Justice前章:Labyrinth 嶺編 (斬刄)
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始動
1話ハジマリ


 

 

青い空と広大な草原の中で一人の女が手に花束を持って歩いている。

 

たった一つの大きい墓と周りには向日葵が沢山ある。その墓には岩谷正輝という弟の名前が刻まれていた。

 

 

「正輝、私まだ若いのに治らない病気になっちゃって…いつ死んでしまってもおかしくない件について」

 

 

花束を墓の前において両手を合わせている途中に咳きみそうになり、すぐに手で押さえた。

その手には血反吐のようなものがついており、自分の命が僅かであることを示していた。

 

「私も、そっちに行くね」

 

 

近ずいてゆく死を恐れることはなく、苦しくても笑っていた。

彼女は祈りながら瞳を閉じて…幸せな表情で眠るように息を引き取って墓の前で

 

 

岩谷正輝の姉、岩谷嶺は弟の後を追って死んでいった。

 

*****

 

自分は死んだはずなのにこうして目覚めて、生きているのか死んでいるのか分からない。

 

けれど着ている服が私服の状態で、身体が軽い。

死んでいるか生きているか分からないのでとりあえず確認するために

 

「痛い…」

 

頬を捻って、感覚として痛みがあることに生きていることが分かった。

 

(起きたようですね?それと貴方にはもう病気はありませんよ)

「…誰?ここ何処なの?死んだはずだよね私」

 

真っ白な空間の中、そこには死んだはずの岩谷嶺と石像のようなものが浮いていた。

 

その石像は自分のことを神様といい、場所は転生するときの前の下準備の場所、岩谷嶺は確かに転生する前の世界では死んだが、転生後という形で魂と身体も元の状態に形どったりと言ったことを詳しく説明した。

 

「ご理解頂けましたか?」

「んーなんとなくは」

 

 

それを岩谷嶺はあまり釈然とはしなかったが、石像の話を聞いてその話を理解せざるおえなかった。

 

 

 

転生者という存在も岩谷嶺以外にも転生者が存在し、それについて聞きたいことが姉にはあった。

 

(貴方にはリリカルなのはという世界に転生してもらいます)

「その中に弟がいるって可能性は?」

(ありますよ。彼もリリカルなのはという世界に転生されますから。どんな人物や特典を持っていくかは知りませんが…)

 

 

岩谷嶺の転生による特典は転生前に武器として持っていたものと.hack//G.U.のアイテムの持ち込み、及び.hack//G.U.の双剣と大鎌のスキルとデータドレイン(制限があるが)の能力だ。ついでに最新型の携帯も持たせてあげた。

 

 

なお連れてくる人物というのは特典としてドラゴンボールの場合、後から孫悟空がついてくるというようなもので分かった。

 

つまり、岩谷嶺の特典は.hack//G.U.であるために

 

(ハセヲとは一応話をつけておいたから、転移した後に2人と話すといい)

 

すると、その主人公であるハセヲという男が二人の目の前で出現して嶺の方に近づき、手を差し伸べた。

 

「よろしく。まぁ詳しい話は転移してからな?」

「ん、分かった」

 

嶺はハセヲと握手して、全てを話し終えた神様はこう言った。

 

 

(話は全て終えました。その世界には貴方以外の転生者がいるので頑張って下さい)

 

そう言うと岩谷嶺とハセヲの二人は地面に落とし穴が出現して落とされていった。

 

 

「なにそれぇぇぇぇ⁉︎」

「ちょっと待て‼︎こんな方法で…聞いねぇぞぉぉぉ⁉︎」

二人が落とされていっている叫びを聞きながら神様は疲れ気味に

 

「ごめんなさいごめんなさい!落とし穴があるのを忘れてました‼︎」

 

神様は呟いた後に突然一枚の紙が床に転移され、それを拾うと6人の転生者の名前が記されている

その6人には岩谷嶺の名前と.hack//G.U.というのも記されてあり

 

「まさか運命っていうのは死後にも繋がることになるとは、驚きしかありませんね。何はともあれ嶺さんの仲間が一人でもいるだけで強運ですね。

 

 

まぁ物語の方は彼女次第ですが…」

 

 

転移されるのは姉だけではなく弟の岩谷正輝とfate/staynightが記されている。

選ばれし特殊な転生者の6人がリリカルなのはの同じ世界に転生された。

 

 

 

【リリカルなのは編 開始】



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2話誘拐と救出(前編)

神のうっかりによって空から落とされたものの、二人は無事着地することができた。

神の加護のおかげでゆっくりと落ちていく。

 

「はー、びっくりした」

「大丈夫、そうだな…いっつ」

 

ハセヲが嶺の方を向くと、嶺は無事に立っている。

ハセヲの方は突然ゆっくりになったことでバランスを崩して尻餅をついて仰向けに倒れていた。

 

「えっと、私の方は嶺です。よろしくおねがいします」

「…ハセヲだ。別に敬語じゃなくてもいいぞ」

嶺は手を差し出して、ハセヲの右手をつかみ起き上がらせた。

ハセヲは立ち上がると衣服に付いていた石ころや砂を手ではたき落とている。

 

「じゃあ普段どうりにさせてもらうね?」

「あぁ、いいぜ」

周りを見渡すと、何処かの路地裏で普通の現代と変わらない街並だった。嶺達の服の方も現代に合わせたものであり、一般市民から見ても怪しくない服装だった。

自分たちの武器の方はいつでも取り出せるようになってある。

 

「俺たちの世界と変わらないみたいだな。それと嶺、神様から着いたら携帯を確認するようにって」

「そうだね。携帯を見れば良いんだっけ?」

嶺は携帯を開いて指令を確認した。

指令の内容は敵組織の討伐だけと記されてはいるがその敵組織がどんななのかはまだわからない。

ひとまず、その組織がいずれ襲ってくることを嶺は理解した。

 

そしてもう一つは、この世界の魔法についてやジュエルシードの概要がメールに記載されている。この世界に散らばっているジュエルシードは暴走すれば大規模な破壊の原因となるために指令よりも先にそれを済ませた方を勧めていた。

だが、ジュエルシードと言っても誰かが封印しなければならないために協力者を探さなければならない。

「ふーん。とりあえず、街を探索しようか。拠点を作らないといけないみたいだし」

「だな、流石に野宿は勘弁だ」

「だよね」

話しながら路地裏を出ると、目の前に二人の女の子が黒い車に乗せられ、走り去っていく。

一人は金髪、もう一人は紫色の少女が複数の男に強行されて 、無理矢理乗せられた。

黒い車はそのまま去っていった。

「「…」」

見ていた二人は驚いていたが、互いの顔を見合わせ

「先に、あっち行くぞ」

「流石に見過ごせないよね?」

二人を助けるために行動に出た。ハセヲ達は携帯のマップを確認すると黒い車がいった先が港にある倉庫だった。距離は遠く、徒歩では無理であるためにハセヲがバイクを出せるかどうか困っていた。

嶺が携帯をつついていると

 

「なんか出た」

「携帯一つでバイクも出せるのかよ…」

 

ハセヲのバイクが突如出現し、二人乗りして黒い車の元へと向かった。

黒い車の方は既に停車しており、倉庫は黒いスーツのした人達が厳重に守っている。

 

「ここみたいだね。準備はいい?」

「んじゃ、行くか」

「「せーのっ‼︎」」

二人は武器を準備し、正面からハセヲと嶺は乗っているバイクで突破した。突破すると同時に正面で見張っていた連中は吹き飛ばされて倒れ込んでしまう。警備していた連中の身に何が起こったのか自分自身分わかってない。外にいる全員が突然倉庫で騒ぎがあったことに驚いて、倉庫に戻っていく。

嶺は彼らを背後から峰打し、受けた連中は何があったのかもわからずにバタリと倒れてしまった。

ハセヲが突破する際に大きな音が鳴った。

 

*****

 

「な、なんだ!もうあいつらが来たのか⁉︎応答しろ!何が起きた‼︎」

「し、侵入が入ってき…グワッ⁉︎」

「そいつらめちゃくちゃつよ、うわぁぁあぁぁっ⁉︎」

 

なにも用意していないのに既に本拠地に警察が入ってきたのかと思っていた。しかし、警察ならパトカーのサイレンが鳴ったりや複数人で侵入している可能性がある。

 

「役立たずが!どうなっている⁉︎」

ボスが舌打ちをすると同時に、ドアが爆発する。

「な、ちょっと⁉︎」

「きゃっ…」

爆発によって部屋にいるボスの部下の大半が吹き飛び、気絶している。残っているのはボスと彼の近くにいた部下だけ。

「おい!何が起こっている!」

「爆発してるよー」

「みれば分かってい、なっ⁉︎」

 

返事を返した方を見ると知らない男女の二人組みが離れた場所に立っており、人質になっていたはずの二人の少女を抱えて立っている。

 

「おい、ばれたじゃねーか」

「いや、話しを返した方がいいかと」

「貴様ら何者だ!夜の一族じゃないな!」

 

出てきたのは警察でもなく、彼らの言っている夜の一族でもない。

助けに現われ出てきたのは黒い車を追ってきた嶺とハセヲだった。

 

「誘拐の目撃者その1?」

「じゃあ俺はその2か?つーか、夜の一族ってなに?」

「知らない」

 

ハセヲは嶺に尋ねるが嶺自身もこの世界について来たばかりなのでいきなり夜の一族だとか言われてもわからないため首を傾げている。

 

「おい、早くこいつらを始末しろ!」

「やっちまえ‼︎」

 

部下の方は二人だけならどうにかなると思い、武器を用意する。ボスの方は部下だけではなく機械の人形まで出現させて、その人形でハセヲと嶺に襲う。

 

「結構出てきたな?どうする?」

「スキル援護の方よろしく。この二人守らないといけないし」

「いけるか?」

「らくしょーまぁ、みててよ」

 

ハセヲはアリサとすずかの二人を彼の背後にじっとさせ、嶺は鎌を構えている。まず部下よりも先に機械人形がチェーンソーや刀を振り回して襲ってくる。

 

「邪魔」

 

横に振り下ろされた鎌は人形の身体ら両断され、機械人形は残された両腕で起き上がろうとしても嶺は鎌から双剣に切り替えてバラバラにする。さっきまでいた人形は全滅だった。

 

「次、どうするの?」

 

機械人形をアッサリ倒した相手に部下が臆していたが、

 

「お、女一人に何をやっている!さっさと潰せ!」

 

ボスが拳銃を構えて脅している以上、動かざるおえなかった。部下は嶺の周囲を囲って襲うが、双剣で殺したりせずに柄で腹を狙って穿ち、一人ずつ気絶させる。

 

「はい、おしまい」

「くっ、くそっ‼︎こうなった「レイザス‼︎」ごふぁ⁉︎」

 

ボスは拳銃で嶺を殺そうとするものの、ハセヲがレイザスの魔法で吹き飛ばす。ボスは銃を手放し、嶺はその銃を破壊した。

 

「なぜ、なぜそいつを助ける⁉︎何なんだお前達は‼︎」

「力があって目の前で誘拐されているの見たら助けるでしょ」

「こういうクズは見過ごせねーしな」

 

後残りはボス一人だけ、彼の周りに守ってくれる人はおらず逃げるだけだったが、すずかを見て余裕の表情を見せた。ボスはすずかに指差して叫んだ。

「あ、あの女は人間じゃない!助ける価値なんてない!化け物なんだぞ‼︎この際だからお前達に教えてやる!」

「⁉︎やめてぇぇっ‼︎」

「こいつの正体は、吸血鬼だ!」

 

すずかの一家は夜の一族という、人ではなく吸血鬼として彼女は生きていた。少女は人間じゃないことが他の人に明るみになったことで大泣きしていた。このことについては他の人には知られてはいけないものであり、特にすずかにとってはアリサという親友の眼の前で知られてしまった。

 

「吸血鬼…」

 

アリサは友達が吸血鬼だということを知らなかった。すずかの方は自分の秘密が明るみになったことで座り込んでなくしかできなかった。

 

「あぁ、そうだ!バカなお前は何も知らずに素性を隠した奴を親友だと本気で「だから…だから何よ!私にとってすずかはすずかよ!吸血鬼って知ったとしても、私はすずかのことを私の親友だと思ってるんだからっ‼︎」⁉︎お前!自分の言っていることが分かってんのか‼︎

 

こんな人外と一緒にいるのが気持ち悪いと思わないのか‼︎こんな女、身代金にする方がよっぽどマシだ!」

 

しかし、アリサはボスの言葉に聞く耳を持たない。

 

「全然気持ち悪くなんかない!今日初めて秘密を知ったけど…それでも、私にとってはかけがえのない友達なの!

 

吸血鬼だからってそんな理由で差別しない!あんたなんかのような奴に振り回されない!すずかは私の大事な親友よ‼︎軽蔑なんか絶対にしない‼︎」

「アリサ…ちゃん!いいの?」

「良いも何も、一緒にいた仲でしょ」

 

ボスは仲の良い二人のことを諦め、今度は嶺達の方に期待を向ける。

化け物だと知った以上、すずかのことを放っておいてくれるに違いないと期待していた。

だが、

 

「親友…ハハッそんな化け物の方がいいってか?ならよ!お、お前達はどうなんだ⁉︎」

「え?だから?」

「お前のようなクズよりはマシだろ?」

 

嶺の方はその話を聞いても全く動じず、二人ともたとえ鈴鹿という少女が吸血鬼だとしても何とも思っていない。もう立ち向えるための手段がなく、この場から逃げようとするが

 

「オイオイ…逃げんなよテメェ」

 

ボスが逃げて行く先にハセヲが道を塞ぐ。

最早彼に逃げ道はなかった。

「じゃあ、ガタガタ震える準備はいいかな?」

「クソッ!こ、こうなったら最終兵器だ!」

 

彼のポケットからスイッチを取り出し、それを押すと何かが動くような大きな機械音と揺れが生じる。ガチャンという音が鳴り、出てきたのは3メートルくらいの機械人形だった。

だが、人形はその場で止まる。

 

「ん?」

 

嶺の携帯の着信音が鳴り、携帯を開くとうげっと顔になる。

ボスの方は巨大な機械人形を見て高らかに笑っていた。

これさえあれば、あの二人を一網打尽にできると。

 

「さっきの人形とは一味違う!さぁい「とりあえずしずんで」ぐはっ⁉︎」

 

ボスが言い終える前に嶺が腹に掌底を食らわせて、柱に括り付ける。

その間に止まっていた機械人形の様子がおかしくなった。

変な音が漏れ出していた。

 

「こいつ止める奴気絶させてどうすんだよ。それにあの機械人形、おかしくなってねーか?」

「うん、暴走寸前だよ。やったね、敵の強化フラグだよ」

「は?」

 

嶺は人形に指をさすと、機械人形の中に青い宝石みたいなものが埋め込められていた。携帯で連絡していたジュエルシードというものがなぜか機体の動力源となって稼働している。

 

「こいつの動力、ジュエルシードってやつ」

「…ちょっと待て。それって、メールの知らせで、暴走しすぎたら町が破壊されるってやつだよな?」

「うん」

「うんってうれしくねぇー」

 

止まっていた人形が動き出し、本格的に暴走している。5人を敵認識し、嶺達の方向に身体を向けた。

「あ、アリサちゃん…私達どうなるのかな」

「大丈夫よ!あの二人ならきっとどうにか、なるよ…」

アリサとすずかは怯えつつ互いを抱きしめている。すずかはずっと泣いており、アリサの方は不安になりながらも二人を信じることしかできなかった。

 

「とりあえず、ぶっ壊そうか?」

「やるしかねーな。なんで来て早々にこんなことになるんだ?」

 

機械人形は右手をチェーンソーに変形し、左手をミサイルへと変形させた。遠くにいる嶺達を始末するために左手のミサイルで乱射してきた。

 

「なるようになれだね?」

「来るぞ‼︎」

 

 



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3話誘拐と救出(後編)

機会人形から放たれたミサイルが四人に向かって放たれていく。嶺達はまだ何とかなるが、アリサ達は自分達を守ることも逃げることもできない。

ここから二人が出ていこうとすれば、人形が追いかけてくるからだ。

 

 

「ハセヲ!」

「分かってる!レイザス‼︎」

 

まずアリサ達を守る為にハセヲが魔法でミサイルを破壊する。だが、嶺とハセヲを標的にしたミサイルはそのまま勢いは止まらずに向かってくる。

 

ハセヲは大剣・大百足を取り出して脚部を切断しようと、大剣についてある幾多の刃が回転してぶつける。切断するうちに火花を散らして切断しようとするが、人形もそのまま動けないわけがなく。

 

「チッ!」

 

ハセヲは攻撃を中断し、人形の攻撃を避けた。今度は嶺の大鎌で人形の首部分を刈り取ろうとするものの。

 

(やっぱダメか)

 

首を真っ二つにしようと試みたが、何かが人形の部位の切断を阻むかのように再生している。人形自体は動いておらず、ジュエルシード本体が人形の体を支えかつ魔力で防いでいる。

 

「くそっ、まだ立ち上がってきてやがる。嶺、こいつきちんと効いてるのか?」

「動力を狙えばいいんだけど、ジュエルシードを封印しないと一歩間違えればみんなまとめてドカンだし。私達は封印できる能力を持ってないからね」

「マジかよ…それじゃあ倒しようがねぇじゃねぇか⁉︎」

二人の力で抑えることは可能だが、ジュエルシードを封印する魔導師や魔導師はメンバーにいない。よって、二人であの人形を止めることはできるわけがなく、今は人形を食い止めるしかできなかった。

 

街中で大暴れでもしたら、大変なことになる。

 

「また来るよ!」

「チッ…いつまで続くんだよ!」

人形が再度動き出し、二人を襲ってくる。封印ができない以上、延期戦になることを二人は覚悟していた。

その時、

 

〈Accel Shooter〉

「シューット!」

 

横からいきなり複数の桃色の球体が出現して人形に襲い掛かる。入り口から叫び声が聞こえ、二人が振り向くと幼い少女が飛んでいた。

 

「あそこだよ、結界!」

フェレットが先に侵入し、周囲に被害を出さないように魔法で結界を作り出す。

(やっと来た)

嶺の方はなのはかフェイトのどちらかが来ると思っていたが、なのはで良かったと思っている。ジュエルシードの反応に二人のどちらかが動かないわけがなかった。

 

だが、なのはにはまだアリサとすずかにユーノの手伝いについて秘密を明かしてない。

 

「なんでアリサちゃんとすずかちゃんがいるの⁉︎」

「なのは!それよりもこいつを封印しないと‼︎」

「わ、わかったの!」

 

二人はなのはが空を飛んでいることに呆然と上を見上げることしかできず、目を丸くしている。

今のところアリサ達を守っているのは見知らぬ二人だが、今はジュエルシードを封印するためになのはは二人と協力することとなった。

「助太刀するの!」

「助かる。それじゃあハセヲ、こっちで注意引くよ!」

「了解‼︎」

ハセヲと嶺が陽動をかけて、なのはがその人形に埋め込められているジュエルシードをどうにかする。

ハセヲと嶺はそのまま攻撃し続け、なのはを狙わないようにする。2人が陽動であるために危険に晒されるが、戦い慣れている二人だからという理由となのはが来ている時点で既に勝利は見えていた。

 

延期戦にならないのならば、人形を足止めするのは造作もない。人形はなのはに目をくれずに動き回る二人を狙い続けており、なのはの方はエネルギーを貯めて、砲撃魔法の準備をする。

 

(あの二人、すごい)

 

二人が注意を引いているおかげでなのはの方は戦いやすかった。巨大な敵相手に魔力を使ってない手持ちの武器だけで戦っている二人で足止めしていることに驚いたものの、今は人形を止めることに集中していた。

 

(Divine Buster)

「ディバイン…バスタァァァァッ‼︎」

なのはが人形ごと核であるジュエルシードを撃ち抜き、両手でなのはを捉えようとするものの。

「バインドっ‼︎」

ユーノが拘束魔法を使って妨害する。

人形の両手は、なのはには届かずに抑えつけられていた。

 

「ジュエルシード、封印‼︎」

(sealing)

人形の中に入っていたジュエルシードがなのはのデバイスであるレイジングハートに取り込まれ、人形は動力がなくなったことにより盛大に崩れていった。

 

倉庫から出て、なのは達とアリサ達はすぐに安全な場所に撤退し、霊達の方はボスを運ぼうときている。人形が崩れてゆく激しい騒音に気絶していたボスが目を覚ました。

 

「こいつどうすんだ?」

「とりあえずまた気絶させるよ」

「うっ…何があって、うぐっ⁉︎」

が、嶺はそのボスを峰打でもう一回気絶し、また大人しくさせた。倉庫の中はガラクタと化し、そこにいた6人と一匹は脱出して外に出た。

「なんとかなったね」

「…そうだな」

嶺とハセヲはボスを適当なところに置くと、なのは達が二人に近づく。

ユーノにとって二人があの大きい化け物相手に戦っていたことが不思議でならなかったからだ。

「…君たちは一体」

「あのっ、さっきは助けてくれてありがとうございまし「なのはっ!」」

彼女は嶺達が助けてくれたことを感謝に向かっているが、その前にアリサがなのはに詰め寄る。なんでなのは達がそんなことになっているのか、事情が全く理解できない二人がなのはに言いたいことが山ほどあった。

 

「ちょっと、今の何なのよなのは!フェレットは何故かしゃべってるし、どういうことかちゃんと言いなさい‼︎」

「アリサちゃん落ち着いて…」

「あうあう…」

(どうする?なのは)

(どうするって言われても…うううっ)

なのはにこんな隠し事を持っているとは二人とも思わなかった。驚くことばかりで、混乱していた。

なのはの方はジュエルシード集めやユーノのことについては隠していたから何も話していなかったために二人の質問攻めに動揺し、困っていた。

 

その時、

 

「「すずか!アリサ!無事(か)⁉︎」」

なのはの兄である恭弥とすずかの姉である忍が心配になってここに駆けつけてきた。倉庫の中はボロボロになっており、そこにいるのはコスプレをしているなのはとフェレットに見知らぬ白髪の男と、彼と一緒にいる女の人がいた。

 

「なんだ、これは…それになんでなのはも⁉︎」

(あ、まずい)

「ハセヲ、どうしよ。逃げる?」

「今無理だろこれ」

「…あなた達は敵ですか?」

ここから逃げようとすれば、なのは達が自分達のことを調査して追ってくる可能性が大きい。

下手な言動で、不審に思われるわけにも行かない。

二人が嶺達の存在に疑問に思いつつ警戒しており、嶺達の方はどう返答すればいいか困っていた。

 

「えーっと…」

「待って、お姉ちゃん。この人たちとなのはが助けてくれたの」

「本当かい?」

 

すずかとアリサが恭弥達にここで起きたことを話した。

最初にここに駆けつけて、黒ずくめの彼らを退治したことと倉庫にいた兵器が暴れて自分達を守るために嶺達が食い止めてくれたこと。後からなのは達が現れてその兵器が止めたことも話した。

 

嶺はこのまま外にずっといたまま話すわけにはいかないので、提案を出した。

 

「とりあえず、私達は逃げないので落ち着けるところで話しませんか?こんな所にずっといるのも変ですし。

あ、それとこいつが主犯です」

嶺は気絶しているボスに指をさし、ハセヲはその男を逃げられないように柱に縛り付けにしている。

それが終わった後、ハセヲは嶺の肩を軽く叩いて小言で話してきた。

(ちょっと話に割って入るが…いいのかよ、そこまで話す必要があるのか?)

(なるようになれでしょ、船については話さないとして、ここに来た理由とかを話しとかないと…それに、ここで全員魔法に関わることが既にイレギュラーなんだよ。それに元々原作通りに必ず進むとは言えない世界だって考えてたから。なのはは主人公でそれ以外の関係者も両方転生者側から見ればキーパーソン。

良くも悪くもどう行動するかを見て行動してしまう。だから、変に違う行動されるよりはその時に合わせて行動してもらったほうがいいよ)

「…それもそうね、ついてきて」

嶺の提案に他のみんなは賛成し、すずかの家へと戻ることとなった。明らかになったすずかとなのはの秘密や、嶺とハセヲのことについて、襲ってきた人形となのはと喋るフェレットに魔法。それらを話すのはかなり長く、なのは達3人と家族にとって重要なことだ。

 

なお、縄に縛られて置いてけぼりにされたボスはすぐに警察に見つかり、その部下もろとも連行されていった。

 

 

 



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4話事情

「まずは、すずか達を助けてくれてありがとう」

「自分のできることを私達が行っただけです」

 

嶺達はすずかの家にいた。そこにはすずかの家族はもちろん、現場にいた嶺、ハセヲ、ユーノ、アリサと彼女の執事、そしてなのはの家族も集まって総勢13人が集まって話し合っている。

 

アリサとすずかの二人を攫った犯人達を倒して助けてくれたり、機体を相手に戦えることができた嶺達が何者なのかや、なのはが着ていた格好と魔法…二人の拉致から暴走した人形までの過程で起こった事が、余りにも非現実的であり、知らないことが多すぎていた。

 

「それで、貴方達はどこまで知っているの?」

「では、今回のことで私の知っている限りのことを話します。質問はその後でいいですか?」

 

まず先に、なのはの姉である忍が嶺に話をかけた。助けに向かう前にどうしてこんなことなっていたのかを整理する為に、嶺達が詳しく話す。

 

「構わないわ」

「ああ」

 

なのはの兄も恭介も同意する。家族全員の視線が嶺達に向けられ、嶺はこれまでのことを話す。

 

「では、ことの始まりは私達が黒い車ですずかとアリサの二人が無理矢理さらわれる所を目撃しました。幸い、その車は港に向かっていることが分かりましたから、そのまま追いかけてあの場所に着きました。私達で見張りの人達を気絶させて中に入り、二人を救助し主犯を倒したところで悪あがきとばかりに巨大人形を投入しました。

 

その間の主犯の誘拐の動機はすずかが知っているそうなのでそちらにお聞きください。その人形が暴走する前に主犯を気絶した後に拘束して、すずか達を守りながら戦闘をすることになりました。動力が魔力である以上、破壊すればこの町一帯が消滅する程の危険物だったので苦戦した所を、一匹と一人が登場、協力して少女が封印することで沈静化しました。

 

その後、貴方達が来て現在の通りです」

 

嶺がさっきまでの状況説明を終えると、忍はすずか達の方に顔を向けた。

どの道吸血鬼のことについてはみんなに隠しきれなくなっている。

なのははそれを知って驚いていたものの、

 

「…すずか、何かあったのか話しなさい」

「主犯が私達を拐った理由が…私が吸血鬼だから…アリサちゃんはそれに巻き込まれただけなの。連れてこられた時にその二人に助けられて…」

 

すずかとアリサ達の方は友達であるなのはが、自分たちの知らない間にも危険なことに関わっていたとは知らずに驚いている。嶺とハセヲがその港に向かい、助けようとしてくれたことと、武器を持って巨大な人形を守りながら相手にしていたことだった。

 

「ごめんなさい…でも、アリサちゃんが私が吸血鬼でも親友だって言ってくれて嬉しかった。もし、知られたらみんなに嫌われるんじゃないかって」

「なのははどうなのよ?すずかのこと」

「うん…驚いたけど。でも、私もアリサちゃんと同じようにやっぱりすずかちゃんも友達だよ」

 

アリサ達を守っていた嶺達にも忍は聞いてくる。吸血鬼だと知ってもなお、それでも守っていた二人は少なくともすずかに対する嫌悪感は感じられていない。

 

「貴方達はすずかのことをどう思っているの?」

「別に拒絶はしませんよ。どちらかと言えば私達の方もイリーガルなわけですし」

「?どういうことだ?」

 

言葉通り、嶺達はすずかのことを拒絶はしていないと言っていたが恭介は嶺達の方もイリーガルだという言葉に疑問に感じた。

 

「それは後ほどに説明します。今はまだ重要ってわけじゃないから後に回します」

 

嶺達の正体を明かすことよりも、まず先に現場の状況を優先することとなった。二人の正体を知ろうとする前に大事な事がまだ知られていない。

 

 

「分かったわ…じゃあ次に、なのは達と共闘したっていうけどどういうことですか?」

「えっと…それは」

「あれって一体何なのよ?いきなり変な格好して、空中に浮いてたり…赤いビー玉の付いた杖でピンク色のビームを撃ったりして」

 

その部分についてはなのはがよく知っている。ジュエルシードで暴走していた人形での戦いを言わなくてはならない。空を飛んでいたことも、魔法少女の格好をしていたことも言及される。

アリサもすずかもこのことは知らないため、みんなの視線がなのはに向けられている。

 

「ううっ…」

 

見られているなのはは、縮こまってしまった。

 

「それは、僕の方からも説明します」

「フェレットが喋った⁉︎」

 

フェレットことユーノ・スクライアは事の始まりを説明していった。

 

ユーノの乗っていた時空船が襲撃を受け、保管していたジュエルシードがこの地球に落ちてしまったこと。ユーノがこの地上に降りて、ジュエルシードを封印しようとしていたが、一人だけではどうにもならなかった。巻き込まれた理由は怪我をしてフェレットの姿になっていたユーノをなのはが拾ったことがきっかけであり、そして魔法というものに関わりを持ってしまったことだった。襲われていたところをユーノが持っていたレイジングハートというデバイスのおかげで守ることができたことと、ここからなのは黙って見過ごせない性格から協力して動くこととなっていったのだ。家族にはユーノのことは飼いたいとのことからずっと家族には誤魔化し続けていた。

それからというもののなのはは積極的にユーノと一緒にジュエルシードの発生源に向かい、レイジングハートという魔法で変身しつつさっきの化け物と戦って封印をすることとなる。ユーノの頼みとしてなのはに20個のジュエルシードを集めていた。ジュエルシードが一つでも暴走をすれば、この世界を滅ぼしかねないと。

 

なのは達は家族と友達に隠しながら、外出しつつ一生懸命に空を飛び、ユーノと共にジュエルシードを集めていたのだから、今となっては隠していたことが家族やアリサとすずかの親友にも明るみになった以上、もう隠しようもない。

事実を知った家族が黙っているわけがなかった。

 

「貴様…そのせいでなのはを危険なことに巻き込んだのか‼︎」

「…申し訳ありません」

「ユーノ君は悪くないの…私がこれを手に取ったから」

 

なのはが巻き込まれた理由も言っているため、なのはとユーノはこうして二人して叱られている。なのはがユーノの持っていたレイジングハートを手にして、魔法少女として変身してしまった。

 

「だから今まで放課後に早く帰ってたり、学校休んでいたこともあったの?」

「うん。二人にも何も言わなくてごめんね…アリサちゃん。すずかちゃん」

 

ここにいた親と兄、姉達は娘達がこんな危険なことに巻き込まれるとは思ってもおらず、静まり返っていた。

誘拐事件がきっかけでまた新たに魔法、ジュエルシード、喋るフェレット、そういった類は無関係な人達にとっては唯の架空の話なだけだと考えていたが、こうして実際に目にし、もう既に関わっている。

 

「お母さんにお父さん。今まで黙ってて本当にごめんなさい…でも、私!それでもユーノ君の手伝いをどうしてもやりたかったの‼︎」

「なのは…だが」

「そんなの駄目に決まっているだろう!最悪、死ぬかもしれなかったんだぞっ‼︎」

恭介の言う通り、いくらユーノがなのはのことをフォローしていたとはいえ、状況が悪ければ化け物に殺されてしまうかもしれなかった。兎にも角にも、危険な目に合って欲しくないというのがなのはの家族としての本心だった。

 

 

だが、疑問はなのは達だけではない。

なのは達三人を守ってくれていた嶺達の方にも質問した。

 

「嶺とハセヲ、だったね…共闘したって言っていたな。ユーノの方もあるが君達にだって疑問がある。なのははまだしも、君達二人はすずか達を守っていたとはいえ…武器を所持していたのは何故なんだ?」

 

嶺達はすずか達を武器を守って戦ってはいたものの、そもそも普通の一般人が武器なんてものを用意できるわけがない。

 

「確かに貴方の言う通り武器は持っていましたが、私達はそれを使って誰一人殺してはいません」

「因みに、あそこでのびてた連中は全部素手でどうにかしたからな。あのロボットについては使わざる負えなかったけど」

 

嶺とハセヲの言うとおり、主犯やその部下達は全員殺すことなくボコボコにされて倒れている。誰一人殺めることなく、解決した。しかも、嶺達が武器を使ったのは人形戦相手だけ。

 

「さっき言った通り、私達もまたイリーガルだと言いました。武器を持っていた理由は、私達が次元漂流者だからです」

「漂流者?」

「私達は別世界から、この世界に降り立ちました」

 

隣で嶺のことを心配して見ていたハセヲが小言で話しかける。本当は転生して、この世界に辿り着いたことを隠している。しかし、本当のことを言うよりも、ユーノと同じように別世界から来たと言った。

(そんなんであいつらが納得してくれるのか?)

(転生とか言っても余計に混乱するだろうし、別世界から流れてここにたどり着いたって言っておいたほうが筋が通るよ)

「漂流者なら…それじゃあ僕からも君達に質問したい事がいくつかあるけど良いかな?君達はなんで魔力の存在を知っていたんですか?貴方達が放った光線は、確かに魔力だった。それとも、元々貴方達がいた世界に魔法が存在しているということなのでしょうか?」

 

今度はユーノが嶺に振り向いて質問した。ハセヲが使っていた光属性の魔法、レイザスを出しているのが何よりの証拠だ。漂流者という言葉にユーノが食いつき、二人が何者なのかを聞こうとしている。

 

「私達にはちょっとした家系として魔力を札に込めて、力を発動するものがあるからそれかなと。武器だと私達は常備、そういったものを持つようにされていたので」

「つまり君達も、ユーノ君と同じように別の世界から来た人達ってことなのか?」

「はい、そういうことになります」

 

嶺が持っていた呪札を見せ、ユーノに手渡した。札には何かの文字が記されており、解読するにも嶺とハセヲにしかできないものだった。武器を持っていたことについても、そういう世界だというならば納得のいく説明だった。

多少は誤魔化しをしており、怪しいものではないことを見せている。

 

こうしてなのは達と嶺達の素性を明かし、聞いていた他のみんなは困惑している。なのはの家族は娘が危険な目にあっていることも知らず、魔法ということにまで触れている。

母親の桃子が、真剣な顔をしてなのはに聞いた。

 

「なのは…それが本当にしたいことなのね?」

「母さん⁉︎そんなの「ただし、二人だけじゃどうにもならないこともあるでしょう…だから」」

 

士郎と桃子の二人はなのは達から嶺達に顔を向ける。

そして、

 

「君達二人に私達から頼みたい事がある…なのは達と協力してジュエルシードを集めて欲しい。娘とユーノ君だけでは心細い」

「お願いします。なのはを守ってくれませんか?」

 

父母は嶺達二人にはなのはを守りきれる強さを持っていることを理解していた。その証拠に、アリサとすずかを誘拐犯から、ジュエルシードで動いていた人形から、ちゃんと守っていたのだから。だからこそなのはの手助けをして欲しいと頼んでいる。ユーノの言った通り、ジュエルシードは放置すれば暴走すれば危険を伴い、この街はおろかこの世界を破壊しかねない。ジュエルシードで出現した化け物をどうにかすることなんて、なのはとユーノを除いて家族の中には誰も適任者はいない。なのはの性格上、お人好しで困っている人を助けようとするからジュエルシードのことについては見過ごすわけがなかった。

 

「わかりました。そちらが約束をするもしないも私達はその子を危険に晒されるのを見過ごすわけにはいかないですし、ここまで関わった以上私とハセヲもジュエルシード集めを手伝うつもりでしたから。封印についてはデバイスを持っているなのはにしかできませんが、それ以外ならなんとかします。ただ、こちらからも頼みたいことがあります。私達はここに初めて来たばかりでこの海鳴市のことも知りませんし、勿論住む場所がありません。そこでなんですが、すずかの家に住ませてもらってもよろしいでしょうか?また狙われる可能性もありますし」

今回の件で別の誘拐犯が吸血鬼であるすずかが狙われてしまうとなると、今後またすずかの身が危ないことも考えると二人は必要だった。二人だけのところを狙われ、誘拐されてしまったのだから。

「私とアリサちゃんを助けてくれたから…お姉ちゃんもそれでいいよね?」

「うん、いいわ」

すずかはメイドのファリンや、ノエルにも顔を向けると、彼女達も忍と同じように賛成した。こうして話し合いが終わり、みんなは解散して家へと帰っていく。

 

「なのは!また明日!」

「うん!」

 

なのは達三人だけではなくこの時点で家族全員が魔法について知り、すずかの秘密もこうして明かされている。なのは達の事情も誘拐の件で周知され、なのは一人で抱えていたはずの問題をみんなでどうにかしていこうと考えてくれている。

 

(一時はどうなるかと思っていたけど…)

(うん、あの二人はアリサちゃんやすずかちゃんを助けてくれたから悪いようには見えなかったし。お母さん達にはバレちゃったけど、もうみんなには誤魔化す必要も無くなったかな…あっ!そうだった‼︎)

 

嶺とハセヲの二人はすずかの家に住ませてもらうこととなり、なのはの家族からは散らばったジュエルシードを集めのために戦える嶺達の役目としてなのはを何があっても守るようにと頼まれている。

 

なのはは帰ろうとしたが、まだ協力関係になっている嶺達の名前を知らなかった。

 

「私、高町なのは!友達を助けてくれて本当にありがとう‼︎遅くなったけど、貴方達の名前は?」

「岩谷嶺だよ。今後ともよろしくね」

「三崎 亮…戦ってる時はハセヲって呼べ」

 

ジュエルシード集めは、なのはとユーノだけではなく嶺とハセヲの二人が加わって四人で活動することとなった。

 

*****

夕方頃

 

とあるマンションには犬の耳をしている長髪の女アルフと、ツインテールの金髪と赤い瞳、黒い服をした少女フェイトがいる。フェイトが持っているデバイス、バルディッシュが机に置かれている。

二人はジュエルシードの散策をした帰りだった。

 

「ただいま〜」

「あ、おかえり」

買い物袋をぶら下げて帰ってきたのは一人の男性と、彼と背丈がほぼ同じくらいの金髪の女性の二人が上り込んだ。男は台所に向かい、食べ物を管理する。隣にある本を手にとって、魔力で投影した調理具を用意している。

 

セイバーの方は準備している彼を心配そうな目をして温かい目で彼を眺めていた。

 

「今日の朝みたいに…料理本を見ながらやっていると、あの時にみたいにまた焦げてしまいますから気をつけてください」

「分かってるから!最初はそんなことあったけど、もうそんなヘマしないからな‼︎」

 

それは岩谷嶺の弟こと、転生者の岩谷正輝とその付き添いであるセイバーがいる。彼らが持っているジュエルシードは正輝達と協力して6個になっていた。

 

1日前にフェイトのところに済ませてもらいジュエルシード集めに活動している。しかし、正輝の姉が正輝の知らない間におかしな方向へと進めていることをまだ知らない。

 

なぜなら、なのはの家族とアリサ達がこの時点で魔力やユーノは勿論、ジュエルシード事件のことなんて知る由がなく、正輝はまさか自分の姉が転生者として介入していることすら知らないのだから。



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5話準備

 

すずかとアリサ、なのはの3人を助けた為に家のことや、なのはとユーノが追っているジュエルシードのことを含めて親直々に頼まれたことから手伝うという約束を受け入れ、こうしてすずかの家に住ませてもらっている。嶺とハセヲの二人はすすが達に案内され、住むあてがあるまでそのままそこに滞在することとなった。

 

ジュエルシード回収のためのなのはのお手伝いや、すずかのボディガードだけで住むというわけにもいかないので、できる範囲のことで手伝っている。

 

「あのーノエルさん。ちょっと、猫が一匹見当たらないのでちょっと森に探しに行ってきますね?」

「分かりました。ですが夜には帰ってきてくださいね」

嶺は森の中で猫が巨大化する原因のジュエルシードを探している。先になのはとユーノに来るよう連絡し、早急に封印するように動く。少しずつジュエルシードの散策範囲を広げ、かつすずかの家と翆屋で働いたりしている。

集めたジュエルシードは魔法が使えない嶺達には封印できないため、なのは達と共に行動することが多かった。

 

ーーー温泉1日前の夜

 

「なぁ…住むところを手にしたのは良いとして、これからどうするつもりなんだ」

「今のところ現状整理かな。まだ神に聞けてないこともあるし。

それじゃあ落ち着いたし、聞いてもいいよね?」

『はい。それでは、説明しますね』

 

ーー神様の説明によると普通の転生者、正義側転生者、殺者の楽園といった三つに分けられている。

 

普通の転生者に関しては、正義側における力は使えず、弱体化される。しかも、他の両者側とも経験値扱いされるために原作の邪魔をしようとしても楽園より弱い。それ以前に、狩られる側になってしまうことが多い。

正義側は世界を回って仲間を集め、特定の人物の救済や、その世界の流れを壊そうとする殺者の楽園を倒すといった組織である。世界に介入するための船、神からの御加護、仲間増加システムなどの手段と、撃破報酬で成長することで敵組織に対抗していく。

 

正義側の責任者は6人までが存在し、その中に嶺とその弟も含まれている。

 

「私は6thね…で、これが能力か」

 

嶺は携帯を開くと、自分の番号と能力が記載されていた。他の正義側の能力や番号は黒塗りされて見れないことになっており、彼らの情報を知る為にはまず関わる必要がある。

 

 

殺者の楽園も正義側と同様に世界を回るごとに介入し、手段を厭わない敵組織。彼らを倒さないといけないのが正義側の役割であり、全滅させなくてはならない。敵がどんな能力を持っているのか、どんな方法で襲ってくるのかが未知数である為、楽園全滅には正義側同士の協力は必要になる。

 

だが、話を聞いているうちに嶺は正義側になれた基準と目的が噛み合わないことが不自然に思っていた。

 

(選ばれる基準が虐殺や殺戮、洗脳とグロいことを好む人は少なくとも選ばれないってことなら…敵組織とはいえ人殺しをしないとダメってかなり矛盾してるよね。それとも、まともな感性を持っている普通の人間が正義側に選ばれた場合の考慮も考えてるのかな?

 

てゆうかこれ、仲間の内最低一人でも手を汚さないといけない羽目になるし。今後も敵が強くなったら…いざという時のために仲間増やしたり正義側の責任者のうち数人は成長しないと後々ヤバくない?)

『何か気になる点はありましたか?』

「…なんでもないよー」

 

神からの説明を聞いて、嶺は半信半疑になりながらも理解した。必ずしも原作に出てくる敵だけと戦うとは限らないと考えているため、ひとまず自分の現状を把握する必要がある。

嶺はノエルからもらった予定表をハセヲに見せる。

 

「今のところ私とハセヲの交代でジュエルシードを探すかな。明日、なのは達は温泉に行くけど、私達の方は温泉に行かない。その代わり留守番は任されてるから」

「分かった。方針が決まったのならさっさと寝るぞ。明日は早く起きないといけないんだろ?」

 

嶺達も探したことでなのはの持っているジュエルシードは5つとなった。何個かは目処がついているが、物語とは異なる場所に置いてあるかもしれないし、回収し過ぎても怪しませる。

「だからと言って無視ってわけにもいかないかな…」

 

 

*****

 

午前6:30

嶺は朝早く起きて、なのはの家に合流する。なのは達には事前に約束をし、家の前に待っていた。

「あ、嶺さん!」

嶺達がいない時のために、なのはを守る役目を果たす影武者(分身)を影に潜ませる。そのことについてはなのは達よりも先に両親に連絡し、事前に許可もとってある。

 

「そんな訳だからちょっと二人の影を使わせてもらうね?」

「分かりました」

 

ジュエルシードの暴走による怪物がなのはの近くに出現した時及びそれ以外で彼女自身の命の危機に晒されそうになった時に嶺の分身が現れるように指示した(ただし、フェイトとの対決は除く)

「じゃ、よろしく頼むね」

『了解しました』

4体ずつのシャドーによる分身をなのはとすずかの影へと潜む。これで他の転生者やジュエルシードがらみの化け物に襲われそうになっても守ってくれる。

 

(まぁ弟よりは数は少ないけど、十分かな?)

 

嶺は、その子達の身に何かあった時のための保険として忍ばせておいた。

「もう要件は済んだからいいよ。これで私がいない状態で命の危険に晒されても影に潜んでるシャドーで守ってくれるから」

「あの嶺さん…ここまでしてくれてありがとうございます」

「ん、いいよ。それじゃあ温泉楽しんでってね」

(神様の話から転生者が弟と私だけとは限らないし)

なのはがジュエルシードを探すときにはいつもユーノが隣にいてくれるため、過保護にする必要はないが他の転生者のことも考慮している。

 

「?気のせい?」

 

なのは達のことを見送っている途中、横で十字架のネックレスをつけている黒髪の男と青いリボンを結んでいる金髪の女性が買い物をしている姿が通り過ぎていたが見失ってしまった。男の方は弟とほとんど同じ格好をしていたけれど、そこまで見ていなかった。

 

ーーーー

 

嶺は朝に、昼から交代してハセヲがジュエルシードを探し、山の中に一つ発見した。携帯を見ながら、どんなものなのかを確認する。

(これを回収するんだったな?)

 

ハセヲは木の側にあるジュエルシードを回収しようとしたら、いきなり背後から弓が飛んできた。液晶画面が鏡代わりとなり、背後から狙って来ることに早く気づく。

 

ハセヲはジュエルシードをとっさに手に取り、飛んだきた矢を避けた。

「⁉︎誰だ‼︎」

『そこの銀髪。手に持ってある宝石をこちらに寄越せ』

男の姿をした黒い影達がハセヲを囲んでいた。ハセヲも戦闘態勢になり、双剣を構えている。弓で迎撃している3人は木や壁に隠れて後方支援し、先頭には斧と槍、剣を持っている者が4人いる。

 

「…断ると言ったら?」

 

渡す気がない反応をすると、影達はハセヲの周囲を囲んで襲いかかってきた。

シャドーは遠くに移動して四方八方から投げナイフや、弓でハセヲの体力を削いでジュエルシードの強奪を狙っているが、ハセヲは大鎌を取り出して、飛び道具を振り払っている。迂闊に近づけば、鎌に刈り取られてしまう。

(こいつらチマチマとっ!)

飛び道具に目を向け、鎌を大振りになったところをシャドーの三体がハセヲの頭上を狙って襲う。このままいけば直撃は免れなかったはずだったが、ハセヲは大鎌から双剣に武器をスキル発動により瞬時に切り替える。

 

『なにっ…』

「無双隼落としっ!」

 

そのまま頭上にいる三体ははたき落とされ、シャドーのリーダーはハセヲが強敵であることを察知したことで距離を置いた。

 

またさっきと同じ戦法で、飛び道具を飛ばしてくる。

 

(あいつがリーダーなら…!)

 

ハセヲは指揮系統を取っているリーダーを狙い、そのまま特攻する。もう飛び道具を気にするよりも、指示を回している方を手っ取り早く倒した方がいいと考えた。

 

さっきの飛び道具は双剣だけでもどうにかなると、リーダーの方へ走ってきた。

横から飛んでくる弓矢や投げナイフは、指示が遅れたせいでハセヲの方がギリギリのところで当たらなかった。

正面に飛んでくる矢とナイフを双剣で防ぎ、スキルを使って一気に追い詰める。しかし、

「なっ…⁉︎」

距離を狭まれだことでリーダーは身体から黒い刃をハセヲに向かって大量に放出してきた。咄嗟の反応で大剣に切り替え、盾がわりにして防ぐ。

 

「おい!待ちやがれ‼︎」

 

その隙を狙って影の人達は、敵わないと背を向けて逃げていった。このままこの男と戦っても消耗戦になりねないために、黒い影達は彼が持つジュエルシードの強奪を諦めた。彼が追跡できないようにバラバラに別の方向へ散らばり、木の影へと移り移り移動して逃れていった。

*****

 

「一応ジュエルシードは回収したんだが、お前と同じ能力を使った影が集団で襲ってきた。

目的は俺達と一緒だ」

 

ハセヲがすずかの家に帰り、嶺に襲われたことを報告すると、考え込んでいた。嶺と同じ能力のシャドーを使ってジュエルシードの探索をしている存在が他にもいることから、生前いた世界の誰かがやったのは間違いない。

(あー…弟が転生しているとか言ってたけど。実際他の人もシャドーを使えてたから微妙なんだよね)

 

嶺の弟である正輝がジュエルシード探しのために嶺と同様にシャドーを放ったとは限らない。何故なら正輝が転生したことがわかったとしても、他の関係者も転生してやって来ている可能性も考えられる。

(ジュエルシード集めってことは、フェィト達か、或いは時空管理局のどちらかに関係しているね。でも、シャドーを使った能力者が必ずしも弟とは限らないし…そうだとしたら私と同様の生前の世界から来た人の可能性があるかもしれないね。

んーでも…そもそもあれ何十人も操れるのって正輝くらいしか知らないし、普通の人が闇属性と負の力を最大限にまで振り絞ったところで二人分が限界なんだけど)

「ごめん、ハセヲ。シャドーを使っていた能力者は私以外に他にもいたと思うから分からないや」

「…そうか、お前も気をつけろよ」

 

正輝と嶺以外にも生前が同じ世界の人がこの世界に転生し、仮に敵ならば潰すしかない。

夕方頃に玄関のドアが開き、温泉からすずか達が帰ってきた。

 

 

「ただいま帰りました」

「ん、おかえりなさい」

 

ノエルの手には手提げのビニール袋を持っており、お土産が何個か入っている。家の留守をしてくれていた嶺達のために買ってきてくれた。

 

「はい、嶺とハセヲさんにあげますね」

「ありがとうございます」

ビニール袋を手渡し、袋から取り出すと蒸し菓子が入っている。嶺はハセヲと食べようと戻るが、なのはから電話が来た。

(あ、なのはからだ。流石に夜じゃ電話かけらないもんね)

なのはとユーノ達も温泉に帰ってきており、何時ものように電話で連絡が来ている。

『えっと、いつもの報告なんですけど…みんな温泉に帰ったことと、あとジュエルシードのことです』

『なのは達が温泉を楽しめたんなら良いよ。でもジュエルシードの報告があるってことは、何かあったんだ』

温泉で起きたジュエルシードのことと、フェイト達のことも話した。フェイト側にどんな人がいたのか、特徴、服装等をレイジングハートが保存してある映像を見ながら、 事細かく連絡している。

『他にもね、フェイトちゃんと同じ金髪で、青くて、騎士の格好をした女の人がセイバーって人と、十字架のネックレスと黒いパーカーを着てた男の人が岩谷正輝って…あの人はフェイトちゃんの保護者って言ってた』

(あー、てことはフェイト達にいるのはうちの弟がいるってわけね…しかもサーヴァント付きで)

嶺は冷静に聞きつつも、なのはは伝えながらも、不安そうな声をしている。

『どうしたの?元気なさそうだけど』

『あの…嶺さんと名字が一致しているからもしかして家族ってことも』

『その線は考えにくいと思うけど、もし関わりがあるんだとするなら下手したら戦うかもしれないね。服装も性格も話からしたら弟はそんな感じだったし』

『そんなっ⁉︎』

なのは達は嶺達の名前を知っているから、もしかしたら嶺と同様に次元漂流者であり、彼女の家族なのではないかと心配していたが、

『まぁそれだけで判断しても別人でしたってこともあるから、映像見ないと分からないね』

『レイジングハートが映像を持ってますから、また会う時に見ますか?』

『うん、いいよ』

(流石になのはの家へ尋ねに行くのも、夜になっちゃいそうだし。また次会う時にしよう)

 

ーーーー

次の日

嶺が翠屋の接客で働き終えた頃に、なのはに映像を見せてもらおうと思っていたが、突然仕事終わりにノエルから電話で買い物の用事を頼まれた。すずか達が飼っている猫達の餌とお菓子を買ってきて欲しいとのことだった。

『お願いできますか?』

『分かりました。それじゃあ帰りは遅くなるようすずかとハセヲに伝えて下さい』

ペットショップなどの店は翠屋の近くにある。嶺は頼まれたものを購入し、肩掛け鞄とビニール袋に入れている。

(結局昨日のこと話せなかったな…しかも近かったのに道迷ったし。弟かどうかについては、まぁこのままいくと今夜だろうなー…ジュエルシードの暴走は街中だったろうし)

「ただいま帰りました」

夕方頃に嶺はすずかの家に帰り、それぞれ机に買ってきたもの全てを置く。冷蔵庫の管理もノエルとやっており、ハセヲはファリンの家事手伝いと猫の飼育、すずかの世話を一緒にやって、互いに支え合っている。嶺と同様に初経験だったが、ハセヲの方が要領が良く、教える側のはずのファリンがドジっこであるために何度もハセヲに助けられたとのこと。

「皿を落としそうになった時や、足が滑りそうな時も助けてくれたんですよ!」

「教えてくれるのはありがたいけどよ。でも俺が目を離したら…」

「うううっ…」

買い物の管理を終え、休憩でハセヲとファリンの支え合いを休みながら聞いていると、なのはから電話がかかってきた。

『嶺さん!ジュエルシードの反応が街中で!』

『ん、分かった。今からハセヲと一緒に向かうから先に行っといて』

「ノエルさん、ファリンさん。ちょっとジュエルシードの件でハセヲと行ってきます」

今度は街中でジュエルシードの暴走が発生した。嶺はなのは達と合流するために、バイクに乗ってジュエルシードの反応がある街中へと向かっていく。

 

しかし、

「ちょっと待ってハセヲ」

「…なんだ?」

 

なのはとユーノは既に戦っているが、その周囲には空間系の罠が張られてある。近づいたら作動するような仕組みをしており、バイクでそのまま突っ込んでいったら

 

(切り込みを隠してるし、一般人や、なのは達が触れても作動はしないけど…それ以外の能力持ちが触れたら一瞬で飲み込まれてお終いって感じか)

「ここから先は徒歩で行くよ。罠が張られてて、突っ込むのは危険だから。でも私の方は解除方法知ってるし、これなら早くなのは達の元にいける。

 

もうなのは達は既に戦ってるし、残りの二人も来てると思うよ。ただ、何処かに隠れてるかもしれない」

ハセヲと嶺はバイクから降り、徒歩でなのは達の方へ向かう。正輝がフェイト達と行動を共にしているのなら、大体どういう動きをとるか予想ができる。

「隠れてるねぇ…俺を襲った奴が同一人物ならシャドーってやつに襲われるかもしれないぞ?」

「それは無いと思うよ。だって…そもそもあっちは罠が起動せずに解除されるとは思ってもなかったんだから。もしも、電話通りになのはの言ってることが正しいなら…そのうちの一人は保護者だっていってるなら間違いなくフェイト達の近くにいるはずだし、もう一人の方は離れてるけど空で戦っている以上様子を見れる場所は限られてる。

 

 

ちょっと私に考えがあるけどいい、ハセヲ?」

 

 

*****

 

 

(うっそだろ…なんで姉さんがいるわけ?)

転生者であり、嶺の弟である岩谷正輝はセイバーと共に、フェイトのマンションを住ませてもらうことを条件に家事やジュエルシード探しを手伝うこととなった。

自分の実力のことも、ジュエルシードをたくさん集めてることも、温泉まではなんとか物語の筋書き通りに上手くいっていた。

 

ただ、シャドーで召喚されたリーダーは銀髪の男がどういう力を持っているのかを確認しつつ、可能であれば奪うように指示している。そのジュエルシードが、一般人にとって害悪である以上それを持たせるわけにはいかないという指示があったため強奪を指示した。その銀髪から奪い取ろうとするが、返り討ちにされたことで三人が消えている。シャドーを倒すほどの実力を持っているのであれば、その男が転移者か転生者の一人だと正輝は考察していた。多少の例外はあったが触れれば空間の渦に飲み込まれる凶悪な罠を周囲に張って邪魔されることなく安心したはずだったのに、

 

「やっほ、久しぶり正輝」

 

その銀髪の男が転生者じゃなく目の前にいる自分の姉が同じ転生者としてやって来たのだから正輝からしたらかなり困惑している。ジュエルシード回収のために、その周囲に空間系の罠を張っているはずなのに、姉によってすぐに解かれてしまったのだ。

 

投影魔術でなのはの邪魔をしても、姉の固有能力のせいであまり与えれない。まさかの事態に、正輝の開いた口が塞がらなかった。

 

 

なのはの側に自分と同様に空間に耐性か無力化できる力を持っている人物がいるのではないのかと警戒したが、罠を解いた転生者がまさか自分の姉だとは思ってもなかったのだから、目を丸くしている。

セイバーは姉の付き添いであるハセヲに抑えつけられていた。

 

アルフがユーノと戦っているが、原作通りに別のところに転移されており、助けに行こうにも正輝とセイバーの二人はフェイトの元に助けに行くことができない。

 

(神からそういう通知が来てないってことは、正輝の様子からして私がいることも神から知らせてないのかな?)

「この周りにある空間の亀裂は処理しておいたよ。あとここにいるのは転生者は私達二人だけだから」

「…何でわかるんだ?そんなこと」

「今の私の能力は転生者がいるかいないのかと、チートをしている力を最弱にさせたり能力を変えたり出来るの」

 

並行世界の弟というわけでもないために姉として信用して言葉にした。そうでなければ、正面から出会おうとすら思ってもいない。

 

「思ったんだけどさぁ。何で空間属性の耐性を持ってんの…俺の記憶の中じゃ姉さんはそんなの持って無いのに」

「そっちこそ正輝。最初の転生者の相手が弟なんて偶然過ぎるでしょ」

 

*****

 

一方、ハセヲはビルの屋上にいるセイバーと戦っていた。嶺の指示通りに高層ビルに向かうと、鎧の格好をした少女が待ち構えていた。なのはの連絡から、フェイトの保護者と鎧を着た騎士が手伝っているということを既に伝えられている。

「⁉︎なっ…!」

セイバーは直感スキルで背後に敵がいると察知し、なのはを見ていたはずだったのに急にハセヲの方に振り返る。

彼女は見えない何かを手に持ち、襲ってきた。ハセヲの方は目で追いつつ、大鎌で防いでいる。

(つっ…いきなりかよ)

「お前がフェイトと一緒にいた…セイバーだったな?」

「…何者だ」

金髪の髪に、青いリボンをした騎士姫が目の前にいる。手に持っているものは風で覆われており、どういう形状なのかが一撃受けただけでもあまりよく見えなかった。

 

(にしても、この女の声…アトリに似てるような気がしなくもないが)

「名前を明かすんなら…だったらこんな戦いをやめて、お互い武器を収める気はないか?」

「断る」

そのまま武器をしまうこともなく、向けられている。防ぐだけでも精一杯だったのに、見えないようでは攻撃しようもない。

 

最初の攻撃は、防ぐことしかできなかった。

「こっちも聞くけどよ…あんたの持っているその武器は何なんだ?」

「槍か、それとも斧かもしれないな?」

(まず武器が見えねぇから、相手の手とか目の動きを見て把握するしかない。

 

つっても…まだ防戦一方になってるから、反撃するだけでも一苦労なんだよな)

 

見えない武器を持っている相手に戦っている以上反撃もままならないまま苦戦を強いられているが、それでも戦えないというわけではない。

「旋風滅双刃‼」

「風王鉄槌!」

大剣や大鎌では大振りが仇となり、背後を取られてしまうから双剣で懸命に防いでいる。あくまで武器を変えるのは大きな隙が出来た時のみスキルを使う。

「伏虎跳撃!」

「⁉︎」

次は大剣に切り替え、攻撃を繰り出す。宝具を使ったセイバーは行動が僅かに遅くなり、そのまま避けずに全ての攻撃を防いでしまった。

(つーか、そもそも不視界なんて卑怯だろ…見過ごしたら斬られるし、おまけにあの技を一撃で消滅っておかしいだろ…)

(この男…多種類の武器をここまで自在に操るだけではない、それに防御だけとはいえ私の動きを目で追って読んできている。

 

あの攻撃なら剣で防御しなくとも、避けることもできたが…間に合わなかった。まさか、あの短時間の間に私の風王結界が見破られるとは…しかも、風王鉄槌を打ち消して。サーヴァントではないだろうに…)

セイバーの方は彼以外に様々な武具を使って戦う敵も過去に存在していることを知っているが、英霊でもないのに動きから目と身体がついてきていることに内心驚いている。

 

「…貴方の敬意に評し、私から先に名を答えよう。アーサー王アルトリア・ペン・ドラゴン。ブリテン国の騎士王だ」

 

構えていた彼女が、警戒心を薄めていきなり名乗ってきたことにハセヲは驚いたが、それよりも名前について不審に思った。

 

(アーサー王⁉なんでそんな歴史の人物のがなんで生きてんだ⁉︎確かブリテンっていう国の崩壊で死んだハズだぞ‼︎)

 

歴史の授業で一応その分野のことを学んだことがあったため、アーサー王伝説に関しては知っている。カムランの丘で円卓の騎士は全滅したということも知ってはいるものの、まさか歴史の人物が蘇ったというのは考えもしない。

 

「…出鱈目いうんじゃねぇ。アーサー王だって?そもそも死人が何で現界してやがる」

「それは言えないようになっている、すまない」

 

騎士道という志や、実力も相当のものを持っている。ただの偽名か、本当にそうなのか。

 

(…ま、んなこといちいち考えても無駄か)

「そうかよ。あと、名前はハセヲだ」

ハセヲは間合いを取って、互いに距離を置いた。ハセヲは見えない武器に対抗するために、セイバーは複数の武器を扱える敵に備えるために。

 

 

正輝の魔力であればセイバーが宝具を使って目の前の敵を蹴散らすことも可能だが、まだその指示が送られてはいない。仮に使うように指示されたとしても町の被害や、場所が悪ければジュエルシードごとフェイト達にまで巻き込まれてしまいかねないため、言わないのだ。

 

ハセヲはかつてスケィスを呼んで倒したことがあったが、できればその方法はあまり使いたくないと考えている。

かつてクーンという同じ憑神使いに叱られたことがあり、アリーナとの対決でその恐ろしさを思い知らされた。

 

「やっとあんたの動きをいちいち見なくても戦える」

「…それはどうかな?そう出来たとしても今までの攻撃とは訳が違うぞ」

 

両者とも切り札を隠しており、この場で使うことは得策ではない。持ち得た武器で振り払うことで、この状況を凌ぐことを考えている。

 

セイバーは風王結界で覆われた聖剣を露わにし、ハセヲは大鎌から早く動ける双剣へと変える。サーヴァントと同等に戦えるハセヲとの戦闘は長引いていた。

 

*****

 

ハセヲとセイバーの二人はいい勝負をしているが、正輝と嶺の戦いは正輝の方が圧倒的不利な状態だった。

(自分の魔力自体には今のところ何の問題はない…が、いくら投影魔術を使って攻撃しても、全く効かないんだけど…)

嶺の固有スキルである『全設定変更(オールシステムチェンジ)』という転生者殺しといっていいほどのものを持っている。まず転生者の持つ武器や能力が最弱化されているわけだから、どんなに強力な宝具を投影したところで最弱化されるから擦り傷しか与えられない。

 

嶺に立ち向かうには投影魔術とかの特典ではなく生前自分が使ってきた武具を使用しなくてはならなかった。

「正輝…守ってばっかだよ…」

「キツイんだよ‼」

当然、正輝は所持している全球を展開して戦っていた。お互いまだ本気の状態にはなっていないが、固有スキルのせいで投影魔術が使えない以上嶺だけが手札が必然的に多くなる。

「姉さん、出来れば見逃して下さい」

「無理、こっちだってなのはに頼まれてるから。それなら正輝がフェイト達を説得させてよ」

 

対して正輝の固有スキルである『マスター・オブ・ザ・リンク』は仲間と繋がることにより、様々な能力を共有できる。繋がる時間が長いほどその効力が増すという能力だが、姉の前にはその力は十分に発揮できない。

 

この状況を抜け出すためには、セイバーに膨大な魔力を一気に与えることで、全力でこっちに助けを求めることも一つの手だが、その時点で暴走するジュエルシードを止めるのはもうフェイトだけしかできなくなる。ジュエルシードの暴走を止めるにしても、セイバーに任せるわけにはいかないから結局正輝は姉と戦うしかない。2ndフォームにお互いなったとしても、手札数の多い嶺の方が優位だ。

 

「ジュエルシードが暴走して、フェイトが無茶して怪我するってのは分かってるよね。止めるつもりなの?」

「…もう少しでどうにかなるんだ。それが終わったら、フェイト達がどう行った事情なのかをなのは達に話す…だから姉さん。

今日のところは見逃してくれ‼」

 

彼はもう少しでどうにかなると言っていたが、なのは達もジュエルシードを封印している以上、全てを回収することなんてできない。

「はぁ…分かったよ。ただし、事が終わったらちゃんと話してよ?」

「助かる」

嶺は正輝を信用し、妨害するのをやめた。具体的なことは結局聞かされなかったが、あれが正真正銘同じ生前の世界での弟だと分かった以上約束は守ってくれる。

 

正輝はそのままフェイト達の方へ逃げ、ジュエルシードの真上ではなのはとフェイトがまた戦っている。

「ぶつかり合ったり競い合うことになるのはそれは仕方のないのかもしれないけれど、だけど何もわからないままぶつかり合うのは、私嫌だ‼

 

 

これが私の理由!」

「私は…「フェイト。答えなくてもいい」」

 

だが、今度は駆けつけた正輝が転生者結界を展開してなのはの前に立ち塞がった。

「なのはだったな?お前に聞くが、力を得て有頂天になったつもりか?言わせてもらうがこっちだってその危険なジュエルシードを集めている。そもそも巻き込ませたのはそこのフェレットだろ「違う!僕は周りの人を頼るつも…」違わないな。女の子を巻き込ませた時点で決定事項だろ」

 

正輝はなのはとフェイトの対話が無駄であることを突きつける。本当の目的はフェイトがジュエルシードを回収させるための、時間稼ぎに過ぎない。

半分は言葉遊び、もう半分は正輝の本音だった。

 

「町や自分の周りの人達を守る?そんな理由で俺たちと対峙したのか?下らないな。そもそもお前らは俺たちにとってはただの邪魔な存在。

 

たったそれだけだろ?

 

そんなに町とフェイトのことが心配なら安心しろ。俺たちは町に被害は出さないし、ジュエルシード集めはきちんと全て回収する。こうして町の平穏は守れ、フェイトも大丈夫になりましたとさ、めでたしめでたし…それでいいだろ」

「下らなくなんかない!自分の意思で町を守ってなにが悪いの!フェイトちゃんだって救いたい!それにジュエルシードも見過ごせない!」

「自分勝手が過ぎるな。それ以前に強欲しか俺には全然見えない。フェイト以外でも悲しい奴らは沢山見た。お前に何がわかるというそんな台詞を耳をすっぱく聞かされた。

 

 

そこまで邪魔をするなら…俺はその綺麗事になり過ぎた思考ごとお前を潰させてもらう」

(…そうは言っても弟のことだから、なのはのような少女を徹底的に嬲るなんて無粋なことは絶対にしないだろうしな。でも、正輝も感情的になりやすいから…一応全設定変更をつかっておこ、ん?)

 

嶺対策として、一人は影化させた杖を使って貫通式の魔力弾を、別の方では三人がロケランを用意している。なのははバリアを張って防ごうとするが、直撃した。

 

「なのは!」

 

ユーノは心配してなのはの元に向かい、正輝はフェイトの代わりに暴走するジュエルシードを止めに向かう。一方のフェイトは飛ばされていったなのはを無視して、ジュエルシードを封印しようとするが、

 

(これじゃあ間に合わないっ⁉︎)

「俺が行くっ…投影強化っ‼︎」

 

暴走の段階が早いせいで、フェイトが封印するはずが、代わりに正輝が止めようとする。ジュエルシードは光を放出し、収まった時には既にBLUEは機能を停止している。

 

「ま、正輝…怪我大丈夫?」

「まぁなんとかなるだろ…つっ。ジュエルシードを封印して帰るぞ」

 

掴んでいた正輝の両手が充血し、赤く腫れ上がっていた。フェイトとアルフは正輝に近づいて心配している。セイバーもマスターの危機に瀕して、急いで正輝の元へ戻ってきた。

「マスターが危険に晒されていたため、戦線を離脱しました。全く…貴方が邪魔されて怒るのは仕方ありませんが二つ言いたいことがあります。」

「まぁ、だいたいわかってるから…」

「なのはっ‼︎」

ハセヲの方はバイクで帰ってきており、合流した。ユーノはなのはの外傷を回復魔法出で治療するが、回復時に違和感を感じた。

(…あれ?あれだけの爆発だったのに怪我が)

「おい、何であそこまでやった。返答次第じゃ「落ち着けよ、死の恐怖」⁉テメェどこまで知ってる‼アーサー王といい、俺の呼び名といいお前は何なんだ‼」

「姉さんに聞いて見たら。あとなのはは気絶にしておいたけど、多分意識は戻るよ。じゃ」

ジュエルシードをフェイトが封印すると、四人とも転移して帰っていく。嶺もユーノと同様になのはの元へ駆けつけ、吹き飛ばされたなのはの姿を見て、怪我の状態を確認する。体に傷はなく、アザもなかった。

 

(正輝の方は大胆な割に大した攻撃じゃなかったね…まぁあれだと帰ってセイバーにお説教されるだろうけどさ)

 

正輝は、なのはに対してそれなりに手加減したが、あれでは少女相手に全力で潰すような言動だったことと、フェイトもそうだが、正輝も身体を張って無茶をしたのだ。

 

なのはの方は単に吹き飛ばされただけで、身体に後遺症が出るような大怪我は負っていない。そんなことをすれば嶺と正輝の交わした約束が無意味になるからだ。

「なのは、大丈夫?こっちもこっちで助けに行けれなかったから、ごめんね」

(やっぱり加減してるからそんなに傷は負ってないね。むしろ弟の方が割りかし酷いけど、あの怪我程度ならBLUEでも治せるね)

「うん。よく分からなかったけど私の方は吹き飛ばされただけで大した怪我はしてなかったの。でも、ジュエルシードを掴んでいたあの人の手が赤く腫れてて…」

「あーうん。大丈夫、弟のことを心配してるけど問題ないと思うよ?」

「え?そうなんですか」

「回復できる武具は流石に持ってるし、問題ないでしょ」

ユーノは正輝の発言から嶺の弟だということを知り、一体全体何者なのか、どういう人なのかと聞こうとするが、

「嶺さん。あの人が貴方の弟なら「…おい嶺、あいつが俺のことを知っていた感じだったが、この世界に弟がいるってことを知っていたのか?そもそも、あいつの姉さんだったのか?」

「いや、私も弟がいるのはなのはから聞いたんだけど…言わなかった?」

「こっちは保護者と鎧の女騎士がいるとしかこっちは聞かれてねーぞ…」

ユーノの言葉が遮られ、ハセヲはなぜ弟が転生しているということを知っていたのか。嶺だけで自己完結し、弟のことについては何も聞かされていない。ハセヲは嶺が説明不足だったことから、質問責めをしている。

 

「あ、なのはと合流することに意識し過ぎて忘れてた」

「おい嶺。どういうことか詳しく聞かせてもらおうか?」

「…た、タスケテ〜」

 

一番大事なことを何も伝えてなかったので、腕を掴んで引きられていく。嶺はなのは達の方に手を伸ばそうとしても、なのは達は苦笑しつつ、嶺がハセヲに引きずられるのをただ眺めることしかできなかった。

「じ、じゃあ僕達の方は後から説明してもいいのでまた連絡お願いします」

「それじゃあ嶺さん!き、今日はありがとうございました」

(…ダメだこりゃ)

すずかの家に帰るとハセヲに正座させられ、お説教させられたのは言うまでもなかった。因みに手がヒリヒリして痛めている正輝にも

「なぜあのような無茶をしたのですか?あと、なのはという少女にあれだけの力をぶつけるのはどうかと思いますよ」

「いやいや無茶をしたのは認めるが、なのはについては加減はしただろ。そもほもあーしなかったら俺じゃなくフェイトが無茶するとこだからな」

「いえいえ、それでも私に何も言わないのはどうかと思いますし」

「いやいやいやいや、むしろあの子には吹き飛ばしただけだし、社会の厳しさという「理由になってません‼」わーったよ…悪かったですよ」

嶺の言う通り、フェイトのマンションに帰るとセイバーに詰め寄られ、正輝と嶺の姉弟は耳にタコが出そうなほど説教されている。なお、面倒くさがりな正輝がセイバーの誤解を解かせるのに、時間がかかったとのこと。

 



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6話弟と新たな仲間

嶺は昨夜のことでハセヲに言わなかった事を叱られつつも、その日の夜に明日なのはの家へと向かう約束を電話取った。

 

「取り敢えず分からないことがあると思うから、そっち行くね」

『うん、分かったの』

 

なのはは学校におり、フェイト達のことがまだ気になっているものの事情がまだハッキリ分かってない。正輝が止めてくれたおかげでレイジングハートもバルディッシュも壊れてはいないが、

 

「お邪魔します。なのはさんはいますか?」

「あら、嶺さんにハセヲさん。なのはなら…」

「あ、こんにちは!」

 

桃子に挨拶し、二階にいたなのはは嶺達と話せるように部屋を掃除して待っていたところだった。母親から嶺が家に来ている伝えられ、急いで降りてきている。

 

「ん、やっほ」

「それじゃあお邪魔します」

 

なのはの家族全員もまた魔法のことを既に知っているために、なのは達が何をやっているのかを帰るときに報告して聞いている。

嶺とハセヲがなのはの部屋に入り、昨夜の事で整理することとなった。

 

「それじゃフェイトに協力している。ウチの弟である正輝のことを話そうか…現段階で知ってることだけどね」

 

一度目は温泉で、二度目もまた昨日に彼はセイバー(アルトリア)の英霊を連れてフェイトを助けていた。が、なのは側で姉が来ることも、ましてや空間耐性があとことも知らずに空間属性の罠を張っていたけどそれが水の泡になって直接戦闘をすることになっていた。

 

「戦闘中に話をしてたらどうやら正輝も私と同様に漂流者みたいだし、そのフェイトって子の複雑な事情で協力してるそうだよ。シャドーの能力を使ってたのもやっぱり弟で、複数の分身に指示を出して至る場所に分散して探してるはずだと思う。実際ジュエルシードを持ってたハセヲも敵だと思って襲ってきたわけだし、まぁ弟のことだから、今でもまだ探してるんだろうけど。

もし接触したら気をつけてね」

「でも、魔力反応がない限りジュエルシードを見つける場所なんて困難じゃ…」

「まぁこの海鳴市全体の散策は可能だよ。私も使えるけど10体しか出来ない。弟の方がその倍を操れるから多い、ただし分裂ごとに下がるけどね」

昨夜の事で嶺はフェイトと一緒にいる正輝と会話したことを表向きな部分だけ(アリシア等や目的のことは言わない)をなのは達に教えた。能力で探し回っているから気をつけてということと、弟について説明している。そんな時に

「んっ…あ、れっ…」

「ならまた正輝とまた戦うことになる…ん?さっきのってなのはか?」

「え?違いますよ?」

 

なのはが喋ったわけでもなく、聞き覚えのない声が聞こえていた。それに反応して四人とも後ろを振り向くと

 

「「「「…ん?」」」」

「えっと、ハセヲさん?ここってどこですか?」

「ふぇっ⁉︎」

 

黒髪の女の人がなのはの部屋にいる。なのはは知らない女が急に後ろにいるから体が飛んじゃうぐらいに、嶺とハセヲは距離を離していつの間にいたのかと目を丸くして驚いている。

 

「お前、いつの間にいたのか?つーかどうやって…俺と同じように転移されたのかよ?」

「あの…私、目覚めた時にはここに。そしたらハセヲさんと他の人が一緒に話していて」

「目覚めた時ねぇ…」

『本当にっすみません!転移する時に連絡するのを忘れてました‼︎』

(あーうん、でも説明どうしよ)

後々もう一人やって来ることを知らせなかったのは、神様側からの失態だった。嶺だけに念話で送られてきている。

忘れたという神の言葉に嶺もあることを言うのを思い出した。

「あぁそういえば。正輝の連絡先はもうとっくにあるから、私に頼んだらいつでも聞けるから正輝側が一旦落ち着いたら話そうか」

「はい、そうですね。

 

…え?え、ち、ちょっとまっ…えぇぇぇっ⁉︎」

「それじゃあ弟さんの連絡も取ってるんですかっ⁉︎でもいつから」

なのははそのまま普通通りの返事を返したが、後々嶺の言葉に耳を疑った。正輝のことを知りたかったのに、既に彼のことを知る機会を嶺がとっくに用意している。嶺は正輝と接触して連絡先をもらってはいるが、そのことについても話していない。

 

「あ、ゴメン。これも言うの忘れてた」

「お前なぁ…」

「え、なに?なんの話をしてるんですか⁉︎それとここって一体どこですかーっ⁉︎」

なのは達は、嶺がフェイトの協力者である正輝とすぐにでも連絡できるとは思ってもなかった。ハセヲも正輝のことと同様に何も聞かされていない。なお、状況が飲み込めてないまま一心不乱のアトリが嶺達の話と場所を知ったのは正輝の連絡先を嶺がなのは、ハセヲはこれまでのことを簡潔に説明している。

「詳しい話は帰ってそこの嶺って人がやるから、それでいいな?」

「はい、ありがとうございます。ハセヲさ…「今はプレイヤーネームじゃなくて亮って呼べ」あ、そ、そうでしたね」

神や転生者等の詳しい話をなのはの家で話す以前に、今のところは漂流者ということで済ませているので帰ってから済ませることにした。

 

*****

 

 

こうして会話を終え、嶺とハセヲの二人からアトリが次元漂流者として、部屋に転移してきたことをなのはに家族に伝えている。魔法の存在は納得したが女の人がなのはの部屋にいつの間にか出現したということを、なのは以外の家族が分かってくれるかと二人とも内心不安ではあったものの。

 

「そういうわけなので、今なのはとユーノの二人だけじゃなくて、もう一人女性の人がいるんですが…」

「なら仕方ないな。魔法があるのだから、こんなことが起きてもおかしくない。その様子だと悪い人でもなさそうだし」

「というよりこっち側の仲間だ。俺たちと同様に次元漂流者としてやってきたと考えてもらってもいい」

 

このままだとなのはの家族がアトリのことを家に無断で侵入した不審者として無理矢理捕らえようとしかねない為、納得するまでアトリはなのはの部屋にずっといることとなった。

意外にもなのはの家族が非現実的なものを見ている時点で、事情を話しても驚かなくなっていた。

 

「終わったよー。案外素直に分かってくれましたー」

「ほ、ホントですかっ⁉︎」

「あぁ、なのはの家族にアトリのことを伝えたから問題ねぇよ。しかし、女性の人が部屋に出現したって聞いたときは驚いたけどな。

実際その場にいた俺達も驚いたけどよ。でも魔法が存在しているっていうのを知っているおかげで、なんとか納得してくれたけどな。

 

ところで嶺、お前なのはの家族だけじゃなくて居候させてもらっているすずかの家にもちゃんと説明しろよ」

「あっ、そうでした…」

こうして嶺はアトリ、ハセヲの3人はなのはに見送られながらすずかの家へと帰っていった。その後にすずかはともかく、他の人は余りに唐突だった為に説明するにもなのは達よりも時間がかかっていた。

 

次の日、レイジングハートの索敵やユーノの結界で展開しようとしてもジュエルシードは見つからないままたった。

 

「ジュエルシード見つからないね…今日はもう帰ろうか?」

「お疲れ、なのは。だいぶ広い範囲で探し回っているのになんで見つからないんだろう…もう回収されたのかな」

嶺側は何も知らない。

正輝達の方は既になのは達が持っているジュエルシードを除く他の全てを回収している。嶺はアトリだったが正輝は新しく入ってきたアーチャーを連れて時の楽園でアリシア復活の準備をしていた。そして

 

「いよっしゃぁぁぁっ‼︎成功したぞぉぉっ‼︎」

「よくやったな、マスター」

「アリシアぁぁぁぁぁっ‼︎」

 

なのは達よりもジュエルシードを多く集めて使い、身体が傷だらけになりながらも蘇生させることに成功した。が、その裏で嶺達は無印の時点でアリサ、すずか、なのはとその家族までユーノや魔法について知れ渡っていることを正輝達が知る由もない。フェイトの家のことを考えてはいたが、姉は一体どこで何をやっていたのかという肝心なことをほぼ一人で完結させてるせいで、伝えられてない。姉もまた正輝がジュエルシードでアリシアを蘇生させたことは知らないが、よっぽど大事なことを先に伝えるのは嶺よりも正輝の方が話しているのだから。

 

嶺からなのは達、すずかとアリサ達のことを知らされるのは随分後だと、彼とその彼の愉快な仲間達は知るまでの間、嶺達がここに介入するまで一体何をどうしていたのかは知らなかった。



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7話早期解決と敵組織の襲撃

嶺達が帰ってからも、なのはの家に突然現れでてきたアトリについて、今度はすずか家全員に説明するのは大変だった。彼女が嶺とハセヲの二人と同じような目にあい、一緒にいることとなっている。

「私達の仲間なので、安心してください」

「そうですか…貴方達と同じ境遇の人がまた」

アトリは既にハセヲと同じように一般人(リアルの姿)に変えて住むという手続きをし、こうして3人で話している。

ハセヲは三崎涼、アトリは日下千草としての姿になっている。アトリの方は、なのはの家で状況を話していたとはいえ納得できるかどうかは二人も不安だった。

(さてと、アトリは大丈夫かな…)

いきなり知らない世界に転移されて、ハセヲという関係者がいるだけでも多少彼女の心が落ち着いているが、実際は元の世界に帰れるだろうかと内心では心配でならないと、そう嶺は思っていた。が、

 

「…二人ともここまで大変だったんですね」

(あれ?アトリってこんなに落ち着いてたっけ?)

「一応聞くが、お前は大丈夫なのか?」

これからのことを考えてしまう恐怖よりも、彼女にとって嶺とハセヲの二人がいることに信頼感が寧ろ上回っている。

 

「え?何がですか?」

「いや、そりゃお前こんな場所に転移されて」

「確かに怖いです…もし知らない世界に一人きりだったら怖くて、一体どうすればいいか本当に震えて泣き叫んでたかもしれません。

でも私は、少なくとも一人じゃない。

ハセヲさんも、嶺さんも一緒にいる。

それに言ったじゃないですかハセヲさん、ゆっくりと歩いていけば良いって」

 

今の彼女の目は真っ直ぐで、弱音を吐いていなかった。そんな様子を見てハセヲも安心したが、ずっと聞いていた嶺は安心というよりは、首を傾げてきょとんとした顔をしていた。

 

「あれ、ハセヲはともかく私ってアトリに信頼される要素なんてあったっけ?」

「だって当たり前じゃないですか!ハセヲさんと一緒に私のことを」

「こいつと一緒に?どういうことだ?」

 

一緒にいたっけかとハセヲも考え込んでしまった。アトリのことで助けに行ったのはちゃんと覚えていたのに、その場に嶺も一緒にいたのかさえもハセヲにはわからなかった。

 

「んーそれならさ。覚えている記憶だけでも話してくれないかな…もしかしたらその話を聞いて思い出せるかもしれないから。例えば私との…出会いとか?」

「なんで疑問形なんだよ…」

 

そこで嶺は、二人が特に嶺との印象に残っている場面を話してくれれば何か閃くのではないかと提案した。

 

「確か…最初は嶺がメカグランディを弄ってた時に出会ったのは覚えてて」

「私は、どうにもならないくらい暴走してたところを嶺さんとハセヲさんに助けてもらったのは覚えてます」

 

が、嶺はその話を聞いても、やっぱり何も覚えがなかった。うーんと、考え込こもうとしても何も出てこない。

 

「えーっと…ごめん。やっぱり二人の話を聞いても…」

「そんな訳ないじゃないですかっ!弟さんのことだって話してくれましたし!」

「おい嶺…『the world』で俺達と共に行動した記憶はあるか?大したものでなくても、些細なものでもいい…覚えてるかどうかが重要だ」

「うーん…君達の物語とゲームのルールくらいしか知らないかな。ハセヲ達の話を通して分かったことは…もしかしたら私も一緒に手伝ったかもしれない。でも、その先の…どう行動したのかについては全く見に覚えがないってことだよね」

 

ハセヲとアトリ、この二人とも嶺に関することが断片的に記憶が欠けている。嶺との思い出も、一緒に戦ったこともこうして忘れてしまった。

 

(俺達よりも一番重症なのは、どう考えても嶺だよな…本人も全く記憶にないって言ってるし。ってことは『The World』における嶺自身が何をどうしていたのかが記憶喪失をしてたってわけか…俺達も嶺のことについてのほとんどが消されてるし。

どうなってんだこれは?)

ハセヲも神とかというふざけた存在が急に出てきて驚きはしたものの、嶺という存在だけでも彼自身は知っている。少なくともハセヲ達の仲間だったということは確かではあった。

 

なのに、アトリを助けるという肝心な場面に、その場所に嶺が居たかどうかが分からない。

 

「今のままだと情報が少な過ぎるし、このままだと迷宮入りになるからこの話は中断でいいかな。ハセヲとアトリだけじゃなくて、他の仲間も来るかもしれないって神様も言ってたし、何人か来てから話そうよ。

あと…アトリも大丈夫なら手伝うことって出来る?」

「はい!私もハセヲさんと嶺さんのお力になれたら、是非協力しますっ!

私も実の姉がその弟と戦うなんでダメですし、とゆうよりどうして戦ったんですか!

こんな血縁関係同士が血の争いなんて、何の解決なんてしませんよっ!」

「えーっと…とにかく、弟の方に電話するね?」

アトリの半分納得して半分説教じみた解釈に嶺は動揺しながらも携帯の電源を付ける。こうして正輝と連絡が取れるようになったので、夜に次の日はどうするつもりなのかとすぐに正輝に聞いた。すると、

 

「もしもし…嶺なんだけど。そっちはジュエルシード集めはどうなった?」

『あーうん。心配しなくとも、もう集めるのは終わったよ。とりあえず詳しい話は明日、なのはの家に集合してからいいか?

俺の方は翠屋に行くからさ』

「え?…早っ」

 

電話の内容から、もう既にこの件は正輝達の手によって解決済みだった。ジュエルシードの回収を全て終えた正輝からの報告に、あまりの早さに唖然とはしていたが街に被害なく事態を収拾できたのなら今後はよっぽどのことが起こらない限りもうあんな化け物が街中に出ることはもうない。

 

『これでジュエルシード然り、フェイトの事情も解決したから…それで良いよな?』

「そっか、分かったよ。じゃあ切るね」

正輝がさっさと回収していたお陰で、ジュエルシードによる影響はもう無くなった。その後にどうなったからまた正輝に聞かなければならないが、もうなのはとフェイトが戦って争うこともない。事を穏便に済ませ、平和的に解決しようとした。

(正輝がジュエルシードを、フェイトの家についてどう解決したかは、明日聞いてからじゃないとわかんないかな)

「それにしても案外早かったね、終わるのが…」

「え、終わる?ジュエルシードのことか?」

「うん、もう済んだって」

 

ハセヲも正輝の対応の早さに驚いた。ユーノからジュエルシード集めを頼まれて1週間も立っていない。むしろその方が今後なのはが危険な目に合うことも、海鳴市に危険が及ぼすこともない。

 

「…それじゃあ、なのはに電話で連絡するか?」

「んー明日集合する時にいいよ。もう暗いし」

「良かったですね!無事解決できて‼︎」

(だと良いんだけどなー…)

アトリは喜び、ハセヲはもう終わったのかと事の呆気なさに窓の外を眺めている。

嶺は終わったのに、何かもう一つ厄介な存在がいたことに引っかかっていた。確かにジュエルシードの問題解決もやらねばならないことだが、新たな脅威が迫っていることも正輝も嶺もまだ知らない。

 

【殺者の楽園】という敵組織の存在を。

 

 

*****

 

『というわけで、正輝が翠屋に向かいます。

なのはとユーノの二人は家で待機、もし出会ったら私の方に電話してねー』

「はい、分かりました」

正輝達でジョエルシードを終わらせたことになのは達もまた驚いていたものの、終わるまでの過程とどう決着を付けたのかが分からないと二人も納得できない。連絡も終え、こうして嶺達が着く前に正輝とアーチャーが翠屋でケーキを買ってからなのはの家に向かっていた。

インターホンを鳴らし、ちゃんとなのはの

「正輝さんですよね…」

「おはよう。連絡はうちの姉から聞いてるよな?」

今日は休日なため、なのはだけではなくその家族も家にいる。正輝達は自己紹介をしているものの、アーチャーについては前に料理のことで散々指摘され、その仕返しとしてなのはが家族に二人のことを紹介する前に

 

「あ。この二人は嶺さんの弟の正輝くんでもう一人は「黒沢です。」ほえっ⁉」

「どういうつもりだ…」

「まさか。ここでアーチャーですって訳にもいかないだろ?」

アーチャーは呆れた顔をしているが、その名前にはちゃんとした意味(笑)が込められている。表面的には家族に対する紹介として、誤解されやすいものではなくそういうニックネームにしたのだと相手側は納得するが、ついさっき作ったばかり。なぜなら、

 

K=黒い

U=嘘を真実に塗り替える。(例:ロリコン疑惑)

R=ろくでなし

O=恐ろしい子!

S=ドS

A=Attacker(攻撃者)

W=Worst(今の俺の中で)

A=ああ、頭痛い。

 

といったような名称だから、深い意味などない。アーチャーも子供(なのは)の目の前で怒ることなく半笑いという大人な対処をしつつ、彼の内心ではどのように正輝を料理の次は新たな手段でいじり倒してやろうかと頭の中で多少怒りながらも考えていた。

 

「名前はちゃんとしなくちゃ駄目だよ?アーチャーなんて他の人が聞いたら疑っちゃうしな。」

「了解したマスター…地獄に落ちろ」

「にゃははは…」

 

【挿絵表示】

 

 

そう簡単な紹介をしつつ、なのはの部屋へと向かっていく。詳しい話は嶺達が来るまで待たなければならないが、なのはの方はどうしてもフェイト達に会いたい気持ちで一杯だった。

(寂しそうな目をしてたあの子、本当に大丈夫なのかな…)

フェイトの事情のついては聞こうとしても、その頃のフェイト達にはジュエルシード集めで焦りに焦っていたためなのはの話なんて聞くわけがない。

「あのっ!嶺さん達が来る前に話したいことがあるんですけどいいですか!」

「え、何?」

なのはから申し出た。

嶺が来るのを待ちきれずに、二人は正輝にある条件を言い渡す。それは、

・なのはとフェイトがこれで敵対関係じゃないことを明白にすること。

・ジュエルシード事件の解決に、何があったのかを包み隠さず全てを話すこと。

 

この二点については聞いても正輝達側はウンウンと頷いて、何も問題なかった。話しさえすればなのは達も納得がいき、落ち着いたフェイトとちゃんと向き合って話し合うことが出来る。そうして、二人とも仲良くなれるのだから何も問題はない。

しかし、第3の条件については正輝は断った。

なぜなら

「フェイトちゃんに会わせてください!」

「…いやちょっと待てや。フェイトの家に行ったら何で家の場所知ってるのって警戒されるでしょうが。

話し合いが終わった後にフェイトに会ったところで、はっきり言って逆に嫌悪されるぞ。あの子については今日はなのはと面会したことはまだ話してないし、そもそも何で自分達の家が知られたのかってな。

 

敵対関係になりたくないっていう一つ目の条件を自分で破ることになっちまうぞ」

「う、それもそうだけど」

「とにかくあの子に会うのは、また今度で頼む。フェイトだって家の事情がやっと解決して気持ちの整理がついてないんだから。

今日のところは許してくれ」

 

なのは達が突然家の素性がバレて、行こうとしたら必ず警戒してしまう。なのはが友達になりたくても、それが裏目に出て危険な流れを防ぐ為に正輝が止めた。

「次に会うことになったら。フェイト達も落ち着いて、ちゃんと話せるよ」

「そっか、それなら良いかな」

 

なのはは納得すると、嶺の約束通りに正輝達が家に来てくれたことを電話で報告する。

 

『あ、もしもし』

「嶺さん。私の家まできてくれませんか?」

『いいよー。昨晩電話して、そーゆー約束をしてたから。ハセヲも言いたいことがあるし。ユーノも納得がいかないところがあるんでしょ。』

 

こうして、嶺達もまたなのはの家へと向かっていく。お互いが、なのはとフェイトに同行して、これまでの間何をしていたのかを語る為に。

 

*****

 

「よし、これで集合かな?それじゃあこれまでのことを話そうか、正輝」

 

やっと嶺とハセヲ、アトリの三人がなのはの部屋に入っていく。人数分の座布団が用意され、大団円で囲んでいる状況だった。

が、相手が嶺の弟とはいえ

「…おい。そう約束しておいて、実は力ずくで奪うんじゃないのか?」

「こうやって囲まれてる以上、白昼堂々と襲ったりしないよ?ジュエルシードを解決したのなら戦って争う必要もないからね」

 

約束と言っても口約束なだけに、実は約束は嘘でジュエルシードが欲しいとのことで隙を狙って懐に入ってきたのではないかという線を考えつつも、ハセヲは警戒しながらそう言っている。それを聞いた正輝は、えーまた戦うの?とドン引いていた。

 

「いやいや、人を襲うって根端はお前と同じだろ」

「いや、お前と一緒にするんじゃねえよ!お前の方が死の恐怖の頃の俺よりもよほど凶悪だからな!」

 

ジュエルシードを止めようとなのはが向かった時に、妨害しようとしたあの幾多の銃火器を容赦なくぶっ放している。前まで相対していたとはいえ、幼すぎるなのはにあの仕打ちはユーノとハセヲの二人が異議を問えても満更おかしくなかった。しかも、加減していたとはいえ多少宝具を使おうとした部分もあったから一歩間違えればオーバーキルになりかねなかった。

 

「やめて下さい二人とも!今は話し合いです!こんなところで喧嘩したら話になりません!」

 

そこにアトリが間に入って、二人のいざこざを止める。

彼女自身、喧嘩は良くないですと二人だけではなく他の人との揉めあいにも入ってくる。

他の人なら部外者はすっこんでろと叫んでいるが、ハセヲだとアトリのことはよく知ってる為にもうこれ以上は言わない。

正輝も、肝心なことを言わずにズルズルと長引かせても嶺に叱られるのを鑑みてやめた。

 

「…確かハセヲってウチのセイバーとやり合ってたっけ?帰った後に無茶したことも含めて散々怒られ、説教されたわ。フェイト達は許せても、あいつだけは駄目だったよ。だってあいつ騎士で堅物だし…後から文句は言われると思ってたけどさ。

取り敢えず襲うかもしれない云々は、長引いたらややこしくなるからもう終わりでいいよな?」

「そうだな…それじゃあ本題に移ろうか」

 

こうして、約束通り正輝がどう解決したかを順々に話していった。

なのはが気になっていたフェイトが何故寂しそうになったのはまず家族の問題があったこと。その家族には娘を亡くし、母親はジュエルシードという奇跡の物を使用することで蘇生への道を開こうとした。ずっと復活させるための研究に時間を費やしている。

 

フェイトは母親の手伝いのために、使い魔ことアルフと共に一生懸命頑張っていた。

 

「そう、だったんだ…でも、フェイトちゃんに会いたいな」

「その時が来たら合わせてやる」

 

この話し合いで決着をつけた後に、二人で争うことなくゆっくりと話し、仲良くすることができる。

 

「その子の事情はよく分かったよ。ならジュエルシードはどうしたの?」

 

ユーノがそう聞くと、正輝が首に横を振った。ジュエルシードを何に使ったのかも、嶺はこの時点で察してしまった。

 

(すぐに解決したってことは…やっぱり)

「ジュエルシードは、死者蘇生に利用した。母親とフェイトも仲良くなって幸せに暮らしてる」

(だよねー…)

散らばったジュエルシードは、もうなのは達しか持っていない。アトリはジュエルシード集めを全て終えて、フェイトの母親とも和解したのかとてっきり思っていたはずが、まさかジュエルシードを使いきって死んだ人間を復活出来たことに驚いている。

ハセヲは正輝の返事を聞いてため息をついて、すぐさま状況を整理した。常識的に考えて、死者を蘇らせたから家族の問題は解決しましたなんて言われても納得できるわけがない。

 

「あー悪い…もう一度言ってくれないか?」

「だから、死者蘇生だ」

「そんなのは聞いたら分かってる、分かってるんだけどさ…」

 

ハセヲも納得したくても、家族の一員が事故で死んだけど生き返ったことでなんとかなったという、いまいちピンとこない終わり方に動揺している。しかも、ユーノは正輝の突拍子のないことに、目を丸くしている。死者を復活させること自体、どんな便利な魔法を駆使してもそれは不可能だった。

 

「死者を復活させた⁉そんなことできるはずがない!それがどういう意味か分かっているのか!だいたいジュエルシード自体そんな力はないはずだ!あり得ない!そんなことをしたら時空管理局がきてもおかしくないはずだ!!」

「どうやって死者蘇生をしたかと何故その後に時空管理局が来なかったかっつーのは…こればっかりは秘密だ」

 

【死者蘇生】

その言葉を信じるなんて、まず常識的に考えてあり得ないだろう。もしジュエルシードを行使した場合、複数の次元多数発生してすぐさま管理局が飛び込んでくる。仮に気付かれなかったとしても、未知のロストロギアを使って死んだ人間を生き返らせること自体、まずそんな効力があったのか、どうやったのかすら到底理解できなかった。

 

正輝からは詳しい話をするとは言っていたのに、ユーノを納得させる説明もないまま。

(言っても無駄なのか、それとも…)

「僕にはこの人たちを信じることは「もういいよユーノ君」なのは…」

 

ユーノは困惑しつつも、なのはの方は話を聞いて理解した。

 

「話、聞けてよかった。本当はフェイトちゃんに聞きたかったけど…なんだか悲しい目で理由を聞いても躊躇ってたから…やっぱり理由があったんだね。死者蘇生なんてあり得ないかもしれないけど、正輝君がここに来て今更嘘を言っても意味ないと思うかな…だってほら正輝君の両手。結構の量の包帯で巻かれてるよ」

 

手以外にも身体のいたるところに切り傷があった。その傷はつい最近できたものであり、BLUEも死者蘇生用のための手当てと防御の並列で使用していたため使っていない。

 

「心配されたでしょ?」

「心配かけまいと思ったらすぐ気づかれてな…フェイト達もセイバー達も心配して手当してくれたからな」

「酷い…ですね」

 

手の方が酷く傷まみれになっており、応急手当てだけで済ませている。

 

(悪い姉さん。ちょっと念話で話すけどいいか?)

(ん?何?)

(なのはの方は友達にさせてもいいけど…時空管理局に関しては俺の本心としては入って欲しくないんだ。その組織がヒュードラ計画をフェイトの母親であるプレシアに押し付けて、アリシアを事故死の原因にもなったんだ。もし管理局の事実を知って、自分のやってたことに絶望することになったら…そう思わせたくない。

 

とはいえ俺は完全な保護者ってわけでもないし、入っちゃダメだなんて強く言えないけどな…)

(ん、極力協力しとくよ。結局はなのは達自身で選ぶことだからね)

 

嶺と正輝の二人が念話で会話しつつ、なのは達に手の怪我を見せ終えた後、また包帯を巻きつける。しかし、こんな怪我をしてもユーノには受け入れなかった。

「ごめん…まだ納得出来ない。死者蘇生なんて実際見たわけでもないし…考えたくないけど嘘だってことも」

「いやいや…ここまで来て、俺が嘘言ったところで意味ないだろ」

 

それでも死者蘇生をして家族の一人を蘇生したと聞いても、結局は言葉だけで納得してくれという話なだけで、実際にその証拠が全く無い。ましてや彼はジュエルシードが何十個か無くなったのも、アリシアの死者蘇生も実際に見ていないのだから正輝の言葉が未だに信じられていないのだ。

(ここまできて嘘じゃないかもしれないけど…それでも)

とはいえ、正輝がなのは達の目の前で嘘を言ったところで意味なんてないのも彼も頭では分かっている。

だから、ユーノは苦悩していた。

「あのさ、ユーノ。正輝もこんなこと言ったら、納得できないってことも承知の上で来てるから。

それにそっち側で存在していた魔法のことを、一切見せずに『魔法があるから空を飛んで移動できるよ』って普通の一般人に説明するのと一緒なんだよ?

 

はい、じゃあなのはに質問。

ゲームや占い等程度で魔法って言葉は使われるよね?それじゃあ物作りとか、病気とかも治せれるのはそれが魔法だからで済む。

それを聞いた人は信じられると思う?」

「ふぇっ…え、ええっと…」

嶺は、混乱しているユーノではなくなのはに質問を投げかける。お伽話やゲーム等での架空の話なら納得もいくが、実際にそれが実在したと聞いても本当にあったかどうかなんて釈然としない。

「もう知ってる嶺さんに、亮さんと千草さん、私やユーノ君…事情を知っちゃった家族と友達ならともかく…知らない人とかにそんなこと言っても信じられないかな…」

 

嶺は非現実的な魔法の力というのを人に説明して、それが存在していると口だけで納得できるのかと反論した。なのはも魔法にもし関わっていなかったら、【魔法で解決しました】なんて言われても困惑していただろう。

 

どの道、信じられない内容でも仮にそれが事実なら受け止めるしかない。

 

「だからねユーノ。私が保証する。

仮に嘘を伝えたのなら、そんなことしてもセイバーが黙ってないからね?」

「ご…ごめんなさい…」

 

正輝が仮に嘘を付いてなのは達を騙してたらアーチャーがセイバーにこのことを報告しており、今度は鬼のような真っ赤な顔でずっと正座させられているのが嶺には目に見えていた。

(さてと、それじゃあ連絡先と…同盟のやり方も教えてもらったし)

こうして正義側同士で出会うことが出来たために、お互いの連絡先交換だけではなく同盟も結んだ。

「それじゃあジュエルシードによる交渉成立と同盟成立だね。正輝は投影した武器を送って、私は攻撃魔法の呪符を送れば良いんだね」

「そうだよ姉さん。」

 

こうしてジュエルシードに関わることが結局少なかったので、正輝のお陰で何とかなった。なのはの家でようやっと話し終え、正輝達が家に出たその時、誰かの叫び声が聞こえる。

 

「うわぁぁぁぁぁ!!‼助けてくれぇぇぇ‼‼」

 

何かに襲われていることを理解し、手遅れになる前にすぐさま正輝達と嶺達は叫んだ方向へ走っていく。

「行くぞ黒沢君っ!」

「狙撃するぞ貴様」

「え?そんな人いたんですか?」

「アーチャーって黒沢君なの?」

 

そんな話をしつつたどり着くと、そこには世紀末でよくある奇抜な戦闘服とモヒカン、両肩にはミサイル砲、電撃をまとった槍を装備している大男がいた。

一般人の姿は見当たらない。

「…おっと、転生者用の結界を張るのを忘れていたな」

こんな色々と目立っている人物が街の中で何故か武装している。こんな人物が本来のこの世界には存在しない。

 

正輝と嶺と同じ転生者ではあり、そして二人の敵でもある。

 

「あのなっさけねぇ奴のように、このデントロ様の槍に殺されることを誇りに思えよ!」

(もっとマシなのに会いたかったー!)

 

正義側二人にとって最初の敵転生者であり、そして嶺が表舞台で戦う最初の敵でもあった。なぜなら、

「あばよー姉さーん!そいつに絶対勝てよな!」

「すまない。この貸しは必ず返そう」

「え、ちょっ、逃げるなー!」

今この場で戦いたくない正輝が煙玉を投げて戦線離脱をしたからだ。彼は鳴っていた携帯を確認し、急遽フェイトのところへと向かおうとしている。

(不味いなっ…急がないと!)

とはいえなんの理由も言わずに、この場からとっとと去ろうとしている正輝は戦いたくないということでしか嶺達には分からない。嶺本人もこんな敵と本心では戦いたくないとはいっても、どの道敵は襲ってくるので戦わざるおえなくなった。

「正輝達のやつ、行ってしまっ…嶺?」

(後で逃げた弟に天誅してやる…)

電撃を帯びた大槍を平然と振り回しているデンドロの恐怖よりも、この場から逃げた正輝をどうするかを考えていた。

(…絶対俺達の話も聞いてねぇなこれ)

(マ、マスター!変身を!)

「え、あっ…う、うんっ!」

 

なのはもその奇抜な格好をしたデントロという男に対して何も言えずに身を引いたが、レイジングハートが呼びかけたことで、そのまま変身して戦う姿勢を取っている。

ユーノもフェレットのままなのはと嶺達の支援をする。

 

あんなふざけた大男でも、無関係な一般人を襲おうとする敵であると分かったのだから。

 

*****

 

おまけ

 

正輝(そういえば、アトリって子の声…セイバーに似てる気がしなくもないんだけど)

アトリ

「喧嘩は良くありませんっ!みんな仲良くしましょう!」(平和主義)

セイバー「アルトリア・ペンドラゴンが受けて立つっ!」

(好戦的)

正輝「うん。声は似てても、性格は…まぁ、うん、ありえねー」



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8話VSデントロ二世

正輝が逃げていくのを気付かずに、そのまま敵は嶺達に突っ込んでいく。大槍は高圧電流のようなものが込められ、嶺を殺さんと襲いかかってる。しかし、

 

「な、何にぃっ⁉︎避けられただとぉ⁉︎」

 

嶺にはその単調な攻撃は容易に避けることは造作もない。デントロはちゃんと嶺を見ていたはずなのに、既に背後を取られている。嶺はめんどくさそうな顔で危機感のないデントロをじっと見ていた。

 

「すごいっ…」

 

戦闘を眺めていたなのは達は、嶺の素早い動きに追いつけてなかった。敵が槍を向けたまま突っ込んでいるところを、高速なスライドターンで後ろを取り、いつでも攻撃出来るように伺っている。嶺は攻撃可能な秒数を頭で数えつつ、動きを把握していた。

「おいなんだその顔はっ!テメェら…デントロ二世のこの俺様を舐めた覚悟は出来てるか?」

「二世でも姿はそのまんまだしどう見ても弱そーな気がする…」

 

敵のデンドロは槍を振り回し、ロケット砲を何度も発射しても嶺には全然当たらない。嶺以外にも近くにいたなのはとユーノは無駄に発射している砲撃が当たらないように防いでおり、アトリが回復魔法と補助魔法で支援している。

(ん、大体分かった)

 

対して嶺はただその槍と大砲を最初に避けることに集中し、敵の行動をだいたい理解した後、避けながら地道にダメージを与えていくヒット&アウェイの戦法を取っているだけ。

(槍を防いでも絶対感電する効果あるでしょ…なんか、イライラする)

「オラオラ〜ぁ‼いつまでも逃げてんじゃねぇぞ‼︎‼︎」

「雑魚の癖に雑魚の癖に雑魚の癖に雑魚の癖に雑魚の癖に雑魚の癖に雑魚の癖に…」

 

翻弄されていることも知らずに攻撃を何回か食らっても疲労を知らずに、まだ立ち上がっている。このまま続けても絶対攻撃は当たらないまま、朽ち果てるだろうと嶺は考えていた。いっそ断首して敵を倒すことも可能だが、なのは達のこともあるためにあえてそれはやらない。

 

(面倒だし、敵がやばい兵器を使う前にさっさと潰すかな…それなら全設定変更発ど…ん?)

「無駄だ!俺の状態は固定なのだから奪われることも、ましてや消えることもないっ‼︎

俺を弱くしようとしてたのが仇とな」

 

すぐに嶺はデントロが言っていた通りのまま固有スキルが効かないことを理解する。火事場の馬鹿力(本領発揮)が出せないのならば十分与えたダメージの上にトドメの連撃を刺す。喋っていることに集中してるなら、その隙だらけな懐を狙って潰そうと

「削七連!」

 

自慢げに話きる前に潰した。こんな男に時間をかけてられるほど、嶺は全く優しくない。

戦う以上、いくら和解や自分語りをしたところで殺るか殺されるかなのだからこんな敵に聞く耳を持ったところで無駄だった。

 

 

「…さて。逃げた弟をしばきに「まだ俺様は死んじゃいねぇ‼」は?」

「最強はこの程度で死なねーよ‼」

 

今度は自分が強いと勘違いしてる発言に、嶺は哀れな目どころか、その惨めな敵にドン引きしていた。敵が立ち上がると、炎を纏った指輪に箱を打ち付けて何かを放出する。

箱から飛び出したのは電を纏った大量の蜂だった。

「うっわぁ…ないわー」

「嶺さん、本音が漏れてますっ⁉︎」

中々倒されない上にしつこいから、嶺自身も思っているはずなのに言葉にして声を出してしまった。すぐさま嶺は動くが、

(まぁいいや。もう一度殺せ、あれ…?)

「それによぉ…まんまと引っかかりやがったなこいつ!」

その瞬間に身体中が痺れてた。無理に動こうとしたら、痺れが悪化してしまいその場に止まってしまう。

「ハーッハッハッハ‼俺の鎧には攻撃すると追尾式の電撃が走るんだよ。これを食らったら一定時間動けないぜ‼」

(一つ撤回することがあった…唯の雑魚じゃなくて、うざい雑魚だった)

 

戦っている状況で話す余裕があるのに、敵は攻撃も防御にも加工してきている。確かに見るからに弱そうな敵で甘くみていた部分もあるが、その部分も含めてうざい雑魚と評した。

 

「うらぁっ!」

「嶺さん‼︎」

(protection)

 

身動きの取れない嶺を、今度はなのはとユーノが前に出て、防御魔法をとる。が、出てきた蜂と猪はデントロを支援し、数の暴力でなのは達の張った防御魔法は今にもヒビが入って壊れそうになっていた。

 

「すぐに治しますっ…!リプシュビ‼︎」

「ん、ありがと。なのはとユーノだけじゃ守りきれないからもう一度私が前に出て」

 

アトリが嶺の麻痺を回復させ、すぐに動けるようになった。このままなのは達の加勢しようとしていたが、気になることがあった。

 

(ん、あれ?そういえばハセヲって、何処かに行ったの?)

「このデントロ二世様は鎧を改造し、他の匣兵器を使えるようにしたのだ。それだけでなく死ぬ気の炎も初代の倍だか…」

 

デントロの真後ろからバイクが近づいているが、雷撃の音が激しすぎて何も聞こえていない。そして言い切る前に、

「あぢぃぃぃぃ‼」

「あーゴメン。遅れてた…」

バイクに衝突され、頭にあったモヒカンがバイクのタイヤで焼けてしまった。ハセヲは遅れて出てきたため、デントロ(このバカ)に姿を見られてないから嶺達が戦っている間に不意打ちを狙った。

 

「俺の頭から離れろぉ!」

「うぉあっ…⁉︎」

 

蜂に指示を送ってハセヲを襲っているが、バイクは解除することで消え、持っていた大剣で防御する。デントロの頭がハゲとなり、焼け焦げた部分はあるが、雷撃から出ている光のおかげでキラキラと輝いて見える。

 

「あははは‼御免!もー無理‼」

「駄目です…プッっ…人の顔を見て笑っては…」

「もう皆殺しだ‼何もかも消してやる‼」

 

今度は槍ではなく雷のビーム砲を所構わず撃ち続けた。完全に笑われた敵は頭に血がのぼって、当たればそれでいいという感覚で周囲構わず破壊し尽くしている。

 

「ふぇぇぇぇ!」

「なのは!」

「…そろそろおふざけは、終わりかな」

 

このままだと嶺だけではなくなのは達とハセヲ達も、敵の暴走に巻き込まれてしまう。被害が甚大になる前に確実に殺そうと、ゆっくり近く。

「おい、嶺!近づき過ぎたらお前まで!」

「開放」

〈change 2nd form〉

「お前だけは絶てぇぶっ殺す‼︎今度は確実になぁ‼︎‼︎」

 

嶺は普通の私服からフォームチェンジしたことで、本来生前に着ていた戦闘服へと切り替わっていく。大鎌を手に持ち、引きずるように移動している。

デントロは匣をまた取り出し、一匹の猪を出現させた。敵はそれに乗り、全部の蜂に指示を出した。

共に嶺に向かって突進していく。

周囲に囲まれ、もはや逃げ場が無い。

 

「これで終わりだ‼死ねぇ‼︎‼︎」

「嶺さん!危ない‼」

 

ーーーー少し、本気を出そっか

 

 

鮮血の闇の大鎌祭り(ブラッディ・ダーク・デスサイズ・パーティ)

「⁉︎がはっ‼︎」

 

 

持っていた大鎌が二つに分裂し、軽々と振う。蜂、猪、転生者ことデントロも鎌鼬のように斬り刻まれている。切り傷から血飛沫が噴出し、出現させた生物兵器は匣に戻ってゆく。

 

「最強であるこの俺が負けるだと⁉死にたくない…まだ俺は死にたくないぃぃぃぃぃ‼」

「一つ言っていい?自己主張して周りを最期まで見ない人は早死しやすいんだって」

(見えなかった…けど全てを刈り取れるわけ…まさか‼)

 

嶺の身体は無傷のまま、纏っている電撃を浴びされたわけでもない。その大鎌から微かに何重もの衝撃波が分裂するかのように飛ばしている。その衝撃波は嶺本人の鎌だけではなく、発動の時点で敵と味方、物の影にも複数出現していた。

 

分裂した大鎌を振るうことによって、周囲にはあるとあらゆる場所に鎌鼬のようなものが出現している。飛ばされた波は一つから二つに分裂し、嶺を守るかのように飛んでいく。雷撃も、生物の一つ一つが全て刈り取られている。なのは達でも分からないほどの、目では追いつけない速さで、デントロは切り刻まれていた。

 

「だ、だったらぁ…」

 

切り傷まみれのデントロは嶺のことを全く敵わないと標的を変え、目線をアトリの方に向いたが、前にはハセヲがいるため道連れにできない。残る標的を、弱々しいなのはとフェレットに向けられた。

「なら…そこの小娘だけでもぉぉぉ「はい、これでお終い」」

 

敵が最後の力を振り絞ってなのはを大槍で突き刺そうとする前に、彼の身体は崩れていく。なのはを道連れにしようとしていたが、嶺がもう一撃頚動脈を斬りつけたことで、斬りつけた部分から血が噴水のように放出した。

 

そのまま敵は出血多量によって倒れた。

戦いは、呆気なく終わった。

 

 

*****

 

デンドロ二世という転生者の遺体と血液、武装品などが全て、黒い霧となって消え去っていく。

(…証拠の抹消って感じかな。あ、なんか敵の武器が落ちてるなら使えるかもしれないし、拾おっと)

 

唯一残っていたのが匣兵器だけとなり、そのまま地面に残っていた。嶺がそれを拾って、興味を持ちつつよく見て確かめようとする。敵の後処理についてどうするのかを神からは何も聞かれてなかったとはいえ、死体を見ても平気な嶺の冷静に判断して動いている。

「お、おいっ…」

「ん?二人ともどうしたの?」

 

ハセヲ達二人もそんな嶺を見たことがなく、動揺している。ハセヲ達もやむなしとは言え黙って殺されるわけにもいかないまま武器を構えていた。アトリは自衛とサポートとして杖を持ち、ハセヲは敵を倒す為に双剣を取り出す。その時に二人はその敵を倒すことは考えていたが、倒すということがまさか人を殺すということに繋がるとは思ってもない。

その汚れ仕事を嶺一人で成し遂げた。

 

「つっ…悪い」

「その、ごめんなさい…嶺さん」

「ん?二人共何を謝ってるの?」

 

敵とはいえ人を殺した嶺を責めることをせず、謝る。もし嶺がいなかったら少なくともハセヲが代わりに前線に出ている。殺らなければ殺られるという状況で、嶺を責めることはできなかった。

 

が、二人よりもかなり動揺しているのはなのは達は何か言いたげそうな顔をしている。協力者の彼女が、人を助ける為に殺したことに思考回路が追いついていない。なのはは嶺のことを優しいお姉さんだと思っていたが、実際は目の前の異常な光景に恐ろしくて怯えることなくそのままマイペースに動いている。

彼女達二人にとっては理解不能だった。

 

「どう、してっ…」

「ん?どうしてって?」

「どうして平気なんですか…⁉︎なんでその人を…」

震えたままの口が開き、嶺に話しかけた。少なくとも彼女は人同士のドロドロで醜く醜悪な争いを理解していない。

なのはの目には毒だった。

魔法という人を殺すも殺さないも自由に設定できる理想的な力を持っているが故に、実際フェイトのような同じ子供でも戦って、ぶつかり合うことができる。しかし、魔法も使い方次第では凶器へと変貌しすることもあれば、別の兵器で相手の息の根を止めることもできる。たとえ一般人であっても包丁やナイフ、縄、釘バット、拳銃等を手に持ち、それを人に向けて使えばどうなるか。

 

その脅威性を理解するのはまだ浅はかで、あまりに幼すぎた。

 

「だって…だって殺す以外の方法も!あの人を倒した後に、ユーノ君のような拘束魔法を使って動けなくすればまだ」

「…なのはは優しいね。でもさっきのを見てたけど、優しさだけでどうにかなる相手だったかな?そもそもの話、あいつを拘束できる技量がこっちにある?絶対に殺さないと見逃してたら間違いなく隙をついて私達を狙ってたし、最悪無関係な人達にまで危害加えたかもしれない」

 

人を殺す事は余りにも容易いが、生きて捕らえることは大変難しい。逃げて被害を出せばより悪化し、守るべき街は火の海となっていただろう。

 

「警察?あんな馬鹿でも殺戮兵器を複数持ってるんだから、軍事兵器を用いても止められるかどうかなんて分からないよね?もし私が彼を生かして殺さなかったら、もっとややこしい事態になっていたし、そのせいでもっと多くの被害者が出てたかもしれない。

 

大体魔法の存在だけでも私達だけじゃなくて、無関係な人までそのことを知ってしまったら…どう収拾つけるわけ?まさか見てしまったならその人の記憶を抹消するとかじゃないよね?

まぁその時は場合によるけどさ」

 

状況によってはその人を捕まえて、さっきの場面を見なかったことにする為に記憶消去は否定しない。そうしなければ、他の人が知ったが故に襲われる可能性もあるからだ。

知らなくてもいいことはある。

 

「ならさ…こう思ったことはある?もしジュエルシードが人の手に渡って暴走したらどうなるのか考えたこと。そして止める為にはその人ごと魔法で消しとばさないといけない事態になったら…考えたことはあった?

だってそうだよね。いくら非殺傷設定があるからといって、ジュエルシードに取り込まれた人間の命を救うことはできても、必ず攻撃を受ければ当然肉体又は精神的な部分にダメージが出る。

 

人の命を救うことはできても、取り返しのつかない後遺症が残ればその人の人生の殆どは天国から地獄に叩き落とされたも同然だよね?」

 

なのは達は、集めているジュエルシードによる接触がたまたま【人間】でなかっただけ運が良かった。そうでなければ、ジュエルシードに取り憑かれた人を助けようと、なのはもフェイトも必死になりつつ二人共良心を痛むことになっている。

 

人に取り憑かれた元凶をどうやって引き剥がし、被害者を無事なまま取り除けば良いかと自問自答しているかもしれない。まるで人間に付着した爆弾処理か、命の危機に瀕している人を助ける為に手術するかのように神経がすり減っていく。

そんな重労働をいくらなのは達が優秀とはいえ、人一人を救うにしても長時間も集中力と体力がもつわけがない。

少しでも誤ったとしたら人の命を奪い、彼女らにとってトラウマになっていたかもしれない。

 

その手で救えないまま、結局殺めることになるのだから。救いという行為そのものに恐怖を抱いてしまう。

 

「でも、弟の正輝がその最悪な事態になる前に何とかして解決した。ユーノのお手伝いだって、もし被害者の関係者にバレるようなことがあれば…下手をしたら関わっているなのはまで連帯責任として問われることになるかもしれない。それに、これも本来のお仕事だから…貴方の家族に前に言ったはずだよね。

なのはを守ってくださいって?」

「でもこんなのっ…⁉︎」

「巻き込まれて協力しているなのはが死ぬような事態を避け、私達が全力で守る。あいつは私とハセヲだけじゃなくて、狼狽えているなのはまで標的にして襲っていた。

 

もし、守ってなかったら…今度はなのはが死んでたかもしれないんだよ?」

 

死ぬということに悪寒がしたが、それでもなのはは反論する。自分が殺されないために、殺すしかない方法をとるなんて無理な話だった。

 

「死ぬって…そんな言い方!」

「結果的になのはと、その家族…海鳴市の人達を守った。ああいった敵まで生かせるほどの余裕があるなら…それこそ、その手段を考えて考えて考え抜かないと…中途半端にやってたら、その分が自分に返ってくるよ」

 

もしなのはが、あの男をちゃんと拘束魔法で厳重に無力化させることが出来るのならば話は別だった。殺す必要もなければ、こうして悩むことすらも馬鹿らしくなる。

 

が、現実はそう簡単にはいかない。

もしなのはが相手を無傷の状態なまま無力化させる技量を持っているなら、さっきの戦いは嶺がやるよりもなのは達が先にどうにかしなければならない。

 

彼女達は、力不足だったのも認めるしかなかった。

 

 

「私は…」

「でも…なのはは小学生の年頃だから、あまり深く考え込み過ぎてもいけないと思うかな。

なのはにはなのは自身のやり方があるし、私には私自身のやり方があるからね。

でもこれだけは理解しないとダメだよ。

 

 

 

もし今後とも魔法で誰かを助けたいのなら覚えた方がいいよ。人を救うにしても、まずご都合的な非殺傷設定を抜きにして戦うっていうことはね。そういうことなんだよ」

「つっ…!」

 

魔法という武器を手にすることが、どういうことなのか。なのはが遊び半分で手伝ってるわけでもなく、ユーノのお手伝いもそうだが、周りの人を守る為にやりたいというのは側から見ていた嶺と、なのはに頼んだユーノも分かっている。ジュエルシードを集めるのに一生懸命に戦術や魔法のことを努力しつつ勉強し、魔力の素質があっても戦う方法までこなしている。困っているのを助けたいという個性もなのはらしいと嶺は思っていた。

 

だが、こういった覚悟を決めるということについては話が別。いくら純粋な気持ちで努力しても、才能であっても、独学で戦いを学んでも。

 

その事件が自分も含めて他の人の生死に関わった場面に直面すれば、いずれは選択を迫られる。

一人を救って、十を捨てるか。

十を救って、一人を捨てるか。

両方救うという選択肢もあるが、そうする為の頭脳や技量が今の段階では持ち合わせてなどない。

なのはに問うのは余りにも幼すぎる。

 

(なのはには難しすぎるかな)

「子供の些細な喧嘩だったら先生とか親とかに叱られたりするレベルだから可愛いものだけど…こればっかりは命のやり取りだからね。それに、なのははまだ小学三年生で、自分の納得できるやり方をすぐに出して欲しいっていうのは凄く卑怯だからもうこれ以上は言わないよ。

そもそもこの問いに正解なんてないし、もし迫られることになったら気をつけてねって話なだけだから」

 

こうしてデンドロとの戦いは終わった。なのはとユーノの方は、嶺の話を聞いて半分納得していたがもう半分は悩んでいた。そこから先に足を踏み外そうとすれば、なのはは道を違えてしまう。

だからなのはは、このまま立ち止まってしまった。

「そんなの…分から、ないよ…」

「なのは…」

まだ小学生なのに化け物に襲われ、痛くて辛い思いをするのに戦いに出向いた。そんな屈強な心はあっても、嶺の問いに返答することが恐ろしくてできない。

そんななのはに助言したのが、ハセヲ達だった。

 

「…急にその答えを出さなくてもいいんじゃねーのかよ。分からないままでも」

「ハセヲさん」

「嶺さんを責める事はできないです…私達だって何もできなかったんですから」

ハセヲ達の変身が解除され、元のリアル姿になっている。二人の武器はしまい、なのはの頭を千鳥が撫でている。

 

嶺の行動には、ハセヲ達もまた苦い顔をしている。

 

「…今のお前のしたいことって、ユーノの手伝いもそうだけど、人助けもしたいって気持ちなんだろ?なら今は、それでいいと思う。

人を殺す殺さない云々よりも」

「でも、それだけじゃまた嶺さんに…」

「それこそ俺たちだって支援する事ぐらいしか出来なかったんだからな」

 

なのはもハセヲ達もやれるだけのことをやるしかできなかった。さっさと覚悟決めろというわけではなく、ハセヲ達からなのはには自分のやりたい事に一生懸命にやった方良いんじゃないのかと教える。

「俺達までまさか嶺が直接殺すとは…思ってなかったからな」

「うん、ありがと…」

デントロという敵の出現も唐突で、前半はふざけてる部分もあったが嶺以外のみんなは最終的にその敵をどう対処するのか、そういった気持ちの整理がまだついていなかった。

 

前線で戦っている嶺が一体どんな方法で敵を倒すのかを。

 

「よし、それじゃハセヲ。バイクの方ちょっと後ろに乗っていい?アトリはなのはと一緒に家に避難してねー」

「まさか…お前…」

「え?逃げた弟には、仕返しをするに決まってるじゃん」

 

表情は笑みを浮かべているが、ハセヲとなのは達側から嶺を見たら笑っているようで笑っていなかった。

 

笑顔のまま、彼女は少し怒っていた。




【ちょっとした後書き】

これまでなのは達がジュエルシード関連で接触した敵は木や猫、鳥などのものに接触して、化け物のような姿に変貌しています。逆に人はその被害に巻き込まれて、それをなのはとユーノで助けていました。

でも仮にもし、自分の家族や友達、学校の知り合い等の海鳴市に住む人達、人間が直接巻き込まれて化け物へと変貌し、その人の暴走を止めざる終えない状況になってしまったら…果たしてなのははジュエルシードを回収する為に引き金を引くことが出来たのか、ということとなっています。
(最悪ジュエルシードを地球にばら撒いたこととで、その住人が複数も化け物に変貌してしまうかもしれないし、それを時空管理局とやらが入ってきて、その化け物を駆除するように実行したら一体どうなってたことか。
【例えば、仮面ライダー鎧武のように初瀬亮二がインベスという化け物になって、呉島貴虎が駆除しようとしたところを葛葉紘汰が助けたりといったような展開にもなっていたかもしれない。】

砲撃しようとする最中に、その化け物の被害者側の家族が『やめて下さいっ!あれは、私の娘なんです!』とかになりかねないです。

しかも、もし管理外である地球の政府や軍とかにもバレたら本当にややこしいことになることを考え、早急に問題が起きる前に早急にジュエルシードを回収しなかった時空管理局も大概)

正輝の方は問題が深刻になる前に早期に片付けようとするため、無印におけるジュエルシードの被害は原作よりも少ないです。フェイトの家族のこともほぼ解決済みで、嶺にどう終わらせたのかも報告しています。

ユーノ君も…魔法に関する事を教えて、なのはに素質があったとはいえ少女相手に爆弾処理みたいなことをさせるんじゃない。

プリヤの方はイリヤが戦うことを恐れて辞表を出しても、凛は引き止めたりしなかったし。なのはにだって、たとえ戦える心を持っても命の危機に晒されたらフェイトどころじゃなくなってたかもしれない。始まりに関しては、なのはを巻き込まざる負なかった状況かもしれないけど…後々将来でも深く関わらせたりする事になった場合、魔法のことは必ず家族にも知る権利がある。当然、ずっとなのはに命に関わることをさせたのだから反対する。

だってどんなに才能溢れてる人でも、心が弱いままぶっつけ本番、特に手術とかの生命に関わることをさせるなら…強烈なトラウマが植え付けられかねないじゃないですか。
ユーノからは、なのは本人がどうしてもやりたい事であっても『引き際』が必要だった。
フェイトを救い、友達になりたいのは良い。闇の書事件解決後に、ユーノはなのはと真剣な話をして『今後は家族のことも考えて魔法から手を引くか、或いは死にかけそうになってもそれでもやりたいんだと魔法を抱くか。将来の事もあるのだから、何も知らされてない家族に全て打ち明けてから考えて欲しい。
命の危険に晒される事もあるからね』ということを問う必要があった。


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9話高町なのはの悩み

「なのはとユーノのこと任せたから、ちょっと行ってくるね」

「はい、分かりましたっ!ハセヲさんも気をつけて!」

 

なのはとユーノ、千草の三人は、嶺の指示でなのはの家にいるようにと指示する。現状、外にいるよりもなのはの家の方が安全であるために、嶺が帰ってくるまでは滞在することとなった。嶺は弟の後を追い、デンドロ戦を放棄して逃げていった弟に、仕返しするためにハセヲと共に移動している。

 

走行中のバイク音が鳴り、嶺の視界に正輝達を見つけると

 

「天誅ぅぅう‼」

「ごおぁぁぁ‼」

「マスター‼」

 

 

【挿絵表示】

 

 

即、デンドロ戦でそのまま逃げていった正輝に向かって突撃した。神に支給されたバイクは、嶺の全設定変更によって仮に正輝が避けたとしても急激なカーブを曲げることで更なる追い討ちが出来るようになった。

嶺視点からだと彼は何処ぞの知らない女性と話していたのに、そんな事は御構い無しに突っ込んだ。正輝側は楽園との戦いは既に勝敗を決しており、2ndという女性と話している最中だった。

それなのに颯爽と彼の姉とハセヲが登場し、その側では無茶(ヤムチャ)されたような状態の正輝が倒れている。

 

ちなみに、バイクで突撃して、正輝にぶつけた間だけは二人とも気づかないままクッキーマンへと変身していた。

 

「どーしてーにーげーたーのーかーなー?」

(死んだフリ…死んだフリ)

 

嶺の仕業だと声で気づいた正輝は倒れつつも、気絶したフリをしている。しかし、

 

「起きないなら確認したらどうだ?どんな手段を使っても私達は怒らないぞ」

(アーチャーぁぁぁぁあ‼てめえぇぇぇぇぇえ後で覚えとけよぉぉぉっ‼)

 

アーチャーこと黒沢君が倒れたと見せかけている正輝を見て、また更に煽っている。彼は死んだふりしつつ、右手拳には力が込められていた。どちらにせよ、嶺は弟のことをよく知っているから彼をどうやって起こすかは、一番良く分かっていた。

 

「まぁ私の弟だし手加減なしで「やらなくていいです!」あ、起きた」

(地獄に落ちろ。マスター。くっくっく…)

 

倒れたフリをしていた正輝は、咄嗟に立ち上かっていく。微妙な顔をしていた麗華こと2ndは、嶺が実は正義側の一人であることを確認せず、そのまま用件を終えると立ち去っていった。

 

「正輝、アーチャー…これは一体どういう」

「あー実はだな…」

「これは姉弟の問題だから」

 

ずっと敵の幹部と戦っていたセイバーも向かったが、正輝は嶺に説教されている。それを止めようとするが、ハセヲに説得されたことで「流石に反省してください」と正輝を助けようとはしなかった。

 

「なんで逃げたのかな?ん?」

「いやーだって、フェイトの家に突撃しようとする敵が」

「あばよー以前に、それを先に話さないといけないことだよね?」

 

こうして、敵組織との戦いも終えた。

相対する殺者の楽園との初めての戦闘はとても短かったとはいえ、彼らと戦う事はどういう事なのかを正輝達はともかく嶺側にいる一部の人達は思い知らされた。

 

 

 

*****

 

「…」

「なのは…」

 

高町なのはとユーノ・スクライアの二人は、今日のことでクタクタに疲れていた。

 

まず、全員を話し合いの為に集め、結果報告を済ませる。そういう手筈のつもりだったのだから、正輝達に会って緊張するわけでも戦闘を行うわけでもない。準備段階までは何も問題なかったが、正輝達から肝心な報告内容に耳を疑った。

 

 

フェイトの家族を助ける為の死者蘇生とその蘇生によるジュエルシードの消失、事態の収拾

 

嶺以外の二人も複雑な顔でもう一度聞き返していたが、そもそもその話を聞いて信じてくれと言われ、受け入れるにしても二人とも衝撃的な報告内容に全く心の準備が出来ていなかった。一番決定打だったのは、話し合いが終えた後の敵の襲来と殺害、なのはがその戦いに何を口出ししても所詮は願望なだけであって、実際に行動に移すこともままならないまま結局は何も出来なかったことを痛感した。もしなのはがそうしたいと望んでいるならば、嫌なものを見ずに済んだかもしれない。

 

こうしてなのはは喋っていても元気はあまりなく、目の前で血塗れになって消え去った敵を思い出してしまう。

 

『急にその答えを出さなくてもいいんじゃねーのかよ。分からないままでも』

「…私」

 

ハセヲがそう言って、なのはが抱えている不安を少しでも和らげてくれたがそれでも浮かない顔をする。

 

 

「なのは、大丈夫?」

「ちょっと…疲れちゃった」

 

なのははユーノにそう言っているが、顔が緊張しているかのように張り詰めて、本心はちょっとどころではない。あまり戦ってないのに、心と身体はボロボロになっていた。

初めてなのはは、嶺とデントロの実際の戦いがこんなにも残酷で恐ろしいと感じた。前半はおふざけだったものの後半になってたから嫌な雰囲気が漂い、嶺は敵とはいえ人を殺めた。

 

(嫌な、予感はしてたんだ。結界のせいで、逃げれる状態でもなかったのも。いや…仮に逃げ切れても敵が一人とは限らなかったかもしれない)

 

ユーノは、なのはを巻き込まないように逃げるという手も考えていたが、敵がデンドロ一人だとは限らない。もし逃げてる最中に他の敵が集団で襲ってきたら、今度はなのは達が袋叩きにあっている。

 

「ごめん、少なくとも僕がなのはを遠ざけるようにさせれば…」

「ううん。ユーノ君は、何も悪くないよ」

 

対してなのはは、嶺の言葉を重く受けて深く悩んでいた。普通の一般人が魔法に関わることがどれだけ危険なのか、それは今までジュエルシードの回収と家族や街のみんなを守るために怪物と戦っていたのだ。

 

高い魔力を持つ小さな少女と、ユーノというフェレットと一緒に。

 

(あの時逃げきれても…嶺さんや二人でも敵わない相手なら…三人が殺されたかもしれない。そうなってたら今度は、見て見ぬ振りをして私達だけ逃げたことを酷く後悔してた)

 

逃げても、戦っても、どちらを選んだところで見たくないものを見ざるおえない状況になっていた。デンドロという男以外にも人を脅かす敵が今後とも出てくるのならば、嶺のように冷静な判断を下すことができたのか。

 

(もしそうなったら…凄く、怖いよ…)

 

ジュエルシードやフェイトという少女のことが解決したというのに、暗い顔のままな少女はネックレスにしてつけてあるレイジングハートを握りしめていた。

 

*****

 

『昨日はごめんね。なのはが小学三年生なのに、こっちは酷なこと言ったからね。うん、案の定ハセヲにちょっぴり叱られましたー』

『にゃはは…あ、そうだ。嶺さん、学校が終わった後に家に来てもらっていい?』

『ん、いいよー』

 

次の日の朝

嶺がなのはに電話し、言い過ぎだことを謝った。学校に行けばジュエルシードとフェイトのことが解決したおかげで、なのはの肩の荷が半分降りている。が、

 

「なのは?聞いてた?」

「あ、えっ…⁉︎」

「なのはちゃん、ぼーっとしてたよ?」

 

友達のアリサとすずかの話を聞いても、疲れたような顔をしているなのはを心配していた。

(なのは、学校の方はやっぱり休んでた方が)

(でも…)

 

事件が解決したのに、それでも苦しい表情をしている。まるで事件の間までフェイトのことを心配していたかのように、蹲っていた。

 

(…終わったら、すぐ家に帰って嶺さんが来るまでは横になって休んでて。

僕が準備しておくから)

(うん、ありがとう…でもその体じゃ)

(あ、そういえば…そうだったね。ここじゃ見せられないから帰ってからにしようか?)

ユーノも、なのはの異変には気づいており嶺と話すよりもまず一日身体を休んだ方がいいと言っても彼女は大丈夫だと言った。

家に帰るとユーノは変身魔法を解いて、なのはに見せる。

 

「なのはにこの姿を見せるの…久しぶりだっけ?」

「え、えっ…えええっ⁉︎」

 

フェレットから人の姿に変わった。彼と最初に出会ったのはフェレットの姿のまま、そのまま気絶していたところを助けられていた。

 

「ユーノ君って、普通の男の子だったの⁉︎」

「僕は最初にこの姿を」

「ううん、全然違ってたよ⁉︎」

 

学校の服のままベッドに寝転んでたなのはが、ユーノの姿に驚いている。

 

「嶺さんが来たら、私服に着替えててね」

「分かったけど…その姿のままだとお母さんにも」

「一応、こっちで説明しておくから安心して」

 

なのはは今知ったからともかく、家族には何も知らされていない。嶺が来る前に、ユーノは先に家にいる母親に説明し、嶺の来る準備をしていた。

 

「お邪魔しま…あれ、ユーノって」

「変身魔法を解いて、これが元の姿なんだ」

 

一方の嶺は、なのはが帰って来たことをユーノから連絡されて家にやってきた。なのはの部屋に向かう前に、ユーノは嶺にあることを聞く。

 

 

「その、僕からも聞きたいことがあるんだ…昨日、戦っていた時に少し本気を出すかって言ってたよね。もし仮に…嶺さんが本気を出していたら拘束することが「…本気なんて出したら、それこそなのはの心を壊しかねないほどのトラウマを植え付ける羽目になるよ?」えっ⁉︎」

 

トラウマと嶺は言い、一体その敵をどうするつもりだったんだとユーノはまた更に質問する。拘束するわけでもないなら、どうやって敵を葬るつもりだったのかを聞かず、なぜなのはがトラウマになるのかを聞いた。

 

「と、トラウマって…どういうことなのっ?」

「私が本気でやるってなったら…四肢切断か、断首だからね」

「なっ⁉︎」

「…そういうことだから、そんなものなのはに見せるわけにもいかない。だから鎌鼬で身体中に大量の切り傷をつけて、そのまま倒れて欲しかったんだけどダメだったからあぁするしかなかったんだよ?

最終的には血で倒れたら、この大男を連れて帰るから、なのは達を家に戻すように言い繕って、後から私がトドメを刺すつもりだったけど。

まぁ辛うじて気絶しないまま生きてしまったし、なのはとの距離は間近だったからね。

もうあぁするしかなかった。

 

それがダメで…実は不死身でしたーってなったらなのは達を遠ざけつつ、見えない場所で身体の部位を一つ、また一つ切り落とす。それで部位まで再生するんなら、今度は正輝に頼んで空間の中に放り込めばいい。あと…あの大量の切り傷の後に、拘束したところで無意味だと思うよ?対処をどうするか話してる最中に時間かけすぎて死ぬか、或いは移動中に死ぬか。

 

あの男が死ぬのも、あのデンドロっていう男の死になのはが触れてしまうのも時間の問題だったから」

 

嶺の返答はありのまま話すが、話の内容そのものがとても冷淡であり、冷酷無慈悲でもあった。

そこまでやろうと考えていた彼女は、

 

(嶺さんも、その弟さんも…どんな世界で生きてきたんだっ…⁉︎)

 

人を殺す事に、慣れ過ぎている。

彼女が快楽殺人者というわけではないが、殺した後の死体を見ても、表情一つも変えずに動きが冷静過ぎている。彼女の発言も、完全に殺し前提を考えた上でのもの。

 

それが、他のみんなからは逆に嶺の不気味さを感じた最もな理由だった。

 

「呼んだ?」

「あ、嶺さんっ…付いて来てくれますか?」

「ん、いいよー」

 

嶺がひょっこりと顔を出すと、学校から帰って来たなのは部屋で座って待っている。既に私服に着替えており、二人だけで話し合える場所も用意した。

「?…どうしたの?」

(何を話したらいいか、分かんないよ…)

 

庭近くに二人が横に並んだまま座っている。

なのはは、殺した後に見た嶺の顔があまりに印象的すぎて、気まずいまま何を言い出せばいいか分からなくなっていた。

 

「あの…今後も…嶺さん達はあんなのと戦うんですか?」

「んーまぁ、そうなるね」

 

なのはが、最初にそう口を開いて質問したのがやっとだった。殺そうと殺意を向ける外敵は、一人だけなのか複数なのかを確認するために。

 

しかし、好きな人に告白するような、一番肝心なことを言えてない。

 

「…その、怖く無いんですか?」

「うーん、怖くないかな。

もう慣れちゃったし」

 

怖くない、慣れた。

その言葉はデンドロを殺して倒した後の彼女の反応を、なのはは思い出し、そして理解した。

 

「また、人を殺すんですか…?」

「…危険な敵だったら、そうするね」

「でも、そしたら嶺さんや、二人だって危険な目にっ!」

「そうだね。でも、私達が躊躇して…もしなのはを死なせたら…私達はその家族や、親友の二人にも合わせる顔がない」

 

なのはが首を横に振っていた。さっきから質問が曖昧なものばかりで、彼女の本心が伝えられていない。ああでもない、こうでもないと一生懸命に必死になって考えている。

 

「違う、違うよっ…‼︎私、私はっ…そういう事が聞きたいわけでも、言いたいわけじゃなくてっ‼︎」

「あ、あのー…なのはちゃん?どうしたの?」

「わたし、私はっ…私だって‼︎嶺さんや二人が何かあって死んじゃっだら。今度は私は…嶺さんの弟や、フェイトちゃんとも合わせる顔がないもんっ…!」

 

なのははそう言い切ると、とうとう我慢できずに泣いてしまった。嶺は何も言わずに、目の前で大泣きしたなのはを抱きしめている。

結局彼女は自棄になって何を伝えていいのか分からなくてなってしまった。

 

「なんか、本当に私のせいで色々と思い詰めてたんだね…」

「違うよっ…!誰も、何も悪くないのにっ、間違ってもなかったのに、一体何が正しいのかもう分からなくなって‼︎」

 

間違ってもなければ、悪くもない。

あれは仕方なかったという気持ちが、みんなにあった。

 

なのはが魔法と出会って自分のやりたいことを進み、純粋な気持ちでフェイトを助けたいと思っていた。魔法の力で家族を、街の市民のことも守りたいとも思っていた彼女にとっては、幼すぎるが故に残酷で見るに耐えなかった。

 

なのはは、あの光景を見てしまったことで立ち止まっていた。嶺は抱きしめながらも、ヨシヨシとなのはの頭を撫でている。

 

「なのはになんて話をさせてるんだ君達はっ⁉︎」

 

その話を聞いていた恭也は、嶺達に怒鳴っていた。

殺人という言葉辺りからずっと聞いており、事件は解決したはずなのに妹のなのはを泣かせた。そんな嶺に怒りながらも本心では何故そういう話をしたのか困惑している。

 

 

「お兄ちゃん、違うのっ!これは…‼︎」

「いいよなのは。こればっかりは、やっぱりちゃんと話さないといけないかな」

 

嶺はそう言いつつ、なのはから恭介へと目を向ける。彼女は、真剣な表情をしていた。

「みんなを、集めてください。

大事な話があります」

 

 

*****

 

夕方頃

嶺だけではなくハセヲ、アトリの二人も集め、なのは達との家族会議が始まった。

ジュエルシードによる事件が解決したことは既に報告しており、家族もなのはが無事なまま解決した事に安心していた。が、家の近くで起きたデンドロとの一件までも報告しなければならなかった。

 

なのはがその大男に殺されそうになったところを、嶺が助けることも含めて。

 

「あれがどういう敵なのか、何が目的で襲って来たのかは…ユーノも、私にも分かりません。少なくともその敵は無関係な一般市民や、私と仲間にも襲ってきました。

勿論話の通り、なのはにも襲ってます。

 

私は助けるために、その敵を殺しました。

捕縛して失敗したらこの街を襲うことも、馬鹿とはいえ無差別に兵器を放てば甚大な被害を被ることも鑑みて危険だと判断しました」

報告後の空気が重苦しく、沈黙はとても長かった。

 

家族全員が思うことは色々とあったが、まずジュエルシード事件で協力し、なのはを助けて欲しいと言ったのは確かではあった。その戦いが過酷であることも承知の上で、なのは自身やりたいことを尊重したいという気持ちもある。

 

だが、フェイトのような純粋な子ではない殺人目的を企んだ相手(人間)に戦う覚悟は出来ない。

その手を、血で汚すことになるのだから。

 

「もしそういった敵が今後も出現し、やむ終えない状況になった場合は、最悪私一人でなんとかします。

 

なのはの心を壊しかねないし、そんなことはこの中の誰も望んでいません。

それでもなのはの不安を抱え込むようなことになった時は…その時は家族が、まだ幼いなのはを大事に支えて、守ってあげてください」

家族一同、嶺達がなのはを全力で守ってくれているのは感謝しているものの、別のやり方もあっただろうとも思っていた。しかし、【なのはが安心できる対処】の手段を嶺達もなのは達も持ち合わせていなかった。

 

父親である士郎から、嶺に聞く。前線で戦ってくれていたとはいえ、大人でも女性なのかと心配している。

「…君は、大丈夫なのか?」

「大丈夫です。私はこういうことには慣れてますし、何ともないですから」

 

恭也と美由紀の兄姉は、なのはを助けた嶺達のことはあまり接点はなかったもののそれでも腑には落ちない。なのはを殺人に巻き込ませないことを考えてはくれているが、見た恐怖で苦しい思いをしたのだから。

 

「君は…一体何者なんだ」

「少なくとも…この世界で例えると【表】ではなく【裏側】の一人でしたよ?」

「…そうか」

 

その発言を聞いて、父母の二人は何も言わないまま察してしまった。彼女は、【そういう世界のやり方】でずっと生きていた。

 

彼女にどんな過去や経験があったかは知らないが、なのはを狙った敵が人の皮を被った化け物で家族ですらも守れないかもしれない。

対処してくれる嶺達の存在が何よりも心強いと感じているが、心の底では家族全員が複雑な気持ちでいた。

 

「あの、嶺さん。裏側って何?」

「なのは、そういうことはまだ知らなくてもいいからね?」

「お、お姉ちゃん?」

 

美由希も苦笑いしつつも、なのはにそのことを教えるのはまだ言いづらかった。

ニュースではアリサ達を襲ったようなテロリストだったり、密約だったり悪い事をしている分類に入っている。

 

嶺に関しては、裏側であっても身を投じてなのはを守ってくれたのなら悪い人ではないとも考えていた。

しかし、その話を聞いてても嶺達のことを本当に信じて良いのだろうかと半信半疑になっている。

そんな嶺を見極めるために、恭也がある提案した。

 

「嶺だったな…今時間があるか?」

「んー、大丈夫で「よし!今から美由希と道場に行く、四人とも特訓に行くぞ!」…は?えっ?」

「「…え?」」

「え、ええっ⁉︎」

「なん、えっ、ふぇぇぇぇっ⁉︎

お兄ちゃん⁉︎」

 

恭也の一言に、なのはとユーノでさえも驚いた顔をしている。

なぜ道場に行って、剣を打ち合うのか。

 

(この際、なのはを守ってくれている恩人のことを…もっと知る必要がありそうだな)

「父さんにも、立会人を任せてもよろしいですか?」

「…わかった。お前に考えがあるんだな」

嶺とその仲間がなのはを守れるのかもそうだったが、本当に善人なのかを見極めるために、兄が立ち上がった。こうして恭也の提案から立会人になる美由希と父親も一緒に、なのはの家の近くにある道場へと四人は向かうのであった。

 



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10話見定めし試合

なのはの一家には古流武術(御神流)を習っており、その父は師範代であった。今ではその流派を恭也、美由希の兄姉に教え、受け継がれている。

 

なのは本人にはその流派は教えられてないが、血筋もあってか魔法面だけではなく戦闘面もまた冴えている。

現にユーノからなのはに魔法の扱い方や戦術を教えることで、少女は短期間で腕を磨き、レイジングハートの力を扱えるようになっているからだ。

 

これから嶺達が信用に値するのかを見極めるために、道場へと到着する。が、

 

「あのー行くのはともかく、見極めるルールや、どう決着をつけるかが分からないので教えてくれませんか?」

「ルールは簡単だ。

まず、俺が二人を相手して勝負を挑む。真剣勝負なら勝敗や戦術も大事だが…これはあくまで俺達が判断材料としてこのような機会を設けた。勝敗だけではなく、僕らで試合の評価も判断することも理解した上で挑むことを理解してくれ。

武器は竹刀か木刀のどちらかだ」

 

恭也が一対一ずつ亮と嶺を相手にすることとなるが、この勝負は結果を制することが全てではない。肝心なのは、二人が信用に至るかが行動によって決まるということが重要だった。

 

*****

 

「亮さんと嶺さん。大丈夫なのでしょうか…」

一方のアトリはなのはの母親である桃子と料理の手伝いをしており、嶺達が帰っているのを待っていた。

 

「私達のことを試合だけで判断しても…」

「さっきの話を聞いて、私達家族だけで本当にあの子を守れるか分からないから。

貴方達がなのはを危険から守っているから少なくとも悪い人じゃないかもしれないけど、その確信が持てないの。

私だって貴方達が良い人なのか悪い人なのかをどう見極めるか分からないわ。

 

なのはが魔法に関わったことで…あの子は優しいからジュエルシードっていうものに関わって、家族は知らない場所で危険な目にあってたもの。今回の件で、仮にユーノ君っていう子だけでなのはを責任持って守ろうってなったとしても…そんな危険な人が襲ってきたっていうのを家族みんなが知った以上、やっぱり解決なんてしないわ。

 

本当はね?貴方達のことを士郎さんも…家族全員が貴方達のことを信じたいって思っているの。それでも…」

 

信じたいけど、嶺達を信頼できる境界線から一歩踏み外すことができない。娘のために安全に守り、事件解決に貢献しているのは分かっていたがそれでも信頼性に欠けている。

 

「私も、亮さんも嶺さんの本質を理解したのは初めてです。守り切れるかどうかも、嶺さんの行動次第では不安を抱くかもしれません。

 

ですが、これだけは断言できます。二人ともいい人だってことを…それは私が保証します」

 

そう、千草はなのはの事で暗い顔をしている桃子に笑顔で答えた。

 

*****

 

試合開始前、試合用の服は自由だったが武器に関しては適任であるものを探し出すのに少し時間がかかった。亮は更衣室でハセヲに変身し、私服へと着替える。

嶺達が持っていたものは、

(嶺の方は竹刀で、彼は短い木刀か…)

 

嶺は竹刀を両手に持ち、兄妹達が小さい頃に振るっていた短い二本の木刀をハセヲに貸している。ハセヲは木刀をどう持って戦うかを考えているが、

 

(大丈夫なのか、ゲームじゃ大剣を操作してたけどよ…)

 

竹刀を眺めている嶺のことも心配している。彼からは嶺がゲーム上で大剣で振り回していたというのは知っているが、剣の修行もしたことがなければ、扱ったこともあまりない。

ましてや記憶がない彼女に、剣を扱うことが出来なかった。彼女の武器がほとんど鎌系統ばかりで、剣を振るうにしても彼女は亮よりもド素人だった。

当然彼女が剣道なんてやったこともない。

 

お互い準備を終え、双方構えの姿勢をとる。

 

「では…始めっ!」

 

まず亮が最初に戦うが、はじめの合図を父親が声で発した時に恭也が先手を打たれた。

ハセヲの予想として彼が胴上げして竹刀振り上げるのか、手の甲を狙うかと思っていたはずが、竹刀を突き出してきた。

 

(⁉︎くそっ…いきなりかよ!)

 

彼自身恭也の行動に予想外ではあったが、セイバーとの戦闘経験のおかげで彼の素早い突きをなんとか防ぐことが出来た。

そのままもう片方の木刀で、反撃したが

 

(なっ、距離が届かねぇ⁉︎)

 

反撃されることを見越していた恭也は、木刀と竹刀の長さから相手との安全な距離を仕掛ける前に把握し、ギリギリな所まで攻撃を避けることは造作もなかった。すぐさま恭也はハセヲに向かってまた竹刀を突きつけてくる。

(またか…同じ手は通用しな、つっ⁉︎)

 

だが突きと見せかけて、右手に持っている木刀をはたき落とされた。手から果たした木刀は地面に落ちてしまう。

 

(拾うか?いや、そんなことしたら身体がガラ空きになって勝敗が決してしまう。仕方ねぇっ…‼︎)

 

反射的に落ちた武器を拾おうとせず、もう片方の木刀を両手持ちにして攻撃を防ごうとしたが、

 

「僕の勝ちだ」

「…参った」

(あのセイバーよりも動きは遅いし、不視界ってわけでもねぇのに…こっちの武器が絞られて、こんな風にすぐさま俺の動きが読まれたらどうにもならないか)

 

剣の腕前はハセヲよりも恭也の方が上回っていた。亮は双剣や大剣、鎌といったマルチウェポンを扱っているが、武器縛りで恭也やセイバーのように一つの武器と常人よりも肉体が精錬に磨いている相手となると今回の試合のように完全に動きを先読みされ、押し負けてしまった。

 

「咄嗟の判断で反撃したり、フェイントには弱いそうだが…初手に攻めた時、武器を落とした時にどう自分の身を守るかといった防御の反応は悪くなかった」

 

ハセヲは武器を下げ、変身解除のために更衣室へと向かうが、その前に嶺の方へ向かう。

さっきの試合を嶺も見ているのは分かっているから、恭也の力量を忠告したところで無意味だった。

 

「悪い、負けてしまった」

「良いよー。そもそもこの試合は恭也が言ったように勝ち負けが全てじゃないからねー。

あと、ナイスファイト」

 

亮が負けたことから、呑気にしている嶺はそのまま恭也と戦うことになる。彼は木刀を横に置いて、竹刀を眺めている嶺を見ていた。

 

(…マジであいつ大丈夫なのか?)

「一ついいですか?私は、剣を扱ったことは無いんですけど」

「構わない。君の思うまま、自由に戦ってくれ」

「ん、自由にね」

 

恭也と嶺は竹刀を構え、また父親の声で試合が開始される。恭也は胴上げすると、距離を詰めて真っ直ぐに竹刀を振り下ろされる。

(な、突きじゃな…おい嶺っ、何ぼけっとしてるんだよあいつ‼︎

このままだと頭に直撃するぞ⁉︎)

 

剣道ならば面と声を上げて振り下ろされるが、ハセヲとの試合のように声を上げないまま恭也は黙ったまま嶺を攻撃する。

このままいけば、ハセヲよりも早く決着がつき、これでは誰が見ても数秒の間だけの試合で見極めようがない。

 

(さぁ…どう動く?)

(嶺のやつ、一体どうするつもりだ⁉︎)

 

しかし、『提案だった試合なんて面倒だから終わらせる為に降った竹刀にそのまま頭に直撃しただけ』なんてそんな下らないことを嶺は考えてなかった。

 

至近距離で真剣白刃止めのような器用さは持っていない。が、彼女は恭也から見て竹刀を下に振り上げたはずだったのに、横にずれている。彼女はこの攻撃を竹刀で止めるという無駄な動きよりも、当たる前に素早く横へ避けることを選ぶ。

その方が次の攻撃に移せるからだ。

 

(避けられたっ…⁉︎しかしっ!)

 

今の恭也は面を振り下ろしたせいで、今度は肩や頭上が狙われてしまう。追撃よりも体制を整えて一歩下がり、その間だけ守りに徹しようとする。

が、

 

「な、何っ…⁉︎」

 

口を閉じていた恭也がそう呟いたのは、既に背後を回り込まれて嶺の姿が見えなかったことに驚いたからだ。彼の背筋に殺気を感じ、恭也はそのまま振り向いた。

嶺の顔を視認できたと同時に、ハセヲ戦とは逆に嶺から竹刀で突き返された。彼の首から20センチギリギリに寸止めされ、動き次第では首部分を穿つことができる。

 

(…間違いなく首を取られている)

「勝ちの基準が分からなかったので、首あたりで止めました」

「いや…それでいい。参った、僕の負けだ」

「「ありがとうございました」」

 

二人の見極めの試合が、こうして終わった。

嶺はハセヲとの戦いで対策し、初手の突きに警戒するはずだったのが今度は振り上げて襲ってきたのだ。

 

「お前、よく勝てたな…?」

「剣道の試合なら、お互いとんでもないルール違反だけどね」

(…まさか、アイツの攻撃を真似したのか?)

 

嶺は、ハセヲと恭也の動きを見つつすぐに理解した。見よう見まねで不意打ちの突きを再現している。

 

「でも、二人とも…あの戦いから分かったことがあった。

 

まず彼も、彼女も【良い人】だったこと」

 

士郎は亮もそうだが、嶺もまた良い人だと判断する。二人とも父親の結論に文句を言うことはなかった。彼が試合開始前とその後の対応を評価し、それらを含めて下した結果だった。

 

「亮君は双剣のようだが…恭也の動きに対して即座に反応していた。剣道の階級を得た人でも、追いきれないくらいの速さで挑むと試合前に恭也から聞いている。反撃は惜しかったが…恭也の動きに追いついて、かつ判断も悪くない。彼は焦りはしたが…試合中に怒りや不安というものがなかった。

 

嶺の方は剣を習ってなかったと言っていたものの…まさかあんな素早く裏を取って、恭也の突きをそのまま再現させるとは本当に思わなかった。

それに、彼女は首筋よりも離して止めているというのは…相手が攻撃されたことすら分からないままだったら、反撃されていたかもしれなかったのに…どうしてだい?」

「恭也さんが、亮に竹刀を当ててトドメをささなかったように私もトドメを刺さなかったからです。

 

そのまま動かないことに気づいてくれることを、信じてましたから」

 

嶺自体は元々、恭也を無力化させるために極力傷つけることないよう動いていた。殺す必要性が全くないのならば、彼女は相手次第でその対応を決めている。

殺す覚悟もあれば、殺さないようにする判断もちゃんとしていた。

 

「そうか…これで『二人は信頼できる』というのが私からの結論だが、どうだ?」

「…さっきの試合から、僕は二人は信頼に値します」

「私も、なのはを守ってくれるって信じられます」

 

試合では回避と防御のみを行い、動きを予測したと同時に無力化した。その反面、もし彼女はあえて出さなかった牙を向けることとなれば確実に仕留めようと躊躇しない。

 

 

(これが試合ではなく、戦争や死合いという形だったら…彼女はあんな突きの寸止めでは済まない。ルールを無視し、手段を選ばなかっただろう。

 

相手を敬ってだからこそ、出来たことだ)

「それじゃあ最後に…なのは、二人のことはどう思っている?」

「えっ…⁉︎」

「二人は確かに強いし、こうして見極めたことで僕らは問題ないと判断した。あとはなのはが嶺達と一緒にいたいかどうか聞きたい。

 

 

今後護衛としているのなら、なのは本人が不快に思わないようにするのも重要だ」

 

なのはは返答に困っている。嶺達はテロリストから親友の命に、自分の命も助けた。

ジュエルシードも正輝という弟と協力関係にならなかったら、なのは達二人は事の真相が見えずに、蟠りを抱いたまま知らぬ間に事が終わっている。

 

「あ、あのね…お父さんに、お兄ちゃん。

嶺さんと、二人に出会ってまだ短いけど…それでもやっぱり信じたい。ジュエルシードのことも、アリサとすずかちゃんを助けたのは嶺さんのお陰でもあるし…フェイトちゃんっていう子とも会えるきっかけも作ってくれた。

 

またあんな危険な人と鉢合わせしたら、嶺さんが戦って…本当にやむ負えなかったら酷いものを見てしまうかもしれない。でも、嶺さんに魔法の危険性を言われて…気づいたの。

私、表面的な部分ばかり見てその背面は何も見てなかった。使っている魔法がもし人間相手に使ったらどうなるのかも。子供だから正しさの認識は曖昧だからって言ってくれたけど、それでも嶺さんの言葉は今でも覚えてる。

 

私は子供で、正しさも間違いも、成功も失敗も沢山するのも、私が本心で見たくないものだって、見て見ぬ振りをして避けられないかもしれない。

 

私は…嶺さんを信じて、本当の意味で魔法と、自分自身と向き合いたいの‼︎」

 

嶺と一緒にいたいという娘の本気の頼みに、親が応えるわけにはいかなかった。嶺達の見極めは終え、彼らの強さも優しさも理解している。

 

「なのは、両親や私だって失敗も間違いもするんだよ。それにね…私の言ってる事が全部正しいとは限らないし、あくまで私のやり方を真似したいって考え方ならやめたほうがいい。

 

それに、その道はなのはにとっては過酷だよ。守り切れるかどうかも分からないし、第一にその年齢で自分で判断し、悩み考えるっていうのは本当に酷な事だから。

それでも私達を信じるの?」

「悪い人じゃないのも、やり方が合わない事もあるのも分かってるよ。真似もしないし、ジュエルシード事件の時のような魔法に関することも嶺さんと協力しながら、大きくなったら私自身で結論を出すの。

その上で、私は嶺さんと二人のことも信じたい」

 

今のなのはには、結局正しさも間違いの答えは出さなかった。自分のやり方だけではなく、嶺を含めた色んな人の出会いと彼らの考え方を知っていくことを選んだ。

 

「…私は、【殺人】のことを正当化させてるわけでもなければ、その美学も求めてるわけでもない。何が正しいかを決めるなんて対応力を子供に委ねるのは流石に烏滸がましいと考えてる。現実だって1+1=2っていうような正確な答えたとは限らない…幼い頃から自分の認識でどう正しく判断して生きるのかを段々と理解していくっていうのが家族、学校、友達関係であって…それらをふまえて成長していくものだと思う。規則規則と縛って正し過ぎてもそれがコンプレックスになって悩む人だっているし、逆に自由過ぎて迷惑どころか取り返しのつかないことをしてしまった人だっている。

 

誰にでもそうだけど、今のなのはにはメリハリも、後悔のないように何かに取り組んで懸命に生きるのも、成功もあるし失敗もするからなのはにとってはそれって結構大事だと思う、かな?だからね、なのはがそう決心したなら…うん。その期待には応えるようにするよ。

なのはを守る事も、成長にもね」

 

こうして嶺達はまた、なのはの家に認められ、父はなのはの頼みにあることを思い出した。こうして娘自身が何かに本気で取り組んだのも家族にやりたい事を言ったことも初めてだった。

 

「そうだな。そう言えばなのはとの我儘を聞いたのは…フェレットを飼うって言って以来だったかな」

「え、お父さん…?」

 

なのはがまだ幼かった頃、過去に父親が大怪我をして以降兄姉と母親も忙しかった。それ以来家で一人きりお留守番なまま、いい子にしなければならないと我儘を言わずに父母と家族のことを考えながら無理をしてずっと我慢していた。

 

なのはが家族や親友二人に内緒で隠していた事が公になって、いい子にしなくちゃという強迫観念から怯えていたのを覚えている。

状況が状況とはいえ、納得はしたものの責められるんじゃないかという不安もあった。

 

「大事な事を明かさずじまいだったのも、俺達家族ののせいでもある。まだ幼すぎたなのはとの、時間を作ってあげられなかった。

父さん達には、それが足りなかったんだ。

本当にすまない、なのは…」

「お父さん。でも、私。ここまで家族に吐き出すなんて、思わなかったの。

こんな事に関わって…私のことを悪い子に見られるのは本当にすごく嫌だった。でも、家族もアリサちゃんもすずかちゃんも、私のことを心配もしてくれた。だから、こんな私のことを家族が受け入れたことが本当に嬉しかった」

ここまでなのはに関してここまで真剣な話になったお陰で、まず家族全員がなのはと向き合っていた。その分なのはが何を悩んでいたのか、娘がどう困っているのかを掘り下げていくうちにある出来事からあぁなってしまった。

 

「んー苦しいことがあれば思いっきり泣けばいいし、親にも引っ付いて甘える…それが子供なんじゃないかな?

今からでも遅くはない…と思うよ?なのはがどう思っているのかは…分かんないけど?」

(だからなんで疑問形なんだよ…)

 

嶺の方はなのは一家の人間関係が、互いに支え合っている分少なくとも良好であるのは確かなのは理解している。なのは自身の問題であるためこれ以上のことは嶺もわからなかったが、家族全員が一丸となって末っ子のなのはが抱える悩みに触れている。

 

嶺は首を傾げてあやふやな事を言っているのに対し、亮は困り顔なまま心の底で嶺をツッコミを入れていた。

 

「二人にも、こんな形で君達を見極めようと試したのは申し訳ない」

「…家族が私のことを疑うのも無理ありませんでしたし、今回のことで私達のことも分かってくれたならそれで大丈夫です」

 

士郎と恭也が亮と嶺に握手しようと、手を差し出す。

嶺とハセヲもその手を掴んで、握手した。

 

「亮さんも、嶺さん…二人とも良い試合だったよ。この試合を通してこちらも気づいたことがあった。どうか今後ともなのはを守ってくれ」

「こちらこそ、私達だけじゃなくて家族との時間もなのはの側にいてあげてください。

一緒にいてなかったのなら、尚更です」

「「あのー、そろそろご飯ですよ?」」

 

そんな時に母親の桃子と千草の二人が道場にやってきた。異様に早いと感じた5人は見極めの試合と話でいつの間にか時間が早く経っている事に気付いた。

 

「嶺さん達も一緒に食べますか?」

「え?いいの?それじゃあお言葉に甘えて」

 

ご飯の知らせを伝えに向かった千草と桃子は理解した。入る前にドア越しに見極めは合格だったことと、なのはと父親のことを聞いて、千草と桃子の二人は入る前に安心している。

 

「気づいてあげられなくて、ごめんね…」

「お母さん、お兄ちゃんにお姉ちゃん…」

 

現になのはの事を桃子と兄姉が抱きしめていた。ここまで窮屈だったなのはの心も、家族とわかり合うことで気が楽になり、少し泣いていた。嶺はなのはに声をかける事なく、亮と千草の二人で、空気を読んでさっさと家に戻っていく。

 

「…なんか凄い具が溢れてるけど、人数多いから仕方ないね。あと美味しいです」

「どんどん食べてくれ」

 

こうして道場から家に帰ると、桃子と千草が作った鍋料理を囲んで食べている。嶺は帰りが遅くなることをファリンに伝えて、なのはの家族団欒と一緒にのんびりと食していた。

 

「あ、ありがとうございます」

「いいって!帰るにも試合で疲れてるんだし。私はお父さんと同じ判定しかしなかったんだから」

 

亮も帰る前に家族から夕食を頂くことに驚いていたが、なのは一家は気にするなと言っている。

なお、ユーノがフェレットから人間になることはなのはの看病で既に母親の桃子から家族全員に周知なため、

「あとユーノ君だったか?魔法もそうだが、君には特訓するからな」

「え、えぇぇぇぇぇっ⁉︎」

「まぁうん。ガンバー、ユーノ」

ユーノもなのはの護衛として魔法だけではなく、身体に恭也と美由希から御神流を叩き込まれることは言うまでもない。

 

見極め前の殺伐した空気が、あっという間に朗らかで暖かかくなっている。幼少期に抱えたなのはの苦しみと悩みも、嶺達の疑心暗鬼も両方解決したのだから。

 

こうして嶺達は、なのはの家族と一緒に夕食を食してからすずかの別荘へと帰っていった。

 

 



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11話帰るべき船へ

なのはの家族からご飯を頂き、嶺達はすずかの家に帰っている。すずか達はジュエルシードの事件が解決したことと、嶺達となのは一家達で今後の大事な話をする事も知っている。なのはと話すはずが、特訓による見極めで帰りが遅くなる前ことを既に連絡しているからだ。

 

「ただいま。遅くなりました」

「お帰りなさい」

 

ノエルが3人を待っていた。嶺達が帰る時には既にすずかは寝ており、忍は帰りが遅くなるとのこと。

 

「まだ仕事で残ってるものってありますか?」

「…服はそのままで良いのでファリンと一緒に、皿洗いをお願いします」

「分かりました。千草はなのはの家で母親の手伝いをしてたし、先に部屋に戻っていいよ?」

 

すぐに嶺と亮の二人はファリンの手伝いに向かったが、後から来た千草にはすずか達からはまだ何も頼まれてない。

それでも見極めの間になのはの母親の手伝いをしていたため、今日は休ませるようにした。

 

*****

 

部屋に帰ると、嶺から二人にあることを話すよう集める。

 

「じゃ、亮との2人には介入前から最後までもう一度おさらいしよっか。

あと重要な連絡事項もあるよ」

「おさらい…ですか?」

「そう言えば、千草には簡単に説明するしかなかったな」

 

殺者の楽園のことや、正義側の事についてある程度知ってるのは亮と嶺だけで、最近きた千草からは何も知らされてない。

 

「一から掘り返していくね。まず神のことから話そうか」

「…俺を転移させたあいつか」

 

自らを神と称し、石像が浮いていたのを思い出す。嶺の知らない場所で神とハセヲがどんな会話をしていたかを聞く。本来説得のことは先に聞くべきではあったが、介入世界の事件解決を優先していたため神からはルールぐらいしか聞いていなかった。

 

「んー亮、どうやって説得させたの?」

「説得っつーより…殺者の楽園がいるせいで元の世界に戻れないから嶺と協力して戦ってほしいとは言われたぞ?」

(…あのー、それ説得なの?)

 

千草が転移された時のように、仲間を呼ぶかどうかの判断も神がやっている。千草のような事情も分からないまま転移される時も今後あるなら、他の仲間まで同じことをしそうだと嶺は考えている

 

(神には、仲間の転移方法を聞いたほうがいいね)

「…それじゃ、次に提示されたルールについてかな」

 

所属している正義側と敵対している殺者の楽園の大きく二陣営に分けられている。正義側は世界の運命(物語)を観た上で介入し、定められた悲しい運命を変えることも可能だが、その抑止として彼らは世界に住む主要人物を襲ったり、殺そうと仕掛けてくる。

「正輝のように他の正義側もいるけど、弟に関しては家族だからともかく、知らない人だったら何が起こるか分からないよね。

 

最悪、敵対するって可能性もある。

現状は私と正輝で二枠…後残り四枠の正義側が出てくるよ」

「…仲間チームだけど、仲間とは限らないって訳か」

「あと、分かってるよね…殺者の楽園を如何に倒すかも」

「「…」」

 

今後とも別世界に介入する毎にデンドロ二世のような敵組織(殺者の楽園)も出てくることを話し、二人とも黙ってしまった。

 

殺さなければ、倒すことはできない。

 

基本嶺がやるとは言っていたが、任せても任されても、どの道汚れ仕事の時点で罪悪感は残る。

 

「悪い嶺。ちょっと…千草と二人たけで考えさせてくれ」

「ん、分かったよ。基本私がやるし、もしそういうことが今後あるかもしれないってことだけだから、念の為に心構えはしておいてねってだけだよ」

 

二人ともその覚悟はまだ出来なかったが、知ると知らないでは大きな差がある。いずれやってくる脅威に、何が起きてもおかしくないってことを肝に命じ、二人とも心にとどめた。

 

「…でもよ、殺者の楽園ってこの世界だけじゃないんだろ?それはどうするんだよ?」

「今日、神から連絡事項があったよ。

介入用の船があるんでだってさ」

「え、船があるんですか⁉︎」

 

嶺は携帯を二人に見せて、詳細を見る。

親切に船の構造と地図が添付のデータで貼っており、転移には.hack.G.U.仕様のカオスゲートが使われることとなる。

 

更には船の内部を写真で撮り、分かりやすいようにしている。個別の部屋とリーダー(嶺)専用の部屋が用意されている。

 

(私の部屋ってこんな風になってるんだね)

 

共通しているのは三人とも窓のない部屋で暮らす事となり、ベッド、クローゼット、筆記用具、ノート、椅子と机にパソコンがある。

嶺とアトリには縫いぐるみのチムチムがあり、ハセヲにはバイク倉庫があった。

 

食料は自給自足だが、少なくとも就寝用のベッド、家電製品は無償。空調設備に水と電気、ガスといった生命ラインも神様から提供されていた。

 

人数に対応するための船の改装も可能で、特に嶺は武器とアイテムの改造ができるが、その場所の名前が????となっていた。

 

「どっかで見覚えがあるぞ、コイツ」

「ハセヲさんもそう思いますか…」

(どう見てもデス★ランディだよね)

タッチして詳細を見ると黒一色ではあったが、姿形からして3人とも察してしまった。明らかにグランディ族で、髪型もハセヲそっくりの時点で。

 

「…今さっき携帯の連絡で、5日後には船に帰るよう指示が送られている。

 

ファリンにはこっちで伝えておくから、ハセヲとアトリはここで思い残す事があれば早めにやっておいてね?」

「まぁお前と一緒にファリンを手伝う事になるけどな」

「あの…二人が一生懸命頑張ってるのに…私はどうすれば」

「千草には私からノエルとどんな仕事をさせるか聞いておくよ」

 

千草は首を傾げて嶺に聞く。

すずか一家からは何も言わされておらず、だからといって帰還まで別荘に滞在しても何もしてないからと彼女も困っていた。

もう一人広い別荘を手伝える人がいるなら、ノエルも助かる。

 

しかし、もう一つ引っかかる事があった。

 

「これで衣食住も、最低限の生命ラインの保証があるのはハッキリした…でも、いろんな世界に回るっつてもその世界特有の通貨ってのがあるだろ」

 

ハセヲ達のような現代世界では『現金』で支払っているが、このルールだとコロコロと世界を回っていくのだから当然お金の価値や通貨も変化していく。

 

「まずお金を得るためには…えーっとね、ミッションをクリアする事、敵組織である殺者の楽園を殺す事を変える事…以上の二つをこなす事」

 

定めた運命というのは、物語に起きた出来事を介入によって変えること。とはいえ、変えるだけの行動を促しても、その変化の誤差が今後の物語にどう影響を及ぼすのかは状況による。

 

物語が良い方向に向かう可能性もあれば、その逆も当然ある。

 

「でも!楽園を殺す以外でお金を稼せいで暮らせれるのなら「ちゃんと討伐しない限り、船に帰さないこともあるって書かれてるよ」そ、そんな…」

 

更にお金は稼げたとしても、殺者の楽園による討伐からは逃げられない。ちゃんと依頼通りに殺さなければ、船に帰すことも元の世界に帰ることできなくなる。

 

「注意書きに、その世界の任務にもよるってことも書かれてるから。殺者の楽園の討伐以外に調査も命じられるってさ。

 

それでも危険であることに変わりはないけど」

「…で、稼いだお金はどうなるんだよ」

「そのお金はまず神から私に分配されて、分け前もまた船の管理者である私が決めるんだってさ。でも、私だけの判断じゃ不平等だからみんなと相談するかな。

 

船だとショップがあるから、どの通貨でも使えるよ。介入と同時に通貨も自動的に変わるんだって」

 

介入世界に対応して、支給されるお金も変化される。

これでお金の問題も解決した。

 

「これで残る心配つったら…まずお前。絶対に介入時に道迷うそうなんだよな」

「ナ、ナンノコトデショウカー…」

「俺達のゲームじゃ親切にマップがあったけど、このリアルと同様にそれが無いからな?」

 

別世界の決まり事もそうだが、世界の知識を知って介入するものの場所を知らなくては迷子同然なのだ。今の端末でマップを表示してくれるわけでもなく、自力でどうにかするしか無い。

 

「でも、二人ともどうやってこの別荘に住んでるんですか?」

「子供を連れていこうとする悪い人達を退治して助けたら、なんかこの別荘に住ませてもらった。かな」

「同時に、危険なジュエルシード集めってのも兼ねてだけど」

アリサとすずかを助けて、なのはの集めようとしてるジュエルシードも回収していた。

住む場所もないまま、二人ともすずか家の召使になった。

 

「とにかく、この世界にいる間は…やる事を決めてやっておこうね。私もそうだけど二人ともまず余分に衣服類を購入すること。いつも亮と私の二人で買い物に行ってるけど、交代制で千草と亮、千草と私で行くことにするから。

 

なんかメール確認してたらお金はミッションクリア、デンドロ戦で報酬をもらえたし、取り敢えず二人にはお金渡すね。

ノエルから買い物用としてお金貰うけど、自分達用ので分けて持つようになるから。

 

 

当然服選びにも時間かかるから、基本ファリンのおつかいが優先だから余裕があった時に買いに行ってね。

大きいカバンとか、フライパンとか。

本棚とか運びきれないものは考えてないからやらなくていいよ。

時間がかかりそうなら、さっさと帰ること。

 

こんだけ日にちがあるなら間に合うと思うけど、必要だと思ったものは私にメールで連絡するから」

 

次の日

嶺はノエルに千草にも仕事に加わると伝え、どうするのかを教えて貰う。

 

「えーと千草。仕事は私とハセヲよりも少ないけど料理の用意と洗濯した衣服を干すこと、あと乾かした洗濯物の整理整頓をお願いってさ。

亮とファリンの仕事を共同でやるようにって。

 

あと、昨晩言ってた必要なものの買い物なら誰か一人抜けても大丈夫だから余裕がある時に行ってもいいってさ。

特に千草が行くことになるけど、荷物が重くなりそうだったら連絡して。

私か亮で行くからね。

 

仕事服は用意されてるから、早速着替えてね」

「はいっ、分かりましたっ‼︎」

「私の方は買い物を頼まれたから、ちょっと行ってくるね?」

嶺は買い元を頼まれて向かい、亮と千草が別荘に残る。今度はファリンが千草に仕事のことを教えているが、ハセヲの時と同様にまたドジを踏んでしまう。

 

それをフォローするかのようにハセヲが横から手助けした。

 

「あの、大丈夫ですか?」

「ううう…」

「あぁ、またか。いつもこんな感じだから、教えられる俺達もファリンの不注意を言ってあげるようにな」

 

 

こうして、嶺達は着実に拠点である船に帰るための準備をする。

 

 

*****

 

 

そして、船に帰る日

亮と千草がまず帰る準備をし、荷物をまとめていた。ここまで短い間だったが、またこの世界に介入するときはすずかの家とは今後もお世話になるだろう。

 

「もう帰っちゃうの?」

「うん。また機会があったら連絡して会いに行くね」

 

嶺は、短い間だけでもお世話になったなら土産の菓子を渡す。おっちょこちょいのファリンは、何もない場所でつまずいたりしていた。いつも彼女のフォローをファリンがやってたが、亮と嶺にしてもらっている。

 

「お前も達者でな」

「はい!三人が帰ってきた時には私も上達しますから!」

 

嶺は携帯を入力し、転移の準備をしよう入力するが、転移する前にすずかだけじゃなくもう二人やってきた。

 

「嶺さーん!」

「なのはちゃん!」

「あ、ゴメン。忘れてた」

「お前なぁ…」

帰ろうとしたところをなのはがユーノを連れ、すずかの家へ向かって走っている。落ち込んでた頃よりも、今では笑顔で手を振っていた。

嶺は転移ボタンを入力せず、なのはがやってくるまで待っている。

 

「だいぶ、スッキリした顔だね」

「うん!」

「もう、帰れるんですね」

 

 

昨晩、ユーノとなのはにも帰れるように言っており、電話でそのことを伝えたが買える準備に忙しかったから忘れていた。

 

「私自身の答えは…今出さなくて良いって決めたから。急がずにゆっくりと、歩いて向き合えばいいって」

「…そっか」

「あとね…フェイトちゃんにも会って話せたよ!」

「ん、良かったね」

 

なのはが抱えていた悩みも、吹っ切れていた。家族のこと、フェイトのこと、そして自分なりの答えに焦らず向き合う事にも。

 

「…すぐ帰れるかどうかは分かんないけど、機会があればまた会えるよ」

「また…寂しくなるけど。今は、本当の意味でさよならじゃなくて良かったかな」

「なのはもユーノも私がいない間は忙しいと思うけど…教えなくちゃいけないことが沢山あるから、お互い頑張ろうね」

 

なのはも快く頷き、転移ボタンを押して帰ろうとする。立っている場所が光り出し、嶺はすずか達となのは達に手を振った。

 

「それじゃ、またね」

「うん!また会おうねっ‼︎」

 

そう言って、嶺達は転移して去っていった。

介入した事件も早期に解決し、なのはとの無印の物語はこれにてひとまず終結した。

 

嶺達は自分達の拠点(船)へと3人は転移し、帰って行った。

 

今度は彼女らの放浪先は二人の少女が魔法で巡り合う出会い物語から、今度は高校生達によるテレビの都市伝説と真実に向かう物語へと。

 

 

そしてもう一つ

 

『あっれー。おかしいな…綺羅の指示で6thに探索用の機械虫を飛ばしたんだけどさ…』

 

1stこと久野が密かに正輝と嶺を見張るよう指示されていたが、嶺が無自覚に追跡用の機械を粉砕し、行方をくらましていた。これが後々無対策なまま久野も綺羅も酷い目にあい、嶺の逆鱗に触れたことで予想外な不意打ちと暴走になるとは思いも寄らずに。

 

【始動 クリア】

ーNEXT 渡るテレビは迷路と自己像幻視 その1

 



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12話アイテム改造と、テレビ

三人が転移して船に到着すると目の前には長方形の扉、その側には工具セットと一冊の本がある。背後には転移用としてカオスゲートが設置されていた。

 

(あ、カオスゲートだ)

「今後はこれを操作して行くのか」

「探索は荷物を自分の部屋とかに置いてからだよー。

まず地図通りに自分の部屋に行こうね」

「この本…取扱の説明書ですね」

 

工具セットの近くにあった本は、カオスゲートを操作して転移する為のやり方として置いたものだ。かつてハセヲ達が使っていたものと仕様が違っており、転移にも様々なものが説明書に記載されている。

 

扉を開け、リビングに向かうと如何にも二、三人暮らし出来るような広さになっている。

まだ人数も少ない為に船内は狭く、最低限のものしか置かれてない。

 

 

それぞれが荷物を自分の部屋に入る、部屋の中は写真通りのものが用意されていた。

 

「…ふーん」

(部屋はこうなってるんだ。やっぱりリーダー部屋だから二人より広くて、家具も多い)

 

どの場所も綺麗になっている。リビングだけではなく、個室にもちゃんとした風呂場とトイレがある。

 

生活するだけなら何とかなるが、この船はサービスとして保証しているのは生命ライン(酸素、水、電気、ガス)なだけで、それ以外の調達しなくてはならないものもある。生きていく中で、任務をこなして報酬を得ることも最低条件の一つだ。

 

「?嶺さんどうしたんですか、立ったままで」

「うーんとね、まず整理整頓(魔改造)をしようかな〜って」

「やっぱりそう思いますよね!チムチムの縫いぐるみは可愛かったですけど、やっぱり物寂しさがあります‼︎」

「物寂しさもそうだけど、後々物も増えていくことになると思うよ。船のことなら船の広さとか、どれぐらい物を置けるとか…三人とはいえ、使えるスペースが狭いなら何処まで改装できるかも聞かないといけないね」

 

千草と嶺の二人で、色々と話している。

荷物を持っていったにしても、なのは達のいる世界だと限りある時間がある以上買い物して持ち帰る量にも流石に限度がある。

 

衣服は仕方ないが、部屋の模様替えやオシャレといった趣のものは流石に沢山用意していない。

 

「うーん…白いだけの壁も殺風景ですよね」

「まーそうだねー。用意してるなら飾り付けとかはハセヲと一緒に考えてもいいよ。私はいっぱいあるし….規約とか管理とかで、船内でもやる事と覚える事が多いからね」

(ん…?)

千草は共感しているが、それを見聞きしていた亮は何故か二人の会話が成り立っていることに違和感だった。

 

少なくとも嶺は、縫いぐるみに目線が向けていない。

 

「でも…換気が窓じゃなく、空調機じゃないとダメだなんて」

「外に何があるかも遮断されてるけど、間違いなく船から出たら危険な場所だと思うよ」

「やっぱり、そうですよね…でも、自給自足以外の色々設備を用意してくれたおかげで、最低限の生活はちゃんと出来そうですね」

(…二人の会話は合ってるのに、言ってる意味合いが全く違ってるってどういうことだよ)

 

「あの…洗濯が出来ても服を乾かすのはどうするんですか?」

「臭い消しの為の消臭剤とかあるから部屋干しも可能だけど、どうしても日干ししたいならエリアワールドで干すことも可能だってさ。

 

使えるとしたら草原だけど」

「え、エリアワールドで…⁉︎」

(…マジか)

 

エリアワールドは洞窟、神社、草原と三種類に分けられている。草原日光も照らされ、閉鎖空間である以上誰かがカオスゲートを弄って入らない限り下着類を覗かれることはない。その話が本当ならエリアワードの環境そのものも再現し、天候も影響することとなる。二人ともそんなやり方で有効活用出来ることにも驚いていた。

 

「じゃ、部屋以外に船の中を探検してみようか?便利な物か、或いはここで買わなくて済む物もありそう」

 

【???のところへ行ってみよう】

 

まず嶺とハセヲ、アトリの3人で、船内を探索する。が、各部屋ごとに向かう通路の横幅が1〜2人入るくらいの狭さになっている。

部屋は綺麗で、小さい小物以外は男女とも家具はシンプルなものが用意されている。

 

「規模はまぁ…察したけどね。狭さは後々解決するけど、日光とかは難しいな」

 

船の構造そのものが小型船なため、地図を見ても窮屈になる。一人暮らしできるような範囲でもなく、部屋の一つ一つが潜水艦程の狭苦しいというわけでもない。

現段階でリーダー及び仲間専用の部屋(ベッド、机、椅子、風呂、トイレ、エアコン、洗濯機)、倉庫室、調理室(電子レンジ)、リビング、転移装置室、空調管理室(個別以外のエアコンや部屋干し用等)を用意してる事は確認しているがそれでも物足りない感はある。

 

三人は地図を見ながら、???にたどり着くと

 

「久しぶりブヒ!」

「えーっと、デス★ランディ…だっけ?」

「な、なんで疑問形ブヒか…」

 

そこにいたのはかつてカナードというギルドでバイクの改造や提供していたグランディ族のデス★ランディだった。部屋はギルド寄りに似せており、真ん中にちょこんと立っている。

 

グランディ族というのはハセヲの『カナード』や、アトリの『月の樹』のような各ギルドに一匹存在している。中には嶺の過去の時に話していたメカ・グランディという特殊なものもいる。

 

その中でデス★ランディは、カナードに所属している。

 

「お前が、新しいリーダーブヒか?」

「え?リーダー?」

「携帯のプロフィールに記載されてるブヒよ」

 

嶺がリーダーとなり、副リーダーがハセヲとなっている。番号には6と載っており、自分の番号が分かるようになっている。

 

「…ハセヲはギルドマスターだったけど副管理者で、私についてはいつの間にか船と仲間の管理責任者(リーダー)って携帯に表示されているようだね」

 

デス★ランディは紙を取り出して船員の情報を読み取っているが、嶺の称号に関しては???となっている。こうして嶺本人が発言した事によって、船の管理責任者ということが自動的に表記された。

 

「あとハセヲ、カナードだとギルドマスターだけどこの船の副管理者に任命されているブヒ。

 

ありがたく思うブヒよ」

(やっぱこいつ相変わらずうぜぇ…)

 

カナードにいても、嶺の船にいても、腐ってもデス★ランディの性格はそのまま。

亮に上から目線な発言を言いつつも、本題に入る。

 

「で、ここは何をする場所なの?カナードじゃないなら、やる内容も全然違うよね」

「それを今から説明するブヒ。

オマエラ!船の管理にはそれなりの責任が伴う、その事を肝に銘じとくことブヒ!

その為の課題を与えるブヒ!」

「お前、珍しくまともなこと言ったな」

そう嶺が言うと、メールの着信音が鳴る。

メールには課題という件名が送られており、内容を確認すると

 

・荷物、資料の整理

・転移装置の読解

・船内の整備

 

と、上記の三つを課せられている。

 

「基本的な課題内容を熟知する事で、後が楽になるブヒ。

 

船内で過ごすこのと、家の中で過ごすとは大きく環境も変化するから、整えたりしなくちゃいけないとダメブヒよ。

それじゃあそこの3人、そこに座れブヒ」

 

 

そう注意するとグランディは部屋を暗くする。デス★ランディはスクリーンと、ステッキ棒を用意し、アニメーションを用いたルールを説明していく。

 

 

 

「転移装置は、いろんな世界に介入する事でエリアワードを手に入れることができる。任務じゃなくてもそこでお金と特有のアイテムを手に入れることが出来るブヒ。

 

今はまだtha world のアイテムしか取れないけど、他の世界に介入することでダンジョンの幅を広くし、様々なアイテムを手に入れることが出来る。

 

お金が足りない時でも、アイテムが足りない時もそこで現地調達できるからお得ブヒ!」

 

 

ゲームとは異なり、転移装置のカオスゲートに触れる事で端末が出現するという仕組みになっている。そこからエリアワードを入力し、擬似世界としてワールドに介入できる。

ただし、カオスゲートをいくら改造してもTHE worldやリアルの世界に向かうことはできない。

 

「任務の報酬で得たお金も、日用品等はこちらで購入できるブヒ。オイラは、ショップも担当しているからよほど特殊なものでない限りの物を用意できるけど、全般的なお金はこちらで担当になるブヒね。

 

 

船体の改装やスケールアップについては、達成毎に向上するから問題ないブヒ。ただし、改装の対象外による私用による特殊な施設の設置や、向上の為の資金もまた自給自足だから。転移装置にあったカオスゲートも弄る事は可能ブヒけど、超高額だから今の収入じゃ無理ブヒね。

 

 

とにかくオマエら、今のところ介入の任務はないからその間は自由ブヒ」

「えーと、それじゃあ…」

嶺は説明を聞いた後、スマートフォンをグランディに見せる。そこにはなのはの世界で活躍したことで、手に入れた額と経験値が記載されていた。

「楽園一人でこれぐらい稼いだんだけど、何処まで目安なの?」

「敵の強さ、危険度によるブヒ。何処にでもいるやられ役な感じの敵だと低いけど、それでも被害予想によっては高収入になるブヒ。

世界介入の難易度も、高ければ高いほどもらえる額が高くなるブヒ」

やられ役、通称モブのような弱さを持つ敵をいくら倒してもそんなに稼げない。とはいえデンドロのように敵が馬鹿でも街中に突然出現し、放置すれば周囲に被る被害が甚大のものもいる。

 

「それじゃあ、この85万円は安い方なの?」

「介入による解決と討伐をこなしているからそれを合わせているブヒ。

初めにしては普通よりちょっと上ブヒよ。介入しても平和なものもあれば、楽園だけの討伐もあるブヒ。

 

以上で説明は終了ブヒ。今は人数が少ないブヒし、任務もまだ簡単…しかーし!今後は任務を達成する度に難易度も高くなるし苦労する事も多いから、がむしゃらに働くブヒ‼︎」

 

生活面では神のサービスを無料で提供してくれているおかげとはいえ、それでもお金は間違いなくかかる。仲間達の食費もそうだが、介入や戦闘面における武器、アイテムの必要経費を考えなくてはならない。

 

「そう言えばお金ってどこで貰えるの?」

「嶺の部屋にATM機器があったから、プロフィールを提示すればお金の引き出しや、預けることもできるブヒ。

 

 

ただ、介入する世界毎に通貨や価値が異なるから船内用と介入に対応した賃金を準備しておくブヒよ?介入前にはATMもそれに対応して、自動的に進化するブヒ」

(…お金を引き出せるのは私の部屋だけか)

「…なんでお前、この船に関して詳しいんだよ?」

「オイラは嶺と同等の管理責任者でもある!そして、介入前に元々この船にいたのだから当然ブヒ!

 

あ、でもwハセヲには責任が重過ぎるから、精々中間管理職のようなお仕事がお似合いブヒかもしれないブヒwww」

「テメェ…」

「ダメですよ。ハセヲさんも私と嶺さんにとっては欠かせない人です」

ハセヲは嫌味を言うグランディに苛立ってはいるものの、アトリは擁護している。

 

それを嶺は眺めて、無言のまま黙って聞いていた。

(まぁあながち間違ってないかな。介入はともかく楽園の討伐なんで繰り返してやったら。

…うん、間違いなく二人の精神が病んで心も壊れちゃうかもしれない。

 

今のところは基本的に私が動くし、二人は船内の管理や支援してくれたら凄く助かるかな)

「とはいえ、介入前は住む場所も任務達成にも苦労したのだから、3人とも船に着くまでの間はお疲れブヒよ。

 

3日ほど休息を用意しているから、介入の連絡が着くまで身体を休めるブヒ!

何かあったらオイラか嶺に言うブヒよ」

 

*****

 

こうして、嶺達は3日間の休息を有意義に使っていた。

 

まず1日目に3人とも生活に慣れるようにする事と、前回説明した船体の機能確認。嶺は.hackのアイテムの回収のため、ハセヲ達二人と一緒にエリアワールド(草原、洞窟、神社)にいるモンスターの討伐へと向かう。

 

「準備できてるー?」

「あぁ、いけるぞ」

 

嶺だけではなくハセヲやアトリにも携帯が支給され、ボタン一つでネットキャラとリアルの姿を入れ替える事ができる。ゲームでの衣服は携帯で衣装を変える毎にいつも綺麗なままだが、リアルの服はそのまま汚れや臭いが残ってしまう。

この機能は元々なのはの世界に介入時に加え済みなため、使い続けた後に気づいた。

 

 

衣服類の洗濯と乾燥については、外による換気をどうしてもしたい場合のために、エリアワールドの最弱レベルの場所で乾かす事となる。

 

女子組は支援しか出来ない人はそのまま残り戦える人だけで敵を葬っていく。女子の洗濯物を片付けた後に男子組(現段階はハセヲしかいない)がやってきて、衣服を乾かすというやり方になる。

この時点で敵は全滅させているため、男子組が襲われることはない。

 

とはいえ、外の空気を据えても洗濯物の日干しをする機会は滅多にない。

特に女子は誰かに見られるって事もあるのだから、部屋干しになる。空調による換気は臭いと乾燥させる事もできるが、衣服についてある雑菌を取り除くことはできない。

外なら日光、部屋なら除菌用のスプレーの必要がある。

 

(the worldの弱いレベルじゃ初心者向けのアイテムしかないけど…一応取っておこうか)

 

エリアレベルの弱い場所のアイテムも、別世界の価値によっては貴重なものになる。このゲームの仕様である癒しの水、雨等の回復アイテム、属性に耐性を自由に付け替えできる装備品、装飾品もそのうちの一つである。

 

環境が豊富な世界もあれば、そうでない可能性もある。初任給のお金も既に分け、次の世界への準備を整えておいた。

 

2日目(昼)

亮と千草はエリアワールドに出ないまま船内に滞在し、嶺は企画書と収穫した札を持ってグランディの元へ向かう。

 

「嶺ブヒか。

ちゃんと課題は達成できてるブヒか?」

「まぁまぁだよ。で、今空いてる?

頼みたい事があるんだけど」

 

転移装置室では説明書を見ながらカオスゲートの設定をしていくと、倉庫、回復機能、転移後の能力向上という項目を見つけた。他にも様々な効果の機能が加われているが、小規模のものでも解放経費には150万になる。

 

当然、どの項目も最初の段階で購入できる金額ではない。

 

「え、ちょっ、この量をブヒか⁉︎」

「うん。そうだよ?それじゃあ今度はこっちの番ね…地雷式の呪符と改造施設って作れる?」

 

そう提案すると、グランディは困った顔をしていた。一人部屋並の小さい施設、呪符だけなら今ある金銭を考えても何も問題ないが、それでも初任給だけで今後の生活に支障が出るのではないのかと。

 

「んーでも、二つとも新規作成だから資金がかかるブ「はいこれ。まず呪符と素材用の物資、楽園討伐と事件解決の両方をこなしたからその報酬金の4割。これで作ること出来る?」…え?」

(よし、それが出来るなら話は早い。資金もちゃんと確認したけど、これで問題ないかな。

 

もし作成できたら、地雷式の呪符を大量生産させよう。

間違いなく今後に必要不可欠だし)

 

デス★ランディは驚いているが、大金の金額を見て管理の無さに怒った。生活維持を考えずに、そんな身勝手なことをやろうとしてることに。

 

「いやいや、受け取れないブヒ!最初で行ったように管理の責任が伴う以上二人の同意がないと」

「はいこれ」

 

しかし、ハセヲとアトリには既に、あらかじめ同意書にサインされている。

お金と生活費の問題も解決済、エリアワールドで経験値やお金も稼いでいたお陰でどうにかした。

単独行動し遠距離がない嶺が複数の敵に、ある時は先手を取るために、またある時は戦えない人のための手段の一つとして必要経費だった。

 

 

デスランディにツッコまれる前に、嶺は既に仲間にも準備し、もう用意周到過ぎて驚いているデス★ランディは心労で疲れそうになっている。

嶺がこんな準備をしてるとは思ってもみなかったのだから。

 

「…で、これで大丈夫だよね。ハセヲもアトリもいいよーってさ」

「突拍子にも程がある…ブヒ」

 

当然お金がかかる事も理解した上で、二人とも嶺の提案に賛成している。

ちょっと待っててとグランディが端末を操作し、嶺のお金から改造施設と呪符用の資金が引かれていく。

 

施設と呪符の準備にも約3時間くらいかかるため、完成の連絡も当分かかる。

 

「出来たブヒっ!」

 

改造施設、呪符の改造が解放されるようになった。このまま改造された呪符を作成する事で、呪符に付加させる事が出来る。

 

「よし、それじゃあ量産しようか」

「…え?」

 

こうして嶺は、まず呪符を主軸にした彼女のトンデモ魔改造が始まる。三重発動、地雷化、アイテム使用後における連続再使用と側から聞いたら悍ましいと恐怖を覚えるが、提案した嶺は恐ろしさに自覚もないまま作成していく。

 

 

*****

 

夕食時

 

今の嶺はグランディと連絡しながら、色々な改造で忙しくなっていた。

 

一方、千草と亮の二人は持って帰った荷物を部屋に置いて済ませると、キッチンにいる。千草は野菜炒めとシチューを作り、亮はご飯を炊きつつ、終えたら千草の手伝いをしていた。

 

「あいつ、まだ改造施設に篭ってるのか?」

「何やらアイテムの改造に手を加えていて」

(あいつ…俺達に話さずに何やってんだよ?)

 

亮は嶺の様子が気になり、改造室へと向かう。

 

「おい、嶺。もう夕食の時間だから早く来いって…」

 

嶺の姿はなく、側においてある故障したテレビが残ってあるだけ。

(アイツ、確か改造に疲れて部屋で居たはずだよな?何処行った?)

ずっと引きこもっていたのに、いつの間にかいなくなっている。亮は、もしかしたら改造中にトイレに行ったのかと一瞬考えたが

 

「亮さーん。ご飯ですよー」

「…分かった。今からそっちに行く」

 

ハセヲ達の知らぬ間に、寝落ちした嶺はテレビの中へ入っていく、嶺が船内で行方不明になったのは、夕食後になってから二人とも気づこととなる。

 

 

ーー幾ら何でも、遅すぎると

 

「あいつ、遅いな…」

「どうしたんでしょうか…」

どれだけ時間が経っても中々嶺が戻ってこない事にまさかこの狭い船内に迷子になっているのではないかと。

その時、亮の電話が鳴っていた。

「…は?グランディ?なんであいつが俺の電話番号を」

 

デス★ランディという表示を見ながらも溜息をついて電話を取り、耳に携帯を当てた時にグランディの怒声が響いた。

 

「ハァ…もしも『おいハセヲテメェゴルァァァッ‼︎』いきなりなんなんだよ.…あと声でかいから小さくしろ」

 

何やってるんだという感じの怒りと若干焦ったような声が混じっている。怒声だったために携帯の距離を離しつつ会話してる。少なくとも、嶺ではなく副隊長のハセヲに届いたのはランディの慌てている様子から嶺の身に何かしらの事故(トラブル)が発生している。しかも、

 

『れ、嶺がこの船にはいないブヒィィ‼︎‼︎消える前まではずっと改造室にいたけど知らないうちに突然消えるって…お前ら、嶺の側にいなかったブヒかぁ⁉︎』

「えっ…」

「…は?」

 

船にいたはずの嶺が消失した。

それを聞いた二人は、急いで嶺のいた改造室の手掛かりを探してはいるものの、決め手となるものがない。

製造用の機械、改造用の工具、机の上にある大量の魔改造された札、座布団の近くにはレトロのテレビがあるだけ。

 

(嶺のやつ…⁉︎一体何処に行った!)

 

こうして二人が焦っている間にも、物語は加速する。まだ休日は残っているのに、単独で介入するにも準備不足でまだ早すぎていた。

 

食事前ーー

 

敵の組織対策のために目標数の改造札を数えて待っていた嶺は、座ったまま眠りそうになる。

 

(これで50枚目…ねみぃ。zzz)

 

そのまま後ろにあったレトロテレビに倒れていく。目も閉じ、嶺は次の世界である【ペルソナ4】へとスヤスヤと眠ったまま落下するように介入していくのである。

 

(あれ浮遊感…?まぁいいや寝よう)

 

置かれてる現状に危機感が無いまま、テレビの中からと介入していった。持っている携帯の音も鳴っていたが、その時点で彼女は熟睡し、最終的に回線が切断された時点で連絡は取れなくなった。

 

千草と亮を連れて行かないまま、彼女一人でシャドウの住む迷宮へと。

 

 

 



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渡るテレビは迷路と自己像幻視 その1(ペルソナ4)
13話城内迷宮


「ん、あれ…」

 

嶺が目を開けて起き上がると、床は赤い絨毯が敷かれており、彼女は頭が働いてないまま起き上がる。周囲を見渡すと中は中世にある城のようになっており、広い城内をぐるぐると回っていた。

 

「亮ーっ!千草ーっ!」

 

嶺以外の二人がもしかしたらいるのではないかと、叫んでいるが二人とも出てこない。

状況を察するに、嶺が考えついた答えは

 

(うーん、夢を見てるのか!)

 

正式な転移装置も使わずに、いつの間にか介入してるとは思ってもない。これは船内ではなく今いる場所が城の中にいるからだと自己完結し、そのまま探索する。しかし、

 

(ちょっと待って…夢でもお姫様になりたすぎるとかなにそれ怖い)

 

どこを歩いても見ている景色が一向に変わらない。ドアを開いても一本道と空き部屋のみ。精々あるとしたらトラップが仕掛けられてない宝箱がポツリとあるだけ。まるで世界に一人だけのお姫様になってる状態である。

 

そもそも潜在意識に姫になりたい宣言があった事に絶望感を抱きつつ、あまりにも景色が変わらなすぎてスタート地点に戻らされたのかと彼女は思ってしまう。そもそも地図も事前準備もないため何処にいるのか分かるずじまいで、印もつけないまま体の感覚だけで把握していた。目印こい、というかマップこいと考えながら。

 

「ん?」

 

城内の探索中に、複数の影が見える。

人の影でもなければ真正面に動くものもない。

彼女が上を見上げると唇と舌だけの変色した貝殻の化け物が複数浮いており、嶺を囲みつつ一斉に襲いかかってきた。その状況でも焦りはなく、のんびりとしている。

 

(ゲーム風の夢か。ということは、ラグとか諸々は現実と同じって考えでいっか。攻撃は単調で、動きも遅い…避けてもいいけど反撃も可能かな)

「一双燕返し」

 

彼女はその貝殻を敵と判断して攻撃を避けつつ、双剣を取り出してなぎ払う。人よりも大きい怪物を吹き飛ばし、二、三体集まったところを潰した。

敵の舌と唇を切り裂き、消滅する。

 

それでも他の敵の攻撃はおさまらないため防御して距離を置くと、改造した手持ちの呪符を一枚取り出して試す。

 

(丁度いいし、実験に付き合ってもらおうか?)

 

.hackG.U.の世界ではどんな種類の呪符も基本一枚で魔法系攻撃一つ分というのが決まりである。しかし、介入前に嶺が施した改造によって呪符一枚の発動で

 

「爆ぜろー」

『ガァァァァッ⁉︎』

 

一度に魔法系攻撃3回分の発動となる。嶺が発動したのはバクドーンという火属性魔法。上空に飛来する大量の火炎球が敵めがけて飛ぶ魔法だが、落ちてくる球の数が多い。襲ってきた怪物の大半はそのまま焼かれ、断末魔を上げて消えていく。

 

この上位魔法がオルバクドーンという魔法だが、まだこの段階では低レベルのエリアワールドのアイテムしか手にしていない。

 

(おおー、上手くいったいった。これでスキル以外にも範囲攻撃を可能にできるってことがわかった。追尾機能はないけど、改造で多少量が増えてるから上空にいる敵に当たってる。

なんか、数の暴力には数の暴力で制裁したけど。

 

それでも現実と似た夢の世界でこれだと、今の段階でアイテムの連続使用は出来ない。そもそもアイテム使うと数秒時間を立てないとまた再使用出来ない仕様だし、使っても何体か敵が残るか…まだ改造の施しがありそうかな?)

「イザナギっ‼︎」

「いけっ!ジライア‼︎」

 

そう嶺が考えていると残った敵には突風が巻き上がり、落雷が落とされた。

 

嶺が声のする方を見ると学ランを着た男子高校生が二人、その後ろにはスポーツをしてそうな格好をする女子高生もいれば、熊に似た【何か】までやってきている。一人はヘッドホンを首にかけており、もう一人は背の高く、髪型が整っている。

 

 

(…爆発音で気づいちゃったかー。次から実験するときはもう少し慎重にしないと。

 

あ、でも実験をしても結局これ【夢】だから無意味だっけ?まぁいいや。にしても、シチュエーションが凝ってる夢だなー)

 

嶺はすぐに双剣をしまい、出会った三人と一匹が来るのを待つ。彼らは嶺の持つ凶器を見たわけでもなく、彼女自身道がわからない。

親切そうな彼らに話して、ここがどういう場所なのかを知る必要があった。

 

「そこに誰かいるクマ!」

「まさか俺達以外にテレビの中に入ってる人がいるなんてな…」

 

城の中ではなくテレビの中という、不可解な発言に嶺は首を傾げる。

 

「?…テレビ?何処かの城の中じゃないの?」

「…え?」

 

介入前にその世界についての知識を教えてもらうはずだったが、その前に介入してしまった彼女にはこの城とテレビの関連性なんて考えてない。

 

嶺がよく分からないという顔をしていると、一人がテレビのことについてまた聞く。

 

「なぁあんた…マヨナカテレビを知らないのか?アンタもその噂を聞いて、巻き込まれたんじゃないのか?」

(よく分かんないけど。取り敢えず学生達と熊、特殊なテレビが関わってる【夢】なのかー)

「えーと、なにそれ?」

 

よく分からないという顔をし、マヨナカテレビという噂の存在すら何も知らなかった。彼らもどういう経緯で彼女はテレビの中に入ったかを聞き込もうとする。

 

怪物な襲われ、ここはどうなってるんだと恐怖で怯えているのならば興味本位で入ってきたか、或いは噂だけしか何も知らないままテレビの中に入っている人か。或いは、その噂が実査にあったマヨナカテレビを悪用し、それに巻き込まれた人なのかと。

 

「あの、どうやってテレビの中に入ったんですか?」

「一息ついて寝ようとしたら…いつの間にかここに辿り着いた」

「ね、寝たらって…ならその側にテレビとかなかったの?」

 

今度は後ろにいた女子が話しかける。嶺は寝る前に改造室に何があったのかを思い出そうとするが、その時は札の魔改造と量産に手こずっていたからあまり覚えてない。

 

 

「うーん。ずっと工作(魔改造)に集中してたから、周りに何があるか分かんなかった」

「工作って…よっぽど気にいるものでも作ってたのかよ。

 

なぁ悠…もしかしたらこの人、作業してたところを知らない誰かに背後から襲われて、無理矢理テレビの中に入れられたかもしれねーぞ。寝てる側にテレビでもない限り、そう考えるのが妥当だろ」

「なにそれ…最低っ!」

(えー…なんか誤解されてる)

 

彼らが状況証拠を聞いても、興味や関心を持ってテレビに入ったわけでもなく、無関心な上に知らないという顔に見えていた。

嶺本人は襲われた訳でもなければ、憎まれる相手だっていない。

今の彼女に外傷もなく、至って健康である。

 

「いやいや、襲われてるって訳じゃなくて本当に寝たら此処にいたってだけだから」

「まぁ、本人がそう言うなら…そう言えば俺達、自己紹介がまだだったよな」

「お互い会ったばかりで名前も知らないね」

 

彼等は、ずっと嶺に対して事情を聞いていたから

マップが来ないまま一人きりだったが、少なくとも彼等と一緒に動けばこの城の中をぐるぐる回らずに済むとホッとしている。

 

今度は気軽に話していた。

 

「鳴上悠です」

「花村陽介、よろしくな」

「私は里中千枝」

「オイラのことは気軽にクマと呼んでくれればいいクマ!」

(?クマって喋れたっけ?)

「うん。鳴上、花村、里中、クマね。それじゃあ…岩崎嶺、四人とも嶺でいいよー」

 

こうして名前を言いつつ知り合ったが、彼らにとって無関係な嶺をこのまま同行して巻き込まれる訳にいかないと

「でも大丈夫なの?一度外に出してあげないとまたシャドウに襲われるでしょ?」

「黒い怪物のこと?あーそれなら。さっき戦って、倒したから」

「「「…え?」」」

 

一度テレビに出るようにと提案したが、嶺本人が怪物を恐れずに生身一つで撃破したことを発言し、三人とも驚いている。

 

「え…?それじゃ、まさかお前もペルソナを持ってるのか?」

「…えーっと、ペルソナ?何それ?」

 

今度はペルソナという言葉が発し、また嶺は首をかしげる。少なくともそのペルソナという異能力を持って怪物相手に抗っている手段であることだけ。

 

嶺にはその手段を持っておらず、単身でなんとか出来たということがあり得ないことなのだ。

 

「え⁉︎ち、ちょっと待ってよ!それじゃあ本当に生身で倒したっていうの⁉︎」

「護身用の武器ぐらいは持ってるよー。折りたたみのナイフと予備の一本しかないかな」

 

そのまま話が続き、今度は護身用の武器でなんとかしたと言う。

彼らの開いた口が塞がらない。

 

(倒せんのかよ……)

(倒せるのか…)

(すご…)

 

ペルソナもマヨナカテレビも知らない女性が化け物相手に生身で倒したということを軽々と言ったことに、どんな反応をされるかよくよくよく考えると

 

(あれ、これ言ったらマズかったやつかな。

なんか3人とも複雑な顔してるし。

 

ま、いっか。

言ってしまったものはしょーがなーい)

 

ヤバイ人だと思われるのではないかと最初は内心少し焦っていたが、今更取り消してももう遅いと開き直っている。

最悪【夢】なのだから気にしても無駄だと。

 

「えーと、それじゃあ今度はこっちから話してもいい?

 

 

ここ何処?今までずっと迷子だったから」

「…行きながらでいいか?俺達も急いでるんだ」

「いいよー」

 

人に会った上に、会話も無警戒なままフレンドリーに話してしまったが、それでも迷子になりそうなこの場所から出ることが可能なのが救いだった。

 

*****

 

鳴上達が親切にマップを見せ、嶺達がどこにいるのかを見ている。

 

「ん、だいたい分かった。でも鳴上達の方はなんでこんな危険な場所に?」

「その…実は…」

 

事の発端は、彼ら三人がマヨナカテレビという噂が学校で話題となり、興味を持ったことだった。実際にやろうとした結果、陽介と千枝は人が写っていたくらいで、悠はテレビに手を突っ込むと浸透するかのように手が画面を入れることができた。

所詮噂なだけで、実際に現実に影響するわけがないと。

 

そこから今度はジュネスというショッピングモール店にある大画面テレビで試そうとしたら、三人ともテレビの中に入ってしまった。

この時は、噂がニュースになっているアナウンサーの山野真由美の死と関連しているとも知らずに。

彼らはテレビの中ではクマと出会い、シャドウという化け物、ペルソナという力を知った。

 

 

真夜中の雨に一人でテレビを見ることで、その画面に誰かが写ったらそれが運命の人になるという噂のに、事は噂ですませるような事態にならない。犠牲者の中には、真由美だけではなく陽介の先輩である小西早希も第一発見者としてアナウンサーが聞いていたのをテレビで放送されていた。

 

鳴上達はその報道を見ても似てるというだけで、これが本人かどうかも分からない。

しかし、マヨナカテレビの存在で彼らは確信した。

テレビに入った二人はシャドウに襲われ、変死体となって死んだのだと。

 

今度は雪子がテレビにうつり、里中の友達まで変死体になって死ぬことになるかもしれない。まず雪子の死を食い止めるために、鳴上達はこの事件に関わり、そして現在に至る。

 

(で、今は千枝の親友を助けたいってことになってるのか)

【マヨナカテレビに写った人は、次の日の雨になると死ぬ】

 

 

ニュースでは変死体となって発見され、怪奇殺人事件のはずが【連続】怪奇殺人事件となった。

それに関係しているテレビの中の世界にはシャドウという怪物が生きているため、その対抗手段としてペルソナを使って戦い、助けようとしている。

 

ペルソナの力は、この世界にいるもう一人の自分と立ち向かい、向き合う事でその身に宿す。花村の場合はジライア、千枝の場合はトモエのように個々の持つ己の心から生み出される。悠に関してはイザナギ以外にも複数のペルソナを使うことができる。

 

それを聞きながら嶺はあらぬ方向を見て、

(良かった〜お姫様願望じゃなくて…)

 

悠達の話はちゃんと聞いているものの、嶺の頭の中では全く違うことを考えていた。

まだ最上階まで登ってないが、長い階段を登っていくと明かりが消される。頭上には照明ライトがいつの間にが用意され、その照らす先には黒くて長い髪をしているお姫様が立っている。

「雪子っ⁉︎」

『あら?サプライズゲストぉ?盛り上がってまいりました!』

「一応聞くけど、あれが…里中の友達なの?」

「姿を似せてるだけで、本人じゃない」

(ですよねー)

悠達が雪子の普段な性格を知っている分、彼女の反応には違和感を感じた。特にこの中で千枝が、雪子の性格を一番良く知っている。

 

『さて、次はこのコーナーっ!』

【やらせナシ!

雪子姫、白馬の王子様さがし!】

 

雪子の影の頭上には、タイトルロゴがドーンと出てくる。悠と陽介は文字が出てきたことにまた驚き、嶺はおーっという反応なまま関心している。

「アンタっ…誰なの‼︎」

『うふふ…なーに言ってるの?私は雪子、雪子は私』

「違う、本物の雪子はどこっ!」

千枝だけがを睨んだまま、親友の姿を似せた影を敵視し、問いただす。しかし、千枝の質問に返答することないまま、自由気ままにやった。

『それじゃ!再突撃に行ってきまーすっ‼︎

王子様っ首を洗って待ってろよ!』

(なにこの…なに?)

「ま、待って‼︎」

照明が消える代わりに、明かりが元に戻る。

お姫様姿の雪子が走り去っていくと同時に、シャドウが襲ってくる。

 

兎にも角にも、偽者とはいえ彼女の王子様発言や、逆ナンされたいという願望が込められた結果、あぁいった城や偽者の格好がお姫様服なのと嶺は納得する。しかし、過去に自分が作った黒歴史をみんなに暴露するかのように、顔も当てられない。

 

「邪魔をっ…するなぁ!」

 

道行く先にシャドウが阻むが、親友の命が危ういのだから里中は止まらない。その彼女の背中を追うかのように鳴上達と嶺も走っていく。このまま勢いよく城の最上階まで登っていくと、そこにはさっきまで話したお姫様姿と、着物姿の雪子がいる。

雪子は目が覚めたばかりで自分と瓜二つの存在がいることに目を見開き、驚いていた。

 

「雪子っ!」

「千枝っ!」

『あら〜、もう来ちゃったの?

もしかして途中で来たサプライズゲスト?

いや〜ん、ちゃんと見とけばよかったぁ…王子様が三人も、雪子困っちゃう』

 

お姫様姿の雪子から王子様と呼ばれているのが前線にいる悠や陽介の男子組二人であれば、もう一人は一体誰なのか。

『つーかぁ、雪子ね。

何処かに行っちゃいたいんだ!

誰も知らないずーっと遠く。

 

王子様なら連れてってくれるよね?ねぇ早くぅ!』

「三人の王子様って、私か嶺なの?」

 

そう疑問を投げかけつつも里中が嶺の方に顔を向けるが、しおらしい顔で手を振りつつ断っている。

それは絶対にあり得ない、無いからと。

 

「イヤイヤイヤイヤ…こっちは王子様願望全くもって無いよ」

「三人目はクマでしょうが!」

「「それはないな(かな)」」

 

クマが王子だと主張しているが、そんな姿で王子様だっていうのは無理があると嶺と陽介が二人一緒にツッコむ。

 

『千枝…うふふ。そうよ、私の王子様…

 

いつもリードしてくれて、私にとって強くてステキな王子様…だった』

「だった…?」

 

お姫様姿の雪子の言葉はかつて千枝が王子様だという願望だったが、今となってはそれが過去になっている。

 

『でももう、いらない』

「里中!危ないっ‼︎」

 

頭上からシャンデリアが落ち、悠が手を差し出す。仮に悠達のペルソナを召喚してからでは間に合わない。彼の目の前にペルソナのカードが出現するが、カードは『愚者』のイザナギでも『魔術』のジャックランタンでもない。

出現させるペルソナは

 

「アラミタマっ!」

 

 

赤い勾玉を召喚する。そのまま落ちたシャンデリアをしのぐ。受けた攻撃はそのまま悠に流れていくが、千枝を守ることができた。

 

(おー、こうやって別のペルソナを召喚するのか)

「鳴上君、大丈夫!」

「あぁっ…」

『結局千枝じゃ駄目だった…千枝じゃ私をここから連れ出せない。救ってくれない‼︎

 

老舗旅館?女将修行?そんなウザい束縛…まっぴらなのよ‼︎‼︎』

 

悠はアラミタマからイザナギにペルソナを変え、雪子も自分のペルソナを呼ぶ。しかし、

 

(え、また物が勝手に動いてんですけど

 

落ちて来たシャンデリアだけではなく床にあるカーペットも三人とペルソナを拘束し、動きを止めた。

 

『たまたま此処に生まれただけ、なのに生まれも育ちまで縛られる…あぁ嫌だ…嫌ぁぁぁぁぁっ‼︎‼︎』

『何処か遠くへ行きたいの、私には希望も、出ていく勇気もない…だから王子様に連れていってもらうの‼︎』

『老舗の伝統?街の誇り?

そんなもん、糞食らえだわ‼︎』

 

お姫様の雪子は、かつて溜め込んでいた思いを吐き出す。その思いには、雪子本人が心の奥に僅かながらにあったもの。

「やめてっ…わたし、そんなこと」

そう思ってはならない、旅館の娘だから、ここにずっと。

そんな環境が、こんな形となって現れた。

 

本人はやめてと苦しみながら否定しても、お姫様の雪子は嘲笑うかのように上から見下ろしている。

 

ーこれが本音、そうよね"アタシ"?

「違う…あんたなんか、あんたなんか私じゃない!」

 

本人である雪子が目の前にいる偽者の存在を否定した。お姫様姿の雪子が高笑いし、彼女の身体が黒くなっていく。鳥籠が付いたシャンデリアが落とされ、彼女は赤き鳥へと変わった。

 

『我は影、真なる我』

 

 

雪子は別の鳥籠に閉じ込め、赤い羽を広げて羽を飛ばす。陽介も千枝はペルソナを召喚して、挑もうと前に出る。さっきまで邪魔をしていたカーペットを切り裂き、シャンデリアも退けた。

 

「待ってて雪子、私が全部受け止めてあげる‼︎」

『あら本当?じゃあ私も…

 

 

がっつり本気でぶつかってあげる‼︎‼︎』

「行くぞっ‼︎」

「おうっ!」

 

先に鳴上達が先手を取ろうとするが、雪子の影が開閉している鳥籠が硬く、攻撃すればすぐさま閉じてくる。

これでは物理も、スキルも通用しない。

「硬ってぇな…⁉︎」

『千枝なら、私を助けてくれると思っていた…でも違った。

 

千枝は私の王子様なんかじゃなかったっ‼︎‼︎』

「雪子っ…!」

『もう雪子なんていらない‼︎

おいで、私の王子様っ‼︎』

雪子の影は、王冠の被り物をしている王子様に似せたシャドウを召喚する。レイピアを片手に持ち、嶺とクマに向かってきた。

 

(えぇ…マジで出るんかい)

「およよーっ⁉︎こっちに襲ってきてるクマーっ!」

「クマ!うわっ…⁉︎」

 

悠と陽介が動けないことを察し、嶺がクマを守る。動きは浮いていた貝殻の化け物よりと同じくらいで、どうにかなるレベルの相手だった。

 

(よし。この敵がナイフでどうにかなるレベルなら、問題なし)

「ペルソナを持ってる三人が私のことまで配慮してくれてるけど…こんな状況だし、囮は私がやるから…戦闘任せてもらっていい?

 

敵一体なら何も問題ないでしょ」

「…え?」

「出来る…のか?」

王子様を蹴り飛ばして、陽介達に顔を向ける。

「おー、任せろー(棒読み)」

((本当に大丈夫なのか?任せて…))

「…どうする、悠?」

 

悠と花村は互いに苦い顔をしていた。悠達からしたらシャドウに立ち向かうペルソナを持ってない上に、知り合ったとはいえ嶺を犠牲者にしてしまう可能性だってある。

彼女をこのまま死なせるわけにはいかないという気持ちもあるが、だからといって敵はクマにも襲ってくる可能性だってある。

そこで悠は、

「花村、嶺とクマを頼む!」

「任せろ!」

 

花村が嶺を見張り、悠が千枝を守るように指示した。

シャドウの王子様がレイピアで突き刺そうとするが、全く当たらない。敵が突きで当たらないことが分かり、振り払おうとする。

しかし、

(剣技下手くそ)

 

折りたたみナイフを腹部に突き刺すが、その程度で怪物を倒せないことは嶺も分かっている。だから嶺は、刺したナイフを回収した後にレイピアを奪う。

 

手にしたレイピアを槍投げのように飛ばすと、敵の額に命中した。

王子様は成すすべもなく、消えていく。

 

「よし、撃破」

「ま、マジかよ…」

『王子様…いや、いやぁぁっ‼︎』

 

雪子の影は王子を倒した嶺に向かって火を放出するが、その前に花村のジライアが嶺を救出することで逃れることができた。

 

「おぉ…陽介、ナイス」

(あっぶねぇ…肝を冷やしたぜ)

『王子様、王子様!』

(鳥の方は、不用意に近づいたら予備の小型ナイフまで一瞬で溶かされそうだし。

 

後は悠達に任せよう。あと夢願望やべーな…)

王子様はもう来ない。

雪子の影が落ち込んでいる間に、知恵が火の中でも雪子が捕らえられている檻に近づいていく。

『なんで…なんで私の元に来てくれないの…こんなにも…こんなにも王子様を…待ってたのにぃぃぃぃぃっ‼︎‼︎‼︎』

だが、雪子の影は王子様が来ないことに逆ギレし、鳥籠周辺に炎が包まれる。咄嗟に鳴上がペルソナをジャックランタンに変え、千枝を守る。

「確かに里中は、王子様じゃないかもしれない。でもそれがなんだ!

 

 

里中は天城を助けたくて、ここまできた!自分のことを本気で思ってくれる人がいるって凄いことなんじゃないのか?」

「鳴上君…」

 

千枝は近づくだけで危険な場所でも、雪子を助ける為に胸を張って近づこうとしていく。

 

 

「なんか二人とも…度胸あるなー」

(いやいやいやいや…あんたもだろ)

 

嶺がボソリと呟いた発言に、陽介は心の中でツッコンだ。

嶺に関しては、シャドウ相手にペルソナすら持っていない。それなのにたった一本のナイフで、あの敵を恐れずに倒している。普通の一般人なら怪物に襲われることに発狂し、背を向けて逃げるしか何もできない。

 

だが、嶺本人の場合だと冷静に敵の行動を予測して回避し、逆に翻弄している。化け物相手に生身で戦っている時点で、ブーメラン発言だった。

 

『私は…私はぁぁぁぁっ‼︎』

雪子の影は、所構わず辺り一面を焼き払おうとしている。激情に任せて、助けてくれなかった千枝に対する怒りと、救われたいという一心だったのに結局それが報われない事に許せなかった。

 

炎は増し、悠達でも火が強すぎて近づけない。

 

「雪子、逃げて!」

「逃げないよ…伝えないといけないことがあるから。

 

私、ずっと雪子が羨ましかった。

なんでも持ってて、それに比べて私なんて全然で…そんな私を、雪子が頼ってくれることが嬉しかった。

 

雪子は私が守ってあげなきゃ駄目なんだって、そう思いたかった…」

『そうよ!私は一人じゃ何もできない!何もな「そんなことないっ!だって雪子は、本当は…強いもの」』

 

雪子の影が言い終える前に、千枝が何もないことを否定する。雪子本人が何もないと言っても、千枝は雪子が強いことを認めている。

一人でも、ちゃんと羽ばたいていけると。

 

「外に出たい?だったらそんな鳥籠なんて、自分で壊して何処までも羽ばたいていけるよ!雪子だったら!」

「…私は、強くなんかない!自分から踏み出す勇気が無くて…最低で…」

彼女はかつて自分の家で小鳥を飼っていた頃を思い返す。飼っている間は、自分と似た待遇である事に親近感を抱き、育てていた。

 

だが、雪子が鍵を忘れたせいで鳥籠から鳥が出て行った。彼女と同じだったはずなのに、小鳥は勇気を振り絞って籠から外へ出ようとしたことに悔しく、認める事も嫌だった。

 

雪子は鳥籠を破壊し、千枝の元へ行く。弱い自分を肯定するたびに、雪子の影の力が弱まっていく。

「人に頼って…連れ出そうとして!」

「最低だっていいよ…だって…雪子の思うような私じゃない。

 

最低な所だっていっぱいある!

それでも…私は雪子のそばにいたいっ!

大切な友達だからっ…‼︎」

 

かつての弱い心を明かされ、不安で悲しんだ雪子も、千枝のおかげで前に踏み出す勇気を貰った。

(私、何を怖がっていたんだろう…怖がる事なんて無かった。だって私には)

『ヤメロ…ヤメロォォォッ‼︎』

彼女は立ち上がり、自分の手で鳥籠を破壊する。鳥籠は、雪子が自分の心を認めてゆく事で人間の手で崩れていくほどに弱くなっていた。

「千枝、ありがとう…」

「ううん」

『嘘…嘘ヨォ‼︎』

雪子の影がひどく病弱している。

後はあの影を悠達で倒せばいいだけ。

「シャドウが弱っているクマ!」

「一気に畳み掛けるっ!」

ジャックランタンで火を吸収し、ジライアが下にはたき落とす、そして最後に千枝のトモエでトドメを刺した。

「飛んでけっ!」

『イヤァァァァッ‼︎』

高く蹴り飛ばされた赤い鳥は天井にぶつかり、鳥は悲鳴をあげると同時に消し飛んだ。

幾つもの羽根がゆっくりと落ち、再度人の姿をした雪子の影が出現する。しかし、あの時のような高いテンションでは無く、暗い顔をしたまま。

「ごめんね雪子…私、自分のことばっかりだった。雪子の悩みを全然分かって無かった…友達なのに」

「私も千枝のことが見えてなかった。

 

自分が逃げるばかりで、だから…あなたを生んでしまった。

ごめんね、認めてあげられなくて。

逃げたい、誰かに救ってほしい…それは…確かに私の気持ち。

 

貴方は、私だね…」

『うん…』

 

どんなに醜くかったとしても、惨めな弱さも、吐いた言葉も、存在自体そのものも。

それが自分自身であることを認め、雪子の影は真の姿を現す。

(おーっ。これがペルソナかー)

彼女はコノハナサクヤを手にする。

雪子は倒れそうになりながらも、それを千枝が支えている。

「大丈夫、雪子?」

「うん…ありがとう」

精神的に疲れ気味ではあったが、悠達と多少なりとも会話できる程度は可能だった。

「それで、君をここに放り込んだのは誰クマ?」

「え?貴方誰?てゆうか何?」

「クマはクマクマ!」

「ごめんなさい、意味がわからない」

「お前は存在が混乱を招くんだよ、ちょっと黙ってろ!」

(まぁでも…これで事件も一件落着したし、少なくとも楽園が出てこなくて良かったかな。

 

あ、でもこれ夢だから…意味ないっけ?)

嶺が会話に加わってないのは戦闘が終わっても、シャドウだけじゃなくて嶺以外の敵組織こと殺者の楽園が横から入ってくることも警戒していたが、人の気配がない以上介入もなくごく自然に千枝の問題が解決したことに肩の荷が下りていた。

 

しばらくの間、嶺は彼らの会話をほのぼのと眺めており傍観者のような状態になっている。悠達は雪子が辛くなっているために、早く外に出ていこうと動くが、同行しているクマは元々テレビの中の住民だと置いてけぼりになる。陽介からは元々テレビの中に住んでるんだろと言われ、クマはションボリしていた。

 

「ごめんね?クマさん…また今度改めてお礼に来るから。

それまで良い子で待っててね」

「雪ちゃん優しいクマ〜!」

(チョロいね…)

雪子が撫でられると落ち込んでいたクマはすぐに上機嫌になっている。クマからのプレゼントで雪子が変なメガネをつけたり、それを千枝にもつけて雪子が大笑いしているところを見ると、悠達のおかげで元気になっていることがよく分かる。

 

こうして嶺はこんな状況でもまだ夢なのかと寝ぼけつつも、この場所で逸れない為に城から出るまでは彼等と同行することとなった。

因みに帰る時に嶺について雪子から聞かれると、

「あの、貴方は?」

「んー迷い人でもあり、悠達の協力者だよ。

詳しい話は悠達に聞けばいいから、今はまず身体を安静にすることだけを考えてればいいよ」

 

*****

 

三人と一緒にテレビから出ると陽介が働いているジュネスへとたどり着く。このまま千枝は雪子を家に送らせるために帰ることとなったが、

 

「そうだ、嶺の住んでる場所ってどこなんだ?」

(あ、やばい。どう言い訳しよう)

 

陽介にそのことを聞かれると、嶺は鳥肌がたった。元々この世界の住民というわけでもなければ、介入の仕方も正式なものでもない。

迷子になったとはいえ、なんの準備も用意されないまま彼女は彼らと関わってしまったのだから。仮に居住している場所が船でしたなんて言えるわけがなく、言葉が出ない。

 

「あ、え、えっと…」

嶺が返答に困ってる中、良いタイミングに例の持つ携帯から着信音が鳴っている。

 

「ごめん。

携帯、確認させてもらっていい?」

「あぁ」

 

すぐさま携帯を開き、メールを見るとグランディ宛の連絡が何十件も来ている。

内容からして怒っている様子だった。

 

(…げ、ヤベ)

 

この事態を把握して嶺はようやっと気づいてしまった。いま起きていることが夢ではなく現実だと。

 

「ち、ちょっと保護者から心配して連絡してきたから急いで帰る!じゃ!」

「あ、あぁ…それじゃあ」

(…保護者?)

首を傾げつつ悠は嶺がこの場から立ち去っていくのを呆然と眺めていた。嶺は急いでその場から立ち去る。人気の多い場所で船に転移するのはまずいと考え、まず神のメールを確認した。事前に神が田舎町の地図を用意している。すぐさまハセヲに連絡し、彼が待っている場所へと移動する。

 

「…やっと見つけた」

「ただいまー。なんか寝たらいつの間にか介入してさー報酬もちゃんと貰えたよ」

「違う、そういうことが言いたいんじゃない」

 

殺者の楽園も出てこなかったため、物語解決ということで報酬は29万となった。

ほとんどが悠達のやるべきことだったとはいえ間接的に協力しても、この額を貰うことができた。

 

「起きようとしたら知らない城に居て、後々そこが化け物の住処だったのを知ったけど」

「…お前、眠った間にあのレトロテレビの中に入ったな」

「え、じゃあ寄りかかった場所がテレビだったの?」

「そういうことだな。まさか他の誰かと会う時に迂闊なこと、喋ってないよな?」

 

何も知らない場所だったとはいえ、道案内されたのはともかく迂闊なことをしてないんじゃないかと疑心になっているが、嶺が何をしたのかを聞くのは帰ってからだった。兎にも角にも、予測できない不慮な事故とはいえ心配かけさせた嶺が亮に向かってするべきことは、

 

「…あと、まず言うべき事があるだろ」

「う、ごめんなさい」

 

まず、謝ること。知らない場所であっても、船にいる仲間が居なくなったことで心配をかけてしまうため、ちゃんと亮達に連絡する必要があった。とはいえ、嶺自身も介入するつもりではなかったから亮もそこまでは怒ってない。

 

「帰るぞ、千草が心配してたからな」

「ん、行こっか」

 

亮は嶺を連れて、神から指示された人気のない場所へ向かっていく。緊急用として人払いの結界を用意してくれており、結界の中で転移する事ができる。

 

「お前の消失についてはレトロテレビでの介入を可能にしてしまったことから…神側も不測の事故だったってことが判明した。

 

そのおかげで余った休息分が3日増えて4日分休めることとなった。

その給与も1.5倍に引き上げるってさ。

今回は神側の問題だったが…せめてお前が船内で何かしら閃いて動く時は俺に伝えろ。

 

そうしなかったらまた俺がランディのやつに怒られる」

「おー、休日と給与が増えたねー」

「お前なぁ…」

 

亮はそう思いつつも、能天気な嶺を引っ張って人気のない場所へと移動する。転移しているところを他の誰かに見られたら、後々デス★ランディに叱られる。

 

 

船のリーダーであり、敵が人であっても殺す覚悟や単独になると決断力と行動が早いが、その反面少人数ならともかく大勢の集団行動は苦手で、どこか一つ二つ抜けてる所がある嶺。

デス★ランディに副隊長を任命され、正義側の仕事内容自体荷が重すぎるからと馬鹿にされたが、これでも嶺よりはしっかり者の亮(ハセヲ)

 

仲間も戦力も資金もまだまだ序の口なため、これからの先行きが不安であるが

 

(ま、なるようになれ。だな…)

「帰ったらまたメールの方も確認しとけよ。詳しいことは言えないけど、どうやらこの世界についての重要連絡だってさ」

「了解っと」

まず、生き抜く為に正義側の任務を努力して全うすることから頑張っていく。その上でこれまでの不安要素をちょっとずつ取り除いていくことが嶺達の第一目標となった。

 

こうして嶺の介入によって物語の一部分だけが解決し、二人は船へと転移して帰っていった。

 

 

 

 




おまけ1

嶺「あれ?そういえば千草は?」
亮「千草は船で帰りを待ってる。それに転移を誰かにでも見られたら二人よりも3人の方がバレる危険性がある」
嶺「おー、さすがー」
亮(…ホントこれから先、大丈夫なのか)

おまけ2(後日談ー彼らが嶺の超人さに気にしなかった理由)


雪子「え、あの人生身で戦ってたの⁉︎」
千枝「実際そうだったから驚いたよ」
陽介「信じられねぇけど…実際俺も見てたからな」
悠「…何者なんだろう」
雪子「少なくとも只者じゃないよね…なら、警官か…それとも武人か軍人とか…だったりして?」
千枝「いやいやまさか〜」
悠「あの人のこと、聞けなかったな」
花村「聞けない事情があったんじゃないのかよ。そもそも…護身用とはいえナイフ一本でシャドウを退けたり、敵の武器奪ってトドメさしたりとか。

敵が集団で襲いかかってきた時でさえ、的確に避けてたんだぜ?
幾らなんでも流石に人間離れしてないか?」

嶺の存在に疑問に思う。ちゃんも嶺のことを聞けたらと一同は考えていたがもう一度会える保証なんて何処にもない。偶然テレビの中で彼女と出会い、知り合っただけで肝心な連絡先を聞いてなどいない。

悠「なら、こう考えないか?俺たちの使ってるペルソナやクマのような存在だっているから、別にそんな人がいてもおかしく無いんじゃないかって」

ぼそりと呟いた彼の言葉に沈黙が降りる。
数分頭の中で考え、整理していく。
架空ならばその発想は絶対にあり得ないが、彼らは実際にテレビの中で経験している。
陽介を除いて、千枝と雪子の二人が納得した。

千枝「あぁ!なるほど!」
陽介「いやいや、ちょっと待て⁉︎仮にもし嶺って人が、クマと同じように世界の住民だったとしても、シャドウのことも何も知らなかったんだぞ⁉︎
クマでさえシャドウの存在に恐れてたのに、なんでそんな簡単に信じれんだよ⁉︎」
悠「悪い人ってわけでもなければ、自分から囮になるとも言っている。考え方や行動については同じく疑問に思うことはあるけど、少なくとも俺達のことを察して彼女はあぁいったことをしたと思ってる。
彼女のこと、信用できないか?」
陽介「いや確かにそりゃそうだけどさ…だいたいその人のことを俺達は良く知らな「私は信じていいと思うかな」里中、お前まで⁉︎」
千枝「だってあたし達の都合であんな危険な場所に付き合ってくれたし」
雪子「私も、そんなに彼女とは会ったばかりで話もしてないけど…もう少し彼女自身のことを話してくれたら、うん。
わたしも信用できるかな」
陽介「え、ちょっ、おま⁉︎
マジでお前らそれで納得するの⁉︎」
千枝「それじゃあ決まりっ!その人について聞くのは、また会ったらでいいでしょ?」
雪子「うん、そうしよう」
悠「?どうした、花村」
陽介「ひ、ひょっとして…俺がおかしいだけなのか?」

【結果】
噂が存在し、ペルソナという架空のものまで使えるようになっていることで、別に嶺の強さに誰もツッコマない。

最初は四人とも何者なのかと考えたが、マヨナカテレビという存在から非現実的なことが実際あったため、あまり気にはしていない。寧ろ三人のボケさで困惑している常識人(ツッコミ)の陽介であった まる




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14話事情聴取

船に帰ると、デス★ランディと千草が転移装置の前で待っていた。

 

「やっと帰って来たかブヒっ!」

「ただいまーご飯何〜?」

「いやいや、ちょっと待つブヒ‼︎」

 

何も気づけなかった神は嶺に謝罪し、グランディは失態をした神と緊張感のない嶺に説教している。テレビの中から外に出た嶺をようやっと発見し、神の連絡で亮が迎えに行くこととなった。

 

「今後その世界に介入する前に、必ずメールを見ろブヒっ!

ちゃんと休息も取るように‼︎今回は事故みたいなものだったから仕方ないとして、次からは黙って介入するなブヒよ!」

『その…転移装置でも向かう事が可能でしたが…実はあのレトロテレビがポータルになってたそうで…』

「あーなるほどねー…」

 

嶺が転移装置を使わずに、介入できたことに納得する。神が気づかないまま、まさかテレビが転移装置となって起動したことで焦り、亮達に連絡するのも遅かった。

ご飯を食べた後、嶺は部屋に引きこもる。目が覚めても夢だと思っていたのに、実際に新たな世界に介入して事件を解決したことに気づいたから、シャドウとの戦闘で疲労している。

 

寝転んだまま、嶺はメールを確認する。

「あ、これか」

 

ーーーーーーーーー

 

 

・現代での能力は全部使用(回復用の消費アイテムは例外)は禁止されます。テレビの中は能力・アイテムが使用可能となります。

(ただし、現代世界で楽園が介入して来た場合もテレビの中と同様に能力・アイテムが使用可能です)

・戸籍は神が用意する為、その指示に従って動くこと。迂闊な発言はしないように。

 

 

ーーーーーー

 

なのは達のいる世界だと魔法で結界を張ったり、空中戦や索敵が必要になるが、ペルソナのような現代社会だと魔法といった架空の力の殆どが不可能である。ただし、特定の力が使える場所(テレビの中)では例外となる。

 

(今のところは回復アイテム系改造と、身体鍛えないといけないな。護身術程度の護衛は必要だし。トレーニングと、念の為にアイテムの強化をしておこうか)

 

既に戸籍とマンション、最低でも冷蔵庫とテレビ、エアコンの三つを用意してくれている。メールの内容を見ながら考えていると、携帯の充電器の予備と食材が無かったため、近くのショッピングモールに行く事にした。

 

「よし、ジュネスにでも行ってこよう!」

 

神が悠達と交流しやすくするよう、用意したマンションの近くにはジュネスがある。

学校に行くわけでも無いため、嶺は基本的に悠達と一緒に行動し、テレビの中の事件を解決することとなる。

 

せっかく貰った休みを有効活用しつつ、レベルを上げて武器と防具、アイテムを数多く集めていた。とはいえ3人でアイテムを保管するにも限度があるため、

 

「小さい規模だけど倉庫は出来たな。

拡張はお前に任せる」

「りょうかーい」

 

お金もある程度溜まったことで、今度は倉庫を解放する。今のところは乗船は千草と亮、嶺の3人だで倉庫の利用は自由扱いとしている。

「ちょっと頼みごとがあるんだけどさー」

「今度は何ブヒ?」

「介入する世界でアイテムが許せる範囲なら…改造って出来るー?」

規約上を理解した上で、嶺はランディに回復アイテムの魔改造を頼む。

「アイテムも出来るブヒ。でもブヒ!

ホント頼むから、お前一人でやるなブヒ‼︎

リーダー消失なんで聞かされて、心臓に悪いブヒよ‼︎」

「うっ…わかったよ」

 

今後は付き添いとして千草と亮の二人が隣で嶺の実現を見ることとなった。更にはGPS付きのものまで用意ミッションとして追加されることとなる。

「俺達の事を思ってくれてるとはいえ、何でもかんでも一人で行動するなよ」

「んー…ほとんど一人で行動することがあるけど、ちゃんと対処もできるよ」

「お前の対処も色々とおかしい所があるから最低でも俺を呼べ。制約がないなら尚更だ」

もう子供じゃないとはいえ、嶺の目を離したら何やらかすか分からないと前もって注意する。

とは言っても、

(一緒にいる間は、なるべく目を離さないようにしねーと…)

予想外な行動をして行く嶺の副リーダーである以上、事ある毎に亮の苦労が続く。

 

 

*****

 

悠と花村は学校帰りにジュネスへと向かっていた。雪子は学校を休み、千枝は用事があるからとさっさと帰宅。

ちょうど悠達が嶺のことを話していると、

 

「いやいや、そんなバッタリと会えるわけが…」

「この機種の充電器ってどれだろー」

 

悠達には、まさか嶺が外に出て買い物しているとは思ってもいない。対して嶺も、悠達がこの日にジュネスへ行くとは思っていない。

マヨナカテレビのことに関してはついさっきのことだから、疲れてジュネスに行くことはまずないと。

そのまま呑気に充電器を探している。

 

「「あ」」

 

悠が立ち止まり、買い物中の嶺を見つけた。

こんな所で会うとは思いもよらなかったとはいえ、すぐに嶺を見つけることができた。

 

「ん?」

 

嶺は声に気付いたのか此方を振り返る。3人とも動きが止まり、嶺に近づいて先日の事を話す。

 

「えーっと、私に色々と言いたいことがあるんだろうけど…買い物済ませてからでいい?」

 

こうして嶺は充電器を買うついでに、悠達に事情を説明することとなった。

このまま呆然といても進まない。急いでレジの方へ向かい、充電器を購入する。

「よし。充電器も買えたことだし、それじゃあテレビの中で話そっか」

「…ジュネスで話さないのかよ?ここのジュネスにも話せる場所はちゃんとあるだろ?」

 

陽介は場所を変えることに不審がる。ジュネスにも休憩場があるのだから、そこで話しても問題ないんじゃないのかと。

 

「それもそうだけど。私や悠達にも、テレビの中でないと話せないこともあるよね」

「あー確かに…」

「それもそうだな」

 

こうしてテレビの中へ、3人が入っていく。

テレビの中ではクマが呑気に立っていた。

 

「嶺ちゃん!それに先生達も!」

「あ、クマ」

 

クマはテレビの中に悠達が来てくれたことに喜んで近づく。

3人は円になるよう、床に座る。

 

「これで、ちゃんと話せれるだろ?」

「うん、そうだねー」

「なになに、3人でなんの話をしてるの?

あとみんなして何の用クマ?」

 

悠達が何しにテレビの中に入ったのかも、どうして嶺も来ているのかもクマは興味津々に話に割って入ろうとする。

「今、俺達ここで大事な話をしてるから後にしてくれ」

「うう、しょんぼり…」

「終わったらクマにも話すよ」

陽介に追い払われ、クマは悠達の話に入れないことに落ち込む。

悠がクマを慰めつつ、本題に入る。

 

「んで、何の話だっけ」

「…あんた、何者なんだ?」

「何者ってただの一般市民ですよ」

「いやいや、ただの一般人がシャドウを倒せるわけねーから!」

怪しいと疑っている陽介はすぐさまツッコム。キョトンとしている嶺は首を傾げて、普通の人だと断言している。

今度は悠が、嶺のことを質問をしていく。

「あの時、走り去ってたけど…保護者って?」

「保護者は保護者だよー。あ、もちろん親とかでは無くて私が良くも悪くも突拍子もない行動起こすから、そのストッパーって意味ね」

「ストッパーねぇ…」

まず一つ、疑問が解決する。親でないにしても、保護者ならば行方が分からない彼女を心配して連絡しようとするのはごく自然なことだ。

次の疑問は嶺自身のことを聞かれる。

「学生なのか?」

「学生と言えば学生かなー?ちゃんとやってる(鍛錬と魔改造をだけど)よー」

曖昧な答えでも、悠達を納得させるには十分許容できる返答だった。それでも深入りしてくる相手だったら、詰んでいる。

 

「それじゃあ、どこに住んでるんだ?」

「このジュネス近くのマンションに住んでるよー」

「…なんだか、あんまり答えが答えじゃねーんだけど」

「?なってるよね?」

 

嶺と陽介が、悠に顔を向ける。しかし、判断の基準を悠に委ねた時点で、この話し合い自体が早めに勝負がつくとは二人とも思いもしない。

 

「なってるな」

「悠までもかよ‥」

 

その後も淡々と悠達に説明していく。その度に鳴上が納得したようにうなづき、花村が近くで頭を抱える。なんでシャドウを倒せるほどの運動神経が優れているのかも鍛えた(レベル上げ)からと、テレビの中で怪物に襲われるかもしれなかったに恐怖しなかったのかも少なくともあの城の怪物はナイフで対処できるだったからと即答。

怪物の恐怖云々は、ホラーゲームで鍛えた(嘘)と。

正しい答えかどうかも、曖昧なまま悠は納得していく。

そして、悠の判断は

 

「うん。至って普通だ」

「マジかよ…悠が言うんならしゃーねーな」

「良かったー、納得してくれて」

 

陽介は嶺に質問するのを諦める。こうして悠達の協力者として認められることとなった。

 

「でも大丈夫なのかよ?いくら身体能力がアレでも、シャドウだって進む毎に強くなってるだろ」

「その時は悠達に任せる」

「ありがとう、助かるよ」

(それはこっちの仕事でもあるからねー)

「話は終わったクマ?」

「あぁ、終わったよ。ここで話をしよってことだったから」

二人とも嶺のことを納得し、今後とも協力することが決定したが、それでも何か足りないものがあった。

「でもでも、ちょっと気になってたんだけど」

「気になる?何が気になるんだよ?」

「雪子ちゃんの時は、たまたま霧が少なくてシャドウがちゃんと見えてたけど。もし霧が濃くなってたら嶺ちゃんは何も見えないし、先生達と逸れちゃうかもしれないクマ」

(え、それじゃあ霧が薄かったから悠達と一緒にいても問題なかったわけ。

うわー危なかったー)

「そういえばそうだな」

「というわけで、嶺ちゃんにはこれをプレゼントするクマ!」

「ありが…うん?」

クマは悠達のようなメガネを嶺に何かを差し出す。が、渡されたのは城の時に雪子や千枝に付けていた鼻メガネを貰った。

「え、えぇ…?」

「おいクマ、嶺が反応に困ってんじゃねーか」

嶺は困りつつ、付けてる時と付けてない時で比較すると、本当に霧で見えなかったものが見えるようになる。

「あーうん。霧が消えてるし、外見気にせずにこれ付けるだけでも戦いやすいよ。

あと悠達と逸れることもないし」

「おー良かったクマ!これなら」

「いやいや良くねーよ!

むしろ俺達が戦いづらいわ‼︎」

「しょうがないクマねー」

クマは嶺に渡したメガネを交換し、今度は嶺専用のものをメガネを渡す。

デザインは黒とオレンジにしている。

「悪くないね」

「それじゃあ連絡先を教えてくれないか?協力する時に必要だと思うから」

「良いよ。あれ、そう言えば二人は?」

「天城はあの件で家にいて、里中は早帰り。

二人には俺達から話しとく」

「ん、ありがと〜」

何も考えてない嶺はそのまま二人に電話番号と、メールアドレスを交換する。その後日、船に帰った嶺は亮に簡単に交換するな、と叱られたのは言うまでもない。

「いやー。任務上必要なのかなと思って」

「相手を選べ、相手を…」

 

*****

 

こうして嶺は充電器の購入、悠達の会話を終えてやるべき事をやった。

マンションへの道のりは10分くらい歩くだけでジュネスが近くにため、ある程度の食材を買い揃えることができた。介入の間でも船にいたっきりの亮達にも食材を入れていかなくてはならない。二人も嶺がいない間は地道にレベルを上げているが、その分嶺は日用品と食べ物を買いに行っている。

 

マンションの室内には回復アイテムが散乱しており、部屋を整理するのも多少時間がかかった。家にいる時は改造が出来ないが、使用可能のアイテムでどれぐらい効力があるのかを試している。

 

「今後はマヨナカテレビを見るようにして、か」

 

雨の日の深夜にテレビをつけているとマヨナカテレビになる。それに映った人は、今でもその中に攫われている。雪子のがいい例だが、その時嶺もよく知らずに介入した為に雪子のマヨナカテレビも実際に見ておらず、テレビの中に入ったという実感が湧かない。

(どんなのかなー)

悠達の言う通りにテレビをつける。

そこに映っていたのは

 

『あぁん、暑い。暑いよぉぉ~』

「無理」ブチッ

 

逃げたくなるようBGMと喘ぎ声が流れていく。声と顔は完二だが、彼本人が間違いなく発言しないような言葉ばかりを発している。

姿の方も褌だけしかつけずに、嶺は死んだ魚のような目をしていた。

 

これが彼の抱えてる悩みであったとしても、嶺はもうこれ以上見るのは無理だと確信してすぐにテレビの電源を消した。これが雪子の方もあるならばもう数秒くらいは多少なりとも見れたかもしれないが、今回ばかりは映った時点でもう無理だと頭の中で判断し、テレビの電源を消す。

因みに視聴後に悠から連絡されると

 

『み、見たか』

「…映って声聞いた時点で直ぐにテレビ消した」

『わ、分かった。ありがとう』

 

報告するだけし、悠もこれ以上何も言うことなく電話を切る。

そのままベッドに眠る。

 

「よし、もう寝る」

 

しかし、悪夢は終わらない。マヨナカテレビで見たアレが、今度は夢に出てきた。今度は分身しており、変なポーズを取って踊っている。

 

嶺はいつの間にか持っていたハリセンを取り出す。

(仕方ない、モグラ叩きだ)

 

*****

 

次の朝

 

「うげっ…全然眠れなかった。ホラーとは別の意味で狂気を感じた…」

 

夢ではハリセンで叩かれても消えず、ドMみたいに叩かれて喜んでいる。救いだったのが叩かれると消えることだけで、消しても増えていくループにいい加減夢から覚めたいと憂鬱になりながら黙々とハリセンで叩いていた。

 

目から覚めて解放されても、あの時の悪寒が残ったまま。

まだあの城の中にいた時の方が幾分もマシだと一回思っていたが、雪子の影と同じようにお姫様のような理想像を考えていたってことになるから首を振って拒否する。

 

(城の方がまだマ…いやいやナイナイ。羊が一匹とかのマシな夢が見たかった)

「あ、メールだ」

マヨナカテレビを見た後、電話してきた悠に今度はメールで呼ばれている。彼らが探していた巽完二という男の人が消え、悠達の調べがついたらジュネスに合流してほしいとのこと。

「もしもーし」

『あ、嶺さん。次の日テレビの中に入るから、同行してもらってもいいか?』

「うん、いいよー」

『ほとんど目星がついたら、こっちから呼ぶ。

それまでは待ってほしい』

「ん、了解」

 

嶺はその頼みをすんなりと承諾する。こうして悠達に呼ばれるまでは、一応助ける相手がどんな人物なのか、巽完二という男を調べている。

 

(如何にも、不良って姿だね)

 

ニュースには不良組と乱闘している記載している。こんな人が、マヨナカテレビではおかしな動きをしている。またあの夢の事を思い出すのが嫌なため、触れないままノーコメントではあった。

 

(まぁうん、色々あるよね…いろいろと)

 

雪子の影みたいだとそうまとめた。

完二に関しては、調べただけで実際に会って話したことがまずない。この世界に入ってから話したのが、質問してきた悠達とクマのみなのだから。

今の嶺にはそうまとめるしかできない。

なのに、

 

(…なんで悪寒がするんだろう。

この世界のカレンダーには5月頃なのに異様に寒いんだけど)

 

似ているけど違う、そう理解しようとしても次の救出のことを考えていると何かしら嫌な予感がしていた。

悪夢の続きを見せられるような、そんな悪寒が。

 



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15話温泉迷宮

テレビの中

 

嶺が呼ばれるまでの間、悠達はずっと完二を救出するための手がかりを探していた。クマは自問自答で悩んだまま色々なことを考えすぎて誰かを探すことも難しくなっていた。雪子の時は分かったのだが、完二がどこに言ったのかが分からない。クマからは探したい人の匂いがあれば何とかなると、こうして悠達がちゃんと持ってきている。

「なんとかなるの?」

「これさえあれば、クマが突き止めれるんだって」

少年の為に完二が作っていたストラップ付きの兎の縫物をクマが嗅いでいる。匂いを覚えて、クマの鼻センサーで完二がどこにいるのかが分かるようにした。

 

「これで完二君の匂いは覚えたクマ!あとはこの匂いを探すだけクマね!クマの鼻センサーっ!」

(匂いでわかるんだ…)

クマはクンクンと鼻を嗅ぎ分けて、匂いを識別している。

これで、どこに完二がいるのかが分かる。

「当たりの予感…あぁ、これですか!

みんな付いてくるクマ‼︎」

完二の匂いを辿っていくと、そこは旅館のような場所があった。

両端にある布には男子専用という文字があり、女子の入りを禁止している。

「なんかこの霧今までと違くね?」

「メガネ曇っちゃった」

「にしてもあっちーな…これじゃまるで」

 

霧だけではなく暑苦しいほどの湯気が漂っている。旅館の中からは昨日の深夜に嶺がテレビで即切りした思い出したくもない声がその中から聞こえている。

『僕の可愛い子猫ちゃん…』

『あぁっん!なんて逞しい筋肉なんだ…ぁぁっ!』

『怖がらなくて良いんだよ…さぁ力を抜いて』

(うん、分かってた。なんか薄々嫌な予感はしてた。

悠達の救出についてはこっち(正義側)の仕事にも含まれてるから仕方なく請け負ったけど…やっぱり逃げたい、この場から今すぐにでも逃げたい。すごく逃げたい。

暑いのに寒いってどういうことなの)

嶺はあのマヨナカテレビと悪夢のことを思い出しつつも鳥肌がたった。

ここは温度的にも熱いはずなのに、悪寒がしている。

 

「ちょっと待てっ⁉︎俺行きたくねぇぞ⁉︎」

「あぁ、行ったらヤバイ…」

 

男子組も先に進むのは危険だと訴えており、三回頭の中で逃げたいと訴えながら唱えている嶺。あくまでも人の欲望が作り出した迷宮とはいえ、この場所はあまりにも直接的に、主に完二の影からの同性への執着心が強い。雪子の影もメンヘラみたいなものだったが、さっきの声の時点で完二の影がどんな奴なのか大方察してしまう。

 

「クマさん…本当にここに完二君がいるの?」

「クマの鼻センサー舐めたらあかんぜよ!」

「じゃあ…行くしかないか」

 

女子二人組の方は諦めて行くこととなった。本当は陽介と同じように帰りたい気持ちではあるが、生き死にが関わっている以上見捨てるわけにはいかない。

 

「俺マジで嫌なんだけど!これ行ったら絶対ヤベーって!引き返せなくなるって!

大事なもん失うって!」

「はいはい、いくよ」

「放せ、ヤダっ!俺はまだ綺麗な体でいたいんだよーっ!」

行くことに何度も拒み続けているが、それも虚しくドナドナのように引っ張られていく陽介。

悠も嶺もまた諦めて助けに行くこととなる。

 

「もう嫌だ…帰りてぇよ。いっそ二手に別れねぇ?嶺に天城と里中はこのまま特攻、俺と悠は帰宅っつーことで!」

「それだ!」

「それだ、じゃない!アンタ達サボりたいだけじゃん!私達完二君を助けに来たんでしょ!そこんとこ忘れないように‼︎」

(私だって気配を消して逃げたいんですけど…でも結局怒られるんだろうなー)

この場所から早く出たいと言う気持ちは嶺も男子二人も同じ気持ちであるが、悪い人ってわけじゃないから止むなしに助けに行くこととなる。

進んで行くうちに、完二の影と接触した。

『ウッホッホ!これはこれは…ご注目ありがとうございま〜す!僕、完二★(キラッ)』

その一言で嶺だけではなく悠達四人もドン引くしかなかった。悠と陽介がペルソナを出し、戦闘態勢になる。

(そりゃうん、感情的になっちゃうよね、やられる前に潰すってなっちゃうよね。

 

この場で呪符使えたら、今すぐにでも使うんだけどなー)

「落ち着いて花村!」

「うっせーっ!こっちはもたねぇんだよ精神的にぃ‼︎」

 

嶺は皆まで言うなと口に言わない。口に出さなくとも、表情からして苦い顔をしている。

本来の嶺なら悠と花村の二人と同じように先手を取って襲っている。

「嶺さんもこの二人を止め「賢明な判断だと思うよー」いやいや、ダメだってば⁉︎」

『あ・や・し・い熱帯天国から御送りしていま〜す!暑い湯気のせいで、胸がビンビンしちゃう!』

嶺を止めようとした千枝でさえも、悠達と同じようにペルソナを召喚する。

「ち、千枝までっ…」

「あぁごめん…なんかムカついて」

「だよな…」

『みんなも熱くなったところで…このコーナー行っちゃうよ〜っ!』

【女人禁制!突☆入⁉︎愛の汗だく熱帯温泉!】

 

今回も、雪子の時のようにタイトルロゴが飛び出す。意味深な一枚絵のように、5人とも口に言わなくとも理解してしまう。

「うわー…」

「これはヤバイぞ…色んな意味で」

「確か雪子の時もこんなテンションだったよな?」

「うそ、こんなんじゃないよ!」

『それでは更なる愛の高みを目指してもっと奥まで…突☆入。行くぜコラァァッ‼︎』

「待てっ⁉︎」

 

影がその場から去ると、またシャドウが出てくる。警官の格好をした敵が拳銃と鞭を手にとって向かってくるが、こっちにはペルソナ使いが四人に増えたおかげで、倒すのも楽になっている。

(…早くこの場所から出たい)

陽動をしている嶺は、積極に動きつつもすぐに解決したら帰ってゆっくりしたいという気持ちだった。

 

このまま完二を助ける為にこの迷宮を奥へと進んで行くと大きな扉があった。

 

【おいでませ、熱帯天国】

「いるな…ここに」

 

扉は熱烈な文字が書かれている。もう下に続く階段もなければ、周囲の敵もある程度倒している。

 

「それじゃ、張り切っていこうか!」

「うん、冷静にね‼︎」

(…このメンバーでそれは難しいと思うなー)

「それ天城さんが言っちゃいます⁉︎」

 

最初の時点で張り切るのも冷静なのも、間違いなく掌の上で踊らされる。言葉ではいくら言っても、クマを除く四人に耐性がないのだから後々感情が優先する察した。嶺に関しては、敵の煽り言葉も行動に対する気持ちをシャットダウンできる。

 

「とにかく!頭に血登るの禁止!目的は一に完二君の救出、二に完二君の救出なんだからね!」

「プッ!千枝っ、今一度に同じだったよ」

「いや、わざとだから…」

「え、わざとだったの?」

「気づけよ!天城のツボってマジでわかんねーっ…」

完二を救出するために余計なことは考えず張り切っていこうというのに、グダグダになってしまう。張り切ろうとしても、みんなして呆れ顔になってしまう。

「なんでみんな扉開けないクマ?」

(…何で行かないんだろ?)

「開けたら良いことないっつーの…嫌な映像が想像できちまうんだよ」

「でも、どうしよう?」

 

みんなが足を前に出せずじまいで、扉を開けようとしない。このままだと進展がないと理解した嶺は溜息をついて、自分から行こうと進言する。

嫌々ながらも仕方なく。

 

「…あれなら、もう私が先に見に行ってこようか?」

「え、マジで⁉︎サンキュー!嶺‼︎」

「いやいや⁉︎あんたら男子の二人が前に出るべきでしょうが!」

(さっさと済ませよ)

男子組は朗報で喜び、女子組は嶺のことを心配している。嶺の本心は男子に任せたい気持ちでもあるが、実際にするのは少し見て状況説明を済ませればいいと。

「その、一人で大丈夫?」

「まぁうん。なるようになるさー」

「空元気だな」

「んーじゃ、見てくるね」

嶺がドアをゆっくりと開き、周りが見える程度に一部始終を見た瞬間に判断し、そして即行動に移った。

 

ガラッ(開ける)

ガラッ(閉じる)

「帰る」

「待て待て⁉︎」

「無理ー!あんなのと戦うなんて無理ー!」

 

嶺は首を横に振り続けて、戦いたくないと駄々をこねる。悪夢のことを思い出してし、余程見たくないものを見せられ、戦う気が削がれていく。

 

「一応聞くけど、中には何かあったの?」

「…な、何も無いよー」

「いやいや明らかに問題あったでしょ!」

「棒読みっ…ブッ!」

千枝がツッコミ、雪子が笑い吹く。嶺は問題ないと言うが、目線を向けておらず戦いたくないと帰りたがっている。

 

「もう!嶺さんがダメならやっぱり男子が先陣きってよ!!あと、嶺さんもここまで来て逃げない!」

「ちょっ、なんで俺達までぇ!」

「嶺ちゃん、もう少しの辛抱クマ!」

「やだー帰るー!」

 

雪子とクマが逃げようとする嶺を抑え、千枝は嫌がっている悠と花村を押し、無理矢理扉を開ける。

 

「「「「ほらやっぱり…」」」」

「だから帰りたかったのに…」

 

本物の完二と完二の影がプロレスのように戦っている。温泉場で湿気が高い場所で、男二人がゼェゼェハァハァと競り合っていた。

悠達は、嶺がどうして戦うのを嫌がったのかも納得する。

 

「お前ら…何でここに!」

「えーっと…助けに来た」

「なんだそのやる気のねぇトーンはっ⁉︎」

 

ここまでやってきた悠達に視線が向いたことで、完二の影は押し出した。完二は勢いよく後ろに吹き飛ばされるが、何とか倒れないようにする。

 

「テメェっ…!」

『もうやめようよ嘘つくの。

人を騙すのも、自分を騙すのも嫌いだろ?

やりたい事、やりたいって言って何が悪い?

ボクは君の"やりたい事"だよ』

悠達が助けに向かっている間、完二の影は彼自身の奥底にある弱みを肯定しているが、本人は否定している。

『女は嫌いだ…偉そうで我儘で、怒れば泣く、陰口は言う、チクる、試す、化ける…気持ち悪いモノみたいにボクを見て…変人、変人って…笑いながらこう言うんだ。

 

裁縫好きなんて気持ち悪い…絵を描くなんて似合わない…』

(十分すごいと思うけどなー)

完二を見た女子達からはそう思われてても、嶺にはそれが趣味でも普通だなと思っていた。寧ろ、細かいことができる完二のことを褒めていた。

結局好みは人それぞれなのだからと、嶺は心の中で完二を褒めていた。

 

『男のくせに、男のくせに、男のくせに‼︎

じゃあ男らしいって何だよ!

 

女は怖いよなぁ…』

「怖くなんてねぇ…!」

 

過去に趣味を否定され、女性全てが怖く思ってしまった。ヤンキーみたいに周りから怖い印象を植え付けているが、もっと前の彼は完二の影のようにこんなに荒々しいわけじゃなかった。

 

(まぁうん、色々あるよね)

『男がいい!男だったら男のくせにって言わないしさ!だから男がいいんだ!

 

君は僕、僕は君だよ…分かってるだろ?』

「違う…違うっ‼︎」

完二の影は囁いていく。完二からしたら自分と似た顔で偽者なはずなのに、痛い所を突いてくる。そして、

 

「テメェみてぇのが…俺なもんかよっ!」

『ウフフ、僕は君!君さぁ‼︎』

 

完二は目の前にいる影を否定した。

大量の花びらが舞い、完二の影から下半身部分が巨大なムキムキマッチョと変異していく。頭部位には完二の影がにょっきりと出ており、影の方は手を胸に当て、マッチョの手には性別(男)のマークの形をした物体を二本持ち上げていた。

 

『我は影、真なる我。

僕は自分に正直に生きたいんだ。

だから邪魔な奴には消えてもらうよ?』

(悪夢の分身じゃないとは言え、これでもキツイわー…)

 

完二の影だけではなく、二人のマッチョマンまで出現している。ある意味、悪夢の続きを見せられてるようで嶺の気分が駄々下がりになっていく。

 

「これが、完二君の本音なの…?」

「こんなの本音じゃねぇ!タチ悪く暴走しちまってるだけだ‼︎」

『もう君らには関係ない…消えてもらうって言っただろぉ!』

 

とは言うものの、悠と花村のペルソナを片方のマッチョマンに掴まれて、もう片方のマッチョマンに

 

(あ、これ手遅れだ)

「心が折れたクマーっ⁉︎」

 

早速悠と陽介が精神的な意味で再起不能になっている。男子に興味があるのなら、女子には興味ないと油断している。

しかし、

『下品な赤っ!』

「はぁぁっ⁉︎」

「何とか言ぇ!」

 

マッチョマンの煽りによって、怒りに任せた雪子と千枝が炎と氷で攻撃するが、全くダメージが通らない。頭に血が上ってダメって入る前にそう言った千枝も、無言で煽られせいで怒っている。

(おーい、二人とも…)

千枝も雪子も、頭に血を登らせたらダメと入る前に言ったのに。言い出しっぺの本人がこんな有様なのだ。

こうして千枝と雪子は絶賛お怒り中なままだが、嶺は自分に意識を向けつつ敵の言葉に耳を貸さない。残った嶺にも同様に挑発しているが

『あら?どうしてあの子だけ変わらないのかしらぁ?』

「何モー、何モー、聞コエナーイ、何モ聞コエナーイ」

 

嶺は暗示の様にブツブツと呟きながら、敵に挑発されても効果がない。完二の一部のシャドウが挑発をやめて襲っても、全て避けている。

 

『んもぅ!当たんなぁい‼︎』

『私達の話を聞いてくれないなんて酷い女っ!』

 

話を聞いたところで暴走してる二人を見て、無意味なのは分かっている。

 

『5人でその程度だなんて本当に…笑っちゃうよ!』

(げ、やばっ…)

雷撃を全員に飛ばしてきた。雪子の影の時は火の手から陽介のジライアが助けてくれたが、今回は避けることもできない。

攻撃は直撃する。

『目障りだよ君ぃ!』

(不味いなーあんなの何回も食らってたら半壊状態になし、こっちが避け続けたせいで今度は周囲への攻撃を積極的にしようとしてる)

 

悠達も完二の影に振り回されるわ、攻撃を与えても変な反応ばっかりして調子を狂わされる。ペルソナを持ってない完二も助けなければならない。

仲間も完二もピンチな時、なんとか一人だけ立ち上がった悠は二つのカードを呼び出し、それを一つにする。そこから召喚したペルソナは、7つの首を持つヤマタノオロチ。

 

ー彼の持つワイルドのカードの、真の力が発揮された。

 

『悪くないわ、悪くないわぁ!』

『はぁん、寒いぃ!』

まず完二の影が放つ雷撃を守り、蛇が飛びついて一部のシャドウを締め上げて倒す。

影の方は氷漬けにして、動きを止めた。

(すご…あんなの持ってたんだ)

「これ、作ったんだろ」

「なんだよっ…男のくせにこんなの作っちゃ」

 

悠はぬいぐるみのストラップを手渡す、完二はからかっているのかと思っていた。

 

「いや、可愛いと思うよ?」

「か…」

『かかか可愛いっ⁉︎可愛いのが好きィィィィッ‼︎』

 

可愛いという言葉に二人の完二が反応した。

本人は恥ずかしくて赤面し、もう一人の影の方は動きを止めたはずの氷がすぐに破壊されてしまう。

完二はそのぬいぐるみを受け取り、ゆっくりと立ち上がる。

影はまだ動かないままだった。

 

『アンタしつこいっ!』

「あぁそうだ…俺はっ!可愛いものが好きなんだよぉぉっ!」

 

完二はストラップの人形を握り、自分のシャドウをそのまま殴りつけて撃破した。さっきまでの巨体が、花びらが散ると共に消えてゆく。

『はぁぁっん!受け止めてぇぇぇっ‼︎』

「自分でシャドウを…」

「おぉ、私と一緒だー」

(いやだから…もういいや)

 

嶺がシャドウを倒すのと、完二が倒すのとじゃ全然違うというツッコミをしようとしたが、戦闘によるダメージのせいで諦めた。

「その、嬉しかったぜ…可愛いって言ってくれて、受け入れてくれてよ」

 

これで終わったかという空気になっていたが、完二が怪物を倒したとはいえ、完二の影そのものがまだ消えたわけではない。

 

「まだ向かってくるクマっ⁉︎

余程強く拒絶されているクマかーっ⁉︎」

『誰でも良い、僕を受け入れて…受け入れてよぉ〜‼︎』

「やめろっつてんだよ!」

 

完二が叫ぶと、影は足を止めた。

 

「ったく、情けねぇ。こんなのが自分の中にいると思ったら…男だとか女だとか関係ねぇ!拒絶されるのが怖くて、ただ自分から嫌われようとしてるチキン野郎だ‼︎

 

だからとっくに知ってるんだよ。俺はお前で、お前は俺だって…クソッタレが」

『うん…』

こうして完二は己自身と向き合い、影からペルソナを受け取る。男らしいと雪子達も好評し、悠達も褒めている。

 

「大丈夫か?」

「へへっ…これぐらい、なんとも」

 

完二は、悠の隣にいる嶺の方に顔を向ける。クマみたいなものにも気になっていたが、もう一人知らない人も一緒にいた。

 

「…ところでその人、誰っすか?」

「そりゃそーだよね。初対面だし、今のところは嶺って呼んでもらっていいよ」

 

嶺は完二に挨拶しつつ、近づく。嶺とはこうして知り合ったばかりだから、何を言われるのか分からない。

あんなものを見せられたら、拒絶されると。

 

「あぁ、そうだった。お前もこいつらと一緒に見てたなら…俺のあんな姿を見て軽蔑してるよな。

可愛いもの作って、男らしくないって」

「そんなことないかな、そういう趣味を持ってる人が男にいても不思議じゃないって思ってる。

 

軽蔑もしてないし、寧ろ凄いなーって思ったよ」

(実際弟が可愛いもの好きだし。

あ、でもあの強烈なのが好きってなったら凄い困ってたけど)

悠達の前で弟(正輝)がいるとは口で言わないが、完二の趣味は認めている。影の欲望から漏れていた『男がいい』に関しても言われたら、苦い顔をしていた。

「個人的な主観だけどさ、編み物の趣味を持ってもいいと思うかな。少なくとも私は作る途中で失敗して諦めるから」

「そうか…つっ⁉︎」

 

完二は嶺の返答を聞いて、安心した表情をする。その時、彼の怪我が急に悪化して倒れそうになった。

 

「完二くん!」

「無理してんじゃねぇか⁉︎とにかくここから出よう!」

 

こうして、テレビからいつものジュネスへ帰っていく。悠が完二を支えつつ、ゆっくり出口へと移動していく。嶺も帰っている途中、あんな空間で戦うことになるのならやり辛いと感じていた。

 

(テレビの中に入る前に、必ず耳栓用意しよ。またあんなのが出たら余計戦いづらくなる)

 

ただ叫ぶだけの雑魚シャドウならただ倒すだけでどうにかなるが、完二の影のような人格持ちな上に苦手なタイプが相手では戦意と気力が少なくなってしまう。

 

「よし、帰ってこれたな。身体の方は?」

「あぁ…なんとかな」

「ちゃんと後で話すから、しばらくは身体を休めて」

(ん?メール来てる。確認しよ)

 

ーーーーー

 

主人公を必ず船内に入れる事

 

・鳴上悠

・ナツ・ドラグニル

 

もし、片方あるいは両方が不在の場合。

不在した方の元いた世界は、殺者の楽園の所有物となる。フェアリーテイルの一部ストーリーをクリア後にその制約を課すこととする。

 

制約は二週間以内に果たすこと。

 

 

ーーーーー

 

「…は?えっ?」

 

神から来たメールの内容に、嶺の思考が止まる。唐突に、神から指定された主人公を船に入れるように連絡が来た。もう片方の主人公の住む世界観が余りにも違いすぎたら、その配慮だって何も連絡されていない。

「俺こいつ送っとくわ。

その辺で適当に拾ったって通るだろ、こいつの場合」

「そうだな」

楽園の敵を増やしたくないなら、介入した世界の自分を仲間にして連れていくことが必須項目になる。

 

(え、え、ちょっと待って…どういうこと)

 

嶺を除く悠達が完二を助けて喜んでいる対し、メールを見ていた嶺一人だけがメールの内容に驚愕している。思考が止まり、どうしたらいいのかと混乱したまま。

 

 

 

ーー正義側になってまだ間もないのに、あまりにも早すぎる制約だった

 

【渡るテレビは迷路と自己像幻視その1 クリア】

ーNEXT おとぎ話を辿って その1




[おまけー嶺に対する完二君の反応]

完二「え、あの人生身で戦ってたんすか⁉︎」
陽介「これが本当なんだから俺達も最初に会った時はマジで驚いたよ」
悠「嶺さん。シャドウ相手に動じないし、それどころか一体撃破してる」
完二「マジすか…」
千枝「やっぱり、驚いちゃうよね」
完二「ペルソナも無いまま今でも先輩達と手伝ってくれてるんですよね?」
雪子「でもシャドウだって、進んでいくうちにだんだん危険になっていくし…このまま連れて行って大丈夫なのかな?」
千枝「でも私達が影と戦ってる時、結構肝心な時に助けられてばっかりだったよね」
完二「何やってんスか…」
陽介「で、完二はその人のことどう思うんだよ?」
完二「んーまぁそうっすね…普段そういった環境で生きてきたんじゃないっすか?」
陽介「…一体どんな生活してたら、あんな度胸持てるんだよ?」
完二「そんなに悪い人ってわけじゃないですしあんまり気にしないっス」
雪子「完二君を助けるのだって、一人で偵察に行ってくれたよね」
陽介(まぁ多少の借りができちゃったし、話ししたから悪い人ってわけでもねーし。でもこれで、怪しいのか怪しくないのか…悠も納得して…なんかすっげえ頭ん中混乱してきた)

悠達と行動していくうちに段々と非常識な事が起こりすぎているのもあるが、嶺のことでだいぶ周りが納得しているみんなの環境に、大分影響を受けて常識という感覚が鈍くなり、考えれば考えるほど混乱していく陽介であった まる


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おとぎ話を辿って その1 {FAIRY TAIL}
16話愉快な三人と一匹、そして迷子


嶺が船に帰ると、これまで来た連絡をまとめつつ亮達に知らせる。報酬も物語通りなために10万くらいでこれまでより低めだが、それよりも一番肝心な問題が残っている。

 

亮も千草の二人が頭を悩ませているが、今回の原因は嶺ではなく、メール連絡で来た制約に対してのことだ。

 

「…どういうことだ、これは」

『どういうことと言われても…決まりでして』

「えー…決まりって」

 

そもそも嶺にそんなコミュニケーションを取れるほど会話が上手いわけじゃないのだから、連れて行く以前の問題だった。

今のところ、神も困りながら渋々と答えていた。

 

「これってさ、他の正義側も?」

『そうなりますね』

(他もこうなるのかー)

 

嶺だけではない。弟の正輝もまた、主人公達を連れて行かなければならない時が来る。嶺の方が一番早く来ていると神が言っている以上、正輝の方はまた後から連絡でくることとなる。

 

「…にしては、随分唐突ですね」

『神によって制約は遅い場合もあります。

一番最初がこちら側だったってだけです。

こればかりは変えられようがありません』

 

この重要なメールの指示に正義側のリーダーは従い、特定の人物(主人公)を船に勧誘しなければならないのは分かった。だが断った場合に、その世界を殺者の楽園の所有物と記されているが、どう所有物にしていくのか具体的な事が全く分からない。

 

「…仮にもし、無理に断ればどうなる?」

『そのメールの通り、言ってきた世界は一瞬にして楽園の所有物となります。

 

その世界に住む人々の兵士化、特有の能力の保持…言うまでもなく敵側の戦力は飛躍的に増大します。

世界そのものが敵の陣地である以上…介入することはもうないかもしれませんが、仲間を勧誘しない上に敵の手札が増える分過酷な戦いになることは覚悟しなければいけません。

 

当然…主要人物と関わってきた人達も正義側を敵として判断し、襲いかかります』

(え、なにそれ怖い)

 

その世界の住人、或いは主要キャラが一斉に正義側の敵となり、殺者の楽園達に能力を奉仕することとなる。

 

もし規約を無視し、かつ規約上の主人公達に会うために世界に介入すればどうなるのか。

ある意味国際指名手配犯扱いとして、その世界に滞在する限り、あらゆる方向から正義側を暗殺しようと襲ってくるなんてことも。

 

「…なぁ、いくつか質問したいんだけどいいか?」

『何でしょう?』

「俺たちを敵と判断させるのっていうのはどうやってやるんだよ?

 

嶺は主人公っつー重要人物とその仲間に出会ったんだから、まずそのままの状態にするんだったらそいつらは嶺のことを敵として判断できない。

逆に嶺の味方になる可能性だってある。

 

嶺に関わった奴がいるなら、世界中の全員が完全に敵になるとは限らないはずだ」

亮が手を上げて、質問した。嶺が介入したペルソナの世界で例えるなら、悠達のことを指している。

 

『と、言いますと?』

「…嶺が連れて行かないって選択をしたら、その世界は、住んでいる人達はどう影響するんだって聞いている」

 

侵略者のように各国を襲撃し、植民地のように支配していくのか。或いは毒ガス兵器等の大量殺戮兵器とかで無理矢理その世界に住む人達を力で黙らせ、言うことをきかすのか。

 

『い、言えません。組織の所有物、つまりは敵の配下になるってだけで…方法に関して口外することは厳禁扱いされています』

 

神は質問に答えることはできなかった。何かありそうだなと、神が答えれる範囲で亮はまた質問をする。

 

「なら質問を変える…仮に所有物になったとして…その世界の住民を今度は敵組織に配属させて、俺達を襲うってこともあり得るのか?」

『いや、それもちょっと…』

(…あ、これ間違いなく背後に誰かいるな)

 

所有物となった世界で無関係な人を勧誘し、楽園として正義側と戦わせるなんてことも可能なのかというものだが、これも答えられない。制約違反後に所有物にされた今後の質問をしても、神は殆どが答えられず、言えない事情がある事が分かった。

 

「あーうん…もういいよ、亮。これいくら聞いても、答えは出ないと思うから。

 

 

どうなるかっていうのは口では言わないけど神はその方法を知ってるって捉えていいんだよね?」

『ご想像にお任せします…ううっ』

(もし亮の質問がその通りになったと仮定するなら…洗脳辺りか、記憶の改竄かな。でも世界中ってことは大規模な方法じゃないと人の意思を操作するのって無理だよね?

 

それが可能なのってさ、全知全能の神なら出来きそうだよね。

わー…神々達の目論見とか絶対あるじゃん)

 

嶺も規約の裏にいるドス黒い何かを感じた。

主人公達を連れていく理由もなければ、そうしなければ楽園に支配されると記載されてるだけ。

 

規約の真相も黙秘され、知る権利がない。

全部が全部神様が正義側の味方になるとは言い切れないが、救って欲しいと頼んでおいて神は厳しい制約を出しながら、後のことは人任せにさせている。

 

「とにかく、今は大丈夫なんだよね?」

『はい。勧誘は次の世界に介入し、解決してからとなります』

「にしたってこれ…どう説得どうすんだよ。

嶺、お前は何か考えてんのかよ?」

 

 

各主人公達に説得をするにしても、その世界が近日侵略者達に脅かされうになるからすぐに配属して下さいなんて言われたところで、言われた側の方は何を言っているんだコイツと返されてしまうだけだ。

 

「うーん、うーん、うんーっ…

 

よし、後で考えよ」

「いや待てお前、かなり重要なことだろうが後回しにするな」

「えー、こればっかりはいくら考えたって何も思いつかないよ」

 

能天気な嶺は考えることを後回しにするが、亮が帰ろうとする嶺を引き止める。結局規約のことは進展することなく、嶺の言う通りに介入した後に考えることとなってしまった。

 

*****

 

次なる世界の介入前

 

 

嶺の携帯を亮が持ち、事前準備の確認を念入りにする。

 

(GPS機能よし、今でも嶺とは一緒にいるから船内で行方不明になることもない。

可能な限りは用意出来た。

これであいつが迷子になることは、よっぽどのことが起こらない限りないな!)

「えーっと…?亮さん?」

 

亮が手元にある嶺専用のチェック表を見つつ、嶺が何処かに行かないように見張っている。

千草からしたら、嶺の過保護になっている。

 

「よし。嶺、準備は出来てるか」

「問題ないよー。じゃあ行ってくるねー」

 

転移装置が起動し、嶺は世界の介入へと向かう。しかし、GPS機能が働いておらず、結局また嶺が何処にいるのか分からなくなった。

 

「おいおい、マジかよ…」

「えぇ…こんなのってありなのかブヒ」

(嶺さん、どうかご無事で!)

これだけ確認しても、嶺はまた行方不明となる。亮はまた頭を抱え、見ていたデス★ランディも呆然としている。

千草は、いつも一人だけで介入している嶺の帰還を祈るしかできなかった。

 

*****

 

船から世界の介入に無事到着したものの、携帯で確認すると亮と同じ反応だった。

 

「えー…嘘でしょ」

 

携帯の画面には圏外となっており、歩きながらこの場所を把握しなければならない。

今度は森の中で迷子になってしまった。

 

 

「あのーすみませ…あっ」

「あぁん?」

 

何も考え無しに人がいると声をかけたが、ガラの悪い男だった。彼の腰には曲刀と拳銃のような武器を持っており、同じ格好をした人がぞろぞろと嶺を囲むように集まってくる。

 

(げ、やべ。声かける相手間違えた)

 

知らない人に声をかけるなと言う言葉があるが、この森の中で長居しつつ道に迷うよりも誰かに助けてもらった方が手っ取り早いと。

 

「何しに来たのかなぁ、こんなところにお嬢ちゃん一人で…」

「山登りしてたんなら、運が悪かったなぁ?」

 

山賊達は武器を用意し、目の前にいる女をどうしてやろうかと汚い笑い顔で迫りつつある。

 

「やっちまえ!相手は女だ!待ってるもん奪って、身ぐるみ剥がせてやろうぜ!」

(なんか…凄っごいありきたりな台詞吐いてるなー)

 

山賊は嶺に飛びかかってくるが、嶺は呪符で周囲を突風と落下する大岩で吹き飛ばす。この時点で嶺は威吹、怒塊といった二つの呪符を同時使用できるようになっていた。

 

「な、なんだこいつ!強いぞ⁉︎」

「怯んでんじゃねぇ!」

 

改造式の呪符は一枚で三回分なため、山賊は長引く突風に飛ばされ、大岩のせいで近づくことすらままならない。更に、

 

「た、大変です!フェアリーテイルの連中がすぐそこにっ‼︎」

「な、なんだとぉ⁉︎」

「?フェアリーテイル?」

 

フェアリーテイルとやらに挟み撃ちにされ、彼らは弱腰になって逃げようとしている。

遠くから二人の男が、叫び声が聞こえていた。

 

「火竜の鉄拳‼︎」

「アイスメイク…ランスっ!」

 

遠くでは炎を吐き出す男と、半裸で氷を操る男が暴れている。氷の槍が飛んでゆき、赤燃えている拳で山賊を殴っていた。

 

「金牛宮の扉、タウロス‼︎」

「モォゥゥゥッ‼︎」

 

金髪の女子は、鍵でタウロスと呼ばれる牛人を召喚して斧を振り回す。山賊は攻撃を防ぐも力負けし、召喚士を狙えば良いかとひっそりと隠れつつ狙っている。

 

「ルーシー、危ない!」

「今だ…ゴホぉ⁉︎」

 

羽のついた猫、ハッピーがルーシィに言うにしても裏に回って狙っていることに気づいたタウロスは片方の拳で吹き飛ばした。

 

「ありがと、タウロス!」

「あんたとあんたのナイスバディは、俺が守る!」

 

彼らは大暴れし、山賊は減っていく。あれだけ狭かった森は、木々が破壊されたことで広い空間が出来上がっている。

 

「あれー…これ手伝わなくとも勝手に終わりそうだなー」

「おーい、こいつが山賊の長なんだってさ。

奪った分まで持ってたし、もう帰ろうぜ」

 

安全に遠くから見ていた山賊の長もグレイに倒され、気絶したまま炎の子に持ち上げられてしまう。

 

「あ、そうだった。アンタ、あの山賊達に襲われたけど大丈夫だったか?」

「大丈夫だよー」

「にしても、こんなところに女一人で来るなんて危険だぞ」

 

炎の子が嶺に近づき、心配する。大丈夫だと嶺は返事したが、半裸の男がこの森が危険だってことに首をかしげた。

 

「?この場所が危険ってどう言うこと?」

「この山に山賊が住んでいることを知らないのか?そいつらが山から降りて、村の物資を奪おうとしているから、その依頼で俺達が来たんだ」

「なるほどー、通りで襲われたんだ」

 

転移された先は、山の木々だった。GPSも繋がらなければ、当然亮達と連絡も取れない。

その場所の近くに山賊が住んでいたことから危険だと、山近くにある村の人は近づかないようにしている。介入したばかりの嶺は、そんなことを知る由もなかった。

 

「それじゃあ…なんでこの山にいたんだよ」

「あーそれは…まず村まで案内してくれますか?

この山でずっと迷っていたんで。

着いてから私のことを話します」

「あぁいいぜ。俺はナツ!でそこにいるのがグレイ、ルーシィ。今さっき俺の肩に引っ付いてるのがハッピーな」

 

グレイは嶺が危ない山にいることに怪しく思いつつも、事情を話すということでひとまず納得する。討伐場所が山の森だからと、建物等の損壊で報酬が減ることがないと嬉し泣きするルーシィとハッピー。

ナツは嶺を不審に思わず、いい奴だと握手しようとする。

 

そんな、フェアリーテイルの彼らに山から降りつつ村に行きたいと道案内を頼んだ。

 

「よろしくな!」

「ん、よろしく」

 

これが、ナツ達と嶺の出会いであった。

 

 



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17話ようこそフェアリーテイル、そして嶺の初任務(S級クエスト)

嶺は、ナツ達に逸れないようについて行く。

山賊の長とその一味を捕まえ、引きずりながら村へと到着した。

 

「ありがとうございます。これはそのお礼です」

「よし、これで仕事は終わりだな」

「それじゃあ、帰ろうぜ!」

「待てナツ、俺達はこの人のことを聞いてないだろ」

 

 

依頼通りに手渡しでお金が支給される。

山賊は刑務所へと連行され、ナツ達はギルドへと帰ろうとするが、肝心な嶺のことについてまだ聞かされていない。

 

「なんであの山にいたの?」

「えーっと、いつの間にか彼処にいた。

そもそも私は村の住民じゃない」

「なんだそりゃ…まさかこの子、誰かがあの山に放置されたのか」

 

ナツ達が、誰かに嶺を連れてこられたと勘違いしている。山賊かもしれなければ、それを確かめるすべがない。

 

「…あのさ、もし良かったら私もフェアリーテイルに入ってもいい?」

「え!本当か!」

「いやダメだろ。危険すぎる」

 

フェアリーテイルが殺者の楽園に襲われることもあるから、組織入りして同行することを決めた。

ナツは彼女が入ってくれることに歓迎するが、グレイは嶺という女が戦えるのか、そもそも依頼をこなすことが出来るのかと不審に思っていた。

「いいじゃん別にー、じっちゃんも歓迎してくれるだろ?」

こうしてガミガミ言いつつも、嶺を入れるかどうかについてはマグノリアにあるギルドに着いてからだった。

 

昼頃

 

「ここがフェアリーテイルだ」

(へー、これがギルドかー)

 

ギルドに入ると、ナツ以外にも他の人達がギルド内にゆっくりしている。帰っている道中でも嶺はナツ達と楽しく話していた。

ギルドマスター殺害を目論むララバイ事件での活躍、その事件中にエルザが大暴れしたことで器物損壊の罪で評議員にフィオーレ支部に連れてこらたりと、山賊倒す前までナツ達にも色々あった。

 

「ナツ、彼女は新入りか?」

「ルーシィと同じ新入りの女子がきたぞー!」

 

ナツとエルザの一騎打ちが出来なかったこともあったため、ナツのストレス発散とルーシィのお金稼ぎとして丁度よくフェアリーテイルからマグノリアから少し離れた村に依頼を申し込み、現在に至る。

 

「あの鎧の格好を着てんのが、エルザな」

(この人がエルザなんだ、確かにしっかりとしているなー)

 

ロングヘアの赤い髪をした鎧の女の人が、嶺の元へ近づく。

 

「はじめまして、嶺(レイ)です」

「エルザだ、よろしく」

 

嶺はエルザに動じることなく、彼女と握手した。他にも白い髪のした女の人と、小さい爺さんが声をかけた。

「初めまして、ミラジェーンって言います」

「嶺じゃったか?

事情はグレイから聞いた。

どうやらフェアリーテイルに入りたいそうじゃったな。

わしからは入っても良いと考えておる。

ちょっと、こちらに来なさい」

「あ、初めまして」

 

看板娘とマスターの二人は笑顔で迎えている。嶺はフェアリーテイルに認めてもらうための証を彼らから貰うこととなるが、

 

「あのー。身体じゃなくてブレスレットでも良いですか?」

「うむ、よかろう」

 

嶺は身体にタトゥーを付けるのは苦手なため、マカノフは嶺の腕に付けてあるブレスレッドに魔法をかけ、紋章が刻まれた。

 

「これでフェアリーテイルの一員になるのか。ちょっと、ナツ達に見せてく…」

 

嶺が振り向いて見せようとすると、他のみんなが一人、また一人と眠るように倒れていく。

(みんな寝ようとして…あ、これ、眠ったふりをした方がいいのかな)

(ん?新人として入ってきたレイという子は…遅れて眠っていたような…いや、気のせいじゃったかのう)

 

マカノフは嶺がみんなよりも遅れて寝ようとしていることに違和感を感じたが、倒れて寝たフリをした嶺は無心に目を閉じつつ終わるのを待っている。

「あれ…あたし」

(よし、このタイミングだな)

みんな起き上がり、同じ反応で嶺も起き上がる。眠りの魔法をかけたのはミストガンという男で、マスター以外は顔を知られないようにあの魔法をかけた。

エルザでさえも眠っており、彼の素顔を見たことはない。しかし、

「いんや、俺は知ってるぜ。

ミストガンはシャイなんだ、あんまり詮索してやんな」

「ラクサス!」

「もう一人の最強候補だ…」

 

二階には、ヒョウ柄のシャツとウールコートを羽織っている耳当ての大男がいた。まるで下にいる人達を見下ろすかのように嘲笑っている。

「ラクサス!俺と勝負しろ!」

「エルザ如きに勝てねぇようじゃ、俺には勝てねぇよ」

「どういう意味だ!」

 

嶺は知らないが、ナツとグレイも小さい頃から今までエルザにコテンパンにされている。

こうして恐れられているのもそれが理由だ。

「俺が最強ってことさ」

(最強かどうかなんて興味ないんだけどなー)

 

エルザとグレイは見下されていることに怒っている。

 

「降りてこい、この野郎!」

「お前が上がってこい」

 

ナツは安い挑発に乗られ、そのまま炎の拳を纏ってラクサスに立ち向かおうとする。

が、それをマカノフに止められてしまった。

 

「二階に上がってはならん…まだな。

ラクサスも良さんか!」

「フェアリーテイル最強の座は誰にも渡さねぇよ。エルザにもミストガンにもな?

俺が最強だ!」

(なんか、お山の大将だなー)

 

依頼をこなしている以上実力は確かにあるかもしれないが、自分が特別なんだと勘違いしている馬鹿のようでどうにも嶺には小物だなと考えてしまう。彼は小さい器量で物事を判断し、世界の広さを見ようとはしない。

 

煽るだけ煽って、ラクサスは帰っていく。

ルーシィと嶺は、マカノフが言っていた二階に何があるのかをミラジェーンに聞こうとする。

 

「あの、2階には上がっちゃいけないってどういう意味ですか?」

「まだルーシィと、入ってきたばかりの嶺さんには早い話だけどね。

 

二階のクエストボードには一階と比べものにならないくらい難しい仕事が入ってるの。

S級のクエストよ?

 

報酬は高くつくけど、その代わり一瞬の判断が死を招く仕事よ」

(生前でやってたことも、なんか正義側に入ってもこれぐらいの仕事なんだけどなー)

二階にある依頼書を受けずに興味本位で読みたいとはおもったことはあるが、それすらも間違いなく止められてしまうと嶺は諦める。

「S級の仕事は、マスターに認められた魔道士しか受けられないの。資格があるのはエルザ、ラクサス、ミストガンも含めてまだ五人しかいないわ。

 

S級なんて目指すものじゃないのよ。本当に命がいくつあっても足りない仕事のなんだから。

 

ところで嶺さんはこれからどうするの?

泊まる場所とかは決まった?」

 

嶺はフェアリーテイルの一員として入れたものの、住む場所が用意されてない。二階のことを聞いた後に、ルーシィやミラジェーンからどこに泊まるのかと聞かれると、

 

「まだ決まってないよ。最悪外でも大丈夫「いやいやダメだから!今日1日は私の方で泊めてあげるから」…ありがとう、お言葉に甘えて」

 

嶺は外でも寝れる(拠点である船に帰って寝る)と言ったが心配され、住まいが決まるまでの間はルーシィの家で寝泊まりすることとなる。が、

 

「おかえりっ!」

「ひやぁぁぁっ⁉︎」

「わー…」

 

何故かナツとハッピーが、家に入ってベッドの上で筋トレしている。彼女は汗臭いと怒り、ナツを思いっきりドロップキックした。

 

(どうやって入れ…ん?あーなるほどねー)

 

嶺は鍵も閉まっていたのにどうやって入れたんだろうと周囲を見渡してたら、ルーシィの家自体がビルみたいな階層ではない。登ったわけでもなく、窓に鍵がないために易々と入ることができたのが分かる。

 

「筋トレなんか自分家でやりなさいよ!」

「何言ってんだよ、俺たちはチームだろ?

ほら!お前の分!

嶺の分は持ってこれなかった」

「ルーシー、ピンク好きでしょ?」

「それ以前に鉄アレイに興味ないですからっ‼︎」

「あーうん、私も必要ないからいいよー」

 

ベッドから降りると、待っている鉄アレイを横に置いて腕立て伏せをしている。ルーシーが嫌がっても、彼がこの家から離れるつもりはなかった。

 

「エルザやラクサスを倒すには、力をつけねぇとな!」

「あぃ!」

「私関係ないし帰ってよ!誰か助けて〜」

 

ルーシーの机の上には、何故かS級ランクの依頼書が置いている。フェアリーテイルのルールを守っている彼女が二階に上がって取ったわけでもないのだから、ナツ達が何かしらの方法でギルド内にいる人目を掻い潜って手に入れたのは明白。そして、ナツのことだから何を言いだすかこの時点で嶺はだいたい理解した。

 

(あー…これ、一緒に行こうぜってなるな)

「俺決めたんだ!

S級クエスト、俺達で行くぞ!」

 

その紙を見せると、ルーシーは驚く。ナツ達が勝手に依頼書を持って帰るとは思ってもなかったんだから。

 

「どうしたのよそれ!二階には上がっちゃいけないはずでしょ⁉︎」

「しかもそれってさー、マスターに認めてもらわないと行けなかったはずだよね?

どうしたのそれ?」

「勝手にとってきたんだ!オイラが」

「おぉー凄い」

 

ナツだと確実にバレるから、ハッピーが持ってきた。しかも誰にもバレずに入手してる。

嶺はパチパチと拍手して褒め、ハッピーも照れている。

 

「いや〜それほどでも〜」

「岩谷さん!褒めちゃダメだって!」

「え、ダメなの?」

「いやいや、ダメだから!」

 

ルーシィは褒めている嶺にツッコム。

「私達にはS級に行く資格は無いのよ!」

「取り敢えず初めてだからな。

二階で一番安い仕事にしたんだ、それでも7百万ジュエルだぞ!

 

それに、成功したらじっちゃんも認めてくれるだろ?行こうぜ!ルーシー、嶺!」

(なんか…ルーシィって苦労人の陽介に見えるなー)

ルーシィがペルソナ世界にいる陽介と同じ感じだと、常識人であり予想外な反応をする周りにいつも振り回されることを思い出す。

 

「もうっ…本当にいつも滅茶苦茶なんだから…ギルドのルールくらい守りなさいよね!」

「そしたらいつまでたっても二階に行けないんだよ」

「とにかく私はいかない!二人でどう「ふーん、じゃあ行こうかな」…え?」

 

ルーシーは断るが、嶺はナツ達に同行する。ナツを正義側の船に連れて行く為の信頼もあれば、道中に殺者の楽園が出没する可能性もあると考え、一緒に行く。

 

「まぁナツ達には助けてもらった恩もあるし。

成るように成れ、かな」

「いやいや!あれは任務だったし、恩返しする必要もないから!」

「島を救ってほしいって仕事だよ?」

依頼書の内容には救って欲しいと記されているが、そこは呪われた島。

 

ルーシィはより一層行きたくないと拒否する。

 

「ルーシー、本当に行かないのー?」

「ちぇーそれじゃあ嶺、また明日の朝に集合な」

「分かったよー」

「窓じゃなくてドアから出てって!」

 

ナツ達はルーシーの部屋の窓を開け、ハッピーで飛びつつ帰っていく。そのままルーシィの部屋に依頼書を放り投げてたままに。

 

「ちょっと!私が盗んだみたいじゃない!どうしよう…それに、嶺さんもあんな約束して、本当に良かったの?」

「クエストがどれくらい難しいかによるけど、本気でヤバかったら引き下がればいい」

 

嶺は寝る用の毛布を探したりして、どうにか床で寝ころがろうとしている。ルーシィは依頼書を拾い、内容を確認すると

 

「えぇぇぇっ⁉︎黄道十二門の鍵が貰えるのーっ⁉︎」

 

ルーシーには家賃の金稼ぎも必要だが、鍵を集めることも目的の一つだ。ナツ達に断っていたが、この機会を逃すわけにはいかない。

 

「ち、ちょっと待ってぇぇっ‼︎」

 

嫌がっていたルーシィは、家を出てナツ達を引き止める。

彼女も、報酬を見てS級クエストを受けることに。

ナツ達は、早朝にてガルナ島へと出発した。

 

なお、ギルド内ではS級ランクの依頼書が一枚減っていたことに大慌てしていたのは言うまでもない。

 

*****

 

ガルナ島に向かうには、港町にあるハルジオンから向かうこととなる。ルーシィはナツと最初に出会った街に感動してたが、ナツとハッピーはそんなに気にしてない。

 

「ルーシィ、ばあちゃんみたい」

(私の方は、二人の出会いがどんな形かは知らないんだけどなー)

 

つい先日のことなのに、昔のことじゃないだろと色々と突っ込まれている。ルーシィは少し不機嫌になりつつも、気を取り直して街を探索した。

 

「さて、まずはガルナ島へ行く船を探しに行くわよ!」

「ふ、船だと⁉︎泳いで行くに決まってるだろ‼︎」

「いやいや、そっちの方が無理だから…」

 

船で行くのを避け、泳いで向かうという考えになるのかというのに疑問に思い、ナツと長い付き合いであるハッピーに聞く。

 

「ねぇねぇ、何でナツは船を避けるの?」

「そう言えば嶺は知らなかったっけ。

ナツは乗り物が苦手なんだー」

「へー、そうなんだ」

 

ハッピーは、ナツが乗り物が全般的に苦手という事ことを嶺にそう教えた。

しかし、いくら乗り物が苦手でも、ルーシィの言う通り船を使わずに人間の身体能力で目的地まで泳いで行くのは土台無理な話だ。

ナツ達はガルナ島に向かう船を探し回るが、海沿いにいる船持ちの人は冗談じゃないと嫌な顔をして断っている。他の人の聞いても断られ、これでは島に行くことすらままならない。

 

「何しに行くが知らねぇけど…あそこに行きたがる船乗りはいねぇよ。

海賊だって避けて通る」

「そんな…」

「なんか、誰に聞いても船に連れていってくれないね」

 

今こうしてバンダナをつけた船乗りに聞いているが、こうして彼にも断られる。

 

「決定だな!泳いで行くぞー!」

「あい!」

「だから無理だって!」

(ルーシィに同意…泳げないって)

 

嶺は誰かの視線に気づき、こちらを近づいてきてる人物がいる。ナツとルーシィ、ハッピーはまだ気づいていない。

(あ、グレイだ)

グレイが二人の背後に恐る恐る近づくことに気がつくが、ナツ達に注意した所で、ほぼほぼ至近距離だから今更もう言っても遅い。

 

「みーつけた」

「ぐ、グレイっ⁉︎」

「なんだテメェ⁉︎」

 

近づいている相手がナツ達の敵なら遅くても言うが、グレイならバレても即座に手を出して止めることはないだろうと言わなかった。

 

このまま対話だけでナツが引き下がるとは思えないからこのまま殴り合いになると予想して。

 

「連れ戻して来いって言う爺さんの命令でな

今ならまだ破門を免れるかもしれねぇ。

戻るぞ?」

「は、破門⁉︎」

 

グレイの言う破門というのは、フェアリーテイルを辞めさせられることだ。ギルドのマスターやメンバー達に何も言わずにS級の依頼書を取ったのは確かに悪いことだが、

 

「やなこった!俺はS級クエストをやるんだ‼︎」

「オメェらの実力じゃ無理なんだよ!このことがエルザに知れたらオメェ…」

 

エルザと言う人に怒られることがどれだけ恐ろしいのか、嶺にはまだ分かっていない。ナツ達は彼女のことが怖いと恐れているが、嶺にはそんな実感はなかった。

 

「グレイ助けてー、オイラ三人に無理矢理連れてこられたんだー」

「う、裏切り者ーっ!」

「…ん?」

 

たとえハッピーがナツに頼まれたとしても、依頼書を取った実行犯なのだから無罪になるとは到底思えない。

嶺はグレイに質問する。

 

「ねーグレイ。ハッピーが依頼書取ってきたのバレてる?」

「あぁ、それもバレてるから無駄だぞ。

羽の生えた猫が取ったってな」

「じゃあハッピーも確定だね」

「えぇっ⁉︎」

 

これでナツ達がやったことだが、依頼書を取ったハッピーも無関係とは言えなくなった。脅されてナツに協力したと言えばどうとにでもなるが、そもそもナツがハッピーに脅すような性格を持ちあわせるわけがない。

それ以前にバレたって反応をした時点で、ナツ達が確信犯であることを自白している。

 

「俺はエルザを見返してやるんだ!こんな所で引き返せねぇ!」

「マスター勅命だ!引きずってでも連れ戻してやらぁ‼︎怪我しても文句言うなよ!」

「やんのかゴラァ!」

(まぁ…こうなっちゃうよね)

 

嶺の予想は的中した。このままいけば、話しても無駄だから二人が戦う事になることを。

ナツは行きたいと引き下がらず、グレイの方も力づくで連れ戻そうとする。たとえこの場所か街中であろうと、穏便に解決することなく戦う準備はできている。

 

「魔法⁉︎…あんたら、魔導士だったのか!

まさか、島の呪いを解くために⁉︎」

 

その時船乗りが、二人の魔法を見て驚く。

まるで彼が、魔法を使える人を待っていたかのように。

 

「おう!」

「そうだよー」

「まぁ、一応…」

「行かせねぇよ」

 

グレイがナツ達を行かせまいと止めようとしている。しかし、船乗りは

 

「乗りなさい!」

「おぉマジで⁉︎」

「おい、アンタっ!」

 

断ってたはずなのに、まるで気が変わったかのように乗っていいと受け入れた。ナツはグレイが船乗りを見ていた隙に、蹴り飛ばして気絶させる。

 

「しゃーねぇ…この船に乗って行こう」

「グレイも連れて行くの?」

「こいつがギルドに戻ったら、次はエルザが来ちまう…」

 

こうして、止めようとやってきたグレイも連れたまま船でガルナ島に行くこととなった。

ナツはハッピーの言う通り乗り物酔いで気分が悪く、ルーシィも怖くなってきたと鳥肌を立って震えている。

いたって健康なのは船乗り、嶺、ハッピー、そして無理矢理連れてこられたグレイの四名。ハルジオンで見えた青い空は曇っていき、今まで青く綺麗だった海も深海のように黒くっていた。

「怖いのもそうだけど、なんか寒いね」

「テメェ、人巻き込んどいて何言ってやがる…あんたもあんただ!

なんで船を出した!」

「俺の名前はボボ、かつてはあの島の住民だった」

「だった?

それじゃなんで島から出たの?」

 

彼がその島の住民ならば、ナツ達のことを島の呪いのことを解決してくれると考えて、乗ってくれと頼むのも納得できる。

 

「逃げ出したんだ…あの呪いの島を。

 

災いは君達の身にも降りかかる…あの島に行くというのはそういうことだ。

 

君達に、この島の呪いを解けるのか?」

「おっさん、あんたその腕」

 

そう言って、ボボは自分の腕と手を見せる。

顔は人間に見え、体はマントで隠していた船乗りだと思っていたが、彼の半身が化け物みたいになっている。

 

「見えてきた…ガルナ島だ」

 

島は森で包まれ、山の頂上は灯台みたいに光っていた。ルーシィも不思議そうに見て、あれが何か聞こうとするが、いつの間にかボボがいなくなっている。

 

「あれ、おじさんは?」

「気がついたらいなくなってたよ」

 

その間に海が荒れ、船が大きく揺れている。

波が激しく船を打ち、人を覆うほどの大波が迫ってきた。

 

「あ、これもしかして流されちゃう…」

「ぎゃー!大波っ⁉︎」

「呑まれるぞ、捕まれ!」

 

船乗りは突然消え、謎の光も分からないまま四人ともその波に飲まれ、導かれるかのようにガルナ島へと流れつくのであった。

入って早々、波乱万丈な任務を頑張るのであった。

 



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18話ガルナ島と、探検

 

ナツ達は津波に巻き込まれ、流れに流れ着くと目的の島にたどり着いた。全員生きてこの島についたが、乗っていた船は津波で破壊され、もう街に戻ることはできなくなった。

 

「…あれっ、嶺さん」

「あ、目覚めた」

 

嶺は既に起きて、ルーシー達が眼を覚ますのを待っていた。起きるまでの間、ずっと周囲を見張っている。

 

「これってガルナ島に着いたの?」

「そうみたい…津波で打ち上げられたわね」

 

ナツとハッピーが元気に、グレイは疲れ気味で起き上がった。津波に巻き込まれても全員生きており、かつ目的の島にたどり着いたのは本当に運が良かった。

「あのおじさんなんだったのかしら、それにあの腕のことだって…悪魔の呪いって言ってたけど」

「少なくとも、あの島に住んでいたならよく知っていたはずだと思うよ。突然いなくなったから、聞けなくなっちゃったけど」

 

ここに住む島の住民に会うということは、ほとんどはその呪いに毒されているということとなる。

連れてきてくれた、船乗りのように。

 

「気にすんなー!この島の探検に行こうぜみんなーっ!」

「あぃっ!」

「依頼内容からして最も気にすべきことじゃないかしら…」

あの船乗りが言っていたことを推察するよりも、ナツ達は気楽に何も知らない島を取り敢えず探検して、どんな島かを調べていくこととなった。

 

単純だが、今ある情報では足りなすぎる。

 

「まぁ、そこら辺はこの島に住む誰かと接触しないと進展しないし」

「ハァ…それもそうねー」

(また、逸れないようにしよー)

 

依頼内容を深く知るには、この島についてよく知っている人か、あるいは島の歴史が記されてるといった情報を辿るしかない。ルーシーが地図を持っており、依頼主のいる場所を依頼書で探している。

 

「この島には村が一つあるらしいんだけど…そこの村長さんが今回の依頼主よ?まずはそこを目指しましょ」

「ちょっと待ちな、俺も連れて行け」

 

グレイが声をかける。帰る船も無くなり、もう止めようとする気もない。

 

「…あれグレイ、行くの止めないの?」

「まぁな。船は壊れて、もうお前らをギルドに連れ戻すことすらままならねぇ。

 

それに、お前らだけ先に二階行くのも癪だし、破門になったらそれはそれでつまらん。

仕事しっかりやってのけりゃ、爺さんも文句言えねぇだろ」

 

これでナツ達を連れ戻そうとやってきたグレイも、彼の気が変わってS級クエストに参加する。

「それじゃあ行くか!」

 

まず、この島にある村へ事情を聞くことから始まった。

 

*****

 

夜頃

 

島に流れ着いた時に明るくなった空も、村にたどり着く頃には暗くなっていた。門は大きい柵で作られており、看板にはKEEP OUTと記されている。

 

「あのーすみませーん!

開けてくださーい!」

 

嶺がまずそう叫ぶが、返事が返ってこない。

誰も人はおらず待てないナツは壊してはいろうとするが、ダメとルーシーに注意される。

上から見張る人が声を上げた。

 

「何者だ!」

「魔導士ギルド、フェアリーテイルの者です!」

「依頼が受理されたとは聞いていないぞ!」

(ですよねー)

 

マスターの許可なくナツ達が勝手に行ったのだから、受理が処理されているわけではない。

「いや、あのっ…」

「何かの手違いで遅れているんだろう!」

 

ルーシーは返事できずに困惑したが、それをグレイが遅れたという形でフォローする。

 

「全員紋章を見せろ!」

 

嶺達はフェアリーテイルとして刻まれた紋章を見せる。見せる前まではずっと怪しいと警戒していた彼らだったが、ギルドの人達が本当にやってきたとざわつく。

村の住民はナツ達のことを納得し、門を開ける。

 

「怪獣の口の中に入っていくみたい…」

「やなこと言わないの…」

 

お出迎えに来た村の人達は、薄汚れたフードを被っている。

この村を収める村長がまず前に出る。

「わしがこの島の村長、モカです。早速ですがこれを見ていただきたい…皆の者!」

 

村の一同が一斉にフードを脱ぐと、彼らもまた悪魔の呪いで身体の一部が怪物みたいに変貌していた。

 

「船のおっさんと同じだな…」

「すっげぇもみあげ‼︎」

「いやいや、見るところそこじゃないよナツ」

 

人間の肌から月の光に照らされることで突然変異し、完全に姿が化け物となっている。

珍しく嶺がナツにツッコンだ。

 

「この島にいる者すべて、人だけじゃなく犬や鳥まで例外なくこのような呪いにかかっております」

「言葉を返すようだが…何を根拠に呪いだと?流行病だと考えねぇのか?」

 

呪いである確証もなく、病という形であればその病原菌が村全体に及び、原因で身体の一部が化け物のようになってもおかしくない。

 

「何十人という医者にも見てもらいましたが、このような病気はないとのことで…そんなことになってしまったのは月の魔力が関係しておるのです…」

 

元々は、昔から月の光を蓄積し、島全体が月のように覆われて美しい島だった。が、何年か前に、突然月の光が紫色に変わり始めた。

 

「あ、紫の月だ!」

「呪いです…これが月の魔力なのです」

 

雲に隠れていた紫の月が出てくる、その時に一部だけ化け物の身体を持っていた彼らが、苦しみながら体全体が変化していく。

 

「驚かせて申し訳ない」

「こいつは…どういうことだこりゃ」

 

人間の姿をしたものは誰もおらず、全員月の光によって化け物となっている。

 

「そんなっ」

「なんて…なんてかっこいいんだぁぁっ!

良いなー!角とか棘とか!

かっこいいなぁっ〜!」

「そ、そんな風に言われたのは、初めてだ…」

 

ナツだけが嬉しく思い、意外な反応に驚く村の人達。ナツ達はこの呪いを解決するためにやってきたのに、感動している場合じゃなかった。

 

「あのねぇ…みんなはこういう姿になって困ってるの!」

「マジか、悪い悪い。じゃあどうにかしなくちゃな」

「やっと理解したね」

「空気読めっての」

 

この呪いは紫色の月が出ている間、人間の姿から完全に悪魔の姿へと変貌してしまう。朝になれば元の姿に戻るが、心までは元に戻らない人も出てきている。

 

朝になればみんな元に戻るが、心を失って魔物に変貌してしまう人もいる。村はそうなってしまった人が、他の誰かを襲わないために、

 

「殺す他なかったのですっ…!」

「元に戻るかもしれないのにかっ⁉︎」

「放っておけば、皆がその魔物に殺されてしまう!閉じ込めても、牢を破壊する…だから、私の息子を殺してしまった」

 

村長が大事に持っている写真は、ガルナ島まで連れて行ってくれた船乗りが写っている。

彼らは死んだこととして扱われていたが、この島に行く前にナツ達は既に彼と出会っている。

 

「えっ、でもその人…私達昨日」

「しっ…!あのおっさんが消えちまった訳がようやく分かった。

 

 

そりゃあ…浮かばれねぇわな」

(まさか…幽霊っ⁉︎)

(…お気の毒に)

 

もしも、さっきまで喋っていたのが既に死人だとするなら、幽霊となってナツ達をこの島に導く亡者だったのだろう。

村に息子の墓があることが、その印だ。

 

「どうかこの島を救ってください!このままでは、全員心を奪われて悪魔に…」

「そんなことにはならねぇ!俺達がなんとかする!」

 

ギルドのみんなには何も言わずにS級クエストを密かに受け、ナツ達で達成する。

その為に、この島へとやってきた。

 

「ワシらの呪いを解く方法は一つ…月を、月を破壊してください…!」

 

月の破壊。頭上で紫色に光っているその月は、村人達を怪物にし、心までも変異させる脅威へと成り果てさせる。ひとまず宿は村には空きのテントがあるため、そのテントで四人一緒に寝ることとなった。

「一応、詳細が聞けてよかったね」

「見れば見るほど不気味な月だね」

「ハッピー、早く窓を閉めなさいよ…村長さんも言ってたでしょ?次の光を浴びすぎると、私達まで悪魔になっちゃうのよ」

 

窓を閉め、月の光を遮る。あの村人達と同じように、月の光によって化け物に変わってしまうと村長に教えてくれたのだ。

 

「でも、流石に月を壊せっていうのはな」

「何発殴ったら壊れるのか…検討もつかねぇ」

「壊す気かよっ!」

「そうね…どんな魔道士でもそれはできないと思う」

「または、この島限定で特殊な何かが用意されて、そこの住む人達があぁなった、か」

 

月の破壊のことと、島の呪い。この二つには関連性があるが、月が壊せないとして逆にその呪いを別の方法で解けるかも分からない。

結局詳細を聞いても、打開策が見つからない以上いくら考えても案は見つからない。

もう少し島のことを調べる必要があった。

 

「ナンパして一日歩いて、流石に疲れたぜ」

「何故脱ぐ…?」

 

みんなして、寝る準備をする。

 

「だったら明日は島を探検だ!今日は寝るぞ!」

「考えるのは明日だ」

「それもそうだねー。疲れてるし」

「そうね…私も眠いし、寝よ」

 

風呂もなく、このまま用意された布団で床に寝ることとなるが、ナツとグレイのいびきがうるさい。

 

「こんな獣と変態の間でどうやって寝ろと⁉︎」

「ルーシー、耳栓あるけど使う?」

 

ジュネスで買った耳栓をルーシーに渡す。既に嶺が枕の近くに自分用の耳栓を用意しており、代用の耳栓を渡す。

 

「あ、ありがとう!…嶺さ「さん付けはしなくていいよー」それじゃあ、嶺でいい?」

「ん、いいよ」

 

フェアリーテイルとして働きながらも、嶺はまず同じ新人のルーシーと仲良くなっていった。煩い二人の声も、耳栓のお陰でグッスリと眠れた。

 

*****

 

次の朝

 

耳栓のお陰で嶺とルーシーは快調だった。

ナツとグレイは寝癖が悪くて疲れていた。

「さぁ出発よ!」

「行こっか」

「「はい…」」

 

まず、森の中を進んでいく。月を壊さずにすむ方法も探さないといけないと、仮に月を壊したら限定の食べ物が食えなくて困るとそんな何気ない会話を嶺は聞いていた。

「月見ができなくなるだろうが」

「そっか!フェアリーテイル限定の月見特製ステーキが食えなくなっちまうのか!」

(月が無くなったら、夜が不便そうだなー)

ナツとグレイ、嶺はそのまま歩いていくが、ルーシーはホホロギウムという精霊を召喚していた。彼女は時計の中に入ったまま、精霊に移動を任せてるのは呪いを恐れているからだ。

 

それに対し二人は

「流石S級クエスト!燃えてきたぜ!」

「呪いなんて凍らせてやる。ビビることはねぇ」

「『ほんとあんた達バカね。それになんで嶺まで平気なのー?』と、仰っております」

(…呪詛とかの呪い系統にも耐性あるよーなんて言えないし)

 

リリなの世界での正輝の空間耐性だけではなく、呪いの耐性も生前から持ってある。

 

「そういえば、嶺って闘えるのか?

見たことねぇけど」

「うん戦えるよー」

「どんなものが使えるんだ?」

「ん、えーっとね…」

嶺が持ち物を確認して、見せれる範囲の武器やアイテムを見せようとした時、背後から大きいネズミが現れた。ナツ達も驚き、ネズミは目を光らせて襲ってくる。

「早くやっつけなさい、と申しております」

(先手必勝…)

「アイスメイクっ…」

 

グレイが氷魔法を出す前に嶺はすぐさま呪符を取り出し、ネズミを撃破した。取り出した呪符は風(ザンローム)と水(リウクルズ)の二重攻撃で上に吹き飛ばされる。

(…やべ、いつもの癖が出ちゃった)

巨大ネズミは勢いに負けて気絶し、嶺の強さにナツ達が驚く。

 

「すげーっ!何だあれ⁉︎」

「い、今…水と風を同時に使わなかった、か?」

「あ、えーっと…」

 

呪符を使ってネズミを倒したが、質問に答える時間はそんなになかった。今度は地響きが鳴り、大量の大岩が転がってくる。

 

「今度は何⁉︎、とおっしゃっております」

「うわっ⁉︎こっちに向かってくるよ‼︎」

 

精霊は危険だと座に戻り、ルーシーは時計の中から出てしまった。

「だったらぶっ壊しちまえばいいだろっ‼︎」

 

ナツとグレイは、その大岩破壊しようと魔法を展開する。しかし、

 

「何っ⁉︎」

「この岩、炎が効かねぇ!」

 

炎と氷魔法が全く通用しない。炎は消え、氷は館単に砕かれ、岩は傷一つつかない。

 

「くそっ、あそこまで逃げるぞ!」

「あ、ちょっと待っ…」

 

周りがよく見えず、ナツ達はその神殿へと走って逃げる。嶺も追おうとしたが、大岩に遮られてあまり動けない。彼らが逃げ出した先は、この島にある神殿だった。

「えっ⁉︎」

「う、嘘だろっ!」

「いやァァァッ!」

ナツ達は神殿に勢いよく入ったせいで、老朽化した床は崩れていった。

 

「おい!みんな大丈夫か⁉︎」

「あれ?嶺は?」

「いない…まさか、逸れちゃったの?」

 

ナツ達が見渡すと、背後をついてきていた嶺の姿が全く見当たらない。

 

「上まで登るか?

もしあいつがもし敵に接触したら」

「でも、あそこまで上がれないよ〜」

 

いくらハッピーでもナツ達を持ち上げて、元に戻ることはできなかった。彼らは嶺抜きで、見知らぬ洞窟を探索するしかない。

 

*****

 

「あれだけ亮には仲間とは逸れるなって言われたのに…」

 

ナツ達を追っていたのに、巨体ヤギと大岩のせいで逸れてしまったのだ。近くにある神殿に入ってたかと思えば、床は崩れて底に落ちていた。

 

「えぇ…なんか床が崩れてる。ナツ達も見当たらないし、最下層にいると思うけど…やっぱり逸れちゃった…」

 

雑兵を差し向け、草木に隠れながら嶺の動向を見ている。ガルナ島にいるのは、嶺だけではなく殺者の楽園も既に介入している。

 

彼女を双眼鏡で監視している男が、身を潜めて尾行していた。

 

「標的は、たった一人で彷徨っております。

如何なさいますか?」

「放っておけ。表の方でウリドラを溶かすのに動いている霊帝って連中がいるだろ。島に流れ着いたフェアリーテイルが今頃邪魔しているはずだ。

 

あの女が手助けする時に妨害すればいい。

 

仕掛ける時は、指示を出す」

「か、かしこまりました!」

 

表では零帝達がアイスドシェルを月の雫で溶かす彼らが動き、その裏にいる殺者の楽園は計画の邪魔をする者や異端者を葬り、最後には全てを奪おうと企む。

 

森に大岩を用意したのは彼らだった。火と氷の耐性を罠用の岩で実験し、効果かがあるかを見た結果、予想通りに上手くいった。

 

「ククク…俺は初代のようなヘマはしない」

 

この島に潜みつつ、時を待って好機を狙っている。兵を従えている男の姿は金属製の鎧に、全身に仕込まれている武器、まるで一人で大軍と戦っても余裕な表情を見せれるくらいの重装備を兼ね備えていた。

 

「時が来れば、まず島中にあるものから略奪すればいい。フェアリーテイルとやらも、ウリドラも、無用心にノコノコとやってきた正義側も

 

…全ては世界を支配するこの俺の糧となる‼︎」

 

この島に潜む殺者の楽園のボス、首領クリーク・2世と呼ばれていた。

 

 

 




裏話
*大波に巻き込まれ、ガルナ島でたった一人嶺だけが眼を覚まし、何をしていたのか

嶺「ミストガンって人が確かみんなを眠らせて…私だけ眠りの効果が効かなかったんだよね。
装備見てみ、あっ…」

防具用素材:不眠ドリンク
効果ー睡眠無効(攻撃等含む外側からの睡眠効果を無力化する。ただし身体及び精神的疲労による睡眠は例外)

嶺「あーうん。そりゃ、起きちゃうよね…」


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19話月の雫と偶然の再会

嶺はどうすればいいか右往左往していた。

ナツ達とはぐれたことで、食べ物も持っておらず、どうしようか困っている。

 

「うーん…どしよ」

 

船とのGPS機能はないから亮達とは連絡すら取れずないまま森の中を彷徨っていた。森に紛れつつ鉈を構える敵が、嶺の周囲を囲って観察している。まだクリーク・二世ことボスからの指示が来ていないため、彼らは様子見している。

それでも嶺は、マイペースだった。

 

「あとご飯も探さないと餓死しちゃうよね。

一旦村に戻った方がいいかー。

もう探索どころじゃなさそ…あ、地図がないから戻れなかった…」

(何をやっているんだあの女は)

 

側から見たらわざとらしく一人劇をやっているかのようで、敵は困惑していた。尾行に気づかれたのか、それとも本当にボケているだけで気づかれていないのか。

嶺はたった一人で、ナツ達が入っていった洞窟を目印にして周囲を探検していた。

 

*****

 

洞窟の探索中に、巨大な怪物が氷の中に閉じ込められているのを発見した。グレイは驚いた顔をしながら凝視し、眺めている。どうしてこんな場所にあるのかということを考えて。

 

「デリオラっ…⁉︎なんでこんなところに」

「グレイ…知ってるの?」

「あぁ…だが、俺の師匠が封じたはずなのにどうしてだ…」

 

燃やせば良いんじゃねと言い、ナツが氷を溶かそうと近づくか、グレイがナツを殴りとばした。

 

「テメェ、何しやが「火の魔道士がこれに近づくんじゃねぇ!氷が溶けてデリオラが動き出したら…誰にも止められはしねぇんだぞ!」ならその氷って、そんな簡単に溶けちまうものなのかよ!」

 

デリオラのと氷のこともナツとルーシィには分からず、当事者であるグレイにしか分からない。

彼が一番苛立っている。

 

「俺の師匠は…アイスドシェルっていう魔法でデリオラを閉じ込めたんだ。それは溶けることのない氷…いかなる爆炎の魔法だったとしてもだ。

ならどうして溶かせないと知ってて…何故この場所に持ち出した?」

「何とかして溶かそうとしてるのかも…」

「一体何のためにだよっ‼︎」

「し、知りませんけどっ…」

あの怪物を見た彼は、ナツだけではなくルーシーにも強く当たっており、全く落ち着きがなかった。

 

「一体…誰が何のためにここにデリオラを⁉︎」

「簡単だ、さっきの奴らを追えば」

「いや…ここで待つ。月が出るまでな。島の呪いもデリオラも…全ては月の光関係していると思えてならねぇ…奴らも」

「いいや、俺には無理だ!追いかけるっ!」

と言ってるナツだったが、すぐにその場で眠ってしまった。

「ほんっと…コイツって本能のままに生きているのね。ある意味羨ましいっていうか…

でもグレイ…逸れちゃった嶺はどうするの?」

「多分大丈夫なんじゃねぇのか。結局、嶺の力のことはそんなに聞けなかったが…あの巨体のネズミを倒した実力を持ってるくらいだ。多分、自衛用の武器は流石に持っているはずだろ。

ルーシーは聞いたのか?」

「ううん…知り合ったばかりだったから、能力についてはそんなに」

 

嶺が始末されるんじゃないかと心配していたが、夜までナツ達は留まることとなる。その間にルーシーがリラを召喚し、夜になるまでの間歌を聞かせていたが、音が聞こえてもナツはそのままいびきをかいて眠っている。途中でグレイが何かを思い出したかのように少し泣いていた。

 

夜になったその日、デリオラの真上から魔法陣が出現する。その紋章には紫の月の光が放たれ、デリオラの氷を溶かし始めていた。

「あの氷も、紫の光も偶然じゃなかった」

「行くぞ!光の元を探すんだ!」

 

遺跡の中心へと光を集めており、さらに上へとナツ達は登っていく。上には大勢の人が紋章を囲っており、光を集めていた。ナツ達には分からなかったが、ルーシーの召喚したリラが詳しく説明していた。

「コイツらは月の雫を使って、あの地下の悪魔を復活させる気なのよ!」

「えっ、知ってるの⁉︎」

「馬鹿なっ⁉︎アイスドシェルは溶けない氷なんだぞ!」

「その氷を溶かす魔法が月の雫なのよ。

一つに集約された月の魔力は、いかなる魔法をも解除する力を持っているの」

 

もしあの怪物を解放したら、デリオラのことを知っているグレイには想像がついている。この島を滅茶苦茶にすることも造作もないことに。

「あいつら…デリオラの恐ろしさを知らねぇんだ!」

「この島の人が呪いだと思っている現象は、月の雫の影響だと思うわ。一つに集まった月の魔力は人体をも汚染する。

それほど強力な魔法なのよ」

 

仮面の男と彼を率いた仲間達三人の話を隠れながらも聞いている。

(ちょっと待てよ、あの罠もあいつらが用意したものか?そうじゃなかったら、一体誰が)

グレイは、転がってきた大岩も不自然だと少し考えていた。ただの岩なら簡単に破壊することができるのに、全く効かなかった。魔法を無力化させているというよりも、炎と氷を通さないように。

「結局、侵入者も見つからなかった」

「本当にいたのかよっ!」

「昼に侵入者がいたそうですが…取り逃がしてしまいましたわ。

こんな私には、愛は語れませんね」

(ということは嶺さんも無事みたい…良かった)

ナツ達は遺跡の中で夜になるまで待っていたが、外にいる嶺もうまく三人の目を掻い潜りつつ、気づかれてないことが分かる。

 

「デリオラの復活はまだか?」

「この調子なら明日か、2日後には」

「…いよいよだな。侵入者の件だが…ここに来て邪魔はされたくない。確か、この島に我々以外に人がいるのはその村のみだったはずだ。

 

村を消してこい…あの殺者の楽園(連中)と違って血は好まんのだがな」

「この声…おい、嘘だろっ⁉︎」

実際、ナツ達を知らない彼らにとってこの島で邪魔をしてくる可能性があるのは村の人達のみ。関係がなくとも、疑われる可能性は十分あった。グレイが声を聞いているうちに、その仮面の男が一体誰なのかが分かってしまった。少なくとも、その男と過去に関わっていることも。

 

「もうコソコソするのはゴメンだ!

邪魔しに来たのは…俺達だぁぁぁぁっ‼︎」

 

隠れていたナツは、とうとう表に出てくる。

村の人達がフェアリーテイルに助けを求めていることもバレる。

「もうっ…なるようになるしかないわね!」

ナツと一緒にルーシィとハッピー、グレイの三人も出てくる。村の人達ではなく自分達だと自白して、彼らを阻止しようとナツ達は戦いを仕掛けてきたが、

「何をしている。

とっとと村の連中を消してこい。

邪魔をする者、それを企てた者、全て敵だ」

「なんでぇぇっ⁉︎」

ナツ達だけではなく村の連中も、彼らに取っては同罪だった。

グレイが先陣切って、突っ込んでいく。

「テメェっ!今すぐそのくだらねぇ儀式とやらをやめあがれっ‼︎」

グレイが氷魔法で拡散させた氷を、仮面をつけた男も同様に氷魔法でぶつける。激しくぶつかったと同時に粉々に破壊された。

「リオン…テメェ自分が何やっているのか分かっているのか‼︎」

「久しいな?グレイ」

 

かつて過去に師匠ことウルの弟子だった二人が、こうして相入れることとなった。

 

 

*****

 

怪しい三人組がウロウロとしている間に、嶺は隠れつつ遺跡にとどまっていた。一人はネズミが飛んで行った方へ、残りの二人が遺跡周りの見回りをしていた。嶺を背後から襲い、拷問して情報を聞き出すことも可能だった。なんとかこの森で食べれそうなものを取って、武器に付加属性を付けさせつつ火を起こす。

 

『そろそろ頃合いだ。その女を始末しろ』

 

そろそろフェアリーテイルが暴れ出して来る頃だと、まず一人が即効性の猛毒を塗ったボウガンを構えていた。背後を取りつつ狙い撃った瞬間、嶺は双剣を取り出して射出された矢を破壊。

もう一度装填する前には既に近づかれ、敵は近づかれたことで身動きが取れなくなっている。

 

(い、今何をされ)

 

首と胴体が真っ二つになっている。胴体が転がり、地面に落ちてい前にそのまま灰となって消え去っていく。

ボウガンだけが地面に落ちていた。

「…あ、さっきの殺者の楽園だったのね。

あぶな。

こんなところ、仲間や島の人に見られてなくて良かった良かった」

 

嶺は気配で判断し、殺気があることを感じた上で身体を刈り取った。灰となって消えた敵の武器を漁っていく。落ちているボウガンで暗殺されそうになった事を理解し、敵に付けられいた事を把握した。

 

(うーん、仲間とは合流できないしこれは野宿かなー。

まぁ食料はなんとかなりそうだし)

遠い場所で上空に火を吹き出してくれたおかげで、嶺はナツ達の場所がわかった。これなら嶺でも道に迷わず、その場所へ向かえば必ず合流できると安堵している。

 

「あ、そんな所にいたんだ」

(こんな事をするのはナツくらいだし)

 

嶺はすぐさま移動するが、これ以上は行かせまいと隠れ潜んでいた敵が複数出現する。

正義側の介入を阻害するために。

「えぇ…まだこんなにいたの」

嶺がナツ達と合流するのは、まだまだ時間がかかりそうだ。

 

 



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20話霊帝と因縁

一人きりの嶺は、殺者の楽園を倒しつつも逃げていた。村に戻るかナツたちのところに合流しようと思っても、後から付いて来ている追っ手に巻き込まれてしまう可能性がある。

 

一旦身を潜み、見失ったところで目的地へと移動しようと考えていた。

 

(なんか数多いな、何体撃破したんだっけ?)

 

敵を倒しては、色んな武器を拾っていたがRPGでありきたりな武器ばかりであった。

大したことない武装で襲っているということは、嶺を用心深く見ずに一人相手なら数の暴力でなんとか出来ると彼らは思い上がっていた。

 

次から次へと、考え事をしながらも刈り取っていた。

 

 

*****

 

 

「…村人から送り込んできた魔道士がまさかお前だったとはな。

知ってて来たのか、それとも偶然か」

「霊帝リオン、知り合いか?」

 

ナツ達だけではなく、霊帝の味方も知り合いだった事に驚く。

 

「早く行け、ここは俺一人で十分だ」

「させるかよっ!」

 

リオン達の仲間である三人が村を消すよう向かう。ナツは行かせまいと動くが、リオンの魔法で彼の周りを冷気が漂い、一瞬にして氷魔法で身体を固められてしまう。

 

 

「ハッピー、ルーシィを連れて逃げろ!」

「あい!」

「えっ⁉︎なんで」

 

このままだとナツを含め全員が氷漬けにされてしまうと考え、グレイはルーシィに顔を向ける。ルーシィは逃げるのか分からない様子だったが、このままだと全滅され村を守ることもできなくなると聞き、ようやく理解した。

 

二人にできる事はこの場から離れて逃げるしかなかった。

「隙を作って女と猫を逃したか、まぁいい。

奴ら如き…シェリー達達じゃ止められんだろう。

いや、あの連中も目障りだと動くか?」

「フェアリーテイルの魔導師を甘く見てんじゃねぇぞコラーっ!」

 

氷で身体があまり動けなくともナツは声を張って出すが、グレイは黙ったままナツを蹴って逃がした。

彼は転がって、落ちていく。

「相変わらず無茶をする、仲間じゃないのか?」

「あれはその気になれば氷ごと破壊できる魔法だろ」

「それで俺の魔力の届かない所へやったわけか…やればできるじゃないか!」

「いい加減先輩ズラするのやめてくれねぇかっ…リオン。

お前はもう、ウルの弟子じゃねぇ!

それに、仲間はあの三人だけじゃない…背後に誰かいるだろ」

 

霊帝と一緒にいた人達だけではなく、他に組織と手を組んでいると聞いていた。

 

「お前が知る必要はないだろ。

それに弟子じゃないのはお前もさ、グレイ。

ウルはもうこの世にはいないのだからな」

「デリオラを封じるために命を懸けて封じたんだ!ウルの残そうとしたものをテメェは壊そうとしてるんだぞ!」

「…記憶をすり替えるな、ウルはお前が殺したんだ。

 

 

よくおめおめと生きていたものだな、グレイ」

兜を取り外し、グレイに顔を見せた。それを持ったまま、もう片方の右手の掌でグレイに向ける。

 

「…ウルを殺したのはお前だ。名前を口に出すのも烏滸がましい!

 

アイスメイク・大鷲(イーグル)っ‼︎」

 

リオンは魔法を展開し、何羽もの大鷲がグレイを襲った。

 

「アイスメイク・(シールド)‼︎」

 

それをグレイは造形魔法の盾で攻撃を防ごうとする。咄嗟の判断で造形魔法を使ったが、リオンの作り上げた大鷲はそのまま突っ込むわけではなく盾を避け、頭上や横といった防御出来ない場所を狙った。

 

「お前は物質の造形が得意だったな。

だが、俺の造形は生物を作り上げる。

 

動き回るアイスメイクだと忘れたか‼︎」

「ぐっ…⁉︎まただっ!」

グレイはまた新しく別のものを作り上げた。

飛びかかってきたグレイを見て、リオンも自分の身を守るために魔法を発動する。

 

「アイスメイク・大鎚兵(ハンマー)っ!」

「アイスメイク…大猿(エイプ)

 

次にリオンが作り出した造形魔法は鳥のような回避ではなく、大猿で防がれる。グレイのハンマーを簡単に崩すほどに硬かった。

 

「話にならんな。

両手で造形魔法を使うのも相変わらずだ」

「ウルの教えだろ…!片手の造形は不完全でバランスも良くねぇ」

「俺は特別なんだ、ウルの力もとうに越えてしまった」

 

グレイの攻撃は防がれ、防御しようにも防げない箇所から狙い撃ちされる。彼はウルの、師匠の教えよりも自分のやり方でグレイを凌駕していた。

 

「自惚れるなよっ…」

「その言葉、お前に返そう。一度でも俺に攻撃を当てた事があったかな?」

「あの頃と一緒にするんじゃねぇ!

氷間欠(アイスゲイザー)っ‼︎」

 

両手に込められた魔力を地面に突きつける。

リオンのいる場所から鋭い氷の柱を隆起させ、リオンを閉じ込める。が、

 

「一緒だ。俺はお前の兄弟子であり、お前より強かった。

 

俺は片手で造形魔法ができたが、お前は出来なかった。何も変わらん…互いの道は違えど俺達の時間はあの頃のまま凍りついている」

 

リオンにはいまひとつにしか効かなかった。

氷の柱は砕かれ、苦しんでいる様子もない。

それどころかリオンの造形魔法、アイスメイク・雪龍(スノードラゴン)でグレイは吹き飛ばされてしまった。

 

「だから俺は氷を溶かす…塞がれた道を歩き出す為に。

 

ウルは俺の目標だった。

ウルを越えることが、俺の夢だったんだ。

 

しかし、その夢をお前に奪われた。

もう二度とウルを越える事は出来ないと思っていた。

 

ウルでさえ倒すことが出来なかったあのデリオラを倒すことが出来たら…俺はウルを超えられる。夢の続きを見られるんだよ!」

 

リオンの造形魔法に吹き飛ばされていたグレイは立ち上がり、怪我をして苦しみながらも止めようとする。

 

「正気か…そんな事が目的だったのか。デリオラの恐ろしさはよく知っているはずだ…止めろ、無理だっ!」

 

前と変わらずに、グレイはデリオラを倒す事は事はできないと言う。しかし、リオンはグレイの耳を傾ける事はない。

彼は師を超えることにしか頭にない。

「止めろ、無理だ…だと?忘れた訳ではあるまいな…お前がデリオラなんかに挑んだからウルは死んだんだぞ!

お前がウルの名を口にする資格は無い!

消え失せろ‼︎」

 

*****

 

グレイは敗北し、倒れ伏していた。リオンの造形魔法で完膚なきまで叩きのめされ、彼の魔法は通用しなかった。

 

リオンが生きてるまでは、一緒に弟子として訓練されていた。彼女が氷となってデリオラを封じ込め、二人の歩む道が枝別れてしまった。

 

グレイは妖精の尻尾(フェアリーテイル)に、リオンは師匠を超えるため、彼の仲間もデリオラの復活に手を貸している。

 

二人は成長し、相見えることとなった。

道は違ってもリオンを止めることができなかった。

 

そんな彼にナツ声を出して近づく。

ナツはぎごちながらも、何とか動かせる両手両足で移動していた。

 

「起きろグレイ、だっせーなー。

派手にやられやがって」

「ナツ、お前何でここに…」

「村がどっちか分かんねぇから高いところまで登ったんだよ。行くぞ!」

 

ナツは蹴飛ばされたところから、グレイのところまで登っていった。

そこに行けば、森で道に迷うよりもマシだったからだ。

 

「まて、歩ける…リオンはどうした?」

「知らん。

誰もいなかったし、儀式も終わってた。

くそっ!嶺だけじゃなく、ルーシィまで見失っちまったし。これで二人がいじめられたら、俺たちのせいだぞ」

 

悔しながらも怪我をしているグレイを連れて、村まで行こうとする。

 

「ナツ…」

「なんだよ」

「オレにはお前のこと…言えねぇ…何も言えねぇ……」

 

リオンを止めようとしたのに、止めることができずに負けて悔しかった。ナツ達には勝手なことさせるなとマスターにそう言われたのに、グレイも人の事が言えない。

 

無理だから出来ないと幼い頃に師匠のウルに止められ、ナツにもS級クエストだから無理だと止めた事を思い出す。

ナツも、リオンを止めることもできず、自分の事も引き下がれずにこの事件に関わってしまった。

敗北した上にグレイは悔しい思いでいる。

それでも、

「負けたくれぇでグジグジしてんじゃねぇ!

俺達は妖精の尻尾だ!

止まる事を知らねぇギルドだ‼︎」

 

ナツはグレイに怒鳴りつける。

その言葉は厳しくも、いつも喧嘩相手になっているナツなりの励ましでもあった。

グジグジするより、進めと。

 

*****

 

「んー、いつまで続くんだろう…」

 

嶺は敵を巻いて、隠れている。仲間よりも遠い場所に移動し、村に行きたくても行けない状態になっている。そこで待てば少なからず、ナツ達の誰かとは出会えるが殺者の楽園が大勢森の中で探し回っているせいで思うように動けない。

 

(ハァ…遠回りするしかないかー)

 

嶺がナツ達と合流するのはまだまだ時間がかかりそうだ。

 

 



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21話やり遂げる思い

村に戻ってきたルーシィとハッピーは住民達に敵がここにやってくるのを説明する。

悪魔の姿にした犯人がこの村にやってくる。

そのことを知った村人は騒ついており不安であったが、逆に月を壊すよりも村の人達と協力して、これから襲ってくる犯人達(霊帝の一味)を捕まえて聞き出せる好機でもあった。

 

 

犯人も魔導師である以上、召喚士のルーシィと村人達で戦っても返り討ちに合う可能性もある。一方の村長は

「そんなことは聞いとらん!月はまだ壊せんのか!」

「だから、月を壊す必要もなくて…犯人さえ捕まえれば」

「月を!月を壊してくれぇぇっ!」

ルーシィの話を聞いておらず、月を壊してくれと叫んでおり、息子の事でまだ錯乱している。

 

「そうだっ…良い策戦、思いついちゃった!」

「悪い予感がする。思ったんだけど…犯人を捕まえるっていってもどうするの?」

「それを今からやるのよ!

開け!処女宮の扉…バルゴ!」

 

ルーシィは敵を捕まえるために何かを閃いたかのように、敵の迎撃に備えつつ罠を用意する。処女宮の鍵を使ってバルゴを召喚し、彼女には早速入り口に大穴を空けて仕掛ける。

しかし、

 

「…あのさー、オイラやっぱりルーシィって馬鹿かもって本気で思うんだ。こんな子供騙しな罠にかかるとはどうしても思えないよ」

「何よー完璧な落とし穴じゃない。

それにこの村の入り口は一つしかないでしょ?敵も当然そこから入ってくるってわけ」

地面を見れば誰にでもわかる。

藁が上をカモフラージュしてはいるものの、どうぞ引っかかってくださいと言わんばかりに置かれている。

「あい、こんな罠にはまるとは思えないな」

「私も…」

「恐れながら、自分も…」

「姫、私もです!」

「あんたもかっ!見てなさいよあんた達!」

ハッピーどころか他の住民も、召喚したバルゴさえもこんな分かりやすい落とし穴に誰も引っかからないという意見だった。

 

「ルーシィさん!

誰かがこちらにやってきます!」

「奴らだわ…門を開けて!」

 

門番をしている人が誰がやって来たことを報告して、そのまま門を開けようとするとそこには

 

「おーい!みんな無事か!」

「ええええっ⁉︎

こ、こっち来ないでぇぇっ!

止まってぇぇっ!ストォォォップ!」

 

ナツとグレイが帰ってきた。

敵が通ってくるはずが、まさか仲間が先にやってくるなんて思ってもない。ナツはルーシィの声に反応して止まったが、落とし穴だと気づかず足を踏もうとした瞬間、二人とも落ちてしまう。

 

「落ちる奴、いたんですね…」

「まさかとは思っていたんだけど」

「おいおいおい…こんな時にお茶目した奴は誰だコラーっ」

「ルーシィに決まってるじゃない」

「やっぱりかー!」

「違うのよーっ!」

 

この場所に落とし穴を作るとしたら、ルーシィ以外誰もいない。

 

「でも良かったよ!

ナツもグレイも無事で!」

「良くねーよ、グレイはダウンだ!

つーかあれ、氷が割れてる⁉︎

俺の炎でも溶かせなかった氷が…」

 

落とし穴に落ちたおかげでナツの身体を固めていた氷は破壊され、結果的にナツを助けている。

 

「おそらく術者との距離が離れたため、魔法の効果が弱まったのでしょう」

「さ、作戦通りだわ!でも、結構時間が経っていたのに来るの遅いわね?

ナツが先に着くなんて」

「そう言えばそうだな」

 

落とし穴に落ちたナツ達を村の人達で救出する。グレイは負傷しているために助けが必要だったが、ナツは身動きが取れるために自力で出た。

 

「よし、チャンスだわ!

急いで穴を隠すのよ!」

「またあの落とし穴やる気か⁉︎」

 

どうにかできると思っているルーシィだったが、ナツでさえもあんな落とし穴を仕掛けるのは気が引いていた。

 

「あ、あれっ…ネズミが飛んでる⁉︎」

「なんだあのバケツは!」

「空って…落とし穴の意味ないじゃないの!」

 

ネズミが持っていたバケツから、緑のゼリーがこぼれ落ちる。

 

「ゼリー?」

「ルーシィ!」

 

ナツがルーシィを捕まって、助ける。ゼリーが地面に落ちただけで、その場所が溶かされてしまった。

 

「まさか、あのバケツ一杯にこれが入っているのか⁉︎」

「アンジェリカ、おやりになって」

「キュー!」

 

ネズミが空を飛び、毒ゼリーの入っているバケツを村にばら撒く。周囲は柵があるため、逃げる場所はあの出入り口しかない。

入り口のそばにいない村人達には、逃げ場がない。

 

「みんな!村の真ん中に集まれ!

ハッピー!」

「あいさー!」

 

ハッピーがナツを捕まって空を飛び、両手に灯した炎を重ねて放つ火龍の豪炎で毒液を爆散させた。村は半壊したものの、村人達は全員無事で済んでいる。

 

「村がみんな溶けちまった」

「ボボの墓が…」

 

アンジェリカに降りた三人は村だけじゃなくナツ達を直接始末することになる。ボボの墓も、村にあった家も溶かされてしまった。

 

「霊帝様の敵は駆逐せねばなりません。

せめてものの慈悲に一瞬の死を与えようとしたのに…どうやら大量の血を見ることになりそうですわ」

「村人約50、魔導師2…15分ってとこか」

 

やってきたのはゴスロリの格好をした紫色の髪をした少女、青い服と太い眉の人、ケモ耳の半裸にジーパンの格好をした男二人がやってくる。

 

「行くぞ!」

「俺もやるぜ…」

「グレイっ⁉︎」

 

ナツとルーシィ、ハッピーは戦えるが、その背後にいるグレイも立ち上がる。

しかし、

 

「お前は行け、足手まといだ」

 

リオンとの戦いで怪我を負っているが、無理をしている。彼には戦う意思はあったが、身体が悲鳴をあげている。

 

「ナツ…舐め「怪我人は寝てりゃ良いんだよ」」

 

グレイはまだ戦える状態ではなかった。彼を気絶させ、村人に安全なところへ運ぶよう任せる。

 

「グレイをお願いね!」

「任せてください。さぁいくぞ!」

「させると思って?アンジェリカ!」

 

アンジェリカとゴスロリの少女が村の人々のところへ向かおうと飛行して向かう。ルーシィはそのまま飛行しているアンジェリカの足に飛びかかり、ひっついていることに気づいていなかった。ナツとハッピーに馬鹿だと言われつつも、足をくすぐって止めようとする。

 

少女はそれで止まるわけがないと思っていたが、アンジェリカはそれに反応し、飛行をやめて一緒に墜落していく。

「潰されてねぇかな…」

「潰されてたら死んじゃうよ

オイラ、ちょっと見てくる」

「あぁ、頼んだ。

 

こっちは俺が片付けておく!」

 

まずナツは半裸の男に頭突きをし、青服に炎を吐く。犬の方は頭をクリーンヒットしたが、炎は障壁で防がれた。

 

「…なんて凶暴な炎だ。まさか、噂に聞くフェアリーテイルのサラマンダーとは貴様のことか?俺達もかつては名にある魔導師ギルドに所属していた。

 

岩鉄のジュラと言えば聞いたことはあるか?」

「知らん、どこのギルドだとか、誰の仲間だとか関係ねぇんだよ。お前達は依頼人を狙い、仕事の邪魔をした…つまりフェアリーテイルの敵。

 

戦う理由はそれで十分だ」

「…トビー、手を出すな。

こいつは俺一人でやる」

 

トビーは頭突きは受けても、平気な顔で起き上がっている。

 

「波動!」

「こんなもの、ぶっ壊して…⁉︎」

 

魔法を通さぬ魔法を手にしている。

波動は、炎をかき消していく。

 

「ほぉ、良く性質に気づいたな?

我が手に放つ波動は全ての魔法を中和する。

魔法を通さぬ魔法。

俺の力は対魔導師の仕事専門…その意味分かるよな?

全ての魔導師は俺の前では無力だからさぁ!」

 

それでも、ナツは波動の中に手を突っ込む。

 

「言ったはずだ、全ての魔法はかき消さ…⁉︎」

「じゃあ魔法じゃなきゃ良いんだろう?

大したことはねぇじゃねぇか!」

 

魔力の渦に素手で突っ込もうとする。

魔法も使えなければ、渦によって体力が徐々に減っていく。

 

「貴様…生身の身体で何を考えている、消し飛ぶぞ?」

「身体ごと入っていくのかよ⁉︎」

「それで、ここからどうする気だ?

波動の中じゃ魔法は使えないぞ!」

 

炎も通さない、渦に突っ込み見続ければ後は自滅するしかない。

しかし、炎が使えないのは波動の中であればの話。

 

「外なら使えるんだろ!

アドバイスサンキューな!

 

魔導の外で炎を放出している。波動によって魔法はかき消されても、速度を止めることはできない。

 

「ま、まさかっ…貴様、素手の力を上げるために炎をブースターに」

「火龍の炎肘っ!」

 

肘に炎を放出し、その勢いと共にルカの顔面を殴り飛ばす。彼は一撃で吹き飛ばされ、再起不能となった。

 

「お前スゲーな」

「次はお前にもスゲーのを食らわすぞ」

 

そう言いつつ、トビーは自慢の爪を見せる。

 

「喰らわねーよ!

てゆうかルカよりツェーんだぞ俺!

毒爪メガクラゲ、この爪には秘密が隠されている!」

「毒か?」

「がーん!なぜ分かった…とんでもねぇ魔導師だぜ」

とぼけるだけでも誤魔化せれたのに、オーバーリアクションをしたせいで自分から相手に正解を出している。

それ以前に、武器の名前に毒と言っている時点で秘密も何も既にバラしていた。

 

「うわ、どうしよう。バカだ…」

「バカいうんじゃねーよっ!」

 

馬鹿と言われたことにキレたトビーはナツに攻撃する。両爪に感電効果を持つ効果を受けてある。触れただけでも、感電され再起不能は免れない。

そう言いながら襲いつつ、彼自身の爪の脅威性について説明していく。

だからナツは、

 

「なぁ、ちょっと待ってくれ?

ここに何かついてるぞ?」

「ビィリリリリリッ!」

「やっぱバカだ」

 

トビー自身の持っている武器で、自滅するようにする。

爪がおでこに当たり、感電する。二人を相手にしていたとはいえ、戦いは呆気なく終わった。

 

 

*****

 

 

ルーシィの相手は、シェリーという魔導師だった。召喚したタウロスを操られ、一時は苦戦を強いられたが、互いの同意による強制閉門で精霊を帰すことで何とか状況を打開できた。

シェリーは精霊を操るのをやめ、今度は岩を人形にして襲っている。

 

「あらあらおかしなこと、それも愛。

それで、いたちごっこ、壊す?

この岩を?」

「ちょっと待って⁉︎

この岩を壊せる精霊いたかしら」

 

戦闘できる精霊がいたとしても、木ならともかく岩を破壊できる力は持っていない。

 

「逃してはダメよロックドール。

あの小娘を追いかけなさい!」

「何が小娘よ!あんただって似たようなもんでしょうがーっ!」

 

ルーシィはいたちごっこと煽っていたが、かといって岩を壊せる精霊もいないため逃げるしかなかった。

逃げ場のない海辺へと迫られてしまう。

 

(海辺、これならアクエリアスを呼べるけど…

水じゃ岩は壊せない…私まで巻き添えにするし。巻き添え…?そうか!)

「開け!扉、アクエリアス‼︎」

 

アクエリアスを召喚し、やっつけるように言うものの態度悪く言うことを聞かない。

強力な精霊を呼び出したことで、シェリーは魔法で操ろうとする。

「人形劇、操り人形っ‼︎

さぁ、そこの女を消して差し上げて!」

「あ"ぁ?

言われなくとも、やってやらぁぁぁっ‼︎」

 

最終的にはルーシィがアクエリアスを召喚し、操っても諸共攻撃に巻き込まる。

大波が二人を襲い、巻き込まれていく。

 

アクエリアスがルーシィの言うことを聞かないのはよくわかっている。それを知らなかったために、操り人形にしようとしたが仇となった。

 

「どう?私だってフェアリーテイルの魔導師なんだから!」

「この私が負けるなんて…アンジェリカ、私の仇を討って」

「えっ⁉︎こいつ、人形じゃなかったの⁉︎」

 

ルーシィは疲れて足が動けず、押しつぶされそうのなったところを助けてくれた。

助けた人物はエルザだったが、彼女の目は怒っている顔をしている。

「エルザ…さん…」

(そうだった、私達ギルドの掟を破って勝手にS級クエスト受けたんだった)

「…ルーシィ、私が何故ここにいるか分かってるか」

「連れ戻しに…ですよねー」

「ルーシィ!良かった、無事」

 

心配で来たハッピーも、声を聞かれて捕まってしまう。尻尾を握られ、逃さないようにしっかりと掴んでいた。

「ナツはどこだ」

「ちょっと聞いて!勝手にきちゃったのは謝るけど…この島は大変なことになってるの!

氷漬けの悪魔を復活しようとしている人がいたり、村の人達はそいつらの魔力で苦しめられたり…とにかく大変なの!私達、何とかこの島を救ってあげたいんだ!」

「…興味はないな」

「じ、じゃあせめて…最後まで仕事を」

「違うぞルーシィ。貴様らはマスターを裏切った…ただで済むと思うなよ」

(こ、こわーっ…)

エルザはルールを破ったことに怒り、剣を向ける。

 

三人をナツとルーシィの二人で撃破した。あれだけ大騒ぎしても嶺は出てくることはない。何故なら彼女は

 

(ねむい…zzzz)

 

その日は耳栓をつけて、ぐっすりと寝むっていた。その為炎の爆音に気づくことも、戦いの音に気づくこともない。

隠れていた場所でぐっすりと眠っている。

結局敵のせいで森にある食料も見つからなかったため、手持ちに入っている非常食用のみ食べて眠りについた。

 

*****

次の日

 

「ここは、何処だ?」

「よかった、目が覚めましたか?

村から少し離れた資材置き場です。昨夜、村が無くなったから…ここに避難してるんです」

「村が…なくなった?」

グレイが目を覚ますと、女の人が横で看病をしている。既に朝になっており、村が消されて資材置き場にいる。

 

(リオンの奴、本当にやりやがったのか⁉︎)

仲間に村を消して来いと指示していたことを思い出す。あそこにあった建物は跡形もなく消滅してはいるな、村の住民が生き残っていることに安堵する。

 

「でも、ナツさんやルーシィさんのお陰で怪我人がいなかったのはせめてもの救いです」

「あいつらも、ここに居るのか?」

「ええ、グレイさんの目が覚めたら、テントに来るように伝えろと。

あちらの大きなテントでお待ちです」

 

グレイがテントの中に入ると、エルザが鬼の形相で待っていた。

 

「…遅かったな、グレイ」

「エルザっ⁉︎」

 

その中には三人が待っていた。

ハッピーとルーシィはエルザに捕らられ、二人とも縄に縛られている。無謀なことをしたナツ達に、エルザは座りつつ怒っていた。

 

「大体の事情はルーシィから聞いた。

お前はナツ達を止める側では無かったのか?

呆れてものも言えんぞ」

「ナツと嶺は?」

「それは私が聞きたい」

 

エルザ達は資材置き場でグレイの目が覚ますのを待っていた。

 

「村で霊帝の手下達と戦っていた筈だと思っていたはずなんだけど…行ってみたら誰もいなかったの。

ナツのことだから大丈夫だと思うけど。

それで取り敢えずグレイのところに連れてけって…エルザに言われて」

「オイラも空から探したんだ。

そしたらこの資材置き場に人が集まっているのを見つけたんだ。

でも、ナツも嶺も見てなかったよ。

二人ともどこに行ったんだろう…」

 

特に嶺に関しては長いこと姿が見えない。ナツはまた会うことになるが、嶺は長いこと帰ってこない。

 

「グレイ、ナツとレイを探しに行くぞ。

見つけ次第、すぐに撤収する」

 

残りはこの島にいる二人を探し出して見つけ次第、帰ろうとしている。

そのことにグレイが驚く。

 

「何言ってんだよエルザ⁉︎

ここにきたってことは村の人達の姿を見ただろ⁉︎それを放っておけっていうのか?」

「それが何か?

私はマスターから連れて来いという指示で動いている。それ以外のものには興味はない。

 

そもそも、依頼書は各ギルドに発行されている。正式に受理された魔術士に任せるのが筋ではないのか」

 

S級に行くと行ってもギルドマスターの許可なく勝手に依頼に行ったことは、ギルドの掟を違反したといってもいい。

エルザの言い分は何も間違っていない。

 

「見損なったぞ…」

「なんだと?お前まで掟を破るのか‼︎」

 

エルザは空間から剣を取り出し、グレイの首に向けて脅す。それをグレイはエルザの剣を掴み、心臓に向けた。

 

彼の胸元にはフェアリーテイルの印が刻まれている。彼にはこの任務だけは、掟を破ってでも、命を賭ける覚悟と信念が確かにあった。

 

「勝手にしやがれ。これはオレが選んだ道だ…やらなきゃならねぇことなんだ‼︎

 

最後までやらせてもらう…斬りたきゃ斬れ」

 

グレイはそのままテントに出る。部屋がどんよりとした空気が漂い、二人の空気にプルプルと震えている。

エルザはルーシィとハッピーの縄を斬る。

 

「行くぞ、これでは話にならん。

全ては仕事を片付けてからだ」

 

彼女はグレイの覚悟を見て、まず仕事を片付けてからにした。

 

「エルザ」

「勘違いするなよ、罰は受けてもらうぞ」

「「はい…」」

 

落ち込みはしつつも、連れて帰るのは仕事を終えた上でということとなった。エルザも釈然とはしないが、グレイの覚悟を見て剣を収めることとなった。

 

*****

 

嶺が目を覚ますと、周囲を見渡す。

 

(…起きた起きた。

視線も感じてないし、撤退したのかな?)

 

嶺が眼を覚ますと、敵の気配は無くなっていた。敵は見つけられずに既に諦めたのか、何処かに潜んで気を伺っているのか。

 

エルザがルーシィ達と既に合流し、この島に来ている事はまだ知らない。

 

「ん?あれ…なんか神殿が傾いてる?」

 

外を眺めていると神殿が傾いていた。昨夜吹き出された炎といい、あんな大袈裟に破壊出来るとしたら、その神殿にいるのはナツしかいない。

殺者の楽園がいない今、少なくともナツと合流できるチャンスがあった。

 

「よし、行くとしますか」

 

嶺とナツ達と合流するのは、神殿を見つけてもまだ時間がなりそうだ。何故なら

 

(あっれー…神殿の中って、どうなってたっけ?)

 

神殿の中に入ったことはなく、建物が半壊している状態。ナツが盛大に暴れない限り、どこにいるかも分からない。

ナツ達も敵もマップもない状態、そんな中で神殿に向かおうとしつつ、歩きながら道に迷いそうで困惑していた。



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22話弟子同士の対決と介入

傾いた神殿は歩きづらいなと思いつつも、神殿の中を捜索する。

 

(…歩きにく)

 

迷子になりつつも時間が経っていくうちに傾いていた神殿は元に戻り、探し回った末に氷まみれの場所へとたどり着いた。

 

(あれ…傾いてたのが元に戻った。

それと、グレイもある)

 

そこでグレイを見つけることができたが、もう一人の男が殴り合っている。二人にどんな事情があるのか知らない嶺には全く分からなかったが、何故か魔法も使わずに拳で挑んでいた。

 

*****

 

破壊の跡があったかのような穴を見つける。

そんな奇妙な穴を見ようとすると、二人が殴り合いになっていた。

「負けられねぇんだよ!」

「ウザいんだよ!」

嶺にとってはリオンが誰なのか分からないけれど、少なくとも敵であることは分かる。

このまま横から攻撃しても良かったが、何か叱られそうで眺めることしかできない。

 

(あれ、入っちゃマズイ感じ…?様子見とこ)

 

ヤッホーグレイと嶺は声をかけようとしたが、この部屋に空気を読まずに入るのは不味いかなと困っていた。

男と男の殴り合いに、余計な邪魔をしたら何か言われそうだと隠れながら見守っている。

 

「くっ…この俺が、グレイ如きに膝をつくなどあってはならんのだ…アイスメイク・雪龍‼︎」

 

殴り合いではグレイが優っているが、リオンは追い詰められると魔法を使用した。

雪龍を出現させ、グレイの腹部に噛み付く。

 

「テメェっ…約束破ったなっ⁉︎」

「そんなもん知るか!どう足掻いたところで、デリオラは間もなく復活する!

もう誰にも止められんぞ!」

「絶対止めてやるっ!」

「今まさに、ザルティが月の雫を行なっているというのにか?」

「ナツを舐めるなよ…へっ、あいつはお前なんざ足元にも及ばねぇ野郎だ」

 

神殿が振動し、誰かが儀式を行なっていた。

月の光によって氷が解き始め、悪魔の復活も大詰めとなってきている。

 

「…また、遺跡が震えてやがる」

「月の雫の儀式が始まったのだ。デリオラの氷が溶け始めている…どうやらここまでのようだな。

お前達は止められなかった。

俺はこの時はどれだけ待っていたことか…10年間仲間を、知識を集め、ようやくこの島のことを知った。

月の光を集める島、ガルナ…俺達はブラーゴからデリオラを運び出した。

それが三年前だ」

「テメェ…こんな下らないことを三年もやっていたのか!」

 

まだデリオラを倒すことを下らないと言ったことに、リオンは憤る。

 

「下らんだと‼︎この10年間、ギルドで道楽していた奴がよく言えた者だな‼︎」

「俺はウルの言葉を信じただけだ!

そこでたどり着いたのがフェアリーテイルだ…確かにすげぇ魔導師が沢山いた!

信じられなかったよ!」

グレイがギルドマスターであるマカノフに氷を溶かす方法も聞いたが、氷を溶かす方法が結果的にウルを殺すことになることを。月の雫がアイスドシェルを溶かす唯一の魔法を知ったことも。

「今思えばあの時爺さんが言おうとしてたのがムーンドリップだろうな。

 

まさかウルを殺すようなことを兄弟子がやっているなんてな…がっかりだ!」

リオンは生きている師匠ではなく、ただの氷としか見ていない。彼の手に氷を纏い、そのままグレイに殴りつける。

「何とでも言うがいい。

師匠がいなくなった今。残された弟子は何を成すかよく考えても見ろ‼︎

デリオラだ!師匠が唯一倒せなかったデリオラを葬ることで、俺は師匠を超えることができる!」

「その向上心は立派なものものだが、お前は途中で道を間違っていることに気がついてねぇ!

 

何も見えてねぇ奴がウルに勝つだと!

100年早ぇよ!出直して来い!」

 

グレイは氷の剣を作って反撃するが、リオン自体も氷の造形。

リオンは既に背後に回っている。

 

「アイスメイク・雪虎(スノータイガー)!」

「アイスメイク・(プリズン)

 

リオンの造形魔法で出現させたライオンが、それをグレイは檻を造形して閉じ込める。

背後を取られても、グレイは冷静に対処できた。

 

「これはお前の姿か?リオン」

「何っ⁉︎」

「世界を知らない…哀れな猛獣だ」

「下らん!貴様の造形魔法など、ぶっ壊して」

 

リオンは片手で造形した動物を動かそうとするが、檻を破壊することはできない。

 

「何だと…⁉︎」

「片手での造形はバランスが悪い。

だから肝心な時に力が出せない…

アイス・大砲(キャノン)!」

 

片手で作り出した氷魔法を解除することはできない。守る術もなく、雪の砲弾がリオンに直撃する。

 

「ウルの教えだろっ…」

「グレ…イっ。グハッ⁉︎」

 

瀕死のリオンに誰かが追い打ちをかける。

透明人間になって隠れていた男がリオンの髪の毛を掴み、その姿を現した。金色の鎧に身まとった男が、不満そうな顔をする。

 

「⁉︎誰だ!」

(まぁ、そう簡単に終わるわけないよね)

 

嶺も部屋を観察すると薄々グレイとリオン以外にも誰かいることは既に察知していた。透明化し、この場をずっと観察して人物がいることも。

 

「この役立たずが。テメェも、その仲間も敵の一人や二人如き殺すことも出来ねぇのか」

「き、さまっ…!」

「周りからは霊帝様だのほざいていたが、結局お前と取り巻きは所詮羽虫程度に過ぎなかったか」

 

殺者の楽園の一人である大男が現れ、リオンを壁に投げつける。

 

「…テメェ何者だ!」

「名を名乗る前に、まずはこの邪魔者は消すとするか」

 

男は銃を展開し、全ての銃口をリオンに向ける。グレイは驚きはしたものの、リオンを守ろうと前に出る。

 

「な、何のつもりだグレイっ…」

「勘違いするなよ。デリオラのこともあるが、お前でも目の前で殺されるのを黙って見過ごす訳にもいかないからな…武器を捨てろ、その気がないならテメェを潰す」

「これ以上戦えねぇ奴に生きる資格はない。強い奴が生き残る。

敗者は大人しく散っていればいいんだよ!」

「っつ⁉︎アイスメイク・(シールド)!」

 

クリークは一切の躊躇なく、二人に向けて一斉掃射する。造形魔法で氷の盾を出現させ、銃弾を防ぐが、

 

「そんな脆弱な盾で、止められると思っているのか!邪魔をするんじゃねぇ‼︎」

「たった数発でヒビがっ…⁉︎」

(貫通どころか、氷が溶けている⁉︎

くそっ、このまま防ぐのは無理か!)

氷の盾は徐々に溶け始め、すぐにでも砕かれそうになる程小さくなる。銃弾には火属性付加が込められ、氷魔法で作られた盾は徐々に溶けていく。

 

このまま維持すれば、いずれ突破されると。

 

(不味いっ…さっきのダメージが、先に固めておくべきだった)

 

魔法を解いてこの場から脱出しても、腹部にある怪我はまだ治療してない。

その場に跪いてしまい、氷の盾が崩れて散った。

 

「虫ケラが。

まぁ、二人仲良く死んで手間が省け」

 

二人とも怪我を負って、直ぐに避けることはできない。少なくとも銃弾は当たったはずだが、残っていたのは飛び散った氷の破片と削れた地面しかない。

撃たれた血痕すら地面についてなかった。

 

「…何?」

「ん、危なかったね」

「嶺…お前、無事だったのか?

てゆうか、今までどこに行ってたんだよ⁉︎」

 

嶺が助けに来てくれたことに驚いている。いつの間に神殿に嶺が入っていた。

「道に迷ってたよ。神殿が傾いてたから多分ナツが暴れているんだろうなと」

「それでここに来たってわけか…」

ナツなら計画を止めるために神殿の中で大暴れし、その爆音が聞こえても何らおかしくない。

 

「俺の部下を葬ったのは貴様か?」

「…は?部下?何のこと?」

「惚けるな!森にいたはずの兵士や増援部隊まで全滅するなど、お前以外誰がいる‼︎」

「んー、いやいやそんな覚えないよ」

クリークは嶺に質問するが、彼女も敵の部下を殲滅させたことを何も知らない。

彼女は話を聞きつつも思い出そうとするが、それでも首を傾げる。部下は何人か倒したが、全滅させるほどやった覚えはない。

 

「森?じゃあエルザとルーシィの二人がやったんだろうな」

「エルザ?ここに来ているの?」

「あぁ。この島にあいつもやって来ている。

今、森には霊帝の部下達を相手に戦っているが、大丈夫だろ。

もしかしたら、この男の部下も一緒に倒したんだろうな」

 

グレイやナツのように二人と知り合っているから、二人が倒したんじゃないのかということ言っているが、殺者の楽園は異質な能力を持つ敵もおり、人殺しも躊躇しない連中である。

仮に二人が彼らと対峙し、真面に戦えるとは到底思えなかった。

 

(んー、でもあいつらを相手にできるとは思えないけど…)

「あの森に大岩を仕込んだのは、テメェの仕業だったのか!」

「そうだ。だがあんな程度の罠で葬れるとは思っていない。精々足止め程度…いや、属性耐久の為に実験に過ぎないだけだ。

 

デリオラがじきに復活する以上、霊帝達を生かす価値もない。

この島にいる全員皆殺しだ‼︎」

 

楽園の目的は島に生きている人を殺す。怪物、正義側、霊帝達、フェアリーテイル、村の住民であろうが、老若男女問わず殺して経験値を手に入れること。

 

 

(只でさえ、デリオラのところに行って止めなきゃいけねげってのに…こんな奴まで野放しにしたら)

「ナツ達やこの島の住民達にも手をかけるつもりか⁉︎させるっ…かよ!」

 

嶺がグレイの前に出て、クリーク二世と対峙する。

 

「れ、嶺っ…⁉︎」

「ここは私がやっとくよ。

デリオラ…だっけ?グレイはやらないといけないことがあるんじゃないの?

それにその手負いじゃ、満足に戦えないし。

敵も火と氷が通用しない罠を仕込ませているってことは、装備にも両方の属性に耐性を持っているよ?

今ここにいるリオンとグレイにとっても相性最悪だし、ここは私に任せてくれないかな」

「…任せてもらっていいか?」

「勿論いいよー」

 

グレイは部屋から出て、地下にあるデリオラへと向かっていく。こんな手負いの状態で加勢しても、嶺の足手まといになる。

嶺が本当にその男を倒せるかどうかも、心配だったが、信用して任せるしかできない。

 

(あんな奴とまで手を組んでいたとはな…リオン)

 

クリーク二世の武装を見て、リオン以上に危険な人物であるか、額に冷や汗が流れていた。

 

「…嶺、絶対無事に戻ってこいよ。

リオンのことも任せた」

「ん、了解」

クリーク二世はグレイが走り去ろうとしているのを、止めない。目の前にいる正義側を葬ることもまた目的であり、弱い奴が逃げても後々始末できる自信があった。

 

「フン、まぁいい。

お前を殺すのも目的の一つだからな。

随分と余裕そうな顔をしているが、本当は俺に恐怖しているのだろう?」

 

そう聞かれても嶺は去っていくグレイの方にしか顔を向けていない。無反応な彼女にクリーク二世の顔に青筋を立てて、苛立っている。

 

「舐めやがって…!よそ見してんじゃねぇ!」

「…よそ見してないよ」

クリーク二世は鉄球を取り出して、それを投げつける。それを嶺は横に避け、三枚の呪符を取り出す。

 

最初に使用した札は水柱を吹き出すリウクルズを発動する。

 

「無駄だ!炎と氷、そして氷に伴う水もまた俺には効かな「なら、それ以外の属性なら何も問題ないよね?」」

 

残りの二枚は岩雪崩と閃光が放たれる。

頭上に岩が降り注がれ、閃光は鎧ごとクリークを貫いた。

「き、貴様っ…‼︎」

咄嗟の判断で身につけたマントで防ぐ。致命傷は逃れたものの、装備した鉄マントと鎧はボロボロになっている。

盾を展開して棘を射出しようとするが、放つ前に既に急接近し、切り裂く。

身に纏った黄金の鎧が砕かれ、クリークはよろめく。

 

「それで終わり?」

「こ、この女ぁっ…舐めるんじゃねぇ‼︎」

 

盾から槍状に、大戦争を両手に待ち構え、嶺に特攻を仕掛ける。彼がその槍を振り回すたびに、仕込んだ火薬が近くのものを破壊する。

 

(自分が爆発に巻き込まれないようにしてるなら、間合いを詰めたり防ぐのは不味いかな。

よし)

 

また嶺は懐に入り、今度は槍を解体する。

黄金の鎧が破壊されたことで身軽になっていたとしても、嶺の動きについていけなかった。

 

「勝負あったな!毒に飲まれて死ねぇ!」

 

盾の部分だけがまだ残っているのを目にすると、彼は勝利を確信した。

その盾には毒ガス兵器を仕込ませている。

ガスの影響で自分を巻き込みかねないため、一定の距離を離した上で放つ必要があった

 

が、このクリークの様子から毒ガスは通用しない。

 

「敗者は強者に喰われる。強ぇやつが生き残るんだよ!」

(…それじゃあやっぱり)

 

クリークは大楯に自動的に毒ガス爆弾を稼働するよう、大声を上げて叫ぼうとする。

 

「自動猛毒ガス弾、MH5。発ーー」

「死ぬのはそっちってことだよね?」

 

その前に、嶺はクリークを殺した。

毒ガスをばら撒く時にマスクを手に持っていない。身体に毒耐性か無力化を仕込み、直接吸っても問題ないようにしていたのだろう。

 

そうでなければ、毒ガスの自爆特攻(道連れ)に等しい行為なのだから。

 

(…マスクをしてないってことは、他に毒耐性でも持っていたのかな?

発射する前に抹殺して良かったけど。

武器は…まぁうん、迂闊に拾えそうにないなー)

 

この祭壇が毒ガスまみれになれば、ナツ達を巻き込みかねない。

不用意に触れて、その毒ガスが発射するわけにもいかず、嶺は遠くに移動して呪符を発動する。

 

「よし、飛んでけー」

 

アイスキャノンで吹き飛ばされた壁が残っており、外に飛ばす。

 

風で盾は吹き飛ばされ、バクドーンで破裂する。いくら属性による耐性があっても、武器自体の耐久は限度がある。

風の力で炎は増し、毒ガスは炎に飲まれて消えていく、

 

盾の破片だけが、無残に落ちていった。

針山の鉄マントも札の攻撃では役に立たず、身体中の皮膚は既に深く抉られ、血が滝のように溢れていく。クリーク二世は自分が切り刻まれて死んだことすら気づかないまま生き絶え、灰となって消えさられた。

 

(力任せといっても最初の敵が幾分強かったと思うかな。モヒカンだったけど)

 

力任せと言えばと嶺は少しだけ思い返していた。デンドロ戦では電撃で感電し、動けなかったのを覚えている。

あっちの方がまだ苦戦を強いられた方だったが、このクリーク二世は相手にあまりにも呆気なく終わってしまった。

敵が弱かったのか或いは自分が強くなり過ぎてしまったのか。

 

嶺が敵に行動させまいと、俊敏に動いてたせいでクリーク二世の本来の強さが分からなかった。

 

(あ、来た来た。報酬25万か)

 

殺者の楽園の討伐任務は完了し、そのメール連絡も来ている。報酬は楽園の殲滅と記載されているが、クリークはともかく、部下全員を倒した記憶が全くない。

いつの間に倒したんだろうかと。

 

(ナツ達がここに来る前に決着をつけて良かった、かな。あーでも…戦ってるうちにリオンを見失っちゃった)

 

デリオラの叫び声が島全体にこだまし、振動する。近くにいた嶺は耳がキンキンとし、咄嗟に耳栓を取り出して付ける。

 

「耳栓耳栓っと…!」

 

クリークとの戦闘を終えて耳が煩いと耳栓をつけようと嶺だったが、地下でデリオラは復活した。あの場から去ったリオンが地下に向かい、ナツとグレイの二人がその化け物と合間見えていた。

 



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23話月の破壊と呪いの真実

しばらくすると神殿の揺れと耳鳴りが止まった。

デリオラを止める事に成功したのか、外は激しい水の音が聞こえるだけだった。

 

(…ここに留まるかー、また道迷いそうだし)

 

地下へ向かっても、また迷子になりそうだと待つこととした。グレイならば嶺のいる場所を知っている筈であり、しばらくするとナツ達がやってくると理解する。

 

「あ、来た」

 

予想通りと、グレイを含めナツ達も嶺の元にやって来る。

 

「おかえりー。こっちは終わったよー」

「あの男はどうしたんだ?」

「風魔法で海の彼方まで吹き飛ばしたからどこに行ったか分からない。

デリオラの件は解決した?」

 

嶺はデンドロを始末したとは言わず、海の彼方に吹き飛ばしたと誤魔化す。敵であるデンドロ本人は灰となり、武器も粉砕して消えた以上、誰も確認することはできない。ナツ達にはそう言っておけば納得してくれるかと思っていた。

 

「まぁな。つーか、リオンのこと見とけって言ったろ」

「なんか戦いに集中してたら、いつの間にかいなくなってた」

 

地下で氷漬けにされたデリオラの事も解決し、エルザとも合流している。

 

「今まで何をやっていた。この島の村に着くまではナツ達と一緒にいたはずだぞ」

「そうだよ!ずっと心配してたんだよ!」

「あの遺跡で俺と出会えたのも、ある意味偶然だったしな」

 

エルザ達にいったいどこで何をしていたのかと、聞かされている。中々合流ができず、嶺と離れている間にナツ達は目的の為に村を消そうとしたリオン達を相手に戦っていた。

 

「うーん、なんか道に迷っていた?」

「えぇ、何で疑問なの…?」

「お前って方向音痴だったのか?でも俺のように頂上まで登ってたら、すぐ村が何処にあるか分かってたのによ」

 

ナツでも場所が分からなければ上から見てどこに村があるか探している。登って村を確認せず、神殿の周りにある森の中でずっと彷徨っていた。

 

「あー、その手があったか。地図もないし、一人でサバイバル生活してたよー」

「いやいやいや…」

「なんか嶺って面白れーな!」

 

リオン本人に呪いのことを聞いても知らず、

村の人達と会った事はない。彼からは村の連中が何かを隠してると忠告をされていた。

まだ、S級クエストは終わってない。

 

「へー、じゃあまだ終わっていないんだ」

「デリオラの事は解決しても、まだ依頼はまだ終わっていない。

資材置き場へ向かうぞ」

「え、資材置き場?村じゃないの?」

「お前のいない間の事も移動しながら説明する。付いて来い」

 

移動しながらナツ達が嶺のいない間に何をやっていたか、村で何が起こったかを説明する。

 

*****

 

資材置き場に到着したものの、人がいなくなっている。

 

「資材置き場所についたけど、誰もいないね」

「村が無くなったのに、みんなどこに行ったんだろう…」

 

アンジェリカが毒の液体をばら撒かれたことで村が壊滅し、この場所に避難されたはずだったが、誰もいない。

あたりを見渡すと、村の1人が資材置き場でナツ達の帰りを待っていた。

 

「みなさん、ご無事でしたか!

とにかく村まで急いでください!」

 

村に移動すると、壊れていたはずが元どおりになっていた。毒で消し飛ばしたと話で聞いていたはずが、何もなかったかのようだった。

 

「ボロボロになってたはずの村が…⁉︎」

「まるで時間が戻ったみてぇだ」

「え?毒液で消されたと話に聞いたんだけど」

 

誰が村を元に戻ったかは分からなかったが、壊された痕もない。

まるで、ナツ達が最初に村に来た時と同じようになってた。

 

「村を戻してくれたことには感謝します…ですがいつになったら、月を壊してくれるのですかな」

「あ、村長さん」

「えーっと…月は」

 

村長が話をかけ、村とボボの墓も元に戻ったことに感謝したが、いつになったら月を壊わしてくれるのかと聞いている。

ルーシーは困り気味だったが、エルザが答える。

 

「月を壊すのは容易い」

(あ、壊せるんだ…ひょっとしてエルザって大気圏とか突破できる武器でも持ってるのかな…)

「おい、とんでもないことしれっと言ってるぞ?」

「それがエルザ様です」

 

月の破壊が出来る事に、嶺は内心驚いていた。

 

「しかし、その前に確認したいことがある。

皆を集めてくれないか?」

 

村の人達は門まで集合させ、これまで起きた事をエルザが村のみんなの前で説明する。

 

話では三年前から月の光が出ている間だけ変貌した姿へと変わっていたこと。しかし、この島では毎日のように紫の月を集める儀式を行なっており、一筋の光が見えていたはずだと。そう説明しつつ、

 

「あ、落とし穴まで復活してたの⁉︎」

「今キャンって」

「私のせいじゃない…私のせいじゃない」

(ナツ達って落とし穴まで作ってたんだ)

 

嶺は一体誰があの落とし穴を作ったんだろうなと思いつつ、エルザはそのまま話を続けた。

この島で話をまとめるに、遺跡もまた怪しい場所である事も。

 

「分からんな?何故、遺跡の調査をしなかった」

「い、いやっ…それは村の一代であの遺跡には決して近づいてはならんと…」

「でもそんなこと言ってる場合じゃなかったはずですよね?犠牲者も出てるし、ギルドの報酬の高さから見ても」

「…村の存続が危うい一大事なら、月の破壊と併せて調査が出来ない理由もあったから依頼を出したの?」

 

村の一同が下を向いて、だんまりする。

エルザ達の質問に村長は額に汗をかきつつ、答えづらくなっていく。

「…本当のことを話してくれないか?」

「そ、それがワシらにもよく分からんのです。

正直、あの遺跡は何度も調査をしようとしていました。皆は慣れない武器を持ち、ワシは揉み上げをバッチリと整え、何度も遺跡に向かいました。

しかし、近づけないのです。

遺跡に向かって歩いても気がつけば村の門…我々はあの遺跡に近づけないのです」

「俺達は遺跡に調査へ行こうとしても、気がつけば村に戻らされてしまう…」

「どういうこと?近づけないって…」

「黙ってましたが…本当なんだ。

遺跡には何度も行こうとした。

だが…たどり着いた村人は誰もいないんだ」

 

彼らが何故遺跡に行こうとしたが、近づくことが出来なかったこと。その返答を聞き、エルザの中でこの呪いの仕組みを理解した。

呪いの正体を。

 

「やはりか…ナツ、付いて来い。

これから月を破壊する」

(あ、本当に破壊するんだ)

 

彼女は換装し、月を壊す装備へと換装する。彼女の持つ鎧の効力は投擲力を上げる能力、右目にある槍は闇を退ける破邪の槍を所持していた。

しかし、彼女だけの力では月までは届かない。

「私が槍を飛ばし、お前の火力でブーストさせる」

「任せとけ!」

 

ナツが石附の部分を殴り、彼の火力を合わせて槍を飛ばした。槍はロケットのように空高く打ち上げられ、次へ向かって行く。

 

(いやいや、あれで月を壊せるのって流石に無理じゃ…)

「まさか本当に月が壊れたりしないよね」

「届けぇぇぇぇっ‼︎」

嶺の考えでは、その火力程度のものでは大気圏を突破することはできない。

しかし、月に亀裂が入った。

 

「あ、月にヒビが入ってる」

「「嘘だぁぁぁぁっ⁉︎」」

 

紫の月は崩れ、本物の月が照らし出す。

光が島を照らし出し、割れた破片は空に落ちながら消えていく。

 

「割れたのは月じゃない…空が割れた⁉︎」

「どうなってんだ⁉︎」

「この島は邪気の膜で覆われていたんだ。

月の雫(ムーンドリップ)によって発生したガスのようなものだ。

それが結晶化して空に膜を貼っていた。

月は紫に見えていたというわけだ…そして、邪気の膜は破れ、この島は本来の輝きを取り戻す」

「でも、元に戻ってない…」

「いいやこれで元どおりなんだ」

 

あの月の魔力は彼らの記憶を犯していた。

その影響を受け、夜になると悪魔になってしまう間違った記憶を犯していた。

 

「えっ、という事は…」

「そういうことだ。

彼らは元々悪魔だったのだ」

「ええぇぇぇっ⁉︎」

「あー成る程。エルザの言葉通りに月を粉砕するのかと思ってたけど、そういうことだったんだ」

「まぁ本当に月を壊したら壊したで俺達だって困るし、これで良かったんじゃね?」

「うん、そうだねー」

 

彼らは元々悪魔であり、人間に変身できる力を持っている。人間に変身できる自分を本来の姿だと勘違いしていた。

記憶障害は悪魔にだけ起こり、遺跡に近づけないのも、彼らが人間であり聖なる場所に近づけないのも納得できる。

 

「君達に任せてよかった」

「あ、生きてたんだ」

「俺は一人だけ記憶が戻ってしまって、村のみんなが怖くって」

 

いなくなっていたはずのボボが、空を飛んでいる。村長は、死んだはずの息子が目の前で生きていることに驚く。

 

「船乗りのおっさんか⁉︎」

「ボボっ…」

「だってオメェ…」

 

村のみんなも死んだはずのボボが生きているなんて思ってもなかった。呪いの島に連れて行ってくれたボボが生きていたナツ達も、目を丸くしている。

 

彼は、元気よく空を飛んでいた。

 

「胸を刺されたくらいじゃ…俺達は死なないだろ!アッハハハハ!」

「あ、アンタ…船の上から消えたろ」

「あの時は本当のことが言えなくてすまなかった‼︎

俺は1人だけ記憶が戻っちまって、この島を離れてたんだ。自分達を人間だと思っちまってる村のみんなが怖くってよ」

「ぼ…ボボ〜ォォォッ!」

「やっと正気に戻ったな、親父!」

 

他の村も翼を飛翔し、悪魔達は盛大に喜びを上げる。その光景は悪魔の祝福でもあったが、天使のようにも見えた。

 

*****

 

事の原因が解決し、悪魔の宴会がよういされる。ナツ達も加わり、仲間も魔物との会話を、食事を楽しんでいた。

 

楽しんでいる中、嶺のポケットに入れてある携帯が振動している。

 

「ごめん。すぐに戻るから」

 

嶺がテントの裏に向かい、携帯をつけると、電話ではなくメールで連絡が来ていた。

 

(あ、報酬きてる。今度は物語のクリアか)

 

殺者の楽園による討伐も合わせて、物語の進行もまた報奨金を得られる。ただ、クリーク戦とは違い得られるお金は少ない。

「…ん?」

嶺が自分の席へ戻ると、騒いでいた宴が何やら静かな雰囲気になっていた。

 

「何の用だ」

「霊帝リオンは、お前達にやられて動けそうにないのでな」

「私達が借りを返しに来たのです」

 

エルザの返事から、霊帝の部下であることは理解できる。借りを返しに来たというのは、襲うためにやってきたのかと多少身構えていたが、村の上空から毒を撒き散らせて襲撃したのにわざわざ正面から向かってくるのが不自然でならなかった。

(…村やナツ達を襲うにしては、なんか妙だなー)

「誰あの二人は?」

「村を襲った連中だ」

 

嶺にとっては初対面であり、グレイに確認する。ナツ達がリオンと話をつけているのなら、何故ここにやってきたのだろうかと考える。

「んーでも、リオンと話はつけたんだよね?なら戦う必要は」

「そうよ、リオンに聞かなかったの⁉︎」

「それとこれとは別だ」

「けじめをつけさせて頂きます」

「面白ぇ!」

ナツ達は立ち上がり、村を守るために前に出る。しかし、

「待ってくれ!これ以上、アンタ達に頼りっぱなしにはできない!」

「俺達の村は俺達が守らないと!」

 

村の人達も戦えると立ち上がる。武器を持ち、呪いに怯えていた村の人も戦えると決意をもっている。

「その心掛けは感心だ。

だが、ここは私に任せてもらおう」

「フェアリーテイルのティターニア…海岸ではお世話になりましたね」

「相手にとって不足なし…」

「気をつけて!そっちの女は岩と木を操るわ!」

「そっちの変な眉毛は魔法を中和しやがるぞ!」

 

ナツもルーシーは以前二人と戦い、そして勝っている。魔法の能力を聞いたエルザは2人に突っ込み、素早く攻撃を繰り出した。

 

「なるほど。ならば、技を出す前に片付けるだけのこと!」

 

(…敢えてエルザの攻撃を甘んじて受けてるのかな?二人とも戦う気が感じられないし)

 

二人ともただ突っ立っているだけで、防ぐ素振りすらない。

その攻撃を甘んじて受けていた。

 

「お見事ですわ…」

「流石だ、とてもかなわん」

「まさか…あなた達ひょっとして」

二人とも襲ったわけでもなく、謝罪という形でけじめをつけに来た。

「霊帝様から話は聞きました。皆さんのおかげで、私達もデリオラへの憎しみから解き放たれましたわ」

「こんな事で、償いになるとは思わんがな…せめてものけじめのつもりだ。俺達は幼い頃街を滅ぼされ、家族も友人も焼き払われた。

 

だからといって何の関係もない人達を迷惑をかけて良いわけがない…」

「今度こそデリオラを倒すという霊帝様についてきたのです。ですが、デリオラを憎むあまり、自分達がデリオラと同じになりかけていたのです。

 

私達は忘れていたのですわ…『愛』を」

(…何で愛?)

 

他の村の人達に迷惑をかけていいはずがない、デリオラと同じになっていたかもしれないと反省している。それを見てナツは今まで敵だった二人のことが気に入り、宴に入れるよう歓迎した。

「よーし!お前らも一緒に飯を食おう‼︎

楽しくやるぞ!

さぁ、盛り上がるかーっ‼︎」

 

デリオラの決着も、村の呪いも宴と共に無事に終えることとなった。

 

*****

 

宴が終わり、朝となる。

リオン達の仲間である二人は既に帰っており、ナツ達はエルザが村長と依頼の件で話をしているのを待っていた。

 

「な、何と?報酬は受け取れない…にょ?」

「気持ちだけで結構だ。今回の件はギルド側で正式に受理された依頼ではない」

 

報酬を受け取れない理由は、ナツ達が正式な受諾もせず、勝手な行動で向かおうとしたからだ。ギルドへの報酬を受け取ることはできないことに、村長は報酬ではなく友人へのお礼として渡すと上手くエルザに渡そうとする。

しかし、

 

「…そう言われると拒みづらいな。

しかし、これを受け取ってしまうとギルドの理念に反する。

追加報酬の鍵だけありがたく頂く事にしよう」

「「いらねぇぇっ!」」

「いるいるぅぅぅっ‼︎」

「まぁこればっかりは仕方ないね」

 

高額の報酬を得られないことにナツとグレイは悲観しているが、ルーシィは目的のものを手に入れたことで喜ぶ。嶺の方はあくまでナツ達の護衛と楽園の討伐が目的であり、呪いの島に一緒に行ったのも恩を返すためにやってきただけで、受け取れなくても何ら問題はなかった。

 

「ならせめてハルジオンまで送りますよ!」

「いや、船は用意できている」

 

エルザは海岸を指差すと、そこには巨大な船とドクロマークの帆を上げて待っている。

船長とバンダナをつけた海賊が手を振って待っていた。

 

「わー、まさかの海賊船か〜」

「まさか強奪したの⁉︎」

「姉さーん!」

「何やら気が合ってな」

 

エルザが男気のある海賊達と気が合うのも納得がいく。船を手配する必要も、この船に乗ることでその必要がなくなった。

 

「舎弟の皆さんものってくだせぇ!」

「舎弟って…」

「まぁ、無事に帰れるなら」

 

嶺達は船に乗り、呪いの島を後にハルジオンまで向かう。帰っていく嶺達に、悪魔達はお礼の言葉を送る。

 

「皆さーん!ありがとうございまーす‼︎」

「いつでも遊びに来いよー!」

「フェアリーテイルサイコーっ!」

 

ナツは相変わらず船酔いし、ルーシーも、悪魔達が見えなくなるまで手を振っていた。

「元気でねーっ‼︎」

 

S級の報酬は鍵だけではあったが、グレイがデリオラとの因縁にも無事決着をつけた事も大きな成果だった。

 

*****

 

海賊船から降り、ハルジオンの港に到着へとナツ達は到着する。

 

「んーっ、帰ってきたぞ!」

「来たぞ!」

 

 

羽を伸ばし、のんびりとギルドへ歩いて帰る。

 

黄銅十二門の鍵は、世界中に12個しかない。

S級クエストではなく勝手に呪いの島へ行ったことでお金が手に入らなかったが、精霊を呼び出すルーシーにとって貴重な鍵をまた一つ手に入れたのだ。

 

「正式な仕事ではなかったんだ。

これぐらいはちょうど良い」

「そうそう!文句言わないのって…あれ?所で嶺さんは」

「えーっと、これナツ達に渡しておいてって」

 

嶺は、ハッピーの手持ちに書き置きを残してある。船を降りる前、ハッピーにあるものを手渡した。

紙の内容は

 

【ごめん、ちょっと急ぎの用事を思い出したから先に帰ってて。

明日にはギルドに行くから】

 

謝罪の文書を残し、嶺はギルドには帰らず用事があるといって別々に別れる事となった。

 

「嶺はギルドには帰らないのか。

で、今回もらった鍵はどんなのなんだ?」

「人馬宮のサジタリウス!本当に、あの島に行った甲斐があったわーっ」

「呑気な事だな、まさか帰ったら処分が下ることを忘れてるわけではあるまいな?」

「⁉︎ち、ちょっと待って。それってもうお咎め無しになったんじゃ…」

「馬鹿を言うな、お前達の行動を認めたのはあくまで私の現場判断だ。

罰は罰として受けてもらわなければならん。

今回の件については概ね寛容してもいいと思っている。が、判断を下すのはマスターだ。

私は弁護するつもりはない。

それなりの罰は覚悟しておけ」

「それじゃあ今いる私達三人が処分を…」

「そういう事になるな。

嶺は後からになりそうだが」

「マジかぁぁっ‼︎」

 

しかし、帰っていく彼らの平和な会話も束の間だった。周囲の住民がナツ達を見て何か騒ついていた。

 

「…なんか、注目されてないか?」

「⁉︎ねぇ…あれって」

 

ギルドの様子に驚いたルーシーが、指を刺す。ナツ達も同じ方向を見ると、信じられない事が起きていた。

 

「俺達の、ギルドがっ⁉︎」

「何があったというのだ…」

 

嶺の知らぬ間にナツ達の帰る場所だったギルドが、壊されている。崩れはしなかったが、家と同じくらいの高さ程の鉄棒が所々に突き刺さっている。

 

 

「ファントムって言ったか」

「悔しいけど…やられちゃったの」

 

そして、ナツ達のいない間、ファントムレイブンというギルドがちょっかいを出してきたことも。

 

帰ってもまた、厄介事は起こっていた。

 

 

*****

 

一方嶺は、正輝達のいる魔法少女の世界に、そして敵の陣地へ転移されている。任務が終わって早々、考えもせずに押した自分を反省していた。

 

「ハァ…何でこんなことに…無用心に押した私も私だったけど」

 

数分前、海賊船で携帯を確認すると、正輝から救助要請のメールが送られている事に気づく。

大きく重要な依頼と表示されていた。

 

(なにこれ?)

 

そのままタッチすると、転移のカウントダウンが表示されていることに驚く。

 

(は、えっ…ヤバ、どうしよ)

「?どうしたの?もうすぐ着くよー?」

「えーっと…あ、これ使おう。

ナツ達に渡しといて!

明日にはギルドに帰るから!それじゃ‼︎」

「え?ちょっとま」

運良く近くにいたハッピーが声をかけると、

文書を渡したお陰で、何も言わずに去る形にならずに済んだ。

 

すぐにグランディがメールで用意してくれた形式のメッセージカードを具現化、そのままハッピーに直接手渡した。

 

(はぁー…こうなることを予測してたんだろうなー。あとでグランディに何かお礼しよう)

 

理由も言わずに何処かに行くよりは幾分かマシだろうと、前向きに考えてメールの内容を再度確認する。

 

・殺者の楽園に襲われている巴マミを救出せよ

 

救助要請には地図も用意され、そこに向かうようにされている。見つからないところに転移し、移動先や周囲のマップを用意してくれる親切なシステムだった。携帯のマップ機能に目的地が表示され、その場所へと移動することとなる。

 

(…命が脅かされてるなら、尚更急いだ方がいいかもしれないかな)

 

*****

 

パソコンや映像を用いた遠隔操作系の能力を相手に、マミの心は崩れかけていた。

 

ーーーどうして私に連絡をしなかったの、正輝達はそんなにも私のことを信用出来ないの?

『お前、死ぬ所だったぞ』

 

結果的にお菓子の魔女に不意を突かれたところを二人に助けてもらったが、帰って彼女の心に違和感を抱いてしまった。

正輝は巴マミよりも、暁美ほむらを信用した。

 

彼女は今まで魔女を倒しつつ市民を守ってきたが、彼女の活動が必ずしも成功ばかりとは限らない。

子供の悲鳴、助けられなかった人の叫びが彼女を追い込ませる。

 

『お前だけ生き残った』

『死にたくない、お姉ちゃん助けて』

そして、トドメも言わんばかりに【魔法少女の真実】を突きつけた。

映像にはキュウベェが写り、語り始める。

 

ソウルジェムが少女の魂を形状させたものであること。

自分もいつかは魔女になってしまうこと。

キュウべえが、今まで騙していたことに。

 

それらを知った彼女は酷く嘆き、自害しようとマスケット銃を髪飾りにさせたソウルジェムに当てる。

 

(後輩を危険な目に合わせて、見限られて…まるで、助けられなかった頃の私と同じ。一人じゃないって喜んで…舞い上がって、危うく命を落としそうにもなって…でも、もう生きてても仕方ないもの。

この身体が化け物なら…ソウルジェムが魔女を生むなら救いなんてない…みんな死ぬしかないじゃない。

騙された馬鹿な私は、結局一人ぼっちだった。

 

二人も恨まれて当然のことをした…なら、もういっそ。

ごめんね…)

 

そう謝りながら、今まで助けられなかった人達、魔法少女に巻き込んだまどか達のことを思って自らの命を断とうとする。

敵は彼女の不幸を嘲笑う。

魔法少女の特性を知り、絶望に陥す。彼らは正義側の救済を阻害させる事が目的であり魔女化しなくとも自害すれば、それで十分だった。

 

彼女は涙を飲んで、そのまま引き金を引こうとする、その時だった。

 

「とうちゃーく」

「ごほぁ⁉︎」

 

敵がマミに注目している間に、横から嶺が不意打ちをする。彼が周囲を見ていなかったのか横腹に直撃する。

 

「…え?」

「ん、なんか蹴った?」

 

唐突に出てきた女の人に、巴マミはマスケット銃を手放し、彼女の反応に開いた口が塞がらなかった。

 



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24話救援任務ー巴マミの救助

巴マミが自殺しようとしたその時に、澄んでのところを助ける。急ぎで来た嶺は敵か味方で判断し、敵を蹴飛ばした。

 

「えっと、巴マミさんでいいよね。動ける?」

「あっ…あ、はい」

「じゃ、ひとまず此処から退却しよっか」

 

それを見て呆けていた彼女は、我に帰ったかのようにを返事する。蹴り飛ばされた敵が起き上がる前にこの場所から、真美を連れて撤退した。

 

敵のいる場所よりも遠くの場所に移動し、安全なところで足を止める。

一方の巴マミは複雑な気持ちでいた。

目の前にいる女の人は誰なのだろうかと、

 

「…あの、貴方は誰なんですか?

どうして私を」

「弟から助けるよう言われてねー」

 

正輝がマミのことを心配して同盟関係である嶺に助けを呼んだ。

 

「弟って、もしかして正輝さんのお姉さん」

「そだよー」

 

簡単に返事する。マミの事情は分からなかったが、とにかく目的の人を助けたからと次どうするかを考えている。

 

助けた後は襲ったあの敵を倒すか、それとも正輝達に届けるかを。

 

「…助ける必要なんてないのに。

もう…生きる意味を見失った私なんて」

「何があったかは私も、救助要請で連絡した正輝達も知らないと思うけど。じゃあ、そうなる前には生きる意味があったの?」

「後輩に先輩らしいところを見せたかったけど…でも私、無知で馬鹿だった」

 

更に魔法少女の真実を知り、キュウベェに騙されていたことを引きずっている。彼女のソウルジェムも魔女になりかけで、殆ど濁っていった。

 

「…本当にそうかな?単独で動いたのって、正輝と何か揉めたの?」

「実は…」

 

悩んでいたことはマミやまどか達には黙って行動し、魔女に襲われることについても何も言わなかったことだ。

 

かといって、本当に正輝達が彼女のことを大事じゃないと思ってなかったなら救援要請の連絡は来ていない。

 

「…じゃあさ、こう考えようか。いきなり正輝達がほむらを信じた方がいい、マミのためにもなるって話を聞いて、それじゃあ『はい、そうですか』って信じることってできたの?」

「言うにしても…それでも、事情を私に話したって!」

「言っても信用もしてもらえないし納得もしてくれないから、正輝もああいったら行動をするしかないんじゃないのかな。

 

その後のフォローが出来てなかった正輝も問題であるけど」

 

マミが聞いても、その話を信用しないかもしれないから正輝は何も言わなかったんじゃなくて言えなかったのではないかと説明した。

 

「それに魔法少女の真実を知ったところで、二人の後輩も貴方に不快な思いをしてないよ。救援要請で助けて欲しいってこっちに連絡が来てるんだから。

 

 

あ、ボイスメッセージも入ってたけど聞く?」

「え?」

嶺は携帯から送られた音声フォルダを開く。

 

【マミさん大丈夫ですか⁉

やっぱり昨日のことでつらかったんですか?だとしたら、ごめんなさい。

私が魔法少女に慣れたら代わりに助けれたのに…けれどそんなことをしてはいけないって正輝達が私に言ってました。

実際マミさんが死ぬのを知ってましたが変に思われて言いづらかったんです。

あの人も、傷つけるつもりでやったわけじゃないって言ってました。マミさんを見捨てたり、裏切ったりってわけじゃないって…だから戻ってください。

魔法少女体験が出来なくても、私にとって大事な先輩だと思っています】

【マミさん。元気ですか?

魔法少女体験のことで辛かったんですよね。あれからあたしも正輝になぜ助けなかったのかを聞いても、納得のいく答えばかりで非の打ち所がありませんでした。だからと言って正輝達はマミさんを裏切って転校生と協力し合うってわけじゃありませんでした。転校生の方も完全に協力したつもりでもなかったと正輝達から聞いたからです。

元気なマミさんに戻ってください。

まどかも元気て帰ってくるマミさんを待ってますから】

【…騙すような形になってすまなかった。

周りの警告無視して突っ走っちまうところもあったからな。でも、伝えなくて悪かった…仮に伝えたとしても俺たちを疑うのは間違いないと思ってな。あと多分これを聞いてるってことは転生者とやらに会って真実を言われたんだろ?

けど、俺達はゾンビだと思わないからな。

お前は何も悪くない。

話を聞いて、一人で苦しかったんだけれどもまどか達と俺達がいる。

だからもし余裕があるなら、その敵をぶちのめして帰って来い。魔力で気づいてると思うが、まどか達が襲われている件については俺に任せろ。お前は一人で背負い込む必要なんてないんだからな】

 

まどか、さやか、正輝の順番にボイスメッセージの音声が流れている。黙って聞いていたマミは少し泣き、3人とも戻ってきて欲しいことを願っていた。

 

誰も、マミに対して悪意なんてものはない。

 

「じゃ、本題に入るけどさ。

結界を破壊して正輝達と合流することもできるけど、あの敵に反撃もできるよ?

どうしたい?」

「私は…」

 

 

*****

 

 

「あの女共はどこへ行った⁉︎」

 

一方、蹴り飛ばされた殺者の楽園の幹部は、二人を探し回っている。行方がわからず、接触した瞬間に先手が取れるよう背後にテレビを浮かせていつでも見せれるよう準備する。

 

こちらのいる場所が分からないのは相手も同じ。

 

(また同じような状況に陥らせてやるっ‼︎)

背後と正面から走るような足音が聞こえている。

男は止まり、迎撃の準備をした。

テレビだけではなく、床や壁にも見えるよう沢山のカメラを展開する。

 

(さぁ、こい…魔法少女なら魔女に…助けた奴なら脳の精神を破壊してやる!)

しかし、彼の視界に飛び出してきたのは

 

「真っ黒っ…⁉︎」

 

嶺がシャドーで出現させた、分身体だった。

ーーー数分前

 

嶺がマミ本人に戦えるかどうか聞いたところ、

 

「…前に出て戦うのはちょっと無理みたい。

でも、貴方の支援くらいならできるかもしれないわ」

「まぁうん、それでもいいよ」

 

前に出て戦うのは無理だったが、魔法を使って嶺に力を貸すことはできた。

 

(うーん、画面を見るのはかなり不味そうだなー)

 

巴マミの話と彼女の状態から察するに、見る事でその影響を及ぼす能力なのは間違いなかった。

敵は映像機器のようなものを宙に浮かせ、それを巴マミに見せた。直視されて発動する能力なら、映像を見た時点で術中に陥る。

それならばわざわざ正面で戦う必要はない。

 

嶺が8体のシャドーを出現させ、嶺達と近い場所を二人1組で散策させた。見つけ次第その呪符を使用するよう指示してある。

 

 

(…携帯のような防水加工されてるものならともかく、パソコンは水に浸ると、流石にダメになっちゃうよね?)

 

影の分身体に、映像を見せても何の効果もない。正面の影は鉄崩水の呪符を三枚所持していた。

発動した瞬間、多量の水が放出された。

水は置かれてある機材に浸水し蓄積していた電気が漏れていく。

 

(ま、不味い…逃げ、ぐっ⁉︎)

 

水が押し寄せる前に、残りの機材で水を止めてこの場から離れようとする。が、平面な地面のはずなのに盛大に躓いた。

仕掛けたのは、札だけではない。

 

「…あ、足が」

 

影全員にマミの作った魔法のリボンを持たせ、呪符を使ったと同時にリボンで敵を縛りつけ、機材と片足を結ばせて動けなくした。

そして、逃げた先には影がもう一体出現し、呪符を発動させる。

 

逃げ場のない彼は大量の水と超高電圧に身体が耐えきれず、感電死する。

 

「あ、あぁぁぁっ、あぎあぁああぁっ…あ、か、はっ」

 

残った機材は水で濡れたことで全て駄目になり、男の身体は灰と化して散り散りとなってしまった。

 

 

*****

 

 

「よし、完了っと。

手伝ってくれてありがとう」

 

楽園の討伐と救援達成によって報酬の連絡が来た。出現させたシャドーは、嶺本人の影へと戻ってくる。

「あの、これで良かったのかしらせめて確認だけでも」

「もう倒したのは確認できたから大丈夫だよ」

(今頃遺体はとっくに消えてるだろうし)

 

敵が灰になって消え去っていくのを見るだけで十分。わざわざマミと確認に行くだけ無駄なのは分かっていた。

 

「あの…正輝さんには会わないのですか?」

「救援が終わったら、船に帰るようになってるからねー。

私もやることがあるし」

(船、何のこと?どう言うことか正輝さんに…聞きましょう)

 

マミは疑問に思ったが、とりあえず納得した。

嶺は携帯の画面をマミに見せず、説明だけで済ませた。

世界に介入するのは、あくまで救援要請によるもので、共闘要請についてはまだ神側が用意していない。

協力も一時的なものであり、介入する世界が同じであれば話は別である。

 

「この呪符あげるから、何かあった時に使って。あと、私から弟にこの件でメッセージを送ってるからちゃんと読むように伝えといてねー。一人で大丈夫?」

「大丈夫よ、ありがとう」

「ん、それじゃあ家に帰るんだよ。

道に迷わないようにねー」

 

マミは頷き、そのまま自分の家へと戻っていく。嶺の携帯から着信音が鳴り、神から連絡が来ていた。

 

「もしもし?」

『ごめんなさい!ごめんなさい!

救援要請が正輝さん側の神で送られてのがそのままになってました!

本当なら私が連絡すべき事なのに…』

「あーうん、いいよー」

 

本来は自分達の陣営が知らせる事なのに、あの知らせは正輝側の神から連絡しなくてはならなかった。

嶺陣営の神側のミスで、謝罪していた。

 

「…そういえばフェアリーテイルに明日帰るって言ってたけどどしよ」

『いえ、そのまま船に帰ってもらって結構です。確か、あのギルドでは呪いの島だけではなく複数依頼も受けてましたよ』

「あー…そうだったっけ?」

『気をつけてくださいよ。

私もとやかくは言えませんけど…』

フェアリーテイルに入って、複数受けていることに受諾したことをすっかり忘れていた。

依頼の受注はミラが管理しているため、1日だけじゃ足りない事は分かっている。

ギルドへ帰るにも、依頼の達成に当分時間はかかった。

 

『船に戻って準備を整ったほうがいいですよ』

「そっかー、まーそう言うなら帰ろっか」

 

嶺は転移し、そのまま船へと戻っていく。

ナツ達と会うのはまた今度となった。

 

「ただいまー、救援と介入の任務終わったよ」

「おう、お帰り。今さっき朝食を用意したばっかりだ、ひとまず何かあったか説明してくれ」

「ん、分かったよー」

 

いつものように呑気に帰ってきた嶺に、呆れつつも朝食を取りながら介入して何があったか話を聞き、亮から寝る時に煩くても耳栓するなと叱られていた。

なお、マミがまどか達の元へ帰った後、正輝の携帯に嶺のメッセージが送られて、フォローしてなかったことに対する注意文を見て彼は苦い顔をして反省したのは言うまでもない。

 

 



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25話日常その1(船)

船内の乗組民には、嶺を合わせた三人と一匹(ブタ)が住んでいる。

 

「亮と千草、おはよー」

「おはよう」

「おはようございます」

 

嶺は眠たそうにし、二人が先に料理を作っている。二人の代わりに殺者の楽園を討伐している以上、それ以外のことでやる事を頑張っていた。

 

三崎亮は副管理に任命され、嶺の世話役と体調不良時に代理責任者として任されている。

嶺が船にいない場合は彼が指揮系統になるが、いるときの場合の殆どは嶺の保護者的ポジションである。

 

嶺の行動を見放すと、何をしでかすか分からないから逐一話を聞けば聞くほど、頭を悩ませてばかりだった。今のところ敵対組織の殺しは嶺、それ以外は二人が補っていた。

 

「おい…夜遅くまで改造室にいたんじゃないよな」

「すぐに部屋に帰ったよ。これ以上は無理そうだったから」

『改造や部屋の拡張には上限があると伝えております。その上限を開放するには、いくつか種類があります』

 

主な条件解除は

 

・指定金額の支払い

・物語の進行状況

・特別な任務

 

それら三つを成功させる事で、船の設備とシステムが向上する。船内の広さについては仲間が追加されるごとに拡張されていく。

 

『フリーエリアはPKもドッペルゲンガーもおりません。安心して向かって下さい。

携帯だけだと見えづらいので、掲示板にも送信しておきますね』

 

神から嶺の携帯にメールで任務を提示され、ハセヲ達にも見れるように掲示板も更新する。

 

『エリアボス三体の撃破』

『チム玉50匹確保、ラッキーアニマルと接触と効果を10体分得ること』

『レア宝箱を10個見つける』

(デイリーミッションのようなものかな)

『嶺さんを除く二人は一般人の身体能力と同じなので、そのまま行くのは危険です。

行くのはthe worldでの姿に変身してからでお願いします」

「確かに、このままは不味いしな」

 

仲間も多く集めずに戦うのだとしたら、いざという時のためにアイテム回収も、レベルを上げて力をつけないといけないということは分かっている。

 

「よし、それじゃレベル上げも兼ねてアイテム取りに行くよ」

「まぁそれくらい手伝わないとな」

「私もサポートします!」

 

亮達はthe world時の姿に変身し、クエストへと向かう。

 

(…できるのはデルタとオメガサーバーかな)

 

レベル1〜100までのエリアが解禁され、ロストサーバーは隠されし禁断の聖域のみしか行けない。

エリアワールドの検索には『仮面ノ』と『御伽話ノ』が追加され、それを選択するとエリアにも影響する。仮面は雪子の城と完二の温泉迷宮を形成するが、御伽話はフェアリーテイルのハルジオン街のみの再現だった。

 

*****

 

ハセヲ、アトリの二人でフリーエリアに向かう。『the world』でのレベル基準では、嶺、ハセヲとアトリの3人は初期が90くらいの強さになっている。

最初は草原で敵モンスターを倒す。

飛行タイプのヒヨーコ系と硬いゲイズナイトが宝箱を守り、エリアをウロチョロしていた。

誰かの邪魔もないから、三人ともモンスターに集中して戦える。本来はコントローラーで操作するゲームだが、ハセヲ達にとっては身体を用いてのVRゲームをやっているかのようだった。

 

「なんだかPKがいないのって平和ですね」

「風景や出てくる敵は似ていても、結局あくまでこの場所はネットじゃねーからな」

「その代わりネットじゃない分、怪我も疲れもするから気をつけて」

 

各場所を転々とし、アイテムを稼いでいく。

ミッションを達成すると忘れないようにメールの通知が入ってくる。

宝箱を回収し、エリアボスと出会う。

バイソントータスという、四足歩行に硬殻の二つの鋭利な角を四つ顔につけてあるボスモンスターが近づいてきた。

 

「ボスはデンドロのようなすばしっこいわけでも、特別強いわけじゃない。

取り敢えず、甲羅はハセヲの大剣で粉砕して。アトリは二人の支援、私も削七連で出来る限り削らせておくから」

「わかった、無理すんなよ」

「分かりました!」

 

 

敵の動きは鈍く、後ろに回ったハセヲは大剣・大百足でチェーンソーのように切り刻む。殻にヒビが入ると、その小さい隙間から嶺の削七連が炸裂する。

 

殻がなくなり、よろめいて剥がされた後、生身が露わになったのを見た嶺は神威覚醒を発動させる。

 

ーーー錬刃演舞

 

所持していた双剣が青く光り、バイソントータスを切り裂いた。ボスモンスターを撃破した。

 

「はい、おしまい。それじゃあ船に帰る前にエリアで残ってるものがあるか探そっか」

「後はラッキーアニマルだったな。

まだ見つかってねーけど」

「それじゃあ探しましょう!」

 

その後もエリア内を探索すると、

 

『蹴った蹴られたあんたは早い!

オイラのへそくり分けてやる!』

 

ラッキーアニマルを何体か発見した。

 

きんさんこが高額を支給し、きんうが宝箱をレア宝箱に変えてくれた。本来ゲームでは一エリアにラッキーアニマルは一体のみだが、船でエリアを選ぶとラッキーアニマルが複数出てくることもある。

 

ただし、追加されるアニマルが端っこや見えにくい位置にいたりするため、たまにしか発見することはできない。

最初のミッションだったため、トントン拍子に達成し、楽に進んでいった。

 

*****

 

船には初期のアイテムのみ用意されていたが、こうしてエリアへの散策で宝箱や敵のドロップアイテムで新しいものも入手していく。

ミッション達成も併せた結果は、

〈平癒の雨〉

〈匠の気魂香〉

〈快速のタリスマン〉

〈剣士の魂〉

〈法皇のタロット〉

〈隠者のタロット〉

〈夢見木の葉〉

〈呪判・生命の奔流〉

〈呪判・害毒の退散〉

〈呪判・五感の解放〉

 

味方全体の回復アイテムと戦闘補助、素材アイテムに新しい攻撃、スペル習得アイテムも獲得した。これらのアイテムも、手に入れたと同時にショップにも更新されていく。

 

解毒スペルを得るのも、今後とも他の世界で毒や麻痺を相手にする機会が出てくるかもしれないから、他の仲間に呪判のアイテムも覚えさせるのには貴重なものだった。

 

「豊作豊作。もう昼かな?

昼飯を持ってきたよー」

「コンビニ弁当か」

「汁物も用意するから、待ってて」

ペルソナ世界で保存していた冷蔵庫から持って帰り、二人に配る。嶺は弁当の隣にお椀を用意し、味噌汁を作ろうと台所へ向かう。

 

「ねぇ、神様。チム玉は何に使うの?」

『転移装置の向上と、家電製品のような機械系の改造か主ですね』

「手に入れたアイテムもショップに自動更新されるけど、ギルドショップのように高くつくの?」

『いえ、the worldの買値を基準にしてます。

非売品アイテムの場合でしたら…余りに高性能、高品質であると5000からの金額になりますね。

 

買い溜めしても構いませんが、ご購入は計画的にですよ?』

「ふーん」

 

嶺が味噌汁用の具材を用意している間に、神に質問する。ワカメ、ネギ、がんもどき、豆腐の入った汁をお椀に注いでいく。

水を用意し、三人は食事した。

 

「明日、またフェアリーテイルのところへ向かうから。今日は船に残るけど、明日も船の管理頼んだよ」

「…そうか、頑張れよ。

こっちは千草の料理を教えたりするから」

『では明日に備えてくださいね』

「ん、了解。

二人とも食べ終わったら、自由にして良いよ。ある程度はこっちでやっておくから」

 

弁当を食べ終え、亮達はゆっくりする。嶺も船の状態とアイテムを確認し、やり残したものがないか確認する。

 

次の日

 

嶺は、出かける前に早朝に起きる。

更新されたアイテムの購入と船の改装を指示し、介入の支度をしてから朝食の準備をする。

 

カレーを用意し、まだ二人が疲れて寝ていたので書き置きを残した。

 

「じゃ、グランディ。二人が起きたら伝えといてね。

行ってきまーす」

「行ってらっしゃいブヒ!」

 

今度はフェアリーテイルの依頼をこなすために、また介入するのだった。 

 

 




ーー小話
[嶺とグランディの取引]


「グランディー、呪符一枚で三回分の発動に変えることってできる?デンドロって敵の武器を拾ったんだけど、使えないからさー。
解体しても大丈夫なの?」
「解体しても素材を手に入れるし、新しいアイテムを装備すれば、もしかしたら使えるようになるかもしれないブヒ」
(匣は詮索すれば使えると思うんだけど、この槍なんて全く使わないしなー)

デンドロの槍を正輝に渡そうかとも考えていた。敵の落とした武器はどう扱えばいいか、根掘り葉掘り聞いている。
「ねぇ、この槍を罠に作り替えることって可能?」
「…は?えっ?罠ブヒか?」
「例えば、猪とか畑を荒られるのを防ぐために、電線を張ったりするじゃん。この槍ならかなりの蓄電出来そうだし、敵の武器をリサイクルした方がマシかなと。
槍から素材に変えて、武器に付加させても良いけど…罠の方がやりやすいかなーって。

呪符の改造ならタロットとか戦闘補助系アイテムを合成して、呪符発動と同時に敵の身体能力を低下させたりとか。
あと、設置地雷とか機雷とか考えよっか」
(す、末恐ろしいブヒ…というか話を聞いてると嶺は一体何処に向かってるブヒか…?)

The worldのアイテムも、敵の落とした武器でさえも、グランディの、この船の機能で実現可能なものがあれば、迷うことなく利用する。

嶺は魔改造の開拓に、また前進するのだった。

[何故ハセヲこと三埼亮が保護者化したのか?]

亮がいつも嶺につきっきりでいることに、千草は気になっていた。

「あの、亮さんって…どうして嶺さんに付き添ってるのですか」
「…あー、それはだな」

数日前
『ごめーん、道迷った。
場所はここだから迎えに来てー』
『船の地図ダウンロードするの忘れてたー。助けてー』
嶺が亮にいつも助けてと電話する。
この後、亮はめちゃくちゃ嶺に道案内した。

「いや…だってあいつ、この小型船でさえ道迷うからな…これで人なんて増えだしたら絶対また迷子になるし」
「そんなこと…あー、確かに嶺さんなら。
私、誤解してました…てっきり」
「つーか、本来は嶺がちゃんとしなくちゃいけねーんだけどな」

本当なら船を管理する嶺が船内の構造を把握すべきだが、基本的に改造室とフロントしか行かないから他のところに行くと道に迷う。

恋愛感情は無かったが、それでも放っておいたら危険だからと見失わないようにしている。船と彼女に関しては嶺本人よりも副リーダーこと亮の方がしっかりしていた。

(ま、あんな能天気でも…俺達の仲間だしな)



[ご飯担当は?]
「今後の冷蔵庫の管理はどうする?船の管理も亮と私だけじゃ厳しいかもしれないし。
千草って料理できる?」
「はい!私、これでも料理得意なんですよ!」
「千草っ⁉︎おいちょっとま」
千草が用意した三品は、ボリューミーのある食事が用意されていた。
肉、肉、肉。
亮はやっぱりこうなったかとため息し、嶺の目が点になる。これでもかというくらいの肉が積もった牛丼が用意され、沈黙が降りていた。
「えーっと…これは?」
「牛丼です」
「あのー…いや違う、そうじゃなくて野菜は?」
「野菜…ですか?玉ねぎと長ネギだけですよ」
「あーっ…うん。凄くスタミナがつくね」
(私も、料理は大雑把に作る時もあるけど…まぁご飯に洗剤を入れるとか流石にそこまで酷い無かったのは安心…いやいや、安心できないって…ハセヲと私が倒れたら、肉料理しか出てこないのは不味いって。
せめて胃に優しいうどんと豚汁ぐらいは作れるようにしてもらわないと)

料理はできるけど、肉料理しかなかった。
千草本人が野菜は苦手とのことで、そんなに入れていない。

「じゃあ基本的に私か亮が作って、千草はそのサポート…取り敢えず千草は豚汁、うどん、野菜炒めを作れるように頑張ろうか」
「は、はい…」

調理室は自由に使っていいとのことだったので、時間のある時に千草は料理勉強に奮闘していた。


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26話幽鬼の支配者(前)

ギルドを壊されても、その地下は無事だった。普段は倉庫として使われているが、修復するまでの間はそこで活動することとなる。

 

「よう!おかえり!」

「じっちゃん!何呑気にやってんだよ!

ギルドが壊されたんだぞ!」

「今がどんな事態かわかっておいてですか!」

 

ファントムがギルドを壊されたことに、憤っている。しかし、そんな状態にされてもマスターは呑気なまま笑顔でナツ達の帰りを待っていた。

 

「誰もいないギルドを狙って何が嬉しいのやら」

「襲ったのは夜中らしいの」

「では怪我人は出なかったのか…不幸中の幸だな」

「不意打ちしか出来んような奴らに目くじら立てることぁはねぇ!放っておけ!」

 

ギルドを襲われたことにナツ達は怒っている。理由もわからない以上彼らの手出しに対して、仕返しをしないことにも腹の虫の居所が治らなかった。

 

「納得いかねぇよ!俺はあいつら潰さやきゃ気がすまねぇ!」

「この話は終わりじゃ!

仕事の受注はここでやるぞい!

あとお前らが勝手にS級クエストを受けて行った罰じゃ…しっかり反省せんかい!」

「いでっ⁉︎」

「あだっ‼︎」

「なんでお尻…」

「マスター、怒りますよ!」

 

手短に罰は手を巨大化させて、ナツとグレイの脳天にチョップし、ルーシーのみ頭ではなくお尻に軽くやっただけだった。

酷い罰を受けるのかと思っていたが、こんな事態になった以上手短に済ますだけで終わった。

「いっつー…何でギルドを壊されても怒らねーんだよ。じっちゃん」

「ナツ、悔しいのはマスターも一緒なのよ。

でもギルド間の武力抗争は評議官で禁止されてるの」

「先に手を出したのあっちじゃねーかー!」

「マスターの考えがそうであるなら、仕方ないな….」

 

誰もいないギルドを壊された程度で、マスターの言う通りに目くじら立てる必要はない。先に手を出されても、その挑発に乗ればギルド間での戦争になりかねないと考えがあって何もしなかった。

結局、ファントムがギルドを壊したことを黙っておくことしかできなかった。

 

が、それでもこの街に来ているということはみんなの住所も調べられているとミラからの話があったので、一緒に動いたほうが安全だとナツとグレイ、エルザがルーシーの家に泊まっている。

 

「ナツとグレイだけ泊まらせるのは私としても気が引ける。

だから私も同席したというわけだ」

「気晴らしにな!」

「ナツとグレイは泊まるの確定なんだ…つか何故私んち」

 

ルーシーの家で3人は悠々自適に風呂に入ったり、部屋を探索していた。

ナツは机に寝そべり、グレイは寝転がり、エルザは着替えずにバスタオルに巻いただけだった。

 

「あの…みんな、ホントに寛ぎすぎ」

「あぁ、これは失礼。

これならば、はしたなくはないか?」

「へぇ〜着替えも換装なんだ」

 

エルザが気を使ってバスタオルだけの姿から、パジャマに変える。

四人は、襲撃のことで話をした。

 

「ねぇ…例のファントムって何で襲ってきたのかな?」

「ファントムとは小競り合いはよくあったものの、直接的な攻撃は今回が初めてだ」

「ファントムの奴ら数だけは多いからよ‼︎あんな連中さっさと」

「だから、それが不味いってさっきから何度も言ってるだろ」

ナツはまだ不機嫌になっているが、魔法界の秩序のためにマスターもミラも二つのギルドが争えば不味いことも説得する。

 

ファントムとフェアリーテイルは戦力が均衡しており、もし争えば潰し合いになってもおかしくなかった。

 

マスターマカノフと互角に戦えるマスタージョゼ、S級魔導師のエレメント4。敵側にもドラゴンスレイヤーこと黒鉄のガジルがいることも、戦争になれば双方ただは済まない事になるのも。

 

物を壊された程度で結局動くことはなかったが、目くじら立てるなと言われてもその現状維持も次の日には崩される。

彼らはギルドを壊されるだけではは飽き足らず、仲間を重んじるフェアリーテイルの逆鱗に触れるようなことをもしたのだから。

 

*****

 

次の日の早朝

住民が男二人と女一人の3人が大きな木に貼り付けにされているという話があった。

 

3人はフェアリーテイルであり、ボロボロにされていたとのこと。その噂話はフェアリーテイルのメンバーにも耳に入り、マグノリア南口公園へと向かう。

そこで彼らは

 

「ファントムが…やったのかっ‼︎‼︎」

 

大きな木に左からジェット、ミラ、ドロイの3人が貼り付けにされているのを見てしまった。ミラの腹部にファントムの印が刻まれ、手を出したことを見せびらかしている。

 

その情報は、ギルドマスターにも届く。

マカロフもまた、その現場に来ていた。

「マスターっ…」

「ボロ酒場までなら我慢できたんじゃがなぁ…

 

ガキの血を見て黙っている親はいねぇんだよ‼︎」

 

仲間の、家族の傷ついた姿にマカロフは激怒し、手に持っている杖を粉砕した。ルーシーは怯え、マカノフは小さく声を殺して宣言する。

 

「戦争じゃ…」

 

マスターの決断によりルーシーはマグノリア病院へ3人を看病し、それ以外の今いるフェアリーテイル全員がファントムロードに殴り込みへと向う。

行き過ぎた手出しにとうとう痺れを切らし、敵ギルドの中はフェアリーテイルが大暴れする。

 

フェアリーテイルを襲った背後には、彼らにとって別の目的もあった。

 

【大海のジュビア】

【大地のソル】

 

ファントムロードことエレメント4のメンバーの二人が、買い出しに行っているルーシーをウォーターロックで拘束させ、誘拐した。

彼女の身柄はマスタージョゼの元に届き、捕らえている思念体をマカノフに見せる。

 

「ルーシー…⁉︎何故っ…」

「何故?まさか、自分のギルドの仲間だというのに、ルーシー・ハートフィリア様が何者かご存知ないので?」

「やめろっ!」

ジョゼがルーシーをぶつけさせ、マカノフが戸惑っていたところを、背後にいた刺客と接触する。

 

(しまった…こやつ、気配がない)

「か、かか、か、悲しいっ‼︎」

 

マカノフの持つ多量の魔力は吸収され、皮膚が青緑のように変色していく。

「悲しすぎる!偉大なる魔導師が消えゆく悲しみなのかっ‼︎」

(ま、魔力が…ワシの魔力が…)

【大空のアリア】

 

二階が崩れ、魔力を空にされたナカノフが落ちていく。

魔力を失い、戦えなくなってしまった。

 

「じっちゃん!」

「マスターっ!」

 

弱っている姿にフェアリーテイルのメンバーが驚き、続々とマスターの側に集まっていく。

 

「これはもう、我々の勝ちですね…」

「い、いけるぞ!」

「こっちにはガジルも!エレメント4もいるんだ!ぶっ潰せ!」

 

マスターが倒れた事で、ファントム達も勢いづいていく。マカノフが再起不能になった以上、戦争継続は不可能だとエルザは判断し、撤退せざる終えなかった。

 

(いかん、戦力だけではない…指揮の低下の方が深刻だ)

「…撤退だ!全員ギルドに戻れ!

マスター無しではジョゼには勝てん!」

 

マカノフを連れて、ギルドへと戻っていく。他の仲間はまだ戦えると叫ぶが、これ以上戦っても追い込まれるだけだった。

 

フェアリーテイルは、悔しくも撤退をせざるおえなかった。

 

*****

 

一方、ルーシーが目を覚ますとファントムの本当の本部へと連れて行かれた。

 

「あれ…あたし、エレメント4に捕まって。

ここ何処?」

「お目覚めですか?ルーシー・ハートフィリア様。

初めまして、ファントムのギルドマスター…ジョゼと申します」

「…⁉︎ファントム⁉︎」

「このような不潔な牢と拘束具…大変失礼だと思いましたが、今はまだ捕虜の身でおられる。理解の程を願いしたい」

 

目を覚ましたルーシーは、彼の話を聞いてすぐに起き上がる。

縄で手を縛られ、立つのがやっとだった。

 

「何が捕虜よ!よくもレヴィちゃん達を!てゆうかっ…これ解きなさいよ!」

「…貴方の態度次第では捕虜ではなく最高の客人としてもてなす用意も出来ているんですよ?大人しくしていれば、スィートルームに案内しますからね?」

「…何で私たちを襲うのよ?」

「私達?

あぁ、フェアリーテイルのことですか…ついでですよ、ついで。

私達の本当の目的はある人物を手に入れることです。その人物がフェアリーテイルにいたので、ついでに潰してしまおーっとね?」

「ある人物?」

 

ジョゼのこれまでの発言に、まだルーシーは気づいていない。

目的の人物が、ルーシーであることに。

特別扱いされていることも。

 

「おやおや、あのハートフィリア家のお嬢様とは思えないですね…貴方のことに決まってるでしょ?

ハートフィリアコンツェルン令嬢…ルーシー様?」

「な、何でそれ知ってるの?」

「貴方、ギルド内では身分を隠していたようですね?この国を代表する資産家の令嬢が、何故に安く危険な仕事をしているのかは知りませんがね」

「誘拐ってこと…?」

「いえいえ、滅相もございません。貴方を連れてくるよう依頼されたのは、他ならぬ貴方の父親だからです」

「…え?」

 

この争いはルーシーの父親が、一枚噛んでいたからだ。

もうジョゼにはギルド内で身分を隠し、安く危険な仕事をしていたことも既にバレている。

 

「そんなっ…嘘、なんであの人が…知らない。

 

あの人はそんなこと気にする人じゃない!

あたし!絶対に帰らないから!

あんな家には帰らないっ!

今すぐ私を解放して!」

「それはできませんねぇ」

 

ルーシーは尻餅を付き、もじもじとする。

 

「…てか、トイレ行きたいんだけど」

「おやおや?これはまた古典的な手法ですねぇ…ですが、古典故に対処法もあるんですよ」

「え"っ…ウッソぉ⁉︎バケツ⁉︎」

 

ジョゼはバケツを置いて、どうぞと言わんばかりに用意する。

 

「ハァ…バケツかぁ」

「ってするんかい!なんではしたないお嬢様でしょうっ…!」

 

ジョゼは気を遣って後ろを向くが、その隙にルーシーが彼の急所を蹴り飛ばす。

今度は急所を抑え、悶絶していた。

 

「ギィやァァァァッ‼︎⁉︎」

「古典的な作戦もまだまだ捨てたもんじゃないわね。それじゃお大事に!」

 

トイレに行きたいというのは嘘であり、そのまま立ち上がって外に出ようとする。が、連れてこられた場所はギルド本部であっても、その頂上に連れてこられていた。

 

風が強く、勢い余って転落しそうになる。

彼女に逃げ場などない。

ジョゼは股間を抑えつつ、ルーシーに近づいていく。

 

「じゃんねんっ…だったねぇ!

ここは空の牢獄っ…よくもやってくれましたねぇ‼︎さぁこっちへ来なさいっ!

お仕置きですよ!ファントムの怖さを教えねばなりま…えぇっ⁉︎」

 

が、まさか本当に落ちるとは思ってもないとジョゼも想定外だった。

身を投げて、彼女は落ちていく。

その時、

 

(声が聞こえたんだ、絶対いる)

「ナツぅぅっ!」

「ルーシーィィィッ!」

 

ルーシーの危機にナツとハッピーが駆けつけた。

頭から地面に落ちる前に、すぐ助ける。

 

「ルーシーが降ってきた!」

「ナツ、やっぱりいると思った…」

「お前っ…無茶苦茶だな」

 

運良くナツがファントムの本部にルーシーを誘拐した事を耳にしたことで、ナツとハッピーの二人が幹部を尋問し、ルーシーが何処にいるか手がかりを知り、救い出した。

 

「オイラ達もギルドに戻ろう?エルザが撤退って言ったんだし」

「なんでだよ!ここが本部なんだろ‼︎」

「一人じゃ無理だよ!マスターだって重症なんだよ!みんなも怪我してる‼︎」

 

襲ってきたのはファントムだが、彼女の家出も、彼女の父親もまた原因の一端であると、彼女はひどく悲しんでいる。

フェアリーテイルを巻き込んで、みんなを巻き込んでしまったことに。

 

「ごめんね…全部私のせいなんだ…それでも私、ギルドにいたいよ…フェアリーテイルが大好き」

「ルーシー…おい、何のことだ?いればいいだろ」

「ギルドに戻ろう?」

「お、おう…おんぶしてやっからな」

 

泣いているルーシーにナツが動揺しつつもおんぶし、フェアリーテイルへと帰っていく。

ジョゼは急所をやられつつも、上からルーシー達を眺め、彼らに対し激昂していた。

 

「く、く、クゥッ…やってくれたなっ…小娘ぇ‼︎」

 

 

こうしてナツとルーシー、ハッピーはギルドへと戻っていく。仲間はボロボロで、動ける者だけが報復のために動いていた。

 

ミストガンの手がかりもなく、ミラジェーンもラクサスに連絡したが結局拒否されてしまう。

それどころか

 

「あのクソジジィもザマァねぇな。

で?仲間を助けるために助けてってか?

俺には関係ねぇ話だ、勝手にやって頂戴よ。

だってそうだろ…ジジィが始めた戦争だ。

なんで俺達がケツを拭くんだ?

 

俺の女になったら助けてやってもいいと伝えとけ。それとジジィにはさっさと引退して俺にマスターの座を寄越せとも伝えといてくれ。アッハハハハ‼︎」

 

そう高笑いし、水晶は破壊された。

ギルドのことよりも自分の欲望にしか頭にないラクサスにミラが怒って粉砕する。

今のラクサスにフェアリーテイルを、仲間を助ける気なんて微塵もなかった。

 

「信じられない…なんでこんな人がフェアリーテイルの一員なの…こうなったら次は私が」

「ダメよ、今のあんたじゃ足手纏いになる」

 

たとえS級魔導師であっても、マカノフ達の戦争に参加しなかったようにミラジェーンには戦えない事情があった。

 

「嶺のもまだ帰ってこないのかっ…」

「別の仕事も請け負ってたらしくてよ。仕事の量次第では明日帰るとは限らないかもしれないかもしれねぇ」

「私も連絡してるけど、反応がないの…」

 

先の戦争でギルドに突入し、多くが傷ついている。被害も大きくマカノフもいない以上、これ以上の戦争継続は自分達の首を絞める結果になりかねなかった。

 

そんな時、近くで地響きがする。

地震のように激しく揺れているわけではなく、一歩一歩何か巨大なものが近づいているように感じた。

 

外に出るとファントムロードのギルドに6本足が形成され、海を歩いて渡ってきた。このままフェアリーテイルのギルドへと近づいてくる。

 

「ギルドが歩いてるよ⁉︎」

「想定外だ…こんな方法で攻めてくるとは…⁉︎」

 

誰もギルドそのものが移動して襲うなんて思ってもない。まだ反撃の準備もできていないのに帰って早々に襲ってくるとは思ってもなかった。

 

「まさか、あれっ…」

 

砲台が展開され、フェアリーテイルのギルドに向けて発射する。

 

「ギルドはやらせん!伏せろぉぉぉっ‼︎」

「よせ!いくら超防御力のある鎧でも」

「エルザぁぁぁっ‼︎」

 

魔道収束砲ジュピターが発射され、それを鎧を纏って防ぐ。エルザのお陰でギルドを守ることはできたが、鎧を砕かれた彼女は倒れてしまった。

 

マカノフだけでなく、S級ランクのエルザも再起不能となってしまう。

 

「もう貴様らに凱歌は上がらねぇ。

ルーシー・ハートフィリアを渡せ、今すぐだ」

 

ルーシーを渡せと強要する。それでも、フェアリーテイルの全員がルーシーを仲間だと断言して拒否する。

 

傷ついていく仲間にルーシーは犠牲になろうと思い止まったが、それでも仲間は守るために叫んだ。

 

「仲間を売るくらいなら死んだ方がマシだ!」

「俺達の答えは何があっても変わらねぇ!

お前らをぶっ潰してやる‼︎」

 

絶望せず諦めもしないどころか歯向かう彼らに、ジョゼはキレた。

 

「フン…ならば更に特大のジュピターを喰らわせてやる!

装填までの15分!恐怖に仰げぇ‼︎

 

地獄を見ろ!フェアリーテイル!

貴様らに残された選択肢は二つ!

我が兵に滅ぼされるか、ジュピターで消し飛ぶかだ‼︎」

 

ジョゼの召喚した幽鬼の兵士達が大量に放出される。彼らを巻き込んでも、ジュピターを止めることはしない。

 

残り15分でジュピターを壊さなければ、ギルドも仲間も吹き飛ぶこととなる。

 

「くそっ、エルザでさえ防ぐのがやっとなんだぞ⁉︎」

 

シェイドがフェアリーテイルを襲う。15分以内にジュピターを止めるためにナツ、グレイ、エルフマンの3人が乗り込んだ。

 

まずナツが大砲の中に入り、ジュピターのエネルギー蓄積所ことマクリマにたどり着く。

しかし、そこで待っていたのは

 

「邪魔は、君の方だ」

 

エレメント4こと兎兎丸が見張りが待ち構え、相手に炎を操られて苦戦する。相性の悪い敵に翻弄され、残された時間が浪費していく。

 

「もう時間がないよ!」

「俺の炎を勝手に動かすな!」

「ふん、当たらなければどうということは「初っから狙ってねぇよ」な、なにぃ⁉︎」

 

制御されていくうちにナツは炎を克服することで結果的にジュピターを破壊する。

これで敵を倒さなくとも、ギルドを守ることができた。

 

だが、切り札は砲台だけではない。

ギルドが変形し、魔道巨人は立ち上がる。

 

*****

 

その頃の嶺は様々な村と街を渡り、依頼をこなしていた。

 

子犬探しのような小さい依頼はもちろん、遺跡調査や素材調達と複数もの依頼をコツコツと達成し、報酬も貰っていく。

 

「これで全部かな。二日くらいで終わらせたし、あとはギルドに帰るだけ」

 

短期間で全ての任務を終え、ハルジオンに到着していた。ギルドの方では大きな音が聞こえ、海沿いには巨大な何かが聳え立っている。

 

(ん?なんだろ?)

 

いくらナツ達がギルド内で暴れてても、ここまで大きな音は出ないと不審に思う。

 

「ただい…なんか騒がしいんだけど」

 

帰ってきたギルドが、いつの間にかボロボロになっていた。ギルドのメンバーは上にいる死霊達を相手に奮闘している。

 

「えーっと…なにあれ」

 

城のようなロボットが立ち、隙間から幽霊が大量に放出されている。その幽霊を仲間達が打ち落とし、ギルドを壊されないよう守っていた。

 

「おう、やっと帰ってきたか!

とにかくギルドを守るのを手伝え!

話は後だ!」

 

マカオが帰ってきた嶺を見て、こっちにきて手伝えと指示する。周囲を見渡すとナツ、ハッピー、グレイ、エルザ、ルーシーのメンバーがいない。

 

(ナツ達がいない…何かあったのかな。

とにかく言う通りにここを守ろっか)

 

こんな状況で楽園が乱入して出てこないことを祈りつつ、幽鬼の兵士を相手に戦うこととなった。

 



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27話幽鬼の支配者(後)

シェイド達を討伐しているが、ジョゼの魔力で作られた幽霊はまた再生していく。

 

(キリが無いなー、ん?)

 

携帯が振動しており、隙を見てメールを確認する。

ーーー殺者の楽園が複数、迫っております

 

 

(あ、これフェアリーテイルの仲間に絶対任せちゃいけないやつだ)

 

殺者の楽園が遠くから迫っている。

もし街に潜入しているなら、帰った時点で連絡が入っている。

それがないのならばまだ街に入っておらず、そのままフェアリーテイルと敵ギルドの抗争に入ってくると予想する。

 

シェイド達を囮にさせ、自分達は守っているところを別方向から襲い、まず弱っているフェアリーテイルから囲んで潰そうと企んで動いているかもしれないと考えていた。

 

襲ってくるとしたら、遠くからの射出を目論む可能性があると。

 

「…ちょっと他にも増援がいるみたいだから、行ってくるよ」

「おう!頼んだ!

 

え…⁉︎増援⁉︎おいちょっと待」

 

まだ敵がやって来ることにマカオが驚き、止めようとした時には、既に彼からの了承を得たと同時に離脱した。

 

*****

 

楽園のリーダー、國鴎盖は至上の喜びに満ちていた。

仕掛けた時期は早かったがそれ以降は順調に、筋書き通りに物語が進んでいる。

 

(フェアリーテイルを潰し、ファントムロードも後でこちら側の配下にする…幽霊で体力が消耗している今が好機!)

 

全滅したフェアリーテイルを誘拐し、ファントムロードも対正義側の戦力にする。最初はファントムロードの好きにさせ、彼らをぶつけさせた。

 

ドラゴンスレイヤー、エレメント4、ギルドマスター。

 

この漁夫の利が成功すれば二つのギルドを手に入れ、この過剰戦力で今の正義側を潰す事も出来る。

 

情報には、この時期にラクサスは任務中戻ってくることはない。マカノフが復活する前に、ミストガンが危機を察知する前に決着をつければ問題はない。誰も邪魔をする人はおらず、順調通りに事が運んでいる。

 

ハルジオンから魔法で飛行しつつ、少し遠くの場所へ到達。フェアリーテイルを死守する彼らを上から狙い撃ち、ギルド潰しの後にファントムロードを籠絡するといった流れで動いていた。

 

ここまで都合良く上手くいったことに喜ぶ彼らにも、邪魔はあった。嶺という正義側の存在が終盤になって遅れてやってきたこと、何処を襲ってくるかも分かったことにも。

 

嶺は、敵の目的地で待っていた。

 

「…あ、敵発見。この辺りに来ると思ってた」

(たった一人で太刀打ちするつもりか。

正義側の連中もヤキがまわったな…それとも仲間が役立たずだった、か?)

 

敵は嶺を嘲笑った。楽園を止めに来たのがたったの一人、無策に突っ立っているだけ。

 

「よし…一気に囲んで潰」

 

が、もう一つ彼らに誤算があるとすれば、嶺の実力を軽んじたことだった。彼女が持つ札を取り出すと複数もの閃光を飛ばし、数人が吹き飛ばす。

 

「…え」

 

雑魚が何人束になって襲いかかっても、壁にすらならない。

魔法の多重攻撃で、何もできずに吹き飛ばされた。

 

(こ、この女の持っている札は危険だ。

あれを使わせる前に殺すしかないっ‼︎)

 

遠距離で挑むよりも、接近戦には弱いと判断する。

國鴎盖は部下に指示し、正面突破で特攻を仕向けるよう指示。

当然、札による魔法攻撃が炸裂するが、2.3人くらい避ければ問題はない。

 

『青銅創生魔法っ、防護魔砲球‼︎』

(手札が分からない以上、まずは様子見で)

 

だが、彼らは知らない。

彼女相手に接近戦を挑んだ方が、本当の意味で脅威である事に。

魔法の武器を手に持ったまま嶺の頭上に接近し、攻撃が可能な距離に入ろうとした瞬間、

 

(な、なにを…何をされ、た)

 

國鴎盖は、いつの間にか防御壁ごと胴体が切断されている。

接近戦を仕向けた数人も、切り刻まれて、倒れ伏せている。

既に嶺の手には既に大鎌を持っており、返り血が付着していた。

 

結局、彼らは彼女本来の強さを見抜ける事が出来ないまま殲滅された。

強い風が、灰となった遺体を空高く巻き上がっていく。

*****

 

「今度の相手は、ナツ達とはまた別の魔法だった…のかな?

武器も落ちてなかったし、まぁ報酬が特別高いし死んだ相手の能力について詮索するのは後でいいか」

殺者の楽園の討伐で、95万のお金を儲けた。

介入によって戦力増強とこの世界のフェアリーテイル壊滅の危険性が高かったことから、嶺に支払われる額も違い。

 

「ただい…あれ」

 

フェアリーテイルのみんなが喜んでる中、戻ってきた嶺は戦いが終わったことに唖然とする。

 

 

「「「やったー!ファントムに勝ったぞぉ‼︎」」」

 

みんな必死に守りきったことに感動している中、たった一人別のところで守っていた嶺だけが、いつの間にかファントムロードとの激戦が終わっていたるところをただじっと眺めているだけ。

 

近くにあった巨人は崩れ、頭上にいたシェイド達もいなくなっている。遠目ではナツ達もボロボロになりながらも生きていることを確認した。帰ったばかりで詳しい事情をよく知らない嶺にとっては、何の感動もできないままその歓喜な光景をただ眺めているだけだった。

 

 

(あれー…なんか終わってる)

 

 

 



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28話ギルド同士の決戦後

 

夕暮れ

 

「こりゃまた…派手にやられたもんじゃのぅ」

 

ファントムロードとのいざこざで、お互い建てていたギルドは崩されていた。嶺の方は、何が起きたかナツ達に聞かせてもらっている。ルーシーが令嬢であるのと、ファントムと仲が悪かったことも。

 

「あの…マスター」

「ん?お前も随分大変な目にあったのぅ…」

 

家のことでフェアリーテイルを巻き込み、仲間を傷つけ、巻き込ませてしまったことを深く悲しんでいた。

それでも

 

「そんな顔しないの、ルーちゃん!

みんなで力を合わせた大勝利なんだから」

「レヴィちゃん⁉︎」

「ギルドは壊れちまったけど、また立て直せばいいんだよ」

 

病院にレヴィ達が無事、復活していたことに驚いていた。ファントムがギルドを襲った時に、ルーシーを護衛していたリーダスも負傷しつつもミラ達と一緒にいる。

 

「心配かけてごめんね、ルーちゃん。

話は聞いたよ、誰もルーちゃんのせいだなんて思ってないんだよ」

「つーか、俺。役に立てなくてごめん」

 

ミラ達三人は気にする必要はないと励まし、リーダスは守ることができなかったのを謝っている。

 

「ルーシー。楽しいことも、悲しいことも、全てまでとはいかんが…ある程度は共有できる。

それがギルドじゃ。

一人の幸せは、みんなの幸せ。

一人の怒りは、みんなの怒り。

そして…一人の涙は、みんなの涙。

自責の念に駆られる必要はない

 

 

ルーシー、君にはみんなの心が届いているはずじゃ」

 

その言葉に、彼女は手で涙を拭う。

顔から溢れる涙が手で隠れて何も見えない。

 

「顔を上げなさい…君はフェアリーテイルの仲間なんだから」

「ううっ…あぁぁぁっ‼︎」

 

手で顔の涙を拭うを止めて、涙は頬から地面へと落ちていく。ルーシーは、ずっと堪えていて感情を声を上げて泣き叫んでいた。

みんなも、

 

(それにしても、ちとやり過ぎたかのぉ…こりゃ評議員も相当お怒りに…いや待て、下手したら禁固刑とか?)

「ぬわぁぁぁぁっ‼︎」

「ま、マスターっ⁉︎」

ギルドの抗争を盛大にやったことで、厳重な罰を与えられてしまうのではないかとマスターも処罰のことで泣いていた。

この後、評議員の軍隊であるルーンナイトが訪れ、フェアリーテイルのメンバー全員は事情聴取のために、軍の駐屯地にて毎日取り調べを受けることとなった。

ナツとハッピーは逃げようとするが、結局すぐに捕らえられ確保されている。嶺も同様に取り調べを受け、本当のことを伝えていた。

 

「えーと、帰ったら何故かギルドが半壊状態で、幽霊が更に壊そうとしてきたために仲間と共に護りました。

 

それに、自分のギルドを守るのは当たり前だと思います」

 

嶺の方は帰ってきたばかりで、質問もその後に何が起きたか(殺者の楽園については伏せている)を返答しただけだった。証拠として依頼の紙も見せ、日付から抗争前のことは全く知らないことも認められている。

 

フェアリーテイルに対する処分は追って後日下されるが、ファントムの襲撃によって状況証拠や目撃証言で罪が重くなるわけではない。

 

*****

 

ファントムとの戦いが終わって、一週間が経つ。

 

フェアリーテイルにも落ち着きを取り戻し、ギルドの復興を行なっている。マスターとミラの二人は潰された建物をまた再建し、新しく改築を考えていた。

 

再建の手伝い中に、その完成図をミラに見せてもらったが、

 

「こりゃまたなんとも…」

「なんか、よくわかんねぇ」

「おー、なんかすごーい(色んな意味で)」

「にしても下手クソだな。どこの馬鹿が書いたんだよ」

 

見せた絵は余りに稚拙過ぎて、結局何が作りたいのか分からない。

グレイはその絵を貶すが、描いた張本人は

 

「う、うぅっ…」

「み、ミラちゃんだったんだ…」

「あーあ、駄目だよグレイ。

そんな下手クソなんて言ったら傷つくよ」

「また泣かした」

「それがグレイです」

(というより、この絵を見ても変な風に改築するんじゃないかな…)

ミラだなんてこの場にいる誰もが思ってもない。嶺はこんな大雑把な絵で建物を改築できるのか、むしろ変なことになるのではないかと心の内では若干心配もしていた。

 

ーーーー昼休憩

 

各々が食べに行ったりしてる頃に、嶺の携帯が振動する。

 

「ん?なんだろ」

 

携帯には次の世界について連絡が来ている。

ポケットの携帯を取り出し、隠れつつ開いた。

 

ーーーーーーー

 

嶺さん

お疲れ様です。

 

これから向かう世界について連絡します。

転移には午後4時に向かうことになりますので、事前準備を忘れないでください。

また、前回と同様…別世界の介入時にこの世界妻も時間が経たないよう調整します。

 

 

神より

 

ーーーーーー

 

(そっか、ひとまず次の世界については、正輝も誘ってと。

 

ハセヲ達にも連絡しよっか、帰るの遅くなるよーって…あ、準備で思い出した。

 

住む場所、まだ何も用意していない)

 

携帯を確認したと同時に準備を考えないといけなかったが、別のことも思い出す。家がないことがバレたら、ナツだけじゃなくて他の仲間にも言われてしまうと。

 

(どうしよっかなー…住む場所。

昼からはその件で動こうか)

 

携帯をしまい、考え事をしながら昼飯用に購入したサンドイッチを食べていた。今後の予定は住む場所を決めて、ある程度の家具の準備になりそうだと思いつつ、手伝いを抜けようと考えていた。

 

「おーい!嶺も、俺達と一緒にルーシーの家に行こうぜ!」

「…あーごめん。私の方は行けないや」

「どうしてなんだ?」

 

食事中に、声をかけてきたナツとグレイは首を傾けていた。エルザだけはちゃんとした作業着の格好をしており、

 

「いや…仕事でお金も稼げだし。いい加減家用意しないと野宿したことバレたらギルドのみんなからは流石に怒られそうだなーって」

「あーっ⁉︎そう言えばそうだなったな‼︎」

「そうか、なら仕方ないな」

「じゃ、そういうわけだから私の家が決まったら教えるよ」

 

そう言ってフェアリーテイル内での作業場を抜ける。

早速嶺は大家へと向かい、

 

「えーと、一人暮らしで衣食住に困らない場所で」

「家賃はこのくらいになるけど」

「それで結構です」

 

ギルド内だけではなく殺者の楽園の仕事もしているため、少なくともルーシー以上の金額を稼いでおり、住む場所には困らなかった。ベッドや作業用の机と椅子といった家具についてはグランティに連絡し、この世界に適した物を用意しつつ配置する。

 

(グランディの注文機能って便利だなー)

「ん、これで一通り終わったかな。

ちょっと疲れたし寝よ」

 

ある程度の支度を終え、ベッドに昼寝する。

時間はもう2時過ぎ、家の自宅で神からの連絡があったことをすっかり忘れていた。

 

「あれ、もうこんな時…ん?んんんっ…?」

嶺が目を覚まし、携帯の時間表示を確認すると連絡のことを思い出す。

約束の時間が、もう2分までに来ていた。

 

(…あー、やば。事前に連絡があったの分かってたけどもうこんな時間か。

寝過ごしたし、急いで起き上がらないと)

 

そう思いつつ嶺は携帯をしまい、立ち上がって準備しようとするが、立ち上がった瞬間にヘタリアの世界へと転移するのだった。

しかも、嶺が転移した先は

 

(は?えっ、上空?嘘でしょ…)

「お、おちるぅぅぅぅぅっ⁉︎神様の馬鹿ぁぁぁぁっ!」

 

無人島の上空だった。

 



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29話姉弟は日独伊英に巻き込まれ、宝探しに向かう

無人島の砂場で、男二人が楽しく追いかけっこをしている。もう一人の男は、その二人と海をただ眺めていた。

 

のほほんなイタリア

真面目な日本

頑固なドイツ

 

三人は朝から夕方までに食物を探していた。

だが、いくら探してもココナッツ以外はイマイチなものばかりで、満足のいく食事はできない。

 

救助が来てくれるのを待ち、砂場にSOSの文字が刻まれている。

絶賛、無人島に遭難して楽しんでいる。

そんな時だった。

 

「たすけてぇぇぇぇぇぇ」

 

日本は微かに女の人叫び声が聞こえ、足を止める。彼は上を見上げ、追いかけてこないことにイタリアは振り向く。

 

「日本、どうしたの?」

「…あの、何か聞こえませんでしたか?」

「聞こえるって?何が?」

 

耳をすましても、何も聞こえずに首を傾げる。二人を眺めていたドイツも急に真面目な顔をして話していることに気になって近づく。

 

「おい、二人ともどうし」

「たぁぁぁぁすけぇぇぇてぇぇ‼︎‼︎」

 

瞬間、女の甲高い声が聞こえてきた。3人が一斉に上を向くと、声のした女の人こと嶺が落ちていく。

 

「誰か落ちてきてる!」

「に、日本!空から女の子が⁉︎

どうしよう!」

「お、落ち着きましょう」

 

落ちてきた嶺は二人にぶつかり、三人は気を失った。

 

*****

 

一方、弟の正輝は黒沢ことアーチャーが隠し持っていたチケットで、転移装置を起動させられたのだ。

 

「あ。転送装置をウッカリ」

「は?えっ…ちょっおま」

(黒沢ぁぁあ‼何しやがんだてめぇぇぇ‼お前そのチケットのバーコードを利用して転送装置の起動させやがったな⁉︎)

「地面に埋れて溺死しろ…ククク」

「 イェア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!! 」

 

転移対象である正輝のみが、何も準備できずにそのまま介入する形となる。

転移先は公園へと辿り着き、立ったまま目の前にいる男ことイギリスの話を聞くと、今立っている召喚陣で呼び出され、悪魔という扱いを受けていた。

 

「おい!お前何かできるだろ!」

「あー、ハイハイ…」

 

何かやれと言われると正輝はため息をつきつつ、投影魔術を見せた。イギリスはご満悦だったが、そんなことできるなんてと内心では滅茶苦茶驚いている。

 

これならあの日独伊の連中を懲らしめ、他の国に威厳を示せられると鼻を高くしている。

その光景を公園にいた他の子から見たら、イギリスは虎の威を借る狐のようだった。

 

ーーーー

 

 

敵国が無人島にいると知らせが来ると、さっそくイギリスは悪魔を連れて現場へと向かう。無理矢理に連れて行かされた正輝は早く船に帰りたいと思いながらも、死んだ目で自慢げなイギリスを眺めていた。

襲撃が今回の任務ならさっさと済ませて帰ろうと、武器を投影し襲撃の準備をする。

 

「それ!とつげきだぁぁっ!」

「しまった⁉︎島に伏兵がいたのか!」

「あれ…俺達一体、って囲まれてるぅぅぅっ⁉︎た、助けてーっ!ドイツー!」

「つっ…気を失ってる間に」

 

アメリカ、中国、フランス、各国のメンバーが隙だらけの二人を襲う。

しかし、その3人を守ったのは

 

「えい」

「ぐびゃっ⁉︎」

 

まだ倒れ伏していた嶺は、こっちも襲われると周囲の危機に反応し、すぐさま起き上がる。大鎌の刃の部分を使わずに、棒がわりになぎ払った。取り囲んでいたフランス、アメリカは吹き飛ばされ、中国は辛うじて防いでいる。

 

「彼女は…俺達を守ってくれるのかっ…」

(いや、私も襲われそうだったから)

 

 

姉の強さに襲ってきた各国の人達は足を引いてしまう。しかし、イギリスだけが前に出て高らかに笑いつつ、切り札があると自慢して登場した。

「心配するな…俺には奥の手がある!

 

さぁ、先日召喚した悪魔よ!

あの3人を退治しろ!」

「あーハイハイヤリマス(棒読み)…ってえ?」

適当にやろうと武器を構えるが、相手が姉だなんてこの時知る由もなかった。

邪気な笑顔に、正輝は一歩下がった。

これは攻撃したらヤバいと投影破棄してイギリスの方に顔を向けた。

 

「何やってるんだ!さあ早く奴を倒してお前の力を周りに知らしめてやれ!」

「あの…ごめん無理です」

「え?」

 

正輝は再度姉の顔を見ると、まだ笑顔(笑ってない)の表情をしている。少し静止し続けていくうちに彼の額に汗が溢れ、そして

 

「やっぱ無理無理無理無理イィィィッアウトォォォ‼︎」

「いや!お前悪魔なんだろ⁉︎」

 

その場から逃げ去り、背後にあるヤシの木へ移動した。さっきまでの悪魔とは思えない反応にイギリスは焦り出した。

 

「馬鹿言え!俺の姉と立ち向かえるか‼︎

あんな覇気まで纏っているし!

姉と戦うなんて絶対嫌だからな!」

「はぁ⁉︎あれってお前のねーちゃんなのか⁉︎

どっからどう見ても人間だし悪魔のお前なら大丈」

「大丈夫なわけねぇだろうがボケェェェ‼」

「おーい、正輝も私も人間だよー」

「…え?」

 

イギリスは悪魔ではなく人間であることに、今更気づいた。ヤシの木にずっと隠れてる正輝の怯えからして、目の前にいる嶺の言葉は本当だった。

 

「え、だってお前悪魔って言っただろ」

「あーあれ、テキトーに済ませようとしただけだ。俺も姉もホントは人間だよ」

「ま、マジかよ…」

 

それを聞いて、イギリスはガックリとする。

このまま枢軸国を襲うにしても姉を倒す実力者など一人もおらず、返り討ちにされるんじゃないかとフランスは怯えていた。

 

(や、やべーよ…襲えるチャンスだってアメリカが言ったのにこのままじゃ返り討ちにされちま…ん?何だこれ。

 

ハッ…⁉︎こ、これなら全滅は避けられるかもしれないっ‼︎)

 

形勢逆転されてしまうんじゃないかとおまっていたが、たまたま近くにあった宝の地図を発見し、あることを提案する。

 

「あ、アメリカ?この宝の地図見つけたんだけどさ。宝を先に見つけた方が勝ちで良くね?」

「よし!これから宝探しに行こう!」

「「「は?」」」

 

こうして、戦闘は休戦することとなった。

 

*****

 

宝探しは二つのチームに分けて、この無人島にある洞窟を探索することとなる。争い合いよりも、どちらが早く辿り着けれるかの競い合いとなった。

 

イギリスには切り札があると言いつつもその期待を裏切った罰として枢軸国チームと組む事になった。

 

「丸かいて地球!丸かいて地球!丸かいて地球!僕イタリア!あ〜!一筆で見える素晴らしい世界ィ〜長靴で乾杯だ!ヘタリア〜!

 

楽しい楽しい宝探し!」

「何でお前らと…だけど、この二人がいるならなんとかなりそうだな」

「まぁ、そうだな」

 

悪魔(正輝)と、その悪魔を恐れる覇王()がいる。

二人の戦力が加われば、余程のことが起こらない限り流石に洞窟に入っても無事に抜け出せることができると。

 

そう思っていた時期が、イギリス達にはありました。

 

「ギャァァァァッ虫いやァァッ‼︎」

「ちょっ、姉さん⁉︎」

 

虫が大量発生すると、それに発狂した嶺は札を使って駆除する。周囲にも影響して、洞窟の耐久値が下がっていく。

またある時はイタリアがスイッチを踏んで、大岩が押し寄せていた。

 

「ぎゃー!丸い岩が沢山きてるよ⁉︎」

「姉さん調節頼んだ!偽・螺旋剣!」

 

一方の正輝は被害を最小限にできるよう、全設定変更で調節された宝具で大岩を粉砕する。

これ以上洞窟の中で暴れたら、宝を探す前に下敷きにされる。しかし、

 

「あ」

「イタリアァァァッ⁉︎」

 

一難去ってまた一難。

たまたま壁にあったスイッチを押してしまい大岩の次は、大量の水が流れ込んでくる。

正輝のアイアスの盾で防ぐこともできるが、蓋みたいに完全に防げるわけではなく、隙間からは守りきれない。

姉弟ですら、これにはお手上げだった。

 

「あー…これは流石に無理だわ」

「私も」

「嘘だろぉぉぉ⁉」

 

罠は水や虫だけではない、槍や巨大なとらバサミが進む度に四人を嵌めようとする。そうなる前に虫嫌いの嶺が札を大量に使用し、正輝は投影魔術で先に進む罠を解除している。

 

嶺の方が罠破壊で進む事はできているが、その代償に洞窟が崩れかけそうだった。

 

「だ、大丈夫なのか…」

「出口につけれるよう祈りましょう…」

 

罠をゴリ押しで突破している分、かえって洞窟が崩れるのではないかとドイツと日本は心配しながらも進んでいくのだった。

因みに、

 

「あ、この洞窟。生き物だけが安全だって」

「それを先に言え!!」

 

通っていた場所は宝箱から最短距離ではあったものの、死んでもおかしくない罠の巣窟だった。

 

*****

 

 

「なんだよ!ドイツチームが一番かよ!」

「イギリスの服ボロボロじゃねーか!

てか、お前達いくら何でも早くないか⁉︎」

「おかしいアルな…この地図必ず途中でばったり合うはずネ」

「なんか、げっそりとしてない?

あ、もしかして君達危険なルートで行ったとか?」

「生き残ったのが不思議なぐらいだ…」

 

日本は洞窟を出て、おにぎりを食べている。

近道ではあったものの、その分苦労は絶えなかった。

 

「うわぁぁぁん!怖かったよぉぉっ!」

「虫嫌い虫嫌い虫嫌い虫嫌い虫嫌い…もうやだ」

「なにあの大量のトラップ鬼畜過ぎるだろ」

「…それじゃあ、宝箱を開けるぞ」

 

イタリアとイギリスの心は折れており、嶺は虫の大量発生に滅入っている。宝物を開くと金銀財宝ではなく、入っていた写真からしてアメリカ達の思い出の品が宝箱に入っていた。

 

「…どういうこと?」

「あれ?なんでアメリカの品物があるんだ?」 

「これは…

 

あーそうだ思い出した!これ前に俺がここで漂流された時に書いた宝の地図だ!」

「は?」

「え?宝の地図で探索したら、また宝の地図があんの?

何それマトリョーシカ式?」

 

以前、アメリカとカナダがこの無人島に漂流し、その思い出をタイムカプセルみたいにこの宝箱に入れたものだ。一枚目は行方が分からずに、もう一枚を宝箱に入れていたのだ。

 

 

「いやぁ。あの時はホント死ぬかと思ったよ!でも確かカナダもいたからな!おかげで生きて帰ってこれたわけだ」

「いや!普通に思い出せれるだろ!」

つまり、アメリカとカナダが島で発見したガラクタものである。

「いやーメンゴメンゴ!」

「「「ふざけんな!!!!!」」」

(思えばこの宝箱…ボロボロだったな。ん?それじゃああの豪華な宝箱は?)

「んじゃあ、このもう一つのは?」

 

正輝がその隣にあった宝物を開けると、

 

「やあ!僕の名前はポーランド!僕と友達になって…」

バタン!!!!!!

 

人間が出てくることに驚き、すぐさま宝箱を閉じてしまった。

 

(あー閉めちゃった…これ開けて良いのか?)

 

正輝はもう一度開けるかと宝箱を指差しつつ他のみんなに顔を向けているが、アメリカ達は嫌な顔と腕で×字を見せている。もう一度開けて調べたら別の意味で厄介毎になりそうだなと敢えてその宝箱に手を出す事はなかった。

 

「そっか…じゃ、帰ろうか」

「うん」

 

こうして宝探しは終わり、一同は砂浜へと戻っていく。

 

「なんか勝てる気がしなかった…お姉さん怖いね♪」

「君のお姉さんとは仲良くなれそうだよ」

「領土だけどさ…もうお前ら争い合ったら場所が荒れ果てるぞ…」

「なんか…怖かったネ」

「お前らの威圧感恐ろしいわ!近くに宝の地図があったからこうなっちまったんだよ!」

これ以上争っても洞窟探検の疲労のせいか、お互いに戦う気力は失せている。

全員無人島から出て帰ることを優先し、正輝と嶺は別の場所で迎えが来るとみんなに伝え、自分の船へと転移して帰っていくのだった。

 

「それじゃあまたねー嶺ちゃーん!」

「ん、またねイタリアー!」

 

 

*****

 

転移はフェアリーテイルで用意した家でも良かったが、ハセヲが嶺の迷子の心配であるため、こうして船に帰ってきた。

 

 

「ただい、ん?何だろ」

帰ったと同時に、携帯の着信音が鳴る。

取り出してメールを開くと

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

転生者50体を瞬殺しました

 

 

お金560000円

称号:無自覚爆破を手にいれました。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

(あれ?敵の転生者って今回見かけたっけ?)

 

砂浜でも、洞窟でも彼ら以外と出会ったことなどない。腕を組んで不自然に思いつつ、正輝に電話をかける。

 

「もしもし正輝?あたし達って転生者に会ってないよね?」

「あぁ、会ってないよ…どうしてこうなった?」

 

正輝にも同じメールが送られており、まさか洞窟内で大暴れしている間、敵転生者が介入して早々巻き込まれるとは思っても見なかったのだから。

 

「そんなことあったか?」

「爆破って私の大暴れが原因ってこと?」

「そもそも爆破って…あ」

(ええい!よこせ!洞窟の外が見える隙間に飛ばすぞ!)

(壊れた幻想!)

 

通行止めの通路に本来正輝がドイツに渡すはずだった投影の手榴弾を何故かイタリアが口で咥えていたため、急いでそれを隙間に投げていたことを思い出した。

 

激しい爆発音と共に、叫び声が聞こえたような聞こえてなかったような。

 

(あー…もしかしてそれだったかな?)

 



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30話日常編その2(船)

今年最後の投稿になります。
頑張って他も今年末に投稿しようかと考えましたができませんでした…皆さん、良いお年を


「昼飯が出来たぞー」

「はーい」

 

嶺は改造札の整理と資金のやりくりをしていた。

改造札は同じ魔法を三重に使う札と異なる魔法の二重に使う札とされている為、改造室で生成したはいいものの見た目が同じ札でもたまに嶺ですら分からない時もある。

もし札をごちゃ混ぜにしたら取り出した札が結局何なのか分からなくなる時があるため、生成して使用する際は分かりやすく名前を変更したりするか、マークを付けていくか考えていた。

(仮に印が不要になりそうだったら、声とか、スクリーン表示でアイテムを選んで取り出す技術も必要…なのかな?

 

どっちが見やすいか後でグランディと亮に相談しようかなー)

 

転生された際は手動でアイテムを取り出したりしていたが、どんな機能が便利か無駄手間を無くすために色々と模索している。

 

お金は物語攻略による報酬と一部殺者の楽園討伐によって多額を手にしている。しかも、まだ船員が三人のみな為、ある程度の貯蓄も可能な程に。

何故、資金のやりくりをしているのかといえば

 

(金額には余裕はあるけど最低でも二人は増えるよねー。特にナツとか生きてる環境が違うし、そもそも説得って簡単に言うけど上手くいくのかな?説得事態私に出来るのかな?

 

あれーなんか不安になってきたなーでも船に入れられなかったら二人の世界丸ごと楽園に回るのはちょっとなー)

 

規約にてメール連絡があった主人公を船に引き連れる必要があったこと。

ナツ・ドラグニル、鳴上悠。

生きている文化も、その価値観も二人は異なる以上、仮にこの二人が船に乗ったとしても、今後のことを管理すると考えると遠い目をする程に大変なのが目に見えている。

 

そもそも自動車や携帯もないあのフェアリーテイルの人物達を連れて行くということは、殆どの電化製品や現代のマナーから始めなどいけなくなる。

 

色々な問題を考えて溜め息をしつつも、リビングへ向かと。机の上には食事が置かれており、千草がエプロンをつけて待っている。

 

「私、肉じゃがと野菜うどんを頑張って作っておきました」

「おー、すごーい!」

 

船に来た当初は肉丼のような簡潔で偏った食事しか作っていなかったが、嶺がいない間にずっと料理の練習をし、その成果が実っている。

 

「ん、美味しかったよ。また新しい料理作れるのを楽しみにしてるよー」

「はい!今後も新しい料理もできるよう努力していきます!」

 

*****

【正輝同盟によるトレード】

 

「そろそろ来る頃かな」

 

食事を終え、グランディの部屋へ向かう。

正輝からのアイテムが届き、それを嶺が物色している。取引のアイテム回収は嶺側だとグランディを通して支給される。

 

「お荷物が届いたブヒ。

今から前に出現させるから、離れるブヒよ」

「ん、了解」

 

グランディの目の前に複数ものスーツケースが出現し、

嶺は自室から持ってきた箱とペンを用意し、それを区分けしていく。

 

「あの…お前、何やってんだ?」

「今さっき取引の物資が来たから、箱に入れてる。

宝石とルルブレが入ってるよ」

(え?宝石?ルルブレ?

ってかルルブレって何?)

 

同盟関係を結んだことで、リーダーがその世界へ向かわなければ手に入ることのない貴重な武器や宝、用具といった物々交換が可能となった。

 

 

「特にルルブレは刺さったら危険だから取り扱いは気をつけてねー。あ、グランディ。警告文の紙とかあるならそれ貰いたいんだけどある?

誰かが誤って触れたら不味いと思うし」

(嶺のやつ、宝石を貰って…取引相手には何を渡したんだ?)

一つの宝石を貰うだけでも価値が高く希少なのに、その希少に見合ったものを渡しているのかと亮は内心心配していた。その他にルルブレはムカデのように刺されたら危険な物であることだけは、分かった。

「その取引って…嶺以外に確認はできるんだろうな」

「最低限グランディには見せてるよ。

取引交換の査定は私とグランディが管轄してるからね」

「なぁ、ちょっとそれ見せてもらっていいか?」

「いいよー」

貿易用のスーツケースを開くと、如何にも触れたら確実にヤバそうな鋭利なナイフと横には多量の宝石の入っている。

(ヤクザの裏取引⁉︎)

「どうかしたー?」

「なぁ嶺…こんな物騒なものを交換し合ってるのか?」

「そだよー」

「そ、そうなのか…宝石って高価なんだよな?等価交換ならそれに見合ったものを…そもそも、こんなに貰って大丈夫なのかよ」

 

膨大な宝石を見て、後先考えずに取引したのではないかとマイペースの嶺に貿易を任せて良いのかと。

 

「弟の連絡だと救援要請を請け負ってくれたから、宝石の殆どはプレゼントみたいなもんだから良いよーって。

 

もし危険だったら、グランディにストップされてるし。因みに、取引で渡したのは改造札と各種アイテムだけだよ」

「成る程な。でも取引物は今後俺にも見させてくれよ。

万が一お前がいなかったら」

「あー、確かにそうだね。カナードのギルドマスターでの経験もあるし、それなら大丈夫かな。

 

私が不在でも問題がないように教えておこっかー」

 

以降、取引での物々交換には亮も加わり、嶺がいなくとも問題ないようにやる事を教えていく。嶺がいなくとも、中間管理職の亮が少しずつ姉の仕事をこなしていく。

 

「ところで私がいない間、何か変わったことってあった?」

「最近、千草が猫みたいに引っ付いてくるんだ。部屋の中までお邪魔するし」

「ふーん、そっかー」

「いや、ふーんじゃないだろ」

 

千草が亮の部屋だけではなく、付き纏っていた。過去の亮は何も知らずに打ち解けることもなかった頃はハッキリと鬱陶しいと突き放していたが、今となっては千草の本心をちゃんと受け止めている。

 

「私がいなくても、船の管理はグランディが統治してるのかなーって」

「プライバシーまで統治されたら流石に支障をきたすから各々で解決してってことだ。

つーか、あいつに管理なんて誰もされたくねーだろ」

心のケアについてグランディが買ったに口を出すわけにもいかず、長く一緒にいたわけでもないので、長いこと付き合っていた仲間達で話すのは最良という判断だった。

 

「じゃあ、亮は千草がしつこく付き纏うのが嫌なの?」

「いや、じゃないけどさ…そういうことじゃなくて。

なんか、あまりに様子がおかしいから」

(まぁ、この環境に適応出来ないのもあるのかもね)

 

人殺し云々以前に、無事に元の世界へ帰ることができるのだろうかと不安を抱えてるというのも考えている。

(なんか、思い詰めてる?)

 

千草も亮も船にいる間、ある悩みを抱えている。敵組織である殺者の楽園の退治の殆どは嶺がやっているが、もしその彼女ですら殺害、もしくは再起不能になったら自分達はどうなってしまうのかと。

 

「わりぃ、ちょっと…話に行ってくる」

「私もついて行った方がいい?」

「お前相手でも話づらいこともあるだろ…必要だったら、俺がお前を呼ぶ」

 

*****

 

千草は料理を作り、食事した後は部屋に篭っていた。

 

(元の世界に戻っても…生きて帰って来れるかどうかすら分からない。

 

今は嶺さんが一人で頑張ってるけど、その均衡が崩れたら。船だって今後もし人が増えるのなら、こうして亮さんと二人きりになれるのって今だけなんじゃ…思い残すことがないようにしないと)

 

嶺が討伐に向かっても、二度と帰ってこれないことが起きたらどうなるか。そうなれば残るは千草と亮の二人だけがこの船にとどまることもある。

 

生きて帰れる保証がもしなくなったら、せめて。

「入っていいか?」

「あっ…いいですよ」

 

ノック音と亮の返事に反応し、ドアが開かれる。

元気のない顔をした千草が出ていた。

 

「お前…最近おかしいし、顔色悪いぞ。

どうしたんだ?」

「ちょっと、疲れてたみたいで」

「…なら話してみろよ。

嶺に話しにくいものなら、俺が聞くから」

「そんなにおかしかった、ですか…」

亮に様子が変だという事を見抜かれ、千草も黙っていた事を口に出す。一息つきつつ、壁に寄り添って座り込みつつ話した。

「ハセヲさ…亮さんと二人っきりになるのも、こういうことはもうないんじゃないかって思ってたから。

嶺さんは一人で大丈夫って言ってくれてはいるんですけど…私、疑ってるわけじゃないんです。信じて嶺さんの無事を祈ってるんですけど、それでも怖いんです。

 

 

私達も無事に元に帰れるかどうかも…みんな、死ぬことになったら…

ごめんなさい…変なこと言いました。

こんなこと言ってたら迷惑、ですよね。

寄り添うのも我儘で」

 

相手の気持ちも考えずに寄り添う。嶺が倒れ、役割が二人に回ったときに息絶えることとなったらと不安を抱えている。

その答えに、亮は即答する。

 

「いや、千草のは我儘じゃねぇだろ」

「え?」

「弱音を吐いたって良い、心配すんな。

お前は迷惑でも、我儘でもない。俺達がそういう不安を持っても、何もおかしくねーよ。

 

つーか、俺もお前と同じこと考えてたしな。

あいつが、嶺がもしいなくなったら….一体どうなるんだろうなって。まぁ嶺の方からは仲間は増えるって言ってたけど。

 

少なくとも、寂しいっていうなら隣にいてやる。

前にも言ったろ、一人で抱え込むなって」

「亮、さん…」

「俺だけじゃない。嶺だってあんな呑気でも俺達のために命懸けに頑張って守っている。

なら、俺達は心配しないようただ守られてるだけじゃなくてアイツの背中を守っていけるよう頑張んねーとな」

「は、はい」

 

亮の励ましに、千草は元気を取り戻す。

殺人だけではなく船の管理も併せてやっていくとなると過労で今後に支障が出ることもある。だからこそ、亮達が嶺が生きている間、戦わない代わりに出来ることに精進していくことだった。

 

*****

 

2人が話を終え、嶺を探していると改造室でグランディと何か作っていた。

 

「それ…お前何やってんだ?」

「え?亮達が話してる間に今度はメガネとバイクの改造を試してるかなー。グランディと話しながらマップ機能搭載させてるよー。

あと地雷も作ってたー」

「…は?え?じ、じら…あぁうん、もう何もツッコマねーぞ…」

 

この船の施設である改造室は札以外に改造できるなら、この様子だとアイテムも武装も乗り物ですら何でも出来るんだなともう思考停止して何も言うことはなかった。

 

「でも…一人だけで介入して戦っているんですよね。だとしたら私達二人も一緒に」

「大丈夫だよ。私も、何も一人で戦ってるわけじゃないし。

その介入先で仲間がいるから問題ないよー」

「なら、お前は迷惑をかけないよう迷子を治すようにな」

「えー(棒読み)」

「えーじゃない」

 

こうして、千草の蟠りは解消し、姉は新しく用意し改造物を用意しつつ介入前に準備を整える。

そして、転移放置へと向かう。

亮達は嶺を送り迎えし、

 

「それじゃ、今日も行ってきまーす」

「おう、気をつけてな」

 

嶺はフェアリーテイルの世界へ戻っていくと、そこは自室にたどり着く。

日付を確認すると家を用意した次の朝になっており、ヘタリアに向かった影響は少なかった。

 

「よし、早速クエストボード見るかー」

 

ギルドへ向かい、依頼を掛け持ちしつつも別の街へと仕事をこなしていく。

 

ー依頼内容は魔物退治、道の邪魔になる障害物の除去、街の清掃活動、猫探し、洞窟散策。

 

(まるで何でも屋だけど、この世界のギルドってこんなものなんだろうなー)

 

マップ機能のおかげで散策関連は簡単に達成し、障害物や魔物退治は正義側結界を展開して改造した札とバイクで蹂躙していく。

トントン拍子に小さな依頼をこなしつつ、コツコツとお金も稼ぐ。

順風満帆にその世界で生きていた。

 

ーそんなある日のこと

 

宿屋の主人である依頼人の元へ向かい、達成したことを報告するとお金とある紙を手に入れた。

紙にはくじ引きと書かれている。

 

「あの、これ貰って良いんですか?」

「あんたこの街に来れて本当に運がいいわね。箱の中に折り畳まれた紙が入ってあるから、開封するんだよ。

開封した紙には何等か書いてあるから!

その福引券をあげるし、帰りに寄って行きなさい。

場所はここだよ!」

「ありがとうございます。

それじゃお言葉に甘えて、寄らせていただきますね」

 

嶺は、街の大広間にあるくじ引き抽選会場へと移動する。たった一枚程度で当たるわけがないと、商品券や日用品の物だけを遠目で凝視している。

期待しないまま箱に手を入れて、紙を取り出して開くと

 

「あ、当たった」

「おめでとうございまーす!一等、一人4泊5日のアカネリゾート券が当たりました!」

(え、えぇ…一等?使い道無いし、ルーシー辺りにでも渡そうかなー)

 

興味が無さそうな顔をしつつ、旅行券を受け取る。くじ引きの中でハズレよりも一番興味のない旅行券が当たるとは思ってもなかったのだから。

 

この世界で旅行に行きたいなんて考えておらず、向かった依頼先の街のくじ引きに何の気持ちも抱かずに参加して、一等が当たるとは思ってもなかった。

だが、その旅行券が次にナツ達に会う前まで、このくじ引きが後の物語に関与するきっかけを与える事になるともまだ知る由もない。

 



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31話アカネリゾート

任務を終え、当たった旅行券を手にしつつフェアリーテイルへと帰って行く。

「ただいまー」

「おう、おかえり」

 

ナツ達は四人とも手に嶺と同じ券を所持しており、外出用の身支度をしている。

 

「あれ、その券」

「あぁこれ?ロキにもらったんだよ。

嶺は仕事してるかと思ってたけど」

「しかし、これでは嶺の分は無さそうだな」

(あっ…ふーん)

 

たまたま抽選で当たった旅行券を見て理解した。この時のために当選され、ナツ達も同じ券を手にしているということは呪いの島同様についた先でまた何かしら目論む連中と衝突するのではないかと。

心の中で察しがついた嶺は、アカネリゾートのチケットをナツ達に見せる。

「大丈夫だよー依頼先の町で抽選会やってたから、試しに引いたんだけどなんか当たった〜」

「まじか⁉嶺ってばスゲーな‼︎」

「うむ、これなら5人一緒に行けそうだ」

貰っても仕方のない旅行券を誰かに手渡すはずはずだったが、逆にナツ達と一緒に行こうという話になっている。

「え、ちょっと待って。

みんな今から支度して行くの?」

「あぁ。嶺も一緒に行くなら一旦家に戻ってから準備してこい」

(あ、ヤベ…準備どうしよう。

券をプレゼントしよって楽観的思考だったから、何も用意なんてしない)

その日、ナツ達と旅行へ向かう数分前は大忙しで準備することとなった。

 

*****

 

アカネリゾートに無事辿り着き、荷物をホテルに置いて海辺を楽しむ。

ルーシーとエルザのような露出の高いビキニではなく、花柄ワンピースを身につけて遊んでいる四人を眺めている。

 

「ようやく見つけた。あのー…君、何処かで見かけた顔だけど。

ちょっといいかな?」

「…は?え、何?」

 

海の家で働いていたバンダナのお兄さんが、ナツ達を眺めている嶺に声をかけた。嶺は見知らぬ人がいきなり背後から話をかけられてことで挙動不審になる。

 

「あ、いや、ナンパとかは結構です」

「いや、そんな身構えなくても…あー、どう証明すれば良いかな。

 

じゃあ、これなら分かるか?」

 

彼はキョロキョロと周囲を確認してから、嶺に近づきつつ、彼の顔から青い紋章が刻まれていく。嶺からは額と頬を注視し、紋章がハセヲ達と似たものかと黙ったまま長い間顔を見ていくと、声をかけた人が誰かが分かるように理解していくうちに嶺の警戒心が解けていく。

 

「あー…もしかしてクーン?」

「ハハハ…ようやっと気づいたか」

「こんな所で何やってたの?」

「バイトだよ。この環境に適応するの、かなり大変だったんだからな。俺も休憩時間を利用して、こうして話しておきたかったんだ」

 

彼は模様を戻し、誤解が解いた事で話を進めていく。しかし、

 

「それで、ハセヲ達はいるのか?」

「ハセヲとアトリの二人がいるよー。

実は船に」

「おい、そろそろ仕事に戻るぞ」

「アチャーっ…探すだけでもう小休憩が終わったのか。それじゃ、俺は仕事に戻る。

このホテルの部屋にいるからまた別の機会で」

 

長いこと探し回り、こうして嶺を見つける事はできても、タイミング悪く彼とゆっくりと話せる時間はなかった。

 

****

 

 

カジノやテーマパークのような場所で遊んでいる中、嶺はどうしようかと悩んでいる。

(あー、何もすることがない。

遊ぼうにも賭け事苦手だし。

ちょっと正義側の仕事でもするかー仲間とはバラバラだから何かあっても困るし)

「殺者の楽園を探索して、人混みに紛れている可能性もあるから」

『了解』

ナツとグレイは各々で遊び倒しており、エルザはルーシーと一緒にトランプで遊んでいる。嶺は影から分身を5体呼び出し、このカジノに殺者の楽園がいないか散策するよう指示する。

(ナツもハッピーがいるし、グレイと話そうかなと思ったけどもう一人見切らぬ女の人と一緒に話してるなー、なんか声かけづらいな。

かといって迷うのも嫌だし…あ、そうだ。

クーンはここで働いてるなら連絡できるんだっけ)

 

このカジノで知らない男性に声をかけられても嫌だからと、クーンにこの場所を回ろうと電話を用意するが、繋がらなかった。

「あ、仕事疲れて早めに寝るようにしてるんだった。ここ離れたら迷子になりそうだし、しょうがない。それならナツと一緒に…」

(ん?停電?)

 

銃声も爆発音が交互に鳴り響く。音はナツ、グレイのいた場所から聞こえ、すぐに駆けつける。カジノにたどり着くと遊んでいた人達も既にいなくなり、この場から逃げていった。

 

「嶺さん、無事だったんだ!」

「うん、さっきまでホテルの入り口にいたから。あの爆発音が聞こえて、私もすぐに駆けつけたんだけど一体何が起きたの?」

「それが…エルザの昔の仲間だって4人組が襲ってきて」

 

グレイが女と喋っていた場所は既に破壊されている。白目をむいていたグレイは壁に横たわり、ルーシーが振れると氷へと変わっていく。

「グレイ!そんなっ…⁉︎」

「身体まで氷になっちゃっ…ってルーシー、そんな変にやったら。「私が何とかしてあげ…ひぃぃぃっ⁉︎」あー言わんこっちゃない」

下手に触ったことで身体の一部が崩れたり、元に戻そうとしても変に戻してしまう。

慌て直そうとしているルーシーに、嶺も手伝おうと動く。

「安心して下さい」

「あんた!エレメント4の…」

「エレメント4?確か、ファントムレイブンのギルドにいたっていう。

それじゃ敵ってこと?」

(て事は報復?

それが目的なら敵ってことだよね?)

 

その時、二人の横から水が溢れ、グレイと話していた女の人が上半身でだけ現れる。フェアリーテイルを襲撃した敵ギルドだが、解散になっている事は嶺の耳にも届いている。

嶺はかつてのギルドを解散させられた恨みで仕返しをしてきたのではないかとルーシーと同様に、身構えていた。

「待て、ルーシー!嶺!

こいつはもう敵じゃねぇ」

グレイがそう答えると、嶺は手に持っていた武器をしまう。かつての敵であるジュビアがグレイの身を守っていた。

「そうです。グレイ様はジュビアの中にいました。

貴方ではなくジュビアの中です!」

「そうね…」

「あ、ハイ」

(そんな強調しなくても…とゆうより何でグレイに様つけてる?何があったし)

 

グレイのことを様付けしてる事に首を傾げるが、嶺の知らない間にファントムロードでの激突中に、彼に惹かれる部分があったからこそ彼女が強烈なアプローチをしている。

「まぁ、突然の暗闇だったからな…様子を見ようと思ったんたが」

「敵にバレないように、ジュビアがウォーターロックでグレイ様をお守りしたのです。

其方の方は?」

「あー、私の方とは初めましてだっけ。

嶺だよ〜」

 

ジュビアがルーシーの隣にいる嶺に指を刺し、嶺本人は挙手して紹介する。グレイ側は敵の攻撃を逃れる事が出来たが、守られたグレイは不服な態度だった。

「余計なことしやかって、逃しちまったじゃねえか」

「ガーンっ⁉︎」

「んー、でもそうでもないみたいだよ。

敵、複数いたみたいだし。

寧ろ隠れてて正解だったと思う」

「なっ…どういうことだよ」

停電のタイミングでナツ達は何も出来ないままエルザの昔の仲間に襲われた筋書きは敵側にとっても予測通りのことだ。

もし、ナツ達の殲滅が楽園の目的なら、エルザの昔の仲間達どころか無関係な人間まで利用する。

しかし、そうしなかったのは今の楽園側にとって都合が悪いから、敢えて様子見だけして何もしなかった。仮にナツ達の誰かが反撃を試みようとしたら、どうなっていた事か。

 

「微かだけど、隠れ見てる人がいるみたい。

少なくとも、エルザの昔の仲間達だけじゃなくて他にも潜んでいたかもしれないね」

「何だと…」

「兎にも角にも、無事で良かったよ」

『マスター、このカジノに侵入した四人組の他に客に紛れた敵と、船で待機していた敵勢力を確認しました』

分散させたシャドーは嶺の影へと集まっていき、受け取った情報が嶺の脳内に入っていく。

まず近くに敵の船舶があったことと、エルザに関係している四人組とは他に別動隊で動いている者達がいる。四人組の方の話を聞くと、少なくとも楽園達の存在は全く知らない様子だったとのこと。

 

(何々…隠れた人数は10人近く、か。敵の能力はファントム襲撃を機に使ってきた別系統の魔法使い…確か本を出現させたんだっけ?デンドロ二世とか指輪に炎を宿してた敵がいたのも確認済み。

 

もしグレイが反撃しようとしてたら袋叩きにするつもりだったのかな?あと、エルザの昔の仲間と一緒の船で隠居している正体不明の忍術使いが今回の敵組織のリーダー?

なんか、印を結んで木の分身を黙々と作ってるみたいだったけど。

うっわぁ…またこれ面倒くさいことになるぞー。

ホント気が遠くなりそー)

三人が話している中、嶺はシャドーから得た情報を確認していくうちに苦い顔をしている。

「それで、ナツ達はどうした?」

「ナツは分かんない…でも、ハッピーとエルザが」

「うぉおぉぉっ!何で野郎だ!」

瓦礫の山からナツが出てくる。彼の口からは煙を吐いており、ゼェゼェと息切れしながらも立ち上がる。

「ナツ、何があった!」

「普通口の中に弾なんかブチ込むか⁉︎痛ぇだろ!下手すりゃあ大怪我だろ!」

「いや普通の人間なら完全にアウトなんだけど」

「うん、私もルーシーと同じ。

弾を顔面に受けたら、死んじゃう」

「流石サラマンダー…」

「あんの四角野郎!逃すかコラーっ‼︎」

 

そう言って、ナツはカジノの外へと出て行く。海辺を走り、敵のいる場所へと向かっていった。

 

「追うぞ!あいつの鼻の良さは獣以上だ。

だから、ナツを辿ればエルザを攫った連中のところに辿り着くかも知れねぇ」

「しぃぃかぁぁあくぅぅぅぅ!」

(ん、あれ?あのーグレイ?匂いで敵を辿るのは良いけど…確かシャドーの知らせから船で来たんだよね。

 

乗り物酔いするナツに任せたりして大丈夫なのかな?)

「え、ちょっ、まっ」

個性を活かして敵を見つけるのは良くても、乗り物でここまで来たのなら、移動して探るのは無理なのではと嶺は発言しようとするが、

(いや、言わないでおこー…何で船で来たのが分かったんだって言われそうだし)

時すでに遅く、仮に言ったところで変に疑われる発言をするのもおかしな話だと思い、何も伝えなかった。この状況に沈黙は金として、嶺は黙ったままルーシー達と共にナツの後ろをついて行く。

 

*****

 

ーーー楽園の塔

 

その塔は、海上に聳え立っている。

塔の周囲には四足歩行で歩く化け物と、建物を守護する兵士達が侵入者・脱獄者がいないか徘徊している。

 

その頂上では、青い髪をした男と黒い長髪の男が何かを話し合っていた。

 

「ジェラール様。エルザの捕獲に成功したとの知らせが、こちらに向かっているようです。

 

しかし、なぜ今更あの裏切り者を?貴方ほどの魔力があれば始末するのは容易かったはずだ」

「それじゃダメだ。この世界は面白くない。

しかし、楽園の塔が完成した今、これ以上生かすのは面倒なことになる。

 

時は来たのだ」

 

続いて、ペレー帽子と軍服を着た男が、双眼鏡を片手に持って現れ出てくる。腰には、煌びやかな桜色に光る刀を所持していた。

「お前達も、協力関係の条件を理解していると思うが…間違っても横やりを入れるような事は」

「あぁ、分かっているさ。

我々の利害が一致している間はな?」

既に、正義側と敵対している彼らとの協力関係と手を結んでいた。

殺者の楽園の代表とその精鋭部隊が待ち構えている。

 

「俺の夢の為に生贄となれ、エルザ・スカーレット」

 

夢の為に笑っているはジェラールだけではなく、楽園の勢力も別動隊から正義側が一人のみという知らせに歓喜していた。

 



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32話海上の塔

エルザの匂いを辿って、ナツ達も船に乗って移動する。嶺の予測通りナツは船酔いし、匂いを辿ろうにも本当に合っているのか分からない。

 

「…ナツ、本当にこっちで合ってるの?」

「オメーの鼻を頼りに来たんだぞ!しっかりしやがれ!」

「グレイ様の期待を裏切るなんて信じられません!」

(まー、そうなっちゃうよねー)

ナツは船の上で横たわっており、今にも吐きそうな様子である。どこにいるのかも分からず、海の上で彷徨っていた。

 

「クソっ…俺達がのされてる間にエルザとハッピーが連れてかれるなんてよ。

情けねぇ話だ」

「でも、エルザさんほどの魔導師がやられてしまうなんて…」

「…あ?やられてねーよ!

エルザのこと知りもしねぇ癖に!」

「ご、ごめんなさいっ…」

「グレイ落ち着いて!

 

あいつら、エルザの昔の仲間って言ってた。

私達だってエルザのこと、全然分かってないよ…」

(まぁ…私も素性を明かしてないし)

 

嶺は、黙ったままその話を聞くだけだった。

エルザとハッピーが連れて行かれて、グレイは神経質になっている。

 

エルザのことは側から見れば強く負けない勇ましい女性であるが、今回の時のように誰にも言えない過去や事情だってある。

 

エルザだけではなく、誰もがよっぽどのキッカケがない限り、素性を簡単に明かすことはしない。

 

「何だ…⁉︎この危ねぇ感じは」

「あれ、もう大丈夫なの?」

 

最初に海の異変に気づいたのは、ナツだった。

 

船を進んでいくと沈没したフィオーレ軍の船の残骸が漂っており、頭上の鳥達と水中で泳いでいる魚が息絶えて行く。

「おい、あれ…」

 

その先には、敵の本拠地と思われる塔が聳え立っていた。

 

「ウォータードーム!」

 

海水が勢いおくジュビアの魔法に集まり、船全体を覆うように形成されていく。

 

「これでカムフラージュして、上陸しましょう」

「す、すごっ…⁉︎」

「うん、これなら安全に上陸できるね。

そのまま行ってたら、大砲とかで撃墜されそうだし。

沈没した船から察するに」

 

塔から見られても、怪しまれることもない。

上陸する前に気づかれてしまえば、足場も悪い船の上でナツを守りながら戦わなくてはならない。

 

「んぐっ…やっぱ無理」

「とにかく着くまでは横になってないと、いきなり立ったら悪化するよ?」

「もうすぐ着くから!」

「たくっ、緊張感のない野郎だな!」

 

立ち上がってたナツも、また気分悪く再度倒れ込んでいる。

 

*****

 

塔から近い場所に移動すると、塔を守る兵士達と6本足の化け物が守衛している。侵入出来る場所を探そうにも見張りが厳重で、簡単に入る事ができない。

 

「これ、上陸は何とか出来たけど…次はこの塔の中に入らないといけないよね」

「もう、このまま突っ込むか?」

「ダメよ!エルザとハッピーが捕まってる。

下手な事をしたら二人が危険になるのよ」

「そりゃ、部が悪いな」

 

上陸は無事できたが、バレて争えばルーシィの言う通り捕まっている二人が危険な目に遭う。身を潜めて移動するにしても、嶺以外はそんな高度な潜伏能力は持ち合わせていない。

 

「水中から地下への抜け道を見つけました。10分ほど進みますが」

 

塔の侵入方法をどうするか困っていた時、ジュビアが塔周辺の海中を散策し、通路を見つけていた。

 

「何ともねーよ、そんくらい」

「だな」

「無理にキマってんでしょーっ⁉︎」

「あのー…多分、辿り着く前に溺れ死ぬよ?」

 

が、10分間水の中を移動することなど、ジュビアのような水と同化出来る人にしかできない。

塔に辿り着く以前の問題だった。

 

「では、これを被ってください。酸素を水で閉じ込めているので、水中でも息が出来ます」

そこでジュビアは人数分の水袋(呼吸器擬き)を手際良く準備して、全員に手渡していく。

 

「おーっ、お前すげーな!つか誰だ」

(おーいナツ。カジノの時に会っ…あ、ジュビアってナツに名前明かしてなかったっけ)

 

塔の抜け道へと向かい、水袋をかぶりつつ水中へと移動していく。

 

「ここがあの塔の地下か?」

「エルザとハッピーは何処だ?」

「便利ねこれ、マヌケだけど」

「ルーシィさんだけちょっと小さくしているのに、良く息が続けますね」

「おいおい…」

(ルーシィってあの人に何か恨みでも買ったっけ?心当たりないんだけど)

 

地下に辿り着いたものの、本当ならまだ見張りがいるかもしれないと身を隠す必要があったが、見張りが化け物に乗りつつ飛行しているとは思ってもいない。

 

地上には化け物が飛んでいる様子はなかったから、嶺も問題ないかと思っていた。

 

「侵入者だ‼︎」

「やばっ⁉︎」

「仕方ないよ、上から見下ろせれるなら水中以外隠れる場所ないし」

(あの化け物って歩行だけじゃなくて飛行もできるんだ。盲点だったなー)

 

侵入しても、誰もいないというわけではない。地下も警備兵が配備され、侵入者に気付くと続々とナツ達の周囲を囲うように兵士が集まっていく。

 

「何だ貴様ら⁉︎」

「こうなったら、やるしかねーな」

「ま、なるようになれだね」

「何だ貴様らはだと?

譲渡をくれた相手も知らねぇのかよ!

 

フェアリーテイルだバカヤローッ‼︎」

 

ナツが周りを近づかせないように強烈な炎をばら撒く。炎の爆発と共に、ナツ達は四方八方に散っていった。

 

「アイスメイク・(ランス)‼︎」

(よし。この程度人数なら、三回分の混合呪符で問題ないかな)

「「「「「ぎゃぁぁぁっ⁉︎」」」」

グレイは氷で出来た槍を放ち、嶺は水・岩の属性を取り込んだ呪符を使用して敵を吹き飛ばす。

無作為に吹き出していく高圧の水と、頭上の岩雪崩が三回同時に出現し、彼らは逃げ惑うことしかできない。

避けたところを、氷の槍が直撃していった。

 

「開け!処女宮の扉、ヴァルゴ!」

「お呼びでしょうか?姫」

「メイドだ!」「水着娘は引っ込んどけ!」

 

ルーシィが鍵を振るうと、ピンクの髪をしたメイドの女性が出現する。召喚前はルーシィに惹かれていたのに、今度はメイドに好意が向けられている。

 

「お仕置きよろしくっ!」

「では」

 

ヴァルゴは敵の態度に少し苛立ったルーシィの指示に従いつつ、敵の群れを怪力で突破。

 

「気をつけろ!魔弾が通じねぇぞこの女」

「どうなってんだこいつ!」

「しんしんと…ウォータースライサーっ‼︎」

 

ジュビアも身体が水と同化している為に全く攻撃は通らない。

近接も遠距離の攻撃もすり抜けていく。

エレメント4の実力を魅せ、飛ばした水を鋭利な刃物に変形させて敵を切り裂いた。

 

もう見張りでは、彼等に敵わない。

ジュビアのお陰で陸に気付かれるかとなく侵入したが、結局地下でも見つかって全滅するまで大暴れは止まらなかった。

 

「あらかた片付きましたね」

「だな」

「こんなに騒いで大丈夫…な訳ないか」

「四角は何処だ⁉︎」

 

地下にいた見張りを全滅すると手際良く梯子まで用意し、このまま塔の中に入れる事を歓迎している。

 

「なんだあれ?」

「上に行けってか?」

 

このまま梯子を上り、塔の中へと入っていく。

一直線のみの道を進んでいくと正面には扉が用意されていた。通り道は分かれ道もなく直線のみで、罠が用意されているわけでもない。

扉はナツ達が近づくと自動で開いていく。

「ん?」

 

ーー扉が開いたと同時に地面から多量の木が生え、嶺はナツ達を分断されてしまった。

 

「なっ、嶺さん⁉︎」

「何もねぇところから木が生えてきやがった⁉︎」

「だったら俺の炎で燃やしてや「あー…ちょっと待って」」

 

ナツ達は心配しているが、嶺は冷静に木を確認する。

敵が単純に木を生成して、塞ぐわけがない。

嶺は試しにその木に対して、全設定変更を使用したところ

 

(あーこれ、燃やしたら間違いなくドカンするやつだ。グレイなら氷で粉々にはなるけど…少しの水でも木が再復活するって書いてるから、木の根本を凍結しないと駄目みたいだし。剣や斧で切断しても、斬られた箇所から木が再生するから無意味かー。

ハァ…何この木、色々と弄りすぎなんだけど。この塔に影響を及ぼさないように調節されてるなー)

 

道を塞ぐ木には、仕掛けが施されていた。

まず火薬の養分が仕込まれ、凍らせても水分で再復活する。ナツの炎魔法で下手に燃やせば爆破、斬っても無駄、氷魔法ですら木が再生するなら意味がない。

 

何も知らずに唯の木だから邪魔だと力づくで退かしても、徒労に終わるか自分に返ってくるだけだった。

 

試しに全設定変更の能力を使用して分かったことは、対象が転生者本人でなくとも彼らが施したアイテムにも効果があると判明した。

 

(あ、そういえば正輝がなのはに宝具を撃ってきた時に調整が出来たんだっけ。

 

すっかり忘れてた…設定変えて無理矢理突破することも可能だけど、それもそれで不味いような気もするなー)

 

その事を理解した上で、設定変更の度合いを最小にはしなかった。仮に効果を弱めつつ木々を突破して、ナツ達と共に同行しても、今度は集まったところを襲撃してくる。

 

船の中で木の分身を作っていた敵が罠を仕掛けていると考えていた。

 

嶺はともかく、何も知らないナツ達にとってはクリーク・二世のように相性が悪い敵を複数人用意してくる可能性だってある。無理に突破しても怪しまれるだけだから、嶺は塞がっている木々には何もしなかった。

 

 

「…えーっと、この木には何もしない方がいいよ。私は大丈夫だから先に行っててー」

「ええっ…でも、本当に大丈夫なの?」

「前に呪いの島の時だって迷子になったのなら、地下で大人しく待った方が良くないか?

エルザとハッピーを連れ戻したらお前の所にも必ず戻るし」

「うーん…分かったー。大人しく地下で待っとくねー」

「なら、俺達先に行くからな!」

 

こうしてナツ達は奥へと進み、嶺の方はグレイの言う通り地下へと戻ろうとするが、敵組織は帰らせないように遮る。

 

(うわ、地下への通路が塞がれてる。

しかも新しい道が用意されてて、どうぞ通ってくださいって言ってるようなものだよねこれ…この通路で待っても絶対襲われるじゃん)

 

地下に戻りたくとも、その出入り口も木々で塞がれて戻ることができない。この通路でずっと待っていても、殺者の楽園の別働隊が地下に回り込んで挟み撃ちを仕掛けてくる可能性だってある。

 

「ハァ…グレイには待った方が良いって言われたけど進むしかないかー」

 

嶺は、仕方なく敵が用意した道の通りに進むしかなかった。進む度に通った道の明かりが暗くなっていき、通り道を抜けた先の部屋に明かりが灯っている。

 

(なんか暗い?)

 

その明かりの方へ向かうと、先程戦っていた見張り達ではない数人の敵が待ち構えていた。

 

彼らの先頭にいる男の顔は傷だらけで、短剣と同じ長さの曲刀を右手に持っている。

 

「えーと…次の、刺客かな」

「報告通り正義側はたったの一人だけ、こちらを相当舐めているようだ。

 

この女を殺せば、他はどうにでもなる」

 

彼の背後には魔力が込められている本と炎のリングを携えた敵が陣形を揃えていた。前衛は匣兵器の生物を出現させ、後衛には魔法の書を展開している。

 

(大勢で囲って潰しに来てる感じかな。

どーせ逃げ道も塞がれてるだろうし。

ま、別に良いよ。

その方がこっちも凄くやり易いし)

「まぁうん…探す手間は省けたかな」

 

明るくしたはずの部屋は明かりを消し、蝋燭のみが辺りを照らす。

嶺側は蝋燭が多く、敵側は視界を少なめに置かれている。

 

概ね、敵の策略は遠距離からの奇襲攻撃を目論んでいた。この暗がりの場所を利用して、視えないところから接近せずに攻撃していく。全体を暗くせずに嶺だけ明るくさせたのは、他の相手にも彼女の位置を知らせる為に敢えてそうしている。

道を遮った木のように、暗がりでも光っていた本も、炎が灯されていた指輪と生物も敵側にしか見えないよう敵の道具には細工を施されていた。

 

ーしかし、敵は嶺のことを何も知らず、浅はかである。

 

暗闇は嶺にも優位に事を運び、敵も何故嶺がここに入る時に双剣の刃に【灰の埃】が少し付いているのを誰も気にもしていなかったのだから。

 

*****

一方、塔の最上階では

 

「ジェラール様…何故侵入者を引き入れるのです」

「言っただろ、これはゲームだと。

奴らはステージをクリアした。

ただそれだけのこと…面白くなってきやがった」

 

ジェラールが、地下で戦っていたナツ達を塔に入れるように指示した。エルザを助ける為に侵入したナツ達も楽園ゲームに勧誘し、楽しんでいる。

 

「しかし、儀式を早めなくては…先日沈めたのが調査団の船だったということは既に評議員に」

 

この楽園の塔が建てられたのも評議員は察知し、急いで対策を講じているのならばすぐにでもエルザを生贄にし、塔の機能を使って黒魔道士ゼレフを蘇らせようと催促する。

しかし、

 

「リダルダス、まだそんな心配をしているのか?

 

止められやしないさ、評議員のカスどもにはな。

ところでお前達、あれは何の真似だ?」

 

ジェラールは、横目で楽園のリーダーに質問する。ナツと一緒に同行している嶺もこのゲームの参加者させるつもりだったが、ペレー帽に組みする連中が横から割って入ってきた。

 

不機嫌ならば敵組織同士の内輪揉めになるが、今のジェラールは気分が良く些細な事でも怒ることはしなかった。

 

「あの女は我々の敵だ、見過ごすわけにはいかない」

「それは、貴様らの都合だろう。

もし塔を壊すようならその時は」

「邪魔をするつもりはないよう細心の注意は払っている。その女をゲームとやらに参加させるのは余りに危険だと判断した。

彼女を始末した後は、幾らでも貴方達の自由にすればいい。

 

我々に救援を求めるなりな」

 

ペレー帽の人は顔を伏せて、そうジェラールに返事する。力づくで分断させ、女一人に複数もの敵を仕向けさせることに違和感があるが、かといって彼らに深く関与する気にもならない。

参加人数が一名抜けても、ゲームに支障をきたすことはないからだ。

 

「…まぁいい。邪魔をしないのなら、お前達に任せるとしよう。

その女のことは、ひとまず貴様らに任せるぞ」

「ご理解いただけて何よりだ」

 

ペレー帽は、嶺を襲撃している部隊の報告を待つ。

未だ、彼と刀の秘めた狂気をジェラール達に隠したまま。

 



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