秘封の話 人生の丸つけ (きんつば)
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Front:Prologue
一話 解なし


 

 

 

答えを考えよう。

 

何でもいい。でも、出来るだけ難しい問題の答えを考えよう。永遠に存在するモノとか、生きることの意味とか、宇宙の外側とか、生まれ変わりはあるのか、無いのかとか。そんな、分かりはしないモノの答えを導きだそう。きっと、誰もが満足する答えはでないだろうけど、証明することだって出来やしないけど、自分の中で納得はできる。

 

自分なりの答えを考えよう。

いや、それはおかしいと誰かは思うかもしれないけど。もしかしたら、自分以外の人たち皆にそれは答えではないと言われてしまうかもしれないけど。自分の答えを提示していこう。

 

それが、自分らしく生きるってことだから。

 

そして、後は丸つけさえすれば完璧だ。

あの時の自分はダメだったとか、でもその後の自分はらしかったな、って。

そんな自分の丸つけを。

 

正しいか正しく無かったとか、そんなのは誰にだって判断出来ない。同じ人間なんだから。個人の基準はバラバラだからさ。

 

だから、自分らしかったか、自分らしくなかったか、そこで丸つけをしよう。

それだったら簡単だからさ。何よりわかりやすい。

 

そして、そんな生き方の方が『俺』らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

科学は進歩した。

 

今では人類が月面旅行を簡易なものとし、襲いくる自然の脅威に対して耐性を持ち始めている。だか、それでも日本の自然風景は数十年前とほぼ変わっておらず、四季の彩りは不変だ。それは喜ばしいことだが、同時にその事に対して一種の不気味さを感じる自分がいることも事実だ。そんな複雑な感情をちっぽけな自分が抱いていても、世界は滞りなくまわっていくのだが。まぁ、それは当たり前のことか。

 

 

「坂本 一真」

 

夕焼けに染まった教室の中、自分の担任を勤めている男性の声が聞こえた。自分は少し思考にふけていたので、反応が一瞬遅れてしまう。

 

「……なんでしょうか」

 

「ハァ、これはどういうことだ」

 

そういい目の前の担任教師は机の上をトントンと叩く。そこにはある一枚の紙が置いてあった。俺は机を挟み教師と向かい合って椅子に座っているため、それをお互いが見下ろして見るかたちになる。

 

「…この紙には自分のこれからの進路を書いてから提出しろと言ったはずだ。なのに、なんで何も書かずに提出する」

 

その紙には書くべきところに何も手をつけていなかった。ああ、やっぱり気づかれてしまったか、そう思い心の中でため息をつく。

 

「…やっぱりバレちゃいました?」

 

「なにがバレちゃいました、だ。お前だけだよ。名前すら書かずに提出したアホは」

 

そう言い目の前の男性教師は大きくため息をつく。この人のため息を自分はもう何回

見たのだろうかなぁ、とまた今この場では関係ない思考に移りそうになってしまう。これでは目の前の人物に対して失礼だな、と思い思考を切りかえていく。

 

「オレもまさかお前がこういうことをするとは思わなくて驚いているよ。問題だって起こしたことがないし、学業や勉強だって…まぁ良いとは言えないが悪いわけでもない。それなのに白紙のまま提出とは…何かあったのか?」

 

こちらを気づかってくれる姿はとても嬉しかった。教師としてしっかりと生徒に向き合い、対応してくれようとしているのが理解できた。だが俺は、そんな彼に対して偽りの笑みを浮かべて、いつも通りに嘘をつく。

 

「いや、ちょうどその時寝ぼけてたから、書いてあるつもりで提出しちゃったんですねきっと。スミマセン、また、書いて持ってきます」

 

俺はそう言いながら机に置いてある紙を二つに折り畳み、通学用のバックの中にしまう。

 

「夏休み前なのにお手を煩わせてしまって本当にスミマセン。でも、僕は大丈夫です。ありがとうございました。」

 

そして俺は席から立ち上がり、自分のバックを持って退出する。もちろん最後に一礼することを忘れずにして。彼はそんな俺にこう言った。

 

「…お前だけは、その紙の提出期限を夏休み後にしてやる。それまでに自分なりの答えを出してこい」

 

「はい」

 

俺はその言葉を聞いて特に考えることもせずに言葉を返した。そして学校を後にする。今俺は高校の三年生、なのに進路の方向が全く定まっていない。だから先生は心配しているのだろう。それにしても、「答え」とは。数学とかだったらわかりやすいんだけどな。人生とかそんなモノの答えは曖昧いなモノだ。いや、そもそも「答え」があるのか。それすら分からない。

 

「答えって、定まってるものなのかなぁ」

 

そんな俺の独白は、夏の蝉の鳴き声にかきけされて響かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰りに店に立ち寄り、足りなくなったシャープペンシルの芯を買った。その時に足りないものが他に何かあったか考えていたので時間がかかってしまった。その後は、いつもと変わらず真っ直ぐ家に向かって歩いていく。特に何も考えず、何に対しても目を当てることはなく。歩いていった。何時からだろう?何に対しても興味を示さなくなったのは。ずっと昔からだろうか。いや、初めから俺はこうだったけかなぁ。それすら、忘れてしまった。

今では日が完全に沈み、俺の歩いている道を照らすのは、外灯の光と店から漏れる光だけになっていた。昼間よりも蝉の鳴き声が大きく感じる。

家に帰り、今日は早く寝てしまおう。

そう考えていた時、一つの人影が俺の前に現れた。その人物の足どりは定まっておらず、前に進む度に右へふらふらと、左へふらふらと動いている。

 

まだ夜の7時すぎなのに酔っぱらってるのか、と俺は目の前の人物に対し呆れを感じ、その人物をさけるために路の片側によった。俺以外の人たちも同様に、俺と同じ行動をとる。だが、

 

「あぁ~おいそこの男の子ちょっと~」

 

なぜか、俺だけが絡まれた。

運命とは残酷だ。

俺は酔っぱらいに絡まれた経験などなく、これが初めてのものだった。だから適当に受け流すスキルなど持っている筈がなく、故に、まともに対応してしまった。

 

「はい。なんでしょうか?」

 

「わ~たしの家って何処だっけ~?」

 

「いや、そんなの僕は知りませんよ」

 

「ええ~?何で知らないの~?」

 

会話が噛み合わない。こっちの言ったことなど聞く筈がなく、話している話題が次々に変わっていく。

勘弁してほしい。

何で知りもしない酔っぱらいと話し込まないといけないのか。もうこっちは帰りたいのだ。しかし、目の前の酔っぱらいはそれを許す筈がなく、中々話を終わらせることが出来ない。周りの人たちも視線をこちらに向けるだけで、助けに入ってくれない。俺が走って逃げ出すことを考え始めていたとき、目の前の酔っぱらいーー白いシャツに黒いカーディガン、そして黒い帽子を被った茶髪の彼女はこう言った。

 

「ーーあ、やばい吐きそう」

 

…それはマズイ。

俺は今までかつてない程に困った。今この道にいるのは俺だけじゃない。周りにこちらをちらちらと見る視線は先程よりかなり多くなっている。そんな中、吐いたら……黒歴史以上のものだろう、彼女にとって。

 

「すみません。こっちに来てください」

 

俺は彼女の手を引っ張り路地の中に入り込む。幸い、この路地を抜けると河川敷がある。そこの草むらだったら目立つことはないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今日は厄日か」

 

俺は彼女を草むらに誘導した後、一人河川敷の斜面の草むらに寝そべっていた。

酷い目に遭った。運がなかったとしか言えないだろう。まさか、ピンポイントで俺だけ絡まれるとは。はぁ、と一つため息をつく。なぜか今日はため息を見る機会が多いな、と漠然とそう思った。

 

「…ああ、ごめん。迷惑かけたよ」

 

そう言い、俺にストレスを与えている彼女が戻ってきた。さっきよりも大分楽になったらしい。謝罪を言えるあたり、冷静に思考出来る余裕も戻ってきたのだろう。

これでようやく帰れる、そう思った俺はすぐに立ち上がりその場を後にしようとする。

 

「いえ、別にいいですよ。それでは」

 

「いや、ちょっと待って」

 

引き留められてしまった。おいおいこちとら早く帰りたいのです。なぜ貴女様はそこんところ理解出来ないのでしょうか?俺がわりと真面目に嫌がって思考が狂って来はじめた時、彼女は言葉をこう続けた。

 

「私は宇佐見 蓮子。少年の名前は?」

 

「…坂本 一真ですけど」

 

「一真ね。うん。突然ですまないんだけどさ、一真」

 

彼女はそこで言葉を区切り、頬を赤らめる。そして頭の後ろに右手を当て、笑みを浮かべながらこう言った。

 

「ーーお花を摘むにいきたいんだけど……場所わかる?」

 

俺はその時こう思った。いや、この場に直面した人なら誰だってこう思ったはずだ。

 

 

 

 

 

 

ーー今まで吐いてた人が、取り繕ってそう言っても意味なくね?と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーこれが始まり。『俺』の「答え」を探す夏の幕開けだった。

 

 

 

 

 

 



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二話 約束の場所で

 

 

 

 

 

 

「えー、皆さん。明日から夏休みに入るわけですがー」

 

 

 

 

明日は7月25日。高校は夏期休暇へと入る。

今終業式を迎えている周りの同級生は、先生にバレないように静かな声で「今回も海行く?」「でも今年受験だよ?行くの?」等と楽しみ半分、悲しさ半分の様子のようだ。

そんな周りの空気の中俺だけは全く別の心持ちで、完全に上の空でこの終業式に出席していた。

楽しみでもなく、悲しいでもなく。ただこの前の酔っ払いの彼女の顔を頭に思い浮かべながから、ただただ、愚直にまで真っ直ぐに「ああ、今日も厄日になりそうだ」と、この後の用事のことを今になってすごく面倒くさがっていたのだ。

 

 

 

終業式を終え学校を出た後、俺は近くのファミレスのような店に入った。始めてきた店だが、中はとても綺麗で入っている客はあまりいなく、騒がしくない。こんな店が近くにあったのかと驚きつつも、ある人物を捜し店内を見る。

……見つからない。どうやら、俺の方が早く来てしまったらしい。右腕に着けている腕時計を視ると、約束してある時間の5分前を指していた。まだ来てないようだから先に席をとっておこう思い、空いている4人用の席に腰を下ろした。来る人数は一人の筈だが、備えておいて損はないだろう。そして、この席は入口から見えやすい。彼女だってすぐに気がつくはずだ。後は静かに読書でもして待ってればいいか。

 

 

 

 

「おー。一真君早いね」

 

約束した時間から一時間後。ようやく、ようやく彼女は現れた。昨日と似た服装で、元気よく笑いながら、彼女はこちらに向かってくる。

そんな彼女ーー宇佐見 蓮子に対して、俺は笑いながら挨拶をする。

挨拶はとても大事なモノだ。だからしっかりと心を込めてしなくてはならない。たとえ、相手から約束した事なのに相手が遅れてしまっていても。たとえ、遅れたくせに反省している様子など相手から微塵も感じられなかったとしても。心を込めて対応する。誠意をもって、対応を。

 

「……いや、私が悪かったから。だから顔に青筋をたてて笑わないで?もう顔に『お前殴るぞ』って描いてあるから、許してください」

 

ああ、心を込め過ぎてしまったようだ。でもしょうがない事だと思う。この状況だったら誰でもこうなってしまうと思うからだ。

前日、俺は結果的に彼女をトイレに連れていった。その後帰ってきた彼女が、「何かお詫びをしたい」と言いだしたのだ。そんな彼女に対して俺は『このままお礼だけを言って立ち去るのが貴女の僕に対する最高の贈り物です♪』という本心は言わず「いえ、その言葉だけで充分ですよ。では」日本人らしい言葉を言い、立ち去ったのだ。

 

ーーしかし、結果はこの通りである。何故こうなってしまったのか。その理由は良く言えば『彼女の熱心な気持ちに負けた』と、悪く言えば『超しつこかった』と言える。いや、良く言っても超しつこかった。

 

だって俺が何回断っても「ちょ、ちょっと待って、ちょっと待って」と言いつつ進路を妨害してくるのだ。流石の俺もこのパターンが何回も続いてしまうと誠実な態度を保つことができず、50メートル走6.6の体力テストぎりぎり十点満点の俊足を繰り出し彼女のディフェンスから脱出を試みた。

だが、奴はーー宇佐見 蓮子は信じられないことにそんな俺を追い越し前に立ち続けたのだ。「ゾーンに入った私は……止められないわよ?」とか中二臭いことを言い出した時、結局俺は折れることにした。絶対彼女の呪縛からは解放されないと、この中二病の進み具合を診て察したのだ。酒が飲める年になってこれだと末期である。救いようがないだろう。

まぁ本当のことを言うと、こんなに真剣に頼み込んで来てくれたのだから、その気持ちを無下にするのは人間としてどうなのか?と思ったから彼女のお礼を受けようとし、酔いが覚めてきた彼女の態度はそれほど嫌なものでもなく、別に面倒なことはないだろうと思ったからこそ、そのお礼の約束を了承したのである。

 

ーーそして、その結果が、これである。

 

……許されざるよ。これは絶対、許されないと思う。もし俺が時間に厳しくない外国人だったとしたら「オゥ!来てしまったのか!今から君の分のランチも食べるところダッタノ二!」なんて言う軽快なジョークを交えて彼女に反応出来たかもしれない。だが生粋のジャパニーズである俺は、怒って髪の毛が金髪になり目が緑色になっても可笑しくないのである。光る雲を突き抜けフライアウェイである。しかし、そこを上手く隠しながら余裕を見せるのも日本人なのではないのだろうか?これは俺自身の偏見かもしれないけどもね。……まぁ、結果として俺は自身の日本人像を体現することが出来ず顔にモロに出てしまい、まだまだ自分も子供だなと再認識することになったしまったわけだが。

 

「だからごめんなさいって。……お詫びとして、今回このお店の値段は年上の私が請け負ってやろう」

 

「何様だこの野郎…です。ハハッ」

 

一瞬、素が出そうになったが何とか堪える。けっこうはみ出してしまった気がするが、まだ大丈夫だ。俺は常識のある人間、常識のある人間。間違っても草むらで胃の中のものを逆流させた後、ゾーンに入る常識殺しではないのである。

 

「じゃあ改めて自己紹介しますか」

 

宇佐見 蓮子は俺の向かいの席に座り、被っていた黒の帽子を座っている椅子とは別のもうひとつの椅子の上に置いた。彼女は先程と変わらず自分のペースで話を進めていく。

 

「ーー私は宇佐見 蓮子。この辺りに住み始めたばっかりの大学生よ。」

 

「僕は坂本 一真。今年で高校三年生です。」

 

「へぇー、三年生。ってことは受験だから大変だねぇ」

 

「まぁ、そうですね」

 

 

ーー会話が始まって数分、自分が会ったばかりの人とスムーズに会話していることに驚いた。

最初はぎこちないモノになるだろうと思っていたのだが、気まずい雰囲気にならずに会話は進む。普通は『よく知らない相手だから一歩を踏み込めない』そんな警戒心が表に出てしまうものなのだが、全くと言っていいほどそれはなかった。

それは無意識の内に彼女が発しているモノ。謂わば人間が稀に持っている天性の才能から来るモノだろう。このタイプの人間には人がよく集まる。やれ「理由はわからないけど、この人といると楽しい」だの、やれ「この人なら信用できる」だのと言う人望を集める才能。それを彼女が持っているのではないだろうか。

……でも、俺はそのような人と話すのが苦手なタイプだったはずなのだが。不思議なものだ。

もしかしたら彼女とは何かしらの波長があっているのかもしれないな、と思ったが直ぐにその考えを頭の外へ振り払う。

いや、絶対にそれはないだろう。彼女との出会いを思い返すと確信することができる。リバース・レディ(酔っぱらった女の末路)の異名を持つ彼女と俺では比べることすら、おこがましい。

 

「この辺りに住み始めたばかりと言うことは、大学一年生ですか?」

 

「うん、東京から引っ越してきたんだ。高校生の頃は早く一人暮らししたいなって思っていたんだけど。いざ始めてみると大変でね」

 

「そうなんですか。でも、それはそれで楽しいんじゃないですか?」

 

「まぁ、色んな経験が出来て楽しいね。宇佐見 蓮子19才、今まさに青春真っ只中っでございます!って感じかな」

 

「ハハッ、それは良かっーーうん?」

 

ーー会話が弾んでいた中、俺の常識センサーが頭の中で鳴り響く。しかし直ぐにはその原因が何であるか気づけない。それほどまでに彼女との会話を楽しめていたという事だが、その事は今は置いておこう。

何故、警鐘は鳴り響いたのか。思い当たるキーワードを羅列していく。

 

遅刻した彼女。

弾む会話。

引っ越してきたばかり。

リバース・レディの異名を持つ(と言うか勝手に俺がつけた)彼女。

宇佐見 蓮子19才、今まさに青春真っ只中。

その内のいくつかのキーワードが、俺の頭の中で噛み合った。それは本当に当たり前のことだ。

前を視る。今俺の目に映るのは、夏の向日葵のように明るい彼女の笑顔。それを見て俺は一種の清々しさを覚えながら、そして彼女ならやってしまっても不思議ではないなという納得を多大に感じながら、気持ちを抑えずに叫んだ。

 

 

 

 

 

「ーーお前ッ未成年じゃねぇかッ!!!!!」

 

 

 

素が出てしまったことは反省しよう。だが、最後に一つだけ言わせてほしい。

 

未成年の飲酒、ダメ、絶対。

 

 

 

 

 

 

 




次回は後編みたいな感じになると思います。
感想、疑問点などは気軽に言ってくださると嬉しいです。


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三話 廻る天体

 

 

 

 

 

 

 

「ーーお前はよぉ、俺よりさ、年上な訳だろ?……俺だって法律くらいしってるよ?駄目だろ?未成年の飲酒は」

 

「……はい。その通りです」

 

「だろ?それがお前、なぁ?」

 

「……はい」

 

「はいじゃないんだよバーロー。」

 

時計の針は、午後ニ時すぎを指していた。店の中にいた俺達以外の客達は、昼食後ののんびりとした時間を過ごしている。席に座ってコーヒーを片手に、向かい合っている友達と談笑などをして。今この時間を楽しんでいる。

だが、俺と彼女は違った。

席に座り相手と向き合うという形は同じだが、他の客と違い流れている空気は穏やかではない。それもそのはず、彼女が自ら犯罪をカミングアウトしたのだ。もう、勘弁してほしい。お家に帰りたい。

何故、俺は年上の彼女に説教をしなくてはならないのだ。

しかも俺は彼女と会って全く日が経っていないのに。仲が良いとか以前の問題なのに。

 

「……ハァ」

 

大きく息を吐き、両腕を頭の後ろに組んで天井を眺める。自分と彼女(宇佐見 蓮子)の現状をどのような方向にもっていけばいいのか、分からなくなってしまった。さっきまでは円滑な会話が出来ていたのだけれども、完全に途切れてしまったなと漠然と思った。

まぁそれは、どちらかというと俺の方が悪いのではないだろうか。たとえ彼女が未成年飲酒をしてしまったとしても、それは終わった話だ。警察でも何でもない俺は彼女に説教する必要はないのである。だって、友達ですらないのだし。むしろいきなり説教しだした俺のことを「なんだコイツ?」と思うのが現代の若者の反応ではないだろうか。それが普通なのだろう。

だが、結果として彼女はそんな不機嫌な態度を表面に出すことなく、俺の話を反省して聞いている。それを考慮して考えると、彼女は誠実だと言えよう。しっかり自分の非を認め、反省することが出来ている正直者。うん、きっとそうなのだ。

 

「……でも」

 

そう俺がプラスに考え始めたのに、彼女はでもと声を小さく出して言う。俺はおいおいこれ以上余計なことを言うなよと思いながら、視線を彼女の方へと戻す。

 

「でも、それにはマリアナ海溝より深い理由があるんだ!!」

 

「理由があればやってもいいの?」

 

「……いや、良くはないですけど」

 

……これぐらいで戻した勢い失うなよ。

 

「…まぁ、一応聞いてみますよ。何故そのようなことをしたんですか?」

 

「!!さすが一真君、話が分かる!」

 

うぜえと思い笑ってしまう。にっこりと。この野郎は本当に調子がいいなぁ。

そして彼女は元気を取り戻しその理由を言った。その理由の要点をまとめるとこうだ。

 

・彼女は彼女の友達とあるサークルを作って活動している

・しかし彼女はその友達にほとんどの雑用(事務系)の仕事をさせている

・そしてその友達がサークル報告書なるものを忙しく作成しているときに軽いおふざけの気持ちでちょっかいをだす。

・友達、ぶちギレて帰る

・その翌日から話そうとしたら無視され続ける

・結果、やけ酒←俺と出会ったときの出来事。

 

「……で、どんなちょっかいをだしたんですか?その忙しい時に」

 

「そのメリーに、あ、いや、それが私の友達の名前みたいなものなんだけど。その友達にね「まだ終わらないのメリー?私はメリーがそれを終えない限り、ずっと一人でジェンガをしなきゃいけないんだよ?」って誇らしげに言ってみただけなんだけど」

 

「バッカお前……貴女何してるんですか?そりゃあ怒りますよ」

 

「えぇ?そう?……まあ私だって調子にのっちゃうことはあるんだよ。しょうがない、しょうがない」

 

彼女が言った返答に対し、お前は何を言ってるんだ、と刹那に思ったがそれは声には出さない。彼女は大物だ。

だが思ったことはもうひとつある。それは、この宇佐見 蓮子の友達はさぞ大変だろう、と言うことだ。何せ、こんな宇佐見 蓮子(自称、「私、いつもは調子にのってないです」←この野郎嘘つけ)の相手を毎日しなくてはならないのだ。俺だったら胃に穴がボッコンボッコン空いてしまうだろう。もしかしたらその友達は髪の毛を気にしなければならないレベルにまで達してるかもしれない。心配だ。

 

「でも、どうすれば良いのか……うーん」

 

「素直に謝ればいいのでは?」

 

「いや~。私もそうしようと思ったんだけどね?まず無視されて話を聞いてくれないのよ。ハハッ!」

 

「なんで笑ってるんすか……」

 

コイツ本当に大物だなと再度思った瞬間である。その友達、結構マジギレしてると思うのだが。きっとずっと我慢していた分が爆発してしまったのだろう。同情します。

 

「でも、今回はやっぱりヤバイと思うんだ」

 

「あ、そこはしっかり分かってるんですね」

 

流石に今の自分と友達の現状がよくなさすぎるのは理解できていたようである。大物な彼女は気づくことができないではと思ったのだが、そんなことはなかった。彼女は力無く、その解決方法を俺に聞いてくる。

 

「どうすればいいと思う?一真君」

 

「僕に聞かないでくださいよ」

 

そう言うことは自分で考えてほしい。その友達のことをよく知らない俺では、確実にするべき行動を答えることは出来ないのだから。

 

「いや、一真君は今の私のような状況になったことはない?その時の対処法を教えてほしいのだけど」

 

「なったことはありません」

 

「ないことはないでしょ~。私だって他の友達と一回似たようなことがあったよ。まぁ、その時は話を聞いてくれたから、素直に謝まって許してくれたんだけどね。」

 

「一度もありません」

 

「またまた~」

 

「僕、友達いないので」

 

俺がそう言うと、目の前の彼女は誰が見ても理解できるほど「しまった!」という顔になった。そして俺から目をそらし、口を開く。

 

「へ、へぇー。そうなんだ。じゃあしょうがないな。うん」

 

「おいやめろなんだその目は。別に悲しいと思った事は一度もないですよ。気にしないでください」

 

まあ今まで学校で行われた全ての行事は、肩身が狭い思いをしたが。でもそんなのは俺が珍しいわけではないと思う。下には下がいるものだ。特別というわけではない。

 

「心中察するよ。……苦しかっただろうに」

 

涙ぐみながらそう言う彼女に対して、俺はただただ殴りてぇとしか思わなかった。苦しくなんかないよ。一人でもいいだろうよ。

 

「で、話を戻しますけど。どうするんですか?」

 

俺がそう言うと、彼女は俺に対して同情の眼差しを止め返答した。

 

「ん?ああ、そうだねぇ。……どうしようか」

 

頬杖をつき、店の外をぼんやりと眺めながら彼女はそう言う。その彼女の行動から、彼女は本当に為す術がないお手上げ状態だということが分かった。

俺もそんな彼女にならい、店の外に見える、歩いている人達や風で揺れる木の葉、騒音を鳴らし走っているであろう自動車を眺める。

ーーこんな時でも、世界は廻っている。

俺と彼女が思考を停止し、なにもしなくても。全ては滞ることなく動いている。

それは当然理解し受け止めていることなのだけれど、俺にはその事が今、どうしようもなくツラく思えた。それはいま見ている風景(リアル)が、この世界に俺が必要ない無いということを鮮明に映し出したモノにしか想えなかったから。だから、

 

「ーーいつもとは違うことを、すればいいんじゃないですかね」

 

だから、彼女と彼女の友達の仲直りの方法を、小さく呟いた。

それが今、自分がここにいる意味に、一時的にはなるのかもしれないと思ったから。それだけのために、声をだすことにした。

その俺の言葉を聞き、彼女は外を眺めるのを止め、目だけをこちらに向けて言う。

 

「…具体的には?」

 

「そうですねぇ……人がたくさんいる場所で土下座とかですか?」

 

「それはやだよ」

 

笑って彼女はそう答える。

俺はそれを見て、笑顔が綺麗な人だなとただ思った。彼女は気持ちのいい人間だ。それは顔を会わせて二回目の俺ですら分かることだった。それは彼女が話しやすく、感情が豊かであるからだろう。そしてそれは、彼女の友達だって理解していたはずのことなのだ。だから彼女の友達は、彼女の友達として今まで一緒にいることが出来ていた。……だったら案外簡単で大雑把なものでいいだろ。そんな彼女達なら、これで大丈夫だ。

 

「だったら、適当に何か食べ物でも買ってきて『ごめんなさい』って笑いながらそれをあげれば、許されるでしょう」

 

「…それで本当に仲直りできるかなぁ?」

 

「出来ますよ、きっと」

 

自信を持ってそう答えた。

それで、大丈夫だろう。大体、友達なら適当に日がたてば、知らないうちに元の仲に戻ってるモノなのではないだろうか。人間は忘れやすい生き物なのだから、一時の感情なんて何時までも覚えているわけがない。余程の事がない限り、確実に薄れていって消失するモノだ。そして本当に友達だというのなら、マイナスを忘れてゼロになった時、自然とプラスに変化していくモノ。それが友達と言えるのだろう。

 

だから、言い切ることが出来るのだ。

 

「僕が保証しますよ。……まっ、僕に友達はいないんですけどね」

 

最後に要らないモノをつけてしまい、カッコがつかないなぁと苦笑いしてしまう。

彼女も俺の言葉を聞き、最初は苦笑いを浮かべるが、次に目を閉じながら、

 

「そうかもね…うん、何か気が楽になったよ。ありがとう」

 

嬉しそうに笑い、そう言った。

それを聞き俺は「どういたしまして」と言い、また店の外を眺めだす。今度の風景は、色のあるモノに視えた。俺はそのことを何となくだけれど、嬉しく思った。

 

「それじゃあ、僕は帰りますね。」

 

「ああ、うん。今日はありがとう。なんか、色々と」

 

「いえいえ、色々なことがあったから、楽しかったですよ。では」

 

そう言って席を立ち、店の出口へと向かい歩く。

そして外に出ると、強い太陽の光が今の季節が夏だということを思い出させてくれた。この炎天下の中歩き、家に帰るのかと思うと悲しくなってくる。でも、俺の浮かべている表情は笑顔だったのだと思う。理由は、分からないけれども。

 

「一真君!」

 

さっきまで入っていた店からほんの数歩離れた距離、つまり、ようやく俺が歩き始めた時に彼女に呼び止められた。

後ろを振り返る。その先に見えたのは、彼女の笑顔だった。だが、それは申し訳なさから作られたモノに見える。

 

「その、ね。ここの代金を奢るって言ったでしょ?……だけどね?」

 

正直、この段階でオチは理解できた。理解出来てしまった。

でも、許されるのだろうか?いや、これはもう許す許さないの選択すら無いに等しい。だって、これじゃあ俺は何処までも救われないではないか。初めはしょうがなく酔っ払った彼女に対応し、次に約束した場所で犯罪カミングアウトに付き合い、そして最後が俺が今予想していることだったとしたら、俺はただ損をしただけではないか。

 

「だけども、その、ね?」

 

彼女は胸の前で両方の手を繋ぎ、せわしなく目を泳がす。その姿は、傍目から見るととても可愛らしいものに思えただろう。だが俺にとってそれは、悪夢だった。彼女は悪夢の化身そのものだった。次に彼女から告げられる言葉が、俺にとってのギロチンの刃にはなりませんように、と願いながら彼女の続ける言葉に耳を傾ける。だが、その言葉に情けは無く、俺に届いた。

 

 

 

「ーー財布、忘れちゃった。テヘッ!」

 

「地面に膝と手のひらと額をつけろォオ!!!!!」

 

 

俺は目を見開き、彼女に言葉を返した。そう、今日も俺は厄日だった!

 

 

 

 

 

 




更新が遅れてすみません。
感想や疑問、評価など気軽にしてくれると嬉しいです。……本当にすみませんっした!!


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四話 証明不可能な問題

この話で出てくる幻想郷は一例みたいなものです。そして書き方に違和感を感じるかもしれません。やはり僕にはこんな書き方の方があっているのかもしれませんね。前の方が良かった!という人はお教えください。


 

 

 

 

《本当はあった!?幻想郷の謎》

 

 

「…………。」

 

手に持つ本にはそのような題名が記されてあった。俺からしたら、これを帰り際に渡してきた宇佐美 蓮子の謎を知りたい。

彼女は自由すぎではないだろうか。一体誰が「一真君にこの本を貸してあげよう。そして感想を聞かしてほしい」っと言って渡された本が、オカルト本だと予想できるだろう。常識に囚われなさすぎである。さすがの俺もこの本を受けとるときに「うっへえ」と変な声を出してしまったほどだ。ミステリアス通り越して狂気の沙汰である。

 

「はあ……感想ねぇ?」

 

正直、この本を読んだとしても俺が言えることは「すごいっすね(棒)」だけだと思うのだが。もしこれが《不思議!マヤ文明の神秘!》のようなメジャーな文明であったなら興味が多少出たかもしれない。だが、これは俺が全く知らないモノである。こういうのは知っている人が読むから楽しいのであって、知らない人が読んでも興味が抱けず何の意味もなさないと思うのだが。感想云々の話ではない気がする。そう俺が考えることも、あの宇佐美 蓮子、19歳、 友達殺し(フレンドブレイカー)には通じないのか。ある意味納得せざるをえない。

 

「どうするかこれ……。んっ?」

 

そう俺がこの本の処理方法を真剣に考えてきたとき、マナーモードにしていた携帯が小刻みに振動した。誰からだろう?と思いスマホの画面を見る。するとその受信相手は件の彼女、宇佐美 蓮子からであった。

うっへえ、マジか。わりと真面目にそう思った。なんで最近の俺の日常がリバース➡遅刻➡余計な出費➡謎の本➡そして電話は動きだす……の蓮子スペシャルなのか。いや、もしかしたら、彼女にとってこれは序章に過ぎないのかもしれない……早めに手を打つのが得策か?その方が懸命だろう。世の中ハイリスクハイリターンはせずリスクヘッジに努めた方がいいのである。簡単に言うと平和が一番。

ちなみに宇佐美 蓮子が俺の携帯の番号、メールアドレスを知っているのは教えたからだ。

「いや~流石に財布忘れて払ってもらった奴がお金返さないのはダメだし?逆に聞く都合が出来て良かった、良かった!ハハッハッ!」と言ってる彼女に説教した俺は悪くない。なんで笑ってんだよお前……。ポジティブシンキングすぎだろ。

見たらまためんどくさいことになるかもしれない、とは思ったけれども、今現在超めんどくさいのである。この本と同時にやった方が効率よく対処出来るだろう。ほら、こういうことは早く終わらせて、時間を有効に使いたいでしょ?人生は有限なんだからさ……。

そして、俺はメールを開き内容を見る。するとそこに書かれていたのは、

 

 

 

 

『今日の夜、早速一真君に言われた通りぶぶ漬けを買ってきてメリーに渡しました。仲直り出来ました!』

 

 

 

 

 

「なんでやねん」

 

何故そこで『ぶぶ漬けを渡す=帰れ』の暗示がある京都独自の作法を取り入れた。俺はそのメリーさんとやらに食べ物を渡せとは言ったが、ぶぶ漬けを渡せとは言ってない。なんで?ユーモアのつもりなの?お前絶対メリーさん苦笑いだったからね?そのお前のユーモア中々際どいからね?しかも超わかりづらいからね?てかメリーさん心広すぎじゃないっすか。あなたは仏か。

とりあえず俺は『良かったですね』と当たり障りのない言葉で返信した。するとそれからすぐにまた携帯が振動し、彼女からのメールが届いた。俺は恐る恐るその内容を見る。

 

 

 

 

『ちなみに、ドラ◯もんは若干浮いているため外を歩いても足は汚れません』

 

おい誰か蓮子ワールドを止めろ。なんで返ってきた言葉が猫型ロボットにまつわる話なんだよ。普通そこはありがとうとか感謝の言葉を送るモノじゃないのか。それが、なんでドラ◯もん?知らねぇよ。俺はどう返信したらいいんだよ。どういう顔すればいいんだよ。笑ったら俺はコイツから解放されるのか?世界の半分が貰えるのか?こんな滑稽なメールを見て、どうすれば俺は正解するんだよ。メリーさんもっと頑張れよ。コイツの面白い話(苦笑)を思う存分受け止めてやれよ。釈迦のような心を持つあなたなら出来るはずだ。応援してる。

 

「ハァ……『なんで仲直りの話から猫型ロボットの話に移行したんですか?ちなみにドラ◯もんはあの足でも正座が出来ますよ』これでいいか」

 

それでも律儀にメールを返す俺は真面目である。もう真面目を極めしものといっても過言ではない。宇佐美 蓮子にはそれぐらいでなくては立ち向かうことが出来ない。

そして、俺は気を取り直し件の本《本当はあった!?幻想郷の謎》の表紙をめくる、前にまた携帯が振動した。……コイツ打つのが早すぎではないだろうか。先程のメールも刹那とも言える速さでドラ◯もんを送ってきた。コイツは天災だろう。誤字ではない。

 

 

 

『盲点だった。』

 

何がだ。自分が猫型ロボットに話を移行してしまったことか。それとも猫型ロボットが正座できることか。そもそも盲点の言葉の使い方あってるのか。

……もう、やめろォ!こんなん誰も幸せにならないだろォ!なんでこんなビックリどっきりメカも驚くコミュニケーションとらなきゃいけないんだよ!!メリーさんコイツ何とかしろよぉ。ぶぶ漬けを笑って許せるお前ならフォロー出来るだろ。もっと熱くなれよ……諦めんなよ……。

 

 

 

何とか蓮子ワールドから抜け出し、《本当はあった!?幻想郷の謎》を読んだ。読み終えた感想として、俺が言えることは「なんも言えねぇ……」だけである。

第一この幻想郷?にまつわる話に対して、確証が得られるモノが一つも書かれていないのだ。例えるとしたら証拠の有無を確認せず「コイツが犯人だな。よし逮捕」って流れで進む話ばっかなのである。名探偵コナンの漫画からコナンを消して毛利小五郎のみで推理するようなものだ。この本は絶対売れなかったと確信した。

 

「……さて」

 

それでは、本題を考えよう。

宇佐美 蓮子はこの本を俺に貸し、感想を聞かしてほしいと言った。ということは、彼女は俺にその感想として何かを期待しているはずなのである。彼女がただのオカルト好きだったという線もあるが、これには別の意図があるだろう。なにせ(言い方が悪いが)こんな中身がすっからかんな本を人に見せてきたのだ。もしただのオカルト好きでこちらに興味をもってほしい、という気持ちで本を貸してくるのなら、もっとちゃんとしたモノを渡すはずなのである。

この本は何て言うか、あからさますぎた。あからさますぎると言って思い出したのが『押すなよ!絶対に押すなよ!!』という定番のお笑いのネタだが、あれはあからさますぎるが故に面白いと思う。こう、あからさますぎるというモノを上手く活用することによって笑いを誘っていると言うか、なんていうか。まぁ、今この本とは何の関係もない。

 

(彼女が俺を試してるのは、読みとれるけれどもなぁ……)

 

彼女が俺に求めている感想、その答えは何なのだろうか。ふむ、全然わからん。非ィ科学的だ!とでも言ってほしいのだろうか。もしくはそうだ、幻想郷いこう、か?

いや、どちらもしっくりこない。彼女の性格を考慮し、この本について考えるとそうだ、幻想郷にいこうの方に答えが傾くが、常識的に考えると非ィ科学的だ!に答えが傾く。一体、どちらの答えを彼女は求めているのか。

 

「ま、適当でいいかね」

 

わからないものはわからない。それは世界の真理である。故に俺がだす解答は決まっていた。肯定も否定もしっくりこないのならば、その中間でいいだろ。それがベターではないだろうか。俺のこの考えは中学生の恋愛事情に似ている。告白をされた相手が『少しだけ考える時間をくれない?』といって一旦答えを保留するパターンと似ていると思うのである。あれ、絶対キープしてるよね、告白してきた奴を。このように真っ先に考えてしまうのは俺が腐ってしまっているだけだろうか。ふむ。これが終わったらじっくり考える余地がありそうだ。

 

『蓮子さんから借りた本、読みましたよ』

 

そう彼女にメールを送る。するとまたすぐに返信がきた。絶対この人は今、時間を持て余してると思う。彼女がベットの上でうつ伏せに寝転びながら、携帯をいじっているのが容易に想像できた。

 

『どう思った?』

 

返信された文面には、簡潔にそう言葉が記してあった。彼女のそれは短い文であったが、俺にはとても複雑なモノに見えた。シンプルだからこそ難しいっていうか、そんな感じである。まぁ、答えは決まっているけれども。

 

 

 

 

 

『別にあってもいいんじゃないですかねぇ、幻想郷。』

 

そう、俺は彼女に感想としてメールを返信した。これが俺が導きだした中間と言える答え。否定するでもなく、肯定するのでもない、曖昧な感想である。

確かに俺が読んだこの本は幻想郷の存在を全くといって証明していない。むしろ証明してなさすぎて、フィクションですよと自ら宣言してるようなものだ。だが、忘れてはいけないのは『幻想郷がない』ということも、俺自身の力で証明することは出来ないということだ。ないと確証出来る証拠も持っていないのだし当たり前の話である。

 

これは幽霊がいるのか、いないのかという問題と一緒だ。幽霊なんて、脳が情報を誤って認識して生み出された幻覚だ、ということは容易い。だが、これは全く理由にならないのだ。この考えのもとに幽霊がいないということを証明していこうとしても、肝心な、「幽霊は『確実』にいない」と言いきることは難しい。

確かに人間が「うわぁ!幽霊だ!」と感じた時は脳が誤認識した時かもしれない。だけれども誤認識=幽霊がいない、と結びつけるのはちゃんちゃらおかしいのである。例えるとしたら教室で「坂本 ー真~、……返事がないから欠席だな。全くアイツは」といって本人は学校にいるのに欠席扱いをするようなものだ。まぁこれは俺が悪いが。

 

それに幽霊がいた方が夢があっていいのではないだろうか。目に見えないし、触れもしないけども。その方が不思議で興味がひかれる。だから幻覚郷だってあってもいいんじゃないですかねぇ(適当)って俺は思ったわけである。そうだよ。妖怪がいると思っていれば、なんでも妖怪のせいに出来る世の中なのだ。この答えで完璧である。

 

また携帯が振動する。宇佐美 蓮子から、今度は電話による連絡がきた。うっへえと思いながら、その電話に出る。そして相手が言った第一声が、

 

 

 

『ククク……一真君ならそう言ってくれると想ってた!!』

 

「うるせぇよ」

 

そう言い、すぐに電話を切る。

ああ間違えたなぁ、と俺の心が力なく反応した。なにはともあれ、宇佐美 蓮子のせいで俺の胃がやばい。

 

 

 

 



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五話 故郷への帰り道

不快にさせてしまった人がいたら申し訳ないです。それでは。





 

 

確信犯、という言葉がある。

この言葉はよく「悪いこととわかっていながらされる犯罪・行為」の意味で使われるが、これは誤用である。正しくは「自分が行ったことが正しいと信じ、周りが間違っていると考え行われる犯罪」である。つまりすごく簡潔に言うと、自分を信じ自らの信念を貫き通すということである。だが今回は、この間違った意味での確信犯という言葉ほど、宇佐見 蓮子を正確に表す言葉はないだろう。そう、奴は確実に確信犯なのだ。

 

左手につけている腕時計を見る。時計の針は10時30分を指していた。今日、彼女と俺が約束した時間は午前9時。場所は前と同じ人が少ない喫茶店のような店。

奴は、また遅刻しやがったのだ。これはもう確信犯確定ですよ。なに?遅刻することがお前のトレンドなの?うわぁい、もう俺絶対約束通り来ないから。もう次誘われても倍返ししてやるから。許さんぞ宇佐見 蓮子。マジで許さん。

第一、誘った本人が遅刻するというのはやっぱりダメだと思うのだ。いや、例え誘われたモノだったとしてもダメだとは思うが。……そりゃあ、5分ぐらいの遅れだったら「ごめ~ん。待ったぁ~?」と言われても「いや、僕も今来たところだよ(微笑み)」という感じで返せると思う。

だが、今現在の彼女のように、1時間以上待たされた場合「ごめ~ん。待ったぁ~?」と言われたら誰でも「はい(真顔)」としか返せないと思うのである。一時間も遅刻するというのはそれぐらい罪なモノだと思う。たとえどんなに余裕があった人でも、素になってしまうと思うのだ。酷すぎてね。

まっ、俺だったら「もちろん(半ギレ)」と遅刻してきた奴に返答するが。俺は正直者だから嘘がつけない体質なのである。困ったものだ。

 

 

携帯を手にとり、電話をかける。もちろんかける相手は件の彼女。数回、呼び出し音が鳴る。彼女が電話に出ることを信じて待つが、変化は未だに訪れない。もしかして、何かあったのか?と不安な気持ちを抱きだした頃、ようやく呼び出し音は止み、彼女の声を聞くことが出来た。

 

「あっ、一真くんごめんごめん!今すごく急いで向かってるから!いや~ちょっと今日は人生と言う道に迷っちゃってね!ハハッ!」

 

「そうですか。そのまま貴女より強い奴に会いに行って下さい。では」

 

電話をきる。

ハァと一つ溜め息をつき、携帯をポケットの中にしまった。

 

(まぁ、今回はアイアンクローで許してやるか)

 

そう心の中で呟き、冷めてしまったコーヒーを一口飲んだ。砂糖も何も入れてないコーヒーが、いつもより苦く感じた。

 

 

 

 

ーーその時ふと、通路を挟んだ隣りの席に座っている、少し変わった外国人の女性が俺の視界の隅に映った。

肩まで伸ばした金色の髪に、陶器のように綺麗な白い肌。紫色の服に、頭にはナイトキャップのようなふわっとした白帽子が乗っている。

 

俺は、彼女を見て動きが静止した。それは何故か。始めに言っておくが、俺は別に彼女の格好に驚き固まったわけではない。まぁ、確かに心の中ではツッコミまくってはいた。「なにその帽子、眠いの?貴女の自国の文化なの?何文明なの?」っという感じに疑問が溢れだしてはいた。だが、それが理由ではないのである。俺が動きを静止しするに至ったのは、彼女が今読んでいる本が目に入ってしまったからなのだ。

そう、その本、『本当はあった!?幻想郷の謎』を彼女が読んでいたからなのだ。

 

……最近の若い女の子にはブームになってるのだろうか、その本。ベストセラーにでもなってるのだろうか、その本。それ作者には悪いけどダメ本だよ。偏見でも何でもなくダメ本だよ?実際読んだから俺は。その真髄をとくと味わったから。もしかして俺がおかしいのだろうか。俺がその本の面白さを理解できていないだけなのだろうか。

 

「……。」

 

俺が心の中で呟き続けている間も、彼女は集中して、熱心にその本を読んでいるように見える。何故そこまでその本を読み続けてられるのか。

まさか……彼女も同じタイプなのか。 蓮子・ザ・ワールドの使い手なのか。 うっへい、彼女は見た目美人、中身は混沌(カオス)、宇佐見残念美人の再来なのだろう。良心の再来はまだですか?この世界にいつ、救いが訪れるのだろうか。

そう、俺が希望というモノにすがりたいと思った時、パタンと音をたて隣の彼女がその本を閉じた。そして、それを持ったまま大きく一つ溜め息をつき、険しい表情を浮かべ言った。

 

 

 

「これはダメ本ね」

 

「だよな」

 

「えっ?」

 

ーーやばいやばいやばい。

あまりに共感を得られたので、心の声がついでてしまった。やばいぞこれは。

だって彼女からしたら、俺は変人に他ならない。ただ隣りに座ってた赤の他人が、自分の一人言に反応してきたのだ。これは某映画にある、ヒロインが作詞した歌を盗み聞いて「お前さぁ、コンクリートロードはやめたほうがいいと思うぜ?」と言う男の行為と等しい。違うんだ、俺はストーカーじゃない。偶然反応してしまっただけなのだ。あんなジゴロと同類にしてもらってはこまる。急いで上手く誤魔化さなくては。

 

「だよな、コンクリートロードはないよな」

 

「……。」

 

……しまったぁ!ごまかそうと思ったら、某映画を見ていた時の自分の感想を言ってしまった!本当は「だよな、本家の英語版カントリーロードこそ至高だよ」と言おうとしたのに。あっ、どっちこっちジブリがいっぱいコレクション。全然誤魔化せてないじゃないか。

 

「いや、やっぱりラピュタはあると思うんですよ」

 

「はい?」

 

落ち着け落ち着け。なんで自分のジブリ作品ベスト一位について語ってるんだ。彼女、ぽかんとしちゃってるじゃないか。まずは落ち着くんだ。……でもラピュタはあったんだよシータいや違う。落ち着けぇ!!

 

「そういえば知ってます?ラピュタのビデオのパッケージにある飛行船に、トトロが描いてあるんですよ。びっくりしましたね、見つけたときは。こんなにはっきりと描いてあるのに、気づいたのは買ってから二年後だったんですから。やっぱりジブリは侮れない。ディズニーに対抗できますよ。うん」

 

「……ふふっ」

 

やばい、死にたい。ナイアガラの滝に落ちたい。何を言ってるんだ俺は。彼女笑っちゃってんじゃねぇか。いや、何で笑ってるのか知らんけど。それにやっぱディズニーには勝てないに決まってんだろ。ネズミに鼻で笑われちまうよ。ハハッ。いやいや違う、落ち着くんだ。ジブリは忘れろ。

 

「……いや、すみません。意味わかんないこと言って」

 

「いえいえ。ーー私もラピュタ好きですよ?」

 

「マジですかっ」

 

ガタッ、と席から反射で立ち上がってしまう。

おい、なぜ反応してしまったんだ俺。そして何故乗っかってきたんだ彼女。もうわけわかんないよコレ。混沌が混沌を呼び始めたよ。何で初対面でこの会話の流れになるんだよ。

……だが、悪くない(迫真)

 

 

 

 

「紅の豚が一番好きだと言う人は、どうかしてると思いませんか?」

 

「ッ!激しく同意するわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の友達、マエリベリー・ハーン。彼女のことを、私はメリーと呼んでいる。

彼女は変わった女の子だ。ミステリアス、と言ったほうが聞こえがいいか。まぁ、とにかく不思議な女の子。そんな女の子が、私の親友。

 

坂本 一真くん。彼は最近私が知り合った年下の男の子。いつもむすっとした顔をしていて、怒ることの方が多いけれど(まぁその原因は私にあるのだが)優しい、そんな男の子。

 

そんな二人を、私は同じ場所に呼び出していた。もちろん、私が一真くんをメリーに紹介するためである。

何故メリーに紹介しようと思ったか、それは一真くんが、不思議な少年のように感じたからだ。私やメリーとは違う、どこか変わった存在。それを感じたから、彼のことを詳しく知りたいと思い、メリーに紹介しようと思ったのである。メリーは聡明で頼りになるからね。彼女なら何かわかるかもしれない。

ーーまぁ、本当は三人仲良く出来たらいいなと思ったから、こういう約束を二人に取り付け、話し合おうと思ったのだけども。

最初は上手くはいかないと思う。メリーは中々心を開かない人間だ。彼女は無意識の内に、初対面の人に壁をはる癖がついてしまっている。そして例に漏れず、一真くんもそのタイプに属すと思う。いつもむすっとしているし。それが彼の通常な性格なのだろう。

でも徐々に、少しずつ仲良くなっていけたらなと思うのだ。時間は有限だが、まだ私達には余裕がある。だから、もし難しいと途中で思っても、諦めず頑張っていこう。そんな決心を心に秘め、今日という日を私は迎えた。寝坊してしまったが、その決意は未だ揺るがない。確かなモノだ。

 

……だったのだが、

 

「始めてゲド戦記を見た時は驚きますよね。なんか始まって早々、主人公が人を殺すし。僕、唖然としちゃいましたよ」

 

「そうよね。それに見終わって『あれ?結局ゲドって誰?』ってタイトルに疑問を持ってしまうのよね。ゲド戦記なのにゲドが分からないってどうゆうことなのよ。少しやりきれない思いを抱いたわ」

 

「フッ、確かに」

 

なんか、紹介する以前に仲良くなってるんだけど……

 

「あっ、蓮子遅かったわね。こちらは坂本一真くん。この店で知り合ったのよ。」

 

「どうも初めまして。坂本一真です」

 

「いや、私達知り合いよね?一真くん。何で初対面装ってるの?」

 

「ははっ、ジョークですよジョーク。まぁ座ってください蓮子さん」

 

「う、うん」

 

戸惑いつつも、促された通りメリーの隣に座る。

あれ?一真くんいつもこんな感じだったけ?なんか違くね?

 

「時に蓮子さん、ジブリは好きですか?」

 

「えっ、まぁ好きだけど」

 

突然一真くんに、そう質問された。聞かれた質問に未だ戸惑いつつ答えると、今度はメリーが私に質問してくる。なんか二人の連携がすごいスムーズだ。

 

「じゃあ蓮子、ジブリ作品の中で何が一番だと思う?」

 

「一番かぁ」

 

 

そう言われても、あの作品の中で一番を決めるのは難しい。どれも特色は違うと思うし。うーん、でも強いて言うなら、

 

 

 

「やっぱり、平成狸合戦ぽんぽこが一番かな!」

 

「「いや、それはない」」

 

「……ええー」

 

私が言ったベスト一位を聞いたらすぐに、二人にそれを拒絶された。一真くんはいつもみたくむすっとしだし、メリーは落胆したように大きく溜め息をつく。……その反応は如何なものか。面白いよねアレ。なんか私のすべてを全否定されたようで悔しいんですけど。

 

 

 

「全く、これだから宇佐見ぽんぽ子は」

 

「おい今私の名前何て言った」

 

「落ち着いて、ぽん子。私はいつものことだから気にしてないわ」

 

「本当になんでそんなに仲良くなってるの!?」

 

 

 

 

 

 

 

 



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六話 メリーさんの兎

宇佐見 菫子?……知らんな。


 

 

 

 

 

 

 

 

耳をつんざき、焦がすような蝉の歌声。

揺れに揺れる、アスファルト上の陽炎。

 

 

 

ーー今でも色褪せない、夏の記憶。

 

 

 

 

 

 

 

「なんで、初対面でそんなに仲良くなってしまったのか。正直な話、私はこの場に来るとき多少の覚悟をしていたのだ。『メリーと一真君、ぼっち同士の二人が対面したらマイナスにマイナスを足すようなもの。仲良くなるのは厳しいのかもしれない』と。だが結果として、マイナスにマイナスを掛けてプラスになってしまったようだ。アレ?どういう化学反応?同じ孤高の戦士同士、シンパシーでも感じてしまったの?ぼっちとぼっちはひかれ合うものなの?一体全体、何が起きたのだろうか。私はこれからどう動けばいいのだろうか。その答えがめちゃくちゃほしいと思ったのでした、まる。」

 

「蓮子、貴女すごい失礼なこと言ってるの理解できてる?別に私は一人ぼっちになってしまったのではないわ。一人でいることが好きだから、自分から、なりにいってるのよ」

 

「そうね、メリーはそうよね。私はわかってるわよ。」

 

「おい待て。その言い方だと僕が自然に一人になってしまったみたいじゃないですか。……まぁ、そうなんですけど」

 

「……ごめんなさい一真君。そんなつもりじゃなかったの」

 

「くっそぉコイツ。ウザさに磨きがかかってやがる」

 

お前は自分の腹でも叩いて「ぽんぽこぽん」とでも言ってりゃいいんだ。

 

ーー肺を焦がすような夏の空気は、冷房がかかったこの店の中では、全く別世界での出来事のように感じることができる。

 

今俺は、マエリベリー・ハーンさんと宇佐見 蓮子大魔人(遅刻魔的な意味で)合計三人で集まっていた。俺は魔人の宇佐見 蓮子と二人で集まると聞いていたが、それは間違いであったらしい。そもそも本来、俺は前にここで払った彼女の分の代金を返してもらおうとしてただけであったのだ。それがなぜ彼女のストッパーであるもう一人の女性、マエリベリー・ハーンさんもいるのか。あれ、これもしかしてめんどくさいやつじゃね?と薄々感じだした俺であるが。もう遅い。運命は俺にとって、いつだってディスティニーではなくフェイト。それを忘れていたのであった。

 

「それでは本題に入ろうと思うんだけど、聞いてくれるかな一真君」

 

「はぁ、いやですけど」

 

「……それでは本題に入ろうと思うんだけど、聞いてくれるかな一真君」

 

おいやめろ。実際に与えられてる選択肢を一つにするな。お前は某RPGのせこい王様か。

さすが宇佐見 蓮子。こちらの抵抗もなんのその。グイグイ攻めてきやがる。野球で例えるとめっちゃ無理した投げ方で豪速球を投げる高校球児。 確かにその球の速さじゃ並みの高校生は打てないとは思う。でもそれすぐ肩を壊すからやめなさい。先を見据えることが大事だと思います。まぁ、僕はそんな球も軽く打ち返してホームランにするんですけどね。

 

「いやです」

 

「それではッ、本題に入ろうと思うんだけどッ!聞いてくださいませんか一真君ッ!」

 

「はい。絶対にいやです」

 

「…聞いてくれませんか(泣)」

 

俺はNoと言える日本人である。いや正確には、この大魔人相手には必ず拒否権を適応させるのだ。なぜ、自分から地面の上に隠されず置かれている地雷を踏みにいかなくてはいけないのだ。全くもって理解に苦しむ。

 

「まぁそう言わずに、話だけは聞いてあげましょうよ」

 

「フッ、了解しました。ほらさっさと話せ。聞いてあげます」

 

「さすが一真君ッ!でも私の扱いがメリーと比べると酷い気がするなあッ!」

 

抗議の眼差しをこちらに向けそう言う宇佐見 蓮子。ざまぁ、と少し思ってしまった自分を反省したい。心が荒んできている。でもその原因もコイツだと思うし別にいいんじゃね?むしろまだマシなんじゃね?っとも思ったのだが。それはそれ、これはこれである。流石にマエリベリーさんと宇佐見 蓮子の扱いの差があからさますぎるとは自分でも思っているのだ。

 

だが、だがである。俺に対して借金している宇佐見氏と趣味が偶然あったマエリベリー氏では、断然後者に好感が持てるだろう。というか前者は良い印象より悪い印象しか受けないと思う。故にこの扱いの差は必然なのである。俺が特別ではなく、これがこの世のスタンダード(基準)なのである。つまりーー宇佐見ザマァ。ここらで今までの分を倍返しにしたい。

 

「あ、やっぱりまず本題に入る前に、話したいことが二つあるんだけど、どっちから聞きたい?一つは世間一般から考えると変だと思うこと。そしてもう一つはそれよりさらに変だと思うことなんだけど」

 

「……えぇ」

 

おい、物事はしっかり筋道通して話せ。本題を話すんじゃないのか。……まぁ、それは多目にみよう。こんなことで一々目くじらをたてるような人間はあまり良くないとは思うからである。反省します。

しかし、その話したいこととやらも、どっちを選んでも罰ゲームみたいなもんなんだなぁ。宇佐見蓮子の隣に座っているマエリベリーさんに「メリーさん、君に決めた!」という意味を込めて視線を向ける。すると彼女はただ、曖昧に笑うだけであった。そうか、助け船をだしてはくれないのか……。

 

「ハァ、じゃあお好きな方を先にどうぞ」

 

もう自棄である。

勝手にしてくだしゃあとばかりに、一つため息をついた。そんな俺の態度に構うことなく、宇佐見 蓮子はゴホンと一つ咳払いし、

 

「それじゃあ、後者の方から話そうかな。実はね私達、ーー超能力的なの持ってるのよね!」

 

 

なーんて、バカ(宇佐見 蓮子)がバカ(超能力)なことを言ってきたのでありました。お家に帰して。切実に。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ、マエリベリーさんもそんなどんとこい超常現象的なサムシングなんですか?」

 

「……蓮子。ものには順序っていうのがあるのよ。わかる?ーー見なさいこの現状を。何故か私、彼に暖かい眼差しを向けられているわ。哀れむような眼差しではなくて、何故か巣立っていく小鳥を見守るかのような、そんな眼よ。もう、少し前の関係には戻れないわ。今の彼は全てを受け入れてくれることでしょう。そう、それはとても……残酷なことなのよ」

 

「ああ!メリーの、マエリベリー・ハーンのメンタルが、一真君のお前らマジかよビームに耐えられない!でもこの反応からわかるように嘘は言ってないんだよ私は!それが、このメリーの態度で証明された!!」

 

おい、お前ちょっと楽しんでるだろ。マエリベリーさんの様子を。本当に友達なの?慰めてあげないの?別にそれでいいならいいけど、反省はしろよ。きっとコイツにもっとも似合わない言葉は後悔だな。それは素晴らしいことだけど、許されることではないから要注意だから。周りがお前の後悔の分請け負ってるから。自覚しなさい。

 

ーー超能力、この言葉を聞いて興味を抱かない人は少なくないだろう。

最近では怪奇現象(オカルト)は非難されるが、超能力と聞くと人は対して恐れを抱かないのではないだろうか。不思議なもんだ。どっちも対して変わらないものだと俺は思うのだがーーまぁ、俺の意見なんてどうでもいい。

 

「ーーで、どんなモンなんです?それ」

 

「ありゃ、意外とあっさり進めていくね一真君」

 

「時間は有限ですからね。超能力なんてわけもわかんねーことは手短に済ませたいんですよ」

 

そうだそう言うことだからさっさと話せ宇佐見この野郎。早くしないとお前の名字の最後にもう一つ『み』を増やしてウサ耳にするからな。

 

ーーそんなバカなことを考えられる程度の余裕が、俺にはある。

 

正直、超能力なんて対してモンではないのだ。いや、それはもちろん規模にもよるところがあるけれども。例えば音速の三倍でゲーセンのコインを飛ばせるだとかあらゆるベクトルの方向を変えることができるだとかその幻想をぶち殺すだとかその程度の規模の話は別である。それは超能力といっても架空の話の超能力である。

 

この世界の、この現実で超能力だとか言われているもの(本当かどうか定かではないが)は、そんな大したモンじゃあない。スプーンを曲げられたら「スゲー!マジモンの念力だー!」となるし、箱の中に隠されているものを確認せずに当てることが出来たら「スゲー!ガチで透視ってあるのかー!」である。それで立派な超能力者である。そしてまぁ、ーーそんなモンなのである。

 

だから実際に「私、エスパーなんです」と現実で面と向かって言われても「へぇー。そっかー、エスパーかー(棒)」と思ってしまうし、その程度のリアクションしか俺は返せない。それに、ーー科学の発展によって得られたモノの方が何倍も恐ろしいのだ。それは僕達人類の歴史を振り返れば理解できることだろう。

 

「じゃあまずはメリーのから話そう」

 

「いや普通言い出しっぺの自分のから話すものよ。私にはそのハードルは越えられないわ」

 

「それでね、メリーのはー」

 

「この子いつも自然に人を無視するのよ。酷いとは思わない?」

 

「そうですね」

 

この人もやっぱ苦労してるな、と同情してしまった。それほどまでにメリーさんは羊ではなくウサギ(宇佐耳蓮子)の飼育が大変なのだ。だったら簡単な話、ウサギを逃がしてしまえばいいと思うのだが、それを彼女はしない。まぁ、それを補ってまで飼うほどの魅力がウサギにはあるのだと言うことなのだろう。彼女は人であると同時に仏でもあったのだ。俺だったら即行で鍋の具材に変える。

 

「メリーはねーー結界の境目が見えるのよ」

 

「ふーん、見えないモノが見えるんですか。ポピュラーな能力ですね」

 

「うわっ、興味が無いと一瞬でわかる反応。さすが一真君、これは予想してなかった」

 

「うっさい。ほら次」

 

ていうかどっちかっていうと超能力者(サイキッカー)っていうより神秘的(オカルティック)な分野じゃね?と思ったが口には出さない。めんどくさいので。

 

「それで私はねーー 星を見ただけで今の時間が分かって、月を見ただけで今居る場所が分かるんだよっ」

 

「……へぇー」

 

「え、なんか感想は?」

 

これも超能力というにはインパクトが足りないなぁ、とは思ったのだけど。それよりなんていうか、最初にマエリベリーさんの能力みたいなモンを聞いたからか、コイツの能力を聞いて俺はただただ、

 

「そのーー地味っすね」

 

「グハァ!!」

 

「ああ!蓮子の、宇佐見 蓮子のプライドが、プライドなんて無いとは思うけどそれらしきモノが!一真君の心からの感想でズタズタに!いいわよ一真君!もっと言ってあげなさい!!」

 

この人もストレス溜まってるんだな、と今この瞬間に満面の笑みで俺に言葉をかけてきた彼女を見て理解できた。満面の笑み、といっても邪悪で満面な笑み、だが。やはり仏であっても宇佐見 蓮子の行いを完全に浄化することは出来なかったようだ。可哀想に。ストレス解消にはジョギングが効果的らしいことを後で教えてあげよう。

 

そして俺は宇佐見 蓮子に、彼女が期待している感想とやらの続きを述べてやった。

 

「地味だしそれに、ーー長い。もっと短くコンパクトにまとめません?何が『 星を見ただけで今の時間が分かって、月を見ただけで今居る場所が分かるんだよっ 』ですか。長ぇよ。地味なくせに長いって救われねぇよ。しかもドヤ顔で言いましたからね。それって野球で気をつかわれて同じコースに山なりの超スローボールが投げられてるのに三球三振するのと同じくらいの酷さですからね。結構恥ずかしい奴ですよ?蓮子さんだから大丈夫かもしれないですけど」

 

「ゴハァ!!!……フッ」

 

「……白い灰になったわ。燃え尽きたのね。同情するわよ。ふふっ」

 

マエリベリーさんは確実に同情してない。笑っちゃってんじゃねぇか。それ外に出さないで堪えてください。僕の貴女の認識が仏から仏を装った小悪魔にジョブチェンジしちゃいます。

 

「ま、まぁ?とにかくそんな感じなのよ」

 

「はぁ、そっすか」

 

宇佐見 蓮子は気を取り直してそう言った。

まぁ、やっぱり超能力なんてそんなモンである。若干、本当に少しだけだが、手から電気とか出たりするのかな?とわくわくしていたのだが。繰り返すが、そんなモンである。胸のトキメキを返してくれませんかねぇ。いや、別に残念になんて思ってないですよ。本当に。本当ですから。

 

 

「で?」

 

「ん?」

 

「いや、それは後者の話でしょう?前者の方はなんなんですか?」

 

「あ、気になる?」

 

「……気になってやってるんですよ」

 

また彼女はいつもの調子を取り戻して、そう俺にニヤニヤしながら聞いてきやがった。

今すぐアイアンクローをして握力最大でお迎えしたいが堪える。なぜなら、早く帰りたいのである。出来るだけ長引かせることはしたくない。っていうか俺まだコイツからお金返してもらってないわ。早く返してくれませんかねぇ、真面目にそう思うのであった。

 

「私達、大学でサークルを作って活動してるのよ。まぁ、まだ出来たばっかで大したことはしてないんだけど」

 

「そうなんですか」

 

「うん。それでその活動内容というものはーーなんだと思う?」

 

「……ナンデショウカネ」

 

しっかり笑顔でそう彼女に答える俺は超真摯である。早く言えやなんて感情を外に出さずにいられるのは数十年生きてきた賜物だろう。一瞬、宇佐見 蓮子が俺を見て怯んだがそんなのは関係のないことである。何か俺の後ろに恐ろしい物体でも浮かんでいたのだろうか?オカルトはそこら辺に転がってるモノなのかもしれない。

 

「そ、その活動はね!この世の謎を解き明かそうみたいな、ですね?そ、そんなモノなんですよ」

 

「ほう、ソレデ?」

 

「いや、……言いたいことはそんだけです」

 

 

何故か萎縮して言葉を止めてしまう宇佐見 蓮子。

おい、言葉を止めるんじゃない。まだ続きがあるだろう?コイツ案外テンションの上下が激しいのである。扱いずれーのである。

 

おそらく、彼女の言いたいことがそんだけというのはほんとうのことではあるのだろう。多分だが、コイツの言った二つの話したいこととやらが終了したのである。と、いうことは、必然ではあるがーーまだ、始めに提示した本題というモノが残されているのだ。

 

「ハァ、本題とやらが残ってるでしょう。それを話してくださいと言っているんですよ」

 

「ああそれ!それで本題なんだけどーー」

 

何となくだが、その本題とやらは見えてきている。二つの言いたいことと言った彼女の言葉を簡単に整理しよう

まず、後者の彼女の超能力があるっぽいという話。これは中身はさほど重要なことじゃない。いや、正確には本題の方にあまり関係のあることではないと思う。例え宇佐見 蓮子の能力が地味でなかったとしても、手から炎が放出みたいな派手なモノであったとしても特に影響はないだろうと思われる。これはおそらくーー私達はこんな人物なんですよーという自己紹介と同義だ。自分達はこんな変な奴です、みたいな?そういうことを俺に伝えてきているのだ思う。

 

そして前者、彼女達がこの世の謎を解き明かそうとして謎の活動をしている謎サークルの話。これが肝なのだ。

おそらくこれは、フライングである。これからコレについて話すからな~の『コレ』をわかるようにするために、予め俺に情報を与えてきたのである。これはそれだけのことだが、これが本題を形成していく最も大きいモノなのだ。

 

よってこれからわかることは、後者が本題の根幹になっており、前者はそれの付属品。つまり彼女が話したい本題というのはーー

 

 

「ーー私達の活動に参加してみない?」

 

 

と、まぁこう言うことなのである。

「光栄な話でありますが、お断りさせていただきます(笑)」と刹那で返したいのだが、そこでめんどくさい活躍をしてしまうのが、その『付属品』なのだ。

そう予め『自分達変な奴なんすよー。マジ関わらない方がいい種類の奴なんすよー』と俺に言ってあるのである。つまりここで俺が断ってしまうと『そっすよねーやっぱ自分らみたいのとは関わりたくないっすよねー』というような話になってしまうのである。

 

……まぁしかし、おそらくこれは俺の考えすぎであるとは思うのだ。実際こんなことを考えてこのような提案をしてくるような人は、いない。この超能力云々の話は本当に何となく言ってみただけか、俺がどのような反応を返すか興味を持って言ってみただけだと思うのだ。だから、そんなひねくれた解釈で受け止めなくて良いだろう。

 

まぁ、でも、なんだ。彼女らにそう『思われてしまう』かもしれないという可能性もあるっちゃあるのである。

別に友達でもなんでもないのだし、そう思われてもかまわねーと言うことは簡単だが。彼女らと話していて俺は結構楽しませてもらったと思う。だから、最後に不快にさせてしまう可能性の芽を摘んでおきたいのだ。

 

つまり、俺がとるべき最善の返答はーー

 

 

「ーーはい。暇だったらいいですよ」

 

「本当!?やっぱ話がわかるね一真君は!」

 

これである。

よし、これから俺の夏休みは予定で一杯だ。これから汗水たらしてがんばるぞい。

 

 

ーーそして俺は、後悔するのである。宇佐見 蓮子とは対照的に、俺に最も似合う言葉は後悔であることを実感するのだ。

ハァ、汗水たらしてがんばるぞい。

 

 

 

 

 

 

 

 



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Side:Ghost S
七話 夏の行方


 

 

 

「……はぁ」

 

 

夏休みが始まって一週間が経とうとしていた。

そんな中俺は、このくそ暑い日に何故か河川敷の斜面の草むらに寝そべっている。

突然で申し訳ないが、俺は高校三年生である。繰り返して言うが、俺は高校三年生なのである。なのに何故、こんなところでのんびり横たわっているのか。

 

残念な話だが、誠に残念な話であるのだが今回は宇佐見 蓮子のせいではない。彼女のせいに出来たなら『宇佐見蓮子だもの。』と言って完全に納得出来た。ああそう、完全に。

しかし今回、彼女は全くと言っていいほど関係ないのである。

 

 

「こんなに受験生に優しくない母親っているのだろうか……まぁ、別に珍しくもないのかな?」

 

そう、坂本家の最大権力者、俺の母さんに家を放り出されたのだ。

 

 

 

 

ーー数時間前の話だ。

俺はいつも通り携帯に来ている宇佐見蓮子からの『表に出ようぜ』メールを『m9(^O^)』っと返していた。そう、そんな時である。突然俺の母親が「部屋に籠り続けてもう三日。健康に良くないからちょっと外に出なさい」と言い、返答も聞かずに俺を我が家から追い出したのだ。

まぁ、うちの母のこんな横暴ともいえる行動は珍しいことではないので、俺は冷静に家の外から「何時間ぐらいたったら入れてくれます?」と下手に出て聞いた。

するとなんと返ってきた言葉、「夕飯が出来るくらいになったら帰ってきなさい」。

そしてあの人、俺が考えられる侵入経路全てに鍵をかけました。

 

……まだ朝食食べて数十分しかたってないです~。勉強道具ぐらい持たせてください~。しかも突然だったので財布も持っていません。ハッ!どないせえっちゅうねん。俺は玄関前でグレた。それでも状況は何も変わらなかったが。

 

しかし、この時の俺にはまだ希望が残されていたのだ。

いつもこういう現象が起きてしまうと俺は中にいるもう一人の家族、妹に家に入るためにこっそりと鍵を開けてもらう。

俺の妹は中学生ながら未だに反抗期をむかえてはいないので、言うことを聞いてくれるのだ。そして俺の言うことを聞いてしまった度に母さんが妹に「奴を甘やかしてはいけない」としつこく注意するが、それでも彼女は気にすることなく俺を助けてくれる。

だから俺は妹に対していつもスマイル0円状態。兄妹愛って素晴らしい。

 

だが今回は勝手が違った。俺が「妹よ。すまないが開けてくれー」と言っても返答はなし。あれ、もしや今日から反抗期始まりました?と怪訝に思い始めていた俺であったが、『……えーっと』と困った様子の妹の声が家の中から聞こえてきたことに安堵する。すぐ近くで聞こえてきたので、俺が今いる玄関の扉の内側にスタンバっているらしいことが把握できた。

アレ?じゃあ困ってないで早く開けて欲しいんですけどと思い始めていた俺に、さらに小さくポツリと、妹は衝撃のカミングアウト。

 

 

『ごめん一真お兄ちゃん。……お母さんがアイスくれたの』

 

 

 

コイツ、買収されやがった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「最近、ツイてない」

 

日光を全身に浴びて、額に汗を浮かべながらそう言う。どこか木陰にでも行った方が涼めるだろう?っという意見はごもっともではあるのだが。今回はある人物を、前から嫌々付き合わされていた人物をこちらの方から呼んでいるのである。

 

目の前を流れる河に、野鳥の群れがぷかぷかと浮かんで活動していた。人が多く生息しているこの町で、唯一自然が溢れたこの領域は動物たちの憩いの場であろう。

 

今いるこの河川敷は、俺と彼女の思い入れが深すぎて、そしてなにより忘れたい場所(リバースプレイス)だ。

そんな場所に今日はモラルハザードの化身、件の彼女、宇佐見 蓮子を召喚したいと思う。

きっとあっちは、俺が前「暇だったらいいですよ」発言をしたにも関わらず、『拙者、忙しいゆえに行けないでござる』的な感じで彼女が今までくれた誘いを毎回断り続けてるから、フラストレーションが溜まってるだろう。だから今回、逆に俺が彼女を誘えば遅刻なんかせずに、すぐこちらに来るはずだ。むしろ指定した時間よりも早くに来るかもしれない。

 

炎天下、冷静な分析力を発揮している自分が全くの冷静でないことに気づく。だって彼女はいつだって予想外の行動をしてくるのである。今回もどうせ遅刻してくるのではないかと、

 

「一真ァ!!!」

 

来ちゃった。計画通りである。

 

「ーーフフフ。一真クゥン?遂に姿を見せやがったねぇ?私は忘れないよ、君からもらった返信メール。何が『拙者、忙しいゆえに行けないでござる』と『m9(^O^)』のツーパターンの繰り返しなの?絶対忙しくないよね。もう『m9(^O^)』(コレ)に関しては喧嘩売ってるよね?ねぇ、何か言ったらどうなんだい?」

 

「うっへい。落ち着いてください。落ち着かないと人間は力を発揮出来ないっぽい構造になってます。知りませんけど」

 

 

まぁ、これはどう考えても俺が悪い。なのでしっかり謝罪を。そして、ある要請を彼女に頼む。

 

「蓮子さん。それについては謝りましょう。ですからーー少し協力していただきたいことがあるんです」

 

「え?」

 

俺の言葉にキョトンとした顔にすぐに変わる彼女。そしてそんな彼女にお構いなしに、俺は言葉を続けた。

 

 

 

 

「昼食を奢ってください」

 

 

 

 

 

 

昼の12時という飲食店最大の山場を越えてしまったからか、店内はそれほど客が多くなかった。されどまばらには人数はいるので、中は静寂に包まれているはずはなく、音声が正しく認識できない一定の騒がしさがそこには広がっている。

 

 

「別に昼食を奢るのは構わないけどさぁ。ジャンクフードはどうかと思うのよ、私は。体に良くないよ一真君」

 

「何を言ってるんですか。美味しくて、安くて、尚且つ自分の寿命も減らせる。一石三鳥ですよ」

 

「……普通の人にとって最後のは不利益だと思うんだけど。やっぱり変わってるねぇ」

 

 

彼女は苦い笑いを浮かべながら俺の食事風景を眺めている。

ふむ。宇佐見蓮子が俺に対してこんな態度をとるのは結構新鮮である。いつもは俺がその役割を担っているのだが。立場逆転という奴であろうか。なんか納得いかんけれども。

 

ジャンクフードと聞くと、人はまず何を思い浮かべるだろうか。

俺の頭の中ではジャンクフード=ハンバーガーという等式が成り立ってしまうのだが、少し頭のいい人や変わった人ならば数多くの例を浮かべることが出来るのかもしれない。

しかし、ジャンクフード=健康に良くないという認識を覆すことが出来る物を浮かべることは、誰でも困難を極めるのではないかと思う。まぁ、ジャンクという言葉が付いているのだから、当たり前の話ではあるのだけれども。

ジャンクフードとは栄養のバランスが全く考えられていない食品のことを指す。高カロリー、高塩分なのに

ミネラルと食物繊維が不足している場合など。そんな食べ物のことだ。

もちろん栄養のバランスが悪いのだから、健康にだって良くないのは当たり前。この世の中で重要なのはバランスなのだ。何かが悪いと、別の何かも悪くなってしまう。しかし、それも捉え方によって変わってくるのではないか?いや、変わってほしい、という考えを持つのが現代の若者である俺である。

 

「大昔、人生50年と言って人は生活してたみたいじゃないですか。50年しかないのか、あっという間だな、よしじゃあ頑張って生きていこうって感じて。

それなのに今では書店で『50歳から~』系の人生再設計本で溢れてるんです。全く、嫌な世の中になったもんです。これじゃあまるで、それ以降もぐたぐたと呼吸し続けなくてはいけないみたいじゃないですか。もっと短くスカッといきましょうよ。ゴールを定めてあるからスタートを切れるんです。

故に、不健康な食生活に努めれば一日一日を大事にしていこうと思えるんですよ。……ジャンクフードを食べることを前向き(ポジティブ)に考えてみました。どうでしょう?」

 

「うん。一真君のそれ、後ろ向き(ネガティブ)前向き(ポジティブ)だから。それじゃあ私を誤魔化すことはできないなぁ」

 

「流石に無理ですか」

 

「『流石に』から一真君の中の私がどうなってるか見当がついちゃうねこの野郎」

 

 

まぁ、食べたいと思ったから食べますジャンクフード、というのが本当の俺の考えである。どんな行動だって、根本的なそれに至る理由というのは欲望なわけですから、そんなもんなのです。それを誤魔化す必要も方法もないのである。人間というのは意外と単純なものだ。

 

 

「突然なんですけど、家を追い出されましてね」

 

「お、おう」

 

俺の突飛な話題変換に、彼女は戸惑いつつ反応する。

 

「腹が減っても財布を持っていなかったから何も買えなくて、でもかろうじて携帯だけは持ってきてたので、「それじゃあ蓮子さんにたかろう」と思って招集を促して、現在に至るわけです」

 

「なるほど」

 

彼女は自分が呼び出されるに至ったこれまでの経緯を聞き、腕を組み納得したように頷いた。そして次に、組んでいる右手から人差し指と中指をちょこっと立て、俺に言葉を返す。

 

「聞きたいことが2つほどあるんだけどね、いい?」

 

「どうぞ」

 

「なんで追い出されたの?」

 

「受験生らしく部屋に引き込もって勉強してたら、僕の母が勉強なんてしなくていいから外で太陽の光を浴びてこいやコラってな感じになって追い出されました」

 

「……元気なお母さんだね」

 

「そうですね」

 

言葉を濁した宇佐見 蓮子。何故濁したと判断したかというと、彼女は一瞬間が空き、なおかつこちらに視線を合わせず俺の言葉に返答したからだ。

素直に「お母さん超強いね」っと言ってもいいのだが。実際その通りであるのだし。この世界では俺tueee!は通用しないけど母tueee!は大体通じる。理不尽なんてなんのその、それが常識となっているものなのである。

 

「じゃ、じゃあ次、なんで私を呼んだの?あっ、そうか一真君友達いないっけ。……いやいや違うからね!わざと心を抉りにいったわけじゃないから!だからその親の仇を見るような目はやめて!黒い笑みを浮かべないでッ!!」

 

どうした?今日はやけに攻めてくるじゃないか宇佐見 ぽんぽ子。

目の前に置かれたコーラを一口飲む。炭酸が抜けてしまった物の方が美味しく感じるのは俺だけではないはずだ。たぶん。

 

「そうだッ!メリーの連絡先も教えてもらってたじゃない一真君!なんでメリーを呼ばなかったの?」

 

「いや、マエリベリーさんをこんな事で呼ぶのは失礼じゃないですか」

 

「……あれ、そうなると私は?」

 

言わせんなよ恥ずかしい。先程の負の笑みではなく、不敵な笑みを浮かべることで俺は彼女に答えを返す。

するとまたまた攻守交代。彼女はこれまで不満に思っていた点を、包み隠さず俺に言う。

 

「大体おかしいんだよっ、私の扱いが!私の送ったメールは決まってツーパターン、しかもふざけたような内容なのにメリーが送ると『お誘い頂き光栄です。しかし誠に申し上げにくいのですが、僕はその日、そちらに伺うことが出来そうにありません。なので今回はお断りしたいと思います。

日射しが強い今日この頃、熱中症にかからないようお気をつけてください。適度な水分補給が効果的です。まずは自身のお体を大事に。マエリベリーさんに悲運が訪れることなくこの夏を乗り越えられることを願っています。』だよ!?なんで!どうして!?文章量とかその他色々の待遇が天と地の差だよッ!」

 

興奮ぎみに語る宇佐見 蓮子。そんな彼女を横目にみつつ、青すぎる空が見える窓の方を向きながら一つだけ。

お前、よく暗記してたなと思いました。まる。

 

 

 

 

 

 

水平線は、青と蒼の境界線。

 

時間と共に染まっていく色でさえ、やはり何処か似てしまう。

 

だが、視覚に頼りさえしなければ、その違いはきっと明らかなモノになるだろう。

 

ーーまぁそれは、とても難しいことなのだけれど。

 

 

 

 

 



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八話 面影

 

都市部に向かって歩く。

 

時刻は午後三時を丁度回ったぐらい。まだ太陽の位置は高く、強く眩い光が私の肌に吸い込まれていく。暑いなんて、言葉にするのさえ億劫なほどの気温。自分の体温が5度や10度ぐらいは軽く上昇しているのではないかと思う。

きっと、それは錯覚だ。

何故なら私は、15分ほど前にはクーラーがかかっていた図書館にいたわけで。勉強をするという目的と、電気代節約というの二つの目の目的のために、そこにいたわけだ。

今日という日は決めている約束など何も無かったから、そこで閉館時間まで過ごす腹積もりだった。だが、やはり、人生というのは思い通りにはいかないよう。それを、だから楽しいなんて言ったのは誰だったか。今ではありふれてしまっているその言葉は、無味乾燥な、耳障りに感じるモノに変貌したように感じる。

 

(ああ、暑さで思考が、ネガティブにシフトしてるわねぇ……)

 

額に浮かぶ汗を手で拭う。

今になって、図書館(あそこ)はオアシスと同等であったのだと実感する。

「なんでこんなに暑いの?」と軽い気持ちで私の友達に聞いてみたことがある。そしたら、よくわからないデータと数々の理由を並べ立てて教えてくれた。ああ、でもね私の友達。

私、あの時何度も頷いて貴女の話を聞いていたけど、正直な話ーー全く理解できなかったわ。だってこんな何気無い質問に、世界の有象無象の理論をねじ込んでくるとは思わないじゃない。そうじゃないのよ、私は「夏だからしょうがないわね」なんて、そんな返答で満足できたのよ。蓮子、天才とアレは紙一重よ。本当に紙ほどの違いしかないの。つまり貴女はどっちでもあるのね。ーーああ、それはなんて、哀しい……。

 

心の中で彼女をすごく乏してしまっているが、きっと、それは暑さのせいだろう。

そう思うことにした。

 

陽炎が揺らめく。

まるで、今見えている景色を塗り替えるようにゆらゆらと。そのなかで私は肩を上下させ、気を重くさせながら歩を進める。

 

ため息ひとつ。長く吐き出す。

 

これは、私が図書館を出なくてはいけない理由が、彼女から呼び出されたからだということへの苛立ちから行われたものではない。別に、そんなのは全然関係ないのです。

 

これもきっと、夏のせいなのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……出ないねえ、一真君」

 

「蓮子さん、根気ですよ根気。まだ20分ぐらいじゃないっすか」

 

「もう、じゃなくて?」

 

「不思議はそう簡単には来てくれないんですよ。自分が見たいと思う夢はなかなか見れないでしょ?それと同じです。」

 

「うーん、そんなもんかなぁ」

 

見慣れた、黒帽子を被った彼女の後ろ姿と、その隣りにいる彼女より背の高い男性の後ろ姿を視認できた。

 

黒帽子の彼女は宇佐見蓮子。

私と同じ大学に通っている女性、というよりは女の子という表現が似合うだろう。肩につくほどに伸ばされた焦茶の髪に、シンプルな半袖のワイシャツと日射しを吸収するミニスカート、全体的に白と黒で構成されているファッションだ。いつもツートンカラーの服装でいるのは中々不思議なものなのだが、今では慣れてしまっている。まぁ、彼女が起こす奇想天外な行動には全く慣れないのだが。

 

そして彼女の隣の男性は、この前知り合った坂本一真君だろう。

彼は藍色を基調としたスポーツTシャツと、これまた運動用の青い半ズボンを着ていることが後ろ姿から見ることができる。

彼は私より年下の高校生。背は男性の平均身長と同じくらいだが、若干筋肉質なのか肩幅が少しだけ普通の高校生よりも広く感じる。前本人にその事をさりげなく言ってみたら「そのせいで背が低く見られるんですよ……」と哀愁を漂わせて言っていた。

まあそれは、肩幅が広いと相対的に頭がより小さく見えるからではないかと思う。ただの推測なのだが。

 

そんな二人が見慣れたある機械に向き合って、何かをしている。

ーー投入口にお金を入れ、返却レバーを下にさげ、そして出てきた硬貨を確認したと思ったらまた、投入口に入れるという行為を繰り返す。

彼女らが相手にしている機械の名は『自動販売機』。その三台並んでいる内の二台を使って、彼と彼女は理解できない行動をとっている。

 

私はそんな、一目みて関わりたくないと思わせる彼女らにためらいつつ声をかける。

 

「……何をしているの?」

 

「あ、メリー。ようやく来たのね。ふっふっふ、待ちくたびれたぞ!って痛いッ!

一真君なぜ顔をわしづかみにしイタタタッ!!!!?」

 

「だ・か・らお前は宇佐見 蓮子なんだよ。すみませんマエリベリーさん。気づいたらこの人もう、貴女に召集をかけてたみたいで」

 

右手で蓮子の顔を掴みながら、申し訳なさそうに謝罪する一真君。その現実では滅多に目にかけることがない状況はスルーすることにし、私は声を返す。

 

「いや、それはいつものことだから別にいいわ。……で?貴方達は、二台の自販機を占領して何をしてるのかしら?」

 

「ああ、それですか」

 

「ッた!……ああ、痛かったぁ。ようやく一真ハンドから解放されたぜ。ふぅ」

 

一真君の手から離れた蓮子が安堵の息を一つ。その表情は、見るからに苦痛を訴えていた。

なんていうか、そこまで痛かったのか。

 

彼女は少しの間自分の顔を抑えていたが、やがてその手を放し私の問いに答える。

 

「まぁ、あれよ。倶楽部活動よ。倶楽部活動。見てわからない?メリー。」

 

「そうなの?」

 

「そうよ。なんか一真君がね、『秘封倶楽部でしたっけ?まぁ不思議発見みたいなもんっすよね、たぶん。じゃあ自販機で十円をいれて、戻す作業をしてください。不思議が出てきますよ』って言ったのよ」

 

「え、それで納得しちゃったの蓮子?」

 

「まぁ、蓮子さんですから。とりあえず、自販機から僕のお目当てのものが出た後に『それでは、ここでクエスチョンです』と言うことによって、秘封倶楽部の活動になっていくと蓮子さんは続けて言っていました」

 

「いや、それ不思議発見そのまんまよ。パクリよ。オマージュの片鱗すら見られないわよ。

え?蓮子それでいいの?私たちの倶楽部活動それでいいの?こんなんでいいの?」

 

「……良いんじゃない?(真顔)」

 

「良いわけないでしょ(迫真)」

 

暑さで頭がくらくらする。

 

ちなみにこの後聞いた話、一真君が言っていた『不思議』というものは《十円玉の側面に凹凸が出来ている》ーーとどのつまりギザ十のことであって、それを「ね、不思議ですよね?」なんて笑顔で彼が言っていたのを見て、私は、彼の友好関係がゼロであったこと、真面目に友達がいないということを再認識したのだ。その時の彼を見守る蓮子の表情が優しかったことがやけに印象的だった。

 

 

 

 

なにはともあれ、今日も平和な一日になりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

まるで嘘のように消えていきました。

 

 

 

何もかも吸い込んでしまいそうな空はオレンジ色で、自分の肌でさえ、その色に染められてしまったよう。

 

 

ーー夕暮れのある風景。

 

掴む白球。腰の旋回運動。

 

ーー夢にさえ置き去りにされた情景。

 

回転で見えづらくなった縫い目(シーム)。空気を後ろに流しながら衰えていく球威(スピード)。紙飛行機のように不安定な軌跡(ルート)

 

ーーもう手に入らないと理解できてしまう、古い夏の憧憬。

 

空では一つの飛行機雲が伸びていて、地面では、二つの人影が伸びていた。

 

……そんな、昔の面影でさえ嘘みたい。

 

 

 

耳に導かれる、暑苦しい相手の笑い声。

はっきりと見える、自分より大きな人の微笑み。

 

 

 

今では色褪せてしまった、夏の記録。

 

 

 

 

ーSide:Ghost Sー

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

アスファルトの上で目玉焼きが作れるのではないか?

 

そう思えるほどの気温が、今日のこの夏の日なのであった。街の電気屋を横切った時に展示品のテレビが「今日の最高は39度!今後もこの暑さが続く予想ですが、これはやはり地球温暖化の影響なのでしょうか?」なーんて、番組内で専門家と芸能人が討論しているのが耳に入った。

毎年飽きないもんだなぁとそれを聞き思ったが、意識をこちらの現実に戻す。

……やっぱり、暑い。

地球温暖化だか地球が怒ってるだか泣いているだかは知らないけれども、暑いのだけは勘弁願いたい。頭は若干ぼうっとしてきたし、元気は枯れ果ててしまいそうだ。

人で溢れているこの街の中、空の日光の熱と地面からの不自然な熱気で体は疲れを訴える。ああ、あと半年先の冬の寒さが恋しい。

まぁ、冬になったらなったで、今度はその逆になるのだろうけれど。

 

「いやー夏だね。こんなに夏らしい夏は、いっそ清々しいよ」

 

そう言ったのは勿論宇佐見 蓮子。彼女のテンションはこの程度の暑さでは衰えないようだ。彼女は自分の白いリボンが巻かれた黒帽子を人指し指でくるくると回し、余裕を感じさせる表情で歩いている。

……一体、この人の体力は何処からくるのだろう。もしかしたこっちから吸いとっているのではないだろうか。

いや、流石に言い過ぎか。彼女はこれでも人間なのだ。時々人間離れした発想を実行するが、人間なのだ。多分。きっとそう。

言葉にすればするほど自信がなくなっていく。不思議なものだ。

 

その彼女の隣にいるのはマエリベリー・ハーンさん。今回の被害者である。陶器のように白い肌をし、髪の色は日本では見られないほどの自然な金色。やっぱり、日本人の染められた金髪とは違うのだなあ、とモノホンを見て一般人の俺は思ったのだが、どうでもいいことである。

マエリベリーさんは今まで図書館にいたらしいが、突然の宇佐見 蓮子による招集により仕方なく来ることになったみたいである。『来てくれ……いや、来い!メリィィイイイイイ!!!!!』みたいな令呪並みの強制力から参戦することになった彼女は、今現在、なんていうか、すごく、ヤバイ感じになっていた。

 

「うふふ、一真君。自由研究の宿題は終わった?終わってないなら『扇風機の風を受けているアイスクリームとそのまま普通に置いてあるアイスクリームではどちらが溶けるのが速いか?』と言う研究をオススメするわ。きっと興味深い結果が得られるでしょう。ふふふ」

 

「いや、マエリベリーさん。僕、高校生なので自由研究ないですし、それ興味深い結果も得られないと思いますよ」

 

「……大丈夫メリー?小学生に戻っちゃったの?そこのベンチで休む?私の『おっす、お茶』飲む?」

 

いつもの仏のような微笑みではなく、異常な笑みを浮かべマエリベリー・ハーンがこの場に君臨していた。そして今の彼女は、突飛すぎることしか言わないようになってしまっている。

ちなみにさっきまでは『誰もいない森の中で一本の木が倒れたら、そのとき音はすると思う?私はすると思う。こう、木が倒れて、バキッ!ていうのよ。そうしてその場に居合わせた木こりが空を見上げて「嫌な予感がする……ッ!まさか!」って言って駆け出すの。それが後の徳川家光。天下をとった猿の名前よ』と言っていた。

宇佐見ストレスによる弊害が今ここに…!とその時は戦慄が走った俺であったが、マエリベリーさんの顔色を見てこうなってしまった原因を理解することができた。つまり、

 

 

熱中症である。

 

 

「今ここに私がいるでしょう。でも、それは水面に映る月と同じなのよ。私であって、私でない。つまり人間はみな、それぞれの人生という道の上を、東北横断自動車道をーー走りきることができるっ。息をきらしながらっ、栄光の架橋を抜き足差し足忍び足で。もちろん、少しの勇気と筋肉が必要になるだろうけど」

 

 

絶対、これは熱中症である。

 

まるで悪夢を見ているようだ。こんなマエリベリーさん見とうない、見とうなかった、というのが俺の感想である。精神に多大な負担をかけられる。視界がぐわんぐわんする。

 

そんな中、今のマエリベリーさんと違い普通に異常な宇佐見 蓮子は彼女に自分の飲み物を渡しつつ、ポケットから出した白いハンカチで彼女の額の汗を拭う。

宇佐見 蓮子自身こんな状況は慣れていないのか、あたふたしながらマエリベリーさんに対応していた

 

俺はそんな宇佐見 蓮子をみて、ーーお前ハンカチなんてもの常備してたのかァ!!!と(普通はそこに目をつけないが)場違いながら驚愕していた。今まで生きてきた中で間違いなくベスト1の驚きである。いやだって、

 

宇佐見蓮子▽

 

E ハンカチ 女子力+10

 

とステータスに表示されているのだぜ?畏怖と恐怖ともっと恐ろしい何かがまるで台風のように荒れ狂っているステータスウィンドウである。

 

…ま、心から友達を気遣うことが出来ている彼女は、なんていうか、彼女らしいなとも思えるのだけど。

彼女は普段は空気の読めないアンド行動が読めないアンド言葉の通じない人間だが、それでも、相手を想いやることに長けている。それがはっきりとわかるのが今回の一場面だ。

それを微笑ましく、思ってしまうから俺は彼女を心から憎めないのだが。まあ、俺のそれはどうでもいっかである。

 

それでは、そんなふうに観察するのはさっさと止めにして、近場の休憩できる場所を探すことにする。

涼しく快適で騒がしくないところがベストである。かなりやばくなっている彼女のため、俺が携帯を取り出して調べているところで、あの宇佐見 蓮子が流石の一言。

 

 

「アレ?ハンカチで拭いた下から汗がでてこない。…ハハッ!極限まで減量してるボクサーみたい!!カッコイイ!!!」

 

お前の感性どうなってんだ。

 

 

坂本一真の評価が30下がった▽

 

 

 

 

ーー当たり前の話だが、夏は暑い。

でも俺にとって、夏という季節はただ、暑いだけという認識しか持っていなかったことがわかった。

 

響くサイレン。気温によって生まれる少しの変化。それを調整するための一投。一対一。滴る汗。

--射、殺すかのごとく睨み付ける自身。邪魔だと言外に告げるモーション。人体の限界に至る旋回運動。そうして放たれたモノはーー

だからだろうか、それしか知らなかった俺には、今年の夏の場面場面が、それぞれ鮮明に目に焼き付く。

忘れもしない夏の記録、でもそれは、ーー本当に価値があったのだろうか?

 

「ーーなんて、ね」

 

きっとわからない。ただ、誤魔化すことだけはしないように。……まあでも、それを嘆く必要性を感じなかったことが、答えなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

電気屋の前にある展示品のテレビに目をくれず、多種多様、様々な恰好をした人々は通りすぎる。

その画面の映像とその音声はただ流されるだけのものと化し、それは映る背景に、溶け込むだけの意義のない実像となる。

それを告げる人はいない。だから逆に、その機械はただ告げるだけ。

 

 

 

『次のニュースです。今年の全国高校ーーー選手宣誓はーー』

 

 

 



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九話 射貫く塊

ーー過去に盛況していた、そんな場所はすぐにくすんでしまう。

流行、時の流れに浮かされていたそれは、一度巻き起こりそして失ってしまうと、再度浮上することは困難になる。その空間には時の名残、痕、そしてなによりもそれが『そうであったこと』だけが、記憶として残ることを許される。

…まるでそれは、熱を失ってしまった亡骸のよう。

人に触れられることも、見られることもなくなってしまったそれに滑らかさは感じられない。ただその鉄部分は赤茶色に錆び、埃が被るだけ。しかし、それでも現在稼働しているということを伝えるための、ボタンほどの大きさの電気ランプは緑色の光を放ち、準備は万全であることを告げている。

 

それがただ、悲しい。

耳をすませると、くぐもった機械音。今では静寂のみになってしまったそれを塗り替えるように、それは空気を振動させ響かせる。役目を果たせるよう、怠ることはせず、ただ耐えて次を待つ。

 

ーー高く、広い範囲を占めている緑色のネットが、一つの風で揺れた。

音はなく、力なくゆらゆらと。そうして、それは静止する。まるでそれが作業になってしまっているかのような寂しさ。本来ならば、激しさを受け止めるためのその動きを、忘れてしまったのだろう。だから後は擦り切れるだけ。摩耗していくだけだ。

 

 

日光がその場所の陰と陽を明確に分ける。影はより黒く、日の当たっている場所はより白く。

 

 

そして、それを見て何も想わなかったならきっと、冷めてしまっているに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

ガコン、と三百五十グラムの物体が落下し音を立てた。

自分の背丈よりも大きい自動販売機の前、しゃがんで二つの飲み物を取り出す。一つは甘い砂糖が多分に入った炭酸飲料。そしてもう一つはそのまえに買ったただのペットボトルの水である。

 

俺こと坂本一真の今の役割は、おつかいであった。

いや、まあそれはしょうがないと言えばしょうがないことではあるのである。ーーマエリベリーさんの『何か薬でもおやりになってる?』と問いかけてしまいそうな熱中症により、我々宇佐見一行は現在この地域でも大きな面積を占める公共の庭園へと来ることになった。

 

なんでも、店内のクーラーよりも木陰の下で自然の風に当たりたいのだとか。マエリベリーさんの何言ってんだかわからん言葉をやはりあの宇佐見蓮子は通訳することができ、そしてその通訳から、俺はそれを知ることが出来た。

 

「え?なになに……外の方が良いってこと?OK、OK。それにしてもメリー顔真っ赤ね。なんか相撲で張り手をいっぱいやられた力士の顔の色を想起しちゃうわ。…アレ?なんかピクピク痙攣してーーそういえば授業の時の話なんだけど、大学の先生が私と話してる最中こめかみがピクピクしてるのよ。やっぱり先生の仕事は疲れるのかしらね。頑張ってくださいって心の中で呟いたわ」

 

こんな感じで彼女の言葉を、俺に通訳していただきました。

ーーホント、宇佐ぽんぽ子ってすごいよな。最後まで畜生発言連発だもん。

 

コイツの脳ってどうなってんの?まるで見えてる世界が180度違うのではないか。だっておかし、逆にすごくね。なんでそんな発想になっちゃうの。お前絶対幼少期になにかしらの地球外生命体にコンタクトとられたでしょ。そしてその生命体と会話できただろ。そのレベルよ?恐怖通り越して不思議が溢れてくるわ。秘封倶楽部はお前自身をテーマに活動していけばいいのではないかと思いました、まる。

 

話を戻すが。まあそんなこんなで公園に着き、宇佐見蓮子とマエリベリーさんは大木の下、大きな木陰の下の芝生で休み、俺はマエリベリーさんに新たな飲料を与えるため、自販機にて水を買うことになったわけである。余談ではあるのだが、この場所の自販機の前に俺が立つのは今回で二度目である。

 

一度目はーー先ほどの話なのだがーー気軽に水を買いに来たとき「あ、そういえば俺、財布家にあるんだった」ということを思い出し、宇佐見蓮子に代金をもらうため引き返すことになってしまったのである。なんと間抜け、とその時は自分に呆れてしまったわけだが。呆れたところでお金が降ってくるわけではないので、一つため息をつき、元の所に戻っていった。そうして二度目、彼女から代金と「私の分も買ってきてくれる?缶で炭酸系が良いな」という注文を今度は承って、ようやく今買うことが出来たというわけだ。

 

右手と左手にそれぞれ持ち、その冷たさを肌を通して実感する。周りの気温も合わさって、その飲料の温度の低さがよけいに際立つ。

 

「……マエリベリーさんには、これからも頑張ってもらないと」

 

体調を取り戻し、万全になって。

彼女がいるといないのでは俺の負担が大きく異なる。例えるとするのなら、泳げない人がビート版を所持出来るか出来ないかの違い。結構深刻なものなのだ。

そのために早いとこ水を渡して復活してもらわないと。そう思い自販機の前から離れ、自然の景観が多く保存されている公園の中を進んでいく。

 

 

 

 

ーーふと、大きな木を下から眺めている二人の子供の姿が、目についた。

 

兄弟だろうか。一人の男の子は7、8歳ほどに見えまだ幼さが顔に多分に残っており、もう一人は中学生ほどの少年だと俺は認識した。

自身も、その子供たちが何故その木を見上げているのか疑問に思いその先へ目を向ける。すると葉が青々とついた数々の枝の間に、白と黒で構成された頭ほどの大きさのボールが見えた。

 

二人で遊んでいる時に木にのせてしまったのか、と一人納得する。しかしよくあんな高さにボールを蹴り上げたものだ。その白と黒のサッカーボール(今では漫画でさえ目にかけることが稀な配色である)は人の手で取ろうとするのが億劫なほどの位置に存在していた。木に登ったとしても手は届かないし、枝と枝の隙間にすっぽり入っていて、強風でさえ中々に落ちそうにない。

 

(まあ人間誰もが一度は経験するやつだな)

 

と俺は心の中で思い彼らから目を離す。

だがその時に、少年が男の子にかけた声が、耳に入った。

 

「ほら泣くな。お前少し泣き虫過ぎやしないか?」

 

 

ーーーほら、泣くな。お前は本当に母さん似だなあーー

 

 

そんな無いはずの音声が、再生された。

 

目を見開き、また再度彼らの方に向き直る。

 

「全く、ボールがのっちゃったぐらいで大げさな」

 

「ーーうう」

 

「おい、すぐ取ってやるから泣き止め。こんなんじゃダメだろ?」

 

 

 

ーーーお前はもうお兄ちゃんになるんだから、と。

 

そう俺だけが聞くことの出来る言葉が続く。

 

……そういえば昔、子供のころに同じような過去があった。

誰よりも速く、誰よりも遠くにと、力いっぱい振り上げた腕。でもそれは、(うま)くなりたかったとかじゃなくて、目の前の相手にただ、褒めてほしかっただけで。自分の子はすごいんだと、思わせたいだけだった。

 

だからその思惑が失敗したときに、どうしようもない悔しさと悲しさで胸がいっぱいになってしまった。それが、涙という形あるものに変わってしまい、流れた。それが理由。

でも、そんなのは相手が知るよしもないことで。その時はただ、大袈裟だなぁと肩をすくめるにとどまっただけだった。

 

 

今想えばそれは、なんてーーーー

 

 

 

「でもよく考えるとコレ、……中々難しいな」

 

目を細めながら少年が言った言葉で、はっと我を取り戻した。

大木に手を当て、どうしたもんかと首を傾げる少年を、小さな男の子はぐっと堪えながら見るだけ。その姿をどう思ったのか。俺は気軽な声で、けれどもその実重く、

 

「ーー俺が取ろうか?」

 

声をかけてしまったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一真君ありがと。ーーねえ?」

 

「どうかしましたか?」

 

買ってきた飲み物を宇佐見蓮子に手渡す。するとそれを受け取った彼女は自分の分の飲料を見て、俺に疑問を投げかけた。

 

「いや、なんかこの缶すごくへこんでるんだけど」

 

缶の上をぶら下げるように持ち、俺に見せつけ彼女はそう言った。俺はその返答をノータイム、かつ迅速に返す。

 

「ああ、それ元からへこんでたんですよ」

 

「絶対嘘でしょ。いやこれ、なんか意図的にやったとしか思えないほどボコッてなってるんだけど」

 

「…そういえば買うときに自販機の中から『どんがらがっしゃーん!』って聞こえたような」

 

「そんな自動販売機ないから。もしあったら中の飲みものが落ちるときに重力以外のものが加わっちゃてるから。そしてこんな一部分だけベコッてなってないから。あれ?私一真君に何か悪いことしたっけ?」

 

それはいつもしてるな、と心の中で返答する。

まあ、この事は正直すまんかったと思っている。やっぱさっきのああいう場合って、当てて落とすしかないよね、ということだ。

しかし失敗して飲み物が逆に木の上にのってしまうという最悪のパターンは回避できたので、自分的には大きな達成感を得られた。それほど集中し撃ち落とすことに取り組んでいたのだろう。あんなに俺が真剣だったのは高校二年生のころ授業で教室を移動することを知らず、ずっと一人自分の机でみんなの行方を考えていた時以来だ。ああいう時は普段思いもしない、世界の陰謀論じゃないかとか突拍子もないことを思いついてしまうものである。俺が図書室に行っている間に一体なにが…?隕石でも降ってきて避難でもしたのか?もしくはドッキリか?とかそんな感じだ。全くもって救いようのない頭である。でもわかってほしい、この気持ち。

 

「ま、意図してやったことじゃないので安心してください。ああそれと、多分それかなり振っちゃてると思うので、少し間をおいてから飲んでくださいね」

 

わざとではないことは明確にしておく。言い訳はさせてもらったが、本当に悪気はなかったのである。

その俺の言葉を本当か~?みたいな疑いの目線を俺にかけながら、彼女は俺の喋っている最中に、

 

「ーーーーえ?」

 

俺が注意したのと同時、彼女の人差し指にかけられたタブが、引かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー恐ろしいほどの爆音。

炭酸飲料は水の冷却、そして圧力をかけ強制的に二酸化炭素を溶かすことによって完成する。だが、それは振ってしまったことによって綻びが生じ、自ら外に出ようと蠢きだす。

ーーその水流が、小さな爆発音と共に瞬きよりも速く宇佐見蓮子に襲い掛かるーー!!!

 

坂本一真は歯噛みした。

自分がその飲料を渡す前に注意を呼び掛けていれば。今予知することが出来るコンマ数秒先の未来を回避することが出来たのだ。何故渡した後になって、彼女がそれに手をかけた後になってから声をかけたのか。そう、自らの過去の過ちを嘆く。ーーだがそれすら遅い。後の祭り、後悔先に立たず。彼の伸ばしかけた右腕は彼女に、届くことはない。

 

マエリベリ―・ハーンは自らの親友の危機を知ることなく、まるで眠っているかのような静寂を保ち芝生の上に横たわっていた。

思いもしないだろう。これから自分もその災厄ともいうべき人工の雨を、その身に浴びることになってしまうとは。運命を前にした人の無力。その弱さ。ーーしかし、両目を閉じ、自分の手を胸の下で組み眠る彼女の今の姿は、まるで何か、人の身では余る『奇跡』が起きることを願っているかのように見えた。

ーーだが神は微笑まない。容器から噴き出す、まるで炎が足りない酸素を吸い込んでいくような音は 鳴ってしまった。それは後の運命の暗示。なぜこんなにも、神による幸運は平等ではないのか。結末を想像することは容易。ただ、それを眠っている彼女は気付かないという救われない事実が存在するだけだ。

 

 

 

そして、そんな冷酷な運命を前にして宇佐見蓮子は、

 

「ーーーー、ッ」

 

まだ、諦めていなかった。

彼女の瞳の光は消えることはない。覆らない結果に目を背けず、しかし抗い続ける。

どうする?と自身に問いかける。缶を持つ腕を余所へと向けるーー時間が足りない。向かってくる水流を避けるよう、首を横斜め下に大きく逸らすーーそれでは自分のすぐ横に位置している親友に被害が。

彼女のトップクラスの頭脳をフル回転させる。だがその思いつき、導かれる策にはすべてリスクが伴ってしまう。

 

何をどうしても災厄は避けらない。ならばせめてーー最小限に。

 

自身の中枢神経を通し、その指令を彼女の右手に伝達させる。

プルタブにかかっている人差し指を押し出し、右の手のひら全体で、水流に真っ向から向かい打つ。

ーー自身の想定よりも強い力。耐える腕、軋む手のひら。その刹那の攻防を、一体この場にいる何人が視認出来ただろう?

 

そして、

 

「ーーふう」

 

数秒後、彼女は勝利した。

激しく荒れ狂っていた水は、今では過ぎ去った豪雨の後の湖のように静けさをとり戻し、容器の中で揺れている。それを安堵の表情で見た後、宇佐見蓮子は一息つき、

 

「手、洗ってくるね」

 

そう言って、この場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたしの知らない間に、そんなしょうもないことがあったのね」

 

「ふ、実際にさっきの私の勇姿を見たらそんなこと思わないわよ。カッコよかったんだから!ねえ、一真君?」

 

「…そうですね。ーー蓮子さんサイコー!さすがっす。」

 

「ふふん、そうでしょう、そうでしょう!」

 

あれから少し時間がたち、マエリベリーさんの体調が回復した。今では彼女は芝生の上に座り、言語も日本語に戻っている。そんな彼女に対し、宇佐見蓮子は声高らかにまるで福引で四等が当たった並みの自身の功績を語る。

 

まあ、終わりよければすべてよし。このまま調子にのらせておこうと思う。

先ほどの炭酸危機の回避を称賛し、そもそもの原因の所在を忘却させる。それが優先すべき俺の取る行動である。実際に宇佐見蓮子の取った刹那の判断は、それに直面したら誰でもそうするということは口にしない。相手の鼻をピノッキオにさせることが社会で一番重要なことだと耳にすることは多い。俺の情報の受け取り方がひねくれていなければ。

 

「もう午後4時の半ばね。まだ明るいけど」

 

「そんな時間かぁ。早いねえ」

 

マエリベリーさんの言葉に、宇佐見蓮子はゆったりと返答した。

木陰の下、夏の優しい風が緑を揺らす。陽の高さが前よりも低くなったからか、気温が少し下がっている気がした。

気がした、というのは、今が日陰にいるからそう感じたのかもしれないと思ったからだ。だからといって日向に出てその証明をするつもりにはならない。疲れてしまうので。

 

現在の若者はこれだから困ったものである。話は変わるが、最近では若者でもヘルニアになってしまうことがあるのだとか。腰が痛いと人間ほとんど何も出来なくなってしまうから悩ましいことである。常日頃から綺麗な姿勢を保つことがヘルニアにならないために大事なことだ。何事も常日頃からの努力の積み重ねだということである。まあ、俺はその努力できるのも才能だと思っている人種なのだが。全く、本当に最近の若者はこれだから(謎のドヤ顔)

 

 

「それで?」

 

マエリベリ―さんが目を隣にいる宇佐見蓮子に向け、言葉を続ける。

 

「これからどうするの?」

 

「……あー、うん。そうね…」

 

「相変わらず、ノープランなのね」

 

「まあね、フリーダムよ」

 

私、本能だけで生きてますからとでも言いたいかの如く、無い胸を張って言う宇佐見蓮子。牛乳って実際関係あるのだろうか?何故そんなことを今疑問に思ったのかは言わないが。ぽん、と彼女の肩に手を置き『Don't worry about it』と無駄に流暢に言ってやりたい……でも別にコイツは気にしてなさそうである。それにセクハラは下手すると逮捕案件なので駄目だ。…下手しなくても駄目だが。

 

 

 

「ん?あれは」

 

俺がそんなくだらないことに思考を割いている時に、宇佐見蓮子が遠くを目を細め見ながら呟いた。それに倣い俺とマエリベリーさんも彼女の目線の先を見る。

 

「あの緑のネットが大きく張られてるとこって何かわかる?」

 

宇佐見蓮子はそれを指さし、首を傾げる。

 

「……さあ?初めて見るわ」

 

その彼女の問いにマエリベリーさんは答えることが出来ず、同時に疑問を呈した。

 

 

緑のネットが高く、そして広い範囲を占めていることが遠目からでもわかるその場所。その付近は街の活気が感じられず、朽ちた商店街のような、そんな寂しさを感じられる。

ーー俺はその、宇佐見蓮子が実際に指さした場所に行ったことがあった。いや、『通っていたこと』があったと形容するほうがしっくりくる。

 

「行ってみます?」

 

俺は宇佐見蓮子に軽い口調で言う。そんな俺の態度を見てか、彼女は少しキョトンとした後言う。

 

「一真君、あれが何かわかるの?」

 

「まあ、そうですね。今の時代、ほとんど見られなくなった場所です」

 

よっこらせ、と降ろしていた腰を上げ立つ。

 

記憶を思い返す。

ーーくぐもった機械音。寸分の狂いの無い時間差で投げられる球。自分がそこにいたころには、その場所に他にくる人なんて滅多に見られなかった。例えるとするなら、手入れの行き届いていない墓場の空虚感。そんな雰囲気が常にあった場所。

自分が最後にそこに行ったのはーーいつの日だったか。

 

宇佐見蓮子とマエリベリーさんの方に顔を向け見下ろす。そうして一つ間を空けた後、その場所の名称を口にした。

 

 

 

 

「あれはーーーバッティングセンターっていう場所です」

 

 

 



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十話 思い入れ

 

 

――殺される。

 

青年はそう思った。

それはここでは場違いな脅威。通常であれば味わない感覚。だが、確信できる。目の前の相手は、間違いなくここで自分の息の根を止めようとしている――

 

炎天下のグラウンド。周りの歓声が、どこか遠いものに感じる。

 

猛烈な眩暈。無意識に息は荒くなる。自身を繋ぎとめているものが静かに引きちぎられるかのような苦しさ。逃げ出したい、そんな心を必死に抑える。

 

そうだ、自分はここで役目を果たさなくてはいけない。

 

その唯一の使命に縋りつく。ぐっ、とグリップを握りしめる手に力を込める。そうして、相手が放った凶弾を向かいうった。

 

――地面から這い上がってきていると錯覚してしまうほどの球威。予想していたコース、球種とは正反対のボール。このままでは、自身のスイングは空を切る。それを理解し、胸の内で舌打ちをした。手首、腕、腰、すべてを連動させ強引にそれを修正する。刹那の判断、それが功を成し、ボールはバットの下部を掠りチップ音を鳴らした。

 

9回裏、ツーストライク、スリーボール。その下のランプが二つ、赤く灯りを点している。

フルカウント。追い込まれた現実を直視する。しかし、それよりも。――目の前の相手(ピッチャー)を見て、恐怖に震えた。

 

それは明らかに、此方を睨んでいた。静かに、そして怒りを込めて。

 

 

殺意。

 

 

それが彼の夏の記憶。忘れられない未知に触れた、失われた最後の感覚だった。

 

 

 

 

―Side:Ghost Surrendred―

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ォオオオオオ!!!!」

 

 

そう叫んで、宇佐見蓮子は空振りした。

ぼすっとクッションになっている場所に逃したボールはぶつかり、地面に落ちて転がっていく。

そんなボールとは対照的に、宇佐見連子はどっしんと、勢いあまって尻もちをついていた。

 

……なんつーか、彼女のやる気でさえ空振りしていると思う。

彼女のスイングスピードは素晴らしいの一言に尽きる。尽きるのだが、それ以外がまるでお話になっていない。

まず、バットを掴む右腕と左手に間が空いている。とどのつまりジャパニーズ剣道スタイル。種目から変わってしまう。これじゃあ今にも、メェン!!と叫び出しそうである。

 

時刻は夕方近くなったころ。しかしというかやはりというべきか、それでも夏のこの季節の空は明るくて、そして暑すぎるのであった。

 

外で空振る彼女を、マエリベリーさんと室内で座りながら見る。――ここは古びたバッティングセンター。一本道になっている室内。天井には等間隔に並べられている蛍光灯。踏みしめる黒いタイル状になった床は隅々まで清掃が行き届いていなく、このぐらいでいいでしょ、みたいな管理者の心の内が手にとるようにわかる。一帯には幾分か型落ちした、ゲーセンにあるような大型機器。その他には葉緑素の無い葉がついている観葉植物と、外でバットを振るう人を観察する、またはヤジを飛ばす人のための背もたれの無い長細い黒の椅子があるだけだ。

 

「清々しい一振りね」

 

「ええ、全く」

 

こっちを見て「よーし、ウォーミングアップは終わりにしようかな~」と立ち上がりながら言う宇佐見蓮子を見、室内にいる我々は言葉を交わす。

 

続く第二球、120キロのストレート。

 

 

「――どりゃァアア!!!」

 

そうして、バットはまたしても虚しく空を切ったのだった。

なんで声だけは一丁前にだすの?まるでZ戦士みたいだな、と意味不明なことを思いながら俺は腰を上げて立ちあがる。正直なところ、初めてバットを握りしめる人は彼女のような持ち方になってしまうのは珍しくない。よくあることである。

そもそも普段生活する上で行う機会が滅多にない運動なのだ。だからまあ、彼女の全力全開フルスイングがあれであんなに速くできるのは可笑しいとも思うのだけど、宇佐見蓮子だし。きっと前世はゴリラで、現世もゴリラなのではないかと思います、まる。

 

「――蓮子さん、バットの持ち方が間違って」

 

「ちょい待ったッ!!」

 

中と外で区切られてこっちの声は聞こえづらい。なのでわざわざ外へ通じる簡易な扉を開けて、彼女に忠告をしようとした俺。それを彼女は左手をバットから離し、開いた状態でこっちに向けてその言葉に静止を訴えた。

 

「敵の施しは受けん」

 

「は?」

 

「私は私のやり方でホームランを打つ。おーけー?」

 

ぶっとばすぞ、なんて言葉が喉を通りそうになったけれども何とか堪える。

そうですかいと言って俺は扉を静かに閉め、マエリベリーさんの隣の元の場所へ座りなおした。

意地になってしまうのはスポーツではよくあることなのだろうけど、見ている人からのアドバイスに耳を澄ませる、そんな広い心は持ってほしいのです。なにが敵の施しは受けんだお前は武士かこん畜生。その打ち方で出来るのはせいぜい満月大根切りだバーローが。

胸の内で彼女への悪態を次々と、水がコップから溢れているかのスピードで繰り出している俺。

 

 

とどのつまりそんな自分でさえ、広く綺麗な心は持ち合わせていないということなのです。

今日の反省点、それが浮き彫りとなったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひゃッ!?」

 

 

腰が引けている。

 

 

完全な女の子の反応。最終的にあのバッティングスタイルであわやホームランとなりそうな打球を放ったドヤ顔の宇佐見蓮子に代わって、現在はマエリベリー・ハーンさん。初めて打席に立った女子の正しいお手本の反応をしてくれて、俺の中の女性の常識を修正してくれるのでした。マジ神。女神。アテナ様。アテナがどういう神かはよく知らないけれども。きっと美しい神である。多分。

 

「まあ私が本気出したらこんなもんかな」

 

先ほどまでマエリベリーさんが座っていた隣の場所に入れ替わって、口から自慢話述べまくり正直そろそろ顔鷲掴みにするぞ宇佐見蓮子が今ではここに座っていた。

 

 

「分かりましたから。蓮子さん、凄い凄い」

 

相手にするのがめんどくさい、と言った感情を押し殺すことなく彼女に言葉を返す。メンドクサイ、カッタルイ、ツカレルの現代社会の常識3コンボ。気分はもちろん五月病のサラリーマン。そんな気分に陥っているのでありました。将来働きたくないなんて自身の思いは通用しませんが、それでも思ってしまいます。そんな事実でさえめんどくさい。傍から見たらいい印象を抱かれない若者代表が俺なのであった。

 

 

 

「――それにしても意外ね」

 

「何がですか?」

 

宇佐見蓮子は自分のゴリラ打法を自画自賛した後、そんな疑問から話を切り出した。

 

「一真君が野球経験者なんて、意外でしょ。スポーツするのなんてめんどくさがりそうじゃない?」

 

「昔の話ですよ。才能もありませんでしたしね。これといった思い入れもありません」

 

彼女は俺が生まれた時からこんな無気力な男の子だと思っているのか。

まあ、今現在の自分が無気力人間であることは自覚していて、それを直そうという努力もしないのだからタチが悪いのは認めよう。

きっと性根が腐っているのだろうけど、そういうのは小さい頃からの積み重ねで段々とそうなっていくのだから、あながち彼女の言葉も間違っていないのかもしれない。塵も積もれば山となる。千里の道も一歩から歩まなくては辿り着かないのである。つまりそういうことなのだ。癪に障るが、しょうがないから使用がない。悲しい話である。

 

そんな俺の返答に「ふーん」と少し含みのある(俺にはそう感じられた)相槌を宇佐見蓮子は打った。

 

「あ、メリーがバントの姿勢に入ったよ」

 

しかしそんな俺の昔の話なんてすぐどこかに行って、今度はマエリベリーさんの現状へ会話は移り変わる。

 

右手でバットのグリップではなく、その先を掴んで前かがみになって次にくる球を待ち受けている彼女。

先ほどからフラフラと安定しないスイングをしていたマエリベリーさん、まだ一球もかすりはしていない事実から生まれた最後の手段が、これ(バント)であった。

しかし、あれだ。

そもそもの話、彼女は向かって来る球にビビっていたから今までかすりもしていないわけで。それを普通のバッティングスタイルよりも顔をぐっと近づけて行うバントは勿論、――出来るわけがないのである。

 

全く微動だにせず、機械から放られた軟球は彼女の顔の真横をを通り抜けた。それに遅れてビクッ!と僅かに反応を示し、次に姿勢を戻して彼女はバットの一番先を地面に下す。そうして一呼吸置いた後。彼女はまだ動いている投球機械を後目に、仕切りの扉を開けこちらの室内に戻ってきたのだった。

 

 

 

 

「無理」

 

 

 

 

開口一番、自身の可能性を完全否定。

 

「いやいやメリー。まだ球投げられてるから。せめて最後まで頑張って?」

 

「無理」

 

「そうですよマエリベリーさん。タダじゃないんですから」

 

「無理」

 

「「でも、」」

 

「むりッッッ!!!!!!!!」

 

両目をカッと見開き、彼女はこちらに不可能であると訴える。必死に。

 

「私の全細胞と過去の経験とこれまで描いてきた未来の自分が語ってくるのよ!『下手なことは言わん、やめておけ。その先は地獄だぞ』って!!私にはわかる。このまま続けたら取り返しのつかない事態に陥るって。……具体的に言うと多分、骨折するわ」

 

――マエリベリーさん、貴女実際に骨折したことないでしょ?

そんな質問は飲み込んで、彼女の様子を観察する。

恐怖から発汗作用が働いたのか額にはすこし汗がにじみ、両膝は若干震えている。揺れる瞳、定まらない焦点。

なるほど。マエリベリーさんは、運動とか苦手なのではないかと思います。言葉を濁さずに言うと、運動の音痴でしょう。運動音痴を略してう○ちって言う人は昔多くいたらしい。今では死語になっていると思うが。そういう虐めは駄目である。う○ち野郎は流石に言う方にも悪い印象を与えるよ。言う方もう○ちだよ、絶対。

 

「骨折(笑)」

 

そんな俺がどうでもいい考えをしている最中、宇佐見蓮子はマエリベリーさんを指さし笑っていた。というか腹抱えて大爆笑。お前友達なの?別にマエリベリーさんをフォローするわけではなく、事実としてだが、バッティングセンターでも骨を折ることはあるからね。フルスイングした勢いあまって転び、反射的に支えにしようと出した腕が変な方に曲がったりして折ってしまうケースは多いんだとか。

ま、マエリベリーさんはフルスイングなんて一度もしてないけどさ(震え声)。

 

「とにかくもう私は無理よ!はいもう次は一真君の番!」

 

「え?僕もやるんですか?」

 

マエリベリーさんに差し出された金属バットは手に取らず、俺はただそれを見るだけ。

そんな俺の様子を見て、隣に座る宇佐見蓮子は腕を組み、にやりと笑う。

 

「ふん、私との勝負が怖くなっちゃったのか一真く、イタイ痛いイダイ!!!頭を掴んで握力全開にしないでッ!このゴリラっ!!!」

 

ゴリラとオラウータンはお前だこの宇佐見野郎。

全くもって学習しないお猿さんである。きっとコイツのIQはやばすぎて測定不能。もちろん悪い意味でである。

 

はあ、と小さなため息とともにマエリベリーさんからそれを受け取ることにした。

 

「別に勝負してもいいですけど、どうすれば僕の勝ちになるんです」

 

バットのグリップを包み込むように右手で掴む。そうねぇ、と宇佐見蓮子は少しの間考え、そして俺の勝利条件を提示した。

 

「あのホームランって書かれた的に三回ぐらい当てたら私の負けを認めてあげよう。私も一回だけは当たるか当たらないかの位置に飛ばせたんだし、経験者なら楽勝でしょ」

 

マグレ当たりのくせに何言ってんだお前、と言おうと思い宇佐見蓮子を見ると、彼女は嫌らしい笑みを浮かべていた。ニヤニヤ状態である。

 

――ああ、なるほど。流石に、彼女もあの直径30㎝ほどの的に何度も当てるのは経験者でも難しいとわかるか。

 

つまるところ、コイツは何が何でも勝ちにきたのである。

これは推測だが、先ほど俺がアイアンクローをして自分を痛みつけられたことを彼女は根に持ってる。

全くもって繰り返しになるが、人間広い心と余裕を持つのが大事なのです。そしてそのバランスにも気に掛けましょう。

そうしないと、足をすくわれてしまいますから。

 

「……はあ、まぁいいっすよ。それでいきましょう」

 

そう力なく声を返して、仕切りの扉を開け室外へ足を運ぶ。

 

足元に五角形のプレート。白線で長方形に囲まれた打者の領域。それに入る前に、硬貨を数枚横にある投入口に入れる。切り替わるスイッチ。前にある自身の背ほどの機械がその準備に執りかかる。

 

背後ではくぐもった宇佐見蓮子の「空振りしろー」という野次の声。

テメェ…、と少し反抗心が芽生えたが。それは自分がバットを構えたと同時に、跡形もなく消え去った。

 

 

 

 

 

――構えはいつもと変わらない。変わってはいけない。それは自身の練習を忠実に再現するための集中方法。グリップの握り、力加減、肘の位置、腰の高さ。ブランクはあれど、それに異常は見られず、故に修正する必要はない。大事なのはモーション。コースの把握。最短のスイングで迫りくる球を打つタイミング。それさえ確かならば、動作の面は完全。残るは作業をするかのような起伏のない心の安定。この一瞬の時を限定し、自身を機械とする。

 

 

 

第一球。真ん中、120キロのストレート。

ステップイン。最大限まで球を引きつけてから、腰の旋回運動を開始する。

――バットの軌跡はレベルスイングを意識。でなくては自身の筋力で的を射るのは不可能だ。

 

 

 

壮烈な金属音が鳴り響く。矢のように飛んだ打球は、自身の勝利条件である的の少し下を射貫いた。

 

 

少し前までの彼女の野次はもう聞こえない。それは彼女がもう止めたからなのか、それとも自分が集中して無意識の内に遮断しているのか。それは分からない。

 

まあしかし、

 

 

 

 

あと0.1秒ほど、タイミングが合っていないか――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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Back:Sister E
十一話 旋回


 

 

 

 

 

「もう、振り返ることもないだろうから」

 

 

彼は、私にそう言った。

 

 

ーSister Eー

 

 

 

 

思い出せばそれは、紫色をした夕暮れのことだった。

お墓参りの帰り道。今からちょうど五年前の出来事。連れ添って長く延びている、透けた黒い影がやけに印象的に瞳に映った。

ポケットに両手を入れたまま、私の隣を歩く彼。淡々と、黙々と歩くその姿に自分(私)はどう思ったのか。その時、小さく声をかけた。

 

「お兄ちゃんは強いね」

 

「……なんで?」

 

少し間を置いての返答。だけどその歩調は変わらずに、彼は私を置いてけぼりにするよう。

 

「だって私、お兄ちゃんが泣いたところを、一度だって見たことないんだもの」

 

そんな()に少し躊躇いつつも、私は答えを返す。それは勇気を振り絞っての言葉で。自分にとって、大事なことを伝えようとしようとして。でも、彼は、そんなのはお構いなしに。

ふぅん、そうか、と。

なんてことのないように、貴方は私に言葉を返しました。

 

そうして続けて、

 

「まぁ、泣く必要はないからなあ」

 

と、言いました。

 

そんな言葉の意味と忌み。

それを()が知ることはなかったのです。

 

 

 

 

 

 

 

「う……ぁあ……」

 

そう言えば、窓は閉めきったままだった。

暑いという感想をまず抱き、次にやってしまったという過去の行いに叱責を。彼女の一日は自身を咎めることから始まった。

 

その彼女、宇佐見蓮子の住む部屋はむわっとした、むせ返るような熱気に包まれていた。それは彼女の起きた時間が昼に近い時間帯ということと、夏にも関わらず部屋の窓を全て閉めきって寝に入ったことから起きた結果であった。

 

つまるところ、エアコンをガンガンにかけて寝て、それをオフにするためのタイマーが彼女の起床時間よりも大分早かったのだ。故に汗をかいた肌にシャツは張りつき、居心地がとても悪い、しかしベッドからは動きたくない。スーパー悪循環デフレスパイラルに陥っているのが彼女の現状だ。

 

宇佐見蓮子自身、かったるい、とは思わなくもないのだけれど、それでもなんだかどうにかなってしまいそう。そんな心持ちなのです。と、そう思いながらゆっくりだらだらとベッドから起き上がって、後頭部を数回右手でかいて、背伸びをぐっとしてからようやくベッドから足をおろして立ち上がった。

 

まずはベランダに通じる窓を全開に。

そうして、

 

「洗剤、買いにいかなきゃな……」

 

そんな言葉を溢した。

 

 

 

 

 

 

今日は素晴らしい一日である。

 

 

俺こと坂本一真の一日は、誰にも見せたことがないほどの清々しいドヤ顔から始まった。

別に自分自身が何かを成し遂げたわけではない。しかし、ドヤ顔。

 

通称「どうよ?すごいやろ?崇め奉ってもいいのよ?」を表すこの表情はふとした幸福で零れるものなのだ。やったぜ。成し遂げたぜ。どんなもんなのだぜ、ってな感じである。

 

その理由は、大したことでもないのだが、なんと今日を合わせて三日、俺は宇佐見蓮子による何の武力介入なく家に引きこもれているのだ。快適、気楽、潔癖、幸福の4kである。やっぱストレスからの解放も合わせて5kにする。それほどの人生充実なのだった。

 

もちろん、俺の敵は宇佐見蓮子だけではない。我が母からの「お前部屋から出て何かしてこいや」と言う勅命はすでに下っている。だが、宇佐見蓮子のストレスから耐性が出来た俺にもはやそれは無駄である。今の俺を追い出したいと言うのなら、その三倍は持ってこいというのだ(迫真)。

 

「お兄ちゃん」

 

そんな気分は王様状態の俺に、部屋の扉ごしから声をかけられる。

 

「なんだ?」

 

「私今から自主練に行ってくるけど、何か帰りに買ってきて欲しいものある?」

 

俺に声をかけた人物は、家族である俺の妹であった。

なんと出来た妹なのか。

 

……というより、これは俺が部屋から出ずに度々「ちょっと帰りにコーラ買ってきて。ペプシじゃないぞ」と伝え続けたことから産み出された彼女の習慣なのであった。悲しみの副産物である。なんていうか切ないなぁと感じるのでした。

とりあえず自分も彼女に習って、習慣化した言葉を返す。

 

「コーラ買ってきてくれ。カロリーゼロのやつじゃないぞ」

 

「わかってるって。それだけ?」

 

「ああ、頼んだ」

 

俺の言葉を聞き、分かったと了承をして彼女は部屋から離れていった。

自主練習をすると言っていたから、きっと外にある公園で壁当てでもしてくるのだろう。

 

何の気なしに、俺は窓の外を見る。

空は晴れているけれど、少し遠くからは黒色をした雲の群れが押し寄せているのが目に入る。その進む速度は速い。もしかしたら雨が降るかな、なんて心の中で呟く。度々ある感想。よくある予感。

 

まぁ、しかし、

 

「自主練……自主練ね」

 

と、自分の真面目で従順な妹の言葉を、繰り返して呟く。

 

いやだって、お前のその自主連の成果ーーこれから発揮する機会はあるの?

 

 

 

 

 

 

 

「ぐわぁあああ!なんてこったい!!!」

 

宇佐見蓮子は一つの重大なミスを犯し、帰り道半ばで叫んだ。

 

その重大なミスーーー洗剤を買いにきたのに、その肝心の洗剤だけ買い忘れるという凡ミスである。しかもその事に店から大分離れてから気づいた。めんどくさいやつである。

 

「くそぅ、くそぅ……くやしいなあ、泣けないなんて……くやしいよ」

 

このぐらいで泣けるわけないでしょ、そんなに落ち込まないでくれない?、とこの場に友人のマエリベリー・ハーンがいたらツッコミをいれていただろう。宇佐見蓮子の喜怒哀楽はツッコミをいれざるを得ないオーバーリアクションが多い。

 

しかし時々、「へぇ、メリーの家からGが出たんだ。ふーん、……ホウ酸置いとけば?」のように冷めた反応をすることがある。普通の女性なら恐怖し反射的に叫んでしまいそうな話題もスルーである。ちなみにマエリベリーはこの瞬間に宇佐見蓮子という人物を完全に理解した。悟った。こいつ少女漫画派じゃないな、絶対ジャンプ派だ、と。

 

 

「今から戻るのめんどくさいなぁ……ああ、やってられない」

 

買った日用品とレトルト食品の入ったビニール袋を片手に下げ、がっくりと肩を落としながら、取り敢えず道を引き返すことにした彼女。その足取りは重い。どうすれば私は救われるのだろう?とまるで今宗教に勧誘されたら一発OKしてしまいそうな心持ちの中、彼女は歩を進める。

 

 

その進む道の途中、ある公園で珍しい光景、というより珍しい人物を目にして立ち止まる。

 

 

ボタンのついた白の半袖のスポーツTシャツ。ベルトを巻いた白の長ズボン。深く被っている鍔つき黒帽子。その人物の左手にある茶色のグローブを見て、後に、宇佐見蓮子はその様になっている相手にーー驚いた。

 

 

 

身体に一つ、大きな捻りを加えた。

その一連の動作。力を溜め、圧縮されたそれは、今にも爆発しそうなほど。

右足一本で立つ不安定な姿、しかし、震えなど微塵もない。その人物の目線は深く、これから放たれる自身の力の行方を理解している。それをただ、宇佐見蓮子は見守った。

 

ーー瞬間、その身体が旋回運動を開始する。

まるで一つの独楽になったかのよう。一本の芯を軸にしての、流麗でいて、かつ俊敏な回転。その流れに逆らわず、自身の右手にしなりを加え、その人物は真横から白弾を射出する。

 

その白球の速度は、宇佐見蓮子が初めて見たバッティングセンターでの球速よりも速く感じれ、事実、それよりも圧倒的に速かった。ここにスピードガンなる速度計測器があったら、それはこう示していただろうーーー球速、139キロと。

 

フォロースルーを終え、壁から弾かれたボールを受ける人物。その全てが洗練されていて、それは熟練の技であることが理解できる。そして、宇佐見蓮子が何よりも驚いたのは、それを成した人物がーーー女性であったことだ。

 

開いた口が塞がらないとはこのことか、と宇佐見蓮子は思った。

同じ女性でありながらこうも違う。170cmあるかないかという、女性からしたら高身長の部類に属する背丈。小麦色に焼けた肌に、快活な笑みを携えながら白球を持つ清涼さ。背中に柔らかく纏められた一束の黒髪が、素直に綺麗だという感想を呟かされる。

 

 

宇佐見蓮子は、反射的に一歩踏み出した。

その女性が活動している範囲へと、彼女は介入を開始する。

そうして野球少女の近くに立ち、その少女が宇佐見蓮子の接近にビクッ!と驚愕を表した後、一言。

 

 

 

「へい彼女、バットは持ってる?」

 

 

 

マエリベリー・ハーンがその場に居たらこうツッコミをいれる。

「どうして蓮子はいつもそうなの?」と。

 

 

つまるところ投手VS打者の一対一。

一方は熟練者で、もう一方は初心者に毛が生えてさえいない、突然バットを要求する不審者である。

 

 

 

 

 

件の人物であるマエリベリー・ハーンは退屈していた。

 

「……はぁ」

 

自分のやるべきことを全てやり終え、今日という一日を優雅に過ごそうとしていた彼女にとって今、驚愕な事実が判明したのだ。

 

そもそも自分、今大してやりたいことが存在していない、と。

 

「……宿題とか、そんな早く終わらせなくて良かったのかも」

 

マエリベリー・ハーンは友人の宇佐見蓮子と違い、『自堕落な生活を送る』ということを苦手とする人物であった。

暇になったからといってだらけるということを良しと出来ないのである。自由な時間が出来たのなら何か有意義なことを、と思考を廻らせる。遊ぶのなら遊ぶ、勉強するのなら勉強する、と目的を持って行動することを得意としているのだ。そんな彼女に今の状況は過酷なものだった。

 

「蓮子にとりあえず今何をしてるか聞いてみる……いえ、あの子はメールとか送っても、反応を返さないことが多いし。きっと携帯を携帯していないのよ。なによそれ。意味ないじゃない。もしくは、寝る前に携帯の充電を忘れて電池切れになっているか。……使えない携帯を携帯してるのは携帯なの?そもそも携帯は……やめましょう」

 

落ち着くため一つ深呼吸する。

そうして思い直して、次の行動へと移す。

 

「だったら一真君に………一真君って、受験生よね?流石にダメじゃないかしら。いや流石もなにもダメに決まってるじゃない。そもそもがおかしいのよ。一真君だって勉強したいに決まってるわ。ただでさえ蓮子という言葉に出来ない邪悪の被害を受けてるのに、今私も遊びに誘うと『マエリベリー、お前もか』みたいなニュアンスの返信が帰ってくるに決まってるじゃない。止めておきましょう」

 

また一つ大きく深呼吸する。

そうしてまたまた次の行動に移そうとして、しかし、それは、

 

「……あれ?もしかして」

 

そこで、また一つマエリベリー・ハーンは驚愕の事実を発見してしまった。

 

 

 

「私友達、少なすぎ……?」

 

 

きっとこの場に宇佐見蓮子と坂本一真が居たらこうツッコむ。

 

「え?今に始まったことじゃなくね?」と。

 

 

 

 

 




魔神柱狩らなきゃ(使命感)


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