もどってきた二人 (天ノ羽々斬)
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00.ねぇサイト

やっちまった。


やっちまったよ。

でも後悔はしない(キリッ


「サイト……」

「ルイズ……」

二人の男女が、ある屋敷の中の寝室にいた。

一人は、ハルゲキニアの英雄。

サイト・ シュヴァリエ・ド・ヒラガ・ド・オルニエール。

彼のご主人様が魔法学校を卒業後、使い魔として、そして夫として、彼女を守り続けた。

戦争にも何度か出撃し、人を初めて殺めてしまうが、それでもルイズの為と割りきることができた。

ド・オルニエールでは、トリステイン一の識字率と、犯罪度の低さにより安全な土地として有名にした。

副隊長を勤めた学生騎士隊の水精霊騎士隊(オンディーヌ)は正式な騎士団、水精霊騎士団(ウンディーネ)と名を変え、『トリステインの盾』と呼ばれるまでに成長した。

勇猛果敢で激情家ではあるものの、正義感の強い男である。

 

もう一人は、虚無の担い手。

ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・オルニエール・ド・ラ・ヴァリエール。

ラ・ヴァリエールの土地の管理はやっと結婚した長姉であるエレオノールに任せ、ルイズは魔法学校を卒業後オルニエール領で公私問わず支え続けた。年を重ねるにつれ素直になり、二人きりの時は素直に甘えることができるようになっていた。

素直になれない性格だが、貴族の誇りを体現したかのような厳格さであり、同期の友人をして『厳しすぎ』と評されたことも少なくない。

 

時に、今日は二つの月が満ちる特別な日であった。月の魔力が不可思議な現象を起こすという。

 

双月が二人を照らし、そのシルエットは幻想的に重なる。

 

やがて、二人は息絶える事となる。

 

それほど迄に、恨み辛みが募りすぎた。

 

女性の悲鳴。

次に、男性の慟哭。それもすぐに苦悶の声とかわり、やがて静寂が訪れる。

杖と剣を持たぬ上、長い間戦いから身を離していた二人を屠るのは、暗殺者にとっては容易かった。

 

翌日、壮年の黒い髪のメイド長が血にまみれ倒れ伏した二人を発見し、甲高い悲鳴を鳴り響かせる。

 

二人の死の報せを聞いたもの達の殆どは貧富貴賤を問わず悲しみ、平民や使い魔ですらその死を悼んだ。

しかし、一部の恨んでいた貴族はその知らせにほくそ笑んだという。

 

やがて四つの国をあげて葬儀が行われた。その遺体はド・オルニエールの屋敷の中庭に埋葬される。墓石はひとつだ。表側には、こう刻まれている。

 

《偉大なる英雄、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ・ド・オルニエール、ここに眠る》

《高貴なる始祖の力を引き継ぐ者、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、ここに眠る》

 

そして、裏側には日本語でこう刻まれていた。

 

《平賀才人 異世界ハルゲキニアにて眠る。この文字を読める者にデルフリンガーを譲る》

 

『サイトよぉ、俺に墓守をやれってのか? 世話の焼ける相棒だな……』

 

墓石には墓印のように一本の刀が突き刺さっていた。その刀はそうぼやくと、ぐぅぐぅと鼾をかいて眠りはじめた。

 

そして世界は終焉を迎え、そして世界は一巡する。

 

やがて文明は滅び、人類も滅んだ。

 

 

 

すべてを見据えるモノは悲しみ、もう一度だけ、選択肢を『神』に与えた。

 

世界を見据える『神』は――

 

 

 

┌────────────────────────────┐

│ もういちど、やりなおしますか?   │

│           ┌────────────┐

└─────────────────│はい ≪   │

            │いいえ    │

            └────────────┘

 

 

――なんの躊躇いもなく、『はい』を選択した。

 

 



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01.私はルイズ

私ルイズ。今0才の女の子なの☆

 

っていやいや、洒落になってないわよ!

……現実逃避もそろそろやめましょう。

私はあの日、暗殺された。顔も見えなかったから相当のやり手だったのでしょうね。でも、私はなんでか昔の私、というか赤ちゃんに戻ってる。今見てるのは夢かしらと何度も疑って頬を叩いたのは記憶に新しい。

あの場に武器なんかなかったから、たぶんサイトも……うう、サイトぉ、会いたいよぉ。

でも、またサイトが戦場に駆り出されたりしたら……そんなのイヤ。

そうだ、私が何とかしなければ。そうよ、私は誇り高きヴァリエール。愛する人をツェルプストーに奪われないようにしてきたように、国からも守ればいいんだわ。

……そういえば、私が生まれてから少しして私ってあのお花畑……もとい、姫様の遊び相手になるのよね。そしてあの頃からお花畑……。あのお花畑が女王に化ければ完璧よね。

あと、たしか一度だけガリアの王族と会う機会があるような気がしたのよね……。あ、あの青髭とまたやりあうなんて真っ平御免よ。どうにかしてあの青髭が狂う前に……あ、でもあのレコンキスタの戦いがなければサイトに爵位が降りないし……うーん。いつ頃からあの狂王が即位したのかは知らないけど、記憶(レコード)は最後の手段にしておきましょう。

サイトの爵位は……ま、東方(ロバ・カル・アリイエ)の貴族の子ということにしておいて、サイトに協力してもらって適当に『丁重な扱いをしなければ戦争だ』的なことを言っておきましょうか。サイトの故郷のチキュウにはあっという間に都市ひとつ消せる、火の魔石よりもたちが悪いのがいくつもある、ってう話だし。幻覚(イリュージョン)があればどうにでもなるしね。

……ちい姉様の病気はどうにもならない、かも。私にできるのは一杯運動してもらうこと、くらいかしら。サイトなんか健康そのものだしね。……生傷は絶えなかったけど。

兎に角、ぼんやりとだけど未来像が浮かんできたわね……あ、ロマリア教皇……む、無視無視! あんなのと相手したら私が殺されちゃう! それはサイトに会えなくなるからイヤ。

サイトが私と同じ状況になってるのか、わから、な、い……。

うう、さいとぉ……。

寂しいよぉ。会いたいよぉ。

「ど、どうしたのだ私の小さなルイズ!? 声を殺してさめざめと泣いて! ああ、カリーヌも乳母も二、三時間は帰ってこれぬというのに、どうすればいいのだ!?」

慌てるお父さんがすごく印象的だった。なんかごめんなさい。

 

 

おいっす、俺サイト。どこにでもいる普通の零歳児サァ★

 

 

……洒落にならねぇ。

さて、現実逃避もそろそろやめねぇとな。何でこんなことになった? 赤ん坊に戻ってるなんてよぉ。無性にルイズが恋しい。……俺が死にかけたあの時も、ルイズはこんな気持ちだったのかなぁ。わからない。

兎に角、俺にできることはひとつしかない。

鍛える。ひたすら鍛える。

小学生はおろか、幼稚園児の頃から、だ。

腹筋背筋スクワット腕立て伏せ素振り走り込み。思い付くもの全部をやる。ネット環境が整っていれば格闘術とかもやりたいなぁ。殺された時みたいに無手の時の対応に遅れるとか、いやだなぁ。ルイズは俺が守る。

……。あとは豊胸マッサージでも覚えておくか。ルイズ喜ぶかな。

よし、やること決まり。

不思議と、ルイズに再会できる気がしてきたぞ。

「サイト、ご飯の時間でちゅよー♪」

……ああ、ルイズを裏切ってる気がしてなんか嫌だけど……これも生きるためだ。すまんルイズ!

俺が乳を吸うときに罪悪感から変な顔をしていたらしく、母さんはおろおろしてしまっていた。ごめんな、親不孝な息子で。



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第一章:この運命に魔法かけた君が再び現れた
02.FirstKissから再び始まる。


D「『キング・クリムゾン』! 『過程』が消し飛び『結果』だけが残るッ!」


時は流れ――。

 

ここはハルゲキニア、トリステイン魔法学院。トリステイン王国内外問わず、貴族の子供たちが通う。

生徒達の魔法練度はかなりのものだが、貴族としての振る舞いやマナーとしては最低の部類にはいるだろう。

そんな魔法学院の生徒たちは、二年生への進学を兼ねた使い魔召喚の義を行っていた。

赤髪の少女が呪文を唱える。

「我が名は『キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー』。五つの力を司るペンタゴン。我の運命(さだめ)に従いし、"使い魔"を召喚せよ!」

力強く声を発すると、光る鏡のようなもの――召喚のゲートが開かれる。これが、口語魔法(コモン・スペル)のサモン・サーヴァントである。

そこから現れたのは――一匹の炎蜥蜴(サラマンダー)。通常種よりも大きい。

「我が名は『キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー』。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ!」

使い魔との契約は、使い魔を呼び出す『サモン・サーヴァント』と使い魔と契約をしルーンを刻む『コントラクト・サーヴァント』の二つの段階を踏むことによって完了する。赤髪の少女――キュルケはサラマンダーの額にキスをすることで完了させている。別に唇にキスする必要もなければ、舌を入れる必要もない。

「おお、この尾の炎の色合いからして、火竜山脈のサラマンダーですな……流石はミス・ツェルプストーですな」

「お褒めに預かり光栄ですわ。この子はフレイムと名付けました」

「サラマンダーのフレイム、ですな」

そう言うと、コルベールは羊皮紙に『キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー サラマンダーのフレイム』

と書き込む。

その前にもいくつか書き込んであり、『ギーシュ・ド・グラモン ジャイアントモールのヴェルダンテ』『マリコルヌ・ド・グランドプレ フクロウのクヴァーシル』等と記されている。

しかし、そこの記述にはまだあの少女の名がない。

「次、ミス・フランソワーズ!」

「はい」

呼ばれた少女――『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール』はゆっくりと返事をした。

貴族としての振る舞いは成る程、ラ・ヴァリエールの一族としての高貴さをふりまいている。

慎ましい胸を確りと張り堂々と闊歩する姿にため息すら覚えるだろう。その姿は十代(ティーン)の少女ならざる威圧感を周囲に与える。

少女はまともに魔法が使えない。爆発ばかりで『錬金』ひとつまともにできない。成功しないわけではないが、ほとんどが爆発してしまう。故に付いた異名は『ゼロ』。

そんな『ゼロのルイズ』はその異名を気にも留めていない。むしろ、己を表す最適の記号だと解していた。そう、虚無(ゼロ)のルイズだと。

「あらミス・フランソワーズ、今日もいい爆発日和ね」

「そうね、ミス・ツェルプストー。そちらの使い魔は随分とご機嫌のようね」

「ええ、まあ」

微笑みを浮かべてそう告げるルイズに辟易するキュルケ。彼女は努力家であるし、ラ・ヴァリエールの一族としての誇りを持つ『いい女』だ――そうキュルケは評している。気恥ずかしさ故に決して本人の前でそう告げたりはしないが。

「我が名は、『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール』。五つの力を司るペンタゴン、我の運命(さだめ)に従いし……」

少女は、力強く唱える。

 

「『使い魔(サイト)』を召喚せよ」

 

扉が開く。

 

扉から現れるのは人形(ヒトガタ)だ。それは黒い髪に黒い瞳の少年であった。

一歩、歩く。洗練されたその動きは貴族の歩き方だ。

一歩、歩く。その瞳に宿るのはまるで狼のように荒ぶる気高き闘志。まるで歴戦の勇者だ。

少年――平賀才人は戸惑う、ふりをする。大きめのボストンバッグと刀袋を抱えて困惑した表情を作り出す。

それは、少女とて同じであった。

「ミ、ミスタ! ミスタ・コルベール! これは!? いったいどういうことです!? ひ、人が召喚されるなど……!」

ひどく狼狽える、ふりをする。その演技力と普段の態度から、それが謀ったものではないことを雄弁している。

サイトはきょろきょろとどういう場所なのかを探っている。パーカーとシルクのマフラーを着ていて、ジーパンにスニーカー。

いかにも冬場に出掛けた学生と言う風貌だ――地球ならば。

「私にも分かりかねますが……呼び出してしまった以上、契約するしかありませんな」

「そんな、彼が平民とて生活があるはずなのに……」

実に彼女らしい言い分だ。平民とて生活があり生きているときちんと自覚している貴族は多くないだろう。そういう『善い貴族』はもうほとんど残っていない。国庫を食い荒らしている屑共ばかりで、全うな貴族など片手で数えるほどだ。その『善い貴族』のうちの一つがルイズであり、ヴァリエールであった。

「我々は呼び出す方法は知っていても、還す方法は知りませんし、ありません。それとも、幻獣亜人が蔓延る野へ置き去りですか?」

コルベールはルイズへそう説く。

ルイズは渋々といった風に肯定する。

「わかり、ました」

ルイズはサイトに近づく。端から見ればそれはきっと、仕方ないと諦め半分に見えただろう。

例え、本心が違っていたとしても。

 

「我が名は『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール』。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え――我の使い魔となせ」

 

今ここに、勇猛果敢な主の盾(ガンダールヴ)が再誕する。

 

そして、コルベールの持つ羊皮紙に『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール 平民のサイト』の一文が加えられた。

 

 

(ああルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズ)

(サイトサイトサイトサイトサイトサイトサイトサイトサイトサイト)

二人は気が気ではなかった。

ルーンを左手に嵌めた革手袋で隠し、コルベールにルーンをスケッチされることなく寮へと向かっていた。

夫婦として契りを交わし、夜枷をしたこともないわけじゃない。故にルイズの体をサイトは知っているし、逆も然りである。

16年という離れた時間はあまりにも、あまりにも長すぎた。

抱き締めたい。キスしたい。できることなら一日中くっついていちゃいちゃしたい。

そんな思考で脳みそが六割ほど染まっていた。残りの四割で外に出さぬように冷静にしているあたり、流石とも言えるが。

「いい、ご主人様のいうことは絶対よ」

「それはもうご主人様のために手となり足となりて粉骨砕身頑張らせていただきます」

「……け、怪我したら承知しないからね」

「……っ」

あまりにもいじらしいご主人様を思わず抱き締めたくなる衝動に刈られたサイト。

(あぁもうルイズめ可愛すぎるだろ……あのツンツンしたレモンちゃんがこんないじらしいこと言うなんて……あぁかわいいよルイズ抱き締めたい……いやいや落ち着け落ち着け、衆人環視のなかでそんなことをするな)

「分かりましたご主人様。……(俺は)(お前が)(泣くのはもう……)(見たくないからな)

ぼそりと風魔法使いにすら聞こえぬ音量で、しかし何故かルイズの耳にその言葉が届く。

「ッッ……!」

ルイズは耐えた。耐えた。感極まって抱きついてキスして甘えたい衝動を、耐えた。

(ああもうサイト素敵結婚しよ……まずい、落ち着かないと……秘密の14の言葉で落ち着くのよルイズ……螺旋力・かぶと虫・廃墟の町・クックベリーパイ・かぶと虫・聖地への道・カブト虫・虚無・ジョット・天使(エンジェル)・紫陽花・カブト虫・特異点・秘密の教皇……)

長すぎる時間は人間を変える。

ルイズもサイトも、会いたくて会いたくて仕方がなかったのだ。今仮に魔性の女アンが出てきたとしても、魔乳テファが出てきたとしても今のサイトなら100%ルイズを選ぶだろう。

「ついたわよ」

そして、ついにルイズの部屋(愛の巣)へと到着してしまった。

 

 

 

 



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03.波紋の呼吸

ヒント:サイトの母の名前は莉沙(りさ)

ネクストコナンズヒンッ:波紋戦士は異世界にもいる。



「サイトぉ……」

部屋に入るや否やすぐさま俺に抱きついてくるご主人様(ルイズ)

「えへへ、サイトの匂いだぁ……」

「ルイズ……」

俺ももちろん抱き締める。ふわりと甘ったるい匂いが鼻孔をくすぐる。

「ルイズ……会いたかった」

「私もよ、サイト……」

目を合わせたら、その潤んだ瞳に吸い込まれるようにキスをする。深く、深く――。

「かわいいよ、ルイズ」

「にゃぁ……」

嗚呼、俺もう幸せすぎる。ルイズ大好き愛してる。

「俺でよかったのか? ホントに」

「サイトがいいんだもん……」

……ルイズ……。

「俺、ルイズじゃなきゃダメみたいだな」

「そうよ……アンタみたいなのは目を離すとすぐどっかいっちゃうんだから……」

「ごめんよ」

「だぁめ。言葉じゃ足りないの……んっ」

首にちゅうと吸い付き、キスマークを残すルイズ。

「これでサイトはわたしの」

嬉しそうにそう言うルイズ。ああくそ抱きてぇぇ!

でも、駄目だ。俺は平民どころか根なし草、ルイズはヴァリエールのご令嬢。

でも……ルイズは俺のだ。

「ん……」

「ゃんっ」

ルイズの首にもキスマークを残す。真っ白な肌が赤くなって痕として残る。

「……これで、ルイズもおれのだ」

醜い独占欲が体を突き動かす。

「ねぇ、さいとぉ……もっとなかよくしよ? キスだけなの?」

「お前は貴族だろ?」

「……私は貴族。そうね。だからこっちはダメね……それに、今子供作っちゃうと、ね」

そう。

戦争やらなんやらのいろんなやんごとなき事情が重なる。だから、無理だ。

「じゃあ……下は駄目でも、上ならいいよ、ね?」

 

こってり絞られました。

 

 

太陽が黄色い。月は二つ。

太陽が黄色いのに月が二つなのは全く関係ないけどな。

ひとまず散々盛ってた俺達はひとまず、ひとまず落ち着いた。ルイズの「らめぇ」が聞けたから満足である。今朝、ご主人様からこんな通達があった。

 

「いい? 学院ではこの前通りに行くわよ。べ、別に恥ずかしい訳じゃないんだからね!」

 

可愛らしい反応ばかりににやけてしまう頬を引き締めて、日課の明朝訓練だ。

まずは素振り。これは7才から再開した。アニエスさんのいう通り、継続は力だ。

刀袋から刀を取り出す。別段普通の脇差だ。

日本刀は折れやすいんだよな。切れ味は抜群。刀剣類で首を骨ごとはねることができるのも刀だ。

これで300くらい素振りしたらすぐにケアをして鞘に戻す。んで、腰のベルトに差す。うん、しっくり来るな。今度『固定化』と『硬化』を施してもらおう。

まずは完全武装するか。完全武装といってもそんなに多い訳じゃない。

まずナイフ。サバイバルナイフ二本だ。これも鞘を右側に二つ。ナイフをしまい、しっかり留め具をとめる。

次に太刀。脇差しを差してる左側に差す。

そして赤い絹のマフラーをして、革製のフィンガーグローブつける。んで、ポケットの中にパチンコ玉位の鉄球を忍ばせる。

さて、最後の仕上げだ。息を整えて、『波紋』を使う。

「コォォォォォ……」

波紋呼吸法。母さんの旧性が杖縁(つえへり)というらしく、母さんが先祖代々伝わるという呼吸法を教えてくれた。仙人のような力だ。岩の上に乗った蛙を潰さずに下の岩を砕くことだってできるし、簡単な治療も可能だ。肺の中の空気を1ccも残さず吐き出させることだってできる。

呼吸のリズムを独特なものに変えることで自らの生命エネルギーを増幅させることができる。

波紋は色々なものに流すことができ、自在とまではいかなくともある程度のことはできる。

ただ、5才なのに波紋呼吸法矯正マスクをつけられたときはこう、本当に自分の親か疑った。後で聞いたところ、波紋呼吸法は受け継がれていれば問題ないそうだ。

母さんが素手で岩を砕くのを見たときはさすがに引いたが。

俺はそのお陰で自らの体を武器に変えることができた。そのお陰でルーンも拳を構えるだけで反応する。まぁぶっちゃけ波紋呼吸の方が下手な筋トレよりも筋肉使うから、楽と言えば楽だけれど。

……ただ、長生きになるというのがどうもなぁ。よし、ルイズにも波紋呼吸法覚えてもらおう。ロングブレスダイエットと称して。もし覚えられなかったら俺も極力使わないことにしよう。だってルイズのいない世界で生きていける自信ねぇし。

よし、朝練終わり。本当は水面歩いたりとかやりたいけど水溜まりないしなぁ。しかたない。使い魔品評会の時は波紋パンチでいいか。蛙のやつで。もしくは水面歩き。

 

 

「ご主人様」

「あによ」

「もう昼」

もう昼である。

「そういえばもうお昼なのね。分かったわ。コック長に平民用の飯を用意させましょう。悪いけど、平民を同席させるのは不味いのよね」

「そういう点では損な生き物だよな、貴族って」

「貴族には先頭にたって杖を振る義務があるのよ」

「ポンコツ魔法でよくいうぜ」

「例えドットメイジでも同じよ。それが誇り。さ、私の部屋で服でも畳んでなさい」

俺とルイズが会話しているのを見て変な目線をルイズに向ける他の貴族。

「ホント、貴族ってーのは面倒だよな……形式と義務で縛られて」

 

 

「ふーむ、どうしたものかねぇ」

見回りの当直となったロングビルは宝物庫の調査をしていた。

調査といっても壁をぺしぺしと叩いているだけだ。

「破壊の杖……もっと手っ取り早く金になるもんはないのかねぇ?」

ロングビルはそうぼやくと扉を眺める。鉄製の扉や壁にはオスマンが強力な『硬化』と『固定化』を掛けており、スクウェアクラスのゴーレムでもびくともしないだろう。もちろん錆びたり劣化したりもしない。鍵はオスマンのみが所有を許されており、開けられるのはオスマンだけである。

『破壊の杖』……ロングビルは知るよしもないが、その正体はM72ロケットランチャー……歩兵携行用の単発式の使い捨てロケットランチャー、『LAW』である。一度使えばオシャカ、なんてしらないロングビル。

「今回ばかりは諦めるしかないか、ねぇ」

オスマンも秘書……いや、貴族でもなんでもないロングビルに相当な給料を与えていた。平民一人なら遊んで暮らせるほどの額だ。

それでも彼女にとっては足りないのだが……。

ならなにか別のを狙うか、と邪推する。モット伯の所持する「艶かしき秘本」やリッシュモンが隠し持っているとされる黄金などなど。

「はぁ、仕方ない」

こうして、未然にフーケから盗みを防いだオスマンといえば、鼻提灯を膨らませながら寝ていたのであった。



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04.下げられぬ頭は

下げられない。



もひもひとクックベリーパイを食べるルイズ。

「んー、甘いものって時々食べたくなるのよね」

「そうか」

可愛い。ずっと見ていたいです。

おやつということでマルトーさんに無理いって作ってもらっていたルイズ。「他の貴族ならいざ知らず、ルイズの嬢ちゃんの頼みならどんとこいだ!」とマルトーさんが言っていたので平民への態度も軟化しているらしい。

……ん? 何やら騒がしいな。

「僕はバラのような男だからね」

おっ、ギーシュ君じゃないか。気取った態度だ。女の話ばかり。そんなんだからワインに惚れ薬を盛られるんだよ。マリコルヌを見習えマリコルヌを。Mだけど。

波紋だけなら素手で煉瓦位なら砕けるとは思うけど……青銅はどうだろうか。

まぁ、吹っ飛ばす位なら大丈夫か。

そしてあの(びん)を落とす。

「落としたぜ色男」

「そ、それは僕のではない」

白々しいやつ。

「そうか。じゃあこれは捨ててしまっても構わないな。俺みたいな平民には香水ってのは無用の長物だ」

そういって無造作に小壜を机の上に、しかもわざとらしく目立つところに置く。苦々しい表情を浮かべるギーシュ。

「ん……あら? これモンモランシーの香水かしら」

と、これまた白々しくルイズがとぼける。

「そうだ、この香水の壜を使うのは学院ではモンモランシーだけだ」

「そういえばそうだな」

「どういうことだ? これを持っているのは彼女だけのはずだ」

やいのやいのと騒いでいる取り巻きの男子。

お、モンモン登場。

「モ、モンモランシ、聞いてくれ」

「サイッテー」

頭からワインを引っかけられる。呆然とするギーシュにケティちゃんの追い討ち。

効果は抜群だ!

「僕の薔薇としての在り方を分かってくれないようだ……」

「ただの二股だろ」

俺の言葉にそーだそーだと乗っかってくる男子たち。

真っ赤っかになってるギーシュ。

「そもそも君が壜を拾わなければだね……!」

「なら落とすなよ」

「……使い魔の躾がなってないな、ミス・ヴァリエール。さすがはゼロ――」

ぷちり、となにかが小さく切れるおとがした。

「おいお前。俺を侮辱するのは構わねぇ。けどよ、俺のご主人様(ルイズ)まで貶すことはねぇだろうが……!」

思わずマフラーに手をかける。

「なら、決闘だ。お互いに譲れぬのならば、それしかなかろう!」

マフラーから手を離し、同意する。

「いいぜ。たしか大きな広場があったろ」

「ヴェストリの広場か、それがいい」

俺とギーシュはそのままその場を後にした。

 

 

一方、ルイズと言えば。

(サイトぉ……)

『俺のご主人様まで貶すことはねぇだろうが』

もうその台詞だけでメロメロにやられてしまっていた。しかし、その表情をおくびにも出さず平然としてため息までついて見せた。

「あらルイズ。見に行かなくてもいいの?」

と、遠巻きに一連の流れを見ていたキュルケが言う。

ルイズはふぅ、と考えて、目の前に少しだけ残っていたクックベリーパイを見る。

食べる。

「行くわよ勿論。あんなのでも一応私の使い魔よ」

「素直じゃないのね。心配?」

茶化すキュルケにまさか、とルイズはかぶりを振る。

 

「言ったでしょ。あんなのでも誇り高きヴァリエールの使い魔なのよ。そう易々と負けるようなのじゃないわ」

それは、サイトを知るが故の絶対の自信であった。

 

 

場所は変わってヴェストリの広場。

ギャラリーの貴族たちが『青銅のギーシュ』が『平民の使い魔』と決闘する、という話だ。なんだかんだ言っても学生、騒ぐが好きなのだ。

「僕は貴族だからね。魔法を使う。構わないよね?」

「ああ。俺にはこいつがあるからな」

すっ、と正拳の位置に拳を構えるサイト。サイトはなにかに気づいたようにああ、と言った後。

「名乗れよ」

「……いいだろう。我が名は『ギーシュ・ド・グラモン』。『青銅』のギーシュ」

サイトはちらりと野次馬の方に視線を向け、ルイズがキュルケと共にいることを確認してから口上をのべる。

「我が名は『サイト』。しがない波紋戦士にして、我が誇り高き主“ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール”の使い魔」

お互いに、武器をとる。

「……さぁ、僕のワルキューレ達と踊れ!」

「杖抜くんだから覚悟決めろよ、ギーシュ・ド・グラモン!」

コォォォ、と独特な呼吸を始めるサイトに対し、ギーシュはすぐさまゴーレムを組み上げる。

一体だ。

「いくぞ、『(スカ)(ーレ)(ット)(オー)(バー)(ドラ)(イブ)』ゥ!」

その言葉の瞬間、サイトの拳に熱が宿る。

「オラァ!」

「は、速い!?」

サイトからしてみれば軽くジャブを放った程度のつもりだが、波紋呼吸と日々の鍛練、そして『ガンダールヴ』のルーンの力が合わさり――ゴギャン、と明らかに金属を無理矢理殴った音と、じゅう、と金属を焼く音。

「オラァ!」

もう一発。

完全に曲がってしまったワルキューレはほどなくしてバランスを崩し、行動不能になってしまう。

「く、この!」

行動不能のゴーレムを放棄し、新たに七体――ギーシュの最高数を作り出す。

「これで、どうだ!」

「無駄、無駄無駄ァ、無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!」

拳だけで青銅はスクラップと化して行く。

あっという間にゴーレムを全滅させたサイトは素早くギーシュに近づくと、拳を鼻っ面に突きつける。

「くっ!?」

「ギーシュ・ド・グラモン。降参かこのまま殴られるか……選んでみな」

ギーシュは、考えるが――どうあがいても勝てるビジョンが浮かばなかった。

「こ、降参だ」

「OK。いい判断だ」

こうして、ギーシュとの決闘騒ぎは幕を閉じた。

ちなみにであるが、誇り高き我が主、のくだりできちんと自分を立ててくれていることに嬉しくなり、より愛しさを感じるルイズなのであった。





☆ボツネタ

才「俺が右で殴るか左で殴るか……当ててみな」
ギ「ひ、一思いに右に」
才「NO!NO!NO!」
ギ「ひ、左……?」
才「NO!NO!NO!」
ギ「り、両方ですか?」
才「YES!YES!YES!」
ギ「もしかしてオラオラですかぁーっ!?」
才「YES!YES!YES!“OH MY GOD”」


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05.この運命に魔法かけて

君は突然現れる。



「あら、ミス・ヴァリエール、ごきげんよう」

「あら、ミス・ツェルプストー、ごきげんよう」

わざとらしくキュルケが言えば、礼儀正しく返すルイズ。

駄肉など敵ではない、サイトさえ靡かなければ全く問題ない、と思っている故の余裕である。

そのサイトといえば従者らしくルイズの後ろで控えている。相変わらずマフラーをしているのをキュルケは不思議に思う。

「そういえばずっとマフラーをしているわね、貴方の使い魔」

「あら、そういえばそうね。サイト、なんで?」

ルイズとキュルケの問いに簡略的にサイトは答えた。

「ああ、これ? これは俺の武器みたいなもんだからな」

その答えはますます疑問を呼ぶ。シルクのマフラーが武器と言って通じるのは波紋戦士くらいなものである。もしくは布術を使う人だ。

「武器? マフラーが? あなた、この前ギーシュのゴーレムを殴り飛ばしてたじゃない」

「まぁな。俺の本分は剣なんだけど、それがない時に対処できないといけないから拳を覚えたんだ。非常時には役に立つよ」

そう言いながら笑みを浮かべるサイトの腰には確かにナイフが二つ、そして刀がある。

キュルケからみれば細剣(レイピア)にしては太く、幅広剣(ブロードソード)長剣(バスタードソード)にしては細く……いや、薄く見えるだろう。

ルイズはサイトから日本文化を記憶共有によって知ったため、「脇差」と「太刀」であるとわかる。サイトの持つ脇差は長脇差とよばれるもので、太刀とのサイズ差はほとんど感じられない。精々1~2サント程度であろう。

「さぁ、そろそろ行くわよ。早くいかないと日が暮れちゃうわ」

「りょーかいですご主人様、っと」

「あら、二人してどこいくのよ」

「武器屋よ武器屋。サイトの剣を買うのよ」

ルイズは簡略的にキュルケの問いに答えると、足早にその場を去っていった。

「……これは何かあるわね。うふ、『微熱』の私を火照らせるあのナイト君といつもより機嫌がよさげなルイズ。きっとなにかあるわ」

 

 

馬――自動車やバイクがないハルゲキニアでは主な“足”である。

そこにトリスタニア――トリステインの王都に向かっている馬が一頭。言うまでもなくサイトとルイズである。

バイクや自転車の二人乗りとは違い、綱を引き鐙をかけているサイトが後ろで、そのサイトに身を預けるようにしているルイズが前に乗っている。

それを追いかけるウィンド・ドラゴン。

「馬一頭。食べちゃダメ」

「きゅいきゅい」

風竜に指示を出すのはタバサ。黙々と本に集中する姿はどこか愛らしさを覚える。が、当の本人は虚無の曜日に読書を邪魔されて少々不機嫌である。

「うーん、よく見えないわね……」

キュルケの行動は、出歯亀である。

不機嫌とまではいかないものの、基本的にツンとしているルイズが機嫌がよさげなのが気になったのであった。男を寄せ付けぬルイズが男性、しかも平民にあんな風に身を預けるように寄りかかるなんて、益々怪しい。

「ひょっとしたら、ひょっとするかもね」

キュルケがそう楽しそうに言うと、タバサが本からルイズ達へと目を移す。

「恋の予感」

そうぼそりと呟くと、本に栞を挟む。

「あら、興味津々かしら?」

キュルケは興味の対象を友人へと向ける。タバサはずれた眼鏡を直しながら肩を竦める。

「恋は賭けるもの。愛は育むもの――私には賭金()はまだ持ち合わせていない」

タバサはそう言うと、再び本へと目を落とす。

「いい人、見つかるといいわね」

「至難」

「きゅいきゅい」

二人と一匹はのんびりと空を駆ける。

(私は(コイ)(あい)よりも牛が好きなのね! 雲や魚よりも肉なのね!)

「馬は食べちゃダメ」

「きゅい……」

 

 

「……広くなった?」

サイトのトリスタニアの大通りでの感想だ。事実、かつてより数メートルほど幅が広がっている。

「姫様が土のメイジを集めて地面ごとずらして無理矢理広げたそうよ」

「思いきったことするなぁ」

サイトにしてみれば広くて便利だな、位の感覚である。

路地裏に入ってすぐ、ピエモンの薬屋が目に入った。ハルケギニアでは薬は高価であり、特に水の秘薬を使って作った治癒薬(ポーション)は平民ではまず手が出せないだろう。

そんなピエモンの薬屋の隣の武器屋。

「へいらっしゃ……これはこれは貴族様」

入ってきたのが貴族であると知るや否やへこへこしだす男。

「うちは全うな商売を……」

「客よ」

「へえ、これはこれは失礼いたしました」

男は貴族が最近下僕たちに剣を持たせているのを知っているため、剣を売ろうとする。

「貴族は杖を、神官は聖具を振ると相場が決まっておりますが、最近はこそ泥が出ると物騒でして、下僕に武器を持たせる貴族が増えているそうで、へえ」

「物騒? 土くれでも出たのかしら」

土くれ――まぁフーケ、つまりロングビルのおねーさんのことだよなー、とサイトはぼんやり思い出していた。

「へぇ、その通りでして」

「ふぅん……」

ルイズはつかつかと店のなかを見て回る。剣や槍などが雑多に置いてある。

「私には剣のことなんてよくわからないわ。でも、普通の剣を持たせるのは私の従者として箔がつかないわね……」

そう呟くルイズにしめたと思う店主。

サイトといえば、壁にある槍や剣を見ているが、やっぱデルフとくらべるとな、と考えていた。

「こちらの装飾剣なんていかがでしょう。かのシュペー卿が鍛えたとされる名剣でして……」

サイトは壁の剣からシュペー卿の剣へと視点を買えると、まじまじと見つめる。

「随分と柔そうな剣だなぁ」

そう呟く。店主はしまったと思うが続ける。

「かのシュペー卿により固定化も施されております」

「固定化? 硬化はかけてないのか?」

「へえ」

店主はサイトの問いに答える。サイトは土くれでできたゴーレムすら切り裂けなかったことを思い出していた。

店主は、相手が貴族と平民だからと高をくくって駄剣まるわかりの装飾剣を名剣として吹っ掛けて売る算段であった。

「うーん、装飾剣としては見映えがいいけど、実際に使うとしてはちょっとごてごてしすぎかな……」

「剣がわかるので?」

「ある程度はな」

店主はサイトの言葉に内心落胆しつつも、ならば普通の鉄剣を売ろうと考え――

「貴族が剣だと? 棒切れでも振ってろ!」

「デル公! お客様の前でしゃべるんじゃねぇ! 溶鉱炉に突っ込むぞ!」

「上等だ、俺っちもこの世の中に飽き飽きしてたんだ!」

サイトはデルフリンガーの声を聞いてはっとそっちの方を向く。

「ん? おめぇどっかで……」

「店主、この剣は?」

サイトはデルフリンガーの台詞をガン無視して店主に問う。

「ああ、こいつはインテリジェンス・ソードでさぁ」

「インテリジェンス・ソード?」

店主の台詞にルイズは反応する。

「へえそうです。銘はデルフリンガー。剣に意思を持たせるなんてどこの魔術師が考えたのか知りませんが、とにかくこいつは口が悪くて悪くて……」

「面白そうじゃない。いいわ、私が引き取ってあげる。それのせいで売上が下がってるのでしょう?」

それとはなんだそれとは、と騒ぐデルフリンガーを店主は鞘に突っ込んで黙らせる。

「へぇ、厄介払いが出来るならお代は取りませんで。ただ、鞘の代金だけはおねげぇします」

「わかったわ。いくら?」

「新金貨30で」

剣のための頑丈な鞘なのだから当然の値段だ。

ルイズは新金貨をぴったり40枚置く。

「10枚はサービスよ。つりは要らないわ」

「あ、ありがとうごぜぇやす!」

ルイズからしてみればその程度で済んで助かったと思っているためだ。サイトの影響と土地の管理や税金などのやりくりをしている内に自然と無駄遣いが少なくなっていた。

店主からすれば気持ちのいい客だと思うだろう。

「いくわよ」

「了解。うーん、背中に剣があると落ち着く」

サイトがデルフを背負うと、馬駅場まで歩いて向かっていた。

 



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06.Sweet Kiss

まだ醒めない?


「プレゼント? あの『男も魔法も色気もゼロ』のルイズが?」

影から見ていたキュルケはルイズに驚く。言い方に刺があるが『魔法を使えないだけで、身持ちが固く清楚である』ともとれる。

だがそれは少し違う。

 

男ゼロ――当たり前だ、サイト以外に興味はない。

色気ゼロ――当たり前だ、サイト以外に振り撒くつもりはない。

魔法ゼロ――当たり前だ、()()だもの。

 

キュルケは首をかしげながらも、珍しくルイズが男に興味を持っているのだと興味津々だ。

(ちょっかい出すよりもよっぽど楽しそうよねぇ)

キュルケの情熱はすでにサイトからルイズの恋に向いていた。この女はそんなもんである。未来に彼女を夢中にさせるのが冴えないおハゲの男だとは、いまのキュルケには毛ほども想像できなかった。

「移りやすい」

タバサはそういうと、本に目を落とした。

タイトルには『スクエアメイジの精神力消費についての考察』と書かれていた。

 

 

――結局。土くれのフーケの襲撃もなく、キュルケには邪魔されずと万々歳であったルイズはというと、サイトに衣装を着せていた。所謂礼服である。

「ルイズぅ、やっば慣れねぇよコレ」

「我慢なさい。それでも未来の私の夫?」

「……ったく、それを引き合いに出されちゃなにも言えないじゃないか……」

惚れた弱味とは恐ろしいものである。うだつの上がらない高校生が勇者に激変すれば、ツンツンルイズも一瞬でデレルイズに変身してしまう。

もはや本当に初めて出会ったときの威厳の面影はない。貴族のルールにはうるさいし、厳しいけれど、なんだかんだ言ってもルイズはサイトが一番なのだ。ロリコンにしてマザコンで仮面というどこぞの変態仮面と同じ要素を有する子爵などもはや眼中にない。アウトオブガンチューである。OGなのだ。

もちろんサイトもそれは同じである。アンリエッタにドギマギされることはあったが、なんだかんだ言ってサイトはルイズが一番なのだ。

 

そんなラブラブ夫婦が同じ屋根の下となればすることは……。

キスしながらいちゃつくか夜伽ぐらいしかないだろう。むしろ他に何をしろと。

しかし夜伽では子が出来てしまう。水魔法を用いた後避妊薬(アフターピル)も存在しないわけではないが、高価な上に需要が少ない。さもありなん、夜伽=子作りであり、愛情を育む為だけに体を重ねるという貴族も平民もほとんどいない。故にあまり売れない。むしろ避妊に関心の高い現代だからこそ、愛情を深めるために体を重ねるという行為ができるのだ。

「んっ……さいとぉ」

甘く呼ぶ声にサイトの脳みそはとろとろに溶かされるような感覚に陥る。

「ルイズ……かわいい」

かわいいと言われればもうとろとろに溶かされてしまうルイズ。

長年連れ添った夫婦が16年も離れ離れになってしまったのだ。しかも別れは唐突の死という残酷な運命。故にただただ抱き合って唇を重ねるだけでも幸せを感じる、ただ会話しているだけでも生きていると噛み締めることができる。

窓の双月が見守る中、二つの影がひとつに重なった。

(こいつぁおでれーた、貴族の娘っことキスしてらぁ。おでれーた。ふぅ……俺っち寂しい)

 

無二の相棒であるデルフリンガーを忘れて。

 

 

――使い魔品評会、前々日である。



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07.食虫植物のお花畑

「明日はアンリエッタ王女様がいらっしゃるのですから、普段以上に礼節正しく、貴族らしい振る舞いをするように。では、今日の授業はここまで」

 

今日の授業はめずらしくルイズが失敗することなく終わった。まだ系統魔法の感覚がつかめていないので必要以上に精神力を使う。慣れれば失敗することもなくなるとは思うが、やはり慣れないのだ。虚無の魔法は強力で、恐ろしい。しかし、その虚無しか使えなかったルイズが普通の魔法……本当に最低レベル、平民落ちのドットメイジの魔法にすら劣る系統魔法ではあるが、使えるようになりつつある。これは進歩だ。

 

まぁ、精神の癒したる存在が現れたのだから当然至極といえよう。恋はいつでもハリケーン、愛は永久にストリームなのだ。冷めてしまえばそれまでだが、文字通りお互いを知り尽くした二人に死角などない。

 

そのルイズの傍らに、まるで騎士の様にぴしりと佇むサイトもまた、精神的に満たされた状態にある。愛する人を抱き締められる幸せ、愛する人の温もりを感じられる幸せ。愛する人を守ることができる、その幸せ。

 

二人は言葉を交わすまでもなかった。視線を絡めさせ、サイトが軽く貴族式の礼をするとルイズは軽く微笑む。そして、二人は自室へと向かうのだ。

端から見れば「姫君と騎士」ともとれよう。しかし、恋愛に優れるものが見れば二人が交わす視線は主従関係のそれではないと、気づくことができる。

 

つまり、キュルケからみれば仲睦まじい夫婦にしか見えないということであった。

 

(何あれ。いや、何あれ、夫婦? 恋愛結婚した鴛鴦夫婦? いやいや、おかしいわ。出会って数日でアレは無いわ。私でもあそこまでない。絶対に何かある)

 

微熱のキュルケが戦慄する、それほどに見るものが見れば愛おしそうな視線を交わしていたのだった。もうお前ら結婚しろ……ああ、前世でもうしてたね。

 

 

「明日使い魔品評会よね……どうしよう」

ルイズは悩んでいた。サイトが悪く言われると抑えが効きそうにないからだ。だからこそ、そこそこの結果をと考えていた。しかし、今から支度したとしても間に合わない。

「うー……そういう事に才のない己が恨めしいっ!」

ベッドの上で意味もなくゴロゴロとローリングするルイズ。ちなみにサイトは現在厨房の手伝いをしている。振る舞いが貴族に近いため、平民たちには少し距離をおかれやすい。しかし、サイトは協調性も自己主張性も高い。すぐに仲良くなれるだろう、とルイズは踏んでいた。

シエスタ? ああ、そんなのもいたわね。でも敵じゃないわ。だってサイトが私だけだって……えへへ。

思考が怪しくなってきたルイズは、サイトが部屋にかえってきたことも知らずに嬉しさでベッドの上で意味もなくゴロゴロとローリングしていた。

「あー、ルイズ? なにやってんだ?」

「にゃっ!?」

見られた、と焦るルイズ。しかし、ルイズ大好きなサイトはルイズを貶したりはしない。

「いや、まぁ、その……可愛いな、ルイズ」

「にゃぅぅ……」

ルイズはダメになった。もう本当にダメになった。思考がサイト一色になってしまった。サイトに○○○を○○○して○○○○するの、とか色々規制がかかってしまうような思考に変化し、もうアンリエッタもワルドもシエスタも使い魔品評会の事もフリッグの舞踏会も頭からすっかり抜け落ちている。

「さいとのばかぁ……はずかしいよぅ」

上目使いで、顔は真っ赤っかで瞳は潤み、滅茶苦茶色っぽくて可愛い。そんな顔をされてサイトが黙っているはずもなく。

「……ああもう、辛抱できねぇ!」

「やんっ♪」

日がまだ落ちていないというのにサイトはルイズへとルパンダイブver.12を敢行し、ちゅっちゅしはじめたのだ。もうこれでFinって出てもいいよって感じだった。無論、本番をうっかりしてしまうほどではなかったが。

 

そして二人の頭から、今日アンリエッタが秘密裏に襲撃……もとい、電撃訪問することもまた、抜け落ちていたのである。

 

 

「ふふ、ルイズは驚くかしら」

 

ローブで顔を隠し、『サイレント』を己にかけて声を消してはいるが、その色香と王族としての気品ある清楚な雰囲気を隠しきれていない。

『フライ』で中空をさ迷う様に魔法学院の窓の前まで来ていたアンリエッタ。二人で取り決めた秘密のノックを窓へとする。

 

がががん、がががん、ががん、ががん。

しばらくたっても返事がない。おかしいと思ったアンリエッタは、窓から部屋を覗いた。

まあ当然、そこではルイズとサイトがいちゃいちゃしていて。しかもルイズからがんがんいっちゃってる感じで。

何か得体の知れない苛立ちと羨望を覚えたアンリエッタは、アンロックを唱えて問答無用で部屋へと闖入した。

 

「お久しぶり、ルイズ」

無表情でキレ気味のお花畑に対し、ルイズはというと。

「……姫殿下?」

 

ルイズは、サイトに馬乗りになりながら、服をはだけさせていた。アンリエッタのミステリアスな登場はルイズとサイトのせいで色々台無しになったのだった。

 

 

服を整えた二人。

「姫殿下などではなく、昔のようにアンリエッタと呼んでくださいまし……今はプライベートなのですから」

「……はァ」

ルイズはアンリエッタの言葉にため息をついた。

 

ルイズのお花畑食虫植物化計画は一応の成果を出した。マザリーニの度肝をいい意味でぶち抜いてみたり、あまりにも酷すぎる搾取貴族をすっぱ抜きしたりと、国のために尽力しているし、現に『前回』よりも治安もよく、国も豊かだ。

しかし、所詮お花畑はお花畑。不意に頓珍漢なことを言ってみたり、このように私事を優先したりとやりたい放題である。

どれだけ成長しても根本的にアホな人間はアホのままのだ。ルイズはそんな現実を突きつけられた気分であった。

「で? アンリエッタ姫殿下はどうしてここに?」

「あら、古いお友だちに会いに来た、では不足ですか?」

「貴女がただの古いお友だちなら十分だけどね。姫殿下としての行動としては不足も不足」

無駄にあたまの回るアホほど面倒な生物はない。ルイズはその事実を思い知らされていた。

 

「そうですね、貴女の使い魔を見に来ました」

アンリエッタは間者を学園に忍び込ませていた。どうせあのエロジジィが妙なプライドをはって報告をおろそかにするであろうというのを感じていたからだ。

「お初にお目にかかります、姫殿下……ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール様の使い魔、平……いえ、サイト・ヒラガにございます」

ぴしり、と貴族式の礼をするサイト。

「サイト・ヒラガ……貴方は貴族なのですか?」

アンリエッタは、サイトの言動、姿勢、足さばきすら貴族にしか見えなかった。

「私めの国……そちらで言うところの東方(ロバ・アル・カリイエ)にある我が国では“貴族”というくくりではないのですが、高貴な血を引き、ある土地を治めていると聞かされております」

サイトもルイズも、サイトが異世界出身ではなく東方(ロバ・アル・カリイエ)出身、しかも貴族にしてしまう算段であった。

「まぁ、それでは私達からすれば貴方は貴族と同じですわ」

「しかしながら、本家へ帰る算段もございませぬ……ルイズ様のお陰でこうして、生き長らえてはおりますが」

「まぁ、それはいけませんわ。とはいえ、我がトリステインには空いている領地もごさいません。もし土地が空くことがあれば、きちんと税さえ納めてくださるのであれば工面いたしますわ。なにせ、大事なお友だちの使い魔で、東方(ロバ・アル・カリイエ)の貴族ですもの」

そういうと、微笑むアンリエッタ。

 

実のところ、アンリエッタはサイトが普通ではない……そして、東方(ロバ・アル・カリイエ)出身でないことを見破っていた。パーカーやジーンズなどが、この時代……否、このトリステインや東方での感覚としても“おかしい”ものだと考えたからだ。近いものもあるが、技術的に不可能なのはジーンズの留め具の金具をみればすぐわかった。

 

それでも貴族にするなどと言ったのは、自分の友人の使い魔であれば、例え人間だとしてもルイズの言うことを聞く。ならばプライドと金欲だけで凝り固まった汚職貴族などよりも、友人のよしみもあるのでサイトの方がアンリエッタの命令を聞くはずだ、そんなことを考えていたからだった。

一見トロそうにみえて腹黒い姫殿下であった。

「久しぶりのお友だちとの再会ですが、そろそろ戻らないといけませんわ。それではまた明日」

アンリエッタはそう端的に告げると、フライの魔法で窓から出ていってしまった。

「……アンリエッタ様、変わりすぎだろ」

「それは言わないで……たった今後悔してるわ」

そして二人は顔を見合わせると、ため息をついた。結局、使い魔品評会のことは話題にすら上らなかった。



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08.品評会と仙道パワー

翌日。

 

「で、サイト。使い魔品評会では何をするの?」

あんまり期待してないけど、とルイズは続ける。サイトがいくらかっこよくても人間であるからだ。

「いやまあ、ちょっと『波紋』を使おうと思ってな」

「ハモンって、家から追い出されるやつ?」

「そりゃ破門。まぁ見てな」

サイトは調理場から借りてきたカップをもつ。中には水が入っている。

「これの中には水が入ってる。だから、逆さまにしたら当然水が落ちるんだけど……」

サイトは水に波紋を流す。そしてカップをつかむとひっくり返した。

「え、こぼれてない?」

「これが波紋の力だ。こんなふうに波紋を流せば、液体ならこんなことができる。他にも色々あるけれど、一番インパクトのあることをやろうと思う」

「具体的には?」

「蛙を岩ごと殴って岩だけ砕く。それに、波紋には健康長寿にも役立つんだが、こっちのほうが派手だからな」

「か、カエルなんて名前を聞くだけでもキモチワルイ……うう」

サイトはルイズに波紋について教えようと思っていた。ルイズには波紋の才能がある。伊達に姫様とおいかけっこしていたわけではないのだ。

カエルに怯えるルイズをかわいいと思いつつもサイトは続ける。

「ま、まぁ波紋ってのは波紋呼吸法という特殊な呼吸法によって産み出されるエネルギーでな。簡単な治癒なら出来るようになったりするぞ?」

「……もしかしたら、ちいねえさまの病気を直せるかも? サイト、私にもハモンを教えて!」

サイトはこの言葉を了承ととる。

「よし、わかった」

 

サイトは躊躇いなく小指でルイズの腹を突いた。いや、多少の葛藤はあったが、寸分狂わず突いた。

 

「……!?!?」

「しばらく呼吸はできなくなるけど、ちょっと我慢しろよ」

ルイズの肺から空気を1ccも残さず吐き出させる。それによって、体内の水分に波紋が生まれる。

そして、ルイズが呼吸を取り戻した瞬間、その体に波紋が迸る! そう、まるで光輝くかのように!

「コォォ……サイト、何するのよ! って、これは……!? すごい、体が軽い」

「力の流れを感じるか? これが波紋。俺の突きじゃない、ルイズの呼吸がそうさせるんだ」

波紋とは呼吸によって産み出されるエネルギーである。ルイズの呼吸が、少し波紋エネルギーを産み出しているのだ。

「まぁ、流石にこれ以上は俺にもどうしようもないけどな……まずは」

「まずは?」

「1秒に十回の呼吸ができるようになること。すぐには無理でも、少しずつな?」

 

人間は呼吸することで肺に酸素を送り込む。その酸素は血中の赤血球によって運ばれて、全身へと行き渡る。ならば、呼吸にエネルギーが生まれれば、酸素にもエネルギーが生まれる。それもまた血中の赤血球が運び、全身にエネルギーが生まれる。そうすることで全身に波紋エネルギーを循環させることが可能ッ! そして血液の折り返し地点、即ち手や足、そこからエネルギーを放出できるッ! それが波紋だッ!

そしてなにより波紋呼吸法は仙人の技。自然と長寿になる。

 

かくして、ルイズと永久にいちゃいちゃ計画が始まったのである。

 

 

使い魔品評会当日──。ついにサイトの番となった。

用意されたのは比較的大きめの岩と、蛙。蛙は言うまでもなくタダの蛙で、岩は唯の岩だ。

側にはルイズが佇む。が、気持ち悪そうな顔をしていた。さもありなん、蛙がいるからである。幸い、蛙は眠りの雲(スリープ・クラウド)で眠らされているのでおとなしい。

「私の使い魔は人間になります。東方(ロバ・アル・カリイエ)の出身で、ある土地を治めていた貴族の子孫だそうです」

その言葉にざわざわと会場の貴族たちがざわめく。ちなみに、サイトは平賀氏という豪族の遠い子孫なので嘘ではない。

「東方では魔法の代わりとして、各家ごとに伝わる秘術が存在し、彼の家は代々“波紋”と呼ばれるものを得意とするそうです」

これも嘘ではない。といっても、波紋の他には流法(モード)くらいなものだ。

「波紋には色々な力がありますが、最も目で見てわかる力をお見せしましょう。サイト」

「はっ。それでは、異国の貴族方に波紋の技をお見せしましょう。るオオオオ!」

サイトはそう言うと、蛙を徐に掴み、岩の上にのせる。

そして、蛙へめがけて容赦なく拳を降り下ろす!

「ああ、なんてことを!?」

アンリエッタの悲鳴が上がる。貴族たちも顔をしかめ、女性は顔をそらしている。蛙つぶれるシーンなど誰もみたくないものだ。しかし!

メメタァ! カエルの粘膜を波紋が迸る! そして、ドグチアッ! という音と共に、岩のみが割れる!

「か……カエルはなんともないッ!」

「岩だけが割れた!?」

「……魔法的な仕掛けはないようだな」

「あの程度の岩を割るだけならば、魔法があれば我々にもできる。が、なによりもすごいのはカエルがつぶれないこと……」

波紋の力。それは液体を通り物体に力を伝えるのだ!

「これが波紋の力。私の古き代では仙道とも呼ばれました」

サイトの言葉に、小さく誰かが唸る。

「センドー……」

サイトは恭しく一礼する。遅れながらも、拍手が巻き起こった。相手は東方の貴族、と思い込んでいるトリステイン貴族たちは、内心野蛮だと感じつつも、あの岩のようにされたらたまらないと感じてもいたのであった。

「えー、気を取り直して。続いては──」

 

ちなみにMVPはタバサのシルフィード。流石のサイトもドラゴンには勝てないのであった。

 

「優勝なのね! ごほうびにお肉を要求するのねおちび!」

「ダメ」

「きゅい……」

シルフィードはまた頭を叩かれた。

 

 

「うふふ……」

「随分と楽しそうじゃないか、ルイズ」

「だってだって、みた? あの驚いた顔ったら! サイトの技にびっくりよ! まぁ、私も初めて見たときはビビって同じ反応になっちゃったけど」

品評会でなかなかの評価だったが故に上機嫌のルイズ。

「まぁ、これにして正解だったな。掴みは抜群。正直水面を歩くとかは準備面倒だし、波紋カッターとか波紋疾走(オーバードライブ)はもとより、波紋パンチですら危ないしな」

「え」

ルイズが固まるが、波紋パンチだけで三ヶ月寝たきりなんてザラである。そこに波紋疾走(オーバードライブ)まで持ち出されたらたまったものではない。

「ズームパンチだと地味だし……いっそアンリエッタ様の波紋を叩き起こせば良かったか? いや、不敬罪で殺されるわアホか俺」

ブツブツと呟くサイトだが、持ち前の楽観的な考えで持ち直した。




ルイズが波紋を使える(設定にした)のは、『烈風の子』『年齢を重ねた故の精神力』『今後の未来を変える覚悟』があるからです。


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第一章 エピローグ

「ふぅ……」

 

 女子風呂。貴族ですら毎日風呂に入らないが……いや、一ヶ月に一度入ればいい方だ。そもそも水嫌いが多い。臭いは香水で誤魔化す。そんなものだ。

しかしルイズはサイトの影響で風呂が好きだった。サイトのいた現代のようなシャンプーやリンスのような便利な道具はない。が、石鹸ならある。これじゃあゼロのルイズじゃなくてフロのルイズだ、とからかわれたこともあった。それでもルイズは体を洗うという行為が好きだ。自分を磨き、よりよいものにしている──そんな感覚に陥るからだ。そうすれば、もっとサイトの気を引ける身体になれる気がするから。事実、サイトはルイズのぷにぷにですべすべな肌が好きだ。

 

「貴女潔癖よねぇ」

 

 そう声をかけるのはキュルケだ。メリハリのある裸体と美しい紅い髪を惜しげもなく晒している。

 

「別にそこまでじゃないけど、確かにお風呂は好きよ。自分を磨いて綺麗にする、そんな感じがするからしら?」

「それならお化粧でいいじゃない、別に」

「あら、知らないの? 30過ぎると今のお肌じゃいられなくなるのよ? カサついたり、脂ぎってきたり、化粧ののりも悪くなるし……ふふふふ」

 

 ルイズはそう言うと遠い目をしていた。あのおっぱいお化けがいつまでもぷにぷにですべすべだったのは、頻繁に水浴びをしていたからなのだと知ったルイズがちょっぴり嫉妬したのだが、そんなことは言える筈もない。

 

「う……それを言われると確かにね……あら? ルイズ……貴女、胸ちょっと大きくなってる?」

「えっ!?」

 

 慌てて胸を見るルイズ。そこには平原ではなく、小さな丘があった。そりゃほぼ毎日くんずほぐれつよろしくやっていればそうもなるだろう。

 

「お、丘が、谷間が……ううっ」

 

 ルイズは思わず泣いた。サイトは巨乳が好きなのは知っていた。だから、せめて人並みにと思ってはいたが、かつてのルイズの未来は残酷な結果だった。しかし、いまは違う。活路を見いだしたのだ。もっとサイトの『好き』になれる。そう確信したからだ。それは頭ではなく、心で理解した。

 

「……」

 

 キュルケはぼろぼろ涙を流しながら歓喜するルイズにドン引きした。どのくらいかというと、ルイズが柔らかい笑みを浮かべて敬語で話しかけてくる──それとほぼ同レベルだろう。

 

 

「あー、さっぱりした……」

 

 サイトもサイトでゴエモン風呂を堪能していた。マルトーが使わないからとくれた寸胴の底に板を敷いて熱くならないようにして、水を敷き詰めて暖まっていた。シエスタから貰ったタオルで身体の水分を拭き、乾燥している洗濯済みの柔軟剤の香りが仄かに残っている服に袖を通す。

 実はサイト、以前の『ずっと同じ服』というのが堪えたのか、替えの服を二~三着持ってきていた。雷で焼かれて破けたり剣や魔法でズタズタにされることの方が多かったからというのもある。しかし、下着もずっと同じなのはあんまりだ。

 

 そんな着替えを終え、いい感じに身体が暖まって眠気がするサイトは、欠伸を噛み殺しながらルイズの部屋へと戻った。と、そのベッドの上ではサイトのルイズ(御主人様)が、ネグリジェ姿で頬を朱に染めて嬉しそうににこにこしていた。そんなルイズの姿にどぎまぎしてしまうサイト。そして破顔一笑、ルイズは嬉しそうに胸のコトを報告した。

 

「サイトっ、私ね、私ねッ、おっぱいが、おっきくなったの」

「な……ッ!?」

 

 驚くサイト。だからあれだけ毎晩色々とベッドの上でやっていればそうなるのは必然の理だというのに、夫婦そろって驚くのだからもう。

 

「ほら、みて?」

 

 ルイズはそう言うと、躊躇なくネグリジェを脱いだ。そこには、二つの膨らみが────。まだレモンちゃんの域を飛び出ないが、確かに大きくなっていた。寄せて上げれば、小さな谷が出来るほどに。そして、露になった裸体にサイトが我慢できるはずもなく。

 

「るいずぅぅ!」

「やんっ♪」

 

 小さな丘の頂点へ、キスを落とした。

 

 まだまだこれから苦難は沢山あるが、それでも……今はそっとしておこう。若い二人にお任せしよう、夜は始まったばかりなのだから。そして、いつかこう言ってあげよう。ゆうべはおたのしみでしたね、と。

 

 

 

第一章 完

 

To Be Continued……




D「『キング・クリムゾン』! 時間は消し飛び『フリッグの舞踏会は終了した』ッ!」

※フリッグの舞踏会は原作一巻の最後、ルイズとサイトが踊るシーンがある時。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール様のおなーりー。みなのもの、頭がたかーい。ひかえおろー(違


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第二章:白き国への奇妙な冒険
第二章 プロローグ


その二つの拳の間に生じる真空空間の圧倒的破壊力はまさに歯車的砂嵐の小宇宙!


 爽やかな朝。それは、想い人と迎えるだけでとても幸せなものになるだろう。

 ルイズは目を覚ますと、隣で寝ている(サイト)が視界に入る。それだけで幸せを感じた。目を細めて微笑む姿、それは凛とした彼女の普段のイメージを瓦解させ、再構築させてしまうほどの蕩けた笑みだ。

 

「さいと、おはよう……」

 

 もう語尾にハートがくっつきそうなほど甘い声を出すルイズ。そして、隣で寝ている旦那(サイト)の頬にキスを落とそうとする。

 

「んむ?」

 

 しかしそれは愛しの彼(サイト)からのキスで塞がれてしまう。今は地球時間に換算して午前五時、全く朝から盛った夫婦である。

 

「んふ……んむ、ん……」

 

 ねちっこく当然のように舌を絡ませ、淫らな水音が部屋の中で聞こえる。30秒ほどたっぷりとキスを交わすと、やっと(サイト)(ルイズ)の唇から離れた。

 

「おはよ、ルイズ」

「もぅ、起きてたの?」

「キスしようとした直前にな」

 

 新婚さながらのやり取り。当然のように同じベッドで寝ている二人は、また視線を絡ませるとキスを交わす。今度は触れあうだけのキスだ。

 

「うふふ……もう起きましょ。何時までもこうしていたいけど、波紋呼吸の訓練もあるし。ね?」

「ああ、そうだな……っと」

 

 そう言うとサイトはベッドから這い出て靴を履き、伸びをひとつ。

 

「んー……! よし!」

 

 ルイズはと言うと、ベッドの上で乱れた髪を櫛で整えていた。サイトはそれを楽しそうに見ていた。ちょっとエロい視線だったが、ルイズは我慢した。ルイズはサイトにそういう目で見られるとちょっぴり興奮するのだが、我慢した。そして、いつもの制服姿になると、サイトはルイズの手をとる。

 

「お気をつけを、レディ」

「ありがと♪」

 

 靴を履くとサイトの頬に背伸びしてキスをする。ちゅ、と湿った音が部屋に響く。くどいようであるが午前五時である。朝からもういちゃいちゃしていた。

 

 

「はぁ、はあ……」

 

 とはいえ、波紋修行は過酷である。生まれたときから波紋呼吸をしているような天才でも一ヶ月の修練を必要とする。素人のルイズがそれをやるのは酷である。なにせ、基礎ができていないのだから。

 

 全身に自分の体重より重いオモリをつける。一秒に十回呼吸をする。10分間息を吸い続け、10分間息を吐き続ける。

 貴族の子女にはキツいものばかりだ。しかし、ルイズは諦めなかった。諦めたくなかった。

 

「くっ……呼吸法が完成すれば、サイトとずっと一緒なんだから……!」

 

 生来のものである負けず嫌いで努力を惜しまない性格もあるが、なにより『波紋呼吸法による長寿化』で、サイトを遺して死ぬのだけはどうしても嫌だった。

 ルイズにその事をぽろりと喋ってしまったサイト。前からのうっかり属性は、直っていなかった。

 そのためか、少しなら波紋呼吸をすることが出来るようになっていた。愛の力は偉大である。道理でカウント10以内でボタンを押すと攻撃力が上がるわけだ。

 そんな健気なルイズが可愛いなぁとのんきなことを考えながら、サイトは膝の力だけで跳ねていた。

 

 

 ルイズとサイト。二人を待ち受ける次の受難は、クロリエッタの尻拭い。マザコン子爵が星になる時、アルビオンに奇跡が起こる。

 

 第二章、開幕。

 

 

 



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01.襲来の花畑

 朝食を済ませ、ある日の授業。ギトーの講義だ。見た目からはとても「疾風」には見えないが。

 

「最強の系統は知っているかね? ミス・ツェルプストー」

「『虚無』じゃないんですか?」

 

 ルイズはその聞いたことあるやり取りを聞きながらぼんやりと思う。

 

(虚無は強いし、バリエーション豊富。だけど精神力の消費が馬鹿にならないのよねぇ。初歩の初歩の初歩、『爆発』(エクスプロージョン)ですらかなり消費するってのに。普通に系統魔法の方がマシよ、マシ)

 

「伝説の話をしているわけでは無い。現実的な答えを聞いているんだ」

 

 ギトーの声で現実に引き戻されたルイズは、キュルケの答えを待つ。

 

「それはもちろん『火』ですわ」

「ほほう。なぜそう思う?」

「全てを燃やし尽くせるのは炎と情熱。そうではございませんか?」

「残念ながらそれは違う。最強の系統は『風』だよ」

 

 ルイズは風の系統にあまり良い思い出がない。母親しかり、ワルド然り、ウェールズ王子然り。そして、この授業でも顔面のマエで爆発させてしまったっけ、とぼんやり思い出すルイズ。

 

(はあ、最強ねえ。確かに風って強いイメージがあるわよね……母様も風使いだし。でもあの例の四兄弟……えーと、名前なんだっけ。あいつらは水とか土とか結構巧みに使ってたわよね)

 

 また思考が飛んでいるルイズ。ギトーとキュルケの問答を聞き流しながら、ん? と何かが引っかかる。

 

(今日何かあったような……?)

 

「あやややや、失礼しますぞ!」

「ミスタ? 授業中です」

「今日の授業は全て中止ですぞ!」

 

(あっ)

 

 ルイズと、その傍らに佇むサイトは思い出して思わず顔を引きつらせる。幸い、他の生徒達は授業が休みになったことに興奮していて気づいていないが。

 

(あのマザコンが来る日じゃねーか!)

(あのお花畑が来る日じゃない!)

 

「滑りやすい」

 

 どっとわく教室の中、ルイズとサイトは頭を抱えたくなった。

 

 

 

「「はぁ……」」

 

 思わず重なるため息。正装で来い、と言われたのでその通りに着飾り、サイトも従者として恥ずかしくない恰好で、自室でため息をついてやつれた視線を交わす二人。

 

「なあ、ルイズ。アレだよな? アレとアレが来るんだよな?」

「ええそうよ。アレとアレが来るのよ」

 

 そしてまたため息。ばっくれてやろうか、とも思ったがそういうわけにもいかないので二人は重い足取りで広場へと向かった。

 

 

「……はあ」

 

 アンリエッタは本日10回目のため息をつく。

 

「全く……ゲルマニアに赴かねばならないほど我が国は痩せ細り、啄まれていたのですね」

 

 アンリエッタは愚痴のようにこぼす。それを枢機卿、マザリーニが顔をしかめて返した。

 

「ええ。ですが姫殿下。こうしなければ……」

 

「ええ、ええ。理解していますわ。こうしなければ我が国は滅ぶと。しかしどうにも、ままならないものですね」

 

 アンリエッタはそう言うと、アルビオンのある方角をみやる。

 

「レコン・キスタでしたっけ? 愚かにもハルケギニア統一をするとか。民を苦しめる王政を無くす? 結局は自分たちが甘い汁を啜りたいだけでしょうに。ロマリアやガリアが静観するかしら。そもそも、我々が戦争を今まで行わなかったのは何故かを理解もしていないのでしょうね」

 

 アンリエッタはそう言い切ると、憂いの目で窓の外を見やる。民達が、「アンリエッタ様万歳!」と騒いでいる。笑顔の仮面を被り、手を振れば更に沸いた。

 

「高嶺に咲く花、ね……枢機卿、なぜあのような危険な場所に咲く花がいるとおもう?」

 

「さあ? 私にはさっぱり」

 

「私には判るわ。簡単に摘まれたくないから、人の手の届かない場所に咲くのよ」

 

 がたん、と馬車が石を一つ踏んだ。

 



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02.憂鬱の花畑、それと青銅

リアルが忙しくてちっとも執筆できませんでした。文化祭やったりバイトしたり先輩と新しい小説のネタ考えたり先輩とピシガシグッグしたりと。

ではどうぞ。


 ルイズとサイト──二人は、部屋で話し合っていた。要すれば「ウェールズ王子を助けるのと、ワルドをどうするのか」の話である。

 

 ぶっちゃけて言えば、ワルドの相手は百戦錬磨のガンダールヴとて骨が折れる。スクウェアメイジとの戦いというのはそういうものだ。面制圧力、威力、速度……特に閃光(ライトニング)を名乗るだけおりライトニングの魔法の威力はサイトが身を以て証明した。あれで手加減しているらしいのだから笑えてくる。

 

「「はぁ……」」

 

 ため息を同時にこぼす。これで何度目だろうか? 枢機卿がいればカウントしていそうなものだが、生憎ここには伝説の煩い剣と虚無のレモンちゃんとヘタレガンダールヴしかいない。

 

 ワルドを出会い頭に倒すことも考えてはいたが、ルイズによってそれは止められる。

 

「仮にもワルドは隊長だし、子爵であり、枢機卿の目にもとまっている……サイトの世界風に言うなら超エリートってやつよ。不本意ながら私もそれで前はころっといっちゃってたわけだし……もぅ拗ねないで、今はサイトだけだから。ね?」

 

 さらりと惚気が入っている上に話題が変わりつつあるのは兎も角として、その実正論である。サイトはかつて程では無いがやはり短絡的な思考が多い。あんまり深く考えたり裏を読んだりというのは元より苦手なのだ。

 

「でもよぉルイズ。ウェールズ様をやらせるわけにはいかねぇだろ」

「そうよね……」

 

 ちなみにデルフはサイトの鞄に押し込んである。かちかち煩いし、この会話自体かなりヤバイものだ。ルイズが『サイレント』と同じ効果を発揮させるという珍しいマジック・アイテムを使っているから、外に漏れる心配はあまりないのだが……。

 

「ところでサイト? 私をお膝の上にのせて何するの?」

「はは、なんだろうな?」

「ふふ、なにかしらね?」

 

 そう言いながら胸に手を這わせていたり、可愛らしい臀部を下半身に押しつけたりしているあたり、わかり切っているのだろうが……しかし窓を叩くノック音で興は削がれてしまう。二人は、あ、姫様のこと忘れてた。と素で思っていた。

 

 

 部屋に入ってきたローブの怪しい人物……まあ姫様なのだが、彼女は探知の魔法を使い一応魔法の目と耳が無いかを確認している。更にサイレント──風のドットスペル──を唱えることによって更に周囲に聞こえにくくする。土のメイジなら地面に伝わる振動で分かるかも知れないが、あいにくそんな盗み聞きするようなのはギーシュくらいなものだろう。実際今も扉に張り付いている。ロングビル──もといマチルダは(テファ)からの手紙を読んでニヤニヤして身悶えしているので居ないし、夜間当直はギトーだが、詰め所でサボってワインを嗜んでいるので来るはずも無い。

 こんなことを知る由もまあ無いのだが。

 

「魔法の目と耳があっては大変ですからね」

「そのお声は……姫様?」

 

 ルイズはそう大袈裟に反応する。知っているというのもつらいものだ。

 

「ええ、如何にも。アンリエッタ・ド・トリステインです。よしなに」

「これは失礼いたしました。何故このような『粗末な場所』に『高貴』な『姫様』がいらっしゃったのですか?」

 

 跪きながらルイズはそう返すが、言外に「なんで来たのよ! 良いところだったのに……」と言いたいのをサイトは同じく跪きながら感じ、嬉しく思った。……決して口元がにやけて等居ない。

 

「ああ、私のルイズ! そんな他人行」

「姫様、失礼ですがそれは二度目でございますわ」

「もう、つれないわね」

 

 くすくすと笑うアンリエッタ。おい、どうしてこうなるまで放っておいたんだよ。仕方ないじゃない、もう気がついたら末期だったのよ。とアイコンタクトで会話。もう爆発してしまえ。

 

 んんっ、と咳払いをすると真面目な顔をするアンリエッタ。……いやもうクロリエッタでいいや。クロリエッタはその暗黒微笑を消して真顔になって説明を始めた。

 

「私がこの学園で態々貴女の部屋に来た理由はね? 知っての通り不本意ながら……そう不本意ながら! 仕方なく! ゲルマニアとの同盟のために、ゲルマニア皇帝と婚姻を結ぶことになっているのです。しかしここに不安要素があっては同盟は結ばれず、レコンキスタを名乗る賊共にこのトリステインは瞬く間に蹂躙されてしまい、民は路頭に迷うでしょう……」

 

 大袈裟にそう言うアンリエッタの言葉を二人は黙して聴き続ける。

 

「そこで、その不安要素を摘むべく貴女には私直々に極秘任務を渡しますわ。ウェールズ様への愛を綴った手紙を滅却するよう御願いして下さいまし」

 

 ひどい内容ではあったが、ルイズ達とて行かねばならぬ理由がある。

 

「承知いたしました。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの名にかけて……そして、姫様とこの杖に誓って任務を遂行いたします」

 

「ただし、死ぬことは許しません。私の名と貴女の杖に誓いなさい。……必ず生きて帰ってきて」

 

 最後の言葉は親友としての悲痛な叫びであった。王女としての考え方としては一番信の置けるルイズに依頼するのは間違いでは無い。……そこが、戦場でなければ。しかし、それでも行って貰わなければ、今度滅ぶのは国と民だ。真っ黒アン様は美しき水の国トリステインを愛する故に、苦渋の選択を決めた。

 

 他に適切な人物がいれば向かわせた。何も親友ルイズでなくてもよかったのに。アンリエッタは心の中でそう独り呟いた。

 

「っ、承知いたしました。ここに生きて帰ることを誓います。王女様と、この杖に誓って!」

 

 この形式ばったやりとりはもう見慣れたものだが、やはりこの「名にかけて」という言葉だけはサイトは好きになれなかった。確かに名にかけるのは良いが、それで死んだら元も子もない。生き残る。生きてルイズと添い遂げるのだ。でなけりゃ命張った意味が無い。かっこつけたがりなサイトの男のプライドであり、ルイズを想うが故であった。まあ、アンリエッタが「生きて帰ること」と言ったことで「何があっても護る。つーかワルドにレモンちゃんはわたさん。ルイズはおれのだ」と惚気ていた。

 

「……これを持って行って。私の意思を連れて行って下さいまし。王家の使いである証明にもなります」

 

 アンリエッタが渡したのは水のルビー。その澄んだ蒼は何故かアンリエッタに似合っていた。腹の中は水底のように黒いというのに。

 

「分かりました。姫様の密命、必ずやお受けいたします」

 

「一応名うての騎士を一人着けます。極秘任務という性質上、大人数で向かうことは不可能ですから。……本当は、一個大隊を着けたいくらいですが」

 

「姫様…─」

 

 と、ここで終わればよかったのだが、偶々──本当に偶然にもサイレントの効力が密命の部分で途切れてしまったのだ。本当に偶然にも。

 

「姫様! その役目、この不肖ギーシュ・ド・グラモンにもどうかお与え下さい!」

 

 ばん、と愛の巣(ルイズの部屋)の扉を開け放ってそう叫ぶギーシュ。

 

「グラモン家四男ではありますがその任務必ずや──」

「当て身」

「ぐ、ビリッと、きた……うっ」

 

 とりあえず騒ぎになっても面倒なのでサイトはほんのちょっぴりだけ波紋を纏った手刀でギーシュの意識を刈り取った。憐れギーシュ。だがお前が悪いのだ。

 

 結局、ギーシュは任務の内容を全く知らされないままルイズ達に同行することになったそうな。



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03.変態仮面登場!

グレイト……フル……デッ、ド……やるんだサイト……栄光は……おまえに……


 翌日、朝もやの中、三人は港町ラ・ロシェールへ向かうために馬を用意し、今まさに出発というところ。

 

「なぁルイズ、サイト。姫様のご命令とは一体なんだい?」

 

 素朴な疑問をギーシュが問いかける。その問に爆発ピンクと犬が答える。

 

「駄目よ。守秘義務があるわ。貴方は何も知らぬまま……それが貴方の名誉を守るためであり、姫様の誇りを守るためでもあるわ」

 

「俺達の国じゃあそれを必要最低限の認知(Need to know)って言ったな、確か」

 

 ギーシュはその二人の言葉にわかった、と納得する。実際には痴情のもつれというか、お花畑の尻拭い─ギーシュなら是非やりたいと言いかねない─というか。

 

「ところで話は変わるけど……どうして僕は一人で君達は相乗りなんだ?」

 

「あん? ギーシュ、貴族の子女、しかも今回は極秘任務だ。馬を乗るに長時間はキツいだろ」

 

 何馬鹿なこと言ってんだ、とでも言いたげにサイトはそう返す。

 

「そうだがね、キミ達近すぎやしないかい? こう、何か間違いが……」

 

「使い魔が主人に劣情を及ぼすとか馬鹿じゃ無いの? 何言ってるのよギーシュ。おばかね」

 

 なんだと!? と怒るギーシュ。だがしかし、ルイズとサイトは()()()()()()()()()()()()のレベルではない。前世からして夫婦なのだ。

 

 ちなみにサイトはちゃっかりレモンちゃんのヒップとぬくもりを堪能して元気になっており、それを感じてルイズも若干興奮しているのだが、それは今はどうでもいい話だ。

 

 ギーシュがヴェルダンテを呼び出して一悶着あったものの、問題なく出発……しようとして、ふと上空を見上げたサイトは()()()()()()

 

「コォォ……上から何か来るぞ!」

 

「っ!?」

 

 馬から飛び降りサイトは打刀に手をかける。上から来たのはまあ予想通りグリフォンで、あの男だった。

 

「剣と杖を収めよ! 私は姫殿下より命を受けた援軍である! グリフォン隊隊長のワルドだ」

 

 ルイズとサイトは心の中で同時に舌打ちした。そしてそこでハモったのがちょっと嬉しく思った。このバカップル爆発しろ。

 

「グ、グリフォン隊隊長!?」

 

「こっちにきた俺でも知ってる。『閃光』のワルド……」

 

 ルイズとサイトはちらりと見合ってアイコンタクト。そして武器を仕舞う。とはいえ、剣は抜いていないし呼吸を止めるつもりも無い。

 

「オヒサシブリデスネ、シシャクサマ」

 

(ぶふっ)

 

 ルイズの全力の棒読みにサイトは思わず吹きだしそうになる。ギーシュはヴェルダンテを抱えてビビっているので気にも留めていない。

 

「久しぶりだね、()()()()()()()()

 

(こいつぶっ殺してやろうか……いやいや考えるな。心の中で思ったときは行動が完了しちまう)

 

 ガンダールヴは激しい感情で輝き、主を守るときに真価を発揮する。その気になれば油断しているこの子爵様を斬殺するのは容易いだろう。

 

 だがここにはギーシュもいる。ひとまず、ひとまずサイトは我慢してルイズに目配せ。

 

――――信じてるからな、ルイズ。愛してる。

 

――――勿論よ。私の鍛えた演技を舐めないでね。愛してるわサイト。

 

 

 目線でそう会話すると、ルイズは子爵様にぞっこんである()()を始めた。

 

「本当に……はぁ、本当にお久しぶりです、子爵様」

 

 ルイズは瞳を潤ませ、まるで夢見る乙女のような視線をワルドに向けている。更に甘いため息までついてみせる。その視線にワルドも少し鼻の下を伸ばす。ギーシュもその無垢ながらも色っぽい仕草にどぎまぎされてしまう。

 

 悪女だ。悪女がいる。サイトは最初の棒読みは何処へいったと言わんばかりの呆れと、ルイズの新しい面を見つけての喜びで若干顔がにやけていた。この嫁馬鹿。

 

「さあ行こう!」

 

 

上空で移動しながらルイズがワルドにくっついて惚れているフリをしているころ、ギーシュとサイトは並走しながら駄弁っていた。

 

「お前さあ、薔薇のあり方だかなんだか知らないけど女の子は自分一人を愛して欲しいもんだぞ」

 

「どうしたんだサイト、唐突に……」

 

「いいかげんモンモンなのかケティなのか、それ以外なのか……ばしっと決めたらどうだ? 一人に絞ってやれば女の子も諦めがつく、らしいぞ」

 

「モ、モンモン……。いや、成る程ね。……まっ、僕は今のあり方を変えるつもりは無いけど参考にしておくよ。で、それは誰の言葉だい?」

 

「んー、森の妖精(ティファニア)と、妖艶な子(アン様)かな」

 

「なんだねそれの曖昧な表現は……」

 

 ラ・ロシェールに向かいはじめ早二日。この山道を越えればもうすぐだ。サイトはこの先に襲撃があったことはおぼろげながら覚えていた。

 

 くだらない会話を続けていると、さく、と馬の足下に何かが飛来して馬が足を止める。矢だ。

 

「敵襲だ!」

 

 ワルドが叫び、高度を下げる。矢に狙われないためだ。

 

「コォォォ……っ」

 

 サイトは「やることはかわらねぇ」と言いたげに背中からデルフリンガーを抜く。

 

「おいデル公起きやがれ。俺とお前の初の実戦だぜ。やる気出せ」

 

『おっ、いいねぇ! こりぁいい! 俺様の切れ味にびびんなよ!』

 

「錆剣がなに宣ってやがる」

 

 崖からの矢で動きを止められた一行。そこに現れるのは近接担当らしき盗賊と仮面の男。

 

「仮面のやつはメイジだ! 僕が相手になる! ルイズはここで待っていてくれ」

「はい、子爵様。ご武運を」

「ふ」

 

 サイトとルイズはあまりのキモさに躰を震え上がらせた。ワルドには恐怖の震えに、ギーシュには武者震いに見えたらしい。

 

「行くぞ!」

 

「ワルキューレよ!」

 

 と、ここで背後から氷と炎の魔法が敵を蹴散らす。飛んできた方向を見れば、そこのは見覚えのあるドラゴンが。

 

「はぁーいサイト、来ちゃった!」

「……」

 

「ききききゅるけ、あ、あんたねぇーっ!?」

 

 前と同じく唐突に現れた二人にサイトは苦笑するしか無かった。そしてつい叫ぶルイズ。

 

 出番を奪われた哀れな子爵殿はといえば、無表情で矢を放ってきた連中を捕縛しに向かうのだった。若干、背中が煤けて見えた。



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04.みなとまち

Dirty Deeds Done Dirt Cheap……“いとも容易く行われるえげつない行為”

 KUAA! 頂点は常に一人、帝王はこのDIOだッ! 『メイド・イン・へヴン』ッ! ……やったぞ! 発現したぞ! 我が行動に1点の曇り無し! 全てが正義だ。


「チッ」

 

 仮面の男は舌打ちをする。「土くれ」のフーケ、もといマチルダを取り込むスキは学園の教師という柵が邪魔をする。強硬手段はあまり望ましくない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()、これでは接触すら出来ない。それにフーケの情報に関してはどうも信憑性に欠ける。どうにもうまくいかんな、と呟く。

 

 とりあえずルイズ達の戦力を削らなければならない。そのためにはます、あの余分にくっついてきた女ども(タバサとキュルケ)、それからあの金髪(ギーシュ)。それさえ引きはがしてしまえばどうにでもなるだろう。あの使い魔(サイト)はついてきそうではあるが……あの程度ならどうにでもなる。魔法を使えない平民だ、毛ほどの役にもたたんだろう……いや、肉壁くらいにはなるやもしれんな。

 

 仮面の男──ジャン・ジャック・ド・ワルドはそう高をくくると、適当な傭兵と流れのメイジを金で雇うのだった。

 

 奇しくもそのメイジは土メイジであった。

 

 

 ラ・ロシェールで一泊をすることになった一行だが、部屋割りで少々困ることになった。

 

 部屋が三つしか空いてないのだという。キュルケとタバサは同じとして……そもそもこの二人が居なければ一人一部屋でいけた──タバサは申し訳なく思っていたが、眉一つ動かしていない──のだが。

 

「子爵様。婚約者とはいえ婚前の男女が同衾(どうきん)などしてしまえば問題です。ここは部屋をわけるべきです」

 

 普段の行動を鑑みれば「何言ってんだコイツ」という事をすらすらと述べてみせるサイト。棚に上げて、ともいう。

 

「ふむ、一理あるね。しかしだね使い魔君。今回の最優先護衛者はキミでもなければそちらの僕のルイズのご学友達でも無い。ルイズの筈だ。あの野党達がエキュー金貨を持っていたことから分かるように既に“敵”に所在がバレているだろう。もし暗殺者に襲撃でもされてみたまえ、目もあてられぬ結果になる」

 

 確かにそうだが──それではサイトは納得しない。老獪な貴族達をのらりくらりと避けてきたサイト二十年の経験がものをいう。

 

「しかしですね子爵様。それで間違いが起きてしまえばただ事では無いのですよ! 貴方はラ・ヴァリエールを敵に回したいのですか? 未来の布石のためにも、今回ばかりは御自重下さい。守りならば、私がします。肉壁くらいにはなれますし、その内に御主人様が貴方の元へ行かれればもう安心でしょう。風のメイジなのですから、音には敏感なのでしょう? それに今まで使い魔として生活してきましたが、問題も起きていません。この世の中に主人に欲情する使い魔が果たしているでしょうか? いや居ないはずです!」

 

 “使い魔”と“ヴァリエール”を盾に逃げの一手。かつ、諦めさせる理由を伝える。ワルドは今のサイトからして、この手の口論に馴れていないな、というのはすぐに分かった。そもそも裏切るのなら愛の逃避行と称してルイズをまるでお姫様のように攫って、更にあの王子を殺すのは分身体で十分の筈なのだ。あの恋に恋してたルイズならころっと落ちたのに、苦悩する間もなく攫ってしまえばよかったのに。後で水系統で洗脳なりなんなりすればもう言うことの聞く虚無の肉人形の完成だ。潜伏までは良かったが……詰めが甘いなへたくそめ。

 

 多かれ少なかれ貴族という生き物を知っているが故の行動であった。

 

「ふむ……そうだね、いやすまない、浅慮なことをしてしまった」

 

「いえ」

 

 サイトは踵を返すとルイズをエスコートして部屋へと向かう。それをみたタバサとキュルケは顔を見合わせると、どちらともなくため息をついて部屋へ。

 

「わ、ワルド隊長殿。今晩は不随ギーシュ・ド・グラモンがご一緒していただきます!」

 

 がっちがちに緊張しているグラモン家四男にワルドはため息をつく。

 

(どうしてこうなった)

 

 

「さいとぉ……」

 

 二つあるベッド。こっそり持ってきた精度の低いサイレント──風のメイジでもなにか喋っているな、くらいしか分からない程度にするもの──を使うと、ルイズはここぞとばかりにサイトに抱きついて涙目。サイトはこんな可愛い生き物相手に欲情するなとか無理だろ、と先程の発言を心の中だけで撤回する。

 

「よしよし、がんばったな」

「ん……」

 

 ぽふぽふ、と頭を撫でてやると身体をこちらにあずけてくる。ふはは、これが信頼の差だよワルド君!

 

 若干おかしなテンションのサイトは流れるようにルイズを持ち上げて口づけをすると、ルイズを抱き締めたままベッドに背中からダイブ。ぎし、とベッドの木材が軋む。

 

「ひゃう!?」

 

「何もされてないよな? ……かわいいよ、ルイズ。愛してる」

 

「うん、大丈夫。えへへ……さいと、わたしもあいしてる」

 

 そのまま再び口づけを交わす。

 

「ん……やぁ、さいとぉ、そんなとこちゅーしたらあとがみえちゃう……」

 

「悪い虫に刺されたとでも言っておけよ」

 

「やぁ……ひぅん! そ、そこさわったら、ほんきになっちゃ ……」

 

「じゃあやめる?」

 

「……さいとのいじわる」

 

 再びキス。こいつら、ワルドにくっついてるのを一日邪魔されただけでこれである。睦言を交わし互いにきゅんきゅんしながらも夜は更けていく。

 

 

 

 ちなみにワルドは早々にふて寝していた。



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05.ジャックの受難

WIXOSSの映画見てきました。いやー、声優ってすごいですねぇ。特にウリスとあきらっきー。あの声質の切り替えとかどうなってんだ。


 翌日。サイトとルイズが同時に目を覚まし、もはや当たり前のように口づけを交わした直後、ノック音。

 

「ちょっと待って下さい。身支度をしますので」

 

 サイトは扉の向こうにいるであろう髭面にそう言った。

 

「ふむ……わかったが、いそぎたまえ」

 

 サイトはワルドがルイズにいいとこみせようとするあの日であるということを覚えていた。嫌な記憶であり、やり直したいと思っていた記憶は覚えているものだ。

 

 パーカーを羽織りジーンズを履く。ベルトを巻いて帯刀、帯剣、ナイフとマフラーを装備し、ポケットの中のベアリング弾を確認してからスニーカーを履いてベッドから降りる。

 

 ルイズもいつもの服に着替えてばっちり。耳元で「愛してる」と囁きあってから扉を開く。声からしてワルドなのはわかっていた。

 

「おはようございます、子爵」

 

 扉を開いたのはルイズだ。柔らかな笑みを浮かべ嬉しそうに見え、声にも熱がこもっているが、目に全く感情がない。そこらへんの埃を見るような感じの目だ。しかし戦い一辺倒であり、貴族同士の付き合いも少なくただ聖地を目指す彼にとってそれは見えていない。というか、ルイズは心を覗かれない限りバレない自信があった。座学以外で、その無い胸を張れるもののひとつだった。

 

「ふむ、そういえば使い魔君はどれくらい戦えるのかね? 仲間の戦力がわからんというのは危険なことだ」

 

「それなりには。少なくとも、そこいらの兵士に後れを取るほどではないと自負しておりますが」

 

「ふぅむ……くちではいくらでも飾りつけられる。どうだね、ここはひとつ手合わせしてみないか? どうせ明日の朝までなにもすることはあるまい」

 

 等と供述しており、というニュースのような追加の言葉がサイトの頭の中で流れる。ちらりとルイズを見てから、こくりと頷く。

 

「わかりました。お相手させていただきます」

 

 上がる口角を必死に抑えながら。

 

 

 

 情報隠匿というものがある。相手に教えるべきではない情報を隠すことだ。たとえば、サイトの波紋。たとえば、ルイズが既に虚無として完全に覚醒していること。たとえば、デルフの能力。それはワルドにとっても同じ事だ。例えば言葉に紛れさせた詠唱。例えば、風の偏在(ユビキタス)。例えば──世界崩壊の理由。

 

「ここは昔、男達が──」

 

 女を取り合っただの、力を競い合っただの、そんなうんちくをたてならべて闘う口実を説明する。

 

 

「僕のルイズにも僕の実力を見せたいと思ってね」

 

 つまるところ、そういうことなのだ。

 

 サイトはすらりと打刀を抜く。ちゃっかりタバサにおねがいしてかけてもらった固定化によりそれは息を呑むほどの美しい輝きとそりを見せる。

 

「美しいな……それが使い魔君の故郷の剣なんだ」

 

「ええ。刀とよびます。美しく、それでいてよく斬れる」

 

 ワルドは素直にその剣の美しさを誉めた。しかし、同時にもろいであろうことも瞬時に思った。あんな薄い剣が魔法などもろにくらえばひとたまりもないだろうと。

 

 ワルドは杖剣をすらりと引き抜く。レイピア型の杖であり、トリステインの騎士ならばもっているもの。それに「ブレイド」の魔法をかけると、緑色の光を刀身が纏う。

 

「さあ、かかってきたまえ使い魔君」

 

「……いきますよ、子爵殿」

 

 軽く前傾姿勢になったかと思うと突如サイトの姿が消えたように見える。だが、ワルドは風の音を頼りに余裕すら持って初手を防ぐ。ガチン、と剣と剣がぶつかり合うにしては妙な音が鳴る。

 

「──ナイフか!」

 

「……」

 

 早さに任せて翻弄し、刀と思わせてナイフ。そのまま離れると即座に納刀、抜剣。こんどはデルフだ。

 

『俺様の初相手は貴族様か! ひゅう、強そうじゃねーか』

 

「だまってろ錆剣」

 

 ぼろぼろに錆びた剣。しかしワルドは油断せずエア・ハンマーで吹き飛ばそうし──

 

「そこかっ!」

 

 デルフリンガーを沿わせるようにして風に乗って避けた。まるで凧や風車のように、風を受け流して。

 

「なっ!?」

 

「これでも耳は良い方ですので」

 

「はは、まいったね。結構やるようだ、使い魔君」

 

 サイトの今回の目的は一矢報いることだ。勝とうが負けようが。

 

「なら、これはどうかな?」

 

 ライトニング。ライトニング・クラウドに比べて威力は高いがその分狙いづらく、その魔法が自分にあたり、死に至る貴族も決して少なくない、高度な呪文だ。

 

 ワルドは「ライトニング系は金属に惹かれるように動く」ことを知っていた。ナイフに刀にと、まさに狙ってくれと言っているようなもの。風を受け流したときは驚いたが、これでとどめだ。死なないように手加減もしてある。ワルドは思わずほくそ笑み、杖から稲妻を放った。

 

 

 次の瞬間、中空で止まる稲妻。そして気がつけば自分は錆びた大剣を突きつけられ、杖を弾かれていた。なにが、おきた?

 

 奴が居た場所をみればなんのことはない。武器がそこに放置されていた。刀二本とナイフ二本。それが避雷針の役割を果たしたのだ。ガンダールヴという恩恵によって。

 

 ──これ以上闘うのは得策ではないな。なんという戦闘勘……気をつけねばならんか? いや……まだもう一本持ってることに気がついてない。甘いな。獣のような鼻の良さはあるが、それだけだ。最悪、囲んでライトニングしてしまえばいい。

 

 ワルドは負けたというのに清々しい笑顔でこう言い放った。

 

「いや、模擬戦とはいえ油断した! まさか魔法を避けられるなんてね……思ってもみなかったよ。使い魔君、きみは十分に使えるようだ。味方で頼もしいよ」

 

「手加減なさっていたのでしょう? 子爵殿に比べれば私などまだまだです」

 

「ははは、ばれたかい?」

 

(……やりづらいガキだ)

 

 内心舌打ちし、「そろそろ朝食をとろう」と切り出した。

 

 ちなみにルイズはというと、サイトがワルドを圧倒しているのを見てきゅんきゅんしていた。なんであの時ワルドを好きになってたんだろう、と首をかしげるくらいに。




没ネタ

ルイズ「あなたのことずーっと前から嫌いだったわ、くそったれさん」

サイト「俺は最初から切られても大丈夫なようにロープの結界をはっていたのさ」

ワルド「うっうううー……HEYYYY!! あぁあんまりぃぃだぁぁ!! 俺の腕がぁぁ!」

なんだこれ(困惑)


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06.アルビオンへ飛び立とう

待たせたな(蛇声)

いやほんとお待たせしました。最近麻雀にはまってたとかそういわけではありませんので。

ホントダヨー


 双月が二つの影をくっきりと映し出す。ベッドへ腰掛けている二人は手を絡め合い仲睦まじく双月を眺めていた。男の空いている手には大剣が抱えられている。

 

「サイト……きれいね」

 

「ああ。あの時もこんな月夜だったな……ルイズったらワルドに騙されちゃってよ」

 

「もぅ、そんな昔のこと掘り出さないでよ……ね? 今はサイトだけだもん」

 

 意思ある煩い剣(デルフリンガー)は二人の会話をガン無視して寝ていたのだが、サイトに引き抜かれることによって目を覚ます。

 

「何だよ相棒、今気持ちよく寝てたってのによ」

 

「煩ぇデルフリンガー。いい加減寝ぼすけは止めてくれよ。伝説の使い魔、ガンダールヴ(サーシャさん)の持った魔剣よ」

 

 サイトはそうぶっちゃけた。

 

「おでれーた、なんで知ってんだおめー」

 

 

 サイトがちゃっかりデルフの覚醒をしている頃。一階では襲撃が駆けられていた。咄嗟にキュルケが作った石テーブルの遮蔽に隠れながら、四人で抵抗をしている。

 

「やはりつけられていたか」

 

「どうするの子爵サマ。このままじゃジリ貧よ」

 

 ワルドはわざとらしくヒゲを摩りながら唸る。

 

「ふむ……確かにミスの言うとおこのままではじわじわと嬲り殺されるだけだ……ならば分散するしかあるまい」

 多少の計画の狂いはあったものの、概ねワルドの思い通りになっている。いちおうは。

 

「どうしました!?」

 

 タイミングよくフル武装のサイトがルイズを連れて降りてきた。ワルドはそれを見ると、ルイズに笑みを送りながら――ルイズは気持ち悪いと感じた――説明を始めた。

 

 

「僕の愛しのルイズ、それと使い魔君……丁度良い。いいかね? 今から足止め役とアルビオンへ向かう役を決める。アルビオン行きには任務の詳細を知っているルイズは確定として、その護衛に少数精鋭が必要だ。スクウェアである僕と、手加減したとはいえ僕に勝利した使い魔君が適任だろう。使い魔君の素早さは即応力に長けるということだからね。ミス・ツェルプストー、ミス・タバサはトライアングル、ミスタ・グラモンはグラモン家の四男。この程度の相手ならば逃げることも容易だろう。構わんね?」

 

 ワルドはそう説明した。自分が加減したとはいえ負けてしまった以上、サイトを置いていく訳にはいかない。もし勝っていたにしても使い魔という理由でどのみち連れて行かなければならないのだから。ワルドは何でもなさそうなふりをしていて、その実はイライラしていた。まあ無理も無いだろう、思い通りにならなければ誰でもイラついてしまうものだ。

 

「解りました。すぐ行きましょう」

 

 飛び交う矢を風で守って貰いながらルイズとワルドがグリフォンの元へ向かう。サイトは、ワルドが離れたのを見計らってから、タバサに話し掛けた。

 

「なぁ、タバサ」

 

「……何?」

 

「頼みがある」

 

 偶然を必然に変えるために。

 

 

 サイトはすぐにワルドに追いついた。フネの港についても驚くことは無い。ワルドはルイズに愛()を囁いている。

 

「……!」

 

 サイトはすぐに刀を抜き呼吸を整える。仮面を被った男が階段の下から現れるのが見えた。左手でポケットからベアリング弾を取り出すと、指で弾く。もちろん波紋を流すのは忘れない。直後に甲高い金属音が響く。どうやら弾かれたらしい。

 

「敵だ、ルイズは後ろにいたまえ」

 

「きゃあ!?」

 

ルイズが叫び、ワルドがそういう。サイトはその事に顔色一つ変えずに超スピードで突っ込もうとして──刹那。その場から飛び退いた。奴の周りに冷気が集まっていく──

 

(来たっ、ライトニング・クラウド!)

 

 雷速は光と同等の早さだと言われている。しかし、ライトニング・クラウドは人間の目には一瞬であるが、魔法であるという性質上、発動までに若干のタイムラグが存在している。

 

 その一瞬の間隙を、サイトは見切った。ナイフを投擲して避雷針代わりにする。電撃は吸い寄せられるようにナイフへと向かい、それをもろに受ける。それを見て固まっている偏在目掛けて急接近し、容赦なく首を刈り取った。それは偏在なので、攻撃を食らった瞬間、風となって空気に溶けていった。

 

 サイトは通算二度もライトニングを喰らったナイフを拾うと、違和感に気づく。若干であるが、帯電している。幸いグリップ部は絶縁体なので何ともなっていない。若干熱を帯びている程度だ。軽く振るうと、バチバチと放電する音が聞こえた。サイトは刃に触れないようにホルダーにきちんと仕舞う。

 

「無事かね?」

 

「勿論です、この程度を乗り越えられなければ使い魔の名が泣きます」

 

「……そうかね。さあ急ぐぞ」

 

 しかしワルドはサイトに傷一つ負わせられなかった偏在へ内心毒づきつつ、サイトに声をかけ、踵を返すとルイズを連れて階段を登っていった。ざまあみやがれ、とサイトはワルドに向けてそう思った。

 

 桟橋に到着し、ワルドが色々と交渉してフネでアルビオンへ向かうことが出来るようになった。

 

「もやいを放て! 帆をうて!」

 

 そのフネがふわりと浮上する感覚に苛まれながら、三人を乗せてフネは飛び立つ。目指すはアホ王女の思い人がいるあの地、白の国アルビオンへ。

 

 そしてちゃっかりルイズと同室を確保してワルドに歯噛みさせるサイトであった。



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07.山賊

 空賊。山賊や海賊と同様に、行商を狙うごろつき共の集まり。そんな空賊もフネを所有し、襲撃を掛けてくる。

 

 そんな空賊が、今サイト達へと迫っていた。

 まあ当の本人達はワルドをフネを動かすために追いやり、甲板で風を感じていた。なんだこいつら。

 

「旗流信号……停戦命令だ」

「貴族様! スクウェアなら何とかしてくだせぇ!」

「残念だが魔法に回す余力はもう無いよ。あのフネに従うしかあるまい」

「これで破産だ……裏帆を打て。停船だ」

 

 程なくして、どたどたと忙しなく──しかし規律の取れた行動で空賊(笑)達が乗り込んでくる。そして、無精ヒゲを生やした男が降り立つと、ぶしつけに周囲を見回しながらぶっきらぼうに叫ぶ。

 

「船長はどこでえ」

 

(ぶふっ)

(お、おいばか、わ、笑うな……)

 

 緊迫したシーンの筈なのに笑いを堪える二人。正体が分かってるとその緊迫感も薄れてしまうというもの。何せその演技が中々に堂に入ったものだから余計に。……船長が出てきてなんとか逃れようとしているのにだ。そして騒いでいたワルドのグリフォンは眠らされる。

 

「硫黄──火薬か。全部戴く。料金はお前らの命だ」

 

 そろそろ腹筋の限界が近づいてきたところでサイトとルイズも捕縛された。

 

「おい、この娘に酷い目あわせたくなかったら武器を全部出せ。隠してるのもだ!」

 

 サイトは言われたとおりに、デルフリンガー、刀二本、ナイフ二本、ベアリングを外す。ばらばら、と床に落ちる音がした。

 

「……これでいいか?」

 

「あ、ああ……」

 

 戸惑う空賊をよそに、サイトはろくな抵抗もせず捕まる。

 

(流石にあの使い魔君もかたなしだな)

 

 ワルドはふん、と鼻で笑いつつも、大人しく杖剣を渡していた。

 

 

 連れて行かれた相手のフネの牢屋に放り込まれるサイト達。見張りが牢屋から離れてからサイトが口を開く。

 

「さて、どうしますか子爵。武器も杖も無い。脱出しようにもここは空の上。頼みのグリフォンは魔法で眠らされ、飛行(フライ)浮遊(レビテーション)では精神力が足りない」

 

 ワルドは確かに、と相槌をうつ。

 

「だが何もせずにこのままという訳にも行くまい?」

 

「機を待ちましょう。連中はあのフネを塒へ持ち帰るようです。あとは杖と武器さえ取り返せばこちらのモノです。子爵様は精神力の回復に努めてください」

 

「随分と強くものを言う。私は貴族だぞ?」

 

「剣で頭を吹き飛ばされれば貴族でも死にます」

 

「ふむ。その胆力は嫌いじゃないぞ、使い魔君」

 

 いつになく賢そうなサイトだが、これは“経験則”といつやつであり、決してサイトのマヌケが治ったわけでは無いことをルイズは悟っている。いやまあ、確かに軽減はされているのだが。

 

「確かにあの状況よりは幾分か……おっと、見張りが来るぞ使い魔君」

 

「流石ね、子爵様」

 

 かつ、かつ、と足音がして、檻の向こうに男が現れる。その手には皿が乗せられたトレイを持っている。

 

「ほれ、飯だ」

 

 男はトレイを無遠慮に置く。がしゃん、と食器が音を鳴らした。

 

「ところで一つ訊くが、おめえらは何しにアルビオンに来た」

 

「どうしてそんなことを聞くの」

 

「いや、もし貴族派へ協力に来たんだったら、済まねえことをしたと思ってよ。もしそうなら、()()()()()()()()()()をしてやらにゃあなと思っただけよ」

 

「それなら()()()()()()、私達は王党派」

 

 素直なのが美点。サイトもルイズも、“知っている”から狼狽えては居ないし、必死にもなっていない。ルイズはサイトがあの怪我をしていないので、内心ご機嫌。本当なら気分が良すぎて歌でも歌い出したいところだが、それは流石に自重している。

 

()()()()()()()()()()? 後で泣きついたってしらねえぞ」

 

「空賊如きに媚を売るくらいなら、誇りを守って死んだ方がマシよ」

 

「……そうかい。」

 

 ルイズと空賊の、含みを持たせた会話を聞きながら、サイトは一人(もし本物だったらどうしようかなあ)と今更ながらに考えていた。

 

数時間後。スープとパンは子爵にこっそり毒味させ(単に先に食べなかっただけ)、他愛もない会話を続けていると先ほどの男が現れる。

 

「ついてこい、頭がお呼びだ」

 

 その後の顛末については、語る事も無く。即ち、アルビオンとトリステインに虹の橋が懸けられた、ただそれだけの話である。




いろいろありまして、投稿が非常に遅くなりました。拙作を楽しみにしていた方には本当にもうしわけありません。
今後も投稿は遅れ遅れとなると思われますので、長い目でみてやってくれると助かります。

3/15 追記
 誤字修正の報告を受け、適応させていただきました。ご報告ありがとうございます。


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08.ほらキミの魔法を掛けて

ねがいはきっと、叶えてみせる。


 ウェールズ殿下。彼女(おはなばたけ)を愛していながらも愛では無く国に殉じ、しかし死体を弄ばれた悲劇の王子。そんな、彼率いる“アルビオン残党軍”としか呼べない彼らは、硫黄で「自爆できる!」と喜んでいた。その光景は、何度見ても痛々しいとサイトは思った。

 

 そして、ルイズ達は王子の部屋へ。

 

「……宝箱でね」

 王子の笑みは何処か悲痛だった。サイトは見てられなかった。ルイズも顔を伏せた。

 

「これが、姫からの手紙だ」

 

 王子は愛おしそうにその手紙を指でなぞり、開き、一度読み返した。そうして瞑目すると、躊躇いも無く引き裂き、暖炉に放り込んだ。バラバラになった手紙が燃えさかる暖炉でただの灰になっていく。

 

「これでこの通り、手紙は処分した」

「ありがとうございます」

 

 戦いに勝ち目はあるのか? そんなことはもう確認することは無い。地球にはたった三百の戦士が二万もの損害を出した事があったし、サイトはたった1人で七万の軍勢を足止めした。だが、ここに居るのは貴族が多く……いかに抵抗したとしても、五万を跳ね返せるとは思えなかった。

 全員生き残って欲しい、などとは思わない。そんな甘い言葉ですまされる訳がないのは解っている。だが、せめてこの男には──彼女の思い人には死んで欲しくない。そう思った。

 

「殿下、お話があります」

 

 

 翌日、イーグル号に非戦闘員を乗せて脱出する。そんな話を聞いた後、パーティーが始まる。相変わらずワルド子爵がルイズに粉をかけていたが、サイトは努めて気にしないようにした。

 

『おう相棒、左手(ルーン)光ってんぞ? 武器も持ってねぇのにおでれーた』

「っと、いけねぇ。……己の肉体だって武器だろ。原初の闘争は拳をぶつけ合うんだよ」

 

 努めて、気にしないように、していた。言うまでも無いが感情が高ぶれば高ぶるほど使い魔のルーンの輝きは増していく。

 

 ……今なら、あの時の王子の言葉が少し分かる。王家の義務。ハルゲキニア統一を計画するレコン・キスタにたいして、少しでも損害を与えるため、そして少しでも足止めするため。いわば捨て石。自ら、防波堤になろうという算段だった。

 実に高潔な話だが、サイトはやっぱり死の恐怖を誇りが上回る、なんてのは嫌だった。命を失ったからこそ、余計にそう思う。大切な人の死は、誰かを悲しませる。だってルイズを二度も悲しませた。三度目は絶対にない。

 

 そして、ワルド子爵は殿下へあの提案を出していた。この場で剣を抜きそうになったが我慢した。静まれ俺の左手(ガンダールヴ)、とかバカなことを考えて心を静めた。

 

 

 

 

 

 夜。ルイズとサイトは2人で夜道を散歩していた。

 

「サイトはどうするの?」

「どう、って?」

 

 ルイズは手を繋ぎながらそう聞く。

 

「……ま、イーグル号には乗らないさ。一応、布石も打った」

「え、何?」

「タバサにな」

「なるほど、そういうことね」

 

 言葉にせずとも、伝わる。以心伝心。きゅっと、柔らかい小さな彼女の手を握った。

 

「俺は、このままお前を連れて帰りたいんだけどな。タバサが追いつくかどうかなんて賭けだし」

「うそ。本当は私と子爵が見せかけでも結婚式をするのがイヤなんでしょ」

「ばれたか。うん、やだ」

 

 二人は笑う。本当にいざとなれば、世界扉(ワールド・ドア)で逃げることが出来る。本当に、いざとなればだが。ワルドを倒せば詠唱時間等を考えても余裕だ。そこに悲痛感は無かった。かつての(わだかま)りもない。二人は見つめ合うと、何をいうでも無く口づけを交わす。そっとふれあう程度に。

 

「何か甘いな」

「クックベリーパイよ、きっと」

「ちげぇねぇ」

 

 なんだかおかしくて、二人で笑ってしまう。だって戦争が目前に迫っているっていうのに、月が二人を祝福するかのように輝いていて。まるで、自分たちには関係ないって言っているようだった。

 

「上手くいくかなぁ」

「上手くいくわ。だって私とサイトが揃えば無敵なんだから! ね、馬鹿犬?」

 

 ルイズの信頼と愛情の籠もった笑みに、しょうがないなぁとサイトは照れ隠しに頭を搔く。惚れた弱みというのは互いに特攻。虜になってしまった以上、お願いや信頼には弱いというわけだ。

 

「へいへい、ご主人様の仰るとおりでございます」

「分かれば良いのよ、わかれば!」

 

 二つの月は、冷える空で暖をとるかのように。二つの影が、そっと重なった。



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