半透明の翼を大きくはためかせたヴァ―リは、あっという間に夜空へ飛び上がって行ってしまった。

 悪いやつでは無さそうだが、根本が少しコカビエルと似通っている部分があったな。

 強い『敵』と戦い、そいつを倒してレベルアップ。...とはいっても、コカビエルのように恨みをわざと買わせる手法ではなく、真正面から挑んでぶつかる考え方のようだ。

 戦争をしたいわけじゃなく、強敵との一対一(サシ)の勝負を望んでいる。そう言ったほうが分かりやすいな。

 

 

「コウタくん、大丈夫だったかい?」

「あぁ、木場先輩。俺は大丈夫だから、自分の心配をした方がいい」

 

 

 アーシアの神器である程度回復したと思われる木場が、足を痛めたゼノヴィアに肩を貸しながら歩いてきた。恐らく彼女も回復させて貰ったのだろうが、違和感はまだあるのだろう。

 パッと見てもっとも印象的だったのは、二人とも一様にボロボロだが、その表情は笑顔であったことだ。

 

 

「まさか、本当にコカビエルを一人で倒してしまうとな。恐れ入ったよ」

「まぁ、な。...ん、紫藤はまだ駄目か?」

「傷は回復したが、意識はまだ戻っていない。とはいっても、眠っているだけだから安心してくれ」

「そうか、そりゃよかっ...いでででで!」

 

 

 ゼノヴィアの言う通り安心しようとした俺だったが、横から何者かに耳をつままれて引っ張られた。

 強引に向かされた視線の先にいたのは、仏頂面のグレモリー先輩。この分だと、怒っているのは言わずもがなでしょう。

 既にイッセーたちの独断専行は露見しているだろうし、木場と俺で敵地に乗り込んだことも合わさって烈火の如きお怒りが...

 そう冷汗を流しながら思った俺だったが、それに反して彼女の表情は少しずつバツの悪そうなものになって行き、耳から手を離すと、優しく俺の頭を撫でた。

 

 

「.....貴方の強さは十分知ってる。でもね、私の下僕ではないといっても、とても大切な家族には変わりないわ。だから、一人でなにもかも背負い込まないで」

「っ...すみませんでした」

 

 

 もとより罪悪感が大きかった分、彼女からの優しさがより染み渡ってくる。

 そして、同時に木場や皆を巻き込んだことで強い申し訳なさが募り、気づけば俺は深く頭を下げていた。

 でも、顔を上げた後の先輩は、もう悲そうな顔をしていなかった。

 

 

「分かってくれたみたいね。...ふふ。心配はしたけど、貴方なら何とかしてくれるって、どこかで思っていたのも事実よ」

「それは...うれしいですね」

 

 

 よ、よかった。罰としてお尻百叩きとかされるんじゃないかと冷や冷やしたぜ。

 だが、それは杞憂に終わったようだ。これも普段の行いがいいという事か。そうだといいなぁ。

 そんな風に内心で安堵していると、何故かイッセーが急に憤慨しだした。

 

 

「ぶ、部長!なんでコウタはお咎めなしなんですか?!俺と匙はお尻をあんなに叩かれたのに!」

 

 

 お尻、叩かれてたのかよ....!

 一笑に伏したはずだった予想を掘り起こされた俺は内心で慄然としていたが、先輩は微笑を浮かべてイッセーに向き直った。

 

 

「独断で教会と手を結んだのは貴方でしょ、イッセー。コウタはその件に関係ないわ。それに、ちゃんと結果を出してくれたものね」

「むぐ...確かにそうですが」

 

 

 ふはは、諦めろイッセー!そして、何気なく俺まで巻き込まんとした、その浅はかな考えを悔い改めるがいい。

 そんな優越感に浸った状態のまま、俺は後ろへぶっ飛ばされた。

 

 

「むごふぉッ?!」

 

 

 レバーへ鋭角な一撃。完全に油断していたこともあり、モロに入って息が出来なくなる。

 突然起きた予想外の事態に、訳も分からないまま激しく咳き込んで喘いでいると、そんな切羽詰まった状態の俺の腹へ何かが馬乗りになってきた。

 一体誰が!と焦りながら顔を上げ、犯人を目視する。そこには─────

 

 

「─────小猫、ちゃん?」

 

「心配、しました」

「あ、ああ。それは本当にゴメ...ンぐゥ!?」

「心配しました、心配しました、心配しました、心配しました...!」

「ちょ、ごふ!ま、待ってフゴォッ!がほぅ!はうあぁ!」

 

 

 涙声で責める小猫ちゃんへ必死に謝ろうとする俺だが、腹を打つ強烈な拳に発言を阻まれ、口を突いて飛び出るのは情けない悲鳴ばかり。

 や、やばいやばい!このままじゃ茶の間に見せられないものを腹の中から召喚してしまいかねないぞ。何とかせねば...!

 とはいっても、膝でしっかりと両手は抑えられてしまってるし、足を使って無理矢理起き上がろうとすれば彼女を傷付けてしまいかねない。

 

 

「まぁ、小猫がこうするって分かってたこともあるわね」

「なーるほど。納得です」

「コ、コウタ君大丈夫かい?」

 

 

 先輩は小猫ちゃんが怒ってることに気付いてたのか。てかイッセー、その清々しいまでの笑顔は何だ。オイ。

 それにしても、ここは嵌められたと思うべきか、おしおきが二乗されなかったことに安心すべきか....悩むな。

 そんな葛藤をしているうちに、一際深く入った拳で、俺の意識は遥か彼方へとミドルシュートされた。

 

 

          ****

 

 

 周りを見渡し、ついでに耳も澄ませて追手が来ていないか警戒。最後に胸を抑えて悶え苦しみ、地面に倒れて数秒間制止。

 .....よっし、誰も来ないな。

 

 

「待ち伏せナシ、追っ手ナシ、主演男優賞狙えるほどの死んだふりしても誰も釣られない!うっしゃフルコンプリートォ!」

 

 

 ガッツポーズを取って叫び、バック転しながら起き上がった。

 ったく旦那はマジアホドアホスマートフォンですな。まさか本当に逃がしてくれるとは...

 あれほどの実力があれば、俺っちをあの場で瞬殺することだって簡単だったろうに。最後の最後で甘ちゃんな判断でしたね。

 

 

「むふふ、今回はもう十分楽しませて貰ったスィ?エクカリちゃんの因子もゲットしたスィ?言うことナシの大勝利じゃないっすかー!イィエス!...キリストじゃないよ?」

 

 

 両腕を上げて膝を着き、背後の景色が見えるほど仰け反る。今の俺っちテンションうなぎ昇りだぜ。うっかりナイアガラ昇り切ってドラゴンになっちまいそうなくらい。

 そんな風に感極まっていたところ、上下反対になった視界へ映っていた一軒家の屋根に目が留まる。何故なら、そこには人の形をした影が忽然と佇んでいたからだ。

 その状態のままで目を凝らしてみるが、暗闇のお蔭でよく見えない。しかし、そんなことなどお構いなしに影から声が放たれる。

 

 

「んっと。白髪で、目付きが悪くて、神父の服を着てて、言動がぶっちぎりの変態...完璧にあってるわね」

 

 

 やべ、調子に乗って一人フェスティバルやってたら追っ手か来ちまったか。

 まぁでも?俺っちの逃げ足に勝るのは旦那を除けば、グレモリー側にも、教会から派遣された聖剣使い二人にも無理だしね!ってことで退散たいさ─────

 

 

「ふふふ♪逃がしはしないわよん。コウタから絶対捕まえるように言われたしね」

「っ!いつの間に移動しやがった!?」

 

 

 逃げようと移動させた視線の先に、さっきまで立っていたシルエットがあった。

 ま、まさかあの一瞬の間に?んなアホな。...とは思ったが、近づいて来る影に意識せず後ずさりしてしまう俺っち。

 って、オイまてよ?コウタって名前、最近どっかで聞いたような...?

 そんなことを考えている間に、謎の影は電信柱にあった電灯の下で足を止めたため、ようやく人型の全貌が明らかになった。

 

 

「.....オオウ。ぐらまらす」

 

 

 スポットライトのように照らされたのは、長い黒髪をした長身の女。

 だが、この女は普通じゃない。白い肩と豊満な二つの果実を大半露出するほど崩した黒い着物に、遊郭にいる手練れの娼婦が如き艶めいた笑顔、片方の腰だけ斜めに上げ、足を交差させて立つその姿...これほどまで男の下腹部を刺激する格好があるだろうか!?いいや、無い!

 思わず前のめりになりそうになったけど、ここは経験者たる威厳を見せるべきだぜ俺。そう自分へ言い聞かせようとしたが、その前に呆れたような声が俺の思考を遮る。

 

 

「あらあら?もしかして勃っちゃったの?情けなーい」

「う、うるっせぇ!犯すぞ!」

「ハン。アンタのを挿れられるぐらいなら、自分の尻尾を突っ込んでた方が百倍マシにゃん。そ・れ・に。私の初めてはコウタに捧げるって決めてるし?」

 

 

 っかー!何度も俺っちをコケにしよってからに!こうなったらぜってー鳴かしてやる!

 手をワキワキさせながら鼻息荒く突っ走る俺だったが、ここで端と気付いた。

 

 ─────あ、コウタって旦那の名前じゃん。

 

 次の瞬間、俺っちの視界は百八十度回転、そのまま吹き飛ばされて塀に背中から激突した。

 

 

「...ま、どうしてもって言うなら、私とコウタが交わるところを見せてやってもいいにゃん。あ、目隠しアリでね」

 

 

 そんなの只の拷問っす、姐さん。

 薄れる思考の渦中で精一杯の反論を思い浮かべたが、結局言葉にすることはできず、やがて夜より暗いところへ意識を引き摺りこまれた。

 フッ、ぬか喜びの代償はデカすぎたぜ。ガクリ。




逃がしてやると言ったな。アレは嘘だ。

という訳でフリード君捕縛完了。


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File/34.The Answer To Question

みんなフリード君のこと結構好きみたいですね...
好きなのは私ぐらいだとばかり思ってたのに、彼が生存している作品が多々あって驚きます。

閑話休題。エクスカリバー編本編最終話です。


 天使からエクスカリバーを奪い、さらに魔王の妹が通う高校を破壊して、三すくみの戦争再開の後押しをする。そんなことを仕出かそうとしたコカビエルは言うまでもなく重罪扱いとなり、コキュートスで永久凍結という恐ろしい刑が下された。

 今回はコカビエル一人の暴走とはいえ、広い目で見るのなら彼の所属する堕天使側の起こした事件とも受け取れる。そのため、近々行われる天使、悪魔の代表が集う会談の席で、堕天使総督であるアザゼルが、この件について謝罪をする可能性があるらしい。

 過去にあったレイナーレの件も考えると、堕天使はあまり統制がとれていないのか?監督不行き届きもいいところだ。

 

 肝心のエクスカリバーは、壊されるよりはマシだったらしいが、統合された聖剣から三本全てをそれぞれ抜き出し、元の状態へ再構成させる必要があるらしい。

 別にそのままでもいいのでは?と思ったのだが、天使間では剣によって保管する場所がそれぞれ定められているらしく、しっかりと分別しておかなければ最悪内部抗争に発展する可能性は否めないという。

 

 ゼノヴィアと紫藤は既に教会へ戻り、自分の持っていた聖剣を含め、奪われたエクスカリバー全ての返還を終えている。ちなみに、かなりの功績を遺したと後日渡しておいたノートを介して報告を受けた。

 まぁ、悪魔...もといドラゴンの手を借りたとはいえ、誰一人欠けることなくエクスカリバーを全て回収して戻って来たのだ。しかも、神との戦争を生き残ったコカビエルに喧嘩を売って、だ。その気概は評価されて然るべきだろう。

 

 一連の事件が全て終わり、分かれる間際に木場の力を認めて握手を求めたゼノヴィアは、激しい戦場を生き残り一皮むけた戦士の顔をしていた。恐らくコカビエルとの戦いの最中でデュランダルを振るい、扱う上での課題を幾つも明確にされたことで、自分の力不足を痛感したのだろう。

 ちなみに、冗談半分にまた会った時は手合せしてくれと頼んだら、ほとんど間を持たせず望むところだと即答してきたあたり、彼女も筋金入りの戦い好きのようだ。

 

 一方の紫藤は、またイッセーくんの家に遊びに行くからねーと、笑顔で言いながら繋いだ手をブンブン振っていた。

 その光景を見ていると、以前ファミレスでイッセーの母親を叔母さんと言っていたことを思い出し、どこか訝しく思った俺は、イッセー本人に紫藤との関係を問い詰めてみた。すると、『ああ、アイツとは幼馴染なんだよ。昔は男勝りな性格してたから、女の子だって全く気づかなかったけど。...色々立派になってたなぁ』なんて言いやがった。

 やっぱし世の中の男子は可愛い幼馴染標準装備なのか?クッソ、ふざけるなよリアル!いっそ弾け飛んじまえ!

 そんな呪詛を吐きながら、壁をひたすら殴る俺を心配して慰めようとしたイッセーに八つ当たりしたのは、今でもかなり後悔している。

 

 そんなイッセーにも悩みがあるようで、現在はそれを聞いているのだが...

 

 

「頼む、コウタ!俺に禁手を教えてくれ!」

「えぇー、俺が神器持ちじゃないこと分かってんだろ?無理だって」

「むぐぐ、そこを何とか...」

 

 

 神器の能力を更に引き出すという禁手。ライバルであるヴァ―リがそれを完全に掌握していたことにより、恐らく彼の中で焦燥感が膨らんできているのだろう。

 ああ、それで思い出した。そういえば聞きたいことがあったんだった。

 

 

「あのよイッセー、何であのとき白龍皇の前に飛び出して喧嘩売ったんだ?」

「それは.....」

 

 

 少し言い淀む素振りをみせ、一度は下に向けた視線を時折何度か俺に移す。男の上目遣いって本当に気持ち悪いな。

 それから少しして、後頭部を掻きながら居心地悪そうにしたイッセーから、ようやく言葉が吐き出された。

 

 

「俺、今回は何にもできなかっただろ?後輩(コウタ)に任せっぱなしで格好悪かったし、少しは活躍しておきたかったんだよ」

「その気持ちはわからんでもないが、今後はあんな無茶止めろ。自分でもアイツとの実力の差は分かってたんだろ?」

「ッ....でもさ、俺は強くなりたいんだ。ドライグが言うように禁手へ至りたい」

 

 

 自室のフローリングを叩き、机の上に乗った麦茶の水面を波立たせる。どうやら、イッセーの心中もその波が荒立つように穏やかではないようだ。

 先日聞いたドライグの話では、コカビエルの戦闘中に聖と魔を混在させた聖魔剣を生み出した木場は、既に禁手へと至っていたらしい。なにやらイレギュラーな特性を持つというらしいけど。

 兎も角、イッセーは禁手の先駆者である彼からアドバイスを貰おうと画策したようなのだが...

 

 

『そうだね...例えば、何かもの凄く大切な物ができて、それを絶対に守りたい!って思った時に、その感情を神器に乗せたまま解放する。これがイッセーくんにとって一番イメージしやすいかな?』

 

 

 と、こんな風に返され、得心したイッセーは一番大切なもの...グレモリー先輩を強く思いながら、何度も神器に力を込めた。

 『大切な』と言えば聞こえはいいのだが、何故かその内容は大半エロい妄想と化しており、ドライグから本当に呆れたような返答を頂いたらしい。

 それでも、イッセーは『エロい妄想で禁手出来ないと決まった訳ではない!』とむしろ意気込んで繰り返し続けていたのだが、結果が出る前にギブアップを申し出て来た奴がいた。

 

 俺は正座するイッセーの左手に装着されている籠手へ目を移し、手の甲に嵌め込まれた宝玉へ意識を集中させる。

 

 

『コウタか。この場で話すのは久しぶりだな...』

「お、おう。随分と声に力がないな」

『相棒の話を聞いたろう?アレは絶対無理だ。...いや、俺だって色んな輩の願望や欲望を見て来たが、意識していない分不鮮明だったからな。こちらから干渉しなければやり過ごせたのだ』

「なるほど...イッセーは意識してドライグに送り込んできてるんだもんな。エロい妄想を」

 

 

 総じて力に呑まれ、贅と快楽を欲しいままにしたかつての赤龍帝の籠手の担い手たち。ならば、そういう想像を脳内で膨らましてしまったことも一度や二度では効かないだろう。

 そして、それらは精神の深層と深く結びついている神器にも流れ込む。ただし、間違ってはいけないのが、使い手自身が意図して神器に送ったものではないということだ。それだけで、ドライグが言ったように鮮明さが大きく変わってくる。

 見せたい訳ではないにせよ、『神器に感情を乗せる』という行為は『神器に感情を送る』と大差ない。つまり、今現在イッセーが行っている禁手の修行では、神器(ドライグ)へグレモリー先輩を守るという意志を動力源とし、憧れの美少女と触れるか触れないかの中途半端な生活で肥大化した妄想を無理矢理流し込んでいる...と考えられる。

 

 

『耳元で囁く甘言から、上着から下着の脱がし方までなんでもござれだ。幾らなんでも女に飢えすぎだろう、相棒。こんなものを通算24934回見せられた俺の身にもなってみてくれ』

「ちょっ、俺たちの間でならいいけど、コウタの前でそれ言うの止めろ!恥ずかしすぎて死ぬだろ!」

「ああ、それなら今ドライグにお前の妄想全部見させて貰ってるから。こういうこと出来るとは思わなかったけど、新しい発見だ。便利だな」

「へぇ、よかったな...って、そんな発見すんじゃねぇ!俺の頭のナカ勝手に見ないでぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 羞恥心で半狂乱になるイッセーを見ながら、『こんなんでホントに至れるのか?』とドライグに聞いてみる。すると、赤き龍は炎の溜息を吐きながら翠色の目を細めた。

 

 

『この方法で至ったら泣くぞ。本気で』

 

 

 そう、二天龍のうちの一匹とは思えないほど威厳を損なった泣き言をのたまった。

 

 

          ***

 

 

 学園から家に帰宅し、鞄を自室に掛けてから部屋を出て、すぐ隣の空き部屋だった扉の前に立ち、張り付いている気を払ってから扉を開け、中に踏み込む。

 簡素な四畳間には、ドラグ・ソボールのマンガ本を広げながら、寝そべって醤油煎餅をバリバリ齧るフリードがいた。

 

 

「ふむぉ?ふぉんふぃふぃー.....ッヴほぅ!」

「ぬぁ?!汚ねぇ!」

 

 

 リスみたいに頬を膨らませながらこちらを見て手を挙げたかと思いきや、その直後にいきなり噎せて大量の煎餅の欠片を噴出するフリード。

 飛来物が通過する軌道線上にいた俺は、何とか身を捻って被弾を避けたが、同時にフローリングまで死守することなど不可能。無情にも褐色の欠片が容赦なくぶちまけられ、『先日掃除したばかり』という事実も相まって俺を絶望のどん底へと叩き落とす。

 

 

「ゲェッホゲェホ!あぁー死ぬかと思ったぜよ」

「...いっそそのまま死んでくれりゃ良かったのに」

「うっは、辛辣なコメント頂きましたぁ!」

 

 

 これでは話をする気など起きないので、ヘラヘラ笑うフリードの尻を蹴飛ばしながら掃除をさせることにした。ついでに部屋全部も綺麗にさせたので大分満足。

 あとは黒歌を連れて来て、これからする俺の提案...もとい命令に従わず、暴れ出すことも考慮し、あらかじめ気で拘束するようお願いした。

 

 

「さて、話に入らせて貰うが」

「ち、ちょい待ちちょい待ち。これ地味に痛いんスけど。このままじゃ肩と肩が背中でくっついちゃう」

「そうなっても関節外れるだけだから治せるにゃん♪」

「あのー、旦那?姐さんが怖すぎること言ってるんですけど」

「話に入らせて貰うが」

「AREー?もしかして、俺っちここでは人権剥奪されてる感じ?」

 

 

 流石の黒歌もそこまではやらないだろう。会話中に関節外されたら、それどころじゃなくなることくらい分かってるだろうからな。

 にしても、嫌いだったり興味のない相手には容赦ないな。これも猫又特有の性格なんだろうか。

 

 

「さて、いい加減本題に入るぞ。...まず、お前はこれから行くところがあるか?」

「ん?そうっすね...はぐれエクソシストなんて基本どこの派閥もいらない子扱いっすから、行く場所なんてありゃしませんよ」

「そうか。なら、俺の知り合いがいる冥界の店で働いてくれないか?ちなみに差別とかは一切ないから安心しろ」

「働くぅ?それマジで言ってんの旦那。───店にくる悪魔全員ぶっ殺しちゃうよ?」

 

 

 口角を歪ませ、白い歯を剥き出しにするフリードの目には、冗談など一部たりとも含まれていなかった。

 それでも、俺は客を殺すのか殺さないのかではなく、店で働くのか働かないのかの意志だけを問う。どんな考えを持っていようと、働く意志さえあれば『合格』なのだから。

 洒落ではない脅しにも退く気を全く見せない俺を見て、フリードは多少の驚きと訝しみを態度の端に滲ませながらも、不敵な笑みを崩さないまま首を傾げた。

 

 

「.....ほー。いいぜ、旦那の考えに乗ってやる。あとになって後悔すんなよ───イダダダダダ!?ちょ、何でさ?!」

「フン、コウタに舐めた口利いたバツにゃん」

「ヤメテぇ!これ以上やったら俺っちのショルダーがブロークンしちゃう!アァッ───!」

 

 

 背中で腕を組んだ状態のまま、無理矢理首近くまで持ってこされるフリード。それを余所に俺は立ち上がり、ノートを開いて懐かしい名前を書き込む。

バキリ、という何か大切なものが逝った音と、白髪神父の盛大な絶叫をBGMに、俺はその内容をゆっくりと書き綴った。

 

 

          ***

 

 

 扉を潜り、言われた通りの場所へ赴く。その途中で監視の目が離れたのは何故だろうか。

 多少の疑問を感じながら足を踏み込んだそこは、装飾品などが多く飾られた部屋。きっと万人は綺麗だと評価するのだろうが、自分にはそんなものの価値など分からない。興味もない。

 仮に、この部屋で分かるものがあるとすれば...窓際の席に座る女ぐらいか。

 

 

「急にお呼び立てして申し訳ありません。ウロボロス・オーフィス」

「別に、いい。今の我、暇」

 

 

 ───そう、暇なのだ。今は自由に出歩くことを止め、この屋敷にいることを乞われているのだから当然。

 聞き入れずに外へ出ることなど簡単ではあるが、騒ぎを起こさないようコウタから言われているので、提案は呑んだ。

 

 

「暇、ですか。.....こちらとしても、貴方を戒めるのは本意ではありません。ですが、貴方は私たちの組織にとってなくてはならない象徴とも呼べる存在なのです。双方、万事目的を達するまでの道程に、無用な狂いを生む訳にもいかないでしょう」

 

(狂い....)

 

 

 その言葉で、『蛇』を介してコウタから聞いた言葉が、不意に蘇って来た。

 

 

『─────一度崩壊しかけた世の中だ。なら、異種族間で足並み揃えて立て直した方が、いざこざ続けるよりよっぽど生産的だと思うけどなぁ』

『それは無理。皆、考え方違う。自分側の利を追及すると、他の存在が邪魔になる。それだけ』

『うーん。普通はそういう野心やら欲望を剥き出しにしないで、政治っていうモノはやるはずなんだけどな。...過去持っていた地位にしがみついて、時代の流れに狂いを生じさせる連中がいるから、いい方向へ先導しようとする人たちの努力が波に呑まれちまう。この世界でそんなことをいつまでもやってたら、いつか絶対冥界も天界も滅びるな』

『じゃあ、どうする?』

『なに、どうしようもねぇさ。頭に血が昇った奴に話し合いは通じない。黙らせたきゃ、先方の要求を受け入れるか、殴ってぶっ飛ばすかの二択だけだからな。...ただ、前者をなんども繰り返してちゃ勿論破滅する。だから、頃合い見て殴る決意を持たないといけないんだ。狂った流れを戻すには狂った奴を排除する。それしか結局のところ方法はない』

 

 

 .....この女が、世界の『狂い』?

 否、だとしても我には関係のない事。仮に世界が滅び、悪魔や天使がいなくなろうと、我の住処が増えるだけ。

 もしそうなったら、コウタと一緒にグレートレッドを倒しに行ける。沢山行ける。

 

 

「ウロボロス・オーフィス。私からのお願いがあります。もし、これを聞き届けてくれたなら、貴方を組織の束縛から解放しましょう。」

「.......願望、聞く」

「簡単です。崇高なる真魔王の血を継ぎし、我がカテレア・レヴィアタンとその者たちへ、相応しい強大な力をもたらして欲しいのです」

 

 

 強大な力。というと、自分の持つ『蛇』のことだろう。ならば、好きなだけ使えばいい。もとより、それを与えることこそ、真なる赤龍神帝を退ける条件と交わした契約の対価なのだから。

 我は頷いたあとに手を広げて、その手中へ黒い蛇を一つ生み出す。が、女は眉を顰めて首を振った。

 

 

「いいえ、それは『いつも通り』のものでしょう?更に強力なものは創り出せないのですか?」

「...更に?」

「ええ。さきほども言ったでしょう?相応しき強大な力、と。それとも、できないのですか?」

「出来るが、きっとお前たちの身体が持たない。...死ぬ」

 

 

 それを聞いた女は、持っていたカップを木製テーブルに叩き付けて立ち上がり、我を睥睨してきた。

 視線からは抑えようのない怒り、劣等感、憎悪、懺悔...自分が感じたことのないあらゆる感情がない交ぜになった意志を受け取る事ができた。

 

 

「私は真に魔王の血を引く者!あのような贋作どもならまだしも、私たちに受け入れられない力は皆無です!」

 

 

 ───コウタの言っていた、話が通じない。とはこのことか。

 なら、我には二つの選択肢ができる。...受け容れるか、殴るかの二つ。しかし、殴ってはコウタとの約束を破ってしまう。なので畢竟、選択肢は前者に絞られる。

 

 

「分かった。蛇、渡す。」

「...それでいいのです。貴方は私たちを勝利へ導いてくれる(しるべ)。その御力、使い方を誤らねば貴方自身の願望を達するためへの布石となりましょう」

 

 

 手から人数分の蛇を生み出し、女へ手渡す。直後、中に存在する力の波動が伝播したのか、目を爛々と輝かせながら笑みを浮かべた。

 それを使って、彼らがどうなろうと知ったことではないが、最後に確認しておきたいことがあった。

 我は開け放ったままの扉を潜る前に振り向き、女へ最()の質問をする。

 

 

「これで、我は自由?」

「ええ。ですが、くれぐれも過度な行動はお控え下さいますよう」

 

 

 返事をすることなく退出し、そのまま次元の狭間の入口へ足を踏み入れた。これで、久しぶりにコウタと生身で触れ合える。

 その事実を再確認した途端、今まで味わったことの無いある『感情』が、溢れだした。

 誰かから当てられる感情に分別はつけられるが、己の中で生じたのは初めてに近いため、理解できない以上『コレ』に名前など付けられない。

 

 

(なら、コウタに教えて貰う)

 

 

 そう決めると、また胸のあたりがじんわりと熱くなった。

 ...我、もしかして病気?

 




この話を読んでいる最中にお気づきの方がおられるやもしれませんが、ゼノヴィアはグレモリーへ眷属入りしません。
理由は、オリ主による原作を超過したメンバー強化への調整や、彼女へのフラグ建設を避ける名目等があります。

彼女の活躍を期待していた方には大変申し訳ないですが、作中から完全にいなくなる訳ではありませんので、ご理解のほどをよろしくお願いいたします。


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Chaos Brigade.
Error File/02.強者のロジック


今回の更新以降は目に見えてスピードが落ちます。申し訳ありません。
その分、今話はいつもより長めとなっています。番外編ですが...

あと、オリキャラが二人ほど出る予定です(この話ではうち一人が登場)。彼もしくは彼女は積極的に物語へ関わることはあまりないですが、オリ主にとっては超恩人です。詳しくは本編にて。


 さきほど、集団で襲って来た魔物の群れを殺し尽くしたら、そいつらの血臭に誘われて新しい化物共がぞろぞろと湧いてきた。いや、予想していなかったわけではないのだが、今日の分の食糧を奴らの死体から頂けなかったのは正直予想外の痛手だ。

 ─────そして、その予想外の事態は今現在まで続いていた。

 

 

「...なんでアイツら俺を追ってくるんだ」

 

 

 森の中を跳躍しながら走っている最中に振り返ると、木々の合間から奴らの飢えた怒号が幾つも聞こえて来る。それから暫くすると図体のデカいヤツは立つ木をなぎ倒し、周りを走る小型の魔物どもを踏み殺しながら走り、一方の小型はそんな輩に踏みつぶされないよう距離を空けはじめた。

 

 ...俺はこの辺りの地形を良く知っている。何せ一か月以上は生活拠点としている山なので、山菜が良く取れる場所、川のある場所、精霊の類が住み着いている場所、魔物の巣がある場所...そして、一際開けた、戦闘するにあたって最適な場所も、勿論知っている。

 

 突如視界に差し込んだ陽光とともに、周りに茂っていた樹木の包囲網から抜けた。そこは見渡す限り平らに近い地形で、自分の足首辺りにまで伸びた雑草ぐらいしか特筆すべきものはない。

 ─────つまり、ここなら自身にとってのハンデがほぼ皆無となる。

 

 

「はッ!」

 

 

 俺は手に干将莫耶を出現させ、地を蹴って一際大きな宙返りをし、天と地が逆さになった背後の景色が見えた瞬間に放る。一対の陰陽剣は流麗な放物線を描きながらそれぞれ飛行し、ちょうど頭を出してきた猪顔の大柄な魔物の首を交差する形で切り裂き、宙に飛ばした。

 派手な血飛沫を絶叫の代わりにまき散らしながら、頭を亡くしたソレは為す統べなく絶命し、ただの肉塊と化す。地面に降り立った俺はそんない猪の屍を見ながら、今際の際に頽れる自分の身体を見てどう思ったのだろう。と、そんなことを頭の片隅で考える。

 続けて、新たに創った莫耶を右手に持ち、鋭い歯を蓄える口を開けながら突貫してきた蜥蜴型の魔物を、顎から尻尾にかけて真っ二つに断ち斬る。

 

 

「そんなに喰いたきゃ、テメェの肉喰って腹満たせよ」

 

 

 そう吐き捨ててから片手で切り離された直後の蜥蜴の上あごを掴み、地面に落ちた半身へ叩き付けた。途端に果物の潰れるような水音が響き、多量の赤い血と白っぽい脂肪の塊がまき散らされ、鮮やかだった翠色の地面を瞬く間に血肉で染め上げる。

 俺はそれに止まらず、上げた片手で腸管を掴んで引っ張り出すと、それで牙を突き立てて来たもう一匹のお仲間の口を縛り上げる。驚愕によって動きを完全に止めたところで、そのまま脳天から剣を突き刺し、顎を突き破って貫通。絶命させた。

 

 

「あんまり褒められたやり方じゃないな」

 

 

 呟きながら、上空より飛来してきた鳥型の魔物へ強化(エンハンス)済みの正拳突きを喰らわせ、爆散させる。その直後、空からの敵に気を取られている最中が機と読んだらしく、素早い挙動で接近を果たす三体目の蜥蜴の魔物。しかし、俺はそちらを見ずに蹴りで応答し、真面に受けた蜥蜴は顎と脳髄を粉砕されながら吹き飛んだ。

 俺は無手の左手へ干将を創り、無策で突貫してくる魔物を莫耶と合わせて次々斬り捨てて行く。後から湧いて来た魔物も、それにあわせて順に斬る。斬る、斬る、斬る。ひたすらに斬って殺す。

 何度も経験したことだから、特に目新しさなど何もないただの殺戮。俺を珍しい食糧だと思って寄ってくる馬鹿の脳みそを地面へぶちまけるだけの簡単な作業。なので、それに対しては特に何の感慨も浮かばない。魔物を殺すことに快楽なんて覚えないし、血の臭いにはいつまで経っても慣れない。

 

 ─────戦闘を初めてから体感で三十分ほど。ようやく敵の侵攻も衰え、今しがた二体の魔物の頭を飛ばした所で、この場に置いて心臓を動かし、呼吸しているのは己だけとなった。

 

 

「ふぃー、今日も狩ったなぁ」

 

 

 まさに死山血河な様相となった辺りを歩き、俺は喰えそうな肉片を急いで選び取っていく。何故急ぐのか?一度目の轍を二度も踏まない為に決まっている。もう今日は敵と合っても戦う気が起きなさそうな事もあるし、とっとと自分の住処へ戻ってしまおう。

 食糧を手製の革袋へ全て詰め終え、帰宅の途へ着こうとした時。今まで殺し合った魔物の中でもトップクラスの『殺意』を背後から感じ取った。俺はそれに抗わず、右足で地面を蹴って素早く身体を反転、前を向いた後に全力で後方へ飛び退く。

 

 

『貴様か。近頃一帯の同胞を悪戯に屠っているのは』

 

 

 声の先には、最早竜と言っても差支えないほどの巨躯をもった蜥蜴がいた。見ると奴は後ろ足で地面を踏みしめて立ち、両前脚は胸の前で組んで俺を見降ろしている。肩から背中まで覆う灰色のローブらしきものを纏って碧色の体表の大部分を隠しているが、遮るモノのない相貌は月明かりに晒されており、その紅い瞳は理知的な輝きを帯びていた。...どうやら、相当高位な魔物のようだ。人語も理解できるらしい。

 俺は革袋を地面へ降ろしながら、一度弛んだ精神に芯をぶち込み、慎重に言葉を選ぶことにした。

 

 

「....お前、人の言葉を話せるのか」

『俺のした質問に答えろ、童』

「────ああ、そうだ。だが、勘違いしてるかもしれないからこれだけは言っておく。俺は殺されない為に殺した。俺より弱かった奴らが死んだのは当然のことだ」

 

 

 俺の反論に目を丸くした蜥蜴は、次の瞬間に片手で顔を覆って笑い出した。大気を震わせるほどの哄笑は、いっそ何らかの攻撃手段なのではないかと勘繰ってしまうほどだ。事実、軽いソニックブームが起こって周りの肉片が飛び散っている。

 やがて迸る笑声を引っ込めた蜥蜴は、口角を吊り上げながら話を続けた。

 

 

『いや、全くもって貴様の言う通りよ。弱い者は強い者にとって喰われる。...残酷だが、信念無き弱者は淘汰されるのが世の常というものだ。数百年生きていれば、否でも理解できてしまう』

「じゃあ、何でさっきは...」

『ハハハハ!何、ちょっとした根性調べというヤツだ。理由も無く我らの命を刈り取るだけの野放図な性質の輩なら、手ずから始末しようと思っていたまでよ。幸い、杞憂だったようだがな』

 

 

 愉快そうに笑いながら鋭い爪の並ぶ手を握り、ギシリと剣呑な音を響かせる老蜥蜴。気付けば、先ほどまでの殺意が微塵も感じられなくなっていた。...どうやら、文字通り話のわかる奴だったらしい。

 俺は正直安心した。コイツとは恐らく、万全の状態ではないと渡り合えない。多少なりとも疲労が溜まり、緊張感も欠いてしまっている今では、殺されないまでも無傷では帰れまい。

 

 

「お前は...この山の頭かなにかか?」

『む?そうだな。確かにまとめ役のような役柄ではあるが、これといって(まつりごと)を行っているわけでもない。他者を慮る法や規矩(きく)を魔なる者どもに敷いたとして、悪戯に種間の溝を広げるのみだからな。...それに、俺たちにしてみれば食べ物を奪わず、テリトリーを犯さずに我慢するという考えなど狂っているとしか思えんだろうよ』

「.....そう、か」

 

 

 こうやって話をすればするほど、彼のあまりに人間的な価値観を含んだ意見に驚く。まさか人の治政を魔物の視点で評価できるとは思わなかった。

 しかし、だからこそ疑問は湧く。幾ら知性を持っているとはいっても、魔物は魔物なのだ。なればこそ、強者との邂逅を望み、より広い世界へ目を向け、このような山になど留まるはずもない...そう思っていた。

 ついさきほど対峙した時、目前の老蜥蜴からは巨大な連峰を思わせるほどの重圧を感じたというのに、今は壮年の草臥(くたび)れたサラリーマンのような雰囲気を漂わせている。

 湧き出る疑問に逆らわぬまま、気づけば俺は自然な挙動で口を開いていた。

 

 

「まとめ役みたいなことをやってるってことは、ここに長い間留まってるんだよな?...知識の受け皿を持ったんなら、普通はもっと貪欲になるだろ。ましてやお前は魔物だ。こんな場所に居続ける理由が見当たらない」

『...ふむ。なるほど確かに、強者は強者との戦を好むがゆえに一つところに留まらぬ。お前の言う通り魔物という種族なら尚更だろうな』

 

 

 老蜥蜴はその場にどっしりと腰を下ろし、腕に下げていた壺のようなものを掴みとると、コルクの栓を開けて勢いよく煽った。中身は酒か何かだろうか。

 そんな俺の考えも知らず、彼は低く唸りながら壺を口元から降ろし、空いたもう片方の手で頭を掻きながら片目を瞑った。

 

 

『魔物とは、自分のテリトリー内の事のみを定規にして物事を計ろうとする。それはすなわち、テリトリー外の事は興味を持たず、一切知ろうとしない、そう表現することと同じだ。だからこそ、一切の躊躇なく何かを奪ったり、殺したりできる。それが当然だとも思っているだろう』

「でも、お前の考え方には魔物らしさがほとんどない。思考のロジックが人間のそれとかなり似てる」

『だろうな。何故なら俺は、長い年月を経て本能を抑制する理性を手に入れたからだ。...そして、理性を持つということは、周囲のあらゆる事物、事象の見聞、考察が可能となるということだ。つまり、生きる為に必要なこと以外にも興味をもてるようになった。すると、それまで考えもしなかった『世界』のことを思案するようになったのだ』

「世界.....?」

『ああ。先ほども言ったように俺は長い時間を掛け、理性を手に入れた。その後はまだ見ぬ強者に思いを馳せ、少しでも『無駄』な知識を得るべく各地を放浪したのだ』

 

 

 語る老蜥蜴の目は細められ、視線は虚空の一点に留められる。

 宵闇をスクリーンに自分の記憶を投影して、今一度過去の情景を再生しているのだろうか。

 

 

『俺はその中で強くなった。無論今までよりもずっとだ。...しかし、気づいてしまったのだ。世界という『全』に対し、俺と言う『一』がどこまで強者となろうと、意味のない事なのだと』

「─────意味が、ない?どういうことだ」

『きっかけは、一度悪魔に楯突こうかと考え、下に就く者どもを集めて悪魔の中でも指折りの輩へ挑んだ事だ。...結果は凄惨な有様だった。連れて行った者はほぼ全員殺され、俺自身も深手を負って死にかけた』

 

 

 そう言ったかと思いきや、老蜥蜴はおもむろに上半身を覆うローブをまくり上げて見せた。一瞬、何を意図した行動か理解が及ばなかったが、肩口から反対側の腰にまで深く刻まれた傷跡に気付き、それが彼の言う深手なのだと合点がいった。

 俺の無言の反応に満足したか、老蜥蜴はローブを降ろす。そして、すぐ自嘲するように口角を歪ませ、それから再度壺へ口をつける。

 

 

『悪魔と言う十に満たない存在へ膝を折った俺が、世界という全に挑もうなど馬鹿馬鹿しいにもほどがある。そう明確に感じた途端、俺の中から強者であり続けようとする意志が霧散した』

「......」

 

 

 自分が今まで必死に追い求めて来たものを、突然見失った。その喪失感は並大抵のものではないだろう。だというのに、夜空を見上げる老蜥蜴の表情は笑みに形作られ、まるで長い間囚われ続けていた呪いから脱したような...そんな達成感を滲ませていた。

 

 

『その時に分かったのだ。この世には本当の意味での強者など存在しない、とな。それと同時に、俺は強者でいようとすることを辞めた。...かつてその証明として振るい続けた力も、今となっては降りかかる火の粉を払う時にのみと決めている』

「お前は、それでいいのか?」

『いいのさ。...強者でいることよりも無精者でいることのほうが、ずっと楽で有意義なのだからな』

 

 

 鋭い歯を月の輝きに乗せて見せつけて来る老蜥蜴。チラリとのぞく歯並びは綺麗だし、常習的に肉を食っているとは思えないほど白いが、やはり生来の獰猛さが垣間見える事で、真摯さが差し引かれている。

 案外気さくな性格なのかも、と思いかけたが、次の瞬間には『魔物』の顔に戻り、胡坐をかいていた足を地面から離して立ち上がる。追って見上げると、俺を見るその眼は冷めたものとなっていた。

 

 

『己の身を守る為...それは確かに正当な理由だが、あまり奴等をけしかけんでやってくれ。このまま同胞を狩り尽くされては堪らんからな』

「ああ、分かった。近々ここを出ていくよ」

『そうか。いや、ここは悪魔どもの街に近くてな、皆人型に興味があるのだろう。ましてや、貴様は人間だ。.....出ていくに越したことはないやもしれん』

 

 

 真剣味を帯びた声でそう呟くと、背中を向けて『話はそれだけだ。まぁ、精々殺されんようにな』とだけ言い残し、片手を振りながら昏い森の中へ消えて行った。

 結局、名を聞くこともできず、聞かれることも無かったが、ああいう魔物も冥界の中にはいるんだと再認識できた。そして、俺にはそれがとても嬉しく思えた。

 

 

「まともに会話したの、いつ振りだろうな...俺」

 

 

 あの老蜥蜴は、俺を強者と認めたのか?だからこそ、強者でいることを辞めた彼は戦うことをしなかった?.....否、碌な戦いもせずに他者の実力を決めつけるのはよくない。彼もそれを良く分かっている筈だ。

 

 しかし、強者であろうとすることを諦める。...それは、俺にとって許せない行為だ。

 何故なら俺は、純粋な強さのみを求めているからだ。それは─────この世界を生きて行くために、必ず必要となるものだから。この世界で前の俺以上の幸せを掴むために、必ず必要となるものだから、だ。

 

 その折に、この両手で干将莫耶を握ったとき、今まで持っていた目的とは別の...強迫観念に等しきある感情が芽生えたのだ。

 

 ─────『アイツの背中を追い抜けるくらい、強くなる』、と。

 

 『彼』は人のために強さを求め、俺は自分のために強さを求める。

 どちらが間違っていて、どちらが合っているのかなんて俺には分からない。それでも、答えが己の中に無い今は、我武者羅に突き進むしか方法はない。

 ただ、『彼』が自己犠牲の果てにつかみ取った悲しい結末は、一つの答えとして知ってはいるが。

 

 それでも...それでも。たとえその先にどんな結果が待っていようと、俺は絶対に受け入れてやる────。

 

 俺が求める『強さ』には、それも含まれているのだから。

 

 

 

          ***

 

 

 早朝。出発の準備をしながら、あの老蜥蜴の言葉を思い出していた。

 

 

『─────皆人型に興味があるのだろう』

 

 

 俺には人間特有の匂い、というものがあるらしい。一体どういう類の匂いなのか是非知りたいが、こればかりは他人に評価される以外、俺に理解できる術はない。ということは、イコール対策が碌に取れない事となる。しかし、だからといってさっぱり諦めていた訳ではなく、その理解不能な人間臭を消すために、魔物の血を頭からかぶってみたり、そこらに生えている草木を巻き付けてみたりして上手く誤魔化す方法を必死に模索した。そして、それらは実際に魔物避けの効果を発揮していたのだ。

 そんな確証があるにも関わらず、あの老蜥蜴に俺が人間であることを看破され、他の魔物どもに執拗なくらい追い掛け回されたという事は、ここらに住む魔物のほとんどが匂いに敏感だとしか思えない。となれば、極力平和な生活を望む俺には少々分が悪い。

 何故なら、今まで生き残っていられたのは、大々的な戦闘が無く、俺の存在が周囲に露見していなかったからだ。それも、今回のどんちゃん騒ぎで確実にパアとなったはず。明日からは俺の匂いを知った輩の訪問が絶えなくなるだろう。

 

 

「よっと...これから先は食糧難だなぁ」

 

 

 魚も山菜も、ひいては薬草まで取れる結構良い山だったのだが、自分の命を天秤にかけるほど俺は馬鹿じゃない。幾らたらふく食えても、死ねば全て終わりだ。それくらいの判断はつけられる。

 ここから先は標高の高い山脈を越えなければならないが、移動途中に食いモノを拝借していけば持つだろう。何せ、三千メートル級の山を半日で登って降りた経歴があるんだし。と、木の根に生えていた食用キノコを三本ほど抜き取りながらドヤ顔をしてみる。

 

 

「ん...?この匂い、香草か」

 

 

 森の中特有の涼しい爽風に乗って運ばれてきた、透き通るような香り。四方から俺の鼻孔を刺激するのは、まさしく香草のそれだ。あらゆる種類の香りが折り重なっていることから、この辺りには多く群生しているらしい。ふむ、ちょっと見てみるか。

 未知の品種が無いかあちこち歩き回っていたところ、背後...俺の勘を信じるなら約三十メートル先からガサッ、という草木を掻く音が聞こえた。直後に腕を地面へ着いて逆立ちし、足元に飛来してきた何かを避ける。

 

 

「棘...!?ちっ、また性懲りもなく来やがったか」

 

 

 俺は辺りを素早く見回し、警戒を緩めることなく手に干将莫耶を掴む。その瞬間、三方向から無数の棘が放たれた。...敵の姿が見えない。複数なのは間違いないが、厄介な戦い方しやがる。

 俺は脳内で毒づきながらも、回転しながら斬り払って跳び上がり、撃ち落とせなかった棘を残らず回避する。地面に降り立った後も、敵方からほぼ間髪いれず再びの掃射。舌打ちして先ほどの回避をもう一度行う。

 上手く隠れているらしく、敵の位置が視覚だけじゃ割り出せない。合わせて奴等は一切動こうとしないこともあり、聴覚まで当てにならない。そして、頼みの嗅覚も流れる香草の強い香りで獣臭が掻き消されてしまっている。回避しながらの移動も上手くさせないために、位置をかなり限定してきていることも加味すると、敵は相当なレベルのハンターたちだ。

 仕方なく、俺は所構わずここら一帯に剣を生やそうと決め、膨大な魔力を足に集中させようとしたところ─────

 

 

「がっ?!」

 

 

 ─────脳天に壮絶な衝撃が走った。まるで、超重量の物体が頭上から降って来たかのような一撃。

 致命傷は避けられたものの、既に意識は強いショックと痛みで明滅状態だった。だが、俺は執念に等しき意志で叫び声を迸らせながら身を捻り、不意打ちの犯人を離さなかった莫耶で切り捨てる。

 それを最後に力尽き、崩れ落ちる途中の視界で捉えたのは...舞い散る緑色の葉。身体を真っ二つに断ち切られて倒れる蜥蜴の魔物。そして、上方で大きく波打つ樹木。─────まさか、コイツ...上で待ち伏せしてやがったのか!

 俺が通るルートを予測されていた。その言葉が浮かんだ瞬間、俺の身体に無数の棘が突き立つ。

 

 

「お...ぐ」

 

 

 ああ、終わった。まだ意識は霞がかったままで、このままでは真面に剣さえ振るえやしない。そもそも、倒れてしまっている時点で敗北は逃れられないだろう。体内の魔力を回復に総動員させたとしても、頭を強く揺さぶられた衝撃から完全に立ち直るには十分以上必要なはず。その頃にはとうに手足をもがれて俎板(まないた)の鯉状態だ。

 

 俺の望んだ二度目の人生は、こんな所で終わる程度の価値だったのか。これじゃ小猫助けて死んだ前世の方が断然マシじゃねぇか、ふざけんなよ俺。

 

 幾らこの状況から目を背けようと、逃れようのない事実として自身に突きつけられる。それでも否定することを止めず、みっともなく地面を這い蹲りながら起き上がろうと両腕に力を込めたところで、敵の一体に腹を蹴られて木の幹へ背中から激突、肺に残った空気を吐瀉物とともに全て吐き出し、辛うじて思考することを可能にしていた酸素が大幅に失われる。

 そして、それから直ぐに俺は意識を保つ能力すら、完全に無くした。

 

 

          ***

 

 

 

 ........懐かしい、香りがする。

 

 これは、俺が好きだったアレの匂いだ。間違いない。

 

 くそ、久しぶりだからめちゃくちゃ欲しくなって来た。こんな状態じゃなけれゃ今すぐにでも...ん?『こんな状態』ってどういう状態だ?そもそも、なんで俺って碌に動けなくなったんだっけ........

 

 ああ、そうだ。思い出した。俺は...──────────ッ!何かが近づいてくる。迎撃しろ。今すぐ殺せ!じゃないと、自分が殺されるぞ!!

 

 

「─────ラァッ!!」

 

「っと!起きて早々殺しに掛かってくるとは、物騒な病人だ」

 

「あ、れ?」

 

 

 魔力で創った剣を振るってすぐに前方から聞こえたのは、聞くに堪えない魔物の絶叫でも、肉を断った時の血液が吹き出す音でもなく、人のものと思われる落ち着き払った声だった。それに内心で首を捻りながら、防御のために上げていたもう片方の腕を降ろすと...俺が容赦なく振るっただろう長剣を白いタオルで絡め取り、頭上で制止させるという妙技を披露している長身痩躯な白髪の老人がいた。

 

 

「ふむ。冷静に状況を分析することは重要だろうが、お前さんには先んじて取ってほしい行動がある。...まずこの剣を何とかしてくれんか?あまり老体に鞭打たせんでくれ」

「あ、ああ!すみません!?」

 

 

 至極まともなことを言われ、俺は急いで無骨な剣を消してから謝る。謎の老人は笑みを作りながら「気にするな。分かってくれればよろしい」と答え、タオルを畳んで横に置くと、隣の小さい円形テーブルからカップを差し出してきた。

 

 

「水は飲めるかね?」

「ありがとうございます。頂きます」

 

 

 礼を言ってから受け取り、少し温い水を喉へ流し込む。そうして一口ずつ水を含むうちに思考が澄んで来たこともあり、カップを空にする頃には以前までの記憶を完全に取り戻していた。すると、当然の如く激しい疑問として湧き出て来るのは、何故自分が生きていて、ましてやこんな場所でのんびりと水など飲んでいるのか、ということだ。

 俺はあの場所で魔物に喰われ、今ごろ奴らの養分にされていなければおかしい。そこらへんを含め、事ここに至る経緯を目前の老人へ尋ねてみた。

 

 

「私がいつもの場所で香草を摘んでいたら、人の叫び声が聞こえてな。どうしたのかと見に行ってみれば、今にも喰われそうな君の姿が...という訳だ」

「じゃあ、貴方が俺を?」

「そう言うことになるだろうな。だが、一つだけ勘違いしないで欲しいのは、窮地を救ったからといって如何こうするつもりはないという事だ。────たとえ、君が人間だったとしても、な」

 

 

 白い顎髭を蓄えた口元を笑みの形にゆがめ、厳つい顔が一転して人懐こいものへと変わる。どうやら、俺は二重の意味で助けられたらしい。これには感謝してもしきれない。

 俺はもう一度お礼を言いながら頭を下げてから、自分の名を名乗ることにした。実際のところ、それ以外で身の上を語れる言葉がないのだが。あとは放浪の旅をしてることくらいか。

 

 

「私の名は『シエル・ラファール』。こぢんまりとした喫茶店のオーナーをやってる、しがない悪魔だよ」

「ああ...だからコーヒーの香りがここまでしてたんですか」

「!ほう、まだ豆を挽いてもドリップもしていないのに分かったのかね。随分と鼻がいいようではあるが...」

 

 

 そこでシエルさんは言い淀み、顎に手を当てながら白い髭を触る。?何か言いたくても言えない事でもあるんだろうか。視線がかなり泳いでいる。

 先ほど、彼は俺の鼻がいいと評価していたので、言葉や態度を鑑みるに...微細なコーヒーの香りへ気付けたというのに、それよりももっと重要な事柄を失念している、ということが一番答えに近いのではないか?だとすると、コーヒーよりも先に気付くべき匂いが...あぁ!

 分かった。分かってしまった。確かに、これは面と向かって言い辛くはある。すぐ俺はどうするべきか暫し悩み、浮かんだ候補の中で一番自然に近い発言を選び取った。

 

 

「ええと.....風呂、入れます?」

 

 

 結構直球だったような気がしなくもないが、もはや覆水盆に返らず。あれ、これじゃやらかしたこと前提じゃね?とは思ったが、その考えこそ今となっては無駄も無駄。

 言って直ぐに後悔し始めた俺だったが、シエルさんはまるで水を得た魚のように息を吹き返した。

 

 

「あ、ああ!大丈夫だとも!汗を掻いただろうから早く入って来てしまいなさい」

「りょ、了解です」

 

 

 結論。聞き手と話し手両方が混乱状態だと、どちらも内容に碌な判断が出来ず、主旨や論点が長い旅に出る。ちなみにいつ帰ってくるかは二人次第。




実は厳ついオッサンor爺さんキャラ大好きな作者です。シエルの爺さんは早く出したくてウズウズしてました。


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File/35.アイムホーム

帰ってきました。(作者が)

今回は第二の人生を生きるオリ主にとって、恐らく本当の家と言っても差支えない場所が出ます。
前話見ていれば恐らくどんな所で、誰がいるかは大方予想がつくでしょうけどね。


 喫茶店とは、来店客が自宅にいる時以上に寛げる場を提供するべし。

 

 飲み物を出し、食べ物を出すだけなら、どんな飲食店でも出来る。

 高級感のある椅子を用意し、磨き上げた綺麗なテーブルを並べ、上等な材料を用意し、耳に優しいジャズやクラシックを流すことは、金さえ潤沢ならどこの喫茶店だって出来る。

 

 だが、店内の雰囲気だけは真似できない。千差万別、唯一無二。

 それは何故か。仕事をする者の姿勢により一μ単位で変化するからだ。

 裏をかえせば、働く誰かの一挙手一投足によって店は良くも悪くもなる。

 

 しかし、間違えるな。店を良くするのはあくまで副次的な目標に過ぎない。一番大切なのは、最初に言った通り来店客がもっとも寛げる場を用意することだ。

 二番目は、一番目を達成するための一つの要素でしかない。

 

 そして、私たちは物ではなく、人によって店の価値を創るのだ。

 

 

 ─────シエルの爺さんから教わった、この店で働く際の絶対条件。一見堅苦しく思われがちだが、別段そんなことはない。爺さんは全く厳しく無かったし、勤務中にミスをしても一切怒鳴ることはしなかった。

 それは、働く側である俺の姿勢や意志も店の雰囲気づくりに関係するからだ。だから爺さんは仕事に関してでは怒らないし、きっと止めたいと言っていたら快くその意見を呑んだだろう。嫌々働かれるよりはマシだ、と。

 最初は楽で仕方なかったが、およそ数日で思い至った。注意を碌にしないということは、自分で間違いに気づかない限り治せない。ならば、俺がもしもこうやって己の行いを正せずどこまでも増長するような輩だったら、きっとこの喫茶店は傾いていた。...つまり、シエルの爺さんは店の行く先を俺に預けていたのだ。

 恐ろしかったが、同時に激しく困惑した。一体どういう理由で外から来た人間なんかに自分の店の未来を託したのか。その時は店の売上の低さに気付いていたので、破れかぶれの博打でもしたのかと嫌な気持ちになったりもした。

 少し躊躇ったが、やはり理由を聞いた。聞かざるを得なかった。なんで俺みたいな部外者をここまで信用するのか、と。だが、爺さんから返って来た言葉は、俺が立てた幾つもの予想を大きく外すものであった。

 

 

「働きたいと言ったのは君からだ。だから私は仕事を与えた。理由は言わずとも分かったよ。食う寝るだけの居候ではよくないと思ったのだろう?良い心がけじゃないか。...ん、働くことを許した理由?ふむ、強いて言うなら君がウチの娘に似ているからかね」

 

 

 そう言ってあっけらかんと笑う爺さんからは、能力を使わずとも本心であることが容易に理解できてしまった。

 少しは疑う気持ちを挟ませてほしいものだが、何故かその理由が腑に落ちてしまったのも確かだ。しかし、俺が爺さんの娘と似ているというのはちょっとおかしいと思う。

 それから試作の香草煙草を吸いながら目を細め、空っぽになった白いコーヒーカップを揺らしてから、その中身と同じく空っぽの店内へ視線を映す。そして、目線を合わせぬまま俺の名を呼んだ。

 

 

「まぁ、コウタ。娘の席はアイツにやっているが、まだ孫の席は空いてる。...少なくとも私は、君をただの居候としてではなく、家族としてこの店におきたいと思っているよ。どうかね?」

 

 

 顔に刻まれた深い皺をさらに深くさせながら、爺さんは歳不相応に無邪気な笑みをこちらへ向ける。

 ─────俺は迷うことなく、その席に座ることにした。

 

 

 

          ***

 

 

 

「改めて思い返すと、最初の顔合わせは色々あったお蔭で、何かするべきこといくつかすっ飛ばしてた気がするな」

「ハハハ。いいや、そんなことはないと思うがね。色々あったのだから、その色々の中に必要なことは結構入っていたのではないか?」

「そりゃ屁理屈だ」

 

 

 コップを拭きながら、バーカウンター越しに笑って見せる白髪の老人...シエル・ラファール。その身なりは数年前と全く変わっておらず、年代を感じさせる喫茶店内も以前までの密やかな雰囲気を堅持していた。

 ここのコーヒーは欲目無しにかなり美味しいのだが、基本的に爺さんが一人で切り盛りしているため、積極的な集客は一切なされていない。だから、店内の人はいつも疎らだ。とはいえ常連のお客さんからの信頼は厚く、毎日のように足を運んでくれる悪魔方もいる。

 俺は怪我をしてから暫くここの厄介となったので、自主的にお手伝いとして喫茶店で働き出したこともあり、顔見知りのお客さんが実は結構いたりするのだ。さっきも馴染みの一人と挨拶を交わしていた。

 そんな風に和やかな雰囲気で談笑していたところ、いきなりカウンター側の扉が勢いよく開き、見知った奴が肩を怒らせながら爺さんに詰め寄った。

 

 

「オイこらジジィ!どういうことか説明しろやァぎぁ?!」

「フリード君。お客の前だ。態度を弁えなさい」

「せ、せせ制服がオールでメイド服な理由をどうか説明しやがりませ。ジジィさま」

 

 

 初期動作ほぼ無しのアイアンクローが白髪の少年、フリードのこめかみを締め上げ、両足が浮くほどの腕力でもって愛の鞭を振るう。俺も修行を受けていた時はアレを何度かやられたが、痛みばかりが先行するもので、愛の鞭にしてはあまりにも愛がなさすぎた。ぶっちゃけ喫茶店業で怒られない苛立ちの分がこっちに移動してるんじゃないかと思っていた時期もある。

 それはともあれ、メイド服だけしかない?一応話は通していたのだが...当初は採用する気などなかったということだろうか。そんな疑問を鋭敏に感じ取ったらしいシエルの爺さんは、フリードをアイアンクローから解放した後にこちらを振り返った。

 

 

「実は今月の懐がピンチでな。服を新調する余裕などなかったのだ。出来て大まかなサイズ調整くらいだ」

「ピンチって...そうならないように香草を自分で採取してたりしてるんだろ?」

「いや、テーブルが一つ劣化してたから買い換えたのと、豆を煎る焙煎機が一つ駄目になってな。どうしても出費がかさんでしまったのだ」

 

 

 シエルの爺さんは苦笑いしながら、以前の焙煎機が設置してあった区画を指さす。そこには、俺がいたころからボロっちかった黒っぽい機械が無くなっており、元あったヤツ以上に年代ものと思われる焙煎機が鎮座していた。随分と裏で出回っているものを引っ張って来たようで関心はするが、これでは元々危うかった家計がさらに逼迫(ひっぱく)してくるのではなかろうか。爺さんのことだから客引きは相変わらず碌にして無さそうだし、爺さんの娘である彼女も何やらいないようだし.....

 

 

「ってああ、フリードのいってたメイド服はミリーのものか」

「そうだぞ。今日はちょいと席をはずしてもらってるがな」

「ぐぐぐ、いくらなんでも女装をおいそれとできるほど俺っちは人が出来てねぇぞ...」

 

 

 額から煙を出しながら蹲るフリードの抗議を無視し、俺はもう一人のバイト兼、爺さんの娘であるミリー・ラファールのことを思い出す。記憶の中では長い金髪を左右で三つ編みにし、後頭部で結いあげたポニーテールを揺らす少女だ。特筆すべきは、普段から口数少ない&鉄面皮な小猫ちゃんよりもずっと感情の起伏に乏しく、会話時の声が全く聞き取れない事である。

 数年の山暮らしで培った鋭敏な聴覚でもっても微かにしか聞こえず、常人では確実にその声を知る事はまず叶わないだろう。最初は引っ込み思案な性格なんだなと勝手に決めつけていたが、聞いたところ当人はそれをきっぱり否定した。寧ろ自己主張が強い方だと目を逸らしながら言って来たのだが、十中八九嘘だ。

 

 

「あれ?というかアイツ自身用があるんじゃなくて爺さんが外にだしたのか。なんでそんなことしたんだ?ここに顔出すことは何日か前に言ってたし、予定合わせられただろ」

「.....お前さんは本当に鈍い。まぁ、それに助けられてはいるんだがね。(安易に来るなんて言ったら、家中の棚ひっくり返してめかしこむだろうからなぁ。許せ娘よ)」

「??」

 

 

 言葉の後ろになにか小声でボソボソと付け加えていたような気がしたが、ほとんど聞こえなかったことだし、大方そこまで大切なものでもないのだろう。言いたいことは毎回はっきり口に出すからな、爺さんは。

 俺は持ち上げた白いコーヒーカップの中に薄く残った黒い三ヶ月を見て、おかわりを頼もうと思ったが、やはり止めて受け皿の上に戻す。そして、ここで働くこととなったフリード・セルゼンの扱いに関して詳しく言いてみることにした。

 

 

「爺さん。もう分かってるだろけど、アイツは一応危険人物だ。悪魔に対して敵愾心を剥き出しにする。客に迷惑はかからないか?」

「ははは!何を馬鹿な質問をしている?そんなの迷惑に決まっておるだろうに」

 

 

 心底おかしそうに言い放ったその内容に、俺は言葉を詰まらせた。

 そう、ここは喫茶店なのだ。来客する人の憩いの場となるべきであり、間違っても犯罪者予備軍を置いてよい所などではない。そんなことは初めから分かっていたはずで、それを踏まえた上でシエルの爺さんに彼を雇ってもらうよう頼み込んだのだ。

 

 

「だが、これはお前さんがここにいる間ほとんどしなかった我が儘だ。曲がりなりにも親の顔をしていた私にとっては嬉しい限りだよ」

 

 

 そして、それを了承してくれたということは、フリードを犯罪者予備軍としてではなく、いち店員として雇うことを約束してくれたのだろう。この分だと、彼のしてきた所業や詳しい性格も織り込み済みか。流石仕事の早いことである。

 恐らく、いや確実に爺さんは妥協などしない。客を第一に考える心情は変えるつもりなどなさそうだし、フリードをないがしろにする気もきっとない。冒頭みたいに態度が悪いときは手を出さざるを得ないだろうが。

 

 

「あのさぁお二人さん?俺をディスるのは良いですけどね。せめて本人の前では止めて貰えません?」

「なに、本当のことなのだから仕方なかろう?そんなことより頼んでおいた清掃を始めてくれ」

「.....え?この格好で?」

「うむ」

 

 

 フリードは遂にキレたらしく、腰に掛けてあったエクソシスト御用達の光剣を素早く抜こうとしたようだが、柄が手に触れるよりもずっと先に爺さんの手がフリードのこめかみを捉える。以降は冒頭とほぼ同じ図が構成され、抵抗を諦めたメイドさんは顔に深い影を落としながらモップを取りに裏口へ消えた。南無。

 夜逃げしないかどうか心配になってきたが、ここから出ても外は冥界。行きはサーゼクスに無理言って通って来たルートだったので、必然帰りは同じ道を通ることなどできはしない。もはや、フリードはここで働くこと以外の選択肢など無いのだ。これもお前の今後のためだ、許せ。

 

 

「そうだ。実は新しい銘柄が入ってな。人間界からの輸入品と冥界産のをブレンドしたものだから、お前さんの口に合うと思うぞ。...それ、買い足しに来たお気に入りの香草煙草と一緒にどうだ」

「おお。こりゃ確かに、どこか懐かしい香りがするな。...っと、ああそうそう。香草と言えば、最近また採取に熱が入ってるんだって?」

「む、また誰かが余計な吹聴をしたな」

「ジンさんからな。俺から聞いたんだから怒らないでやってくれよ?それより、幾ら金を抑えられるからって、あんまり無理しないでくれ。」

 

 

 頭の痛い話ではあるが、彼の香草収集癖は更に悪化の一途をたどっているらしく、つい二日前も俺が死にかけた例の山へ入って大量の香草を採取してきたという。死にたいのか!と怒れればまだいい。それどころか、このお爺さんは徒手空拳で魔物を殴殺出来るほどの技量を持っているので、寧ろ山に住む魔物の方を心配してしまうほどだ。...ちなみに、俺が持つほとんどの基礎的な近接戦闘の知識や技は、全てシエルの爺さんから教わったものなのである。

 俺が助けられた当時、誤って振るった剣をタオルで防いだ光景は、依然衝撃的なものとして己の記憶に刻みつけられている。少しは...いや、かなり自分の剣の腕に自信はあったので、その時は正直なところかなり落ち込んだ。だって、長い間魔物との命の取り合いで磨き上げた剣技だぞ?

 

 そんな剣技を、彼は事もあろうか駄目出ししまくった。それも嵐の如く。

 

 喫茶店の業務を手伝いながら、剣術と武術の指導を賜るという訳の分からない生活を一年近く続け、それに合わせて適した魔力の扱い方も学んだ。今の俺がここにいるのは、間違いなくこの人のおかげだろう。

 

 

「ありがとう、爺さん」

「それ以前に、私の貯金はだね─────っと、何か言ったか?」

「いや、コーヒーご馳走様。そろそろ俺行くよ」

「.....そうか」

 

 

 あんまり寛ぎすぎると、本気で泊まっていきたくなるから困る。俺にとってここは、少し行き過ぎたくらいに居心地が良い。このあと寄りたい場所があるし、グレモリー領の街へ向かった黒歌もそろそろ暇になってくるだろうし、もうお暇した方がいいだろう。

 俺は多めに代金を支払い、それを厚意として苦笑いしつつも黙って受け取るシエル。そんな彼に、「気にするな」という気持ちを込めた笑みを浮かべてから、背を向けて扉へ向かう。

 

 

「お前さんは、私の孫だ。困ったことがあったらいつでも頼りに来てくれ」

 

 

 背中越しに掛けられた、俺には勿体ない言葉にむずがゆくなるとともに、鼻の奥が少しツンとした。それを誤魔化すように紙袋を持ち直し、短い返事をするにとどめて歩みを再開させる。ああチクショウ、もうここの珈琲の香りが懐かしくなってきやがった。

 意志の弱い自身に辟易しながら、扉を開け放つ。途端に久しぶりの冥界の風が身体を叩き、沸き立つ郷愁を幾らか攫って行ってくれた。それに感謝しつつ、ゆっくりと一歩を踏み出す。

 

 そうして、頭上で鳴ったカウベルの音を喫茶店内に残し、俺は立ち去った。

 

 

 

          ***

 

 

 やたらヒラヒラする布をむしり取ってたら遅くなっちまった。チキショウ!これ以上あのジジィにシメられたら頭蓋骨に罅が入る!何とかこの地獄から抜け出す方法はないのか?

 そんなことを考えながら、歩きにくいことこの上ないメイド服を引っ提げ、片手にモップ、反対の手に水の入ったバケツを持って店内へ突入する。

 

 

「えっさほいさと.....あら?ジジィ旦那はどうしたん?」

「ん?今さっき帰っていったよ」

「マジカヨ」

 

 

 旦那、アンタ本気で帰っちまうとか鬼畜っすわ。この人でなし。

 今までいろんな逆境を駆け抜けて来たが、これは結構ピンチだと思う。殺されることはないから今のところ歯向かってはいるものの、あのジジィは下手すりゃ旦那より強い。密かに自信を持ってた剣捌きすら、披露する前に抑え込まれてあの様だ。んでもってアレで本気じゃない。

 折角自由気ままに生きようかと思ったのに、これじゃお先真っ暗だぜ。せめて可愛い女の子一人くらいお隣に欲しいんだけど、こんな寂れた喫茶店じゃ美人との出会いも期待できそうにないし。

 バケツに入った水いらないんじゃね?と思えるくらい涙を流しながらモップ掛けをしていた時、扉に下がったカウベルの音が鳴った。心底面倒だが、俺っちは事前に言われているジジィから教わった規則どおり、入って来た客へ向かって挨拶をしようと顔を向ける。ケッ、どうせ客はムサいオッサンか骨と皮だけの老人だろ?挨拶とかするだけ無駄だっつの。

 

 

「らっしゃーせー......ッ!?」

「む?...おお、ミリーか。丁度いい」

 

 

 な、なん...だと?今目の前にいる金髪三つ編みの超絶美少女がジジィの娘ェ?!どんな突然変異が起きたらこんな違いが出るんだ!

 よく見ると、基本的に身体の肉つきは乏しいものの、その分穢れを知らない儚さがこれでもかと備わっている。折れてしまいそうなほど線の細い両手足は、それに見合う雪を薄く張り付けたような白さとしなやかさ。開け放たれた扉から漏れ出る風で靡く、黒いリボンで纏められた金色の髪。ふむふむ、こういった手合いは身体の隅々まで汚したくな──────

 

 

「おい。私の娘にそんな視線を向け続けるな、フリード君」

「ハイ、誠に申し訳ありませんでした」

 

 

 気配を全く感じなかった。気付いたら俺っちの身体は地面とオサラバし、左右のこめかみに激痛が走っていた。もうやだこの人。人間どころか悪魔さえ半分以上止めちゃってるよ絶対。

グロッキ―状態で地面に降ろされ、何とか痛みを和らげさせていたとき、いつのまにか至近距離にまで来ていたミリーちゃんと目が合った。

 

 

「    ?」

 

「ああ、この少年は新しいウチのバイトだよ。ちょっと性格に難はあるが、仲良くしてやってくれ」

 

「               ?」

 

「制服を新調するだけの予算がなくてね。実に頭の痛い話ではあるのだが」

 

「                     」

 

「無理しなくていい。只でさえお前さんは他人とのコミュニケーションがほとんど取れないのだからな」

 

(な....何が起こってやがる)

 

 

 端から見れば、確実にボケたジジィの独り言だ。そうである筈なのだが、俺っちにはちゃんと会話が成立しているように見える。何故だ。.....いや、待て。よーく見ればミリーちゃんの可愛らしい桜色の唇が上下していることが見て取れるぞ。

 とりあえず会話内容が気になるので、ジジィの肩をつつき、さっき彼女が言った言葉をそのまま復唱して貰うことにした。それにジジィの返答を順に当てはめてみると、俺の見立て通りちゃんと会話が成っていた。

 

 

「って、これじゃ俺っちミリーちゃんと会話できないじゃん?!」

「む、それもそうさな。一瞬会話などしなくてもいいのでは、と思ったが、流石に情報の伝達に不便か」

「いや、そこは俺っちが可哀想とか、何かしらの同情の念を挟んでくれませんかね。もの凄く生産性重視で俺っち泣きそうなんスけど」

「よし。ミリー、面倒だろうが紙を渡す。...っと、ほれ。フリード君と会話することになったらこれを使いなさい」

「    」

 

 

 俺っちへのフォロー一切なしで進む会話。何だかボケだと勘違いされてるみたいだから一応言っておくけど、さっきのフリじゃないからね?本心からの言葉ですからね?

 俺っちが誰とも知れぬ誰かに突っ込みを入れている間に、ミリーちゃんはA4サイズのスケッチブックへ鉛筆でスラスラと文字を書いていく。.....あれ、ジジィとの会話では紙いらないはずだから、これって必然俺っちへのメッセージ?!ファーストコンタクト?!いや寧ろ愛の告白とかきちゃう?!

 

 鼻息荒く彼女からの第一声(?)を待っていると、暫くしてついに闇で隠されていた紙面がこっちを向いた。

 

 

「『初めまして、フリードさん。ミリー・ラファールです。』」

 

「おうふ...直接言葉を聞いてないのに何この感動。こちらこそよろしくだミリーちゃん!気軽にフリード君とかフリーダムって呼んでね!」

 

 

 そんな風に爽やかな返答を返し、ちゃっかりポイント稼ぎに勤しむ俺っち。ふふ、この調子で好青年を演じれば数日で堕とせるな。ジジィに目にもの見せてやるぜ。

 笑顔を貼りつかせた裏でイケない妄想を際限なく膨らませていたところ、ミリーちゃんは急に頬を赤く染め、簡単な紹介が書かれた今のスケッチブックのページから次のページを捲ろうとしていた。

 オイ待て、なんだこの反応は。まさか数分でフラグを建設しちまったのか?!よっしゃ、君がその気ならコッチはいつでもオッケーだぜ...

 

 

「『好きな人はコウタお兄ちゃんです。今はいないけど昔はここで働いていて、たくさん一緒に仕事してました。お兄ちゃんは声が小さい私のことも凄く気にかけてくれて、嫌われたり気分を悪くさせないよう避けていたのに、いつも笑顔で私のところに来て嫌な顔一つせず話を聞いてくれました。その時はあまりお爺ちゃんとも喋ってなかったので、しょっちゅう上手く声が出せなかったり、息が続かなかったりして会話が全然進まなかったけど、お兄ちゃんは言葉が詰まるたび一緒に深呼吸してくれたり、背中を擦ったりしてくれました。でも、話終わったあとに「頑張ったな」って言って頭を撫でてくれるのが一番好きで(略)─────────こんなお兄ちゃんのことをもし知ってたら、ぜひ教えてくれませんか?』」

 

 

 びっしりと。紙の隅々にまで刻まれた文字は、たった一人の男を想って綴られたものだった。

 それは当然俺っちへ向けられたものではなく.....

 

 

 またテメェか!旦那ああああああああああ!!

 

 

 叫びたい気持ちを抑え──────られず、俺は置いてあったバケツに顔を突っ込んで慟哭した。




以下は作中で空白だったミリーちゃんの台詞です。(※降順)
「この人は誰?」
「少年...なのにメイド服着てるの?」
「そんなに辛いなら、掛け持ちで仕事探すよ?私」
「分かった」


彼女は『蚊の鳴くような声』を地で行く子です。あと、小猫ちゃんほどではありませんが背が小さいです。.....やっぱりとか言わないでください。


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File/36.リグレット

季節の変わり目は体調を崩しやすいので、読者の皆様も日ごろの管理を心掛けましょうね。

最近体調が優れない作者からのお願いです...


さて、今回の本編は実にややこしい表現満載となっております。自分の能力を客観的に分析するのはやはり難しいですね。



 シエルの爺さんから今日貰ったばかりの紙袋を漁り、香草煙草(シガレット)を一本掴み取って火を点ける。食わえて普段より大きく呼気をすると、魔力が供給されるとともに得もいわれぬ充足感が沸き上がってきた。

 ふぅっ、と万人に害のない紫煙を吐き出してから、俺とは対照的に余裕のない殺気を周囲に溢れさせる黒歌の肩へ手をおく。

 

 

「ほれ、もう少しで着くだろうから抑えてくれ。アイツには初見から悪い思いをさせたくないからよ」

「それは無理な相談にゃん。コウタを食い物扱いする野蛮な獣をほっとくなんてできないわ。だから今すぐアイツら挽き肉にしていい?いいわよね」

「そりゃアカンって、ストップだ黒歌手に気を集めるなオイ。...いいか?俺たちは侵略者じゃない。だから殺しも略奪もしない。わかったな」

「ぶー、向こうは私たちを喰う気まんまんだっての...にっ!」

 

 

 不満気な声を上げるだけかと思いきや、最後の一言と同時に足を振り上げ、隣に立っていた樹木の幹を爪先でぶち抜いた。まるで豪槍のような鋭くも重い一撃で感心はしたが、着物でそんなに激しく足を動かしたら色々と不味いだろう。というか穿いてない時点で不味いどころか完璧アウトだ。

 それから少しすると何故か樹全体が輝き始め、雷を受けたかのような轟音を上げて爆裂。煤すら残らず地上数メートルの樹木が消し飛んだ。

 どうやら足から樹木に気を流し込み、内側から爆裂させたようである。苛立っているとはいえ派手なことをするぜ。...まぁ、そのお蔭でことを早く進められそうだが。

 

 

『全く、一体何だ?さっきから騒がしくて寝られやせんぞ』

 

 

 小規模な地震を発生させるほどの歩みで、のそりと木々の合間から顔を覗かせたのは...見覚えのある老蜥蜴だ。

 奴は俺を見つけると、片方の眉を跳ね上げてから暫く唸り、やがて下がっていた方の眉も上げて得心の行った表情を作った。

 

 

『おぉ、誰かと思いきや...お前はあの時の童か!見ないうちに大きくなったのう!』

「ああ、当たりだ。久し振りだな」

 

 

 以前この山で会った時から時間はかなり経ち、話したのも数分のことなので少し心配していたが、どうやら向こうも問題なく覚えてくれていたようだ。

 それから身長がどうだの、言葉遣いがどうだのと二三雑談を交わしていたとき、話に入れない黒歌が隣から不機嫌オーラを出し始めた。その質はさっきのものより数段大きい。

 俺は今にも怒りだしそうな黒猫を宥めようと、ともあれ目の前に腕を組んで佇む老蜥蜴の紹介を試みようとした。が、そのまえにあちらさんの視線が先んじて動く。そりゃあんな殺気みたいなの飛ばしてれば分かるわな。

 いや、アイツは仮にもここら一帯を統べる存在だ。恐らく最初から異分子が2つあることに気づいているはず。

 

 

『ほう、猫又とは珍しい。それに気の流れも感じる...猫(しょう)の一族か』

「...へぇ、一目でそこまで看破するなんてやるわね。少し知識を喰った程度の魔物の分際で」

『そう噛み付くな。俺と君が敵対することは、君の主の望むところではないだろう』

 

 

 奴の言葉を受け、真意を問うように黒い瞳を俺の方へ向ける黒歌。それに対し、俺はうなずきを持って答えた。すると彼女は一つ大きなため息をつき、すぐに地を蹴って飛び退くと、一本の大樹へ足を掛け素早く登っていく。...なるほど、観戦はそこからするつもりか。

 黒歌の行動を見て、ちゃんと分かっていることに気付いた俺は、アイツのこういう所に結構助けられてるな、と少し申し訳なくなった。

 

 ...さて、もう気を使わせてしまった事だし、我が儘を通させて貰うとするか。

 

 

 

「そういや、お前の名前はなんだ」

『俺か?残念だが名などない。そんなものを口にしなければならないほど、他人に存在を覚えてもらう必要性を感じなかったからな』

「じゃあ、カゲマルでいいか?」

『...ふむ。中々悪くない響きだ。いいぞ、そう呼んでくれ』

 

 

 トカゲのカゲに適当な文字を当てただけだが、存外に喜んでくれたようだ。しかし、己より数百年も生きる誰かの名付け親になるなど、実に反応に困る。

 ともかく、俺だけが相手の名前を知るのはよくないので、礼儀として自分の名もカゲマルに教えておく。

 

 

『なるほど。.....では、そろそろ本題に入ってはどうだ?このままでは日がくれてしまうぞ』

「お、それなら問題ないぜ」

 

 

 俺は片腕を水平に構え、手のひらを前方へつき出す。それからはいつも通りに聖杯へ続く道の蓋をあけ、大魔術を一瞬で成せるほどの魔力を汲み上げる。やがて手の先にまで集約した魔力は、おなじみの白い短剣の形となった。

 俺は、剣...つまり、相手を傷つけ、殺す道具を手に出現させた。それを睥睨するカゲマルは、見たことのない冷えきった瞳をしていた。

 

 

『.....いつか話をしたな。俺は、降りかかる火の粉を払う時にのみ、強者たる力を行使すると決めた。と』

「ああ」

『貴様は殺し合いを望むのだな?』

「ああ」

 

 

 答えた途端、重圧が増す。濃厚な殺気は周囲の温度さえ下げる。喉が渇き、汗が滲み、瞳孔が極度の緊張と興奮で開いていく。

 

 ─────申し分ない。この感覚は俺に血臭と獣臭しかしなかった戦場の記憶を呼び起こさせる。平々凡々とした生活に身を投じてから数年経ち、すっかり日常という鞭で調教されてしまったと危ぶまれていた『殺意』という化物は、期待を裏切らずに少しの刺激で檻を完膚なきまで叩き壊し、俺の中で獣のごとき咆哮をあげた。

 

 

「おォッ!」

 

 

 気合い一声の身体強化(エンハンス:フィジカル)。同時に凄まじい勢いで駆け巡った魔力の余波で、俺の立っていた地面から砂ぼこりが立ち上る。だが、それはもう片方の手に出現した黒い短剣によってすぐさま四散させられた。

 まずはお手並み拝見...そう思って踏み出そうと片足を動かした瞬間、目前に自分の胴と同じくらいの巨大な碧色の鞭が飛び込んできた。

 

 

「あっぶね!」

 

 

 ...と、そう叫ぶ前に干将の柄を手のひらで回して持ち方を変え、咄嗟に俺と鞭の間の空間へ黒い刀身を滑り込ませた。その素早い判断が功を奏し、間一髪で鱗は鋼鉄と衝突して赤い火花を大量に咲かせる。通過したあとに目を動かして見たところ、今の一撃は尻尾だったことが判明した。ちっ、便利な武器だな!

 俺は半身を前に出し、袈裟で放った莫耶の刃を閃かせ、空気を裂いて飛び込んできたカゲマルの爪を弾く。続けてもう一度迫った大木のような尻尾は跳んでかわし、その最中に足を振って半回転、干将の黒い凶刃を一閃させる。が、威力が圧倒的に足りず強固な鱗に弾かれた。

 

 

『ふ、欲が出たな!』

 

 

 今の交錯でバランスが崩れたことをカゲマルは抜け目なく察し、その巨大な拳を振りかぶる。それに対し、俺は素早く一方の陰剣を後ろ手に投合した。魔力の放出により亜音速に近い速度で飛んだ黒い刃が、拳を作る彼の腕を穿つ。が、この程度で止められるとは思っていない。

 

 

『甘いぞッ!』

 

 

 腕から多量の鮮血が吹き出し中空を彩るも、やはり拳は振るわれる。彼にとってはこの程度、既知の痛みの中でもかなり下位に位置するようだ。それを証明するように全くといっていいほど動きに乱れが生じていなかった。

 ...そうでなくてはつまらない。俺はそう呟き、陰剣を投合したときの身体の回転を止めず、小細工済みの陽剣を振りかざす。

 再びの白の衝突。一度目は二者ともに弾かれ拮抗を見せていたが、今回は違う。

 

 

『な、に...!?』

 

 

 破砕音が響く。その音源はカゲマルの爪だ。

 驚愕するのも無理はない。何故なら、今の奴が放った一撃には魔力が籠っていたからだ。気付かれないよう繕っていたが、さきほど爪を弾いたときには多少なりとも俺の方が押されていた。ならば、それに魔力というブーストがかかっている以上、武器を砕かれるのは俺の方でなければおかしい。

 しかし、今回は間違ってはいけない。その爪とぶつかって砕いたのは、ただの莫耶でなく─────

 

 

「オーバーエッジ・type-ρ(ロー)

 

 

 グラスのような光沢を持つ、硬度に特化した干将莫耶。対宝具用といってもよいほど硬さを追求したその性質は、魔力を込めたぐらいの魔物の爪では傷一つつかない。

 カゲマルは腕に刺さった干将を抜き、地面に放りながら微笑を漏らす。それは敵わぬという降参の意から来るものではなく、心からの愉悦が成したもののよう...ではあるが、それに反して紅玉のごとき両目からは余裕が消え失せていた。

 どうやら、俺とあの老蜥蜴の考えは随分似ているらしい。戦闘行為を負の観点からではなく、自分を高める要素という正の観点から見ている。

 

 

『先に手札を切らせてすまなかったな。次からは腹の探り合いなどなしだ。...こちらも本気でいこう』

 

 

 ローブを脱ぎ捨てたカゲマルは、握り拳を作って自分の胸へ当てた。すると、その位置から何重にも大きな赤い魔方陣が発生し、彼の巨体をすっぽりと覆ってしまう。カゲマルがそれに向かって手を振るい、ガラスが砕けるような音を響かせながら全ての魔方陣を貫いた途端、突如凄絶な業火が駆け抜け、碧色だった体表が紅く変色していく。

 なるほど。蜥蜴も竜の種族なのだから、炎が扱えないわけがない。そして、目の前で焔を纏う姿こそが、本当のカゲマル。

 

 .....なら、コッチも応えなきゃフェアじゃないな。

 

 俺は地面に落ちている干将、 片手に握る莫耶を一度魔力に還元し、それからすぐ陰陽両の剣を再びその手に握る。

 

 

「なに、謝るのはこっちの方だぜ?カゲマル」

『...ほう?まだ何かあるのか』

「いやまぁ、少し試したいことがあってさ。それを手伝って欲しくて」

『くく、いいだろう。ここまで期待させた手前、つまらんことだったら承知せんぞ』

 

 

 カゲマルは全身の炎を猛らせ、空けた口からも業火を漏らす。随分期待して貰っているようだし、頑張って見るかね。

 俺は大きく息を吐き、握った干将莫耶に全神経を集中させる。それは、宝具を扱う上で最初に行う、英霊の経験を閲覧する工程。...だが、今回はそれで終わらない。

 

 視えるのは、赤き弓兵が補完する記憶。幾度となく己へ流し込んだ、英霊という存在が生きた証。─────往こうか。この嵐の、先へ。

 

 さぁ、試すのは二度目だ。

 武具創造(オーディナンス・インヴェイション)で生み出した武具の真価を発揮させる際はいつもやっている、宝具自身から基本的な扱い方や真名解放の方法のみを抽出する行為。無論、記憶を覗くのだから、その時に英霊の戦闘技術を目の当たりにできる。だが、それを真似することは絶対にできない。

 何せ、まず人技を超越している。ならば、見たからといって人の身で英霊の戦闘技術を理解することなど当然不可能。唯一希望のある憑依経験も、あくまで魔力を使って再現しているはずなので、オリジナルとは別物だから逆探知できない。

 しかし、それにも関わらず俺は赤き弓兵の技を模倣することに一度成功している。

 

 

(工程はほぼ投影と同じはずだ。それに武具の過去も見れるから、本物の『存在』を持って生まれてるようだし、憑依経験ならできてもいいと思うんだよな...)

 

 

 しかし、出来ない。うまく言いあらわせないが、あえて言葉にするならば...『どこにあるかが分からない』のだ 。

 例えるなら、完成形の精巧なプラモデルを渡されて、そこから指定のパーツだけを探しだしてくれ、と言われているような感覚。他人が作ったものを自分がみて、そこからたった一つの適切なパーツのみを瞬時に選び出すのは難しいだろう。

 

 イレギュラーがあるとすれば、それは『聖杯』。魔力を自分では一切生成せず、聖杯の魔力を魔術回路に流していることだろう。

 確認しなければならない。あの赤き弓兵の力は何処から来ているのか。純粋、かつ膨大な魔力を持つ以外の聖杯の持つ特性は何なのか。武具創造が成せることは何なのか。...本当に今の自分が持っている概念の下で、能力の法則とは成り立っているのか。

 

 俺は、エミヤシロウを再現する。

 

 

「─────同調(セット)/Emiya. (フェネッス)身体(ボディ)経験収集(エクスペリエンスギャザー)...現界試行(オーダー)

 

 

 瞬間、干将莫耶を握る自分の手が一瞬ぶれ、赤い外套を纏った傷だらけの手に換わる。それに合わせ、全身や五感の全てが剣に覆われてゆく強烈なイメージを味わう。

 焼け焦げる脳裏へ浮かぶのは、錬鉄の荒野。そこにあるものなど、墓標の如く突き立った冷然たる剣のみ。無機質で機械的で、語らぬ口を持たぬそれには、しかし一つ一つ、血のようにこびりついたとある英雄の記憶があった。

 千を越える剣に宿るそれは、とても人間一人(ツユリコウタ)が抱えきれるモノではなく─────

 

 

『Er■o■ Code:無■の剣製. Ac■eptance deni■■.』

 

 

 己の身が剣となる前に、その世界(理想)を根本から切り離す。だが、エミヤシロウは本来ここから武具を取り出して戦うため、あの光景を失ってはならない。ならないが、俺には俺の(理想)がある。まざまざ塗りつぶしてしまうほど安くはない、此処へ至るまでの俺の強さがあるのだ。

 握る陰陽剣から流れ込むソレを完全に振り払い、赤き弓兵が生涯持ち続けた理想の全てを否定する。...そうしなければ、俺はエミヤシロウを受け入れてしまうから。

 

 

(!.......っぐ)

 

 

 一連の作業は一瞬のことだったはずだが、体感では恐らく数十分に及んだ。身体に表面的な異常はないものの、それだけ長い間英霊の記憶に曝されたからか、自分自身が少し外側へズレているような感覚がある。 

 『分不相応な魔術は身を滅ぼす』とはよくいったものだ。いくら身体強化をしているとはいえ、やはり人間は英霊という存在の一部すら受け入れるのに難儀する。しかし、これくらいの苦痛など彼の生きた過去と比べれば他愛ない。

 

 と、その時。

 

 

 ─────何故か。

 聞こえるはずのない。

 声が、聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

[『まったく、君は物好きだな。』]

 

 

 

 

 

 

「────────────」

 

 

 

 

 白い、白い空間に()は腕を組んで立ち、俺に向かって呆れたような声を投げてきた。

 

 

 

 .............その背中を、その声を知っている。

 

 お前は──────────

 

 

 

 

 

「っ!」

 

 

 違った。俺は酷い勘違いをしていた。

 死後の英雄は世界と契約し、あらゆる時間軸から外れた座という場所にその魂をおき、英霊へと存在を昇華させる。大聖杯はその座にアクセスし、英霊からサーヴァントと呼ばれる分霊に意識のみを移し、現世にて召喚、受肉させる役目を担っている。

 今まで、俺の中にある聖杯が大聖杯としての機能を持っているのか全く分からなかったが、これでようやく理解できた。

 

 あれは、座としっかり繋がっている。

 だからこそ、英霊の使用していた武具をこの世に生み出せたのだ。つまり、武具創造で創られるあれらは決して偽物などではない。

 ─────どうやって()()()()()()()()()のかは分からないが。

 

 座と繋がりを持っているにも関わらず、英霊の技術を模倣することが出来ないのは、きっと座に存在する英霊の魂の所在を割り出せていないからだろう。しかし、エミヤは干将莫耶の構成を俺が完璧に理解してしまったため、それを使う上での彼の剣技や体術も座から間接的に得たのだと考えられる。

 だが、そう仮定すると新たな疑問が湧いてくるのだ。一つは、なぜ構成を理解出来ていないにもかかわらず、昔は干将莫耶を創造できていたのか?もう一つは、今尚構成が理解出来ていない武具を何故創造することができるのか?...さきほどのものと合わせ、依然謎は多いままだ。

 

 

『....どうやら、成ったようだな』

「まぁな。俺としちゃあもう十分過ぎるくらいの収穫だが...」

 

 

 そういいながらも構え、カゲマルを見据える。彼もそれに応え、焔を揺らめかせる腕を俺へ向けた。

 吹いた一陣の風とともに地面を蹴って駆け出し、俺は半円を描くようにしてカゲマルの背後へ回る。途中尻尾の迎撃があったが、さっきとは違い危なげなくかわした。その後に続いて振るわれた炎を纏った爪も全て避けきり、尚も駆ける。

 ...身体が軽い。それに、カゲマルを見ただけで前知識との照合を高速で行い、大方の行動予測、ならびに適した攻撃法が次々浮かぶ。一体どれほどの戦場を渡り歩けば、こんな芸当が身に付くと言うのか。

 

 

『チッ、速いッ!』

「当然、速く動いてるつもりだからな!」

『フン、抜かせ!!』

 

 

 翻弄されつつも、カゲマルは背中から展開した巨大な炎の疑似翼を回転しながらはためかせ、広範囲を焼き払った。業火は地を舐めるようにして津波の如く俺の元まで迫ったが、魔力を込めてから干将を投擲し、灼熱の波が通る手前の地面へ突きたったところで魔力を意図的に暴走させ、爆発を起こして円形状に焔を切り抜く。俺は爆風が収まるよりも先にそこへ突入し、土煙を切り裂きながら驚愕の真っ最中であるカゲマルの目前へ躍り出た。

 勢いそのままに振りかぶった陽剣は爪で弾かれる。が、衝撃を身体の回転で流してもう一撃。反撃がくると予想していなかったカゲマルは片方の腕を盾にして致命傷を避けた。

 

 

「そりゃ、無駄だッ!」

『がはっ?!な、に...』

 

 

 空いた手に握っていた干将を突き出し、横腹へ一撃。かなり効いた筈だったが、苦痛に顔を歪めながらもカゲマルは口を開き、至近距離でのブレスを試みようとしていた。流石のタフさだが、ブレスがくることは予測済みだったので、迷うことなく下顎を蹴り抜き、直後に後退しながら横腹へ埋まった陰剣を爆破させた。

 避ける余地なく爆風の殆どをその身体で受け止め、後方に吹っ飛び大木へ背中から激突するカゲマル。倒れることはなかったものの、彼は膝を折って地面に手をつく。それを見た俺は丁度カゲマルの首がある高さの幹へ莫耶を投げ、墓標のように突き立てた。

 

 

「ほい1ピチュ。カゲマルの負け」

『むぐ。まさか、こうまで手も足も出ぬとは...グゥッ』

 

 

 本当に悔しそうな呻き声を上げるカゲマルだが、せめてもの抵抗らしく着いていた腕を地面から離し、両足のみで立ち上がって俺を見下ろした。いつ倒れてもおかしくないくらいフラッフラだけど。

 文字通り身体を張った強がりに苦笑いしながら、俺は全身を苛む疲労感を横に押しやって歩き、カゲマルの目の前まで来てから手を伸ばす。

 

 

『....全く、いい男に育ちおって。危うく殺し合いという前提を忘れてしまうところだったわ』

「はっはっは!そんなんあったっけなぁ、わすれちまったなぁ」

『くく、本当、最後まで掴めぬ奴、よな...』

 

 

 ぐらりと巨体が縦に揺れたかと思うと、後方に反った身体を戻せず足を滑らし、そのまま轟音を響かせて仰向けに倒れた。一瞬最悪の事態を連想してしまったが、両目がアニメみたいにグルグル回っていたので問題はなさそうだった。

 

 

「黒歌ー。すまん、コイツの傷を治してやってくれないか?」

「はーいはい。やっぱりこんなトカゲなんてコウタの敵じゃなかったにゃん」

 

 

 気を流し込んで自然回復機能を何百倍にも促進させ、あっという間に複数の裂傷や熱傷で傷ついた肌を綺麗さっぱり元通りへと変えていく。やっぱり仙術ってスゴい。でも、毎回この技で俺の貞操が危機に瀕してるからコワい。

 折角治したのに顔面を思い切りぶっ叩いてカゲマルを覚醒させる黒歌。あまりにもあんまりな対応に同情する。しかもとっとと先に行って帰りを催促してくるし...

 

 

『...彼女はお前以外だと毎回こうなのか?』

「うん、大方そうかな」

 

 

 頬を抑えながら飛んだ歯を拾うカゲマル。その間、俺のした返答から黒歌の話題は続かず、彼は顔へ深い影を落とすだけだった。案外黒歌みたいなタイプは苦手らしい。

 俺は手元に残った莫耶を魔力に還元し、体内へ戻す。それから木陰に避難させておいた紙袋を漁り、香草煙草を十本ほど抜き取ってカゲマルに渡した。

 

 

「こいつは俺の好きな煙草だ。魔力充填、リラクゼーション効果も万全だぜ。そんでもって身体に悪くない。良かったら貰ってやってくれ」

『ほう、お前が煙草好きだったとは予想外だ。どれ...』

 

 

 火をつけたものの、小さくてくわえるのに難儀しているようで、どう吸うべきか位置を選びかねていた。しかし、上手く歯の間に挟み込むことに成功したらしく、一息で半分以上を灰に変えながら煙を吸い込み、常人は確実に噎せる量の紫煙を吐き出す。

 

 

『お前は.....何のために力を求めている?』

 

 

 地面においた紙袋を持ち直しているところで、カゲマルからそんな問い掛けが投げられた。振り返ってみると、その鋭く赤い両目が俺を射貫く。

 

 既に強者でいる理由を失った彼からすれば、今なお力を追い求める俺は異常に映っているのかもしれない。だからこそ、彼にとっての異常でありつづける俺が不思議なのだろう。

 しかし、残念だ。俺はお前の望むような綺麗な答えを用意できない。

 

 

「自分のためだよ」

 

 

 そう、自分のため。前世で救えなかった自分自身へ幸福を与えるために、俺は今まで強さを欲してきたのだ。

 とはいっても、救いたい命を救って死ねたのだから、俺にとっては本望だったはずである。実際、さっぱりと未練なく前世を割り切り、この世界へ転生をしているのだ。

 しかし、転生後の自分の手元に残ったのは、『そういうことをしていた』という記憶のみ。どこを探してもその証明たる彼等の姿はなく、時間が経つほど皆の顔は薄れるばかりで、前世の自分が成してきたことの意味が、現世で得た目的に押し潰されて...少しずつ、少しずつ摩耗してきているのだと最近気づいた。

 俺があの世界で生きた理由が消えかかっている今、酷いときは自分が本当にあの場所で存在していたのか分からなくなる。

 

 それが嫌で、この世界には何か...自分が生きていたという明確な証を残したかった。

 

 子猫一匹を救って命を落とす、それもいいだろう。売り文句にして本を出せば、多くの読者を惹き付けられる例のような美談だ。

 しかし、俺はそれ以前にも両手では数えきれない程の子猫を救ってきた。勿論、己の命をなげうつことなくだ。それを思い返す度に、あの猫を救うやり方に、また他の方法があったのではと思ってしまう。

 それが真実だったのなら、俺はそれより後に救えたはずの命、ひいては今現在望む『明確な証』すら全て取り落としてしまったのではないか...?そうともさえ、思ってしまう。

 

 

「弱いままじゃ強い存在から搾取され続けるだけの人生だ。...そんなの、俺は許せない」

『.......』

 

 

 どれだけ尤もらしい理由を作ろうと、結局は失うのが怖いから怯えてるだけだ。『強さ』という殻で自分を覆ってその恐怖から必死に逃れようとしている。実に人間らしい、滑稽極まる考えだ。

 でも、滑稽でいい。俺は自分が幸せになるために誰かを救う。それは正義感からなどではなく、完全に利己的な願望から生じたものだ。

 

 

『焦るな。そんなことではお前の望む強さなど手に入らんぞ?』

「...焦るさ。何せこの世界は、人間なんて簡単に殺されちまうようなところなんだからな」

 

 

 歯に挟まった灰を抜きながらニヒルな笑みを浮かばせるカゲマルへ手を振り、俺は待たされてすこぶる不機嫌な黒歌の下へ急ぐ。その途中、振り返ることなく告げた。

 

 

「また、煙草持ってここに来るぜ」

 

 

 返事は低い笑声で返された。



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File/37. 龍神の憂鬱

今話で四十話達成!
これからも応援よろしくお願いします。


 右からも左からも鋭い爪や牙が突き立てられ、加えて岩すら容易に粉砕すると確信できる巨獣の手のひらが俺の頭に影を落とす。

 この状況から五体満足で生き残り反撃に移行する術など、まず非力な一般人は考えもしないだろう。ましてや、目の前で死の格安セールを展開するのは話など一切通じない人外どもだ。これならヤンキーや暴走族を相手にした方がまだいい。少なくとも返答はくるのだから。

 

 しかし、俺は彼らに言語能力がないことをとても感謝している。

 

 

「いけッ!」

 

 

 こんなにも容赦なく殺し、今まで後腐れなく食糧調達を終えられたのは、余計な同情心を植え付けられる危険性のあるコミュニケーションがないお蔭なのだから。

 

 俺はオーバーエッジ type-αで飛ばして置いた干将莫耶を加速させ、空気を裂く音とともに餓狼のような魔物二匹の首を飛ばし、続けて背後から同じくtype-αで操作する干将莫耶を飛来させると、大木がごとき腕を振り上げた熊の魔物の肩と胸を貫かせる。

 瞬間、予想だにしなかった痛撃で筋肉が痙攣したか、俺を叩き潰さんとした推定100kgの腕は狙いが大きくずれ、あらぬ場所に肉球スタンプをうつ。

 

 

「秘剣────────」

 

 

 イメージするのは、常に最強の自分だ。

 ならば、この手で振るえぬ武器などなく、放つ技にも限りなし。

 己が全能たる事実を嘯け。己が全能たる虚実を(こぼ)て。...具現せよ。我が掌に乗るべきは真の強さのみ。

 

 

 最大限の知識収集を終えてから、持っていた物干し竿の柄を肩の高さまで上げ、切っ先を前方に向ける姿勢をとる。そして、取り込み済みの記憶をベースにして第二魔法の体現を試みる。

 

 秘剣・燕返し。

 それは、踏み込む一呼吸の間に三の太刀筋を描くという絶技。放つには、世の根底に存在するルールを歪め、この一瞬のみ既存の法則では成り立たぬ奇跡を、起こりうる一つの要素として顕現させること以外に術はない。

 

 一応宝具として位置するんだから、真名解放すれば無条件で扱えるんじゃ?一時はそう思ったが、アレは担い手の純粋な技量のみで至った技だ。すなわち、担い手が技を放つこと自体が真名解放であり、成功して初めて宝具となる。流れる魔力がゼロに等しい凡人でも放てるが、一方魔力がどれだけあっても技量が伴わなければ再現は不可能という、ある種もっとも英霊らしい技。

 

 俺は宝具の『真名解放』に耐えられるよう身体強化を挟み、一部の差異ない『静』の構えから『動』へ移行する。

 

 

「─────燕返し!!」

 

 

 佐々木小次郎とはそもそも存在しない英霊だ。座へアクセスしても彼の魂などどこにもありはしないし、武具もないので経験を己に取り込めない。...ではなぜ、俺は彼を知っているのか。

 

前世(stay/night)の知識だ。以上!

 

 ()()()()()()()()()()()()、鮮明な光景として思い出せるセイバーとの打ち合い。俺はその中で放たれた『秘剣・燕返し』の軌跡を辿り始める。

 

 先ずは、頭から股下までを通過する一ノ太刀─────完了。

 次に、一ノ太刀が疾る場からの逃げ道を遮るニノ太刀──ザザ──完、了。

 最後。ザ...ザ左右か...の脱出すザザ..ザら阻...三ノ太..────失、パイ。

 

 

「─────がッァ?!」

 

 

 突如。抗う意思さえ挟ませることなく生じた恐ろしい斥力により、世界の法則をねじ曲げようとした俺の腕が捻れた。

 ゴギッ!という骨が砕ける異音が響いたが、それより先に腕を引いて技を中断させ、掴んでいた物干し竿を後方へ投げ捨てる。直後に鈍い裁断音が響き、前方から鮮血の雨が降り注いだ。

 

 

「.....ああ、一と二は、通ったのか」

 

 

 脳天から腹にかけての直線を断ったものと、腰から腹にかけてを円形に薙いだもの。これらは間違いなく同時に放たれ、同時にあの肉を裂いた軌跡だ。しかし、三ノ太刀のみは未だ甘かったらしく、どうやら世の常識(ルール)に阻まれてしまったらしい。

 あのとき、腕がねじきられるかと思うくらいに激しい反動を受けたのは、恐らく中途半端な形で魔法の領域に足を突っ込んだ代償だろう。本当なら腕がもがれていてもおかしくはなかったはずだが、事前にイメージを固めていたお蔭で『外れた』ことに一早く気付き、寸前で手を引いたことが功を奏したようだ。

 

 

「.....は、まだまだ甘いな。俺は」

 

 

 このザマでは、完全(オリジナル)へ到達するにはほど遠い。何故なら、自分が放つそれは模倣ではなく具現であり、それを正しく認識し、かつ振るえるに足る力が必要なのだから。そんなことはとうの昔に学んだはずだろうに。

 

 それとも────やはり、たどり着かなければならないのだろうか。あの極地に。

 

 己の全てをなげうっても喪ってもよいと叫びながら一対の陰陽剣を握り、鉄の塊から流れ込んで来たとは思えないほど強く、壮絶な記憶にさらされ続けた日々。

 それは、激流の如く押し寄せる一人の男が生きた救いのない記憶。手を差し伸べようとした誰かが死に、誰かが生き、結局誰もが死ぬというだけの物語。しかし、そこには人を救う事の愚かさを知りながら、尚も正義の崇高さを抱き、多数も少数も幸せになるよう願った男の存在があった。

 

 

「アレは...人が見るには辛すぎるな」

 

 

 英雄の記憶を己に流し込むのは、例えるならデザードストームの中に放り込まれるような過酷さだ。生きた年代が桁外れである彼らの記憶を眺め、その最中は矮小な『自分』が吹き荒ぶ強風に飛ばされないよう、強い意思を持ち続けなければならない。

 正直、アレをもう一度やるというのは御免だ。常人なら確実に廃人化する。

 

 

「ま、『英霊の魂』を使わないでここまでこれたんだ。十分ってもんだろう」

 

 

 幾ら記憶を見ることができるとはいえ、今回の技はまず言われて出来るものではない。燕返しのニノ太刀まで同時に振るえただけでも、凄まじいまでの進歩と言える。

 しかし、これを含め英霊の扱う宝具から放つ技はほぼ確実に身体強化が必須だ。仮に失念して試みれば、魔力はあっても出力に体が耐えきれず空中分解するだろう。剣技や運動能力の再現も、宝具と違って魔力は使わないが、衛宮士郎のように足や腕などが壊れてしまうはずだ。

 こればかりは、俺が人間である限り確実につきまとう絶対条件。それでも破格であることには変わりないが。

 

 

「あーもう!小難しいお話は止め止め!今日は熊肉だぜー!」

 

 

 気分を入れ替え、物干し竿を消し、捌くための干将莫耶を入れ替わりに創って交差させると、獲物を前にした肉食獣のごとき笑みを浮かべる。っと、片腕折れてたんだった。持てるの莫耶だけだな。

 第二魔法に凸ってかなり疲れたし、滋養強壮に効く(と思う)熊の肉を頂こう。久しぶりのワイルド飯だ。

 

 

「どう調理しようかな?焼くのは王道だが、少し横路逸れて鍋物にでも…」

 

 

 いや、鍋物にするとしたら葱やら白菜やら、あとは旨いスープも必要だと次々欲が出てくる。やはりご馳走だし、せっかくだからより美味しく感じられる形で腹に収めたい。

 俺は皮を剥ぐために解体した熊の一部へ手を当てる。すると、当然手のひらを撫でるのは硬く荒い熊の毛並み...ではなく、何故か瑞々しく指通りのよい感触。

 不思議に思って手でつかみ、クルリと前後を回転させると...

 

 

「んっ、コウタ。少し痛い」

 

「おああああああああ!??!」

 

 

 痛いとかいいながらも無表情を保ち続けるオーフィスと目があった。って、おいまて!生首ッ?!

 恐怖のあまり落としそうになったが、なんとか耐え忍んだ。しかし、そんな俺を放って状況はより訳のわからない方向へ歩を進めた。

 

 

「うるさい」

「ぐふぅっ!?」

 

 

 眉をしかめたオーフィスの口から舌が飛び出した。

 そう聞くだけなら可愛いと思えるかもしれないが、それは俺の喉を貫通して首から飛び出ていない場合にのみ感じることができるだろう。

 

 そして、俺は大量の血を吐き出しながら、なにがなんだか分からないまま意識を失った。

 

 

 

 

 

「─────はっ?!」

 

 

 ぐん、と意識が引っ張られる感覚。それは、浮上する勢いを殺さぬまま瞼を限界近くまで開き、視覚を介しての情報受信を急かした。が、本来そこで映し出されるはずのクリーム色の天井は、端正な顔をした一人の少女によって遮られている。同時に、視線をゆっくりと動かし、その顔と同じ色をした身体が着いていることを確認。アレが夢であると確信し、安心感から思い切り脱力した。

 

 

「いやいやまてまて、何故に素っ裸なんだ?オーフィスさんよ」

「...別に」

 

 

 彼女は上下何も身につけておらず、普段頭につけていたカチューシャすら外して、長く艶やかな黒髪を俺の腹から腰にかけて流していた。未成熟な体型とはいえ目のやりどころに困った俺は、今まで自分が被っていた掛け布団を掛けてやる。

 それから馬乗りになっていたオーフィスどかして起き上がり、悪夢の名残で頭痛のする頭を動かしながら朝食を摂る旨を彼女に伝えた。...と、ここで俺は妙な違和感を感じ、己の四肢を今一度検めた。

 

 

(?.....なんだこの感覚。変にダルいというか、疲れが抜けきってないというか...っぬお、口の周りが涎だらけじゃねぇか。だらしねぇ)

 

 

 ティッシュで口元を拭きながら確認すると、特に腰から足にかけて、どこか覚えのある微妙な痺れと倦怠感が蓄積している。しかし、動作に大きな支障はないので、現状無視できるレベルだ。俺はそう自己解決し、オーフィスに部屋の中を勝手に漁らないよう釘を刺してから扉を開け、一階へ続く階段を降りる。

 黒歌は...まだ寝てるみたいだが、自然に起きてくるまで待つか。アイツ朝弱いから無理矢理起こすと凄く不機嫌になるんだよな。

 俺は欠伸を噛み殺しながら、朝食を作るために冷蔵庫を漁り始めた。

 

 

          ***

 

 

 

「ん...ふぁ」

 

 

 少し、やり過ぎた。まさか三回もしたあげく、繋げた後にそのまま眠ってしまったのは危なかったかもしれない。原因は永らく味わっていなかったからだと思ったが、恐らく違う。そうじゃなければ、あんなにも訳なく乱れたりなんてしない。

 兎も角、さっきから流し込んだものが零れてきそうだ。我はさっと部屋を見回し、コウタが今し方取っていた白い紙を幾つか抜き取り、少し恥ずかしいながらも下腹部へ当てる。

 

 

「!...我、恥ずかしがってる?」

 

 

 恥ずかしい。その感情は今まで知識として知っていただけで、実際に体感したことなどなかった。まさか、永い間ずっと分からなかった感情の一つがこうも簡単に理解できてしまえるとは...これもコウタのお蔭か。

 そう思いながら彼の顔を頭の中で鮮明に描いた瞬間、お腹の下辺りから妙な刺激が迸る。それは今の自分ではとても形容できない、全く新しい未知の感情(モノ)。しかし、その感情を自分の中で整理するうち、唯一言葉で表せる思いが見つかった。

 

 

(コウタに会いたい、触れたい)

 

 

 意図せず胸が苦しくなり、自分でも信じられないくらい熱を持った吐息が漏れ出た。気付けば足は彼の眠っていたベッドに向かい、そのシーツを身体に巻き付けて寝転んでいた。

 

 

「ん...コウタの、匂い」

 

 

 ベッドに鼻を擦り付け、今まで得たどんな香りより好きな空気をいっぱいに吸い込む。すると、さっきの妙な刺激が再び身体を駆け巡り、思わず嬌声に近い声を出してしまった。

 何故だ。彼が睡眠場所として使っているだけのベッドなのに、何故こんなにも筆舌に尽くしがたい想いを感じてしまうのか。

 それからは無意識にシーツへ自分の裸体を擦り付け始めたが、その行為を自覚したあとも続けた。だって、コウタにとって自分の匂いがどう思われるのか気になるから。もしかしたら、今の我と同じ気持ちになってくれるかもしれない。

 

 

「んぅ...ふぅっ、んはぁ」

 

 

 そう考えると、形容できない妙な気持ちが更に加速する。視界が涙で滲み、呼吸が浅くなり、より一層の温もりを求めて身体をシーツ内で激しくくねらせる。そして、初めて味わう激情に堪えきれず、ついにはベッドへ舌を這わせてしまった。

 じわりと広がる唾液の染み。微妙に押し返してくる無味のザラついた布の感触を彼の応えと想像し、積極的に舌を絡ませる。たまに唇で啄むようにしてわざと水音を立たせ、より気分を昂らせていく。

 それから暫くし、窓から漏れる太陽の光でテラテラ光る染みが手のひら大にまで肥大化してしまった光景を見て、すぐさま我にかえった。

 

 

「我、おかしい」

 

 

 おかしいのに、己はこの感情を好ましく思っている。コウタのせいでもっとおかしくなることを、心の何処かで期待し、望んでいる。

 彼は一人でいる我に居場所を作ってくれた。寂しい、という感情を知らないままではいけないと。そして、いつの間にかその場所が...コウタの隣が、我の望む静寂よりも大切で、安らげる処だと知った。

 

 次元の狭間で眠るより、あの人と同じ時を生きていたい。

 

 

「.........」

 

 

 落ちていた服を拾い、素早く着る。カチューシャは時間がかかるのでつけず、髪は流したまま部屋を出た。階段は一段ずつ降りるのがもどかしく、最上段から飛んで一階に降り立つ。早足でリビングまでの廊下を通り過ぎ、扉を開けると...欠伸をしながら朝食の用意をしているコウタがいた。

 髪があちこち跳ね、服をだらしなく着崩し、片手で尻を掻いて調理をするコウタは、自分のよく知る姿だ。それに安堵を感じたと同時、自分に気づいた彼と視線が合う。

 

 

「ん?...どうしたオーフィス。この前俺が鼻からパスタ出して喜んでた時みたいな目をしてるぞ」

「...そんなこと、あった?」

「ははは、んなことあるわけないだろ。って言っても、前に出して喜んでたことはあるけどな」

 

 

 白い丸皿を並べながら、彼は懐かしそうな目で屈託なく笑う。それはいつも見ている表情であるはずなのに、今日は何故か少し違って見える。胸の辺りが余計にざわつく。我はその感情の名を知っている筈なのに、選びとった答えのピースがどれも嵌まらない。

 そんな状態のまま皿に映る自分の顔を見ていたが、結局その上へ朝食のパンと目玉焼きが乗る前までに理解は出来なかった。しかし、コウタなら今の自分の顔を嬉しそうだと言うのだろうか。

 

 

「...コウタ。我、楽しそう?」

「んー?訳は知らないが、基本いつも楽しそうだぞ」

 

 

 コウタは肩越しに振り返りながらそう返答する。

 予想外の返答に、我はパンを喉に詰まらせた。




リメイクに時間をとられ、最新話の更新が滞ることは避けられませんが、なるたけバランスよく更新できるよう心がけます。


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File/38.交流会

リアルの多忙さ故に以前の更新から一か月以上経ってしまいました。すみますん。
しかし、最近は満足に執筆できる時間がとれなかったため、更新は以降も遅めとなります。ご了承ください。



 最近になって、禁固(任意)の解けたらしいオーフィスが再び家を出入りしているお蔭で、我が栗花落家はコカビエルとの騒動以前までの賑やかさを取り戻していた。そのことに嬉しさを感じつつ、今日も無事に学園へ着き、いつも通り教室に入って小猫ちゃんとお話しようと思ったのだが…

 

 

「あらコウタ。丁度良かったわ、話があるの」

 

 

 その前に教室内にいたグレモリー先輩に捕まってしまった。とはいっても、朝一番に怒られなきゃならないくらい悪いことをした覚えはないのだが...いや、彼女の隣からこちらへトテトテと移動してきた小猫ちゃんの表情を見るに、そこまで悪い話や暗い話じゃなさそうだ。

 俺は先輩に向かって頷いたあと、鞄を自分の机に置いてから教室の外を親指で差し、場所を変えて話をしましょう、という旨を伝える。このまま人垣を作りっぱなしはクラスメイトに悪いし、歩けばモーゼの奇跡を毎回再現するほどの人気振りとはいえ、こんな中で話を切り出すのは先輩もいい気分ではないだろう。

ともかく、了承したグレモリー先輩を引き連れて屋上に続く階段の下にまで移動する。この場なら人気も少ないし、さりげなく先輩が『部活のお話』という雰囲気を出してくれたので、追い掛けてくる生徒もいなかった。しかし、先輩との密会みたいな感じで変に勘繰られそうなのと、顔を会わせて早々、まるで『ここが私の定位置』とでもいいたげに俺のワイシャツの裾を掴みながらぴったりと寄り添ってきた小猫ちゃんとのダブルパンチで、俺への印象がかなり悪くなりそうであったが。過激派の獅子丸と樹林がいなくてよかった。

 

 

「今日のお昼、ソーナとその兵士、匙くんから私たちへお詫びがあるわ。コカビエルの件で迷惑かけたことについて謝罪をしたいんですって。...相変わらず固いわね」

「なるほど。そういうところはかっちりしてそうですよね、あの人は」

 

 

 生徒会...否、シトリー側に籍をおく匙が不用意に関わったことで、彼が堕天使との対立へ発破をかけたと思われても仕方ない。本当はその逆だったのだが、木場の過去を語る辛さに共感してしまったのが運の尽きだった。匙もイッセーとグレモリー先輩の関係みたく、支取会長に嘘を吐くことは出来なかったろうし、半ば強制だったとはいえ協力したと明言すると予想できる。

 しかしまぁ、複雑な事情はあるとはいえ楽しみだ。会長本人の実力ははっきりと分かってないものの、なんせ魔王レヴィアタンの妹だ。本人がその肩書きをどう思っているかは知らないが、周囲から向けられる期待の眼差しに応える努力をしてきていることは間違いない。そして、その姿勢は身近な眷属たちにも波及していることだろう。グレモリー先輩と比べてどれほどのものか気になる。

 あれ...待てよ?生徒会と言えば、この前あったイッセーと匙の紹介で、匙の方はグレモリー眷属全員と面識を持ったが、イッセーは生徒会メンバーを全員知らない。その事を鑑みるに、今回俺たちへ召集をかけた思惑はもうひとつあるのでは?そう言ってみたところ、グレモリー先輩はウィンクを挟んでから両手をぱちんと合わせた。

 

 

「その通り!あの時は双方の眷属全員を紹介してる暇はなかったし、あともコカビエル戦で立て込んじゃったから、機会を完璧に逃してたのよね。コウタの推測通り、それも兼ねてるわ」

「...だから、今日の放課後ですか?」

「ええ。だから小猫、コウタを生徒会室まで先導してあげてね」

「了解です」

 

 

 小猫ちゃんの返事を聞いたあと、先輩は優しく微笑んでから彼女の頭を軽く撫で、上品に手を降りながら廊下の角へ消えていった。ふむ、放課後は生徒会兼シトリー眷属の面々と座談会か...なんかややこしい事態にならなきゃいいけど。

 生徒会にお茶を淹れる設備はあるのかなと顎に手を当てながら唸っていたところ、片手の袖が引っ張られる気配を感じ、一端思考を中断すると、引っ張られた方向...小猫ちゃんに身体ごと向き直る。少し頬を赤くしながら目を細め、口元を真一文字に引き結んでいる彼女の姿をみるに、何やら心中穏やかではない様子だ。

 

 

「ん、どうした?」

「最近、コウタさんは付き合いが悪いです」

 

 

 小猫ちゃんは視線を逸らし、唇を尖らせながらそう言うと、おもむろに掴んでいた俺の袖をぐいと引き寄せ、勢いそのまま胸元へ抱き締めてしまった。己の身体とは全く違う柔らかさと温かさが片腕を包み、黒歌とはまた毛色の異なる未知の感触で逆上せたような感覚に陥る。が、それでは駄目だとすぐさま思い直し、片腕は抱かせたまま、もう片方の腕を小猫ちゃんの背中へ回し、反撃とばかりに抱き締めてやった。

 

 

「ごめんな。ここのところ少し立て込んでてさ。今週末なら大丈夫だぞ?」

「それなら...いいです」

 

 

 フリードを冥界に行かせたついでに仇敵との再会をしたり、グレイフィアさんの抜き打ち生活態度チェックがあって、注意されたところを徹底的に黒歌ともども矯正させられたりしたので、実は週末をあまり休めていない。こういった過去の事例を見ると、小猫ちゃんと休日にお出掛けするのは良い息抜きになるだろう。

 

 

「あ、コウタさん」

「ん?どうした小猫ちゃん」

 

 

 袖を引くとともに俺の名を呼んだ小猫ちゃんは、多少強張らせた表情をしていた。それに内心首を傾げ、彼女の言葉が聞き取りやすい高さにまで腰を落とす。

 

 

「この前みたいにならないよう、気を付けてくださいね」

「この前?...ああ、なるほど分かった。...ってか、耳打ちする小猫ちゃんの声ってちょっとエロいな」

 

 

 意地の悪い笑みを浮かべながらそういった直後、俺は脛の辺りを蹴られて悶絶した。

 

 

          ***

 

 

 以前会長と会う前にアロンダイトを提げていたのは、魔力の出力がコントロールできず、自らの意志に関係なく周囲へ破壊を及ぼす危険から、事前に魔力を消費するという理由で創り出したのだ。正直、あの時は間が悪かったとしか言い訳ができないのだが、今回はそのことで心配する必要はなくなった。何故なら、もう定期的に神造兵装を創らなくてもよくなったからだ。

 

 コカビエルが放った、三種エクスカリバーの力と天使の持つ聖なる光が混じり合う光線。この二つの極光を浴びた際、その力の属性と近しい聖杯の魔力が共鳴を起こし、俺はこの身に宿る聖杯の存在をはっきりと知覚した。同時に、俺の持つ疑似魔術回路と聖杯との間に挟まれた『蓋』にも気付けた。

 その『蓋』は上手く機能していなかった。不規則に開いたり閉じたりと、まるで吹く風に翻弄される扉のようになってしまっていたのだ。これは恐らく、以前オーフィスとの戦いの最中、神造兵装の連続創造を行った弊害で、必要な魔力を通した後に本来しっかりと閉められる蓋の役割が壊れてしまったのだと予想出来る。俺はこれを『約束された勝利の剣』創造の時に通る魔力の一端を用い、修理をしておいた。お蔭で流入経路の管理は万全となっている。

 

 

「.......」

 

 

 そういうことだから会長、さりげなく意味あり気な視線を送ってくるの止めて貰えませんかね。小猫ちゃんがそれに気づいてさっきから俺の手首を抓ってきてかなり痛いんです。

 そんな切なる願いは暫くして通じたらしく、会長はイッセーと俺に生徒会メンバーの紹介をし始めてくれた。ちなみに終始女生徒だっため、案の定イッセーの奴は最初から最後まで無駄にキリッとした表情をしており、明らか付け焼刃で作っている雰囲気と態度に大半の御方は苦笑い。だというのにコイツときたら「っへ、今の会心の笑顔だったろ?」とかさりげなくドヤ顔してくるのだ。本当に根は良いヤツなんだけどな...

 

 

「イッセー、その残念さを一刻も早く何とかしないと、永遠にハーレムなんてできないぞ」

「お、俺のどこが残念だって言うんだよ」

「ここは先輩の名誉のために黙秘しておく。じゃ、俺は人数分の紅茶入れて来るから」

「こんな時に限って都合よく後輩ヅラしてんじゃねぇ!ちょっと怖いけど余計気になるだろ!?」

 

 

 そんなイッセーの叫びをさらりと無視し、オカルト研究部の部室から持ってきたティーセットにかけていた布を取ると、人数分の紅茶を淹れはじめる。出来次第一つづつカップをオーバル型のトレイに乗せていき、先ほどから心なしかキラキラした瞳で俺の動きを見つめる小猫ちゃんに声をかけると、先ずは四人分の紅茶配膳を頼んだ。それに快く頷いてくれた彼女の頭を撫でてから、俺は続けて残りの製作に取り掛かる。

 さて、皆さん席についてコカビエル戦の情報共有を始めたようだし、さっさと最大の情報元たる俺も参加しようかね。...と思いながら、決して粗雑になり過ぎず、手際よく紅茶を淹れていくという、手を抜かない自分の職人気質に内心で苦笑いを浮かべるのだった。

 

 

          ***

 

 

 

「まさか、コカビエルの目的が駒王町の破壊だったなんて...。すみません、分かっていればこちらも何らかの支援ができましたね」

「いいのよ、ソーナ。もう終わったことだし、後悔で時を費やすより善後策を講じる方がよほど生産的だわ」

 

 

 申し訳なさそうに目を伏せる会長にフォローを入れるグレモリー先輩。その気持ちはなるほど理解できる。この学校に通う生徒たちの統括を担うことと合わせ、上級悪魔として駒王町をテリトリーとしている以上、自身だけでなく学校校舎や町の危機に気付けなかったのは悔しいのだろう。先輩もその気持ちを分かった上で諭している。

 一方のグレモリー眷属と生徒会メンバーはコカビエルとの戦いで得た情報の大半を共有し終え、今は各々で談笑を交わしている時間だ。謝罪という湿っぽい雰囲気はウチの兵士が持ち前の明るさでぶっ飛ばし(会長除く)、現在は半ば交流会のような様相となっている。その兵士くんはシトリーの兵士くんと一緒になって、オカ研と生徒会メンバーへフリード撃退の話を大げさに誇張しながら語っていた。オイおまえら、フリードは音速で移動しないし目からビームも出さねぇぞ。いくら何でも尾ひれつけすぎだ。

 

 

「...何故でしょう」

「?何がですか」

「貴方は少し、現グレモリー眷属のメンバーとは違う感じがします。.....上手く言葉では表現できませんが、枠に収まっていないというイメージでしょうか」

 

 

 テーブルを挟んで俺の前の席に腰かけるのは、シトリー眷属の女王兼副会長、新羅椿姫先輩だ。眼鏡をかけ、長い黒髪をストレートで下ろす理知的な外見に沿う思考の持ち主らしく、どうやら俺の物腰を見て何かに気付いたようだ。...とはいっても、内心で称賛するのみに止めるが。

 俺は努めて平静を繕い、手元に置いてあるティーカップを回すと、持ち手を自分の方へ向けながら言葉を選ぶ。

 

 

「多少、育ちが特殊でして」

「あぁ、そういうことですか。周囲を一定時間毎にさりげなく観察しているのは」

「.....、気付いたんですか」

「偶々でしたが、なくなりかけているお茶に本人が気づくより先に何度かおかわりを薦めていたので、もしやと思ったんです」

 

 

 これは驚いた。まさかそんな落とし穴があったとは。自然な気配りと警戒も含め、オカ研活動中にも度々行っていたことなのだが、改めて常人目線に還るとやはり普通じゃない。いやしかし、これぐらい出来ないと三百六十五日のサバイバル生活は不可能なのだ。せめて、精神をすり減らすことなく常時周囲を警戒できるようにならねば、あっという間に殺されて化物の食糧とそこらに群生する植物の肥やしになってしまう。

 平和なグレモリー家での生活によって少しは鳴りを潜めたサバイバル能力だったのだが、やはりこと『警戒』に関しては習慣が抜けきらない。初めは後ろに立たれただけで身の危険を察知し、何度かグレイフィアさんや使用人の人たちへ剣を向けてしまった前例がある。現在はそれほどではないが、直接手を出さないもの以外は未だに自制が効きにくい。

 

 

(レーティングゲームじゃ、結構手強い相手になりそうだな...)

 

 

 先ほど向けたティーカップの持ち手を掴み、口元へ持っていきながらシトリー眷属の性質を吟味する。だが、こんなときにあまり物騒な考えを浮かばせるのもアレなので、すぐに思案を断ち切ってからカップを受け皿におく。

 視線を挙げると、ちょうど新羅先輩もティーカップへ手をかけたところだった。そして、滑らかな手つきで口元へ運び、縁に唇をつける...前に思い出したかのような口調で言う。

 

 

「そういえば、もうそろそろ授業参観ですね」

「授業参観?もしかして親御さんを授業に招くアレですか」

「ええ。それとどうやら、その日をサーゼクス様はかなり楽しみにしているようですよ」

「はは、あの人はお祭り騒ぎが好きな質ですからね。ましてや、その渦中に大好きな妹がいるとなっちゃ魔王職なんてやってられないでしょう」

 

 

 サーゼクスのことだ。大手を振って学校に侵に...もとい来校し、存分に持ち前のシスコンを発揮してグレモリー先輩の勇姿を記録するだろう。それに顔を真っ赤にしながら憤慨する先輩の姿までを簡単に想像できた。

 

 

「何?お兄様の話かしら」

 

 

 ここで話の端々を聞いていたらしいグレモリー先輩が会話に入ってきた。軽く目を動かしてみると、会長は話にある程度折り合いがついたらしく、イッセーたちと生徒会メンバーが談笑している中にいた。あちらは暗い雰囲気ではなさそうなので大丈夫だろう。

 一通り安心してから、俺は先輩に向かってその通りだと返答しようと口を動かしかけた。だが、突如懐かしい魔力の色を僅かに感じとり、思わず席を立って生徒会室の扉へ視線を移動させる。それから数秒と経たないうちに勢いよく扉がスライドし、外にいる人物が足を踏み入れてきた。

 

 

「やぁ、皆。随分と探しちゃったよ」

 

 

 その人は、冥界で知らぬ悪魔などいない────赤髪の魔王。

 

 

 

          ***

 

 

 

「どうぞ」

「ああ、すまないね」

 

 

 会長が気を利かせて置いたお茶に笑顔で返すサーゼクス。その純粋な笑みには同姓の俺ですらグッと来てしまうのだから、至近距離で直撃を受けた会長には凄まじい威力だったろう。にも関わらず、彼女は顔色を変えることなく謙虚な姿勢を崩さない。流石は72のうちの一つを継ぐ次期当主。社交辞令とそうでないものの区別はつけられるようだ。

サーゼクスはそのカップを手に取り、一度口をつけて喉を潤した後に言葉を続けた。

 

 

「今日ここに来たのは授業参観の件もあるんだけど、一番は他なんだ」

「何かあったのですか?」

 

 

 グレモリー先輩の言葉にサーゼクスは首を振り、おもむろに人差し指を立てたかと思いきや、くるりと上下を反対にさせて机の表面をトントンと叩いた。

 

 

「これからある、もう一つの一大イベント。...そしてそれは、この駒王学園で行われる」

 

 

 全員が顔を見合わせるも、参観日以外に近日中学園で行われる行事に心当たりはなかった。返答が来ないことに気を悪くした風もなく、サーゼクスはもう一度紅茶の入ったカップを極自然な挙動で手に取る。

 

 

「三陣営...悪魔、天使、堕天使のトップが会談する席を、この駒王学園に設けるんだ。そして、その席にコカビエルの件で大きく関わったコウタくん、木場くんを招こうと思ってね。この二つを伝えるためにここへ来たんだよ」

 

 

 あ、この紅茶淹れたのコウタくんだろう?久し振りに飲んだら一層美味しいね。などと呑気に笑うサーゼクスの言葉など無視し、俺は同じく驚愕で固まる木場と顔を見合わせた。



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File/39.逢魔時に堕つ黒

今回戦闘入ります。
たまには飛んだり跳ねたりの描写入れないと締まらないですよね。


「三勢力の会談をこの学園で開く、か」

「すげぇよな。ここに悪魔と天使と堕天使のトップが顔を揃えるんだからさ!」

「はうぅ、緊張します...ミ、ミカエル様が来るなんて、出会った時に無礼のないようにしないと」

「......(もぐもぐ)」

 

 

 放課後、部室に備え付けられたソファに座りながら、改めて昨日サーゼクスから伝えられた会談のことについて、イッセーとアーシアさんで話し合う。小猫ちゃんは俺の隣にいるものの、さっきから会話に参加せず、もくもくと最中を食べている。

 彼は部室の訪問を終えたあのあと、妹のグレモリー先輩と親交の深い兵藤家へ挨拶にいき、持ち前の外交的で明るい性格も手伝って、すぐにイッセーのご両親と意気投合してしまったらしい。

 俺は横からお茶を出してくれた姫島先輩に御礼を言いながら、サーゼクスの言う和平の実現について考えてみる。

 

 

『コウタ君。君が会談に参加することを望んでいる僕の理由は、コカビエルが起こした戦争再開を目論む事件に関わったから、というだけじゃない。君は永らく冥界に在住してはいたけど、その本質も有り方も、今なお変わらず人間でいる。つまり、三陣営の持つしがらみを理解しつつ、僕の顔を借りて客観的な意見を忌憚なく出せる、貴重な中立者なんだ。まぁ、悪魔や堕天使の中には人間の存在を見下している者が多くいるのは事実だけれど、今回の会談にはそういった思想を持つ方はいない。それに、君は気心知れた仲だからといって、僕たち悪魔へ何の訳も無く肩入れすることもないだろう?会談は必ずしも鼎談の形を取らなくてもいいから、こういった理由で君を参加させることにした訳さ。無論、お二方からも許可は貰っているよ。ああ、あと木場君に関しては、聖と魔を混在させて作り上げた聖魔剣のことに関して詳しく知りたいと、アザゼル直々からご指名を貰ってるんだ。僕としても同じ心持だったから、会議への参加を是非お願いしたかった』

 

 

 中立の域に立つ俺を会議の緩衝材として利用し、和平の話しを有利に進める。という線も勘繰ることはできなくもないが、サーゼクスに限ってそれはないと言える。彼は誰かを犠牲にしてでも効率を重視したり結果を手に入れることを嫌い、争いごとを好まない。良く言えば思いやりに長ける。悪く言えば...甘い。

 昨日のサーゼクスの態度を見る分だと、随分余裕がある様子だったので、俺と木場が席に着いた上で会議を円滑に進めるための手札は用意してあるのだろう。きっと。そう思考の落としどころを作っていたとき、部室の扉が開いて、先生に頼まれて教室から資料を職員室へ運んでいた木場が戻って来た。しかし、その様子がどこかおかしい。

 

 

「え、と。イッセー君?何か君に用事があるっていう人を連れて来たんだけど」

「用事?というか、呼び方が先生じゃなくて『人』ってどういう───」

「フッフッフ。その声は、いつも世話になってる悪魔・兵藤一誠だな。ほれ、俺だよ俺。もっかい会いに行くっつったろ?」

『?!』

 

 

 その声で露骨な反応を示したのは二人。イッセーと姫島先輩だ。とはいっても、イッセーは驚きのなかに不快感、嫌悪感などのマイナスな感情は見られず、旅行先で偶然顔見知りと邂逅したようなものだ。しかし、姫島先輩の表情には、驚愕の他に妙な不純物が混ざっているような気がした。敵意という直情的なものとはまた違う、疚しい事実から逃げるような...そんな不純物が。

 姫島先輩の態度を気にしているうちに、木場の開けた扉が、更に人がもう一人分通れるほど横にスライドした。その空間を通って部室内へ足を踏み入れて来たのは、どこか親父臭い笑顔を湛えた、金の混じるボサボサした髪を持つ甚平を着た男性だ。...その時、俺もここに来てようやく、その人物が普通ではないことを確信した。

 

 

「....兵藤一誠と姫島朱乃は俺の素状を知っているから抜くとして、『俺』に気付けたのは一人だけか。つまんねぇな。ってあら、サーゼクスの妹がいねぇ」

「き、気付けた?貴方は一体....」

 

 

 木場のした疑問の声に答えたのは、謎の金髪の男性でも、素性を知るというイッセーと姫島先輩でもなく、野暮用で生徒会室に赴いてから戻り、彼の後ろに今し方立ったとある人物だった。

 

 

「アザゼル....?!貴方、何でここにいるの!」

「んお?おお、噂をすればなんとやら。リアス・グレモリーの到着だ」

 

 

 

          ****

 

 

 目前で足と手を組んで座るのは、ココへついさっき乗り込んで来たばかりの金髪男。...なのだが、落ち着きを取り戻したグレモリー先輩から話を聞くに、この男は堕天使総督・アザゼルなのだそうだ。どうりで背筋が粟立ったわけである。

 とまぁ、いきなり部室へ乗り込んで来た、現時点では俺たちにとって『敵』というカテゴリーに含まれるだろう大物に混乱するのは至極当然だ。にも関わらず、アザゼルの口から飛び出した発言によって、更に場は混沌と化す。

 

 

「さて、唯一俺に気付けた少年...お前さんが栗花落功太か?」

「....何故、その名前を?」

「そう構えんなって。ただ探し人の名前聞いただけじゃんか。違うならそれはそれで済む話だろ?俺はお前さんの事を全く知らないんだから、実際のトコ貴方は誰ですかーって聞いてるようなもんだぜ?じゃ、アンサーはイエスかノーで、もしノーだったら改めて自己紹介頼むぞ」

 

 

 何か企んでいるのか?───馬鹿言え、何か企んでなきゃ俺個人の名前をこの場で名指ししたりはしない。問題は、それに対する答えが俺にとってどういう結果をもたらすかだ。とはいっても、堕天使総督に喧嘩を売った覚えは全くこれっぽちも心当たりはないのだが......いや、反逆したとはいえ、一応彼の同胞であったコカビエルと戦って失脚させた張本人だ。しかし、サーゼクスからはアザゼルが俺に対して恨みを持っているなんて情報を欠片も貰っていない。それを理由にして、端から好印象を持っているだろうなどという単純な楽観視はしないが。

 

 

「──────イエス」

 

 

 相手の心を読むというチート手段はあるが、まだ先方が悪党と決まった訳ではない。そんな相手へ断りもなく心中を覗く行為を試みるのは、些か勝手が過ぎる。尤も、下手をすれば自分の命が危険に晒されるこの状況下で、こんな良心の呵責などという甘ったれたことを抜かす俺は馬鹿なのかもしれない。しかし、初対面の相手に『殺されるかもしれないから先手を打っておこう』などという結論を出すほど、俺は精神的にも実力的にも弱くはないつもりだ。

 俺の返答を聞いたアザゼルはにんまり笑うと、『ハハハ、そうか!期待そのままにしてくれてありがとよ!』という訳の分からない発言をし、徐にどっこいしょと腰を上げながら、窓の外を指さした。

 

 

「うし、校庭に出ようぜ。俺先に行って結界張ってくるわ」

「ちょ、ちょっと待ちなさい!...アザゼル、貴方一体コウタに何をするつもり?幾ら堕天使の長とはいえ、ここは私の領域よ。いきなりやってきた挙句好き勝手されては困るわ」

「何、俺はやりたい事が済めばとっとと退散するぜ。安心しな、別にコイツを如何こうしようってわけじゃねぇからよ。ただ、ちょっとコカビエルの野郎をぶっ飛ばした輩の腕前を知りたいってだけだ」

 

『!?』

 

 

 部室内に衝撃が走る。それはそうだ。腕前を知りたい、それはとどのつまり、アザゼルが俺との戦闘を望んでいることに他ならない。如何こうするつもりはないと言ってはいるが、戦闘を行う以上、その言葉は最早ほとんど意味を失っている。...それを理解した木場や小猫ちゃん、イッセーがいち早く俺の前に立ち、強張った顔のまま構えを取った。

 

 

「おうおう、仲間想いの良い子たちだねぇ。でもま、自分の実力を弁えねぇヤツに与えられる仇名なんて只の馬鹿だぜ?」

「いいや!敵わないからって仲間を見捨てる奴の方がよっぽど馬鹿野郎だ!そうだろ?木場、小猫ちゃん!」

「ああ!」「はい」

「へえ、随分と見上げた根性だ。.....しゃあねぇ、向こうにその気がなけりゃ退くか。───さて、どうするツユリ」

 

 

 腰に手をあて、髪を掻きながら俺に問いかけるアザゼル。その声が大気を伝って己の耳に入った瞬間、オカ研全員の眼が俺に集中する。向けられたそれら全ての視線は、暗に戦闘を辞退しろと言っていた。....残念ながら、そのお願いには応えられそうもないが。

 

 

「受ける。お互い会談にミイラで出席させるわけにはいかないし、その辺りの引き際は分かってるからな」

「なんだ。随分とノリがイイじゃねぇか。こっちにしちゃ万々歳だぜ」

「だが、その前に条件がある」

 

 

 俺が受ける、と言った瞬間にイッセーには肩を揺さぶられ、木場には溜息を吐かれ、小猫ちゃんには脛を蹴られ、アーシアさんは苦笑いし、グレモリー先輩と姫島先輩は顔を覆うという散々な有様だったが、条件の提示を発言した途端にそれは収まった。

 

 

「戦いが終わったあとでいい。俺のする質問に正直に答えてくれ」

「おう、んなことなら文字通りお安い御用だ。ただし、俺に答えられることならな」

 

 

 条件が質問のみということに皆は少し不満気味だったが、俺が念を押すことで何とか許可を得た。その代わり、戦闘の様子は見学させて貰うという条件もアザゼルには呑んでもらった。

 

 さて、堕天使総督の実力とは如何ほどのものか─────。

 

 

 

          ****

 

 

 俺と対峙するのは、十二枚の黒い羽を広げて立つアザゼル。既に戦闘するための思考回路に切り替えているのか、纏う雰囲気が部室の中でのものと大きく違っていた。...そんな彼に向って、俺は準備体操しながら問いかける。

 

 

「どちらかが負けを認めれば、そこで戦闘終了でいいんだよな?」

「ああ。あと重要なのは、相手に致命傷を与えないことだ」

「分かった」

 

 

 準備体操を終え、大きく息を吐きながら体の奥にある魔力の流入経路へ意識を集中させる。次に源泉である聖杯へ通じる蓋を開くイメージを固め、己の魔術回路を励起した。それら全ての工程を一秒ほどで終え、俺は一般人から魔術師へと転身する。その後に身体強化を発動させ、全身を高密度の魔力障壁で覆った。

 

 

「すげぇな。お前が『変わる』瞬間、油断してたとはいえ多少身震いしちまったぜ」

「そりゃ、どうも」

「同じように油断してたんなら、こりゃコカビエルも負けるわな。......尤も、俺はここで油断とはオサラバだがな!」

 

 

 そこで言葉を切ると、アザゼルは光の槍を四つ瞬時に生み出し、それを生み出した時以上のスピードで放つ。が、俺は自分に被弾するだけの槍のみを拳打で弾き、魔力を放出して駆ける。今の攻防で多少障壁が軋んだが、右手は軽い痺れが残る程度で無傷だった。

 アザゼルはまさか拳で弾かれるとは思ってなかったのか、微量の驚愕を表情に張り付けながら、今度は光の剣を両手に持ち、迎撃の構えを取る。俺はそれに対し、道中に精製(フォーム)した二本の剣を掴みとり、向けられた片方の剣を打つ。

 

 

「へへっ!地面から剣を生やすたぁ、面白ぇ戦闘スタイルだこと」

「よく言われる」

 

 

 笑いながら、振るわれる光剣に応戦するため、腕をより早く動かす。八度打ち合ったその瞬間に片方の剣が砕けたが、片手に持つ剣で振るわれた刃を受け止めた間を狙い、地面から新たに剣を二本出現させ、一方で受け止めたアザゼルの剣を真下から弾き、もう一方の剣を空いた手で素早く掴むと、二本目の剣も柄近くを思い切り叩いて宙に飛ばす。が、夜天を舞った光剣は地面に落ちる前に切っ先で俺を補足し、光の尾を引いて自動的に肉薄してきた。

 

 

「そっちも十分面白いな!」

 

 

 中々トリッキーな攻撃に感心しながら、足から魔力を放出し、盛大な土煙を巻き上げて後退する。光剣は俺が元いた場所に突き立つと、所在無げに明滅した後に空気へ溶け消えた。しかし、舞った土煙が突風によって晴れたとき、思わず目を覆ってしまう程の光量が周囲を照らした。

 

 

「─────そら、これはどうする?」

 

 

 圧倒的と言える光を振りまくものの正体は、膨大な数の光の槍。まるで某英雄王の宝具大安売りに似た光景ではあるが、浮かぶ槍は彼の持つ(宝具)に百本当てても勝てない。...故に、恐るるに足らず。

 俺は次々射出される光槍を精製した剣で弾き、あらぬ方向へとその軌道を曲げる。途中で何度も得物が砕けたが、そのたびに足元から剣を生やし、掴みとって迎撃する。しかし、ただ弾くだけでは流石にこの量はさばききれない。なので、()()()()()()()()()()()()()使()()()他の槍も多く弾いているのだ。上手くいけば一本で何十本もの槍が落とせる。その隙に余分な数の剣や槍を精製し、瞬時に掴みとって投擲することで、更に多くの光槍を撃墜していく。

 

 

「ふはは!これでも無理かッ!じゃ、今度はコイツでどうだ!?」

「!」

 

 

 光の波を全て捌ききった俺を見たアザゼルは、腰を落としながら両腕を肩と同じ高さまで上げると、興奮したように叫ぶ。瞬間、凄絶な雷光を奔らせながら、細長くも巨大な槍が両腕にそれぞれ一つずつ出現した。その大気を焦がすほどの雷霆は、明らかに以前までの槍とは一線を画す威力を秘めているだろう。

 面白い───。俺は持っていた剣二つを迷いなく地面へ刺し、片腕を突き出すと、その手と交差させる形で反対の腕を乗せる。

 アザゼルはこれで詰めにするつもりだろう。攻撃のレベルを段階的に上げ、それに対し俺が取った迎撃の効率や技術を見た上での上限が、恐らくこの駒王学園の校舎を丸ごと吹き飛ばしかねない光槍での一撃。...彼の表情を見る分だと、無傷では済まないが、死なない程度になら抑えられるだろ?といった意味が込められていると見た。へっ、舐めやがって。

 

 

「…I am the bone of my sword(身体は剣で出来ている)

 

 

 『俺』ではこの詠唱に意味を持たせることはできないが、己の意識を即自的に切り替える用途へ使うと絶大な効果を発揮するのだ。明瞭な思考の下に魔力を汲み上げ、脳内を走るイメージ通りにその『宝具』の構成を整えていく。干将莫耶ほどではないが、コイツもそろそろ基盤を弄れそうだな。

 

 

「いくぜッ!もし受け止めるんなら消し炭にならねぇよう、全力で防御しな!!」

「言われなくてもそのつもりだ!来い─────熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!」

 

 

 俺の腕から放出した魔力は七つの花弁を象った宝具の形を成し、一方アザゼルの手から翔んだ槍は、某アニメで登場するビリビリ中学生によって放たれる超電磁砲の如き光の塊となった。両者が衝突したその衝撃で花弁の外側にある地面が数十メートルほど轟音と共に消し飛び、断続的に周囲を脅かす雷で巻き上げられた瓦礫すら蹂躙し、空中で砂礫同然の大きさへと喰い千切られてゆく。が、衝突の瞬間に一枚、暫くの拮抗に耐えることに一枚の計二枚を消失した後、槍の攻勢は目に見えて衰え始めていた。

 

 

「ッ!武具創造、莫耶!オーバーエッジ・type-γ(ガンマ)!」

 

 

 ─────が、忘れてはならない。アザゼルは槍を二つ生み出していた事を。

 再び空気を切り抜いたかのような音が響き、アイアスを通して見えた雷光を確認した瞬間、俺は魔力増幅機関を備えたタイプγの莫耶のみを創造し、内部で急速に魔力を加速させる。それを始めてから少し後に二射目の槍が直撃し、硝子が砕けるような音とともに二枚の花弁が散った。それに飽きたらず、極光の奔流はガリガリという耳障りな音を響かせながら、五枚目の掘削作業を進め、それから間もなく再びの破砕音。六枚目に到達した。

 ─────既に一射目の槍は二射目の槍の余波で消えている。迎撃は一本のみでいい。だが、アザゼルは一本の槍と俺のアイアスが鬩ぎ合っている最中も力を注ぎ続けていたらしく、二本目はかなりタフだ。このままだと六枚目も破られ、最後の七枚目も防ぎきるのは難しいと言わざるを得ない。やはり、莫耶を創って置いて正解と言える。

 

 

心技、泰山二至リ(力 山を貫き)───心技、黄河ヲ渡ル(剣 水を別つ)────」

 

 

 俺は漆黒の稲妻を纏う莫耶を構え、流転する魔力を詠唱によって収束させる。と、同時に六枚目の花弁が砕け、槍の刃先が最後の砦に及ぶ。しかし、それに込める魔力をあえてゼロにし、あっさりと砦の城門を自らの意志で開け放ち、敵の侵攻を許す。.....無論、生きて返すつもりなどないが。

 

 

唯名別天二納メ(声明 離宮に届き)───両雄、共二命ヲ別ツ(我ら 共に天を抱かず)!!」

 

 

 俺の叫びに答えるかの如く刀身が大きく脈動し、詠唱を終えて横に薙いだ瞬間、『約束された勝利の剣』もかくやと思えるほどの奔流が吐き出され、それまで破壊の嵐を振りまいていた目前の光の槍を暴力的なまでの力で喰らい尽くし、それでも止まらなかった黒い魔力波は、物理的に校庭を両断すると、末端に張られた結界を大きく震わせたのちにようやく力尽きた。

 惜しむかのように黒い雷を迸らせる莫耶を手のひらで三度ほど回したあと、宙に放って魔力へと還元させると、煙の晴れた向こう側から苦笑い状態で歩いて来るアザゼルへ、俺は満面の笑顔で言った。

 

 

「俺の勝ちだな」

 

「ああー...それでいいよ。ったく、多少のイレギュラーを想定した上であの一手だったんだがなぁ」

 

 

 イレギュラーといえば、俺も最近人知を超えたイレギュラーと戦っている。あいつ今の攻撃を全力で撃って直撃させても眉一つ動かさないもんなぁ。お蔭で、もしかしたら俺の攻撃って見た目派手なだけでそんなに強くない?とまで本格的な疑心暗鬼に陥ったものだが、今回のアザゼルとの戦いで自信を取り戻せた。良かったよかった。

 

 この後、ちょっと調子に乗った俺が龍神さまにシバかれ、割と落ち込んだ挙句に黒歌とその元凶に慰められるのは、また別のお話。

 




干将莫耶強化にてアーチャーが使う呪文は、全てひらがなで表わされていましたが、『こうかな?』という思いで一部漢字に直してみました。
ちなみに、尺が足りず冒頭の一節を省いております。以下がその文になります。

鶴翼、欠落ヲ不ラズ(心技 無欠にして盤石)────』

オリ主のアザゼルにする質問は割と大事なことなので、戦闘に持って行ってでも約束を取り付けられたのは僥倖と言えます。まぁ、普通に聞いたら普通に答えてくれる可能性も、あるにはあるんですがね。


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File/40.真っ赤な誓い

まさか空白と沈黙の二か月が現実となるとは...
実験やら面接やら、艦これやらFGOやらがぞろぞろと列を作ったもので、結果ここまで伸びてしまいました。何故俺はレポートに追われる理系大学なんぞに入ったんだ...

来年は見事に就活を始める身となりますので、今以上の音信不通が発生する可能性がございます。それでも続きを楽しみにしてくれる方がいる限り、何とか執筆を辞めずにいたいと思っています。


 いくら堕天使総督の肩書きがあるとは言え、興味本位でいきなり怪我じゃすまない可能性のある戦闘を迫られたコウタ。アイツは確かに強いが、俺の修行に付き合ってくれていることもあって、ある程度まではその力を見極められた。

 正直アザゼルがどれだけ強いのかは分からないけど、同じ堕天使だった夕麻ちゃん...レイナーレが末端の末端であったことから、少なくとも彼女より百倍以上の実力があってもおかしくない。そんな危険極まるアザゼルの申し出に、あろうことかウチの後輩は特に悩むこともせず頷いてしまった。

 ということで、激しい戦いが予想されるため、急きょ校内で部活動に勤しむ生徒や教員たちを全員帰宅させ、校舎と学校施設全てをもぬけの殻にしておいた。これらは生徒会の助けもあったお蔭で一時間もかからないうちに終え、素早く校庭を覆う強力な防御結界と、学校全体を覆う認識阻害結界の二つを張ることができた。

 

 

「そういえば、コウタのまともな戦闘って見るの初めてよね。そう思うと結構ドキドキするわ」

「そうですわね。入部してからの実力測定、フェニックス家とのゲーム前修行、そのどちらでも明らか流すような戦い方をしていましたわ」

 

 

 うーん。確かに、言われて思い返してみれば、ライザーの野郎とのゲーム前にやった修行じゃ、真面にぶつかろうとしないで、適当な感じであしらわれているような感覚は露骨にあった。しかも、当時はそれで全く話にならない戦いだったからなぁ...凹むぜ。

 部長は朱乃さんの返答にうなずいてから、暫し考え込んだ後に木場の方を向いた。

 

 

「佑斗。コウタのコカビエル戦は見たのよね?どうだった?」

「す、すみません。コウタくんがコカビエルと戦う前に、ゼノヴィアたちと斬り込んで返り討ちに会いまして。その後のことは彼に助け出された、くらいしか」

「そうだったの...。イッセーや小猫も修行のときにコウタの本気は...見てないわよね」

「すみません」

 

 

 小猫ちゃんははっきりとそう言い放ったが、俺は多少言いよどむ。俺と同じか、それ以上の戦闘指導をコウタからうけているはずの小猫ちゃんの否定は多少驚いたが、それでも俺は自分の見て来たことに自信を持つことにした。

 

 

「...確かにコウタは強いかもしれません。でも、アイツは修行の時に俺の拳を剣で受け止めきれずに弾き飛ばされる場面が沢山あったんです」

「え、それ本当なの?イッセー」

「はい。だから、今回のアザゼルとの勝負は──────」

 

『おいおい、なに寝ぼけたこと言ってんだ。相棒』

 

「!」

 

 

俺の左手に突然出現した赤龍帝の籠手から響いてきた、ドライグの少し呆れたような声。みんなもドライグが口を挟んだことに驚いているようで、その先の発言を遮る事はなかった。

 

 

『今も昔も、アイツがお前と戦っている時は実力の半分も出しちゃいない。もし本気で来られたら、現状の相棒じゃ確実に真面に打ち合うこともできんぞ』

「いや、待ってくれ。仮に本気じゃなかったとしてもさ、俺の攻撃を受けるくらいのことはできるはずだろ?防御に関しては手加減する意味がないと思うんだ」

 

 

 確かにコウタの反応速度は速く、放つ攻撃の全ては肝が冷えるほど鋭かったが、ドラゴンショットみたいな強力な攻撃を織り交ぜて掛かれば、ある程度までいい勝負に持ち込むことが出来た。でも、その中でアイツは武器を弾かれる、砕かれて丸腰になるみたいなことが時々あって、練習試合じゃなければその後一発撃ちこみ、ぶっちゃけ勝ててしまいそうなのだ。

 幾ら本気ではないとはいえ、防御面をここまで蔑ろにするのはちょっとおかしいと思う。何段階か倍加した状態の籠手だから決して威力がない訳じゃないけど、まだ禁手化もしてない俺の攻撃で砕ける程度の耐久力の無い剣で戦ってるんだとしたら、コカビエルに勝てたのは偶然なのかもしれない。...とさえ思ってしまう。

 

 

『ッカカ!なら、もうすぐ始まる戦いを目ェ皿にして見ておけ。...度肝ぬかれるぞ』

 

「?」

 

 

 ドライグのその言葉に倣うようにして、それまで俺の籠手に注がれていた全員の視線が結界の内側を映す。──────直後。目の前で閃光と轟音が同時に発生した。

 

 

「うおわッ!な、何だ一体!?」

 

 

 凄まじい光と衝撃はすぐに止み、次にガシャンという謎の落下音が俺の耳に入って来た。

 両目を覆っていた手を離し、その発生源へ目を向けると、見慣れた校庭の地面に転がってたのは、天使の扱う光の凝縮された槍だった。

 

 

「..!まさか、これが今飛んできたのか?」

 

「イッセー!今はそんなことよりも、コウタとアザゼルの戦いを見なさい!」

 

「え...?」

 

 

 いつも冷静な声音の部長とは全く違う、余裕のない焦燥感に支配された言葉が俺の耳に突き刺さった。お蔭で、目が自然と部長の顔を映そうと動きかけてしまったが、それを堪えてすぐに戦場へ目を向ける。...そして、ほぼ同時に唖然としてしまった。

 向けた視線の先には、いつも俺との戦いで持っているモノとは明らかに質の違う剣で、何とか目で追える速度のアザゼルが振るう剣と打ち合うコウタの姿があった。その剣速は俺が今まで一度も見たことのない速さで駆けまわっていて、どう見ても修行中に振るっていたものとは格が...いいや、次元が違った。

 空いた口が塞がらない中、コウタの剣がアザゼルの剣に砕かれ、片手の武器がなくなってしまう。それに慌てた俺だったが、見覚えのある光景を介して、再びアイツの手に綺麗な新しい剣が握られた。

 

 

「あれは...確か木場が体育館でコウタと戦った時の」

「うん。彼はどういう訳か、武器を地面から調達できる。目の前であの技を使われると分かるんだけど、青白い雷がパッと閃いた瞬間、いつの間にか僕の剣は手の中から無くなってるんだ。凄いスピードだよ」

 

 

 木場の笑い混じりの枯れた声を聞きながら、曲芸じみた動きでアザゼルの攻撃を搔い潜るコウタを見る。あれ、確かアイツって人間なんだよな?悪魔じゃないんだよな?!なのに何であんな動きできんだよ!

 目の前で展開される光景と、脳内に補完されてる情報とがイコールで結べないことに混乱状態へ陥りかけていた時、アザゼルが十二枚ある黒い翼を思い切りはためかせ、辺りを覆っていた土煙を払った。その瞬間、俺だけでなくここにいる全員の背筋が、間違いなく凍り付く。

 

 

「な、何よ。あの大量の光の柱は...!?」

「全て光の槍、ですわね。それも、上級悪魔すら掠りでもしたら致命傷レベルのもの。コウタ君のような普通の人間では、当たったら蒸発しかねませんわ」

 

 

 部長の呆然としながらの疑問に恐ろしい返答をした朱乃さん。隣の木場も言葉を失くしつつだがしっかりと頷いていた。ああ、俺も実際に受けなくたって断言できる。アレは間違いなく俺たち悪魔にとって最悪の代物だ。

 と、ここで何故か小猫ちゃんが手に戦闘用のグローブを嵌めだした。

 

 

「...私、止めてきます」

「ダメよ!小猫、冷静になりなさい。あの戦いに割って入れるほどの実力者はこの場に居ないわ」

「ッ!じゃあ、このままずっと見てるだけなんですか!?そんなの.....」

「.....コウタを信じましょう。大丈夫よ。きっと、何か勝算があってアザゼルとの勝負を受けたんだと思うから」

「.........はい」

 

 

 部長の説得を受けて小猫ちゃんが落ち着いてくれたのを確認し、俺は安堵の溜息とともに戦場へ目を戻そうとして、途中に普段とは全く違う木場の横顔が映った。その目は文字通り皿のようにカッと見開かれ、ちょっと...いや、かなり変な面だ。

 生唾を飲み込んでから、俺も首を動かして同じ視線を辿り、今一度激しい金属音の響く戦場を視界へ入れる。────そして、俺は確実に木場と同じ顔になった。

 

 

「なぁ木場。あれ....まさか、全部弾いてんのか?」

「僕の目でも辛うじて見えるくらいだけど...うん、やっぱり全部弾いてるね。それを可能にしてる大きな要因は、弾く槍の軌道を操って、他の飛んでくる槍にあててるからかな」

「ええ!?それって相手の武器を自分の武器にしてるのとほとんど同じじゃねぇか!」

 

 

 俺の目ではコウタの動きは到底見えないが、現に空中から飛んできてる槍は、たった一つの影に当たるか当たるより遙か前に周囲へ散らされ、放物線を描いてから校庭の地面に突き刺さって沈黙している。その光景は、まるでシューティングゲームで出てくる敵のビーム攻撃を弾きまくるバリアの様に似ていた。

 やがてコウタは浮かんでた槍の全てをさばききり、周囲に散らばる己の武器だったものを見回したアザゼルは笑い声を響かせてから次の攻撃宣言を叫んだ。それからすぐ、強力な光が二つほどアザゼルの近くに出現し、極太の雷を大量に迸らせながら、そのカタチを細い槍の形へと変えていく。

 

 

「──────────ッ」

 

 

 アレは.....最大級にヤバい。俺が────いや、悪魔の俺たちが触れたら、それだけで欠片も残さず一瞬で消え去ってしまうだろう圧倒的な聖なる力。それは結界を間に挟んでいても五感に容赦なく叩き付けられ、自分の命を簡単に奪い去るものがあるという事実に手足が震えた。

 しかし、そんな俺の手を暖かい何かが包んだ。

 

 

「イッセーさん、大丈夫ですよ」

「あ、アーシア?」

「確かに私も怖いですが、今の私たちよりずっと怖いはずのコウタ君は...笑ってます」

「.....おいおい、アイツは馬鹿か?」

 

 

 アーシアの言葉通り、槍から絶え間なく奔って地面を好き放題に撃つ雷により巻き上がった土煙の向こう側では、あのバカな後輩が何故かメチャクチャ楽しそうに笑っていた。自分のすぐ目の前には、当たった瞬間100%跡形もなく消し飛ぶ兵器があるというのに。

 俺は呆れまじりに悪態を吐いたが、隣に立つアーシアは両手を目の前で組みながら笑うと、一転してグッと口元を引き結んだ。

 

 

「彼の手からは神秘を感じます。あの堕天使さんや私たちの知る聖なる力とは違う、別の力を」

「神秘って...コウタは俺たちと同じで、魔力を使って武器を作ってるんじゃないのか?魔力じゃ神秘なんて起こせないと思うんだけど...」

 

 

 神秘って言うと、やっぱり魔より聖というイメージが強い。コウタは魔力だけしか扱えないと本人が言っていたはずだし、だとすれば神秘なんてものは到底起こせない。そう思っていたところに、眼光鋭く状況を見守るお姉さま二人から声が駆けられた。

 

 

「確かに属性は違うわね。でも、堕天使幹部の一角であるコカビエルを倒したのだもの。それにちかしい何かがあるんだわ」

「...コウタ君の手から感じられる力は、堕天使や天使の持つ聖なる力ではなく、そして私たちの知る魔力とも似ているようで違う、説明のつかない独特の波動を感じますわ」

 

 

 俺とは比べものにならない知識量を持つ部長と朱乃さんでも名前の付けられない力。そんなものがコウタの周りに渦巻いてるってのか?一体アイツは何をしようとしてるんだよ!

 その答えは、アザゼルの放った一つ目の槍がコウタへ着弾した瞬間、俺たちの前に姿を現すことになる。

 

 

『!』

 

 

 振りかぶったアザゼルの手から猛然と翔ける一筋の極光は、空中で突然花開いた赤い花弁のようなものに阻まれた。それが見えてからすぐ、逸らされた衝撃波が結界を撃ち抜き、アザゼルが絶対に破れないから安心しろと言っていた防御の壁がおそろしい悲鳴を上げて軋む。

 そんな雷鳴と地面が砕ける音と結界へ叩き付けられる衝撃音のお蔭で、外側の俺たちは大声で喋らないとお互いの言葉が聞き取れない事態になった。

 

 

「ぶ、部長!結界は大丈夫なんですか!?」

「問題ないはずよ!初めはちょっと強力過ぎると思ってたくらいだったから!」

 

 

 雷光に目を細めながら戦場を必死に眺めていると、丁度逸らされた衝撃波で校庭から巨大な岩石が巻き上げられ、空中を飛ぶ他の衝撃波に呑まれてあっという間にバラバラとなる、心臓にとても悪い光景が飛び込んで来た。もし内側に立っていたら、俺もああなっていたに違いない。

 結界内はさながら荒野の如く砂塵の嵐が吹きすさび、轟く雷も合わさって、ほとんどコッチ側から状況を確認できない。しかし、突然それまでとは明らかに光量の大きい雷光が瞬いた瞬間、巨大な風船を一気に百個ぐらい割ったのではと思うくらいの炸裂音が聞こえ、結界の中を覆っていた砂塵が消し飛んだ。

 

 

「ぬおお!な、なにが起こったんだ!?」

『ふむ、アザゼルが二発目の槍を投げたらしい。だが、コウタの展開した盾はまだ持ってるな。上々な耐久力だ』

「た、盾?!もしかして、あの花びらみたいなのが盾だってのか?!」

 

 

 いきなり返答をしてきたドライグの言葉にまさかと思った俺だったが、良いタイミングで砂のカーテンが晴れた向こう側には、確かに真横から奔る雷の柱を半透明の花弁で受け止め続けるコウタがいた。...あれ?今ちょっとおかしかったぞ。

 

 

「最初の時より花びらの数が減ってるような...?」

『ああ、いいところに気付いたな相棒。アイツの手から出現している花弁一つ一つは高濃度の魔力障壁をそれぞれ前方に展開してる。発動直後は七枚あったが、どうやら五枚破壊されて、あと二枚のようだ』

「え、あと二枚ってヤバくないか?まだアザゼルの槍は全然威力が衰えてないぞ!」

『何、アイツの手元をよくみて見ろ。吹き荒れる聖なる力の混じった雷光のお蔭で確認しづらいが、集中すれば知覚できるだろう』

 

 

 ドライグの指摘通りに額へ傘を作ってコウタの右手をよく見てみると、真っ黒い稲妻のようなものを発生させている短剣があった。一応見えるには見えたが、それがどれほど凄いのかは悪魔の恐怖心を際限なく膨らませる聖なる力が邪魔して、目が痛くなるほどの光に耐えながら視線のピントを絞っても分からなかった。

 そんな風に集中力を研ぎ澄ませて注意深く見ていたからか、コウタの手から広がる花弁の盾が砕け、最後の一枚になる様子が映った。

 不味い。そう確信した俺だったが、直後に目を見開いてしまったのは、全く別の驚きからだった。

 

 

「なんだ、アレ」

 

 

 盾が残り一枚となった直後、コウタが受け止める白い柱とは正反対の黒い柱が出現した。

 それは、アザゼルに向けて振るわれるまでの短い間、俺の中にあった聖なる力に対する恐怖心を砕き、圧倒的なまでの力の奔流の具現に目が釘付けとなった。

 

 

『ハッハハハ!ありゃバカげてる!全盛期の俺でさえあの一撃を真面に受けたら只じゃ済まねぇだろうな!』

「ま、マジかよ...!」

 

 

 校庭を走った黒い波動は、メチャクチャな破壊の嵐をまき散らしながら突っ走り、最後に結界をこれまでで一番大きく震わせる大爆発を起こした。ちなみにアザゼルは寸でのところで校庭の端まで跳び、巻き込まれるのを危機一髪で回避していた。流石の堕天使総督とは言え、ドライグですら恐れる攻撃だ。避けざるを得なかったのだろう。

 そのアザゼルは頭を掻きながらコウタへ近づき、当のコウタは笑顔で迎えていた。どうやら、決着がついたらしい。

 

 

「...す、凄い戦いだったわね。お兄様がコウタの実力について何も言わなかった理由が良く分かったわ」

「イッセー君の赤龍帝の力も凄まじいものでしたけれど、単純な破壊力ではアレに比肩しますわね。それに、放った後も特に疲れた様子がない」

「うん、これならコカビエルを倒せるのも頷けるね。残念なのが、その戦いを見れなかったことだなぁ」

「やっぱり、コウタさんは負けない」

 

 

 部長たちオカ研のみんなは驚いたり納得したりと色んな反応を見せている。かくいう俺も驚きの成分が強いのだが、他の皆とは違う感情があった。それは.....

 

 

「俺も──────俺も、これくらい強ければ.....!」

 

「イッセーさん?」

 

 

 劣等感と憧れ、その二つがごちゃ混ぜになった感情を押さえつける。

 俺の宿敵であるという白龍皇・ヴァ―リからは、アザゼルと同じ、いやそれ以上の強大な力を感じた。あの時はそのプレッシャーに押され、正直喧嘩を売る言葉が出た後のことは何も考えていなかった。アイツがもし俺の喧嘩を買って仕掛けてきたら、為す統べなく殺されていたに違いない。

 ...このままでは駄目だ。アイツの言う禁手に至れなければ、まともに拳をぶつけ合うことすらできない。そんなザマでは、コカビエルのときみたくコウタに全てを任せる事態になりかねない。

 

 

(もっと、強く...強くならないと)

 

 

 速さに能力が特化したはずの木場ですら見えなかった、剣を振るう速度。

 堕天使総督の全力攻撃を二度防ぎ切った、花弁を象る盾。

 二天龍のうちの一体である赤龍帝すら認めた、黒い一撃。

 

 特別な神器を宿した悪魔と言われ、それに天狗となっていた自分は間違っていた。

 だから、もう自分の持つ力に妙なプライドを持つのは止めよう。

 

 赤龍帝うんぬんなんて関係なく、俺は俺の望む強さを手に入れてやる!

 




今回はオリ主戦闘時のイッセー視点ですね。
作中でも語られている通り、今までオカ研部員は、誰一人としてオリ主が『武具創造』を使って戦闘する場面を見たことはありませんでした。

ちなみに、イッセーとの鍛錬中ワザと精製した剣の質を落としていたのは、禁手に中々至れなくてやきもきしている彼を少しでも励まそうとする意があったそうな。
核心を突くと、自分にとって有利な戦闘を続ければ、何か掴めるのではということでしたが、その行動は思い切り裏目に出て、結果イッセーはオリ主を軽視するようになってしまった...と、そういう感じです。


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File/41. 疑審案起

一月に終わってほしくない...あぁ、俺の平穏が崩されていく...。所詮は砂上の楼閣だったんだ。

とまぁおふざけはここまでにしておきまして。この話は戦闘前の約束をアザゼルに果たして貰う回です。


 ────────ある白髪神父は言う。

 

 

『はぁ?カミサマ?そんなの本当にいると思ってるんスか旦那。...こんな状態の世界を知った上で神様が居るなんて、社畜のオッサンが突然サンタクロースを信仰し始めるのと同じくらいオカシイ話っスよ。そんな事よりミリーちゃんの攻略法を教え』

 

 

 ────────ある聖剣所持者は言う。

 

 

『おい、もう一度言ってみろ。神がおらんだと?幾らお前でもそれは聞き捨てならん。我らは天上の神の膝元でしか生きられないのだ。仮に消失したとしたら、それは我らの存在意義が失われたことを意味する。だからこんな訳の分からない質問は止めてくれ。これをイリナに言ったらお前エクスカリバーで刺されるぞ?』

 

 

 ────────ある龍神は言う。

 

 

「神?...確かに、そう呼ばれる大きな存在が最近消えた。同時に、今まで世の条理を担っていた基盤の一つが消失。結構危ない状態だった。我には関係ないけど。...でも、抜けた穴はすぐに元に戻された。問題ない。たぶん」

 

 

 そして─────ある堕天使幹部は、こう言った。

 

 

『かまわん。あの聖剣使いが聖と魔を一つに混じり合わせた剣を創り上げていた光景を見て、神の死に気付きつつあったからな。いずれはこうなる運命だったのだ』

 

 

 ──────神の死。

 

 あの時は考えているヒマがなかったから、違和感を感じつつも思考の隅に追いやっていた。しかし、もし俺が教会に属する人間や、天使、堕天使だったのなら、己の命など一切顧みず、その場で血相を変えて問い詰めていたはずだ。

 だが、少し待ってほしい。さる龍神が言っていた通り、聖書の神が担っていたシステムが抜け、神器の異常が見られた。並行して信仰の乱れという事態も発生しているようではあるが、やはりその『異常』がイマイチ実感しきれていない。なので、本当に神が死んでいるのかどうか疑問に思っていた。

 

 しかし、ようやく。...ようやく、その真実を知るだろう人物から、確実な答えを貰える状況を作り出せた。

 

 

「じゃあ、アザゼル。事前の約束通り、質問には答えてもらうぞ」

「おうおう。何でもいいぜ?好きな食いモノ、好きなゲーム、好きなタイプの女、好きな女のオとし方。全部聞かれりゃ真実と本音を言ってやるから、メモ用意しとけよな!」

 

 

 早速冗談をかます緊張感のないアザゼルに思わず溜息が出る。取りあえずこの空気を断ち切るため、好きな女のオとし方というセリフに過剰反応して、メモ用紙を黙々と用意し始めたイッセーの頭を叩き、アザゼルを戦闘時と同等の眼光で射抜く。それで俺の言わんとすることが伝わったか、彼は腕を組みながら深く呼吸をし、座っていた部室のソファへ更に体重をかけた。若干つまらなそうな態度を端々に見せているのが気に喰わないが、できる限りこの男の言を嘘と勘繰ってしまうような雰囲気は作りたくない。

 

 

「聖書の神が死んでいるというのは本当か?」

 

「──────」

 

 

 その言葉が終わったと同時、アザゼルは今まで浮かべていた笑顔から一転し、色濃い疑問と微量の驚きが混じった表情へと変わった。そんな彼からはプレッシャーの類こそ感じられないものの、ここまで取り乱すということは相当なタブーなのだろう。

 実際、俺の背後に控えていたオカ研部員たちは、動揺を隠せずにはいられなかったようだ。

 

 

「ちょっとコウタ!?いきなり何を言って────」

「コカビエルか、ツユリ」

 

 

 声を荒げるグレモリー先輩を遮るようにして俺に質問を飛ばすアザゼル。それに対して頷きを返し、コカビエル戦にて見聞きしたことをほぼそのまま彼に語った。無論その内容には木場の聖魔剣発現のことが入るので、グレモリーの騎士は思わぬタイミングで話の中心に上げられて驚きつつも、どこか納得したような表情をしていた。

 そう。神の設定したシステムでは、聖と魔は交わることのない独立した属性でなければならない。そして過去、神に対する強い信仰心を持っていたはずの木場が認めてしまうということは、この法則が崩れているのはやはり異常だというのか。

 

 

「ったく、コカビエルの野郎も口が軽い。やっぱこういう輩が居る内輪で情報統制なんて無理な話か」

「...否定しないということは、やっぱり」

「ああ、そうだ。もうここまでネタばらししちまったし、俺個人の勝手な口上ではあったが、約束は約束だ。この際はっきりと言わせてもらう。聖書の神は大戦時の混乱で死んじまった。これは紛れもない真実だ。...あぁーあ、俺もコカビエルの事を馬鹿だアホだと言えねぇな」

「そ、そんな。.....そんなの...嘘」

「ッ?!アーシア!」

 

 

 イッセーの切羽詰まった声で、アーシアさんが床に座り込んでしまったことに気付く。彼女の顔は一目で分かるほどに青ざめ、手足は小刻みに震えていた。

そうか。アーシアさんはその道の信徒ですら感心するほどの信仰心の持ち主だ。悪魔となったことで祈りを捧げられないことを心から悔やんでいるあたり、この話題は彼女に対しあまりにもダメージが大きかったか。

 これ以上アーシアさんにここで話を聞かせるのは酷だろう。俺はそう判断すると、最も気心の知れた相手であるイッセーに頼み、保健室に寝かせて彼女が回復するまでの間付き添ってくれるようお願いした。

 

 

「なんだ。悪魔になってでも未だに信仰をしてる子がいたか。これは悪い事しちまったな」

「いや、俺が言う前に気付いてればよかったんだ。配慮が足りなさすぎた」

 

 

 アザゼルはバツが悪そうに頬を掻き、俺は己の迂闊さを呪った。いずれ知らさねばならない事ではあるが、場所と言葉を選び、もう少し緩衝材に包んだ伝え方も出来たのだ。...しかし、今更悔やんでも後の祭り。今は目的を達成することに念頭を置こう。

 

 ───さて。もし、本当に神が死んでいるのなら、何故この世は存在していられるのか。世界を席巻している神のシステムが機能していないのなら、宇宙規模ではないにせよ世界の法則が乱れ、国の秩序や理性は消失し、文明は滅んでしまう。それくらいは起きていてもおかしくはないはずだ。

 

 

「...アザゼル。神が居ないんだとしたら、今天界の最上位に就いているのは誰?」

「ミカエルさ。アイツは元々誰より神の近くにいたから、そういうことにゃ一番に聡い。名前くらいは知ってんだろ?」

「ええ。彼が天使として大きな力と地位を持っていたことは知っているわ。...でも」

 

 

 言葉の途中で声を切り、グレモリー先輩は木場の方へちらりと目を向ける。いや、正しくは木場の力を再確認した、か。そして、彼女は俺と同じ疑問を持ったようだ。

 しかし、グレモリー先輩が疑問として口に出す前にアザゼルが先手を打った。

 

 

「神様が居なくなってんのに、何でこの世の中は普通に動いてんのか、だろ?でもなリアス・グレモリー、そんなことを幾ら必死になって考えたって仕方ねぇんだよ。平気なら平気でいいじゃねぇか。ワザワザ大問題としてガンガン騒ぎ立てて、今だって戦争後の山積みな問題を増やしたかねぇよ」

「...っていっても、絶対無駄だろうな」

「なんだ、よくわかってんな。ツユリ」

 

 

 無駄だ。そんなことを知ったら騒がない方がおかしい。天界に住む天使たちは、先の聖剣所持者のように神の存在が在ってこそ世に生を受けた意味を実感できる、などと本気で思っている輩が五万といるはず。無論、彼らと同じではないにせよ、他の派閥にも深刻な動揺が広がってしまうだろう。

 今はまだ、三すくみの戦争から完全にほとぼりが冷め切っていない状態だ。そこに神の死などという最悪の起爆剤を投下すれば、確実に天界もろとも全世界が傾く。

 

 

「いいか?この事実がひた隠しにされ続けている理由は混乱と動揺の抑止、これに尽きる。今はひたすら各勢力共に自陣の修復に専念してりゃいい。...ぶっちゃけ、神の死以前に現魔王に対して不満たらたらな旧魔王支持の奴等が、最近『禍の団(カオス・ブリゲード)』って最悪なテロリストどもへ肩入れしようとしてる動きがある。これに神様親衛隊なんて過激派組織に出てこられた日にゃ、いよいよ世界の終わりよ」

「ということはアザゼル、神の死を公表することは今後もないのね」

「ああ、何とか誤魔化してやっていくしかない。だが、俺たち上位の輩から情報が洩れる可能性は低くねぇ。お前たちも知っちまったものは仕方ないが、統制はしっかりとってくれ」

 

 

 俺たちはことの深刻さを受け止め、神妙な顔で頷く。しかし、皆のその表情には色濃い動揺が見られていた。

 

 俺は今も昔もほぼ無宗教で、仮に関わるとしても、何かに困ったときや初年度のお参りにだけ神社へ行き、名前もろくに知らない御神体へ向けて願掛けをする程度のものだ。そもそも、奉られている神様仏様が実際に存在するのかという疑問を抱いたことすら少なく、信仰心は無いに等しい。つまり、俺を含めた日本人のほとんどは、神とは自分にとって都合のいい依存対象でしかなかったのだ。

 そんな俺でも、天界にいるという聖書の神についてグレイフィアさんから聞いたとき、今あるこの世が神の創ったシステムの下に成り立っているのだと思い知り、神の偉大さを痛感した。...それでも信仰心はないが。

 

 アザゼルは疲れたような溜息を吐くと、テーブルの上に置いてあったティーカップを掴み、優雅さなど欠片もない所作で一気に中身を煽ってから、足を組み直してソファに頭を預けた。

 

 

「んで、質問はこれだけでいいのか?確かに神の死についてはご法度な案件だが、事のヤバさを言理解した上で静観を決め込めるお前らなら、軽率な言動はしないだろ。ま、仮にも命張ったんだ。お節介かもしれんが、割に合わねぇと思うぜ?」

「.....そうだな。じゃあもう一つ」

「おうおう、いいぜ。最初ので十分驚かせられたからな、ちょっとやそっとじゃ動じねぇぞ」

 

 

 さて、どんな質問をしようか。どうせならこの場限りの好奇心ではなく、今後に役立つ知識を得たいところだ。

 

 個人的に昔から興味を抱いていたのは、この世界の魔法、魔術の成り立ちだ。過去Fateの魔術論理に組み込んだらどんな化学反応を起こすのか、グレイフィアさんからそのことを教わるのを楽しみにしていたのだが...俺の体内には()()()()()()()()()が無かった。いやもう皆無。端数なしのゼロ。

 体内に『魔力』が一定量なければ、この世界の魔法、魔術の類は一切行えないらしく、結局グレイフィアさんの魔術講座は絶望的となってしまった。何とか食い下がろうと疑似魔術回路に聖杯の魔力を流しても、何故か感知して貰えなかったこともあり、あのときは本気で自分に魔術の才能がないのではと疑ったものだ。しかし、それに反してコッソリ読み漁った魔術に関する書物の通りに結界を敷設したら、やはり陣は起動し、目論見通りの力が行使された。コカビエルのときといい、俺の聖杯はそこまで厳重に秘匿されているのだろうか。

 とまぁ、そんなこんなで知りたくても知れなかった魔術についての知識を聖書に記されるほどの大物堕天使から聞けるチャンスが、今まさにココではあるのだが...。問題は、どうやって自身に魔力があると証明するかだ。普通に聞いたら、またグレイフィアさんと同じ結果になりかねない。まずは遠まわしに...

 

 

「アザゼル。俺に魔術の才能はあるか?」

「ん?ねぇぞ」

 

 

 見事に一刀両断され、俺は思わず前のめりに倒れそうになった。てか、アザゼルの言った魔術の才能/zeroが本気だったら、魔力/zeroとも断言される可能性が激高じゃねぇか!

 そんな俺の反応を見たアザゼルは満足そうに笑うと、「安心しな」と前置きを挟んでから言葉を続ける。

 

 

「お前は魔力がからっきしだが、あれだけの技を全て神器で賄ってるんだ。正直気になって仕方ねぇが、長年それを扱って来た俺でも全く機構が理解できねぇ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!俺には神器なんてものはないぞ?」

「.....なに?」

「そうよ、アザゼル。コウタに神器はない。これは本人から聞いたことだし、使用者の意図なくして発動する神器なんて、そうそう存在しないでしょう」

「じゃあ何だ。俺が神器だと思ってみてたモンが、実は違うってことなのか?」

 

 

 アザゼルは訝し気に顎へ手を当て、部室の白い天井を見ながら考えに耽る。時折俺の方を見て目を細めるが、やはり無理だったようで「駄目だ、分からん」とぶっきらぼうに答えると、膝を叩いて勢いよく立ち上がった。

 分からないというからにはこれで終わりなのだと思っていた俺だったが、アザゼルはポケットの辺りをゴソゴソやりながらコッチへ近づいてきて、引き抜いた手に何かを握ったところで立ち止まった。

 

 

「仕方ねぇから秘密兵器の登場だぜ。これぞ俺の発明した汎用型神器の一つ、『蛇の牙(スネイク・バイト)』だ!」

 

「おお────って何だこりゃ」

 

 

 アザゼルの手に収まっていたのは、緑色が基調の小さい機械だった。いや、それだけならまだいい。正直にいうと、オカルトデザイン過多の魔術礼装的なモノを想像していたのは否定しないが、この際別にカガクな機械でも文句は言うまい。

 しかしだ。何で、何でそいつの形が...

 

 

「これまんま体温計じゃねぇか!」

「?タイオン・ケイってヤツは知らねぇが、コイツの名前は蛇の牙だ。で、気になる能力は使用者の潜在能力を数値化することだぜ」

「潜在能力?魔力ではないの?」

 

 

 グレモリー先輩の疑問は尤もではあるが、俺は断固として『蛇の牙』の形について言及したい。もし測定方法が脇に挟んだり口に咥えたりだったら、いよいよ黙っていられなくなるぞ。

 

 

「ああ。計測するのは魔力単体じゃなく、力と呼べるもののほぼ全てを総合して数値化する。だから、表示されるのは被験者の強さそのものと言っていいぜ」

「なるほど。それなら、彼の説明のつかない力の一端を知る事ができますわね」

「うーん、自分の強さを具体的な数値で表されるっていうのは、何か妙な気分になりそうだ」

「コウタさん、やるんですか?」

 

 

 姫島先輩は結構肯定的な捉え方だが、木場の方はイマイチ感触が悪いようだ。確かに、自分の実力を数字などで決めつけられることに良い気分を覚える者は少ないだろう。かくいう俺も、正直こんな体温計みたいなもので能力を測られるのは、イマイチ緊張感が湧かなくて嫌だ。

 俺は小猫ちゃんの疑問にほぼ間断なく頷くと、アザゼルの持つ『蛇の牙』を取る。...嫌でも、それが己にとって少しでもプラスに働きうる可能性を内包するならば、喜んで受け取ろう。

 

 

「お、使う気になったか」

「まぁな。...で、どうやって使うんだ?」

「簡単だ。起動は既に俺がさせてあるから、後は脇に挟むだけだぜ」

「尚更体温計じゃねぇかよ!」

 

 

 もう突っ込み始めるとキリがなさそうなので、それしき積もる文句は無理矢理呑み込み、黙って脇に『蛇の牙』を差し込んだ。それから間もなく、まるで全身を何かが這いまわるような感触が一瞬割り込み、見えない拘束具で縛られるかのように四肢が硬直してしまった。

 そんな状態が少し続いた後、今まで身体の表層にあった得体の知れない感触は、更に身体の奥に入り込もうとして─────

 

 

「?このアラーム音は...」

「お。そりゃ計測が終わったことを知らせる音よ。よっしゃツユリ、出してみろ」

「あ、ああ」

 

 

 妙な感触は電子音が鳴ってからすぐに消えてなくなり、後遺症なども全くないようだった。しかし、もう少し測定時の感覚を気分の良いものに出来なかったのだろうか?さながら蛇に全身を舐め回されているようなおぞましいものだったのだが...まさか、それでコイツにこんな名前をつけたのだろうか。

 憮然とした態度のまま脇の辺りをまさぐり、体温計...もとい『蛇の牙』を取り出し、小さい画面を覗き見る。っと、そういえば一般的な数値とか教えてもらってなかったな。これじゃ比較対象がないじゃないか。

 

 

『∞』

 

 

 俺は一度画面から目を離す。

 

 何だ?今のは数字だったか?いや、アレは明らか数字じゃなかった。じゃあ一体何だと言うんだ。アザゼルは数値で表示されると言っていたはずだろう?もしアレがその通りの表示だったのなら、俺の個人的な願望が事実を歪曲させたに違いない。

 さっきのは見間違いと判断をつけて一つ頷き、結果発表を待つ全員の視線を浴びながら、俺はもう一度画面へ目を落とす。

 

 

『∞』

 

 

「待て待て!?早速誤作動起こしてんじゃねぇか!」

「お、おいツユリ!結果は一体どうだったんだよ!?」

 

 

 あまりの取り乱し様だったらしく、背後から焦ったようなアザゼルの声が聞こえ、素早く『蛇の牙』を持つ俺の腕を掴むと無理矢理にその画面を確認した。途端、一瞬目を見開いたあとに動揺を隠すかのような所作で口元へ手を当てるアザゼル。それにどうも怪しい予想を立てた俺を含めるオカ研部員たちは、黙って彼の二言目を待つことにした。

 

 やがてようやく動いたアザゼルは、まず()()一番に手に持った『蛇の牙』を乱暴にポケットへ突っ込み、それから俺たちへ背中を向けて部室のドアへ歩を進める。脈絡のないその行動にまさかと思い、俺は慌てて制止を叫んだ。

 

 

「ちょ、アザゼル!結果は――――――――」

「やっぱ誤作動みたいだったわ。このままじゃ収まらねぇから直しにいく。日を改めてまた顔合わせようぜ」

 

 

 それに対し俺が何か言う前にドアをぴしゃりと閉められ、部室にいる全員が完全に置いてけぼりを喰らった。...いや、これじゃ収まらねぇのは俺の方だ。自分の持つ力について一部でも更に理解できるチャンスをこのままみすみす逃すなんて勿体ない。

 それと、旨いところだけの持ち逃げは許せない主義なんでな!

 

 

「コウタ?!無駄よ、今から追っても──────!」

 

 

 グレモリー先輩の声を無視し、納得のいかない俺はアザゼルの消えて言った部室のドアへ飛び込んで開け、もしかしたら追いつくかもしれないという希望を持って廊下へ躍り出ると、すぐに視線を全方位へ向ける。

 

 

「.....クソッ!」

 

 

 しかし、そこには夕焼けの斜光を鈍く反射する無人の廊下が続く光景しかなかった。魔力を探知して所在を掴もうと試みても、アザゼルは堕天使。その身に内包するのは正反対の属性である聖なる力だ。追いつく手立てはもう無いに等しい。

 

 

 ――――あの神器は、使用者の総合的な力量を測るものだと言った。ならば、あれが俺の中にある聖杯の実測値だというのか?

 しかし、そもそも聖杯とはそういうもので()()()か分からない。魔法の領域にあるものを観測、見聞できるのは魔法に精通している者のみだろうし、あの体温計がFateでいう奇跡を一つの方法として具現させた魔法の産物とは思えない。もしそうだとしても、カレイドステッキのあのぶっ飛びようを見習ったほうがいい。

 

 

 それとも、また別の...聖杯ではない『別の何か』を測っていたのだとしたら。

 

 一体、俺の中にある『それ』は何だというのか。

 

 

 明確な答えは─────未だ、観測()えない。

 

 




はい。アザゼルにした質問は神の生死についてでした。これやっとかないと後々面倒なんですよね。

この章の後半辺りで、そろそろオリ主覚醒回入る...といいなぁ。


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File/42.挑み、戦うこと

皆様お久しぶりです。只今絶賛就活に参ってる緑餅(作者)です。
今話は大分挑戦した内容となっています。もうタイトル通りに。

一つはオリジナル宝具を初お披露目。
もう一つは...実際に見て確認してみて下さい。

ただ、二つ目に関しては私から一つ謝辞を。...初期頃から我が拙作を読んでくれていた読者の皆々様方、申し訳ありません、本当にお待たせいたしました!


「よっこらせっと」

 

 

 俺は学園の屋上へ腰を落とす。思わず出た親父臭い掛け声で嫌な気分になりかけたが、この場に居るのは俺だけなので、誰にも聞かれていなかったことを安心しつつも、やはり嘆息した。

 吹き付ける風を感じながら胡坐をかき、ここから見える学校敷地外の景色を一望してから、誰もいない校庭へ目を向ける。無人である理由は至極単純、今日が日曜日で休みだからだ。もしかしたら活動している部活があるかもしれないが、校舎内は静かなものだった。

 

 

「ま、校舎外はそうでもないみたいだけどな...」

 

 

 気持ち猫背になるのを疎ましく感じながら、再び目を動かして別のところ...校庭の外れに鎮座するプールを映す。そこは本来なら水泳部も活動していないので、人など一人もおらず閑散としていなければならない。そのはずなのだが、件の場所からは男女の笑い声と、水を弾き飛ばす軽快な音もこちらまで届いて来る。

 いくら静かであるとはいっても、ここは屋外だ。風が吹けば何処からともなく木擦れの音は聞こえて来るし、車の駆動音や警笛などもある。故に、この距離から音を拾うには常人の聴力では先ず不可能だろう。しかし、僅かな能力差さえ命取りとなる過酷な環境で鍛え上げた俺の聴力なら、問題なくとは言わないまでもどんな音かどうかくらいは判別できる。

 

 

「ち、イッセーの野郎め。天国にいるような顔しやがって」

 

 

 そう。件のプールには我らが赤龍帝、兵藤一誠の姿がある。どうやらアーシアさんや小猫ちゃんに泳ぎ方を教えているらしく、その目は真剣...なのだが、時折グレモリー先輩と姫島先輩のいるプールサイドをチラ見してはだらしない顔をしている。それを二人が水に顔をつけている時に狙ってやっているのだから、抜け目ない計画的犯行であることが伺えた。

 

 とまぁ、通常運行のイッセーは放っておくとして、何故オカルト研究部の面々がプールに集っているのかと言うと、生徒会からの下命でプール掃除を依頼されたからである。一見するとただの雑用に見えるが、グレモリー先輩は部員の親睦会と泳ぎ方講座を兼ね、その申し出を快諾したらしい。もうすぐ夏本番でプール開きが近いのだから、こういうイベントもあるか、と俺も納得している。

 

 

「もっとも、そういうイベントで美味い部分にありつけるのは、ほんの一部の人間だけなんだよなぁ」

 

 

 俺は掃除が終わった時点で、あの場から早々に退散した。別にイッセーと協力して泳げない小猫ちゃんとアーシアさんの指導をしてもいいのだが、どうも身内の影響で女の肌色に異常なほど敏感となってしまったらしく、布面積の少ない先輩方の水着を必要以上に意識してしまう。意識とは言っても邪なものではなく、襲われる!という、どちらかというと恐怖心に近い感情だ。

 

 

「最近黒歌のヤツ地味に強くなってきてるから、あしらうのも一苦労だ」

 

 

 自宅ではあまりドタバタできないことを分かって、派手な破壊系ではなく強力な拘束系の仙術を使用してくる。昨日は室内の空間丸ごとに仙術の気を巡らし、呼気を通して相手の体内に侵入、身体の自由を完全に奪うという恐ろしい技を使って来た。勝手知ったる間柄とはいえ、幾らなんでもやっていい事と悪い事があるだろうに。

 しかし、幸い俺には聖杯という最強の免疫装置と、長年の冥界放浪生活で培った野生の勘がある。実際、事件が起こったのは草木も寝静まる丑の刻ではあったが、体内に先行して入った気を異物として判断した聖杯が魔力によって押し返し、その間に危険を察知した俺は一瞬で覚醒し黒歌を撃退している。

 ちなみに、睡眠時に襲われた時は一秒の経過すら命取りなので、寝起きは手加減が一切できなくなる。以降は動くもの全てに対し反応し、その動作が止まるまで殺戮を行う...らしい。というのも、俺はその時のことを覚えることができないからだ。お蔭で、意識が戻ると目の前に血の海が広がっていて盛大に驚くことが多々あった。

 

 

「黒歌はこれから夜に襲うことはやめる、寿命に悪いって言ってたし、オーフィスも寝てる時の方が隙無いとか言うし、何だかもう分かんねぇな」

 

 

 好きでそんなこと出来るようになった訳でもないというのに、勝手なことを言うものだ。というか、寝てる時の方が隙がないって、つまり普段は割と隙だらけってことか。まぁ認めるけど。

 今だからこそ言えることではあるが、こんな馬鹿みたいな能力を身に着けざるを得ないこの世界での非日常な生活は、日常の退屈さに苛まれて腐っていた前世と比べれば、それは刺激的で新鮮な毎日ではあった。

 最低限これだけは認めよう。だが、勘違いをしないでほしい。365日、それも昼夜問わず命を狙われるほど刺激的なコースは誰も望んじゃいない。俺の人生ハードモードにもほどがあるだろう。...これより上があるとは思いたくはないが、俺が前世でやってた某弾幕STGにはルナティックという難易度がある。

 

 

「一応、スぺカ紛いの能力は持ってるが...」

 

 

 

 下手をすれば、己にすら何らかの影響をもたらす。そんなモノをおいそれと全力放出出来る訳がない。

 しかし、ここはもう俺が前世で生きていたような世の中じゃない。それこそ、戦車級の兵器がそのまま人間の形になったような連中が何人もいる。いや、もしくはそれ以上。核兵器級の輩が居ても不思議ではない。もし、そんな手合いの者と対峙する羽目になったら...

 

 ────────どうする?

 

 

 

「ッ?!」

 

 

 背筋を駆け上がる悪寒。首の裏がピリつくような焦燥感。...覚えがある。

 

 そうだ。これは(つわもの)が間近にいる合図。溢れようとも内へ隠そうとしない、己が実力に絶対の信頼を置く者から放たれる濃厚で鋭い魔力波。

 

 俺は矢も楯もたまらず立ち上がると、屋上の地面を蹴り、校門の方へ向かって跳ぶ。一瞬の浮遊感の後に自由落下が始まり、みるみる肌色の砂地が近づいて来る。が、直前で魔力の放出により落下速度を完全に殺し、派手な音を立てて着地した。

 

 

「───ははは!面白い登場だ。まさか降ってくるとはね」

「...何の用だ?赤龍帝なら不在だぞ」

「その反応の仕方だと、俺が白龍皇だってことは分かってるみたいだな。流石の慧眼だ」

 

 

 白龍皇・ヴァ―リから手放しの称賛が述べられる。別に悪い気分はしないが、ここに来た目的が分からないのだから、今の彼が吐く言葉には全て猜疑心が付きまとう。無論、褒め言葉とて例外になり得ない。

 ただでさえ、ヴァ―リはイッセーの天敵と言っていい相手だ。このまま野放しにしたらアイツに何をしでかすか分かったもんじゃない...というか、コイツもの凄いイケメンだな。初顔合わせの時はフルフェイスアーマーだったから、まさか中身がこんなだとは思わなかったぞ。

 兎も角、顔の造形云々はひとまず置いておいて、俺は殺気を出さず、しかし好戦的とも取れるほど魔力を迸らせるヴァ―リの目的が気になった。仮にイッセーが標的でこの場にやって来たのなら、俺相手にこんな魔力をぶつけてはこないだろう。それに、俺のカマかけにも乗って来ないことを見るに、少なくともコイツは赤龍帝に用があってきた訳では無さそうだ。

 

 

「要件は簡単だ。コカビエル回収の時にキミと戦って、醜態を晒したまま撤退を余儀なくされたからね。今回は本気の俺と相手をしてもらいたい」

「...つまり、俺と戦う為に此処へ来たと」

「ああ。今の赤龍帝とやり合ったところでつまらないだろうからさ。俺は強いヤツと戦いたいんだ」

 

 

 そう言うと、ヴァ―リは両手を左右ともに水平に拡げて狭域結界を張る。といっても校庭の半分以上を覆う規模だ。常人がこれを見れば、狭域と判断しかねるだろう。

 

 さて、この結界をぶち壊して逃走を謀ることは簡単だ。流石の白龍皇と言えど、身体強化込みの魔力放出で逃げる俺に追いつくことはできまい。だが、そうするとコイツが先輩たちに手を出す可能性も否めない。あの件はコイツにとって根が深い問題だと見えるからだ。

 

 

「分かった。申し出を受けよう」

「はははッ!そうだろう!君も強者なら、他の強者との邂逅と戦闘を望まない筈がない!行くぞ、アルビオン!」

『応!』

 

 

 空気を裂く音と同時に極光が迸り、白銀の鎧がヴァ―リを包んだ。その姿は、イッセーのような籠手だけの出現形態とは明らかに違う全身鎧。こうして目の当たりにすると、現赤龍帝との間の歴然たる力の差を痛感できる。

 すっかりスイッチの入ってしまったヴァ―リを前に、俺はいつも通り身体強化を行い、干将莫耶を両手に掴んだ。その際、強化の手を加えるかどうか考えたが、この時点では攻撃寄りか防御寄りかの判断がはっきりと出来ないことを鑑み、安心安全のニュートラルで挑むと決めた。

 此方の戦闘準備が終わったと見るや否や、待ち切れないとばかりにヴァ―リが動く。それは狩猟本能に突き動かされた猛獣が如き突貫。...だが、理性の無い猛獣とて、得物を捉えるための最適解を思考する生物だろう。

 

 

「!」

 

 

 目前まで迫ったところで、ヴァーリは突如直線への推進力を生み出していた翼を右横に向け、地面を滑るようにして左側へ回る。高速移動の折に自身が連れて来た暴風も攻撃の一つとしていたのだろうが、俺は身体強化でそれを受け流しながら、飛んできた拳を干将で迎え撃つ。

 

 

「く、これに反応するか!」

「こんなもんじゃまだ芸がないぞ、ヴァーリ!」

 

 

 グバンッ!という鈍い音が足元から響き、白龍皇の鎧から溢れるエネルギ―と、俺の干将から断続的に撃発される魔力の拮抗で、校庭の地面が蜘蛛の巣状に割れた。それに舌打ちしながら、俺は右手に持った莫耶で下方からヴァ―リの拳を打ち上げ、干将の柄で腹を打ちぬ───こうとしたが、すぐさま翼を動かして戦線から離脱される。

 

 

「オーバーエッジ・type-α(アルファ)

 

 

 距離が出来たと見るや、俺は持っていた干将莫耶を地面に落とし、胸の前で交差させた空手にもう一対の干将莫耶を創り出す。更に続けて、それをすぐ宙に向かって投げ放った。

 空中へ投げ出された二つの劔は流麗な放物線を描きながら高速で飛翔し、左右から挟撃するような形で白龍皇に迫る。だが、彼は余裕の体で構えると銀翼をはためかせた。

 

 

「ハッ!この程度の攻撃など、無駄に値するよ!」

 

 

 両拳でそれぞれ迎撃し、干将莫耶はあらぬ方向へと吹き飛ばされる。そんな過程など目にも止めず、ヴァ―リは翼から放出するエネルギーを強め、再び俺の懐まで飛び込まんと体勢を変えた。だが、それを見る俺は思わず笑みを漏らす。

 

 

「?何がおかし......ッ!」

 

 

 疑問の声を上げかけたヴァ―リだったが、言い終わる前に異変に気付き、背後と右真横から肉薄した飛翔物を辛くも弾く。

 響いたのは金属音。瞬いたのは火花。ヴァ―リが防御したのは、さきほど俺が投げ、そして回避されたはずだった干将莫耶だ。しかし、二つの劔は以前として宙空を飛翔し続け、更に最初の頃より移動速度を増しつつ、意志のない三度目の斬撃を行う。

 三度(みたび)の攻撃を捌く白龍皇。しかし、それを受けた夫婦剣は唸りを上げながら軌道を変えて旋回し、もう一段階速度を上昇させると、今度は真上、そして左側からの挟撃を敢行する。

 

 

「ち、これは自動制御か!厄介な──────、むッ?!」

「.....俺を忘れて貰っちゃ困るぜ」

 

 

 俺は地面に落としていた干将莫耶を拾い上げて疾走し、αタイプの対応に追われているヴァ―リの隙を突いて一気に懐へ潜り込む。が、流石は既に禁手をモノにした現白龍皇か。俺の接近に気付いた彼は、迎撃から回避へ素早く行動理念を切り替え、翼を使って全力の後退を行う。

 

 

「ぐッ!?」

 

 

 それでも、左から迫った莫耶の追撃は躱しきれず、ヴァ―リの右腕にその刃をめり込ませる。堪らず苦悶の声を上げるが、尚も後退は続け、五度目の干将の攻撃に余裕を持って対処する。と、それからすぐ彼の鎧に埋め込まれた宝玉が輝き出した。

 

 

「フ、これほど十秒が長く感じたことはない!」

 

『Divide!』

 

 

 機械的な音声が響いた瞬間、干将の魔力構成...つまりは強度が突如半減した。そんな状態でも六度目の肉薄を敢行するが、風を切って飛んだ白銀の拳にあえなく砕かれる。

 なるほど。これが白龍皇の持つ特性、半減か。触れたものを何であれ半分にするとドライグから事前に聞いていたから、一応直接触れるような戦法は意識的に避けてきたが、これは正解だったかもしれない。

 

 

『ほう、赤いのの側に着く者でこれほどの実力者がいようとは思わなんだ』

「だろう?アルビオン。この俺が今まで指一本も触れられないのが強さの証拠だ」

『全く。お前はどこまでも強者との戦闘に貪欲だな』

「当然だろう!俺は相手がどんな存在だろうが強者であれば認める!だが、弱者であれば、たとえ神だろうと俺はその存在を認めない────!」

 

『Half Dimension!』

 

 

 ヴァ―リは高らかに吼えながら左腕に埋まる莫耶を掴み、握力で粉砕する。そして、その言葉に呼応するような形で鎧の宝玉が再び機械音声を上げ、その直後に結界内の木々が見えない力で押しつぶされるような挙動をしはじめ、その大きさを元の『半分』にしてしまう。

 

 

「おいおい、めちゃくちゃだな。なんつー出鱈目な力だよ」

 

 

 

 ─────これは、さながら力の強制徴収(インターセプト)だ。

 

 何故なら、この周囲の景色を変えながら行われるモノの『半減』は、半減したエネルギ―分を己のものとしてしまうからである。イッセーの赤龍帝の力が発揮する倍加とは相反するものであるが、これはこれで強力無比な能力だ。

 

 

『あまり無茶をするなよ、ヴァ―リ』

「それは承服しかねる。目の前の相手は、多少の無茶をしなければ勝利は難しいだろう」

『なに、覇龍さえ使わなければ文句はないさ』

 

 

 覇龍。聞きなれないその単語に眉を落としかけた俺だったが、以前より数段増した速度で地面を蹴ったヴァ―リに気付き、干将莫耶を交差させて防御態勢に入る。

 

 

「砕き、穿つッ!」

「な?!」

 

 

 一度、二度の拳打。それで立て続けに干将、莫耶を粉砕され、俺はあっという間に丸腰となる。...これはどうやら、白龍皇としての彼の戦闘本能を完全に刺激し過ぎてしまったようだ。

 俺は己の武器が砕かれた衝撃を流さず、真面に受けて後方へ吹き飛ぶ。これで多少の距離を稼げるが、無論相手にとってはこのまま追撃をしない手などないだろう。それを見込み、足で地面を蹴って更に距離を空ける最中の僅かの時間で、持ちうる最強の盾の()()を出現させる。

 

 

「『部分展開・熾天覆う七つの円環(アイアス)』!」

 

「!」

 

 

 それは本来なら、七つの花弁を開いてそれぞれを防壁とする宝具。にもかかわらず、ヴァ―リの拳を受け止めたのは一枚のみの花びらだ。念のため言っておくが、決して発動に失敗した訳じゃない。

 勿論一枚であることには意味がある。それは、この逼迫した状況下では、七つ分の魔力障壁展開のためのプロセスがかえって仇となるため、一枚のみの構成で宝具(アイアス)として完成させ、そのまま発動させたのだ。とはいっても、七つの花弁を象った姿こそが熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)という宝具の完全。それには以上も以下もなく、正史で扱われた形態のまま顕現させなければ、宝具としての価値と意味を失い、無銘に堕ちてしまう。

 だが、それを回避して手を加える術はある。俺が干将莫耶で既に証明しているように、宝具の構成を完璧に理解した上で、英霊が実際に使用して積み重ねた歴史という核を壊さなければ、その性質のみを大幅に変化させることができる。そのための経験値は、もう十分といっていいほど積めた。

 

 

「チッ!発動が速い上に堅いときた!なら、これでどうだ?!」

「っぐお!」

 

 

 追撃を遮られたことに驚きながらも、ヴァ―リは片翼からブーストをかけて二撃目を敢行。左足を思い切り振り上げてアイアスを砕いた。やはり一枚だけでは防御力に乏しいか。

 俺は衝撃で再び空中を泳ぎながらも武具精製を発動させ、前方に剣の絨毯を築き上げた。突貫するヴァ―リはそんな脈絡なく出現した剣の山に翻弄され、幾つかの剣の切っ先をその身に受けたか、堪らず真横に回避行動をする。俺はその隙に両手に長い長刀を創造し、同時にそれを扱う上での知識の収集を行った。

 

 ─────有名だった癖に、コイツを使うのは初めてだな。

 

 

 

「全く、次から次へと妙手が出て来る!面白い人間だ、君はッ!」

「期待に応えられて嬉しい、ぜ!」

 

 

 両手に持ち水平に構えた体勢で、その刀を鞘から解き放つ。途端に名刀特有の煌びやかな銀色が視界に映り、刹那の感嘆に浸る。が、校庭の土を蹴る鈍い音で我に返り、上段から一閃。剣の色より少し明るい彩色の拳を右に弾く。

 一合、二合、三合、四合と打ち合い、敵の攻勢の悉くをいなしていく。刀の扱いには結構自信があるほうではあるが、その道の英霊と殺りあったら十...いや、三十秒くらいでなます切りにされるだろう。

 そんな俺に対しヴァ―リが攻めあぐねているのは、刀を武器に持つ敵と戦うのが初めて、という訳もあるだろうが、一番の原因はもっと直接的な要因なはずだ。

 

 

「ぐ.....な、んだ。その刀は!」

「これはな、千鳥っていう日本の宝刀だ。最大の特徴は...強力な雷を帯びてることだ」

「なる、ほど。道理で、腕が突然言うことを聞かなくなったわけだ。ぐぅ!」

 

 

 防御したヴァ―リの腕ごと振り抜き、強引に距離を空ける。今の接触で彼の左腕は使いモノにならなくなっただろう。...そろそろ詰めといくか。

 

 俺は刀を下段に構え、千鳥に意識を集中させる。

 切っ先から刀身、刀身から鍔、そして柄頭まで。刀全体を、その総てを雷に換える。

 

 

『!いかん、ヴァ―リ!奴の放とうとしているそれは、今のお前では───!』

「それ以上は口にするな!アルビオン!...分かっている。今の俺がアレに恐怖していることは」

『ならば退け!よもや、この場で消し飛ぶことが本望だというのではあるまいな?!』

「は、それもまた一興かもしれないが、生憎と、俺はまだまだ強いヤツと戦いたいものでね。.....最大限の悪あがきはさせて貰うさ」

 

 

 痺れは一定の時間をかけ、さながら毒のように全身へ回る。最早ヴァ―リは半身を動かせる程度の動作しか出来ないだろう。にも拘らず、彼は獣のような咆哮を上げて両翼を展開させると、己の前面を万遍なく覆い、重ねて青白く半透明なシールドを展開させた。

 それと時を同じくして、手元の千鳥が雷の塊へと変貌する。その景観は、まるで天から落ちる雷そのものを手に握っているかのようだ。

 否、己に飛来した雷を斬ったという道雪公の伝説がその通りならば、音の速度すら超えかねない一撃でなければ雷は斬れない。つまり、千鳥が雷そのものになったとも十分考えられる。

 

 

天下(おち)ル─────」

 

 

 俺は光輝く金色の刀を強く握り、そして───。

 

 

「『迅雷、耳ヲ覆ウニ遑有ラズ(千鳥一文字)』!」

 

 

 

 雷を孕む、音速に匹敵した一太刀。

 

 たった一太刀かと言われればそれまでではあるが、それは自然の雷に匹敵する威力の雷撃を縦に放射し、更に奔った衝撃で周囲の悉くを破壊し尽くすものだ。寧ろ、恐ろしきはたった一太刀でこの光景を作り上げたことだ、と言いたい。

 刀を下ろしながら息を吐くと、不燃物が超高熱度のものに晒されて無理矢理燃焼した、独特の鼻を衝く異臭が漂って来る。目前には白煙を上げて赤熱する抉られた校庭があり、それから少し横に逸れたところで膝を着くヴァ―リが見えた。

 しかし、いくら直撃のコースは意図的に避けたものの、予想とは幾分か外にズレ過ぎているような気が...

 

 

「おうおぅ、これはえげつねー一撃だねぃ!俺っちの如意棒が真っ黒焦げじゃねーか!」

「...美猴、何故邪魔をした」

「邪魔した、じゃなくて助けたと言って欲しいねぃ。でもま、奴さんはお前を消し飛ばすつもりじゃなかったようだがねぃ?」

 

 

 手に持った棒...如意棒についた煤を手で払い、俺の方へ視線を向ける謎の闖入者。ん、待てよ。如意棒だと?それを持ってるってことは、かの西遊記に登場する斉天大聖...いや、流石にそれはないか。

 斉天大聖ではないにしても、口調や態度こそふざけているが、その視線は俺の身体の隅まで観察し、次の動向を極限まで伺う意が濃厚に含まれていた。どうやら、コイツもヴァ―リと同じか、それ以上に厄介な相手らしい。

 しかし、宝具をぶっ放してちょっと疲弊しているところへ援軍は辛い。ましてや、その援軍はある程度の実力者と見える。顔を上げたヴァ―リの目を見るに戦闘意欲は衰えていないようだし、このまま二対一で二回戦に突入しそうな雰囲気がある。

 それは不味い。....が、これはアレを試す絶好のチャンスとも取れないか?

 

 

『ヴァ―リよ、ここは一度退こう。助けがあったから良かったものの、危ない橋を渡り過ぎだ』

「いいや、美猴に痺れを抜いて貰った。もう動ける。ダメージ自体は大したことなかったから、戦闘を続けることは可能だ」

『だが─────、む?』

「ほう?あんなのぶっ放しておいて、また何かおっぱじめる気かねぃ」

 

 

 俺は両手を挙げ、いつもとは違う形で聖杯への道を開けていく。精製や創造を行っていた今までは一つや二つの扉のみ開閉していたが、今回は東西南北全ての道を拓いた。同時に、俺がこれからすることが可能なのか、安全なのかどうかを問う。

 ...なるほど。成功は約束するが、その結果は約束しない、か。これを善しと捉えるか悪しと捉えるかは人によって異なるだろうが、魔術師としての教養が僅かでもある人物ならば、迷うことなく実行するはずだ。そして、碌な魔術の師の教授を受けず、時計塔にも所属しておらず、魔術回路すら持たなかった俺も、今では魔術師の端くれである。

 大きく息を吐いて一度上げた手を下げると、一本の短剣を精製し、片腕の手のひらを浅く切る。滴る血液に構わず短剣を捨て、今度は傷をつけた片手のみを上げた。

 

 聖杯へ接続(アクセス)。...経路確認(ルートチェック)、完了。

 ■つの『■』へ接続。......『■』の選択:自動。

 霊脈指定:候補無し。検索.....該当せず。所有者の魔術回路にて代用。

 座の干渉:拒否。

 ■の干渉:拒否、不可。

 位相確定:霊基・■ン■■。─────実行(セット)

 

 

 

「─────告げる。汝の身は我が元に、我が命運は汝の剣に」

 

 

 聖杯がサーヴァントを召喚するには、無論現世への通り道となる霊脈が必要だ。だが、この世界には霊脈なんてものは存在せず、そもそも俺の中にある聖杯は、知覚しうる範囲では英霊の座としかつながっていない。つまり、七騎の英霊は用意できても、召喚のための経路、基点が無いため現界ができないことになる。

 

 

「聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ───」

 

 

「呪文...?詠唱か」

『ヴァ―リ、今ならヤツは隙だらけだ。...と言っても、無駄なのだろうな』

「とか白いのは言ってるけど、どーする?ほっといていいのかねぃ」

「あぁ、大丈夫だろう。確かに大規模な破壊魔法などを使われたら終わりだが、この学び舎には彼の主人と仲間がいる」

「なーるほど。さっき以上にドカンとでっかいのはブチかませねぇと踏んだ訳だ」

「ふ、数々の文献を読み漁った俺でも知らない詠唱。さて、どんなものが飛び出すか。...楽しみだ」

『全く、怖いもの見たさもほどほどにしてくれよ』

 

 

 ある程度の妨害は予測していたのだが、二人はどうやら俺が取る手に興味があるらしく、最後までやらせるつもりらしい。物好きな野郎どもだ。

 

 さて、経路と基点がないのなら、どうするか。...答えは簡単だ。自分がなればいい。

 実は、聖杯と繋がっているのは英霊の座と別にもう一つ存在する。それは俺自身だ。そして、俺には魔力の通り道である魔術回路が備わっている。ここを経由させれば、召喚者と聖杯が直接つながっている場合のみ、理論上は英霊の召喚を成せる。

 

 

「誓いをここに。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者───」

 

 

 だが、その試みは危険か安全かを定義するまでもなく、ただの自殺行為と言えるだろう。

 聖杯のバックアップがあるとはいえ、英霊(サーヴァント)の肉体という神秘の塊を一個人の魔術回路に流し、現世にて再構成、現界させるなど、正気の沙汰ではない。そんな高密度かつ高濃度の魔力を流せば、魔術回路が確実に暴発する。

 閉じていた目を開ける。すると、目の前には召喚の赤い魔方陣が浮かんでいた。よく見ると分かるが、描かれた陣は俺の血液で形作られている。

 

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ─────」

 

 

「く.....!何だ、何が来る?」

「魔力じゃあねぇな、こりゃ何だぃ?気も混じってるが、俺の知ってる奴とは根本が違うぜぃ!」

『奴の、ツユリコウタの中にある【存在】が重複している、だと?!今、奴は二つの魂を抱えている状態だ!』

 

 

 身体が軋む。神造兵装を創るとき以上に魔術回路が悲鳴を上げていることが分かる。元々規格外の産物ではあったが、今回ばかりは相手が悪すぎる。今の俺の中にはサーヴァント一個分が収まっているのだから、寧ろよく耐えているほうだと言える。尤も、普通の魔術師はこの時点で全身の血液が沸騰し、爆発四散必至だろうが。

 そして、詠唱が最後の文句に移ろうかというその時、突然俺の中に巡っている魔術回路に変化があった。...それは、簡単に表現するなら強化改修。聖杯の魔力そのものが浸透し、俺の魔術回路を覆ってゆく。

 ほんの一時しか持たない、しかし十全な強化。成程、『これ』があったからこそ、召喚そのものの成功は補償出来た訳か。そう思いながら、俺はこの機を逃さぬよう、口の端から血を流しながら声を張り上げ、最後の詠唱を行う。

 

 

「──────天秤の、守り手よ!!」

 

 

 召喚の魔方陣が赤く燦然と煌めく。そして、目を焼きかねない程の極光が俺の視界を塗りつぶし、全神経を魔術回路に総員した影響で五感すら消し飛ぶ。

 何も見えない。何も聞こえない。何も───────

 

 ────────、いや...一つだけ、感じる。

 

 

 

「荒っぽい召喚だ。これじゃほとんど排出と表現した方がまだ的確だぜ?マスター」

 

 

 獰猛さを隠しつつ、しかし隠しきれていないような清涼感のある声。それを聞いた途端に思わず目を剥いたが、視界はホワイトアウトしたままだ。

 俺は回復が追い付かない視覚を鞭打ち、目の前に立つ、ぼやけた人物のシルエットへ必死にピントを絞る。それでもうまくいかなかったため、苛立ち紛れに魔力を込めた平手打ちを頬へ思い切り叩き込み、滞った血液の流れを早める。

 

 

「へっ、イイ気合の入れ方だぜ、マスター。気合のあるヤツは肝が据わってる。肝が据わってる奴はここぞという時に適した判断が出来る。俺は好きだぜ、そういう奴」

 

 

 ─────ああ、駄目だ。顔が弛む。てっきりアイツが来るのだと思っていたから驚きこそしたが、fate界のサーヴァントで一二を争うほどに好きな奴が来るとは。...全く、これだから賭け事(イレギュラー)に自ら飛び込むのは止められない。

 

 俺は明瞭となった視界で、はっきりとその英霊を───駿足の槍兵、『クー・フーリン』の後ろ姿を網膜に刻みつける。

 

 

「召喚に応じ参上仕った。ランサーのサーヴァント、クー・フーリンだ。アルスターの流儀に則り、この槍はお前さんに預けるぜ、マスター」

 

 

 そんな俺に向かい、彼は槍を肩に乗せて片手を挙げながら、俺と同じ笑顔で応えた。




はい!作中へのサーヴァント参戦、無事達成できました。
他のサーヴァントを登場させるかは今後のお楽しみということで黙秘させて頂きますが、その件の否やにかかわらず、誰彼を登場させて欲しい、などの意見にはお応え出来かねますので、あらかじめご了承下さい。

以下に作中で出た千鳥の宝具ステ乗せておきます。


・迅雷、耳ヲ覆ウニ遑有ラズ(千鳥一文字)
ランク:B+
種別:大軍宝具
レンジ:1~40
最大補足:50人
由来:大友家家臣、立花道雪の雷を斬った逸話
 千鳥一文字とは、安土桃山時代頃の武将、立花道雪が佩びていた刀である。またの名を雷切といい、これは道雪が雷を斬ったという話が広まったときについた名。
 道雪が雷を斬ったのかどうかの真相は不明とされるが、彼の英霊昇華とともに宝具としての千鳥が生まれ、これが強力な雷の属性を持つに至った。
 千鳥は魔力を雷に転換する特性を有し、魔力を譲渡する限りは、常に刀身が帯電している状態となる。また、魔力から生み出されたため通常の電気とは異なり、接触した生物の体内に入り込むと、身体の電気信号を阻害し、結果動作を封じる。
 この宝具は、前述の魔力を雷にする千鳥の能力を極限にまで高め、刀自体を構成する魔力すら雷に転換することで発動可能となる。その状態で真名解放すると、千鳥は自然の『雷』と同質かそれ以上になり、所有者の神経系に作用することで、一時的に音速以上のものを知覚可能な状態となる。後は刀を振るうだけで落雷に匹敵する威力と速度の雷の放射が行われ、魔力が含まれた超高電圧、大電流の波で対象を焼き尽くす。また、音速の飛翔体が通過した衝撃で周囲にも甚大な破壊を及ぼす。
 史実から、天候が悪ければ悪いほど威力を増すという特性も持つ。
 


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File/43.蒼き旋風

どうも、緑餅(作者)です。
今までは新話投稿とリメイク投稿を交互に行っていたのですが、前話の更新後、感想にて早く次が見たい!という要望をいくつか貰いましたので、期待に応えるためにも早期&新話連続更新とさせて頂きました。リメイクを密かに楽しみにしていた方々には申し訳ございません。

兄貴かっこいいよ兄貴(ボソッ


※前半の一部内容、あとその他諸々を変更しました。理由はしっくりこなかったからです(暴論)。前の方が良かった方は.....すみません。


 ───クー・フーリン。幼名をセタンタ。

 

 彼はアイルランド、ケルト神話の大英雄として、またはクランの猛犬という仇名で広く知られる。

 槍の名手であり、その腕前は神域に達するとされ、文武の教えを受け、その後に影の国の女王から賜った魔槍を使い数々の武功を上げている。その中でも、故郷を侵さんと迫った女王メイヴ率いる軍勢を相手に一人で立ち向かい、そして退けた逸話は余りにも有名だろう。

 また、槍兵とは別にルーン魔術の使い手という側面も持ち、影の国にて原初とされるそれを学んだために、術師としての方面にも特別秀でていたようだが、生前彼が好んでいた戦法は槍を使った白兵戦であった。

 そんな輝かしい経歴を持つクー・フーリンの最期は、決して良いものとは言えなかった。確かに彼の強さは、己の守りたいものを守り、欲しいものを容易に手にすることが出来るほど凄まじい。だが、だからこそ大多数の『出来ない』者から疎まれてしまう。

 輝かしい武功は手にする者を絶対の英雄とする。民はその力に酔い、王はこれで我が国は安泰だと玉座で笑声を上げることだろう。だが、行き過ぎた成果はやがて評価をする者すら恐慌させる。民はその姿を暴力の象徴と捉え、王は自らの座位を奪う可能性を猜疑し始める。いかな英雄といえど、結局は時代の流れに翻弄される一個の小さき生命でしかないのだ。

 彼のクー・フーリンも、あらゆる謀略を以てその強さを封じられ、己のゲイ・ボルクをその身に受けてしまった。

 

 英雄とは人の考える超越者の体現だ。武器を振るえば数百の人間が木っ端の如く宙を舞い、怒声を轟かせれば一瞬にして敵の士気は蒸発する。そんな万人が考えたあらゆる最強を備え、蛮行を行う侵略者や、国を踏み荒らす怪物から民草を守るのが英雄。逆に言えば、このような行為が出来ない者は英雄など名乗れない。

 

 英雄の持つ強さの行き着く場所とは何かを考え、辿り着いた答えは孤独だった。絶対の地位を築くということは、つまり並び立つ者がいないことを暗に示しているのだから。ならば必然、周囲から向けられる感情など、見上げることしかできない有象無象からの嫉妬や羨望、畏敬のみだ。好意的な態度を貫き通せるのは、自国を守る武力として認識できる王や皇帝などの権力者くらいだろう。だというのに、俺はその正しいはずの答えに全く納得できなかった。

 

 前述の背景があったからこそ、俺は英雄を無機質で機械的なものだと思っていた。己を国を守護するための兵器としか捉えず、ただ外敵を排除し、一過性の平和を実現させるためだけに動作する者であると。よく目にした英雄譚で、生みの親である両親や血を分けた兄弟を手に掛ける場面があったことも重なり、そのイメージに更なる拍車をかけた。

 

 しかし、そんな俺の脳に根を張っていた重く堅苦しい概念は、とある菌糸類により根本から引っこ抜かれ、笑いながら焼却炉にぶち込まれたのだ。

 

 

「ふー、中々いい気分だ。悪くねぇ─────どころか、寧ろ上々じゃねぇか。凡そ召喚とは言えない無茶苦茶な有様だったが、出て見りゃどうだ。......魔力が満ちてやがる」

 

 

 出典の人物により異なるものの、俺がそれまで抱いていた英雄像は落ちたガラスのように砕け散った。

 あれほど悲惨で無惨な最期だったのに、あれほど裏切られ陥れられたのに、あれほど大切な人を物を奪われたのに。だというのに、何故かあの菌糸類が描いた世界では、彼らの大半はそんな己の過去を顧み笑うのだ。それが自分の歩んだ人生だと。無様な屍を晒したのは自身の力量不足だと。無論本当にそうだったのかと問われると違うのかもしれないが、この性質は俺の考える英雄の価値観を百八十度変えた。

 

 そう。恐らくこれが、俺の望む本当の英雄の強さだったのだ。絶対的な力や能力により高みへ昇り、他者を俯瞰して弱者と罵り嗤うことのみが強さの形では無かった。どんな状況でも結果でも、笑い飛ばして受け入れる。強さとは力量に比例するのではなく、心の図太さに比例するのだと理解した。

 故に、俺は彼らを親愛と敬服を以てこう呼ぶ。──────英霊と。

 

 

「兄貴。一つ、気になること聞いていいか?」

「っはははは!どんな呼び名が来るかと思いきや、『兄貴』と来たか!こりゃいい。...マスター、気に入ったぜ。俺のことは今後そう呼びな。──────んで?何だ、聞きたいことってのは」

 

 

 事態の全容が未だ掴めずにいるヴァ―リと美猴から目を外し、首だけを動かして俺のいる後ろを振り返った兄貴。そのときに彼の持つ碧色の槍が動き、穂先が一際鋭く天を刺した。

 ─────そう。俺が聞きたいのは槍のことだ。兄貴の、クー・フーリンの持つ槍とは、今更再確認するまでもないことではあるが、ゲイ・ボルグだろう。対象の因果へ作用し、必中にして必殺を可能とする紅い魔槍。...ではあるのだが、今の兄貴が持つゲイ・ボルク。それは────

 

 

「兄貴。それゲイ・ボルクじゃないよな?」

「はぁ?なに寝ぼけたこと言ってやがるマスター。これは正真正銘、本物のゲイ・ボ.....んん?!」

 

 

 呆れた声とともに手に持った碧槍を一回転させ、地面に石突を落としながら豪語しようとした兄貴だったが、ようやく手元の武器が異常であることに気付いたらしく、両手で持って眼前に近づけると、焦ったような表情で吟味する。だが、どこからどう見ても...

 

 

「これ偽物じゃねぇかよ?!」

「だよなぁ......呼んでも来ない?」

「..................来ねぇ」

 

 

 なるほど。これが聖杯の『保証しない』と言った部分か。

 今兄貴が持っている碧色の槍は、Prototypeでランサーとして現界したクー・フーリンが所持する、ゲイ・ボルクの模造品だ。彼が何故そんなもので戦っていたのかというと、マスターである玲瓏館美沙夜の意向でオリジナルを奪われ、彼女の邸宅にて強力な封印の術式を掛けられた状態で仕舞われてしまったことが原因である。

 推測するに、不安定な召喚のお蔭で、その時間軸に生きたプロト兄貴の状態を引き継いだ状態で現界してしまったらしい。にも拘らず、見た目はSNの兄貴なのだが。しかしなんとも、美沙夜ちゃんは余計なことをしてくれたものだ。いやまぁ許すけどさ。

 

 

(精製なら割と回数に余裕はあるが.....今の状態で創造は、出来て五回くらいか)

 

 

 英霊の召喚で、既に俺の疑似魔術回路は限界近くまで疲弊している。これ以上無理な運用を続ければ、最悪の場合死ぬか、二度と魔術師とは名乗れぬ身体になるだろう。

 無論そうなりたくはない。それでも、まだ戦わなければならない敵が居る。俺はもとよりこの体たらくなのだから、命を失わない限りこれ以上の悪化などどうでもいい。だが、兄貴には可能な限り万全の状態で戦って貰わなければならない。そのための御膳立てくらいは為さねば、(マスター)として失格だ。

 

 

武具創造(オーディナンス・インヴェイション)──────ゲイ・ボルク!」

 

 

 疲弊した魔術回路へ再度魔力を奔らせる。ゲイ・ボルクの創造に要する魔力は、英霊召喚のときと比べ数値にして実におよそ数百分の一ではあるが、神代の武具を創る魔力は、神域に足を踏み込んだ魔術師さえ為し得ないほどの純粋さと量を誇る。個人での英霊召喚など、それこそ何を犠牲にしても成功させることは不可能だ。

 凍った血液を流したかのような激痛に耐え、目を白黒させながら創造のための各工程を通過していくが、先ほどの見立て通り、辛い事には辛いものの回数に多少の余裕はある。身体をある程度は動かせるようにするための補助として魔力を使う手もあったが、動けても満足な武具が出せないのでは、寧ろ兄貴の邪魔になってしまうだろう。

 俺は手のひらに閃く光の塊から出現した赤槍を抜き取ると、真の担い手であるクー・フーリン目掛けて放る。

 

 

「っく......これを使え、兄貴!」

「!ああ、そういやマスターにはそんな便利能力があったんだったな!助かるぜ!」

 

 

 俺が投げ寄越したオリジナルに限りなく近いゲイ・ボルグを片手で受け取った兄貴は、すぐに元々持っていた模造品を消失させ、笑顔とともに赤槍を構えて立つ。やっぱり兄貴には赤い槍を持たせた方が数段映えて見えるな。

 

 

「ふー、手間取らせて悪かった。じゃ、スマンが俺はこんな有様だからな。二人の相手を頼む」

「何言ってやがる。斬った張ったの場においてマスターの役目は後方支援だろうが。その点は既に、上等な得物の支給で十分果たしてるぜ。...てか、コイツらをやりゃいいのか?楽な仕事だな」

「あぁー、あと一つ。殺しは無しの方向で頼む」

「む....まぁいいけどよ」

 

 

 感触を確かめるように風を斬る音を数度響かせて槍を回し、穂先でヴァ―リと美猴の二人を補足する兄貴。その後に浮かべた笑みは嘲笑にすら等しい。まるで、餓狼に兎が殺せるか、と聞かれたことに対する返答のようだ。...が、これは決して慢心からくるものではない。前述の餓狼が兎を十中八九殺せるように、彼の中にある戦場の経験という絶対が、この時点で勝利は揺るぎないものであると、蹂躙すべきは俺たちの方であると結論を出している。

 しかし、この言を受けた目前の両名は、到底この評価を受け容れることなど出来るはずがない。理由は単純、二人も己を強者(狩人)側であると確信しているからだ。

 

 

「茶番が終わったかと思いきや、今度は堂々と啖呵を切りに来るとはね。...ケルトの大英雄を騙るなら、もう少し強者の見極めはしっかりしなくてはいけないよ。その傲慢の代償は君の身を以て払って貰おう──────」

「おっとと、ダーメだぜぃ?相手の安い挑発にのっちゃよ、ヴァ―リ。でもま、俺っちもちょっとばっかし頭に来ちまったからねぃ。挑発に乗る先鋒を譲っちゃくれねぇか」

「.....いいだろう」

 

 

 ヴァ―リの了承を得て、礼を言いながら傍らに控えた美猴が如意棒を構える。そして、その四肢から黒歌と同じ仙術の気を放ち、如意棒へと纏わせ始めた。

 これは...もしかしたら、斉天大聖ではないだろうと断じたことを改めなければならないかもしれない。何故なら、猫又である黒歌と同等の仙術を扱える者は、この広い世の中でもそうそういないはず。そして、それを可能としている目の前の美猴という輩は、如意棒を持ちながら高度の仙術の使い手だ。年代的に本人である可能性は薄いが、関連のある人物であることには間違いはなさそうだと言える。

 兄貴は恐らく、気を使った仙術と言う技法を知らないはずだ。美猴の雰囲気が変わったことには気付いているだろうが、仙術の知識がなければ次手の予測は難しい。だからといって口頭で伝えようにも、とても一言で簡潔に済ませられるほどの情報量ではないだろう。

 と、そんな風に俺が思考の泥沼に嵌まっていたとき。フッ、と兄貴が笑ったような気配を感じ、顔を上げて戦場を映した瞬間、

 

 

「そんな棒で人を穿てるかよ」

 

「んおぅ?!」

 

「む.....!」

 

(な.....ッ!)

 

 

 ──────驚愕。

 この場の誰も兄貴の接近には完全に気付くことが出来なかった。ただ一人の例外は、彼に向かってより注意を向けていた美猴のみだったが、反応を見て分かるように、それでも致命的なほど遅れている。

 

 

「チィ!」

「っとぉ!へぇ、面白れぇなその棒っきれ!伸びるのか!」

「笑ってんじゃねぇぞ!ッの野郎!」

 

 

 美猴の如意棒を扱う挙動は槍のそれに酷似している。風の如く素早い突き、変幻自在のリーチを生かした払い、円を描き縦横無尽に駆けまわる、敵を翻弄すること請け合いな赤い軌跡。彼の放つ多種多様な技の数々は、槍の名手が対峙しても相手にすらならないだろう。何せ、早さ、威力のどれをとっても欠けている要素など見当たらないだから。

 だが、この勝負においては対戦する相手が悪かった、としか言いようがない。美猴の攻撃が持つ『速い』も『鋭い』も、兄貴にとっては問題にすらならない。人技と神技、どちらが優勢かなど、問われるまでもなく誰しも正当を導けるだろう。

 

 

「せめて筋斗雲に乗れりゃ、も少し善戦できるんだがねぃ!」

「けっ、言い訳は男らしくねぇぜ?」

「ひえー、痛い所ついて来るねぃ!って、ぐふお!」

 

 

 右から飛んだ如意棒の先端を打ち上げ、石突でがら空きとなった美猴の顎に一撃を入れると、そこから更に逆回転させて横腹を狙う。だが、反撃を貰いつつも二撃目の軌道上に動かし、垂直に置いた敵の如意棒で進行が阻まれてしまった。にも拘らず、兄貴は槍を引かないまま如意棒の側面を削りながら伝い、地面に刺すと同時に足で赤槍の柄を蹴り、あっという間に防御を外す。

 

 

「!──────っぶねぃ!」

 

 

 と、同時に足を斬り飛ばそうとしたが、美猴はわざとバランスを大きく崩して後ろにひっくり返ることで回避した。サルの如き身のこなしに驚かされたが、後先考えない強引な躱し方だったため、風のように迫る兄貴の突きを対処する余裕などない。

 狙いは右肩。数瞬の後に肉と骨を抉り、血液が吹き出す剣呑な音が響く...そう思われたが、突然横合いから伸びた白銀の手に赤槍の柄が掴まれた。多少滑ったが、直後に五指で強く握り込まれたのと、槍を放つ早期に行動を起こしたことにより、やがて美猴の眼前で静止する。

 

 

「美猴、これで貸し借りはなしだ」

「おー、助かったぜぃ。割と本気で」

「...ほう。俺の前で一対一(サシ)の勝負にケチつけるたぁ、いい度胸じゃねぇかよ!」

「ぐッ!?なん....がはッ!」

 

 

 兄貴はヴァ―リの手に掴まれて固定された槍の柄を手のひらで強かに打ち抜き、その衝撃で拘束を解く。続けて時計回りに槍を回転させ、周囲の砂礫が舞い上がるほどの速さで以て振り抜き、ヴァ―リの右肩を打つ。そんな烈火の如き一撃で肩の鎧を砕かれた白龍皇は、弾丸もかくやな速度で地面を転がり、吹っ飛んだ。

 それを見た美猴は、兄貴があっという間にヴァ―リを弾き飛ばしたことに驚愕を呈しつつも、如意棒を取るとすぐさま右側面を狙って振るう。が、振りぬいてそこで止まるはずの槍はそのまま回転を続け、一周余分に回った末に肉薄する如意棒を頭上に弾く。その直後、突如縦回転へと片手で槍の軌道を変え、先ほど弾いた如意棒を更に追撃し、激しい金属音を響かせて美猴の得物を天高くまで弾き飛ばした。が、それを待たずして迫る影がもう一つ。

 

 

「────────おぉッ!!」

「へっ、もちっと殺気消して来ねぇとダメだろ?坊主」

「ッ?!」

 

 

 疾風のような速度で拳を携え、背後から肉薄するヴァ―リの方を向きもせず、兄貴は下段から振り払った槍の穂先で彼の拳をあえなく打ち上げ、瞬時に槍を持ち変えると、水平に振り払う石突で無手の美猴の横腹を打って転がし、間髪入れず手を打ち上げられたことで腹を曝した白龍皇に向かい、美猴を打った時の衝撃で止まった槍を猛烈な速度で真後ろに射出すると、中段突きを続けて炸裂させ再度吹き飛ばす。

 ...なんという理不尽なまでの強さと速さだろう。特に槍の速度はずば抜けて突出しており、原作でも目を見張る速さを披露してはいたが、こっちでの兄貴はその速度を超えかねないものだ。

 

 美猴は今の一撃で気絶したようだが、ヴァ―リは所々破壊された鎧はそのままに、口に溜めた血を吐いて立ち上がると、半壊したヘルムから露出した貌を笑みで歪ませる。それは決して諦めから来る負の笑みではなく、俺と戦っていたときの、強者との邂逅を果たして愉悦に心を躍らせている時の表情だ。

 

 

「強い、な。だが─────」

 

『Divide!』

 

「!」

 

 

 ヴァ―リの虹色に輝く宝玉から響く機械音声。そして、これは触れた特定のものを半減させたときの合図だ。とはいっても、ヴァ―リは未だ兄貴に直接触ってはいない。つまり、今半減させたのは─────ゲイ・ボルクの強度だろう。

 俺は戦闘前にドライグから仕入れた知識である程度の覚悟をしていたにも拘わらず、実際に体感してみると対応が難しかった。だというのに、兄貴は白龍皇の能力を全くと言っていいほど知らない。表情を見る分には既に異変に気付いているようだが、実際に見るのと頭の中で感じるのとでは結果が大きく変わる。...だが、兄貴は笑う。それは楽しそうに。例えるなら、ずっと探していたものをようやく見つけたかのような、そんな笑み。───そして、それで気付いた。

 兄貴...クー・フーリンは、聖杯に託す望みなどなく、英霊となったのは単純に強い輩と殺し合いがしたかったから。そしてヴァ―リは、強者との邂逅と戦闘を望み、より自身の力を高められるような存在と出会うことを目的とする。

 そう、似ているのだ。在り方は全く違うが、二人は強い誰かと殺し合いたいという一点において、どうしようもなく似通っている。だからこそ、二人は戦場で嗤える。心から愉悦を感じながら血を流せる。そして、刃を交えたことで『それ』が互いに分かってしまったからこそ、この勝負は他の強者と行うものより、()()愉しい。

 

 

「っふ!」

 

 

 兄貴が跳躍した、とほぼ同時にヴァ―リが防御のために動かした腕が跳ね飛ぶ。そんな衝撃に仰け反りながらも、片翼からのみ青白いブーストを掛けると、瞬時に方向転換と姿勢の修正を同時に行い、後方へ抜けた兄貴へ向き直る。十分といっていいほどの機転の良さ...だが、それでも遅い。

 

 

「ぐッ?!」

 

 

 瞬時に肉薄し放った兄貴の一撃で、今度はヴァ―リの右翼が金属音を上げて上方へ跳ねる。その後の胴と顔を狙った神速の二段突きは両手で辛くも弾くが、翼に貰った一撃のお蔭で元々悪かったバランスが更に悪化し、とても次の攻撃を受けられる体勢ではなくなる。

 間髪入れず、それを狙った兄貴の胴薙ぎが放たれた。だが、ヴァ―リは左翼のブーストのみかけて浮いた身体を無理やり九十度回転させると、片手を地面に着いて右側へ退避し、赤槍の猛襲をやり過ごす。だが、音速に近い物体が通った時の暴風に煽られたか、着地した状態から持ち直すのに時間が掛かってしまう。

 

 

「ほう!いい動きすんじゃねぇか!」

「ッ?!」

 

 

 称賛の言葉をぶつけながら、兄貴は水平を走る軌道を両手に持ち替えて縦に変化させ、中腰のヴァ―リへ槍を上段から落とす。彼はそれに両腕を交差させた防御で応じるが、凄まじい衝撃音が響き、二人の足元が砂埃を巻き上げて陥没する。途端、ギシギシと白龍皇の鎧が軋む音が衝撃波に乗って届いて来た。

 よく見ると、ヴァ―リの籠手に大きな罅がいくつも奔っている。このペースで兄貴の槍を受け止め続けると、最早あと数秒も持つまい。そのはずだが、ヴァ―リは咆哮を上げて耐え続ける。

 

 

「お、おおおおおオオオオッ!」

「いいねぇ!その必死を体現したような形相(ツラ)!そら、吹っ飛ばねぇように気張れや!」

「─────ふッ!その余裕、今回ばかりは命取りだぞ!」

 

『Divide!』

 

 

 二度目の半減。俺の目から見ても、今のゲイ・ボルクは神秘がはがれ落ちる寸前の状態だ。これ以上半減を受けると、只の名槍くらいのランクにまで型落ちしかねない。

 ヴァ―リは槍の威力が減じたタイミングを抜け目なく察知し、両腕で上に弾くと、翼の推進力を使ってサマーソルトキックを繰り出す。兄貴はそれを回転させた槍の穂先で弾き、互いに反動で数メートル下がった。

 不味い。今の一撃でゲイ・ボルクに罅が入っている。次にアレと同等かそれ以上の衝撃を受ければ、確実に穂先が砕けるだろう。そうなれば、また俺が作って渡せばいいのだが、兄貴は一度始まった自身の勝負に対し他者の介入が及ぶことを嫌う。だからといってまさか素手で戦うとは.....言いそうだな。

 

 

「面白い能力だな。こんな妙な心持で槍を握るのは初めてだぜ」

「面白い。そう思わせられたのなら光栄だよ、クー・フーリン。先ほどの無礼を詫びさせてほしい」

「あん?何だ、俺のこと認めちまったのかよ。...じゃあまぁ、認めたついでにコイツ喰らってけや。折角マスターが手ずから用意してくれた得物だしよ。最大限使わせて貰わないと、ってなぁ!」

「────────!」

 

 

 穂先を下方、地面に向けた体勢で、魔力を先端に集中させる兄貴。それから間もなく、赤く濃厚な魔力の残滓が槍から立ち昇り、それで宝具の発動体勢に入っていることに気付いた。マジかよ兄貴。その気遣いは純粋に嬉しいけど、こんな状態での宝具開帳は正直結構堪えるんだが...!

 そして、そんな兄貴を見た白龍皇・ヴァ―リは、宝具という言葉は分からなくとも、必殺の絶技に近い何かが己を貫かんとしていることを察知したか、一度目を瞑り、大きく呼吸をしてから『なるほど』とだけ呟いた。

 

 

「どうやら、俺も彼の英雄の期待に応えなければならないようだ」

『む、ヴァ―リ!?いかん、止せ!覇龍だけは使ってはならぬと言っていただろう!』

「いいや!クー・フーリンは全力を以て俺を滅ぼそうとしている!それに対し生半可な一手にて応えるのは不作法にもほどがあるだろう!この身がどうなろうと、今の俺が出せる全力をぶつける!────我、目覚めるは、覇の理に全てを奪われし────、ぐッ?!」

 

「落ち着け、ヴァ―リ。ちと無視できねぇ援軍が来たぜぃ。...退くぞ」

 

 

 いつの間にか起きていた美猴が、頭に血を昇らせたヴァ―リの後頭部へ手刀を落とすと、おもむろに校舎の方へ指を指した。その方向を見ると、そこには校舎から此方に向かって接近してくるソーナ・シトリー生徒会長と、その後を遅れてやってくる匙の姿があった。そんな会長の目は鋭く、どうやらヴァ―リが張った結界に気付いているらしい。確かにこれは、ちょっと不味いな。

 

 

「兄貴!スマンが戦闘中止だ!矛を収めてくれ!」

「結界の外にいるヤツか、マスター?確かにありゃ俺たちのこと気付いてるが、不都合があるんならサクッと口止めするぜ?」

「ちょ、そりゃアカン!サクッとって槍で刺す擬音でしょ絶対!口じゃなくて心臓が止まるわ!」

「だはは!冗談冗談!」

 

 

 兄貴はブラックなジョークにたじたじとなった俺を見て爆笑した後、槍の周囲に展開していた赤いオーラを振り払い、片手で一度回してから穂先を天に向けて地面に置いた。一方のヴァ―リもこの事態はあまり歓迎出来ないようで、兄貴が戦闘態勢を解いたところを見ると、美猴に促されるまま鎧を解除した。

 

 

「済まないけれど、この勝負は預かりということで構わないかな?」

「ああ。コッチとしても、そうしてくれると助かる」

「んだよ、マスター。そんな女々しい言い方じゃなくてよ、もっと居丈高な構えでだな...」

 

 

 隣で兄貴がブツクサ言っていたが、俺は構わず行け行けのジェスチャーをする。それに苦笑いで返したヴァ―リは、美猴が地面に空けた黒い沼のようなところへ足を踏み入れ、あっという間に沈んで行ってしまった。

 あとは穴をあけた美猴本人だけだが、彼はいつもと違う真剣な表情で兄貴を見ると、自嘲気味な声で語り始める。

 

 

「お前さんにゃ、手も足も出なかった。...すげぇ悔しいからよ、次会った時は全力で来てくれ。そんなら、少しは悔しさも紛れるってもんだ」

「...へっ、いいぜ。全力で、な」

「────あぁ。あと、名乗り忘れてたが、俺っちは美猴だ!よろしく頼むぜぃ!兄貴!」

 

 

 兄貴の答えに満足したか、美猴はいつもの軽薄な口調と態度に戻り、俺と同じ呼称でクー・フーリンを読んだあと、ヴァ―リに続き黒い穴に沈んでいった。




さっそく弱音を吐いてしまって申し訳ないのですが、兄貴らしい戦闘描写が出来たかものスッゴク心配です.....槍ってむつかしい。

次回は久しぶりの会長登場。あと匙も。
そして、何故兄貴が召喚されたのか、聖杯に関してのより詳しい情報も語られる予定です。


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File/44.人が持つ聖杯

今までの流れを我が物顔で断ち切って行く作者。
やっぱり鯖を描写する方がモチベ上がるんです。自分本位で本当に申し訳ない...。


 ヴァ―リたちが立ち去ったと同時に結界も崩れるような形で壊れ、同時に好き放題暴れたお蔭で荒れまくった校庭も修復されていく。やはり何度見てもこれは凄い。聖杯戦争中に魔術師とサーヴァントが争った証拠隠蔽で追われる教会辺りが知ったら、確実に喉から手が出るほど欲しくなるシロモノだろう。

 それはさておき、此方まで小走りで歩み寄って来た会長への言い訳はどうしようか。槍を俺に渡して霊体化してしまった兄貴は、腰に手を当てた状態で校舎の方へ他人事のように視線を投げてるし、こういうことにはあまり頼れなさそうだ。となれば、現状の打開は自力で何とかしたいところだが...

 

 

「栗花落さん、今さっきまで強力な認識阻害の結界が敷設されていましたよね?一体なにがあったんですか?」

「ええと、少し入学予定のサーヴ...外国人の方を学園の許可無しに案内していまして。見つかっては不味いかなと思って結界を」

「それなら、ちゃんと学内で申請してくれれば大丈夫ですよ。それよりも貴方、幾ら来賓の方とはいえこんな格好で歩き回っ、て.....」

「.....?何だ、嬢ちゃん。俺の顔になんかついてんのか?」

 

 

 会長の視線に若干の驚きを以って気付いた兄貴は、己の顔に何か気になるモノでもあるのかと片手でペタペタ触るが、そこにあるのはお馴染みの俺が良く知るイケメン顔だ。しかし原作では幸運E...ゲフンゲフン。

 兄貴の方には特におかしい所などないので、自然と俺の視線は会長の方へ移動する。そうして改めて言葉を失った彼女の姿を映すと、ちょっと気の毒になるくらい顔が赤くなってる上、瞬きすら忘れて固まっていることに気付いた。これは一体どういうことだろう?...っと、丁度いいタイミングで匙が来てくれた。普段から彼女と一緒にいるコイツに聞けば大抵のことは分かるはずだ。

 

 

「はぁ、はぁ....か、会長?いきなり怖い顔して走り出すなんてどうしたんですか。....ってうお、ツユリじゃねぇか。なんかこういうシチュエーション前にもあった気が」

「それはどうでもいいです先輩。ともかく、会長の様子が変なんで見てみて下さい」

「はぁ?様子が変って......ゑ、会長?」

 

 

 何ということだ。兄貴を見たまま固まってしまった会長を見た匙が固まってしまった。ってややこしいなオイ!

 会長と違って匙の顔は見れば何となくわかるが、どうやらこれは彼にとってあまり歓迎できない事態である様子だ。理由は、彼女の顔を見た瞬間、その表情が薄氷を張ったように青白く凍りついたからである。そんな匙を良くも悪くも差し置き、一足早く停止解凍した会長が兄貴を見て、いや逸らして、いややっぱり見て質問した。

 

 

「え、ええと、ですね。貴方はこの学校に在籍する予定なのですか?」

「は?ガッコウ?そんなもんにゃ行かねぇよ。俺は所詮サーヴァントだからな。でもまぁ、マスターが行けって言うんなら考えるが」

「さ、さーばんと?ますたー?ですか??」

 

 

 会長が目を点にして、オウム返しにサーヴァントとマスターを繰り返す(結構可愛い)。というか待て、不味いぞ。このまま二人を会話させたら致命的なボロが出かねない。早速俺の打ち立てた『兄貴は留学予定』という前提を本人が無意識に壊しにかかっているし、彼女の判断が何故か鈍っている今のうちに早々と退散した方がよさそうだ。

 

 

(兄貴!スマンが口裏を合わせてくれ!この世界でもサーヴァントの存在が人に知られると困るんだ!)

(なんだ、悪魔やら天使とかいう向こう側の住人がひっきりなしに出て来るもんだから、てっきり神秘の秘匿とかどうでもいいと思ってたぜ。ってか、認識阻害の結界を逆探知出来る上、俺の霊体化を看破できるってことは、嬢ちゃんとあの坊主は魔術師みたいなモンじゃねぇのか?)

(確かに二人は悪魔天使を知ってる、どちらかというとこっち側の人物だけど、サーヴァントは別だ!それはともかく、いいか?これから俺が───── )

 

 

 兄貴に素早く耳打ちし、なるべく自然な形でこの場をフェードアウトできるかもしれない会話の流れを説明する。本当なら欺く当人がいる手前、こんな面と向かってこそこそ話なんて出来るはずがないのだが、幸い会長は思考の大渦のなか。そして匙も未だ全球凍結の氷河時代から帰ってきていない。後はこっちから会話を切り出せば ─────

 

 

「.....オイ、全身青タイツ」

「あァ?──── 坊主。それ俺に向かって言ってんのか?」

「おっ、おうそうだよ。いいか、よく聞いとけ。...会長はテメェみたいな変態野郎に渡さねぇんだからな!絶対にだ!!」

「.......ッぶははははは!何だ、テメェこの嬢ちゃんに惚れてんのか!」

「ば.....!黙ってろって!会長が聞いちまったらどうすんだ!」

 

 

 あぁ、なるほど。会長が赤くなってたのは兄貴に一目惚れしてしまったからか。なるほど、なるほど───── えぇ!?

 た、確かに兄貴は見た目もかなり良いし、さっぱりした性格でどこか憎めない奴だけど、まさかあのお堅い会長が乙女回路励起させて一目惚れ発動だなんて.....っとと、話が思い切り脱線してるな。とにかく、この混乱に乗じて第一の目標を達成しなければ。ノッてくれよ兄貴!

 

 

「え、えぇーと!俺たち予定が入ってるんで!ここいらで御暇させて貰いますね!」

「おっとと、何だっけか。……ヘイ!ワタシコレカラジムイクンダヨ!ジカンナイカラココデサヨナラ!だよな、マスター?…どうした、いきなり顔を覆ったりして」

「おいソコの青タイツ!テメェキャラづくりモロバレだぞ!このダイコン役者!」

「そうですか...なら、仕方ありませんね」

「って会長おォ?!」

 

 

 上等な芝居など経験したことがない俺から見ても、思わず目を覆いたくなるほどのクォリティな三文芝居だったが、恋は盲目。会長は俺たちにとって都合のいい部分だけを拾ってくれたようだ。あとはこれに乗じて撤退すればいい。

 匙がした二回目の青タイツ発言で額に青筋を浮かばせ、模造品とはいえ十分な殺傷力のあるゲイ・ボルグを取り出し始める兄貴を無理やり引っ張り、二人の前から何とか離脱を試みる。その途中に、会長からこちらへ向かって声がかけられた。

 

 

「あの...せめてお名前だけでも、聞かせてくれないでしょうか!」

「名前?えーと、何だ.....(マスター、どうすりゃいい?クラス名でいいか?)」

(いや、それは.....うーん)

 

 

 クー・フーリンなんて言ってもまず信じてもらえないだろうし、だからと言って兄貴が言うようにクラス名をそのまま伝えたら怪しさ百パーセントだろう。ここで悪戯に兄貴と俺の心象を悪くさせ、再び疑念を持たれることだけは避けたい。何か良い名前は.......あっ!そうだ、これがあった!

 俺はすぐに兄貴へ耳打ちし、思いついた候補名を教えてみた。すると、本人も少し複雑そうな顔をしながらではあるが了承し、頬を掻いてから振り返らずにその名のみを会長に伝える。

 

 

「俺の名は()()()()だ」

「セタンタ.......セタンタ。はい、分かりました。覚えておきますね」

「あぁ。じゃあな、嬢ちゃん。.....それと、こんなポッと出の野郎じゃなくてよ、近場にいる男も偶には意識して見てみな。───── そいつ、結構ホネのあるイイ奴かもしれないぜ?」

「え?」

 

 

 最後に意味深な台詞を会長に贈ると、兄貴は俺の肩を叩いて先を促し、その後は何事も無く校庭を出ることに成功した。

 ちなみに、このあと匙は兄貴に対する印象を改めたらしい。

 

 

 

          ****

 

 

 

 会長を上手く(?)撒き、再び人気の少ない学園の屋上へと戻る道すがら。俺は半分以上の機能を何とか回復した疑似魔術回路の状態に安心した後、背後で周囲を物色しながらも警戒を決して解かない兄貴へ質問を投げかける。

 

 

「なぁ兄貴、今回の召喚について聞きたい事があるんだが」

「ん?おう、なんだ」

 

 

 俺の問を聞いた兄貴は警戒を緩め、歩みを止めぬまま首を巡らして此方を見た。その射抜く紅い瞳は生命あるもの全てを畏怖させるような鋭さを持っているが、殺気の扱いを少し心得ているだけでここまで印象が変わるのか。

 しかし、これに凄絶な殺気を込められたかと思ったら───── 、と勝手に憶測して勝手に身震いした直後、突然頭の片隅に『真の英雄は目で殺す』という納得の台詞が過り、全くその通りだととあるインドの英雄・ランチャーさんへ感心の言葉を送った。

 

 

「確か、聖杯って聖杯戦争が出来る状態...つまり、英霊が七騎用意できる魔力が供給されるまでマスターの選定ってしないんだよな?」

「そうだな。でもま、今回は聖杯戦争に参加することが目的で召喚されたわけじゃねぇ」

「ああ。そこがどうもおかしいと思ったんだ」

 

 

 英霊が聖杯戦争に参加する理由。それはマスターとなる魔術師と同じく、叶えたい何らかの願望があるからだ。何の望みも持たずに現界をする英霊は極めて少ない。とはいえ、何事にも例外は存在し、聖杯戦争とて該当するにはするだろうが、彼らの意志や聖杯のシステムを無視し、こちら側から無理矢理引っ張ることは、やはり不可能に近い。

 

 それを知った上で、俺がヴァ―リとの戦闘中に行った英霊召喚は異常の一言に尽きる。

 

 何故なら、さきほど兄貴自身が答えたように、この召喚は聖杯戦争を行う為の召喚ではないからだ。俺個人の所有する聖杯が、俺個人の意志によって英霊を呼ぶ。故に、そこには本来の()()()()()()()()()という最重要項目が抜け落ちており、俺の呼びかけに対し英霊は応えるはずがない。

 

 

「そのツラみりゃ分かるぜ、マスター。英霊となったなら確実に持つであろう願望がありながら、何故己の召喚に応じたのか、てトコだろ?」

「そう、だな。だって聖杯は手に入らない。更には俺の個人的な面倒事に付き合わされる可能性もある。普通は嫌だろ」

 

 

 見方によっては只の雑用とも取れる。尤も、本当の本当にただの雑用を押し付けられるほど余裕のある召喚など出来ないため、実際は前門の虎、後門の狼が如く境遇に身を置かれたときに切るジョーカー的な役割ではあるのだが。しかし、例えそうだとしてもこれでは英霊の方にメリットがなさすぎる。

 

 

「そりゃそうだろうよ。真っ当な願望欲望のある奴らなら、お前の問いかけにゃ耳も貸さねぇだろうさ」

「だろ?精々俺が苦戦した時にお助け目的で呼ぶくらいだぞ。これのどこに良いトコがあるんだ───── 」

「なに、あるじゃねぇか。悪魔やら天使やら、果てはドラゴン。そんな聞くだけで血が騒ぐ輩と殺し合いが出来るなんて、俺にとっちゃ最高の対価だぜ?」

「───── ああ」

 

 

 そうだった。クー・フーリンとはこういう英雄なのだった。全く、先ほど再確認したばかりだろうに。彼が英霊となったのは、単純に強いヤツと殺し合いがしたいからだ、と。そこには聖杯に対する期待など微塵も含まれていない。

 ならば、そうか。Fateの枠を超えたこの世界で、未知の敵と刃を交える機会があると知らされれば、兄貴は諸手を挙げて参加表明をするはずだ。本来多くの英霊が最悪のデメリットと捉える聖杯獲得不可能という項だが、彼にとっては何の問題にもならない。

 

 屋上へ続く最後の階段を昇り終えた踊り場で、ようやくクー・フーリンという英霊が召喚された最大の理由を解したところ、一転してどこか渋い顔となった兄貴が最上段に足を掛ける。

 

 

「一応、英霊選定のときにこの世界のこと、マスターであるお前さんのことを聖杯から聞かされたが.....やはり、聖杯戦争ではないってところが不味いか。いやまぁ、聖杯戦争であると(たばか)って英霊を召喚する方がもっと不味いが」

「それって単純に、聖杯を手に入れることができないから、召喚に応える英霊自体が少ないってことか?」

「だな。俺みたいにお気楽なヤツはあんまし居ねぇだろうから、必然かなり絞られてくるだろうよ」

 

 

 あのブリテンの王でさえ、自身が国の主となった事実を憂い、聖杯を用いて再び王の選定をやり直すことを望んでいるのだ。俺の知る限り、聖杯に対する願望を持ちえない英霊などほとんど思い当たらない。しっかりと七騎全て揃っているのかどうか───── 、待て。

 

 

「兄貴は今回、ランサーとして現界したんだよな?」

「ん?おう。一応キャスターの適正もあるが、今回はランサーだ。俺としちゃこっちの方が当たりだぜ、マスター」

「そりゃ俺も嬉しいが...もしかして、ランサー以外の、具体的にはセイバー、アーチャー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカ―もいるってコト?」

「いるだろうよ。殆ど聖杯戦争の形式(システム)をそのまま流用してんだ。七騎全部の席があるに決まってんだろ」

 

 

 俺は屋上の扉の枠に足を引っ掛けて転びそうになった。

 だってそうだろう?まさかこの身に、そして俺の聖杯に、まさか七人ものまだ見ぬ英霊が収まっているなんて興奮しないはずがない。もしかしたら、兄貴以外の俺の好きな誰彼がいるかもしれないのだ。具体的には──── いや、今は言うまい。

 なら話は早い。今すぐにでも召喚する!安心しろ、召喚の対価は魔法のカード(実費)で買った石ではない。ぶち込むのは己の魂だけでいい!何より、その確率は七分の一!超優良!

 そんな風に本日二度目の召喚を嬉々として行おうとする俺の頭へ拳骨を落とした兄貴は、呆れた顔で頭を押さえながら蹲る俺に向かって言う。

 

 

「何だ。死にてぇのかマスター。言っとくが体内で魔力が弾けて死ぬのは文字通り()()()()辛いぞ?」

「す、すみませんでした」

「それと、だ。確かにマスターの中にある()()は聖杯だが、本当の聖杯ってわけじゃねぇ」

「??.....どういう事なんだ」

 

 

 次々と俺の知らない聖杯の性質を明らかにされ、今は期待半分不安半分といった心持だ。なにせ危険だからと言ってこの身体から出すことは不可能な代物なので、実は人間の身体に聖杯が入る訳も無く、あと余命数日なんです、なんて言われることも有り得るかもしれない。が、兄貴のこの言で危険とか危険じゃないとかいう不安は吹き飛んでしまった。

 

 

「まず、だ。聖杯ってモノをある程度知ってれば、誰だって只の人間の身体に収まるものじゃねぇってのは簡単にわかる。だから、それは恐らく()()()()()()

「え...でも、聖杯の能力と役割はちゃんと持ってるんだろ?」

「ああ。だからソレは言うなれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()って訳だ。無論、聖杯がそんな変化を遂げる訳がねぇし、そういう形に加工するなんて神ですらない限り到底無理な芸当だがな」

 

 

 人間が体内に所有できる形となった聖杯。つまり俺の持つ聖杯は、Fateで登場する大聖杯とは全く違う、人間が持てるよう一から成形したオーダーメイドの聖杯って訳か。そう考えてみれば兄貴の言う通り、普通の聖杯をそのまま俺の身体にブッ込んだりしたら、きっと転生するまでもなく即死してるだろう。

 しかし、流石はキャスターの適正もある兄貴だ。ランサーとなっても原初のルーンを学んだ故の魔術的な知識はしっかりと備わっているようで、俺がずっと知りたがっていた聖杯の持つ能力を次々と教えてくれる。実にありがたい。

 

 

「それともう一つ。あくまでマスターの中にある聖杯は聖杯戦争のプロセスに則って俺を現界させてる。だからほれ、右手に令呪があんだろ?」

「ん?おお、ホントだ!令呪だ令呪!」

「何でか知らんがマスターは()()()()のこと知ってるみてぇだし、これから言うことも大方分かってると思うが、その令呪は俺たちサーヴァントへの絶対命令権ってやつだ」

 

 

 俺は屋上の縁に座りながら頷く。無論、忌まわしき令呪のシステムは嫌と言うほどに知っているとも。コイツのお蔭で何人の英霊が恨み言を漏らしたことか。主にランサークラス。

 だが、今回はその心配はいらないだろう。何せマスターは現行のFateの全てを知る俺。間違っても兄貴をどこぞの神父が如く陥れて愉悦に浸ったりはしない。更に、Fateの世界観から逸脱した時空に召喚されたからか、呪いのようにあった()()が大きく改善されているのだ。もしかしたら、今度こそゲイボルグが当たるかもしれない。いや、フリではなく本当に。

 

 

「...何かもの凄く不本意なことを言われた気がしたが、まぁいい。んで、令呪は三画、つまり三回分の命令権があるわけだが、裏切りとは別に一画は残しておいた方が良い」

「一画は残す?う―ん.......なんでだ」

 

 

 そろそろプールから引き上げつつあるグレモリー眷属の面々を眺めながら考えを巡らせてみるが、やはりわからない。裏切り防止という目的とは別に使うと事前に宣言しておいて一画は残せと言うのだから、本来の令呪の使い方とは少し異なるのかもしれない。

 

 

「マスターが言った通り、聖杯が呼んだサーヴァントは七騎存在する。本来ならそれぞれ一騎ごとにマスターが割り当てられるんだが、今回は俺を含めた全員がお前さんのサーヴァントというイレギュラーな事態になってるワケだ。だから、聖杯は令呪による()()()()というシステムを作った」

「一時帰還?それは一体どういうことだ」

「簡単だ。令呪で戻れと命令すりゃ聖杯の用意した席に一旦還るってだけのことよ。次召喚するときゃまた選別からやり直しになるがな」

「へぇ、面白いな」

 

 

 確かにそういう仕組みがないと、折角七騎用意したのに召喚したらそれで他の英霊はお役御免になってしまう。それで令呪を使った帰還システムを作った訳か。上手い辻褄合わせだ。

 ということは、三画全部令呪を使ってしまえば、後は召喚されたサーヴァントの霊核が壊されるまで...つまり死ぬまでは次のサーヴァントを召喚できないことになるのか?そう聞いてみると、兄貴はいつの間にか出していたゲイボルグの模造品を両手で抱えて肩に乗せ、後頭部を柄に預けながら苦笑いを浮かばせる。

 

 

「んなことしたら、二人分の維持で魔力ごっそり食われて死ぬぜ?実際、今だって俺の現界を保ってるお蔭で魔術回路の回復も遅くなってるだろ」

「む.....確かにそうだ」

「だからまぁ、用があったら呼んで、無くなったら還らせりゃいい。そういう考えが気に喰わねぇ奴もいるだろうが、俺の望むクライアントはこれくらいさっぱりしてる性質(タチ)の方がやり易い」

 

 

 肩に置いていた碧槍を鮮やかな手前で回したあと、地面へ穂先を叩きつけながら笑う兄貴。やっぱり、俺が聖杯戦争でサーヴァントとして呼ぶならクー・フーリン一択だ。一緒いてこれほど苦にならない英雄などおるまい。

 俺は一つ大きな息を吐き、膝を叩きながら立ち上がって背後の兄貴へ向き直る。すると、それを待っていたかのように言葉が飛んできた。

 

 

「今回は少し物足りなかったからよ、次はドラゴンと殺り合うときにでも呼んでくれ。龍の心臓もコイツで...ああいや、マスターから貰ったゲイボルグで一刺しだぜ」

「.....ホント、何でオリジナル出せないんだろうな」

「俺だって好きでこうなった訳じゃねぇ」

 

 

 哀愁漂う表情となってしまった兄貴に掛ける言葉を失念する俺。取りあえず『次召喚されるときはきっとあるさ!』という根拠などどこにもない無責任な発言をして励ますと、ある程度希望を見出したようで少し元気を取り戻してくれた。ゴメン兄貴、次もちゃんとゲイボルグ用意するから許してくれ。

 俺は多少の名残惜しさを感じながらも、マスターの証である赤い令呪が描かれた右手の甲を兄貴に向ける。

 

 

「令呪を以て命ず───── ()へ帰還せよ、ランサー」

 

「おう、()()な。マスター」

 

 

 燃えるような夕焼けの空に融けて消えた兄貴は、再びの邂逅をちゃっかりと約束し、最後まで俺を何とも言えない気分にさせたのだった。

 




やったねコウタくん!鯖が増えるよ!

ということで、兄貴の他に六騎ほど未だ見ぬサーヴァントがおります。エクストラクラスは...処理しきれなくなりそうだから止めることにしましょうかね。元のプロットにも登場させないということになってますし。


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File/45.授業参観

ちくしょう...定期試験あるのすっかり頭からトンでました。なぜ大学四年にもなって単位のことで四苦八苦しなきゃならんのか。

そう言う訳で、当初の予定より一週間ほどずれ込みましたが、無事再開です。
あと申し訳ありませんが、モチベがひと段落するまでリメイクの投下は見送らせて頂きたいと思います。どうかご理解のほどをよろしくお願いします。


 駒王学園の授業参観は、生徒の両親や兄妹だけでなく、中等部所属の生徒も参加してよいことになっている。そのため、十中八九教員は己の評価を上げる算段をたて、通常とは違う授業形態にすることは確実だろう。それはクラスの皆も同じで、普段より明らかに浮足立っており、両親や後輩に恥ずかしいところは見せられないと、いつもより長めに予習をしている者が散見される。

 しかし、両親が仕事で来れないという話もチラホラ上がっており、今回のイベントは緊張している者とあまりしていない者とでかなりの差が出ている。俺は後者の部類に入っている人間で、取り敢えずはいつも通り受けておけば大丈夫だろうという心持だ。ちなみに、こういった話をすれば喜んで頭を突っ込んで来る黒歌には、無論授業参観の『J』すら言ってない。

 

 

「いやぁ、良かった良かった!親父は学会で論文の発表、お袋は会社のトラブルで急遽現場指揮!学校ですら良い子の皮被ってないといけないかと思うと憂鬱だったが、これで安心だぜ!」

「チッ!黙ってろ獅子丸。こちとら二人とも満面の笑みで『デジカメ新調したから、千枚撮れるぞ千枚!』とか言って来たんだぞ。全く、一体俺の何を千枚写して楽しむと言うんだ」

 

 

 ここでも明確な差が出ている。言わずもがな獅子丸と樹林だ。

 獅子丸の父親はなんでも著名な物理学者らしく、ちょくちょく国内か海外の学会で論文の発表をしているらしい。母親も大企業の社長補佐的な役職で、普段から忙しいのだという。これには無論驚いたが、それ以上に、コイツが家では学校と百八十度違った態度で生活しているということには本気で驚いた。本人は窮屈で仕方ないらしく、学校ではその反動で、押さえていた破天荒さに磨きが掛かったとか。

 一方の樹林の両親は至って普通で、会社から休みを取って二人とも参観にくるらしい。どうやらノリノリである先方に対し当人はうんざりしているようで、今週五冊目となる文庫本を愛用している栞すら挟み忘れるほど苛立たった様子で閉じ、半眼で獅子丸に反抗する。

 

 

「むぅ.....ぬぬ」

 

 

 そんな風に火花を散らす二人の横で、俺は片肘を突きながらノートにシャーペンの芯を突き立て、前後左右に移動させて召喚の陣を描いていく。それは、つい先日にヴァ―リたちと戦った時、土壇場でサーヴァントの召喚を決意し、ランサー...クー・フーリンを現界させた召喚陣だ。

 あの興奮は今も鮮明に覚えている。命ある他の何よりも精強な存在感、語らずとも百戦錬磨の戦士と理解できる暴力的な気迫。無理な召喚のおかげで身体が悲鳴を上げていても、彼の後ろ姿を見ただけで全て吹き飛んでしまった。...故にこそ、

 

 

「もう一回召喚してぇな.....」

 

 

 二個目の陣の製作に取り掛かりながらぼんやりと呟く。それに反応した獅子丸と樹林が俺の机に来てノートを覗き込み、ついに中二病を発症したか!召喚するなら二次元から可愛い悪魔っ娘を呼んでくれ!できればキワドイ格好のな!とか言ってくるが、全て無視する。

 サーヴァントはそうポンポン呼べるものではない。初めての召喚のときは危うく意識が飛びかけるし、魔力がほとんど流せなくなるしで散々だったのだから、この分だと一日一回が妥当なところだろう。また、無理な召喚が原因で、兄貴のゲイ・ボルク消失のような手痛いハンデが飛び出す可能性もある。これだと、戦闘向きでないサーヴァントが出てきたら詰む。

 

 

「でも、選べないしな.....」

 

 

 兄貴以外の六騎の英霊。聖杯は手に入らず、俺を守るために戦うだけ、というふざけた条件に同意する残る六騎とは、一体どんな輩なのだろうか。

 俺の周りをグルグル移動しながら、妙な詠唱をし始めた馬鹿二人の股間に風の速さで机の角をめり込ませてから、陣の書かれたノートを静かに閉じた。

 

 

 

          ****

 

 

 

 授業参観の時間になると、教室の後ろは結構な量の人垣ができていた。やはり一年生ということもあって、子がクラスに馴染めているか気になる親御さんが多いのだろう。この量を見るにクラスに在籍するほとんどの生徒の両親が出席しているはずだ。その光景で若干緊張を露わにしている茶のジャケットと黄色いスカーフを巻いた妙な出で立ちの先生だが、いつもは持って来ていない紙袋をみるに、何かしらのイベントは用意しているのだろう。

 

 

「よーし!今日の化学は一味違うぞ皆!.....これを見てくれ!」

 

 

 化学担当の先生が意気揚々と紙袋から取り出したのは、銀色の細長い物体だ。何故かテープのように蝸牛状にまとめてある。それを見た獅子丸は口笛を吹き、面白そうな顔になった。

 

 

「ありゃマグネシウムリボンだな」

「なんだ?そのガ○ダムにでも出てきそうなモノは」

 

 

 チラチラと忙しなく後ろを見ていた樹林が怪訝な顔をして獅子丸に問い返す。何故背後を警戒していたかというと、樹林の両親は大変アクティブな方々で、授業が始まる直前まで彼を撮影しまくっていたのだ。まさか授業が開始してから乗り込んでこないだろうが、あの勢いを見た後では疑わしくなるのも無理はない。

 獅子丸は見てりゃ分かる、と顎で何らかの準備をし始める先生を指す。その過程で新たに紙袋から出て来たのは、手袋とサングラス、ライターだった。それを見て、俺はようやくこれから何をするのかを悟った。...そして、先生のやりたいことも。

 

 

「いいかー?これはマグネシウムリボンと言ってだな。燃やすと酸化反応によって強い光を放つんだ。...ふふ、行くぞ?」

 

 

 先生は手袋を嵌めた手でマグネシウムリボンを持ち、何やら得意げな顔でライターの火を当てる。火がその末端を熱し始めて少し経つと、唐突に白く強い光が先生の手元から放たれ、それを見ていた俺たちは突然の強い光で一様に目を細めてしまう。直後、先生はこのときのために取って置いたらしいセリフを達成感に満ちた表情で口にした。

 

 

「バ○スッ!!」

『.........................』

「...........スミマセンデシタ」

 

 

 『ユーモアに溢れた、親近感の湧く教員』という設定で行ったのだろう。その方向性自体は間違っていない。普段から明るい性格で、前述の設定の内容を遂行するに十分な資質はある。しかし、ギャグセンスとユーモアはイコールではない。相当完成度が高くなければ、ギャグ主体で突っ込むのは余りにも無謀だ。いつも通り時折冗談を混ぜるくらいで良かったのに。

 さて、この場でギャグに走り、盛大にクラッシュした代償は大きく、教え子とその両親、中等部の学生にまで『何いってんだこいつ』という冷たい視線で射抜かれた先生は、笑顔のまま凍った表情で謝罪したあと、反応式を黙々と黒板に書き始めた。きっとこの時、もう二度と授業内でギャグはしないと固く誓ったことだろう。

 余談だが、獅子丸だけが先生の意図を解し、一人で両目を抑えて悶えていたという。

 

 

 

          ****

 

 

 

 お昼休み。昼飯を食べ終わった俺と小猫ちゃんは、教室に戻るために廊下を歩いていた。

 

 

「コウタさんのご両親は来ていましたか?」

「ん?...んー」

 

 

 俺に両親はいない。それを今までは淋しいと思ってこなかったが、こうして思い返すと、どこか空虚な気持ちになる。自分と決定的なつながりを持つ存在が居ない、ということなのだから。

 そんな考えを顔には出さないまま、両親は海外暮らしなんだと小猫ちゃんに言っておく。悪魔でもないのに英語が堪能なんだから、説得力はあるだろう。その目論見通りに納得してくれた彼女は、自分も今日は両親が来ていないのだと言った。...そして、二度と来ることはないとも。俺はそれに関して敢えて踏み込まず、窓ガラスに映り込んだ俺と彼女を見比べながら問を投げた。

 

 

「.....淋しいか?」

「いえ。コウタさんや、部長さんたちがいますから」

「そうか。なら良かった」

「はい」

 

 

 彼女はまだ、家族すべてを失った訳ではない。たった一人の、姉がいるのだ。...裏切り者の姉が。

 未だに小猫ちゃんは姉...黒歌に対して複雑な感情を持っている。それを見越した黒歌も『今』は合うべきではないと言っているのだ。会ったとしても、互いに傷付くだけだと。それはそうだが、このままだとずっと変わらないままだ。今更誰も傷つかないで収拾をつける方法など、ない。

 

 

「甘えって言うのは、流石に厳しすぎるか」

「?」

「ああすまん、こっちの話」

「こっちってどっちですか」

 

 

 適当に誤魔化そうとすると、小猫ちゃんが意地悪な質問をしてきた。仕方ないので彼女の頭を優しく撫で、誤魔化し方を変える。すると、興味を別の方向に向けられた猫のように、あっという間に態度を軟化させた。が、彼女は決して誤魔化されてはいない。ただ、俺のこの行動から、これ以上聞かれると困る、という意図を汲んで閉口しただけのこと。これでは本当にどちらか年長者か分からなくなる。

 そうやって周囲から妬み嫉みの視線に晒されること暫し、廊下の先から興奮した様子で走ってくる一年男子の集団とすれ違う。その時にチラッと聞こえた妙な言葉が、俺の嫌な予感を沸き立たせた。

 

 

『魔法少女が撮影会やってるらしいぜ!』

 

 

 魔法少女。それは物理法則無視の極彩色ビームで敵を焼き尽くす、派手な衣装をまとった女の子...のことだろう。一応、個人の見解だと注釈をつけておく。

 およそ学校に出現していい存在ではないため、聞き間違いか何かだと処理したかったのだが、後からやってきた別の男集団からも、すれ違いざまに魔法少女がいるという発言をしていた辺り、どうやら事実だと認めざるを得ないようだ。一体何処の誰がそんな痛い格好をして、さらにそれを学校の生徒に撮らせているのか。そういう趣味の母親とかだったら子どもが自殺しかねないぞ。

 

 

「コウタさん、どうします?」

「...........」

 

 

 小猫ちゃんのどうする、という問いかけは、件の魔法少女を俺たちも見に行くか否か、というものだろう。あれだけの騒ぎを聞かされては、好奇心を刺激されない方がおかしい。かくいう俺も、生前そういうのには興味を持てなかったというのに、いざ現実で目の当たりにできる可能性をチラつかせられると、不思議なもので多少の興味が湧いて来る。...の、だが。

 .......なんだろう、やっぱり嫌な予感がする。

 

 

「.....いや、あの分だと人だかりは凄そうだ。やめておこう」

「分かりました」

 

 

 俺の返答にあっさりと首肯して見せた小猫ちゃんは、特に逡巡する素振りもなく教室への道を歩いた。どうやら小猫ちゃんはあまり魔法少女に強い興味を抱けなかったようだ。男なら兎も角、同性では難しいか。

 その後、見物に行ってきたという獅子丸と樹林に話を聞いたところ、とてつもない美少女が降臨なされた、といって恍惚な表情を見せたり、生徒会の介入があって僅かの間しかその姿を見ることがきなかった、といい憤怒の形相を露わにしたりで忙しそうだった。コイツらは可愛い女の子を見るといつもこうなるが、誰でも見境ない訳ではない。故に気にはなるのだが.....

 というか、なんだよ魔法少女ミルキースパイラル7オルタナティブって。あっち系のゲームに出てきそうな名前だな。

 

 

 

          ****

 

 

 

 獅子丸と樹林から、例の魔法少女撮影会にイッセーの姿があったという話を聞き、ならばと放課後にイッセーを教室で捕まえ、その痛い子の正体を問いただしてみた。その答えで、俺の悪い予想が当たっていたことに少し戦慄すると同時、あの人なら魔法少女ミルキーなんちゃらになっていても大丈夫だろうと安心した。

 

 

「そうか...やっぱりセラフォルーだったのか」

「そうだったんだよ!これがかなりの美少女で会長の姉...って、なんか既に知ってるクサいな?」

「ま、過去にちょっとな」

 

 

 俺は冥界放浪時代、そこらに棲息する異形を狩りまくっていた。当時は生きることに必死だった俺は、自分が一騎当千の存在である『魔払い人(ビースト・キラー)』と冥界トップの間で噂されていることなど露程も知らず、サーゼクスに保護された後にようやく伝えられたのだ。

 以降はサーゼクスと共に実在した魔払い人を架空の人物と仕立て上げるための工作をし続けたのだが、一部に熱狂的な信者まで出来てしまっていた冥界で、そう簡単に鎮火を促すことは難しかった。故に他方面からも働きかけてくれる協力者を探し、それがセラフォルー・レヴィアタンという魔王の一人だった、というわけだ。

 これをそのまま話してしまう訳にはいかないので、どうにかしてでっち上げられないかと思案していたところ、パックのミックスジュースを啜りながら教室の窓に寄りかかり、机に座ってクラスメイトと談笑するアーシアさんを眺めるイッセーから先手の言葉を貰った。

 

 

「そのセラフォルーさんってさ。表はふざけてるような感じだったけど、やっぱり強いんだろ?」

「ああ。血ではなく実力で魔王の座におさまった悪魔の一人だからな。桁違いに強い」

「そうか.....魔王ほどとは言わないけど、どうやったらすぐに強くなれるんだろうな」

「すぐに、か」

 

 

 イッセーの言う『すぐ』とはどれほどの期間を指しているのか分からないが、言うまでも無く一日や二日で強くなることなど不可能だ。そんな都合の良いアイテムはないし、あったとしても支払う対価は碌なものではないだろう。イッセーがそれを理解していないはずはないが、焦りは視野を狭める。やってはいけないこととやっていいことの境界が霞んでしまうのだ。

 

 

「この前さ。ドライグから覇龍(ジャガーノート・ドライブ)ってのを教えて貰ったんだ」

「...覇龍」

 

 

 どこかで聞いた気がする言葉だと思ったら、ヴァ―リがアルビオンと話していた時に出て来た単語だ。そして、あのヴァ―リですらアルビオンは使用を固く禁じていた。つまるところ、俺の中で定義した都合の良い、しかし碌でもないものに分類される強化法なんだろう。失うのは己の命か自我か、全く別の誰かの大切なものか。もしどれかだったら真理の扉を覗くときに要求されるものくらいハチャメチャな等価交換の法則だな。

 

 

「歴代の赤龍帝も覇龍使って身体をぶっ壊して、死んだらしい」

「ふぅん......で?お前はその覇龍のこと、どう思ったんだ?」

 

 

 俺のそんな疑問に対し、イッセーはストローをかみつぶしながら笑い、パックに残った全てのジュースを思い切り啜ったあと、座っていた机に叩き付けて言った。

 

 

「くっっだらねぇ!!そんな事したらハーレム作れねぇじゃねぇか!部長とも、朱乃さんとも、アーシアとも、小猫ちゃんとも!何も、なんにも出来ねぇじゃねぇかよブッハァ!」

 

 

 俺の右アッパーを顎に、そして突如飛来してきた可愛らしい筆箱を額に受けたイッセーはアニメのように吹き飛び、きりもみ回転しながら落下した。というか、ナイスなアシストをしてくれたお方は一体誰.....ああ。

 

 

「もう!イッセーさんはホントにもう!」

 

 

 どうやら、全然怖くない怒り方をしているアーシアさんがナイスアシストの張本人だったようだ。しかし、彼女が怒気を纏うのは相当珍しいことなのか、それまで談笑していた女子たちは面喰った表情をしていた。

 

 

「私、先に部長さんと一緒に帰りますから!スケベなイッセーさんは一人で帰って下さい!」

「ふ、フゴぉ~!」

 

 

 顎と額を抑えて情けない声で静止を叫ぶ(?)イッセーを放り、アーシアさんは金髪を波打たせながら教室を出て行ってしまう。なんだか少し同情してしまったので、打ちひしがれているイッセーの手を引いて起こしてやる。そこに、女子の中にいた一人がイッセーの元へ近づいて来ると、後は任せて、と一言俺に伝えてから、彼の背中を思い切り叩いた。

 

 

「ほら!愛しのアーシアちゃんをこのまま見送るの?さっさと後を追いかけなさい!ギャルゲー的展開があるかもしれないわよ!」

「ウッホホぉぉぉイ!」

 

 

 顎が痛くてうまく言葉を出せないのは仕方ないが、流石にその掛け声はないだろう、イッセー。そう言ってやりたかったが、手負いとは思えない素早さで筆箱を拾うと、自分の鞄を肩にかけて一目散に走って行ってしまった。残念ながら野生児みたいな掛け声は治っていない。

 そんなイッセーを満足気に見送った謎の少女は、かけていたメガネを指で定位置に戻しながら、俺の肩をポンポンと叩き、何故か一仕事終えた同僚をねぎらうかのような表情で笑いかけて来た。

 

 

「お互い、気苦労が絶えないわね」

「全くだ」

 

 

 気分で流れに乗っておきながら、イッセーが机上に残して行ったミックスジュースのパックを掴み、教室端に置いてあるゴミ箱へ投げ入れる。それを見た少女は口笛を吹いて驚嘆を露わにしたが、偶然だとフォローを入れておく。

 

 

「私は桐生藍華(きりゅうあいか)。あんたがあの変態の暴走を止めているところ、良く見てたから、同業者として頼もしく思うわね。これからもよろしく頼んどく」

「俺は栗花落功太。気は乗らないが、まぁ同業者のよしみで受けるよ」

 

 

 俺の答えに満足したらしい桐生さんは、ふっと不敵に笑ったあと、元居た女子の輪の中に戻って行った。

 .....ふむ、下級生に対して背伸びしたかっただけ、と。

 

 




あぁ...獅子王出したい。ロンゴミ二アドしたい。でもランサーは兄貴ェ...

仕方ないから兄貴にロンゴミニアドを...(うそ)


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File/46.魔払い人と殺戮の黒猫

グレモリー家にいたオリ主と黒歌のことをリアス先輩にお話します。
サブタイがいかにもバトりそうな雰囲気醸し出してますが、今話ではバトりません。


「いやぁ、まさかコウタ君がリーアたんの部活に入るとはねぇ」

「いや、絶対に初めからそれ狙ってたでしょうに」

「ふふ、確かに『それ』はね。でも、そこから先の何もかもが、というわけではないよ。兵藤一誠君のことは完全な想定外だからね」

 

 

 授業参観は無事に終わり、俺は撮影した動画の鑑賞会が催されている兵藤家に来ていた。

 何故こんなことになったかと言うと、折角家が隣同士なのだからということで、サーゼクスに連れてこられたのだ。しかし、現在はアーシアさんだけでなくグレモリー先輩もイッセーと同居しているので、格式ばった要件以外でそこにサーゼクスを置くと、『家』の話題が出てしまいかねない。そう思い立ち、やんわりと断ろうと思ったのだが、どうやらグレモリーの現当主さまもおられるようで、しかもその当人からご指名を受けてしまったという。これでは俺とグレモリーの関係はほぼ露見したも同然だろう。とはいえ、長年お世話になった恩人の願いを断るわけにもいかず、恐々と顔を出したのだが....以外にもグレモリー先輩やイッセーはいつも通りで、当主から久しぶりの再会に熱い歓迎を受けていた時も表情を変える事は無かった。

 俺はグレモリー先輩に『家』にいたことを一切明言していないはずだ。なら、サーゼクスや当主の態度に疑問を抱くのが当然というもの。いや、それとも前述の人物か、グレモリーの関係者から既に細やかな事実を話されてしまっていたのだろうか?

 そんなことを考えていたからか、イッセーの家族や当主と談笑するグレモリー先輩の方へ無意識にチラチラと視線をやってしまっていたらしい。そして、重度のシスコンであるサーゼクスがそれに気づかぬはずはない。

 

 

「やっぱり、気になるかい?」

「そりゃ気になるって」

「流石のコウタ君でも、うちのリーアたんを簡単にあげるわけにはいかないよ」

「........」

「ハハハ!冗談だよ冗談。....二人が君と僕ら、いいや、君とグレモリー家の関係を問いただして来ないのが不思議なんだろう?」

 

 

 やはり、この件に関しては既に何らかの動きがあったようだ。それがどのようなものかは分からないが、現時点で確実に言えることは、少なくともグレモリー先輩とイッセーに俺が『家』にいたことは露見している、ということだろう。その上で誰かに静観するよう釘を刺されなければ、先ほどの状況を見過ごすわけがない。できれば、その件に関しての先輩の赦免はもう頂いている、というのが最も望ましい報告なのだが、それはまずない。当事者中の当事者である俺が居ない場で話し合いをして結論を出しても、先輩は納得しないはずだから。

 

 

「君もなんとなく勘付いているようだけれど、この件は何一つ解決していない。だから

、この機会に君()()とリアスの間のわだかまりを全て解消しようと思う。かなり、荒療治になるかもしれないけれど」

「?」

 

 

 サーゼクスの言葉に疑問を覚えた時だった。それまで、イッセーを含む家族とアーシアの四人で鑑賞会を続けていた当主が一言断りをいれてから立ち上がり、グレモリー先輩とサーゼクス、そして俺を読んだのだ。突然のことで何が何やらだったが、このメンバーで話し合いの場を設けたいので、それを俺の家にする、との発言を聞いた瞬間、思わず聞き返しそうになった。

 何故驚くか?それは黒歌や龍神さまのことがあるからだ。しかし、龍神の方はともかく、当主は黒歌が家にいることを知っているはずだ。それを承知で先輩を招く場として俺の家を指定したのだから、何らかの考えがあることは間違いない....はず。と、そう信じ、俺は意を決して御三方を我が家に招き入れることを承諾した。

 脳内ではあらゆる不穏な憶測が飛び交っているが、顔に出さないよう細心の注意を払いながら先頭に立って廊下を歩き、居間の戸を開ける。できればいないで欲しいと、特定に人物に対し僅かな願望を胸中に抱いたが、煎餅を齧りながら雑誌を拡げてうつ伏せになっている当人に、容赦なくそれは掻っ攫われた。

 

 

「にゃっ!?コウタとサーゼクスじゃない!貴方達さっきは一体――――て、あらら?サーゼクスのパパ上」

「おお、黒歌君。元気にしてたかな。学校へ行かせられないことは心苦しかったが、見たところ大きな不満は抱えてなさそうだね」

「ぬふふ、おかげさまで。コウタとの距離が(物理的に)縮まってハッピーにゃん!」

「こらこらのしかかるな腰に足を回すな」

 

 

 居間に入るなり体当たりの勢いで飛び掛かって来た黒歌を背中で受け止めておんぶすると、それを見た当主は愉快そうに笑いながら座蒲団に腰を下ろす。サーゼクスもやれやれと言いたげな表情で頭を掻きながら座る。が、この中で最も異質な、疑念と怒気の入り混じったオーラを放つ人物が居間の出入り口で直立していた。

 

 

「....お父様!お兄様!これはどういうことなの!?コウタの事は事前にグレイフィアから聞いていたけれど、黒歌って....そんなの!」

 

 

 これは、やはり不味い。それも非常に。冥界の事を少しでも知っていれば、黒歌がどういった人物なのかは瞭然だ。今この時、彼女にとって当主とサーゼクスは、大犯罪者を匿うという大罪を犯している人に見えているのだ。己の身内がそんなことをしたなど、到底信じられるものではないだろう。

 怒りを通り越して混乱状態に陥りつつあるグレモリー先輩に対し、あくまでも平時のままのサーゼクスが立ち上がって歩み寄り、彼女の頭に優しく手を置きながら、自嘲気味な笑顔を浮かべて言う。

 

 

「ごめんね、リアス。混乱するのも無理はないと思う。元々はこうなることを恐れて伝えなかったんだけど....むしろ悪化させちゃったな」

「混乱するに決まってるじゃない!全く知らない人間を家に置いていたかと思えば、次は犯罪者を匿って!」

「うん、そうだね。....でも、二人とも悪い人じゃないよ」

 

 

 サーゼクスはもう一度先輩の頭を一撫でした後、身体を横に移動させて、その背後にいた俺と、俺の背中に乗る黒歌をその目に入れさせる。俺はそれに合わせて、一応手を振ってみることにした。すると背後の黒歌も控えめに手を振った気配がした。

 そんな緊張感のない俺たちを見たグレモリー先輩は、バツの悪そうな顔をして視線を畳の接ぎ目に落とす。

 

 

「コウタが良い人だってことは分かるわ。あれほどの力を持っていても驕らず、私や下僕の皆を助けてくれた。もしグレモリーに恩を売るとか弱みを握るみたいに、腹に何かを抱えた輩だったとしたら、もっと分かりやすく己の利益につながる行動をするはずだけど、コウタにはそれが一切なかったわ」

「だろうね。彼のすることは僕達にだけ利益を与える無償の行為ではないけれど、支払った対価以上のことをしてくれる。僕も最初の頃は驚かされたものだよ。なにせ、住み込み初日に、半日とかからず屋敷中の清掃をしてしまうんだからね。それで、大変じゃなかった?と聞いたら、汗を滝のように流しながら『楽勝だよ』なんていうんだからさ、思わず大笑いしたものだよ」

 

 

 あの時はちょっといいトコ見せてやろう的な気合に溢れていたから、生来の気質もあってついやり過ぎてしまったのだ。お蔭で午後のメイドさんたちの仕事を奪ってしまったのだが、普段は出来ない場所の整理などに手を出せたというので、概ね好評だった。

 しかし、後々にグレイフィアさんからはメイドの仕事がなくなるので控えめにお願いしますと半笑いで注意されている。というか、その話は恥ずかしいんで止めて下さい....

 

 

「そうだな。私から見ると少し甘すぎるきらいもあるが、アレも大層コウタ君を気に入っていた。裏表がなく、信じるものを信じ通せる固い意思があると。私も徐々にそれを感じつつある」

「......俺はそんな大層なモンじゃありませんよ」

 

 

 終いには当主まで加わる始末。これでは褒め殺しだ。俺は言葉通り、そんな大した人間じゃないというのに。所詮はどれも誰かに認められたい、認めて欲しいという浅薄な考えが生んだ行動だ。誰かを救うのも、その救われた誰かが幸せになって、それを見た自分が満足し安堵するための自己中心的な行動理念によるものであり、決して他人の幸福を第一に考えている訳ではない。....だというのに、

 

 

「大したモンよ。コウタは」

「?黒歌」

「だって、どこからどう見たって『悪』だった私を疑い、自分の危険を顧みずに真実を引っ張り出してきたんだもの。普通の人間や悪魔だったら、考えなしに周囲の決めた『悪』にのっかって一緒に罵るでしょ。はんざいしゃーって」

「......べつに、別件の仕事で偶然アシを掴んだだけだ。真実を知らなかったら、俺も皆と同じだったさ」

「本当にこういうときのコウタは嘘が下手ねー」

 

 

 何が嬉しいのか、黒歌はクスクス笑いながら俺の後ろ髪に顔を埋めてきた。そして、今の会話を聞き、まるで彼女を犯罪者と罵倒したことが間違いであるかのような物言いに我慢できなくなったのだろう、グレモリー先輩が真意を問うかのように黒歌に向かって声を荒げた。

 

 

「ちょっと待ちなさい!どういうことっ?貴女は主を殺害し、追っ手の悪魔もことごとく殺戮したんでしょう?」

「ええ、そうよ。私は飼い主である主を殺し、捕まえようとした悪魔も容赦なく殺した。賭け値なしの大量殺戮犯ね」

「ああ、そこは変わらない罪だ。何があろうと肯定されていい事ではない。ただ、そうするだけの理由があった。そして、それを誰も知らなかった、ということが問題なんだ」

 

 

 サーゼクスは広げた手に数枚の紙片を出現させ、それを裏向きの状態でグレモリー先輩の前に差し出す。それが手に取られる前に、彼は『少し覚悟して見てね』という忠告を付け加えた。それで俺はアレが何なのかを理解し、同時に口の中に苦いものが広がり始めたのを覚える。きっと『アレ』に目を落とす彼女も、俺と同じかそれ以上のものを感じているだろう。

 

 

「........これ、は」

「黒歌の主がやったことだよ。非常に趣味が悪いことだけど、自分の眷属に()()()()()()をしたあとに写真を取り、自分の支援者層にばら撒いていたんだ。リアスに渡したのはその一部。....これでもまだ優しい部類なんだけどね」

「こんなこと、許される訳が....!」

 

 

 俺が身分や態度を偽って奴に近づいた時、大方のものはコピーして貰って来た。当人は自分の趣味に共感してくれる人物が現れたと勘違いして大喜びしていたが、一方の俺は正直その場で嘔吐してもおかしくないほど胸糞が悪かった。

 さんざ冥界の森を彷徨い、数々の魔物を殺してきたが、苦しみ喘いだ果ての死を迎えてしまった者の、負の感情を深く顔に刻みつけた姿を見るのは初めてだった。それは己をこのような姿にした者に対する底のない憎しみに満ちており、全く関係がないはずの俺が見ても息が詰まる思いだった。

 だというのに、奴は恍惚の笑みを浮かべて、誇らしげに謂うのだ。『意味の無かった存在に、こうして意味を持たせられる私は最高の人格者である』と。反吐が出る。

 

 

「これが許されているのが今の冥界だ、リアス。戦争が終わり、その立て直しにばかり注視した結果、このような悪行が罷り通ってしまう世になったのだ。少なくない犠牲は出たが、黒歌君の起こした騒ぎで冥界の膿を幾らか明らかにできた。彼女が抵抗を諦めてしまったら、不審な動きをする連中を発見できなかっただろう」

「....だから、いち早く真相に気付けたグレモリーが黒歌を秘密裏に保護することにした、ということなのね?お父様」

「うむ、そうだ。しかし、司法が席巻した世では、功績で罪は洗い流せない。いかな善人といえど、そしていかな理由があれど、間違ったことに対しての罰は下されなければならない。故に、我々は世に代わって罪科を下し、黒歌君に悪魔社会への参入を認めないことにした。それは字義通り、彼女は冥界にて居場所を失ったことを意味する」

「....それは」

 

 

 厳しすぎる、だろうか。確かに、俺も当主のその意向を面と向かって黒歌と聞いた時はあんまりだと言って反対した。居場所がなくなるのなら黒歌は一体何処で生きていけばいいんだと詰め寄ったことを鮮明に覚えている。だが、もし彼の心が変わっていなければ、続けられる言葉は....

 

 

「ハッハッハ。何、居場所ならこれから作っていけばいいのだ。確かに、冥界では陽の当たる場に出ることはできなくなったが、何も冥界に拘泥する必要はあるまい?守りたいものがあり、目指したい目標があるなら、世界の狭さなど瑣末なことよ。だろう?黒歌君」

「ええ!一人じゃ難しくても、コウタがいるから!きっと何処へだっていけるにゃん!」

 

 

 黒歌は総てを失いかけたが、無力な自分を呪いながら潰されるより、目的を持って抗うことに決めた。たとえそれが、たった一人の妹の信頼を断ち切ってしまう行為だとしても、何もかもを守れずに失意の中で死ぬより、ボロ雑巾のような姿になろうと、妹を守れたのだと胸を張って死んだ方がずっとマシだ。

 かつて聞いたそんな黒歌の覚悟の全部を知った訳ではないが、その突端は確かに掴んだのだろう。グレモリー先輩の表情は柔らかいものとなっていた。

 

 

「貴女の居場所はコウタの隣なのね。....ということは、コウタは黒歌のことを思って家に?」

「ん....いえ、俺がグレモリー家に世話になり出したのは、今からおよそ三年前です。黒歌が来たのは去年の初め当たりだったから、俺の方が早くに訳あっておかせて貰ってます」

「ああ、グレイフィアから聞いた時にそう言っていたわね。....え、じゃあ一体どんな理由で家に来たのよ?」

「それは、えーと...」

 

 

 果たして正直に答えてしまっていいものかと思い、チラリとサーゼクスの方を見ると、彼は俺の視線を受けてから一つ頷き、説明を引き継いだ。

 

 

「リアスは数年前にあった『魔獣狩り』という事件を覚えているかい?」

「え?ええ、勿論覚えているわ。害悪な種からそうでない種まで、およそ数年間の期間で片っ端から魔獣や魔物が大量に殺されていたっていう事件よね?巷では犯人を『魔払い人(ビースト・キラー)』って呼んでたみたいだけれど、情報が少なかったから眉唾だって結論が出て、それがいつの間にか周知の事実になってたのよね....それがコウタのことと何か関係が?」

「うん。それコウタ君なんだ」

「........え?」

「推定....いや、本人から冥界の放浪をしていた期間は九年だって聞いてるから九年か。その九年間の間でおよそ数十万の魔獣・魔物を狩り、北にある未開の山岳にいた、未だ謎の多いはずだった白い巨人、ヨートゥンすら倒した傑物。それが栗花落功太その人なんだよ」

 

 

 まるで自分のことのように饒舌な語りを披露するサーゼクス。何故か隣の当主もどこか得意げだ。一方のグレモリー先輩は衝撃で固まってしまっている。まぁ無理はないか。

 ちなみに、北の未開の山岳にいると言われたヨートゥンというのは、その特徴と強さから仮名として名づけられたものだ。北欧神話に出てくるヨートゥン本人ではない。が、何度も実力者つきの調査隊が派遣されては返り討ちにされ、上級悪魔の登用が検討されるほどの未知数な相手であるため、魔王諸侯は密かに『降りて来た』ときのための対策を真剣に検討していたらしい。

 じつはココだけの話、威力が強くて周囲への被害が甚大となる可能性がある新技の実験のため、普段は踏み入れない冥界の外の外まで出た時、偶然見つけた最適な実験台、それがヨートゥンだったのだ。無論、俺は喜び勇んでそいつに向けて新技をブッパし、巨人の上半身全部と下半身の七分位を消し飛ばした。同時に当初の想定を超えるほどの破壊がもたらされ、巨人の向こう側にあったものの悉くが無くなっていた。具体的に言うと山の二つと分厚い雪雲である。

 グレモリー家に保護されて少し経ち、朝食時に気まぐれで情報誌へ目を通していた時、掲載されていた白い巨人の亡骸を見つけて、『ヨートゥンって、コイツ俺が倒したヤツじゃん』といったときのサーゼクスの顔は今も忘れられない。

 

 

「ま、待って。仮にその『魔払い人』がコウタだとしてもよ?何でグレモリー家に住まわせる必要なんてあるの?まさか眷属にしようとしたんじゃ....」

「ははは!確かにそれは魅力的だ。だけど、実際はほとんどその逆。これ以上冥界で魔獣・魔物狩りをさせないために匿ったんだ」

「....それは、魔獣や魔物がこれ以上殺されてしまうのを防ぐため?」

「ふふ、僕達魔王は自分の周辺に関する正確な情報をいち早く揃え、『魔払い人』が実在する証拠をすぐに揃えることが出来た。また、同時に隠蔽工作をしたことで、自分に追随する高い捜査能力を持つ他の上級悪魔や情報屋の目を欺いた。....ここから想定される厄介事が何かは、もう想像つくよね?」

 

 

 サーゼクスは敢えて答えを簡単に明らかにせず、グレモリー先輩に対しヒントをあたえるにとどめた。大方自己解決力を上げるためだろうが、ここまでヒントを投げ込めば、冥界事情にある程度精通していれば簡単に分かるだろう。実際、先輩は数秒とかからず答えを導き出した。

 

 

「真相を握った魔王同士の衝突ね?数年間で魔獣魔物を大量に狩る実力者だもの、手元において管理しておきたくなるに決まっているわ」

「そういうこと。だから僕は冥界で新たな火種を生まないよう、他の魔王の誰よりも真剣に彼を探した。そして、実際に会って直ぐに一切の誤魔化しや色をつけた発言は通用しない人物だと確信し、当初より更に真剣に僕達の庇護下に居てくれることをお願いしたんだ」

 

 

 大型の魔物と殺り合っていたときだったな。サーゼクスが俺に初めて接触してきたのは。

 突然只者ではない雰囲気を感じて、それまで遊びで戦っていた魔物を一撃で斬り伏せ、初見殺しである鶴翼三連を容赦なく干将莫耶で放ったのだが、それを滅びの魔法で楽々防がれ、驚いたのは懐かしい。以前に危うく死にかけたところ助けて貰ったシエルの爺さん以来の人型だったことも衝撃的だったが、まさか第一声が頭を下げながらの一緒に来てほしいだったのは、正直耳を疑ったものだ。

 

 

「そして、コウタはお兄様の条件を呑む代わりにグレモリー家での不自由ない生活を約束し、コウタは『魔払い人』のほとぼりが冷めるまでの三年間を過ごしたわけ、ね」

「そうだ。形式ではあるけど、一応屋敷の手伝いもお願いして貰っていたよ。こちらとしては客人扱いしてもなんら問題なかったんだけど、そういうのは嫌いそうだったからね」

「........」

 

 

 サーゼクスの言葉に、俺は確かにそうかも、と内心で思う。グレモリー家での暮らしは前世のものと比べると失神するほど破格すぎて、ましてやこれを何のお返しもなく三年間享受し続けるのは、俺の庶民精神が持たないだろう。彼が提案してくれなくても、我慢できなくてこちらから申し出ていたはずだ。

 一連の話を聞いたグレモリー先輩は、顎に手を当てて何かを考える素振りを見せてから、盛大な溜息を吐く。だが、その後の表情は何処かさっぱりした、憑き物が落ちたようなものになっていた。

 

 

「なるほど....事情は分かったわ。それだけの理由があるなら、私ももう反対しない。コウタも黒歌も、グレモリー家の一員として接することにするわ」

 

『!』

 

 

 グレモリー先輩のその言葉で、俺を含む四人すべてが一様に安心したような溜息を零す。途中で正直駄目なんじゃないかと内心冷や冷やしたが、ここにいる全ての人たちの協力があったお蔭で説得に成功した。俺と黒歌が余所者である自覚はあったし、一切のわだかまりなく今後グレモリーと接していく上で、これは大きな一歩だ。

 天上を仰ぎながら軽い感動を覚えていたところだったが、急に両手を柔らかい感触で包まれ、驚いて正面を向く。すると、真っ直ぐ射抜くような強い碧眼を湛えたグレモリー先輩が至近距離に立っていた。それに多少ドギマギしてしまったが、同じく至近距離にいる黒歌の怒声で片耳をブチ抜かれ、多少は平静を取り戻せた。ナイス黒歌。でも脳味噌に優しくないから二度とやらんでくれ。

 そして、真剣そのものの彼女の口から飛び出た言葉は....

 

 

「コウタ!私の眷属になって!」

 

「無理です」

 

「ええッ!なんでよ!これからもグレモリーと付き合っていくんだから、眷属になってくれてもいいじゃない!」

 

 

 頬を膨らませた先輩に握った両手をブンブン上下に振るわれるが、それでも俺は意志を変えるつもりはない。別に悪魔が嫌いなわけでも、グレモリーが嫌いなわけでもない。ただ、前世の人間だった俺が果たせなかった願いは、出来れば人間のままの俺で果たしたいと思うのだ。既に別人同様の有様だとも言えるが、その魂の色だけは変質させたくはない。

 

 

「『人間で在るがまま生きる』。これは、命をかけた()()()との約束事ですから」

 

 

 俺は、これからも人外に囲まれた生活に身を置くつもりだ。

 

 




実は魔払い人にかなり興味を持っていたリアスさん。これから彼への眷属入りの誘いが活発化します。


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File/47.龍の回路

ついにアイアスにも魔改造の手が...
そして、まさかのオリ主にも....?


 次元の狭間とは、全ての時代の世界から排斥されたものが行き着く果てである。

 

 ここには何もない訳ではないが、だからといって何が出来る訳でもない。ただ点々と不要となった世界の切れ端、世界の一部になれなかった大地が散在しているのみで、何一つ意志ある者を満足させられる価値あるモノなどない。

 いかな生命も、この無限に等しい不毛の異界を彷徨えば、心はすり減り、己が存在する意味を見失う。それに弱者も強者も関係なく、ここで振るわれる力の悉くは無意味となる。この場にある何を壊し、呪おうと、この場にない何を創り、願おうと、全てはこの異界で解決し、完結する。何故と問われるまでもない。存在意義を奪う『無』が跋扈するこの異界において、奪われた存在の与える影響は等しく無意味となるのだから。

 

 そんな異界の片隅で、吹き荒れる嵐があった。

 

 嵐は二つ。そのどれもが、圧倒的な熱量を持つ魂の渦で『無』を寄せ付けない。この場においては絶対の権力を持つ無に呑まれ、無為で無意味な存在に成り下がるはずである凡百の生命が、ただ其処に立っているだけで形の無い王を圧倒する。

 そして、『無』は悟る。アレらは魂の質が違う。仮に我らが数千年かけて凌辱し、蝕もうとも風化しないのではないかと。その結論へ至ったと同時に、『無』は一個の龍神と、一個の人間の前に膝を折る。

 だが、それは決して恥ずべきことではない。

 

 ───無限を冠す、神羅万象の影響を存在だけで捻じ曲げる龍神。

 ───聖杯と同化したことにより、あらゆる害意にも染まらぬ無色の魂を擁する人間。

 

 両者は、万夫不当の王という視点から見ても異常なのだから。

 

 

 

 

 

「......『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』」

 

 

 俺は魔力を集中させた状態で呟き、前方にアイアスの盾を出現させる。本来はそこで魔力を障壁の構成、概念復元と強化から離れて維持に回すのだが、尚もその行為を止めない。やがて花開いていた花弁に異変が現れ始め、それを期に一際強く『型』を含む魔力を注ぎ込む。

 

 

「『天蠍宮(ミリアド)────陽鎖す赤色の星(アンタレス)』!」

 

 

 喉奥から絞り出すような叫びとともに、花開いていた七つの花弁の背後、そこに大きく揺らめく赤い蕾を出現させる。それに確かな手ごたえを感じつつ、歯を食いしばりながら両手を使い、片方で一輪目の維持、もう片方に障壁構成のための魔力を回す。そして、二輪目が花開いた瞬間、既に出現していた七つの障壁の後方に一際赤く輝く新たな一枚の巨大砦が築かれた。....総計、八枚。

 飛び道具を使った攻撃には比類なき防御力を発揮するアイアスの新たな姿。名づけて『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)天蠍宮(ミリアド)陽鎖す赤色の星ー(アンタレス)』。これは元の一輪目で七つの魔力障壁を展開したあと、更にもう一輪を出現させ、強力な八枚目の防壁を築くというものだ。技の構想はさそり座を構成する星の中で最も明るい、アンタレスという恒星から頂いた。

 恐らくこの盾ならば、兄貴の投げボルクを完璧に防げるだろう。何故なら、八枚目は最も堅牢であると言われる七枚目のアイアス十枚分の強度を持つよう設定したのだから。

 そんな超常の盾を発動できた達成感に奮える声を隠すことなく、俺と対面している、現時点で最高峰の火力を誇るだろう無限の龍神に向かって叫んだ。

 

 

「オーフィス!全開で来いッ!」

「うん」

 

 

 龍神さまは俺の言葉に笑みを浮かばせながら頷き、手のひらを突き出す。その手中に漆黒の焔を生み出すと、同色の黒翼を広げてから、背に黒い光輪を三つ展開させたあとに眼前に浮かぶアイアスへ向かって放出する。

 瞬間、闇より昏い極光が赤色の盾と衝突する。途端に前面へ展開していたアイアスの障壁が五枚砕かれ、花弁がちぎれ飛んだと同時に左腕へ猛烈な負荷がかかる。が、魔力を注ぎ続け、六枚目でなんとか侵攻を一旦防ぐ。

 

 

「コウタ凄い。じゃあちょっと強めにする」

「?!」

 

 

 オーフィスの背に展開している光輪の二つが一際昏く輝いたのをチラリと横目に見た後、左手に掛かる負荷が恐ろしい程に増す。それはあっという間に許容量を超え、左腕が弾かれると同時に六枚目と七枚目が同時に破られる。そして、ついに最後の八枚目。

 

 

「ぐ、おおおぉあッ!....なんつー、力の塊だ!」

 

 

 山が一個二個どころじゃない。国一つが消し飛ぶのではと思うほどの砲火だ。正直受け切れる自信は絶大なほどあったのだが、やはり地力が違ったか。八枚目は未だ破られてはいないが、もう一段階あげられると確実に持たない。が、普通のアイアスでは数秒と持たないはずのオーフィスの攻撃を数分間持ちこたえられたのは多大な進歩だ。

 三つ目の光輪が輝いた瞬間、最後のアイアスにも致命的な罅が入る。それでも魔力を流して強化の底上げを続けたが、上昇値の桁が違う。こちらが十強化する間に向こうは百強化してくる。要するに、詰みだ。....そう明確に負けを覚悟したとき、漆黒の濁流はたちどころに消え失せ、元の──いや、元とは程遠い景色だが、取り敢えずは戦闘前の平穏を取り戻した。

 

 

「我、今まで生きて来て一番驚いてる。コウタ凄い」

「ふぅ......ありがとよ。でも、もう二度とやりたくはないな」

「そう?我は楽しかった」

「そりゃ何よりだが、後ろに背負ってる物騒なモンは仕舞ってくれ....」

 

 

 上機嫌そうな龍神さまの背には、未だ漆黒の翼と三つの光輪が威容を顕わにしている。それらから放たれるプレッシャーは常軌を逸しており、過去あらゆる魔物、魔獣から殺意を向けられた俺でも、普段から彼女と接していなければ意識を飛ばされてしまうだろう。これが一生命体に向けて明らかな殺意と共に放たれれば、大抵の命がその場で生きることを諦めるのは想像に固くない。

 しかし、この龍神さまの逆鱗に触れるような愚かなことをする輩など、果たしてこの世にいるのか疑問に思うが....。と、そんなことを聖杯から魔力供給しながら考えていると、頬に柔らかい何かが触れる感触がして、現実に引き戻される。

 

 

「コウタ、疲れてる。魔力足りないなら我の使えばいい」

「......なに?」

「すでに我とのつながりを持たせてある。知覚できるはず」

 

 

 衝撃的な問題発言に言葉を失うが、それでも意識は真実の開示を急かすように脳を追い立て、迅速に己の身体を検める。すると、確かに俺の中にある『炉』が、聖杯ともう一つ、強い竜の属性を帯びた何かがあることに気付いた。....間違いない。これがオーフィスの言う()()()()だ。

 しかし、しかしだ。龍の、それも無限の龍神という同種族中でもトップクラスの規格外さを誇るオーフィスから魔力の供給を受けるなど自殺行為だ。彼女が息を吸って吐くまでの期間で生成される魔力分でも十分だというのに、常時繋いでいる状態では、あまりにも流入量が多すぎる。以前の、聖杯の『蓋』が壊れた時に起きた酷い魔力の暴走以上のことが起きていても不思議ではない。

 そのはずなのだが、現状は至って普段通りだ。その疑問をそっくりそのまま当人に伝えてみたのだが....何故か彼女は目をついと明後日の方向に逸らしてから口を開いた。

 

 

「我、コウタと何度も交わってる。だからコウタの身体、わかる。必要な魔力も」

「....ちょっと待とうか。前半なんか聞き捨てならない台詞があった気がするんだが?」

「何度も交わっ」

「ひぃ!マジで言ってんかよ?!何でそんなことしたの!?」

「何度も交わっ」

「だぁー!それは分かったから!何でそんなことをしたのか知りたいんだって!」

 

 

 最近朝がだるくて、そして自家発電に対する意欲を失っていた原因はコレか!まさか毎晩ガッツリ搾り取っていたとでもいうのだろうか....?いや、確実にそうなのだろう。黒歌ならともかく、オーフィスほどの手合いともなれば、俺の自動迎撃などどうとでも出来る。実際、無理矢理することも容易いだろう。しかし、だからと言って....!

 オーフィスは俺の説明要求に逸らしていた目を戻すと、いつも通りの口調と顔に戻って淡々と説明を始めた。

 

 

「コウタは魔力を変な回路使って外に出してる。それだと量が限定され、限定の量を超えても使えば、肉体が傷付く」

 

 

 魔術回路は、魔術師が魔術を行使するために必ず必要なものだ。己の生命力を魔力に変換し、魔術として組み上げて神秘を為す。だが、俺は聖杯という神秘の塊から()()()()()()()直接魔力を汲み上げて魔術回路に流しているため、普通とは全くその運用方法が違う。そして、魔術回路も一本しかなく、仮に流せる量は段違いに多くとも、サーヴァント召喚の時のように限界は自ずと出て来る。

 

 

「なら、我の魔力を流せるもう一つの路があればいい。そうすれば、コウタの持つ回路が傷ついても、代用できる。それを作るため」

「......なるほど」

 

 

 今オーフィスに作って貰った炉を認識したが、確かに俺の魔術回路に沿うような形でもう一つ道が出来ている。これが龍神さまお手製の魔術回路、言わば『龍の回路』か。Fate界から外れているとはいえほんと何でもありだな。

 取りあえず自前のものと合わせて励起してみようと、聖杯への道を開ける時と同じように、蓋を開けるイメージを足掛かりに魔力を動かす。途端、全身に電気が走り、目に映る全ての景色の色と輪郭が後方へ引き伸ばされるような感覚に陥った。

 

 

「ごぉ......ぁッ!?これ、はっ!」

 

 

 俺はすぐに異変を察知して龍の回路を閉じるが、蜥蜴の尻尾切りよろしく、その片鱗は体内に残存したか、駆け上がってきた嘔吐感に逆らえず、たまらず片膝をついて咳き込む。その背をオーフィスが擦ってくれたが、俺の脳内はそれを認識できない程に恐慌状態に陥っていた。

 ....あれは。あれは人の身で行ってはいけない領域だ。一瞬ではあるが、本来なら視えないものも知覚できそうになったのだから。仮に身体が耐えることはできても、脆弱な人の意識では心をどこかに吹き飛ばされかねない。英霊エミヤの辿った記録を脳味噌に叩き付けた時とはまた違う、身体をどこかに置き去りにして、意識だけが勝手に飛び去るような感覚だ。

 不用意に使用するには、あまりにもリスクが高い。だが、一瞬すら無理というほどではない、かもしれない。仮にあの状態を維持できれば、約束された勝利の剣すら一秒とたたずに持って来れるだろう。絶望的戦況に陥った時に切る最終手段(ジョーカー)としてはこれ以上ない代物だ。

 

 

「─────ったく、恐ろしい改造してくれたな。オーフィスさんよ」

「我、偉い?」

「ちょっと勝手は過ぎるが、俺の為を思ってやってくれたことには違いないからな....」

 

 

 期待の眼差しを向けるゴスロリ少女の頭を、カチューシャの位置に気を付けながら優しく撫でる。お望みのご褒美がもらえた彼女は満足そうに目を細め、されるがままになっている。今さっきまで破壊神のような雰囲気を醸し出していたのにこれだ。

 確かに、オーフィスのやったことは正しくトンデモ肉体改造だ。回路の増設という異常性をすっ飛ばし、まさかの炉心自体の増設....魔力を汲み上げる源泉の増加を行ったのだから。それがただの魔術師というレベルならまだしも、加わったのは無限の龍神という最強格。乾いた笑いが出るのも仕方ない。

 一見すると聖杯と言う無比の魔力供給源がある中、さらに供給源が増えたといっても、ありがたみは無いように思える。だが、最近明らかになった個人でのサーヴァント召喚においては、その聖杯のバックップを最大にまで使って尚、魔術回路の疲弊は避けられない。故に、その傷付いて暫く使用不能となってしまった聖杯仕込みの魔術回路では、武具創造(オーディナンス・インヴェイション)も使えて五回ほどだ。これでは、正直サーヴァントを召喚できても俺が戦闘に参加できない分、差し引きゼロと言ってもいい。寧ろ、戦闘向きでないサーヴァントが来てしまった場合はマイナスに傾く。

 今回、龍の回路という魔力供給源が手に入ったことで、その問題が解決する。疲弊した自前の魔術回路に代わり、龍の回路を励起させることで、すぐさま戦線復帰できるのだ。威力と質の向上という名目での同時使用はかなりのリスクが伴うので、今のところは保険という意味合いが強いものの、これからは召喚自体をあまり忌避しなくてもよいという大きなメリットが生まれた。

 

 

「なぁ、オーフィス」

「?なに、コウタ」

「これから戦う時、二対一でもいい?」

「いい」

 

 

 さて、さらりと助太刀許可を頂いたが、果たしてこの龍神様を目の当たりにした英霊は、第一声をどんなものとするのだろうか。

 

 

 

          ****

 

 

 

「ミカエルから貰った聖剣?それがか?」

「ああ。ジョージっていう人が使ってたアスカロン。でも、本当なら持った瞬間蒸発しかねないシロモノなんだよな、悪魔にとっては」

 

 

 公園で素振り5000回×5セットを終えて小休憩を挟んでいるイッセーが、赤龍帝の籠手からアスカロンの切っ先を覗かせながらぼやく。半分弱は全体像が見えない状態だが、それでもただの剣ではないことは手に取るように分かる。

 ミカエルとは、簡潔に言うなら天使サイドのトップだ。聖書の神が亡くなった今、それを徹底して隠匿するよう努め、自陣の混乱を最小限に抑えた人物。そして、何より近日行われる駒王会談の主要参加者である。

 そんなミカエルが土産片手に予め接触してきたとなると、

 

 

「目的は....まぁ、よく言えば良い雰囲気で互いに会談を進められるようにすること、悪く言えば、自分の意見を通しやすくするための布石、か」

「そういう見方もアリか。確かに、堕天使サイドにも何かあげたらしいし....あれ?もしかして受け取ったら不味かった?」

「いや、グレモリー先輩も姫島先輩も賛同してたんだろ?なら、俺らが口出しできることじゃない。....でも、ミカエルたち天使側と俺たち悪魔側は意見が一致している。反対するなら貰っちゃいかんが、同意するなら問題ない。これまでの額面通りならな」

「そ、そうか」

 

 

 俺の返答に露骨なほど安堵した表情を見せるイッセー。どうやら、冥界や天界の世情に疎い分、こういった種族間の親交に関わる問題にはかなり敏感であるらしい。それは先輩方も重々承知しているはずなので、外交的な場には相応の知識を積むまで出る事は許されないだろう。しかし、本人はハーレムを目指しているようなので、それを達成するには中級、上級悪魔の道のりを歩まねばならない。ならば必然、()()()()()()にはある程度詳しくなり、一定の処世術も身に着けることは必須となる。

 俺は修羅場を駆け抜けることになる友人兼先輩に視線で生暖かい声援を送ってから、公園全体を囲うように認識阻害の結界を張る。次にイッセーと十メートルほどの距離を開けてから武具精製(オーディナンス・フォーミング)を発動し、奔る青雷とともに数本の長剣を近場に生やすと、その一本を抜き取ってから切っ先を正面に向ける。

 

 

「よし、お話はこれにて終了。鍛錬を再開するぞ」

「....なぁ、それどうやんだよコウタ。毎回思うんだが格好よすぎるだろ」

「魔力があって扱い方が分からないんならまだ希望はあるが、魔力が無くて扱い方もからっきしだったら無理だな」

「なるほど後者が俺ですね!分かります!」

 

 

 やけ気味に叫んでから、イッセーはアスカロンを生やした籠手をそのままにファイティングポーズを取る。中々堂に入った構えだが、その実、イッセーの戦闘能力はかなり上がっている。

 俺が山で身に着けた数々の体術、戦術を教え、体幹を鍛えるトレーニングも相当量こなしているのだ。さきほどの素振り5000回×5セットなど、常人なら腕がぶち壊されること必死だが、悪魔となって身体の作りが人間のそれとは大きく強化されたため、一見して殺人的な鍛錬メニューも次々乗り越えている。

 

 では、その成果を証明して貰おう─────。

 

 俺は魔力放出を利用し、掴んでいた長剣を振り下ろす瞬間、纏っていた風を魔力で前方に押し出すと、地面を這うようにして疾走する剣圧を生み出す。無論魔力が混ざっているため、岩を砕き、抉るくらいの威力はある。

 そんな当たれば怪我では済まない一撃を前に、イッセーはアスカロンを携えた腕をグッと肩口まで引き込むと────

 

 

「おらァッ!」

 

 

 横っ面を殴打するような剣戟を見舞い、アスカロンの生み出した暴力が剣圧の暴力を上回り、噛み砕いて衝撃を完全に殺す。彼の元まで届いたのは前髪を揺らす程度のそよ風だ。

 俺はそれに笑みを浮かべてから、上段からの逆袈裟、続けて手首を返しての横一閃を放つ。

 そのどれもが暴風を纏う魔力塊をイッセーに向かって放出しており、同様の一撃が今度は二つ同時に迫る。

 

 

「どりゃぁ!」

 

 

 それが当然だと言わんばかりに、イッセーのアスカロンは剣圧を二つ纏めて叩き切る。今度は完璧にねじ伏せるのではなく、アスカロンの剣圧によって中心から分断し、その衝撃を左右に流したのだ。轟音と同時に彼の両脇に浅い亀裂が走り、土埃が舞う。

 俺は先の攻撃を裂いて飛んできたアスカロンの剣圧を持っていた剣で受け、もう一本を片手で掴むと、そのまま投擲する。柄が手を離れる瞬間、今度は魔力放出を剣の射出に利用し、その速度を飛躍的に上昇させる。剣は舞い上がった土埃を円形に切り抜きながら直進し、剣圧を凌ぐ速さでイッセーに迫った。

 

 

「っとぉ!なんつー恐ろしいスピードで剣を投げてんだ!殺す気か!」

「はは!よく止めた!」

 

 

 ビビりつつも余裕を感じられる挙動で迎撃を敢行し、俺の剣を砕くイッセー。それを確認するまでもなく予想していた俺は、掴んでいた剣で剣圧を飛ばしながら、空いた手で未だ突き立つ無銘の剣を再び抜き、そして先ほどと同じ工程を踏んで投擲する。それを掛け声とともに蹴散らし、砕く彼に合わせ、更に追加していく。

 辺りには俺とイッセーの攻防で砂礫が舞い上がり、視界は劣悪となっている。響くのは爆音と剣戟、そして掛け声のみ。だが、敵を探し、討つに当たり最も重要な視覚が役に立たなくなるなど、戦闘においては致命的だと言える。

 尤も、山の中で殺し合いをしていた時は、このようなことなど日常茶飯事であり、視覚が奪われた程度で命を落とすなら、この先はない。と、イッセーにも伝えて訓練済みである。故に─────

 

 

「獲った────!」

 

 

 煙幕を切り裂いて飛び出してきたイッセー。見事に音だけで俺の位置を正確に弾き出し、期待通り実戦で確かな有用性を示して見せた。それに俺は内心で称賛を送っておく。

 イッセーは突っ込んで来た勢いを殺さぬまま、回転切りの要領で斬撃を放つ。丁度その時の俺は剣圧を放っていた長剣の耐久力に限界を感じて魔力へと還元し、そしてもう片方の手は射出する剣の次弾装填をするため、柄に手をかけていたところだ。迎撃の手段を講じるには圧倒的に間が悪い。

 

 

「?!」

「お前に教えたんだ。俺が出来ない訳がねぇだろうよ」

 

 

 貯めてた魔力を多めに解放し、再びの青雷。足元から一振りの長剣が出現すると同時に、イッセーのアスカロンが描く剣閃の軌道上に割り込み、火花を散らし金属音を上げて静止させる。それを確認した直後に柄を持ち、抜きざまにアスカロンを上方へ跳ね上げた。

 イッセーは己の決定打を眉一つ動かさずに防がれたことに驚愕しつつも、切っ先を上向きにされたアスカロンをそのまま振り下ろす。それに対し、俺は掴んでいたもう片方の剣で真横に薙ぎ、砕かれながらもその軌道を逸らすと、もう一歩踏み込んで切り込む体勢に入る。だが、それが分かっていたかのように後方へ下がったことで回避された。

 

 

「なんてなっ!」

 

 

 下がって様子見、と思わせてからの素早いリターン。人間離れしたバネを発揮し身を低くして飛び込んで来たイッセーは、下方から突き上げるような形でアスカロンの刃を振るう。それを俺は横に跳んで回避し、着地した片足を軸に回転しながらイッセーのアスカロンを打ち、バランスを崩す。そこをもう片方の剣で追撃して、詰め─────

 

 

「『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』」

「!」

 

 

 追撃を狙う剣が砕け、牙を砕かれたことに対する甲高い断末魔が上がる。

 

 そんな鈍色の破片が散った視界の端に映ったのは、いつか己が赤き龍に渡した黄の槍。息を呑んで正面へ眼球を動かすと、イッセーは籠手にアスカロン、空いた反対の手にゲイ・ボウを携えていた。

 なるほど。今回は正真正銘、本気で獲りに来たと見える。なら、先輩の顔を立てて負けてやるか....と思ったが止めた。

 口には出せないが、年長者と言う意味での先輩は、紛れもなく己の方なのだから。

 

 

「なッ?!」

 

 

 そんな身勝手な決意とともに魔力を動かした途端、イッセーが素っ頓狂な叫びを上げる。

 それもそうだろう。今まさに俺へ詰めの一手を宣言するために風を切って猛進していたアスカロンとゲイ・ボウの進行方向が、真上に向いてしまっているのだから。

 

 ───武具精製(オーディナンス・フォーミング)。それは、己と同レベル、もしくは己より低レベルの相手に対して絶大な優位性を叩きつけられる技だ。相応の魔力さえ用意しておけば、あとは詠唱無しにコンマ数秒単位で大量の武具を調達出来る。故に、アスカロンとゲイ・ボウの真下に剣を精製して跳ねあげるなど、朝飯前ということだ。

 俺は仰け反ってバランスを崩すイッセーに向かい、剣を突きつける。あっという間に形勢逆転だ。

 

 

「さて───何か感想は?」

「......なんつーか、オセロとか将棋やってて、自分が優勢だったのに相手がいきなりちゃぶ台返してきた気分だ。....つまり」

「つまり?」

「納得いかねぇぇぇぇぇぇ!」

 

 

 イッセーは両手足を放り出して地面に仰向けになると、途端に駄々をこね始めた。

 やれ、あんなの予想できるはずがない、反則だ、心が折れた、アレが本気じゃないとかウソ、少しは先輩面させろ、喉乾いた、アイス欲しい、などなど最近のスパルタ鍛錬で溜まっていた不満が噴出してしまった。

 確かに、鍛錬の節目として更なる向上心と意欲を植え付け....じゃなかった、持たせるために、ここは負けておくのが先輩としての役割なのではなかろうか。と、少し反省の色を濃くしかけていたところ、イッセーの左手にある籠手に嵌め込まれた碧玉から、ドライグの低い声が響いてきた。

 

 

『ううむ、なかなか堪えているようだな。正直、最初の頃とは見違えるほど相棒は強くなってはいるんだが、成長の度合いを知るには、お前さんはあまりにも不適任だ』

「そうか?自分で言うのもなんだが、つい最近完成した、国を滅ぼす一撃にも耐えられるかもしれない盾が割とあっさり壊されて落ち込んでたトコなんだけど....」

『お前は一体何と戦っているんだ....。いや、それはそれとして、だ。たまには勝利の実感、成長の感触をその手に掴ませねば、相棒は自信を無くしてしまうぞ。そんな事態は、俺もお前も望まないだろう?』

 

 

 イッセーは体育座りした状態で砂弄りを始めてしまったので、仕方なくドライグとお話を続ける。それでイッセーの心的状態があまり良くないことを伝えられるが、当の俺は居心地の悪さに後ろ頭を掻くぐらいしかできない。

 何だかんだでイッセーは人の心の機微や動向に聡い傾向があり、特に俺が必要以上に手を抜いているときは、それを抜け目なく指摘してくるのだ。さっきのことも合わせ、どうやら俺は心と身体を上手く切り離して動くのが苦手らしい。

 

 

「俺だって剣とか生やして無双してぇよ....アザゼルの槍止められるくらいの盾とか欲しいよ....でもどうせできねぇんだろちくしょう....あぁ部長のおっぱいが恋しい」

 

 

 本格的にやさぐれ始めているイッセーは、地面に『の』の字を書きながらブツブツと何事かを呟いている。ドライグはそんな相棒に対し『お手上げだ』と、姿は視えなくとも両手を掲げるポーズをしていると予想できる声を漏らす。

 

 はぁ、イッセーより弱くて、でもそれなりに名がある悪の組織を要人の近くで打倒して活躍できる、そんな都合の良い事件ないかなぁ......

 

 俺はそうひとりごち、運否天賦と己に降りかかる諸々の責任追及から逃れるのだった。




アイアスの魔改造は黄道十二星座から拝借しました。一応三つほど種類はある予定です。
あと、イッセー君は現時点で原作よりずっと早い段階で成長してます。心は擦り減ってますが。


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File/48.糾弾≠会談

今話はちょっと地味な展開。
和平結ぶ予定の会談でドンパチやったらいけないからね。仕方ないね。


 アポ無し訪問してきたミカエルのアスカロン譲渡という、ちょっとした想定外のイベントはあったものの、いつも通り俺自身の鍛錬や、木場やイッセー、小猫ちゃんの修行にも手を貸しているうちに、気が付けば三陣営の会談は目前にまで迫っていた。

 会談には、天使側がミカエルとお付きの天使の二名、堕天使側はアザゼルと白龍皇の二名が出席ということだが、悪魔側はルシファーの名を継いだサーゼクス、そしてレヴィアタンの名を継いだセラフォルーと、その妹であるソーナ・シトリーの三名に加え、コカビエルの起こした事件収拾のために尽力したグレモリー眷属という、多様な顔ぶれの出席が決まっている。

 中でも、コカビエル打倒に大きく貢献したことと、この世の何処にも存在しないという光属性のエネルギーが同時期に確認されたことに対する釈明を遠まわしに要求されている俺、そして、通常はありえないとされる、聖と魔を混在させた剣を創る神器を得た木場が、会議にて矢面に立たされる予定だ。

 というか、不用意にエクスカリバー創ってブッパするんじゃなかった。イッセーからのまた聞きではあるが、ミカエルが言うには天界でもがっつりと観測されてしまっていたらしい。聖剣ビームってすごいね。

 

 

 ──── ふと、会議室まで続く学校の廊下を歩きながら思う。

 

 数日前、突然オカ研の部室にやってきたアザゼルは、興味本位で俺と自分の戦闘を要求してきた。それを俺は条件付きで呑み、戦って勝利している。

 問題はこの後だ。俺は自分の魔術の素質を知りたかったのだが、この世界では俺の持つ魔力が他者に察知されないことから、魔術は扱えないとされていた。

 そこで、アザゼルの持っていた便利神器、『蛇の牙(スネイク・ヴァイト)』を使い、俺の中に存在する力と呼べるものすべてを総合し、数値化したのだ。それによって得られたデータはイコール聖杯の膨大な魔力量に等しい。期待は大きかったかと問われれば、頷かざるを得ない。

 しかし、神器が出した数値は『∞』。もはや数値とは呼べないそれは、あまりのぶっ飛びようもあって一種の誤作動だと思ったのだが、アザゼルは表情に想定外の色を滲ませながらも、起こりうる一つの結果として受け容れる素振りを見せた。勿論、当時は彼のその態度をおかしいと疑ってはいたが、あの状況から言い訳すら碌にせず即刻逃げるのは予測の外側だった。

 アザゼルが相当の傍若無人な性格であることは、ここまでの行いからして大方の見当はついていたはずだ。にもかかわらずにまんまと逃がしてしまったのは、容姿が人型であるが故に、あの男にも人間的な良心を含む行動を期待した、というのが最も妥当なところだろう。

 長くなったが、端的に言うならアザゼルは『人でなし』だ。自分の欲求に素直で、それを果たすことで誰がどんな被害を被ろうが知ったことではない、そういう考えを持っている。....なら、俺たちが以前の一件をどれほど腹に据えかねていようと、恐らく。

 

 

「はっ、グレモリー眷属勢揃いか。元気そうで何よりじゃねぇの?」

「........」

「グレモリー先輩。さきほど言ったように抑えて下さい」

「....分かってるわ」

 

 

 会議室に入って早々、能天気なアザゼルの声に眉を盛大に顰めたグレモリー先輩だったが、俺が小声で耳打ちしたことで怒りの矛を収めてくれた。

 この場では、極力争い事を無くしていかねばならない。拳を作っての物理的なものも、歯を剥き出しての感情的なものもだ。それは、和平の交渉をせねばならないのだから当然と言えるだろう。個人の不用意な発言で、大勢を変えてはいけないのだ。

 そうして、事前に立てた方策通りにアザゼルとの衝突は避けられたのだが、代わりに俺のわき腹へ衝突してきたものがあった。

 

 

「ごっふ!」

「ひっっさしぶりーコータ君!おっきくなったね☆」

「えッほゴホ!....はい、ご無沙汰してます。セラフォルー様」

「もー、そんな堅苦しい挨拶じゃお姉ちゃん悲しい!あの時みたいにセラちゃん、って呼んでよー☆」

「今も呼びませんし、昔も呼んでません。そう言う話はまた後にしましょう」

 

 

 まとわりついてくる魔法少女....もとい魔王様を引きはがし、元々着いていた席に戻るよう、華奢な両肩を掴んでそちらを向かせる。そんな俺の態度にセラフォルーは唇を尖らせていたが、やがて会長のいる席の方へ帰ってくれた。....おいイッセー、そんな顔で見ても俺は何もやれはせんぞ。

 と、セラフォルーは帰り道の途中、アザゼルの背後を通り過ぎようとしたところで、その歩みを唐突に止めた。

 

 

「もしかして、会談前にグレモリーのみんなと会ってたりしてたのかな☆」

「なぁに、ちょっとした挨拶だ。物騒なモンじゃねぇさ」

「ふーん....?なら、初対面ってことで緊張せずにすむね☆」

 

 

 聞くものの緊張感を著しく低下させる声色とは裏腹に、鋭い一歩を踏み込んだセラフォルーだったが、アザゼルは見事なまでに態度を変えずシラを切ってみせる。俺たちが一瞬見せたアザゼルへの敵意を抜け目なく拾った彼女だったが、これで向こうにその気がないことを察知し、これ以上は分が悪いと悟ったか、あっさり身を引いて席に着いた。

 二人の一連の会話を聞いていたイッセーが、隣で『はぁぁあぁ?何言ってんだコイツ』みたいな顔をしていたが、口には出さず、表情もすぐに取り繕ったので上出来だと言える。かくいう俺も思い切り顔に出るところだったが、表情筋が一瞬強張っただけで耐えた。内心ではイッセーとほぼ同じ叫びを上げてはいたが。

 

 

「では、グレモリーの皆さん。こちらのお席に着いてください」

 

 

 良いタイミングで涼やかなミカエルの声が割り込み、俺たちは気持ちを意識的に切り替えて会談の席に着く。

 俺はミカエルと初対面だったが、この場にいる顔見知りは彼を除き全員なので、必然知らない顔があれば、それがミカエルと言うことになる。『本人らしさ』という空気もいっそ過剰なほど纏っているので、尚のこと判断は容易だ。

 ミカエルは俺たちが席に着いたことを認めると、今まで作っていた柔和な微笑みを消し、神妙な顔を作った。

 

 

「まず、此度の会談を進める前に確認しておきましょう。話し合われる内容と密接にかかわる、神の不在について。これを、今この場にいる皆さまは既に理解しているものと見做します」

 

 

 その言葉に反応する者はなく、全員が聖書の神の不在を無言のうちに認めている。

 自分を含め、ある程度の人物が知っているからと言って、それを周知のものと勘違いして会話を進めていると、最中に実は知らなかったと発言するものが出て会話の脱線に繋がるし、議論をまとめようと意見を伺った時に、重要な部分への理解が及んでいないことが原因で、見当違いな発言が飛び出す可能性もある。....ミカエルの前置きは、それらを防ぐいわば予防線だ。

 

 ────そして、ついに三陣営の会談が幕を開ける。

 

 

 

          ****

 

 

 

 最初に議題の中心へと挙げられたのは、各陣営の情勢だ。

 二天龍を巻き込んだ三つ巴の戦争以降、一時的に冥界、天界双方ともに無法地帯に等しき期間があった。その時に反社会勢力とも言える派閥が勢力を強め、統制が取れつつある今でも力を持っている。特に冥界では、そういった連中による事件が後をたたない。

 戦争で死に絶えた先代の魔王たちは、連綿と続いてきた家系の血によって選ばれてきたが、今代の魔王たちは血統ではなく実力で名を冠した者たちだ。それが起因か、より一層悪魔たちの間では実力志向という考えが盛んな傾向にある。レーティングゲームも、それを後押しする結果になっているのだろう。

 

 

「一部の上級悪魔たちが強烈な縦社会の形成を行っている。それによる非合法なレーティングゲームや、取引が行われた末の不正な売名行為が多数。それの対処と対策が、現在の私達がおかれている状況だ」

「....ふむ、強者による安定した社会の形成。それ自体は間違っていないと思いますが、あまりに長期に渡って流布し過ぎると、そのような一部の実力者が弱者を虐げる暗き世となります」

「というか、お前らがその象徴じゃねぇか。そんな輩が上に立ち続ける限り、暴力で人を屈服させる考えは正せねぇよ」

「逆にそれをさせないためにも、私たちがいるんだけどね☆」

 

 

 サーゼクスが吐露した現状の冥界に対し、ミカエルとアザゼルは厳しい意見をそれぞれぶつけてくる。それにセラフォルーがフォローの言葉を加えてはいたが、残念ながら当の『それ』ができていないからこそ、今の冥界は混迷しているのだ。

 現行の魔王たちに不満を露わにする旧魔王派、それを内包するテロリスト組織である禍の団。これらは決して冥界だけの問題ではないが、手に負えないからと言って誰かに押し付けて終わりにできるものでもない。

 最善の形での解決を図るなら、敵の標的となりうる全ての人物と手を取り合い、これに当たるべきである。

 

 

「────問題が山積しているのは、何も冥界....悪魔に限った話じゃないでしょう」

 

 

 そう口火を切った俺は、今まで閉じていた目を開けて三者を眺める。三陣営での鼎談を頭にいれていた彼らは、思いもしなかった方向から飛んできた声に驚いていた。否、サーゼクスだけは喜色を浮かばせた表情をしていたが。

 この場には、意見する権利を持つ存在がミカエルやアザゼル、サーゼクスとセラフォルー以外にもいる。ただ、両者は文字通り立っている場所が違う。であれば、見ているものや評価する基準も違うだろうし、和平という考えを念頭に入れている時点で、意見することで他陣営の長と衝突する可能性も生じてしまう。不用意な発言は控えるのが賢明だ。

 しかし、俺にはそんな柵などない。一定の地位も、名声も何もない。別に惜しくもない。だからこそ、この場で発言することに躊躇いなどないのだ。....とはいえ、三者の関係の悪化を望んでいる訳ではない。あくまで俺は、サーゼクスの仕込んだジョーカーという役割である。

 そんな俺は、道化のように舞台で踊りながら、衆目の前に立ち、真実という名の演目を披露するのみ。

 

 

「推測ですが、天界は神の作ったシステムの不都合により、特定の者たちを只管に追放している。結果的に減少しつつある天使の人口に更なる追い打ちをかけてしまっています」

 

「────────」

 

「堕天使側は言わずもがなでしょう。つい最近コカビエルの暴走があったことを見るに、下に就く者を御しきれていない。末端に過激な思考を持つ輩がいるにもかかわらず、それを野放しにしていることも加味すれば明らかです」

 

「おー頭が痛いねぇ」

 

 

 ここまで言ったところで、乾いた舌と喉を潤すためにグレイフィアさんが淹れてくれたお茶を含み、金の装飾が入ったソーサーへと置きながら、四人の顔を順に見る。

 非があるのは、別に悪い事ではない。それを正そうとしないで放置することこそが悪なのだから。そして、俺が指摘した各陣営の抱える問題は、何も悪魔だけが世の現状を悲観しているわけではないことを示している。正すべき問題は、それぞれが同じく、量や質は違えど持っているのだ。

 

 

「戦争後の立て直しに四苦八苦し、辛酸を舐めさせられているのは悪魔側だけではありません。それに、問題は解決することもできますが、新たに生まれることもあります」

「今後も、何らかの問題が発生すると?」

「するでしょう。生きている限り、世界が存続する限り無い訳がない。万事何事も上手くいくなんてある筈がないですから」

「いいねぇ、その考え。確かにその通りだぜ、ツユリ=コウタ。形あるものはいずれ滅びる。この世にあるものは結局、全て消耗品だ」

 

 

 ミカエルは悲観一辺倒な俺の言葉に懐疑的な言葉を投げかけるが、俺はそれを肯定する。その直後、俺の言に同意を示したのは意外なことにアザゼルだ。多少極論ではあるが、話の芯自体は間違っていない。

 

 

「でも、万事とはいかないまでも上手くいくように軌道を変えることはできます。一人で大局を動かすことは難しいですが、多くの人が意志を共にすれば」

「....なるほど。そこで、和平ですか」

 

 

 感心したような声色でミカエルが呟く。上手いこと話の核を拾ってくれて助かった。俺が和平なんて口にしたら、一気に今までの話が胡散臭くなってしまうところだったからだ。

 ミカエルの和平という言葉を聞いたアザゼルは、つまらなそうに長い息を吐きながら椅子の背もたれに上体を預けると、肩肘をついて目を瞑る。

 

 

「和平ねぇ。....いいんじゃねぇの?とっとやっちまえば」

「そうなのか?てっきり、白龍皇を引き入れた時点で、何らかのアクションを起こすかと思ったんだが」

「俺は神器の研究ができりゃいい。和平がきっかけで、それが滞りなく進むようになるのなら文句はねぇさ。今だって、他ンとこちょっかい出さないように御触れだしてるんだからよ。うちに戦争する気はねぇ」

「信用はイマイチできないけど、この場で言質とって協定結んだ時点で大丈夫かな☆」

「これでも、約束は守る主義だぜ?守らねぇ約束は最初からしねぇからな」

 

 

 この場で一番ネックだったアザゼルからの和平受け入れ発言に、ある程度場の空気が和らぐ。

 俺は深いため息を吐き、もう一度温くなりつつあるお茶を口内へ流しこむと、空になったカップを脇に退ける。すると、『失礼します』という声とともに背後からグレイフィアさんが現れ、ティーポットを傾けて新しいお茶を注いでくれる。その後に『おつかれさまでした』という言葉をさりげなく耳打ちしてくれたので、どこか報われた気持ちになった。

 しかし、そんな気持ちもつかの間、やはり品など欠片もない所作でお茶を呷ったアザゼルの興味深げな視線が、おもむろに俺の方へ向いた。

 

 

「にしても、こんな場でよくも発言できたな。俺が当事者じゃなかったら面倒くさくて寝てたぞ」

「一応当事者なので寝れません。そうではなくても寝ません」

「ん?当事者....ってあぁそうだ!お前コカビエルと戦ったときに何かしたんだったよな!」

 

 

 椅子を揺らしながら身体を起こしたアザゼルは、それまでの気の抜けた言動から一転し、全身で興味の体を露わにしていた。こんな乱暴極まるアザゼルの扱いにも悲鳴一つ挙げない豪奢なあの椅子は、きっと法外なほど高いんだろうなと俺は思った。

 今にも詰め寄らんばかりなアザゼルに溜息を吐いたサーゼクスは、その前にと言葉を挟み、コカビエルの件について確認をしておかなければならないため、まずその報告をとグレモリー先輩を名指しした。

 グレモリー先輩は若干の緊張を覗かせた所作で首肯すると、コカビエルの起こした一連の事件の概要、被害などについて語り始める。

 

 

「コカビエルは天使の管轄下にあったエクスカリバーを奪取し、戦争の再開という目的を主として、破壊および挑発行動を我が領地内にて強行しました。お手元の資料にもあるように、これの対策、迎撃は教会より派遣されたゼノヴィア、紫藤イリナの二名。シトリー家次期当主、ソーナ・シトリーとその眷属の皆様方。グレモリー家時期当主、リアス・グレモリーとその眷属たち。そして、当家の警固役として仕える、ツユリ=コウタにより為されました。具体的な迎撃法については─── 」

 

 

 言葉を閊えさせることなく、資料の項目に沿って詳細な説明を付け加えていくグレモリー先輩。ほぼアドリブなのに大したものだ、と思っていたが、彼女の片手が隣のイッセーの手に添えられているのを見て、そういうことか、と納得した。

 先輩は事件の収拾や攻略、交戦状況などを解説し、コカビエルに賛同し従っていた『皆殺しの大司教』の異名を持つバルパー・ガリレイと、『はぐれエクソシスト』のフリード・セルゼンについても軽く触れた。コカビエルはコキュートス送り、バルパーは死亡となったが、危険な思想を持つフリードが未だ逃走していることを印象付けたかったのだろう。

 

 ....あの男が冥界の喫茶店で働いていることなど、この場にいる誰も想像だにしないはずだ。今頃は店で出すコーヒー全種の作り方を、シエルの爺さんに尻を叩かれながら覚えているに違いない。

 

 全ての補足説明を終えたグレモリー先輩は、次に生徒会長....否、この場ではシトリー家次期当主と言った方がいいか。その彼女へと役割を委任する。

 生徒会関係の職務を遂行する上で、こういった場を何度も経験しているのか、ソーナはいつも通りの毅然とした態度を維持しており、堅くなり過ぎず、かといって砕き過ぎない絶妙な論調で説明を始めた。

 彼女の言説は状況に気づいた当時の心境、対応に始まり、客観的な分析も交え、無駄を極力省きながら結論へと収束していく。簡潔に言うと、聞いていてとても分かりやすい。

 

 

「──── 私を含め、傘下の眷属たちはこの事件に表だって介入をしていません。しかし、事態を深刻と見たグレモリー側と対策を検討し、意見の共有を行いました。それにより、適切な連携が取れたと此方は判断します。....以上です」

「流石ソーナちゃん!完璧なお話だったよぅ☆」

「なら、完璧であるままにさせて下さい....」

 

 

 ソーナはしなだれかかってくるセラフォルーの頬に手を押し当て、行為の完遂を阻止する。だが、そのおかげでただでさえ魔王としての威厳に乏しい彼女の顔が更に悪化して、最早どっちか年長者か判然としなくなっていた。それが通常運行なのがこの人の怖いところだ。

 そして、部下の起こした不祥事を淡々と聞かされてきたアザゼルへ、ついに弁明のお鉢が回ってくる。これまでの報告には、彼に対する直接的な糾弾は含まれてはいなかったが、関係者を前にして被害状況等々を語っているのだから、言外に批判していると分かり切っているはずだ。であれば、テレビなどでよくやっていた、社内で起きた事件をトップである社長が謝罪するように、潔く頭をさげるのが次に展開される光景だ。

 そのはずだが、アザゼルはうっとうしそうに片手をヒラヒラと振り、耳タコだと言わんばかりな顔をする。

 

 

「その辺の説明はもういいだろ?資料に書いてある通りだ。コカビエルはコキュートス送りになり、ウチの主要な過激派は姿を消した。この件で『神の子を見張る者』と教会双方で、そういった考えを持つ奴等が動きにくくなった。ついさっき言ったように上から圧力もかけてる。再発はしねぇさ」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!それじゃ、アーシアが救われなさ過ぎだろ!」

 

「い、いいんです!イッセーさん!」

 

「いいや、良くねぇ!」

 

 

 アザゼルの発言に語気を荒げて立ち上がったイッセーは、アーシアさんの制止を振り切って怒りを顕わにする。だが、対するアザゼルは表情を変えない。

 

 

「アーシアは一回殺されたんだ!アンタんとこの堕天使に利用されてな!だってのに、そんな興味なさそうな───── 」

「イッセーさんッ!」

「────っ!」

「いいんです、イッセーさん。確かに不幸なことはありました。でも、それら全てが今に繋がっているんだと考えれば、無駄な時なんて何ひとつなかったんです」

 

 

 アーシアの言葉でイッセーの怒気は勢いを失う。それでも、内心では未だ納得がいってないのか、歯を食いしばって逸る気を抑えようとしていた。

 アーシアの言っていることは正しいのかもしれない。が、人が幸せと感じること、不幸と感じることに差があるように、彼女が今感じている幸せは、過去に感じた多大な不幸の前では無力なのではないかとイッセーは思っている。実際、死は一個人の不幸として片づけるに余るものだ。

 

 

「私は今、幸せなんです。す...イッセーさんと出会えて、皆と出会えて、幸せなんです。そのために辿った道なら、例えどれほど厳しくても受け入れられます」

「.....アーシアは、あんなことがあっても、今を幸せだって言えるのか?」

「はいっ」

 

 

 ──── 正直、羨ましいと思った。

 自分ではない他の誰かが、生きている理由や生きる喜びを感じる理由の一つに、己の存在を加味しているなど嬉しくないはずがない。イッセーは、正しくその言葉をアーシアから面と向かって言われたのだ。

 アザゼルはそんな二人を見て、仕方なさそうな、そしてどこか諦めたような溜息を吐き、ガシガシと金の混じった髪を掻く。

 

 

「嬢ちゃんへの負い目はあったさ。だがな赤龍帝、お前を見る嬢ちゃんの目を見てたら、それをわざわざ掘り返すこともねえと思ったんだよ。都合の良い言葉だと思うが、その件が無かったらお前らは出会ってなかったぜ」

「....分かってる。でも、納得はいかねぇ」

「俺も許して貰おうなんざ思ってねぇよ。ただ、男はあんまり女を泣かせるもんじゃねぇぞ」

「へ....?うお!すまんアーシア!い、嫌だったか?!」

「ち、違うんです!これは私の為に怒ってくれたことが嬉しくて...」

 

 

 アザゼルの指摘でようやく涙ぐむアーシアに気付いたイッセーは、途端にあたふたと慌て始め、手持ちのハンカチを渡して必死に謝っていた。

 それを皮切りに、会議室内を包んでいた剣呑な雰囲気は鳴りを潜め、元通りの空気を取り戻しつつある。その中で、露骨に眉をひそめたサーゼクスが、片目を瞑りながらアザゼルを非難がましく見た。

 

 

「全く....アザゼル。もう少し考えた発言をしてくれ」

「へっ、なんのことかわからねぇな」

 

 

 呆れかえったサーゼクスの言葉に、肩を竦めながらお茶を呷るアザゼル。既に諦めていたグレモリーとシトリーの両家は、行き場のない徒労感と不満を盛大な溜息をとして吐き出すのだった。

 




ここまでくれば大方の人は察してくれてるかもしれませんが、今作にギャスパーは残念ながら登場しません。
もし、彼の出番を期待していた方がいましたら、もう申し訳ありませんとしかいいようがなく....すみません(汗)。


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File/49.赫き焔、桜色一閃

なんか戦ってばっかりで恋愛成分ペラペラになりつつある本作。Fate成分を本格的に絡めていけばこうなるのではないかと、元のプロットを組んだ時点で予感はしていましたが....

あ、今回もバトルです。がっつりやります。


 ちょっとしたトラブルを挟みつつも、会談の内容は滞りなく進む。

 現在はグレモリー、シトリー両家によるコカビエル襲撃事件の報告を終え、木場の持つ神器の方へ議題は移行しつつあった。

 

 

「で、だ。俺は自領で神器の研究やってるわけだが、未だに生産元がいなくなったことで、コイツらにどういう影響がでてくるのか把握ができてねぇんだよ」

「なるほど。それで、僕の神器が起こした変化が手がかりになるわけですね」

「そういうこった。交わらねぇはずの聖と魔が同時に特性を発揮するなんてことは、以前じゃ有り得ないことだったんだからよ。......む、確かに混ざってやがるな」

 

 

 アザゼルは卓上に置かれた禍々しさと神々しさの両方を振りまく聖魔剣を見て、片方の眉を跳ねさせる。その隣でミカエルも注意深く剣を観察していた。

 木場は忌むべきエクスカリバーと対峙する過程で、聖剣計画に参加していた友人たちを犠牲に生み出した『聖剣の因子の結晶体』をバルパーから渡された。彼はそれを介して友の思いを知り、自身の使う『魔剣創造』という神器を禁手化させ、『双覇の聖魔剣』の能力に覚醒している。

 アザゼルはそんな聖魔剣を一頻り眺めて触って振ってと繰り返した後、満足したような息を吐いてから、持ち主である木場に投げて返した。

 

 

「一時的なものじゃねぇな。ちゃんと神器の持ちうる可能性として完成してる。ッチ、見事なまでに前提が覆ってんな」

「ええ。聖は聖として、魔は魔としてそれぞれ変質することなく、それでいて何の無理もなく剣に内包されてますね。よく、この境地にたどり着けたものです」

「あ、ありがとうございます」

 

 

 ミカエルに直接褒められたからか、大いに恐縮しながら腰を折って礼を口にする木場。俺は戦争以前の神器のことなど分からないため、どれほど難しいことをやってのけたのか理解に苦しむが、ミカエルが直接賛辞するほどだ。仮に可能性があったとしても、実現させるのは相当に困難なのだろう。

 木場は己の持つ神器が有力者にも認められるものだと再確認できたからか、俺の隣で安堵したような空気を纏っていた。ドライグから『至った』というお墨付きをもらってはいたが、個人と複数では安心感が違う。労うように彼の肩を叩いて軽くサムズアップしてやると、若干照れながらではあるものの、大きく頷いてくれた。

 聖魔剣に関しての報告と調査は終了し、次はコカビエル戦と全く同時期に現地で観測された、『この世に存在しないはずのエネルギー』について議題の内容は移る。

 

 

「さて、さきにご報告したように、コカビエルとの戦闘を行っていた当時、ここ駒王町付近を起点とし、天界にて未知のエネルギーが確認されました」

「ふむ....聖なる属性は帯びているはずが、この世の誰も観測、感知できない域にある。そう解釈していいのだろうか?」

「はい。簡単に言ってしまえばその通りなのですが、完全に我々が観測できない域にあっては、この報告はできていません。....振れ幅があったのです」

「振れ幅?」

 

 

 ミカエルの言葉に続けて疑問を投げるサーゼクス。一応この件の当事者は俺ではあるが、未知のエネルギーとして観測され、それがどのような形で明らかとなったのかは知る由もない。この辺りは余計な口を入れず、彼の言を聞いていよう。

 ミカエルは控えていた天使に命じ、人数分の紙を配らせた。その紙面には物理などで良く見る波状のグラフがいくつか添付されており、何のことかと首をひねる。が、サーゼクスとアザゼルの二名が先んじて理解の色を示すつぶやきを漏らし始めた。

 

 

「最初の図に示してあるように、天界で観測されているエネルギ―の全ては観測可能域に留まっています。これが普段の天使が扱う光の力のものです」

「あ、あの。質問いいっスか?ミカエルさん」

「はい。構いませんよ、一誠さん」

「えと、もしかしたらどうでもいいことなのかもしれませんけど....なんだか、上と下の方が空白空きすぎてるような?」

 

 

 遠慮がちに口を開いたイッセーは、俺も何となく疑問に思っていたことを先んじて言ってくれた。

 やはり、こういった方面の知識はさっぱりなので、どうでもいいのかもという想像が先行してしまい、疑問として身を結ぶ前に溶け消えてしまうことが多い。今回も例に漏れずそうなる所だったので、彼には感謝しておかねば。

 イッセーの疑問に対し、ミカエルは感心したような表情を浮かべながら数度頷き、『よく気が付きましたね』と称賛の声を漏らす。

 

 

「天使が扱う光の力には、基本的に大きな差はありません。無論、者によっては密度や質、量で増減するのですが、それは戦闘時のみの話ですから、普段の生活を送る上では目立った推移は見られません。....話を戻しますが、図にあるデータは、我々天使たち全員のものが示されています。ですが、視覚的には一本の線にしか見て取れません。つまり、所詮は小数点以下の違いしかないんです」

「......ああ、なるほど。これは『聖剣』か」

「ご名答ですね。それ以上の域には聖剣の発する特異な力が示されるのです。エクスカリバーやアスカロン、デュランダル。そういった次元の違う逸物が在る領域です」

 

 

 サーゼクスの得心したような呟きを肯定したミカエル。この説明をそのままに解釈するなら、言うなれば聖剣とは『絶えず上位にある力の塊』というわけか。

 聖剣の凄さを特殊な形といえど改めて知ることができたイッセーは、籠手に眠っているアスカロンを意識してか、左手の甲に目を落としていた。

 

 

「それらを鑑みた上で、未知のエネルギーが示されたもう一つの図をご覧になって下さい」

「ま、ぶっちゃけハミ出てるわな。波高が最低に来ている時だけ少し線上に除くくらいだから、最大値は見当もつかねぇな」 

「その通りです。今までに観測された最大値を軽々と越えるのも驚きですが、距離....いいえ、この場合は空間ですか。それを幾度も跨ぐほど人間界と天界は遠いにも関わらず、このように鮮明なデータとして示されています」

 

 

 ここまで話したところで、会議室内にいる全員を万遍なく見渡していたミカエルは、その視線を俺に固定する。

 ....コカビエルと戦い、撃破に貢献したのはゼノヴィア、紫藤、木場、そして俺だ。前の二名は既に直接接触し、これほどのことが起きるに足る現象があったかどうか確認済みだろう。木場もついさっき聖魔剣の特性を調べ、そして何事もなく終わったばかりだ。

 俺は内心で手を上げ、降参の意を示していた。正直なところ面と向かって見せたくはなかったが、ここまで来て無用なしこりを残す訳にはいかない。上手く調整して型落ち品を創造しよう。

 

 

「ツユリ=コウタさん。ここまで強力な聖の属性に傾く力を使った覚えは、ありませんか?」

 

「────ええ、あります」

 

『──────────!』

 

 

 室内に緊張が走る。この場にいる者は誰一人として戦闘の一部始終を観測していないのだから当然だ。それだけでも堕天使幹部を下したという過程が気がかりになる十分な要素となる得るのに、あのような未知のエネルギ―などというトンデモ案件が飛び出てきてしまっては、最早個人的な好奇心では片付けられない。天界では既に、絶対に真相を確認しなければならない事項となっているのではないか。

 俺は体内の疑似魔術回路を励起し、聖杯から魔力を汲み上げる。それを型通りに成形し、しかし所々致命的にならない程度に魔力を欠けさせていく。途方もなく無駄な癖して、恐ろしいほどに気力を喰われる作業だ。弱体化させるために頑張っているなど、努力の方向性を百八十度間違えている。

 しかし、例え間違っていても、今この時に限っては必要なことだ。....そう己に言い聞かせ、元の完成された型を崩して整えて、それを元に脳内で『俺の望む完成形』を書き上げ終わると、ついにソレを魔力で形を与える創造に移る。

 本来なら製造法を完璧に把握していなければできない加工を、干将莫耶と熾天覆う七つの円環で培った知識を総員し、削ぎ落ちとせない部分と落とせる部分に大体の当たりをつけ、半ば無理矢理遂行した。

 その結果は───────

 

 

「これが、恐らく原因の剣....約束された勝利の剣(エクスカリバー)です」

 

「エクス、カリバーだと?それがか?」

 

「はい。あくまで俺の持つ、ですが」

 

 

 軽い熱暴走を起こしている脳を冷ましながら、驚愕を多分に含むアザゼルの問に答え、無事に創造できたエクスカリバーの柄を持つ。出来損ないではあるが、真名解放の権限は有しているらしい。

 最低限のものは()()()()()つもりだ。他者が光球の中から現れたエクスカリバーに対し、神造兵装という名を冠するに足る威圧感と存在感、そしてエネルギーを感じるのも至極当然といえる。だが、既に一度真作に限りなく近いモノを振った俺は分かる。コレを真の意味でエクスカリバーなどとは、口が裂けても言えない。

 神秘が、幻想が、人の持つ何を犠牲にしてもたどり着けない星の息吹と残滓が、大きく減衰している。それをした張本人は自分自身に違いないのだが、こうして実際に見て感じると、改めて別物であると痛感させられる。

 そうはいっても、本来なら地上に存在するものでは無い、という前提は未だ内包している。それを証明するように、先のアザゼルと同じく、剣を見た会議室内にいる全員が息を呑んでいた。

 

 

「聖剣....と呼んでいいのかさえ私には分かりません。戦時に失われた七つ目のエクスカリバーの破片と最初こそ思いましたが、根本から違う。一つであった彼の剣ですら、ここまでの異常性はありませんでした」

「ええ、これはこの世に存在するエクスカリバーとは違う....そうですね、言うなれば俺が生み出した、俺のみが扱える剣です。なので、地上の誰も知らないということになります」

 

 

 ミカエルの驚嘆の言葉に真っ赤な嘘で応える。よくもまぁこれほどの出まかせをスラスラと口に出せたものだが、俺は別の世界の住人で、その世界のアニメ作品から持ってきた剣です、という真実を口にしようものなら、大量のお薬を処方されることだろう。周囲の理解が必要でなければ、こんなことを話しても自身にとってマイナスでしかない。

 そうして、天使、堕天使、悪魔陣営の全員から好奇の視線に晒されていたとき、それまで一貫して静観を決め込んでいたとある人物が動いた。人の目を引く混じりけの無い銀髪が揺れ、爛々と輝く視線が俺を射抜く。

 

 

「ふふふふ。凄い、凄いな。俺の敵は。その剣がどんな威力を秘めてるのか....知りたくなって来たよ」

「おいヴァ―リ、マジになるな。率直に言うが、コレはお前の手に負えるシロモノじゃねぇ」

「だからこそだ、アザゼル。だからこそ、俺はどこまでも挑みたくて仕方がなくなる」

「ったく、本当にどうしようもない戦馬鹿だな。お前は」

「........」

 

 

 昂ぶる白龍皇ヴァ―リを諌めるアザゼルだが、その言に反して鼻息荒く至近距離までエクスカリバーに近づき、忙しなく記録を取っている。最後のヴァ―リの沈黙は、一連の行動を取りながら自分を責める彼に対し、『研究馬鹿なお前にだけは言われたくない』と言いたげな視線を投げていた時間だ。アザゼルは背中を向けていたため、それに気付くことは無かったが。

 ヴァ―リにより形成された一触即発の空気は、しかしアザゼルの声によって結局霧散した。それはエクスカリバーの記録と計測に意識を向けながらも動向をしっかりと伺っていたアザゼルと、和平という大きな目的を為した直後にもかかわらず、不用意な蛮行に及ぼうとするヴァ―リへ周囲が高い警戒を向けたことに起因する。流石のヴァ―リも、一時的な情動に任せて飛び出すには分が悪い状況だ。

 冷静さを取り戻したヴァ―リがつまらなそうに会議室の椅子に腰かけたのを皮切りに、とりなすような声でイッセーが声を上げた。

 

 

「それにしてもさ、その剣でコカビエルを倒したんだよな?どうやったのか結構気になるぜ」

 

「あぁ。実はな、こいつってビーム出せるんだ。かなり強力なヤツでな、こうズバーッと──────」

 

「....ッ?!二人ともそこから離れて!」

 

 

 イッセーの問いに返答していた途中、突如血相を変えたサーゼクスの声が室内に響く。それより一歩早く状況を呑みこめていた俺は、分かりやすいようにビームのジェスチャーをしていた格好をそのままに、できるだけ多くの魔力をエクスカリバーに纏わせる。そして、魔力放出の助けも借りて、窓側に向け横なぎに刃を振るった。

 一瞬の空白の後に閃光が弾け、学園の校庭が一望できる窓と、その壁面が根こそぎ吹き飛び、瓦礫まじりの爆風が外へ向かって放出される。この場を襲うであろう衝撃のベクトルを、その延長線上に立つ俺が発生させた更に大威力の衝撃で呑みこみ、逆ベクトルに統一させる。会議室を狙った攻撃は、この目論見通りに今の一閃で防いだが、威力を多く見積もり過ぎたらしく、余剰分の衝撃で校庭が真一文字に抉られてしまった。

 大穴が空き、見晴らしがよくなった室内に外の空気が流入してくる。それと一緒に視界へ飛び込んできたのは、落とした雫が水面に波紋を打つように校庭へ出現する、黒い影の集団だった。その不気味な光景に、思わず正体を問う呟きが漏れる。

 

 

「....アレは」

「ありゃ恐らくは、事前に捕捉していたテロリスト共だろう。まさか会議の真っ最中に乗り込んでくるとは思わなかったが。....俺たちが和平を結ぶのが大層気に入らねぇみたいだな」

「テロリスト、ですか?」

「ああ。最近存在が明らかになった奴らでな」

 

 

 俺と同じくくりぬかれた窓際に立ったアザゼルは、未だ状況を呑みこめずにいる皆よりいち早く立ち直っていた。息を呑んで問い返したソーナにも普段通りの口調と態度で返している。しかし、テロリストというと....やはり、あれなのか?

 嫌な予感に苛まれていた時、巨大な魔力と聖なる力の流れを室内から感じ、思わずそちらへ目を向ける。その視線の先には、空中に浮かんだ幾つもの複雑な魔方陣に手をかざし、魔力の供給を行うサーゼクスとミカエルの姿があった。周囲に展開している魔方陣の中には、亀裂が入ったり明滅したりしているものが散見される。

 

 

「お二人とも、その魔方陣は一体?」

「結界にパスが直接つながった陣だ。さっきはこれに異常があったから不意打ちに気付けた」

「今は侵入経路に使われた複数の結界の孔を修復していますが、既に転移用の陣が学校敷地内に敷設されてしまったようです。侵入を果たした者による結界の攻撃も相次いでいるので、修復と並行して維持も行っている状況ですね」

「......」

 

 

 努めて冷静な態度を装うグレモリー先輩の問いかけに答えた二人の言葉と様子を見ると、結界はかなり損傷しているようだ。続けられているという攻撃もかなり激しいもののようで、異常を伝える欠損や点滅が見られる魔方陣は後を絶たない。

 ものの数秒で目まぐるしく舞い込んで来た異常事態に、この場にいる大半の人物が追いついて行けていない。だが、その中でもイッセーは何か無視できない点に気が付いたか、棒立ちから復帰してサーゼクスとミカエルに身体を向かせる。

 

 

「結界って、一度侵入させてしまったんなら必要ないんじゃ....?」

「いいや、彼らの向ける矛先が此方だけとは限らない。それに、否が応でも駒王学園内での武力衝突はもう避けられないからね。ここは戦場となるし、飛び散る戦火は校内だけに留めたいんだ」

「あ....」

 

 

 そのサーゼクスの答えで結界の必要性を理解したイッセーは、今も沸々と湧き出る黒衣の侵入者を苦々しい形相で見やる。

 一度は迎撃できたものの、この分だと数の差は圧倒的だ。この場にいる実力者の中でも指折りの二人が戦闘に参加出来ないとなると、ただでさえ少ない戦力は更に落ち込む。

 

 俺は覚悟を決め、手に持ったエクスカリバーを魔力へ還元してから、壁があったコンクリートの断面を踏み切り、空中へその身を躍らせる。頭上から制止を呼びかける誰かの声が聞こえたが、あの場でいつまでも燻っているわけにはいかない。

 

 さて....校庭に佇むのは悪魔だ。俺は転生してからの十五年間で数えきれない程の魔物や魔獣を屠ってきたが、その中で悪魔や堕天使、天使は誰一人として手にかけてはいない。端的にいってしまえば、人の形をしたものを殺したことはない、ということだ。

 空中で干将莫耶の『type-γ(ガンマ)』を創造し、魔力を流転させる。───否、例え今まで殺したことが無くとも、もうこの状況では逃れられまい。さぁ、殺せ。手中にはそれが出来るだけの力がある。大切な人を守るのだろう。大切な場を守るのだろう。なら、殺して奪い取って勝ち得ることを躊躇う理由などどこにもある筈がない。

 

 

「うるっ....せぇ!!」

 

 

 地面に降り立ち、そして駆け出す。その先には数えるのも億劫なほどの黒衣の人型が乱立している。それらは、俺が接近を開始したと見るや否や、手に持つロッドを此方に向けた。

 彼らがどんな表情をしているのか、それは全身を覆うローブが邪魔をするお蔭でうかがい知れない。恐怖に慄いているのか、愉悦に心躍らせているのか、惰性にかまけているのか。いずれにせよ、既に決定的な形で関係の明暗が分かれている以上、目視で得られる情報以外に意味などない。

 ロッドから炎の塊が溢れる。詠唱によって明確に力の指向性を与えられた魔力が、爆炎となって蜷局を巻く。それは術者の殺意を以て対象を認識し、燃え尽きるまで追い詰め、そして灰燼とさせる術。

 だとしても....考えてしまうのだ。自身と同じかそれに近い存在が、本当の死に直面したときのことを。後戻りできない、先の続いていた俺とは違う暗い道を歩む、その想像を。

 

 

「───、──────」

 

 

 振り切ろうとしたものにあっさりと追いつかれ、俺の思考は暫しの空白を生む。それを叱咤したのは、皮肉にも敵の放った炎の魔法攻撃だった。

 

 

「く、おあッ!」

 

 

 目前に迫った劫火に気付いた俺は、水際立った挙動で地面を蹴り、寸でのところで火球を回避する。立て続けに空中では回避できまいと迫ってきた大量の火炎は、行き場を求めて刀身の回路をのたうつ魔力を撃発し、吹いた蝋燭の如く消し飛ばした。――――そして、その短い間に答えはあっさりと出た。

 

 俺は....過去の俺を持つ俺では人を殺せない。

 

 俺は死を体験している。失われていく命と、流れ出ていく血肉の生々しい感触をこの身が覚えているのだ。故に自身の死のみならず、他人の死にも極めて敏感になってしまった。異形の魔物や魔獣にさえ、己の命が明確に脅かされている状況下に置かれなければ、その刃を突き立てられないほどに。

 それでいいのだと思う。死を恐れるのは人間として当然だ。誰かの命を奪ってはならないと強く思うのも、それは人間である証拠だろう。今の俺に不必要な感情などでは決してない。

 仮にこの先どのような存在になろうと、俺は人間であるがまま生きると、そう己の魂に約束しているのだから!

 

 

「おおおおッ!」

 

 

 飛んできた火球を切り裂き、その向こう側にいた黒衣の腹を莫耶の柄で打つ。一瞬で数十m先に転がって行った黒衣は、他二人を巻き込みながら倒れ込み、起き上がる兆しはない。

 それを確認する間もなく跳び、立っていた場所に撃ち込まれた火球数十発を躱す。進行方向から飛来するものは全て干将莫耶で切り裂き、途中に立っていた二人目の黒衣の足を払うと、前のめりに倒れ込んで来たところを膝で一撃、上空に打ちあげてから、最後に回し蹴りを横腹にめり込ませ完全に意識を飛ばす。その最中に飛んできた火球も余さず迎撃し、再び疾走開始。

 それを五度ほど繰り返したところで、背後から爆音が響いてきた。チラリと横目でみると、アザゼルとヴァ―リが戦場を蹂躙しているところが確認できる。俺が一人一人気絶させているのに対し、二人は一切の手加減無しに殺戮を行っていた。

 

 

「アイツらはアイツらだ。....俺は俺のやり方でやる」

 

 

 そう呟きながら六人目を莫耶の峰で弾き飛ばし、片手の干将を振るって火球を散乱させるも、周囲を見ると減っているどころか増えているような気がしてくる。流石にじり貧だ。

 どうする?既に俺は戦場の中央近くに来てしまっている。ここまで来ておきながら撤退などしたくはないし、アザゼルとヴァ―リのように加減の利かない暴力を振りまくのも却下だ。かといって、加減を調節するために一人ずつ直接手を下すのはあまりにも非効率的。

 ....では、純粋に効率的な人数の増員を行うとするか。龍の回路への切り替えを実戦で試行してみたかったのもあるし、現状の打開にも一役買うだろう。

 

 だが、その前に一つやっておかなければならないことがある。

 

 

「────『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)金牛宮(ミリアド)廻る戴天の七星(プレイアデス)』!」

 

 

 俺が発展させたアイアスのもう一つの姿、プレイアデス。これは本来なら前面に連続して展開する七つの障壁を分離させ、自身の周囲を自在に飛行させることが出来るというものだ。そして、プレイアデスの際立って優れた特徴は、多対一の状況において真価を発揮する。

 周囲に浮かぶ盾は、敵の位置と実力によって概ねの配置を完成させ、放たれる攻撃から俺を防護する。それが正面からでも、後方からでも、左右からでも、頭上からでも、足元からでもだ。つまり、盾が存在する限りは全方向から迫る危険に対応できると言える。無論、敵が移動しても魔力等を察知して自動的に位置を修正するため、わざわざ俺が敵を目で追い続ける必要もなく、その強度も従来のものと遜色ない。

 プライアデス七姉妹の名を冠した、アルキュオネ、メローペ、ケライノ、エレクトラ、アステローペ、タユゲテ、マイアの七つの盾は、発動してから瞬時に状況を把握し俺の周囲を隙間なく障壁で覆う。直後に猛烈な火矢の雨が降り注いできたが、衝撃波はおろか風や熱の一切もこちらまで届かない。埋め尽くす轟炎で外の景色は真っ赤に塗り潰されているものの、これで安心して『詠唱』が行える。

 俺は剣を一本、刃を上方に向かせた状態で精製し、それに向かって腕を水平に振ることで手のひらを浅く切る。途端に傷口から鮮血が噴き出るも、構わずその腕を水平に掲げ、聖杯の中にある『匣』へ通じる道を拓いた。

 

 

 聖杯へ接続。....経路確認(ルートチェック)、完了。

 ■つの『■』に接続。....『■』の選択:自動。

 霊脈指定:候補無し。検索....該当せず。所有者の魔術回路にて代用。

 座の干渉:拒否

 ■の干渉:拒否、不可。

 位相確定:霊基・セイバー。......実行(セット)

 

 

 

「─────告げる。汝の身は我が元に、我が命運は汝の剣に」

 

『真っ当な願望欲望がある奴なら、お前の問いかけにゃ耳も貸さねぇだろうさ』

 

「聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ───」

 

『俺みたいにお気楽なヤツはあんましいねぇだろうから、必然かなり絞られてくるだろうよ』

 

 

 口にする詠唱と、以前召喚した兄貴との会話が脳内でオーバーラップする。それは薄々とはいえ危惧していた、召喚される見込みのある英霊の少なさを案じるものだ。

 英霊は聖杯によって選ばれ、またその呼びかけに応じる英霊も聖杯を手に入れる目的が存在する。だが、俺の中にある聖杯は()()()()()()()()()()()()()()()()()であり、そもそも内から外に出すことなどできない。行為自体は可能かもしれないが、俺は確実に無事では済まないだろう。

 

 

「誓いをここに。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者───」

 

 

 今のところ唯一召喚を成功させることができた兄貴は、聖杯が手に入らない事実を知ってもらった上で英霊の選定を行うと言っていた。それに....確か、俺のことやこの世界のことも前知識として補完しているとも言っていた。

 己が召喚される地の時代背景などはまだしも、マスターとの記憶の共有は契約が成り、魔力供給のパスがつながった時点で可能となる筈だが、それが現地情報と共に真っ先に英霊へ伝えられるというのは、一体どんな意図があるのか。

 

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ─────」

 

 

 とりとめのない思考は、せり上がって来た苦痛により泥の中へ沈んだ。疑似魔術回路が超高純度の魔力の奔流により灼けつき、詠唱のために動かす顎の筋肉が引き攣る。それが原因で断念するより先に、聖杯の蓋を更に広く開帳し、溢れた魔力を使って一時的に魔術回路を強化する。

 

 ────これで、いける。確信は最後の詠唱の一節に代わり、口腔から吐き出された。

 

 

「──────天秤の、守り手よ!!」

 

 

 瞬間、余分に開けたことで流入した魔力の制動に失敗したか、自身の血液で描かれた魔方陣から激しい稲妻が数条放たれ、その一つがアイアス・メローペを内側から破砕して奔る。空いた穴はすぐさま移動したアイアス・エレクトラによって塞がれるが、全方向から常に砲火を浴びている現在では、一分の綻びさえ爆炎の流入経路となってしまう。

 俺はアイアス・エレクトラが移動した拍子に一瞬空いた空間から、膨大な赤い熱波が噴き出してくる光景を目の当たりにし、急いで傷付いた疑似魔術回路から龍の回路へ切り替えようと躍起になる。今は己の強化に回していた魔力の全ても召喚に費やしていた影響で、本当に只の人間の状態だ。....掠りでもすれば、間違いなく焼死体と化す。

 そんなことは分かっている!思考は現状の打開以外に使うな!防御か?迎撃か?剣も槍も盾も手元に無い!六枚あるアイアスの一枚をこっちに回すか?否、目の前の火球は防げても、それで移動したアイアスの場所から新しい火炎が吹き込んで来る。結果は同じ!足での回避、逃走はどうだ?外は炎熱地獄、そしてこの中も数秒後は灼熱地獄だ!逃げられる余地などない!

 なら─────なら、死しかないのか。

 

 

 

 

 

 

 ────────カチン。

 

 

 

 

 

 

「─────戦場に事の善悪なし」

 

 

 

 死神の足音が聞こえつつあった俺の耳に、涼やかな声と金属が噛み合う音が響いて来る。

 転瞬。空間そのものを喰らうかのような狂飆(きょうひょう)が駆け抜け、目前にある今まさに己を滅さんとしていた劫炎が儚く霧散し、更にはその先にいる黒衣の数人までも激しく血煙を上げて倒れ伏した。それから一瞬遅れて校庭の地面を割る音が幾重にも重なって響き、さしもの黒衣の間でも、暫しの沈黙が降りる。

 呆然と立ち尽くす俺の視界には、浅葱色の陣羽織、黒く棚引く襟巻....そして、桜色に輝く髪が鮮烈に焼き付く。

 

 まさか....そんな、馬鹿なことが。

 

 

 

「─────ただ、ひたすらに斬るのみ」

 

 

 

 召喚された英霊は、どこからどう見ても、新選組一番隊隊長・沖田総司その人だった。

 




▶ MIBURO が なかまになった!


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File/50.壬生の狼

卒業研究って何なんだ...後ろ二文字取って普通に卒業させてくれよ....

そんなわけで最近かなりローテンションだった作者は、読者へ投稿が遅れたことに対する謝罪の意を示しつつも、以降も同様のペースになる恐れがあることを示唆するのであった。


 新撰組。それは、かつて京都を震え上がらせた会津藩直属の浪士組だ。

 

 徳川14代将軍家茂の上洛警護、並びに京都市中見廻りの任についていた壬生の狼。その異名に違わぬ多くの功績と、同時に悪評も持っており、中でも副長である土方歳三の過激な言動は日本史においてあまりにも有名だろう。

 そんな新撰組には、土方以外にも名を馳せた者が多数存在する。局長である近藤勇。副長助勤の斎藤一。二番組組長の永倉新八。....そして、無敵の剣と称された斎藤一とともに、猛者の剣と周囲に言わしめた一番組組長────沖田総司。

 

 

「な......んで」

 

 

 そう。現在の俺の脳内を埋めつくすのはひたすらに『何故』という疑問の言葉のみだ。判明している聖杯の特性から、下手をすれば戦闘向きではない、作家やら学者やら後衛戦術家のような英霊が出て来てもおかしくはないと思っていたのに、いざ赤色の火炎を切り裂いて現れたのは、『最も戦闘向きな英霊』の順位をつけるとしたら上位に食い込むこと間違いなしの人物だ。

 惚ける俺に気付いたか、沖田総司と思われる少女は、此方を見ないまま愛剣である菊一文字をお馴染みの霞の構えで空中に固定し、予想以上に通る声で言葉を発した。

 

 

「問答は後にしましょう、マスター。今は己が名や来歴を語らうよりも先に為さねばならないことがあります」

「あ....ああ。そう、だな」

 

 

 間抜けな話だが、それで今までの自分が置かれていた状況に気付き、急いで龍の回路へ切り替えた。その一瞬で吹けば飛ぶただの人間から、最高峰の魔術師すら見上げる程の高みへ昇り詰める。....多少の認識のズレはあるものの、使い方自体は同じだ。問題ないだろう。

 俺は片膝を着いた状態から地面に両手を置き、迸る青雷とともに二振りの長刀を精製(フォーム)する。それを立ち上がる過程で掴み、切っ先まで作り終えたところで引き抜くと、一本を上段、二本目を中断に置き、切っ先を前方に向ける逆二刀の構えを取った。

 そんな俺たちの動向を伺うように、影のような黒いローブは間合いを調節する。が、どうやら彼女にとっては、この程度の距離は『無い』に等しいらしい。

 

 

「隙は『待つ』ものではなく、『作る』ものです」

 

 

 砂を跳ね上げる音が響いたと思った時には、既に黒ローブが8人ほど地面に蹲っていた。一様に足を引き摺っているところを見るに、もれなく腱を切断されたらしい。

 あらゆる高速『移動』のプロセスを体感した俺でもその過程が殆ど掴めなかったことから、沖田は恐らく縮地を使ったのだろう。縮地とは、動物の持つあらゆる運動能力を凝縮することで為す歩法の極みだ。

 突然の事態に動揺を隠せないローブの数人は、倒れた仲間の姿を見るや堰を切ったように詠唱を始める。しかし、刹那の間に白刃が絡み合うように駆け抜け、あるものは五指を飛ばし、あるものは顎を落とし、あるものは両耳を失くした。地を彩る鮮血で先の昏い光景が脳裏を過り、思わず制止の声を上げかけたが、それを制するような凛とした声が滑り込む。

 

 

「刃を向ける敵を殺さない、というのは要らぬ甘さですが、マスターがその場限りの正義感や義侠心に酔う者でないことは理解しているつもりです。故に、この場においては我が信念を曲げましょう」

「っ、分かってたのか?」

「ええ。こうして召喚される以前に、貴方のことは聖杯から聞かされていましたから」

「なるほど、それで俺が人を殺せないことを知ったわけか。....俺がそのことに気付いたのは、ここに来てようやく、だったんだけどな」

 

 

 淡々と話す沖田に苦笑いを浮かべて返答しながら火球を半身引いて躱し、別の三方向から飛来してきたものはアルキュオネ、アステローペ、タユゲテのアイアスを展開し受け止める。それを確認するよりも疾く片足で踏み込んで黒ローブの懐へ入ると、振るった刀の峰で横腹を強かに一撃。同時に魔力が撃発し、受けた黒ローブは真横に吹っ飛んで仲間の数人を巻き添えに昏倒した。

 会話を止めて戦闘に集中しているところではあるが、やはり横目で沖田の動きを追ってしまう。己が到達点のひとつとしている人技を超えた体捌きと剣戟がすぐそこにあるのだから、気になってしまうのも仕方ないというもの。

 とはいえ、流石は人斬りの達人。斬る者はまた斬る者に追われるのは常であり、俺の視線にはすぐ気が付いたらしい。

 

 

「修羅場では雑念に塗れた者から先に斃れて行きます。技量で油断を賄えるこの場なら良いですが、敵方もマスターを殺すことが目的である事をお忘れなく」

「....すまん。その剣は後の参考にしたいから、ついな」

「────私の剣から学び取れるものなどありませんよ。殺すために会得し、殺すために磨いた血生臭い技術です。決して、マスターが目指していいような剣ではありません」

 

 

 俺は、その言葉と共に覗かせた悲哀の顔を見逃さなかった。砂利を跳ね飛ばし、風を捻じ曲げて壮絶な一刀を繰り出し続ける行為とは、あまりにも不釣り合いな沖田の表情を。

 しかし、それもほんの一瞬。沖田は見間違いと思ってしまうような刹那で鬼神の表情へ戻り、再びの縮地を敢行。そして、瞬きの間に腱を切断されたと思われる黒ローブが10人ほど地面に這い蹲る。それにしても、刀身に血痕の一滴すら付着していないのは一体どういうことなのか。

 

 

「全く、マスターの注意散漫を指摘しておきながら、当の私がこれではいけませんね。土方さんの前でやろうものなら、一か月雑用を押し付けられかねません」

「土方はそうでも、俺は雑用を押し付けたりはしないぞ」

「なるほど、それなら安心ですが、マスターの思っている雑用とは恐らく違───ごふっ!持病の癪が?!」

「おわぁっ!?このタイミングで病弱発動かよ!しかし改めてリアルで見ると吐血量やばいな!でもいつもの沖田さんで安心!」

「さ、最後の方は聞かなかったことにしておきますので、取り敢えず今にも天に召されそうな私を介抱してくれませんか....?」

 

 

 恐ろしい勢いで青息吐息な様相となってしまった沖田に、握っていた刀を放り棄て慌てて肩を貸す。一瞬要らん感情が鎌首をもたげそうになったが、精神世界でそっちの自分を思い切り殴り飛ばし、理性を司る俺に再度コントロール権を譲渡する。

 しかし、さっきまで絶対零度の目で刀を振っていたというのに、今の彼女といえば死んだ魚のような目だ。この締まらなさが沖田総司という少女の素晴らしいところではあるのだが、当人からすれば甚だいい迷惑だろう。話は変わるが頬に触れる彼女の髪の匂いは実に良い。

 と、余計な感想は後回しにして、沖田さんの回復を早められないかと治癒の術式を起動させる。それを見た彼女は、表情の幾分かを驚きへと変化させた。

 

 

「マスターは治癒の術にも優れているのですね。これなら早めに持ち直せそうです」

「お、おお。そうか、よかったぜ。......と、一息つけたここらで、こちらとしてはそろそろ真名とクラスを伺いたいところなんだが」

 

 

 ここいらが確認のし時だろう、と思い口に出してみたところ、沖田の方はすっかり失念していた、という表情で居心地悪げに頬を掻き、蒼白となった顔ながらも何とか平時のものを装うと、ペコリ、というか、ガクリに近い会釈をした。

 

 

「そ、そうでしたね。このような形では緊張感が無くて申し訳ないですが....こほん、私は新撰組一番組組長、沖田総司。縁あってセイバーのクラスで馳せ参じました。以後、宜しくお願いします、マスター」

「よろしく。沖田さんって呼んでいいか?」

「どのような呼び方でも構いませんよ。常識の範疇の仇名であれば、大方呼ばれ慣れてますので」

「了解」

 

 

 やはり沖田さんだったか。いや、これほど分かりやすい衣装来てれば一目瞭然だろうが。そもそも、彼女に対する大体の情報は既に知り得てるのだ。

 しかし、何故彼女が俺の呼びかけに応じてくれたのだろう?確か英霊となる以前から聖杯に対しての願望は持っていたはずだが....まぁ、それはいずれ聞くとしよう。

 

 取り敢えず、突如襲撃してきた黒ローブはアザゼルとヴァ―リの奮闘もあって殆ど片付いている。ここ以外の状況は分からないため結界の修復の進捗は不明だが、そろそろ援軍の残弾も尽きている頃だろう。ということで、放っていた長刀とアイアス・プレイアデスを魔力に還元しておく。

 ────さて、目下の問題だが、これは禍の団によるテロであることは間違いないと見ていい。だとすれば、この程度で事件が収束してしまうのは些か妙だ。ここまで見事なタイミングで仕掛けて来たのだから、こちら側に揃う戦力は把握していて然るべきである。

 

 

「大分、落ち着いてきたか?」

「あ、はい。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。....もしかしたら大丈夫かもと楽観していましたが、現実とは残酷なものですね」

「うーん、残念ながら病弱はデフォルト装備だ」

「あぁ....聞きたくありませんでした。その事実」

 

 

 俺は心身ともにダウンしてしまった沖田を膝に寝かせ、継続して治癒の術式を使用して回復を図っている間、この後に起こるであろう事態を想像する。

 オーフィスの話では、今代の魔王を憎む旧魔王派が活発に動き回っているらしく、介入してくるとしたらこっちの連中だろう。狙いは....変に捻くれた考え方をしなければ、三陣営の和平を阻む、これしかない。

 

 ────こうして真剣な考えに没頭していても、この状況に浮足立っている自分がいる。

 

 沖田さんに膝枕。膝枕だ。既に何度か夢なのではないかと青痣ができるほど横腹をつねったり、出血するほど舌を噛むくらいにはおかしなテンションになっている。出会えて会話しただけでも飛び跳ねたくなるほど嬉しいというのに、膝枕なのである。浮足立ちすぎて成層圏まで飛び立ってしまいそうだ。

 こんなどうしようもない状態だったから、すぐ後方で起きた異変に対する反応がどうしようもないほど遅れた。

 

 

「っ、マスター!」

「え──────?」

 

 

 背後で爆音が響いた瞬間、血相を変えた沖田が弱っているとは思えないほど素早く上体を起こし、惚ける俺の肩に手を置いて前方へ跳ぶ。明らかに無理な態勢だったはずだが、それで俺との位置を見事に入れ替えて見せた彼女は、鞘走りの音が聞こえたのを見るにそのまま刀を抜刀したらしい。

 瞬間、凄まじい速度で硬質な物体が衝突した爆音が響き、生じた衝撃波で大気ごと周囲の砂礫が後方へ押し流される。それに混じり喜悦に彩られた涼やかな声が耳に届いた。

 

 

「へぇ!君は初めてみる顔だ。ツユリ=コウタのことを『マスター』と呼ぶのを見るに、もしかしてあのクー・フーリンと近い関係にあるのかな?──ふふっ、だとすれば実に興味深い!」

「余計な好奇心は身を滅ぼしますよ。果たし合う相手に対し抱く感情は殺意意外不要です」

「....これはまた筋金入りの剣客だね。はは、どんな戦いの中を生きたら君みたいな目になるのか」

 

 

 弛緩した気を今一度張り直しながら後ろを振り向くと、そこに居たのは白銀の全身鎧をまとったヴァ―リだ。沖田は彼の接近に気付き、迎撃のために先の行動をとったのだろう。

 彼の拳に刃で応え、力任せに鍔ぜりあう彼女だが、未だ病み上がりの状態だ。ここは一旦下がらせ、代わりに俺が出るべき─────

 

 

「貴方の殺し合い愉しむ心理、私には全く理解できませんね」

 

「ッ、────?!」

 

 

 耳朶を打ったのは、金属と金属が噛み合う壮絶な打撃音。時間にして一秒にも満たないその間に、優勢を勝ち得ていたはずのヴァ―リは余裕を失った顔で後退している。

 それもそのはず。沖田は今の一瞬で、ヴァ―リの腕を弾き、そして五の斬撃と八の突きを放ったのだから。

 

 

「ぐっ......以前といい、何とも恐ろしい手駒を揃えて来るものだな。俺の最高の敵は」

 

 

 バイサーを割り、鎧の至るところに刀傷を刻まれたヴァ―リは、尚も笑みを崩さない。この分だと、やはり彼は追い詰められれば追い詰められるほどに愉悦を感じるのだろう。実に変態的だが、敵としては厄介な存在だ。

 俺は意図せず前線から離れた場で、干将莫耶を創造し両手に掴む。そして、ヴァ―リが沖田の動向に注視している隙をみて、立つ位置を調整しておく。

 

 マスターとサーヴァントに対し、他者との戦闘において与えられる役割は、前者が後方支援、後者が前衛交戦が一般的である。だが、それはマスターの戦闘能力が乏しい場合だ。戦えるのなら、戦うという意志があるのなら、サーヴァントが危機的状況に立たされた時は迷わず飛び出すべきだろう。

 

 沖田は流石のもので、通常通りを装っている。だが、戦闘中に手心を加える余裕まではないと見た。ステータスを軽く確認したのだが、病弱のランクはやはりA。一度発動すればごっそりと体力を削られるだろう。長期戦は避けたいところだが、白龍皇はそれが罷り通る相手ではない。何かあったすぐにでも加勢に────、っ!

 

 

「おっと、不意打ちとはらしくないな、アザゼル」

「なに、出来るときは不意打ちだろうが騙し討ちだろうがやるぜ?俺はよ」

 

 

 突如、俺から見て前方より飛来してきたヴァ―リを狙う眩い光の矢。それを翼から展開した防壁で防いだ白龍皇は、口角を吊り上げながら降り立った堕天使総督を見やる。

 この状況から察するに、ヴァ―リは堕天使側へ反旗を翻したのだろう。そして、魔王二人やミカエルの居る場で俺を堂々と亡き者にしようとしたことと合わせ、三陣営どちらにもつくつもりはないことは自明の理。ならば、

 

 

「白龍皇。お前....まさか禍の団側につくつもりか」

「察しが早くて助かるよ、ツユリ=コウタ。和平を結んでぬるま湯に浸かろうと画策する奴らより、世界全てを敵に回して戦争をする奴らにつくほうが何倍も楽しそうだろう?」

「ッチ、薄々そうなるんじゃねぇかと思ってたが、ここまで戦馬鹿だとはな」

 

 

 アザゼルは忌々しそうに吐き捨てるが、その眼には少し色の違う感情も混ざっていた。

 なにやら両者には只ならぬ確執があるのかもしれないが、それで動きを鈍らせては沖田にどやされる。実際、目前で構え続ける彼女には、会話の内容など一切気に留めず、隙あらば殺るだけといわんばかりの雰囲気が漂っていた。

 だが、ここで最大戦力の一つとして数えられるヴァ―リが敵に回るのは痛い。校舎側でも不穏な魔力の動きが絶えないし、今回の騒動を起こした黒幕がグレモリーの皆や会長と接触しているかもしれない。今はその人物の情報が少しでも欲しいところだ。

 そんな心配をしていた俺の心を見透かしたかのように、アザゼルは此方の方へ視線を向けると、親指で駒王の校舎を指した。

 

 

「向こうは先代レヴィアタンの末裔、カテレア・レヴィアタンの対応に追われてるぜ。サーゼクスが話し合いでの和解を求めてるが、無理だろうな。ありゃ手遅れだ」

「じゃあ、戦闘は避けられないと?」

「あぁ。だが、サーゼクスとミカエルは侵入した魔術師どもの攻撃に耐え、結界の維持をしなきゃならねぇ。とはいえ、同郷のレヴィアタンとの戦闘には消極的であろうセラフォルーは動けない、んでもってセラフォルーの妹とグレモリーは戦力的にゃ論外だ。とどのつまり、満足に戦える輩があっちにはいねぇ」

 

 

 セラフォルーはあれで先代のレヴィアタンを慕っている節がある。だが、ここまで大規模なテロに加担してしまっている時点で、カテレアと現魔王との間に走った亀裂は相当に深いだろう。ここまで決別していれば、最終的にはサーゼクスは非情になれるだろうが、彼女は難しいと言える。

 グレモリー眷属もカテレアとの戦いには適さない。戦争以降は冥界の端に追いやられた先代魔王の血族だが、激しい戦火の中を生きた『終末の怪物』の名は伊達ではなく、それに足る実力を備えている。グレモリー眷属の最大戦力である姫島先輩でも相手にならないだろう。

 かったるそうに腕を回すアザゼルは、さらりと向こうに大型の時限爆弾があることを曝露した後、おもむろに十二の黒翼を展開させた。

 

 

「....と、いうことでだ。このやんちゃドラゴンの相手を頼んでもいいか?見たとこ、頼もしい援軍もいるみてぇだしな」

「ってことは、アンタはカテレアとの戦いを引き受けると?」

「何だ、信用できねぇって顔してんな?でもよ、どちらにしろ選択肢はないんじゃないか?」

 

 

 確かに、そうだ。ここでアザゼルの提案を聞かずに向こうへ行っても、恐らく面識も何もない俺との戦闘をカテレアは望まないだろう。沖田の容態がすぐれないこともあり、できればこの場を動く分で消費する体力も惜しいところだ。

 とまぁ、ここまで材料が出そろえば、俺が下す判断は一つしかあるまい。

 

 

「....じゃあ、グレモリーの皆を頼む、アザゼル。派手にやり過ぎないでくれよ」

「もう少し不承不承って感じの顔を隠して欲しかったが、いいぜ。お前も深追いし過ぎるなよ、ツユリ」

 

 

 アザゼルはそれだけ言うと、片手をヒラヒラと振ってから土煙を上げて上空に飛翔し、校舎の方へ一息に飛んでいった。

 てっきり妨害が入るだろうと思って、さりげなく干将莫耶を握り込み、腰を落としていたのだが、ヴァ―リは目をつむったまま最後まで動かなかった。

 

 

「アザゼルを行かせてよかったのか?」

「なに、俺は君と戦う為にこの場に立っていると言っても過言ではないんだ。確かに、アザゼルとも一戦交えたかったが、君とは万全のフィジカルで臨まないと歯が立たないからね」

「そりゃ、光栄なことで。でも、残念ながら今回は控えに回らせて貰うぜ」

「....なるほど。先ずそこの女を倒さねば、君とは戦うことすらできないと、そういうとか」

 

 

 俺の言に反応し、ギシリ、と鎧を軋ませる音が響く。先ほどの攻防を思い出したのか、ヴァ―リは両拳を握りながら声のトーンを一段と落とし、今まで動向を窺っているだけだった沖田に対して、明確な敵意を飛ばし始めた。

 それにしても、まるで沖田との戦いが前哨戦で、俺との戦いが本戦といわんばかりな白龍皇の物言いには苦笑いを禁じ得ない。剣術、体術どれをとっても俺は彼女に勝てる要素など一分たりともないのだから。

 

 臨戦状態となった白龍皇を見て、チラと此方を窺ってくる沖田。恐らく、己のやり方に準じて良いかという問いだろう。俺はそれに対し、自由にやってくれて構わない、という意を乗せた視線で応える。その旨を受けとった彼女は軽く頷き、刀を一度正眼に構えた後、深く息を吸って再び腰を落とし、霞の構えに入る。

 今の沖田から漂う練気は相当なものだ。人を斬った人間は外道へと弾かれ、殺めた数だけ人に向ける刃の迷いは消えると言うが、これほどまでに磨き上げるにはどれほど刀を振るえばよいのか。

 ....そんな鬼気迫る様相の彼女を前にして尚、白龍皇・ヴァ―リは動じない。

 

 

「以前刃を交えたクー・フーリンは正しく大英雄だったが、君はただの剣客と見受けられる」

 

「......」

 

 

 彼が沖田を過小評価する理由の根幹はこれか。とはいえ、兄貴と沖田を同じ台に並べてしまうのは如何なものか。

 最早言うまでも無く、神代の英傑であるクー・フーリンと比べたら、よっぽど沖田は人間らしい人間だ。歴史は浅く、神秘も薄く、打たれ弱い。屈強なスーパーケルト人をなぎ倒していた彼と比べれば、力不足は否めないだろう。

 

 だが──────、沖田総司という英霊(人間)は、果たして弱者だろうか?

 

 ヴァ―リは開いた手のひらに青白い光球を生み出し、それを右手全体に纏わせる。拳を作り、そして翼を水平に広げると、ジェットエンジンのイグニッションのような爆音を轟かせて、沖田目掛け直線に飛び出す。

 

 

「さぁ、さきほどの剣筋程度なら、もう見切れるぞ!」

 

「─────────ふッ」

 

「────はッ、殺った!」

 

 

 ヴァ―リの吶喊に対し、左右から挟み込むような二つの白刃が迎え撃つ。だが、言葉の通りその軌道は見切っており、右翼のみを勢いよく動かすことで進行方向を変え、左手で斬撃の衝撃を打ってずらし、更に翼を蠢動させると、無防備な死角へ回り込む。重ねて移動途中に攻撃の初動は済ませており、岩をも砕く白拳が一秒も経たず放たれる。

 

 

「一応、言っておくが」

 

 

 

 ────その拳が別方向から加えられた力のベクトルにより大きく跳ね、続けて空いた胴に突きが二本刺さる。

 

 ヴァ―リは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()沖田に寸でのところで気付き、今度は両翼で前方の空気を叩いて素早く退いたようだったが、それでも完璧には回避できなかったらしく、右胸部の装甲に蜘蛛の巣状の亀裂が刻まれている。

 

 

「────沖田さんは俺より強いぞ」

 

 

 ヴァ―リが回避時に巻き上げた砂煙をX字に切り裂いて吹き飛ばし、姿を見せた沖田には傷一つない。どうやら持ち直してきたらしい。

 遅まきながら、彼はこの時点で彼女に対する認識を改めることとなるだろう。

 

 

 剣気を纏った沖田総司と言う少女は、かつて世界を動乱させた龍を宿す少年に対し、異端の領域にまで踏み込んだ剣技で圧倒する。

 

 ────強さとは、来歴や見た目で決まるものでは無く、何を極めたかで決まるものだ。

 

 ────ならば。剣を極めた沖田総司が、凡百の人間の中の一で在る筈がない。

 




初見で侮られない為にはカリスマが必要です。

AやらA⁺あったら本当に無条件でついて行きたくなるのだろうか...?
なんかお菓子に釣られてわるいおとなに捕まる子どもみたいですね。


※通常、沖田さんは宝具『誓いの羽織』を発動している間に刀を菊一文字とし、それ以外は乞食清光という刀を佩びていますが、本作では例外とし初回から所持しています。


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File/51.互いの矜持

投稿が遅れた分、文字数を増やしていくスタイル。
何か最近戦闘描写ばっかり文字で起こしているような気がする作者です。

さて、2017年度一発目の更新ということで、謝辞を。
私がここまで本作を続けてこられたのは、偏に読者の方々の存在に他なりません。時折かけてくれる声援に励まされ、半ばスランプに陥った時もそれを思い出し、再び筆を執ることができました。
2017年も粘り強く本作を続けていきたいと思っているので、何卒よろしくお願い致します。


.......感想とか沢山欲しいな、と遠まわしにお願いしてます。


 白龍皇を宿す少年、ヴァ―リは強敵だ。

 

 時間経過というハンデがあるものの、触れればあらゆる物体を半減し、それで生じたエネルギ―を己のものとする。時間が経つごとに敵は弱体化し、一方自分は強化されていく。神すら恐れる神器と呼ばれるに足る能力だ。

 また、イッセーと違い、今代の白龍皇の籠手の使い手であるヴァ―リは飛びぬけて優秀らしく、既に禁手に至っているばかりか、力に溺れることも振り回されることも無く使いこなしているのだ。

 

 そんな彼と実力的に拮抗できる存在は必然、強大な魔力を持つ上級悪魔や、白龍皇の籠手に匹敵する神器を持つ者などと限られてくるだろう。そのどちらも持たぬような輩が立ちはだかろうものなら、木の葉の如く吹き飛ばされるに違いない。

 

 

「く────っ、馬鹿な!視覚強化の術式を当ててまだ見えないのか!」

 

 

 ────否。何事にも例外は存在する。それも、こと戦闘においてならば尚更だ。

 

 魔力の貯蔵量に秀でていなくとも、神代の武具をその身に纏っていなくとも。それらを持つことで得る全ての利を凌駕するほどの技術や能力があれば、不利など立ちどころに消え失せる。

 

 魔力も武具も満足なものではない沖田総司は、只一点。剣術という手段を以て万能の強敵と拮抗────否、圧倒する。

 

 

「倍速で吶喊するなら、こちらは三倍速で迎え撃ち、三倍速で吶喊するなら、こちらは四倍速で迎え撃つのみ。増してや、そこに無駄なものがあれば尚のこと付け入る隙が生じるというもの」

 

 

 あらゆる方策を以て沖田の動きに対抗しようとするヴァ―リだが、死角から狙い打ったはずの拳を白刃で弾かれ、それとほぼ同時に放たれようとしていた膝蹴りも脛への一撃で仕損じる。この攻防で崩れたバランスは翼を使って一瞬の後に修正するが、その一瞬の間を縫って二度の突きが肩と腰に突き刺さり、音速に達する物体が通過した衝撃で爆風が駆ける。

 

 

「ぐぅぁ!ッチ、なら!当たっても問題ないようにすればいいッ!」

 

 

 ヴァ―リは後退しながら追撃として放たれた左右の挟撃を両手の甲で受け、同時に光翼から迸る魔力を使って防護障壁を纏う。それで更なる攻勢に出ようとした沖田の刀は弾かれ、一時の撤退を余儀なくされる。───かに思えた。

 

 彼女は斥力で退いた足をすぐさま前方に動かし、迷うことなく白龍皇の展開した防壁に挑む。

 

 とはいえ、もし先ほどのように押し負けて弾かれてしまえば、その隙を突いた強力なカウンターが待っている。無策ではないだろうが、どのようにして突破を────

 

 

「ッッ!!?」

 

「何だ、案外脆いのですね」

 

 

 銃弾が金属性の物体に連続して着弾したような高音が響き、ヴァ―リの展開した防壁は沖田の『一点を執拗に狙った連続突き』により数秒と立たず砕け散る。

 打突の衝撃により表面の魔力を少しづつ剥ぐことはできる。だが、その方法であの魔力障壁を破るには、数十にも及ぶ突きを素早く、かつ全く同じ部位に叩き込み続けなければならない。難しいという次元の技術ではないが、彼女にとっては赤子の手を捻るようなものなのだろう。

 

 

「────なるほどッ!静より動、動かねば殺られるということか!」

 

 

 驚愕に表情を彩るヴァ―リだが、それでも致命的なまでの隙は生じさせない。詰めの一手と思われても仕方ない沖田の高速の一突きを上体を捻って回避し、続けて断頭台から落ちた刃が如く頭上から放たれた斬撃は翼のブーストを合わせたバック転で辛くも回避する。

 しかし、それでは駄目だ。ただ速いだけでは沖田の刃から逃れることはできない。

 

 

「ええ。存分に動いてください。右往左往するモノを斬ることには慣れてますので」

「グッ!?またソレか!」

 

 

 ヴァ―リが後方へ下がったことで空いた両者の距離は、沖田の縮地により瞬きの間にゼロへ。その途端に袈裟切りが彼の肩にめり込むが、ワザと腰を捻り、刀が抜ける軌道に上体を向け、衝撃を下方にいなすことで肉体へのダメージを最小限に抑えた。

 ヴァーリはこれまでの攻防による沖田の斬撃全ての直撃コースをギリギリで回避できているが、鎧へのダメージは決して少なくない。それが分かっている彼は割れたバイザーの奥で眉を顰め、後退する途中に高く舞い上がり、光翼に魔力を集中させる。

 

 

「悔しいけど、現状じゃ近接戦闘で敵う相手ではなさそうだ。故に、こちらで相手をしよう」

 

 

 そう言うや否や、蒼い光翼から大量の光弾が放たれる。それらは数だけではなく速度もあり、放射状に軌跡を描いたものも弧を描いて沖田の立つ場へ向かったところを見るに、ホーミング性能も有しているようだ。

 一つ一つは巨大ではないが、宙を彩る光弾は相当な威力だ。下級の魔獣辺りだったら一発で塵にできるほどのものだろう。そんなものが、目測で推定20はばら撒かれた。

 

 

「ふむ....幕末にこのような類の兵器はありませんでしたが」

 

 

 沖田は迫る光弾を前に刀の持ち方を変え、刃を上に向かせると、切っ先を地面スレスレの位置につけた。

 一見、戦闘をする者が取る構えとは思えなかったのだが、彼女の纏う白刃そのもののような鋭さが、それを期に一層増した気がしたのだ。もし沖田と対面し、肉薄しようとしているものが俺だったとしたら、間違いなく彼女の刀の届く範囲へ突入することを躊躇うほどのもの。

 そして、その危惧が誤りでは無かったと確信できる光景が展開されたのは、先頭の光弾が沖田の持つ刀のテリトリーに入った直後だった。

 

 

「鉄砲の弾よりもずっと遅いですね」

 

 

 沖田がそう呟きながら、刀を逆袈裟に振ったと察知した瞬間、録画したテレビ映像の高速コマ送りみたく九の剣閃が追加され、今まさに彼女を射程に捉えんとしていた八ほどの光弾と、上空からの接近も画策していた二つを切り裂く。更には後方へ抜けた剣閃と爆破の衝撃が後続を巻き込み、連鎖的に爆裂を起こしていく。

 

 

「....なるほど。火力は大したものですが、衝撃さえどうにかすれば何とでもできますね」

 

 

 拍子抜けのような言葉を漏らしたあと、沖田はその場を蹴って真横に移動する。ホーミング性能のある残りの光弾もそれに続き、彼女を追って軌道を修正したが、それで位置を縦列に近い形にされたため、最も先頭の三つほどを切り裂くことで、先ほどと同様の形で連鎖爆発が発生し、あっという間に全弾が撃墜されてしまった。

 これで、ヴァ―リには打つ手なし────そう思われたが、降り立った彼の表情に悲壮なものはなかった。

 

 

「ふ、悪いけど、時間稼ぎは十分させて貰ったよ!」

 

『Divide!』

 

「────!」

 

 

 今の音声は白龍皇の籠手の能力発動のサインか!ヴァ―リは沖田に直接触れていないから、恐らく半減のターゲットは菊一文字だ!

 俺がそれに気付いたと同時、当の沖田も異常を察知したようで、手に持っていた刀を訝し気に確認し始める。しかし、目前の敵はそれを親切に待っていてくれる相手ではない。

 ヴァ―リは意識が自分から離れた僅かな間を抜け目なく狙い、ついに沖田の懐へ侵入を果たすが、直後に銀光が駆け、放たれようとしていた彼の右拳を一閃にて真横に弾く。

 

 

「ふっ、まだまだ!」

 

 

 この迎撃を予測していたヴァ―リは、魔力を貯めて青白く発光する左手を素早く水平に持ち上げ、至近距離での光弾発射を目論む。が、その前に上腕を二度の斬撃が打ち、強制的に上方を向けられた瞬間に魔力が奔り、光弾は天高く打ち上げられて不発に終わる。

 沖田は反撃に三度の突きを瞬きの間に繰り出すが、二度分は光翼が展開した薄い障壁に阻まれ、残りの一撃は手甲で防御される。未だ完璧ではないものの、最初の頃より格段に対応力が上がっている。少しずつ彼女の剣戟に目が慣れて来ているのかもしれない。

 

 

「鮮やかな剣閃だ。だが────」

 

 

 ヴァ―リは沖田の反撃を上手くいなした後、縮め過ぎた距離に危機感を感じたらしく、光翼を動かして後方へ退避するが、逃がすまいと二つの突きが得物を追う猟犬の如く放たれる。それは彼にとって不意を衝く一手になり得た筈だが、どういう意図か、一方の突きを激しく受けて肩の装甲を砕きながら、もう一方の僅かに遅れて届いた突きを右手で掴む。

 ガリガリッ!という耳障りな金属音が響き、刀の直進を強い摩擦で強引に止めると、ヴァ―リの手には沖田の持つ菊一文字が握られる結果となった。

 

 

「これで、チェックメイトだ」

「何を言っているのか、分かりませんね。この手に得物が握られている限り、果し合いは終わりません」

 

 

 沖田の言う通り、彼女の刀は未だ健在だ。しかし、ここにきて状況は一変している。

時間的に二回目がそろそろ来る頃だろう。兄貴のゲイ・ボルクでさえ二度の半減で相当の神秘がはがれてしまったことから、下手をすれば菊一文字は二度の半減で鈍レベルにまで落とされる可能性がある────!

 

 

「....くっ、沖田さん!今すぐ刀の拘束を解いてくれ!────そのままじゃ、()()()()!」

 

「へっ?いや、幾ら握力が凄まじかろうと、概念的な補強も掛かっている私の愛刀がちょっとやそっとの衝撃で折られることは────いや、待って下さい。もしかして、さっきの違和感ってまさか....」

 

『Divide!』

 

 

 俺の叫びをまさかと苦笑いを浮かべつつ否定しようとした沖田だったが、先の刀に感じた違和感を思い起こしたか、一転して神妙な表情となる。....それでも、やはり遅すぎた。

 ヴァ―リの手の中で二度目の半減が敢行され、恐れていた通り一般的な日本刀のレベルにまで落とされてしまった菊一文字。そこへ魔力で強化した彼の握力がすかさず加わり、最早一秒も耐えられないとばかりに半ばから砕け散ると、地面へと落ちる前に魔力の残滓となって解け、消えてしまった。

 

 

「っ────────!」

 

 

 それでも、やはり百戦錬磨の剣客か。不測の事態にもかかわらず、柄と数㎝ほどの刃を残して折れてしまった菊一文字をすぐさまヴァ―リの顔面向けて躊躇なく放り、後方へ跳躍し距離を取る。

 しかし、これで沖田は正真正銘の無手となってしまった。剣術の流派によっては武術、柔術の教えも受けるそうだが、相手は生身の人間ではない。精々時間稼ぎくらいにしかならないだろう。

 

 どうする、どうするどうする?沖田は丸腰だ。このままじゃ確実にやられる。武具だ。刀が必要だ。

 

 菊一文字を新しく創ること自体は可能だが、この切羽詰まった状況じゃ時間があまりにも足らない。だからといって急ごしらえの刀では....いや、待て。相手はオーフィスほど常軌を逸した相手ではない。半減さえ喰らわなければ、アレでも十分打ち合えるだけの性能はある。

 

 何より────精製した刀(アレ)なら、出せる場所を選べる!

 

 俺は沖田の居る位置を確認し、同時に龍の回路を励起。ヴァ―リは既に彼女の牽制で投擲した菊一文字の亡骸を掴んで砕き、吶喊する体制に入っている。時間が無い。

 自分ではなく他人に向けて、というのは初めての試みだ。できれば試運転をいくつか挟みたかったのだが、駄々をこねても仕方ない!

 

 

「沖田さん!」

 

「──────!」

 

 

 蒼雷が奔り、沖田の立つ左右に二振りの長刀が精製される。自画自賛したくなるほどジャストの位置だ。

 沖田は考えるよりも先に身体が動いたと言わんばかりに、右の刀を凄まじい速度で抜き取ると、勢いそのままに袈裟懸けでヴァ―リを迎え撃たんとする。その速さたるや、まさに紫電のごとし。

 一方のヴァ―リも負けておらず、刀が出現した瞬間に必死を予期して片翼のみを動かし、身体を横向きに倒して反対側の光翼を少し破損させるにとどまった。

 

 

「っははは!そう来たか!実に面白いな!」

 

 

 砕けた翼の破片が舞う中、ヴァ―リは驚嘆の声を上げながら手を地面に着いて軸とし、バランスを保ちつつも全身を捻転させ回し蹴りを放つ。それを沖田は柄頭で受け、片手に持ち変えると下腿を下方から振り上げ一撃。そして手首を捻り振り下ろしの更に一撃。これで彼の左足の装甲が砕ける。

 それでもヴァ―リは退かず、片翼のブーストで態勢を直立に戻しながら右手から光弾を放出し、がら空きの左を狙う。この一手を沖田は左横に精製された刀を抜き、切り裂くことで回避し、続けて右手に持つ刀で突きを二撃。だが、彼は再び一撃を正面からわき腹に貰う最中に二撃目を見切り、その手で掴み取り右の刀を粉砕する。

 凄まじい胆力と無謀さだ。その姿勢には敬意を評そう。しかし、

 

 

「残念だが────」

 

「────次弾、あるそうですよ?」

 

「む!?」

 

 

 雷が奔り、沖田の立つ右方に俺の精製した刀が再度出現する。それを()()()()()()()()()彼女は伸ばしていた手で抜き取り、一瞬で二つの剣閃を飛ばす。が、寸前でクロスした両腕で弾かれた。ヴァ―リはその衝撃を生かして後方へ跳びながら、両手から光弾を無数に放つ。

 対し、沖田は片手で左の刀を菊一文字の鞘に納めると、右に持つ刀で切り裂き、それを迎撃していく。途中で度重なる衝撃に耐えかねた刀が砕けるが、直後に今度は左の刀を鞘から抜きとり、前方へ駆ける。

 

 

「ふ────魔力の嵐に真っ向から挑むか!」

 

「舐めないで頂きたいですね!この程度、土方さんの扱きに比べたら屁でもないですよ!」

 

 

 沖田が光弾の中を切り裂き搔い潜る中、何度もその刀が砕ける。が、その度に彼女の周囲に新しい刀を俺が精製し、それを取ることで直進していく。やがてその流れを見切ったか、霞の構えを取ったまま光の雨中を疾走し始めた。

 ヴァ―リは高速で迫りくる沖田を迎え討とうと高密度の弾幕を張るが、彼女は僅かに進行を左右にずらすことで生まれた光弾の間隙を縫い、ほぼ減速せずに、寧ろ速度を上げながら距離を詰めていく。

 しかし。この挙動、この加速、この歩法....もしや────!

 

 

「一歩音越え────────」

 

 

 加速。

 

 

「二歩無間───────」

 

 

 更に、加速。

 

 

「三歩絶刀────」

 

 

 そして、弾幕を進む沖田の姿が掻き消える。

 

 転瞬、ヴァ―リの両手が火花とともに上方へ弾かれ、同時に沖田が現れた。それに目を見張る彼は、引き絞られる彼女の右腕に握られた刀の切っ先に何かを感じたか、後方へ移動するよう向けていた翼の魔力の放出を急ぎ左方へと向ける。

 そして、両者の距離は、ゼロへ。

 

 

「────────無明、三段突き!」

 

 

 沖田の声とほぼ重なるタイミングで、ヴァ―リの声も木霊する。

 

 

「アルビオンッ!!」

 

『心得た!』

 

(あれは....盾か!)

 

 

 ヴァ―リの胸部装甲が変形し、青白い半透明の魔力障壁が連続して展開する。それらは内在する魔力から察するに、アイアスほどではないにせよ、即興とは思えないレベルの強度を誇る。

 

 ただの剣戟では傷一つつかぬだろう、強靭な盾。それが四枚。

 

 それに向かい、駆け抜ける沖田の銀閃は一つ。仮に衆目の中であれば、誰もが無情にも弾かれ、白龍皇の目前にて隙を晒すのが道理と思われる攻防だが───交錯後に初めて響いたのは、校庭の土を踏む音だった。

 

 

「やはり、私の刀(菊一文字)でないと威力出ませんね」

 

 

 チン。と、ヴァ―リの背後に立つ沖田が刀を鞘に戻した音が響く。だが、ヴァ―リは振り返らない。否、()()()()()()

 それも無理はない。四にも及ぶ盾は、その全てに障子に指を通したかのような穴が開き、それはヴァ―リ自信の身体にも届き、腹部から背へ抜けている。

 

 

「ご、はッ......!」

「マスターの命です。命までは取りません。尚も挑むというのなら話は別ですが」

 

 

 大量の血液を吐き出したヴァ―リは、膝を折って地面に倒れ込む。貫かれた箇所を右手で抑えているが、流血は止まらない。回復の術はあるのだろうが、この有様では即時の戦闘続行など不可能だろう。

 ヴァ―リはきっと苦痛に喘ぐ最中で、それでも『何故』という疑問が脳内を駆け巡っていることだろう。あれほど切羽詰まった一瞬で、この上ない対抗策ともいってしまえるほどの手を打ったはず。にも拘らず、何故たかが鉄刀の一突きを防げぬのか、と。

 それを代弁したのは、ヴァ―リと共にその身を以て一撃を受けた、白龍皇・アルビオンだ。

 

 

『馬鹿な!なんだ、なんだこれは、有り得ん!障壁の破壊は衝撃によるものではなく、同一の空間に複数の物体が存在したことによる事象飽和だと?!空間に歪みが三つあるということは、あの人間は一つの刀で三つの一撃を全く同時に打ち放ったというのか?!』

 

 

 驚くのも無理はない。真っ当な物理法則上では、同じ位置に同じ物体が同時に存在することは不可能だ。沖田はそれを剣技で為したのだから恐ろしい。

 事実上防御不可能の絶技、無明三段突き。実際にこの目で見たが、その実、俺の目では何も視えていないに等しかった。

 

 

「ぐ......いや、まさかこれほどまで....とは。そも、君の手の者だと....知っている時点で、侮っては......ならなかったのにな」

 

 

 絞り出すように言葉を漏らし、何とか身体を起こそうとするヴァ―リだが、足は震えていて力の芯が入らない。仮に立ち上がることができても、これでは数分と持つまい。沖田も一向に刀を抜こうとせず、見下ろしているだけだ。

 

 

『......やはり、お前の好敵手は想像以上に手ごわいらしい。我が身を優先し、今は退くぞ。ここでの目的はもう達したのだろう?』

 

「ああ....やっぱり、悔しいけど....これ以上は無様を晒すだけ、だな」

 

 

 ヴァ―リは一度大きな血の塊を吐き、それからゆっくりと立ち上がる。四肢の震えを無理矢理に抑え、右胸から滴る鮮血も意に介さず、俺と沖田のみを視線に捉えると、その顔に笑みすら浮かべて言った。

 

 

「今、及ばないからこそ、俺は明日を生きる意味がある。....だが、ツユリ=コウタ。いつの日かお前を超えて、その先にいる者の元へ行く」

 

「....フ、そうか。でも、俺の先は辛いぞ?」

 

「であれば、望むところだよ。......では、また会うだろう。次は、こうはいかない」

 

 

 ヴァ―リは手を振って魔方陣を展開し、その中へ消える。

 

 ボロボロだったくせに最後の最後まで見栄を貫き通し、ヴァ―リは『自分』を示して見せた。それは自分の命を鑢掛けする意味のない行為だが、男は時に、意味のある無しで片付けられない問題を抱えるものだ。

 

 

 ────要するに、そういう類の病気なのである。

 

 

 

****

 

 

 

 

「うお!沖田さん?!」

 

 

 俺がそんな声を上げたのは、ヴァ―リが消えたと同時、支えを失った樹木のように沖田の身体がぐらりとよろめいたからだ。彼女との距離は決して短くはないが、ここはしっかりと抱き止めなければ男が廃るというもの。

 俺は長年の勘を頼りに魔力放出を調整し、その場から跳ぶ。普通に走ってでは世界レベルの陸上選手でも届かないので、必然超常の手段に頼らざるを得ない。こんなことに魔力を使うなといった奴は正義の味方の素質はないから諦めてくれ。

 

 

「っく!間に合っ────た!」

 

 

 ワザと沖田のバランスが完璧に崩れたところを狙い、下から掬い上げるようにして抱き止める。その際に尻を思い切り擦ってしまったが、名誉の負傷だと胸を張れるだろう。

 一先ずは安心だが、病弱発動による発作が原因で倒れてしまったと思われる腕の中の沖田を見てみると、その顔面は青を通り越して白くなりつつあった。宝具発動後は高確率で発動すると知ってはいたものの、ここまでくると己の死と引き換えに宝具ブッパするどこぞのステラ(アーチャー)と大差ないような気さえしてくる。

 

 

「す、すみません....マスター。このような醜態を晒すなど、英霊失格ですね」

 

「いや、沖田さんにやって欲しいことの全てはもうやって貰った。十分だから、もう休んでくれ」

 

「そう、ですか。....なら、もう少しお話したかったんですけど、この有様ではそれもままなりませんね。ごほっ、ごほっ!......全く、今昔通して同じ道を歩むとは、これも魂に刻まれた運命....ってやつなのでしょうかね」

 

 

 沖田総司は生前患っていた肺結核で亡くなったとされる。戦場でも度々病の気を見せていたらしく、有名な池田屋事件では吐血した後に倒れた記録があるらしい。それ以降は新選組の活動には積極的に参加できずにおり、彼女は恐らく、このことを死の間際まで悔いていたのだろう。

 病によって長い間床に縫い付けられ、その間は衰えていく自分の身体と剣の腕を自覚するだけの毎日。無力感と焦燥感に苛まれ、ただ漫然と死へ向かってゆく己にやるせなさを感じていたのは想像に難くない。

 だから、俺は沖田にこう言うことにした。

 

 

「なに、助けが必要になったときはまた呼ぶさ。そのときは改めて色々話そう」

 

 

 この発言に、沖田は脂汗を浮かべて喘いでいることすら一時忘れ、それから心底困惑した顔を作る。

 

 

「────え、と、マスター?私、こんな身体なんですよ?運が悪ければ一歩踏み出しただけで血を吐き出してぶっ倒れる、どうしようもない英霊なんですよ?」

 

 

 自分でいうのもなんですが、貧乏くじ引いたようなものですって。という言葉を自嘲気味な笑顔を浮かべながら漏らしてきた沖田の口に、俺は仏頂面のまま手のひらで栓をする。元気な彼女であれば躱して反撃など容易だろうが、今は病弱で心身ともに凹んでいるので、モゴモゴとくぐもった声を上げるだけだ。

 しかし、驚いた。自身の来歴から大方の予想はつくが、まさかここまで自己評価が低いとは。一たび剣士の顔になれば、自分のことなど度外視してキリングマシーンになるのだが....抱えている闇は想像以上に大きいのかもしれない。

 それでも、沖田は決して惨めな剣士として歴史に名を遺したわけではない。新撰組の隊士として戦の要を数多く担い、幕末の世を鮮やかに駆け抜けた男....否、女性なのだ。

 

 

「他の人が沖田さんをどう思ってるのかは分からないけど、俺は剣士として尊敬してるし、出来れば師事させて貰いたいとも思ってる。簡潔に言うと好きだ」

 

「────っ!──────っ?!」

 

「大事なのは過去の沖田さんじゃなく、今ここにいる沖田さんだ。その沖田さんを俺は病弱含めて評価してる。だからそういうこと言わずに、するんならするで遠慮せず吐血してくれ」

 

「.......遠慮せず、吐血ですか」

 

 

 口から手を外すと、呆けたように俺の言った末尾の言葉を復唱する沖田。そんな反応を前にした俺は、もしかして選ぶ言葉間違えたか、と内心で冷汗を流し、思わず視線を宙空に外した。

 しかし、それを裏付けるような反応はなく、代わりにころころと鈴を転がしたような笑い声が眼下から響き、下を向くと、そこにはやはり笑顔の沖田がいた。

 

 

「こんな私を必要としてくれるなんて、物好きな方ですね、マスターは」

「今の沖田さん見たら、その物好きは数百人くらいに膨れ上がるぞ」

「それこそまさか、ですよ」

 

 

 絶対なんだけどな....と呟きながら、右手の甲の令呪に目を落とす。

 実は抱き止めた時点で沖田の治癒を始め、それから今までずっと続けているのだが、目立った変化は見受けられない。回数は減ったものの吐血は止まらないらしく、これ以上は悪戯に苦痛が続くだけだろう。そろそろ還したほうが良いかもしれない。

 そんな俺の考えを見透かしたのか、沖田は数度目の吐血をした直後に力の無い笑みを浮かべ、赤い令呪の刻まれた右手に自分の左手を添えた。

 

 

「向こうで、マスターの同胞の方たちが戦っています。なので、私はここで結構です」

 

「....沖田さん」

 

「マスターは言いましたよね。沖田さんが出来ることは全部やってくれたって。....なら、満足です。加勢に行ってください。あちらの戦況は不利なようですから」

 

 

 最後、という訳ではない。だが、別れは別れだ。そう易々と召喚は行えないし、次に会えるのはいつか分からない。

 それでも、Stay Nightの士郎が体験したアルトリアとの別れより、ずっとずっと軽いはずだ。

 俺は兄貴の時のように再会の約束を取り付け、そして右手の令呪に意識を集中させる。

 

 

「令呪を以て命ず────セイバー、『匣』へ帰還せよ」

 

「はい。ピンチの時はいつでも、沖田さんを呼んでくださいね」

 

 

 そう残し、沖田は金色の粒子となって空に解けていった。

 

 

 

****

 

 

 

 俺は一つ息を吐き、気持ちを意識的に切り替えながら立ち上がる。視線の先には、俺自らが張った結界があった。

 

 

武具創造(オーディナンス・インヴェイション)、干将莫耶。オーバーエッジ・type-γ(ガンマ)

 

 

 ヴァ―リと沖田の戦闘が終わり、この場には静寂が訪れたかと思うだろうが、実はそうでもない。結界の外側では黒い魔力波が飛び交い、駒王学園の校庭はさながら地獄絵図の様相を呈しているのだから。

 状況の異変を感じ、沖田とヴァ―リが戦っている最中に俺が張った結界。両者は互いに死闘を演じながらも外の状況に気付いていたようだったが、それの存在を感知するや完璧に意識外へ追いやっていた。

 恐らく結界があろうとなかろうと同じ対応をしていたと予想はつくが、俺にはあれほど割り切った判断は到底真似できない。

 

 何故なら───────向こうで、文字通り必死に戦ってくれてる奴がいるから。

 

 

「お疲れさん、イッセー先輩。よく持ちこたえてくれた」

 

 

 両手に持つ干将莫耶が黒雷と青雷を迸らせ、準備はできているぞと唸りを上げ始める。アレがオーフィスではないと分かってはいるが、やはり力の根源が同じだと無意識にγの出力を上げてしまうな。交戦時は上手く調整しよう。

 

 俺は結界を解除し、身体強化を発動。同時に防壁を失ったことで黒い暴風が殺到するが、莫耶の一振りで爆轟が起こり、あっという間に直線上の弾幕は霧散する。それで出来た道を魔力放出で駆け抜け、傷付き倒れ伏すイッセーへ迫った黒い魔力波を切り裂いた。

 

 

「................」

 

 

 敵の双眸が俺を映す。あまりに黒く濃密なオーラに全身を呑まれ、その姿の大半は判然としないが....分かる。コイツは、敵として俺を見ている。

 

 そんな先方の反応に満足していた時、背後からうめき声とともに砂を掻く音が聞こえた。その後に紡がれるのは、悔しさに彩られながらも、決して失われぬ克己の意志。そして希望。

 俺は笑みを浮かべながら足元に転がった黄槍を手に取ると、力強く穂先を地に突き立て、背後の友へ向かって叫んだ。

 

 

「よく言った!....なら、後は任せろ!」

 

 




沖田さんとヴァ―リが戦っている間、向こうでなにが起こっていたのかは次回判明します。


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File/52.Welsh Dragon Approach Fate

今回は、沖田さんVSヴァ―リ戦が繰り広げられていた時のグレモリーサイドのお話を、イッセー視点でお送りします。


「────言いたいことはそれだけですか?サーゼクス」

 

 

 突如、会議室の床に浮かび上がった魔方陣から現れた、先代の魔王を名乗る美女、カテレア、レヴィアタン。彼女は登場早々から俺たちに向かって敵意をむき出しにしてきたが、サーゼクス様は上手く牽制しながら話し合いを試みていた。けど、どうやらそれもここまでらしい。

 それはそうと、カテレアは俺から見てもかなり露出度高めな格好な上にばっちり守備範囲の中の容姿だ。本当はすぐにでも好感度を上げるための計画に移りたいところだが、ここでは普段のような言動は控えなければならない。この場に立つかぎり、俺はグレモリーの赤龍帝という肩書きを帯びている。下手なことをすれば、俺だけでなく部長まで恥をかくことになるのだ。

 そんな俺の複雑な心境はさておき、カテレアはサーゼクス様と対峙するように坐っていた椅子から立ち上がると、心底腹立たしいとでも言わんばかりな顔で俺たちを睨め付ける。ぬぅ、目付きが悪いのはちょっと減点かな....

 

 

「これが今の悪魔の在り方ですか。全く、実にお笑い草ですね。私たちから魔王の座を簒奪しておいて、目指す先は平和ボケした無能集団が構築する弛み切った世界ということですか」

 

 

 浴びせかけられるカテレアの暴言。それにムッと来た俺は一言もの申してやりたくなるが、喉元までせり上がったそれを何とか飲み下す。他の皆も口を閉じ、悔しそうに歯噛みするだけだ。

 何せ、実力が違いすぎる。魔方陣が現れたのを確認したサーゼクス様から何があっても手出ししないよう言われたのは、こういうことからだったのだろう。元々魔王という職についていたようだし、戦闘面での能力もずば抜けて高いに違いない。

 しかし、その一瞬の沈黙を破るようにして、俺たちとは少し離れたところにいた会長のお姉さん、セラフォルー様が悲痛な叫び声を上げた。

 

 

「カテレアちゃん、そんな酷い事いわないで!私たちは貴女を救いたいと───」

「黙りなさい、セラフォルー!日の当たる場でのうのうと周囲からの賛美を甘受してきた貴女にはわからないでしょう!既に終わったモノとして処理された私たちの心を!苦悩を!それを言うに事欠いて救うですって?どこまで私達を侮辱すれば気が済むッ!」

「っ....ぁ」

 

 

 叩き付けられたあまりの大きな怒りに、セラフォルー様は何も言えなくなってしまう。標的外であるはずの俺も思わず後ずさりしてしまうほどの怒声だったのだから、直撃した彼女のダメージはかなり大きいだろう。

 取り乱した自分を疎ましく思うように溜息を吐くと、纏っていた怒気を霧散させて眼鏡をかけ直すカテレア。理知的な見た目をしてるくせに、大分感情的になりやすい性質なのだろうか。のんびり構えがちなセラフォルー様とはかなり相性が悪そうだ。それに対しどうしたものかと考えていると、突如目前で魔力が膨れ上がった。

 

 

「さて、これ以上の会話は無用でしょう。殺すか殺されるか、私たちの間で生まれる関係は最早それだけですからね」

「....どうしても、やり直す気はないんだね」

「愚問です!真なる魔王より新たに創られる世界に、貴方のような悪魔は必要ありません!我がウロボロスの力に呑まれて消えなさい!」

 

 

 カテレアはそう言うや否や、手のひらの上に忽然と現れた瓶を割り、中身に在った黒い蛇を胸に押し当てた。すると、背筋が粟立つほど濃厚な魔力が彼女の身体から溢れ、会議室内を震わせる。

 それを見たサーゼクス様は、元々厳しかった表情を更に厳しくし、背後でグレイフィアさんと一緒に結界の修復と魔方陣の解析をしているミカエル様に目くばせをする。ってか、これやばくないか?何かカテレアの持つ杖に黒い渦みたいなのが出来てんだけど!

 

 

「....あんなのを放たれたら、学園が消し飛ぶ」

「が、学園が消し飛ぶ!?さらりと怖い事言わないで小猫ちゃん!ど、どうすればいいんですか部長!」

「大丈夫。こちらにも心強い味方がいますわ」

 

 

 朱乃さんの向けた視線の先には、サーゼクス様とミカエル様だ。二人は結界修復の手を止め、俺たちの前に歩み出て来た。幾ら魔王様と天使の長といえ、アレは受けたら只じゃすまないと思うんだけど、大丈夫なの!?

 一方のカテレアは眼鏡越しに不敵な笑みを浮かべ、杖に纏わせた黒いエネルギーを解放する。それに対して二人がとった行動は、片腕を前にかざすだけだ。一瞬目がテンになったが、猛烈な速度で迫った黒い波は視えない壁のようなものに阻まれ、衝撃の一分も俺たちのところへ伝えずに消えた。

 

 

「ち、流石は実力で選ばれた魔王と天使の統領というところですか。ですが、片手間の防御でいつまで持つか見ものですね!」

 

 

 再びカテレアの掲げる杖に黒いオーラが集まり始める!クソ!俺はただ守られことしかできねぇのかよ!折角コウタから稽古つけて貰ったのに、相手がこんな規格外じゃ手も足もでねぇ!

 俺がそうやって無力を噛み締めている間に、カテレアは二度目の攻撃の準備を終える。そして、それは────

 

 

「ッ!?」

 

 

 ───俺たちのいる前方ではなく、何故か後方へと放たれた。

 黒い奔流は見当違いな方向へ放たれたと思いきや、何かに弾かれるような音とともに軌道を変え、校舎の端へ着弾し爆炎を吹き上げた。ああ!俺たちの学校が壊れちまう!

 そんなことを仕出かした犯人....アザゼルは、お返しと言わんばかりにカテレアへ光の槍を数本投げつける。だが、杖から奔った黒い雷のようなものであっさりと消し飛ばされてしまった。というか、アザゼル!?確か、裏切ってコウタを攻撃しだしたヴァ―リの奴を止めにいったんじゃなかったか?!

 十二もある黒い翼をはためかせ、サーゼクス様の隣に降り立ったアザゼルは、やっかいなことになったな、と面倒そうに金まじりの頭をかきむしる。

 

 

「アザゼル、白龍皇はどうなった?」

「アイツは完璧裏切った。で、こっちがこうなることは分かってたから、灸を据える相手はお前んとこのツユリ=コウタに預けて来た」

「こ、コウタに預けたって、アイツは大丈夫なのか?」

 

 

 思わずサーゼクス様と会話しているところに口を挟んでしまったが、アザゼルは気にした様子も無く俺の居る後ろを向くと、顎を触りながら片手で校庭の方を指し、あれ見りゃ分かんだろ?と言う。

 それに従って目を動かすと、ヴァ―リの放つ苛烈な攻撃を軽々と躱しながら戦う、謎の着物の女の人がいた。コウタは離れた場所で二人の戦いを眺めている。な、何だありゃ?あの美人剣士さんはどこから来たんだ!

 

 

「ま、あの通りヴァ―リの奴はコウタの連れて来た手先にすら遊ばれてる始末だ。任せてオールオッケーだろうよ」

「....学園はお兄様とミカエル様の結界で、テロ集団の侵入経路以外は完全に絶たれてるはずだけど....どこから来たのかしら」

「気にすんな。それよりも、こんなつまんねぇテロをおっぱじめた主犯をどうにかしねぇとよ」

 

 

 部長の疑問をスルーしたアザゼルは、腕を組みながらカテレアを睥睨する。それを苦々しい顔で受け止めるカテレアは、憤懣遣る方ない様子で杖の先端を突きつけた。

 

 

「つまらないとはよく言ったものですね!自分の飼っているペットすら碌に躾けられない貴方が!」

「ハ、アイツを手懐けられるヤツはこの世にゃいねぇよ。でもまぁ、大方お前が引き金だろうが、飼い犬に手を噛まれたのは事実かもな。どれ、裏切られて惨めな者同士、傷を慰めあうとするか?」

「ふざけるな!私のどこが惨めだというのです!?高尚な目的に向かって邁進し、己を高めることのどこが惨めだと!?」

 

 

 カテレアは怒り狂い、全身から黒い魔力を溢れさせる。杖には蛇のような黒く恐ろしいオーラがまとわりつき、彼女の怒りに呼応するかのように脈動している。

 アザゼルの挑発に、カテレアの敵意がサーゼクス様たちから逸れ始めた。そう思った矢先に、そのサーゼクス様から俺たちに声が掛かった。

 

 

「姫島朱乃さん、木場佑斗くん、塔城小猫さん。申し訳ないが、学校周辺の魔術師の掃討を願いたい。アザゼル、白龍皇、コウタ君が戦線から離れたことで、天使や堕天使の援軍だけじゃ対応が間に合わなくなっている。いいだろうか?」

 

『っ....はい!』

 

 

 朱乃さん、木場、小猫ちゃんに、サーゼクス様からの直々のご命令が下る!そうか、さっきまではコウタたちが魔術師をばっさばっさなぎ倒してたけど、アザゼルはカテレアと交戦、コウタはヴァ―リと交戦中で、誰も魔術師の相手が出来てない。増加量が減少量を上回るのも仕方ないな。

 しかし、何故俺は呼ばれなかったんだ?戦闘要員としての自信は結構あったはずなんだけど....

 俺の不満と疑問を外に、度重なるアザゼルの暴言で恐ろしい形相となったカテレア。対するアザゼルは余裕の笑みを崩さず、濃厚な魔力を纏いながら上空へ飛翔し始めた。

 

 

「惨めも惨めだろうがよ!認めてもらえないからそいつら全部ぶっ殺す、ぶっ壊す?んなのはガキの癇癪だ!幼児退行もほどほどにしとけ!」

「アザゼルゥッ!!」

 

 

 カテレアはついに怒りの沸点を超えたらしく、猛烈な速度で飛び出すと、アザゼルに向かって杖を振るい、波状の一撃を繰り出す。アザゼルはそれを一瞬で築いた光の防壁で阻み、防いだ。着弾と同時に大爆発が起こり、まき散らされた余波が此方まで届く。

 その爆炎を抜けて、アザゼルの放った大量の光の槍が降り注ぐ。カテレアはそれに驚いたものの、杖から展開した黒い球状のオーラで全身を覆い、全ての槍を防ぎきる。ところが、コウタとの戦いで見た強力な雷が突如として駆け抜け、防御態勢のままカテレアを校庭の地面に叩き付けた。その衝撃でグラウンドが波打ち、砕かれた地が岩となって周囲にまき散らされる。

 け、桁が違いすぎるだろ。これが悪魔、堕天使最強クラスの実力を持った者同士の戦いなのか!

 

 

「ち....これほどの力を持っておきながら、貴方は和平を望むのですか!」

「俺は小競り合いが嫌いなんだよ。そんな面倒なことを続けてたら、やりたいことが満足にできねぇだろ?」

「強大な力は支配者の証です。貴方はそれを持ちながら、支配者という側面を捨てようとしている。....ハッ、実に馬鹿な話です!」

 

 

 っ!カテレアの魔力が更に膨れ上がった?!元々凄い量だったのに、この分だとサーゼクス様、ミカエル様に並ぶんじゃ....!

 戦慄していると、俺の左手に装着された赤龍帝の籠手から、ドライグの切羽詰まった声が響いてきた。

 

 

『あれは無限の龍神・オーフィスの力か!さてはあの女、オーフィスから強化用の蛇を受け取ったな!』

 

(オーフィス?龍神ってことは、ドライグとかアルビオンとかと近いやつなのか?)

 

『同じ龍という括りでいえばそうだが、実力面では桁が違う。この世に存在する生物種でトップクラスの実力を持つ輩だからな。無限の龍神という肩書き通り、無限に等しい力を有している』

 

 

 無限!?なんだそりゃ、チートキャラかよ!そんな奴がバックについてるって、勝ち目ねぇじゃねぇか!

 そんな恐ろしい龍から貰った力を取り込んでいたらしいカテレアは、漆黒のオーラを纏ってアザゼルに迫る。杖が振るわれ、ミサイルが着弾したかのような爆発が起こるが、間一髪で横に避けた。

 カテレアはそれを逃さず、振り向きざまにアザゼルへ黒い光弾を大量に飛ばす。それは分厚い光の盾を多重に展開することで防いだが、一発あたるごとに簡単に砕かれ、弾丸の雨が降り注いだ後は、あれほど大量にあったはずの盾は全て壊されてしまった。

 これには流石のアザゼルも眉を歪ませ始める。それはそうだ。今まで難なく防いでいた攻撃が全然防げなくなってるんだから。

 

 

「アハハ!あれほどの威勢はどこにいったのです!?余裕の無い顔が出て来てますよ!」

「ったく。この馬鹿げた力の出所は、禍の団の頭領、オーフィスか?」

「ええ、ええ!そうですとも!これこそ真なる魔王の力!新しい世界を構築するに足る暴力です!」

「なーにが真なる魔王だってんだ!くそ、できればこんな状況で、ましてやこんな奴に使いたくは無かったんだが、このままじゃ俺があぶねぇしな!....いっちょ、面白い見世物を披露してやんよ!」

「?」

 

 

 カテレアの攻撃を避け、ときには防御しながら腰に差していた短剣を抜いたアザゼル。刀身が外気に触れた瞬間、それは眩い光を放ちながら変形を始め、やがて、光はアザゼルの全身包み込む!

 それを見たカテレアは訝し気な顔を作り、片手に凝縮した黒い魔力の波動をアザゼルに向けて放つ。が、光の中から伸びた黄金の鎧をまとう腕に弾かれ、校庭にまた大きな陥没を生む。

 

 

「な────アザゼル。貴方、その姿はまさか!」

「ほう、気づいたか。随分と察しがいいじゃねぇか」

 

 

 ガシャリ、という重々しい音を響かせて光の中から全容を顕わにしたアザゼルは、片手に槍を持ち、黄金の鎧に全身を包んでいた!フォルムはヴァ―リみたく龍を象っており、また鎧から感じる力も龍のモノだ。

 

 

「これは神器研究で生み出した人工神器の最高傑作、『堕天龍の閃光槍』の疑似禁手化。『堕天龍の鎧』だ」

「人工神器の疑似禁手化、ですって....?まさか、そこまで研究が進んでいたとは!」

「俺の研究の一端を体よく盗んだみたいだが....それですべてを知った気になるのは早合点だったな」

「ちぃ!」

 

 

 カテレアは杖から魔力波を飛ばすが、それらは黄金の槍の一突きで弾け飛ぶ。続けて杖で地面を叩き、アザゼルの足元に魔方陣を展開させるも、一歩踏み出した衝撃で直下に壮絶な一撃。直後に爆発し、魔方陣は不発に終わる。

 反撃を予期したカテレアは黒いオーラを全身に纏うが、煙の中から飛び出したアザゼルの振るう槍がオーラを両断し、その先にあったカテレアの胸を貫く。

 

 

「終わりだ、終末の怪物。お前は支配者の器じゃねぇよ」

 

「ぐは......ッ!」

 

 

 やりやがった!一時はどうなるかと思ったけど、アザゼルの人工神器すげぇ!正直研究馬鹿とか内心で毒吐きまくってたが、これほどの可能性を秘めてたとは!

 隣の部長も一安心といった様相で、胸に手を当てて安堵の溜息を漏らしていた。サーゼクス様やミカエル様も肩の力を抜いている。

 しかし、何故かドライグが突如、焦ったような声を上げ始めた。

 

 

『!────不味い!取り込んだオーフィスの力、アレで全開ではなかったのかッ?!』

 

「は?ドライグ、何言って──────」

 

 

 ドライグに言葉の意味を聞こうとしたとき。金属が砕ける甲高い音とともにアザゼルが吹き飛び、猛烈な速度で校舎の壁に激突して消える。

 衝撃のあまり誰も声を出せない中、アザゼルを吹っ飛ばした犯人....カテレアは、漆黒のオーラを纏いながら手に持った槍の残骸を放ると、手をだらりと下げ、上を向く。

 

 

「オオオ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 

 人の出せる声を逸脱した咆哮を上げるカテレアは、今までとは比にならないオーラを全身から吹き上げる。あれ....これとんでもないことになってるんじゃ?

 それを裏付けるように、焦ったようなドライグの声が再び籠手の宝玉から響いて来る。

 

 

『あの女、オーフィスの蛇に呑まれたぞ!っち、奴め、通常の生物ではあの量の力など持てるはずもないと分かっているだろうに!』

 

(それって、つまり....)

 

『ああ。膨大な力の奔流を処理しきれず、自我が融けて暴走している。ガス欠になるまでアレは止まらんぞ』

 

 

 オーフィスから貰った力を使いきるまで止まらない、さながら暴走マシーンと化したらしいカテレア。それの危機感をいち早く察知したか、セラフォルー様が青い顔で校庭を見る。

 

 

「カテレアちゃん、龍の力に乗っ取られてる....!このままじゃ、学園だけじゃなくて町全体が危ないよ!」

 

「ああ。何とかこの場で収めたいものだが、アレは僕の手にも余るな。だからといい、一秒とて野放しにしてはおくわけにも......」

 

 

 サーゼクス様ですら手に余る....?!どんだけやばいんだよ、オーフィスってやつは!

 でも、ここにいる皆が敵わないとなれば、それは....まさか、全滅?

 

 

(冗談、だろ)

 

 

 いや、全滅などさせない。ライザーと戦った時に誓ったのだ、部長を、グレモリーの皆を守ると。どれほどボロボロにされようと、立ち上がって戦うと!

 なら、俺が行かねば。丁度いい。これ以上俺たちの大切な居場所で好き放題されるのも、そろそろ我慢ならないと思っていた所だ。ここまでやられたんなら一発ぶちこまないと気が済まない。

 ────ドライグ、頼む。少しの間でいい。ここにいる全員を守れるだけの力を、俺に貸してくれ!!

 

 

『Welsh Dragon Over Booster!』

 

 

 流れ込む力が増える。だが、これでは足らない。目の前の敵は禁手化したアザゼルすら一撃で戦闘不能にするような相手だ。もっと、もっと力が、力が必要だ!

 

 

『相棒!これ以上は無理だ!禁手化にすら至っていないお前の身体では持たんぞ!』

 

 

 知るか!ここで死力を尽くさずしてどうする!

 アイツを止めないと、死ぬ。俺だけでなく、部長も、朱乃さんも、アーシアも、小猫ちゃんも、木場も、コウタも、死ぬ。それは、それだけは!

 

 

『む────?何だ。何かが、相棒の思いに呼応して......なッ、これは!まさかコウタ貴様、ここまで織り込み済みだったとでもいうのかッ?!』

 

 

 ドライグの驚愕に染まった声に困惑する俺だったが、それを上回る現象が発生する。

 籠手を中心に赤く薄い装甲が広がり始め、上腕、胸部、腰、そして足の一部だけを覆うひどくシンプルな鎧が身を包む。そして、左手の籠手はフォルムを変え、一回り小さいグローブタイプとなった。

 

 

『Welsh Dragon Approach Fate!』

 

 

 その音声と同時に宝玉から飛び出したのは、黄色い槍....『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』。かつて不滅のライザー・フェニックスを打ち破った必殺の槍だ。

 俺はそれを握り、そして自分の身体に起きた変化を確かめる.....これなら、いけるかもしれない。

 

 

『──────行くのか、相棒』

 

(ああ、行って、戦って、勝つ)

 

『ふ、お前は不思議な奴だな。普通なら絶対に勝てないと言うが、今の相棒になら根拠のない勝利の確信がある』

 

 

 根拠ないのかよ、と文句を漏らしてから、後ろを向き、俺のした一連の変化を眺め、まさか、という目をする皆へ拳を作り、自分の胸へあててみせる。

 

 

「俺、アイツを止めてきます」

 

 

 この言葉はすぐにでも部長に却下され、サーゼクス様からも同様に反対の発言が出ると思っていたのだが、意外にも部長の言葉を制し、迷うような素振りをみせたのはサーゼクス様だった。

 

 

「..........結界の完全修復と魔方陣の解析完了までもう少し。それまで、持ちこたえてくれるかい?兵藤一誠君」

 

「な....!お兄様!イッセーを行かせるというの?!」

 

「残念だが、結界修復を行いながらアレを僕一人で止めるのは難しい。ミカエルとともに打って出てようやく止められるというところだろう。....今は一誠君に、賭けるしかない」

 

 

 部長の苦言を、苦々しい表情で受け止めるサーゼクス様。この場でまともに暴走状態のカテレアと対峙し、侵攻を足止めできる候補はいないのだろう。それでも、時間は稼がなければならない。

 多くの人が生き残るためには、誰かがカテレアの前に立たなければないらないんだ。

 

 

「....イッセー」

 

「イッセー、さん」

 

 

 時間がない。この状態だっていつまで保持できるか分からないのだ。十分、いや五分でももってくれれば僥倖と言ったところだろう。

 俺は会議室の窓があった場に片足をかけ、部長とアーシアに向けて精一杯の笑顔を作ってから、

 

 

「絶対、勝ってくるから!待っててください!」

 

 

 槍を腰につけ、校舎の壁を駆けおりる。最中は猛烈な風が顔を叩いているはずだが、それは何故か全くと言っていいほど感じず、落下の速度すら遅いと感じた。

 そして、籠手からドライグの声が再び響いて来る。

 

 

『その槍はケルトで有名なフィオナ騎士団随一の騎士、ディルムッド・オディナが所持していた二槍の内の一槍だ』

 

 

 ドライグの声を聴きながら地面に降り立ち、未だ地を震わすような呻き声を上げ続けるカテレアの元へ疾走を開始する。正直怖くて仕方ないし近づきたくなんて毛頭ないが、震える足に鞭打ち、いつもとは比べものにならないほど軽い身体を動かす。

 

 

『恐らくだが、コウタによって魔力に変換され、俺に預けられていた槍が籠手と親和性を持ちはじめていたのだろう。そこに相棒の強く真っ直ぐな心が加わって、槍に宿る思念が籠手と共鳴した結果、元々の能力の大半を割くことで、生前のディルムッド・オディナに近い体技を模倣できる鎧が完成した、ということだな。残念ながら、現状はかなり不完全ではあるが』

 

(つまり、俺は今....その、ディルなんとかって人の動きを真似できるってことか)

 

『大雑把に言うとそうだ。だが、気を付けろよ相棒。今の相棒の力の全てはその槍が担っている。破壊されたら力は失われ、敵の眼前で丸腰だぞ』

 

(り、了解)

 

 

 想像しただけで肝が冷える状況だけに、ドライグの忠告は素直に聞いておくことにした。やはり、今の俺では限定的な強化が精々といったところなのだろうが、こんな中途半端な状態で、果たしてあんな怪物に勝つことができるだろうか。

 

 部長たちを守って死ぬ覚悟が無い訳ではない、無い訳ではないが、生きる希望は未だ胸に裡にある。

 そうだ。終わるには早すぎる。だからこそ、俺が悪魔になったあとに叶える夢が、願いが、その悉くが吼えるのだろう。

 

 

 ────死ぬのはせめて、美少女の乳を揉んでからだと!

 

 

 猛る心に任せ、ついに漆黒に染まる変わり果てたカテレアの元へたどり着く。そして、槍を前方に突き出そう、とした寸前で身体を捻り、爪先で地面を蹴ってその場を離脱。直後に漆黒のビームが放射され、一秒前に俺が立っていた場が爆音とともに抉り取られる。

 通常では絶対にできないはずの動きをやってのけた自分にも無論驚いたが、敵の攻撃が想像以上にえげつなかったことに口の端が引き攣る。

 

 

「オ、オール即死攻撃とか、今時のゲームでもそんな敵出さないっての!」

 

 

 思わず涙目になるが、もう一度の突撃を試みる。今度は直線ではなく、回り込んでの一撃だ。

 自分の走る速度にいちいち驚愕しながらも、放たれる攻撃を躱し続け、ついに懐に入る。そのまま駆け抜けざまに一閃を繰り出し、わき腹を浅くではあるが削った。よし、攻撃はトンデモクラスだが、動きは今の俺なら余裕でかわせる!このままダメージを入れ続ければ....

 そう確信し笑みを浮かべたところだったが、何故か言いようの無い悪寒を背後から感じ、全力で前に飛ぶ。それから間もなく、背中に猛烈な衝撃が駆け抜け、視界が一瞬真っ白になった。

 

 

「ごっ....ふ?!」

 

 

 だが、俺の中にディル何とかという英雄がいるお蔭か、すぐに向こう岸へ行きかけた意識を手繰り寄せ、地面に手をついて後ろに跳ぶ。それで距離を空けながら空中で状況確認。目前に黒い光弾。当たったら即死亡。

 刹那での判断後、持っている槍を地面に突き立てて軸とし、真横に移動する。それで先の一発目を回避し、その後方から迫る漆黒の波状攻撃は跳躍で躱す。

 

 

「マジかよ!俺こんな動きできるはずないのに出来てるすげぇ!」

 

 

 混乱と興奮が入り混じった訳のわからん状態になりつつも、普段の俺だったら一秒と経たずに蒸発する即死攻撃のバーゲンセールを搔い潜る。ディルなんとかさんマジすげぇよ!

 俺はそんな昂揚感を覚えつつ、しかし別側面では冷静に戦況を把握し、再びカテレアを中心として円を描きながら疾走する。その間に飛来してくる黒い魔力波は、跳ぶか移動速度に緩急をつけるかで上手く回避していく。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

「ってか女の子が上げていい声じゃねぇぇぇ!怖ぇぇぇぇ!」

 

 

 カテレアを引き付けるという当初の目的は果たせているが、とても攻撃どころではない。もはや回避で精一杯だ。

 しかし、弾幕ゲーはいくつかやったことはあるが、まさか主人公視点だとここまで恐怖だとは思わなかった。一撃でも貰えばアウトの攻撃を回避し続けるって狂気の沙汰だろ!

 

 

「っく....だからといって、このままじゃどうせ......!」

 

 

 そう。俺には時間制限がある。この強化も永続ではなく、槍にある魔力がつきれば俺の強化も解かれ、ただの悪魔に戻ってしまうのだ。出来うるのならば、その前に決着をつけたい。

 俺は震える唇を噛んで覚悟を決め、ばら撒かれた黒い光弾を左右に跳んで回避する。....ただし、これまでと違いカテレアに向かって、だ。

 

 

「ぬおおおおおおおっ!負けて、たまるかあああああ!」

 

 

 光弾を抜けた先には真一文字の衝撃波。それは上に高く跳んで回避。しかし間髪入れずに光弾が乱射される。空中では自由な動きは封じられるため、迎撃しかない。

 俺は自分の中にいる英雄のお蔭で研ぎ澄まされた感覚と経験を利用し、視界の中を飛ぶ光の雨が、このまま直進したとしてどれほどの数が己に被弾するかを割り出す。そして、

 

 

「ドライグッ!アスカロン!」

 

『応よ!』

 

 

 俺の呼びかけに応じ、左手にあるグローブタイプとなった赤龍帝の籠手からアスカロンの刀身が出現する。

 俺は空中で右腕を引き、直撃する軌道を飛んでいた四つの光弾のうち二つを槍の刺突で逸らし、更に残りの二つはアスカロンの斬撃で両断する。その間に三つほど別の光弾が身体の各箇所を掠めたが、こんなものじゃ俺は止められない。

 既に敵は目前。着地を狙った衝撃波は、槍を地面につき刺し、そこを起点として再度跳躍する棒高跳びの要領で距離と滞空時間、高度を稼いだことで、直下を通過させやり過ごした。そこから身体を回転させ、地面から引き抜いた槍をそのまま上段でカテレアに叩き付ける!

 

 

「っ....その黒いオーラ、盾みたいにも使えんのかよ....!」

 

 

 槍の穂先はカテレア本体には届かず、その寸前で蟠った黒いオーラに阻まれていた。くそッ!あとちょっとだったのに!

 思わず悪態を吐いたが、来るであろうカテレアの迎撃から身を守るため、俺は碌に悔しむ間もなくすぐさまその場を離脱し、直後に吹き荒れた黒い暴風をかろうじて回避し続ける。

 ────だが、ついに『そのとき』はやって来た。

 

 

『相棒!不味いぞ、そろそろ時間切れ(タイムリミット)だ!』

 

「────────ッ!」

 

 

 恐れていたタイムリミット。それが目前にある。

 それを自覚した瞬間、今更のように一撃を貰った背中がじくじくと痛み始め、それはやがて俺の動きを鈍くさせる。少しでも回避の精度を落とす訳にはいかないのに、終わりという冷水を浴びせかけられた俺の思考は急速に冷め、誤魔化し続けて来たツケが少しづつ降り積もっていく。

 足に、腕に、腹に、顔に、至る所に傷が増え始め、それが原因で更に動きが悪くなる。どうする、どうするんだ俺。このままじゃ確実に死ぬ。ドライグの声も霞んできた。

 

 

「ぐ、お.....?!」

 

 

 俺の近くに着弾した攻撃の余波に巻き込まれたか、予想外の衝撃で吹き飛ばされる。地面を何度も転がり、持っていた槍の感触が無くなる。

 すぐに立ち上がらなければならないのに、身体は思うように動いてくれない。まるで鉛でも背負ってるかのよう....いや、違う。これが普通の、俺の()()の動きだ。つまり、強化は解かれた。

 

 

(く、そ────)

 

 

 結局、負けた。あれほど大口たたいておきながら、このザマだ。

 

 頭を強く打ったのか、視界がぼやける。顔を地面から起こしているはずだが、何も見えやしない。もしかしたら、俺は既に死んでいるのかもしれないな。

 部長を、グレモリーの皆を守れず、サーゼクス様との約束も守れず、死んだのか。無様で、無謀な吶喊をした挙句....

 

 

(死にたく、ねぇ)

 

 

 望みが、ある。

 

 

(まだ......)

 

 

 叶えたい望みが、ある。

 

 

(まだ、死ねるかよ!)

 

 

 

 俺は、ハーレム王になるんだ!

 

 

 

「よく言った!....なら、後は任せろ!」

 

 

 

 開けた視界の先には、俺の良く知る後輩が立っていた。

 

 




イケメン嫌いのイッセーが、Fate屈指のイケメンを憑依経験するという皮肉。


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File/53.Unforeseen Circumstances

前回更新からおよそ四か月.....長かった。もう少しで半年回るところでした(汗)。

少しずつではありますが、現状の生活に慣れてきてはいるので、これからの更新は速くなるように努めてまいります。


 さて、イッセーが頑張ってくれた分、俺もしっかり動くとするか。

 ────と、その前に。

 

 

「ちょっと時間稼ぎ失礼!」

 

 

 手持ちの干将莫耶を投げ、『呑まれた』カテレア・レヴィアタンの立つ少し手前辺りへ落とす。

 自分を狙う軌跡を描かなかったことから、先方はどうやら迎撃を行わなかったらしい。まぁ、結果的にはその方が都合良く事が運ぶのでありがたいのだが。

 地面へ突き立ってすぐに干将莫耶の魔力が内部で暴発し、盛大な爆裂が起こる。位置的にはカテレアもただでは済まないはずだが、この程度で終わってくれるとは思っていないし、そもそもこの行動の目的は、相手にダメージを与えるための攻撃、というものではない。

 

 

「よっと、ここまで持って来れば安全だろ」

 

 

 爆発が起きた直後に後退し、倒れたイッセーを抱えて更に後方へ跳ぶ。魔力放出のおかげで、即時の戦線離脱はお手の物だ。俺がサーヴァント化したら、スキルに仕切り直しとか付くかもしれない。

 そんな冗談を考えながら、何となく持ってきたゲイ・ボウをイッセーの隣に置き、一息吐いてから腰を上げると、詠唱を行いながら先ほどまで対峙していたカテレアの前まで跳ぶ。

 と、それより少し早くに土煙が黒い瘴気により払われ、此方へ向かって黒い魔力波が放たれた。

 

 

「ッ....ギリギリ、セーフ!」

 

 

 出来たばかりのタイプγ(ガンマ)の干将莫耶を横なぎに振るい、唸る黒白色の狂飆(きょうひょう)を放ち、迫った漆黒の突風を容易く刈り取る。これでも、『溜め』の時間は短かった方だが、威力に精彩は失われていない。

 この交錯で起きた衝撃により、俺の横にあった景色がまた変わってしまったが、努めて気にしないように視線を外し、異形と化した悪魔と再び対峙する。

 

 ──────異形。異形か。

 確かにその通りだが、あのオーフィスと同じ気配を纏っているので、どうもそうと決めつけるには抵抗がある。とはいえ、

 

 

「こんなナリじゃ....なぁ?」

 

 

 黒く、禍々しい力が渦を巻く。それは自然のもたらす穏やかな風とは比べようもない、命あるものを脅かす暴風だ。

 その中心に立つのは、全身を黒い泥状の液体で覆った、カテレア・レヴィアタン『だったもの』。既に超高濃度の魔力で人型としての機能を大幅に喪失し、僅かに残った抵抗の意志を頼りに、辺りに破壊をばら撒くだけのモノと化している。

 いや、こちらから攻撃の意志をカテレアのものと判断することはできないか。もしかしたら、とうに自我まで融かされているかもしれない。

 こんな存在に対し、扱う魔力が同じという共通項のみで、オーフィスと同じ印象を抱くには、流石に無理があると言うものだ。

 

 

「しかし、もう肉体と魔力との境界が殆どなくなってるな。あと十分くらいほっとけば、勝手に自壊するだろうが....」

 

 

 十分もあれば、結界をぶち破って、外の駒王市街を半壊させるだけの猶予はある。莫大な魔力を貯蔵してることもあり、下手をすれば己の命を顧みない魔力放出、つまるところ自爆をする可能性も否定できない。

 そんな結末はあまりにも陳腐で笑えない。とうに終わっているのだから、亡霊にはさっさと成仏して頂こう。

 

 

「────『身体強化(エンハンス・フィジカル)』」

 

 

 魔力が奔る。黒い暴風を圧倒するほどの無色の力が地を舐め、その後に俺は城壁の如き防護を得た。

 もうアレは無限の龍神の魔力に侵食され、身体は只の容れ物になっているのだろう。放たれるプレッシャーもオーフィスと同質の圧倒的なものであり、相応の攻撃をしてくることは間違いない。

 とはいえ、だ。いくら高性能のエンジンを積んでいようと、そのポテンシャルを十全に発揮できる機体でなければ、底などすぐに知れよう。

 

 

「中途半端にデカい繋がりを持つからだ。最初から身の丈にあった力を選んでおけば、そうはならずに済んだのによっ!」

 

 

 魔力をためたタイプγの干将を振るい、黒い魔力波を飛ばす。全開ではないが、それでも並みの防御手段など容易く突破できるだけの威力はある。

 校庭に尾のような斬痕を引きながら直進した波濤は、間違いなくカテレアに直撃した。したが、黒く濃厚な魔力の渦であっさりと防がれてしまった。

 

 

「グルルルゥッ!」

 

 

 今度は此方の番だ、といわんばかりの唸り声を上げたカテレアは、地面に両手を素早く落とすと、そこを起点に魔力が噴出し、俺の立つ前方に向かって黒い荊棘を連続して生やしてきた。

 俺はそれに対して何もせず、しかし足元から出現した荊棘の悉くを砕く。この程度であれば防御は身体強化一本で十分だ。

 驚く素振りを見せるカテレアに構わず、莫耶を振って周囲の荊棘を一掃。後に手に持つ干将のみを地面に落とし、既にイメージを固めて置いた弓、天穹の弓(タウロポロス)を創造する。

 

 

I am the bone of my sword.(身体は剣でできている)────『オーバーエッジ・Type-β(ベータ)』」

 

 

 詠唱を終えた瞬間、手に持っていた莫耶が『捩れた』。英霊エミヤが使用しているカラドボルグより更に鋭く、そして細く。切っ先はより先鋭化し、見たままのフォルムはまさに弓矢だ。

 タイプγの莫耶を加工し使用しているため、その内部はまさに高純度の魔力の坩堝だ。弓に番えると、鏃から赤色の稲妻が迸り、先端へとその魔力が急激に収束していく。

 カテレアは異変を察知したか、攻撃のために動かそうと画策していた大半の魔力を防御に充て始める。黒い障壁はさらに濃く、分厚くなり、まるで繭のようだ。

 俺はそうくると思ったよ、と呟き、番えた莫耶を引き絞る。同時にタウロポロスの特性が発揮され、莫耶に更なるランク補正がかけられた。

 

 

「カッ飛べ」

 

 

 弓と言うより戦車の主砲のような発射音を響かせて飛翔したタイプβの莫耶は、まるでバターのようにカテレアの黒い障壁を円形に切り抜き、それとともに彼女の右上半身をごっそりと削り取っていった。

 

 タイプβは主に防御に対し有効な一撃を狙えるオーバーエッジだ。インパクト時の破壊力を鏃に集中させることで、魔力の分散を極限にまで抑えられる。

 難点は、大規模な破壊には向いていないということくらいか。一応カラドボルグのような運用はできるが、魔力を加速、増幅させるための回路を設定しにくい。なので、広範囲に及ぶ破壊を行うだけなら、剣の形状を変更させるという加工のひと手間を省ける、タイプγの方が向いているのだ。

 

 カテレアは抉られた断面から大量の黒い液体をまき散らし、ばちゃり、という音を立てて地に沈む。傷の程度は最早言うまでも無く致命傷。通常であれば即死だが......これは、()()

 今まであらゆる多くの命を奪って来たからこそ分かる、生物を殺したという感触。それが、ない。

 

 

「っ!コイツ、まさか!」

 

 

 そして、その危惧は現実のものとなる。

 ゆらり、と立ち上がるカテレア────、否、黒いなにか。夥しい量の黒い液体を零しながら立つさまは、まるで性質の悪い悪夢のような光景だ。

 

 そして、この姿を見てようやく確信した。カテレアは既に死亡しているのだと。

 

 やはり彼女は、自分の中へオーフィスの力を多量に取り込んだのだろう。タイミングや入手法としては、戦をけしかける前....詰まるところ、禍の団(カオス・ブリゲード)でオーフィスを軟禁状態にしていた時期にアポイントを取り、力の譲渡を条件に解放を許した、といった線が濃厚か。

 

 そうして体よく龍神の力を手に入れたカテレアだったが、いざ己が身に取り込んだら、逆に取り込まれた。

 

 力を支配下に置けなかったカテレアは、龍神の魔力の器となるしかなく、無駄なものを一切そぎ落とされ、結局は外側しか残らなかったのだ。内の肉体すら邪魔だと判断されたらしく、最早アレは人の形をした魔力塊と化している。

 

 

「お前がこれまでにしてきたことを考えると、この結果は正直自業自得だが....同情するぜ。内側から貪り食われて、少しずつ自分の大切なものが失われていくなんて発狂モンだからな」

 

 

 さて、どうしようか。先ほどエンジンを例に挙げてカテレアの性能を説明したが、現在の状況を同様にそれで例えるなら、カテレアという余計な箱を取っ払い、エンジンに直接最適な駆動系を取り付けたようなものだろう。まさに、走るエンジンである。

 となれば、出力の制限はほとんどなくなっているはずだ。そして、同時に時間が経てば自壊するという案も消えた。

 アレはカテレアの持っていた魔力の出力と回収、循環機構や生命維持機能をそのまま利用し、一個の生物として活動している。器も完全に作りかえてしまっているため、何らかの不安定が理由で自滅、という結末は期待できないだろう。

 消し飛んだ身体の再生は瞬く間に行われ、もとのカテレア・レヴィアタンに戻る。そして、振るわれる力も本来の彼女が望んでいた龍神の力だ。

 結果はどうあれ、この場での彼女は望みは果たされたのだろう。

 

 

「足場を固めずに逸って結果に手を伸ばした結果がこれか。俺も気をつけないとな。っと、部分展開・熾天覆う七つの円環(アイアス)!」

 

 

 花弁一枚のみを展開させる熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)で黒弾を流す。最初と比べて動作に無駄がない。馴染んで来た、といったところか。

 俺のアイアスによってあらぬ方向へ飛んで行った黒弾は、猛烈な速度で後方へ消え────今日一番の破壊の残痕を駒王の校舎に刻んだ。

 

 

「おう......こりゃ、速めに決着つけねぇと不味いな」

 

 

 一撃一撃が相当な威力だ。俺は避ければそれでいいが、その分周囲にもたらされる被害は甚大なものになってしまう。

 アキレウス・コスモスみたいな宝具があればいいが、そういう類はあまり使ったことがないし、手持ちから探したことも無い。

 なにせ、今まではずっと周囲の被害を全く考慮しない個人戦だったからな!

 

 

「面倒だが、仕方ない!武具創造(オーディナンス・インヴェイション)、干将莫耶!『オーバーエッジ・Type-γ(ガンマ)』!」

 

 

 光球を連続して展開し、魔力増幅回路を持つタイプγの干将莫耶を大量に創造する。が、それを待たずしてカテレアから巨大な黒弾が放たれた。

 対し、防御に向きかけた無意識の行動を刹那に切り替え、俺は咄嗟に足元に置いていた干将を引っ掴み、停止していた回路を励起、振り上げざまに前方へ投擲し、肉薄してきた黒弾を破砕する。

 その迎撃が終わらぬうちに、黒弾は次々とカテレアの周囲に出現し、続けざまに迫る。

 

 

「ったく、せっかちだな!生まれたてならもう少し落ち着け!」

 

 

 近場の干将莫耶を拡げた両手で掴み、放って二発撃墜。踏み出すついでに足元の莫耶の柄を蹴って射出し三発目。振りぬいた両手でもう一対の干将莫耶を取って更に二発撃墜。

 ここで僅かに出来た攻勢の間隙を見逃さず、部分展開のアイアスを展開し吶喊、道中に片手で二本の莫耶を掴む。

 三発をアイアスで受け、破砕され抜けた余剰分の威力は身体強化で流す。更に迫った二発は片手に二振りある莫耶で相殺。その渦中に詠唱を終え、更に一対の干将莫耶を手元に出現させる。

 そして、駆けた先に見えたカテレアの喉に莫耶を突き立て、一息に押し倒した。

 

 

「ヴグゥァッ?!」

 

「チェックメイトだ、成り上がりの龍神さんよ」

 

 

 俺は足でカテレアの両手を抑えたまま、埋まっていた莫耶を右横に薙いで喉を切り裂き、間もなく干将も合わせて胸部をX字に断つ。この後に及んで人型を殺める抵抗はあったが、それを行う覚悟はとうに終えている。

 いくら魔力でほとんどの体内組成を賄っているとはいえ、その実はただの魔力の集合体である。それをこうして繋ぎとめているのは、偏にカテレア・レヴィアタンの心臓を内包しているからだ。

 つまり、代替のない心臓部を失えば、魔力はカテレアの形を維持できなくなり、崩壊する。

 

 俺は首を切断され、胸部を別たれたカテレアの亡骸へ目を落とす。

 敵対していたとはいえ、自我を溶かされたばかりか、死後も己の身体を弄ばれ、その最期はあまりにも惨い。

 せめて、来世はもう少しまっとうな生を謳歌できるように......そう思っていたところで、異変に気が付く。

 

 転がった首についている赤き双眸が、此方を愉しげに眺めているのを。

 

 

「────────!!」

 

 

 ぞぞぞッ!と背筋が粟立ち、すぐさま持っていた干将莫耶を振りかぶる。が、その行動が実を結ぶ前に黒い蛇が俺の腕に巻き付き、拘束する。その反動で動きが止まった隙を見て、拘束の手は更に足まで及ぶ。身体強化で痛みはないが、完全に反撃の手は封じられてしまった。

 一体何が起こっている?俺は確かに核である心臓を壊したはずだ。容れ物を形作る情報元(いのち)がなければ、いくら龍神のものとはいえ、魔力である以上霧散してしまうはず....!

 一向に答えのでない疑問の解答を求め、首にまで巻き付いてきた蛇のおかげで難儀しながら視線を下に動かす。すると、

 

 

「っ....おいおい、しぶといってもんじゃ、ねぇぞ。それ」

 

 

 カテレアは、絶たれた心臓の断面を魔力で繋ぎ、何とか心機能を維持していた。

 それでも、すでに致命的な損害を受けたからか、身体の端々が少しずつ解けていっている。現に首は失われてデュラハン状態だ。

 こんな状態になろうと尚足掻き続ける理由は一体何なのか。....答えは実に簡単だ。

 

 

「こんの......俺の身体を頂こうって魂胆か」

 

「──────」

 

 

 既に声を発する部分は失われているはずだが、何故か俺の問いかけに対し肯定した気配を感じ取った。まぁだからなんだという話ではあるのだが。

 とにかく、これ以上は流石に危険だ。何とかこの状況から離脱しなければ。

 

 そう考えた矢先、ふと過った前方の視界に見慣れた学生服の少年の姿が見え、思考は一時の空白を生む。

 

 

「......一度その手に剣を取り、その切っ先を何者かに向けた以上。どちらかが力尽きるまで戦うのが道理」

 

 

 声に、ハッと視線を上げる。

 俺から見て正面。カテレアから見て背後に立っていたのは、兵藤一誠。...だが、その雰囲気が明らかに通常とは違う。

 言葉遣いや物腰を見るに、そう、まるで──────

 

 

「故に、俺の戦は....未だ終わっていない」

 

 

 その宣言と同時に、カテレアの放った蛇がイッセーに殺到する。普通の彼であれば、まず捌けない数。それを、

 

 

「──────」

 

 

 瞬く間に槍で分断し、流水のような動きで包囲網を突破する。碌な時間稼ぎにすらなっていない。

 その動きを見たカテレアは、あのイッセーとの戦闘は長期戦にするべきではないと結論を出したか、魔力の残存量を敢えて無視し、短期決戦へと思考を切り替えたらしい。右手に巨大な黒弾を作り始めた。

 

 

「ふッ」

 

 

 しかし、イッセーの振るった槍が一、二と風切り音を響かせた途端、冗談のようにあっさりと右手首、肩が両断され、カテレアの策は敢え無く失敗に終わる。

 それでも、俺を拘束していた蛇の一部すら動かして決死の迎撃を画策しようとする。

 

 

「勇気ある者に勝利と栄誉を。────穿て、必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)

 

 

 黄色の槍が、カテレアの心臓を貫く。決して癒えることのない刺突が、決して傷を負わせてはならなかった心臓を寸分違わず貫く。

 カテレアは一度大きく仰け反り、ビクンと全身を震わせたあと、だらりと両手を下げ、風船を割ったかのように弾けて霧散した。

 

 そして、カテレアが完全に消え去ったあとに目の前に残ったのは、槍を突き出した姿勢のまま立つイッセーだ。

 否、見た目は確かにイッセーだが、中身は恐らく、

 

 

「我が槍を振るいし少年の友よ。....願わくば、彼を正しく導いてくれ」

 

「ディル、ムッド....なのか?」

 

「フ────では、ここではないどこかで逢おう。魔術師殿」

 

 

 そう言い残すと、それまで超然とした態度で立っていたイッセーは、糸が切れた人形のように頽れた。

 それを間一髪で支え、彼の腕を此方の肩に回す。普通ならここで何らかのリアクションがある筈だが、一向に反応しないのを鑑みるに、意識は完全に無いとみえる。

 試しに顔色を窺って見るが、部長のおっぱいやわらけーです....とかふざけた寝言を言っていたので、地面と熱烈なキスをしてもらおうかと本気で考えた。ついさっきまでの言動とこれは差があり過ぎる。

 

 

 ――――――それにしても。

 

 

「はぁ......今日は、疲れた」

 

 

 校舎の方から駆けてくるオカ研の面々を眺めながら、イッセーを抱えたまま校庭に座り込んで一言。

 周囲の地面は穴ぼこだらけで、壮絶な絨毯爆撃の後みたくなっている。それでも、これだけの予想外の事態を重ねて尚、被害をここまで抑えられたのは幸いだったと言っていい。

 禍の団の主要な旧魔王派メンバーの一角を崩せたのも大きいし、三陣営ともが和平のあとに協力して取り組まなければならないことを明確にできたのも大きな成果だ。

 

 

 ということで、ハッピーエンドにしてさっさと家で寝かせてくれません?

 

 

 そう、天を仰ぎ見ながら呟いていると、隣から未だ寝ぼけてるイッセーが、

 

 

「皆....俺が、守るから。....安心して......コウタ、も────」

 

 

 と、そんなことを言った。

 それに対し、俺は笑いながら、ああ。頼むよ。と、そう答えたのだった。

 




あと一話挟むかもしれませんが、とりあえず禍の団の章は終了です。
後半は戦ってばかりだったなぁ。


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File/54.Question, ヒトとは?

良かった!年内に更新、生存報告できた!

本当にすみません、遅くなりました!


 俺とオーフィスの力に呑まれたカテレアの繰り広げた激闘は、やはり熾烈なものだったらしい。

 並みの悪魔や天使ではまず止められなかった最悪の敵を、最善と言っていいほどの手際で仕留めたのは僥倖だろうとサーゼクスは言う。あの場にいた面子であれば、本来ならカテレアの抑止に追われていたのは彼とミカエルなのだが、力の多くを結界の維持と修復に回している状態では、両者といえど分が悪すぎる。

 

 

「兵藤一誠君の提案は、我々にとって受け入れざるを得ないものだった。結界が崩れても、カテレアを止められなくても、どちらにしてもこちらの敗北だからだ」

「だから、イッセーを起用するしかなかった、か」

「うん。幸い、あの時の彼からは特別な力を感じた。神器の禁手化とは違う、もう一つあった別の可能性に至ったんじゃないかって、そう確信したんだ」

 

 

 サーゼクスと言葉を交わしながら駒王学園の校庭を歩く。あちこちには大穴があき、岩が隆起したりで一般の高等学校の風景とは逸脱しているが、学園内でのドンパチ騒ぎは今に始まったことではないため、さらっと現状を受け入れている自分がいる。

 俺たちが歩みを止めたのは、カテレアが消滅した地点。つまり、イッセーの身体を借りたディルムッド・オディナが、必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)の刺突を繰り出した場所だ。そこには複数の槍が奔った残痕が刻まれており、どれほど一振り一振りが強烈なものだったかが一目で分かる。

 

 

「結果は、正解だったのだろう。数々のイレギュラーを含みながらも、落ち着いたのは誰もが望む形の幕引きだった。とはいえ....私は、私がした判断に絶対の自信を持つことはできないのだけれどね」

「まぁ、な。アレは本来なら上級悪魔でも満足に足止めできるかどうか怪しいレベルの化物だ。ちょっと雰囲気が変わったからって、ひよっこ悪魔のイッセーを登用するのは普通に論外だしな」

「はは、いってくれるね」

「でも、こうして『良かった』ってなったんならいいんじゃないのか?イッセーだって、活躍の場をくれてサンキュー、的な印象だろうさ」

 

 

 俺の励ましを聞いたサーゼクスは一つ頷くと、爪先で槍の刻んだ残痕を足でなぞりながら『そうだね』と言葉を漏らす。

 イッセーは意識を失ったあと、保健室に運ばれてグレイフィアさんの手当てを受けている。命に別状はないが、外傷は決して少なくはなく、軽度の骨折等も見られるらしい。

 俺も最初はグレモリーや会長などの面々に付いて保健室に詰めていたが、いるだろうと思っていたサーゼクスの姿が見えないことに訝しみ、一旦会議室まで戻ったところ、ミカエルと会話している当人の姿を見つけたのだ。

 そして、やはりというか彼は、結果的に危険な戦闘行為を押し付けてしまったイッセーに対し、引け目を感じていたようだ。

 ────と、ここで予想外の方向から声が飛んで来る。

 

 

「なに、アイツは俺と同じような人間だ。自分がココと決めた聖域に手を出されない限りは、基本相手を嫌ったりはしないぜ?」

「....アザゼルか」

「ああ。見事にカテレア戦のかませ係に成り下がったアザゼル様だよ」

 

 

 突如、校舎の瓦礫の中から這い出してきたアザゼルは、服に着いた埃を落としながらこちらへ歩いて来る。目立った傷は無く、どうやら派手にぶっ飛んだのは半分くらい振りだったのだろう。ところが、クッション材としていた校舎の外壁が予想外に衝撃吸収に向かず、強い反動を貰って意識が飛んでいた....とまで見た。

 アザゼルは俺が察したことを表情から鋭敏に感じ取ったらしく、『余計なことは言わんで宜しい』とばかりな渋面を見せた。中々どうして勘が良い。

 アザゼルは手の中の黄金の短剣をくるりと一廻しした後に腰の鞘へ戻すと、肩を鳴らしながら溜息を吐き、続けてサーゼクスに声を掛ける。

 

 

「お前はもう少し、色々な感性やら価値観を持つ存在がこの世にいることを知るべきだな。いや、知識としては知っているのかもしれんが、そいつらとの付き合い方ってモンを理解するべきだろう」

「付き合い方?」

「悪魔の間で争いが起きるように、人間の間でも争いは起こる。それらは総じて自分とは違う考えを持つ者同士の意見の対立から始まる。異種族間でも考えの差ってのはあるのに、同種族間でもこれが起こるのは必然といっていい。....つまりはまぁ、何だ。なんでもかんでも大枠で捉えすぎると、奴さんの性質とか思考を判断する精度が落ちるってこった。一緒、同じってのは味方を探す上じゃ良い理由になるが、他人の評価とかする時には暴言やら侮蔑と受け取られかねないぜ?」

 

 

 人によって価値観は変わってくる。それはそうだろう。全員が同じ環境で育ったわけでも、全員の育ての親が同じという訳でもないのだから、物の捉え方、善悪の判断も変わってくるのは当然だ。

 だからこそ、アザゼルはサーゼクスに問うているのだろう。兵藤一誠という一個人の考えを、人間の標準的なモノの価値の見方に当てはめてしまっているのではないかと。

 少なくとも、イッセーは普通の人間とは違う。時折周囲をドン引かせるほどのエロに対する情熱と、誰かの心を動かすほどの一生懸命さを持った、変わった少年だ。俺はこれまでの付き合いで彼をそう理解し、その上で接し方を決定している。

 そして、この世には教科書通りの『普通の人間』などというものは存在しないのだろう。その人を知れば知るほど、やはり『普通』ではない側面が見えてくるのだから。こと人付き合いにおいては、自分の中にある定規などあてになりはしない。

 

 

「分からねぇんならグイグイ行け、グイグイ。人の上に立つモンはそうしていかねぇと、他者の求めるものなんて分からんまま、知らずうちに高椅子から弾かれるぞ?」

「む....まさか、君から面と向かって説教される日が来るとはね」

「一応、和平結んだんだしな。悪魔界隈の平和的な立て直しに一役買ってるお前に斃れられちゃ、今日のこと全部パァになるだろが」

「ああ、分かってるさ。私としても、志半ばで座から退去させられるわけにはいかないからな」

「是非ともそうしてくれ。他人同士の小競り合いっていうのは、見てる分には愉快で興味深いが、こっちに飛び火するんなら一気に冷めるってもんだ。今の争いってのが俺にそういう結果しかもたらさないんなら、平和的考えに同調しておくさ」

 

 

 サーゼクスに向かってこれ見よがしにヤレヤレと肩を竦めてみせるアザゼルは、堕天使にはあまり見られない柔軟な考え方を明かす。自分本位で私欲に準ずるのは基本的に変わらないが、『平和』という世界のあり方に対し拒絶的な意思を見せないのは珍しい。

 と、アザゼルはサーゼクスに対し大体の言いたいことは言い終えたらしく、今度はこちらに向き直って来た。

 

 

「で、結局カテレアはどうなったんだ。何せ、目が覚めたのはほんの数分前だからな。この景色をみるに、相応の戦闘はあったと予測はつくが」

「まぁ......そうだな」

 

 

 俺は粗方の状況をかいつまんでアザゼルに説明を始める。極力知られたくはないfate要素は上手くぼかしつつ、俺とイッセーがカテレアの対処に大部分かかわった、という大筋の結果を伝えた。

 イッセーが発現した、魔力として赤龍帝の籠手に封じていた必滅の黄薔薇を媒介とした疑似的な禁手化。実際の能力の詳細は不明だが、大方の予想ならつく。

 蛇に侵されたカテレアとの戦闘を数分間に渡り継続するには、少なくとも今のイッセーには不可能だ。であれば、それができた状況....つまり、イッセーの身体能力を大幅に向上させる何らかの事象が発生したと考えられる。宝具としての性質から、必滅の黄薔薇を持っただけでは身体面での+補正は掛からないため、槍を媒介として担い手であるディルムッド・オディナの戦闘技法を間接的に習得したと結論づけるのが妥当な所だ。

 

 

「イッセーとお前だけで打って出たのか、無茶しやがるな。ありゃ魔王クラスでもねぇと手に負えねぇタマだぞ」

「そこは俺が上手くやったんだよ。で、何とか抑え込んで倒したって訳だ」

「げ、自前のトンデモ武器でか?そりゃ勿体ねぇことした!今からでも見せてくれよ!な!?」

「魔力の消費が激しいからな。機会があったらお目に掛かれるかもわからないぞ」

「んだよケチくせぇなぁ!」

 

 

 そんな風にアザゼルのおねだりを上手く躱していると、背後から大きな力が近づいてくるのを感知した。その性質は今日知ったばかりのもので、ついでに間違えようもない色を帯びていることもあり、簡単に当人の正体を看破できた。

 

 

「皆さん、緊急事態です。落ち着いて聞いてください」

「どうかしたのか?ミカエル」

 

 

 到着してから開口一番で異常を知らせて来たミカエル。故にサーゼクスの当惑した声は尤もであり、俺もそれに合わせて疑問を被せようかと思ったところだったが、突如冥界で培った異常なまでのケモノの勘が、僅かな空気の振動を捉えた。

 それは、かつてないほど透明度の高い練気。力強くも、静を確かに感じさせる波。例えるのなら、冴えわたる銀の如き薄刃。音もなく水面に揺らめく虚影の月。

 次の瞬間には血管が猛烈な速度で収縮し、瞳孔が限界まで開く。そして、急き立てる脳髄の指令に従って最適かつ最大限の解をすぐさま弾き出した。

 

 

同調(セット)/Emiya. (フェネッス)身体(ボディ)経験収集(エクスペリエンスギャザ―)....現界試行(オーダー)

 

 

 それを()()した瞬間、脳内を流れる自身のものでは無い何者かの記憶、記録、情報の数々。人間味の溢れた情景から、人間が理解してはいけない類の命題と、その解で得られる意味の無い結末。対外的な害や報酬によってもたらされる苦痛と快楽。人道から外れた者の教唆によって感染し、嘯かれる続ける偽りの正義。他者によって奪われる命の終わりと、他者によって産み落とされる命の始まり。

 それら全てを視て、聞いた俺は、しかしその生き方を是とも否ともせずにただ呑み下した。受け入れるのではなく、落とし込む。表面だけをはぎ取り、それを己の内に貼り付けるだけの作業。()()()()()()()()()()()()()()最大限の強化手段。

 つまるところ、俺は────英霊エミヤに成った。

 

 

「ッ!」

 

 

 轟!と奔った銀閃に対し、黒と白の一閃で以て迎え撃つ。白───莫耶で銀閃の軌道に割り込んで速度を落とし、黒───干将で刃の側面を打って進行方向をずらす。間髪入れずに腕を交差させ、柄に刃先を乗せた莫耶で得物を握る敵の指を切り落とそうとするが、その得物───槍は上方へと跳ね上げられ、不発に終わる。

 敵は身体を捻り、衛星軌道のような円形の斬撃を放つ。それにただの回避で対処を試みようとしたが、言い知れぬ恐怖感を覚えた俺は、刀身を十字に交差させた干将莫耶を腹に置いた状態での後方への回避を敢行した。

 

 

「ッ!────マジかよ」

 

 

 十分な距離はあった。が、あまりの速度と威力に空気が震え、それが結果的に攻撃範囲を広めた。もし両剣を腹に置かぬまま回避をしていたら、上と下の半身が切り離されていたに違いない。

 俺は破壊された莫耶を魔力に還元し、代わりのものを創造しながら、その敵を見据える。当人は、人が良さそうな表情で笑っていた。

 

 

「成程、よく鍛えている。戦闘に必要な技術と、勘も備わっているな」

 

 

 空気を物理的に震わせるほどの速度で槍を二回しほどした謎の青年は、俺を視ながらそう言った。一見するとどこにでも居そうな闊達な青年ではあるが、手に持つ槍の威容がそれら全ての要素を絶望的なまでに消し去っている。それほどまでに、過去俺が見て来たあらゆる武具の中で、ソレは異質だった。

 そして、その判断が間違いでは無かったことは、背後にいたミカエルが溢した名前....槍の銘を聞いた瞬間に確信した。

 

 

黄昏の(トゥルー)聖槍(ロンギヌス)....!」

 

 

 ロンギヌス。それは誰もが一度は聞いたことはあるだろう、神を殺した槍。神の血で穂先を穢した神具だ。生まれた経歴が経歴のため、神をも滅ぼし得る力を内包した武具という意味を持つ『神滅具』は、この槍が元になって作られた。

 一目見た時から全員がもしや、と思っていたのだろうが、ここにある事実、そして謎の人物の手中にある光景は頑として認めたくなかった。認めたくなかったが、黄昏の聖槍に縁深いミカエルが暗に原物(オリジナル)であることを肯定してしまったので、俺たちはそうである事実を咀嚼するしかない。

 

 

「黄昏の聖槍。こうしてみるとヤバさは文字通り肌で感じられるが....で?担い手であるお前さんは何者だ。できれば敵対しては欲しくないんだがな」

「いや、残念ですアザゼル総督。こちらの企みに沿う形でこちらが行動した場合、貴方とは敵対しなければならないでしょう。尤も、見過ごしてくれるというのなら話は変わっては来ますがね」

「敵対、ねぇ。所属はあるのか?それとも単独で動いてんのか?もしそうだってんなら、神滅具持ちとはいえ流石に分が悪いんじゃねぇのか」

 

 

 アザゼルの二度目の問。それに青年は笑みを深くし、槍を肩に掛けながら答えた。

 

 

「俺の名は曹操。英雄派と呼ばれる組織に所属している。人の持つ可能性を信じる者達の集団さ」

 

「っ────よりにもよって、禍の団か....!」

 

 

 サーゼクスが苦虫を噛みつぶしたような表情で言葉を溢す。現状最も危険で行動的なテロリストたちの集いに、まさか最悪の神滅具持ちが所属していようとは。

 しかし、彼が所属している組織、英雄派といったか。曹操という名前といい、もしかして身を置いている人物の大半は、人理のなかで多くの武功を上げ、名を馳せた『英雄』と呼ばれる者に近しい、もしくは()()()()なのではないだろうか。

 

 

「曹操。人間の歴史において多大な功績を立てた者....そう聞いたことがあります」

「余りある評価、恐悦至極です。ミカエル殿」

「ですが、そんな貴方が何故この場に姿を見せたのです?確かに、貴方は精強ではあります。が、先ほどアザゼルが言ったように、聖槍をもってしてもこの状況は覆すのは難しいでしょう」

「ああ、これは申し遅れたようで。俺はあなた方に槍を向けるために此処へやって来た訳ではないのです」

 

 

 曹操はここで言葉を切って一度瞑目すると、キッ!と有無を言わせぬほどの圧力を湛えた眼光で俺を射抜く。ともすれば殺意として受け取られかねないそれは、俺の警戒ランクを全開まで引き上げるに足る行動だった。

 この男、ここで戦う気は無いなんて欠片も思ってない。先の発言で具体的な『槍を向けない』相手の名を挙げてはいなかったが、これではっきりした。

 ────コイツ、十中八九狙いは俺だ。

 

 

「ツユリ=コウタ。人の身ながら高みへ至った戦士よ、俺と共に来い。さすれば、更なる霊峰への道が拓けよう」

 

「勧誘、ってことか」

 

「そうだ。俺たちのいるこの場には善も悪もない。ただ己の力を極限まで磨き、それでどこまで至れるか。それのみを求道する集団だ。そのための障害ならいくらでも用意しよう。強敵も、友も、戦場も、痛みや快楽すら、必要なら与えようじゃないか」

 

「.....」

 

 

 曹操の言葉には、そうあるべきと言えるだけの過去を背負った、確かな重みがあった。また、自分の能力を、更に相手の能力を正しく理解しようと努める意志も、しっかりと感じられた。それらは単純なようで、しかし刻み込むのには相当な努力と根気が必要なものだ。

 ただ、分からないことがある。それは、

 

 

「何故、俺なんだ?」

 

「簡単なことだ。───君は毎日欠かさず、己を鍛えているだろう?それも相当な鍛錬量だ」

 

「鍛える....方法は色々だが、欠かさずにってことと、鍛錬の量が多いってのは合ってる、かな」

 

 

 一般的な人間が行う鍛錬の質や量とは比べるのすらアホらしいので、多いと言われても比較対象が自然と悪魔や堕天使の方々になってしまう。仮にそうと設定しても、やはり鍛錬の量は多いのだが。

 そんな俺の答えを聞いた曹操は満足げに頷くと、上を向いている聖槍の穂先へ目を移す。

 

 

「群雄割拠の時代、そこに在った人々は武器を手にして身を守るのが常であったが故に、身の丈以上の武力を求めた。だが、今の時代はどうだろうか?英雄、英傑と呼ばれる武力の代名詞が支配者となる世は終わりを告げ、剣や槍など今や置物。無用の長物と化した」

 

「....そうか。本来なら現代の人間には不要であるはずの『武』。それを再び手繰った俺は」

 

「その通りだ。平和な世の中が構築したシステム上、中途半端な異物は弾かれて闇に葬られるのが関の山だが、君はそうならず、その能力や技術も、只の人間から英雄と言う(クラス)に収めたとしても、決して見劣りしない高みにまで至っている」

 

 

 流石は曹操の血を引く者。人を評価する慧眼はしっかりと持ち合わせていると見える。こういうと間接的に自分で自分を持ち上げているみたいでイヤになるが、相応の修羅場を数多駆け抜けてきた自負はある。また、それによって培われた武力も、人ならざる域へ足を踏み入れているという自覚も、ある。

 しかし、人としてあるがままの俺自身を評価されたのは久しぶりだ。鍛錬という地味な作業は、やはり同じことをしてきた者同士にしか伝わらない。魔術的な素養も同様ではあるが、いかんせん長らくこの身を置いてきた場所は冥界だ。悪魔間での実力の指標は基本的に魔力量であり、肉体的な面は殆ど評価されない。なので、実際褒められ慣れていないのだ。

 

 

「君は、これだけの力を手に入れた事実に足る理由が欲しい筈だ。そちら側にいるという事は冥界に何らかの借りがあるのだろうが....人であるまま武を振るう場として、そこは適していない」

 

「────」

 

「君の居場所はこちら(ヒト)側だ。....何もないまま、ただ居心地が良いから止まる、というのは甘えだろう、怠惰だろう。そして、君はそれを赦せないはずだ」

 

「甘え、か」

 

「何故なら。そのレベルにまで己を高められたのは、戦場の厳しさを知っているからであり、同時に理不尽に命を奪われる得る戦場で、『強さ』というものがどれほど必要不可欠なものかを知っているからだ」

 

「ああ、そうだ。本当の敵は待ってくれない。超常の敵は話を聞いてくれない。あの場で何より必要だったのは、どれほど状況を客観的に見れるかという冷徹さと、どれほど多数の敵を素早く処理できるかという暴力だ」

 

 

 極論ではあるが、それ以外は不要だった。敵を倒せば生き残れる。敵を殺せば強くなれる。強くなれば、今よりももっと強い敵とも戦えるようになり、今より強い敵を殺せるようになれば、生き残る確率は更に高くなる。

 それで────それで、何になる?

 

 

「そうだ。それを知っているのなら、今いる場がどれほど『それ』を錆びつかせるところかが分かる筈だ。武器を捨てず、未だ見ぬ果てを求めているのなら────英雄派(こちら)へ来い。君なら、人の可能性の象徴になれる」

 

 

俺が強さを求める理由は何だ?戦いたいからか?強い敵と?───馬鹿な、どうして自ら危険な化物に喧嘩を売らなければならないんだ。俺に破滅願望はない。

 では、サーゼクスのように実力で他者へ優位を示し、頂点へと昇り詰めるか?───それこそ馬鹿な。俺のモノの考え方は只の一般人だ。英才教育を受けた訳でもないし、受けたいとも思わない。ギルやイスカ、あの羊飼いのように優れた統治など望むべくもない。

 ならば、俺が力を求め続ける理由は────

 

 

「────出来るなら、この力で多くの人を救いたい。....俺の強さっていうのは、そんな願いが原動力で生まれたものなんだと思う」

 

「────なに?」

 

「ただ自分が強くなるだけの戦いなんて嫌いなんだよ。....そういう類の奴らが、決まって争いの火種を撒く原因なんだ。冥界に山籠もりしてたとき、魔物を一方的に殺すことが出来始めたあたりで、それを痛感したよ」

 

「ふむ────では、君は強くなったことを後悔しているというのか?」

 

「ああ、こと戦いにおいては後悔ばっかだよ!でもな、ソレで得た経験が今の俺を助けているのもまた事実だ。とはいえ!だからといって───」

 

 

 ───自分だけのために、誰かを、何かを犠牲にする、傷つけるっていうのは、違うだろ!

 

 強くなるために必要な行為は、犠牲を伴う戦いだけである筈がない。ここまで己が辿った道を振り返れば、転がる屍の数など到底数えきれないほどだが、それでも俺は言える。答えは一つだけではないと。

 誰かを守るという強い思いを糧に成長し続けているイッセーを脳裏に思い浮かべる。あの少年こそ、もう一つの強さの可能性。俺とは違う形で戦というものを為せるかもしれない転生悪魔だ。

 

 

「なるほど。君にとって力とは、誰かを守るために身に着けざるを得なかったものということなのか。それを振るう事は有れど、決して積極的な意思からではないと」

 

「そういうことだ」

 

「うん、承知した。では────力付くで行こ(こちらで交渉しよ)うか」

 

 

 予備動作なしでの一突き。それを何となく変遷し始めた曹操の雰囲気で予想していた俺は、身を捻って莫耶の刀身で防御。火花を上げて滑る聖槍の柄を、畳んだ肘を戻すことで上に持ち上げながら逸らし、干将で一閃。完全に外へ弾く。そして前方へ向かい疾走。

 曹操は焦らず、片手で深めに持っていた柄の後方、柄頭の近傍を強かに打ち抜く。すると反対側....つまり穂先の方が逆側に弾かれ、俺の方へ()()()()()。俺はそれを莫耶で防御し、柄に沿って刀身を滑らせながら疾走を続ける。

 

 

「ハ、これはどうかな?!」

 

 

 が、曹操は腕を勢いよく後方へ引き、刃と柄の間、口金の装飾部位で俺の莫耶を弾く。そして、間もなく引いた腕を前方へ再度撃発。豪速の突きを見舞う。

 

 

「舐めんな、英雄」

 

 

 俺はそれを下方から打ち上げた拳のみで跳ね上げ、大きく軌道をずらす。これには流石の曹操も瞠目するが、見事な洞察力で手首のみを動かし、無理に戻すのではなく、弾かれたときの力を利用して半円を描かせた。最後まで奔れば、俺の頭右半分を削り取るだろう。

 

 

「そこまでだ。曹操」

 

 

 槍はサーゼクスの作った不可視の壁によって三度弾かれ、舌打ちした曹操はバランスを大きく崩す。その隙に肉薄した俺によって干将の柄で胸へ一撃。同時に高濃度の魔力を爆裂させ、ぶっ飛ばした....はずだが、三メートルほど靴跡の尾を引きながら後退した彼は、そこで片膝をつく。

 おかしい。大型の魔獣すら宙を舞うほどの威力に設定した魔力放出だったのだが、碌に吹っ飛んでない。コイツの膂力は怪物並みかよ。

 

 

「ぐ......はは、この状況で手を出せば、こうなるのは必定か」

「曹操、貴方をこの場で拘束します。大人しく縛につきなさい」

「おっと。そうはいかない、と、言っておきましょうか。ミカエル殿」

 

 

 手をかざしたミカエルにより、光の鎖が曹操の四方に展開される。物騒な音を立てるそれらは、捕縛対象である青年の元へ息つく間もなく一斉に伸びるが、それより先に地面へと突き立てられていた聖槍から目を覆うほどの眩い光が溢れ始めた。

 光に当てられた鎖は、まるで同極にある磁石に当てられたかのような形で軌道を大きく逸らし、校庭の地面に落ちてしまう。

 

 

「ちっ!おいコウタ、直視すんな!あれは神仏が放つ光背の類だ!目を焼くぞ!」

 

「マジかよ!」

 

 

 アザゼルにとんでもないことをサラリと言われ、道理で目の奥が痛いな、と思っていた俺は慌てて顔を伏せる。そして、光が収まった頃には────

 

 

「消えた、か」

 

 

 そう漏らしたサーゼクスの言葉通り、曹操の姿は忽然と消えてしまっていた。あの光に乗じて逃げたのだろう。

 だが、まて。確かミカエルによる結界がまだ健在なのではなかったか。念のため、解除は駒王学園内の確認を済ませたあとにするという話だったはず。

 

 

「ミカエルさん。結界はまだ敷設してあったはずじゃないんですか?もしそうなら、曹操は学園内から出られないじゃ」

「ああ。実は、彼が現れる前に私が言った緊急事態というのは、結界が凄まじい濃度の聖なる力により破られた、ということだったんですよ」

「な....そう、だったんですか。じゃあ」

「ヤツはまんまと逃げおおせたって訳か」

 

 

 嵐のようにやってきて、そして去っていった、想定もしていなかった脅威。これの対応に追われた、天使、堕天使、悪魔の三陣営トップも表情に疲労の色が色濃い。 

 恐ろしい相手だった。神滅具の存在もそうだが、戦闘のセンスも異次元といっていい。俺と同じく、ひたすら基礎鍛錬に打ちこみ、そして星の数ほどの殺し合いを経た戦場の鬼だ。

 

 そして、思想。目標や目的が単純で明快な旧魔王派と違い、英雄派はこちら側へ仕掛けてくるアプローチの予測が難しい。曹操自身は人間の持つ可能性を探る、と言ってはいたが、それが今後どのような行動に結び付くのかが全く分からない。

 

 

「はぁ....何というか。今の世界は抱えている爆弾が多すぎやしないか?」

 

「その意見には同意するよ」

 

 

 俺の疑問に同調を示したサーゼクスは、疲れたような笑みを浮かべるのだった。

 




ああ、難産だった.....
やっぱり一区切りついた後の物語って文字に書き起こすの難しいですね。

次回は新章。.....かもしれない。


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Blank Space.
File/Not Classification.Characters Material


これは、いわば設定の書きだめのようなものです。
本作の主人公である『栗花落功太』のプロフィールや、能力などを詳細に記述しています。
本編を読んでいて、「これはどういう原理なんだろう」と思ったところを解消できればいいかなと思っております。

※注:最新話まで読んでいない人がこれを閲覧してしまうと甚大なネタバレになります。なるべく読み進めてからのお目通しを推奨しますが、どんな主人公が活躍するのか知りたい、と思う方は自己責任で閲覧をお願いいたします。


【名】栗花落 功太(つゆり こうた)

【プロフィール】性別:男 年齢:15歳 身長:177cm 体重:65kg

 駒王学園在籍。一学年。同クラスの女子曰く顔の造形は普通かそれ以下。

 前世は行き場を失った動物たちをひたすらに引き取り、家計を逼迫させていた。故に動物好き。人間より動物とコミュニケーションを取ることに長け、また彼らからも好かれやすい体質である。そんな性格が災いし、車道に佇む野良猫を救おうと飛び出し、四トントラックに轢かれて死ぬという結末を迎えた。だが、彼は最期にも自分のことではなく野良猫のことを優先して心配していた。

 一度命を落としたその後、神を自称する白い少女と出会い、生前にした多くの善行を理由に二度目の人生を提案される。彼はそれを受け容れ、転生世界はランダムだが、もしパワーインフレ界に生み落とされた場合を想定して、『異形の者から暴力を振るわれた場合にのみ、強力な能力が与えられる』というスイッチ開閉式の異能を神から賜った。以降に『ソレ』は人の身でも扱えるよう成形された『疑似聖杯』であったことを知る。

 そして、彼は無事に転生し、色々あってYAMA暮らしを余儀なくされながら、葛木先生もびっくりな進化を遂げた後にハイスクールD×Dの世界に介入するのだった。

 

 

 

・栗花落 功太 基本ステータス

筋力 E

耐久 E

敏捷 E

魔力 EX

幸運 B

宝具 -

 

・保有スキル

<気配感知(E++)>

 

<気配遮断(D)>

 

<人外専攻(B-)> : 対象がヒトという種に当てはまらず、かつ理性の大半がない場合幸運が上昇する。また、理性があるとしてもランクは下がるものの効果は発動する(ただし、ランクD以下は無効)。ランクA以上だと同種族以外との戦闘ではほぼ殺されなくなる。EXともなれば敵が勝手に死ぬ。

 

<魔力放出(EX)> : 発動時は筋力、敏捷が飛躍的に上昇するが、身体の規格は人間であるため、程度によっては身体強化を挟まなければ、強力なGによって身体に多大な負荷がかかり、まともな戦闘が行えない。また、武具を介して魔力を放出することもでき、サタデーナイトスペシャル張りの安物剣でも、強力な一撃を叩き出すことが可能。

 

<身体強化(EX)> : 高純度の魔力で全身をコートすることで、あらゆる衝撃から身を守る。魔力放出と似ているが、この能力は体外ではなく体内に効果を及ぼしているため差別化。全開強化時はランクA以上の宝具、またはそれと同等の威力を持つ攻撃以外はほぼ無効化する。

 

<武具創造(オーディナンス・インヴェイション)(EX)> : 名前の通り、あらゆる武具を創造する強力無比な能力。事実上、Fate世界に存在するすべての武具を魔力によって顕現できる。担い手の記憶、経験を一部共有できるという特異な性質から、創造した各宝具の真名解放が可能。真の担い手が扱うものより威力が低下し、宝具によっては発動させられない神秘もあるが、大半は元来持ちうる能力を引き出せる。

 

<武具精製(オーディナンス・フォーミング)(D+)> : 土や石等を武具の形状へ変化させ、外側を魔力でコーティングする能力。武具創造のように莫大な魔力消費は避けられるが、一定以上の実力を持つものにはあまり効果的ではない。しかし、数に制約はないため、材料さえあれば恐ろしい量の武具を一度に出現させられる。

 

・宝具

なし

 

 

・英霊エミヤ間接降霊時の基本ステータス

筋力 D

耐久 C

敏捷 C

魔力 EX

幸運 B

宝具 -

 

・保有スキル

<気配感知(E++)>

 

<気配遮断(D)>

 

<人外専攻(B-)>

 

<魔力放出(EX)> : 英霊エミヤの身体に限りなく近くなったため、より能力の限界点が上昇している。

 

<身体強化(EX)>

 

<千里眼(C)>

 

<心眼[真](C)> : アーチャー保有時のランクは本来Bだが、人間の感覚では扱いきれないためランクが一つ下がっている。

 

<武具創造(EX)>

 

<武具精製(D+)>

 

・宝具

なし

 

 

 

武具創造(オーディナンス・インヴェイション)について【補足】

 

 座から欲しい武具の鋳型持ってくる。 → 聖杯の魔力流して鋳造。 → 武具の能力を得た魔力を魔術回路に流し、外に出力。 → 武具創造

 

 武具創造にて行われる一連の工程は、上記のような流れとなっている。そして、本人が未だに分からないと言っていた、『何で武具の鋳型の所在って最初から知ってるの俺』という点だが、前述の通り武具には鋳型があり、それを手に入れるためには勿論出自や扱っていた英霊の存在をある程度知っていなければ、聖杯と繋がっている座から場所を割り出せない。しかし、作中では武具から英霊の記憶を抽出できているので、鋳型の情報を無意識に補完していることが分かる。この理由については、のちほど本編にて解説され次第更新。

 

 次に干将莫耶の特別さについて解説する。

 

 干将莫耶は度重なる鋳造によって鋳型を完全に把握、座にある原本の鋳型をわざわざ使う必要がない。つまり、型に流す作業を行わなくても、ただの魔力からいきなり構成可能。(表現を変えれば、干将莫耶の持つ情報を既に把握済みであると言える。また、この性質により元来の創造で行う工程を大幅に省略でき、干将莫耶のみ武具精製と同等の速度で生み出せる)

 

 上記のような手法で、熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)も『ミリアド』という特殊形態を生み出すことに成功している。

 

 こういった、既存の宝具に手を加えて強化するという行為は、本来なら不可能である。何故なら、通常は担い手が扱っていたままの形状、材質、能力、歴史を余すところなく再現しなければ、前述の要素に手を加える過程で、座にて型をとってきた『宝具の本質』までも壊してしまうからである。これでは、宝具の形をしただけの只の武具となってしまう。それらを寸分たがわぬ形で再現できるのは、担い手である持ち主の英霊のみ。

 この問題を解決する方法は、宝具として構成される四つの要素のみを上手く変形、成型しながらも、座から得た『宝具の本質』は維持させることに限られる。

 彼がこの難題を解決した要因は、数項前に解説した、『度重なる鋳造によって鋳型を完全に把握した』という点にある。これは、言い方を変えると、宝具を構成する四つの要素、そして『宝具の本質』の位置や形状を完全に把握したとも言える。あとは単純に、本質を変異させない程度に四つの要素を選択して手を加えることで、担い手としての権利を行使可能なまま、宝具の亜種を生み出せる。

 

 

 鋳型とは英霊の記憶そのもの。なので、魔力で鋳造する際に武具の担い手の記憶も混ざる。この記憶は魔術回路で武具を魔力から物体へと変換する時、または創造した後でも意識を集中させて武具に呼びかければ読み取ることが可能。これを繰り返すことによって、干将莫耶のように武具の鋳型に含まれた本質を理解し、英霊の魂へたどり着くことが出来る。

 

 完全に構造を把握した武具の情報から英霊の魂を捜索。 → 英霊の技術、経験などを鋳型にする。 → 魔力を流して鋳造。 → 魔術回路内を走らせ、情報読み込み。(このとき、英霊が生前持っていた思想や怨念などが流れ込む。これが原因で得ることの出来ないスキルなどが発生する場合あり) → 現界。

 

 上記の工程を踏むことで、英霊の所在を逆探知し、その技術や経験を一時的に会得することができる。

 オリ主が使ったエミヤは『アーチャー』なので、そのスキルも複数習得している。(心眼、千里眼など)。しかし、作中にもあったように『無限の剣製』だけは精神汚染を防ぐために弾いている。アレを受け入れられるのは本当の正義の味方か、起源が『剣』の存在くらい。

 

 自分自身の肉体を英霊に近づけるという無理なことをしているので、身体への負担はある。しかし、これも数を重ねることによって身体の作りを変化させ、ある程度までなら適応させることも不可能ではない。

 ちなみに、士郎の使った憑依経験とは似ているようで全く違っている。憑依経験は本来扱えないはずの英霊が持つ技術を未熟である自分へそのまま叩き込むものであり、無論身体がついていけなくて悲鳴を上げていた。

 一方、彼の能力は『同調』に近く、無理な要素は予めそぎ落とし、扱える分のみを選択して獲得している。そのため、戦闘時に身体へかかる負担は士郎より軽い。

 

 

 

・干将莫耶 オーバーエッジ各種一覧

α(アルファ): 自動追尾機能搭載。迎撃されるごとに追尾性能、速度上昇。破壊され次第能力を失う。(特に由来無し)

β(ベータ): 高防御に対する有効な対抗手段。簡易機構の魔術回路を組み込んだ干将、莫耶のいずれかを()()()、魔力を鏃に一点集中させて撃ち放つ。(特に由来無し)

γ(ガンマ): 刀身に組み込んだ魔術回路で魔力増幅。(γ関数にちなんだ能力)

ε(イプシロン): ???

ρ(ロー): 剣の硬度を上げる。(密度の単位を表わすことから)

σ(シグマ): 剣に限界まで込めた魔力を暴発させる。(総和という意味から)

ω(オメガ): ???

 

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス) 『ミリアド』各種一覧

 【天蠍宮 陽鎖す赤色の星(アンタレス)】: 七枚の障壁を展開するアイアスの背後に、もう一つのアイアスを出現させる。同時に巨大な障壁を新たに一枚追加。(強度は、最も強固だと言われる七枚目の花弁十枚分)

 【金牛宮 廻る戴天の七星(プレイアデス)】: プライアデス七姉妹 (アルキュオネ、メローペ、ケライノ、エレクトラ、アステローペ、タユゲテ、マイア) の名を冠した、七枚のアイアスの花弁を出現させる。通常の形態とは違い、分離させ極めて自由に飛行させることが可能。敵の力の根源(魔力など)を認識させることで本領を発揮し、以降は全方向からの攻撃に自動で対応、防御を行う。また、防護対象を花弁単位で変更させることもでき、例えば自分を五枚のアイアスで守りながら、味方の一人にも二枚のアイアスをつけるなどといった行為も可能である。

???: 

 

 

 

・それ以外の能力

Re=Born:武具創造(オーディナンス・インヴェイション)武具精製(オーディナンス・フォーミング)において、直前に創っていた武器が破壊された場合、周囲に散った魔力を掻き集めて使用し、詠唱無しで直ぐ様その武器を生み出せる技。但し、散った魔力を全て集めるのは不可能なので、使い続けるごとに劣化が進む。

 

読心の力:相手の心を読むことができる能力。当人は使用することを拒んでいる節がある。意志を宿した神器に語りかけることで自身の意識を飛ばし、神器内で直接会話を行うことができる。

 

龍の回路:オーフィスが主人公と肉体的に契る際、少しづつ広げていた魔術回路の一種。魔術回路とは本来先天的なものであり、後付けで増設することは不可能なはずだが、無限の龍神の為せる技か、疑似神経の一つとして違和なく定着している。作中では、主に聖杯由来の疑似魔術回路が疲弊した場合の代打として扱われる。

 

 

・オリジナル宝具

【名】迅雷、耳ヲ覆ウニ遑有ラズ(千鳥一文字)

【ランク】B+

【種別】大軍宝具

【レンジ】1~40

【最大補足】50人

【由来】大友家家臣、立花道雪の雷を斬った逸話

 千鳥一文字とは、安土桃山時代頃の武将、立花道雪が佩びていた刀である。またの名を雷切といい、これは道雪が雷を斬ったという話が広まったときについた名。

 道雪が雷を斬ったのかどうかの真相は不明とされるが、彼の英霊昇華とともに宝具としての千鳥が生まれ、これが強力な雷の属性を持つに至った。

 千鳥は魔力を雷に転換する特性を有し、魔力を譲渡する限りは、常に刀身が帯電している状態となる。また、魔力から生み出されたため通常の電気とは異なり、接触した生物の体内に入り込むと、身体の電気信号を阻害し、結果動作を封じる。

 この宝具は、前述の魔力を雷にする千鳥の能力を極限にまで高め、刀自体を構成する魔力すら雷に転換することで発動可能となる。その状態で真名解放すると、千鳥は自然の『雷』と同質かそれ以上になり、所有者の神経系に作用することで、一時的に音速以上のものを知覚可能な状態となる。後は刀を振るうだけで落雷に匹敵する威力と速度の雷の放射が行われ、魔力が含まれた超高電圧、大電流の波で対象を焼き尽くす。また、音速の飛翔体が通過した衝撃で周囲にも甚大な破壊を及ぼす。

 史実から、天候が悪ければ悪いほど威力を増すという特性も持つ。

 

 

 

・サーヴァント一覧(作中で召喚された英霊のみ)

【セイバー】

真名:沖田総司

 

・ステータス

 

・基本ステータス

筋力:C

耐久:C

敏捷:A⁺

魔力:E

幸運:C

宝具:C

 

 

<心眼《偽》(A)>

<病弱(A)>

<縮地(B)>

<在らざる魂(EX)>:座標混濁の特性も併せ持ったトンデモスキル。発動は任意で、性質は反転(※ランサー、クー・フーリンのステを参照)とほぼ同様だが、霊基が持たないため五分以上の維持は不可能な状態となる。具体的な変化としては、ステータスが全てUNKNOWNとなり、宝具も変化する。

 

 

・宝具

 

・無明三段突き

種別:対人魔剣

ランク:C

最大補足:1人

 沖田総司といえば三段突きといっても過言ではない。一応、同じ隊士に突きで有名なお方がもう一人いるが、その方が放つ突きがどれほどのものかは不明。

 技の構造は至って単純。三度の突きを全く同時に放つというだけである。が、その実は同じ物体が同じ時、同じ位置に存在していることから事象飽和を起こす、防御不可能な絶技である。

 

・???

種別:???

ランク:???

最大補足:???

 『在らざる魂』発動後、無明三段突きの代わりに発動可能となる。

 

 

 

 

 

【アーチャー】

???

 

【ランサー】

真名:クー・フーリン

 

 

・基本ステータス

筋力:A

耐久:B

敏捷:A⁺

魔力:B

幸運:C

宝具:C

 

 

<対魔力(A)>:聖杯により霊核が強化されているため、一ランク上昇。

<戦闘続行(A)>

<仕切り直し(C)>

<神性(B)>

<ルーン(B)>

<矢避けの加護(B)>

<座標混濁(A)>:杜撰な召喚による霊基の異常。通常は起こり得ないが、世界線をまたいだ影響か、オリジナルのゲイ・ボルグを消失という致命的なハンデを背負った。

<反転(EX)>:任意発動。名の通り霊核の性質・属性そのものを強制的に『反転』させる。通常の聖杯戦争では不可能だが、オリ主が所有している聖杯は座と繋がっている。言い換えれば、オリ主は座に干渉できるため、こういった()()()()もやろうと思えばできる。発動後はランサーのクラススキル『対魔力』を失い、矢避けの加護のランクが一つ下がる。また、筋力、耐久、宝具のランクがそれぞれ一ずつ上昇する。

 

 

・宝具

 

・刺し穿つ死棘の槍

種別:対人宝具

ランク:C

レンジ:2~4人

最大補足:1人

 皆さんご存知、心臓に当たらない必中の槍。因果逆転の呪いで先に『心臓へ命中した(命中するとは言ってない)』という結果を作ってから、槍を投擲するという原因を作る。故に必中必殺(笑)。

 ...と、好き勝手に罵ったが、今回は上記のステータス通り幸運がまさかの二ランク上昇を遂げているため、この状態なら騎士王の心臓すら穿てるかもしれない。ランクがBからCに下がっているのは、オリ主が創ったゲイ・ボルグだから。

 

・突き穿つ死翔の槍

種別:対軍宝具

ランク:C⁺~A⁺⁺

レンジ:5〜150人

最大補足:300人

 全力の投擲。心臓とか関係なしに純粋な威力で対象を爆殺する。無論、逃げ回ろうとマッハ2という猛スピードで追跡してくるため、足を使った回避はほぼ不可能。ランクが前後しているのは、オリ主が普通に武具創造して渡したゲイ・ボルグを使った場合と、聖杯の魔力を限界まで込めて、エミヤの持つ能力である『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』のようにし、かつ()()()真名解放を行った場合とがあるため。(オリ主はまだ、ゲイ・ボルグを干将莫耶ほどのレベルまで変異させられないが、中身をある程度弄ることはできるようになっている)

 

・????

ランク:A

レンジ:???

最大補足:???

『反転』発動後に使用可能。

 

 

【ライダー】

???

 

【キャスター】

???

 

【バーサーカー】

???

 

【アサシン】

???

 

【エクストラクラス】

現状、登場の予定なし




話数を重ね、明らかとなった情報があり次第、随時更新していきます。


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