スタンド使いが往く! (enigma)
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第一話
『あ゛~~、頭いてぇ~~・・・』
『大丈夫?ほら、新しい冷えピタと水よ。』
『あ、ありがとう・・・{ゴクッゴクッゴクッ}・・・はぁ~・・・迂闊だった・・・まさか帰省中にインフルエンザにやられてしまうなんて・・・ホントに迂闊だった・・・』
『ほら、さっさと寝ておきなさい。あと少ししたらご飯に呼ぶから・・・』
『お、おう・・・』
『・・・あんま寝付けねえ、音楽でも聞きながら寝れるタイミングを待とう・・・』
『おい!大丈夫か?』
『ううん・・・もう飯の時間・・・だれです?てかここは・・・』
『おいおい、しっかりしてくれよ。君、この近くの森に倒れてたんだぜ?』
『・・・・・・・は?』
『とりあえずこれ、君の物だろう?なにに使うかは全く分からんが返しておくよ。』
『・・・・・・・・・・・どう・・・・・・なってるんだ・・・・?』
『・・・まあ、落ち着いたら話してくれ。俺は下に行ってるから。』
『・・・・・・・・ミュージックプレイヤーと手動式充電器は分かるが・・・・・・・・何で鏃?』
『・・・・・・!イテテテ、なんだこの傷・・・』
『いや・・・いや・・・助けて・・・誰…か・・・』
『フフフ、安心していいんだよ。さあ、おじさんと誰もいない場所に{ドゴ ガッ}ぶ!?』
『・・・え?お、おにい・・・ちゃん?』
『まったく・・・ついていけねえ・・・二次元でしかお目にかかれない超展開と思ったら・・・ゴホゴホッ・・・今度は幼女の虐待だぁ?やってられるかよ・・・チクショ、ゴホッゴホッ』
『テメェ・・・不純物塗れのゴミの分ざ{ドドンッ}・・・は?』
『え・・・?』
『失せろよ・・・それとももっと殴って欲しいか?ああ?』
『ナ゛!?ゴ、ゴノ゛ヤ゛ロ゛・・・グ、グゾ!』ダッ
『ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・うう・・・』ドサッ
『!お、お兄ちゃん!!しっかりしてよ!ねえお兄ちゃん!!』
『ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・ほん・・・とう・・・・・ついて・・・ねえ・・・・・・』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
帝歴1024年―――
---ガタン・・・ガタン・・・
森林が広がる荒れた道程を、一台の馬車が走っている。
「・・・お~いお前さん。もうそろそろ到着するぜ。」
「・・・・・・・・」
ふと、馬車を操っているおじさんが馬車の中に向けて声をかける。
しかし、馬車の中から返事はない。
「しっかしあんたも物好きだね~。いや世間知らずというべきか・・・今の帝都に出稼ぎをしに行くなんざ正気じゃあないぞ?」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・今からでも遅くはねえ、引き返した方がいいぞ。あそこは・・・危険種なんかよりよっぽどおっかない魔物が巣食ってんだからな・・・お前さんみたいな死人みたいな目ぇした奴なんぞたちどころに食われちまうぜ・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・迷いはないってか?やれやれ、お前さん頑固だね。まあそこまで言うなら止めはしないが・・・」
終始返事のないことにそう判断したおじさんは、呆れた様子でまた前を向いて馬車を操り始める・・・
「ワォオオオン!!」
---ザンッ ザザザッ ザザンッ
「な!?ストーキングハウンド!?」
その数瞬後だった。突然道の両側の茂みから、成熟した熊ほどのサイズの狼が複数体飛出して馬車を囲むように着地する。
「グルルルルルル・・・」
「く、クソ。俺もいよいよ焼きが回ったか・・・ひ!?」
「「「「「「グルゥアアアアアアア!!」」」」」」
「う、うわああああああああ!!」
自分の未来を悟り、目に見えて恐怖している馬車のおじさんに、ストーキングハウンドと呼ばれた狼たちは一斉に襲い・・・・・・
---ドドドドドドドグォォオオ―z____ンッ
「・・・・・・・・は?」
掛かろうとした瞬間、寸分の狂いなくそのすべての頭を同時に爆発させた。
残った狼たちの胴体は、飛びかかろうとした体勢で無様に地面に倒れ伏す。
「・・・な、何が起こったんだ・・・」
突如目の前で起こった現象に、おじさんはただ呆ける。
その時だった・・・
「ふわ・・・あぁ~~~~~~、久々に妙な夢見ちまった・・・」
おじさんの乗っていた馬車の中から、その状況に全く似合わない腑抜けた調子のセリフが放たれた。
その後、少しの間ゴソゴソと音が鳴ると、馬車の中からおじさんが座っている方へ人が姿を現す。
「・・・・・・・・・」
外見は18歳ほどの東洋人であろうか・・・170cm前後はある身長と、首にかかるか、かからないくらいまで伸びた黒髪、一般よりもやや整った顔だち、腰に携えられた一対の装飾の入ったトンファーが特徴的な青年であった。
「・・・・・・・・・・」
青年は無気力そうな眼差しで言葉の出ないおじさんを一瞥した後、何を考えているか感じられない表情で辺りを見渡す。
・・・・・・そして・・・
「・・・・・・すみません、
状況の確認が一通り終わると、おじさんの方をもう一度見てこう言葉を投げかけた・・・
---ガラガラガラガラガラ・・・ガタンッ
「・・・着いたぜ、悪いがここから先は自分の足でいきな。」
青年が馬車の中に戻って約一時間が経過した頃、ようやく馬車は目的の場所に到着し、おじさんは中にいる東洋人に馬車から降りるよう促す。
青年はそれに応じ、自分の荷物を持って馬車の中から一人地面に降り立つ。
「どうもありがとうございました。無理を言ってここまで乗せてもらって・・・」
「ははは、いいってことよ。良くわからんがこうして助かってるんだし・・・『旅は道ずれ、世は情け』だ。せいぜい頑張んな、兄ちゃん!」
「本当に有り難うございます。それでは、私はこれで・・・お気を付けて。」
「おうよ!・・・お前さんも気を付けていきな。」
青年を降したおじさんはそう言って、高い塀と街がある方角とはまた別の方に馬車を進める。
「・・・・・・・・・あれから一年ちょいか・・・随分遠い所まで来ちまったな・・・」
「・・・・・・行くか・・・俺も・・・」
青年もまた、馬車が過ぎ去っていく光景を少し眺めた後で街のある方角へと歩み始めた。
「帝都・・・・・・・警備兵や軍人が一番安定した仕事なんて世も末だな・・・ま、せいぜいうまくやらせてもらうか。なけなしのツキが回ってくるようになぁ・・・」
人の形をした、魑魅魍魎の蠢く街へと・・・
スタンドと帝具についてははっきりした出番が出てきてから設定に乗せようと思っています。それではまた後ほど。
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第二話
---ザワザワ・・・ザワザワ・・・
「これが帝都か・・・いろいろとすごいな・・・」
太陽が真上に上がりきったころ、正門と思われる場所から街に入った青年は人々の服装、街を走る馬車、建物の構造や売っているものなど、様々なものを見渡しながら街道を歩いていく。
(文明のレベルはパッと見では中世のヨーロッパくらいあるか。道中の街を見たり情報集めをしてた時はどんなものかと思ったが・・・まあどうにもならないってことはなさそうだ・・・)
(道行く人の四人に一人くらいが何かに怯えるような雰囲気を纏っているのは・・・あのおやじさんが言ってた通りの輩がいるせいだろうな・・・おっといかんいかん、まずは兵舎を探さないと。)
「すみませーん、兵舎の場所ってどこか知らないですか?」
青年その辺を歩いている人のよさそうな男性を捕まえ、兵舎の場所を聞く。
「ん?アンタ、田舎からの入隊希望者かい?」
「ええ、まあそんなものです。」
「そいつはまあご苦労なことで・・・兵舎ならこの通りを進んだ先の広場から東に行ったところにあるよ。」
人のよさそうな男性は苦笑しながらも、親切に青年に行先を教える。
「先の広場から東に行ったところ・・・わかりました。」
「採用してもらえるかどうかは知らないが、良い知らせを期待するよ。」
「ハハハ、ありがとうございます。それでは私はこれで。」
「ああ、元気でな。」
青年は男性に礼を言い、目的の兵舎へと足を運ぶ。
(募集、やってると良いなぁ・・・)
「すみませーん、私入隊希望で来たのですが・・・」
男性の言っていた通りの道順で兵舎にたどり着いた青年は、一応募集をやってたことに安打しながら受付の係員に話しかける。
「え、あ、そう・・・じゃあこの紙に名前書いて俺ん所に持ってきて・・・」
「アッハイ(・・・俺が言うのもなんだけどこの係員凄くやる気ねえな。)」
係員のやる気のなさにそんなことを考えながら、青年は着々と書類に書き込みをいっていく・・・
「{カリカリカリ・・・}これでいいですか?」
「お、出来たのか・・・{ピラッ}川尻 岳人(かわじりたけひと)?随分と変わった名前だな。よし、次は抽選費用として金貨一枚を払ってもらう。」
「わかりました・・・{チャリン}これでいいですか?」
「・・・よし、いいだろう。それじゃあ少し待ってろ。」
係員は他の書類を出し、それに何かを書き始める。
「・・・・・・よし、これを持って明日ココに来い。抽選結果をそこの掲示板に張り出すから自分の名前があったら次の行動はその時伝える。」
書き込みが終わった係員は番号と名前が書かれた紙を青年・・・岳人にそう言いながら渡す。
「えっと・・・わかりました。それでは私はこれで・・・」
「ああ。」
一通り必要なことは終わったようで、岳人はさっさと兵舎を出ていく。、その後の予定を考える。
(さてと、あんまりいられないかもしれないけど一応帝都内の散策でもするか。何か面白い物もあるかも{グゥ~~~}・・・よし、その前に飯だな。)
空腹に耐えかねて鳴った腹の音と空腹感にやれたれと思いつつ、岳人は兵舎から離れて食事処を探しに歩く。
「どこかいいとこはねぇ~かな~~・・・・・・・・・・・・・・・!あれは・・・」
道行く人を避けながら十数分ほど歩き続けていると、彼は町の一画にあるものを発見し、それに近寄っていく。
「これは・・・和食屋か?随分懐かしい様相だな。」
見つけたのは彼がいた世界で一昔前にあった、四階ほどの割と大きな木造の建築物だった。
入り口前にかかっている暖簾と書かれている文字や看板から、そこが彼の知る和食屋と酷似しているのが分かる。
「取り敢えず入ってみるか・・・」ガラッ
岳人が暖簾をくぐって店の中に入ると、彼の予想通り昔の食事処としての光景が広がっていた。
様子を見る限り、なかなか繁盛しているようである。
「いらっしゃいませー!ご宿泊になさいますか?それともお食事ですか?」
「(ホテルも兼ねてるのか・・・)食事でお願いします。」
「かしこまりました。それではこちらへどうぞ。」
「あ、どうも。」
寄ってきた女性の店員に案内され、岳人は空いている座敷に座ってお品書きに目を通し始める。
「・・・・・・・・よし、この豚の生姜焼き定食ってのと、後お茶をお願いします。」
「かしこまりました、少々お待ちください。」
注文を受けた店員は厨房の方へと行ってしまう。
「・・・さて、と。」
岳人はそれを見届けると懐に手を入れ・・・
「えぇ~~っと{ゴソゴソ}・・・あった。」
胸元の内ポケットからイヤホンと手のひらサイズのオーディオプレイヤーを取り出した。
「流す曲は・・・これでいいか。」
プレイヤーの画面を見ながら選曲し、イヤホンを耳にはめてスタートを押す。
そのまま彼は、料理が来るまでの時間を流れる曲を聞きながらゆったり待ち続ける。
「おまたせしました、生姜焼き定食になります。」
「お、きたきた。」
曲を聞き始めて十数分ほど経過した頃、ようやく運ばれてきた料理に彼は舌鼓を打つ。
死人のような眼には希望にあふれた少年のような活力がみなぎっていた。
「いただきます!あむ・・・」
何時になく真剣な表情で、彼は箸をうまく使って切った生姜焼きとご飯を一緒に口の中にかき込む。
「{モグモグモグ・・・}・・・うめぇ・・・久々の和食・・・うめぇよ・・・!!」
ゆっくりと、何度も咀嚼して間を置いた後、彼は感動したようにそう呟く。
---モグモグモグモグモグモグ ゴクッ モグモグモグモグ・・・・・・
その後は特に何も言うことなく、お茶を一口すすってはただひたすら、ご飯の味をかみしめるように黙々とご飯を口に運び続ける。
ゆっくりと・・・ただ噛み締めるように、ゆっくりと・・・・・・
「{モグモグモグモグモグモグモグモグ・・・・・・・ゴクン}・・・・・・・ごちそうさまでした・・・」
三十分ほど経った頃だろうか、ようやく最後の一口を口の中でほぐし、飲み込んで食事を終える。
「・・・・・・ああ、うまかった。一年ぶりの和食・・・本当にうまかった・・・」
そう言って数泊ほど置くと、感動も一入といったところで温くなったお茶を口に含み、それもじっくりと味わってから喉に流し込む。
(さて、出来れば帝都旅行と洒落込みたかったところだが・・・なんかどうでもよくなってきたなぁ~~。この懐かしい雰囲気を楽しんでるだけでもう満足っていうか・・・)
(・・・・・・・よし、店には迷惑かもしれないけどあと二時間くらいは粘らせてもらおう。もう少しこの雰囲気を味わっていたいしな!)
彼はすっかり気を緩めた状態でそう考え、湯呑に残っているお茶をチビチビと飲みながら店の中で話す人や、ひっきりなしに歩いている店員をただぼんやりと眺める作業に入った。
「はぁ~~~・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っと、ちょっと飲みすぎたかな。」
食べ終わってしばらく余韻に浸っていると下腹部によく知ってる感覚をおぼえ、岳人はイヤホンとオーディオプレイヤーをかたずけ、荷物を持ってトイレに入る。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
---・・・ガシャーン・・・・ドガドガッ ザッザッザッザ・・・
---ちょ、ちょっとあんたら!いったいなんのよう・・・ひぃ!?
「・・・なんか騒がしいな。」
用をたして水を流した直後、トイレの外から陶器が割れるような音と人の叫び声が彼の耳に聞こえてくる。
不穏な雰囲気を感じ取った岳人は息を潜め、荷物を持って静かに入って来たドアへと近づいていく。
そして耳を当てて、外の様子を探った。
「騒ぐなテメェら!!死にたくなけりゃこれから言うことにおとなしく従え!」
「こ、こんなことして・・・た、ただで済むと・・・{ザシュッ}あがぁ!?」
「な!?」
「騒ぐなっつってんだろ・・・おいてめぇらもだぞ!少しでも歯向かってみろ・・・ぶち殺した後でそこの通りに捨ててやる。」
「おい、上の階の占拠は終わったぞ。」
「ああ・・・おいテメェら!早速一つ目の命令だ。其処の後ろ半分はこいつについて上の階に行け。」
「おら!キリキリ動けノロマども!」ドガッ
「ああ!」
「エナ!?ま、まってくれ!私が代わり{チャキ}に・・・」
「うるせえなぁ、先にお前から逝っとくか?ん?」
「く、ううう・・・・・・!」
「さっさといけ!じゃねえと順番に切り殺してくぞ!」
(・・・・・・・・・・・・)
ガラの悪そうな男達の声、肉を切るような音、怯える人たちの声・・・・・・平穏と思われた日常に突如として訪れた様々な要素をもとに彼は・・・
「つ、ついてねぇ・・・たまたま入った定食屋に強盗の襲撃なんて・・・マジでやってられねえ・・・・・・」
厄介ごとの渦中に、自分がまんまと叩きこまれてしまったことを・・・彼にとって極めて少ない至福の時が、あっという間に悲惨な事件の時間となったという現実を導き出した。
そして悲しいことにそれを導き出してしまった彼は僅かに顔をゆがめ、目の前の現実に対して静かに頭を悩ませる。
いや・・・
(はぁ・・・何だってこうなる。風邪を引いたと思えば別世界、世話になった家には変態殺人鬼が入り込み、村には碌に戦える奴もいないのに危険種が幾度となく懲りずによってきて、やっと決心してここに来たかと思えば道中も盗賊やら危険種の群れに昼夜を問わず襲われるわ・・・それでようやくついたと思ったらまたもこれ?『事実は小説よりも奇なり』とは言うけどこれはさすがにおかしいでしょう?俺、何かしたっけ?)
彼がとある村で世話になり始めた時から・・・いや、正確にはもう少し前から、実は彼の身には幾度となくこれ以上に不運な機会があった。
もともと感情が顔に出にくいために他の人にはわかりにくいが、現状ストレスのはけ口がそこまでない彼はそういったことがあるたびに疲労やストレスをためこむしかなかった。
そして・・・それらのことと今回の至福の時間が邪魔されたことが重なり、彼の中で溜まっていたフラストレーションはいよいよ限界まで近づいていたのだ。
だがそんなことは露知らず、ドアの向こうでさらにまずい知らせが彼の元へと響いてきた。
「おい、念のため便所の方も調べてこい。誰か隠れてるかもしれねえ。」
「分かった。」
「!」
彼のいるトイレを、定食屋を強襲した輩が調べようとしていたのだ。
このまま何もしなければ間違いなく岳人は見つかってしまうだろう。
「・・・・・・くそ、今は言ってる場合じゃない。やるしかないか・・・」
さすがに状況の悪化を理解した岳人はか細い声でそう言うと、覚悟を決めた様に立ち上がる。
そして扉の向こうを睨み付けるように目を細めた直後・・・
「行くぞ・・・『ブラック・オア・ホワイト』・・・!」
その一言とともに、彼の体から滲み出るようにナニかが飛び出した。
「まったく、なんで俺が便所なんか調べなくちゃならねえんだ・・・」
所は若干変わり・・・先ほど和食屋を襲撃したメンバーの一人が、岳人のいるトイレの前まで来ていた。
「はあ、しくじった連中を取り戻すためとはいえめんどくせえぜ・・・」
愚痴を漏らしながら、メンバーの一人は武器を構えながらトイレのドアノブに触れて力を入れる・・・
---ドゥッ ガシガシィッ
「むぐ!?{ガッ}うう!?」
その瞬間、ドアをすり抜けるように何かが男の口と武器を持った手を塞ぎ、そのまま滑らかな動きで音を立てず、男を床に仰向けになるように倒した。
『・・・・・・・・・・・』
---ドドドドドドドド
ドアをすり抜けて現れたのは・・・真黒い筋の入った白いマネキンのような姿の異形だった。
異形は全身の黒い筋を血管の様に脈動させ、その硬い表情を微動だにすることなく呻く男を押さえ続ける。
「ンン!ン――!!(な、なんだ!?いったいなにが起こった!?何がどうなってる?!)」
男には、自分の身に起こってることが理解できていなかった。自分の状況・・・というよりは、自分を抑えている異形の存在にまったく気付いてないように。
しかし、訳の分からない状況に混乱しながらも男は必死に身体を動かし、何とか異形の拘束から逃れようとする。
もっともすでに両腕両足を抑えられているために、振りほどくことはおろか音を立てる事すらできなくなっていたが。
「{ガチャッ}・・・よし、まずは第一歩か。」
「!?」
そんな男の状態を知っていたように、ドアの向こうから岳人が落ち着いた様子で現れる。
その視線は、目の前にいる異形とそれが押さえつけている男に向けられた。
「さて・・・」スラァッ スッ
「!?」
岳人は荷物の中からナイフを取り出し、それを男の首筋に突き立てて小さい声で話しかける。
「面倒は嫌いだから端的に言う・・・今から俺の出す指示に従わなければお前を殺す。分かったなら左腕の人差し指だけをたてろ。」
「・・・・・・」ピッ
男は逃げられないと悟ったのか、そのまま指示に従う。
「よし、まずこれからお前を動けるようにする・・・分かってると思うが抵抗なんてできると思うなよ。今お前を抑えてる力で悲鳴をあげる前に首をへし折ることもできるからな。分かったなら人差し指をたてろ。」
「・・・」ピッ
「よし、それじゃあ離すぞ。」
岳人はそう言うとナイフをどける。
その直後、男を抑えていた異形は彼の意志に応えるように、口を押えながら両腕両足の拘束を外す。
そして今度は男の首を掴み、何時でも骨を折れる体勢になった。
「立て。俺の方は見ずに、ゆっくりとな・・・」
「ンン・・・!」
岳人に命令された男は悔しそうにしながらも、さっきと今自分に起こった事への恐怖には勝てなかったようで死ぬよりはましと思いながら立ち上がろうとする。
「・・・ああ待て、やっぱりそこでいい。」
「ムグ?{ガッ}!?」
男が膝をついた段階で岳人は男を呼び止める。
男がそれに怪訝な顔をすると異形が男の顎を殴りつけて男を気絶させた。
「よく考えたら障害物も身を隠せるところも結構あったし、お前を囮にしなくても問題はないからな。じゃ。」
そういうと岳人は異形を引き連れて食堂に出る廊下の角へと向かい、そこに身を潜めて食堂の中を探る。
(人質は部屋の角に集められているのか。幸い見張りは一人だけ、身を隠す障害物も事欠かない・・・やれるな。)
「たく、便所の確認にどんだけ時間かけてんだ・・・」
(怪しまれてる・・・さっさと片を付けるか。)
そう考えたところで、岳人は机や座敷の陰に隠れながら見張りに近づいていく。
(この辺りが限界か、さて・・・)
岳人が限界と思われるところまで近づくと、隣に佇む異形は阿吽の呼吸と言わんばかりに離れて行って・・・
---ドンッ
「!?」
見張りの上にある天井を殴りつける。
それと同時に岳人は地面を這うように駆け出し・・・
「おい!だれ{ガッ}げ・・・がぁ?」
音に気を取られて上を見た見張りに肉薄して、左手でトンファーを取り出しながら顎を思いっきり殴り抜いた。
注意が反れていたこともあって完全に油断していた見張りはあっけなく気絶し、その場で倒れ込む。
「ふう・・・」
岳人はトンファーを戻しながら状況を確認する。
異形もトンファーをしまうと同時に彼の中に消えていく。
「・・・おい。」
「・・・!?え、わ、わた・・・」
「ここの従業員だな。なるべく綺麗な布を用意してそいつの傷口に強く押し付けるか縛り付けろ、なるべく静かに急げ。」
岳人は切り傷を負った従業員を視野に入れると、抑揚のない声でさっきまで怯えていたもう一人の従業員にそう言う。
「は、はい!」
「よし。そこのあんた、ここを襲ったやつらは全部で何人だった?」
「え、えと・・・たしか七人くらいだった・・・ここに二人残って・・・残りの五人は上に・・・」
「わかった、アンタらはいざって時に逃げられるよう準備しとけ。」
「「「「は、はい!」」」」
人質になっていた人たちを見届け、彼は警戒しながら階段を使って上へ向かう。
(・・・・・・・・・・!いた、人質を囲むように五人。)
二階に上がって少しすると、若干広めの部屋に人質とともに武器を持った男たちが警戒していた。
(五人・・・五人か。二人までなら単騎で何とかなるが五人は怪我人が出るな・・・よし。)
「ブラック・オア・ホワイト・・・」
---ズァアッ
掠れた声で彼がそう呟くと、あの異形がまた滲み出るように出てくる。
(原液を飛ばすわけにはいかないから・・・・・・・えっと、確かここに・・・あった。)
彼はポケットから手のひらサイズの小石を五つ取り出し、それを異形に持たせる。
---ジュクジュクジュクジュク・・・
すると異形の手から黒い液体が染み出て、小石がそれで黒く染まる。
(3、2、1、0!)
異形は岳人の合図とともに、黒く染まった石をそれぞれ見張りの上に投げ込む。
すると・・・
---ドォオンッ
投げ込まれた石は突然爆発し、佇んでいた見張りの男たちを吹っ飛ばす。
(今だ!)ダッ
「ひ!?な、何今の!?」
突然のことに驚く人質を尻目に岳人は部屋の中に入り込み、呻いている見張りを異形とともに殴って気絶させる。
「ううう「これで最後だ{ドガッ}」ガハァ!」ガクッ
最後の一人を気絶させると、岳人の体内に異形は戻った。
彼はそれを確認すると、トンファーを戻しながらいつも通りの無表情に戻り・・・
「・・・やれやれ、ホントついてねえ。」
ただ一言、そう呟いた・・・
「それじゃあここを襲撃した悪党どもは、あなた一人で殲滅したってことですね!?」
「・・・まあ、そうなりますね。」
和食屋を強襲した男たちを岳人が殲滅して十分が経過した頃・・・彼は人質となっていた人たちとともに駆けつけた帝都警備隊の一人に事情聴取を受けていた。
ちなみに彼の担当は奇妙な生物を連れたオレンジ色の髪の女性である。
「フムフム、なるほどなるほど・・・ご協力感謝いたします!」
「あ、はい。どういたしまして。」
事情を知ってものすごくご機嫌な警備隊員に対して、岳人はいつも通りの気の抜けた返事をする。
「セリュー、捕まえた盗賊どもは運んどいたからあとはよろしく。」
「わかりました!・・・それにしてもすごいんですね!たった一人でそこまで出来ちゃうなんて!」
「そうですかね・・・まだまだ未熟だからそう言う判断はちょっとわからないんですけど・・・」
「いえいえ、十分凄いですよ!悪党どもの制圧に加えて怯える人たちを落ち着かせながらの的確な指示!場慣れしてても一人でやり切るのは難しいですよ!私なんて細かいことは苦手だからどうもそのあたりが難しくて・・・」
「はあ・・・そうですか・・・(早く終わらねえかなぁ・・・そろそろ宿探しもしときたいのに・・・)」
隊員のテンションの高さにうんざりしながらも表面上には出さないよう、岳人はそのまま応対を続けていく。
「ふふふ・・・あ、そう言えば岳人さん、帝都には軍に入るために来たんですよね。」
「ええ、田舎暮らしだとどうしても収益が足りないもので・・・まともに戦える俺がその足しになれるように働きに来たんです・・・」
「そうだったんですか。うーん・・・」
隊員の人はそれを聞くと何か考え始め・・・・・・
「岳人さん、帝都警備隊に入りましょう!!」
岳人に対してそう言い放つ。
「・・・は?」
「それ程の実力があれば、雑兵からじゃなく真っ先に帝都警備隊に所属できますよ!」
「・・・あの、それ大丈夫なんですか?」
「大丈夫です!実力と正義の心がある方を帝都警備隊は歓迎しますから!!さあこっちです!」
「え、ちょ、ちょっと・・・」
機嫌の良さが天元突破しかねない勢いで岳人は隊員の人に引っ張られていく。
(・・・いや、かえって好都合か。運が良ければここで生活できるかもしれないし・・・やってみる価値はある。)
彼も若干抵抗しようと思ったが・・・その考えが頭をよぎると抵抗をやめ、素直に彼女に従ってついていく。
後日、帝都警備隊の制服を着た岳人が、帝都の街中で見られるようになったとか・・・
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