異世界戦記 (日本武尊)
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プロローグ

 

 

 

 地面から岩が何本も突き出て荒れているキラル荒野と呼ばれる場所。

 

 

 そこはまさに地獄とも言える惨状だった。

 

 

 一斉に放たれる弓矢やマスケット銃の弾丸、魔法使いより放たれる炎や雷、氷が飛び交い、直撃を受けた兵士達は次々と絶命する中、剣や槍、斧と言った格闘武器を持った兵士達や、ゴブリンやコボルト、リザードマン、ゴーレム等の魔物達に対し、人の姿に獣の耳や尻尾を持つ獣人、額に角が生えたオーガやも人型で獣の姿をした妖魔族で構成された多くの者達が敵国の兵士に向かって走り、武器を振るう。

 

 

 

 この戦争の発端は『バーラット帝国』が『グラミアム王国』へ侵攻を始めた事が始まりだった。

 

 元々両国の仲はかなり悪かったが、その原因は種族偏見がほとんどを占める。

 

 バーラット帝国は人間至高主義の塊とも言える国で、獣人や一部の妖魔族など人間の姿を模した存在は滅ぼすべき存在と周辺国に豪語するほどだ。

 一方のグラミアムは獣人や妖魔族を中心に構成された国家であるが、周辺の人間の国との関係は良好で、決して人間嫌いではない。が、帝国のみは例外だ。

 

 それ故に両国の関係は長きに渡って劣悪に等しい状態が続いていた。

 

 そして遂にバーラットは亜人と称する獣人と妖魔族を滅ぼすべく、グラミアムを含む周辺国へ宣戦布告をしたのだ。

 

   

 

 そうして数年の時が経ち、今に至る。

 

 

 

 ある獣人は敵兵と剣と剣をぶつけ合って鍔迫り合いをし、槍を突き出して獣人の腹に突き刺し、斧を横に振るってコボルトの首を刎ね飛ばし、ハンマーを振るい敵兵の頭を吹き飛ばす。

 

 ある者は生命力が強く中々死なないゴブリンに跨って剣を何度も突き刺し、リザードマンが妖魔族に噛み付いたり、獣人が槍を投擲してコボルトの頭を突き刺す。

 

 先込め式のカノン砲から撃ち出された砲弾や投石器より放たれた岩が着弾し、その下に居た妖魔族や獣人は潰されて辺り一面に血を撒き散らし、近くに居た人間を吹き飛ばす。

 

 至る場所で怒声や悲鳴、悲痛な叫びが上がり、死体の山が次々と出来上がり、阿鼻叫喚な光景が繰り広げられている。

 

 

「怯むな! 亜人共などおそるるに足らん! 突き進め!!」

 

 バーラット帝国軍の指揮官の一人が大声で叫び、それに答えるように兵士達は雄叫びを上げながら突撃する。同時に馬に乗った騎兵隊、ドラゴンに跨り空を飛ぶ竜騎士たちも続く。

 

 獣人や妖魔族を中心に構成されたグラミアムの兵士達は人間より数倍優れた身体能力を以ってしても、その猛攻の前に劣勢を強いられていた。

 

 その要因は装備の違いが大きくある。

 帝国軍は最新式の武器防具ばかり。それに対してこちらは旧世代の武器防具ばかり。その上物量も圧倒的に向こうの方が上だった。

 

 誰もが向こう側に有利であると見て分かる状態であり、帝国軍側の兵士の一人もそう思っていた

 

 

 

 

 

 ――――が、ある異変に気づいた兵士が、空を見上げる。

 

 空は大小の雲がある以外は快晴の空があり、太陽の光が戦場を照らしている。

 

 

 太陽の光でまともに見る事はできないが、一瞬だけ太陽に黒い影がいくつか見えた。

 

 

 しかも、その黒い影はどんどん大きくなる。

 

 

 兵士が疑問を抱く間も無く、その辺りに投下された爆弾が炸裂し、その兵士とその辺りに居た兵士達の命を一瞬にして奪う。

 

 

 

 

 この世界の者達には知る由もなかったが、爆弾を投下した『九九式艦上爆撃機』15機は機首に搭載されている7.7ミリ機銃を掃射して地上に居る帝国軍の歩兵やゴブリン、コボルト等の魔物達を撃ち殺す。

 

 この謎の空を飛ぶ物体の出現に帝国軍側の兵士達は混乱を見せるが、すぐさま竜騎士達が迎撃に向かうべく高度を上げて九九式艦上爆撃機を追う。

 

 しかしその横から接近してきた『零式艦上戦闘機』25機が翼の20ミリ二門、機首の7.7ミリ二門計四門の機銃を掃射し、追撃に入ろうとしていた竜騎士をドラゴンごと撃ち殺す。

 

 零式艦上戦闘機の奇襲によって竜騎士は混乱を見せるがすぐに態勢を立て直して零戦を撃破しようと向かっていくも、その高い運動性能により捉える事ができず、格闘戦を持ち込もうとしたら逆に零戦に背後を取られて機銃掃射を受けて蜂の巣にされる。

 

 ほんの僅かな時間にして竜騎士の殆どが排除されて帝国軍側の制空権が喪失すると、北北東の方角より九九式艦上爆撃機に続き爆装した『一式戦闘機』と『九七式戦闘機』が3機種合わせて50機が飛来し、次々と爆弾を投下する。

 投下された爆弾は地面に落ちると同時に爆発し、無数の兵士達の命や四肢を奪う。

 

 爆弾を投下し終えた一式戦闘機と九七式戦闘機は機首や胴体に搭載された機銃を地面に戸惑いを見せて動きを鈍らせている兵士達に掃射し、次々と兵士達を蜂の巣にしていく。

 

 この空を飛ぶ謎の物体の襲撃によって帝国軍の兵士の戦意は喪失し、我先にと戦場から逃げ出そうとする。

 

 指揮官が敵前逃亡する兵士達を止めようと怒声を上げるも、その瞬間一式戦闘機の機首12.7ミリ機銃が火を吹き、放たれた弾丸によりその指揮官は周りにいた兵士達と同じく声を上げる事無く一瞬にしてミンチと化して地面を自らの血で染める。

 

 逃げ戸惑う兵士達に止めを刺すかのように、その退路上に『一式陸上攻撃機』10機が丘の向こうから現れ、爆弾倉を開いて60キロ爆弾12個×10計120個をすべて投下して兵士達の命を一瞬にして奪う。

 

 

 ちなみにこの場に居た者は知らなかったが、ここから後方に待機していた帝国軍の増援部隊にも襲撃があり、『九七式中戦車 チハ』『一式中戦車 チヘ』『三式中戦車 チヌ改』や他装甲車などの車輌を中核とした機甲大隊によって被害は甚大なものとなった。

 そして指揮官が戦死したことにより、戦意を喪失した帝国軍兵士は次々と投降するのだった。

 

 

「い、一体これは」

 

 一方謎の空を飛ぶ物体の攻撃を受けてないグラミアムの兵士達は、目の前で起きている光景に呆然としていた。

 

 自分達では近代装備を持った上に圧倒的物量で攻める帝国軍に苦戦を強いられていたが、それがどうだ? 大量に出現した空を飛ぶ物体の攻撃や投下した爆弾で帝国軍兵士は次々と殺されていく。

 こちらの兵士が持つ武器では攻撃が通じにくかったゴーレムなどの硬い魔物ですら爆弾により粉々に粉砕されている。

 

「……」

 

 その中の妖魔族の兵士は自らの目の良さを生かし、戦闘機や爆撃機、攻撃機の胴体や翼に描かれた黒地に白く丸いマークに気付く。

 

「まさか、あれが噂に聞く……フソウ軍なのか」

 

 その黒地に白い満月のマーク……『月の丸』を見て、ある国を思い出す。

 

 

 数ヶ月前、劣勢を強いられていたグラミアムに協力をして、現在では協力関係を築いている人間達の国。

 

 

 

 その名は『扶桑国』。国としては小規模と言われているが、未知なる技術を持つ、異邦人が築き上げた国、と言われている

 

 

 

 しばらくして更なる戦闘機と爆撃機、攻撃機の増援が飛来し、機銃掃射と爆撃機や攻撃機の爆撃により、辺りを埋め尽くすほどに居た帝国軍兵士はほんの僅かだけしか生き残らず、その生き残った兵士達は降伏の白旗を揚げるのだった。

 白旗を確認し、扶桑の戦闘機と爆撃機、攻撃機はそれぞれ別ルートを通って線上を離れていく。

 

 

 その光景に、グラミアムの兵士達はただ呆然と立ち尽くして見ているだけであった。

 

 

 

 




オリジナル作品を初挑戦となり、軍事知識もまだ色々と勉強不足なところもありますが、今後ともよろしくお願いします。


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第一章
第一話 目を覚ませばそこは異世界


 

 

 

 物語の始まりは今から半年ほど前になる……

 

 

 

 

 

 

 とある一室の窓から太陽の光が差し込み、開けている窓から風が入り込み、カーテンを揺らす。

 

 その一室の入口から見て右側にある執務机に備え付けられている椅子に座り、一人の男性が隣に立つ側近と共に書類の整理をしている。

 

 

 

「……」

 

 俺は書類の整理をしながらどうしてこんな事になってしまったのか、あらためて今に至るまでを思い出す。

 

 

 

 確か俺こと『西条(さいじょう)弘樹(ひろき)』は2年以上やっている、ベースが大日本帝国でありながらも色々と史実とは全く違う国へと変化を遂げた国『扶桑国』を操って、扶桑同様に各国をベースにしながらも史実とは全く異なる他国と戦争をする戦争シミュレーションのネットゲーム『Another World War』を夜遅くまでして、朝日が昇りそうになる辺りでゲームを止め、そのままベッドにダイブして眠りに就いたはずだった。

 

 

 しかし次に目を覚ませば、なぜか見覚えの無い部屋にいた。

 

 

 俺が居たのはそこそこ大きく広い建物の一室で、入口の扉から見て右側に俺が座る執務机があり、左側に窓がある。

 俺は立ち上がって部屋を見渡すと、窓に映っている前と変わった自分の姿に気づく。

 

 

 綺麗に切り揃えられて艶のある黒髪をした見慣れた俺の姿であったが、服装は高校生とはほぼ無縁のはずの茶色の軍服を着ている。

 

 

 自分が置かれている状況が理解できず、頭が真っ白になった。

 

 

 記憶を辿っても、ゲームを終えた後ベッドへダイブしてそのまま深い眠りに就いたはずだった。なのに気付けば執務机にうつ伏せにして眠っていた。

 これで混乱しない方がおかしいだろう。

 

 

 少しして部屋に入ってきた側近から話を聞くと、俺がどういうわけか一国の最高指導者であり、陸海軍の総司令官になっていた事を聞かされる。

 しかもその構成はかの『大日本帝国』の陸軍と海軍にそっくりだったが、俺が知る軍隊とはかなり異なっている。と言うか、根本から違うと言っても過言ではない。

 

 

 全くと言っていい程に状況が呑み込めないでいたが、ふとある事に気付いて側近に色々と聞くと、俺がやっていた戦争シミュレーションネットゲームでの俺の一年以上やった努力の結晶?であるデータの構成とほぼ同じだったのを知る。

 あらためて思うと、自分が着ている軍服もその俺がやっているゲームのものであると気付く。

 

 

 ここがどこかは知らないが、分かるとすれば、ファンタジーな物語にありそうな異世界で、そこで自分がやっていたネットゲームの仮想国『扶桑国』が現れ、現在は初期状態に近い状態で俺が率いているということになっている。

 

 

 

 

 

 今に至るまでの経緯が思い出せないまま、二年以上も時が過ぎて、現在に至るというわけだ。

 

 

「にしても、わっかんねーよなー、これが」

 

 そう呟きながらもこれまでの報告書に目を通して整理しながら許可書にサインをしていく。

 

 最初こそそこそこの大きさだった司令部一つだったが、現在ではかなり巨大な建造物へと変化し、扶桑の領土も北海道を二周り大きくした面積まで拡大し、兵器工場や迎撃設備、陸海軍共有の飛行場、兵士達や一般市民が住む住居や様々なジャンルの店や気分転換のための娯楽施設などがある市街地、鉄道網などが増え続けている。

 

 しかし、軍の状態が最新データの時より初期状態にあったため、軍の再編成を行い、そこから最新状態だったデータまでの建造と開発を進めていく方針となって軍備増強を図っている。

 

 陸軍は戦車隊や航空隊を編成。工兵部隊によって滑走路や様々な設備の建造を行っている。

 

 海軍に関しては、司令部から右に200メートル先の海岸にある軍港の巨大工廠にて軍艦の建造を開始。

 既に金剛型戦艦4隻と扶桑型戦艦2隻、伊勢型航空戦艦2隻、樅型駆逐艦21隻、神風型Ⅱ駆逐艦9隻、睦月型駆逐艦12隻、天龍型軽巡洋艦2隻、古鷹型重巡洋艦2隻、航空母艦鳳翔、その他補助艦船が数十隻が就役し、現在は数十隻もの新型艦を建造している。

 この二年以上の期間で航空隊のパイロット達の育成で、それぞれの技術に特筆したパイロット達も出始めている。

 

 

 しかしはっきりと言おう。ここの技術者と建造技師はもちろん、色んな人材がチート過ぎる。

 ここまでゲームと同じ仕様とは思わなかった、とだけ言っておこう。

 

 

 先に言ったように僅か数日でそこそこな大きさだった司令部はいつの間にか巨大な建造物へ変貌し、他の設備や建造物も数ヶ月の内にそこそこの規模の市街地へ変化を遂げている。

 迎撃兵装として司令部がある基地には『九六式二十四糎榴弾砲』と『九六式十五糎加農』を外壁に数十門、対空迎撃として『九六式二十五粍高角機銃』を200門以上を持ち、『三式十二糎高射砲』や『五式十五糎高射砲』を合わせて50門以上が領土の各地に配置され、更に要塞砲として『砲塔五十口径三十糎加農』が海岸側に四基と配置されている。

 他にも埋め立て工事と軍港と工廠の拡張工事も行われて大規模なものに変貌している。ちなみにここまで至るまでにほぼ半年で済んでいる。

 更に別件でここから60キロ以上先にある巨大な山を使った前哨要塞基地を建造中であるが、それも完成直前までそれほど長い時間を有さないほどであった。

 そして何より兵器の他にも、軍艦の建造が異常なまでに早く、普通三年以上は掛かるところを一ヶ月近くで完成させているのだから、言葉を失った。しかもどこぞの国とは違って、手抜き工事ではなく、徹底した工事だもんなぁ。

 

 

 それ故に今の陸海軍はこの二年で最初の時と比べ物にならないほどまでに強化され、更には兵器開発もどんどん進んでいる。このまま進めば早い内に最新の状態に辿り着くかもしれんと思うと、もうこれは笑うしかないな。

 

 

「これってチート過ぎないか?」

 

「さっきから何をブツブツと独り言を言っているのですか?」

 

 と思わず言葉を漏らすと、隣で現在の軍備状況と報告書を確認している俺の二人の側近の一人にして、日によって陸軍参謀総長の補佐もする陸軍大将『(つじ)(あきら)』がジト目で問う。

 ちなみに晃という名前だが、小さくも、大きくも無い真ん中辺りのスタイルを持ち、黒髪のショートカットの女性である。服装は大日本帝国陸軍の軍服をモデルにした軍服を着ている。

 

「いいや。こっちの話だ。気にするな」

 

「そうですか」

 

 と、別に俺に対して追及はせず、報告書の一つに目を通す。

 

 

 コンコン

 

 

 すると執務室の扉からノックがする。

 

「入れ」

 

 俺が入出を許可すると、「失礼します」と一人の女性が入ってきて、姿勢を正して海軍式敬礼を行う。

 

 辻とは少し似た堅物な雰囲気であったが、インテリなメガネを掛け、うなじまで伸ばした艶のある黒髪のストレートで、服装は辻とは違い大日本帝国海軍の第2種軍服(白い方の軍服)をモデルにした軍服を着ていた。ちなみにスタイルは辻より良い。

 海軍軍令部総長の補佐をし、辻と同じ弘樹の側近二人のうちの一人である、海軍大将の『品川(しながわ)愛美(あゆみ)』である。

 

「品川大将か。何か用か?」

 

 と、なぜか警戒した雰囲気で辻が品川を見る。

 

「用があるから総司令のもとに来たのです。そう言う辻大将はなぜここに?」

 

 同じく品川も辻に対して警戒の雰囲気を出す。

 

 どういうわけかこの二人は仲が悪い。いや、史実の大日本帝国の海軍と陸軍は呆れるほど仲が悪かったが、扶桑陸軍と扶桑海軍はかなり仲が良いのでお互い協力し合い、兵器開発も互いのノウハウを生かしているし、陸海軍共同で開発された史実には無い装備などもある。

 が、この二人だけは例外だった。特に俺が居るこの場に関しては。なんでだろう?

 

「私は総司令にご報告があって来ているのだ」

 

「生憎、私も総司令にご報告がありまして」

 

 そう言うと品川は辻の視線を気にする事無く執務机に近付いて手にしていた報告書を俺に渡す。

 

「海軍技術省より新型戦闘機に関する報告書です」

 

「新型機か。確か開発されていたのは局地戦闘機だったな?」

 

「はい」

 

 俺は報告書を品川より受け取って表紙を捲り、内容に目を通す。

 

「『雷電』及び『紫電』の試作機が製造され、テスト飛行が行われました」

 

「で、結果は上々、ということか」

 

 二機とも性能テストの結果は文句なしのものだった。

 

 紫電は元々水上戦闘機『強風』を陸上仕様に改装したものだが、この紫電は最初から局地戦闘機として開発がされ、史実より航続距離や機動力等の性能が向上している。

 

「えぇ。近日中に両機は大量生産ラインに入りまして、海軍陸上航空隊と陸軍航空隊へ配備される予定となっています」

 

「ふむ。さすがだな」

 

「ありがとうございます」と返事を返すと、辻の方を見て一瞬ドヤと表情を浮かべて口角を少し上げる。

 一方の辻はムッとする。

 

(どうやら私が一歩出ましたね)

 

(たかが一歩だろう)

 

 一瞬の間にアイコンタクトでそんなやり取りがされた(むろん意思疎通をしているわけではないが)

 

 

「総司令。一つご報告が」

 

 品川に対抗してか、辻が先ほど目を通した報告書の中にあった内容の一部を思い出した。

 

「なんだ?」

 

「建造中の前哨要塞基地の司令部からです。例の準備は整いつつあり、近々にでも出発は可能と」

 

「そうか。さすがに早いな」

 

「ありがとうございます。ですが、本当に行かれるのですか」

 

 陸軍式敬礼をすると、辻は俺に問い掛ける。その前に品川に対して一瞬視線を向けた気がするが、まぁ別にいいか。

 

「あぁ。そろそろ本腰を入れるべきだからな」

 

「外界への進出、ですか」

 

 品川はボソッと呟く。

 

 

 外界とは建造中の前哨要塞基地の向こう側のことであり、その先へは未だに進出していない。と言うより色々とごたごたとしていたのでその暇が無かった。

 

 

「ですが、外界への進出は必要はないと思われますが? 逆に面倒ごとが増えるばかりしか思い浮かばないのですが……」

 

「まぁ、十中八九面倒ごとは起こるかも知れんな」

 

「ではなぜ?」

 

「……どの道外界進出は今後とも重要になってくる。なら、問題は早めに片づけた方がいい」

 

「……」

 

 辻は左眉毛をクイッと一瞬跳ね上げる。

 

「問題は先送りにしたくはないんだ。暇ある今の内にやった方がいいだろ?」

 

「総司令の言い分は分かりますが、我々にはやるべき事は外界進出以外にもたくさんあります」

 

「魔物の巣窟の掃討か? それについては戦力は整いつつあるのだろう?」

 

「えぇ。後は陸海軍共同で開発した新型重爆撃機の数を揃えています。巣窟掃討のために編成された陸軍機甲軍団も準備が整いつつあります」

 

「ならいいじゃないか。攻略指揮は陸軍の大西参謀総長に委ねている。それは問題ない」

 

「……」

 

 辻は静かに唸って一旦目を瞑る。

 

「そもそもを言えば、我が扶桑軍の総司令で、国を率いる立場であろう御方が前線や未知の領域に向かうなど、心配する身にもなってください」

 

 まぁ本来なら総司令ともあろう者が前線や危険地帯に行くことはまず殆ど無いが、中には総司令自らが前線に立って戦うこともあるんだし、別に珍しいってことでもない。

 何より、総司令が前線に出ているというだけでも、兵士にとっては士気が上がることに繋がる。まぁそれが余計に心配事を増やすことになることも無いことも無い。

 

「それはそうだが、俺は自分の目で確かめないと気が済まない性分でな」

 

「……」

 

「それに、総司令の名は伊達にあるわけじゃないのは知っているだろう?」

 

「それは……」

 

 最初の頃は指揮以外全然だったが、海軍や陸軍の色んな視点から見てもある意味化け物染みた人達からビシバシと鍛えられたので、今では指揮のみならず戦闘においても他者の追随を許さない実力を有している。

 

 

「出発は三日後だと伝えてくれ」

 

「分かりました」

 

 辻は陸軍式敬礼をして「失礼します」と言ってから踵を返し、執務室を出る。

 

 

「では、私も失礼します……。あっ、一つお聞きします」

 

 品川も海軍式の敬礼をしようとしたが、何か思い出してか途中で切る。

 

「今夜総司令はご用事等は無いですか?」

 

「ん? いや、特にこれといった用事は無いが?」

 

「そうですか。でしたら、今夜私と夕食をご一緒にどう――――」

 

 と、一瞬喜色が表情に浮かぶも、背後から何かの気配を察してか、途中で止めると「ちっ」と舌打ちをする。

 

「え、えぇと?」

 

 なぜかいきなり舌打ちされて、少し戸惑う。

 

「……すみません。用事を思い出したので、またの機会に」

 

 品川は少し不機嫌そうに言うと、海軍式の敬礼をして踵を返して執務室を出る。

 

「……」

 

 一瞬呆然とするも、気を取り直して報告書の続きに目を通す。

 

 

 ちなみに執務室の外で静かな攻防戦が繰り広げられていたとかなんとか

 

 

 

「……」

 

 俺は一息吐き、座っている椅子の背もたれにもたれかかる。

 

(まぁ、辻のやつの心配も分からんでも無いがな)

 

 ふと、俺はある時の事を思い出す。

 

 



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第二話 不自然な空気

 

 

 それは今から5ヶ月前のことであった。

 

 

 俺は陸軍の偵察部隊が司令部から32km先に建造物を発見したという辻の報告を耳にする。

 

 その距離だとこの二年間で見つけられそうな気がするが、範囲が広い上に基地や市街地があるエリア以外は殆ど森林が広がっている。その森林には魔物達がうようよと居るので調査を妨害されることが度々あり、今に至るまで調査はそれほど進んでいるとは言えなかった(基地の迎撃兵器が過剰なまでにあるのは魔物の襲撃が頻繁にあったから)。

 ちなみになぜ上空からの調査で発見できなかったかというと、建造物自体の色が森林の色に溶け込んでいたらしく、近くでないと見えなかった、らしい。

 

 まぁ、ちょうど建造途中だった前哨要塞基地と司令部の中間に当たる場所にあったので、中間補給拠点に使えないかという調査をするために陸軍から調査部隊が編成された。

 俺はその調査部隊に加わって一緒に行くことにした。目的としては部隊視察みたいなものだ。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 明朝7時。俺は特別仕様の戦闘服を動きやすいようにして身に纏い、軍刀を腰のベルトに提げて『十四年式拳銃』を腰のベルトに下げているホルスターに入れて略帽を被り、司令部の前に来る。

 

 

 司令部の前では既に辻が参謀本部へ上告して編成された陸軍の調査部隊が準備を完了して待機しており、俺の姿を見るなり歩兵と上官はすぐに姿勢を正して俺の方を向き、「け、敬礼!!」と大声で言って陸軍式敬礼をする。

 

 ちなみに今回の派遣部隊の構成としては、歩兵二個分隊28名、工兵一個小隊30名、砲兵一個分隊10名計68名。戦車2輌、兵員輸送車として『一式半装軌装甲兵車』2輌と『九四式六輪自動貨車』3輌の構成である。

 戦車は『九七式中戦車 チハ』2輌である。

 

 調査のために戦車は必要ないように思えるが、今から向かう建造物がある森林は魔物の出没が多発するエリアであるので、万が一を考えて同行させている。

 

 

「朝早くからの準備、ご苦労だったな」

 

 俺も答礼をしながら車輌から歩兵隊を見渡す。

 

「とんでもない!! 総司令官自らがご同行されるとあると、準備を怠るわけにはいかないであります!!」

 

 と、先ほど大声で言っていた上官が言う。

 

 よく見たら女性であったが、辻や品川の件もあり、別に珍しい事ではない。

 

 

 扶桑の陸軍と海軍には女性兵士や士官が多く居り、調査部隊の歩兵部隊の中にも三分の一ぐらい女性兵士が居る。男女差別も無く、全員を平等に扱っているので、男女間での争いというものは無い。……もちろん仕切る所は仕切って分けているが。

 

 

「君が調査部隊の隊長か?」

 

 先ほど声を上げて部下に敬礼をさせた女性士官に問う。

 

「そうであります! 自分は扶桑陸軍第二師団、第五歩兵中隊隊長『岩瀬(いわせ)恵子(けいこ)』大尉であります! 今回は派遣部隊を指揮させていただきます!!」

 

 と、黒髪のショートヘアーをした岩瀬は姿勢を正して陸軍式の敬礼をしつつ少し大きな声で自己紹介をする。 

 

「今回はよろしく頼むよ、岩瀬大尉」

 

「は、はい!! 総司令官とご同行できることを光栄に思うであります!!」

 

 やっぱりと言うか当然と言うか、大尉は俺を前にしてガチガチに緊張している。正しい反応なんだが、うーん……

 

「俺はあくまでも視察のために部隊に同行する形だ。俺の事は気にせずにいつも通りにしていればいい」

 

「は、はい!」

 

 ……大丈夫かな?

 

 いや、辻が選んだのだから、信用しよう。

 

 

 

 その後すぐに歩兵と砲兵、工兵は一式半装軌装甲兵車と九四式六輪自動貨車に乗り込み、俺は岩瀬大尉が乗る一式半装軌装甲兵車の後ろの九四式六輪自動貨車の助手席に乗り込む。

 直後に各車輌のエンジンが唸りを上げて始動する。

 

『今回総司令官が直々にご同行される! 各員気を抜くでないぞ! 各車! 周囲警戒しつつ前進!』

 

 と、さっきまでの緊張しているときとは違い、凛とした声で各車輌に命令を出し、調査部隊は司令部より出発する。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「なぁ、少しいいか?」

 

「は、はい?」

 

 森の道を通って建造物があるポイントまでの道中、俺は隣で運転している兵士に声を掛けると、兵士は緊張した様子で返事を返す。 

 

「君は岩瀬大尉と同じ部隊の者か?」

 

「え? は、はい! そうであります! 自分は第五歩兵中隊所属の『倉吉(くらよし)太郎(たろう)』軍曹であります!」

 

 と、倉吉軍曹は敬礼をしようとするも、俺は制止させた。

 

「敬礼はいい。運転しながらでもいいから質問に答えてくれ」

 

「は、はい!」

 

「岩瀬大尉は、いつもあんな感じなのか?」

 

 ここからでは見えないが、前方の車輌に乗る岩瀬大尉のことを問う。

 

「中隊長が、ですか? いえ、いつもはあそこまで緊張はしていません。中隊長はいつも厳しく、きつい面はありますが、仲間想いで優しい中隊長であります。他の部隊長達からの評価が高いと聞いております」

 

「そうか……」

 

「やはり、総司令官がご同行されるとなると、心配の種が尽きないのだと思います」

 

「心配の種ねぇ」

 

 右肘を右太股に付けて顎を右手に置く。

 

「もし万が一総司令官の御身に何かあった場合、上層部から大目玉を喰らいかねない上に、陸軍としての面子も立たないでありましょうからね」

 

「……これは俺が自分で決めた事だ。仮に俺の身に何かあってもそれは俺の自己責任だ。彼女に責任は負わせはしない」

 

「そうはおっしゃいましても、総司令官が一緒に居るとなると心配の種は尽きないのでありましょう」

 

「……」

 

 苦虫を噛んだような表情を浮かべて、左の方に視線を向ける。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 それから5時間半近く掛けて森林を進んでいき、調査部隊は昼過ぎに目的の建造物へ到着する。

 

「大きいな」

 

 トラックから降りて、俺は建造物を見上げる。

 

 後で分かることなんだが、城壁が四方に配置された建造物で、その敷地内にはかつて建物があったであろう跡はいくつかあったが、今は何も無い平らとなっている。

 何十年も放置されてか、ツタや草が外壁を伝って伸び放題だった。それによって外壁は緑一色に染まっているので空から見ても分からないのも納得が行く。

 

 

 それから岩瀬大尉の的確な指示の下で部隊が動き、城門が開かれて敷地内に入ってすぐに砲兵が九四式六輪自動貨車よりバラバラに積み込んでいた『一式重機関銃』、『九七式自動砲』、『九七式曲射歩兵砲』を下ろして組み立て、防御陣地を構築させる。

 その後歩兵を周囲警戒させ、工兵が城の状態を確認するために、もしものことを考えて歩兵10人を護衛として引き連れて城内に入った。

 

 

(迅速かつ的確な指示だな。他の部隊長達が口を揃えて優秀と言い、辻が選んだ事はあるな)

 

 この若さで目を見張るものが多い。俺を前にして緊張する以外は、優秀な指揮官であろう。

 

 将来的には師団を率いるぐらいまで成長しそうだ。無論あくまで予想でしかないが。

 

 

「あ、あの、総司令官」

 

 そう彼女の将来のことを考えていると、俺のもとに岩瀬大尉がやってくる。

 

「ん? どうした、大尉?」

 

「総司令官のご意見を聞かせてもらえないでしょうか?」

 

「意見?」

 

「は、はい。先ほどまでの、自分の指示は……どこか変だったでしょうか?」

 

 恐る恐るな感じで大尉は問う。

 

「別に変という所はないと思うが?」

 

「そ、そうでありますか?」

 

「あぁ。君の活躍と評価は君の率いている部隊員から聞いている。他の部隊長達からも評価を受けている優秀な指揮官だそうじゃないか」

 

「そ、そうでありますか?」

 

「あぁ。悩む所は無いと思うが。まぁ強いて言うなら、あまり緊張を持ち過ぎない事だな。いざってとき、困るぞ」

 

「あっ……」

 

 そう指摘されてか、岩瀬大尉の顔が真っ赤になる。

 

 

 

「ただいま戻りました!!」

 

 と、2時間後に工兵が護衛の歩兵と共に調査より戻ってきた。

 

「この建造物の状態はどうだった」

 

 さっきまでの緊張した姿はどこへやら、キリッとして岩瀬大尉は工兵に問う。

 

「ハッ! 建造物は四方に構築され、面積は420メートル弱はあります。調べたところ地下にいくつかの区画に分けられた巨大な地下室が存在し、そこを弾薬、食糧の貯蔵庫として使用できるかと。

 しかし何十年も放置されていたとあって、劣化した箇所が多く修繕する必要がありますが、基礎はしっかりしています!」

 

「そうか。ここは補給拠点として使われるが、仮にも砦としても使えるのか?」

 

 中間補給拠点として運用されるが、万が一に備えて砦としての機能を追加する予定である。まぁ大半は魔物に対してのだがな。

 

「一部改装の必要がありますが、劣化箇所を補修すれば、強固な砦として使用できます!」

 

「ちなみに聞くが、この城壁はどのくらい持つ?」

 

「どのくらいとおっしゃられましても……」

 

「憶測でも構わない。言ってみろ」

 

「ハッ! 憶測ながら申し上げますと、大口径の野戦重砲の砲撃ならば、しばらく耐えられるかと」

 

「補修と改装を施した場合を含めても、か?」

 

「はい!」

 

「とのことですが、どうでしょうか?」

 

 岩瀬大尉は俺の方を向いて意見を伺う。

 

 まぁ魔物が相手であれば、城壁を壊される心配は少ないだろうし、問題はなさそうだ。

 

「補給拠点としても、砦として使うには申し分ないな。後日更に工兵と鉄道連隊を送り込み、線路を引かせつつ城に補修と改装を行わせる。ごくろうだったな」

 

『ハッ!』

 

 工兵分隊は姿勢を正して陸軍式敬礼をして、弘樹は工兵に対して答礼する。

 

 

「しかし、時間は……」

 

 空の明るさを見てから左腕の袖を引いて腕時計を確認すると、時間は午後4時半を回ろうとしていた。

 

「司令部からここまでに、5時間半もの時間を費やしているし、陣地撤収の時間を考えても今から戻るとなると夜の森を通らなければならない、か」

 

 夜は魔物達の活動が活発となる時間帯となるので、視界が遮られた状態で森の中を進むのは危険極まりない。

 何よりこの辺りは魔物の出没が多いので、夜はかなり多くの魔物が活動しているはず。

 

「ここで一夜を明かすか。それで良いな?」

 

「総司令官のご判断とあらば、我々はそれに従うだけです」

 

「そうか。一応野営の設備は持ってきているな?」

 

「ハッ! 野営をする装備は持ち込んでいますので、総司令官はそこにてお休みを。夜間警戒は自分達にお任せください」

 

「そうさせてもらうよ。だが、夜間警戒は必ず二人以上で行動させるように。何かあった場合はすぐに報告するように」

 

「了解であります!」

 

 さっきまでの緊張した面持ちと同一人物とは思えないほどだな。

 俺が居ないと恐らくこれが彼女の素なのだろうと思うと、少し残念な気がする。

 

 そんな事を内心で呟きながら、咳払いをする。

 

「司令部に連絡。調査部隊は古城にて一晩を越す。明日調査部隊が帰還後、部隊に工兵一個小隊と鉄道連隊を加え、再度古城に送り込むと伝えろ」

 

「了解であります! 通信兵!!」

 

 凛とした声ですぐに通信兵を呼び寄せる。

 

 

 と言うか視察が目的で付いてきたはずなのに、結局俺が仕切ってしまっているじゃないか。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 そうして一夜が開け、俺は日の出直後に目を覚ます。

 

 まだ眠気があったが、それに構わず服装と装備を整え、天幕を出ると既に岩瀬大尉の指示で部隊が陣地の撤収を行っていた。

 

「おはようございます! 総司令官!」

 

 と、起きたのに気付いて、岩瀬大尉は弘樹のもとにやって来て大声を発しながら陸軍式敬礼をする。

 

「あぁ、おはよう。ところで、俺が寝ているあいだ何も無かったか?」

 

「ハッ。特に何も無かったであります! 強いて申し上げるなら、魔物が不気味なほど確認されなかったことぐらいであります」

 

「そうか。それは珍しいな」

 

 この辺りに来れば魔物の襲撃が必ずあるはずなのだが、珍しい事もあるのだな。

 まぁ面倒事が省けて良いんだがな。

 

「それで、出発はどのくらいになる」

 

「陣地撤収があと五分で終了しますので、すぐにでも出発できます!」

 

「うむ」

 

 岩瀬大尉の報告を聞き、出発までの少しのあいだ暇を潰した。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 そうして岩瀬大尉の言う通り五分後には陣地撤収と出発準備が整い、そのまま古城を後にして司令部へと出発する。

 

 

「……」

 

 古城から出発して三時間、左右に分かれる部分が広がっている林道に差しかかろうとしていたとき、俺は顎に手を当てて考えていた。

 

(昨日からずっと魔物の姿が無い……妙だな)

 

 これまで森に入った偵察部隊はよく魔物と遭遇しては撃退もしくは撃滅を繰り返してきているが、今日に限って不気味なほど魔物の姿が無い。

 ましても魔物の活動が活発となる夜の間ともなれば確実に襲撃があったはず。

 

「……」

 

 普段なら面倒事が省けて良いのだが、胸中には言いようの無い予感が渦を巻いていた。

 

(まるで、災いが起こる前に動物達が逃げ出すような―――)

 

 ふとそんな事を内心で呟くが、その瞬間ピンと来る。

 

(何か居るのか? 魔物達が恐れ退くほどの何かが)

 

 魔物とは言えど生き物である以上、自分の身に危機が迫っている、もしくは本能的に危険と知らせるほどの生き物が近くに居るとなると、逃げ出すはず。ならば魔物の姿が見当たらないとなれば……魔物達が恐れる何かがこの森に居ると推測ができる。

 

 俺はすぐに無線を手にして岩瀬大尉の乗る車輌の無線に繋げる。

 

「大尉!」

 

『ど、どうなされましたか?』

 

「すぐに全車を停車させろ!」

 

『い、一体なぜ?』

 

「いいから! 早く!」

 

『りょ、了解! 全車停止!』

 

 大尉の号令で行進していた車輌は全て停車し、俺は降車後すぐに岩瀬大尉が乗る前方の一式半装軌装甲兵車へ向かう。

 

「総司令官! いったいどうなされましたか!?」

 

 大尉は少し戸惑って一式半装軌装甲兵車から降りる。

 

「妙に静か過ぎる。大尉の経験上、ここまで魔物達が襲ってこなかったことがあったか?」

 

「? い、いえ! 自分の経験上では、ここまで静かなことはなかったであります!」

 

 一瞬戸惑うも心当たりがあってか、すぐに返事を返す。

 

「臨戦態勢を取り、周囲警戒を厳にして前進させてくれ」

 

「りょ、了解であります!」

 

 陸軍式敬礼をしてから、岩瀬大尉はすぐに車輌の無線を手にする。

 

「各員臨戦態勢を取れ! 歩兵部隊降車! 周囲警戒を厳にしつつ前進する!」

 

 大尉の指示で歩兵部隊は車輌の荷台から降車すると、『三八式歩兵銃』や『九六式軽機関銃』『100式機関短銃』の点検をしつつ弾丸やマガジンを装填する。

 砲兵は九四式六輪自動貨車の荷台の天幕を迅速に外し、バラバラにしていた九七年式曲射歩兵砲、一式重機関銃を素早く組み立てていき、一部は『試製四式七糎噴進砲』を持ち出してロケット弾を装填する。

 

 岩瀬大尉は自分が乗っていた一式半装軌装甲兵車より自身の愛銃である『九九式小銃』を取り出し、ボルトハンドルを上げて引っ張り弾倉を開け、挿弾子(クリップ)に付けられた五発の弾丸を弾倉に入れてから弾丸のみを中へと押し込み、ボルトハンドルを押し込んでクリップを弾き飛ばし、固定位置に倒す。

 

「俺も持ってきておいて良かったな」

 

 そう呟きながらも、ヘルメットを被って乗っていた九四式六輪自動貨車より10発の弾丸が備えられたクリップの入った箱をベルトに提げて、完成して十分な性能を発揮させた試作品の『四式自動小銃』を取り出し、ボルトを引いて腰に提げた箱から十発の弾丸が備えられたクリップを装填してボルトを閉じる。

 

 ちなみにこの四式自動小銃は史実のものとかなり異なり、試験的に『M1ガーランド』の機構を大半に用いているので、装填方法がM1ガーランドと同じ『エンブロック・クリップ装弾方式』を採用し、史実とは違って作動不良を起こすことがなかった。が、今はまだ試作段階でしかないので、改良の余地はまだ多い。

 

「些細なことでも見つければすぐに報告しろ! いいな!」

 

『了解!!』

 

 男女混合する部隊全員からの返事が返り、歩兵10人が前へと出て警戒しつつ前進すると、車輌もゆっくりと前進し、歩兵も車輌の横に並んでゆっくりと歩き出す。

 俺も九四式六輪自動貨車の横に並んで、四式自動小銃を構えてゆっくりと歩く。

 

 

「総司令官! 警戒と戦闘は我々に任せてトラックの中へ!」

 

 と、後ろを歩いていた倉吉軍曹が三八式歩兵銃に安全装置を掛けて、俺のもとに寄る。

 

「部下が戦おうとしているのに、俺だけ安全な場所に居る訳にはいかんだろう」

 

「ですが! 総司令官の身に何かあったら――――」

 

「心配するな。総司令の名はただの飾りじゃない」

 

「……」

 

 何か言おうとした軍曹の言葉を遮る。

 

「軍曹。持ち場に戻って周囲を警戒しろ」

 

「りょ、了解であります!!」

 

 倉吉軍曹は陸軍式敬礼をして、すぐに持ち場へと戻る。

 

 

(とは言うもの)

 

 倉吉軍曹を持ち場に戻して周囲に目を配らせ警戒する中、言いようの無い不安が胸中に渦巻いていて額より汗が浮かび上がっていた。

 

(できれば俺の杞憂に終わってほしいが)

 

 そんな希望を少しながら抱いていたが、そうはいかなかった。

 

 

 

「……?」

 

 すると、突然静かに地面が揺れる。

 

「なんだ……?」

 

 九九式小銃を構えて周囲警戒をしていた岩瀬大尉は揺れに気づき、周囲を見渡す。

 

「……」

 

 揺れは次第に強くなり、更には木々が倒れる音がし始める。

 

(何か、巨大なものが近付いている)

 

 生物としての本能がそう訴えかけ、息を呑む。

 

 

 

「っ!? た、大尉!!」

 

「どうした!」

 

 前方を歩いていた歩兵が叫び、岩瀬大尉がすぐに前を向く。

 

「あ、あ、あれを!?」

 

 歩兵は左右に分かれる林道の、司令部がある反対側の道に指差し、すぐに大尉が歩兵のもとに向かって指差す方を見る。

 

「な、なんだあれは!?」

 

 それを見た大尉は目を見開いて驚き、俺もすぐに大尉のもとに向かって視線の先にある物を見る。

 

「ま、マジかよ」

 

 視線の先には……350mぐらい先に翼を持たない赤みのある黒い皮膚を持つ巨大なドラゴンが四足歩行で地響きを立てて森から森へと渡り歩こうとしていた。

 

 と言うか今までこんな大物見たことがないぞ!? いったいどこに隠れていたんだ!?

 

 内心で焦っていると、ドラゴンは俺たちの存在に気付いて頭を向け、金色の目を睨みつけるように細めると、直後に耳を劈くような咆哮を上げる。

 

「っ!総員一時後退!! 迎撃態勢を整える!」

 

 岩瀬大尉は一瞬顔を顰めるも、すぐに声を上げて命令を下すと、歩兵と車輌部隊はすぐさま司令部方面の道へと移動を開始する。

 

 ここでドラゴンを迎撃しても態勢を整えていないので、混乱の内にドラゴンに接近される恐れがある。

 一旦後退して態勢を整えて、増援を呼ぶことにした。

 

「工兵部隊は直ちに司令部へ向かい、その間に無線で増援要請を請え!」

 

「了解しました! ご武運を!」

 

 工兵部隊の一人が敬礼をすると、工兵一個分隊の乗る一式半装軌装甲兵車が司令部へと向かって走り出す。

 

 まぁ俺達も工兵部隊に続いて司令部へ撤退するという選択肢もあったが、このまま撤退するとあのドラゴンが司令部まで付いてくる可能性があった。

 

 司令部にある迎撃兵装を使って倒すのも一つの手だが、設置している場所が場所であるために使えない。陸海軍の部隊や艦隊もすぐには動けず、航空部隊もすぐには飛び立てない。

 なので態勢を立て直し、増援が来るまでドラゴンを食い止めるしかない。

 

 ドラゴンはゆっくりと身体を弘樹たちへと向けると、地響きを立てながらゆっくりと歩いてくる。

 

 

 

 

 



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第三話 戦場

 

 

 一旦後退した弘樹達は防衛線を築き、ドラゴンを待ち構える。

 

 地響きがする中、ドラゴンが丘の向こうから姿を現すと、こちらを睨みつけて向かってくる。

 

「砲撃始め!!」

 

 岩瀬大尉の号令で二輌の九七式中戦車の主砲から火が吹き、砲撃を開始する。

 

 放たれた二発の57ミリ榴弾がドラゴンに着弾すると、ドラゴンは衝撃と爆発で一瞬動きを止めるが、歩みを止めず前へと突き進む。

 

 直後に車輌から降りた砲兵部隊が九七式曲射歩兵砲5門に榴弾を半装填してから筒に落とし、ボンッ!と音を立てて榴弾を一斉に放つ。

 放たれた榴弾は弧を描いてドラゴンの周囲や足に着弾すると同時に爆発を起こし、動きを鈍らせる。

 

 しかし、すぐにドラゴンは榴弾の直撃を受けても僅かに動きを鈍らせるだけで、そのまま前進を続ける。

 

「撃ち方始め!!」

 

 ある程度距離が縮まったところで大尉が号令とともに九九式小銃の引き金を引いて弾を放ったのを皮切りに、歩兵隊の三八式小銃と九九式軽機関銃と一式重機関銃、九七式自動砲が一斉に放たれる。

 俺も四式自動小銃の引き金を連続で引いて弾を連射して放つ。

 

 弾はドラゴンに直撃するも、固い皮膚に阻まれて弾かれるものもあれば、軟らかい箇所にめり込むものもある。

 

「……」

 

 ボルトを固定位置から外して後ろに引っ張り、空薬莢を排出すると元の位置にへスライドさせ戻して次弾を装填し、九九式小銃を構えてドラゴンの頭に狙いを定めて引き金を引いて弾丸を放つも、弾丸はドラゴンの鼻先に当たって弾かれる。

 

(外した……)

 

 内心舌打ちをして空薬莢を排出する。

 

 

 

(何て固さだ、クソッ!)

 

 最後の一発を発射すると同時にボルトが後ろに動いて、中よりピンッ!というM1ガーランド同様の特徴的な金属音とともに空になったクリップが排出され、次のクリップを箱から取り出して弾倉に装填して閉じながら内心で悪態をつく。

 

 歩兵小銃の弾丸は場所によっては弾かれたりめり込んだりして、九七式自動砲ですら当たり所によっては弾かれたりめり込んだりしている。

 辛うじて九七式中戦車の榴弾でよろける程度だった。

 

 九七式中戦車が57ミリ砲から徹甲弾を放つも、貫通せず受け止められるがその衝撃でドラゴンの動きが鈍る。

 直後に九七式曲射歩兵砲より放たれた榴弾がドラゴンの周囲に着弾して爆発し、爆風でチハの砲弾同様に動きが鈍る。

 

(まぁ足止めさえ出来れば良しとするか)

 

 

「……」

 

 ボルトハンドルを引っ張って薬莢を排出し、挿弾子に付けられた弾丸五発を弾倉に装填し、クリップを弾き飛ばしてボルトハンドルを戻すと、九九式小銃を構える。

 

(・・・・落ち着け、落ち着け)

 

 暗示を掛けるように大尉は内心で呟き、ゆっくりと近付いてくるドラゴンの目にちょこちょこと動くも狙いを定めると、引き金を引いて弾丸を放つ。

 

 放たれた弾丸は一直線に狂いも無くドラゴンの左目を撃ち抜くと、今までより大きく仰け反りつつ悲鳴に近い声を上げて撃ち抜かれた左目から血飛沫が飛散する。

 

(いくら皮膚が固いと言っても、生物である以上柔らかい箇所は存在する)

 

 痛みに苦しむドラゴンを見ながらボルトハンドルを引っ張って薬莢を排出すると、すぐに別の箇所を狙おうとしたときだった。

 

 

 

 突然後方で悲鳴や銃声が鳴り響く。

 

「っ!」

 

 岩瀬大尉や一部の者が後ろを振り返ると、後方で九七式曲射歩兵砲を発射していた砲兵がゴブリンやコボルトの群れに襲われ、護衛として随伴していた5人の歩兵が応戦していた。

 

「っ! 9時方向より魔物の群れが!」

 

「なに!?」

 

 その直後に左の林からゴブリンやコボルト、オークなどの魔物が雄叫びを上げながら出てきた。

 

「なぜこのタイミングで! やつらあのドラゴンに恐れをなして逃げていたはずじゃ!」

 

 岩瀬大尉はとっさに九九式小銃を構えて引き金を引き、槍を構えて突っ込んでくるオークの左胸を撃ち抜く。

 

 近くに居た兵士達も三八式小銃や九六式軽機関銃を向けて魔物の群れを次々と撃ち殺す。

 

「……恐らくタイミングを見計らっていたんだろう」

 

 後ろに振り返った俺はすぐに四式自動小銃を構えて一発一発連続で発射し、次々とゴブリンやコボルトの頭や心臓がある場所を撃ち抜いていく。

 すぐに後方の砲兵の一人に襲い掛かろうとしたゴブリンの頭にヘッドショットをして仕留めた直後にクリップが排出され、すぐに新しいのを装填すると同時に右を向き引き金を引くと、銃弾はゴブリンの頭を一直線に貫通する。

 

「この機に便乗して、ですか?」

 

「連中にも悪知恵っていうのはあるんだろう」

 

 あのドラゴンによって俺達が蹂躙されれば、その後に残るお零れをもらいに来る、と言ったところだろう。

 

「だが、これはマズイな」

 

 前にはドラゴン。後ろと側面にはゴブリンとコボルト、オークの群れに加わり、トロールまで出現し、砲兵と歩兵に襲いかかる。後者は何とかなるだろうが、前者は迫撃砲の援護無しで戦車だけでは押さえるのは難しい。

 何より魔物の群れはどんどん数を増やしている。護衛の歩兵が5人いると言えど、歩兵に対して脆弱な砲兵を守りながらではいずれ押し倒される。

 

(あのドラゴンは火を吐くとかそういうのは無いようだが、それでも難しいな)

 

 今は九七式中戦車2輌の砲撃で動きを止めているとは言えど、あの巨体で突進などされたら、戦車でもひとたまりも無い。

 

「大尉! すぐに歩兵を10人連れて砲兵を救出に向かえ!」

 

「ですが! それでは総司令官の護衛が!」

 

 ここで10人も連れて行けば、俺の護衛は5人のみとなる。側面から来る魔物の群れはまだ少ないが、更に多くの群れが来た場合、守り切れない。

 

「これは命令だ!」

 

「っ!」

 

「ここは俺に任せろ。一人でも多く、兵士を救え! いいな?」

 

「……了解であります!」

 

 岩瀬大尉は敬礼をしてから、歩兵10人を連れて砲兵部隊の救出へ向かう。

 

 

 

「くっ!」

 

 倉吉軍曹は迫ってくるゴブリンに三八式歩兵銃を放って胴体を撃ち抜く。

 

 近くでは100式短機関銃を持つ歩兵が辺りにばら撒くようにして銃弾を放ち、ゴブリンやコボルトを撃ち殺す。

 直後に弾切れを起こして空になったマガジンを外して新しいマガジンを装填しようとするが、その瞬間ゴブリンに襲われる。

 

 とっさにそのゴブリンに三八式小銃を向けて引き金を引き、歩兵に襲い掛かろうとしたゴブリンを射殺する。

 

 ボルトハンドルを引っ張って薬莢を排出してすぐに戻そうと押し込む。

 

「っ!」

 

 しかし途中で遊底被が引っ掛かり、ボルトが元の位置に戻らない。

 

 必死にボルトを動かして戻そうとしたが、その隙にゴブリンの一体が木の棍棒を振り上げて軍曹へ飛び掛かる。

 

「うわぁっ!?」

 

 とっさに三八式歩兵銃を前に出して攻撃を防ぐも、勢いに負けて吹き飛ばされ、そのまま尻餅をつく。

 

 ゴブリンはそのまま棍棒を振り上げ、軍曹へ振り下ろそうとしていた。

 

 

 しかし振り下ろされる直前に、ゴブリンは背中に何が突き刺さり、その反動で前のめりに倒れる。

 

「ひっ!?」

 

 事切れたゴブリンが軍曹に倒れ掛かろうとして軍曹はゴブリンを蹴り飛ばすと、背中には銃剣が装着された九九式小銃が突き刺さっていた。

 

「大丈夫か、軍曹!」

 

 走ってきた岩瀬大尉がゴブリンの背中に足を置いて背中に突き刺さった九九式小銃を引き抜き、倉吉軍曹のもとに向かう。

 

「は、はい! 大丈夫であります!」

 

 軍曹はすぐに立ち上がると、三八式小銃を拾い上げて引っ掛かっていたボルトを元に戻す。

 

「歩兵5人は動けない者を救出し、後退せよ! 残りは私と共に魔物の掃討だ!」

 

『了解!!』 

 

 歩兵部隊はすぐに行動を起こし、5人ほどが護衛の歩兵5人に加わって砲兵の救出に当たり、残りは岩瀬大尉と共に魔物の掃討に当たる。

 

 歩兵5人がそれぞれ持つ九六式軽機関銃や100式機関短銃をゴブリンとコボルトの群れに掃射して次々と撃ち殺す。

 

 

 途中でトロールが棍棒を歩兵に向けて振り下ろすも、とっさに横に跳んだので潰されずに済んだ。

 

 その直後に砲兵の一人がトロールの背後で試製四式七糎噴進砲を構えて引き金を引いてロケットを放つ。

 いつもなら命中率が極端に悪いのだが、今回は至近距離とあって放たれたロケット弾は揺れながらもトロールの頭に着弾して爆発し、肉片を飛ばしながら頭を吹き飛ばす。

 頭を失ったトロールはそのまま前のめりに倒れて下に居たゴブリンとコボルト数体を下敷きにする。

 

「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 大尉は九九式小銃を勢いよく振るい、銃床でゴブリンの頭に殴りつけ、すぐに勢いよく突き出して銃剣をコボルトの頭に突き刺す。

 

「っ!」

 

 そのまま九九式小銃を突き刺したままコボルトを倒すと、腰に提げている軍刀を抜き放つと同時に振り返り、背後から迫ってくるゴブリンの首を刎ね飛ばす。

 

 

 近くでは、ある者は三八式歩兵銃に取り付けられた銃剣でゴブリンの胸に突き刺したり、銃床で何度も殴りつけたりする。

 また前方に配置された九四式六輪自動貨車の荷台に組み立てられた一式重機関銃を向けて掃射し、ゴブリンとコボルト、オークを次々と蜂の巣にする。

 

 

 四式自動小銃を連続して放ち、こちらにも近付いてきたコボルトとゴブリンを撃ち殺していく。

 

「くそっ! 撃っても撃っても数が減らねぇ!」

 

 引き金を引いて弾を放つとクリップが排出され、すぐに新しいクリップを弾倉に装填して閉じる。

 

 歩兵の殆どを後方の部隊の支援に回したが、魔物の群れの数は一向に減らなかった。

 

(ドラゴンを抑えるのも限界が近いし、何より弾薬が持たない)

 

 そもそも今回は調査のために編成された部隊。もとより戦闘をするためのものではなく、弾薬もあくまで必要最低限の量しか持ち込んでいない。

 先ほど九七式中戦車の榴弾が尽きて今は徹甲弾による砲撃で何とかドラゴンを押さえているも、弾薬がなくなるのも時間の問題だ。

 

「……」

 

 息を呑み、四式自動小銃を構えたときだった。

 

 

 

 九七式中戦車より大きな砲撃音がすると、ドラゴンの首に直撃してその固い皮膚に穴が開いて血飛沫が飛び散り、その衝撃で後ろに数歩下がる。

 

「っ!」

 

 俺はすぐに爆音がした後方を見ると、司令部方面より3輌の重戦車がこちらに向かってきていた。

 

 特徴な垂直装甲を持ち、88ミリ砲を持つ重戦車の代名詞と謳われる『ティーガーⅠ』であった。

 

 

 え? ティーガーってドイツの戦車だろって? 確かにその通りだが、これは色々とわけあって輸入して色々と仕様変更してコピー生産した扶桑陸軍仕様のティーガー……という設定。

 史実でも戦車開発の研究のために日本への輸入計画があり、ティーガーに乗る日本軍将校の写真が有名である。まぁ戦況の変化で実現はしなかったが。

 

 しかし史実のティーガーと違って、装甲は若干薄くなっているも色んな面で頑丈な作りになっており、無茶な動きをしても履帯が外れたり、故障することは無い。

 

 

「増援。それも第一軍団第一機甲大隊所属のティーガーってことは……辻のやつか」

 

 ティーガーⅠの車体にある部隊番号とマークからすぐにどこの部隊かが脳裏に浮かぶ。

 

 第一軍団は辻大将が率いる陸軍の中でも腕の立つ者ばかりが集う精鋭部隊である。

 

 ティーガー3輌が現れたことで、歩兵部隊の士気が上がり、雄叫びを上げる。

 

 ティーガーは車体の車載機銃を放ってゴブリンとコボルトを次々と撃ち殺し、主砲はトロールへ向けられて轟音とともに砲弾が放たれると、トロールの胸へと直撃し同時に肉片と共に赤い血を撒き散らす。

 もう2輌の主砲がドラゴンに向けられると88ミリ砲が火を吹く。

 

 勢いよく放たれた88ミリ砲弾はドラゴンの頭部と首に着弾すると固い皮膚を少し抉り、その痛みからかドラゴンは仰け反る。

 

 

「っ?」

 

 すると今度は空からあるエンジン音が響き、とっさに空を見上げると十機以上の航空機が司令部方面から飛んできていた。

 

(海軍の航空隊か!) 

 

 気づいた時には、5機で構成された『九九式艦上爆撃機』が増援として現れたティーガーの上を通り過ぎ、護衛として同行した『零式艦上戦闘機』4機とある一機を残してドラゴンへ急降下する。

 

 ドラゴンは威嚇するように咆哮を上げるも、お構いなしに5機の九九式艦上爆撃機は搭載している九八式二五番陸用爆弾一つと九七式六番陸用爆弾二つの爆弾を投下する。

 

 250キロ5つ、60キロ10個計15個の爆弾がドラゴンに一斉に降り注ぎ、全てが直撃だった。

 

 爆弾の直撃を受けてドラゴンは苦し紛れに咆哮をあげるが、その直後にその一機こと現在性能テストのために試作された艦上爆撃機『彗星』が急降下する。

 

 ギリギリまで粘って、彗星は爆弾倉に搭載していた五〇番通常爆弾を投下し、そのまま咆哮の為に口を大きく開けていたドラゴンの口の中に入り込む。

 直後に爆弾は爆発を起こし、辺り一面に肉片と鮮血を撒き散らしてドラゴンの頭を吹き飛ばす。

 

(急降下爆撃全部が命中、更にはあんなピンポイントの急降下爆撃を成功させるって……江草少佐率いる『江草隊』だな)

 

 異常なほどの急降下爆撃の成功から、すぐにどこの部隊であるかを把握する。

 

 海軍航空隊の中でも、急降下爆撃が異常なまでに成功率の高い部隊。『江草(えくさ)志郎(しろう)』少佐率いる急降下爆撃隊である。

 場所は違うけど、某爆撃王のような人みたい、とだけ言っておこう。

 

 頭を失ったドラゴンはそのままゆっくりと倒れ、地響きを立てて横たわる。

 

「これより残存戦力を掃討する! 一匹たりとも逃がすな!!」 

 

 力尽きたドラゴンを一瞥し、岩瀬大尉が叫ぶと歩兵部隊は雄叫びを上げてゴブリンとコボルト、オークの群れへと突撃する。

 

 

 増援として、更にティーガー2輌に『一式中戦車 チヘ』10輌が歩兵二個小隊と共に現れ、更に海軍から先ほどの九九式艦上爆撃機と彗星の入れ替わりとして九九式艦上爆撃機10機が飛来し、ゴブリンとコボルトの群れに襲い掛かった。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 増援の戦車一班と歩兵二個小隊、海軍航空隊の猛攻の前に、今ではゴブリンとコボルト、オーク、トロールの死骸の山が辺り一面に広がっていた。

 

「これは、予想以上に酷いな」

 

 火薬や煙、魔物の血の臭いが辺りに充満し、鼻が曲がりそうな臭いに顔を顰めながらヘルメットを脱ぎ、目の前の阿鼻叫喚の光景をただただ見つめる。

 

 負傷した砲兵や歩兵が衛生兵によって応急的な治療が施され、増援部隊と共にやってきた九四式六輪自動貨車に乗せられ、基地へと運ばれていく。

 

 が、中には悲しい表情を浮かべ黙祷する歩兵と衛生兵の面々も居た。理由は言わずとも、だ。

 

「増援が少しでも遅かったら被害はもっと大きかったかと。ですが、護衛の歩兵の配分をもう少し多く配置していれば」

 

 隣で悲しげな表情を浮かべ、大尉が呟く。

 

「これが戦場か。俺達がどのくらい安全な場所に居るかが、あらためて思い知らされたよ」

 

 俺は四式自動小銃のボルトを引っ張り、あらためて全て撃ち尽くしたのを確認する。

 

 現段階でのこの四式自動小銃はM1ガーランド同様、途中で弾を出す事ができないので、クリップを出すなら残りの弾を無駄に撃たないといけないので、先ほど無駄に魔物に対して撃っている。モッタナイネー

 

(開発部にはこの点の改善を言っておくか)

 

 その欠点以外は十分性能が高いので、欠点を改善すれば完成型が出来るはず。

 まぁそうなると史実と同様の『リー・エンフィールド』と呼ばれるマガジン方式に変えた方が手っ取り早いかもしれない。

 

「さてと、後処理は後続の部隊に任せ、俺達は司令部へ戻るぞ」

 

「了解であります」

 

 岩瀬大尉は陸軍式敬礼をし、すぐに出発準備を部隊に伝える。

 

 

 

 

 



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第四話 陸軍と海軍の状態

 

 

 

 その後陸軍の工兵部隊が送り込まれて建造物は大幅な改装が施され、同時に鉄道連隊によってレールが建造中の前哨要塞基地まで敷かれた。

 

 

 ちなみに、あの彗星に乗っていたのは予想通り江草少佐であったが、無理な機動をしたせいで機体に損傷が見られたらしく、開発部の人間にこっぴどく説教を受けたとか何とか。

 しかし調整が完全ではない試作機でピンポイントに急降下爆撃を成功させるほうも化け物染みているが……

 

 

 あの時の戦闘での負傷者は19名で、死者は8名であった。

 魔物の大群の不意打ちを受けた上でこの被害だとむしろ幸運と呼ぶべきだろうが、やはり部下が死ぬのは気持ち良いものではない。

 ゲームとまるっきり違うというのは、この二年間で嫌というほど味わった。

 

 

 ちなみに陸軍の増援部隊が早く到着したのは、辻の命令で増援要請の前に出撃準備をしており、増援要請があったと同時に出撃をさせていたからだという。

 

 

 海軍の爆撃隊の到着も、ちょうどその時江草少佐率いる急降下爆撃隊が訓練中であり、実弾による投下訓練を行おうとしたときに増援要請がありってそのまま攻撃に向かわせていたらしい。

 ってか、模擬弾でも十分だと思うんだが……

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「……」

 

 俺は重たい目蓋を開けて目を覚ます。

 

(思い出しているうちにいつの間にか眠っていたみたいだな……)

 

 内心呟き、椅子から立ち上がりながらあくびをして窓を見ると、外は真っ暗で基地や軍港、市街地の電灯の光が辺りを照らしている。

 

 その光景を見ていると、執務室の扉がノックされる。

 

「入れ」

 

 入出を許可すると「失礼します」と二人の男性が入ってくる。

 

「海軍及び陸軍技術省の者です。新兵器に関する報告書を持って参りました」

 

 二人の内一人が代表して言うと、手にしている陸海軍の報告書を執務机に置く。

 

「海軍は局地戦闘機の開発状況の報告書を出したじゃないか? 他にもあったのか?」

 

「はい。先に揃っていた局地戦闘機の開発状況をまずは報告いたしました。ですがその他の軍艦の項目がまだ揃ってなかったので、ご報告が遅れて申し訳ありません。これで揃いました」

 

「そうか。まぁ、ごくろうだった」

 

 執務机に向かい、まず陸軍技術省の報告書を手にして表紙を捲り、目を通す。

 

(陸軍では『三式中戦車 チヌ改』の製造を開始。随時各部隊へ配備予定。『五式十五糎自走砲』の配備も着々と進み、次第に訓練を開始しているか)

 

 三式中戦車は史実の仕様ではなく、後に開発される四式中戦車が搭載している『五式七糎半戦車砲』を搭載した改良タイプで、五式十五糎自走砲は史実では『試製五式十五糎自走砲』と呼ばれた自走砲の設計をあらためて正式採用した自走砲である。

 

(陸軍航空隊の方では、『三式戦闘機 飛燕』の製造を開始。海軍の全面協力の下、陸上攻撃機『連山改』の量産は『一式陸上攻撃機』と『銀河』『四式重爆撃機』他中型爆撃機と共に量産に入っている、か)

 

 報告書には連山改の写真と、他の爆撃機の写真の他、以前に行われた試験内容と結果が記述されている。

 

(連山の設計は史実と違って更に大型化しているから爆装量と安定性がかなり高い。はっきり言えば『B-29』に匹敵する爆装量と固さと防空性能を得ているからな)

 

 史実では完成こそしたが実戦に出ることがなかった重爆撃機で、外見こそ酷似しているが、一回り近くかそれ以上に大きく、その諸元性能は丸っきり違う。言うなれば日本版B-29である。

 

(尚、現在開発中の超重爆撃機『富嶽』の先行試作機の完成は二週間半を予定か)

 

 史実ではアメリカ本土を空爆する為に、B-29を超える超重爆撃機として計画されたが、技術面や戦況から試作機も作られること無く終わった幻の機体。

 

(色々と難儀したが、ゲームで他国の技術を多く取り入れていたから、何とかなったがな)

 

 ゲームでは他国の良いところをゲームで取り入れていたので、旧日本軍の技術力では不可能に近いことだって、可能になるのだ。

 

 しかしはっきり言うと連山改という重爆撃機があるのでそれを上回る富嶽は作る必要があるのかって思うが、富嶽には新技術を扱う試験的な面が大きいので、限定した数で量産する予定である。

 

(富嶽と他の重爆撃機と共にあの場所へ爆撃で吹っ飛ばせば、今後魔物の出没は激減するはず……)

 

 その時の光景が思い出され、静かに唸る。

 

 

 今から俺がこの世界に来て、半年も経っていない時だった……

 

 当時は魔物が多く、土地拡大に難航の色があった。

 そんな中、偵察機が逃げる飛行型魔物の逃走ルートから、ここから北に65キロ先に魔物の巣窟があるというのを確認した。

 俺は今後の活動を考え、巣窟の破壊をするために陸軍と海軍共同で爆撃機による殲滅作戦を立て、実行に移した。

 だが、魔物の数は予想以上に多く、無数の飛行型の魔物によって護衛の戦闘機隊は苦戦し、足の遅い爆撃機は次々と落とされ、僅かに巣窟に損傷を与えただけで、攻撃隊は撤退。完全なる敗北だった。

 

 魔物への過小評価もあったが、当時の軍事力は低く、航空機も複葉機がほとんどで、爆撃機も爆装量の少ない、頑丈さが無いなど、技術面が未熟だった。

 それが敗因の要因となっている。

 

 

(だが、次はそうは行かんぞ)

 

 内心リベンジを誓うような感じで呟くと、次の書類に目を通す。 

 

(で、前哨要塞基地の建造も残り一ヶ月弱で完成か。本当に作業が早いな)

 

 相変わらずの建造の早さかと思うが、前哨要塞基地はいくつも聳え立つ巨大な山の内部を掘削した上で、内部は膨大且つ複雑な構造をしているので、これでもこの二年間の中で一番長い建造時間を有している。

 

(完成すれば鉄壁の防衛線になる。同時に外の世界への拡大を広めるための拠点としても使える)

 

 そう内心で呟きながらも粗方陸軍技術省の報告書に目を通し、次に海軍技術省より送られてきた報告書を手にして表紙を捲り、目を通す。

 

(軍港の工廠では戦艦として『長門型戦艦』『天城型巡洋戦艦』『加賀型戦艦』、空母として『飛龍』『蒼龍』『翔鶴型航空母艦』、巡洋艦として『青葉型重巡洋艦』2隻、『妙高型重巡洋艦』4隻、『高雄型重巡洋艦』4隻、『長良型軽巡洋艦』6隻、『川内型軽巡洋艦』3隻、夕張型軽巡洋艦1隻、駆逐艦として『吹雪型駆逐艦』を全型合わせて24隻、『初春型駆逐艦』6隻、『白露型駆逐艦』10隻の建造が先週から開始。

 現在は長門型戦艦一番艦『長門』と二番艦『陸奥』が共に就役し、試験航行を開始。残りの軍艦も順次進水して艤装を施し就役する予定、か)

 

 いきなり多くの軍艦が増え、中でも戦艦が増えるのは戦艦好きである俺としては嬉しい限りだが、戦略を考えるとなるとバランスの偏った戦力は後の行動に影響する。

 

 戦艦の艦砲射撃は打撃能力が高く、頑丈に出来ている要塞攻略には不可欠だ。だが、射程が長いとは言えど行動範囲が海のみという戦艦では内陸部の奥深くへ攻撃ができない。

 かと言って航空母艦のみだと、航空機による行動範囲は増えるが、要塞攻撃に対する打撃能力に欠けてるし、母艦を失えば航空機は他に余裕のある母艦に着艦するか、もしくは不時着をしなければならなくなる。

 

 そこで史実どおり、天城型巡洋戦艦二番艦『赤城』と加賀型戦艦一番艦『加賀』と、更に史実では空母として改装される予定だったが、震災によって竜骨を破損し、廃棄処分となった『天城』と船体のみが完成して標的艦になった『土佐』も空母として改装し、残りは戦艦として就役させるように指示を出している。

 ちなみに史実では建造途中で解体された天城型巡洋戦艦三番艦『高雄』と四番艦『愛宕』も建造しており、高雄型重巡洋艦と名前が被ってしまうので、その二隻の名前は重巡に受け継がせ、天城型の三番艦と四番艦は新たに『飛騨(ひだ)』と『常陸(ひたち)』と命名された。

 

 ちなみに他にも『紀伊型戦艦』が建造予定にあったが、今後建造されるある戦艦があるので、紀伊型戦艦の案は棄却、十三号巡洋戦艦に関しては『岩木型巡洋戦艦』として採用し、今は建造待ちの状態である。

 

 そして報告書の最後には『A140-F6計画に関する報告』と記述されている。

 内容は『18インチ砲試験砲撃結果』と現在状況とあった。

 

(結果は上々。現在は進水した船体に艤装を施しているか。そしてそこから更に『20インチ砲』の開発に入る予定。海軍も本腰だな)

 

 

 

「ふむ。陸海軍両方とも開発は進んでいるようだな。このまま続けてくれ」

 

『ハッ!』

 

 陸海軍技術省の二人は陸軍式と海軍式に分かれて敬礼をすると「失礼します!」と言って踵を返し、執務室を出る。

 

 

 

「しかし、軍備も最初の頃とは思えないほど充実してきたな」

 

 技術省の者達が出てから少しし、俺は再度窓の外を見つめる。

 

 軍港では電灯が付けられ、夜間哨戒のために駆逐艦と軽巡合わせて5隻ほどが沖に出ている。

 

 必要最低限の軍備設備があるだけで他には何も無かった頃と比べると、その差は歴然だ。

 

(ここから先どのくらい発展していくか、楽しみだな)

 

 夜景を楽しみながら将来の軍港の姿を想像する。

 

「だが、これからが忙しくなるぞ」

 

 そう呟くと、執務室の扉よりノックの音がする。

 

「誰だ?」

 

『私です』

 

「品川大将か? 入れ」

 

 入出を許可すると、扉が開いて品川が入ってくる。

 

「どうした? 何か忘れ物か?」

 

「えぇ。そんなところです」

 

 と、ゆっくりと姿勢崩さぬ歩きで執務机を挟んで俺の前まで歩み寄る。

 

「今日のお昼頃のお話は、覚えていますか?」

 

「? 昼頃と言うと、俺の用事が無いかっていうやつか?」

 

「えぇ。またの機会と言いましたが、今夜は何もご用事は無いですか?」

 

「……特に無いな」

 

 首を傾げて特に用事が無いのを確認して品川に伝える。

 

「そうですか。宜しければ、夕食をご一緒にどうですか?」

 

「夕食? あっ、そういえばまだだったな」

 

 壁に掛けられている時計に目をやると、八時を回ろうとしていた。

 

「俺は別に構わないぞ」

 

「そうですか。では、参りましょう」

 

 と、品川の表情に喜色が表れて俺の左側に来ると、左腕に自身の右腕を回す。

 

 少し戸惑うも、特に意味は無いと思ってそのまま執務室を後にする。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「……」

 

 正直俺はこれほど気まずい雰囲気の中で食事をするとは思いにもよらなかった。

 

 

「……」

「……」

 

 俺の両側には品川と、辻が夕食を取っていたが、かなり機嫌が悪く、雰囲気が重い。

 

 

 

 事の始まりは、品川に連れられて食堂に着いてからだ。

 そこでなぜか辻が待ち構えていた。

 

 その瞬間二人の間で火花が散り、こんなやり取りがあった。

 

 

『なぜ辻大将がここに居られるのでしょうか? 陸軍省に戻ったのでは?』

 

『それはこちらの台詞です。あなたも海軍省に戻っていたのでは』

 

『たまたま総司令に用事があって戻りました。そこで総司令がまだ夕食をとっていないと言っていたので私が誘ったのです。そういう辻大将はなぜここに?』

 

『私も夕食がまだだったので、やってきたのです』

 

『その割にはまるで私たちを待ち構えていたように見えましたが?』

 

『それはあなたの気のせいです』

 

『……』

『……』

 

 

 んで、今に至るというわけだ。

 

(陸海軍全体は仲が良いのに、なんでこの二人だけ仲が悪いんだ?)

 

 疑問に思いながらも漬物とご飯を一緒に口に運ぶ。

 

(俺としては二人には仲良くしてほしいんだが、どうしたものか)

 

 仲の悪い原因が自分にあるとは思いもしない弘樹は内心で呟き、ため息を吐く。 

 

 

 

(くっ。またしても私の邪魔を。何度邪魔をすれば……)

 

(あなたの好き勝手にさせはしない)

 

 そんな弘樹をよそに、二人の間では静かな攻防戦が繰り広げられていた。

 

 

 

 



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第五話 出発

 

 

 そうしてあっという間に三日が過ぎる。

 

 

「それで、現在の工廠の状態は?」

 

「前回の報告書にあった新造軍艦の殆どは就役し、現在は各艦にて乗員の訓練に入っています。

 そして、例の新造戦艦の建造も約75%が完了し、他大型空母と軽空母の建造も開始されているとのことです」

 

 執務室で俺は品川より現在の軍港にある工廠で建造中の軍艦の状況を聞いていた。

 

「そうか。仕事が速いな」

 

「お褒めいただき、感謝の極みです」

 

 微笑みを浮かべ姿勢を正して海軍式敬礼をすると、隣に立っている辻に対してドヤ顔を決めるも、辻は無表情を返す。

 

「それともう一つ。一気に軍艦が増えたことで司令部横の軍港ではさすがに狭くなってきたので、現在周辺の海域を調査して条件に適合する島が発見されれば、別の軍港を建設、もしくは泊地を設置する予定です」

 

 一気に軍艦が増えた事でさすがに湾内のみでは入りきれなくなりだしている。そこで今後更に増えていくであろう軍艦を停泊させるための泊地に適合した場所を探させる予定だ。

 

「そうか。まぁどちらにせよ、軍港は一つだけでは足りない。ちょうどいい島が見つかり次第、すぐに取り掛かってくれ」

 

「ハッ。では、海軍省に伝えておきます」

 

 海軍式敬礼をしてから、品川は深く頭を下げて踵を返し、執務室を出る。

 

 

「さてと、そろそろ行くか」

 

「えぇ」

 

 俺が立ち上がり、隣に立っている辻と共に執務室を後にする。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 軍の指揮を海軍軍令部総長である『山崎(やまざき)五十六(いそろく)』と陸軍参謀本部の参謀総長である『大西(おおにし)弥三郎(やさぶろう)』に任せて、俺はまだ建造中の前哨要塞基地に『D52形蒸気機関車』に牽引された貨物と兵士輸送のための客車の混合列車に乗って向かっている。

 

 ちなみにこのD52型蒸気機関車は設計を改め、質の良い素材で作られているから、ボイラーの破裂事故は無いよ。むしろ史実のより高性能!

 

 

「……」

 

 俺の隣に座り、不機嫌そうに腕を組んで座る辻は被っている制帽を深く被る。

 

「で、お前がわざわざ付いてくる必要は無いんだぞ?」

 

「いいえ。総司令自らが未知の外界に出るというのに、側近である私が出向かないとは恥以外の何ものでもありません」

 

「別に気にするところじゃないと思うが……」

 

 立場弁えろよって言いたいが、人のことは言えない立場だからツッコめない。

 

「ってか……そのためにお前の第一軍団から戦力を抜粋しなくても」

 

 俺と辻が乗る客車の他にも数両の客車が連結され、辻が率いる第一軍団から選び抜かれた精鋭の兵士達が乗っている。

 まぁこれから未知の世界へ踏み込むのだから、これくらいは当然か。

 

「ただでさえこの辺りですら魔物が多いというのに、外界となれば身近な物ですら危険が潜む可能性が高いのですから、念には念を入れています」

 

「そりゃ、まぁ確かにそうだが」

 

 まぁ彼女なりの心配なんだろう、と割り切ろう。

 

「だが、彼女が今回の部隊に居るというのは意外だったな」

 

「は、はい! こうしてまたそ、総司令官とご一緒にご同行できて、光栄であります!」

 

 視線の先には、ガチガチに緊張した岩瀬大尉……もとい中佐(・・)が座っていた。

 

 あの調査派遣のときから階級が二階級も昇進しているのは、辻があの戦闘で彼女を高く評価し、昇進を推薦したからだ。

 

 しかし相変わらずの緊張ぶり。しかも俺だけならず調査派遣部隊長に任命し、中佐へと昇進させた辻が一緒に居るとなると、その緊張の度合いは計り知れないだろうな。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 それから中間補給拠点を経由して、前哨要塞基地へと俺たちが乗った混合列車は到着する。

 

「到着だ」

 

 荷物を入れた鞄を持って客車から降りると辻が続き、岩瀬中佐が隊員と共に下りる。

 

「……ここは相変わらず賑やかだな」

 

 視線の先には、様々な形の蒸気機関車が貨物列車を引いたり移動させている光景が広がっている。

 

 

 自分達が乗ってきた列車の他に、D52形の他に『D51形蒸気機関車』に『9600形蒸気機関車』が牽引する貨物列車が次々と前哨要塞基地に入ってきたり、汽笛を鳴らして出発したりしている。入れ替え用として『C12形蒸気機関車』他『B-20形蒸気機関車』が貨車の入換えをして次の貨物列車の発車に備える。

 

 

「出発はこの後1200時だ。それまで準備を整えてくれ」

 

「了解しました」

 

 辻と岩瀬は陸軍式敬礼をして、隊員を引き連れて弘樹のもとを離れる。

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「ふむ。予想以上の収穫だな」

 

「えぇ。建造中に偶然見つけたとは言えど、我々にとっては宝の山です」

 

 俺は一旦荷物を司令部の将校部屋に置いてからこの前哨要塞基地の司令官である『熊谷(くまがい)広司(ひろし)』中将より、現在の前哨要塞基地の状況報告を聞いている。

 

 この前哨基地はいくつかの巨大な山の中を刳り貫いて空洞化し、内部を工事して建造された要塞であり、その建造途中で良質で様々な種類の鉱石が採れる鉱脈のみならず、油田まで発見された。

 最初の頃は燃料と鋼材は備蓄にあったもので賄っていて、いずれその備蓄も底を尽きかねなかったが、鉱脈と油田の発見によって現在は潤いに潤っている。

 

「それで、例のあれの開発状況は?」

 

「はい。海軍との共同で開発を進めていますが……何せ巨大すぎるが故に開発は難航しております」

 

「そうか。まぁ前例が無いんじゃ無理も無いか」

 

 苦笑いを浮かべ左頬を掻く。

 

 

 陸軍と海軍共同で作らせているのは列車砲であるが、史実の日本軍にあったものではなく、それを倍以上に拡大した列車砲を作らせている。

 ……が、その口径どころか、まだ20インチ砲すら研究が始まってまだ試作されていない状態であるがために、手探りの状態での開発となっている。

 

 そもそもこんな限定的な条件下でしか運用ができない列車砲を作る意味はあるのか?って思われるが、要塞防衛や砦攻略には必要になってくるので、決して無駄に作らせるわけではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決して浪漫というためだけに作らせたとは口が裂けても言えない

 

 

 

 

 

 

 

「時間はいくら掛かってもいい。必ず完成させろ」

 

「分かりました」

 

 熊谷中将は陸軍式敬礼をして、その場を離れる。

 

「さてと、俺も準備に取り掛かるとするか」

 

 そう呟いて、荷物を置いたこの前哨要塞基地の自室へと向かう。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 そして時間は1200時となる。

 

 外界側に面している前哨要塞基地の隔壁が開き、俺達が乗る車輌部隊がいつでも発進できる状態にあった。

 

 

「これより出発する! 各員! 警戒を怠るな!」

 

『了解!!』

 

 兵士や辻、岩瀬中佐らの返事を確認して、俺は出発の号令を掛ける。

 

 号令と共に、九三式装甲自動車と九五式小型乗用車、兵員と補給物資を積んだ九四式六輪自動貨車、九七式側車付き自動二輪車、九五式軽戦車 ハ号と、史実では計画のみで終わった『試製対空戦車 タハ』を設計を改めて製造し、『九六式二十五粍高角連装機銃』を搭載して正式採用した『一式対空戦車 タハ』を4輌に、歩兵砲兵、工兵を含めた650名以上の兵士で構成された大隊が基地から出発し、荒野を走っていく。

 

「それで、どのようなルートを?」

 

 九五式小型乗用車(通称くろがね四起)の助手席に座る高官用に仕立てられた特別仕様の戦闘服に着替えている辻が問うと、後部座席に座る俺は地図を広げながら言葉をかける。

 

「事前に海軍陸上航空隊の一式陸攻に搭乗した陸軍の工兵に上空から大雑把にだが、簡単に地図を描かせている。荒野の向こうにある森の中に人の手である程度手を加えられた通路があるようだ。その先に村と思われる集落も確認されている」

 

「まずはそこですか」

 

「あぁ。可能なら村の住人との接触を試みたい」

 

「そう簡単にいくとも思えませんが?」

 

「まぁな。だが、着く前にこっちがくたばってしまえば意味が無い。十分に周囲警戒をしつつ前進する」

 

 無線機を手にして電源を入れると指示を出す。

 

「側車部隊は先行して道を確認しろ。随時報告するのを忘れるな」

 

『了解!』

 

 九七式側車付き自動二輪車三輌が速度を上げて本隊から先行して走っていく。

 

(この先は未知の領域。何が起こるか分からないが、魔物以外に遭遇する以外で面倒ごとに巻き込まれなければいいんだがな)

 

 そんなことを内心呟きながら地図を畳み、前を見据える。

 

 

 

 

 ……が、そうもいかない状況になってしまうとは、この時彼は想像もしなかった。

 

 

 

 



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第六話 外界での戦闘

 

 時間は暗くなり、薄暗い雲が周囲を覆う中、五つの影が猛スピードで駆け抜ける。

 

 影の一つに対して、残り四つがその一つを追う。

 

「くっ!」

 

 追われている者は両腕の中に少女を抱えて背中の黒い翼を羽ばたかせ、スピードを上げて追手を振り切ろうとしている。

 

 追っ手である、ドラゴンに跨る騎士達も見失わないとスピードを上げ、跨っているドラゴンの口から火球が吐かれるも、彼女は素早く避ける。

 

「っ! しつこい!」

 

 息が上がりながらも追っ手の攻撃をかわしていき、彼女は自身の両腕に抱えられている少女に目をやる。

 

「お嬢様。スピードをもっと上げます。もうしばらくの間我慢してください!」

 

 そう言うと、少女は肯定としてその者にしがみ付くと、更に背中の翼を羽ばたかせてスピードを上げる。

 

「くそっ! 非人風情が!」

 

 追っ手の一人が悪態を吐きながらも手にしているボウガンを構えて彼女に向けて矢を放つも、風の影響で右に逸れて外れる。

 

「おい! お前は上から回り込め!」

 

「了解!」

 

 追っ手の一人が指示を出してもう一人が上昇し、残りが一斉に跨っているドラゴンから火球を吐かせる。

 

(くっ! こちらから攻撃が出来ないことを良いことに!)

 

 両腕が塞がって反撃が出来ず、ただ追っ手の攻撃をかわすしかなかった。

 

「……っ」

 

 しかし次第に息が切れ始め、動きが鈍り始める。

 

 ここまでノンストップで更にスピードを上げているので、いくら体力に自慢がある彼女と言えどスタミナの消耗が激しく、次第に追っ手との距離が縮まり始めている。

 

(だが、この先には、未踏の地がある。やつらとて、そこまで追ってはこないはず)

 

 彼女達からすれば、この先は大昔から誰も足を踏み入れたことの無い未踏の地。理由は定かではないが、気候の変動が激しく、魔物が多く生息、特に強力な魔物が多かったがために踏み入れることが出来なかったと言われている。

 が、正確にどうであったかは、誰も知らないのが現状。

 

 追っ手の連中もそうだが、自ら突入する二人にとっても危険極まりなかった。

 だが追っ手から逃れるにはこれしかない。

 

 彼女は力の限り背中の翼を羽ばたかせてスピードを飛ばし、森の上を飛んでいく。

 

「っ!?」

 

 すると上から先ほど上昇した追っ手がドラゴンより火球を吐かせてきた。

 

「くっ!」

 

 とっさに火球をかわしたが、それと同時に後ろからの追っ手からのドラゴンから火球が吐かれ、その内に一発が彼女の翼に直撃する。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 火球の直撃で左側の翼が焼かれて彼女は悲痛な叫びを上げ、消えそうになった意識を何とか繋ぎ止めて抱えている少女を強く抱き締め、共に森の中へと落ちていく。

 

 

 

 

「くそっ、森に落ちやがったか」

 

 追って四人組はドラゴンを止めて空中で停止すると、森を見る。

 

「これ以上の追撃は無理だな。あの非人の速度にドラゴンがバテていやがる」

 

 ドラゴンに跨っている騎士はドラゴンが息を切らしているのを見る。

 

「ここからは地上部隊の出番だ。俺達は戻るぞ」

 

「あぁ」

 

 そうやり取りをしてから、四人は来た道を戻りながら、森の中を進攻している地上部隊へ追撃任務を継がせる。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その頃森の中では――――

 

 

「ここから更に33キロ先に村と思われる集落を発見か」

 

 天幕の中で先行して調査を行った側車部隊からの報告を俺は辻から聞く。

 

 あれから休まずに進み続け、荒野を越して森に入って軽く整地された通路を通る中で魔物との遭遇と戦闘こそあったが、特に目立った被害は無くここまで来られた。

 

 辺りが暗くなって、現在は開けた場所に野営地を設置して半径1キロ圏内に警戒網を敷いて歩兵二人一組にして哨戒させている。

 

「集落を発見したとは言えど、接触は慎重に行わなければなりません」

 

「あぁ。そこが難しいところだが……まぁ旅の者と言えば何とかなるか」

 

「どう見ても怪しく見られると思われますが?」

 

 この世界の住人達がどうなのかは全く分からないが、少なくともファンタジー的な世界であるので、王国などの場所もあると思われる。

 そんな中で古いとは言えど自動車や旧日本陸軍の武装はこの世界の住人から見れば見たことの無い物になる。怪しまれるのは十中八九予想される。

 

「村に入る際は少人数で、武装は拳銃のみ。自動車などの乗り物は遠くで茂みに隠して待機だ」

 

「それが妥当でしょうね。まぁ、それでもよそ者に対して警戒を抱くなと言うのも無理な話ですが」

 

「痛い所を突くなぁ」

 

 俺がそうつぶやいたときだった。

 

 

 

「総司令官!」

 

 と、天幕に少し慌てた様子の岩瀬中佐が入ってくる。

 

「どうした?」

 

「報告します! 先ほど哨戒中の歩兵が第一警戒ラインに侵入者を確認しました!」

 

「なに?」

 

「魔物の間違いではないのか?」

 

「いいえ! 魔物ではないとのことです! たいまつの明かりを頼りにこちらへ進行中とのことであります!!」

 

 村の方から来た……わけないよな。

 

 

「……それで、侵入者の規模は?」

 

 事態を察した辻がすぐに問い返す。

 

「ハッ! 最低でも武装した歩兵が60名以上は居るとのことです!」

 

「60以上か」

 

「しかし、武装しているとは言えどこんな時間に森を進む者達が居るとは考えづらいです」

 

 ただでさえ夜は魔物達の活動が活発になる時間帯。それも森の中は昼でも出没が多いとなれば、夜は倍以上になる。

 そんな危険地帯を武器を持った団体だとしてもわざわざ通るとは考えづらい。

 

 

 

「っ!?」

 

 すると突然銃声が何度も鳴り響く。

 

「なんだ!」

 

「誰が発砲した!」

 

「確認してまいります!」

 

 中佐は陸軍式敬礼をしてから天幕を出て、確認に向かう。

 

「……辻大将」

 

「何でしょう?」

 

「万が一のことがある。全員に臨戦態勢を取るように伝えろ」

 

「ハッ!」

 

 辻はすぐさま天幕を出て臨戦態勢を取るように部隊へ伝達。

 二人がそれぞれの武器の点検をしていると中佐が戻ってくる。

 

「報告します! 侵入者を監視していた歩兵二人が攻撃に遭ったそうです!」

 

「攻撃だと?」

 

「監視中に歩兵の一人が物音を立てた途端攻撃に遭ったとのことです!」

 

「被害は?」

 

「ハッ!撤退途中で二人の内一人が胸を撃たれ、重傷との事です!」

 

「……」

 

 報告を聞き、俺の中で感情が急激に冷えていく。

 

「いきなり撃ってくるとは。魔物と勘違いしたというのか?」

 

「それが、歩兵二人は攻撃を止めさせるために危険を承知の上で侵入勢力の前に出たそうですが、侵入者はそれでも攻撃をやめなかったとのことです」

 

「人間と分かっていて撃ったのか」

 

「……」

 

「監視していた歩兵の報告では、侵入者は何かを捜索していると思われます。この森に居る非人共や人間達は全て始末しろとかの会話を聞いたと言っています」

 

「始末」

 

「少なくとも、我々も侵入勢力の標的にされている、と見た方が宜しいでしょう」

 

「……」

 

 と、弘樹の表情は険しくなり、四式自動小銃を手にする。

 

「……連中の目的がどうであれ、このまま見逃すことはできんな」

 

「では……?」

 

 辻の問いに、俺は一旦間を置いて口を開く。

 

「現時点を以って侵入者を敵と認識。一人たりとも逃がすな」

 

「よろしいのですか?」

 

「出来れば彼らと接触を試みたかったが、それも叶わない状態だ。下手に出れば、こちらがやられる」

 

 人間と分かった上で攻撃をやめなかったのだ。そうなれば話し合いなど到底出来る状態ではない。

 

「……」

 

「辻。すぐさま大隊から中隊100人を抜粋してくれ。岩瀬中佐。その中隊を引き連れて侵入者の迎撃に向かえ。一人たりと逃すな。だが、抵抗しない者は殺さず捕虜にしろ。情報を聞き出す」

 

「了解」

 

「了解であります!」

 

 二人は陸軍式敬礼をしてから、すぐさま天幕の外に出て準備に取り掛かる。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「たくっ。空の連中は面倒な事を押し付けやがってよ」

 

「全くだぜ」

 

 その頃森の中をたいまつの火を頼りに真っ暗な森の中を65人近くの兵士達が進み、その中の数人が愚痴を溢しながら進んでいる。

 

 剣を持つ剣士が居れば、弓矢、ボウガンを持つ弓兵、マスケット銃を持つ銃兵、杖を持つ魔法使いなどの構成をしている。

 

「しかしさっきの人間達。仕留め損ねるとはな」

 

 先ほど歩兵へマスケット銃を向け弾を放った銃兵が呟く。

 

「俺達以外でこの森に居る人間は全員抹殺しろとの指揮官からの命令だが、一人は助かるまい。仮に助かっても血の臭いで魔物達に寄って集られて喰われるだろうな」

 

「そりゃそうだな」

 

 そう話しながら兵士達は森の奥へと進んでいく。

 

 

 その先で何が待っているかも知らずに。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「来たな……」

 

 その兵士達の針路先に待ち伏せている岩瀬中佐達は地面に伏せて草茂みに隠れ、小銃や軽機関銃を構えて侵入勢力を待ち構えていた。

 

 岩瀬中佐達から見ればたいまつの火で兵士達の居場所は丸分かりで、撃ってくださいと言っているようなものだった。

 

 その後方で倒れた大木の陰から『九九式狙撃銃』を構えている狙撃手が兵士たちに狙いを定めて射撃指示を待っている。

 

「配置完了。敵兵はこちらに気付かず接近中です」

 

『分かった。射撃は中佐のタイミングに任せる』

 

「了解であります」

 

 無線機に向かってはっきり聞こえるぐらいの小声で総司令と通信を交わし、無線機を通信兵に返す。

 

「総員、私の射撃を合図に一斉射撃だ。一人たりとも逃がすな。但し、抵抗しない者は捕虜にしろ」

 

『了解』

 

 中佐は両側の兵士にそう伝えると、伝言ゲームのようにして全員に指示を伝えると、九九式小銃を構える。

 

 

 そして距離が縮まってきたところで、中佐は先頭を歩く兵士の頭に照準を定め、引き金を引く。

 小銃としてはそこまで大きい発砲音を発さず、マズルフラッシュも小さい九九式小銃から弾丸が放たれ、兵士の頭を撃ち抜く。

 

 それを皮切りに他の歩兵の三八式小銃と九九式軽機関銃が一斉に放たれ、後方の狙撃手の九九式狙撃銃からも弾丸が放たれ、その後ろを歩いていた兵士や杖を持つ魔法使い数人の頭や胸を撃ち抜く。

 

 敵兵達は突然の襲撃に先頭を歩いていた数人が弾幕の餌食となり、魔法使いの数人も魔法障壁を張る前に胸を撃ち抜かれて絶命する。

 

 すぐさまマスケット銃や弓矢、ボウガンを弾丸が飛んでいた方へ放つも、矢や弾丸は地面に伏せている岩瀬中佐が居る上を通り過ぎる。

 

 岩瀬中佐は引き金を引いて弾丸を放ち、マスケット銃を持つ敵兵の心臓を撃ち抜き、ボルトを上げてから引っ張り空薬莢を排出し、元の位置へ戻して次弾を装填するとすぐに別の敵兵へ狙いを定めて引き金を引く。

 

 歩兵の二人が立ち上がって九七式手榴弾の安全ピンを抜いて敵兵へと投擲するも、その直後に歩兵の動きを見つけた敵兵がボウガンをとっさに向けて矢を放ち、放たれた矢が一人の歩兵の左肩に突き刺さり、後ろに倒れる。

 しかし弧を描いて投げられた手榴弾は密集していた敵兵の真ん中に落ち、その瞬間雷管が作動して爆発を起こす。

 

 爆風と破片を受けた敵兵は吹き飛ばされ、呻き声を上げる。

 よろけた体勢を立て直そうとした敵兵はすかさず狙撃手によって頭を撃ち抜かれて絶命する。

 

 手榴弾の爆発を受けていない敵兵は反撃を試みるも、岩瀬中佐達の猛攻の前に次々と絶命していき、残り少なくなった敵兵は恐れをなして来た道へと逃げていく。

 

「逃がすな! 抵抗しない者以外は全員射殺しろ!」

 

 中佐の号令で地面に這っていた歩兵達は一斉に立ち上がり、追撃を始めると同時に三八式小銃や九九式軽機関銃を放つ。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「……」

 

 俺は森に響き渡る銃声を聞きながら、四式自動小銃を片手に周囲を警戒する。

 

 侵入勢力を警戒するのもそうだが、発砲音で魔物達が近付いてくる可能性もあるので、警戒は厳にしている。

 

 同じように辻大将も100式短機銃を片手に周囲を見渡して警戒している。

 

「総司令官!」

 

 そんな中、通信兵の一人が俺のもとへ走ってくる。

 

「報告します! 岩瀬中佐率いる迎撃部隊は侵入勢力を一人たりとも逃がさず排除し、三名の捕虜を捕らえました!」

 

「そうか。捕らえた捕虜はこちらに連行するように。あと負傷兵が居ればすぐに野営地に連れてこさせて手当てをさせるように伝えろ」

 

「ハッ!」

 

 陸軍式敬礼をして、すぐさま無線機のもとへと駆ける。

 

「辻大将」

 

「ハッ。なんでしょうか?」

 

「捕虜の尋問を頼む。可能な限り情報を聞き出せ」

 

「お任せを」

 

「……あと、有力な情報を吐かせるためとは言えど、やりすぎるなよ」

 

「分かっています。可能な限り加減はします」

 

 そうは言うものも、どうなるかねぇ

 捕虜にトラウマの一つや二つぐらい植え付けられそうな気がするのは気のせいだろうか

 

 そんな場違いな心配を考えるのだった。

 

 

 

 そうして負傷兵と共に捕虜が野営地へと連れてこられると、すぐに衛生兵によって治療が行われ、辻と岩瀬の二人が捕虜を天幕へと連れ込んで尋問を始める。

 ちなみに扶桑軍では暴力による尋問は厳禁にしているが、別に威圧感を与えるなとは言っていない。

 

 負傷した歩兵は四人ほどだが、大したものではないと言う。

 ちなみに胸を撃たれた歩兵は幸いにも弾は内臓を傷つけるまでには至らなかったので、命に別状は無かった。

 

「初めての対人戦闘……。この世界の者達との初めての接触は、最悪な形となってしまったな」 

 

 この世界の住人との初めての接触と同時に扶桑陸軍にとっては初めての実戦の対人戦闘となってしまった。

 これがどこまで響くか、様々な不安要素が過ぎる。

 

 

 

「総司令官!」

 

 と、通信兵が再度天幕の中へと入ってくると、耳打ちで報告する。

 

「なに? 侵入者の進行方向とは逆の方向で、落下物だと?」

 

「はい。その落下物は二人の女子とのことです」

 

(落下物が二人の女子って……いや、こんなファンタジーな世界なんだから、何が起きても不思議じゃない。って思う自分がなんかなぁ)

 

 妙にずれだした感覚になぜかショックを受けながらも、内心のみに留めて表情には出さなかった。

 

「現在様子を見ているとのことですが、どうしますか?」

 

「……」

 

 俺は少し悩むも、すぐに判断を下す。

 

「すぐに女子二人を野営地に連れてこい。怪我をしている場合すぐに衛生兵に治療をさせろ」

 

「ハッ!」

 

 通信兵はすぐさま天幕を出て無線機のもとへ向かう。

 

 

 

 



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第七話 世界事情

 

 その後哨戒中だった歩兵達によって女子二人は回収されて野営陣地に連れてこられた。

 

 が、その女子の姿に誰もが度肝抜かれる。

 

 二人共女子の姿をしているが、普通は無いはずの物が彼女達にはあった。

 

 一人は二十歳になる前ぐらいの少女で、白っぽい銀色のショートヘアーの髪に、その頭に狼か犬の耳と、尻にふさふさの尻尾が生えている。所謂獣人といった姿をしている。

 

 もう一人は先ほどの女子より年上の女性で、黒いショートヘアーをしており、顔つきはどこか日本人のように見える。その背中には対であったはずの黒い翼が生えている、いわゆる翼人といった姿だが、左の翼は焼け焦げて異臭を放っている。

 

 軍医によれば獣人の方は外傷はなく、強い衝撃で気を失っているだけで済んでいるが、翼人の方は先にも言ったが左側の翼から焦げた臭いを発しており、身体中に打撲の痕があって左肩の腫れ具合から最悪骨折している可能性があると言っていた。

 が、どちらとも命に別状は無いと言う。

 

 

「まぁ無事であるなら、何よりだ」

 

 軍医からの報告を聞き、安堵の息を吐いて椅子に座る。

 

「それで、捕虜からどこまで聞けた?」

 

「ハッ。予想より多く重要ともいえる情報と、捕虜が持っていた周辺地域の地図を入手しました」

 

 と、テーブルに捕虜が持っていた地図を広げて森のある場所を指差す。

 

 え? 尋問を受けていた捕虜はどうなったかって? ハハハ……ドウカナ~

 

「現在我々はこの森に居ます。捕虜の話ではここから北西約28キロ先に彼らが所属している別働隊が待機しているということです」

 

「別働隊?」

 

「えぇ。現在の世界情勢を含めて、順に説明します。どうやら我々は、かなり深刻な状況に介入してしまったと思われます」

 

 辻は今までに無い深刻な表情を浮かべ、俺に今の世界状況を説明した。

 

 

 分かり易く砕いて言うと、捕虜3名は『バーラット帝国』と呼ばれる大国家の軍に所属し、現在『グラミアム王国』と戦争状態にあるという。

 そのバーラット帝国軍が現在攻略中である城塞都市の側面を突くための別働隊として本隊と別行動して、その移動途中で非人二人に別働隊を見られ、排除しようと追撃していたそうだ。

 

 んで、俺達がその別働隊から派遣された追撃部隊と接触、攻撃を受けて身を守るために排除してしまった。

 

 

「……」

 

 かなり大きな話に、静かに唸る。

 

 つまり俺たちはそのバーラット帝国とグラミアム王国の戦争に介入したこととなる。

 まぁ、いくら御託を並べたところでやってしまったものはやってしまったのだ。

 

「それで、捕虜の話では別働隊の存在を知らせないためにも目撃した二人の非人、つまりはあの二人を排除しようとしていた、とのことです」

 

「なるほど」

 

 納得しながらも、地図を見る。 

 

「先行部隊の報告どおり、33キロ先に村があります。ですが、捕虜の話からでは別働隊の針路上にはこの村があります」

 

「……」

 

「帝国は獣人族や妖魔族と呼ばれる半分人間、半分獣か魔物の姿をした人種、向こうの言い名では非人呼ばれる者達の存在を認めておらず、全て滅ぼすと捕虜が言っています」

 

「もしこの村の住人がその者達だったら……」

 

「グラミアムは獣人族と妖魔族を中心とした王国と捕虜は言っていたので、恐らくは。そうであるのなら、帝国軍は捕虜を取らず、駆逐するという名の虐殺を行うでしょう」

 

「……」

 

「……」

 

 帝国軍のやり方に驚愕して二人は黙り込む。

 

 

 

「うわぁっ!?」

「なんだっ!?」

「くそっ!こいつを止めろ!」

 

 

 

 その静寂を破るかのように天幕の外で歩兵の声がしてくる。

 

「?なんだ?」

 

 俺と辻はとっさに天幕を出て、人だかりを見つける。

 

「中佐!」

 

「そ、総司令官!」

 

 その人だかりの外側に居た岩瀬中佐を見つけて声を掛けると中佐はすぐに俺の方を向く。

 

「何があった!?」

 

「それが」

 

 

「っ!」

 

 と、人だかりに隙間が出来て、そこから一人の女性が視界に入る。

 

 それは先ほど保護した翼が生えた方の女性であり、歩兵の誰かから奪ったのか右手に軍刀を手にして周囲を必死の形相で睨みつけている。

 しかし身体中に包帯が巻かれて、左腕は力なくぶらんと下がっている。それに身体中からの痛みからか、脂汗を掻き、息が上がっている。

 

「保護した女性が目を覚ました途端暴れ出して……」

 

「今に至ると言うわけか」

 

「……」

 

 辻はホルスターより十四年式拳銃を抜くとマガジンを挿入して遊底を引っ張って弾丸を装填させる。

 

「待て、辻」

 

 女性に撃とうとしている辻を止める。

 

「抵抗しているのであれば、事が大きくなる前に始末するべきです」

 

「お前なぁ。まだ判断を下すには早いぞ」

 

「何かが起こってからでは遅いのです。ならば、今の内に」

 

「だから待てって」

 

「……」

 

「中佐。彼女は何か言っていたか?」

 

「は、はい!『帝国軍の情けを受けるつもりは無い!』と言っていました」

 

「……」

 

「……どうも帝国軍と勘違いされているな」

 

「なら、どうすると?」

 

「決まってんだろ、誤解を解くんだよ」

 

 そう呟き、俺は人だかりの間を抜けて女性のもとへ向かう。

 

「そ、総司令!」

 

「危険です! 下がってください!」

 

 二人の制止を無視して俺は女性の前に来る。

 

「っ!」

 

 女性は必死の形相で弘樹に睨みつけて軍刀を構えるも傷が疼いてか表情が歪む。

 もはや立っているだけでもきついのだろう。俺の実力を以ってすれば制圧は容易いだろうが、目的はそれじゃない。

 

「……落ち着け。俺達は君らの思う帝国軍ではない」

 

「……」

 

 そう言うも、女性はまだ疑いの目で見ている。

 

「俺がここの最高責任者の西条弘樹だ。再度言うが、我々は君達の敵ではない」

 

「……」

 

 しかしそう言って見ず知らずの集団をすぐに信用するはずもない。

 

「……全員銃を下ろせ」

 

 俺は女性に対して小銃や短機関銃を向けている歩兵に銃を下ろさせるように指示を出す。

 

「銃を下ろせ!」

 

 戸惑いを見せる歩兵に強めに言い放つと、歩兵は銃口を女性から下ろす。

 

「……」

 

 ホルスターより十四年式拳銃を抜き、女性は一瞬警戒の色を見せるも構わず拳銃の安全装置を掛けてゆっくりと地面に置くと、両手を上げる。

 

「そ、総司令!」

 

「お前達も置くんだ」

 

「ですが……!」

 

「……」

 

 俺に睨まれて辻はたじろぎ、迷った末に手にしている拳銃のマガジンを抜いてから遊底を引いて銃弾を排出し、安全装置を掛けて地面に置いて両手を上げる。

 

 それに続いて他の歩兵もそれぞれ小銃や短機関銃の安全装置を掛けて地面に置き、両手を上げる。

 

「……」

 

 女性は一瞬驚いた様子を見せて周囲を見渡すと、しばらく考えて手にしている軍刀を地面に突き刺す。

 

「これで信じてもらえたかな?」

 

「……今のところはな……っ!」

 

 すると無理に動いたツケが回ってか、女性はくぐもった声を漏らして左胸を押さえながら片膝を地面に着けるが、そのまま気を失う。

 

「っ! 大丈夫か!? 衛生兵!」

 

 とっさに女性のもとに駆け寄って支えるとすぐに衛生兵を呼び、衛生兵がぐったりとしている女性のもとへ向かい眠っていた天幕へと連れていく。

 

 

 俺は立ち上がると周囲の歩兵達に指示を出して任務に戻させる。

 

「……ふぅ。何とか、事が大きくなる前に収束できたな」

 

「……」

 

 辻は俺に対して少し不満げに睨みつけながらも排出した弾丸をマガジンに入れて元あった場所に戻すと、十四年式拳銃を拾い上げてホルスターへ戻す。

 

「無茶はしないでください。下手すれば総司令に危害が及んでいたかもしれないんですよ」

 

「あぁでもしないと信じてもらえないだろう。ただでさえさっきまで帝国軍に追われていたんだからな」

 

「だからと言って」

 

「それに、仮に襲われたとしても取り押さえる用意はあったよ」

 

「……」

 

 辻は何か言おうとするも、呆れ半分にため息を吐く。

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 それからしばらくして女性が目を覚まし、容態も安定してきたので面談が可能となった。

 ちなみに少女の方はまだ目を覚ましていない。

 

「……その、先ほどはすまなかった」

 

 女性は俺に対して頭を深々と下げて謝罪する。

 

「気にしなくても構わないよ。あんな状況では、誰だって混乱するさ」

 

「しかし、私やお嬢様の命の恩人に対して刃を向けたのだ。グラミアム王国の者として、恥ずかしい限りだ」

 

 女性は俯き、シーツを握り締める。

 

「冷静に考えれば、帝国軍が私やお嬢様に怪我の治療などするはずも無い。それさえ気付いていればこんな事には」

 

「まぁ、過ぎた事だ。気にしたって、事実が変わるわけじゃないんだ」

 

「……」

 

「可能であれば、名前を教えてくれないか?」

 

「あ、あぁ。私の名は『小尾丸』と申す。グラミアム王国、国王親衛隊隊長だ」

 

「小尾丸か。先ほど軽く言ったがあらためて。西条弘樹だ。こっちは副官の辻晃だ」

 

「サイジョウ殿にツジ殿か。あらためてだが、私やお嬢様の命を救っていただき、感謝する」

 

 小尾丸は再び深々と頭を下げる。

 

「構わないよ。俺達は当然のことをしたまでだ」

 

「……」

 

 助けるために戦闘を行うことが当然なのか?と辻は一瞬脳裏に疑問が過ぎる。

 この世界に来てから常識がずれ始めている気がするが、気のせいと思っておこう。

 

「それにしても、二人はなぜあんなことに? どうも帝国軍に追われていたと思われるが?」

 

「それは……」

 

 小尾丸の表情に迷いが生じて、弘樹は「いや」と声を掛ける。

 

「いや、言えない理由があれば無理に言わなくていい」

 

「そう言ってもらえると、助かる」

 

 

 

「しかし、サイジョウ殿とツジ殿はどこから来たのだ? 見たことの無い服に武器と、帝国軍ともまるで違う」

 

「あぁ、それはだな~」

 

 俺は一瞬迷うも、そこへ辻がサポートを入れる。

 

「申し訳ないが、我々の所属は明かせないのだ。少なくとも、小尾丸殿やグラミアム王国の敵では無いのは確証しよう」

 

「そうか。いや、人に言えない秘密は一つや二つはある。別にどうしてもと言うわけではないから、気にしないでくれ」

 

「そう言ってもらえると、助かる」

 

 

(すまない、辻。助かった)

 

(今我々の正体を知られるのは問題になりかねません。時間を置いてからで正体を明かしても遅くはありません)

 

(そうだな)

 

 小声で俺と辻は会話を交わし、再度小尾丸に向き直る。

 

 

「それにしても、名前からすると二人は『大和ノ国』の者か?」

 

「大和ノ国?」

 

 名前からすると昔の日本の事なのか? なら、彼女の容姿が日本人っぽいのも頷ける。

 しかし彼女の姿からすると、妖怪の類だろうか?

 

「私の生まれ故郷だ。自然に囲まれて、私のような妖怪が多く人間と共存して住む世界だ」

 

 予想通り妖怪なんだ。

 

「私のようなって言うと、君も?」

 

「あぁ。私はその中の鴉天狗と人間との間に生まれた半妖だ」

 

 つまりはハーフという訳か。ってか、妖怪と人間の間にって、世の中不思議な組み合わせもあるんだな。

 

「まぁ、今はこの異世界に翼人族として、生きている」

 

「と、言うと?」

 

「時より居るらしいのだ。私のように別の世界からこの世界にやってくる、『異邦者』というのが」

 

「……」

 

 どこか似たような境遇に俺は黙り込む。

 

「サイジョウ殿たちは、異邦者ではないのか?」

 

「さぁ、俺もよく分からないな」

 

「そうか」

 

 何か事情があると察してか、小尾丸はこれ以上追及はしなかった。

 

 

「……そういえば、サイジョウ殿達はどうやって私達を救出したのだ?」

 

「野営陣地周辺を哨戒中だった歩兵が君達二人を見つけたんだ。その間に小尾丸が言う帝国軍の襲撃を受けて、それに応戦していた」

 

「やはり、私達を探していたのか」

 

「帝国軍の捕虜の話では、現在攻略中の城塞都市ハーベントと呼ばれる場所の側面を突くための別働隊が行動中だそうだ」

 

「っ! もうそこまで帝国軍が侵攻していたのか!」

 

「まずいのか?」

 

 小尾丸の表情にただならない焦りの色が浮かび、ただごとでないのを察する。

 

「まずいもなにも、城塞都市ハーベントは王都グラムの最大防衛拠点だ。そこが陥落すれば、それ以降の防衛拠点は皆無に等しい」

 

「事実上王都へと侵攻は止められない、ということか」

 

「そうだ」

 

「……」

 

 

「それとこの先にある村が、その別働隊の針路上にあると捕虜から聞いている」

 

「な、何だと!?」

 

 小尾丸は思わず声を上げるが、その際に身体の傷が疼いてか一瞬表情が歪む。

 

「ど、どうしたんだ?」

 

 突然声を上げた小尾丸に戸惑ってたじろぐ。

 

「……さ、サイジョウ殿。まずい事になった」

 

「……?」

 

「帝国軍は私達翼人族や獣人族、妖魔族を生かしはしない! やつらが来れば、村の者は例外なく全員殺される!」

 

「っ!」

 

「やはり、捕虜の言う通りか」

 

 捕虜から話を聴いていたとは言えど、確定した事実に二人は息を呑む。

 

「サイジョウ殿!!」

 

 小尾丸は焦りの色を表情に浮かべながらも、俺を見る。

 

「助けてもらった身でありながら図々しい願いなのは承知の上だが……頼みがある!!」

 

 身体の痛みに耐え、脂汗を掻きながら深々と頭を下げ、こう言い放つ。

 

「どうか、帝国軍から、村の者達を助けてくれないか!!」

 

「……」

 

「本当に図々しいな。会って間もない我々にそのような危険な事を頼むとは……」

 

 不機嫌そうに辻は小尾丸を見下す。

 

「それは、重々承知している。出来るなら、私がやりたい。だが、この様で、一人ではどうしようもない。それに他に、頼れる者が、っ! いないのだ!」

 

 身体の痛みに耐えながらも彼女は必死になって俺達に頼み込んでいる。

 

「……」

 

「……」

 

 少し考えると、辻を小声で少し話すと小尾丸に向き直る。

 

「少し辻と話し合うから、少し外すぞ」

 

「あ、あぁ……」

 

 小尾丸の返事を聞いてから二人は天幕の外に出る。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「それで、どうすると言うのですか?」

 

 天幕を出てから辻が弘樹に問うも、「いや」と言葉を漏らす。

 

「聞くまでも無かったですね」

 

「まぁ、そういう事だ」

 

 俺の考えはもう決まっている。

 

「確かにここで協力的立場を取れば、彼女の言うグラミアム王国とのコンタクトが取りやすくなって、交流も難なく可能となりましょう。まぁ、その国がまともであればの話ですが。

 しかしそれは同時に帝国に対して完全に敵対することの表れとなります」

 

 事実上バーラット帝国への宣戦布告みたいなものだ。

 

「分かっているさ。俺達はこの二年の間、外界との接触を避け、大きな戦闘も無く平和に暮らしてきた。それなのに自ら争いの中に足を踏み入れる普通に考えれば愚考だろう」

「だが、このまま帝国軍の蛮行をみすみす見逃す事は出来ないし、何より目の前で助かる命を放っておく訳にはいかない」

 

「……」

 

「その為にも、明朝出発して帝国軍より先に村へと向かい、素早く村の住人を避難させる。そしてそこで帝国軍別働部隊を迎え撃つ」

 

「了解しました」

 

「今から全員を集めて、明日の行動を伝えてくれ。明日は今までより忙しくなるからな」

 

「分かりました。直ちに」

 

 辻はすぐさま岩瀬中佐を呼ぶと同時に歩兵を集める。

 

 弘樹は天幕へと戻り、小尾丸に決定事項を伝えると、彼女は泣きながら感謝の言葉を並べていた。

 

 

 



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第八話 出会い

 

 

 

 辻によって大隊全員に作戦が伝えられて、すぐさま準備と前哨要塞基地へと連絡を入れ、明日に備えて警備を交代しながら休憩を取る事にした。

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「……」

 

 その夜中、俺は天幕の中で明日に備えてベッドに横になっていた。

 

 時間は真夜中の2時を過ぎており、普通なら寝てもおかしくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 が……

 

 

(……眠れない……くそっ)

 

 緊張のあまりか、目が冴えるに冴えて全く眠気が無く、眠ろうにも眠れなかった。

 

 明日は先の戦闘よりも多くの人間との戦闘になり、同時に国同士の戦争に介入する事になる。 

 

 その戦闘に部下達を指揮官として送り出さなければならない。無論戦闘となれば彼らが無事で帰ってくる保証も無い。

 

「……」

 

 俺は半身を起こして頭を軽く掻く。

 

(いずれこうなるとは思っていたが……こうも早く来るとはな)

 

「はぁ……」と深くため息を吐く。

 

(争いにならず他の国と交流を深めるはずだったのに、国同士の戦争に巻き込まれるか)

 

 タイミングの悪いときに出てしまったなぁ……と少しながら外界に出たことを後悔するのだった。

 

 

 グゥ~

 

 

「……」

 

 と、腹の虫が軽く鳴る。

 

(……気晴らしに軽食でも取るか)

 

 内心呟いてベッドから足を降ろして靴を履き、背嚢の中に入れていた竹の皮で包んだ(扶桑の領土内になぜか竹林があった)おにぎり三つを取り出す。

 

 

「……?」

 

 竹の皮を剥がそうとしたときに、物音が天幕の外からする。

 

(哨戒中の兵士か)

 

 別に気にする事でもないと思っておにぎりを手にする。

 

 

 しかし物音は更に不自然に続いて、金属の当たる音がする。

 

「……」

 

 さすがに怪しんだ俺は警戒しながら手にしたおにぎりを机に置き、ベッドの横に設置している台の上に置いているホルスターより十四年式拳銃を取り出してマガジンを入れ、静かに遊底を引っ張って弾丸一発を装填する。

 

 拳銃を右手に天幕を出ると、薄暗い中小柄の人影が野営地の中央で何かを探している。

 

(魔物……じゃないな)

 

 ゴブリンやコボルトの類ならば、単独行動はしないし、何よりここまでこそこそとしない。なら一瞬哨戒中の歩兵と思ったが、歩兵なら明かりを持っているはず。

 

「……」

 

 忍び足でゆっくりと進み、拳銃の安全装置に指を掛ける。

 

「そこのお前。何をしている」

 

「ひゃっ!?」

 

 声を掛けた瞬間その者は驚きの声を上げて一瞬跳ね上がる。

 

「……あ、ぅ」

 

 その者は怯えながら俺に身体の正面を向く。

 

「君は……」

 

 雲の切れ目から月の光が差し込み、その者の姿を照らし出す。

 小尾丸と一緒に居た、獣人の女の子であった。

 

 月の光に鈍く反射する白っぽい銀髪に、透き通るような蒼い瞳。しかし怯えてか頭に生えている耳は畳まれ、尻尾は下へと垂れてピタリと固まっている。

 

「……」

 

 俺は拳銃をベルトとズボンの間に差し込む。

 

「すまないな、驚かせてしまって」

 

「……」

 

「気が付いてよかった」

 

「……」

 

「大丈夫だ。何もしない」

 

「……」

 

 しかしまだ怯えた様子で俺を見つめる。

 

 

「……俺の名前は西条弘樹。ここの最高責任者だ」

 

「……サイジョウ……ヒロキ?」

 

「君の名前は?」

 

「……わ、私は……」

 

 女の子は一瞬迷いを見せるも、口を開く。

 

 

「……リアス……エーレンベルクと、言います」

 

「リアスか。良い名前だな」

 

「っ……あ、ありがとう、ござい、ます……」

 

 一瞬顔を赤くし、おどおどとしながら頭を下げる。

 

「ところで、なぜこそこそとしていた?」

 

「そ、それは……」

 

 

 グ~

 

 

「っ!」

 

 理由を言おうとした瞬間リアスの腹の虫が鳴り、顔を赤くして俯く。

 

「あぁ、腹が減ったのか」

 

「……」

 

 コクリと縦に頷く。

 

「そうだな。口に合うかどうかは分からないが、待っててくれ」

 

 俺はすぐさま天幕へと戻って、置いてきたおにぎりを取ってくる。

 

 

 

 その後二人は近くの切り株に座り、おにぎりを手にする。

 

「……」

 

 初めて見るおにぎりをリアスは色んな角度からマジマジと観ている。

 

「やっぱり、初めて見るものは口に入れられないか?」

 

「あっ、いえ。そういうわけじゃないんです。ただ……ちょっとべたべたして」

 

 冷えているとは言えど、べたべたとするおにぎりの感触に彼女は戸惑いの表情を浮かべている。

 

「そうか。まぁ、そう思うのも最初の内さ」

 

 そう言って一口おにぎりを食べる。

 

「……」

 

 それを見たリアスは少し悩むも、勇気を出して一口齧る。

 

 

「……おいしい、です」

 

 と、彼女の顔の血色が良くなり、少し尻尾がユサユサと揺れる。

 

「そうか。口に合ってよかった」

 

「は、はい。初めての……食感ですが、嫌いじゃありません」

 

 そう言って一口齧る。

 

「……でも、このしょっぱい味って……塩、ですか?」

 

「あぁ。塩を軽く塗している。おにぎりのオーソドックスな味付けだ」

 

「そうなんですか」

 

 リアスは不思議そうにおにぎりを見つめる。

 

「そんなに塩が珍しいのか?」

 

「あっ、いえ。塩自体は珍しいんじゃないんです。でも、グラミアムじゃ塩には不純物が混じっていることが多いので……」

 

「なるほどねぇ」

 

 呟きながら残りのおにぎりを口に放り込む。

 

 リアスもそれに続いて、おにぎりを食べ進めた。

 

 

「あ、あの……」

 

「ん?」

 

 リアスがおにぎりを食べ終えたところで彼女が俺に問い掛ける。

 

「……サイジョウさんは、私達のことを、どう思っていますか?」

 

「どうって?」

 

「……だって、私達は獣人で……人間じゃ、ありませんから」

 

「……」

 

 彼女の様子からすると、バーラット帝国のみならず、少なくとも彼女達のような存在はあまり好ましく思われていないようだ。

 まぁ帝国の影響が大きいと言えるかもしれないが。

 

「……別に君達のことを偏見な目で見るわけではない」

 

「……」

 

「まぁ、正直に言うと俺は君達のような存在を、見たことが無いからな」

 

「え……?」

 

 俺の言葉にリアスは少し驚いたように声を漏らす。

 

「どうして、ですか?」

 

「あ~……それはだな……」

 

 思わず正直に言ってしまったことに後悔するも、もう後戻りは出来ないので話を進めることにする。

 

「……実を言うと、俺はこうして部下達以外の者と会った事が無いんだ」

 

「そう、なんですか?」

 

「あぁ。今まで、外の世界に出たことが無かったんだ」

 

「……」

 

「まぁ、今はまだ詳しく言えないんだがな」

 

「……」

 

「……尚更怖くなったか?」

 

「あっ、いえ。そういうわけじゃ、ないんです。ただ―――」

 

「ただ?」

 

「……何となく、私と似ている、って」

 

「似ている?」

 

 どこか引っ掛かる言葉に首を傾げる。

 

「……私、お父様やその関係者、お城の人たち以外の、人と話したことがあまり無いん、です」

 

「友達と一緒に話したりはしないのか?」

 

「……その、お友達とは……あんまり、話せなくて」

 

「……」

 

「だから、こうして初めて会った人に、話すことだって、できないはず、でした」

 

「そうか」

 

「……でも、不思議と、あなたと話していると、楽しい、です」

 

 と、さっきまで暗かったリアスの表情に微笑みが浮かぶ。

 

「……」

 

 

「まぁ、少し話が逸れたが……姿が何にせよ、みんな生きているじゃないか。言っているやつは言わせておけばいい。生きる権利は誰にだってある」

 

「……」

 

「俺はそう思っている」

 

「……サイジョウさん」

 

 リアスは名字を呟き、視線を地面に下ろす。

 

 

「さてと、もう寝るとするか」

 

 俺は立ち上がって天幕に戻ろうと歩き出す。

 

「ま、待ってください」

 

 と、彼女が呼び止めて、俺は立ち止まった彼女に向き直る。

 

「……おにぎり……ありがとう、ございました」

 

「別にいいさ。また食べたくなったら、いつでも言ってくれ」

 

「は、はい」

 

 

 

「お嬢様!!」

 

 と、向かい側の天幕より大きな声を上げて小尾丸が出てくる。

 

「っ! お嬢様!!」

 

 小尾丸はリアスの姿を見つけるなりすぐさま駆け寄ると身体を調べて怪我が無いのを確認する。

 が、激しく動いたせいか、怪我が疼いて彼女の表情が歪む。

 

「ご、ご無事でなりよりでした!!」

 

「お、小尾丸さん」

 

 

 その大声に哨戒中だった歩兵が驚き、とっさに野営地へ慌てて戻ってくる。

 

「総司令官! 何かありましたか!?」

 

 九九式小銃を持って岩瀬中佐が弘樹のもとへ駆け寄る。

 

「いや、何でもない。驚かせてすまないな。気にせず哨戒に戻ってくれ」

 

「ハッ!!」

 

 岩瀬中佐と率いている歩兵達は陸軍式敬礼をしてすぐに哨戒ラインへ戻っていく。

 

 

「す、すまない。迷惑を掛けてしまって」

 

 小尾丸は先ほどの大声に恥じて俺に深々と頭を下げる。

 しかし身体の痛みからか身体が小刻みに震えている。

 

「いや、あんな状況なら慌てても仕方無いさ」

 

「そう言ってもらえれば、助かる」

 

「……」

 

「ところで、こんな夜中にサイジョウ殿は何を?」

 

「ちょっと小腹が空いてな。軽食におにぎりを食べようとしたところ、彼女が野営地をうろついていたんだ」

 

「おにぎりか。どうりでお嬢様から懐かしい匂いがしたわけだ」

 

「……」

 

 恥ずかしくなってかリアスは顔が赤く染まって俯く。

 

「知っているのか?」

 

「あぁ。大和ノ国に米があったからな。よく食べていたよ」

 

「そうか。なら、一つ食べるか?」

 

 と、最後の一つになったおにぎりを小尾丸に差し出す。

 

「いいのか?」

 

「あぁ。俺は一つだけで十分だ」

 

「そうか。では、ありがたく」

 

 小尾丸は深々と頭を下げ、おにぎりを手にして一口食べる。

 

「うまい。生まれ故郷を思い出す味だ」

 

 思い出す故郷の味に自然と笑みが浮かび、あっという間に食べ終える。

 

「ところで、小尾丸」

 

「なんだ?」

 

「さっきからその子をお嬢様って呼んでいるが……彼女はいったい?」

 

「……」

 

 と、小尾丸の表情に迷いの色が浮かぶ。

 

「いや、言えない理由があれば、別に言わなくていい」

 

「そうではない。……この際話した方が良いかも知れないな」

 

 後半ボソッと呟くと、彼女は間を置いてから口を開く。

 

「お嬢様は我がグラミアム王国軍の大将軍であられる『アーバレスト・エーレンベルク』。その愛娘だ」

 

「……」

 

 親衛隊隊長である程度推測していたが、まさか一国の軍の将軍の娘か。こりゃ大物を助けたもんだな。

 

「そうだったのか。だが、なぜ小尾丸はその大将軍の娘と一緒に?」

 

「……それはさすがにサイジョウ殿でも、話せない」

 

「そうか。まぁ、別に聞きたいわけではないからな。むしろ聞いて殺されたりなんかしたらたまったもんじゃないからな」

 

「そうれもそうだな」

 

 そう言って彼女は苦笑いを浮かべる。

 

「では、あらためて明日はよろしく頼む」

 

「あぁ。出来る限りの協力はしよう」

 

 そう言って弘樹は天幕へと向かい、中へ入る。

 

「……」

 

 小尾丸が天幕へ戻る中、リアスは弘樹の入った天幕を見つめている。

 

「お嬢様?」

 

 と、小尾丸に声を掛けられてリアスはしばらくして小尾丸と共に天幕へと戻っていく。

 

 

 

 



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第九話 本格的な戦闘

 

 そうして夜が明け、弘樹達は準備を整え出発する。

 

 

 野営地を臨時指揮所として再構成し、護衛として九五式軽戦車と一式対空戦車 タハを2輌ずつ計4輌と260名の歩兵と砲兵を引き連れ、残りの歩兵と砲兵、車輌は臨時指揮所の護衛である。

 

 

 そもそも対空戦車は必要ないと思うが、小尾丸の話では竜騎士なる航空戦力が存在するので、そのために2輌を攻撃隊に加えている。

 

 

「……ところで、なぜ彼女達が一緒に居るのでしょうか」

 

 と、なぜか不機嫌な雰囲気で辻が問う視線の先には、後部座席に無理やり座る俺と小尾丸、リアスの三人の姿があった。

 

「見知らぬ兵士が乗る他の車輌より見知っている俺達が乗るくろがね四起の方がいいだろう?」

 

「だからと言って無理やり乗せることは」

 

 見た感じでは、俺の隣に小尾丸が座り、その膝の上にリアスが座る感じとなっている。

 

「彼女達を考慮してのことだ」

 

「……」

 

「うーん」と辻は顰めた表情で静かに唸る。

 

 

 小尾丸とリアスの二人は共に行動することになった理由としては、村人の説得役が大きい。

 いきなり見知らぬ俺たちが帝国軍が侵攻しているから避難しろと言っても信じてもらえないのは考えるまでも無く分かることだ。

 何より小尾丸とリアスの二人は今向かっている村に一度赴いたことがあるので、村人も顔を知っている。

 

「……」

 

 ふと右から視線を感じて顔を右に向けると、リアスが慌てた様子で前に顔を向ける。

 その頬が少し赤かった気がする。

 

「……?」

 

 俺は疑問が浮かびながらも首を傾げる。

 

「サイジョウ殿」

 

「なんだ?」

 

「……昨夜お嬢様に何か言ったのか?」

 

 ジトッと小尾丸は俺を見る。

 え? 何で俺が疑われているの?

 

「いや、ただ話をしただけなんだが?」

 

「そうか? なら、良いんだが」

 

 小尾丸はそれ以上追及せず視線を前に向ける。

 

(俺、何かマズイことでもしたのか?)

 

 内心少し焦りがあったが、これからのことを考えて今は別のことを考えて気を紛らわす。

 

 同時に辻の機嫌が更に降下し、張り詰めた雰囲気が漂う。

 

 

(あぁ……早く解放されたい)

 

 と、かなり張り詰めた雰囲気の辻が隣に運転席にて運転している岩瀬中佐は胃に穴が開きそうなぐらいの胃痛に似た感覚に襲われて表情が青ざめている。

 

 ただでさえ扶桑の指導者であり陸海軍の総司令官である弘樹や、自分を中佐まで二階級も昇進させた辻が一緒に居るということ自体が彼女にとっては大きなプレッシャーなのだが、そこに辻の只ならぬ雰囲気が加わるとなると、生きた心地がしなかった。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 そうして正午辺りには村の付近へ到着すると車輌を一旦林の中へ隠して降車し、必要最低限の武器を所持して村へと向かう。

 

 

『……』

 

 村に入るなり、すぐに村人からの視線が集まる。

 

 まぁ俺たちの服装はこの世界からすれば全く見慣れないもの。何より帝国軍との戦争状態とあり、嫌でも視線が集まる。中にはかなり敵意剥き出しで睨んでいる村人もいる。

 何より、小尾丸とリアスの二人が居ることも視線が集まる要因だろう。

 

「すまないが、村長は居るか?」

 

 小尾丸が近くに居た獣人の男性に問うと、男性はすぐに村長を呼びに走る。

 

 

 

 それから少しして村長と思われる獣人の老人がやってくる。

 

「おぉ……小尾丸様とリアス様。こんな貧しい村になぜまた?」

 

 二人ほどの者がこのような小規模の村に来ること自体滅多に無い事なのだが、再び来られたことに村長は戸惑いの色を浮かべて問い掛ける。

 同時に後ろに立つ弘樹たちに戸惑いの表情を浮かべながら。

 

「説明している暇が無い。とにかく、今すぐに村の者を集めてくれないか?」

 

「ど、どうしてですか?」

 

「もうじきこの村に帝国軍が攻めてくる」

 

「て、帝国軍がこの村に!?」

 

 衝撃的な事実を知り、村長は驚きの声を上げると、周囲に居た村人にも聞こえ、ざわつき始める。

 

「そ、それは本当なのですか!?」

 

「そうだ。今すぐにも村人を集めて避難しろ。誘導は彼らがやってくれる」

 

「わ、分かりました。しかし、彼らはいったい?」

 

 村長は俺と辻を怪訝な表情で見る。

 

「説明している暇は無いと言った! 急いでくれ!」

 

「は、はい!!」

 

 村長はすぐさま村の住人へ呼びかけると、すぐにも村全体に伝わった。

 

 

 

 避難は弘樹たちにより迅速に行われ、予想以上に早く避難を終え、数百人はいた村はもぬけの殻と化した。

 

 弘樹たちは村長に許可を取って建造物を最大限に生かし、帝国軍別働隊の迎撃準備を整える。

 

 家の一階や二階の窓にカーテンを開いて遮ると、その隙間から九九式軽機関銃や『※九二式重機関銃改』を設置し、一定の場所に狙うように『九七式曲射歩兵砲』を村の外に5門配置し、様々な箇所から村を全体に狙えるように九七式自動砲を二門、九九式狙撃銃を持つ狙撃手を三人配置している。

 九五式軽戦車や一式対空戦車は建物の陰に隠して攻撃と同時に動き出すようになっている。

 

 

※給弾方式を保弾板式から弾帯式に変更し、銃身や本体のパーツを規格に合うように新規パーツと交換しているので、作り置きしていたやつを再利用している。改良したことで一度に撃てる弾が増え、連射性能がほんの僅かだけ向上している

 

 

 配置完了を見届けた弘樹は辻と共に村人と一緒に避難した小尾丸とリアスがいる臨時指揮所へと戻っていく。

 

 

「準備は完了したか?」

 

 九九式小銃に挿弾子を差し込んで五発の銃弾を装填し、ボルトを元の位置に戻しながら岩瀬中佐は副官に問う。

 

「えぇ。後は連中を待つだけです」

 

「うむ」

 

 確認し終えて二人は建物の屋根の上に登り、双眼鏡を出して帝国軍の別働隊が進攻してくる方向を覗く。

 

 周囲では小銃を構える他の歩兵が屋根の陰に隠れて攻撃の合図を待っている。その表情はこれから昨日のより大規模な対人戦闘となるため、緊張の色が多く見られている。

 

 

「中佐!」

 

 と、通信兵が岩瀬中佐のもとへやってくると、耳打ちして偵察のために向かわせた歩兵より帝国軍の別働隊が捕虜から聞いた情報通り村の西側から進攻しているとの報告を聞く。

 

「そうか。いよいよだな」

 

 通信兵より報告を聞き、中佐はヘルメットを被り、気を引き締める。

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 その頃、この先の村で待ち伏せされているとは思いもしない帝国軍は無防備にも進攻している。

 

「そろそろ非人共の村か」

 

「あぁ。指揮官の話じゃそこで小休止だとよ」

 

「そりゃいい。最近溜まってばっかりだからな」

 

 歩きながら兵士達は雑談を交わし、あんなことやこんなことを考えている。

 

「だが、俺達を目撃した非人の始末に向かった連中。やられたと思うか?」

 

「戻ってこなかったんだ。魔物にでも襲われたんだろうよ」

 

「ったく。空の連中もいい加減なもんだ。ドラゴンがバテたとかいい加減な理由をつけて下がりやがって」

 

「全くだぜ。空を飛べるからって、偉そうに」

 

「あまり大きな声を出すな。ただでさえ面倒くさい連中だっていうのに、更に面倒ごとを持ち込まれると厄介だ」

 

「……」 

 

 二人は後ろで魔物に引かれる貨車にドラゴンと共に乗り込んで休んでいる竜騎士を一瞥する。

 

「くそっ。あいつらが最後までやってりゃ、俺の友人は戻ってきたっていうのに……」

 

 恨めしそうに竜騎士を睨み、前に視線を戻す。

 

 

 

 そうして帝国軍は村に到着すると、すぐさま制圧しようと一斉に突入するが――――

 

「なんだ? どこにも非人共がいないぞ?」

 

 兵士達は全く非人が見当たらないことに疑問を抱きながら村の奥へと進む。

 

「既に逃げた後か?」

 

「おいおい。目撃者は全員抹殺しているし、俺達のことは誰も知りやしない」

 

「それは……」

 

 

「まぁ、面倒ごとが省けていいじゃねぇか。楽しみは後に取っておいても悪くは無い」

 

「……」

 

 そんなことを話しながら部隊と共に両側に不自然に盛り上がった瓦礫の山の間を歩いて奥に進んでいく。

 

 

 

 しかし帝国軍が村の中央広場へ差し掛かったその直後、後ろで大きな音とともに衝撃波が放たれる。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「……」

 

 岩瀬中佐は息を殺し、屋根の陰からこっそりと帝国軍が村に侵入してきたのを確認する。

 

「……」

 

 帝国軍は建物と建物の根に不自然に盛り上がった瓦礫と土の山の間を警戒しながらも進み、どんどん村の奥へと侵攻する。

 

 

 兵士達が村へと侵攻する中、近くの建物に潜む工兵が最後尾を行進している集団の中に居る魔法使いの集まりが建物と建物の間を通ろうとしたとき、どこかに繋がっている装置のハンドルを回す。

 その直後に建物の足元を沿うように盛り上がった土と瓦礫が大きな音と衝撃波とともに爆発するのに合わせて村の各所でも爆発が起こる。

 

 爆発時に多くの破片が飛び散り、通っていた魔法使い達や家を見ていた兵士に襲い掛かって殺傷させる。

 

 山のように積んでいた瓦礫にはわざと鋭利な箇所を作った金属片を多く混ぜているので、その威力は計り知れない。

 

 それを合図として家の中に配置して窓から狙っている軽機関銃と重機関銃が一斉に弾幕を張る。

 無防備に進んでいた戦闘の帝国軍兵士達は銃弾の雨に撃ち抜かれて絶命する。

 

 屋根の陰に隠れていた岩瀬中佐達も一斉に姿を現し、小銃を構えて帝国軍に向けて銃弾を放つ。

 

「撃て!! 一人たりとも逃がすな!!」

 

 大きな声で叫び、空薬莢を排出した九九式小銃のボルトを戻して次弾を装填し、混乱している銃兵の額に狙いを定めて引き金を引き、先込め式マスケット銃に火薬を詰めていた銃兵の頭を撃ち抜く。

 

 続けて九七式曲射歩兵砲より放たれた榴弾が弧を描いて飛び、未だに中央広場に集まっている帝国軍兵士へと落下し、爆風と破片が襲い掛かって兵士の多くを殺傷する。

 

 奇襲を突かれて混乱する帝国軍だが、すぐに態勢を立て直して反撃を行う。

 

 しかし頼みの綱だった魔法使いは先ほどの爆破による破片の飛散によって殆どが戦闘が行えないまでに重傷を負っている。

 爆発から運よく怪我も無く残った魔法使いも九九式狙撃銃を構える狙撃手により呪文を唱えている最中で頭を撃ち抜かれて絶命する。

 

「くそっ! 何なんだ!!」

 

 竜騎士の一人が悪態を付きながらドラゴンに跨り、空を飛ぼうとする。

 

「おい! まずは屋根に居るやつらから片付ける――――」

 

 が、その瞬間その竜騎士の上半身はぐちゃりと生々しい音とともに左へと吹き飛び、地面へと落ちる。

 

「ゑっ……?」

 

 近くに居た兵士は何が起こったのか一瞬分からなかったが、その竜騎士の下半身から噴水の如く血が噴き出して大量に付着し、上半身のみで痙攣して内臓をぶちまけた竜騎士を見てようやく状況を理解出来たのか、言葉にならない叫び声を上げる。

 

「ひっ!?」

 

 それを見た後ろに控える竜騎士の表情は青ざめるが、その瞬間頭が文字通り木っ端微塵となり、辺りに鮮血を撒き散らす。

 

 遠くで狙撃手が二人掛かりで構える九七式自動砲による狙撃で続けて竜騎士二人をオーバーキルなほどに撃ち殺すとそのまま連射して主を失ったドラゴンも撃ち殺す。

 

 辛うじて生き残った竜騎士はドラゴンに跨って飛び上がると、すぐさま屋根の上に居る岩瀬中佐達に向かい、ボウガンを構える。

 

「対空戦闘!!」

 

 と、建物の陰に隠れていた一式対空戦車 タハ2輌が姿を現し、射手が俯仰ハンドルを回して銃身の仰角を竜騎士の居る高度へと上げると同時に隣に座る旋回手が旋回ハンドルを回して機銃自体を旋回させ、射手が撃発ペダルを踏み、連装式の機銃から銃弾を放つ。

 

 軽機関銃や重機関銃を含む多くの銃弾が空へと放たれ、一直線に向かおうとしていた竜騎士はかわすことができずドラゴン諸共粉々にされる。

 その後ドラゴンの大きな肉片が下にいた兵士へと落ちて生々しい音とともに押し潰す。

 

 そのまま射手が銃身の俯角を帝国軍兵士達へと下げて撃発ペダルを踏み、銃弾を放って頑丈な鎧を着込んでいる騎士達を次々と撃ち殺す。

 同時に建物の陰から出てきた九五式軽戦車が37ミリ砲と車体の車載機銃を騎士へ向けて、37ミリ砲から榴弾を、車載機銃から銃弾を2輌同時に一斉に放ち、騎士や近くに居た剣士を次々と撃ち殺す。

 

 その中でかなりの勇気を持った剣を持つ剣士が軽機関銃と重機関銃による弾幕の中を掻い潜って重機関銃が配置されている建物の窓下へと潜り込むと、すぐさま建物の入り口へと向かって扉を蹴破る。

 

「非人共に与する愚か者共が!! この俺が――――」

 

 すぐさま剣を重機関銃を撃っていた歩兵へと突き出して走るが、弾帯を持っていた歩兵がとっさに十四年式拳銃をすぐさま抜き放って剣士に向けて引き金を引き、放たれた銃弾は剣士の左胸を撃ち抜く。

 

 剣士はその衝撃で動きが止まるが、歩兵は更に銃弾を撃ち込んで剣士の息の根を止める。

 

 

「何だよこれ!? どうなってんだ!?」

 

 銃兵の一人がマスケット銃を家へと向けて引き金を引いて弾を放つも、軌道はずれて家の壁に着弾する。

 

 その間にも藁の中に隠れた歩兵が持つ九九式軽機関銃や九二式重機関銃改が弾幕を張り、次々と帝国軍兵士を撃ち殺す。

 運悪く九七式曲射歩兵砲より放たれた榴弾が鎧を着込んだ兵士に直撃し、粉々に粉砕される。

 

「くそっ! 退け! 退け!!」

 

 指揮官と思われる男性は奇襲によって頼みの綱であった魔法使いと竜騎士を失い、さらに多くの兵士を失ったことによってここに留まることに危険を察し、大声を上げて撤退を命じる。

 

 しかしそれは自分が指揮官であるのを教えているようなもの。それを岩瀬中佐が見逃すはずも無い。

 

 すぐに九九式小銃を構え、狙いを定めると同時に躊躇無く引き金を引いて銃弾を放ち、指揮官の頭を撃ち抜いて射殺する。

 

 指揮官が戦死したことで完全に兵士達の戦意は消失し、逃げ始めようとする者達が現れる。

 

 しかしその退路上に九三式装甲自動車が2輌立ちはだかり、史実とは違って九二式重機関銃改を搭載する上部砲塔が逃亡しようとする兵士達に向けられ、一斉に銃弾が放たれる。

 

 放たれた銃弾に撃ち抜かれて兵士達は次々と絶命する中、残存兵力に向けて岩瀬中佐達が歩兵の一人が突撃喇叭を吹くと同時に突撃する。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「……」

 

 臨時指揮所に居る弘樹は椅子に座り、軍刀を鞘に納めた状態で地面につけて柄頭に両手を置いて遠くから響く銃声をただ静かに聴く。

 

 周囲では外を警戒する歩兵達や、不安の色を見せる村人達を安心させようと小尾丸とリアスが声を掛けている。

 

 

 

 それからしばらくして銃声が鳴り止み、静寂が続く。

 

「総司令官!!」

 

 と、通信手が走ってきて俺に報告を伝える。

 

「報告します! 岩瀬中佐率いる攻撃隊が帝国軍別働隊を殲滅しました!」

 

「そうか。やってくれたか」

 

 報告を聞き、表情に少しばかり安堵の色が浮かぶ。

 

「無線は繋がっているな?」

 

「ハッ! こちらへ!」

 

 辻の問いにすぐさま通信手は返事を返して、俺は軍刀を腰のベルトに下げて辻と共に無線機のもとへ向かう。

 

「西条総司令だ。岩瀬中佐を出してくれ」

 

 少しして中佐が無線に出る。

 

「中佐。現時点で判明している報告を頼む」

 

『ハッ! 帝国軍兵士は一人たりとも村から逃していません。抵抗せずに投降した兵士達は捕虜にしました』

 

「人数は?」

 

『47名ほどです』

 

「そこそこ多いが、まぁそれはいいとして。被害は?」

 

『歩兵が17名ほど負傷しましたが、かすり傷程度の軽傷で済んでいます』

 

「そうか。負傷兵と捕虜を指揮所に搬送して、残りはしばらく警戒の為留まってくれ。それから4時間後に撤収して指揮所に戻ってくれ』

 

『了解であります!』

 

 そうして通信を終えて弘樹は通信手へ無線機を戻す。

 

「そういうことだ、辻。捕虜への尋問を頼むぞ。一応先の捕虜と同じ状態にはしないでくれよ」

 

「分かりました」

 

 陸軍式敬礼をして返事を返すも、やはり不安しか感じないのは気のせいだろうか……

 と、ある意味場違いなことを考えるのだった……

 

 

 

 



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第十話 提案

 

 

 その後警戒を終えた岩瀬中佐達と負傷兵と帝国軍の捕虜が臨時指揮所へ連れ込まれて、辻と岩瀬中佐が捕虜への尋問を開始した。

 その途中で何やら悲鳴に近い声がしたような気がするが……聞かなかった事にしよう。

 

 衛生兵と軍医によって負傷兵の治療が行われ、小尾丸とリアスが衛生兵と軍医の手伝いをしてくれた。

 話によれば負傷兵は矢とか銃弾が腕や肩に命中していたが、傷痕こそ残るが、私生活や戦闘で支障をきたす程の後遺症が残るものではないと言う。

 

 被害は奇襲が大きかったとは言えど、それでもかなり少なく収める事ができた。

 

 

 

「では、尋問の結果を聞かせてくれ」

 

 しばらくして捕虜全員の尋問が終わり、天幕の中で俺は辻より報告を聞く。

 ちなみにこの場に小尾丸もいるが、彼女は帝国軍の事を知っているのでアドバイザーとして同席させている。

 

「ハッ。捕虜の中に指揮官の副官が居ましたので、多くの情報が得られました」

 

「特に重要と思えるものから順に頼む」

 

「ハッ!別働隊はこの五日後には城塞都市ハーベントの側面へと到着する予定であり、本隊もそれに合わせて大きく動くそうです。それと機密性を保つためか、本隊と連絡は取らないようになっているようです」

 

 辻は机の上に広げた地図を指しながら捕虜より聞き出した情報から説明を入れる。

 

 しかし捕虜からこのような重要な情報を聞き出すとは……本当に優秀だな。まぁ受けた側はたまったもんじゃないだろうが

 

「どうしてもここを陥落させるつもりか」

 

 地図を見て小尾丸の表情は険しくなり、腕を組む。

 

「そこまで深刻なのか?」

 

「あぁ。城塞都市ハーベントに並んで拠点は他にも存在するが、ここだけはどうしても守り抜かなければならない」

 

 小尾丸は最大防衛拠点がある場所を指差し、中でもハーベント城塞都市がある場所を強く指差す。

 ハーベントの後方には距離があるとは言えど、王都まで防衛拠点が無い。

 

「強固な城壁を四重に設けているからそう簡単に突破はされないだろうが、万が一に突破されてしまえば王都まで防ぐ拠点が無い」

 

「アンバランスな配置だな。よほどこの城塞都市に防ぎ切れる自信があったようだが、時間と兵力があれば強固な要塞だろうとも必ず攻略される」

 

「……」

 

「辻。本隊の規模は聞き出せたか?」

 

「詳細は不明ですが、少なくとも全てを含めれば4個師団ほどの戦力と思われます」

 

「4個師団か。多いな」

 

「最重要攻略目標に対しての攻略ならば、むしろ少ないほうでしょう」

 

「……」

 

 俺は顎に手を当て、静かに唸る。

 

 

「やはり増援と補給は必須、か」

 

 ボソッと呟き、小尾丸は首を傾げる。

 

「辻大将。増援と補給は今から要請すればどのくらいで到着する?」

 

「早くて二日後、遅くても三日後ですね」

 

「そうか。なら都合がいい」

 

 

「さっきから、何を?」

 

「あぁ。ちょっとばかり、な」

 

 話に置いていかれている小尾丸は怪訝な表情で問うと、俺が説明を入れる。

 

「俺達はこのまま城塞都市を攻めている帝国軍に対して攻撃を行う」

 

「……私達に協力してくれるのか?」

 

「あぁ。そのためにも戦力増強として仲間を呼び寄せる予定だ」

 

「それはありがたい。だが帝国軍の戦力は――――」

 

「分かっている。真正面から戦っても勝算は無い。だが、わざわざ正面から戦う必要は無い」

 

「……?」

 

「別働隊は五日後に城塞都市の側面を突くという手筈になっている。本隊もそのつもりで作戦を練っているだろう。

 だが、別働隊が全滅したことを聞いてないまま作戦を開始すれば、どうなると思う?」

 

「それは、帝国軍は側面に対して警戒はしていないだろうな。味方が横から来るのだから警戒する必要など――――」

 

 ふと、小尾丸はピンと来る。

 

「要は我々が帝国軍の側面を突くのか?」

 

「そういうことだ。別働隊が殲滅されたことは向こうは知らない。安心しきっている帝国軍の側面を突けば、攻撃を受ける前に大きな損害を与える事ができる」

 

「なるほど。うまくいけば帝国軍を退けられるのか?」

 

「うまくいけばな。だが、相手は十万以上はある軍団だ。そう簡単にはいかんさ」

 

「それもそうだな」

 

 

「あぁそうだ。小尾丸」

 

「何だ?」

 

「一つ頼みを聞いてくれないか?」

 

「頼み?」

 

 小尾丸は首を傾げる。

 

「あぁ。村人の今後についてだ」

 

「……」

 

「ここまで帝国軍が侵攻しているとなれば、今後とも村への帝国軍の襲撃が無いとは……いや、十中八九あるだろう」

 

「確かに」

 

 今回は事前に知らせることができて最悪な状況にはならなかったが、今回のように事前に知らせることができるケースはそう簡単には起こらない。

 

「そこでだ。俺から提案があるんだが」

 

「提案?」

 

「村人の安全を考えて、この戦争のあいだ俺たちが責任を持って彼らを保護しようと思っている」

 

「なに?」

 

 小尾丸は怪訝な表情を浮かべる。

 

「サイジョウ殿が、彼らを?」

 

「あぁ。詳しい詳細は言えないが、保護ができる環境がある。無論彼らの気持ちというものもある。もし村に残ると言うのなら、無理に連れていくことはしない」

 

「……」

 

「戦争が終われば、村の復興は全面協力すると確約すると、小尾丸から伝えてくれないか? 俺達から言うより、小尾丸が言った方が村人も聞いてくれると思うからな」

 

「なるほど。確かに、見知らぬサイジョウ殿たちより私が言った方が無難、か」

 

 それでも信じるかどうかは向こう次第だが。

 

「分かった。私から村長に言ってみよう」

 

 小尾丸は軽く縦に頷くと、天幕を出る。

 

 

 

「……辻」

 

「増援と補給要請は既に通信手に伝えております。今頃向こうでは準備に追われているでしょう」

 

 小尾丸が出ていった直後に俺が問うと、辻はすぐに返事を返す。

 

「早いな」

 

「先ほど二人が話しているあいだに手短に。増援は次の戦闘を考慮して戦闘車両を中心に要請しておきました」

 

「さすがだな」

 

「褒めいただき、感謝の極みです」

 

 相変わらずのポーカーフェイスで陸軍式敬礼をするも、顔色は少し赤かった。

 

「あと、海軍の増援も要請しておいたな?」

 

「はい。恐らく今頃軍港で準備に取り掛かっていると思われます。遅くても二日後には出港し、必要になるときには近くの海域に居るはずです」

 

「そのくらいあれば十分間に合うな」

 

 

 そのあと辻と今後の動きを相談して決め合う。

 

 

 しばらくして小尾丸が天幕に戻ってきた。

 

「それで、村長たちは何だって?」

 

「……少し考えさせてくれ、だそうだ」

 

「そうか。まぁ、当然か」

 

 今まで住んできた故郷を一時的とは言えど、しばらくのあいだ離れて暮らすことになるのだ。悩むのは当然だ。

 

「早くても、明日には答えを出すと言っている」

 

「ふむ。まぁ決めるのは彼らだからな。準備もまだ時間が掛かることだから、ゆっくり待つさ」

 

 

「……」

 

 弘樹は再度机に広げている地図に視線を移すと、後ろで小尾丸が目を細める。

 

(サイジョウ殿。あなたはいったい……)

 

 今のところ敵対する意思はないとは言えど、いつ裏表を変えるか分からないという底知れぬ恐怖があった。

 

「……」 

 

 彼女はただ、警戒しながらも弘樹を見張るつもりでいた。

 

 

 

 



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第十一話 奇襲作戦

 

 

 翌日、待機している兵士達が自分の小銃や短機関銃、軽機関銃や車輌などを整備してそれぞれ暇を潰している中、俺は四式自動小銃の銃身内の掃除をしている。

 

「総司令」

 

 と、天幕に辻が入ってくる。

 

「どうした?」

 

「先ほど村長が総司令に伝えることがあると申して面会を求めています」

 

「そうか。分かった」

 

 俺は四式自動小銃を机に置いて天幕を出る。

 

 

 

 天幕を出ると村長が既に待っていた。

 

「お待たせしました」

 

「構いません。単刀直入に聞きますが、どうしますか?」

 

「……」

 

 間を置いてから、村長は口を開く。

 

 

「一晩中悩むに悩みましたが……サイジョウさんの提案に乗ります」

 

「……」

 

「確かに長い間住んできた村を長いあいだ離れることになるかもしれないので、サイジョウさん達に保護されるか、村に残るか意見が分かれ、悩むに悩みました」

 

 村長の雰囲気からかなり苦渋の決断だったかが窺える。

 

「ですが、あのまま残ることになれば、いずれ近隣の村のような末路を辿りかねません」

 

 そういえば既にあの近隣の村は帝国軍によって滅ぼされ、例外なく全員殺されたって小尾丸が言っていたな。

 

「生きていれば、たとえ村がどんな形で残っていたとしても何度でもやり直すことができます」

 

「……そうですか。分かりました」

 

 俺は村長の言葉を聞いて、これからのことを話す。

 

「戦後の村の復興は全面協力を確約します。そして明日には迎えが来ますので、それまで待ってもらえますか?」

 

「分かりました」

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 それから更に一日が経ち、前哨要塞基地より増援の車輌部隊が補給部隊と共にやってきて、迅速に準備に取り掛かる。

 

 消耗した分の弾薬と燃料を補給し、車輌は新たに試作戦車を1輌に『三式中戦車』を35輌、『五式十五糎自走砲』を30輌に加え更に一式対空戦車を6輌追加して計10輌となった。

 歩兵と砲兵は二個大隊追加され、迫撃砲や対戦車兵器など重火器を多く持ってこさせている。

 

 補給を終えて空になった九四式六輪自動貨車に村人や捕虜を乗せて、辻の指揮で九五式軽戦車を護衛に前哨要塞基地へと出発した。

 

 

 そうして準備を終えた俺たちは多くの車輌と部隊を引き連れて捕虜から聞き出した別働隊のルートを進んでいった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 

 

 

 

 なるべく休まず速く進行したお陰で本来別働隊が到着する一日前に城塞都市ハーベント付近に到着することができた。

 

 すぐに自走砲小隊を攻撃位置へと移動させて待機させると、俺が率いる機甲小隊は森の中に隠れた。

 

「……」

 

 俺は茂みを退かして双眼鏡を覗く先には、激しい戦闘が繰り広げられていた。

 

 あちこちから黒煙が上がり、ここからでも分かるぐらい焦げた臭いが漂っている。

 更に血のような生臭い臭いも混じっており、鼻をツンと刺激する。

 

「予想以上の激戦だな」

 

 双眼鏡の先では帝国軍側の投石器や先込め式カノン砲から放たれる砲弾が雨あられのごとく城塞都市の城壁へと着弾して爆発を起こし、地震に似た揺れを起こす。

 

 その城壁の上では獣人族や妖魔族の兵士達が弓やバリスタなどの迎撃兵器を使って次々と矢を放ち、城壁へと向かってくる帝国軍兵士や空中にいる竜騎士を射抜いていく。

 その下では帝国軍とグラミアム軍の剣士達が激しい戦闘を繰り広げている。

 

 獣人と妖魔族は人間より身体能力が飛躍的に高く、それぞれが特殊能力を持つ。それを生かした変則的な戦闘に帝国軍兵士は付いていけずその人生に終止符を打つ者達が続出するも、帝国軍側の最新装備と物量に物を言わせた戦術によってグラミアム軍兵士の方が被害が多かった。

 

「……できれば今すぐにでも加勢したいところだが」

 

 悔しげに小尾丸は戦場を睨む。

 

「今の敵の戦力は本腰じゃない。そんな中で攻めても帝国軍に与えられる被害は少ないし、すぐに増援を呼ばれて一瞬で包囲されてしまう」

 

「……」

 

「今は待つしかない」

 

「……あぁ」

 

 重々しく小尾丸は縦にゆっくりと頷くのだった。

 

 

(……お父様)

 

 小尾丸の隣で、黒煙を上げる城塞都市ハーベントをリアスはそこで指揮を執っている父親の無事をただ祈るばかりだった。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 そうして時間はあっという間に過ぎて翌日の昼を過ぎたときだった。 

 

 

「偵察部隊より報告です! 帝国軍の軍団が動き出しました!」

 

「来たか」

 

 通信兵の報告を聞き、俺はヘルメットを被って気を引き締める。

 

 昨日までの帝国軍の動きを見た俺は一旦引き下がった帝国軍を監視するために偵察を出し、陣地付近を監視をさせていた。

 そして帝国軍は昨日の何倍もの戦力を引き連れて攻撃を再開したのだ。

 

「自走砲小隊に通達! 帝国軍が射程に入り次第砲撃を開始せよ!」

 

「ハッ!!」

 

 通信兵はすぐさま無線で高台を陣取って砲撃態勢を取っている自走砲小隊へ作戦を伝える。

 

「……しかし、本当にいいのか?」

 

 俺は自身が乗る試作戦車『四式中戦車 チト』のキューポラから後ろに振り向くと、借りた軍刀を手にする小尾丸とヘルメットを被るリアスの姿があった。

 

「あぁ。私は親衛隊隊長だぞ? 将軍や皆が戦っているのに、自分だけ安全な場所に居るわけにはいかん」

 

「いや、お前は良いとしても、リアスはさすがに」

 

「こう見えてもお嬢様の腕前は私の率いる親衛隊と同等だ」

 

「……」

 

 俺は「うーん」と静かに唸りながら頬を掻く。

 

「ご心配には及びません。自分の身は、自分で守りますから」

 

「……」

 

 このあいだの彼女の様子からでは、そうには見えないので俺は苦笑いを浮かべる。

 

(まぁ、彼女達に任せるか。いざってときは援護すればいい話だし)

 

 

「中佐。歩兵部隊の指揮は任せるぞ」

 

「了解であります!」

 

 戦車小隊の後ろで待機している歩兵や砲兵が乗る一式半装軌装甲兵車や九三式装甲自動車の中でくろがね四起に乗り込む岩瀬中佐が※『三式重機関銃』のコッキングハンドルを二回引っ張って銃弾を装填させる。

 

 

※(戦闘機に搭載している三式十三粍固定機銃をコピー元であるブローニングM2重機関銃の設計を基に重機関銃に仕様変更した代物)

 

 

「自走砲小隊の効力射後に前進する。各員最終確認を行え!」

 

 俺の号令で戦車の乗員と歩兵、砲兵はそれぞれ自分の武器の最終確認を行う。

 

 

 

『観測員から自走砲各車へ。方位3-0-0距離8000に敵軍団捕捉。速度はゆっくりと進攻中』

 

「確認した。引き続き観測を続けろ。聞いたな野郎共!」

 

『応!!』

 

 その頃高台に陣取って擬装を施した五式十五糎自走砲30輌は観測員より齎された座標を聞き、指揮官である『武井政信』少佐は自走砲乗員に声を掛ける。

 

 一斉に自走砲の砲身の仰角が上げられ、装填手二人掛かりで榴弾と装薬が装填され、尾栓が閉じると車長が「射撃準備完了!」と武井少佐へと報告する。

 

「半数のみで試射を行う。有効と確認後効力射へと移行する。その後十発撃った後は次の陣地へ移動する」

 

 武井少佐が各員に無線で指示を出すと、ヘッドフォンを耳に当てる。

 

「撃てぇっ!!」

 

 号令と共に十五糎榴弾砲15門が一斉に轟音と衝撃波とともに放たれる。

 

 

 放たれた榴弾は空気を切り裂く独特の音を立てて飛行し、それぞれが進攻中の軍団へと降り注ぐ。

 

 ヒュルルルルゥゥゥゥゥゥ……という独特の音を聞いた帝国軍兵士達は何かと空を見上げるが、その瞬間榴弾が地面へと着弾すると同時に爆発し、巻き込まれた兵士達は絶命するか、身体のどこかを吹き飛ばされた地面へと叩きつけられるかのどちらかだった。

 突然の襲撃に帝国軍は混乱を見せるが、そこへ更に追い討ちが掛けられる。

 

「着弾! 有効と判断! このまま効力射へ移行する! 十発続けて撃ちまくれ!!」

 

 着弾を確認した少佐は効力射へ移行させ、残りの十五門が発射タイミングをそれぞれずらして放たれると同時に最初に放った組が砲撃を始める。

 

 混乱して動きが止まった帝国軍は更に降り注ぐ榴弾によって兵士達数百名が爆発に巻き込まれ、命が絶たれた者やいずれ事切れる兵士達の屍を増やしていく。

 どこから攻撃しているのか全く見当がつかない帝国軍にとっては次々に降り注ぐ榴弾に恐怖を覚えて動きが止まるが、榴弾に着弾による爆発に巻き込まれて吹き飛ばされる。

 

 

 

『自走砲小隊隊長武井少佐より総司令へ。これより次の陣地へ移動します』

 

「了解した。次の砲撃位置へ移動後、随時砲撃開始せよ」

 

『了解!!』

 

「さて、俺達の出番だ」

 

 俺は首に付けている咽喉マイク(喉の振動で直接声を伝える通信機)に手を当てて各車輌へ声を掛ける。

 

「戦車小隊! 前へ進め!!」

 

 号令とともに四式中戦車を筆頭に三式中戦車や一式半装軌装甲兵車や九三式装甲自動車、くろがね四起が一斉に走り出して森から飛び出す。

 

 

 

「くそぉっ!? 一体何なんだよ!?」

 

 先ほど榴弾の雨に見舞われた帝国軍兵士は混乱により進攻が止まっていた。

 

 それに乗じて城塞のバリスタから一斉に大型の矢が放たれ、先頭付近の兵士達へと降り注いで数百人を射抜く。

 

「こんなの聞いてねぇぞ!! だいたい別働隊はどうしたんだよ!」

 

 文句のように大声を放つも、それを聞けるほど周りは余裕など無い。

 

 本来なら別働隊と合わせて城塞都市へとほぼ全戦力を以ってして攻め込むはずだったが、そこへ正体不明の攻撃によってだいたい五分の一の地上戦力が失われた。

 

「っ?」

 

 すると地面が少し揺れ出して、帝国軍兵士達は辺りを怯えた様子で見回す。

 

「な、何だ……?」

 

「っ!? お、おい何だよあれ!?」

 

 ある者はこの振動に疑問の声を漏らすが、ある者は迫ってくる物体に気付いて声を上げる。

 

 帝国軍の側面にある森から、見た事の無い四角の物体が砂煙を上げながら出てきたのだから。

 

 

「各車! 弾種榴弾! 撃てぇ!!」

 

 俺の号令とともに四式中戦車と三式中戦車の主砲から榴弾が一斉に放たれ、動きが鈍った帝国軍兵士へと榴弾が撃ち込まれて数百名以上が爆発に巻き込まれる。

 

 続けて榴弾が撃ち込まれて兵士達の多くが吹き飛ばされる中、空を飛ぶ竜騎士たちがすぐさま戦車小隊へ向かって降下し、ドラゴンが火球を吐き出す。

 放たれた火球は戦車の近くに着弾して火が辺りに飛び散るが、戦車には効果は無い。

 

「対空戦車! 対空戦闘はじめ!!」

 

 俺はすぐさま戦車の後方に展開している一式対空戦車へ対空戦闘を指示し、連装機銃の銃身が上がり、同時に九三式装甲自動車や一式半装軌装甲兵車に備え付けられている九二式重機関銃改から一斉に銃弾が放たれて弾幕を張る。

 

 多くの弾丸が飛び交う弾幕の中へ突入した竜騎士達は蜂の巣にされれば、ドラゴンの翼が撃ち抜かれて地面に目掛けて落下していき、次々とその数を減らしていく。

 

 四式中戦車と三式中戦車の車体に搭載されている九七式車載重機銃とキューポラのマウントリングに設置され車長が操る九二式重機関銃改が一斉に放たれると、戦車に果敢に挑もうとして帝国軍兵士を次々と撃ち殺す。

 

 俺も四式中戦車のキューポラのマウントリングに設置された九二式重機関銃改を帝国軍兵士へ向けてトリガーを押し、連続して放たれる銃弾を帝国軍兵士達へ撃ち込んで撃ち殺していく。

 

 ハッキリ言えば人に向けて銃を撃つなど元一般人の俺にとっては躊躇うところはあったが、戦場である以上敵をやらねば自分がやられる。旧日本陸軍の兵士であった祖父から聞いた言葉だった。

 もっと言うと、小尾丸から聞いた帝国軍の残虐な行いに俺は帝国軍の人間に情けを掛けるつもりは無かった。

 

 一斉に放たれた銃弾や主砲より放たれた榴弾により、奇襲を受けた帝国軍はわずかな時間で多くの戦力を削り取られてしまう。

 

 攻撃をまだそこまで受けていない後方の部隊が俺たちへ攻撃を掛けようとしたが、その直後に陣地移動を終えた自走砲小隊が砲撃を再開し、榴弾の雨に見舞われた部隊は一瞬にしてその大半を失った。

 

「突撃!!」

 

 戦車小隊の後ろから岩瀬中佐の合図とともに歩兵を乗せた一式半装軌装甲兵車と九三式装甲自動車数輌が走り出して前へと出ると、三八式小銃や100式短機関銃、九九式軽機関銃を持つ歩兵が荷台から射撃を開始して次々と帝国軍兵士に銃弾を命中させる。

 

 一式半装軌装甲兵車の荷台に立つ砲兵の一人が試製九糎噴進砲を構えてロケット弾を放つと、真っ直ぐに飛ばすあらぬ方向へと飛んでいくも、ロケット弾が着弾した付近にいた銃兵が破片をまともに受けて負傷する。

 

「総員降車!!」

 

 一式半装軌装甲兵車が停車すると一斉に歩兵達が降車してそれぞれが持つ小銃や短機関銃、軽機関銃による一斉射撃が開始されて次々と帝国軍兵士を射殺する。

 帝国軍も負けじとボウガンやマスケット銃、魔法使いが放つ炎や氷などを放って反撃するも、とっさに放ったために狙いが定まっておらず歩兵の数人に弾が当たっただけで他は全て外れる。魔法使いは呪文を唱えている途中で狙撃手の九九式狙撃銃によって次々とヘッドショットを決められて永遠に意識を失う。

 

 

 

 別の場所では降車した小尾丸が剣士たちに向かっていくと、左手に柄を持つ軍刀を抜き放つと同時に一閃し、剣士たちの首を一度に一斉に切り飛ばした。

 そのまま軍刀を逆手持ちに持ち替えて左脇から後ろへと突き出し、背後から迫ろうとしていた剣士の心臓に突き刺す。

 

「いい切れ味だ。中々の業物だな」

 

 小尾丸は軍刀を剣士から引き抜いて一回振るって刀身を一瞥していると、後ろから剣士が剣を振り被って迫ってくるも、一瞬の速さで振り返り際に軍刀を振るい、腕諸共首を切り飛ばし、そのまま回し蹴りで吹き飛ばす。

 

 近くでは岩瀬中佐がくろがね四起の機銃架に取り付けられた三式重機関銃の逆U字のトリガーを押して九二式重機関銃改よりデカイ発射音を鳴り響かせながら銃弾を放って次々と帝国軍兵士のバラバラ死体を量産していく。

 しかし途中で弾詰まりを起こすと「またか!」と声を漏らしながらコッキングハンドルを引っ張って詰まった薬莢を排出し、再び射撃を開始する。ちなみにここまで五回以上弾詰まりを起こしている。

 

 近くでは一式半装軌装甲兵車の荷台に備え付けられている九二式重機関銃改2基を使用して弾幕を張り、まだ残っている竜騎士を迎撃してドラゴンの翼を蜂の巣にして落下させる。

 

 八九式重擲弾筒をほぼ水平に構える歩兵が引き金を引き、榴弾を放つと鎧を着込んだ剣士の胸へと着弾し、爆発によって鎧諸共剣士を吹き飛ばす。

 

 

 俺たちの全力による奇襲攻撃により短い時間の間に甚大な損害を被った帝国軍は戦意が大幅に削られた事により、指揮官はすぐさま撤退指示を出して後退する。

 その際に狙撃手によって指揮官はヘッドショットを決められて絶命する。

 

 それにより、生き残った帝国軍兵士は戦意を喪失し、我先にと逃げ出した。

 

「撃ち方やめ!!」

 

 俺は全員に射撃をやめさせると、逃げていく帝国軍を観る。

 

 別にこのまま追撃するのもありだが、目的はあくまでも帝国軍を退かせることだ。

 

 俺は岩瀬中佐をすぐに呼び寄せる。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「これは……どういうことなのだ」

 

 その頃、城塞都市ハーベントの城のバルコニーに居たとある人物はその光景にただ呆然としていた。

 

 白い髪をして頭には犬か狼の耳が生えている老人で、仙人のように白いひげが膝まで生えている。

 

 先ほどまで自身の指揮の下帝国軍を迎え撃っていたが、帝国軍の装備や物量の前にたとえ歴戦の将とは言えど、ここを陥落させる時間を先延ばしにしているに過ぎなかった。

 

 諦めかけたそのときに、突然の爆発が帝国軍に襲い掛かり、しばらくそれが続いたと思うと次に森の中より見た事の無い四角い物体が砂煙を上げながら出てくると帝国軍へ砲撃を行う。

 

 今に至るまで短い時間のあいだに、謎の軍隊は帝国軍を退かせるほどの損害を被らせたのだった。

 

「将軍!!」

 

 と、狐耳の獣人が慌てた様子で将軍である老人のもとへと来ると耳打ちで伝える。

 

「なに!? 小尾丸とリアスが!?」

 

 老人は目を見開いて驚愕する。

 

「何でもあの軍隊と共に行動していた、とのことです。その軍隊の指揮官が将軍に面会を求めています」

 

「……」

 

 老人は顎に手を当てて静かに唸る。

 

「……通すがいい」

 

「よろしいのですか? どこの馬の骨も分からない軍隊なのですよ? 最悪我々の敵という可能性だって」

 

「少なくともあの二人が居るということは、敵ではないだろう。それに、行動でそれを示している」

 

「……」

 

「他の将兵に伝えて二人とその者達をワシの所に連れてくるがいい」

 

「分かりました。すぐにお通しします」

 

 獣人はすぐさま踵を返して走っていく。

 

 

 

 



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第十二話 攻撃準備

 

 

 

「意外と簡単に通してくれるんだな、てっきり入れるのを渋るかと思ったが」

 

 俺は岩瀬中佐を引き連れ、小尾丸とリアスと共に城の廊下を歩いていた。

 

 ちなみにここまで来るあいだに都市の住人より歓迎ムードに包まれて、中々前に進む事ができなかった。

 

「少なくとも、将軍はサイジョウ殿を敵ではないと判断したのだろう」

「まぁあれだけ帝国軍をやれば、敵と判断はしないだろう」

 

「そうだといいんだがな」

 

 周囲の視線を気にしながら小尾丸と会話を交わす。

 

 廊下を歩いている間にすれ違う様々な獣の特徴を持つ獣人族や獣や半分魔物の姿をした妖魔族達から敵意や憎しみのある視線を向けられることが多くあった。

 

 まぁその理由は十中八九、同胞や親族を帝国軍の人間によって虐殺されているのだ。人間に対して敵意を抱くも無理は無い。

 

「すまないな。ただでさえ戦争で気が立っている上に、同胞を帝国軍……すなわち人間達によって虐殺されているんだ。人間に憎しみを抱いている者が多い」

 

「分かっているさ。俺達は気にしていないし、何より向こうが来ない限り何もしない」

 

「……」

 

 

 

 そうして小尾丸にとある一室に連れてこられると、一人の老人が立っていた。

 

「お父様!!」

 

 と、リアスがすぐさま老人のもとへ走り寄って抱き付く。

 

「リアス。無事だったか」

 

「ご心配を掛けて、ごめんなさい」

 

「いや、お前が無事であれば、それでよい」  

 

 老人はリアスの髪を優しく撫でて抱擁する。

 

「小尾丸も、無事で何より――――」

 

 と、老人はあることに気付き、言葉を止める。

 

 小尾丸の背中にある対にあったはずの黒い翼の左側が無くなっていたのを……

 

「小尾丸、その翼は……」

 

「……逃走中に、竜騎士の攻撃によるものです」

 

「……そうか」

 

 一瞬悲愴の表情を浮かべるも、老人は後ろに立って待っていた俺たちに視線を移す。

 

「……君達が何者かは分からないが、協力に感謝する」

 

 老人は深々と頭を下げる。

 

「礼には及びません」

 

 俺は平然とした装いをして言葉を綴る。

 

「自分は西条弘樹と申します。こちらは現在の副官である―――」

 

「岩瀬恵子中佐であります」

 

 二人は簡潔に自己紹介をして老人の言葉を待つ。

 

「サイジョウ殿。以前に話したが、この御方こそお嬢様のお父上であり、グラミアム王国軍の大将軍であられる『アーバレスト・エーレンベルク』だ」

 

「あなたが。御会いできて光栄であります、将軍閣下」

 

「うむ。すまぬが、少しこの場を空けてくれないか? 彼女達から少し聞きたい事があるのでな」

 

「分かりました。御用がありましたら、お呼びください」

 

 俺と岩瀬中佐は深々と頭を下げ、部屋を出る。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「では、彼らが小尾丸とリアスを助けてくれたのか?」

 

 弘樹たちが部屋を出てから、アーバレスト将軍は小尾丸に話を聞いていた。

 ちなみにリアスは別の部屋に行くように言っているのでこの場にいない。

 

「えぇ。墜落したところを彼らに救出され、治療も受けました」

 

「そうか。後で感謝せなばな。しかし―――」

 

 と、アーバレスト将軍の表情に疑問の色が浮かぶ。

 

「彼らはいったい何者なのだ? 見たことの無い上にあれだけの武器兵器を持っていると、傭兵の集団ではなさそうだが」

 

「私も彼らのことは分かりません。秘密が多いようです」

 

「うむ。だが、あれだけの大群で攻めてきた帝国軍を一瞬にして退かせたのだ。これはただごとではない」

 

 アーバレスト将軍は一種の危惧感が胸中で渦巻いていた。

 

 たとえ協力したと言えど相手は人間。油断ができないのだ。それが未知の兵器を持つのであれば、尚更だ。

 

「……将軍。恐れながら、憶測を申し上げても宜しいでしょうか?」

 

「良かろう。言ってみたまえ」

 

「ありがとうございます。これは私の予想ですが、サイジョウ殿達は恐らくどこかの国に属する者達と思われます」

 

「なぜそう言える?」

 

「サイジョウ殿の動きは同行しているあいだに見ていました。恐らく彼は軍隊の中でも最も地位の高い地位と思われます。何よりあれだけの兵器を国なしで持つのは考えられないと」

 

「ふむ……」

 

 小尾丸の言う通り、たった数百人の軍隊があれだけの兵器を所有できるとは考えづらい。

 

「ともあれ、今のところ彼らは我々の味方と見ても構わないだろう」

 

「そうですね」

 

「だが、もしもの事がある。見張りは続けたまえ」

 

「はい」

 

 小尾丸は短く返事を返し、頭を下げる。

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「人的被害と車輌被害は軽微だが、やっぱり弾薬の消耗が激しいか」

 

 その頃別の部屋に待機していた俺は部隊状況を聞いて戻ってきた岩瀬中佐より報告を聞いていた。

 

 負傷者は27名ほど出たが、全て軽傷で済んでいるので衛生兵によって軽い治療が行われた。しかし弾薬は予想以上に消耗しており、はっきり言ってあれだけの戦闘を続けて行うのには厳しい状態だった。

 

「特に自走砲小隊は全車輌の残弾が少なく、これ以上の戦闘続行は無理を判断し、勝手ながら撤収指示を出しておきました」

 

「いや、正しい判断だ。万が一に備えて弾を残した状態で返した方がいい」

 

 しかし、これで後方からの援護は無くなったので、厳しさは増してしまった。  

 

「それで、偵察部隊からの報告はあったか?」

 

「ハッ。偵察部隊の報告によると、帝国軍は本陣に戦力を集結させている様子です。恐らく周辺から部隊を掻き集めたかと」

 

「やはり念には念を入れて予備の部隊をいくつか残しておいたか。その規模は?」

 

「憶測ながら、三個師団に五個連隊を加えた規模かと」

 

「そんなに残していたのか。ミスったな」

 

 俺は口を一文字にして閉じる。

 

 敵の戦意を削ぐために容赦なく攻撃したが、それが裏目に出てしまった。

 

 はっきり言えば、現戦力では防ぎ切れない。

 

「……頃合いだな」

 

 俺の漏らした言葉で岩瀬中佐は俺の考えを察する。

 

「通信機は使えるな?」

 

「もちろんです。中継アンテナの設置は移動時に行っていますので、前哨要塞基地と繋がっています」

 

「良し」

 

 俺は岩瀬中佐とすぐさま城の敷地内で待機している部隊のもとへ向かう。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

『では、すぐに陸軍航空隊へ発進命令を出します』

 

 前哨要塞基地の司令部にて、待機していた辻大将は俺の命令を聞いてすぐさま前哨要塞基地に配備されている陸軍航空隊と海軍陸上航空隊に発進準備を指示する。

 

「海軍の機動部隊の各空母にも艦載機の発進準備をさせるように伝えてくれ」

 

『了解しました。ですが、直接伝えた方が宜しいかと』

 

「……? どういう事だ?」

 

『先ほど海軍省より山崎総長をお呼びして今私の隣にいます』

 

「そ、そうか。なら、代わってくれ」

 

 意外と準備がいい辻に少し驚きながらも、俺は感情を押し殺す。

 

『山崎に代わりました』

 

「総長。機動部隊の現在位置はどこか分かるか?」

 

『少々お待ちを』

 

 

 

『現在総司令の居る城塞都市から60km先の沖合いにて待機しています』

 

 城塞都市の東から20km先に海があり、その40km先の沖合いに扶桑海軍が誇る聨合艦隊の機動部隊が待機している。

 

「そうか。ならば、1000時に出撃できるように発艦準備に取り掛かれと指示を出してくれ。攻撃目標は城塞都市に進攻する帝国軍だ」

 

『了解しました。それと一つ、伝えておかなければならないことが』

 

「ん?」

 

『実は聯合艦隊司令長官が、就役したばかりの例の新型戦艦を同行させたとのことです』

 

「新型戦艦……。まさか、大和をもう出撃させたのか? ってか訓練は?」

 

『各戦艦から優秀な乗員を選抜して集め、僅かな期間で訓練を積ませて、無理に出撃させたそうです』

『それと大和の実戦テストにはちょうどいいと言って』

 

「大石長官ェ……嘘だろ」

 

 あの人は本当にやることが……

 

 ってかまともな訓練も無しに運用するって無理やりすぎる。

 

「……まぁ、どうせ艦砲射撃も要請するつもりだったし、まぁいいか」

 

 その後山崎総長を通して機動部隊へ指示を出した。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その頃、辺りが暗く、穏やかな波が海を揺らしているその海上に、扶桑海軍の数十隻の軍艦が浮かんでいた。

 

 

 

 軍艦の構成としては以下の通り――――

 

             

 航空母艦:赤城型航空母艦『赤城』『天城』

      加賀型航空母艦『加賀』『土佐』

      飛龍型航空母艦『飛龍』

      蒼龍型航空母艦『蒼龍』

      翔鶴型航空母艦『翔鶴』『瑞鶴』

                     計8隻。

 戦艦:金剛型戦艦『比叡』『霧島』

    伊勢型航空戦艦『伊勢』『日向』

    長門型戦艦『長門』『陸奥』

    天城型巡洋戦艦『飛騨』『常陸』

    大和型戦艦『大和』

                     計9隻。

 巡洋艦:妙高型重巡洋艦『妙高』『那智』『足柄』『羽黒』

     高雄型重巡洋艦『高雄』『愛宕』『摩耶』『鳥海』

     球磨型軽巡洋艦『球磨』『多摩』『北上』『大井』『木曾』

     夕張型軽巡洋艦『夕張』

     大淀型軽巡洋艦『大淀』『仁淀』

                     計15隻。

 駆逐艦:睦月型駆逐艦『卯月』『菊月』『夕月』

     初春型駆逐艦『初春』『若葉』

     吹雪型駆逐艦特Ⅰ型『吹雪』『白雪』

       ;;   Ⅱ型『綾波』『朧』『曙』『漣』『潮』

       ;;   Ⅲ型『暁』『雷』『電』『響』

                     計16隻。

 

 計48隻が攻撃を今か今かと待っている。

 

 長門と陸奥は史実の開戦時に対空兵装を増設して改装された状態で、飛騨、常陸はその長門と陸奥に準じて艦橋や煙突を中心に改装が施されているが、大和型戦艦のテストヘッド艦として金剛型戦艦二番艦比叡と共に艦橋上部には15.5m測距儀と二一号電探を搭載している。

 

 そして史実とは違い、航空母艦へ改装された天城と土佐は赤城と加賀と瓜二つの姿をしているが、識別として艦尾側の飛行甲板に『アマ』『ト』と描かれている。ちなみに赤城と天城は頭文字が同じなので、赤城は『アカ』天城は『アマ』としている。

 

「長官! 司令部より入電であります!」

 

 その中で聨合艦隊旗艦である長門型戦艦一番艦『長門』の艦橋で通信手が走ってきた。

 

「内容は?」

 

「ハッ! 総司令からの指示で、各空母は艦載機の発艦準備を行い、1000時を以って第一次攻撃隊の発艦開始。その後艦砲射撃を実施せよとのことです! 攻撃目標は城塞都市ハーベントに進攻するバーラット帝国軍とのことです!」

 

「そうか。いよいよだな」

 

 長官席に座っていた聨合艦隊司令長官『大石(おおいし)小次郎(こじろう)』元帥は瞑っていた目を開き、隣に立つ副官に声を掛ける。

 

「第一航空戦隊から第五航空戦隊へ打電! 第一次攻撃隊発艦準備に取り掛かれ!」

 

「ハッ!!」

 

 副官はすぐさま第一航空戦隊の赤城と加賀、第二航空戦隊の飛龍と蒼龍、第三航空戦隊の天城と土佐、第四航空戦隊の伊勢と日向、第五航空戦隊の翔鶴と瑞鶴へと艦載機の発艦準備を始める指令を打電する。

 

 

「しかし、本当によくあの戦艦の出航許可が下りましたね。就役して間もないというのに」

 

 その後大石長官と副官は長門艦橋の防空指揮所へ移動し、まだ真っ暗な海を見ていた。

 

「実戦テストなら、今回のような戦場は打って付けだからな」

 

「なるほど。ですが、後で何か言われるでしょうね」

 

「かもな」

 

 大石は長門の後ろに視線を移すと、長門が重巡洋艦に見えそうなぐらい巨大な戦艦が停泊していた。

 

 それこそが史実で大日本帝国海軍が建造した世界最大にして最強と謳われた大和型戦艦一番艦『大和』である。

 

 大和は最初から対空戦闘を想定した設計で建造しており、姿形は最終状態である坊ノ岬沖海戦時の対空兵装を強化したときの姿をしている。

 

「だが、結果を残せれば、文句は言わないだろう」

 

「それ以前の問題が大きいような気がしますが」

 

 副官は苦笑いを浮かべながら各空母で発艦準備が整えられていくのを確認する。

 

 

 



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第十三話 戦いの始まり

 

 

「……」

 

 俺は城の敷地内に待機している部隊と合流し、設置した天幕の中で腕を組んで目を瞑って深く考えていた。

 

(さて、将軍達にはどう俺達のことを説明するか)

 

 明日に予定されている攻撃後、俺たちの正体を問われるのは十中八九あると見てもいい。しかしその説明次第ではこちらがどのような存在と見られるかが確定される。

 

(本国のことを隠し通すか……いや、それじゃ逆に怪しまれるか)

 

 あれだけの兵器を持っているとなると、国無しで運用できるとは考えづらいと思われているだろうし、何より俺たちを怪しんでいる輩も少なからず居るだろう。

 

(やっぱり全てを話すか。だが、少しばかり盛って話すべきかな)

 

 この世界に来て二年は経つが、そんな短期間であれほどの兵器を持っているとは相手も信じ難いだろうし、更に怪しまれる可能性は高い。

 

(……小尾丸は別の世界からここに転移してきたと言ったな。俺もある意味同じ境遇だから、これを大いに使うとするか)

 

 異邦者が築き上げた国。それはそれで大騒ぎになるも、それしか向こうを納得させられる説明はない。

 

(難しいが、やるしかねぇな)

 

 目を開けて深くため息を吐く。

 

 

「岩瀬中佐」

 

「は、はい!」

 

 と、慌てた声とともに天幕に岩瀬中佐が入ってくる。

 

「今から司令部に繋がるか?」

 

「え? は、はい! もちろんであります!!」

 

 

 岩瀬中佐に連れられて俺は天幕を出て無線機が設置している天幕に入り、前哨要塞基地経由で司令部と繋がる。

 

『それで、その資料を今すぐに作成してほしい、と?』

 

 疑問の色が見て取れる声色で品川大将の返事を聞き、俺はすぐに答える。

 

 内容は結構短時間で仕上げるにはかなり難しい凝った内容だが、これくらいしないと向こうも信じないだろうと判断したからだ。

 

「あぁ。それも早急にな」

 

『難しい事を注文しますね。でも総司令の命令とあらばお任せあれ』

 

「不備の無いように、頼んだぞ」

 

『ハッ!』

 

 そうして通信を終え、俺は岩瀬中佐に向き直る。

 

「というわけだ。中佐には今から俺が言う事を頭に叩き込んでくれ」

 

「は、はい! 勉強させていただきます!!」

 

 中佐はすぐさまメモとペンを用意して、準備万端だった。

 と言うかいつも持っているのか?

 

 

 しばらく中佐に情報を伝えた後、俺は天幕を出てあくびをしながら自分の天幕に戻ろうとしていた。

 

「ん?」

 

 偶々庭木の方を見ていると、白い髪がちらほらと見えていた。

 

「……リアスか?」

 

 俺が名前を呼ぶと、庭木の陰から白い尻尾の毛が逆立って飛び出る。

 

「どうしたんだ?」

 

 そう問い掛けるもリアスは庭木の陰から飛び出てきて城へと走っていくと、入り口から中へと入っていく。

 

 ちなみにその際顔が真っ赤だったが、弘樹は暗くて気付いていない。

 

「……?」

 

 リアスの行動に疑問を浮かべて首を傾げると、しばらく悩むもまだ仕事が残っているので天幕に戻る。

 

 

「……」

 

 その入り口の陰より、頬を赤く染めたリアスがこっそりと弘樹が入っていった天幕を見るのだった。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 そうして夜が明けて、午前が過ぎて正午を過ぎようとしたときだった。

 

 

「そうか。やはり動き出したか」

 

 俺は後退した帝国軍を監視していた偵察部隊より、帝国軍の進攻部隊が城塞都市ハーベントへと進撃を再開したとの報告を受ける。

 

「中佐」

 

「ハッ!」

 

 すぐに岩瀬中佐を引き連れてすぐに将軍が待つバルコニーへと向かう。

 

 

「サイジョウ殿」

 

 バルコニーにはアーバレスト将軍と小尾丸、その他にも獣人族や妖魔族などの指揮官が数人居た。

 

「どうやら帝国軍が再び動き出したそうですね」

 

「あぁ。それも、これまで以上の戦力だ」

 

 視線の先には、帝国軍兵士や魔法使い、魔物使いによって使役されている魔物達によって地上は覆い尽くされ、空も竜騎士によって埋め尽くされている。

 その数は推測でも75万弱はありそうだった。先よりも少ない規模と予想していたが、更に戦力を増員してきたのか、先の戦闘の3倍近くの規模にまで膨れ上がっていた。

 

 ってか、これだけの戦力をこの短時間でどこから

 

(やはりこの数では、押さえ切れないな)

 

 さすがにあれだけの数では、足止めにもならない。となると、当初の予定通りに攻撃するしかない。

 

 俺は岩瀬中佐へ視線を向けると、その意図を察した中佐は一旦この場を離れ、通信手に聯合艦隊へ攻撃開始命令を司令部に伝えるように指示する。

 

 

「敵も数に物を言わせてでも、ここを陥落させたいようですね」

 

「あぁ。ここを突破すれば王都グラムへの道は取れたも同然。いくらサイジョウ殿達によって甚大な損害を被ったとしても、ここを突破したいのだろう」

 

「……」

 

 数に物を言わせて戦うって、やり口があいつみたいだな。まぁ、この世界であいつと関わる事は無いと思うが。

 

 

(……これから行う攻撃を考えるとなると、あの中で何人の生存者が残る?)

 

 本当なら考えるような内容ではないのだろうが、考えられずには居られなかった。

 

(今頃指令が機動部隊へ伝わっているはず。なら、そろそろ始まるな)

 

 俺は遠くの沖合いにて待機している機動部隊を思い浮かべる。

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 弘樹の予想通り、攻撃命令は機動部隊に伝わり第一次攻撃隊が次々と風上に艦首を向けた各空母と航空戦艦から発艦する。

 

 艦戦は『零式艦上戦闘機』、艦爆は『九九式艦上爆撃機』と『艦上爆撃機彗星』、艦攻は『艦上攻撃機天山』を爆装して構成されている。

 航空戦艦伊勢と日向からは火薬式のカタパルトで発艦できるように改装された彗星を飛ばしている。

 

 その数は第一波で100機近くはある。

 

 

「第一波全機発艦しました」

 

 通信手が長官へ各空母と航空戦艦より第一波攻撃隊全機発艦を伝える。

 

「うむ。では、やるとするか」

 

「えぇ。旗艦長門より各戦艦へ! 艦砲射撃を敢行する。砲撃用意!」

 

 

「艦長! 旗艦長門より入電! これより艦砲射撃を敢行。砲撃用意とのことです!」

 

「そうか」

 

 通信手より報告を聞いた大和艦長『森下(もりした)尚人(なおと)』大佐は軽く縦に頷き、伝声管に近付く。

 

「砲術長。主砲斉射用意」

 

『了解! この日を待ってましたよ、艦長!』

 

 待ってました!と言わんばかりに砲術長の声は浮かれていた。

 

「浮かれるでない、砲術長。この攻撃でどれほどの人命が奪われるか、分からないのだぞ。それに、これから我が扶桑国は戦争へと介入する表れ、いわば帝国への宣戦布告に等しい行為だ。その重さを深く考えろ」

 

『は、はい! 申し訳ございません』

 

 艦長に説教され、砲撃長の声に反省の色が浮かぶ。

 

「零観を出し、観測をさせろ」

 

「ハッ!」

 

 艦長の指示で副長はすぐに零観こと『零式水上観測機』の発艦準備をさせるように指示する。

 

 すぐに大和の船体後部の格納庫より零観が出されてカタパルトに設置され、勢いよく射出される。

 

(この大和にも、ようやく活躍の場が与えられたのだと思うと、感動を覚えるな)

 

 史実では何の役にも立てずに沈んだ大和。宣戦布告の初めという重大な役目を担い、他の戦艦と共に陸地へと限界ギリギリまで近付き、艦載砲として最大である46センチ砲を戦場へゆっくりと向けている。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「……」

 

 俺は腕時計の時刻を気にしながら、帝国軍の動向を見張る。

 

 もしものことを考え、大隊には攻撃準備を進めさせている。

 僅かでも足を遅らせれば、という考えだ。

 

「サイジョウ殿」

 

「?」

 

 アーバレスト将軍に呼ばれ、俺は顔を上げる。

 その表情は、苦渋の決断を下したように暗い影が差している。

 

「頼みを、聞いてくれないか?」

 

「頼み、ですか。内容は?」

 

「……今すぐ、小尾丸とリアスを連れてここから離れてほしい」

 

「将軍!?」

 

 驚きの発言に小尾丸は目を見開く。

 

「……理由を聞いても?」

 

「サイジョウ殿も、ある程度察しは付いているはずだ」

 

「……」

 

「見ての通り、いくらサイジョウ殿の軍隊と兵器があったとしても、あれだけの数の帝国軍を押し返す力は無い」

 

「……」

 

 将軍の言う通り、現戦力ではあれだけの数の兵士を押し返す事は不可能だ。

 まぁ、この後のことを考えれば、止められる自信はあるが。

 

「つまり、将軍は時間を稼ぐため残る、ということですか」

 

「そうだ。彼女たちを王都グラムへ無事に送るためにも、サイジョウ殿の協力は不可欠だ」

 

「……」

 

 俺は何も言わず、ただアーバレスト将軍の話に耳を傾ける。

 その直後に雷鳴のようの音が空に小さく響き渡るも、この状況では一部を除いて誰も興味など引かなかった。

 

 雷鳴のような音が聞こえた直後に、視線だけを左腕の腕時計にやり、時間を確認する。

 

「時間が無い。急げ」

 

「将軍!」

 

 しかし小尾丸はアーバレスト将軍の意向に異を唱える。

 

「私も将軍と共に残ります!! 私はまだあなたに恩を……!」

 

「いいのだ。お前は頑張ってくれた。それだけで十分だ」

 

「ですが!」

 

「……なら、最後の頼みを聞いてはくれないか」

 

「っ!」

 

「リアスを……頼んだぞ」

 

「……将軍」

 

 

「サイジョウ殿。頼む」

 

 アーバレスト将軍は頭を下げると、他の高官たちは驚きの表情を浮かべる。

 王国の国王の次に権力が高いとされている一国の大将軍が会って間もない、それも人間に頭を下げたのだ。驚くなと言う方が無理な話だ。

 

「……」

 

 俺は腕時計を一瞥して、アーバレスト将軍に視線を向ける。

 

「将軍。その必要は無いでしょう」

 

「? どういうことなのだ?」

 

 俺の言葉を聞き、将軍はもちろん、小尾丸や他の高官たちも怪訝な表情を浮かべる。

 

「じきに分かります」

 

 そう言った直後、何やら空気を切り裂く音が辺りに響く。

 

「何の音だ?」

 

 いち早く小尾丸が気付くと、他の者達もその音に気付く。

 

 

 

 その瞬間、進攻している帝国軍に突然雨の如く焼夷弾が降り注ぎ、辺り一面を火の海と化し、その直後数発の榴弾が降り注ぎ、あちこちで大爆発を起こす。

 その内六発以上は奥へと飛んでいって進攻している軍団から大きく外れた。

 

『っ!?』

 

 その光景にアーバレスト将軍を始め他の者達は目を見開き、バルコニーの端まで走り寄る。

 

 突然の広範囲攻撃に帝国軍は混乱し、火達磨になる者や必死に仲間に着火した火を消そうとする者、運悪く焼夷弾の直撃を受けて命を落とした者、榴弾の直撃を受けて欠片も残さずに粉々になった者、爆風にやられた者、その爆風によって放たれた破片によって命を落とす者や四肢のどこかを、胴体のどこかに風穴が開くなど、阿鼻叫喚な光景が広がっている。

 空に居た竜騎士も焼夷弾の直撃を受けてドラゴン諸共火達磨になったり、運悪く榴弾の落下針路に居た竜騎士は文字通り粉々に粉砕されて、三分の二が一瞬にして失われてしまう。

 

 小尾丸や将軍達が知る由も無いが、陸地まで限界ギリギリに近付いた各戦艦が一斉に艦砲射撃を行い、三式弾、零式弾を計77発も放っている。

 観測機からの報告で城塞都市へは一発たりとも砲弾が落ちず、地面を覆いつくしていた帝国軍へと約五分の三が着弾し、残りは大きく森の方へと逸れたが、その森の中に潜んでいた帝国軍兵士達へと降り注いだ。

 

 結果的にオーバーキルとも言える艦砲射撃で、帝国軍は一瞬にして五分の二を失う事となる。

 

 と言うか46センチの榴弾も含まれているから、地形が思い切って変わってしまったな。

 

「い、一体何が起きて」

 

「わ、分かりません。しかし、これは――――」

 

(そろそろだな)

 

 驚愕している者達をよそに、俺は腕時計を一瞥してから空へと顔を上げると、機動部隊の空母より発艦した第一次攻撃隊が向かっていた。

 

 

 

 まずは九九式艦上爆撃機と彗星、天山による一斉爆撃が行われて大小様々な爆弾によって地上の兵士は爆発や爆風による破片の飛散によって次々と命を散らす。

 更に九九式艦上爆撃機と彗星の機銃掃射が行われ、地上に居る剣士や銃兵と弓兵、魔物に次々と赤い花を咲かせる。

 

 この見たことの無い飛行する物体に帝国軍兵士は驚き、竜騎士がすぐに迎撃に向かう。

 

 しかし同伴していた零戦部隊の機銃掃射によって竜騎士は次々と空に赤い花を散らせて墜落し、ドラゴンの死骸が下に居た兵士へと落下して押し潰すなど二次被害を引き起こす。

 

 生き残った竜騎士は零戦の後ろを取ってドラゴンのブレスやボウガンなどで攻撃するも、零戦は自慢の運動性能を生かして全てをかわし、別の零戦が機銃掃射を行って竜騎士を蜂の巣にする。

 中にはしつこく零戦の背後を取って追いかけていた竜騎士も、直後に零戦が高度を上げたかと思った瞬間まるで木の葉のように舞って竜騎士の背後を取るとすぐに機銃掃射し、竜騎士を撃ち殺す。

 

 何とか爆撃機の背後をつけた竜騎士も爆撃機の後部機銃の掃射を受けて数体が撃ち殺されるも、中にはボウガンを放って後部機銃手の肩に直撃させる猛者も現れる。しかし、その猛者も別の爆撃機の後部機銃によって撃ち殺されてしまう。

 

 

 

 

「くそっ! 海軍に先を越されたか!!」

 

 その頃前哨要塞基地の飛行場から発進した陸軍航空隊を率いる『加藤(かとう)信夫(しのぶ)』少佐は自身の愛機である『一式戦闘機 隼』を操縦しながら悪態を吐く。

 その後方には海軍陸上航空隊の『一式陸上攻撃機』が14機編隊を組んで飛行している。

 

「野郎共! 海軍ばかりに良い所を取られるな! 陸軍航空隊の力を見せてやれ!!」

 

『了解!!』

 

 加藤少佐の言葉で男女のパイロットから返事が返ってくると、陸軍機も戦場へと向かう。

 

 

 まず近くにあった帝国軍の進攻部隊の本陣へ一式戦闘機に爆装していた25番爆弾を投下し、本陣のマスケット銃やカノン砲に使う火薬集積所に落下して爆発を起こすと、全ての火薬に引火し、大爆発を起こす。

 

 続けて爆装していない一式戦闘機や九七式戦闘機による機銃掃射で本陣の兵士や指揮官を次々と殺傷し、魔物や竜騎士のドラゴンを撃ち殺していく。

 

 この僅かな時間で進攻部隊の本陣は壊滅し、陸軍航空隊はすぐさま城塞都市へ進攻していた部隊に向かっていき、背後から突く形で機銃掃射を行う。

 

 背後からの攻撃に兵士達は混乱を極め、もはや怒声を上げて戦うように促している指揮官の言葉など耳に届いてはいなかった。

 

 

「こいつはすげぇな」

 

 そしてようやく戦場に近付いた一式陸攻の指揮官機に乗る指揮官は陸軍機と海軍機が飛び交う戦場に思わず声を漏らす。

 

「今までこれほどの戦闘機が戦場を舞うなんてありませんでしたからね」

 

「まったくだ。おっと、見入っている場合じゃないな。1番機から7番機! 投弾用意!!」

 

 指揮官の号令で一式陸攻の爆弾倉が開き、前五機より25番爆弾を五発投下し、鎧を着込んだ兵士やゴーレムの近くへ落下して爆発し、それらを文字通り粉砕する。

 

「しかしあれ、うまく効きますかね?」

 

「さぁな。前例の無い装備だからな。もっともあれは今回のような戦闘のために作られたわけじゃないんだがな」

 

 指揮官は残りの8番機から14番機に攻撃指示を出すと、一式陸攻の爆弾倉が開くが、そこには爆弾ではなく、別の物が納められている。

 

 それは対地攻撃を考慮して開発された地上制圧型で、爆弾の代わりに爆弾倉には海軍の『十二糎二八連装噴進砲』を二基搭載している。しかしそのままでは搭載できないので改装が施され、一式陸攻のエンジンもパワーを上げてようやく飛ぶようになっている。

 

 急造の無理やり感は拭えないが、発射するロケットは三号爆弾を参考にして作られたロケット弾を装填しており、時限信管によって破裂後は中より薬品を撒き散らしてそれに火が着火し、ぶちまけられた範囲を火の海と化すナパーム弾に似た構造をしている。

 

 元々は魔物の巣窟の攻略のために開発された地上制圧型だが、一式陸攻では若干バランスが悪く、陸軍の四式中爆撃機か別の機体で検討中だという。

 

 そして一斉に噴進砲よりナパームロケットが地上に向けて放たれ、空中で破裂して薬品がぶちまけられると同時に着火し、辺り一面火の海と化した。

 

「……えげつないが、広範囲に攻撃するなら効果はあるだろうな」 

 

 窓から指揮官は火の海と化した地獄絵図を見て若干引き気味だった。

 

 

 その後航空戦力による無慈悲な攻撃に、辺り一面を覆い尽くしていた帝国軍進攻部隊は、一時間後にはその多くを失う事となった。

 

 

 

 

『……』

 

 目の前の光景に、俺たち以外は呆然と立ち尽くしていた。

 

 辺り一面を覆い尽くしていたあれだけの帝国軍兵士を、最初の攻撃を発端に飛行する物体による総攻撃で、一瞬にして壊滅に至らしめたのだ。これで驚かない者はいない。

 

 そして恐る恐る将軍達は俺の方へ視線を移す。

 

「さ、サイジョウ殿……。あなたは、いったい?」

 

 若干震えた声で小尾丸が問い掛ける。

 

「・・・・近い内に、全てをお教えしましょう。我々の正体を」

 

 俺の言葉に、今すぐに言えと言う輩は居らず、ただその言葉を呑むしかなかった。

 

 

 

 




自分で書いておいてなんだけど・・・・・・オーバーキルってレベルじゃないな・・・・


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第ニ章
第十四話 正体


 

 

 

 戦闘終了後、俺は万が一に備えて部隊を城塞都市に留まらせ、指揮を岩瀬中佐に任せて即席で作った滑走路に攻撃隊として来た一式陸攻を着陸させて、搭乗後は一旦本国へ帰ることになった。

 目的は品川に作らせた資料を受け取るのと、今後のことを陸海軍と話し合うことにある。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「それで、初めて外界へ出た感想はどうでしたか?」

 

 と、執務室で心配しつつどこか機嫌の悪い品川が先ほど渡した資料を捲ってみている俺に問い掛ける。

 

「まぁ普段では体験できない貴重な体験ができた、と言っておこう」

 

「あれだけ危険な体験をすれば、そうなるでしょうね」

 

 余談だが、弘樹が外界に出た後品川は落ち着きが無かったらしく、ブツブツと何か呟いていたらしい。彼女は心配していると思っているだろうが、外から見ればかなりやばい状態に見えていた、らしい。

 彼女からすれば辻が自分を差し置いて弘樹と一緒に居ること自体がどうにも悔しい、とのこと。

 

「しかし、自分で言っておいてなんだが、この短期間でよくこれだけ凝った内容を作れたな」

 

 話題を変えて資料に目をやる。時間はそれほど無かったが、それでもかなり凝った内容であり、どこにも不備と思われる箇所も無い。注文どおりの出来上がりだった。

 

「……我が扶桑海軍の情報部に掛かれば、この程度の資料を作ることなど造作もありません。もちろん矛盾が無いように徹底した確認を取っていますので、ご心配には及びません」

 

 話題を変えられて一瞬考えるも、自信ありげに品川は語る。

 

「・・・・しかし、半分真実、半分捏造の資料がどこまで通じますかね。そもそも一人の異邦者から立ち上げた国って・・・・」

 

 隣に立つ辻も資料を見ながら呟く。

 

 小尾丸の言う異邦者というキーワードを活用し、何世紀も前にこの地域に転移してきた一人の異邦者が築き上げた国として説明する。

 現実味が無いように見えるが、向こうはそれを確かめる術が無いので、強引でも通せれる。

 

 もっとも俺が一人でゲーム内で扶桑を築き上げたものだから、強ち間違いと言うわけではない。違いはそれをどこまで誇張しているかということだけ。

 

「まぁ、具体的な説明を入れれば何とかなるだろう。そのためには、二人の協力が不可欠だ」

 

「分かりました」

 

「お任せを」

 

 二人の返事を聞いてから俺は「行くとするか」と言って立ち上がり、二人を引き連れて執務室を出る。

 

 

 

 その後陸海軍のトップを集めた会議を行い、今後の動きについて話し合われた。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 会議を終えて二人を連れて飛行場の滑走路に準備されていた一式陸攻に乗り込み、城塞都市ハーベントを目指す。

 

「意外と航空隊の被害は多いのか・・・・」

 

 俺は先の戦闘の被害報告書を開いて目を細める。

 

 各空母より発艦した艦載機の未帰還は総計で15機あり、その大半を零戦と九九式艦上爆撃機が占める。

 

 陸軍航空隊は九七式戦闘機10機が損傷もしくは被撃墜であるが、奇跡的にも戦死者は出ていない。

 

(旧式機とは言えど、向こうにも撃ち落すだけの腕前の持ち主は居るようだな)

 

 内心そう呟きながら、今回の外界進出時の戦闘における被害報告は以下の通りになる。

 

 

 重軽傷者を含む負傷者:57名

 戦死者:36名

 航空機被撃墜機数:22機

 車輌被害数:8輌(戦車1輌、兵員輸送車3輌が損傷して、残りは大破となっている)

 捕虜の人数:793人

 

 

 蹂躙に等しいあの戦闘で生き残った帝国軍兵士はそう多くなかったが、逆にあれだけの攻撃で生き残った方も結構運は良い方だろう。

 捕らえた捕虜は徹底した管理の下で労働力として使う予定だ。

 

(こんなのは序の口だ。恐らく今後、どれほどの犠牲を払うことになるのか……)

 

 そう考えながら、俺は将軍達への説明する文を再度読み直して復習する。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 それから二時間弱の飛行を経て城塞都市ハーベントに到着し、近くの広場を派遣した陸軍の増援の中の工兵部隊によって整地された滑走路へ一式陸攻が着陸する。

 現状では一時的ではあるが、陸軍によってハーベント周辺に防御陣地が形成されており、帝国軍の襲来に備えている。

 

「お待ちしていました! 西条総司令官!!」

 

 一式陸攻を降りると、既に岩瀬中佐とその部下が出迎えており、俺を見るなり陸軍式敬礼をする。

 

「ごくろうだったな、中佐」

 

「我々が留守の間帝国軍の動きはあったか」

 

 俺と辻、品川はそれぞれ答礼をして、弘樹と辻が問い掛ける。

 

「いえ、帝国軍の動きはありません」

 

「そうか。まぁあれだけの損害を受けているんだ。さすがにすぐには動けないか」

 

 そう呟きながら、現場の指揮を中佐に任せて、辻と品川を引き連れて城の大広間へと向かう。

 

 

 

 将軍の使いに案内されて大広間に着くと、既に将軍と高官達が席に着いており、小尾丸が将軍の右斜め後ろに立ち、俺たちが入ってくると一斉に視線が集まる。

 

 俺は使いに席を勧められ、制帽を脱いで席に着くと制帽をテーブルに置き、その後ろに辻と品川が立つ。

 

「戦後処理が忙しい中、こうして時間を割いていただき、感謝します」

 

 話を始める前に、一言言うと頭を下げる。

 

「いいえ、むしろ感謝を述べるのはこの場を設けていただいた我々の方です」

 

 と、この場にいる者達の代弁として小尾丸が口を開く。

 

「ところで、そちらのお方は? ツジ殿は分かりますが……」

 

 小尾丸の視線は辻の隣に立つ品川に向けられる。

 

「彼女は辻と所属している所は異なるが、辻と同じ副官の品川愛美だ」

 

 品川は無言で頭を下げる。

 

「そうですか」

 

 小尾丸も品川に対して頭を下げる。

 

 

「……では、本題に入りましょう」

 

 俺がそう言うと、将軍や高官達は一斉に耳を傾ける。

 

「恐らく大体の察しが付いている人たちがこの中に居ると思われますが、我々はとある国家に属する者です」

 

「そして我々が属するのは、『扶桑国』と呼ばれる国です」

 

 そう打ち明けると、案の定疑問を挟む者が現れる。

 

「さ、サイジョウ殿。そのような名の国は、聞いた事が無いのだが?」

 

「そちらが我が国を知る由もないでしょう。我が扶桑国は何世紀以上前にあなた方の言う異邦者が立ち上げた、一つの国家なのですから」

 

 向こうからすれば衝撃的な内容に高官達は騒ぎまくる。

 

「い、異邦者の国だと!? そんな馬鹿な!?」

 

「ありえん!! たった一人で国を立ち上げるなど!!」

 

「仮にそうだとしても、何世紀も前にこの世界にあれだけの膨大な戦力を投入してきた帝国軍を退かせるほどの兵器を有する国があるのなら、我々が知らないはずがない!!」

 

「我々は下手に動かずに外界との接触を避けてきたのですから、あなた方が知るはずも無いでしょう」

 

「……」

 

「……サイジョウ殿。それで、扶桑国と呼ばれる場所はどこに?」

 

「ここから西に約110km先。分かり易く言えば巨大な山の向こう、とだけ言っておきましょう」

 

 そう言うと誰かが席を立って声を上げる。

 

「馬鹿な! そこは未踏の地がある場所ではないか!! 出鱈目を言うでない!!」

 

「その出鱈目と言える理由はちゃんとあるのですか?」

 

 辻は制帽の鍔の陰より高官を威圧感を含む目で見つめると、高官は一瞬怯むも言葉を続ける。

 

「あそこは強力な魔物や気候変動が激しい地域だと伝えられている! そんな所に国を築き上げるどころか、建国するなど不可能だ!」

 

 高官はそう言うが、そんな現象は一切無かったけど。まぁ魔物がいた事に変わりは無いが。

 

「それはあなた方の伝承に過ぎない。まぁ、その伝承は間違いがあるようですがね」

 

「むしろその間違った伝承のお陰で、我々は自ら動き出すまで外界と接触することがなかったのですから」

 

「ぐっ……」

 

「それに、我々が嘘を言ったところで何か得でもあると?」

 

 品川の問い掛けに高官は何も言わずに席に座る。

 

 

「……そうか。推測でも小尾丸よりある程度聴いていたが、やはりサイジョウ殿達は異邦者だったか。たった一人から立ち上げられた国であるのは予想外だったが」

 

 将軍は戸惑いの色を見せていたが、さすがに立場上慌てる姿を見せるわけにはいかないのだろう。

 

「それで、サイジョウ殿は扶桑国の将軍なのか?」

 

 ここで俺の正体をカミングアウトするわけだが、大体どんな反応かは察しが付くなぁ……

 

「確かに自分は扶桑陸海軍の総司令官でありますが、同時に国を率いる国家元首たる総理。つまり一国の長に当たります」

 

 俺の正体のカミングアウトに、案の定耳が痛くなるような静寂が訪れる。

 

 

「……今の話、本当なの、ですか?」

 

 将軍は思わず敬語に直す。

 

「本当です。むしろこの場でこのような嘘を言う必要がありますか」

 

「……」

 

 さっきまでざわついていた高官達は黙り込み、さっき俺に対して声を上げていた高官は青ざめている。

 

「すぐに分かってもらえるとは思っていないので、我が扶桑国の歴史資料を用意しました。ご覧になってください」

 

 二人に目配せをすると、辻と品川は右手に持つアタッシュケースをテーブルに置いて開け、事前に用意した資料を取り出して将軍や高官達に手渡していく。

 

 

 

『……』

 

 ある程度時間が経った辺りで、資料を大分読んだだろう将軍達は、誰もが息を呑み黙り込んでいる。

 

「・・・・さ、サイジョウ、総理。少しのあいだ、時間をいただいて宜しいでしょうか?」

 

 明らかに戸惑いの色を見せるアーバレスト将軍は若干震えた声で口を開く。

 

「分かりました。では、外で待っています」

 

 俺は席を立ってから頭を下げ、制帽を手にして頭に被ると辻と品川を引き連れて大広間を後にする。

 

 

 

「さて、向こうはどう出ますかね?」

 

「さぁな」

 

 俺たちは使いに案内されて別室にて待機している。

 

「さすがに上から出るほど愚かではないでしょうが、万が一に備えて武装した歩兵を配置しています」

 

 まさか強行手段を取ってくるとは思えないが、辻は既に外に武装した歩兵を配置させており、いざと言う時は戦闘できるように準備させている。

 

「できれば、歩兵が動くことが無いのを祈るか」

 

 弘樹は腕を組み、静かに唸る。

 

「……けど、資料だけではそう簡単には信じないだろなぁ」

 

「恐らくは」

 

 口や媒体による情報伝達ではいくらでも偽ることができる。向こうが資料のみで簡単に信じると楽に考えていない。

 と言うか壮大過ぎて信じ難い、というところが大きいのかもしれないが……

 

「……まさか本国に招き入れる気ではないでしょうね?」

 

「……」

 

「そういう考えですか」

 

 俺の考えを察して、品川はため息を吐く。同じく辻も小さくため息を吐く。

 

「危険なのは承知の上だ。だが、百聞は一見にしかずだ。実際に見てもらえば理解せざるを得ないだろ?」

 

「確かに効果はあるでしょうが、この気に乗じて工作員か、スパイを潜り込まれかねません」

 

「もちろん案内は決められたルートに警備も厳重にさせる。それに扶桑には辻が教官を務める泣く子も黙る鬼の憲兵隊がいるんだぞ?」

 

「……」

 

 辻はため息を吐く。

 

 史実の日本の憲兵隊とは異なり、扶桑陸海軍どちらの管轄下には入っていない独立した警察組織であり、構成しているメンバーはただ任務を全うするようにあの辻に教育されているので、決して買収されることなど無い。

 そして辻の教えでその取締りはかなり厳しく、容赦が無い。しかし史実の日本陸軍の憲兵隊とは違い、上からエラそうにせず、対等な目線で行うように教育され、緊急事態を除く以外では、暴力を振るわず治安維持のために動く。

 

 

 

 しばらくして将軍と小尾丸が直々と弘樹たちのもとにやってくる。

 

「どうでしたか? 扶桑の歴史は?」

 

「・・・・その、正直に言うとまだ、信じられません」

 

「まぁ、内容が内容ではすぐには信じられないでしょうね」

 

 当然と言えば当然か。やっぱり、実際に見てもらうのが一番か。

 

「先ほど二人の副官と話し合いをしました。もしまだ自分達のことが信じられないのなら、代表を我が扶桑に招待しようと考えています」

 

「ふ、フソウに、我々をですか?」

 

「えぇ。ただし一度に連れていけるのは10人程度ですが」

 

「……」

 

 将軍は深く考えるように黙り込む。

 

 ここでフソウと友好な関係を築き、国王との話し合いの末に同盟を組むことができれば、帝国軍を押し返すことができるかも知れない。

 しかし、同盟を組むことはそう簡単に行くものではない。仮にもフソウの不興を買うことになってしまえば、敵視されてしまう恐れがあり、同盟を組む以前の問題になる。

 もし敵対関係になってしまえば、冗談抜きで一夜にして国が滅ぼされかねない。

 

 なので人選はかなり慎重に行わなければならない。

 

 

 しばらくした後、将軍は慎重に人選した高官達と共にフソウへ行くことを弘樹達へ伝えた。

 

 

 

 

 



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第十五話 扶桑来国

 

 

 

『……』

 

 ガタガタと揺れる一式陸攻の機内では、将軍を含む高官達が緊張してか体が固まっている。

 その様子を向かい側の席に座る俺は苦笑いを浮かべる。

 

「しかし、自分で飛ばずに飛ぶというのは、妙な気持ちだな」

 

 俺の隣に座る小尾丸は窓から空の下の景色を眺めながら、呟く。

 

 結局魔道士の治療魔法を以ってしても、彼女の左の翼は損傷が激しく治療ができなかったらしく、彼女は永遠に空を飛べなくなってしまった。

 

「まぁ、慣れてしまえばどうってことは無いだろう」

 

「そういう問題では……」

 

 

「……」

 

 小尾丸の反対側に座るリアスは、揺れる機内に怯えてか俺にピッタリとくっ付いていた。

 その光景を辻と品川がムッとして見ていた。何で?

 

「……その、何だ? 大丈夫か?」

 

 俺が問うと、リアスは小さく頷く。

 

(まぁ、飛行機に初めて乗るんだから、怯えて当然か)

 

 内心で呟きながら、ピタリとくっつくリアスを見守る。

 

 と言うかやたらと視線を感じる気がするんだが、気のせいか?

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「そろそろ我が扶桑国内へ入ります」

 

 俺がそう伝えると、将軍や小尾丸、高官達が窓から外を眺める。

 

 前哨要塞基地の上を通り過ぎ、俺達を乗せた一式陸攻は領空へと進入する。

 

「これが、未踏の地だというのか?」

 

「気候変動など無いではないか」

 

 窓から景色を見ていた高官達は伝承とは裏腹に穏やかな気候に誰もが声を漏らしていた。

 

 

「あれが扶桑です」

 

 と、一式陸攻は扶桑上空へと到着する。

 

 見たことの無い建造物が多く並ぶ市街地に高官達の視線は釘付けだった。

 

 小尾丸とリアスもまた、初めて見る建造物が並ぶ市街地に釘付けとなっている。

 

 

 

 そうして一式陸攻は陸海軍共有の滑走路へと着陸し、俺達は外へと出る。

 

 周りには見たことの無い物がいっぱいあり、将軍たちは左右に首を振っている。

 

「では、順にご案内いたします。しかし軍事機密に当たる場所の案内は省かせてもらいます。それと、勝手な行動は慎むように、お願いします」

 

 忠告のように俺が将軍達へそう言い、飛行場を後にする。

 ちなみにこの言葉の裏には『勝手な行動をしたらどうなるか、分かっているな?』という意図が含まれている。

 

 その意図の通り、飛行場を出た後憲兵隊数人が将軍達を囲うように歩く。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 その後二班に分かれて各所を案内されるようになり、俺は品川と辻を引き連れて将軍と小尾丸、リアスと共に海軍の軍港に来ていた。

 

『……』

 

 そこで見る物に、三人は呆然としていた。

 

「さ、サイジョウ総理。海に浮かんでいるのは……全て船ですか?」

 

「えぇ。我が扶桑海軍が所有する軍艦です」

 

「まさか。何という大きさだ……それに、全て鉄で出来ているのですか?」

 

 小尾丸の視線の先には長門型や天城型、扶桑型の戦艦や赤城型や加賀型の正規空母などの大型艦が数多く停泊している。

 リアスも首を左右に振って軍港をマジマジと見回している。

 

「一部は木材で、その他は全て鉄で出来ています」

 

「信じられん。重い鉄が水の上に浮かぶとは……」

 

 この世界では木造で出来た戦列艦が主流で、殆どが鉄で出来た船など無いとのこと。 しかし噂では帝国側に鉄で出来た装甲艦と呼ばれる船が出てきていると言われている。

 まぁ精々カノン砲の砲弾を弾く程度の鉄板しか持たない船だ。軽巡の主砲でも余裕で貫通できる……はず。

 

「それにしても、大小様々な軍艦があるようですな」

 

「えぇ。我が扶桑海軍には戦艦、空母、巡洋艦、駆逐艦、潜水艦の計5種の軍艦があります」

 

「空母? それに潜水艦とは?」

 

「・・・・詳細には言えませんが、簡単に言えば空母は海に浮かぶ飛行場。潜水艦は海を潜る軍艦です」

 

「な、なるほど」

 

 

「サイジョウ殿。あそこでは何をしているのですか?」

 

 俺のざっくりとした説明に将軍がうなずいて納得する中、小尾丸の指差す方向には火花を散らし機械音が外まで響いている巨大工廠があり、今も尚新造艦を次々と建造している。

 

「あそこで軍艦を建造しています。しかし、中は機密上見せる事が出来ません」

 

 本当なら部外者を軍港へと入れること自体特例なのだが、さすがに色々と喋るわけにはいない。

 

 

「と言うところですが、運が良かったですね」

 

「それはどういう?」

 

 と、巨大工廠よりタグボートで一隻の軍艦が軍港湾内へと引っ張り出されていた。

 

「完成したばかりの軍艦が引っ張り出されていますね。どういう名称は機密上言えませんが」

 

 俺の視線の先には、完成して工廠より引っ張り出されている装甲空母『大鳳』であった。

 この後に手続きをした後正式に空母として就役となる。

 

 ちなみに大鳳とあるが、設計構造は史実で建造された方ではなく、その殆どを『改大鳳型航空母艦』として計画していた案を元にして建造している。

 その為、史実と異なり姉妹艦を一隻建造させる予定である。

 

「これもまた大きな……」

 

「……」

 

 将軍と小尾丸は食い入るように大鳳を見つめる。

 

 

「では、次をご案内します」

 

 俺に言われて三人はその後を付いていって軍港を出る。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「サイジョウ総理。ここは?」

 

 将軍は次に案内された場所を見て、驚きを隠しきれなかった。

 

 そこは木造の住宅がいくつも並んでおり、そこに住んでいる者達は人間ではない。

 その視線の先には、あの時保護した村人達である。

 

「ここは保護した村人達に貸し与えた仮設住宅エリアです」

 

「小尾丸から話は聞いていましたが……まさかここまでの待遇を」

 

「彼らは保護対象ですからね。待遇は手厚くしております」

 

「そうですか。そのご配慮に、感謝します」

 

 

「これは……」

 

 仮設住宅の近くでは、ある光景が広がっており、小尾丸はその光景をとても懐かしく見ていた。

 

「サイジョウ殿。これは田んぼですか?」

 

「あぁ。大和ノ国で見た事があるのか?」

 

「あぁ。しかし、ここで再びこの光景が見られるとは……懐かしいな」

 

「そうか」

 

「……田んぼ?」

 

 リアスは聞いたことの無い言葉に首を傾げる。

 

「米っていう食物を栽培する場所のことだ。今はまだ苗の状態だが、収穫するときには田んぼは実った米で黄金色に染まるんだ。ほら、以前食べたおにぎりだよ」

 

「……あの、白いのが、ですか」

 

「そういうことだ」

 

 

「それにしても、米の栽培は村人がしているのか?」

 

 見れば田んぼには扶桑の農家の人たちが苗を植えていたが、中には村人の人たちがちらほら手伝ったり、レクチャーを受けていた。

 

「彼らが自ら始めたんだ。何か手伝いは出来ないかって言ってな」

 

 最初こそ気持ちだけでもと断っていたのだが、黙って甘えているわけにはいかないと段々数を増やしていくので、農家の人たちの手伝いをさせることにした。

 しかしこれが意外にも功を奏し、普段の二分の一の時間で行えることとなった。

 

「そうですか」

 

「よく働くよ、彼らは。農家の人たちも大助かりだって」

 

 村人は元々農作業をしている人が多かったので、作業法の呑み込みが早かった。

 

 

「しかし、村人の数が多くないですか?」

 

 小尾丸は村人を見て違和感を覚えて俺に問う。

 以前保護した村の住人より、明らかに多い。

 

「そりゃ、他の村の住人も保護すれば多くなるだろうな」

 

「えっ? あの村とは他の村もですか?」

 

「あぁ。周囲の村々にも村長と一緒に呼びかけて、その中でいくつかの村が保護を受けてくれたんだ」

 

「他にも保護を?」

 

「一人でも多くの命を救うためにな。まぁ、保護を受けたのは全部じゃないけど」

 

 運よく生き残れば良いのだが、そうもいかないんだろうな……

 

「それは……感謝します」

 

 小尾丸は感謝の意を込めて深々と頭を下げる。 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「ここが、我が扶桑陸軍の訓練場となります」

 

 次に案内されたのは、陸軍の訓練場で、現在進行形で訓練が行われている。

 

「凄いですな」

 

 将軍の視線の先では、演習場で三式中戦車が隊列を組んで行進し、停車した後標的に主砲を向け、轟音や衝撃波とともに一斉に放ってはすぐに後進する。

 

 演習場の隣では小銃や軽機関銃、重機関銃で狙いを定めた歩兵がそれぞれ的を的確に射抜いていく。

 

 更にその隣では、砲兵が山砲や榴弾砲で土を盛って作った斜面に狙いを定め、標的に向けて放っていた。

 

 別の場所では本格的な戦闘を想定してジャングルで歩兵が演習を行っている。

 

「これほどの軍事力を持つ国が何世紀も前では何もないところからここまで。それにあんな山に隔てられていれば、今まで存在が知られなかったのも頷けるか」

 

 轟音が辺りに響き渡るのを聞きながら小尾丸は演習風景を眺める。

 

「しかし、我が王国軍以上に活気ですね」

 

「そうなのか?」

 

「私は親衛隊隊長ですので、兵士達の訓練も請け負っています。ここの兵士達は誰もが活気に満ちている」

 

「なるほど」

 

 

「あ、あの……ヒロキさん」

 

「ん?」

 

 と、俺の近くに居たリアスが何かに気付き声を掛ける。

 

「……あの人たちって」

 

「……あぁ」

 

 リアスの指差す方向には、見るからに違和感のある兵士達が訓練を受けている。

 

 それは様々な動物の特徴を持つ獣人族や翼人族、人型で獣の姿をした妖魔族などを中心に、扶桑陸軍の戦闘服を身に纏った村人の住人達が激しい訓練に励んでいた。

 

「サイジョウ総理。あれは……」

 

「……保護した村人の何名かが、軍に志願したんです」

 

「……」

 

「最初は断っていたのですが、日に日に志願者が増えるばかり。暴動を起こされると面倒なので、已むを得ず志願者を集うことにしました」

 

「……志願理由というのは?」

 

「親兄弟や、親しかった友人を帝国軍に殺された住人が、帝国軍に一矢を報いたい、仇を取りたい。そういう理由がほとんどです」

 

「そう、ですか」

 

「……」

 

「それは……仕方ないでしょう」

 

「……」

 

「あの志願兵は、普通に兵士として?」

 

「いえ。彼らの特殊能力を最大限に生かした特殊部隊を編成する予定です。できれば彼らが戦わないことを願いたいものです」

 

「そうですか」

 

 将軍は教官の教えを受けながら訓練に励む志願兵を見つめる。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「いかがでしたか? 我が扶桑への訪問は?」

 

 準備されていた案内をすべて見て回り、俺達は司令部の来賓室にて将軍達と会話を交わしていた。

 

「……驚くばかりです。見る物全てが見たことの無い物ばかりですから」

 

 用意したお茶を飲みながら小尾丸が将軍の代弁として喋る。

 ちなみに将軍や高官達は出されたお茶を物珍しそうに見つめていたり、意を決して飲んでいた。

 

「ですが、扶桑の民達は心優しいですね。私達のような他国の者が居ても騒がず、むしろ優しく出迎えてくれる」

 

 小尾丸は市街地を案内されたときの光景を思い出す。誰もが異国より来た小尾丸たちに警戒心を出さず、優しく出迎えてくれた。

 

「生真面目な国と思いましたか?」

 

「いえ。むしろ、素晴らしい国だと思います」

 

「それは光栄な事で」

 

 まぁ国民の大半は軍人なんだから本当に真面目なんだけど……

 

 

 まぁとにかく、俺は咳払いして将軍に問い掛ける。

 

「将軍。これからどうなさいますか?」

 

「……さすがに私の一存で決められることではありません。国王様へ扶桑国の事をお話しし、判断を待ちます」

「そこから扶桑と今後の事を話し合いたいと思っています」

 

 まぁグラミアムの国王が国交を断るのなら、交流をする以前の問題だ。それは仕方無いだろう。

 

「そうですか。状況が変化するほどの何かが無い限り我々はいつでも協力する用意はあります」

 

 この『状況が変化するほどの何かが無い限り』という言葉に高官数人が若干顔が青ざめる。

 

「では、明日の朝一に飛行機を用意します。それで一旦ハーベントにお帰りください」

 

「そうさせてもらいます」

 

 将軍は浅く頭を下げると、隣に座るリアスはどこか残念そうな表情だった。

 

「宿泊するホテルは用意しています。辻大将と品川大将に案内させます」

 

 俺が辻と品川に視線をやると、二人は軽く縦に頷く。

 

「では、ご案内します」

 

 二人の案内で将軍と高官達は立ち上がって来賓室を出ていく。

 

 

 

「……さてと、仕事を終わらせるか」

 

 高官達が出ていく中、テーブルに置いている制帽を手にして被ると、来賓室を出ようとした。

 

 

「あ、あの……」

 

「……?」

 

 後ろから声を掛けられて後ろを振り返ると、リアスが立っていた。

 

「どうした? 将軍達と行かないのか?」

 

「……その、えぇと」

 

 

「お嬢様」

 

 と、将軍達と一緒に居た小尾丸がリアスが居ない事に気付いて戻ってきた。

 

「どうなされましたか?」

 

「小尾丸、さん」

 

 何か言いたそうにリアスは口を少し開ける。

 

 

「……ひ、ヒロキ、さん」

 

「ん?」

 

「……ご迷惑でなければ……その……ヒロキさんと、ご一緒に居ても、良いでしょうか?」

 

 リアスは頬を少し赤くして上目遣いで聞いてきた。

 

「え?」

 

「お、お嬢様?」

 

 まさかの発言に俺と小尾丸は思わず声を漏らす。

 

「……」

 

「……」

 

「あ、あの、お嬢様。さすがにそれはサイジョウ総理にご迷惑が掛かりますし……何より」

 

「……」

 

 

「……今から仕事なんだが、見ても面白くともなんとも無いぞ?」

 

「い、いえ、そんな事は、無いです」

 

 ……今日の彼女はやけに積極的だな

 

「……」

 

「お嬢様……」

 

「……まぁ、別に構わないぞ」

 

「っ!」

 

 と、リアスの表情に明るさが表れる。

 

「よ、宜しいのですか?」

 

「別に仕事の邪魔をしなければ、構わないよ」

 

「……申し訳ございません」

 

「良いさ。暗くなったら、彼女を宿泊先に送っていくよ」

 

「分かりました。将軍には、私から伝えておきます」

 

 小尾丸は頭を下げてから、二人のもとを後にする。

 

「じゃぁ、付いてきてくれ」

 

「はい」

 

 俺の後にリアスがどこか嬉しそうに付いてくる。

 

 

 



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第十六話 想い・・・・

 

 

 

「……」

 

 執務室にて、俺は執務机に積み上げられた書類にサインや判子を付けていって黙々と仕事をこなしている。

 

 その様子をリアスが見ながら、部屋を見渡す。

 

 まぁ本来なら部外者をこの部屋に入れることはまずないのだが、今回のみは特別だ。

 

 

(魔物の巣窟の一掃は多少の損害を被るも、巣窟を破壊。魔物を全滅に至らしめた、か)

 

 俺が外界に出ているあいだに開始された魔物の巣窟殲滅作戦の結果報告書を視線を動かして閲覧する。

 

(早速試作された富嶽を投入。その地上支援型でこれだけの戦果か)

 

 幻の超重爆撃機である富嶽は試験的な機構を多く採用した試験機として限定的に生産しているが、その中で爆撃機としての機能の代わりに地上支援として『九二式十糎加農砲』2門や『十二糎二八連装噴進砲』を4基搭載した地上支援型を生産している。言わばアメリカのガンシップと呼ばれる『AC-130』みたいなものである。

 ちなみに富嶽のみならず、他の爆撃機を元にした地上支援型や、対空戦闘を想定して爆弾倉を撤去し、代わりに電探や機銃を増設した『防空迎撃機型』など、様々な試験機がそこそこの数で試験的に製造されている。

 

(試験的な面が多い戦闘だったが、得られたものはかなり多かったな)

 

 貴重なデータが多く得られたので、今後の開発に大いに役に立つだろう。

 

(これで更なる領土の開拓ができるな)

 

 巣窟と魔物を一掃したお陰で、その先への土地への進出ができるようになった。陸軍による大規模調査を行い、そこから更なる領土拡大を目指す。

 規模はまだ明確にされていないが、恐らく本州ぐらいの広さまで拡大されるだろう。

 

 結果報告書を読み終えて執務机の隅に置くと、次に陸海軍技術省よりの報告書を手にして開く。

 

(『五式中戦車』の試作車輌が完成。試験は上々の結果を残し、調整の後に量産に入るか)

 

 報告書には試験結果と完成した本車の写真が添付されていた。

 

 ここの五式中戦車は史実の物とはハッキリ言えば別物で、主砲は搭載される予定だったと言われていた『九九式八糎高射砲』を一部改造して搭載しており(ちなみに搭載される予定だったというのは仮説であり、それを裏付ける証拠が無い限り今なお否定されている)、史実同様の半自動装填装置を九九式八糎高射砲に合うように搭載している。装甲は史実のより分厚くした上でエンジンも新しく開発した強力なエンジンを搭載している。

 コンセプトは重戦車並の装甲と火力を持ち合わせた中戦車であり、重量があるティーガーの行動制限が掛かる戦場で使用される。

 

 そして同時に後に開発される自動装填装置の開発のための試験車輌とも言える。

 

(兵器技術は日々進歩し続けているな。(きた)るべき大戦に向けて、あの戦闘機も開発が進んでいるな)

 

 次に海軍技術省の報告ページを開くと、とある物の開発過程が記述されていた。

 

(だが、やはり開発は難航しているか。まぁレシプロ機のエンジンを作っているわけじゃないんだから、当然か)

(んで、機体設計は終えているが、肝心のエンジンがなければテストの仕様が無いよな)

 

 まぁまだ時間はあるし、来るべき大戦まで間に合えばいいか。加賀に試験的に搭載したあれもレシプロ機を使って試験したところちゃんと機能していたし、下準備は整いつつある。

 

 報告書を読み終えて机の隅に置いて、仕事を再開する。

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「……」

 

 私はヒロキさんの部屋を頭を左右に向けて見回した。

 

 何の飾りつけもない質素な部屋であったけど、どこか落ち着きがあった。

 

「大きな音を立てなければ歩いて自由に見てもいいぞ」

 

「は、はい……」

 

 紙に印を押して出来上がった紙の山に置いて、私に視線を移しながらヒロキさんはそう言う。私は戸惑いながらも立ち上がって部屋を見渡し、壁に掛けられている木の枠に囲われた紙や勲章のような物などの飾りを見つめる。

 

(凄い……)

 

 壁に飾られている物が何かは分からなかったけど、たぶんヒロキさんの活躍を示す物だと予想した。

 

 

「……」

 

 ふと、棚の上にある物が留まる。

 

 小さな四角い木の枠に囲われた、とても精密に描かれた小さな絵であって、男女二人と、私よりまだ年下の男の子と女の子が仲良く写っている。

 

 それを持って、絵をマジマジと見つめる。

 

「俺と妹と両親の写真だ」

 

 と、いつの間にか仕事を終えたヒロキさんが立ち上がり、絵に写っている人物を言う。

 

「ヒロキさんの、ご両親と妹さん、ですか?」

 

「あぁ」

 

 ヒロキさんは私の右側に立って絵に写る家族を指差して紹介する。

 顔が近くて自分でも顔が赤くなるのを感じ取った。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「では、ヒロキさんはお父様の後を追って?」

 

「まぁ、そういうことだ」

 

 リアスにある程度家族のことを説明した。 

 

 父親は海上自衛隊の一佐で、当時就役したばかりの護衛艦『いずも』の艦長をしていた。最後まで貫き通せなかったが、一応親父の後を追っていたのは事実である。

 その他母や妹のことを嘘偽り無くリアスに伝えた。

 

 ちなみに妹の名前は愛美といって、品川大将と同じ名前な上に顔がそっくりであったので、愛美が生き返ったかと当初は自分の目を疑った。でも、顔と名前が似ているだけで、妹とは違うと知ったが……

 

「けど、いつの間にか親父を超えちまったな。世の中分からないものだ」

 

 嘘なのに本当のように言う。やっぱり罪悪感はあるな。まぁ嘘か本当かを確かめる術はこの世界には無い。言ったもん勝ちだ。

 

「そうですか。今、家族の方々はどうなされているのですか?」

 

「……」

 

 思わずあのときのことを思い出して、沈黙する。

 

「……?」

 

 その様子に気付いてか、リアスの表情に不安な色が浮かぶ。

 

「……四年前に、亡くなった」

 

「え……?」

 

「夜中に家が火事になってな、俺だけが助け出された」

 

 俺がこの世界に来る四年前に、住んでいた家が火事に遭い、親父と母さん、妹の愛美が亡くなった。火元の上である二階に寝ていた俺は煙に気付いて起き上がり、逃げる際に火傷を広い範囲に受けるも、その後消防士によって助けられた。

 が、その火元の近くで寝ていた三人は……消火後に焼け跡から焼死体となって見つかった。

 

「……そ、その、ごめんなさい。私……」

 

 身体と声を震わせてリアスは深々と頭を下げる。

 

「構わないよ。リアスはこの事を知らなかったんだ。他人の過去を最初から知っているなんて無理な話だからな」

 

「……」

 

 いかんな。こうも湿っていては……

 

 

 

「……なぁ、リアス」

 

「は、はい?」

 

「ちょっと、付き合ってくれるか?」

 

「え……?」

 

 思わぬ誘いに、リアスはきょとんとする。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 二人は司令部を後にして、陸軍と海軍の戦闘機や攻撃機が駐機されている陸海軍共有の飛行場にやってきた。

 

「おっ、総司令か。今日もいっちょ飛ぶのかい?」

 

「まぁな」

 

 その格納庫内では陸海軍の戦闘機や攻撃機、爆撃機を整備している整備士達が忙しそうに動き回っている。

 その中で一人の女性が気軽な態度でレンチを片手に弘樹のもとにやってくる。

 

 背中まで伸ばした黒髪を根元で束ねたポニーテールにして帽子を前後逆に被り、つなぎを着て上半身はタンクトップのみというラフな格好をしており、身体のスタイルが浮き彫りとなっているも彼女は気にしている様子を見せない。

 

「おや、後ろのお嬢ちゃんは?」

 

 彼女は俺の後ろで戸惑った様子で挙動不審なリアスを見る。

 

「他国からのお客さんだ」

 

「あぁ、確かグラミアムからだっけ? でも何で?」

 

「ちょっとしたサービスだよ」

 

「……あー、なるほどねぇ」

 

 と、整備士はチラチラと弘樹を見るリアスを見て、何かに気付いてニヤニヤと笑みを浮かべる。

 

「なら、複座式の零戦がありますから、それを使ってください」

 

 ちなみに複座式の零戦は主に偵察に用いることが多い。最も史実ではパーツの寄せ集めで出来た産物であるが……

 

「すぐに飛べるか?」

 

「ちょこっと整備をすればすぐにでも。そのあいだ着替えでも」

 

「分かった」

 

 俺はリアスを連れて一旦格納庫を出る。

 

 

 

 少しして二人は飛行服に着替えて(リアスの方は女性パイロットの手伝いで着用している)飛行場に戻ると、既に『零式艦上戦闘機六四型』をベースにした複座式が滑走路に駐機されていた。

 

「あ、あの……これから何を?」

 

「気分転換みたいなものさ。今からあれに乗ってちょっと空を飛ぶんだ」

 

「あれで、ですか?」

 

 リアスはいつでも飛べる零戦を見つめる。

 

 自分達が乗ってきた飛行機(一式陸攻)より小さい飛行機に、少しばかり不安を覚える。

 

 

 準備完了したと整備士が伝えて、俺とリアスは零戦のボディーより足場を出してそれに足を掛けて乗り込む。

 リアスを後部座席に座らせてシートベルトを装着させ、俺は翼を踏まないように注意して操縦席に座り、シートベルトをして計器に異常が無いかを確認する。

 

 二人が乗り込むのを確認して整備士がプロペラを数回回してオイルを循環させる。

 

 それを終えたのを確認して、俺は各操作をしてエンジン始動の手順を踏むと、ゆっくりとプロペラを回し始める。

 

 数回ほど回してからエンジンを始動させ、零戦の金星エンジンが大きな音とともにプロペラが高速回転する。

 

 その音にリアスは身体を震わせるが、俺は後ろを向いて彼女を見る。

 

「大丈夫だ。心配するな」

 

「……ヒロキ、さん」

 

 リアスは不安は完全に拭えないものの、ゆっくりと頷く。

 

 彼女が頷いたのを確認して俺はゴーグルを下ろして左手で持つレバーを倒し、プロペラの回転数を上げる。

 

 零戦はゆっくりと前へと進み出すと、瞬くあいだに速度を増して宙に浮く。

 

 ある程度高度が上がったところで車輪を片方ずつ収納し、操縦桿を少し後ろに倒してゆっくりと上昇する。

 

「っ……」

 

 宙に上がった瞬間のゾワリとする感覚にリアスは目を瞑って俯く。

 

 

 

「リアス。外を見てみろ」

 

 ある程度高度を上昇させたぐらいで、リアスに声を掛ける。

 

「……」

 

 リアスは怯えながらも、風防に顔を向けてゆっくりと目を開く。

 

「……!」

 

 彼女の視線の先には……地平線の向こうに隠れようとしているオレンジ色に染まった夕日があり、幻想的な光景を見せていた。

 

「……綺麗」

 

 リアスはその光景に釘付けになって見ていた。

 

「お気に入りの光景なんだ。こうして空を飛ぶときだけ見れるから、もやもやした気分が晴れる」

 

「……」

 

「気に入ってもらえたかな?」

 

「は、はい。とっても、綺麗です」

 

 彼女は頬を赤く染めて縦に頷く。

 しかし弘樹から見て彼女は夕日に照らされて顔が赤いことに気付いていない。

 

 

「あ、あの」

 

「ん?」

 

「ヒロキさんは、フソウは今後どうする、のですか?」

 

「あぁ」

 

 俺は操縦しながら耳を傾けて彼女の言葉を聞き、口を開く。

 

「可能ならグラミアムと交流を深めたいと思っている。まぁ、向こうの国王が断るのなら、手を引くがな」

 

「そう、ですか」

 

 と、どこか残念そうな表情を浮かべる。

 

「だが、一度足を踏み入れたからには最後まで責任を持って収束させる」

 

「……一国で、帝国と戦うのですか?」

 

「やりようはある。だが、大国に対して扶桑のみでは、厳しい戦いになるのは目に見えているけどな」

 

 兵器技術は上だとしても、物量では圧倒的にこちらが負けている。だが、戦術次第では質が量に勝つことができる。

 

 

「……」

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「……」

 

 私は後ろの席から隙間に見えるヒロキさんの後ろ姿を見つめた。

 

(ヒロキさん……)

 

 こうしてこの人と一緒に居られると、不思議と胸中が温かくなる。

 初めて出会ったあの日から、不思議とそうだった。今までこんな事は無かったのに……

 

 自分と似た境遇だから? それとも、私達を偏見の目で見ていないから?

 

 でも、分かることとすれば……

 

(ずっと、こうして一緒に……ヒロキさんと居たい……)

 

 そう思ってしまうと自分でも顔が熱くなるのが分かった。こういうのを、人間の言葉だと一目惚れって言うのかな?

 

 

 

 

 

 

 ……でも、もし国王様が、いや、あの人の性格を考えるなら最初から会うのを断るとは考えづらいけど……もし仮に、国王様がフソウとの国交を断ったら……もう、会えなくなる……?

 

 二度とじゃなくても、ずっと、離れ離れになる……?

 

 そう思うだけで胸が締め付けられるような……そんな痛みがする。

 

 

 

 

「さてと、戻るとするか」

 

 しばらく飛行して操縦桿を左へ傾けようとしたとき、私はとっさにヒロキさんの肩に手を置く。

 

「……?」

 

 ヒロキさんは怪訝な表情を浮かべて私に顔を向ける。

 

「……もう少し、いいですか?」

 

 頬を赤く染めながらも、そうに告げる。

 

「まだ、観たいのか?」

 

「……は、はい。ダメでしょうか?」

 

 

「あぁ。君が言うなら少しだけ飛んでもいいが、暗くなる前に着陸しないといけないからあと5分ほどになるが?」

 

「それでも、構いません」

 

「そうか」

 

 ヒロキさんは右へと操縦桿を傾けて5分のあいだ扶桑の上空を旋回し、フソウの海軍の軍港や湾内に停泊している軍艦や、陸軍の演習場の上を飛ぶ。

 

「……」

 

 私は短い時間でも、ヒロキさんと一緒に居られる時間を、忘れないように大切にした。 

 

 

 



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第十七話 グラミアム来国

 

 

 

 翌日の朝に将軍達は準備した一式陸攻で城塞都市ハーベントへと戻り、そこから王都グラムへと戻って国王達との話し合いをするという。

 結果は少なくとも二週間以内(最大でも三週間以内)に城塞都市ハーベントに駐留している部隊に伝えると言い残した。

 

 

 

 

 そうして連絡が無いまま二週間がちょうど過ぎた……

 

 

 

「……しかし、ここはいい眺めだな」

 

 俺は軍港の一角にある事務所で湾内に停泊している戦艦大和を自分でも分かるぐらいにやけた様子で見つめていた。

 

 大和他にも様々な戦艦、重巡、軽巡、空母、駆逐艦が停泊しており、壮観な眺めを作っている。

 ちなみに言うと、最近就役したばかりの大和型戦艦二番艦『武蔵』が大和の隣に停泊しており、その姿は対空兵装を増設したレイテ沖海戦仕様である。

 

(この世界に来る前では絶対に生で見ることなんか無かったと思っていたけど、生きていると何が起こるか分からないもんだな)

 

 現実では全てが失われた軍艦ばかり。それが今まさに目の前に広がっている。マニアからすれば狂喜乱舞物だろう。

 それを独り占めできるという優越感が俺にあった。

 

「顔がにやけていますよ、総司令」

 

 呆れた様子で隣に立つ品川が俺に対して口を開く。

 

「いやぁ、何時見ても飽きないなぁ」

 

「……はぁ」

 

 全く気にしない様子の総司令に浅くため息を吐く。

 

 確かに扶桑の軍艦はどれも造形が美しいけれど、にやけるほどは……

 

 

 呆れながらも品川が手にしている報告書を読み上げる。

 

「総司令の指示通り、大和型戦艦三番艦『信濃』は航空母艦として改装しています。続く四番艦の建造も順調です」

 

 信濃は史実と違い、戦艦並みの装甲を持ち、艦載機の搭載数も正規空母並みにある装甲空母として建造する予定で、運用も色々と試験的な意味合いの強いものになるので、任務は特殊なものが多くなる。

 

「そうか」

 

「岩木型巡洋戦艦一番艦岩木が進水し、現在は艤装の75%を完了しています。続く二番艦『淡路(あわじ)』、三番艦『日高(ひだか)』、四番艦『若狭(わかさ)』の建造も予定されております」

「そして『雲龍型航空母艦』も大鳳型航空母艦二番艦『大峰』と共に建造を開始。パイロットの育成も順調で、就役と同時には数を揃えられます」

 

「うむ。戦力は揃いつつあるな」

 

「はい。最後に20インチ砲についてですが……」

 

 と、品川の表情に暗さが浮かぶ。

 

「少なからず色々と問題があるそうで、完成には程遠いと」

 

「そうか。船体設計の方は?」

 

「大和型戦艦の設計を基に拡大発展させていますが、それでも多くの変更点があるので、建造に至るにはまだ時間が掛かるかと」

 

「……ふむ。まぁ、今は大和型が居るだけでも、よしとしよう」

 

 まぁ、大和型を超える前代未聞の巨大戦艦だ。難関だというのはある程度予想はしていたが、今は気長に待つとしよう。

 

 

「最後に、計画されている金剛型、扶桑型、伊勢型戦艦の改装計画ですが、順調に下準備は進んでいます」

 

 改装計画は主に武装面と船体面におけるものであり、主砲を全て16インチ(=41サンチ)砲に換装させたり、16インチ主砲を搭載させるために船体の拡大および搭載装備を変更したりするものだ。

 伊勢型については飛行甲板の増設などがある。

 

「そうか。そのまま続けるように言ってくれ」

 

「分かりました」

 

 

 

 すると俺達が居る事務所の黒電話が鳴り、品川が電話に取る。

 

「私だ。・・・・・・分かった。伝えておこう。総司令」

 

 品川は受話器を本体に置き、俺に向き直る。

 

「ハーベントに駐留している部隊より報告です。アーバレスト将軍が戻ってきて、話し合いの結果が伝えられました」

「どうやらグラミアムの国王が総司令に御会いになるそうです」

 

「そうか。それで、日時は?」

 

「色々とこちらと向こうとの都合を合わさなければならないので、今から話し合いとなります。無線は通信室にて繋がっています」

 

「分かった」

 

 俺は頷くと、品川と共に事務所を出て司令部に向かう。

 

 

 

「では、来国と会談は一週間後でよろしいですね?」

 

『はい。では、お待ちしています、サイジョウ総理』

 

 話し合いの結果、お互いの準備の時間を考慮して扶桑は一週間後にグラミアム王国へと来国する事になった。

 しかし向こうで話し合いが長くなったのには、やはり扶桑という未知の国に対する警戒心が多くあったようで、来国に反対する輩が多かったとか。

 

 まぁ国王がかなりの好奇心旺盛な性格の持ち主らしく、反対を押し切って扶桑の来国を承認したそうな。

 

「そういうことだ。直ちに準備に取り掛かってくれ」

 

「了解しました」

 

「では、今すぐ」

 

 品川と辻はすぐさま来国への準備に取り掛かる。

 

 

 主に準備とは、来国するための艦隊編成にある。

 

 当初は陸路から向かう予定だったが、ハーベントから王都グラムへの距離が意外とあり、ここからハーベントまでの距離を加算するとかなりの大移動となる。そのあいだに何が起こるか分からないので、陸路を移動する案は棄却する。

 しかし、グラミアムは海洋国家であり、王都グラムの近くに巨大な港町がある。海からなら陸より距離が短いので、海からグラミアムへ向かうこととなった。

 

 扶桑海軍の軍艦ならあらゆる状況でも対応が可能であるというのがあるが、他に扶桑海軍の軍事力の高さを示すという面もある。

 

 

 当初は来国艦隊の旗艦を大和にしようか考えたが、冷静に考えて取りやめた。

 

 ただでさえ大和は建造されたばかりで、最新鋭軍事機密の塊。たとえ見られるだけでもできれば避けたいところだ。何より現在の聨合艦隊旗艦を長門より移譲しているので、旗艦を来国のために使用するのは気が引ける。

 まぁ大和を来国艦隊の旗艦にしたかった理由としては、例えるなら子供が新しいおもちゃを他の子供に見せびらかす。そのような心理に近いかもしれない。

 

 長門型や天城型などの主力戦艦は現在動かすことができないので、候補から外れている。

 

 正規空母も主戦力であるため、論外だし、何より平らな空母ではどうにも威圧感というものがない。

 

 金剛型か伊勢型でも良かったが、最終的には扶桑型戦艦一番艦『扶桑』を旗艦にした。

 

 理由は国と同じ名前であるのが大きいし、色々とインパクトも大きい。

 

 と言うかあの戦艦の違法建――――ゲフンゲフン。あのアンバランスな造形の艦橋が好きなんだよな。

 もうあれ芸術って域だろ。第一印象としては十分威力があるだろう。

 

 

 扶桑他二番艦『山城』と伊勢型戦艦二隻、高雄型重巡洋艦四隻、川内型軽巡洋艦三隻、吹雪型駆逐艦特Ⅲ型四隻、飛鷹型航空母艦二隻の構成となっている。

 ちなみにこれは機密事項なのだが、艦隊にはとある潜水艦隊が護衛のために秘密裏に随伴することとなっている。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 四日を費やして出港準備を整えて、湾内には来国艦隊が停泊していつでも出航できる状態で待機していた。

 

 左胸に勲章を下げた礼服に着替えた俺と品川、辻を乗せた内火艇が旗艦の扶桑へと向かい、接舷する。

 それと同時にラッパが鳴り響き、弘樹がタラップを上がってその上に立っている水兵が手にしている三八式小銃を捧げる。

 

 俺はその乗員に対して海軍式敬礼をする。

 

「捧げぇぇぇぇ!! 銃ッ!!」

 

 甲板に並んでいた乗員達が三八式小銃を掲げると、楽器を持つ乗員達が演奏を始め、マストに大将旗が上がる。

 

 演奏の中俺は海軍式敬礼をしながら甲板に敷かれた赤い絨毯を歩いて進むと、一人の男性が待っていた。

 

「お待ちしておりました、西条総司令官!」

 

 戦艦扶桑の艦長である『鶴岡啓蔵』大佐はすぐに海軍式敬礼を行い、俺と品川、辻の三人はすぐに答礼する。

 

「準備ごくろう。いつでも出港できるな?」

 

「ハッ! いつでも出港できます!!」

 

「よし。では、頼む」

 

 俺達は副長に案内されて艦内へと入ると、すぐに僚艦へ出港を告げる。

 

 

 そしてその一分後に各艦が抜錨して出港し、グラミアムへ向け出発する。

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 それから三日間の航海を経て、王都グラムの港町ミランから25km離れた海域までやってくる。

 

「港町が見えたな」

 

 芸術的な造形の扶桑の艦橋より弘樹は双眼鏡を覗き、港町を観ていた。

 

 海洋国家とあって、港の規模はかなり大きく、木造の民間船や貨物船など多くの船が停泊している。

 隔離されたエリアにはグラミアムの海軍の戦列艦が数隻停泊している。が、海洋国家にしては軍艦の数が少ないのも、恐らく帝国との戦争によって失われているのだろう。

 

「それにしても、随分と我々のことを宣伝しているようですね」

 

 城塞都市に居た冒険者、商人達があのときの戦闘を言い伝えたのだろうか、港町には帝国軍を退かせた国の艦隊を見るべく、大勢の国民が待っており、遠くの海域を航行している扶桑の艦隊を見ていた。

 

「別に構わんだろう。見たいのなら、見せてやればいい」

 

「……」

 

 

 その後他の艦船の航行の邪魔にならないように投錨して停泊し、弘樹達は辻と品川、護衛の陸戦隊と共に駆逐艦響に乗り換え、港へと接岸する。

 

 俺達が港に下りると野次馬達は歓迎ムード……というか興味津々といった感じで出迎える。

 

 まぁ殆ど鉄で出来た軍艦や見たことの無い服装や装備をした俺達だから、当然と言えば当然か。

 

「お待ちしておりました、サイジョウ総理」

 

 港にはアーバレスト将軍が直々に出迎えに来ており、その右斜め後ろに小尾丸が付いている。

 

「随分と賑やかですね」

 

「えぇ。噂というのはあっという間に広がりますからね。あれだけの戦闘があれば、尚更でしょう」

 

「まぁ、確かに」

 

 苦笑いを浮かべながら呟く。

 

 

 

 将軍が用意した馬車に俺達はそれぞれ乗り込み、城へと向かう。

 当初は車輌を持ってくるはずだったが、当たり前だが降ろすためのクレーンが無いので、仕方なしに向こうに移動手段を準備するように言っていた。

 

 

 俺達を乗せた馬車は大通りを通って城へと到着し、将軍に案内されて城内を歩く。

 

 中世ヨーロッパにありそうな派手な感じはなく、中も大理石ではなくただの石材を用いているなど、かなり地味な雰囲気はあったが相当年季の入った立派な城であるのに変わりは無い。

 

「こちらの玉座の間にて国王様が待っておられます」

 

 少し歩いて立派な扉の前で将軍が国王が居る事を告げる。

 

「二人と護衛はここで待っていてくれ」

 

「分かりました」

「はい」

『ハッ!!』

 

 俺は城に入る際に脱いで左脇に抱えるように持っていた制帽を品川に渡すと同時に辻、護衛の歩兵にそう言って、国王の姿を少なからず色々と予想しながら扉が開かれて中に入る。

 

 

「……あれ?」

 

 しかし中に入るも、国王がいるはずの玉座には誰も居らず、思わず声が漏れる。

 

「おーい。こっちだこっち」

 

 と、首を傾げたときに右斜め前より声を掛けられてそちらに視線を向ける。

 

 そこには俺の予想とは裏腹に、一人の女性が窓際に置かれた椅子に座っていた。

 

 金髪のストレートを椅子に座って床に先端が触れるぐらいの長さを持ち、ルビーのような赤い瞳をしており、身体のスタイルは中々いい方な上、外見からだと年は20代半ば辺りと思われる。

 彼女が獣人族であると一目で分かるように、頭には狐の物と思われる耳が生えており、椅子の背もたれと座席の間の隙間からフサフサの尻尾が……二本?も出ている。しかし、その両腕は金属の義手になっていた。

 

 それ以外に家臣が二人ほど居たが、予想より圧倒的に少ないことが意外だった。

 

 国王の意外な姿に呆気に取られるも、姿勢を正して深々と頭を下げる。

 

「国王様。いつも申し上げていますが、常に玉座に座られないと示しが……」

 

「あれ狭い上に硬いから尻が痛いんだよな。それに尻尾だって挟まれて痛いし。それに外の景色だって見れないし」

 

 忌々しげに国王は部屋の奥にある玉座を睨む。

 

「ですが……」

 

「それに、私のことを言わなくていいのか?」

 

「……そ、そうですね」

 

 アーバレスト将軍は咳払いして弘樹に向き直る。

 

「サイジョウ総理。この御方が我がグラミアム王国第25代国王『ステラ・フォーロックス』陛下です」

 

「話はアーバレストから聞いているぞ、フソウの長よ」

 

「は、はい。お初お目にかかります、国王陛下。自分が扶桑の総理、西条弘樹と申します」

 

 右手を真っ直ぐに伸ばして左胸に当てて、頭を下げる。

 

「国王陛下か。私はあんまり堅苦しいのは苦手なんだよな。フォーロックスでもステラでも自由に呼んでもいいぞ」

 

 苦笑いを浮かべるも、国王はニカッと親しげな笑みを浮かべる。

 

「は、はぁ……」

 

 やけにフレンドリーだな。サバサバしていると言うか、何て言うか……

 

「アーバレスト。ヒロキと話がしたいから、空けてくれないか? お前達もだよ」

 

 早速呼び捨てかい……

 

「はい。畏まりました」

 

「「ハッ!」」

 

 頭を下げてアーバレストと家臣二人は王室を後にする。

 

 

 

「い、意外でしたね。国王って厳格な雰囲気があるとばかり思っていましたが……」

 

「言っただろ? 堅苦しいのは苦手だってな」

 

「そ、そうだな、ステラ」

 

「おや? てっきり敬語で言い続けると思ったが?」

 

「……正直に言うと、俺も堅苦しいのは苦手なんだ」

 

「おっ、気が合うねぇ」

 

 人懐っこい笑みを浮かべ、ステラは椅子から立ち上がる。

 

「改めてよろしくな、ヒロキ」

 

「あぁ。こちらこそ」

 

 二人は右手を差し出して握手を交わす。

 

「それにしても、城の年季の入り方や国の発展具合にしては、代は少ないんだな」

 

「まぁうちは長生きが多いんだ。歴史は長いが、長生きが多いからそれほど代はいないんだ」

 

「なるほど。失礼で承知で聞くが、何年生きているんだ?」

 

「私か? 私はもう500年経つな」

 

「なっがっ……」

 

 驚きのあまり思わず声が漏れる。

 

「まぁ人間からすれば長いんだろうが、これでも若い方だぞ」

 

「500年も生きて?」

 

「あぁ」と得意げにニカッと笑みを浮かべる。

 

「人間に例えるなら、500で二十歳ぐらいだな」

 

「しかもわっかっ!?」

 

 もはや次元が違う。てか人間視点で考えてはいけない気がしてきた。いや、気にしたら負けなんだろうな。

 

 ちなみにステラの一族は獣人族の中で狐族に当たるが、どうも特殊であるらしく、異常なまでに長生きな一族だと言う。そして250年ぐらい経つたびに尻尾の数が増えていき、500年生きているステラは二本となっている。

 

 話によれば九本ほど尻尾が増えた代も多く居たらしい。ってかもう九尾じゃないかそれ……

 

「まぁ、細かい事は気にするな。気にすると疲れるぞ」

 

「……確かに」

 

 やっぱこの世界じゃ俺の世界の常識は通じないな……今更だけど。

 

 

 別に意識していたわけじゃないんだが、つい視線はステラの両腕の義手に向けられていた。

 

「ん? こいつが気になるか? まぁ、目立ってるし、気にはなるだろうな」

 

 ステラはガチャガチャと義手を動かす。

 

「気に障ったのなら、謝るが?」

 

「別にいいよ。ちょっとした事故で両腕を失って、この国随一の鍛冶職人と魔道士によって作られた私の力と魔力に耐えられる一品物だよ」

 

 一瞬表情に影が差したように見えたが、今は聞けるような空気ではないな。

 

「そうか。だが、義手がでかくて不便じゃないのか?」

 

 見た限り俺の1.5倍近くの大きさはあるし、指先は尖っている。日常生活では不便しかなさそうなんだが。

 

「最初はそうだったけど、慣れたらそうでもないぞ。自慢じゃないがこの手で裁縫だってできるぞ」

 

 それは地味で凄い。ってか国王なのに裁縫ってなんぞ?

 

 ステラの不可思議な発言に首を傾げていると、彼女は窓から港の停泊している扶桑海軍の軍艦を見ていた。

 

「しっかし、ここから見てもあの大きさ。凄いな」

 

「あれでも我が海軍の中では小さい方だな」

 

「あれよりデカイ船があるのか?」

 

「機密上詳細は言えないが、何隻かは居る、とだけ言っておこう」

 

「そりゃ凄いねぇ。いつか見てみたいもんだね」

 

「そのときがあれば、な」

 

 

 

「話が結構外れたけど、あらためて小尾丸とリアスを救ってくれた上に、帝国軍に対して戦ってくれた事を感謝するよ」

「お陰で一時的とは言えど、連中に痛手を負わせた上に重要拠点を守ることができた」

 

 ステラは深々と頭を下げる。

 

 一国の国王が頭を下げるという重大なことを受けて俺は一瞬と惑うも、冷静を装う。

 

「気にするな。俺達は偶然に出会ったとは言えど、当たり前のことをしたまでだ」

「だが、その言い方では、すぐに敵は攻めてくるようだな」

 

「あぁ。戦力を立て直すのに他の戦域から招集するのに時間を有するだろうけど、向こうの国力を考えるなら僅かな時間と考えるべきだな」

 

「……」

 

「悔しいけど、帝国との戦いで疲弊した今の私たちじゃ帝国を押し返すだけの兵力はない。自慢だった海軍も帝国によって多くの軍艦を沈められてしまったし」

「だからこそ、ヒロキたちと話し合ってフソウと協力関係を築き、可能ならば同盟を組みたいと思っている」

 

「ふむ」

 

 俺は顎に手を当てて考える。

 

「無論タダで協力を申し入れるわけじゃない。それ相応の対価を支払うつもりだよ」

 

「対価ねぇ。例えば、出すとすれば何を出すつもりだ?」

 

「まぁ大きいもので鉱山だな。グラミアム領内の鉱山では良質な鉱石が多く採掘できるからな」

 

「……」

 

「もちろんフソウ側から何か必要とあらば、可能な限り揃える」

 

「そうか」

 

 この申し出は扶桑にとってはありがたいものだ。いくら鉱山と油田を持つ前哨要塞があるとは言えど、限りがある地下資源がいつ途絶えるか分からない。

 

「だが、正式に同盟を組むかどうかは、まだ分からんぞ」

 

「だろうね。まだお互いのことを知らないんだ。その話はもう少し親しくなってからだね」

 

 さすがに会っても間もない国と同盟を組むとなると国民の不安を煽ることになりかねないし、何より人間に対して憎しみを抱いている国民も少なくも無い。すぐに同盟を組むと不満をもたれる可能性がある。

 なので、しばらく両国は協力体制にある、として行動する。それで国民の反応を見極めることとした。

 

「それがいいだろう」

 

「そういうことで」

 

 そうして二人は再度握手を交わす。

 

「改めて、よろしくな」

 

「こちらこそ」

 

 その瞬間で、今は仮として扶桑国とグラミアム王国は協力関係へとなった。

 

 

 

 

 



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第十八 幻の影

 

 

 

 扶桑とグラミアムが協力関係になって、早半年近くが過ぎ、秋から冬を迎えようとしていた……

 

 

 

 

「先のキラル荒野での戦闘結果です」

 

「ふむ」

 

 執務室で戦闘時の被害報告や陸海軍からの要請書など様々な書類整理に追われていた俺は作業を止めて品川より渡された報告書を手にしてページを捲る。

 

「うーむ……。援護のつもりで陸海軍の航空隊を送り出したんだが、これじゃ殲滅戦だな」

 

 予想以上の戦闘結果に俺は静かに唸る。

 

 キラル荒野で苦戦を強いられているグラミアム軍への援護をアーバレスト将軍より要請され、陸海軍の航空隊と陸軍機甲大隊を派遣した。

 

 以前より旧式機を多く投入したが、それでもキラル荒野帝国進攻軍は壊滅させ、多くの捕虜を捕らえている。そしてこちらの被害は微少であった。

 まぁパイロット達が前回より荒ぶったせいなんだろうな……きっと……

 

 

「次の海軍の作戦ももう間近か」

 

「はい。準備は着々と進んでいます。主力の聨合艦隊もトラック泊地へと移動し、作戦開始の時を待っています」

 

 海軍は主戦場により近い海域にトラック諸島に酷似した諸島を発見し、そこを工作艦を用いて海路に改造を加えて名称をそのまま『トラック泊地』として聨合艦隊の泊地として主力となる多くの軍艦を移動させている。

 

 現在は史実のソロモン諸島と酷似した諸島を占領する帝国軍に対して攻撃を行うための下準備を行っている。

 

 主に下準備というのは、前哨要塞基地の資材物資を輸送するために必要最低限数しかなかった輸送船と油槽船の更なる建造が主である(なぜ今更かというと、今まで主力艦をメインに建造して補助艦船の建造は後回しにしていたしょうもないというか呆れた理由がある)。

 そのため各大型造船所で建造中だった軍艦の建造を中止し、今ある中型造船所をグラミアムと協力体制を取ってから全てフル稼働させて補助艦船の建造に集中させている。

 

 こうなるんだったらちょこちょこと並行して補助艦船を建造してればよかった気がする……

 まぁ外界に出るまでは外洋進出の必要性が無かったし、輸送船と油槽船などの補助艦船は前哨要塞基地の鉱山と油田から得られた資材や油を軍港に運び入れる必要最低限の数で足りていたし。

 

 

 陸軍はステラとの話し合いをしてグラミアムの領土内に物資輸送の他、足となる鉄道網を敷き、現状では一つだけ前線基地を建造している。しかし協力体制である現状ではこれ以上の建設はさすがに無理であった。

 ちなみに鉄道網や前線基地を領土内に設置する事に関してはステラが『土地はいくらでもあるからな! 気にするな! それに民の足にもなるならジャンジャン作ってくれ!』と意気揚々としていた。器が広いと言うか、何と言うか……

 

 まぁそうもあって鉄道は物資輸送の他に客車を牽引する列車も走らせてる。もちろんこの世界での通貨で賃金を設定し、支払ってもらって列車に乗ってもらっている。

 

 ちなみにこの世界の通貨は白金貨、金貨、銀貨、銅貨、鋼貨の五種類になり、それぞれの金額は日本円に例えるなら・・・・・・

 

 鋼貨は10円

 銅貨は100円

 銀貨は1000円

 金貨は10000円

 白金貨は100000円

 

 となっている。

 

「だが、油断と慢心はしないようにと各部隊へ伝えるように」

 

 いくら連勝が続いているとは言えど、そんな気の緩んだ状態が一番危ういのだ。

 

「分かりました」

 

 

 

「それにしても、本当に壮観な眺めだな」

 

 俺はイスから立ち上がって背伸びをすると、窓から軍港を眺める。

 

 主力の殆どは泊地に移動しているが、この湾内には建造中止になるまでに新造された軍艦が停泊して、随時移動させる予定である。

 

 湾内には史実より戦艦並みの装甲と正規空母並みの搭載数を誇る装甲空母として完成した『信濃』と大鳳型装甲空母二番艦『大峰』の他に史実では解体処分となった大和型戦艦四番艦『美濃』が停泊しており、美濃に関しては現在ようやく建造の目処が立った戦艦に用いられる新たな装備とボイラー、発電用のディーゼルを試験するためのテストヘッド艦として就役している。

 更に改大和型戦艦として計画された、ここでは大和型戦艦五番艦、六番艦として統合した『近江』『駿河』も約45%完成した状態で今は放置中だが、ある程度補助艦船の建造ラッシュが収まれば建造再開となる。近江と駿河に搭載されている『50口径46センチ砲』や『65口径10cm高角砲』は目処が立てば大和、武蔵にも搭載される予定である。

 

 他にも『朝潮型駆逐艦』10隻と『陽炎型駆逐艦』19隻、『夕雲型駆逐艦』19隻、試験的な意味合いを込めて建造した島風1隻、『最上型航空重巡洋艦』6隻(五番艦『伊吹』六番艦『鞍馬』は対空兵装を強化した防空巡洋艦として就役している)、『岩木型巡洋戦艦』4隻が主力として泊地に移動する予定だ。

 

 先に言った補助艦船の建造ラッシュが収まれば、改秋月型駆逐艦の設計を取り入れた『秋月型駆逐艦』13隻(1隻は史実では建造中止されているやつを含む)と『利根型航空重巡洋艦』2隻、改阿賀野型軽巡洋艦の設計を取り入れた『阿賀野型軽巡洋艦』4隻が建造予定に入っている。

 

「例の戦艦も目処が立って建造を開始。完成が楽しみだな」

 

 戦艦好きなら狂喜乱舞ものな光景が広がりそうだ。想像しただけで自分の顔がにやけてると感じられる。

 

 しかし、以前より建造スピードが上がっているような気がするが、気のせいか? 確かに様々なサイズの船の建造ができる造船所の数は最初の時と比べると10倍近く多くなっているが……

 

 

「妄想でお楽しみ中申し訳ありませんが、最後に一つ報告があります」

 

 呆れ半分の表情で品川が問い掛けると、左脇に大事そうに抱えるように持っていた封筒を手渡す。

 

 封筒を手にした俺は、封筒の『幻』という言葉に表情を険しくさせる。

 

「暗号文は私の方で解読しておきました」

 

「うむ」

 

 周囲を確認してから、厳重に閉じられている封筒を開けると、中に入っている書類を出して解読された暗号文を読む。

 

「……予定通りなら、明後日の朝だな」

 

「はい。この日のために、訓練を積んだ精鋭を揃えた秘匿艦隊です。必ずや任務を全うするでしょう」

 

「期待しよう。この作戦で今後の戦闘の行く末が決まるからな」

 

 戦場において最も重要な物を絶つために、海軍でも極秘作戦を弘樹の指示の下に秘密裏に行わせていた。

 

「では、私はこれで」

 

 品川は頭を下げて、踵を返して執務室を出る。

 

 

 

「……ふぅ」

 

 俺は椅子に座り、ゆっくり深く息を吐く。

 

(今のところ問題はなさそうだが、今後どうなるか……)

 

 現状帝国はハーベント攻略の失敗による多くの戦力損失と扶桑という新勢力の出現に戸惑いを見せているだろうが、体制を立て直すのも時間の問題。今後激戦は予想できる。

 

(となると、短期決戦に挑む必要がある、か)

 

 早い速度で扶桑は侵攻している帝国軍を押し返しているが、敵が圧倒的物量で攻めてきたらさすがに物量で劣る扶桑では勝ち目は薄くなる。

 可能なら早期講和に持ち込みたいが……

 

(無理だよな……)

 

 バーラット帝国は魔法至高主義者な上に貴族主義者としてのプライドが大きい人間で占めている国と言われている。たとえ火力が圧倒的に上だとしても、戦局が明らかに劣勢だとしても、魔法が使えない劣等人種、しかも国としては小規模の扶桑の言葉に耳を貸すとも思えない。

 

 ならば、徹底的に叩きのめさなければバーラットは交渉の席には着かないだろう。

 かと言っていきなり本土爆撃をしても効果はそれほど期待できないし、逆効果を生み出しかねない。

 なので、時間を掛けて攻めることにした。

 

(まぁ、だからこそのあの艦隊を結成したんだ)

 

 と、俺はとある艦隊のことを思い出す。

 

 

 俺の他に海軍では少数と品川と山崎総長、陸軍では辻と大西参謀総長のみでしか存在が知られていない俺の直属の秘匿艦隊。

 

 そしてその秘匿艦隊は今―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光の届かない、冷たく暗い海の中……

 

 

 そこに10隻の艦影が陣形を組んで海中を航行していた。

 

 

 史実大日本帝国海軍がパナマ運河攻撃のために建造した、現代においても通常動力潜水艦としては最大規模を誇り、地球を一周半航行できる航続距離を持つ潜水艦……『伊400型潜水艦』。

 連合軍ですら終戦になるまでその存在を把握できなかった潜水艦で、どこへでも攻撃が可能という運用思想は後の戦略潜水艦へと受け継がれた。

 その伊400型潜水艦に持てるだけの最新鋭技術を投入し、史実以上の性能を以って建造されている。

 

 

『伊400』を旗艦として『伊401』『伊402』、史実では建造途中で解体された『伊403』『伊404』『伊405』、戦局悪化で計画中止となった『伊406』『伊407』『伊408』『伊409』の計10隻で構成された特殊潜水艦隊。

 この他にも主に通商破壊を目的とした、様々な伊号潜水艦で構成された攻撃潜水艦隊も存在しているが、この特殊潜水艦隊は極めて重要度の高い任務に就く艦隊だ。

 

 それ故にこの艦隊の機密性は最大レベルに当たり、海軍の公式記録にすら一切存在しないこととなっている。

 つまり存在しながら存在しない、というのがこの艦隊の売りの一つだ。

 

 

 

 そしてその艦隊の名は……『幻影艦隊』と言う。

 

 

 

 

「……」

 

 幻影艦隊旗艦の伊400の艦橋内に、物静かに乗員がそれぞれの役割を黙々とこなし、海軍第2種軍装を身に纏う男性が腕を組んで目を瞑っている。

 

「艦長。あとどのくらいで目的の海域に着く?」

 

「ハッ。予定通りなら明後日の0500時に到着予定です」

 

 潜望鏡を覗いていた伊400の艦長はすぐに男性へ面を向くと、聞かれた事を答える。

 

「そうか」

 

 艦隊の長官である『小原(こはら)庄治(しょうじ)』少将はゆっくりと息を吐く。

 

「今回は我が艦隊の初陣だ。総司令がなぜ我が艦隊を結成させたかを、そして期待を裏切らないように」

 

「心得ています」

 

 艦長はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「針路そのまま。巡航速度を維持せよ」

 

 艦長の指示は僚艦へと伝えられ、誰にも気付かれる事無く幻影艦隊は目的の海域へと静かに向かっていく。

 

 




やっぱり構成している潜水艦のせいか、某潜水艦隊をイメージしてしまうなぁ・・・・


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第十九話 補給路遮断作戦

 

 

 

 

 幻影艦隊は予定より少し早く目標の海域へと到達する。

 

 そこは帝国の領域(テリトリー)に最も深い所にある海域で、今回の作戦目標の近くに位置している。

 

 

 

 今回弘樹が幻影艦隊に課せた極秘任務。それは帝国軍の補給路の遮断である。

 

 補給を絶たなければ帝国軍はどこまでも攻撃し、グラミアムや扶桑に攻めてくるだろう。だが、補給が無ければ前線に居る部隊は身動きが取れなくなる。

 

 

 帝国には海と陸に最大規模の補給路を有しており、それが前線の生命ラインともいえる。

 

 

 海には現実の『パナマ運河』のような大規模運河が存在する。しかしさすがにパナマ運河のように水位を変える機能はないが、大陸にある巨大湖を中間点として二列の高い塀に囲われた水路を作って出入り口に巨大な門を設けている。

 それ以前は大陸を迂回していたので相当な時間を必要としていたが、その運河のお陰で大幅な時間短縮に繋がっている。運河の一番近い前線側の門を破壊しても良かったが、リスクはあるが帝国側の入り口を破壊して、心理的に追い込む意図がある。

 

 いずれ水路は修理されるだろうが、規模を考えると元に戻すのにかなりの時間を必要とするだろう。

 その間多くの時間を費やして以前のように大陸を迂回するルートで海上輸送を行うだろうが、そこへ幻影艦隊の指揮下に入った攻撃潜水艦隊がそこに待ち構えて通商破壊に近い攻撃を行う。

 

 

 陸には巨大な裂け目があり、そこに巨大な橋を三箇所に配置している。橋が架かるまで大きく裂け目を迂回して通っていたが、橋が架かったことで海同様に大きく迂回する必要がなくなっている。 

 その三箇所の橋を爆撃して橋を破壊する。こちらの場合は規模の関係で運河より修理に時間を有する必要がある。

 

 

 陸海の最大かつ主な補給路を遮断されるとなると、前線にいる帝国軍は動きを制限されることになる。

 

 

 しかしここは敵の懐である。動きを悟られれば多くの敵戦力が押し寄せてくるのは目に見えている。今回の任務は早急かつ正確な行動が要求され、そして失敗は許されない、極めて難しく最重要な作戦である。

 

 

 

「長官。時間です」

 

「うむ。……これより、作戦を開始する!」

 

 目を瞑っていた小原は目をカッと見開き、作戦開始を告げる。

 

「浮上開始!!」

 

 艦長の号令と同時に浮上を開始して、水飛沫を上げながら10隻の伊400型潜水艦が海面へと出てくる。

 

 浮上して艦内からハッチを開けて出てきた小原たちは指揮所に立つ。

 

「晴嵐改! 発進準備に取り掛かれ!!」

 

 浮上と同時にすぐさま搭載している艦載機の発進準備に取り掛かった。

 

 艦首側の格納庫ハッチが開き、中から伊400型潜水艦に搭載する専用の艦載機『晴嵐改』が作業員数人の手で甲板カタパルトへ押し出される。

 射出位置に固定されると折り畳まれていた主翼を展開させ、エンジンを起動させてプロペラを回す。

 

 ちなみに幻影艦隊の伊400型潜水艦が搭載している専用の艦載機晴嵐改は史実のものとは仕様がかなり異なっている(と言うかほぼ別物)。

 

 史実のより機体が大型化しており、燃料タンクの大きくなっているので航続距離の大幅な延長、エンジンは史実のより二段階近く強力な物になっており、速度とパワーが増して、爆装量が増加しており、最大でも80番爆弾(800kg)を二発搭載できる。更に翼内に20mm機銃を二挺追加しているので、自衛戦闘を可能としている。

 フロートは収納式になっており、着水時にフロートを下ろして展開するようになっている。

 

 それを3機ずつを持つ10隻、計30機を有する幻影艦隊は小規模ながら機動艦隊としての機能を持つ。

 

 

「晴嵐改一番機! 発進!!」

 

 作業時間10分近くで発進準備を終えた伊400の晴嵐改一番機がカタパルトから射出されて大空へと舞い上がる。

 同時に僚艦からも次々と晴嵐改が飛び立つ。

 

「二番機、三番機の発進準備に取り掛かれ!!」

 

 すぐさま晴嵐改二番機の発進準備に取り掛かり、カタパルトの射出位置へと押し出される。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 更に40分が経過し、晴嵐改30機全機が空へと飛び立ち、艦隊は潜航して艦載機と合流するポイントへと移動を開始する。

 

 

 晴嵐改30機は45km近く編隊で飛行後、15機ずつの班に分かれてそれぞれの目標へ向かう。

 

 

「おい。こちらの班は一機も欠けてはいないな?」

 

 伊400の晴嵐一番機の操縦士『山岡武雄』少佐は薄暗い中後部機銃席に着く銃手に操縦しながら聞く。

 

「はい! こちらの班は全機付いてきています!」

 

 後部機銃席に座る『山岡南』大尉は周囲を見渡し、一機も欠けていない事を確認して兄である山岡少佐に伝える。

 

「よし。ここまでは予定通りだな」

 

 山岡少佐は軽く縦に頷き、前に向き直る。

 

 運河は事前に偵察型の連山改によって上空から撮影されているので、運河の場所とそこまでのルートは把握している。

 

 しかしルートを把握しているとはいえど、薄暗い中で森林を低空飛行しなければならないので、パイロットたちは肝を冷やしていた。

 

 

 薄暗い中木々に衝突しないように慎重かつ速く飛行する編隊は、運河の湖へと入る。

 

(この先に運河の門か)

 

 山岡少佐は機体の中に搭載している魚雷を思い出す。

 

 今回門破壊に使用するのは『九一式魚雷改(炸薬量を多く増量させているが、晴嵐改をもってしても一本抱えるのがやっとなぐらい重量が増している、言うなれば今回の作戦だけに作られた魚雷である)』六本と『80番陸用爆弾』九個を用いる。

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 日が昇り始めて空が明るくなり始めているも、まだ薄暗い中警護の兵が何人もたいまつを持って運河の周囲を巡回している。

 

「なぁ、聞いたか? 新しく現れたフソウって国のことを」

 

「あぁ聞いたぜ。何でも未知の強力な兵器を持つ国らしいな」

 

 水路付近を警護していた兵士二人が最近戦争に介入した扶桑国のことを話していた。

 

 ちなみにフソウのことが帝国本土に知れ渡ったのは、ハーベントに居た商人達によって情報が流れたためで、瞬くあいだに情報はバーラット帝国に伝わっている。

 

「ここ最近フソウの連中がグラミアムと手を組み、様々な戦場で俺達と戦っているみたいだ」

 

「非人共と手を組むとか、何を考えているんだか」

 

「さぁな。だが、今まで連戦連勝だった帝国だが、今じゃフソウ相手に負け続けらしい」

 

「しかもどんどん戦線を押し戻されているって噂だからな。このままじゃ本土にくるんじゃねぇか?」

 

「おいおいさすがにそれはねぇだろ。いくらなんでもこんな帝国の奥深くまで敵が来るはずが―――」

 

 

「ん?」

 

 と、何やら聞いたことの無い音が空からしてきて兵士は喋るのを中断する。

 

「何の音だ?」

 

 何かと空を見上げると、いくつもの黒い影が薄暗い空を運河の門へと向かって飛んでいくのを見る。

 

「あ、あれは……!」

 

「おい! すぐに知らせろ!!」

 

 警護の兵士はすぐさま鐘がある高台へと向かう。

 

 

 

 そして兵士が鐘のある高台に到着したちょうどその時、運河の門の方角から大きい爆発音と同時に水柱が高く舞い上がる。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「見えた!」

 

 山岡少佐は目の前に広がる運河の奥に巨大な門が二つあるのを確認し、声を漏らす。

 

「いいな! 手はず通りにやれ! 失敗は許されないぞ!!」

 

『了解!!』

 

 各機のパイロットからの返事を聞き、山岡少佐と魚雷を抱えた晴嵐改六機は二つある水路へプロペラが当たりそうになるぐらい水面ギリギリまで降下して三機ずつ進入する。

 同時に80番爆弾を抱えた九機は急降下爆撃を行うために高度を上げていく。

 

(門が高い。上昇のタイミングを逃すと激突だ……)

 

 運河の門は意外と高く、もし魚雷の投下タイミングを見誤ればたちまち門へ激突、もしくはプロペラが破損する可能性があった。

 更に抱えている九一式魚雷改は炸薬量を増量させたゆえに射程が短くなっており、限界上昇ポイントギリギリまで接近して投下しなければならない。

 

「……」

 

 左手に投下レバーを握り、そのタイミングを見計らう。

 

 後部機銃席に座る山岡大尉も息を呑む。

 

 

「喰らえっ!!」

 

 山岡少佐はレバーを前に押し出して抱えていた魚雷を投下する。

 

「っ!!」

 

 魚雷を投下したと同時に機体が身軽になり、とっさに操縦桿を後ろに倒して上昇する。

 

 舞い上がった機体はギリギリで門の上を通り越すと、続いた二機も魚雷を投下して上昇し、門の上を通り越すも、最後の一機が胴体を門の上に掠らせる。

 

 投下した魚雷は一直線に海中を突き進み門へと衝突する。その瞬間巨大な水柱が三本も上がる。

 同時に反対側の水路の門からも三本の水柱が上がる。

 

「魚雷命中! しかし門は健在!」

 

「くそっ! 予想以上に固かったか!?」

 

 後部機銃席の山岡大尉は双眼鏡で門を観るが、魚雷の直撃を受けても門はビクともしていなかった。

 

「っ!? あれは!」

 

 しかしその直後、門が魚雷が命中した下の方が音を立てて崩れていき、そのまま上の方も自重に耐えられず付け根から外れて海へと落ちる。

 

 その直後に急降下爆撃を行った晴嵐改から投下された80番爆弾九つが門の周辺辺りの塀に直撃して爆発を起こす。

 

 爆破された塀は音とともに崩れて水路を完全に塞いだ。

 少なくとも一か月ちょっとでは復旧できるレベルではない。

 

「塀の崩壊を確認! 水路を完全に塞いだよ、兄さん!」

 

「よぉし! 作戦成功だ! 全機合流ポイントへ向かうぞ!!」

 

 合流ポイントに向かおうと機首を向けようとしたが、陸地より迎撃に少数の竜騎士が上がってきて晴嵐改の針路上に出る。

 

「竜騎士が上がってきた! 退路を塞ぐ陣形で来ています!」

 

「くそ。予想より早く上がってきたか。だが、身軽になったんだ。合流する前にひと暴れするか!」

 

 山岡少佐はカバーを外して発射ボタンを露出させて指を置く。

 

 竜騎士がボウガンから矢を放ち、ドラゴンが火球を吐き出してきたが、晴嵐改はそれぞれ回避行動をとって翼の機銃を放つ。

 

 機銃から放たれた銃弾は回避が遅れた竜騎士を撃ち抜いて肉片と化したが、残りは晴嵐改へと襲い掛かる。

 

 一機の晴嵐改はドラゴンが吐いた火球を回避すると竜騎士とすれ違い際に後部機銃から放たれた弾が竜騎士とドラゴンを纏めて撃ち抜いて粉々に粉砕する。

 

 竜騎士の持つボウガンから放たれる矢とドラゴンが吐いた火球をかわし、晴嵐改が翼の20mm機銃を放って竜騎士のみを撃ち抜いて粉砕する。

 

「っ!」

 

 山岡少佐の操る晴嵐改も竜騎士と戦闘を繰り広げ、錐揉みを入れて竜騎士の背後を取る。

 

「もらった!」

 

 照準内に竜騎士を捉えて発射ボタンを押し、20mmの銃弾が発射され竜騎士とドラゴンを粉々の肉片と化した。

 

「っ! 南! 後ろに竜騎士だ!」

 

「は、はい!!」

 

 山岡大尉がすぐに『三式重機関銃改』の逆U字型のトリガーを押して爆音とともに銃弾を放つ。

 

「よく狙って撃て!」

 

「分かってるよ!!」

 

 竜騎士は弾を避けるも、狙いを定めた山岡大尉はトリガーを押して銃弾を放ち、ドラゴンのみを撃ち殺して、竜騎士はそのまま下へと落下する。

 

 しかし次々と竜騎士が迎撃のために舞い上がってくる。

 

「このまま付き合ってもラチがあかない。全機に告ぐ! 高度を上げて追撃を撒くぞ!!」

 

 山岡少佐はスロットルレバーを全開にしてエンジンのパワーを最大にし、高度を上げる。

 他の晴嵐改も続き、運河から遠ざかる。

 

 追撃しようと竜騎士は追いかけるも、高度に限界が来て次第に距離が開いていき、追撃を諦めて引き返す。

 

 

 

 

 そして同じ頃橋の破壊に向かった晴嵐改部隊も目標ポイントへ到着し、橋へ爆撃を敢行。

 

 爆弾は帝国側の橋の根元に落下して爆発。その直後に自重で橋は轟音とともに底が見えない裂け目へと残骸が落下していくと同時に残り二つも同様に爆撃によって破壊された。

 

 破壊後晴嵐改部隊はすぐさま合流ポイントへ向かおうとするも、運河方面とは違い少数ながら竜騎士が迎撃に上がってきた。

 

 しかし晴嵐改は爆弾を投弾した後で、パイロットも凄腕の者ばかりを揃えているので、向かってきた竜騎士を返り討ちにすると、すぐさま合流ポイントへ向かう。

 

 

 ちなみにその針路上に橋がいくつかあったので、行きがけの駄賃として機銃掃射で橋をいくつか破壊した。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その後陸上攻撃隊と運河攻撃隊は合流して艦隊との合流点である海域へ向かう。

 

「もうそろそろ合流点のはずだが……」

 

 山岡少佐は周囲を見渡すと、合流点を示す浮きフラッグが海面に浮かんでいた。

 

「あれだな。頼む」

 

「了解」

 

 山岡大尉は事前に話し合われて決めたモールス信号を装置を使って打ち込む。

 

 

 浮きフラッグは受信アンテナとしての機能を持ち、浮きの下には有線ケーブルが繋がって、打ち込まれたモールス信号はアンテナを介してケーブルから旗艦伊400に届く。

 

 

 

 それから少しして海面に十隻の伊400型潜水艦が浮上する。

 

「各機、着水姿勢を取る。訓練通りにやれ」

 

『了解!』

 

 山岡少佐は高度を下げてフロートを下へと下ろして着水姿勢を取ると、他の晴嵐改もフロートを降ろして着水姿勢を取る。

 

 

「作戦は成功のようですな」

 

「あぁ。だが、帰還するまで気を抜くな」

 

「ハッ!」

 

 指揮所に上がった小原と艦長は海面へと着水する晴嵐改を観ながら会話を交わす。

 

 

 各晴嵐改はそれぞれの母艦の近くで止まると、すぐさま収容作業に入る。

 

「……」

 

 小原は双眼鏡を覗き、厳しい表情を浮かべて空を見ていた。

 

(今のところ何も無ければ良いのだが……)

 

 幻影艦隊にとって、艦載機を収容しているこの時間こそが艦隊が無防備となる危険な時間であった。この状態で襲撃を受けた場合、最悪艦隊に損害を受ける事もある。

 

 それは乗員も同じ気持ちで、対空機銃と高角砲に着いている者達の表情にも緊張の色が見て取れる。

 

 

 

『9時方向敵機来襲!!』

 

 と、電探員より竜騎士接近の報を受ける(ちなみに竜騎士は手短に分かり易く敵機として報告するようにしている)。

 

「やはり来たか」

 

 恐れていた事態となり、小原を含む乗員達に緊張が走る。

 

「対空戦闘!! 艦載機収容まで時間を稼ぐんだ!!」

 

 各伊400型の対空銃座と高角砲が右舷側に向けられ、一斉に放たれる。

 

「くそっ! このタイミングで!」

 

 三番機の収容が終わって二番機に取り掛かっている中、山岡少佐は悔しそうに悪態を吐く。

 

「格納を急いでください!!」

 

「分かってる!! そう急かすな!!」

 

 後部機銃席に立つ山岡大尉が声を上げると作業員がすぐさま返事を返す。

 

 素早く弾幕を張ったお陰で接近される前に数体の竜騎士を撃ち落す事ができたものの、弾幕を潜り抜けた竜騎士がドラゴンから火球を吐かせ、伊400の近くに着弾する。

 

 対空機銃に着いている乗員は旋回ハンドルを回して機銃を旋回させ、銃手が撃発ペダルを踏んで弾を放ち、船体の上を通り過ぎようとした竜騎士を撃ち落す。

 

 近くでドラゴンより吐かれた火球を伊403は収容作業を完了させ、すぐさま前進して火球を回避する。

 

 

 そしてようやく晴嵐改全機の収容が終わり、格納庫ハッチが閉じられる。

 

「収容作業完了!!」

 

「よし! 急速潜航! 現海域を離脱する!」

 

 艦長の号令とともに伊400は前進し、小原と艦長はすぐに艦内へと入りハッチを閉める。 

 

 他の伊400型も次々と潜航して海中へと姿を消すと、最後に伊400も海中へと姿を消す。

 

 竜騎士は悪足掻きにドラゴンに火球を吐かせるも、艦隊はすでに攻撃が届かない深度まで潜っていた。

 

 

 

 

「……危ないところでしたな」

 

「あぁ」

 

 ブリッジに戻った小原たちはそれぞれが安堵の息を吐く。

 

「だが、これで帝国は枕を高くして寝られないだろう」

 

「はい。主要補給路を断たれたことで、帝国の戦略プランが大きく狂うことでしょう」

 

「そうだな」

「それに、今後同じ襲撃を受けることとなるのだからな」

 

「ふっ」と小原は軽く鼻で笑う。

 

 

 

 こうして帝国は幻影艦隊による奇襲攻撃で、最重要となる運河と橋を破壊され、主要補給路を絶たれてしまった。

 

 更にこの後も不規則に本土に対して攻撃を行う予定となっている。

 

 そして同時にこの幻影艦隊の不気味ともいえる攻撃で、帝国はいつどこで攻撃されるか分からないという恐怖に怯えることとなるが、彼らは狙ってやったわけではないので、そんなことなど知る由もない。

 

 

 

 

 



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第二十話 テロル諸島の戦い

新年明けましておめでとうございます。今年も本作をよろしくお願いします。


 

 幻影艦隊による帝国本土補給路遮断から二週間半が過ぎた。

 

 

 

 テロル諸島……

 

 

 現実で言うと『ソロモン諸島』に近い島々であり、グラミアム王国とバーラット帝国とは遠く離れた外洋に位置している。元々海洋国家であるグラミアム王国の領土であったが、帝国軍の侵略を受け現在は占領状態になり、現地に住んでいた住人は殺さずに労働力に使う奴隷にし、まともに飲食を殆ど与えられずに過酷な労働を強いらされている。

 現在テロル諸島は帝国海軍の戦列艦や補給艦の多くが停泊して補給を行う中間基地として使用している。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その日の夜……

 

 

「やっと補給が来たかと思えば、いくらなんでも少なすぎるだろ」

 

 投錨して停泊している戦列艦の中の一隻の甲板に立つ見張りの兵士が苛々するぐらい遅く、しかも両手で数えるほどしかいない補給艦を見ながら愚痴を溢す。

 

「仕方無いさ。最近本土の運河が破壊されて、その後補給部隊は迂回路を通っているんだ。しかもそこを通った船は例外なく沈められてるらしい」

 

「フソウの船にか?」

 

「それが分からねぇんだとよ。何せ周りには船の一隻も見当たらないのに、突然攻撃を受けたって話だ」

 

「はぁ? 敵の船が見当たらないって言うのにか?」

 

「あぁ」

 

 兵士達が知る由も無いが、幻影艦隊による運河破壊によって帝国は以前の迂回ルートから補給物資輸送を行い出したが、そのルートに待ち伏せしていた様々な伊号潜水艦で構成された攻撃潜水艦隊の雷撃により、例外なく全て撃沈している。

 前までは民間船を除く輸送船、軍艦のみで行うつもりだった(帝国は軍艦、輸送船、民間船を識別するための旗を掲げる決まりとなっている)。だが、それだといずれ民間船は襲わないとして、その民間船に輸送船と軍艦を偽装する可能性があったので、民間船でも容赦なく撃沈すると見せ付けるために全て撃沈することを決定された。

 

「噂じゃ海の化け物に襲われたんじゃないかって話だ」

 

「海の化け物ねぇ。まさかあの怪物なわけねぇよな」

 

「おいおい。それは冗談でもきついぞ。もしあの怪物が実在したら、俺達だってただじゃ済まねぇんだぞ」

 

 兵士の一人が言った怪物のことでもう一人の表情が青ざめる。

 

「まぁ、それは置いておいて。かなり大きく迂回してようやく俺達の所の補給のために来たんだ。少なくても我慢しろ」

 

「……くそ」

 

 

 

「ん?」

 

 ふと、何か音が空の方からして一人が海を見る。

 

「おい、どうし―――――」

 

 もう一人が聞こうとした瞬間、空から何かが落とされて空中で眩い光が艦隊へと照らされる。

 

「うぉっ!?」

 

「な、何だ!?」

 

 眩い光に二人の兵士は思わず目を閉じるが、少しして戦列艦に砲弾が直撃し、大爆発を起こして轟沈する。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 時系列はちょっと前……

 

 

 暗闇の中、8隻の軍艦が海面を掻き分けながら突き進んでいた。

 

 先頭に『夕凪』『鳥海』『青葉』『衣笠』『古鷹』『加古』『天龍』『夕張』の8隻で構成された第八艦隊が単縦陣の陣形で進んでいる。

 

「司令長官。そろそろ作戦領域です」

 

「そうか」

 

 鳥海の艦橋内、艦隊司令長官『三川軍造』中将は艦長の方を見ると、軽く縦に頷く。

 

『見張り員より艦橋! 11時方向距離9000に明かりあり!』

 

 見張り所より伝声管から艦橋に伝えられると、艦橋要員と艦長、司令長官が一斉に双眼鏡を明かりが見えた方向に向けて覗く。

 

 距離は離れているが、小さな光がはっきりと見えた。

 

「素人が。この暗闇の中ではどんなに小さな光だろうとも見えるというのに」

 

 三川中将はそう呟きながら双眼鏡を下ろす。

 

「だが、意外と近かったな。艦長」

 

「ハッ! 全艦対水上戦闘用意!!」

 

『対水上戦闘用意!!』

 

 艦長の号令とともにすぐさま艦橋要員が戦闘配置に着き、僚艦へと伝えられる。

 

「砲雷戦用意! 吊光投弾投下後攻撃開始!」

 

 すぐさま鳥海他の重巡洋艦に指令が下され、主砲が左80度へ旋回し、砲身が上がる。

 

 

 少しして艦隊は重巡の主砲の有効射程に入り、砲身が上下に動いて微調整される。

 

 その直後鳥海より発進した零式水上観測機より吊光投弾が二つ投下され、辺り一面を明るくする。

 

 敵艦隊の正確な位置が判明し、各艦の主砲の砲身が最終位置に固定される。

 

「全艦! 左舷砲撃、雷撃戦! 第一斉射! 撃ち方はじめ!!」

 

「第一斉射! 撃ち方はじめ!!」

 

 艦長の号令を砲術長が復唱後、各重巡の主砲一門から轟音とともに砲弾が一斉に放たれると同時に左舷魚雷発射管から『九三式魚雷』が発射され航跡を見せずに艦隊へと突き進む。

 

 放たれた砲弾は弧を描いて飛翔し、7発中四発が海面へと着弾して水柱を上げ、残りの3発が戦列艦二隻に着弾し、大爆発を起こす。

 直後に補給艦に九三式魚雷が命中し、船体が爆発で真っ二つになって轟沈する。

 

『見張り所から艦橋! 着弾を確認! 7発中3発が敵戦列艦二隻に命中! 魚雷14補給艦数隻に命中! 共に轟沈!』

 

「よし。第二斉射はそのまま。攻撃を『見張り所から艦橋! 3時方向距離7000に敵艦隊捕捉! こちらに接近中!』! 探照灯、照射開始!」

 

 司令長官の指令ですぐさま鳥海と夕凪の探照灯から眩い光が停泊中の帝国軍艦隊へ照射され、主砲が右180度に旋回する。

 

 そのあいだに敵戦列艦のカノン砲が砲弾を放ってくるも、射程の短いカノン砲では届くはずも無く海面へと落ちて水柱を上げる。

 

「ってぇっ!!」

 

 号令とともに各艦の主砲と魚雷発射管より九三式魚雷が放たれ、攻撃していた戦列艦数隻に次々と命中し、爆発とともに轟沈する。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「いったい何事か!?」

 

 第八艦隊が襲撃した直後、テロル諸島の中で一番大きなハヴァ島に設置されている帝国の基地の指令所から司令官が慌てて出てくる。

 

 そして目にしたのは、炎上して沈んでいく補給艦と戦列艦の姿であった。

 

「補給部隊が……これはいったい、何が起きたというのだ」

 

 目の前の光景に司令官は呆然と立ち尽くす。

 

「補給艦隊が襲撃を受けています! 恐らくフソウ軍の攻撃かと!」

 

「ふ、フソウだと? やつらはジブラル海に向かったのではないのか?」

 

「そう聞いております。ですが、現に……」

 

「……」

 

「まさか、そちらは囮……」

 

 司令官は知る由も無かったが、扶桑海軍は敵の目を欺くために大規模艦隊をジブラル海にある帝国軍の重要防衛拠点へ向かわせ、現在総攻撃を行っている。

 そちらに目を向けさせるために、主力戦艦を中心に虎の子の機動部隊を大胆にも囮として使ったのだ。

 

 帝国は重要なジブラル海の拠点防衛のためにジブラル海に多くの艦隊を送り出して、テロル諸島に腰を置いていた艦隊も殆どを動員している。意識がそちらに向けて戦力が少なくなっているこの時を狙い、別働隊を占領されたテロル諸島に向かわせて、駐留している敵艦隊に対して夜襲を掛けた。

 

 今回の作戦目標は島の奪還と奴隷の解放、そして帝国軍の撃滅である。

 

 

「? 何の音だ?」

 

 と、妙な音が空からして司令官は顔を上げる。

 

 その直後、空気を切り裂く音とともに指令所を含め、軍事施設や補給物資が積載されている場所へ次々と砲弾が着弾して大爆発を起こす。

 

 爆風に巻き込まれ、司令官を含む兵士達が文字通り粉々に吹き飛ばされ、事態を理解する前に永遠に意識を失う。

 

 

 

 ハヴァ島の沖合いには、第四艦隊の金剛、榛名、扶桑、山城、伊勢、日向の戦艦6隻による帝国軍が島に居座った後に設置された軍事施設に向けて、奴隷が収監されている場所に着弾させないように艦砲射撃が行われていた。

 

「しかし、艦砲射撃を受ける帝国もかわいそうですな。これに加え、第二次攻撃も控えているのですから」

 

「全くだ。さすがに今回は帝国側に同情するよ」

 

 金剛の艦橋内で、『山下香織』大佐は副長と共に双眼鏡で艦砲射撃を受けているハヴァ島を見る。

 

 金剛及び榛名、伊勢は三式弾を中心に、扶桑及び山城、日向は零式弾を中心に砲撃を行い、次々と軍事施設を吹き飛ばしていく。

 

 三式弾によって帝国軍の竜騎士の兵舎とドラゴンの小屋を次々と破壊し、補給物資の中にある火薬に引火して地上に巨大な花を咲かせる。

 

 帝国軍兵士は慌てふためいて逃げようとするも、三式弾から放たれた焼夷弾の直撃を受けてミンチになるか、火達磨になって炭になるか、零式弾の着弾時の爆風に巻き込まれて粉々に吹き飛ばされるか骨も残らずになるかのどれかであった。

 砲撃の中生き残った兵士は山奥にある洞窟へと向かう。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「馬鹿な、こんな事が……」

 

 ハヴァ島と補給艦隊が居た海域で炎が上がっているのを見た、第八艦隊の襲撃を受けた補給艦隊とは別の艦隊の旗艦の装甲艦に座乗する司令官は呆然と見つめていた。

 だが、最も彼が呆然としていたのは、自分が率いる艦隊が壊滅したことだった。

 

 数十分前に比叡、霧島率いる第一艦隊が姿を現し、戦艦二隻による計十六門による砲撃で戦列艦と、最近配備されたばかりの蒸気機関で動く鉄で出来た装甲艦を次々と撃沈され、先行して駆逐艦夕立が敵艦隊へと単艦で突入し、主砲と魚雷を使って次々と戦列艦と装甲艦を撃破していく。

 続けて朝雲や時雨、白露、村雨、春雨、夕暮、五月雨などの駆逐艦で構成された水雷戦隊の猛攻の前に風が無く、蒸気が無くすぐには動けない戦列艦と装甲艦を次々と海の底へと沈めていった。

 

 このテロル諸島に配備された戦力はバーラット帝国海軍の中でも精鋭を揃え、最新鋭の装備で固めた艦隊だ。それが手も足も出せず、為す術もなく壊滅したのだ。

 

 呆然となるのも無理は無い。

 

「……化け物が」

 

 司令官の呟き、覚悟を決めたかのように表情を引き締め、残った艦艇へ「突撃せよ!! 一隻でも多く道連れだ!!」との号令とともに装甲艦は五隻は煙突より吐いている黒煙を濃くして艦隊へと突撃し、艦首にある旋回式砲塔を持つカノン砲を放ち、比叡の艦首に砲弾が命中するもガーンッ!!という音とともに弾かれる。

 

 その直後に比叡の第一、第二より放たれた零式弾が装甲艦に命中し、その直後轟音とともに大爆発を起こし、司令官が座乗していた船体は粉々となって海のそこへと沈んでいく。

 

 続けて霧島の右舷副砲群の一斉砲撃によって一気に二隻が轟沈。残りの二隻も時雨、夕立の二隻より放たれた魚雷の餌食となり、船体を真っ二つにして沈んでいく。

 

 

 

 

 

「第一、第四、第八艦隊が戦闘を開始しました!」

 

「そうか。我々も負けてはいられないな」

 

 その頃阿部少将率いる第三艦隊は急ぎ足でテロル諸島の海峡を突き進んでいた。

 

『見張り所から艦橋! 1時の方向距離7000に20隻の輸送艦を確認!』

 

 重巡『鈴谷』の艦橋の伝声管から見張り所の見張り員の報告が艦橋へ届き、長官を含む艦橋要員は双眼鏡で1時方向を覗くと輸送船と思われる船が逃げようと動き出していた。

 

「敵艦隊は逃げ出そうとしていますね」

 

「そのようだな。だが、輸送船ならば逃がすわけにはいかんな」

 

 補給は根こそぎ絶つ。それが今回の戦闘目標でもある。

 

「全艦に伝え! 輸送船団へ突撃せよ!」

 

「はっ! 艦橋から見張り所!!」

 

 すぐに長官の指令は見張り所へ伝わり、探照灯で光信号を後方に控える駆逐艦に伝える。

 

 鈴谷と熊野を筆頭とする重巡2、軽巡1、駆逐艦10隻で構成された水雷戦隊はすぐさま前へと出て輸送船団へ突撃する。

 

 輸送船団は水雷戦隊の存在に気付いたが、既に射程内に捉えられており、重巡と軽巡が砲撃を行い、直後に全艦が一斉に左舷の魚雷発射管から九三式魚雷を放つ。

 

 砲撃は三発輸送艦一隻の舷側に着弾してそのまま傾斜が生じ、航跡を見せない九三式魚雷が次々と輸送船に襲い掛かり、粉々に粉砕する。

 

 だが、ちょうど島影に隠れて見えなかったが、戦列艦と装甲艦が砲を向けて待ち構えており、一斉にカノン砲を放ってくる。

 

 対応が遅れたことで、いくつかの砲弾の一発が駆逐艦『初風』と『秋雲』の前主砲塔や煙突に着弾して破壊し、鈴谷の艦尾に着弾するなどの損害を被る。

 

 しかしすぐさま鈴谷と熊野、軽巡『長良』の右舷魚雷発射管から九三式魚雷が放たれ、戦列艦と装甲艦を一撃で粉砕して返り討ちにする。

 

 

 

 

 この事態に気付いて逃走を図ろうとした艦隊もあったが、この事態を予想して既に諸島の出入り口の海峡には近藤中将率いる旗艦を愛宕とする第二艦隊所属の艦艇が南と東に配置し、『伊13型潜水艦』4隻と『伊54型潜水艦』3隻の潜水艦隊が北と西に待ち構えており、駆逐艦と巡洋艦、潜水艦の雷撃を受け、脱出も叶わず海の底へと沈められた。

 

 

 一夜にしてテロル諸島に停泊していた帝国海軍艦隊は壊滅に至り、後は島に駐留する帝国軍のみとなった。

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 それから数日後、扶桑海軍は作戦の第二段階としてテロル諸島の島々に対して上陸作戦を開始。

 そのため、テロル諸島の海は無数の扶桑海軍の軍艦とこの日のために造船所をフル稼働して建造した輸送艦他補助艦船に覆い尽くされていた。そして中にはさっきまで艦砲射撃を行っていた長門、陸奥、今回が初陣である戦艦美濃も含まれていた。

 

 手始めに司令部が置かれていたテロル諸島の中で一番デカイハヴァ島へ強襲揚陸艦『あきつ丸』『にぎつ丸』『熊野丸』『ときつ丸』を含む数十隻より無数の特大、大、小の上陸用舟艇を放つ。

 同時に甲板に駐機していた『カ号観測機』が5機ずつ空へと舞い上がり、飛鷹、隼鷹、祥鳳、瑞鳳、信濃、伊勢、日向より彗星が発艦する。伊勢と日向より発進した彗星は信濃が受け入れる手筈となっている。

 

 ちなみにこのカ号観測機は史実のより若干大型化しており、航続距離が400kmへと延長され、エンジンのパワーも強化されているので爆装しても二人の乗員を搭乗させることができている他、後部座席に『一式重機関銃改(九二式重機関銃改と同様の改装をしているが、重量はこちらの方が軽い)』を設置している他、『九糎噴進砲改(噴進弾の改良で弾道安定性が向上しているが、それでも命中率は五割から六割程度)』を後部機銃手兼で後部乗員が撃つ。

 

 浜に乗り上げた上陸用舟艇の前部装甲板が降りて渡り板となって、多くの陸軍、海軍陸戦隊の歩兵が大声と突撃喇叭の音色とともに突撃し、特大発動挺からは四式中戦車や三式中戦車が降りて歩兵と共に浜を走る。

 

 事前に艦砲射撃をしたお陰で浜辺の防衛戦力は皆無であり、上陸部隊は僅かな時間で浜辺を覆い尽くし、廃墟と化していた司令部を占拠した。

 周囲の安全を確認して輸送船から物資が揚陸され、臨時指揮所を設立。

 

 

 別の浜辺より上陸した部隊はすぐさま奴隷が収監されている建造物へ突入。占拠していた帝国軍兵士を素早く殺害し、奴隷を解放する。

 奴隷の人数は劣悪な生活環境と管理、更に暴力によって当初より多く減ってしまっていたが、それでも5万ほどのグラミアムの民を救出することに成功する。

 

 

 その後は上空からカ号観測機が島を偵察し、帝国軍の動きを見張ったり、威嚇攻撃を行って威圧し、抵抗を見せる帝国軍に対して彗星と連携して爆撃を行い、敵の戦意を大きく削る。

 

 

 しばらく帝国軍はハヴァ島他の山々に篭城していたが、揚陸した物資に含まれた陸軍の榴弾砲と加農砲の度重なる砲撃で一部の山が崩れて生き埋めにされるか、精神的に参って発狂して中には自殺する者が多発。士気はガタ落ちして戦う気力を削いでいた。

 一部は玉砕覚悟で突撃を敢行するも、防衛陣地を構築した扶桑陸軍と海軍陸戦隊の前にただその命を無駄に散らさせただけだった。

 

 

 

 その後玉砕突撃する帝国軍兵士は絶えず、自害する者も続出し、今回の戦闘で降伏した帝国軍兵士はたったの170名程だった。

 

 

 

 後に『テロル諸島の戦い』と呼ばれる激戦で、完全な奇襲を成功させた扶桑側の損害は数隻の駆逐艦及び巡洋艦に損傷を受けたが、逆に奇襲を受けた帝国軍は甚大なる損害と出血を強いられることとなった。 

 

 

 

 



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第二十一話 

 

 

 

 青い空にちらほら大小の雲が点々と広がる上空。

 

 

 そこを巨大な重爆撃機『連山改』が独特のエンジン音とともに10機以上が編隊を組んで飛行し、その周囲を防空迎撃型連山改4機と『二式単座戦闘機』、『紫電』30機が護衛として就いていた。

 

 その中に、一際目立つ巨大な爆撃機が中央を飛行している。

 

 それこそが旧日本陸海軍が米国本土爆撃を計画して開発されようとしていた、B-29を上回る超重爆撃機『富嶽』である。B-29を上回る全長と全幅を持ち、六発のエンジンが連山改以上の轟音を放ち、その威圧感を放っていた。

 

 中でも『雷神』と通称される爆撃隊に配備された富嶽は最新鋭の電子機器と対空電探を搭載した電子指揮官機としての機能を持つ。

 

 多くの対空機銃を持ち、六発機のその威容はまさに空中戦艦と呼ぶに相応しい姿だった。

 

 

 

 

「しっかし、壮観な眺めですな」

 

「あぁ。もっともこの富嶽が飛んでいるのも壮観だけどな」

 

 指揮官機兼で飛行する富嶽のコックピットでは機長と副機長が編隊飛行する連山改を観ながら話していた。

 

 富嶽の機内は予想以上に広く、最新機材を乗せていても普通に歩いて移動できるほどの空きスペースがある上に、爆弾搭載量が減っていない。

 

「電探。周囲に敵機はいないな?」

 

「はい。今のところ反応はありません」

 

「うむ。今のところ順調だな」

 

「えぇ」

 

 

 

「機長。間も無く作戦領域です」

 

 と、電子機器の前に座っている乗員が機長へ伝える。

 

 今回爆撃隊の作戦目標は陸軍戦車大隊の援護であり、現在砲撃に晒されて身動きが取れないでいる。爆撃隊は砲撃陣地とついでに後方に控える帝国軍陣地を爆撃する予定となっている。

 

「分かった。指揮官機から各機へ。爆撃高度まで下げるぞ」

 

 機長の指令で各爆撃機は高度を下げていき、護衛戦闘機部隊も一緒に降下していく。

 

 

 

 少しして爆撃隊は爆撃高度まで降下し、爆撃コースへと入る。

 

「爆撃手。目標は見えているか?」

 

『えぇ。偽装も無しですから、ハッキリと敵の砲撃陣地が見えていますよ』

 

 爆撃手から見れば、予想以上に大きな後込め式カノン砲が砲撃陣地に多く並べられており、今なお戦車隊に向けて砲撃している。

 

「よし。微調整の指示を頼むぞ」

 

『了解。チョイ右! お願いします!』

 

「宜候!」

 

 爆撃手の指示で機長は操縦桿を少し右へと傾けてコースを変える。

 同じくして他の連山改も少しばかり右へと針路を変える。

 

「各機! 爆撃用意!」

 

 指令を放った後に富嶽と連山改の爆弾倉が開き、50番陸用爆弾が40基以上がずらりと並んでいた。

 

「電探に感あり!! 敵機が上昇してきます!!」

 

 電探員の言う通り、爆撃隊に気付いた帝国軍の竜騎士が多く上昇してきた。

 

 さっきまでの高度なら竜騎士は上がってこられないが、今いる爆撃高度なら竜騎士でも頑張れば昇ってこられる。

 恐らくこちらが高度を下げてくるのを見計らっていたようだ。

 

「護衛戦闘機隊! 敵機を蹴散らせ!!」

 

 すぐさま護衛戦闘機隊へ指令を飛ばし、紫電、二式単座戦闘機は胴体に吊るしている増槽を切り離して急降下する。

 

 高度差もあり、護衛戦闘機隊は竜騎士を一気に次々と撃ち落していく。

 

 しかし、竜騎士もやられっぱなしというわけでもなく、魔法で放つ炎や氷、ボウガンなどを放ち、護衛戦闘機に損傷を負わせるなどの活躍を見せるも、戦闘能力の差は覆れずその数を減らしていく。

 

 

『よーい! ってぇっ!!』

 

 その間に爆撃目標を捉え、爆撃手は爆弾を次々と投下させると、連山改も次々と爆弾を投下する。

 

 多少風に流されたりはしたが、爆弾は陸軍の進攻を阻んでいた帝国軍の砲撃陣地へと落ちて爆発の花を次々と咲かせる。

 それと同時に大口径のカノン砲に使われている大量の火薬に引火し、大爆発を起こす。

 

 そのまま砲撃陣地奥の帝国軍陣地へと爆撃を敢行し、陣地は五分後に粉砕される。

 

 

『砲撃陣地及び敵陣地の粉砕を確認!』

 

「……作戦完了。これで前に進めるだろう」

 

『あぁ。助かった。協力に感謝する! 第三中隊! 前へ進め!!』

 

 その後機長は小さく見える戦車が前進を再開するのを確認する。

 

「よし。これより帰還す――――」

 

 

 

 

『9時方向! 敵機接近!』

 

「っ!」

 

 機長がとっさに視線を向けると、竜騎士が数体飛んできた。

 

「くそっ! 護衛戦闘機が降下したのを見計らってきやがった!」

 

 右側面の銃座に着いている銃手が三式重機関銃改のコッキングハンドルを引っ張って弾を薬室へ装填する。

 

「護衛戦闘機隊! すぐに戻ってきてくれ!」

 

『無理だ! 竜騎士の数が多くてそちらに戻れそうに無い!』

 

 下では護衛戦闘機と竜騎士が激しく飛び交っており、高度を上げて戻る余裕などありそうになかった。

 

「ちっ! 防空迎撃機は配置を変えろ!! 敵を近づけるな!」

 

 すぐさま防空迎撃型連山改が配置を変えて竜騎士が来る方向に二機が上下に配置し、爆弾倉を撤去して機体の各所に七基以上増設した20mm連装機銃と三式重機関銃改6基がそれぞれ竜騎士へ向けられ、一斉に火を吹く。

 

 展開された弾幕は大型の航空機と言えど、とても想像できると思えないほどの濃さであり、爆撃隊を襲おうとしていた竜騎士らは一瞬にしてその殆どを失う。

 

 その弾幕の中を果敢に潜り抜けようとした竜騎士がドラゴンに火球を勢いよく吐かせるも、その直後に銃弾の雨に晒されてドラゴン諸共肉片と化す。

 

 火球は勢いよく防空迎撃機のあいだを通り抜け、富嶽の右側を飛ぶ連山改の右の翼の第一エンジンに命中し、黒煙を吹く。

 

『連山改三番機! 右翼被弾! 第一エンジン停止!!』

 

「大丈夫か!?」

 

『そ、操縦系統に異常はありません! 何とかバランスを保っています』

 

 富嶽機長が窓から連山改三番機を見ると、若干機体は揺れているものも、何とか耐えていると見て取れる。

 

「よ、よし。三番機は編隊を外れ、先に帰投しろ。防空迎撃機一番機が護衛に就け」

 

『了解!』

 

 富嶽の機長は安堵の息を漏らすと、すぐに指示を出す。

 

「連中もやる。これじゃ、気が抜けられん……」

 

「総司令の言う通り、慢心と油断だけはしてはいけませんな」

 

「あぁ、まったくだ」

 

 機長と副機長は気を引き締めると、周囲に気を配る。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 上空の爆撃隊によって砲撃陣地を破壊させたのを確認した陸軍第三中隊は一斉に動き出し、一斉に上に上げていた主砲から榴弾を放つ。

 

 榴弾は弧を描いて帝国軍の陣地を守るための防衛陣地を破壊し、帝国軍兵士が逃げ戸惑う中次々とバリケードを破壊して突き進み、攻略目標である市街地を目指す。

 

「これより市街地に入る! 周囲警戒を厳にせよ!」

 

 ティーガーに乗り込む『西竹一』中佐は首の咽喉マイクに手を当てて各戦車へ警戒を促すと、中隊は市街地へ侵入する。

 

 周囲警戒のために、数人の歩兵をソ連軍のように戦車に乗せたいわゆるタンクデサントで車体後部に乗せており、周囲を警戒している。

 

 

 戦車隊が市街地の中央の広場に侵入したときに、建物の陰から多くの帝国軍兵士が雄叫びとともに一斉に飛び出てきた。

 

 しかし、市街地戦での戦闘を熟知している西中佐はその襲撃など想定済みで、各戦車にはそれぞれ建物の角や入り口、窓に砲を向けており、帝国軍兵士が出てきた途端一斉に主砲を放ち、榴弾が建物に命中して爆発し、多くの破片が帝国軍兵士を殺傷する。

 

 ティーガーの同軸機銃と車載機銃より放たれた銃弾が次々と帝国軍兵士を撃ち抜き、キューポラから出てきた西中佐がキューポラマウントに設置された三式銃機関銃改を放ち、建物の二階に陣取っている銃兵や弓兵を文字通り粉砕していく。

 同じく四式中戦車と三式中戦車の車載機銃やキューポラマウントの三式銃機関銃改、タンクデサントしていた歩兵が持つ四式自動小銃や100式短機関銃を後方以外の方向より迫ってくる帝国軍兵士を撃ち殺していく。

 

 すぐに歩兵部隊を乗せた一式半装軌装甲兵車と九四式六輪自動貨車が遅れて到着し、降車後歩兵部隊が戦車を盾にしながら攻撃を開始する。

 

 奇襲が失敗して意表を突かれた帝国軍は一斉に後退し始めるが、中には武器を捨てて両腕を上げて降伏する者達も現れる。

 

「降伏か。最初からそうすれば無駄な犠牲が無かったものを……」

 

 西中佐は降伏する帝国軍兵士を見て呟く。

 

『どうしますか、中佐? この際射殺した方がこちらとしては楽ですが……』

 

「総司令からの厳命を忘れたか、貴様」

 

 怒りの含んだ声で西中佐が口を開く。

 

 弘樹は人命を尊重にして、降伏した兵は全て捕虜として捕らえろと全軍に厳命している。

 

『も、申し訳ございません』

 

「……第二歩兵小隊は捕虜を連れて市街地を離脱。後方陣地まで連行しろ」

 

 西中佐の指示で降伏した兵士は数十人の歩兵に任せて一旦市街地を出て後方に控える陣地へと連行される。

 

 

「歩兵部隊は先行して状況確認。三式五番から六番車が随伴しろ」

 

 捕虜を連行した歩兵が市街地を出たのを確認して指示を出し、歩兵150名と三式中戦車3輌が更に奥へと進む。

 

 しばらくして大丈夫であると確認できて西中佐へ報告すると、西中佐は前進指示を出し、部隊は奥へと進む。

 

 

 

 しかし部隊が前進したところで、後方の建物より壁を壊しながら何かが飛び出てきた。

 

「っ!?」

 

 いち早く気付いた西中佐は後ろを振り返ると、黒く四角い物体が出て来て、前面に固定されてある砲より火が吹き、三式中戦車の車体後部に命中して爆発を起こす。

 

「っ! 戦車だと!?」

 

 それは鉄板を四角に繋ぎ合わせて大砲を載せた戦車のようなもので、それが次々と建物の陰より現れると、一斉に大砲を放ってくる。

 その内数発が三式と四式中戦車の車体後部やどちらかの履帯に命中して破壊される。

 

「ちっ! 旋回急げ!」

 

 西中佐はすぐに車内に戻りティーガーが超信地旋回をして真後ろに向くと、戦車もどきの砲から砲弾が放たれるもティーガーの正面装甲に阻まれてゴーンッという音とともに弾かれる。

 やり返しといわんばかりにティーガーの88ミリ砲が火を吹き、榴弾でありながらも戦車もどきの砲身諸共貫通して車内で大爆発を起こして粉砕する。

 

 続けて砲塔を旋回させた四式中戦車と三式中戦車が一斉に主砲を放ち、次々と戦車もどきを正面から撃ち抜いて撃破していく。

 

 中には歩兵が九糎噴進砲を肩に担いで片膝を突くと戦車もどきに向けて噴進弾を放ち、偶然にも大砲の砲口から中へと入り込み、中で爆発を起こす。

 

 前では先行した部隊が帝国軍兵士の攻撃を受けていたが、防戦しながら後退していた。

 

「待ち伏せか。だが、そんな戦車もどきで倒せると思ったか!」

 

 直後にティーガーの88ミリ砲が火を吹き、戦車もどきの正面から徹甲弾が砲諸共貫通して内部で爆散する。

 

 不意打ちを受けたものの、態勢を立て直したティーガー以外の各戦車は続けさまに砲撃を行い、次々と戦車もどきを撃破していく。

 

 帝国側は不意打ちこそ成功したが、予想以上に扶桑側の立て直しが早く、形勢は一瞬にして扶桑側に傾いた。

 

 

 しばらくして帝国軍側の戦車もどきは殆どが鉄屑と化し、兵士も一部は玉砕して無駄に命を散らせたが、僅かに残った兵は全員武器を捨てて降伏した。

 

 その後市街地を調査したところ、故障して動けなかった戦車もどきが数輌ほど無傷で放置されてあったので、扶桑陸軍は調査のため鹵獲することにした。

 

 

 そうしてしばらくして帝国に占拠されていた市街地を奪還し、帝国軍が進めていた戦線を大きく押し戻すことに成功した。

 

 

 




『富嶽』と『雷神』で分かる人っているかなぁ・・・・


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第二十二話 偶の休日

 

 

 

 冬を迎えて寒さが大地を凍りつかせているこの時……

 

 

 

 そろそろ同盟について国のトップ同士である程度話しておきたいとステラが持ちかけてきたので、俺はスケジュールを合わせて王都グラムへ向かった。

 移動手段は王都グラムの横の空き土地を使って飛行場を作っているので、一式陸攻で飛んだ。

 

 到着後、ステラの私室にて食事を取りながら同盟について話し合いをした。

 

 同盟を組んだ後グラミアムは扶桑に対して全面協力の下土地や資源を提供し、戦闘はグラミアム軍と協力して扶桑が帝国軍と戦闘を行うという形にした。

 そして時間が経てば、厳重な管理の下扶桑の旧式化した武器兵器をグラミアムへ無償で譲渡する武器貸与(レンドリース)を実施する予定だ。

 

 

 扶桑にとっては土地と資源の提供でこれまでより動きやすくなり、グラミアムにとっては扶桑という名の盾を得ることとなった。

 

 

 

 

 が、そんな中で、ステラは爆弾発言的なことを言い出した。

 

 

 

 

 その爆弾発言的なことというのは……俺とリアスの結婚話だ。盛大に噴き出しそうになったが、何とか耐えた。

 

 何でも国同士の繋がりをより強くしたいというのがこの結婚の目的だが、グラミアム側は頼み込んでいる側とも言えるので、いわばリアスは貢物。

 見方によっては政略結婚のようなものだ。

 

 と言うか彼女が花嫁役を請け負ったのが結構驚きだったな。俺は意外に思っていたんだが、むしろステラから見れば俺の反応が意外だったそうな。

 

 何でかって? 今まで好意的な視線や態度があったのに気づかなかった、某ラノベ主人公並の俺の鈍感さにだよ。

 

 

 突然のことで整理が付かなかったが、気持ちを切り替えてステラとの話し合いの後彼女と会って、色々と話をしたところその中でリアスがどれだけ俺に対して本気なのかを知って、俺も腹を括って彼女の想いを受け入れた。

 

 

 

 同盟は扶桑の陸海軍大臣、海軍軍令部総長、陸軍参謀総長含め、全員賛成一致となり、グラミアム側も同じく全員賛成一致となって、その後場を設けて正式な同盟が締結された。

 俺とリアスの結婚は出来れば早くしたいところだが、準備や時期もあるので、年明けになるそうだ。

 

 

 余談だが、この結婚について納得がいなかった人物が約二名ほど居たのだが、私情を挟めるような状況ではなく、更に立場もあるので、彼女達は気持ちを抑え込んだらしい。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 同盟締結から五日後……

 

 

「や、やっと終わったぁぁぁぁぁ・・・・・・」

 

 俺は最後の書類を書き終えて執務机に倒れ伏せて声を漏らす。

 

「おつかれさまです、総司令。ちょうど昼食の時間ですので、持ってきました」 

 

 品川は扶桑海軍伝統のカレーライスと水の入ったコップを執務机に置き、一歩下がる。

 

「おっ、カレーか。ということは、今日は金曜日だったな」

 

 カレーの食欲をそそるスパイシーな香りを嗅ぎながら今日が金曜日であることを思い出す。

 

 昔から現在でも海自では曜日感覚が狂わないように金曜日はカレーと決まっており、扶桑でも海軍の方では金曜日をカレーにしている。しかも毎週カレーでも飽きないように調理員は毎週異なる具材で作っている。

 先週は野菜カレーだったが、今週は陸海軍でも人気が高いカツカレーのようだ。

 

 

 

「それと、先日の帝国が開発し、扶桑陸軍が鹵獲した戦車もどきの調査報告書です」

 

 大体カレーを食べ終えた頃に、品川が脇に抱えている報告書を執務机に置く。

 

「あぁ。先の戦闘で西中佐の率いる陸軍第三中隊が鹵獲したやつか」

 

 水を一口飲んでコップを机に置いて報告書を手にし、ページを捲ってその内容に思わず眉をひそめる。

 

「……これって、優秀な砲が撃てる以外で役に立つのか? 厚紙程度の厚さの鉄板を繋ぎ合わせた装甲しかなく、しかも馬力もお世辞にもあるとは言えない上にツルッツルの木のタイヤ四輪だから走破性が高くない」

 

 厚紙程度しかない装甲じゃ普通に小銃で装甲を撃ち抜けそうだな……。

 

 

「扶桑側から見てはそうなるでしょう。しかし、骨董品の先込め式のマスケット銃程度や、弓矢しかないグラミアム軍では、移動でき、装甲を持って自走する大砲。これだけでも十分でしょう」

 

「そうか。しかし、動力は魔力を燃料にした仮称『魔力炉』か」

 

 さすがファンタジーな世界だ。こんなものまであるんだ。

 

「グラミアムより呼び寄せた魔導技師と陸海軍技術省の調査によれば、この魔力炉は注いだ魔力の量によってパワーが異なるようで、最初の魔力供給を行えば理論上無補給で半永久的に活動が可能とのことです」

 

「つまり、こいつは原子炉のような半永久機関というのか?」

 

「事実上は」

 

「……」

 

 しかし、報告書の魔力炉に関する欄には、あまり安定性が良くないと記述されている。

 

「攻撃魔法に対して反発作用があるようで、それで爆発を引き起こす可能性があるようです」

 

「つまり、魔力に対する引火点が低いのか」

 

「それ以外で破壊した場合は特に何も起きないとのことです」

 

「そうか。まぁ、こちらには関係の無い話だな」

 

 扶桑には魔法で攻撃するような方法が無いので、まず問題は無い。

 

「それと、この戦車もどきや魔力炉は急造品と思われ、耐久性がほぼ皆無に等しいそうです」

 

「耐久性が?」

 

「はい。鹵獲した分だけでも、魔力炉の器は使用に耐えられるような状態では無かったそうです」

「恐らく可能な限りこちらの戦車を真似して、すぐに前線に出せるように急いで作ったせいでしょうね」

 

「……どうしようもない欠陥品じゃないか。これじゃ魔力炉の性能を発揮できないな」

 

 せっかく理論上活動限界が無いと言われている魔力炉だ。なのに耐久性が無いのでは意味が無い。

 と言うより、馬力がないんじゃ扶桑ではあんまり利用価値があると言えないが。

 

 

「ですが、一つ疑問が浮かんでいるようです」

 

「ん?」

 

「この魔力炉の技術はかなり複雑で、帝国でもそう簡単に開発できるような代物ではないと、グラミアムの魔導技師が仰っていました」

 

「……長期に渡って開発していた、じゃないのか?」

 

「一から作るとなると十年を以ってしても作るのは不可能と言っています」

 

「……」

 

「魔導技師の推測では、とある国に伝わる魔法技術を用いた可能性があると」

 

「魔法技術?」

 

「詳しくは分かりませんが、どこかの国で古くから伝えられているものだと噂されています」

 

「そうか」

 

 まぁ、今は置いておいて……

 

 

「それで、品川。この後予定はあるか?」

 

「いえ、今のところ3日以上は無いですね」

 

「そうか。そうなるとまた地獄か」

 

 考えるだけで頭が痛くなりそうだ……

 

 

「ちょうど良い頃ですし、休暇を取ってはいかがでしょうか?」

 

 思いついたかのように品川は俺に提案を具申する。

 

「いや、前線で兵が戦っているというのに、それも今は忙しいときだ。そんな中でトップの俺が休んでは示しがつかないだろ」

 

「いえ、ここぞと言う時に総司令が倒れてしまえば、兵たちの士気の低下に繋がりかねません。たまにはゆったりとした休息も必要ですし、何より誰も文句は言いませんよ」

 

「いや、しかし……」

 

 しかし結局彼女に押し切られて、俺は二日ほど休暇を取る事にした。

 

 と言っても特にやりたい事もないし、軍港で軍艦を眺めるのも良かったが、主力の殆どはトラック泊地に居るし、建造を一旦止めていた新鋭軍艦の建造は再開しているが、さすがにまだ完成した船は無い。

 そしてこの軍港には必要最小限防衛ができるぐらいの軍艦しかいないので、物足りなさがある。

 

 なら工廠で建造中である例の戦艦を見るのも悪くないが……ようやく船体が完成して進水したばかりとあって、艤装はまだ目立つほど施されていない。それはさすがに見ても「うーん」としか言えない。

 

 陸軍の戦車を乗り回したり、射撃場で射撃をするのも良かったが、何か日常と変わってないような・・・・

 と言うか戦車を乗り回している時点で日常的じゃないんだが。

 

 

 しばらく考えて、旅行気分でグラミアムの領土の村や町の間を繋ぐように敷いた鉄道に乗って全線を渡ってみる事にした。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 次の日、前哨要塞基地発の貨物車輌と客車の混合車輌に乗り込み、城塞都市ハーベントへ向かった。

 

 そこで降りた俺はハーベントの駅へと向かう。

 

 季節は冬とあってかなり寒く、手袋をしてスーツの上からコートを着込み、ソフトハット型の帽子を被って可能な限り顔を見せないようにする。

 景色を撮るために、首からはカメラを提げている。

 

「今日は冷え込んでいるな……」

 

 吐く息が白くなるほどの寒さを感じながら俺は駅の切符売り場で片道で全ての駅を行ける切符を銅貨7枚と鋼貨6枚(約760円ほど)で購入してホームに入り、列車を待つ。

 

 今更なんだが、この世界の言葉や文字はどういうわけか俺のみならず扶桑の人間全員読み書きできるんだよな。まぁお陰で苦労することは無いんだが……不思議だ。

 

 ホームには扶桑の人間も居れば、グラミアムの住人達の他商人と思われる人たちもちらほらと居る。

 

 

 しばらくして除煙板(デフレクター)を外している『C56型蒸気機関車』に牽引された客車3輌と貨物3輌の混合列車がホームに入ってきて、ゆっくりと停車する。

 貨物車輌は殆ど商人たちが自身の荷物を運ばせるために、決して安くはないがレンタル料金を払って利用している。

 

 俺は3番目の客車に乗り込んで適当な席に座り、窓から外を眺めるように視線をやる。

 

 

「向かい側の席、よろしいでしょうか?」

 

 と、声を掛けられてその方に視線をやると、無精髭を生やしている肥えた男性が立っていた。

 

「えぇ。よろしいですよ」

 

「では、お言葉に甘えて」

 

 俺の許可を得て男性は一礼してから向かいの席に座る。

 

 

 

 少しして駅の出発ベルが鳴り、C56型の汽笛が鳴り響いて混合列車はゆっくりと駅から出発する。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「いやぁ……この辺りはだいぶ平和になりましたな」

 

 4駅ほど通過した頃に向かい側の席に座った男性が俺に話し掛けて、それから世間話に移っていた。

 この男性はどうやら商人らしく、今日も商売品を運んでいるとのこと。

 

「ところで、あなたはフソウの人間でしょうか?」

 

「えぇ。軍の関係者で、今日は休暇を取って列車の旅というやつです」

 

「なるほど。人間時には休むことが大事ですからね」

 

 男性は人懐っこい表情を浮かべる。しかし扶桑の軍関係者と言った途端、男性に違和感を覚える。

 

「しかし、フソウには感謝ですよ。この列車でしたか? これのお陰で大助かりです」

 

「そうなんですか?」

 

「えぇ。荷物を収納する貨車ですが、それを借りるお金がとにかく安いんですよ」

 

「ほう。いつもは違うのですか?」

 

「馬車ですとかなりの額を取られる上に、遅いのですよ。それに比べればこの列車は行動範囲は限られますが、速いし、利用額もそれほど高くはない」

「我々商人にとっては、大助かりです」

 

「なるほど」

 

 確かに馬車と比べるなら列車は何十倍も速いだろうな。

 

 貨車のレンタル料金も最大で4輌まで借りられ、金額も車輌数に変わらず金貨3枚で借りる事ができる。

 決して安い出費ではないが、商人にとって安く早く利用できる列車はかなり大助かりになるのだろう。

 

 

 

 

 列車は森林内に敷いたレールを走っていると、突然汽笛が連続して鳴り響き、ゆっくりと速度を落としていく。

 

「な、何でしょうか?」

 

「……」

 

 男性や乗客たちがそわそわし始めて、俺は窓を開けて頭を外に出して前を見ると、線路の人影がおり、腕を振ってC56型の機関士に停車するように指示している。

 

「憲兵隊の抜き打ち検査ですね。手荷物と身体検査。それと貨物の積荷の検査ですね」

 

「憲兵隊、ですか……?」

 

「えぇ。今は戦時下ですからね。スパイ探しに躍起になっているのでしょう」 

 

「……」

 

(そういえば、憲兵隊の仕事を見るのは初めてだったな)

 

 この際だ。その仕事っぷりをお忍びで視察といきますか。 

 

 

 

 しばらくして客車に憲兵隊の腕章をつけた軍服姿の男女が入ってくる。

 

「これより手荷物及び身体検査を行う! 協力しない者はそれなりの対応をさせてもらう!」

 

 この憲兵隊の隊長と思われる男性が乗客に対して言うと、男女の部下に乗客の手荷物と身体検査を始める。

 

 

 手荷物及び身体検査は順調に進み、俺の番が来るとポケットに入れていた財布を取り出して身分証明証(さすがに今の身分のままでは色々と困るので別の戸籍で作った物)を差し出して、カメラも異常が無いかを確認してもらい、身体検査をして異常が無いのを確認された。

 

 向かい側の男性も検査され、異常がないのを確認されてやけに大げさに安堵の息を吐く。

 

「隊長! 全ての客車の乗客を調べましたが、異常はありませんでした!」

 

「うむ。ごくろう」

 

 女性憲兵の報告を聞き、隊長は軽く頷く。

 

「ご迷惑を掛けましたが、協力に感謝します」

 

 隊長が頭を深々と下げたときだった。

 

 

 

「隊長!」

 

 と、貨物列車側から憲兵二人が少女を捕まえて連れてきた。

 

「貨物車輌を調べたら、この女が隠れていました」

 

「なに?」

 

「……」

 

 俺は憲兵二人に捕まった少女を見る。

 

 外見の特徴から猫族の獣人の少女で、まだ年は二十歳にいっていないところだろうが、痩せ細って着ている服もボロボロな上にかなり汚れている。

 

 

「この女の身体検査をしたところ、銀貨五枚を所持している以外、乗車切符を持っていません」

 

「何? 貴様。無賃乗車の上に、なぜそのような場所にいた。まさか帝国のスパイか!」

 

「ち、違います! 私はただ薬草を買いに……」

 

「ならなぜ金を持っていながら賃金を払わず無断で乗り込んだ!」

 

 少女は怯えながら言おうとするも、隊長は少女の言葉を遮る。

 

「や、薬草を買うには、どうしてもこのお金が無いと……。でも時間が無いから、どうしても……」

 

「見え透いた嘘を」

 

「ほ、本当なんです! 母が病気で、どうしてもバール村の薬草が必要――――」

 

「黙れ!」

 

 と、隊長は右拳を勢いよく突き出し、少女を殴り倒す。

 

「っ!」

 

 少女は床に倒れ、細かく震える。

 

 周りの乗客は見て見ぬフリに徹していた。この状態の憲兵に介入しようものなら、恐らく共犯として捕らえられるからだ。

 

「後でじっくりと吐かせてやる。おい! こいつを連行しろ!」

 

 隊長の指示で憲兵が少女を捕らえようとした――――

 

 

 

「その必要は無い」

 

 俺は憲兵隊隊長の右肩を持つと後ろを振り向かせ、思いっきり殴り飛ばす。

 

「っ!?」

 

 憲兵隊隊長は空いた席へと飛ばされ、背もたれに背中を強く叩きつけられる。

 

 右腕を突き出した反動で俺が被っていた帽子が落ちて顔が露になる。

 

「ぐっ! 貴様!! 誰に向かって――――」

 

 怒りの篭った目で睨むも、目の前に立つ人物を見た途端顔面蒼白になり、脂汗を大量に掻く。

 

 まぁ、目の前に無表情で怒りのオーラを纏った、扶桑の総司令が立っていれば、そうなるだろうな

 

 

「さ、西条総司令!?」

 

 俺の正体を知った途端憲兵隊隊長は立ち上がって姿勢を正すと同時に敬礼すると、他の憲兵はすぐさま姿勢を正して敬礼する。

 

「・・・・貴様。所属を述べよ」

 

「は、ハッ!! 自分は第5憲兵隊隊長! 『倉吉正二』大尉であります!!」

 

「倉吉? 貴様。倉吉太郎を知っているか」

 

「は、ハッ!! 太郎は自分の弟であります!!」

 

 あの歩兵の兄か……全く……

 

「……時に聞くが大尉。憲兵第八条を述べよ」

 

 冷たく、鋭い声で倉吉大尉に問い掛ける。

 

「そ、それは……」

 

「言うんだ」

 

 俺が怒りの篭った声で言うと倉吉大尉はビクッと体を震わせ、口を開く。

 

「……け、憲兵は……いかなる場合があろうと、緊急時以外で一般市民に暴力を振るう事を厳禁とする……です」

 

「そうだな。では、これはどういう事だ」

 

 俺は未だ倒れ、怯えている少女を見る。

 

「……」

 

「貴様。我が扶桑に泥を塗るつもりか」

 

「い、いえ!祖国に対して決してそのようなことは!」

 

 慌てた様子で違う事を俺に対して伝える

 

「……仕事熱心なのは感心するが、それには限度というものがある」

 

「……」

 

「倉吉大尉。君には本国に戻って、辻教官に一から憲兵の心を学び直させてもらえ」

 

「っ!」

 

 倉吉大尉は絶望とも言える色が表情に浮かぶ。

 

 どんだけ恐れられているんだよ、辻ェ……

 

 

 

「憲兵。この男を連行しろ」

 

 俺の指示で他の憲兵が倉吉大尉を両側から抱えるようにして捕らえる。

 

「あぁそうだ。同じ部隊に居る者達も、連帯責任として本国に戻り、辻教官に憲兵としての心を学び直せ」

 

 俺の言葉に憲兵たちは表情を青くする。

 

「隊長の過ちを報告せず黙認していたのだ。当然の判断だ」

「連れていけ!」

 

 倉吉大尉を含め、憲兵隊は表情を青くして客車を後にする。

 

「あぁそうだ、君」

 

 俺は憲兵隊の最後尾を歩く憲兵に声を掛け、あることを伝える。

 

 

 後ろで怪しい動きを見せる男性を見ながら……

 

 

 

「君、大丈夫か?」

 

 俺は憲兵に用事を言ってから片膝を突いて、座り込んでビクビクと怯えている少女に声を掛ける。

 

「すまないな。うちの憲兵が失礼な事をして」

 

「い、いえ……お金も払わず、勝手に乗り込んだ、私が悪いんですから……」

 

 まぁ、そう言ってしまえば終わりなんだろうが、こちらとしては先の無礼もあるので、このままで終わらせるわけにはいかない。

 

「ここまでした理由を教えてくれないか? さっきの憲兵のようなことはしないから」

 

「は、はい……」

 

 少女は怯えながらも事のあらすじを語った。

 

 

 少女の母親が長らく病気で、かなり重いものらしい。

 

 少女は必死に働いて薬草を買うためのお金を集めたが、母親の容態は悪くなりつつあり、すぐにも薬草が必要になった。

 

 しかし薬草が売っているバール村へは少なくとも歩いてでは二日以上掛かる。帰りや途中でのペースダウンを含むと五日以上掛かる。

 母親の容態は日々悪くなっていく一方で、それだけの余裕は無い。

 

 そこに少女が住む村の近くの町に扶桑が敷いた鉄道が通っており、次のハーベントの駅を中継してバール村へも繋がって、更に到着も一日と掛からないことを知った。

 一つの希望が得られたかと思ったが、薬草を買うだけのお金のみで、家には鉄道を乗るためのお金が無く、かと言って知り合いから借りられる金額でもなかった。

 

 そして少女は母親を助けるために已むを得ずこっそりと貨物車輌に忍び込んだのだが、途中で憲兵に見つかった、というわけだ。

 

 母親思いな娘だなぁ……

 

 

 俺は少し悩んで、さっきの無礼の謝罪として、何より危険を冒してまで母親のために薬草を買いに行く母親想いの彼女に免じて、無断乗車を見逃し、代金も肩代わりすることにした。

 これでさっきの事は忘れてほしい、的な感じになるので複雑な気持ちだけど。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 バール村に着いた少女は目的の薬草を買うことができて、帰りの賃金も俺が支払い、少女は俺に大いに感謝の言葉を口にして、無事村に帰ることが出来た。

 

 

 

 

 俺は辺りが暗くなって扶桑に着き、飛行場で品川と辻の迎えを受けて司令部の執務室に入る。

 

「どうでしたか? 休息を取ってみて?」

 

「そうだな。品川の言う通り、たまには休息が必要だな」

 

 俺はコートを辻に渡してクローゼットに掛けさせると、背伸びをする。

 

「それに、ここでは見れない事情も見れたことだし」

 

「……」

 

 コートをクローゼットに掛けて戸を閉めた辻は俺に向き直って深々と頭を下げる。

 

「申し訳ございません。自分の教育が行き届いておらず、このような失態を招いてしまって」

「今回の事件を起こした者達へは、厳しく教育していくつもりです。そして、同じ事が起きないように教育を見直して徹底します」

 

「今回は辻の責任じゃない。気にするな」

 

「……」

 

 しゅんとする辻に品川はどこか嘲笑うかのように鼻を鳴らす。

 

「それと、例の件については、頼んだぞ」

 

「ハッ! 我が陸軍の優秀な諜報員を駆使して、必ずや」

 

 それは列車で俺の向かいの席に座った男性の調査だ。

 

 妙に怪しい言動や行動があったので、俺は憲兵の一人に尾行を依頼。その後諜報員と交代した後、正体を暴くつもりだ。

 

「さてと、明日からビシバシと仕事をするか」

 

 俺は明日に待つ仕事(地獄)に向けて気合を入れ、風呂へと向かった。

 

 

 

 

 

 



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第二十三話 西條弘樹のとある一日

 

 

 

 午前6:00

 

 その時間にセットした目覚ましの音で俺は目を覚ますと、上半身を起こしてあくびをしながら背伸びをして、ベッドを降りる。最初はこんなに朝早く起きるのに慣れてなかったので恐ろしく眠かったが、二年も経てば早起きは慣れたものだ。

 そのまま洗面所に向かって顔を洗い、歯を磨く。

 

 その後に朝飯を軽く食べ、軍服に着替えてから家を出る。

 

 俺は司令部の中ではなく、市街地の隅に一軒家に住んでいる。決して広くないが、狭いわけではない昭和の日本の一軒家だ。まぁ俺一人だと十分な広さだ。

 と言っても、しばらくすればもう一人増えるだろうけど……

 

 

 ちなみに余談だが、俺ん家にとある二人が押し掛けて泊まろうとした時があったんだよな。あの時は苦労した……

 

 

 

 午前6:30

 

 家の前で制帽を被り直して待っていると、一台の乗用車がやってくる。

 

「お待たせしました、総司令」

 

 扉を開けて車から辻が降りてくると後部座席の扉を開けて俺が乗り込むのを確認して閉めると、すぐに運転席に戻って扉を閉め、車を走らせる。

 迎えは辻と品川の交代で行うようにしている。

 

 

 30分掛けて司令部に到着し、車を降りて司令部の執務室へ向かう。その途中で品川と出会い頭に、辻と品川のあいだで相変わらず火花が散らされる。

 本当に仲が悪いなぁ……

 

 

 午前7:00 

 

 執務室に着いた後、俺のやる事……

 

 

 

 ……昼まで地獄の書類整理第一回目と報告書閲覧だ。

 

 

 今回の報告書は海軍の工廠からのもので、入渠した金剛型、扶桑型、伊勢型、装甲空母信濃の改装状況についてだった。

 

 扶桑型は4、5、6番砲塔を撤去し、史実にも計画としてあった航空戦艦として改装が施されており、伊勢型は第四主砲を撤去して飛行甲板の延長が施されている。

 そして両艦は同じくして搭載主砲を16インチ三連装主砲へと換装される予定だ。

 

 金剛型は他より大規模な改装であり、史実で金剛代艦型戦艦として計画されていた『藤本案』と『平賀案』の二つのいいところを取って既存の金剛型を強化する形となっている。

(主に艦首側と艦尾側を12メートルずつ計24メートルを延長し、主砲を45口径46サンチ連装砲四基八門に換装。機関を強化して速力を30ノットまでに上げるといった感じ)

 

 信濃は試作型のカタパルトの試験を終え、他の艦より早く近代化改修のため大幅な大改装を施されている。主に船体の全長延長と飛行甲板の改装等々といった、いわば現代の空母に準じた改装になる予定だ。

 

 その他軍艦や補助艦船の建造状況などが記載されている。

 

 

 

 正午12:00

 

 書類整理を終えて、この後の予定の確認をしながら品川と辻と共に昼食を取る。

 

 

 この後にある予定。それはとある戦艦の就役式だ。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 司令部横の軍港では今正に新型戦艦の就役式が行われており、海軍関係者で溢れ返って賑やかに近い雰囲気があった。と言うより、唖然とした異様な雰囲気と言うほうが正しいかもしれない。

 

 

 湾内には、目を疑うような光景が広がっていた。 

 

 

 誰もが一目見て思う事はただ一つだろう。

 

 

 

「……何て大きさだ」

 

 海軍関係者の一人が思わず誰もが思っているであろうことを代表して口から漏らす。

 

 その湾内に停泊しているのは、恐らく現実においても空前絶後の超巨大な軍艦がその存在感をかもし出している。

 

 それこそが、大和型戦艦の建造を経て、試行錯誤の末に完成した、扶桑海軍が誇る最強の二文字こそ相応しい戦艦。

 

 史実では『超大和型戦艦』として計画されたものを扶桑海軍で更に拡大発展させた超戦艦……その名を『紀伊型戦艦』と呼ぶ。

 

 

 大和型戦艦の設計を拡大発展させているとあって、造形は大和型戦艦に酷似しているが、何よりその大きさや、それ以外の全てが規格外に出来ている。

 

 

 紀伊型戦艦の諸元性能は以下の通りとなる。

 

 

 基準排水量:130000t

 満載排水量:149000t(大体)

 全長:350m

 全幅:48.5m

 速力:32.5ノット

 

 

 兵装

 50口径51cm三連装砲4基12門

 60口径20.3cm三連装砲2基6門

 12.7cm連装高角砲26基52門

25ミリ三連装機銃65基195門

 12.7cm三十連装噴進砲6基180門

 

 

 防御

 最大装甲厚:520mm

 最小装甲厚:430mm

 

 

 艦載機

 瑞雲7機

 

 

 

 ……正に軍艦としては、全てが規格外だ。

 

 あまりの巨大さに、隣に停泊している大和型の5番艦と6番艦『近江』と『駿河』が重巡洋艦に見えてしまうほどだ。

 

 更に紀伊型戦艦には最新鋭の技術を惜しみなく投入されており、それらの技術は紀伊型戦艦のテストヘッド艦として完成した大和型戦艦4番艦美濃から得られた物が大きい。

 

 そして紀伊型戦艦の最大の特徴は巨体に合った頑丈さだろう。

 

 重要区画のみならず全周囲に渡って重装甲が施されているので、これまでの戦艦とは頑丈さの次元が違う。特に喫水下の装甲は特殊構造となっており、種類と強度の異なる鋼材を複雑に組み合わせて、空いた隙間に余す所なく特殊な衝撃吸収剤を注入、内側に貼り付けているので、魚雷直撃時の衝撃を分散させて長く耐えられるようになっている。

 そのため、理論上では75本以上の魚雷の直撃を受けても浸水が発生するも戦闘続行に支障なし。少なくとも120本以上の魚雷がなければ致命的な損害を与える事は不可能、と言うのが紀伊型戦艦に要求された性能だ。

 

 さすがに諸元性能では信じ難かったが、海軍の技術省が何を狂ってか、完成して試験航行中の紀伊に対して魚雷の耐久テストを実施し、いきなり10本以上の魚雷を紀伊の左舷に向けて放ち、直撃させたのだ。

 しかし10本も集中して左舷に受けたにもかかわらず、紀伊に損害といえる損害は無しと、信じ難い報告があった。大和型でも致命的なダメージが発生するような数だというのに。と言うか自信があるからといって完成したばかりの戦艦に魚雷を撃つとか、正気の沙汰じゃないな……

 

 しかもこれだけではなく、既に2番艦の建造も開始されており、試行錯誤を繰り返した1番艦の紀伊と違い、1番艦を建造時のノウハウがあるので二番艦の建造にはそれほど時間は要さないと言う。

 

「素晴らしい。この一言に尽きるな」

 

 軍港にやってきた俺は完成した紀伊型戦艦を見て、感嘆の声を漏らす。

 

「これほど巨大な戦艦は、見たことがありません」

 

「そうでしょうね。あの大和型戦艦を大きく上回る大きさな上に、尋常ではない防御力と攻撃力を持つ戦艦です」

「恐らく今後これを越える軍艦は無いでしょう」

 

 辻と品川も若干唖然とした様子で紀伊を見ていた。

 

 もっとも史実では構想のみだが、これを遥かに超える戦艦があったけど……もはや呆れる領域だよなあれ……さすがにあれを作る気にはなれないな。

 

 

「話には聞いていたが、これほど大きなものとは」

 

 と、聞き覚えのある声がして後ろを振り返ると、海軍第1種軍装(紺色の方)を身に纏う男性二人が立っていた。

 

「これはこれは、大石司令長官」

 

「お久しぶりです、西条総司令」

 

 扶桑海軍聨合艦隊の司令長官である大石元帥と専務参謀が海軍式敬礼をして、俺と品川は答礼する。

 

「大石長官。トラックに居るのではなかったのですか?」

 

「あぁ。新型戦艦の就役式があると耳にしてね。二式飛行艇で遥々やってきたのだよ」

 

「それは、ご苦労な事で」

 

 品川の問いに大石司令長官はそう答える。

 ホントこの人は自由だな……まぁ、それがあって様々な作戦を考える策略家だ。この前のテロル諸島の戦闘も長官が考案したものだし……

 

 

「それにしても、本当にデカイですな」

 

 大石司令長官の専務参謀は全員の注目を受けている紀伊型戦艦に視線をやる。

 

「紀伊型戦艦一番艦『紀伊』と言います」

「恐らく今後ともこれを超える戦艦は無いでしょう」

 

「でしょうな。それで、紀伊はこれからどう動くのでしょうか?」

 

「近い内にトラックへ向かい、聨合艦隊と合流させます。そして旗艦を大和から紀伊へ移します」

 

「そうですか」

 

 俺の言葉を聞いて、大石司令長官は軽く頷いて紀伊に目を向ける。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 午後1時30分……

 

 

 軍港を後にして、俺は品川と辻を引き連れて陸海軍共有の飛行場の隅にあるとある格納庫に向かった。

 

 

「お待ちしておりました、西条総司令」

 

 格納庫前では、スーツの上に白衣を羽織る少し太り気味の男性が待っていた。

 

「機体はこの中か?」

 

「はい。では、こちらに」

 

 男性に案内されて係員によって格納庫の扉が開けられ、中に入ると男性は壁のレバーを倒して明かりを付ける。

 

「こいつか」

 

「……」

「……」

 

 格納庫の中には二機と異形な物があった。

 

「新型の艦上戦闘機……『烈風』と、局地戦闘機……『震電』です」

 

 今のところの俺達の視線の先には、若干翼が反った逆ガル式の翼を持つ艦上戦闘機烈風と、珍しい前翼型やエンテ型と呼ばれる形状をし、機体後部にエンジンと八枚プロペラを持つ局地戦闘機震電が佇んでいた。

 

「烈風にはこれまでの陸海軍で培った航空機開発のノウハウを集結し、零式艦上戦闘機の正当な後継機として開発しました。すべてにおいても、烈風は零戦を超える戦闘機です」

 

「本当か?」

 

「えぇ。ベテランパイロットの乗る零戦と烈風の模擬戦を行ったところ、10戦中全てを烈風の圧勝でした」

 

「そりゃ凄い」

 

 俺は静かに佇む烈風を眺める。

 

 カラーリングは零戦の後継機としてか、緑にワンポイントに黄色と、カウル部分だけ黒く、プロペラが茶色に塗装されている。零戦52型以降を思わせるカラーリングが特徴的だった。

 そして翼と胴体には扶桑の国旗である黒地に白い満月の月の丸が塗装されている。

 

「震電はエンジンは過給器付きターボプロップエンジン式の星型発動機を搭載。高度一万メートルまでに約20分程度、ベテランパイロットで15分程度で到達できるほどの出力を誇ります」

 

「他は?」

 

「武装は30ミリ機関砲を四門に、翼下に懸架装置を四つ持っているので、噴進弾他の装備を搭載可能です」

 

「そうか。それで、この二機の量産は?」

 

「烈風はまだ本格とは言えませんが、ボチボチと。震電はまだ試験途中ですので、量産はまだ先の見通しです」

 

「……ふむ」

 

 まぁ、今のところ震電の必要とする状況ではないので、良いとしよう。それに震電がいない代わりに雷電があるから、問題はないだろう。

 

 

「……で、こいつが例の機体か」

 

 その二機の隣にある機体に目をやる。

 

「はい。まだ試験段階で、実用化の目処は立っていませんが、陸軍で開発中の特殊機……『特殊蝶番(とくしゅちょうつがい)レ号』です」

 

 骨組み状態だが、その形は紛れも無く現代におけるヘリコプターそのものだ。

 

 それは旧日本陸軍からの依頼でとある大学が開発した、オートジャイロではなく純粋なヘリコプターであり、試作一号が完成し、本格的に飛行する事無く、試作二号が実物大模型を作られただけで終戦を迎えたものだ。

 

「カ号観測機で得られた技術から、何とかここまで漕ぎ付けました」 

「飛行実験こそ成功しましたが、それでも色々な課題を残す完全な成功とは言えない結果でした」

 

「……」

 

「これからの開発状況次第で、採用か不採用が決まるでしょうね」

 

「そうですか」

 

 とは言えど今後の戦闘でヘリコプターの三次元戦闘は必要不可欠になってくる。

 まぁ、ボチボチと待つか。

 

 

 

 他にも新型の艦上攻撃機や陸軍の新型戦闘機と、陸海軍で開発中の新型機を現在状況の報告を聞いてから、俺と品川、辻は飛行場を後にして次の場所に向かう。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 午後2時……

 

 

 次に訪れたのは陸軍の演習場で、今まさに試験が行われていた。

 

「……」

 

 俺が手にしている双眼鏡の先には、1輌の戦車が演習場を走り抜けていた。

 

 陸軍が開発した四式やティーガーに代わる新型戦車……『五式中戦車 チリ』だ。

 

 砲塔が右へ旋回して、搭載している九九式八糎高射砲を長砲身化し半自動装填装置を搭載した『試製八糎戦車砲(長)』を盛った土に置かれた標的に向け、轟音とともに砲撃し、行進間射撃でありながら標的のすぐ横に着弾する。

 砲撃してすぐに二射目が放たれ、今度は標的に着弾する。

 

「さすがの命中率だな」

 

「えぇ。不完全ながら、砲身安定装置(ジャイロスタビライザー)が働いているようですね」

 

 行進間射撃での命中率に感心した俺が呟いた言葉に、陸軍の技術省の者が答える。

 

 五式中戦車には試作品の砲身安定装置を搭載しており、行進間射撃でも高い命中率を誇っている。半自動装填装置も異常なく稼動しており、発射の間隔が短いことがそれを表している。

 

「五式中戦車の量産は進んでおります。そして新型戦車の開発も順調に進んでおります」

 

 新型戦車は主に二種類あり、一つはいずれ訪れる戦いに向けて限定生産するやつと、今後の陸軍の主力戦車の一角を担うものだ。

 

「そうか。ならば、このまま進めてくれ」

 

「ハッ!」

 

 陸軍技術省の者の返事を聞いてから、しばらく五式中戦車の試験風景を眺めた。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 午後4時……

 

 陸海軍の視察を終えて、俺と品川、辻は司令部へ戻って再び作業に戻る。

 

 

 地獄の書類整理、その第二回目だ……

 

 

 

 午後9時……

 

 途中で夕食をとって、ようやく全ての仕事が終わり、俺は品川の車に乗って司令部を後にして自宅に戻る。

 

 

 

 午後11時30分……

 

 寝る前に持ち帰った報告書を読んでから、就寝。

 

 

 

 色々と普段から無いようなことばかりだったが、それ以外は普段からこんな感じ、かな

 

 

 



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第三章
第二十四話 帝国軍の動き


 

 

 

 

 冬にしては暖かな気温で、天気も快晴な今日。

 

 

 自分こと『倉吉太郎』はいつも通り警護のため町を巡回しています。

 

 上官である岩瀬大佐が率いる部隊が次の作戦開始までこの町に一時期留まる事になり、治安維持のため憲兵隊と共に警護に回っています。

 

 この町の人たちは僕達のような異国の人間を嫌な顔一つせず迎えてくれたので、ご近所付き合いみたいな関係になっています。

 というのも、この町の治安は自分達が来るまでは、窃盗や殺人、放火などと、お世辞にも良いとは言えないほど悪かったのです。しかし自分達が来て憲兵隊と共に警護をしてからは治安はよくなってきたので、それが住人達が受け入れてくれた要因かも知れません。

 

 

 

 それにしても、岩瀬大佐は総司令と関わってからというもの、本当に昇進したなぁ、と思います。

 

 

 半年の間で三階級も昇進する者は殆どいないのですから、結構陸軍の間では噂になっていたりします。

 そして自分も多くの活躍があって、軍曹から曹長へ昇進しました。

 

 

 そしてつい最近でも、憲兵の兄が規則違反で拘束され、現在本国に移送されたと聞きました。どうやらお忍びで休暇中だった総司令にその現場を見られたようで、総司令の怒りを買ったらしいです。

 その時点で運の尽きかもしれなかったけど、身内が捕まったというのは気分の良いものではありません。

 

 

「ホント、世の中何が起こるか分からないものですな」

 

 そう呟き、自分の右肩に掛けている四式自動小銃のスリングを担ぎ直して、周囲を見渡す。

 

 この町は小規模ながら、活気に満ちており、通路では常に人がいっぱい居ます。

 すれ違う際の挨拶は欠かせません。

 

 そして同じ部隊の同僚と会うと陸軍式敬礼を交わして「ご苦労様」と言い合います。

 

(こんな平和が、いつか訪れるのですな)

 

 帝国との戦争が終われば、こんな光景がいつまでも続くのでしょう。そう思うと自然と気が引き締まります。

 

(他の戦場では仲間や海軍が頑張っているのです! ならば、自分達も次の作戦で頑張らねば!)

 

 内心で覚悟を決めていると……

 

 

 

 

 路地で何か倒れる音がして自分はすぐに路地に向かいます。

 

 そこでは数人の男性に少女一人が口を手で押さえられて囲まれていました。

 

「貴様達!! いったい何をしている!!」

 

 自分が男達に向かって大声を張ると、男達も気づきます。

 

「チッ! やれ!!」

 

 と、少女を抱えている男が他の男達に叫ぶと三人の男達が自分へ向かってきます。

 

「うぉらっ!!」

 

 男の一人が殴りかかってくるも、身体を右へとずらしてかわすと男の腕を掴んで、背負い投げのようにして男を表へと投げ飛ばします。

 その際に肩に掛けていた四式自動小銃が地面に落ちてしまいました。

 

「やろうっ!」

 

 更にもう一人が殴りかかるも、自分はその場で身を屈めて回避します。

 

「ハッ!!」

 

 すぐに右肘を突き出して男の腹部に叩き付けると、男は口から光るものを吐き出し、後ろに倒れこんで悶絶しました。

 

 自分の状態から好機を見てか、最後の一人が近くにあった棒を手にしてその場から飛び出して振り下ろしますが、自分は落ちた四式自動小銃を手にして振り返り、打撃を受け止めます。

 

「ぬぅ!!」

 

 そのまま四式自動小銃を斜めにして受け流すと男はその勢いで身体を前に放り出したので、すぐさま四式自動小銃の銃床で男の背中に叩き付けて地面に押し倒します。

 

「くそっ!!」

 

 すると少女を抱えていた男は踵を返して逃げようとしました。

 

「っ!」

 

 自分はとっさにさっきの男が手にした棒ともう一つのやつを手にして勢いよく投擲し、男の膝裏にぶつけてバランスを崩させます。

 その衝撃で男から解放された少女は前へと放り投げられました。

 

「誘拐未遂、及び暴力行為で貴様たちを拘束する!!」

 

 すぐさま男に駆け寄り、両手首を掴んで押さえ込む。

 

 岩瀬大佐や鬼教官直伝の体術を徹底的に叩き込まれていますから、あんな不良を相手をするのは赤子の手を捻るぐらい楽なものです。

 

 

 その後憲兵がやってきて男達を拘束しました。

 

「では、後は頼みます」

 

『ハッ!』

 

 憲兵に連行される男達を確認して、自分はとっさに放り出された少女に駆け寄ります。

 

「大丈夫でありますか?」

 

 

「あ、ありがとう」

 

 少女はおどおどとした様子で礼を言ってきます。

 

「気をつけてください。こんな場所では、あんな輩が多いですから。さっきは未遂で終わったのは幸いでしたが、あなたのような女子は誘拐の対象になる事だってあるんですから」

 

「それは、まぁそうよね……」

 

 何か言い返したかったのでしょうが、少女は正論を言われて何も言えなかったようです。

 

 少女は見た限りエルフのようで、耳は尖って背中まで伸ばした金髪を根元で束ねたポニーテールにして、エメラルドの瞳をしています。背丈も自分と同じぐらいですが、フラットな体格の持ち主です。年は見た目なら大体自分と同じ(ちなみに自分は17です)だと思います。

 

「今何か失礼な事考えなかった?」

 

「い、いえ。そんな事ないでありますよ?」

 

「……」

 

 怪しげにエルフの少女は自分を睨むも、「まぁいっか」と呟きます。

 

「それで、あんたはフソウの人間なの?」

 

「えぇ。その通りであります。自分は扶桑陸軍第2師団第五歩兵大隊所属の倉吉太郎曹長であります」

 

「クラヨシタロウ? 変な名前ね」

 

「倉吉が名字で、太郎が名前であります」

 

「ふーん。まぁいいけど、あんたみたいのがあのフソウの軍人ねぇ」

 

 少女は疑いの目で自分を見てきます。

 

「なんですか、その目は」

 

「だって、フソウの軍人って屈強な男達って聞いたからさ。なのにあんたってヒョロっとしている」

 

「失礼ですな。これでも鍛えているほうであります。現にさっきの連中など軽いもんであります」

 

「まぁ、さっきのを見ればねぇ。それはいいか」

 

 ……初対面でこの態度。なんでありますか。

 

 

「・・・・って、ようやく見つけたのに、何を言ってしまっているのよ私!?」

 

 するとハッとして少女は慌てふためきます。

 

「あんた、フソウの軍隊の人間でしょ!?」

 

「そう言っているじゃないでありますか」

 

「なら、頼みを聞いてくれない!?」

 

 少女はズイっと押し寄せてきます。

 

「え、えぇと、内容次第で」

 

 彼女の勢いに思わず返答してしまいました……

 

 

 

 

 

「お願い! お父様を、国を助けるためにフソウの力を貸してちょうだい!!」

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「つまり、君の国は帝国に占拠されていると?」

 

 話を聞く限り、彼女こと『アイラ・ミラ・ガランド』はエルフ族で構成された『エール王国』の第二王女であるらしい。

 

 エール王国は国としての規模はそれほど大きくは無いが、エルフ族から代々から伝わる魔法や技術で高度な社会を築いている。あまり他の国との国交は少なく、グラミアムはその数少ない国交相手なのだという。

 

 そのエール王国が一週間ほど前にバーラット帝国によって占拠され、彼女の家族は監禁されている。

 

「えぇ。私は秘密の抜け道を使って何とか逃げられたけど、お父様やお姉さまは・・・・」

 

 しゅんと彼女は気を落とす。そりゃ自分だけ逃げてきたのが、悔しいのだろう。

 

「私だけじゃ国を占拠した帝国の連中を倒すなんて到底無理。お父様の旧知の仲のグラミアムの国王に協力を申し入れたいけど、帝国と戦争状態だし、噂じゃ兵力が激減しているって聞くし」

「でも、そんなときにあなた達の噂を聞きつけたのよ! そしてこの町に居るっていうのも聞いたし」

 

「それで、自分達に協力を申し入れたい、と?」

 

「えぇ。もちろんそれ相応の対価は支払うわ!」

 

「……」

 

 自分はため息を吐くと、ハッキリと言った。

 

「あのですね。普通常識ってものがあるでしょう。会ったばかりの見ず知らずの赤の他人から国を救ってほしい。と頼まれて『はい良いですよ』って言うと思っているのですか?」

 

「それは……」

 

「それに自分は下っ端中の下っ端ですから、軍を動かせるわけないでしょう」

 

「うぅ……」

 

 曹長でも岩瀬大佐の部隊では下っ端中の下っ端ですからねぇ。

 

「大体、我々だって暇じゃないんですよ。自分達の部隊も次の作戦に備えて、この町に駐留しているのですから」

 

「……」

 

「申し訳ありませんが、他を当たって――――」

 

 

「……少なくとも、フソウにとっては、損の無い話よ」

 

「……?」

 

 震えながら言う彼女の言葉に首を傾げる。

 

「どういう事ですか?」

 

「……帝国の狙いは、大よそ私達エルフ族が先祖代々から伝えられてきている魔法技術よ」

 

「魔法技術、ですか?」

 

「えぇ。とても高度な物があるって聞いているわ。例えば、姿を消したりする魔法だったり、物体を空を飛ばすための心臓の技術等々」

「それに、このあいだ魔力を燃料にする心臓の技術がどっかの馬鹿のエルフによって帝国に流されたって言われていたし……」

 

「それと自分達に損が無いと、何の関係が?」

 

「もし、帝国がその魔法技術の数々を手に入れたら、たとえあなた達でも苦戦は強いられるわよ」 

 

「……」

 

 彼女の言葉に自分は眉を顰める。

 

「それほど強力なものよ。そんなものを、帝国に渡してもいいの? 下手すればフソウには大きな痛手になりかねないわよ」

 

「それは……」

 

 

「もし、お父様と話がつければ、その魔法技術をあなた達に伝えても良いわよ」

 

「いや、それは……」

 

「嬉しくないの?」

 

「……扶桑は魔法文化が全く無いんですよ。そんなの猫に小判。豚に真珠です」

 

「コバンとかシンジュは分からないけど、少なくともあなた達にとっては無駄なものみたいね」

 

「……」

 

「とにかく、この件はあなた達にとっても、決して損の無い話よ。それにフソウはグラミアムに次いで、国と交流がほとんど無いエルフの国と国交が繋げられるのよ」

「これだけでも、相当凄い事なのよ」

 

「……」

 

「……だから、お願い」

 

 彼女は目に涙を浮かべ、自分に訴えかける。

 

「……」

 

 自分は悩んで、頭を掻く。

 

 

 

 確かにこれは、そう見逃せられる一件ではなさそうだ。

 

 総司令は早期講和を目指していると聞いているので、もし帝国が強力な魔法技術を手にしたら、ただでさえ早期講和の道が険しいというのに、それが更に遠のく事になってしまう。

 つまり、余計な犠牲が増える事に繋がる。

 

 それにその魔法技術を扶桑に伝えることも考えている。魔法文化と縁の無い扶桑だが、その中に流用できる技術もあるかもしれないし、グラミアムの魔導技師や帝国軍の捕虜の中に寝返った魔法使い達も居るので、決して無駄にはならないはず。

 

 国交があまり多くないとされているエルフの国と国交を持つことができるのは、新たな文化を取り入れることに繋がる。

 

 

 結果的に、扶桑にとって損は無い。

 

 

 

「……一応、上官に掛け合ってみるよ」

 

「ホント!?」

 

 彼女はポニーテールを揺らして自分にズイッと近付く。

 

「ただし! ダメだったとしても文句は無しですよ!」

 

「それは……ううん。分かったわ。国が否定したら、それっきりだもんね」

「でも、少しでも希望を持てるなら!」

 

「……あんまり期待しないでくださいよ」

 

 そうして自分は彼女と落ち合う場所を話し合いで決めて、一旦その場を離れる事にした。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「とは言ったものも、どうしたものですかな……」

 

 上官こと岩瀬大佐に掛け合ってみると言ったものの、どう伝えるべきか……

 

「そのまま岩瀬大佐に言うべきか、それとも少し濁して言うべきか……」

 

 しかし、相手はあの岩瀬大佐だ。何を言っても怒声と説教が返ってきそうだ。

 そういうイメージが定着している自分も何だけど……

 

「うーん。どうしよう……」

 

 

 

「さっきから何をブツブツと言っているのだ、曹長」

 

「っ!?」

 

 後ろから聞き覚えのある声を掛けられ後ろを振り返ると、腕を組んだ岩瀬大佐が立っていた。

 

「い、い、岩瀬大佐!?」

 

 思わず姿勢を正して陸軍式敬礼をする。

 

「先ほど女子を誘拐しようとした男達を捕らえたそうだな。よくやったぞ」

 

「は、ハッ! ありがとうございます!!」

 

 

「ところで、先ほど私の名前が聞こえたような気がするのだが、どういうことだ?」

 

「あー、いや、その……それは……」

 

 さっきの事を思い出して、思わず口が固まる。

 

「……倉吉曹長!!」

 

「は、はい!!」

 

 岩瀬大佐に怒鳴られ、姿勢を正す。

 

「ウジウジと鬱陶しいぞ!! 貴様それでも扶桑陸軍軍人か!!」

 

「も、申し訳ございません!!」

 

「ならば、言いたい事はハッキリと言え!!」

 

「は、はい!!」

 

 自分は大佐に言われるがままに、先ほど彼女から聞いたことを話した。

 結果オーライってやつなのかなぁ……

 

 

 

「つまり、そのエール王国の第二王女が、帝国軍に占拠された王国を奪還するために我々に協力を申し入れている?」

 

「はい!」

 

「そして、その作戦を私を通して総司令に伝えてほしい、と?」

 

「そうでありますが……」

 

「……」

 

 私は曹長の言葉を聞いて、頭が痛くなるような感覚が襲う。

 

 確かに総司令とのパイプはあるが、それはそれ。これはこれだ。と言うかこいつは私を何だと思って……

 

「貴様、それで総司令が了承するわけ無いだろ」

 

「それは、重々承知の上であります」

 

「なら、諦める事だな。それに、我々も次の作戦があるのは知っているはずだ。その余裕は――――」

 

「で、ですが、これは扶桑にとっても、損の無い話です!」

 

「エルフ族が代々から伝わる高度な魔法技術か。そんなもの、魔法文化と縁の無い扶桑には無用の長物だ」

 

「いえ、それではなく、その魔法技術を帝国軍に渡してはならないんです!」

 

「……」

 

「総司令は早期講和を望んでいると聞いています。もし魔法技術を帝国に渡したら、その道が遠のくばかりではなく、帝国の力を増すばかりです」

 

「……」

 

「大佐……お願いします!!」

 

「……」

 

 

(確かに、一理あるな)

 

 曹長の言う事は、決して的外れなことではない。

 

 その魔法技術がどれほど凄いものかは分からないが、帝国に力を付けさせるのも癪ではある。

 それで総司令の手を煩わせるのも、扶桑軍人として納得のいくものでもない。

 

(……まぁ、たまには部下の意見も取り入れてみるのも、悪くは無い、か)

 

 

 

「……一応、総司令には話すだけ話してみよう」

 

「ほ、本当でありますか!?」

 

「但し、最終的な判断を下すのは総司令だ。文句は受け付けないぞ」

 

「はい! もちろんであります!」

 

 嬉しそうに曹長は声を上げる。

 

「はぁ……全く。面倒な事を」

 

 私はその場を離れて、本国へ向かう準備に取り掛かる。

 

 

 



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第二十五話 作戦具申

 

 

 

 時系列は二日後まで下る……

 

 

 

「う――――ん……」

 

 

 俺は執務机に倒れ伏せ、静かに唸る。冗談抜きで頭から湯気が立っているかもしれない。

 そしてその執務机には大量に積まれた書類の山があった。

 

「まだ終わっていませんよ、総司令」

 

 隣で同じく書類整理をしている辻は涼しい顔でさらりと口にする。

 

「お前……鬼畜だろ。もう何時間やっていると思っているんだ」

 

 俺は愚痴りながら起き上がって、背もたれにもたれかかって背伸びする。

 

 ホントこいつと来たら……。品川だと休憩を挟むように言うっていうのに……

 

 執務机に置いている湯呑を手にして温くなったお茶を一口飲んで気持ちを切り替えると、報告書を手にしてページを捲る。

 

「……帝国軍が押してきた戦線はどんどん押し返しているようだな」

 

「えぇ。しかし敵も戦術の心得を得ているようで、ゲリラ戦法を用いてわが陸軍の補給部隊の襲撃が多発しているようです」

 

「やはり、か。まぁ、分かっていたことだがな」

 

 敵も馬鹿じゃないということだ。まぁ、こうなることは想定していたし、十分の警戒は促している。まぁそれ以前に周囲警戒は厳にせよとと言っているが。

 

「……だが、各戦場で不可解な報告があるな」

 

 報告書の中には、どうも不可解としか言いようの無い報告がちらほらとあった。

 

「空から突然岩や爆弾が落ちて、どこからともなく竜騎士が出現し、襲撃を受けた、か……」

 

「前者は爆撃のようですが、後者はどういうことでしょうか?」

 

「うーん。雲に隠れていた……いや、そこまで高度を上げているわけではないしな」

 

 前者はどういうことなのかは分からない状態だ。何でも爆撃元が見えなかったらしいが……

 

 後者は陸軍の航空隊が陸上部隊の支援のために攻撃したところ、突然上から攻撃を受けたと言う。

 パイロット達は周囲警戒は厳重にしていたとのことだが、それをも潜り抜けてきたのだ。

 

「だが、敵も対策を練ってきたか。なら、こちらも対策を練る必要があるか」

 

 報告書を閉じて執務机の隅に置くと、陸海軍の技術省の報告書を手にする。

 

「烈風と艦上攻撃機『流星』の量産は順調。完成させた機は小型空母でトラック泊地に輸送。その後機種変換を行うか」

 

「しかし、一部のパイロット達はそれを否定しているようです」

 

「そりゃ、使い慣れた愛機から新型で癖の違う機体に乗り換えるんだ。分からんでもない」

 

 特に海軍でも五本の指に入るエースパイロット達が強く反対しているようだ。

 とは言えど何時までも旧式の機体でいらせるわけにもいかない(まぁ零戦は十分優秀な機体だ。アップグレートを度々に行ってきたが……それでも限界は来る)

 

「まぁ、時間を掛けて説得させるか。彼らが零戦の後継機である烈風に乗り換えれば、正に無敵になる」

 

 烈風はこれまで陸海軍の航空機開発で得たノウハウを生かしたお陰で、史実以上で零戦以上の性能を得ることができた。

 装甲と頑丈さ、火力、パワー、機動性、全てにおいて零戦以上の性能を発揮している。

 

「陸軍は『四式戦闘機 疾風』と『五式戦闘機』の配備を進めているか」

 

 陸軍のこの二機種は純粋な戦闘機としての運用、もしくは爆撃戦闘機としての運用が考えられている。

 

「……こっちはどうやら、何とかエンジンは完成したようだな」

 

「飛行実験はまだ未定ですが、少なくとも飛行可能状態までには、持ち込めたようです」

 

「そうか。まぁ、これからだな」

 

 俺の視線の先にあるページには、『橘花(きっか)』『火龍(かりゅう)』『景雲(けいうん)』『秋水(しゅすい)』『神龍(じんりゅう)』と名称が明記されたジェット戦闘機、もしくはロケット戦闘機の写真が貼り付けられていた。

 

 神龍は秋水の改良発展型として連合国軍によって伝えられているロケット戦闘機の方だが、日本側は特別攻撃機と異なる仕様となっている。扶桑ではそのロケット戦闘機の案を採用している。

 

「雲龍型航空母艦も1番艦『雲龍(うんりゅう)』2番艦『長鯨(ちょうげい)』3番艦『葛城(かつらぎ)』4番艦『笠置(かさぎ)』5番艦『阿蘇(あそ)』の建造完了。現在は乗員の育成中」

「利根型航空重巡洋艦2隻、阿賀野型軽巡洋艦4隻、秋月型防空駆逐艦13隻も建造完了。これで主戦力は揃ったな」

 

 まぁ色々とあって、建造した第二次大戦時の軍艦たちはこのまま扶桑海軍の主力として引き続き使用される。

 

「……で、新鋭艦の建造計画?」

 

 海軍技術省からの要望書に『超甲型巡洋艦建造計画』とあった。

 

 史実では、有力な指揮施設を持ち、戦艦に匹敵する火力を有する艦の建造計画として、本艦の建造計画が上げられている。もっと言えば、アメリカの『アラスカ級大型巡洋艦』に対抗するための目的もあった。

 が、実際には必要性があまり無く、計画のみで終わった大型巡洋艦。外観は大和型に酷似していると言われており、量産できるぐらいに小型化した大和型と言われている。

 

 戦力は揃い出しているというのに、大型巡洋艦が加わると色々と不便だよな。この船で対抗するためのアラスカ級も実際あんまり活躍できなかったらしいし。

 

 と言っても、色々と使えそうなので、棄却するのも勿体無い。まぁ、保留だな。

 

 俺は要望書に保留と彫られた判子を押して、保留と書かれたケースに入れる。

 

 

「最後に、こいつか」

 

 最後に魔物の巣窟を一掃して得た土地の開拓をしている、今まで捕らえた捕虜を労働力とした調査部隊からの報告書だ。最近は新たに鉱脈を見つけたようで、報告書もその調査についてだと思う。

 

「……正体不明の鉱石の発見、か」

 

「……?」

 

 俺の言葉に辻も反応する。

 

「今まで発見したものとは異なる物か」

 

「まぁ、新規に開拓した土地ならば新たな発見はあるのでは?」

 

「そうだが……こいつは妙に今までのやつとは違うようだな」

 

 報告書にはその鉱石の写真も一緒に挟まれていた。

 

 くすんだ銀白色をしたもので、特に目立つ鉱石ではない。

 

(……何だろうな。この、妙な胸騒ぎは)

 

 だけど、この鉱石を見た瞬間、何やら嫌な予感が過ぎった。それも、とてつもなく……

 

(……今は技術省の所に送られて精密な検査をしているか)

 

 その結果が吉と出るか、それとも凶と出るか……

 

 

 すると執務机に置いている黒電話が鳴り、俺は報告書を置いて受話器を取る。

 

「俺だ」

 

『総司令。お忙しいところ申し訳ございませんが、岩瀬恵子大佐が総司令との面会を求めています』

 

「岩瀬大佐が?」

 

『なんでも、作戦具申があるそうです』

 

「作戦具申……」

 

 こんな時に……いったいなんだ?

 

 

「分かった。執務室まで通せ」

 

『分かりました』

 

 それを聞いて受話器を本体に置く。

 

「作戦具申とは。やつには任せている作戦があるというのに……」

 

「まぁ聞くだけ聞いてみよう。だが、内容次第では考えなければならないがな」

 

「……」

 

 

 

 少しして執務室の扉がノックされる。

 

「入れ」

 

 俺が入出を許可すると扉が開き、岩瀬大佐が姿を現し、姿勢を正したまま入室する。

 

「陸軍第二師団第五歩兵大隊隊長岩瀬恵子大佐であります!!」

 

 岩瀬大佐はビシッと陸軍式敬礼を決める。

 

 以前の緊張した様子は最近無くなってきたな。まぁ立場を考えれば変わらざるを得ないだろうが、まぁ結構結構……

 

 しかし弘樹は知らないだろうが、当の本人はまた扶桑の最高指揮官と自分の昇進を推薦した辻大将を前にして、緊張のあまり胃痛に似た痛みに襲われていた。

 

「うむ。早速だが、作戦具申があると聴いたが、内容を聞かせてもらえないか」

 

「ハッ!」

 

 大佐は一昨日に聞いたことを俺に伝える。

 

 

 

 

「帝国軍に占拠されたエルフ族で構成されたエール王国の奪還か」

 

 岩瀬大佐から内容を聞き、俺は顎に手を当てる。

 

「依頼したのは、そのエール王国の第二王女で、自分の部隊の者を通して私に伝えました」

 

「ふむ」

 

「帝国の目的はエルフ族が代々から伝えられる高度な魔法技術を得る事だそうです」

「そして国の奪還の暁には、その魔法技術の提供と、エルフ族の国との国交を結ぶそうです」

 

「……」

 

「……どちらとも必要なものでしょうか?」

 

 辻は視線を俺に向ける。

 

「まぁ、決して無駄と言うわけではないだろう。だが、その話、本当なのだろうな?」

 

「ハッ! 確かな情報であります!」

 

「……」

 

「戦車もどきの魔力炉の技術の出所は分かった」

「が、岩瀬大佐。仮にも王国奪還の依頼を受けたはいいが、敵の戦力は分かっているのだろうな?」

 

「い、いえ。そこまでは」

 

「まぁ、話によれば逃げるだけで精一杯って感じだからな。無理も無いだろう」

 

「……」

 

「……さて、どうしたものか」

 

 俺は顎に手を当てて、静かに唸る。

 

「お言葉ですが、私としてはあまり受けるべきではないかと」

 

「理由は?」

 

「損得勘定では、扶桑への損害は大きいものになるでしょう。ただでさえ作戦行動中の部隊が多いので、そこから戦力を割く余裕はありません」

「なので、受けるべきではありません」

 

「ふむ。まぁ、確かに辻の言い分も一理あるな」

 

「……総司令」

 

「……」

 

 

 

「……だが、この依頼。そう簡単に見過ごせるものではない」

 

「……」

 

「では?」

 

「あぁ。不完全とは言えど、戦車もどきの魔力炉であれだ。それ以外にもあんな魔法技術を帝国に渡せば、結果は目に見えている。なら、やる事はひとつだ」

 

 それに、エルフ族の知識は今後帝国との戦いで役に立つかもしれない。

 

「しかし……今動かせる部隊は……」

 

「いや、まだあるじゃないか。もっとも、動かすことが無い方が良かったのだがな」

 

「……義勇部隊、ですか」

 

「あぁ」

 

 義勇部隊とは、以前俺達が保護した村人の中から軍に志願した獣人、妖魔族などで構成された特殊部隊だ。

 

「本当なら戦場に出したくなかったが、仕方が無い。それに、予想より戦意旺盛だから、そろそろガス抜きしないと暴動を起こしかねないからな」

 

 中々出動が無いためか、最近何かと荒ぶってるんだよな……その矛先がこちらに向かないとも限らない。

 

 

「それに、今回の戦闘は人質がいる。なら、あの部隊の十八番だ」

 

 今まで出撃の機会は無かったが、今回のような状況では、彼らの力が大いに発揮される。

 

「確かに。しかし、彼らは今回が初陣ですよ? そんな大役をいきなり……」

 

「だからこそ、今日まで猛訓練を積んできたのだろ」

 

「……」

 

 

「岩瀬大佐。攻略部隊はこちらで編成して、付近の基地へ送り届ける。不足した数は大佐の部隊から数人ほど抜粋し、義勇部隊と共に指揮は任せたぞ」

 

「ハッ!」

 

「あと、そのエルフの第二王女と……今回の話を聞いたという兵士を連れていけ」

 

「倉吉曹長を、ですか?」

 

「倉吉? あぁ、あの時の」

 

 俺は名前を聞いて、あの時の歩兵を思い出した。そういえば最近兄が移送されたばかりだったな。

 

 俺と関わった兵士って何かと目立つような気がする……

 

「でだ、倉吉曹長には第二王女の護衛を任せる。顔見知りの方がやりやすいだろうし」

 

「説得役として、ですか?」

 

「そうだ。人質の信頼を得るためには、怪我一つも許されないからな」

 

 ただでさえ帝国の人間に国を占拠されているのだ。十中八九人間に対して不信感を募らせているはず。なら、説得役として、信頼を得るためには、彼女を無傷で送り届けなければならない。

 

「魔力炉の技術がやつらの手に渡っているのなら、恐らく帝国は他の魔法技術を得ている可能性が高い。これ以上技術流出を防ぐためにも、作戦は明日の夜に決行する」

「辻。すぐに攻略部隊の編成を」

 

「ハッ!」

 

「岩瀬大佐。義勇部隊を引き連れて町にすぐ戻り、倉吉曹長に作戦の事を伝えろ」

 

「了解しました!!」

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「ほ、本当でありますか!?」

 

 それからしばらくして義勇部隊を引き連れた岩瀬大佐は倉吉曹長に作戦が承認されたことを伝えると、驚きの声を上げる。

 

「あぁ。作戦の詳細は明日の昼1300時に伝える。それと、次の作戦には貴様も付いてきてもらうぞ」

 

「じ、自分がでありますか?」

 

「あぁ。貴様には第二王女の護衛という重要な役目がある」

 

「か、彼女の、でありますか?」

 

「少なくとも、顔見知りの方が良いだろうと言う、総司令のご配慮だ」

 

「は、はぁ」

 

「あと、彼女から可能な限りそのときの状況を聞いておいてくれ。内容次第で作戦の成否がかかる」

 

「りょ、了解であります!」

 

 倉吉曹長は敬礼をすると、すぐさまその場を後にして、彼女との落ち合い場所へと向かう。

 

 

 

 

 



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第二十六話 エール王国奪還戦

 

 

 

 

 翌日の夜……

 

 

 

 星が広がる空に、陸軍の四式重爆撃機が目標の空域まで飛行している。

 

 

「では、作戦を伝える」

 

 機内では、全身黒ずくめの男性『黒下玄』大尉が同様の格好をした隊員に作戦説明に入る。

 

 彼らは扶桑軍の中で、最も厳しく過酷な特殊訓練を受けてきた……通称『忍者部隊』と称される特戦隊だ。本当の忍者という訳じゃないが、全身真っ黒でマスクで顔の殆どを隠した見た目や身のこなし方、隠密性が高いから、そう称されている。

 彼らの主な任務は敵地への潜入工作、そこからの破壊工作である。と言っても、彼らにとって今回が初陣なのだが……

 

「今回我々の目的はエルフ族の国で、現在帝国軍に占拠されている『エール王国』を奪還することにある」

「本作戦では、本隊と別働隊、我々特戦隊に分かれて遂行される」

 

 現在の状況から攻略部隊は寄せ集め的な感じは拭えないが、その攻略部隊が正面から、別働隊には精鋭を揃えた部隊をとある人物が率いて市街地へ向かう。

 そして特戦隊は直接城へある方法で潜入することになっている。

 

「そしてこれがエール王国より脱出し、保護した第二王女が可能な限り伝えた城の見取り図だ」

 

 黒下はボードに簡易的に描かれた城の見取り図を広げる。しかし簡易的と言えどその見取り図はかなり正確に描かれている。

 

「我々特戦隊の目的は、城に捕らえられているであろう人質を無傷で奪還。更に指揮官の暗殺による指揮系統の混乱を招き、城を制圧する」

 

「隊長。人質が監禁されている場所は、判明してないのでありますか?」

 

「あぁ。残念だが、時間の関係もあって人質がどこに監禁されているかは判明していない。まぁ、大体牢獄に入れられていると考えられるが」

 

 時間さえあれば事前に潜入して調べることができたのだが、今回は時間というものがまったく無かったので、情報不足の中でやるしかなかった。

 

「だが、別の現地で情報を収集するのに問題は無い。落下傘で城へ降下後、帝国軍兵士から情報を聞き出せ」

 

 言わば、ほぼアドリブでやるしかないと言う、初陣である彼らにとってかなり無茶なものだった。しかもその潜入方法が落下傘による降下なのだから……

 

「初陣である我々には厳しいものになるだろうが、今回は最重要なものだ。総司令の期待に背くわけにはいかん。各員心して掛かれ」

 

『応っ!!』

 

 黒下の言葉に隊員達は声を揃えて返す。

 

『目的地が見えてきたぞ。そろそろ準備に掛かれ』

 

 四式重爆撃機の機長がそう伝えて、黒下達特戦隊は準備に取り掛かる。

 

 

 

 

 そうして四式重爆撃機は目的のエール王国の上空に到着し、黒下達は落下傘を背負い、扉を開けて降下準備に入る。

 

 空は黒い雲で覆われて月と星は顔を見せていないので、ほぼ空の光はほぼ無に等しく、黒ずくめの彼らにとって絶好の条件だった。

 

「いいか。訓練通りにやればいい」

 

 マスクで目元以外を覆われた黒下は隊員の人数と装備の再確認をしながら言い聞かせる。

 

『降下開始! 御武運を!』

 

 機長の合図とともに、黒下達特戦隊は四式重爆撃機から漆黒の空へと次々飛び込み、降下していく。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 特戦隊が降下する少し前……

 

 

「……」

 

 私は愛銃の九九式小銃の点検をしながら、胃が締め付けられるような感覚に襲われている。

 

 今回のエール王国奪還のため自分の部隊から数十人ほど腕の立つ隊員を抜粋し、司令部から攻略部隊と獣人や妖魔族、翼人族などで構成された義勇部隊を引き連れ挑む。

 義勇部隊は荒くれ者が多いようで、戦闘前から彼らの士気は殺気立つほどの高さを見せている。しかし彼らは帝国軍と戦うために猛訓練に励み、錬度は陸軍の中でも結構上に入るほどのものである。

 

「・・・・・・」

 

 もっとも、私の胃を締め付けるほどの緊張の元は彼らではなく・・・・・・

 

 

 

「本当に、立場を弁えてください。だいたい国の国家元首たる総理である総司令が前線に出るなど、非常識もいいところです」

 

「今回ばかりは辻大将に同意見です。そもそもを言えば――――」

 

 戦闘服を身に纏う辻と品川は100式機関短銃や『五式自動小銃』を点検しながら四式自動小銃(試作型)を点検する俺をジトッと睨みながら説教を加える。

 

 ちなみに品川が持つ五式自動小銃とは、扶桑陸海軍で四式自動小銃と正式採用を競った半自動小銃の試作品であり、四式が正式に採用された為五式は試作された極僅かのみが残って、その中の一つを品川が愛用している。

 史実では旧大日本帝国海軍が開発した四式自動小銃で、M1ガーランドを元にした四式と異なり、ドイツの『ワルサーGew43半自動小銃』を元にして、オリジナルと異なってM1ガーランドと同じエンブロッククリップ式を採用している。

 

 

「そりゃ、非常識だとは思っているさ。ただな……」

 

 俺はクリップに九九式実包を10発入れて、腰のベルトに下げている弾薬箱に入れる。

 

「もしエルフが最高責任者を出せと言ってきた場合、すぐに対応できるだろ?」

 

「なら、前線出らず後方で待っていてください。戦闘は我々に任せて―――」

 

 

「大事な部下が前線に赴くというのに、黙って後ろで指をくわえて待っていろというのか」

 

「……」

「……」

 

 大事な部下と言われ、二人の顔が少し赤く染まる。

 

「それに、俺がそう簡単にやられると思っているのか?」

 

「そう言っているのではありませんが……」

 

「なら、問題は無いな」

 

「……」

 

「……」

 

 強引に推し込んだ俺に二人は呆れてため息を吐く。

 

 

(……うぅ。胃痛が)

 

 ……いくら他の部隊が作戦行動中で動かせられないと言って、総司令自らが側近である辻大将が第二師団とは別に率いる扶桑陸軍の精鋭を集めた陸軍親衛隊と、品川大将の率いる海軍陸戦隊の精鋭を集めた海軍親衛隊を引き連れたのだから。

 

 確かにこれほど心強い味方はいない。が、あのときのように心労の種が……何より胃痛がガガ……

 

「岩瀬大佐」

 

 と、私のもとに西条総司令がやってきて、すぐに姿勢を正して陸軍式敬礼をする。

 

「今回俺は別働隊の指揮を執る。攻略部隊の指揮は任せるぞ」

 

「は、ハッ!! ご期待に沿えるように、全力を尽くします!」

 

「期待している」

 

 西条総司令が答礼をした後、別働隊を率いて目標の場所まで移動を開始する。

 

 

 

 

「……」

 

 西条総司令が部隊を引き連れていくのを見ながら、自分は四式自動小銃の点検を終えて、スリングを肩に掛ける。

 

「まさか扶桑の長が自ら部隊を率いるなんて、結構度胸あるじゃないの」

 

 隣では動きやすい格好に着替え、準備運動のように身体を動かすガランド殿が別働隊を引き連れる西条総司令を見ながら口を開く。

 

「今のご時世戦場に国のトップが出てくることなんて殆ど無いわよ。大体が自分だけが安全な場所に引きこもってギャァギャァ喚いていることだろうし」

 

 ある意味的を射ている彼女の言葉に苦笑いを浮かべる。

 

「でも、フソウには感謝しないとね。国を取り戻せるだけじゃなく、あの帝国の愚か者達をぶっ飛ばせるチャンスをくれたんだから」

 

 ある意味悪い笑みを浮かべる彼女は広げた右手に左手で作った拳をぶつける。

 

「そんなに、でありますか?」

 

「当然よ。あいつらは人の好意を踏み躙ったんだから。それにエルフはプライドが高いからね。やり返さないと気が済まない性分なのよ。特に私はね」

「あっ、別に他種族を見下しているって意味じゃないのよ」

 

 彼女の様子から見れば、相当怒りが溜まっているんだろうな、と内心で納得する。

 

「今回は自分がガランド殿をお守りします。総司令からの直々のご命令でありますから」

 

「ふーん。まぁ、期待しているわよ」

 

 素っ気無く彼女はそう言うと、そっぽを向く。

 

 むぅ……本当に王女なのか疑いたくなる……

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「はぁ……暇だな」

 

「あぁ全くだ」

 

 その頃、城のバルコニーにて警戒をしている帝国軍兵士二人は思わず口から言葉を漏らす。

 

「もうここに用は無いだろう。手に入れたいものは手に入れたって話だっていうのに」

 

「だよな。何に拘って残っているんだか」

 

 目的を達してもいつまでもここに留まる指揮官に若干の苛立ちを覚えていた。

 

「このままだとフソウが来ちまうかもな」

 

「ハッハッ。かもしれんな」

 

 と、右の方に視線を向けると――――

 

 

「ムグッ!?」

 

 突然反対側でくぐもった声がして視線を外していたもう一人がとっさに声がしたほうに視線を向けると……

 

 

 

 漆黒に包まれたナニカが兵士の首をあらぬ方向に曲げていた。

 

「ヒ―――」

 

 叫ぼうとした瞬間、その兵士も後ろから口を塞がれ、そのまま暗闇の中へと引きずり込まれた……

 

 

 

 

「……」

 

 暗闇の中で黒下は隊員にハンドサインで指示を出すと、分解して背負っていた二式小銃(九九式短小銃を銃身部と本体を分けて持ち運びやすくした空挺部隊仕様の小銃)を取り出して組み上げる。

 他の隊員も二式小銃や投げ短刀、100式機関短銃、『一式拳銃』と言った、自らの得物を取り出して戦闘準備に入った。

 

「隊長。兵士から得た情報ですと、やはり国王と王妃などの王族は地下牢に捕らえられているとのことです」

「あと、敵指揮官は食堂にて酒をたらふくと飲んでいるとのことです」

 

 その他にも大雑把に敵兵の位置についての情報があった。

 

 ちなみ情報を吐かせた兵士はどうなかったかは……まぁ言わずもがなだがな。

 

「そうか。それだけあれば、十分だ」

「手筈通りに動くぞ」

 

 黒下は隊員にハンドサインを送り、足音を立てずに城へと突入する。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 時系列は忍者部隊が突入してしばらく経った時まで下る……

 

 

 

「……」

 

 部隊を城の側面にある森へと移動させている中、私は左腕の腕時計を月の光に照らして時刻を確認する。

 

 部隊は城の側面に待機させ、その時を待つ。

 

 今回密かな行動が要求されるとあり、戦車などの戦闘車両を使うことができず、持って機関銃を備える装甲車輌ぐらいだ。しかし万が一に備えて対戦車兵器を多く持ってこさせているので、戦車もどきに対応はできる。

 

「……」

 

 私の周りでは義勇部隊が、その時を殺気立てて今かと待っている。

 

(総司令の言う通り、この辺りでガス抜きした方が良かったな)

 

 思わずそう思って、苦笑いを浮かべる。

 

 

 

 すると城から何かが上空に向けて放たれ、空高く舞い上がった所で緑色の光を放つ。

 突入部隊が城内部に居る敵戦力制圧をしたという合図だ。

 

「……突撃!!」

 

 間を置いてから、私は突撃命令を下す。

 

 

 同時に義勇部隊の獣人や妖魔族たちが身を潜めていた森から雄叫びを上げて突撃し、翼人族の兵士達が小銃と軽機関銃、機関短銃を持って飛び立つ。

 

 先ほどの信号弾に呆気に取られていた帝国軍兵士達は雄叫びを聞いてとっさに身構えるが、空に舞い上がった翼人族の持つ銃火器による爆撃が襲い掛かって反撃する間も無く命を散らせ、城壁の上から落下する。

 

 帝国軍は慌てて反撃をするも、狙いを定めたものでは無いため見当違いの方向へ弾や矢が飛んでいき、お返しと言わんばかりに一式半軌装兵員装甲兵車2輌に備え付けられた三式重機関銃改2基計4基の銃撃を受けて赤い花を散らす。

 

 城門前に止まっている戦車もどきが大砲を放ってくるも、砲弾はあらぬ方向へと飛んでいって外れ、三式重機関銃改の銃撃を受け、装甲を貫通して中の乗員をミンチにした。

 そのあいだにも身体能力に物を言わせた獣人たちが戦車もどきに肉薄し、車体の後ろに回り込んで扉の前の足置きに足を置いて角を掴むと、九七式手榴弾の安全ピンを抜いて車体と砲塔が一体化した戦闘室の扉を開けて中に放り込んで扉を閉めると、中で手榴弾が破裂して悲痛な叫びとともに乗員を殺傷する。

 

 更にオーガなどの妖魔族が岩を手にして戦車もどきに近付いて、砲口から岩をぶち込んだ直後に戦車もどきが発砲するも、岩にぶつかって砲身が破裂する。車内では阿鼻叫喚なことになっているだろう。

 直後にその戦車もどきの後部の扉を開けて安全ピンを抜いた九七式手榴弾三つを放り投げて扉を閉めると、直後に車内で破裂して残った乗員を殺傷する。

 

 戦車もどきが次々と撃破されていく中、翼人族の兵士による爆撃で城の城門前の防衛戦力は殆どを削られ、その隙に私は残った帝国軍兵士を九九式小銃を構えて引き金を引き、ヘッドショットで仕留めたあと進軍を命じる。

 その後に八九式重擲弾筒を持つ歩兵十人が一斉に榴弾を城門へ向けて放ち、同じくして九糎噴進砲5基を持つ歩兵も放ち、城門を粉々に吹き飛ばす。

 

 先に城の敷地内に入ったのは義勇部隊であった。

 

 最初に翼人族による上空からの狙撃で待ち構えていた帝国軍兵士を射殺していき、その隙に地上部隊が雄叫びとともに突入した。

 

 それにしても、総司令は本当に良いタイミングで義勇部隊を投入したと思う。

 

 なぜかって? 殺意剥き出しで雄叫びを上げ、恐れ無しに突入していくのだから。そして乱戦ともなればそこからは彼らの十八番だ。帝国軍兵士に為す術はない蹂躙戦だ。

 味方でも恐怖を感じる光景だから、本当に彼らが味方で良かったと思う。

 

 そしてそのさっきをこちらに向けられていたかもしれないと思うと、恐怖を覚える。

 

 

 義勇部隊の突入後、自分は四式自動小銃を放ちながら敷地内へと侵入し、帝国軍兵士を次々と仕留めていく。

 

「……本当に頼もしい、けど怖い」

 

 言葉で表せないほどに義勇部隊は荒ぶっており、ミノタウロスが帝国軍兵士にタックルをぶつけて地面に叩き付け、チーターの特徴を持つ獣人が素早い動きで帝国軍兵士を翻弄し、手にしている九九式短小銃に取り付けた銃剣を心臓へ突き刺したり軍刀で首を刎ね飛ばしたり、虎の姿をした妖魔族が自身の牙で帝国軍兵士に噛み付いて肉を噛み千切ったり、オーガが思いっきり帝国軍兵士の首が180度回転するまでに殴ったりと、阿鼻叫喚な光景が広がっている。

 そんな光景に恐怖を感じながらマガジンを外し、新しくマガジンをセットしてコッキングハンドルを引いて薬室に弾を装填する。

 

「喰らいなさい!! ファイアーボム!!」

 

 近くではガランド殿が上に掲げた右手よりいくつかの火の玉を出すと、それを投げるようにして放ち、戦車もどきの残骸を盾にしていた帝国軍兵士を残骸諸共火の玉を爆発させて吹き飛ばす。

 

「ハッハッハッ!! どうだ帝国軍共! 私の力の前にひれ伏せたか!!」

 

 微妙に性格が変わっているガランド殿は更に火の玉を出し、投げるようにして放ち、次々と爆発を起こす。

 

「ガランド殿! 前に出すぎです!!」

 

 しかし彼女は自分が護衛対象だと言う事を忘れてか、どんどん前に出て立ち止まり、呪文と思われる言葉を呟く。

 

 

「っ! 危ない!!」

 

 しかしその隙を狙って帝国軍兵士が弓矢を放とうとして、自分はとっさにその場から走り出し、ガランド殿を庇うようにして抱えて地面に倒れる。

 

「っ!」

 

 その瞬間左肩に激痛が走る。

 

「イタっ!! 何するのよ!」

 

「な、何って、それは・・・・こちらの台詞であります、よ!」 

 

 助けたのに文句を言ってくる彼女に返しながら、左肩に突き刺さった弓矢を滅茶苦茶痛かったけど、思い切って引き抜く。

 

「っ・・・・!」

 

 ガランド殿はそれを見て目を見開く。

 

「あ、あんた・・・・私を、庇って・・・・」

 

「あなたをお守りするのが自分の役目であります」

「っ! そもそも、戦場で突っ立つ馬鹿がどこに居るんですか!!」

 

「ば、馬鹿って何よ!?」

 

 自分はガランド殿の文句を聞きながらも彼女の手を持ってその場から離れると、敷地内にあるレンガの壁の陰に隠れる。

 

「それはガランド殿に決まっているじゃない、ですか!!」

 

 レンガの壁の陰に隠れて大声を出した途端激痛が左肩から激痛が走って歯を食いしばって壁の陰より出て四式自動小銃を連続して放ち、帝国軍兵士を次々と撃ち抜く。

 

「っ……!」

 

 撃つ度に衝撃が左肩に響き、最後の一発を撃った後に壁の陰に戻り、マガジンを外す。

 

「……」

 

 しかし痛みのあまりか、力が入りづらくなっていて、新しいマガジンを取り出せなかった。

 

「って、無茶しすぎよ。ジッとしてなさい」

 

 そんな自分の様子を見かねてか、ガランド殿は後ろを向かせて矢が突き刺さった左肩を見ると、両手を傷に翳して呪文を唱え出す。

 

「聖なる光よ。この者の傷を癒したまえ」

 

 と、青い光が両手より発して、次第に左肩から痛みが引いてくる。

 

 魔法というのは便利だな……

 

「……これでいいはずよ」

 

「……申し訳ないであります」

 

 痛みが引いて呼吸を整えながら、マガジンを取り出して差し込んでコッキングハンドルを引き、薬室に弾を装填した後レンガの壁から上半身を出して四式自動小銃を構え、周囲を確認する。

 

「ですが、気をつけてください。自分にはガランド殿をお守りする特命があるのですから」

「それに、もしガランド殿に何かあったら、どうするのですか」

 

「……それは」

 

 

 

「非人共に与する愚か者共が!!」

 

 と、帝国軍兵士が後ろから右手に剣を持って自分に切りかかってくるも、とっさに振り返って四式自動小銃を構えて引き金を引き、剣を持つ右手首に命中すると衝撃で右手首が吹き飛ぶ。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 兵士は左手で血が噴き出す右手首を押さえながら倒れるが、自分はお構いなしに四式自動小銃を構えて引き金を引き、心臓を撃ち抜く。

 

「死ねぇぇぇ!!」

 

 と、更に右から剣を持つ兵士がガランド殿に向かって剣を振るおうとしていた。

 

 ガランド殿はさっきのことがあってか、反応が遅れてしまった。

 

「っ!!」

 

 自分はとっさに走って彼女の前に出ると、四式自動小銃を前に出して攻撃を受け止める。

 

「ガランド殿に、何をするか貴様!!」

 

 強引に兵士を押し返し、とっさに身構えて四式自動小銃のストックで兵士の頭を思い切って殴りつけてバランスを崩させると、すぐに銃口を向けて発砲する。

 

「あ、あんた……」

 

「御安心を!」

 

 更に向かってくる兵に四式自動小銃のストックで殴りつけると、先端に取り付けた銃剣を勢いよく突き出して胸に突き刺す。

 

「ガランド殿は、自分が守り抜きます!!」

 

「……」

 

 その光景に、彼女は呆然と見つめていた。

 

「ここに居ては危険です! 行くであります!!」

 

 自分は彼女の手を取り、その場を走って離れる。

 

 

 

 



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第二十七話 エール王国奪還戦

 

 

 

 

 岩瀬大佐たちが戦闘開始する数分前まで時系列は遡る……

 

 

 

「確保!」

 

 城内では特戦隊が二班に分かれて一班が指揮官を殺害した後情報を集めながら、最優先として外で見張りをしている兵士を狙うが、それは既に全員制圧しているので今は城内の兵士を仕留めていた。

 

 

 黒下が率いる一班は地下へ通ずる階段を早く降りていく。途中で上がってくる帝国軍兵士二人に遭遇するも二式小銃で射殺し、何も無かったかのように降りていく。

 

 

「ここか」

 

 地下牢がある区画に到着し、隊員が扉にトラップが無いかを確認する。

 

 ハンドサインで何も無い事を伝えられ、静かに扉を開けて中の様子を覗く。

 

 松明で中を照らされており、帝国軍兵士の姿は無い。おそらくさっき仕留めたのが見張りだったのだろう。

 そしてその一番奥に、牢屋に投獄されるにしては豪華な服装をしたエルフ族の男女がそれぞれの牢に投獄されている。

 

 黒下はハンドサインで指示を出し、扉を開けて中へと突入する。

 

 その直後に死角に隠れていた帝国軍兵士が剣を振り下ろしてくるが、隊員の一人はとっさに前へと跳んでかわし、もう一人が100式機関短銃を放って蜂の巣にする。

 

 更にもう一人が樽の陰から出てきてマスケット銃を放とうと構えるが、隊員の一人が短刀を勢いよく投擲して喉笛に突き刺し、黒下が二式小銃で頭を撃ち抜いて射殺する。

 

「くたばれぇぇぇぇぇ!!」

 

 槍を持った兵士が矛先を向けて突進して隊員の一人に突き刺そうとするも、100式機関短銃を持つ兵士によって蜂の巣にされて絶命する。

 

 突然のことに牢に入れられているエルフ族の男女は驚きのあまり目を見開く。

 

 黒下は周囲を警戒するように指示を出し、牢の前に近付く。

 

「な、何者だ?」

 

 その中で他のエルフとは明らかにオーラの異なるエルフの初老の男性が口を開く。

 

「詳細は言えませんが、我々は扶桑軍の者です」

 

「フソウ?という事は、帝国に宣戦布告し、グラミアムと共に戦っている、あのフソウなのか?」

 

「はい。西条総理の命であなた方の救出にやって参りました」

 

 黒下は隊員の一人より牢の鍵を受け取り、そう告げる。

 

「しかし、どうやって帝国がわが国を占拠したということを知っているのだ?」

 

「あなた方の第二王女が扶桑の人間と接触し、伝えていただきました」

 

 男性のエルフの質問に答えながら黒下は牢の鍵を開けて、扉を開ける。

 

「アイラが。では、帝国から逃げ延びたのだな」

 

「良かった」

 

 男性は安堵の息を吐くと、隣に座る女性も同じく安堵の息を吐く。

 

 

 

 その後城内の帝国軍兵士を制圧し、事前の打ち合わせ通り、信号弾で合図を送り、直後に攻略部隊が攻撃を開始した。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 忍者部隊が城を制圧し、攻略部隊が動き出す少し前……

 

 

 

「……」

 

『……』

 

 俺達は静かに、早足で明かりの無い町の石畳の通路を進んでいく。

 

 技術力が発達しているとあって、ハーベントやグラミアムとは異なった町並みが立ち並んでいた。

 しかしどの建物に明かりはおろか、人気すら無かった。

 

(一般人の姿が無いな。やはり、どこか一箇所に集められているか)

 

 まぁ城だけを占拠しているわけでは無いだろうと思っていたが……

 やはりある程度の予想が当たり、俺は目を細めると周囲の警戒を強くする。

 

「総司令」

 

 と、五式自動小銃を抱える品川が俺に駆け寄り、耳打ちをする。

 

「ここから250m先に帝国軍の防衛戦力が集まって、人質を建物に集めて取っています」

 

「そうか。予想通り敵の防衛戦力をこちらにも配置されているか」

 

「そのようです。しかし、人質を見張るだけに、戦力は城に居座る戦力より少ないようです」

 

「だろうな。だが、こちらとしてはむしろ都合が良い」

 

 数が少なければ、人質奪還の難易度はかなり下がる。最重要である無傷で救うも不可能ではない。

 

「狙撃班は狙撃できる位置に移動し、待機。合図とともに射撃を開始だ」

 

 俺の指示で九九式狙撃銃や九七式自動砲を抱える狙撃手8人が観測員と通信手と共に狙撃位置へと向かう。

 

「急ぐぞ」

 

 時間も限られていることだし、俺達は急いで向かう。

 

 

 

 部隊がそれぞれの位置に配置して、人質が集められている建物を別の建物の角の陰から覗く。

 

(建物の入り口に見張り二人、周りに5,6人ほどの兵士か)

 

 俺はハンドサインである程度の情報を後ろに控える歩兵に伝える。

 

「……」

 

 建物の上に陣取る狙撃班の一斑がハンドサインを送り、戦車もどきが5輌、歩兵が更に中隊ほどの人数が待機していると伝える。

 

「……」

 

 俺は合図とともに建物の見張りを射殺しろとハンドサインで送る。

 

「頼む」

 

「……」

 

 辻は縦にゆっくりと頷くと、『十年式信号拳銃』を取り出して中央から折って『流星』と呼ばれる信号弾を装填すると、真上に向けて放って空高く舞い上がって赤い光を放つ。

 

 突然の光に帝国軍兵士は驚くも、その直後に狙撃手達の九九式狙撃銃から放たれた銃弾によって頭を撃ち抜かれ、永遠に意識を失う。

 

「行くぞ!」

 

 俺達はすぐさま建物の陰から飛び出し、走りながら小銃や軽機関銃、機関短銃を放って建物の周囲にいた兵士を射殺し、建物の周囲を固める。

 

「辻は右を! 品川は左を守れ!」

 

『了解!!』

 

 俺は二人に指示を出して建物に集められている人質に接触するために中に入る。

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 

 

 

 時系列は攻略部隊が城に突入した後まで下る。

 

 

 

 城の敷地内には戦車もどきが多く配置されており、大砲より放たれた砲弾が地面に着弾して破裂し、扶桑陸軍兵士に破片が襲い掛かる。

 そのあいだにも義勇部隊の者達が戦車もどきに肉薄し、直接車内に攻撃を加えるか『九九式破甲爆雷』を車体に引っ付けて爆破したりしていた。

 

 

「……」

 

 私は九九式小銃に先端を丸くした空砲を薬室に装填し、先端に装着した二式擲弾器に40mm小銃擲弾を装填する。

 レンガの壁の陰より出て小銃を構え、視線の先に居る戦車もどきに狙いを定めて引き金を引き、40mm小銃擲弾を放つ。

 

 放たれた擲弾は戦車もどきの側面を貫通し、内部で炸裂して乗員を殺傷する。

 

 すぐさま壁の陰に戻ってボルトを固定位置から外して引っ張って空薬莢を排出し、元の位置に戻すと擲弾を擲弾器に装填すると、もう1輌の戦車もどきに向けて擲弾を放ち、正面から貫通して内部で炸裂した破片が乗員を殺傷する。

 

 素早く次の擲弾を装填し終えたときだった。

 

 

 

「死ねぇぇぇぇぇ!!」

 

 と、右の方で鎧を身に纏う剣士が部下の一人に剣を振り下ろして切り付けると、更に追撃を掛けようとしたが私はとっさに九九式小銃を向けて引き金を引いて擲弾を放ち、鎧を貫通して中で炸裂して肉片と血を散らして粉砕される。

 少しオーバーキルな気もせんでもないが、戦場でとっさに細かな選択など出来るものではない。何より部下が殺されそうになっているのなら、敵に手加減はいらない。

 

「大丈夫か!」

 

 とっさに隊員に駆け寄って周囲を警戒しながら怪我の状態を確認する。

 左肩を大きく切り裂かれており、出血は少なくは無かった。

 

「衛生兵!!」

 

 衛生兵を呼びながら実包が撃てない九九式小銃を手放して、腰のホルスターより二式拳銃を抜き出して撃鉄を引いて薬室に銃弾を装填すると、更に向かってくる兵士に向けて発砲して心臓を撃ち抜く。

 続けてくる兵士達を二式拳銃で射殺して負傷兵を守る。

 

 

 少しして衛生兵三人が歩兵数人と共にやってくると、地面に倒れてぐったりとしている歩兵を見るなり応急処置を施す。

 

 私は邪魔をさせないように他の兵を呼び寄せて護衛を付けさせると、二式拳銃を撃ち終えてマガジンを排出し、新たなマガジンを差し込んでホルスターに戻し九九式小銃を拾い上げ、二式擲弾器をすぐさま取り外す作業に入る。

 

 衛生兵が応急処置を施して負傷兵を二人で抱えて運び出し、護衛についていた兵が掩護に入る。

 私も二式擲弾器を外して銃剣を取り付け、残り2発の空砲を排出して実包五発を纏めたクリップを押し込んで装填し、護衛に守られている負傷兵に近付こうとする兵に向けて九九式小銃を放って心臓を撃ち抜いて仕留める。

 

「っ!」

 

 次弾を装填しようとした瞬間、移動した先の庭木の陰から剣を持った帝国軍兵士が飛び出てきて剣を振るってきてとっさに九九式小銃を前に出して受け止めるが、とっさのことだったので足の踏ん張りが利かず兵士と共に地面に倒れ、その反動で九九式小銃を手放してしまう。

 

「死ねぇっ!! 非人共に与する愚か者めがぁ!!」

 

 兵士は腰から短剣を抜き放つと私に目掛けて剣先を振り下ろすも、私はとっさに敵兵の腕を掴んで短剣を目の前で止める。

 

「……っ!!」

 

「……っ!」

 

 兵士は力の限り短剣を押し込もうとしているだろうが、その程度ではな。

 

 私は兵士の腕を強引に押し返しながら敵兵の腕を掴んでいる手に力の限り握り締めて短剣を兵士の手から落とさせる。

 

「ふんっ!!」

 

 そのまま掴んでいる手を捻って敵兵の右手首を乾いた音とともに折る。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁっ!?」

 

 敵兵が激痛のあまり私の左側に倒れ込むと、私はとっさに九九式小銃を拾って勢いよく突き出して銃剣を敵兵の心臓に突き刺す。

 

「っ!」

 

「……」

 

 事切れた敵兵を踏みつけて九九式小銃を引き抜くとボルトハンドルを持って固定位置から外し、空薬莢を素早く排出して元の位置に戻し、素早く移動する。

 

 

 

「頭を下げて!」

 

 自分はガランド殿の体勢を低くさせると。提げている九七式手榴弾を手にして安全ピンを抜き、勢いよく放り投げて集まった兵士達の中で破裂させ、多くの兵士を殺傷する。

 

 すぐにスリングで肩に掛けていた四式自動小銃を手にして狙いを付けて構え、引き金を連続して引いて兵士を次々と撃ち抜く。

 

「ぬぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 マガジンに残った最後の一発を撃ち終えた直後に後ろから剣を持った兵士が振り下ろしてくる。

 

「っ!?」

 

 とっさに動こうとするも回避は間に合いそうになかった。

 

 

 しかしその瞬間兵士は横から火球の直撃を受けて吹き飛ばされ、地面に転げると火達磨になって悶え苦しむ。

 

「っ!」

 

 火球が飛んできた方を見ると、右手を前に広げて突き出しているガランド殿がいた。

 

「ガランド殿……」

 

「……さっきの借りは、返したわよ」

 

 と、そっぽを向く。若干顔が赤かった気がするが……

 

「いえ! 感謝であります!」

 

 四式自動小銃のマガジンを外して新しいマガジンを差し込み、コッキングハンドルを引いて薬室に装填すると、後ろを向いて構え、連続して銃弾を放つ。

 

 

「……」

 

 彼女は頬を赤く染めて、倉吉の後ろ姿を見る。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「ちっ! 意外とわんさかと出てくるな!」

 

 俺はエルフ族の市民に事情を説明して、護衛の兵を付けて避難させた後、家具や荷物を積み重ねてバリケードを作って防衛陣地を形成した。

 マスケット銃を構える帝国軍の銃兵に向けて四式自動小銃を放つと同時に甲高い音とともにクリップが排出され、物陰に隠れて実包を10発詰めたクリップを押し込んでボルトハンドルを閉じる。

 

 しかしこちらに戦力が少ないと言っても、敵はどんどん湧いて出てきてこちらに襲い掛かってくる。

 

 隣で辻が100式機関短銃を放って向かってくる敵兵を撃ち殺していくと、物陰に隠れて提げている九七式手榴弾を持って安全ピンを抜いて物陰から敵兵が居る所へと投げる。

 手榴弾はちょうど銃兵が集まっている場所へと落ちて破裂し、飛び散った破片がそこにいた銃兵全員を殺傷させる。

 

 マガジンを外して新しいマガジンを差し込むとコッキングハンドルを引いて薬室に弾を装填し、物陰から出て射撃を再開する。

 

 反対側では品川が五式自動小銃を連射して次々と銃兵や弓兵を射殺して、最後の一発を放った後にクリップが排出され、すぐさまクリップを取り出して押し込み、薬室に装填する。

 

 近くで台に二脚で立てた九九式軽機関銃を撃っていた兵士の左肩に弓矢が突き刺さり、後ろへと倒れる。

 負傷した兵をすぐに他の兵が下がらせると、別の兵が九九式軽機関銃に着き、マガジンを外して新しいマガジンを差し込んでコッキングハンドルを引き、射撃を再開する。

 

「っ! 戦車もどきです!」

 

 品川の声で左方面に視線をやると、戦車もどきが2輌こちらに向かっていた。

 

 戦車もどきは俺達を発見すると大砲から砲弾を放つも、左に大きく逸れて建物の壁に直撃して爆発する。

 

「ちっ! やれ!!」

 

 砂煙がこちらを覆う中、俺の掛け声で建物の上を陣取っていた狙撃手が構える九七式自動砲の火が連続して吹き、20ミリの弾丸が片方の戦車もどきの正面から貫通し、中の乗員を粉砕する。

 直後に二式擲弾器を装着した四式自動小銃を構えた兵士が戦車もどきに向けて擲弾を放ち、正面装甲を撃ち抜いて中で破裂し、乗員を殺傷する。

 

 近くでは四式自動小銃の先端に装着した100式擲弾器に九九式手榴弾の安全ピンを抜いて装填し、確認した歩兵が前斜めに向けて向けて引き金を引いて発砲したときのガスで手榴弾が放たれる。

 弧を描いて手榴弾が敵兵が集まっている場所に落ちて破裂し、兵士の足を吹き飛ばす。

 

「総司令!!」

 

 と、最後の一発を撃ち終えてクリップが排出され物陰に隠れた俺に通信兵が駆け寄ってくる。

 

「潜入した部隊が城を制圧! 人質を解放したとの事!」

 

「! そうか!」

 

 初陣とは言えど、これで最重要目的は達せられたか。

 

「次に! 攻略部隊も城周囲及び敷地内の防衛戦力を排除し、城を奪還しました!!」

 

「よし!!」

 

 なら、あとは目の前の敵だけか。

 

 そう思いながらクリップを押し込み、物陰から出て四式自動小銃を構え、連射して敵兵を一人一人射殺していく。

 

 辻もマガジンを差し込んでコッキングハンドルを引いて薬室に銃弾を装填し、物陰から上半身を出して敵兵に向けて放つ。 

 

 

 すると黒い何かが弧を描いてバリケード内に落ちてきて、誰もの視線が集まる。

 

 それは黒く丸い物体で、それに繋がっている導火線に火が付いて本体に近付こうとしていた。

 

「爆弾だ!!」

 

 兵の一人がそう叫ぶも、俺は残った導火線の長さからとっさに爆弾を手にする。

 

「残念だが、投げるのが早いぜ!!」

 

 俺は野球の投球のようにして爆弾を元来た方向へと投げ、帝国軍兵士が慌てた様子で逃げ戸惑うが、直後に爆弾が爆発し、更に他の爆弾に誘爆して大爆発を起こす。

 それによって数人の兵士が爆風で吹き飛ばされ、破片の多くが突き刺さって殺傷する。

 

「っ!」

 

 爆風でほとんどの兵は一瞬顔を背ける。

 

「……本当に無茶ばかりしますね」

 

 伏せていた辻は起き上がりながらジト目で俺を睨む。

 

「爆発まで余裕があったからな」

 

 まぁ、さすがに少し肝が冷えたけど……

 

 

 ドッ!! ドッ!!

 

 

「ん?」

 

 品川が五式自動小銃を放って最後の弓兵を射殺した直後にバリケードに使っていたクローゼットに何かが突き刺さるような音がして、パチパチとした音とともに火薬の臭いが漂う。

 よく見るとクローゼットを貫通して鏃が出て、しかも焦げ臭い……つまり――――

 

「伏せろ!!」

 

 俺の叫びに全員クローゼットの後ろ以外の地面に伏せると、轟音とともに爆発する。

 

 直後に狙撃班の九九式狙撃銃や九七式自動砲の発砲音がしたところから見ると、恐らくこのあいだに敵兵が接近を試みたのだろう。

 

「あぁくそっ! やってくれるな!」

 

 悪態を吐きながら木片や砂を振り払いながら起き上がると、四式自動小銃を持って物陰から出る。辻と品川も自身の武器を持って物陰から出ると、射撃を再開する。

 

 

 

 すると敵兵は敵わないと悟ってか、武器を捨てて両手を上げて降伏する者が出てきた。

 

「……降伏ですか」

 

 品川は五式自動小銃を構えたまま、降伏した兵を睨む。

 

「最初からそうすれば良いものを」

 

「……」

 

 俺は降伏した兵士を確認してから、コッキングハンドルを引いて薬室に弾が残ってないの確認すると、スリングで肩に掛けて腰に提げてるホルスターより二式拳銃を取り出し、撃鉄を引く。

 

「負傷した兵に衛生兵を。それ以外は降伏した敵兵を集めて捕らえ、周囲警戒を」

 

「「ハッ!」」

 

 辻と品川はすぐさま指示を出して行動に移す。 

 

 

 

 

 扶桑軍による夜襲で、エール王国を占拠していた帝国軍は殲滅、もしくは捕虜として捕らえる結果となって、戦闘は終息した。

 

 

 

 

 



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第二十八話 戦後処理

前回の投稿から今日までに、お気に入り件数が倍に跳ね上がっていた。
何が起きたんだ・・・・


 

 

 

 

 夜が明けたエール王国

 

 

 

 ほぼ真っ暗な真夜中だったので気にすることは無かったが、こうして明るい中で見ると戦闘の爪痕は多く、扶桑は帝国軍兵士の遺体や戦車もどきの残骸の処理や回収など、戦後処理に追われていた。

 

 今回の戦闘で扶桑側の被害は15人の戦死者と、重軽傷者も30名を出した。一方の帝国側は300人以上の戦死者と200名以上の重軽傷者が出た。だが、最重要目標だったエール王国側の犠牲者は怪我人を含め一人も出していない。

 これが功を奏したのか、エール王国側のエルフ族たちは扶桑の人間を何の躊躇いも無く受け入れていた。

 

 

 

「今回の件については、いくら礼を言っても足りないぐらいだ。本当に、フソウには感謝する」

 

 そんな中で、城の方では帝国から解放したエール王国を統べる国王『エレムド・ミラ・ガランド』から俺は辻、品川の三人で扶桑の代表として礼を言われていた。

 グラミアムの玉座の間と違って豪華さのあるエール王国の玉座の間で、玉座に座る国王に俺と品川、辻は略帽を脱いで片膝を突いている。

 

「礼には及びません。今回はあなた方の第二王女が知らせてくれたお陰で、今回の事に気づけたのです。むしろこちらが礼を述べたい」

 

 まぁ、少なくとも帝国の大幅な戦力増強は回避できたが、技術の流出の阻止は避けられなかったのが痛かったな。

 これがどれだけ今後響くのかと思うと、少し不安だな。

 

 

 

 

「あらためてだが、娘を助け、国を救ってくれたことに感謝する」

 

 その後俺は国王と個人で話すこととなり、国王個人として礼を言われる。

 

「礼には及びません。今回はこちらとしても帝国へ魔法技術の流出を防ぎたかったもので」

「それに、魔法技術に多少ながら興味もありますし」

 

「話はアイラより聞いている。あいつも中々難しいことを言ってくれる」

 

 国王はため息を吐いて右手を額に当てる。

 

「だが、娘の言っていたものは必ず用意しよう」

 

「分かりました。しかし、帝国がそこまでして欲する魔法技術があれば帝国を返り討ちにできたのでは?」

 

「それはもっともだろうが、それが出来ない訳がある」

 

「……」

 

「サイジョウ総理なら、その意味が分かるはずだ」

 

「なるほど」

 

 強力すぎるが故に使おうにも使えない、と言ったところか。それに、使えば技術流出は必ず起こる。それが周りで広がっていけばどうなるか、結果は目に見えている

 

「この技術を他国に流すわけにもいかず、ずっと隠してきたのだが、愚かにも若いエルフが金欲しさに魔力炉の技術と共に魔法技術の存在を帝国に流したのだ」

 

「それで、帝国が魔法技術を得るためにこの国に攻めに入った、か」

 

 単純明快な理由だな。ちなみにそのエルフはその後どうなったかは、言わずもがなだが……

 

 

「それで、いったいどのくらいの魔法技術が帝国に流れたのですか?」

 

「恐らく魔力炉の技術を含めれば、片手で数える程度の技術はやつらの手に渡ったと見ていいだろう」

 

 少なくと1つ以上6つ未満か。意外と多く流れてしまったな。

 

「しかも恐ろしいことに、やつら禁忌魔法の一つを持ち出している」

 

「禁忌魔法?」

 

「とても恐ろしい魔法と言い伝えられている。だが、あまりにも恐ろしいものらしく、先祖代々からどのようなものがあるかは掟によって伝えられていない」

 

「そうですか」

 

 禁忌魔法か。聞いただけでも危険な香りがプンプンだな。一つだけとは言えど、帝国がどんな方法で使ってくるのか、ますます不安になってきたな。

 

「しかし、禁忌魔法は古代エルフ族の文字で書かれている。我々でも解読は難しいのだ。帝国と言えど解読は容易ではないだろう」

 

「そうですか」

 

 少なくとも、すぐに使われるということは無いか。しかし容易ではないと言っても、解読自体は不可能ではないということは、いずれ使われる可能性がある。

 

(これは、時間を掛けていられないな)

 

 やつらが禁忌魔法の解読を終えて使用してくる前に、情報が集まり準備が整い次第行動を起こすか。

 

 

 

 その後の話し合いで、扶桑国とエール王国との国交が結ばれることとなり、エール王国より魔法技術の提供と共に、第一王女がアドバイザー(という名の監視役)が扶桑に来ることとなった。

 

 そして同じくして扶桑国とエール王国の間に条約が結ばれ、互いの条件として扶桑は帝国の占拠を受け武力を奪われて防衛力を失ったエール王国の盾となり、エール王国は魔法技術及び物資、土地を扶桑へ提供を条件としている。

 扶桑は土地や物資を貰い受け、エール王国は盾を手に入れる。お互いに得するwin-winな関係と思えばいいか。それに、エール王国の位置は今後の帝国との戦いでも戦略上重要な拠点にもなるので、悪い話でもない。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 それから5日ぐらい俺達はエール王国に滞在し、多くのエルフとの交流を行った。その中には、ぜひとも扶桑に協力したいと言う者が多くいた。理由は、まぁ言わずもがなだがな。

 だが、中には扶桑にとっても今後の活動に必要なものもあったので、考えてみることにした。

 

 

 

 その日の正午を過ぎた頃に、城の前では部隊の撤収が行われていた。

 

「よーし! いいぞ!」

 

 扶桑の歩兵が合図を送ると、捕虜を乗せた九四式六輪自動貨車4輌が走り出す。今回の戦闘で捕らえた捕虜の人数は70名のみと少ない。理由は義勇部隊が無駄に多くの帝国軍兵士を殺害したからだ。まぁ分からんでもないが、これは……

 その義勇部隊は捕虜を皆殺しにしてやると言っていたが、岩瀬大佐の一喝で全員を黙らせた。

 

 親兄弟や友人の敵を討ちたい、その気持ちは分かるが、扶桑の目的は帝国の殲滅ではない。今のところはあくまで侵略してきている帝国を撃退することにある。

 

 

「……」

 

 その中で自分も荷物をまとめて撤収準備を終え、他の手伝いをしている。

 

(いざ立ち去るとなると、寂しいものでありますな)

 

 これまでのことを思い出しながら、荷物を積んだ箱をトラックに載せる。

 

 そのあいだに義勇部隊の面々が乗り込んだ九四式六輪自動貨車の第一陣が城を発つ。

 

 

(それに……)

 

 ふと、ガランド殿のことが頭に過ぎる。

 

 この5日間、何かと彼女は自分のところにやって来ているような気がする。話を挙げるとキリが無いので省略するが。

 

 何となく、ここ最近の彼女の様子が最初と比べると違っているような気がする。

 

(まぁでも、彼女を守り通す事が出来たのでありますから、自分は任を全う出来て満足です)

 

 別に何かを期待しているわけではない。ただ単に兵士として任せられた任務を全うできたという達成感を覚えられたのだから。

 

(しかし……寂しくなりますな)

 

 いざ別れるとなると寂しさが込み上げてくるものだ。

 

 

 そうして全体の撤収準備が整う。

 

 

 

「おーい! 倉吉!」

 

 と、自分より階級が高い上官が自分を呼びに来た。

 

「は、はっ! なんでありますか!」

 

 とっさに上官に向き直って姿勢を正し、敬礼をする。

 

「お前にお客さんだ」

 

「じ、自分にでありますか?」

 

「あぁ」

 

 上官の視線の先には、見覚えのある顔が待っていた。

 

「ガランド殿?」

 

 そこにはこちらを待っているガランド殿の姿があった。

 

「お別れの挨拶か? この5日のあいだに何かあったのかこいつぅ」

 

「い、いえ、そういうのは……」

 

 上官はからかうように肘で自分を突いてくる。

 

「まぁとにかくだ。撤収まで時間が無いから話なら手短にな」

 

「は、ハッ!」

 

 上官に敬礼をして、すぐにガランド殿のもとに向かう。

 

 

「一体、どうしたのでありますか?」

 

「……」 

 

「お見送りでありますか?」

 

「ま、まぁ、それもあるけど……」

 

「……?」

 

「……」

 

 ガランド殿は少し間を空けてから、口を開く。

 

「……その、ありがとうね」

 

「え……?」

 

 意外な言葉に思わず声をもらす。

 

「何よ、その意外そうな顔して」

 

「い、いや、何でも無いでありますよ?」

 

「……まぁいいや」

 

 少し疑いの目を向けられたけど、彼女は咳払いして口を開く。

 

「タロウが居なかったら、お父様や国を帝国の手から取り戻せれなかったから」

 

「それは、別に良いでありますよ。むしろ決断なさってくれた総司令にお礼を言ってください」

 

「でも、私の話を聞いてくれたのは、タロウよ。あなたに会えなかったら、今頃みんなは……」

 

「ガランド殿」

 

「……」

 

「ま、まぁでも、こうして全員、とは言えないですが、無事だったんでありますから。良かったであります」

 

「そう、よね」

 

「……?」

 

 どこか落ち着きの無いガランド殿に、どこか疑問を感じる。それに、さっき自分の名前を呼んだような……

 

 

「あの、ガランド殿?」

 

「……アイラよ」

 

「え?」

 

「そう呼びなさい。ガランド殿とか、他人のように呼ばなくて」

 

「い、いや、それは……」

 

「それに、敬語なんて要らないわ。普通に、話しなさいよ」

 

「そう言われてましても……」

 

 いくらなんでも、王女相手にそれは……

 

「い・い・わ・ね」

 

「アッハイ」

 

 威圧感に負けて、思わず了承してしまった。

 

「……あ、アイラ殿」

 

「あんた一々言わないと分からないの? 殿も要らないわ。呼び捨てで言いなさいよ」

 

「……は、はい」

 

 ここは彼女に逆らわない方が良さそうだ……

 

 

「それより、もう行ってしまうの?」

 

 と、さっきまでの雰囲気はどこへやら。少し焦っているような感じになる。

 

「あ、あぁ。この後に、本来の作戦に戻る事になっている。遅れた分を早く取り戻さないといけないから」

 

「……そっか」

 

 と、彼女に悲しい雰囲気が漂う。

 

「……」

 

「……ねぇ、タロウ」

 

「な、何だ?」

 

「私達、また会えるわよね?」

 

「それは……」

 

「……会えないの?」

 

「……」

 

 今にも泣き出しそうな彼女の表情に、戸惑う。

 

 決して会えなくはないが、現状では年に一度でも行けるかどうか分からない。いや、下手をすれば二度と……

 

(いや、こんなときに悲しいことを言うべきではない!)

 

 なので、多少嘘でも言っておくべきか……

 

 

「……いつか休暇が取れる事ができれば、きっと会いに行けると思う」

 

「本当?」

 

「でも、確約は出来ない。戦争が続く限りは」

 

「……そう。でも、会えるには、会えるのよね」

 

「あぁ」

 

「……約束よ」

 

「約束する」

 

「……」

 

 と、なぜかアイラは落ち着きが無いようにもじもじとする。なんだ?

 

「……本当、よね?」

 

 上目遣いで言ってきたので、一瞬ドキッとする。

 

「本当だってば」

 

「……口だけじゃ、信用できないな」

 

「そんな。本当なのに……」

 

「……なら、その証拠を、見せてくれる?」

 

「証拠って、そんなこ――――」

 

 

 

 

 しかし彼が言い終える前に、アイラはスッと近付き、彼の唇と自分の唇を重ねる。

 

「っ!?」

 

『っ!?!?!?!?!?』

 

 倉吉は突然の彼女の驚愕な行動に目を見開いて固まる。

 

 そしてさっきまで二人の様子をニヤニヤと見ていた扶桑の兵士達は、アイラの倉吉への突然の口付けに全員が落雷の如く衝撃を受ける。

 

 

 

 少しして彼女は彼から離れる。

 

「あ、あ、あ、アイラ……?」

 

 自分は一体何が起きたのか全く分からず、頭の中が真っ白になって言葉が見つからなかった。

 

 な、な、な、な、な、何を・・・・・

 

「……私にここまでさせたんだから、会いに来なかったら、許さないわよ」

 

 顔を真っ赤にして、彼女はそういう。

 

「は、はい」

 

「……」

 

 アイラはそのまま自分のもとを離れていくも、城に入る前に自分の方を向いて微笑みを浮かべ、中へと入っていく。

 

 

 

「……」

 

 突然の彼女の行動に頭の中が真っ白になったが、次第に思考が動き出して、ハッとする。

 

 

 

「ヒュー。やるねぇ」ニヤニヤ

 

「いやぁ……若いっていいもんだなぁ」ニヤニヤ

 

「まだまだ青いな」フンッ

 

「爆発しろ」q

 

 

「年下に先を越されるとか」ギリッ

 

「まぁ、うん。なんとかなるよ」ポンッ

 

「いいもん見せてもらったよ」ニヤニヤ

 

「うちにも春が来たもんだねぇ」HAHAHA!

 

 

 

『ニヤニヤ……』

 

 後ろではさっきの衝撃的光景に男女の兵士がそれぞれの反応を示していた。

 

(そうだったぁぁぁぁぁぁ!!)

 

 自分とアイラがいた場所は撤収場所の目の前。つまりさっきの光景が全員に見られてしまったのだ。 

 不意に思い出して顔が真っ赤に染まる。

 

(アイラぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 何で場所を選ばなかったんだぁぁぁぁぁ!!)

 

 穴があったら入りたいとはまさにこのことだな……

 

 

「ぐおっ!?」

 

 と、後ろから突然後頭部を殴られて、前のめりに倒れる。

 

「いつまで惚けている、ノロケ者が」

 

 後ろには右手に拳を作った岩瀬大佐がいた。

 

「撤収だ! 急げ!!」

 

『了解!!』プルプル

 

 岩瀬大佐の号令とともに兵士達は動き出すも、誰もが笑いを堪えてプルプルと震えていた。

 

「さっさと立て! 曹長!!」

 

「は、はひぃ!!」

 

 自分も恥ずかしながらも立ち上がり、行動に移した。

 

 

 

 

 ちなみにこの後の戦勝会で先輩隊員達から酒を勧められて、色々と話や説教紛いなことを聞かされたりなぜか格闘技の技を受けさせられたりと、揉みくちゃにされましたとさ……

 

 

 

 



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第二十九話 

ここ最近で戦艦武蔵が発見されましたね。ニュースを見たとき思わず「おぉ」と声が漏れました。今後の調査でどういう状態かが気になりますね。


 

 

 

 

 

 帝国からエール王国を奪還してから一ヵ月半あまりが過ぎた。

 

 

 

 エール王国から伝えられた魔法技術の数々は驚きの物ばかりだった。これは帝国が欲しがるのも無理も無いな。

 

 それらの魔法技術を事細かく伝えたのは、監視役として扶桑に来ているエール王国の第一王女『ティア・ミラ・ガランド』で、国随一の秀才だと言う。

 

 第二王女である妹と違い、おっとりとした雰囲気の持ち主で、エルフ族の特徴である緑の瞳に光沢のある金髪は背中まで伸ばしたストレートにして、やけに現代的なデザインのインテリなメガネを掛けている。

 しかし妹と違い、スタイルは極めてバランスよく取れており、どことなくスーツや軍服調な服装がそれを際立たせている。

 

 しかしこの世界でも、平等って無いんだなって相当場違いなことを考えたりしたりする……

 

 

 あっ、第二王女で思い出したが、王国を奪還して部隊撤収の前に、倉吉准尉(・・)(前回の戦闘の功績を称え、階級が上がった)とキスをしたそうだな。

 何でも攻略戦の中で攻撃から彼女を倉吉准尉が庇い、守り通したそうだ。それで惚れるって、典型的なちょろインじゃないか。そしてそれを無意識に射止める彼もラノベ主人公みたいだな。まぁ人のこと言えないが。

 

 ちなみにエルフ族の口付けというのは好意の表れと言われており、特に女性からの口付けは滅多に無く、仮に行ったとすれば、かなり好意を寄せている、と言っても過言ではないと言う。

 

 彼女の父親はこの事を知ってどうかと言うと、『娘が好きになったのだ。私からとやかく言うことは無い』と意外と歓迎している。

 国交を結ぶことが珍しいエール王国がグラミアムと国交を結んだ理由が分かる気がする。

 

 

 話がずれたが、元の話題に戻そう。

 

 ティア・ミラ・ガランドはそんな見た目とは裏腹に、かなり開発向きな性格の持ち主で、扶桑の全てが新しく見える彼女の目は子供のように光り輝いていた。

 

 彼女は見た物を全て忘れず覚える完全記憶能力に加え、更に理解する把握能力の持ち主で、扶桑の兵器技術の他様々なものを全て理解したのは驚きだった。

 

 そこから魔法技術より扶桑でも応用できる技術を彼女は抜き出して、更に融合させた技術を扶桑へと伝える。

 

 その中の一つが『魔力電探』だ。

 

 魔力の流れを感知する電探で、うまくいけば逆探知も可能となる。それを現在試作中である。これの開発に入ったのはティア・ミラ・ガランドより帝国に流れた魔力技術の中にあった『転送魔法』があったからだ。

 

 正確な位置が分かれば、任意の場所へ効果範囲内にあるものを転送することが出来る魔法だ。しかしありとあらゆる面で正確な位置を使用者が思い浮かばなければ効果を発揮させる事が出来ないし、距離も確実に成功させるなら限りがある。

 そのため、使用者にはそれなりに必要な能力がなければ使えない、かなり限定的な魔法だ。しかしそれ故に効果は高い。

 

 だが、魔法転送は現代における戦闘では致命的な欠点がある。

 

 それは、転送地点に大きな魔力が漂う前兆が現れる。前兆は視認できるが、視界を遮られた状態では当然確認できない。その魔力反応を探知するのが魔力電探だ。

 最初の試験で魔力を検知することができたので、完成型では効果を発揮するだろう。

 

 その他にも魔法技術を応用した物の開発が進んでいる。少なくとも帝国側に流れた魔法技術の対策は整いつつあった。

 

 しかし、禁忌魔法については全くと言っていいほど分かっていない。だが、ろくでもない物だというのは確かだろう。

 

 

 

 

 そして更に一ヶ月過ぎた頃に、俺の人生の中で最も華やかな行事が行われた。

 

 

 それは、俺とリアスの結婚式だ。

 

 

 向こうも都合のいい時期が来て、扶桑側も各地の戦場状況が落ち着きだしたので、お互いにちょうどいいとあって結婚式に持ち込んだ。

 

 

 

 そうして全ての準備が整い、結婚式はグラミアムで華やかに行われた。

 

 国総出とあって、グラミアム側の出席者の人数が滅茶苦茶多く、逆に扶桑側の出席者が少なかったと、妙な光景となっていた。

 進行内容は現実の方とほぼ同じとあって、戸惑うことは無かった。あったとすればアーバレスト将軍やその親族のスピーチが長く、ステラのスピーチが極端に短かった、ということだけか。

 

 グラミアム側の出し物は魔法を使った派手なものが多く、誰をも魅了した。

 扶桑側の出し物として、陸海軍のベテランパイロットが操る、白をメインに青いカラーリングが各所に施された特別カラーで塗装された零戦と一式戦による曲芸飛行で、隊列の乱れない編隊飛行にスモークを使って空に絵を描いたりと、どれも凄いものだった。

 

 最後に海洋国家であるグラミアムらしい独自の行事として、花嫁と花婿を乗せた船で近くの海を航行するシンプルなものがある。

 

 起源は諸説あるが、大昔結婚式をしたばかりの花婿と花嫁を乗せた船が大嵐に遭い、誰もが沈むと覚悟したが、奇跡的にも沈没せず、誰一人も欠けずに生還したという伝説がある。それに肖って新婚の夫婦を船に乗せるという風習が出来たと言う。

 

 当初はグラミアムが用意した船を使う予定だったが、俺は少し悪乗りして、その役目を担う船を……戦艦大和にさせた。

 

 まぁ意図としては、改めて扶桑海軍の造船技術の高さをグラミアムに見せ付けるのがあるが、他にも理由は様々。その中に戦艦大和を自慢したかった、前回叶えられなかったことをやり遂げるという、誰から見ても本当にしょうも無いというより、呆れる理由がある。

 聨合艦隊の旗艦を紀伊に移行させたので、トラック泊地で史実みたいにしばらく暇を持て余していた大和を整備させるために一時本国に呼び戻していたので、その際に今回の行事の役に抜擢した。

 

 

 そうして本国で戦闘時に受けた傷や損傷を修復され、飾り付けがされた大和がグラミアムの港に到着して公の場でその姿を初めて晒した。

 その場にいたグラミアムの出席者達は大和の大きさを見て驚愕の表情を浮かべていた。

 

 空中線に飾られた旗の他、マストに掲げられた扶桑の国旗である『月章旗』と海軍旗である『白夜旗(旭日旗の白い部分を黒く、日の部分を白くしている)』が海から吹く風に靡いていた。

 

 飾り付けられた大和に俺とリアスが乗船し、防空指揮所に移動した後航海が始まった。高い場所なので風はそこそこ強かったが、そこからの景色は最高だったし、空には曲芸飛行隊がスモークを焚いて曲芸飛行を披露している。

 

 俺やリアスにとっても、一生忘れることの無い結婚式になったな。

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 そんな華やかな結婚式から一夜が明けて昼頃。

 

 

「……」

 

 俺はとんでもない疲労感に襲われていた。きっと見た目は劇画風のゲッソリとした風貌だろうな。

 他人から見れば「何があった」ってツッコミが入りそうな状態だろうな。

 

「昨晩はお楽しみでしたね」

 

 と、どことなく不機嫌な品川が皮肉ってきた。

 

「これが楽しかったように見えるか? いや、楽しくなかったわけじゃなかったが……ないんだが……」

 

 うーん。昨晩のことがフラッシュバックの如く思い出される。

 

 

 結婚式を終えて、その後のいわゆる結婚初夜を迎えたわけで、グラミアムじゃこれも通過儀礼みたいなものらしく、別の日じゃ駄目かと言ったんだが、それじゃ意味が無いとのこと。そりゃそうだよな。

 んでもって、俺も男だ。腹を括って彼女と一夜を過ごした。そしてお互い初めてでギクシャクしグダグダな中で事を始めた訳で。

 

 でも雄としての本能かどうかは知らんが、後半はノリにノッていたような気がする。

 

 そしてお互いにフィニッシュを決めて、やっと休めると思って俺は布団に仰向けに倒れた。

 

 んが、その後に突然リアスが俺の上に跨ってきて、俺は驚いたな。

 

 何でかって? 顔を赤くして、若干呼吸が乱れて熱の篭った瞳をした、ほぼ完全に発情したメスの顔になった彼女が俺を見ているんだから、驚くに決まっている。

 

 その後は彼女の気が済むまで一晩中相手をした結果が、今の状態だ。

 

 

「いやぁまさかリアスがあそこまで性欲が強かったとは……」

 

 呟きながら栄養ドリンクの入った瓶を口に当てて飲む。っつか、マズ……

 

 半分獣とあって、そういう欲求不満が強いのか?と言うかあのときはマジで別人だったな。

 

 ちなみにこれは後で聞いた話だが、リアスの年頃の獣人は人間で例えるなら思春期に当たる時期で、成人一歩手前とも言える状態らしい。ここまではいい。

 だが、一歩前に進むと箍が外れてしまう、結構ギリギリなところだと言う。

 

 つまり、彼女があんな状態になったのは、加減を忘れた俺のせい。

 

 

「……ノロケ話ならそのくらいで」

 

 別にそんな話をした覚えは無いんだが。

 

「辻大将より報告です。以前総司令が捜査をするように言った男性についてですが――――」

 

 品川は封筒より報告書を取り出し、俺の前に置く。

 

「読み通り、クロでした」

 

「そうか。やはりな」

 

 以前休暇中に乗った列車に乗り合わせた男性が怪しかったので、辻大将を通して陸軍の諜報機関に捜査依頼を頼んだ。

 

 徹底的に調べたところ、男性は確かに商人で、そこそこ名の売れている人物らしいが、最近商売がうまく行っていないらしいのに、生活は贅沢三昧だという。

 商売がうまく行っていないのに贅沢三昧な生活。これで怪しいと思わん方がおかしいだろう。

 

 調査をしている中で、男性は定期的に外套を纏いフードを深々と被って顔を隠している人物と会って話をしているところを行きつけの酒場で何度も目撃されている。

 

 捜査員は扶桑軍の関係者と偽って男性を接触し、酔っ払ったフリをして偽の情報を流した。

 

 その二日後に男性は人気の無い場所でその人物と接触し、何かを話した後にその人物よりジャラジャラと音を立てて膨れ上がった袋を渡された。

 

 その後男性は憲兵に捕らえられて本部に連行された後尋問が行われた。

 

 最初こそ知らないと関係を否認していたが、辻の尋問術で追い詰められ、更にその人物より渡された報酬の3倍はある金貨150枚を提示したところ、男性は掌を返して全てを白状する。

 

 男性が会っていたのはどうやらグラミアムに潜入したバーラット帝国のスパイであり、男性はその協力者として扶桑に関する情報を集めて定期的にスパイに報告して報酬を貰っていたそうだ。

 だから商売がうまくいってなくても贅沢ができるのだ。

 

 辻は男性を洗……ゲフンゲフン。説得をして囮捜査を始めた。

 

 そして辻の読み通り、スパイは何の疑いも無く以前の取引現場に現れ、事前に言われた偽の情報を男性より聞いて、報酬の金が入った袋を受け取る。

 そこへ取引現場を包囲していた憲兵によって、多少手こずったがスパイを捕らえることに成功する。

 

 さすがにスパイとあって口を閉ざしたまま何も語ろうとせずに自決を図ろうとしていたが、それを阻止した後に辻の威圧感+尋問術と誘導尋問で徐々にスパイを追い詰めていき、最後に洗脳紛いなことをしてスパイの口を割らせた。

 

 スパイは他にも5人もグラミアムに潜伏しており、その居場所もほぼ心をへし折ったスパイの口から聞き出し、その後事態を悟られる前に素早く捜査員と憲兵によってスパイ全員を捕らえることに成功する。

 

 ここで分かったことなのだが、スパイは全員女性でしかも容姿はどれも綺麗に整い、スタイルも並の男なら魅了するものだった。

 スパイであると同時にハニートラップ要員でもあると分かる組み合わせだ。

 

 その後辻によってスパイ全員の心をへし折るぐらいの勢いで尋問を行い、有力な情報を聞き出したという。

 しかし、その後のスパイ達の状況を聞くと、同情してしまうってぐらい悲惨な状態だった、とだけ言っておこう。

 

 とは言えど、スパイにはまだ使い道があってか、辻が洗……ゲフンゲフン。説得をして彼女達をこちらの陣営に引き入れ、逆スパイとして活動してもらうことにした。

 辻が敵じゃなくて本当に良かったと思う。

 

「スパイ対策はほぼ万全だな」

 

 これなら、水面下で進めているグラミアム内の不穏分子の排除へと繋がるかもしれないな。

 

「次に、グラミアムへの旧式武器の無償提供ですが、数は揃いつつあります」

 

「そうか」

 

「しかし、宜しいのですか? いくら廃艦予定だった旧式艦とは言えど、戦艦を2隻も提供しても」

 

「あぁ」

 

 俺は今頃改装を受けているであろう戦艦2隻を思い浮かべる。

 

 無償提供の中にある戦艦は『河内型弩級戦艦』であり、金剛型と扶桑型、伊勢型の就役後は予備戦力になり、その後武装を降ろして練習標的艦になったが、現在はほぼ軍港の死蔵状態になっていたので、2隻とも廃艦を予定していた。

 

 

「さてと、きついがやるか」

 

 深くため息を吐いて、俺は書類整理に移った。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「……」

 

 所は大きく変わり、場所は扶桑と戦っているバーラット帝国。

 その帝都の城の廊下を二人の男性が歩き、そのうちの一人がため息を吐く。

 

「皇帝陛下には悩まされる。あのお方は何も理解していない」

 

「……」

 

 先ほど将軍と高官、そしてバーラット帝国を統べる皇帝との会議が張り詰めた空気の中行われ、各戦場の状況を報告した。

 誰が見ても不利な状況であるにもかかわらず、一部の将兵や皇帝は勝っている気で居る。

 

「神出鬼没のフソウ軍の攻撃によって補給路が断たれ、前線にまともに補給が行き届いていない。そんな中で進軍など不可能だというのに」

 

 彼が頭を悩ませる攻撃の正体である扶桑海軍の秘匿艦隊である幻影艦隊は、あの襲撃以降も不定期に攻撃を仕掛けており、補給路の殆どを潰していた。

 

 そして補給の要であった海上輸送路も運河が入り口と出口を全て破壊(最初の運河破壊から数ヵ月後に残った運河の出入り口を爆撃で破壊している)され、以前の航路で補給艦隊を向かわせたが、その海域を通る船は問答無用で全て謎の攻撃で沈められている。

 陸路も最短距離であった裂け目に架かった橋を破壊され、その後も先の謎の攻撃で主要補給陸路を破壊され、前線に補給が行き通っていない。

 

 つまり、前線に居る部隊に補給がまったくと言っていいほどに届いていないのが現状だ。信頼のある情報の中には、多くの部隊が飢餓状態にあると言っている。

 

「ですが、エルフ族より得た魔法技術は十分効果を発揮しております。フソウなどあっという間に捻り潰せられるでしょう」

 

「エルフとの信頼を失墜させてまで得るに値するものかあれは」

 

「もちろんです。エルフ族の飛行技術によって完成した巨大飛行船はフソウの軍に多大なる損害を与え、更にやつらの空を飛ぶ物体の追撃が無く、ほぼ無傷で帰還しております」

 

「それはやつらの戦術を真似ただけだろう。あの魔力炉で動く鉄の塊もフソウの兵器を真似て作ったはいいが、全くと言っていいほど戦果を上げていないではないか」

 

「あれは急造品に過ぎません。ちゃんとしたものが完成すれば、フソウなど恐れることはありませんぞ!」

 

「……全く、貴様も皇帝陛下と同じだな」

 

「な、何ですと?」

 

 男性の言葉に副官は怪訝な表情を浮かべる。

 

「やつらが自らの兵器や戦術に対して何の対策を取っていないとでも思っているのか?」

 

「それは……」

 

「その飛行船も、いずれ役立たずの烙印を押され兼ねんな」

 

「……」

 

「まぁ、今はやれることをやるだけだ。それしかあるまい」

 

「……」

 

 しかし男性の脳裏には、ほぼ確実なものになりだしつつあった不安があった。

 

(このままでは、この国は負けるかもしれないな)

 

 もちろん帝国が負けるとは考えたくは無い。しかし、現状を考えると勝てる要素というべきものが少な過ぎる。

 

「……」

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 所は戻り、扶桑。

 

 

「……」

 

 俺は品川の運転する車の車内から扶桑の街を眺めていた。

 

 扶桑国にある市街地の様子は昭和の街並みのような風景が広がっており、仕事帰りの人たちが街にある居酒屋や様々な店に寄っていく様子が見られた。

 中には軍の者達の姿も多く見られる。

 

(平和だな)

 

 戦争状態であることを忘れさせるような穏やかな光景に、俺の表情も緩む。

 

 今のところ帝国軍による扶桑本土への攻撃は無いが、帝国がエルフ族の魔法技術を手にしたとなれば、それがいつ起こるか分からない状況でもある。

 

(まぁ、そうならないことを祈るか)

 

 もしものことが脳裏を過ぎるも振り払い、街の光景を眺めた。

 

 

 

 少しして車は俺の家の前に到着し、車から降りた品川が扉を開けて俺は車から降りる。

 

「じゃぁ、また明日な」

 

「はい……」

 

 と、どこか残念そうな表情を浮かべるも、海軍式敬礼をして車に乗り込み、走り去っていく。

 

「……」

 

 見送った後門を潜って、玄関戸を開ける。

 

「お、おかえりなさいませ、ヒロキさん」

 

 中に入ると、両手を前に組んで待っていた リアスの姿があった。

 セーターにスカートの格好にエプロン姿という姿をして、後ろで尻尾が左右にゆっくりと揺れていた。

 

「ただいま」

 

 笑みを浮かべて、玄関に靴を脱いで上がる。

 

「あ、あの、夕食は、どうなさいますか?」

 

「あぁ。まだ食べてないから、食べるよ」

 

「分かりました」

 

 俺から鞄を受け取りながら、彼女は頭を下げる。

 

 

「おかえりなさいませ」

 

 居間に入ると、リアスの補佐をする家政婦が頭を上げる。

 

「今日はどうでしたか?」

 

「えぇ。リアスさんは物覚えが良くて、嫌な顔一つせず全てを学ぼうとしていました。良い奥さんを持ちましたね」

 

 家政婦はニッコリと笑みを浮かべ、リアスは顔を赤くして俯く。

 

 

 その後家政婦は帰って、夕食を済ませた後、居間には俺とリアスのみとなった。

 

「……」

 

「で、どうだった?」

 

「は、はい。家政婦さんも、優しくしてくれたので、多くを学べました」

 

「そうか」

 

 俺はリアスが淹れたお茶の入った湯呑を持って一口飲む。

 結構苦いという事は、茶葉を入れ過ぎたみたいだな。今後に期待かな……

 

「……本当に、フソウの方々は優しいですね」

 

「それが扶桑の国民性だ」

 

 まぁこの国の住人の大半は軍人だから当然と言えば当然だが。

 

 

「……」

 

 と、リアスは顔を赤くして俯き、モジモジとし始める。ん?

 

「……あ、あの、ヒロキ、さん」

 

「ん?」

 

「そ、その……お恥ずかしいのですが」

 

 リアスは上目遣いで、こう言った。

 

「…・・・今夜も、お願いします」

 

「……」

 

 ……orz

 

 今夜も夜戦(意味深)か……

 

 

 

 



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第三十話 敵の新兵器

 

 

 

 

 グルム平原

 

 バーラット帝国とグラミアム王国の本来の国境ともいえる場所がある平原、そこでは扶桑陸軍とバーラット帝国軍との激戦が繰り広げられていた。

 

 

 

 

「……」

 

 その戦場の上空にて『五式戦闘機』に乗る加藤信夫は翼の12.7mm機銃を放ち、味方機の背後から襲い掛かろうとした竜騎士を撃ち落す。

 

「ちっ!」

 

 後方を確認したら竜騎士が迫ってくるのを見つけてすぐさま操縦桿を後ろに引いて上昇しながら右に倒し、機体を回転させてわざと速度を急激に落とし、奇襲を仕掛けようとした竜騎士の攻撃をかわして機体の下を通り越し、その直後に上下逆さまにして機首の20mm機銃を放ってドラゴン諸共竜騎士を撃ち殺す。

 

 周囲では『四式戦闘機 疾風』や『三式戦闘機 飛燕』が竜騎士達と空で戦闘を交え、攻撃を受けて損傷したり、火球の直撃を翼に受けて撃墜されたりするも、次々と竜騎士を撃ち落していく。

 

 中には『穴吹(あなぶき)(とおる)』曹長の四式戦闘機が前方より向かってくる竜騎士とヘッドオンをするも、火球を吐かれる前に機首と翼の20mm機銃を一斉に放ち、竜騎士諸共ドラゴンを粉砕する。

 直後に背後から接近する竜騎士に気付き、機体をロールさせてドラゴンより吐かれた火球をかわして、スロットルと操縦桿を引いて速度を落としながら上昇し、背後から迫ってきた竜騎士が急激に速度を落とした四式戦を追い越してしまう。その直後に機首を竜騎士に向け、機首と翼の20mm機関砲を一斉に放って竜騎士とドラゴンを諸共粉砕する。

 

「やるな、穴吹の野郎。こっちも負けていられないな!」

 

 加藤信夫は操縦桿を右に倒して機体を旋回させて照準機に竜騎士を捉え、引き金を引いて12.7mm機銃を放って竜騎士を撃ち落す。

 

 

 

 しばらくして帝国軍側の竜騎士は全滅し、制空権は扶桑の手に渡る。

 

「よし。このまま地上の敵を一掃する。頼むぞ海軍さんよ!」

 

 後方からは陸上攻撃機『銀河』と一式陸攻他、地上支援型の連山改が数十機に及ぶ数が編隊を組み、紫電の護衛を率いて戦闘空域に到着する。更に高高度には指揮索敵機である富嶽が待機している。

 

「……」

 

 下を確認すると、陸軍の第6機甲連隊が前進していた。

 

 機甲連隊には最近配備されたばかりの五式中戦車を中核とし、ティーガーや四式中戦車、五式十五糎自走砲といった戦闘車両の他様々な装甲車輌が砂煙を上げて平原を駆ける。

 

「いつ見ても頼もしいな。これだけの戦力なら拠点攻略も容易いだろうな」

 

 グルム平原には帝国軍の拠点があり、ここを潰せば向こうのグラミアム侵攻を大幅に遅らせられる上に、位置的に今後の行動を左右する拠点にもなる。

 

「さてと、海軍さんの爆撃機の護衛に加わるとするか」

 

 と、操縦桿を右に倒して機体を旋回させ、海軍爆撃隊に合流しようとした。

 

 

 

 だが、その瞬間突然上から何かが落ちてきて一式陸攻の一機の翼の根元へと直撃し、翼をへし折られて機体が落下する。

 

「なっ!?」

 

 その光景に加藤信夫は目を見開き、呆然となる。

 

 すると次々と黒い物体が上から落下して銀河や一式陸攻に直撃して次々と落とされていく。

 落下してくる黒い物体は一式陸攻や銀河を次々と破壊し、そのまま進撃をしていた機甲連隊へと襲い掛かり、四式中戦車や装甲車輌を上から押し潰す。

 

「あれは……岩?」

 

 黒い物体の正体は巨大な岩であり、その中には岩と見せかけた巨大な爆弾が混じっており、落下した直後に破裂して戦車や装甲車輌に被害を齎す。

 

「目的は機甲連隊か……」

 

 海軍の爆撃隊は偶然にも爆撃コースに重なったといったところか。だが、爆撃はまだ続いて地上の機甲連隊に甚大な損害を被っており、巻き込まれた海軍の爆撃隊も三分の一を失い、地上支援型の連山改が落下してきた岩で右翼を根元から折られて墜落し、残った機体は回避行動を取っている。

 

「……」

 

 ふと、真上に視線を向けると、小さく黒い物体が空高く飛行していた。

 

「あいつか!」

 

 加藤信夫は四式戦や三式戦と海軍の紫電との少数と共に高度を上げて爆撃元へ向かう。

 

 

 

「爆撃隊が!?」

 

 上空高く飛んでいた富嶽は突然襲撃を受けた爆撃隊からの報告を聞き、機内では慌しい雰囲気があった。

 

「謎の爆撃を受け、爆撃隊は三分の一を落とされた模様! ならびに陸軍の第6機甲連隊の被害は甚大!」

 

「何だと」

 

 通信主の報告を聞き機長は唖然となるが、ハッと気付く。

 

「電探! 機銃手! 周囲に敵影はいるか!」

 

「は、ハッ!」

 

 側面や上部の機銃手と電探員はすぐさま確認する。

 

「っ! 左方向に敵影らしき物体を発見!」

 

「電探にも反応あり! 9時30分の方向距離1500! かなりの数です!」

 

 機銃手が雲のあいだから見え隠れしている影を確認し、電探員も正確な方角と距離を探り当てた。

 

 機長はとっさにその方向に視線を向けて双眼鏡で覗くと、雲のあいだから覗く物体が見え隠れしていた。しかも一つや二つではなく、かなりの数が居た。

 

「何だあれ」

 

「あんなの、見た事が」

 

「っ! こうしてはいられん!」

 

 機長はとっさに後ろに向かってカメラを持つと、機体の左側にある丸い窓からカメラを構え、シャッターを連続して切る。

 

 その物体はそのまま雲に隠れてしまったが、その前に機長はそれの姿をハッキリとカメラに収めた。

 

「すぐに本国に戻るぞ! この写真を司令部に届けなければ!」

「それと爆撃隊と陸軍に連絡! 撤退しろとな!」

 

「了解!」

 

 この富嶽は指揮索敵機としての性能を追求しているため、武装は側面機銃の三式重機関銃改のみで、飛行物体を撃ち落とすには武装が少なすぎる。

 

 操縦手は操縦桿を傾けて富嶽を旋回させ、すぐさま扶桑へと向かう。

 

 

 その後被害は陸海軍共に甚大とあり、両軍は撤退を余儀なくされた。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 数日後。

 

 

「……」

 

 俺は自分でも分かるぐらいフラフラと左右に揺れていた。

 

(まさか、リアスの性欲がこうも長く続くとは……)

 

 栄養ドリンクの入った瓶を口に当てて一口飲む。相変わらずマズイ……

 

 あの日から1週間近く経過したが、二日に一度のペースで夜になると彼女は俺を求めてくるのだ。まぁ別に嫌じゃないが、こうも長く続くと体力が……

 

(まぁ、俺にも責任はあるし、収まるまで相手をするしかないよな)

 

 彼女の新しい扉(意味深)を開けてしまったのは自分にあるし……

 

 

「昨晩はお楽しみでしたようですね」

 

 と、どことなく機嫌の悪い辻が皮肉を言いながら書類を整理していた。

 

 品川と同じ事を言いやがって。大体二人揃って何なんだよ。

 

 

「・・・・しかし、エルフ族の魔法技術は凄いものだ」

 

 気を取り直して、俺は陸海軍の研究省の報告書を手にページを捲り、エルフ族より伝えられた魔法技術を応用した技術の概要を閲覧する。

 

 以前の魔力を探知する魔力電探もそうだが、他にも魔力反応を探知し、そこへ誘導する装置、暗い中でも魔力反応を探知する暗視装置のようなもの等々、現代兵器に使われている装置に似た物が多い。

 

 これを更に応用すれば、現代兵器の装置を作り出すことも難しいことではない。と言っても、そろそろ扶桑の兵器技術レベルが次世代レベル(現代で例えるなら陸海空の自衛隊+αの技術)に着きそうだったから、それを更に促進させる形となっている。

 

 他にも色々とあるが、挙げていくとキリが無い。

 

「信濃、大鳳、大峰の改装も60%完了しているか」

 

 信濃は先に改装のため改装ドックに入っていたが、少し後から大鳳と大峰の二隻にも信濃同様に近代化改修に入っており、現在最終調整に入っている金剛型戦艦より大掛かりな改装を施している。

 

「ジェット戦闘機『橘花』とジェット攻撃機『火龍』、ジェット爆撃機『景雲』の試験機の試験飛行は成功。要求された性能を発揮し、上々の結果を残したか」

「その後航空母艦による飛行甲板の発艦及び着艦の試験を行う、と」

 

 この3機は海軍、陸軍仕様を生産する予定で、相違点は着艦フック、カタパルトフックがあるか無いかの違いだ。

 

 と言っても、元々橘花と火龍、景雲は橘花と景雲を海軍、火龍を陸軍として分ける予定だったが、品川と辻曰く『バランスが悪いから3機種共陸軍と海軍共有にした方がいい』と言って3機首共に陸海軍に配備される事となった。

 

(準備は整いつつあるか)

 

 この調子なら、半年で全ての準備が整うな。

 

 

 

「……しかし、まだあの鉱石については分からないか」

 

 以前開拓した土地から出てきた鉱石はガランド博士を中心となって調べている。が、これが中々正体が掴めていない。

 

(しかし、あの日からずっと胸騒ぎは収まらないな)

 

 あの日、初めて鉱石を見た時から覚える違和感を抱きながら、報告書を閉じて執務机に置き、先日の報告を思い出す。

 

「グルム平原を進攻していた第6機甲連隊及び海軍爆撃隊が正体不明の爆撃を受け、甚大な被害を受け、撤退を余儀なくされた、か」

 

 これまで扶桑軍が大きな被害を受けたことは魔物の巣窟掃討戦以来だ。

 

 まぁ以前から不可解な報告に爆撃はあったが、それまでは目立った被害というわけではなかったので軽視していた。

 

 とは言えど、爆撃隊の損失は三分の一、陸軍は被害甚大と、決して軽い損害ではない。

 

「……」

 

 俺は執務机の引き出しを開けて中から写真の束を取り出す。

 

 指揮索敵機として同行していた富嶽の機長が捉えた写真で、いくつかの写真の中にはある程度その物体の形が分かるぐらい鮮明に写っていた。

 

 船に近い形状をした巨大な本体にオールのようなものが数本近く側面から出ている。

 いかにもファンタジーな世界に出てきそうな飛行船な外見だった。

 

 この飛行船は爆撃後、こちらの戦闘機の追撃を振り切って帝国領へと逃げ去ったと言う。

 

 

 

 あの後すぐにガランド博士を呼び、飛行船について聞いた。

 

 いつも微笑みを絶やさないガランド博士だが、あの時は写真に写る物体を見た途端真剣な表情になった。

 

 どうやらその飛行船はエルフ族の代々より伝えられている飛行技術で作られたもので、あのとき帝国に流出した技術の中の一つであった。

 

 そしてその時のガランド博士との話を思い出す。

 

 

『それで、富嶽はどのくらいの高度からこの写真を?』

 

『はっ!富嶽は高度1万を飛行していたとの事です』

 

『い、1万だと!? ただの飛行船でその高度まで上がれるはずが!?』

『それに、その高高度からの爆撃では、動く地上目標に当たる可能性は』

 

『それはこちらでの常識からだ。ガランド博士。その飛行船はどこまで上昇できるのだ?』

 

『残された書物からだと、かなりの高さまで登る事ができるとありました。しかし正確な高さまでは……』

 

『そうか』

 

『ですが、そんな高さまでただの飛行船で登れば、乗員はただでは―――』

 

『いえ、それは恐らく大丈夫かと』

 

『どういうことだ?』

 

『恐らく一定の環境を維持する魔法を使っていると思われます』

 

『環境を維持?』

 

『えぇ。苛酷な環境で満足に動けれるようにするための保護魔法があって、それを使えば今居るこの状態をどんな環境下でも範囲内であれば適応させることができます」

 

『つまり、1万m以上の苛酷な環境下の高高度でも、地上と同じ環境に出来ると言うのか?』

 

『その通りです』

 

『……』

 

『それと、かなり高い所からの爆撃を成功させたのは、誘導魔法によるものと思われます』

 

『誘導魔法』

 

『本当に魔法は何でもありだな』

『博士。思い出せる範囲で構いません。この飛行船について教えてもらいたい』

 

『分かりました』

 

 その後にガランド博士より飛行船についての説明がされ、対策が練られた。

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 あの後も飛行船は度々目撃されているが、どれもこちらが迎撃に向かうと高度差を利用して逃走している。

 

(さて、どうしたものか)

 

 今日に至るまで、前線にいる各部隊に飛行船からの爆撃による被害が出ているので、対策が急務であった。

 

 

 

 ――――!!!

 

 すると執務机に置いている黒電話が鳴り、辻が受話器をとる。

 

「私だ……」

 

 すると何を聞いたのか、辻の表情が強張る。

 

「な、何だと!? 確かなのか!?」

 

 次の瞬間には驚愕の表情を浮かべて彼女は声を荒げる。

 

「……そうか。分かった」

 

 辻は気持ちを落ち着かせて、受話器を本体に置く。

 

「どうしたんだ?」

 

 彼女がここまで慌てるのは滅多に見ない。と言うか見た事が無い。つまり、電話の内容は良いものではないのは確かだろう。

 

「……緊急事態です。グラミアム付近にある山の上に建設した電探基地の報告で、上空1万m以上を複数の正体不明の飛行物体が、我が国に向かって接近中とのことです」

 

「なっ!?」

 

 おいおい嘘だろ!? このタイミングでって……!

 

「状況からすれば、恐らく報告にあった飛行船だと思われます」

 

「……さすがに本国の位置を悟られたか」

 

 扶桑がある場所は向こうからすれば未踏の地と呼ばれているから、帝国がこちらの位置を把握できるとは思っていなかったが、侮っていたな。

 

「現在の距離と数は?」

 

「ハッ! 恐らく要塞基地上空付近と思われます。数は詳細不明ですが、恐らく100隻以上は軽く居るかと」

 

 となると、今頃要塞基地では高射砲群による対空迎撃が行われているか。しかし100隻以上とは、よく用意できたな。博士の話じゃかなり構造が複雑だから数もそれほど無いと思っていたが、予想以上に帝国の工業力が高いのか。

 

「辻。すぐに空襲警報を鳴らし、一般市民を避難させてくれ。ならびに迎撃部隊を上げさせろ!」

 

「ハッ!」

 

 辻はすぐさま敬礼をした後執務室を後にする。

 

(本土空襲……。嫌な予感が的中したか)

 

 こういうのだけは当たってほしくないものだな。

 

 

 

 

 



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第三十一話 本土防空戦

 

 

 扶桑の市街地では空襲警報が鳴り響き、一般市民と保護した村人達は陸軍の避難誘導で慌てず急いで防空壕へと避難していた。

 同時に空襲に備え、各所に配置している高射砲が動き出し、いつでも撃てるように狙いを定める。

 

 

 

「ヒロキさん!」

 

 俺の命令で使いの者を家にやってリアスを司令部へと避難させて、彼女が俺のもとへ駆け寄る。

 

「いったいどうしたんですか?」

 

「あぁ。どうやら帝国が直接国への攻撃に出てきたようだ。未確認の飛行船がこちらに向かってきている。

 ……まぁ、いずれは帝国に国の位置を知られるとは思っていたが、予想以上に早かったな」

 

「帝国が? じゃぁ、この国は」

 

「あぁ。恐らく戦火に巻き込まれるかもしれないな」

 

「……」

 

「だが、安心しろ」

 

 不安な表情を浮かべる彼女に俺は安心させるように笑みを浮かべる。

 

「この日のために訓練を積んだ精鋭たちが、扶桑の空を守る」

 

「精鋭、ですか?」

 

「あぁ。だから、やつらを扶桑の空には一歩も入れさせん」

 

「……」

 

「俺達も地下施設に移動するぞ」

 

「はい」

 

 俺はリアスを連れて司令部の地下施設へ急ぐ。  

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 その中で飛行場では本土防空隊が発進準備に取り掛かっていた。

 

 既に別の飛行場では雷電と四式戦合わせて50機が飛行場から飛び立ち、司令部付近にある飛行場では本土防空の要となる3機種が飛行場に姿を現す。

 

 本土防空の主力となる高高度迎撃機『震電』と、ジェット機より一足早く実戦配備したロケット戦闘機『秋水』と『神龍』がそれぞれが発進準備に入っていた。

 震電や神龍の翼の下には4つの懸架装置で航空機用の新型噴進弾が吊り下げられており、データ収集も兼ねている。

 

 しかしまだ量産体制に入っていない秋水と神龍は両機あわせて20機しか無いが、本格的な量産体制に入っていた震電は30機以上が飛行場に次々と出されていた。

 

「まさかやつらが本土に攻撃を仕掛けてくるとはな」

 

 本土防空隊の一人である『武藤(むとう)兼良(かねよし)』大尉は発動機を始動させている震電に乗り込み、風防を閉じて酸素マスクをつける。

 部下の搭乗員達も震電に乗り込み、発進準備が整う。

 

「いいか! やつらに扶桑へ侵攻してきたことを後悔させてやれ!!」

 

『了解!!』

 

 そして発進準備が完了した機から次々と飛行場から飛び立ち、その驚異的な上昇力を以って一気に高度1万m以上を目指す。

 

 

 ある程度震電が飛び立つと、ロケット戦闘機秋水と神龍が滑走路に並び、ロケットエンジンから噴射される熱風で驚異的な速度を出して飛び立つと、震電以上の上昇能力を以って一気に上昇する。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「ぬぅ! フソウも中々やりよる」

 

 高度1万m以上を飛行する帝国軍が建造した飛行船は編隊を組んでゆっくりと飛行しており、その旗艦に座乗する司令官は悪態を吐く。

 

 これまでフソウ軍への爆撃は効果を発揮しており、前回だって侵攻していたフソウ軍に打撃を与え退かせていた。そして司令官に下された命令は未踏の地にあるとされているフソウ本土への爆撃であった。

 

 司令官は意気揚々とフソウへ爆撃を行うため、飛行船団を引き連れてフソウがある未踏の地へと向かった。

 

 

 だが、フソウの近くまでに近づいたところで、突然下から多くの黒い物体が飛んできて破裂し、軽くするために船体は軽量化を図っていたが、それが燃えやすい素材で出来ているとあって飛行船は次々と爆発時の火や火の粉で燃え上がり、破片で船体が損傷して墜落したりと、到着前に多くの飛行船が墜落したのだ。

 

(この高さまで砲弾が届く大砲など聞いたことが無いぞ!)

 

 この司令官が知る由も無いが、要塞基地に配置されている『五式十五糎高射砲』は史実の旧大日本帝国陸軍がアメリカのB-29の撃墜を目的として開発がされた高射砲だ。最大射程距離は2万m以上を超えるので、飛行船団がいる高度1万mなど軽く超える射程を持つ。

 他にも『三式十二糎高射砲』など高度1万m以上の射程を持つ高射砲群の存在もあった。

 

(しかし、ここまでフソウの技術力が高かったとは)

 

 司令官はフソウを侮っていたわけではない。これまでの報告にあったフソウの兵器技術の高さの噂は聞いている。

 だが、まさかこの高さまで届く大砲があるとは思っていなかったのだ。

 

(だ、だが! あの砲撃は撃てる範囲が限られていた。多く落とされたのは手痛いが、問題は無い)

 

 大よそ五分の二が墜落したが、任務遂行に支障は無い。

 

(フソウを爆撃すれば、ワシの地位はこれまで以上のものになる!)

 

 内心で野心を燃やしていたが、それはすぐに冷めることとなった。

 

 

 なぜなら、扶桑より物凄い上昇力で上がってくる秋水と神龍の牙が飛行船団へと襲い掛かってきたのだから……

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 しばらくして武藤大尉が率いる震電30機は約15分後に高度1万3千に到達し、水平飛行に移っていた。

 

「各機に告ぐ! 機関砲の試射を行え!ただし、撃ち過ぎるなよ!」

 

『了解!!』

 

 武藤大尉の号令とともに各震電の機首にある4門の30mm機関砲が数回火を吹く。

 

「問題は無いな」

 

 戦闘を始めるに問題が無いのを確認した後すぐに下を見る。

 

「あれか」

 

 視線の先には、高度1万m以上をファンタジーな飛行船が何十隻もオールを漕ぐようにして飛行しており、速度はそれほど無いにせよ扶桑の首都を目指していた。

 

 しかし最初の報告より少ないのは、前哨要塞基地に配備されている五式十五糎高射砲や三式十二糎高射砲による砲撃で多くの飛行船を撃ち落とし、更に秋水や神龍による攻撃で更に数を減らしたからだろう。

 その両機の姿が無いのは、ロケットエンジンの燃料が切れて一足先に基地に帰還しているからだろう。

 

「いいか。やつらを都市に近づけてはならん! 行くぞ!!」

 

 武藤の合図とともに震電30機が飛行船へ向かって一斉に降下し始める。

 

 先ほど秋水と神龍の襲撃を受けて混乱気味の飛行船団はいち早く震電の存在に気付いたが、時既に遅し。震電30機から放たれる30mmの弾の雨が降り注ぎ、飛行船は次々と蜂の巣になる。

 

 曳光弾交じりの弾が飛行船を貫き、木造な上に燃えやすい布や紙で出来ているとあってあっという間に飛行船は炎に包まれて墜落していく。

 

 飛行船には迎撃手段が無いのか精一杯の様子で震電の攻撃から逃れようと回避行動をとっている。

 しかし足が遅い飛行船で震電から逃れることは不可能だった。

 

 機首の4門の30mm機関砲から放たれる弾によって船体を粉砕されながらマストをへし折られ、搭載していた爆弾に引火してか大爆発を起こして粉々に粉砕される。

 

「くらえ!」

 

 震電の翼下の懸架装置で吊り下げられている噴進弾の末尾から火が吹いて高速で翼の下から飛び出し、噴進弾は飛行船の舷側に突き刺さり、中で爆発を起こして爆弾や大砲の火薬に誘爆し、大爆発を起こす。

 その際に飛び散る火が近くを通り過ぎようとした飛行船に燃え移り、徐々に高度を落としていく。

 

 しかし飛行船もやられっぱなしと言うわけではなく、甲板に出てきた魔法使い達が火や氷の矢を放ってくるも、震電の速さに追いつけれず徒労に終わる。

 

 武藤大尉の乗る震電から放たれた噴進弾4発がオールが出ている飛行船の舷側に突き刺さり、直後に爆発を起こして大きく傾き、そのまま隣を飛行している飛行船と衝突して共に墜落する。

 

「……」

 

 武藤は帝国の飛行船に視線を移すと、憎らしく睨みつける。

 

 帝国の飛行船は多くの味方が撃ち落されているというのに、未だに前進を続けている。

 

「ここまでやられて、なぜ退かないんだ!」

 

 操縦桿を左に倒して機首を飛行船に向け、4門の30mm機関砲が火を吹き、飛行船を蜂の巣にすると同時に炎を上げる。

 

 

 

 その後震電30機によって、扶桑に侵攻してきた飛行船団はその殆どを撃ち落され、本土爆撃は未然に防がれた。

 

 

 ちなみに別ルートより本土爆撃を行おうとした船団が侵攻していたが、その船団は偶然にも先に出撃して上昇していた雷電、四式戦の部隊によって発見され、すぐさま迎撃に向かい全て撃墜した。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「……」

 

 俺は不安そうにしているリアスを宥めて、地下司令部に辻や品川と共に報告をじっと待っていた。

 

 

「総司令!!」

 

 と、俺達のもとに士官がやってくる。

 

「報告します! 防空隊は敵飛行船団を殲滅! こちらの被害は皆無であります!」

 

「そうか。やってくれたか」

 

 さすがだな。これで何とか最悪の状態は避けられた。

 

「尚、一隻だけが損傷して中間補給拠点付近に不時着し、我が軍に投降しています。船員は一旦補給基地に収容していますが……」

 

 まぁあれだけの戦力差を見せ付ければ、戦う意思を削がれるよな。

 

「ふむ。なら、船員はその後捕虜収監施設に移動させろ。その後に工兵を送ってくれ。飛行船を回収後、調査したい」

 

 うまく行けば飛行船の技術を応用できるかもしれない。

 

「分かりました」

 

 士官は敬礼をして、その場から離れる。

 

「何とか本土爆撃は阻止できましたね」

 

「あぁ。だが、これは気が抜けられなくなったな」

 

 まぁそれほど多くの頻度で現れるとは思えないが、用心に越した事は無い。

 

「……電探施設の増設が急務だな」

 

 今回グラミアム周辺にある電探施設に設置されている対空電探が飛行船団を捉えたのが大きかったが、別のルートからでは捉えづらかった可能性が高い。

 それに電探施設自体が多くないのだ。もし対空電探の範囲外から侵攻を許せば、大きな損害を被っていたかもしれない。

 

「それと敵の転送魔法のこともあります。魔力電探の開発を急がせます」

 

「頼む」

 

 飛行船団は転送魔法による出現ではなくこちらまで飛行していたが、もしかすれば突然頭上に飛行船団が出現し、次々と爆弾が落とされて火の海と化す扶桑。想像したくもないな。

 まぁ扶桑と要塞基地のあいだには厚い雲が張っているので正確な位置は把握できないだろうが、その要塞基地の前辺りの上空に転送してくる可能性はある。

 

「それと、高射砲の増設も考えなければなりませんね」

 

「うむ」

 

 考えれば考えるほどに次々と問題が浮かび上がってくる。ただでさえ今は忙しいっていうのに。

 

(迎撃手段として、ロケット戦闘機やジェット戦闘機の配備も急務だな)

 

 今回の戦闘で震電の高高度における性能が証明されたが、通常の戦闘機より速いとは言えど、上昇に時間が掛かることに変わりは無い。

 まぁ、震電も今後更なる発展をして進化させる予定ではあるが……

 

「……一刻も早く、準備を整えなければな」

 

 ボソッと誰にも気付かれないぐらいに呟き、俺は地下司令部をリアスと共に後にする。

 

 

 

 




なんか震電の戦闘が某潜水艦隊のシーンみたいになってしまった。まぁあれだけ震電が(正確には違うけど)カッコよく動くアニメはないと思う。


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第三十二話 

 

 

 

 

 帝国軍による扶桑本土爆撃を阻止してから一ヶ月の月日が流れた。

 

 

 

 とある基地に一機の『零式輸送機』が飛行場へと着陸する。

 

 

「……」

 

 俺は機体から下ろされたタラップを伝って降りると、続いて辻とガランド博士(なぜ彼女がいるかというと、見学のためである)が降りてくる。

 前には扶桑陸軍の将校と兵士が陸軍式敬礼をしていた。

 

「お待ちしておりました! 西条総司令!」

 

 真ん中に立っている男性が口を開き、俺と辻も答礼する。

 

 

 今回俺達はグラミアムに向かい、ステラとアーバレスト将軍ら軍の者達と今後についての話し合いを行い、近々扶桑の旧式武装の無償提供(レンドリース)を行うことを伝えると同時に無償提供後のルールと仕様を説明をした。

 そして会議を終えて零式輸送機で要塞基地の次に規模が大きい『ヴァレル基地』に向かい、視察とある確認のために降り立った。

 

 

「相変わらずここは賑やかだな」

 

「えぇ。日々帝国との戦闘に備え、訓練を欠かしていません」

 

 基地内を車で移動中、俺は演習場で訓練に励む兵士達の姿を見る。

 

 その他にも貨物を牽引するD52型やD51型、9600型などの蒸気機関車がヴァレル基地に補給物資を運び入れたり、飛行場では陸軍航空隊と海軍陸上航空隊の戦闘機や重戦闘機が哨戒のために飛び立ったり、格納庫では各戦闘機が整備がされている。

 そしてその飛行場は現在拡張工事を行っており、将来的には本土より飛び立つ爆撃機の補給基地として機能する予定である。

 

 そして他の基地と違い、敷地内に有する兵器工場では次々と武器や兵器が完成しては運び出されている。

 

「……」

 

 ふと、基地内のとある場所に巨大な物体が布を被せられて鎮座しているのを確認する。

 

(あぁ。そういえばこの基地にあれを試験配備、という名ばかりの厄介払いをしたんだっけ)

 

 俺が陸海軍に共同で作らせた例のあれだが、色々と問題があって製造に困難を極めたが、何とか完成はしている。

 

 全部で3門が試験的に製造され、その後の試験も上々の結果を残している。

 

 ……が、巨大な代物とあって運用がかなり難しく、コストパフォーマンスが劣悪とあり、結局サイズダウンしたやつを限定生産して運用する予定だ。まぁ、実質上不採用に近い状態なんだが……

 そして試験の後は要塞基地に半ば死蔵状態だった3門は解体しようという案もあったが、捨てるには勿体無い代物であるので、パーツごとに分解した後にこのヴァレル基地に運び込まれ、専用設備の建造とともに組み立てられて、この基地に配備されている。

 

 まぁ、配備した上に専用設備を建造しているが、配備以来一度も使われていない。

 

(まぁ、今後の戦闘では活躍の場があるかもな)

 

 内心呟いて、車は基地司令部に着く。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

(ふむ。準備は着々と進んでいるな)

 

 基地司令部の司令官よりヴァレル基地に配備されている戦力の現在状況を聞き、来たるべき戦いに向けて準備が進んでいるのを再確認した。

 

 扶桑はあくまでグラミアムに侵攻してくる帝国軍を押し返して防衛し、帝国と講和に持ち込むつもりだったが、戦況は扶桑とグラミアムに大きく傾いているにもかかわらず帝国軍の侵攻は止まらず、むしろどんどん勢いを増して続けようとしている。とても講和に持ち込められる状態ではない。

 これ以上待っても犠牲者がただ増え続けるばかり。だからこの戦いを早期に終わらせるため、準備が整い次第に陸海軍の主力によるバーラット帝国本土への総攻撃を行う。

 

(聨合艦隊の戦力も整いつつあるし、潜入した調査員によって帝国本土の各地にある軍事基地や兵器工場の場所も浮き彫りになっている)

 

 まぁ簡単に言えば、帝国は丸裸も同然だということだ。まぁだからと言って帝都に直接爆撃をするつもりはない。

 

 確かに帝都への爆撃は帝国への心理的打撃は高いだろうが、逆効果になりかねないのだ。だから、あえて遠回しに攻めて追い詰めていく。

 

(魔法技術を応用した技術を用いた新兵器も試験は良好。魔力電探も完成して随時各地や艦艇に配備している)

 

 艦艇に配備していると言うが、実際のところ聨合艦隊の主力艦艇にはまだ搭載がされておらず、本国で待機している軍艦を中心に配備が進んでおり、最近就役したあの戦艦の姉妹艦に搭載されている。

 

 

 

「ん?」

 

 んでもって、ある程度話し合いが終わって出発までの時間が空いたので、俺はこの基地にある射撃場に暇つぶしにやってきたのだが、先客がいるのか銃声が聞こえる。

 

 

「……」

 

 射撃場に入ると、そこには今となっては旧式の小銃となった九九式小銃を構える岩瀬大佐が狙いを定めて引き金を引き、銃声とともに放たれた銃弾は吊り下げられた既に的の中央が射抜かれた箇所を通り抜ける。

 横向きのボルトハンドルを持って縦にして後ろに引き、空薬莢を排出して元の位置に戻すと同時に次弾が装填される。この動作だけでも素早くかつ全く微塵も無駄な動きが無い。

 

 そして引き金を引いて銃弾を放ち、穴の開いた的の中央を通り過ぎる。

 

(凄いな)

 

 射撃の腕は知っていたが、これほど凄いとは。

 

 

「さすがだな、大佐」

 

「さ、西条総司令!?」

 

 俺が拍手しながら射撃場に入ると、空薬莢を排出していた岩瀬大佐は驚いたように声を上げると、九九式小銃を置いてすぐに陸軍式敬礼をする。

 

「ところで、なぜ大佐はこの基地に?」

 

「ハッ! 我が部隊は補給のため、この基地に寄ったところであります!」

 

「そうか」

 

「そ、それで、総司令はなぜこの基地に?」

 

「あぁ。グラミアムで今後の動きについて話し合いをして、ついでといった形で基地の視察のために来ているんだ。で、出発まで時間があるから暇つぶしにな」

 

「そ、そうですか」

 

「しかし―――」

 

 俺は台の上に置かれている九九式小銃に視線を向ける。金属パーツの至る所で塗装が剥げたり傷が入ったり、木製パーツが凸凹だったり傷だらけとかなり使い込んでいるのが分かる。

 

「セミオートの四式が主力となっているのに、未だにボルトアクションの九九式小銃を使っているのか?」

 

 それに現在陸軍の方では新型の自動小銃が開発されているって聞いているし。

 

「えぇ。この九九式は、私の入隊当初よりずっと、様々な戦場を共に切り抜けてきたんです。それに、この九九式に助けられたことだってあるんです」

 

 九九式を持つと、懐かしそうに見つめる。

 

「そうか」

 

 まぁ、分からんでも無いな。深い愛着があるのなら、そう簡単に手放せないよな。

 

「少しそれで撃ってみてもいいか?」

 

「えぇ。構いません」

 

 俺は岩瀬大佐より九九式小銃を受け取る。

 

 複雑な構造を持つ四式と比べるとやはりシンプルな構造のボルトアクションは軽いな。と言っても四式とは違う重みがある。

 

 クリップに5発纏められた実包を手にして薬室に押し込み、クリップを取り払ってボルトを固定位置に移動させる。

 

「……」

 

 九九式小銃を構え、新しいものに換えられた的が現れ、引き金を引く。放たれた弾は的の真ん中より少し右を撃ち抜く。

 

 ボルトハンドルを持って固定位置から外し、後ろに引っ張って空薬莢を排出して元の位置に戻して次弾を装填する。

 

 この一連の動作を5回繰り返し、最後の一発を撃って空薬莢を排出する。

 

「うーん。微妙だな」

 

 撃ち抜いた的が俺の前に降りてくると、穴は真ん中の周辺に5つあった。やっぱり腕は落ちているか。

 

「このくらいでしたら、そこそこ腕の良い方ですよ?」

 

「……常に訓練をして戦場に居る兵士と常に執務机に向かい合っている俺とじゃ比べようが無いだろ」

 

「そ、それもそうですね」

 

 岩瀬大佐は苦笑いを浮かべる。

 

「あっ、そうだ。倉吉准尉は元気にしているか?」

 

「え? は、はい。倉吉准尉でしたら元気ですが、どうしてですか?」

 

「あぁ、最近准尉には色々とあっただろ? 同じ部隊の者から色々といじられてそうだからな」

 

「は、はぁ」

 

 何か心当たりがあるのか、苦笑いを浮かべる。

 

 

 彼女から話を聞いたところ、倉吉准尉はあのときの事で結構いじられているようだ。まぁあんな事があれば、そうなるよな……

 

 そして第二王女から手紙が半月に一度のペースで送ってきては返事を返す、そういった感じの付き合いになっているようだ。

 それで同じ部隊に居る男性兵士からは「爆発しろ」と陰で言われているとか何とか。

 

 本当に大変だな。まぁ、俺もそうなんだけど。

 

 

 そんな中で岩瀬大佐が俺の左手の薬指にはめられている指輪に気付いて、遅れながらも結婚式のことを聞いてきた。

 彼女は部隊と共に作戦行動中だったので出席は出来なかったが、結婚式が行われていたのは聞いていたようだ。

 

 しかし岩瀬大佐も女なのか、こういう話は気になるほうなのか?

 

 

 その後しばらく岩瀬大佐と雑談をして、思いのほか時間が潰すことができた。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 場所は変わりとある海域。

 

 

「あ~暇な上にあっちぃな~」

 

 海面に照らされる太陽の光が船体を薄っすらと映し出しているぐらいの深度に潜航している『伊58潜水艦』の艦内。結構ムシムシしている艦橋内では女性艦長が団扇を扇いでいた。

 

「そう言わんでくださいよ、艦長。我々の索敵次第では戦局に大きく関わるんですから」

 

 隣に立つ副長が艦長に言葉を掛ける。

 

「そうは言うがな。ここ最近トラック周辺の海域に近付く不審船は無いじゃないか。まぁ平和なのはいいけど、こうも暇だと参るよ」

 

「それはそうですが」

 

「それに、帝国もこれまでの戦いで多くの船を沈められているだろ。もう出せる船が無いんじゃ、潜水艦乗りに出番と言えば哨戒のみだ」

 

 テロル諸島の攻略のため、聨合艦隊の主力が囮として向かったジブラル海での戦闘で帝国側も多くの船を沈められている。それに加えてテロル諸島でも多くの船を沈め、補給のためにルート短縮のための運河とは別のルートを航行していた補給艦隊も幻影艦隊所属の攻撃潜水艦隊によって例外なく沈めている。

 そうなると、帝国にはもうほとんど船は残ってないはず。と言うのが普通の考えだろう。

 

 

 

「……?」

 

 すると聴音機を耳に当てていたソナー手がとある音を聞いて反応し、感度を上げる。

 

「艦長」

 

「どうした?」

 

「10時方向の海面に波切り音を探知。しかしスクリュー音は無し」

 

「船、か?」

 

「グラミアムのでしょうか?」

 

「いや、グラミアムも多くの船を帝国に沈められてほとんど残ってないと聞いている。何よりこの辺りに来る理由がないだろ」

 

「……」

 

「まぁいい。潜望鏡深度まで浮上。潜望鏡上げ!」

 

「潜望鏡上げ!」

 

 伊58は潜望鏡が海面に突き出る深度までゆっくりと浮上し、潜望鏡が海面に出てくる。

 

「さて、何が来るか」

 

 艦長は制帽を回して前後逆にし、潜望鏡を覗く。

 

 海面は至って穏やかで、空は灰色の雲が多く太陽は辛うじて顔を出している程度だ。

 

「天気はあんまり良くないか……」

 

 そんな景色を見ながら10時の方向へと潜望鏡を向ける。

 

「っ!」

 

 そして潜望鏡が捉えた光景に艦長は目を見開く。

 

「な、何だあの数は!?」

 

「艦長?」

 

「副長! 見てみろ!」

 

 艦長に言われて副長も潜望鏡を覗く。

 

「っ!?」

 

 そして副長も艦長同様に目を見開く。

 

 

 二人が目にしたのは、海上を覆い尽くさんばかりに広がる艦艇群の姿だった。

 

「な、何て数だ!?」

 

「あぁ。私もあんな数の船は見た事が無い」

 

「それにあの国旗は……バーラット帝国の!?」

 

 その艦隊の艦艇にはどれもバーラット帝国の国旗が掲げられている。

 

「ですが、いったいどこからあんな数を……」

 

「疑問は後にしろ! 潜望鏡下ろせ! 潜航と同時に送信ブイを上げろ! トラックに敵の大規模艦隊の発見を打電だ!!」

 

 すぐさま潜望鏡は下ろされて、それに代わるようにして艦橋上部より野球ボールサイズの物体が有線に繋がれて切り離されると、海面へ浮上後細長いアンテナを伸ばす。

 それと同時にモールス信号で敵艦隊発見の報をトラック泊地へと送った。

 

 

 

 



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第三十三話 圧倒的戦力

 

 

 

 

 俺は司令室へと呼び出されてすぐに走り出し、司令室へと入る。

 

「どうした? 何があったんだ?」

 

 中に入ると、職員が慌ただしく動き回っており、辻が俺が入ってきたことに気づいて敬礼する。

 

「ハッ! 哨戒中の潜水艦が帝国軍の大艦隊を発見したとトラックに打電され、司令部からこちらに報告がありました」

 

「帝国軍の大艦隊だと? 規模は」

 

「詳細は不明。ですが、潜望鏡で見える範囲以上に艦隊が展開されていたと言っています」

 

「……何だと」

 

 なぜ今になって。いや、それよりも、それだけの数の船をまだ持っていたのか。

 

「現在聨合艦隊が出港準備を整え、迎撃に向かうとのことです」

 

「そうか……」

 

 まぁ、聨合艦隊の主力が向かったのなら特に問題は無いだろう。

 

(……このまま何も起こらなければ良いのだが)

 

 俺は内心そう呟いた。妙な胸騒ぎを感じながら。

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 それから時間が過ぎ、所は変わって大艦隊で進攻しているバーラット帝国海軍。

 

「壮大な眺めですな」

 

「うむ」

 

 戦列艦や装甲艦で多く占める艦隊の中に、だいぶ洗練された形状をした装甲艦が後方を航行していた。

 

「これだけの艦隊を目にすれば、フソウは逃げ腰でしょうな!」

 

「全くだ! それにようやく完成した新型の軍艦もあるんだ! フソウなど恐るに足らずだ!」

 

 乗員の殆どはフソウ打倒に燃えているが、その輩は扶桑と戦ったことの無い連中ばかりだ。

 それ以外で、数人ほどはそれどころじゃなかった。

 

 

「なぁ、俺達って生きて帰られると思うか?」

 

「……無理じゃないか?」

 

 意気消沈している乗員らは過去に扶桑海軍と戦った者であり、扶桑の恐ろしさを知っている。

 

「俺、ジブラル海での海戦で生き残ったけど、とてもじゃないが勝てる気がしない」

 

「本当か?」

 

「あぁ。俺は見たんだ。空を飛ぶ物体が空を埋め尽くして、そいつらが次々と海軍の船を沈めていき、雷鳴が鳴ったかと思ったら巨大な砲弾の雨が降り注いで軍艦を次々と沈めた」

 

「俺も見た。やつらの兵器は帝国海軍の軍艦と何もかもが違う」

 

 

 と、このように反応は意気揚々だったり、意気消沈していると、それぞれだった。

 

 

 

 上空から監視されているとも知らずに……

 

 

 

「これはまぁ多いものだな」

 

 上空高くには艦上偵察機『彩雲』が飛行しており、うまく雲に隠れながら搭乗員と観測員、後部機銃手が海上を覆い尽くしている帝国の艦隊を眺める。

 

「旗艦に敵艦隊の位置は知らせたな?」

 

「バッチリと!」

 

「よし。なら、後は着弾観測だな」

 

「えぇ。しかし、帝国もよくこれだけの数をそろえましたね。かなりの数を沈められているはずなのに」

 

「全くだ。しかも馬鹿正直に綺麗な隊列を組んで。観艦式じゃないんだぞ」

 

「それに、艦と艦の間が狭いですね。あれでよく接触しないものですね」

 

「あぁ。結構錬度があるってことだろう。まぁ、それが仇になるんだがな」

 

 そう話しながら瑞雲は艦隊の上空を燃料の持つ限り周回して監視を続ける。

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 帝国海軍の艦隊が迫りつつある中、遠く離れた海域では扶桑海軍の聨合艦隊が戦闘準備を整え展開していた。

 

 前方に戦艦を中心とした前衛部隊と、後方には空母と護衛の駆逐艦と巡洋艦で構成されている部隊が配置している。

 

 空母は第一航空戦隊の赤城と加賀、第二航空戦隊の飛龍と蒼龍、第三航空戦隊の天城と土佐で構成されており、第五航空戦隊の翔鶴、瑞鶴はトラックの護衛のために他の空母と共に残っている。

 

 戦艦は大和型戦艦の『大和』『武蔵』『美濃』『近江』『駿河』の5隻に岩木型巡洋戦艦の『岩木』『淡路』『日高』『若狭』の4隻、天城型巡洋戦艦『飛騨』『常陸』の2隻、大改装を終えて生まれ変わった金剛型戦艦4隻を引き連れている。

 長門型戦艦の『長門』『陸奥』は翔鶴、瑞鶴と共に、巡洋艦、駆逐艦数隻とトラックの護衛のために残っている。

 

 だが、その中で一際目立つ存在があった。

 

 聨合艦隊旗艦であり、扶桑海軍が建造した史上最強の戦艦である紀伊型戦艦一番艦『紀伊』である。

 改めてだが、周囲を航行している大和型戦艦が重巡洋艦に見えてしまいそうな錯覚があるほどに、紀伊の船体は巨大であった。

 

 

「長官! 偵察機より報告です!」

 

 紀伊の昼戦艦橋で、通信手が大石長官のもとへ駆け寄る。

 

「ワレ、敵艦隊ミユ! 本艦隊との距離、2万7千!」

 

「うむ」

 

 大石は報告を聞くと、軽く縦に頷く。

 

「艦隊の構成は分かるか?」

 

「ハッ! 戦列艦と装甲艦を中心に構成され、中には新型と思われる艦も確認されています」

 

「新型か。この状況でよく新しいものを作れるものだな」

 

「全くです」

 

「尚、中には甲板を全面平らにして竜を待機させている戦列艦や装甲艦が確認されています」

 

「ほぅ」

 

「我々の空母を真似ているのでしょうか?」

 

「航空戦力の有用性を知ったのだろうが、しょせん戦術のせの字も知らない、姿を真似ただけのものだろう」

 

「でしょうな」

 

 なら、潰すのは簡単だな。

 

 

 その後大石の指令ですぐに各空母は艦首を風上に向け、飛行甲板に上げられた第一次攻撃隊が発艦する。

 

 各空母には新型の艦戦『烈風』に艦爆『彗星』、艦攻『流星』『天山』で構成されており、約130機近くが飛び立ち、半数に分かれて敵艦隊の左右から挟みこむように移動する。

 

 

「第一次攻撃隊、全機発艦完了!」

 

「よし。空母と護衛艦隊は後方に下がり、戦艦部隊は前進。これより砲撃を開始する」

 

 第一次攻撃隊が発艦後すぐに空母とその護衛艦隊は戦艦飛騨と常陸と共に下がり、残りの戦艦は前へと出て右へと回頭する。

 それと同時に偵察機からの情報を基に各戦艦の主砲塔が左へと旋回し、砲身の上げ下げをする。

 

「そういえば、この紀伊にとっては初の実戦となりますね」

 

「そうだな。史上類を見ない51サンチ砲の威力。今回の戦闘で示されるか」

 

 実のところ就役して今日に至るまで紀伊はトラックに待機のままで実戦に出たことが無かった。別に紀伊の使用を躊躇ったわけではないが、あまりにも強力な威力を持つ51サンチ砲はそう簡単には使えない。

 なので、今回初めて紀伊の主砲が実戦で放たれるのだ。

 

「しかし、帝国には同情しますね。何せ2tや1.5t以上ある砲弾が雨の如く降り注ぐのですから」

 

「だろうな。史実でもこれだけの艦砲射撃は全く前例が無いのだからな」

 

 もっとも、46サンチの主砲を持つ戦艦が2隻しかいない上にほとんど撃っていないので、実現も何も無いが。

 

 

「全艦! 主砲発射準備完了!!」

 

 それからして全ての戦艦の主砲の照準が定まり、報告が旗艦紀伊へと伝わる。

 

「警報! 甲板要員は遮蔽物に退避!」

 

 艦長の号令で紀伊の主砲砲撃を始める警報が鳴り響き、甲板要員は艦内に入るか遮蔽物の陰に隠れ砲撃に備える。

 

「……全艦! 第一斉射! 撃ち方はじめぇっ!!」

 

 一間置いて大石が号令を下し、それぞれの砲の一門から一斉に雷鳴のような砲声と共に火を吹く。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「ん?」

 

 これから自分達に起こることなど露知らず、進行している帝国軍の艦隊。その中の一隻の甲板にいる乗員がふと顔を上げる。

 

 空は曇り出してはいるが、雷が鳴りそうな雲は出ていない。しかし雷鳴のような音が小さく響き渡っていた。

 

(何だ?)

 

 首を傾げていると、空に黒い点がいくつも現れる。

 

「お、おいあれ!」

 

 それに気付いた乗員が声を上げて空を指差し、全員が空を見る。

 

 すると黒い点は徐々に大きくなり、こっちに向かってきていた。

 

「な、何だあれは!?」

 

 慌てて声を上げるが、空気を切り裂く音とともに黒い物体のいくつかは艦隊の中央から散布して広範囲に着弾すると同時に大爆発を起こし、残りは艦隊の上で破裂して中から無数の焼夷弾がばら撒かれる。

 

 大爆発による衝撃波で木造の戦列艦はバラバラに砕け、装甲艦は舷側がひしゃげて甲板要員は吹き飛ばされて海へと叩きつけられる。

 そして雨の如く降り注ぐ焼夷弾によって木造の戦列艦は一瞬にして炎を上げ、装甲艦は甲板上で炎上、または不幸にも大砲に詰める火薬に引火して爆発を起こす。

 

 

 帝国軍が知る由も無いが、紀伊や大和型戦艦、岩木型巡洋戦艦、金剛型戦艦より放たれた51サンチと46サンチ砲弾はそれぞれ零式弾や三式弾であり、特に紀伊の51サンチの零式弾は至近弾でも木造の戦列艦を沈め、装甲艦は装甲がひしゃげるほどの威力を発揮していた。

 何より三式弾の威力は絶大で、木造の戦列艦では防ぐ手段が無い。

 

 

「な、何事だ!?」

 

 新型艦に座乗している艦隊の提督は目の前で起きている惨状が信じられなかった。

 

 戦列艦は大炎上して大砲の火薬に引火して爆発を起こし、装甲艦も一部が爆発を起こして沈んでいた。

 

「ふ、フソウ軍による砲撃です!」

 

「馬鹿な! やつらの船はどこにも見当たらんぞ!!」

 

 単眼鏡を見るもフソウの軍艦の姿はどこにもない。実際黒い点ぐらいで見えるはずだが、若干もやが掛かって視界が悪いので発見に至らないのだ。

 

「で、ですが現に砲撃がこうして降り注いでいるのです!」

 

 と、その瞬間新型艦から少し離れたところに砲弾が着弾し、大爆発を起こして波と衝撃波が襲い掛かる。更に炎を纏った塊が甲板に直撃し、火が広がり出す。

 

「馬鹿な。フソウの軍艦は……化け物揃いだというのか」

 

 振り落とされないように近くの物にしがみ付いて、自分達がどんな存在を相手にしているのかを思い知る。 

 

 だが、死神は次なる鎌を振り下ろさんとしていた。

 

 

 

「おー。より取り見取りだな」

 

 続けて第三斉射を受けた艦隊は更なる被害を受けている中、左右に分かれて艦隊の側面から接近していた第一次攻撃隊の艦爆隊は高度を上げて急降下爆撃を行おうとしており、蒼龍所属の江草隊の『江草志郎』少佐は自身の彗星から小さく見える艦隊を見下ろしていた。

 

「いいな! 訓練を思い出してやれ! 行くぞ!」

 

 そして一斉に彗星全機が急降下姿勢を取る。

 

 エアーブレーキを展開して機体が安定し、一定の高度に達した瞬間に胴体の50番爆弾1発と翼の25番爆弾2発が一斉に投下され、装甲艦の旋回式カノン砲に着弾して発射用の火薬に引火して大爆発を起こして船体が真っ二つになる。

 投下された全ての爆弾は装甲艦数十隻に着弾して、全てが甲板を貫通し、艦内で爆発して直撃した装甲艦ら全てを轟沈とさせた。 

 

 

 続けて左右に分かれていた烈風が戦爆として運用されている烈風と共に艦隊の左右から迫る。

 

 最初に機銃掃射を行い甲板員や魔法使いを射殺すると、続けて噴進弾を翼の下に6発ずつ計12発を下げている烈風による爆撃が戦列艦と装甲艦に襲い掛かる。

 放たれた噴進弾は戦列艦と装甲艦の舷側に突き刺さり、内部で爆発を起こして火災を起こし、大砲の火薬に引火して大爆発を起こす船が次々と現れる。

 

 しかし帝国側もやられてばかりではなく、態勢の整えた艦からカノン砲やバリスタなどの砲撃が開始され、マスケット銃や弓矢も放たれ、魔法使い達が炎や氷で弾幕を張るが、殆ど効果は無かった。

 

 その間に半分以上が沈められた全面平らの船より竜騎士が次々と飛び立つが、そのあいだに烈風の機銃掃射や彗星の爆撃によって飛び立つ前に竜騎士諸共ドラゴンは粉砕される。

 

 飛び立った竜騎士は艦隊の側面より雷撃を行おうとしている流星や天山の編隊に襲い掛かろうとするも、『岩本哲三』中尉と『坂井三良』中尉の烈風2機が竜騎士らに機銃掃射を行って粉砕する。

 直後に後ろから竜騎士がドラゴンより火球を吐かせてくるも二人は回避し、そのまま竜騎士とのドッグファイトを行う。

 

 が、零戦以上の性能を得ている烈風を操る二人は水を得た魚だ。捻りこみや木の葉落としを掛けて一瞬にして竜騎士の背後を取り、機銃掃射を行って粉砕する。

 

 

 そして烈風に護衛されながら海面すれすれの超低空飛行で雷撃隊は艦隊側面に迫る。

 

「こいつはすげぇぜ!」

 

 戦列艦や装甲艦より放たれるカノン砲やバリスタの砲撃が海面に着弾して水柱を上げて墜落させようとしており、流星に乗る飛龍所属の『友永定市』大尉は手汗を掻きながら操縦桿を握り、息を呑む。

 その中で流星と天山の数機が水柱に巻き込まれて墜落する。

 

「まだだ。まだだぞ……」

 

 投下レバーを握り、投下ポイントまで迫る。

 

「よーそろ、よーい……」

 

 砲弾が海面に着弾して上げられた水柱が流星のボディーに降り注ぐ。

 

「ってぇ!!」

 

 投下ポイントに達し、友永は投下レバーを下ろして胴体に吊り下げていた魚雷を投下する。同時に他の流星や天山も腹に抱えている魚雷を投下する。

 

 とっさに操縦桿を引いて上昇し、その際に翼の20mm機銃を放って戦列艦と装甲艦の甲板要員を粉砕する。

 

 投下され雷跡を描きながら海中を突き進み、戦列艦と装甲艦の舷側に突き刺さって起爆し、どれも船体を真っ二つに折られて轟沈する。

 更に反対側でも接近していた雷撃隊が魚雷を投下し、次々と戦列艦と装甲艦を沈めていく。

 

 

 周囲では炎を上げて沈んでいく船が続出する中、装甲艦の甲板で魔法使いが火球を出して飛ばし、噴進弾を翼に下げた烈風の胴体に直撃して炎上する。

 

『おぉ!!』と甲板要員は全員声を上げる。

 

「見たか! ざまぁみやがれ!!」

 

 誰もが烈風を撃ち落したことに歓声を上げていたが、直後に炎を上げる烈風は機首を装甲艦へと向ける。

 

「っ!? おい、おいあいつ突っ込んでくるぞ!?」

 

 それに気付き甲板要員は誰もが慌てふためき、魔法使いは魔法を放とうとするも慌ててしまい術式を噛んでしまう。

 

「くっ……ぐふっ!……どうせ、もう助からん!!」

 

 炎を上げる烈風の搭乗員は血を吐き血まみれになって意識を失いそうになるも気合で意識を繋ぎ止め、操縦桿を握り締めて針路を固定する。

 

「貴様らも、道連れだ!! 扶桑国! 万歳!!」

 

 そして烈風は猛スピードで装甲艦の旋回式カノン砲に衝突し、噴進弾がその衝撃で爆発するとカノン砲の火薬に引火して大爆発を起こし、船体が真っ二つに折れて轟沈する。

 

「……」

 

 その光景を見ていた烈風の搭乗員は悲しみを押し込むようにして噛み締めると、敬礼を向ける。

 

 

 

「馬鹿な。こんなことが……」

 

 爆撃を受けて船体が傾斜し始めた甲板上で艦隊の提督は驚愕の表情を浮かべる。

 

「皇帝陛下直属の艦隊が、こうもあっさりと」

 

 率いていたのはバーラット帝国軍の中でも精鋭を集めた帝国最強の艦隊だ。今回がフソウとの初めての戦闘だったが、それまでは無敗を誇る艦隊だった。

 だが、こう戦ってみて分かったことと言えば、自分達は強大な力を持つ、とんでもない国を相手にしているということだ。

 

「……これでは、帝国は――――」

 

 

 その瞬間周囲を炎を上げながら航行している装甲艦が突然爆発音とともに船体が真っ二つに折れて轟沈する。

 

「っ!?」

 

 提督は爆発した方向に視線を向けると、戦列艦や装甲艦が次々と船体が真っ二つに折れて爆発する。

 

「な、何だ!?」

 

「分かりません! 突然爆発を起こして次々と沈んでいます!!」

 

 突然船体が真っ二つに折れて轟沈する光景を目にした提督は呆然となるが、その光景を見て脳裏にある事が過ぎる。

 

 

 海の化け物。

 

 

 周囲には敵影が無い中で、船団が突然襲われ、全ての船が沈められて殲滅される事件が数多く起きていた。

 いつしかそれは海の化け物による仕業である、と広まったのだ。

 

「まさか、この海域に……やつらが……」

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 あながち提督の予想は間違っていなかった。

 

 

 海中にはあの幻影艦隊が潜み、先ほど艦首魚雷発射管より4本ずつ、計40本の魚雷を放ち、戦列艦と装甲艦を沈めていた。

 

 元々幻影艦隊は自分達の活動拠点である秘密基地へ向かう途中、帝国海軍の別働艦隊を偶然にも目撃した。幻影艦隊はすぐさま魚雷による雷撃にて、別働艦隊を殲滅した。

 その後無線傍受でトラックに敵艦隊の接近の報を聞き、移動後敵艦隊の側面から攻撃を開始したのだ。

 

「全弾命中を確認」

 

 潜望鏡から見える轟沈した装甲艦を確認した艦長が小原に伝える。

 

「ふむ。さすがの腕だな」 

 

 小原は魚雷の調整が完璧であることに水雷長の腕を評価する。

 

『魚雷室より艦橋! 魚雷3番7番発射管、4番8番発射管に魚雷装填! いつでも撃てます!』

 

 伝声管を通して魚雷の発射準備が整ったことが報告され、艦長が小原に視線を向けると彼は軽く縦に頷く。

 

「ってぇっ!!」

 

 艦長の号令とともに伊400型潜水艦10隻の艦首に内蔵されている8門の魚雷発射管の下から半分から九三式魚雷が一斉に放たれ、航跡を残さずに傾斜しつつある帝国の新型艦へと忍び寄る。

 

 新型艦に乗艦している提督は自身に向かって死神の鎌を振り下ろさんとしている魚雷の接近に気付く事無く、魚雷が10本近く新型艦の左舷へと被雷し、大爆発を起こして船体がいくつも分裂し、何が起きたのか理解する前に運命を共にした提督と轟沈する。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「報告します! 第一次攻撃隊。敵艦隊に甚大な被害を与えました!」

 

 通信手の報告を聞き『おぉ!』と声が上がる。

 

「さすがだな」

 

「えぇ。我が海軍最強の搭乗員が揃う精鋭部隊ですからね」

 

「あぁ」

 

 何せ初期から居る搭乗員が占めているのだ。その技量は計り知れないところがある。

 

「だが、念には念を入れ、各空母に打電。第一次攻撃隊を収容後、第二次攻撃隊を発進させろ」

 

「ハッ!」

 

 通信手はすぐさま無線の前に向かい、各空母へ第二次攻撃隊の発進を打電する。

 

「しかし、大艦隊で攻めておきながら、こちらに攻撃を仕掛ける事無く全滅しそうですね」

 

「うむ……」

 

 しかし大石の顔色は優れなかった。

 

「何か引っ掛かるところが?」

 

「いや、大したことじゃない。が……」

 

 大石は灰色の雲に覆われた空を見つめる。

 

「どうも嫌な予感がする」

 

「……」

 

 その言葉を聞き、副官の表情に緊張が走る。

 

「このまま、杞憂に終われば良いのだが……」

 

「そう願いたいものです」

 

 副官も同じ気持ちであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、この不安は現実のものとなるのだった。

 

 

 

 

 

 



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第三十四話 慢心と油断

 

 

 

 

「よーし! 第一次攻撃隊の弾薬、燃料補給に取り掛かれ!!」

「第二次攻撃隊の発艦準備急げ!」

 

 戦艦部隊の後方では、各空母へと帰投した第一次攻撃隊は再出撃のため格納庫で燃料と魚雷、爆弾の補給に入っていた。

 

 同時に飛行甲板には第二次攻撃隊が上げられ、発艦準備に取り掛かっていた。

 

 

「艦長! 第一次攻撃隊の収容完了。現在第二次攻撃隊の発艦準備に取り掛かっています」

 

「そうか」

 

 空母天城の飛行甲板では第二次攻撃隊の機体が上げられ発進準備に入っており、格納庫内では第一次攻撃隊が補給を受けている。

 

「それで、未帰還機の数は?」

 

 天城艦長の『杉田淳一郎』大佐は副官に問い掛ける。

 

「ハッ。我が艦の艦載機を含めますと……おおよそ約23機程となります。我が艦では7機ほど未帰還となっています」

 

「そうか」

 

 だがこれはあくまでおおよその数だ。増えることもあれば、減ることもある。出来れば減ってほしいものだ。

 

「バーラット帝国。やはり侮れんな」

 

「はい」

 

 杉田大佐の言葉に副官も軽く頷く。

 

「……しかし、嫌な天気だ」

 

 杉田大佐は険しい表情で曇った空を見つめる。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「さっすがは聨合艦隊最強の一航戦と二航戦、三航戦だ! まさに敵なしだな!」

 

「全くだ!」

 

 赤城の飛行甲板では甲板要員が笑いながら発艦する烈風を右手に帽子を持って振り回して見送る。

 

「これなら敵艦隊の全滅も時間の問題だな!」

 

「そうだな。それに対してこちらの被害は少ない。まさに無敵だ!」

 

 と、誰もが気が抜けていた。

 

 

 

 いや、こんな完全勝利に等しい状況では、慢心するなと言うほうが無理な話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、戦場というものは、いつ何が起こるか分からないのだ。たとえ勝利に等しい状況だとしても……

 

 

 

 

 

 

「っ?」

 

 ふと、赤城の甲板要員が空に視線を向けると、灰色の雲で空が覆われていた。

 

 

 

 その雲の中一瞬鈍く光が現れたかと思うと、その直後雲から大勢の大きなドラゴンに跨る竜騎士が降下してきた。

 

「っ!? て、敵機直上!! 急降下ぁぁぁぁぁっ!!」

 

 その姿を見た瞬間に大声を出し、その場に居た者達は一斉に空を見上げ、初めて竜騎士の存在に気付く。

 

「対空戦闘!!」

 

 すぐさま甲板要員は対空機銃と高角砲に着き迎撃を始める。

 

 他の空母と護衛艦も竜騎士の存在に気付き、すぐさま対空機銃と高角砲による弾幕が張られる。

 

 その中で防空駆逐艦である秋月型駆逐艦と防空巡洋艦である最上型航空重巡洋艦『伊吹』『鞍馬』より対空機銃と高角砲、噴進砲が一斉に火を吹き濃い弾幕を張る。

 

 

 その弾幕の中を恐れること無く竜騎士達は突き進み、次々と撃破される中ドラゴンより火球を空母に向けて一斉に吐かせる。

 

 回避行動を取っていた各空母は火球を回避していくも、狙いが正確で周囲に落下して水柱を上げてその衝撃が艦を揺らす。

 

 中には発艦しようとしていた機体が突然の回頭で機体が揺れて甲板から飛び立ち、バランスを崩してそのまま海面へと突っ込んでしまう。

 

「非人共に与する愚か者共が!! 俺が引導を渡してやる!!」

 

 竜騎士の一人がそう叫びながら、ドラゴンから火球を吐かせ、同時に他のドラゴンより火球が複数吐き出され、その直後に高角砲の放った榴弾が破裂した破片で身体を真っ二つに切り裂かれる。

 

 

 放たれた火球は回避中だった加賀の周囲に着弾して爆発、水柱を上げる。

 

 

 

 その中の4つの火球が加賀の飛行甲板へ吸い寄せられるようにして着弾し、飛行甲板に駐機していた天山と彗星が抱えていた爆弾や魚雷が機体諸共爆発して次々と他の機体に誘爆し、その中の2つが飛行甲板を貫通して格納庫内で爆発する。

 

 補給作業中であったために格納庫内で燃料に引火し、換装作業中で出していた魚雷や爆弾が次々と誘爆を起こして遂には航空燃料貯蔵庫に引火し、大爆発を起こす。

 それによって加賀の艦橋基部が爆発で吹き飛び、船体に大穴が開く。

 

 

「加賀が!!」

 

 赤城の甲板要員が大爆発を起こした加賀を目撃する。

 

「そんな……」

 

 しかしその直後に赤城も回避行動中に周囲にドラゴンの放った火球が落下して次々と水柱が上がって、その中の2つが飛行甲板に直撃し、そのまま飛行甲板を貫通して格納庫内部で爆発を起こす。

 

 それによって格納庫内で補給作業中であった艦載機と魚雷や爆弾が次々と爆発を起こし、格納庫の外壁のあちこちから爆発が起こる。

 同時に飛行甲板に駐機していた機体も内部からの爆発で舞い上げられ、そのまま爆発を起こして次々と誘爆を起こし、甲板上で大火災が発生する。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「――――!!!」

 

 赤城の甲板は爆発で四肢のどこかを吹き飛ばされ、木片が突き刺さって大量の血を流している甲板要員によって血の海と化しており、服に火が付いて火達磨となっている要員は転げ回ってもだえ苦しみ、その火を消そうと布を叩き付ける者。目の前の光景に呆然とする者。倒れている仲間を助けようと声を掛けながら身体を抱える者達。

 そんな阿鼻叫喚な光景が広がっていた。

 

 

 

「山口司令!大変です! 赤城と加賀が!」

 

「っ!」

 

 回避行動をしていた飛龍の艦橋で険しい表情を浮かべていた二航戦の司令長官山口中将は大火災を起こしている赤城と大穴が開いて艦内が見えている加賀が傾斜し始めているのを見て目を見開く。

 

「何という事だ。赤城と加賀が」

 

 

『敵機直上! 急降下!!』

 

 伝声管から見張り員の叫びが聞こえ、飛龍へ向かって急降下する数体の竜騎士が確認される。

 

「面舵いっぱいっ!!」

 

 航海士がとっさに伝声管に向かって叫び、飛龍は右へと回頭を始め、飛龍の対空機銃と高角砲が火を吹き弾幕を張る。

 

 竜騎士は飛龍と周囲の駆逐艦や巡洋艦から放たれる濃い弾幕に恐れること無く突っ込み、ドラゴンより火球を吐かせる。

 直後に何体かが機銃より放たれた弾に撃ち抜かれて粉砕される。

 

 火球は飛龍の周囲に落下して爆発した後に水柱を上げ、飛龍の飛行甲板を濡らす。

 

 そして竜騎士の一体が吐いた火球が一直線に飛龍の艦首側の飛行甲板先端に落下して爆発する。

 

『っ!』

 

 その衝撃が艦全体を揺らし、艦橋にいた者は全員倒れそうになるも足腰に力を入れたり、近くにある物にしがみ付いて踏ん張った。

 

「被害報告!」

 

『飛行甲板先端に直撃弾! しかし被害は軽微!!』

 

 艦橋の外を見ると、飛行甲板先端が焦げて捲れ上がっているが、離着艦に支障をきたすほどの損傷ではない。

 

「っ! 山口司令! 蒼龍が!!」

 

「っ!」

 

 すぐに飛龍から離れた距離で航行している蒼龍に目を向けると、艦橋が吹き飛んで黒煙を上げている蒼龍が視界に入る。

 

 先ほど飛龍に襲い掛かっていた竜騎士達が蒼龍に向けて火球を放ち、回避行動中の蒼龍の周囲に着弾して水柱を上げ、その中の1つが艦橋に直撃し、艦長以下艦橋要員総員戦死となった。

 

「あぁ……蒼龍が」

 

 艦橋が吹き飛んだ蒼龍を見た艦橋要員の一人が声をもらす。

 

 

 

「赤城と加賀! 行き足止まった!!」

 

 天城の艦橋は別の意味で戦場と化していた。

 

「飛龍及び蒼龍に直撃弾!」

 

「……なんという事だ」

 

 杉田大佐は目の前で起きている光景に奥歯を噛み締める。

 

 

「敵機! 左舷に来ます!!」

 

 艦橋要員の一人が双眼鏡を覗いて竜騎士が何体も向かってくるのを見つけて叫び、全員が注目する。

 

 すぐさま天城の左舷にある対空機銃と高角砲が火を吹き、向かってくる竜騎士を機銃の弾や高角砲より放たれる榴弾の破裂時の破片によって次々と撃ち落す。

 

 同時に天城の左舷側に居た照月と冬月、宵月の3隻からの弾幕で竜騎士は天城に辿り着く前に全滅する。

 

 

『敵機直上! 急降下!』

 

 だがその直後に竜騎士数体が天城の上空より急降下してきて火球をドラゴンに吐かせ、上昇する。

 

 火球は天城の周囲に着弾して水柱を上げ、一発が天城の艦首に直撃して吹き飛ぶ。

 

『っ!!』

 

 その衝撃は艦全体を揺らし、艦橋に居た者全員は近くにあった物に掴まって踏ん張る。

 

 

 同じ頃、竜騎士の襲撃を受け回避行動を取っていた土佐は左舷中央付近の舷側に火球が直撃して船体に穴が開き、浸水が発生するも迅速なダメコンが功を奏して傾斜が生じる前に浸水を止めることが出来た。

 

 空母が損害を受ける中、他の艦も竜騎士の攻撃を受け損傷を受けるも、殆どが軽微であったが、常陸は艦橋上部の射撃指揮所に直撃を受け、砲術長以下要員が重傷を受けるも死傷者は無し。

 

 第二次攻撃隊として発進していた烈風各機はすぐさま引き返し、他の艦に襲い掛かる竜騎士を迎撃する。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「長官! 大変です! 後方の空母部隊が攻撃を受けています!」

 

「何!?」

 

 通信手の報告を聞き大石は目を見開き声を上げる。

 

「電探! どういう事だ! なぜ今まで捉えられなかったのだ!」

 

『そ、それが、電探には何も……』

 

 副官が伝声管に向かって叫び、電探員に半ば八つ当たりのようにして叫ぶ。

 

「この紀伊の電探にも捉えられなかったというのか」

 

 紀伊型戦艦は見た目によらず対空戦闘を想定して設計されており、対空電探も他の電探を遥かに上回る性能を持つ。捉え損なうことはまずない。

 

 

「……恐らく、総司令が危惧していた転送魔法か」

 

 大石は冷静に状況をまとめ、ある事を思い出す。

 

「例の、帝国がエール王国より得た魔法技術ですか?」

 

「あぁ。だが、まさかこのタイミングで来るとはな」

 

 転送魔法の対策として開発されていた魔力電探は試験として本国に留まっている戦力に優先的に渡していたので、まだ主力部隊に行き渡っていなかった。

 

「被害は?」

 

「ハッ! 赤城は大破炎上。格納庫内で大火災が発生して消火は困難。加賀は大爆発を起こし、傾斜が生じています。飛龍は甲板に直撃弾を受けるも航空機の離着艦に問題は無いと。

 蒼龍は艦橋に直撃弾を受け、艦長以下艦橋要員、総員戦死。天城は艦首に直撃弾を受けるも問題は無し。土佐は左舷舷側中央付近に直撃を受け浸水が発生するも迅速な対応で傾斜は生じていません」

 

「そうか」

 

 被害が大きいのは赤城と加賀か。

 

「護衛艦隊に打電。上空警戒を厳と成せ」

 

「ハッ!」

 

 通信手はすぐさま無線機のもとへ向かい、各艦に指令を打電する。

 

「しかし、帝国も中々やりますね」

 

「あぁ。総司令が慢心と油断をするなと言うのも分かるな」

 

「俺も、まだまだだな」と大石は呟き制帽の鍔を持って深々と被る。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「長官。ハッキリと申し上げると、格納庫内の火災の消火は不可能。復旧の見込みは、ありません」

 

「……そうか」

 

 炎上している赤城の艦橋では通夜のような空気が流れており、赤城の現状報告を聞いた第一航空戦隊司令長官南雲中将は重々しく頷く。

 

「この赤城が……。慢心と油断がこのような事態を招くとは」

 

 南雲中将は窓際に近付くと右手を置き、握り締める。

 

「この南雲、最後の最後で詰めを誤った……」

 

『……』

 

 重々しい空気が流れ、南雲は決断を下す。

 

「艦長。退艦命令を」

 

「……了解」

 

 悔しい気持ちを抑えながら赤城艦長は縦に頷く。

 

「そして、駆逐艦に打電。乗員を救助後、雷撃にて赤城を処分せよ、と」

 

「……」

 

 

 すぐさま赤城からの退艦命令が下され、生き残った乗員達は脱出挺に乗り込み、燃え盛る赤城から脱出する。

 

 その後脱出した赤城乗員は駆逐艦『舞風』『春雲』『萩風』『野分』に救助され、それぞれの魚雷発射管が漂流する赤城と加賀に向けられ、九三式魚雷を放った。

 放たれた魚雷16本は外れること無く海上を漂う赤城と加賀に8本ずつ被雷して水柱が上がる。

 

 それから30分後、加賀は完全に海中に没し、更に2時間半後赤城も横転して水没し、その巨体を冷たい海へと没した。

 

 

 

 開戦以来、扶桑海軍にとって、赤城と加賀が初の戦没艦であった……

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「総司令。報告が入りました」

 

 それから3時間後、ヴァレル基地に待機している俺に海軍からの報告が入る。

 

「敵艦隊迎撃に向かった聨合艦隊は、敵艦隊を壊滅。しかし敵の転送魔法による奇襲攻撃を受け、空母6隻、戦艦1隻、巡洋艦3隻、駆逐艦5隻が損傷。尚、赤城、加賀は損傷甚大、その後雷撃処分をしたと」

 

 報告を聞き、俺は静かに唸り、両手を握り締める。

 

「転送魔法ですか。主力に回さなかったのが、仇となりましたね」

 

「あぁ……」

 

 大型空母2隻を損失。手痛いな。

 

(……まぁ、ミッドウェー海戦の再来とならなかっただけでも、不幸中の幸いか。もっとも、完全に回避できなかったのがかなり痛いが)

 

 しかし赤城と加賀以外も損傷しており、特に蒼龍、天城、土佐は本国のドックで無ければ修理できない損傷を受け、乗員の補充が必要となってくる。

 

(計画もかなり練り直さなければならないな)

 

 考えるだけでも、かなりやらなければならないことが多い。

 

 

 

 これからのことを考えていると、司令室の扉が乱暴に開けられ兵士が入ってくる。

 

「た、大変であります!!」

 

「どうした?」

 

「ハッ! 先ほど第一防衛線守備隊から連絡がありました! このヴァレル基地を目指し、帝国軍の大軍団が進攻していると!」

 

「なっ!?」

 

「何だと!?」

 

 その報告を聞いた瞬間、司令室に緊張が走る。

 

 

 



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第三十五話 ヴァレル基地防衛線

更新が遅れて申し訳ございません。引っ越し先でネット環境を整えるのに時間がかかって、今回は実家のパソコンを使って投稿しています。今後は不定期になるか、いつも通り週一になるかのどちらかになりますが、今後とも本作品をよろしくお願いします。


 

 

 

 

「海と陸の二面侵攻だと!?」

 

 陸からの帝国軍侵攻の報を受け、司令室ではさっきよりも慌ただしい雰囲気になり、無線通信が次々と入ってくる。

 

「こんな忙しいタイミングで攻めてくるとはな。そもそも大軍団が接近しているのになぜ気付かなかった」

 

「それが、深い森を利用して接近していたと思われます。そのせいで接近に気付けなかったかと」

 

「……」

 

「しかし海であれだけの戦力を投入して、続けて陸となると……」

 

「……タイミングからして、海の方は囮か」

 

 こちらの海軍の戦力を引き剥がす為に、大艦隊を大胆にも囮に使うとは。というか帝国にそんな余裕があるとは思えないんだが

 

「本国に駐留している海軍の予備戦力を呼び寄せるにも、時間が掛かります。

 それに、本国に残っていた戦艦5隻と正規空母2隻が新型の対地砲弾の試験のために出撃していますので、当てには」

 

 数日前、就役したばかりのあの戦艦の二番艦と伊勢型航空戦艦2隻と航空戦艦として生まれ変わった扶桑型航空戦艦2隻、雲龍型航空母艦2隻の計7隻が様々な試作装備の試験のため本国を出撃しているので、すぐには来られないだろう。

 ちなみにその艦隊には品川大将が視察を兼ねて艦隊司令官として乗艦している。

 

「聨合艦隊も先の戦闘の事があるから、航空戦力と艦砲射撃は望めないか」

 

「……」

 

「それで、状況は?」

 

「ハッ。現在第一防衛線守備隊が迎撃に当たっていますが、敵の数は多く、苦戦を強いられていると」

 

「……」

 

 敵も中々やってくれる。

 

(だが、どこからそれだけの戦力を調達してきているんだ)

 

 魔物なら巣窟から使役できるだろうが、まさか兵士は女子供や老人までを兵役しているじゃないだろうな。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 ヴァレル基地を中心に半径27kmの外周に位置する第一防衛線。

 

 そこは地獄とも見て取れる戦場と化していた。

 

 兵士や使役している魔物が雄叫びとともに防衛線に向かって突撃するも、起伏のある地形を利用して各所に配置しているトーチカ内部に配備されている三式重機関銃改や一式重機関銃改、『九○式野砲』『九二式十糎加農』の一斉射撃によって撃ち抜かれて射殺されるか飛び散る破片で殺傷されるか砲弾の直撃を受けてミンチよりひでぇ状態になるかで、大地を赤く染めて次々と屍を量産していく。

 

 その後方では『九六式十五糎榴弾砲』やドイツの『パンツァーヴェルファー』やソヴィエトの『カチューシャ』を参考にして開発した『四式二○糎噴進砲』を10本束ねて一式半装軌装甲兵車の後部に乗せた『五式噴進砲車』より放たれる砲弾や噴進弾が進攻する帝国軍へと襲い掛かり、爆発や飛び散った破片で次々と屍が量産されていくも後続の兵士や魔物達はものともせずに屍を乗り越えて走る。

 

 その中を走る多くの帝国軍の戦車もどきの大砲から放たれる砲弾がトーチカや塹壕付近に着弾するも、塹壕の前に停車しているティーガーと五式中戦車の主砲より砲弾が放たれ、戦車もどきの正面装甲を貫通する。

 

 

「クソッタレが!!」

 

 トーチカに設置されている三式重機関銃改を爆音とともに放ち、13mmの銃弾が次々と魔物から赤い花を散らせ粉砕する。

 それからしばらく撃ち続け、やがて弾帯が途切れる。

 

「給弾!!」

 

 銃手がコッキングハンドルを引くと上部の蓋を開け、もう一人がトーチカに備えていた弾薬箱一つを持って蓋を開け、そこから弾帯を取り出して三式重機関銃改の薬室へとセットして蓋を閉じ、銃手がコッキングハンドルを引いてU時トリガーを押し、射撃を再開する。

 

 再び飛んできた銃弾の雨に魔物や兵士達は次々と粉砕されて屍を量産していく。

 

「弾持ってきたぞ!」

 

 と、トーチカ内部の後ろの床にある扉が開き、兵士数人が弾薬箱を二個ずつ持って入ってくる。

 

 

 ヴァレル基地が本国の最終防衛線である要塞基地に次ぐ規模である所以は、全ての防衛線と各トーチカと基地は地下通路で繋がっており、各トーチカの補給は基地の地下にある弾薬庫より地下通路を通じて補給が行き渡るようになっている。むろん建造には困難が生じてまだ完成していない区画が所々ある。

 

 補給を受けて兵がトーチカから出て、その後も射撃を続けるが、銃身から薄く煙が出始めて赤くなっていく。

 

「ちっ! 銃身交換! いそげ!」

 

「了解!」

 

 銃手は射撃を中止し、もう一人に銃身交換を命令して自分は四式自動小銃を手にしてトーチカより射撃をして敵兵士と魔物を撃ち殺す。

 

 そのあいだにもう一人が焼け付いた三式重機関銃改の銃身を固定している根元の固定具を外して銃身を引き抜くと壁に立て掛けて新しい銃身を手にして本体に差し込み、固定具を取り付ける。

 

「交換完了!」

 

 それを聞いた銃手は四式自動小銃に安全装置を掛け壁に立て掛けてから三式重機関銃改に着き、射撃を再開する。

 

 

 

「撃てぇ!!」

 

 合図とともに装填手が拉縄を思い切って引き、九二式加農より轟音と衝撃とともに銃身が後座して榴弾が放たれ、突撃している帝国軍兵士や魔物の群れの中に着弾して爆発し、爆風で吹き飛ばされると同時に飛び散った破片で殺傷されて人生に終止符を打たれる。

 

 すぐさま女性兵士が尾栓を開けて後ろに砲弾を抱えていた男性兵士が薬室へと装填し、続けて装薬を押し込んで女性兵士が尾栓を閉じる。

 

「装填完了!」

 

「撃てぇ!!」

 

 装填完了の報告を聞き指揮官が号令を下し、再度装填手が拉縄を思い切って引き、轟音と衝撃波とともに銃身が後座して榴弾が放たれる。

 

 

 上空では竜騎士が後方の砲陣地に爆撃を仕掛けようとしたが、陣地周囲に配置されている一式対空戦車と三式重機関銃改による弾幕によって攻撃を仕掛ける前に次々と撃ち落とされる。

 

 弾幕の中を潜り抜けた竜騎士がドラゴンより火球を吐かせて陣地に着弾させるも、こちらに被害はなかった。やり返しといわんばかりに九四式六輪自動貨車の荷台に海軍の『十二糎二八連装噴進砲』が設置された車輌より噴進弾が放たれ、その中の数発が直撃して爆散する。

 

 直後にヴァレル基地の飛行場より飛び立った三式戦と四式戦、五式戦が到着し、空中で竜騎士と戦闘を開始する。

 

 

 

「クソッ! 次から次へとわんさかと湧きやがって!!」

 

 男性兵士は愚痴を溢しながら一式重機関銃改を撃ちまくり、帝国軍兵士と魔物を次々と撃ち殺していくが、全く減る気配が無い。むしろ徐々に屍と共に増えている。

 その証拠に足元や一式重機関銃改の下には大量の薬莢と弾を繋げているパーツが大量に積もっていた。

 

 しばらく撃ち続けると、弾が切れる。

 

「給弾!!」

 

 コッキングハンドルを引きながら男性兵士が叫び、とっさに女性兵士が弾帯の入った弾薬箱を探す。

 

「た、弾がありません!?」

 

「な、何だと!?」

 

 しかしトーチカにストックされていたはずの弾薬箱は尽きていた。地下通路を通じて補給係が来るはずだが、トーチカが多いのもあるが、襲撃自体が突然とあって更に一部の地下通路が未完成ということで混乱が生じ、補給が全てに行き渡っていないのだ。

 

「くそっ! 撃て!」

 

 男性兵士が叫び、女性兵士は腰のホルスターより二式拳銃を引き抜き、接近してくる兵士に向けて引き金を引き、射殺する。

 とっさにトーチカに置いていた四式自動小銃を持って構えると、連続して引き金を引いて銃弾を放ち、魔物の頭や心臓を撃ち抜く。

 

 

「弾持ってきたぞ!!」

 

 と、地下通路と繋がる扉が開き、弾薬箱を持ってきた補給兵が数人入り、弾薬箱を置く。

 

「遅い! 何やっていたんだよ!」

 

「怒鳴るなよ! こっちだって弾薬庫から重い箱持ってトーチカまで往復しているんだぞ!!」

 

 この第一防衛線から基地の地下にある弾薬庫まではトラックで移動するが、弾薬箱が重いので運ぶのは結構大変だったりする。

 まぁ、戦っている兵士側の事情もあるが、補給兵側にも事情というものはある。

 

「とにかく、急いでくれ!」

 

 補給兵達はすぐさま多くの弾薬箱をトーチカに運び入れ、すぐさまトーチカから出て次の補給に向かう。

 

 

「給弾急げ!」

 

「は、はい!」

 

 女性兵士は拳銃を置いて弾薬箱を持って蓋を開け、弾帯を取り出して一式重機関銃改にセットすると、男性兵士がコッキングハンドルを引いて装填し、射撃を再開する。

 

 

 

「用意! 撃て!」

 

 観測員の合図とともに数十基が設置されている『九七式中迫撃砲』に半装填している榴弾を手放し、直後にボンッ!という音とともに榴弾が弧を描いて放たれ、地面に着弾すると同時に破裂して爆風と破片が兵士と魔物に襲い掛かって殺傷する。

 

 塹壕には九九式軽機関銃や三式重機関銃改より曳光弾が混じった弾幕が張られ、接近してくる兵士と魔物を撃ち殺す。

 直後に戦車もどきの大砲から放たれた砲弾が塹壕手前に着弾し、土が塹壕にいる兵士たちに降り注ぐ。しかし悪く塹壕内に落ちた砲弾の着弾時の衝撃に巻き込まれた兵士が吹き飛ばされた塹壕の壁に叩きつけられる。

 

 ティーガーと五式中戦車の主砲より轟音とともに砲弾が放たれ、戦車もどきを正面から貫通して撃破する。

 

「急げ!」

 

 女性兵士の怒声が上がる中、『九八式臼砲』の発射台に絵に描いたロケットのような形状をした九八式榴弾を組み立てると、すぐさま組み立てに加わっていた兵はとっさに退避して女性兵士が発射スイッチを押し、九八式榴弾が勢いよく空へと飛び上がる。

 

 九八式榴弾は弧を描いて勢いよく落下し、戦車もどきの真上から落ちて戦車もどきを破壊しながら爆発し、周りに居た兵士や魔物を多く殺傷する。

 

「っ! 来るぞ!!」

 

 と、周囲で三式重機関銃改と一式重機関銃改が上空へと射撃が開始されると、塹壕に向かって降下する竜騎士がドラゴンから火球を吐かせ、更に手にしていた丸い爆弾を投下してきて塹壕付近に着弾し、爆発を起こす。

 

「クソッタレ!!」

 

 頭から砂を被りながらも女性兵士は火球の爆発時の爆風で吹き飛ばされ負傷した兵士に代わって九九式軽機関銃を手にして上空に向け、引き金を引く。

 弾は上昇しようとしている竜騎士が跨るドラゴンを撃ち抜き、射殺すると竜騎士はそのまま落下して地面に叩きつけられる。

 

「帝国はどれだけの数を投入してきたんだ!?」

 

「俺が知るか!」

 

 銃手は観測員の愚痴を聞きながら九七式自動砲の引き金を引き、戦車もどきの覗き窓へ着弾させて操縦手を木っ端微塵にする。

 

「少なくともざっと20万。最悪100万はいるんじゃねぇか」

 

「それは冗談きついぜ。そんな数をここで食い止めろって言うのか!?」

 

「……」

 

 観測員は地面を覆い尽くす帝国軍の戦力に息を呑む。

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

『こちら第一防衛線守備隊! 敵の数が多く抑えているのが精一杯です! 応援を請う! 応援を請う!!』

 

 銃声や爆音が周囲で響く中、切羽詰った防衛線守備隊の通信手の声が司令室に響く。

 

「敵はかなりの数を投入しているようですね」

 

「あぁ。一気に物量に物を言わせて攻め落とすつもりだろうな」

 

 いよいよソヴィエト染みたあいつみたいな戦法だな。まさかと思うが、あいつが帝国に居るわけないよな。……無いよな?

 

 

「だが、このままだとそう長く持ちそうにないな」

 

 事前に態勢を整えた状態ならまだしも、発見してから迎撃準備を整えてでは不足しているのが多い。何より敵の戦力が多いとあっては―――

 

(……長くは持たないな)

 

 俺はどうするか考えたが、すぐに答えが出てある決断を下す。

 

「第一防衛線守備隊に打電。現時刻を以って第一防衛線を破棄。防衛線守備隊は直ちに後退し第二防衛線守備隊と合流。迎撃態勢を整えさせろ」

 

「ぼ、防衛線を破棄するのですか?」

 

 司令官は驚いた表情を浮かべて俺に問い掛ける。

 

「已むを得ない。このまま現状を維持してもこちらの方が早く限界が訪れるのは目に見えているし、無駄な犠牲が増える」

 

「……」

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「防衛線を破棄だと!?」

 

 砲陣地にある第一防衛線守備隊司令部に後退命令が下り、指揮官は驚きのあまり周囲に爆発音など耳に入らず、声を上げる。

 

「なぜだ! あの程度の数など我が守備隊だけで撃退できるぞ!」

 

『まともに態勢が整っていない状況では長くは持たないと総司令は判断されている。守備隊は第二防衛線守備隊と合流し、迎撃態勢を整えろとのことだ。これは総司令からの直接の命令だ』

 

「ぬぅ……」

 

 指揮官は納得いかなかったが、総司令の命令とあれば逆らう事はできず、渋々承諾する。

 

 

 すぐに指揮官は各隊に後退命令を下す。

 

「後退命令だ! 持っていける物は出来るだけ持っていけ!」

 

 塹壕に居る兵士達は臼砲や迫撃砲を放置し、軽機関銃と重機関銃、自動砲を持って一式半装軌装甲兵車に乗り込み、それ以外はトーチカに向かう。

 そのあいだに五式中戦車とティーガー、各トーチカの重機関銃や榴弾砲、加農砲が掩護して敵を足止めする。

 

「置き土産の準備は出来ているな!」

 

「ハッ! バッチリであります!」

 

 重機関銃を持って地下通路へと入った兵士を見送りながら、トーチカに仕込まれたある物を作動させると、すぐに地下通路へと入って扉を固く閉じる。

 

 戦車隊は各隊の撤収を見送って最後に撤収し、主砲や車載機銃、同機軸機銃を放ちながら後退する。

 

 

 しばらくして第一防衛線守備隊の撤収が完了し、攻撃が止んだことで帝国軍は好機と見なし、一斉に進軍を開始してあっという間に第一防衛線があった場所を乗り越える。 

 兵士や魔物がトーチカの隙間から侵入するもその奥の扉は固く閉ざされているため中に入ることが出来なかった。

 

 そのあいだに軍団は進攻するが、その軍団の中央辺りが通過しようとした瞬間、各トーチカと防衛線周辺が大爆発を起こして軍団を吹き飛ばす。

 

 各トーチカや防衛線周辺には大量の爆薬を仕込んでおり、守備隊が後退する際に自爆装置を作動させていた。

 

 これはトーチカや塹壕に放置している兵器を鹵獲されるのを阻止する目的があるが、その爆発時の衝撃波や破片などで敵戦力を殺傷する目的もある。そしてトーチカの爆破は地下通路への扉を破壊して塞ぎ、侵入を阻むためでもある。

 

 大量の爆薬が爆発したことで隕石が落ちたかのようなクレーターがいくつも出来て、帝国軍はその戦力の多くを一度に失うこととなった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「第一防衛線守備隊の撤収が完了。現在第二防衛線を目指しているとのことです」

 

「第二防衛線守備隊も迎撃態勢を整えつつあります」

 

「ん」

 

 それぞれ報告を聞いて俺は軽く頷く。

 

「置き土産が大いに効果を発揮しているようですが、敵はまだ進軍を続けているようです」

 

 辻はテーブルに広げられたヴァレル基地周辺を拡大した地図の上に置いている帝国軍側を表している黒い駒を前に進める。

 

「だろうな」

 

 これで敵が諦めてくれると少し期待したが、さすがにそれは虫が良すぎるか。もっとも、そんな期待が持てるような相手ではないがな。

 

「なお、航空隊による攻撃を仕掛けていますが、竜騎士の数もそこそこ居ますので簡単にはいかないようです」

 

「更に魔法使いによる攻撃で撃墜される機が続出しています」

 

「……」

 

 どうやらこちらの攻撃に対する対策を取っているようだな。さすがにそこまで馬鹿じゃないか

 

(やはり、第二防衛線で何とか食い止めて本国から飛び立つ重爆撃隊の到着を待つしかないか)

 

 本国に待機している重爆撃隊の支援要請を行い、現在発進準備をしているそうだが、天候状況が悪く、発進できない状態だと本国の司令部より通信があり、状況を見て発進するとのことだ。少なくとも今日中には来られないだろう。

 

(海軍も本国に居る予備戦力も、明日にしか到着しないよな)

 

 つまりこの基地の戦力のみで乗り切るしかないのだ。

 

 まぁ何とか乗り切る自信はあるが、先の海戦での転送魔法による奇襲もあって、不安が過ぎる。

 

(そして飛行船もあるが、何より転送魔法を警戒しなければな)

 

 今のところ基地周辺にある電探基地から報告は無い。まぁ仮に現れたとしてもこの基地には震電と秋水、神龍が配備されているので、迎撃する術はある。

 

 最も警戒しなければならないのは、先の海戦で使用されたと思われる転送魔法による基地への直接転送だ。こちらは基地に魔力電探があるので奇襲を防ぐことはできるはずだ。

 

(この二つを警戒すれば、後は何とかなるか)

 

 俺は背もたれにもたれかかり、息をゆっくりと吐く。

 

 

 



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第三十六話 帝国軍の切り札

引っ越し先でネット環境が整いましたので、いつも通り週一投稿になります。


 

 

 一夜が明けて昼過ぎ。

 

 こちらの予想に反して帝国軍は昼を過ぎても動きを見せず、第二防衛線から13km離れた場所に留まっていた。

 

 夜中に海軍陸上航空隊の『芙蓉部隊』と呼ばれる艦爆彗星で構成されている夜間爆撃隊による爆撃を敢行しているが、敵は全く引く様子を見せていない。

 

 

 

「帝国は未だに動きを見せないか」

 

 司令室では一〇〇式司令部偵察機から撮影されている映像がスクリーンに流れており、帝国軍に動きは見られなかった。

 

「さすがに昨日の置き土産が大きく響いていると思われます」

 

 最初こそ進撃していた帝国軍だったが、置き土産による被害が大きすぎたのか途中で進撃を止めていた。

 

「このまま退いてくれればこちらとしては楽なのですがね」

 

「……だと良いんだがな」

 

 まぁそう簡単に進撃を止めるような連中ではないと思うが……

 

 

 

「っ!総司令! 電探基地より報告です!」

 

 と、オペレーターの一人が声を上げながら立ち上がる。

 

「たった今北北西高度1万1千距離9000に複数の大型機の反応を探知! 現在この基地を目指して進攻中!」

 

「な、なに!?」

 

「高度1万で大型機反応……」

 

「前回の本土爆撃を行おうとしていた飛行船か」

 

 やはり投入してきたか。

 

「飛行場の高高度迎撃隊に知らせ! 基地に接近中の飛行船団を殲滅せよ!」

 

「ハッ!」

 

 直ちに飛行場に指令が伝えられ、滑走路に『震電』や『秋水』『神龍』、試験運用の為少数配備されているジェット戦闘機『橘花』が出され、震電のエンジンと秋水と神龍のロケットエンジン、橘花のジェットエンジンの轟音が鳴り響き、次々と滑走路から飛び上がる。

 

 

「っ! 帝国軍が進撃を再開しました!!」

 

 と、迎撃隊が飛び上がった直後に一〇〇式司令部偵察機のカメラが、帝国軍が進撃を再開したのを映し出していた。

 

「一斉攻撃で一気にここを攻め落とそうというのか」

 

「あれだけの損害を受けて未だに進むとは。愚かを通り越して呆れますね」

 

 呆れた様子で辻が呟く。

 

「まぁ、連中が攻めてくるのなら俺達はそれを迎え撃つだけだ」

 

 

 

 

 直後に第二防衛線守備隊が攻撃を開始し、銃弾や砲弾、噴進弾が雨の如く進撃する帝国軍へと降り注ぎ、爆風や衝撃波が吹き荒れ、破片や炎が辺り一面に飛び散って大量の屍を量産する。

 

 

 続けて帝国側が第二防衛線へ爆撃を行おうと竜騎士を多く投入してきたが、三式戦と四式戦、五式戦の他海軍陸上航空隊の紫電と烈風が迎撃に向かい、空中で激しい戦闘が開始される。 

 竜騎士もそれなりの対応策を編み出したのか、1機に3体以上で攻撃を仕掛ける戦法を取ってきてこちらに損傷もしくは被撃墜機が出てきたが、固まって攻撃するのが仇となってか逆に竜騎士の被撃墜数が遥かに上回っていた。

 

 同時に高度1万m以上に出現した飛行船団を迎撃に向かった震電と秋水、神龍、橘花も戦闘を開始し、震電と秋水、神龍の機首や翼に搭載された30ミリ機関砲と橘花の機首に搭載されている25ミリ機関砲が飛行船の船体を穴だらけにして更に曳光弾によって木製の船体に火が付き、神龍と橘花、震電の翼下に懸架された噴進弾を発射して飛行船の船体を大きく抉るように破壊され、次々と墜落していく。

 しかも前回のことを何も学んでいないのか、飛行船には自衛手段がなく、迎撃機から逃れようと回避行動を取っている。そのため飛行船同士がぶつかり、そのまま墜落する飛行船が続出した。

 

 

 帝国軍が多くの犠牲を払いながらも進撃を続ける中、第二防衛線に設置されているとある兵器が狙いを定めていた。

 

「急げ! 早くしろ!」

 

「邪魔だ! 退け!」

 

 第二防衛線にある巨大な岩壁の内部を刳り貫いて出来た巨大トーチカの内部では砲兵達が忙しく走り回っていた。

 

「榴弾装填! 装薬装填!!」

 

 そんな中巨大な砲に巨大な砲弾と装薬が装填され、巨大な尾栓が閉じられる。

 

 

 扶桑陸軍が開発した最大の口径を持つ榴弾砲である『四十一糎榴弾砲』であり、海軍より譲渡されて本国とトラック泊地の沿岸、要塞基地に配備されている『砲塔四五口径四〇糎加農砲』に匹敵する口径と火力を有している。

 使用している砲弾は榴弾だが、サイズと重量も相まって強力な威力を発揮する。史実では『破甲榴弾』別名『べトン弾』と呼ばれる強固な要塞を破壊する砲弾を使用しているが、ここに配備されている本砲は侵攻する敵を迎撃する目的があるので専用の榴弾がある。

 

 

「装填完了!」

 

「照準良し!!」

 

「撃てぇ!!」

 

 合図した直後に轟音とともに砲身が後座して砲弾が放たれ、進撃中の帝国軍の中心辺りに着弾し、大爆発を起こす。

 その大爆発時の衝撃と爆風で地面にはクレーターが出現し、多くの兵士や魔物が吹き飛ばされ、飛び散った巨大な破片によって身体が粉々になって人間の形として原形を留めていない屍が増えていく。

 

 次々と各トーチカの加農砲と榴弾砲が放たれ、帝国軍の軍団に降り注いで多くの兵士と魔物達が粉々に粉砕されていく。それでも帝国軍は進撃の速度を緩めなかった。

 

 

「これだけの損害を受けていながら、なぜ退かないんだ」

 

 映像に映る帝国軍の姿に俺は拳を握り締める。

 

「兵士は消耗品の一つ、とでも言うのでしょうかね。理解に苦しみますね」

 

 辻も不機嫌そうに声をもらす。

 

「……」

 

 

「っ!? 総司令!!」

 

「どうした?」

 

「魔力電探に感あり! 第二防衛線から30km離れたところで転送反応が!」

 

「なに!?」

 

「このタイミングで」

 

「……しかも、これは――――」

 

「どうした!」

 

「……魔力の規模が、大きい」

 

「なに?」

 

「どういうことだ?」

 

「そのままの、意味です。しかも反応が、強い」

 

「……」

 

「規模が大きく、強力な魔力だと」

 

「……」

 

 何か、デカイのが来るというのか

 

 

「転送、来ます!!」

 

 すると森林がある方向から眩い光が放たれると、森を覆い尽くさんばかりに光の輪が広がっていく。

 

「っ!」

 

 光が強すぎて誰もが目を腕や手で覆う。

 

 

 

「……」

 

 光が収まり、俺は腕を退かすと――――

 

 

『っ!?』

 

 映像に映し出されている存在に目を見開き、それはその場や前線に居る兵士達も同じだ。

 

 

 山が出現した。最初に脳裏に浮かんだのは、それが最初だ。

 

 しかしよく見れば山のようだが、それはれっきとした生き物だった。

 岩の様にゴツゴツとした紅い体表を持つ、とてつもなく巨大な龍だった。

 

「な、なんだ、この大きさは!?」

 

「……山のように大きな、ドラゴンだと」

 

 おいおい冗談きついぞ。某ハンティングゲームの巨龍じゃないんだぞ。

 

「こんなものまで用意しているとは」

 

「恐らく、帝国軍は切り札を切ったと思われます」

 

「だからあれだけ攻撃を受けても退こうとしなかったのか」

 

 思わず舌打ちをしてしまう。

 

 

 その後すぐにあの巨大ドラゴンの正体を知るためガランド博士を呼び出し、司令室に博士が入ってくる。

 

「突然呼び出してすみません」

 

「いえ、お構いなく。それで、これが問題の?」

 

「えぇ」

 

 ガランド博士はスクリーンに映し出されている巨大なドラゴンを見て険しい表情を浮かべる。

 

「これは……『グレートドラゴン』」

 

「グレートドラゴン?」

 

 偉大な名前だこった。ってそのまんまか

 

「ドラゴン種の中で一番巨大と言われている存在です」

 

「一番巨大か」

 

「言い伝えで聞いたことはありますが、実際に見たのは初めてです。でも、これほど大きなものとは」

 

 博士はスクリーンに映し出されているグレートドラゴンが動き出した姿を見て呆然となる。

 

「こいつには巨大以外でどういった特徴が?」

 

「はい。性格は穏やかで、ブレスは吐きませんが、山のように巨大な身体で歩くだけで小規模の揺れが起こり、グレートドラゴンが行く先にある物は全て破壊されると言われています」

 

「そうか」

 

 いよいよ某ハンティングゲームの巨龍だな。

 

「ん? そういえば、こいつ」

 

 ふと、グレートドラゴンを見て脳裏にある光景が蘇る。

 

 

 もう一年ちょっと前になるが、あの時中間補給拠点となった砦と思われる廃墟の調査をして帰還している途中に出現したドラゴンの姿を思い出す。

 大きさや細部は違うが、どことなく似ている。

 

「あのときの、ドラゴンに似ているな」

 

「え? サイジョウ総理は、あのグレートドラゴンを前にも見たことが?」

 

「いや、俺が見たのはあんなごつごつとした巨大な姿じゃない。まぁでかかったことに変わりは無いが、何よりあれは気が荒かったぞ」

 

「……恐らく、それはグレートドラゴンの幼体かと思われます。幼体では気が荒いと言われていますから」

 

「あれで幼体かよ」

 

 結構な大きさがあった上に戦車砲の砲弾が効いてなかったんですが……

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 グレートドラゴンは移動速度こそかなり遅いが、歩幅が広く更に歩く度に小規模の地震が発生する。

 

 第二防衛線の各トーチカや丘のあちこちから戦車の砲撃や榴弾砲や噴進弾が一斉にグレートドラゴンへ向けて放たれ、四十一糎榴弾砲も衝撃波で砂煙を上げながら『破甲榴弾』が放たれる。

 

 雨の如く榴弾や噴進弾がグレートドラゴンに降り注ぐが、体表の表面に生えているコケが剥がれてその下は全く傷一つ付かず、四十一糎の破甲榴弾は体表の突起物を吹き飛ばしたが、それだけで殆ど効いていなかった。

 

 

 

「嘘だろ……」

 

 ヴァレル基地の飛行場より離陸した一式陸攻の機長は銀河と共に投下した80番爆弾が全く攻撃が効いていないグレートドラゴンに思わず声をもらす。

 

「80番を受けても全く損傷が無いとは」

 

「……」

 

 

「この飛龍をもってしてもだめか」

 

 四式重爆撃機 飛龍の機長は忌々しげに80番爆弾の直撃を受けても平気なグレートドラゴンを睨む。

 

「海軍陸上航空隊のやつらの爆弾も効いていないようですね」

 

「……」

 

 

「化け物め」

 

 彗星に乗り込んでいる『美濃部(みのべ)(ただし)』少佐はグレートドラゴンを忌々しげに睨みながら周囲を飛ぶ。

 

「このままでは、防衛線を突破されかねませんね」

 

「あぁ。だが、今の我々に出来ることは無い」

 

「……」

 

 

 悔しげにギリッと歯軋りを立て、爆撃隊は爆弾の補充のためそのまま基地へと戻る。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「グレートドラゴンへの砲撃及び爆撃、効果なし!」

 

「帝国軍! 第二防衛線に急接近! 塹壕周辺では混乱状態が起きているようです!」

 

「っ! 戦車もどきの砲撃でトーチカが破壊され始めています! このままでは防衛線が!」

 

 次々と報告が上がり、俺は静かに唸る。

 

「敵も中々やってくれますね」

 

「あぁ。切り札の投入で士気も上がっている。だが、あいつの硬さは厄介だな」

 

 四十一糎の破甲榴弾ですら殆どダメージが与えられんとは。

 

 これじゃ46cm以上の艦砲射撃があっても、ダメージが通るかどうかが怪しいな。

 

「……」

 

 スクリーンにはグレートドラゴンの出現で士気が上がっている帝国軍はどんどん侵攻を続ける。

 

(このままじゃ第二防衛線が突破されるのも時間の問題か)

 

 まぁ、それは今の状態(・・・・)を維持し続けている場合だがな。

 

「……だが、甘く見ないでもらおうか」

 

「……?」

 

 辻は一瞬怪訝な表情を浮かべる。

 

「司令官」

 

「ハッ!」

 

「例のあれは使えるか?」

 

「あれとは、まさか!」

 

 基地司令官はすぐさま例のあれが何かを察する。

 

「ハッ! 直ちに!」

 

 基地司令官はすぐさまとある場所に連絡を入れ、例のあれを使用するための準備をさせる。

 

「一体何を?」

 

「なぁに、目には目を。デカブツにはデカブツをぶつけるだけだ」

 

「デカブツ……」

 

 辻は一瞬分からなかったが、次の瞬間にはその正体に気付く。

 

 

 

 

 



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第三十七話 史上最大ノ巨砲、咆哮ス

 

 

 

 

 更に40分近く時間が経ち、グレートドラゴンはかなり第二防衛線に接近しており、防衛線守備隊は必死に攻撃を続けたが、全くグレートドラゴンの足止めにはならなかった。

 周囲ではグレートドラゴンが歩くたびに揺れが生じてバランスを保っている帝国軍兵士と戦車もどきの乗員が歓喜の声を上げながら進撃する。

 

「どうだ! グレートドラゴンの前にはフソウは手も足もでねぇようだな!!」

 

「あぁ! やはり我が帝国軍が最強だな!!」

 

 戦車もどきに乗る戦車兵達は高笑い、大砲を放って塹壕付近に着弾してフソウの兵士の一人が吹き飛ばされる。

 

「どうだ! 参ったか!!」

 

 戦車もどきの車長は高笑いを上げてまるで勝った気でいた。

 

 

 

 だが、メタい話ではあるが、人はそれをフラグと呼ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――ッ!!!

 

 

 

 

 

「っ!」

 

 すると雷鳴かそれ以上の轟音が響き渡り、誰もが一瞬身体が硬直する。

 

「な、何だ!?」

 

「雷でも落ちたのか!?」

 

 しかし見上げても空は快晴であり、とても雷が鳴るような天候ではない。

 

 さっきまで岩から出ている巨大砲と考えたが、それとは比べ物にならない爆発音であり、何よりどこにも巨大な大砲の姿は無かった。

 

 

 その直後、空から巨大な黒い塊が鈍い空気を切り裂く音とともに戦車もどきの真上に着弾し、乗員は塵一つ残ること無くこの世を去った。

 

 巨大な黒い塊によって四十一糎榴弾砲のとは比べ物にならない爆発と衝撃波が荒れ狂い、兵士や魔物、戦車もどきですら枯葉が風に吹かれて舞うように舞い上げられ、近くに居た者は衝撃波で原型が留めないほどに粉砕されるか身体のどこかが吹き飛ばされた。

 その衝撃波はグレートドラゴンですら仰け反らせ、進撃を止めた。

 

 その直後グレートドラゴンの右足付近に巨大な黒い塊が着弾して大爆発を起こし、更にもう一つが右脚に着弾し、四十一糎榴弾砲ですら目立った外傷を与えられなかったグレートドラゴンの強固な皮膚を粉々に粉砕し、グレートドラゴンはその激痛のあまり断末魔のような叫びを上げながらその場に倒れ込む。

 その際に巨大地震が起きたかのような揺れが襲い掛かり、第二防衛線守備隊にも多少の被害があった。

 

 

 

「な、何だこの揺れは!?」

 

 あまりの揺れの大きさに第二防衛線の守備隊の多くが足元を取られ尻餅をつく。

 

「見ろ! 山のように大きな龍が倒れたぞ!!」

 

 グレートドラゴンが地面に倒れ、『おぉ!!』と声が周りで上がる。

 

「四十一糎榴弾砲ですら損害がなかったというのに」

 

「海軍の紀伊型戦艦か?」

 

「いや、もっとそれ以上のやつだ」

 

「ってことは!」

 

「あぁ。間違いない」

 

 男性は確信を得ていた。

 

「ヴァレル基地にある、あれだな」

 

 ニッと笑みを浮かべると、右前足を失い地面に倒れうずくまるグレートドラゴンを見る。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「初弾遠! 二発目は近! 三発目は直撃です! あのデカブツの足をもいでやりました!」

 

「ふむ。初の砲撃で命中とは、これは幸先がいいな」

 

 巨大な黒い塊が空に向かって放たれた場所では、かなり巨大な物体が巨大な砲身を下げていた。

 

 その物体の形は知る人は知っている、旧ナチスドイツ第三帝國が開発した世界最大の列車砲『ドーラ』に酷似しているだろう。

 

 これこそ弘樹が浪漫のためにほぼ強引に個人の意思を貫き通して陸海軍の技術省に作らせた『試製八十糎列車砲』であり、このヴァレル基地に配備された3門が初めてその巨砲を放ったのだ。

 ちなみにこれをコストダウンされたのが『六十一糎列車砲』で、少数が別の基地に配備され、現在運用の為とある準備が施されている。

 

 しかし列車砲は史実ではレールの向きの関係上一定の向きにしか砲撃ができない使い勝手の悪い兵器であるが、このヴァレル基地には巨大な転車台をこの列車砲のためだけに建造しており、ヴァレル基地からのみではあるがこれによって360°全域へ砲弾を飛ばすことができる。

 ちなみにこの転車台にはあの紀伊型戦艦の50口径51サンチ三連装主砲の砲塔旋回装置の技術が用いられている。

 

「次弾装填急げ!!」

 

 指揮官の指示ですぐさま次弾装填の作業が急ピッチで行われた。

 

 砲兵要員の迅速且つ正確な動きと自動化された装填作業で、史実のドーラでは40分以上掛かった装填作業も33分で終了し、巨大な砲身が再びその巨砲の咆哮を上げるべくゆっくりと上げられ、巨大な転車台が大きな音を立てずにゆっくりと旋回する。

 

「仰角良し! 方位良し! 射撃準備完了!!」

 

 狙いをつけていた砲兵の報告を聞き、指揮官はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「総員遮蔽物の陰に退避せよ!」

 

 すぐさま必要な砲兵以外は近くにある遮蔽物の陰に隠れ、耳を両手で塞いで肺の中の空気を吐き出して口を大きく開ける。

 

「ふっ……撃てぇっ!!」

 

 と、大声で指揮官が叫び、紀伊型戦艦の51センチ砲と比べ物にならない大地を揺るがす轟音が大気を震わせ、巨大な列車砲自体が反動で後方に下がろうとするも太い鎖を何本も使って固定しているので反動による後退を阻止し、80センチの破甲榴弾が三つ空に向かって放たれる。

 

 

 

 放たれた80センチの破甲榴弾は地面に倒れうずくまっているグレートドラゴンの身体の各所に着弾し、その硬い体表を粉砕して体内に侵入して爆発し、巨大な紅い花を散らせた。それによってグレートドラゴンは辺り一面に血を撒き散らし、絶命する。

 爆発で飛び散った破片や血が周囲に居た帝国軍兵士に襲い掛かり、更に第二防衛線守備隊にも襲い掛かり、ある意味甚大な損害を被らせた。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「グレートドラゴン……沈黙を確認」

 

「……」

 

「凄い」

 

『……』

 

 もはやただの肉塊と化したグレートドラゴンを見て、辻が思わず声を漏らし、その場に居た誰もが息を呑む。

 

 雨の如く降り注いだ榴弾や徹甲弾、噴震弾の直撃を受けてもなんともなかったグレートドラゴンが、たった6発の80センチ破甲榴弾によって討伐された。

 

(無理やり作らせておいてなんだが……とんでもない威力だな)

 

 試験の時である程度威力は知っていたが、使用した相手ではインパクトが全然違う。

 

(だが、今回は相手が良かったとも言えるな)

 

 グレートドラゴンが巨大で動きが鈍重だったので命中したが、これが動きが速く大きさがそれほど大きくなければ恐らく命中などしないだろう。

 

「ですが、あっさりとでしたが何とかあのデカブツを倒しましたね」

 

「あぁ」

 

 まぁ、倒せたことに変わりは無いのだ。それで良しとしよう。

 

「これより残存戦力を叩く。抵抗しない者以外は排除しろ!」

 

 俺の指示はすぐさま前線へと伝わり、第二防衛線守備隊が一斉に帝国軍へと攻撃を開始する。

 

「さて、帝国はどこまで抗うと思いますか?」

 

「さぁな。できれば余計な犠牲が多く出る前に降伏してほしいが、そうはいかないだろうな」

 

 と言ってもちょくちょく降伏する者達が出始めているが、中には降伏しようとした兵士を別の兵士が殺害している光景が映し出されている。

 

「……」

 

 そんな光景に俺の中で怒りが煮え滾る。

 

 

 

『っ!?』

 

 すると突然基地が大きく揺らぐ。

 

「な、何だ!?」

 

「どこがやられた!」

 

 まさか取り逃がした飛行船が居たのか!?

 

 

「っ! 基地内の列車砲3門の内1門が弾詰まりを起こして爆発したようです! 現在被害を調査中!」

 

「な、なに!?」

 

「列車砲が暴発しただと」

 

 やっぱり試射した後の試作品を放置していたのが砲身の傷みを促進させていたのか。

 砲身を交換すればよかったんじゃね?ってなるんだろうが、ほぼ不採用になったから予備の砲身は作ってないから試験したときのままだよ。

 

(とは言っても、一門だけで済んだのは不幸中の幸いか)

 

 これで三門全てとなったらどうなっていたやら……

 

 ちなみに残りの二発はグレートドラゴンを倒され動揺が走っている帝国軍へと落下して大爆発を起こし、多くの兵士と魔物を塵も残さずに粉砕する。

 

「ですが、グレートドラゴンを倒した後でよかったですね」

 

「まぁな」

 

 とは言えど暴発の危険性があるので、残りの二門が使えなくなるのは手痛いな。

 

「帝国軍は?」

 

「グレートドラゴンを倒されたことで士気が低下しているようです。進軍速度が低下しています」

 

 切り札がこうもあっけなく倒されてしまっては、そりゃ絶望しかないよな。

 

「それに加え、グレートドラゴンの肉片や血によって帝国軍のみならず第二防衛線守備隊も損害を被っていますのがあると思われます」

 

「……」

 

 グレートドラゴンの死骸の周囲はある意味地獄なんだろうな……

 

 

 

「っ! 総司令! 魔力電探に感あり! グレートドラゴンの出現地点からです!」

 

「なに!?」

 

「まだ何かを送り込むつもりか」

 

 するとグレートドラゴンが出現した森の方から先ほどとは強くない光が発せられ、次第に光が弱まる。

 

「……」

 

「何も、無い?」

 

 しかし光が収まってもそこには何も出現していない。

 

「いや、森に隠れるほどの大きさしかないんだろう」

 

 そうなると歩兵か魔物、戦車もどきのどれかか。そうなるとかなりの数が送り込まれたか。

 

 

『っ! 司令部! こちら一〇〇式! 新たな敵部隊が出現! 戦車もどきです!』

 

 一〇〇式司令部偵察機の搭乗員の言葉通り、スクリーンには森から戦車もどきの大群が現れ、ヴァレル基地を目指す。

 

「戦車もどきか」

 

「しかも、かなりの数です」

 

 森から出現した戦車もどきの数はこれまでと比べ物にならない大群で、地面を覆い尽して進攻している。

 

「一難去ってまた一難か」

 

 向こうも向こうで懲りないなホント……

 

 

 




次回空と海からによる無慈悲な蹂躙戦が展開されるでしょう


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第三十八話 戦後処理の悩み

 

 

 

 

「おいおい冗談だろ!! どんだけ兵力をつぎ込めばいいんだよ! 糞が!!」

 

 五式中戦車のキューポラマウントに設置されている三式重機関銃改を放ちながら女性車長が増援を見て悪態を吐き、怒りに任せて五式中戦車の砲塔天板を叩き付ける。

 

 周りではグレートドラゴンが流した血や兵士と魔物の肉塊で大地は赤く染まっており、鼻が曲がりそうな生臭い臭いが辺り一面に漂っている。そんな中でトーチカや塹壕で残った帝国軍兵士との死闘が繰り広げられていた。

 

「死ねぇっ!!」

 

 帝国軍兵士が剣を振り下ろすが扶桑陸軍兵士は四式自動小銃を前に出して剣を受け止めるとそのまま蹴り飛ばし、銃床で殴りつけて銃口を向けて発砲する。

 

 別の場所では扶桑陸軍兵士を切りつけた帝国軍兵士に別の扶桑陸軍兵士が軍刀を勢いよく縦に振り下ろし、背中から切りつける。

 

 第二防衛線はそんな地獄絵図と化している。

 

 

 

「くそったれ!! 何なんだよあの数は!」

 

 九〇式野砲に着く砲手は愚痴りながら狙いを定め合図を叫び、装填手が拉縄を思い切って引いて砲弾が放たれて砲身が後座し、戦車もどきの正面から貫通して内部で爆発して撃破する。

 

「文句言うな! そんなの誰だって同じこと考えてるよ!!」

 

 装填手が文句を返しながら野砲に次弾を装填させると、拉縄を持つ。

 

 直後に戦車もどきの大砲から放たれた砲弾が九〇式野砲の近くに着弾し、野砲と砲手、装填手が吹き飛ばされる。

 

「がっ!?」

 

 砲手は背中から地面に強く叩きつけられ激痛が身体中を走る。

 

「きゃぁっ!」

 

「ぐぉっ!?」

 

 更に装填手が砲手の上に落ちてきて更に違い方向から激痛が身体中を走る。

 

「ご、ごめん!」

 

 装填手がすぐに退くも、砲手は悶絶して地面に倒れていた。

 

「う、うぅ」

 

「だ、大丈夫?」

 

「これが大丈夫に見えるか?」

 

「……」

 

「……だが、このままじゃ、まずいな」

 

 砲手は全身に激痛が走る身体に鞭打って上半身を起こして前を見ると、戦車もどきの大群は砂煙を上げながら進軍を続けている。

 

「制空権はこちらの手中にあるけど、さっきの巨大龍で爆撃した後だから爆撃機が無いのが痛いわね」

 

 竜騎士は陸軍航空隊と海軍陸上航空隊によって一掃されたので制空権は扶桑側にあるが、グレートドラゴンへ爆撃を行ってまだ飛行場で補給中であるので爆撃ができなかった。

 

「……」

 

 

 が、その直後に戦車もどきの大群が突如として爆発し、風に吹き上げられた木の葉のように舞い上がる。

 

「っ!?」

 

「な、何だ!?」

 

 誰もが驚く中、空気を切り裂く音とともに戦車もどきの大群は広範囲の爆発に襲われ、次々と破壊される。

 

「砲撃?」

 

「四十一糎榴弾砲や列車砲の砲撃、じゃないな」

 

 さっきの列車砲の砲撃と四十一糎榴弾砲の砲撃は爆発した数が多い。

 

「……艦砲射撃か?」

 

 砲手はとっさに海がある方向に視線を向ける。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 ヴァレル基地から南に32km先にある海域。

 

 

 そこには伊勢型航空戦艦と扶桑型航空戦艦が41センチ三連装主砲3基9門を轟音とともに砲撃を行い、次々と雷鳴のような砲声を響かせながらとある砲弾を飛ばしていた。

 

「それにしても、結構効果がありますね、これ」

 

「あぁ。対地攻撃を主眼にしていると聞いているが、これほどとはな」

 

 伊勢の艦橋では観測機からの報告を聞き、艦長と副長はそれぞれを口にする。

 

「伊勢や扶桑に換装された16インチでこれほどの威力であれば――――」

 

「あの戦艦の砲撃ではとんでもないでしょうね」

 

「だろうな」

 

 艦長は苦笑いを浮かべながら砲撃を行っている伊勢や日向、扶桑、山城の後方に居る一際目立つ戦艦を見る。

 

 伊勢型と扶桑型が駆逐艦に見えてしまいそうな錯覚を覚えるほど巨大な船体を持ち、それが持つ巨大な4基の主砲より伸びる3門ずつ計12門の砲身が今まさに砲撃を行おうと上げられていた。

 

 それこそが扶桑海軍が誇る超巨大戦艦である紀伊型戦艦、その二番艦である『尾張』である。

 

 尾張は紀伊と形状は似ているが、紀伊と違いとある試作兵器を搭載している関係上紀伊と比べると高角砲と機銃の搭載数が少ない上に棒状アンテナを持つ魔力電探を艦橋と煙突のあいだに立てて標準装備しているので、パッと見た感じ雰囲気が異なる。

 これらを見ると尾張はかなり実験的な要素が多い戦艦とも言えよう。

 

 

「観測機より報告! 弾着確認! 効果は大とのこと!」

 

『おぉ!』と昼戦艦橋内で声が上がる。

 

「使えますな、二式多弾は」

 

「あぁ。総司令が考案した物だ。使えて当然だ」

 

 尾張艦長の言葉を品川は腕を組み自信に満ちた声で言う。

 

 

 二式多弾とは、扶桑海軍が弘樹の考案した案を基に開発した戦艦専用の対地攻撃を主眼にした砲弾である。

 

 基本構造は1発の砲弾の中に小型爆弾を内蔵しており、41センチなら6つ、46センチなら7つ、51センチなら8つ内蔵している。

 小型爆弾に用いられている爆薬は従来の3倍以上の火力を有する特殊な物であり、コストは高いがその威力は一発一発が50番爆弾と80番爆弾の中間並みにある。

 

 しかしなぜそんな砲弾の開発が必要になったのか?

 

 

 事の始まりはこれまで地上への艦砲射撃で問題になっていたのが火力と範囲の二つであった。

 

 これまで地上への艦砲射撃には零式弾と三式弾を用いてきたが、零式弾では火力こそあるがその範囲が狭く、目標が広範囲に居ては効果が薄かった。

 三式弾では範囲こそ広いが火力が無いので破壊目標が大きい、もしくは強固であったら破壊力に不足していた。というのも三式弾は本来対空迎撃を目的にした砲弾なので破壊力が少ないのも仕方が無いのである。

 

 で、この事実に弘樹は『両方の特性を持った砲弾を作れないか?』と技術省に問い合わせたところから開発が始まったのだ。

 

 最初は色々と設計に難儀したが、三号爆弾や三式弾、滑走路を破壊する目的で開発されたクラスター式爆弾の構造からヒントを得て開発が大きく進んだのだ。しかしそれでも破壊力不足だったり爆弾の内部機構や信管設定、爆薬の選択、小型爆弾を囲う砲弾の強度問題等々、次々と問題点が浮上して開発はそう簡単には行かなかった。

 

 そして何とか完成した砲弾の試験のために就役したばかりの尾張を旗艦に伊勢型航空戦艦と扶桑型航空戦艦、雲龍型航空母艦と共に出港した。

 

 試験を行う無人島付近の海域へ向かう途中で聨合艦隊が接近中の敵艦隊の迎撃のため出撃したとの報を受け、試験を中止して本国に戻る途中ヴァレル基地へ帝国軍が進撃しているとの報を受け、品川大将の独自の判断で艦隊をヴァレル基地により近い海域へ向かわせた。

 その後観測機から状況を聞き出し、味方に被害がいかないように新型の砲弾の試験をついでに艦砲射撃を開始した。

 

 

 そして41センチ砲とは比べ物にならない砲声とともに51センチ砲が火を吹き、51センチの新型砲弾が12発飛翔し、先ほどの艦砲射撃で混乱が生じた帝国軍へ空中で砲弾が破裂して内蔵されていた8つの小型爆弾が散らばって地面に着弾し、地上を走る戦車もどきと兵士、魔物が吹き飛んだ。

 

 その後砲撃を終えた伊勢型航空戦艦と扶桑型航空戦艦からカタパルトで発進できるように改装された彗星と流星の2機種が飛び立ち、雲龍型航空母艦『雲龍』と『葛城』より同じく彗星と爆装した流星、噴進弾を翼下に懸架した烈風が発艦し、混乱で進撃を止めている帝国軍へ向かう。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「総司令! 判りました! 艦砲射撃を行っているのは戦艦尾張を旗艦とする第一試験艦隊です!」

 

「ということは、品川か」

 

 司令部では艦砲射撃の大本が判明し、俺はすぐに誰かが思い浮かぶ。

 

「しかし、新型砲弾の試験のために出撃したはずではなかったのでしょうか?」

 

「恐らく向かう途中で聨合艦隊が動いたことを知って試験を中止にしたのだろう。まさか支援に来るとは思わなかったけど」

 

 スクリーンには航空戦艦伊勢と日向、扶桑、山城、空母雲龍と葛城から飛び立った流星、彗星、烈風の爆撃が開始され、帝国軍の残存戦力に追い討ちを掛ける。

 

 

「っ!総司令! 本国より飛び立った爆撃隊が到着しました!」

 

「ようやく来たか」

 

 オペレーターより爆撃隊到着の報が入り、スクリーンに防衛線へ向かう爆撃隊の姿が映る。

 

「連山改。それも地上支援型と地上殲滅型とは、随分奮発したな」

 

「富嶽が居ないのなら、むしろ抑えた方でしょう」

 

「そりゃそうか」

 

 まぁ、抑えても凄いことに変わりは無いが。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「こりゃ凄いことになっていますね」

 

「あぁ。いったい何があったんだ?」

 

 機体左側面に改造した九二式十糎加農砲2門と『五式四十粍高射機関砲』2門が設置された地上支援型の連山改の操縦席では機長と副機長がグレートドラゴンが絶命して地面に横倒しになり、辺り一面赤く染まった地上の惨状を目の当たりにして少し引いていた。

 

「まぁいい。俺たちはやることをやるだけだ」

 

「ですね」

 

 機長は無線機を手にしてスイッチを入れる。

 

「まずは地上殲滅型の爆撃だ。森を含めて爆撃しろ」

 

 通信を送ると、5機の地上殲滅型の連山改が高度を下げながら先に進み、爆撃姿勢を取る。

 

 地上殲滅型の連山改は爆弾倉のハッチを開けると、そこにはずらりと噴進砲が並んでおり、三号爆弾の構造を基にした噴進弾が発射を今か今かと待っている。

 

 そして爆撃コースに入り、連山改の機体下部に並んだ噴進砲から一斉に噴進弾が煙を吐き出しながら放たれ、地面に着弾して破裂して炎を上げて地上の戦車もどきや兵士、魔物に襲い掛かる。

 

 そのまま連山改の爆撃は森へと続き、爆発とともに上がる炎で森はどんどん焼かれてそこから悲痛な叫びが上がる。

 

 これ以上増援を送られるのは面倒であると弘樹が転送魔法の反応が発生して敵戦力が湧いている森への爆撃を指示し、地上殲滅型の連山改に行わせた。自然破壊をしているようで気分の良いものではないが、戦場で一々自然のことを考えてはキリが無いだろう。

 

 

 その後地上殲滅型の連山改による爆撃が終了すると、地上支援型の連山改が戦場の上空を旋回し始め、機体の左側面に設置された九二式十糎加農砲2門と五式四十粍高射機関砲2門が地上に向けられ、一斉に火を吹く。

 一定のリズムで五式四十粍高射機関砲が、同じく九二式十糎加農砲が放たれ、地上に榴弾を降らして次々と戦車もどきと兵士、魔物を吹き飛ばして殺傷する。

 

 更に追い討ちを掛けるようにして尾張、伊勢、日向、扶桑、山城からの艦砲射撃に雲龍と葛城の烈風、流星、彗星の爆撃も加わり、先ほど爆撃した森を含めて戦場は多くのクレーターが出来た焦土と化した。

 

 

 そして一時間が過ぎた頃には帝国軍にもはや軍隊とは呼べない人数しか残っておらず、残った兵士達は全員降伏してようやく戦闘が終了した。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「俺が言うのもなんだが……これはヒドイ」

 

 色んな意味で惨状と化している戦場がスクリーンに映し出され、俺は思わず呟く。

 

「ここまでになるまで攻撃をやめなかったのです。自業自得です」シレッ

 

 他人事のように言うなよ。いくら敵でも、これはなぁ……

 

 

「しかし、これで帝国は深刻なダメージを負ったはずです」

 

「あぁ。これならしばらく満足に動くことは出来ないだろう」

 

「そう願いたいものですが……」

 

「……」

 

 まぁ、これで帝国が止まるとは思えんがな。

 

(しかし、後処理のことを考えると頭が痛くなるな)

 

 で、一番の問題なのは――――

 

「あの死骸はどうするかだよな」

 

 俺は肉塊と化して辺り一面を血の海にしているグレートドラゴンを見てため息を吐く。

 

 これを片付けるとなると……

 

「……気が滅入るよな、これ」

 

 俺がやるわけじゃないが、それでもこれはなぁ。

 

「今まで集めた捕虜を動員すれば、何とかなるでしょう」

 

「捕虜を動員、か」

 

 確かテロル諸島に作った収監所には捕らえたり投降した帝国軍の捕虜を集めて、10万人以上はいたはず。まぁこれから更に増えるだろうがな。

 

「ブラックなやり方だが、仕方ない。処理は陸軍と捕虜にやらせる。後のことは辻に任せる」

 

「ハッ!」

 

「次にボロボロになった防衛線の再構築を行う。仮にまた襲撃があっても対応できるようにな」

 

「では、我が基地に駐留している第6機甲連隊と第8戦車大隊を送りましょう。彼らもしばらく出撃がなくうずうずとしている頃でしょうし」

 

「よし。ならそうしてくれ」

 

 俺は深くため息を吐いて背もたれにもたれかかる。

 

「さて、後は―――」

 

「今後についてですね」

 

「あぁ。色々と計画を練り直さないといけないし、戦没した赤城と加賀の分補充する戦力を再編成しないといけないし」

 

 かと言っても一部はどうしても編成を崩すわけにはいかないし、建造中の空母を編入させるにも乗員と搭乗員の育成が間に合わない。

 

「考えるだけでも頭が痛くなりそうだ」

 

 再度深いため息を吐いた。

 

 

 

 




なんかあっさりと戦闘が終わった気がしますが、長引かせてもよくないので。


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設定:兵器編

 

 

 

 史実に作られた兵器に扶桑独自の改造を施している、もしくは扶桑独自の兵器のみを記載。

 

 

 

 小銃

 

 

 試製四式自動小銃

 扶桑陸軍が開発した初のセミオート式小銃。四式自動小銃の試作品で、史実の四式自動小銃と異なりコピー元である『M1ガーランド』の機構を多く用いて装弾方式もM1ガーランド同様『エンブロック・クリップ装弾方式』を採用し、10発の実包を装填できる。

 性能は従来の小銃を上回るもので試験も良好だったが、M1ガーランド同様最後まで撃たないとクリップの変更ができない上に途中で弾を追加することができず、最後の一発を撃つと甲高い音を立ててクリップが排出されるなどの欠点を持ち、正式量産型は10発の実包を装填できる着脱式マガジンに設計変更されている。少数生産されたその内の一丁を西条弘樹が愛用し、正式量産型が流通された後改良が施され、手動で未使用の実包を排出できるようになり、途中で実包の追加ができるようになった。

 

 

 五式自動小銃

 扶桑海軍が開発した陸軍の四式自動小銃と正式採用を争った試作自動小銃で、陸海軍共に四式自動小銃が正式採用されたが、本小銃は極少数で生産されてそのうちの一丁を品川愛美が愛用している。

 四式と違いナチスドイツ第三帝國の『ワルサーGew43半自動小銃』を基に着脱式マガジンからエンブロック・クリップ装弾方式を採用しており、実包は四式と同じ10発装填できて連射性能が四式より高いが、四式よりコストが高い上にエンブロック・クリップ装弾方式なので撃ち終えるとクリップが甲高い音とともに排出され、途中から実包の追加ができない欠点がある。

 

 

 

 重機関銃

 

 

 九二式重機関銃改

 扶桑陸軍で旧式化している九二式重機関銃の一部のパーツを交換して給弾方式を保弾板方式から弾帯方式に変更し、射撃持続時間と連射速度が向上している。

 

 

 一式重機関銃改

 九二式重機関銃改と同様の改造が施されたもので、元々が九二式重機関銃の軽量型とあって現在も使用され続けられている。

 

 

 三式重機関銃改

 扶桑陸軍主力の重機関銃。扶桑海軍が開発した『三式十三粍固定機銃』をコピー元の『ブローニングM2重機関銃』と同様の仕様に再設計した重機関銃。口径は13mm。安定した弾道や連射性能、信頼性のある品質とあって、陸海軍で様々な用途で使用されている。

 

 

 

 対戦車兵器。

 

 五式九糎噴進砲

 試製四式七糎噴進砲の実働データから更に強化発展させた試製五式九糎噴進砲の正式量産型。問題視されていた極度の弾道の不安定が解消された上に破壊力が向上している。形状はナチスドイツ第三帝國の『パンツァーシュレック』に似ている。

 

 

 

 戦闘装甲車輌

 

 

 五式中戦車

 扶桑陸軍が開発した中戦車。重戦車並みの火力と装甲を持つコンセプトを持つ中戦車として開発され、九九式八糎高射砲を長砲身化し半自動装填装置を搭載した『試製八糎戦車砲(長)』を搭載し、重戦車並みの装甲を持ちながら中戦車に劣らない機動力を有している。次世代主力戦車の先駆けとして様々な新鋭技術が用いられている。

 

 

 ティーガーⅠ

 扶桑陸軍が使用する唯一の重戦車であり、海外製の兵器を国内生産したもの。元々は西条弘樹がやっていた『Another World War』内でナチスドイツ第三帝國がモデルとなっている仮想国家の重戦車ティーガーⅠを戦車研究のために数輌輸入し、その後ライセンスを取得して扶桑国内での運用を想定して一部仕様を変更して量産した。

 主な仕様変更点は重量削減のため一部装甲を削減し、足回りを扶桑独自の物に変更して頑丈になっている他に同軸機銃と車載機銃が九二式重機関銃改に置き換えられている。オリジナルと比べると装甲が薄くなって足回りがティーガーらしくなくなっているが、砲性能はそのままでオリジナルで問題だった足回りの壊れやすさが砲塔及び車体の軽量化と足回りの変更による頑丈さ向上で減少している。

 

 

 一式対空戦車

 扶桑陸軍が開発した対空戦車。史実では大日本帝国陸軍で『試製対空戦車 タハ』として計画されたもので、その案を元に一式中戦車 チヘの車体を改造して『九六式二十五粍高角連装機銃』を搭載している。

 ちなみに本車輌にはバリエーションが存在して、九六式二十五粍高角連装機銃を搭載したものを一型と呼び、三式重機関銃改を改造して4門搭載したものを二型、五式四十粍高射機関砲を2門搭載したものを三型と呼ぶ。

 

 

 五式十五糎砲戦車

 扶桑陸軍が開発した自走砲。史実では大日本帝国陸軍で『試製五式十五糎自走砲』と呼ばれた自走砲の設計を改めて一式中戦車 チヘの車体を改造して『九六式十五糎榴弾砲』を改造した物を搭載して開発されている。

 

 

 

 

 航空機

 

 

 連山改

 

 扶桑軍主力の重爆撃機。史実では大日本帝国海軍で開発された重爆撃機で、その設計を更に拡大強化させたもの。史実の連山より大きく防弾性能の向上と防空機銃の増設を行ったので、全長とスペックはアメリカ空軍の重爆撃機B-29に匹敵する。通常の爆撃機としての他に三種類のバリエーションが存在する。

 

   防空迎撃型

   爆弾倉を撤去して防空機銃を多く増設した防衛型連山改。その弾幕は航空機から放たれるものとは思えない濃さと言われている。

 

   地上支援型

   その名の通り、地上部隊を支援するために、爆弾倉を撤去して代わりに機体左側に九二式十糎加農砲と五式四十粍高射機関砲を2門ずつ搭載した連山改。コンセプトはガンシップと呼ばれるアメリカ空軍の対地専用攻撃機『AC-130』に通ずるところがある

 

   地上殲滅型

   その名の通り地上の敵戦力を殲滅するために爆弾倉に四式二十糎噴進砲を詰められるだけ詰め込んでおり、三号爆弾の設計を取り入れた専用の噴進弾を搭載する。

 

 

 富嶽

 扶桑軍が開発した超重爆撃機。史実では大日本帝国が米国本土へ爆撃を行うために計画したが技術面と資材面から開発を中止した超重爆撃機で、扶桑軍では最大規模の航空機である。実験的な機構が多く、コストが高いとあって連山改のような様々なバリエーションで試験をするために限定した数で生産している。

 

 

 晴嵐改

 扶桑海軍内では存在が秘匿されている幻影艦隊の伊-400型潜水艦が搭載する専用の艦載機として開発された水上攻撃機。史実のより機体が大型化しており、燃料タンクの大きくなっているので航続距離の大幅な延長、発動機は史実のより二段階近く強力な物になっており、速度が増してパワーが向上したので爆装量が増加しており、最大でも80番爆弾(800kg)を二発搭載できる。更に翼内に20mm機銃を二挺追加しているので、自衛戦闘を可能としている。

 フロートは収納式になっており、着水時にフロートを下ろして展開するようになっている。

 

 

 烈風

 扶桑海軍が開発した零式艦上戦闘機に次ぐ艦上戦闘機。装甲、パワー、運動性能など、全てにおいて零式艦上戦闘機を上回る性能を持ち、純粋な戦闘機の他に戦闘爆撃機として運用される。カラーリングは零戦に準じたカウル部分だけ黒く緑と白で塗装されている。

 

 

 橘花

 扶桑軍で開発され、初めて実用化したジェット戦闘機。史実のものより設計を改め、機体サイズが元となったと言えるかは別として、ナチスドイツ第三帝國が開発した世界初の実用ジェット戦闘機『Me262』と同じ大きさとなり、搭載しているジェットエンジン『ネ20』は史実のよりスピードと航続距離、燃費などの性能が向上した物を搭載している。機首には新型の『25mm機関砲』を4門搭載して、翼の下には噴進弾を6本搭載できる懸架装置が搭載されている。

 ジェット戦闘機として設計開発されているので、軽くなら格闘戦闘を可能としているが、その際に速度が減少する面は史実のMe262と同じだ。陸海軍共有で運用される予定。

 

 

 火龍

 扶桑軍で開発された、橘花と同時期に開発されたジェット攻撃機。橘花より機体サイズが一回り大きく、搭載しているジェットエンジン『ネ21』はネ20よりパワーが上で速度が僅かに下がっているものの、燃費は目立つほど悪くなっていない。機首には30mm機関砲を2門持ち、翼の下には噴進弾を8本搭載する懸架装置を搭載し、胴体下には50番を二つ、80番を一つ搭載する懸架装置を選択して装備できる。攻撃機として開発されているので、装備を変えれば雷撃機として運用できる。

 元々橘花と火龍はそれぞれ陸海軍で分けて運用する予定だったが、いっそのことそれぞれ専用の役割を持たせて開発し、陸海軍共有で運用しようということになっており、陸軍では基本形態に近く、海軍では機体下部前後にフックを搭載するなどの相違がある。

 

 

 景雲

 扶桑軍で開発された、橘花と火龍と同時期に開発されたジェット爆撃機。他の2機と違い、ジェットエンジンを翼の下ではなく機体に内蔵し、吸口部が機首にあるなど特徴的な姿をしている。搭載しているジェットエンジン『ネ330』は火龍のネ21よりパワーが倍近く上で更にスピードもそこそこあるが、燃費が悪くなってしまい、機体サイズがかなりずんぐりとした見た目になって、爆弾を搭載する懸架装置を二基排除して増倉を搭載する懸架装置を搭載している。機首には30mm機関砲を4門持ち、ジェットエンジンが胴体に移動したので翼下には噴進弾を12発搭載できるようになり、50番爆弾を4つ搭載できる懸架装置を持つ。

 

 

 神龍

 扶桑軍で開発されたロケット戦闘機。元々は連合国軍によってロケット戦闘機秋水の改良発展型と計画されたものを伝えられるもので、その計画を基に開発が行われた。形状はデルタ翼とカナードを持ち、武装は20mm機関砲4門と噴進弾6本を搭載している。同じロケット戦闘機秋水の飛べる5分30秒より若干長い6分40秒の航続距離を持つ。

 

 

 

 軍艦

 

 史実とは異なる軍艦と扶桑独自の軍艦のみ

 

 

 駆逐艦

 

 

 秋月型防空駆逐艦

 扶桑海軍が建造した最新鋭駆逐艦。史実では計画のみだった『改秋月型駆逐艦』の設計を基に建造されており、史実より船体が大型化し、大型駆逐艦という艦種に分けられることもある。他に機関出力の増強、敵艦との交戦を考慮して雷装の強化などがある。高性能な高射装置と性能の高い電探と連動する機能を持つので、防空性能が扶桑海軍の中でトップクラスに入る。

 同型艦でも船体や武装、電子機器などの仕様が若干異なるので三つに分けられている。

 

  秋月型

 

   1番艦『秋月』

 

   2番艦『照月』

 

   3番艦『涼月』

 

   4番艦『初月』

 

   5番艦『新月』

 

   6番艦『若月』

 

   7番艦『霜月』

 

  冬月型

 

   1番艦『冬月』

 

   2番艦『春月』

 

   3番艦『宵月』

 

   4番艦『夏月』

 

  満月型

 

   1番艦『満月』

 

   2番艦『花月』

 

 

 巡洋艦

 

 

 阿賀野型軽巡洋艦

 扶桑海軍が建造した新鋭軽巡洋艦で、史実では『改阿賀野型軽巡洋艦』として計画された設計を基にしているので、史実より船体が一回り大きく、機関出力が上がっているので速力が向上しており、扶桑海軍最速の駆逐艦島風に匹敵する速力を持つ。

 

   1番艦『阿賀野』

   

   2番艦『能代』

 

   3番艦『矢矧』

 

   4番艦『酒匂』

 

 

 

 最上型航空重巡洋艦

 扶桑海軍が建造した小規模ながら航空戦力を扱う珍しい重巡洋艦。史実では航空巡洋艦として戦時中に改造されて、扶桑海軍内では最初から航空巡洋艦改め『航空重巡洋艦』として建造されている。

 5番艦と6番艦のみは基本はそのままで機銃や噴進砲、対空電探の増設などで防空性能を向上させた『防空巡洋艦』として建造されており、秋月型防空駆逐艦に匹敵する防空性能を持つ。

 

   1番艦『最上』

   

   2番艦『三隈』

 

   3番艦『鈴谷』

 

   4番艦『熊野』

 

   5番艦『伊吹』

 

   6番艦『鞍馬』

 

 

 利根型航空重巡洋艦

 扶桑海軍が建造した最上型同様で二艦種しかない航空重巡洋艦。史実では原設計で航空機運用を想定したが甲板が二段になっていたとあって十分に生かせない欠点があったが、扶桑では最初から最上型と同様に航空巡洋艦として設計している。

 

   1番艦『利根』

 

   2番艦『筑摩』

 

 

 航空母艦

 

 

 赤城型航空母艦

 扶桑海軍が建造した天城型巡洋戦艦の1番艦天城と2番艦赤城を航空母艦に改装したもの。基本設計は史実同様で、甲板に識別文字は両方とも頭文字が同じなので天城は『アマ』、赤城は『アカ』と書かれている。

 1番艦赤城はバーラット帝国によるトラック泊地襲撃の迎撃の際、転送魔法で送られた竜騎士の爆撃を受けて爆弾や魚雷の換装作業中だった艦載機と置かれていた爆弾や魚雷が次々と爆発して大破炎上し、その後駆逐艦によって雷撃処分された。

 

   1番艦『赤城』

 

   2番艦『天城』

 

 

 加賀型航空母艦

 扶桑海軍が建造した加賀型戦艦1番艦加賀と2番艦土佐を航空母艦に改装したもの。基本設計は史実同様。

 1番艦加賀は赤城同様に竜騎士の爆撃を受け燃料貯蔵庫が大爆発を起こし、横転転覆して沈没した。

 

   1番艦『加賀』

 

   2番艦『土佐』

 

 

 大鳳型装甲航空母艦

 扶桑海軍が建造した初の装甲空母。史実では『改大鳳型航空母艦』として計画された設計を基にしており、史実より船体が一回り大きく艦載機の搭載数が多くなり、装甲化した飛行甲板は350kg爆弾の直撃を受けても耐えられるようになっている。その他にも様々な問題点を解消している。更に史実では存在しない2番艦が建造されている。

 現在は2隻共最新鋭技術を投入しジェット機の運用を想定した近代化改修が施されている。

 

   1番艦『大鳳』

 

   2番艦『大峰』

 

 

 雲龍型航空母艦

 扶桑海軍が建造した正規空母。史実では未完成に終わった3隻も完成させて簡易的だが飛行甲板には装甲が施されている。扶桑海軍の空母の中で一番姉妹艦が多い。

 

   1番艦『雲龍』

 

   2番艦『長鯨』

 

   3番艦『葛城』

 

   4番艦『笠置』

 

   5番艦『阿蘇』

 

   6番艦『生駒』

 

 

 信濃型装甲航空母艦

 扶桑海軍が建造した大和型戦艦3番艦信濃を装甲航空母艦に改装したもの。史実と違い最初から装甲空母として建造が進み、戦艦並みに船体が頑丈かつ正規空母並みの艦載機の搭載数を誇る。現在は大鳳型装甲空母同様に最新鋭技術とジェット機の運用を想定した近代化改修が施されている。

 

   1番艦『信濃』

 

 

 戦艦

 

 

 新金剛型戦艦

 旧式化しつつある金剛型戦艦に大規模な改装を施したもので、史実では金剛代艦型戦艦として『藤本案』と『平賀案』が存在し、扶桑ではその設計案二つの良い所を抜き出して再設計し、既存の金剛型に大規模な改装が施された。

 主な改装部分は船体は艦尾側に24m延長し主砲を45口径46cm連装砲に換装して機関を新型の物に換装され機関出力が強化されている。そして各機器面を最新鋭の物に交換し、艦橋上部に15m測距儀と二二号電探を搭載して煙突を大和型戦艦の煙突に酷似した形に変更している。

 

   1番艦『金剛』

  

   2番艦『比叡』

 

   3番艦『榛名』

 

   4番艦『霧島』

 

 

 扶桑型航空戦艦

 扶桑海軍が建造した扶桑型戦艦に史実では計画のみだった航空戦艦への改装を施したもので、更なる改装で飛行甲板の拡大が施された代わりに主砲は3基に減ってしまったが、火力低下を補うために45口径41cm三連装砲に換装されている。

 主な艦載機はカタパルトで発進できるように改装された彗星と流星を持ち、瑞雲の他に零式水上観測機の水上機を搭載する。

  

   1番艦『扶桑』

 

   2番艦『山城』

 

 

 伊勢型航空戦艦

 扶桑海軍が建造した伊勢型航空戦艦の飛行甲板を拡大させその際に主砲1基を撤去したので火力低下を補うために45口径41cm三連装砲に換装されている。搭載機は扶桑型航空戦艦とほぼ同じ。

 

   1番艦『伊勢』

 

   2番艦『日向』

 

 

 大和型戦艦 

 扶桑海軍が建造したその時点では最大だった戦艦。史実と違い最初から対空戦闘を視野に入れた設計であるので1番艦大和は天一号作戦時の姿をし、2番艦武蔵はレイテ沖海戦時の姿をしており、大和より機銃の数が少ない代わりに12.8cm三十連装噴進砲を4基搭載している。4番艦美濃は後に建造される紀伊型戦艦に用いられる最新鋭の技術の試験を行うテストヘッド艦として建造され、電探と各電子機器、ボイラーにタービンも紀伊型戦艦とほぼ同じ物が搭載されている。

 5番艦と6番艦は史実では『改大和型戦艦』として計画された設計を基に建造されており、主砲は50口径の46cm三連装砲を、高角砲は秋月型防空駆逐艦に搭載されている『長10cm高角砲』と同じ物を搭載しており、後に既存の大和型戦艦の主砲は50口径の物に換装されている。

 

   1番艦『大和』

 

   2番艦『武蔵』

 

   4番艦『美濃』

 

   5番艦『近江』

 

   6番艦『駿河』

 

 

 天城型巡洋戦艦

 扶桑海軍が建造した巡洋戦艦。1番艦と2番艦が航空母艦に改造されたが、残りはそのまま戦艦として建造されている。名称は史実では『高雄』『愛宕』となる予定だったが、重巡洋艦にその名称が使われるとあって、独自の名称を与えられた。

 建造に伴いいくつか設計変更がなされ、甲板建造物は長門型に似せて、煙突は大和型戦艦に酷似した形状にしている。艦橋上部には15m測距儀と二二号電探を搭載している。

 

   3番艦『飛騨』

 

   4番艦『常陸』

 

 

 岩木型巡洋戦艦

 扶桑海軍が建造した巡洋戦艦。史実では『十三号巡洋戦艦』として計画されたもので、それを扶桑が計画時の設計を基に独自の部分を取り入れて建造している。

 船体形状は長門型戦艦に酷似しているが、煙突は大和型戦艦の物に酷似している。

 

   1番艦『岩木』

 

   2番艦『淡路』

 

   4番艦『日高』

 

   5番艦『若狭』

 

 

 紀伊型戦艦

 扶桑海軍が建造した軍艦としては最大規模を誇る超弩々級戦艦。大和型戦艦の設計を拡大強化しているとあって造形は大和型戦艦に酷似している。主砲は大和型戦艦の『46cm』を超える『51cm』を誇る。

 重要区画のみならず全周囲に渡って重装甲が施されているので、これまでの戦艦とは頑丈さの次元が違う。特に喫水下の装甲は特殊構造となっており、種類と強度の異なる鋼材を複雑に組み合わせて、空いた隙間に余す所なく特殊な衝撃吸収剤を注入し、内側に貼り付けているので、魚雷直撃時の衝撃を分散させて長く耐えられるようになっている。そのため、理論上では75本以上の魚雷の直撃を受けても浸水が発生するも無く戦闘続行に支障も起こらない。少なくとも120本以上の魚雷がなければ沈めるのは不可能とされている。

 

   1番艦『紀伊』

 

   2番艦『尾張』

 

 

 

 潜水艦

 

 

 伊-400型潜水艦

 扶桑海軍が極秘裏に建造した潜水艦。史実ではパナマ運河爆撃を行うために建造された、後に運用思想は戦略潜水艦へ受け継がれ、通常動力潜水艦としては未だに世界最大を誇る潜水艦。晴嵐改が史実と違い仕様が変更されているとあって史実より船体は一回り大きくなり、航続距離が更に延びている。

 扶桑軍内でもその存在が秘匿されている幻影艦隊の構成艦として活躍し、神出鬼没にどこからでも晴嵐改による爆撃をバーラット帝国本土に対して行っている。現在は秘密基地にて更なる改装が施されている。

 

 

   1番艦『伊-400』

 

   2番艦『伊-401』

 

   3番艦『伊-402』

 

   4番艦『伊-403』

 

   5番艦『伊-404』

 

   6番艦『伊-405』

 

   7番艦『伊-406』

 

   8番艦『伊-407』

 

   9番艦『伊-408』

 

   10番艦『伊-409』

 

 

 

 その他

 

 

 三笠型大型巡洋艦

 扶桑海軍が建造している現時点で唯一の大型巡洋艦。元々は『超甲型巡洋艦』として計画されて一時計画は保留となったが、次世代型戦闘艦の試験艦として様々な新鋭技術を惜しみなく投入して建造されることとなった。甲板上部の建造物のレイアウトは大和型戦艦に酷似している。

 ちなみに名称は退役して記念艦として余生を送っている戦艦三笠から取っている。

 

 

 

 

 

 

 




今の所見落としがなければこれで全部、なはず


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第三十九話 揃い出す戦力

 

 

 

 ヴァレル基地防衛戦から二ヶ月が経った。

 

 

 

「……」

 

 本国の基地敷地内にある射撃場で俺と辻はとある小銃を手にして構えて引き金を引き、連続して銃声が鳴り響いて的にいくつもの穴が開く。

 

「これは凄いな」

 

「新型はこれまでの小銃とは全く違いますね」

 

 小銃を撃っていた俺と辻は抱えている小銃を見て声を漏らす。

 

 俺と辻が持っているのは扶桑陸軍の次期主力小銃として開発された『64式小銃』と呼ばれる物で、陸上自衛隊で開発された戦後初の国産小銃を生産したものだ。

 

「レバーで切り替えることで単発と連射をかえることができますので、状況に合わせて使用できます」

 

「ふむ」

 

「現在急ピッチで生産を進めており、随時各部隊へ配備される予定となっています」

 

「そうか」

 

 陸軍技術省の者からの説明を受け、俺は軽く頷く。

 

「では、お次の方へ」

 

 そのまま技術省の者に連れられ次の視察場所へ向かう。

 

 

 

「こちらが扶桑陸軍次期主力戦車『61式戦車』と要塞攻略のために少数生産された『大型イ号車』です」

 

「これがそうか」

 

 技術省の者に連れられた先には、2輌の戦車が停車させられていた。

 

 正確には1輌は戦車で、もう1輌は見上げるほど巨大な戦車であった。

 

 陸上自衛隊が開発した戦後初の国産戦車である61式戦車で、もう一両は大日本帝国陸軍が開発した、大きさならばナチスドイツ第三帝國の世界最大の超重戦車マウスに匹敵する、大型イ号車である。

 

 61式戦車試作車輌である『STA-1』と『STA-2』から得られたデータより、実際に作られた通りのカタログスペックを更に発展させた設計となっており、機動性と防御を中心に改良が施され、主砲は実際に作られたものと形状は同じだが、新鋭の100mmライフル砲を採用している。

 

 大型イ号車は史実より一回半りほど大きく設計されており、主砲は『三式十二糎高射砲』を長砲身化や発射装置、照準装置等を改造した物を搭載し、車体前部には『試製機動五十七粍砲』を改造した物を新造した砲塔と共に二基搭載している他に装甲と発動機を強化している。

 しかしこれらのスペックからコストが高く、少数のみの限定生産をして、要塞攻略のために運用される予定となっている。

 

「ならびに五式中戦車は自動装填装置へ換装して砲も61式で採用されている新型のライフル砲に用いられている技術で作り直し、ティーガーの砲も同様の改造を施した物に取り替える予定です」

 

「ふむ」

 

 これで更に戦力の増強ができたな。

 

「それと、これが現在陸軍と海軍で運用を予定しています蝶番機であります」

 

「これか」

 

 次に視線を右に向けると、戦車と打って変わって、レシプロ機とは違う機体が置かれていた。

 

(もう完全なヘリコプターだよな。あんな骨組みしかなかったやつがもうここまで進化したのか)

 

 レ号はヘリコプターとしての形はしていたが、目の前にあるやつは完全にヘリコプターそのもので、陸上自衛隊で使用されている『OH-6 カイユース』に酷似している。

 

「蝶番機改めヘリコプターと呼ばれる新鋭機で、航続距離は試行錯誤の結果陸軍機の平均的な距離に延ばすことができました」

 

 目と鼻の先にしか飛べなかった頃と比べるとかなり進化したのが分かるな。

 

「武装は三式重機関銃を改造した物を2門、円筒型の噴進砲を6つ束ねた物を機体両側に1基ずつ搭載しています」

 

 あの時見た試作機からここまでの進化とは、兵器技術の進化速度がこんなに早くなっているとはな

 

「こいつは武装ヘリとして開発されているのか?」

 

「はい。現在開発中のこれより大型のヘリコプターは人員輸送も兼ねての武装ヘリとなりますが、これは武装ヘリとしての運用のみを想定しています」

 

「ふむ」

 

 まぁこれはこれで更なる戦術の拡大が期待できるな。

 

「ちなみにこいつに通称はあるのか?」

 

「通称、ですか?」

 

「さすがに名前なしじゃあれだし、かといってヘリコプターだとややこしくなる。今後同じ機種が作られていくだろうし、通称を付けた方がいいだろ」

 

「は、はぁ」

 

 技術官は思わず声を漏らす。

 

「まぁ、適当に考えてくれ」

 

「え……」

 

 俺はそんな技術官を放って置いて次に向かう。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 次にやってきたのは海軍の軍港にある工廠前で、そこでは進水した一隻の軍艦に艤装が施されていた。

 

「これが超甲型巡洋艦こと『三笠』か」

 

 一時は保留となった超甲型巡洋艦計画だったが、次世代型戦闘艦の先駆けとして三笠型大型巡洋艦として建造が決定した。

 

 まだ完全とは言えないが、それでも艤装配置と形状は大和型戦艦に酷似している軍艦が浮かんでいた。

 

 史実では有力な指揮施設と金剛型戦艦に匹敵する火力を有する大型巡洋艦として計画されたもので、アメリカ海軍の『アラスカ級大型巡洋艦』に対抗するためでもあった。艤装配置と形状は大和型戦艦に酷似していたといわれており、量産可能なように小型化された大和型戦艦と見られる場合もあったらしい。

 

 名称はかつて扶桑海軍聨合艦隊の旗艦であり、現在軍港で記念艦として余生を送っている戦艦三笠から取っている。

 

 超甲型巡洋艦こと三笠は今持てる扶桑海軍の最新技術を惜しみなく投入されており、搭載されている50口径31センチ三連装砲も最新技術で作られた砲身で作られているので、命中精度は従来より1割から2割ほど向上させている。

 そして三笠には扶桑海軍の軍艦として初めて戦闘指揮所であるCICを導入して、更に新型の通信機器や索敵装置等など、紀伊型戦艦よりも電子機器面や指揮性能は一段上である。

 

 試験要素が大きい軍艦で、姉妹艦の居ない一隻のみの建造となった。

 

「見れば見るほど大和型にそっくりだな」

 

「そういう設計と聞いていますから」

 

 品川は俺の問いにそう返す。

 

「それにしても――――」

 

 と、俺は空を見上げると、甲高い音とともに3機種30機の編隊が飛ぶ。

 

「この音には中々慣れないな」

 

「私もです」

 

 そう呟いてジェット戦闘機『橘花』ジェット攻撃機『火龍』ジェット爆撃機『景雲』を見つめると、それぞれ一機ずつ遠洋に居る3隻の空母へ1隻へと着艦する。

 

「天城と土佐、蒼龍の修理も大体が完了していると工廠より報告がありましたので、近々乗員の訓練に入れるかと」

 

「そうか」

 

 俺は金属音がする工廠に視線を向ける。

 

 天城と土佐はあの戦闘後本国に移送後ドックに入渠して、現在も修復を進めている。

 

「幻影艦隊の伊-400型潜水艦も秘密基地ドックで改装が施され、近々作戦行動に戻れるようです」

 

「うむ」

 

 幻影艦隊の伊-400型潜水艦も最新鋭の技術を投入した改装が施されている。どういったものかはそのときのお楽しみということで。

 

「これで今日の視察は終わったな」

 

「えぇ。後は特に予定はありません」

 

「そうか。なら、少し歩くか」

 

「お供します」

 

 俺はその場から離れると、品川はその後に付いていく。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「ん?」

 

 基地の敷地内を歩いていると、基地の隅にある道場に人だかりができている。

 

「なんだ?」

 

「さぁ?」

 

 俺が呟いて品川が首を傾げながらも道場に向かう。

 

 

 道場の前に来ると人だかりとなっている兵士や職員達が俺と品川に気付きそれぞれ陸海軍式敬礼をする。

 

「一体どうしたんだ?」

 

「はぁ、それは――――」

 

 

 

「メェェェェンッ!!」

 

「っ?」

 

 と、俺が兵士に聞こうとした瞬間聞き覚えのある声が道場より大声で聞こえてくる。

 

「今の声って……」

 

「……」

 

「え、えぇと、総司令の奥さんが剣道をやっております」

 

「リアスが?」

 

 何でまた……

 

 

 

 俺が道場に入ると、道着と防具を身に纏うリアスが額に浮かぶ汗をタオルで拭いていた。

 

「あっ、ヒロキさん!」

 

 リアスは俺に気付いて立ち上がり、俺のもとに向かってくる。その際に倒れていた耳がピンと立ち上がったのはご愛嬌で。

 

「リアス。どうしてまたこんな事を?」

 

「はい。家事が終わって暇な時間が多くなったので、最近この道場で剣道をやらせてもらっています」

 

「何をどうしたらそういう流れになったんだ?」

 

 まぁ家事の合間に習い事を始めること自体は珍しいってほどじゃないが、なぜに剣道?

 

「いえ、ただ何かをやるっていうのは決まってなくて、そんなときに家政婦さんから剣道のことを聞いて、前にやっていた剣術の特訓を思い出したもので。形は大きく違いますが、慣れると面白いです」

 

 そういやリアスって小尾丸が率いる親衛隊に属する兵士並に実力を有しているって言っていたな

 

「いやぁ総司令の奥さん呑み込みが早くて、今ではこの道場一とも言える実力者です」

 

「このあいだなんて海軍の草鹿中将と一戦を交えて、互角だったんですから、あれは凄かったですね」

 

「……まじで?」

 

 確か草鹿中将って剣の腕前が凄かった気がするんだが……

 

(……あらためてだが、凄い嫁さんを貰ったもんだな)

 

 リアスだけは怒らせないようにしよう、と俺は内心で決めるようにして呟いた。喧嘩になったとき、冗談抜きで死ぬかもしれないから……

 

「ところで、ヒロキさんはなぜここに?」

 

「あぁ。さっきまで陸海軍の施設や新兵器の視察をしていたところだ。全部回り終えてぶらぶらとしていたらこの道場に人だかりができていたんだ」

 

「そうだったんですか」

 

 

「……でだ、お前達」

 

 俺は周囲に目を向ける。

 

「あんまり人の嫁をジロジロと見るなよ」

 

 俺の警告にその場に居た男性兵士や職員達はビシッと敬礼をする。

 

「……ってほどは言わないが、不埒なことを考える輩がいないことを祈るばかりだな」

 

 

 じゃなきゃ、特警が出てくるかもしれないな。

 

 

『っ!!』

 

 最後ボソッと呟いたんだが、兵士や職員は冷や汗をだらだらと流す。

 

 

「それで、まだここに居るのか?」

 

「はい。もう少し続けたいので。その後に買い物を家政婦さんとする予定です」

 

 そんな彼らを無視して俺はリアスに続けるか聞いた。

 

「そうか。あんまり無理をするなよ」

 

「はい!」

 

 リアスは眩しいほどの笑顔を向ける尻尾を左右に振るう。

 あぁ本当に可愛いなぁ……最近癒しが無かったからホント疲れが無くなるよ。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「……」

 

 所は変わってバーラット帝国。

 

 

「これだけの損害を受けても、まだ勝った気で居るのか、皇帝陛下は」

 

 男性は深いため息を吐いて席に着く。

 

「先のフソウとの戦闘で多くの兵士達が犠牲となり、切り札のグレートドラゴンも失いました」

「更に海軍も残していた艦隊の他に虎の子の新鋭艦と竜騎士の運用を想定した戦列艦と装甲艦も全て撃沈とあります」

 

 男性の近くに立つ顔の左半分で眼の周辺を仮面で覆う女性はこれまでの被害報告を伝える。

 

「……赤子でも分かる結果だな。これでも皇帝陛下は『我々には神の加護がある! 劣等人種如き敵ではない!』か」

 

「救いようが無いと言うべきでしょうね」

 

「あぁ」

 

 女性の言葉に男性は額に手を当てる。

 

「……とんでもない国に宣戦布告されたものだ」

 

「私も同意見です」

 

「……」

 

 全く。どうしてこうなってしまったのか……

 

「……今までやってきた蛮行のツケが、回ってきたのでしょうね」

 

「蛮行、か。そう思うのは私と君と極一部だろうけどな」

 

「えぇ」

 

「だが、君の言う通り、そのツケを払うときが来たかもしれないな」

 

「やはり、この国は?」

 

「あぁ。いずれフソウに滅ぼされかねない。いや、その可能性が濃厚になりだしている」

 

「と、言うと?」

 

「これまで彼らが提示してきた講和を蹴ってきた。そんな中、彼らの巨大な軍艦を2隻沈めてしまった」

 

「その報復のために?」

 

「向こうもそれだけで報復するほど短気ではないだろう。だが、これまでの鬱憤が溜まっているとなると―――」

 

「その可能性は高い、と?」

 

「あぁ。あのフソウが本気で我が国を攻撃するとなると、もはや国が存在しているかどうか怪しい」

 

「……」

 

「……あの計画を実行せねばならないかもしれんな」

 

「やはり、ですか」

 

 女性の表情に影が差す。

 

「やらなければ、この国に未来は無いかもしれない」

 

「……」

 

「君は無理に参加する必要は無い。これは私が考えたことなのだから、責任は私一人が背負う」

 

「いいえ。私も参加させていただきます」

 

「セア……」

 

「本来であるなら、異形の存在である私をあなたが救ってくれて、私の正体を隠してこうして傍に置いてくれたあの日から、私の全てはあなたに捧げると誓ったのです」

 

 と、女性ことセアは着けている仮面を外すと、金色の瞳に黒い瞳孔が縦に割れた左目が現れる。

 

「私の命が終わる時は、あなたと一緒です」

 

「……そうか」

 

 男性は軽く頷くと、静かに唸りながら腕を組む。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 再度所は変わって海面上空。

 

 

「はぁ。暇だな」

 

 上空高くを飛行する富嶽の機内では機長が暇そうに背もたれにもたれかかり、両腕を上に向けて背伸びをする。

 

「周辺海域の測量って言っても、雲が多いと測量も何も無いような気がするんだが」

 

 扶桑本国から大きく離れた海域に存在するトラック泊地に次ぐ規模を持つ海軍基地『柱島』の周辺海域の測量のため、富嶽が上空高くを飛んで調べている。

 が、今日に限って途中から雲が多くなって測量がしづらい状況になっている。

 

「しっかし、何で今更測量をやれって言うんだろうな。近々全軍を使った大規模作戦があるっていうのに」

 

「今日までごたごたしてやる暇がなかったんだろう。まぁあっても他の海域の測量に向かうことになって今日に回ったんだろう」

 

「……」

 

「まぁ、わざわざ富嶽を使うまでもないと思うけどな」

 

「全くだ」

 

 

 

 

「ん?」

 

 と、対空電探に着く電探員が反応を示した電探を見て首を傾げる。

 

「どうした?」

 

「いえ、一瞬電探が反応したような……」

 

 電探員が電探の感度を調整していると、電探が大きな反応を示す。

 

「っ! 電探に感あり! 3時方向距離1000!!」

 

「何!?」

 

「こんな所にか!?」

 

 電探員に報告にすぐさま休憩に入っていた防護機銃手たちは飛び上がってそれぞれの機銃に着く。

 

「なぜ今まで見逃していた!」

 

「雲が厚くて電波が届きにくかったんです! 出力を上げてようやく捉えられたんですから!」

 

「くそっ。掴まってな! 少し揺れるぞ!」

 

 機長は操縦桿を右に傾けて、富嶽は右へ旋回して反応があった方向に向かう。

 

「おい! 何か見えるか!」

 

「雲が多くて何も見えない!」

 

 各銃座と観測員は周囲を見渡すも周囲は雲が多く何も見えなかった。

 

「反応! 更に近付きます!」

 

「攻撃用意!」

 

 機長が後ろに叫び、各銃座に着く機銃手は身構える。

 

 

 

「っ? 反応が遠ざかっていきます」

 

「何?」

 

「すれ違うように反応が後ろに向かっています」

 

「どういうことだ?」

 

「俺達が見えなかったのか?」

 

 予想外の事に誰もが唖然となる。

 

「敵、じゃないみたいだな」

 

「じゃぁ、さっきのは何だ?」

 

「大型の飛行生物じゃないか?」

 

「そうかぁ?」

 

「まぁ、何も危害を加えなかったんだ。よしとするか」

 

「仮にも帝国のものだったら、どうする気だ?」

 

「まぁそのこともある。一応司令部に報告して臨戦態勢を取ってもらうか」

 

「それでいいのか?」

 

「仕方無い。帰りを考えると燃料の残量があるんだ。これ以上俺達が出来ることは無い」

 

「……」

 

「まぁ、不幸な事態にならないことを祈るばかりだな」

 

 そう言って機長はゆっくり操縦桿を傾け、帰路に着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい。見たかよあれ」

 

「とんでもなく大きかったな」

 

 富嶽に接近していた反応の元では、男性達が驚いた様子で会話を交わしていた。

 

「この『B-17』でも四発機なんだぞ。六発機なんか聞いたこと無い」

 

「それよりあのでかさだろ。航空機のでかさじゃねぇぞ」

 

「まるで空飛ぶ戦艦だな」

 

「あぁ……」

 

「……」

 

「それより、やつの写真は取ったか?」

 

「あぁ。バッチリと取ったぜ。ついでに国籍マークと思われるマークも捉えることができた」

 

 男性の一人が大きなカメラを手にしながら言う。

 

「そうか」

 

「それで、どうするんだ?」

 

「一応報告する。まぁ、信じてもらえるか分からんがな」

 

「下手すりゃ地上勤務ものだぞ」

 

「かもな。まぁ俺達が悩んでも仕方無い。帰ったら酒飲んで寝よう」

 

「あ、あぁ」

 

 そう言って機長は操縦桿を傾けて帰路に着く。

 

 

 

 

 

 本来ならこの世界には存在しないはずの機体……アメリカ空軍の爆撃機『B-17』の両翼と胴体には、円形の青地に外側の縁が赤い中央に白星が描かれたマークがペイントされていた。

 

 

 

 

 



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第四十話 

 

 

 

 

 あれから更に一ヵ月半が過ぎる。

 

 

 

「……」

 

 執務室で書類の整理をしている俺はどこか上の空だった。

 

 今朝から身体が重く、頭がボーとしていた。

 

(何だ? 疲れでも、溜まったかな……)

 

 しかしうまく考えが纏まらず、意識が明後日の方向に向いていた。

 

 

「――――ということですので……」

 

 報告書を読み上げていた品川は、上の空になっている俺に視線を向けるとムッとする。

 

「聞いていらっしゃるのですか、総司令」

 

「っ!」

 

 俺は品川に言われてハッとする。

 

「す、すまない。途中聞きそびれた。で、何だって?」

 

「……はぁ。海軍の艦隊戦力の再編が終了しましたので、その報告です」

 

 品川から手渡された報告書を手にして開く。

 

「天城と土佐、蒼龍の修復が終わり、蒼龍は現在乗員訓練を行っているか」

 

 入渠していた3隻は修復を終え、その後天城と土佐は第三航空戦隊から赤城と加賀の代わりにと第一航空戦隊へと異動され、その穴埋めに第三航空戦隊には新たに雲龍と長鯨が配属となった。

 

「……何とか、準備は整いつつあるか」

 

「新型のジェット機の改良ももうじき終了するとの報告がありますので、決行までの時間はそう遠くないですね」

 

「そうか……」

 

 いよいよ決行の時が迫ってきたな。

 

「そういえば、今日で扶桑が帝国に宣戦布告をして一年が経つな」

 

「えぇ。戦争自体は4年半経過しているようですが」

 

 あの日からもう一年が過ぎたと思うと、時が過ぎるのって本当に早いものだな。そのあいだに色々とあったな。

 

 

 

「……」

 

「……?」

 

 品川は何かに違和感を覚えたのか、首を傾げる。

 

「どうかされましたか?」

 

「いや、何でも無い」

 

 俺はやけに重い身体に鞭打って執務机に手を付いて立ち上がる。

 

「この後、確か三笠の就役式があったな」

 

「え、えぇ」

 

「それじゃぁ、行くとす――――」

 

 が、歩き出そうとした途端に俺は身体から力が抜けて前へと倒れ込む。

 

 

 

 

「総司令!?」

 

 突然自分が倒れたのに品川は目を見開いて慌てて俺のもとに駆け寄る。

 

「どうなされたのですか!? しっかりしてください!!」

 

「……っ」

 

 身体を揺さぶって俺が呻き声を漏らして意識があるのを確認するとすぐさま執務机の黒電話の受話器を手にして医者を呼び出す。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「……」

 

 医務室へ運ばれた弘樹はベッドに寝かされ、頭が禿げメガネを掛けている医者が聴診器や手を使って容態を診ていた。

 

「……」

 

 そのあいだ品川はそわそわと落ち着かない様子だった。

 

「はぁ……全く。またかい」

 

 呆れた様子で医者は聴診器を耳から外して頭を掻く。

 

「どうでしたか?」

 

「過労じゃな。ここ最近ちゃんと休んでないんじゃろ。あのときも同じじゃったからな」

 

「あのとき……」

 

 品川はあのときの魔物の巣窟掃討戦のことを思い出す。

 

 あのときも総司令は休む暇を潰してまで仕事に没頭して、過労で倒れていた。

 

 

 

「う、うぅ」

 

 すると弘樹は呻き声を漏らしながら目を覚ます。

 

「っ! 総司令!」

 

 品川はすぐに弘樹の近くに寄る。

 

 

「ここは……」

 

 弘樹は鈍い頭痛に悩まされながらさっきと違う光景に首を左右に振る。

 

「医務室です。総司令が突然倒れたので」

 

「……そうか」

 

「全く。お前さんというやつは。あれほど休めるときは休めと言ったじゃろうが」

 

 呆れた様子で医者はギシッっと音を立てて椅子に座る。

 

「ここ最近忙しかったから、あんまり休めなかったな」

 

「そうやって前も同じこと言っておったぞ」

 

「そ、そうですか?」

 

「あぁ」

 

「……」

 

 (そういや、魔物の巣窟の攻略の時も同じだったような……)

 

「お前さんの気持ちは分かるが、これじゃ身体がいくつもあっても足りんぞ」

 

「……」

 

「しばらくは安静じゃ! 絶対に仕事をするんじゃないぞ!」

 

 そう言って医者は立ち上がって医務室を出る。

 

 

 

「ハハハ……。さすがに医者の言う事は聞かないといけないよな」

 

 弘樹は乾いた笑い声を漏らしながら「はぁ~」と深く息を吐く。

 

(そういや、このあいだまで元気だったリアスも体調を崩していたな。まぁ家政婦さんが見てくれているから大丈夫と思うんだが……)

 

 今となっては軍随一の腕前まで成長して元気だったリアスはここ最近体調が優れず、二日前にトイレで嘔吐して昨日は一日中家に寝込んでしまっている。確か今の時間だと病院に向かって検査を受けているはず。

 

(しかし、いかんな……)

 

 (夢中になると他の人の警告を聞き流す。俺の悪い癖だな)

 

 

「……」

 

 品川は椅子に座り込み、心配な表情で弘樹を見る。

 

「本当に、無茶をしないでください。あれほど休めるときには休んでくださいって言ったのに」

 

「すまない。けど、やっぱりみんなが動いているのに俺だけが休んだら、みんなに示しがつかないだろ」

 

「それとこれとでは話が違います。こうやって何かが起きてからでは遅いんですよ」

 

 若干震える声で品川は訴え掛ける。

 

「……」

 

「もし、総司令の身に恐ろしいことがあったら――――」

 

 

「……すまない」

 

 弘樹は品川の頭に手を置き、優しく撫でる。

 

「これからは、善処するよ。これから大事になるんだからな」

 

「……」

 

「おっと、すまない」

 

 頬を赤くする品川を見て弘樹は手を引っ込める。

 

「……今のは?」

 

「いや、ただな……つい」

 

「……」

 

「……お前を見ていると思い出すんだ」

 

「総司令の、妹さんですか?」

 

「あぁ」

 

「……そういえば、私の容姿がその妹さんに似ていると言っていましたね」

 

「……」

 

 こればかりは本当に今になっても分からないままだ。ただの空似と分かっていても、どうしても死んだ妹に見えるときがある。

 

「でも、私は―――」

 

「分かっている。お前とあいつは全く関係無い別人だってことは」

 

「……」

 

「……とは言っても、ここ最近家族のことが夢に出てくるんだ。だから余計に、な」

 

「……」

 

「すまない。忘れてくれ」

 

 弘樹は寝相を変えて品川に背中を向ける。

 

「……」

 

 

 

「品川大将」

 

 と、医務室に職員が入ってくる。

 

「どうした?」

 

「お電話が入っています」

 

「電話?」

 

「はい。グラミアムの駐屯基地に視察に向かった辻大将からです」

 

「そうか」

 

 (おおよそ総司令のことだろうな。相変わらずの耳の良いことだ)

 

「……分かった。今から行く」

 

 品川は立ち上がって医務室を出る前に弘樹を一瞥し、医務室を出る。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「……」

 

 俺は深くため息を吐く。

 

(やっぱり、悪いことしたな)

 

 実際のところ十分に休める機会は多くあった。なのに俺はその機会を削って仕事に没頭していた。

 

「……」

 

 

 するとベッドの隣にある台に置かれている黒電話が鳴り、俺は寝ながら受話器をとる。

 

「西条だ。どうした?」

 

『ハッ。総司令に小尾丸様がご面会を申し入れていますが』

 

「小尾丸が?」

 

 そういやリアスの見舞いのために来るって言っていたな。ってか今日だったのか

 

「分かった。通してくれ」

 

『分かりました』

 

 

 

 

 しばらくして職員に案内されて小尾丸が医務室にやってくる。

 

「お久しぶりです、西条総理」

 

 小尾丸は俺を見るなり深々と頭を下げる。

 

「あぁ。こんな状態で言うのもなんだが、久しぶりだな」

 

 俺は小尾丸に向けて手を振る。

 

「扶桑に来て総理が突然倒れたと聞いて驚きました」

 

「そうか。いやぁ休みは定期的に取らないといけないって痛感したよ」

 

 俺は乾いた笑いを漏らし、小尾丸も苦笑いを浮かべる。

 

「ところで、お嬢様の容態は?」

 

「寝込んではいるが、酷くは無い。今病院で診てもらっているはずだ」

 

「そうですか。無事ならば、良かったです」

 

 小尾丸は安堵の息を漏らす。

 

「しかし、西条総理は倒れるほど、いったい何を?」

 

「あぁ。近々行われる作戦の最終調整だ」

 

「作戦、ですか?」

 

「詳細は言えないが、扶桑国はとある日付を以ってして、バーラット帝国へ総攻撃を掛ける」

 

「帝国に、ですか? しかし、扶桑はグラミアムの防衛に専念するのではなかったのですか?」

 

 同盟締結時に扶桑の行動はグラミアムに侵攻する帝国の勢力を押し返し、帝国領度への侵攻は行わないと決めていた。

 

「本当ならな」

 

「では、なぜ?」

 

「……俺たちはこれまで何度も帝国に講和を持ち込んでいった」

 

「講和、ですか?」

 

「あぁ。余計な犠牲を払わず、平和的な解決を模索していた」

 

「しかし、帝国の主義を考えると」

 

「あぁ。今まで返事は一回も返ってこなかった」

 

「それは、まぁ」

 

「そんなときに海と陸から大軍で攻めてきて、多くの犠牲者を出した。向こうから出るのを待っているとかそんな悠長なことを言っていられる状態じゃなくなった」

 

「……」

 

「このまま待っていても無駄な犠牲が増え続けるばかりだ。これじゃ冗談抜きで帝国が滅びるまで続くかもしれない」

 

「……」

 

「だから、向こうが降伏を選択せざるを得ない状況に持ち込むためにも、こちらから攻めることにした」

 

「……」

 

「まぁ、俺がこんなんじゃ、少し作戦開始は延長になるかもしれないけどな」

 

「そうかもしれませんね」

 

 小尾丸は苦笑いを浮かべる。

 

 

 

 ――――!!

 

 

 

「ん?」

 

 するとまた黒電話が鳴り、俺は受話器を取る。

 

「西条だ」

 

『あっ、ヒロキさん』

 

「リアスか?」

 

 相手はリアスであった。

 

「電話をしたということは、病院にはもう行ったのか?」

 

『はい。今さっき検査が終わりました』

 

「そうか。それで、どうだった?」

 

『一点を除けば、問題はありませんでした』

 

「そうか。良かった……ん?」

 

 俺はリアスの言葉に首を傾げる。一点?

 

「一点を除けばって、どうしたんだ?」

 

『それは……』

 

「まさか、どこか悪かったのか!?」

 

 俺は思わず上半身を起こし、小尾丸は明らかに動揺した様子で俺を見る。

 

『い、いえ。悪いわけじゃないんです』

 

「な、なら、何だ?」

 

『……そ、その』

 

 と、電話越しでもリアスの歯切れは悪い。

 

「……?」

 

『……検査は、色々な点から診てもらったんです。それで、えぇと』

 

「……」

 

『……』

 

 電話越しでも分かるぐらいにリアスは深呼吸をして、こう告げる。

 

『……できた、んです』

 

「え? 何が?」

 

『……ヒロキさんとの…………子供が』

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 ……………………ゑ?

 

 

 

 

 

 

「…………子供?」

 

『は、はい』

 

「……」

 

 グランドスラム並みの爆弾発言に俺の思考はフリーズする。

 

『まだ、詳しくは分からないのですが、経過次第では詳細が判明するみたいです』

 

「……」

 

『あ、あの、ヒロキさん?』

 

「っ! わ、悪い。驚きすぎて、ボーとしてしまった」

 

『そ、そうですか。驚かそうと思って、つい』

 

「いや、君は悪くないんだ。そ、そうか。俺と君のか」

 

 まぁ、あれだけやってできなかったら逆におかしいぐらいやったからなぁ……正直あんまり思い出したくないけど。

 

『では、後ほど』

 

「あ、あぁ。分かった」

 

 俺はぎこちない動きで受話器を本体に置く。

 

 

 

「え、えぇと、何かあったのですか?」

 

 自分でも分かるぐらい動揺している俺に小尾丸は聞きづらそうに問い掛ける。

 

「ま、まぁな。かなり、大きな報告を聞いてな」

 

「やっぱりお嬢様に何かが!?」

 

 小尾丸は目を見開いて俺に掴み掛かるぐらいの勢いで近付く。

 

「い、いや、リアスに関してじゃない。と言い切れないな」

 

「……?」

 

「……できたみたいだ」

 

「な、何が?」

 

「……俺と、リアスの……子供が」

 

「……ゑ?」

 

 その報告に小尾丸は言葉が壊れたような声を漏らす。

 

 

「……あ、あの、えぇと、その……」

 

 小尾丸は顔を赤くして明らかに動揺していた。

 

「……」

 

「……おめでとうございます?」

 

 何で疑問形?

 

「そう、ですか。お嬢様が、母親に」

 

 感慨深そうに小尾丸は呟き、窓の方に歩いて外の景色を眺める。

 

 

 

(そうか。俺が父親になるのか……)

 

 ある程度落ち着いて、俺は内心で呟く。

 

(これは、いよいよ負けられないな……なら、あれを使わなければならないのかもしれない)

 

 俺は扶桑でとある開発過程によって偶然生まれた、決して開発してはいけないとある兵器のことを思い出す。

 

(いや、あれだけは使ってはいけないんだ。使っては……)

 

 その兵器を使用したときの光景が想像され、俺は奥歯を噛み締める。

 

(出来れば、使わないことを、祈るばかりだな)

 

 俺はただただ、そう願うのだった。 

 

 

 



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第四章
第四十一話 ニイタカヤマノボレ


 

 

 

 

 あの日から更に一ヶ月が過ぎた……

 

 

 

 

「……」

 

 俺は物々しい雰囲気の司令室の中腕を組んで、ただ時間が過ぎるのを待つ。

 

「聨合艦隊。まもなく目的海域に到着します。これより攻撃隊の発艦準備に取り掛かります」

 

「陸軍全部隊配置完了。後は攻撃命令を待つだけです」

 

「爆撃隊、攻撃目標に向かって飛行中」

 

 次々と報告が入り、攻撃準備が着々と整いつつあった。

 

「そうか。品川」

 

「ハッ。回答期限時間まで、2時間を切りました」

 

 品川の視線の先にある時計には、帝国に告げた回答期限時間0時に時計の針が迫りつつあった。

 

 扶桑国は帝国に対して警告文を送り付け、回答期限時間である明日の0時を以ってして、扶桑国は貴国に対して一斉攻撃を開始すると上の者達のみならず帝都の民にも伝えている。

 これで帝国は警告文を隠蔽しようにも民にも知らされているので、そんな通達は受けてないと言う言い訳は出来ない。

 

 ちなみに向こうでも回答期限時間が分かるように書類には記載されているので、読み間違いで分からなかったと言う言い訳も出来ない。

 

「帝国からの返答は?」

 

「いいえ。ありません」

 

 品川は首を左右に振る。

 

「ここまで来ると、もう帝国は答える気など無いのでしょうね」

 

「だろうな」

 

 まぁここで降伏してくれれば楽であるが、そんな虫の良過ぎる話を帝国に期待する方が無理だと言うものだ。

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 周囲が真っ暗の中、聨合艦隊の軍艦らは海面を掻き分けながら目的海域を目指していた。

 

「回答期限時間まで1時間。いよいよ、ですね」

 

「あぁ」

 

 暗くても艦隊の中で一際目立つ紀伊の昼戦艦橋に立つ大石と参謀は腕時計の時間を確認した後双眼鏡を覗き、甲板に薄い明かりが灯された各空母を順に見ていく。

 

 

 

 暗い中薄く電灯が灯された飛行甲板では甲板要員が駐機されている艦載機を移動させ、慌ただしく最終確認を行っていた。

 

 その様子を第一航空戦隊司令長官南雲中将は天城の艦橋より扉を開けて見張り所に出て、整備員によって飛行甲板に並べられた艦載機を眺める。

 

「いよいよ、ですな」

 

「うむ。これで赤城と加賀の乗員達の無念が晴らせるだろう」

 

 参謀と南雲中将が会話を交わしているあいだに搭乗員達が飛行甲板に次々と出てきて自分の機体のもとへと向かい、操縦席に着く。

 この搭乗員達の多くは元空母赤城所属の者達で、土佐には元空母加賀所属の搭乗員が多く居る。そのため搭乗員達は前回の戦闘の雪辱を晴らすべく闘志を燃やしている。

 

 

『総飛行機発動! 総飛行機発動!』

 

 しばらくしてブザーの音とともに旗が揚げられ放送が流れると、各機の搭乗員は発動機の発動手順を踏み、轟音とともに発動機が発動し、プロペラが勢いよく回り出す。

 

『発艦準備完了!』

 

 続けて放送が流れ、南雲中将は軽く縦に頷く。

 

「風上に立て! とーりかーじ!!」

 

『とーりかーじ!』

 

 南雲中将の合図を見て参謀が指示を出し、航海長が伝声管に向かって叫び、航海士は復唱して舵を左に切って天城の船首を風上に向ける。

 同時に発艦準備を整えた艦載機を甲板に上げた土佐、飛龍、蒼龍、雲龍、長鯨、翔鶴、瑞鶴も船首を風上に向ける。

 

『……』

 

 甲板では搭乗員達が息を呑んでその時を真剣な面持ちで待っていると、ブザーが鳴る。

 

『発艦始めっ!!』

 

 放送が流れると見張り所に立つ一人が手にしている青いライトを点滅させると、甲板要員の一人が各機の車輪止めに着いている甲板要員に退避するように指示を出すと、車輪止めを持って急ぎ隅に退避する。

 

「……」

 

 先頭の烈風の搭乗員は軽く頷くと額に掛けているゴーグルを下ろし、前を確認してからスロットルレバーを前に倒して発動機の出力を上げ、プロペラの回転速度が上がって機体が前に進む。

 

 甲板要員達は声を上げ、帽子を手にして振るって見送られながら烈風は勢いよく天城から飛び立つが、一瞬機体は高度を落とす。

 

「……っ」

 

 南雲中将と参謀達は思わず息を呑み、甲板要員達の声も一瞬途絶える。

 

 

 しかし一瞬下降した烈風だったが、すぐに高度を上げて飛び上がり、その姿を見た甲板要員達は再び声を上げ、南雲中将と参謀たちは静かにホッと安堵の息を吐く。

 

 続けて他の烈風が次々と飛び立ち、次に胴体の爆弾倉に50番を1発、翼の下に25番を1発ずつ計2発を搭載した彗星艦爆隊の編隊が飛び立ち、最後に魚雷を抱えた流星艦攻隊が次々と飛び立つ。

 

 同時に他の空母から飛び立った各艦載機はそれぞれの艦隊所属の機で編隊を組み、攻撃目標があるバーラット帝国海軍の最大拠点へ向かう。

 

 

 

「それにしてもこんな真っ暗な中、事故を起こさずに発艦出来るものだな」

 

 双眼鏡越しに次々と空母から発艦する艦載機を見ながら大石は呟く。

 

「これも猛訓練の賜物でしょう」

 

「……しかし、うまく辿り付けられるかどうか、不安だな」

 

「心配は無いでしょう。事前に空撮して侵入ルートは把握して夜間偵察型の彩雲の先導があれば、無事に全機攻撃目標地点に辿り付けられるでしょう」

 

「うむ……」

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「第一次攻撃隊発艦。続けて第二次攻撃隊が発艦準備に入りました!」

 

「間も無く、回答期限時間です」

 

「うむ」

 

 オペレーターから聨合艦隊の機動部隊より艦載機が発艦した報告を聞き、俺は頷く。

 

(いよいよ、か……)

 

 俺は息を呑み、深呼吸をして気持ちを整理する。

 

 

 

 

 それから少しして時計の針が回答期限時間である0時に達し、一定の電子音が鳴り続ける。

 

「総司令。時間です」

 

「あぁ」

 

 俺は辻に視線を向けると、辻は首を左右に振る。

 

「……」

 

 深呼吸をして、間を置くと俺は瞑っていた目をゆっくりと開ける。

 

「これより、バ号作戦を開始する! 全軍に攻撃命令を打電!!」

 

 俺の命令でオペレーターたちが慌ただしく動き、陸海軍の各部隊に攻撃命令が下される。

 

 

 バーラット帝国攻略作戦、略称『バ号作戦』

 

 本作戦の目的は戦争を早期終結させるため、扶桑国の全戦力を駆使した大規模反抗作戦。

 

 作戦の第一段階は聨合艦隊による帝国海軍の最大拠点の制圧と制海権の奪取、ならびに強制労働を強いられる奴隷の解放。陸軍による帝国領土への地上進撃。そしてその締めは帝国軍のとある兵器工場の破壊である。

 

 第二、第三、第四段階を経て、最終目標の帝国に全面降伏をさせ、終戦を目指す。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「長官! 司令部より打電! 『ニイタカヤマノボレ!0608(マルロクマルハチ)』であります!」

 

「そうか」

 

 司令部からの攻撃開始命令の暗号打電文が紀伊に届き、大石は軽く頷く。

 

「いよいよ、ですね」

 

「あぁ」

 

 大石は目を瞑り、少しして目をカッと見開く。

 

「攻撃隊に打電! 攻撃開始せよ!」

 

「ハッ!」

 

 通信兵はすぐさま攻撃目標に向かっている攻撃隊に攻撃開始命令を打電する。

 

 

 

 

 バーラット帝国海軍の最大拠点を真っ暗の中、夜間偵察型の彩雲の先導を受けながら飛行する攻撃隊は攻撃開始命令を受信し、搭乗員達は気を引き締める。

 

 

 しばらくして攻撃隊は攻撃目標が目と鼻の先までに近付き、彩雲は翼を左右に振って攻撃隊から離脱する。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 バーラット帝国の海軍が持つ最大拠点は本国にある海軍の軍港よりも規模が大きく、そこには未だに多くの戦列艦や装甲艦、新型の装甲艦が多く停泊している。

 その敷地内には竜騎士とドラゴンが休む小屋と兵舎が多く点在して、戦車もどきも多く配備されており、地上ぬおける防衛戦力も充実している。

 

 事前に辻に洗の……ゲフンゲフン……説得してこちらに着いた帝国側の美人スパイたちによって基地の全容は把握しており、基地の殲滅の他にやるべきことがある。

 

 ちなみにその基地を上空から見れば、偶然にも地形の形状が真珠湾の米軍基地に酷似していた。

 

 

 攻撃隊は基地の上空に侵入し、先導した烈風数十機は風防を開け右手に持つ信号銃を真上に向けて引き金を引き、信号弾は空高く舞い上がって破裂し、眩い光を放つ。続けて機体下部に下げていた吊光弾を投下し、ゆっくり落下しながら眩い光を放つ。

 それによって基地上空にはいくつもの光が基地全体を真昼と錯覚させるような明るさで照らした。

 

 その直後に後続の烈風数十機が一斉に地上施設に対して機銃掃射を行い、同時に翼の下に下げている噴進弾6発を間隔を空けて発射していく。

 それにより地上にある物資や建造物が次々と撃ち抜かれては炎上し、噴進弾が着弾した箇所では爆発が置き、中には大砲の発射に使う火薬置き場に着弾して大爆発を起こす。

 

 

 それに続いて彗星艦爆隊各機が胴体の50番1発と翼の25番2発を投下して停車されていた戦車もどきに直撃して次々と爆発を起こし、停泊中の戦列艦や装甲艦に直撃して爆発を起こして傾斜が生じて隣に停泊する装甲艦を巻き込む。

 続けて急降下する彗星から投下された3発の爆弾が新型の装甲艦の甲板に着弾して貫通し、そのまま火薬庫を誘爆させて艦内で大爆発を起こして船体が真っ二つになる。

 

 

 別の針路から基地に侵入した流星で構成された艦攻隊は海面すれすれを飛び、胴体に吊るしていた魚雷を投下し、他の機体も次々と魚雷を投下して上昇し、魚雷は停泊中の戦列艦と装甲艦、新型の装甲艦の舷側に直撃して水柱を高く上げ、船体が真っ二つになるか横転して浅い海底に着底する。

 

 

 奇襲を受けた帝国軍はすぐさま迎撃に入ろうと兵士や魔法使い達が反撃を試みようとするも烈風や爆弾や魚雷を投下し終えた彗星と流星の機銃掃射によって粉砕され、竜騎士も兵舎から出る前に彗星数機による爆撃を受けて建物諸共木っ端微塵に吹き飛ぶ。

 乗り手を失ったドラゴンは爆音に驚いて暴れ出すが、烈風による機銃掃射と噴進弾による爆撃によって撃ち殺され、小屋諸共吹き飛ばされる。

 

 

 第一次攻撃隊は基地を完膚なまでに破壊した後帰路につき、交代するように第二次攻撃隊が基地を目指す。

 

 

 その後第二次攻撃隊の攻撃後第三次攻撃隊が基地上空に辿り着き、無慈悲なまでの攻撃を行い、第三次攻撃隊の攻撃が終えた頃にはもはやそこに残ったのは基地があったと思われる残骸と転げていた様々な肉塊のみであった。

 

 

 

 

 攻撃隊が基地を爆撃しているあいだに戦艦と重巡洋艦数十隻による沿岸部の防衛線に対して艦砲射撃が行われ、そのほとんどを壊滅させた後強襲揚陸艦より海軍陸戦隊を乗せた大発数十隻が島に向かい、一斉に上陸する。

 

 その後上陸した歩兵部隊によって残存戦力は一掃され、その後陸戦隊はその基地で過酷な労働を強いられてきた奴隷達を解放する。

 

 必要最低限の軍港としての機能以外を破壊された軍港はその後扶桑海軍によって占拠され、今後の活動拠点として使われることとなる。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 第一次攻撃隊が帰路に着いた頃、帝国本土上空には空を覆いつくさんばかりに多くの重爆撃機が爆撃目標を目指している。

 

「これは壮大ですな」

 

「あぁ。何せ本国のみならず各基地の重爆撃機を総動員しているからな」

 

 その爆撃隊の中に居る富嶽の機長は周囲を見渡すばかりに居る連山改や富嶽を見る。

 

「さて、攻撃命令も下ったことだ。準備はできているな?」

 

「バッチリと。そうだろ?」

 

『応っ!』

 

 副機長の言葉に全員が答える。

 

「頼もしい限りだ」

 

 機長は口角を上げて軽く頷くと、前を見据える。

 

 

 

 爆撃隊はしばらくしてそれぞれの爆撃目標がある地点へ向かい、富嶽を指揮官機とする爆撃隊は眼下に爆撃目標を捉える。

 

「爆弾倉開け! 爆撃用意!」

 

 機長の言葉で富嶽の爆弾倉が開き、そこに納められている細長く四枚の板を四方に持ち先端と中央が丸く膨らんだ独特な形状をした爆弾が姿を現す。

 同じく連山改の爆弾倉も開き、富嶽と同じ爆弾が納められていた。

 

『ちょい左! ヨーソロー!』

 

 爆撃手の指示で副機長は左に操縦桿を傾けて少し旋回する。

 

『針路そのまま!』

 

「ヨーソロー!」

 

 

『よーい、ってぇ!!』

 

 爆撃手は爆撃目標を捉え、投下レバーを倒して爆弾一基が投下され、続けて投下レバーを倒して二基目が投下される。

 同じく連山改も次々と積載している爆弾の半分を投下する。

 

 投下された爆弾はまるで意思があるかのように落下針路を変えて正確に爆撃目標に向かう。

 

 

 この爆撃隊の富嶽と連山改が搭載する爆弾は『ケ号爆弾』と『マ号爆弾』の二種である。

 

 

 ケ号爆弾とは赤外線を探知してコンピューターが尾翼と操舵翼を調整して爆弾を熱が発せられている箇所へと調整する、誘導爆弾だ。

 史実でも赤外線誘導爆弾として大日本帝国陸軍で開発されていたが、当時は技術面が圧倒的に未熟とあって、更に戦場では様々な熱が発せられるので誘導はほぼ不可能といわれていた。

 

 マ号爆弾はケ号爆弾と構造はほぼ同じだが、探知するのは魔力反応で、爆発には魔法系の爆発が起こる。先ほど投下したのはマ号爆弾の方である。

 

 

 爆撃隊の爆撃目標は戦車もどきと飛行船の動力炉である魔力炉の製造工場で、長い諜報捜査の末に極秘裏にされていた製造工場の場所を特定した。そしてもう一つは戦車もどきの製造工場である。

 工場はいくつかのポイントに分かれて設置されており、その全てに爆撃隊が向かっている。

 

 

 マ号爆弾はコンピュータ制御で魔力反応が強い箇所へと操舵翼と制御翼でコントロールして向かい、空気を切り裂く音と共にマ号爆弾は魔力炉製造工場へと落下し、爆発を起こす。

 直後に魔力炉の魔力が魔力爆発と反応し、次の瞬間眩い光と轟音とともに大爆発を起こす。

 

「これはすげぇ」

 

 その大爆発を見た富嶽の機長と副機長は唖然となる。

 

「予想以上の爆発ですね」

 

「あぁ。これまで魔力炉の誘爆は報告に無かったからな。とは言えど、これほどとは」

 

 すると他の製造工場がある地点でも大爆発が起き眩い光を放つと遅れて轟音が鳴り響く。

 

「まぁ、何であれ爆撃は成功だ。このまま次の目標も爆撃するぞ」

 

 大爆発の光に目を奪われながらも爆撃隊はそのまま次の目標へ向かう。

 

 

 そして戦車もどきの製造工場へケ号爆弾を投下し、熱に誘導された爆弾は狂い無く着弾し、製造工場を完膚なまでに破壊した。

 

 

 



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第四十二話 

 

 

 

 

 全軍による一斉攻撃が始まった同時刻。

 

 

 

 

 聨合艦隊とは別の航路を取るとある艦隊は艦首で海面を切り分けて目標海域を目指していた。

 

 

 その艦隊には近代化改装が施された装甲空母信濃と大鳳、大峰を中心に、巡洋戦艦岩木、淡路、防空重巡洋艦伊吹と鞍馬、防空駆逐艦秋月、宵月、夏月、満月、花月が航行している。

 

 近代化改装を受けた信濃、大鳳、大峰の姿は以前の面影こそあるが、それ以外はほぼ現代の空母そのものであり、大よその艤装配置は『キティーホーク級航空母艦』が参考になっている。

 船体より大きく幅を持った甲板はアングルドデッキ仕様となり、甲板にあったエレベーターも右舷側の艦首側と艦尾側二箇所に設置され、艦首側には油圧式カタパルトが2基設置されている。艦橋には最新鋭の各種電探が設置され、ゆっくりと回転している。

 

 

「艦長!聨合艦隊より暗号電文です!」

 

 電文を手にした通信兵が艦長の元へ駆け寄る。

 

「何と言っている?」

 

「ハッ!『トラトラトラ』です!」

 

『おぉ!』と通信兵からの報告に周囲が声を上げる。

 

 トラトラトラとは事前に決めた暗号電文で、ワレ奇襲に成功セリという意味である。

 

「遂に始まったか」

 

「そのようですね」

 

「なら、我々の出番だな。副長」

 

「ハッ!」

 

 艦長の指揮ですぐさま準備が始まる。

 

 

 信濃の甲板には既に艦載機が数機ほど上げられて隅に駐機され、舷側に移動されたエレベーターに乗せられた艦載機が甲板へと上げられ、折り畳んでいた翼を広げる。

 

 信濃の艦載機は新鋭のジェット戦闘機『橘花』であり、大鳳にはジェット攻撃機『火龍』、大峰にはジェット爆撃機『景雲』がそれぞれ搭載され、共通して艦隊の直援機として烈風、偵察機の彩雲を数十機搭載している。

 

 

 この艦隊は帝国本土の帝都からより近い場所にある全軍の指令を出す基地司令部を爆撃するために編成された別働艦隊で、目的は指揮系統の混乱であり、同時に心理的な戦略もある。これも新鋭のジェット機だからこそできる作戦である。

 

 

 2機の橘花は艦首側のカタパルトに移動し、機首側のフックをカタパルトに引っ掛けてから甲高い音とともにジェットエンジンが始動する。

 

 ある程度ジェットエンジンの出力が上がってきたところで『ブラスト・ディフレクター』と呼ばれる設備が機体後部の甲板の一部がジャッキで斜めに立つように上げられて壁を作る。

 

 ジェットエンジンの出力が発進できるまでに達したのを計器で確認した搭乗員はカタパルト要員に合図を送り、すぐさまカタパルトを管理する作業員に合図を送ってカタパルトの発射装置を押し、右側の橘花が勢いよく甲板に埋め込まれたカタパルトによって急加速して射出され甲板から飛び出す。

 続けて左側の橘花がカタパルトで勢いよく射出される。

 

 同時に大鳳から火龍が、大峰からは景雲が勢いよくカタパルトによって急加速を行って甲板から射出されて空へ舞い上がる。

 

 ある程度攻撃隊が発艦してから直援機の烈風もカタパルトを用いて発艦し、2機ずつ計6機体制で警備に入る。

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 同じ頃、扶桑海軍の秘匿艦隊である幻影艦隊も攻撃のため行動を起こしていた。

 

 先ほど艦載機である晴嵐改を発進させ、艦隊は潜航し合流ポイントに向かう途中でとある攻撃目標が狙える海域へ向かっていた。

 

 

「司令。そろそろ攻撃目標が狙える海域です」

 

「うむ」

 

 艦橋内では小原が腕を組み、軽く縦にうなずく。

 

「これより攻撃を開始する!」

 

「ハッ。対地噴進弾! 発射用意!」

 

 艦長は伝声管に向かって指示を飛ばし、伊-400の装甲化された後部甲板が気泡を出しながら左右に開くと、そこから筒状の物体を3本搭載した発射台が3基現れ、斜めに発射台を上げ左90°に旋回する。

 同じく他の艦も後部甲板から同じ武装を出して同じ向きに武装を向ける。

 

 

 扶桑海軍で開発された初の長距離対地攻撃を想定した噴進弾で、これまでのノウハウが生かされてその射程は驚きの48kmを誇る。と言ってもあくまでもそれは最大射程で、命中率を考えると精々27kmが限界である。

 とは言えど対地噴進弾にはある程度空気抵抗によるズレを修正する操舵板とそれを操るコンピュータを搭載しており、最小限にズレを抑えるので命中率はそこそこ高い。

 

 現状での水中からの発射は可能であるが、更に命中精度と航続距離を考えるなら浮上した状態で行うが、今回はそれほど精度と距離は必要ではないし、この後にやることを考えるなら水中からの発射になる。

 

 

『こちら噴進弾発射台! 諸元入力! 発射準備完了!』

 

「……ってぇ!!」

 

 小原は一息間を置いて号令を放ち、各伊-400型より噴進弾が尾から噴射されるロケットブースターで左から順に発射され、 計90発の噴進弾が海中から飛び出し、第一ロケットブースターが切り離されて第二ロケットブースターが点火し、勢いよく飛び出す。

 

「発射台収納と同時に目標海域に向かう」

 

「ハッ!」

 

 艦長はすぐさま伝声管に向かって指示を飛ばし、対地噴進弾の発射台が収納されると艦隊は速力を上げて次の海域へ向かう。

 

 90発の噴進弾は尾から煙を引きながら高度を上げ、一定高度に達して弧を描いて降下する。

 

 噴進弾は勢いよく降下して速度を増し、音速に近い速度に達しながらも攻撃目標に向かう。

 

 

 

「ん?」

 

 草木で巧妙に偽装された基地を警護していた帝国軍兵士は聞いたことの無い音を耳にして顔を上げる。

 

「何の音――――」

 

 最後まで話し終えること無く対地噴進弾がその基地へ次々と着弾し、炎を上げて基地に積載されていた火薬に引火して大爆発を起こし、次々と各所で爆発が起こる。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁっ!?」

 

「腕が! 腕がぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 対地噴進弾の着弾時の爆発と積載されていた火薬の誘爆によって兵士達の多くが手足のどこから吹き飛ばされてもだえ苦しみ、爆音によって鼓膜が破壊され耳から血を流して彷徨う兵士達が続出する。

 

「な、何事だ!?」

 

「分かりません!? どこからともなく攻撃が!」

 

 基地の司令官と思われる男性が慌てた様子で兵士に問い掛け、兵士も動揺しながら答える。

 

「お、恐らくフソウ軍の攻撃です!」

 

「馬鹿な! この基地の場所は徹底されて秘密にされているのだぞ! やつらとてこの場所を知ることは!」

 

「ですが現に攻撃を受けています!」

 

 と、兵士が言い終えた直後に対地噴進弾が着弾し、火薬を積載している天幕に炎が移って大爆発を起こす。

 

「くっ! すぐに艦隊を港から出せ!」

 

「し、しかしこの状況で出したら!?」

 

 この基地には帝国海軍が建造した最新鋭装甲艦を秘匿して配備しており、フソウが侵攻してきたらこの艦隊で背後から奇襲を仕掛けるつもりだった。

 

「このまま艦隊がやられたら元も子もない! いいから出せ!」

 

「っ! 了解しました!」

 

 兵士はすぐさまここから離れた港に停泊している艦隊に出港するように伝令に走る。

 

 

 その後噴進弾の爆発によって炎上する基地に炎を目印に最初に飛び立った晴嵐改の編隊が到着し、港から出港しようとしている装甲艦へ爆弾や噴進弾を叩き込み、次々と沈めていく。

 

 

 

 晴嵐改の襲撃を受け数隻が撃沈されるも、艦隊は大火災を起こす港から脱出する。

 

「数隻ほど撃沈されましたが、何とか出られましたね」

 

「あぁ」

 

 装甲艦の甲板に立つ司令官と兵士は徐々に遠くなる炎を上げる偽装基地を見つめる。

 

「しかしいったいどこからやつらは攻撃を」

 

「周囲には敵は居なかったはずです」

 

「陸海空共に厳重な警戒だというのに、それを潜り抜けるとは……」

 

「もしかすれば、遠距離からの攻撃では?」

 

「どこから攻撃したと言うのだ。やつらの兵器ではすぐに見つかるはずだ」

 

 地上は複雑な地形で進撃を阻み、上空は偽装されているので発見は容易ではない。海上は一箇所しか外洋に出る場所が無いので、監視は一箇所に集中しているので敵艦隊が現れたのならすぐに分かる。上空も暗い所でも目と耳が利く監視員によって警備されており、大きな音を出すフソウの空飛ぶ物体の接近も分かる。

 

「しかし、現に攻撃を受けたのです。それにフソウなら我々から見えない位置から攻撃することもできるでしょう」

 

「むぅ」

 

 信じ難かったが、現にこうして攻撃を受けているのだ。認めるしかない。

 

 

 

 そうして艦隊が湾内を出て外洋を航行していたときだった。

 

 

 突然先頭の装甲艦が轟音とともに水柱が上がり船体が真っ二つに割れて轟沈する。

 

「な、何だ!?」

 

 司令官は沈み行く装甲艦に目を向けるが、その瞬間更に前方の2隻も同じように轟音とともに水柱が上がって船体が真っ二つに割れて轟沈する。

 続けて左側の1隻も右舷側から水柱が上がって船体が大きく抉れ、傾斜が生じる。

 

「いったい見張りは何をしている! なぜ攻撃に気付かなかった!」

 

「そ、それが、周囲に砲弾はおろか、敵艦の姿がありません!」

 

「何だと!? そんなはずはない! 敵艦が居なければいったいどこから攻撃をしているというのだ!」

 

 ふと、司令官の脳裏に、海軍内で広まっているとある噂が過ぎる。

 

 

 周囲に敵艦の姿が無いのに突然攻撃を受けて僚艦が轟沈した。

 

 あの海域には海の化け物が居るんだ。

 

 

「海の、化け物」

 

 司令官は声を震わせ、その名を口にする。

 

 そのあいだに更に3隻が沈められる。

 

「ま、まさか、この海域にやつが……」

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 海中には移動して港から出てくる艦隊を待ち伏せている幻影艦隊が潜み、九三式酸素魚雷にて装甲艦を沈めていた。

 

「全弾命中を確認」

 

 潜望鏡から見える轟沈した装甲艦を確認した艦長が小原に伝える。

 

「よし。次で仕留めるぞ」 

 

「ハッ! 魚雷室! 魚雷次弾発射準備に取り掛かれ!」 

 

 艦長はすぐに伝声管にて魚雷室へ指示を下す。

 

「しかし、敵もまんまとこちらの策に掛かりましたな」

 

「あぁ。飛んで火にいる夏の虫とは、正にこのことだな」

 

 事前の調査で判明した秘密基地に対地噴進弾を叩き込み、港に引き篭もっている艦隊を燻り出して基地から上がる炎を目印に晴嵐改による爆撃で装甲艦数隻を沈めて追い込み、港から出てきたところで本命の雷撃をぶつけて艦隊を殲滅する。

 

『魚雷室より艦橋! 魚雷3番7番発射管、4番8番発射管に魚雷装填! いつでも撃てます!』

 

 伝声管を通して魚雷の発射準備が整ったことが報告され、艦長が小原に視線を向けると彼は軽く縦に頷く。

 

「ってぇっ!!」

 

 艦長の号令とともに伊-400型潜水艦10隻の艦首に内蔵されている8門の魚雷発射管から九三式魚雷が一斉に放たれ、高速かつ航跡を残さずに艦隊に忍び寄る。

 

 計80本もの魚雷は誰にも気付かれること無く忍び寄り、残りの装甲艦全てに魚雷が被雷して轟音とともに水柱を上げて木っ端微塵に粉砕される。

 乗艦していた司令官は海の化け物が居るということ以外何も分からないまま装甲艦と共に海に没した。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 信濃、大鳳、大峰から発艦した攻撃隊は山の上空を飛行し、攻撃目標へ向かう。

 

「おーお。派手にやっているねぇ」

 

 酸素マスクとゴーグルを着けた橘花の搭乗員は搭乗席から炎を上げる帝国軍基地を見る。

 

『陸軍も張り切っているな』

 

『むしろ荒ぶっているんじゃねぇか? 何せ今日まで訓練漬けだって話だぜ』

 

「それは俺たち海軍も同じだろ。特に元一航戦らは闘志に燃えていたぜ』

 

『今頃基地に対して無慈悲な攻撃をしているじゃねぇか?』

 

『違いねぇ!』

 

 

 そうして雑談を交わしていると、あっという間に攻撃目標付近に着く。

 

「爆撃目標確認! 全機爆撃用意!」

 

 部隊長は全機に攻撃準備命令を下し、搭乗員達は気を引き締める。

 

「これまでの訓練を思い出せ! 全機! 突撃!!」

 

 各機は一斉にジェットエンジンの出力を上げて機体を降下させて速度を増し、攻撃目標の総司令部に向かっていく。

 

 

 総司令部を警護する帝国軍兵士は甲高い音に気付いて空を見上げるが、その瞬間先行していた橘花の噴進弾と機首の機関砲を一斉に放ち、地面と建造物を抉っていく。

 噴進弾が着弾すると爆風とともに辺り一面に炎が撒き散らされ、爆発で吹き飛ばされるか、飛び散った破片でどこかを負傷するか粉砕されるか、炎を浴びて火達磨になる兵士が続出し、一瞬で阿鼻叫喚な状況が生まれる。

 

 続けて火龍が放った噴進弾と爆弾が次々と建造物に着弾していくつかの箇所が粉々に粉砕されて破裂した噴進弾から炎が建造物を焼き、その周辺にも着弾して炎が上がる。

 

 最後に景雲の放った爆弾と噴進弾が建造物に全て着弾し、崩壊が始まりそうな建物の全体に炎が回って大炎上し、次の瞬間には轟音とともに崩壊して火の球が辺り一面に広がって付近の森林に引火し、更に被害が拡大する。

 

 この間は正に一瞬の如くであり、帝国軍側は何が起こったのか状況を理解する前に総司令部を失い、同時に多くの兵士達が命を落とした。

 

 爆撃を終えた編隊はすぐさま艦隊へと戻っていき、ジェット機ならばでの速度で帝国側が追撃を行う前に撤退した。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 バ号作戦開始から3日後。

 

 

「総司令。各戦地からの報告です」

 

「うむ」

 

 俺は品川と辻から報告書を受け取り、陸海軍のそれぞれのページを捲って目を通す。

 

「被害は陸海軍共に軽微。戦線はどんどん進んでいる。結果は上々だな」

 

 海軍にしろ陸軍にしろ、それぞれの目的を達して次の作戦段階へと入って進撃している。

 

(このまま順調に進んでくれればいいんだが……戦場に絶対は無い)

 

 様々な不安は過ぎるも、今はただどのように戦況が進むかを見ているしかない。

 

 

 

 



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第四十三話 蛮行

 

 

 

 

 バ号作戦開始から二ヶ月が過ぎようとしていた。

 

 

 

 村と思われる集落の前に車輌部隊が停車する。

 

 

 

「……またか」

 

「……」

 

 陸上自衛隊の『軽機動装甲車』に酷似した装甲車から降りた岩瀬大佐は苛立った声を漏らし、続いて降りた64式小銃をスリングで肩に掛けている倉吉准尉は息を呑む。

 

 彼女が率いる部隊は順調に帝国領を進んでいき、その中で目の前の光景に遭遇していた。

 

 

 目の前には帝国領にある小さな集落があったが、そこからは鼻を突く異臭が漂い、その発生源が地面に多く倒れていた。そして彼女達は帝国領度を進むたびにその光景を何度も目撃している。

 

 

「ひでぇな」

 

「……」

 

 思わず声を漏らす兵士がいれば無言で目を背ける兵士と吐き気が襲い掛かって口を押さえる者と、その反応は様々だ。

 

 何度も同じ光景を見てきたとしても、慣れないものは慣れないのだ。

 

「総員ガスマスクの着用を。これより遺体処理作業に掛かる。迅速かつ周囲への警戒を厳にせよ」

 

 岩瀬大佐の指示で兵士達は準備に取り掛かり、遺体の片付け作業に入る。

 

 このまま放置すれば後続の部隊にも悪いし、士気の関係もある。何より腐敗した遺体からの疫病が一番恐ろしい。

 

 

 

「くそ。これじゃ気が滅入るぜ」

 

「全くだ」

 

 兵士達は愚痴をこぼしながら二人掛かりで遺体を次々と集落から運び出し、集落の外に工兵がスコップで掘った大人一人分ぐらいの穴へと下ろして、供養を終えた所から火葬が行われ、燃え尽きたところで穴を埋めて木材で簡易的な墓標を立てる。

 

「大体、何であいつらは自分の領土の民を殺してんだ」

 

「この辺りは元々帝国の領土じゃなかったらしいですよ。この戦争の始め辺りで帝国領に取り込まれたみたいで、帝国に反感を抱く者が多かったようで」

 

「……だから殺すのも気兼ねなく行えるってか」

 

 ギリッと男性兵士は歯軋りを立てる。

 

「まぁ、この機に乗じて反乱されても困るだろうと思って反乱分子を排除する、って建前でやっているんだろうな」

 

「便利だよな。建前っていう言葉はな」

 

「……」

 

 

 すると破壊された家から赤ん坊の泣き声がして兵士達は思わず身構える。

 

 その家から泣き声を上げている赤ん坊を抱えあやしている女性兵士が出てくる。

 

「どうしたんだ? その赤ん坊は」

 

「家の中を捜索していたら、泣き声がして探したら見つけたのよ」

 

「そうか。それで、両親は?」

 

「……どっちとも死んでた。しかも母親の方には、やられた跡があった」

 

 女性兵士は首を左右にゆっくりと振るう。

 

「そうか」

 

「赤ん坊は父親の遺体が上から被さった状態で隠されていたから、身を挺して守ったんだろうね」

 

「……」

 

「しかし、酷いことをしやがる」

 

「あぁ。まだこんなに小さいっていうのに」

 

「……」

 

「それで、どうするんだ?」

 

「放っては置けないでしょう。補給部隊が来たら預かってもらうしかないわ」

 

「だな」

 

 女性兵士は赤ん坊をあやしながらその場を離れる。

 

「言い方は酷だろうが、あの子にとっては赤ん坊だったのが幸いかもしれないな」

 

「幸い、か」

 

「……だが、帝国のやつら、何を考えているんだ」

 

「狂っているんじゃねぇのか。もっとも、俺たちのせいで追い詰められて狂ったのかもしれないが」

 

「……」

 

「もっとも、戦争自体人を狂わせているんだろうがな」

 

「かもしれんな」

 

 

 

 

「……」

 

 岩瀬大佐は今も愛用している九九式小銃を撫でるように触れながら周囲を見渡していた。

 

「大佐」

 

「……准尉か」

 

 64式小銃を持って倉吉准尉が近付いてくるのを横目で見ながら小さく声を漏らす。

 

「あと少しで全作業が完了するとのことです」

 

「そうか。罠もなく、何とか無事に終われたな」

 

「はい」

 

 一回だけ集落の遺体を片付けていたときに突然遺体の一つが爆発して兵士5人が重傷を負う事故が起きている。原因は遺体に見えないように爆弾が仕掛けられていたことで、遺体を動かした瞬間爆発するようになっていた。

 それからはブービートラップに警戒しながらの作業となった。

 

「……」

 

「大佐?」

 

 ゆっくりと深いため息を吐く彼女に倉吉准尉は首を傾げる。

 

「……」

 

 倉吉准尉は岩瀬大佐の視線の先を見ると、ボロボロとなった集落があった。

 

「……惨いな」

 

「……はい」

 

「人間は、どこまで酷いことができるのだろうか」

 

「……」

 

 

 すると近くの林の草木から音がして誰もが林に目を向けて警戒し、それぞれの武器の銃口を向ける。

 

「た、助けて……」

 

 と、林から赤ん坊を抱いたやけに着膨れした女性が現れた。

 

「っ! 生存者だ!」

 

 兵士の一人が声をあげ、四式自動小銃や64式小銃、100式機関短銃を構えていた兵士たちは銃口を下げ女性の元へ駆け寄る。

 

「もう大丈夫ですよ」

 

「た、助けてください」

 

「我々が最後までお守りしますから、安心してください」

 

 兵士たちは不安がる女性を宥めるが、なぜか女性は同じことばかり口にしている。

 

「……」

 

 岩瀬大佐は九九式小銃の安全装置を外し、その女性を観察する。

 

 女性の顔には汚れが目立って痩せこけており、腕の中の赤ん坊も栄養が足りていないのか痩せている。しかし女性と赤ん坊は不自然に着膨れしており、特に胴回りが太い。しかも服装も上下でなぜか汚れの具合が違う。

 

 それにさっきから助けてとばかりしか喋っておらず、助けられても同じことばかりしか口にしていない。

 

「……」

 

 ふと、女性の着膨れた服がずれて岩瀬大佐は目を見開く。

 

 女性の腹には細長い物体が横繋ぎに並べられており、よく見れば赤ん坊にも同じものが巻き付けられている。

 

 その形状を見れば、一瞬でそれが何なのかは嫌でも分かる。

 

「そいつから離れろ!! 早く!!」

 

 岩瀬が大声で女性の周りにいる兵士に言い放ち、兵士たちは思わず岩瀬を見る。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 突然女性が叫びを上げると、その直後に女性と赤ん坊は爆発を起こす。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁっ!?」

 

「――――!?!?」

 

 血と肉片が飛び散り、周りにいた兵士達は爆発に巻き込まれて吹き飛ばされ、重傷を負って悲鳴を上げる。

 

 辺り一面血の海と化し、悲痛な声を上げながら両目を押さえる者や耳から血を流す者、血を吐き出す者が続出し、中には女性と赤ん坊の頭や内臓と思われる物体が一面に散らばっている。

 

「ブービートラップ……!」

 

 爆風で倒れた倉吉はギリッと歯軋りを立て、左手を握り締めて地面を叩く。

 

 爆発の影響を受けなかった兵士達は慌てて重傷を負った兵士のもとへ駆け寄り、衛生兵を呼ぶ。

 

 

 

『ワァァァァァァァァァ!!!!』

 

 すると突然林から大声とともに武器を手にした多くの帝国軍兵士とぼろぼろの戦車もどきが出てきて、扶桑軍へと突撃する。

 

「っ! 敵襲!!」

 

 扶桑陸軍兵士の一人が叫んで全員がとっさにこちらに向かって突撃する帝国軍兵士に向け、一斉に銃火器を放つ。

 

 米軍の『ハンヴィ』の様に四角い形状を持つ重装甲車の銃座についている兵士は三式重機関銃改を、その装甲車のボンネットに二脚を広げて立てて置いた『62式軽機関銃』を、四式自動小銃や100式機関短銃、64式小銃から放たれた銃弾は突撃する帝国軍兵士を次々と撃ち抜き絶命させる。

 

 戦車もどきは以前より装甲が強化されているのか、三式重機関銃改の銃弾は戦車もどきの正面装甲に阻まれて弾かれ、直後に戦車もどきが主砲を放ち軽装甲車に直撃して爆発を起こす。

 

「くぅ!」

 

 女性兵士は爆風で顔を顰めるも、肩に担ぐ九糎噴進砲を戦車もどきに向け装填手が噴進弾を装填し終えた合図を確認すると同時に引き金を引き、砲尾から噴進炎が噴出して噴進弾が放たれ、戦車もどきの正面装甲から貫徹して内部で爆発を起こして戦車もどきは木っ端微塵に吹き飛ぶ。

 

「……」

 

 岩瀬大佐も九九式小銃の引き金を引いて兵士の頭を撃ち抜くとすぐさま排莢してボルトを元の位置に戻し、すぐさま構えて引き金を引く。

 

「くそっ!!」

 

 倉吉准尉も連射に切り替えた64式小銃で銃弾を連続して放ち、次々と武器を手にして向かって来る帝国軍兵士を撃ち殺していく。

 

 帝国軍兵士は奇襲に失敗して逆に返り討ちに遭い、戦意を喪失した生存者はすぐさま引き返して撤退する。

 

「逃がすか! 追え!」

 

 と、一人の兵士が叫んで逃げる帝国軍を追いかけ、それに続いて多くの兵士達も雄叫びとともに追いかけていく。

 

「待て! お前達!!」

 

 岩瀬大佐は声を掛けるも誰も止まらずに帝国軍を追いかけていく。

 

 

「おい! しっかりしろ!」

 

「衛生兵!! 衛生兵!!」

 

 周りでは倒れた兵士に声を掛ける衛生兵の声が上がっている。

 

「……っ」

 

 声で後ろを振り返った彼女は追跡に入った兵士達も気になるが、すぐに負傷兵のもとに向かう。

 

「た、隊長……」

 

「大丈夫だ。心配無い」

 

 身体中から血を流し虚ろな目となっている兵士の手を握り励まそうとするも、状態はお世辞に良いとは言えなかった。

 

「じきに良くなる。だから、気をしっかり持て」

 

「……」

 

 兵士は何かを言おうとしたがその瞬間血を吐き出し、そのまま力尽きる。

 

「……」

 

 岩瀬大佐は無言のまま、見開かれた目蓋を閉じて兵士を優しく地面に寝かせて両手を組ませて腹の上に置く。

 

 

「何でこんな惨いことを」

 

「ひでぇことしやがる」

 

 血の海と化した爆発地点を見て男性兵士は怒りの篭った声を漏らす。

 

「母親のみならず、赤ん坊にまで爆弾を巻かせるとか……」

 

「狂っていやがる」

 

「いくらなんでも、ヒドイ」

 

「……」

 

「……」

 

 倉吉准尉は奥歯を噛み締めて、64式小銃のグリップを握り締める。

 

 

 

 すると林の方から銃声が鳴り響く。

 

「っ!」

 

 岩瀬大佐と倉吉准尉数名がすぐさま林へと走っていく。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 林では数人の帝国軍兵士が立たされて扶桑陸軍兵士の小銃の斉射で射殺される。

 

「捕まえたぞこの野郎!!」

 

 そこへ更に多くの帝国軍兵士を捕らえた扶桑陸軍兵士がやってきて撃ち殺した兵士の上に叩き倒す。

 

「や、やめてくれ!!」

 

「うるせぇ!」

 

 抵抗しようとしている帝国軍兵士を扶桑陸軍兵士は蹴り飛ばして黙らせる。

 

「てめぇら! よくもあんな惨い事をしてくれたな!! 虐殺した挙句に民間人に爆弾巻きつけて爆破するとはな! この外道がぁっ!!」

 

「ち、違う! 俺たちは無理やりやつらに命令されただけだ。あんなのやりたくなかったんだ!」

 

「黙れ!! どっちにしろお前達が関わったことに変わりは無い!」

 

 男性兵士は手にしていた64式小銃を一箇所に集められている帝国軍兵士に向ける。

 

「立ちやがれ!」

 

 男性兵士の一人が腰の抜けた帝国軍兵士を無理やり立たせて集められた箇所に押し込む。

 

「や、やめてくれ! あんたたちフソウの人間なんだろ!? 人の命を大事にしているって!?」

 

「……人の命?」

 

 ギリッと男性兵士は歯軋りを立てる。

 

「無抵抗の民間人を虐殺して、人間爆弾に仕立て上げたお前達など、人じゃねぇんだよ!!」

 

 安全装置を外し、周りの兵士も機関短銃や自動小銃を構える。

 

 

「っ! やめろ!!」

 

 そこへ岩瀬大佐が到着し大声で止めようとするも、一斉に射撃が始まって帝国軍兵士を蜂の巣にする。

 

「っ!」

 

 岩瀬大佐は息を呑み、続けて到着した倉吉准尉は唖然となる。

 

 山のように積み重なった帝国軍兵士の死体の山から奇跡的に生きていた兵士の一人がユラユラと立ち上がるが、直後に男性兵士の64式小銃から連続して銃弾が放たれて蜂の巣にされ、そのまま後ろへと倒れる。

 

「……」

 

 男性兵士は空になったマガジンを外して新しいマガジンを差し込む。

 

 

「っ!」

 

 その直後に男性兵士は左頬に打撃を受けて右へと吹き飛ばされる。

 

「っ! っ!」

 

 さっきまで男性兵士がいた場所には、右拳を握り締め、顔を真っ赤にして息を荒げている岩瀬大佐の姿があった。

 

「た、大佐……」

 

 今まで見た以上に怒りを露にしている彼女に倉吉准尉は息を呑む。

 

「……貴様、いったい自分が何をやったのか、分かっているのか」

 

「何を、ですか」

 

 男性兵士は血の混じった唾を吐き捨てて立ち上がる。

 

「決まっているじゃないですか。帝国の糞野郎共を一掃したんですよ」

 

「っ! 貴様!」

 

 岩瀬大佐は怒りの形相で男性兵士の胸倉を掴む。

 

「自分が何をやったのか分かっているのか! もはやこれは虐殺だ!」

 

「っ! じゃぁ大佐はあいつらの蛮行を許せるというのですか!」

 

 男性兵士は岩瀬大佐の手を振り払い、帝国軍兵士の死体の山を指差す。

 

「民間人を虐殺し、爆弾を身体に巻きつけて不意を突くような連中を! そのせいでどれだけの仲間が犠牲になったと!」

 

「……」

 

「……そのせいで、吉田だって」

 

 男性兵士は手にしている認識票を握り締める。

 

「あいつ、最近本国にいる家族からの手紙で、赤ん坊が生まれたって喜んでいたんです。必ず生きて帰って赤ん坊を抱くって」

 

「なのに、さっきのブービートラップで……」

 

 男性兵士は涙を流し、周りにいる兵士達も表情に影が差す。

 

「それでも大佐はあいつらの事を許せるんですか!?」

 

「……」

 

 口を一文字に閉ざし、彼女はしばらくして口を開く。

 

 

「確かに、やつらの行為は人道を大きく踏み外している。決して許される行為ではない」

 

「だったら!」

 

「だが! だからと言って我々が無抵抗の敵兵を一方的に殺していい理由にはならない! それでは村人を虐殺した帝国軍と同じだ!」

 

「っ!」

 

『……』

 

「我々の目的は帝国の殲滅ではない。そこを履き違えるな」

 

「……」

 

『……』

 

 岩瀬大佐は一旦間を置き、口を開く。

 

「少尉。貴官には後方部隊に移動してもらう」

 

「……」

 

「そこで頭を冷やせ」

 

「……」

 

「解散! 総員元の配置に戻れ!!」

 

 岩瀬大佐の一言で全員が戸惑いを残しながらも村へと戻っていく。

 

 

 

「……」

 

 少しして周囲を確認してその場を立ち去ろうとしたときだった。

 

 

「――――」

 

 帝国軍の死体の山からくぐもった声がして岩瀬大佐は立ち止まる。

 

 振り返ると、血を吐きながら帝国軍兵士が死体の山から這いつくばって出てきた。

 

「た、助け、て……」

 

 兵士は誰に向けたわけではないが、掠れた声で漏らす。

 

「……」

 

 彼女はすぐに兵士の状態を察する。

 

 兵士の回りは血の海と化して、咳き込む度に血を吐き出している。もう長くは無い。

 

「……」

 

「た、たの、む……助け、て―――」

 

 

 

 

 ―――――!!

 

 

 

 

 その直後に銃声が林の中で発せられる。

 

 兵士の眉間には一つの穴が開き、兵士は状況を理解する前に絶命する。

 

「……」

 

 銃口から硝煙が漏れる九九式小銃を構える岩瀬大佐はただ無表情で、息絶えた兵士を見る。

 

 しばらくして後ろに振り返り、空薬莢を排出させながらその場を後にする。

 

 

 

 



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第四十四話 

 

 

 バ号作戦開始から早半年が過ぎようとしていた。

 

 

 

「ふむ。帝国の副帝都ヴァリアが堕ちたか」

 

 品川から報告書を受け取って内容を確認してテーブルに置く。

 

 帝国領の中でも帝都『グレンブル』の次に規模が大きい副帝都『ヴァリア』は帝国一の港町であると同時に帝国にとっては最大の防衛線であり、各地への補給を行うための生命線でもある。

 ここを落とされた場合、帝国軍の補給は完全に途絶えることを意味し、更にいくつもの防衛線をショートカットして最深部への進撃を許すこととなる。

 

 それは帝国軍にとって、絶望以外の何でもない。であると同時に扶桑軍にとっては戦略的に重要な場所であり、帝国への心理的打撃を与えることができる。

 

 

 それがバ号作戦における扶桑海軍の作戦の第二段階である。

 

 

「これで最深部への侵攻が可能となったか」

 

「えぇ。現在進撃に向けて輸送艦隊がヴァリアに向かっています」

 

「そうか」

 

 深いため息を吐いて椅子の背もたれにもたれかかる。

 

「現在陸軍の方で帝国軍の要塞を攻略中です。ここを陥落させれば、海軍陸戦隊と合流できて連携して進撃が可能になりますし、陸軍にとっても大規模な拠点を手に入れます」

 

「ふむ。今のところ計画通りに進んでいるか」

 

 これなら帝国の最終防衛ラインまでの道のりは近いな。

 

 

「しかし、本当に宜しかったのですか?」

 

「何を?」

 

「その、全軍に伝達した、民間人をも巻き込んだ無差別攻撃の許可を……」

 

「……あぁ」

 

「……」

 

「言いたいことは分かる。俺だって、民間人を巻き込む無差別攻撃をやりたいとは思わない。だがな」

 

 俺は椅子から立ち上がって地図が広げられているテーブルの方に向かう。

 

「こうでもしないと、連中は民間人という名の盾を得ることとなる」

 

「盾、ですか」

 

「あぁ。だから、本作戦における我が軍はたとえ民間人が市街地に居たとしても、攻撃を許可している」

 

「盾にしても意味は無い、ということを帝国に知らしめるためにですか」

 

「……酷な判断だが、仕方が無い」

 

 腕を組み、静かに唸る。

 

 

 これまで扶桑は人命を尊重して無差別攻撃を避けるために市街地への砲撃と爆撃を御法度として戦ってきた。

 

 しかし、俺は帝国側がこちらの人命尊重を逆手にとって民間人を盾に使うのではないかと不安を感じていた。

 

 だが、その不安は現実のものとなり、帝国が市街地にわざと民間人を置いてこちらの攻撃を抑えたのだ。仕方なしに事前に行う砲撃と爆撃を行わずに歩兵と戦車の機甲部隊による攻略を開始した。

 しかし市街地では盾にされていた民間人が民兵として扶桑の前に立ちはだかり、扶桑側は予想以上に大きな損害を被ることとなった。

 

 この例もあり、俺は無駄な犠牲を更に増やしたくなかったが、苦渋の決断として民間人がいても問答無用で市街地へ攻撃を行うように全軍に命令を下していた。

 

 ヴァリア副帝都戦では戦艦部隊による容赦無い艦砲射撃と航空隊の爆撃を行い、海岸の防衛線と市街地の防衛戦力を排除した後に特大、大発に乗せた海軍陸戦隊を上陸させ、残存戦力を排除してヴァリアを制圧し、占領した。

 

 この時市街地には多くの民間人が残されていたが、その殆どは民兵として扶桑と戦うつもりでいたらしいが、無差別攻撃を前にして戦意喪失となり、運よく生き残った民間人は抵抗せずに投降した。

 

 

「戦争に犠牲は付き物だ。一人と犠牲者を出さない、何てのは無理な話だ」

 

「……」

 

「……戦争だから仕方が無い、か」

 

 ボソッと俺は呟いて言葉を漏らす。

 

「そう言ってしまえば、何も言えないよな」

 

「……総司令」

 

「……」

 

 この戦争。ただでは終わりそうに無いな……いや、そもそも綺麗な形で終わった戦争なんて無いんだ。

 

(何も、起こらなければいいのだがな)

 

 戦いに絶対は無い。分かっていても、そう願いたいものだ。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 場所は変わり帝国領。その中でも大きな山の内部を刳り貫いて作られている帝国軍要塞。

 

 

 

「くそ。帝国のやつら、意外と良い装備持ってんじゃねぇか!」

 

 ゆっくりと前進するティーガーの後ろを歩く兵士は愚痴を溢す。

 

 要塞前の防衛線にはトーチカがいくつも設置されて、そこには古めかしい手回し式のガトリング砲が遅い連射速度で火を吹いていた。その後方の砲陣地には近代的なカノン砲が次々と火を吹き砲丸が進撃中の扶桑陸軍部隊に降り注いで被害を出す。

 

 しかしその中に一際目立つ存在が走行し、砲撃を多く受けるもその強固な装甲ですべて弾き返す。

 

 大型イ号車ことオイ車はやり返しといわんばかりに主砲より榴弾を放ち、トーチカの一つを粉砕する

 

「そういや、奥に進むに連れてやつらの武器が近代化しているような気がするんだが、気のせいか?」

 

「出し惜しみでもしているんじゃねぇのか?」

 

「この状況で出し惜しみって、あいつら頭おかしいんじゃねぇのか?」

 

「それほど追い込まれているってことだろうよ!」

 

 その直後にティーガーの主砲より榴弾が放たれ、トーチカに着弾して兵士諸共粉々に粉砕する。

 

 続けて五式中戦車に61式戦車からも榴弾が放たれ次々とトーチカを破壊する。

 

「しかし、爆撃隊の到着はまだかよ!」

 

「いくら制空権がこちらの手にあると言っても、このままじゃ敵の砲撃に晒され続けるぞ!」

 

 上空では陸軍航空隊の三式戦闘機、四式戦闘機、五式戦闘機が飛び交い、竜騎士を殲滅して扶桑側に制空権を握らせていた。

 その後は砲撃陣地への機銃掃射を行っているが、先のガトリング砲やマスケット銃による対空射撃によって近づくのが難しく、爆装していないとあって大砲自体の破壊ができず目標殲滅に手間取っていた。

 

 

 

「うーむ。敵も中々やるな」

 

 部隊後方には指揮車輌に乗る扶桑陸軍指揮官が静かに唸る。

 

「第三機甲大隊は敵の防衛線に足止めされて後方の砲陣地からの砲撃を受け被害が出ているようです」

 

「そうか。しかし山の内部を刳り貫いた要塞か。厄介だな」

 

 戦闘開始からずっと九六式十五糎榴弾砲と五式噴進弾砲による砲撃を続けているが、要塞の岩壁が予想以上に強固なのかそれほど被害が出ていない。

 

「これでは、爆撃隊による爆撃も効果は期待できないな」

 

 とは言えど、戦略上ここを必ず陥落させなければならない。

 

(さて、どうしたものか)

 

 

 

「……?」

 

 すると通信機の前に座り状況を聞いていた通信兵が通信機の感度を上げ下げをすると紙に何かを書いて確認する。

 

「隊長! 暗号通信です! 海軍からです!」

 

「海軍からだと?」

 

「おいおいここは奥地だぜ? 何で海軍から通信が」

 

「……」

 

「それで、内容は?」

 

「ハッ! これより陸軍の援護に回る。艦砲射撃を行うため注意されたし、です」

 

「はぁ? 冗談だろ?」

 

「どこに海があるって言うんだ。まさか陸上を走る戦艦でもあるっていうのかよ」

 

 まぁ当然の反応ではあるが……

 

 

「い、いえ。捕捉で、海からではなく、川からだそうです」

 

「……は?」

 

「川、だと?」

 

 その場に居た者たちはすぐには理解できなかった。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 帝国軍要塞から南東へ12km先に川幅が広く水深が深い川はあった。

 

 

 川には先頭を大和型2番艦武蔵と、5番艦近江と6番艦駿河、その後方に金剛型1番艦金剛、3番艦榛名が続いていた。

 

 

「しかし、司令部も中々大胆なこと考えますね」

 

「あぁ。もっとも今回のような運用は大和型の優秀な注排水装置があってこそできるんだがな」

 

 武蔵の昼戦艦橋では艦長と副長が双眼鏡で周囲を見ながら呟く。

 

 この川は水深こそ深いが、大和型では艦底が川底にぶつかる可能性があった。

 しかしそこは大和型の持つ注排水装置によって解決されている。

 

 史実の大和型の何倍も優秀な注排水装置が搭載されており、瞬時にとはいかないが史実の半分近くの時間で注水、排水が可能となっている。更に水防区画を多く持つので潜水艦のような動きを可能としている。

 それによって喫水線を低くしたり高くしたりとする奇抜なことも可能となっている。

 

 なので今回大和型3隻は通常より喫水線を低くしているため川底に当たらずに航行を可能としている。

 

 しかしこの状態では艦の安定性が落ち、ただでさえ反動が強い46cm主砲は1基1門ずつを時間を空けてしか撃てず、更に使用装薬量も弱装が限界なので射程も短くなっている。

 少しでも安定性を向上させようと、見るからに即席で作ったような安定装置(スタビライザー)を両舷に装備しているが、即席であるがゆえに効果はあまり期待できない。

 

 ちなみに金剛型は注排水装置を使わずとも川底に引っ掛かる心配が無いので川を航行している以外は通常通りだ。

 

「さてと、観測機からの報告も入ったことだ。全艦砲撃用意!」

 

「ハッ! 全艦砲撃用意!!」

 

 艦長の指示が下り副長が復唱する。

 

 すぐさま指示は砲術長と各砲塔に伝わり、測距儀が旋回して全砲塔が右へと旋回して警報が鳴り響く。

 

 同時に各艦も各砲塔を右へと旋回させ、砲身を上げ下げして微調整する。

 

「全艦! 第一斉射! 撃ち方始め!!」

 

 武蔵艦長の号令とともに一基三門の内一門から轟音と共に砲弾が放たれ、遅れて後方の近江、駿河、金剛、榛名の主砲一門から轟音とともに二式多弾が放たれる。

 

 計5発の46cm砲弾が空気を切り裂く音とともに弧を描いて飛翔し、その全てが空中で破裂して中から7つの小型爆弾が拡散して計35発の小型爆弾が要塞前の防衛線へと着弾して爆発を起こす。

 

 小型爆弾は多くのトーチカに着弾して粉々に粉砕し、砲陣地ではカノン砲が木の葉のように空中に舞い上げられる。

 

 続けて第二斉射が行われ、武蔵、近江、駿河は時間を空けつつ残りの二門、金剛と榛名は残りの一門を放ち、砲陣地後方の要塞へ徹甲弾が撃ち込まれ強固な岩壁を貫通し一部の岩壁が崩壊する。

 

 

 

「おいおい。マジで砲撃が来たぞ」

 

 一時的に後退していた部隊は目の前の光景に唖然としていた。

 

「やっぱ戦艦の砲撃は半端じゃないな」

 

「あぁ。っつか川に戦艦を遡上させるって、海軍も大胆なことするよな」

 

「全くだぜ」

 

「俺たちには真似できないな」

 

「そもそも陸軍に軍艦ねぇだろ」

 

「潜水輸送艦ならあるぜ?」

 

「まるゆだったか? 特殊過ぎるだろあれ」

 

「海軍にまるゆの設計を依頼したら『そういう船じゃねぇから』的なこと言われたらしい」

 

「それでもちゃんと設計して建造してくれたんだよな」

 

「それなりに便利らしいぜ」

 

「俺の友人もそう言っていたな」

 

「っつか、何でこんな話になったんだ」

 

「お前が潜水輸送艦のこと言ったからだろ」

 

「何で俺のせいなんだよ」

 

 

 

「っ! 指揮所から通信! 爆撃隊の到着だ!」

 

 無線機を背負う通信兵が叫び兵士達は後ろを振り返って上空を見ると、多くの重爆撃機がこちらに向かっていた。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 到着した爆撃隊は富嶽1機を先頭に連山改数機が続いていた。

 

「しかし、今回は試験を兼ねての攻撃ですが……使えるんでしょうか?」

 

「さぁな。何せ外見は狂気から生まれたあれだからな」

 

 富嶽の機長と副機長は搭載されているとある兵器を思い出す。

 

 富嶽と連山改の爆弾倉を改造して搭載されているのは、知る人は知っている太平洋戦争で作られた悲劇の兵器、その名を『桜花』と呼ぶ。

 

 史実では特攻兵器として開発された桜花だが、外見と名称は同じでも扶桑海軍では無線誘導を行う大型の噴進弾として開発されている。

 無人機として空いたスペースに燃料タンクを増設して航続距離の延長、無線誘導を行う為の機器が搭載されている。

 

 速度と破壊力は現代の対地ミサイル並みにあるが、史実より増えていると言っても航続距離は短いので、重爆撃機で有効射程圏内まで運ばなければならない。

 

「機長! 桜花の射程内に目標を捉えました!」

 

 桜花の操作を行う操作員からの報告を聞き機長は軽く頷く。桜花は無線誘導が行えるのは半径25km圏内のみで、それ以降は無線誘導が行えなくなるので針路は固定されて飛んでいく。

 

「各機に通達! 桜花発射準備に掛かれ!」

 

 機長の指示はすぐさま連山改各機に伝達され、桜花の操作員は発射準備に入る。

 

 

「投下開始!」

 

 機長の合図とともに操作員はスイッチを押して富嶽の機体下部に搭載された3基の桜花が投下されて、ロケットブースターを一斉点火させて飛んでいく。

 それと同時に連山改の機体下部に搭載されている2基の桜花も投下されてロケットブースターを一斉点火して飛んでいく。

 

 操作員は飛んでいく桜花の針路を調整し、要塞に向かうように固定する。

 

 音速並みの速度を出した桜花は短時間で無線誘導可能範囲を突破して帝国軍要塞へと飛んでいき、次々と強固な要塞の岩壁を貫通して内部で爆発を起こす。

 その直後に火薬庫に誘爆してか次々と要塞各所で大爆発が起こる。

 

 更に次弾装填を終えた戦艦部隊による艦砲射撃が再開され、43発の一式徹甲弾が要塞に降り注いで岩壁を貫通し、内部で炸裂して内部構造物を破壊していく。

 

 

 しばらく艦砲射撃は続いて要塞の防衛戦力はズタボロにされ、陸軍は一気に制圧するべく一斉に突撃を開始した。

 

 

 それから5日後には、要塞は扶桑軍の手によって陥落するのだった。

 

 

 

 



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第四十五話 狂気な悲劇

残業続きな上にスランプで執筆が思うように進まないでかなり投稿が遅れました。
もしかしたらこんなことがしばらく続くかもしれないので投稿が遅れるかもしれませんので、その点はご理解をお願いします。


 

 

 

 バ号作戦開始から九ヶ月が過ぎようとしていた……

 

 

 

 現時点における勢力図は圧倒的に扶桑軍側に傾いており、何があっても帝国が戦局をひっくり返せるような要素は殆ど残されていない。

 史実で例えるなら第二次世界大戦末期の日本軍より悪いと思えばいい。

 

 

 

 

 

 しかし、帝国に成す術は無い、とは言えないのが戦場というものだ。

 

 

 

 いや、今回の場合は日本人である(西條弘樹)ならば、起こるであろうと予想できたはずだ。

 

 

 

 人間は追い詰められれば、たとえ狂気な行いでも躊躇わずに行えるのだから……

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 鉛色の雲が空を覆い、太陽の光がその雲の切れ間から差し込んで海原を照らしている中、扶桑海軍の戦艦2隻、航空戦艦2隻、重巡3隻、軽巡4隻、駆逐艦8隻で構成された第5艦隊が目標海域を目指して航行していた。

 その後方には軽空母飛鷹、隼鷹、千歳、千代田、龍譲が続く。

 

 

 

『前方3万6千に敵艦隊発見!』

 

 二番、三番砲塔を三連装砲に換装した戦艦長門の監視所から伝声管を通して報告が昼戦艦橋に伝達される。

 

「全艦対水上戦闘用意!」

 

「対水上戦闘用意!!」

 

 副長が復唱して艦全体に指令を伝達すると鐘が鳴り響く。

 

 すぐさま艦隊の陣形も変更し、空母を守るように航空戦艦と駆逐艦、軽巡が周りに配置して戦艦と重巡、駆逐艦が前へと出る。

 

「っ! 敵艦隊直上で転送反応! 来ます!」

 

 と、敵艦隊の上で空間が歪み、そこから多くの竜騎士が出現する。

 

「あれだけの数をまだ残していたのか」

 

「と言うより、寄せ集め感がありますね。大小の竜にグリフォン、鳥、虫などと、色々といますね」

 

 艦隊の真上に現れた竜騎士が跨っている生物は竜でも体格や大きさがばらばらで、グリフォンや大きな鳥、虫といった生物が混じっている。

 明らかに寄せ集めたと言っても過言ではない。

 

「しかし、なぜわざわざ艦隊の上に転送を? どこにでも転送が出来るのなら、我が艦隊の上にでもすればよいものを」

 

「うむ……」

 

 敵はどこにでも転送できる転送魔法があるはずなのに、なぜか自分の艦隊の上に竜騎士達を転送させてきた。

 

(転送魔法を使いこなせる魔法使いがいないのか? それとも何か意図があるというのか)

 

 艦長の胸中では言いようのない不安が渦を巻いていた。

 

「だが、相手がどんな状態であろうと我々のやる事に変わりは無い。陸奥、伊勢、日向に打電!『新三式弾』用意!」

 

「ハッ!」

 

 すぐさま指令が各砲塔に伝達され、長門の41cm連装砲と41cm三連装砲に新三式弾なる新型砲弾が装填され、砲塔が右へと砲身をゆっくりと上げながら旋回する。

 同じくして戦艦陸奥と航空戦艦伊勢、航空戦艦日向も各砲塔を右へと旋回させる。

 

「電探連動射撃! 諸元入力!」

 

 長門と陸奥、伊勢、日向の電探で竜騎士の群れの位置を数値化して各砲塔に伝達し、砲身の角度を調整する。

 

『砲撃準備完了!』

 

 報告が入り、艦長はすぐに指示を飛ばす。

 

「全艦! 撃ち方はじめ!!」

 

 直後に轟音と眩い光とともに計38発の新三式弾が放たれる。

 

 

 放たれた砲弾は竜騎士の群れへと飛んでいくが、竜騎士達はそれなりに対応策を編み出してか砲撃の瞬間に散り散りになって飛んでくる砲弾をかわす。

 

 砲弾は竜騎士の傍を通り越そうとした瞬間、突然破裂して全方位に無数の釘状の鋭利な物体を飛ばし、回避した竜騎士達を撃ち貫き、一瞬にしてその殆どを殲滅する。

 

 

 扶桑海軍が三式弾の発展型として開発した『新三式弾』は、三式弾より広範囲且つ確実に目標を仕留めるというコンセプトで開発されており、砲弾の先端には新鋭の近接信管を搭載しているので高確率で目標の付近で発動するようになっている。

 

 三式弾との大きな違いは砲弾の中から出すのが焼夷弾から釘状の鋭利な物体になっており、言うなれば全方位に攻撃範囲を持つフレシェット弾のような構造をしている。

 

 しかし三式弾は対地攻撃も可能だが、新三式弾は対空迎撃のみを主眼に設計されているので、対地攻撃で三式弾は今後とも使用されていく予定となっている。

 

 

 38発から放たれた無数の釘状の物体は多くの竜騎士を撃墜したが、その中で運良く生き残った竜騎士が尚艦隊に接近していた。

 

「各空母に打電! 艦載機の発艦を急げと!」

 

「ハッ!」

 

 すぐに指令は各空母に伝わり、すぐさま各軽空母から補助ロケットブースターを用いて烈風と近代化改装が施された天山が飛び立つ。

 同時に伊勢型航空戦艦2隻から爆装した彗星と流星がカタパルトから飛び立つ。

 

 烈風はすぐに生き残りの竜騎士と戦闘に入り、その間に魚雷や爆弾を抱えた天山や彗星、流星が敵艦隊の側面を突く。

 

 装甲艦は側面のカノン砲やガトリング砲を放って砲弾を海面に着弾させて水柱を上げさせるも魚雷を抱えた天山は数機が水柱に巻き込まれて海面に叩きつけられる。

 そのあいだに爆弾を抱えた天山と彗星、流星が装甲艦上空や急降下爆撃で爆弾を投下し、装甲艦の甲板を貫通して艦内で爆発し、数隻が轟沈する。

 

 その直後に魚雷を抱えた天山が魚雷を投下して上昇し、装甲艦の上を通り過ぎたところで魚雷が装甲艦に直撃して水柱を高く上げて船体を真っ二つに折って撃沈する。

 

 装甲艦らは烈風や天山を迎撃しながら岩壁を伝って逃走を図ろうとしている。

 

「敵艦隊! 撤退します!」

 

「あっけないですな」

 

「うむ」

 

 艦長と副長は双眼鏡を覗いて損傷して逃走する敵艦隊を哀れに見る。

 

「だが、このまま逃すわけにはいかん。これより敵艦隊を追撃する!」

 

 すぐに戦艦長門と軽巡酒匂、他重巡1隻、駆逐艦4隻が逃走する敵艦隊追撃に入り、残りは軽空母の護衛の為周囲に移動する。

 

 

 

 

「フソウの軍艦が食い付きました!」

 

 装甲艦では乗員の一人が追撃する軍艦を指差しながら上官に報告する。

 

「うむ。それほど多く食い付いていないが、まぁいい」

 

 まるで死んだ魚の目のような目をしている上官は空を見上げる。

 

(何ということを考えるのだ、上の連中は)

 

 これから起こることを考えると、上の連中の考えていることが理解できない。

 

(申し訳ない、閣下。あなたの計画の参加できずここで果てるのを……)

 

 遠く、帝都に居る閣下の姿を思い浮かべ、目を瞑る。

 

 

 

 敵艦隊追撃の最中で長門と酒匂、加古の主砲が火を吹き、岩の陰に逃げ込もうとする装甲艦らの周囲に砲弾が着弾して水柱が上がる。

 

 装甲艦らが岩の陰に隠れて、追撃艦隊も急ぐように岩の陰の向こうへ向かう。

 

 

 そして岩の向こう側へと艦隊が入ると、岩の向こう側にピタリと接近して隠れていた装甲艦が大砲を放ち、長門の左舷艦首側に命中するも鈍く高い音とともに報弾は弾かれる。

 その直後に長門の左舷副砲群が一斉に火を吹き、全ての装甲艦を沈める。

 

「敵艦隊の撃滅を確認!」

 

「うむ……」

 

 しかし艦長の顔色はどこか優れない。

 

(なぜあんなところで待ち構えて……それに、まるで誘い込むような動き――――)

 

 その瞬間艦長の背筋に悪寒が走り抜け、とっさに空を見上げる。

 

「っ! 魔力電探に感あり! 艦隊直上に転送反応!!」

 

 魔力電探を見ていた電探員が声を上げると、艦隊の直上が歪むとそこから一隻の飛行船が突然出現する。

 

「っ!? 待ち伏せか!」

 

「くそっ! こいつらは囮か!」

 

 長門の甲板では甲板要員達が慌てふためき、急いで銃座に着く。

 

 すると飛行船は突然高度を下げつつ艦首を下ろしてこちらに向かってくる。

 

「っ!まさか、突っ込む気か!?」

 

「機関全速! 回避急げ!!」

 

 昼戦艦橋では誰もが慌てふためき命令が飛び交う中、艦長は一人冷静に突っ込んでくる飛行船を見る。

 

「……もう、間に合わん」

 

 今から回避行動をとっても、回避は間に合わない。

 

 長門や酒匂、加古の他駆逐艦から対空機銃と高角砲が放たれて砲弾や弾丸が飛行船の船体を抉るも飛行船は構わず突っ込んでくる。

 

「貴様ら諸共、道連れだ!! バーラット帝国に栄光あれぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」

 

 飛行船に乗っていた船長は破片で腕を吹き飛ばされながらも最後に何かを叫ぶと、突然飛行船から光が放たれる。

 

 そしてその光は瞬く間に長門を含む追撃艦隊を包み込んだ。

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 軽空母を護衛していた艦隊は突然の光と衝撃波に襲われ、戦艦陸奥が衝撃波でその巨体を揺らす。

 

「な、何だ!?」

 

 誰もが眩い光に腕で目を覆いながら衝撃波で尻餅を付いて居た者は立ち上がる。

 

「追撃艦隊が向かった場所からです!」

 

「っ!」

 

 陸奥の艦長は腕で目を覆いながら長門が向かった方向を向くと、光が収まる。

 

「……」

 

『……』

 

 そこで目にした光景に、誰もが呆然となる。

 

 艦隊を隠すほどの高さはあったであろう巨大な岩壁は粉々に粉砕され、空高くに舞い上がったきのこ雲があった。

 

「これは、いったい……」

 

 しばらくのあいだは誰もが状況を理解できず、その場に立ち尽くした。

 

 

 

 だが、異変は海のみならず陸でも起きていた。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 帝国領の奥深くにある荒野。

 

 

 周囲の破壊された建造物から煙が上がる中をティーガーと61式戦車、五式中戦車、四式中戦車の戦車大隊が砂煙を上げながら前進していた。

 

 前日に市街地を自走砲による絨毯砲撃と爆撃機による爆撃を行った後に戦車部隊が歩兵を載せた装甲兵車を連れて破壊された市街地を越えてその先の要塞を目指していた。

 その要塞も前日に5台の六十一糎列車砲による砲撃で多大な損害を被らせている。

 

「・・・・・・」

 

 その中のティーガーに搭乗する西中佐はキューポラの覗き窓から周囲を警戒する。

 

(妙だな……)

 

 西中佐はとある違和感を覚えていた。

 

(敵の姿を見ない。いつもならここで戦闘が起きているはずだが……)

 

 これまでなら敵兵や戦車もどきが無謀な突撃をしてくる頃だが、それが今に至るまで全く無い。

 

「……」

 

 これまでに無いことに西中佐の胸中に不吉な予感が渦を巻く。

 

 

 

 ――――ッ!!!!

 

 

 

 すると突然戦車大隊と要塞のあいだにある森から大声とともに帝国軍兵士が飛び出てきた。

 

「っ敵襲!」

 

 西中佐はすぐさま敵襲を叫ぶと、各戦車は車載機銃と同軸機銃を一斉に放つ。

 

 曳航弾交じりの弾幕がこちらに向かってくる敵兵を薙ぎ払い、瞬く間に多くの屍を量産していく。

 

 続けて砲身を下げて榴弾を放ち、地面に着弾させて爆風と破片を飛ばし、更に屍を量産していく。

 

 西中佐はハッチを開けて上半身を出すと、三式重機関銃改のコッキングハンドルを引き、こちらに向かってくる敵兵群に向ける。

 

「っ!」

 

 機関銃を撃つ前に、ある事に気付く。

 

 それは突撃してくる敵兵の中に、武器も防具も何も持っていない老人や女子供が多く混じっていた。

 

「くっ!」

 

 総司令部の命令でこちらに敵意を持っているのなら、民間人であろうとも敵勢力と断定して排除せよとのことだ。

 酷な命令であるが、何かがあってからでは遅いのだ。

 

 戸惑いはあったが何をして来るか分からないので中佐はU字トリガーを押し込んで爆音とともに銃弾を放つ。同時に他の戦車のキューポラマウントの三式重機関銃改、一式重機関銃改が一斉に火を吹く。

 

 銃弾は敵兵や老人、女子供に命中すると同時に風船が破裂するかのようにして赤い液体とともに粉砕されていく。

 

 

 

 戦車が屍を越えようとした瞬間、突然四式中戦車が爆発とともに車体が浮かび上がる。

 

「なっ!?」

 

 爆風で西中佐は腕で顔を覆いながら浅く仰け反る。

 

 その瞬間五式中戦車と61式戦車も突然の爆発で車体が吹き飛ばされるか履帯と転輪を吹き飛ばされる。

 

(地雷原!? いや、違う!)

 

 一瞬地雷かと思ったが、場所が場所とあってすぐに違うと分かった。

 

(まさか、こちらは!?)

 

 西中佐はすぐさま各戦車に無線で伝える。

 

「各車! 排除した敵兵の死体の上を通るな! こいつらは神風だ!」

 

 そう言った瞬間61式戦車の車体の下へ敵兵が潜り込んだ瞬間61式戦車が爆発とともに車体が浮かび上がって撃破される。

 更にティーガーの車体の下に敵兵が潜り込もうと地面に倒れるが、操縦手はとっさにティーガーの方向を変えて敵兵をそのまま履帯で踏み潰す。

 

「歩兵は前へ! 敵兵を決して近づけるな!」

 

 すぐさま装甲兵車が戦車の前に出て搭載された三式重機関銃改が一斉に火を吹き、そのあいだに歩兵が降車して64式小銃と四式自動小銃を一斉に放って敵兵を次々と排除していく。

 

 しかし、帝国軍兵士は一人でも道連れにしようとしてか死ぬ前に何かを叫ぶと突然身体から光が放たれると破裂して自爆するも距離があって扶桑側に被害は出なかった。

 

 それを皮切りに撃たれた敵兵は次々と自爆をして辺り一面をスプラッターな光景に変えていく。

 

「バーラット帝国に栄光あれぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 弾幕を潜り抜けた敵兵は大声とともに身体から光を放った瞬間に爆発し、爆風と衝撃波が血と肉片とともに扶桑軍兵士に襲い掛かる。

 

『……』

 

 誰もが目の前の光景に驚愕しながらも、小銃や軽機関銃、重機関銃を放ち、特攻してくる敵兵を次々と仕留めていく。

 

 

 

 

 

 戦局は想定外の流れに変わっていく……

 

 

 

 




そういえば『GATE 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』のアニメが始まりましたね。最近好みのジャンルとあって今後が楽しみです。ある程度話が進んだらこんな感じのノリの番外編を書いてみようかなぁ、なんて思ったり


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第四十六話 狂気の産物

 

 

 

 

 あれから二週間後……

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 軍港で俺と品川は沈黙した面持ちである物を見守る。

 

 

 姉妹艦の陸奥に曳航されて見るも無残な姿に変わり果てた長門が軍港に入港する。

 

 扶桑海軍の軍艦で共通して黒っぽい灰色の軍艦色をしていたが、今の長門は真っ黒に染まっていた。

 

 高熱によるものか、一定方向だけ装甲表面が解けたように融解して機銃や高角砲の銃身が解けて曲がっており、木張りの甲板は至る箇所で捲れ上がって真っ黒に焦げていた。

 しかし戦艦の象徴である主砲は全くその姿を変えず真っ直ぐに伸び、艦橋もヤードが解けて曲がってしまっているが、その威容は全く変わっていない。

 

「あの長門が……こんな無残な姿に」

 

「……」

 

 変わり果てた長門の姿を見て、俺の脳裏にとあることが過ぎる。

 

(ビキニ環礁で行われたクロスロード作戦。一発目の実験後の長門の状態に似ているような……)

 

 長門の姿を見ながら、俺は長門の受けた状況を纏めた報告書の内容を思い出す。

 

 

 敵艦隊の発見の報を受けて長門を旗艦とする艦隊が出撃し、残存艦艇を追撃するため、長門と酒匂、加古、駆逐艦4隻が向かったが、岩の向こうに入った直後に眩い光が衝撃波とともに放たれて、光が収まったときには岩壁は崩れ、きのこ雲が上がっていた。

 

 その後偵察機を出して状況を確認すると、艦隊は多大な損害を受けて漂流しており、酒匂は大破して炎上して加古は火災を起こして傾斜が生じ、駆逐艦の殆どはすでに沈没していた。

 艦隊が向かったときには、酒匂と加古は沈没していた。

 

 漂流していた長門の艦内に生存者は残っておらず、艦内のいたる箇所に人が倒れていた跡のような薄く焦げた箇所があり、艦内の奥には炭化した遺体が多く倒れていたとのことだ。

 このことから猛烈な熱波が襲い掛かったと思われる。

 

 

「しかし、いったい戦場で何が起きているのでしょうか」 

 

「……」

 

 ここ最近の各戦場からの報告書には、共通した内容があった。

 

「特攻、か……」

 

 第二次世界大戦で旧日本軍が行ったこのワードは日本人である俺にとって、思い悩むものがある。

 

 ここ二週間でどの戦場では特攻が頻繁に行われて陸海共に多くの損害を被っている。

 

 陸では老人や女子供を含んだ敵兵団が大声とともに突撃し、戦車に肉薄すると突然光を放って身体が爆発して戦車を破壊し、歩兵を巻き込んで殺傷させている。

 

 海では転送魔法で転移した竜騎士らが聨合艦隊に特攻を仕掛けるも、転送魔法の魔力を事前に魔力電探で捉えて接近される前に迎撃できた。だが、中には弾幕を潜り抜けた竜騎士の特攻を許し、駆逐艦や巡洋艦数隻が損害を受けた。

 ここ最近でも駆逐艦4隻に重雷装巡洋艦大井と軽巡龍田が搭載魚雷の誘爆で轟沈している。

 

「しかし、民間人を盾にするような帝国がなぜ今更になってこんなことを」

 

「……」

 

 自分の国の民を平気で盾に使うような帝国がなぜ今になって特攻を始めたのか、それが分からなかった。

 

 別に特攻自体がこれまで無かったわけではなく、これまでに少数ばかり確認されているが、被害は皆無であった。

 しかしここまで多発し、被害が出たことは無い。

 

 

 

「さ、サイジョウ、総理……!」

 

 すると俺達のもとに息を荒げてガランド博士がやってくる。

 

 しかし殆ど走ったことが無いのに走った故なのか、若干過呼吸気味であった。

 

「博士? いったいどうなされたのですか?」

 

 これまで見たことの無い彼女の様子に、一瞬胸中で嫌な予感が過ぎる。

 

 俺が問い掛けると、博士は深呼吸をして呼吸を整えて口を開く。

 

「じ、実は、例の件についての調査で、とんでもないことが判明致しました」

 

「例の件とは、帝国軍がエール王国より持ち出した禁忌魔法ですか?」

 

「はい。その持ち出された禁忌魔法が何であるのかが分かりました」

「しかし、それが、とんでもないものでした」

 

「……」

 

 それを聞いてその場の空気が張り詰める。

 

「長い話になりそうですから、俺の執務室で」

 

 俺の提案で品川、ガランド博士と共に執務室に向かう。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 執務室に到着して品川が入れたお茶を飲みながらガランド博士の話を聞く。

 

「『魔力暴走』?」

 

 いかにも物騒な名前の魔法に俺は思わず声を漏らす。

 

「はい。遥か昔、ダークエルフの一族が生み出したとされる魔法の一つで、文字通り生物が持つ魔力を暴走、というよりは膨張させるといった感じの魔法のようです」

「しかし、あまりの残虐性に特に危険度の高い禁忌魔法として城の地下深くにある厳重に保管していました」

 

 そんな物を帝国は持ち出したのか。そしてその情報源は恐らく魔力炉の技術を帝国に伝えたエルフの若者か。

 

「それで、その魔法はどういった効果を齎すんだ?」

 

「扶桑の物で例えるのなら、萎んだ状態の風船が魔力量として、空気を入れれば風船が膨らむようにその魔法が掛けられると魔力が膨張して、最終的には破裂する形で爆発します」

 

「爆発……」

 

「不謹慎な例えですが、ただの破裂であれば大分良い方でしょう。しかし膨張した魔力は極めて不安定で、少しでも反発作用のある魔法が掛かっただけで大爆発を引きこします」

「仮に反発作用のある魔法がなくても、時間が経てば限界を超えて爆発します」

 

「……」

 

「して、その爆発はいったいどれくらいの威力が?」

 

「……平均的な男性の魔力保有量ですと、25番爆弾に匹敵、もしくはそれ以上はするかと」

 

「たった一人で25番並か」

 

「それが何万と居るとなると」

 

 何万もの走る爆弾。想像したくないものだな。

 

「魔物となると種類にもよりますが、大体が50番爆弾に匹敵するかと。ドラゴンとなると、それ以上となります」

 

「……」

 

 つまり竜騎士の跨るドラゴンは最悪50番爆弾と化して艦隊に特攻を仕掛けるというのか。

 

「特に飛行船が持つ魔力炉を暴走させた場合、想像も付かない威力を発揮するかと」

 

「……」

 

 そう考えると、長門の受けた爆発は飛行船の魔力暴走が原因だろう。

 

 だが、何より長門のあの状態からだとすると……

 

(まさかと思うが、原爆並みの威力があるというのか……)

 

 そう思った瞬間俺の背筋がこれまでに無いぐらいに凍りつき、一瞬目眩が起きる。

 

 原爆並みの威力を持つ自爆攻撃を行おうとする飛行船が無数に扶桑へ飛来する。

 考えただけでも恐ろしい。

 

「今になって特攻が増えてきたのか、この禁忌魔法のせいか」

 

「……」 

 

「ですが、禁忌魔法は古代エルフ文字で書かれています。エルフ族でもこの文字の解読は困難なはず……」

 

「だが、連中がこれを使っているというのなら」

 

「時間を掛けて解読したのだろうな」

 

 しかし、予想以上に早く解読するとはな。

 

「ですが、このまま戦闘が長引けば両軍とも被害は甚大なものになりかねません」

 

「……」

 

「魔力炉の製造工場は全て潰しているので飛行船や戦車もどきによる特攻は少ないと思われるのが幸いですね……」

 

「ですが、兵士や魔物はどこからでも供給できますから……」

 

「……」

 

 その後は聞かずとも分かる。

 

 

 

「……」

 

 俺は背もたれにもたれかかり、目元を右手で覆うとため息を吐く。

 

(まさか、こんなことになろうとは)

 

 特攻自体は起こると予想はしていた。だが、その前に片が付くと考えていたのでそれほど悩まず軽視していた。

 

 慢心と油断をするな、と軍に言っておきながら、自分が慢心をして、その結果最悪の状態を招いてしまった。

 

(これは、俺のミスだ。こうなるんだったら、一気に仕掛けるべきだった)

 

 だが今更悔やんだところで事態が変わることは無い。そして悩んでいるあいだにも敵は次なる行動を起こしていることだろう。

 

(……やはり、あれを使うしか、無いのか)

 

 あれだけは使いたくはなかったが、原爆級の威力があると思われる飛行船の特攻の脅威がある以上、悠長なことを言っていられる状況ではなくなった。

 もしかすれば今すぐにでも扶桑の真上に転送魔法によって自爆用の飛行船が現れるかもしれない。

 

(結局、分からず屋には力ずくにでも分からせるしかないのか)

 

 

「……」

 

 俺は立ち上がって扉に向かう。

 

「総司令? どちらへ?」

 

「……少し行く所がある。何かあったら呼んでくれ」

 

 そう言って執務室から出る。

 

 

「……」

 

 品川は弘樹の只ならぬ様子に不安の色を浮かべていた。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 俺は側車付きの陸王に乗って自宅の前に止まるとヘルメットを脱いで降り、玄関を開けて中に入って居間の襖を開ける。

 

「ヒロキさん?」

 

 居間にはリアスが座布団に座り、洗濯物を畳んでいた。

 

 そのお腹は反抗作戦が始まった頃より遥かに大きくなっていた。

 

「どうかしましたか? まだ仕事中なのでは?」

 

「時間ができたから、その空き時間を使って君の様子を見に戻ったんだ」

「今日は身体の調子はどうだ?」

 

「はい。今日はとても気分が良いです。そのお陰か、この子達もいつもより元気です」

 

 リアスは膨らんだお腹を優しく撫でる。

 

「そうか。それなら、良かった」

 

 俺は安堵の息を吐く。

 

「お医者さんの話では、もうそろそろだそうです」

 

「もうそろそろ、か」

 

 リアスの前でしゃがみ込んで、その膨らんだお腹に手を置く。

 

「失われるものもあれば、新しく生まれるものもある、か」

 

「……?」

 

 ボソッと呟いたリアスは首を傾げる。

 

 

「そういえば、戦局はどうなっているんですか?」

 

「あ、あぁ。予想以上に帝国軍の抵抗が激しくてな。各所にある要塞攻略に手間取っている」

 

「そうですか」

 

 

「……だが、近い内に戦争は終わる、いや、終わらせるさ」

 

「……え? どういう事ですか?」

 

 矛盾したような言い方にリアスは怪訝な表情を浮かべる。

 

「なに、すぐに終わるさ。すぐに、な」

 

「……?」

 

 意味深長な言葉を残して俺は自宅を後にした。

 

 

 

 

 



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第四十七話 最凶の産物

中々スランプから抜け出せないせいで全然執筆が進まない。



 

 

 

 自宅を後にして飛行場に向かった俺は最新の技術で近代化改装された零戦に乗り込んで飛び立ち、とある場所に向っている。

 

「……」

 

 俺は眼下に広がる光景を見下ろす。

 

 そこは魔物の巣窟を排除して新しく開拓された土地で、ここではより多くの工場を設置した重工業地帯として機能しており、眼下には多くの各種工場が立ち並んでいる。

 

『こちら管制塔。どうぞ』

 

 と、陸海軍共有の飛行場管制塔より無線が入る。

 

「西条弘樹だ。どこの滑走路が空いている?」

 

『5番滑走路が空いていますので、そちらをご使用してください』

 

「了解した」

 

 操縦桿を傾けて飛行場に向かい、管制塔からの指示に従って5番滑走路に零戦を着地させる。

 

 

 エンジンを止めてから風防を開けて操縦席から降りると、整備員達が零戦に近付きすぐさま作業に取り掛かり、そこへ白衣を纏う男性達がやってくる。

 

「お待ちしていました、西条総司令」

 

「うむ。それで、あれは完成しているのか?」

 

「もちろんでございます。では、こちらへ」

 

 俺は男性達の案内で飛行場からとある場所へと向かった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 飛行場から車で移動して、大きな建物の地下にある駐車場で止まって降りると、次にエレベーターに乗り込んで更に地下深くへと降りる。

 地上にある建物は一見すれば普通の建物だが、その正体は地下に隠されている。

 

 

 しばらくして地下深くにある極秘区画に到着し、エレベーターの扉が開くとそこから奥に進んで厳重に閉ざされた扉を白衣の男性達が鍵や固定具を順に開けて中に入る。

 

「これが例の物か」

 

 そこには二つの物体が厳重に固定されて置かれていた。

 

 どちらとも80番陸用爆弾の形状をしていたが、それとは倍以上の大きさを持っていた。恐らく連山改や富嶽の爆弾倉を全て使ってようやく1基が収納できる大きさだろう。

 

「はい。これが特爆こと『特殊殲滅爆弾』です」

 

「特爆、か……」

 

 俺は目の前にある二つの物体の略称を呟きつつ見つめる。

 

「エール王国より提供された魔法技術と扶桑がこれまで蓄積した技術力の賜物です」

 

「……」

 

 結局、要素が揃っていればどんな物でも作り出すことは可能、か……

 

 

 本来ならこの世界で生み出されることは無いと思っていた。いや、たとえ生み出せても決して作ってはならない、人類が発明した最も残酷な史上最凶の兵器……

 

 

 そう、この特殊殲滅爆弾は名前こそ違うが、その正体は日本にとってトラウマとも言える存在―――――――

 

 

 

 

 

 ――――――『原爆』こと『原子爆弾』なのだ。

 

 

 

 

 

 だが、なぜ原子爆弾がここにあり、何よりなぜ異世界でこれが開発できたのか……

 

 

 

 ことの始まりは新しく開拓した土地から出土した銀白色をしたあの鉱石であった。

 

 結果的に鉱石の正体は分からないままだったが、新しい鉱石として研究は進められ、その鉱石からとある物質が検出された。

 

 その物質は既存のとある物質に酷似しているというのが判明したが、その酷似した物質名を見て俺は目眩を起こした。

 

 なぜなら、その該当する酷似物質は……『ウラン』であるからだ。核兵器の原料にもある、あのウランだ。

 

 この衝撃的事実に俺はしばらく食欲が激減して体調を崩して寝込んでしまった。

 

 正確には違うが、それでもよりにもよってこんな危険な代物がこの世界にもあったとは……

 

 

 だが、考えてみれば必ずしもこの物質を兵器に利用する必要は無い。原子炉による発電所を建設するなど、平和的に利用すればいい話だ。

 

 しかし俺はこの物質の存在が外に漏れないように、俺と研究班のみしか知らせず極秘裏に原子炉の開発を進ませた。

 

 

 だが、運命というのは非情だとこのとき思い知らされた……

 

 

 その開発過程で偶然にも原子爆弾と同じ機構が出来上がり、そして爆弾として試作一号と試作二号が完成した。

 

 

 正直現実として受け止め難いものだった。

 

 一応ゲームでも核兵器の開発はあった。現時点の兵器技術では開発するのは本来無理なのだが、魔法技術から応用できる技術がその代わりを果たしているので開発ができるようになっていたのだ。

 

 

 だが、実際に使ってみないと爆弾として完成しているのか分からない、むしろ完成していないことを祈って、俺は極秘裏に特爆こと特殊殲滅爆弾の試験を実施させた。

 

 

 試験場所は研究所から少し離れた場所の地下深くに建設した巨大試験場で行われ、試作一号の特爆は起爆に成功する。

 続けて試作二号を使って広大な海洋で行い、その爆発範囲の計測を行った。

 

 

 そして実験結果は…………最高と言っても過言ではない状態で、特爆は完成していたのであった。

 

 

 しかも思わぬ副産物があったことを実験で明らかにされた。

 

 それは核兵器でありながらも、放射能を一切出さないのだ。この事実に俺は頭を悩ませた。

 

 汚染物質を出さない核兵器。こんなにも都合のいい兵器はない。

 

 

 そして試作品の試験結果から発展させて、目の前にある特爆2発が現時点での完成形となっている。

 で、その特爆の威力は広島に落とされた原爆の倍はある、と思われる。

 

 

 

「どちらとも調整は完了しております。総司令の命令があれば、すぐにでも」

 

「そうか」

 

 研究員からの説明と報告を聞き、俺は特爆に再度視線を向ける。

 

(これで、この戦いに終止符を打つ)

 

 たとえ大虐殺者の汚名を被る事になっても、終わらせなければならない。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 翌日の午前9時……

 

 

 

「それで、こんな朝早くからいったい何を話されるのですか?」

 

 執務室で俺に呼び出された品川と辻は怪訝な表情を浮かべつつ俺に問う。

 

「今後の動きについての話だ。まずはこの資料を読んでくれ」

 

 俺は二人に二つの作戦資料書を差し出す。

 

『Z計画?』

 

 作戦資料書の題名にそう記されており、二人は声を揃えて漏らす。

 

 

 

 ――――『Z計画』――――

 

 

 西条弘樹によって考案された、バ号作戦の最終段階の呼称である。Zは英語の最後にあるとあって最終の意味を持つ。

 

 

 当初はバーラット帝国の帝都へ重爆撃隊による絨毯爆撃を行った後に戦艦部隊による艦砲射撃を軍施設へ敢行し、最後に機動部隊より飛び立った航空隊による爆撃で城を破壊して帝国の現政権の崩壊。

 その後上陸部隊によって残存勢力の殲滅を行って制圧する。

 

 あくまでもこれは帝国が最後まで降伏せずに徹底抗戦を構えた場合によるもので、もし降伏すればZ計画の発動は無い。

 

 

 が、今となってはこのZ計画は当初より大幅に変更されている。

 

 

 

「この計画の遂行の暁には、この戦争を終結させられる」

 

『……』

 

 俺の言葉に二人は息を呑み、資料書を手にして開き、内容を確認する。

 

『……』

 

 内容を確認していく内に二人の顔色が青くなっていく。

 

「そ、総司令。これは……」

 

「特殊殲滅爆弾……こんな、こんな物を……極秘裏に。私達にも知らせずにこんな物を総司令は開発させていたのですか!?」

 

 品川は声を震わせ、辻は声を荒げて俺に問い返す。

 

 当然だ。こんなとんでもない代物を側近である自分達にも秘密にして開発させていたのだから。

 

「しかも、これを帝国の帝都へ落とすとおっしゃるのですか?」

 

「最終的にはそうなるな。だが、その前に見せしめとして最終防衛ラインである要塞へ一発落とす。そして二発目を補給後、帝都へ落とす」

 

「事前通告は、無いのですか?」

 

「あぁ。むしろあんな連中に言う必要などなかったんだ」

 

「……」

 

「総司令。この特爆の威力を知っていながら、行うと言うのですか?」

 

「あぁ」

 

「……」

 

「帝国を滅ぼしてまで、戦争を終わらせるおつもりなのですか」

 

「……」

 

 品川は何も言わなかったが、彼女も辻と同じ考えだった。

 

 

「言いたいことは分かる。俺だって、こんな代物を使わずに戦争を終わらせるつもりだった」

 

「なら……!」

 

「だが、やつらが強力な自爆を行える飛行船を何時どこから転送魔法でここに送り込んでくるか分からないんだ」

 

「……」

 

「無数の飛行船が扶桑の上空に現れて、次々と自爆する光景を想像できるか」

 

「……」

 

「……」

 

 とてもじゃないが、想像できる光景ではない。

 

「それだけは、なんとしても避けなければならない」

 

「……」

 

「総司令……」

 

 

「今夜にも特爆を載せた富嶽を飛ばす」

 

「……」

 

「……最短で今夜、今夜で決まる」

 

『……』

 

「狂気の行いと思うか?」

 

 二人の様子を見て、俺は問い掛けた。

 

「それは……」

 

「……」

 

 二人はどう答えるべきか悩み、すぐに返事を返せなかった。

 

「……いや、そもそも戦争をしている時点で、それが狂気そのものだがな」

 

『……』

 

「……」

 

 俺は立ち上がると、二人の傍を通って執務室を出る。

 

 

「……」

 

「……」

 

 二人は執務机の上に置かれたZ計画書を一瞥すると、内心で静かに呟く。

 

(……総司令。たとえあなたがどんな凶行を行おうとしようとも――――)

 

(……あなたのお傍に、ずっと居続けます。たとえそれがどんな結果を齎そうとも)

 

 しばらくして二人は静かに執務室を出て、弘樹の後を追う。

 

 

 

 

 

 

 

 Z計画発動まで、あと12時間……

 

 

 

 

 

 



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第四十八話 全てを破壊する光

 

 

 

 

 そして時間は過ぎていき、日が落ちて辺りが暗くなった扶桑。

 

 

 

 司令部の敷地内にある飛行場では超重爆撃機富嶽が発進準備を整えていた。

 

「でかいな」

 

「あぁ」

 

 機長と副機長は富嶽に慎重に積み込まれる特爆を見つめる。ちょうど富嶽の爆弾倉にすっぽりと収まるほどの大きさをしており、いかに特爆が大きいかが分かる。

 

「あんな物を最終的には帝国の帝都に落とすのか」

 

「しかも町の一つや二つを軽く吹き飛ばす程のとんでもない威力を持っているらしい」

 

「本当ですか?」

 

 想像以上の威力に副機長は驚く。

 

「んで、そんな爆弾を俺達が落とすのか」

 

 げんなりとした様子で爆弾倉に収められて扉が閉まる所を見る。

 

「だが、これで戦争は終わると総司令は言っているけど」

 

「国を一つ滅ぼしてまで終わらせるほどなのかねぇ」

 

「さぁな」

 

「できれば一発目で終わってほしいものだ」

 

「全くです」

 

 

 その後富嶽の燃料補給が終わり、轟音とともに六発の発動機が二重反転プロペラを回転させてその巨体を空へと上げた。

 

 

 

「富嶽、特爆を載せ発進。攻撃目標を目指しています」

 

「到着は問題が無ければ約10時間後となります」

 

「そうか」

 

 司令室でオペレーターの報告を聞き、俺は深くゆっくりと息を吐きながら背もたれにもたれかかる。

 

「いよいよ、ですね」

 

「あぁ」

 

「可能なら、一発目で敵が戦意を喪失してくれれば良いのですが」

 

「そんな虫のいい話をやつらに期待しても無駄だ」

 

「……」

 

 

「辻、品川。現時点での陸軍、海軍の戦況は?」

 

「ハッ。聨合艦隊は帝国軍の特攻隊の攻撃を受けつつも沿岸要塞を攻略し、現在要塞化された島を攻略するため、上陸作戦を開始しています」

 

「陸軍は帝国領の最深部まで侵攻し、今回の爆撃目標以外の要塞は全て完全制圧しています」

 

「そうか……」

 

 普通ならもはや防衛線を維持できない状態だが、それでも連中はまだ続けるつもりなんだろうな。

 

(だが、今回で全てが終わる)

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わってバーラット帝国……

 

 

 

「えぇい! 何なのだこの戦況は!!」

 

 バーラット帝国の皇帝は怒り狂って大臣や将軍らに怒鳴りつける。

 

「要塞のほとんどをフソウに制圧され、制海権を全て失うとは!」

 

「それに全然フソウに被害を与えられていないではないか! 貴様らは何をやっているのだ!」

 

(無茶を言うな)

 

(あんな無謀な突撃をして与えられるような相手ではないだろうが)

 

 精神論的な戦略ばかりを喚く皇帝に将軍達は不信感を募らせている。

 

 そもそも戦局をひっくり返すことなどできない絶望的な状況でも皇帝はまだ勝利を確信している。

 

 神のご加護があるとか神は我々に味方している、などなど聞いて呆れることばかりしか口にしない。

 

 そうなると逆に尊敬を覚えるものだ。

 

「例の飛行船による攻撃はどうした! 全く戦果を聞かんぞ!」

 

「接近される前にフソウ軍によって撃ち落とされておりまして」

 

「なら数で攻めろ! そうすればフソウとて手も足も出まい!」

 

「それが、飛行船の魔力炉の製造工場は全てフソウによって破壊されて、作ることができないのであります」

 

「っ! この役立たず共が!」

 

 皇帝は将軍らに怒声を浴びせると、一人の将軍が立ち上がる。

 

「お言葉ですが皇帝陛下! 我が軍は総力を挙げてフソウを撃退しようと奮闘しております! たとえどんな強大な相手でも怯まず挑みました」

「そんな彼らを役立たずと! 皇帝陛下はおっしゃられるのですか!」

 

「だったら何だというのだ!」

 

「そのお言葉、撤回していただきたい!!」

 

「撤回だと!? 断る!」

 

「なぜでございますか! 帝国のため、皇帝陛下のために戦ったのですぞ!」

 

「黙れ黙れ!! 貴様らは我の命令を聞けばよいのだ! 貴様らはただ戦えばよいのだ!」

 

「それでどれだけの兵士達が犠牲になったと思っておられるのですか!」

「何より守るべき民をも巻き込んだ戦いに何の意味があるというのですか!」

 

「えぇい! どいつもこいつも! 我に歯向かうと――――」

 

 

 

 すると突然会議室の扉が乱暴に開かれてマスケット銃を手にした兵士達が入ってくる。

 

「な、何だお前達!?」

 

 立ち上がろうとした将軍や高官達はすぐさま兵士達がマスケット銃を突きつけてその場に留める。

 

「貴様ら!? この我が居ると知っての狼藉か!」

 

 

「知っています、皇帝陛下」

 

 と、開かれた扉から会議室に一人の男性が入ってくる。

 

「アトリウス!? 貴様何のつもりだ!?」

 

「見ての通りです、皇帝陛下……と言ってもすぐに皇帝ではなくなるがな」

 

 アトリウスと呼ばれる男性はマスケット銃を将軍や高官に付くつける兵士らに手を向ける。

 

「くっ! 狂ったか! この国賊が!」

 

「国賊? それはあなたのことでしょう」

 

「なに!?」

 

「フソウが持ちかけてきた講和を悉く無視した挙句民間人を巻き込んだ戦闘を続けた結果、我が帝国は存続の危機にあります」

「それは全てあなたのせいです! それでもあなたはまだ戦争を続けるつもりなのですか!」

 

「当たり前だ! まだ我々は負けては居らぬ! 必ずフソウに神の天罰が下るのだからな!」

 

「この期に及んでまだそんな戯言を! いい加減に現実を直視しろ!」

 

「黙れ! この裏切り者が――――」

 

 と、皇帝が前に一歩動こうとした瞬間、首元に一瞬一筋の光がきらめく。

 

「っ!?」

 

 皇帝はとっさに立ち止まると、薄っすらと極細の糸が張られていた。

 

「こ、これは……」

 

 

「動かない方が身のためです。他の者達も、例外でなく」

 

 と、アトリウスの後ろより右手で血糊が滴る細長い糸を操りながらセアと呼ばれる女性が入ってくると、両手を動かして将軍らの首元にも同じ糸が張り巡らされているのを見せ付ける。

 

「来たか、セア」

 

「申し訳ございません。皇帝の従兵を全員仕留めるのに手間取りました」

 

「そうか」

 

 その言葉に皇帝は酷く驚いた様子を見せる。

 

 皇帝直属の従兵は帝国一の実力を持つ者たちだ。そう簡単にやられると思っていなかったのだろう。

 

「我々は早くフソウの講和を受けるべきでした。そうすればこんな最悪な状況にならなかったはずです」

 

「だからなんだと言うのだ。我は屈したりはせんぞ!」

 

「えぇ。あなたは屈しなくても構いません」

 

「な、何?」

 

「あなたにはここで死んでもらいます。この国にもはやあなたのような狂人は必要ありません」

 

「貴様――――」

 

 皇帝が言い終える前にセアは握り拳を作って横一文字を描くように右腕を振るい、次の瞬間には皇帝と将軍、高官らの首が次々と刎ね飛ばされ辺り一面を噴き出た血で赤く染める。

 

「……」

 

「……」

 

 アトリウスは目を瞑り、セアは両手を振るって糸に付着した血糊を振り払った。

 

「すまないな。お前の手を汚させてしまって」

 

「構いません。あなたのお役に立てるのなら、何度でもその手を汚しましょう」

 

 血で汚れた手袋を引き、彼女は彼を見る。

 

「ですが、今回は私情でやらせてもらいました」

 

 セアはごみを見るかの目で頭をすっ飛ばされた将軍らを睨む。

 

「私の一族の仇を……」

 

「そうか」

 

 そして目を開けると兵士達に向き直る。

 

「たった今逆賊共を粛清した。これより私が帝国を率いる。だが、帝国はもはや風前の灯だ。それでもフソウと戦おうと思うか?」

 

 アトリウスの問いに兵士達は何も答えない。

 

「直ちにフソウへ使者を送れ! 恐らくフソウは次の攻撃に備えているはずだ!」

 

「ハッ!」

 

 

 

 だが次の瞬間、突然眩い光が窓から差し込んでくる。

 

『っ!?』

 

 誰もが眩い光に腕で目を覆う。

 

 その直後に轟音と衝撃波が帝都を襲い、多くの家や建物の壁が衝撃波によって破壊される。

 

「な、何だ!?」

 

「……」

 

 少しして光が収まってアトリウスとセアはバルコニーに出る。

 

「こ、これは……」

 

「……」

 

 二人の視線の先には、とてつもなく巨大で見上げても頂上が見えないほどの高さまで上った黒いきのこ雲であった。

 

「あそこはグレンブル要塞がある山脈のはずです」

 

「……跡形も無く、吹き飛んでいる、だと」

 

 きのこ雲の根元は煙や砂煙で覆われて何も見えないが、煙に覆われても分かるぐらい巨大な岩山があるのだが、それが見当たらないのだ。

 

「こんなことが出来るのは、フソウのみだ」

 

 アトリウスは空を見上げて深くため息を吐く。

 

「……彼らを、本気で怒らせてしまった」

 

「……」

 

 その言葉にセアは息を呑む。

 

「使者を急いでフソウの軍の者と接触させなければ。でなければ、フソウは帝国を滅ぼしてでも戦争を終わらせるつもりだ」

 

「そんな……」

 

「……これも、自らが招いた結果だ」

 

「……」

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 時系列は少し前に遡る。

 

 

「まもなく、攻撃目標が見えます」

 

 六発の発動機から轟音を発しながら高度8000mの高度を飛ぶ富嶽は攻撃目標の要塞上空に居た。

 

「遂に来たな」

 

「えぇ」

 

 機長と副機長は息を呑み、気を引き締める。

 

「爆撃手。投弾用意だ」

 

『了解!』

 

 爆撃手は照準機を覗きながら二つあるうちの一本を後ろに引き、特爆が収められている爆弾装の扉が開いてその巨体が姿を現す。

 

『チョイ右! 頼みます!』

 

「ヨーソロー!」

 

 爆撃手の指示で機長が操縦桿を右に少し傾けて富嶽の針路を右に少しずらす。

 

『針路そのまま! そのまま!』

 

「ヨーソロ!」

 

 操縦桿を並行に戻して富嶽の針路を前に向ける。

 

「総員! 対閃光防御!」

 

 機長を含む乗員達は額の遮光加工が施されたゴーグルを下ろして目を覆う。

 

『よーい!! てぇっ!!』

 

 そして照準内に要塞が入り、爆撃手はもう片方のレバーを後ろに倒し、特爆を固定していた固定具が外れてその巨体が富嶽の爆弾倉から落下して出てくる。

 その瞬間身軽になった富嶽は一瞬機体が持ち上がって、それを利用して機長は爆風被害から逃れるために高度を上げつつ元来た針路へ向ける。

 

 解き放たれた特爆はその重さ故なのかほとんど風に流されることなく要塞へと落下していく。

 

 

 

 しばらくして要塞から数十mの高さで特爆の起爆装置が作動し、その瞬間特爆は眩い光を放つと同時に爆発が瞬く間に広がってその破壊力で要塞諸共山を消滅させていき、富嶽がいる高度8600mに舞い上がるきのこ雲が達した。

 そして爆発時の爆風と衝撃波が半径7.5kmの範囲に広がり、その中にある帝都にも襲い掛かって構造上脆い建物は衝撃波によって崩壊し、壁の一部が剥がれ落ちる。

 

『……』

 

 その衝撃的光景に富嶽の乗員の誰もが呆然となる。もっともこの光景や衝撃波の被害を受けた帝国側はもっと衝撃が強いだろう。

 

「作戦完了。これより帰還する」

 

 静かに言うと機長は富嶽を扶桑への帰路につかせる。

 

 

 

 

 

 



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第四十九話 状況の一変

構想は出来ているのに執筆が思うように進まない……この状態は一体何だろう?


 

 

 

 一発目の特爆を要塞に投下してから二日後……

 

 

 

 

「富嶽2号機から報告です。先ほどヴァレル基地に到着して燃料補給を開始していると」

 

「そうか」

 

 特爆の2号機を載せた富嶽の到着の報告を聞き、俺は深くゆっくりと息を吐く。

 

「しかし、想像以上の威力だな」

 

「えぇ」

 

「……」

 

 帰還した富嶽一号機からの報告書から、特爆の想像以上の威力に驚かされた。

 

 要塞は特爆の爆発から放たれた膨大な熱量に跡形も無く消滅し、その周辺は爆風や衝撃波によって多大な損害を被らせているが、味方の被害は無い。

 

「これを帝都に落とすとなると……」

 

「……」

 

 結果は言わずもがな、だ。

 

「あれを見て戦意が喪失しないとは考えづらいのですが、何ら動きを見せないのもおかしいですね」

 

「うむ……」

 

 まさかまだ戦うつもりなのか。

 

「富嶽二号機の発進は何時頃になる」

 

「補給作業が順調ならば、1時間半後には発進できます」

 

「そうか」

 

 何を言おうとも、何があっても、次で全てが終わる。

 

 

 

 しばらくして富嶽の燃料補給が終わったとの報告が入った。

 

 それは俺は富嶽に発進命令を下そうとしたときだった。

 

 

「っ! 総司令! 緊急入電です!」

 

「どうした?」

 

「陸軍第二師団第三機甲大隊が帝国の使者と名乗る者と接触したとの報告が入りました!」

 

「なに?」

 

「使者、だと?」

 

「今になって……」

 

 思わぬ報告に俺と品川、辻は思わず声を漏らす。

 

「……使者は何と言っている?」

 

「ハッ。どうやら、帝国は扶桑に降伏する、そう言っているようです」

 

「……」

 

 本当なら待ちに待った返答なのだが、素直に喜べる状況ではなかった。

 

「どう思いますか?」

 

「タイミング的には考えられる。だが、時間を稼ぐための陽動、とも考えられる」

 

「特爆の威力を目の当たりにして抵抗する気力があるとは思えませんが」

 

「……」

 

 

「っ! 大隊から更に入電! 今度は帝国の代表と名乗る者が現れたと!」

 

「何?」

 

「代表だと」

 

「……」

 

 なんかきな臭い展開になってきたな。

 

「どうやら、転送魔法によって代表が来た模様です」

 

「……」

 

「罠、でしょうか」

 

「いよいよ分からんな。わざわざ使者を送っていながら今度は代表と」

 

「……」

 

「代表は大隊が保護していますが、いかがしますか?」

 

「……」

 

 俺は一考し、オペレーターに問い掛ける。

 

「大隊は現在どのあたりに居る」

 

「えっ? は、はい! 少々お待ちを!」

 

 オペレーターは慌てて大隊に現在地点を聞き出して報告する。

 

「現在大隊は一番近い基地でヴァレル基地から北東68km先の仮設前線基地に駐留しています。使者と代表もそこです」

 

「その仮設前線基地には飛行場はあるか?」

 

「は、はい。滑走路は良い状態に、とは言い切れませんが、あります」

 

「そうか。品川」

 

「ハッ」

 

「すぐに一式陸攻を1機回してくれ。すぐに飛び立つ」

 

「本気ですか?」

 

「怪しいという点では俺も同感だが、一応話を聞いてみよう。もし本当に降伏の為に差し向けてきたのなら、むしろこちらとしては都合が良い」

 

「ですが……」

 

「もし仮にもこれが陽動ならば、そのときは予定通りにやればいい話だ」

 

「……」

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その後俺と辻、品川を乗せた一式陸攻は紫電と疾風に護衛されながら飛行場を飛び立ち、途中で飛行場のある基地に立ち寄って燃料補給を行い、目的の仮設前線基地を目指す。

 

 

 約7時間ほどの飛行を経て目的の仮設前線基地に到着し、飛行場に降り立った一式陸攻から降りた俺たちは司令部に向かう。

 

「お待ちしておりました! 西条総司令!」

 

 司令部の前には岩瀬大佐と倉吉准尉を含む数人の兵士達が陸軍式敬礼をして出迎える。

 

「帝国からの使者と代表と接触したのは、大佐の部隊だったのか」

 

 ホントこの二人とは何かと縁があるな。

 

「はい。この基地に立ち寄る前に彼らと接触してこの基地に連れてきました」

 

「そうか。それで、帝国から来た者達は?」

 

「宿舎に居てもらっています」

 

 それを聞き品川は俺の方を見ると俺は軽く頷く。

 

「では、すぐに司令部の会議室に連れてきてくれ」

 

「了解しました!」

 

 岩瀬大佐はすぐさま宿舎へと向かう。

 

「……」

 

「総司令」

 

「何も言うな。何も、な」

 

「はい」

 

「……」

 

 俺は気を引き締めて、二人を連れて司令部の会議室へと向かう。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 一方基地の敷地内にある宿舎には、クーデターを起こして皇帝の座に着いたアトリウスと、その側近のセアがベッドに腰掛けて、重々しい雰囲気を醸し出している。セアが最初に使者として来ていたが、ジッとできなかったアトリウスが急遽代表として転送魔法でセアのもとに飛んできた。

 

「彼らは、信じてくれたのでしょうか」

 

「難しいだろうな。いきなり敵である我々が現れて、使者や代表だと言って降伏するためにやってきたと言っても、すぐに信じるわけが無い」

 

「……」

 

「罠と見られている、と思ったほうがいいかもしれん」

 

「……」

 

「下手をすれば、始末されるかもしれんな」

 

「……」

 

 それを聞きセアは両手を握り締める。

 

 

 すると扉が開き、岩瀬大佐が入ってくると二人は顔を上げる。

 

「先ほど総司令が到着された。どうやらあなた達の話を聞くようだ」

 

「ほ、本当なのか?」

 

「えぇ。あまり時間を掛けていられないので、すぐに」

 

「あ、あぁ。分かった」

 

 岩瀬大佐がその場を離れるとすぐにその後を追うように二人は立ち上がって部屋を出る。

 

 

 

「西条総司令。帝国からの使者と代表をお連れしました」

 

「そうか。入ってくれ」

 

 岩瀬大佐から報告を聞き、俺はその二人を部屋に入れさせる。

 

「……」

 

 俺は立ち上がり、二人を見る。

 

「あなたが、フソウの?」

 

「えぇ。自分が扶桑の長たる総理で、軍の総司令である、西条弘樹だ」

「そして後ろの二人は側近で陸軍と海軍の大将、辻晃と品川愛美だ」

 

 後ろの二人は静かに頭を下げる。

 

「サイジョウヒロキ……」

 

 アトリウスは彼を上から下を見る。

 

(自分も言えたことではないが、若いな)

 

 しかし自分より年下とあって、戸惑いが生まれる。

 

(しかし、ただ者ではないのは確かか。あのフソウを率いているのだからな)

 

 そう思っただけでも身震いが止まらなくなる。

 

 

「御会い出来て光栄だ、サイジョウ総理」

 

 アトリウスはその場に膝を着いて頭を下げ、立ち上がる。

 

「あなたが代表の?」

 

「あぁ。バーラット帝国新皇帝、アトリウス・グランスだ。こちらは側近のセアだ」

 

 セアは左胸に右手を当てて頭を深々と下げる。

 

「新皇帝?」

 

 最近になって世代交代でもあったのかねぇ?

 

「……それには、深い事情があってな」

 

 アトリウスはこれまでの事を話した。

 

 

 

「反乱、ですか」

「まぁ、そのような皇帝に任せれば帝国は滅びていたでしょう」

 

「しかし救いようの無い無能者ですね」

 

 アトリウスより聞かされた前皇帝と言えばホントひでぇな。精神障害でも起こしているんじゃないかって疑うぐらい。

 

「反乱を起こして手に入れた地位であってこうした交渉に臨んでいるのは承知している。その点は、分かってほしい」

 

 やはり反乱で手にした地位とあって、負い目はあるのだろうな。まぁ、状況的に仕方無いと言えば仕方無いのだがな

 

「分かりました。ですが、こうして決断してくださったのだ。たとえどういった経緯があろうとも、十分です」

 

「そう言ってもらえれば、助かる」

 

 申し訳ないように頭を深々と下げる。

 

「講和交渉の前に、まずやってほしいことがあります」

 

「何をすればいい?」

 

「まず、今も戦闘を続けている軍に停戦命令を言い渡してください。もし命令に背いて戦闘行為を続けたときは、我々が相応の対処をします」

 

「分かった。そちらの手を煩わせないようにしよう」

 

 アトリウスはセアに視線を向けると、彼女は頭を下げて後ろに数歩下がり、何かの術式を唱えると忽然と姿を消す。

 

「今のが転送魔法ですか」

 

「あぁ。彼女ならあの程度容易いものだ」

 

「なるほど」

 

 

 

 それからしばらくしてセアが会議室に現れて、アトリウスに耳打ちする。

 

「全軍に停戦命令を下しました。しかしその全てが命令を受け入れたとは言い難く、最悪は―――」

 

「分かっています。向こうがその気なら、こちらは全力を以って当たらせてもらうだけです」

 

「……申し訳ない」

 

 アトリウスは深々と頭を下げる。

 

 

 

「……では、始めましょう」

 

 こうして扶桑国とバーラット帝国による講和交渉が始まった。

 

 

 

 

 



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第五十話

 

 扶桑国の西条弘樹とバーラット帝国の新皇帝アトリウスの講和交渉を経て、事態は終息しつつあった。

 

 

 アトリウスの命令で各地で戦闘を続けていた軍は戦闘行為を止めて、次々と扶桑へと降伏した。だが、中には命令に背いて戦闘を続ける部隊もあったが、どういう結末を辿ったかは言わずもがな。

 しかし予想以上に降伏する者が多かったのは、帝国のやり方や理不尽な命令に不満を覚えていた者が多かったかららしい。

 

 

 講和交渉から一ヵ月後、旗艦紀伊が率いる聨合艦隊はバーラット帝国の帝都グレンブルの港から可能な限りまで近付いた海域にやってくる。

 このとき聨合艦隊の多くの戦艦や航空母艦、重巡洋艦などを初めて見た帝国の民は、その姿に圧倒され自分達がどんな強大な国を相手にしていたのかを知ることになった。

 

 

 その後戦艦紀伊の甲板上にて降伏調印式が行われ、アトリウスはそれぞれの書類にサインをしていき、全ての書類にサインを終えた後弘樹とアトリウスは固く握手を交わした。

 

 

 そしてバーラット帝国は無条件降伏に伴い以下の条件が課せられる事となった。

 

 

 

 一:帝国は軍を解体し、所有する武器兵器は全て扶桑国が接収し、以後国内外において武器兵器の研究開発と所持を禁止し、現時点ではありとあらゆる武力を持つことを一切禁ずることとする。

 

 二:国の名称をバーラット帝国からバーラット共和国と改名し、領土も三分の一を他国に譲渡する。

 

 三:共和国は扶桑国と同盟を結び、土地の提供と一年ごとに税を納めること。

 

 四:その代わり扶桑国は武力を持たない共和国の矛と盾となることを確約する。

 

 五:種族差別を徹底的に排除し、共和国内外にて種族平等を目指す。

 

 六:過激宗教派団体を野放しにせず、その全てを摘発する。

 

 

 いくつかは達成するのに時間が掛かるだろうが、最終的には実現を予定している。

 

 

 今のところ武力所持を禁止しているが、魔物の対処もあるので将来的には警備隊なる組織を立ち上げる予定だ。

 

 

 他にも戦争中に残虐な行為や様々な犯罪行為をしてきた者達を扶桑側の法で裁き、A級戦犯となった者として処刑している。

 

 

 

 こうして長きに渡る戦争は扶桑国という異界の国家によって終戦を迎えたのだった……

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 降伏調印式から三日後……

 

 

 

「ようやく、戦争が終わったんですね」

 

「あぁ。まぁ俺達からすればそれほどって長さじゃないけど」

 

 俺とリアスは市街地の中にある公園に訪れて、高台から景色を眺めていた。

 

 戦争に勝ったとあってあちこちで戦勝を祝ったどんちゃん騒ぎが起きており、そのせいで警察沙汰になるところが続出している。

 

「長かったようで、短かったような、不思議な感じだ」

 

「そうですね。あんなに長く感じられたのに、終わりはあっという間でしたね」

 

「……」

 

 俺は視線を前に向けて、目を細める。

 

「しかし、平和というのは、多くの尊い犠牲があって手にすることができるんだろうな」

 

「……」

 

「犠牲なくして勝利なし。当然のことなんだが……」

 

「……」

 

 二人の視線の先には、巨大な大理石が多く置かれていた。

 

 終戦後、俺は戦死者の名前を刻んだ慰霊碑を公園に設置した。設置理由は彼らの犠牲が決して無駄でなかったことを後の世に伝えるためである。

 

 慰霊碑に自分の家族や恋人の名前が刻まれていないことを祈りつつ名前を探す人が絶えず、名前が無かったことでホッとする者も居れば、名前があって泣き崩れる者もいる。

 中には赤ん坊を抱えて泣き崩れる者もいた。

 

 その傍で先に逝った戦友の弔うために供え物を置く兵士達も多く居て、それぞれ敬礼を向けていた。

 

 

 戦争で戦死した者、行方不明者は両軍合わせて700万人以上を超えており、その五分の一は扶桑軍兵士である。

 

 ちなみに戦時中に捕らえた旧帝国軍の兵士は全員解放したが、その内五分の二は国へは帰らず扶桑軍に志願した。理由は国に帰っても家族はいない、帰る場所は無い、国に恨みを持っている、等々と理由は様々だ。

 

 

「そして失われるものもあれば、新しく生まれるものもある、か」

 

 俺は腕の中に抱えられている命に視線を向ける。

 

 

 終戦の一週間前にリアスは双子の子供を出産した。

 

 俺の腕の中に抱えられているのは長男で、リアスと同じ髪の色で頭には獣耳が生えている。リアスの腕の中に抱えられているのは後に生まれた長女で、俺と同じ髪の色で長男と同じく頭に獣耳が生えている。

 こうして見ると獣人としての遺伝子が強いようだ。

 

 俺とリアスは長男を響と名付け、長女を未来と名付けた。

 

「こうした平和が、ずっと続いてほしいですね」

 

「そうだな。できれば、続いてほしいものだ」

 

 俺はそう願いつつ、空を見上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時系列は遡って、扶桑国がバ号作戦を開始する一ヶ月前。

 

 

 

 

「……」

 

 スーツを着た男性は手にしている写真を真剣な面持ちで見つめていた。

 

 写真には、雲に見え隠れして写っている富嶽が写されていた。

 

「この写真に写っているのは、本当なのだな、大尉?」

 

「は、はい! 自分と部下がこの目で見ましたので、間違いありません!」

 

 目の前に立つ男性はそう答える。

 

「……」

 

「大統領……」

 

 スーツを着た男性の隣に立つ、狐の耳を持つ獣人の女性は不安な様子を見せる。

 

「……」

 

 男性は再度富嶽に視線を向ける。

 

(まさかな……いや、この状況で、あいつだけいないとは考えづらい、か)

(だが、あいつとも限らない)

 

 様々な考えが頭の中で交差するも、すぐに答えが出るわけじゃない。

 

 

「ごくろうだったな。今日は帰ってゆっくりと休むといい」

 

「は、ハッ! 失礼します!」

 

 男性はビシッと敬礼をして部屋を後にする。

 

 

「しかし、こんな巨大な航空機が存在するなんて。いったいどこが建造したのでしょうか」

 

「……」

 

「大統領?」

 

 狐耳を持つ獣人の女性は返事を返さないほどに真剣な様子の男性に怪訝な表情を浮かべる。

 

 

(お前も、この世界に来ているのか……弘樹?)

 

 男性はこの世界に来る前の親友であった友の名前を内心で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次章『Another World War』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第五章
第五十一話 


 

 

 

 

 あれから4年の月日が流れる。

 

 

 

 

 

 辺り一面草原が広がる場所。一見穏やかなこの場所だが、激しい戦地となっている。

 

 

 

 空気を切り裂く音とともに次々と榴弾が陣地と思われる広場に降り注ぎ、着弾すると同時に爆発を起こして地面を抉る。

 

『……』

 

 その広場に設けられた塹壕に多くの兵士が潜み、砲撃を避けている。

 

「相変わらずの量だな、クソッタレ」

 

「こりゃまぐれ弾が出てもおかしくないな」

 

 そう言って手にしている煙草を吸って煙を吐く。その直後に天井から砂が落ちて被っているヘルメットに降りかかる。

 

「日に日にやつらの攻撃が激しくなってくるな」

 

「上の連中は俺たちを見殺しにする気かよ」

 

「おい。口に気をつけろ。SSが居たら面倒な事になるぞ」

「それに、増援はちゃんと来る手筈になっている」

 

「で、その増援はいつ来るんだ?」

 

「もうそろそろのはずだ。もっとも空がこっちの手にあるのならな」

 

「……」

 

 

 

『―――――!!!』

 

 その間に地面を覆い尽くして揺れているかのような錯覚を覚える雄叫びを上げて兵士達が前方で砂煙を上げながら走行する『T-34』と呼ばれる戦車を盾にして走ってくる。

 

「来やがったな」

 

「あぁ」

 

 兵士たちはそれぞれの銃火器を持って塹壕から出てきて対戦車砲や高射砲に着くと砲弾を取り出して装填する。

 他に重機関銃に着きベルトリンクに繋げられた弾をセットして装填する。

 

「いつ見ても多いこった」

 

「全くだ」

 

『MG42』と呼ばれる重機関銃を持ちベルトリンクを持つ兵士二人は一面を覆い尽くしている敵兵の数に呆れ半分のように呟く。

 

 

「撃てぇっ!!」

 

 そして互いの距離が縮まったところで指揮官の号令とともに88mm高射砲、75mm対戦車砲群が一斉に火を吹き、そのうち数発がT-34五輌の正面を貫通して撃破する。

 

 やり返しと言わんばかりにT-34各車が主砲を放ってくるも走行中の行進間射撃とあって照準はぶれまくり、砲弾はあらぬ方向に飛んでいく。

 

 続いて重機関銃群が一斉に火を吹き、曳光弾混じりで雨霰の如く弾丸が兵士達に襲い掛かって次々とその命を散らしていく。

 

 装填手が75mm対戦車砲に砲弾を装填し、同時に指揮官が「撃てぇっ!!」と号令を発し、轟音とともに砲弾が放たれてその反動で銃座が後座して空薬莢が硝煙とともに排出される。

 砲弾は若干右に逸れるもT-34の砲塔基部を貫通し、動きが止まる。

 

 兵士の一人が小銃の引き金を引き連続して弾を放って敵兵を次々と撃ち抜いていくと、空になったマガジンを引き抜いて新しいマガジンを差し込んでコッキングハンドルを引き薬室に弾を装填し、再度射撃を開始する。

 

「相変わらずわんさかと湧き出てくるなぁっ!」

 

 重機関銃に着いている兵士は悪態を吐き、機関銃の側面の蓋を開けて中の焼け付いた銃身を排出して新しい銃身を差し込んで蓋を閉じ、射撃を再開する。

 

「っ!」

 

 すると上空からエンジン音が響き渡り兵士の一人が見上げると、数十機の航空機が戦場に飛来してきた。

 

「味方の爆撃隊だ!」

 

 兵士が叫んだ瞬間爆撃機は一斉に降下し、サイレンのような音を辺りに響き渡らせ搭載している爆弾を一斉に投下する。

 

 爆弾はある意味異常なものとしてT-34群に殆ど命中して、多くのT-34を撃破し、外れても至近に着弾して爆風で履帯が破壊されて擱座する車輌が続出する。

 

「おいおいあの命中率。まさかと思うがあの爆撃機……空軍の――――」

 

 

「っ!」

 

 しかしその直後に向かってくる兵士群の中から何人かが突然空へと舞い上がると背中から翼が広げられる。

 

「クソッ! やつらハーピーを紛れ込ませていやがった!」

 

 銃火器を手にしているハーピーは背中の翼を羽ばたかせて一直線に陣地へ向かってきて兵士達はとっさにサブマシンガンや小銃を空に向けて放つ。

 

 弾幕が張られて何人かのハーピーが撃ち落とされるも、弾幕を突破したハーピーは手にしているサブマシンガンを陣地に向けて放ち、何人もの兵士を撃ち殺していく。

 陣地を飛び越す途中で手榴弾を落としていき、陣地数箇所で爆発が起きて多くの兵士が巻き込まれる。

 

 中には帽の先端に膨らんだ物体……『パンツァーファウスト』を構えるハーピーが陣地に向けて放ち、88mm高射砲と75mm対戦車砲を吹き飛ばす。

 

「くそっ!」

 

 舞い上げられた砂を頭から被りながら兵士は小銃をハーピーに向けて放ち、弾はハーピーの背中の翼の片方を撃ち抜き、ハーピーはバランスを崩して地面に落下する。

 

「マズイ! 戦車が来るぞ!」

 

 混乱に乗じて戦車部隊は陣地に接近していた。

 

 反撃しようにもT-34が一斉に砲撃して陣地の高射砲と対戦車砲を吹き飛ばす。

 

「くそっ!」

 

 兵士の一人が木箱からパンツァーファウストを取り出して構え、T-34に向ける。

 

 

 

 しかしその瞬間T-34は砲塔側面に攻撃を受けて砲塔が吹き飛ぶ。

 

「っ!」

 

 兵士は爆発で目を背けて、とっさに右に視線を向けると、T-34とは違う戦車が次々と丘を越えて現れる。

 

「あれは、リベリアンの戦車隊だ!」

 

『おぉ!』と陣地に居る兵士達から声が上がる。

 

 丘を越えて現れた戦車……『M4A3E8』に『M26パーシング』は一斉に砲撃を始めT-34を次々と撃破していく。

 

 T-34は慌てた様子で砲塔を旋回させて砲撃しようとしたが、その瞬間空気を切り裂く音とともに何かが落下し、T-34を粉砕する。

 

 兵士はとっさに上空を見上げると、自軍とは違う国籍マークを持つ戦闘機が飛び去っていく。

 

「リベリアンの戦闘爆撃隊か」

 

 戦闘機の翼や胴体に搭載された爆弾やロケット弾が投下され、次々とT-34や敵兵に襲い掛かる。

 

 続けてリベリアンと自軍の爆撃機による爆撃で戦車と敵兵を更に粉砕していき、敵は不利と判断したのか攻撃しながら後退していく。

 

「どうやら、一難は去ったようだな」

 

 双眼鏡を覗きながら司令官は呟く。

 

「日に日に敵の攻撃も激しくなってきますね」

 

「あぁ。これだと更なる増援も必要になってくるな」

 

 これからの事を考えて司令官はため息を吐く。

 

 

 

「司令! 大変です!」

 

 慌てて塹壕から通信兵が出てくると、司令官に耳打ちする。

 

「なにっ!? 敵の増援だと!?」

 

「真っ直ぐこちらに向かっているとのことです!」

 

「くそっ! 一難去ってまた一難か!」

 

 舌打ちをして陣地を振り返る。

 

 予想外の攻撃に高射砲に対戦車砲の多くが破壊され、兵士も多くの人数が戦死している。

 

 こんな状態では、先の未来など考えるまでも無い。

 

「どうしますか?」

 

「……現時点を以って陣地を破棄。後方の防衛陣地まで撤退する。リベリアンの戦車部隊にも伝えよ!」

 

「じ、陣地を破棄するのですか?」

 

「この状態では先の未来など目に見えている。責任は俺が持つ。急げ!」

 

「……分かりました」

 

 すぐさま命令が伝達され、部隊は陣地を破棄してリベリアンの戦車部隊と共に撤退した。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 某所

 

 

「……」

 

 窓から太陽の光が差し込んで室内を照らす中、一人の女性が椅子に座り窓から外の景色を眺めている。

 

 

「総統閣下!」

 

 と、勢いよく扉が開かれ男性が入ってくる。

 

「騒がしいな」

 

「も、申し訳ございません。ですが、緊急の報告が」

 

「……内容は?」

 

「ハッ!先ほど連絡があり、コンティオス平原の守備隊がロヴィエアの機甲部隊と交戦。リベリアンの戦車部隊と爆撃隊の援護があって撃退に成功。しかし更なる大部隊の接近があり、防衛線を下げたとのことです」

 

「……」

 

「現場指揮官の勝手な判断です。どうしますか?」

 

「……」

 

 女性はギィと椅子を回転させて男性の方を向く。

 

「防衛線の再構築を進めろと伝えろ。それと付近の第7機甲大隊を送り、戦力の増強を図れ」

 

「よ、よろしいのですか?」

 

「彼の判断は正しい。もしそのまま防衛に徹していたのなら、むしろ処罰ものだ」

 

「……」

 

「彼らの支援はしっかりとするように」

 

「ハッ!」

 

「それとリベリアンに更なる支援の要請を」

 

「それなのですが……」

 

「ん?」

 

「既に要請はしていますが、本格的な支援はまだ待ってもらいたいとの返答が」

 

「was? どういう事だ」

 

 女性は怪訝な表情を浮かべる。

 

「理由を聞いたところ、何やら重要な事をするために大統領自ら赴かれるから、だそうです」

 

「あいつが自ら、か」

 

 女性はとある男性の顔を思い出す。

 

「しかし、何をするつもりだ」

 

「表面的にですが、この戦争のために我がゲルマニアとリベリアンの同盟軍にもう一勢力を加えるとの事です」

 

「もう一勢力と言っても、連中に対抗できる戦力があるとは思えないのだが?」

 

「それが、あるようです」

 

「……」

 

「ただ、確信は無い、と言って詳細は語りませんでした」

 

「……それで、その国の名前は分かったのか?」

 

「いいえ」

 

「……」

 

「ですが、かつての戦友が率いていた国、とだけ言っていました」

 

「かつての戦友……」

 

 それを聞き、女性はどこの国かが脳裏に過ぎる。

 

「そうか……。そういうことか」

 

「……?」

 

 

「分かった。それまで我々だけで迎え撃とう。各戦地への補給を怠るな」

 

「分かりました」

 

 男性は右手を上に上げる敬礼をして部屋を出る。

 

 

「……」

 

 女性は窓の方に向いて椅子から立ち上がると、窓の前に立ち街並を眺める。

 

(そうか。あいつも、この世界に)

 

 女性は内心で呟いて口角を少し上げる。

 

(いや、この世界には私を含むトップランカー達が揃っているのだ。彼だけがいないはずがない)

 

 何よりその人物の実力はあれ(・・)をやっている誰もが知っているほどのものだ。そんな彼だけがこの世界にいないとは考えづらい。

 

(もしお前が本当にこの世界に来ているのなら、会いたいな――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――弘樹)

 

 女性は懐かしそうに内心で呟いた。

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 所は変わって某所

 

 

「しかし、本当に行くのですか?」

 

「あぁ。俺が行かないと今回の目的を果たせないだろ?」

 

 港に多くの軍艦が停泊しているその中の一隻の軍艦の艦橋ウイングに、心配する狐耳の獣人族の女性をよそに男性はそう返す。

 

「それに、久しぶりにあいつに会えるんだ。それが楽しみで仕方が無い」

 

「まだあなたが言う人物の国かどうかも分からないのですよ? あの写真に写っていた六発機と国籍マークだけでは、判断材料が少なすぎます」

 

「……確かに、あの六発機が扶桑国の物だっていう確信はまだ無い。だが、国籍マークにあの六発機だ。可能性は十分高い」

 

「……」

 

「それに、仮に違っても交渉次第ではその国の戦力をこの戦争に使うことができる」

 

「逆に敵を増やすことにもなりかねませんがね」

 

「それは、まぁな」

 

 男性は苦笑いを浮かべる。

 

「そもそも、交渉に向かうのにこの戦力は過剰では?」

 

 獣人族の女性はこれから出発する艦隊に視線を向ける。

 

「万が一に備えてだ。これから未知の海に向かうのだから、当然だろ?」

 

「だからと言って、就役したばかりのモンタナ級戦艦1隻にアイオワ級戦艦6隻、ヨークタウン級航空母艦とレキシントン級航空母艦を2隻ずつ計4隻。その他に軽重巡洋艦10隻と駆逐艦20隻。戦争にしに行くのですかってぐらいの戦力ですよ?」

 

「……」

 

 彼女の言う通り、過剰と言えば過剰な戦力ではあるが……

 

 

 

 まぁそれはとにかくとして、男性はクリスを説得させて艦隊を出港させた。

 

 

 かつての友と会うために……

 

 

 

 



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第五十二話 

ここ最近文章のクオリティーが下がっているような気がする……


 

 

 

 所変わって扶桑国……

 

 

  

 

 

「わぁ! 74式戦車だ!」

 

 今年で4歳になる息子の響が興奮した様子で目の前の戦車を指差す。

 

 休暇を取った俺は家族と一緒に陸軍の基地に来ており、後で海軍の軍港に向かう予定だ。

 

 と言うか休日で自分の職場の見学って、どうなんだろう? まぁ子供たちは喜んでいるからいいか。

 

 んで、俺たちの目の前には陸軍の最新鋭主力戦車『74式戦車』が何輌も並べられている。

 

 74式戦車は陸上自衛隊で作られたものより性能は上であり、主砲は新型のライフル砲110mmで、装甲も数十ミリほど厚くなっている。その上エンジン出力が高くどんな悪路でも速度を落とすこと無く疾走できる。

 

「それに61式戦車に五式中戦車! あれはティーガーに四式中戦車まである!」

 

 響は74式戦車の他に置かれている戦車の名前を言い当てていく。

 

 今回のために記念車輌として基地に動態保存されているティーガーの他に訓練車輌の四式中戦車を引っ張り出している。

 

 61式は74式に並ぶ主力として、五式中戦車は近代化改装が施されて最新鋭の電子機器を試験的に搭載している。

 

「詳しいな、響」

 

「うん! 辻のお姉ちゃんがひまがあるときいろいろとおしえてくれるの!」

 

 辻ェ。息子に何教えてんだよ……しかも品川も未来に何かと教え込んでいるし、二人揃って何やってんだか……

 

 そのせいで響は陸軍系、未来は海軍系に興味を持つようになっているんだよねぇ。まぁ両軍の総司令をしている父親としては嬉しい、のかねぇ。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 ある程度基地を見回ってから、次に海軍の軍港を訪れた。

 

「わぁ……! すごい!!」

 

 今度は未来が目の前に広がる光景に眼を輝かせていた。

 

 大規模な近代化改装が施された戦艦や巡洋艦、駆逐艦が湾内に停泊しており、港には新鋭の『はるな型護衛艦』に『たちかぜ型護衛艦』『はつゆき型護衛艦』などの様々な新鋭護衛艦が停泊している。

 

「あれがあたらしい空母なんだ!」

 

 何より圧巻なのは専用の港に停泊している航空母艦らである。

 

 

 計8隻も居る航空母艦らはどれも装甲化されたアングルドデッキの飛行甲板を持ち、カタパルトも全て蒸気式を2基を搭載しており、艦橋には各種電子機器が搭載されている。

 

 そしてこの8隻の最大の特徴は全て艦載仕様の原子炉を持つ原子力航空母艦であることだろう。

 

 忘れがちだが、特爆は原子炉の開発過程で生まれた偶然の産物であって、その開発自体は中止になってはいないが、その原子炉の開発速度が特爆の開発によって向上したのは皮肉だろうか……

 

 そして完成した原子炉を使った発電所第一号は建設後無事に稼動し、現在も既存の発電所のいくつかを残して原子力発電所を建設中である。

 

 でもって艦船に搭載できるサイズまで小型化した原子炉の開発に成功し、その艦載型原子炉の試験艦『むつ』を建造し、様々なテストを重ねて実用化した原子炉を完成させた。

 

 そして原子炉を搭載する航空母艦『赤城型原子力航空母艦』2隻、『加賀型原子力航空母艦』2隻、『蒼龍型原子力航空母艦』2隻が建造され、これらを強化発展させた『翔鶴型原子力航空母艦』2隻が近々就役する予定で、3番艦と4番艦が近いうちに竣工する予定だ。

 ちなみに建造資材は先代の赤城型航空母艦に加賀型航空母艦、蒼龍型航空母艦、飛龍型航空母艦、翔鶴型航空母艦を順に退役してから解体し、それらから得た資材を建造に回している。

 

 

 各原子力航空母艦の艦載機は艦戦の烈風に艦爆の彗星、艦攻の流星、艦偵の彩雲、そして海軍の新鋭のジェット戦闘機『閃雷』である。

 

 閃雷の形状は『F-4ファントムⅡ』に酷似してカラーリングは零戦52型以降のものが施されており、その運動性能はジェット戦闘機としてはかなり高い上に攻撃機として運用ができる性能を持ち、最大でも各種ミサイルを4基搭載できる。

 内蔵武装は機首の新型20mm機関砲一基で、連射速度が従来のものとは比べ物にならない速度を誇る。

 

 ちなみに海軍や空軍では今も尚レシプロ機が現役で使用されている。

 

 なぜかと言うと、別にジェット機を使うまでも無い場面が多いのだ。

 

 かなりの近場への緊急発進はジェット機では速過ぎたり、対処しづらいと言うパイロットからの問題があって、その場合はレシプロ機が対応するというのは海軍ととある組織で少数であったのだが、ここ最近緊急発進の件数がかなり多いので予備役となっていたレシプロ機の運用を本格的にしたのだ。

 

 海軍の場合はジェット機への機種変更を頑なに拒んでいるパイロットが多く、長い説得にも全く応じず結局上が折れる形でレシプロ機の運用を続けているのだ。

 ってか海軍の場合理由がしょうもないって言うなよ。そのパイロット達の迫力っていうのが半端じゃないんだからな。

 

 とまぁそんなことがあってレシプロ機は今もなお近代化改装が施されて現役で空を飛んでいる。

 

 そのレシプロ機だが、近代改装が施されたことで既存の主力レシプロ機の性能は先の大戦時の倍以上の性能に向上しているので、ジェット機に引けを劣らない活躍を見せている。

 

 

「空母もすごいけど、やっぱり大和や紀伊がいちばんだね!」

 

 4歳になる娘の未来が停泊している大和型や紀伊型を見て興奮する。

 

「あぁ。近代化改装がされた分大きく変わってしまったが、まぁそれでもあの船が一番なのに変わりは無いな」

 

 新鋭の護衛艦に搭載されている武装や電子機器の一部を搭載するための近代化改装が施された大和型や紀伊型の他の軍艦の姿はかなり変わっている。

 特に大和型や紀伊型は副砲を『オート・メラーラ127mm砲』の形状をした127mm単装速射砲に、高角砲は全て『MK42 5インチ砲』の形状をした105mm単装速射砲に、一部機銃は撤去されて残りは形状をそのまま中身は新鋭の25mm三連装機関砲に換装されており、艦橋には各種電探を各所と煙突と艦橋の間のスペースに棒状のタイプを搭載しているので、パッと見るとかなり大掛かりな改造が加えられているのが分かる。

 

 

「? ねぇお父さん」

 

「何だ?」

 

「どうしてあの駆逐艦や巡洋艦はおなじところにあつめられているの?」

 

「あぁ……あれか」

 

 未来の指差す方向には、軍港の一角に集められた駆逐艦や軽巡、重巡が並べられており、俺はその姿を見て一瞬悲しい気分が過ぎる。

 

「役目を終えて、解体を待っているんだよ」

 

「かいたい?」

 

「バラバラにすることだ」

 

「……」

 

 それを聞き未来は悲しい表情を浮かべる。

 

「どうして? のこしておけないの?」

 

「あぁ。残念だが、あの艦達は改造しても性能向上は見込めないんだ」

 

 新鋭の護衛艦が次々と建造されている中、どうしても性能に低さが目立ち始めている型の古い駆逐艦や軽巡、重巡は近代化改装を施しても性能向上は見込めれず、それらは一部は退役しては解体されるか、グラミアムへ売却されているのだ。

 

 神風 Ⅱ型駆逐艦に睦月型駆逐艦、川内型軽巡洋艦、青葉型重巡洋艦がその型の古い軍艦に該当しており、今工廠ではネームシップ以外で最後の神風Ⅱ型駆逐艦が解体されている頃だろう。

 残されたネームシップは記念艦としてとある場所に移されている。

 

 ちなみに天龍型に古鷹型は姉妹艦が先の大戦で戦没しているので、その2艦もとある場所への移送準備が施されている。

 

(やっぱり、今まで戦ってくれた軍艦を解体するのは、悲しいものだ)

 

 特に最初期から共に戦った軍艦らとあって、気の引ける思いだ。

 

「だが、あの艦達が解体されて出た資源は今後建造される新鋭艦の糧になる。決して無駄にはしない」

 

「そうなんだ」

 

 しかしそれでも未来の表情に変化は見られない。

 

(品川め。未来に何を吹き込んだんだ)

 

 自分は休暇中の身であっても以前とは別の場所に移設した総司令部で仕事をしている品川に文句を向けずにはいられなかった。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 所変わって海中……

 

 

 

 本土から22海里以上の海域、扶桑海軍の新鋭潜水艦『うずしお型潜水艦』の1番艦『うずしお』、3番艦『いそしお』、5番艦『くろしお』、6番艦『たかしお』が艦と艦の間を大きく空けて陣形を組み、海中を静かに航行していた。

 

 

「あ~、あっちぃし暇だな~」

 

 その中のくろしおの艦内、電子パネルの光のみの薄暗いブリッジでかつて潜水艦伊58の艦長をしていた女性艦長は海上自衛隊の制服のデザインに似た海軍の新制服の襟を持ってばたつかせて風を起こす。

 

「そう言わんでくださいよ、艦長。こうした哨戒任務も我々の得意分野じゃありませんか」

「それに以前と比べれば空調が利いているじゃないですか」

 

 副長は苦笑いしながらそう答える。

 

 以前の伊号潜水艦と比べると空調が付いている最近の潜水艦はまさに潜水艦乗りにとっては天国と言えるだろう。

 

「そうは言っても、暇なものは暇なんだよ。まぁ暇なことは平和で良いんだがな」

 

 苦虫を噛んだかのような表情を浮かべて首を鳴らす。

 

「とは言っても、帰っても暇なだけだよなぁ」

 

 潜水艦による哨戒は数隻一組で構成して一回につき一週間行われ、その後次の班の艦隊と交代して港へ帰還するという流れとなっている。

 そして彼女は帰っても何かがあるわけでもないので、暇でしょうがないのだ。

 

「なぁ副長。帰ったら私と付き合うか?」

 

「いくらなんでも唐突過ぎるでしょう、それ」

 

「だよな~」

 

 彼女は冗談のつもりで言ったのだろうが、言われた側には少しドキッとする内容ゆえに副長は頬を赤くし、周りではニヤニヤとしている。

 

「……何か面白いことでも起きないものかねぇ」

 

「縁起でもないこと言わないでくださいよ。本当に何か起きたらどうするんですか」

 

 副長は苦笑いを浮かべる。

 

 

 

 

 しかしメタい話、人はそれをフラグと呼ぶのだ。

 

 

 

 

「ん?」

 

 聴音機に着いていた聴音手はヘッドフォンを片方の手で押さえつけてもう片方で聴音機の感度を上げる。

 

「これは……艦長!」

 

「どうした?」

 

「2時の方向距離は大体7km先でスクリュー音を捉えました!」

 

「何?」

 

「味方艦ではないのか?」

 

「それが、スクリュー音にエンジン音が微妙に違います。何よりこの辺りに味方は随伴艦以外はいませんよ」

 

「……」

 

『……』

 

 副長を含めた全員が艦長をジト目で見る。

 

「な、何だその目は?」

 

「あーあ。艦長がフラグめいたこと言うから」

 

「俺はしーらないっと」

 

「う、うるさいうるさい! 誰だって考えていることだ! 私のせいじゃないぞ!」

 

「だからって口にすることじゃないんじゃないですか?」

 

「艦長日頃そういうことばかり言っていますからねぇ」

 

「口は災いの元って言うけど、ホントなんですねぇ」

 

「ぐぅ……」

 

 事実故に艦長は言い返せれなかった。

 

「と、とにかくだ! 潜望鏡深度まで浮上! 接近しつつ正体を確認する! 随伴艦にも打電しろ!」

 

『了解!』

 

 顔を赤くしつつ艦長は指示を飛ばして船員はすぐさま行動を起こす。

 

 

「機関停止! 潜望鏡上げ!」

 

 艦長の号令でくろしおの機関が停止して潜望鏡が海面へ突き出る。

 

「さてと、何が見えるかな」

 

 制帽を前後逆にして潜望鏡を覗く。

 

 空は雲がちらほらある晴れで、視界は良好であった。

 

「こっちにはいないか」

 

 左に旋回して何も無いのを確認した後、右に旋回させる。

 

「っ!」

 

 そして潜望鏡から見えた光景に艦長は目を見開く。

 

「な、なんだよあれ」

 

「艦長?」

 

「副長も見てみろ!」

 

 艦長と代わって副長が潜望鏡を覗く。

 

「か、艦隊!? しかも何だあの数は!?」

 

 その視線の先には多くの軍艦が陣形を組んで航行していた。

 

「うずしおより入電! 艦隊は見たことの無い国旗を掲げていると!」

 

「知っている国の艦隊、じゃないのか」

 

「……」

 

「艦長」 

 

「分かっている。潜望鏡下ろせ! 急速潜航! 至急総司令部に打電だ!」

 

「了解!」

 

 通信手はすぐさま暗号電文にて総司令部へ打電する。

 

「静かに後を追うぞ。もし何かあった場合は」

 

「えぇ。準備はさせておきます」

 

 副長は魚雷室へ魚雷装填を指示する。

 

「……」

 

 そうして潜水艦隊は密かに国籍不明艦隊の後を追う。

 

 

 

 

 



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五十三話 国籍不明の艦隊

 

 

 

「っ! これは!……辻陸軍長官!」

 

「どうした?」

 

 以前の場所から別の場所に新設された総司令部の司令室では国籍不明艦隊の発見の報告が入り、オペレーターが陸上自衛隊の軍服に似たデザインの扶桑陸軍の新軍服に身を包む辻を呼び、彼女は目を通していた報告書から目を離して顔を上げる。

 

「哨戒中の第二潜水艦隊からの報告です! 警戒水域に侵入した国籍不明艦隊を発見せりとのことです!」

 

「国籍不明の艦隊だと」

 

 辻の表情に緊張が走る。

 

「国旗を確認して間違いなかったのか?」

 

「はい。グラミアム王国、バーラット共和国。その他の国々のどれにも該当する国旗ではなかったとのことです!」

 

「……」

 

「現在潜水艦隊は国籍不明艦隊を追尾して監視しているとのことです」

 

「……すぐに海軍省の品川海軍長官を呼べ」

 

「ハッ!」

 

 

 しばらくして空気が抜けるような音とともに司令室の扉が開き、海上自衛隊の軍服に似たデザインの扶桑海軍の新軍服に身を包む品川が入室する。

 

「お前が私を呼んだということは、恐らく潜水哨戒艦隊の報告だろうな」

 

「あぁ。何か分かったのか?」

 

「艦隊の規模の詳細は不明だが、少なくとも大型艦が10隻近くいるようだ」

 

「10隻か。多いな」

 

「それと未確認だが、その中の数隻は戦艦が占めるようだ」

 

「……普通に海戦ができる数だな。それで、海軍はどうしている?」

 

「既に柱島に駐留する尾張を旗艦とする第二艦隊を向かわせるように指示を出している」

 

「そうか」

 

 辻はすぐにオペレーターの方を向く。

 

「休暇中の総司令には悪いが、来ていただかなければな」

 

「あぁ」

 

「それと艦隊の規模を詳細に調べなければならない。大型艦が居る以上空母もいる可能性がある」

 

「なら空軍(・・)の偵察機で調べさせるか」

 

「それしかないな」

 

 二人の口から出た空軍とは、先の戦争の終戦から1年後に陸軍航空隊と海軍陸上航空隊を陸軍と海軍から切り離し、その二つを統合して『扶桑空軍』を設立した。

 

 陸軍航空隊と海軍陸上航空隊に分けて運用していた爆撃機や局地戦闘機を空軍で纏めて運用した事で問題視されていた運用が解決し、陸軍は陸上兵器運用に、海軍は艦上航空機運用に専念できるようになった。

 空軍では局地航空機を集中運用し、更に独自の地上での運用を想定した戦闘機を開発している。

 

 とはいうものも、現在空軍のやることと言えば、時折飛来する飛行型魔物を迎撃するために出撃しているのがほとんどで、たまにとある事情で各地に派遣されることもある。

 

「直ちに空軍に緊急発進要請! それと総司令の電話に繋いでくれ」

 

「はっ!」

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「っ! 木下空軍長官!」

 

「は、はい!」

 

 前司令部の敷地内にある飛行場の司令室でオペレーターから呼ばれた女性が慌てて返事を返す。

 

 背丈は低いが、その体格に不釣合いなスタイルの持ち主で、航空自衛隊の軍服に似たデザインの扶桑空軍の軍服を身に纏い、腰まで伸びている黒い髪を三つ編みにしてメガネを掛けている。

 

 扶桑空軍の設立により長官職に就いた『木下(きのした)摩耶(まや)』は以前までは元陸軍航空隊の管理者の副官をして、同時に辻の副官も務めていた。その縁あってか彼女が推薦して今の職に就いている、らしい。

 

「総司令部より航空隊に緊急発進要請です! 警戒水域に侵入した国籍不明の艦隊を偵察せよとのことです!」

 

「国籍不明の艦隊?」

 

「先ほど哨戒中の潜水艦隊より連絡があり、現在艦隊を密かに追尾中のことです」

 

「……」

 

 木下は一瞬間を空けるも、すぐに指示を出す。

 

「緊急発進警報発令! 直ちに第一航空隊は発進準備に取り掛かってください!」

 

「ハッ!」

 

「あと、万が一のことがあります。早期警戒機を出して迎撃機と攻撃機の発進準備も整えてください」

 

 木下の指示でオペレーター達はすぐさま作業に入る。

 

 

 すぐに飛行場のスピーカーより警報が発せられ、扶桑空軍主力のジェット戦闘機『F-1戦闘機』が格納庫にて偵察装備を施して増槽を取り付け、滑走路へ入ってきて発進準備を整える。

 それと同時に万が一に備えて迎撃戦闘機『震電改』、攻撃機『雷龍』が各装備を施して格納庫より出されて滑走路の傍に駐機される。

 

 震電改はジェットエンジンに換装した上で近代化改装を施した機体で、現時点空軍の中で使用される機体としては最も型の古い戦闘機だが、上昇能力と速度はF-1以上の性能を持っており、今でも迎撃機として空軍に配備されている。

 

 雷龍はジェット攻撃機火龍を強化発展させた機体で、機体サイズは更に一回りほど大きくなって爆装量が増加して全体的な性能は火龍とは比べ物にならないが、他の戦闘機と比べると速度は少し遅い。

 ちなみに雷龍は『水龍』という名前で艦上攻撃機として海軍でも採用されている。

 

 滑走路に出てきた2機のF-1のジェットエンジンの出力が上がると同時に音も大きくなり、機体がゆっくりと前に進み出す。

 そしてスピードが出てきてそのままF-1戦闘機2機は滑走路から飛び上がって空へと舞い上がる。

 

 その後に早期警戒機『E-2C 鷹目』が飛び立ち、他に艦隊が居ないかを確認するために周辺海域の警戒に入る。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「ん?」

 

 リアスと子供達と一緒に歩いている俺はジェットエンジンの音がする方向に向き、飛行場から飛び立つF-1戦闘機は見上げる。

 

「空軍のF-1か」

 

「またスクランブルですか?」

 

「だろうな。ここ最近は少なくなったと思ったんだが……」

 

 ここ数ヶ月扶桑周辺では飛行型の魔物の出没件数が増えて空軍や陸軍がその対処に追われていたが、最近は少なくなっているはず。

 

 だが、俺はF-1戦闘機が飛び立った方向を見て首をかしげる。

 

(ん? 海に向かって緊急発進?)

 

 これまで空軍は飛行型魔物の迎撃のために発進していたが、基本それは内地に向かってであり、海に向かっては珍しかった。

 

 

 

 そのとき、ズボンのポケットに入れている軍関係で使用する携帯電話が着信音を発するのを確認し、取り出して電話に出る。

 

「俺だ」

 

『休暇中で申し訳ありません、西条総司令』

 

「辻か。どうした?」

 

『すぐに総司令部にお越しください』

 

「……何があった」

 

 辻の緊張した声から俺はただごとじゃないと察する。

 

『ハッ。実は先ほど哨戒中の潜水艦隊から報告があり、国籍不明の艦隊が警戒水域に侵入し、扶桑に接近中とのことです』

 

「国籍不明の艦隊だと」

 

『艦隊の規模の詳細は分かりませんが、かなり規模の大きいものだと思われます』

 

「……」

 

『現在空軍のF-1が緊急発進をして偵察に向かっています』

 

「それで海の方へ飛んでいったのか」

 

『はい』

 

「それで、海軍は?」

 

『柱島に駐留する第二艦隊が向かいます』

 

「そうか。分かった。今からそっちに向かう」

 

 電話を切り、リアスを見る。

 

「すまないリアス。子供達と先に家に帰ってくれ」

 

「何かあったんですか?」

 

 俺の様子からかリアスの表情に不安の色が浮かぶ。

 

「あぁ。どっかの国の艦隊がこっちに向かって来ているようだ。さっきのF-1はその艦隊の偵察の為に出撃した」

 

「……」

 

「俺は今から総司令部に向かう。子供達を頼む」

 

「は、はい。気をつけてください」

 

「あぁ」

 

 

「お父さん」

 

「……」

 

 響と未来は不安な表情を浮かべる。

 

「すまないな。お父さん仕事が入ったから今から司令部に行かなきゃならない」

 

「……」

 

「今度休みになったら、たくさん遊ぼうな」

 

「う、うん」

 

「行って、らっしゃい」

 

「あぁ。行ってくる」

 

 そう言ってからリアスに軽く頷き、彼女も頷いたのを確認してから通りがかったタクシーを呼び止めて乗り込み、総司令部を目指す。

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 所変わり、扶桑を目指している艦隊へ……

 

 

 

 艦隊は輪形陣にて航行しており、中央にはモンタナ級戦艦1隻、その周囲をアイオワ級戦艦6隻、その後方にヨークタウン級航空母艦とレキシントン級航空母艦が2隻ずつ計4隻、更にその周囲をニューオーリンズ級重巡洋艦とアトランタ級軽巡洋艦、フレッチャー級駆逐艦数十隻が囲っている。

 

 

 

「予想が正しければ、間も無く扶桑が見えてくるはずです」

 

「そうか。引き続き対空、対潜警戒を厳にせよ。但し、攻撃は厳禁だ」

 

「了解」

 

 艦隊の中央を航行する戦艦『モンタナ』の艦橋で、艦長が男性に対して敬礼をして持ち場に戻る。

 

「しかし、大丈夫でしょうか?」

 

 男性の隣に立つ狐耳を持つ獣人の女性ことクリスは不安げな表情を浮かべる。

 

「潜水艦が今もなお本艦隊を追跡している状況では……」

 

「……首元にナイフを突きつけられている状況なのは分かっている」

「だが、俺たちは戦いに来たんじゃない。ここで潜水艦を沈めてしまえば、ここまで来た意味が無い」

 

 周囲を警戒している駆逐艦から潜水艦発見の報告が入り、艦隊を追尾しているとのことだ。駆逐艦数隻が迎撃に向かおうとしたが、迎撃は厳禁と命令を下して戻させた。

 

「しかし、相手が撃ってこないとも限りません。もし撃たれたら……」

 

「撃っているなら、もう撃っているさ」

 

「……」

 

「まぁ、今は撃たれないことを神にでも祈るしかないな」

 

「……」

 

 クリスは深くため息を吐く。

 

(できれば、一戦交える事態にならなければいいが……)

 

 男性は内心呟き、窓から外の景色を眺める。

 

「それでクリス。準備はできているか?」

 

「一応できていますが……」

 

 と、困惑した表情を浮かべる。

 

「しかし、本当に行くのですか?」

 

「あぁ」

 

「何も大統領自らでなくても、誰かに任せれば「それじゃダメなんだ」……」

 

 男性はクリスの言葉を遮って黙らせる。

 

「これは俺がやらないといけないんだ。他の者には任せられない」

 

「……大統領」

 

「すまないな。こればかりは、誰にも譲れん」

 

「……」

 

 

 

 

 

「やつら、どうも本国を目指しているようだな」

 

 艦隊を追跡するうずしお型潜水艦4隻の中のくろしおの艦橋では艦長が潜望鏡を海面に突き出させて艦隊を見ながら呟く。

 

「どうします? 全艦魚雷の発射準備は完了していますが」

 

「……」

 

 副長の言葉を聞き艦長は静かに唸る。

 

「もう少し様子を見る。速度と距離は維持しつつ追跡だ。随伴艦にもモールスで伝えろ」

 

「了解」

 

 副長は艦長の指示を通信手に伝え、随伴艦に伝達する。

 

「……」

 

 艦長は再度潜望鏡に目を向け艦隊を監視する。

 

(駆逐艦が迎撃のためにこっちに向かってこようとしたが、すぐに引き返したところを見るとどうやら交戦の意思は無さそうだけど)

 

 少し前に艦隊の駆逐艦からのソナー音を探知し、数隻の駆逐艦がこっちに向かってきたが、直後に駆逐艦は反転して艦隊に戻った。

 

(かといって、あんな過剰戦力で対話的な何かをするために行くものじゃないわよね)

 

 いったいどこに空母や戦艦を持ち出して対話に向かう国があるのやら。

 まぁ向こうが対話を目的にしているなんて、そんなことは扶桑に知る由も無いのだが……

 

 

 

 

 



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第五十四話 接触

投稿が大変遅れてしまって申し訳ございません。ここ最近仕事が忙しく、しかもシフトが深夜続きですから昼間がかなり眠く、ただでさえモチベが悪いのに中々書く気が起きませんでした。
まぁ他には艦これの秋イベ関連ですかねぇ。夏イベの時は途中で断念でしたので今回は気合を入れていきました(夏より難易度は結構低かったですが)。
新艦娘はグラーフ・ツェッペリンを無事に艦隊に迎え入れられたので良かったです
え?プリンツ・オイゲン?ローマ?嵐?いえ知らない子ですね……




 

 

 

 あの後タクシーで移動して司令部のある基地前に到着した俺は代金を支払ってすぐに司令室に向かう。

 

 

「状況はどうなっている」

 

 司令室に入ると職員達が慌ただしく動き回っており、俺は品川と辻に聞く。

 

「ハッ。国籍不明艦隊は現在も警戒水域を進行中。後4時間で第二艦隊が接触します」

 

「飛び立った空軍のF-1も間もなく艦隊を捉えるはずです」

 

 品川と辻の二人の報告を聞き、俺は軽く頷く。

 

「それで、艦隊の構成は? 戦艦が多く居るとここに来ながら聞いたが」

 

「ハッ。最新の情報では空母と思われる艦船が4隻、戦艦が7隻、その他巡洋艦と駆逐艦が数十隻とのことです」

 

「……戦争でもするつもりか?」

 

 まぁ実際にするには少ないだろうが、海戦をするには十分な数だ。

 

「相手がそのつもりかどうかは分かりませんが、艦隊の動きに不審な点があります」

 

「なんだ?」

 

「先ほど追跡中のうずしお型潜水艦4隻の中の1隻からの報告ですが、艦隊周囲の駆逐艦が潜水艦隊に向かってきていたようです」

 

 まぁ潜水艦の迎撃のためだろうな。

 

「しかし、その直後に駆逐艦は転舵して艦隊に戻ったそうです」

 

「ん? 迎撃に向かっていながらなぜ戻る必要が?」

 

「それは分かりません」

 

「……」

 

 相手の意図が分からんな。

 

(侵略のために来たんじゃないのか?)

 

 

 

「お、遅くなりました!」

 

 と、司令室の扉が開いて空軍長官の木下が入る。

 

「遅い! 何をやっていたのだ!」

 

「も、申し訳ございません! 渋滞に巻き込まれた上に車がエンストしてしまって、ここまで走って参りました!」

 

 辻に怒鳴られ木下は敬礼をして姿勢を正す。

 

 額に汗を掻いて息を荒げている様子からそうなのだろう。

 

 と言うか木下はやたらと不幸な場面に遭っている気がする。

 

「まぁいい。だが、次は気をつけろ」

 

「は、はい!」

 

 ギロリを睨みつけられ木下はビクッと身体を震わせる。

 

 

「総司令! F-1戦闘機が国籍不明艦隊の上空に到着! 映像が来ます!」

 

 と、司令室の壁に埋め込まれたモニターに映像が映し出される。

 

「これは……」

 

「……」

 

 モニターの映像に俺たちは息を呑む。

 

 艦隊の規模は大きいと聞いていたが、聞くのと見るのとでは色々と違う。

 

 だが何より俺は戦艦群を見て驚きを隠せられなかった。

 

(アイオワ級、だと。それに中央の戦艦は……モンタナ級、なのか?)

 

 間違いがなければ戦艦のほとんどはアメリカ海軍が建造した最大の戦艦であり、戦後数十年活躍したアイオワ級戦艦と対大和型戦艦として計画のみで終わったアイオワ級戦艦を超える『モンタナ級戦艦』と思われる。

 

(だが、なぜアメリカの軍艦がこんなところに)

 

 この世界には存在しない軍艦。ましても建造すらされていない戦艦が居るのだ。

 

(いったい、どういうことなんだ)

 

 

「総司令。軍艦のマストに国旗と思われる旗が」

 

 辻が映像を見て声を上げて俺はスクリーンに目を向ける。

 

「っ!?」

 

 俺はその国旗を見て絶句する。

 

 アメリカの国旗に酷似しているが、星の数は大きいのがたった一つだけになっており、青い部分も若干大きくなっている。

 

(リベリアン合衆国の……国旗だと)

 

 国旗を見た瞬間その国旗がどこの国のものかが脳裏に過ぎる。

 

 それはこの世界に来る前に俺がしていた『Anothr World War』内で扶桑国と同様そのゲーム内の仮想国家の一つ。扶桑国が大日本帝国をモデルにしているのに対してリベリアン合衆国はアメリカ合衆国をモデルにしている。

 そしてゲーム内に登場する仮想国家はモデルは共通だが国の名前はそれぞれのユーザーが決めるので同じ名前の仮想国家はない。

 

(な、何であの国がこの世界に?)

 

 ふと俺の脳裏に、かつての戦友の顔が過ぎる。

 

(まさか、お前もこの世界に来ているのか……トーマス?)

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 扶桑を目指す艦隊は今もなお速度を緩めることなく海域を進んでいた。

 

 

「それで、上空に現れた航空機はどうなった?」

 

「ハッ。数十分ほど艦隊上空を滞空していましたが、しばらくして立ち去りました」

 

 男性の問いにクリスが報告内容を伝える。

 

 艦隊の方でも偵察に来ていたF-1の存在をレーダーで捉えていたが、しばらくして立ち去っている。

 

「恐らく艦隊の規模を調べる偵察のためでしょうね」

 

「だろうな」

 

「対空警戒はしておきますか?」

 

「あぁ。但し、警戒のみだ。迎撃機は飛ばすな」

 

「分かりました」

 

 クリスは頭を下げて艦長に指示を飛ばす。

 

(しかし、ジェット機か。扶桑の技術力はかなり進んでいるな)

 

 男性は腕を組んで静かに唸る。

 

(となると、弘樹は俺たちより先にこの世界に来ているのか?)

 

 

 

『ウイングよりブリッジ! 前方距離9万! 接近する艦隊を発見!』

 

 男性が悩んでいると、ウイングの監視員より報告が入り、ブリッジに緊張が走る。

 

「来たか」

 

 男性は立ち上がり、窓の前に近付き艦長より借りた双眼鏡を覗く。

 

 水平線の向こうに、黒点が一つ見える。

 が、よく見るとその黒点の左右にもかなり小さな黒点も見える。

 

(この距離であんなに大きな黒点。となるとあれが噂に聞く扶桑のモンスター級か)

 

 内心でそう呟きながら後ろを振り向く。

 

「艦長。各艦に通達。相手が撃ってきても応戦は厳禁だ」

 

 ブリッジに居る面々は男性の指示に息を呑む。

 

 一応事前にこの指示は伝えられているので反対する者は居ないが、いざその場面になると不安は隠せない。

 何せいつ向こうが撃ってくるか分からない状況で何も出来ず、攻撃を受けても反撃できないのだから、無理も無い

 

「では、ここは任せるぞ」

 

 男性が席から立ち上がり、ブリッジを後にする。

 

「……」

 

 クリスはしばらく悩んだ末に、男性を追うようにブリッジを後にする。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 柱島から出撃した第二艦隊は国籍不明艦隊を捉え、接近していた。

 

 

 中央に戦艦尾張、他に戦艦陸奥と1隻の計3隻、更なる近代化改装が施された装甲空母信濃に大鳳、大峰の3隻、その他巡洋艦と駆逐艦10隻で構成されている。

 

 陸奥の隣を航行しているのは戦艦長門に酷似しているが、全く別物の戦艦である。

 

 先の大戦で大破した長門は何とか修復できないか検討されたが、艦内部に張り巡らされた配線が熱によって全滅。装甲全体も同じく熱によって使い物にならなくなっている上に艦内部の全体が脆くなっているとあって、修復と言うよりもはや新造に近い修理を行わなければならない状態であった。そのため、いっそのこと新造艦を作ったほうが手っ取り早いということになり、1番艦長門は解体されて長門型戦艦の3番艦として新造艦が建造された。

 外見こそ一部を除き戦艦長門と瓜二つだが、船体の大きさは長門より一回りほど大きく新設計の50口径41サンチ連装砲を4基8門を搭載し、中身は同型艦の陸奥とは比べ物にならない程に最新鋭の電子機器や機構が詰め込まれているので、書類上は同型艦というより準同型艦となっている。

 

「艦長。間も無く国籍不明艦隊を捉えるはずです」

 

「そうか」

 

 尾張の艦橋では副長の報告に艦長が軽く頷く。

 

「航空隊の発進準備は?」

 

「すでに信濃、大鳳、大峰の航空隊は発進準備を整えています。後は命令のみです」

 

「うむ」

 

 艦長は手にしている司令部より送られた命令書に視線を向ける。

 

『国籍不明艦隊と接触しても、向こうが手を出すまで攻撃を厳禁とする』

 

「向こうが手を出すまで攻撃を厳禁か」

 

「まぁ向こうもこちらから手を出さなければ攻撃してこないでしょうが、これでは先手を打たれるのは確実ですね」

 

「……」

 

 

「戦闘指揮所より報告! 電探に感あり! 距離8万! 艦隊を捉えました!」

 

「来たか」

 

 艦橋の直下にある戦闘指揮所からの報告が入り、昼戦艦橋内に緊張が走る。

 

「全艦! 臨戦態勢を取れ!」

 

「ハッ! 全艦臨戦態勢を取れ!」

 

 艦長の命令を復唱して副長が艦全体に伝えると鐘が鳴り響く。

 

 

「っ? 艦長! 戦闘指揮所より更に報告! こちらに接近する物体を探知!」

 

「何? 数は?」

 

「それが、一つだそうです」

 

「一つ、だと?」

 

 艦長は思わず声を漏らす。

 

「どういうことでしょうか?」

 

「……」

 

 艦長はすぐに無線機を手にして問い掛ける。

 

「戦闘指揮所。本当に一機なのだな?」

 

『ハッ!大きさは航空機と同じぐらいです!』

 

「航空機か」

 

 艦長はボソッと呟き、副長と共に戦闘指揮所へと移動する。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「いくらなんでも、普通こんな方法思い付きませんよ」

 

「かもな」

 

 扶桑海軍の第二艦隊に接近しているのは、戦艦モンタナより飛び立った水上機『OS2U キングフィッシャー』であり、コクピットの後部機銃席に座るクリスが男性に問い掛けると短く返す。

 

「これじゃ撃ち落とされる確率が高いですよ」

 

「かといって艦隊ごと接近すれば向こうが撃ってこないとも限らない。それが常に潜水艦につけられているのなら尚更だ」

 

「……」

 

「そういうお前も、無理に付いてこなくても良かったんだぞ」

 

「……大統領を……いえ、トーマを死なせたくありません」

 

 哀愁の漂う声でクリスはそう口にする。

 

「クリス……」

 

 

 

 

「水上機、だと」

 

 望遠カメラで捉えた映像が戦闘指揮所の壁に埋め込まれた液晶画面に映し出され、そこに1機の水上機の姿が映されて艦長は思わず声を漏らす。

 

「たった1機で。いったい何を?」

 

「……」

 

 モニターを眺めていると、水上機は機体を左右に振り始める。

 

「バンクですね」

 

「敵意は無い、ということか」

 

「どうします?」

 

「……」

 

 艦長はどうするか悩んで静かに唸る。

 

「このままでは艦隊と接触します、艦長」

 

「……」

 

 

「全艦に伝え。水上機に対する攻撃は一切禁ずる」

 

「か、艦長!?」

 

「他艦にもそう伝えよ」

 

「で、ですが!」

 

「何かあった場合の責任は俺が取る」

 

「……」

 

 

 

「……トーマ」

 

「あぁ」

 

 しばらくして二人の乗るキングフィッシャーは艦隊の上空へと辿り着き、全体を眺めていく。

 

「やはり、あれが扶桑海軍のモンスター級か」

 

 二人の視線の先には、戦艦尾張がその圧倒的な存在感を醸し出している。

 

「何て大きさなの。現時点ではリベリアン最大の軍艦のモンタナ級を遥かに凌駕している。それに主砲の口径、明らかに16インチを、下手をすれば18インチを超えています」

 

「戦艦もそうだが、空母もこちらより上を行っているな」

 

 男性の視線の先には信濃と大鳳、大峰の姿があった。

 

「(もう戦後の空母だよなあれ……)しかし、ジェット艦上機を既に実戦配備しているとはな」

 

「……」

 

(ホント、あいつに喧嘩を売らなくて良かったと思うよ)

 

 苦笑いを浮かべつつ操縦桿を傾けて尾張へと向かう。

 

 尾張の上空に着くと操縦席の右側にあるレバーを後ろに引き、翼に装着されている細長い筒状の物体……通信筒が外されて尾張の甲板へと落ちていく。

 

 

「な、何だ!?」

 

「爆弾か!?」

 

 尾張の甲板では落ちてくる通信筒を見て甲板要員が爆弾と勘違いして慌てふためいてとっさに床に伏せる。

 

 通信筒は尾張の甲板に落ちると一回跳ね上がってそのまま甲板に落ちる。

 

「?」

 

 しかしいつまで経って通信筒には何も起きず、一人が恐る恐るそれに近付く。

 

「これは、通信筒か?」

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「……」

 

 その後通信筒に爆発物が有無の確認をしてから戦闘指揮所に運ばれ、通信筒の中に入っている電文を艦長が読んでいる。

 

「何と書かれていますか?」

 

「『貴艦への乗艦を許可を願いたい。リベリアン合衆国大統領トーマス・アルフレッド』だそうだ」

 

「リベリアン合衆国? 聞き覚えがありませんね」

 

「うむ」

 

 艦長は静かに唸りながら文章を読み返す。

 

「どうしますか?」

 

「……」

 

 

 

「光信号で乗艦を許可すると伝えろ」

 

 艦長は悩んだ末にそう判断した。

 

「よろしいのですか?」

 

「攻撃される危険があると承知の上で来たのだ。それほど大事なことがあるのだろう」

 

「……分かりました」

 

 副長はすぐに昼戦艦橋へ指示を伝える。

 

 

 

「『ジョ・ウ・カ・ン・ヲ・キョ・カ・ス・ル。ホ・ン・カ・ン・ノ・フ・キ・ン・ニ・チャ・ク・ス・イ・セ・ヨ』か」

 

 尾張の元防空指揮所ことウイングよりサーチライトの光信号による指示が男性ことトーマスに伝わる。

 

「クリス。これから着水する。少し揺れるぞ」

 

「はい」

 

 トーマスは操縦桿を傾けて高度を下げ、海面に近付いていく。

 

 慎重に機体を操作しながらフロートを海面に着水させ、その際に機体が揺れるもバランスはそのまま保たれ海面を滑っていく。

 

「しかし、近くだと本当に大きいな」

 

「……」

 

 尾張の大きさを改めて体感しながら船体の付近まで近付くとエンジンを止めて風防を開ける。

 

 

 それからして尾張の艦尾で止まるとジブクレーンによって機体が引き揚げられ甲板に上げられる。

 

「……」

 

 二人が機体から降りて甲板に立つと、甲板には小銃を構えた陸戦隊が待ち構えていた。

 

(まぁ、警戒して当然か)

 

 トーマスはそう内心で呟きながら抵抗の意思がないことを示すために両腕を上げるとクリスも続けて両腕を上げる。

 

 陸戦隊は二人の身体検査を行い、銃器や危険物が無いのを確認した後に後方に待つ艦長に報告し、艦長は二人のもとにやってくる。

 

「扶桑海軍戦艦尾張艦長の松下遼大佐だ」

 

 尾張艦長の松下大佐は二人に向けて海軍式敬礼をする。

 

「先ほどの通信筒にもありましたでしょうが、私はリベリアン合衆国大統領、すなわち国の長であるトーマス・アルフレッドと申します。こちらは秘書官のクリスです」

 

 そう言うとトーマスは頭を下げ、クリスも頭を下げる。

 

「大統領自らが来るとは思いもしませんでしたね」

 

「それほど重要なことですから」 

 

「そうですか。では、率直にお伺いしましょう」

 

 松下艦長は間を置いて口を開く。

 

「トーマス大統領。あなたは……リベリアン合衆国が我が扶桑国にやってきた目的とは」

 

「……」

 

 

「俺たち、いや、我々の目的は……扶桑国と、西条弘樹総理との対話を求めたい」

 

 トーマスは松下艦長の顔を見ながらそう伝えた。

 

 

 

 

 

 



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第五十五話 かつて争った者たち

あけましておめでとうございます。今年も異世界戦記をよろしくお願いします。


 

「総司令! 第二艦隊旗艦尾張より入電です!」

 

 それからして司令部に尾張からの電文が届く。

 

「内容は?」

 

「ハッ! 第二艦隊が国籍不明艦隊と接触。不明艦隊はリベリアン合衆国に属し、国の長である大統領の名前はトーマス・アルフレッドと申しております」

 

「リベリアン……」

 

「合衆国」

 

 品川と辻は順に呟く。

 

(やはり、か)

 

 俺は国と大統領の名前を聞き、確信を得た。

 

「なお、その国の大統領であるトーマス・アルフレッド氏は我が扶桑国と、総司令と対話を求めたいとのことです」

 

「総司令と?」

 

「……」

 

「……」

 

(俺とか。いったい何だ?)

 

 

「それと……」

 

「何だ?」

 

「最後に一言があるのですが」

 

 なぜかオペレーターは言いづらそうな雰囲気を出す。

 

「なら早く報告しろ」

 

「は、はい」

 

 戸惑いながらもオペレーターは最後の一言を読み上げる。

 

「『映画館で食べるポップコーンの味は塩で決まりだよなJK』と」

 

「……は?」

 

「何だそれ?」

 

「え……?」

 

 品川と辻、木下は意味の分からない一言に不審に思うも、一人だけは違った。

 

(もう間違いないな)

 

 俺はその一言に苦笑いを浮かべる。

 

 

 

「品川」

 

「ハッ」

 

「すぐに二式飛行艇を準備してくれ」

 

「? 分かりました」

 

 品川はすぐさま近くの電話を取り海軍基地に連絡を入れる。

 

「やはり、行くのですね」

 

「あぁ」

 

「え、えぇと、総司令? まさかと思うのですが、あの艦隊へ行かれるのですか?」

 

 辻はもはや留める気は無く、木下は戸惑いを見せる。

 

「向こうが対話を求めているのなら、それに応えてやらんといけないだろ?」

 

「い、いや、相手は全く未知の国なんですよ? そんな国の言葉に耳を貸すなんて」

「大体、罠だって可能性があるんですよ?」

 

 まぁ本当なら彼女の言うことがもっともだろう。

 

「心配は無い。恐らく罠ではないだろう」

 

「な、なぜそうと?」

 

「……知っているからだ」

 

「……?」

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その後用意された二式飛行艇に乗り込んだ俺たちはリベリアン合衆国艦隊と第二艦隊が居る海域へと向かう。

 

(しかし、まさかこの世界でトーマスと再会するとはな)

 

 機内から聞こえる発動機の音を聞きながら、窓から覗く景色を見ながら俺は内心呟き、トーマスの顔を思い出す。 

 

(あいつがアメリカに帰ったあの日以来か)

 

 昔のことを懐かしんでいると、両艦隊が見えてきた。

 

(しかしこう見ると凄いものだな)

 

 パッと見るなら第二次世界大戦時の日米の艦隊が近くで停泊しているという、何も知らない人が見ればある意味異様な光景が広がっている。

 

(現実だと見られない光景だな)

 

 内心で呟いていると、二式飛行艇は高度を下げて艦隊へと接近し、尾張の近くに着水する。

 

(しかし、トーマスはいったい何をしに来たんだ。と言うか、どうやって俺が居るというのを知ったんだ)

 

 尾張の内火艇が近付いてくるのを見ながら、そう内心で呟く。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所は変わって尾張艦内。

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 トーマスとクリスの二人は会議室にて弘樹が来るのを祈っていた。 

 

「しかし、その人は来ますでしょうか?」

 

「分からんな。向こうが信じてくれるかどうか」

 

「……」

 

「あいつなら最後の一言で俺だって分かってもらえるはずなんだがなぁ」

 

「あんなふざけた一言で分かるのですか? 私には理解できないのですが」

 

「……」

 

 クリスの鋭いツッコミに言葉を詰まらせる。

 

 

 

 すると会議室の扉が開いて松下艦長が入ってくる。

 

「長らくお待たせして申し訳ありません。先ほど総司令が到着いたしました」

 

「そうですか」

 

 トーマスは席から立ち上がって気を引き締め、クリスもすぐに立ち上がる。

 

 松下艦長が一旦会議室を出てから少しして、弘樹と品川が入ってくる。

 

(弘樹)

 

(トーマス)

 

 二人はお互いの顔を見た瞬間、最後の時と変わらない友人と数年ぶりの再会に喜びたかったが、何とか内心に留めて平常心を装う。

 

「初めまして。自分が扶桑国陸海空軍総司令官兼総理、西条弘樹です。こちらは扶桑海軍司令長官の品川愛美大将です」

 

「お初お目にかかります。西条総理。名前はご存じかと思いますが、私はリベリアン合衆国大統領トーマス・アルフレッドと申します」

「こちらは秘書官のクリスです」

 

 お互い近付き握手を交わし、それぞれの連れの紹介をする。

 

「それで、遠路遥々ここまでお越しした目的は我々との対話でしたな。いったい何を?」

 

「それについてですが、西条総理と二人でお話ししたいのです。かなり重要な案件ですので」

 

「そうですか」

 

 俺は一瞬迷ったが、トーマスの言うことを信じた。

 

「品川。悪いが席を外してくれ」

 

「分かりました」

 

「クリス。お前もだ」

 

「はい」

 

 品川とクリスは頭を下げて会議室より出る。

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 二人だけとなった会議室でしばらく沈黙が続く。

 

 

 

「……プッ」

 

 先に吹き出したのはトーマスだった。

 

「おいおい」

 

 俺は思わず声を漏らす。

 

「ひでぇなおい」

 

「だって。お前が敬語とかおかしくてよ。結構耐えるの大変だったんだぞwww」

 

「お前なぁ」

 

 静かに唸りながら頭の後ろを掻く。

 

「久しぶりだな、弘樹」

 

「あぁ。久しぶりだ、トーマス」

 

 トーマスは咳払いをして気持ちを整え、二人は改めて握手を交わす。

 

「しっかし、まさかお前がこの世界に居たとはな。しかもリベリアンと一緒に」

 

「それは俺も同じだ。しかも俺たちより先にこの世界に居るようだしな」

 

「まぁな。だが、どうやって俺が居るってことを?」

 

「海域調査のための航空機が六発の超大型機を目撃して撮影したんだ。その航空機に描かれた国籍識別マークで知ったんだ」

 

富嶽のことか。ということは5年ほど前にあった報告はリベリアンの航空機となるか。

 

 長らく疑問だったことがようやく解消されたな。

 

「しかし、最後の一言、まだあんなこと言っているのかよ」

 

「お前何言ってんだよ。映画館で食べるポップコーンの味は塩で決まりだろ」

 

「バター醤油に決まってんだろ。あの癖になる味で映画が更に楽しくなるんだぞ」

 

「そこは定番の味だろ。他の味もいいがやっぱり塩が一番だ!」

 

「バター醤油だ!」

 

「塩だ!」

 

「バターだ!」

 

 

 

「……総司令とそちらの大統領は何を話しているのだ?」

 

「さぁ? 大統領はあぁ見えて拘りが強いんですよ」

 

「総司令も拘りが強いが……」

 

 会議室の外で待つ品川とクリスは二人の会話に首を傾げる。

 

 

 

「それで、本当のところトーマスは何が目的なんだ?」

 

 弘樹は脱線した話の路線を何とか修正して、トーマスに問い掛ける。

 

「弘樹と扶桑国の存在を確認したいというのもあるが、本当の目的は扶桑国に協力してもらいたいんだ」

 

「協力?」

 

「あぁ。今俺たちがやっている戦争の助勢を得にな」

 

「戦争ねぇ」

 

「もちろんタダではない。それ相応のお礼はさせてもらいたい」

 

「……」

 

 俺は首の後ろを軽く掻く。

 

「協力したいが、それは―――」

 

 一瞬断ろうと思ったが、ふとあることに気付く。

 

「なぁ、一ついいか」

 

「なんだ?」

 

「さっきお前は俺達よりも先にって言ったよな」

 

「あぁ」

 

「……それって、どういうことだ?」

 

「……」

 

 トーマスは一旦間を置いてから、口を開く。

 

 

「実はな、この世界にいるのは俺たちだけじゃない。他のやつらはお前もよく知るやつらだよ」

 

「よく知る?」

 

「あぁ。俺とお前を含む……『Anothr World war』のトップランカー達だ」

 

「っ!?」

 

 トーマスの言葉に俺は思わず目を見開く。

 

「まさか、嘘だろ?」

 

「事実だ。今俺は、リベリアン合衆国は『ゲルマニア公国』『スミオネ共和国』と共に同盟軍として『ロヴィエア連邦国』をトップとする『ブリタニア帝国』と『メルティス王国』その他の属国の連合軍と戦争状態にある」

 

「ロヴィエアにブリタニア、メルティスまで」

 

「それと『ヴェネツェア王国』がどちらに属していない状態で居る」

 

「……」

 

 どれもあのゲームでの俺達を含むトップランカーの中で最も戦績のあるランカー達が率いる国ばかりだ。

 

「どれも俺の知る国ばかりだ。だが、『支那国』と他にも居たはずだが?」

 

「そいつらはロヴィエアのアイツに滅ぼされて国ごと吸収されているみたいだ」

 

「みたい?」

 

「情報が不確定なんだ。吸収されたってあるが、どこか密かに亡命国家を作った、もしくはどこかに潜んでいる可能性があると言うやつまである」

 

「……」

 

「まぁ、お前から見れば支那国が滅んだところで気にすることも無いか」

 

「むしろ清々したよ。あいつ俺に御執心みたいだったからな」

 

 ホントあいつはムカつくことばかり仕掛けてくれる。まぁ毎回痛い目に遭わせて追い返していたんだけどな。

 

「ん? そういえば、この組み合わせって」

 

「あぁ。あのときのままだ。それにこの世界の国を加えたって感じだな」

 

「なんだってあのときのままで」

 

 ゲームでもほぼ同じ組み合わせで戦争をして平行線のまま戦闘が続いていた。しかしある日を境に戦闘は停止し、そのまま戦争は終了した。

 

「恐らく勝負の続きだろうな。まぁあいつの真意は分からんが」

 

「……」

 

「戦況は何とか持っている。北の大地のスミオネ共和国軍は俺とゲルマニアのアイツの支援を受けながら地形の利を使って何とか持ち堪えている。だが、ロヴィエアお得意の物量戦術に各戦線は若干押されている感じだ。しかもあいつらの海軍は下手すれば俺の海軍並まで発達しているから、苦戦を強いられている」

 

 例えるならアメリカ海軍とほぼ同等の海軍戦力を持つソ連。想像しただけでも恐ろしいな。

 

「それで俺に協力を?」

 

「今の扶桑が加わってくれれば、戦局を打破できるかもしれない。ほぼ現代技術を持っている扶桑なら」

 

「これでもまだゲーム内では冷戦末期と言ったところだ」

 

「冷戦末期でもそれだけあれば十分。それで、協力してくれるか?」

 

「……」

 

 昔の俺だったら友人の頼みとして聞くところだろうが……

 

「俺だけの判断だけで決められんな」

 

 左手で頬を軽く掻く。

 

「ん?」

 

 トーマスは弘樹の左手の薬指にある指輪に気付く。

 

「お前、結婚しているのか?」

 

「ん? あぁ。嫁さんと子供が二人だ。いや、後で三人になるか」

 

 最近分かったことだが、リアスは三人目の命を宿している。

 

「おぉやるねぇ」ニヤニヤ

 

「ヒュー」と口笛を吹く。

 

「さっき連れてきたのがそうか?」

 

「違う。品川は部下だ。嫁さんは扶桑国と同盟にある王国の軍の将軍の娘だ」

 

「それでも結構やるねぇ。しかも三人目か」

 

「……」

 

 正直、あんまりあれは思い出したくないんだよな……

 

「まぁ、俺にはクリスがいるからな」

 

「ドヤ顔で言うなよ。ってことは、さっきの狐耳の獣人か」

 

「あぁ。それが?」

 

「……似ているなって思っただけだ」

 

「狐耳か?」

 

「俺は狼耳だがな」

 

「結局獣人か。いいよな、獣人って」

 

 トーマスはまるで同志を見つけたかのような安心した表情を浮かべる。

 

 

 

「話が逸れたな」

 

 俺は話が脱線しかけたので咳払いをして仕切りなおす。

 

「とにかく、陸海空軍で話し合いをする。協力できるかはそれからだ」

 

「分かった。だが、早めの方がいいかもしれない」

 

「なに?」

 

 トーマスの引っかかるような言い方に俺は思わず声を漏らす。

 

「こいつはゲルマニアのあいつからの情報だ。ロヴィエア海軍の行動範囲がここ最近だけでもかなり広がっているって話だ」

 

「それが?」

 

「やつらは付近の島を占領しては補給基地にしている。恐らく俺達の居る大陸以外の大陸への侵攻を考えているかもしれない」

 

「だが、あまりにも戦線を広げれば補給が滞るぞ。それこそ史実の日本軍と同じことになりかねん」

 

「あのロヴィエアだ。そんなの物量で補うだろう」

 

「……」

 

「まさかこんな所までに戦線を広げてくるとは思えないが、まぁ頭に入れておいてくれ」

 

「……分かった。答えはなるべく早く出す。それまで待っていてくれ」

 

「あぁ」

 

 俺はポケットから携帯電話を取り出してトーマスに手渡す。

 

「それで連絡を入れる。失くすなよ」

 

 そう言い付けて敬礼を向けてトーマスのもとを離れ会議室を出る。

 

「品川。すぐに内地に戻る。司令部に戻りすぐに陸海空軍で緊急会議だ」

 

「ハッ!」

 

 会議室から出た俺の後に品川はすぐに付いていき、命令を聞くと返事を返す。

 

「話し合いは、うまく行ったようですね」

 

「まだ協力を得られるかは分からんがな」

 

 残された二人は弘樹と品川の後ろ姿を見えなくなるまで見続ける。

 

「とりあえず、俺達は一旦モンタナに戻るぞ」

 

「はい」

 

 

 二人は松下艦長に一言言ってからモンタナへと戻っていく。

 

 

 

 

 

 



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第五十六話 軍の派遣の賛否

 

 

 

 

 あれから一日が過ぎて、弘樹が本国に戻ってきて司令部では急遽陸海空軍による他大陸で発生している戦争への軍の派遣についての会議が行われた。

 

 と言っても、案の定会議と言うよりもうただの罵声大会みたいなことになっていた。

 

 

「陸軍としては軍の派遣には賛成だ! 更に力を付けた我が扶桑陸軍の力を他国に知らしめるにはいい機会だ!」

 

「海軍は反対だ! 戦争が終わって平和になったのだぞ! なのにわざわざ他の大陸の戦火に足を踏み入れるなど!」

「何より本土防衛の戦力を割くわけにはいかんだろ!」

 

「近々竣工する軍艦を加えれば良い話だろう!」

 

「そういう問題ではない!」

 

 陸軍と海軍で意見が分かれてこのような状態だ。

 

 陸軍としては他国に力を誇示したいところがあり、現在試験中の新鋭戦車の試作車輌『STC-1』から得たデータを元に先行量産した車輌の実戦運用を行いたいという思惑がある。

 

 一方の海軍はわざわざ他の大陸で行われている戦争に介入する必要がないと言っているが、実際のところ戦力の分散による防衛戦力不足を懸念している。

 まぁ近々竣工する翔鶴型原子力航空母艦や新鋭の護衛艦に巡洋艦もあれば、グラミアムに建設した造船所で極秘裏に建造中の『アレ』があればその不足分を補えるが……

 

「我々も賛成だ! 我が空軍の力をようやく発揮することができるのだ! いつまでも魔物を追い払うのはゴメンだ!」

 

「何を馬鹿なことを! 今でも魔物と旧帝国軍の残党を相手で手一杯なのだぞ! 他に戦力を回す余裕など無い!」

 

 空軍は新設されて初めて他国に対して力を見せ付ける事ができると言う賛成派と魔物や未だにバーラット共和国内外で活動している旧帝国軍残党の対処で手一杯と言う反対派に分かれている。

 

 

 結局会議一日目は全く進展すること無く終わった。

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

(うーん。ある程度予想していたとは言えど、ここまで進展が全くないとは)

 

 俺は家の書斎で資料を見ながら内心で呟き、頭を掻く。

 

 会議を始めてから三日目が過ぎたが、全くと言って進展がなかった。

 

(軍の派遣賛成派は陸軍と空軍の半数。反対派は海軍と空軍の半数。五分と五分か)

 

 お互い一歩も譲らない姿勢で挑んでおり、少なくともどちらかが妥協するような雰囲気ではない。

 

「さて、どうしたものかねぇ」

 

 机に資料を置いて背伸びをしたとき、襖を叩く音がして開けられると、お茶の入った湯呑が載せられたお盆を持つリアスが入ってくる。

 

「弘樹さん。お茶を持ってきました」

 

「あぁ。すまない」

 

 俺の傍まで来て両膝を突き、お茶の入った湯呑を差し出し、俺はそれを受け取って一口飲む。

 

(俺の好みの濃さだな)

 

 脳裏にお茶を淹れる練習をする彼女の姿が過ぎり、微笑が浮かぶ。

 

「弘樹さん。会議はまだ終わらないのですか?」

 

「あぁ。その兆しですら見えない状況だ」

 

 俺は湯呑を机の隅に置いて資料を手にする。

 

「軍の派遣に賛成派と反対派に綺麗に分かれてな。どっちも譲る気がないみたいだ」

 

「そうですか」

 

 

「なぁ、リアス」

 

「何でしょうか?」

 

「君はもし軍の派遣を決めるとするなら、賛成か? 反対か?」

 

「私が、ですか」

 

 リアスは戸惑いながらも質問に答える。

 

「一概に反対とは言い切れません。かと言って、賛成と言う訳にも行きません」

 

「まぁありきたりな意見だが、その訳は?」

 

「反対する海軍と空軍の人達の言い分も分かります。平和になったのにわざわざ争いがある場所に赴く必要もありません」

「もし下手に戦争に加われば、戦火がここに及ぶ可能性があります」

 

「……」

 

「でも、何もしなくてもここまで戦火が及ばないという保証もありません。そのリベリアン合衆国の大統領は戦争をしている相手国が活動範囲を広げていると言ったんですよね」

 

「あぁ。そうらしいがな」

 

 本当なら軍機に関わることなのだが、彼女の意見はかなり参考になるので特別に話している。

 

「何かがあってからでは遅い。賛成派の気持ちはそこにあると思います」

 

「力の誇示というよりは、恐れがあるから、ということか」

 

「はい」

 

「……」

 

 こういうのがあるから、分からないんだよな。

 

 事前にこっちから攻めてこちらに戦火を広げるのを未然に防ぐとしても、逆にここまで戦火が広がる可能性も否定できない。

 かといって何もしないでいるときに、戦火がここまで広がって多大な損害を被る可能性もある。

 

 どちらの被害が大きいかと言うと、後者の方が大きいかもしれないが、前者としても長引けば被害はかなり大きなものになる。

 だがそうなると最初に損害を被った状態で戦闘状態になる前者の方が被害が大きくなる。

 

(攻めるか、何もしないか。どっちを取るべきか)

 

「うーん……」と静かに唸り、荒っぽく髪を掻き乱す。

 

 

「弘樹さん」

 

 思い悩んでいる弘樹の姿にリアスはただ見ていることしかできなかった。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 それからも会議に進展がなく、更に二日が過ぎる。

 

 

「わざわざ休暇中に来てもらってすまないな、岩瀬少将、小原少将」

 

「は、はいぃ……」

 

「いえ。お構いなく」

 

 扶桑国内にあるレストランで俺はとある人物二人を呼び出した。

 

 で、二人のうち片方は相手が相手とあって緊張の色は隠せなかった。

 

 その二人のうち一人は、何かと関わりが多い陸軍の岩瀬少将である。

 あれから更に出世した彼女はいくつもの師団を率いるほどまでになっている。が、一兵時代の習慣が根強く残っているせいか、司令官でありながらも時々自ら戦線に行っては暴れているらしい。

 

 もう一人は今も陸海空軍で存在が秘匿されている幻影艦隊の司令長官である小原少将である。ちなみに戦果を上げ続けているのに階級が変わってないのは、表向き彼は戦死扱いとしているので、階級は戦死時の二階級特進をした状態で固定されている。

 なので岩瀬少将には海軍の知り合いと言って誤魔化している。

 ちなみに幻影艦隊は現在所属艦艇全てに大規模な近代化改装を施しており、更に艦艇数の増加をして艦隊の規模を大きくするなどをして、扶桑海軍最大の切り札として行動してもらうことになる。

 

 しかし一国の総司令兼総理が陸軍と海軍の将兵にただ普通に会うのもあれだから、お互い変装しており、俺は付け髭に眼鏡を掛けて、格好もいたって普通のスーツで、小原少将は絵描き屋を気取った格好で、岩瀬少将は上下ジャージに眼鏡という普段からの格好である。

 

「それで、私達にいったいどんな話を?」

 

「うむ。こいつは軍機なのだがな――――」

 

 俺は二人に一連の事を話した。

 

 

 

 

「なるほど。そのリベリアン合衆国からの要請で、他の大陸で起きている戦地への軍の派遣ですか」

 

 小原は納得したように軽く頷く。

 

「確かに、すぐに決められる状況ではありませんね」

 

「そうか」

 

 俺は岩瀬少将に目を向ける。

 

「少将。お前はどう思っている?」

 

「私は……私は扶桑陸軍の軍人であります。命令とあらば、どこへでも行く覚悟はあります。もちろん、それは私の率いる師団の者達も同じです」

 

 気持ちを整えた岩瀬少将は俺の目を見ながらそう答える。

 

 やっぱり、根っこからの軍人なんだな。

 

「ですが、メリットデメリットを考えると、軍の派遣に疑問を抱かないと言えば嘘になります」

 

「そうか」

 

 

「総司令はどうお考えなのですか?」

 

「そうだな……」

 

 小原少将に聞かれながら俺はウエイトレスが運んできたビールがいっぱいに注がれたジョッキを持ち、口元に運んで飲むとジョッキを離す。

 

「先の戦争のことを考えると、出来れば戦争は回避したい。今回の相手は旧バーラット帝国とは比較にならない国が相手だ。いくら強力な味方がいるとは言えど、もし戦争となれば先の戦争より被害は大きくなるだろう」

 

「……」

 

「俺は軍の総司令官だ。部下を戦地に送り込むのが仕事だ。なら気にする必要は無い、そう考えているのだろう?」

 

「それは……」

 

 小原は何も言えなかった。

 

「本当ならそれが当然なのだろう。だがな」

 

 再び口につけて約四分の一ぐらいを飲んだところでジョッキをテーブルに置く。

 

「兵士は消耗品じゃない。俺は無闇に兵士達の命を散らせたくはないし、兵士達に関わる人達を悲しませたくない」

「もちろん、こんなことは綺麗事だって言うのは分かっている」

 

「総司令」 

 

「……だが、兵士達に何もさせずに死なせるというのも、な」

 

「……」

 

 小原はジョッキのビールを一口飲み、弘樹を見る。

 

「こういうのもなんですが、いっそのこと素直に自分の考えに従うのも悪くないのでは?」

 

「自分の考え、か」

 

「いくら悩んで答えが出ないのなら、思いっ切りも大切です」

 

「……思いっ切りねぇ」

 

 

「確かに、私も悩んだときは最初に思い立った作戦で行くこともあります」

 

 静かに話を聞いていた岩瀬少将が口を開く。

 

「思い切ったことも大切です! そしてそれが命令ならば、我々はその命令を必ず遂行するために尽力します!」

 

「少将……」

 

 思い切ったこと、か……

 

(確かにそうかも知れない。だが、悪手の一つでもある)

 

 何時までも悩んでも前に進めないのは分かっている。だが、直感で行動するのは時には災厄を呼び寄せることにもなりかねない。

 

(俺は、どうしたいんだろうか……)

 

 俺は内心で呟きながらビールを飲む。

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 そうやって時間だけが過ぎていき、一週間が過ぎる。

 

 

 

「……」

 

 俺は相変わらずのそんな叫び合いのような話し合いを黙って聞いたが、これじゃ本当にいつまで経っても終わりそうに無いな。

 

(これ以上トーマスを待たせるのはなぁ)

 

 向こうの事情もあるし、これ以上長引くのはあまり良くないな。

 

 

「どうします? 総司令?」

 

 隣の席に座る辻が聞く。

 

「俺としては、悩むところだな。出来れば派遣をさせたいが」

 

「ただ友人の頼みだから、という理由ですか?」

 

 内地に戻る際に俺とトーマスの関係を聞いた品川は少し睨むように見ながら問い掛ける。

 

「さすがにそれだけ理由で判断はしない」

 

「ではなぜ?」

 

「……」

 

 俺は腕を組んで静かに唸る。

 

「前から計画していた他の大陸への調査もそうだが、その大陸の国々との交流。他にも理由は様々だ」

 

「……」

 

「その道中で戦争が避けられるのなら、回避すべきだろう」

 

「しかしあなたは派遣には賛成だと」

 

「……」

 

 さて、どうやって説明するか……

 

 

『思い切ったことも大切です!』

 

 

 ふと脳裏に岩瀬少将の言葉が過ぎる。

 

(思い切ったこと、か)

 

 その言葉で俺の中で吹っ切れた。

 

(いつまでも悩んだってしょうがないか)

 

「俺は――――」

 

 

 

 

 すると会議室の扉が勢いよく開かれる。

 

「し、失礼します!」

 

 息を荒げた士官が入ってくると、辻が怒声を上げる。

 

「何事だ! 今は会議中だぞ!」

 

「も、申し訳ございません!」

 

 士官は姿勢を正して敬礼をして謝罪する。

 

「ですが、テロル諸島ハヴァ島司令部からの緊急入電です!」

 

「ハヴァ島からだと?」

 

 俺は士官を見る。

 

「それで、内容は?」

 

 

 

「ハッ! 1320時! 国籍不明の大艦隊がテロル諸島に接近。その後1410時に攻撃を受けたとの報告が入りました!」

 

『っ!?』

 

 その内容に会議室で激震が走る。

 

 

 

 

 



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第五十七話 戦再び

 

 

 

 

「ハヴァ島が襲撃を受けているだと!?」

 

「しかも国籍不明の大艦隊だと!?」

 

 さっきのハヴァ島からの報告で会議室は騒ぎが起きている。

 

「しかし、いったいどこの国が」

 

「まさか、リベリアンではあるまいな! 我々の隙を狙って別働隊を送ったに違いない!」

 

 状況が状況とあって、疑いの目はリベリアンに向けられている。

 

 

「それはないだろう」

 

 俺はすぐに将官らの言葉を否定する。

 

「なぜそう言えるのですか?」

 

「もしその気なら、こんな遅いタイミングで襲撃をするはずが無い」

 

「あえて遅くした可能性もあります。それにこちらの監視の目を向けさせるということも」

 

「……それはあくまでも可能性としてだ」

 

 俺は報告しに来た仕官に目を向ける。

 

「報告の中には、その国籍不明艦隊の国旗の特徴は無いか?」

 

「は、はい! あります! 赤地に左上に黄色い星と同じ色の交差した二本の剣と盾が描かれていると!」

 

「っ!」

 

 国旗の特徴から俺はすぐにどこの国の国旗かが分かった。

 

「リベリアンのものとは違うな」

 

「いや偽装の可能性がある。そう簡単に決めるものではない」

 

 将官たちが話しているあいだに、俺は軍服のポケットより携帯電話を取り出し、トーマスに手渡した携帯電話の番号を入力して耳に当てる。

 

「……トーマス」

 

『弘樹か。随分待たせたな』

 

「それについてはすまない。と言ってもまだ話し合いは終わってないが、一つ聞いていいか?」

 

『何だ?』

 

「お前を疑っているわけじゃないが、お前の連れている艦隊以外で動いている艦隊はいるか?」

 

『いや、俺が連れてきた艦隊以外はいないが、なんでだ?』

 

「先ほど知ったが、扶桑陸軍と同盟を組んでいる国の軍が防衛しているテロル諸島が国籍不明の艦隊からの攻撃を受けていると緊急の報告が入った」

 

『な、何!?』

 

 電話越しにトーマスの驚いた声が耳に届く。

 

「国旗の特徴から見て、あいつの所だ」

 

『……まさか、こんなに早く展開するとは』

 

 電話の向こうでトーマスは忌々しげに言う。

 

『どうする?』

 

「決まっている。攻めてきたのなら、ご退場を願うだけだ」

 

『だろうな。こっちもすぐに艦隊を出させる準備をさせる』

 

「いいのか?」

 

『当たり前だろ? それに相手があいつなら、尚更だ」

 

「そうか、なら、頼む」

 

 そう言って俺は電話を切り、携帯電話をポケットに仕舞う。

 

「何か分かったのですか?」

 

 少し不安げな様子で木下が問う。

 

「テロル諸島に攻め入った艦隊がどこの国の者かが分かった」

 

 それを聞き誰もが俺に注目する。

 

「相手はリベリアン合衆国が同盟軍と共に戦っている連合軍、そのトップに居るロヴィエア連邦国だ」

 

「ロヴィエア連邦国」

 

「しかし、その国は同盟軍と戦争状態では?」

 

「あぁ。だが、その海軍が活動範囲を広げているとアルフレッド大統領から聞いていたんだが、くそっ」

 

 俺は悪態を吐く。

 

「やはり、周辺海域の監視網を厳重にしておくべきだった」

 

「総司令」

 

「……」

 

 

「品川長官!」

 

「ハッ!」

 

「第一、第二航空戦隊に通達! 出港準備に取り掛かり、柱島の第二艦隊、リベリアン艦隊、トラック泊地の第一艦隊と合流し、敵艦隊を殲滅せよ!」

 

「了解!!」

 

 品川は敬礼をしてから携帯電話を手にしつつ海軍関係者と共に会議室を急いで出る。

 

「木下長官!」

 

「は、はい!」

 

「空軍の爆撃隊! 及び地上攻撃隊に緊急発進警報発令! テロル諸島防衛隊の援護に向かえ!」

 

「わ、分かりました!」

 

 木下はすぐさま空軍関係者と共に急いで会議室を出る。

 

「辻長官!」

 

「ハッ!」

 

「直ちに増援部隊の編成を! 海兵隊をテロル諸島に送れ!」

 

「了解!」

 

 辻は陸軍関係者と共に会議室を出る。

 

「……」

 

 俺は誰も居なくなった会議室で深くため息を吐いて椅子に座る。

 

(クソッタレが。こんなタイミングで来るか)

 

 ふと脳裏にロヴィエア連邦国を率いるあいつの顔が過る。

 

「やっぱりあいつは油断ならねぇな」

 

 背もたれにもたれかかって右手を顔に置き、深くため息を吐く。

 

「……」

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 

 

 

 

 かつて旧帝国軍との戦闘で激戦地となったテロル諸島。

 

 

 現在は扶桑陸軍とグラミアム王国陸軍の共同によって全ての島々を防衛しており、特に大きなハヴァ島がテロル諸島防衛の総司令部となっている。

 

 

 

 そしてそこは再び激戦の地へと変化していた。

 

 

 

 

 

 テロル諸島の海は艦艇群によって埋め尽くされ、ハヴァ島には戦艦群からの艦砲射撃と爆撃機と攻撃機からの爆撃が行われ、砲弾と爆弾が雨霰の如く降り注いで島の表面は薙ぎ払われていく。

 

 その艦艇群のマストには、赤地で左上に黄色の星と二本の交差した剣と盾が配置された……ロヴィエア連邦国の国旗が靡いていた。

 

 

 

「ふむ。相変わらず壮大な光景だな」

 

 艦砲射撃を行っている戦艦群の中で、一際目立つ大きさを持つ戦艦……『ソビエツキー・ソユーズ級戦艦』の4番艦『ソビエツカヤ・ロシア』の艦橋で司令長官の男性が呟く。

 

 戦艦はソビエツキー・ソユーズ級戦艦がソビエツカヤ・ロシアを含む5隻に『ガングート級戦艦』が17隻で構成されており、その遠くにとある空母を解体調査し、その得られた設計を基に建造した『ウクライナ級航空母艦』が10隻、その他巡洋艦、駆逐艦合わせて28隻、更に輸送艦が無数に海上に浮かんでいる。

 ちなみにこのガングート級は史実の同名戦艦と違い、大量建造を視野に入れて設計された砲艦に近い構造を持った超弩級戦艦であり、搭載兵装は16インチ砲を連装5基と申し訳程度の対空兵装のみとかなり大胆な構造をしている。

 

 各戦艦から放たれる砲弾と爆撃機や攻撃機より投下される爆弾が雨霰の如く島に降り注ぎ、島の表面を抉って全体を揺らしていく。

 

「しかし、これだけの砲撃と爆撃、必要あるのでしょうか?」

 

 その光景を目の当たりにしている艦長は声を漏らす。

 

「君は偉大なる同志の決定に異議があるのかね?」

 

 ギロリと司令長官は艦長を睨む。

 

「い、いえ。そういうわけでは」

 

「なら、余計な発言は慎みたまえ。それが自らの身を滅ぼす事になるのだぞ?」

 

「……да(ダー:はい)

 

 冷や汗を掻きながら艦長は返事を返す。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「……」

 

 砲撃と爆撃に晒されているハヴァ島の地下司令室では、テロル諸島の防衛を任された『栗林(くりばやし)忠久(ただひさ)』中将は砲撃と爆撃で揺れる中軍刀を床に立てて柄頭に両手を置いて椅子に座っている。

 その近くでは砲撃と爆撃に耐える士官達と栗林中将と同じくテロル諸島の防衛を任されているグラミアム王国のフクロウの妖魔族の将軍が度々揺れるたびに不安な様子で挙動不審となっていた。

 

「くそ。派手にやってくれるな」

 

「いったいどこの連中だよ、全く」

 

 周りでは士官達が衝撃で天井から落ちる砂を被りながら愚痴を零してそれぞれの作業に当たっている。

 

「中将。いったいどこの国が攻めてきたのでしょうか?」

 

 将軍は不安な表情を浮かべながら栗林中将に問い掛ける。

 

「分かりません。艦隊を確認した者は軍艦に揚げられていた国旗を確認しましたが、見覚えの無い国旗だったそうです」

 

「そ、そうですか」

 

 

「中将!本国より入電です!」

 

 と、通信機に着いていた通信手が栗林中将に電文を渡す。

 

「……」

 

「ふ、扶桑はなんと?」

 

 電文に目を通している栗林中将に恐る恐る将軍が問いかける。

 

「海軍はトラック泊地と柱島、内地の艦隊を出撃。空軍も部隊を出撃させましたが、到着には時間が掛かると」

 

「ど、どのくらい掛かると?」

 

「海軍は最低でも3日、空軍は準備などで2日は掛かると」

 

「そ、そんなに!?」

 

 予想よりも長い日数に将軍は驚く。

 

「内地からここまで遠いですからね。その代わりグラミアム王国の海軍の到着は今から20時間後となるそうです」

 

「そ、そうですか」

 

 将軍は安堵の表情を浮かべる。

 

 グラミアムの海軍は扶桑海軍の助力によってここ4年でかなりの進化を遂げており、規模と錬度なら初期の扶桑海軍並はある。

 

 が、まだ発展途上が故に規模が大きいとは言えない。

 

 

「ところで将軍。防衛の方はどうですか?」

 

「あっはい。私の命令があればすぐにでも攻撃ができるように配置しております」

 

「そうですか」

 

「扶桑軍の方では?」

 

「既に各陣地では戦闘準備を終えて待機中です」

 

 このハヴァ島はもちろん、各島々は岩山を刳り貫いてその内側を補強して強固な要塞と化しており、自走砲や榴弾砲の一部は一旦要塞内部に戻して艦砲射撃と爆撃を凌いでいる。

 

 配備されている戦力もハヴァ島だけでも扶桑陸軍側は10個師団が、グラミアム王国陸軍側は9個師団と計19師団が駐留している。

 

 

 

 

 しばらく続いた艦砲射撃と爆撃がようやく終わり、ロヴィエア連邦国軍は次の行動へ移していた。

 

 

「すげぇ数だな」

 

 地下に掘った防衛線内に居る兵士は覗き窓から海面を覆い尽くす艦艇と上陸用舟艇の数に思わず声を漏らす。

 

「……」

 

 近くでは62式軽機関銃を強化改良した『72式軽機関銃』を構える歩兵は真っ直ぐ前を見ているが、グリップを持つ手は震えている。

 

「どうした? 怖いのか?」

 

「い、いえ。怖くはないであります!」

 

 そうは言うが、声は震えている。

 

「無理すんな」

 

「む、無理はしてないであります!」

 

「はぁ……別に怒ったりしねぇよ。本当のところ、どうなんだ?」

 

「……」

「は、はい。本当のところは、怖いであります」

 

 震えた声で歩兵は答える。

 

「そういやお前ここに配属されたばかりだったな」

 

「そ、そうであります」

 

「じゃぁ実戦も初めてってわけか」

 

「は、はい」

 

「そうか」

 

 歩兵は新兵を安心させるために肩を軽く数回軽く叩く。

 

「それじゃぁ、どっしりと構えてろ」

 

 そう言って自身の『89式小銃』を手にしてマガジンを差し込み、コッキングハンドルを引いて薬室に弾を送り、二脚を開いて覗き口に立てて銃口を向ける。

 

 

 

 

「何という、数だ」

 

「……」

 

 地下司令部より出た栗林中将と参謀、将軍は海上を覆い尽くす艦船と、浜辺に上陸した上陸用舟艇と降りる歩兵の数に呆然となる。

 

「戦車まであるとはな」

 

 参謀の一人が揚陸挺から降りる戦車を見て声を漏らす。

 

「攻撃は、開始されますか?」

 

「いや、まだだ」

 

 双眼鏡を覗く栗林中将はそう言うと将軍の方を見る。

 

「グラミアム軍もまだ攻撃しないでください」

 

「な、なぜですか? 敵が上陸しているというのに」

 

「今攻撃しても効果はないでしょう。浜を埋め尽くしたときが好機です」

 

「……」

 

 将軍はどんどん増えていく敵兵を見て息を呑む。

 

 

 

 やがて浜辺は歩兵と戦車で埋め尽くされ、大砲などの兵器が次々と揚陸される。

 

「ちゅ、中将、まだですか?」

 

「……」

 

 将軍は問い掛けるも、栗林中将は何も言わない。

 

「……総員待機」

 

 参謀の一人が無線を手にして各防衛陣地に指令を下す。

 

 

 

『総員待機』

 

 無線機から聞こえた指示にグラミアム軍の狼族の獣人は舌打ちをする。

 

「あれだけの数が上陸してんだぞ!? なんでまだ待機なんだよ!」

 

「落ち着けって」

 

「あれだけの数を見て落ち着いてなんか居られるか!」

 

 声を掛けた同じ部隊の猫族の獣人に狼族の獣人は怒鳴る。

 

「大体! なんであんたらの将軍は待機命令なんか出してんだよ! 敵が上陸しているのなら攻撃するもんだろうが!」

 

 半ば八つ当たりのように三式重機関銃改に着く扶桑陸軍の兵士に怒鳴る。

 

「栗林中将は我が陸軍の中でも名将中の名将だ。考えはある」

 

「考えって……」

 

「それに、敵がまだ少ないのに攻撃しても効果は薄いだろうし、かえってこっちが痛手を負うことになるぞ」

 

「……」

 

 扶桑軍兵士の指摘に狼族の獣人は何も言い返せなかった。

 

 

 その後爆撃と砲撃を洞窟で凌いでいた自走砲や榴弾砲が外に出されて各所に配置し、海側の岩壁の砲弾陣地からは各種大砲が出て艦艇群に狙いを定める。

 

 浜辺では丘の下に掘られた防衛線に潜む扶桑軍兵士が偽装した蓋を開けて72式軽機関銃や三式重機関銃改、64式小銃、89式小銃を僅かに出して警戒しながら進む敵兵に狙いを定める。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「……」

 

 そしてロヴィエア連邦国軍の歩兵や戦車が浜辺の大部分を埋め尽くし、地響きを錯覚させるような雄叫びとともに進撃を開始し、栗林中将は双眼鏡を降ろす。

 

「行きましょう。攻撃開始!」

 

「っ!」

 

 将軍は頷き、参謀が無線機を手にする。

 

「全軍、攻撃開始!」

 

 

 

『攻撃開始!』

 

 攻撃開始命令が下り、扶桑陸軍の三式重機関銃改や72式軽機関銃、グラミアム軍に売却された九九式軽機関銃と一式重機関銃改が一斉に火を吹き、銃弾の雨が無警戒に歩いていた歩兵を襲う。

 同時に各陣地の扶桑陸軍の『83式155mm榴弾砲』と『75式自走155mm榴弾砲』と『84式203mm自走榴弾砲』『75式130mm自走多連装ロケット弾発射機』、グラミアム軍に売却された九二式十糎加農砲と九六式十五糎榴弾砲、五式十五糎砲戦車、五式噴進砲車が一斉に火を吹き、歩兵と戦車に襲い掛かる。

 

 ロヴィエア連邦国軍は突然の攻撃に混乱し進撃が停止し、その間にも銃弾や榴弾、ロケット弾の雨霰に晒されて次々と歩兵が死に、戦車が破壊されていく。

 

 更に海に面している岩壁の砲台陣地から一斉に砲撃が開始され、戦艦や巡洋艦、輸送船に砲弾が襲い掛かる。

 

 

 

 

 戦いの火蓋が、切られた。

 

 

 

 

 

 72式軽機関銃

『62式軽機関銃』を強化改良した軽機関銃。主に軽量化と機構の簡略化が行われており、使用弾薬は7.62mmから5.56mmに変更されて連射性能も高い。

 

 83式155mm榴弾砲

 扶桑陸軍が運用する最新鋭榴弾砲。陸上自衛隊の『155mm榴弾砲FH70』がモデルとなっている。

 

 75式自走155mm榴弾砲

 扶桑陸軍が運用する自走砲の一つ。陸上自衛隊の同名称の自走砲がモデルとなっている。

 

 84式203mm自走榴弾砲

 扶桑陸軍が運用する榴弾砲の中で最大口径を持つ自走砲。陸上自衛隊の『203mm自走榴弾砲』がモデルとなっている。

 

 75式130mm自走多連装ロケット弾発射機

 扶桑陸軍が運用する自走噴進砲車。陸上自衛隊の同名称の自走ロケット弾発射機がモデルとなっている。

 

 

 ガングート級戦艦

 ロヴィエア連邦国海軍が建造した超弩級戦艦。16インチ連装砲を5基10門と申し訳程度の対空迎撃兵装のみを搭載。大量建造を視野に入れており極めて大胆に簡略された構造をしているため、装甲が戦艦としては紙レベル。

 ロヴィエア海軍内では姉妹艦全て統一された名称となっており、ガングート○○番艦と識別されている。

 

 ソビエツキー・ソユーズ級戦艦

 現時点ではロヴィエア連邦国海軍で最大の規模を持つ超弩級戦艦。設計は史実に準じているが、より堅固で尚且つ独自の水中防御機構を持っており、16インチ砲以上の大口径砲も耐えられ、雷撃にも強い。

 史実と違って、姉妹艦が少なくとも10隻以上が建造されている。

 

 

 

 

 



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第五十八話 

 

 

 

「くそっ! 何なんだよ!」

 

 突然の攻撃を受けたロヴィエア側は何とか態勢を整えて砂浜の丘の陰に隠れ、モシンナガンやDP28、SG-43といった銃火器で地下トーチカに向けて発砲する。

 その後方では揚陸した榴弾砲D-1 152mm榴弾砲が一斉に火を吹き、同時に前進しているT-34-85の主砲から放たれる砲弾が各陣地に襲い掛かる。

 

「ここには誰も居ないんじゃなかったのか!?」

 

「口を動かしている暇があったら撃て!」

 

 モシンナガンに弾を装填しながら愚痴り、隣の歩兵がDP 28を撃ちながら大声で怒鳴る。

 

「とにかく撃て、撃ちまくれ!」

 

 SG-43を撃っていた歩兵は直後に頭を撃ち抜かれて後ろに倒れる。

 

 直後に空気を切り裂く音とともに榴弾が落下し、機関銃とその周辺に居る歩兵を吹き飛ばす。

 

「くそっ!!」

 

 歩兵の一人が上陸用舟艇に備え付けられた『DShk38重機関銃』を岩山の砲台陣地に向けて曳光弾交じりの弾を放つ。

 

 直後に独特の音と共に飛来してくる複数のロケット弾が上陸した用舟艇に次々と着弾して爆発を起こす。

 

「こちら上陸部隊! 艦隊司令部! 応答願います!!」

 

 

 

 

「司令! 上陸した部隊が攻撃を受けています!」

 

「なに!?」

 

 報告を聞いた司令官は目を見開き、窓際まで近付く。

 

「更に他の島に上陸した部隊も攻撃を受けていると報告が!」

 

「ぬぅ! まさかこの島々に他国の軍がいたとは」

 

 司令長官は腹立たしく歯軋りを立てる。

 

「どうしますか?」

 

「決まったことを! 我々の邪魔をする者は全て消すのだ!」

 

「ハッ!」

 

 

 その直後爆発音とともに金属が砕ける音が響く。

 

「な、何だ!?」

 

「ガングート3番艦、及び5番艦被弾!」

 

 通信手の報告を聞き司令長官と艦長は窓際に近付き双眼鏡を覗くと、ガングート級戦艦2隻が黒煙を上げている。

 その直後に海に面している岩壁内部にある砲台陣地から次々と砲撃が行われ、艦船の周囲に着弾して水柱を上げる。

 

「要塞の砲台陣地からの砲撃です!」

 

「ぬぅ、生意気な! 全艦撃ち返せ!! 砲台陣地を粉々に粉砕しろ!!」

 

 司令長官の指示ですぐさま全ての軍艦が主砲を岩壁の砲台陣地に向けられ、砲撃が行われ岩壁に次々と着弾する。

 砲台陣地側からやり返しといわんばかりに各種砲が一斉に放たれて重巡洋艦やガングート級戦艦に命中弾を与えるが、ガングート級戦艦が放った砲弾が砲台陣地に入り込み、直後に大爆発を起こす。

 

「見たか!」

 

 司令長官はグッと握り拳を作る。

 

 

 しかしその直後雷鳴のような轟音が辺りに響き渡った瞬間、ガングート級戦艦の1隻が文字通り粉々に粉砕され轟沈し、もう1隻の至近に空高く巨大な水柱が上がる。

 

「なっ!?」

 

 その光景に司令長官は目を見開き呆然となる。

 

 更に同じ雷鳴のような轟音が響き渡った瞬間、ソビエツキー・ソユーズ級戦艦の6番艦『ソビエツカヤ・アルメニア』の二本目の煙突とマストに巨大な物体が直撃して粉々に吹き飛ばされ、更にその周辺も吹き飛ばされて傾斜が生じ始める。

 

「ガングート3番艦轟沈! 9番艦に至近弾! アルメニアにも直撃弾!」

 

「馬鹿な。ガングートならまだしも、我が海軍最強のソビエツキー・ソユーズ級が!?」

 

 目の前の光景が信じられず呆然と立ち尽くす。

 

「っ!敵砲台陣地中央に巨大な大砲が!」

 

 見張り員の報告で誰もが砲台陣地中央に目を向けると、他の砲とは明らかに倍以上の大きさを持つ巨大な砲が4基その姿を見せている。

 

「な、何だあの大きさは!?」

 

「16インチ……いや、それ以上の大きさだ!」

 

「そんな馬鹿な!? 噂に聞くファシストの列車砲じゃないんだぞ!?」

 

 大砲の大きさに艦橋にいる誰もが驚愕の声を上げる。

 

 

 

「命中! 4発中2発が敵戦艦2隻に命中!! 1発は戦艦1隻の至近にて着弾!」

 

『おぉ!!』と陣地内に歓喜の声が上がる。

 

 先の砲撃は海に面した砲台陣地に配備された『六一糎列車砲』であり、先の大戦後はこのハヴァ島に解体して移送され、専用の転車台と共に4台が配備されている。

 

「っ! こうしてはおれん! 列車砲後退急げ! やつらはすぐに撃ってくるぞ!」

 

 すぐさま列車砲が下げられて、分厚い隔壁が下ろされると、そこに各戦艦から放たれた砲弾が命中するも貫徹には至らず弾き返される。

 

「装填急げ!」

 

 列車砲の停車後すぐに砲弾の装填作業が行われる。

 

「やつらはこの列車砲に警戒して退避するだろう。恐らく次の一撃のみになるな」

 

 列車砲を見ながら指揮官は呟いた。

 

 

 

 

『уаааааааааааааааа!!!』

 

 その頃別方向から上陸した部隊は戦車を盾にして山の各地からの銃撃と砲撃をものともせずに突き進む。

 

 各陣地からは83式155mm榴弾砲と84式203mm自走榴弾砲より榴弾が放たれ、その前には61式戦車に五式中戦車、グラミアム軍に売却された四式中戦車と三式中戦車改が砲撃を行い進撃中のT-34-85数輌に命中させて撃破する。

 

「くそっ! とんでもねぇ数だな!!」

 

 三式重機関銃改を放ちながら歩兵は愚痴り、弾が切れるとコッキングハンドルを引いてフィード・カバーを開け隣の兵が弾薬箱を開けてベルトリンクを取り出し、給弾口に差し込むとフィード・カバーを閉じてコッキングハンドルを引いて、U字型トリガーを押して射撃を再開する。

 

 四式中戦車が主砲より砲弾を放ち、T-34-85の右側履帯に着弾して起動輪とともに吹き飛ばすが、その直後にT-34-85の砲が四式中戦車に向けられた直後に砲弾が放たれ、四式中戦車の車体正面を貫通して内部で爆発を起こして隙間から黒煙を上げる。

 続けて走行中のT-34-85の放った砲弾が61式戦車のターレットリングに直撃し、砲塔旋回が不可能となる。

 

「グラミアムの四式がやられたぞ!」

 

「くそっ! やつらの戦車の砲、精度はよくないが強いぞ!」

 

 五式中戦車の車内で砲手と操縦手が叫び、直後に砲を放ってT-34-851輌を撃破すると自動装填装置で次弾が自動で装填され、短い間隔で砲撃をして更にT-34-851輌を撃破する。

 

 

 

 

「くそっ! やつらの戦車は手強いぞ!」

 

 ロヴィエア連邦軍のT-34-85の車長は他の戦車長に伝える。

 

 直後に隣を走っていたT-34-85が61式戦車の砲から放たれた徹甲弾が車体正面から貫通されて動きを止める。

 

「くっ! 怯むな! 数ではこっちが上だ! 突き進め!!」

 

 味方の被害をものともせずにロヴィエア連邦軍は突き進み、主砲や車載機銃と同軸機銃を次々と放っていく。

 

 

 

 

 その直後近くで走っているT-34-85が砲塔右側面に砲弾の直撃を受けて動きを止める。

 

「っ!?」

 

 車長は右方向にペリスコープを向けると、丘の陰に隠れていたグラミアム軍の戦車が姿を現して砲撃を行う。

 

「あれはゲルマニア軍のタイガーじゃないか!? なぜあの戦車がここに!?」

 

 それはグラミアムに売却された扶桑陸軍のティーガーなのだが、一部仕様変更していると言っても元が同じなのでロヴィエア連邦国軍の戦車長が見間違えるのは無理もない。

 

 直後にティーガーの放った砲弾がT-34-85の車体側面に直撃して貫徹し、動きを止める。

 

「くそっ! ファシスト共め!! こんな所にまで!」

 

 戦車長が叫んだ直後に61式戦車の放った砲弾がT-34-85の砲塔のターレットリングに着弾して貫徹し、砲塔と車内で爆発を起こして砲塔が吹き飛ぶ。

 

 

 

「よーい! ってぇっ!!」

 

 84式203mm自走榴弾砲の装填手が榴弾と装薬を装填し終えて合図とともに榴弾が放たれ、同時に他の84式203mm自走榴弾砲も砲撃し、弧を描いて榴弾が飛翔してT-34-85数輌の至近に着弾して履帯と転輪を吹き飛ばし、タンクデサントしていた歩兵が衝撃波によって吹き飛ばされる。

 

 尾栓を開けて次弾装填しようとしたとき、ロヴィエア連邦軍の空母から飛び立った航空機が飛来してくる。

 

「敵機来襲!!」

 

「対空戦闘! 敵機を撃ち落せ!!」

 

 敵機の存在にいち早く気付いた歩兵の一人が叫び、すぐさま扶桑陸軍の『87式自走高射機関砲』とグラミアム軍の一式対空戦車が銃身を上げて対空戦闘を始める。

 

 各陣地から放たれる弾幕に爆撃を行おうとした攻撃機は瞬く間に機体を蜂の巣にされて翼が折れ、機体を回転しながら墜落する。

 

「くそっ! やつらの対空砲は精確だぞ! 各機注意し――――」

 

 攻撃機のパイロットは他の機のパイロットに伝えようとするが、自身の乗る機体も87式自走高射機関砲の放った弾が機体下部からコクピットを貫き、パイロットは粉砕されて機体は墜落する。

 

 

 

「向こうは航空機を出してきやがったぞ! こっちの航空隊はどうなってんだ!」

 

「さっきの砲撃と爆撃で滑走路が無事なわけ無いだろ!!」

 

 銃手の文句を返しながら装填手は一式対空戦車三型の40mm連装機関砲に弾を装填する。

 

 装填手の言う通り、ハヴァ島にある島は艦砲射撃と爆撃によって穴だらけになっており、少なくとも早急に復旧ができるものではない。

 

「っ!? 敵機直上!!」

 

 歩兵の一人が叫び銃手が上を見ると爆撃姿勢に入った攻撃機が迫っていた。

 

 とっさに銃身の仰角を上げて足の撃発ペダルを踏んで射撃を行う。

 

 攻撃機は弾幕を恐れずに突っ込み、爆弾倉を開けて爆弾を投下するも、直後に40mmを翼の付け根に直撃して折れ、スピンしながら墜落する。

 

「退避! 退避!!」

 

 投下された爆弾は目的の自走砲と榴弾砲の陣地から外れて対空戦車の居る場所へと落ちていき、逃れるように歩兵や一式対空戦車が後退するが、その直後に爆弾が着弾して爆発し、衝撃波とともに放たれた破片が歩兵や一式対空戦車の乗員に襲い掛かる。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

「足が! 足がぁ!?」

 

「衛生兵! 衛生兵!!」

 

 破片によって一式対空戦車の銃手と装填手、歩兵の多くが負傷し、腕や足が吹き飛んでもだえ苦しむ者に無事な兵が近づき衛生兵を呼ぶ。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「うわぁ、これは派手にやってくれたなぁ」

 

 その頃島の中央辺りにある飛行場では、艦砲射撃と爆撃によって滑走路に大小の穴が開いている光景を見た兵士が思わず声を漏らす。

 

「格納庫も全滅か」

 

 崩壊した格納庫は瓦礫の山と化しており、見る影も無い。

 

「でも、地下に格納庫を作って正解でしたね」

 

「あぁ。総司令の助言がなかったらどうなっていたことか」

 

 しかしこんな事もあろうかと、弘樹の案で飛行場の脇にある格納庫はあくまでも整備をする場所であって、航空機は地下の格納庫に収容されている。

 なので航空機自体は無事である……のだが――――

 

「でも、これどうするよ?」

 

 格納庫が崩壊しているため、地下に格納している航空機を地上に出すには瓦礫を撤去しなければならない。

 

「敵さんが来ないのを祈るしかないな」

 

「だな」

 

 そう呟きながら兵達は瓦礫の撤去作業に取り掛かろうとした。

 

 

 

「っ!」

 

 すると地面が僅かに揺れ金属の軋む音がしてとっさにその方向に視線を向けると、砂煙を上げながら進む戦車数輌とその上に乗る歩兵の姿があった。

 

「敵の戦車だ! 戦闘配置!」

 

 隊長の指示ですぐさま全員が所定の位置に着き、通信兵が無線を手にして応援を要請する。

 

「こちらハヴァ島中央飛行場! 進攻中の敵部隊を確認! 敵戦力は戦車を含む! 応援を請う! 送れ!」

 

『了解した。戦車1個小隊をそちらに送る。砲兵部隊にも支援要請を送る。それまで何とか食い止めてくれ。送れ』

 

「っ! 了解した! 終わり!」

 

 

「それで、何だって?」

 

「増援が来るまで俺達だけで食い止めてくれってさ」

 

「はぁ!? 無茶言うなよ! 戦車の大群に戦車3輌に対戦車兵器だけであの数を食い止めろってか!?」

 

「俺に文句言っても仕方ねぇだろ! それに別に全滅しろってわけじゃないんだ! 時間を稼げればそれでいい!」

「そうすれば砲兵の支援が来る!」

 

「あぁもう!! こうなったらやるだけやってやる!」

 

 兵士は愚痴を零しながら『76式対戦車噴進砲』の先端に対戦車榴弾を装填し、戦車の接近に備える。

 

 

 

 

 



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第五十九話 新生!グラミアム海軍

 

 

 

 

 時間は過ぎて辺りは真っ暗な闇に包まれた。

 

 それでもなお島の各所からは絶えず銃声や砲声、爆音が響き渡る。

 

 

 

『……』

 

 そんな中、光一つ無いジャングルの中をロヴィエア連邦国軍の歩兵1個大隊は物音を立てずゆっくりと進んでいた。

 

 

「こちらアナグマ。敵の1個大隊が会場入りした。送れ」

 

 その様子を葉っぱのような迷彩やもさもさしたギリースーツを身に纏って周囲の景色に溶け込んで擬態をしている扶桑陸軍の特殊部隊である『特戦隊』の一人が暗視ゴーグル越しに監視していた。

 

『アナグラ了解。そのまま監視を続行。ポイントGに団体が差し掛かれば知らせろ。送れ』

 

「アナグマ了解」

 

 通信を終えた特戦隊員は『九九狙撃銃改二』を抱えて、物音立てず素早く移動しながら敵兵の動きの監視を続行する。

 

 

 

「こちらアナグマ。ポイントGにお客さんがご到着だ。送れ」

 

『アナグラ了解。起爆する』

 

 しばらくしてポイントGに大隊が入り、特戦隊員が合図を送ると数回爆発音がしてその直後に悲痛な悲鳴が上がる。

 

 ポイントGと呼ばれる場所には『炸裂鉄球地雷』と呼ばれる、所謂クレイモア地雷が仕掛けられており、特戦隊の指令所で手動による起爆が行われた。

 

 ロヴィエア連邦国軍兵士は奇襲によって多くの兵士が死亡し、無事だった兵士が重傷者を抱えて後退する。

 

「お客さんが撤退した。引き続き監視を続行する。終わり」

 

 特戦隊員は再び景色に溶け込み、監視を続行する。

 

 

 

「……」

 

 心臓の鼓動がうるさく聞こえるほど神経を研ぎ澄ませているロヴィエア連邦国軍の兵士は木々の陰に隠れてこっそりと前を見る。

 

 すると自身が隠れている木の表面が爆ぜてとっさに隠れる。

 

(くそっ。こんな暗闇の中でなんで見えるんだよ!?)

 

 暗闇の中で正確に狙ってくる敵に兵士は戦慄を覚える。

 

(しかもこんなに精確に。相当な腕を持って、暗闇の中でも目がいい狙撃手とか、悪夢以外なんでもないぞ)

 

 

「う、うわあぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 恐怖に耐え切れなくなってか、兵士の一人が発狂して木の陰から出て手にしているサブマシンガンを乱射する。

 

「オイ馬鹿!!」

 

 止めようとしたが直後に兵士は眉間を撃ち抜かれて後頭部から血と脳髄を撒き散らし、その場で前に倒れ込む。

 

「……」

 

 兵士は息を呑み、隣の木の陰に隠れる兵士を見るも、首を横に振る。

 

(マズルフラッシュが見えないどころか銃声すら聞こえないとは、どうなっているんだ)

 

 

 

「……」

 

 敵兵を狙う狙撃手は九九式狙撃銃改二に実包10発を装填してボルトを前へと押し込んでボルトハンドルを下へと倒す。

 

「中央右3の木陰から敵が様子を窺っている」

 

 暗視装置で見ている観測手の指示で狙撃手はそちらに九九式狙撃銃改二に取り付けられているスコープを向けると、頭だけを出して様子を窺っている敵兵が映る。

 敵兵の頭に狙いを定めると引き金を引き、銃口付近に取り付けられた消音機によって銃声とマズルフラッシュが抑えられて弾が放たれ、敵兵の頭を撃ち抜く。

 

「お見事。次、左2の木陰だ」

 

 ボルトハンドルを持って上へと起こして後ろに引っ張り排莢すると元の位置へと戻し、観測手の指示した方に向けて引き金を引き、木陰から出ていた敵兵の足を撃ち抜き、敵兵は地面に倒れてもだえ苦しむ。

 

 

 

「総員、木からはみ出ないように後退しろ」

 

 圧倒的に不利な状況とあって、兵士は撤退を決意する。

 

「撤退するのですか?」

 

「このままじゃ全滅は免れん。他の部隊と合流して再度接近するぞ」

 

 兵士の指示で部隊は負傷者を抱えてゆっくりとそこから後退していく。

 

 

 

「こちらキツツキ。お客さんが退場した。送れ」

 

『アナグラ了解。引き続き警戒を厳にせよ。送れ』

 

「了解」

 

 九九式狙撃銃改二を携える特戦隊員の隣で観測を行っていた特戦隊員が指令所に報告を入れると、三脚で設置している暗視装置に目を向ける。

 

「にしても、敵もよくこんな時に攻めてくるもんだな」

 

「全くだ。夜戦は俺達の十八番だって言うのによ」

 

 狙撃手はニッと牙を見せる。

 

 彼は人間ではなくヴァンパイアなので、暗闇でもハッキリと姿形を捉えることができるため、通常のスコープでも問題なく狙える。

 

「あぁそうだ。今のうちに銃は64式に替えておけ」

 

「あれかよ。セミオートは好きじゃねぇんだよな」

 

 嫌なことを思い出したかのように狙撃手は呟く。

 

「文句を言うな。奴さんらが大人数で戻ってきたらボルトアクションじゃ厳しいぞ。それとも、ボルトアクションでフルオート射撃が出来るのか?」

 

「……分かったよ。ちゃんと見張っておけよ」

 

「あいよ」

 

 そう会話を交わして狙撃手は九九式狙撃銃改二を持ってその場を離れていく。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 場所は変わってハヴァ島の中央飛行場

 

 

 

「あー、しんど」

 

 塹壕の壁にもたれかかって愚痴った兵士は深いため息を吐く。

 

「煙草吸いてぇなぁ」

 

「場所がばれて砲撃の雨に晒されて良いんならいいぞ? 俺はその前に逃げるがな」

 

「……」

 

 歩兵は首の後ろを掻き、あくびをする。

 

「にしても、よくあれだけの数を凌ぎきれたなぁって思うよ」

 

 抱えていた89式小銃を壁に立て掛けて塹壕から頭を出してみると、多くのT-34-85の残骸とロヴィエア連邦国軍の兵士の死体が放置されている。

 

「まぁ砲兵のお陰が大きいだろうな」

 

「あいつらの錬度色々とおかしいよな。初弾から命中弾を出すとか」

 

「砲自体の精度もあるんだろうけど、やっぱ錬度だよな」

 

「だな」

 

 と、後ろに振り返り、塹壕の後ろに止まっている74式戦車を見る。

 

「しかし、本当にこいつは凄いな。敵戦車を的確に仕留めていったんだからな」

 

「あぁ。しかも本国じゃこれを上回る戦車が開発中だって噂だぜ」

 

「マジかよ?」

 

「俺の知り合いが技術省に居るんだ。そこでちょっとな」

 

「よく軍機を喋る気になれるな、そいつ」

 

「酒を飲んでてベロンベロンだったからな」

 

「えぇ……」

 

 呆れて思わず声を漏らす。

 

「で、どのくらいであの残骸が片付くと思う?」

 

「敵が来なければ明日には何とかなるだろう。そうすりゃ、制空権奪還も夢じゃない」

 

「相手はレシプロでも戦闘機だぞ。ヘリで相手になるのか?」

 

「新型の燕は足が速い上に変態高機動のヘリだぜ? 問題は無いだろう」

 

「だといいんだがな」

 

 

「ん?」

 

 塹壕から頭を出して暗視双眼鏡を覗いて監視していた歩兵が声を漏らす。

 

「どうした?」

 

「いや、一瞬何か動いたような」

 

「なに?」

 

 とっさに立ち上がり、歩兵から双眼鏡を受け取って覗く。

 

「……」

 

 目を凝らして見ると、林の方に何かが蠢く影が見えた。

 

「どうやらまだ懲りてないようだな」

 

「あんなに損害を受けてか?」

 

「多少の被害は気にしないやつらなんだろ」

 

「先の大戦末期の旧帝国軍のやり方を思い出すな」

 

「あぁあれか。あの玉砕特攻は胸糞悪かったな」

 

「……」

 

「で、どうする? 迎撃はするんだろうが、ちぃと数が多いぞ?」

 

「あぁ……」

 

 歩兵は双眼鏡を覗きながら答える。

 

「何してる?」

 

「いや、どのくらい距離があるか見てる」

 

「?」

 

「……大体150から200ってところか」

 

「なるほど」

 

 意図を察したのか後ろに振り返るとそれはあった。

 

「まぁ団体さまなら迫撃砲の効果は高いな。こっちの位置もばれるけど」

 

「その前に向こうにはご退場を願うだけだ」

 

 二人はもう一人を加えて『90式迫撃砲』に着き、発射準備に取り掛かる。

 

 一人が迫撃砲の砲身の角度を調整し、一人が箱から81mmの榴弾を取り出し、一人が暗視双眼鏡で敵兵の位置と距離を把握する。

 

「半装填!」

 

「半装填!」

 

 角度調整をした兵の指示を復唱しながら榴弾を持つ兵が迫撃砲の砲口に榴弾を持ったまま半分程入れる。

 

「よーい……ってぇ!!」

 

 榴弾を持った兵は指示と同時に榴弾を手放し、榴弾は砲身内を滑って落ちていきそこに榴弾の底部がぶつかって信管が作動し、ボンッ!という音とともに榴弾が発射される。

 

 榴弾は弧を描いて飛んでいき、敵兵の集団近くに着弾して爆発を起こす。

 

「至近弾! 左2度! 仰角1度修正しつつ効力射!」

 

 指示を受けて砲身の俯角を調整し、装填手が榴弾を砲身に落とすとすぐさま榴弾を木箱から取り出して榴弾が発射された直後に砲身内に落とすを繰り返して連続して榴弾を放つ。

 

 次々と放たれる榴弾は敵兵の集団へと落ちて爆発を起こして殺傷し、他の塹壕にいる兵も榴弾の爆発によって敵兵の存在に気付き、小銃と機関銃の射撃を開始して曳光弾混じりの弾幕が張られる。

 

 奇襲のつもりが逆に奇襲を受けることとなって、生き残りはすぐさま後退する。

 

「敵兵、後退します」

 

「あっけないな」

 

 双眼鏡を覗きながら二人は呟き、双眼鏡を降ろす。

 

「だが、明るくなると絶対大群率いて戻ってくるぞ」

 

「だろうな。その前にこっちの戦力が整えばいいんだがな」

 

「……」

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「それで、各島の戦況はどうなっている?」

 

「ハッ! 戦況は何とか敵の上陸部隊を抑えているようです」

 

「そうか」

 

 ハヴァ島の司令室では会議が行われており、各島の戦況報告を聞く。

 

「ですが、この暗闇を利用して夜襲を仕掛けられる恐れが」

 

「その点は我が陸軍の特戦隊が阻止していますので、何とか敵の奇襲は阻止しています」

 

「そうですか」

 

 将軍はホッと安堵の息を吐く。

 

「ですが、敵は既に各所に拠点を築いているので、油断は出来ません」

 

「うむ。それについては特戦隊が対処するでしょう。何せ彼らにとっては十八番の芸当です」

 

「さすがですな」

 

「それはさておき、向こうの艦隊の動きも注意しなければなりません。戦艦と空母は未だ健在ですし、戦艦による艦砲射撃で海方面の砲台陣地の大半が破壊されています」

 

「その上空襲による各陣地への被害も無視できるものではありません。特に負傷者の数が多いです」

 

「……」

 

「少なくとも、空軍の増援がくるまでの辛抱だ」

 

「はい……」

 

 

 そうして会議は終了する。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 時間は過ぎて正午

 

 

 

「くそっ! まさかここまでやられるとは!!」

 

 ソビエツカヤ・ロシアの艦橋で司令官が悪態を吐き、手すりに拳を叩き付ける。

 

 海方面の砲台陣地と砲撃戦を交えていた戦艦部隊はガングート級戦艦3隻を失い、ソビエツキー・ソユーズ級戦艦2隻が中破、巡洋艦4隻が轟沈と、多大な被害を受けていた。

 しかしその代わり砲台陣地は壊滅して砲撃が止んでいた。

 

 が、全滅しているように見せかけてまだ砲台陣地は健在しており、反撃の機会を窺っている。

 

「司令。どうされますか?」

 

「……」

 

 

「司令! 後方の機動部隊より入電です!」

 

 と、慌てた様子で通信兵がやってくる。

 

「なんだ?」

 

「はっ! 先ほど我が軍のではない偵察機を発見したとの報告が!」

 

「何!? それで、撃ち落としたのだろうな!」

 

「い、いえ。それが足の速い機体で、迎撃機が上がって追跡しようとした途端逃げられたそうです」

 

「ぬぅ。となると連中は空母も持っているということか。これは予想以上に厄介なことになるぞ」

 

 いくら空母と搭載機の数は揃えられても、パイロットの錬度に関しては高いとは言い難いものだ。

 

「それともう一つ」

 

「何だ?」

 

「敵偵察機を追いかけていた迎撃機が、こちらに向かう戦艦部隊を目撃したとの報告が」

 

「何? 敵の戦艦部隊だと?」

 

 すると司令長官の表情に一瞬輝きが戻る。

 

「どうしますか?」

 

「決まっておろう。巡洋艦と駆逐艦を機動部隊に向かわせて防衛に当たらせろ。損傷した戦艦以外は敵戦艦部隊の迎撃に向かう」

 

「宜しいのですか? それでは上陸部隊が孤立してしまいます」

 

「少しのあいだだけ離れるだけだ。それに残す戦艦も損傷したと言っても砲撃は問題なく行える」

 

「それはそうですが」

 

「なぁに、リベリアンの艦隊を相手にするのではない。片はすぐに付くだろう」

 

「はぁ(本当にそうなんだろうか)」

 

 妙にテンションの高い司令官と言いようのない嫌な予感が胸中を渦巻き、艦長は不安を募らせる。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 テロル諸島から何海里か離れた海域に、グラミアム海軍の艦隊がテロル諸島を目指している。

 

 

「提督。マートからの報告です。敵機動部隊、ならびに戦艦部隊を発見と」

 

「そうか。機動部隊と戦艦部隊を見つけたか」

 

 艦隊の中で一際目立つ戦艦3隻の内1隻に座乗するグラミアム海軍の艦隊提督が軽く頷く。

 

「いよいよ、ですね」

 

「うむ。各空母に伝え。航空隊を直ちに発進させよと」

 

「ハッ!」

 

 通信兵はすぐさま機動部隊へ命令を送る。

 

 

 

「帽振れ!!」

 

 出撃命令が下り、水上部隊から離れて航行している機動部隊の方では、攻撃隊が次々と各空母から出撃し、整備員達が帽子を手にして振り攻撃隊を見送る。

 

 各空母の艦載機は扶桑海軍から売却された零式艦上戦闘機改め『ジーク』と艦上爆撃機彗星改め『ジュディ』、艦上攻撃機天山改め『ジル』、艦上偵察機彩雲改め『マート』が主力で、艦隊旗艦フリードランにはジークとは異なる戦闘機が姿を見せている。

 

 逆ガルではない烈風のように見えなくはないが、これは扶桑海軍で烈風と正式採用を争った『陣風』と呼ばれる艦上戦闘機で、グラミアム海軍では『ファルコ』と名付けられた。

 烈風が次期主力戦闘機に採用されて設計図はお蔵入りとなっていたが、グラミアム王国海軍に使ってもらおうと設計図を譲渡している。

 まぁそれは建前で、実際は陣風の性能を調べるためである。

 

 ぶっちゃけて言うと、グラミアム王国の海軍は表向きは再編成のために扶桑国の支援を受けているが、実際のところは扶桑国側がやりたいことを他国にやらせてその試験記録を得ている、そんな関係である。

 

 

 

「しかし、我々だけでどうにかできるのでしょうか?」

 

「あくまでも我々の目的は扶桑海軍が来るまで相手の戦力を削ることだ。今の我が海軍の戦力ではそれが限界だ」

 

 グラミアム海軍は扶桑海軍の支援があってようやく今の状態になっているが、これでもまだ発展途上なのだ。

 

 艦艇のほとんどは扶桑海軍が売却した旧式艦挺で、空母は退役して売却された蒼龍改め『フリードラン』、飛龍改め『ルドゥタブル』、飛鷹型航空母艦改め『トゥールヴィル級航空母艦』2隻、扶桑海軍から提供された雲龍型航空母艦の設計図を基にグラミアム側で設計を見直して建造した『テュレンヌ級航空母艦』が2隻の計6隻で構成されている。

 

 戦艦は扶桑海軍で魔改造されて無償提供された河内型戦艦改め『ベルキューズ級戦艦』2隻と、その魔改造河内型戦艦の設計を基にグラミアム国内で建造した5隻と、一際目立つ戦艦が3隻の計10隻である。

 その3隻は『サザンクロス級戦艦』と呼ばれ、1番艦の『サザンクロス』2番艦『トリオンファン』3番艦『デヴァスタシオン』で構成されている。

 

 この戦艦は建造予定だったが航空母艦へ改装された『加賀型戦艦』の設計を基に大和型や紀伊型、長門型3番艦で用いられた技術を取り入れ改めて設計されたもので、基本設計は同じでも構造上準同型艦と扱われる。

 

 元々グラミアムに売却する戦艦は天城型か長門型にしようかと検討されたが、戦艦好きなあの男がそれを許すはずが無く、『寝言は寝て言えやゴルァァァァ!!!』とは言ってないがそれに次ぐ勢いで断固拒否したので、なら設計図を提供するならと品川が提案したがこれにも彼は難色をみせていた。

 そこで戦艦として建造されなかった加賀型戦艦の設計図ならどうかと聞いたところ、彼は建造されなかった戦艦が見れるのなら、と納得した。

 その後設計を変更した加賀型戦艦はグラミアム王国内の造船所で建造され、ここ最近で3番艦が就役して艦隊に加わっている。

 

 ちなみにサザンクロス級戦艦の名称はグラミアム王国の歴史上で伝説となっている3人の獣人から来ていることから、この戦艦が王国の象徴と言える存在であるかが分かる。

 

 巡洋艦は川内型軽巡洋艦改め『ベルタン級軽巡洋艦』2隻と長良型軽巡洋艦改め『デュケーヌ級軽巡洋艦』3隻、青葉型重巡洋艦改め『デュプレクス級重巡洋艦』2隻の計7隻。

 

 駆逐艦は特Ⅲ型駆逐艦改め『ルチヌ級駆逐艦』4隻と白露型駆逐艦改め『テティス級駆逐艦』3隻、朝潮型駆逐艦改め『シャスール級駆逐艦』5隻の計12隻。

 

 

 

 

「駆逐艦と巡洋艦は水雷戦隊を除き、機動部隊の護衛に向かわせろ。我々戦艦部隊はこのまま敵戦艦部隊と交戦に入る!」

 

『ハッ!』

 

 提督の指示で一部の駆逐艦と巡洋艦は機動部隊と合流の為に戦艦部隊を離れ、戦艦部隊は水雷戦隊を率いて敵戦艦部隊へと向かう。

 

(未知なる相手にまだまだの我々がどこまでやれるか分からないが、扶桑海軍に鍛えられた我々を、甘く見るではないぞ)

 

 提督は右手を握り締める。

 

 

 

 




活動報告にてちょっとしたアンケートを取っていますので、投票と意見を頂ければと思っています。


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第六十話 グラミアム海軍、その実力

投稿が遅れてしまい申し訳ございません。仕事が忙しく、更に艦これの春イベもあって中々作業ができませんでした。


 

 

「ポール観測機より報告! 敵戦艦部隊を確認! 数は15!」

 

 通信兵がサザンクロスから飛び立った瑞雲改めポール水上機からの報告を伝える。

 

「こちらより多いか。だが、文句を言っていられん! 艦隊! 最大戦速!」

 

 艦隊は速度を上げつつ陣形を単縦陣にして敵戦艦部隊に向かう。

 

「間も無くサザンクロス級の射程内に入りますが、どうします?」

 

「うむ。最初はサザンクロス、トリオンファン、デヴァスタシオンの有効射程内に入り次第砲撃、ベルキューズ級は有効射程内に入り次第順次射撃を開始せよと伝え。

 ならびに水雷戦隊は好機を見て突撃せよと伝え」

 

「はっ!」

 

 

「しかし、これは難しいですね」

 

「あぁ」

 

 提督と参謀は索敵機からの報告から敵艦隊の配置と現在地を海図に駒を置いて、どう動くべきか考える。

 

「反航戦か同航戦を持ち込もうにも、戦力の差がある以上一方的にやられるのが目に見えます」

 

「うむ。それに敵艦の砲の口径がどのくらいあるのかも分からん。だが、すくなくとも旗艦とその同型艦は16インチはあるかもしれん」

 

「本艦と同等ですか」

 

「まぁ、こちらは50口径だ。仮に相手の16インチ砲が45口径なら、僅かだがこちらの方が射程が長い上、精度もある」

 

「ですがベルキューズ級は14インチです。いくら扶桑海軍からもたらされた新設計の55口径砲だとしても、射程では16インチには及びません。

 それに装甲もサザンクロス級と比べれば厚さと質共に大きく劣ります」

 

 ベルキューズ級の搭載する主砲は新たに設計された55口径の新型連装砲で、貫徹能力が高く、専用の『重量弾』が使用可能なので質量的威力は16インチに匹敵するが、その分射程は劣る。

 それに加え、元々が旧式艦とあって、16インチ砲の前では装甲は頼りない。

 

「……」

 

 提督は頭に生える竜の角に触りながら駒を見つめる。

 

「せめて、敵の指揮系統に混乱を生じさせることができれば、こちらにもチャンスはあるのですが」

 

「……うむ」

 

 提督は敵の旗艦を示している駒を凝視する。

 

「敵が旗艦にどれだけ指揮に依存しているかだな」

 

「?」

 

「いや、そうならば、こう動くべきと考えている」

 

 提督はこちらの艦隊の駒を動かす。

 

「っ! これは!」

 

 参謀は提督の意図に気づき驚く。

 

「危険ではあるが、こうするしかない」

 

「確かにそうですが、これでは我が艦隊は一方的にやられます! 下手をすれば、全滅の危険性が!」

 

「だが、これを耐え凌いだその先で、勝機は現れる」

 

「……」

 

「数で劣る我々がこの海戦で有利に立つには、これしかない」

 

「……」

 

 

 

 

「観測機より報告! 敵戦艦部隊を確認! 11時の方向! 距離3万8千!」

 

 ソビエツカヤ・ロシアの艦橋では観測機からの報告を通信兵が伝えると、司令官と参謀は双眼鏡を覗く。

 

「ふむ。先頭の3隻は同型で大きいな」

 

「えぇ。恐らくこのソビエツカヤ・ロシアと同等かと」

 

「となると、16インチはあると考えた方がいいか」

 

「ですが他の艦はガングート級より小柄のように見えますので、主砲は小さいと思われます」

 

「うむ。なら、こちらから一方的に撃てるな」

 

「はい」

 

 

「ん?」

 

 双眼鏡で敵艦隊を見ていると、艦隊の動きに変化が現れる。

 

「なんだ? 艦隊が右へ回頭を始めたぞ」

 

「自ら側面を見せるとは? 気でも狂ったか?」

 

「だが、これは神が与えてくれたチャンスだ。無駄にはするな」

 

 司令官は制帽を脱ぎ十字を描くと再度前を見る。

 

「回頭始め。敵戦艦を海の藻屑にしろ!」

 

 全戦艦は回頭を始め砲がすべて敵艦隊へと向けられ、照準を定めた砲から砲撃が始まる。

 

 

 

『敵艦発砲!!』

 

「……」

 

 防空指揮所からの報告が艦橋に届き、しばらくして空気を切り裂く独特の音とともに砲弾が艦隊周囲の海面に着弾し、いくつもの巨大な水柱を上げる。

 

「こ、これは……!」

 

「やはり相手の全ての戦艦の砲は16インチはあるか」

 

 衝撃で船体が揺れるのを感じながら呟く間にも次々と砲弾の雨が艦隊の周囲に着弾して巨大な水柱を上げ、轟音と衝撃が襲う。

 

「ッ! 砲術長! 狙うは敵旗艦だ! 他には目をくれるな!」

 

『了解! 扶桑海軍の大砲屋から学んだ技術を見せてやります!!』

 

 艦長は伝声管に向かって叫び、砲術長へ指示を送ると砲術長よりそう返事が返ってくる。

 

(あと2,3回で命中弾はあるな)

 

 

 そう考えた直後、金属が砕け爆発する音が響く。

 

「っ! ベルキューズ及びアルミード、レーヌに直撃弾!」

 

 その報告を聞きとっさに艦隊を全体的に見渡せる場所に向かうと、デヴァスタシオンの後ろを航行するベルキューズとその後ろを航行するアルミードとレーヌが黒煙を上げている。

 するとベルキューズの艦橋に設置されている探照灯が点滅する。

 

「『サ・ン・バ・ン・ホ・ウ・ト・ウ・ニ・チョ・ク・ゲ・キ・ソ・ン・カ・イ・ス・ル・モ・コ・ウ・コ・ウ・ニ・シ・ショ・ウ・ナ・シ』か」

 

 提督はホッと安堵の息をつく。

 

「何とか耐えましたが、次は……」

 

「分かっている。こちらの戦力が削がれる前にやるぞ」

 

「ハッ!」

 

 

「っ! アルミードとレーヌより入電! 『我、機関損傷! 戦速維持困難!』」

 

「なに!?」

 

 通信兵からの報告を聞き提督は目を見開く。

 

『指揮所から艦橋! アルミードとレーヌが艦隊から落伍しています!』

 

 艦隊から黒煙を上げるアルミードとレーヌが艦列から逸れていく。

 

「やはり16インチには耐えられなかったか!」

 

「くっ!」

 

 

 しかし直後にサザンクロスに砲弾が3発直撃し、その内1発は弾いたが2発が左舷副砲群に直撃し、数門を吹き飛ばす。

 

「ぬぉっ!?」

 

 衝撃が艦全体に伝わり、提督は倒れそうになるも何とか踏ん張る。

 

「ひ、被害報告!」

 

『左舷3番及び5番副砲に直撃! 死傷者多数!!』

『されど航行に支障なし!』

 

「ダメージコントロール! 急げ!」

 

「まさかこうも早く当ててくるとは」

 

 提督は相手の砲兵の錬度に息を呑む。

 

 

 敵戦艦部隊から雨霰の如く砲弾が艦隊に襲い掛かり、トリオンファン、デヴァスタシオンにも砲弾が直撃するも損傷は軽微であった。

 

 そしてその時は訪れる。

 

 

「敵旗艦、サザンクロス、トリオンファン、デヴァスタシオンの有効射程に入りました!」

 

『砲撃支援システムに諸元入力! いつでも行けます!!』

 

「よし。目標、敵旗艦! 全艦! 撃ち方はじめ!!」

 

「目標、敵旗艦! 全艦! 撃ち方はじめぇ!!」

 

 提督の指示を艦長が伝声管に向かって復唱し、サザンクロス級の3隻の戦艦の主砲が敵艦隊に向かって一斉に轟音と共に火を吹く。

 

 

 

「敵艦発砲!!」

 

「来るか!」

 

 艦橋から出て指揮所にいる司令官は上空を見上げる。

 

 

「だんちゃぁぁぁぁぁぁぁく、今っ!!」

 

 

 空気を切り裂く音が徐々に大きくなり、ソビエツカヤ・ロシアの周囲に着弾すると、爆発とともに辺りが火の海と化す。

 

「な、何だあの砲弾は!?」

 

「ま、また来ます!!」

 

 正体不明の砲弾に司令官は驚愕するも続けて砲弾が飛来し、ソビエツカヤ・ロシアの周囲に着弾して辺り一面を火の海にする。

 

「これは、まさか――――」

 

「敵艦発砲!」

 

 司令官が最後まで言い終える前に更に敵艦が砲撃する。

 

「これは、近いぞ」

 

 徐々に近付いてくる飛翔音に司令官は息を呑む。

 

 

 そして直後にソビエツカヤ・ロシアの周囲に着弾して爆発とともに炎上し、その内2発が直撃する。

 

「ぬぉっ!?」

 

 その瞬間爆発が起きて艦全体に衝撃が走り、更に甲板上で炎が上がる。

 

「ひ、被害報告!」

 

『甲板上及び艦内で火災発生! 速射砲及び機銃群の弾薬が爆発しています!!』

 

 次々と報告が防空指揮所に上がってきて直後に左舷の速射砲群が次々と爆発を起こす。

 

「やはりこれは、ナパームか!?」

 

「司令! ここは危険です! 中にお入りください!!」

 

 司令官は副長に押されながら艦内に入れられると、直後に飛翔音が響く。 

 

 そしてソビエツカヤ・ロシアにいくつかの砲弾が直撃し、たちまち炎に包まれる。

 

 

 

『敵旗艦に直撃! 甲板上で火災発生! 大炎上です!』

 

「おぉ!!」と艦橋要員たちが声を上げる。

 

「さすが『五式複合弾』ですな」

 

「うむ。扶桑海軍から性能は聞かされていたが、まさかこれほどとはな」

 

 炎上する敵旗艦を見ながら提督と艦長はサザンクロス級が放った砲弾を思い出す。

 

 五式複合弾は徹甲弾に榴弾、焼夷弾の三種類の砲弾を一つに纏めた砲弾で、敵艦を貫徹した後内臓された可燃物を艦内部に撒き散らし、最後に爆発を起こして辺り一面を炎の海にすると、極めて攻撃的な砲弾である。

 元々扶桑海軍で開発されていた物で、試験運用を兼ねてグラミアム海軍にいくつかが提供され、サザンクロス級に搭載されていた。

 

「それに初弾から至近弾を出すとは、あの砲撃支援システムというものは凄まじいな」

 

「サザンクロス級の電探との連動射撃を合わせても、あれだけの精度ですからね。扶桑海軍ではこれよりも更に性能の高いものがあると言いますし」

 

「本当に、あの国と戦を交えなかったのを幸運と思うよ」

 

「全くです」

 

 

「艦長! ベルキューズ級の有効射程に入りました!」

 

「よし! 敵旗艦に集中攻撃! このまま沈めるぞ!」

 

 

 その後ベルキューズ級戦艦も含めた戦艦群の砲撃が一斉に開始され、炎上するソビエツカヤ・ロシアに砲弾の雨が降り注ぐ。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「見えた! 敵機動部隊だ!」

 

 空母から飛び立った攻撃隊はロヴィエア連邦国海軍の機動部隊を捉える。

 

「いいか! 狙うは空母だ! それ以外は空母が無理と判断した機が狙え!!」

 

 ジル攻撃機に乗る攻撃隊の総隊長は各機にそう告げる。

 

「っ! マートより敵機発見との報告が!」

 

「来たか! 戦闘機隊に連絡! 相手をしてやれ!」

 

「ハッ!」

 

 すぐに攻撃隊の周囲を飛ぶ戦闘機隊が増装を切り離して速度と高度を上げて敵戦闘機の迎撃に向かう。

 

「行くぞ! 訓練通り這うように!!」

 

 攻撃隊は急降下爆撃機と雷撃機と分かれてそれぞれの攻撃高度へと向かう。

 

 

 

 

 攻撃隊が敵機動部隊へと向かう中、ロヴィエア海軍とグラミアム海軍の戦闘機隊が接敵し、激しい空戦が繰り広げられていた。

 

「くそっ! 振り切れん!」

 

 ロヴィエア海軍の主力戦闘機『Yak-9』とグラミアム海軍のジークとファルコが飛び交い、Yak-9がジークに追い回されている。

 

 ジークに巴戦を仕掛けようとYak-9が旋回するも、運動性能ではジークの方が遥かに上であっという間にジークがYak-9の背後に付く。

 

「若干古いが、ジークを舐めんなよ!」

 

 ジークを操る搭乗員は20mm機関砲の引金を引き、両翼の20mm機関砲が火を吹いてYak-9の右翼を蜂の巣にして破壊し、機体は回転を起こして海へと落下する。

 

「どうだ!」

 

 落ちていく機体を確認すると敵機に追われている味方機を見つけてすぐに救援へと向かう。

 

「くそっ! 気をつけろ! こいつら手強いぞ!」

 

 Yak-9のパイロットは他のパイロットに警告するも直後にファルコが直上から両翼の30mm機関砲と機首の20mm機関砲を放ち、敵機体を蜂の巣にする。

 

「っ!」

 

 ファルコの搭乗員は上昇するべく操縦桿を後ろに倒して上昇しようとするも敵機が後ろから迫ってくるのを勘で察してとっさに操縦桿とフットペダルを右に倒して機体が右方向へ傾きつつ針路を変え、それによって攻撃を加えようと敵機が機銃を放つも全てかわされる。

 

「馬鹿な!? 今のをかわしただと!?」

 

 Yak-9のパイロットは驚愕の表情を浮かべ、直後に後ろから迫ってきた別のファルコの機銃掃射を受けて蜂の巣にされ、炎を吹き出して落ちていく。

 

「すげぇ! このファルコ、ジークより凄いぞ!」

 

 ファルコの性能に搭乗員は驚きを隠せなかったが、すぐさま気持ちを切り替えて手近の敵機を探す。

 

 

 

 

「撃て撃て!! やつらを叩き落とせ!!」

 

 ロヴィエア海軍の機動部隊は攻撃隊の襲撃を受け、各艦から対空兵装や両用砲から無数の弾や砲弾が放たれ、密度のある弾幕が張られる。

 

 

 海面すれすれの超低空飛行で機動部隊へと迫るジル雷撃隊は海面に砲弾が着弾したことで発生する水柱や衝撃波に襲われながらも突き進む。

 

「こ、これが実戦の空気か!」

 

 訓練と異なる実戦の空気にジルの搭乗員は身体を強張らせて息を呑む。

 

「だ、だが! 扶桑海軍との合同訓練の時の弾幕と比べれば! なんてことは無い!!」

 

 直後榴弾の着弾で上がった水柱に巻き込まれたジルが海面に叩きつけられる機が現れ、更には運悪く榴弾の直撃を受けたジルが爆散する。

 

「3番機と5番機、8番機が墜ちました!」

 

「くっ!」

 

 機銃から雨霰の如く放たれる弾や破片がジル攻撃機に襲い掛かるも、直撃直前で何かに弾かれたかのように弾や破片はあらぬ方向へ飛んでいく。

 

「ディック! 魚雷を投下するまで頑張れ!!」

 

「了解!」

 

 操縦席に座る搭乗員は後ろの席で集中している搭乗員が返事を返す。

 

 グラミアム海軍の雷撃機と急降下爆撃機の乗員数は操縦員に通信員兼偵察員、後部機銃手の計3名で構成されている。この点は扶桑海軍でも同じだ。しかしグラミアム海軍では、通信員兼偵察員は魔術師であることが絶対条件であり、その理由は魔法障壁を張るためである。

 魔法障壁は使用する魔力の量を増やすごとに強度が上がり、その強度は80mmクラスの高射砲の直撃に耐えられるが、その分維持できる時間も長くは無い。

 

 だが、今回は小口径の弾と榴弾の破片らしく、障壁が消える気配は無い。

 

 

『こちら6番機! 巡洋艦が前に来たため、このまま投下します!』

 

 敵機動部隊に迫る雷撃隊だが、それを護衛艦が見逃すはずも無く、盾になるべく雷撃隊の針路に立ち塞がる。それにより空母攻撃を断念した雷撃機3機が魚雷を投下して一足先に離脱する。

 投下した魚雷3本は一直線に走り、針路を塞ぎに来たロヴィエア海軍の『キーロフ級巡洋艦』の1番艦『キーロフ』に全て命中し、キーロフの右舷に三本の水柱が上がり、船体は三箇所を大きく抉られる。

 

「さすがにタダで通してくれるわけ無いか!」

 

 激しい弾幕を回避して命中しそうになる弾や破片は魔法障壁で弾いて雷撃隊は空母に向かう。

 

 

 

「えぇい! なぜだ!? なぜ敵機を落とせんのだ!?」

 

 ウクライナ級航空母艦の艦長は攻撃を受けても向かってくる雷撃隊に狼狽していた。

 

「敵機の目の前でなぜか弾が弾かれています! 恐らく敵機は何らかの障壁を張っている模様!」

 

「そんな馬鹿なことがあってたまるか! 障壁程度で防げれるものではないぞ!? 第一どうやって――――」

 

 

 

『敵機急降下ぁっ!!』

 

「っ!?」

 

 監視所からの叫び声の様な報告がブリッジに響き、直後にジュディ爆撃機が機首を真下に向け空母へと急降下する。

 

「撃て撃て!! 撃ち落とせ!!」

 

 指揮官の怒号を掻き消す轟音が機銃と両用砲から放たれ空母の上空に弾幕を張る。

 

 

「……」

 

 急降下中のジュディの搭乗員は榴弾の爆発時の衝撃波により機体が振動するのを感じながら空母を見据える。

 

 自分の機体の周りには同じく急降下するジュディ爆撃機が空母を目指すも、運悪く榴弾の直撃を受けた隣の機体が爆散する。

 

(まだだ……まだだ……!)

 

 空母が迫りつつある中搭乗員は投下レバーを握り締めてタイミングを待つ。

 

 

『隊長! 急降下爆撃隊です!』

 

「っ!」

 

 急降下爆撃隊に気付いた雷撃隊のジル1機の搭乗員が隊長機に報告し、隊長機の操縦手は顔を上げる。

 

「チャンスだ! 空母が回避行動を取っている!」

 

 急降下する爆撃機からの爆撃を回避しようと空母が回頭を始めていた。雷撃隊にとってはまたもないチャンスだ。

 

「このチャンスを逃すな! 全機! 突撃せよ!!」

 

 雷撃隊は弾幕と護衛艦の合間を潜り抜け空母へ向かう。

 

 

「投下ッ!!」

 

 そして目と鼻の先まで空母が迫る中、搭乗員は投下レバーを引き、開かれた爆弾倉から50番爆弾と両翼の25番爆弾が投下されてとっさに操縦桿を後ろに倒し、ジュディは急上昇する。

 

 他の機体も爆弾を投下して上昇し、投下された爆弾15発は6つ海上に落ちて爆発して水柱を上げるが、残り9つは空母の飛行甲板に命中し、爆発を起こす。

 

「ぬぉっ!?」

 

 衝撃が艦全体を揺らし艦橋に居た艦長はバランスを崩し前に倒れる。

 

「くっ! 被害報告!!」

 

「飛行甲板に直撃弾が9! 航空機離着艦不能!!」

 

「くぅ! 甲板をやられたか!」

 

 近くにあった机にしがみつきながら艦長は立ち上がり机を叩き付ける。

 

「っ! レーニングラード及びミンスクにも直撃弾! あぁ! ノヴォロシースクにまで!!」

 

 すると他の空母もに急降下爆撃隊や雷撃隊の攻撃が襲い掛かり、それぞれ損傷を受ける。

 

「艦長! 我が艦を含め、全ての空母が!」

 

「なんということだ。これでは……」

 

 

 

「投下ぁっ!!」

 

 有効射程内に入った雷撃隊はそれぞれが抱えている魚雷を投下し、重荷がなくなったことによって機体が浮かび上がってそれを利用してジル雷撃機は一斉に離脱する。

 

 しかし遅れた1機が弾や破片の直撃を受けて機体全体から火を吹く。

 

「っ! ランド!!」

 

 友人の乗る機体が炎上して離脱したジルの搭乗員は思わず叫ぶ。

 

 彼の乗るジルは火達磨になりつつも離脱せずそのまま敵空母へと直進し、機銃から放たれる弾に機体を撃ち抜かれながらも驀進し、ついには敵空母の艦橋に衝突して爆散する。

 

「……ランド」

 

 体当たりをして散った友人の名前を漏らし、搭乗員はグラミアム海軍式の拳を作った右手を左胸に置いた敬礼を向ける。

 

 

 投下された計5本の魚雷は回避行動を取る空母へと向かっていき、1本は先を読み過ぎて外れるが残り4本は空母の右舷に直撃し水柱を轟音とともに高く上げる。

 

 同じく他の空母も2本から3本の水柱を轟音とともにあげ、同時に空母に辿り着けられなかった雷撃機が護衛艦に向けて投下した魚雷が護衛艦に命中して水柱を上げると同時に船体に深刻なダメージを負わせる。

 

「あれじゃそう長くは持たんだろう。これより帰還する」

 

 ジル雷撃隊とジュディ爆撃隊は沈み行く敵機動部隊を一瞥して母艦へと向かっていく。

 

 

 

 

 




活動報告にてアンケートの中間報告とちょっとした出来事を投稿しましたので、そちらも見ていただいたらうれしいです。


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第六十一話 

大分投稿が遅れてしまい、本当に申し訳ございません。
では、どうぞ

追記8/27
指摘があったので一部変更


 

 

 

 

 所は変わり、テロル諸島の一つであるミルヒ島……

 

 

 

 

「……」

 

 荒れた地表が広がる荒野に偽装シートで巧妙に偽装された穴の中に潜む74式戦車の車内で西大佐は腕を組んで目を瞑り、ジッとその時を待っていた。

 

 

 

「大佐。偵察部隊から報告。敵戦車部隊を捕捉したと」

 

「そうか。ようやく来たか」

 

 無線手が周囲を警戒していた歩兵からの報告を西大佐に伝えると、西大佐は瞑っている目を開ける。

 

「各車に連絡。仕事の時間だ」

 

「了解」

 

 無線手は同じく潜んでいる各戦車に連絡を入れる。

 

 少しして穴に潜んでいる74式戦車各車はエンジンを始動させ、油圧サスペンションで車体を上げて偽装シートを持ち上げ、前に少し前進して主砲の砲口を出す。

 

「それで、相手は何輌だ」

 

「ハッ。中戦車級が20輌と、規模から見て恐らく重戦車級はある戦車が10輌の計30輌とのことです」

 

「ふむ。重戦車か。となると砲は80から90、もしくはそれ以上か」

 

「もし100以上ですと撃破されなくても直撃時の衝撃で損害を被ります。ですが下手すれば74式でも」

 

「そうだな。ならば重戦車を優先して撃破だ。各車に連絡! 1号車から5号車は重戦車を優先して撃破! 他は中戦車をやれ!」

 

『了解!』

 

 連絡が行き渡ると各車輌はそれぞれの目標に狙いを定める。

 

 

「撃てっ!!」

 

「発射っ!!」

 

 そして敵戦車部隊が74式戦車の前に出てくると、西大佐の号令とともに74式戦車の55口径110mmライフル砲が轟音と衝撃とともに砲弾を放ち、重戦車ことIS-2の足回りに命中して内部で爆発を起こして弾薬の爆発とともに砲塔が吹き飛ぶ。

 それを合図に各車が砲撃を始めて、IS-2やT-34-85などのそれぞれの目標に命中させて撃破する。

 

 突然の攻撃を受けたロヴィエア軍の戦車隊は思わず停車してしまう車輌やその停車した車輌の後ろから追突する車輌が続出するもすぐに発砲炎を確認してそこに向けて砲塔を旋回させ、撃ち返してくる。

 しかし、砲塔以外地面の下にある74式戦車の被弾面積が少ないとあって、砲弾は命中せず74式戦車の後方に着弾する。

 

「装填よし!」

 

「撃てっ!」

 

 装填手の装填完了の合図とともに砲手が引金を引き、55口径110mmライフル砲が轟音とともに砲弾を放ち、IS-2の砲塔ターレットリングに命中して貫徹し、内部で爆発を起こして乗員を殺傷する。

 

 そのあいだにも他の74式戦車も次々と砲撃し、T-34とIS-2を撃破していく。

 

 

「な、なんだ!?」

 

 突然の砲撃に次々と周りの味方の戦車が撃破され、IS-2に乗る中隊長は戸惑う。

 

「と、トーチカからの砲撃です! 味方戦車が次々とやられています!」

 

「くっ! 今まで息を潜めていたのか! おのれぇ!」

 

 74式戦車の砲撃をトーチカからの砲撃と中隊長は勘違いし、車体ごと旋回させるように指示を出してIS-2の主砲を放たせる。

 

 放たれた砲弾は74式戦車の潜む偽装穴の周囲に着弾して砂煙を上げるも74式戦車自体には命中していない。

 お返しと言わんばかりに74式戦車各車が砲撃し、更にT-34-85とIS-2に命中させて撃破する。

 

 そんな中IS-2は轟音とともに砲弾を放ち、74式戦車が潜む偽装穴付近に着弾すると爆風で穴を覆い隠しているシートが吹き飛び、74式戦車の姿が露になる。

 

「っ! トーチカじゃない!? 戦車が潜んでいたのか!」

 

 中隊長は驚きを露にするが、その直後74式戦車が放った砲弾がIS-2の車体正面の操縦手の見るバイザーに直撃してそのまま貫通し、内部で爆発を起こして車内の乗員を殺傷する。

 

「敵重戦車撃破!」

 

「さすがだ吉田!」

 

 西大佐が砲手を褒めた直後、左2輌目の74式戦車が砲塔正面の砲身根元下部にIS-2の放った対戦車榴弾の直撃を受け爆発し、その後動きを止める。

 

 更に隣の74式戦車にT-34-85の放った砲弾が砲身に直撃し、それと同時に74式戦車が砲撃したがために砲身が破裂する。

 

「っ!5号車と6号車がやられました!」

 

「ぬぅ!」

 

 西大佐は無意識に拳を握り締めると、他の74式戦車が敵討ちと言わんばかりにIS-2に向けて一斉に砲撃し、複数の砲弾が砲塔や車体に命中してIS-2は文字通り粉砕される。

 

 

「っ! 大佐! 敵戦車が撤退します!」

 

 中隊長車が撃破され、一方的に砲撃されてか敵戦車部隊は元来た道へと後退していく。

 

「1輌も逃がすものか! 全車前進!!」

 

 西大佐の指示とともに偽装穴よりシートを押し退けて74式戦車が這い出てきて敵戦車部隊の追撃に入る。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所は変わってハヴァ島……

 

 

 

「えぇい! まだ海軍との連絡が付かないのか!?」

 

 ハヴァ島に上陸した部隊の指揮所では指揮官が机に拳を叩きつけて怒鳴る。

 

「それが、戦艦部隊と機動部隊は敵艦隊が接近しているとあって、一部を残して島々から離れた海域に居るそうです」

 

「何だと!? では我々は上空と海上からの援護なしで進撃しろというのか!?」

 

「げ、現状ではそうなります」

 

「くっ! 自分の身の方がそんなに大事か! 海軍の腰抜け共が!!」

 

 指揮官は机を殴りつける。

 

「……」

 

 指揮官は深呼吸をして苛立ちを何とか抑え、戦況を問い掛ける。

 

「それで、戦線はどうなっている?」

 

「は、ハッ。予想以上に敵の攻撃が激しく、多くの兵士が負傷して戦車も多くが損傷しております」

「それに敵は地下に防衛線を構築しているとあって、砲撃に爆撃の効果がイマイチです」

 

「……」

 

「今は敵の航空戦力は確認されていませんが、出てこないとは思えません」

「恐らくこの状況に乗じて敵の航空戦力が現れる可能性があります」

 

「それと、各地からファシストのタイガー重戦車に酷似した戦車が確認されています。それ以外はファシストや資本主義者の戦車とは異なるそうですが」

 

「それでもT-34やIS-2並かそれ以上なのだろう?」

 

「は、はい。信じ難いですが、その通りです」

 

「……」

 

 指揮官は腕を組んで静かに唸る。

 

「どうしますか?」

 

「……」

 

 

 

 ――――♪

 

 

 

「ん?」

 

 すると砲撃音や爆発音に似合わない音楽が指揮所にいる指揮官と将校達の耳に届く。

 

「何だ、音楽は?」

 

「わ、分かりません」

 

「そもそも、戦場で音楽なんて」

 

 突然戦場に似合わない音楽に将校達は戸惑いテントの外に出る。

 

 

「なっ!?」

 

 そして彼らが目にしたのは、見たことの無い空を飛ぶ機体がこちらに向かって来ており、更に音楽の発信源がその機体群であった。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「おー。ウヨウヨ居やがるぜ!」

 

 上空を編隊を組んで飛ぶ陸上自衛隊の『UH-1J』に似た扶桑陸軍の輸送攻撃ヘリコプター『隼』が陸上自衛隊の『AH-64D アパッチ・ロングボウ』に似た多目的攻撃ヘリ『大鷲』と『AH-1 コブラ』に似た対地攻撃ヘリ『小鷹』の護衛を従え指令所へと向かっていた。

 

「しかし、あれを大音量で流す意味あるんですか?」

 

 側面のドアを開けて搭載されている三式重機関銃改のコッキングハンドルを引きながら兵士は指揮官機の隼に取り付けられたスピーカーよりヘリのエンジン音に負けないぐらい大音量で流れる『ワルキューレの騎行』に戸惑いを見せる。

 

「隊長が言ってたぜ!! アレ流したら敵がビビリまくるんだとよ!!」

 

「本当かよそれ!!」

 

「あぁ!! 未だに活動している旧帝国軍の残党共もこれ聞いて恐怖していたんだとよ!!」

 

「マジか!?」

 

 

『各機! 攻撃態勢を取れ!』

 

 指揮官機から指示が下り、銃座や89式小銃を構える兵士達は気を引き締める。

 

『イェーガー各機は地上にある物を喰らい尽くせ!』

 

『了解!!』

 

 指示を受けた大鷲と小鷹各機は隼の前に出て指揮所へと突撃する。

 

 指揮所では兵士達が小銃やサブマシンガン、機関銃を使って大鷲と小鷹の迎撃を試みるも弾は掠りもしない。

 

 距離が詰まってきたところで大鷲各機は機体側面のロケットポッドから次々とロケット弾と機首の30mm機関砲を放ち、指揮所の近くに停車していた戦車を破壊し、流れ弾が近くにいた兵士を次々と粉砕していく。

 同じくして小鷹各機も機首の20mm機関砲と機体側面のロケットポッドを放ち、歩兵と対空砲を潰していく。

 

 

 そして隼各機が指揮所へと突入し、三式重機関銃改や兵士の持つ89式小銃による銃撃を始める。

 

 ロヴィエア軍側の兵士達は果敢に反撃を試みるも隼の三式重機関銃改や兵士の持つ89式小銃の銃撃により一人、また一人と命を刈り取られていく。

 

「一方的だなこりゃ!!」

 

「あぁ全くだ!! 本当に戦場は地獄だぜ!!」

 

 89式小銃のマガジンを交換しながら兵士が叫び、三式重機関銃改を放ちながら兵士が同じくそう叫ぶ。

 

 

 

「くそっ! 一体何だアレは!?」

 

「分かりません!」

 

 大鷲と小鷹の攻撃を受けて混乱する指揮所ではヘルメットを被った指揮官が塹壕に隠れつつ愚痴るように叫ぶ。

 隣では副官がppsh-41を小鷹に向けて放つも、弾は小鷹に数発掠るのみで撃墜には至らない。

 

「とにかく! ここは危険です! すぐに撤退を!」

 

「撤退だと!? 我がロヴィエア陸軍が敵に背を向けるというのか!」

 

「このままでは全滅を待つだけです!! 早く撤退を!!」

 

 副官が叫んだ瞬間、隼の三式重機関銃改の放った弾丸が地面に当たって兆弾し、そのまま副官の頭に命中してざくろのように粉々に粉砕される。

 

「っ!?」

 

 指揮官は絶句して数歩後ろに下がる。

 

「こ、こんな、こんなこと……」

 

 

 その直後1機の小鷹が塹壕の前で空中に静止すると機首の20mm機関砲を放ち、塹壕に居た兵士達と共に指揮官も文字通り粉々に粉砕されてこの世を去る。

 

 

 だが、上陸部隊の悪夢は、これからであった。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 時系列は下り、テロル諸島より離れた海域。

 

 

「大分手酷くやられたな」

 

「えぇ」

 

 サザンクロスの艦橋で提督と艦長は薄く黒煙を上げて傷付いた艦艇群を見て言葉を漏らす。

 

 あれからロヴィエア海軍の戦艦部隊と砲撃戦を繰り広げて、サザンクロス級3隻は副砲や対空銃座、設備などがいくつか損壊する損傷を受け、ベルキューズ級は幸い沈没する艦は出なかったが、中破、大破した艦がちらほらといる。

 

「サザンクロスにトリオンファン、デヴァスタシオンは軽い損傷とは言えませんが他と比べれば浅いですね」

 

「何せこの中では一番最新鋭だからな。火力も防御も今までの物とは桁が違う」

 

「そうですね。ですが、ベルキューズ級は」

 

「分かっている」

 

 提督は特に損傷の酷いベルキューズ級戦艦を見つめる。

 

 特に損傷の激しかったアルミードとレーヌは傾斜が生じており、他のベルキューズ級に曳航されている。

 

「やはり、サザンクロス級の更なる建造と新鋭艦の建造が必要だな」

 

「それまではベルキューズ級には頑張ってもらわなければなりませんね」

 

「そうだな」

 

 

「ですが、敵旗艦を潰せたのは大きいですね」

 

「うむ。これである程度指揮系統に乱れが起こればよいのだがな」

 

「そうですね。まぁどちらにしても」

 

「あぁ。我々の役目はここまでだ。後はフソウに任せるとしよう」

 

 提督は敵艦隊が居た方角を一瞥し、前へと向き直る。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 時系列は更に下る。

 

 

 

 辺り一面暗くなり、満月の光が薄っすらと暗闇を照らしている海上を、多くの軍艦が陣形を組んで目的の海域を目指している。

 

 

 先頭を航行するのは原子力航空母艦赤城に加賀を主体とする第一航空戦隊に原子力航空母艦蒼龍に飛龍を主体とする第二航空戦隊で、その後方を戦艦紀伊を旗艦に戦艦尾張、とある事情でこの場には居ない大和を除く大和型戦艦に岩木型巡洋戦艦、新金剛型戦艦で構成された戦艦部隊、更にその後方をリベリアン合衆国の艦隊が続く。

 

 

「長官。間も無くテロル諸島を艦載機の活動範囲内に捉えます」

 

「うむ」

 

 戦艦紀伊の昼戦艦橋に立つ大石長官は参謀の報告を聞き、命令を下す。

 

「第一、第二航空戦隊に打電! 攻撃隊を発艦させろ!」

 

「ハッ!」

 

 参謀はすぐ通信兵に第一、第二航空戦隊に攻撃隊発艦命令を伝えるように指示を出す。

 

「我が戦艦部隊はグラミアム海軍が交戦した敵戦艦部隊の殲滅に向かう。リベリアン艦隊は機動部隊と共にテロル諸島周辺を占める敵艦隊の殲滅を援護するように伝えよ」

 

「ハッ!」

 

 

 

 そこからの扶桑海軍の行動は早かった。

 

 

 

 各空母から警報が鳴り響き、艦載機が次々と甲板へ上げられる。

 

 赤城、加賀の甲板には主力ジェット戦闘機閃雷に空軍の攻撃機雷龍の艦載機仕様であるジェット攻撃機水龍が優先的に上げられ、この後に近代化改修された烈風や彗星、流星などのレシプロ機も出撃する。

 閃雷と水龍にはそれぞれ空対艦ミサイルを搭載し、彗星に流星は従来通りの爆弾や魚雷を搭載して出撃する。

 

 閃雷と水龍はそれぞれの空母から蒸気カタパルトを用いて急加速して飛び立つ。

 

 そのあいだに蒼龍と飛龍から閃雷と水龍とは異なる航空機が甲板に上げられる。

 

 明らかに前二つの機体よりも巨大で翼には2機の大型ジェットエンジンを積んでおり、その形状は陸上攻撃機『銀河』に酷似している。

 

 扶桑海軍が開発した双発ジェット攻撃機『天雷』と呼ばれ、大型の空対艦ミサイルや大型ロケット推進魚雷を搭載することを目的に開発されており、攻撃力は他のジェット機と比べると破格なものだ。

 但し大型ゆえに大型の原子力航空母艦である赤城型、加賀型、蒼龍型でも搭載出来る数は少なく、発艦する際には補助ロケットブースターを用いて安全に飛べるぐらいと、艦載機としては発艦に関してかなり危ない要素を持ち合わせている。

 

 一見すれば天雷は艦載機向きではないが、それは後々とあることで解決する。

 

 

 それはともかくとして、天雷は蒼龍と飛龍から補助ロケットブースターを使いつつ蒸気カタパルトで甲板から飛び立ち、閃雷と水龍の編隊に加わる。

 

 そしてジェット機が全て飛び立つと最後に烈風と流星、彗星もカタパルトを用いて甲板から飛び立つ。

 

 

「最初辺り飛び立ったの全部ジェット機かよ」

 

 モンタナの艦橋からトーマスは双眼鏡で各空母から飛び立つ閃雷に水龍を見て思わず声を漏らす。

 

(しかもジェット双発機の艦載機まで。まだこっちはゲルマニアのMe262からようやくマシな物ができたってレベルなのに)

 

 げんなりとした様子で内心呟く。

 

「それにしても、いくらカタパルトを用いていると言っても、よくこんな夜間で簡単に発艦できるな」

 

「それほど練度が高いということでしょう」

 

 隣に立つモンタナの艦長はトーマスの言葉に答えるように声を漏らす。

 

「まぁ、我々のボーイ達も練度は高いですよ。それがレディ・レックスにシスター・サラ、オールド・ヨーキィ、ビックEの所属ならね」

 

「……」

 

 後方では空母レキシントン、サラトガ、ヨークタウン、エンタープライズからF6Fヘルキャット、SB2Cヘルダイバー、TBFアベンジャーが次々と飛び立ち、扶桑の烈風と彗星、流星の編隊と合流してテロル諸島を目指す。

 

「さてと、空母はこのまま扶桑海軍の空母群と共に行動。我が戦艦部隊はこれよりテロル諸島周辺を占める敵艦隊の殲滅に入る」

 

「ハッ!」

 

 トーマスの指示で空母4隻は戦艦部隊から離脱して扶桑海軍側の空母群と合流し、戦艦モンタナを筆頭にアイオワ級6隻はテロル諸島を目指す。

 

 

 

 




次回、ロヴィエア軍涙目確定(笑)


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第六十二話 

大分遅れましたが、最新話投稿です。
そういえば、本作を連載してもう2年が経つんですねぇ。当時はまだ学生だったのに、今じゃ社会人……
時間が経つのは本当に早いですね。

では、どうぞ


 

 

 

 

 時間は過ぎ、日が昇り出して辺りが明るくなり始めた。

 

 

 

 ハヴァ島周辺ではロヴィエア海軍の戦艦や巡洋艦、駆逐艦が絶えず島に向けて砲撃を行っている。

 

「くそ。砲弾の残りが少ないっていうのに、航空機の支援はどうしたってんだよ」

 

 砲撃を行っているガングート級戦艦の艦橋で艦長が愚痴を零す。

 

 あれから航空支援が絶えてしまい、絶えず軍艦からの艦砲射撃を行っているが、その砲弾の残りが心許なくなっている。

 まぁ機動部隊はグラミアム海軍の機動部隊によって壊滅的打撃を与えられているのだが、まだその情報が行き届いていないのだ。

 

(それに増援が来るはずだが、いつまで経っても来ないのはなぜだ?)

 

 艦長が知る由も無かったが、増援としてこちらに向かっていた艦隊は、扶桑海軍の秘匿艦隊である幻影艦隊が他の潜水艦隊と共に最新鋭の誘導魚雷による長距離雷撃を行い、これを殲滅している。

 しかも襲撃された報告を送ろうにも電波妨害を幻影艦隊によって行われたので、増援艦隊が壊滅したことは誰にも伝わっていない。

 

(いったい何が起きている?)

 

 

 

「っ! 艦長!」

 

 様々な考えが頭の中を駆け巡っている中、通信兵が艦長のもとへと駆け寄る。

 

「どうした?」

 

「島々の周囲を監視している駆逐艦からの報告です! こちらに向かってくる飛行体を確認したと!」

 

「なに?」

 

 一瞬味方の航空隊が来たのかと期待したが、すぐに違うと判断する。

 

「味方、ではないな?」

 

「は、はい。明らかに我が軍の艦載機よりも速い速度でこちらに向かってきていると」

 

「……」

 

 つまり、こちらに向かってきているのは、敵機……

 

「各艦に伝えろ! 対空戦闘準備と!」

 

「ハッ!!」

 

 

 

 しかし時既に遅かった……

 

 

 

 

「っ!」

 

 水平線上の向こうから太陽が昇り空と海面を照らしていき、その光に艦長は思わず目を覆うが、その太陽に黒点が現れる。

 次第に黒点は大きくなり、やがてそのシルエットも明らかになってくる。

 

「なっ!?」

 

 艦長は驚愕の表情を浮かべる。

 

 なぜなら、太陽を背にして、無数の見たことも無い航空機がこちらに向かってきたのだから。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「目標捕捉!」

 

 各空母から飛び立った閃雷と水龍、天雷はそれぞれ目標を確認し、攻撃態勢を取る。

 

「天雷隊は攻撃開始! その後に水龍隊が続け!」

 

『了解!』

 

 すぐに閃雷各機が左右に分かれると、天雷と水龍各機はそれぞれの目標に狙いを定める。

 

 

 そして天雷各機は機体下部のウェポンベイのハッチが開かれ、そこから艦載機が持つにはかなり大きい大型の空対艦ミサイルが2発姿を現すと、1基ずつロケットエンジンが点火して勢い良く飛び出す。

 全ての天雷がミサイルを放つと元来た方角へと旋回して母艦へと戻っていく。

 

 続けて水龍各機が両翼と機体下部に懸架されている空対艦ミサイル5基を一斉に放ち、天雷と違い引き返さずに閃雷に続く。

 

 

 先に放たれた天雷の空対艦ミサイルは一段目のロケットエンジンを切り離すとジェットエンジンによって更なる加速を掛けて目標に向かって猛進する。

 

「何だあれは!?」

 

「ろ、ロケットか!?」

 

「う、撃て撃て!! 撃ち落とせ!!」

 

 ロヴィエア海軍の艦艇群はすぐに対空銃座や両用砲を放って弾幕を張り、ミサイルを迎撃しようとするも速度が速すぎて機銃の弾は当たらず、両用砲より放たれる対空砲弾は反応する前に通り過ぎられて見当違いの所で爆発する。

 

 ミサイルはそのままガングート級や重巡洋艦、ソヴィエツキー・ソユーズ級戦艦に命中し、元から装甲が無いに等しいガングート級は直撃した箇所の周囲を吹き飛ばされ、更に主砲の弾薬庫を貫かれてそこでミサイルが爆発し、弾薬庫が大爆発を起こして艦体が真っ二つに折れる。

 重巡洋艦はミサイル一発の直撃で艦体が真っ二つに折られて轟沈し、ソヴィエツキー・ソユーズ級に至っては装甲が厚かったのが幸いして数発の直撃に耐えるも、その時点で甲板上にある搭載兵器や設備は壊滅的打撃を負う。

 

 更に水龍の放ったミサイルが軽巡洋艦や駆逐艦に襲い掛かり、次々と大破、轟沈する艦が続出する。

 

 

「く、くそっ!? 何なんだ!?」

 

 ミサイルの直撃を受けたソビエツカヤ・アルメニアは甲板上で火災が発生し、左舷側の対空兵装はほぼ全滅していた。

 

「っ! また来るぞ!!」

 

 今度は閃雷各機より放たれたミサイルが迫ってきて、輸送船へと襲い掛かる。

 

「くそっ!」

 

 船員の一人が対空銃座に着くと本艦に向かってくるミサイルを撃ち落とそうとするも、弾は掠る気配を見せない。

 

 

 と、思われたが偶然にも弾が方向操舵に命中してそれによりミサイルがあらぬ方向へと飛んでいこうとしたが、この戦艦は運がなかった。

 

 そのあらぬ方向と思われた方向にソビエツカヤ・アルメニアの艦橋があり、ミサイルはそのまま艦橋に衝突して爆発し、艦橋に居た艦長を含む乗員全てが戦死する。

 

「あっ……」

 

 乗員は口をあんぐりを開けて呆然と立ち尽くす。

 

 

 だが、艦隊への危機はまだ終わりを告げていなかった。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「オイオイオイ。ほとんど全滅に近いじゃないか」

 

 第一波攻撃隊から遅れてレシプロ機による扶桑海軍とリベリアン海軍の第二次攻撃隊が到着したが、そのときには数多くの艦が沈められ、残ったやつも全て黒煙を上げて傾斜している。

 アベンジャー雷撃機に乗る指揮官のパイロットは殆どが損傷している艦艇群を見て苦笑いを浮かべる。

 

『どうします、隊長? 獲物は手負いで数も少ないですぜ?』

 

「そうだな……」

 

 

『こちら扶桑海軍赤城航空隊。我々は雷撃隊を除いて各島々の陸軍の支援のため、敵上陸部隊の殲滅に入るが、貴隊はどうする?』

 

 と、扶桑海軍のレシプロ機より通信が入る。

 

「こちらレキシントン航空隊。我々も貴隊と共に雷撃隊以外は上陸部隊を叩こう。何せそちらの攻撃隊が大半を喰らったからな」

 

『それは申し訳ない。何せ本格的な実戦は久しぶりですから。大分荒ぶっているのでしょう』

 

「そりゃそうだろうな」

 

 アベンジャーに乗る指揮官は惨状を見て苦笑いを浮かべる。

 

『では、ご武運を』

 

 そして烈風に彗星、爆装流星各機はそれぞれ各島々へと向かっていく。

 

 

「そういうことだ。各機それぞれの島々に上陸した部隊を叩け。雷撃隊は残った艦艇をやれ!」

 

『了解!!』

 

 そうして戦爆隊と爆撃隊は各島々へと向かい、雷撃隊は残った艦艇群へと向かう。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――-―――-―――――――――――――

 

 

 

 

 所は変わって……

 

 

 

「くっ……。まさか、我が海軍が誇る戦艦部隊が」

 

 旗艦であったソビエツカヤ・ロシアが沈められ、5番艦のソビエツカヤ・キルギスに移乗した司令官は悔しげに歯軋りをして手すりに拳を叩き付ける。

 

 ガングート級は殆どが大破しており、速力も10ノットしか出せない状態に陥り、一部に至っては艦橋が破壊されて指揮系統が乱れている艦も居る。

 

「司令。上陸部隊の事もあります。ここは一旦戻ったほうが」 

 

「戻るだと!? やつらに尻尾を見せて逃げろと言うのか!?」

 

 艦長の提案に司令官は怒りの形相で睨みつける。

 

「ですが、司令。相手が引いたのなら、すぐにでも島に戻るべきです。少なくともすぐにこちらを再捕捉するのに時間は掛かります。なので戦力を整えてからでも―――」

 

「黙れ!」

 

 司令官は艦長の肩を掴むとそのまま壁へと強く押し付ける。

 

「貴様は私の顔に泥を塗りつけるつもりか!!」

 

「で、ですが、今の状態で再び敵艦隊と砲撃戦を行うには、あまりにも分が悪すぎます! 機動部隊と連携すれば、殲滅は不可能ではありません!」

 

「航空屋共に戦果を奪われて溜まるか!!! あんな腰抜けどもに!!」

 

 思想の違いからか、ロヴィエア海軍の機動部隊と戦艦部隊は折り合いが悪く、手柄の取り合いなど珍しいことではない

 まぁ、それ故に色々と問題が絶えない。

 

 

 

 すると突然艦隊の周囲に巨大な水柱が上がる。

 

『っ!?』

 

 凄まじい衝撃が船体に襲い掛かり、二人は思わず倒れ込む。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 ロヴィエア海軍の戦艦部隊から離れた海域には、扶桑海軍の戦艦部隊の紀伊と尾張がロヴィエア海軍の戦艦部隊に止めを刺さんと主砲を向けていた。

 

 

「全弾至近!!」

 

「砲術長! 次で決めろ!」

 

『ハッ!!』

 

 すぐに紀伊と尾張の各砲塔の砲身が上下する。

 

「まさかこうも早く戦艦部隊を捕捉できるとは」

 

「幸先が良いですな」

 

「うむ。それに、敵戦艦もその殆どが損傷が激しいようだな」

 

「よほどグラミアム海軍が頑張ってくれたようですね」

 

「これならば、紀伊と尾張だけでも済みそうだな」

 

「他の艦の砲術長からは文句を言われそうですけどね」

 

 参謀は苦笑いを浮かべる。

 

「それにしても、この砲撃支援システムは凄いですな」

 

「うむ。電探からの情報のみでこの精度だ。もし観測機からの情報もあれば、ほぼ必中と言っても過言ではないだろう」

 

「と言っても、戦艦が運用することを前提ですがね」

 

「まぁな」

 

 

 ――――砲撃支援システム――――

 

 扶桑海軍が戦艦向けに開発した補助システムで、電探や観測機から送られる標的物の距離と速度、角度などの情報を計算し、標的物の未来位置を即座に算出することができるシステムだ。

 これを用いた扶桑海軍の戦艦の命中率は平均して7割から8割と驚愕な命中率を誇る。

 無論従来通りの砲撃も抜かりなく訓練されているので、砲撃支援システムがなくても高い命中率を誇る。

 

 尚グラミアム海軍でもこの砲撃支援システムが導入されており、先のグラミアム海軍がすぐに命中弾を与えられたのもこの砲撃支援システムによる恩恵が大きい。

 

 

『砲術長より艦橋! 諸元入力完了! 次は絶対に当たります!』

 

 紀伊の艦長は大石を見ると、大石は軽く頷く。

 

「砲術長! 主砲、撃ち方始め!!」

 

『撃ち方始めぇっ!!』

 

 砲術長の復唱後、紀伊の4基ある主砲から伸びる3本の砲身の内、中央の1本から計4本より砲弾が放たれて爆煙とともに轟音を発し、衝撃波が海面に大きな凹みを生み出す。

 続いて尾張も4基ある主砲の中央の砲身より轟音とともに砲弾が放たれる。

 

 音速に近い速度を出して8つの砲弾が弧を描いて飛翔し、ロヴィエア海軍の戦艦部隊を目指して突き進む。

 

 

「だんちゃーく、今っ!!」

 

 

 そして砲弾は狂い無くそれぞれの戦艦に命中し、通常ではありえない大きな金属がひしゃげるような音がしてガングート級が着弾点から周囲が粉々に粉砕される。

 そしてソビエツカヤ・キルギスにも3発の直撃弾を受ける。

 

 

「ぬぉっ!?」

 

 大きな衝撃が艦全体を揺らして司令官は手すりにしがみ付いても倒れそうになる。

 

「な、何だこの衝撃は!? 明らかに16インチの威力ではないぞ!?」

 

「ひ、被害報告!」

 

『二番砲塔に直撃! 砲塔損壊!』

 

『バイタルパートに亀裂が! 艦内に浸水発生!』

 

『ボイラーに異常発生!! 速力低下!!』

 

 次々と上がる被害報告に司令官は顔面蒼白になる。

 

「ば、馬鹿な。計算上18インチの砲にも耐えられる装甲を持っているはずだ。それが、こうもあっさり……」

 

 司令官が知る由も無いだろうが、紀伊型戦艦の持つ主砲は20インチ砲だ。まぁそれだとしても、通常の徹甲弾ではソヴィエツキー・ソユーズ級戦艦のバイタルパートを一撃で亀裂が生じさせるほどの威力は距離にもよるが、現在の距離からでは不可能だ。

 だが、現にバイタルパートに深刻なダメージを与えられたのには理由がある。

 

 先ほど紀伊型戦艦が放ったのは実質紀伊型戦艦専用に開発された、一撃必殺の破壊力を求めた『重量徹甲弾』と呼ばれ、その名の通り従来の徹甲弾よりも重量のある徹甲弾で、その重量は驚愕の2.7tを誇る。

 少なくとも32.000m離れた大和型戦艦の砲塔天板を貫徹できるし、バイタルパートもうまく行けば貫徹可能とある。

 

 まぁ無論これだけ色んな意味でオーバースペックの砲弾だ。以前の紀伊型戦艦の砲だと全力を発揮できないだろうが、現在の紀伊型戦艦の持つ主砲は最新鋭の技術で砲身を50口径から55口径に延長して作り直し、更に発射時に使用する炸薬も海軍内で新しく更新された全く新しく強力な物を使っているので、重量徹甲弾のスペックを全力で発揮できる。

 

 

 とまぁハッキリと言えることといえば、彼らに襲い掛かっているのは、想像を絶する破壊力を有する超戦艦が2隻も相手であるということだ。

 しかも後続は18インチ砲を搭載した戦艦ばかりというオマケ付きだ

 

 

 その直後更に重量徹甲弾8発が艦隊に降り注ぎ、重量徹甲弾はソビエツカヤ・キルギスのバイタルパートを打ち砕いて貫徹し、艦内で爆発を起こして竜骨をも粉砕する。

 

 しかも運が無いことに他に一番砲塔と三番砲塔にも直撃弾を受け、しかも弾薬庫で爆発して弾薬に誘爆し、ソビエツカヤ・キルギスの3箇所で大爆発を起こして船体は3つに分断され、直後に更に大爆発を起こしてソビエツカヤ・キルギスは一発の反撃もできずに乗員全員と共に冷たい海へとその巨体を没した。

 

 

 その後大和型戦艦と岩木型巡洋戦艦、新金剛型戦艦による砲撃が開始され、残った戦艦群も一矢報いようと砲撃するも、精度があまりにも違いすぎて抵抗も空しく一方的にやられてしまい、しばらくすると海上にロヴィエア海軍の戦艦の姿は無くなってしまっていた。

 

 

 ちなみに遅れてリベリアンの戦艦部隊が到着するも、海上に目標が居ないことに各戦艦の艦長は「残しておいても良かっただろうに」と文句を呟いたそうな。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その後テロル諸島周辺にいる艦艇群も扶桑とリベリアンの空母より飛び立った攻撃隊によって運よく生き残って投降した艦を除いて全てが海の藻屑と化した。

 

 

 上陸部隊もその後いくつかの島の飛行場経由で到着した空軍の『連山改二』と『10式襲撃機 雷電』による地上攻撃隊によってその多くを排除され、残りも到着した扶桑海軍の海兵隊によって投降する者以外は全て駆逐された。

 

 

 

『第二次テロル諸島の戦い』と後に呼ばれたこの戦闘は、ロヴィエア連邦軍の上陸部隊の事実上の全滅を以って終結した。

 

 

 

 

 

 



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第六十三話 決断

明けましておめでとうございます。今年も本作をよろしくお願いします。


 

 

 

 

 テロル諸島での戦闘が終結してから一週間が経過した。

 

 

 

 

 

「――――以上が報告となります」

 

 先の戦闘による被害報告を纏めた報告書の内容を品川が読み上げる。

 

「……予想以上の被害だな」

 

 報告を聞いて俺は声を漏らす。

 

「王国軍側も少なくない被害を受けているとのことです」

 

「……」

 

 全体的に見ると被害は大きいな。

 

 だがむしろこれだけの規模の戦闘で被害を抑えられたということを幸いと見るべきか……

 

 

 現時点で把握できている扶桑国及びグラミアム王国の被害は以下の通り。

 

 

 

 死者:扶桑、グラミアム両軍合わせて276名

     それ以外は確認できるだけで820名以上と推測される

 

 重軽傷者:両軍合わせて468名

      それ以外は2800名以上と推測される

 

 車輌:戦闘車両、非戦闘車両を含め両軍合わせて49輌

 

 航空機:グラミアム王国側で戦闘機8、攻撃機10、爆撃機6が未帰還

     扶桑海軍は攻撃機4、爆撃機が2が未帰還

 

 船舶:グラミアム王国側で大破3隻、中破3隻

    扶桑海軍側は無し

 

 捕虜:678名

 

 

 

 ざっとではあるが、現時点で把握できるのはこれだけで、恐らくまだまだ増えていくだろう。

 

(やはり旧帝国軍との戦いとはわけが違うか)

 

 浅く息を吐いて背もたれにもたれかかる。

 

 俺達から見たら骨董品の武器兵器やファンタジーな要素のある旧帝国軍と違い、ほぼ同世代の武器兵器を有しているロヴィエア連邦国とでは戦いが違う。

 

(これで連中はこちらへの侵攻に本腰を入れてくるかもしれんな)

 

 恐らく先の戦闘の倍、いや、軽くて見て3倍ぐらいの戦力を送り込んでくるだろう。

 

 その戦力を防ぎ切れるか?

 

 答えは、否だ。

 

(質が良くても、圧倒的物量を前にすれば必ず負ける)

 

 たとえ相手がこちらから見れば旧式の兵器群だとしても、こちらが先に息切れを起こす。

 

(……やはり、やるしかないか)

 

 出来れば戦争は避けたかったが、向こうから来てしまえば避けて通る道は無いだろう。

 

「では、総司令。行きましょう」

 

「あぁ」

 

 品川が口を開くと俺は立ち上がり、共に執務室を出る。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 移動した先の会議室では今後についての話し合いが陸海空軍で行われた。

 

 

 今回の一件でロヴィエア連邦国がこちらにも魔の手を広げようとしていることは明白であり、このまま放って置けば再びこちらに攻め入り、テロル諸島の二の舞になるのは目に見えている。

 

 

 俺はテロル諸島から大分離れた海域にある島々にやつらの中間基地があることを潜水艦隊からの報告を皆に伝えて、そして俺は一つの決断を下す。

 

 それはリベリアン合衆国からの軍の派遣要請を受けることだ。

 

 無論反対派の空軍の半数と海軍は反対の意見を言うが、俺は自身の権限を使って無理やり軍の派遣を決定する。まぁ当然反対派がそれで納得するはずは無い。

 俺は何とか派遣の重要性を品川と辻、木下と共に説明するも、反対派は根を曲げなかった。

 

 だから俺はもしものことがあれば全ての責任を取り、総司令と総理の辞職をも辞さないと言い、それでも足りないのなら切腹も辞さないと言って、反対派を何とか納得させる。

 

 独裁者のような横暴なやり方で無理やり決めた軍に派遣だが、俺は後悔しないし、するつもりはない。

 

 そして話し合いの結果、陸海空軍共に大規模な数で派遣することとなった。

 

 まず海軍だが、第一航空戦隊から第三航空戦隊はもちろん、紀伊型戦艦、大和を除く大和型戦艦、岩木型巡洋戦艦、新金剛型戦艦等の戦艦、新鋭の巡洋艦、駆逐艦の数十隻を派遣する予定だが、細かな調整で変わる可能性がある。

 

 陸軍はまず機甲師団を6個師団を送り込み、状況に応じて増援を送る予定である。そして新鋭兵器の試作品も多くが投入される予定だ。

 

 空軍は空母で運べるサイズの機体を除いて、攻撃機や爆撃機を一度バラして輸送船で運び込む等の作業があるので参戦は少し後になる。

 

 

 そしてその後に決めたロヴィエア連邦国の中間基地の攻略だが、これは潜水艦隊に航空戦力を用いて殲滅するプランを立てた。

 

 戦力は近々就役し第五航空戦隊に編入される翔鶴型原子力航空母艦『翔鶴』と『瑞鶴』を中核とし、信濃、大鳳、大峰を中核とする第四航空戦隊、新たに編成する予定の第六航空戦隊に近々竣工する翔鶴型原子力航空母艦の3番艦『蒼鶴』と4番艦『飛鶴』と、とある軍艦を戦力に加える予定だ。

 まぁ蒼鶴と飛鶴とその軍艦こと『コードZ』の就役にはまだ時間が掛かるだろうが、少なくとも相手が動き出す前にこちらの準備は整うはず。

 それらが加われば機動部隊3つ分の働きを見せてくれるだろう。

 戦艦については派遣艦隊に加えていない扶桑型、伊勢型、天城型、長門型を導入する予定だ。

 

 巡洋艦と駆逐艦は派遣に間に合わなかった新鋭艦を投入する予定だ。

 

 ちなみに大和なのだが、現在とある新技術を使った兵器設備などの試験のために新造に近い大規模な改装を施している最中で、現時点での参戦は難しい。

 しかし改装完了が早ければ中間基地の攻略までには改装が完了するとのことだ。

 

 

 ともあれ、扶桑国は再び戦火に身を投じることになった。

 

 しかも、それがかつて争った者達との戦なのだから……

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「ふぅ」

 

 俺は台所で浅く息を吐き、椅子に座り背もたれにもたれかかる。

 

(まさか、この世界であの時の続きをすることになるとはな)

 

 世の中どんな形に流れていくか分からないものだな。

 

(兵器技術はあのときと違ってこっちが大きく前を行っているが、まだ分からんからな)

 

 あいつはどう動くか分からんし、何よりブリタニアとメルティスが入るとなると油断できん。

 

(それに、支那国の行方が分からないのが不安だな)

 

 恐らくアイツより厄介な存在なので、一段と警戒したほうが良さそうだ。

 

 

「おつかれさまです」

 

 お茶の入った湯呑をお盆に載せて持ってきたリアスが俺の前に湯呑を置く。

 

「ありがとう」

 

 湯呑を手にして程よい温かさのお茶を口にする。

 

「響と未来は?」

 

「先ほど寝ました。中々寝付いてくれなかったので、大変でした」

 

「そうか」

 

 俺は立ち上がって襖を開け、静かに寝息を立てて眠っている二人の我が子を見る。

 

「よく眠っているな」

 

「はい」

 

 俺の隣にリアスが来て、息子と娘を見る。

 

「ここにもう一人、増えるんだな」

 

「えぇ」

 

 リアスはお腹に触れ、優しく擦る。

 

「……」

 

 

「やっぱり、戦いになるのですね」

 

 少ししてリアスが話しかける。

 

「あぁ」

 

「……」

 

「五日後には準備が整って、その翌日には出陣式がある。俺も派遣に同行して、同盟軍の首脳と会いに行く」

 

「……」

 

「だから、一週間以上は国を空ける事になる。そのあいだは、頼んだぞ」

 

「……はい」

 

 

「大丈夫だ」

 

 不安な表情を浮かべるリアスに俺は彼女を優しく抱擁し、優しく頭を撫でる。

 

「以前より厳しい戦いになるだろうが、何とかなる」

 

「弘樹さん」

 

「一筋縄じゃいかない相手だというのは分かっている。だが、必ず勝つ」

 

「……」

 

(それに、これは決着でもあるんだ)

 

 あのときできなかった決着を付けるためにも、この戦いは負けられない。

 

「……」

 

「……」

 

 俺達はしばらく見つめ合い、キスを交わす。

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 そして六日という時間はあっと言う間に過ぎて、出発の日。

 

 

 

 出陣式の後、用意された輸送船に陸軍の兵士達が家族や恋人に見送られながら乗り込んでいく。

 

 

 

「ついに、行くのね」

 

「あぁ。兵士である以上、命令は絶対だからな」

 

 その中で大尉へと昇進した倉吉太郎と、エール王国の第二王女のアイラが会話を交わしている。

 

「今回の相手って、この間テロル諸島を襲ったところなんでしょ?」

 

「そうみたいだ。旧帝国軍とは比べ物にならない国が相手だから、無傷で帰ってこられる保証はないな」

 

「そう……」

 

 そのことでアイラの表情に影が差す。

 

「でも、たとえ手足を失っても、這ってでも帰ってくるのよ」

 

「アイラ……」

 

「……あなたの帰りを待っているのは、私だけじゃないんだから」

 

 と、彼女はお腹に手を当てる。

 

 一年以上の交際を経て、二人は結婚へと至った。むろん結婚には種族とか地位などの様々な問題があったが、裏でアイラの両親と姉の暗躍もあってその問題を克服して二人は結ばれ、彼女のお腹には新しい命が宿っている。

 

「……分かっているさ。君と子を残して逝くものか」

 

「タロウ」

 

「必ず、とは言えないが、帰ってこられるように努力する。約束だ」

 

「……」

 

 二人はしばらく抱き締め合い、倉吉はアイラに笑みを浮かべてから荷物を持って輸送船へと乗り込む。

 

 

「……」

 

 しばらく滞在するための荷物を持って、俺は辻と木下と話し合いの末に同行することになった品川と共に原子力航空母艦赤城に乗り込み、抜錨して港を離れていく戦艦や巡洋艦、駆逐艦、輸送船群を飛行甲板から見渡す。

 

 港では音楽隊による軍艦行進曲が演奏され、それをバックに市民達が港を離れていく艦艇群を手や手旗を振って見送り、艦橋や甲板で乗員や乗り込んだ兵士たちが手を振って応える。

 

(新鋭の軍艦群の性能、はたしてどれほどのものか)

 

 性能に問題はないだろうが、実戦でどこまで性能を出し切れるか。

 

 

「総司令。まもなく出港いたします」

 

 風で軍帽を飛ばされないように押さえながら品川が俺のもとにやってくる。

 

「そうか」

 

 次々と出港する艦隊を一瞥して、俺は品川と共に艦橋へと向かう。

 

 少しして第一航空戦隊赤城と加賀、第二航空戦隊飛龍と蒼龍、第三航空戦隊天城と土佐がその堂々たる姿を見せ付け、護衛艦を引き連れて抜錨する。

 

 

 

 

 



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第六章
第六十四話 


 

 

 

 

 

 辺り一面暗闇に包まれる海の中。

 

 

 そこには獲物を今か今かと待ち構える猟犬らが息を潜めていた。

 

 

 それはゲルマニア公国海軍に所属する通商破壊を主任務とする潜水艦『UボートⅨ型』のU-139からU-151なる艦隊は目標の艦隊が来るのをただひたすら待っていた。

 

 

 

「……」

 

「……っ」

 

「……」

 

『……』

 

 旗艦のU-140の艦内。非常灯の赤い光が照らす艦内で艦長と船員達は呼吸を浅くし、時が来るまでジッと固まる。

 ただ副長は若干苛立った様子で腕を組んでいる。

 

「……」

 

 ソナー手は耳に当てているヘッドフォンに神経を集中させ、左手で感度を調整してある音を拾おうとしている。

 

「……」

 

 天井に溜まった水が重さに耐えられず一滴落下して音を立てる。普段は気にしないだろうが、この状況では艦長と船員からすればとても不快な音だ。

 

 

「……!」

 

 するとヘッドフォンに聞き覚えのある音が耳に届き、感度を調整してその音を拾う。

 

「艦長。来ました。ジョンブル共の輸送船団です」

 

「……そうか」

 

 腕を組んで目を瞑っていた艦長はゆっくりと目を開ける。

 

「副長。潜望鏡深度まで浮上。僚艦にも伝え」

 

「メインタンクブロー。魚雷発射準備」

 

 副長は伝声管に向かって小さくハッキリとした声で指示を送ると、海底付近まで沈んでいた船体は浮力を得てゆっくりと浮上する。

 

 

 しばらくして光が差し込む深度まで浮上し、潜望鏡が上げられ海面上へと突き出る。

 

「……」

 

 軍帽を前後逆にして潜望鏡を覗く艦長はゆっくりと左へと向けると、目標の輸送船団を発見する。

 

「見つけた」

 

 ニヤリと口角を上げると、指示を飛ばす。

 

「雷撃戦用意」

 

「1番から4番。発射管開け!」

 

 副長の指示ですぐに艦首にある4つの発射管が開いて気泡が出る。

 

『諸元入力完了。いつでもいけます』

 

「艦長」

 

「魚雷1番から4番、発射」

 

「1番から4番、発射」

 

 発射指示とともに艦首にある発射管4基より4本の魚雷が放たれる。

 

 同じくして僚艦4隻からも4本ずつの魚雷が放たれる。

 

「……」

 

「……」

 

 船員の一人が懐中時計を使って魚雷の着弾予想時間までを確認し、艦長は潜望鏡を覗き魚雷が当たるのを見守る。

 

 

「着弾、今!」

 

 

 それと同時に輸送船数隻から水柱が上がる。

 

「爆発音を確認。僚艦より連絡。羊の群れは壊滅した、と」

 

 船員の行った直後にソナー手が魚雷直撃を告げる。

 

「よし」

 

「やりましたね」

 

 

 フタエノキワーミ!! キワーミ!! シズカニセイ!!

 

 

 すると魚雷室に通じる伝声管から妙な掛け声が響く。

 

「……後できつく言っておけ」

 

「了解」

 

 副長は笑いそうに鳴るのを堪えながら小さく敬礼する。

 

 すると甲高い音が艦内に響き渡る。

 

「艦長。牧羊犬がこちらに向かっています」

 

「……どうやら、余韻に浸っている暇はなさそうだな」

 

「えぇ」

 

「潜望鏡下ろせ。急速潜航」

 

 すぐに海面上へと突き出ていた潜望鏡が下ろされて船体はゆっくりと沈んでいく。

 

「僚艦に伝え。欺瞞魚雷を放て。それで様子を見る」

 

「了解」

 

 艦長の指示はすぐに僚艦に伝えられ、欺瞞魚雷が放たれて駆逐艦を翻弄する。

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 所変わって海上では――――

 

 

 

 空気を切り裂く音とともに海面に砲弾が着弾して巨大な水柱を上げる。

 

「撃ち方、始め!!」

 

 その合間を戦艦群が走り抜けて砲術長の指示とともに主砲が放たれる。

 

 

「弾着、今!!」

 

 

 主砲から放たれた砲弾は敵艦の周囲へと着弾して水柱を上げる。

 

「至近弾!」

 

「次は当てたいですな」

 

「うむ」

 

 ビスマルク級戦艦の一番艦『ビスマルク』の艦橋で司令官と艦長が会話を交わす。

 

「しかし、まさかジョンブルの連中が新型を出してくるとはな」

 

「まぁ連中とていつまでも現戦力で満足はしないでしょう」

 

 司令官と艦長は双眼鏡を覗き、敵戦艦部隊の先頭を走る戦艦を見る。

 

 キングジョージ5世級戦艦にフッド級戦艦、ネルソン級戦艦といったブリタニア帝国海軍の戦艦とは異なる戦艦が先頭を航行している。

 

「イワン共のことを考慮に入れてか?」

 

「恐らくは。まぁいつでも敵に回されても良いようにということでしょう」

 

「もっともな理由だな」

 

 

 

 すると金属が砕けるような音が響く。

 

「っ!?」

 

 司令官は音のした方を見ると、後ろを航行するビスマルクの姉妹艦のティルピッツとシャルンホルスト級戦艦の一番艦『シャルンホルスト』から黒煙が上がっている。

 

「ティルピッツとシャルンホルストが!」

 

「ぬぅ! こうも早く直撃弾を受けるとは!」

 

「被害は!」

 

「僚艦より通信! ティルピッツは二番砲塔に直撃し損壊! 左舷速射砲及び高角砲群に被害が出ているようです!」

「シャルンホルストは直撃弾のあった左舷に浸水が発生! 機関部に異常発生で速力が低下しているようです!」

 

「かなりの被害だな」

 

「シャルンホルストは下がらせた方が宜しいかと。足の速さが取り柄の戦艦の速力低下は危険です」

 

「そうだな。シャルンホルストは駆逐艦と巡洋艦と共に離脱。ティルピッツは戦闘を続行せよと伝え」

 

「はっ!」

 

 指示はすぐにシャルンホルストに届き、Z1型駆逐艦2隻とケーニヒスベルク級軽巡洋艦2隻と共に艦列と離脱する。

 

 損傷したティルピッツは残った主砲で砲撃を続行する。

 

「しかし、解せんな」

 

「何が、ですか?」

 

 司令の言葉に艦長は怪訝な表情を浮かべる。

 

「15インチでここまでの威力があったか?」

 

「そういえば」

 

 艦長は損傷を受けたティルピッツを思い出し、ボソッと声を漏らす。

 

「ビスマルク級は実質上15インチ砲弾の直撃にも耐えうる装甲を持っている。早々抜かれる事はないはず」

 

 史実と違い船体は全体に拡大化して装甲を更に厚くし、構造の変更と質の向上を経てビスマルク級は建造されており、その装甲は距離が関係するが、15インチ砲弾では簡単に貫通できない。

 それこそ16インチ砲弾でなければ、遠距離からの貫徹は不可能だ。

 

「15インチでないとすれば、まさか……」

 

 ハッと艦長は何かに気付く。

 

「まさか、敵の新型は16インチクラスの砲を持っているのでは?」

 

「16インチ、だと?」

 

 

 するとビスマルクの周囲に敵艦から放たれた砲弾が着弾して水柱を上げ、数発が直撃して艦全体を揺らす。

 

「ぬぉ!?」

 

 地震が来たかのような揺れが襲い掛かって誰もが倒れそうになるも近くにあったものにしがみ付いて耐える。

 

「ひ、被害報告!」

 

『3番砲塔に直撃弾! 砲塔損壊! 弾薬庫周辺で火災発生!』

 

『左舷速射砲及び高角砲が損壊! 負傷者多数!!』

 

『艦内に浸水発生!!』

 

「ダメージコントロール! 急げ!!」

 

 艦長の指示はすぐに飛んでダメコン班が損傷箇所へと向かう。

 

「この威力! 15インチクラスの砲じゃないぞ!」

 

 艦長の予想が当たり、司令も敵新型戦艦の主砲が16インチクラスあるというのを確信する。

 

「司令!」

 

「くぅ! 各艦は先頭の敵新型戦艦に向けて砲撃! 何としてでも沈めるのだ!」

 

 司令の指示は各戦艦に伝わって新型戦艦に集中して戦艦部隊へと砲撃を行った。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 数日後、所変わってゲルマニア公国の某所

 

 

「灰海における海戦はビスマルク及びティルピッツは中破。シャルンホルストはZ1型駆逐艦2隻とケーニヒスベルク級軽巡洋艦2隻と共に艦列を離脱。グナイゼナウは中破したビスマルク級と掩護しつつ離脱。

 敵戦艦は大破1、中破3を出して撤退させた、か」

 

 報告書の内容を口にする女性は執務机に置いてため息を吐く。

 

「ジョンブル共の新型戦艦か。厄介なときに」

 

 忌々しく呟き、水の入ったコップを手にして一口飲む。

 

(イワン共のソユーズ級が現れたばかりだというのに)

 

 史実より諸元性能が向上しているビスマルク級ですら圧倒されるロヴィエア連邦のソビエツキー・ソユーズ級で手一杯な状況でブリタニアの新型戦艦と来たのだから、彼女が頭を悩ませるのも無理はない。

 

(新型戦艦に関してはSSの諜報員に調べさせるとして、どう対抗するか)

 

 報告によれば新型は16インチの主砲を有しているとのことらしい。

 

(早急に『フリードリヒ・デア・グロッセ級』と『デアフリンガー級』『フォン・ヒンデンブルグ級』の竣工が必要だな)

 

 どれもビスマルク級を超える戦艦群であり、ゲルマニア公国にとって最大戦力となりうる。

 

(あと『グラーフ・ツェッペリン級航空母艦』の3番艦と4番艦、5番艦、『エーリッヒ・レーヴェンハルト級航空母艦』の竣工も急がねば)

 

 空母の建造に遅れているゲルマニアであったが、リベリアンからの技術供与もあってそれなりに戦力はロヴィエア連邦よりマシなレベルにあった。が、質では勝っているが、数では劣っているのが現状だ。

 

 戦艦と空母もそうだが、むろん巡洋艦と駆逐艦、潜水艦の建造も怠ってはならない。

 

(陸の方はマンシュタイン、砂漠ではロンメルとリベリアンから派遣されたパットン将軍のお陰で戦線は均衡を保っているが、これ以上増援を送られれば雲行きが怪しくなる)

 

 まぁ、前線にはあの男が暴れ回っていることだろうし、まだ大丈夫だろう。

 

(スミオネは我々とリベリアン、向こうの鹵獲品を使って地の利を生かしてやつらを抑えて戦線は平行線を保っているが、それもいつまで続くか)

 

 やはり戦力が足りないか。

 

 

 コンコン

 

 

 ロヴィエア連邦と今後どう戦っていくか考えていると、扉からノックの音がする。

 

「入れ」

 

 女性がそう言うと扉が開き、男性が敬礼をして入ってくる。

 

「失礼します、総統」

 

「どうした?」

 

「ハッ! 先ほどリベリアン合衆国から大使館を経由して連絡がありました。

 近々アルフレッド大統領が新たに同盟軍に加わる国のトップと共に我がゲルマニア公国に来国するとの事です」

 

「新たに同盟軍に加わる、か」

 

 女性は背もたれにもたれかかる。

 

(まぁ、その国については、大体見当はついているが)

 

 まぁ、もしかしたら違うかもしれないので、一応聞く。

 

「それで、その国の名は?」

 

「ハッ。リベリアン合衆国によりますと、扶桑国と呼ばれているようです」

 

「扶桑国」

 

 女性はその名前を聞き口元を緩ませる。

 

「聞いたことの無い国ですが、果たして戦力としては――――」

 

「使える」

 

 男性が言う前に女性は言葉を遮る。

 

「なぜ、と言いたげだな」

 

「あっ、いえ」

 

 女性に考えを読まれて男性はたじろぐ。

 

「その国についてはよく知っている。お前達が心配するようなことは無い」

 

「……」

 

 そう言われても男性の表情には怪訝な色が窺える。まぁ最高指導者の前とあってなるべく表に見せないようにしているようだが、彼女は気にしていないだけでバレバレだ。

 

「それで、その者がアルフレッド大統領と共に来るのはいつになる?」

 

「は、ハッ。まだ詳しくは分かりませんが、分かり次第向こうから連絡があると」

 

「そうか、分かった。下がっていいぞ」

 

「は、ハッ!」

 

 男性は敬礼をして執務室を退室する。

 

 

 

「……ふっ」

 

 男性が出て少しして、女性は口元を緩ませる。

 

「やはり、お前もこの世界に来ていたのだな、弘樹」

 

 そう呟き、椅子を回して窓の方へと身体を向ける。

 

(これで、かつての同盟軍のメンバーが揃ったな)

 

 同盟軍もそうだが、連合軍もかつての面々が揃っている。あのときと、地球でのオンラインゲームAnothr World warと同じ構成だ。

 

 これも、何かの因果なのだろう。

 

(面白くなってきそうだな)

 

 内心のどこかで楽しみながら、彼女は今後の予定を組むことにした。

 

 

 

 

 



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第六十五話 新鋭艦の情報

 

 

 

 

 派遣される戦力を乗せた第一陣の輸送船団と共に出港した聨合艦隊は途中柱島に待機していたリベリアンの艦隊と合流し、共にリベリアン合衆国本土を目指す。

 

 その道中でリベリアン海軍の拠点のある諸島へと立ち寄り、補給を行った後再び本土へ向けて出発する。

 

 

 

 そして聨合艦隊が扶桑国を発ってから五日近くが経過……

 

 

 

 長い航海を経て艦隊はリベリアン合衆国本土付近の海域に到着する。 

 

 

「あれが、リベリアン…」

 

 原子力空母赤城の艦橋から双眼鏡で覗く品川はその視線の先にある景色を見て言葉を漏らす。

 

 ここからでも薄っすらと見えるぐらいに多くの建造物が立ち並び、その中には一際目立つ高さのあるビルも含まれる。

 

(相変わらずな光景だ)

 

 さすが工業力ダントツのリベリアン。扶桑とは発展具合が違う。 

 

(しかもこれでも俺達より後に来ているって話だからな。それなのにここまで発展しているとはな)

 

 ホント羨ましいぐらいだ。

 

 

「艦長! リベリアン艦隊旗艦モンタナより入電! 駆逐艦の誘導に従い港に入港されたし、です!」

 

「うむ」

 

 後ろでは通信兵からの報告を聞き艦長が航海長に指示を出す。

 

 

 リベリアン側の駆逐艦の誘導に従って軍港へと扶桑海軍の艦隊が入港し、輸送船団は順番に埠頭へと着いては兵員と物資を降ろし、軍艦は港から離れた所で停泊して投錨する。

 

 

 

「どうだ? 俺が用意したここは」

 

 しばらくして俺は赤城から降りて派遣軍の司令部となる建物にある一室に入って荷物の整理としていると、トーマスがやってきた。

 

「俺達のために用意したのか? これだけの規模の港と施設を?」

 

 窓から見える港の規模と停泊している艦隊を見ながら呟く。

 

「元々は軍港拡張を目的に作っていたんだが、扶桑に使ってもらうために色々と作り変えたのさ」

 

「そう軽く言えるのもリベリアンの国力だからこそだよな」

 

「そういうこった」

 

「で、わざわざどうした?」

 

「この後扶桑とリベリアンの陸海軍で今後のことを話し合いたいんだ。対連合軍戦として、各戦線に送る戦力の分配とかな」

 

「分かった」

 

「あぁそれと、早くて明後日にはゲルマニア公国へ行くぞ。その頃にはスミオネからあいつもゲルマニアに来れている頃だろうし」

 

「早いな」

 

「今は時間が惜しいからな。出来れば今すぐにでも扶桑の戦力を使いたいところだが、とても行ける状態じゃないからな」

 

 窓の外へと視線を向け、輸送船からクレーンで次々と下ろされていく兵器群を見ながら呟く。

 

「ここから編成するのに大分時間を有するからな。戦力の逐次投入だけは避けたい」

 

「だな」

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その後扶桑国の陸海空軍とリベリアン合衆国陸海軍の司令官達による今後の話し合いが行われた。

 

 内容は陸海軍における作戦行動を主に、扶桑陸海空軍の各地への戦力配備数などが話し合われた。

 戦力が全て揃い次第各戦線へと送られる予定だ。

 

 話し合いが終わった後、俺とトーマスによる正式な同盟締結を行った。ゲーム内では同盟締結をしているが、この世界ではまだなので改めてしている。

 

 とまぁ、簡潔にだがリベリアンとの話し合いはとりあえず纏まったのであった。

 

 

 

 

「しかし、この光景を見るととても異世界とは思えんな」

 

「あぁ」

 

 話し合いを終えた後俺とトーマスはリベリアン海軍と陸軍の基地をジープで見て回っていた。

 

 今は陸軍の基地を回っており、格納庫には多くのM26パーシングやM4A3E8といった戦車やM18にM36といった駆逐戦車が整備を受けている。

 

「次の作戦に向けて戦力を増やして近日中には全てが整う。戦車は新鋭のM48を実戦投入する。それと試験的にだが、T30やM103を何輌か送る予定だ」

 

「試作戦車にファイティングモンスターか。だが、なんでわざわざ重戦車を送るんだ? M48があるなら必要ないんじゃ」

 

 弘樹は手にしているハンバーガーを食べてから問い掛ける。

 

「向こうの重戦車は下手するとM26……まぁ中身はM46パットンに準じているがとにかく、パーシングの砲が通じないってぐらい頑丈なんだぞ。何とか弱点を狙い撃って撃破しているって聞いているが、それでも撃破数は少ない」

 

「頑丈ねぇ。この前の上陸戦のときはIS-2が確認されているが、あれってそんなに頑丈だっけ?」

 

「いや、俺が言っているのはIS-3だ」

 

「IS-3か」

 

「しかもこいつは未確認情報なんだが、これまでのロヴィエア連邦の重戦車とは異なる姿をした新型重戦車の姿も報告に上がっている。こいつは防御のみならず主砲の威力もまるで違うみたいだ」

 

「新型と来たか。短期間での技術力の向上はやはりゲームと同じか」

 

「厄介なものだ」

 

「あぁ」

 

 このままいくと軽く冷戦期の兵器技術を超えるな。まぁその頃になると扶桑国の技術レベルは現代レベルまでに至っているだろう。

 

(帰ったら新型の配備を急がせるか)

 

 恐らく主力戦車同士による戦闘もそう遠くはないだろう。

 

 そう考えながら空を眺める。

 

 

 

 リベリアン陸軍より扶桑軍へと付与された飛行場に着くと、その一角で扶桑空軍の航空機と扶桑陸軍の回転翼機が次々と運び込まれていた。

 今後扶桑空軍の爆撃機や戦闘機がここにやってくる予定だ。

 

「なぁ、弘樹」

 

「どうした?」

 

「一つ聞いていいか?」

 

 トーマスは前を見つつ滑走路に並べられている扶桑空軍の航空機を見ながら弘樹に問い掛ける。

 

「あの機体、どうみてもあれだよな?」

 

 視線の先には先のロヴィエア連邦軍による上陸作戦時、その終盤で活躍した襲撃機がいた。

 

「10式襲撃機 雷電か? まぁ、あれを参考にしているから、大分似ているな」

 

「大分どころか色以外まんまじゃねぇか」

 

 そう。この10式襲撃機 雷電はあの『A-10 サンダーボルトⅡ』をモデルにして開発している。

 

 機首に7本の銃身を持つ30ミリ回転式機関砲を一基搭載し、両翼に6基ずつ計12基のハードポイントを持っており、爆弾やロケット、武装などを搭載できたりと拡張性は高い。機体構造も頑丈さを求めて一部を除きあえてローテクの技術で開発されているので、精密機械を持つ新鋭航空機と違って荒っぽい扱いをしても問題ないし、生半可な損傷では墜落しない。そして何よりローテクの技術を詰め込んでいるとあってコストも他の航空機と比べると若干安い。

 機体形状はモデルとしているとあって結構似通っているが、性能はオリジナルより恐らく高い、はず。

 

「まぁ外見はな。でも、中身はほぼ別物だ。オリジナルより頑丈だし、翼下のハードポイントも爆弾やロケットの他にも、小鷹の積んでいる20mm回転式機関砲やその他兵装を搭載できるようにして、拡張性を向上させている。

 あと、時代に逆行してローテクの技術を詰め込んでいる。今のやつと比べれば生産性は高い」

 

「……どんだけだよ」

 

 トーマスはため息を吐くと近くに置かれている回転翼機に視線を向ける。

 

「しっかし攻撃ヘリねぇ。しかもあれコブラとアパッチそのものだな」

 

「形状はな。だが、性能は恐らくオリジナルより高い、はず」

 

 さっきの10式襲撃機 雷電もそうだが、はずなのは比べたことがないからだ。まぁ、今はまだ出来ないだろうが、いずれできるようになる。

 

「いいなぁ。なぁ、コブラ、じゃなくてそっちだと小鷹だったか? 一機だけサンプルにくれないか? そこからは俺達で調べて作るからさ」

 

「俺は考えてもいいが、陸軍の連中は首を縦に振らないだろうな」

 

「だよな」

 

 トーマスはガクッと肩を落とす。まぁ一国の軍事機密を流す馬鹿はいないだろう。まぁ、いないとは限らないか。

 

「それに、お前のところならすぐにでも作れるだろ」

 

「それはそうだけどさぁ、今は対戦車ヘリほど有効な兵器はないからな」

 

 頭の後ろを掻いて苦笑いを浮かべる。

 

 

 

 陸軍の基地から移動してリベリアン海軍の港に入る。

 

「やはり大きいな」

 

 埠頭から弘樹は停泊しているモンタナ級戦艦2隻とアイオワ級6隻を眺める。

 

「今のところ我が海軍最大の軍艦だからな。二番艦オハイオが就役、近日中には三番艦メインと四番艦のルイジアナが竣工する」

 

「モンタナ級は4隻のみか?」

 

「あぁ。本当なら6隻は建造を予定していたんだが、2隻キャンセルして4隻までにした」

 

「アイオワ級は6隻も建造しておいてか? 戦艦としてはバランスの悪いのに?」

 

「バランスの悪さはさて置き、足の速い戦艦は機動部隊防衛のために随伴できるから、貴重だ。まぁ、モンタナ級は足の遅さもあるが、別の理由がある」

 

「と、言うと?」

 

「実を言うとな、既にモンタナの次の戦艦を現在設計中だ」

 

「新型を?」

 

「あぁ。ロヴィエア連邦のソビエツキー・ソユーズ級に、ブリタニア帝国の新鋭戦艦に対抗するためだ」

 

「モンタナでも十分じゃないのか?」

 

「そう思っていたんだが、そうはいかなくなった」

 

「?」

 

「OSSからの情報だ。ブリタニアとロヴィエアで大型新鋭艦の建造計画が上がっている」

 

「建造計画?」

 

「あぁ。艦種までは特定できなかったが、大型艦であることは間違いないみたいだ」

 

「大型艦か」

 

 弘樹は腕を組みながら呟く。

 

「空母の可能性もあるが、戦艦でないという可能性も無いとは言えない」

 

「航空戦に主流になりつつある中で戦艦を新しく建造するとは思えんが?」

 

「まぁ普通はな。だが、警戒するに越したことはない」

 

「だからと言って新鋭戦艦を作る意味は」

 

「まぁこいつはソビエツキー・ソユーズ級、もしくはそれ以上の戦艦に対してだ」

 

「ソユーズ級か。そういやあの戦闘で1隻だけ降伏してその後拿捕したな。その調査結果を見てか?」

 

 あの戦闘の最中ソユーズ級が殆ど沈められる中1隻だけ降伏し、その後拿捕した。

 拿捕した艦はテロル諸島にあるドックに入れられ徹底的に調査された。時間の関係で弘樹とトーマスはその調査結果を見たのは一部のみだ。

 

「モンタナ級でも十分戦えるが、18インチ砲にも耐える装甲は想定外だ。向こうの砲の性能はまだ分からんとしても大体こちらとほぼ同じと考えれば、同じ距離で撃ち合えば向こうに利がある」

 

「だろうな」

 

「だから18インチクラスの方を持つ戦艦が欲しいんだ。まぁ、モンタナ級を18インチ砲を持つ戦艦として設計を変更すればよかったんだろうが、さすがにそれは無理があるからな」

 

「コロラド級みたいな失敗はしたくはないからか?」

 

「あぁ」

 

 

 二人はしばらく戦艦や空母について語り合った。

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「なぁ弘樹。この後時間は空いているか?」

 

「ん?」

 

 ジープを駐車場に置いて降りたときにトーマスが弘樹に問い掛けた。

 

「急にどうした?」

 

「いや、こうして久しぶりに会えたんだ。あのときは忙しくて暇が無かったからな。飲みながらゆっくりと話をしようじゃないか」

 

「ふむ」

 

「どうだ?」

 

「まぁ、特に何かあるわけじゃないから、大丈夫だ」

 

「そうか。それを聞けて安心したよ。で、何時からなら大丈夫だ?」

 

「残った作業を終わらせないといけないからな。品川には悪いが残ったやつを任せても、そうだな」

 

 弘樹は顎に手を当てて考える。

 

「2100あたりなら大丈夫だ」

 

「分かった。その時間に着くように迎えを向かわせるよ」

 

「おうよ」

 

 二人は約束をつけて一旦別れた。

 

 



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第六十六話 昔話

 

 

 

 

 その日弘樹はやるべき仕事を終わらせて、品川に留守を任せてトーマスの寄こした迎えの車に乗ってとある場所へ向かった。

 

 

 

「いやぁしかし、あれからもう何年も経つんだな」

 

「そうだな。もう結構経つんだよな」

 

 グラスに注がれた茶色の酒を飲みながら二人は会話を楽しんでいた。

 

 二人が居るのはトーマスの住んでいる家で、そこでリベリアン産のウイスキーを飲みながら昔のことを話していた。

 

「お互い軍事オタクでネット上で仮想国家を率いて争い、同盟を組んで周辺仮想国家と戦った。それがまさかリアルで国を率いる立場になっているんだからな」

 

「世の中分からんものだな」

 

 コップに入ったウイスキーを口にして喉へと通しながら、俺は視線を下に下ろす。

 

「ところで、トーマス」

 

「なんだ?」

 

「さっきから気になっているんだが……」

 

 

 

「と~ま~」

 

 と、タンクトップにホットパンツというラフスタイルで顔を赤くしたトーマスの秘書官のクリスが気だるい声を漏らしながら腕をトーマスの首の後ろに回して身体を密着させる。

 

「と~ま。今日の私頑張ったんですよ~。褒めて褒めて~」

 

「……そうだな。本当にクリスは優秀で助かるよ」

 

 トーマスは頬ずりをするクリスの頭を優しく撫でると「ンフ~♪」と声を漏らし、尻尾を嬉しそうに左右に振るう。

 

「だけどな、クリス。扶桑国の総理が前に居るから、今日はちょっと」

 

「プライベートですから、問題ないですよ~」

 

 そう言いながら自身のご立派な胸をトーマスの腕に押し当てる。

 

「それでも、少しは自重しろ」 

 

「あ~ん!」

 

 無理やり顔を押して引き剥がされてクリスはトーマスに腕を伸ばす。

 

「……いつも、そんな感じなのか?」

 

「ま、まぁな。酔うといつもこんな感じになるんだよな」

 

 顔を押さえられて距離を置かれながらも腕を伸ばしているクリスに横目を向けながらトーマスは弘樹に説明する。

 

「普段は真面目なんだけどなぁ。なんでか酔うとここまで変わっちまうんだよ」

 

「普段の真面目な分から来る反動からなんじゃないのか?」

 

「そういうもんなのか?」

 

「そういうもんなんだろうな」

 

 似たようなケースを見ている弘樹は断言する。もっとも向こうは限定的な状況でだが。

 

 

 

「やれやれ。やっとおとなしくなったか」

 

 疲れた様子で自身の太股に静かな寝息を立てて眠っているクリスの頭を優しく撫でる。

 

「全く。人の目の前でイチャイチャしやがって」

 

「そう言うなよ。クリスだって、本当は普段から甘えたいのさ。でも、今は立場ってものがあるからな」

 

「今はってことは、いずれ?」

 

「その時が来ればな。まぁ、少なくとも今の戦いが終わるまでは無理だな」

 

 頭を撫でながら耳を触るとクリスは気持ち良さそうに表情を緩める。

 

「って、お前も嫁さんとイチャついてんだろ」

 

「あのなぁ、俺はちゃんと目立たない所でやっているんだぞ」

 

「結局やってんじゃんか」

 

「目立ってはないだろ?」

 

「そうかい」

 

 グラスを傾けてウイスキーを口の中へと流し込む。

 

「そういや、最近そっちの嫁さんとの面白いエピソードって無いのか」

 

「藪から棒に、何だよ」

 

「いやほらさ、俺たちが来る前に今の嫁さんと結婚したんだろ?」

 

「あぁ」

 

「だったら、何か面白いことでもあったんじゃないのか?」

 

「面白いことって、まぁ、結構あったな」

 

「ほぉ。色々と聞きたいが、まずは最近あったのを」

 

 ニヤついてトーマスが問い掛ける。

 

「……」

 

 弘樹は顔を赤くしつつグラスに入っているウイスキーを口にする。

 

「……深夜に、リアスとアレをしようとしたときに、娘の未来が起きて部屋に入ってきたんだよ」

 

「おぉ、そいつはまたありそうなトラブルだことで。それで、どう乗り切った?」

 

「……未来が聞いてきたから、リアスが機転を利かせてか寝技の特訓だと言って誤魔化したよ。ちなみに俺が技を受ける側な」

 

「寝技って、お前もっとマシな言い訳は無かったのか」

 

「あのなぁ、もう秒読み段階の状態だったんだぞ。そこからマシな言い訳って他に思いつくと思うか」

 

「まぁ、そう簡単に思いつかないわなぁ」

 

 苦笑いを浮かべてグラスに入っているウイスキーを飲む。

 

「と言うか、素っ裸なのにその言い訳って、子供じゃなかったら絶対騙せないよな」

 

「……言うな」

 

 しかめっ面を浮かべてグラスに入っているウイスキーを一気に胃の中へと流し込む。

 

 

 

「それにしても、随分と彼女から親しまれているな」

 

「まぁな」

 

 あの後眠っているクリスを別のソファーへと移して毛布を掛けた後、会話を再開した弘樹とトーマスはソファーに横になって眠っているクリスを見る。

 

「いったいどんな風に接すればあぁなるのかねぇ」

 

「どんな風に、か」

 

「……?」

 

 トーマスの雰囲気が変わったことに弘樹は首を傾げる。

 

「実の所を言うと、当然ちゃ当然だが、クリスは最初はここまで無かったんだがな」

 

「そりゃそうだろ。最初からそんなに懐くなんて――――」

 

 

「懐くどころか、殺意を向けられていたよ」

 

「……」

 

「しかも、刃を向けて、俺を殺そうとした。いや、そうなってもおかしくない状況に俺が割り込んだ結果なんだがな」

 

「……」

 

 驚いた様子で弘樹がトーマスとクリスを見比べる。

 

「それが、なんでここまで?」

 

S(それは)N(長く)K(苦しい)T(戦い)だった」

 

「何で略した」

 

「まぁ細かいことは気にするな」

 

「……」

 

「事の始まりは俺がこの世界に来て数ヶ月といったところだな」

 

 トーマスはグラスにウイスキーを注ぎながらそのときのことを思い出す。

 

「転移当初は周辺海域や大陸調査といったことで忙しくてな。リベリアン合衆国の隣にある大陸での調査を行わせていた。

 俺はその中のある調査小隊に潜入同行したんだ」

 

「何で国のトップがそんな所に行っているんだよ。と言うか潜入同行って」

 

 もっとも弘樹は人のことを言えた義理ではないが。

 

「いやな。兵士達の普段からの仕事ぶりを見たくてな。まぁ大統領が視察となると気を使わせてしまうから、陸軍の技研から派遣された技術尉官という設定でとある小隊に潜入したことがあるんだ。もちろん変装してな」

 

「少し前にそんな感じで企業のトップが潜入する番組があったよな」

 

「まぁそんな感じだな。俺はその小隊と共に大陸調査へと向かったんだ」

 

「大胆なことで」

 

 呆れた様子でウイスキーを飲む。

 

「で、兵士達はどうだったんだ?」

 

「よく働いているよ。健康も規律もどれも見劣りしない。自慢の兵士達だったよ」

 

「そうか」

 

「で、数日周囲を調査して、そこで村を発見したんだ」

 

「村か。その大陸に住む者達とのファーストコンタクトになったのか?」

 

「……まぁ、そうなれば、どれだけ良かったことか」

 

「……?」

 

 さっきとは雰囲気が変わった友人に弘樹も雰囲気を変える。

 

「その村には、とても無残な光景が広がっていたんだ」

 

「……」

 

「血生臭い(にお)いが漂い、地面には殺された村人と思われる遺体が数多く倒れていた。中には吊るし上げられた遺体もあった」

 

「……っ!」

 

「遺体には、色んな動物の特徴を持つ、所謂獣人ばかりでな。恐らく獣人が多く暮らしていた村だったんだろうな」

 

 不意に小尾丸より聞いた旧帝国軍が行ってきた残虐行為が脳裏を過ぎる。

 

「しかも、倒れてた遺体はどれも男性や老人、老婆、男の子の子供ばかりで、全く無かったわけじゃないが女性や女の子の遺体は極端に数が少なかった」

 

「……」

 

 なぜ、と理由を考えるまでもないか。

 

「その後の報告では、調査に向かっていた各小隊が発見した村は、どこも村人が虐殺されていたそうだ」

 

「……」

 

「しかも殺し方があまりにも惨かった。しかも、驚くべき事実もあってな」

 

「事実?」

 

「どの遺体にも、何かで撃ち抜かれた痕があった」

 

「っ! まさか!?」

 

「あぁ。どの遺体も射殺されていたんだ。中には見るも無残に粉々にされた遺体もあった」

 

「……」

 

「遺体は恐らく殺した後何もせずに放置したんだろうな。何があったかを物語っていたよ」

 

「……」

 

 弘樹は息を呑む。

 

「恐らく村人を一箇所に集めて一斉に銃撃を浴びせたか、もしくは爆発物を投げ込んで吹き飛ばしたか、炎を浴びせて焼き殺したか。色々あったそうだ。

 他には井戸の中にバラバラになった複数の遺体があったそうだ。状況から見て井戸の中に村人を落として爆発物を放り込んだと思われる」

 

「……」

 

 あまりの無残な話に弘樹はグラスをテーブルに置く。と言うかどこかで聞いたような状況な気が……。

 

「さすがに酷すぎて、耐え切れなかったな」

 

「……」

 

「俺が同行した部隊はその村を片付けて弔った後、調査を続けた。次に到着した村も、ほぼ同じ状況だったよ」

 

「ひでぇことをしやがる」

 

 先の戦争の旧帝国軍の残虐行為がまた脳裏を過ぎる。

 

「でも、その村を調査していると奇跡的に生存者が見つかったんだ」

 

「生存者が居たのか?」

 

「あぁ。家畜小屋に巧妙に隠されていた扉があってな。そこに居たんだ。まぁ、残っていたのは幼い獣人の子供8人と、年長だった一人の少女だ。で、その少女っていうのが――――」

 

「彼女ってわけか」

 

 弘樹はソファーで眠っているクリスを見る。

 

「当時の彼女は殺気立って、後ろに居た幼い子供を守ろうと手にしていたナイフでいつ跳びかかるか分からない状態だった」

 

「まぁ、そうだろうな」

 

 当時の彼女からすれば人間は誰も同じように見えていたんだろうな。村を襲った人間と、トーマス達を。

 

「誰もが銃を向けて彼女を牽制し、一触即発の雰囲気があった。もし彼女が動いていたら、今頃俺の秘書官として隣に居なかっただろうな」

 

「……」

 

「そんな中、俺は小隊長と相談して全員に銃を下ろさせて一切手を出さないようにさせてから、彼女と対話を試みようとしたんだ」

 

「よく許可が下りたな」

 

「一応今回の潜入同行は小隊長も知ったうえで行っていたからな。小隊長には俺の正体を教えている」

 

「そうだったのか。それで、どうなった?」

 

「まぁうまく行くはずも無く、彼女は俺に襲い掛かってきたんだ」

 

「まぁ、そうなるな。で、どうしたんだ?」

 

「もちろん、彼女に怪我をさせないように隙を窺って拘束したさ。まぁ、簡単じゃなかったけど」

 

 トーマスは苦笑いを浮かべる。

 

「クリスと子供たちは擦り傷程度の外傷しかなく、若干痩せてはいたけど健康上に問題は無かった。まぁ、大人しく診察してくれるわけも無いんだけどな」

 

「大変だったんだな」

 

「まぁな。特にクリスが激しく抵抗して、衛生兵が何人も怪我して何度も脱走をしかけたんだよな。お陰で彼女だけは厳重に拘束せざるを得なかった」

 

(ホント今とは別人だな)

 

 それがどうやってこうなったんだ?

 

「そんな中、俺は彼女から今起きている状況を聞こうと何度も話しかけたけど、口を利いてもらえなかったよ」

 

「そうか」

 

「まぁ、諦めずに毎日毎日会いに行っては話しかけたよ。その努力が結んだのか、ある日俺がいつものように話しかけたらクリスは初めて口を利いてくれたんだ」

 

「ふむ」

 

「それから更に毎日毎日話しかけて、ようやく話を聞けるまでに彼女は心を開いてくれた」

 

「それは大変だったな。でも、何日経っているんだ?」

 

「そうだな。調査開始してからもう2週間近く経っていたな」

 

「意外と時間は経ってないんだな」

 

「あぁ。色々ありすぎて結構時間が過ぎているような感覚だな」

 

「……」

 

「そして彼女から聞いた話は、胸糞の悪いものだった」

 

 ウイスキーの入ったグラスを口につけて一気に飲み干し、険しい表情を浮かべる。

 

 

 トーマスは言うには、上陸して調査していた大陸の村々のある『ベトナン共和国』という国は、人間種であろうが亜人種であろうが、誰もが平等を掲げた国家であった。だからそういった争いも無く、平和であったそうだ。クリスの居た村とその周辺も平和だった。

 だが、そんなある日、突然彼女達が住んでいた村が人間達に襲われたそうだ。

 

 人間達は見たことの無い武器を持っていて、大きな音がした直後には応戦しようとした村人の身体を貫いて命を刈り取った。そして村はあっという間に制圧され、村にあった物は全て持っていかれ、村人達は次々と殺され、女性や子供はどこかへと連れて行かれた。

 クリスと子供達はその者達に見つからずに隠れていたので難を逃れた。そしてそこにあった覗き穴から村に起こった惨状を目の当たりにした。

 

 同じく他の村の生存者達の証言によれば、ほぼ同じような状況だったらしい。

 

 だが、そんな中共通して生存者達はその人間達がこう言っていたと証言した。

 

 

 

 

『俺達はフソウ軍だ』と……。

 

 

 

 

 



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第六十七話 疑問

 

 

 

「……」

 

 弘樹は険しい表情を浮かべて腕を組む。

 

「それは、本当なのか?」

 

「あぁ」

 

「言っておくが、俺や扶桑国は無関係だぞ」

 

「分かっている。お前や扶桑国がこんな蛮行に走るとは思っていない。まぁ日本のお隣の国なら過去にやってそうだがな」

 

「……」

 

「まぁ後で調べてみれば、違うってことが分かったがな」

 

「……」

 

「今回の一件でただ事じゃないと思ってな。各調査小隊の戦力増強を行わせた」

 

「……」

 

「そんなときに、他の村が襲撃されているというのを偵察隊が発見して、俺の居る小隊がすぐに急行した。そこで正に虐殺が行われていたんだ」

 

「……」

 

「俺達はすぐに襲撃者へと攻撃を開始し、殲滅した」

 

「あっさりだな」

 

「まぁ、向こうの数が少なかったのもあるが、それと同時に向こうが腰抜けだったのもあるな」

 

「と、言うと?」

 

「そいつらは俺達が現れて攻撃を受けると、妙に聞き覚えのある言語を発しながら逃げていったよ」

 

「なんだそれ?」

 

 あまりの情けない話に弘樹は呆れた。自分より弱い相手には力を振るいながら、自分と同格、それ以上の相手が現れると逃げ出すとか。何か妙な既視感を覚えるな。

 

「遺体を調べてみれば、顔つきはアジア系の人間であるのが分かった。そのうえ装備品を見ると、旧日本軍のものに、扶桑軍の国旗と思われる腕章を着けていた」

 

「っ!」

 

「まぁ何人か生きていたからそいつらに話を聞いたら、そいつらは扶桑軍と名乗っていたが、まぁリベリアン流の尋問(O☆HA☆NA☆SI)したらあっさり吐いたよ」

 

「何か別の意味で聞こえたような気がするが、気のせいか?」

 

「気のせいだろ、HAHAHA!!」

 

「……」

 

「まぁそれはとにかくとして、尋問して分かった事は、扶桑軍、もとい扶桑国に罪を擦り付けて悪名高き国家に仕立て上げる目的でやっていることだったようだ」

 

「……」

 

「で、調べていくうちに、どこの国の者かが判明した」

 

「どこだ?」

 

「『南韓帝国』って捕虜は言っていた」

 

「南韓帝国? 聞いたこと無いとこだな。名前の響きからどこぞの国のようだが」

 

 呆れたようにため息を吐く。

 

「恐らくそいつらもAnother World Warの仮想国家の兵士と思うが、あの国はゲームにモデルが無かったからな」

 

「そもそも、その国は当時存在すらしなかったしな」

 

「そうだったな」

 

 その後南北に分かれたんだがな。

 

「しかし、何だってそんなやつらがこの世界に?」

 

「知るかよ。俺達をこの世界に呼び込んだ連中の考えなんか」

 

「……」

 

「だが、そいつらが扶桑国の軍隊に扮して虐殺行為に走っているのは確かだ。見過ごせるものじゃない。だから」

 

「徹底的にやった、と?」

 

「あぁ。捕虜からある程度情報は聞き出してそいつらが拠点にしている場所が判明した。俺は一旦合衆国に戻り、陸軍に賊の討伐を命じた」

 

 命運は決まったな、と弘樹は思った。

 

「まぁそこからはある意味簡単だった。まず陸軍航空隊によって拠点となっていた城の周囲に展開していた防衛戦力を削り、歩兵と戦車隊によって城に攻め入ったよ」

 

「まぁ、第二次世界大戦時の装備じゃなかったから、思う通りには進まなかったけど」とトーマスは付け加える。

 

 まぁそう言える国は少ないだろうな。

 

「そして最終的に二日と経たないうちに城は制圧。まぁ、戦わず降伏した連中が多かったのが時間が掛からなかった要因かな」

 

「……」

 

「制圧後逃げ出そうとしていた指揮官も捕らえることができた。調べていると城の地下牢に連れ攫われた村人達が囚われていたのも分かった」

 

「無事、なわけないよな」

 

「あぁ。そのほとんどは賊共の相手をさせられていたんだ。城を制圧中に捜索して地下牢は見つけて、そのときもやっている最中だったよ」

 

「……」

 

「戦闘終了後に地下牢から村人達は保護された。人数は最終的に356人が保護された」

 

「そんなに……」

 

 予想より多い人数に弘樹は驚く。

 

「まぁ、それでもその人数は一番多いときの三分の二ほどだったらしい」

 

「三分の二か」

 

「そのうえ、その半分近くが五体満足で救えなかった」

 

「……」

 

「被害者から聞いた話によれば、性的な暴行を受けて命を落とした人が多かったらしい。しかも、やつらは子供でも容赦なくヤッていたそうだ」

 

「何てやつらだ」

 

「だから、助け出した村人の中には命を宿していた女性もいたな。しかも、年齢に問わずにな」

 

「……」

 

「さすがに俺はとてつもなく憤りを感じたよ。これが人間のやることかよってな」

 

 トーマスは荒っぽくグイッとグラスに入っていたウイスキーを飲み干す。

 

「トーマス……」

 

「で、指揮官を尋問して、南韓帝国の場所と、計画を聞きだした」

 

「……」

 

「やつら事前にベトナン共和国と接触して友好を築き、その後に扶桑国軍に扮した部隊が侵攻して村々を襲って虐殺行為に及び、それを南韓帝国の部隊が倒してベトナン共和国に扶桑国に対する反感思想を持たせようとしていたそうだ」

 

「完全なマッチポンプだな」

 

「全くだ。よくもまぁそんな卑怯な真似ができたもんだ。まぁどっかの国なら考えそうなことだがな」

 

「……」

 

「で、南韓帝国の場所を突き止めて、完膚なまでに潰したよ」

 

「海軍も総動員してか」

 

「あぁ。連中には海軍戦力が無かったからな。当時保有していた全ての戦艦と空母を動員していたから、正にワンサイドゲームだったよ」

 

「やることが派手なことで」

 

 普段から温厚な人間ほど、怒ると怖いものはないな。

 

「あぁそれと、奴らを潰した後に合衆国はベトナン共和国と接触して、扶桑国の無罪を証明したよ」

 

 軽く一国を滅ぼしているが、気にすることでもないか。

 

「それは助かるな。濡れ衣を着せられて今後の関係がギスギスとしては色々と困るからな」

 

「だな。と言っても、厄介なことが残ってしまったがな」 

 

「というと?」

 

「国は崩壊したが、今も国のトップの消息が掴めていない」

 

「逃げた、か?」

 

「恐らくな。ただでさえあんなことをしたやつだ。今後何かをしでかす恐れがある」

 

「うむ……」

 

 今後警戒する必要がある、か。

 

「それと、指揮官を尋問していたら、気になることを話していたな」

 

「なんだ?」

 

「それが、帝国の大統領のことを聞いていたら『大統領は北からやってきて国を建国した』と言っていたな」

 

「北?」

 

「あぁ。詳しく聞こうとしたら、そいつは突然頭を押さえて苦しみ出し、死亡した」

 

「……」

 

「死因は脳が破壊されていたのが原因だった。調べてみれば破片が多く見つかった」

 

「どういうことだ?」

 

「恐らく情報流出防止のための小型爆弾だろう。特定の言葉に反応するように設定して、言葉が発せられたら爆弾が爆発するような代物と推測している」

 

「……」

 

「少なくとも、南韓帝国の裏に何か大きな存在があるということだろうな」

 

「……」

 

 こいつは、ただの問題で済みそうに無いな。

 

「調査は進めているが、まだ何も分かっていない」

 

「そうか。それなら俺の方からもタイミングを見計らって調査隊を送る」

 

「手間を掛けさせて、すまないな」

 

「構わんさ」

 

 弘樹はグイッとグラスに残ったウイスキーを飲み干す。

 

 

 

 

「と言うか、結構話が脱線してしまったな」

 

「あぁそうだな。クリスのことを話していたら、いつの間にか大事になってしまったな」

 

 お互いグラスにウイスキーを注ぎ、一口飲む。

 

「んで、その後どうしたんだ?」

 

「あぁ。襲撃を受けた村はほとんどが壊滅。村人も男性陣の大半が死亡。復興の目処は立ちそうになかった」

 

 まぁ話の内容からかなりの損害を被っているよな。

 

「だから、村の人たちは国の方で保護させるしかなかった」

 

「まぁ、放っておくわけにはいかないしな」

 

「あぁ。と言っても、村の人たちもいつか故郷に戻りたいって話していたから、少なくとも保護期間は村の周囲の安全と最低限復興できるまでだな」

 

「……」

 

「で、クリスとはな、村の人たちを住まわせていた仮設住宅地にて俺がこっそりと訪問してコミュニケーションを取っていたんだ」

 

「そこから地道に彼女と付き合って、今のような関係を築いたって言うのか?」

 

「Exactly!」

 

 トーマスはグッと満面の笑みでサムズアップする。

 

「……」

 

 弘樹はため息を吐く。

 

「まぁ当時は色々と大変だったな。何せ一国の長たる大統領が一人の村娘と仲良くしているんだ。関係者から自重するようよく言われたな」

 

「そりゃそうだろうな」

 

 まぁ国の長がただの村娘と仲良くしていると、色々と問題が上がるだろうし。

 

 弘樹であれば一国の将軍の娘とあってさほど苦労はしなかったが、トーマスの場合は平凡な村娘であるので、苦労はさぞ大きかっただろう。

 

「でも、たとえ周囲の反対があっても、俺は彼女に惚れたからな。反対を押し切って今の関係があるんだ」

 

「お前らしいな」

 

「まぁな」

 

「だが、それでもよく大統領の秘書にできたな」

 

「彼女の努力もあったが、俺がごり押しで彼女を採用したからな」

 

「職権乱用もいいところだな」

 

 現実なら問題になるな。

 

 

 

「う、うーん」

 

 するとソファーに横になっていたクリスが小さく声を漏らして目を覚ます。

 

「おっ、起きたか、クリス」

 

「トーマ? 私……っ!?」

 

 クリスは欠伸をしながら目を擦りながらトーマスを見て、寝ぼけたような目で俺の姿を見るなり眠気がすっ飛んだのか素早く姿勢を正す。

 

「さ、西条総理!? はわぁっ!?」

 

 そして自分の格好に気付いて顔を赤くする。

 

「し、失礼しました!!」

 

 身体を腕で隠しながら隣の部屋へと走っていく。

 

「あー、あれは結構引きずるぞ」

 

「ならなんで部屋に連れていかなかったんだよ。こうなるのは予想できただろ」

 

「いや~、あのまま部屋に連れていったら襲っちまうかもしれないだろ?」

 

「おいコラ」

 

「と言うのはジョークで、あいつの寝顔を眺めたかったんだよ」

 

「……」

 

「まぁ、本当はメンドくさかったんだけどな」

 

「それでもヒデェな」

 

 弘樹は深くため息を吐く。

 

 

 

「あ、もうこんな時間か」

 

 弘樹は時計を見ると時間は午前0時を回ろうとしていた。

 

「明日は早いからな。今日はこの辺で切り上げるか」

 

「そうだな。迎えを呼んでくる。待っててくれ」

 

 トーマスはグラスをテーブルに置いてリビングを後にする。

 

「……」

 

 弘樹もグラスをテーブルに置いて椅子の背もたれにもたれかかる。

 

「北、か」

 

 ボソッと話の中にあったことを口にする。 

 

(いったい、何があるんだ?)

 

 一種の不安が胸中に渦巻き、弘樹は険しい表情を浮かべるのだった。

 

 

 




投稿が大幅に遅れて申し訳ございませんでした。今後も投稿スピードは鈍足になりますが、完結まで頑張りたいと思っています。


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第六十八話 ゲルマニア公国

 

 

 

 

 翌日。

 

 

 

 

 青く透き通った上空を太陽の光で反射して銀色に鈍く輝いている戦略爆撃機『B-29』と護衛のP-51マスタング6機が2機の戦闘機の誘導を受けてある場所を目指していた。

 

 先頭を飛行して編隊を誘導しているのは『FW190』と呼ばれる戦闘機で、胴体や翼の両端には黒い円の中に白い縁のある黒の×印の描かれた国籍識別マークが描かれていた。

 それが『ゲルマニア公国』の空軍所属の戦闘機である事を表していた。

 

 リベリアン合衆国から飛び立ったB-29は弘樹とトーマスを乗せて、ゲルマニア公国を目指していた。目的はスミオネ共和国を交えて扶桑国の同盟軍への加入と今後の戦略会議である。

 いくつもの飛行場を経由して海を越え、ゲルマニア公国の領空へと入るとゲルマニア空軍のFW190が現れ、向こうの確認が取れて飛行場へと誘導されている。

 

 

 しばらくして飛行場が見えてきてFW190は上昇し、B-29は着陸の為車輪を出して失速しない程度にエンジンの出力を絞って高度を下げていく。

 そしてB-29は滑走路へと着陸し、ゆっくりとその巨体を滑走路に止める。

 

 その後P-51とFW190も周囲を警戒した後、順番に滑走路へと着陸しいった。

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 B-29からタラップが下ろされて扉が開くと、弘樹とトーマスが出てくる。

 

「それにしても、戦略爆撃機で他国へ訪問するとか、普通ありえんだろ」

 

 制帽を被りながら弘樹は呆れながらトーマスに問い掛ける。

 

「万が一に備えてだよ。こいつなら、ある程度は対応できるからな」

 

「分からんでもないが、別に他のやつでもよかっただろ。B-24辺りでも」

 

「それも万が一に備えてだよ」

 

「全く。相変わらずやる事が派手だな」

 

「いやーそれほどでも」

 

「褒めてない褒めてない」

 

 弘樹はため息を付く。

 

 

 タラップを伝って降りると、一台の車が停車して扉から軍服に身を包む男性が出てくる。

 

「お待ちしていました、アルフレッド大統領。そしてあなたが扶桑国の?」

 

「あぁそうだ。扶桑国総理兼陸海空軍総司令官の西条だ」

 

「総統よりお話しは聞いています。ではこちらに。総統が官邸にてお待ちしております」

 

 男性は車の後部座席の扉を開けて弘樹とトーマスを席に勧める。

 

 二人が席に座ると扉を閉めて運転席に戻り、扉を閉めてから車を走らせた。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 車は飛行場から街中を走っていき、大きな建物の前に止まる。

 

「着きました。総統が居られる総統官邸です」

 

 男性が扉を開けて弘樹とトーマスに目の前の建物の名前を口にする。

 

「ここがそうか」

 

「あぁ。ここに来るのは前の戦略会議以来だな」

 

 二人は総統官邸を見ながらそう話す。

 

「で、あいつはあんまり変わりは無いのか?」

 

「そうだな。あの時と対して変わってないな」

 

「そうか」

 

 

「では、案内します」

 

 男性は二人を総統官邸へと入れる。

 

 

 

「そういえば、スミオネの方も今日来るんだろ?」

 

「あぁ。正式に扶桑国が同盟軍に加入した事を締結するのと、現在の戦況確認と今後の戦力配備についての会議をお前を交えてする予定だそうだ」

 

 廊下を歩いている中で弘樹とトーマスの二人は会話を交わす。

 

「そうか。と言うか、来れるのか? 向こうはかなりドンパチしているって言ってなかったか?」

 

「まぁそうなんだが、それはあくまでも国境周辺での話だ。スミオネは地の利を生かしてロヴィエア連邦軍を防いでいるんだ。だから意外と本国は平穏だそうだ」

 

「そうなのか」

 

「あぁ。それと国境周辺の戦地を写した写真を見てみたが、色んな所の武器兵器が入り混じっていて中々カオスだったぜ」

 

「それでよく補給に苦労しないな」

 

「レンドリースと国産、鹵獲を使用する部隊を分けて使っているらしい。だから意外と補給に苦労しないようだ」

 

「鹵獲品を使っている部隊は大変だな。補給は必ず敵からの現地調達になるからな」

 

「まぁさすがにそれじゃ不安定だからな。他の部隊にも拾ってきてもらっているらしい」

 

「そりゃそうだろうな」

 

 

「到着しました。こちらが総統の執務室です」

 

 二人が話していると男性は扉の前に止まる。

 

「総統。リベリアン合衆国の大統領と扶桑国の総理をお連れしました」

 

『入れ』

 

 扉をノックして二人を連れてきたのを伝えると中から女性の声がして男性は扉を開ける。

 

「では、どうぞ」

 

 そう言われて二人は執務室に入ると、執務机の向こうにある椅子は窓の方を向いており、誰かが座っていた。

 

「ごくろうだった。お前は下がっていいぞ」

 

「ハッ!」

 

 男性は姿勢を正して敬礼すると扉を閉める。

 

 

 

「……」

 

「……」

 

「……こうして直接顔を合わせて話すのは、初めてだな」

 

 と、椅子が後ろを振り返ると、一人の女性が姿を見せる。

 

「私がゲルマニア公国の最高指導者たる総統……『アリア・ヴィルヘイム』だ」

 

 女性ことアリアは立ち上がりながら自身の名前を告げる。

 

「久しぶりだな、西条弘樹」

 

「あぁ。久しぶりだな、アリア」

 

 お互いに再会の言葉を掛けて弘樹は彼女の姿を見る。

 

 腰まで伸びた紅いロングヘアーの一部を三つ編みの様にして編んで左側に垂らしており、若干垂れ目気味な眼の瞳の色は透き通ったルビーのような色をしていた。

 背は女性としては高く、身体つきは出ている所は出て引っ込んでいる所は引っ込んでいるとバランスのいいスタイルをしており、モデルと言っても違和感は無い。

 服装は軍服風のデザインの黒いスーツを身に付けており、両手には白い手袋を付けている。

 

「来て貰って早々に悪いが、隣の部屋に移動して状況の確認をしよう」

 

「いいのか? スミオネのやつを待たなくても」

 

「西条に現状を説明して戦力配分を話し合わなければならない。今は一時の時間が惜しいからな」

 

「それはそうだが」

 

「まぁ、やつには途中からでも構わないだろう」

 

「いいのか、それで」

 

 弘樹が呆れながらも隣の部屋を開けたアリアに付いて行くと、そこには大きなテーブルが部屋の中央に設置されてその上に地図が広げられ、壁にも地図が張られている。

 

 

 

「では、現状を説明する。現在我がゲルマニア公国とリベリアン合衆国、スミオネ共和国とその他多数の同盟軍はロヴィエア連邦軍を中心とする連合軍とこの大陸で大規模な戦闘を行っている。

 現時点ではこの4箇所が主な交戦地域となっている」

 

 アリアはテーブルに広がる地図に描かれている森林や砂漠、雪原、平原を指揮棒で指しながら説明する。

 

「現在砂漠の方……ガラバ砂漠にはロヴィエア連邦軍の他にブリタニア帝国軍が陣取っている。そこを奪還すべくリベリアンと共同で攻めているが、一進一退を繰り返している」

 

「ブリタニアか。一進一退を繰り返しているって事は、戦力は強力なのか?」

 

「あぁ。量では劣っているが、質は高い。投入されている戦車はどれもセンチュリオンだ。それも戦後で生産された型だ」

 

「センチュリオンか。ちょっと厳しいか」

 

 戦後の生産型となると砲は20ポンド砲を使っている可能性がある。下手すると74式戦車も食われるかもしれんな。

 

「他にもセンチュリオンを大きくしたような戦車が確認されている。向こうは主力戦車の開発に本腰を入れていると思っていいだろう。最もそれはロヴィエアにも言えた事だが」

 

「……」

 

「だが、砂漠で最も警戒すべきは、ヴェネツェア王国軍だ」

 

「ヴェネツェア王国が?」

 

「あぁ」

 

「何でだ?」

 

「情報によればヴェネツェア王国へブリタニア帝国が攻撃を仕掛けたそうだが、ほぼ毎回帝国側が壊滅的打撃を受けて撤退をしているそうだ」

 

「……ヴェネツェアもお前達とほぼ同じぐらいに来たのなら、兵器技術的にブリタニアの戦車部隊を壊滅できるとは思えんが?」

 

「我々と同じならば、な」

 

「……?」

 

「だが、やつらの所は事情が違う」

 

「どういう事だ?」

 

「そういやまだ言ってなかったな」

 

 さっきまで黙っていたトーマスが口を開く。

 

「ヴェネツェア王国の兵器技術は……もう現代レベルだからな」

 

「何だって?」

 

 衝撃の事実に弘樹は驚きを隠せなかった。

 

「戦車は既にアリエテを配備しているし、海軍も艦艇は新旧入り混じっているが、大半は新鋭の物ばかりだそうだ。

 オマケに空母も新旧含めて多くを配備している。質量共に侮れん」

 

「……」

 

「なぜかは分からんが、扶桑とヴェネツェアだけは俺達より先にこの世界に来ているみたいだ。最も、ヴェネツェアの方が一足先に来ていたようだがな」

 

「……」

 

「幸い向こうはあくまでも中立の立場を取るようだ。だが、自分の領土に攻めてくるのならそれを迎え撃っているがな」

 

「つまり、攻撃しなければ向こうはこちらに関わる気は無いと言うわけか」

 

「そうだ。だから、同盟軍としてはヴェネツェアはしばらく放って置いても構わないだろう」

 

「……」

 

「話を戻そう」

 

 アリアは指揮棒を置くと、兵士が持ってきたコーヒーの入ったカップをソーサーごと持ち、カップの取っ手に指を掛けて持ち上げて一口飲む。

 

「西条の扶桑国には、この森林……バロッサ森林にて行われている戦闘に戦力を送ってもらいたい」

 

「戦況は不利なのか?」

 

「どちらかと言えば、不利だな。ここは最近戦闘が発生した場所で、こちらの戦力が整う前に向こうは多くの戦力を送り込んできた。何とか質で対抗しているが、耐えられるも時間の問題だ」

 

「こっちも戦力は送っているが、他に戦力を送っているとあって数は少ない」

 

「それで不足分を俺の所で補うと」

 

「そういうことだ」

 

「分かった。それで、どのくらいの戦力がいる?」

 

「そうだな。少なくとも機甲師団を2個、いや、3個師団は必要だ」

 

「3個師団か」

 

 弘樹は顎に手を当てて考える。

 

「無理か?」

 

「いや、可能だ。今回連れて来た陸軍の機甲師団の編成が完了次第送り込む」

 

「助かる」

 

「だが、他の戦場はいいのか? バロッサ森林に戦力を送り込むと、他にまわす余裕は無いぞ」

 

「構わん。他の戦場はリベリアンと共に戦力が充実しているからな。今の問題はそのバロッサ森林だけだ」

 

「そうか」

 

「で、次に雪原だが――――」

 

 

 すると扉からノックする音がする。

 

『失礼します、総統。スミオネ共和国の首相をお連れしました』

 

「そうか。入れ」

 

 彼女がソーサーごとカップをテーブルに置いて入室を許可すると、扉が開く。

 

「悪い。ちょっとゴタゴタして立て込んでいたから遅れちまった」

 

「構わん。先に始めさせてもらっている」

 

 入ってきた男性は申し訳なさそうに言いながら入室し、アリアは素っ気無く言う。

 

「よぉ、アルネン。久しぶりだな」

 

「あぁそうだな。以前の会議以来か」

 

「で、どうだった? この間送った武器兵器は?」

 

「前線の部隊からは好評だ。まぁ、補給が大変なのがネックだがな」

 

「そりゃそうだろう」

 

 トーマスが男性に話しかけて会話を交わすと、男性は弘樹の方を見る。

 

「で、お前が扶桑国の?」

 

「あぁ。直接会うのは初めてだな。扶桑国総理の西条弘樹だ」

 

「アルネン・ハッキネン。スミオネ共和国の首相だ。会えて光栄だ」

 

 二人は右手を差し出して握手を交わす。

 

「それにしても、随分と忙しそうだな」

 

「あぁ全くだ。毎日ドンパチと騒がしい。おかげで風呂に入る暇すらない」

 

 そう言いながら若干ボサ付いた金髪を掻く。

 

「だろうな」

 

 

「色々と話したい事が多いだろうが、そろそろ続きをしたいのだが?」

 

 アリアは腕を組み不満な雰囲気を出しながらそう言う。

 

「そうだな」

 

「あぁ。俺的には出来れば始めから説明し直して欲しいけどな。一応他の戦線の戦況を聞いておきたいからな」

 

「……まぁいいだろう」

 

 アリアは改めてアルネンを加えて、現状の説明を入れる。

 

 

 

 

 



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第六十九話 ゲルマニア公国、驚異の科学力

 

 

 

 

 その後ゲルマニア公国、リベリアン合衆国、スミオネ共和国の同盟軍は新たに扶桑国を加え、今後の計画を練って話し合った。主に今後どういった動きを各国でするか、戦力配分をどうするかを。

 

 話し合いの結果、扶桑国は更なる戦力の派遣を同盟軍内の話し合いで決定し、弘樹が本国へと帰った時にそれを話し合う事になった。もちろんリベリアンも陸海の戦力を更に送る事が決まった。

 スミオネ共和国は扶桑国へ武器兵器の輸入を要請し、扶桑国側も旧式兵器であればという事で仮契約をした。

 まぁ、最終的には本国に戻って決めなければならないのでどれも実現までに時間は掛かるが。

 

 何はともあれ、同盟軍は新たな戦力を招き入れ、連合軍への反撃準備を整えるのであった。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「どうだ? 我がゲルマニア公国が誇る戦車を見た感想は?」

 

 自慢げにアリアは俺に感想を述べるように問う。

 

「まぁ、凄いとしか言いようがないな」

 

 弘樹はアリアと歩きながら感想を述べる。

 

 話し合いが終わった後、弘樹はアリアに連れられてゲルマニア公国の陸海空軍の施設の視察を行っていた。

 

 二人は現在陸軍の基地を訪れており、二人の目の前にはかの有名なナチスドイツの戦車たちが多く並んでいた。

 

 ゲルマニア公国陸軍の主力であるパンターG型と最新鋭の戦車としてティーガーⅠから更新が進められているティーガーⅡが並べられており、どの車輌も整備が行われていた。中には駆逐戦車や自走砲もちらほらと確認できる。

 

「パンターは見た目こそG型だが、主砲は56口径の88mm砲を搭載し、足回りは転輪をティーガーⅠの後期型やティーガーⅡのように鋼製の転輪にしてサスペンションはティーガーⅡとほぼ同じ規格にしている」

 

「整備性の向上の為か」

 

「そうだ。あれもその一環だ」

 

 アリアが指差す方向には、パンターやティーガーⅡの車体後部のエンジンルームからエンジンがクレーンで吊らされて引き抜かれたり、収められたりしていた。

 

「エンジンをパワーパック化しているのか」

 

「あぁ。どちらのエンジンも史実よりパワーと燃費を、更に共通化して整備性を向上させている。だからいざとなればエンジンを使い回せる」

 

「使い回すって、それかなり不味い時になるだろ」

 

「まぁ末期のドイツ軍並みな状況でなければ想定されない状況だ。普段ではありえんよ」

 

「まぁそうだろうな」

 

 弘樹はティーガーⅡの目の前に止まり、その姿に圧倒される。

 

(それにしても、目の前に立っただけでこの圧倒的な存在感。当時対峙した連合軍の兵士はさぞ恐ろしかったんだろうな)

 

 内心呟きながらティーガーⅡを見つめる。半世紀以上前の戦車だと言うのに、その威圧感は現代戦車に劣らない。

 

 現代戦車もそうだが、やはりこんな巨大な戦車が迫ってくると考えると、生きた心地がしないな。

 

「ティーガーⅡは設計自体を大きく改めている。簡単に言えば車体も砲塔も一回りほど大きくして主砲は88mmから105mm砲にしている」

 

 史実のティーガーⅡは105mm砲を搭載する計画があり、実際に検証的な意味で設計されていた。まぁ砲弾の搭載に問題があったのでそのまま搭載するわけには行かなかったが。

 

「それは凄いが、設計を変更する必要はあったのか?」

 

「105mm砲を搭載する関係で大きくせざるをえなかったのだ」

 

「まぁそりゃそうだろうが、エンジンはどうなんだ? パンターと同じ物なら明らかに出力不足だろ」

 

 実際パンターやティーガーⅠのエンジンとほぼ同じ物を搭載していたせいで重量に対して明らかな出力が不足しており、史実では戦闘で破壊された数より燃料切れ、もしくは故障によって放棄された車輌が多かったそうな。

 

「そこなら心配ない。むしろパンターの方が共有化しているのだ」

 

「つまり?」

 

 弘樹は首を傾げる。

 

「パンターにはティーガーⅡの為に開発した大出力の新型のディーゼルエンジンを乗せている。お陰でパンターの機動力は現代戦車並みにあるぞ」

 

「ディーゼルエンジンを積んでいるのか?」

 

「あぁ。お陰で戦場での発火率は減少している」

 

「だが、ディーゼルとなると燃費が」

 

「当然高くなるだろうな。だが、設計を変更しているおかげで燃料の搭載量は増えているし、エンジン自体も燃焼効率を上げてパワーの伝導率を向上させることで燃費自体はティーガーⅠ並に抑えている」

 

「その時点で凄いんだが、ティーガーⅡの設計的に、運用は大丈夫なのか?」

 

 ティーガーⅡは末期のドイツ軍の状況だから多少の欠点があっても性能で補う事が出来たようなものだ。しかし現状ではそうは行かないのでは?

 

「そこは心配ない。サスペンション等の足回り関連の強化はそうだが、こいつの装甲は史実とは全く異なる構造と素材で出来ている。お陰で重量は史実の3分の2しかない」

 

「マジで?」

 

「本気と書いてマジだ」

 

「……」

 

「我がゲルマニアの技術力は扶桑国を除けば一歩追随を許していない」

 

「……」

 

 うーん。なぜか知らんがどこぞの少佐の台詞が脳裏を過ぎる。

 

 まぁ実際にゲームでもそのチートっぷりはあるけどさぁ。ちなみに資源に関しては他国と比べるとかなりビンボーな上に人員も少ないとあって思うように開発は進まないのが難点だったな。

 

「そのおかげでティーガーⅡの攻守走の性能は軽く第1世代の主力戦車並はあるぞ」

 

「まじかよ」

 

 第二次世界大戦時のレベルでこの技術力……。これだからゲルマニアは今後が恐ろしいんだ。 

 

「まぁ、これだけの高性能だ。当然性能相応のコストが掛かってな。大量生産と言うわけにはいかないんだ」

 

「まぁそうだろうな」

 

 アリアは苦笑いを浮かべてティーガーⅡやパンターを見る。

 

「だから、装備の更新が進んでいるとは言っても、型の古い戦車は未だに一級戦力として現役なのだ」

 

「なるほどねぇ」

 

 弘樹は整備を受けている戦車達の中に、ちらほらと見えるティーガーⅠやⅣ号戦車、Ⅲ号突撃砲等の戦車を見て納得する。

 

「まぁ、当然そのままではイワン共の戦車に対抗するには力不足だ。ここで多少なりの強化はしている。まぁ大半は装甲と火力、それに伴って足回りの強化だな」

 

「まぁ所詮付け焼刃程度のやり方だがな」と付け加える。

 

 

 すると上空から甲高い音が響き二人は空を見上げると、9機の航空機が編隊を組んで飛行していた。

 

「Me262か」

 

「あぁ。ゲルマニア初のジェット戦闘機だ」

 

「まぁ史実でも大戦中に開発されていたけど、あれも史実どおりじゃないんだろ」

 

「ご名答。全体的に設計を見直して純粋な戦闘機として性能を向上させた」

 

「どのくらい上がったんだ?」

 

「そうだな。朝鮮戦争辺りのジェット戦闘機並はあるだろうな」

 

「結構上がったな」

 

「あぁ。まぁそれでも航続距離は短い。迎撃機として運用するのがやっとだ。今後は燃費や燃焼効率が開発課題だな」

 

「なるほどね。だが、Me262のジェットエンジンの寿命って短くなかったか?」

 

「史実ではな。だが、その点も解決している」

 

「もう解決しているのか?」

 

「あぁ。それについては、後で話そう」

 

「……」

 

 ホント、この国の科学力は恐ろしいよ。

 

 

 

 陸軍の基地を後にした二人は次に海軍の有する港に訪れ、そこにある造船所を見て回っていた。

 

「新型戦艦か」

 

「あぁ。どれもビスマルク級を強化発展させた物だ」

 

 弘樹とアリアの二人は進水した船体に艤装が施されている戦艦数隻を高所から見下ろしながら会話を交わしていた。

 

「戦艦はそれぞれ『フリードリヒ・デア・グロッセ級』と『デアフリンガー級』『フォン・ヒンデンブルグ級』だ。それぞれ40cm、46cm、50cmの砲を備える予定だ」

 

「そいつはまた豪快な」

 

 呆れたように言っている弘樹であったが、内心興奮していた。

 

 なにせどれも設計こそされたが建造に至らなかったナチスドイツのH級戦艦達を基にした新型戦艦なのだ。戦艦好きな彼にとってはまさにハイになる光景なのだ。まぁさすがに立場と言うのがあるので内心に留めているが。

 

「砲自体はまぁそっちの大砲技術もあって作れなくは無いだろうが、よくこれだけの規模の船体を建造できる技術があったな」

 

「リベリアンとの技術交流があって、その中に造船技術もあったから、お陰で建造ができたのだ」

 

「そいつはまた。まぁ当然相応の技術と交換してだろ」

 

「あぁ」

 

 アリアは手すりに腰掛けながら口を開く。

 

「まだいくつかはこちらで研究中の技術だが、それをリベリアンの技術者達と共に研究し、完成させる予定だ」

 

「なるほど」

 

「まぁ、その造船技術のお陰で、ちゃんとした空母の建造が出来たのだがな」

 

 アリアは顔を右の方に向けると、建造中の戦艦が居る港とは別のドックで建造中の航空母艦が数隻いた。

 

「既にグラーフ・ツェッペリン級航空母艦が数隻就役して機動部隊を編成している。あと少し経てばグラーフ・ツェッペリン級を発展させた『エーリッヒ・レーヴェンハルト級航空母艦』も竣工する」

 

「ふむ。結構海軍も充実してきているんだな」

 

「と言っても、リベリアンや扶桑国の海軍と比べると、数は少ないがな」

 

「まぁそうだが、比べる相手があんまりじゃないか?」

 

 ロヴィエア連邦の海軍の規模の詳細は分からんが、少なくともトップ3に入っている二カ国を比べる対象にするべきじゃないと思うんだが。

 

 

「だが、いいのか?」

 

「何がだ?」

 

 アリアは弘樹の方を見て怪訝な表情を浮かべる。

 

「いくら同盟を組んだとは言えど、他国の長にここまで軍事機密を見せても? それもついさっき組んだばかりのな」

 

「それが知ったばかりのやつなら、見せるはずがないだろ。だが、お前であれば、信頼に足りる。別に構わんよ」

 

「信頼、ねぇ」

 

 そこまで信頼してもらえているのは悪い気はしないのだが、ここまで信頼してくれるのも何か違和感があるような気がする。

 

「それでだ。一つ頼みを聞いてくれるか」

 

「頼み?」

 

「あぁ。ぜひとも扶桑国から輸入したい物がある」

 

「……」

 

「そう警戒するな。別にそちらの現在の兵器技術を欲しているわけじゃない。いずれこちらでも開発できるものだからな。それに今それらを持ってもこちらの技術が追いついていないから手を持て余すだけだ」

 

 アリアは一瞬見せた弘樹の警戒色を見て相手が警戒している事とは違うと伝えた。

 

「我々が輸入したいのはそちらの艦上爆撃機彗星と艦上攻撃機流星、それと酸素魚雷だ」

 

「彗星と流星、それに酸素魚雷か」

 

「あぁ。前者2機は航空母艦の艦載機と空軍の爆撃機の後継機として、酸素魚雷はUボートによる通商破壊に使用したい」

 

「なるほど。だが、艦載機ならリベリアンから輸入するのもありなんじゃないのか?」

 

「まぁそうだが、扶桑国の航空機は優秀だからな。かと言ってリベリアンの航空機も優秀だ」

 

「だから選定するのか」

 

「あぁ。それで海軍の航空母艦の艦載機と空軍の爆撃機の後継機として採用したいと思ってる」

 

「ふむ」

 

「もちろん、相応の取引材料は用意する」

 

「それこそさっきリベリアンと共同研究しているってやつか?」

 

「それもそうだが、扶桑国だけに教えようと思っている技術もある」

 

「俺のところだけに、か」

 

 妙な待遇に弘樹は首を傾げる。

 

「それで、何がある?」

 

「そうだな。まず人造石油の研究資料や生成方法。HL合金やフレアメタルと言った超合金の製造法。更にはステルス塗装の研究資料とかだな」

 

「ちょっと待て」

 

 今さらっととんでもないのが混じってたぞ。

 

「何か色々と凄そうな物が混じっているんだが、まぁとりあえず順に説明してくれるか」

 

「あぁまず人造石油だが、こいつはその名の通り特殊な方法で人為的に精製する石油の事だ」

 

「ふむ」

 

 人造石油は第二次世界大戦時のドイツで研究された物で、ガソリンや軽油似の燃料を精製してそれなりの量を自給していた。日本もドイツからこの技術を学んで北海道や朝鮮半島に人造石油のプラントがあったものも、戦局に貢献するほどの量を精製できなかった。

 

「これはリベリアンと共同で研究している。まぁ今はそれほど高いオクタン値があるわけじゃない。今は訓練用の車輌の燃料として使っているのが現状だ。だが、今後の研究次第では高いオクタン値を出せるかもしれない」

 

「それに扶桑国の技術者達が加われば、早期に実用化の目処が立つのか?」

 

「そういう事だ」

 

「ふむ。悪い話ではないな」

 

 扶桑国の燃料事情を考えると燃料不足に陥る事は無いが、地下資源は無限にあるわけではない。今後起こらないとも限らないので自給できる手段は持っている方が良いか。

 

「まぁとりあえずそれは本国で部下達と相談してからだな。で、HL合金って言うのは?」

 

「HL合金。Hart Leicht、すなわち硬く軽いと言う意味だ」

 

「硬く軽いか」

 

「あぁ。この合金は数種類の金属と特殊な加工法を施す事で出来る特殊合金だ。厚さ2cmの装甲でも、推定数値80mm前後の装甲板に匹敵する硬度を誇る」

 

「たった2cmで80mmぐらいの硬さがあるのか」

 

「しかも重量は従来の鋼鉄と比べると重さは3分の2前後しかない」

 

「まじで?」

 

「だから名前にしてあるのだ」

 

「そういう事か」

 

「一応2cmのHL合金と同じ厚さの鉄板を地面に垂直で固定して強度試験を行っている。だいたい700mからパンターA型の70口径の75mm砲に硬心徹甲弾による砲撃を行った」

 

「結果は?」

 

「鉄板の方は簡単に貫徹。だが、HL合金の板は貫徹せず弾かれた」

 

「まじかよ」

 

 たった2cmの厚さでここまでの強度とは。

 

「HL合金が貫徹できたのは、90m弱の距離でだ」

 

「ほぼ至近距離だな」

 

「それだけHL合金が固いという事だ。その結果を聞いた時私は耳を疑ったよ」

 

「俺も今も俄かに信じ難いよ」

 

「だが、この合金には欠点があってな」

 

 まぁ完全無欠名物は無い。当然そういった欠点もあるよな。

 

「この合金は、どういうわけか2cm以上の厚さにすると極端に脆くなる厄介な性質を持っていてな。ミリ程度の誤差ならいいが、これが1cmでも厚くなるとどういうわけか極端に脆くなる」

 

「変な性質を持っているんだな」

 

「あぁ全くだ。しかもかなり硬いから曲げるといった加工もしづらい。まぁ溶接は何とか出来るんだがな」

 

「ふむ」

 

「ちなみにこの合金はティーガーⅡの装甲に使っている」

 

「だから重量が軽かったのか」

 

「あぁ。と言っても、2cmのままで使ってもさすがに重量と強度が足りない。だから同じ2cmの厚さの合金を2枚重ね、その上下をそれぞれの厚さの鉄板で重ねている」

 

「一種の複合装甲染みた構造だな」

 

「そのおかげで更なる強度と軽量化を実現できたのだ」

 

「なるほど。けど、かなりコストが高いんだろ」

 

「あぁ。決して安くないが、兵器に使って製造すると考えれば高くは無いだろう」

 

「そういうもんか?」

 

「そういうもんだ」

 

「……」

 

「次にフレアメタルの事だが、ここで話すと長くなるな。良い店を知っている。そこで軽く食べながらでも話そう」

 

 アリアが立ち上がって制帽を被り直してそこから歩き出し、弘樹もその後に付いて行く。

 

 

 

 

 

 



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第七十話 

 

 

 

 

 その後二人は海軍基地を後にしてゲルマニア公国の街中に入った。

 

 

 

「後で連絡を入れるから、迎えに来てくれ」

 

「分かりました」

 

 アリアが運転手にそう告げて扉を閉めて弘樹の元へと歩む。

 

「にしても、こんな人気のある場所で話をするのか?」

 

 弘樹は周囲を見回すと、そこはゲルマニア公国の首都であるベルリンの中で一番大きな広場であり、そこでは人間もそうだが、様々な種族の親子連れが居た。

 

「ここは私のお気に入りの場所でな。よく来るんだ」

 

「そんな場所で軍事機密の内容を話すのか」

 

 機密性ガバガバな気がするんだが。

 

「気にしたら負けだ」

 

「いやなんでやねん」

 

 弘樹は思わずツッコミを入れる。

 

「まぁ、周囲は親衛隊や憲兵が警備している。不審な人物が居ればすぐに拘束する」

 

「そうなのか。だが、国のトップがここに来ると周りが落ち着かないと思うんだが?」

 

「だからお互い変装して来たのだろう?」

 

 アリアは両腕を軽く横に広げて自分の格好を見せる。

 

 髪型こそ変わっていないが、頭には赤と黒のチェック柄のキャスケットを被り黒いフレームの眼鏡を掛けている。服装は白いシャツに赤と黒の縞々のネクタイを締めてその上に黒いロングコートを着て首に赤と黒のチェック柄のマフラーを巻いており、キャスケットと同じ赤と黒にチェック柄のプリーツスカートを穿き、黒タイツに茶色で膝上まであるブーツを履いている。

 今の季節なら相応の格好だろう。

 

 見た感じ国のトップと言うより地球での今時の若い女の子の様な感じだ。まぁパッと見はこんな女の子が国のトップとは考えられんわな。

 

 一方の弘樹は黒いスーツを着ていた。さすがに他国の軍隊の軍服を着ているとなると目立ってしまうので、彼女が着替えを用意した。

 

「付いて来い」

 

 アリアはコートのポケットに両手を突っ込んで歩き出し、弘樹が後に付いて行く。

 

 

「やぁいらっしゃい」

 

 広場で開いているホットドッグの出店の前に二人が来ると、店主のおじさんがアリアに気付く。

 

「いつもの二ついいかしら?」

 

「あぁいいよ。ちょっと待って居てくれ」

 

 おじさんはすぐにホットドッグを作り始める。

 

「常連かい」

 

「ここのホットドッグは中々美味いのよ。だからよく来るのよ」

 

「嬢ちゃんはいつも来てくれるからね」

 

 と、おじさんは笑みを浮かべる。

 

(見た所アリアが総統だって言うのに気付いてないっぽいな。目の前に居る彼女がこの国の総統だと知ったら卒倒するんじゃないか?)

 

 下手なドッキリよりタチが悪いな。

 

 ってか彼女の顔を知らないはずはないんだけどなぁ。それでも気付かないとは。まぁいつものイメージとはかけ離れた格好だから案外気付かれないものかもしれない。

 

(こうして見るとどこにでも居るような女の子だよな)

 

 チラッとアリアを見ながら弘樹は内心呟く。

 

(そういやアリアって今いくつなんだ?)

 

 些細な疑問が浮かんだが、今は気にするような事じゃないか。それに、女性にそういう事を聞くのは野暮ってやつだ。

 

 

 

 二人はホットドッグと近くの出店で販売されてコーヒーが入った紙コップを手にして広場に設置されているベンチに腰掛けた。

 

「それで、話の続きだが」

 

「あぁ。フレアメタルか」

 

 アリアはホットドッグを一口齧り、よく噛んで飲み込んでから口を開く。

 

「フレアメタルは分かりやすく言えば耐熱性に優れた合金だ」

 

「耐熱性にか」

 

「あぁ。こっちはHL合金と比べればコストは低い方だから、割と大量生産しやすい。我々の方ではジェットエンジンに使用する金属として使っている」

 

「なるほど。だからエンジンの寿命が延びているのか」

 

「そういうことだ。その上HL合金ほどではないが、結構な強度がある」

 

「そのフレアメタルだが、どれだけ耐熱性に優れているんだ?」

 

「あぁ。高熱を発する特別な装置を使い、鋼鉄製の南京錠とフレアメタルで作った南京錠を使った耐熱試験を行った。結果鋼鉄製の南京錠は真っ赤にドロドロに溶けて原形を留めず、フレアメタル製の南京錠は真っ赤に赤熱化していたが、全く形を崩していなかった」

 

「……」

 

 鋼鉄って確か1000から1500前後で溶けるんだっけ? それでも溶けずに原型を留めているって……。

 

「その後同じフレアメタル製の南京錠を2つ用意して同じ装置で熱し、真っ赤になった2つの片方はゆっくりと冷却し、もう片方は冷や水を掛けて急激に冷却してみた」

 

「結果は?」

 

「どちらも異常なし。普通通り鍵として使える。まぁ強いて言うなら少し表面に煤が付いて黒くなっているぐらいか」

 

「それは凄いな。ちなみにその装置は何度の熱を発するんだ?」

 

「2500°以上の熱を発する。だが、フレアメタルは理論上それ以上の熱にも耐えられる」

 

「ふむ……」

 

 弘樹はその言葉を聞いて一考する。

 

 このフレアメタル。戦艦大和を改造して試験を行っている開発中のアレ(・・)に使えそうだな。アレ(・・)は発生する膨大な熱によってどんな金属も溶かしてしまって連続使用が出来ずにいて、開発が頓挫していた。だが、それさえ解決できれば実用化はそう遠くは無い。

 これならきっと大きな進展を齎してくれるかもしれない。

 

「ちなみにこれはリベリアンには教えていないものだ」

 

 アリアはそういいながらコーヒーの入った紙コップを口にして一口飲む。

 

「そうなのか。まぁ、理由は聞かなくていいが」

 

 そう言って弘樹はホットドッグを一口齧る。

 

「それで最後にステルス塗装だが、これは呼んで字の如くだ」

 

「ふむ。だが、いくら何でも時代がすっ飛んでいないか?」

 

「私もそう思っている。まぁ、これを見つけたのは偶然の産物だったがな」

 

「偶然なのか?」

 

「あぁ。我が国の領土内にある鉱脈から見つかったとある鉱石が全ての始まりだ」

 

 ホットドッグの残りを口に放り込み、よく噛んでから飲み込む。

 

「その鉱石……あぁ名前は鉱山の名前を取って『エルグラ鉱石』と言って、その鉱石は極めて特殊な性質を持っていてな。どうやら電波の類を吸収する性質を持っている」

 

「電波を?」

 

「あぁ。それはレーダーから発する電波もだ。研究した所この鉱石は微粒子レベルでも同じ粒子が集まっていれば同じ効果を発揮する事が分かった」

 

「……」

 

「その後微粒子までに細かくした鉱石を特殊な塗料に混ぜて鉄板にムラ無く塗装して実験を行った。ただの鉄板ではレーダーから発せられた電波に反射してレーダーに捉える事が出来たが、その鉱石入りの塗料で塗装した鉄板はレーダーに捉える事が出来なかった」

 

「ふむ」

 

「その後何度も試験を行ったが、結果は塗装した鉄板はレーダーには映らないと言うのが分かった」

 

「それはまた」

 

 弘樹はアリアの口から告げられた試験結果に驚きを隠せなかった。

 

「ステルス塗料の効果が分かった後、航空機にステルス塗装を施して同じ効果が得られるか試験を行ったのだが……」

 

 するとアリアの表情が険しくなる。

 

「何かあったのか?」

 

「……さすがに凹凸が激しいと、ステルス塗装を施しても完全にレーダーの目を誤魔化せなかった」

 

「そりゃそうだろうな」

 

 現代のステルス機がなぜ凹凸が少ない形状をしているのは、レーダーの反射を極力抑える為だからな。

 

「一応使用した機種はFW190とMe262だ」

 

「レシプロ機とジェット機か」

 

「まぁ、前者はほとんど効果は得られず、後者はレーダーに映ったり映らなかったり、効果はバラバラ」

 

「ふむ」

 

「実験結果から、凹凸の少ない機体でなければ十分な効果は出ないと言う結論に至った」

 

「そうか」

 

 弘樹はこの技術にも一考する。

 

 扶桑国ではステルス戦闘機や爆撃機の開発自体は行われていたが、この塗装があれば恐らくかなり大きな進展を見せる可能性があった。

 

「これも、リベリアンには伝えていないやつだ」

 

「これもかよ」

 

 何か、やけに俺のところに拘るな。

 

「にしても、取引材料としては破格じゃないか? こっちの品が霞むレベルなんだが」

 

 こっちは航空機2機種と魚雷だけなのに、向こうは一国の軍事機密を4つもこちらにくれるのだ。割に合わないと思うんだが。

 

「構わんよ。扶桑国にはもっと力を付けてもらわなければならない。この戦いを終わらせる為にもな」

 

「戦いを終わらせる、か」

 

 アリアの言葉に弘樹は表情を暗くする。

 

 戦いを終わらせる。その点だけを見れば、扶桑国には出来なくはないのだから。

 

 何せ扶桑国には戦略兵器をいくつも保有している。それを使えば戦局を180°変えるのも容易い。しかも先の大戦で初めて使用された特爆よりも、強力なやつが現在扶桑国にはあるし、更なる戦術兵器の開発も進んで実用化までは目と鼻の先だ。

 

(それを使えば、戦いは終わるんだろうが……)

 

 まぁ、現在の扶桑国の兵器や同盟軍の戦力があれば、それを使う必要は無いんだが。

 

(あくまでもそれは抑止力として持っていなければならない。使うわけにはいかない)

 

 使えばどんな事になるかなど、火を見るより明らかだ。

 

「まぁ、扶桑国に渡せるやつはこんなものだな」

 

「凄い代物だっていうのは分かった。だが、さすがに国のトップでも独断で決められるものじゃない。本国で話し合ってどうするかを決める。が、代物が代物だからな。すぐに話は通るだろう」

 

 それに輸出する物も旧式の兵器だから、軍の方も躊躇う理由は無いだろう。

 

「それは何よりだ」

 

 アリアはニヤリとするとベンチから立ち上がって包み紙と紙コップをゴミ箱にそれぞれ分けて捨てる。

 

「それで、これからどうする?」

 

「どうするも、リベリアンに戻るのは明日の昼だからな。適当に時間を潰すさ」

 

「そうか。ならば、今夜私の家で飲むか? 久しぶりに二人っきりで話がしたいからな」

 

「今夜か。まぁ、別にいいけど、仕事はいいのか?」

 

「もう今日の分は終わらせている。追加の分があっても部下がやってくれる」

 

「そ、そうなのか」

 

 弘樹は思わず苦笑いを浮かべる。

 

「まぁ夜まで時間はある。それまでホテルに先ほどの機密資料を送っておこう。それは国を出るまで我々が管理するが、扶桑国に戻るのならリベリアンに流出させない条件でそちらに譲渡させる」

 

「あぁ、分かった」

 

 それからは迎えが来るまで二人は雑談を交わしたりして時間を潰した。

 

 

 



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第七十一話 連合軍の反応

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
そして更新が遅れて申し訳ございません。これからも鈍亀更新となりますが、本作もよろしくお願いします。


 

 

 

 

 扶桑国が同盟軍に加わって、あっという間に数週間の月日が流れる。

 

 

 

 

「……」

 

 偽装シートを上から被って隠れている扶桑軍の偵察部隊の兵士は双眼鏡を覗き、辺り一面荒野を見渡す。

 

「かれこれもう二日経つが、まだなのかねぇ」

 

「無駄口を叩くな。他の偵察部隊の報告ではやつらの予測進路はここだと言っているのだ。現にやつらはここに向かっている」

 

 呟く兵士に隣で双眼鏡を覗く兵士が不機嫌そうに言う。

 

「……にしても」

 

 水筒の蓋を開けながら兵士は景色を眺める。  

 

「まさか俺達が異国の地で戦うとはな」

 

「今に始まった事じゃないだろう」

 

「まぁそうなんだが、海を越してまでは今まで無かっただろ」

 

 これまで扶桑国が他国に軍を派遣したのは初めてではなかったが、それまでは地上が繋がった国への派遣がほとんどだった。今回の様な海を越して別大陸への海外派遣は初めてだ。

 

「まぁでも、やるべき事はちゃんとやろう。じゃなきゃ、俺たちは死んじまうんだからな」

 

「……」

 

 

「っ!」

 

 雑談を交わしていると、二人の耳に小さくエンジン音が耳に届き、二人は双眼鏡を覗いて周囲を見渡す。

 

 すると森の向こうから次々とロヴィエア連邦軍のT-34やIS-2、更に新型戦車が二車種と言った戦車群が出てくる。  

 

「来たか」

 

 兵士が隣の兵士に目配せすると、すぐに兵士は無線機に付き、暗号にて連絡を入れる。

 

 

 

「偵察部隊より報告! 敵戦車部隊を発見! 予想通りの進路を進んでいます!」

 

「そうか」

 

 第7戦車大隊の指揮官である『西住小次郎』中佐は自身の搭乗する74式戦車の乗員から報告を聞き、組んでいた腕を解く。

 

「各車に連絡! 攻撃準備に掛かれ!!」

 

 西住少佐の指示はすぐに各車輌に伝えられ、丘の陰に身を潜めている74式戦車各車のディーゼルエンジンが始動すると、少し前に前進して停車し、油圧サスペンションで車体後部を持ち上げて車体を水平にする。

 

「全車徹甲! 重戦車を中心に狙え!」

 

 指示が送られると共に各車の装填手は徹甲弾を戦車砲に装填し、それぞれ他の戦車より一回りほど大きいIS-2に狙いをつける。

 

「撃て!!」

 

 攻撃指示と共に各74式戦車の55口径110mmライフル砲が一斉に轟音と共に火を吹く。放たれた徹甲弾はIS-2とT-34の砲塔や車体の側面に命中して行動不能とし、中には弾薬庫が爆発して砲塔が吹き飛ぶ車輌が現れる。

 

「砲撃続行! 目標自由! 狙えるものは全て狙え! 撃て!!」

 

 更なる指示と共に各74式戦車は砲撃を続行し、次々と撃破して鉄屑と化していく。

 

 ロヴィエア側は突然の攻撃に混乱して動きがバラバラになっていたが、3時方向に発砲炎を確認してすぐさま砲塔を向けて砲撃を行う。

 

 しかしロヴィエア連邦の戦車の砲はお世辞に精度が良いとは言い難く、その上距離が離れているとあって74式戦車が居る丘とはあらぬ方向へと飛んでいって掠りもしない。

 その上、74式戦車は車体を丘の陰に隠して砲塔だけしか出していないので、被弾面積が少ないのだ。まず当たらないだろう。

 

 その間にも74式戦車は正確無比な砲撃を続けて、次々とロヴィエア連邦軍の戦車を撃破していく。

 

 

 

「扶桑軍より連絡! ロヴィエア連邦軍の戦車部隊を捕捉! 交戦に入ったと!」

 

「うむ」

 

 遠くからする砲撃音を聞きながらゲルマニア軍の戦車大隊を率いる茶髪の女性ことマオ・ヴェステン少佐は自身の乗るティーガーⅡの無線手からの報告を聞き頷く。

 

「ミオ大尉率いる部隊はどうなっている?」

 

「先ほど所定位置に到着してリベリアン軍と共に指示を待っています」

 

「よし。ならば作戦開始と伝えろ」

 

「ハッ!」

 

 無線手が指示をその部隊を率いる部隊長へ伝える。

 

「扶桑軍がロヴィエア軍の戦車部隊を捕捉し、攻撃を開始した。我々も負けてはいられんぞ!!」

 

了解(ヤヴォール)!!』

 

「行くぞ! パンツァーフォー!!」

 

 首に付けている咽喉マイクに手を当てて指示を飛ばし、ティーガーⅡとパンターG型を中心とした戦車大隊がディーゼルエンジンを唸らせて前進する。

 

 

 

「隊長! 大隊長より作戦開始命令です!」

 

「……」

 

 パンターG型のキューポラより上半身を出している明るい茶髪をしてマオ・ヴェステン少佐と顔つきが似ている女性ことミオ・ヴェステン大尉は軽く頷く。

 

「これよりリベリアン軍と共同でロヴィエア軍の敵戦車部隊を殲滅します!」

 

『了解!』

 

「リベリアンの方々もそれで良いですね?」

 

『OK! そっちに任せるわ!』

 

 と、少し離れた所に集まっているリベリアン軍のM26パーシング、その中の一輌に搭乗する指揮官が返事を返す。

 

「……」

 

 ミオ大尉は目を瞑って深呼吸をし、目を開ける。

 

「パンツァーフォー!!」

 

 号令と共にパンターG型を中心にした部隊がディーゼルエンジンを唸らせて前進し、それに続くようにリベリアン軍のM26パーシングもガソリンエンジンを唸らせて前進する。

 

 

 

 隣を走っていたT-34の砲塔が吹き飛ぶ中、新型のT-44に搭乗する指揮官は「くそっ!!」と悪態を付く。

 

「怯むな! やつらの数は少ない!! 数で圧倒しろ!!」

 

 車内で指揮官は無線機に向かって叫び、味方の戦車は砲撃してる方向へ向きを変えるも、その間に次々と味方車輌が撃破されていく。

 

 その中でも新型のIS-3の放った徹甲弾が丘の陰に隠れている74式戦車の砲塔に命中するも、被弾傾斜に優れた砲塔により弾かれてしまう。

 

 

 すると丘の向こうからの砲撃が突然止む。

 

「っ! 砲撃が止んだ! 今が好機だ!」

 

 指揮官は砲撃が止んだ事を好機と見てまだ多く残る味方に前進させた。

 

 

 が、その直後IS-2一輌が後ろから砲撃を受けてエンジンが吹き飛んだ。

 

「っ!?」

 

『た、隊長! 後ろからファシストの戦s――――』

 

 味方のT-34が報告をし終える前にその戦車が砲塔に直撃を受けて黒煙を上げて停止する。

 

 指揮官はペリスコープを後ろに向けて覗くと、丘の向こうから次々とゲルマニア軍の戦車が現れた。

 

「くっ!? こんな時にファシスト共の戦車だと!?」

 

 驚いている間にゲルマニア軍のパンターG型が砲撃を始めて次々と味方の戦車を撃破していく。

 

 

 すると別方向よりパンターG型とは異なる戦車が現れ、こちらに向けて砲撃する。

 

「リベリアンの戦車まで」

 

 それはリベリアン軍のM26パーシングであり、轟音と共に味方のT-34とIS-2に向けて砲撃を行う。その上反対側の丘からは後退したはずの扶桑軍の74式戦車が砲撃を行い、味方の戦車を劇撃破していく。

 もはや味方の数は殆ど残されていない。

 

 しかも別方向から更に新型の豹戦車(ティーガーⅡ)を中心としてゲルマニア軍の増援が接近していた。

 

(完全に動きを読まれていた……!)

 

 こうなってしまえば、もはや逆転の術は無い。

 

 それを理解した途端、74式戦車が放った徹甲弾がT-44の車体正面に突き刺さり、乗員を殺傷した後弾薬が爆発して砲塔が吹き飛んだ。

 

 

 その後その辺り一帯のロヴィエア連邦軍は扶桑軍、リベリアン軍、ゲルマニア軍によって一掃されるのも、時間の問題であった。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わり、砂地が広がる砂漠地帯……。

 

 

 

「撃て!!」

 

 西大佐の号令と共に砂漠迷彩の施された74式戦車の戦車砲が一斉に火を吹き、砂漠を行進しているブリタニア帝国陸軍のセンチュリオンの砲塔側面にHEAT(対戦車榴弾)が直撃して貫徹した弾頭が砲塔内で爆発し、砲塔が一瞬持ち上がって黒煙が上がる。

 同時に数台も同じように砲塔や車体側面にHEATが直撃して行動不能となる。

 

「弾種徹甲! 残敵を掃討しろ!」

 

 指示が送られると装填手が徹甲弾を装填し、直後に戦車砲が吠える。

 

 突然の襲撃を受けたセンチュリオンは砲塔を旋回させて発射点を探ろうとしたが、直後に反対側の砂丘の陰に隠れていた74式戦車が油圧サスペンションで車体後部を持ち上げて砲塔だけを出し、砲撃を始める。

 

「くそっ! こいつらどこから現れたんだ!?」

 

 センチュリオンの車長は狼狽してただ味方の戦車が次々と撃破されていくのを見ることしか出来なかった。

 

 すると砂丘の陰から砂漠迷彩が施された61式戦車が現れて、センチュリオンに向けて砲撃を行い、センチュリオンの砲塔基部に徹甲弾が命中して貫徹し、乗員を殺傷する。

 

 

 

『こちらB小隊! 襲撃を受けた! 応援を請う! 応援を請う!』

 

『くそっ! 待ち伏せだ! 後退しろ!』

 

『こいつらゲルマニアやリベリアンの戦車じゃないぞ!? 一体どこの戦車だ!?』

 

 無線は混乱して様々な通信が飛び交っていた。

 

(くそっ! これは例のフソウ国とやらか!)

 

 センチュリオンの砲塔内で指揮官は事前に聞いた報告にあった、同盟軍に新たに加わった国のことを思い出していた。

 

 各戦線にゲルマニアやリベリアンの戦車とは異なった戦車が現れ、我が軍の戦車隊と、ロヴィエア軍、メルティス軍の戦車隊に対して攻撃を行い、殲滅していた。

 その上見たことの無い航空機までもが現れて、各戦線は混乱していた。

 

 

 すると前方を走っていたセンチュリオンの車体側面に何かが直撃すると、内部で爆発が起きて黒煙が隙間から漏れ、停車する。

 

「っ!?」

 

 指揮官は目を見開いて驚き、キューポラにあるペリスコープを攻撃が来たと思われる方向に向けると、遠くでマズルフラッシュが瞬く。

 それを見たと同時に指揮官が乗車しているセンチュリオンが揺れ、車内で爆発が起きて指揮官は永遠に意識を失った。

 

「指揮官がやられたぞ?!」

 

「くそっ! 後退しろ!!」

 

 すぐに撤退しようとしたが、死神は彼らを逃がしはしなかった。

 

 

 バタバタという音と共に砂丘の陰から現れたのは、攻撃回転翼機の小鷹と大鷲であり、それぞれ3機ずつの6機はセンチュリオンに向けて対戦車ミサイルヘルファイヤーとTOWを放ち、各センチュリオンに命中して車内で炸裂して弾薬庫に誘爆し、砲塔が吹き飛ぶ。

 直後に周囲に展開している歩兵に向けて機首の20mmと30mmの機関砲と機体側面のロケットを放ち、歩兵を駆逐していく。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 所変わって戦線から離れた某所。

 

 

 

「……」

 

 執務室で報告書を読む男性は顔を顰めて口に咥えている葉巻を吸って紫煙を吐き出し、葉巻を手にして灰皿に灰を落として置く。

 

(まさか扶桑国が……西条弘樹がこの世界に来ていたとはな)

 

 スーツに蝶ネクタイをしたいかにも紳士な雰囲気の金髪の男性は報告書にある扶桑国にため息を付く。

 

 男性こと『ジャック・ジョンソン』。かのブリタニア帝国の首相であり、弘樹やトーマス、アリアと同じオンラインゲーム『Another World War』のトップランカーの一人だ。

 

(まぁ、トップランカーが揃っているのに、彼だけが居ないと言うわけではないだろう)

 

 いかんせこのトップランカー達の中でもトップ3に入る実力を西条弘樹は有していたのだ。彼だけが除け者になるはずがない。

 

(その上、兵器技術が進んでいるとはな。まぁヴェネツェアより古いといっても、我々からすれば進んでいる)

 

 現状各国の兵器技術はどれもばらばらだが、どこも大戦中期から大戦後期辺りの技術を有している。だが、例外ではヴェネツェアと扶桑が抜き出ている。

 

(それに、海軍力は明らかにリベリアンより上。まぁ、そのリベリアンに劣っている我々が言える事じゃないのだがな)

 

 まぁ、戦艦のみならばリベリアンに負けない戦艦は現在建造中だが、扶桑国のモンスターには敵わないだろう。尤もを言えば、建造中の戦艦はロヴィエア連邦海軍のソヴィエツキー・ソユーズ級に対抗するのが目的で建造しているのだがな。

 

(やはり、全体的に戦力の増強を行いつつ、空母と戦艦が更に必要になるか)

 

 将来的に必要となる海軍の増強計画を浮かべつつ、その後一旦棚上げにして別の事を考える。

 

(陸では五分と五分かもしれない。いや、今の扶桑なら、既に第三世代のMBTの開発を行っていてもおかしくないか)

 

 ジャックはそう予想するが、実はその通りであった。

 

(やれやれ。あの女の勘が鋭くなければ、扶桑と密かに接触を図れるのだがな)

 

 ため息を付きながらソーサーに置いているカップを手にして入っている紅茶を飲み干す。

 

 

「失礼します、マスター」

 

 と、執務室の扉が開けられると、古風なデザインのメイド服を身に纏う女性が入ってくる。

 

「やぁマリア。手にしているのは報告書かい?」

 

 カップをソーサーに置きながらジャックは女性に問い掛ける。

 

「はい。パスタに関する報告書です」

 

 マリアと呼ばれるメイドは手にしている報告書を執務机に置くと、ソーサーごとカップを持ち上げて執務机の傍にある台に置いて紅茶の入ったポッドを手にしてカップに注ぐ。

 ちなみにパスタとはヴェネツェア王国の事である。

 

「……」

 

 報告書を見たジャックはため息を付く。

 

(やはり性能の差が大きいか)

 

 報告には、砂漠地帯でヴェネツェア王国軍との戦闘結果が記されていたが、戦車隊は壊滅。撤退を余儀なくされた、と言う散々な結果だ。

 とは言えど、これは仕方無いところがある。

 

 いくら主力戦車の基となったセンチュリオンでも、何十年も後に開発されたイタリア軍の主力戦車が相手じゃ手も足も出せないわな。

 

 しかし彼とて、結果が分かり切った戦闘にわざわざ戦力を送るような真似はしないが、ロヴィエア連邦側の要請で増援を送ったのだ。まぁ、結果はご覧の通りだが。

 

(可能なら、どうにかしてロヴィエアの彼女の機嫌は損ねないように、水面下で進めるか)

 

 内心で様々なことを考えながら、マリアが淹れた紅茶が入ったカップをソーサーごとジャックに差し出して、彼はそれを受け取ってカップの取っ手に指を掛けて持ち上げ、口元へと運んで一口飲む。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わってブリタニア帝国ではない某所。

 

 

「……」

 

 執務室で報告書を見る中性的な顔つきの女性は報告書を読み終えると執務机に報告書を置いて椅子の背もたれにもたれかかる。

 

(やっぱり、君もこの世界に来ていたんだね、ヒロキ)

 

 彼女は友人の顔を思い浮かべながら微笑を浮かべる。

 

 豪華な意匠がそれほど施されていない軍服を身に纏い、金髪のミドルヘアーを根元で結んだ一本結びの髪形をして、アメジストの様に透き通った瞳を持っており、その顔つきは美少年を思わせる顔つきであった。

 

『シャーロット・レイミス』。メルティス王国の首相であり、弘樹やトーマス、アリア、ジャックと同じオンラインゲーム『Another World War』のトップランカーの一人だ。

 

(彼が、扶桑国が居れば、きっとこの戦いは大きく変わる)

 

 いや、必ず変わる。彼女の中では確信があった。彼女の中ではそれだけ西条弘樹を評価している。

 

(機を窺って、扶桑と接触したいけど、あの女はそう隙を見せはしないだろうね)

 

 シャーロットの脳裏にロヴィエア連邦の大統領の姿が脳裏に浮かぶ。

 

(もしあの女に牙を向けられたら、陸も海も空も、防げる手段は無い)

 

 メルティス王国の戦力は他の国と比べると目立って少ない。兵器技術は戦後基準だが、他国に対してほとんど意味はない。そんな状態で圧倒的な戦力を有するロヴィエア連邦に宣戦布告されれば、一ヶ月持てば良い方だろう。

 宣戦布告されてもジョンブルの狐は増援なんか送る気は無いだろうし、期待するだけ無駄か。

 

「はぁ。つまりは、機を窺いつつ、いつも通り、か」

 

 深くため息を付く。

 

 

「失礼します」

 

「どうぞ」

 

 と、執務室の扉が開けられると、軍服を身に纏う男性が入ってくる。

 

「どうしたの?」

 

「ハッ。先ほどディオティス荒野での戦闘の報告が上がりました」

 

 ディオティス荒野とは、先ほどのロヴィエア連邦軍とゲルマニア、リベリアン、扶桑三ヶ国連合との戦闘が行われていた場所である。

 

 

「……」

 

 報告書を受け取ったシャーロットは報告内容を見て男性に気付かれないほどに薄く微笑を浮かべる。

 

(これなら、あるいは)

 

 彼女の中で少なくとも、確信的な予想が組み上がる。

 

「いかがなされますか?」

 

「いつも通りだよ。ロヴィエア連邦の要請があれば戦力を派遣する」

 

「畏まりました。それで、いかほどの戦力を?」

 

「彼らの小隊を四つと、機甲大隊を五つだね」

 

 彼らとは、現在メルティス王国が保護して協力体制を取っているとある種族であり、今彼らはその恩義を返す為にメルティス王国の陸軍に協力している。

 

「分かりました。陸軍にお伝えしましょう」

 

「お願い。それと、海軍はまだ動かせないんでしょ?」

 

「えぇ。ブリタニアから技術支援があるとは言えど、すぐにとは行きません」

 

「まぁ、そうだろうね」

 

 シャーロットはため息を付く。現在メルティス王国は海軍の再編成を行っており、空母の建造技術をブリタニアから提供してもらっているが、すぐに物に出来る訳がなかった。

 一応メルティスには『ベルアン』とブリタニア海軍から供与された『ディクスミュード』と呼ばれる軽空母と護衛空母があるが、その程度である。

 現在『ジョッフル級航空母艦』と呼ばれる史実では未完成に終わった同名の航空母艦を先ほど言ったブリタニア帝国から技術提供を受けて建造中だ。工期が遅れなければ年内に一番艦が竣工する。まぁ、就役はかなり先になるだろうが。

 

 唯一海軍で目立った活躍があるのはリシュリュー級戦艦であり、ブリタニア海軍と共同で支援砲撃に加わっている。そして現在リシュリュー級を強化発展させた新型戦艦を建造中だ。

 

「まぁ、兎に角今はやれる事をやるだけだよ」

 

「分かりました」

 

 男性は敬礼してから執務室を出る。

 

「……」

 

 男性が出たのを確認してからシャーロットは椅子を回して後ろに向くと、立ち上がって窓の前まで歩いて外の景色を眺める。

 

(今後、世界はどうなるかな)

 

 彼女は外の景色を眺めながら、内心呟く。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 某所。

 

 

「……」

 

 執務室で明らかに不機嫌なオーラを醸し出している女性は目の前で冷や汗を掻いて直立不動の姿勢で立っている将校を睨む。

 

「さて、この報告について、どう説明する、同志よ」

 

 腕を組んで将校を血の様に紅い瞳で睨みつけている女性こと『アリシア・ヴェネチェフ』は冷たい声で問い掛ける。彼女もオンラインゲーム『Another World War』のトップランカーの一人で、ロヴィエア連邦国の大統領だ。

 

「だ、ダー、同志ヴェネチェフ。これは、ファシストと資本主義者共に新たに加わった扶桑国と呼ばれる国が大きく関わっていまして」

 

「それは海軍と空軍の連中から同じ事を聞いた」

 

「……」

 

「海軍や空軍ならまだしも、我が国で一番力のある陸軍が連敗とは」

 

 実質海軍はようやくリベリアンと渡り合えるほどのレベルまでに戦力が充実してきたが、質に関してはリベリアンに劣っているのが現状だった。

 

「……」

 

「それに、この報告書にはファシストと資本主義者共との戦闘しか書かれていない。それについてはどう説明する?」

 

 女性は手にしている報告書を将校に見せ付けるようにして執務机の端に向かって投げる。

 

「そ、それは……」

 

「そこの戦線には新型のT-44とIS-3を多く送っていたはずだ。それでこの結果か」

 

「……」

 

 返事を返さなければならないのだが、返すことも出来ず顔色は真っ青になり、顔中に汗が浮かび上がる。 

 

「……粛清」

 

「っ!」

 

 粛清の言葉がアリシアから発せられて将校は目を見開く。

 

「後二回だ……」

 

「意味は分かるな?」と言わんばかりに視線を向ける。

 

「は、はい!! か、必ずや、同志ヴェネチェフの期待に添えましょう!!」

 

 将校は背筋を伸ばして大声で答える。

 

「期待しているぞ」

 

 アリシアはため息を付くと、ジロリと睨む。

 

「もういいぞ。私の気が変わる前に、私の前から消えろ」

 

「は、ハッ!!」

 

 将校は敬礼をしてから急ぎ足で執務室を出る。

 

 

「……」

 

 アリシアはため息を付き、椅子の背もたれにもたれかかる。

 

「やれやれ。柄じゃないキャラを演じるのは、疲れるな」

 

 彼女とて、独裁者の様な性格は持ち合わせていない。だが、部下への示しと言うのもあって、こんな演技をしている。

 

「しかし」

 

 アリシアは先ほど投げた報告書を手にしてその中身を見る。

 

(扶桑国、西条弘樹。やはりお前もこの世界に来ていたか)

 

 彼女は報告書にある写真に写る74式戦車を見る。

 

「フフフ……」

 

 小さく声を漏らし、ロヴィエア連邦国内の人間は滅多に見ないような微笑を浮かべる。

 

(これで、目的が果たせそうだ。あとは、その時を待つだけ)

 

 どうやら彼女には彼女なりの目的があるようだ。

 

(全てはお前に掛かっているぞ、西条弘樹)

 

 彼女はある目的を思い浮かべると、執務に戻る。

 

 

 



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第七十二話 同盟軍の反応+α

 

 

 

 所変わってゲルマニア公国。

 

 

「ほう。これは大戦果だな」

 

 執務室で扶桑国の陸海空軍が関わった各戦線に関する報告書を読むアリアは口角を上げて思わず声を漏らす。

 どの戦線も勝利した事が記されている。

 

(扶桑国の参戦でここまで変わるとは。やはり、やつを加えたのは正解だったな)

 

 彼女は報告書を置いて机に置いているコップを手にして入っている水を飲む。

 

 まぁ技術的な差があるのが一番の要因なのだろうが、何より扶桑軍の兵士達の練度の高さもあるだろう。

 

(技術交流もうまくいっている。これならば、あるいは――――)

 

 彼女の脳裏にとある確信的な考えが過ぎり、ニヤリと口角を上げる。

 

 アリアはコップを置いて別の報告書を手にする。

 

(それにしても、扶桑国から輸入した代物らは向こうでは旧式と言っても、どれも優秀だな)

 

 研究用に五式中戦車と61式戦車を数輌と航空機を数機輸入したが、どれも性能が優秀だった。

 

 戦車に関してはこちらの戦車の方が性能が良いが、一部性能は良かったので得られる物は得られた。

 

 だが、航空機はこちらよりも優秀と言わざるを得なかった。

 

 現在ゲルマニア公国は扶桑国側の許可を得て艦上攻撃機流星をライセンス生産して改良した『メテオール』を空軍でシュツーカの後継機として採用し、海軍では艦上攻撃機と艦上爆撃機として採用している。

 一応海軍は彗星の採用を検討したが、総合性能は流星が勝り、尚且つ一機種で雷撃と急降下爆撃をこなせるとあって、結果的に不採用となった。

 

 ちなみにリベリアンのアヴェンジャーとヘルダイバーは流星より性能が劣っていると判断されて選考から落ちている。しかし扶桑国製の航空機とは異なった構造をしているので、得られるものはあった。

 

 そして研究用に連山改二を一機購入しており、それを基にした重爆撃機を開発、もとい一部仕様を変更したライセンス生産を予定している。ちなみに連山改二以外に富嶽やリベリアンから新型重爆の購入を検討したが、構造が複雑で尚且つその大きさから空軍では扱えそうに無かったので断念している。

 後者の場合は最新鋭機なので向こうが購入を断ったからである。

 

 重爆の配備はまだ掛かるが、空軍に配備されたばかりのメテオールはすぐに戦果を挙げていた。

 

(だが、このメテオールがまさかあんな事を起こすとは)

 

 アリアは深くため息を付き、ある問題を思い出した。

 

 

 それはゲルマニア公国内で一番有名な、ある男が原因であった。

 

 

 

 

 

 

 とある空軍基地。

 

 

 ゲルマニア空軍の最新鋭機として採用されたゲルマニア版流星ことメテオールが出撃の時を待って滑走路の脇に駐機されているこの基地に、その男はいた。

 

 

 

 基地のスピーカーよりサイレンが発せられ、基地の人間は慌ただしく動いていた。

 

「回せ! 回せ!!」

 

 慌ただしい声と共に整備員がメテオールのエンジンのエナーシャを回し、タイミングを見計らってパイロットがエンジンの始動スイッチを押すと、轟音と共にエンジンが始動してプロペラが勢いよく回りだす。

 

 先に戦闘機のFW190が滑走路を走って飛び立つと、先に出撃準備を整えたメテオール各機が飛び立っていく。

 

 

「イワン共をやるには最高の天気だな!! 行くぞガーデルマン! 出撃だ!!」

 

「何でまた俺なんだよ……」

 

 その中で自身の新しい愛機となった専用のメテオールに半ば諦めモードの男の首根っこを掴んで近付くのは、空軍でも有名な戦車キラー『ハンス・ウルリッヒ・ルーデル』大佐である。

 で、その彼に引き摺られているのはルーデルの相棒である『エルンスト・ガーデルマン』だ。あっ、一応彼の本職は軍医である。決して後部機銃手ではない。

 

 ルーデルとガーデルマンの二人は30mm機関砲を両翼の下に提げた専用のメテオールに乗り込むと、素早く出撃準備を整える。

 

「ガーデルマン! 後ろは任せるぞ!」

 

「くそっ。分かってるよ」

 

 ルーデルが後部機銃に着くガーデルマンに声を掛けると、彼は返事を返しながら12.7mm重機関銃MG2のコッキングハンドルを手にして二回引く。

 

 

 そしてエンジンを起動させて滑走路に出ると、その重々しい外見とは裏腹に速度を出して身軽に機体は浮かび上がった。

 

 

 

 

 

(で、ルーデルと彼が率いる小隊が一度の戦闘に戦車、装甲車合わせて100輌以上撃破。しかもその四分の一がルーデル本人の戦果って、おかしいだろ)

 

 報告書にあるルーデルの戦果にアリアは呆れてしまう。史実を知っているとは言えど、実際に目にするとその凄まじい戦果に現実感が湧かなかった。

 

 前から戦果は凄かったが、メテオールにしてからまるで水を得た魚の如く戦果が上がっていく。

 

 そして彼女の脳裏に『ヒャッハァァァァッ!! イワンの戦車は消毒だぁぁっ!!』と叫ぶルーデル大佐の姿が思い浮かぶ。

 

 実際そう叫んでいたりしている。

 

「はぁ。またルーデルに勲章を与えないといけないな。これじゃいくらあっても足りないぞ」

 

 既に両手で数えられる数以上の勲章を与えているって言うのに。最近だって与えたばかりだって言うのに。

 

(一層の事鉄十字章に階級を付けるか)

 

 そんな事を考えながらも背もたれにもたれかかって、天井を見上げる。

 

(戦果で思い出したが、陸軍や海軍でも結構戦果を出す者も多くなったな)

 

 今まではミハエル・ヴィットマンやオットー・カリウスと言った軍人が名を上げていたが、徐々に戦果を上げる軍人も多くなっている。

 

(最近ではヴェステン姉妹が戦果を上げていたな。さすがはヴェステン女史の娘達だ)

 

 ヴェステン女史はゲルマニア公国陸軍の戦車隊創設に関わり、戦車兵の教導を行った人物で、実質彼女が今の名を上げている戦車兵を育て上げたと言っても過言ではない。

 ディオティス荒野で戦果を上げたマオ・ヴェステンとミオ・ヴェステンはその娘だ。

 

 海軍でも機動部隊の指揮官や戦艦の砲術長、水雷戦隊の指揮官、潜水艦の艦長でも腕の立つ人物が出てきた。

 

(我が軍も、猛者揃いになりだしてきたな)

 

 良い傾向だと思いながら彼女は立ち上がって執務室を出る。

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 所変わってリベリアン合衆国。

 

 

 

「うわぁ、こりゃ凄い」

 

 ホワイトハウスの執務室でトーマスは報告書の内容を見て思わず声を漏らす。

 

 報告書の内容は扶桑国の軍が参戦した戦線での戦果であった。

 

「たった一国の参入でここまで変わるとは」

 

 一緒に報告書を読んでいたクリスもその内容に驚きを隠せなかった。

 

「技術的に抜き出ているのもあるんだろうが、それ以上に彼ら練度も高さがあるんだろうな」

 

「ですね。先日の合同演習でも、その練度の高さは驚かされました」

 

「あぁ。砲兵の練度なんかおかしいだろ。初弾で目標に命中させるって」

 

「海軍でも戦艦の砲撃精度は異常です。性能もあるんでしょうが、それでも初弾で夾狭はありえません」

 

「まぁそれもそうなんだが」

 

 二人は合同演習で見せ付けられた扶桑軍の練度の高さを語り合う。

 

 

「まぁ、その話題はとりあえず置いておいてと」

 

 トーマスは頭を切り替えて咳払いをすると、別の報告書を手にする。

 

「扶桑国から来た技術者のアドバイスで開発は順調のようだな」

 

「はい。ジェットエンジンの開発も扶桑国側の技術者のお陰で進むようになりました。うまく開発が進めば半年以内に試験機の飛行が可能になります」

 

「そうか。それは良い傾向だ。それで、例の件は?」

 

「扶桑国側から造船関係の技術者が来て、こちらの造船技術者にアドバイスをしています」

 

「ふむ」

 

「まだ時間は掛かりますが、当初と比べれば大分進んでいるようです」

 

「それならいい。形になっているのならな」

 

 ニッとトーマスは笑みを浮かべる。

 

「しかし、今になって更に戦艦の建造を行う必要があるのですか? モンタナ級でも十分な気がしますが」

 

「確かにモンタナ級でも大和クラスに対抗できる性能はある。だが、それ以上の性能を持つ戦艦が多くなってきたからな。モンタナ級だけじゃ足りないんだ」

 

「……」

 

「計画しているこの戦艦はいずれこの国の象徴となりうるだろう」

 

「あえて時代を逆行する、と言う事ですか」

 

「そういう事だ」

 

 トーマスは笑みを浮かべる。

 

「まぁ兎に角、戦力も揃いつつあるな」

 

「はい」

 

(ホント、あいつには感謝しきれないな)

 

 内心呟きながらトーマスは椅子の背もたれにもたれかかる。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって某所。

 

 

 

 綺麗な街並みが並ぶここは現在連合軍と同盟軍とは中立の立場を取っている『ヴェネツェア王国』である。

 

 国土面積はAnother World Warの他のランカーの国と比べると狭く、現在に至っても領土の拡張は行われていない。

 

 しかし、中立の立場を取っているといっても、今も自国の領土へ侵入している連合軍に対して抵抗して追い払っている現状が続いていた。

 

 

 

「うーん。船の上で取る食事も悪くないね」

 

 港の埠頭に止められている船の上で男性が食事を取っており、呟いた後コップを手にして水を飲む。

 

「普通の船なら、ですがね」

 

 呆れた様子で隣に立つ男性は呟く。

 

 彼らが乗っているのは普通の船ではなく、巨大な軍艦の上であった。

 

『カイオ・ドゥイリオ級戦艦』と呼ばれる、ヴェネツェア王国海軍の中で最も新しい戦艦である。と言っても、海軍内では旧式に部類されているが。

 

 全長275.8m、全幅36.3m、基準排水量64.037tを誇る戦艦である。

 

 武装は55口径43cm三連装砲3基9門、オート・メラーラ64口径127mm単装速射砲8基8門、CIWS6基、艦対艦ミサイル発射基を4基、艦対空ミサイル発射機を6基搭載している。電子機器も建造当初と比べて最新鋭の物が搭載されている。

 

 隣には2番艦『アンドレア・ドリア』にヴィットリオ・ヴェネト級戦艦が4隻停泊しており、その威容を醸し出している。

 

 ちなみにヴィットリオ・ヴェネト級戦艦は史実で建造された物よりも設計は拡大化されており、主砲は55口径40cm三連装砲3基9門となり、カイオ・ドゥイリオ級戦艦同様速射砲やCIWS、ミサイル発射装置を搭載しており、電子機器も最新鋭の物が搭載されている。

 更に外洋航行を想定して中身は別物と化している。実質上構造はリベリアン合衆国のアイオワ級戦艦に酷似している。

 

 もちろん、カイオ・ドゥイリオ級戦艦とヴィットリオ・ヴェネト級戦艦にはプリエーゼ式水中防御隔壁は搭載していない。

 

 港には戦艦6隻の他に、最新鋭の駆逐艦や巡洋艦、空母3隻に近代化改修された重巡洋艦が停泊している。

 

「全く。何でこんな場所で」

 

「僕の気まぐれは今に始まった事じゃないだろう?」

 

「それ自分で言いますか」

 

「はぁ」と深くため息を付く。

 

 戦艦の上で食事を取ると言う変わった事をしているのはヴェネツェア王国の首相『ノイマン・ロースン』。彼もまた西条弘樹達と同じAnother World Warのトップランカーである。

 

「それで、砂漠での戦闘はどうなっている?」

 

 ノイマンはさっきと違い、真剣な表情を浮かべ、男性に問い掛ける。

 

「ロヴィエア連邦とブリタニア帝国の機甲師団は我が機甲大隊と砲兵師団、更にフォルゴーレ空挺師団によって撃退しました」

 

「かの部隊か。まぁ彼らなら撃退は難しい話じゃないか」

 

 ノイマンは苦笑いを浮かべる。

 

「しかし、戦力を揃えば連中はまた来ますよ」

 

「分かっている。連中がまた来るのなら、空軍と海軍の動員も辞さないよ」

 

 ちらりとノイマンは戦艦群を見る。

 

「それで、例の件はどうなっている?」

 

「はい。諜報員の調査の結果、同盟軍に扶桑国と呼ばれる国が新たに参入し、連合軍各国に宣戦を布告しました」

 

「扶桑国、か」

 

 ノイマンは呟くと腕を組む。

 

(噂は聞いていたけど、やはり君もこの世界に国ごと来ていたんだね)

 

「フフフ……」とノイマンは小さく笑いを零す。

 

「扶桑国が参戦した事で、連合軍の攻勢が弱まっているようです。先日も扶桑国の海軍が連合軍の駐屯基地に対して攻撃を行ったと」

 

「ふむ。それで前回は若干攻勢が弱かったのか」

 

 ノイマンは顎に手を当てる。

 

「どうしますか、首相?」

 

「これまで通りだ。僕たちはあくまでも中立の立場だ。そう、()が来るまでね」

 

 彼は意味深な事を呟く。

 

「分かりました」

 

 隣に立つ男性の返事を聞いてから、ノイマンは口元を拭いて立ち上がる。

 

「それじゃぁ、行くとしますか」

 

 ノイマンはカイオ・ドゥリオを後にすると、仕事へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 



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第七十三話 戦力増強

 

 

 

 

 扶桑国が同盟軍に加わってロヴィエア連邦国を筆頭にした連合軍に宣戦布告してから数ヶ月経過した。

 

 

 攻勢の姿勢だった連合軍は扶桑国の参戦によってそれまで広げていた戦線を押し返され始め、現在は今の戦線を維持するべく戦力を集めて守りを固めていた。

 

 

 同盟軍のリベリアンとゲルマニア、スミオネも必要以上の攻勢に出る事は無く、いずれ行う攻勢のために戦力の増強を行っていた。

 

 スミオネは相変わらず輸入や鹵獲を行って武器兵器を調達して防衛線の維持を行っている。

 

 ゲルマニアは主に海軍戦力の増強を行っており、戦艦や空母といった大型艦を主に、巡洋艦や駆逐艦もリベリアンの手伝いもあって多くを建造している。

 

 リベリアンも陸海軍の戦力の増強を行っており、陸軍は主に新型戦車の開発を、海軍は戦艦と空母の建造を行っている。

 

 

 そして扶桑国も、同じように戦力の増強を行っていた。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「現在連合軍に目立った動きはありませんが、北方の戦線は今も激しい戦闘が繰り広げられているようです」

 

「そうか」

 

「ですが、こちらからの贈り物はかなり役立っているようです。尤も、航空機に限ってのようですが」

 

「まぁ、同じ世代の戦車なら、ゲルマニアとロヴィエアの方が上だからな」

 

 弘樹は辻の報告を聞いて苦笑いを浮かべる。

 

 同じ世代だと扶桑国の兵器は他国と比べると優劣が大きい。特に戦車に至っては性能の差が大きい。確かに性能自体悪くは無いのだが、他が凄すぎてどうしても見劣りしてしまう。

 

「ですが、今では戦車の性能はこちらの方が上です」

 

「まぁ、世代が違うし、当然だろ」

 

 二人はそう言葉を交わすと、視線を前に向ける。

 

 

 現在二人が居るのは扶桑国内にある戦車演習場であり、二人は観戦席に居た。そしてそこでは今正に演習が行われている。

 

 しかしそこで演習を行っている戦車は、これまでの扶桑国の戦車とは異なる姿をした戦車であった。

 

 直角なラインが多く使われた形をしており、車体の大きさも74式戦車と比べると一回りほど大きい。そして搭載している戦車砲も大きく、その上新機軸の技術が惜しみなく投入された扶桑国の新世代の主力戦車。

 

 その名は『90式戦車』。日本国の陸上自衛隊で採用された同名戦車と姿形は瓜二つだが、その性能と仕様は大きく異なる。

 

 

 以下が90式戦車の諸元性能だ。

 

 

 

 90式戦車

 

 全長:10.27m

 全幅:3.63m

 全高:2.42m

 重量:59.7t

 速度:70km/h

 行動距離:400m

 乗員:4名

 

 武装:

    主砲:90式45口径120mm滑空砲

    副武装:三式重機関銃改×1

        85式汎用機関銃×2

 

 

 扶桑国が開発した90式戦車はこれまでの兵器開発で培った技術と新機軸技術を投入した最新鋭の主力戦車だ。

 

 特筆すべきは主砲であり、これまでの戦車は砲身内部にライフリングが刻まれたライフル砲を搭載しているが、90式戦車はそのライフリングの無い滑空砲を搭載している。砲弾を安定させる為の回転が無い分様々な種類の砲弾を運用する事が出来る。特にこの90式戦車と共に採用されたAPFSDSはこの滑空砲にて真価を発揮する。

 

 尚、このAPFSDSは一部加工することで74式戦車のライフル砲でも使用が可能となるので、現在ライフル砲に対応したAPFSDSを開発中である。

 

 主砲は高性能のスタビライザーと射撃管制装置各種センサー、自動追尾装置を搭載しており、その命中精度は9割前後と言われている。

 90式戦車には自動装填装置が搭載されており、五式中戦車チリで採用されていた半自動装填装置と、その後生産された型に試験的に搭載された自動装填装置で培った技術を基に新たに開発したものだ。その装填速度は脅威の5秒と言う早さだ。

 

 そして90式戦車で初めて採用された複合装甲も特徴的で、その強固な装甲は自身が持つ主砲から放たれるAPFSDSを近距離から車体正面及び砲塔正面にそれぞれ三発ほど直撃を受けても損傷は皆無と言う結果を見せた。

 その他には車長側のキューポラに設置されたターレットに三式重機関銃改、同軸機銃と砲手側ハッチのターレットに本格的に部隊に配備が進んでいる85式7.62mm汎用機関銃を搭載している。

 乗員は車長、砲手、操縦手、装填手で構成される。しかし自動装填装置があるから装填手は要らないと思うだろうが、いざと言う時の為に人手は必要となるとして軍の方で批判があって装填手が配置されている。まぁ設計的にこの人数でも余裕のスペースはあるが。

 

 90式戦車の試作車輌であるSTC-1からSTC-5でありとあらゆる試験を行い、そこから得られたデータを元に不具合の解消をしつつ全体的に改良を重ね、扶桑国が参戦して一ヵ月後に陸軍で採用されて現在各部隊の配備が進められている。

 

 

 そんな90式戦車が隊列を組んで演習場を駆け抜けている。

 

『小隊集中行進射! 弾種徹甲! ()いっ!!』

 

 小隊長の号令と共に左方向先に土を盛った山に設置している的へ主砲を向けていた4輌の90式戦車が一斉に砲撃を行い、放たれた演習弾は狂い無く的の中央に着弾する。

 

 その後は左へと旋回して前へと進むと短い距離で急停車して砲撃を行う。これも的に狂い無く命中する。

 

「それで、90式の配備は進んでいるのか?」

 

「はい。派遣している部隊を除いて、内地の部隊の戦車は90式に機種変換を行う為の訓練を終えて、配備が進んでいます。次の派遣部隊の一部にも配備を行っていますので、初の実戦に投入することになります」

 

「そうか」

 

「それと新型自走砲の開発も進み、近い内に採用される予定です」

 

「……陸軍の戦力は整いつつあるか」

 

「はい」

 

 90式戦車を見ながら弘樹が呟くと、辻は返事を返す。

 

(ようやく扶桑国は転移前の現代装備に近付きつつあるか)

 

 90式戦車は転移前の扶桑陸軍で主力を勤めた戦車であり、弘樹は懐かしさを感じていた。

 

 それに、新たに新鋭戦車と90式戦車の性能向上型の開発は進んでいることだしな。

 

「それでは、次に参りましょう」

 

「あぁ」

 

 二人は席を立つと、次の視察先へと向かう。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― 

 

 

 

 弘樹は陸軍の基地内を視察し終えて、途中まで辻と次の視察先まで向かい、視察先前で品川と交代して次の視察先である海軍工廠に向かう。

 

 

 

「これが」

 

「はい。これが新型艦上戦闘機『烈風』です」

 

 弘樹と品川は害軍技術省の人間から目の前にあるとある戦闘機を眺める。

 

 現在海軍で採用されている閃雷と比べるとより先鋭的なデザインの戦闘機で、閃雷よりも一回りほど大きな機体には濃淡のある青の洋上迷彩が施されている。

 パッと観るとF-14トムキャットやF-15イーグルを足して割ったような形状をしているが、主翼の形状はF-15に酷似しており、二枚ある尾翼は外側に向かって斜めに配置されている。

 

 これが閃雷に続く海軍の主力戦闘機である烈風である。

 

 烈風はマルチロール機として開発されており、空戦を行う戦闘機としてはもちろん、対艦、対地攻撃を行う攻撃機としての性能を有している。その為閃雷よりも多く、より性能が発達したハードポイントシステムを持っている為、増倉、爆弾、ミサイルを多く積み込むことが出来る。

 

 ちなみに先代烈風は退役が決定して随時閃雷と共に機種変換を行い、機体は同盟国へ売却されることになっている。まぁその買取先のほとんどはグラミアムだが。

 

 流星も随時退役する事が決定しており、こちらも同盟国、もしくはゲルマニアへと輸出される。まぁ数機ほどはリベリアンが研究用として輸入したいと打診があったので、そちらに送られる予定だ。

 

 ちなみにこの烈風は一部仕様を変更して空軍でも試験的に運用を予定している。何でも後継機の開発データ取りの為らしい。

 

「烈風は既に量産体制に入っており、先日就役した翔鶴と瑞鶴、就役に向けて訓練中の蒼鶴と飛鶴に搭載されています。次の補給に戻る一航戦と二航戦にも機種変換を行う予定です」

 

「そうか」

 

 弘樹は烈風を見ながら報告を聞く。

 

 この烈風も転移前の扶桑海軍の主力戦闘機として活躍して居たもので、弘樹は懐かしさを感じていた。

 

 

 

 次に訪れたのは造船所であり、現在建造中の艦が各工廠で建造されている。

 

「現在建造中の新鋭の駆逐艦と巡洋艦の一番艦の船体はそれぞれ70%及び83%完成しており、早くても三ヶ月と二ヶ月で進水予定となっています。二番艦と三番艦も随時建造を開始しております」

 

「そうか」

 

 工廠内部の天井付近にある通路を歩きながら弘樹と品川が海軍技術省の人間から説明を受けている。

 

 その下では何隻もの駆逐艦や巡洋艦の船体が着々と組み立てられている光景があった。

 

 これらの軍艦は後に扶桑海軍の主力艦として活躍する予定だ。実際転移前の扶桑国海軍の主力を勤めていた。

 

「尚、グラミアムの超巨大工廠で艤装が施されている『天照』も後3ヶ月で竣工予定となっています」

 

「就役までを含めるとあと六ヶ月か八ヶ月って所か」

 

「大体その辺りかと」

 

「それまで敵が大きく動かないことを祈るばかりか」

 

 弘樹はそう呟くと、先日グラミアムの工廠を視察した際に見たあの軍艦の姿を思い出す。

 

 前回のテロル諸島に上陸したロヴィエア連邦軍の中継拠点となっている基地の攻略に投入を予定しているこの船はこれまでの扶桑海軍で建造した軍艦とは、大きく異なる存在となるだろう。

 

 そして同時に、他とは異なる絶大的な戦闘力を。

 

 

 

 次に弘樹達が居た工廠の隣にある工廠に入った二人はそこで改装を受けているとある軍艦を見る。

 

「大分形になってきたな」

 

「えぇ。主砲に関してはまだですが、搭載に合わせた改装も大分終えているとのことです」

 

 弘樹と品川が展望室から工廠内部の景色を見ながら会話を交わしていた。

 

 二人の目の前には大規模な改装が施されている戦艦大和の姿があった。

 

 戦艦大和はとある兵装の実験艦として改装が施されており、それに伴い船体の拡大化及び電子機器の一新、炉と缶の交換、内部構造の変更などもはや新造に近い改装が施されている。

 

 武装は主兵装以外の兵装は搭載されており、単装速射砲やCIWS、ミサイル発射機といった他の戦艦と同じ兵装が施されている。

 

 そして象徴だった46センチ三連装砲は三基とも撤去されており、そこに例の新世代兵装が搭載される予定だ。

 

「それで、例の兵装はどうなっている?」

 

「ゲルマニアから手に入れて研究中のフレアメタルを用いて現在試作中です。近日中に試射が行われる予定です」

 

「そこから更に何度も試験を重ねて得られたデータを基に改良を続け、完成した代物を大和に搭載して本格的な試験を行う予定です」

 

「ふむ」

 

 さすがにすぐにとはいかないか。

 

(だが、完成すれば、切り札たる存在になりうるな)

 

 あれに頼らず、戦略兵器として使えそうだ。

 

 弘樹はそう思うと、大和の完成が待ち遠しかった。

 

 

 

 その後空軍の施設の視察に向かい、そこで空軍仕様の烈風や試作機を見たりして、その日の視察は終了した。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 所変わってグラミアム王国。

 

 

 

「それで、戦力はどのくらい補充できているんだい?」

 

 城の会議室ではステラが陸海空の大臣に問い掛けていた。

 

「海軍ですが、先日の戦闘で損傷したベルキューズ級戦艦は修復を完了して戦線に復帰。旧帝国軍残党の掃討作戦に投入されています」

 

「現在新鋭の戦艦及び空母、巡洋艦、駆逐艦の建造も随時行われております」

 

 元々国土が広く、その上戦後旧帝国に奪われていた土地を取り戻したことで更に広くなった国土に、人手が多いグラミアムは扶桑国以上に造船所を作っており、現在急ピッチに軍艦の建造を行っていた。建造している軍艦も全て扶桑国の軍艦の設計思想の影響こそあるが、グラミアムで設計された国産の軍艦ばかりであり、発展の早さ具合が垣間見える。

 最近では潜水艦の研究も進んでおり、近い内に建造が行われる予定だ。

 

「陸軍ですが、各種武器兵器の生産は順調に進んでおり、各部隊への配備が進んでいます。尚、現在開発中の新鋭戦車の試作車輌が完成する予定となっています」

 

 グラミアム王国陸軍は当初扶桑国から武器兵器と各種弾薬を輸入していたが、その後ライセンス生産を行って部隊に配備している。戦車も当初輸入していた九七式中戦車や一式中戦車から三式中戦車や四式中戦車の輸入を行い、最近では輸入した戦車の構造を基に設計している国産戦車の開発を行っている。

 その他の武器兵器も独自の設計をした国産の物を開発しているが、しばらくはライセンス生産品の武器兵器が主に使われていくだろう。

 

「空軍ですが、爆撃機と戦闘機の生産は順調に進み、パイロットの育成も進んでいます。予定通りの時期に戦力が揃うでしょう」

 

 空軍は最近発足された組織で、現在扶桑国から寄こされた教官の指導の元パイロットの育成が進められている。航空機も扶桑国から輸入している戦闘機や爆撃機を運用する予定である。

 しかしグラミアム側の航空機の整備士の技量不足感がまだあるせいか、輸入されたのは戦時中でも型の古い物ばかりであり、まだ発展途上感が否めない。

 

「そうかい。なら、掃討作戦も問題なさそうだね」

 

「はい。扶桑国からも援軍が来ているので、さして問題ないでしょう」

 

 先の大戦で大規模な改革があって今の形を取っているバーラット共和国だが、当然その決定に不満を持つ輩は多かった。特に軍の方が反発して大半の軍人と幹部が離反して他の戦地に潜伏していた軍と合流して旧帝国軍残党として国内外でいざこざを起こしていた。

 バーラット共和国はグラミアム王国や扶桑国、その他の国々に旧帝国軍残党の討伐を依頼して現在各地で掃討作戦が繰り広げられていた。

 

 しかし向こうは地の利を使って戦闘を行ってくるので、予想外に手こずっているのが現状だ。

 

(扶桑国が本気を出せば、一網打尽に出来るんだけどねぇ)

 

 旧帝国が降伏を決めた例の攻撃さえあれば、面倒ごとは無いのだがな。

 

 ステラはもどかしさを覚えながら内心呟きながら窓から覗く王都グラムの景色を眺める。

 

 少し前までの地味だった景色と比べると、近代的な建造物が多く立ち並ぶその街の景色から、グラミアム王国の発展速度の早さが窺えるだろう。

 

 少し前まで中世辺りの技術力しかなかった国が、扶桑国と国交を結んだだけでこれだけの短期間で一世紀以上の技術力を得る事が出来たのだから。

 

(扶桑国はこことは異なる大陸で行われている戦争に参戦している。ホント、どうなるんだろうねぇ)

 

 ステラは胸中に一抹の不安を抱きながら、空を見上げるのだった。

 

 

 

 

 

 



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第七十四話 作戦と新鋭艦と幻影

 

 

 

 

 月日は流れて二ヶ月が過ぎる。

 

 

 

「作戦の概要は以上だ」

 

 アリアが指揮棒を机に置くと、映写機から映し出されていた映像が途切れて薄暗くなっていた部屋に明かりが灯される。 

 

「大規模な上陸作戦か」

 

「まるでDデイだな」

 

 作戦を聞いていた弘樹とトーマスはそれぞれ口にする。

 

 今回アリアから同盟軍による大規模作戦についての説明があると打診があって、二人はゲルマニア公国へと向かい、説明を受けていた。

 ちなみにスミオネのアルネンだが、こちらは防衛に手一杯な為、不参加となっている。まぁ向こうは海軍力が圧倒的に低いので無理ないが。

 

 作戦内容はこの大陸のロヴィエア連邦国の国土にある、最も大きな海岸線。そこへゲルマニア公国とリベリアン合衆国、扶桑国の三ヶ国を主体とした同盟軍による大規模上陸作戦を行うものだ。

 

 作戦の内容や場所から、史実のノルマンディ上陸作戦を彷彿させるものだった。

 

 しかしかつてその上陸作戦を阻止しようとしたドイツの地で生まれた彼女がその国をモデルにした仮想国家を率いてノルマンディ上陸作戦を彷彿させる上陸作戦を行うとは、なんと皮肉なことか。

 

 

 作戦の流れを簡単に説明すると、その海岸線付近の海域に上陸部隊を連れた艦隊を集結させ、最初に戦艦による艦砲射撃を行って海岸線の防衛戦力を吹き飛ばす。次に航空戦力によってその奥の防衛戦力及び軍事施設を攻撃して排除する。

 その後上陸部隊を海岸線に上陸させ、一気に海岸線付近を制圧して橋頭堡を築く。

 

 

「大まかな作戦は分かった。まぁこういう作戦があると思って戦力の増強は行ってきたが」

 

「あぁ。だが、連中とて何も警戒していない筈が無いだろう。全力で阻止しにくると思うが?」

 

 二人が言う通り、これだけの規模の作戦を行うとなると当然目立つ。故に向こうも総力を上げて阻止しにくるだろう。

 

「分かっている。事前に我が方のUボート群による哨戒ラインに居るであろう哨戒艦を一掃する。当然潜水艦もな」

 

「だが、それだとかえって警戒されるだろう?」

 

「あぁ。分かっている。だが、それでいい」

 

「と言うと?」

 

「向こうにこちらが大きく出ると、あえて警戒させておいて囮に引っ掛けやすくさせる」

 

「囮か」

 

「まぁ、警戒している分、引っ掛かりやすくなるが」

 

「やつは結構頭が切れる。それにブリタニアのあいつも気付くと思うが?」

 

「かもしれんな。だが、戦局を大きく変えるには、これしかないのも事実だ」

 

「……」

 

 現時点で戦局はこう着状態が続いており、悪戯に互いの戦力は削られつつあった。いや、削れ具合はどちらかと言うと連合軍側の方が多いのだが。

 

「囮の艦隊は本命とは別の場所に攻撃を行う様な動きを見させて向こうの視線を誘導させる。その後やつらの目が囮に向いている内に本命を送る」

 

「囮の艦隊が向かうのは連中の要塞がある場所だったな」

 

「その通りだ。そこも敵にとっては重要の拠点だ。そこを占領されることは、連中にとって痛手となる」

 

「囮の方が本命っぽいんだが」

 

「だが、向こうにとっては痛手だが、ハッキリ言って要塞を奪取したところで、こちらとしては利用価値は無い」

 

「……」

 

「それに、向こうも全力で来るのだから、ロヴィエア連邦国海軍の最大戦力と言われる戦艦部隊も来るだろう」

 

「戦艦部隊か」

 

「ソビエツキー・ソユーズ級を中核にしてそうだな」

 

「確かにそうだが、その戦艦部隊に最近噂になっている新鋭艦を導入したと言う情報が諜報員より齎された」

 

「新鋭艦か。以前から情報はあったが……」

 

「どんな艦なのか分かったのか?」

 

「あぁ。大体はな」

 

 アリアは渋い顔を浮かべると、壁際に大きめの封筒を持って立ってる兵士に目配りし、兵士はすぐにアリアに近付いて封筒を手渡す。

 

「新鋭艦は戦艦で、戦艦の名前は『スターリングラード級戦艦』。ソビエツキー・ソユーズ級を拡大発展させた戦艦のようだ」

 

「拡大発展型か(紀伊型のような戦艦か)」

 

 弘樹は自分所の紀伊型戦艦を思い出す。

 

「それで、この戦艦なのだが……非常に厄介だ」

 

「何だ? とんでもなくデカイって言うのか?」

 

「確かにデカイな。船体も、主砲の口径もな」

 

「ソユーズが40だったから、46か?」

 

「そうだ」

 

「46か。侮れんな」

 

 トーマスは腕を組んで静かに唸る。

 

 46cmの主砲を搭載しているとなると、当然防御力も高いはずだ。当然威力も口径相応だろう。

 

「だが、問題はその主砲だ」

 

「ん?」

 

「どういうことだ?」

 

 

「……スターリングラード級戦艦は、砲塔1基につき砲身が4本。つまり4連装だ」

 

「……は?」

 

「おいおいおいおい!?」

 

 アリアの口からとんでもないことが発せられて二人は驚く。

 

「その上、主砲は全てで4基。つまり4基16門搭載されている」

 

「マジか……」

 

「クレイジーだな」

 

「あぁ」

 

 二人に同意するようにアリアは頷く。

 

「しかし4連装とか、故障のイメージしかないな」

 

「あぁ。火力を優先したいのは分かるが、4連装とはな」

 

「設計図はさすがに手に入れることは出来なかったが、完成時の写真を二枚入手した」

 

 アリアは封筒から二枚の拡大した写真を取り出し、机の上に出す。どうやら横と斜めから写した写真のようだ。

 

「これは」

 

「またでかいな。やっぱり構造上300mオーバー、大きく見ても350以上だろうな」

 

「だろうな。しかし、よくこんな代物を」

 

 二人は驚いてそれぞれの感想を口にする。

 

「デザインはソビエツキー・ソユーズ級を踏襲しているのか。その分4連装砲が目立つな」

 

「うむ。それに主砲の形状だが……」

 

 弘樹はスターリングラード級戦艦の4連装を見る。

 

「これ、見た感じフランス式の4連装砲だな」

 

「フランス式?」

 

「あぁ。4連装砲を持った戦艦はイギリスのキングジョージ5世級と、フランスのリシュリュー級だけだ。どちら共似ているが、構造は違うんだ」

 

「ふむ?」

 

 トーマスは首を傾げる。

 

「イギリスは一括構造で作られている。だから故障が頻発したと言われている」

 

「それは有名な話だよな。まぁ英国だし?」

 

 イギリスで建造されたキングジョージ5世級戦艦は四連装砲を2基、連装砲を2基という変わった武装配置をしている戦艦だ。この戦艦は癖の強い戦艦で有名だが、特に癖が強いのは搭載している4連装砲だ。

 

 キングジョージ5世級戦艦の4連装砲は一括構造をした物であり、横幅を抑えた設計になっている。しかし砲門が増えれば増えるほど構造は複雑化し、故に故障が頻発した。その代わり幅を抑えることができるので、一長一短といった所だろう。

 

「あぁ。一方のフランスのは大雑把に言えば連装砲を横に繋げた構造をしている」

 

 一方フランスで建造されたリシュリュー級戦艦は4連装砲を前部に2基搭載しているこちらも変わった戦艦であるが、砲の威力はこちらの方が高い。

 

 リシュリュー級戦艦の4連装砲は大雑把に言えば連装砲を2基横に繋げたような構造をしており、四本ある砲身の中央の間が開いているのが特徴だ。イギリス製と違い、連装砲を横に繋げた構造をしているので、砲身関連の構造は見た目によらず単純であり、故障は少なかったそうである。

 

 その上、中央は装甲で隔たれているので、仮に片方が破壊されても、もう片方は撃ち続けられるし、誘爆の可能性を抑えている。まぁその分横幅を取るのが欠点だろう。

 

「このスターリングラード級戦艦も、見た感じフランス式の4連装砲を採用しているはずだ」 

 

「なるほど。威力だけならず、信頼性も求めている。抜かりないな」

 

「その上、この大きさだ。生半可な攻撃じゃダメージは与えられんな」

 

「航空攻撃、は無理か。単独で動いていない限りな」

 

「戦艦同士でも、ソユーズのような構造なら46cm砲にも耐えられる強固な装甲を持っているだろうな」

 

 ソビエツキー・ソユーズ級は強固な構造をしており、例え46cm砲でも距離次第では防げれるのだ。

 

「となると、弘樹の所のモンスターしか対等に戦えない、か」

 

「聞き捨てならんな」

 

 と、黙っていたアリアが口を開く。

 

「50cm砲を持つフォン・ヒンデンブルグが就役すれば、アカの独裁者の名前を取った戦艦と対等に戦える」

 

「でも完成しているのか?」

 

「……」

 

 トーマスに指摘されてアリアは視線を逸らす。

 

 最近ようやく46cm砲を搭載した『デアフリンガー級戦艦』の一番艦が竣工したばかりで、フォン・ヒンデンブルク級はまだ建造中である。

 まぁこれもリベリアンと扶桑の二ヶ国の技術援助があってこそ出来たことだが。

 

「まぁ、何だ。どの道この作戦はまだずっと先の話だな。それまで作戦を練りつつ、戦力の増強を行おう。俺の所も、やる事が多いからな」

 

 近日中に扶桑国は前回のテロル諸島を襲ったロヴィエア連邦軍の中間補給拠点に対して攻略を行う予定であり、そこで多くの陸海空の新兵器を投入する。

 その中には例の兵器が投入される。

 

「それもそうか。こっちも戦力の増強と調整を行う。上陸作戦となると、大分集めないといけないからな」

 

「こちらも戦力を調整をしておこう。それと、露払いもな」

 

「頼む。こちらもその露払いを手伝おう(まぁ、既に動いているんだけどな)」

 

 弘樹は内心呟く。

 

 

 その後は今後の方針を話し合い、会議は終了した。

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 所変わって海中。

 

 

 

 ゆっくりと暗い海の中を進むいくつもの影があった。

 

 

 それは扶桑海軍の秘匿艦隊……『幻影艦隊』である。

 

 

 しかしその陣営は以前とは様変わりしていた。

 

 幻影艦隊の主力である伊400型潜水艦は近代化改装を受けて原型こそあるが、その大きさは以前よりも大きく、艦載機を搭載する格納庫を撤去した代わりに潜水艦用のVLSを六門搭載している。

 そして艦首にある魚雷発射管も八門から六門に減らされたが、携行魚雷数を増やしている。

 

 その他にも伊400型潜水艦以上に大きな潜水艦が四隻航行している。

 

『海王型原子力潜水艦』。扶桑国が建造した初の原子炉を搭載した戦略原子力潜水艦である。

 

 最新鋭の技術を惜しみなく投入された最新鋭の潜水艦で、艦首に魚雷発射管を六門持ち、VLSを船体に八門持つ潜水艦であり、小型化された原子炉を搭載している。

 

 旗艦の海王の他に、『海龍』『海山』『海鳳』が幻影艦隊に集中的に配備されている。

 

 幻影艦隊の目的はロヴィエア連邦海軍の艦隊が駐留する中間補給拠点に対しての攻撃であった。

 

 湾口施設もそうだが、駐留している艦隊にも攻撃を仕掛けて、損傷、もしくは撃沈が目的である。

 

 

「……」

 

 旗艦海王の指令所で、小原は腕を組んでその時を待っていた。

 

 

「長官。間も無く目標海域です」

 

「うむ」

 

 艦長から報告を聞き、小原は組んでいた腕を解く。

 

「各艦に通達。誘導弾、発射用意!」

 

「VLS開放! 諸元入力!」

 

 艦長の指示ですぐさま各艦に指示が伝達される。

 

 海王の船体にあるVLSのセルが開放されてミサイルの弾頭が出現する。

 

 他の艦もVLSのセルが開放され、ミサイルの発射体制を取る。

 

『対地誘導弾、発射準備完了!』

 

 指令所にVLSの発射準備完了の報告が入る。 

 

()いっ!!」

 

 小原の指示と共に海王の船体中央にあるVLSから八発の艦対地ミサイルが次々と発射される。近くにいる他の潜水艦もVLSから艦対地ミサイルを発射する。

 

 放たれたミサイルは次々と海面へと飛び出ると暗闇の中で二つ目のロケットブースターに点火して勢いよく加速して飛翔する。

 

 

 

 そしていくつものミサイルは轟音とロケットブースターから噴射される炎の光と共に湾内の港に停泊している軍艦や軍港施設へと次々と着弾し、眩い光と共に爆発を起こす。

 

 直撃を受けたクレーンは倒壊し、積み上げられたコンテナは爆風で吹き飛ばされ、輸送船から積み出された弾薬に引火して爆発を起こした。

 停泊している軍艦や輸送船はミサイルの直撃を受けて船体は大きく破壊されながら揺れ、破壊された箇所から海水が流れ込んで傾斜していく。

 

 突然の襲撃にロヴィエア軍は混乱し、すぐさま停泊させている艦艇を湾内から出そうと行動を起こす。

 

 しばらくして幻影艦隊の第二波攻撃が来て、損傷して炎を上げている軍艦や輸送船にミサイルが直撃し、今度こそ破壊されて湾内に着底する。

 

 爆撃でもなく、砲撃でもない。その上どこから攻撃が来ているのかすら分からず、ロヴィエア軍は混乱の極みに達しようとしていた。

 

 その後攻撃が来なかったとあって火事が起きている場所で消火作業が行われると同時に、運よく湾内に残っている艦隊は出港して脱出を図っていた。

 

 

 しかし、それが幻影艦隊の狙いだ。

 

 

「敵艦隊は湾内から出てきたか」

 

 潜望鏡から艦隊が慌てた様子で湾内から出ているのを確認した小原は潜望鏡から離れる。

 

「各艦に打電。誘導魚雷発射用意!」

 

「85式誘導魚雷、発射用意!!」

 

 艦長は魚雷室に指示を出すと、すぐに他の艦に指示を送る。

 

  

『こちら魚雷室。魚雷発射管一番から六番に調整した85式誘導魚雷の装填完了!』

 

 少しして魚雷室から発射準備完了の報告が入る。

 

「左回頭40度。一番から六番、()いっ!!」

 

 小原の号令と共に各潜水艦は左へと艦首を向け、直後に海王の艦首にある六門の発射管から85式誘導魚雷が一斉に放たれる。

 他の艦も次々と艦首魚雷発射管から85式誘導魚雷を放つ。

 

 敵艦隊とは明後日の方向へと魚雷は海中を突き進むが、しばらく進むと右へと弧を描くように進んでいき、やがて敵艦隊を射線上に捉える。

 

 そして魚雷は外側を航行している駆逐艦や巡洋艦の船体に直撃し、巨大な水柱を上げる。その内数本は駆逐艦や巡洋艦の合間を抜けて輸送船へと魚雷が直撃して水柱を上げ、船体を消失させた。

 

『命中を確認! 殆どの艦が傾斜しています!』

 

 僚艦からの報告が入り、潜望鏡を覗いている小原は頷く。

 

『敵駆逐艦が艦隊を離れていきます!』

 

「掛かりましたな」

 

「あぁ」

 

 小原の視界には潜水艦を仕留めようと運よく無事だった駆逐艦が幻影艦隊がいる方向とは明後日の方向へと向かっていた。

 

 魚雷をあえて湾曲させるように発射させたのは、敵に魚雷発射方向を誤認させる為だ。そしてその方向に潜水艦のエンジン音を発する模擬魚雷を放っているので、そこに潜水艦が居ると誤認させる為でもある。

 

 まぁ、この策が使えるのはあくまでも今だけだが。

 

 そして策は見事に嵌り、駆逐艦は明後日の方向にて爆雷を投下している。

 

「目的は達した。帰還する」

 

「はっ! 180度回頭!」

 

 艦長は指示を出して海王はゆっくりと船体を旋回させて艦首を後ろに向け、海域を離脱する。周りの僚艦もその後を付いて行き、やがて幻影艦隊は海域から姿を消した。

 

 

 

 



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第七十五話 扶桑軍の戦闘

 

 

 

 

 

 事前の砲撃や爆撃で廃墟と化した市街地。

 

 

「……」

 

 そこでゲルマニア公国陸軍の歩兵一個小隊が廃墟と化した市街地を周囲警戒しつつ進んでいた。

 

 その上空ではヘリコプター数機が飛行して市街地を監視している。

 

 それは扶桑陸軍の汎用ヘリコプター隼と対地攻撃ヘリ小鷹、新鋭多用途偵察ヘリコプター『燕』と呼ばれる物だ。

 

 燕は史実で例えるなら陸上自衛隊で運用されている『OH-1』に酷似している。

 

 ヘリコプターとは思えない驚異的な機動力に加え、索敵能力に優れており、偵察ヘリとして地上部隊に敵情報を送る重要な役目を担っている。

 武装は機首に12.7mmの回転砲身式機関銃こと『90式12.7mmバルカン砲』を持ち、機体両側のハードポイントに89式空対空誘導弾を搭載している。

 

 隼には扶桑陸軍の兵士が乗り込み、三式重機関銃改二や85式汎用機関銃を構えて敵の出現に警戒している。

 

 上空援護を受けながらゲルマニア軍の兵士達は廃墟の中を進む。

 

 

『こちらシュヴァルベ1。前方の建物の陰に敵兵が潜んでいる、送れ』

 

 と、ゲルマニア軍の兵士が背負っている無線機より上空の燕からの無線連絡が入る。

 

「隊長。前方の建物に敵兵が潜んでいると」

 

「小隊停止。隠れろ」

 

 小隊長はすぐさま部下に物陰に隠れるように指示を出し、自身も無線機を背負う兵士と共に建物の陰に隠れて無線機の受話器を取る。

 

「こちら第5小隊。報告感謝する。敵兵の対処可能か? オーバー」

 

『ファルケ2に対処させる。終わり』

 

 するとコールサインファルケ2の小鷹が敵兵が潜んでいる建物に接近して機首を建物に向けると、機体両側に伸びているスタブウイングに提げているロケット弾ポッドよりロケット弾を発射し、建物に命中して爆発を起こし、直後に機首の20mmガトリング砲を轟音と共に放つ。

 

「前進!」

 

 小隊長の号令と共に小隊は前に進む。

 

 それぞれstg44やMP40を構えながら周囲警戒する。

 

 

 すると別の建物内に潜んでいたロヴィエア連邦軍の兵士が出てきてppsh-41を放ってくる。それを皮切りに他の建物に隠れていた兵士がモシンナガンやppsh-41、ppsを持って一斉に現れ、銃を向けて撃ち始める。

 

 突然の銃撃に小隊の数人が撃たれて倒れる。

 

「敵襲!!」

 

 兵士の一人が叫びながら建物の陰に隠れて手にしているMP40を放つと、他の兵士もMP40やstg44を放つ。

 

 ロヴィエア連邦軍の兵士は建物内に隠れて銃撃を防ぐ。

 

 すると遠く離れた建物の陰から歩兵の増援が次々と現れる。

 

「くそっ! あんなに居やがったのか!」

 

 兵士の一人が悪態をつきながら瓦礫の上にMG42のバイポッドを立てて射撃を開始する。

 

 上空にいる隼も急いで急行しようとするも、建物に隠れていた兵士の銃撃を受けてとっさに回避行動を取る。すぐさま三式重機関銃改二や85式汎用機関銃の射撃を開始して応戦する。

 

 小鷹は地上に居る兵士に向けてロケット弾と20mmガトリング砲を放ち、敵兵を一掃する。

 

 stg44をフルオートで射撃していた小隊長は物陰に隠れると空になったマガジンを外してマガジンポーチからマガジンを取り出して挿入口に差し込み、コッキングハンドルを引く。

 

「っ! 隊長!! 戦車です!!」

 

「っ!?」

 

 小隊長は物陰から前方を見ると、建物の陰からロヴィエア連邦軍のT-44が砲塔を旋回させながら出てきた。

 

「戦車だ!!」

 

 T-44が主砲をこちらに向けるのを見た瞬間、小隊長は部下に退避を命じる。

 

 そしてT-44は主砲から轟音と共に榴弾を放ち、放たれた榴弾は建物に命中して爆発し、その破片が近くに居たゲルマニア軍の兵士達を殺傷する。

 

「くそっ!」

 

 兵士の一人が背中に背負っているパンツァファウストを手にする。

 

 

 すると後方から猛スピードで何かが飛んできたT-44に命中し、その瞬間爆発を起こして砲塔が吹き飛ぶ。

 

「っ!」

 

 誰もが後方を見ると、そこには戦車の様な形状をした装甲車が二輌砲塔を向けていた。

 

「扶桑の装甲車か!」

 

 小隊長が声を上げると、装甲車二輌は前進しながら砲塔に搭載している機関砲と同軸機関銃を放つ。 

 

 扶桑陸軍で運用されている『85式歩兵戦闘車』はゲルマニア軍の兵士の脇を通り過ぎると砲塔の30mm機関砲と同軸の85式汎用機関銃をロヴィエア連邦軍の兵士に向けて放つ。

 

 すると更にもう一輌のT-44が出てくるも、二輌目の85式歩兵戦闘車が砲塔脇に搭載しているコンテナから74式対戦車誘導弾を発射し、ロケットモーターで加速した誘導弾はT-44の砲塔に直撃して貫徹し、砲塔内部で爆発して乗員を殺傷した後弾薬に誘爆して砲塔が吹き飛ぶ。

 

 そして二輌が停車すると、車体後部のハッチが開いて扶桑陸軍の兵士が次々と降りて周囲警戒に入る。

 

「申し訳ありません。準備に手間取って遅くなりました」

 

 85式歩兵戦闘車から降りた扶桑国軍の小隊長が敬礼をしつつゲルマニア公国軍の小隊長に謝罪する。

 

「いえ、むしろちょうど良いタイミングでした。ありがとうございます」

 

「この後更に二個小隊が合流します。ここは一旦我々が請け負います。あなた方は一旦後退して戦力を立て直してください」 

 

「そうですか。では、お言葉に甘えて」

 

 ゲルマニア公国軍の小隊長は敬礼した後、部下を連れて元来た道へと戻っていく。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって別の廃墟。

 

 

 

「……」

 

『……』

 

 瓦礫や建物の陰に隠れているリベリアン軍の兵士はM1ガーランドやM1カービン、トンプソンM1A1、M1918自動小銃、M1919重機関銃を構えて待ち伏せていた。

 

 地響きがする中、ロヴィエア連邦軍の歩兵を乗せて共に前進するIS-3とT-44が廃墟の中を縦列を組んで進んでいた。

 

「……」

 

 近くで建物の上に潜んでいる扶桑陸軍の兵士は89式小銃や72式軽機関銃、85式汎用機関銃を構えており、手にしている洗濯ばさみの様な形の装置をいつでも押せる様に戦車の列を見張る。

 

 

 そして戦車の車列の後ろを歩いてる歩兵達がある場所に差し掛かった瞬間、装置を力いっぱい押し込む。

 

 すると歩兵の近くの瓦礫が大爆発を起こし、飛び散った破片がタンクデサントしている歩兵を含めて殺傷する。

 

 それと同時にリベリアン軍と扶桑軍の兵士は一斉に射撃する。

 

 突然の襲撃にロヴィエア連邦軍は混乱して浮き足立つが、すぐに態勢を整えて反撃する。

 

「後方安全確認良し!」

 

「発射!」

 

 建物の上に陣取る扶桑軍の兵士が担ぐ76式対戦車噴進砲の引金を引き、後方から勢いよくガスを噴射して弾頭が飛び出し、IS-3の砲塔天板に直撃して貫通し、内部で爆発して黒煙が隙間から漏れ出す。

 

 遠くの建物の上ではリベリアンの兵士がM1903A4狙撃銃のスコープを覗いて敵兵の頭に狙いを定めて引金を引き、銃声と共に放たれた銃弾が敵兵の頭を撃ち抜く。

 別の建物では扶桑軍の狙撃兵が九九式狙撃銃改二を構え、引金を引いて銃声と共に放たれた銃弾が敵兵の頭を撃ち抜く。

 

「カルロス! ミラー! 下がるんだ!」

 

 リベリアン軍の小隊長は指示を出すとM1ガーランドを敵兵に向けて連射する。

 

 指示を受けた兵士二人はすぐに射撃していたM1919を抱えてその場を離れる。

 

 直後に後ろで立ち往生していたT-44が扶桑軍の76式対戦車噴進砲から放たれた弾頭の直撃を受けて内部で爆発し、砲塔が吹き飛ぶ。

 

「隊長! 3時の方向から戦車が3輌迂回して接近していると!」

 

 兵士の一人が建物の上に陣取っている狙撃兵からの報告を隊長に大声で伝える。

 

「くそ。扶桑にも伝えろ!」

 

「大丈夫です! 扶桑軍が対応に当たると!」

 

「そうか!」

 

 兵士の報告を聞き、小隊長は実包8発を纏めたクリップをM1ガーランドに押し込んでボルトを前進させる。

 

 

 

 立ち往生したT-44三輌の戦車隊は後退して別方向から敵兵を迎撃しようと接近しようとしていた。

 

 しかしそこで待ち構えていた扶桑陸軍の兵士が建物の天井や瓦礫の陰から76式対戦車噴進砲を放ち、三輌のT-44は瞬く間に全滅した。

 

 

「急げ急げ!!」

 

 ロヴィエア連邦軍側の歩兵は建物の中を走り、前へと進んでいた。

 

 建物と建物の中を進んでいき、敵の背後を突こうとしていた。

 

 

 しかし次の建物に小隊が入った直後、彼らの足元に何かが落ちる。

 

「手榴弾!!」

 

 歩兵の一人が叫ぶと全員が物陰に隠れようと下がる。

 

 しかし直後にそれから放たれたのは爆発ではなく、眩い光と轟音であった。

 

 眩い光と轟音によって目と耳を奪われた兵士は床に転げて悶え苦しむ。

 

 その間に突入した扶桑軍の兵士が89式小銃を倒れているロヴィエア連邦軍の兵士に向けて次々と射撃を行い、射殺していく。

 

「レフトクリア!」

 

「ライトクリア!」

 

 扶桑軍の兵士達はその場を確保して、前進する。

 

「っ! 前方敵兵!」

 

 扶桑軍の兵士の一人である倉吉大尉は89式小銃の被筒下部に取り付けている85式携帯擲弾筒を向けて引金を引き、40mmの榴弾が放たれて姿を現した敵兵の前の床に着弾して爆発を起こし、破片が敵兵を殺傷する。

 

 倉吉大尉はすぐに銃身のロックを外して後ろを右にずらして空薬莢を排出し、次弾を装填して元の位置に戻す。

 

 その後小隊と共に前進して周囲を確保する。

 

 

 

 その後扶桑陸軍の要請で小鷹と大鷲が廃墟街へと向かい、ロヴィエア連合国軍に打撃を与えた。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって平原。

 

 

 ブリタニア帝国陸軍のセンチュリオンと新型の重戦車で構成された大隊はゆっくりと平原を前進していた。

 

 

 

『敵戦車発見』

 

 偵察小隊からの報告が伝えられ、第十一戦車連隊の指揮官『池田末男』大佐は自身の搭乗する90式戦車の車内で組んでいた腕を解く。

 

「全車砲撃用意」

 

 ヘッドセットのインカムを手にして池田大佐は全戦車に指示を告げると、茂みに隠れている自身の搭乗する90式戦車と同じ連隊の戦車のエンジンが始動する。

 

「弾種徹甲。目標、先頭の戦車」

 

 淡々と指示を飛ばし、自動装填装置がAPFSDSを弾薬庫から戦車砲の薬室へと送り込み、120mm滑空砲の砲口がセンチュリオンに向けられる。

 他の90式戦車もそれぞれAPFSDSを装填し、それぞれの目標に狙いを定める。

 

「……撃て!!」

 

「発射!」

 

 池田大佐の号令と共に砲手は復唱すると同時に発射スイッチを押すと、轟音と共に120mm滑空砲が吠える。

 

 放たれた弾頭はサボットを脱ぎ捨ててダーツ状の弾体が飛び出し、勢いよくセンチュリオンの車体正面に直撃し、貫徹後弾体の破片が車内の乗員を殺傷し、先頭のセンチュリオンは停車後、砲弾が爆発して砲塔が吹き飛ぶ。

 

 直後に他の90式戦車も砲撃を行い、次々とセンチュリオンの車体や砲塔に直撃し、中には大爆発を起こす車輌も現れる。

 

「命中! 続けて撃て!」

 

 池田大佐は続けて指示を出し、90式戦車の主砲から次々と砲弾が放たれる。

 

 90式戦車から砲撃が行われる度にセンチュリオンは次々と撃破されて、ブリタニア軍は混乱する。

 

「前進! 行進間射撃にて各個撃破! 戦車、前へ進め!!」

 

 池田大佐の指示と共に90式戦車のディーゼルエンジンが唸りを上げ、50t以上ある車体が前進して茂みから姿を現す。

 

 

 

 

『6号車がやられたぞ!』

 

『くそっ! どっから撃って来ているんだ!?』

 

『早く火を消すんだ!!』

 

 無線は混乱した内容が混雑していた。

 

「各車落ち着け! 敵の発砲炎を見つけて反撃するんだ!」

 

 新型のコンカラー重戦車に乗る指揮官は各車に指示を送る。

 

『前方! 敵戦車が!』

 

 すると味方の戦車からの報告が入り、指揮官はペリスコープから前方を見ると、茂みから次々と敵戦車が現れる。

 

『お、大きい!? コンカラー並みはあるぞ!?』

 

『あんな戦車見たこと無いぞ!?』

 

『あの図体であの速さかよ!? 』

 

 現れたのは見たことの無い大きな戦車であり、その上コンカラー並みはある巨体でありながら平原を猛スピードで駆け抜けている。

 

 センチュリオンとコンカラーはすぐさま90式戦車に向けて砲撃を行うも、向こうは重戦車な見た目によらずの速さもあって砲塔旋回が追いつかず、照準が付けられなかった。

 

 大して90式戦車は早く駆け抜けながら素早く砲塔を旋回させて主砲の照準をセンチュリオンとコンカラーに定め、次々と砲撃を行う。

 

 放たれたAPFSDSの弾体はセンチュリオンとコンカラーの車体や砲塔を貫き、次々と撃破していく。

 

 するとコンカラーの一輌が90式戦車の一輌に狙いを定めて砲撃を行い、放たれた徹甲弾が90式戦車の砲塔正面に着弾するも、轟音と共に弾かれて90式戦車の車体を揺らした。

 

「なにっ!?」

 

 砲弾が弾かれたことに車長は目を見開いて驚くが、直後に90式戦車が砲撃を行い、APFSDSの弾体がコンカラーの車体正面に突き刺さってそのまま貫通して車内を突き進み、エンジンに突き刺さる。その際に乗員の大半が破片を受けて死傷し、直後にエンジンが爆発して弾薬庫に誘爆して砲塔が吹き飛ぶ。

 

 

 新鋭の90式戦車はその性能を余す事無く発揮し、ブリタニア陸軍の戦車部隊を壊滅させた。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 それから数日後のブリタニア帝国。

 

 

 

「扶桑軍の反撃。ここまで手痛いとはな」

 

 執務室で報告書を見ていたジャックは苦虫を噛んだように顔を顰める。

 

(陸でこれだけの損害だ。海ではどうなるだよ)

 

 内心呟きながら報告書を執務机に置き、椅子の背もたれにもたれかかる。

 

 ただでさえ扶桑国は海軍国家だ。故にその戦力は陸とは比べ物にならない。その上技術レベルがこちらより上なのだ。戦えば火の目を見るより明らかなことだ。

 

(こうなったら、しばらく戦力回復の為に一度戦力を退かせるしかない、か)

 

 さすがに容認できる損害ではなくなってきたので、前線の部隊を退かざるを得なかった。

 

(しかし、向こうの海軍の動きが無いのは怪しいよな)

 

 彼は読んでいた報告書から、同盟軍の海軍の動きが少ないのに疑問を抱く。

 

(あるとすればUボートによる被害が少し多くなった事ぐらいか)

 

 最近ゲルマニアによるUボートによる被害が多くなっていた。輸送船団はそうだが、その次に多いのは一定の海域を哨戒している軍艦の被害が多い。

 

(あの女のことだ。無策にやっているとは思えない)

 

 彼は腕を組んで静かに唸る。

 

(これは、もう少し様子見だな)

 

 そう内心呟きながら、紅茶の入ったカップを手にして一口飲む。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わり、ロヴィエア連邦。

 

 

「……」

 

 執務室でジャック同様アリシアも前線から送られた戦闘結果の報告書を見ていた。

 

(まさか、ここまで差ができるとは)

 

 彼女は内心呟くが、その表情は苛立つ所か、逆に嬉しそうだった。

 

(いいぞ。その調子だ。それだけの技術レベルがあるのなら、アレ(・・)を作っていてもおかしくないな)

 

 口角を上げて彼女は報告書を机に置く。

 

(だが、可能性の段階で決めるのは愚か者のすることだ。使っているところを確認しなければまだ次の計画に移せない)

 

 彼女は舌打ちをすると、右肘を机に置いて頬杖を付く。

 

(あの男の事だ。そう簡単に使いはしないだろう。だが、使ってもらわなければ、こっちが困る)

 

 彼女は静かに唸る。

 

(やつが怒りに任せて使ってくれれば、楽なのだがな)

 

 そう呟くと、ふとある事を思い出す。

 

(……そういえば、あのクズが逃げた場所は確か)

 

 彼女は少し前に国を滅ぼし、その国から逃げた者の事を思い出す。

 

(なるほど、これは使える。クズでも、使いようはあるみたいだな)

 

 ニヤリと悪い笑みを浮かべる彼女は、ある事を思いつく。

 

(うまくいけば、事が進むな)

 

 そしてアリシアはすぐに行動に移し、執務机に備え付けられている電話の受話器を取り、どこかに繋げる。

 

 

 

 



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第七十六話 中間補給拠点奇襲

 

 

 

 

 あれから更に二ヵ月の月日が流れる。

 

 

 

 そろそろ年が越しそうになるこの時期のとある海域。

 

 

 そこには前回テロル諸島を襲撃したロヴィエア連邦国軍の中間補給拠点があった。

 

 大きな島を中心に、大中小の大きさの島々がある群島で、大中の大きさの島にはそれぞれ補給物資が偽装されて格納されている。

 

 少し前に幻影艦隊による攻撃で湾口施設と集積所が破壊されたものも、被害はそれほど無く物資の損失も少なかったとあり、少しの間警戒しつつ、物資の集積を続けていた。

 

 しかし通信施設の一部が破壊されているので、若干通信が通じづらい状況が続いていた。実際哨戒艦からの報告が途切れ途切れになっている。

 

 現在再度テロル諸島の攻略の為に多くの陸海空の戦力が集結しつつあった。

 

 輸送船からは次々と弾薬や榴弾砲、戦車などが下ろされて一旦集積所へと集められている。

 

 港には多くの軍艦が停泊しており、今は居ないが航行演習の為にソヴィエツキー・ソユーズ級戦艦を含めた艦隊とウクライナ級航空母艦を中核にした機動部隊が群島周囲を航行している。

 

 ロヴィエア連邦軍の兵士が見張り塔から双眼鏡を使って周囲を見張っていた。

 

 兵士は夜通し見張っていたので、眠気が襲っていた。そして大きな欠伸をした時だった。

 

 

 

「ん?」

 

 すると聞いた事が無い音がして兵士は顔を上げる。

 

 そしてその音がした直後、港に何かが落ちて来て爆発を起こす。

 

「なっ!?」

 

 突然の爆発に兵士が驚くが、その間にも次々と港の各所で爆発が起きる。

 

 兵士が上空を見上げると、次々と細長い物体が海の方から飛んできていた。

 

「何だ!? 何が起きているんだ!?」

 

 全く状況が把握できず兵士は狼狽するが、直後に彼が居る見張り塔にもその細長い物体が直撃し、爆発と共に彼はこの世から消え去る。

 

 

 

 

 群島から大きく離れた沖合いには近代化改装が施された扶桑国海軍の高雄型重巡洋艦4隻と妙高型重巡洋艦4隻の計8隻が島に向けて『87式艦対地誘導弾』を船体に埋め込んだVLSから次々と発射していた。

 

 放たれた87式艦対地誘導弾は島全体を狙うように飛翔し、次々と着弾して爆発を起こす。

 

 その周囲にははるな型護衛艦とたちかぜ型護衛艦、最近就役した『はつゆき型護衛艦』が展開して艦隊を護衛している。

 

 更にその遥か後方では翔鶴型原子力航空母艦一番艦『翔鶴』二番艦『瑞鶴』の第五航空戦隊。三番艦『蒼鶴』四番艦『飛鶴』の第六航空戦隊が艦載機の発進準備を行っていた。

 その近くでは信濃、大鳳、大峰の第四航空戦隊から閃雷や彗星、流星が油圧式カタパルトを使い、次々と発艦する。

 

 翔鶴型原子力空母の甲板には新鋭艦載機烈風が対地攻撃及び対艦攻撃装備を施して駐機待機しており、艦首側の甲板にある蒸気カタパルトに二機の烈風が位置に着くと、順にカタパルトを使って発艦していく。

 

 

「始まりましたな」

 

「うむ」

 

 第五航空戦隊の旗艦である翔鶴の艦橋で司令長官原忠一中将は艦長の言葉に軽く頷くと、次々とカタパルトを使って発艦する烈風を見る。

 

「しかし、これほどの戦力を投入するとは、司令部も中々豪勢ですな」

 

「前回のテロル諸島での報復もあるのだろうが、まぁ第六航空戦隊の蒼鶴と飛鶴の実戦投入もあるのだろう。それと烈風もな」

 

「なるほど」

 

「まぁ、予定されていた編成では無いが、これだけの戦力があれば島を落とすのは容易い」

 

 本来なら艦隊には『天照』と呼ばれる軍艦が編入する予定だったが、予想以上に工期が延びた為、就役に至らなかったので投入を断念していた。その代わり今後の作戦に投入される予定だ。

 

「しかし、例の装備を施した大和は果たして役立つでしょうか」 

 

「分からんな。だが、それは我々の知る所ではない。今は目の前の事に集中しよう」

 

「はい」

 

 二人は気を引き締め、前を見据える。

 

 

 

 各空母から飛び立った烈風はそれぞれの所属する母艦ごとに編隊を組み、中間補給基地を目指す。

 

 濃淡のある青系の色が入り混じった洋上迷彩の施された烈風にはそれぞれ両翼の付け根と尾翼先端に所属している母艦の示す色帯が施されている。

 第五航空戦隊は白い帯を持ち、翔鶴所属機は一本の白帯、瑞鶴所属機は二本の白帯を施されている。

 

 第六航空戦隊は黒い帯を持ち、蒼鶴、飛鶴の所属機はそれぞれ一本、二本の黒帯が施されている。

 

「これより、敵補給基地を破壊する。我ら翔鶴隊と蒼鶴隊は湾口施設を叩く。瑞鶴隊と飛鶴隊は敵飛行場を叩け!」

 

『了解!』

 

 翔鶴隊の隊長機のパイロットが指示を送って他の気体のパイロットが返事を返すと、編隊は中間補給基地へ向かう。

 

 

 

 各空母から飛び立った烈風は中間補給拠点へと殺到し、それぞれの攻撃目標に編隊ごと向かう。

 

 翔鶴隊と蒼鶴隊の烈風が港湾施設や弾薬集積所に向けて胴体に抱えている誘導爆弾や陸用爆弾を投下し、次々と各所を破壊していく。弾薬集積所に落ちた爆弾が爆発すれば、集積された弾薬に引火し、大爆発を起こす。

 対艦装備を施した烈風は湾内に停泊している空母や巡洋艦に向けて両翼のハードポイントに装着された空対艦誘導弾を放ち、誘導弾は船体か上部構造物に直撃させて損傷を与える。誘導弾の直撃を受けた空母は格納庫内で爆発を起こし、格納されていた航空機を破壊し尽す。

 

 飛行場に殺到した瑞鶴隊と飛鶴隊の烈風各機は爆弾を投下して滑走路と格納庫を破壊し、その後機銃掃射を行って滑走路の脇に駐機されている航空機を破壊する。

 

 そして遅れて閃雷と流星、彗星が到着し、破壊されていない施設に向けて爆弾を投下、ロケット弾を発射して破壊する。それ以外に先ほどの攻撃から生き残った艦船に爆弾やロケット弾を使い、艦船は湾内に大破着底する。

 

 

 

 

 

「司令大変です! 補給基地が襲撃を受けています!」

 

「何だと!?」

 

 航行演習を行っていた艦隊の旗艦のソビエツキー・グルジアの艦橋で艦隊司令が報告を聞き、目を見開く。

 

「どこからだの攻撃だ!?」

 

「詳細は不明ですが、恐らく扶桑軍によるものかと」

 

「扶桑……そうか、やつらが。いや、前回のことを考えれば、そこ以外にありえんか」

 

 艦隊司令はすぐに理解し、頭を切り替える。

 

「艦隊、最大戦速!! 偵察機を出せ! そう遠くない所に敵機動部隊がいるはずだ! 機動部隊にも伝えろ!」

 

「ハッ!」

 

 すぐに艦隊司令の命令が各艦に伝えられ、速度を上げる。

 

(恐らく敵の目的は補給基地の殲滅だ。だとするなら上陸部隊が居るはずだ)

 

 艦隊司令はそう予想するが、その予想は当たっていた。

 

 扶桑国海軍の機動部隊とは別に行動する上陸部隊は水上打撃艦隊の護衛の下、島を目指している。

 

(ここを破壊されれば、扶桑国への攻撃は実質不可能になる。それだけは避けなければ)

 

 艦艇の航続距離を考えれば、中間補給基地を無くせば扶桑国がある大陸への攻撃の足がかりを失うことになる。ロヴィエア連邦国からすればそれは避けたかった。

 一応別のルートがあるものも、その場合はかなり遠回りになってしまうので、軍事目的上距離が長引くのは避けなければならない。

 

 と言っても、航行目的が軍事上ではなく、単なる輸送(・・)なら然したる問題は無いが。

 

 

 

 ―――ッ!!

 

 

 すると突然前方を航行していたソビエツキー・ソユーズ級戦艦の周りに巨大な水柱が上がると同時に、鈍い金属音と共に第二主砲塔と第三種砲塔がひしゃげ、その瞬間大爆発を起こし、船体は三つに分断される。

 

「なっ!?」

 

 突然の出来事に艦隊司令を含む誰もが目を見開く。

 

「そ、ソビエツキー・ラトビアが。い、一体何が起きたのだ!?」

 

 船体を三つに分断されて轟沈するソビエツキー・ラトビアを見ながら艦隊司令は叫ぶ。

 

「お、恐らく砲撃かと」

 

「馬鹿な!? 強固な装甲を持つソビエツキー・ソユーズ級があっさりと沈むはずが無い!」

 

「で、ですが、現に轟沈しています。見張り員! 一体何をしていたんだ!」

 

 艦長は艦隊司令に一言言うと、すぐに見張り所に繋がっている伝声管に向かって叫ぶ。

 

『それが、敵艦の姿は見当たりません!』

 

「そんな馬鹿なことがあるか! 現に砲撃が来たのだぞ!」

 

 艦長は見張り員からの報告に思わず怒鳴り返す。

 

 彼らが慌てるのも無理は無い。

 

 現時点で長距離攻撃を可能としているのは戦艦の主砲か、航空機による攻撃だけだ。しかし後者なら航空機が必ず居るはずだ。しかしそれが確認できない以上前者のみとなる。

 もちろん潜水艦による雷撃の可能性だってあるが、さっきの水柱は明らかに思い何かが高速で落下したもの。その上甲板上に攻撃が直撃している以上、雷撃の可能性は無い。

 

 しかし戦艦による砲撃だとしても、命中率を上げるために必ず有効射程まで近付く必要がある。その為小さい黒点で艦影は補足できる。それが無いのはおかしいのだ。

 

 

 まぁ、彼らには想像出来ないだろう。

 

 

 相手がどんな攻撃を行ったかを。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 機動部隊から離れた海域では、近代化改装が施された最上型航空重巡洋艦と利根型航空重巡洋艦、阿賀野型軽巡洋艦、対空戦闘能力を強化した『秋月型防空駆逐艦』と共に扶桑型航空戦艦、伊勢型航空戦艦、天城型巡洋戦艦、戦艦陸奥とその他で構成される戦艦部隊が上陸部隊を護衛しつつ島へと接近していた。

 その中には書類上は長門型戦艦と準同型艦とされている『吉備型戦艦』の一番艦吉備と二番艦長門も含まれる。

 

 吉備型戦艦は外見こそ長門型戦艦を模しているが、中身は最新鋭の技術が詰め込まれており、現時点で扶桑海軍に籍を置いている戦艦の中では電子機器面では性能が高い。

 

 これは今後戦艦を建造する試験的な意味合いが強い。

 

 その中に、一際目立つ戦艦が戦艦部隊を率いるように航行している。

 

 それこそが更なる大改装を施された、大和型戦艦一番艦大和である。

 

 紀伊型戦艦に匹敵するぐらいに拡大化された船体に大型化された砲塔と、そこから伸びる四角い砲身を除けば、速射砲と機関砲群、各種誘導弾発射機、レーダーの交換や追加等、他の戦艦同様の近代化改装が施されている。

 

 そしてその主砲は右方向を向いて、従来の軍艦に見られる円筒型の砲身とは異なる四角い砲身の砲口からは熱を放っている。

 

 

「敵SS(ソビエツキー・ソユーズ)級、轟沈しました」

 

 大和のCICで索敵機からの報告を通信主が伝えると、誰もがその報告に息を飲む。

 

「す、凄い……」

 

「これが、『超電磁砲』の威力か」 

 

 大和の艦長は先ほど使用された大和の新たな力を口にする。

 

 

 

『超電磁砲』

 

 正式名称『試製零式46cm超電磁投射砲』と呼ばれる、正式な名称ではないが、最も分かりやすく言うならば、レールガンである。

 

 超電磁砲の構造を説明すると長く複雑なものになって何のこっちゃとなるが、ざっと言えば二本のレールに直流電力を流して伝導体製の弾丸を磁場の相互作用によって加速させて発射するものだ。発射後は90式戦車の滑空砲から放たれるAPFSDSのように伝道体製のサボットから砲弾が放たれる仕組みとなっている。

 

 扶桑国内における超電磁砲の開発は以前から行われていたが、開発は難航していた。

 

 発射時に必要となる電力の供給は辛うじて何とか解決出来たのだが、発射時の熱量に手を焼かされていた。

 

 発射時に発生する膨大な熱に毎回砲身が融解し、連続発射ができない欠陥があり、何度も耐熱合金を組み合わせて試したが、結果は芳しくなかった。

 

 しかしゲルマニア公国から提供されたフレアメタルを用いることで砲身融解が無くなり、連続発射に耐えられるようになった。

 とは言っても、それでも従来の戦艦の主砲身の寿命と比べると、大分短いのが現状で、現在更なる耐熱性能を上げる為、ゲルマニア公国の技術者達と共にフレアメタルの改善を行っている。

 

 それ以外では魔法技術を応用することで解決し、ようやく実用レベルまでに辿り着けたのだ。

 

 しかし、現時点で開発できる超電磁砲のサイズは巨大で、尚且つ発射速度を上げる為に砲身を長くしなければならず、その上大和型戦艦クラスの船体を持つ戦艦にしか搭載できないのが欠点だ。しかも発射時に必要な電力を供給させる為に必要な設備も搭載しなければならない。

 そして仮に今より小型化しても、構造上軍艦にしか搭載できないと言うのもあるので、実質海軍のみでしか運用できない。

 

 

 戦艦大和が船体を拡大化したのは、この超電磁砲を使用するに必要な電力を発生させる為の動力機関と、それを保護する為の特殊複合装甲を搭載する為だ。

 そして大和にはこの超電磁砲を運用するために、艦船用の原子炉が搭載されているのだ。

 

 前線で戦う戦艦に危険度の高い原子炉を搭載するのはリスクが高いが、扶桑国で開発された原子炉は放射能や汚染物質を出さないとあって、仮に撃沈されて原子炉が破壊されても、放射能で汚染される心配は無い。まぁ当然原子炉が暴走して破壊されれば、核爆発が起きるが。

 

 とはいえど、現時点で発電能力が高いのは原子炉だけだった。その為、原子炉を守る防護壁は原子力航空母艦や原子力潜水艦とは比べ物にならないぐらいに強固なものとなっている。

 

 危険性は激増したが、それを以ってして、大和はこれまでにない強大な力を手にした。

 

 現に46cm砲にも耐えられる強固な装甲を持つソビエツキー・ソユーズ級を敵の視認範囲外からの砲撃で轟沈させた。

 

 そして初弾で命中させたのも、砲撃支援システムと、当システムにより各種データから出された敵の予測針路と、砲術長の技量によるものだ。

 

 しかも更なる改良が施されれば、今後の軍艦にこの超電磁砲が搭載されるだろう、とのことだ。

 

 

「凄い! この超電磁砲さえあれば、戦艦はまだまだやれます!」

 

「うむ」

 

 大和の艦長は砲雷長の言葉に頷く。

 

「だが、やはりまだ満足に運用できると言うわけではない、か」

 

 艦長はモニターに表示されている主砲関連の問題項目を見る。

 

 超電磁砲を発射した後、電力不足と砲身冷却、システム障害と、次々と報告が入っていた。

 

 まぁだからこそ、発射前に予備電源に切り替えて、充填した電力も通常よりも20%多めに溜めていたので、大きな支障をきたすことはなかった。

 

 しかしそれでも多くの兵装が使用不能に陥っているので、主力兵装となるにはまだまだ課題が多い。

 

「次弾発射まで一時間半。だが、逆に言えばそれだけの時間で撃てるのか」

 

 艦長はそう呟くと、気を引き締める。

 

「主砲発射まで、対艦誘導弾による攻撃を行う! 各艦に打電!」

 

「了解! 対艦誘導弾発射用意!」

 

 砲雷長はすぐに指示を出し、大和の右舷にある発射機から88式艦対艦誘導弾が発射される。

 

 同時に各戦艦と航空重巡洋艦からも88式艦対艦誘導弾が敵艦隊に向けて発射される。

 

 

 

「もっと近付け! 主砲の射程距離に入り次第、敵艦隊に砲弾を叩き込め!」

 

 ソビエツキー・グルジアの艦橋で艦隊司令が叫ぶ。

 

(敵がどんな攻撃をしたかはこの際いい。ラトビアが沈められたのは痛いが、上陸部隊を伴っている以上、動きは限られる)

 

 動きの遅い上陸部隊を伴っている以上、護衛の艦隊は動きを制限される。そこに付け入る隙があると彼は考えている。

 

(見ていろ。グルジアの主砲でラトビアの仇を討ってやる!) 

 

 

『レーダーに感! 右舷方向から高速で接近中の物体あり!!』

 

「っ! 対空戦闘! 撃ち落せ!」

 

 艦隊司令は本能的に危機を察知して、各艦に対空戦闘を指示する。というのも、前回の戦闘に関する報告を聞いていたので、警戒心が研ぎ澄まされていた。

 

 各艦は機関砲や速射砲を高速飛翔体が向かってくる方向を向け、一斉に放って弾幕を張る。

 

 その弾幕の中を高速で飛翔する88式艦対艦誘導弾は何発か砲弾の破裂時の破片や弾丸に貫かれて破壊されるが、残りはそのスピードを生かして弾丸や砲弾の雨を潜り抜ける。

 

 そして一番近くに居る駆逐艦に一発命中し、艦内部で爆発し、竜骨諸共船体を真っ二つに折る。

 

 続けて他の駆逐艦や巡洋艦に命中していき、轟沈か大破にしていく。

 

 そしてソビエツキー・グルジアにも次々と対艦誘導弾が命中する。 

 

「ぬぅ!」

 

「ひ、被害報告!」

 

『右舷速射砲及び機関砲破損! 死傷者多数!』

 

『されどバイタルパートに損傷軽微!』

 

 ダメコン班からの報告に艦隊司令は安堵の息を吐く。

 

 実質46センチクラスの砲弾の直撃に耐えられる強固な装甲を持っているとあって、対艦誘導弾の直撃を受けても被害は予想よりも低かった。

 

 まぁ、当然それは直撃したミサイルが一発ならの話であるが……

 

 

『高速飛翔体! 更に接近!』

 

 レーダー員からの報告に、誰もが青ざめる。

 

 ソビエツキー・グルジアは主砲を交えて高速飛翔体を迎撃するも、速射砲と機関砲を破壊されたことで弾幕の密度は薄くなり、誘導弾を撃墜出来ないで居た。

 

 そして多数の誘導弾がソビエツキー・グルジアに直撃し、その内一発が艦橋に直撃し、艦体司令を含む艦橋要員が戦死した。

 

 

 その後超電磁砲に電力供給が完了した大和がもはや漂流しているソビエツキー・グルジアに照準を定め、轟音と共に超電磁砲が伝導性のサボットに包まれた弾体を飛ばす。伝導性のサボットを脱ぎ捨てた弾体が超音速でソビエツキー・グルジアへと突き進み、船体に直撃して強固な装甲を突き破って弾薬庫を破壊し、大爆発と共に船体は粉々に粉砕され、海中に没したのだった。

 

 

 その後残存艦艇は接近した航空重巡と戦艦の砲撃を受け、一部の駆逐艦が降伏するのだった。

 

 

 そして別に行動していた機動部隊は敵艦隊を発見し、攻撃隊を発艦させたが、その際上空では翔鶴より飛び立った艦上機仕様の鷹目が目撃し、攻撃隊発艦と機動部隊発見の報を入れる。

 

 直後に対艦装備を施した烈風が翔鶴、瑞鶴、蒼鶴、飛鶴の四隻より飛び立って敵機動部隊殲滅へと向かい、すぐに防空艦隊が艦対空誘導弾をレーダーに映る敵攻撃隊に向けて発射する。

 

 攻撃隊は飛来した艦対空誘導弾によりその多くが撃ち落されるも、何とか生き残った機は更に接近するも周囲に展開していた護衛艦の正確無比な単装速射砲による射撃により、次々と撃ち落されていき、最後までの残った攻撃隊も機銃による弾幕により、艦体に辿り着く事も無く全滅するのだった。

 

 その後飛び立った烈風航空隊はその速度を生かして敵機動部隊の上空に飛来し、対艦誘導弾を艦隊上空付近で一斉に放ち、Uターンして母艦へと戻る。

 そして放たれた対艦誘導弾は機動部隊の空母へと襲い掛かり、直撃した飛行甲板を貫通して格納庫内で爆発し、第二次攻撃隊発進で準備していた攻撃機と爆撃機が爆弾と魚雷に燃料へと引火して、次々と爆発を起こして誘爆し、遂には船体を真っ二つにするほどの大爆発を起こした。

 

 それが他の空母でも起きて、一瞬にして機動部隊の空母は壊滅状態にへと陥る。

 

 機動部隊の護衛として随伴していた巡洋艦や駆逐艦、戦艦は一矢報いようと機動部隊へと向かうが、近くの海域に潜伏していた幻影艦隊の潜水艦による雷撃が行われ、駆逐艦、巡洋艦を優先して魚雷が命中し、戦艦を残して全滅するのだった

 

 そしてその戦艦も状況的不利を悟り、乗員の人命を優先して降伏するのだった、

 

 

 これにより、中間補給拠点に居た艦隊は一部を除いて壊滅し、制空、制海権は完全に扶桑国側の手に渡った。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「撃ち方ぁ、始めぇっ!!」

 

 艦長の指示と共に、長門の40cm砲が轟音と共に火を吹き、40cmの榴弾が放たれる。それと同時に他の戦艦も40cm砲から轟音と共に榴弾を放つ。

 

 放たれた榴弾は群島の中央にある大きな島の沿岸防衛線に降り注ぎ、防衛戦力を次々と粉砕していく。その上空を伊勢と日向、扶桑、山城から飛び立った陸軍の大鷲が飛行し、敵兵に向けて機銃掃射およびロケット弾の攻撃が行われる。

 

 他の基地がある島々にも航空重巡洋艦が砲撃を行い、航空重巡洋艦から飛び立った陸軍の小鷹が機銃とロケット弾、有線式対戦車誘導弾を用いて防衛戦力を粉砕する。

 

 ちなみに大和も艦砲射撃に参加する予定だったが、超電磁砲が故障して砲撃不能となったので、現在は艦隊防衛の為に速射砲や機関砲を上空に向けて警戒している。

 

 沿岸線の防衛戦力を粗方片付け、上陸部隊が行動を開始する。

 

『秋津型強襲揚陸艦』から海兵隊所属の90式戦車や『92式装甲車』、歩兵を乗せたLCACや『89式水陸両用装甲車』が発進し、浜辺を目指す。

 上空援護のため、秋津型強襲揚陸艦の甲板から陸軍の小鷹や大鷲が飛び立ち、上空から敵兵を威嚇する。

 

 浜辺に到着したLCACは前部ハッチを開けて90式戦車と装甲車、歩兵を降ろし、89式水陸両用装甲車が上陸し、後部ハッチが開いて歩兵が降りる。

 

 最初こそ敵は抵抗していたものも、艦砲射撃や航空攻撃でその多くの戦力を失っていたので、その攻撃はまばらだった。そして直後には上空を飛ぶ小鷹や大鷲の餌食となる運命を辿った。

 残された防衛戦力も上陸した海兵隊の攻撃で次第に数を減らしていく。

 

 

 

 そして遂にロヴィエア連邦国軍の中間補給拠点は陥落し、扶桑国の国旗が島に翻る。

 

 

 



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