【完結】デジタルモンスターA&A~紡がれる物語~ (行方不明)
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第零章~新たに/再び~
第一話~新たに/再び~


注意。
この小説は私の前作『ワールド・トラベラー』の直接の続編です。
一応、前作を知らなくても理解できるように書きますが、前作を知らないとわからないように書いてしまうこともあるかもしれません。その時は遠慮なく、言ってください。直ちに修正いたします。
また、感想や評価、その他諸々お待ちしております。


――さて!今回チャンピョンに挑戦するのは若き闘士!ランキング第十位ティラさん!そしてその相棒ティラノモンだー!――

 

 アナウンスが、どこか電子的なその空間に響き渡る。電子的。その言葉が示すとおりに、この空間は現実ではない。コンピュータで再現された仮想空間だ。仮想空間とは言っても、辺りに見える空間はどこまでも続く空と草原。それらは再現されたとはいえ、現実と見間違うほどに精巧に作られていた。

 そして、アナウンスが響き渡った数秒後。誰もいなかったその空間に数メートルはあろうかという赤い恐竜を引き連れた少年が突如として現れた。だが、その少年は緊張しているのか、表情が硬い。

 

――挑戦者が入場しました!さて、そんな挑戦者を迎え撃つのは、我らがチャンピョン!一億人のユーザーの中で、自らのパートナーを最高世代である完全体へと進化させることができた五人の中の一人!ランキング第一位の勇気さん!そしてその相棒のスカルグレイモンだー!――

 

 アナウンスと同時に派手な爆音が鳴り響き、一人の青年がこの場に現れる。青年は正しく王者といった雰囲気で、堂々としている。先ほどの少年とは対照的だ。そして、そんな青年が引き連れているのは、骨だけでできた異形の恐竜。先ほどの少年の赤い竜を遥かに凌ぐ体躯を持つその異形の恐竜の姿は、いっそ狂気を感じさせた。

 

「きょ、ぎょっ!ごぞ、かってびせまず!」

「……」

「……すいません」

「ならば、行動で!戦いで!その強さを示してみろ!」

 

 緊張を紛らわせるためか、それとも自分に喝を入れるためか。少年は威勢の良い啖呵を切った。だが、いかんせん噛みすぎだ。耳まで赤くなっている今の少年の心情を言うのならば、“穴があったら入りたい”というところだろうか。

 そんな少年のミスをなかったかのように振る舞う青年は、きっとフォローしたつもりだったのだろう。

 もっとも、少年にとってはそのフォローが逆に辛いのだが。

 

――さてさて!勝つのは一体どちらか!勝利の女神はどちらに微笑むのか!バトル開始だー!――

 

 だが、時は無情だ。少年のメンタル回復を待つことなく、舞台は次の段階へと進んでいく。

 アナウンスと共に、表示されたカウント。そのカウントがゼロになった瞬間。赤い恐竜と異形の恐竜はぶつかり合った――。

 

 

 

 

 

 五年前。世界は救われた。

 たった一人の人間を切欠にして。その人間の相棒たちとかつて世界に存在した英雄たちの手によって。だが、その事実を知る者は数少ない。いや、それどころか、世界が消滅の危機に遭っていたことを知っているものすら数少ない。人知れず、世界の危機は去ったのだ。

 世界の危機が訪れていたことなど知らない者は、危機感を抱くことなどなく平穏そのものとした暮らしを堪能しているだろう。

 だが、世界の危機について知る者がまったくいないというわけでもない。世界の消滅。そんな事態があったということを知った時、人は、生物は、どのような反応をし、どのようなことを想うのか。

 これは、続き。終わったはずの物語の続き。それでいて、別の。まったく異なる新しい物語でもある。

 世界はまだ、終わってはいない。だというのなら、当たり前のように物語は紡がれる。私が、あなたが、彼が、彼女が、私たちが、彼らが、彼女たちが。世界中にいるさまざまな人々が、それぞれの物語を――。

 

「よっしゃぁああああああああ!アグモンキター!」

 

 平和で豊かな日本という国。そこに存在する小さな街で暮らすその少年。名前を“布津大成”というその少年は、ヘルメットのようなモノを外しながら、明朝だというのに大声で叫んでいた。

 ちなみに、そんな大成に対する近所の反応はない。近所の方々にとって、大成のこの叫びはいつものことなのだ。よって、毎日のように聞こえる大成の叫び声に対しても、“ああ、またか”で済ませている。

 そして大成が叫んでいる理由。それには彼がハマっているゲームが関係している。

 ヴァーチャルゲーム“デジタルモンスター”。三年前に発売されてからアップデートを繰り返して、今や全世界に一億人のユーザーを抱える一大ゲームである。

 

「やったぜ。ふふふ……アグモンだ!アグモン!……グレイモンにしようかなぁ……ティラノモンにしようかなぁ……ぐへへへぇ……」

 

 悦に浸るあまり人として見ることのできない顔をしている大成は放っておいて。

 このゲームを分類するのならば、育成ゲームということだろうか。このゲームのタイトルでもある“デジタルモンスター”――通称デジモン。成長進化することによって、さまざまな形態に姿を変える不思議な生き物であるそのデジモンを育てるゲームなのだ。このデジモンは、ゲームの中の存在でありながらも、本物の生き物と遜色ない。

 このゲームにはさまざまな楽しみ方が存在する。そんなこともあって大勢の人々がハマっているのである。

 そしてこの大成も、このゲームにハマった者の一人だ。

 

「やっと!やっと……はわぁ~……やべ……眠気が限界……ぐぅ……」

 

 そんな大成は休日だった(・・・)からといって、トイレと食事以外の時間はこのゲームに費やしていた。そのために疲労が限界に来たのだ。死んだようにベッドに倒れ、大成は眠りにつく。

 どうでもいいことだが、日が変わった今、今日は休日ではなく平日。そして大成は学生である。もちろん、時間に余裕がある大学生とかではなく、中学生だ。ついでに言えば、この春から花の受験生である中学三年生だったりする。現在時刻から大成の起床予定時間まで三時間もない。どうやら、“また”寝坊による遅刻をする羽目になりそうな大成だった。

 

「ハッ!今何……あぁあああ!」

 

 そんな大成は朝の十時に目が覚めた。当然、遅刻である。

 やらかしてしまったことを自覚しつつ、それでもサボらずに学校へと行こうとする大成は所謂良い子の範疇になるのだろう。もっとも、本当に良い子ならば遅刻などしないのだろうが。

 鞄を持って、二階の自室から一階のキッチンへと降りていく大成。キッチンの机には朝ごはんと書置きが置いてあった。

 どうせいつもと同じことが書いてあるんだろ。そう思いながらも、大成は書置きに目を通す。

 案の定、そこには“いつも通り”に大成の両親から、二三日帰ることができないという旨のことが書いてあった。

 そのことに溜め息を吐いて、朝ごはんを食べた大成は学校へと向かって行く。

 ちなみに、そんな大成をご近所の方々が達観した目で見つめていたのは言うまでもないことである。

 

「おはようー!」

「お?大成!相変わらずの重役出勤だな!」

「それを言うなら重役登校だろ」

「いや、そういうことじゃなくてだな」

 

 ちょうど休憩時間の時に学校に着いた大成は、見知ったクラスメイトと言葉を交わしながら、自分の席へと行く。

 当然だが、遅刻しても堂々と入ってくる大成を見る周りの目は冷たい。というよりも、大成はその遅刻の多さゆえに周りから不良のような扱いを受けているのだ。その上、大成と会話する者など、先ほどのクラスメートを含めて僅かしかいない。軽く寂しい奴みたいな状態ではあるのだが、大成自身は特に気にしていなかったりする。

 

「またあのゲーム?」

「おぉ、優希!聞いてくれよ!俺の相棒さ昨日アグモンに進化したんだぜ!」

「はぁ……それで遅刻してたら世話ないでしょ。っていうか、アグモンって成長期じゃん。対して珍しいわけでもないし」

「いいだろ、別に!」

 

 席に着いた大成に話しかけるのは、彼と会話する数少ない女子の一人である“小路優希”だ。

 ちなみに。特徴のない、どこにでもいるような顔立ちの大成とは違って、優希はそれなりに整った容姿の少女である。その上で優希は成績優秀だ。そんな完璧超人二歩手前の優希が、不良扱いされている大成とそれなりに親しいということは学園の七不思議の一つに数えられていたりするのだが、それはほんの余談である。

 そんな二人の雑談も、次の授業の担当教師が教室へと入ってきたことによって終わったのであった。

 

 

 

 

 

 授業も終わって放課後。遅刻に対する説教をしようとした担任教師を躱して、大成は優希と一緒に下校していた。そんな大成を優希は呆れた目で見ているのだが、大成は対して気にしていなかったりする。無駄なところで神経が図太い。

 優希も大成の図太さを知っているからこそ、何も言わないのである。もっとも、それは大成と似たような人を知っているということも関係しているのだが。

 ちなみに、二人が一緒に下校しているのは、大成の家が優希の家と学校の間にあるからである。

 

「よっしゃ!帰っていよいよ……ふへへ……」

「絶対そのうち捕まるって……」

「何か言ったか?」

「何も」

 

 相変わらず常人とは思えないような顔をして歩く大成の隣で、優希は溜め息を吐く。大成は、普段の顔は普通なのに、時々変な顔をするのだ。その顔は一言で言えば、気持ち悪いという顔だろうか。子供のうちはいいだろうが、大人になると問答無用で国家権力に職務質問されそうな顔というのが一番近いのかもしれない。

 そんな顔をしている大成だが、優希が何も言わずにその横を歩いているのは単に慣れたからである。ちなみに、優希も大成と出会った当初の頃はドン引きしていた。慣れとは恐ろしいものだ。

 大成のそんな顔を引き攣った笑みで見守る近隣住人の寛容さを前に、全力で頭を下げたくなる優希だった。

 

「っていうか、優希もやったらどうだよ?面白いぜ?あ、もしかして隠れてやってるとか?そうだよなー……デジモンにやたら詳しいもんなー」

「やらないし、やってない。面白いとは思うけど……本物を知ってるし」

「最後なんて?」

「なんでもない!」

 

 最後にボソッと小声で呟いた優希の言葉をうまく聞き取れずに、思わず聞き返した大成。だが、優希が誤魔化した為にその内容を把握することはできなかった。

 もっとも、優希がつい呟いてしまったことは大成にとって驚天動地の事実だ。それを知ることができなかったのは、大成にとって幸と不幸のどちらだろうか。

 そうしてそろそろ大成が家に着くだろう頃、優希が前方を歩くある男を発見して、驚いたような顔をした。

 

「あれ?旅人?」

「……おー優希か!久しぶりだな!……何その微妙な表情」

「別に」

「はぁ。昔はもっと可愛げがあったの――」

「わーわー!」

 

 突如現れた旅人という男の言葉に、顔を赤くしながら叫ぶ優希の姿は大成が今まで見たことのないような表情だ。しかも、旅人と優希はかなりの仲らしく、大成のことなど眼中にない様子で二人の世界を形成している。空気になりつつある大成は、多少の気まずさを感じられずにはいられなかった。

 とはいっても、このままというのは面倒だ。なので、大成も空気を読まずにこの二人の会話に混ざることにする。

 

「あー優希?このおじさんは知り合い?」

「おじっ……そうか……そうだよな……おじさん……かぁ……」

「旅人落ち込むなら向こう行って。この人は旅人って言って……」

「恋人?優希って年上趣味だったんだな」

「ななな……そんなわけ無いでしょ!」

 

 道の隅で落ち込む初対面の旅人はともかく、クール系の冷静な性格だと思っていた優希が、動揺起伏の激しい反応をしたことに大成は驚きを隠せない。優希とは少なくとも数年来の付き合いだが、大成が初めて見る姿だった。

 

「で?本当のところはなんなんだ?」

「私が住んでいる孤児院に昔いた人」

「なるへそ」

「そりゃ、もう二十歳超えてるし……歳くったよなぁ……」

「はいはい。旅人って五年前から変わってないでしょ」

「あー……悪い。子供の頃の癖で俺って年上の人はとりあえずおじさんって言っちゃうんだよな」

 

 いい加減に、落ち込む旅人にウザくなった優希は無理やり旅人を立たせて歩かせる。すっかりと手慣れた感を大成に見せさせる姿だ。

 ちなみに、旅人が立ち直ったのはこの数分後。大成と優希がもうすぐ別れる場所に来た時でのことだ。そして立ち直った旅人を大成は馬鹿を見るような目で見ていた。人前でこのように隠そうともせずに簡単に落ち込む旅人に呆れたのである。

 その辺り、大成も旅人の扱いの第一歩を心得始めたと言える。

 

「はぁ。もういいや。とりあえず行くわ」

「え?もう?っていうか、一回くらいウチに寄ってかないの?みんな怒ってたよ」

「……いや……まぁ……だからだよ」

 

 旅人は、怒られるのが怖いからこそ、故郷ともいえる孤児院に帰ってこないということを優希は知っていた。だが、旅人もこのままではいけないと思っているのだろう。だからこそ、今日この辺りをうろついていたのだ。もっとも、やはり怖気づいたようだが。

 詳しい事情を知らない大成だが、旅人は怒られるのが嫌で帰らないというのは何となく察したらしい。子供のような人だな、と呆れていた。だが、呆れても嫌えないのは、なぜだろうか。不思議に思う大成だった。

 

「……今度はどこ行くの?」

「うーん……北極辺りにイッカクやアザラシとか、シロクマとか見にいてくる」

「大丈夫?リュウやドルとはまだ会えてないんでしょ?」

「別に何ともなるよ。大成くんだっけ?優希のことよろしく!それじゃあまたな」

 

 リュウやドルというのが誰を指しているのかは当然ながらわからない大成だったが、それよりも北極辺りに行くという旅人の言葉に信じられない思いだった。大成にとって外国などテレビの中の出来事だ。現実味がないと言ってもいい。そんな場所に行くことを、まるで散歩に行くかのように告げる旅人に驚いたのだ。

 そうこうしている間にも旅人は見えなくなる。結局、大成の中の旅人の第一印象は不思議な人という感じだった。

 

「なんていうか……個性的な人だな」

「自分もその個性的な人って括りに入るの自覚してる?ま、旅人に関して言えば確かにそうかもね」

「っていうか、北極行くって仕事か?」

「あー……趣味でしょ?」

「ふーん……寂しいか?」

「全然。……どこにでも現れるから、どこかに行った気がしないっていうか、ね」

 

 そう、旅人は突然いなくなるくせに、突然現れるというある意味神出鬼没な人物なのだ。

 例を挙げると、街頭インタビューに参加していたり、雑誌に後姿が載っていたり。優希が一番驚いたのは、映画を見に行った時に、映画のエキストラでスクリーンいっぱいに旅人の顔が映った時である。

 ちなみに、その時。優希はいきなりだったので飲んでいたジュースを吹いてしまった。一緒に行っていた友達に変な顔をされたのは言うまでもない。

 

「へぇ……」

 

 妙な人もいるものだ、と優希の愚痴を聞きながら、大成は早く帰りたい気持ちになるのだった。

 理由はもちろん、ゲームである。




というわけで、始まります。
“目指せ!前作越え!”を目標にやっていきますので、よろしくお願いします。
ちなみに、この小説の題名は現段階での“仮”ですので、ご理解ください。


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第二話~ゲーム《デジタルモンスター》~

 優希と別れた大成は家へと帰宅していた。どうせ、今日は大成の両親は帰ってこない。つまり、今日の残り時間はすべてゲームに費やすことができるのである。

 すぐさま晩御飯代わりに家の中にある食料を適当に見繕って、食べる。何とも味気ない食事内容だが、大成にとって大切なのは食事よりもゲームだ。

 そうして、食事をとった大成は部屋に戻り着替えて、準備をする。布団を敷いて、その上に寝転がり、ヘルメット型の端末を頭に取り付ける。

 

「よし、スイッチ……オン!」

 

 端末を起動したその瞬間に、大成は布団の上で寝転がっているのではなく、近未来的な都市に立っていた。

 ゲーム“デジタルモンスター”。このゲームの特徴として、ヘルメット型の端末を頭に装着することで、視覚その他感覚をゲームの世界である仮想世界に存在するアバターへと投影するということがある。簡単に言えばこのゲームには、ゲームの世界に入ることができるという、一昔前までならば妄想の産物だった技術が使われているのである。しかも、その精巧さといえば本物と見間違うほどだ。

 この世界は現実とは違うもうひとつの現実。そんなことを大々的に言う者もいるくらいである。

 このゲームの楽しみ方は、育てたデジモン同士のド派手なバトルや育てるという行為そのもの。

 だが、ゲームの中に入ることができるということや本物ばりの生き物を育てるというこのゲームの特性を活かして、コミュニケーション能力の上達や心を閉ざしたような患者のために使われることすらある。もはや、ゲームという娯楽の範疇以上のものとして使わることすらあるのだ。

 

「よっしゃ!行くぜ!」

 

 大成は昔からゲームというものが大好きだった。大成は現実世界でとりわけて得意なことも、やらなければならないことも、やりたいこともないもない。だからこそ、ゲームというものが大好きだったのだ。電源を入れれば、誰でも輝ける主人公になれるそのゲームが。

 そんな大成がゲームの中に入ることのできるというこのゲームにハマることも、半ば必然だったのだろう。

 

「ガガガ!ギャギャ!」

「おー!アグモン!待ったかー?」

「ガガガ!」

 

 そして、そんな大成の傍にいるのは、大成の腰くらいの背の黄色い恐竜だ。アグモンと呼ばれる成長期のデジモンだ。

 このゲームに登場するデジモンというものは多種多様だ。多すぎて、ネットの掲示板をフル活用しても、そのすべてを発見できていないほどである。その種類数についてこのゲームを運営している会社は何も言わない。

 こういう未知の部分が多いことも、このゲームの人気さに拍車をかけているのかもしれない。

 ちなみに、大成が大喜びしたこのアグモンはレアでもなんでもなく、結構メジャーなデジモンである。

 

「やっぱり、名前とか付けたほうがいいかなぁ?もう幼年期じゃないんだし」

「ギャ?」

 

 首をかしげるアグモンを連れて大成は歩く。

 大成が言った幼年期とは、デジモンの成長段階のことだ。二段階ある幼年期、成長期、成熟期、完全体。成長段階が上がるごとに強さも姿も変わり、その数も少なくなる。最高位の完全体など、一億人もユーザーがいるのに、五人しか辿り着けていないほどだ。

 このゲームをやるものの大半はこの完全体を目指す。大成ももちろん目指している。だが、一億人中五人ということからもわかる通り、かなり難しいというしかない。単にやりこめば進化できるというものではないらしいのだ。休日に一時間くらいやる子供が、完全体に進化させたという報告もある。

 どうすれば、完全体に進化させることができるのか。その条件は未だにわかっていない。

 ちなみに、全デジモンの種類数がわかりづらいのは、完全体の少なさも一役買っていたりする。

 

「まぁ、今度でいいか!さっ!バトルコーナーへ行くぜ!」

「ギャギャ!」

「よーしっ!目指せ!()成熟期だ!」

 

 近未来的なこの都市にはさまざまな施設がある。

 ゲーム内のアイテムを買うようなアイテムショップから、ミニゲームをするゲームセンター。さらにふれあい広場のような公園や情報交換する掲示板機能付きの施設。そして育てたデジモン同士で対戦を行おうとする人々が集まるバトルコーナーだ。

 バトルをするためには、とりあえずそこら辺にいる人に話しかけてバトルの申し込みをする必要がある。そして、相手がバトルをすることに了承するとバトル専用の空間へとアバターとデジモンが転送されるのだ。

 ちなみに、相手に話しかけるのが苦手という人のために、対戦相手を探して、バトルを申し込むパソコンのような端末もちゃんと存在する。

 

「よし!バトルよろしくお願いします!」

「ん?ああ、いいよ」

 

 大成もそこら辺にいる相手を適当に見繕って、そしてバトルの申し込みをする。そして次の瞬間、大成は森にいた。このバトルフィールドは、通常はランダムで決まる。例外は制限付きの大会や試合くらいである。

 ここでは、どんなデジモンの攻撃でもプレイヤーのアバターが傷つくことはない。よって、どんなデジモンでも自由に戦わせることができるのである。

 もっとも、視覚情報はバッチリ届くために、あまりに派手な攻撃は恐怖どころではないのだが。

 

「俺のパートナーはアグモンです!」

「僕のパートナーはパルモンかな」

 

 そう言って大成の相手が出してきたのは、パルモンと呼ばれたトロピカルな花を咲かせた植物のようなデジモンだった。

 大成のアグモンの技の中には火を使うものもある。そしてパルモンと呼ばれたデジモンは、見るからに植物である。相手が、見た目的に相性の悪い相手ではなかったことに、大成は内心でニヤリと笑う。弱い相手とばかり戦ってもつまらないのは確かだが、それでも戦うからには勝ちたいと思うのが人の性である。

 大成と相手の前にカウントが表示された。カウントがゼロになった瞬間に、バトルが始まるのだ。

 大成が内心で自分が勝者となっているビジョンを思い浮かべ、気持ち悪い笑みを浮かべている間にも、カウントは進む。そして、カウントがゼロになる。バトルが始まった――。

 

 

 

 

 

 すでに深夜にさしかかろうという時間。

 大成はグッタリとして、ゲーム内の公園にてアグモンと共に座っていた。今日の大成とアグモンの勝率は三割だ。お世辞にも勝っているとは言えない。というか、負けの方が多い。

 

「はぁ……いつもよりも調子が悪かったのかな……?」

「ギャガ……」

 

 ちなみに言えば、大成のいつもの勝率はだいたい四割である。大して変わっていない。

 一番初めのパルモンとの戦いを黒星で飾った大成は、そのままヤケになってバトルを申し込み続けた。それも今日の大成の勝率が悪い原因かもしれない。何事もヤケというのは良くないのである。

 そんな感じで、数時間過ごした大成は休憩がてらにここにいるのである。

 

「やっぱかっこいいよな……」

 

 大成が見つめる先にあるのは、空中に投影されているスクリーンだ。このゲーム内のいたるところにあるそれは、さまざまなゲーム内の内容を報道するような掲示板の役割をしている。

 現在、その掲示板にはランキング戦の結果が表示されていた。大成等の一般ユーザーはほぼ関係ないが、このゲーム内で優秀な成績を残した千人はランキングに登録される。ランキングに入ることができた人は、ランキング戦という特殊なバトルでその順位を上げることができるのだ。

 

「やっぱ一位は勇気さんかぁ……スカルグレイモンかっこいいもんな……」

「ギャ?」

 

 スクリーンを見る大成の顔には尊敬があった。そこには、昨日行われたランキング戦の結果が映っている。昨日行われたランキング戦は、ランキング一位の勇気とランキング第十位のティラの二人で行われた。

 ランキング第十位のティラは、その順位通りに強いプレイヤーだ。だが、そのパートナーであるティラノモンは成熟期。自分のパートナーをスカルグレイモンという完全体まで進化させた勇気にはさすがに勝てなかったらしい。

 

「ギャギャ……」

「よっしゃ!休憩終了!行くぜ、アグモン!」

「ギャガ!」

 

 勇気とそのパートナーであるスカルグレイモンと相対する自分の姿を、目を瞑りながら大成は妄想する。

 ちなみに、その妄想の中では大成のパートナーはアグモンだ。いろいろと突っ込みどころ満載な妄想であるが、そんな大成の妄想はいつものことである。

 そのしょうもない妄想を現実にすべく、アグモンを連れ立って大成は再びバトルコーナーへと向かって行く。

 ちなみにそろそ学生は眠らないとまずい時間帯に入りつつあるのだが、大成は気にした様子も見せない。というよりも、気づいていない。大成の明日が軽く予想つきそうである。

 

「へん!相変わらず下手の横好きみたいだな、大成!」

「さて……誰か手頃な奴はいないかなぁ……」

「無視すんな!」

 

 バトルコーナーへと入った大成に、チンピラのような相手がわざとらしく突っかかってきた。一応、アバターは自由にカスタムマイズ可能だ。とはいえ、どこぞの世紀末を彷彿とさせるようなチンピラ姿のアバターを使っているというのも珍しいだろう。

 “いつも通り”のことだ。大成としては無視したいのだが、そうは問屋が下ろさない。そいつは無視しようとした大成に先回りして、再び突っかかる。

 

「……何か用か?金片」

「なぁ?ここで話しかけたんだ。わかるだろ?」

「……」

 

 金片と呼ばれたその男は、下衆な笑みを浮かべている。

 金片と大成はこのゲームの中で知り合った。金片と知り合ってしまったことは、大成にとってこのゲームを初めて最大の失敗だった。見た目通りのチンピラ根性の、下衆な性格の金片のことが大成は好きではないのだ。

 だからこそ、大成は無視したかったのである。

 

「うるさいなぁ……金片でチンピラって読むくせに」

「名前は関係ねぇだろ!」

「で?バトル?はぁ……いいよ」

 

 溜め息を吐いて、大成は金片とのバトルに了承した。

 大成は金片のことが嫌いだが、同時に負けたくないという奇妙なライバル意識を抱いていたりもする。だからこそ、いつものようにバトルを受けてしまうのだ。

 ちなみに、その辺は大成の頭は悪いと言える。毎回のように金片のバトルを受けて、負けている(・・・・・)のだから。

 

「さて!俺のパートナーはアグモンだ!」

「お前……毎回のことだけど、本当に見た目がいいのだけを選んでいるんだな」

「いいだろ別に!」

「ま、どんな奴でも俺に負けちまうんだけどなぁっ!行けっ!エンジェモン!」

 

 現れたのは、天使。成熟期のデジモンであるエンジェモンだ。

 そしてその瞬間に、大成と金片はどこかの街へと移っていた。だが、街とはいっても廃墟だ。これこそが、二人の戦うステージだということだろう。そして、カウントが始まり、ゼロになる。戦いが始まった。

 

「いけぇ!アグモン!」

 

 初めに動いたのは、アグモンだ。エンジェモン目掛けて突進していく。アグモンは成長期。エンジェモンは成熟期だ。つまり、アグモンの方が格下だ。様子見などしてた時点で、負けるのは目に見えている。

 ゆえに、アグモンは速攻をかける。それが最良だと、大成が判断したから。アグモンが突撃すると共に吐き出した火炎弾。高熱量のその火炎弾は、真っ直ぐにエンジェモンへと向かって行き、直撃する。

 

「よし!当たった……当たった?」

「そんなへなちょこ火花が効くわけねぇだろ!」

「……マジか……」

 

 大成が呟くのも無理はない。先ほどのアグモンの火炎弾は“ベビーフレイム”。アグモンの必殺技――すなわちアグモンの持つ技の中で最も高威力の技である。その技が真正面から防がれた以上は、もはや正面からの戦闘ではほぼ適わないことを意味している。

 もっとも、それは大成もわかりきっていたことだ。普通のデジモンでは成長段階がひとつ違うだけで、地力にかなりの差が出る。その差は、天と地とまではいかないが、大人と赤子ほどの差はある。もちろん、例外も存在するにはするし、相性や戦い方如何では下克上も可能だ。とはいえ、基本的なスペックにかなりの差があることにも間違はない。

 

「っへ!やっぱりお前はたいしたことないな!やっちまえ!」

「っく!アグモン避けろ!」

 

 大成の指示を受け取ったのか、それとも自前の判断か。武器である混紡をうまく扱うエンジェモンの攻撃を、必死にアグモンは避ける。アグモンの背丈とエンジェモンの背丈はだいぶ差がある。ようするにエンジェモンにとってアグモンは的が小さいのだ。だからこそ、なんとかアグモンは避けることができているのである。

 だが――。

 

「ッ!アグモン!」

 

 それでも実力差が埋まったわけではないのだ。

 一瞬の隙をついて、エンジェモンはアグモンに攻撃を食らわせた。そして、一度掴んだチャンスを格下相手に手放すことなど、よほどの馬鹿でなければあり得ない。意外だが、金片は馬鹿ではない。つまり、そこからはもうエンジェモンの独壇場なのだ。

 小さなアグモン目掛けて、幾十の攻撃が直撃する。それはもう戦いの光景ではなく、虐待の光景だった。

 腕に、足に、顔に、喉に、アグモンの小さな体のあらゆる所に攻撃が当たる。だが、アグモンは避けることすらできない。このことは、エンジェモンの一撃を受けてしまった時点で決定事項でもあった。

 

「あ、……アグモン……」

「ッ!もういい!やめろ!エンジェモン!」

 

 意外なことに、茫然自失としている大成に変わって、戦闘を止めたのは金片だった。

 終了した戦闘。後に残ったのは、その場に立っているエンジェモンとアグモンに変わって存在する大きめの()。そして茫然自失としている大成とバツの悪そうな顔をしている金片だった。

 




ちなみに一週間に一、二話の投稿予定で、この第0章はすぐに終わって、第一章に移る予定です。
よろしければ、感想や評価もお願いします。
では、これからこの小説をよろしくお願いします。


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第三話~そして開幕の鐘が鳴る~

「ぬがあぁあああああああ!ムカつくぅううううう!」

「……はぁ、どうしたの?」

 

 朝。珍しく遅刻しなかった大成は、盛大に優希に愚痴っていた。一方で優希は面倒くさそうだ。

 事の始まりは数分前。大成が登校してきた時から始まる。登校して来た大成を一目見て、優希はいろいろと悟った。つまり、今の大成は至極面倒くさいと。だから、そんな大成を優希も初めは無視していた。だが、しつこく話しかけてくる大成を前に、優希も無視し続けることができなかったのだ。だから、こうなったのである。

 ちなみに、大成は優希と普通に話す。年頃の男子は女子とあまり仲良くしたがらないものだというのに。まぁ、優希も大成もそんなことを気にしないタイプなだけなのだが。

 別に大成の友達が少ないことは関係ない。優希しか話す人がいないというわけではない。

 

「金片がー!」

「……あぁ、またなのね」

 

 金片って言葉を聞いただけで、だいたい何があったのか優希は察した。というか、大成が金片にやられているのはいつものことなのだ。優希としては、そろそろ学習または成長しろと言いたいくらいである。

 

「っていうか、デジタマに戻っちまったんだぜ!?」

「そこまで?珍しいわね」

 

 ゲームとは楽しむものだ。だが、楽なだけのゲームなど存在しないし、存在したとして面白くもない。ゲームとは、敬遠する要素や難しい要素など所謂大変な要素が存在する。それらがあるからこそ、ゲームは楽しいと言っていいだろう。

 そしてこのデジタルモンスターもゲームである上で仕方ないことなのだが、そのような要素が存在する。このデジタルモンスターの中にある幾つかの敬遠する要素。その中でも最も敬遠される要素とは、デジタマ化だ。

 デジタマとは、その名通りにデジモンの卵のことだ。そしてゲーム“デジタルモンスター”は、デジモンを育てるゲームである。ようするにデジタマ化とは、せっかく育てたデジモンが卵まで戻ってしまうことであるのだ。

 デジタマ化が起こる条件は幾つか存在する。主なものは、デジモンがバトルで一撃で負けてしまうこと、そして勝率の良くないデジモンが圧倒的差で負けることの二つ。ようするに、バトルで発生するのだ。

 もっとも、条件さえ揃えば故意にデジタマ化をすることもできたりする。新しいデジモンを育てたくなった場合など、これをする者が多い。この場合などは前の経験値などが引き継がれるなどの特典が存在する。

 だが、バトルでデジタマ化した場合にはそれがない。手間暇かけたことが一瞬でゼロに戻る。だからこそ、デジタマ化は敬遠されているのである。

 

「せっかくネットで調べて、アグモンにしたのにー!」

「はぁ……そういうのって自然のなり行きで決まるものでしょ。ネットで攻略サイト見て、自分が育てたい者を育てるのって、なんか違わない?」

「そんな真面目回答はいいんだよ!ゲームなんだから!」

「まぁ、いいけどね」

 

 成長期くらいまでなら、ネットで調べれば進化する先を選べる方法が載っている。これは、成長期辺りの数が一番多いためだ。ようするに一番わかっていることが多いのである。

 未だ未練があるのか、大成はグダグダブツブツと言っている。そんな大成の愚痴を右から左へ聞き流しながら、優希はボーッと次の授業のことを考えていた。もはや、まともに聞く気など優希には微塵もない。

 だが、数分後。それだけ経っても未だに大成の愚痴は続いている。よくそこまで続くものである。鬱陶しいことこの上ない。だから、優希は話題を変えることにした。

 

「そういえば……大成って、プレイヤーネームは何て言うの?」

「へ?なんで?」

「いや……私も始めようかなって」

「……」

「何その顔?」

 

 その時の大成の顔は、唖然としたものだった。

 優希はデジモンに詳しいくせに、デジタルモンスターはやっていない。大成が何度も誘ってもやらなかったくらいだ。その優希がデジタルモンスターをやると言っている。

 これを驚かずして何と言う?そんな大成の心境だった。

 

「ちなみに、理由は?」

「懸賞で当たったから、やらないのはもったいないと思って。院のチビ達に上げてもいいけど、一番初めに私がやって……って言われちゃって」

「……で?なんで俺のプレイヤーネームが知りたいんだ?」

「知り合いにレクチャーしてもらったほうがわかりやすいじゃない」

「チュートリアルはちゃんとあるぞ?」

 

 それには一人でやるのは寂しいからという理由が優希にはあったのだが、大成には伝わらなかった。

 ちなみに、大成のプレイヤーネームは現実と同じ大成である。プレイヤーネームはゲーム内の名前とも言えるもので、ネットゲームでは匿名性という点で割と重要なものだ。だというのに、大成は現実世界とほぼ同じ姿のアバターを作り、名前も現実と同じものを使っている。危機意識が足りないと言うしかないだろう。

 

「それに俺は新しく育てないといけないからな」

「……はぁ」

 

 こういう自分本位な所が、大成の友達が少ない理由であるのかもしれない。

 それがわかっているからこそ、優希もしつこく食い下がることをしなかった。大成を頷かせる労力を考えて、面倒くさくなったのである。

 ちなみに、溜め息を吐いている優希の横で、大成は次は何を育てようかと考えていたりした。つくづく自分本位な男である。

 

 

 

 

 

 大成と優希が学校で話していたその頃。どこかのビルの一室にて、二人の男女が話し合っていた。二人とも共通してどこか覚悟を決めたかのような、戦地に赴く兵士のような顔をしている。まるで今いる場所が、今後を左右する重大な別れ道であるとばかりに。

 

「……そろそろ始まりますね」

「あぁ。絶対に成功させるぞ」

「大丈夫ですよ。そのためにこの五年。すべてを尽くしてきたのだから」

 

 二人の話している内容はどこか断片的で、おそらく部外者にはわかりようもない。

 だが、二人の雰囲気も相まって、仮に部外者がその話を聞いても、この内容を軽んじる者は皆無だろう。それだけの雰囲気を二人は発していた。

 

「失敗作はやはり……あの世界に?」

「だろうな。此度の実験体たちと接触しないように気をつけなければな」

「大丈夫ですよ。以前の失敗作のようには決しません!」

「……」

 

 失敗作。そしてあの世界。その言葉が女性の口から出てきた瞬間、僅かに男の顔が歪んだ。

 それは思い出したくもないことを思い出したような、悲しみと喜びとさまざまな感情が入り混じった複雑な表情だった。いや、どちらかといえば、それは贖罪を望む表情だったのかもしれない。

 だが、それもすぐに消えた。自分がやるべきことを思い出したのだろう。そのやるべきことがあるからこそ、弱音を吐くわけにはいかないのだ。

 

「アンノウンは我々の目論見通りに、北極に向かったそうです」

「アンノウン……世界を救った英雄も、我々力無きものから見れば、正体不明の怪物か。うまくいかないものだな」

「ご冗談を。結果論では何とも言えます。我々にとっては、彼はかの生き物たちと同じ。彼がいない今こそが……」

 

 アンノウンと呼ばれた彼。世界を救った英雄、正体不明の怪物。明らかに誇大と思わしき表現が出ている。だが、それを言った男の顔には冗談を言っている感じはない。正真正銘、そう思っているのだ。

 一方でアンノウンと呼ばれた彼の話題に移ってからというもの、女の表情は忌々しげなものへと変わっていた。女は自身の感情を隠そうともしていない。嫌悪の感情が出るあまり、その表情が醜く変わっている。

 そして、そんな女を男は冷めた目で見ていた。それは、間違っても仲間に向けるような視線ではない。男にとっては女は仲間ではないのだろうか。そんな男の心中は男のみが知る。

 

「あとは……とりあえず、言われた通りに手をまわして、彼女をあのゲームに誘い込むことには成功しました。数日中には始めるかと」

「ふん。必要とあれば、子供さえ利用する。わかっていたことだが、ロクな死に方をできそうにないな」

「かの生き物に迎合する可能性があるものなど、人間と見てはなりません。しかし、彼女は……わざわざ手をまわす必要があるほどの素質があるのでさすか?」

「……。謎の力と高い素質を持つ。それだけではない。すでにパートナーが存在しているのだ」

「……!それは……つまり、かの生き物と……あの世界と既に接触していると?」

「おそらくな」

 

 また女の顔が醜く歪む。女はあの世界とかの生き物。そしてアンノウンと呼ばれた彼に相当な思いがあるらしい。

 男は、もちろん女のその思いを知っている。その上で、放っておいていた。というよりも状況的には男も似たようなものなのだ。ただ、女とは感じ方が、見据える先が違うだけで。

 

「……場合によっては接触する可能性もあるのだろう。感情をもう少し抑える工夫をしろ」

「わかってますよ。そこまで子供ではありません」

「まあいい。もうすぐ……もうすぐだ。……プロジェクト“D"を始める時は。何度も言うが――」

「わかっています。失敗は許されません。……ずっとこの時を待ち続けたのですから」

 

 落ち着いた雰囲気の男とは対照的に、女の雰囲気は復讐者のソレだった。

 プロジェクト“D”。それが何なのかを知るのは、この男女のみが知ることである。

 

 

 

 

 

 放課後。真っ直ぐに家に帰宅した大成は、一目散にデジタルモンスターへとログインしていた。

 過ぎたことを悔いても仕方ない。大切なのは次どうするか。そんな考えの下、大成は昨日デジタマ化した己のパートナーを孵そうとしているのだ。

 ちなみに、次どうするか、なんて考えて起きながら毎回の如く学習できていない大成は馬鹿というほかないだろう。

 

「おぉおおおおおおお!」

 

 そんな大成は、初心者から熟練者まで訪れるゲーム内の必須施設にいた。

 この施設はさまざまな施設が集まる複合施設とでもいうべきもので、ゲーム開始時のチュートリアルもここで行われる。しかも、デジタマの孵化はここでないと行えない。そんなさまざまな理由が相まって、初心者から熟練者まで、多種多様なプレイヤーが集まるのだ。

 大成は必死になって、高速でデジタマを撫でる(・・・)。傍から見るとバカみたいだが、デジタマを孵すためには、プレイヤーがデジタマを撫でる必要があるのだ。

 ちなみに、高速で撫でている理由は、一時流行ったある噂のためである。孵るまでに百回以上撫でることに成功すると、強いデジモンが生まれるという噂だ。もっとも、それは根も葉もない噂である。強いという抽象的なことも相まって、今では誰も信じていない。

 そんな噂を大成はご丁寧に信じ続けているのである。いや、どちらかといえば、そんな噂にも縋り付きたいという感じだろう。その鬼気迫る表情からして。

 周りの人から生暖かい目で見られながら、大成は必死に卵を撫でる。そして、卵を撫で始めて一分が経過しようという時、ついに卵に罅が入る。ここまでくれば、もうすぐだ。

 

「よしっ!あとちょっとで――!」

「……アンタ何やってんの?」

「ッ!?あ……」

 

 突如として後ろからかけられた声に、大成はびっくりして手をもつれさせてしまった。今、大成は高速で手を動かしていた。その手が、目標からずれたのだ。その先はどうなるかわかるだろう。

 もつれた手が、その勢いを保持したまま、卵に当たる。結果、ボールのように吹き飛ぶことになったのだ。卵が。面白いくらいに吹き飛んだ卵は、壁に激突してようやく止まった。結構な勢いで当たったにもかかわらずに、割れることがなかったのはここがゲームだからだろう。

 

「ぬぅあああああああああ!」

 

 奇声を上げながら卵を回収した大成は、事の現況たる声の主を見るために振り返る。そこには呆れた顔で大成を見つめる優希の姿があった。

 ちなみに、優希のアバターは現実世界の優希の姿とほぼ同じだ。その上でプレイヤーネームも同じ優希なのだから、これで本人を見間違うはずもない。というか、大成といい優希といい、ネット上での危機意識が足りなすぎる。

 

「何すんだ!」

「アンタが何してんのよ」

「見りゃわかるだろ!」

「見てわからないから聞いてるのよ」

 

 優希の方には黒い産毛の生えたスライムのようなデジモンが乗っていた。ボタモンと呼ばれる幼年期第一段階のデジモンである。

 一方で大成が優希に抗議の視線を送ったその瞬間に、何かが割れる音があたりに響いた。その音を聞いた瞬間、大成は優希をそっちのけで自分が持っている卵に目を向ける。先ほどの音はデジタマの孵る音だ。つまり、大成の新しいパートナーとなるものが生まれたということである。

 

「プワ?」

「おぉ!」

 

 現れたのは尻尾部分に葉をつけた、スライムのようなデジモンだ。リーフモンと呼ばれる成長期第一段階のデジモンである。

 ともあれ、無事に生まれたのだ。ならば、大成の次にすることは決まっている。リーフモンを抱えて、大成は優希には目を向けずに、トレーニング施設へと向かおうとする。

 ちなみに、バトルコーナーではなくトレーニング施設なのは、バトルができるのが成長期からだからだ。その制限があるために、幼年期デジモンは専用の施設でトレーニングするのである。

 

「はぁ……トレーニング施設とやらに案内してよ」

「えー……ま、俺も行くからいいけどね」

 

 ため息を吐きながら歩く優希を連れ立って、大成はトレーニング施設に向けて歩き出した。

 この時点で時刻はだいたい午後六時過ぎくらい。一番プレイヤーが多い時間帯だ。道も施設も混んでいて、歩くのにもそれなりに気を使う。現実張りのリアルさがあるからこその現象だった。

 大成と優希は人混みを押しのけて、トレーニング施設の中へと入っていく。さまざまなトレーニング機器がある部屋。機器は、人が使うようなものからデジモン用の小さなサイズのものまである。中には、一体何に使うのかさえわからないような、謎機械さえあるのだ。初めての人はここへと訪れて、微妙な表情をするのがほぼ通例となっている。

 そして、優希もその通例通りに微妙な表情をしていた。優希が見つめているのは、謎機械のうちの一つ。数メートルはあろうかという巨大な石像が、空中に浮いて回転している機械だ。

 

「何……アレ……」

「……気にしない」

「……」

 

 興味深そうに機器類を一つ一つ見て回っている優希を放っておいて、大成はリーフモンを機器の一つに乗せる。スイッチを押すと、機械が作動するのだ。

 そうして、大成がトレーニング開始のために機械のスイッチを押そうとした瞬間、世界に音が響き渡る。

 

 

「ん?」

「何?」

 

 突然の事態に大成も優希も疑問を抱くが、二人がそうやって呆然としている間にも、世界に響き渡る音はどんどん大きくなっていく。数分もすれば、大成も優希も耳を塞がずにはいられないほどに、それは大きくなっていた。

 優希と大成の耳に届くその音。それは言うなれば、これから始まる物語への開幕の鐘の音というところだろう。いや、あるいは――。

 

 

 物語とはそれぞれの人々が交わり、紡ぐものである。それはつまり、物語は一つではないということ。いや、さまざまな物語が一つの世界という巨大な物語を紡いでいるといってもいいだろう。

 それは逆に言えば、一つの物語が終わっても世界は続くということ。であれば、一度終わった物語に続きがあるのも、半ば必然だったのだろう。いや、世界が続く限り、物語は生まれ続けると言うべきかもしれない。

 さて。開幕の鐘は鳴った。

 もし、この物語に始まりがあるのなら、ここが――。

 

 




はい、第三話です。
これにて第零章は終了で、第一章に移行します。プロローグ部分が終わった感じですね。
ここから本格的に物語が始まります。

では、次もよろしくお願いします。


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第一章~そして開幕の鐘が鳴る~
第四話~ゲームorリアル~


すみません、少し遅れました


 仮想世界に音が響き渡っていた。その音は時間が経つにつれてどんどんと大きくなっていき、数分後にはもはや無視できないほどの大きさになっている。

 そして音が大きくなるにつれて、優希は正体不明の頭痛に蝕まれていた。一方で同じ場所で同じ音を聞いているはずの大成は頭痛など感じてはいない。どうやら、その頭痛はこの場で優希だけが感じているモノのようだった。

 

「ぐっ……ぁああああああああ!」

「ちょ!おい!大丈夫かよ!」

 

 耳を塞ぎながら駆け寄る大成の言葉は、当然ながら優希には届いていない。世界に響き渡る音が、大音量であるということを差し引いても、頭痛のせいで優希には届かなかっただろう。それほどの頭痛に苛まれているのだ。

 いかに自分本位な大成といえども、そんな優希を放っておくほど外道ではない。どうにかしようとするが、そもそもこのような状況をどうにかできるほど、大成の頭はできていなかった。

 

「うぐぅ……ァアアァアァアアアアア!」

「ッ!なんだよこれ!何が起こってるんだよ!」

 

 大成が驚愕の声を上げたのも無理はなかった。優希の体が光っているのだ。いや、正確には優希の体の周り(・・)が光っているというべきだろうか。それはまるで天に昇る柱のようで、幻想的な光景だ。優希の断末魔の叫びがバックミュージックとして流れていなければ。

 そして、その直後に空間が歪む。まるで、ここではないどこかへと繋がるように。ここではないどこかから、何かを呼び込むように。

 そんな風に空間が歪み始めた時から、だんだんと優希のアバターは薄れていっている。大成にはそれが何を示すのかわからない。だが、このままボーッと見ているだけというのもできなかった。

 もし、ここで大成は行動を起こさなかったら。あるいはどうなっていただろうか。どれほど考えても、所詮は“IF”の話。現実に大成は行動を起こしてしまった。

 負担を軽減できないかと、そんな浅はかな考えで薄れ行く優希の手を大成は握った。

 その瞬間――。

 

「ッぁああああああああああああ!」

 

 まるで、体が引き剥がされるような、混ざり合うような頭痛が大成を襲った。叫んでも楽になどなれようはずもない。だが、叫ばずにはいられない。そんな頭痛が、大成を蝕んだのだ。

 コレが優希を蝕む頭痛であることを、微かに残った理性でぼんやりと大成は理解した。そして優希の手を握ったせいで、こうなっているのだとも。手を離せば、大成はこの頭痛から解放されただろう。あくまで頭痛の主体となっているのは優希だ。だが、極度の頭痛は大成にそこまで考えさせなかった。

 いや、例えそこに考えが至っても、それを実行するのは不可能だっただろう。痛みというものに耐える時、人は自然と力が入る。まして、耐えられないほどの激痛の中だ。そんな中で特定部位の力のみを抜くなど、常人にはほぼ不可能だ。

 

「ぁぁああああああ!」

「あぁああああああ!」

 

 二人が激痛で叫ぶ中、いよいよその苦行にも終わりの時が訪れる。

 大成たちを襲っていた激痛が突如としてなくなったのだ。ようやく解放されたことへの安堵か、二人は自分の意識が薄れていくのを感じた。そんなボンヤリとした頭で、最後に何処かへと引っ張られていく感覚を味わいながら、大成と優希は意識を手放した。

 

 

 

 

 

「……はっ!」

「ここ……まさか?」

 

 大成と優希は目を覚ました。広場で。

 明らかに先ほどとは違う場所で目が覚めたことに二人は混乱している。先ほどまで二人はトレーニング施設にいたはずなのだ。誰かが二人をここに運んだとしか考えられない。だが、なぜここへ運ばれたのかのかがわからない。

 しかも、奇妙なことに二人は、今いるこの場に仮想世界以上の現実世界のようなリアルさを感じていた。いくらデジタルモンスターが現実張りのリアルさがあるとはいっても、所詮仮想世界だ。現実には及ばない。

 さまざまな疑問が湧き上がって、二人は混乱の極致にあった。

 もっとも、優希に関しては大成とは別の意味で混乱しているのだが。

 

「いったい何がどうなってるんだ?……なぁ、優希はなにかわかるか?……優希?」

「……」

「おーい?」

「はっ!え?いや、私にわかるわけないでしょ。今日初めてよ?」

 

 混乱しながらも無理矢理に自分を落ち着け、大成は情報を得ようと辺りを見回す。そして少しでも落ち着くことができたためか、大成は二つのことに気づくことができた。

 一つ目は自分たちのパートナーがいなくなっていること。そして二つ目は、この場にいるのが自分たちだけではないことだ。混乱の極致にあった先ほどの大成や未だ混乱の中にある優希は気づけていなかったが、よく見なくても桁外れの数の人間がここに倒れている。というか、なぜ気づかなかったのか不思議に思えるくらいだ。

 その中で一番初めに起きたのが、大成と優希だったのだろう。そして、二人が起きた直後から、次々と辺りの人々が起き始めたようだった。

 起き上がった人々は大成たちと同じく、突然の事態に混乱している。そうして、騒がしい周りの人々によって、ようやく優希も辺りの状態に気づいたようだった。というか、気づくのが遅過ぎである。

 

「どうなってるの?」

「それさっき俺が言った」

「いや、そんなことわかってるわよ」

 

 この場にいる人々は、大人子供も男女も果ては国籍までも関係ない。さすがに老人と呼ばれるような年齢の人はいなかったが、それでも多種多様な人々がいた。

 しかも、この広場の入口辺りには見えない壁があるらしい。先ほどから何人かの人々がこの広場から出ようと必死に足掻いている。しかも、それだけではない。ご丁寧にゲームからログアウトすることすらできないらしいのだ。誰も彼もが必死になってこの状況の打破をしようとしている。だが、その努力も虚しく、この場を離れることは誰にもできそうになかった。

 

「あれじゃね?なんか新しいイベントとか……」

「本気で言ってる?」

「いや……」

 

 もちろん、大成もそんなことはないとわかっている。あのような、一歩間違えれば発狂ものの激痛を与えて始まるイベントをするなど常識的にありえないし、そんなことをするゲーム会社など潰れて当然だ。

 だが、だからこそ理解できない。この“世界”が一体何なのか。何が目的なのか。

 得体の知れない不気味さが足元から這い上がっているのを感じたのだろう。誰かがヒステリックな声を上げ、それに怯えた小さな子供たちが泣き出している。

 そしてそんな空気は伝染するものだ。大成たちが起きてから数分も経たずに、この場は阿鼻叫喚としていた。

 

「……これ……なんで?」

「……?優希どうかしたのか?」

「え?あ、いや……なんでもないけど……」

「けど?」

「あのね……ッ!」

 

 何かに気づいた優希が、そのことを大成に伝えようとするが、それよりも早く事態は進行した。

 突如として空中に投影されたスクリーン。そしてそこに映る人影。人影はノイズがかかっていて、詳しい容姿を判別することはできない。だが、それがこの場の事態の打破につながる何かだというのは気づいたのだろう。感情の制御がうまくできない子供たちを除いて、全員がスクリーンを注視した。

 そして、ある程度の視線が自分に集中したことがわかったのか、それまで一言も発さずに黙っていたスクリーンの人物は話し始めたのだった。

 

――ふむ。突然の事態に混乱しているようだな。無理もない。こちらとしても、謝罪したいが……まぁ、私が謝罪をした所で諸君らは納得しないだろう。よって、このまま話を進める。いいかね?一度しか言わない。まぁ、聞きそびれた者は……運がなかったと思って近くの者にでも聞き給え。これでも私は忙しい身なのでね――

 

 その言葉を聞いた誰もが、巫山戯るなと思っただろう。

 言葉の内容からして、この事態はこの人影によって引き起こされた、またはこの人影が関わっているということが理解できる。だというのに、一つの謝罪もないのだ。

 この場にいる人々は暇人ばかりではない。仕事中に突然連れてこられた者もいれば、睡眠中や食事中にこの場に連れてこられた者もいる。誰もが、大成みたいにゲームを楽しんでいる途中で連れてこられたわけではない。ここにいる人々の中には、この瞬間にも生活が危うくなっている人もいるのだ。

 

――この場にいる人々にはだいたいある共通点がある。勿体ぶらないで言うと、ゲーム“デジタルモンスター”のランキングに登録されている千人だ。まぁ、偶然近くに居合わせたなどの理由でこの場に来てしまったなどの例外もいるがね――

 

 その言葉で、例外とは自分のことであると大成は思い至る。口ぶりからしてまだ何人かいるのだろう。

 だが、大成が気になるのは優希だ。優希は今日あのゲームを始めたばかりだ。そんな優希がランキングに入っているはずもない。大成は優希に巻き込まれたとして、なぜ優希はここへ連れ込まれたのか。それは、本人である優希にもわからなかった。おそらく、これを企んだ者しか知らないだろう。

 

――さて、前置きはここら辺にして本題にいこうか。先ほども言ったが、ここはあのゲームの中ではない。ここはデジタルワールド。ネットワーク上の擬似空間……まぁ、ネットの中にある異世界と思ってくれていい――

「ッ!やっぱり……」

「優希?どうかしたのか?」

「え?あ、いや……なんでもない……」

――誰だったかな。現実とは違うもうひとつの現実……とはうまいことを言ったものだ。あのゲームはこの世界を元に作り上げたのだからな――

 

 それは皮肉だろう。そのことが理解できたものは、全員が微妙な気分となっている。

 ちなみに大成はその皮肉がわからなかった方である。

 「だからなんだっ!」と誰かが叫んだ。聞きたいことはそこではない。そんなことはどうでもいい。そんな思いがこもった叫び。そして、一度ブレーキが外れてしまったのなら、後はもう収集転がり落ちていくだけだ。

 次々と不平不満を漏らす声が人影めがけて上がる。

 

――ふむ。聞きたくないのなら、聞かなくてもいい。その代わり……この後は保証しないがな――

 

 その言葉で、誰もが黙った。当然だ。今、自分たちの生命はこの人影が握っていると言ってもいいのだから。

 人影の言っていることが正しいのならば、ここにいる人々は見知らぬ地に放り出されたも同然なのだから。だが、この場のリアルさや人影の雰囲気がその言葉に真実味を持たせていた。

 いや、それはもはや暗示にも似た不思議な説得力を持っていたのかもしれない。現実逃避をしている者でさえ、心の底ではこの話が真実だと認識していた。

 

――話の続きといこうか。あぁ……あと、ゲームに酷似しているからといって、ゲーム気分でいないほうがいい。まぁそれは、君たちの顔を見れば分かることだと思うがね――

 

 誰もが、その言葉の意味を測りかねていた。顔を見ればわかる。どうして、それでわかるというのか。

 そんな疑問を抱くことを人影はわかっていたのだろう。混乱する人々に構わず、話を先に進めた。

 

――まぁ、後で自分の顔を確認してみるといい。君たちのあのゲームで使っていたアバターはどこへ行った?とな。それか、ポケットの中を探ってみれば、あのゲームにはないモノを持っている者もいるだろう。この中にはな――

「……どういう……」

「大成……コレ」

「これって……スマホか?そんなものあのゲームには……」

 

 優希が大成に見せたのは、スマホのようなナニカだ。だが、そんなものはゲームの中にはない。それはつまり、今の優希が持っているソレは、ゲームにログインしていた時には持っているはずのなかったものだということを示している。

 

――ふむ。何人かは気づいたみたいだな。君たちは現実の体でもってこの世界にいるのだ。ふむ?例えランキングに入っている者でも、常時ログインしているわけではない。ログインしていた者ならともかく、ログインしていなかった者がどうやって呼ばれたか……疑問かね?――

「……あ、そういえば」

「大成……アンタ気づいてなかったのね」

「う、うるさいやいっ!」

――先ほど述べただろう?この世界はネットの中にある異世界だと。つまり、この世界に通ずる道はネットやコンピュータだ。携帯にパソコン、テレビでさえ……このご時勢ネットに関わりのない場所の方が少ないだろう?ならば、どこにでもゲートは開くことができる――

 

 それは、どこにいようと関係ないということなのだろうか。

 あのゲームにログインしていた者だけがこの場に連れてこられたと思っていた優希にとって、その言葉の意味するところのものは衝撃的だった。

 

――ネットを介してゲームと現実を繋ぎゲートを開く。そしてゲーム内の情報を元に君たちの肉体をこの世界に呼び寄せた。まぁ、理解する必要はない。君たちは君たちの現実でもってここにいる。それがすべてだ――

「……現実……ね……」

――さて。君たちが一番気になっているのは元の世界に帰ることだろう。安心したまえ。そのために必要なことは至極単純だ。君たちに一体。君たちに相応しいパートナーデジモンを任せよう。君たちはそれを究極体(・・・)へと進化させればいい――

「は?究極体?」

――究極体とは、完全体の上の存在。つまりあのゲームと同じ。進化させればいいのだよ――

 

 「ふざけるなっ!完全体にすら進化させられないのに……その上だと!?」と、また誰かが叫んだ。当然だ。あのゲームで、一億人のプレイヤーの中で完全体へと進化させることができたのはたった五人だ。

 そんな状態で、完全体のさらに上を目指すなど、誰もが不可能だと思うだろう。

 もっとも――。

 

――できなければ、帰れないだけだ――

「究極体かぁ。ぐへへ……」

「いまいち何を考えているかわかるわね……」

 

 大成を除くことだが。優希は大成から目を逸していた。理由は言わずもがな。その気持ち悪い顔のせいである。

 究極体という弩級の存在の示唆をされて、大成はお得意の妄想をしているのだ。どのような妄想かは当人のみぞ知ることだが、その気持ち悪い中にニヤケが入っていることからして、きっと本人にとって幸せな妄想なのだろう。とにもかくにも、緊張感のないことである。

 

――この話が終わった後、各自にそれぞれのパートナーがいく。これは例外たちにも同様だ。楽しみにしているといい――

「おぉ!パートナー!」

「緊張感ないわね……この状況でそれって……」

――まぁ、デジタルワールドの中でもこの街だけは安全だ。この街の中での衣住食は保証しよう。だが……究極体を目指すのならば、この街の外にはでなければならないがな――

 

 呑気な大成以外、その言葉に何度目かもわからない憤りを感じたことだろう。

 この街の中では安全。帰りたいのならばこの街から出なくてはならない。だが、異世界であるここで外に出るということは、外国に手放しで放り出されることに等しい。いや、外国の方がマシだろう。ここは自分たちの常識が通じるとは限らないのだから。

 

――……まぁ、この世界では私もわかってないことが多い。君たちの幸運を祈ろう――

「って、そんな世界に放り出すのかよっ!」

「今更すぎる……」

 

 それを最後に、スクリーンは消えた。話はそこで終わりということだろう。

 後に残されたのは、行き場のなくなった人々だけだった。だが、次の瞬間、空から光の柱が次々と降り注ぐ。さらなる事態に誰もかれもがパニックだ。

 だが、そんなパニックもすぐに収束することとなる。なぜなら、その光は人々に危害を加えなかったからだ。光の柱は、人々の前に寸分違わずに落ちる。だが、人々にあたることは絶対ない。

 つまり、その光こそがこの世界で生きながらえるためのキーなのだ。人々一人一人の前へと落ちてくる光の柱。その光の中から現れるのは、さまざまなデジモン。

 その現れたデジモンがその人のパートナーデジモンということなのだ。デジモンたちは一括して成長期だ。それ以上のデジモンもそれ以下のデジモンもいない。

 そしてそのことに思い至った大成は、先ほどまでとは別の意味でテンションが上がってきていた。

 

「さあっ!こいこい!」

「大成がっつきすぎでしょ……」

「ここが俺の人生の分かれ目なんだよっ!」

「はぁ……」

 

 相変わらず緊張感に欠ける大成を前に、優希はため息を吐いた。

 そうして、大成の前にも光の柱が落ちてくる。まぶしくてよく見えないが、大成はその中にいるであろう己のパートナーに思いを馳せていた。

 

「さぁこいっ!アグモンか?ギルモンか?はたまたブイモンとか……っ?あれ?あれれ?」

 

 そうして、現れたのは緑色の芋虫。大成の期待を大幅どころか明後日に裏切る結果である。

 

「……どうも。僕ワームモンです」

「……。ウソだぁああああ!」

 

 残念ながら、現実はこんなもんである。

 




第一章開始です。
今回からどんどん話が進んでいきます。

11月19日加筆修正しました。


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第五話~意思と強制と~

すみません、書いていておかしくなったので、今回の冒頭に入るはずだった五百文字くらいを前話の最後にくっつけました。
ですので、そちらを読んでいない方はそちらからご覧ください。



「……どこだここ?」

 

 大成は見慣れぬ部屋で目を覚ました。

 目を覚ました大成は見慣れぬ部屋で眠っていたことに疑問を抱く。だが、大成が口に出したそんな疑問も、意識がはっきりするにつれて自然と氷解していくこととなる。

 疑問が氷解していくのと引き換えに、思い起こされる記憶。見知らぬ世界。スクリーンに映る謎の人影。究極体。さまざまな記憶と共に、ここが大成たち連れてこられた者が過ごす宿泊施設だということも思い出していた。

 現実世界からこの世界へと連れてこられた約千人余りの人数を収容してまだ余りあるほどの、巨大さを誇る施設。そんな巨大な宿泊施設の一室に大成はいるのである。

 あの人影の説明の後、大成たちは呆然としながらも、とりあえず現実逃避をするためにゆっくりと休むことのできるこの施設にやってきたのだ。

 もっとも、それは数日前のことなのだが。

 そう、数日前なのだ。今、連れてこられた人々は概ね三つのタイプに分けられる。一つ目は人影の話を真実だと認識し、行動を起こしているもの。二つ目は人影の話を真実だと認識しながらも、この事態を前に諦めて救助を待つもの。そして三つ目は現実逃避をしているものである。

 ちなみに、大成は非常に判断が難しいが、強いて言うなら三つ目である。

 

「……はぁ」

 

 意識がはっきりした大成は、今の状況を思って溜息を吐いた。大成とてしたくて現実逃避をしているわけではないのだ。大成が現実逃避しているのも、すべては――。

 

「すぅーすぅ……」

「……はぁ」

 

 大成の隣で眠っているデカイ芋虫のせいである。もちろんただの芋虫なわけがない。

 名前をワームモン。成長期のデジモンだ。そして大成にとって遺憾ながら、彼のパートナーデジモンである。

 あの説明会の後、それぞれにパートナーデジモンが割り振られた。次々とパートナーデジモンを獲得していく周りに人々を前に、大成も状況を忘れて今か今かと楽しみにしていたのである。だが、実際彼の元に来たのは芋虫。

 ちなみに、ワームモンと出会ったその時の大成の顔は、近くにいた優希をして“思わず哀れんでしまうような顔”と言わしめたほどである。

 大成とてこの非日常に巻き込まれて、自分が主人公の物語というものを妄想しなかったわけではない。それは、大成くらいの年頃ならば、ほとんどの人は一度は考えてしまうことだろう。だというのに、実際のパートナーは派手さのない地味な芋虫。泣きたくなった大成である。

 もっとも、半ば強制でこんな大成のパートナーになったワームモンはそれ以上に不幸というしかないだろうが。

 

「すぅ……はっ?あれ……あ、おはよー」

「はぁ……なんでこんなのが……アグモンとかさ、ギルモンとかさぁ……もっと格好良いデジモンならたくさんいるだろ。なんで……こんな芋虫……」

「僕は芋虫じゃないよ。ワームモンだよぅ……」

「ぁぁもう!うるさい!お前なんかイモムシ……いや、イモで十分だ!」

「イモ……酷い」

 

 ワームモンは気弱で臆病な性格をしている。数日の付き合いでそれを知った大成は、せめてそんな性格だけでもなんとかならないものかと切に思っていた。

 大成とてこの見知らぬ地で、奇妙なことに巻き込まれた身。いくら、非日常に多少の興奮を持てたからといって、それでもまったくの不安がないというわけではない。ただでさえそんな状況なのに、近くでこのウジウジとした性格を撒き散らかされては、イライラが溜まるだけだ。 

 

「あぁもう……そら、行くぞ、イモ」

「だから、ワームモンだよぅ……」

 

 とはいえ、いくら現実逃避しても、現実は変わらない。この世界に連れてこられたことも、パートナーが臆病な気持ち悪い芋虫であることも。現実逃避という言葉は、現実が何も変わらないからこそ、逃避という言葉が付いているのだから。

 仕方なく、大成は食堂へと歩いて行く。そんな大成の後ろを必死について行くワームモンは健気というのか、アホというのか。

 ちなみに、食堂は一日三食を支給する大成たちのこの世界での生活の要とでもいうものである。残念ながら、味は普通だ。とりわけて美味しいわけでも、不味いわけでもない。

 

「今日は何を食うかな……」

「僕はキャベツ」

「……。それは料理じゃねぇよ」

 

 食堂は食券式なのだが、無駄に高度なコンピュータが設置されていて、さまざまな料理や食材がある。味はともかく、種類だけならば数千は行くだろう。無駄に種類は豊富だった。

 ちなみに、大成は出てきたカレーを手に持って、机の空きを探して歩いて行く。時間が時間だから仕方ないのだが、大勢の人々が食事している。しかも、見渡すと人々に混じってさまざまなデジモンがいる。思わず自分の芋虫と見比べて、溜め息を吐いた大成だ。失礼すぎである。

 そんな中で、食事をしていた優希を発見した大成は、そちらへと向かって行く。近づいてくる大成に、優希も気づいたようだった。

 

「おはよう」

「もう昼なんだけど……ていうか、カレーと生キャベツ一個って……」

「これは俺の分じゃねぇっ!だいたい、生キャベツなら千切りだろっ!」

「……。ま、まぁ、ちゃんとワームモンにもごはんを上げているのね。てっきり……」

「ペットを飼う上で常識だろ。こんなんでも命は命だ」

「ペット……こんなん……酷いよぅ」

 

 大成の隣で上がった非難の声はあっさりと流された。というよりも、小さすぎて聞こえなかったというのが正しい。気弱なワームモンとしては、大声で突っ込むことなどできない。だが、抗議の感情はある。結果、小さな声で呟くこととなったのだ。

 もっとも、大成としては聞こえていても、無視した可能性が高いが。

 そんなワームモンにキャベツを与えて黙らせ、その間に大成は優希を話をする。

 

「そういえば、優希最近どこに行ってるんだ?」

「私?調べたいことがあってね……個人的に動いてる。それに究極体まで進化させたら、元の世界に返してもらえるってのも不明だしね」

「でも……」

「わかってる。それしか、今のところ方法がないっていうのも。でも、あの人影は自身の目的を明らかにしてない。信用するには危険すぎる」

 

 優希の言うことは正論だ。それに現実逃避でこの施設の中に留まって動こうともしない大成に、どうこう言えるはずもない。優希はすでに行動を起こしているのだ。そんな優希の口調は、現実逃避で時間を無駄に使っている大成のことを責めているような、冷たい口調である。

 もっとも、優希にはそんな意図はないし、大成としてもそんなことで動じることはない。

 

「そ、そういえば、優希のパートナーデジモンってどんなんなんだ?あの時は見なかったけど……まさか、受け取ってないなんてことは……」

「そのまさかよ。あ、大丈夫。でも、パートナーデジモンはいるから」

「どういう意味?あっ……まさか妄想の中で……?いくらなんでも」

「それはない」

 

 寿司を食べている優希は、大成の戯言を眼力で封殺した。

 ちなみに、その時の優希の様子は大成曰く“ガチで殺されるかと思った”とのことである。口は災いの元とはよく言ったものだ。

 食べ終わった優希は、片付けをして食堂を出て行く。また調べ物をしに行くのだろう。そんな優希の後ろ姿を、複雑な気持ちで見送った大成だった。

 

 

 

 

 

 食堂で御飯を食べた後、大成は部屋へと戻ってきていた。そのまま布団に倒れ込んで、仰向けで何かを考え始める。そしてそのうちに眠ってしまうのだ。これが、最近の概ねの大成の生活だ。

 そんな大成に呆れながらも、ワームモンは何も言わない。ワームモンとて、わかっているのだ。大成が元の世界に帰るためには、自分が究極体にならなければならないことが。

 デジモンの進化する条件は明らかにされたはいない。だが、その条件に戦闘行為が助けになるということはほぼ確定された事実である。そして、それはそのままワームモンが戦闘を行わなければならないことを示している。だからこそ、ワームモンは自分から何も言い出さない。

 ようするに、ワームモンとしては、自分を戦闘に導くようなことを自分から言い出すなど、怖くてできないのだ。

 

「……」

「……。やっぱりこのままじゃ……いけないよな……」

「……」

 

 大成の心の中は複雑だった。

 物語の主人公や非日常的な出来事に憧れる気持ちはある。だが、それだけでやっていけるほど、大成は向こう見ずな性格をしてはいない。図太い性格はしているが。

 誰よりもそれに憧れたからこそ、ゲームというものにハマった。そして誰よりもそれに憧れているからこそ、主人公たちの道のりが楽ではないことくらいわかっている。大成は、そんな辛い道のりを歩くことをすぐに覚悟できるほどのブッ飛んだ思考をしていなかった。

 これが必要に迫られるほどの出来事だったのなら、まだ大成も割り切ろうと努力できたし、その図太い性格からして割り切れたのだろう。だが、現実は安全地帯を設けられている。ここにさえいれば、安全“だけ”は保証される。そんな甘い毒に、大成は抗えないのだ。

 ようするに、わざわざ苦労する必要などないだろう、ということである。

 

「……そうだな。おい、イモ……くかー」

「って寝るのっ!?」

 

 ごはん後の睡魔に抗うこともせず、大成は眠気に身を任せる。

 何か話しかけられると思っていたワームモンは、そんな大成に驚くのだった。だが、言っても仕方ない。すでに大成は眠りについている。仕方なく、ワームモンも眠りにつくのだった。

 ちなみに、大成が起きたのはこの六時間後。日が暮れてからのことである。眠りすぎたせいで夜眠れなくなるのだが、それはほんの余談だ。

 そんな大成は起きてから、眠る前に考えていたことを実行すべく、ワームモンを叩き起こす。

 

「……よしっ!さて、行くぞ」

「すぅすぅ……はっ!?えっ!?」

 

 突然の事態に慌て出すワームモンを、大成はそこら辺にあった紐で縛って吊るし、引きずって歩く。

 ちなみに手で持たないのは、さすがの大成も気持ち悪い巨大な芋虫を手で持ちたくはない――などというわけでもなく、ただ単にそちらの方が見栄えがいいと思ったからである。大成が巨大芋虫を手に抱いて歩くことに微妙な嫌気を感じた結果なのだ。もっとも、その結果はさらに格好悪い見栄えとなっているのだが。

 ちなみに、泣きながら引きずられていくワームモンのその姿は、さながら牛飼いに買われていく牛のようだったと、目撃者は語っていたりする。

 

「うぅ……どこ行くの……」

「ちょっと出口まで」

「へぇ~……って!えぇっ!?今なんて!?」

「だから、出口。行くぞ」

 

 大成の突然の意思表示に驚くワームモン。

 確定された情報ではないが、一度この街から出ると戻ってくることなどできないといわれている。この街から出た者が誰も戻ってきていないことから、そんな話が出てきているのだ。

 だからこそ、出口を目指している大成にワームモンは驚いたのだ。そして、それが意味することを察したワームモンは顔を青くする。元から緑色なのに、さらに青くなるというシュールな生き物だ。

 

「なんで……嫌だよぉ……怖いよぉ……」

「別に出て行こうなんて考えてないって。食っちゃ寝してるのも飽きたし、ちょっと様子見するくらいならいいだろ。暇つぶしになるし」

「本当?本当だよね?絶対に出ていかないよね?」

 

 大成にこの街を出ていく気がないと知って、パアッと顔を明るくさせたワームモン。一瞬で青かった顔が元に戻るという、ある意味で生物の範疇を逸脱した現象を目の当たりにした大成は微妙な顔になるのだった。

 そんなこんなでしばらくして、大成たちは出口へとたどり着いた。出口は巨大な扉だ。門と言い換えてもいい。この街を包み込む外壁、その向こう側へと出ることができる唯一の扉。

 そんな時、凝った装飾のその扉を感心して見ていた大成は、扉を怪しく調べている人影に気がついた。

 

「これが出口ね……まるで巨大な扉だな。ん?あれって優希か?」

「大成?こんな所で何してるの?」

「いや、部屋でグダってるのも飽きたし……ちょっと探検でもしようかと」

「ふーん……っていうか、ワームモンよね?それ」

 

 扉を調べていたのは、優希だ。そんな優希が指差したのは、未だ引きずられているワームモンである。さすがの優希でも、大成の行動は予測できていなかったらしい。頬を引き攣らせている。

 一方で、ワームモンも、優希に対してこの状況を何とかしてくれるかもしれないという希望を抱く。先ほどからワームモン自身も紐を切ろうともがいているのだが、紐は丈夫だ。ワームモン程度の力ではビクともしない。自分ではどうにかできないからこそ、ワームモンは優希に何とかしてほしかったのだ。

 ちなみに、大成が解いてくれるかも、なんていう甘い考えはワームモンの中には存在していなかったりする。その辺り、短い付き合いながらもワームモンも大成のことを理解し始めていた。

 

「……そろそろ解いてあげたら?」

「えー……?まあ、いいけどさ」

「ありがとう!優希さんっ!」

 

 解放されたうれしさにはしゃぐワームモンを優希は宥める。はたから見れば、もはや大成よりも仲がいいといえるだろう。そんな光景に、ほんの少しばかりの謎の敗北感を抱いた大成だった。

 

「お前が優希か……」

「ッ!」

 

 その時だった。現れたのは、男だ。大成も優希にも見覚えはない。背丈は高い。二メートル近くはあるだろう。だが、その男が何より異様に見えるのは、まるで生気の宿っていないようなその目だ。生気の宿っていないその目は、その男に機械のような印象を抱かせる。

 そんな異様な男を前に、優希たちは動けずにいた。その男が作り出している雰囲気にのまれているといってもいい。

 

「ふむ……情報にはない不要分子もいるが……まぁ、いい。命令は外へと追い出すこと。それだけだ」

「何を……ッ!」

 

 その瞬間に、男が取り出したのはSDカードのような何かだ。よく見れば何かが描かれているのがわかる。だが、それだけだ。優希たちの場所からでは何が描かれているのか理解できなかった。

 男を警戒したまま動けない大成たちを放っておいて、その男は腕に取り付けられた機械にそれを挿入する。

 

「セット『グレイモン・メガフレイム』」

「なっ!」

 

 現れたのは、火炎弾。

 優希も大成もそれを知っている。男の言葉が正しければ、成熟期デジモンであるグレイモンの必殺技だ。目の前にある火炎弾が本当にそれと同じものならば、大成たちが食らえばひとたまりもないだろう。

 いや、疑うべくもない。火炎弾は空中に待機しているだけだというのに、周囲の温度は比べ物にならないくらいに上がっている。それは、火炎弾が本物だということの証明だ。

 命の危険を感じて、その火炎弾から逃げるように大成たちは動こうとする。だが――。

 

「セット『テイルモン・ネコパンチ』」

 

 その瞬間に、大成たちの前へと回り込んだ男は、大成たちに殴り掛かる。人間とは思えないほどの俊敏さで動くその男の拳を大成たちが避けられるはずもない。ご丁寧に全員がまとめて殴り飛ばされる。

 人間とは思えない怪力。まるで漫画のように吹き飛んだ大成たちの行く先にあるのは、いつの間にか“開いている”あの出口だ。

 

「なぁっ!」

「出るつもりなかったのに!」

 

 その瞬間に大成たちは出口の向こう側へと消えた。

 後に残ったのは、その場から立ち去る男の後ろ姿だけだった。

 




というわけで、大成のパートナーデジモンはワームモンです。
まあ、加筆修正した前話で分かったことではありますが。

さて、ようやく本格的に始まります。
次回は早速アイツが登場します。

では、また次回もよろしくお願いします。

いい加減に題名とあらすじから(仮)を取らないと……。


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第六話~出会ったのは~

今日は用事があるので、早めの時間に投稿します。


 満天の星が瞬くそんな夜空の下。剣を持った白い竜騎士は荒野を歩いていた。

 五年前に仲間と生き別れて以来、その白い竜騎士はこうして旅を続けているのだ。いつかまた会えると、その再会を信じて。だから、これは偶然だったのと共に必然だったのだろう。

 

「……デジャヴだな」

 

 白い竜騎士は空を見上げて溜息を吐いた。空には何もない。だが、人間を遥かに凌ぐ視力を見るその白い竜騎士は、その空にあるものをしっかりと見つけていた。

 空から落下(・・)してくるソレら。常人ならば、それを見て唖然とすることだろう。なぜならば――。

 

「ぁああああああああ!死ぬぅううううううう!」

「ちょっとぉおおおお!落ち着きなさいぃいいいいいい!」

「うわぁあああああん!」

 

 落下してきているのは、人だ。しかも、一人ではない。二人の男女が超高速で落下してきていたのである。このままでは後数秒で地面に着弾することだろう。

 白い竜騎士はその片方に見覚えがあった。だからこそ、既視感を覚えているともいえるのだが。

 再会を求めていたのは確かだけども!と、求めていた再会ではなかったことに多少ガッカリしながら、白い竜騎士は溜息を吐いた。白い竜騎士が本当に求めていた再会は、彼女とは別の者たちとの再会なのだ。

 もっとも、彼女(・・)と再会したいと思っていなかったわけでもないのだが。

 そしてもちろん、白い竜騎士がグダグダとそんなことを考えている間にも、彼らは地上めがけて落ちてきている。

 

「……行くか」

 

 何度目になるかもしれない溜息を吐いて、その白き竜騎士である“スレイヤードラモン”は現在進行形で落下している彼ら――大成たちを助けに行ったのだった。

 ちなみに、スレイヤードラモンが大成たちを助けた時には、すでに地面着弾の一秒前のことだったりする。

 死を覚悟して生を諦めていた大成たちにとって、スレイヤードラモンの救助は驚愕すべき出来事だった。というか、言葉もでないとはこのことだろう。大成たちは驚きのあまり、放心している。

 まぁそうだろうな、と心の中で呟きながら、スレイヤードラモンはとりあえず再会の挨拶をすることにしたのだった。

 

「よぉ。久しぶりだな。優希」

「リュウ?」

「優希は空から落ちてくるのが好きなのか?」

「そんなわけないでしょうがぁっ!」

 

 そして大成たち中で、いの一番に復帰したのは優希だった。それには、スレイヤードラモンとの知り合い(・・・・)だったということが大きいのだろう。

 未だ放心している大成や、その頭にしがみついているワームモンは半ば置いてけぼりだ。そして数分後。ようやく興奮が落ち着き、助かったことに気づいた大成は、奇声を上げて生きていることを喜ぶのだった。

 

「なかなか賑やかな奴だな」

「……まぁ、いろいろな意味でね」

 

 そんな大成を優希とスレイヤードラモンは生温かい目で見ていた。

 一方で、そんな目で見られていることすら気づいていない大成は、喜びのあまりワームモンと一緒に踊り狂っていたりする。

 ちなみに、ようやくまともに大成と交流できたことに、ワームモンは感極まって涙目になっていた。これくらいで感極まるのだ。単純すぎである。もしくは、今までの仕打ちの間に溜めたものが相当なものだったか。

 

「やっぱり生きているって素晴らしいなっ!で、優希!この格好良いデジモンは知り合いなのか!?っていうか、なんで!?」

「え?まぁ、私は前に一度この世界に来たことがあってね。その時にこのトカゲ人間と出会ったの。んで……」

「誰がトカゲ人間だっ!ったく。俺はスレイヤードラモンのリュウだ。よろしくな」

 

 優希から引き継いで、スレイヤードラモンは大成たち二人に自己紹介をする。緑のマントをなびかせ、月の光を浴びて輝く白銀の鎧を纏う、騎士然とした姿。それは、贔屓目に見なくても、格好良い姿だ。だから。というわけではないが、大成がこんな対応をするのも無理はないことだろう。

 

「ぜひ!俺のパートナーなってくれっ!」

「ええっ!?」

「私がこの世界に一度来ていた部分は無視?」

「そんなことはどうでもいいっ!」

 

 清々しく言い切った大成の目に冗談の感じはなかった。間違いなく本気で言っている証拠である。

 そしてその本気具合がわかったからこそ、ワームモンは顔を青くしていた。先ほどまで感極まって涙目になっていたというのに、今度は別の意味で涙目になってしまっている。

 一方で、重要そうな情報をあっさりと流された優希は、微妙な心情だった。具体的には“深く突っ込まれるのも嫌だが、こうもあっさりと流されるのもそれはそれで癪だ”という感じだ。

 

「いや……お前のパートナーはそこのワームモンじゃないのか?」

「お願いだっ!」

「……。悪いけどな。俺のパートナーは一人しかいないんでね。諦めてくれ」

「マジでかぁあああああ!」

「あんな縄文時代どころまでさかのぼったようなナンパ擬きで釣れるやつなんて、いるわけないでしょ。子供じゃないんだから」

「ナンパじゃねぇっ!どっちかっていうとプロポーズだっ!」

「お前ら何の話してるんだよ」

 

 スレイヤードラモンの当たり前の返答に、天を仰ぎ見て絶叫する大成。まさかとは思うが、本気でOKをもらえると思ったのだろうか。いや、大成の様子からして、半ば本気でそう思っていたのだろう。おめでたい頭である。

 そんな大成を、周りのメンバーは呆れた目で見ていた。

 唯一、大成を呆れた目で見ていないのは、ワームモンだけである。そんなワームモンはスレイヤードラモンを、抗議の目で見ていた。再びの既視感に襲われたスレイヤードラモンだ。出会って数十分と経っていないのに、昔を思い出すようで懐かしい気分になったスレイヤードラモンである。

 

「はぁ……まぁ、仕方ないか。他人のパートナーを横取りなんて意味ないもんな」

「本当っ!?本当っ!?よかったぁ……」

「俺は一ミリ足りとも悪くはないのに、なんか悪いことした気になるな」

「っひ!ごめんなさいっ!」

「……俺ってそんなに怖いか?」

「さぁ?」

 

 ワームモンにとってスレイヤードラモンは恐怖の対象らしい。小さな悲鳴を上げて、優希の後ろに隠れている。

 まあ、人間を超えるほどの身長のスレイヤードラモンだ。人間の足元ほどの大きさしかないワームモンにとっては、見上げるような背丈である。それは怖くも思えるだろう。

 そして、そんなワームモンの反応にちょっとだけ傷ついたスレイヤードラモンだ。

 

「あーあ……もっと格好良い奴なら良かったのになー。どうして現実にはリセットボタンがないんだっ!」

「アンタそればっかりね。いいじゃない。ワームモン」

「そうだぞ。ワームモンは可能性の塊だ。進化すれば……」

「そ、そそそそんな!僕なんかが……進化するなんてとても無理だよぉ……」

 

 一方で、大成はまだグダグダ言っている。手のかかる弟を窘めるように、優希たち二人がフォローを入れた。

 だが、そんな二人によるフォローも、ワームモン自身が否定する始末だ。これでは、ワームモンが進化することなど、いつになるかわからない。大成が現実世界へと帰ることができるのは、当分先の話になりそうである。

 

「そういえば、リュウってスレイヤードラモン?……なんだよな。なんで名前が二つもあるんだ?」

「ん?ぁあ。スレイヤードラモンっていうのは種族の名前だ。リュウっていうのは俺個人の名前。まぁ、個人の名前は無いやつも多いけどな」

「へぇ……こいつのイモみたいなもんか」

「イモ?アンタ付けるならもっとマシな名前にしてあげなさいよ」

 

 そんな優希の足元では、ワームモンが静かに泣いていた。会ったばかりのスレイヤードラモンも、その名前には大成に抗議の視線を送る。だが、大成としても変えるつもりはなかった。理由は至極単純で、一度決定したことを覆すなど、カッコ悪いと大成が思ったからだ。

 

「んで?俺は旅の途中だけど……お前らはなんでこんなところにいるんだ?」

「あ、リュウ……それがね?」

 

 話が一段落したから、優希はスレイヤードラモンに今までのことを話した。優希としては、自分たちをここへ連れてきた人物や出口で襲ってきた謎の人物についての情報が知りたいのだ。この世界を旅しているスレイヤードラモンなら、何かを知っているかもと思ったのである。

 だが、現実は非常だ。スレイヤードラモンの知っていることといえば、最近人間がこの世界に何人も現れ始めたということだけである。おそらくそれはあの街の外へと出て行った人々なので、優希がとりわけて知りたいことでもない。

 もっとも、木を隠すなら森の中という言葉通り、それだけ人が街の外へと出て行ってしまったのならば、怪しい人間がこの世界にいても気づけないだろうが。

 

「……そういえば、なんでお前らは空から降ってきたんだよ」

「街の話はしたでしょ?その街の出口から出たら、空の上だったのよ」

「でも、空を飛ぶ街なんてここら辺にはないぜ?転移でもさせられたか?」

「たぶんね。居場所を突き止めさせないための工夫だと思う」

 

 そんな優希たちの話で大成も現実に戻った。格好良いスレイヤードラモンとの出会いで浮かれていたが、大成は街の外へと出てしまったのだ。ようするに、もう確実に安全に生活できるとは言い切れない。大成は、この異世界に身一つで放り出されてしまったのだ。

 ちなみにその時、大成の頭の中でワームモンの存在は忘れ去られていた。

 四の五の言っている場合ではない。そのことを大成は思い出したのだ。なら、大成のすることなど決まっている。

 

「リュウ!優希!」

「はい?」

「ん?」

 

 突然の大成の大声に驚いた二人だったが、次の瞬間にもっと驚くことになった。大成の姿が消えたのだ。いや、消えたのではない。優希には消えたように見えただけである。なぜなら、大成は土下座していたのだから。

 いきなりの土下座に優希たち二人は唖然とする。というか、どう考えたらそんな結果になるのかわからない。だが、それでも大成はまじめに考えた結果であった。

 もっとも、ものすごく頭の悪い結果であるのだが。大成の頭の出来が知れる行動である。

 

「俺を助けてください!せめてっ!帰ることができるまでっ!安全を提供してくださいっ!あ、あとできたらこの芋虫も鍛えてほしいです」

「図々しいにもほどがあるでしょ。まぁ、見捨てる気はないけど……」

「いや、鍛えたり、手助けするのは構わねぇが……それでも安全を保障なんかできねぇぞ?」

「十分だっ!」

「ふぅ……まぁ、できる限り善処することを約束してやるよ」

 

 とはいえ、スレイヤードラモンも厳しいと思っていた。大成が元の世界へと帰ることがである。安全面ならば、スレイヤードラモンが守ればいいし、安全地帯を探してそこに大成を押し込めればいい。

 だが、究極体に進化という部分は別だ。以前(・・)とは違い、今のこの世界では進化という現象は、よほどのことがなければ起きることはない。しかも、成熟期や完全体ならまだしも、究極体だ。元々究極体まで至ることのできる者すら希で、現在のこの世界に存在する究極体でさえほんの数体。どれほどそれを目指すのが難しいかわかるだろう。

 

「でも、究極体って……」

「まぁ、何とかなるだろ。人生そんなもんだ」

「……リュウ、旅人見たいよ?」

 

 どこかで聞いた名前に首を傾げた大成。だが、昔からの知り合い同士の話について行こうとするのなど、普通に無理な話だ。

 話題についていけない人は、そういう時には空気になるものである。空気になった大成は、不意に脳裏に浮かんだ嫌な予感を感じて空を見上げるのだった。そしてそんな大成の嫌な予感は的中することとなる。

 

「さて、今日はここら辺で休んだほうがいいだろ。俺は平気だけど、お前らはつらいだろ」

「ん、そうね」

「え?野宿か!?」

 

 そう、当然だが辺りに人里の気配はない。ここから人里に類するような場所まで行こうとすれば、夜が明けるだろう。つまり、大成たちはここで休むしかないのだ。休まなければ、明日以降辛い目にあるだけだ。

 だが、現代日本で暮らしていた大成にとって野宿など初めての経験である。しかも、テントなどのキャンプ用品すらない。不安しか感じられない大成だった。

 

「しかないでしょ」

「っていうか、優希はなんで平気そうなんだ!?」

「私は経験しているし……まぁ、慣れかな」

「何が慣れだよ。お前あの時文句たらたらだったじゃねぇか」

「う、うるさいっ!」

 

 顔を赤くして抗議する優希をスレイヤードラモンは軽くあしらう。大成が何と言おうと、今日はここで休むしかないのだ。だから、大成には諦めてもらうしかない。そのことを大成もわかっている。というか、わかっていないはずもない。何とかなるかもしれないという一筋の希望を抱いて、言ってみただけである。結果はどうにもならなかったのだが。

 ちなみに、優希は何度か野宿を経験しているので、野宿に抵抗はない。とはいえ、自ら望んで野宿を望みたくはないのだが。そこら辺は年頃の女の子ということだろう。今優希の頭の中には、あの街で使えたはずのベッドやトイレ、風呂に対する未練が巡っていた。

 

「じ、じゃあ……リュウのマントを布団代わりに貸してくれ!」

「いや、嫌だから」

「布団が欲しいなら……僕糸吐けるよ。……ネバネバだけど」

「つかえねぇ……」

「う……ごめんなさい」

 

 ともあれ、その場で野宿は決定事項だ。見張りであるスレイヤードラモン以外の優希たちは眠りにつくのだった。

 もっとも――。

 

「……眠れない」

 

 大成を除いて。昼間数時間も眠っていた大成は眠り過ぎで、眠れなかったのだ。スレイヤードラモン以外は既に眠っているらしい。寝息が聞こえる。大成もそれに習おうとするが、眠れない。というか、人間というものは眠ろうとするほど、かえって眠れなくなるものである。

 仕方なく、大成は起き上がる。眠れないのなら、少しでもスレイヤードラモンと親睦を深めていくほうが建設的だと思ったのだ。

 

「ちょっと話そうぜ?眠れないんだ」

「……明日に響きそうだな。まぁ、ほどほどにな」

「サンキュー。それじゃあ……お前のパートナーはどんな奴なんだ?」

 

 大成は気になっていたことを尋ねた。特に知りたかったわけでもないのだが、急に話題も出てこなかったがゆえに、会話の導入的なつもりでその話題を振ったのである。

 

「うーん……一言で言えば……旅馬鹿?」

「旅……バカ?」

「そうだな。すぐに落ち込むくせに……どこか楽観的で、豪快なんだか繊細なんだかわかんない奴だな。あと無類の旅好き。というよりも、旅することが生きている理由みたいなやつだ」

 

 そう語るスレイヤードラモンは、どこか懐かしそうだった。大成も薄々と感づいていたことではあったが、スレイヤードラモンはそのパートナーとだいぶ長い間会っていないらしい。それが、死別したのか、それともただ生き別れただけなのかは、大成にはわからないことではあったが。

 

「旅ねぇ……楽しいのか?家でゲームしてた方がよっぽどマシに思えるけど」

「ゲーム?あぁ。人間の室内遊戯のことか。……そうか?旅もなかなかにいいものだと思うけどな。まぁ、アイツと出会えたからそう思えたんだけど……。少なくとも部屋に閉じ篭っていたら見えないものは、見えると思うぞ」

 

 そう言われて、確かに、と大成も思う。大成の目の前には満天の星空があった。ゲームや本の中でしか見たことがないような感嘆するほどの星空。まず間違いなく、空気の汚れた現代日本では、よほどの場所に行かなければ見えない光景だろう。

 旅は、このような光景を見ることもできる。大成をして感嘆したほどの光景だ。このような景色を見るためならば、少なくない金を積むという人もいるだろう。そう考えると、このような光景を見ることができる旅を生きがいにする人がいるというのも、大成にも理解できなくもなかった。

 

「確かに、部屋にいたら見えない景色ではあるな……?……どうかしたのか?」

「……襲撃だな。これで気づいてないと思ってるのか?まぁ、いい。大成、優希を起こせ」

 

 それは、平穏なひと時を過ごしていたつもりの大成にとって突然の事態だった。

 




というわけで、大成たちの本格的なデジタルワールド冒険が始まります。
ちなみに、優希とスレイヤードラモンの出会いは前作の第八十話~第八十四話の部分です。
そして、次回はついに戦闘回(一部)。

それでは、次回もよろしくお願いします。


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第七話~幼き聖獣!レオルモン!~

「……襲撃だな。これで気づいてないと思ってるのか?まぁ、いいや。大成、優希を起こせ」

 

 スレイヤードラモンのその言葉に、大成も慌てて優希を起こす。元々深く眠っていなかったのだろう。すぐさま飛び起きた優希が、何事かと大成たちを見ている。

 ちなみに、ワームモンはまだ眠ったままだ。

 だが、その直後。スレイヤードラモンが優希たちの前に手を出した。人間の視認できる速さを超えた速さで出された手に、驚く優希たち。だが、事態が飲み込めるに連れて、さらに驚愕することとなった。

 

「あぶねぇな……当たったらどうするんだ。俺はともかく、優希たちなら即死だぞ」

 

 スレイヤードラモンの指に挟まれていたのは、銃弾だ。

 狙撃。その言葉が優希たちの脳裏に浮かび上がる。狙撃されたということは、もはや安全な場所などほとんどないといっていい。どこから狙われているのか、優希と大成にはわからないのだから。

 だが、それは優希たち二人の話である。次の瞬間に、スレイヤードラモンはその手に持った剣をひと薙する。すると、驚くべきことにスレイヤードラモンの剣が伸びたのだ。一直線に伸びた剣は遠くに突き刺さり、やがて一匹のデジモンを絡め取って縮みながら戻ってくる。

 剣が連れてきたデジモンは、軍人のようなデジモンだった。しかも、優希たちも気を抜けば見失いそうなほど、周囲に溶け込むように体表が絶えず変化している。

 

「コマンドラモンか。一人だな。さて、なんで優希を狙った?」

「……」

「……黙りかよ」

 

 それが、竜型サイボーグデジモンであるコマンドラモンだった。沈黙を貫いているコマンドラモンにスレイヤードラモンも溜め息を吐く。スレイヤードラモンとて弱いものイジメは好きではないのだ。

 とりあえずどこかに吹っ飛ばそうか。そんなことを考えていたスレイヤードラモン。スレイヤードラモンにとってコマンドラモンの目的などどうでもいいのだ。強いて言うなら、コマンドラモンの背後が気になる程度である。

 コマンドラモンは機械化旅団“D-ブリガード”の歩兵デジモンだ。中には傭兵のような雇われタイプもいるとはいえ、その性格はほぼ同じといっていい。つまり、コマンドラモンの背後には誰かしら、何かしらの存在があるということ。

 

「お前はD-ブリガードのコマンドラモンか?それとも別の?」

「……」

「あーもー」

 

 秘密は漏らさないとばかりの沈黙。こうも頑なだとどうしようもない。このような相手にどう対応すればいいかなど、ここにいる面々にはわからないのだ。

 こうしていても時間が無駄に経つだけだ。仕方なくスレイヤードラモンがコマンドラモンをどうにかしようとした瞬間に、ようやくコマンドラモンが動く。

 一瞬でスレイヤードラモンの目の前に出された小型の爆弾(・・)。スレイヤードラモンにはその動きがすべて見えていたために慌てずに、対処する。いかにその爆弾がコマンドラモンの必殺技たる“DCDボム”だったとはいえ、スレイヤードラモンにとって脅威足り得ない。爆発するよりも早く、剣によって爆弾を遠くに吹き飛ばす。だが、そんなことはコマンドラモンにとっては予想できたことである。

 

「お?」

「消えたっ!すげぇっ!本当に見えないんだな!」

 

 すぐさまコマンドラモンは一瞬で周りの景色と同化した。コマンドラモンの体表は特殊で、あらゆる迷彩パターンを表示させることができるのだ。今が夜であるということも相まって、コマンドラモンを大成と優希が視認することは不可能だった。

 ようするに、コマンドラモンの最後の悪あがきは、逃げの一手である。

 

「だから、それで気づかないと思っているんかね?」

 

 とはいえ、スレイヤードラモンにとっては隠れていないも同じだ。剣を軽く持って、コマンドラモンを攻撃しようとしたスレイヤードラモン。だが、意外なことにそれを止めたのは優希だった。その手には、大成がいつか見たスマホのような機械を持っている。

 そしてスレイヤードラモンはそれが何かを知っている。だからこそ、優希に後を任せて、見守ることにしたのだ。

 スレイヤードラモンが手を出さないことに軽く感謝して、優希はその手の中の機会を構える。そして一言――。

 

「リロードっ!レオルモンッ!」

 

 その言葉と共に現れたのは、幼き獅子の如き聖獣だった。幼さを残しながらも、未来への力強さを感じさせるそのデジモンは、レオルモン。聖獣型の成長期のデジモンだ。

 一方で、一連の出来事を見ていた大成は、突然現れたレオルモンに驚いていた。その優希を守ろうとするかのような立ち居振る舞いから、レオルモンこそが優希のパートナーだとわかる。だが、なぜ優希のパートナーは突然現れたのか。そんな疑問が大成の頭の中に浮かび上がる。

 未だ状況を測りかねているそんな大成を置いて、事態は進む。

 

「むぅう!トカゲめっ!お嬢様に手を出すとは何事だっ!」

「はぁ……だから出したくなかったのに」

「何をおっしゃいますっ!このセバス!お嬢様の為に――!」

「……名前のせい?それもこれも名前のせいなの……?」

 

 登場早々に過保護の具現のような性格を爆発させるレオルモンに優希は早くも疲れ果てていた。

 ちなみにレオルモンだが、優希と出会った進化前の時にはこんな性格をしていなかった。それが、生活するうちに過保護気味になっていき、優希の生活する孤児院の子供によってセバスチャンから取った“セバス”という名前がつけられた時から、この性格が完成した。

 “別に嫌ではないのだが、もう少し昔の性格に近いほうが好み”とは優希の談である。

 ちなみにそれを言った時、レオルモンは一人、部屋の片隅で涙していたりする。

 

「これ、あの時のワニャモンから進化したのか?面白い感じになったな」

「おぉ!スレイヤードラモン殿!その節はお世話になりましたなっ!」

 

 レオルモンの登場で辺りはアットホームな雰囲気に包まれる。だが、アットホームな雰囲気に誤魔化されてはいるが、今は戦闘中だ。そんな雰囲気など、隙の極みである。

 この場の最大戦力であるスレイヤードラモンが、レオルモンに意識を取られていることを確認したコマンドラモンは、その隙に漬け込むように行動を起こすことにした。いくら迷彩によって姿を消せるといっても、スレイヤードラモンがいる限り、自分は逃げられないということを悟ったのだ。だから、決死の覚悟で、自分に課せられた任務だけはやり抜くことにしたのである。

 構えたアサルトライフル。スレイヤードラモンに気づかれてもいいように、それを連続で撃ち、その直後に自身も爆弾を持って特攻する。何段にも構えた計画。だが、それでも成功率はゼロに近いだろう。文字通り、これはコマンドラモンの命を賭けた賭けなのだ。

 そうして、放たれた弾丸。それは真っ直ぐに優希へと向かって――。

 

「ほわちゃっ!」

 

 レオルモンの爪によって切り裂かれた。その事態に、思わずコマンドラモンは唖然とした。この場で危険なのは、スレイヤードラモンだけだと思っていたのだ。だが、それでも足を止めることはしない。小型爆弾をその手に持ったまま、特攻する。

 迷彩と夜の相乗効果によってコマンドラモンの姿を捉えることは叶わない。だが、それでもソレを理解したレオルモンは、その刹那に最高速で走り出し、突進。コマンドラモンが優希の元へとたどり着く前に、その爪によってコマンドラモンを切り裂いた。

 “レオクロー”。その前足の鋭い爪で敵を切り裂く、レオルモンの必殺技だ。コマンドラモンはその鋭爪によって、行動不能になる。もはや虫の息だ。だが、それでも尚、コマンドラモンは笑った。それは、自身に課せられた任務を達成できるという、安堵の笑みだった。

 

「ッ!しまっ――」

 

 迷彩が解け、姿を確認できるようになったコマンドラモンを見て、ようやくレオルモンも己の失敗に気づいた。コマンドラモンのその手に持った小型爆弾に気づいたのだ。もはや、爆発間近。爆発は優希の所まで届くだろう。レオルモンに爆発寸前のこの爆弾を今すぐどうにかする力はない。

 つまり、これで終わる――。

 

「ったく。甘いんだよっ!」

 

 はずだった。その直後にレオルモンの後方から高速で過ぎ去った何かがコマンドラモンの腕を斬り飛ばし、その手の爆弾を遥か彼方へと吹き飛ばす。その直後、遥か彼方で爆弾は爆発した。

 自身の最後の賭けに負けたことを悟ったコマンドラモン。彼はそのまま息をひきとる。だが、その時の顔は、何かから解放されたかのような、スッキリとした表情。

 そんなコマンドラモンの顔に疑問を抱きながらも、とりあえず戦闘が終わったことをその場の全員が悟ったのだった。

 

「匂いでコマンドラモンの居場所と行動を察知して、カウンターを仕掛けたのはいいが……後半がグダったな」

「う、む……すみませぬ、スレイヤードラモン殿。貴殿がいてくれなかったら……」

「ふぅ……どうせ、優希に任せろって言ったのはお前なんだろ?だったら、最後まで責任をもて。慢心なんかしてんじゃねぇぞ」

「おっしゃる通りでございます……」

「まぁまぁ、リュウ……そこら辺で……」

「優希はコイツに甘すぎねぇか?」

「いえ、お嬢様!このセバスの欠点をご教授してくださっているのです!しっかりと学ばねばなりませぬっ!」

 

 説教を始めたスレイヤードラモンを宥めようとする優希だが、そんな心ばかりの気遣いはほかならぬ説教を受けていたレオルモンによって拒否されてしまった。レオルモンとしては、スレイヤードラモンの言っていることはすべて正論なので、ここでしっかりと学んでおきたいのだ。

 勝手に反省会を始めたスレイヤードラモンとレオルモン。置いてきぼりな優希たちだが、一方の大成は戦闘が始まってから殊更置いてきぼりだった。せめて戦闘中に何があったかくらいは把握しておきたいのだろう。大成は状況がわかっていそうな優希に話しかけたのだった。

 

「なぁ、暗くてほどんど何があったか見えなかったんだけど、何がどうなったんだ?」

「私もリュウの言葉から知ったくらいだから、確かなことは言えないけど……」

「なんだ。役たたずだな」

「教えないわよ?」

「ごめんなさい」

 

 その時の優希の顔は暗がりでもわかるほど怖かったという。結局、謝ってようやく大成は今回の戦闘についての情報を得ることができたのだった。

 匂いを嗅いで、迷彩で姿を隠したコマンドラモンの動きをかなりの精度で把握したレオルモン。

 剣を使って正確に攻撃し、爆発寸前の爆弾を吹き飛ばすという妙技をその刹那の一瞬で思いつき、実行したスレイヤードラモン。

 優希からそのことを聞いて、そんな人間では絶対不可能としか考えられないことを平然と実行した二人に、大成は驚くのだった。

 

「っていうか、レオルモン……セバスだっけ?優希のパートナーなんだよな?え?前にこの世界に来たってことは……」

「……そうね。現実世界から一緒にいたわね」

 

 それが、元の世界でデジモンに詳しかった理由だろう。先ほどの大成はそれどころではなかったので流したが、優希は既にデジモンと出会い、共にあったからこそ、デジモンというものをよく知っていたのだ。

 レオルモンという成長期の、大成から見てもそれなりに格好良いデジモン。だが、優希はそんなレオルモンが恥ずかしそうである。だからだろう。大成はある提案をするのだった。

 

「なんか恥ずかしそうだな。あ!俺のイモと交換してくれ!いいだろ?嫌そうなんだし」

「それは嫌」

 

 即答だった。それまでの恥ずかしそうな顔からして一転、真面目な顔での即答。それが、優希のレオルモンに対する思いを如実に表していた。優希のレオルモンに対しての心境。それはアレだろう。授業参観で張り切る親に恥ずかしい思いをする子供の心境に近いようなものだろう。いくら人前で何とでも言っても、本心まで嫌っている訳ではないということだ。

 奇声を上げて残念がる大成を尻目に、優希も溜め息を吐く。どうして自分の周りにはアレな性格が多いのかと。

 ちなみに、肝心の大成のパートナーであるワームモンだが、戦闘が始まった段階で怖くて震え出して、バレないように隅の方で縮こまっていたりする。

 

「ん?そういえば、セバスって突然現れたよな?なんでだ?」

「あー……それはこのアナザーね」

「あぁ、そのスマホ……え?それってスマホじゃないのか?」

「うん。これは――」

 

 優希の持つアナザーと言われる機械。それは、優希が以前この世界に来た時に手に入れたものである。アナザーにはさまざまな機能があり、その全容は優希ですら把握していないほど。その中で優希が把握している機能は二つだけだ。

 一つ目はデジモンをその中に収納する能力。デジモンを擬似データ化して保存し、外に出すときは再び擬似データを基として再構成する云々と細かい原理は優希も特にわかってはいない。

 二つ目は通信機能。メールや電話という本家スマホにも存在する機能。電波の届かないところで使えたりや電話会社から請求が来なかったりと、いろいろなことがどうなっているのか不明。つまり、一応普通の携帯電話として使えるということだ。

 ちなみに、犯罪の臭いがするので、優希は二つ目を滅多に使わない。ようするに、一つ目の機能こそ、現実世界では目立つデジモンという存在を隠蔽するのに役立つ機能で、優希が最もよく使う機能なのである。

 

「いいなぁ……くれっ!」

「ダメ」

「ケチ」

「むしろなんでもらえると思うのよ」

 

 頭が痛くなる優希だった。

 この会話の数分後、スレイヤードラモンとレオルモンの反省会が終わったようだった。二人が優希の元へと戻ってくる。そうして二人が戻って来て始めて戦闘の終わりを知ったワームモンも、隅で縮こまるのをやめて大成たちの元へとやってくるのだった。

 

「……うぅ……終わった?」

「お前……ずっとそうしていたのか!本当に役立たずな……少しは戦えよ!」

「ぅう……でも……」

「でも、けど、禁止だ。いいな!?」

「僕には無理だよぉ」

 

 ワームモンは泣き言ばかりである。“せめてこの性格さえ、どうになれば……”と何度目かもわからない思いで、大成はため息を吐く。こうして大成のこの世界初めての夜は過ぎていくのだった。

 




はい、というわけで優希のパートナーデジモンはレオルモンでした。
そして空気な主人公主従。この主人公たちの活躍はもう少し先ですね。

それでは、また次回もよろしくお願いします。


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第八話~動き出した失敗作~

 翌朝。大成たちは荒野を歩いていた。

 あの戦闘の後、見張り役であるスレイヤードラモンを除く全員が再びの睡眠をとった。少ない睡眠時間でも、とっておいたほうがマシであるという判断からである。そうして全員が起床した後、行動を開始したのだ。

 ちなみに、初めは野宿に対してあまり良い気がしなかった大成だが、一夜過ごした今ではそんな気は消えていた。大成が思っていたほど、野宿は辛いものではなかったのである。とはいえ、それは大成の感性でのことである。普通の人はキャンプ用品なしでのサバイバルなど、辛い以外の何者でもない。もっとも、大成もあまり好んでやりたいと思う訳でもないのだが。そこら辺は現代人である。

 

「そういえば……セバスってアナザーの中にいたんだよな?」

「大成殿、そうですな。お嬢様が出してくださらなかったので、仕方なく……そう、仕方なく。しかし!このセバス!このような危険がある世界で、二度とアナザーの中には入りませぬ!このセバスがお嬢様を守り抜くのです!」

「……もうちょっと落ち着いて」

「何を言いますお嬢様!?危機意識が足りないと言うべきですぞ!?」

 

 あの優希が疲れた顔で狼狽えている。レオルモンと優希のやりとりは傍から見ていると面白い光景ではある。だが、実際経験すると面倒くさい性格といえるだろう。

 やっぱり現実はゲームと違って、うまくいかないものだな。とそんな光景を見ながら大成はぼんやりと思うのだった。

 ちなみに、アナザーの中ってどうなってるの?という大成の当初の疑問は、このやりとりの間に忘れられることとなったのだが、それはほんの余談である。

 

「で?何も分からずに着いて行っててるけど……どうするんだ?」

「え?そういえば……リュウ、どこに向かっているの?」

「お嬢様っ!?まだ話は終わっておりませぬぞ!」

「遠くに見える山があるだろ?そこにある森の中にある街へ向かってる」

 

 そう言ってスレイヤードラモンが指差した先。そこには山々があった。だが、贔屓目に見なくても、遠い。全体像も山頂も霞んで見える。どれほど遠いのか、知識のない大成にはわからないことだ。だが、少なくともハイキング気分で楽に行ける場所にあるわけではないことくらいは、大成にもわかる。

 これから待ち受ける苦行に早くも心が折れそうになる大成だった。

 

「当面は情報収集だな。ある程度安全なところで、イモを鍛えないといけないし……」

「僕、ワームモンだよぅ……」

「あ、悪い。イモじゃないのか」

「うぅ……どうせ僕は……」

 

 気弱な性格ゆえか、ワームモンは自己主張をあまりしない。そのくせ抗議だけは小さな声でするので、周りの面々としてはワームモンの意思を測りづらいことこの上なかった。

 スレイヤードラモンは、大成の言からワームモンの名前をイモだと思い込んでいた。だが、ワームモンはその名前を納得していないらしい。強く言わないから、何を思っているのかわからない。

 そんなワームモンを見て、少しイライラしてきたスレイヤードラモンだった。

 

「ったく。おい、ワームモンっ!」

「っひ!な、何ですか……」

「……はぁ。言いたいことがあるなら、ハッキリと、デカイ声で言え。結局な、世の中で上手いこと行くのはそれが出来る奴だ。例えどんなに、黙りこくっている奴でも、気弱な奴でも、それだけは譲れないってものをハッキリとさせる奴だ」

「でも……」

「まぁ、そういう性格なんだろ?わかってるぜ。でも、いつも周りにビビって縮こまってると、本当に叶えたい思いができても、結局いつも通り(・・・・・)に縮こまることしかできなくなるぞ」

 

 そう言ったはいいが、スレイヤードラモン自身も“すぐに変わるのは無理だろうな”と思っていた。性格というものがそう簡単に変わるものではないことを、スレイヤードラモンは知っている。

 だが、ちょっとのキッカケとほんの少しの意思で、なんとでもなることも同様に知っている。だからこそ、一応ワームモンに伝えたのだ。

 そんなワームモンだが、やはりすぐには変われないだろう。スレイヤードラモンの顔にビビって優希の後ろに隠れているその姿を見れば、容易に想像できることだった。

 ちなみに、ワームモンに頼られない大成を見て、優しい顔で気遣ったレオルモンがいたのだが、それはほんの余談である。

 

「しかし……子供みたいな奴に縁があるのかね?つーか、ワームモンって優希のパートナーみたいだな」

「はっ!まさか!?イモ殿!お嬢様を渡してほしくば、このセバスの屍を超えていけぇっ!」

「ひっ!無理だよぉ!」

「っく。なんで優希ばっかり……」

 

 人間と戯れるワームモンやレオルモンを見て、どこか懐かしそうな顔をしたスレイヤードラモンに誰も気づくことはなかった。

 そんな感じで歩き続けいると、そろそろ辺りには草木がチラホラと見え始めていた。荒野から、草原に大成たちが入り始めた証拠だ。だが、大成たちが目指す山は変わらず遠くにある。何時になれば着くのだろうか、と嫌な予感を感じた大成だった。

 そんな時である。どこからか音が鳴ったのは。

 

「……」

「……俺じゃねぇぞ」

「私でもないわよ」

「同じく」

 

 ともあれば、犯人は決まっている。というか、犯人捜しをするまでもない。犯人は緑色の顔を真っ赤に染め、地面の上で縮こまっている芋虫(ワームモン)だからだ。

 先ほどなった音は、腹の音だ。それも、その場にいた全員の耳に届くほど盛大に鳴るほどの。ワームモンからしては恥ずかしいことこの上ないだろうが、それでも腹の音が鳴るのも仕方ないことだろう。ここにいる全員が、昨日の夜から何も食べていないのだから。唯一の例外はスレイヤードラモンだけである。

 とにかく、全員が空腹を我慢していた。そして、ワームモンの腹の音で口火が切られたのだ。後は、決壊したダムのように、溢れ出すしかない。グダグダと大成たちはしているが、空腹は割と死活問題である。

 ここはあの街ではない。ようするに、食料がないのだ。先ほどまでいた場所は荒野で、草木も時々生えているかどうかというレベルの場所だ。そんな地面と空気くらいしかない場所で得られる食料など、無いに等しい。

 

「……まぁ、確かにお腹は減ったわね」

「お嬢様!……そうですな、仕方ないですな。この危機……このセバスの体で乗り切りましょうぞ!」

「デジモンの肉ってうまいのか?」

「大成、そこじゃないでしょ!」

 

 レオルモンの調理の仕方を思い浮かべる大成だが、優希の言うとおり問題はそこではない。問題は、食料難という危機に直面していることだ。優希も大成も、単純に野宿することには慣れたといってもいい。だが、食料調達となると話は別である。

 

「……」

「優希どうかしたのか?」

「なんでもない」

 

 食料調達。その言葉で思い出したかつての嫌な記憶を優希はそっと胸の内に戻した。嫌な記憶は忘れるに限るのである。

 もっとも、それで無かったことにはならないのが、現実の辛いところではあるが。

 

「食べない訳にはいかないしね……」

「どうにかしないと。あーあ……異世界なんだから、空から食料でも降ってこないかな」

「それは衛生的にダメでしょ」

 

 食料調達をしなければならない。だが、現代日本に生きる子供だった大成たちに、満足な量の食料の調達ができるはずもない。それらしきものを集められたとして、大成たちに専門的な食料の知識はない。何が食料なのかわからないのだ。しかも、ここは異世界である。どこに危険があるかわからない。集めていたら、お陀仏になることすらありうる。

 だからこそ、希望の目がスレイヤードラモンに向けられたのも、仕方ないことではあるだろう。

 

「……はぁ。わかったよ」

「スレイヤードラモン殿!お嬢様のためにありがとうございます!」

「なぁ、別にリュウでいいぜ?」

「いえ!スレイヤードラモン殿を親しく呼ぶなど!」

「……。まぁ、いいけどさ。それに、お前らにも働いてもらうからな」

 

 ようするに、この場で最も安全に、かつ食料調達の知識を持っているだろうスレイヤードラモン任せにするつもりなのだ。スレイヤードラモンも、大成たちに単独(・・)で食料調達をさせるのは不可能だと思っていたので、任されたのは別にいい。だが、スレイヤードラモンとて、すべて(・・・)を自分がやるつもりはなかった。

 つまり、少しは手伝えということである。

 

「えー!」

「えー……じゃねぇよっ!自分の食い扶持くらい自分で稼ぐって考えはねぇのか!」

「まぁ、手伝えることがあるなら……」

「お嬢様の分はこのセバスめがっ!」

 

 グダグダ言っている大成以外は、自分で食料集めにすることに乗り気である。一方で、大成は乗り気ではない。単純に面倒で嫌なのだ。というか、大成は本気でスレイヤードラモンに任せるつもりだったのである。

 普通に考えて、スレイヤードラモンに大成の面倒を見る理由はない。この状況こそが、スレイヤードラモンの好意である。そんないつ見捨てられても仕方ない状況下で、ここまで図太い対応をできる大成は大物なのか、それともただの馬鹿なのか。おそらくは後者である。

 

「っく……イモも手伝えよっ!」

「僕は……草木があれば……何とかなるから……」

「このぉ……!」

 

 そんな大成が、苦し紛れにワームモンを手伝わせようとする。まあ、ただの八つ当たりなのだが。自らがサボることができないなら、せめて道連れを用意するということだろう。

 だが、残念ながらそんな大成の目論見は成功しなかった。芋虫のようなワームモンの食料は、そこら辺に生えている草木で十分なのである。ようするに、ワームモンには取り立てて食料調達をする必要性がないのだ。

 とはいえ、大成の命令によって、結局はワームモンも手伝うはめになるのだが、それもほんの余談である。

 

「ったくもー……なんで俺が草刈しなくちゃいけないんだ。俺は桃太郎じゃねぇんだぞ」

「実際は芝刈りだし、それをやっていたのは桃太郎のおじいちゃんだけどね」

「なんで僕まで……」

「うるせっ!四の五の言わずに手伝えっ!スレイヤードラモンも全部やってくれればいいのに……」

 

 スレイヤードラモンの言っていることにも筋が通っていることくらい冷静になればわかるだろうに、空腹によるイライラゆえか、馬鹿だからか、それともわかっているのか。ぶつぶつ文句を言い続けながら、大成は食料を集め続けていた。

 といっても、この荒野とも草原ともつかぬ場所では、得られる食料などたかが知れている。ようするに、植物である。それが食べられるものであるかどうかは、スレイヤードラモンが選別している。

 だが、所詮は植物。しかも、草や葉系の。腹が膨れるほどの量を得るためには、ひたすらに頑張るしかない。結局、全員の腹が満たせるほどの食料が集まった頃には、日が暮れていたのだった。

 ちなみに、集めた食料の味は苦味とほぼ無味の二択しか選択肢がなかったりする。たいして美味しくもなかったあの街の食事が懐かしくなった大成だった。

 

 

 

 

 

 大成たちが二度目の野宿に入ったその頃。とある街“だった”場所にて、静かに佇む者がいた。

 そう、“だった”。つまり、過去形なのだ。その場所はデジモンたちが平和に暮らすこの世界の街だったのだ。だが、今のその場所にはその見る影もない。その場所は、元が街だったとはわからないほどに滅茶苦茶に破壊尽くされていたのである。

 この様子では、生き残っている者などいないであろうし、いたとしても僅かであろう。それほどの“破壊”がその街を襲ったのだ。

 

「スレイヤードラモン……五年前の件の立役者の一人か」

 

 そんな廃墟へと変貌したその街に佇むのは二体のデジモンだ。

 一方は、まるでさまざまなデジモンの部位をくっつけたような、空想上の動物であるキマイラのようなデジモンである。そしてもう一方は、全身が機械でできた竜と形容するのが相応しいデジモンだ。

 だが、言葉を発しているのはキマイラのようなデジモンの方だけである。機械の竜の方は沈黙を貫いている。というよりも、キマイラのようなデジモンは、機械の竜と会話しているつもりはないのだろう。つまり、ただの独り言という訳だ。

 

「……まぁいい。どのみちいつかは相手取らないといけないことには違いない。今のうちに殺っとくべきか」

「……」

「不確定要素は動き出した奴らか……」

 

 その時、キマイラのようなデジモンの脳裏にあったのは、破壊された瓦礫の街と街を壊す白銀の竜の姿だ。そして、血を流し、徐々に冷たくなっていく“両親”の姿。思い出したくもない記憶を想起してしまった自分に嫌悪して、すぐにその記憶を振り払って自らの頭から消す。

 どのみち、自分がやることは代わりないのだ。なら、精神が不安定になるようなことを思い出すべきではない。

 そう考えて、キマイラのようなデジモンは機械の竜を連れて歩き出す。

 

「奴らも、デジモンも、オレが――」

「……」

「……生き残りか」

 

 見据えた先には、急いでこの場を離れようとしているゴキブリのようなデジモンの姿があった。運良く助かったそのデジモンは、おそらく今までジッとやり過ごそうとしていたのだろう。だが、最後の最後で恐怖に耐えられなくなり、逃げ出してしまったのだ。

 キマイラのようなデジモンは、素早い動きでこの場を離れていくそのデジモンを追いかけることはなかった。いや、正確には追いかける必要がなかったというのが正しいのだろう。

 

「放て」

「ターゲットロック。∞キャノン。ファイア」

 

 放たれたのは、破壊の光線。機械の竜の背中に付いた二つの砲身から放たれたソレが、世界を貫く。一瞬後、光線が走った場所には、何も残っていなかった。逃げていたデジモンも含めて。

 その結果を当然とばかりに見ていた()は機械の竜を連れて“再び”歩き出す。

 そんな二人が見据える先にいるのは――白き竜騎士。スレイヤードラモンだ。

 




さて、最後に出てきたデジモンたちは誰でしょう?バレバレですけどね。
彼らはもう少し後に登場します。

それでは、また次回もよろしくお願いします。


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第九話~着いたのは街。訪れたのは危機~

 大成たちがあの始まりの街から追い出されてから、もう数日が経っていた。その数日の間にも、何度も食料難という危機を幾度も迎えていた一行。その度に全員が一致団結のように見える行動で、乗り越えてきたのである。だが、そうした苦難の日々も、ようやく報われる時が来た。ついに、大成たちが目指していた山の麓に辿りついたのだ。

 ちなみに、現在一行は、その山の麓にある街へと来ていて、そのままここにしばらく滞在する予定である。ただ、街といっても規模は小さく、ほとんど集落としか呼べないようなものである。

 

「すっげ……」

「人間の世界じゃ見られない光景よね」

 

 この世界に一度来た優希やこの世界出身のデジモンたちはともかく、大成は始まりのあの街を除いて初めてこの世界の街と呼べる場所へと訪れたことになる。そんな大成が、初めて見るこの世界の街の光景に感嘆するのも無理もないことだろう。

 訪れた街の家は、すべて木で出来ているのだ。当然、木造の家という意味ではない。大人数人が手を繋いで、ようやく一周できようかというほどの太さの木が街のいたるところに有り、その木にドアが取り付けられている。つまり、木そのものが家なのである。

 そんな絵本の中にしか登場しないような家が立ち並ぶ光景に、大成だけでなく優希も感嘆していた。

 だが、そんな光景に感嘆していた大成たちは気づいていなかった。この集落にはデジモンのサイズで作られた家しかなく、大成たちが泊まることのできる家がない。ようするに、また野宿するしかないということに。

 

「さて、今日はまだ日が高いな……この街の中で各自自由にして良し。街の外には行くなよ?」

「リュウが引率の先生みたいに……」

「お嬢様。あながち間違っていないかと」

「俺はゲームしたいな」

「そんなものあるわけないでしょ」

 

 そんな優希や大成は好きにしていい。だが、問題はワームモンである。現状、少しでも鍛えたほうがいいのは、間違いなくワームモンだ。ゆえに、スレイヤードラモンは自身の行動にワームモンを共に連れて行こうと考えたのだ。

 ちなみに、そのことについて大成は即答でOKしていたりする。別行動することによる自身の危険の可能性を少しも考慮していない辺り、アホである。

 

「んじゃ、ワームモンは俺と……何してるんだ?」

「……」

 

 スレイヤードラモンが向いた先にいたのは、必死に近くの草に紛れてやり過ごそうとしているワームモンの姿だった。だが、ワームモンの体色と比べて草の色は濃い。はっきり言ってほとんど丸分かりだ。ゆえに、ワームモンが何をしたいのか、その場の全員が理解できていなかった。

 ちなみに、ワームモンとしては、修行から逃げるために真面目に隠れているつもりである。はっきり言って、サボリで保健室を使おうとする学生くらい呆れる行動であろう。

 

「……」

「草……そう、僕は草です……」

「そうか、草か。行くぞ、草」

 

 苦し紛れの言葉を吐いたワームモンをスレイヤードラモンは鷲掴みにして連れて行く。泣きながら連れて行かれるワームモンのその姿は、いっそのこと哀れさを感じさせるものだった。

 一方で、優希はレオルモンと行動を開始する。スレイヤードラモンから頼まれて、この街のリーダーの所に滞在する旨を伝えに行くのだ。

 このような行為は、いろいろな種族が集まるような大きな街や開け開かれた街では必要ないだろう。だが、このような身内しかいないような小さな集落だったり、逆に管理の徹底した街である場合は、こういった滞在証明のような行為が必要となる。

 これはほとんどマナーといった暗黙の了解の類なので別にしなくても良かったりするのだが、面倒事を避けるためには必要なことではある。

 

「さて、私たちはリュウから言われていたことをするけど……大成はどうする?」

「……ここら辺を彷徨ってるわ」

「気をつけてね。アンタ結構……いや、なんでもない」

 

 何かを言いかけて去っていった優希たちを見送った大成は、特に宛もなく歩き始めた。辺にいるデジモンは成長期のデジモンなのだろう。それほど強そうなデジモンはいない。背丈も大成の腰ほどのデジモンばかりだ。

 しかも、この集落の特色なのか、この場にいるデジモンのほとんどがてんとう虫のようなデジモンの“テントモン”である。

 

「ぐへへへ……」

「くわっ!?」

 

 そんなテントモンだが、ゲームではメジャーな進化先の一つとしてカブテリモンというカブトムシのようなデジモンがある。思わず、カブテリモンを従える自分という妄想をする大成。だが、そんな時の大成の顔は大抵アレな感じになっている。

 そんなアレな顔の大成を見たテントモンたちが、大成から距離をとったのも仕方ないことだろう。

 

「……そういや、ワームモンも進化するんだよな」

 

 テントモンの進化先を考えたことで、ワームモンにも進化先があるという当然のことを大成は思い出す。だが、それでも大成は、ワームモンの進化先の見た目に希望を持てなかった。

 デジモンという種は、進化することで姿を変える。そして進化先は決まっていない。育て方や状況によって、さまざまな種へと変化するのだ。だが、それでも恐竜型のデジモンが昆虫型に進化するというような極端な変化をすることは希である。

 そしてワームモンは芋虫のようなデジモンなのだ。だからこそ、ワームモンの最終進化体はきっと蝶々のようなデジモンなのだろうと大成は勝手に予想している。

 

「あーぁ……マジでリセットボタンが欲しい……もしくは過去に戻りたい」

 

 ようやく普段通りの顔に戻った大成である。今までずっとアレな顔をしていたのだ。テントモンたちとしては、それは怖かったことだろう。

 そんなテントモンたちだが、大成を見て珍しいものを見たような雰囲気を見せることがある。やはり、この世界において人間は珍しい存在なのだ。

 だが、そんな大成もこの集落に似合わない珍しいものを目にした。人間だ。大成と優希以外の人間が、この集落を歩いていたのである。その人間は、癖毛の強い白髪が特徴の男だ。身長は平均成人男性よりも高いだろう。というか、百八十五センチは軽く超えている。

 

「お前は……」

「人のことを尋ねる時は、まず自分からって習わなかったのか?」

「……大成。布津大成」

 

 物珍しさについ漏らしてしまった呟きに対して、いきなり馬鹿にしたような声色で返答するその男に、大成は早くもイラッと来た。スカした雰囲気というべきか、大成のことを下に見るような雰囲気をその男は纏っているのだ。大成でなくとも、初対面でそんな雰囲気で対応されればイラつくことだろう。

 一方で、大成の醸し出す、“私、明らかに気分を害しました”という雰囲気をその男の方は気にも留めていないようだった。空気が読めないのか、それとも読む気がないのか。大成を見下しているような感じからして、後者の可能性が高い。

 

「ふん……奴らが連れてきた連中か。ご苦労なことだな。利用されているとも知らずに」

「どう言う意味だよ?」

「少し考えればわかることだろ。自分で考えろ。馬鹿が」

「……」

 

 確かに大成は馬鹿であるし、大成自身もそのことを一応は認識している。だが、初対面で馬鹿呼ばわりされると、例えそうだとわかってはいても腹立つ大成だった。

 というか、初対面でズバズバと言いたい放題のこの男は失礼すぎである。この男と会話し始めてから、大成にしては珍しく、その表情に引き攣った笑みが浮かんだまま剥がれていない。

 

「あ、アンタの名前は?」

「……名前か。そんなもの……いや、そうだな……」

 

 この世界で初めて出会った人間だ。個人的に苦手な部類で、あまり話したくない人種ではあるが、なんとかコミュニケーションを取ろうと大成は必死になる。

 だが、人間関係の基礎であろう名乗りで黙り込み、考え出す時点でこの男は偽名を使う気満々ことが軽く予測つく。そうして、数秒の時間をおいて男は明らかに偽名であろうその名を名乗るのだった。

 

「……俺は零……そう、零だ」

「れい?と、とりあえずよろしくな」

「よろしくするつもりはない」

 

 相変わらずコミュ障のような会話内容である。

 だが、大成もここで会話を終えるつもりはない。ゲームはなく、優希たちもいないこの状況に、大成も暇していたのだ。聞きたいこともいろいろとある。だからこそ、会話を続けるのだ。

 

「零のパートナーデジモンってなんなんだ?俺はさ、参ったぜ。ワームモンっていう芋虫みたいなカッコ悪いやつでさ。ワームモン自体は珍しいけど……俺の趣味じゃないっていうか――ッ!」

 

 気になったことを聞こうと、零にマシンガントークの如き言葉を投げかける大成。だが、そんな大成の言葉も途中で途切れることとなった。

 貫かれたのだ。別に物理的に鋭いもので貫かれたとか、そういう訳ではない。大成を貫いたのは、視線。それも、話していた言葉を中断してしまうくらい、息を呑まされる鋭い視線。そんな、人を殺せそうなほど鋭い零の視線に、貫かれたのだ。

 

「……俺にパートナーデジモンなどいない」

「え?」

「ふん、それにデジモンなんてものと遊んで楽しいか?」

「なんてものってなんだよ!いいじゃん!格好良いだろ?デジモンって!」

「お前は……そんな見た目の幻想に縋り付く馬鹿か。デジモンごときの本質は、生きている価値すらないゴミだというのに」

「ゴミってなんだよ!デジモンは、そりゃ変わってるけど……それでも生き物だぞ!?」

「忠告しといてやる。デジモンに関わると、いつか破滅するぞ」

 

 大成の言うことも無視して、言いたい放題言った零はそのまま街の外の方へと歩いて行った。

 一方で大成も、血の上った頭のままで、零を追いかけて街の外への方へと向かって行く。好きなものを馬鹿にされたのだ。零のデジモンに対する価値観を訂正させたいのである。だが、まだ別れて数十秒くらいしか経っていないというのに、零の姿が見つからない。

 数分間、街の境界線辺りで零を探した大成。だが、零は街の外へと出て行ったのだろう。結局、大成は零を見つけることはできなかった。

 

「なんだよ、アイツ……感じ悪いなぁ……」

 

 ほぼ最悪に近い印象を抱いた零を、大成は妄想の中でフルボッコにする。むしゃくしゃした思いを、そうすることで発散しているのだ。

 ちなみに、そんな大成の妄想の中の零は、“ウヒャヒャヒャ”と本人とは似ても似つかぬような醜悪な嗤いをしていたりする。本人が見たら、無表情でブチギレるような妄想である。

 そして、そんな大成を影から覗く複数の影の存在が――。

 

「リーダー、生贄ってのはアレですかい?なんか、聞いていた話よりゴツイ気がするですよ?」

「確かに聞いていた話だと……黒髪ではなく、茶髪だったような……それに、首の下にもっと柔らかそうな肉があったような……」

「うるさいうるさい!間違いないっ!足が二つ!手も二つ!間違いなく人間だっ!人間なんてものが早々いてたまるかっ!」

 

 大成を影から覗いているのは、緑色の体に赤いモヒカンが特徴のデジモンのゴブリモンだ。その全員が木の陰から、ジッと大成を見つめていた。

 だが、異様なのはその中の一体だろう。通常のゴブリモンよりも濃い緑の体色に、緑色のモヒカン。そんな特徴のゴブリモンは、ほかの通常ゴブリモンたちからリーダーと呼ばれていた。そのゴブリモンこそ、“シャーマモン”というゴブリモンの亜種デジモンである。神のお告げを聞く役割を持つというこの特殊なゴブリモンは、この集団内のリーダーの役割も持っているらしかった。

 

「やれっ!」

「おぉう!」

「は?え?何っ!?」

 

 シャーマモンの号令と共に、すべてのゴブリモンが木陰から躍り出て、大成を取り囲む。突然の事態に大成は困惑するしかない。大成とて、ゴブリモンは知っている。ゲーム内ではある程度メジャーなデジモンだったからだ。だが、この状況で、どうして自分の目の前に出てきたのが理解できなかった。

 だが、当然だが、大成が状況を理解ことなく、事態は進む。

 大成の目の前にいるゴブリモンは囮だ。大成が前にいるゴブリモンに気を取られている間に、後ろのゴブリモンがその手に持った棍棒で大成を殴る。かなりの勢いで頭を殴られて、それでも意識を保ってられるほど大成は人間離れしていない。

 

「馬鹿っ!生きて連れて行かなければ意味がないんだぞ!」

「すみませんっ!リーダーっ!」

「っち!生きている間に連れて行けっ!」

「はいっ!」

 

 頭から血を流し、地面に倒れ込む大成。そんな大成をゴブリモンたちは急いで何処かへと連れて行く。

 事の一部始終を木の上からジッと見ていた零は、溜め息を吐いて街から去るのだった。

 

 

 

 

 

 ゴブリモンたちは大成を自分たちの隠れ家へと連れ帰ってきていた。

 ゴブリモンたちのこの隠れ家は、この山の斜面に細かく掘られた洞穴である。所々には、侵入者を拒むような罠が張り巡らされており、人間や成長期程度のデジモンでは、この隠れ家を攻略するのは不可能であろう。

 そんな隠れ家の奥深くに、気絶したままで大成はいた。周りには一体のシャーマモンと三十人近くのゴブリモンがいる。おそらく、この集団全員がこの場にいるのだろう。

 

「神様っ!お告げの通り、言われていた人間を連れて参りました」

「……はぁ」

 

 この集団を代表してのことだろう。シャーマモンが声を上げる。だが、シャーマモンが話しかけた相手は、ゴブリモンではない。黒いフードを被って顔を隠し、さらには体全体を黒い布で覆い隠している何者かだ。そんなこの場にそぐわない何者かをシャーマモンは神様と呼んでいる。

 一方で、その何者かは溜め息を吐いていた。

 確かに、連れて来いとは言った。だが、連れて来たのが無関係の人間だとは。一体何を聞いていたのか。そんなことを思いながら、ゴブリモンたちのアホさ加減に呆れていたのだ。

 

「お前たちは一体何を聞いていたのだ。優希という名の、茶髪の女だと言っただろう」

「女?女って何ですか?言われた通り人間を連れて来たのですが……」

「そこからか……」

 

 これは、明らかにこの者の人選ミスだった。

 この者は、上からの命令(・・)で優希と接触しなければならなかったのだ。だが、普通に接触するという命令ではない。そこでこの者はこのゴブリモンたちを使うことにしたのである。

 シャーマモンはゴブリモン集団の中で神のお告げを聞き、ソレを一族に届けるという役割を持つ。その者は、神のお告げを聞く儀式の最中にシャーマモンに接触。自身がゴブリモンたちの神であると偽り、信じさせたのである。

 ちなみに、シャーマモンの儀式は、不思議なダンスを踊り続け、テンションが最高点に達すると、神の御告げが聞けるというどこぞの密教と似たようなものである。

 

「……す、すみません」

「……」

 

 体良く使える駒を手に入れることができたその者だったが、やはり楽をしようとしたのがいけなかったのだろう。無駄なところで頭痛に悩まされる羽目となっている。

 だが、過ぎたことを言っても仕方ない。その者は、この状況からどうすればいいかをしばらく考えて、やがて考えが纏まったのだろう。次の作戦をゴブリモンたちに言う。

 

「そいつを餌にして、対象をおびき寄せろ。おびき寄せた後、そいつは好きにして構わん」

「はっ!お前ら行くぞっ!」

「おぉ!」

 

 返事だけは勢いのあるゴブリモンたちだった。 

 




第九話。第一章も佳境に入ってまいりました。
前作と違ってすごい盛り上がりが遅い気がする……いや、前作の第一章はアレ過ぎるんですけどね。

さて、それではまた次回も。よろしくお願いします。


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第十話~一歩を踏み出すための宣言!~

 時は少し戻って、大成がゴブリモンたちに攫われていった頃。スレイヤードラモンとワームモンは街外れで一緒にトレーニングしていた。

 ちなみに、“一緒に”とは言うが、トレーニングしているのはワームモンで、スレイヤードラモンはそれを見ているだけである。

 

「もう、ダメ……」

「まだ始まってから数分も経ってねぇぞ……」

「疲れたよぅ」

「お前の場合、疲れたというよりもやる気がないだけだろ」

 

 ワームモンを鍛えることになったスレイヤードラモンだったが、内心で“ワームモンが強くなるのは難しいだろうな”と思っていた。理由は言わずもがな、である。

 ワームモンという種が戦闘に適さない種であることは仕方ないことだ。だが、だからこそ、強くなるにはそれ以外の何かが必要になる。頭脳であったり、運であったり、仲間であったり。人によってそれはまちまちなわけだが、ワームモンにはその“それ以外”がないのだ。

 そんなタイプの者が強くなるのに一番必要なもの。それはやはりやる気だろう。自分の弱さにめげない反骨精神とでも言うべきものが、必要なのだ。だが、当の本人のワームモンは、その性格が災いしてか、強くなるということに積極的ではない。

 持つもので劣るのに、さらに本人に強くなる気がない時点で、ワームモンが強くなるのは難しいを通り越して不可能の一言である。

 

「ったく。お前はなんで大成と一緒にいるんだよ」

「ぇ?」

「お前、究極体になりたいって訳じゃないだろ?究極体なんてものを目指さなければならない大成とそんなお前がどうして一緒にいるんだって話だ」

「僕は……」

 

 それは、ワームモンにとって意図せぬ質問だった。傍から見れば、ワームモンに大成と共にいなければなならない理由はないように見える。

 もちろん、それは傍から見ていればそう見えるだけの話であって、ワームモンからすればちゃんと理由がある。

 

「えっとそれは――」

 

 大成と一緒にいる理由を口に出させることでそれを再確認させ、ワームモンに発破をかけるのが、この質問をしたスレイヤードラモンの目的だった。

 それは、途中までうまくいったというべきだろう。事実、ワームモンは何かを思い出しかけたのだから。だが、現実とはうまくいかぬもので、そういう時に限って邪魔が入ったりする。いや、これも重要なことではあるし、決して邪魔の一言で片付けていいものではない。

 だが、それでも――。

 

「リュウ!ワームモン!大成が攫われたっ!」

 

 タイミングが悪いと言う他ないだろう。いや、先ほど述べたように、決して攫われた大成を軽視している訳ではないのだが。

 大成誘拐の報を伝えに来た優希とレオルモン。その手には、下手くそな字が書かれた木の板が握られていた。

 木の板には、大成を攫ったことと返して欲しくば指定の場所まで来いという旨のことが書かれている。下手くそな字で。

 

「何があったんだ?」

「それが――」

 

 優希とレオルモンは、この街の長であるデジモンに滞在の許可を取った後、近くの木陰で勉強会をしていた。

 ちなみに、教師役はレオルモンで、生徒役は優希である。意外なことに、レオルモンは頭が良いのだ。優希のために人間世界のことを学んだレオルモン。その頭脳は、今や大学受験クラスの勉強ならば、普通に他人に教えることができるようになっているほどだ。

 “セバスが来てから、すごい助かっている”とは、優希の暮らす孤児院の保護者役の人物の言葉である。

 もっとも、優希からすれば、身近に教師役がいる有り難さとその勉強中の見た目的な面で、かなり複雑な思いを抱いていたりするのだが。

 ともかく、勉強会をしていた優希たちの前にやって来た一匹のテントモンが、この木の板を手渡してきたのである。当初、難解な暗号に見えるほどの下手くそな字を前にイタズラかと思っていた優希たちであるが、解読が進むにつれて事の重大さがわかったのだ。

 ちなみに、一回だけ優希たちが、下手くそな字を前に解読を投げ出しそうになったことは、ほんの余談である。

 

「そんな……大成さんが……」

「さん付けかよ……いや、いいけどさ。一人で来いとは言われてないんだろ?」

「ええ。そのことは書かれてない。こちらを舐めているのか、それとも……」

「……罠か。狙いは優希か、俺か……どちらにせよ、俺のせいだな」

 

 そう、今回の大成誘拐の責任は、少なからずスレイヤードラモンにあるといっていいだろう。

 スレイヤードラモンの身近にいた人間は、ある程度“戦えた”人間だった。つまり、別行動したり、放っておいたりしても構わなかった。だからこそ、その人間の基準で物事を考えてしまっていたのだ。

 ようするに、この世界で戦う力のない大成を一人別行動させる危険性を思いつくことができなかったのである。

 とはいえ、グダグダ言っても意味はない。既に事は起こってしまったのだから。大事なのはここから、どうするかである。

 

「急ぐぞ」

「どうするの?」

「俺がいない間にどっちかを狙われてもまずい。一緒に行って、俺が殿を務める。セバスは優希と大成を守りながら、退避。ワームモンは、セバスの補助だ」

「えぇっ!?僕も!?」

 

 そんなこと思いもしなかったとばかりに、驚くワームモン。だが、スレイヤードラモンからすれば、そっちこそ何を言ってるんだという話だ。自分のパートナーが危機に陥っているというのに、動こうとしないワームモンに優希たちは呆れるしかない。

 だが、ワームモンとしても、内心でかなり葛藤していた。大成を助けに行きたい気持ちは当然のようにある。だが、同じくらいに“怖い”という感情もあるのだ。行きたい。でも、行きたくない。ワームモンは、そんな真逆の気持ちに悩まされていた。

 

「僕は……僕は……」

 

 決断するということは、その先のすべてを決めることと同義だ。だからこそ、決断するということは難しい。

 そうすることで、取り返しのつかないことになってしまうかもしれないから。

 そうすることで、どうしようもない後悔に苛まれていしまうかもしれないから。

 それが大きな決断であればあるほど、失敗した時のダメージは大きくなる。見方を変えれば、決断するということができるのも、一種の“強さ”となるのだろう。

 ワームモンは今、決断を迫られていた。真逆の気持ちに悩まされ、どちらかを選ぶ決断を。すなわち、行くか、行かないか。大成か、自分か、である。

 だが、即断即決できる者など希だ。そんな、人がどうしようもない悩みを抱き、決断できない時、天秤を動かすのはいつだって外部の力である。もっとも、大抵の場合は、“時間”という力によって一方の選択を強制され、そうして人は後悔することになるのだが――。

 

「いいから来い、行くぞ」

「へ?」

 

 幸か不幸か、この場には時間以外の力があった。

 スレイヤードラモンに連れられて、ワームモンは行くことを強制されたのである。スレイヤードラモンの背には、優希とレオルモンが掴まっている。いきなりの現状に、ワームモンは戸惑うばかりだ。

 未来は未確定。どんな選択をしようと、どちらを決断しようと、何かしらの事はある。どちらを選んでも何ともないかもしれないし、どちらを選んでも後悔するかもしれない。

 ~だったら、~であれば。そんなことを言い出してはキリがない。“人生は重要な選択肢の連続”とそんな格言もあるくらいだ。後悔しないように生きることなど、いろいろな意味でできるはずもない。結局、なるようになるしかないのだ。

 

「……うぅ……ごめんなさい……」

「……」

「ごめんなさい。ごめんなさい……」

 

 ワームモンは泣きながら、壊れたように“ごめんなさい”と呟き続ける。それを、優希たちは聞かぬふりをした。

 この状況はワームモン自身で選んだのではない。逃げによって決まったことだ。決断から逃げ出し、人の命がかかっているほどの重要な選択を他者に任せる。それは、他者の命という重責を他人に背負わせる、卑怯者の行いだ。

 そんな、卑怯で臆病な自分自身のことが、ワームモンには死ぬほど情けなかった。

 

「あれ――ッ!」

 

 スレイヤードラモンたちは現在、目的の場所を目指して低空を飛んでいた。

 そんなスレイヤードラモンたちの前に飛んできた一発の火炎弾。火炎弾自体は成熟期相当の威力だ。そんなものをスレイヤードラモンが食らうはずもなく、一瞬で高度を上げてその火炎弾を躱す。

 

「……あれは……セバス」

「了解です。お嬢様!」

「というわけだけど、……リュウ?」

「いいのか?危険だぞ?」

 

 優希たちを襲った火炎弾を放った犯人は、すぐに見つかった。しかも、犯人はデジモンではなく、人間の男だ。それだけでも驚くべきことだが、優希はその男に見覚えがあった。だからこそ、言外に自分が行くという意思表示をしたのだ。

 そして、スレイヤードラモンも優希の言っていることはわかる。だからこそ、聞き返したのだ。いいのか、と。

 この高度まであの男の謎の攻撃は届かないのだろう。先ほどから攻撃をしてこない。だからこそ、この高度のままで行けば、あの謎の男を躱して大成の元まで行けるだろう。というか、見た感じではあの男の力はスレイヤードラモンの敵ではないレベルだ。スレイヤードラモンが瞬殺すればいいだけである。

 わざわざ、危険を冒す必要はない。それを優希もわかっている。だが――。

 

「大丈夫。いざとなれば“奥の手”もあるし……私たちの問題をリュウ任せっきりにしたくない。それに、いざとなったらリュウが助けに来てくれるんでしょ?」

「……ハハッ。任せっきりにしたくないって言うくせに、いざとなれば助けろかよ。そこは言葉にするなよ」

「あはは、善処するわ」

「っは!?この会話……まさか!?スレイヤードラモン殿!お嬢様がほしくば、私を倒していきなされっ!」

「いや、お前は勘違いしてるから。冗談でそこまで本気になるやつ初めてだよ」

 

 ようするに、優希はこのスレイヤードラモン任せの現状が嫌だったのだ。かつてこの世界に訪れた時、幼かった優希は自分のすべてを他人に任せるしかなかった。そうしなければ、生きることすら難しかったから。

 だが、それから五年経っている。優希も成長しているのだ。その事実を、あの頃の自分しか知らないスレイヤードラモンに見せたいのだ。あの頃の、守られていただけの自分とは違うと、他ならぬスレイヤードラモンに証明したいのだ。

 一方で、スレイヤードラモンとしても特に反対する理由はなかったりする。スレイヤードラモンは、現実がいつも突然なものだということを痛いほど知っている。経験値は稼げる時に稼がなければ、いざという時後悔するということも死にたくなるほどに知っている。だからこそ、自分の庇護下にいられる内に経験値を稼がせた方がいいと考えているのだ。

 

「よしっ!いざという時は、大声で呼べよ」

「さあね。案外すぐに片付くかもね」

「行きましょうぞ!」

 

 高度を落としたことで、再び始まる謎の男の攻撃。それを避けながら、優希とレオルモンを地面に下ろし、そしてそのままワームモンを連れて飛んでいく。謎の男は、初めから優希が目的だったのか、それとも無駄だとわかっているのか、スレイヤードラモンに追撃する様子を見せなかった。

 ともあれ、人間の優希を下したことで、スレイヤードラモンはさらにスピードを上げることが可能になった。大成の捕まっている場所まで、残り数秒という所である。

 すでに大成の姿は見えている。これ見よがしに大成は木に吊るされて、数十人のゴブリモンたちに囲まれていた。そんな状況に、大成自身は退屈そうにしている。

 

「あいつ、意外と余裕そうだな」

「うぅ……ごめんなさい……」

「ほら、いつまでごめんなさいマシーンになってるんだ。行くぞ」

「え?」

 

 呆然と呟いたワームモンをスレイヤードラモンはボール投げの要領で構えた。そこまでされると、ワームモンもこの先の展開が読めてきていた。まるで教科書に載っているような、理想的な投擲フォーム。

 強くなっていく嫌な予感を前にワームモンが静止の声を上げるよりも早く。一瞬のうちに、スレイヤードラモンは、ワームモンを投擲した。

 

「行って来いっ!」

「まっ……うそぉおおおおおおおお!」

 

 なすすべもなく、ワームモンは超高速で大成目掛けて飛んでいく。その時間は実際には一瞬にも満たなかっただろう。だが、ワームモンにはその一瞬が永遠にも感じられていた。

 高速に過ぎ行く風景の中に、見える走馬灯。ワームモンが先ほどまで感じていた罪悪感など、そんな臨死体験に匹敵する恐怖を味わっている中で、はるかかなたに吹っ飛んでいた。

 ちなみに、この一連の行為で驚愕すべきは、スレイヤードラモンのその行為ではなくその技量である。ワームモンの体がバラバラにならない限界速度を見極め、しかも着弾による衝撃を計算した上での投擲。無駄に高い技量だが、そんなことは投げられた当人には関係ない。“この事件の中で一番死ぬかと思った瞬間だった”と後にワームモンは語っていたりする。

 

「ぉおおおおお!ぶべらっ!」

「……っ!なんだぁっ?おい、何があった!?」

「わからん!何者か……が……?」

「えっと……は、はろー……?」

「……」

 

 そんなワームモンは、大成とゴブリモン軍団のど真ん中に着弾した。

 突然の事態にゴブリモンも大成も唖然としている。いきなりの攻撃とも取れる事態もそうだが、現れたのがワームモンというまさかのデジモンだったことに驚いているのだ。

 もっとも、反対に突然敵地のど真ん中に落とされたワームモンも、恐怖でどうにかなりそうだったりするのだが。

 敵味方全員が唖然としているという、せっかくのチャンス。だというのにワームモンは動けない。そんなワームモンに空から見ているスレイヤードラモンは呆れていたりする。

 

「っち、ビビらせやがって……おい、コイツもヤッちまえ」

「ひっ……」

「お前何しに来たんだよ!」

 

 そう大成がツッコミを入れてしまうほどに、ワームモンはここへ来てから何も出来ていなかった。

 ゴブリモンたちは、ワームモンごときなど敵ではないと認識しているのだろう。薄ら嗤いを浮かべながら、ワームモンをどう料理しようかと相談している。当然だ。恐怖で動けなくなっているだろう、いかにも弱そうな者を警戒しろという方が無理な話だ。

 そんなゴブリモンたちの嗤いを目にしたワームモンは、震えに震えていた。震えている場合ではないというのに。こんな時こそ、震えは止めなくては、何事も成すことはできないというのに。

 助けたい。そう思っていなかったわけではない。だが、そんな思いとは裏腹に、今すぐここから逃げ出したい、とそんな気持ちがワームモンを支配していた。

 

「ヒィッ……腰が抜けて……」

「おいっ!本当に何しに来たんだ!いいから逃げろっ!」

「でも……」

 

 動かないワームモンなど、恰好の的でしかない。嬲り殺すつもりなのだろう。ゴブリモンは嗤いながら、ゆっくりとワームモンへと近づいていく。

 ゆっくりと近づいてくる死。だが、そんな中でワームモンが思い起こしていたのは、走馬灯でもなんでもなく、少し前にスレイヤードラモンが言った言葉だった。

 

――言いたいことがあるなら、ハッキリと、デカイ声で言え。結局な、世の中で上手いこと行くのはそれが出来る奴だ――

――いつも周りにビビって縮こまってると、本当に叶えたい思いができても、結局いつも通りに縮こまることしかできなくなるぞ――

――お前はなんで大成と一緒にいるんだよ――

「……だ」

 

 その言葉と共に、思い起こされるかつての記憶。

 かつて、生まれて初めて意識が芽生えた時、ワームモンはすでにそこにいた。卵から這い出し、たった一人で、閉じれた場所で生きていたのだ。そんな一人で生きていたワームモンが初めて出会ったのが、大成だった。きっと、それにはワームモン以外の意思の介在があったのだろう。

 だが、そんなことは関係なかった。ワームモンにとって、大成とは生まれて初めて出会った者なのだ。その関係が、“友達”、“相棒”、“主人”、どのような言葉で表した者なのか、ワームモンにはわからない。もしかしたら、刷り込みに近いものなのかもしれない。だが、それでも、ワームモンにとって大成は唯一の存在なのだ。だからこそ、邪険に扱われても大成と一緒にいるし、攫われた時も見捨てずに助けたいと思ったのである。

 もう、時間はないだろう。ゴブリモンはすぐそこまで迫っている。だからこそ、ワームモンはそれを望む。たった一歩でいい。一歩を踏み出す、そんな勇気を。

 スレイヤードラモンは言った。言いたいことがあるのなら――。

 

「僕はもう……逃げ出すのは嫌だっ!少しくらい立ち向かってやるっ!」

 

 ハッキリと、デカい声で。

 大成が、出会ってから聞いたことのないようなワームモンの叫び声。全身が震えながらの叫びだ。ハッキリ言って、まったく格好ついてない。

 だが、それでも、大成には信じられない思いだった。気弱で臆病なあのワームモンが、立ち向かう姿勢を見せたのだから。しかも、震えながら、逃げ出したい気持ちを抑えて。

 だが、いくら叫んでも、意味はない。というか、それだけで現実が変わるようなら、とっくの昔に現実はすでに滅びている。

 

「そうか、立ち向かうかぁ!なら、ここで死になぁっ!」

「ひぃいいいいい!」

「おい、やめろっ!」

 

 ゴブリモンの棍棒がワームモン目掛けて振り下ろされる。

 先ほどの勢いはどこへやら。ワームモンはすっかりと萎縮してしまって、動く気配もない。もう間に合わない。木に吊るされている大成は何もできない。

 普通ならば、ここで終わりだろう。この場にいるのが、ワームモンと大成だけだったのならば。だが、この場にいたのは、この二人だけではないのだ。

 

「よかったぜ!よく言った!」

「っ!リュウ!」

 

 先ほどまで、上空で観戦していたスレイヤードラモンが、超高速でこの場に降り立つ。スレイヤードラモンとしては、ワームモンにもう少し粘ってほしかった。もっとも、これでも十分な成果があったとは思っているのだが。

 一瞬のうちにワームモンと大成を救出したスレイヤードラモンは、二人を地面に下しながら、ゴブリモンたちと向かい合う。

 

「大成、ワームモン。お前ら先に優希のところに行け。なに、すぐに追いつく」

「でもっ!」

「いいから、いけっ!あっちだ!」

「ッ!すまねぇっ!」

 

 スレイヤードラモンの気迫に押されてか、ワームモンをその手に抱いて(・・・)、大成は走り出す。

 人数的な戦力差は数十倍。そのすべてを、スレイヤードラモンに任せることしかできない自分自身にイラつきながらも、大成は走るのをやめない。自分ではどうしようもできないことだと、わかっているから。だからこそ、スレイヤードラモンの言った、“すぐに追いつく”という言葉を信じるしかなくて。そんな、彼を見捨てて置いてくるしかなかった無力な自分が、大成は情けなかった。

 だからこそ――。

 

「くそっ……すまん……」

「いや、謝る必要はないぜ?もう終わったから」

「……」

 

 こうして、自分の後ろをついてくる(・・・・・)スレイヤードラモンに、ド肝を抜かれたのだが。

 全力疾走しながらも口を開けて呆然としているその大成の姿は、いっそのこと笑いを誘うものだった。

 

「おーい?」

「ってはやっ!」

「いや、すぐに追いつくって言ったじゃねぇか」

 

 いや、それにしても早すぎるだろう、と。

 別れてから数秒も経っていない。だというのに、数秒もかからずに戦闘を終わらせて、全力疾走を続ける自分に追いついたという事実に、大成は驚愕を隠せなかった。

 スレイヤードラモンが強いことは知っていた。だが、あの数十倍の人数を瞬殺できるほどまでとは、大成には予測つかなかったのだ。そんな大成は、恐る恐る尋ねる。自分の中の常識と戦いながら。

 

「……リュウってもしかして……完全体だったりする?」

「いや?俺は究極体だけど……」

 

 直後、再びの驚愕の絶叫が辺りに響き渡った。

 




というわけで、表はワームモン主人公回。裏はスレイヤードラモン無双回の第十話でした。
ここから、少しづつ大成とワームモンも変化していきます。

さて、次回は優希とレオルモン。優希の奥の手とレオルモンの〇〇回です。

それでは、次回もよろしくお願いします。


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第十一話~進化の力!獣王咆哮!~

 大成が救出された頃。優希とレオルモンは、以前あの街で襲ってきた謎の男と戦っていた。

 

「……?」

「セット『アグモン・ベビーフレイム』……よそ見とは余裕だな」

「わっ!」

 

 遠くに聞こえた奇声に、優希が気を取られたその瞬間に男はSDカードのようなものを取り出して、自身の腕に取り付けられた機械に差し込む。そして、その瞬間に現れる複数の火球。その火球は、優希とレオルモンめがけて寸分違わずに放たれた。

 自身の元へと向かってくるその火球を、優希は地面を転がるようにして避けた。ギリギリな躱し方だ。だが、そんな躱し方でなければ、火球を躱すことはできないということでもある。

 既に幾度目かの男の攻撃。未だ直撃を受けたことはない。男の実力がこんなものなら、このままいけば優希たちが勝つだろう。だが、優希も直感で悟っていた。そんなことはありえない。男も本気を出していないはいない、と。

 

「お嬢様っ!大丈夫ですかっ!」

「無事!」

 

 そう優希と会話する間にも、レオルモンは男に接近し、その前足の鋭い爪で男に攻撃する。だが、男も馬鹿ではない。まるで踊るように、レオルモンの前足を掴み、そのまま攻撃を受け流すようにして躱す。すぐさま体勢を立て直して、再びの攻撃を仕掛けるレオルモンだったが、その攻撃が男に届くことはなかった。

 さながら、武術の達人のように。レオルモンにスペックで劣っているだろうその男は、技でレオルモンを翻弄している。

 

「っく……なかなかやりますなっ」

「レオルモン……成長期のデジモンだな。これは……やはり、見当違いか?セット『グレイモン・メガフレイム』」

「……?」

 

 男は呟きながらも新たなSDカード擬きを機械にセットし、先ほどよりも巨大な火球を発生させる。火球の発生によって、周囲の気温が急激に温められて上がっていく。

 その火球を前に、レオルモンも止まらざるを得なかった。その火球は、間違いなく自身を一撃で仕留めるほどの威力があるとわかったのだ。

 そして、パチパチと辺りに鳴り響く音。それは、レオルモンの頭の毛から鳴り響く音。警戒時に発生した静電気によって鳴り響く、威嚇の音である。

 

「突っ込んでこないか」

「自滅を選ぶ趣味はないのでな」

「しゃべる猫の分際でよく言うな」

「ッ!ふ、ふふ……ち、挑発などき、効きませぬな」

「……いや、思いっきり効いてるじゃない」

「ゆ……お嬢様はどちらの味方ですかっ!?」

 

 叫ぶレオルモンを横目に捉えながらも、優希も男から目を逸らさない。優希とて、この状況で自分が戦力(・・)として役に立つなど思ってはいない。多少運動が得意だからといって、スペックの差を覆せるほどの技を優希は持っていない。だからこそ、この場で自分に出来ることを探している。

 そんな優希だが、先ほどから一つ気になることがあった。男の戦い方は、どうも自分たちを倒そうとするソレではない。まるで、何かを観察するような、そんな戦い方だ。男が何を目的としているのか。それが優希には気にかかっていた。

 

「まったく!この前も今日も……一体何なの?」

「この前……はっ!?ストーカーめっ!成敗してくれるっ!」

「それは、お前自身が一番よくわかっていると思うが?」

「……?」

 

 以前、あの街で襲ってきた時もそうだったのだが、男の会話の内容はどこかわかりづらい。そこから何かを聞き取ることは、難しいだろう。

 だが、それでも、優希には一つだけわかることがあった。この男は、理由はどうであれ、自分を狙って来たのだということだ。

 

「……見当違いなら、用はない。時間の無駄だな」

 

 その言葉と共に、放たれた火球。その火球を優希とレオルモンは必死になって避けた。

 一方で、男は避けられることも想定していたのか、次の攻撃の準備に移っていた。放たれたのは、炎の刃。それすらも、優希たちはすべて避けることができた。

 だが、それは避けることができたというよりも、元々狙われていなかったというのが正しい。男の攻撃は、どれも狙いが甘い。それが、まるで手のひらの上で踊らされているようで、優希たちは良い気がしなかった。

 

「……っち。やはり、まだ試作品か。完成品とは程遠い」

「っく。その力は一体……?」

「言う必要があるか?」

 

 戦い方が上手い。それが、男と戦っているレオルモンの感想だった。

 男の攻撃で、一番隙が大きいのは、このSDカード擬きを機会に差し込む瞬間だ。だが、男もそれをわかっているのだろう。相手の隙にその行為を行うことで、安易に隙をさらさない。実際、攻撃を実行しているその最中に、次なるSDカード擬きを男は機械に差し込んでいる。

 あのSDカード擬き。あれに、優希はどこか既視感を抱いていた。だが、その感覚を優希は無理矢理に振り払った。今は戦闘中だ。そんなことを考えていては、すぐにやられてしまうだろう。ただでさえ、優希は足でまとい気味なのだから。

 

「セット『ガルルモン・フォックスファイアー』」

「……ッ!させませぬっ!」

 

 このままではジリ貧の末に負ける未来を感じたのだろう。レオルモンは攻撃を躱しながら、男の懐へと潜り込む。そのまま連続で攻撃を仕掛け続けた。息も吐かせぬ連撃。男に力を使う隙を与えずに、そのまま押し切るつもりなのだろう。

 だが、男とてそれだけでやられるほど弱くはない。うまくレオルモンの攻撃を躱している。

 

「っく。これでも……」

「イラついているな。そんな攻撃では私を倒すことはできないというのに」

「うるさいっ!」

「セバスっ!落ち着いてっ!」

 

 先ほどの挑発や思う通りにいかない戦闘運びが、レオルモンから冷静さを奪っているのだろう。実際、傍から見ていてもわかるほどに、レオルモンは冷静さを失っている。だが、冷静さを失うということは、戦闘において悪手の一つだ。

 レオルモンの攻撃は、先ほどから単調になり過ぎている。その単調さといえば、素人の優希にもなんとなく予想できるほど、と言えばどれほどのものかわかるだろう。

 

「ふん……あの女が“進化の巫女”だとしても……こんなのが守り手か。やはり見当違いではないのか?アイツめ……適当なことを言いやがって……せっかく苦労してまであの子鬼共を利用したというのに……」

「進化の巫女……?」

「知らないのか?これは……ますます見当違いの可能性があるな」

 

 進化の巫女。うっかり漏らしただろうそのキーワード。それが何を指すのかは、優希たちにはわからないことだ。だが、重要な言葉であることを予想した優希は、頭の中にその単語をしっかりと刻み込む。

 一方で、連撃に連撃を重ねたレオルモンは、その体力も尽き始めていた。考えなしに攻撃し続けたのだ。体力がなくなるのも、当然の帰結だろう。

 そんなレオルモンだが、次の瞬間に足を縺れさせて転んでしまう。体力の限界を前に、バランスを取り損なったのだ。息絶え絶えながらも、すぐにレオルモンは立ち上がる。その根性は賞賛するべきものだ。だが、この場においては決定的な隙でしかない。

 

「セット『テイルモン・ネコパンチ』」

「がぁっ!」

「セバスっ!」

 

 その隙を、男は逃がさない。以前の時とは違う、本気の一撃。猫のように鋭い爪がレオルモンを切り裂いて、吹き飛ばす。吹き飛ばされたレオルモンは、そのまま地面に叩きつけられた。素人目に見ても、レオルモンのダメージや疲労は深刻だ。もう立ち上がれないだろう。

 そんなレオルモンを興味ないモノのように見た男は、そのまま優希に向かい合った。

 

「もっとマシなパートナーだったのなら、とその身の不幸を呪うんだな」

「……私はセバスと出会って不幸になったことなんて一回もない」

「泣き叫び現実から逃げる訳でもなく、現実を理解できないほど呆然としている訳でもない……か……」

「泣き叫ぶ?呆然とする?それこそまさか。だって……まだ、私のパートナーは負けてないもの」

「何を言って――ッ!」

 

 その優希の言葉と共に背後に聞こえた音。背後に聞こえたその音は、普段なら聞き逃すような微かな物音だ。だが、男はそんな微かな音を敏感に聞き取った。そんな僅かな音に、男は悪寒を感じたのだ。いや、本能的にでもわかってたのかもしれない。それこそが、優希たちの反撃の狼煙であると。

 その悪寒に従うように、男は勢いよく振り返った。振り返った先にいたのは弱々しく、だが、確かに立ち上がるレオルモンの姿。その姿を視界に捉えた時、男は焦ったかのように攻撃態勢に移った。それは、男の何も感じていないかのような、一種の余裕とも取れる表情が崩れ去った瞬間でもある。

 

「セット『――ッ!」

「アンタとは短い付き合いだけど、今のアンタは、すっごいレアだってわかるわ……ねッ!」

 

 そして、初めて崩れ去った均衡に、初めて訪れたチャンス。そのチャンスを逃すことを優希はしなかった。

 男の力は、SDカード擬きを機械に差し込むことで初めて効果を発揮する。つまり、その二つを一緒にさえさせなければいいのだ。

 優希は全力で男を取り押さえにかかる。もちろん、成人男性の男と女子の優希では、力の差がある。だが、そんなことを承知の上で、優希は取り押さえにかかっていた。稼ぐのは、数秒。それだけでいいのだから。

 

「セバスっ!行くよっ!」

「ハァッ……ハァッ……」

 

 レオルモンは虫の息だ。このチャンスを逃せば、もう二度と勝機は訪れないだろう。それがわかったからこそ、優希は奥の手(・・・)を使うことにしたのだ。

 直後、優希の首にかけられたネックレスが光る(・・)。その光と呼応するように、レオルモンの体も光り輝いていた。まるで、活力が漲っているかのように。レオルモンの体の傷がどんどん治っていく。そして――。

 

「っち!これは……」

「レオルモン!進化――!」

 

 それは、光。それは、未来。それは、可能性。それこそが、“進化”。

 レオルモンの姿が、まったく別の姿へと変貌する。レオルモンの頃にあった幼さの消えた、雄々しい“王”の風格が漂う姿へと。

 それこそが、成熟期の聖獣型デジモンのライアモンだった。それこそが、デジモンという種の、進化の力だった。

 

「ァアアアアアア!」

「っく――!」

 

 ライアモンが咆哮する。そのあまりの声量に身構えた男。だが、優希に取り押さえかけられていたその状態で、それはしてはならぬことだった。その隙に、優希は男の腕から機械を奪うことに成功する。優希は、勢いのままにそれを放り投げた。

 これで、男の力は使えなくなった。つまり、男の戦力はこれでなくなったにも等しいのだ。自身の失態を受け入れながらも、男はライアモンから目を背けなかった。男はわかっているのだ。もはや立場は逆転していると。どちらが狩る者で、どちらが狩られる者なのかを。

 

「うぉおおおおおおお!」

「っ!」

「オレがぁ――!」

 

 いつものライアモンに似合わないその口調。荒々しいその口調の雰囲気そのままに、ライアモンは男へと突撃する。そんなライアモンを、優希は懐かしさと共に見ていた。

 今でこそ、ライアモンは過保護気味な丁寧口調だ。だが、昔からそうだった訳ではない。かつては、こういう口調だった。そんなライアモンだったが、ある日を境に変わったのだ。

 実は、優希は一度死にかけている。理由はただの交通事故だ。それも、優希の過失は全く無いと言える事故。当時、ライアモンはその場に居合わせなかった。だからこそ、ライアモンはそのことを悔いているのだ。どうして、自分は守れなかったのだ、と。

 もちろん、事が偶然であった以上、ほとんどライアモンに落ち度はないといっていい。だが、それでも。“大好きな優希がいなくなるかもしれない”という事は、ライアモンをひどく恐れさせたのだ。

 

――セバスチャンって、どんな時も主を守る執事の名前なんだぜ?――

――またアンタは……そんな嘘誰から聞いたの?――

――嘘じゃないやい!漫画であったもん!――

――思いっきり作り話じゃない!――

 

 そんな時だ。ライアモンの名前が種族の名前から、セバスという名前になったのは。当然、セバスチャンというのは、西洋でありふれた名前というだけの、特に何の特別性もない名前だ。だが、ライアモンにとってそんなことはどうでもよかった。

 例えその虚構の物語でも。その物語にあるような、この名前に相応しいの者となろうと。そう決めたのだ。だからこそ、自分の性格を捻じ曲げてまで、ライアモンは――。

 

「お嬢様……いや、優希は!他でもないっ、このオレが守るんだァっ!」

 

 放たれた拳。それは、寸分違わずに直撃し、男を吹っ飛ばした。吹っ飛ばされた男だが、驚くべきことになんとか立ち上がった。男は拳の当たる直前で、後ろに飛ぶことによって衝撃を分散させ、ダメージを減らしたのだ。だが、それでも完全に減らしきることはできなかったのか、随分と辛そうである。

 

「はっ……はっ……次で仕留める」

「くっ……なるほど、確かに見当違いではなかったようだな」

「何をごちゃごちゃと――!」

「私はこれで逃げさせてもらう」

「ッ!逃がすかっ!」

 

 その言葉に、嫌な予感を感じたライアモンは男に突撃するが、もう遅い。ライアモンが走り出す前に、男は懐から取り出した玉を地面に叩きつけたのだ。

 その直後に、辺りに満ちる白煙。その白煙によって視界は遮られ、優希たちは男を見失う。驚くべきことにその白煙は特殊らしく、獣であるライアモンの鼻を以てしても男がどこへ行ったのかを探らせないものだった。

 そして、白煙が晴れた時、既に男の姿はどこにもなかった。

 

「逃げられたか……」

「……セバス、口調。昔に戻ったね」

「う……やっぱり、こっちの方がいいか?」

 

 やはり、自分の口調や普段の振る舞いに関しては、少し自信ないのだろう。所在無さげに、ライアモンは優希を見ていた。そんなライアモンに苦笑しながら、優希はその言葉を投げかけるのだった。

 

「でも、私はどっちのセバスも好き……かな」

「っ!……ふふ……し、仕方ないですな。はっはっはっ……がっ――」

「……あ、戻った(・・・)。大丈夫?」

 

 優希の言葉に、やたらと嬉しそうにするライアモンだったが、その時も長くは続かなかった。優希の言った戻った(・・・)という単語には、二つの意味が込められていたのだ。一つは口調。そしてもう一つは、その姿が、である。

 通常、デジモンは例外を除いて、一度進化したら前の成長段階に戻ることはない。だが、今回は、その例外の内の一つである。だから、成熟期のライアモンから成長期のレオルモンに戻ってしまったのだ。

 

「……お嬢様、すみませんが手を貸してくださりませんか?恥ずかしながら、疲労で……動けぬのです」

「ごめん、無理」

「なぜに!?」

「腰が抜けて……あはは……」

 

 今回の戦いの際、男に対して不敵に接していた優希だったが、その実、いろいろと無茶をしていたのである。その結果がコレ。過度の緊張から解放されたことによって、安心して腰が抜けてしまったのだ。

 一方で、レオルモンも疲労で動けなかった。理由は言わずもがな、件の例外的な“進化”を行ったためである。

 地面に座り込んだままの二人。そんな二人のこの状態は、この戦闘の被害が過度に広がらないようにしていたスレイヤードラモンたちが合流するまで続いたのだった。

 

 

 

 

 

 その頃。優希たちから逃げ出した男は、地面に座り込んでいた。もはや、立っていられないのである。戦闘の傷のこともあって、体力と気力の限界だったのだ。いや、むしろ、あの場所から遠くのここまで逃げてきたことこそ、賞賛すべきことかもしれない。

 荒れた息を整える男だったが、その直後、辺りに音が鳴り響いた。それは、男の持っている通信機の呼び出し音。普段なら気にしないことでもあるが、誰からの連絡かわかった男は、多少イラつきならがらも、その呼び出しに出るのだった。

 

――だいぶ派手に負けたみたいだな――

 

 通信機は大層なものではない。音声だけの簡単なものである。

 男は、画面に表示された名前を見るまでもなく、聞こえてくる音声から、誰からの通信かわかっていた。それほどまでに、男はその声の主のことを理解していたと言いっていい。聞こえてくるのは、男性の声。男にとって古くから付き合いのある友人であり、そして今の男の上司となっている人物である。

 

「今回の目的は、試作品の実験とあの女の価値の確認。ならば、本来の目的は達したはずだ。危険を冒してまで、奪われた試作品まで取り返してきたのだ。お釣りがくる成果なはずだ」

――確かに。だが、試作品が奪われたのは、君の過失だろう。それに、君が動いたのだ。もう少し期待してもいいと思うがね――

「お前は私を買い被り過ぎだ」

――そうかね?よく言うよ。貴英。君ほど信のおける部下はいないというのに――

「まったく。とりあえず、一度帰還する」

――了解。待っている――

 

 通信は短いものだ。だが、貴英と呼ばれた男は気づいていた。本当はあの通信の主が、戦いに負けた自分のことを心配して通信してきたのだろう、というその意図に。

 その通信を終えた後、ため息を吐きながらも貴英はその疲れた体に鞭打ちながらも立ち上がった。そうして、帰還するためにこの場を去っていくのだった。

 




というわけで、優希の奥の手は進化の力で、レオルモンの成熟期はライアモンでした。
まあ、定番ですね。レオルモンについてはレオモンと迷ったんですけどね……。
ちなみに、この戦闘中スレイヤードラモンたちは、貴英の技のせいで森が火事にならないように尽力していました。

というわけで、次回は事後報告回です。そして、その次から第二章に入ります。
いや、もしかしたら、第二章に入る前に番外編を一話程度入れるかもしれません。



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第十二話~人の振り見て我が振り直す~

 大成誘拐事件から一夜明けた翌朝。

 ちなみに、大成救出の後、一行はテントモンの街へと戻ってきて野宿していたのだが、建物のサイズ的に野宿しか選択肢がない、と悟った時の大成の顔はそれはもうすごいものだった。キモい的な意味で。

 

「うー……うー……」

「セバス、大丈夫?」

「お嬢様……多少楽になりました……」

 

 そんな時、寝そべりながらも呻き声を上げる一匹の獣の姿が。まあ、レオルモンなのだが。現在、レオルモンは極度の筋肉痛で動けなくなっていた。理由は、言わずもがな。昨日の進化のせいである。

 現在、この世界では進化という現象は滅多に起きない。もちろん、まったく起きないというわけでもないのだが、それでも自然発生的な進化は、一時期の頃よりもずっと起きる確率は低い。

 実は、昨日の進化は正式な進化ではなく、優希の力(・・・・)による例外的なものだったのだ。そう、デジモンを強制的に進化させる。それこそが、優希の力なのである。だが、優希の力で進化した場合は正式な進化とは違って、ものの数分で前の姿に戻ってしまい、さらにこのレオルモンのように極度の疲労状態になってしまう。

 だからこそ、この強制進化は優希たちにとっての“奥の手”なのである。

 

「しっかし、デジモンを強制進化させる力ね。昨日のあの男といい、優希のソレといい、懐かしいもんばっかだな」

「懐かしい?」

「いや、こっちの話」

 

 意味ありげなことを言ったスレイヤードラモンだが、詳しいことはまだ言いかねるようだった。疑問顔の優希を放っておいて、何かを考えている。

 だが、そこで、“おかしい”と。優希たちは一連の会話に何か違和感を抱いた。そう、例えるのなら普段メガネをかけている奴がコンタクトに変えたような、そんな何かが物足りない気がしたのだ。

 しばらく考えていた優希たちだが、数分後にようやくその違和感の正体に行き当たった。普段ならこういう話題の時には口煩いだろう大成が、会話に参加していなかったのだ。

 

「そういえば、大成……何あれ?」

「さぁ……わかりませぬ」

 

 大成の方を見た優希とレオルモンが、思わずそう言ったのも無理はないだろう。大成は、顔の位置までワームモンを持ち上げて、二人で睨めっこしていたのだ。

 そんな睨めっこの現状に、一方のワームモンはどうすればいいかわからず、居心地の悪い思いを抱くことしかできなかった。だが、しばらくして飽きたのか、大成はワームモンを放り捨てる。続くに続く大成の奇行に対応できないワームモンは、されるがままになるしかない。

 虫の押しつぶされたような音を出して、地面にぶつかるワームモン。いつもの如く大成に抗議の視線を送るワームモンだったが、その視線もいつもの如く大成には無視されるのだった。いや、いつもとは微妙に違うかもしれない。

 

「大成、アンタ大丈夫?」

「昨日、誘拐された時に頭を打ったのではないのですか?」

「頭を打ったのは僕だよぅ……」

「いや、別に。大丈夫だって」

 

 そう言った大成だったが、やはり何かを考えている気配を見せる。そんないつもとは違う大成に戸惑う面々だった。

 そんな時、数匹のテントモンが、大成たちの元へとやって来る。いきなりの事態に身構える優希たちだったが、テントモンたちはどうやら“お礼”をしに来たらしかった。

 

「お礼?」

「へい。ワイたちもあの子鬼どもには困ってたんねん。だから、あいつら懲らしめてくれたあんさんらにお礼したいさかい」

「なんか……関西弁ってこんなんだっけ?」

「関西弁?ああ、口調のことでっか。すまへん。ワイらの天弁は、聞き取りにくいとよう言われるさかい。みんなにも標準語で話すように、言っときますわ」

 

 テントモンの微妙な口調を、微妙な表情で聞く大成たち。まさか、異世界に来てまで天弁と言うらしい関西弁擬きを聞くことになるとは、思わなかったのだ。そんなテントモンは、夕方くらいからお礼の祭りをする旨を告げて、去って行った。ともあれ、礼は礼。受け取るものは受け取っておこう、とその祭りとやらを楽しみにする面々だ。

 そんなこんなで数時間後。祭りとやらが始まる夕方まで休んでいた面々だったが、レオルモンの筋肉痛だけはどうして完全回復しなかった。まあ、動けるようになっただけ、マシである。

 

「おい、大丈夫か?」

「やはり……キツイですな……」

「っていうか、アナザーに入ってれば、回復も早かったんじゃねぇか?」

「あ……」

 

 そう、アナザーのデジモン収納機能には、回復の副次効果があるのだ。デジモンを疑似データとして保管し、収納するのがアナザーの一つの機能だが、アナザーには元々データ復元機能があるのだ。そのデータ復元によって、疑似データのデジモンを修復し、傷を治すのである。

 もっとも、これは副次効果すぎるので、優希もレオルモンも忘れていたのだが。

 だが、レオルモンにとってアナザーに戻るということは、その間は優希を守ることができなくなるということである。とはいえ、人間にはないデジモン特有の回復力によって治りかけているからといって、このまま筋肉痛でも優希を守ることはできない。レオルモンにとってある意味で究極の二択だった。

 

「ぬぉおおおおおお!」

「とりあえず、次からでいいんじゃねぇか?もう治りかけているだろ」

「……そうですな。悩むのは次にしましょう」

「なんだろう。次もこうやって、また悩んでる気がする」

 

 そんなこんなでグダグダした時間も過ぎ去り、祭りの時間となる。祭りとはいっても、テントモンのソレは優希や大成が想像していたような日本の祭りとは全く別のものだった。大成たちの想像とは違って、テントモンたちの祭りは、だいぶ静かなものだったのだ。

 テントモンたちの祭りとは、咲き乱れた植物の傍で、その香りを楽しむというものだった。もちろん、大成たちはお客さんということもあって、特例として大成たち用の食事も出てきていた。

 出てきた食事は、大成たちがこの数日で食べ慣れた植物のものが多かった。そのことに期待外れの思いを抱いた大成。お礼というほどなのだ。大成としてはもっと豪勢なものが出てくると思っていたのである。そんな大成がこの食事の中で唯一良かったと感じたのは、今まで食べたことがないほどの甘い果実が出てきたことだったりする。

 そんな大成が食事に飽きて周りを見てみると、そこに見えた光景は、楽しそうに話すレオルモンと優希だったり、テントモンとの異種族間友情を恐る恐る深めるワームモンだったり、昨日のゴブリモンたちを手下みたいに顎で使うスレイヤードラモンだったりした。

 

「……まあ、いいけどさ……」

 

 この世界に来る前は、一人であることを別段気にしなかった大成だが、この見知らぬ世界では逆に一人であることが寂しくも感じられていた。というよりも、一人は好きだが、独りは嫌いということだろう。人は一人では生きていけない、という世界の真理を悟った気になった大成だった。

 そんな大成だったが、ふと気がつくとワームモンを見つめていた自分に気がついた。先ほどからずっとこうである。気がつくと、ワームモンを目で追っているのだ。もちろん、大成もわかっている。それは、昨日のことが原因であるとは。

 

「……」

 

 大成が思い出すのは、昨日のこと。昨日、あの場でのワームモンの姿と言葉だ。

 ワームモンは、気弱で臆病な性格をしている。小心者と言い換えてもいいだろう。そんなワームモンが、あの危険な場にやって来たのだ。しかも、懐いていた優希ではなく、今まで適当にあしらう対応しかしてこなかった大成を助けるために。

 大成は、それが驚きだった。大成には、ワームモンが自分を助けに来る理由が思いつかなかったのだ。

 しかも、その場でのあの宣言。確かに、ワームモンは何もできなかった。かっこよさげに登場し、宣言し、そしてボコられそうになっただけだ。傍から見たら、ものすごく格好悪い。だが、そんなワームモンのことが――。

 

「……はぁ」

 

 大成には、格好良く見えたのだ。

 いや、それは相対的な、言うならばイメージギャップ的なものだったのだろう。元から心身共に強いスレイヤードラモンではなく、絆で結ばれた優希たちでもなく。他でもない気弱で臆病な小心者のワームモンだったからこそ、大成にはそう見えたのだ。

 

――僕はもう……逃げ出すのは嫌だっ!少しくらい立ち向かってやるっ!――

 

 あの時、ワームモンが震えていたのは、大成も見ている。逃げ出したいと、そんな弱い自分を押さえつけてまで、ワームモンはあの場で、あの言葉を放ったのだ。放つことが、できたのだ。

 たいそうなことを言っていたわけではない。だが、あの状況で、あの性格で、あの言葉を放つことをできるものがどれだけいるのだろうか。

 

――はぁ……なんでこんなのが……アグモンとかさ、ギルモンとかさぁ……もっと格好良いデジモンならたくさんいるだろ――

――あーあ……もっと格好良い奴なら良かったのになー。どうして現実にはリセットボタンがないんだっ!――

――俺はさ、参ったぜ。ワームモンっていう芋虫みたいなカッコ悪いやつでさ。ワームモン自体は珍しいけど……俺の趣味じゃないっていうか――

 

 一方で、かつて自分がワームモンに言ったことを、大成は思い出す。ワームモンは、あの状況でも弱い自分を押さえつけることができたほど、“強か”った、否、“強く”あろうとしたというのに。ワームモンは、そんな格好よさを持つデジモンだったというのに。

 見た目だけでしか、人を判断することしかできなかった自分は。

 

「カッコわる……」

 

 大成には、ひどく格好悪く思えた。

 大成は、主人公に憧れていた。だから、主人公になれるゲームにハマった。人生という名の物語の主人公は自分である、とどこかで大成は聞いたことがある。だが。これが、主人公(自分)かと。こんなのが、自分(主人公)かと。

 違うだろう、と。自分が憧れていた輝ける物語の主人公はこんなものではないだろう、と。自分だって、こんな調子で物語(人生)を最後まで行きたくはないだろう、と。

 

「本当にな……こうなるまで気づかないなんて……カッコわる」

 

 少しづつでも、変わっていこうと。そう、大成は思ったのだ。

 そして、そんな大成を優希たちは生暖かい目で見ていたりするのだが、幸か不幸か、大成はそのことに気づかなかった。

 

 

 

 

 

 翌朝。大成たちは、街の境界線辺りでテントモンたちに別れを告げていた。

 

「今回は、ほんまおおきに」

「別にそんな……いいよ」

「そうですぞ!もう我々は随分と手厚いお礼をしてもらったのですからな!」

「おい、お前ら!悪さをするなとは言わんが、あんまり迷惑かけるんじゃねぇぞ!」

「はは、はいッ!」

 

 そんな風に、優希たちがテントモンたちと別れの挨拶をしている一方で、スレイヤードラモンはゴブリモンたちを睨んでいた。あんまりおイタをするものではない、という意思を込めてのことである。睨まれたゴブリモンたちは、蛇に睨まれたカエルのように固まっている。

 どうやら、スレイヤードラモンの強さがよほどトラウマになっているらしい。軽く流されていたが、ゴブリモンたちがここに居るのは、昨日から大成たち一行のご機嫌取りに来ていたためである。

 ちなみに、そんなゴブリモンたちのチンピラ具合に、“俺はこんな奴らに誘拐されたのか……”と大成は肩を落としていたりする。

 ともあれ、いつまでも留まっているというのもアレだ。大成たちは次の目的地を目指して歩き出すのだった。

 

「リュウ、次の目的地はどこなんだ?俺的には、ゲームとベットと美味いメシがある街がいいんだけど……」

「この世界にゲームはないわよ」

「……ないこともないだろうが……あるかどうかもわからんな」

「っくそぉおおおおお!なぜだぁああああああああ!」

 

 奇声を上げる大成を放っておいて、優希たちは歩き続ける。そのうちに、ハッとなって慌てて追いかけてくる大成のその姿が、構って欲しい子犬みたいに思えて和む優希だった。

 もっとも、それが大成であることを思い出して、対象の気持ち悪さに、和むどころか慌ててその妄想を振り払う羽目になったのだが。

 

「それで……リュウさん、何処へ行くの……?」

「……珍しい。ワームモンが俺に話しかけてくるなんて。ちょっと気になることがあってな」

「気になること?」

「ああ」

 

 スレイヤードラモンが思い出すのは、貴英が使っていたあのSDカード擬きだ。スレイヤードラモンは、あれと似たものを知っている。いや、あのSDカード擬きが、スレイヤードラモンの知っているソレに似ていると言ったほうがしっくりくるだろう。

 スレイヤードラモンはその真偽を確かめたかった。だからこそ、それについて何かを知っているだろうデジモンに会いに行くことにしたのだ。

 

「優希とセバスには懐かしいかもな」

「……?」

「次に行く場所は、学術院って街だ。学園都市っていうか……学者みたいな頭が固いやつが集まる街だな」

「なんで、そんな場所に?」

 

 勉強の匂いが漂うその雰囲気に、早くも大成のテンションは下がり始めていた。

 ちなみに、意外かもしれないが、大成は勉強がまったくできないというわけではない。平均程度だが、できることにはできるのだ。ただ、ゲームの方が楽しいために、勉強という行為が嫌いなだけである。

 やはり、勉強ができるということと頭が良いということは別なのだろう。大成の場合は、勉強はそれなりだが、頭が悪いということだ。

 ちなみに。学校も遅刻しがちで、一日の大半をゲームに費やしている大成が、平均の成績を取れるというその事実自体、本当に勉強ができない人たちからは嘘だと思われていたりするのだが、それはほんの余談である。

 

「まぁ、知り合いに会いにな」

「知り合い?」

「ああ。優希は知ってると思うが……ウィザーモンっていう奴だよ。あ、学術院って街は結構デカイから、さっきの街よりは快適だと思――」

「よっしゃ!気合入れていくかっ!」

 

 その言葉だけでテンションが上がった大成の現金さに苦笑しながら、ウィザーモンという人物に会うために学術院を目指して歩く一行だった。

 




第十二話、事後回です。
これにて第一章は終了。なんか、かなり長いプロローグを終えた気分です。前も似たようなことを言った気が……進歩がありませんね。

次回は、あの彼が登場する番外編です。
その一話をはさんで、第二章に入ります。

それでは、番外編&第二章もよろしくお願いします。


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第十三話~集い始めたパズルのピース~

というわけで、番外編。前作を読んでいらっしゃらない方は、なんか変な奴が出てきたぞ、くらいの認識で見てくださればOKです。

2015/02/28
タイトルから番外編を取りました。


 大成たちがテントモンたちの街から出発したその頃。

 

「……どこだよ、ここ」

 

 そう、男は海の上で呟いた。

 現在、その男は木を組み合わせたお粗末なイカダにて海を漂流している。いや、本人的には、漂流している意識はない。というか、漂流していることを認めていない。

 だが、やはり傍から見れば、漂流しているとしか見えないだろう。男は、粗末なイカダで陸地も見られないほどの大海のど真ん中を漂っているのだから。

 

「なんか気温も上がってる気がするし……」

 

 とどのつまり、旅人というその男は大海の真ん中で絶賛迷子なのである。

 旅人は旅を生きがいとしている人間だ。そして数日前、そんな旅人は北極に向かうつもりだった。だが、北極へと向かう前に、せっかくだから海から行こうとそんな無謀なことを考えたのだ。そして、思い立ったが吉日とばかりに、適当な木を切り倒して、イカダを作り、出発したのである。

 そうしてかれこれ数日。旅人は北極どころか、海のど真ん中を彷徨う羽目となっていた。無計画かつ楽観的な思考が導き出した、馬鹿みたいな当然の結果である。

 

――太平洋の辺りじゃないのかね?――

「……なんでだよ。北に向かって漕いでいたんだぞ」

 

 そんな旅人だったが、口から洩れた言葉は、誰かに向けられたものだった。もちろん、この場に誰か別の者がいるわけではないし、脳内の相手との会話とか、ひとりぼっち過ぎて狂ったゆえの言葉とか、そういう訳でもない。だが、それでも明らかに誰かと会話してる感じだった。

 

――馬鹿じゃな?うん、お前さんは馬鹿じゃ――

「どういう意味だ!?」

――貴方……黒潮って知らないの?――

「知らん」

 

 旅人と話しているその声の主。それは、とある時から旅人の中に居候している人格である。ちなみに、気持ち悪いアホというのが、その人格に対する旅人の印象だ。

 口調も、雰囲気も、声質も、口を開くたびに変わるその人格は、一見すれば多重人格のようにも見える。だが、その実、統合された一つの人格なのだ。だが、なぜそのような面倒くさい感じなのかは、旅人もよく知らなかったりする。

 そんな、気持ち悪くて面倒くさいその人格だが、旅人にとっては立派な旅仲間である。

 

――海流っていえばわかるでござろ?――

「あぁ……流されてるのか……って!お前それ知ってたんだろ!?なんで言わなかったんだよ!」

――それくらいわかって当然やろ?常識やで、常識――

「っく。小学校中退のオレの頭をなめるなよ……」

 

 傍から見たら一人でツッコミ続けている旅人だが、そんな間にも現状は変わらない。

 船旅という滅多にない体験ゆえに、現状に飽きたということはないのだが、旅人は知っていた。そろそろ、イカダが限界であると。昨日の辺りから、イカダ全体に妙な音が聞こえていたのだ。そんな音を必死に聞かないふりをしていた旅人だったのだが、そろそろ現実逃避も無理そうだった。

 

――そろそろ限界だわさ。生きていたら、また会おうだわさ――

「ふざっ……あ、無理だこれ」

 

 直後、イカダが分解する。木を組み合わせていたロープが千切れたのである。そこは、制作人である旅人の作りが甘かったとしか言えないだろう。古来から幾多の船が、さまざまな自然の力によって壊れ沈み行った。旅人の作ったこのイカダも、その例に倣うだけである。

 大海原へと放り出された旅人。そんな旅人はイカダだった木の一つにつかまり、必死になって海面に浮かんでいた。本当の意味で漂流状態である。

 

――頑張るでち!頑張れでち!――

「お前は呑気でいいよな!」

 

 だが、そんな状態も長くは続かない。背中越しに感じる嫌な予感。思わず現実逃避したい自分を抑えて、振り返った旅人が見たものは、三角だった。いや、三角とはいっても、水面から見える部分がそう見えるだけであって、水中に隠れているのはまったく別の形の“生き物”だ。

 その直後に、旅人は人間が出すことのできる限界スピードを超えて泳ぎだす。これなら世界新記録を軽く塗り替え、不動の名誉を得ることができるだろう。それくらいのスピードだった。

 だが、その生き物も逃がさぬとばかりに、旅人を追ってきた。黒い素体に、白い模様。八メートルはあろうかというその巨体。海の生態系の頂点に立ち、海のギャングの異名を持つ、その生き物は――。

 

「こういう時って普通は鮫じゃないのか!?なんでシャチ!?」

 

 そう、シャチだった。

 ちなみに言うが、サメよりもシャチの方が断然速いし、全体的な身体スペックは高い。スペック的に劣った鮫ではなく、優れたシャチと出会うなど、つくづく運がない旅人である。まあ、出会わないのが一番いいのであろうが。

 旅人にとって幸運だったのは、シャチが群れではなく一頭だったことだろう。これが群れだったのならば、旅人は詰んでいる。

 

――あ~あ~お腹すいているのかな?だったら、肉あげような――

「その肉は絶対オレの体の一部だろ!」

 

 必死になって泳ぐ旅人だが、そもそも海の生態系の頂点にいる生物から逃げることができているのが奇跡である。奇跡は二度は続かない。この陸地の見えない海で泳ぎ続けていても、いずれは捕まり食われるのがオチだろう。

 だからこそ、旅人は使うことにした。自分だけが使える、唯一の力を。泳ぐペースを落とさずに、旅人は腰に着けられた袋からカード(・・・)を取り出した。驚くべきことに、それは水中にあったはずなのに濡れていない。しかも、旅人の意思に呼応するように、水中にあったはずなのに簡単に取り出すことができている。

 

――ツマラン……腕ノ一本グライ、食ワセテヤレバイイモノヲ――

「set『転移』ィ!」

 

 その不思議な絵柄のカードを持って叫んだその瞬間に、旅人の周りの景色が歪む。次の瞬間には、旅人は見覚えのある砂浜にいた。去った命の危機に安堵した旅人は、砂浜に倒れこんでグッタリとしている。

 カード。それは、旅人だけが使える力だ。他の人には使えず、一度使用したカードはしばらく再使用できないという欠点があるものの、さまざまなカードがあり、それぞれがそれぞれのカードに対応した現象を引き起こせる。

 先ほど使った“転移”というカードは、一度行ったことがある場所、または一度も行ったことのないどこかの場所のどちらかを選んで、そこまで一瞬で移動する事のできるカードだ。距離が遠くになればなるほど効果発動までに時間がかかるという欠点があるものの、いざという時の旅人の切り札的カードの一つである。

 ちなみに、旅人はこの“転移”のカードをあまり使いたがらない。旅好きな旅人からすれば、その楽しむべき道のりを一瞬でゼロにするこのカードの力が、あまり好きではないのである。だからこそ、先ほどのようなどうしようもない時にしか使わない。

 

「死ぬかと思った」

――いつものことでしょ?それに五年前に比べたらマシじゃないの。ほら、落ち込むのをやめなさい。みんな同じように頑張ってるんだから――

「その悟ったような励ましやめろ」

 

 ともあれ、これでせっかくの北極行きの計画がおじゃんになってしまった。どうしたものか、と懲りずに考え始める旅人は、きっとまた同じような目に遭うことだろう。

 とはいえ、今日はもう疲れた。と旅人はそのまま砂浜で眠りにつく。この後、死体が砂浜に打ち上げられてる、と地元民に騒がれることとなるのだが、それはほんの余談である。

 

 

 

 

 

 数時間後、地元民たちの騒ぎによって起床した旅人はとある街の公園で一休みしていた。現在、旅人は懲りずに北極に行く別の方法を考えている最中なのだ。結局、海流という恐るべき敵のせいで海からイカダで北極に行くのは諦めたのである。

 ちなみに、旅人は一文無しのために、お金を払って行くというごく当たり前の手は使えない。

 

「やっぱりカードしかないかなぁ……」

――なんであんなことの後でまだ行こうとするんや――

「別にいいだろ。行ってみたいんだから。そういうのがわからないだから……まったく風情がないなぁ」

――ハッハッハ!そんな所より、行くべき場所は他にあるだろう!ハッハッハ!――

 

 無駄にうるさいその言葉を聞いた旅人は、備え付けのゴミ箱に捨てられた新聞を横目で見る。そこには、“大人気!ゲーム・デジタルモンスター!”という見出しと“謎の集団失踪”という見出しの二つの記事が書かれていた。

 その記事に書かれていることを見れば、旅人だって何か思うところはある。旅人とて、その存在を知る者の一人だ。三年前にそのゲームが発売された時も、随分と驚いたものである。

 “今、また向こうの世界関係で何かが起ころうとしている。それも、自分の時(・・・・)とは違う何かが”とそのことを理解しながらも、旅人は何もしようとはしなかった。理由は馬鹿みたいだが、単純である。

 

「だって、面倒くさいじゃん?それに、オレ個人はあの世界へ行く方法がないし」

――もっと熱くなれよぉ!頑張ろうぜ!熱くなれば!なんでもできる!――

「いやいや。頑張ったくらいで世界の壁は越えられないって。それに面倒だし」

――薄情じゃの。少しはお主が守った世界に愛着とかないのかの?――

「いや、愛着……あることにはあるけどさ。旅、したいじゃん?」

――アホかぁっ!――

 

 旅人の中では、旅>異変らしい。もちろん、よほどのことが起こり、それの解決に自分の力が必要となるなら、旅人としては協力するつもりだ。だが、“五年前にいろいろと振り回された分、平時では自分の思いを優先させてもいいだろう”というのが、旅人の本心である。

 ようするに、今は楽しく旅をしたいので旅を続けようということだ。

 

「よし、北極に行くのはやめて、暖かい南の方へ行くか。南極だ!」

――……南極は暖かくないってん――

「え?南だし、暖かいだろ」

 

 “もう一度学校に入り直せ”そんな旨のことを、その人格は旅人の学歴を思い出しながら思うのだった。

 南極に向けて歩き出そうとした旅人。だが、残念ながらその旅路はここで打ち止めとなることとなった。なぜなら、背後に出現した空間の歪みから、謎の人物が旅人へと迫っていたのだから。

 中の人格はともかく、旅人はそのことに気づいていない。旅人に迫るその人物は、一言で言えば、人間離れした美しさを持っている少女だった。白く長い髪と人形の如き無表情、そして俗世離れした雰囲気もそれに拍車をかけている。そんな、街中にいれば通行人全員が振り返るだろう少女が、ゆっくりと旅人の肩に手を置いて――。

 

「ん?って――!」

「久しい。で、行け」

「なっむぅううううううううう!?」

 

 驚く旅人を尻目に、少女は旅人の手を持って歪みへと投げ飛ばした。突然の事態に驚くしかない旅人だが、真に驚くべきは成人男性である旅人を軽々と投げ飛ばしたその少女の怪力だろう。抗うこともできずにかなりの速度で投げ飛ばされた旅人は、そのまま歪みの中へと突っ込んでいく。

 そうして歪みを超えた先で旅人は地面に激突した。痛みを堪え、揺れる視界の中で、旅人は起き上がる。だが、そんな旅人の目の前に広がっていた光景は、広大な草原と争うオレンジの恐竜と赤いクワガタムシの姿だった。人間の世界では有り得ないその光景。つまるところ、あのデジモンたちの世界へと旅人は連れてこられたのだ。

 

「……いや、なんで?」

――あの樹の方に呼ばれたんですね、きっと。連れてこられたんですよ、きっと。どうですか?久しぶりの気分は、きっと――

「いや、気分も何も……アイツはどこだよ」

――さてね。その質問には答えかねる――

「またか。だから、説明……いや、せめて一言言えと……」

 

 旅人をこの世界へと連れてきた少女は、見渡しても姿が見えない。どうやら、旅人をこの世界へと連れてくるだけ連れてきて、後は丸投げらしかった。まあ、あの少女が丸投げなのはいつものことなので、特に気にしないことにする旅人だったが、それでもやはりイラッとくるのは仕方ないことだった。

 五年前のように振り回される予感を抱きながら、旅人は目の前の争いを見る。オレンジ色の恐竜はグレイモンと呼ばれる成熟期のデジモンで、赤いクワガタはクワガーモンと呼ばれる成熟期のデジモンだ。どちらも成熟期で、同ランクのデジモン同士の争いである。

 だが、旅人から見て、クワガーモンが優勢に立っていた。いや、グレイモンも悪くはないのだが、戦闘経験不足ゆえか、所々動きが拙い。クワガーモンは空を飛ぶことができるということも相まって、グレイモンは押されている。

 そんな時、旅人は驚きながらも目ざとく発見する。グレイモンの傍にいる人間の姿を。このデジモンの世界において、人間という存在はいないはずであるというのに。

 

――アイツ、負ケルナ……アノ人間モ死ヌゾ――

「……だよなぁ」

 

 確かに、押し押されはあるが、見応えのあるなかなかに良い勝負ではある。ではあるのだが、旅人から見て、結果は明らかだった。グレイモンはクワガーモンに負ける。それがこの勝負の結末だ。

 クワガーモンとグレイモンの地力に差はほとんどないと言っていい。二人に差をつけているのは、戦闘経験と戦闘可能範囲の多さだ。もちろん、それだけで戦いは決まらない。グレイモン単独だったのならば、勝ち目もあっただろう。

 グレイモンがクワガーモンに負けると旅人が予想したのは、そのグレイモンの傍にいる人間が原因だ。グレイモンにピッタリと張り付いて離れないその人間は、サポートをするでもなくそこにいる。ようするに、完全な足でまとい状態なのである。そして、そんな人間を庇うように戦っているために、グレイモンは負けるのだ。

 とりあえず話を聞きくためにも、グレイモンたちを助けることにした旅人は、彼らのいる場所まで近づいていく。そして――。

 

「set『捕縛』『爆破』……はい、終了」

――あははっ!成熟期相手なら、こんなものだね!――

「おい、やったのはオレだ」

 

 そんな旅人の目の前には、満身創痍のクワガーモンが転がっていた。死んではいない。この世界で死んだデジモンは、光となって消滅し、やがてとある場所でデジタマになるのが通常である。つまり、クワガーモンは気絶しているだけなのだ。

 一方で、何が起こったのか理解できないグレイモンとその人間は唖然としていた。起こった出来事はほんの一秒か二秒。どこからともなく出現した鎖がクワガーモンに巻きついたかと思えば、次の瞬間にその鎖が爆発し、さらにその次の瞬間にはクワガーモンが傷だらけで地面に倒れていた。言葉にすれば容易く理解できる、そんな刹那の時間に起きた出来事。だが、実際に目の当たりにしたグレイモンたちにとっては、彼らの理解の範疇を遥かに超えていたのだ。

 

「おい、大丈夫か?人間……だよな?」

「……」

「おーい?」

 

 事の終了を確認した旅人が、グレイモンたちに声をかけるが反応がない。

 グレイモンはともかく、人間の方は高校生くらいだろうか。まだ少年と呼べるような年代であることには違いない。短くサッパリとした髪型で、どこか活発そうな雰囲気を纏っている。

 部活に入っているのならば、絶対に運動系の部活だろう。思わずそう思ってしまった旅人だったが、それは酷い偏見である。

 そうして旅人が偏見のみで少年の日常を考察していること数分。ようやく少年も再起動したようだった。

 

「おーい?大丈夫か?」

「はっ!?えっと……助けてくれたんだよな?」

「あぁ、まあな。オレは旅人。君は……」

「やっぱりか!サンキュー!オラは勇、日向勇だ!よろしくなっ!」

 

 旅人が出会ったのは、グレイモンを連れた太陽のような少年だった。

 




ようやくこれで大方の主要人物(人間)の登場が終わりました。
やっと二章に行ける……。
ちなみに、今回の最後に登場した日向勇は、ヒナタイサムと読みます。
そして、次章である二章のテーマとしては、邂逅ですかね。一章に登場した人物たちや二章に登場する人物たちが交わる章です。予定的には。

それでは、二章もよろしくお願いします。


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第二章~集い始めたパズルのピース~
第十四話~悪戯好きの妖…精…?~


それでは、今回から第二章が始まりますので、よろしくお願いします。


 学術院という街を目指して歩く大成たち。だが、一行がこんな調子で歩き続けてかれこれ一週間が経過していた。そして、一週間という時間は大成たちの体力と気力を奪うには十分な時間である。スレイヤードラモン以外の全員の顔に、慣れない長旅による疲労の表情が見て取れた。

 

「なぁ…あとどれくらい?」

「ん?ああ……あと二か月くらいか?」

「……」

 

 その時の大成の顔は、まるで終末の訪れた人々の顔だった。いや、大成だけではない。優希さえもその日数に愕然としている。まあ、当然だろう。現代という時代に生きる大成たちにとって、徒歩で長距離を移動することなどないも同然といっていい。しかも、野宿という碌に体力も回復できない現状だ。そんな地獄の苦行以外の何物でもない状況で嬉々としているなど、よほどの大物か、ただの馬鹿のどちらかだろう。

 いかに現代という時代が恵まれているかを再確認した大成たちであった。だが、だからといって現状が変わるということはちっともない。

 

「いやな。俺だけならなんとでもなるけどなぁ……」

 

 そう、スレイヤードラモンだけなら数時間も経たずにその距離を走破することができる。だが、当然ながら、優希や大成を背負ってその速度で移動するということはできない。単純に、優希たち人間組の体がその速度についていけないのである。実際にそれをしようものなら、優希たちの体は数秒も経たずにバラバラになるだろう。

 だからこそ、こうやって歩いているのだが、確かにそれでは時間がかかりすぎる。これからのことを考えて、“仕方ないか”と、そう考えたスレイヤードラモンは嫌々ながらに自分が優希たちを連れて行くことにしたのだった。

 別に最高速でいかなくともいい。速度を落とした状態でも、優希たちが歩くよりはずっと速いペースで移動できる。だが、なぜ今までしなかったというと――。

 

「痛っ!リュウ、もっと優しく!」

「助けてぇ……つぶれるよぅ……」

「セバス!爪を立てないで」

「すみませぬ、お嬢様!しかし、こうでもしないと落ちるもので!」

 

 ようするに、定員オーバーなのである。これが近場だったり、力のある人物なら、背中にしがみつかせておけばいい。だが、長旅で大成たちにそれをやらせると絶対に途中で落ちるだろう。だから、スレイヤードラモンが腕で抱えるしかないのだ。だが、スレイヤードラモンの体は甲冑。そんな状態で抱えられれば、痛いに決まっている。

 優希の持つアナザーの中に入るという手もあるのだが、それはレオルモンが嫌がったのでなしとなった。我儘を言ったくせに、文句ばかり言う大成たちにさすがのスレイヤードラモンもイライラするのが抑えきれていない。

 

「文句言うな!空の上で捨ててくぞ!」

「あ!なら、リュウのソレを使えばいいんじゃね!?」

「ソレ……?」

 

 名案を思い付いたといった表情で、大成はスレイヤードラモンのソレを指差した。イライラしていたこともあって、内容も聞かずにやけくそ気味にその案を承諾したスレイヤードラモン。すぐにそんな自分をぶん殴りたくなることになるのだが、それはまた数秒後の未来の話である。

 

 

 

 

 

 学術院目指して、大成たちは空を飛んでいた。もちろん、大成や優希が空を飛べる訳がない。大成たちは、スレイヤードラモンに抱えられて空を飛んでいるのだ。日本では滅多に味わえない風を感じる空の旅に、大成は興奮している。対して、ワームモンは興奮するどころか、怖くて周りの景色を見ないようにしていた。

 優希の方も、顔には出していないが内心でしっかりと興奮している。以前、大成救出の際は有事だったこともあり、楽しむ余裕もなかった。だからこそ、余裕がある今、こうして内心だけではしゃいでいるのだ。もっとも、それをわかっているのはレオルモンとスレイヤードラモンだけだったりするのだが。

 ちなみに、そんな大成たちだが――。

 

「……リュウ。ごめん」

「いや、すまなさそうに言ってるけど、内心ではしゃいでいる奴に言われたくねぇ」

「な、なんのこと!?あ、あはははは!」

「お前ら絶対に覚えてろよ」

 

 スレイヤードラモンのマント(・・・)にくるまれていたりする。そう、大成が先ほど言った案とはこれだったのだ。スレイヤードラモンが身に纏っている緑色のマントに大成たちはくるまって、それをスレイヤードラモンが持って空を飛ぶ。それこそが、大成の案だったのだ。

 スレイヤードラモンのマントは、当然のことだが一人分だ。もちろん狭い。だが、甲冑に押し付けられて過ごすよりは、ずっと快適だった。徒歩での疲れもある程度回復し、大成たちはルンルン気分だ。

 もっとも、反対にスレイヤードラモンの機嫌は急降下しているのだが。

 

「いやぁ……空を飛べるっていいなー!」

「そうか。んじゃ、スカイダイビングやってみるか?」

「すみませぬ……スレイヤードラモン殿。もうしばらく我慢してくださらぬか」

「俺のマントを風呂敷扱いか……」

「本当にすみませぬ!」

 

 こんな状況で、唯一申し訳なさそうな顔をしているレオルモン。そんなレオルモンの心遣いが癒しとなっているスレイヤードラモンだった。

 そんなこんなで、かれこれ数時間。そろそろ夜になろうかという時間帯だ。さすがに、ずっと飛びっぱなしでは、大成たちもキツイだろう。だから、一度休憩がてらに地面に降りることにスレイヤードラモンはしたのだ。

 

「いやぁ……空もいいけど、やっぱり地面が一番だな!」

「俺のマントが……」

 

 伸びをして体を伸ばす大成たちとは違って、スレイヤードラモンは今日半日ですっかり伸びてしまった自分のマントを何とも言えない気分で見ていた。

 もっとも、そのマントはスレイヤードラモンの体の一部でもあるので、眠れば直るのだが。とはいっても、さすがにびろびろに伸びた己の一部を目の前にしては、スレイヤードラモンもその背中に哀愁が漂わせてしまう。

 そんなスレイヤードラモンはさておき、大成たちは食事にしていた。今日の晩御飯は、テントモンたちの街で貰ってきた果実である。ちなみに、一人二つまでだ。それだけで腹が膨らむのだから、不思議なものである。

 

「うぅ……」

「……イモ、どうかしたのか?」

「……いや……でも……」

「いいから言えって!まどろっこしいなぁ!」

「ひっ!僕の……僕の御飯がぁ……なくなったよぅ」

 

 涙目で、いかにも何かありましたという顔でありながら、何も言おうとしないワームモンに、イラッときた大成は思わず怒鳴った。そんな大成にビビりながらも、ワームモンはようやく話し始める。自分の分の果実が、いつの間にか消えたのだと。

 それを聞いて、大成は怒鳴ったことを後悔する。よほどのことがあると思って聞いたら、思った以上にくだらないことだったのだ。どうせ食べきったのだろう、と大成はその言葉を黙殺する。

 だが――。

 

「あれ?ない……優希?」

「知らないわよ。自分で食べたんでしょ」

 

 ワームモンにかまけていたその間に、大成が残していた残り一つもなくなっていた。だが、大成には犯人がわからない。優希とレオルモンはそんなことをしないであろうし、ワームモンはまだ落ち込んでいる。となれば、残るはスレイヤードラモンなのだが、そもそも彼なら堂々と盗れるだろう。

 そんなスレイヤードラモンだが、溜息を吐いていた。よく見ると戦闘中でもないのに剣を持っている。それを見て、大成は嫌な予感がした。剣は、自分の方に向けられていたのだ。

 大成が静止の声を上げようとしたその瞬間。剣が振るわれる。スレイヤードラモンの伸縮自在のその剣は、伸びに伸びて大成の真横に突き刺さった。あと数ミリずれていたら大成は死んでいただろう。思わず冷や汗が出る大成。

 文句を言おうとした大成だったが、その時に気付いた。剣は何者かを攻撃していたということに。剣に驚いて固まっているそのデジモンは、一言でいえば小さかった。

 

「顔だけの妖精?」

「ピッコロモンだな。お前らの晩飯食ったのもこいつだろ」

 

 ピンク色の毛が生えた丸い顔に手足と翼がくっついている小さなそのデジモン。ピッコロモンと呼ばれる完全体のデジモンである。

 

「完全体!?」

「だな。さまざまな魔術が使えて、時空間係の魔術さえも使えるって話だ。出力ついでに悪戯大好きな性格の持ち主が多いともな。俺の相棒がピッコロモンに飯を食われたことがあるって前に言ってたしな」

「っぴ!?待つっぴ!君たちとは初対面っぴよ!」

「いや、わかってるよ」

 

 時空間系の魔術さえも行使できる万能型のピッコロモンでさえ完全体であるということに大成は驚きを隠せない。

 ちなみに言うと、ピッコロモンの弱点はその魔術の出力の弱さである。とはいっても、それは究極体と比べてのことであるのだが。並みの成熟期ならば、戦いにもならずに瞬殺だろう。

 そんなピッコロモンだが、逃げようとしなかった。ピッコロモンはわかったのだ。スレイヤードラモンと自分との力の差が。だからこそ、無駄なことをしないのである。

 

「お前かぁ!俺の飯をよくもぉ!責任とって俺のパートナーになれよっ!」

「えぇっ!?いやっぴ!」

「あいつはすぐに自分の都合のいい方向に持ってこうとすんな」

「馬鹿だからね」

「馬鹿ですからな」

「よかったぁ……」

 

 とはいえ、それでは大成の気が収まらない。その後しばらくの間、完全体のデジモンが、たかだか人間にフルボッコにされるという珍しい光景が繰り広げられた。とはいっても、腐っても完全体のデジモンだ。インドア派である大成のへなちょこパンチではダメージなどないに等しいのだが。

 数分後。疲れ切った大成とぴんぴんしているピッコロモンという、どちらが加害者だったのかわからない光景が広がることとなった。

 

「ぜーはー……ぜーはー……」

「そういえば、アンタは何でこんな所にいるの?この辺りになんかあるの?」

「ぜーはー……ぜっはー……」

「そういえば、そうですな」

「ぜっひゅーげほっごほっ……ぜーぜー」

「べ、別に……た、たいした用では……な、ないっぴよよ?」

「ぜーはー」

「いや、怪しすぎるだろ……っていうか大成うるせぇ!」

 

 全力で殴り続けるという無酸素運動を数分も続けていた大成は、すでに虫の息だった。その荒れた息は、うるさくて仕方ない。その場の全員に冷たい顔を向けられる大成だが、それだけで動じる大成ではない。

 ちなみに、その後数分間は、そんな大成のうるささにイライラを募らせながら会話することとなるのだが、それはほんの余談である。

 

 

 

 

 

 時は少し戻って、大成たちが去った後のテントモンたちの街ではいつも通りの日常が広がっていた。暇な一日を、呑気に楽しみながらテントモンたちは過ごす。時々、ゴブリモンたちがやってくるが、それも慣れたもので、御愛嬌というやつだ。

 だが、そんないつまでも続くだろう日々に、終わりの時が近づいているなど、誰も気づいていなかった。

 

「やっと来たか」

「……」

「スレイヤードラモンには逃げられてしまったが……まぁ、いい。どうせ行き先は同じだ。すぐに追いつく」

「……」

「先にこちらを片付ける。殺れ。ムゲンドラモン」

 

 街の外で話をしているのは、零と全身が機械でできたデジモンだ。

 デジモンというのは生き物である。だというのに、ムゲンドラモンと呼ばれたそのデジモンは、一言で言えば異様だった。まるで、機械。まるで、兵器。恐ろしいまでの雰囲気を放っているムゲンドラモンだが、意思というものが感じられない。正真正銘の機械のようだ。

 そんなムゲンドラモンは、零の命令に従って攻撃態勢に移る。狙うは、テントモンたちの街。何も知らず、テントモンたちが平和に暮らしているその街に、だ。

 

「ファイア」

 

 ムゲンドラモンの背中に取り付けられた砲身から放たれた砲弾が、テントモンたちの街を蹂躙する。突然の事態に、テントモンたちも偶然居合わせたゴブリモンたちも対処できていない。

 そんなテントモンたちではあるが、迫り来る死という絶望的な未来から逃げ惑う者もいれば、一縷の望みをかけてムゲンドラモンに挑む者もいた。だが、結果は同じだ。逃げ惑う者は放たれた砲弾によって粉砕され、挑んできたものはその強靭な体でもって玉砕される。

 あまりに圧倒的。テントモンたちがそうして死んでいく一方で、力の差を感じ取ったゴブリモンたちは既に自分たちの巣へと逃げている。それは、敵わないから安全な場所に逃げようという至極当然の行動ではあるし、ある意味で最善の行動だろう。

 だが――。

 

「無駄なことを。殺れ。一匹残さず抹殺しろ」

「ファイア」

 

 それは、そこが安全な場所であることが前提なのだが。

 ムゲンドラモンの砲身から放たれた砲弾はまっすぐに飛んでいき、ゴブリモンたちの巣に直撃する。彼らの巣は、洞窟だ。洞窟は、強固な要塞となりうることもあれば、自身を閉じ込める牢獄になることもある。残念ながら、今回は後者だった。

 ムゲンドラモンの砲弾は巣へと直撃。巣へと逃げ込んでいたゴブリモンたちは、洞窟の崩落に巻き込まれて全滅することとなった。

 こうして、僅か数分と経たずに、テントモンたちの街周辺のデジモンたちは全滅したのだ。

 

「行くぞ。スレイヤードラモンを殺す」

「……」

 

 大成たちが去った方角へと、零はムゲンドラモンを引き連れて歩き出す。

 少しづつ、だが着実に、彼らは迫っていた。

 




書いているうちに長くなったので、分割することにした第十四話です。
ちなみに、後編扱いの次回は、ピッコロモンのせいで……?というお話です。

そういえば、デジモンウェブのデジモン図鑑にセイバーハックモンとジエスモン更新されていましたが……バオハックモンの更新はないんでしょうかね?地味に気になるんですけどね。

それでは、また次回もよろしくお願いします。


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第十五話~猪突猛進!厄介事!~

「調査?」

 

 晩御飯を食べ終わった面々は、ピッコロモンと話をしていた。

 ちなみに、晩御飯を盗られたことで激怒していた大成ではあるが、ピッコロモンがどこからか調達してきた木の実でひとまずの解決と相成った。

 もっとも、その主犯はほかならぬピッコロモン自身ではあるのだが。

 

「そうっぴ!知ってるっぴ?最近、近隣の街々が次々と消滅しているっぴ」

「消滅?穏やかじゃねぇな」

「原因は不明っぴ……だから、学術院から調査として私が来たっぴ」

「って!お前学術院から来たのかよ!」

 

 最近続く、原因不明の街の消滅事件。しかも、学術院の街を目指すかのように、その道中にある街々が消えていっている。偶然かもしれない。だが、偶然で片づけていいことでもない。だからこそ、学術院の街でもトップクラスの実力を持つピッコロモンが調査に乗り出したのだ。

 ピッコロモンが見たところ、消えた街はその痕跡から見ても何者かに襲撃されたかのようであった。いや、実際に襲撃されたのだろう。それがピッコロモンの出した結論だった。 

 

「襲撃……ね……。俺たちも学術院を目指してるんだが……行ったらまずい状況か?」

「そうなのっぴか?まあ、学術院の街は五年前の天災以降警備が強化されてるっぴ。安心してくれていいと思うっぴよ」

「あれ、リュウどうかしたのか?」

「いや、なんでもないぜ?ははは……」

 

 危険地帯になるかもしれない場所に行かなければならない。ともあれ大成たちはともかく、スレイヤードラモンは学術院に用がある。行かない、という考えはない。まあ、大抵の相手なら何とかなる、という考えもスレイヤードラモンにはないわけではないのだが。それは、慢心ではなく、純粋たる自信だ。スレイヤードラモンは、伝説クラスの者たちとすらも戦ったこともある。だからこそ、並大抵のことでは動じない。

 スレイヤードラモンがその気ならば、大成たちには行かないという考えはない。大成たちはスレイヤードラモンに守ってもらっている身だ。あまり我儘は言えないのである。

 もっとも、大成たちはその話に現実味を感じられていないということもあるのだが。

 

「それで、ピッコロモンはどうして俺の晩御飯を盗ったんだ?」

「……いや、ちょっと……っぴ?」

「ちょっと、なんだよ?」

「ぴぴぴ……そこに美味そうなものと面白そうなバカがいたからっぴ!」

「ふざけんなぁっ!」

 

 再びピッコロモンに殴りかかる大成だったが、そう何度も攻撃を受けるほどピッコロモンも暇人ではない。持っていた杖を一回振るうと、大成はその場ですっ転んだ。

 突然の事態に、大成は目を白黒させている。それこそが、ピッコロモンの力の一端だった。

 

「うぐぐ……」

「あれ?大成どうかしたの?」

「頭打った……いてぇ……」

 

 頭を打って悶絶しているそんな大成に話しかけるのは、どこかへと行っていた優希である。

 幾分かすっきりとした表情の優希であるが、晩御飯後にいつの間にかいなくなっていたのだ。戻ってきたばかりであるために、優希には状況がわからないのである。

 

「優希どこ行ってたんだ?」

「いや、スレイヤードラモン殿。そこはそっとしておきましょうぞ」

「……?なんでだ?」

 

 辺りに微妙な空気が満ちる。その原因は、顔を赤くしてイライラしている優希と純粋な疑問顔のスレイヤードラモンだ。そして、そんな二人にやれやれと首を振るピッコロモンとレオルモンの二人。だが、このまともな反応ができる者がこの二人だけというのも、微妙な顔にならざるを得ない話だろう。

 ちなみに、大成は未だに頭を押さえて蹲っている。

 そんな微妙な空気の中で、スレイヤードラモンは、ピッコロモンを問い詰めることにした。彼は、ピッコロモンが何かを隠していると気づいていた。だからこそ、この微妙な空気を改善させるためにも、ある意味で地雷臭のする優希のことは放っておくことにしたのだ。

 

「で?」

「で?ってなにっぴ?」

「で?」

「いやだからっぴ……」

「で?」

「えーっと……ぴー!?」

 

 結局、ピッコロモンは白状した。大成たちと会う前に、とあるデジモンの巣を見つけ、つい悪戯をしてしまったのだと。当然、そのデジモンは激怒。ピッコロモンを追ってきたのであると。そのデジモンから逃げている途中で、大成たちを見つけたのだと。

 もちろん、ピッコロモンにとってそのデジモンを倒すことなど造作もないことだ。だが、ピッコロモンがしたいのは悪戯であって、殺人ではない。ようするに、悪戯をした後は逃げ切る。それがピッコロモンの自分に課したルールなのだ。

 

「だったら、悪戯しなければいいんじゃないの?」

「それは私の誇りにかけて無理っぴ!」

「そんな誇り捨ててしまえ」

「ですな。自業自得……む?そういえば、逃げる途中で(・・・・・・)?」

 

 レオルモンは確認するように呟いた。そして、その言葉にピッコロモンは、苦笑いをしながら頷いている。

 逃げる途中で大成たちを見つけた。その言葉が示すことはただ一つ。未だそのデジモンはピッコロモンを追ってきているだろうということだ。

 その事実に大成たちが嫌な予感を感じた瞬間、辺りに沸き起こる地響き。しかも、地響きはだんだんと強くなっている。それは、まるで何者かが近づいてきていることを如実に表しているようで。そこまでくれば、もう大成たちにも予想がついていた。すなわち、そのデジモンが近づいてきているのだ、と。

 直後、大成たちの前を一陣の風が吹き抜ける。この夜の、視界の効かない一瞬のことだ。大成と優希には何が起きたのか、理解できなかった。

 だが、デジモン組はその一瞬で、正体を見極めていた。風のように感じたそれはデジモンだ。鎧のような体とサイのような頑強な角。先ほどの風は、モノクロモンと呼ばれる成熟期のデジモンの突進によって起こったものだったのだ。

 

「モノクロモンか。つーか、あの普段温和な種族が起こるって相当だぞ。何やらかしたんだよ」

「ぴ……いやぁ、寝ているところを、ちょちょいと……ぴ?」

 

 よく見ると、モノクロモンは体中に下手くそな絵が書かれていた。ようするに、ピッコロモンはモノクロモンが眠っている隙に落書きしたのである。眠っている時に体中に落書きされたのだ。それは怒るだろう。

 だが、あまりの程度の低さに大成たちのテンションは下がり続けていた。もう、一度痛い目を見ればいいんじゃないかな。そんなことを本気でお申し末である。

 一方で、モノクロモンはそんな大成たちのことなど関係がなかった。怒りで我を忘れているということもあるのだろう。ピッコロモンと一緒にいるなら、大成たちも同罪であると考えたのだ。

 モノクロモンの容赦のない攻撃が、大成たちに向かう。事の原因であるピッコロモンはいつの間にか何処かへと消え、頼みの綱のスレイヤードラモンは安全地帯である空を飛んでいる。どうやら、大成たちを鍛えるために手は出さないつもりらしい。

 災難どころではない。思わず彼らを呪いたくなる大成だった。

 

「うわっ!おいっ!イモ、なんとかしろぉ!」

「ひぃいいい!無理だよぅ!」

「セバスっ!」

「はっ!」

 

 逃げ惑う大成コンビにモノクロモンの意識が向いた瞬間に、レオルモンが駆ける。その鋭い爪で攻撃を仕掛けるレオルモンだったが、モノクロモンにはかすり傷しかつかなかった。割と本気でした攻撃が通じなかったことに、レオルモンは苦い顔をせざるを得なかった。

 だが、それも当然だろう。モノクロモンは、その体の半分以上を鎧のような硬い外殻で覆われている。ダイアモンドに匹敵するという硬度を持つ、そのモノクロモンの体をそう簡単に突破できる訳が無い。唯一の弱点と言えるものは、外殻に覆われていない腹部分だが、そもそも四足歩行のモノクロモンの腹を狙うためには、モノクロモンの体勢を崩さないといけない。

 

「っく……セバス!止まらないで!大成!遊んでるくらいならワームモンを手伝わせなさい!」

「遊んでるように見えるのかっ!病院行けっ!」

 

 成長期であるレオルモンと成熟期であるモノクロモン。いかにレオルモンが優れているとはいえ、成熟期であるモノクロモンの方がスペック的には優っている。そんな状態で勝とうというのならば、モノクロモンにはない何かを武器にするしかない。この場合、それは優希の奥の手とワームモンの存在だ。

 優希の奥の手は文字通り奥の手だが、ワームモンの方はそうではない。数というのは、最も単純かつ強力な力だ。だからこそ、優希としてはその力を借りたいのだが、当のワームモンは怯えていて、助力は期待できそうになかった。

 

「っ!大成危ないっ!」

「へ?こっち来てる!?まずっ!助け――!」

「大成さん、危ない!ふやっ!」

 

 モノクロモンが標的と決めたのは、大成だ。その硬い外殻に匹敵する硬度を持つ角で突かれれば、人間である大成はひとたまりもないだろう。

 そんな大成の危機に、ワームモンが勇気を振り絞って動く。ワームモンの口から放たれたのは、網状の糸だ。強い粘着性を持つそれは、“ネバネバネット”と呼ばれる相手を捕縛するワームモンの必殺技。

 それが、放たれる――。

 

「って!足が動かな――!」

 

 大成の足元目掛けて。

 ワームモンは、焦りのあまりに狙いを外してしまったのである。しかも、外れたソレが逃げている最中の大成の元へと飛んでいったものだから、足で纏いどころの話ではない。実質のトドメだ。

 己がしてしまったことがわかり、ワームモンは顔を青くする。だが、どうすることもできない。大成の下には、もうモノクロモンが迫っているのだから。ワームモンが動くよりも早く、大成はその角によって貫かれるだろう。

 優希も、レオルモンも、ワームモンも。誰もが一瞬後の最悪の未来を予見した。だが――。

 

「あれ?」

「え?大成さん!?」

 

 いつの間にか、大成はワームモンの隣にいた。狙いを見失ったモノクロモンは、そのまま地面に張り付いたネバネバネットに突っ込み、それから逃れようと四苦八苦している。

 突然の現象。何が起きたのか理解できない大成だったが、やるべきことだけはしっかりとわかっていた。ワームモンを持ち上げ、思いっきり両腕で握り締める。とどのつまり、報復だった。

 

「何なの!?何なのお前!?俺に恨みでもあんのか!」

「うぐぅうう!ごめんなさぃいいいいい!」

「大成殿!遊んでいる暇ではありませんぞ!」

 

 そのレオルモンの言葉でハッとなった大成だったが、時はすでに遅し。モノクロモンはネバネバネットの呪縛から逃れていた。しかも、よほど腹に据えかねたのか、明らかに先ほどよりも怒っている。

 私怨による報復をしていたために、千載一遇のチャンスを逃す。なんとアホな行動だろうか。そんな大成は、自分がしたアホな行動を気にもせず、現状を見据える。現在、モノクロモンは次なる標的として優希とレオルモンを追っていた。

 明らかにモノクロモンの意識から大成たちは消えている。何か仕掛けるなら、今のうちだ。

 

「……おい!イモ!」

「ひぃ!ごめんな――」

「それはもういい!それより、さっきのアレもう一回できるか?」

「ネバネバネット?えっと……あんまり遠くには飛ばせないです……ごめんなさい」

「だから――……いや、いい。なら、ここら辺の地面にたくさん撒けるか?」

「えっと……」

「できるかできないか!はっきりしろっ!」

「ひぃぃいいいい!できます!できますです!はい!」

 

 その言葉を聞きたかった。そうニヤリと笑った大成は、すぐさまワームモンを酷使する。数秒も経たずに、それは完成した。ワームモンの尊い犠牲によって。もちろん、ワームモンは死んだ訳ではない。ただ、疲労で虫の息となっているだけである。

 そして、大成は手頃な幾つかの石をモノクロモンに投げつける。普段ならいざ知らず、怒りで我を忘れているモノクロモンだ。簡単に標的を優希たちから大成へと変更した。

 

「大成!?」

 

 悲鳴のような、優希の驚愕の声が辺りに響く。

 再び己に迫るその巨体を前に、大成も恐怖を感じなかった訳ではない。だが、ここで逃げ出したら本当に死んでしまう。ここだけが、安全地帯なのだ。だからこそ、大成はモノクロモンを睨む。

 そうして、大成の下へと突進してきたモノクロモンは――。

 

「ァあ!?」

「よしっ!狙い通り!」

 

 先ほどワームモンが大量に吐き出したネバネバネットのゾーンに突っ込み、その動きを止めることとなった。必死になって抜け出そうとするモノクロモンだが、ワームモンが虫の息となるほどの量だ。そう簡単に抜け出せるものではない。

 思いのほかうまくいったことに、大成はガッツポーズをする。だが、大成は一つだけ忘れていたことがあった。大成とて、ゲーム時代にモノクロモンと対戦したことはある。その時、モノクロモンが使っていた技は、突進とあと一つ。そのあと一つの技を、大成は忘れていたのだ。そして、その技はこの場において忘れてはならない技だった。

 それは――。

 

「ごァっ!?」

 

 放たれようとしているのは、火炎弾。“ヴォルケーノストライク”と呼ばれるモノクロモンの必殺技にして、モノクロモン唯一の遠距離技だ。そして、その技は、口から放たれるが故にこの足が動けない状態でも放つことができる。

 つまり、モノクロモンを誘き寄せるために至近距離にいた大成は、その技を避ける術はないということで。迫り来る死に、大成は動くことができない。あと一瞬もあれば、ソレは放たれるだろう。しまった、と。大成が思う前に――。

 

「よくやりましたなっ!大成殿!」

 

 レオルモンが、モノクロモンの()を攻撃する。モノクロモンの目は、その外殻に囲まれていない部位の一つだ。目を攻撃されたモノクロモンは、たまらずに暴れる。その瞬間に、大成はワームモンを連れて遠くに避難した。

 痛みによって暴れに暴れまくった甲斐もあって、モノクロモンはネバネバネット地獄を脱出する。だが、すべては遅かった。抜け出たモノクロモンは、その代償として体勢を起こしてしまう。そして、その状態は、自身の弱点でもある唯一外殻がない腹を晒しているも同義だ。

 モノクロモンが元の体勢に戻る前に。レオルモンは、すれ違い狭間にその爪でもって腹を切り裂く。それが、戦闘終了の合図だった。

 

 

 

 

 

 戦闘終了後、その痛みによって頭が冷えたのか、モノクロモンは大人しくなっていた。まあ、シクシクと泣いてもいるのだが。落書きされ、腹を切り裂かれ。モノクロモンにとって、今日は厄日であろう。

 

「ぐすぐす……ひどいです……」

「わるい……っていうか、全部ピッコロモンのせいだろ!」

「一度助けてやったのにその言い方はないっぴ!」

「あ、あの時ピッコロモンが助けてくれたのか……って!そもそもお前が来なけりゃ、死にかけることもなかったんだよ!」

 

 グスグスと泣いているモノクロモンの背中に書かれた落書きは、現在優希が一生懸命に擦って消している。レオルモンはそこら辺に生えていた薬草のでモノクロモンの腹の傷の治療だ。

 そして、そんな二人の優しさがうれしくて、モノクロモンはさらに泣いてしまう。元を正せばこちらが悪いのに、それでもこんなことでうれしくなるモノクロモン。彼は今日、それほど酷い目にあったのだ。

 優希たちの行為によって、身も心も癒されたモノクロモンは、優希とレオルモンにだけ(・・)礼を言って去っていった。まあ、残る面々にされたことを考えれば当然ではあるが。

 

「っていうか、リュウこそ!何で助けてくれなかったんだ!」

「前にも言ったろ。出来事はいつだって突然だ。だったら、安全な時に経験しといたほうがいい」

「うぐっ……」

 

 その言葉に唸りながらも、尚も文句を言い募ろうとする大成。だが、それはできなかった。

 次の瞬間、とんでもないスピードでモノクロモンが吹き飛んできたのだ。モノクロモンは大成たちの近くに落下すると、そのまま光となって消滅した。つまり、死んだのだ。このモノクロモンが、先ほど別れたばかりのモノクロモンであることは疑いようもない。

 だとしたらなぜ。何があったのか。さまざまな疑問が、大成たちの頭の中に駆け巡る。だが、この場の全員が先ほどスレイヤードラモンが言った言葉を思い出していた。

 

――出来事はいつだって突然だ――

 

 パチパチとそんな音が辺りに響く。レオルモンの髪から警戒時に発せられる威嚇の音だ。いや、レオルモンだけではない。その場の全員が次に起こることを警戒している。

 まるで機械の駆動音のような、そんな耳障りな音が、地響きと共にどこからか聞こえてくる。それは、足音。彼らがやってくる、害意の足音だ。

 

「あれは……!」

 

 その存在に、大成は愕然とする。今この瞬間まで、大成は理解していなかった。ソレの意味を。

 それには、スレイヤードラモンという身近にその存在がいたこともあっただろう。いや、逆に遙か空の先のようなそれに現実味がなかったのかもしれないし、もしかしたら、ゲーム気分が抜け切れていなかったのかもしれない。

 とにかく言えることは一つ。大成は、いや、優希でさえ、本当の意味でソレの意味を理解してはいなかったということだ。

 この後、大成たちは身をもって知ることとなる。“究極”という、完全を超えたその存在を。“究極”という、その名の意味を。“究極体”の、その力を。

 

「見つけたぞ。スレイヤードラモン」

「ハイジョスル」

 

 それは、途方も無いほどの害意にして、究極の襲来――。




というわけで、前回分割された第十五話ですね。思ったよりも長くなりました。

さて、次回は襲撃(される)回です。
いよいよ、第一章からちょくちょく最後の方に出張っていた彼らの本格登場となりますね。

それでは、次回もよろしくお願いします!


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第十六話~呪われた身体!?襲来する失敗作!~

 白。大成たちには、それしか理解できなかった。視界を埋め尽くすほどの閃光と耳が麻痺するほどの轟音。数秒も続くそれを前にして、大成たちには白いとしか感じられなかったのだ。

 次いで、大成たちを襲う衝撃。次に視界が戻った時、大成たちの目の前は更地となっていた。

 

「っち。ムゲンドラモン。外すな」

「リョウカイ」

 

 そこまでいって、遅れながらもようやく大成たちは気づいた。自分たちは襲われているのだ、と。大成たちは、そのあまりに隔絶し過ぎた力の差を前に、現実を理解できていなかったのである。

 まるでゾウに嬲り殺される蟻のように。大成たちはどうすることもできない。実際、先ほどの攻撃を避けることができたのは、単にスレイヤードラモンのおかげだ。彼がいなかったら、大成たちはその細胞の一片にいたるまでこの世から消え失せていただろう。

 それほどまでの威力を先ほどの閃光は持っていた。いや、実際はそれ以上だろう。その閃光の威力を言い表すのならば、“世界が消失させた”というのが適当だ。閃光が通った場所すべて、焼けているのでもなく、削り取られたのでもなく、ただ、消えていた。それほどの現象を引き起こす力が、たかが大成たち程度を消し飛ばすだけで収まるはずがない。

 

「……」

「……嘘……でしょ……?」

 

 あまりに、強力。あまりに、圧倒的。

 恐るべきは、ムゲンドラモンと呼ばれたデジモンは、それほどの力をいとも簡単に放ったという点にある。大成たちは、理解した。これこそが究極体なのだ、と。むろん、ムゲンドラモンがそうだと知っていた訳ではない。だが、大成たちは、その本能とも言うべき直感で理解したのだ。ムゲンドラモンこそ、最高位と、頂点と、究極と呼ぶに相応しい者なのだ、と。

 人は、自分の理解を遥かに超えた現象に出会った時、パソコンがフリーズしたかのように動けなくなる。それを体現するかのように、大成たちは呆然としていた。

 例外は、戦闘態勢を崩す気配のないスレイヤードラモンだけだ。

 

「マズイな……割とガチで。おい、ピッコロモン!」

「……ぴっ!そうだっぴね!」

 

 ピッコロモンも呆然としていた組の一人だが、それでもさすがと言うべきか、再起動が早い。ムゲンドラモンが再びの攻撃をしようとした瞬間に、行動を起こす。

 次の瞬間、大成たちは遠く(・・)に一筋の光を目撃していた。それが、ムゲンドラモンの攻撃であることなど疑いようもない。大成たちは、その一瞬で数キロ以上離れた場所まで移動していたのだ。それが、ピッコロモンの力。ピッコロモンの時空間系の魔術によって、大成たちは数キロ以上離れた場所へと、一瞬で移動したのだ。

 だが、一度に大勢を移動させたピッコロモンは疲れ果てている。もう一度同じことをするのは不可能に近いだろう。

 

「よし、今のうちに――ッ!」

 

 スレイヤードラモンは、一先ずの選択肢として距離を取ることを選んだ。

 距離を取る。それは、時として好手になりうる手ではある。だが、スレイヤードラモンは一つだけ間違いを犯した。つまり今回、この場において彼が選んだその選択は、好手ではなく悪手であるということだ。

 スレイヤードラモンはこの数年、彼に並ぶ者と戦うことがなかった。彼はいつだって、強者だった。だからこそ、犯してしまったと言えるその間違い。それは、油断だと言えば油断になるだろう。いや、状況を考えれば、ある意味で油断してなかったが故の結果となるのかもしれない。どちらにせよ、結果論で言うなら、間違いであったことには変わりない。

 言葉を詰まらせたスレイヤードラモンに疑問を抱く前に。大成たちの視界は、再びの白で埋め尽くされた。

 そして、それを遮るように影が大成たちの前に躍り出て――。

 

「……え?……リュウ?」

「……くそ……」

「おい!リュウ!」

 

 数秒後。晴れた先の大成たちの目の前に広がっていた光景は、傷だらけと言うのもおこがましいほどのボロボロの姿で倒れ込むスレイヤードラモンの姿だった。

 大成たちを襲ったのは、ムゲンドラモンによる閃光での狙撃だ。あれほどの威力のものであるのにも関わらず、正確無比な狙撃。それは、驚愕という言葉では、言い足りないほどだ。

 起こったことは至極単純である。数秒前、狙撃されることに気づいたスレイヤードラモンは、大成たちを庇って攻撃を受けたのだ。あの閃光をまともに受けて、それでも体の形が保たれているというのはある意味奇跡だろう。だが、もはや戦闘はできそうにない。

 スレイヤードラモン一人だけなら、どうとでもなっただろう。実際、スレイヤードラモンのムゲンドラモンに対する評価は、“油断していい相手ではないが、必ず負ける相手でもない”というものだ。スレイヤードラモン一人ならば、避けることもできた。スレイヤードラモン一人ならば、戦うこともできた。それができなかったのは、大成たちがいたからだ。

 

「リュウ!リュウ!」

「スレイヤードラモン殿!」

 

 実際、スレイヤードラモンは伸縮自在の己の剣であるフラガラッハを巻きつけるという手で、できる限り防御を上げたが、それでも大成たちに余波がいかないように閃光の威力を余すことなくその身に受けたのだ。死んでいないのが、奇跡である。

 だが、この場においてスレイヤードラモンが倒れるということは、大成たちにとってあることを意味している。この場の誰もムゲンドラモンに敵わない。この場の誰もムゲンドラモンから逃げられない。それは、事実上のチェックメイトだ。

 だが、それでも尚、この状況から抗おうとする者がここにはいた。ほかならぬ、ピッコロモンだ。もちろん、ピッコロモンとて死にたいわけではない。だが、状況からして自分が犠牲にするしかないということにピッコロモンは気がついたのだ。

 決死の覚悟は決めた。ならば、次は。

 

「仕方ないっぴね。学術院の街のみんなにこのことを伝えてほしいっぴ!これを……私が死ぬまで(・・・・)に得たすべての情報を記録するこの機械を!届けてほしいっぴ!」

「ピッコロモン何言って――」

 

 大成のその言葉は続かなかった。それは、文字通りの事態。口が、腕が、足が、体が。そのすべてが動かなくなっていたのだ。視界も、思考さえも遠く。大成の意識はそこで途切れた。

 そして、それは大成だけではない。優希も、ワームモンも、レオルモンも、同様の状況に陥っていた。傍から見れば、意識を失って倒れたようにも見えるだろう。だが、それはピッコロモンの魔術の副作用だ。次の瞬間、大成たちの姿はこの場から消えていた。

 

「やれやれっぴ」

「ふん……スレイヤードラモンまで逃がしやがって」

「その言い方……まるで大成たちを殺す気はなかったって言ってるようっぴよ?」

「俺が殺すのはデジモンだけだ。人間は極力(・・)殺す気はない」

 

 大成たちを逃がすことに成功したピッコロモンは、ムゲンドラモンを引き連れてやって来た零を睨む。大成たちは気づいていなかったが、スレイヤードラモンとピッコロモンは零の存在に気づいていた。ムゲンドラモンに命令しているのは零だと、気づいていたのだ。

 零は人間を殺す気はないと言っている。だが、今日の様子を見るに、それも怪しい。いや、どちらかといえば、デジモンを殺すのに必要であれば人間も殺すことがあるということだろう。

 

「まあいい。あれだけのやればしばらくは動けないはずだ。先にこちらから片付けるか」

「やっぱり、そうなるっぴよね」

 

 零の全身から迸る殺気とでも言うべきソレ。桁外れなまでの零のソレは、復讐者のソレと同じだ。それも、特定対象に対するソレなどではない。不特定の対象を、己の憎しみのままに壊そうというソレだ。そんな零のソレを見て、それでも自分が狙われていないと思い上がれるほどピッコロモンは楽観的ではない。

 ムゲンドラモンは、零の指示を待っているのだろう。未だピッコロモンに襲いかかる気配がない。ムゲンドラモンがその気になれば、ピッコロモンなど一瞬で消し炭になるというのに。

 言い方は悪いが、そんなムゲンドラモンが零如きに従っている。それが、かえって不気味だった。

 そんなピッコロモンの視線に気づいたのか、零はなんでもないかのように話し出す。

 

「ああ、ムゲンドラモンのことか?コイツに意思なんかない。ただお前らを殺す殺戮機械でしかない。デジモンは嫌いだが……コイツは役立ってるな。お前らを殺し尽くすにちょうどいい道具だ」

「お前……我々デジモンのことをなんだと思ってるっぴ!」

「はっ……何を言うかと思えば……ゴミだろ。ゴミのくせにそんなことも理解していないのか?ゴミは処分するのが当たり前だろう?」

 

 ピッコロモンの怒りの言葉にも、零は小馬鹿にするように返答する。

 それが、まるでふざけ半分でデジモンたちを殺戮しているようで、尚の事ピッコロモンの癪に障った。もちろん、零にも何らかの事情があるのはピッコロモンにも予想がつく。確かに、零の言葉は快楽主義者のような余裕を感じさせるものだ。だが、零の言葉の一言一句に込められた憎しみは、彼がそのような人種とは違うことを暗に示している。

 とはいえ、自分の仲間が虐殺され続けているのだ。それがわかるからといって、納得などできようはずもないのだが。

 

「っ!ゴミだとっぴ!?いい加減にするっぴ!我々デジモンも……お前たち人間と同じ!生き物だっぴ!そんな勝手が許されると――ッ!」

「ふざけるなッ!」

 

 ピッコロモンの言葉は、零の怒声によってかき消された。

 ピッコロモンは驚きを隠せなかった。先ほどまで、憎しみ以外の感情を露わにしない冷静沈着だった零が、突然感情を露わにして叫んだのだから。しかも、露わにするというよりも、爆発する、という表現がふさわしいほどの感情の奔流を伴って。

 何らかの地雷をピッコロモンが踏んだのは明らかだ。今の零にあったのは、先ほどまであった憎しみの感情とはまったく違う、憤怒の感情だった。

 

「勝手!?お前らがソレを言うのか!?」

「なんだとっぴ?」

「お前らが!お前たちさえいなければ!俺は!俺は――!」

 

 憤怒の感情のままに、言葉を発する零。そんな零に変化が訪れる。

 目の前で起こるその変化に、ピッコロモンは何度目になるかもわからない驚愕をもって、状況も忘れて呆然としていた。それほどまでに今、ピッコロモンの目の前で起こっている変化は、ピッコロモンの理解を遥かに超えていたのだ。

 人間(・・)としての零の姿が薄れていく。それと同時に現れる体。それが、先ほどの何倍もの巨大な影となってピッコロモンの前に鎮座していた。さまざまなデジモンの身体で構成された、そのデジモンが。

 ムゲンドラモンが、最強を求めた効率と機械の化身だというのならば、このデジモンはその対極にあるデジモンだろう。強い者を組み合わせれば、強くなる。そんな子供の論理のような、さまざまな強いデジモンの生身の肉体を組み合わせたその体。

 “究極”には及ばなくとも、十分に“完全”な強さを誇るそのデジモンのことは、ピッコロモンも知っている。だが、その存在は本の中でしか知らなかった。いろいろな意味でデタラメな存在だ。まさか実在するとは思わなかったのである。

 それこそが、キメラモン。数々の伝説に残る究極体とは違う意味で希少な、合成型の完全体デジモンだ。

 

「俺は!こんな醜い姿にならなくて済んだのに!」

「ッ!人間が……デジモンに!?」

「だからなんだ!?だとしたらなんだ!?俺は!お前たちを滅ぼして人間に戻る!完全な元の人間に!」

「ッ!デジモンを滅ぼしても、お前が元に戻る保証はないっぴ!」

「そんなことは知っている!それでも!俺は!俺をこんな姿にしたお前たちを許さない!俺をこんな姿にしたデジモンを!」

 

 零は感情のままに、狂ったように言葉を放つ。もう何を言っても無駄だろう。この手の相手は自分のことに精一杯で、正論を言おうが、反論を言おうが意味はない。この手の当人にとって、正誤善悪の問題ではないのだ。

 だからこそ、もうピッコロモンも何も言わない。ピッコロモンにとって重要なのは、零のことではない。己の故郷、そしてそこに住む者たちだ。だからこそ、やらなけれならない。敵にどのような事情があろうと。

 今の時間に仕掛けはすべて終わった。だから、後はそれを実行するだけである。それが、ピッコロモンの最後(・・)のやるべきことだ。

 上手くいくかどうかは正直運だ。だが、上手くいけば、かなりの時間を稼ぐことができる。だから、上手くいかせないといけない。そう気合を入れなおして、ピッコロモンは動く。

 

「今っぴ!私の必殺技をくらうがいいっぴ!」

「なんだと?」

「名づけて!連爆ビットボム!」

 

 ピッコロモンがキメラモンに向けて投げたのは、爆弾だ。もちろん、ただの爆弾ではない。内部に強力なウイルスを凝縮させた恐ろしい爆弾であり、“ビットボム”と呼ばれるピッコロモンの必殺技だ。

 真っ直ぐに飛んでくる爆弾。怒りのままに冷静さを欠いていたキメラモンは、突然の攻撃に固まることしかできない。だが、そんなキメラモンを庇ったのは、ムゲンドラモンだ。

 それは、たいしたダメージを受けないだろう自分より、高いダメージを受けるだろうキメラモンを守らなければならないという合理的判断に基づいた結果だ。全身が高レベルの機械で構成されたムゲンドラモンは、ピッコロモン程度のウイルスなどどうとでもできてしまうのである。

 だからこそ、キメラモンを庇った。事実、代わりにその爆弾をその身に受けたムゲンドラモンは、その爆発を何事もないかのように耐えている。

 だが、結論から言えば、それも意味がなかったと言えるだろう。なぜなら――。

 

「ッ!何――!?」

 

 ピッコロモンの仕掛けは既に作動しているのだから。

 ムゲンドラモンがキメラモンを庇った瞬間に、ピッコロモンはその魔術でもって、百以上のビットボムを辺り一帯に出現させた。そして、それらは一番初めの爆発に連動するように、次々に爆発していく。

 確かに、ムゲンドラモンには効かないだろう。だが、ムゲンドラモンに命令しているキメラモンは別だ。いかにムゲンドラモンといえども、この数の爆発からキメラモンを庇いきれるはずがない。

 皮肉にも、先ほどのスレイヤードラモンと逆のことが、ムゲンドラモンにも起こったのだ。

 

「がぁあああああああああああああ!」

「それ見たことかっぴ!」

 

 爆発にさらされ、ウイルスに侵され、激痛のあまり悲鳴を上げるキメラモン。爆発が収まった時、キメラモンがいた場所には、人間の姿に戻った零が倒れていた。酷い怪我だ。しばらくはまともに動けないだろう。

 だが、それを見届けた瞬間、ピッコロモンはムゲンドラモンのその機械の腕に殴られ、地面に叩きつけられてしまう。大地を砕くほどの力で叩きつけられたのだ。ピッコロモンは、もう虫の息である。

 

「がはっ!ぁあああ!よくも……!よくも!また!またァア!」

「……くぅうう!」

「離せェ!殺す!デジモンはすべて!逃げた奴らも!絶対にィ!」

 

 怒りと憎しみのあまりか、それとも別の要因があるのか。普段の面影などなく、狂ったように叫ぶ零。だが、ムゲンドラモンはそんな零の命令を聞かずに、空いた片手に零を乗せるとその場を離れ始める。

 ムゲンドラモンは純粋たる機械の化身だ。零の命令に背くなど考えられない。だが、現実として零の命令に背いている。

 それが、何を示すのか。この場にわかるものはいなかった。唯一、わかることはムゲンドラモンも零もしばらく行動を起こせないということだけだ。

 そして、無事に大成たちを、故郷を救うための時間稼ぎとなれたことを見届けて――。

 

「あとは……まかせ……た……ぴ……」

 

 ピッコロモンは光となって消えた。

 




というわけで、第十六話です。
失敗作の意味がちょこっとだけ明かされました。
どういう意味での失敗作なのかは、まだですけど。
そして、スレイヤードラモンの敗北。敗因は足でまといがいたこと。身も蓋もないですね。

というわけで、次回から舞台は学術院の街へと移ります。

それではまた次回もよろしくお願いします。


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第十七話~砕かれた“今まで”~

あけましておめでとうございます。そして、水曜日はすみませんでした!


 大成は、フカフカのベッドで目を覚ました。

 まだ目が覚めきっていない大成は、若干の眠気に誘われるままにベッドの中に潜り込む。

 まるで高級ホテルにあるかのような、暖かく、心地良い眠りを提供するそのベッド。そのようなベッドなど使ったことがない大成でさえ、これは正しく最高クラスの一品であると感じられるほどの一品だ。そのベッドによって提供される極上の睡魔に抗うことなど、大成はしたくない。それどころか、いつまでもこのベッドの余韻に浸っていたいとすら思っている。

 だが、悲しいことに、それでも人は目が覚める時は、目が覚めるものである。

 

「……?……あれ?」

 

 そんな大成の頭をだんだんとクリアにしていくかのように、脳裏に突き刺さる疑問。

 ここ数日、大成はこのような安眠などしたことがない。いや、それどころか、ベッドなどという文明の利器の上で眠ってすらいない。ならば、この状況はなんなのか。

 しばらく考えて、やがて大成は一つの答えを得る。

 すなわち――。

 

「あ、そうか。夢か」

 

 すべては夢なのだ、と。

 自分のパートナーがビジュアル的にカッコ悪いワームモンだったことも、突然見知らぬ世界に放り出されたことも。すべて夢だったのだと。そんな結論に大成は思い至ったのだ。

 そうとわかれば、と大成はベッドの中に潜り込み、再びの眠りにつく。目が覚めてからする予定のゲームの続きを思い浮かべながら。

 当然のことながら、すべてが夢であるなど、そんなことあるはずもない。

 ぐっすりと眠っている大成。むにゃむにゃ、と聞き取り不明の寝言がその口から放たれている。さらには、よほど良い夢を見ているのだろう。その顔は、キモイ。犯罪的なレベルだ。

 そして、先ほどの独り言で目が覚めたワームモン。ベッドの数が足りないという理由で、先ほどまでワームモンは、大成のベッドの上で眠っていたのである。そんなワームモンは、起きた瞬間にアップで大成のキモい顔を見てしまった。目を覚ましたら、変態顔のアップ。とんだ恐怖体験だ。

 だが、さらなる試練がワームモンを襲う。

 

「むにゃ……」

「ひぃっ!うわぁあああん!」

 

 寝返りをうった大成の顔面が、そのままワームモンの方に向かって来ようとしているのだ。

 迫り来るキモい顔。先ほどの恐怖体験のこともあって、思わず荒い対応をしてしまったワームモンは悪くないだろう。

 数分後。ワームモンの吐いたネバネバネットによって窒息死しそうになった大成が、未だネバネバの拭いきれない顔でワームモンにキレることとなるのだが、それはほんの余談である。

 

「くそっ!せっかく気持ちよく寝てたのに……。っていうか、夢じゃなかったのか。残念なような……良かったような……いや、ここはゲームも何もないんだ。やっぱり残念――」

「うぅ……酷いよぅ……」

「あぁん?何か言ったか!?」

「何でもありません!」

 

 綺麗な土下座を披露するワームモンをもう一発殴り、大成は顔に付いたネバネバを取り除くことに四苦八苦する。ネバネバのそれの粘着力は凄まじい。顔から取れても手に張り付き、手から取れても反対の手や服に張り付くという無限地獄の如き苦行を大成に感じさせるほどだ。

 これでは埒があかない。水か何かで一気に取ろう。そう考えた大成は、ベッドから立ち上がって歩き出すが、そこであることに気づいた。すなわち――。

 

「あれ?ここどこだ?」

「今更……?」

「ぁあ?」

「っひ!……」

 

 ここはどこだ、と。

 そんな大成を呆れながら、ボソッと呟いたワームモン。その言葉を耳聡く聞いた大成は、ドスの利いた声でワームモンを威嚇した。ビビったワームモンは思わずベッドの中に潜り込みたくなったが、残念ながらそれはできなかい。なぜなら、ベッドの上に敷かれた布団は既になくなっていたから。

 先ほどまであった布団。いつの間にかなくなっている布団。だが、それを探す必要はない。探すまでもなく、目の前にその布団はちゃんと存在している。だが、常識人ならば、その布団のある場所に失笑を禁じえないだろう。いや、もしかしたら、ありえない光景に一瞬目を疑うかもしれない。

 その布団は――。

 

「……ぷっ!」

「お前今笑ったな?笑ったよね?笑っただろ!」

「そ、そんなことないよぅ……っぷぷ……」

「それでごまかせると思ってんのか!?元を正せばお前のせいだろうがっ!」

 

 大成の手に張り付いて(・・・・・)いた。

 そう、大成は手に張り付いた布団ごと歩いていたのである。言うまでもなく、大成が顔に付いたネバネバを取り除くことに四苦八苦した結果の産物だ。ギャグ漫画のような光景だが、現実に起こっている。布団の重さが地味に腕にキツい大成だった。

 布団の重さと格闘しながら、なんとか部屋の入口まで辿りついた大成。そのままドアを開けようとして、そのドアがピクリとも動かないことにすぐ気がついた。

 ドアに鍵がかかっている。そのことは現状を鑑みて、一瞬考えればわかることだ。だが、なぜある意味で監禁状態に自分が陥っているのか、それが大成にはわからなかった。

 

「おい、イモ。なんでこんなことになって――」

「やっと起きましたな。大成殿。というか、覚えてないのですか?」

「っ!」

 

 そんな大成に声をかけたのは、レオルモンだ。この部屋にはワームモンと二人きりだと大成は思っていたため、思わぬ者からの声かけに大成は肩を震わせて吃驚する。驚いた顔を隠そうともせずに振り向いた大成に、レオルモンは若干呆れた表情を見せる。いや、どちらかといえば覚えていない(・・・・・・)大成に呆れているのだろう。

 レオルモンの登場に、改めて部屋の中を見渡した大成。部屋は、一つの机を挟むように二つのベッドがあり、それなりに広い。だが、全体的に物は少なく、質素という印象だ。トイレは部屋の奥に備え付けてあるが、風呂はない。誰かの部屋というよりも、どちらかといえば簡素なホテルというほうが適当であるような部屋だ。

 だが、大成が注目したのはそこではない。大成が注目したのは、自分とワームモンがいたベッドの反対側のベッドの上で、布団にくるまっているダンゴムシのような物体Xだ。そのベッドの脇にレオルモンがいる。であるならば、その物体Xは――。

 

「優希か?」

「ッ!……」

「あれからずっとこの調子でしてな……」

 

 大成の言葉に一瞬ビクッと動いた物体X(優希)だが、またすぐに動かなくなる。いや、正確には動いていないという訳ではない。絶えず小刻みに動いている。小刻みな動き。それは、傍から見てもわかるくらいの震えだった。

 レオルモンが言うには、ずっとこの調子でいるという。

 だが、大成はどうして優希が震えているのか、何に怖がっているのか、理解できない。震えることなど、何も――。

 

「ッ!」

 

 ない。そう思おうとしたその瞬間に、大成の脳裏にフラッシュバックする光景。

 究極体の襲来。迫り来る死という名の白。自分たちを庇って倒れたスレイヤードラモン。そして、自分たちを逃がすためにあの究極に立ち向かったピッコロモン――。

 ドサリ、と大成はその場に座り込んだ。思い出した光景と共に、今更ながらに感じた生きている実感。それを感じて、安堵のあまり腰が抜けてしまったのである。

 

「はは……そっか生きて……って!リュウは!?ピッコロモンは!?あの後どうなったんだ!?」

「……」

 

 安堵の次に湧き上がる当然の疑問。

 ワームモンとレオルモンはお互いに悲痛な顔をして、その後レオルモンが静かに話し始めた。

 

「まず、あれから二日経っていて、ここは学術院ですな。リュウ殿は……瀕死の重傷でこの街の医療施設に収容されているそうで。聞いた話だと、かなり危ないと。ピッコロモンは――」

「……そっか」

 

 レオルモンの声は硬く、どこか無理をしているようだ。いや、無理をしているのだろう。先の襲撃で、レオルモンは何もできなかった。常日頃から優希を守ると言っているにも関わらず、先の襲撃ではただの足でまといにしかならなかった。感じた無力感は人一倍のはずだ。平常を保っているのも辛いはずである。まして、今の優希の状態を考えれば、尚の事。

 そして、無理をしているのはレオルモンだけではない。ワームモンも同じだ。

 少しは一歩を踏み出せたと感じていた。少しは勇気を出せたと思っていた。だが、その一歩を軽く飛び越え、その勇気を容易く砕くようなあの桁外れの究極に、どうしようもない壁を感じてしまったのだ。

 そんな全員の思いを、雰囲気から大成はなんとなく察する。だが、だからといって、大成にはどうすることもできなかった。何か声をかけた方がいいのか。そう思った大成だったが、そういう時に限って、大成の脳裏に思い浮かぶのはどこぞのゲームのキャラが言っていたようなセリフばかりである。

 そうやって、数分。ようやく声を出そうとした大成だったが、そこであることに気づいた。すなわち――今の自分たちの状況はどうなっているんだ、ということに。

 レオルモンはスレイヤードラモンやピッコロモンについては語ったが、肝心の大成たちが監禁状態になっている理由をまだ話してない。優希たちの現状よりもそちらの方が気になった大成である。

 

「俺たちが監禁状態なのは?」

「ああ……ここは学術院。我々は外から来た怪しい者たちという扱いでしてな。ピッコロモンから渡された記録機械などで、この身の潔白が証明されるまで大人しくしていろとのことですな」

「え?酷くね?」

 

 まるで犯罪者のような対応に大成は思わず頬を引き攣らせるが、学術院の街の方にも言い分はある。

 自分たちの街の仲間であるピッコロモンの遺品とでも言うべき物を大成たちが所持していたこと、そしてスレイヤードラモンが重傷だったこと。それらは、この街の者たちを警戒させるには十分な理由だった。

 ようするに、大成たちはピッコロモン殺しの犯人と疑われていて、そうでなくとも何かしらあったことはスレイヤードラモンの状態からして明らか。スレイヤードラモンをこんな状態にさせるほどの厄介事を引き連れて来た可能性がある大成たちに警戒するのは、街側としても当然だろう。

 

「で、俺たちはいつまでこうしてればいいんだ?」

「もう二日も経ってますし、そろそろかと」

「はぁ……監禁するならゲームくらい準備しろよ」

 

 出られないのならば、仕方ない。そう考えた大成は、ベッドに戻って顔や手のネバネバを取ることに一生懸命になる。布団という尊い犠牲を払って、ようやく大成はスッキリするのだった。

 そんな大成だったが、ぶっちゃけて言うと暇だった。ゲームはないし、ワームモンはこちらの様子を伺っているし、レオルモンは優希を立ち直らせようと必死だし、優希はダンゴムシだし、でやることが全くと言っていいほどないのだ。それは暇にもなるだろう。

 だから、というわけではないが、そんな大成が――。

 

「お嬢様……ずっとそうされていては、体に毒ですぞ……」

「……」

「おらぁっ!」

「きゃっ……何すんの!」

「た、大成殿……」

 

 暇つぶしにベッドの上にいる優希を引っ剥がしたのも、まあ、わからなくもないだろう。ちなみに、字面だけ見れば、十八禁のようなそういう感じにも見えるが、なんのことはない。ただ優希の布団を大成が奪っただけである。

 陰鬱な気分そのままに引きこもっていたというのに、乱暴に出されたのだ。当然だが、優希は抗議の視線を大成に送っている。

 この陰鬱な空気が漂う中で、涙目で睨まれるのだ。普通の人ならば罪悪感に駆られることだろう。だが、残念ながら大成にはそんなことを気にはしなかった。

 

「いや、セバスが困ってるみたいだったから」

「……ふざけてるの?」

「少し。っていうか、どうしたんだ?」

「……究極体が……あんなに強いなんて……」

 

 知らなかった、と。ポツリと呟いたその一言が、優希の心情を端的に表していたのだろう。優希は、確かに以前この世界に来たことがある。命の危険を感じたこともある。だが、それでもスレイヤードラモンたちの庇護下にあった中での生活であったことに違いはなく、これほどのことを感じることなどなかったのだ。

 ようするに、以前の時には無かった、初めての壁に優希はぶつかってしまっているのである。絶望が形となって現れたかのような、そんな邂逅。確かに、あまりにも早過ぎる邂逅だった。それが、幸だったのか不幸だったのかはわからない。だが、いつかは出会う、必然の邂逅であることには違いなかった。

 

「まぁ、確かに強かったなぁ……かっこよかったし……イモもあれくらいかっこよければなぁ……」

「っ!本気で言ってる!?ピッコロモンが死んで!リュウも……私たちのせいで死にかけてる!それでどうしてそんなにふざけていられるの!?まだゲーム気分で――」

 

 そんな優希たちに対して、大成の方は結構ドライだった。

 もちろん、先の襲撃に命の危険や恐怖を感じなかった訳ではない。重傷のスレイヤードラモンを心配する気持ちや死んだピッコロモンに対する複雑な思いが無い訳でもない。優希たちのように、あの究極に対する絶望を持っていない訳でもない。

 だが、優希たちのように過度に心が乱れることはなかった。いや、ある意味で大成の今の状態は優希たちの逆なのだろう。

 

「そんな訳無いだろっ!ここはゲームじゃない。んなことわかってる!でも、どうしたらいいかわかんないんだよ。本音を言えば、わめいてわめいてわめき散らしたいほどだ。けど、そう思えば思うほど、なんか……わめく気がなくなるような……?なんでだろ?」

「……知らない」

「うーむ……」

 

 ようするに、感情が飽和しすぎて逆にフリーズしてしまったのである。あとは、過ぎ去った過去よりも生きている今を噛み締めているということもあるのだろうが。

 そんな大成を、ポジティブととるべきか、単に鈍いととるべきか、薄情ととるべきか。判断に困るところである。そして、そんな大成に、優希は呆れ気味だ。

 

「まあ、なんとかなるべ。なっ!」

「え、えぇっ?そこで僕にふるの?いや、えーっと……」

「俺たちはまだ生きている。なら、きっとまた前に進める。ここで立ち止まってちゃ、それこそリュウにもピッコロモンにも申し訳が立たないだろ?」

「大成……」

「ま、ゲームのセリフで悪いんだけどな」

「っぷ。それ、言わなきゃカッコついたよ」

「しまったァああああ!」

 

 奇声をあげながら絶叫している大成。つくづく格好つかない男である。

 だが、そんな大成を見て、優希たちは自然と笑っていた。まるで、元に戻るかのように。まるで、止まっていたものが動き出したかのように。

 あの時、あの究極体の閃光によって消し飛んだのは、ピッコロモンだけではなかったのだろう。

 生きていることが奇跡とまで言えるイマ。あの究極体は、大成たちの“今まで”など鼻で嗤って吹き飛ばすような存在で、そしてあの時、大成たちのちっぽけな“今まで”など容易く砕かれた。だからこそ、優希たちはそこで“立ち止まって”しまっていた。

 だから、これは、立ち止まっていた足が動き出した証なのだ。完全に元通りになどなるはずもない。そんな簡単な話ではない。だが、少しづつでも。ほんの少しづつでも動き出せば。そういうことなのだ。

 

「こんな時でもゲームね……本当、アンタって馬鹿ね」

「酷くね!?良いこと言ったんだぜ!?」

「馬鹿ね。他人の言葉なら、いくら良いこと言っても意味ないわよ。まあ、でも……アンタのその能天気さは羨ましいかな」

 

 大成の言ったセリフは所詮は他人の言葉で、結局は心無い上辺だけの言葉だ。優希たちはそんな言葉に動かされたのではない。そんな大成に動かされたのだ。

 大成の意図とは違ったが、それでもその行為の意味はあったのだ。

 砕かれた“今まで”を拾い集めて、また再びこれからを紡ぎ出す。そのために大成たちはもう一度、今を歩き出す。

 まだ目的地が見つかった訳でもない。覚悟なんていう大層なものができた訳でもない。結局、現実逃避かもしれない。もしかしたら、今この瞬間だけの選択かもしれない。だが、それでも、今この瞬間を立ち止まっているよりはずっといい。そう考えて優希たちは選択し、大成も無意識にだが、この選択をしている。

 そして、そんな大成たちの一連の会話を扉の向こうで面白そうに聞いていた者がいた。

 ゆっくりと扉が開き、その者が部屋へと入ってくる。まさか誰も入ってくるとは思っていなかった故に、大成たちは驚くしかなかった。

 

「誰っ!?」

「ふむ。盗み聞きしてすまない。が……いやいや、興味深いやりとりだったな。君は意図せず誰かの一歩を手助けすることとなった。それはどこか……彼に似ている。いや、まるで彼のようだったな」

「えっと……」

「ああ、失礼。僕としたことが、自己紹介を忘れていた。僕はウィザーモン。この街の特別名誉教授の一人だ」

 

 入ってきたのは、とんがり帽子の魔法使い風の人形。ウィザーモンと呼ばれる成熟期のデジモンだった。

 




えっと、活動報告にも書きましたが、水曜日はすみませんでした。
家族団欒やら、冬休み課題やら、オールナイトした結果のぶっ倒れやら、年末年始の忙しさゆえの執筆時間の少なさやらで、投稿をサボる形となってしまい、申し訳ありませんでした。
ええ。わかってます。どんなことを言っても所詮は自分の事情で言い訳にしかなりません。
こんな駄作者ですが、見捨てないでいただけると幸いです。

では、遅くなりましたが、今年もこの作品共々よろしくお願いします。


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第十八話~ウィザーモン教授の研究成果~

すみません。先週に引き続きかなり遅れました。


 大成たちは、ウィザーモンと名乗るデジモンに連れられて学術院の街の中を歩いていた。

 学術院の街は山脈の地下に作られた円形の巨大な都市だ。その面積だけで言えば、人間の大都市と比べても遜色ないほどである。とはいっても、建物の大きさは大きなものから小さなものまで様々。何を考えてこんな建物を作ったのか。そう思えるくらい、巨大な一階建ての建物があれば、大成たちの腰程度の小さな建物もある。さまざま過ぎて、言葉も出ないほどだ。

 だが、それほどの大都市だというのに、妙に人影が見当たらない。まあ、デジモンのデの字くらいは存在するが、その程度である。閑散とし過ぎていて、閑古鳥すら何処かに行っているレベルだ。

 

「へぇーでっかい街だなぁ!」

「……まあ、普段はもっと賑やかなのだがな。今は緊急事態でね。皆避難しているのだよ。この街の外へと行った者が半分。この街の地下シェルターに入ったのが半分というところだ」

「緊急事態……?一体何が……」

「君たちがそれを言うか」

「あ、アイツか」

 

 思い出されるのはあの機械竜。今まで忘れていた、とばかりに優希などまた震え始めている。どうやら、まだ吹っ切れている訳ではなさそうだった。

 そして、ウィザーモンが言った通り、現在、この街の住人はその半分がこの街から外へと避難し、もう半分が地下にあるこの街のさらに地下にあるシェルターへと篭っている。

 だが、どちらの選択も一長一短であることには違いなかった。外へと避難して行っても、追いつかれては意味がない。逆にこの街の中にいても、見つかっては意味がない。この街の住民はそれぞれメリットとデメリットを考えた上で、避難の仕方を選択したのだ。

 

「ふむ。それにしても、人間の成長は侮れないな。あの小さな子供がたった五年でこうなるとはな……」

「あれ?優希はウィザーモンと会ったことがあるのか?」

「え?まぁ……前にこの世界に来た時にね」

「へぇ?っていうか、デジモンの進化の方が凄いだろ」

 

 デジモンの進化を思い出して、大成はそう言うが、ウィザーモンから言えば、そっちの方が何を言ってるのだという話だ。

 デジモンは進化できなければ、何年もそのまま変わらないということもザラにある。だが、人間は時間が経過すれば否応なしに成長していく。かつてデジモンもそのような進化の形だったこともあったとは言え、ウィザーモンからすればずっと変わらない人間の成長の仕方の方が驚きなのだ。

 

「そういえば、さっき……名誉教授だっけ?とか言ってたよな。偉いの?」

「偉いに決まってるでしょ」

「正確には特別名誉教授だな。僕を含めて数人しかいない。それぞれが専門を持っていてね。僕の場合は進化について研究している……さあ、着いたぞ」

 

 ウィザーモンが大成たちを案内したのは、とある建物の中の一室だった。その建物は、人間が使うには巨大すぎるほどのサイズだ。だが、大成たちが案内された部屋は、ウィザーモン用の部屋なのか、十分人間でも使えるサイズの部屋だった。

 だが、部屋に入って直後。大成たちは頬が引き攣ることとなっていた。もっとも、優希だけは大成たちとは別の意味で頬を引き攣らせていたのだが。

 

「……物置?」

「失礼だな。僕の“研究室”だ。言っておくが、この部屋に他人を滅多に入れない。僕の生徒なら泣いて喜ぶことだぞ?」

「って言われてもな。訳のわからんものばっかり」

 

 そこら辺に古臭い石版やら何やらがいろいろと置いてあるが、価値がわからない大成からすればゴミも同然だ。それ以外にも、部屋はさまざまなものが散乱しており、この部屋の状況を見た人は口を揃えて言うだろう。片付けろ、と。それほどまでに汚かった。

 ちなみに、先ほど大成が価値がわからなかった石版は、古代時代の歴史が綴られた産物であり、価値がわかるものからすれば喉から手が出るほど欲しがられるものだったりする。

 

「お嬢様?何をそんなにキョロキョロとしてるのです?」

「え?いや……ウィザーモン、この部屋には私たちだけ?」

「ふむ?そうだが……あぁ、彼女か。彼女ならいないよ。僕が教授となった時に、彼女も一緒に教授にという話だったんだがね。堅苦しいのが嫌だ、と出て行った。時々フラッとやってくるが……今どこで何をしてるのかは不明だ」

「そう……よかった」

 

 どこか納得したようにウィザーモンが言った彼女。

 優希は、その彼女がこの部屋の中にいるかどうかでキョロキョロと辺りを見渡していたのである。かつてこの世界へと来た時に、優希はその彼女によってトラウマになるような仕打ちを受けている。そんなこともあって、優希はその彼女と会いたくないのである。

 当然、そんなことを知らない大成たちとしては、優希が挙動不審になっているようにしか見えなかったのだが。

 

「さて……僕はデジモンの進化について研究していてね。人間の客人は久しぶりだ。いろいろと聞きたいこともある」

「聞きたいこと?っていうか、いいのか?緊急事態なんじゃ……」

「まあ、そうなんだがね。ほら、よく言うだろう?知的好奇心に勝るものはない、と」

 

 よく言うのかどうかは知らないが、ウィザーモンが微妙にアレな人物であることを認識した大成だった。

 その後、大成たちにさまざまな質問がウィザーモンからされる。どんな食事を好むのか、どんな眠り方をしているのか、どんな性格なのか。

 数分後。一通りの質問が終わった時には、大成たちは疲れ果てていた。人間側、デジモン側共に自分たちのみならず双方のことについてしつこいほど詳しく聞かれるのだ。疲れもするだろう。

 

「えっと……た、大成さん大丈夫?」

「お前逃げたな」

「ひぅ!?ごめんなさい!」

 

 ワームモンが労いを兼ねて話しかけてくるが、大成にとっては火に油でしかない。

 立て続けの質問と妙なテンションのウィザーモンの相手をすることが怖かったワームモンは、隅に移動して空気となっていた。ようするに、逃げたのである。そして、そんなワームモンの分の質問は大成が捌くこととなったのである。

 本気でワームモンを呪った大成だった。そして、そんな大成の怒りがわかったのか、ワームモンは縮こまってごめんなさいと呟いている。

 

「ふむ。気弱で臆病……ワームモンの性格は変わりがないか」

「……?どういうことだ?」

「そうだな。せっかくだし、授業をしようか」

「授ぎょっ――……いやぁ、遠慮……」

「しなくてもいいぞ」

 

 授業という言葉に嫌なものを感じた大成は制止の言葉を発したが、肝心のウィザーモンはその言葉を無視して話し始めた。

 ウィザーモンが話し始めたのは、彼の研究成果とも言えるもの。進化についてだった。授業という言葉に初めは苦手意識があった大成だったが、大好きなデジモンの進化についてのことが聞けることや、ゲームなどでも世界観等の設定を知りたいタイプであったこともあり、すぐにその話にのめり込むことになる。

 まあ、今後のことを考えて聞いておいた方が良いという考えも無きにしも非ずだったのだが。

 

「まず進化についてどれくらい知っている?」

「……いや。そういうものだとばっかり」

「このセバスもそうですな」

「僕も……」

「私もね」

 

 大成と優希はともかくとして、我が事ながら首を傾げているデジモン組にはウィザーモンも呆れ気味である。

 だが、ウィザーモンとて教授。頭がアレなと者たちと付き合ったことだってある。すぐに思い直して、説明を始めるのだった。

 

「さて。では、進化についてだが……太古の昔にその現象が確認されてから、幾度かその在り方は変容している」

「へんよう?……変容か。変わってるってことか?」

「ああ。五年前は時間による経過が主な進化の仕方だった。君たち人間と同じような成長する……という感じだな。そこからしばらくの間、進化という現象が氾濫しだした」

「えっと……つまり?」

「ちょっとしたことでも進化という現象が起こるようになったのだ。それこそ溢れかえるようにな。それからしばらく経って、今の形に落ち着いた訳だが……」

 

 気軽な雰囲気のウィザーモンの言葉に、大成たちはそういうものか、と納得している。だが、当時の現状から見れば、そんな気軽なものではなかったのだ。

 必要もないのに進化をし、生態が変わり、この世界中が混乱した。この街でも多少の事件があったほどである。

 世界中で溢れかえった進化は、いつの間にか収束し、現在の、稀に起こることがあるという形に落ち着いた。

 今でこそマシになっているが、五年前の変化の最中にあった時期は、ありもしない噂が飛び交ったりして、ひどい混乱があったものである。

 

「それで、だ。デジモンはそれぞれの種ごとに特徴がある。外見だけではない。性格にもだ。同じ種で、その特徴から外れた者など滅多にいるはずもない」

「なんか、ゲームのモンスターの設定みたいだな」

「設定……フフ、確かに。僕は進化という現象を研究するうちにあることに気づいた。何らかの要因によって、その種族の特徴を外れたものに進化という現象は起きやすいことに、だ」

 

 ウィザーモンが気づいたのは、そこだった。経験など、何らかの要因によってその種族の特徴を外れた者。その種族の特徴ではどうしようもない壁にぶつかった者。そのような者たちに進化という現象が比較的置きやすいということに。

 もっとも、あくまで“比較的”にである。必ずではないし、そのような者たち以外にも進化する者はいる。だが、進化の手助けとなる条件であることには間違いがなかった。

 

「進化についてはさまざまな論がある。僕の持論としては……可能性だな」

「可能性?」

「ああ。未来を切り拓くための、新たな可能性。特徴から外れた者が進化しやすいのも、そう考えれば都合がつく。まあ、本当のところはまだわかっていないがね」

「なんだぁ……結局わかってないのかー……」

 

 あれだけ話しておいて、そこに着地した結論に大成たちはガッカリする。もっとも、口に出したのは大成だけだが。話を聞くだけでいい部外者は気楽なものである。

 だが一方で、せっかくの研究の成果をその一言で片付けられては研究者側としては溜まったものではない。大成の言葉を聞いて、どこか怒ったような雰囲気を放ったウィザーモンだった。

 

「ごほんっ!まあいい。ここ最近、人間が各地に現れたという報告が上がってきていてね。人間という存在にも興味があるんだ」

「……研究対象として?」

「研究対象として」

 

 優希の言葉にも、何を当たり前なことを、とでも言うかのような表情で返答するウィザーモン。だが、あんまり即答して欲しくない言葉ではある。ウィザーモンから、ちょっと距離をとる優希とそんな優希の前にさりげなく立つレオルモンだった。

 そして、そんな優希たちに構わず、話を続けるウィザーモン。ちょっと引いてる優希たちの様子に本気で気づいていないようだ。

 

「人間というこの世界にとっての異物とも言える存在が、僕らデジモンにどんな影響をもたらすのか!興味が尽きない!」

「……」

「現に最近訪れた人間たちがパートナーにしているデジモンたちの多くに進化が確認されている!これを無関係と言い切ることができようか!?」

「……あぁ、うん……まぁ……そうだね」

 

 何らかのスイッチが入ったらしいウィザーモンから、大成たちは再度距離をとった。これ以上近くにいると、何らかの菌に感染しそうだったからである。

 ちなみに、ウィザーモンが正気に戻ったのはこの数分後。全力で引いている自分たちのことにも気づかずに嬉々として語り続け、挙げ句の果てには何かを思いついたのかしばらく黙り込んだウィザーモンに、大成たちはついていけなかったのだった。

 

「……なぁ、優希……こいつ大丈夫なのか?」

「……多分。いつもみたいにパートナーに誘わないの?」

「いやぁ……さすがに……」

 

 ある意味アレな大成にも引かれるウィザーモン。その時の大成の表情は珍しいものだったと、後の優希は語っている。

 そんなウィザーモンだが、正気に戻って早々に次の話題に移り始めた。いきなりの話題転換に優希たちはついていけない。だが、ウィザーモンの雰囲気から真面目な話だとわかったのだろう。何とかして頭を切り替えようとしていた。

 

「さて……話を変えるがね。今この街は非常事態となっている。だが、この事態に乗じて悪事を働くものも少なからずいてね。困っているのだよ」

「いるんだなぁ……そんな火事場泥棒みたいなことをする奴」

「ああ。そこで君たちに依頼が二つある。その者たちの退治と――」

「ちょ、ちょっと待って!こんな時に……?あの究極体が近づいて来てるのよ!?」

 

 驚きのあまりに震えながら声を張り上げた優希。優希としては、逃げるか、隠れるか、どちらにせよ避難と呼べる行動をしたいのだ。この街に無駄に留まり続けて、無駄な危険を冒したくはない。当然の心情だ。

 一方で、そう返されるのも承知していたのだろう。ウィザーモンは話の続きを聞けと言って、続きを話し始めた。

 

「二つあると言ったろう。一つはその退治ないし撃退。もう一つは……」

「もう一つは?」

「この街に来ているこの事態を解決する者を連れてきて欲しい」

 

 ウィザーモンの口ぶりからして、既に解決策は見つかっているらしい。それを聞いて安心した大成だったが、一方で優希はまだ不安そうである。まあ、究極体の圧倒的強さを見せられた手前、素直に安心することなどできないだろう。

 ちなみに、その解決する者とは優希の知り合いでもあるのだが、それがわかるのはもう少し先の話だ。

 まだ大成たちがその依頼を受けるとも言っていないというのに、ウィザーモンは大成たちにやらせる気満々である。依頼の役に立つから、と部屋の奥から箱を持ち出してきて、大成の前に置いた。

 

「なんだこれ?」

「フフフ……この僕の研究成果の一旦……この素敵アイテムを特別に貸し出そう。ワームモンじゃ心もとないからね」

「ひどいよぅ……」

「事実だろうが。それで、もったいぶらずに教えてくれ。このレアアイテムっぽいのは何なんだ?」

 

 ウィザーモンはニヤリと悪戯っ子のような笑みを浮かべたままで、なかなか言わない。よほど自分の研究成果を見せるのが楽しいらしかった。

 見た感じでは、箱の中に入っているのは、九つの卵のような何かだ。それぞれに何かのマークがついている。というか、研究成果や素敵アイテムという言葉の割には、入っているのはダンボールのような箱。管理が杜撰過ぎる。

 やがて、大成の反応をひとしきり楽しんだのか、ウィザーモンはその名称を言うのだった。

 

「古代において擬似進化を可能とした道具。“デジメンタル”のレプリカだよ。あぁ、レプリカといっても……制限を除けば、本物と遜色ない」

 

 デジメンタル。それが、道具の名前だった。

 




えっと、遅れた原因としては冬休み課題のレポートのせいですね。
ですが、これで1、2週間は何もないので、来週からは通常の間隔の投稿に戻れると思います。
本当に私事で迷惑をかけてすみません。

今週は土曜日に更新するつもりですが、もしかしたら日曜日になるかもしれません。
ので、申し訳ありませんがご了承ください。

それでは、また次回もよろしくお願いします。


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第十九話~お試し!アーマー進化!~

すみません、遅れました。


 なし崩し的にウィザーモンからの依頼を受けることになった大成たち。

 現在、そんな大成たちは先ほどの部屋とは違う、体育館のような巨大な空間が広がる部屋にいた。

 

「なんで?」

「いや、デジメンタルを作ったのはいいが……使えるのが古代種の末裔でしかないこともあってまだ試したことはなくてね」

「古代種の末裔!?へぇ……って、それってようするに実験体にしたいってことか?」

「まあ、そうだな」

「実験!?いやいやいや……むりだよぅ!」

 

 嫌がるワームモンを無視して、大成とウィザーモンは話を進める。

 早速とばかりに、ウィザーモンが箱から取り出したのは炎のような素体に角が生えているデジメンタルだった。はい、と気軽にそれを手渡されたワームモン。だが、手渡されてもどうしていいかわからない。恐る恐るつついてみたり、触ってみたりするが、何も変化は起きなかった。

 それには、大成もウィザーモンも首をかしげている。デジメンタルを渡せば、何かしらの現象はあると思っていたのだ。

 

「おい、どういうことだ?」

「つんつん……何もないよ?」

「ふむ……妙だな。ふむふむ……ふむ?いや……そう……ふーむ……」

「ウィザーモン?おーい?……だめか」

「これ……どうするの?」

 

 黙り込んで思考の海へと漂流しているだろうウィザーモンのことは放っておいて、ワームモンが持ってきたデジメンタルを大成は受け取る。

 太陽のようなマークが描かれたそのデジメンタルは、大成の手からはみ出るくらいの大きさだ。持ってみるとまるで本物の卵のようで、微かに温かく、エネルギーが溢れているような気がする。これが作られたものだとは、大成には信じられなかった。

 ゲームでよくある力溢れるような物とは、このデジメンタルのような物のことを言うのだろうな。と、そんなことをぼんやりと考えながら大成はデジメンタルを持っていたのだった。

 

「ウィザーモンさんのこと信じても……大丈夫?」

「たぶん大丈夫でしょ。リュウの知り合いだし……」

「……。いや、そこは自分の知り合いだと太鼓判押せよ」

「そこまで深く知っているわけじゃないし……」

「いや……でもぅ……」

 

 ワームモンとしては何としてもウィザーモンの魔の手から逃げ出したいのだろう。ワームモンにとって、ウィザーモンとは自らに迫ってくるマッドサイエンティストでしかないのだ。

 だが、一方で大成たちはデジメンタルという物によって引き起こされる疑似進化に興味がある。よって、ワームモンがウィザーモンから逃げ出すことは不可能そうだった。 

 

「うぅ……どうすればぁ……」

「ほっ……ふっ……」

「いつの間に……って。デジメンタルでお手玉なんかして……怒られるわよ?っていうか、アンタ……地味にすごいわね。お手玉四つ出来るなんて」

「ふっ……ゲームコントローラーで鍛えた腕捌きをなめんなよっ!」

 

 それは関係あるのだろうか。そう思った優希だったが、口には出さなかった。この芸をもう少し見たいという気持ちもあって、集中力を欠かせるとた大成に悪いと思ったからである。

 だが、残念ながら優希の気遣いは意味がなかった。調子に乗って喋りながらお手玉していた罰が当たったのだろう。リズムを間違えたのか、手を滑らせて、一つのデジメンタルを落としてしまう。そして、一度間違えたリズムを再び取り戻すことなど大成にはできなかった。

 一つまた一つ、と次々とデジメンタルを落としてしまう。だが、せめて一つ、一つだけ。次にその手に取ろうとした真上に放り投げたデジメンタル。それ“だけ”はキャッチしよう、と大成は最後の力を振り絞ってその手を伸ばす。

 だが――。

 

「ぬぁああああああああ!」

 

 伸ばした手はどこにも届かなかった。いや、正確にはその手はデジメンタルに届いた。だが、当たっただけだ。

 そして、真下に向かっていたそのデジメンタルの勢いは大成の手が当たったことによって別の方向へと向かうことになる。ようするに、デジメンタルはあらぬ方向へと飛んでいくことになったのだ。

 あ、と呟いたのは誰だったのだろうか。放物線を描いて飛んで行ったデジメンタルの先にいたのは――。

 

「え?」

 

 ワームモンだった。

 ガツン。とそんな音が聞こえて、デジメンタルがワームモンに激突する。傍から見ていて、思わず満点をあげたくなるような一連の出来事だった。だが、本当に驚くべきことはこの後から始まる。

 突如として、ワームモンを炎が包み込んだのだ。轟々と巻き上がる炎。突然の事態に大成たちはついていけずに呆然とするしかなかった。

 

「ぁああああああああ!」

「っ!おい!イモ……イモ?あれ、何か違う……」

 

 一瞬の後に炎の中から現れたのは、炎を纏う昆虫人間だった。

 進化した。そのことをすぐさま大成たちは理解する。だが、残念ながら大成たちにゆっくりと考える時間はなかった。

 この場の面々を代表して、無事かどうかの確認の意味も込めて大成が話しかけようとした、その瞬間。炎が舞ったのだ。

 

「あぶねっ!イモ、何する!」

「怖いぃいいいいいいいい!死ねぇえええええええええ!」

「はぁ?って!あぶっ!ちょっ!待っ!助け――!」

 

 割と本気で大成は意味がわからなかった。

 炎を纏う昆虫人間がワームモンだったデジモンであるということはほぼ間違いない。だというのに、いきなり昆虫人間は辺り構わず攻撃し始めたのだ。

 炎が辺りに舞い散り、大成が逃げ惑う。そんな中で、優希とレオルモンは部屋から姿を消していた。消える気配を大成に悟らせずに、部屋から出て行った辺り、実にちゃっかりしている。

 

「……ふーむ……そうか!わかったぞ!ん?何かあったのか?」

 

 そんな時、ようやくウィザーモンが思考の大海から帰還する。今の今までこの騒ぎにずっと気づいていなかったようである。不思議そうな顔で、辺りを見渡して、事態の把握に努めている。

 思わず突っ込みたくなる大成だが、そんなことをすればもれなく丸焦げだ。全力を持って避けることしか、今の大成にできることはないのである。

 

「なるほどな。フフフ……まさか先を越されていたとは……」

 

 直後、炎が舞う。昆虫人間の炎とは別の炎が。そのあまりの熱気に目をそらした大成が、次に前を見た時。そこにあった光景は、倒れ伏したワームモンと転がっているデジメンタルだった。

 割と本気で意味がわからない。今日何度目になるかわからない混乱の最中に大成はいた。だが、実際に起きたことは至極単純だったりする。事態の収拾を図ったウィザーモンが、己の技でもって暴走する昆虫人間を鎮圧した。事実はそれだけである。

 

「おい!何が素敵アイテムだよ!すっごい危険物じゃねぇか!」

「君たち双方と相性が合わなかったようだな」

「相性?」

 

 自身渾身の怒りを軽く流されたことに、若干イラついた大成だったが、仕方ないことだと割り切った。ウィザーモンの言った“相性”という言葉に気になったということもあるのだが。

 

「とりあえず、ワームモン単体だとデジメンタルを使って進化できそうにないな。アーマー進化は現代では失われている進化だ。材料があっても、設計図がないようなものだ。だから、単体では進化できないのだろうな」

「アーマー進化?」

「デジメンタルを使った擬似進化のことだよ」

 

 つまり、ワームモン単体だと、デジメンタルを使って進化できないということである。

 ウィザーモンが言った理由以外にも、おそらくはワームモン自身の性格や心情のせいも多分に関係しているだろう。あと考えられる可能性といえば、このデジメンタルはあくまでレプリカだったこともあるかもしれない。

 だが、ウィザーモンはあえてそのことを言わなかった。不確定要素が大きかったためである。

 

「進化できない……あれ?さっきのは?」

「言っただろう?単体では、と。おそらく他者による介入があれば、進化できる訳だ」

 

 つまり、ワームモンがデジメンタルを持って進化を望むのではなく、大成からワームモンへとデジメンタルを手渡しすれば言いということだ。だが、なぜ自分を挟むことでアーマー進化が成り立つのか、大成は理解できなかった。

 ウィザーモンはそのことを、“ワームモンではない他者(大成)対象者(ワームモン)に渡す”ことに意味があると考えている。

 デジメンタルは元々心の働きに関係するアイテムだ。だからこそ、単体ではアーマー進化できなかったワームモン以外の、誰かの心に触れていることがキーなのだろう。そう分析したウィザーモンだが、例によってそのことは言わなかった。

 

「半ば暴走気味だったのは……さっきも言った通り相性だ」

「だから相性って……?」

「デジメンタルには、それぞれに心の働きによる特性がある。先ほどのデジメンタルは勇気だな。君たちはあんまり勇気を出すタイプじゃないのだろうな」

「すぅううううっごい!失礼なこと言われた気がする」

 

 デジメンタルに確認されている特性は全部で十一個。勇気、友情、愛情、知識、誠実、純粋、希望、光、優しさ。そして奇跡と運命。このうち、ウィザーモンが複製できたのは前者九つだけだった。一応、劣悪品とでも言えるものはできたとはいえ、奇跡と運命のデジメンタルだけはどうしても複製しきれなかったのである。

 そんなこんなで、とりあえず大成は、勇気のデジメンタルとは相性が悪いことを、しぶしぶ理解した。まあ、明らかに納得していないようであったが。

 

「じゃあ、どれが相性いいんだよ」

「ふむ……先ほどを見た感じ、どちらかといえばワームモンよりも君の方の相性が重要そうだ。もちろん、ワームモンとの相性も考えなければならないがね」

「ふむふむ……相性ってのはどうやってわかるんだ?」

「それは君次第としか。さて、君はどんな性格だ?勇気を振り絞る性格か?友情や厚い?愛情深い?知識欲があるか?至極誠実な人間か?純粋無垢な――」

「ちょ、ちょっと待て!考えさせてくれ!」

 

 矢継ぎ早に話し続けるウィザーモンに耐えられずに、大成はストップをかける。そして、ウィザーモンを黙らせた上で、考え始めた。ウィザーモンの言葉からすれば、デジメンタルの特性とは、おそらく性格や考え方と関係のあるのだろう。

 大成は、九つの中で最も自分の性格や考え方にマッチするだろうものを探す。だが、考えれば考えるほど、これらのどれもが自分とは遠い場所にあるような言葉である気がして、上手く決められない。

 結局。決められなかった大成は、先ほど試した勇気のデジメンタルを含む九つすべてを試すことにしたのだった。

 ちなみに、そのことを告げた時、ウィザーモンが棚から牡丹餅というような、そんな顔をしていたのだが、それはほんの余談である。

 

「どれもパッとしないな……」

「ぐぅ……気持ち悪……もう嫌……」

「確かに。ていうか、君。もう少し特徴を持ったらどうなんだね?」

「失礼なっ!」

 

 その後、一時間かけてすべてのデジメンタルを試した大成たちだったが、結果は芳しくなかった。

 一応、全部のデジメンタルで進化ができたことにはできた。だが、どれも大成とワームモンと相性が良いとは言い難かったのだ。

 ちなみに、アーマー進化するたびにワームモンは奇妙なテンションになる。深夜テンションとか、酒に酔った時のテンションというのが近かったのかもしれない。そんなワームモンだが、現在はぐったりとしている。

 

「ふむ……問題はワームモンだな。心が中途半端すぎる」

「心が中途半端って何だよ?」

「言っただろう?デジモンには種族ごとに特徴があると。たいていのデジモンは進化するとその性格は進化先のデジモンの特徴に準じたものとなる。まあ、進化前の性格のままの者もいるのだがな」

 

 ちなみに、無口だったデジモンがおしゃべりになったり、好戦的なデジモンが戦いを嫌うようになったりと、進化による性格の変容は凄まじかったりする。逆に進化前の性格が残る者は、精神が強い者だったり、特別な経験をした者に多い。

 だが、ワームモンの場合は中途半端なのだ。進化前の性格が残っているくせに、進化後の性格に引っ張られている。そのせいでテンションがおかしくなり、暴走する結果となっているのだ。

 

「覚えておくといい。先を目指すなら、心も鍛えとかないといけない」

「心ってどうやったら鍛えられるんだ?」

「さあ?そこら辺は僕は知らないな。ああ、良くも悪くも結果が出たら詳しく教えてくれ。研究の参考にする」

「……。お前も大変だな」

 

 ウィザーモンの実験対象扱いにされてしまったらしいワームモン。きっと今日は厄日だろう。

だが、実験対象扱いといっても、ウィザーモンが四六時中張り付くほどの扱いではない。それは、ワームモンにとって不幸中の幸いである。まあ、あまり嬉しくない幸運だろうが。

 そして、そんなワームモンに珍しく同情してしまった大成である。

 

「まあ、いい。一番マシなこれを持っていけ。くれぐれも壊すなよ?」

「ちなみに壊したら?」

「……」

「何か言えよっ!」

 

 その無言が怖い大成とワームモンだった。

 ともあれ、ウィザーモンから大成に貸し出されたデジメンタルは、雷のような角を持つ、牙のような模様の黒いデジメンタルだ。デジメンタル自体は手に余るくらいの大きさだというのに、妙に重く感じられた大成だった。

 ちなみに、大成がそのデジメンタルを初めて見た時、でかい落花生と間違えたりしたのだが、それはほんの余談である。

 

「友情のデジメンタル。しっかりと活用して、その成果を教えてくれよ?」

「……友情?冗談でしょ?」

「お嬢様……大成殿は友人が少ないとおしゃってませんでしたか?」

 

 いつの間にか優希とレオルモンが部屋に戻ってきている。

 今までどこに行っていたのか。そう疑問の視線を投げかける大成だったが、優希たちは大成に貸し出されたデジメンタルに夢中だ。その疑問は軽く流された。しかも、何やら随分と好き勝手なことを言っている。

 

「失礼だろ。俺にだって友達くらいいる!」

「友達?え?誰?」

「いや、あーっと……えーっと……あ、そうだ!優希だ!」

「え?私?」

「え?」

 

 苦し紛れに出した答えだったが、結局は地味に傷ついたような、そうでないような、微妙な気分となった大成である。どのみち大成は友達が少ないということは決定事項である。

 比較的とは言え、そんな大成が友情のデジメンタルと相性が良いというのは何かの冗談か、あるいはただの皮肉だろう。

 

「まあ、いい。それで?優希。頼んだものを取りに行ってくれたのか?」

「ええ。ちゃんともらってきたよ」

 

 ウィザーモンから質問されて、優希は背負った籠を中身を見せるように床に置く。

 そう、先ほど優希とレオルモンが部屋から出ていったのは、ウィザーモンに頼まれたからだったのである。そして、部屋から出ていった優希たちは、まだ避難していない住人からとあるモノを貰い、集めてきたのだ。

 事前にウィザーモンから話が通されていたこともあって、ソレはスムーズに貰うことができた。だが、これほどたくさんのソレを何に使うのか。貰ってきた優希たちだけでなく、大成も首を傾げている。

 

「これか?必要なんだよ。先ほど言ったこの事態を解決する者を探すのにね」

「だからってどうするんだよ……こんなにたくさんの……キノコ」

 

 力なく呟いた大成の目の前には、籠の中いっぱいに詰まったキノコがあった。

 




というわけで十九話。なんとか土曜日に更新できました。
何やら奇妙なものを貸し出された大成とワームモンのお話でした。

次回はいよいよ依頼編です。

それでは、次回もよろしくお願いします。


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第二十話〜鈍足なる友情!トゲモグモン〜

「……」

 

 沈黙。学術院の街を歩いている大成たち。だが、そんな大成たちの様子はその一言が体現していると言えた。

 現在、大成たちはウィザーモンからの依頼の真っ最中。まあ、ウィザーモンの依頼といっても、多くのデジモンたちが避難したことによって、閑散としている街中を歩き回るだけの暇な仕事だ。もちろん、何かあれば対応しなければならないが、そんな何かなどそうそうあるわけもない。

 一方の依頼が、そんなわかりやすい仕事内容だというのに、もう一つの人探しの依頼は意味不明という言葉では言い足りない依頼だった。

 そして、その人捜しの依頼のせいで、現在の大成たちの雰囲気はこうなっているのである。

 事の起こりは一時間前に遡る。

 

「優希と大成はこれを着て行ってくれ」

「なにこれ?」

「それを着て依頼の方は頼む。ああ、あと首からこのカードを下げていれば、不信には思われない。くれぐれも無くすなよ?滞在証明書でもあるからな。では、僕はこれから防衛会議があるのでね」

 

 などと言ってウィザーモンが持ってきた服が発端だった。

 用があるのだろう。早口で言いたいことを言ってさっさと去っていったウィザーモンを、受け取った服を見て唖然とした表情となりながら見送った大成たち。特に優希は、ウィザーモンが持ってきた服を顔を引き攣らせながら呆然と見ていた。

 だが、そんな優希の反応も当然だろう。ウィザーモンの持ってきたソレは、服というよりは着ぐるみの類だった。しかも、あまり着たくないようなデザインの。

 正気に戻った優希は、思わず部屋から出てウィザーモンを探すが、残念ながらウィザーモンはどこにもいなかった。

 

「これ……着なきゃダメかな……」

「まあ……仕事ですし……着なければならぬと思いますぞ。お嬢様」

「でも……」

「おーい?優希ー!これスッゲェ着心地いいぞー!」

 

 遠まわしに着たくないということをアピールする優希だったが、一応私的な依頼であっても仕事は仕事。レオルモンも味方はしてくれなかった。そして、未だ悩みながら部屋に戻った優希の前には、その服を着た大成の姿。気づかないうちに逃げ道を塞がれた優希だった。

 結局。数分後には大成たちの前にその服を着た優希が現れることになる。

 ちなみに、優希が着替える間は大成たちは部屋の外へと追い出されていた。服の上から着るのだから、別に同じ部屋にいてもいいだろう、という大成の言葉だったが、そこは優希も年頃の女の子ということだろう。

 

「ぅ……」

「お、お嬢様……似合っておりますぞ?」

「おお!似合ってる似合ってる!」

「絶対嘘……」

 

 オブラートに包もうと努力しているレオルモンはともかく、素で似合ってる発言をする大成に軽く殺意が沸いた優希だった。

 そんなこんなで、街へと繰り出した大成たち。結局、場を沈黙が占めているその理由は、優希が恥ずかしさのあまりに黙っているからである。だが、それも当然だろう。大成たちの現在の服装は、客観的に見ればそれほどのものだからだ。

 しかも、さまざまな異形の種族がいるこの世界ならばまだいい。だが、人間の世界でこの格好で出歩こうものならば、即座に通報ものだからだ。警察と病院。どちらに通報されるかは、通報する人の感性によるだろうが。

 結局、優希たちの格好は――。

 

「キノコ……だね……」

「でも、なんでキノコなんだろうな?」

「……」

 

 キノコだった。そう、キノコ“の”着ぐるみだった。しかも、ご丁寧に顔の部分に穴があいていて、そこから顔を出せるようになっている。サイズも大成たちにピッタリと合っている。しかも、着心地抜群だ。不思議を通り越して気持ち悪くなるほどである。

 そんな等身大キノコで、顔を晒しながら街を歩くことになった優希。その心は羞恥にまみれていた。だが、今の優希は恥ずかしさで、もじもじしながら歩くキノコそのものだ。ぶっちゃけるとキモかった。優希にとってせめてもの救いは、この街の住民のほとんどが避難しているために、街に人が少ないということだろう。

 ちなみに、大成はそこら辺に全然構っていなかったりする。

 

「このキノコ……肉の味がする……!なんで?」

「こちらは鮭の塩焼きの味ですな。食感ばかりはどうにもできませぬが……」

「でも……なんでこんな……キノコの格好でキノコを持って歩くのかな……」

「……」

 

 大成たちの背中にはキノコをモチーフにした籠にキノコがいっぱい詰まっていた。つくづくキノコ尽くしである。キノコであることに何の意味があるのか。ウィザーモンに問いたくなった大成だった。

 ちなみに、背負っているキノコは食べても良いという依頼主のお墨付きがあるために、大成たちは昼食替わりとして食べている。見た目とは違う、不思議な味のするキノコに大成たちは驚く。どれくらい色々な味があるのかと気になって、次々と食べてみる大成たち。

 数分後。大成たちはかなりの量のキノコを食べたはずだが、キノコは全然減っていなかった。自分たちの背中にはどれほどたくさんキノコを積んでいるのだろうか。少し怖くなった大成たちだった。

 

「不思議世界だな。うん。うまい」

「僕は……草のほうが……」

「やはり、いくら味が豊富であっても……このセバスは肉のほうがいいですな」

「……」

 

 優希がまったく喋らないということを除けば、まあ、平穏な時間だったと言えるだろう。数日前のことや今の非常事態を忘れることができるくらいには。

 優希も、それなりに良い気分転換となっただろう。まあ、羞恥による気分転換など嫌だろうが。

 だが、そんな時間も終わりを告げることとなる。突如として聞こえた破壊音。

 面倒くさいため、何事もなく終わることを大成は望んでいた。だが、事は起こってしまったみたいだ。依頼を受けた身としては、面倒でもやらなければならないだろう。

 一瞬顔を見合わせて、大成たちはそちらの方向へと走り出したのだった。

 

「ヒェッヒェッヒェ!こりゃァいいねェ!また使える呪文が増えそうだ!」

 

 そこにいたのは、真っ赤な体に邪悪な呪文のイレズミが刻まれた、不気味な魔人だった。ブギーモンと呼ばれる、成熟期のデジモンである。その手には主要武器であろう三つ又の槍といくつかの本が抱えられていた。

 明らかに泥棒の類だ。まさか、自分の家をぶち壊してまで、自分の家の中の本をとってきたわけでもないだろう。

 確信している。だが、万一間違っていては洒落にならない。というわけで、一応確認することにした大成だった。

 

「おい!お前!何してる!」

「ヒェ?ふふん?おお!学術院は本当に人手不足みたいだなァ!こんなガキ共に街の守護を任せるなんざなァ!」

「イモ。だってさ」

「た、大成さんもだと思いますよぅ」

「奇抜な格好してらァな。真面目そうな顔して……意外とご同輩かァ?」

「かふっ!」

 

 みょうちくりんなブギーモンと同列扱いされ、そして言い返せない事実に、多大な精神ダメージを受けた優希。

 そして、地面に手をついて落ち込む優希に大成たちが気を取られた瞬間。ブギーモンは動いた。ここまですべて計算ずくの行動である。清々しいほどの卑怯な不意打ち。だが、それがブギーモンの戦い方だ。

 ブギーモンの槍が優希へと迫る。戦闘能力のありそうなデジモン組より、怖そうに感じない大成たち人間組を先に狙うことにしたのである。突然の事態に大成たちは驚き、固まるしかない。

 迫りくる槍。それが優希へと届く――。

 

「お嬢様!」

「ひゃっ!」

 

 直前で、レオルモンによって転がるようにして助けられた。実に間一髪だ。

 その光景に一瞬だけ、大成は違和感を覚える。だが、それを長く考えることはできなかった。ブギーモンの攻撃は、まだ終わっていないのだから。

 

「大成殿!お嬢様を頼みますぞ!」

「っ!わかった!」

 

 大成に優希を任せて、レオルモンがブギーモンと応戦する。だが、成長期と成熟期の差がある。その差は簡単には埋まらない。

 ブギーモンもそのことをわかっているのだろう。得意なはずの呪文を使わなかったりと、どこか本気で戦っていない。いや、本気で戦っていないというよりも、レオルモンをじわじわと嬲り殺すつもりなのだろう。だから、本気を出さないのだ。

 だが、一方のレオルモンもどこか調子が悪いように、大成には見えた。いや、レオルモンだけではない。一緒に隠れている優希も――。

 

「おい、優希。大丈夫か?」

「ッ!だ、大丈夫よ……」

 

 その声色は、震えていた。明らかに大丈夫ではない。

 心配と疑問を抱いた大成は、一瞬考えて、すぐにその答えに辿り着く。それは、優希たちが数時間前に見せたモノ。未だ治りきらぬ、心の傷痕だった。

 もちろん、敵は成熟期のブギーモンで、あの究極と比べれば月とスッポンどころの話ではない。だが、問題はそこではないのだ。優希たちが、あの究極によって刻まれた心の傷。それは、戦闘という行為そのものへの恐怖として現れている。恐怖というのは、あるだけで影響をもたらす。それが大きなものであればあるほど。

 もちろん、優希たちは、恐怖に影響されているなど考えてもないし、考えていたとしても意識して平常を努めているだろう。だが、一度味わった恐怖というものは、意識してもなかなか忘れられないものだ。

 また無力を味わうかもしれない。今度こそ死ぬかもしれない。そんな恐怖が、優希たちの行動を無意識的に制限しているのである。

 

「こうなったら……行くぞ!イモ!」

「え?いやっ……え?ちょっ……!」

 

 そんな優希たちを見て、ブギーモンを倒すためにはただ見ていれば良い訳ではないということを、大成は悟った。なら、大成がやるべきことなど決まっている。一生懸命に地面に張り付いて離れようとしないワームモンを戦闘に引っ張り出すのだ。サッカーのフリーキックの要領で、大成は勢いをつける。

 そんな大成を見た瞬間、ワームモンは嫌な予感と共にデジャヴを感じていた。そして、それは現実となる。自分の体に走る衝撃。次の瞬間、空を飛ぶ感覚と共に、ワームモンはブギーモンとレオルモンの戦闘に乱入していた。

 

「蹴り飛ばすなんて酷いよぅ……」

「……ワームモン殿!?」

「ヒェヒェ……これはまたいじめがいのありそうなやつだなァ!」

「ひぃっ!?」

 

 ニヤリと笑ったブギーモンを前に、ワームモンは思わず逃げ出したくなる。だが、その足は一歩として動かなかった。

 ブギーモンもレオルモンも、ワームモンは恐怖で動けないのだと思っていた。だからこそ、ブギーモンはワームモンを無視して、レオルモンだけを先に片付けようとしているのだ。

 だが、ワームモンの足が動かなかったのは、恐怖で体が硬直していたからではない。ワームモンの足を止めていたのは、いつかの記憶が、いつかの自分が、今の自分を見つめていたような気がしたからだった。

 逃げるのは嫌だと。少しは立ち向かうと。そう言った、数日前にあの究極によって粉々に砕かれた“かつて”の自分自身。そんな自分自身が、“逃げるのか”、と今の自分を真っ直ぐに見つめているような気がしたのだ。

 だからこそ、ワームモンは動けなかったといっていい。逃げ出したい。でも、逃げ出してはいけない。そんな矛盾した気持ちがワームモンの中にあったのだ。

 

「あぁ、僕は――」

 

 ワームモンの中にそんな矛盾する気持ちがあるのは、諦めとは別に、ワームモン自身が自分の可能性に期待している事の証明だ。本当に自分のことを諦めているのならば、ワームモンはとっくに逃げ出している。そんな誰しもが持つ当たり前のことに、ワームモンは事この段階に至って気づいた。

 逃げるのか。逃げない。立ち向かえるのか。無理かもしれない。それでも、ここで逃げ出したら、きっともう二度と前へ進めなくなる。そんなことをワームモンは想い、ただ望む。

 別に大層なことを望むわけではない。ただ、今日が明日へと繋がるように。一歩目がダメだったのならば、また新しい次の一歩目を。それだけを望んで、未来を手繰り寄せるように。

 別に自分は一人じゃない。レオルモンもいる。優希もいる。あの時とは違って大成も無事でいる。誰かが一緒にいるということが、とても心強い。今なら、いける気がする。と、そんな漠然とした何かを感じながら、ワームモンが踏み出そうとした瞬間に――。

 

「イモっ!」

「へっ?あ!アーマー進化ぁー!」

 

 大成が投げた“友情のデジメンタル”がワームモンの下へと届き、光が辺りに舞う。それは、現在この世界にある進化と似て非なる現象。太古の昔、道具を使うことで可能となった疑似進化。アーマー進化と呼ばれる現象だった。

 一瞬後、そこにいたのはトゲモグモンと呼ばれる、超低温のクリスタルでできた背中の棘が特徴的なハリネズミのようなデジモンだった。アーマー体。現在の成長段階に属さない、特殊な成長段階のデジモンである。

 

「なにィ!進化しやがっただと!」

「余所見ですぞっ!」

「っちィ!」

「れ、レオルモンさん!ぼ、僕も行くよぅ!」

 

 進化とアーマー進化は異なるとはいえ、表面上を見ればその二つは大差ないといっていい。驚きを露にして隙を作るブギーモンに、レオルモンが追撃する。己が追い詰められ始めたということに気が付き始めたのだろう。先ほどとは打って変わってブギーモンの攻撃は苛烈なものに変わっている。

 このままでは、レオルモンが危ない。レオルモンに加勢するために、トゲモグモンは参戦しようとする、が――。

 

「おそっ!」

「これで精一杯……だよぅ……」

 

 その足は遅かった。全力で走っているだろうことは表情を見ればわかる。だが、そのスピードは人の歩きより少し速いくらいだった。当然、そんな足では高速戦闘をしているレオルモンたちに追いすがることなどできはしない。

 そんなトゲモグモンを見てか、ブギーモンは多少冷静になる。この場で危険を冒してまでこれ以上戦闘する価値がないことに気が付いたのだ。今この場にいるのは、スペックで劣っているレオルモンと鈍足なトゲモグモン。なら、逃げることはさほど難しくはない。

 

「ヒェヒェ!この場は逃げさせてもらうぜェ!あばよォ!」

「ぬぅ!またぬか!」

「セバスッ!」

 

 この場を飛んで逃げるブギーモン。

 自分では追い付けない。そのことにレオルモンは歯噛みしている。だが、その時のことだった。まるで確認するかのように、この場に声が響いたのだ。今まで、黙り込んでいた優希の声が。

 それが何を示すのか。そんなこと言葉にせずともレオルモンにはわかっていた。ニヤリと笑って、助走を始める。

 直後。レオルモンの体を光りが包み、レオルモンはライアモンへと進化した。それは、優希の強制進化の力である。 

 優希もライアモンもワームモンの一部始終を見ていたのである。あの気弱で臆病なワームモンが一歩を踏み出した。そのことに、二人は勇気をもらい、同時に自分のことを情けなく思ったのだ。ワームモンですら、前に進んだ。ならば、自分は?と。

 

「いっけぇえええええ!」

「了解ですぞ!お嬢様!」

「っっっ!なにィいいいいいい!」

 

 ライアモンの助走をつけた大ジャンプ。ライアモンは、空を飛んでいたブギーモンの下まで軽くたどり着く。これに驚くのは、すっかり逃げることができていたと思っていたブギーモンである。

 だが、ブギーモンの驚愕もそこまでだった。ライアモンの攻撃が、ブギーモンを再び地面に墜とす。かなりのダメージを受けたが、動けないほどではない。ブギーモンは体勢を立て直し、再び逃げるべく、動き出そうとして――。

 

「……なァっ!」

 

 ブギーモンは見た。先ほどまで動く気配が見えなかったトゲモグモンが、その背中の棘をこちらに向けている光景を。

 直後。トゲモグモンの背中の棘が一斉にブギーモンに襲い掛かった。“ヘイルマシンガン”と呼ばれる、トゲモグモンの必殺技だ。

 超低温のクリスタルによって体が凍りつくのを感じ、さらにその体が砕かれる感覚を感じたブギーモン。我ながら他人事だな、とそれがブギーモンの最後だった。

 

「お、終わった?」

「みたいですな」

「終わったぁあああ」

「お疲れー!」

 

 安堵と疲労で座り込んだ優希とレオルモン。トゲモグモンから戻ったワームモンも、慣れない戦闘で疲れてその場に倒れ込んでいた。唯一元気なのは、ワームモンを蹴っ飛ばし、“友情のデジメンタル”を投げた大成だけである。

 先の攻防で辺り一帯は荒れ果てていて、少しやりすぎの感が否めない優希たち。大成だけがそんなこと気にも留めていないようで、優希たちは苦笑するのだった。

 とりあえず休みたい。そう思う全員だったが、まだ依頼は終わった訳ではない。この後来るだろう警備員に事情を報告しなければならないのだ。それをしなければ、下手をすると自分たちが犯人にされかねない。

 早く警備員来ないか、と待っていると――。

 

「キノコが!キノコがたむろって……キノコってる!キノコ嫌ぁあああああああ!」

 

 聞きなれない第三者の、奇妙な悲鳴が辺りに響いた。まあ、奇妙というか、意味不明な言葉だったのだが。普通、キノコは動詞にはならない。

 驚いた大成たちが振り向くと、そこには額に石のある、青紫色の毛の獣竜が泡を吹いて倒れていた。

 




ちなみに、いろいろと格好つけたりしてますが、最後まで大成と優希はキノコです。
そして、最後に登場した獣竜……一体誰なんでしょうね?

それではまた次回もよろしくお願いします。


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第二十一話~キノコ嫌いなアイツ~

 戦闘音を聞きつけてやってきた警備員に事情を説明した大成たちは、泡を吹いて倒れたまま起きない獣竜を引っ張って、ウィザーモンの部屋へと戻ってきていた。

 ちなみに、獣竜も一緒に連れてきた理由は至極単純で、優希がその獣竜と知り合いだったからである。何度目になるかわからない知り合いの登場に、大成たちは“またか”と呆れ気味だ。

 

「ウィザーモンいるー?」

「おかえり。なかなか活躍したみたいだな。デジメンタルはうまく使えたか?」

「情報が早いのね」

 

 会議はもう終わったらしく、ウィザーモンはすでに部屋に戻ってきていて、ホワイトボードに何やら訳のわからない文字やら数字やらを書いていた。おそらくは何らかの研究中なのだろう。だが、その書く速度が尋常ではない。というか、腕の動きが早すぎて、見ていて気持ち悪くなるほどである。

 その後も、大成たちの顔も見ずに作業していたウィザーモンだったが、チラリと横目で見た時に大成たちが連れている獣竜に気が付いたのだろう。驚いたような、納得したような、呆れたような、複雑な表情でウィザーモンは大成たちに向き合った。

 

「はぁ」

「おい、なんで俺を見て溜息を吐いた!?」

「いや、君が引きずっているその馬鹿に溜息を吐いたんだ。相変わらず過ぎだな。ああ、君たち。そのキノコ服も脱いでいいぞ。また気絶されてはかなわんからな」

「……ってことは、こいつが?」

 

 大成たちのキノコ装備は、この事件をどうにかすることができる者を探すために装備していたものである。それを装備する必要がなくなったということは、つまりこの獣竜こそがその探していた者ということだ。

 まさか、キノコ装備がおびき寄せるためではなく、気絶させるための装備だったとは大成たちは思っていなかった。そして、本当にキノコ装備などというアホなもので見つかるとも思ってもいなかった。二重の意味で驚いている大成たちである。

 だけど……、とキノコ装備を取り外しながら大成はその獣竜を覗き見た。不安しかない。それが大成の、いや、ウィザーモンを除く全員の思いだった。まあ、キノコ一つで気絶するような者など、到底信じることはできないだろう。

 

「脱いだのはどうすれば?」

「そこの隅に隠しておけ。む?優希。何をしている。さっさと――」

「いや、ちょっと外に出ていてくれる?理由はわかるでしょう?」

「……なぜだ?」

 

 通常の服の上から着ているとはいえ、全身を包むキノコ服を脱ぐ時にはそれなりに服が肌蹴る。それもあって、人前で着替えるということに恥ずかしいという感情を持った優希。女の子として当然の反応だろう。

 優希にとって運がなかったのは、この場にいる面々は、そこら辺の機微を気にするどころか、思考に入ってすらいない者が大半だったということだろう。

 結局、優希はこの部屋の中で着替えることになった。もっとも、せめてもの抵抗としてか、部屋の隅で着替えていたのだが。

 ちなみに、レオルモンだけが目を瞑るという紳士さを発揮していたりするのだが、その他の面々は特に何もしていなかったりする。

 そして、そんな時だった。今の今まで気絶していた獣竜が起きたのは。

 

「……はっ!?ここは……キノコお化けは!?」

「何を言ってるんだ。お前は」

「あれ?ウィザーモン?久しぶり~」

「まったくお前は……この街に訪れたというから、こちらはいつ来るかと構えていたというのに……」

 

 呑気で間延びした話し方をするその獣竜は、ウィザーモンとも知り合いらしい。仲良く談笑している。まあ、実際には仲良く談笑というよりも、ウィザーモンが好奇心のままに質問している感じなのだが。

 だが、元々知り合いであるウィザーモンや優希はともかく、その獣竜を知らない大成たち三人はその獣竜のことを知らない。当然、話にもついていけないし、退屈な時間だ。

 そして、そんな大成たちの雰囲気を察したのだろう。ウィザーモンは、その獣竜に自己紹介を促すのだった。

 

「あれ?優希ちゃん?久しぶりだね~!」

「久しぶりね。ドル」

「僕はドルモン。んで、名前はドル!」

「ドルモンだからドルか……安直じゃね?」

 

 その獣竜は自身のことを“ドルモン”と“ドル”という二つの名前で名乗った。例によってドルモンが種族名で、ドルの方が名前だろう。ドルモン。デジモンの中でも特殊な部類に入る成長期のデジモンである。

 一方で、“ドル”というツッコミどころ満載の名前に思わず口を出した大成。だが、その名前を付けたのはドルモンではないし、ドルモン自身はその“ドル”という名前は嫌いではない。

 まあ、“もうちょっとかっこいい名前が良かったな”、とドルモン自身とて思ったことがないわけでもないのだが。

 

「あはは……僕の名前については……僕の相棒に言って。うん」

「ふーん?……ああ、俺は大成って言うんだ。あ、なあ……ドル。俺のパートナーになってくれっ!」

「えぇっ!大成さん!?」

「ごめんね~。僕には相棒がいるからね。無理だよ」

「マジか……っていうか、デジャヴ……」

 

 相変わらずのパートナーになってくれ宣言をする大成だった。ビジュアル的に気に入ったデジモンがいればこのナンパ発言をする大成。もはや、恒例行事となっているために、優希たちもいちいち気にしない。毎回、律儀に反応するのはワームモンだけだ。

 そして、そんなワームモンを尻目に、一方のドルモンは即答だった。その断られ方にデジャヴを感じた大成である。

 

「レオルモンと言います。セバスとお呼び下され。ドルモン殿。お嬢様共々よろしくお願いしますぞ」

「ぼ、僕はワームモン。よ、よろしくお願いします……」

「よろしく~」

 

 どこか、セバスの口調にデジャヴを感じたドルモン。だが、どこにデジャヴを感じたのかわからず、結局は気のせいということで流すことにしたのだった。

 自己紹介もそこそこに、仲良く談笑を楽しむ大成たちとドルモン。あのワームモンでさえ、初対面であるはずのドルモンと話をすることができている。やはりそれには、ドルモンのその間延びしたような、幼い雰囲気も一役買っているのだろう。

 

「いや、仲がいいのは結構だし、優希は積もる話もあるだろうがね。本題にいっていいかな?」

「あ、ごめん……」

「まったく。本題を忘れていたな。大成たちは引き続き仕事を頑張ってくれ」

「え?まだやんの!?」

「当たり前だろう。この街で衣住食を保証しているんだ。それくらいはやってくれ」

「う、それを言われると……」

 

 衣住食。人間の世界のようにはいかないこの世界において、それらは何が何でも手に入れないとならないものである。

 結局、それらを対価として依頼を出されているというのならば、受けないわけにはいかないのだ。大成たちは、この世界に来てから嫌というほどそれらの大切さを知った。それらが保証されている今の状況をみすみす逃すことなど、大成たちにはできるはずもない。

 あれよあれよという間に、再びパトロールに駆り出された大成たちだった。

 ちなみに、本来の警備員がいるのに大成たちがパトロールするのは、非常事態の現在では人手不足だからである。

 

「さて……どこから話そうかな。知っていると思うが――」

「ねぇ、何かあったの~?ここ数日、寝てた間にみんないなくなってたんだけど?」

「数日前からこの街にいるのに気づかない君もどうなんだかな」

 

 とりあえず、大成たちを部屋から追い出したウィザーモンは、今後についてドルモンと相談しようと思った。が、肝心のドルモンが事態を把握していないという事実に、ウィザーモンは頭を抱えるしかない。

 詳しいことはわからなくても、今が避難の必要があるほどの非常事態であるという情報は、街にいれば自然と入ってくる情報だ。だというのに、ドルモンはその情報を知らなかった。呆れを通り越して、天然記念物を見るかのような視線でドルモンを見てしまったウィザーモンは悪くないだろう。

 

「最近起こってる街の消失事件は知っているか?」

「ああ。知ってるよ?」

「それの犯人がわかった。が、事は思ったよりも大事でな」

 

 あまり頭の良くないドルモンにもわかりやすいように、簡潔に、それでいてわかりやすく今ある情報をウィザーモンは伝えていく。

 敵が、究極体のムゲンドラモンと完全体のキメラモンであること。キメラモンのその正体は人間であること。スレイヤードラモンが、大成たちを庇ってムゲンドラモンに負けたこと。今はピッコロモンのおかげで時間稼ぎが出来ているが、そのうちにこの街までやってくる可能性が高いこと。

 初めは興味半分で聞いていたドルモンだったが、事の重大さがわかってくるに連れて自然と真面目な顔になっていった。特に、スレイヤードラモンが負けたという部分は、ドルモンも大層驚いたくらいだ。ドルモンもスレイヤードラモンの強さはよく知っている。その強さを知っているが故に、足でまといがいたという部分を差し引いても、彼が負けたということを信じられなかったのだ。

 

「そんな……リュウが?」

「今彼は治療中だ。ああ、心配はいらない。この街の医者は優秀だ。もう傷は治っているだろう。まあ、しばらくは安静だろうがね」

 

 その言葉を聞いても、心配してしまうのは仕方ないことだろう。

 ドルモンにとって、スレイヤードラモンはライバルであり、同じ人物(・・・・)をパートナーに持つ仲間同士だ。とある理由で別れてからこの五年会うことができなかったとはいえ、五年前はそれなりの間、一緒に旅した仲である。

 まあ、“楽しく”や“仲良く”と言い切ることができない複雑な仲ではあるのだが。それでもかけがえのない存在の一人であることに違いはない。

 

「それで、だ。君にはこの街の守護に当たって欲しい」

「……え?」

 

 スレイヤードラモンが心配で仕方なかったドルモンも、ウィザーモンのその言葉でフリーズせざるを得なかった。

 ドルモンの聞き違いでなければ、ウィザーモンはドルモンに、この街を守ってほしいという旨のことを言ったはずである。究極体や完全体の襲来の可能性がある街を、成長期のドルモンに守れと。少しでもデジモンの成長段階に詳しいものならば――いや、そうでなくとも、あの全高数メートルはあろうかという怪獣にドルモンが挑むなど、誰がどう見ても無理だと言うだろう。

 

「いやいやいや、無理だって!」

 

 当然、フリーズから立ち直ったドルモンは無理だと言い、焦る。だが、ウィザーモンからすれば、そっちこそ何を言ってるんだという話だ。

 ウィザーモンは、五年前にドルモンが残した数々の武勇伝を知っている。だからこそ、危機的状態にあるこの街の未来を頼んだのだ。

 だが、ドルモンの方からすれば傍迷惑どころの話ではない。無理なものは無理なのだ。

 

旅人(・・)がいなくちゃ、究極体どころか完全体にすらなれないんだよ!?成長期で究極体と完全体の二体を相手取るって……無理だって!僕はあの天使の顔をした魔王の子供じゃないよ!」

「ふむ。ああ、それなら心配ない」

「え?それって――」

 

 心配ないと言い切ったウィザーモンのその態度に、ドルモンは疑問を覚え、どういう意味かと聞き返した。だが、ウィザーモンがドルモンの疑問に答えることはなかった。いや、正確には答えようとしたが、答えられなくなったというのが正しい。

 バンッ、と砕けたのではないかというほどの轟音をたてて、部屋の扉が開けられる。部屋の扉を開けたのは、ポーンチェスモンという白い成長期デジモンだ。よほど焦って来たらしく、ぜいぜいと息を荒げていた。

 

「ややややや、やつぅっえっ……げほっごほっ!」

「……どうしたのだね?落ち着きたまえ」

「ふーふー……ありがとうございます、ウィザーモン特別名誉教授……ってそうじゃないんですよ!奴らがっ!奴らがっ……遂に攻めて来たんですよ!もうそこまで迫ってます!」

 

 奴ら。攻めて来た。その言葉を聞いて事態がわからない愚鈍なものなどここにはいなかった。

 馬鹿な。早すぎる。この報告を聞いた誰もがそう思う。あれからまだ数日しか経ってないのだ。ピッコロモンの決死の妨害によって動けなくなった主犯の片割れは、まだ動けないはずである。だというのに、あまりにも早すぎる再びの襲撃だ。

 その事実に、この街の誰もが最悪の事態を想像した。そして、すぐにそうならないために行動を起こし始めている。ポーンチェスモンは、この事態を伝えるために行動した。当然、ポーンチェスモンの報告を聞いたウィザーモンたちも行動を始めようとして――。

 

「大変です!スレイヤードラモン様が!スレイヤードラモン様が病室から姿を消しました!」

 

 その時、先ほどとは違う黒いポーンチェスモンがとんでもない報告を持ってきた。事態はとんでもなく面倒くさい方向へと進んでいるようである。

 スレイヤードラモンの性格から彼の考えていることを予測し、呆れ、このまますべてを放り投げたい気分になりながらも、そうするわけにはいかないウィザーモンは、行動を続けた。

 そして――。

 

「それではドルモン。後は頼むぞ?」

「……はい?あっ!まっ――!」

 

 ドルモンの制止も聞かずに、ウィザーモンは先ほどから準備していた魔術を行使する。次の瞬間、ドルモンはこの部屋から消えていた。

 

 

 

 

 

 学術院の町が慌ただしい雰囲気に包まれていたその頃。学術院の街から遠く離れた場所を歩いている三人組がいた。そのうち二人は人間で、太陽のような少年とパッと見冴えない男である。最後の一人はデジモンで、グレイモンと呼ばれる成熟期のデジモンだ。

 ちなみに、数年来の友のように仲良く歩いている三人だが、実を言うと出会ったのはここ数日である。数日前に出会い、なし崩し的に同行することになり、なんだかんだで仲良くなったのだ。

 

「だからさ、戦えないなら近くに行くなって……」

「いやぁ……はは……ついついゲームの時の癖で」

「いや、笑って誤魔化してもダメだから。おまえってバカだろ。何回同じこと言わせるんだよ」

――鳥頭ダナ。イヤ、鳥ニ失礼カ……――

「そこまで言わなくてもいいだろ」

「なぁ、いつも思うけど……旅人は誰と話してるんだ?」

 

 そんな時だった。平穏なこの時間が終わりを迎えたのは。

 初めに気が付いたのは、少年に旅人と呼ばれた男だ。見たことのある(・・・・・・・)魔女のようなデジモンが空の上からこちらにやってくるのを発見し、嫌な予感を抱いた。

 一方で、グレイモンはともかく、少年はそのデジモンに気が付いていない。傍から見て急にテンションが下がった旅人を心配するのに手一杯になっている。

 だから、という訳ではないが――。

 

「やっ!久しぶりね?旅人」

「うわぁあああああ!空から!空から変なのがっ!」

「……こいつ殺っていい?」

「やめてやれよ」

 

 実に良いリアクションである。良いリアクションすぎて、空からやってきたデジモンが不機嫌になるほどだ。

 空からやってきたデジモンは、ウィッチモンと呼ばれる箒に乗った魔女のような成熟期のデジモンだ。ウィッチモンは旅人に用があって来たのである。

 旅人の知り合いらしいことがわかって、何とか落ち着く少年。夢見る少年にとって、空から降ってきたのが女の子ではなく、怖い顔の魔女だったという事実は、心にそれなりの傷を作った。

 

「ウィザーモンから緊急連絡があってね。至急学術院の街に行って……何してるのかしら?」

「いや、ちょっと腹が痛くて……」

「そ、気にする必要ないわね。行くわよ!」

「おまえこの五年でオレの扱い悪くなってないか!?」

「え?オラたちも行くのか!?」

「アンタたちはいいわよ。事が収まってから、私が送ってあげるから」

 

 自分の懐から取り出した石をウィッチモンはその手に持つ箒で叩き割る。直後、風が旅人だけ(・・)を包み、猛スピードで移動し始めた。行き先は当然、学術院の街だ。対象を捕縛(・・)し高速で移動させる、ウィッチモンの魔術である。

 風の中で、なんとなく厄介ごとに巻き込まれつつあることを察した旅人は、一人だけ売られていく子羊のような気分になったのだった。

 




いよいよ第二章ボス戦開始。さて、いろいろな奴らが事態解決に駆り出されてますが……。
はてさて、優希や主人公である大成は、トラウマ製造マシーンたちにどう向かい合い、立ち向かうのか。

それでは、次回もよろしくお願いします。

業務連絡。
携帯のメモ帳を漁っていたら、ワールドトラベラーの番外編として書くつもりだった
ドルモン IN fate/extraのプロットを発見しました。
読んでいたら書きたくなったので、春休みに入ってから短編みたいな形で書くかもしれません。
そんなもの書くくらいならこっちを週3投稿にしろと言われるかもしれませんが……。
まぁ、先のことはラスボス(期末テスト)を片付けてから考えようと思います。
ええ。春休みの話題が出た辺りで薄々と感づいた方もいらっしゃるかもしれませんが、期末テストシーズンです。一応、来週は通常通りに投稿予定ですが、再来週はテスト真っ只中なので投稿を一時停止させていただきます。
再開は二月の一週目くらいの予定です。来週の最終投稿の時にもう一度報告します。
この作品を楽しみにしてくださる方には申し訳ありませんが、ご了承ください。


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第二十二話~リベンジ!最強争奪戦!~

 そこは、一言で言えば戦場だった。多くのデジモンたちが傷つき、倒れ、光となって消えていく。そこにはただ、死があった。

 先ほど、己の街を守ろうとして、街を害そうとする二つの脅威にたくさんのデジモンたちが相対した。だが、現実は無情である。圧倒的なまでの力を誇るその二つの脅威に、デジモンたちはなすすべなく倒れていったのだ。現在残っているのは、運良く助かった数体のデジモンとそのデジモンたちを率いていたダルクモンと呼ばれる、成熟期の天使のような女性デジモンだけ。事実、残っているデジモンたちの数は、戦闘開始時の数と比べて三割ほどにまで減っていた。

 

「っく……」

「はぁっ……はぁっ……雑魚が抵抗しやがって……」

「ハイジョ」

 

 二つの脅威。それは数日前に大成たちを襲ったムゲンドラモンとキメラモンだ。今回は、零は初めからキメラモンの姿で現れている。だが、やはり怪我が治ってないのだろう。キメラモンの方の動きはどこか無理しているような動きだ。まあ、だからこそ、学術院の街のデジモンたちがここまで粘れたとも言えるのだが。

 だが、そろそろ限界だろう。そのことをこの軍勢を率いていたダルクモンはわかっていた。ここまで持ち堪えることができただけでも奇跡に近いのだ。これ以上の奇跡は望めないだろう。これ以上は無駄死にを増やすだけだ。

 だからこそ、ダルクモンはひとつの命令を下した。それは、戦略的撤退の命令。すなわち、逃げろという命令を。

 

「しかし……!ダルクモン先生!」

「いいからいけっ!殿は私が務める!」

「逃がすかっ!」

「逃がさせるさ!」

 

 一瞬戸惑って、だが、やはり命は惜しかったのか、それとも命令だからか。それぞれがそれぞれの想いで学術院の街へと逃げ帰る。

 一方で、ダルクモンはキメラモンめがけて突っ込んでいた。一見、無謀にも見えるその行為をしたのは、何もダルクモンが自暴自棄になったからではない。ダルクモンとて死にたくはない。だからこそ、無茶でも、一番生存確率が高い方法を選んだだけなのだ。

 

「っく……ちょこまかと……!」

 

 思い通りに運ばない事態に、キメラモンがイラついたような声を上げる。

 一方で、ダルクモンはここまでの戦闘で気づいていたことがあった。それは、キメラモンの戦闘経験はそう多くはないということだ。腐っても完全体。確かにスペックは高い。だが、戦闘技術が、戦闘運びが、拙すぎる。完全体に進化するまで何をやっていたのか、と疑問に思うレベルだ。

 まあ、それはキメラモンが零という人間であるためなのだが。

 ようするに、キメラモンはスペックだけ(・・)で戦っていて、その他が付随していないのである。それに加えての不調。だからこそ、ダルクモンにも付け入る隙はある。技術的に拙いキメラモンの傍に張り付くことで、一番の脅威であるムゲンドラモンの攻撃を牽制する。そして、ウィザーモンからの援軍を待つ。それが、ダルクモンの生き残る確率が一番高い方法だ。

 だが――。

 

「はっ……はっ……」

 

 不調で拙い技術しか持たないとはいえ、キメラモンは腐っても完全体。しかも、己を赤子の手を捻るかの如くあしらえるだろうムゲンドラモンが絶えず自分を狙っている。一瞬の判断ミスも許されないような、何本もの針の穴に糸を通し続けるような、極限の集中力を必要とされるそんな状況が、ダルクモンの体力を著しく消耗させていた。

 そんな極限的状況において、現状をいつまでも持たせることができるはずがない。数分後に、その時は訪れた。

 ダルクモンの判断にミスはなかった。ただ、消耗した体が、その判断を実行できなかっただけで。

 

「っ!今だ!」

「ターゲットロック」

 

 あ、と。自分のことであるはずなのに、ダルクモンはその瞬間をどこか他人事に感じていた。目の前に迫るムゲンドラモンの破壊の閃光。その光は、一瞬後にはダルクモンをこの世から消し飛ばすだろう。

 そんな光景と共に、ダルクモンは己の半生を回想していた。天使型デジモンたちの里で育ち、邪悪なデジモンたちと戦う日々。そんな戦いだけの殺伐とした日々に疲れて、学術院の街へとやって来た。癖はあるが、生徒と触れ合う日々は、ダルクモンにとって殺伐とした己の半生を癒すかのような日々だった。

 俗に言う走馬灯と呼ばれる現象だが、それをダルクモンは他人事のように見つめていた。ダルクモンの心にある思いはただ一つ。死にたくない、それだけである。

 戦いに生きていた自分だ。ろくな死に方ができないのもわかっている。だけど、まだあの街で暮らしていたかった。そんな未練を刹那の間際に思うが、当然のことながらそんなダルクモンがこの状況を打開できるはずもない。

 まあ、ダルクモンが(・・・・・・)、この状況を打開できないというだけなのだが。

 

「ふん……雑魚が。行くぞムゲンドラモン」

「……」

「……?どうした?ムゲンドラ――ッ!」

 

 すっかり終わった気分で先を急ごうとするキメラモン。だが、ムゲンドラモンはそんなキメラモンの命令にも従おうともせず、何かを警戒しているように動かない。

 そんなムゲンドラモンにキメラモンが疑問を抱いた直後、上空からとてつもなく長い剣がキメラモンを襲った――。

 

「なっ!」

 

 突然の事態にキメラモンは対応できない。剣であるはずなのに、伸縮自在という有り得ない特徴のソレは素早い動きでキメラモンを拘束する。その強度も然ることながら、伸縮自在であるが故に、キメラモンはその剣をうまく振りほどくことができなかった。

 その事態にムゲンドラモンが動き出すその刹那に、猛スピードで剣が縮み始める。上空から伸びていた剣が縮んでいくのだ。どうなるのかは言わずもがなである。キメラモンは上空へと引っ張り上げられることとなったのだ。

 そして、一度勢いづいたキメラモンは、拘束から解放されても、なすすべもなくあらぬ方向へと吹き飛ばされていくしかない。つまり、キメラモンはムゲンドラモンと分断されたのだ。

 キメラモンが最後に見たものは、ダルクモンを抱えて、遥か上空にいた白き竜騎士の姿だった。

 

「……!」

「おっと!行かせないぜ?この前はよくもやってくれたな。リベンジに来たぜ?」

「スレイヤードラモン様……?」

「動けるのなら、さっさと逃げろ。こっちは余裕ないんでね」

 

 助かったことに呆然としていたダルクモンだが、スレイヤードラモンとムゲンドラモンの戦いの中に入るには、自分では役不足ということはわかっているのだろう。即座に羽を広げて逃げていった。

 一方で、キメラモンを追おうとして足止めを食らったムゲンドラモンだが、逃げていくダルクモンを前にしても動かなかった。いや、動くことができなかったというべきだろう。いくら傷が治りきっていない相手だとは言え、その相手はあのスレイヤードラモン。無駄な動きなどできやしないということを理解しているのだ。

 

「さて。邪魔者もいなくなったしな。やるか」

「……!ターゲット――!」

「遅いっ!」

 

 スレイヤードラモンの動きに合わせて、攻撃を始めようとしたムゲンドラモン。だが、それを上回る速度でスレイヤードラモンは踏み込んでいた。実際、単純な移動スピードであればスレイヤードラモンに軍杯が上がる。そのために、攻撃を仕掛けることもできずにムゲンドラモンは連撃を食らうこととなった。

 一方で、タダではやられぬとばかりに、ムゲンドラモンも腕などに取り付けられた近接装備で応対する。が、やはり近接戦闘でもスレイヤードラモンの方が上手だった。

 

「っち。やっぱ最強のデジモンって肩書きは伊達じゃないなぁ!まっ!俺の方が強いけど……なっ!」

「……!ダメージ……セントウゾッコウカノウ……!」

「おらぁっ!」

 

 スレイヤードラモンの攻撃を何度もその身に受けながらも、未だ倒れないのは、ムゲンドラモンのその防御力故である。

 ムゲンドラモンは、この世界最強のデジモンと呼ばれることもあるほどのデジモンだ。だが、それもあくまで噂。その存在が最後に確認されてから久しいため、今まで噂の域を出なかった。

 所詮噂は噂。最強なんて抽象的なものがあるはずもない。それこそ、五年前に自分が戦ったような者たちレベルならば、そう言われるのも頷けるだろうが……と半信半疑だったスレイヤードラモンだったが、戦っていくうちに、そう呼ばれるのも頷ける、とムゲンドラモンの強さを実感していた。

 圧倒的な攻撃力と防御力。戦場や戦況を選ばない武装の数々。桁違いの処理能力を誇る頭脳。ムゲンドラモンは、それらすべてを併せ持っていて、それらすべてが高水準のものである。最も強い。だから、最強。なるほどシンプルだ。確かに、ムゲンドラモンは最強の名を冠するとして、噂になるのも頷けるデジモンではある。

 実際、五年前に自分と戦った者たちほどではないが、スレイヤードラモンよりもムゲンドラモンの方が総合的なスペックは高いだろう。スレイヤードラモンが勝っている部分など、近接戦闘技術とスピードくらいしかない。だが、だからといって自分が負けるとは、スレイヤードラモンは思わなかった。

 相手が最強だからといって、負けるつもりでこの場にいるのではない、と。結局、スレイヤードラモンは――。

 

「さて!その分不相応な称号(最強)を返上させてやるよっ!」

「……!ツイカ、ダメージ。セントウゾッコウ!フルパワー……ファイア!」

「食らうかっ!」

 

 ただの挑戦心からくる、プライドを賭けたリベンジがしたいだけなのである。

 そして、そんなスレイヤードラモンを見て、近接戦闘では勝ち目がないと判断したムゲンドラモンが、防御力頼みの無茶を承知で大振りな攻撃を行う。右腕と左腕の同時攻撃だ。それぞれが、並みのデジモンならば大ダメージ必至の攻撃である。

 だが、所詮は大振りの攻撃だ。早い段階でそれを予知したスレイヤードラモンは、背後に回り込み、その無防備な背中に攻撃を仕掛けた。

 なるほど、相手の攻撃に対するカウンター。良い手ではある。だが、ただ一つスレイヤードラモンに計算ミスがあったとすれば、それは数々の武装を持つムゲンドラモンに死角など存在しなかったということだろう。

 

「なっ……!」

「ターゲットロック!ファイア!」

「っち!」

 

 ムゲンドラモンの背後に回り込んだスレイヤードラモンが見た光景。それは、ムゲンドラモンの背中の銃口から覗く、暗闇だった。ムゲンドラモンの身体の中でもとりわけて目を引く二つの砲身、その間にある銃。戦闘が始まってからまったく使われなかったそれを、スレイヤードラモンは見落としていたのだ。

 銃口から放たれる弾丸。それを自慢のスピードで躱すスレイヤードラモンだったが、ムゲンドラモンのさらなる追撃が来ている。スレイヤードラモンはその追撃も余裕で躱すことができる。が、すべてはムゲンドラモンの作戦だった。

 スレイヤードラモンは以前の傷が完全に治っておらず、万全ではない。それゆえに、一撃でもくらってしまえば、戦闘を続行することは難しいだろう。だからこそ、すべての攻撃を躱さなければならない。

 そのことを見越した上で、ムゲンドラモンは作戦を立てたのだ。自分の攻撃をすべて躱させ、本命の攻撃のための距離と時間を稼ぐという作戦を。

 そして、スレイヤードラモンは、まんまとその作戦に乗せられてしまった。気づいた時にはもう遅い。ムゲンドラモンから引き離された一瞬の間に、それぞれが必殺クラスの威力の込められた攻撃が絶え間なく放たれて、自分の下へと向かってきている。

 スレイヤードラモンのスピードをもってしても、この状況で再びムゲンドラモンに接近するのは困難を極めていた。

 

「くそっ!ゆだ――」

「ターゲットロック。フルチャージ!フルファイア!」

「――ん、ってあぶねぇ!」

 

 すべてを消滅させる威力を誇る閃光と敵を追い回すミサイルが幾重にも飛び交い、敵を圧殺する左腕が伸びる(・・・)。閃光の威力は言わずもがな、ミサイルは核兵器にも匹敵する威力を持ち、さらに左腕はスレイヤードラモンの剣と同じように延々と伸びる。

 そのどれもが自分めがけて飛んでくるのだ。しかも、閃光以外の攻撃はすべて追尾式である。時には同士討ちさせ、時には剣で切り払い、時には逃げる。そんな感じで、スレイヤードラモンは、個人相手に使うには明らかに過剰とも思える飽和攻撃に対応していたのだが、やはり苦い顔をせざるを得なかった。

 鈍ったな、とスレイヤードラモンは一人自分を戒める。思えば、スレイヤードラモンにとって一番のチャンスは最初に接近できた時だったのだ。だというのに、そのチャンスを逃してしまった。チャンスは二度は来ない。万全ではないスレイヤードラモンが、再びチャンスを掴もうとするのならば、それ相応の無茶が必要となるだろう。

 覚悟は決めた。あとは、行動するだけだ。一瞬後、迫り来る左腕をくぐり抜けて、スレイヤードラモンはムゲンドラモンめがけて突っ込んだ。

 

「っち!しょうがねぇか!」

「……!タイショウセッキン。オールアームズ!ファイア!」

「させるかっ!」

 

 当然、近接戦闘ではスレイヤードラモンに敵わないムゲンドラモンが、その接近を許す訳が無い。持ちうるすべての兵装を使って、妨害する。

 だが、スレイヤードラモンとてこの次へと見送るつもりはない。チャンスは一度。それを逃し、尚もチャンスを自らの手で掴もうとするのならば、次があるなどという消極的な考えではダメなのだ。

 閃光を避け、上空から来る左腕を剣で切り払う。スレイヤードラモンがその二つを躱した所で、やって来たミサイル。それを見て、スレイヤードラモンはニヤリと笑った。

 

「これだぁあああああ!」

 

 勢いそのままに、スレイヤードラモンはミサイルを蹴り返す(・・・・)。ミサイルを蹴り返されたという事実は驚くべきものだったが、それだけでムゲンドラモンが止まるはずもない。蹴り返されたミサイルに、追撃用のミサイルを当てることで、誘爆させて無効化する。

 とはいえ、直撃していないというだけで、その威力はほとんどムゲンドラモンに襲ってきている。だが、いくら核兵器クラスの威力を持つミサイルとはいえ、それでムゲンドラモンが倒されるということなど有り得ない。ムゲンドラモンはそんな柔なデジモンではない。

 

「……!セッキンカクニ――」

「俺の勝ちだな。これで終わりだァっ!壱の型――!」

 

 スレイヤードラモンの目的は、ムゲンドラモンに再び接近すること。そして、ミサイルの爆発に紛れて、その目的は見事に達成された。

 煙に紛れて姿は確認できない。だが、ムゲンドラモンの優れたセンサーはそこに敵がいることを察知していた。すぐに攻撃態勢に移る。敵の確認から攻撃態勢に移るまで、実に一秒もかかっていない。素晴らしいまでの処理速度だ。

 だが、この場においてムゲンドラモンの敵であるのは、速度において最強(ムゲンドラモン)を遥かに超えているスレイヤードラモンである。

 

「――天竜斬破ァ!」

 

 直後、回転によって加速された剣がムゲンドラモンの脳天に直撃する。“壱の型・天竜斬破”。スレイヤードラモンの持つ剣、フラガラッハから繰り出される究極剣法“竜斬剣”の技の一つである。

 加速に加速を重ねた剣が、ムゲンドラモンを両断する。真っ二つに切り裂かれたムゲンドラモンは、最後の抵抗とばかりにその腕を振るうが、その手はあらぬ方向を薙ぎ払っていた。

 

「これで、お前の最強も返上だな」

「……ダ……メー……ジ……セン……トウ……ゾッコウ……フカ……」

「……イテテ、ちょっと無理し過ぎたな。それに鈍ってる。やっぱ鍛え直さないと」

 

 一瞬後、ムゲンドラモンが光となって消えていく。その光景を、スレイヤードラモンは疲れた体を引きずって眺めていた。繰り返すが、スレイヤードラモンは傷が治りきっていない。そんな時に無理をしたのだ。座り込むほどではないが、やはりそれ相応にキツかったのである。

 だが、キツイからといって帰ることはできない。なぜなら――。

 

「あ、しまった。キメラモンのこと忘れて……ん?」

 

 敵はまだいるのだから。

 キメラモンのことをすっかり忘れていたスレイヤードラモンは、そちらにも行かなければならないことを思い出して、歩き出す。が、誰かに呼ばれたような気がして振り返った。

 だが、そこは先ほどまでムゲンドラモンがいた場所で、そこにあったのはあるはずのないもので。そう、そこにあったのは卵。ムゲンドラモンのデジタマだった――。

 




というわけで、第二章ラスボス戦その1.ムゲンドラモンVSスレイヤードラモンでした。
その1とその2はどちらが先に来ても良かったのですが……話の展開上こちらが先の方がわかりやすいだろう、ということでこちらが先になりました。

次回は時を少しさかのぼって今回吹っ飛んでいったキメラモンとの戦いです。
キメラモン戦といえば欠かせないアレが登場します。

それでは、また次回もよろしくお願いします。


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第二十三話~理屈を押し込み“奇跡”を起こす~

 時は少し遡って、大成と優希は自分たちのパートナーと共に学術院の街の外へと出てきていた。

 

「はっ……はっ……なんで?」

「いや、なんでも何も……」

 

 疑問を口に出しておいてなんだが、その実、大成もどうしてこうなったのかはわかっている。ただ単に口から出ただけなのだ。言い換えれば、つい口から言葉が飛び出してしまうくらい、現状に自棄となっているということでもあるのだが。

 ちなみに、大成たちの身に起こったことは単純である。パトロールの際に泥棒を発見。さっきの今でまたか。とそう思った大成たちだが、仕事は仕事だ。捕まえようとするのだが――まあ、当然のことながら、その泥棒は逃げた。

 

「ぜーはー……で、こうなったん……ぜーはー……だよな。はぁ」

「結局逃げられたしね」

 

 その泥棒を追い回して学術院の街の外まで出てきてしまったのである。

 もっとも、メンバーは先の戦闘で筋肉痛になっていたレオルモン、運動不足気味な大成、元々移動スピードが速くないワームモン、と逆の意味で錚々たるメンツだった。

 つまり、どうあがいても捕まえられる道理などなかったのだ。

 

「はっ……はー……ようやく息が整ってきた……。インドア派の俺にはキツイって」

 

 現在、大成たちは地面にへたり込んで、疲れ果てた体を休めている。

 学術院の街の入り口から現在の場所まで直線距離で十キロはある。つまり、大成たちは十キロ以上もの距離を、泥棒を追い回して駆けていたことになるのだ。

 最後の方など、ほぼランナーズハイのみで変なテンションとなって走っていた。その光景は、追いかけられていた泥棒が恐怖を抱いたほどである。

 ちなみに、唯一優希だけがその距離を涼しい顔で走破していた。その涼しい顔に殺意を抱いた大成だった。

 

「だらしないわね。もっと体力つけなさいよ」

「普通の人間はあの距離を涼しい顔で走らねぇよ!」

「……」

「セバス?どうしたの?」

 

 喚く大成を放っておいて、先ほどから黙っているレオルモンを見た優希は、疑問の声を上げる。レオルモンが黙っているのは筋肉痛によるものだと思っていたのだが、そうではないということに気が付いたのだ。

 レオルモンはジッと空を見上げていた。その方向に何があるのかと、大成たちもつられて空を見上げて――。

 

「あれ?なんか飛んできてね?」

「飛んできてるっていうか……落ちてきているわね」

「こっちに来る!?ままま、まずいよぅ!」

 

 上空から飛んできている物体に気が付いた。

 まっすぐこちらに飛んでくるその物体に、嫌な予感を覚えた大成たち。そして、一秒後にその嫌な予感は現実となった。

 轟音を立ててその物体は地面に着弾し、辺りに土煙が舞う。視界を奪われた大成たちだが、すぐに視界は晴れることとなった。突如として発生した暴風が、大成たちごと土煙を吹き飛ばしたのだ。

 

「なっ!ぐっ……」

「ぐへっ……」

 

 全部は一瞬の出来事だ。何が起きているのかも理解できず、大成たちは地面に叩き付けられる。そんな中で、大成は咄嗟に受け身をとることができていた。

 “ありがとう!今度からはまじめに受ける!”とその受け身を習った柔道の授業に、生れて初めて感謝した大成である。

 体は痛くてたまらないが、動けないほどではない。ここで動かなければ、危ない。そのことを大成たち全員が理解したのだろう。疲労した体や叩き付けられた痛みを強引に無視して、立ち上がる。

 

「なっ!なんだアイツは!優希!?」

「いや、知らないわよ!」

 

 そこにいたのは、神話から飛び出してきたような合成獣だった。未だ大成たちには気づいていないようで、ここではないどこかを睨んでいる。

 一方で、大成たちはその合成獣の存在に動揺していた。所々の体のパーツには見覚えがあるものの、それらすべてを併せ持つそのデジモンのことは、大成も優希も知らなかった。だからこそ、ここまで動揺しているのだ。

 

「きっ……キメラモン!」

「知ってるのか!?って――」

 

 驚愕したような、恐れを含んだワームモンの叫び。それは、きっと思わず口から出てしまったのだろう。そんなワームモンを誰も責めることはできない。だが、それでも。その叫びが辺りに響き渡ってしまったという事実に変わりはない。

 直後、“ギロリ”、とそんな擬音語が聞こえそうなほど鋭い眼力が、大成たちを貫いた。

 それとほぼ同時に、大成たちの真上にキメラモンの真紅の腕が振り下ろされる。狙いが狂ったのか、直撃こそしなかったが、それでも発生した衝撃波はかなりのものだ。結果、大成たちはその衝撃波によって再び吹き飛ばされることになった。

 いきなりの攻撃に大成たちは反応すらできない。だが、キメラモンの本当の攻撃はここからだったのだ。

 

「なっ!」

「ちょっ!」

「お嬢様っ!」

「セバスっ!」

 

 その光景を見た時、それぞれの言葉がそれぞれの口から飛び出して、全員が一目散に逃げ始めた。

 だが、それも当然だろう。キメラモンには腕が四本ある。大成たちが見た光景は、その四本のそれぞれの腕が、今すぐにでも殴りかかろうとしていたと光景だったのだから。

 脇目も振らずに逃げ出した大成たちだったが、一方のキメラモンは大成たちを逃す気はない。しかも、大成たちとキメラモンでは体の大きさが違う。多少、大成たちが距離を離しても、その程度の距離などキメラモンにとっては、手を伸ばせば届く範囲でしかないのだ。つまり、大成たちが逃げ切ることは難しいということである。

 

「なんでこうなるんだよ!」

「言ってる場合じゃないわよ!」

「逃がすと思ってるのか!」

 

 キメラモンに遭遇した自分たちの不運を呪う大成たちだったが、彼らが本当に呪うべきは私情を優先したこの場にいない白い竜騎士だろう。

 だが、不幸があれば、幸運もまたあるということで。確かに、キメラモンと出会ったことは大成たちにとって不幸だったが、逆に大成たちにとっての幸運もあるにはあったのだ。

 まあ、キメラモンと出会っている時点で、幸運もヘッタクレもないのかもしれないのだが――それはともかくとして。この後に及んで二つ(・・)も幸運に恵まれた大成たちは、運が良いというべきだろう。

 その幸運の一つはキメラモンが本調子ではないこと。もし仮にキメラモンが万全の体調であったのならば、大成たちは今頃この世にいないだろう。回りまわって、大成たちはまたピッコロモンに助けられた形となっていたのだ。

 そして、もう一つの幸運は――。

 

「ウィザーモンめぇええ!」

 

 今この場に、大成たちの目の前に、現れた。

 場違いな叫びを上げながら、光と共に現れたのは獣竜。そう、先ほどウィザーモンによってこの場に飛ばされたドルモンである。そんなドルモンだが、ウィザーモンに飛ばされる前に掴んだのだろう。その手にはくすんだ黄金の物体を抱えていた。

 そして、その突然の乱入者に、あのキメラモンですら警戒して動かなかった。確かに、ドルモンは成長期のデジモンで、表面だけ見れば、完全体のキメラモンからすれば恐れるに足りない存在であることには違いない。だが、キメラモンは知っているのだ。目の前の小さな存在が、かつて世界を救った(・・・・・・)立役者の一人であることを。

 だからこそ、そのたかが成長期のデジモンを、キメラモンは警戒しているのである。

 

「……は、ハロー?」

「……」

「ち、沈黙が辛いっ!」

 

 一方で、ドルモンからすればいきなりこの場に送られたのだ。混乱の極致にあった。殺気を滾らせて自分を睨んでくるキメラモンが敵だということはドルモンにもわかる。だが、自己分析したドルモンは、自分がキメラモンに勝てるなどと楽観的なことは思えなかった。

 ドルモンは進化をするためには、彼の相棒の特殊な力が必要だ。一応自分自身でも進化できるとはいえ、それはある理由からやりたくないと思っている。よって、ドルモンは成長期のままで戦わなければならない。

 そして、肝心の相手であるキメラモンは、確かに不調だ。そこをうまく付けば、ドルモンのままでも戦えるだろう。だが、だからといって倒せる訳ではないというのが、世知辛いところではある。ようするに、火力不足なのだ。キメラモンを倒しきるほどの火力を成長期のドルモンは用意できないのである。

 ならば、この場でドルモンのすることなど決まっていた。

 

「逃げるっ!」

「えぇっ!?」

「ちょ、ドル!?」

 

 ドルモンがすること。それは戦略的撤退。つまり、逃げ出すことだ。その判断の潔さたるや、キメラモンが一瞬動きを止めてしまったほどである。ドルモン的には、このまま逃げ切りたかったのだろう。だが、世の中そう上手くはいかないものだ。

 脇芽もふらずに逃げ出したドルモンだったが、数メートル進んだ時点でその足を止めることとなってしまった。なぜなら、この場にいたのはキメラモンとドルモンだけではなかったのだから。

 

「優希ちゃんたち!?え?え~!」

 

 一人だったら躊躇わずに逃げ出したドルモンだが、さすがに大成たちを置き去りにしてまで逃げようとは思わなかった。大成たちがいなかったら脇芽もふらずに逃げ出せたのに、とドルモンは自分の不運を呪う。が、呪ったところで事態は何にも変化しない。

 ドルモンが逃げないということをわかったのだろう。焦った様子も見せずに、キメラモンはその四本の腕でドルモンを攻撃する。成長期のドルモンからすれば一撃食らえばアウトだ。ドルモンはその四本の腕を、時には転がり、時には駆け上り、時にはジャンプし、と必死になって避けて行った。

 まあ、成長期の身で完全体の攻撃を躱し続けるということ自体、凄いことではあるのだが。幸か不幸か、ドルモンは四本腕の相手と戦ったことがあった。その経験が今、生かされているのだ。

 あと、キメラモンがドルモンに夢中になっていることによって、大成たちに興味を無くしたということも大きいだろう。さすがのドルモンも、大成たちを庇いながらではキツかったはずだ。

 

「チャンス!今のうちに逃げようぜ!街に戻って応援を連れてくるんだ!」

 

 その光景を見た大成は、そう提案する。先のムゲンドラモンほどではないが、キメラモンもまた、疲労状態の自分たちでは手に負えない相手だと感じとったのだ。だからこその提案。スレイヤードラモンの足でまといになったという前科と今が疲労状態であるということを考えれば、それが当然の行動のはずだ。

 だが、そう言った大成を含めて、この場の誰もがその場を動こうとしなかった。

 その場を動かない。その選択は、この状況下で最も愚かな選択の一つだ。だというのに、誰も動かなかった。

 つまり、理屈ではないのだ。ここで逃げ出すということは、ドルモンを見捨てるということと同義である。そして、そんな非情な選択ができるほど、割り切った行動ができるほど、大成たちは大人ではなかった。そういうことなのだ。

 

「……イモ、行けるよな?」

「ぼ、くは……」

「セバスは……無理よね」

「すみませぬ」

 

 ドルモンが逃げ出すことを止めたのは、自分たちが原因であることくらい大成たちもわかっている。以前から知り合いの優希はともかく、まだ出会って数時間の仲ではある大成たちのことも、ドルモンは命がかかった場面で気にかけてくれたのだ。大成たちは、そんなドルモンの気遣いが嬉しくもあり、そして同時に、何もできない自分たちが腹立たしくもあった。

 先ほど、ドルモンが持っていたくすんだ黄金の物体。それが足元に転がっていた。おそらく、戦闘の邪魔になるためにドルモンが放り投げたのだろう。それを拾った優希の頬に、自然と涙が流れた。

 一方で、そろそろ戦闘も佳境に入っている。ドルモンの動きをキメラモンが捉え始めたのだ。まあ、そういうよりは、ドルモンが疲れたというのが妥当であろうが。

 

「奇跡が起これば……」

 

 全員がそう願っている。だが、そんな都合がいいことが起こることなどあるわけがない。

 そんな時だった。大成とワームモンが一歩を踏み出したのは。同時に歩き出した訳だが、もちろん打合せしたわけではない。ただ単に、その一歩が重なった。それだけだ。

 それは偶然か、それとも別の何かだったのか。本人たちもわからないことではあったが――確かに、その一歩は踏み出されたのだ。

 そして、そんな大成たちを、優希たちは驚いたかのような顔で見つめている。優希たちの思いは明らかだ。足でまといになるとわかっていて、それでも尚、あの中に混ざるのか、と。

 一方で、大成は、いつかやったゲームの主人公が言っていたセリフを思い出していた。

 

「奇跡は待っていれば起こるってもんじゃない。奇跡は、自分たちで起こすもんだ……か。所詮キャラのセリフだけど……こういうの見てるとつくづくそう思うな」

「僕なら行ける僕なら行ける僕なら行ける」

「……イモは大丈夫じゃなさそうだけど。奇跡がないなら、作るだけだってね」

「……本気で言ってる?」

「まさか。それっぽいことを言っただけに決まってんだろ。本気で思っちゃいない。でも、この場で何かしなきゃいけないってことだけはわかる」

 

 ブツブツと自己暗示をかけているワームモンに苦笑しながら、大成は友情のデジメンタルを持っていた。

 実を言うと、大成に考えがないわけでもないのだ。

 大成はデジメンタルのことをデジモンの強化アイテムだと思っている。そして、優希にはデジモンを強制進化させる力がある。さすがに筋肉痛で動けないレオルモンは無理だが、ワームモンを優希の力で進化させ、さらにデジメンタルの力で強化すれば、あるいは――と大成はそう考えたのだ。

 

「どうだ優希?行けるか?」

「本気?うまくいくかどうか……」

「どのみち、何もしないよりはマシだろ?無理だったら、今度こそ逃げればいい。ドルも一緒にな。ドリモグモンなら足止めくらいできるだろ」

「……。本当、アンタのその図太さ見習いたいわ」

 

 くすんだ黄金の物体を大成に預けた優希は、見えた希望を前にして、早々に諦めかけた自分に自嘲の笑みを浮かべた。そして、今はそんなことを思っている場合じゃない、とすぐに精神を集中させる。

 直後、優希の首にかかっているネックレスが光を発した。優希の力が発動する前兆だ。

 その光はどんどん大きくなって――。

 

「っ!なんで!?」

 

 消えた。何の効果も示さずに。

 今までこんなことなどなかった。レオルモンではないからダメなのか。ワームモンだからダメなのか。それとも一日一回の制限でもあるのか。自分の力について、よく知らない優希は、呆然と焦るしかない。

 滅茶苦茶な提案だったが、大成のその提案に、優希はドルモンを救えるかもしれないという一種の希望を抱いていたのだ。それができないかもしれないとあれば、焦りもするだろう。

 

「なんで!どうして!お願い!お願――!」

 

 何度もネックレスは光る。が、それだけだ。ワームモンが進化する気配はない。

 もうダメなのか、と優希が諦めかけたその時だった。ぼんやりと、だが確かに。優希は、何かが、強制進化の力を使った時の自分のネックレスと同じ光を発しているような気がしたのだ。

 焦りをそのままに、優希はその光を探す。その光を感じるのは優希だけらしかった。大成たちは突然の優希の奇行に目を白黒させている。

 そして、優希はそれを見つける。大成が持っているそれを。先ほど自分が手渡したそれを。

 

「それ……」

「これがどうかしたのか?」

「ちょっと貸して!」

「うわっ!」

「これ……もしかしたら……」

 

 大成からひったくるようにそれを奪い取った優希は、目を閉じて集中する。感じるのは僅か。だが、確かに先ほどまでにはなかった何かを感じる。

 馬鹿げたことではあるが、今はそんな馬鹿げたことにも縋りつきたいのだ。焦りに焦った自分の妄想にしか過ぎないようなことかもしれないが、優希はそのことを大成たちに告げた。

 馬鹿なことを、と普通はそう返されるだろう。優希も心の片隅でそう思っていた。だが、優希の思いに反して、その言葉を否定する者はこの場に誰一人としていなかった。

 

「お嬢様が真面目な顔でおっしゃられているのです。どうして馬鹿にできましょうか」

「それに、ゲームでよくある磨けばわかるレアアイテムってやつかもしれないだろ!?他に提案もないし、やってみようぜ?」

「でも……どうやって……」

「優希の力がうまくいかないのは、それを磨いてるからだと考えて……もっと頑張ってみれば?」

 

 気軽に言った大成。そんな簡単なものかと優希は思うのだが、それでも他に案はない。何をどうすればいいのか、わからない優希だが、今までのやり方と同じように、されどそれ以上の力が出るようにイメージする。

 直後、まるで力を吸い取られるかのように、優希を脱力感が襲う。それを前にして、倒れそうになった優希だったが、気合で立ち続けた。そして、優希のネックレスの光は、先ほどよりもずっと強かった。だが、同じくらいくすんだ黄金の物体も強く光り輝いていた。

 これならいけるかもしれない。そう思う優希だが、脱力感はどんどん強くなっていく。もはや、優希には自分が立っているのかさえわからなくなっていた。

 

「おお!これならもしかして――」

「優希さん!?」

 

 いけるかもしれないと、希望の声を上げて喜んだ大成は、ワームモンの悲鳴によって現実に引き戻された。優希が倒れたのだ。そして、優希が倒れた直後から、くすんだ黄金の光も弱くなっていっている。

 このままではすべてが無駄になってしまうかもしれない。ドルモンを助けられないかもしれない。そんな思いが、全員の胸に去来していた。

 そんな全員の思いを裏付けるように、くすんだ黄金の物体の光はどんどん弱くなっていく。

 

「……!」

「優希?」

「い、や……!」

 

 微かな声に大成たちが目を向けると、朦朧としているだろう意識の中で、優希は必死に手を伸ばし続けていた。あと少しなんだ、と。ドルモンを助けるんだ、と。それだけの執念で、優希は手を伸ばしていたのだ。

 それを見て、大成たちは意識を改めた。何を他人事としているんだ、と。自分たちの思いはそんなものか、と。

 くすんだ黄金の物体に手が触れる。が、それは優希の手だけではなかった。大成の、ワームモンの、レオルモンの、それぞれの手が、優希の手とその物体を包み込んでいたのだ。

 何をどうすればいいのかはわからない。けど、目の前でぶっ倒れている優希だけに任せていいわけはない。そう思って、大成たちは手を出したのだ。

 一方で、優希はその包み込まれた自分の手に、どこか安心したようだった。先ほどまでの必死な顔とは違って、どこか安らかな顔をしている。

 その時、全員の心は一つになっていた。意識が朦朧としている優希でさえ、大成たちと同じ気持ちだったのだ。

 

「っ!これは――!」

 

 直後、一際大きい光が辺りを照らす。だが、目が潰されてしまいそうなほどの光量だというのに、不思議と大成たちは眩しくなかった。

 そんな奇跡の光を放っていたのは、大成たちの手の中にある物体だった。だが、先程までとは違って、くすんだ色が混ざっていない。正しく黄金の輝きを持っている物体だった。

 そして、この後。大成たちは目撃することになる。

 運命と並んで伝説に語られる、その奇跡を。

 はるか古代において“奇跡のデジメンタル”と呼ばれた、その物体の力を。

 大成たちは“奇跡”を、見ることとなったのだ。

 




本当はこの話で戦闘終了まで行きたかったのですが、さすがに無理でした。
次回は、キメラモンフルボッコ(戦闘)回と第二章エピローグです。まぁ、エピローグは次々回に回すことになるかもしれませんが。

そして業務連絡です。
先週も言いましたが、来週はテスト週間真っ只中ですので、一時投稿を停止させていただきます。
再開は2月に入ってからを予定しています。私事で申し訳ありませんが、どうかご了承ください。
それでは、次回もよろしくお願いします。


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第二十四話~共闘!奇跡の昆虫と獰猛なる獣竜!~

はい、というわけで、テストもレポートも無事に終了しました。
まあ、結果が出るのが休み明けというのがいやらしいですが……。
とにもかくにも、投稿を再開しますので、よろしくお願いします。


 学術院の街からほど近い場所にて行われている戦闘。だが、その戦闘は蹂躙と呼べるほどのものではないものの、それでも一方的なものだった。

 片や、思い通りにいかない事態に腹立ちながらも、目の前の小さな者を倒そうと必死になる合成獣(キメラモン)。片や逃げるわけにも行かずに、圧倒的な戦力差の中耐えるしかない獣竜(ドルモン)

 その力の差は明らかというのに、どちらが有利か明らかだというのに、戦闘は未だもって続いていた。

 

「いい加減にっ!死っ……ねっ!」

「いやっ……ほっ……ちょ!無理~!」

「馬鹿にするなっ!」

 

 キメラモンの攻撃を掻い潜って、牽制にドルモンは攻撃する。ドルモンの口から放たれるのは、鉄球。“ダッシュメタル”と呼ばれるドルモンの得意技だ。

 だが、放たれた鉄球はキメラモンに直撃するものの、キメラモンは気にした様子がない。完全体と成長期というどうしようもない差があることは明白だが、こうも通じないと泣きたくなるドルモンだった。そんなドルモンがキメラモンに確実なダメージを与えたいのならば、目や口といった急所を狙わなければならないだろう。だが、それも現状は難しい。

 いよいよ八方塞がりになりつつあるドルモンだった。

 

「くそっ!舐めるなっ!」

「うわぁ!危なっ!タンマ~!」

「……!っち!」

 

 そんな時、キメラモンの四本の腕から放たれたのは、四本の熱線。それらは混ざり合って、巨大なひとつの熱線となる。それは、受けたものをバラバラに四散させる死の熱線。それは、キメラモンの必殺技である“ヒート・バイパー”。

 変わらない現状に苛立った故にキメラモンはそれを放ったのだが、結果はさらに苛立つ結果となってしまった。必殺の技であるそれすらもドルモンは避けることができたのだ。キメラモンからすればこれで決めるつもりだったために、躱されたというこの事実は腹立たしいことこの上なかった。

 一方で、ドルモンからすればラッキーだったと言えるだろう。ドルモンは、キメラモンの攻撃の精度がかなり甘いことを気づいていたのだ。それはキメラモンの焦り故か、不調故か、それとも経験不足故か。ドルモンにはわからないことではあったが、とにかく少ない労力で避けることができたというのは僥倖の一言である。

 

「死ぬかと思った~!」

「なら死ねっ!」

「わっ!」

 

 とはいえ、ドルモンの方も限界が近い。以前の傷が治りきっていないということを考慮しても、完全体のキメラモンと成長期のドルモンでは体力面においても差がありすぎるのだ。そして、それを示すかのように、ドルモンの回避に危ない場面が幾つか出てきている。

 そんな時だった。この場に、今までなかった光が乱入してきたのは。世界を照らすような、眩い光。そんな光を前に、キメラモンもドルモンも動きを止めていた。二人共、意識していなかった方向から突然発せられた光に驚いていたのだ。

 そして、そんな硬直状態から一刻も早く脱したのはキメラモンの方だった。なんだかよくわからないが、その光は自分にとって不味いものであると直感的に悟ったのだろう。ドルモンに背を向けるという愚行をしてまで、その光の方へ――大成たちのいる方向へと駆け出した。

 見れば、大成たちはその光を発している物体をワームモンに与えている最中で、キメラモンが近づいてきていることに気づいていない。不味い。そう思ったドルモンが駆け出すより早く――。

 

「ウィッチモンめぇえええええええ!」

「ぐはっ!」

 

 どこかデジャヴを感じる叫び声と共に上空から高速で落下してきた何かが、キメラモンに直撃した。

 言葉にすればそれだけ。だが、たったそれだけのことで、ドルモンはなんとなく察していた。その予想していた通りのことが起こったのならば、ドルモンとしてはむしろ喜ばしいことのはずだ。だが、その時のドルモンの表情は、喜んでいるような、呆れているような、懐かしんでいるような、複雑な表情だった。それでいて恥ずかしさもあるのだろう。両手で顔を覆っている。

 そして――。

 

「イテテ……アイツ、今度会ったら覚えとけよ」

「……旅人……相変わらず過ぎだよ……」

 

 残念ながらというか、やはりというか。確信を抱きながらも、その微妙に外れて欲しかったドルモンの予想は結局外れることはなかった。ドルモンとしてはこの事態は思わぬ幸運ではあるのだが、このような間抜けな感じでの再会(・・)はさすがに居た堪れなかった。

 そう、予想外の衝撃を受けて昏倒しているキメラモンの上に立っていたのは、ドルモンとスレイヤードラモンのパートナーにして、二人が最も再会を望んでいた人物――旅人だった。

 あの後、旅人はウィッチモンの魔術によって、この場に飛ばされてきたのである。

 ちなみに、行き先が学術院の街からこの場へと変更されているのは、ウィザーモンからウィッチモンへと緊急連絡があったからである。まあ、いきなり飛ばされた旅人には関係のないことではあるのだが。

 

「おお!ドル!久しぶりだな!」

「……久しぶり~。こんな時じゃなくちゃ、ゆっくり話したいけどね」

「そういえば、緊急とかなんとか……何かあったのか?」

「足元見たら~?」

 

 念願の再会だというのに、どこか呆れたような自分の相棒に疑問を抱いた旅人は、ドルモンに言われるままに下を見る。そこにあったのは、自分をギロリと睨むキメラモンの顔。思わず頬を引き攣らせてしまった旅人である。

 そして、その直後。いきなりキメラモンが立ち上がった。当然、旅人は振り落とされる羽目となる。だが、振り落とされながらも、旅人は空中で体勢を整えて着地した。まあ、キメラモンとしては無様に地面に叩きつけられる旅人の姿を望んでいたので、腹立たしいことこの上なかったのだが。

 

「何かアイツ怒ってね?」

「足蹴にされたんだから、そりゃ怒るでしょ。それよりも!旅人行くよ!ドルゴラモンでけちょんけちょんだ!」

 

 旅人が来たことによって、ドルモンは進化することが可能になった。この場から逃げてもよかったが、今までやられっぱなしだった分を返したいという思いもあったのだろう。多少の疲れを無視しても、やる気になっている。

 だが、そんなドルモンとは対照的に、旅人の返答は素っ気ないものだった。

 

「あ、それ無理」

「え?」

「だって、ドルゴラモンに進化するためには白紙のカードがいるだろ?忘れたのかよ?」

「……!あぁ~!そうだった~!」

 

 ドルゴラモンとは、ドルモンの進化形態のひとつのことであり、究極体である。ドルモンは旅人の持つカードによって進化できる――のだが、ドルモンが究極体にまで進化するには、白紙のカードという特別なカードがいる。そして、五年前の一件以降、その白紙のカードは失われている。

 つまり、ドルモンは究極体に進化することができなくなっているということだ。まあ、進化する手段が全くないという訳でもないのだが、それらはすべて効率が悪いので、方法がないも同然なのである。

 

「そんな~……」

「仕方ないだろ。さすがに」

「……お前ら……俺を馬鹿にしてるのか!」

「怒りっぽいな、アイツ」

 

 無視に無視を重ねられたキメラモンは怒鳴る。現状、この場で強者なのはキメラモンだ。だというのに、旅人たちは余裕そのものといった対応をしている。そんな旅人たちの反応も、うまく運ばれていない事にも。とにかくすべての現状が癪なのだろう。その怒鳴り声には、キメラモンの余裕のなさがはっきりと現れていた。

 一方で、旅人が来たことによってドルモンも余裕を取り戻したし、旅人に至っては初めから焦ってすらいない。まあ、それはキメラモンがたいして強そうな相手に旅人には見えなかったからなのだが――旅人は五年前の一件でさまざまな強者達と出会っていて、旅人自身の中での強者の基準がおかしいことになっている。ぶっちゃけると比較対象がおかしいことになっているである。

 

「くそっ!当たれッ!」

「ほっ……はっ……」

「よっと……!ほいさっと……旅人~」

「なんだー?」

「いつまでこれ続けるの?」

「さぁなー」

 

 もはや気軽な運動気分である。こうも余裕そのものといった対応をしていると、必死になって攻撃を当てようとしているキメラモンの方が哀れになるレベルだ。

 ちなみに、そんなキメラモンの頭の中からすっかりと抜け落ちていた。自分が、旅人が来る前に何をしようとしていたのかを。

 直後、再びの光が辺りを照らす。二回目なので、さすがのキメラモンも動きを止めるようなことはしていない。が、次の瞬間にキメラモンの動きが止まった。いや、止まったのではない。止められたのだ。その、黄金の闘士(・・・・・)に。

 

「なっ……にっ……!」

「ぐぐぐ……!」

 

 この場に新たに参戦したその乱入者。全身が黄金色に輝くメタルボディー。どこか神聖なる気配を漂わせた六本腕の昆虫型のデジモン。アーマー体という特殊な成長段階のデジモンでありながら、時に完全体以上の力を発揮することもある。それが、コンゴウモンと呼ばれるデジモンだった。

 突然の乱入者にキメラモンは吃驚しているが、一方で旅人たちは何があったのかすべて把握していた。というより、キメラモンの方が周りが見えてないだけである。

 起きた事実は単純だ。先ほど誕生した黄金に輝く奇跡のデジメンタルによってワームモンがコンゴウモンへとアーマー進化した。それだけである。

 

「っく!この……!」

「イモー!やっちまえー!」

「ぉぉお!破壊をもたらす者よ!これ以上好き勝手はさせない!」

「いやぁ、あのピカピカしてる奴……カッコつけてるけど……」

「旅人!茶々入れない!」

 

 その実、コンゴウモンの体は傍から見てもわかるくらい震えていた。かっこいいのは後光っぽいその輝きと口調だけである。が、その力は本物である。それはキメラモンの拳を正面から受け止めていることからも明らかだ。

 キメラモンの身長は、どう見積もってもコンゴウモンの数倍はある。それほどの体格差であるのに、さらに自身の身長ほどもある拳を真正面から受け止めたのだ。そのパワフルさがよくわかる。

 

「っく!次から次へと……!」

「ぬおぉおおおお!」

 

 キメラモンの四本腕から放たれる連続殴打を、コンゴウモンは六本の腕から繰り出される強烈な連射張り手で応じる。その連射張り手こそが、コンゴウモンの必殺技である“鉄砲”だ。

 一方で、自分の数分の一ほどの大きさしか持たない小さな者に、先ほどからいいように扱われているキメラモンは我慢の限界だった。今すぐにでもこの戦闘を終わらせたいのだろう。バックステップでコンゴウモンから離れ、その四本の腕に力を貯め続ける。最大火力で“ヒート・バイパー”を放つためだ。

 だが、キメラモンにその準備をする時間があるということは、コンゴウモンにもそれに応じるための時間があるということで。

 

「死ね!」

「ふん!」

 

 簡潔なまでの一言と共に四本の腕から放たれた、キメラモンの死の熱線。だが、キメラモンの全力を込めたその攻撃がコンゴウモンに届くことはなかった。

 有り得ないその事態にキメラモンは目を見開いた。先ほどのドルモンに躱された時とは違う。コンゴウモンは躱す素振りさえ見せていないのに、熱線が外れたのだ。そんなことなど、奇跡でも起きない限り有り得ない。その事態に唖然とするキメラモンの前で、いつの間にかコンゴウモンの六本の手にあった“ヴァジュラ”という武器が輝いていた。

 

「っく!この!死ね!死ね!死ねぇえええええ!」

「はっはっ……ぐぅ!?」

 

 最大火力を叩き込めなかったのだ。また正体不明の技で躱されるかもしれない。その思いが、キメラモンに再び同じ技を使わせるのを躊躇わせていた。結局、そんなキメラモンに残された選択肢など、一択である。ひたすら殴る。それだけだ。

 まあ、頭に血が上っていて、勢いのままに攻撃しているということもあるのだが。

 そして、そこには技も何もない。まるで癇癪を起こした子供のように、力の限りその四つの拳をキメラモンはひたすらに叩きつけるだけだった。

 対して、それを己が全霊を持って捌くコンゴウモン。

 だが――。

 

「あれ?旅人~……まずくない~?」

「……だなぁ」

 

 外から見ている旅人とドルモンには、コンゴウモンがだんだんと弱っていく様がはっきりと見えていた。

 いや、弱っていくというよりは、その力が衰えているというべきか。先ほどよりも勢いがない。戦闘時間に制限があるのか、それともあの進化に使ったアイテムに不備でもあったのか。

 旅人たちにはその理由も何もわからなかったが、このままではコンゴウモンが負けるだろうということはなんとなく予測がついていた。であれば、旅人たちのやることは一つである。

 

「行くぞ、ドル」

「よっしゃ!久しぶりにね!」

「set『進化』!」

「ドルモン!進化――!」

 

 旅人の持つ“進化”のカード。その名の通り、デジモンを進化させるカードだ。そのカードを旅人が使った瞬間、ドルモンに変化が訪れる。

 全体的な印象はそのままに、より雄々しく、翼が生えた姿へと。竜の知性と獣の獰猛性を併せ持つデジモン。それがドルガモンと呼ばれる、重量級の成熟期のデジモンだった。

 そして、進化が完了した瞬間にドルガモンは旅人と共に走り出す。

 

「おぉおおおおおお!」

「ドル!しっかりとな!set『加速』!」

「もちろん!」

 

 アイコンタクトだけで意思疎通したドルガモンと旅人は、二手に別れる。“加速”のカードで自身のスピードを上げた旅人がドルガモンに先行する形でダッシュしたのだ。

 ドルガモンより先んじてキメラモンの下へと辿りついた旅人は、そのままジャンプしてコンゴウモンとの攻防に夢中になっているキメラモンを殴った。

 威力はたいしたことがない。と言い切ることができないレベルであったが、一撃で倒されるほどの威力でもない。キメラモンの受けた打撃は、そんな程度のレベルである。

 だが、コンゴウモンに夢中になっていたキメラモンは一瞬何があったか理解できていなかった。一瞬の間を置いて、誰が自分を殴ったのかを理解したキメラモンは、己を殴った旅人を睨みつける。が、そんなものは隙でしかない。事実、旅人の攻撃は次へとつなげるための牽制でしかなかったのだから。

 

「ナイスだよ!旅人!」

「これで終わりだ。破壊をもたらす者!」

「なっ!くそぉおおおおおお!」

 

 旅人に気を取られたキメラモン。

 そんなキメラモンを、コンゴウモンの六本の手から繰り出された強烈な張り手とドルガモンの口から放たれた巨大な鉄球が襲った――。

 元々キメラモンは傷が治りきっていなかった。二体のデジモンの必殺技の直撃を受けて、それでも尚、戦闘を続行できるほどの体力を持ち合わせれていなかったのである。仮に体が動いたのならば、また襲いかかってくるだろう。それを示すかのように、轟音を立てて倒れ伏したキメラモンは、尚も旅人たちを睨んでいた。だが、現実にはキメラモンはもはや動くことすらできない。

 

「疲れた~!やっぱり久しぶりだと疲れるね~」

「ドルは最後の一撃しかやってないだろ」

「僕はその前に戦ってたんです~!」

 

 そんなキメラモンの前で、旅人とドルモン(・・・・)は話していた。そう、旅人のカードで進化した場合は、優希の強制進化で進化した場合と同じく、戦闘終了後に成長期まで戻ってしまうのである。

 一方で、コンゴウモンから戻ったワームモンは顔を青くしていた。

 

「どうしたんだよ?イモ」

「これ……」

「あぁああああああ!」

 

 ワームモンに言われたものを見て、突然奇声を上げた大成。

 突然の事態に、旅人とドルモンは何事かと大成を見た。そこには、奇声を上げながら気持ち悪い顔をしていた大成がいた。同じように、ワームモンもその体以上に顔を青くしている。軽いホラー的光景である。

 そこまでいってようやく、大成とは以前会ったことがあると気づいた旅人。知らない仲でもないので、どうしたのかと話しかけると――。

 

「壊れちまったー!もったいねぇー!」

「は?壊れた?……あぁ」

 

 そこには、粉々になった奇跡のデジメンタルが転がっていた。

 




というわけで、旅人参戦回。そしてキメラモンフルボッコ回。
まあ、旅人たち前作タッグの面を押し出しすぎて、コンゴウモンの活躍が少し薄かったかもしれませんが……。
ちなみに、この戦闘の間、優希は気絶中。レオルモンは優希の付き添い。大成は影からの応援です。
さて、次回は、第二章エピローグ。

それでは、また次回もよろしくお願いします。


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第二十五話~過去の遺産がもたらす未来は~

 旅人の参戦と奇跡のデジメンタルの力によってキメラモンを倒した大成たち。

 壊れてしまった奇跡のデジメンタルについては、元の持ち主と察することができるウィザーモンに謝るということで、全員一致した。

 

「まあ、街の脅威を取り除いたんだから、許してくれるだろ」

「そそそ、そんなぁー……だだだ大丈夫だよね!?」

「ドル、あれってそんなに貴重なものなのか?」

「さぁ。研究室に放っておいたやつだから、そんなんでもないんじゃない?」

 

 呑気に構える大成と不安で震えているワームモン。そんな二人を見てあれこれと推論する旅人たち。当然だが、あの奇跡のデジメンタルはかなり貴重なものである。

 

「……っていうか、どちら様?」

「あれ?一度会ってるんだけど……」

「……悪い。覚えてない」

「まぁ、一瞬だったしな。オレは旅人。んで、こっちが――」

「僕は自己紹介したよ」

「ってことは、ドルの相棒か!あれ?旅人……あぁ!優希との恋人疑惑のある妙な人!」

「妙っ――……はは、そうか。妙、か……」

 

 妙な人という部分に自分のことを思い返して、言い返せない旅人は落ち込む。オレって人から見たら、そんな風に見えるのか、と。

 ちなみに、先ほど言った大成の言葉だと、優希の恋人になるくらい妙な人という意味と、妙な人であり優希の恋人疑惑もあるという二つの意味があるのだが、どちらの意味で言ったのかは大成のみ知ることである。

 落ち込み座り込む旅人を慰めようと、ドルモンは言葉を発した――。

 

「旅人~。ほらほら、落ち込んでな……あれ?」

「どうか……って!おぉ!?なんだっ!」

「ぇえええええええええ!」

「どうせオレは……え?どうかしたのか?」

 

 のだが、残念ながらその慰めは途中で終わってしまった。

 不自然に言葉を途切れさせたドルモンを疑問に思った大成たち。そんな大成たちがドルモンの方に目を向けると、ドルモンはあるものを見て驚愕に目を見開いていた。まあ、そのことに疑問を深めた大成たちも、ドルモンの見ているものを見ると同じく驚愕の声を上げることとなったのだが。

 大成たちの視線の先にあったのは、キメラモン――ではなかった。いや、キメラモンであることには違いない。だが、その姿が光と共に人間へと変化していったのだ。デジモンが人間になる。話に聞いていたドルモンでさえ、実際に見るとその異様さに驚くしかなかった。

 

「あぁああああ!くそっくそっくそっ!ゴミ共の分際で……!」

「……」

 

 誰もが唖然とする中で、大成はその人物に見覚えがあることに気づいた。

 数日前、この世界に来て初めて訪れた街にて出会った人物。その雰囲気と言葉の悪さ故に、良いイメージを抱くことができなかった人物。そう、零だった。

 自分たちを殺そうとしてきたキメラモンが実は人間で、さらに言えば顔見知りだったことに、大成は唖然とするしかない。先ほどから驚きのバーゲンセール状態だった。

 なんで、と零に尋ねようとした大成。だが、その疑問が口から出ることはなかった。出会った時の会話を思い出して、尋ねるまでもないことに気がついたのだ。

 

「……はっ……はっ……」

「零……お前……」

「ん?大成くんはこいつと顔見知りだったのか?」

「呼び捨てでいいけど……いや、顔見知りっつーか……初対面じゃないってレベル?」

 

 大成の口から零という名前が飛び出したことで驚く全員。だが、大成からすれば、顔見知りというには交流がなく、されど初対面でもないというレベルでしかなかった。

 一方で、零は大成や旅人を親の仇を見るかのような目で睨みつけている。そこには、よくも邪魔してくれやがって、という意思がありありと感じられた。

 目は口ほどにものを言う。その言葉の意味を初めて実感した大成だった。

 

「生きてる価値すらないゴミに組する愚か者共が……!何故邪魔をする!」

「何故って……」

「関係ないだろう!貴様ら人間と!このゴミ共と!なぜ命を賭してまで邪魔をする!なぜ、ゴミ共も!貴様らも!俺の邪魔をする!」

 

 その零の言葉には、思い通りにいかない現実に対する反感が込められているで。この零の行為には、心の中に溜まった愚痴を吐き出しているようで。それでいて、ガキの癇癪のような拙い叫びだった。

 一方で、旅人たちは揃いも揃って、何を当然なことを、と呆れていた。自分たちの命がかかっているのに、自分たちの居場所がかかっているのに、邪魔も何もないだろう、と。巻き込まれた旅人やドルモンでさえ、そう思っているのだ。それくらい、それは“当然”のことだった。

 だというのに、その“当然”のことさえも零はわかってはいない。

 呆れてものも言えない旅人たちだったが、そんな面々とは打って変わって、その零の疑問に答えたのは大成だった。

 

「そんなもん……好きだからに決まってんだろうが!」

「……」

「あれ?違った?」

 

 珍しく、ゲームのキャラなどのセリフではない、大成の本心から出た言葉であった。が、それを聞いた零を含めたこの場の全員が、唖然として大成を見ていた。その固まった空気に、思わず言うことを間違えたか、と焦った大成である。

 数秒後。その空気を打ち崩したのは、誰とも知れずに始まった笑い声だった。

 

「くくく……あははっ!さらっと言い切るところ、なんだか旅人に似てるね~……あ、でも旅人は意外とグズグズ悩むし……そういう意味じゃ大成の方が図太いよね?」

「ドルお前久しぶりに会ったのにキツくね!?」

「久しぶりに会ったからだよ~」

「……これが子供の成長ってやつか。親の気持ちがわかるな」

「僕は旅人の相棒でしょ!?そっちこそひどいよ~!」

 

 などと、外野は好き勝手言っている。

 ――が、当然だが、肝心の零の方は、そんな和やかな雰囲気一つで誤魔化されるような感じではない。突如として広まった和やかな雰囲気を前にして、余計にイライラしているようである。

 

「ごほん!とにかく、だ。まぁ、そういうことだろ。零くんとやら。誰もがその大好きな……それこそ譲れないものがあるから、それを侵そうとする者に抗うんだ。案外、そんなもので、生き物は動くもんだよ」

「ふざけるな!そんな理由で納得できると思っているのか!」

「えぇ……」

 

 どうやら、零は何が何でも認めたくないらしい。体は動かないはずであるのに、随分と元気なものである。まあ、体が動かないからこそ、と言えるのかもしれないのだが。零の敗北は、彼自身の目指すデジモンへの復讐の失敗を意味する。敗北を認められないから、失敗を認められないから、多少の無茶をしても喚くのだ。

 大成や旅人の言葉を聞き入れようとしないのも、それと同様の理由からなのだろう。零にとって、デジモンとはそのまま復讐の対象であり、ただの駆逐されるべきゴミでなければならない。だからこそ、そんなゴミが、自分と――いや、自分たち人間と同じような、生きている(・・・・・)者であるということは認められない。否、認めてはいけない(・・・・・・・・)のである。

 

「どうしよっか?」

「ふん縛って、ウィザーモンに引き渡せばいいんじゃね?」

「え?それでいいの~?」

「あいつらがオレたち任せにしたんだ。それくらいは向こうに任せてもいいだろ」

「嫌がらせか!なあ、ドルの相棒って……」

「……ノーコメントで」

 

 ともあれ、旅人の意見に大成も賛成である。

 いくら相手が、非道な行いをしてきただろう零であっても、んじゃ死刑ね、とは大成は言えない。目の前で起こる人殺しを肯定するような、そんな擦れた考えを大成はしていないのだ。まあ、学術院の街に引き渡して、その後の零がどうなるかを考えていない辺り、考えが浅いというべきなのだが。

 ちなみに、旅人とドルモンはその辺のことを自業自得と思っているし、先ほどから空気になっているワームモンは大成と同じくその辺のことを考えていなかったりする。

 そして、そんな時だった。ようやくと言うか、なんと言うべきか。遅れながらも、スレイヤードラモンがこの場に到着したのは。

 

「おーい!大丈夫かー?って、旅人とドル!?」

「おお、リュウか!久しぶりだな!って、何持ってるんだ」

「卵。っていうか、なんでいるんだよ」

「いたら悪いかよ。こっちは問答無用で連れてこられたんだよ」

「久しぶり~!僕もだね~問答無用でね~」

「相変わらず巻き込まれてんのな」

 

 来るならもっと早く来てくれよ。そんな大成とワームモンの視線を無視して、スレイヤードラモンは旅人たちと再会の挨拶をしている。

 一方で、スレイヤードラモンが持っているどこか機械のような雰囲気を発している巨大な卵が、何の卵か――さらに言えば、誰の成れの果てかわかったのだろう。零は忌々しげな表情を、卵とスレイヤードラモンの両方へと向けていた。

 ちなみに、機械のような、とは言うが、そのような雰囲気を漂わせているというだけで、実際は普通の卵である。

 

「って!リュウと旅人たちって知り合いだったのか!?」

「お?旅人、自己紹介はしたんだよな?」

「したけど、自分のことだけだぞ」

「俺のパートナーについて前に話したことあっただろ。旅人がそのパートナーだ」

 

 スレイヤードラモンのその言葉に、“へぇ……そうなのかー……”とボンヤリと思った大成だったが、そこであることに思い至った。

 先ほどまで大成は、旅人のことをドルモンの相棒として認識していた。――のだが、ここに来てスレイヤードラモンのパートナーという事実が浮上した。それはつまり、旅人はパートナーデジモンを二体も持っているということで。

 

「ずるっ!」

「え?何が?」

「だって、俺のパートナーデジモンはこんな芋虫なのに!かっこよくて、しかも強いっていう最高のデジモンが二体もパートナーデジモンなんだろっ!」

「お、おぉ……まぁ、そうだな」

「ずるいだろ?とにかくずるいだろっ!」

「いや、はは……」

 

 妙なテンションで旅人に詰め寄る大成。思わずというか、心の中に溜まりに溜まったものが飛び出したのだろう。そんな大成に、旅人は引き気味である。頬の引き攣った愛想笑いが張り付いて剥がれなくなっていた。

 そして、さらりと姿について馬鹿にされたワームモンは、何気に今日一番のダメージを受けて落ち込んでいた。ドルモンやスレイヤードラモンが慰めてはいるが、あまり効果はなさそうである。

 最後に、そんな賑やかな空気を発し始めたこの面々を、動けない体ながらも忌々しげに睨む零。

 状況はただひたすらに混沌としていた。そして、そんな状況を加速させるように――。

 

「スレイヤードラモン様ー!無事ですか!?」

「ん?あぁ、無事だぞ!」

 

 ダルクモンとウィザーモン率いる第二陣の警備部隊がこの場に到着した。まあ、キメラモンもムゲンドラモンも、両者とも倒されているので、もうやることはないのだが。

 その後、牢に入れられることになったらしい零は、現着した警備部隊のメンバーに縛られて、連行されていく。

 また、スレイヤードラモンと未だ気絶したまま起きない優希は、警備部隊のメンバーによって学術院の街の医療施設へと運ばれていった。忘れているかもしれないが、スレイヤードラモンは病室から抜け出してきた身である。大丈夫だと喚く本人の言葉も虚しく、強制的に連行されていった。まあ、口だけで大人しく連行されていった時点で、己の状態をよくわかっているのだろうが。

 ちなみにレオルモンは、優希に付き添って一足先に学術院へと戻っていった。

 

「全部終わってから来るとか……」

「そう言うな。こちらとしても、全部終わったから(・・・・・・)来たのだ。僕の本分は戦闘ではなくて、研究だ。そこら辺わかっているだろう?」

 

 そんなことをしゃあしゃあと言うウィザーモン。わかってはいるが、文句の一つも言いたくなるものである。特にドルモンと旅人は。

 一方で、この面々の中で一番ウィザーモンに話さなければならないことがあるのは、大成とワームモンである。

 

「ウィザーモン……あの、これ……」

「いやな。本当は優希の力で成熟期に進化させたワームモンに、友情のデジメンタルを使うって話だったんだぜ?」

「む?デジメンタルは擬似進化のための道具だ。よほどの例外を除いて成長期にしか使えないが?」

「マジで!?……これがあって本当に良かった……」

「これ?……!奇跡のデジメンタル。そうか、無いと思ったらドルモンが掴んでいったのか。何?これが使えたのか?……ほう?」

 

 その時、ウィザーモンの目が光った――ように大成とワームモンには見えた。そんな大成たちが視線をずらすと旅人とドルモンが、アイツやっちゃったな、とでも言いたそうな顔で合唱していた。

 この後、ウィザーモンの好奇心と探究心が満足するまで大成たちは拘束され、解放される頃にはやつれ果てた姿を見せることとなったのだが、それはほんの余談である。

 さらにこの数日後、もう一度完全な奇跡のデジメンタルを作るために、ウィザーモンの頼みで、優希はその力を酷使する羽目になるのだが、それはさらに余談である。

 

 

 

 

 

 大成たちが戦闘を終えて、学術院の街へと戻った頃。草原を歩いていたのは、かつての大成誘拐事件の際に優希を襲った貴英だった。何かを探しているのだろう。その手に持った通信機で誰かと話しながら、彼方此方に視線を飛ばしている。

 

「おい、本当なんだろうな?」

――ああ。空間の歪みと位相のズレ。すぐに収まったが……何らかの要因があるに違いないと見るがね。何かあったかね?――

「特には何も。大方、機器の故障というオチだろう。帰っていいか?」

――それはもう少し待って欲しいんだが――

 

 貴英のいる組織は、組織ぐるみでこのデジモンたちの世界について研究している。

 まあ、その組織は、有志によって作られたということもあり、構成する人数自体とても少ないのだが。はっきり言って、組織と言うよりも、チームと言った方がいいくらいの人数だったりする。だが、その構成メンバーの誰もが優れていて、少数精鋭というものに相応しいメンバー構成であることには間違いない。

 とにかく、その組織がこの世界に起きた異変を感知した。故に、肉体労働係である貴英がこうして調べに来たのだ。

 

「とはいえ、本当に何もないぞ。私も無駄なことに時間を使っている暇はない」

――そういえば……先ほど連絡があったが、失敗作がアンノウンと進化の巫女によって撃破されたという話だ――

「というか、結局……アンノウンもこの世界に来たのか。うまくいかないものだな。……それよりも、今それを言う必要性があるのか?」

――密かに進化の巫女の守り手にリベンジ精神を燃やしている友への心ばかりの報告だったのだが?――

「帰るぞ」

 

 先ほどから邪魔しかしない上司からの通信に、先行きの見えない調査。貴英は今すぐにでも帰りたかった。いくら組織内で肉体労働係である貴英とて、やることはいくらでもある。それらを後回しにしてまで、こちらに来ているのだ。くだらない用件なら帰りたいと思うのは、当然の反応だろう。

 一方で、通信先の上司はそんな貴英の心情を見切っているようだった。楽しそうな声が聞こえる。

 

「やれやれ。失敗作とは無縁じゃないだろう。その敗北に思うところはないのか?」

――……――

「……失言だったな」

 

 仕返ししたいという気持ちが心の片隅にでもあったのだろう。自分の口からその言葉が出た瞬間に、しまった、と貴英は舌打ちした。貴英は、通信先の上司と失敗作の関わりについて知っている。だからこそ、貴英は特大の地雷を踏み抜いてしまったことをすぐに悟り、そして軽率な自分を恥じた。

 そして、会話が途切れたそんな時だった。貴英がそれを見つけたのは。

 

「これは……?」

――……何かあったのかね?――

「ああ。だが、なんだこれは?」

 

 貴英が見つけたのは不思議な物体だった。貴英は知らないことではあるが、それはあのデジメンタルにも似ている。だが、デジメンタルとは違って黒い六角形の台座が付いており、本体部分も卵というよりは、デジモンそのものを象ったかのような形をしていた。

 だが、重要なのはそれが一つではなく、複数見つかったということである。

 

――とりあえず、危険はなさそうなのだろう?――

「我々の常識で、この世界の物を図るべきではないと思うが?」

――……ふむ。持って帰ってきてくれ。全部だ――

「……了解」

 

 釈然としなかったが、そんな明らかに何かありそうな不思議な物体を持って、貴英は組織へと戻るのだった――。

 




というわけで、次回から第三章に入ります。

もちろん、感想、評価、など随時お待ちしております。
それではまた次回からもよろしくお願いします。


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第三章~過去の遺産がもたらす未来は~
第二十六話~大成の憧れ?日向勇!~


 零たちの襲撃から数日後。

 現在の大成たちは、旅人やスレイヤードラモンの零たち討伐の手伝いをした人間――と、微妙に事実が捻じ曲がっているような、その通りのような、そんな微妙な立場に置かれていて、未だ学術院の街に留まっていた。

 まあ、立場については本人たちがあまり気にしてはいないようなのであるが、その本人たちにとってこの街に留まるという選択肢は、まさに渡りに船。降って湧いた幸運だった。ウィザーモンから斡旋される多少の仕事はしなければならないものの、この街にいれば衣住食が保証されるからである。大成たちにこれを断る理由はなかった。

 ちなみに、その仕事内容は、パトロールのようなものから、研究の手伝い、荷物運び、果ては子守まで多岐に渡っている。

 

「……」

「ぐでーっとして……何やってんのよ」

「特に何も」

 

 そんな大成たちだが、現在は学術院の街の中にあるそれなりに大きな一軒家に住んでいる。その建物は木造だが、丁寧な作りの洋館で、人間の世界にもありそうな建築様式だ。構造的には、複数の小部屋と共用のトイレなどがある、小規模の民宿のような感じである。

 そんな家のリビングにて、大成は特に何をするわけでもなくグダグダとしていた。ここ数日の大成はいつもこうである。仕事がないときは、もっぱらこの家の自分の部屋か、それか共用スペースであるリビングでボーッとする日々だ。

 

「暇だ」

「外に出てくればいいじゃない」

「えー……面倒くさい。あぁ……ゲームしてぇ……」

「これで仕事してなかったら、ただのダメ人間ね」

「いいじゃん。ダメ人間でも。タダ飯食らいサイコー!」

「すでに思考がダメ人間だったか……!」

 

 見かねた優希がいつも口を出すが、その結果もいつも通り。たった数日で、いつも通りという言葉で説明がつくほどである。傍から見ているレオルモンやワームモンからすれば、何回同じこと繰り返すんだという話だ。

 もっとも、その人生の余暇のほとんどをゲームに費やしてきた大成だ。このゲームの無い世界で、自分の趣味として出来ることがわからないのだろう。まあ、その結果が、このダメ人間の雰囲気なのであるが。優希の言う通り、これで時々あるこの街の仕事を手伝ってなかったら、本当にダメ人間の仲間入りである。まだ中学生だというのに。

 

「私とセバスはこれからウィザーモンの所へ行くけど、あんまりグダグダしちゃダメよ?わかった?」

「はいはーい」

「……はぁ」

「絶対無理ですな」

 

 ともあれ、あの始まりの街を出てからの、この世界に降り立ってからの、初めての平和で平穏な時間が過ぎていることには変わりなかった。

 だが、平穏な時間が永遠と続くなどということはありえない。そんな時間もいつかは終わる。そして、その時はすぐにそこまで迫っていたのだ。

 それは、優希が出て行ってすぐのことだった。この家にノックの音が響き渡ったのだ。

 この家に住んでいる面々は、ノックなどしない。ということは、客だ。リビングでグダグダしていた大成だったが、ノックという来客の知らせが聞こえてきたことに眉をひそめた。この家に来る客など、この数日の間にはいなかったのだ。だからこそ、大成は眉をひそめて疑問を抱いた――のではなく、実は来客を迎えるのが面倒で眉をひそめただけだったりする。

 

「はいはーい、今開けますよーっと!」

 

 ともあれ、来客は来客だ。大成はドアを開けて、扉の向こうにいるであろう者を迎え入れることにした。

 まあ、ノックの音が聞こえてから、大成がドアを開けるまでの所要時間は実に五分以上経っていたりするのだが。それだけの間、客を待たせておいて、随分とまぁ呑気なものである。

 そして、ドアの向こう側にいたのは――旅人だった。ドルモンとスレイヤードラモンは一緒に居らず、代わりに大成の知らない少年を連れていた。

 

「あれ?優希は?」

「優希ならウィザーモンの所へ行ったぜ?」

「あぁ、そういや、この前の……奇跡のデジメンタルだっけ?そのことを知ってから、ウィザーモン目がキラキラしてたもんなぁ……」

 

 あの奇跡のデジメンタルはウィザーモン曰く、劣悪品だった。本来ならばあれでアーマー進化することはできなかったはずなのだ。だというのに、ワームモンは奇跡のデジメンタルを使ってコンゴウモンへとアーマー進化できた。

 ということは、あの劣悪品を不完全ながらも奇跡のデジメンタルへと変えた何かがある。ウィザーモンは、その何かが優希にあると考え、研究しているのだ。つまり、優希はその研究の実験対象としてウィザーモンの下へと行っているのである。

 よほど酷使されているのか、ワームモンとレオルモンが心配になるくらい、毎日ヘトヘトになりながらも帰宅してくる優希である。ちなみに、大成は心配していない。

 

「あれはどっちかって言うとキラキラってよりも、ギラギラだと思うけど……」

「……そうか、優希はウィザーモンの所にいるのか」

「……?いちゃまずいのか?」

「いやな。今、ウィザーモンの所にウィッチモンが来てるんだよ」

「ウィッチモン?あぁ、魔女みたいなデジモンか!あのギチギチした口元がいいよなぁー!」

「た、大成さん……旅人さんたちが引いてるよぅ……」

 

 なにを思い浮かべているのか、気持ちの悪い顔で物思いにふける大成。そんな大成に全力で引いた旅人たちだった。

 そして、ワームモンに言われて正気と表情を取り戻すことができた大成。最近はデジモンならなんでも良いというような雰囲気が漂い始めているようだ。

 それはさすがに不味いんじゃない?――とレオルモンと優希とワームモンの三人で、“どうにかしたほうがいいのでは会議”が夜中密かに行われてたりするのだが、それはほんの余談である。

 ちなみに、その会議は今まで何度か行われたのだが、結論は全く出ていない。それも全力で余談だ。

 

「んで、なんでウィッチモンがいると?」

「あ、ああ。優希のやつ、前ウィッチモンにトラウマを植えつけられたというか……いじめられたというか……まぁ、そんなことがあって。多分、苦手にしてる」

「へぇー……優希にもそういうのあったんだな」

 

 ちなみにその頃、優希はウィッチモンと久しぶりの再会を果たし、全力で頬を引き攣らせていたりする。

 

「旅人ー……?あのー……オラはいつまで空気になっていればいいんでしょうかー……」

 

 そんな時だった。情けないような、空気を読んだような、恐る恐るといった風な声がこの場に上がったのは。

 先ほどドアを開けた時にも気になった、大成が知らない人。今まで自己紹介もなく、しかもひたすら旅人と世間話をしていたために、大成はその存在を半ば忘れていた。

 そして、それは連れて来た側の旅人も同様だったりする。

 

「あぁ、忘れてたな」

――それこそ、忘れちゃダメニャ!――

「うるさい。最近ずっと出てこなかったくせして、いきなり喋るな!」

「……?えっと……旅人、どうかしたのか?」

「え?あっ……なんでもない……くそっ」

――ククク……哀れだなァ……!――

 

 ポツリと呟いた旅人。その話すことのできない憤りは、残念ながら誰にも伝わらなかった。

 ある事件から旅人の中にいる人格とでも言うべきものは、結構な頻度で話しかけてくることもあれば、全く話しかけてこないこともある。そして、その声は旅人にしか聞こえない。これらが曲者なのだ。

 ようするに、旅人自身も忘れるのである。自分の中にいるという、姿が見えないことも関係しているのだろう。フッと思い出したように話しかけてくるので、つい旅人も結構な声量で返してしまう。そして、その結果、聞こえない他者からすれば変人扱いされる。この変人扱いが地味に旅人の精神を削ってくるのだ。さまざまな国で救急車を呼ばれたり、その地に伝わる呪術師に割と真面目に祓われたり、と。

 せめてこの声が他の人にも聞こえれば……、とそう思う旅人であるが、それでも変人扱いは変わらなかったりすることに、旅人は気づいていなかった。

 

「さて話を戻して……」

「なんか誤魔化さなかったか?」

「戻して!コイツが、この世界で最近出会った――」

「よう!オラは日向勇!よろしく!」

「なんか爽やかオーラ……しかもイケメン……!あ、布津大成です」

 

 ようやく、というべきか。

 爽やかオーラを振りまきながら、元気よく自己紹介をした勇。そんな勇を前に眩しい何かを感じながらも、大成も自己紹介をする。

 勇のようなやることなすこと全部がカッコつくようなタイプの人間は、今まで大成の周りにはいなかった。だからこそ、大成は珍しいものを見るような顔で勇を見ていた。一方で、そんな不躾な大成の視線を、当の勇が気にした風はない。そんな所が大成が眩しいと感じた所以だろう。

 

「俺のパートナーはこのイ……じゃねぇや。ワームモンなんだけどさ。勇のパートナーは?」

「オラのパートナーはグレイモンだな。デカイからこの家に入れなかったけど、外にいるぞ」

「グレイモン!いいなぁ……格好良いやつで……グレイモンかぁ……うへへへ……」

「ははは……ワームモンだっていいじゃないか!下手なデジモンより可愛げがあると思うけどな」

 

 グレイモンという件でまた顔の形が変わった大成。その顔はどう贔屓目に見ても気持ち悪いものであるのに、勇はそんな大成に引くこともなく、苦笑するだけで留めている。それでいて、ワームモンのフォローまで入れていた。もはや、天然記念物モノの性格だ。

 一方で、やはりグレイモンという、わかりやすい格好良さがあるデジモンをパートナーとしている勇が羨ましいのだろう。表情が元に戻っても、大成は卑屈に勇を見ていた。勇とは比べ物にならないくらい、どうしようもない性格である。

 

「本当にイケメンな奴だな!旅人!フツメン同士仲良くしようぜ!」

「おい、どういう意味だ。こら」

――オマエハ自分ノコトヲイケメンダト思ッテイタノカ?――

「いや、そう思ってはないけど、人から言われると腹立つんだよ……!」

「ははは……」

 

 まぁ、勇の大成への第一印象は、“少し変わった奴”というものであることには間違いないだろう。一方で、大成の勇への第一印象は、“全方向にイケメンな奴”である。

 ともあれ大成は、イケメンというだけで相手を嫌うような人種ではない。しかも、勇の持つ雰囲気は、人を惹きつけるような、それこそカリスマとでも言えるようなものである。そんな一方的な知識だけで嫌えるはずもない。それほどまでに付き合っていて気持ちがいい少年なのだ。勇は。

 ようするに、ここまでの大成の行いはただのじゃれあいのようなものである。初対面ながら、なかなかに良い関係を築けたと言える。

 そして、今までドアの所でずっと話していたのだ。ここでこれ以上立ち話も難だろう、と大成は奥のリビングへと旅人と勇を通すことにした。その途中で――。

 

「ん……?グレイモン?勇?……んん?んんん?」

「大成さん、ど、どうかしたのぅ?」

「……ランキングのことを思い出したんだよ」

 

 大成はあることに気づいた。

 大成の言ったランキングとは、言うまでもなくゲーム“デジタルモンスター”のランキングのことである。始まりのあの街で語られたことが真実だというのならば、この世界に来ている人間のすべては、例外を除いてあのゲームのランキング千位までに入っているメンバーのはずで。

 大成たちの目の前の少年も、すでにパートナーが成熟期に進化していることを鑑みても、ランキングに入っている猛者だろう。ランキングに入っているということは、それだけ育て方や戦闘のさせ方がうまいということなのだから。

 

「勇もランキングに入ってたのか?俺は入ってなかったけど……」

「それじゃ、大成があの声の言っていた例外なのか。オラは……」

「……オラは?」

 

 そう言いながら、勇はどこか恥ずかしそうに人差し指を一本立てた。そして、それの意味がわからないほど、大成はバカではない。そう、つまり勇は――ランキング一位ということで。全世界一億人のプレイヤーたちの頂点に立つ者ということで。

 目の前にいる少年が思わぬビッグネームだったことに驚いた大成の奇声が、一瞬後に響き渡った。

 ちなみに、ランキング自体知らない旅人やランキングの凄さがいまいちわかってないワームモンはあまり驚いていない。だが、一位ということが凄いことだとはわかったようだった。

 

「マジかぁあああああああ!」

「ははは……なんか恥ずかしいな」

「え?え?本当にあの勇気さん!?」

 

 プレイヤーネーム勇気。ゲーム“デジタルモンスター”の最古参プレイヤーの一人で、ランキング第一位のプレイヤー。そして、同時にあのゲームの中で最も早く自分のパートナーデジモンを完全体に進化させることができたプレイヤーである。

 そんな栄光を恨んだ多くのプレイヤーに囲まれながらもたった一人でその現状を覆しただとか、ゲーム開始時から負けなしであるとか、実は開発側の一人だとか、勝ちすぎていて時折開催されるの大会が成り立たないだとか、その手の噂が事欠かないプレイヤーでもある。

 

「うわぁ……本物かぁ!本物のあの勇気さんかぁ……!開発側にしばらく大会に出ないでくださいって土下座させたっていうあの(・・)……!」

「確かに、オラのあのゲームの中でのプレイヤーネームは勇気だったけど……え?その話って結構広まってるのか?」

「すっごい大成の目がキラキラしてる……しかもさん付けかよ。年上のオレやリュウにもさん付けしてないのに」

「え、えぇっと……旅人さんたちも尊敬されてると……お、思いますよぅ?」

――あはは!どんな気分?芋虫に慰められるってどんな気分?――

「お前ちょっと黙ってろよ」

 

 まぁ、あのゲームに入れ込んでいた大成にとっては、訳のわからない旅人たちよりもランキング一位だった勇の方が、わかりやすい憧れと尊敬の対象であるのだろう。

 別にそんなことは気にしない旅人であるが、こうも対応が違うと、少し複雑な気分になるのだった。

 

「あれ?そういや、勇気の時って……言葉遣いとかは作ってたのか?」

「ん?ああ。ああいうのが格好良いと思って。アバターも青年だったし……けど、やっぱり面と向かって言われると恥ずかしいな」

「へぇー……」

「オラは田舎出身だからな。こういうところでやってかないと。田舎丸出しじゃ恥ずかしいからな」

 

 そう言って恥ずかしそうに笑う勇。東北の山奥の田舎出身である勇は、幼い頃に東京引っ越してから、都会と田舎の違いに苦しめられたのである。微妙なイントネーションの違いや方言丸出しの口調。それらは、都会の中で使われるには違和感がありすぎだった。

 だからこそ、このままでは疎外感を感じてしまうかもしれない。イジメに遭うかもしれない、とそう心配した勇の親が直させたのである。

 まあ、今でも時々その頃の名残が出てくることがあるのだが。やはり幼い頃に学んだことというのは、なかなか消えないものであるのだ。

 

「……!そうだ!せっかくだし……」

「……?」

「ぜひ!バトルしてください!」

 

 大成のそのお願いは、芸能人に握手やサインを強請る感じに近いだろう。

 そんな大成のいきなりのお願いも快く承諾した勇。だが、実際にバトルするワームモンからすれば、この上なく嫌なことであることに違いなかった。

 




というわけで、今回から始まった第三章。初端は大成と勇の出会いでした。
第三章は極限状態が続いた一章や二章とは違って、少しほのぼのする予定です。いや、シリアスはありますけども。

次回はランキング第一位に挑む大成の話です。

あ、あとできれば評価や感想をいただけるとありがたいです。ここをこうした方がいい、みたいなものでもOKです。よろしくお願いします。

それでは、第三章からもこの物語をよろしくお願いします。


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第二十七話~ランキング第一位の実力~

「またここに来るなんて……」

 

 そう呟いた大成がいるのは、学術院の街から数キロメートル離れた荒地。数日前、キメラモンとなった零と死闘を繰り広げた場所である。

 この場所に大成たちが来た理由は言わずもがな、緊急事態でもないのに街中でドンパチとバトルするわけにも行かないからである。特に、大型で火力のあるデジモンのグレイモンが戦うのだ。仮に被害が街に及んだらシャレにならない。

 そんなわけで。グレイモンが戦っても良さそうな空き地を探して彼方此方彷徨うのが面倒くさくなったので、手っ取り早く学術院の街の外まで来たのである。

 

「んじゃ、ルール確認な。始めって言ってから、どちらかが参ったって言うまで。殺さないこと。やりすぎと判断したら実力行使で止めるから。以上。……なんでオレが審判やらないといけないんだ」

――そりゃ、暇人だからって感じだしー?――

「そりゃ、暇じ……じゃなかった。公平な人が旅人しかいないから」

「それにオラたちじゃ、実力行使でデジモンを止められないしな」

 

 せっかく無視した、自分の中から聞こえてきた腹立たしい声。だが、それとほぼ同じことが大成の口から発せられかけたことに、旅人は溜め息を吐いた。どうしてこうも、オレの扱いは似たような感じになるのだろう、と。

 ちなみに、そんな旅人の疑問に答えるのならば、旅人だから、の一言で事足りることに、本人だけが気づいていなかった。

 そんな面倒事に溜め息を吐いている旅人とは反対に、大成と勇は至極やる気である。

 

「いっち……にっ!さん……っし!」

「っていうか、勇のグレイモンすげえな!」

「ごー……ろっく!え?何が?」

 

 大成がそう感嘆するのも無理はない。勇のパートナーであるグレイモンは、ラジオ体操をして戦いに備えていたのだ。

 ラジオ体操。子供たちが、夏休みにしたくもない早起きをしてさせられたり、体育の授業で怪我をしないように授業開始直後にやったりするアレである。まあ、大抵の子供は適当にやったりするのだが。真面目にやるのは、それこそ真面目な子供やラジオ体操の大切さを知っている子供など、とにかく少数派であることには違いない。

 そんなラジオ体操をグレイモンは第一から第二まで丁寧にやっている。傍から見ているととてもシュールだ。

 

「え?だって、運動する前は必ずやらなきゃいけないものだって……ボク、勇から聞いたよ?」

「いや、間違っちゃいないけど……」

――このグレイモンを見ていると毎回思わされる……戦いの本質。それは運動にあるのでは?と……――

「思ってもないこと言うのやめろ」

 

 とにかく、勇以外の全員が、戦いの前にラジオ体操を逐一やるグレイモンに呆れていることには違いなかった。

 ちなみに、勇たちと出会ったばかりの大成は知らないことではあるが、グレイモンがラジオ体操のことを知った当初は、それこそ命を賭けたような生存闘争の場面でもラジオ体操をしようとしたことがあったらしい。

 旅人と出会って、指摘されることで直した――のだが、それまでは戦いの最中にラジオ体操をやりきってから本格的に戦いを始めていたりする。襲われているというのに、それでもラジオ体操をしてから戦って。そんな戦い方で、旅人と出会うまで、二人きりでこの世界を生き抜いてきた勇たちの実力は本物と言えるだろう。

 まあ、馬鹿であることも言えるのだが。

 

「いやぁ……朝起きた時の日課のラジオ体操をオラがしているのを見てたら興味を持ったらしくて。気に入っているみたいだから言い出しにくくて……」

「えぇっ!ってことはウソだったの!?」

「いや、運動の前にするものだってことは本当だぞ?ただ、戦闘前にまでするかというと……」

「だから旅人はやめろって言ったんだね……」

「勇のグレイモンってあのラジオ体操を戦闘前にまでやってたんだな」

「た、大成さん……も、問題はそこじゃないと思いますよぅ……」

 

 そう、勇のグレイモンは天然な性格だった。先ほどのように、時々大成も発言内容に天然が少し入ることもあるが、ソレとは比べ物にならないくらいグレイモンは天然な性格なのだ。どのくらい天然かというと、大抵のことは嘘でも信じてしまうくらい天然だった。それでも、その天然を押し通してしまう強さがあり、またその強さをさらに引き立たせるパートナーがいるために、非常に始末に悪い。

 もっとも、始末に悪い性格をしてはいるが、パートナー共々の元来の人付き合いのうまさが幸いして、構築されている人間関係は至極良好であることが多いのだが。

 

「でも、グレイモンって格好良いよな」

「え?ボクそんなことないよ?」

「いやいや、少なくとも俺のイモ……ワームモンよりはいいだろ」

「うぅ……確かにグレイモンは格好良いけど……そんなはっきり言わなくてもぅ……」

「ど、どうなんだろう?勇はどう思う?」

「ああ、かっこいいぜ!」

「そ、そうなのか。ボクって格好良いのか……!」

 

 そんなグレイモンは、煽てれば、きっとどこぞの王様のように裸の服を真面目に着るくらいのことはするだろう。もしかしたら、思い込みだけで空を飛ぶようになるかもしれない。

 やはり、馬鹿としか言い様がないだろう。

 そして、そんなグレイモンだが、やはりデジモン同士の交友に興味があるらしい。ワームモンと同じく、初めて会った生命体がパートナーの勇だったグレイモンにとっては、デジモンの友達などいないに等しい。だからこそ、大成や勇をそっちのけで、頑張ってワームモンに話しかけていた。

 その光景は、まるで入学式を終えた小学生たちが新しい友達を作ろうと緊張しながらも頑張っているようで、とても微笑ましい。

 のだが、まあ――。

 

「そうだ、ラジオ体操やると調子が上がるよ?君もやってみたら?」

「ひっ……ぼ、僕はいいですぅ……」

「そう?」

「仲良くなったみたいだな」

「いや、大成。あれはどっちかって言うと……」

 

 悲しいかな。ワームモンが、そんなグレイモンの頑張りを受け入れることができるかは、また別問題だが。

 二人の話しているその光景を傍から見ていた旅人は、思わず言葉を濁してしまった。だが、濁すまでもないことだ。強面の相手(グレイモン)に萎縮する小鹿(ワームモン)の図である。

 割と本気で合っていた。食う側と食われる側的な意味で。まあ、それは実力を見ても当然の帰結であったりするのだが――その辺りの勇たちの実力のことを少し大成は甘く見ていた。それは、大成のここ数日の体験からくるものだ。

 確かに、スレイヤードラモンや数日前の零とあの究極体に比べればたいしたことないかもしれない。いや、彼らと比べたら、大抵の者は弱く見えるだろう。

 だが、それでも、今の大成たちよりもずっと――。

 

「それじゃ、そろそろはじめるぞー」

「はぁい……はぁ」

「よっしゃ!行くか!ほれっ!」

「ワームモン!アーマー進化――!」

 

 もはや慣れたものだ。とでも言うかのように、大成が投げた友情のデジメンタルは放物線を描いて、ワームモンめがけて飛んでいく。そして、それを受け取るワームモンも、慣れた感を見せながらそれをキャッチした。そして、キャッチした瞬間に始まる、アーマー進化。

 現れるのは、ここ数日で随分とお世話になっているトゲモグモンと呼ばれるアーマー体デジモン。進化が完了したトゲモグモンは、調子を確かめるかのように、大地を踏みしめていた。

 

「大成、なんだそれ!」

「え?なんだ……ってアーマー進化だけど?」

「アーマー進化。アレが擬似進化ってやつなのか。へー……デジクロス(・・・・・)とは本当に違うんだな」

 

 だが、アーマー進化が完了するのと同時に上がる、驚愕の声。

 どこかおかしいところがあるのか?と大成たちは疑問に思う。だが、アーマー進化は、大成とワームモンにとっては見慣れたものでも、それ以外の面々にとっては未知の進化であることに変わりないのだ。このメンバーの中で、一番長くこの世界に関わっている旅人ですら、アーマー進化というものを言葉でしか聞いたことがなかったほどなのだから。

 

「すっげぇー!いいのできんじゃん!何ていうデジモンなんだ!?」

「アーマー進化……!そんなのができるなんて、ワームモンすごいんだ!」

「ぅ……今はトゲモグモンですぅ」

「あ、ごめん」

「へー!トゲモグモンか!」

 

 やはり、勇もあのゲームにハマった身。未知のデジモンや未知の進化というものには、心惹かれるのだろう。グレイモンと共に、キラキラした目で大成とトゲモグモンを見ている。

 まあ、アーマー進化というものはデジメンタルという道具の使用によって成される進化で、大成たちがすごいというよりも、その失われたはずのデジメンタルを再現したウィザーモンがすごいというべきなのだが――その辺りのことを、勇たちが知るはずもなかった。

 

「おーい、そろそろいい加減に始めるぞー」

「あ、はーい」

 

 話すだけなら後からでもできる。だが、帰りの時間も考えると、この場に留まることのできる時間は必然的に限られてくる。だからこそ、いつまでもこうしてグダグダしていると時間が勿体無いと踏んだのだろう。少し強引だったが、この場での審判である旅人がこうやって双方に声をかけたのだ。

 そして旅人の声に従って、両者は十数メートルの距離をとる。成熟期とそれ相当の力しか持たない彼らにとって、一足では埋められない距離。だが、そんな距離もお互いに近く感じていた。それは、戦闘へのやる気か、それとも相手への畏怖によってか。

 

「始めって言ったら始めろよ。それじゃあ――」

「……」

「……」

 

 そして、辺りに静寂が満ちる。両者とも、旅人が言う開始の合図を今か今かと待っていた。

 時間にして一秒も満たないその刹那。先ほどまでとは全く違うグレイモンの雰囲気に、ゴクリ、と大成とトゲモグモンは唾を飲み込んだ。先ほどまでは嘘か夢だったのではないのか、とそう思わせるほどにグレイモンの雰囲気が違う。

 有り体に言えば、大成たちはそのグレイモンの雰囲気に呑まれていて、無意識にでもビビってしまうくらい緊張していたのだ。

 そして――。

 

「始めっ!」

「ガァアアアアアアア!」

「ひぅっ!」

 

 開始の声が上がる。そして、それとほぼ同時に叫ばれたグレイモンの咆哮。

 ほぼ同時のタイミング。だが、決して同時ではない。ゆえに、反則でもない。思わず反則行為ではないのかと疑ってしまうくらい、その咆哮は開始の声が上がってから反則的な速さで叫ばれた。だが、だからといって決して反射行為でもない。グレイモンは、狙ってその咆哮を叫んだのである。

 そして、開始直後でありながらも、開始の声によって意識が逸れていたその時に、その咆哮を受けたトゲモグモンの方はたまったものではない。不意打ちと同じだ。思わぬ攻撃に驚かされて、一瞬の空白時間が生まれている。

 もちろん、時間にして一秒にも満たないだろう。だが、グレイモンの狙いはそこではない。現状、一秒も満たないその一瞬に敵を倒すだけの力など、グレイモンは持っていない。

 この行為は、威嚇だ。それと鼓舞。グレイモンは空白時間を作るためではなく、威嚇と鼓舞のために咆吼したのである。

 

「わ、ちょ、ひっ!」

「おい、イモ!落ち着け!」

 

 そして、その効果は充分にあった。グレイモンは咆哮によって気合が入り、一方のトゲモグモンは開始直後に自身のペースを乱されたことによって若干のパニックに陥っている。

 当然、トゲモグモンが回復するまで待つなどということをグレイモンがする必要はない。先手必勝、攻撃こそ最大の防御とばかりに、グレイモンは次の攻撃へと移る――直前で、それまで黙っていた勇が声を上げた。

 

「グレイモン、相手の背中の刺に注意しろ!宝石か氷か……硬いか凍らされるか……どちらにせよ、遠距離攻撃だ!」

「わかった!」

「なっ!」

 

 勇の指示に従うように、グレイモンはその両手で大地をえぐる(・・・)。そしてそれをトゲモグモン目掛けて投擲した。

 自分の身長以上の地面の欠片が自分目掛けて飛んでくるのだ。トゲモグモンとしてはそれは怖いことだろう。

 そして、そんな光景を前にして大成は驚愕の声を上げていた。だが、大成が驚いていたのはグレイモンにではない。いや、あのグレイモンのパワフルな戦術にも驚いたことには違いないが、この世界に来てそれなりに猛者を見た大成にとっては今更でもあった。

 大成が驚いていたのは勇に、だ。勇はトゲモグモンを初めて目にしたはずである。だというのに、その特徴を冷静に観察し、そして有効策を考え、アドバイスをする。そんなことができる勇に、大成は驚いたのだ。

 

「ひぅっ!」

「躱した!でも、足は早くない!」

「……氷か!待て、グレイモン!メガフレイムで対応しろ!近づくな!」

 

 投擲された地面の欠片をなんとかギリギリで避けることができたトゲモグモンだったが、助かるのと引き換えに致命的な情報を勇たちに渡してしまった。

 躱した時に、その背中の針が僅かに投擲された地面の欠片に触れたのである。トゲモグモンは、一瞬触れただけでも凍るほどの低温の針を背中にビッシリと生やしている。確かに、超低温の針に触れた部分は凍る。だが、実際に接触し凍ったのは、ほんの僅かでしかない。

 それを勇は目ざとく見つけたのだ。そしてすぐに、起こった事実と今までの予想と作戦との擦り合せを行う。しかも、今までの予想が事実をほぼ捉えていたのである。凄まじい観察眼であると言う他ないだろう。

 そして、修正した新たな指示をグレイモンに与えた。グレイモンも、そんな勇のことを信頼しているからこそ、その指示に従うのだ。

 

「……!これでっ!」

 

 近づいてこないことがわかったのだろう。そして、このままでは鈍足な自分が狙い撃ちにされるだろう、ということも。だからこそ、トゲモグモンは攻勢に出た。先ほどグレイモンが行った先手必勝の理念を、次は自分がしようと考えたのだ。

 だが、そんなトゲモグモンだが、この時の判断が冷静なものだったかと言うとそうでもない。この攻撃は、次に攻撃されたら負けるという事実を、半ば恐慌状態に陥りながら理解して放ったものだから。

 そして、トゲモグモンの背中の針が、一斉に高速で発射される。“ヘイルマシンガン”と呼ばれる、トゲモグモンの必殺技だ。

 だが、残念ながら、半ば恐慌状態に陥りながら放たれた攻撃が通じるような相手ではなかった。

 

「全弾撃ち落とせ!」

「ああ!」

 

 勇のそんな指示と共に、グレイモンの口から放たれたいくつもの大きな火球。“メガフレイム”と呼ばれる己の必殺技の連撃を持って、グレイモンはトゲモグモンの攻撃に応じたのだ。

 いくつものアイスクリスタルの針が、火球によってすべて打ち消される。

 一瞬後、放たれた火球の一つが、トゲモグモンの真横に着弾した。もちろん、これはグレイモンがわざと外したのである。だが、もしグレイモンにその気があったのなら、確実にトゲモグモンに当たっていただろう。

 よって――。

 

「そこまで!勇とグレイモンの勝ち!」

 

 この勝負は、勇とグレイモンの勝ちが決定したのである。

 これが、ランキング第一位。これが、一億人のプレイヤーの頂点。確かに、零たちやスレイヤードラモンほどではなかった。

 が、それでも今の自分よりもずっと上にいる者のその力を、確かに大成は感じていた。

 

「すごいな……勇気さん!戦闘中もパートナーに指示だしするなんて!」

「だって、パートナーが戦ってるのに、応援だけなんて嫌だし、そんなのだったら役立たずじゃないか。だろ?オラにできること、オラにしかできないことをやらないと。あのゲームだってそうだったじゃないか」

「でも、ゲームとこの世界は違――」

「確かに違うけどさ。でも、学べるところは学んでかないとな」

「……やっぱり勇気さんはすっげーや」

 

 実に自然に言い切った勇を前に、大成は何度目になるかもわからない感嘆の息を吐いた。

 確かに、戦闘中突っ立ってだけなのならば、勇の言う通り、役立たずであることに違いない。であれば、今まで応援や見ていることしかできなかった大成も、勇のように何かをできるようにならなければといけないだろう。

 その何かが、まだ大成にはわからないのではあるが。

 

「怖かったよぅ……」

「あれ?ワームモンに戻ってる!?」

「え?ああ。アーマー進化は一時的なものなんだ」

「へー……それじゃ、連戦とかになるとキツそうだな」

 

 トゲモグモンからワームモンに退化した現象を見て、勇やグレイモンが驚いている。やはり、進化したらそのままということが一般的らしかった。そして、さらっとアーマー進化の難点を見つけ出す辺り、さすがの勇である。

 まあ、ともかく。これで目的の試合が終わったことには違いないく――。

 

「ああ、そういえば、ワームモン。リュウからの伝言。そろそろ修行再開するからって。頑張れよ?」

「う……わかった」

「おりょ、イモ。お前のことだから、てっきり嫌がるかと……」

「ぼ、僕にだって悔しいって思う気持ちくらいありますよぅ」

 

 穏やかな雰囲気の中、こんなことを話しながら大成たちは学術院の街へと戻っていく。

 そんな中で、大成は今回の試合のことを振り返る。ここ数日にあったような命の危険がある“戦い”ではなく、それこそあのゲームに近いような“試合”。

 そんな試合が、思った以上に楽しかった大成だった。

 




というわけで、第二十七話。大成たちのボロ負け回。
まあ、ランキング外にいた奴が、ランキング一位にそう簡単に勝てるわけもないということですね。

さて、次回は……優希やウィザーモンの話ですね。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第二十八話~広がる噂!研究の手伝…い…?~

 最近、学術院の街にはある噂が流れていた。

 学術院の街の中では、毎日のように殺戮が行われている。そんな馬鹿げた噂が、零たちの襲撃以降広まっていたのだ。そして、それを裏付けるのように、毎日のように大地が揺れ、叫び声が聞こえる。果ては、空を吹き飛ぶデジモンを見たという者まで出る始末だ。

 デジモンにも空を飛べるものなどザラにいるではないか、と思う者もいる。だが、現場を目撃した者たちは、一様にこう言うのだ。“空を飛んでいる(・・・・・)のではない。空を吹き飛んでいる(・・・・・・・)のだ!”と。

 噂の出処は定かではないが、目撃証言まであるくらいだ。真偽について盛んに議論されているし、それでもかなり信憑性が高いとされている。のだが――不思議なことに、何かしらの被害にあったという話は出ていないし、吹き飛んだデジモンが落ちてきたという話も聞かない。信憑性が高いとされながらも、噂の域を出ていないという不思議な状況になっているのである。

 そして――。

 

「そらよぉっ!」

「ぬわぁああああああああああ!」

 

 その噂の大本となった幼き獅子は、今日も元気に空を吹き飛んでいる。

 噂の広がりようとは裏腹に、起こっていることは至極単純だった。レオルモンがスレイヤードラモンにフルボッコにされているだけである。いや、こう言うと私刑みたいだが、当然だがそんなことはない。ワームモンの修行を再開するまで暇となったスレイヤードラモンが、ウィザーモンからあることを聞いて、レオルモンに半ば強制的に修行をつけているだけの話である。

 ここ数日、毎日行っているこの修行。そのほとんどが模擬試合形式で行われている。成長期のレオルモンが究極体のスレイヤードラモンをどうにかできるはずもなく――結果、フルボッコされたり、あの不名誉な噂が広がったりすることとなったのである。

 まあ、本人たちは噂について気づいていないのだが。気づいているのは、事の起こりであるウィザーモンだけだ。

 

「よし、ちょっと休んだら次行くぞー」

「うぐ……ちょっと待ってくだされー!」

 

 そんなこんなで、少し参り気味のレオルモン。彼にしては珍しい弱音だった。

 まあ、優希の護衛を自認しているレオルモンの意思を汲んで、修行時間自体はそれほど長くはない。密度というか、運動量というか、そういうのは時間に合わないくらい濃いのだが。

 ともあれ、ここ数日はレオルモンとしても自分の力不足を感じることが多かった。ゆえにこうしてスレイヤードラモンからの修行をありがたく受けているのだが――。

 

「ぜっ……はっ……」

「そろそろ無理か。今日はここまでだな。やっぱ全体的に体力ねぇなー」

「それは……スレイヤードラモン殿と……比べたら……誰だって……!」

「疲れてるなら黙っといたほうがいいぞ?ちゃんと優希のとこまで連れてってやるから」

 

 ワームモンよりはマシだろうが、それでも先は長そうだった。まあ、(目標)を決めてもいないのだが。

 

 

 

 

 

 時間を少しさかのぼって。スレイヤードラモンとレオルモンが修行していた頃のこと。

 優希はウィザーモンの研究室にて、彼の研究を手伝っていた。のだが、優希の顔は暗い。別にウィザーモンの研究の手伝いが嫌というわけでもないのだが――。

 

「えっと……優希?」

「っ!な、何?」

「……」

「それ取ってくれる?」

「あ、……はい」

 

 優希にとって辛いのは、時々来るウィッチモンの存在である。別に優希がウィッチモンのことを嫌いだという訳ではない。のだが、初めて出会った時に、少々苦手意識を植えつけられてしまっていたので、同じ空間にいるのが辛いのだ。

 そして、そのことはウィッチモンもわかってはいるのだが――以前やらかしたことをはっきりと覚えているために、どうしたらいいのかわからないのである。

 

「君たちは……もう少し円滑に動いてくれないか?」

「はい……」

「……まあ、私の用はもう済んだけどね。邪魔になりたくないから行くわ」

 

 とはいえ、ウィッチモンは無理してここにいる理由はあまり無い。まあ、全く無いというわけでもないが――わざわざ、居心地の悪い場所にい続ける必要もないということで、この部屋から出ていこうとする。単純に逃げようとしているだけとも言うのだが。

 

「もう行くのか?」

「アンタに差をつけられちゃったからね。追いつくためにはアンタ以上の努力をしないと」

「ふっ……そうか」

「それとも何?私がいないと寂しい?」

「いや全然」

「……。もう行くわ。またね」

 

 そんなこんなで、最後の最後に落ち込んだ様子となって、ウィッチモンは出ていった。

 なぜそんな様子で出て行ったのかわからない。とそんな風な感じで首を傾げているウィザーモン。一方で、最後のウィッチモンの様子を見て、なんとなく察した優希だった。

 そして、ウィッチモンと入れ替わるような形で、スレイヤードラモンが帰ってきた。もちろん、未だグッタリとしているレオルモンを脇に抱えて。荷物のような扱いである。まあ、動けなくなった者など荷物でしかないのだが。

 

「セバス、大丈夫?」

「お嬢様こそ……大丈夫ですか?先ほどまでウィッチモン殿がいらっしゃったようですが……」

「ええ。思いの通じない女の悲劇を見た気がするわ」

「……?」

 

 自身も女性だから共感できる部分があったのか、しみじみとそう言った優希。

 一方で、優希が何を言いたいのか、今来たばかりのレオルモンとスレイヤードラモンにはわからなかった。あとついでにウィザーモンも。だが、スレイヤードラモンとレオルモンはともかくとして、ウィザーモンはウィッチモンと長年の付き合いである。気づけなければおかしい。

 頭が良いことと成績が良いことは別だ。とテレビでいつか言っていたことを思い出した優希だった。

 

「まぁ、彼女のことはいいだろう。それより……む?ドルモンは一緒ではないのか?」

「ああ、ドルのやつは旅人に置いていかれたと思い込んで、今は学術院中を探し回ってんな」

「……?旅人は大成の所へと行ったと聞いたが?」

「そこはドルの勘違いだな」

「教えてやればよかったものを」

「教える前に出てったんだよ」

 

 てっきりスレイヤードラモンと行動を共にしていると思い込んでいたドルモンがいなかったことに、疑問を抱いたウィザーモンはそのことを尋ねる。結果わかったことは、至極面倒くさそうな事態が起こっているということだった。

 ちなみに、この頃。旅人は大成と勇の試合の審判をしていて、ドルモンは半泣きで学術院の街を駆け回っていたりする。

 

「はぁ。相変わらずというか、進歩はないというか……まぁいい」

「いいの?」

「その労力が惜しい。レオルモンの修行の方はどうなっている?」

「厳しいな。同世代の平均より少しマシってレベルだ」

「うぐ……」

 

 スレイヤードラモンの酷評に思わず唸ってしまうレオルモンだが、だからといって言い返すことはできなかった。事実だからだ。

 確かに、レオルモンは優希を守るという考えの下、人間の世界でもトレーニングをしてきた。そのことと――そして、元々の種族の潜在能力もあって、総合的に見れば現在でもそれなりの力はあると言える。だが、それだけだった。

 いくら才能があろうと、一人だけでトレーニングしてきたレオルモンは、経験に乏しい。それゆえに、その才能や潜在能力をうまく活かすことができていない。実際の能力的にはもう少し高いのに、経験不足が足を引っ張っているのだ。

 

「そんなになの?今まででも勝ってるし、もう少し上だと思うんだけど……」

「こういうのは厳しめに判定した方がいいんだよ。まあ、成長期でもすごい奴と比べたらセバス単体はどう見ても見劣りするけどな」

「……じゃあ、リュウが成長期だった時は?」

 

 自分のパートナーが不当に評価されているとでも思ったのだろう。優希としては、やはり身内の贔屓目もあって、もう少し評価が高いと思っているのだ。

 だが、この場でそう思っているのは優希だけである。まるでわがままを言っているみたいで、気持ちのよくない優希は、これ以上そのことには触れようとしなくなった。が、やはり気持ち的には納得できないのだろう。何とか一矢報いたいのか、そんな評価をしたスレイヤードラモンに向かって口を開いた。

 傍から見ていると拗ねた子供のようである。とても微笑ましい。まあ、この場に大成がいればそんな優希を思わず二度見してしまうだろうが。

 

「俺の時?もっとマシだったよ」

「どうだか……」

「拗ねてんのか?」

「そ、そんなわけ無いでしょ!」

 

 まあ、スレイヤードラモンがどんなに昔のことを語ろうと、それが昔のことである以上、優希には確かめようのないことである。なんとなくそのことをずるく感じた優希は、後で旅人とドルモンからスレイヤードラモンの昔話を聞くことを決心する。

 ちなみに、そんな感じで優希が軽い気持ちで聞いた結果、旅人とドルモンがあることないこと語り、怒ったスレイヤードラモンと全力の喧嘩にまで発展することになったりするのだが、それはほんの余談である。

 さらにその結果、スレイヤードラモンと旅人とドルモンが喧嘩するとシャレにならないから、とウィザーモンを含めた学術院の偉い人たちが土下座を持ち出してまでその喧嘩を仲裁することとなったりするのだが、やっぱりそれは余談でしかない。

 

「だが、レオルモンは鍛えといたほうがいいだろう。そうだな……例えばだな、優希。君の力でドルモンを進化させたとしよう」

「ドルを?セバス以外で試したことはないけど」

「例えばの話だ。それで、しばらくして退化しても、ドルモンは筋肉痛にはならないだろうな」

「なんで?」

「セバスが筋肉痛になるのは、ようするに成熟期の力に体がついていけてないからなんだよ。だから、鍛えれば自然と筋肉痛とか軽くなるはずだ」

 

 なるほど、と優希とレオルモンは自然と頷き合う。

 確かに、今のレオルモンの現状は変えたほうがよかった。一度進化したらその後は筋肉痛でブッ倒れて動けなくなるなど、特に連戦の場合は足でまといにしかならない。事実、数日前の零たちの学術院襲撃の際は、そのせいでレオルモンは戦うことができなかった。

 

「それに……優希。君はレオルモン以外で試したことがないからわからないと言うがね」

「いや、そこまでは……」

「奇跡のデジメンタルを完成させたのは同様の力だ。君の力は、おそらく進化の力に必要となるエネルギーに関するものだろう。君の意思を下にペンダントで補助され、対象へと効果を発揮するというところか」

「このペンダントに?」

「デジメンタルに使えたことを鑑みても、まず間違いないし、であるならレオルモン以外でもできるはずだ」

 

 優希のペンダント――より正確に言うならば、そのペンダントに取り付けられている石は、デジモンの力を増幅させる効力がある。とはいっても、持ち歩ける程度の大きさではその効果は微々たるもので、あってもなくても変わらない。

 優希の場合は、あくまで優希の力の補助として使われているということである。パソコンのマウスと同じだ。なくても構わない。が、あった方がいろいろと楽。優希のペンダントはそういうものであり、仮に優希がその力に慣れたならば、ペンダントはなしでも構わないだろう。

 つまり、今の優希は、ゼロか一か、という感じで制御ができていないのである。

 

「そういえばこれ、前に別れる時に旅人に貰ったんだけど……もしかして、そのことわかってたのかな?」

「そうなのですか?」

「ああ、そういえば何か渡してたな。アレか」

 

 話題に上がったことで、かつてのことを思い出したのだろう。そんな中で、不意に浮かんだその疑問をポツリといった優希だったが――。

 

「ないな」

「偶然だろうな」

 

 それは、旅人をよく知るウィザーモンとスレイヤードラモンによって速攻で否定された。

 そのあんまりな即答に、レオルモンと優希のふたりは思わず唖然としてしまう。だが、そんな二人も、あくまで即答したという部分に唖然としたのであって、否定の事実だけは肯定していたりする。

 ちなみにこんな扱いをされている当の旅人本人は、最近オレの扱いが悪い、とドルモンに愚痴っていたり、いなかったり。まあ、それはこの場において全く関係のないことである。

 

「ふむ、こんなところか。ああ、今日のところはもう帰っていいぞ。明日またいつもの時間帯に来てくれ」

「え?今日は特に何も……」

「今日は君の力のことを測定するのが目的だからな。この部屋のあちこちに計測魔術を施しておいた。今君が座っているその椅子にも身長体重その他諸々を図る魔術が施されている」

「……」

 

 それはプライバシーの侵害なのではないか。人権無視なのではないか。せめて一言くらい言って欲しかった。というか、私の身長体重諸々が知られてるってことだよね。恥ずかしいんだけど!――などとさまざまな思いが優希の胸に去来し、ジト目で抗議の視線を送るが、ウィザーモンはガン無視だった。

 まあ、ウィザーモンは研究には熱心だが、そこら辺の人間関係などの機微に疎い。優希の抗議の視線など気づかないだろう。あるいは、気づいてもなんのことだがわからないか。そのどちらかだ。

 

「いいわ。今日の所は帰るわね」

「お、お嬢様……まだ疲れが取れていないので……もう少し待って……」

「私が抱いて運んであげるから、大丈夫よ」

「いや、それは恥ずかしいというか……情けないというか……!」

「それじゃ、またね」

「……ああ、そうそう。一つ言い忘れていたのだが――」

 

 などと、優希とレオルモンが仲良く帰えろうとしている傍で、何かを言い忘れていたのか、いきなりウィザーモンが声を上げた――。

 

「アイツ等もう出てったぞ」

「……」

 

 のだが、残念ながら優希たちは部屋を出てしまっていた。いつの間にか、部屋に残っていたのはウィザーモンとスレイヤードラモンだけになっていたのだ。

 なんというか、間が悪かったとしか言い様がない。優希の諸々を測る計測魔術の結果を見ながら、また明日言えばいいか、とウィザーモンもすぐに気を取り直す。言っておきたいことではあったが、別に今すぐに言わなければならないことでもなかったのだ。

 

「急ぎか?」

「いや、別にそういうことじゃない。初めて手伝いに来てもらった時に、優希の強制進化の力を見せてもらったのだが……」

「だが?」

「あのエネルギー量……いつもどおりだとは言っていたが……成熟期では釣り合わない。奇跡のデジメンタルを完成させた時の無茶で能力が上がったのかもしれないな。もしかしたら、完全体以降に……」

「でも、今のセバスだと筋肉痛じゃすまないぞ?」

「……だろうな。だから注意しておきたかったのだが……」

 

 注意する前に、優希は帰ってしまったのである。

 そして、これ以上研究の邪魔をしても悪いと思ったのだろう。会話が途切れた所でスレイヤードラモンも帰ることにしたのだった。

 




何気に(サブタイトルが)難産でした。
行きたいところまで行けなかった……。予想以上に長くなったので分割した感じです。
あとウィッチモンですが、ちゃんとちょくちょく出るので、安心してください。あれです。素直になれずに、何回も様子見する感じで。

さて次回も優希がメインの話です。
次回はついにあのキャラが登場……!いや、ゲスト系の新キャラなんですけどね。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第二十九話~街角から現れたラブ・ジェントルマン~

 ウィザーモンの研究室から出た優希は、レオルモンを抱えていつも通りの帰路へとついていた。そう、いつも通り。その言葉が示すように、ここ数日は毎日その道を行き来している。そして、毎日行き来しているだけあって、その足取りは慣れたものだ。

 優希もレオルモンも、この帰り道はそんないつも通りの帰り道であると疑っていなかった。だが、今日は一つだけ。そう、たった一つだけ。だが、確かにいつも通りとは行かないことがあった。

 それは――。

 

「おお!そこな可憐な少女!是非僕と結婚してくれないか!」

「……は?」

 

 街の角から現れた、三毛猫のようなデジモンを連れた人間の青年(・・)と出会ったということだ。しかも、求婚のオマケ付きで。

 いきなりの事態に優希とレオルモンは口を開けて呆然とするしかなかった。いや、優希たちの反応は当然のものだ。誰だって街角ですれ違った初対面の相手に求婚されるなど思いもしないだろう。

 

「ごめんなさい。今なんて?」

「ああ!聞こえなかったのか!……おお!そこな可憐な少女!是非僕と結婚してくれないか!」

「聞き間違いじゃなかった……!嫌よ」

「そう言わずに!」

 

 恥ずかしげもなく求婚してきたその青年は、自分に悪いところなどないとばかりに胸を張っている。だが、一方の優希はどうしてそう言う結論になるのかが理解できない。ただ、彼の後ろで溜め息を吐いている三毛猫のようなデジモンが妙に印象的だった。

 優希にとって頭の痛い話ではある。まるで無限ループのように、断っても断っても食い下がってくるのだ。そんな様子の青年を前にして、これはとにかく話を聞かなければ先には進めないと考えた優希。結局、立ち話も難であるし、この青年も家に連れて帰ることにしたのだった。

 そして、その数分後。優希は家に着く。いや、着いてしまった。今まで優希は、これほどまでに家に着かなければいいと思ったことはなかった。

 もちろん、この人ともっと一緒にいたいから、などという思春期特有の甘い思いからくるものなどではない。ただ単に、コイツの言うことはきっと頭の痛い話だぞ、ということがわかったが故の思いである。

 ちなみに、そんなことを思った優希ではあったが、道中でも充分頭が痛かった。道中延々と青年が愛の言葉を呟いていたからである。

 なぜか、家の色がオレンジ色に見える……とそんなことを考えて現実逃避しながらも優希は玄関を開けて家に入る。

 そして――。

 

「ただいま……」

「お帰りー」

 

 家にたどり着いてしまったそんな優希を出迎えたのは、しばらく前に模擬試合から学術院へと帰ってきた大成たちだった。しかも、優希にとって幸か不幸か。旅人たちまでもが未だ自分の宿へと帰らずに、この家で寛いでいる。

 ただでさえ、今からするのは頭が痛くなると予想される話だ。だというのに、大成たちのみならず、旅人や勇までもがこの家にいるというのは、優希にとって気の重くなる話だった。

 

「う……旅人。あれ?そっちの人は?」

「なんでオレを見て呻くんだよ。まあ、いいや。紹介しようと思ってな。この世界で最近知り合った――」

「オラは日向勇!よろしくな!ちなみにパートナーはグレイモンだ。ゴメンな。家に前にいたからびっくりしたろ?」

「私は小路優希だけど……アレ?グレイモン?」

 

 その勇の言葉に一瞬固まってから、優希は走って窓から外を見る。いた。確かにいた。家の目の前にオレンジ色の恐竜が居座っていた。家の色がオレンジ色に見えたのは、優希の現実逃避などではなかったのである。

 まあ、そんな風に精神的に参っていたせいで、グレイモンに気づかなかったのであろうが。とはいっても、巨大なグレイモンに気づかずに家にさっさと入る辺り、今の優希の余裕のなさというか、心情がわかるようである。

 

「気づかなかったのかよ……んで?そちらは?」

「あ、えっと……そういえば名前……」

「やっと気づいてくれたようだね?僕らは未だ自己紹介もしてない仲だということを!ふふ……以外におっちょこちょいなんだね」

「……なんだこいつ?」

「さぁ?」

 

 気取った口調のその青年に、その場にいたほとんどの者が、“何言ってんだコイツ……”と言うかのような呆れた目を向けていた。だが、その青年だけが気づいていない。

 そして、その青年の横で優希が頭を抱えていた。

 

「僕の名前は早乙女好季!さあ、僕の運命の人!君の可憐な名前を教えてくれ」

「とりあえず運命の人じゃないわ。私は優希。小路優希よ」

「優しい希望で、優希。なるほど、君にぴったりの名前だ」

「優希、コイツ本当に何なんだ?」

 

 大成は、いい加減に好季が何をしにここへ来たのか知りたかった。だが、そんなことは優希の方が知りたいだろう。

 優希だって、好季がなんであんな戯けたことを言い出したのか、その理由を聞くために自分の家に招待したのだから。とはいえ、初対面の人に求婚する奴を家に招待する行為など、下手をすればストーカーに餌をやる行為となりかねない――のだが、さすがの優希でも求婚発言でそこまで頭が回らなかった。

 

「さて、それで返事を聞かせてくれないか!」

「……?返事?……何かわからないけど、優希。そういうのはちゃんと返し――」

「旅人は少し黙ってて」

「だから、最近のオレの扱い……」

――やれやれ、諦めた方がいいな――

「お前はちょっと黙ってろ」

 

 自分の内から聞こえてきた声にそう返す旅人。だが、その対応こそが、最近自分がされている対応であるということに気づいていなかったりする。

 

「さっきも言ったでしょ。っていうか、だから何で私?」

「それは、運命を感じたからというしかない。君も感じただろう?この僕との運命を」

「全然」

「ははっ。運命の人は冗談も好きらしい。いや、そういうエンターテインメントが好きなのかな?」

 

 好季の一連の発言内容で、好季が優希に何を求めたをなんとなく察した面々。さすがにここまで露骨だと、かなりわかりやすいと言えるだろう。

 当の言葉を言った好季は、真っ直ぐに優希を見つめていた。気取った言葉とは裏腹に、その眼差しは真っ直ぐだ。その眼差しだけ(・・)を切り取ってみれば、好季は好青年として多くの人にそう思われることだろう。

 とはいえ、その一方で優希は好季との一連の会話によって、本気で怖気と身の危険を感じいたりするのだが。だが、好季はそんな優希の様子には気づいていないようだった。脳内がお花畑というか、幸せな奴である。

 

「優希も変な奴に好かれたなー」

「言ってるなら助けてよ旅人」

「さっき黙ってろって言ったのはお前だろ」

「……先ほどから僕の運命の人と親しいようだけど、貴方は?」

 

 その言葉を前にして、これだ、と優希はそう思った。

 優希とて年頃の女の子だ。異性からの告白が嬉しくない訳が無い――が、さすがにこうまで唐突なものは、嬉しさ以前に引く。一応、今回の好季の発言は、愛の告白としてとっていいと言えるだろう。そして、愛の告白だというのならば、当然のように返事が必要となる。まあ、優希の返事は初めに彼女が言ったとおりで、断固としてNOというものなのだが。

 だが、問題は、好季がその返事を受け取らないということである。だからこそ、何かの理由をつけて諦めさせようと、優希は頭を働かせていたのだ。そして、その甲斐はあったと言える。まるで天啓のように、以前漫画で見たとある作戦が頭をよぎったのだ。

 その作戦とは――。

 

「オレ?オレは――」

「この人は私の彼氏。だから、私のことは諦め――」

「えぇっ!?」

「――て……旅人。やっぱり黙ってて」

 

 そう、偽装恋人作戦である。古今東西あらゆる場所で活用された伝統の作戦でもって、優希はこの場を切り抜けようとしたのだ。さまざまな人々に使われ続けたということはあって、確かに良い案ではある。

 とはいえ。その作戦は、恋人役となる相方との事前の打ち合わせが前提であるのだが。その大前提に、自分のことでいっぱいいっぱいだった優希は気づいていなかった。

 当然、事前に話を聞いていなかった旅人は何のことかと疑問の声を上げるしかない。咄嗟に機転と気を利かせる頭は、旅人にはなかった。

 そう、えぇっ!?と旅人は叫んでしまったのである。優希は明らかに失敗したと頭を抱えており、好季だって、このようなわかりやすい嘘に引っかかる訳も――。

 

「なんだって!?運命の人!それは本当か!?」

 

 あった。

 脳内がお花畑の可能性がある幸せな好季には、先ほどのわかりやすい嘘も見抜けないようだった。愕然とした表情で額に手を当てて、よろめいている。

 勇のグレイモンとどちらが騙されやすいか気になった旅人たちだった。

 

「……。運命の人って呼ばないで」

「なら、優希――」

「呼び捨てもしないで」

「……っく」

「別にいいじゃねぇか。俺も旅人も呼び捨てで呼んでるんだから」

「大成もちょっと黙ってて」

 

 傍から見れば、今の優希たちはきっと面白い見世物のように見えるのだろう。少し離れた所で経過を見守る大成たちにイラっときた優希だった。

 優希の呼び方を考えている好季。突然の恋人発言に戸惑うしかない旅人。イライラする優希に、面白がっている大成。心配しているデジモン組と勇。状況は、軽いカオスだ。

 そして数分後。好季が優希の呼び方を決めた所で、ようやく話が元の流れに戻るのだった。

 ちなみに、好季の優希の呼び方は優希さんで統一された。まあ、そこに至るまでには、マイエンジェルやら、僕の優希ちゃんやら、優希自身が断固として断った呼び方がいくつもあったりするのだが。

 

「それで優希さん。そんな男よりも僕の方が優れてる!そんな――」

「……いや、だから」

「そんな頭も悪そうで、金も職も持ってなさそうな者よりも……僕の方がずっと君に相応しい!僕はこれでもそれなりに良い職についているんだ。今すぐに君を養うことだってできる!」

「なっ!ちょっと、旅人。何か言い返――」

「……」

「え?あの……」

「ごめん」

 

 ポツリと呟いた旅人。その表情は暗い。落ち込んでいる。

 付き合いからそのことを理解した優希だったが、なぜ落ち込み始めたのかが理解できない。だが、一瞬考えて、その理由にすぐ思い至った。

 旅人は幼い頃から旅をしている。それゆえに、小学校中退という現代日本では考えられないような履歴を持っている。しかも、今ですら旅をしているために、特定の職や住所を持っていない。金なし、知恵なし、宿なし、職なし、ということである。

 つまり――ニートである。否定しようがないくらいに。自分がそんなアレな人物であることを思い出して、旅人は落ち込んだのでしまったのだ。まあ、旅人の背景事情を知る者からすれば、自業自得だろと言うのだろうが。

 

「どうだい?思い直してくれたかい!?」

「……はぁ。旅人のことはともかくとして……私はアンタと付き合うつもりはないわ」

「付き合うんじゃありません!結婚して欲しいだけです!」

「どちらにしても断固としてお断り」

「なぜっ!?」

 

 そんなこんなで、話は振り出しに戻った。先ほどまでと変わったことといえば、旅人が落ち込んでいることくらいだろう。

 平行線の一途を辿っているこの話題に、優希は何とかして終止符を打ちたかった。

 対して、好季の方は何とかして優希の心を射止めようと、必死になって言葉を紡いでいた。少なくとも、本人は必死であるつもりはないだろう。だが、傍から見ていると思わず哀れんでしまうほどに必死の行動(・・)だった。

 そして、そんな好季たちを差し置いて――。

 

「……そろそろ腹が減ってきたな」

「あ、大成。オラが何か作るか?材料はある?」

「え?勇気さ……じゃない、勇は料理できるのか?材料はあるけど……」

「料理は人並みくらいにはね」

 

 そんな会話をするのは、傍から見ている大成たちである。優希と好季のやりとりなど、もうどうでも良くなってきたのだ。

 ちなみに、あのバトルの後で大成は勇のことを呼び捨てではなく勇気さんと呼ぼうとしたのだが、それは恥ずかしいからやめてくれ、と勇に頼まれることとなったりする。だが、この調子だと呼び捨てが定着するまで長そうだ。

 そんなこんなで家主の一人に許可を取った勇は料理を始める。随分と手馴れた感じで料理を進める勇。この感じだと、普段から料理をすることもあるのだろう。

 そして、料理開始から十数分経つ頃には、勇作の美味しそうな料理が机の上に並ぶことになった。ここまで早く料理出来たのも、勇の料理慣れの賜物なのだろう。

 

「おーい、旅人に好季さんに優希ー……晩御飯できたぞ」

「是非……え?」

「だから……え?」

「やっぱり学校には通うべきだったのか……はぁ」

 

 三者はまだそれぞれやっていたらしい。

 飽きないのかよ、と大成は思う。だが、飽きないのだろう。きっと。全員が自分についてのことを真剣に考えているのだから。おざなりにしていいわけがない。

 勝手に晩御飯にお呼ばれしたと喜ぶ好季がいの一番に机に向かった。だが、その時でも優希をエスコートして行こうとする辺り、徹底していると言えるだろう。

 そんな自分に差し出された手を無視して、優希は旅人を引っ張って机へと向かった。

 

「勇が作ったの?」

「ああ。料理は人並みにはできるからね」

「優希さん。この人たちは……?はっ!?まさか、この人たちも君の?いけない!僕が君に真実の愛を教えて――」

「アンタの中で私はどんな悪女になってるのかしら?」

 

 妄想道を突き進む好季を前にして、思わず優希の頬が引き攣っている。

 というか、自分の運命の人と言う割には、いろいろと酷いイメージを抱いている。だが、さすがに今のはないと思ったのだろう。優希の様子を確認するまでもなく、好季は素直に謝罪した。まあ、だったら初めから口に出すな、という話であるのだが。

 

「ふむふむ。なかなか美味しい……!」

「ゆう……勇って弱点ないよな」

「はは……弱点なしとはいかないだろ。人間なんだからな」

 

 ちなみに、気を利かせてデジモン組は外で食べている。わかりきったことではあるが、気を利かせた相手は外でひたすらに待っているグレイモンだ。断じて、この場を人間同士の交流として気を利かせたのではない。

 そして、そんなデジモンたちの優しさにグレイモンは涙していたりする。

 

「さて、ご飯も美味しく頂いたわけだし……婚姻届を出しに行こうか」

「はぁ。さっきも言ったでしょ。お断りよ」

「だから、なぜそうなるんだい?」

「それ、本気で言ってる?そうね……アンタだって、巫山戯半分で言われたことを真面目にとることなんてできないでしょ?」

「……そうか。だったら、本気を見せればいいんだね?」

「……?」

「わかった。どうすればいい?僕の真剣さをわかってもらえるには」

「いや、だから……」

 

 先ほどまでとは違った雰囲気で優希に詰め寄る好季。

 その雰囲気は、先ほどまでとはまた違った種類の真剣さだった。その真剣さは、言うなれば必死だということなのだろう。それも、先ほどまでとは違って、()が必死なのだ。今の好季は、目の前にあるゴールのために、必死に手を伸ばし、もがいているのだ。

 そんな好季の突然の雰囲気の変容に、優希はついていけていなかった。そして、だからだろう。晩御飯を食べ終わったレオルモンがこの場に乱入してきたのは。優希が固まっていたからこそ、レオルモンは手助けをしたかったのだ。

 だが、それは言うなれば――。

 

「好季殿!お嬢様が欲しければ、このセバスを倒してその覚悟を示しなされっ!」

 

 それは言うなれば――。

 

「なるほど、バトルで見せればいいんだね。いいのかい?手加減はできないよ」

「心配無用。このセバス、そんなにヤワではございませぬ!」

 

 言うなれば――。

 

「じゃあ、今日はもう遅いからね。明日にしよう。また朝来るよ。お休み。僕の優希さん」

「まだお嬢様は好季殿のものではございません!」

 

 それは、どこまでも余計なことだった、と言えるだろう。

 




ほんのり香ったラブコメ臭。まあ、ほんのり過ぎですし、ラブコメ路線に入ることはないですが。

次回は優希と好季の(パートナーたちの)バトル。
そして、好季が優希に求婚した理由が明らかに?

では、次回もよろしくお願いします。


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第三十話~未知への進化!?~

 朝。まあ、朝と言っても昼と区別がしづらい微妙な時間帯であるのだが。

 ともかく。そんな時間帯に、優希たちは学術院の街の外のある場所へと向かっていた。そう、先日に零たちと戦ったり、大成と勇がバトルしたあの場所である。

 理由は前回の時と同じで、街に余計な被害を出さないためなのだが――真っ先にそこへ行こうとする辺り、もうバトル専用の場所として大成たちに認識されていると言えるだろう。

 ちなみにメンバーは大成と優希と勇と好季、そしてそれぞれのパートナーである。大成と勇は審判役だ。とはいえ、優希的には、本当は旅人に審判役を務めてもらいたかった。だが、当の旅人は昨日の夜にドルモンに捕まってご機嫌取りに尽力しているため、今日は来られなかったのである。

 そんな中で――。

 

「……」

「えっと、お嬢様?」

「何?」

「う……怒ってます?」

「別に」

 

 事態の中心にいる優希は、勝手にいろいろなことが決まったために、絶賛機嫌急降下中だった。

 どれくらい機嫌が悪いかというと、今日の事を決めた張本人であるレオルモンが、思わず顔色をうかがってびくびくしてしまうほどに機嫌が悪かった。

 というか、優希に冷たい態度をとられたせいで、レオルモンの精神に多大なダメージが入っている。今日、実際に戦うのはレオルモンだが、そのせいもあって精神的コンディションは最悪に近かった。まあ、自業自得なのだが。

 レオルモンとしては優希のためを思っての昨日の発言だったのだが、優希にとってもレオルモンにとっても裏目にしかでなかったようである。

 

「えっ!?好季ってあのゲーム会社に勤めているのか!?」

「ま、勤めているとは言っても入社してまだ三年目だけどね」

「いやいや、あそこっていろいろなゲームを出してる大企業じゃねぇか!毎年すごい入社希望者がいるんだろ!?」

 

 そんな頭の痛い思いをしている二人組とは裏腹に、大成と勇と好季の三人は意気投合していた。

 好季は優希のことが絡まなければ、ごく自然な青年だったのだ。しかも、そこにゲーム好きという共通の話題があることに加えて、ゲーム会社に勤めている好季とこのゲームのランキング一位の勇、と話題には事欠かなかったのだ。

 まあ、大成だけ特に何もないのだが。だが、本人もその他の二人も気にしていないようなので、いいのだろう。きっと。

 

「昔からゲーム好きだったからね。親には心配されたけど……なんとか良い会社に入れてよかったよ」

「へー……どんなゲームが好きなんだ?」

「やっぱり王道系かな。あのワクワク感はいくつになっても良いものだからね。いずれは僕もそんなゲームの制作に立ち会いたいものだよ。やっぱり最高なんだよね――」

「いいよな!王道系ゲーム!やっぱ最高なんだな――」

 

 久しぶりにゲームについて語れる相手とあって、大成のテンションが若干高い。

 確かに、人間の世界で友達が少なかった大成は、趣味の話で盛り上がることなどあまりなかった。大成自身も話で盛り上がることよりも、ゲーム自体をやっていたいと思うタイプだったこともあって、その現状を特に気にすることはなかった。

 だが、この世界に来てからの大成は、そのゲームすらできなくなった。だからだろう。自然と自分と話が合う相手を無意識のうちにでも欲していたのだ。そして、ようやく勇や好季という待ち望んだ存在が現れた。そんな二人を前にして、テンションが上がってしまうのも無理からぬことだと言える。

 だが、そんなテンションも好季と大成が同時に言った次の単語で、急激に別ベクトルへと向かうこととなった――。

 

「――RPGは!」

「――ギャルゲーは」

「……」

「……」

 

 空気が凍った。

 いや、もちろん比喩表現なのだが、その時のことを言葉で表すのならば、正にそういう表現が的確だったのだ。そして、一瞬後に訪れる、大成と好季の雰囲気の変化。両者とも、怒りにも似た雰囲気を纏っていた。

 いきなりの雰囲気の変容に、何事か、と勇もデジモン組も大成と好季を驚いた顔で見ている。そして、それは機嫌急降下中の優希も例外ではなかった。

 

「君はバカかい?現実にはありえない容姿端麗な女性の登場。いくつもの壁を乗り越えて素晴らしい女性たちと結ばれる!それができるギャルゲーこそ、ゲームの中のゲームだろう?」

「お前はアホか!仲間との協力!そして友情!いくつもの危機を乗り越えて成長した主人公!そしてそんな主人公が世界を救う!そんなRPGこそが、ゲームの頂点だろうが!」

「まぁまぁ、落ち着いて……」

「勇気さんは黙ってろ!」

「勇くんは黙っていてくれないかい?」

 

 ヒートアップしていく大成と好季の喧嘩。まあ、その理由もその喧嘩も、その何もかもが傍から見ているとあほらしいものであるのだが。

 この場で最も年齢が高いのは好季であるはずなのだが、最も大人な対応をしたのは勇である。ヒートアップする二人を慎めようとしたのだから。まあ、実際は二人から優柔不断と取られてしまったのだが。最も大人な対応をした者が一番酷い扱いを受けるという、哀れなことになっていた。

 

「なら、白黒はっきりつけようぜ?RPGとギャルゲー。どちらがゲームの頂点に相応しいか!」

「ふっ、望むところ……と言いたいけどね。今日の所は遠慮させてもらおうかな」

「なんだ?怖いのか」

「どうとでも。好きなように取るといい。今日のメインは優希さんに僕の本気を見せること。君じゃない」

 

 静かながら、その言葉には不動の意思のようなものが感じられて、大成は思わず萎縮してしまった。そして、大成がそんな様子だからこそ、これ以上自分に突っかかってこないことを悟ったのだろう。

 おや、そろそろいい場所だろう。とそんなことを呟いた好季は自分のパートナーデジモンに臨戦態勢を整えさせた。

 だが、対する優希は、まさかここで自分のことが再び持ち出されるとは思ってなかったのだろう。頬を引き攣らせて驚いていた。今の今まで蚊帳の外だったこともあって、もしかしたらこのまま自分のことが忘れられることを祈っていたのだ。まあ、所詮は叶わぬ思いだったのだが。

 周りはすでに目的地の近く。そんなことを気づかないまでに手一杯だった優希は、すぐさまレオルモンに臨戦態勢を取らせる。

 

「ギャルゲーでよくある一目惚れなんて嘘だと思ってた。だからこそ、僕はギャルゲーにハマったんだ。そんなこと現実にはないから。でも、一目惚れはあったんだ。ゲームみたいなこの現実。僕は必ずモノにしてみせる!」

「ってことは、女ならなんでもいいのか!」

「そんなわけないよ。というか、昨日聞いたよ?大成くんこそ、デジモンならなんでもいいみたいだね」

「なっ!そんなわけあるか!おい、やっぱり俺とイモが――」

「……さて、準備はいいかな?」

「無視すんな!」

 

 いろいろと言われて喚く大成。まあ、売り言葉に買い言葉なのだが。

 一方で、ゲームみたい、とその言葉を聞いた優希は好季に軽い殺意を覚えていた。

 まるで自分がゲームの特典として扱われているように思えたのだ。誰だって、勝手に自分をゲームの特典扱いされればいい気はしないだろう。

 そして、そんなことを平気で思う好季に、優希は嫌悪感を抱く。この時点で好季への優希の好感度は最低に近くなった。優希の嫌悪ランキング上位に一気に躍り出たほどである。自業自得ではあるが、好季の望むようにはなりそうにないことが確定した瞬間だった。

 そして、優希が内心でそんなことを思っている間にも、優希たちは数メートルの距離を挟んで向い立つ。

 その数秒後――。

 

「さぁ、見てくれ!僕と僕のパートナー……ミケモンのワルツを!」

「いちいち芝居のかかった言い方を……!私はアンタの装飾品なんかじゃない。セバス!」

「はぁ、了解ニャ……」

「了解ですな!」

 

 戦闘は始まった。

 好季のパートナーはミケモン。三毛猫のようなデジモンで、小さいが立派な成熟期(・・・)である。そんなミケモンは、この場で唯一やる気がなさそうだった。気だるげな溜め息を吐いている。

 一方のレオルモンは事の半分が自分のせいということもあって、やる気を急上昇させていた。試合開始の合図と共に、初撃を叩き込むべく全速力でミケモン目掛けて突進していく。

 

「ふっ!」

「……」

「避け――っ!」

「隙だらけ……ニャ!」

 

 勢いの乗ったレオルモンの初撃をミケモンは軽々と躱す。それだけではない。すれ違いざまにカウンターをレオルモンに叩き込んでいる。

 カウンターを受け、吹っ飛びながらもレオルモンは態勢を立て直す。確かに一撃を先に決められたが、先に一撃を決めた方が勝ちというルールではない。レオルモンは負けたわけではないのだ。だからこそ、レオルモンは冷静に状況を見据えるように努力する。

 それは、ここ数日のトレーニングの賜物だった。というか、スレイヤードラモンにフルボッコされた賜物である。

 もちろんスレイヤードラモンほどの相手だと、レオルモンが初撃を決めるのは――いや、それどころか一撃を加えることすら不可能だ。そんな相手と毎日戦っているからこそ、自分の攻撃が躱されたり防がれたりしても動揺しなくなってきているのである。

 ようするに――。

 

「ならっ!」

「ニャ!?このっ!」

「……ぐっ!」

 

 当たらなかった前より当てる次が重要なのだ、ということをレオルモンは身をもって知っているのだ。

 だが、だからといって戦況は特に変わることがなかった。レオルモンの攻撃は確かに鋭い。しかも、戦闘中にどんどんミケモンに当たるように調整されていっている。

 だが、そのどれもをミケモンは素早い動きと軽やかなフットワークで躱し、カウンターを叩き込んでいた。このままいけば、レオルモンの攻撃がミケモンを捉えるより前に、レオルモンの体力の方が先に尽きてしまうだろう。

 

「いいねミケモン!見た感じレオルモンの攻撃は威力が高そうだ。無理してカウンターを入れる必要はない!」

「ニャ!」

「っ!セバス!」

 

 状況はレオルモンが劣勢だった。

 しかも、これが自分に対する一種の試験的な意味合いを持つということで、好季の方には手加減するという考えはない。必死にレオルモンの隙を探し、ミケモンの役に立とうと頑張っている。

 一方で、優希はそんな好季にただ驚いていた。

 強制進化という、優希にもパートナーデジモンを補助する力はある。いや、その力があるからこそ、優希はレオルモンを補助してこれたと言っていい。もちろん、仮にその力がなかったからといって補助しないというわけではないのだが――結局は、たらればの“もしも”の話である。

 対して、好季の方はそのような力を何一つ使っていない。まあ、持っていないのだから当然なのだが。だというのに、自分に出来ることを必死に探して頑張っている。

 それが――そんな行動こそが、そしてそんな行動を好季がしているという事実が、優希には驚きだったのである。奇しくも、昨日同じ場所で驚いた大成と同じ部分のことを、優希も驚いたのだ。

 自分とは違って何の力などなくとも。それでも何かでパートナーの補助をすることはできるのだ、と。優希はそれを思い知らされたのだ。

 もっとも、優希のような特別な力を持つ者が少数である以上、これが本来の補助の仕方と言える。直接戦うことはできないが、それでも共に戦う者として戦況を客観的に見ることができるからこそできる補助の仕方だ。

 だが、優希がそんなある意味でのカルチャーショックを受けている間にも、戦況は進んでいた。レオルモンが、とうとう地面に倒れてしまったのだ。

 

「がはっ!……」

「セバス!」

「お、お嬢様……大丈夫です、まだ行けます……!」

「もう諦めたらどうだい?これ以上は君のパートナーも……」

「……」

「ね?」

「セバスはまだいけると言った。なら、ここで諦めさせるのはセバスに失礼に決まってる」

「なるほど。諦めない強さを支える優しさ。さすがだね。でも、諦めさせるのも優しさだ」

 

 そのように言う好季の視線に、優希たちを貶めるようなものはなかった。本気で真面目に優希たちと向き合っているがゆえに、レオルモンの底が好季には見えたのだ。

 これは、だからこその提案である。君たちでは勝てない、と。これ以上傷つくこともないだろう、と。残酷なまでのその事実を、好季は突きつけたのだ。それが好季の優しさだった。好季にとってこのバトルは、自分の真剣さを優希に見せるためのものでしかない。ミケモンにレオルモンを痛めつけさせるのは、好季の本意ではないのだ。

 まあ、これ以上続けると見ていても辛いというだけではなく、優希からの好感度も下がるのではないか、というかなり切実な懸念もあったりするのだが――好感度の方はもうどうしようもないレベルだということに、好季は気づいていなかった。

 

「……はっきり言うわ。私はアンタのことが好きじゃない」

「……。ははっ照れて――」

「たとえ優しさでも、一緒に苦しむこともしないで人に諦めさせる人を好きになんて……私は絶対にならない。セバス!」

「はっ!お嬢様!」

「そっちも成長期(・・・)だしずるいとは思うけど……私たちも行く!」

 

 その瞬間。優希のペンダントが光を放つ。以前よりも遥かに強く。

 それと同時にレオルモンは以前よりも大きな湧き上がる力を感じていた。一方で、ミケモンは、突然の事態に困惑するしかなかった。攻撃や回避を止めるまではいかないが、その変化を前に手を出しあぐねているようだ。

 だが、その一瞬で。進化は完了する。

 レオルモンの姿が光に包まれる。一瞬おいて、現れる機械(・・)の獅子。それは、いつも進化する成熟期のライアモンではなかった。だが、ライアモンより遥かに力強く――それでいて、ライアモンよりどこか不安定そうだった。

 そして――。

 

「ッ――!進化し――!」

「はっ!」

「ニャ?ニャがっ!」

 

 すべては一瞬だった。

 機械の獅子が駆けた――と優希たちが思った瞬間には、もうミケモンは機械の獅子から攻撃をくらってしまってノックダウンしていた。それだけではない。ミケモンだけではなく、機械の獅子から退化したのだろうレオルモンまでもが倒れていた(・・・・・)

 そんな結末に、誰もが唖然としている。

 あまりの事態に、審判役の大成と勇、そのパートナーたちでさえ何が起こったのか理解できていなかったほどだ。

 

「え?あれ……引き分け?」

「たぶん……」

「じゃ、じゃあ引き分けっ!」

 

 そんな、締まらない掛け声と共に不完全燃焼のままこの勝負は幕を閉じることになる。

 だが、優希も好奇も勝負の終わりを告げる大成たちのその声を聞く暇もなく、自分のパートナーの所へ駆け寄っていた。幸いにも、デジタマ化する様子も、光となって消える様子もない。両者とも生きていた。

 それだけにホッとして好季はミケモンを抱えて、優希の下へと歩いて行く。だが、優希はレオルモンが心配なのだろう。好季の方を見ることすらしなかった。

 

「……僕の想いは受け取って――」

「しつこい。何度来たって――」

「そっか。ははっ……フラレちゃったか……」

 

 最後に呟かれたその言葉。

 思わず驚いた優希が、気絶したままのレオルモンよりも好季の顔をガン見してしまうくらい、その言葉は衝撃的なものだった。

 昨日あれだけ聞き分けのなかった好季が、あっさりと優希の言葉を聞き入れたのだから、当然と言えるのだが。

 

「意外かい?僕だって社会人だ。相手が嫌がっているかどうかぐらいわかるよ。嫌がる女性を必要に追い詰めるのは趣味じゃない」

「だったら、昨日はなんで?」

「やっぱり……諦め切れることじゃなかったからかな」

「……?」

「それじゃあ、もう行くよ」

 

 それだけ言い残して、好季はミケモンを抱えて去っていく。その悲しそうな雰囲気は、フッた張本人である優希ですら声をかけようとしてしまうほどだった。

 優希は知りようのないことだが、自分の好季という人間にとって優希との出会いは鮮烈なものだった。まあ、一言で片付けてしまえば、確かに“一目惚れ”の一言だけで済む。だが、例え一目惚れだとしても、好季にとっては生まれて初めて恋だった。生まれて初めての本気の好きだったのだ。だからこそ、自分の主義を曲げても、持て余した気持ちを届けたかったのだ。

 まあ、結果はこうなったのだが。

 去っていく好季を優希は見つめる。だが――。

 

「ああ、そうそう」

「……?」

 

 ある程度歩いた所で好季は振り返った。その雰囲気は相変わらず悲しそうだったが、これだけは言っておきたいことがあったようだ。

 

「優希さんはミケモンのことを成長期だと思い込んでたけど……ミケモンは成熟期だよ」

「……え?」

「ああ、あと旅人さんとは幸せにね」

「……あ」

 

 最後の最後で優希は気づいた。誤解していたことに。そして、誤解を解いていないことに。

 今日はいろいろなことがあった。いや、ありすぎた。未だどうしたらいいかわからず所在無さげに立っている大成たちの下へと歩きながら、疲れた溜め息を吐いた優希だった。

 




というわけで第三十話。少し戦闘は短めでした。
最後に進化したのは一体何なんでしょうか!?いや、バレバレですけれども。
好季さんはこれで退場。彼の初恋は叶いませんでした。が、いずれまた再登場します。
そして、その時こそギャルゲーとRPGの代理決戦になるかもしれません。

さて、次回はようやく主人公に日の光が……と見せかけて、忘れられかけているあの人たちとあの話題に触れます。

では、次回もよろしくお願いします。




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第三十一話~夢は見るもの~

業務連絡。
第十三話から番外編の文字を取りました。
理由は、番外編扱いじゃなくてもいいんじゃないか?と思ったからです。
この話を含めて番外編扱いのままにして欲しい!という方がもしいたら、おっしゃってください。検討します。


 チリリリリッと甲高い音が目覚し時計から部屋一帯に鳴り響く。それは、朝を告げる合図であり、同時に起床しなければならないという警告音だ。

 だが、そんな音が聞こえたというのに■■は、己の眠りを妨げるその音を止めるべく、目覚まし時計をスイッチを押した。押してしまった。

 結果はたいていの人が予想できるだろう。そう――。

 

「まだ……寝れる……」

 

 再びの眠りにつくことになったのだ。まあ、単なる二度寝であるのだが――たかが二度寝。されど二度寝。二度寝は、会社勤めの社会人、育ち盛りの学生、果ては家事に忙しい主婦。全ての人を堕落させ、遅刻へと誘う魔力を持っている。その力に抗えるものなど、滅多にいない。

 いや、意外に多いかもしれないが。

 とにかく。この少年には不可能だった。この少年は名前を■■といい、まだ十歳にもなっていないような幼い子供だ。

 そして、年齢が十にも満たないということは、理屈よりも感情や感覚を優先する年頃であるということで。そういった子供を律するのは、当然――。

 

「こら!■■!いい加減に起きなさいっ!」

 

 親の役目である。

 そうして■■は、母親に怒鳴られて、渋々起床する。それは、毎朝の習慣と言えるほど、繰り返されている一連の行為だった。ご近所の人たちも、“ああ、またか”や“今日はいつもよりも大きい声ね~”などと寛容に話しているくらいである。

 まあ、■■からすれば、どうして毎回毎回怒鳴られないといけないんだ、という話なのだが。とはいえ、もう一方の母親も、いろいろと時間のない朝に家事をするために早起きをし、その傍らで■■を起こすのだ。朝が時間との戦いである以上、そう優しく起こせるわけもない。

 

「おはよう……あふ……」

「おう。おはよう。なんだ?また夜ふかしか?」

 

 欠伸をしながら、リビングへと行く■■。そんな■■を出迎えたのは、食事をしながら新聞を読んでいる■■の父親だった。■■の姿を見た瞬間、ニヤリとした笑顔をする。たったそれだけのことなのに、それすらもどこか格好良く見える。

 ■■の父親は、昨今の女性にモテるようなイケメンではないが、言うなればそんな渋いかっこよさと魅力を持つ人物だった。

 そして、そんな格好良い父親が、■■は大好きで、密かな自慢だった。まあ、恥ずかしいので口には出さないが。

 

「パパと一緒にしないでよ」

「ははっ、手厳しいなぁ……なぁ?」

「パパ、新聞読みながら朝ごはんを食べるのはやめて頂戴。ながら行為は行儀悪いわ」

「おぉう……手厳しいのはママもだったか……」

 

 とはいえ、今は朝の忙しい時間帯だ。

 すっかり目の覚めた■■も、初めから食事をしていた父親も、■■が来たことでようやく食べ始められるようになった母親も。全員が、食事に集中する。

 それが、■■の毎朝の風景。そして、どこにでもあるような、平凡な日常のひとコマである。

 ちなみに、■■の家では、食事時にはテレビをつけない。が、食事を終えてから出勤や登校するまでの僅かな合間にはテレビをつけており、主にニュース番組が流れている。

 まだ子供である■■はニュースなど興味はないが――。

 

――現地でが環境汚染が深刻な被害を出しており、住民の不安の声が上がっております。しかし、原因は依然として不明で……――

「またこのニュースか」

「いやねぇ……」

「……?」

 

 さすがにここ数日何度も同じ内容のことについて放送していれば、嫌でも内容を覚える。まあ、理解しているとは言い難いが。

 テレビのニュースで流された内容は、■■の住んでいる街のことである。■■には内容が難しく、内容について理解できないものの、大人たち全員が揃いも揃って難色を示していれば、良いことではないことくらいはわかっていた。

 

「カンキョウオセンってどういう意味?」

「え?ええ。えっと温室効果ガスとか、産業廃棄物とかがね……」

「まて、ママの説明は難しすぎる。ようするに、世界が汚くなっているってことだよ」

「へー」

「それは簡単すぎ」

 

 ともあれ、■■にはどうしようもないことであるし、そんなことに頭を悩ませるくらいならば遊んでいた方が楽しい。気になって聞いたのはいいが、すぐに興味を失ったようだった。

 そして、そんな■■に、父親も母親も苦笑している。が、決して苦言は言わなかった。このような問題は大人の問題であり、子供は楽しく過ごしていればいいという考え方を二人は持っていたからだ。

 だが、そうこうしている間にも、時間は過ぎていて――。

 

「……?あっ!パパ!時間時間!」

「え?やべっ!それじゃ、行ってくるよ!」

「いってらっしゃい!ほら、■■も急がないと!」

「はーい。行ってきまーす!」

 

 結局、遅刻ギリギリを覚悟しなければならない時間に、父親と■■は出かけることとなった。

 車で出かける父親と別れて、■■は学校までの道を行く。かれこれ数年も通い慣れた道だ。道に迷うはずもない。だが反対に、その足取りは重かった。

 それもそのはずで、■■は学校に行きたくなかったのだ。いや、学校に行きたくないというよりは、学校を面倒に感じていると言うべきか。今日の授業の時間割は、■■にとって嫌いな科目が多く、しかもトドメとばかりにテストまである。そんな嫌なものが重なっている今日だからこそ、■■は学校に行くのが面倒だったのである。

 

「はぁ……サボろっかな……」

 

 そんな弱気なことを言いながらも、学校をサボったことのない■■にそんな度胸がある訳もなく。重い足取りながら、一歩一歩学校に向かって着実に近づいていた。それのことに気づいて、■■はため息を吐く。もう学校はすぐそこだった。

 あの曲がり角を曲がればもう到着する――その時だった。■■がその人と出会ったのは。

 

「△△のバカ~!迷っちゃったじゃん~!」

「オレのせいかよ!〇〇がキノコに驚いて走ったのが悪いだろ!」

 

 ■■の目の前にいるのは、曲がり角から現れたなんだか賑やかに話す一人の少年。

 ■■には遠目でよくわかないが、中学生か高校生くらいだろう。その傍らには見たこともないような犬らしき生物がいる。

 だが、そんなことはどうでもよく。単純に■■は驚いていた。自分よりはだいぶ年上だとしても、見るからに学校に通う年頃の少年が、ペットであろう犬と共にこの登校時間に歩いているというその事実に。そして、その犬が話しているというありえない事態に。

 

「えっと……あの……」

「だから――ん?えっと……君は?」

「あ、はい。僕は■■と言います」

 

 少年は不思議そうに■■を見ている。何の用で話しかけられたのかわからないからだろう。

 まあ、それは■■も同じなのだが。

 知らない人には話しかけてはいけない。そんな学校で習う当たり前のことを、■■はなぜか真っ向から破ってしまったのだ。自分の気持ちに整理がついていないということもあって、■■は今、混乱の極地にあった。

 

「オレは△△。こっちは〇〇。えっと……君はこの近くの学校の生徒か?なにか用か?」

「あ……えっと……僕は■■と言います。で、その……えっと……そ、その犬……喋ってませんでした?」

「え?何のことだ?犬が喋るわけないだろ?なぁ?」

「いっ……じゃない!ワン!ワン!」

 

 さらりと確信を持って言われた■■の言葉を前にして、一方の少年は頑張って取り繕おうとしているが、犬のような生き物は誤魔化すのが下手だった。もう、どうあがいてもどうにもならないレベルだ。

 そして、誤魔化しきれないと悟ったのだろう。少年は溜め息を吐いてジト目で犬を睨んでいた。反対に、うまく誤魔化すことのできなかった犬は、明後日の方向を向いて愛想笑いを浮かべている。

 

「はぁ。もっとがんばれよ……〇〇。役立たず」

「ひどいっ!△△だってオレのことを犬って呼ぶって……語彙が少な過ぎでしょ!」

「……語彙?」

「それくらいの単語はわかるでしょ~!バカ~!」

「バカとはなんだよ!」

「えっと、あの……?」

 

 お互いに罵り合っているようで、喧嘩しているようで、それでも確かに仲がいいとわかる。不思議な関係の二人組だと■■は思っていた。まあ、存在自体がすでに不思議であると言えるのだが。

 そして、そんな不思議の塊のような二人を前にして、好奇心が刺激されたのだろう。この二人組と■■は、もう少し一緒にいたくなったのだ。

 それは、■■にとって最初で最後の学校をサボる決意となった。

 

「お二人は?」

「だから――!え?オレたち?……まぁ、世界中を旅してるんだよ」

「つい最近日本に戻って来たんだよね~」

「へぇ!なんだかすごいんですね!」

「やばい、なんか初めて尊敬の眼差しを受けて気がする……!」

 

 世界中を旅している。なんともスケールの大きい話である。自分の街からほとんど出たことのない■■は、そんな少年の言葉に感激し、少年に尊敬の眼差しを送っていた。

 一方で、幼い頃から旅をしていて、多くの人に頭おかしい子扱いや乞食扱い、果ては難民扱いされていた少年。そんな少年は、そんな■■の尊敬の眼差しを嬉しそうに受け取っていた。

 まあ、その場にいた中で犬だけは、その尊敬の眼差しが純粋な子供であるが故の虚しい産物であることをなんとなく察していたのだが。

 

「っていうか、君は学校いいのか?」

「えっと……はい!あの、もうちょっと一緒にいてもいいですか?」

「……?いや、いいけどさ。別に得るものなんてないぜ?なぁ?」

「うん。△△はバカだし……」

「盛り返すなよ」

「大丈夫です!」

 

 何がこの目の前の子をここまで駆り立てるのだろうか。そう思った少年であったが、テレビや漫画の中でしかないような“不思議”が目の前にあるのだ。年頃の少年なら憧れるその“不思議”が。だというのなら、■■が興奮して、つい強引に迫ってしまうのも無理はないことだろう。

 ■■がいかにも学校に通う途中の子供であったことに、初めは渋っていた少年。だが、やがてどうでも良くなったのだろう。気軽な感じでOKを出すのだった。

 まあ、その少年の気軽というか、軽率な行動に、犬は溜息を吐いていたのだが。

 とはいえ、大人ならいざ知らず、子供では数歳年上の子供に相対するだけでもかなりの勇気がいる。少年に話しかけた■■のそんな勇気を犬もわかっているのだろう。だからこそ、溜息を履くだけで何も言わなかった。

 

「ありがとうございます!」

「いいってことよ。あ、そうだ……せっかくだしな。この街って良いところある?」

 

 そんなこんなで話は纏まった。そして、いざ行動を開始しようとしたところで、こう少年は■■に尋ねたのである。

 いきなりの質問に驚いた■■ではあるが、律儀にこの街の良いところを言おうとする。だが、たかが十にも満たないような歳の子供が言えることなど、せいぜい観光名所くらいだろう。

 申し訳なさそうにそのことを言う■■に対しても、少年は気にすることなく、その観光名所をとりあえずの目的地と定める。

 実に適当であるが、そんな行き当たりばったりの行動をする少年が、どこか自分の父親と重なるようで。そんなことに、■■は不思議な感覚に陥りながらも、少年の話に興奮したりして目的地までの道中を楽しむのだった。

 そして、数十分後――。

 

「ここか?」

「ここ……なんですけど……」

 

 目的地である場所に辿りついた。だが、そこに広がっていた光景は、期待するようなものではなかった。少年たちにとっても、■■にとっても。それまでの道中の楽しさや興奮が嘘みたいに消え去るような光景が、そこには広がっていたのだ。

 目的地は、河だった。一級河川でもあるその河は、この街のシンボルになるほどのものである。確かに全国単位で見れば有名ではないが、それでも壮観な光景を見せるほどのものだった。

 それが。そんな河が。

 

「なんだこれ……」

「汚い……それに臭っ!」

「これって……ニュースの?」

 

 とてつもなく汚かった。河の色は見るも耐えないようなものへと変わっており、漂ってくる臭いはそれこそこの場にいるのが辛いほどだ。

 呆然としていた■■も、ようやくわかってきた。ニュースで頻繁にやっているのは、これなのだと。あの雄大な河をこんな風にしてしまう何かがあるのだ、と。だから、大人は必死になって騒いでいるし、ニュースでも頻りにやっている。

 もっとも、おかしいのは、これほどのことが起こっているのに、この現象を起こした原因は不明であるということなのだが――それを■■や少年が知る由はなかった。

 

「いつもこうなのか?」

「いや……少なくとも、一週間前は普通で……」

「一週間でこうなったってのか?」

 

 この街に住んでいる■■が、あまりな光景にショックを受けているのがわかったのだろう。少年も犬も何も言わない。

 そして、そんな時だった。天を震わすほどの轟音が辺りを襲ったのは。突然の事態に、少年と犬も■■も、その音が響いたであろう方向を見た。

 そこにあった、いや、いた(・・)のは――。

 

「ギャァアアオオオオオオオオオ!」

「デジモン!?おい、〇〇!デジモンってのはこの世界にはいないんじゃないのか!?」

「知らないよ~!」

 

 怪獣だった。全身の筋肉が腐り落ちていて、酷い悪臭を放っている。はっきり言って生きているのが不思議なレベルだ。体の一部を機械にして生存しているようだったが、体が崩壊しているところを見てもほとんど意味はないのだろう。

 それが、レアモンと呼ばれる成熟期のデジモンだった。とはいえ、その悪臭から幼年期レベルには脅威であるものの、同世代である成熟期デジモンの敵ではないレベルのデジモンだ。

 

「え?△△さんたちはアレが何か知っているんですか!?」

「いや、知っているような知らないような……?」

「知識として知っているみたいな!」

 

 レアモンは土手に上がってきて、■■たちの方へと向かってきている。はっきり言って、非常事態だった。

 しかも、レアモンの出現によって、凄惨たるこの場を見に来ていた野次馬の人々もパニックになり、一目散に逃げ出し始めている。まあ、突然怪獣が現れればパニックにもなるだろうが。

 そして、その例に漏れず、■■たちも逃げ出し始めている。だが、レアモンは■■たちをロックオンしているらしく、■■たちを執拗に追い掛け回していた。

 

「〇〇!」

「了解~!あ、一気に完全体で」

「なんでだ!アイツ弱そうじゃないか!」

「だって、戦うの初めてだよ!?怖いよ~!」

 

 そんな中で、少年と犬は何かを話していた。どうやら、この場を打開する策があるらしい。だが、初めてだの、怖いだの、■■が不安になるような単語がいくつも出てきている。

 

「知るか!どっかでライオンとガチバトルしたことあっただろうが!」

「その後に現地の警察に勝手に野生動物を殺したとかで追い掛け回されたりもね!でも、やっぱり怖いものは怖いの~!」

「△△さん!なるべく早く……!ドロドロお化けがそこまでっ!」

「っち!set『二重』『進化』!」

「○○○○!ダブル進化――!」

 

 その時見た光景を、■■は決して忘れないだろう。少年が取り出した二枚のカードが消えた瞬間に、犬の姿が光と共に変化したのだ。より大きな赤と白の竜へと。

 そして、変化したその瞬間に竜は空を駆け、レアモンを攻撃する。やはり怖いのか、攻撃と退避を繰り返す戦い方。だが、竜とレアモンでは、竜の方がずっと強そうである。少なくとも、■■はそう思う。

 しかし。現実はうまくいかないもので、レアモンには竜の攻撃はまったく効いてなかった。しかも、そこで予想外のことが起きる。それは――。

 

「グギャウアアアアアアア!」

「って……えぇっ!?」

「あのドロドロも変わった!?しかも……!」

 

 レアモンの姿が変化したのだ。目の前に存在する竜と同じ姿へと。その場にいた誰もが、その有り得ない事態に呆然としていた。いきなり、戦っている相手がこちら側と同じ姿になったのだ。それは驚くことだろう。

 そして、トドメとばかりに能力も上がっていた。ただでさえ、攻撃が通じていなかったというのに、さらに能力が高くなったのだ。もう、厳しいを通り越して無理である。

 その状態で取れる手段などそう多くはなく――。

 

「くそっ!○○!逃げるぞ!」

「え?あっ!了解~!」

「えぇっ!△△さん!」

 

 一時撤退。それだけが、この場でできる策だった。

 もっとも、それができるかはまた別問題なのだが――。

 




というわけで、第三十二話。登場人物たちの名前が伏字になっているのは仕様です。
まあ、わかる人にはわかりますが。■■は無理ですが、○○や△△はわかりやすいです。

さて、思いのほか長くなったので、またも分割します。
次回は後編。この話がどういう意味を持つのかは、後編で明らかになります。
そして、今作と前作の両方を読んでいる人には、この先の展開が少し読めるかもしれません。
まあ、前作での今回の件の扱いは全文の中で一文くらいは触れたかな?くらいの扱いなので……大変わかりにくいと思います。

さて、それでは次回もよろしくお願いします。



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第三十二話~夢から覚めて夢へと戻る~

 人間の世界の空を二匹の同じ姿の竜が飛ぶ。まるで追いかけっこをするかのように。当の本人たちは必死の行動であるが、傍から見ていると竜二匹がじゃれあっているような、ファンタジーな光景である。

 もちろん、竜というファンタジーな生き物が空を飛ぶ光景が日常になっているほど、人間の世界は世紀末ではない。それを見た大勢の人々が寄って集って騒ぎ出していた。

 

「っく!だめだっ!追いつかれる~!っていうか、今尻尾かじられた!」

「泣き言を言うなっ!」

 

 二匹の竜は全く同じ姿であり、単体同士を見比べたのならば見分けなど付きそうもない。が、一つだけ違うところがある。その背に人を乗せているか、乗せていないか、だ。

 二匹の状況は、狩る者狩られる者、追う者追われる者、そういう言葉がしっくりくる状況だ。そして、追う側の竜の背には人は乗っておらず、追われる側の竜の背には二人の少年が乗っていた。

 追われる側の竜は、背中に二人の少年を乗せていることもあって、うまく逃げられないのだ。

 もっとも、外見が同じとはいえ、追う側の竜の方が能力スペックが高いために、追われる側の竜単体でも逃げられなかっただろうが。

 

「△△~!何か使って~!」

「その手があったか!わかったよっ!set『加速』!」

 

 △△と呼ばれた少年が取り出したカードがまたも消失した瞬間、追われる側の竜のスピードがぐんと上がった。そのスピードは、追う側の竜にも匹敵するほどで、逃げやすくなったと言える。

 だが、それでも現状は好転しなかった。やはり、少年二人を背に乗せているというハンデが大きすぎたのだ。

 片方の少年である△△は、竜と普段からいるために、竜の背に乗って移動することも慣れている。が、もう片方の少年である■■はこれが初めてだ。あまり変な動き方をすれば、■■が耐えられなくなる。現に今だって、■■は乗り物酔いみたいな状態になって、言葉を話すことも難しくなっている。

 まあ、そんな状態でも■■が竜の背に乗り続けられているのは、手を離せば背中から落ちて死ぬぞ、という生存本能から来る無意識での行動であるのだが。

 

「△△~もう無理~!」

「くそっ!どこかでオレたちを下ろせ!迎え討つ!それまで頑張れ!」

「わかった!」

 

 かれこれ一時間近くの間、この追いかけっこは続いていた。そして、追われる側の竜が竜の姿でいられる時間には制限がある(・・・・・)。これ以上逃げても、状況は好転するどころか悪化するだけだろう。

 だからこそ、危険を冒してまで迎撃することにしたのだ。

 

「オレと■■は飛び降りる!任せた!」

「え?あ、ちょっ!待っ――」

「へぁ?うわぁああああああああああああああ!」

 

 飛び降りている最中に自分たちを追う竜に攻撃されないようにするように味方の竜に頼み、△△は■■を掴んで、竜の背から飛び降りた。

 上空数百メートルからの飛び降りだ。気分が悪くてボーッとしていた■■も、これには絶叫するしかなかった。一瞬、走馬灯が見えたほどである。まあ、地面付近で吹いた不思議な風によって、ゆっくりと着地することができたから良かったのだが――少なくともこんな紐なしバンジージャンプはもう二度と経験したくないだろう。

 △△と■■が降り立ったのは、初めにいた河だ。一周回って戻ってきたのである。あいも変わらない強烈な臭いに誘われて、乗り物酔いのような現状に、気持ち悪さがさらにプラスされたのだろう。耐え切れなくなった■■は、胃の中身をぶちまけている。

 

「ギャアォアアオオオオ!」

「っく……なんで初めてのデジモンとの戦いがこんな命懸け……!」

 

 一方、無事に地上へと降りられた△△たち二人とは反対に、竜たちの戦いはまだ続いていた。

 追う側だった竜は、意外なことに落ちている間は隙しかない△△たちは狙わず、目の前の竜ばかり狙って来ていた。

 そのことに戸惑うしかなかった追われる側だった竜だが、ここまで執拗に狙われれば、うっすらとだが理解できていた。あの河にいた時から、ずっと自分を狙ってきているのだということが。それは、△△たちには被害が及ばないかもしれないという希望でもあり、同時に自分はまだ戦い続けなければいけないという絶望でもある。

 

「○○……くそっ……どうすれば……」

「△△……さん、このままじゃ……やられちゃ、います……よ……!うっぷ……」

「わかってる!」

 

 未だ吐き気の収まらない■■が半ば無理をしながら焦ったように言った言葉に、△△も焦りを隠せない様子で返す。

 確かに、戦っている竜はどちらも同じ姿で、見分けなどつかない。だが、初めからずっと片方がやられているのだ。一度も、その状況は変わっていない。であれば、そのやられている方がどちらの竜であるのかなど、火を見るより明らかだ。

 

「……!そうだ!確かデジモンは完全体の上に究極体があるとかなんとか……!」

 

 そんな中で、△△は名案を思いついたかのような声を上げた。その手には、先ほど使ったのと同じカードが握られている。消えたはずのカードがあることに驚いた■■だったが、未だ吐き気がおさまっていないこともあって訳は聞けなかった。

 いや、聞かなくてもよかったのかもしれない。この状況が打開さえされれば、■■にはなんでも良かったのだ。

 

「○○ー!set『進化』!」

「おぉおおお!○○○○○○!進化――!」

「……!」

 

 片方の赤白の竜が光に包まれ、一瞬後に現れたのは、白銀の竜だった。先ほどよりもずっと巨大で強大な威圧感を放つ。その竜。その姿に、その場の全員が驚いていた。

 これでなんとかなる。それは、そんな湧き上がる圧倒的な力を前にして、■■も△△も、そして戦っている白銀の竜でさえも、その誰もが抱いた思いだった。

 だが――。

 

「グギャォオオオオオオ!」

「えっ!」

「なっ!」

 

 現実は、どこまでも無情でしかなくて。

 敵である竜も、一瞬後に白銀の竜へと変化した。ここまでくれば、この場の全員がうっすらと気づいていた。あの敵は、敵の姿を能力ごとコピーする能力を持っているのだと。そして、それはつまり、打開策は打開策成り得なかったということで。

 事態は、好転どころか悪化しかしなかったというわけだ。

 

「ギュアォオオオオオア!」

「っ!○○!……ってあ――!」

「うわぁああああああ!」

 

 戦いがリセットされたため、どちらが味方で、どちらが敵なのか、戦っている本人以外はわからなくなった。だが、わかる必要はないと言えるだろう。すべては、これで終わりなのだから。

 どちらかの白銀の竜が破壊の咆哮を上げる。それは、どちらの攻撃だったのか。■■たちには、それを考える暇も隙もなかったし、例え考えられたとしても理解もできなかっただろう。

 ■■も、△△も、街も――そのすべてがそのたった一度の攻撃によって吹き飛ばされていく。それは驚くべきことで、■■の理解を遥かに超えていた。

 

「うわぁああ――あれ?」

 

 死ぬ。掛け値なしにそう思った■■だったが、意外なことにまだ生きていた。いや、誰かに助けられたというのが正しいだろう。

 まるで巨大な何かに掴まれて(・・・・)いるような、そんな感覚。だが、決して苦しくはない。優しく丁寧に包み込まれていた。そして、その数瞬後にその掴まれている感覚は文字通りの事実だったということを■■は知ることになる。

 突如として、光が差し込んだ。急に差し込んだ光に目を細めながらも、■■は辺りを見回した。黒い。ひたすらに黒い地面のような場所に■■は座っていた。いや、■■だけではない。△△も、いつの間にか白銀の竜から犬の姿へと戻った○○も、そこにいた。

 だが、△△は血だらけで今にも死にそうだ。一方で○○はどこか茫然自失としていて、何かを呟いている。

 

「オレが……僕が……これを……違……でも……」

「○○?あの、△△さんが!」

「僕が進化をしたから?でも、だからって……」

 

 よほどショックを受けているのか。〇〇が何にショックを受けているのか、■■にはわからない。だが、これほどまでになることだ。よほどのショックを受けたのだろうということだけはわかった。

 そして、そんな■■の予想は正しい。〇〇にとって今回が初めての大きな実戦であること、△△が死にかけているということ、街が壊されたということ。そして、それらがすべて自分と同じ姿の者によって行われたということ。そのことに○○はショックを受けたのだ。

 ようするに、自分と同じ姿の者が敵であったことと初めての大きな実戦の精神的ストレスが重なって、相手に感情移入しすぎてしまったのだ。それはつまり、自分が事を起こしたと錯覚させられているようなもので、精神的に大変よろしくなかったのである。

 もちろん、確固たる自己を持つものであれば、その程度のことなど何でもない。いくら敵が自分と同じ姿であったとしても、そこに自分と同じ心がなければ、自己同一性は失われないからだ。

 だが、今回は精神的ストレスが溜まりすぎたが故に、このようなことが起きて、○○のショックは大きかったのである。

 

「○○!△△!ねぇ!」

「そいつたちなら心配ない」

「えっ!?」

 

 心配の声を上げる■■。

 だが、そんな■■に答えるように新たな参入者がこの場に現れる。現れたのは、仮面の男。妙な仮面といい、その登場の仕方といい、胡散臭いことこの上ない。

 そんな仮面の男がいきなり現れたことに、■■は驚いたものの、そんなことはすぐにどうでも良くなった。■■にとって重要なのは、仮面の男そのものではなく仮面の男が語った言葉の内容なのだ。

 

「死にぞこないは死なせないし、犬の方は心に多少の傷は残るかもしれないが……まあ、保険もあるという話だ。なんとかなるだろう」

「保険?」

「いや、そもそもそれがなくても妙な闘争心が強いやつだからな。大丈夫な気も……。それに今回のは人間世界で育ちすぎた故の弊害というか……もう少しサバイバル経験を積ませとけばよかったかな」

「……?」

 

 仮面の男が語った言葉の内容。■■にはそれが本当かどうか確かめる術はなかったが、その声が妙な確信を持った響きであったもあって、すぐに信じることができた。

 まあ、それでも仮面の男の初めと最後の方の雰囲気の違いには、何度目になるかもわからない驚きを感じることに■■はなったのだが。

 

「あの……?」

「ああ、すまない。あのイレギュラーはコイツ(・・・)が始末する。こいつらも……何とかする。君はさっさと逃げるといい」

「逃げる?でも……」

「できるだけ遠くにな」

 

 仮面の男が言ったコイツ。一体何のことかわからなかった■■だったが、その疑問はすぐに解消された。いたのだ。この場にもう一人。いや、もう一体と言うべきか。とにかく、あまりに巨大すぎて気付けなかったその者の存在に、■■はようやく気付いたのだ。

 ■■が先ほどまで黒い地面だと思っていたのは、その者の手。つまり、巨大な誰かの手ということで、当然その手の持ち主がいるということで。

 

「でも!アイツはたぶん相手をコピーす……」

「大丈夫だろう。コイツも、伊達にロイヤルナイツに名を連ねてはいない」

「おい、一言余分だ。まぁ、安心しておけ。コピーさせなければどうってことない」

「なら、アイツは任せるぞ。set『転移』!」

「え?ちょ――!」

 

 空間が歪む。■■が最後に見たのは、未だ街を壊し続けている白銀の竜を倒すため、空を駆けていく漆黒の騎士の姿だった――。

 

 

 

 

 

 薄暗い牢獄。罪人を閉じ込めておく為だけに作られたであろうそこは、冷たかった。それは、室温だけの話ではない。ここは何もかもが無機的だった。ここに訪れたものは、誰もが思うだろう。冷たい場所だ、と。

 罪人は裁かれるもの。一切の情を排除して、そういう意識の下に作られたからこそ、この牢獄はひたすらに冷たいのだ。

 見た目だけは石造りのこの牢獄だが、実際は魔術に機械、さまざまな技術を結集して作られた場所であり、それゆえにかなり堅牢だ。完全体程度のデジモンでは、ここから出ることは不可能に近いだろう。

 そして、そんな場所で零は目を覚ました。大成たちに負けてから、零はここへと連れてこられたのである。

 

「……懐かしい夢だな」

 

 そう、零は夢を見た。自分がまだ零ではなく、失敗作でもなく、ただ■■だった頃の夢を。

 結局、あの少年が、犬のような生物が、仮面の男が、漆黒の騎士が――彼らが何者だったのか。零にはわからなかった。何年も前のことのため、記憶が薄れているのだ。例えもう一度会うことができても気づけないだろう。

 

「父さん……母さん……」

 

 あの後、気がつくと零は見知らぬ場所にいた。いや、見知らぬというと語弊がある。正確に言えば、場所自体は見慣れた場所だった。ただ、見慣れた場所が見知らぬ場所になるほど、滅茶苦茶に破壊され尽くされていただけで。瓦礫の山になっていただけで。

 あれが、あの白銀の竜の姿をコピーした何者かによって引き起こされたものであることには間違いない。だが、当時の零はそんなことはどうでもよく、ただ瓦礫の山の中を走った。

 周りにあるのは瓦礫の山だけではない。先ほどまで当たり前に暮らしていただろう、人々の死体も同時にあった。それを見てあの頃の零は不安に襲われたのだ。

 母や父はどうなったのか、と。母も父もきっと無事であるはずだ、と。さまざまな不安や期待が入り混じって、家だった場所を目指して走った。

 そして――。

 

「……くそ」

 

 そこで見つけたのは、血を流して庇い合うような格好で倒れ伏していた両親の姿。幸か不幸か、ギリギリまだ生きていた。だが、無力な子供だった零には助けることなどできなくて。

 結局、最後の言葉を聞くことができただけだった。

 

――よかった……無事で……――

――はは……■、■はおれたちの……じまんの……むすこ……だな……――

――……一人にしちゃって……ごねん……でも――

――ああ、■■。生きろ――

 

 口を開くのも辛いだろうに、代わる代わるそんな短い最期の言葉を告げていく両親の姿を見続けることは辛くて、目を逸らしたかった。だが、これが最後だともわかっていた。だからこそ、零は目を逸らせなかった。しっかりとその姿と言葉を脳に焼き付けた。

 だからこそ、零はわからなかった。今にも死にそうだというのに、微笑もうとする母が。激痛で苦しいだろうに、いつも通りにニヤリと笑おうとする父が。なぜ、そんな顔をしようとするのか。零はわからなかった。

 そしてその後、事切れた両親の傍で泣き続けた零は、気づけば見知らぬ施設にいた。いや、零の他にも、生き残ったとみられるたくさんの人々がそこの施設にいた。

 

――なんで、僕はここにいるんですか?――

 

 その時、そんなことを零は施設の人に聞いた覚えがある。まあ、施設の人は何も答えてはくれなかったのだが。

 今思えばアホなことを聞いたものだ、と自嘲の笑みを零は浮かべた。実験用の動物に、何故を教える研究者などいるはずもないというのに。

 そこで与えられたのは、苦しみ。そこで奪われたのは、人の尊厳。そこで出会ったのは、不可解な生き物。

 地獄の責め苦を受けているかのような実験の数々。当然だが、何をされているのか、零たちには知らされなかった。そして、最後まで施設にいたのは零だけだった。きっと他の人々は処分されたか、実験に耐え切れずに死んだのだろう。

 まるで自分の体が自分のものでないような、他者の体を無理やり自分のものにしたかのような、気持ち悪い実験の感覚が思い起こされる。あの実験で零は、人間でなくなった。人間でなくなることを代償に、強大な体を手に入れた。

 だが、零はそんなものはどうでもよかったのだ。

 自分の両親は自分のことを自慢の息子だと言ってくれた。だというのに、そんな自慢の息子は人間ですらなくなった。それはつまり、大好きな両親の自慢でいられなくなったということで。

 だからこそ、零はこんな今の自分の体が大嫌いで、そしてこの身体の元となったデジモンという種が憎いのだ。

 回想を終えた零は、現在に目を向ける。

 

「……ずるいな。お前は」

 

 そう言った零の視線の先にあるのは、卵。スレイヤードラモンに倒された、ムゲンドラモンのものだった。

 ムゲンドラモンと零は、ムゲンドラモンが成長期だった頃から付き合いがあった。零と同じように、ムゲンドラモンもまた実験体として、何かの実験を受けていたのだ。

 一度だけその実験光景を零は見たことがある。容器に入れられ、何らかの機械の腕や足といったパーツと繋がれていた。あれはおそらく、確実にムゲンドラモンへと進化させるための調整と実験だったのだろう。

 成長期だったムゲンドラモンとあの頃の零は交流があった。とはいっても、少しだけだが。だからこそ、零は知っていた。失敗作と呼ばれるのは自分だけであり、ムゲンドラモンは成功作と呼べると。

 

「なぜだ?」

 

 そんなムゲンドラモンが、なぜ施設から逃走する零について来たのかはわからない。

 五年前、何かがあって混乱の最中にあった施設から逃げ出すことを零が決心した時、ムゲンドラモンも自然と付いてきたのだ。

 ムゲンドラモンは成長期の頃から人間ほどの自意識というものが存在しない、正しく機械のような者だった。だからこそ、零には理由がわかなかったし、零自身も復讐を考えるようになったことでそのことを気にしなくなった。

 だが、こうして己が敗北し、前よりも何かを考えている時間が多くなった時、零はそのことが自然と気になったのだ。しかし、ムゲンドラモンはすでに死に。真実は闇の中に葬られている。

 それが――。

 

「お。よー……元気かー?」

「……死ね」

「ご挨拶だな」

 

 だが、そこまで考えて、零の思考は否応なしに中断されることになった。夢中で考えていたからだろう。零は自分の目の前に人物に気づけなかった。まあ、目の前にいると言っても、牢獄の格子が間にあるのだが。

 この様子からして、その人物は零に会うためにやって来たのだろうか。まあ、そんな人物相手に零の対応は随分とアレだが、それも仕方ないと言える。

 なぜなら、その人物は――。

 

「人をこんなところに追いやった原因の一人が何を言う」

「はは……それはまぁ?ああ、そういや自己紹介がまだだったな。オレは旅人だ」

「知っている。有名だからな」

「え?マジで?」

 

 そう、旅人だ。

 まあ、零に限らずどんな人物でも、自分が牢獄に入る直接の原因の一人に良い態度など取れないだろう。

 一方で、旅人の方は、そんなイラついているような零とは反対に苦笑いしているだけだった。そして、そんな旅人の反応が余計に癪に障る零である。

 

「何の用だ?」

「いや、特に何も」

「なんだと?」

「いや、本当に用はないんだって。ドルは優希がどっかに連れて行ったし、リュウはワームモンとレオルモンに付きっきり。アイツは話しかけてこないし……で、暇だから彷徨いていたらお前を見つけたんだよ」

 

 暇だから街を彷徨いていたら牢獄に来てしまった、という信じられないことを旅人は言う。

 嘘を付くのならもっとマシな嘘をつけと思った零だったが、残念ながら嘘ではないのである。旅人は本当に偶然にこの牢獄の建物を発見し、偶々入って見たら零が捕まっていた牢獄を発見したのだ。

 あんまりな行動にバカらしくなった零は、とりえず旅人の評価を下方修正することにしたのだった。

 

「なんかジメジメしていていいところじゃないな」

「当たり前だ。牢獄に何を期待している」

「いや、何かあるかなって。あった……というか、いたのは何かブツブツ言ってた暗い奴だけだったけど」

「……さっさと失せろ」

「まぁ、面白いものはなさそうだしな……んじゃな」

 

 興味もなくなったのか、軽い返事をして旅人は去っていく。

 そんな旅人の軽い感じが、逆に自分が貶められているようで余計に気に障った零。だが――。

 

「待て」

 

 不意に浮かんだ疑問を聞きたくなったために、旅人を呼び止めた。

 今にもこの場から去ろうとしていた旅人は、今度は何だよ?と言いたいかのような顔で振り返る。いや、言いたいのだろう。去れと言われたり、待てと言われたり。一言くらいは言いたいことがあるはずだ。

 

「少し聞きたいことがある。五年前の事件のことだ。五年前のあの時……お前もこの世界に、デジモンによって自分の運命を狂わされたはずだ。なぜデジモンを恨まない?」

「五年前のこと、なんで知ってるんだよ」

「いいから質問に答えろ」

「偉そうだな。まぁ、いいや。確かにさ。この世界に関わって、イラっとしたことや理不尽なこととかいろいろあった。けど、恨むほどじゃないな」

「なぜだ!」

「……何でそんなに必死なんだか。ああ、話の続きだけど……そりゃ、旅だからな。これまでも、これからも」

「……?」

「あー……えっと……つまりだな。やっぱり気楽に楽しく行かないと人生損だなって話だよ。難しく考えてると楽しくないだろ?」

 

 零にはそんな旅人の言葉が理解できなかった。

 だけど、ニヤリと笑って言う旅人のその顔が、記憶の中の誰かと重なって――次に零が気がついた時には旅人はいなかった。どうやら、だいぶ長い間ボーッとしていたらしい。

 だが、何か大切なことを思い浮かべていたような、零はそんな気がしていた。

 

――生きろ――

「……」

 

 脳裏に不意に浮かんだ声。

 その声の意味を考える前に、溜め息を吐いた零は再びの眠りについたのだった。

 




というわけで第三十二話。前回と引き続いて零の過去回想の夢でした。
はい、だいぶ長くなりましたね。
あと、この話は作中時間では、A&Aの時間から八年ほど前のことです。つまり、前作の三年ほど前の話ですね。

あと夢の最後で登場した仮面の男と漆黒の騎士“だけ”は前作の登場人物です。
今作には登場しません。

さて、第三章も中盤を終えたところで、次回から第三章終盤が始まります。
ようやく主人公が戻ってきます。

それでは、次回もよろしくお願いします


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第三十三話~過去の遺産は今を狙う~

「大成さんですね?ウィザーモン特別名誉教授が呼んでおります。今すぐウィザーモン特別名誉教授の研究室へ行ってください」

 

 そう、大成に告げたのは白いチェスの駒のようなデジモンだ。ポーンチェスモンと呼ばれる成長期のデジモンである。この学術院の街にも大勢いるデジモンで、大成もこの街に来てから何度となく見たことがある。

 だが、そう言われたのはいいが、今の大成は仕事の途中である。とある店の開店前の清掃中なのだ。今日は一日この店でこき使われるのが、大成の仕事なのだが――。

 

「いいって。行ってきな」

「え?いいのか?」

「ああ、特別名誉教授様からのお呼び出しとあっちゃ、こっちもワガママ言うわけにはいかねぇ。さっさと行きなっ!」

 

 意外なことに、店主から許可が出た。店主は赤い植物のようなデジモンで、レッドべジーモンと呼ばれる成熟期のデジモンである。店を手伝いに来てから、大成に嫌がらせのような手伝いをさせ続けたということもあり、性格はお世辞にも良いとは言えないのだが――そんなレッドベジーモンですら、あっさりと許可を出したのだ。そのあまりのあっさり具合に、特別名誉教授というものの凄さが垣間見れた気がする大成である。

 まあ、許可も出たことなので、店主に別れを告げて大成はウィザーモンの研究室へと向かうことにする。最後、レッドベジーモンは地面に手を叩きつけて悔しがっていたが、それを大成は見なかったことにした。

 で、数十分の道のりを歩いて、大成が研究室へとたどり着くと――そこでは呆れ顔のウィザーモンが大成を出迎えた。

 

「遅い。何をしていたんだね?」

「いや、いきなり呼び出しといてそれはないだろ」

「ふむ……まぁ、そうか。む?ワームモンはどうした?」

「イモはリュウとどこか行ってる」

 

 どこか、と大成は言うものの、何をしに行っているのかはわかっていた。修行だ。ムゲンドラモン襲撃の際に、中断されていたソレを再開することになったのだ。

 ちなみに、レオルモンも一緒である。本格的な修行の開始の際に、初めは優希の傍を長時間離れることとなるために難色を示していたレオルモンだったが、代わりにドルモンが優希と行動することになったため一応の納得を示した。まあ、自分よりもドルモンの方が強く、そして頼られているという事実をつきつけられて、半ばヤケになっていると言えなくもないのだが。

 

「そういや、なんで優希はドルを連れて街の外へ言ってんだ?どうせウィザーモンの入れ知恵だろ」

「ふむ?まぁ、そうなのだがな」

 

 そう。好季との戦いの後から、優希はドルモンと一緒に街の外へと出かけることが多くなった。それは、大成の言う通り、ウィザーモンからの入れ知恵だ。

 以前、好季との戦いで起こったレオルモンの未知なデジモンへの進化。ウィザーモンは、それは完全体への進化なのだろうと考えたのだ。そしてそう考えた時に、レオルモンが倒れたのは完全体の力に耐え切れなかったからだと予想がつく。

 

「へぇー……あれ、でもそれが優希とドルが一緒に街の外に出るのとどう関係あるんだ?」

「それはだな――」

 

 それと同時に、レオルモンがいきなり完全体へと進化したのは、優希の力が上がったからだという予想も成り立つ。完全体へと進化させることが可能になるくらいに優希の力が上がっていたのだ、と。

 だが、先に述べたように、レオルモンは完全体の力に耐えきることができない。であるならば、レオルモンが完全体の力に耐え切れる体作りをするのは当然として、成熟期を視野に入れた力の行使ができるように優希も自身の力をコントロールしなければならない。

 よって、完全体の力に耐え切れるだろうドルモンを使って、優希自身も自身の力の制御トレーニングを行うことにしたのである。

 

「ああ、それでドルと街の外に……しっかし完全体かー……!いいなー」

「未だ成熟期にも進化できていないパートナーを連れている分際で何を言う」

「いや、そうだけども!憧れるだろ!?」

「……さて、ワームモンがいないのか。困ったぞ」

「無視すんな!」

 

 そんな優希たちのことはともかくとして、ウィザーモンは大成とワームモン両方に用があって呼び出したようだった。だが、実際に来たのは大成だけ。二人が一緒に行動していないというのは、ウィザーモンにとって予想外のことだった。

 どうしたものか。そう考えたウィザーモンだったが、すぐに打開策を思いつく。すなわち、いないのならば呼べばいい、と。

 ウィザーモンが、空中に魔法陣を浮かべて何かをブツブツと唱えたかと思えば、しばらくの後に空中から部屋に響き渡るように聞こえてきたのは――。

 

――ん?これ、ウィザーモンの奴か?もしもーし?――

「ああ、無事につながったようで何より。さて、旅人――」

 

 旅人の声だった。

 いきなりの事態に、大成は驚きを隠せなかった。が、しばらく考えて、ゲームでよくある通信手段的な何かなのだろう、と大成は納得する。

 いや、そもそも現実世界ですら携帯電話という身近な通信手段が存在するのだ。この世界でも似たようなものがないと考えるのは早計だろう。

 

「大成のワームモンを連れてきてほしい」

――いきなり何言ってるんだ!?――

「さっさとしてくれ。君の滞在中の費用を出しているのはこちらだぞ」

――いや、ムゲンドラモンたちを倒した功績ってことになってなかったか?……まぁいいや。暇だし――

 

 短い通信だったが、それだけで終わった。旅人が最後にポツリと呟いた言葉が彼の今を物語っているようで、哀れみを誘われた大成だった。

 

「便利だな」

「ん?ああ、通信のことか。専用の設備があれば誰でも使えるし……そもそも旅人と優希はアナザーがあるからな。専用の設備がなくても楽に連絡は取れる」

「アナザー……なんだっけ?どこかで聞いたような気が……」

 

 しばらく考えて、大成は思い出した。優希が持っていた携帯電話に似た機械だと。初めはレオルモンがその中に入っていたりもして、なかなかに多機能な機械だった覚えがあった。

 あの時はまだこの世界に来たばかりのことだった。あれからまだ一ヶ月も経っていないはずであるのに、随分と長い時間が経っている気がする大成。きっとこの世界に来てからの濃い日々がそう思わせるのだろう。

 

「旅人の持つオリジナルは違うが、優希の持つアナザーは僕が作ったものでね。通信機能その他諸々、熟知している」

「ストップ。あれって、ウィザーモンが作ったのか!?」

「何を今更。人間の世界でも使えるように調整を加えたりしてな」

「人間の世界に行ったことあるのか?」

「ない……が、そこら辺は想像で何とでもなるだろう。そういえば、その辺りのことを優希に聞いてなかったな。今度聞くか」

 

 アナザーが凄い機能を持つということは大成も知っていた。が、まさか身近にいた者が製作者であった事実に、大成は驚きを隠せなかった。さすがに開発者ではなかったようだが、それでもあれを作ることができる時点で、その凄さがわかるだろう。

 とはいえ、大成が日頃からお世話になっているデジメンタルを作ったのはウィザーモンだ。そう考えると驚くまでもないことかもしれない、と一瞬でも思ってしまった大成はだんだんと感覚が麻痺しているのかもしれなかった。

 なんだかんだで、そろそろ驚き疲れてきた大成である。が、きっとまだまだ驚くことにはなるだろう。それは、容易に予想がつくことだ。

 

「でも、なんでイモが必要なんだ?」

「フフフ。優希の協力もあって、デジメンタルを改良してね。ぜひ実験したいのだ!」

「改良?」

「うむ!まあ、成功しているかどうかを確かめねばならないのだが――」

 

 一応、友情のデジメンタルは大成が肌身離さず持っていたために、改良されたのはそれ以外のデジメンタルとなる。具体的にどこが改良されたのか。それを聞きたい大成だが、すべてはワームモンが来てから、とウィザーモンはもったいぶってなかなか言おうとしない。

 そのもったいつけた言い方に若干イラっとした大成である。

 そして、数分後。待ちに待ってようやくワームモンが到着する。まあ、旅人が抱えてきたのだが。当のワームモンは、スレイヤードラモンのしごき(修行)を受けていたにしては元気がいい。どうやら、本格的に始まる前に旅人に連れてこられたようだった。

 

「連れてきたぞ」

「うん、ありがとう。もう行ってもいいぞ」

「本当にこれだけのためにオレを呼んだのかよ……」

――天才と馬鹿は紙一重とはよく言うたもんやな~――

「一応天才だろ。多分な」

「何を一人でブツブツと言っている。さっさと行きたまえ」

「……嫌がらせか?」

 

 まあ、退室を促しておきながら難だが、ウィザーモンは旅人がこの場に一緒にいてもそれはそれで構わなかった。旅人がこの場に残りたいと言えば、溜め息を吐きながらもこの場にいる許可を出すつもりだったのだ。どちらでも構わなかったからこそ、その選択を旅人に任せたのだ。まあ、遠まわしに告げる、いやらしいやり方だが。

 一方、旅人はこの場に残る利点はあまりなかった。好き好んで、ウィザーモンの実験談義を聞こうと思わなかったのである。

 よって、ワームモンだけ置いて、旅人は部屋から出ていった。その姿を前に、彼はいろいろと体よく扱われている気がした大成。まあ、あまり間違ってはいないだろう。

 

「ぼ、僕はなんで連れてこられたんですかぁ……?」

「いやなに。改良版デジメンタルのためにな。現状、デジメンタルを使えるのは君だけだ。よって君がいないと始まらない」

「えぇ……」

 

 あんまりな言い分にワームモンは言葉が見つからなかった。

 せっかくやる気を出してスレイヤードラモンの修行に参加し始めたところだったというのに、具体的に始まる前に有無を言わさず連れてこられ。気を取り直して何かあったと思えば、実際はウィザーモンのワガママ。ワームモンは脱力感を感じられずにはいられなかった。

 一方、そんなワームモンとは対照的にウィザーモンのテンションは高かった。自分の研究成果を試せるという機会が嬉しいらしい。

 

「フフ……では見せよう!これが改良版デジメンタルだ!」

「……」

「……」

「どうだね?」

「……いや、どうだと言われても」

「ま、前と変わってないですよぅ……」

「当たり前だろう。何を期待している」

 

 だが、ウィザーモンが持ってきたデジメンタルは、その全てが以前と変わりなかった。もちろん、外見の話だが。まあ、機能を改良するために、ウィザーモンはデジメンタルの中身構造を弄ったので、外見が変化するはずもないのだが。

 とはいえ、改良版と言うくらいだから、わかりやすい何かしらの変化があるとばかり思っていた大成とワームモン。正直言って、その以前と変わりない姿は期待はずれだった。

 

「で、見た目は何も違わねぇけど……」

「もちろん、中が違うに決まっているだろう。今までのデジメンタルは大成とワームモンの二人の相性で、使用に耐えうるものかどうかが決まっていたのは覚えているだろう?」

「ああ。俺とイモが二人共そこそこ相性が良かったのは友情のデジメンタルだよな?」

 

 そう、以前までのデジメンタルは大成とワームモン二人の相性の総合で最終的な相性が決定していた。例えば勇気のデジメンタルの場合、ワームモンはマイナス八で大成がプラス五。総合的に見ればマイナス三。という具合にだ。

 そんな感じで総合した相性の結果、友情のデジメンタルの相性が一番マシだったのである。

 

「今回のデジメンタルは“人間側”の相性だけで使用できる優れものだぞ!」

「それって」

「ああ!例えデジモン側の相性が悪くとも関係ない。暴走の危険があるデジモンに進化しようとも、人間側の相性でアーマー進化が成り立つために、その辺りもクリアできるというわけだ」

「すっげぇ」

「まぁ、進化しても性格はそのままという欠点があるのだがな。進化先の種族の性格を多少なりとも得られないということだ」

 

 つまり、今までワームモンは、アーマー進化すると進化先のデジモンの種族の性格とワームモンの元の性格が足されて二で割ったような性格となっていた。だが、今度からは元の性格のままとなるということだ。

 これは進化先の種族の性格に影響されないというメリットもあるが、この気弱な性格のまま戦わなければならないというデメリットも存在するということである。

 これを考えると改良前と改良版。どちらでアーマー進化しても一長一短であると言えるだろう。

 

「でも、進化先が増えるのはすげえな。なんで今までやらなかったんだよ」

「仕方ないだろう。元々デジモン単独での使用を前提としていたんだ。人間の存在を想定していなかったのだ」

 

 大成自身も人間ということもあって忘れかけていたが、そもそもこの世界には人間というものはいなかったのだ。ウィザーモンに限らず、人間という存在を前提としたものを作ることなど滅多にいなかっただろう。

 だが、人間という存在がこの世界に現れ始めた。それも、五年前やそれまでと比べ物にならないくらい大勢の人間が。そのために、人間とデジモンの関わり合いの中で力を発揮するものをウィザーモンは作ったのであるが、それでも解せないことはいろいろとあるだろう。

 何か悪いことの前兆でなければいいがな。そう考えるウィザーモンは思考という名の海を漕いでいる最中であり、大成がデジメンタルを使ってお手玉をしていることにも気づいていなかった。

 そして――。

 

「ほっ……ふっ……」

「た、大成さん……怒られますよぅ……?」

「別にいいだろ」

 

 そんな時のことだった。

 

「よくはありませんねぇ~……せっかくのものを……」

「ッ!」

 

 突然、部屋に響き渡った第三者の声。

 いきなり耳元で聞こえた声に驚きながらも、大成とワームモンは振り返ってその声の主を見た。そこにいたのは、“人間”の二人の男。その誰もが偉そうな態度を全身で体現しているかのような、見た目だけでその当人の性格がわかるような、そんな人間だった。

 そんな二人の男たちを前に、大成もワームモンも警戒していた。男たちの雰囲気は、友好的な者たちのそれではなかったのだ。男たちがいきなり現れたことも、その警戒に拍車をかけていた。

 しかも、未だにウィザーモンは思考の海から戻ってきていない。この場で動けるのは大成たちだけだ。

 

「ほうほう……警戒されているようですねぇ……」

「当たり前だ。バカが。さっさと気絶させればよかったものを」

「しょうがないでしょう?そんな余裕のなさそうなことをするなんて、スマートじゃない」

「目的はそこのウィザーモンの確保。それだけだろう」

「貴方の完璧主義には同意ですがねぇ……完璧主義を気取るなら美しさやスマートさも大事ですよ?」

「ふん……だからお前は詰めが甘いのだ」

「……何ですって?」

 

 ところが、警戒する大成たちの前で二人の男の喧嘩が始まった。どうやら、あまり仲は良くないらしい。

 あまりのアホらしさに脱力感に襲われた大成たちだが、それでも気を抜くことはしない。先ほどの男たちの会話の中に、見逃せない言葉があることに気づいたからだ。

 ウィザーモンの確保。それが目的だと。目の前での誘拐宣言を見逃せるほど、大成たちは馬鹿ではない。

 これは気を抜けない。そう思った大成たちだが――直後、男の一人が大成へと距離を詰める。

 

「なっ!」

「た、大成さん!」

 

 突然の攻撃。慌てて避ける大成だったが、男の狙いはそもそも大成ではなかった。

 自分の攻撃を大成に避けさせて(・・・・・)、未だ思考の海を溺れるウィザーモンを確保する。それが男の作戦だったのだ。

 

「コイツは連れて行く。そこのガキは任せたぞ」

「帰ったら覚えておいてくださいねぇ……!」

 

 そして、まんまと大成たちを出し抜いてウィザーモンを抱えた男の一人は、部屋を出て行く。慌てて追おうとした大成たちだったが、その前にもう一人の男が立ち塞がった。

 男は懐からある物体を取り出しながら、大成たちの前に立っている。

 その物体で何をする気なのか。大成たちが警戒している前で――。

 

「さて、では時間稼ぎしましょうかねぇ……スピリットエボリューション!」

「なっ!」

「えぇっ!?」

 

 男の姿が変わった。

 それは、大成たちもつい最近に見たことがある現象だった。人間がデジモンになるという、あの零に通じるものがありながらも、それでもどこか違う現象。

 そう、零の場合はデジモンになる(・・)という感じだった。だが、目の前の男はデジモンに進化する(・・・・)という感じで――そして、一瞬後。

 

「この姿はメルキューレモン。短い間ですが、どうぞお見知りおきを」

 

 大成たちの目の前には、鏡の盾を両手に装備した緑色の魔人がいた。

 




と、いうわけで第三十三話。いよいよ第三章ラストバトルの開始です。
敵はハイブリット体。まあ、コイツとあと一体くらいしか出ませんけども。
いや、たくさん出そうとしたんですけど、そうするとやっぱり主人公勢よりも前作メンバーばかりがはっちゃける結果になりかねないので断念しました。ハイブリット体自体は登場させないと展開上困るんですけどね。ジレンマでした。
なぜスピリットがあるのか。なぜウィザーモンが狙われたのか。という部分については後々明らかになります。

さて、次回はアーマー体VSハイブリット体。成長段階外デジモン同士の戦いです。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第三十四話~アーマー体VSハイブリッド体!~

「っく!」

「どうしたんですか?調子でも悪いんですかねぇ?」

 

 謎の男二人組のうちの一人がメルキューレモンへと進化して、戦闘が始まってからはや数分。現在の大成たちの状況はお世辞にもいいとは言えなかった。

 まあ、状況が悪いのは毎度のことだ。大成もそこら辺のことを苦々しく思うことこそあれ、それで取り乱すことなどない。が、さすがにメルキューレモンの狙ったかのような皮肉には、イラっときていた。

 現在、ワームモンはトゲモグモンへとアーマー進化して、ウィザーモンの研究室の外の大廊下にてメルキューレモンと戦っていた。まあ、今は研究室の外で戦っているとはいえ、初めからそうだったというわけではなかった。初めは研究室で戦っていたし、その余波で研究室は荒れに荒れている。きっと、後でウィザーモンは片付けに苦労することだろう。

 

「それとも……このハイブリッド体のメルキューレモンには敵いませんか?」

「ハイブリッド体……?」

「そう!古のスピリットを使って進化する……成長段階に含まれないデジモンのことですよぉ!」

 

 スピリット、とは進化前に男が取り出した謎の物体のことだろう。

 スピリットエボリューション。すべて男からの情報だが、道具を使っての進化、成長段階には含まれない――など大成たちが使っているアーマー進化と似通った進化だ。

 だが、成長段階が特殊であるというのは厄介だった。相手の強さが単純にはわからないからだ。まあ、相手の強さがわかろうと、わかるまいと、戦わなければいけないのだが。

 

「触った瞬間から凍りついていくそのトゲは厄介ですが……動きが鈍い。全くもってスマートじゃありませんねぇ。見た目通りに」

「……!」

「イモ!」

 

 現在、メルキューレモンは、当初の目的である時間稼ぎに重点を置いて戦っている。それゆえに、無理にトゲモグモンを攻撃する必要はなかった。

 触れた傍から凍りついていくトゲモグモンの超低温のトゲには、さすがに驚いたような素振りを見せたが、それだけだった。動きが鈍く、簡単に攻撃を避けられるトゲモグモン相手に時間稼ぎをすることなど、メルキューレモンにとっては造作もないことだったのである。

 短い足を必死に動かし、メルキューレモンに追いすがるトゲモグモン。その戦況を見ながら、大成は必死にメルキューレモン“を”見ていた。

 それは、大成がつい最近に学んだことだ。勇や好季が行っていた、戦況を客観的に見ることでパートナーを助けるということ。無力な人間がその場でできること。

 つまり、そういう彼らから学んだことを、大成は実践しようとしているのである。

 もちろん、未だ慣れない大成では勇や好季ほどうまくできはしない。見たところで、どうすればいいかわからず、頭がパンクするのがオチだ。だからこそ、彼は取捨選択をした。トゲモグモンを含めた戦闘をまるごと見るのではなく、メルキューレモンだけをまず見る。

 ようするに、メルキューレモンの隙や弱点だけに重点を置いて見ることにしたのである。

 そうした理由は幾つかあるが、最大の理由はメルキューレモンが大成の知らないデジモンであることが挙げられるだろう。情報がないということは、それだけで脅威だ。だからこそ、大成はメルキューレモンを観察して、少しでも情報収集を行っているのである。

 

「……?」

 

 そうしてメルキューレモンを観察して、大成は気づいたことがあった。それは、メルキューレモンが奇妙であるということだ。

 人間がデジモンに進化する。そのインパクトに誤魔化されていたが、メルキューレモンはパッと見では強そうではない。もちろん、大成の比較対象は零がなるキメラモン、さらには究極体のムゲンドラモンやスレイヤードラモン辺りである。

 比較対象がおかしいと言えばそれまでだが、大成には彼らのようなわかりやすい強さをメルキューレモンは持っていないように思えたのだ。

 メルキューレモンの両手に装備された、大きな鏡でできた盾が、大成のその考えを後押しする。いくらなんでも、両手盾装備で、武器を持たない戦士などいないだろう。さらに、大成のゲームで培った知識が、鏡という物に警鐘を鳴らしていた。

 考えられるのは二つ。メルキューレモンが単純に防御用のデジモンで直接的戦闘力があまり無い。これはまだいい。だが、不味いのはもう一つの方だ。

 そして――。

 

「っくぅ……!ならぁ!」

「イモ待てっ!」

 

 大成の嫌な予感は的中することとなった。メルキューレモンが、大成の考える不味いタイプのデジモンだったのである。

 状況を打開したかったのだろう。トゲモグモンは背中のトゲを一斉に発射。“ヘイルマシンガン”と呼ばれるトゲモグモンの必殺技にて最大火力の攻撃。トゲモグモンはメルキューレモンと戦いながら、この前のグレイモンみたいに全弾叩き落とされる、などということがないだろうと踏んでそれを放った。

 そして、トゲモグモンの読み通り、メルキューレモンはヘイルマシンガンを全弾叩き落とすことこそなかった。メルキューレモンのとった行動はその腕の盾を構えただけ。

 決まった。トゲモグモンがそう思った瞬間に――。

 

「ふんっ!」

「っ!えっ!」

 

 鏡の盾に当たった分だけ、ヘイルマシンガンがトゲモグモンの下に跳ね返ってきたのだ。

 トゲモグモンは鈍足なデジモンだ。跳ね返ってきた攻撃を避けるなどということはできず、またそれらすべてを迎撃することができるような技量もなかった。つまり、自身に跳ね返ってきた攻撃を、トゲモグモンに防ぐ術はない。

 そして一瞬後、自分が放った必殺技でダメージを負って退化しながら、ヘイルマシンガンの凍るという追加効果を受け、氷像になってしまったワームモンがそこにあった。

 

「イモ!」

「無用心ですねぇ。私のこのイロニーの盾はすべての攻撃を跳ね返し、相殺する……まさに絶対防御の盾!つまりぃ……私は何もせずして勝つことができるのですよぉ!」

 

 凍りついたワームモンの下へと向かいながら、大成は最も当たって欲しくない考えが当たってしまったこと、そしてこうなる前に忠告できなかった自分に歯噛みする。

 鏡、といえば目の前のものを映すというその不思議とも言える特性上、古今東西あらゆる神話伝承に登場してきた。メデューサ退治に始まり、最近でも七不思議の合わせ鏡など、挙げればキリがない。だからだろう。ゲームでもよく登場する。

 ゲームに登場する鏡の敵といえば、大抵は強大なスペックを持つのではなく、強力な特殊能力を持つものが多い。敵の能力を写し取ったり、敵の能力を反射させたり――メルキューレモンもその例に漏れない、姿から能力が想像しやすいわかりやすい敵だったというのに。

 だというのに、大成は気づくのが遅れ、ワームモンは自分の攻撃でやられるという間抜けなことになってしまった。

 

「……」

「フフフ……あまりの凄さに声も上げられないようですねぇ」

 

 だが、まだ負けた訳じゃない、と。

 大成は心の中で自分を叱咤する。ダメージを負ったワームモンには辛いだろうが、誘拐されていったウィザーモンのこともあって、ここで負けるわけにはいかないのだ。まあ、ウィザーモンのことについては大成の頭から半分以上すっぽ抜けていたりするのだが。

 この状況で大成の心を占めるのは、人から見れば取るに足らないと言える彼自身の意地のようなもの――つまり、汚名返上、名誉挽回という訳だ。

 反省は後で、いつでも、いくらでも、できるだろう。だが、名誉挽回はそういう訳には行かない。そもそも、名誉挽回のチャンスなど訪れなことだって多い。だからこそ、できる時にするのだ。名誉挽回は今。いつかではない。今するのだ。

 未だ自慢げに語るメルキューレモンを尻目に、ワームモンの氷像に大成は“勇気のデジメンタル”を当てる。

 

「……イモ」

「……」

「無駄ですよ。自分自身の全力攻撃を受けて無事で済むはずが――」

 

 ここで大成が勇気のデジメンタルを選択したのは、以前それを使ってアーマー進化した時のワームモンが炎を使っていたからだ。

 つまり、氷像となったワームモンをなんとか出来るかもしれないという安直な思いで選択したのである。もちろん、大成の持つそれは勇気のデジメンタルであって、炎のデジメンタルではない。氷を溶かす能力などあるはずもない。

 だが、まだ先を望む大成の声はしっかりとワームモンに届いていた。

 

「いい加減にしろよ。イモ!」

「ぅ……あー……マーしん……化……!」

「何ですって!?」

「あぁああああああ!アーマー進化ァ――!」

 

 それは、気力を振り絞ったアーマー進化だった。

 ちなみに、氷像となりながらもアーマー進化できたのは、ワームモンが氷に閉ざされているような氷漬けになっていたのではなく、体だけが凍りついた氷像になっていたからだ。もちろん、その状態でも意識を取り戻さなければならないという、ある意味での気力はいるのだが。

 炎が上がる。直後に現れたのは、まるで虫人間とでも言うべきデジモンだった。シェイドラモンと呼ばれる、格闘戦に特化したアーマー体の炎を纏うデジモン。

 

「っく!」

「イモ!盾を避けるように接近戦で攻撃しろ!」

「うん!」

 

 まさか戦闘が続行されるとは思っていなかったのだろう。メルキューレモンが初めて動揺を見せた。

 一方で、シェイドラモンは先ほどの失敗を踏まえて、接近戦を心がけている。あのイロニーの盾を避けてメルキューレモンに攻撃を当てる、などという超絶技量をシェイドラモンは持っていない。あのイロニーの盾がある限り、遠距離戦は部が悪い。だからこそ、あえて接近戦一本に絞ったのだ。

 もっとも、シェイドラモンはたいして遠距離攻撃を持っていないのだが。

 

「しつこいですねぇ!」

「ま、まだまだぁ……!」

「……!」

 

 一度やられたからだろう。今、シェイドラモンのイロニーの盾に対する警戒心は最上級だった。また攻撃を反射されてはかなわない、と無理に攻撃をしていない。

 まあ、無理に攻撃しないとはいえ、体力的にも長期戦になって不利なのはシェイドラモンの方だ。だからこそ、シェイドラモンは大成の言った通りに、盾を避けるような攻撃を繰り出している。

 そもそも、メルキューレモンの持つイロニーの盾は、その全てが鏡という訳ではない。盾の縁の部分(・・・・)は鏡ではないのだ。だからこそ、その縁の部分を積極的に狙う。

 

「盾を……!」

「も、もう食らわないぃ!」

「っく……ですがねぇ!こちらとて、負ける気はないんですよねぇ!」

「……!」

 

 先ほどまでとはうって変わってシェイドラモンに戦況が傾き始めていた。それは、メルキューレモンが弱くなったように感じるほどだ。そして、そのことを薄々と感づいている大成は、同時にその不自然さに首を傾げていた。

 まあ、そのことについて大成がわからないのも無理はなかった。メルキューレモンの事情を大成は知らないのだから。

 つまり、零と同じなのだ。元が人間なために、メルキューレモンは戦闘経験が少なく、それ故に戦闘技能が拙いのである。

 まあ、その特殊な能力があるから、初見相手や格下相手には高い勝率を誇ると言えるだろう。だが、その特殊な能力を超える強さを持つ者やネタが割れてしまった相手に対しては途端に脆くなるし、元が人間なためにそれを補うような技量もない。完全な能力頼りの初見殺しタイプである。

 だが、そんな状態なのに、自分の能力について自慢げに語ったメルキューレモンは、阿呆と言うしかない。

 

「こ、この距離なら、力は使えない!」

「っ!しまっ――!」

「ゼロ距離!」

 

 盾の縁を蹴り上げるようにして、メルキューレモンの胴をがら空きにしたシェイドラモン。そのままその両手をメルキューレモンの胴にゆっくりと当てて――直後、その両手から炎が放たれた。

 “フレアバスター”。両腕から炎を放つシェイドラモンの必殺技。盾を蹴り上げられて、しかもゼロ距離でくらったその炎を避ける超絶技量は、当然ながらメルキューレモンにはなかった。

 

「がぁあああああ!」

「……ふぅ」

「よっし!よくやったイモ!」

「う、うん……えへへ……褒められた」

 

 炎に襲われたメルキューレモンは、既に人間に戻っている。しかも、人間の状態でも見るからにボロボロの傷だらけ状態だ。

 敵がそんな状態になっただろう。大成たちは、勝ちを確信した。

 シェイドラモンから戻ったワームモンも初めての大成から褒められたことで嬉しそうに照れているし、その大成も若干テンションが上がっていた。

 まあ、大成たちの初めての単独での勝利だ。嬉しくないはずがないし、嬉しくなる気持ちもわかるだろう。だから、ここで気を抜いたことも、ある意味仕方ないことなのだ。まあ、敗北が死に直結するかもしれないこの場で気を抜くなど、仕方ないで済ませられることではないが。

 

「あぁああああああ!」

「えっ!」

「なっ!」

「よくも!よくもよくもよくもぉおおおお!スピリットエボリューション!」

「コイツ、また――!」

 

 絶叫と共に立ち上がった男は懐から取り出すのは、先ほどとは違う物体。緑の球体が幾つも付いたようなその物体を掴んで、激昂した男は叫ぶ。そして――男は再び進化する。

 男が進化したそのデジモン。それは、巨大なデジモンだった。そのあまりの巨大さゆえに、建物に入りきることができていない。つまり――建物を崩しながら存在しているのだ。

 崩壊する建物。降ってくる瓦礫。

 それを前にして大成とワームモンは急いで建物の外へと飛び出した。デジメンタルをほとんど置いてきてしまったが、もはや贅沢を言っている暇はなかった。もう少し遅れていれば、大成たちが生き埋めになる所だったのだ。

 そして、外に出た大成たちは、ようやくそのデジモンの全容を確認することができた。複数の目の付いた緑色の八つの球体。どこかで見たような模様のついた緑色の球体。そして、口と模様のある緑色の球体。計十個の球体で構成された不気味なデジモン。

 それが、そのデジモンこそが、セフィロトモンと呼ばれるハイブリッド体のデジモンだった。

 

「気持ち悪……」

「た、大成さん!そ、そんなこと言っている場合じゃありませんよぅ!」

 

 あまりの不気味さに思わずそう呟いた大成だったが、ワームモンの言う通りそんなことを言っている場合ではない。大成たちは、セフィロトモンにロックオンされているのだ。

 すぐさま、セフィロトモンの攻撃が始まる。一つの球体の目が妖しく光ったかと思えば、直後に炎が放たれる。

 それを避けるようにして大成たちは近くの建物に身を潜めた。まあ、場所がバレているのだ。隠れ続けられる訳はないし、セフィロトモンなら大成たちが隠れた建物だって簡単に破壊できるだろう。だからこそ、大成たちはその建物の窓から別の建物へ、さらにその建物から――と別の建物に移り続けて身を隠し続ける。その間に打開策を考えるつもりなのだ。

 そしてそんな中で、いつも通り窮地に追い込まれていることを実感した大成は、崩壊寸前に咄嗟に掴んで持ってきた複数のデジメンタルを確認する。残念ながら、使い慣れた友情のデジメンタルと奇跡のデジメンタル以外で最も戦闘能力が高い勇気のデジメンタルは置いてきてしまった。

 そのことに舌打ちしながらも――少し考えて、すぐに持ってきたデジメンタルがこの二つで良かったと思い直す。

 走りながら幾つかの作戦を考えるそんな大成の手には、妙な形の黄色のデジメンタルと比較的卵に近い形をした白いデジメンタルがあった――。

 




というわけで、第三十四話。
アーマー体とハイブリッド体。どちらも古代に縁のある者同士の戦いでした。

次回はついにワームモンが?という回です。

では、次回もまたよろしくお願いします。


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第三十五話~過去を置いて未来を歩き出す~

 セフィロトモン出現より数分が経った。

 その場にいる大成たちは知る由もないことであるが、破壊を齎し続けるセフィロトモンの出現によって学術院の街はパニックに陥っていた。これは、零たちの襲撃以降平穏な時間が流れていた学術院の街に再び訪れた恐怖と言えるだろう。

 街の警備隊もすぐに動けるわけではない。警備隊が準備を整えてセフィロトモン迎撃し始めることができるまで、後十数分はかかるだろう。

 助けが来るまで持つか。助けが来る前に倒せるか。そのどちらかが大成たちの目指すべき方向性である。

 

「で……リュウは?」

「あ、セバスさんと一緒に街の外ですよぅ……」

「助けは無理かー。……くそっ」

 

 現状、戦力的な関係で一番頼りになるスレイヤードラモンは、間が悪いというかなんというか。レオルモンの修行のために街の外に出ていた。

 いくらスレイヤードラモン自身が速いといっても、街の外にいるのであれば、彼の耳にこの騒動のことが入るまでは時間がかかる。つまり、一番来て欲しい者は来る可能性が低いのだ。

 同じ理由で、ドルモンも不可能だ。優希と一緒に街の外へと行ったのを大成は知っている。

 つまり、大成が思いつく限りで、手軽にセフィロトモンを倒してくれるだろう者たちからの助太刀の可能性は低いということだ。

 

「手元にあるデジメンタルは知識と光。光はともかく、知識のデジメンタルはよかった。運はまだ尽きちゃいないぜぇ!」

「……」

「な、なんだよ?」

「い、いえ!別に……」

 

 一連の大成の独り言を聞いて、ワームモンはどこか違和感を覚えていた。

 まあ、ワームモンが違和感を覚えるのも当然なのだが。大成の言葉は、どこぞのゲームのキャラを真似だったのである。少しでもポジティブなセリフを言うことで、大成は己を鼓舞したのだ。

 と、そんな一幕はともかくとして。

 この場に“知識のデジメンタル”が存在するという事実は、大成たちにとって幸運以外の何者でもなかった。

 さらに、もう一つのデジメンタルが“光”であるというのも良い。光のデジメンタルで進化するアーマー体デジモンが、戦闘能力のあるデジモンであるからだ。

 大成の言った、“運はまだ尽きちゃいない”という部分はそれこそ事実なのである。

 

「イモ、今からサーチモンでアイツを調べろ」

「う、うん。わかった」

 

 大成の言ったサーチモンとは、ワームモンが知識のデジメンタルで進化したアーマー体デジモンである。サーチというその名の通り、情報収集に特化したデジモンだ。まあ、情報収集に特化し過ぎていて、あまり戦闘能力は高くないのだが。

 そして、元々の大成たちと知識のデジメンタルの総合的な相性は、それなりだった。悪くはないが、良くもないというレベルだ。今までは、その相性と戦闘能力がないという理由で使用を見送らざるをえなかったのだが――。

 

「よ、よし!アーマー進化――!」

 

 相性問題がほぼ解決された事にプラスして、事この場においての情報収集は必須である。なぜなら、セフィロトモンの前の状態とも言うべき、メルキューレモンが初見殺しの能力を備えていたからだ。

 やがて、大成から知識のデジメンタルを受け取って、その直後に現れたのはコンゴウモンに似た昆虫型のデジモン。だが、あちらと比べて輝かしくはなく、色も銀色。そして、背中に知識の紋章が描かれたレドームを背負っている。それが、サーチモンというデジモンだった。

 セフィロトモンに見つからないように、大成と共に隠れたり、逃げたりしながら、サーチモンは情報収集を開始する。背中のレドームから発信されたレーダーが辺りの情報をくまなく調べる。そして、それはセフィロトモンの情報も例外ではない。

 

「……」

「どうだ?」

「ま、まずいよ……」

 

 特殊能力や、あわよくば弱点を知ることができればいいと思っていた大成。だが、サーチモンから聞かされたセフィロトモンの情報は、思わず頭を抱えたくなるほどのものだった。

 曰く、敵を瞬時に分析して的確に相手の弱点を付くことができる。曰く、さまざまな属性エネルギーを持っていて、相手に合わせた攻防ができる――と。

 

「チートじゃねぇか!」

 

 つまり、戦闘能力のあるサーチモンというのがしっくりくるデジモンだったのだ。セフィロトモンは。

 大抵のゲームでは――いや、実際の戦闘でも、相手の弱点をつくのは定石。そして、セフィロトモンはその定石を行ってくるデジモンなのだ。

 普段、何気なく行っていたその行為。敵にやられるとこうも苦しくなるものか、と大成は戦慄していた。

 的確に相手の弱点を探る能力とその弱点をつく手札の多さ。その二つを一人で持っているセフィロトモンに、思わず文句を言いたくなった大成は悪くないだろう。

 まあ、文句を言ったところで、どうにもならないのだが。

 セフィロトモンに対するのが、スレイヤードラモンだったのならばスペック差によるゴリ押しでなんとか出来たかもしれない。

 だが、ここにいる大成たちにはそのような芸当はできない。セフィロトモンの詳細なスペックや強さはわからないが――サーチモンによって、コンゴウモン相当のスペックだと言うことがはっきりしている。

 もちろん、強さ=スペックとはならない。だが、それがなんだと言うのか。こちらはコンゴウモンより劣るスペック。対して、相手はコンゴウモン相当のスペックを持ち、さらには弱点を的確についてくる。厳しいを通り越して詰んでいる。

 

「で、でもぉ……あのマークが付いた玉が心臓部みたいですぅ……あ、あと思考が機械的で計算外の行動には弱いみたいですよぉ……?」

「いや、計算外って……」

 

 計算外と言われても、セフィロトモンの計算を知りようがない大成にはどうしようもできない。相手の虚を付けばいいのだろうが、そういうことをしたことがない大成たちだ。そう簡単に行かないだろう。

 どうすればいい……?と本気で悩み始めた大成たち。だが、タイムリミットは着実に近づいていた。大成たちが逃げ回って、セフィロトモンに破壊されていく家々がそろそろ尽きそうなのだ。周囲すべての家が破壊されれば、大成たちに隠れる場はなくなる。もちろん、少し行けばまだあるだろうが、それでは結局状況の焼き回しにしかならない。

 そろそろ、本気で腹をくくらなければいけないだろう。だが、そんな時だった。

 

「グレイモン!」

「おう!おぉおおおおお!」

「グギャゲゲゲゲ!」

 

 轟音。そして、聞き覚えのある声と咆哮。

 物陰からチラリと見るとそこにいたのは、勇とグレイモンだった。どうやら、騒ぎを聞きつけてやって来たらしい。セフィロトモンと戦闘を開始している。

 真正面から不気味なセフィロトモンに向かって果敢に挑んでいくグレイモン。だが、セフィロトモンの特殊能力も相まって、グレイモンの勝目など無いに等しい。

 そして、様子を覗き見る大成たちの目の前で、グレイモンはみるみる劣勢に追い込まれていく。だが、劣勢に追い込まれながらも、その卓越した動きで致命を避け、戦闘を続行し続けるのはさすがと言うしかないだろう。

 そして、そんなグレイモンを嘲笑うかのように、セフィロトモンの不気味な笑い声が辺りに響き続けていた。

 

「ガギュゲゲゲ!ガガギュゲゲ!」

「っく!ぬがっ!」

 

 グレイモンを近づけさせないかのように、セフィロトモンの周りを氷で出来た槍が踊る。それらを口から吐き出した炎弾で叩き落としながら、ついでにセフィロトモンも狙うグレイモン。だが、自分に向かってくる炎弾を正確に確認したセフィロトモンは、同じ熱量の炎弾を持ってそれを相殺させた。

 一方で、グレイモンは次の行動に移りながらも、自身の腕に感じる鋭い痛みをはっきりと認識していた。先ほど、炎弾が相殺された時に、セフィロトモンの攻撃がグレイモンの腕を掠っていたのだ。

 経験と直感で直撃こそ避けたグレイモンだが、機械的な正確さを持つセフィロトモンの攻撃を躱しきることはできなかったのである。

 この戦いは機械対経験という、ある種の生物の威厳を賭けたもののようにも見える。だが、グレイモンは全力を出し切れているとは言えなかった。なぜなら、本来ならば共に戦うはずの勇がいないからだ。

 そして、その当の勇はどこにいるかというと――。

 

「えっ!なん……!それ、本当か!?」

「ああ、イモで調べたから確かだと思う」

「ふ、普通はイモ“で”じゃなくてイモ“と”だと思いますよぅ……」

 

 大成たちと一緒にいた。隠れていた大成たちに手招きされた勇は、戦闘開始直後にセフィロトモンに見つからないように大成たちの下へとやって来たのである。そして、大成とサーチモンから退化したワームモンの二人から、事の経緯やセフィロトモンの情報を聞いたのだ。

 初めはふんふんと聞いていた勇だったが、セフィロトモンの強力な能力の情報を前に、どんどん顔が険しくなっていった。

 まあ、当然だ。よほど隔絶した実力かそれ以外の何かがなければ、一対一でセフィロトモンには勝てない。その性質上、複数でも確実は約束できないだろう。

 もっとも、一対一よりはマシだろうが。

 

「大成。頼みが――」

「ああ、元々俺たちの相手だったんだ。勇気さんたちだけに任せない……けど、問題はどう行動するか、だな」

「そういえば、今アーマー進化できるのは違うんだよな?」

「ああ。使い慣れた友情のデジメンタルは……瓦礫の下だ。掘り起こすのは無理だ」

「なら、それで進化できるデジモンの情報を教えてくれ」

 

 光のデジメンタルでワームモンが進化できるアーマー体デジモンの情報を聞いていく勇。

 セフィロトモンを倒す上で必要と思われる計算外の行動というものは、案外難しい。相手がどこまで計算しているのか、わからないからだ。しかも、相手は機械の如き思考を持っている。どこまで計算して戦っているのか、想像もできない。

 そんな時、外を見るとグレイモンが未だ頑張って時間稼ぎをしている。楽観的に見て後、数分は持つだろう。まあ、あくまでも楽観的に見て、だが。

 

「やっぱり、奇襲しか……」

「辺り一帯の使えそうな建物は壊れてるよな。この更地状態で奇襲は難しいだろ」

「でも、それが一番簡単だ」

 

 大成も反対意見を出したものの、勇の言う通り奇襲をするしかないとは思っていた。

 奇襲。文字通り奇を狙った襲撃。当然、相手にバレていないことが前提にあり、古今東西どこを見ても最もありふれた計算外行動と言えるものである。

 戦力的に充分ではない大成たちが狙える計算外の行動は、やはりこれしかない。だが、大成が言った通り、半更地状態のこの場で奇襲というものは難しい。行う前からバレていては話にならないのだ。やるのならば、それこそ空か地下を使わなくてはならない。

 そして、幸いに。光のデジメンタルでワームモンがアーマー進化するデジモンは、その片方の空に適性があった。

 

「……確認するぞ?作戦は……アーマー進化したワームモンが空から強襲。ワームモンかグレイモンのどちらかがアイツの心臓部を破壊。……だな」

「……穴だらけだべ」

「だべ?」

「あっ!な、何でもないだ……じゃない!何でもない!それじゃ、オラはグレイモンの方へ行く。うまくやれよ」

「……ああ!」

 

 勇の方から聞こえた不思議な語尾を聞かなかったことにして、大成とワームモンも準備と覚悟を決める。

 大成が光のデジメンタルをワームモンへと渡して――。

 

「アーマー進化――!」

 

 直後、光がワームモンを包んだ。次いで、光の中から現れるデジモン。現れたデジモンは、セフィロトモンにバレないように慎重に空高く舞い上がっていく。

 一方で、大成もセフィロトモンの気を引くために、投擲用に手頃な石をその手に持ち勇とグレイモンが戦うその場へと躍り出た。

 そして、それが作戦開始の合図だった――。

 

「グレイモン!最大火力で押し切ってくれ!」

「おう!」

「おらぁあああ!人間舐めんなぁ!」

 

 グレイモンはセフィロトモンの攻撃をくらうのも構わずに、必殺技である“メガフレイム”を連続して放つ。そして、その数メートル横で大成が必死になって石を投げ続けていた。

 誰もが必死になって、その時を待っていた。これが最後だと。これで最後だと。それだけを思って、多少の無理をしてでもセフィロトモンを引きつけていた。

 ここまでは上手くいっていた。誰にも落ち度などなかった。だが――。

 

「……?」

 

 必死であるということは、余裕のないことの裏返しで。それは自ずと態度に表れる。それは、誰もが当然のことだ。訓練された人でも、どうしても雰囲気の違いというものは出てしまう。つまり、どうしようもないことなのだ。

 だから、これから起こることで、もし仮に悪かった点を上げるのなら――誰もが必死であってしまった、ということだろう。

 強い風が吹いた。直後、風と共に槍のように現れるデジモン。ワームモンが光のデジメンタルで進化したアーマー体デジモン。太陽と風の化身とも呼ばれる翼を持った白蛇の幻獣型デジモン。

 そのデジモンこそが、クアトルモンだった。

 

「ぅ、うぉおおおおおお!」

「グギ!?」

 

 風を纏ってセフィロトモンめがけて突撃していくクアトルモン。そのいきなりの奇襲にセフィロトモンは固まっている。

 敵に知られるわけにいかなかったために勇から前もって聞かされてなかったグレイモンも、固まったセフィロトモンを前にして、直感的に先ほどよりも苛烈な一撃を放った。

 勝った。そう大成が思った瞬間に――。

 

「ゲギャゲゲッゲゲ!」

「えっ!?」

「なっ!」

 

 クアトルモンが纏っているものよりも強力な風が、辺りを吹き飛ばした。その強さは、重量級デジモンであるグレイモンさえ吹き飛ばすほどのもので。それに人間である勇や大成が耐え切れる訳もなかった。

 一瞬後、大成たちは地面に叩きつけられる。咄嗟にグレイモンが庇ってくれたために、勇と大成は無事だった。だが、グレイモンはもう行動不能だろう。死んではいないが、ピクリとも動かない。

 

「アギャゲゲゲゲ!」

 

 そんな中で、嘲笑うかのようなセフィロトモンの不気味な笑い声だけが辺りに響いて満ちる。

 何が起きたのかわからなかった大成たちに、唯一わかること。それは、自分たちが失敗したことだけだった。

 先ほどの奇襲。クアトルモンに落ち度はなかった。もし仮に、クアトルモン一人だったら奇襲は成功していただろう。

 原因は大成たちだ。勝負を賭けるという気迫を見せながらも、それでいてどこか何かを待っているような、そんな大成たちの雰囲気を分析したセフィロトモンは、ずっと警戒していたのだ。だからこそ、クアトルモンの奇襲にも対応できた。

 まあ、それでも対応しきれずにクアトルモンの一撃によって体の一部が傷ついていたりするのだが。セフィロトモンにとってそれくらいは問題ないのだ。

 

「ギギゲゲゲ!」

「……っく!」

 

 セフィロトモンがトドメの一撃を放とうとする。そんな光景を前に、大成は目の前の風景がまるでスローモーションであるかのように、ゆっくりと動いているように感じていた。

 ああ、これが交通事故にあった人がよく言うやつか。とそんなことを考えながらも、大成は見た。地面、瓦礫の底から発射された光線が、セフィロトモンを捉えたその瞬間を――。

 

「ゲギ!?」

「はっ……はっ……ぅ……」

 

 それは、クアトルモンの必殺技だった。クアトルモンは先ほど奇襲を失敗した後、セフィロトモンに吹き飛ばされて瓦礫に埋まってしまっていたのである。そして、瓦礫に埋まった後にほんの一瞬だけ気絶していたために、セフィロトモンも既に終わったものだと勘違いしたのだ。だが、そのおかげで虚をつけた。

 とはいえ、クアトルモン本来の必殺技である“フリーズウェーブ”は、光線によって相手を絞め殺す技だ。今回は放った状態が不安的だったために、一時的に相手を拘束する程度に威力が衰えてしまっている。

 だが、虚は付けたのだ。これで――。

 

「ぅ……く……」

 

 どうにかならなかった。そうは問屋が卸さないとばかりに、クアトルモンのアーマー進化が解けてしまったのだ。元々、メルキューレモン戦からの連戦状態で、しかも先ほどセフィロトモンのカウンターをモロに受けている。限界だったのだ。

 だが、それでも。クアトルモンからワームモンに退化しても、彼は止まらなかった。少しづつでも前に進んでいる。

 

「ギャギャガギ……ゲゲゲ!」

「……!」

 

 そして、そんなワームモンの前で、クアトルモンの技による拘束が解けたのだろう。セフィロトモンは再び不気味な笑い声を上げた。しかも、一杯食わされたワームモンがムカつくのか、その笑い声は笑っていながら、どこか怒っているようだ。

 それが、ワームモンは怖かった。一歩一歩、近づいてくるようなその恐怖が。いつかと同じように、いつもと同じように、いつもとは違って――ただ怖かった。

 だからこそ、ワームモンは望む。いつか感じたあの感覚を信じて。一歩を踏み出すのではない。さらにその後、歩き出した未来を。この、恐怖が除かれた未来を。

 そして、そんな中で、ワームモンはできるという予感があった。いや、実際できるだろう。あの時、扉を開ける鍵は既に渡されていたのだから。

 

「ゲゲ?」

「僕は……」

「イモ!逃げ――」

「もう怖いのは!嫌だっ!」

 

 直後、ワームモンを光が包み込む。それは、大成も何度も目にした現象。ワームモンに起こることを願いながらも、半ば予測していなかった――アーマー進化ではない、正統な進化の光だった。

 そして、光の中から現れたのは、シェイドラモンとも違う、より人型らしい深緑と黒の昆虫人間。それが、スティングモンと呼ばれる成熟期のデジモンだった。

 

「な……」

「進化した!」

 

 驚き固まる大成と勇。だが、驚きで固まっているのは大成たちだけではなかった。驚きに固まっていたのは、大成たちの目の前にいる敵も同じだったのだ。

 目の前にいた小さなデジモンがいきなり進化する。それは、進化という現象についての知識があるセフィロトモンであっても、驚きにあたる現象だった。進化先も含めて、セフィロトモンは戦闘を計算したわけではないのだ。

 つまり、戦闘中の進化にセフィロトモンは対応できていないということで。

 そして、それは大成たちが目指した計算外な現象で――。

 

「……!ふっ!」

「グギッ!?」

 

 その隙を、スティングモンが狙わないはずもなかった。進化したとはいえ、直接対決でセフィロトモンを倒せるほどではない。だからこそ、最短距離を最高速で踏破し、速攻で倒す。

 だが、セフィロトモンとて、ただでやられはしない。スティングモンが己の身に届く前に再起動して――。

 

「ギ!?」

 

 その直後、想定外の方向から飛んできた火炎弾をくらって、再びフリーズした。その火炎弾の先には、倒れ伏しながらも気丈に起き上がろうとするグレイモンがいて。

 そしてその瞬間に、今度こそスティングモンがセフィロトモンの球体の一つ、マークの付いた球体をその爪で貫いた――。

 

 




というわけで三十五話。ワームモン進化話です。
これにてアーマー体並びにワームモンの出番は終了ですね。次からはスティングモンが出ます。
主人公デジモンが成熟期に進化するまで三十五話。はい、長いですね。
完全体はもう少し早い予定です。
アーマー体はゲスト出演的な予定だったのにいつの間にかガッツリ……。

さて、次回はもう一つの第三章ラストバトルです。

サイスルやってるから、どんどん書く時間が減っています……いや、ちゃんと書きますけども。

では、また次回もよろしくお願いします。


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第三十六話~魔術師は闇騎士に抗って~

すみません、遅れました。


 時は少し遡って。

 先ほどウィザーモンをその手に抱えて大成たちから逃走した男は、遠くに見えるセフィロトモンの姿に眉をひそめていた。

 

「馬鹿め。油断するからだ」

 

 そう呟いた男の顔には、侮蔑の表情がありありと浮かんでいる。もちろん、セフィロトモンへ向けてだ。元々、セフィロトモン――ひいてはセフィロトモンに進化した者のことも、男は好きではなかった。自分の流儀にこだわる点は評価しているものの、その流儀自体が自分とは相容れなかった。

 そして、相容れない考え方をする者同士が一緒にいるのは、誰でも精神上よろしくないだろう。この任務で組むこととなった時など、男は真面目にこの任務を言い渡した自分の上司を殺したくなったほどだ。

 

「……ふん」

 

 一瞬だけだが、男はセフィロトモンに向けて静かに目を閉じていた。その姿は、どこか黙祷を思わせる。いや、実際黙祷だったのだろう。男は知っているのだ。セフィロトモンになった者――より正確に言うのならば、男たちが持つ片方のスピリットを使ったものの末路を。

 だからこそ、どんな結末を迎えようとも、もう朽ち果てるしかないことを知っているからこその黙祷だったのだ。

 

「それでどこへ連れられていくのかね?」

「知る必要はない」

「ふむ……やれやれ」

 

 そう男に話しかけるのは、荷物のように抱えられているウィザーモンだ。思考という名の海を遭難していたために、一連の出来事に対処できなかったウィザーモンだが、今になってようやく意識が復活したのである。

 再び走り出した男に抱えられながら、ウィザーモンは今の状況を整理する。もっとも、その結果わかったのは、どうやら誘拐されているらしい、という傍から見たら至極当たり前のことだけだったのだが。

 

「これは誘拐か?なぜ僕は誘拐されねばならない?」

「黙っていろ」

「いや、気になったものでね。それで、なぜだ?」

「黙っていろと言っている。死にたいのか?」

「ふむ?わざわざ誘拐などという手間のかかることをしておいて、痛めつけるのならともかく殺すとは合理的ではないな。何が目的だね?」

「……」

 

 起きた途端の質問攻め。そんなウィザーモンに、男は早くもイラついていた。元々、余裕があるわけではないのだ。この学術院の街には、さまざまな強者がいる。別に負けるとは男は一ミリたりとして思っていないが、それでも任務達成率は下がるだろうし、最悪の場合は自分たちの組織のことが露呈しかねない。

 だからこそ、火急速やかな任務達成が求められているのだ。

 まあ、セフィロトモンが派手に暴れてくれたので、最高の任務達成を少しばかり諦めていたりするのだが。

 

「……ふむ?」

「……」

「ふむふむ」

 

 そんな風にメンタル面に微妙なダメージが入り始めている男とは反対に、ウィザーモンは冷静に情報を集め、整理していた。会話できなくとも、男の仕草や表情などから少しでも情報を得ていたのである。

 男、ひいてはその背後のいる何者かがなぜ自分のことを誘拐しようとしているのか、本当のところは当然わからるはずもない。だが、予想することはできる。よって、ウィザーモンは幾つかの予想をしていた。

 もちろん、その予想のどれかがあっているという保証はない。だからこそ、ウィザーモンはカマをかけてみることにしたのだ。

 

「何が目的だね?デジメンタルか?特別名誉教授か?それとも……」

「だから、黙れと――!」

「いつぞやに盗まれたあの試作品についてか?」

「――言っている!」

「ふむ?ああ、君は嘘が下手だな」

「なんだと?」

 

 嘘が下手。そのウィザーモンの言葉に、男は眉をひそめた。

 表情にも、雰囲気にも、どこにも変わりはなかったはずなのだ。だというのに、ウィザーモンは何らかの確信を得るに至っている。ハッタリかとも思ったが、それにしてはウィザーモンの雰囲気が真に迫りすぎている――と、男は表情や内心を読まれないようにポーカーフェイスを意識しながらも、内心では若干の混乱に襲われていた。

 まあ、男にはどこにも落ち度はなかっただろう。強いて言うのならば、落ち度がない態度だったことが落ち度だった、ということだ。

 普通ならば何らかの反応を見せるだろう単語を前にしても、何の反応も見せなかった。実に模範的なポーカーフェイスと言える。だが、模範的だったからこそ、その違和感をウィザーモンに気取られたのだ。とはいえ、普通はわかるはずもないのだが。きっとウィザーモンがさまざまなことに長けた研究者だったからこそ、気づけたことだったのだろう。

 

「さて、盗まれた試作品については惜しいが、みすみす誘拐されるつもりもないのでな」

「何?」

「そろそろお暇させてもらおう。よえもよおのほ!“フレイム”」

「ぐっ!?」

 

 ウィザーモンが何かの言葉を口走った瞬間に、男の腕が発火する。いや、男の腕が燃えているのではない。ウィザーモンが燃えているのだ。さすがの男も、これには耐えられない。ウィザーモンを手放すことこそしなかったが、それでも抱えている力が緩むのは抑えきれなかった。

 そして、ウィザーモンはその瞬間を狙う。男の力が緩んだ隙に、力づくで脱出。そのまま逃走を始めた。

 今回、ウィザーモンを狙ってきた男たちは、正真正銘の人間だ。人間のようなデジモンでも、人間離れした人間でもない。いくら人形のように見えるからといって、成熟期デジモンのウィザーモンに足の速さで敵うはずもない。しかも、ウィザーモンには魔術がある。

 だから――。

 

「スピリットエボリューション!」

 

 普通ならば、ウィザーモンは逃げ切ることができるはずだったのだ。そう、普通だったならば。

 男が懐から取り出したのは、台座から何から何まで漆黒の物体だった。それが、闇のスピリットと呼ばれるものであるということなど、ウィザーモンには知る由もない。

 だが、その後の展開にはウィザーモンとて、驚かざるを得なかった。

 男が光に包まれて、その一瞬後に男がいた場所に立っていたのは、さまざまなデジモンに詳しいウィザーモンも知らぬデジモンだった。二振りの真紅の剣がそれぞれ両腕と同化しており、さらに全身に計七つの目を持つ、不気味ながら騎士であるかのような風体のデジモン。それが、闇のスピリットで進化することができる、ダスクモンと呼ばれるハイブリッド体のデジモンだった。

 

「……これは、まずいかな?」

 

 逃げることも止めて、ダスクモンを観察するウィザーモンは、驚きと共にそう呟いていた。

 人間がデジモンに進化する。もちろん、ウィザーモンとて似たような現象を全く知らなかったという訳ではないし、むしろそういう可能性があることは予想していた。

 かつて、とある人間とデジモンが力を合わせた時に、新しい進化への扉が開かれたように。人間とデジモンの関係は時として奇跡以上の現象をもたらす。これは学会での通説であるし、そもこの世界の一般常識でもある。

 だからこそ、不味いのだ。ダスクモン目の前の存在がどういった存在であるかは、情報が足りないからわからない。だが、人間とデジモンのハイブリッドが普通であるはずがない。

 

「こちらとしても時間も余裕もない。催眠で片付けてもいいが……こちらもイラついている。だから――」

「っ!れもまをれわよちつ!“アースバリア”!」

「――死にかけるまで痛めつけて行くとしよう!」

 

 感じた悪寒とともに呪文を唱え、ウィザーモンは目の前に土で出来た壁を構成する。たかが土と侮るなかれ。魔術で作られ強化されたその壁は、並の攻撃ではビクともしない硬度を持つ。

 だが、残念ながら、ダスクモンは並ではなかった。その手の剣を一閃。それだけで、並の攻撃ではビクともしない壁に大きな亀裂を入れた。

 数秒で壁を破壊されるだろうことを悟ったウィザーモンは、頭をフル回転してこの状況を打破する案を考える。

 逃げる。一番理想的だが、ここは自分のホームとも言える街の中。逃げ場はいくらでもあるが、なりふり構わずの強行策に出られてはたまらない。

 警備隊や専門家などに助けを乞う。こういう荒事に慣れている専門家(スレイヤードラモン)たちは街の外にいる。警備隊にはウィザーモン以上の実力を持つものなど少ないし、先ほどからセフィロトモンの対応に追われている。

 自分で倒す。壁を破壊するダスクモンの強さからして、素のスペックは明らかにウィザーモンより高い。そもそもウィザーモン自身、戦闘向きではないのだ。倒せないことはないだろうが、勝率は低いだろう。

 見事にどれも一長一短だ。もちろん、何もせずに捕まるのは論外だ。何をされるかわかったものではない。だからこそ、ウィザーモンは折衷案で行くことにした。

 つまり、なるべく逃げながら、助けを待ち、隙あらば倒す、と。まあ、割合としては五対四対一くらいだろうか。

 

「ハッ!」

「……っく!もう突破されるか!」

 

 そして、その結論を出した時、壁が突破される。ダスクモンが攻撃を始めてから二秒。実に良い攻撃である。一応、完全体の一撃でも一撃だけという条件付きで防ぐことのできる強度だったのだが、ダスクモンは同じ(・・)場所を連続で攻撃し続けることで突破したらしかった。

 全く同じ場所を攻撃する。それだけでも、ダスクモンの強さの一端を垣間見ることができる。

 

「……ん?逃げてないようだな。諦めたのか?」

「諦める気は毛頭ないのだよ。諦めの悪さなら天下一品の者たちを知っているのでね。僕は諦めない者にこそ、イグドラシルが微笑むことを知っている。……まぁ、彼女が微笑むわけもないが」

「戯言だな」

「フフ……確かに。だが、目の前で実証されたことがあるのでね。研究者としても、実証された結果に駄々を捏ねることはしたくないのだよ。……れどおようのほ!“フレイムダンス”!」

 

 直後、炎が踊り、ダスクモンを襲う。もちろん、ウィザーモンの魔術だ。

 驚くべきことに、ダスクモンは炎を切り裂いている。その鎧のような体からして、切り裂かれた炎の欠片ではダメージなど見込めないだろう。

 ウィザーモンもそのことは想定済みだ。だからこそ、連続で魔術を行使する。使用する魔術は、ダメージを見込める大規模なものよりも発動スピードの速いものだけを選択する。大規模で時間をかけるものを選択すれば、こちらが不利になるとわかっているからだ。

 そして、主に使う属性は土と炎。それ以外の系統の魔術も使えないこともないが、この状況ではより得意なものを選択した方がいいからだ。

 

「――“アースショット”!れしはようのほ!“フレイムショット”!」

「っく!っち!悪あがきを!」

 

 そうして、逃げるための算段と魔術を整えながらの攻防だったが、ウィザーモンの心にはある思いが生まれていた。

 簡単に言うのならば――“これ勝てそうじゃね?”というものだ。当初の予測やそのスペックとは裏腹に、戦闘が始まってからのダスクモンは、まるで素人丸出しの戦闘をしていたのである。

 まあ、当然だ。このダスクモンは人間が中身であるのだから。男は剣道の経験があるために、ダスクモンの体をある程度扱える。だが、命のやりとりの経験をしたことがある訳ではない。経験と呼べるものも、剣道の試合のみだ。

 だからこそ、“弱い”のだ。零と同じ、人間だからこその弱点である。これがキメラモンだったら、そのスペックで強引な強さを演出できただろう。メルキューレモンだったら、その特殊な能力で何とでもできただろう。

 だが、ダスクモンは剣を扱う。素の能力がモロに出てしまうデジモンだったための悲劇とも言える。

 まあ、弱いと言ってもあくまでウィザーモンが思う範囲だが。これが人間相手であったり、成長期デジモンだったりすれば、充分に無双できるだろう。成熟期以上であれば怪しいが。

 

「っ!なめるなっ!」

「……む!?」

 

 だが、戦況が傾き始めた。ダスクモンの方へと。初めはウィザーモンの魔術の物量に押されていたというのに、今は魔術の合間を縫ってだんだんとウィザーモンに接近し始めている。この調子では、あと少しでウィザーモンの下へとその白刃が迫るだろう。

 そんな風に急激に戦況が変化したのは、ダスクモンの力と速さがだんだんと上がってきたからだ。だからこそ、能力が変わらないウィザーモンが不利になってきたのである。

 それは、“エアオーベルング”と呼ばれるダスクモンの必殺技。その手の二振りの妖刀“ブルートエボルツィオン”で相手の力を吸収して自分の物にするという技。つまり、ウィザーモンの魔術を片っ端から切って、その力を自分のものにしていったということである。

 そんな技のことは露知らず、予想を外したことにウィザーモンは苦い思いをしていた。すでに撤退へできるターニングポイントは過ぎている。倒せるかもしれないと思ってしまった時点で、ウィザーモンは詰んでしまったのだ。

 

「ふん!死んでなければいいらしいからな。手こずらせてくれた分だけ切り刻んでやる!」

「っく……!ん?……賭けだなこれは」

 

 だが、運命はまだウィザーモンを見放した訳ではないようだった。とはいえ、その内容が勝ち目のほぼない賭けである辺り、見放していないというよりは、足掻いているウィザーモンを見て嘲笑っているのかもしれないが。

 意を決したウィザーモンは、逃走用に準備していた自分の力を一斉に解放する。もはや逃走できないと悟ったからの暴挙。これを失敗したら、それこそ負けだと確信したからの行為だった。

 その力で放つのは、自身の必殺技。“サンダークラウド”と呼ばれる、雷雲を呼び出して強烈な雷を繰り出す技。

 その技を前にして、何を思ったのか。もしかしたら、その技すら斬って己の力の糧としたかったのかもしれない。とにかく、ダスクモンは防御でも回避でもなく、迎撃を選択したのだ。

 

「放つ!」

「……!ぐっあああああああああああ!」

 

 だが、さすがのダスクモンも、雷という超速で動くものを捉え、斬ることはできなかったらしい。雷の直撃をくらい、苦痛に耐える声が上がる。明らかにダスクモンの選択ミスだった。

 これに耐えられるか、耐えられないか。耐えられなかったらウィザーモンの勝ち、耐えられたらダスクモンの勝ち、という訳だ。

 だが、ダスクモンの力は上がっている。よってこの攻撃でも、戦闘開始時ならともかく、現在のダスクモンを倒しきれるかどうかには不安が残ってしまう。

 

「……!」

「がはっ!」

「……ふぅ。やれやれなんとか――」

 

 その結果、ダスクモン“は”耐えられなかった。よって、ウィザーモンの勝ち――。

 

「っ!あぁアあアアあああアアアア!スピリットエボリューションンンンンンンンンン!」

「何っ!?」

 

 とはならなかった。

 ダメージで意識が朦朧としているダスクモンは、もはや自分が何をしたのかもわかっていないだろう。だが、わかっていてもやったかもしれない。例え、それが自分にとっての破滅となろうとも、苦痛をもたした目の前の存在を許すことなどダスクモンにはできなかっただろうから。

 一瞬後、現れたのは骨でできた不気味で巨大な鳥。その怪鳥と呼ぶに相応しいデジモンは、男が持つもう一つの闇のスピリットによって進化できる、ベルグモンと呼ばれるハイブリッド体デジモンだった。

 




はい、というわけで第三十六話。例によって長くなったので、次回に続きます。
今回は珍しくウィザーモン活躍回。なんかダスクモンが噛ませっぽいですね。
本当はもっと強いハイブリッド体を書きたかったのに、どうしてこうなったんでしょう……いや、どうしてもこうなったんでしょうけど。
現段階であんまり強いの出すとまた前作メンバー頼りになりかねませんし。

さて、次回は後半戦。いろいろと吹っ切れて弱点を克服した鳥さん相手に、アイツが戦います。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第三十七話~失敗作は立ち止まって~

 学術院の街にこの世のものとは思えない亡者の悲鳴が響く。いや、実際は悲鳴ではなく、亡者の悲鳴としか聞こえないような禍々しい鳴き声なのだが。

 その鳴き声の主、ベルグモンは現在、ウィザーモンのみを敵と定めて手当たり次第に暴れている。周りを気にしないような暴虐の行動の数々と先ほどよりも強大な力を前に、ウィザーモンも必死に耐えることしかできなかった。

 

「キュァアアアアアアア!」

「っく……これは不味いな!」

 

 ダスクモンからこのベルグモンに変わったことは、ウィザーモンにとって最悪に近かった。

 ベルグモンは、まるで理性がないような狂った動きが目立つ。実際、やはりベルグモンには理性などなく、獣に近いのだろう。

 そして、だからこそ厄介だった。ダスクモンはそのスペックはともかく、戦闘自体は素人丸出しだったから良かったのだ。対して、このベルグモンは理性がない、言うなれば暴力の塊である。

 理性ある強者と理性なき暴力。この二つを比べた時、どちらの方が強いかといえば人によるだろう。

 だが、このダスクモンとベルグモンにおいては、ダスクモンに存在した戦闘経験の皆無という弱点を克服したと言っても過言ではないベルグモンの方が圧倒的に強い。

 

「れしはよちつ!“アースショット”!」

「キシュアアアアアアアア!」

「やはり効かないか!」

 

 試しにウィザーモンが魔術を放ってみるが、やはり効いた様子はない。ウィザーモンは元々戦闘向きのデジモンではない。ゆえに、その知識と魔術を組み合わせて戦う。それは、さまざまな相手にそれなりの効果を出せる戦い方と言えるのだが――その性質上、魔術も搦め手も作戦も、その全てを力で粉砕するような相手とは相性が悪い。

 ただでさえスペック負けしているのに、相性すら悪いのだ。これでは、本格的にウィザーモンに勝ち目などあるはずもなかった。

 まあ、だからといって諦めるわけもなかったのだが。

 幸いにも、ベルグモン出現の際に近隣に住んでいたデジモンたちは一目散に逃げ出している。ベルグモンがウィザーモンのみを敵と定めているということも相まって、周囲の人的被害がないというのはまだ気が楽だ。

 そんなこんなで誰もいなくなった近くの建物の影に身を潜めながら、ウィザーモンはベルグモンを観察する。ウィザーモンが近くに潜んでいることはわかっているのだろう。ベルグモンはこの辺り一帯を飛び回りながらウィザーモンを探している。

 こうなっては、先ほど以上に逃げることなど不可能であるし、そもそも迂闊に逃げるわけにも行かない。敵と定めている対象がいなくなった時のベルグモンがどのような行動をするか想像できないからである。

 だからこそ、建物の影に隠れながらベルグモンを観察しているのだが――ウィザーモンの予想をベルグモンは上回っていた。

 

「キゥアシャアアアアアアア!」

「何!?っく……!れもまをれわ!“バリ――」

 

 瞬間、崩壊していく建物。

 もちろん、ベルグモンが引き起こしたものである。

 ウィザーモンは咄嗟に魔術で身を守ったが、突然の事態に大層な魔術を発動できたわけではない。せいぜいあるから便利程度の魔術だ。

 そして魔術を発動しながらも、崩壊していく建物に巻き込まれまいと逃げ出そうとしたウィザーモン。だが、突然の崩壊から逃げ切ることなどウィザーモンにはできなかった。咄嗟に防御用の魔術を発動できただけでも御の字である。

 つまり、ベルグモンが引き起こした崩壊に巻き込まれたのだ。

 

「アアキシュアアアアアアア!」

 

 数瞬前、ベルグモンのした行動は至極単純である。己の持つ武器の一つである、その巨体を使ってウィザーモンのいる建物に上空から超高速で体当りしたのだ。

 ウィザーモンがいた建物は、その体当たりに耐え切ることはできなかった。それだけのことだ。

 そして、完全に崩壊に巻き込まれてしまったウィザーモンは瓦礫に埋もれてしまっている。生きているのか、死んでいるのか、それすらもわからない。

 もちろん、ベルグモンにもわかりようがない。だが、“ウィザーモンが生きていようが、死んでいようが関係ない。ただ、全力で吹き飛ばすのみ”というそんな考えがあったのだろう。いかに理性なき暴力であろうとも、勝利を確かなものにするために追い打ちする知能はあるようだった。

 

「シ、アキュジュアアアネアアアアア!」

 

 羽ばたきとは、翼というものを持っている生き物特有の行為である。ベルグモンというデジモンも鳥の形をしている以上、当然それをすることができる。

 直後、ベルグモンが行ったのは、自身の最大パワーでの羽ばたきだった。

 それは、もはや突風で片付けられるものではない。ベルグモンの羽ばたきで巻き起こったのは、破壊の二文字だ。いや、破壊などと言う言葉でも生温い。

 穴だ。まるで現実感のない穴。そう、空間(・・)に穴が開いている。つまり、ベルグモンの羽ばたきは、文字通り空間に穴を穿ち、空間ごと(・・・・)吹き飛ばしたのである。それこそが、ベルグモンの必殺技“ゾーンデリーター”だった。

 穴の先にあるのは、この世界とは物理法則が違う異空間とでも言うべき場所。そこでは、並大抵の者は存在することを許されない。つまり、ベルグモンのこの技は、“敵を吹き飛ばす”のと“異空間での生存を強いる”という二段構えの恐るべき攻撃なのである。

 とはいえ、その二つを乗り越えられれば勝機はある。空間に開いた穴は健在なのだから、そこから戻ってくればいいのだ。

 まあ、空いた穴は徐々に小さくなっていっている。よって、この穴が塞がってしまえば、異空間でいくら生存していようとも帰還は絶望的になってしまうだろう。

 つまり、タイムリミットが存在するということだ。しかも、空間の穴の縮小スピードからして、タイムリミットはそう長くはない。

 実際、空間の穴はこの数秒でもう消え入りそうなほど小さくなっている。これではウィザーモンが例え生きていたとしても、出てくることはできないだろう。

 そして、その事実はつまり、ベルグモンの勝ちが決定したということで。勝利の雄叫びをあげようとしたベルグモンは――。

 

「……!」

 

 すぐに異変に気づいた。

 もはや消え入りそうな穴から、空間に亀裂が走っている。さらに、その亀裂に連動するかのように、空間が揺れている。微弱な揺れだ。気を張っていなければ誰も気づけなかっただろうほどの。

 この異質な状況で、ベルグモンは本能的に気づいていた。それは、何者かが異空間からこの場に出てこようとしている前触れなのだ、と。

 そして、それを裏付けるかのように、空間の穴を無理矢理に広げて――。

 

「キュエ!?」

 

 腕が飛び出した。それはウィザーモンの腕ではない。その禍々しい漆黒の腕は、ウィザーモンのものであるはずがない。

 自分が倒したのはウィザーモンであるはずなのに、全く別の者の腕が出てきたことに、ベルグモンは若干の混乱に襲われていた。

 そして、混乱収まらぬベルグモンの前で、また新たな腕が空間から突き出てきた。今度の腕は骨だ。その無骨な骨は、まるで長き時をひたすら己の強化に費やしてきた者のモノのようで。

 毛色の違う二本の腕は、空間を引き裂くような動きをしている。いや、引き裂こうとしているのだろう。腕の主は無理矢理にでも空間を引き裂き、異空間からこの世界に戻ってくるつもりなのだ。

 

「……!クキュシャアアアア!」

 

 これは、不味いと。本能的に悟ったベルグモンはただその腕を攻撃しようとする。もちろん、理性なきベルグモンに深い思考ができるわけもない。それは、先に言ったような本能的なもので、言うなれば防衛本能から来る行動だった。

 だが、そんなベルグモンの防衛本能的行動も――。

 

「……!」

「ガッ……ギャ……!」

 

 新たに登場した二本の腕で返り討ちに遭うこととなった。

 新たに登場した二本の腕の内の一つは、先の禍々しい漆黒の腕と同じような腕だ。だが、もう一つの腕は、先に登場した二本のどれとも似ていない、赤い腕だった。まるで鎧のような硬い腕。ともすれば昆虫の腕のようにも見える。

 攻撃しようとしたのに逆にカウンターをもらったベルグモン。空を飛び態勢を整えながら、再び攻撃を仕掛けようとする。だが、すべては遅かった。

 その態勢を整える数秒で、その腕の主は異空間からこの世界へと帰還できたのだから。

 空間が割れ、その向こうから現れ出てる腕の主。まるでさまざまなデジモンを合成したかのような、そのデジモンは――。

 

「まったく……これだからデジモンはゴミなんだ」

 

 零こと変身したキメラモンだった。

 なぜ零がここにいるのか。それは少し前に遡る。

 その時、零はいつもの如く牢屋で眠っていた。牢屋というものは退屈で、零には眠ることくらいしかやることがなかったのだ。

 

「……ん?」

 

 だが、そんな零はこの牢屋、ひいてはこの建物の軋む音で目が覚めた。そう、堅牢という言葉では言い尽くせないほどのこの牢屋の軋む音で。

 この牢屋の堅牢さは、零は嫌というほど思い知っている。ここに入れられた直後にキメラモンの姿となって破壊を試みたものの、破壊できなかったくらいだ。だからこそ、この牢屋の軋む音というのは疑問でしかなかった。

 そして、その直後に零は衝撃に襲われた。

 

「っく……!なっ……!」

 

 突然の衝撃になんとか耐えた零は、辺りを見渡して目を見開いた。まあ、それまでいた牢屋が消え、代わりに訳のわからない空間が広がっていたのだから、当然と言えるが。

 しかも、無重力空間だ。所々に牢屋の残骸が浮かんでいるものの、まるで削れていくかのように、少しづつ小さくなっていく。アレが自分の未来であることは、想像に難くない。

 自分の未来が残り僅かな可能性が出てきたことで、零の頭にはある考えが浮かんでいた。それは、“これは何者かによる暗殺行為や自分の死刑執行なのでは?”という考えだ。

 なまじ自分が死刑囚並の犯罪者であったために、この考えを否定することは零にはできなかった。

 まあ、元々生きて牢屋を出る可能性を考えていなかった零だ。ここで終わりか、と半ば生存を諦め、ただ自分の命が消えるその時をボンヤリと待っていた。

 だが、そんな時だ。零がこの場を漂っているウィザーモンを見つけたのは。

 

「ふむ……これが異空間か。助かった矢先に興味深いものを見れるとは……運がいいな」

「……お前は」

「む?君は……ああ、先日の学術院襲撃の犯人か。ふむ……そうか。あの辺りには君が収容されていた牢屋があったな。巻き込まれたのか」

「巻き込まれた?なるほど、俺を狙った暗殺やら死刑やらじゃなかったのか」

「自分がそれほどの者だと?なるほど。君はよほど自信家なのだな」

「……。今ここでお前を殺してやってもいいんだぞ」

 

 零の呟いた“自分を狙った暗殺や死刑執行ではなかった”という部分に対して、ウィザーモンはからかうように零はそれほどの者ではないと言った。が、いくつもの街を壊滅させた零だ。まず間違いなくそれほどの者である。

 まるで、自分が自意識過剰な者であるかのように感じさせられるウィザーモンの言葉だ。思わずイラっときた零である。

 一方、ウィザーモンとて零がそれほどの者であることも、零がイラつき始めたこともわかっている。先の言葉は、ただ単に零の人なりを知るために投げかけた軽い冗談である。

 

「ふむ。沸点が低いな。このような状況だ。生きて出たくば、冷静にならないと意味がないぞ」

「……そうか。別に俺はここから出ようなどと思ってない」

「む?このままここにいては死あるのみ。気づいていないわけはないだろう」

「ああ……だが、もうどうでも良くなった」

 

 それは大成たちに負けてからずっと思ってきた零の思いだった。

 零が今までしてきたのは、元々特定対象のいない、しかも八つ当たりの気が多大に含まれていた復讐だった。何もかも失って、その後で生まれた行き場のない憎しみ。そして、それを向けるにちょうどいい相手。その二つがうまく噛み合って生まれた復讐行為。

 つまり、零は振り上げた拳を振り下ろす先が欲しかったのだ。そして、その拳を振り下ろす先が都合よくその憎しみに関係していたデジモンに向かった。

 デジモン側からすればなんとも傍迷惑な話だが、そういうことである。

 

「だいぶ弱っているというか、参っているというか……だな。何があったのか、気になるところだ」

「ふん。うるさい。黙ってろ」

「む?黙っていろ。先ほども言われたな。ふむ……うるさくした気はないのだが……僕はうるさいのか?」

「……っち」

 

 無理矢理に足を止められて、そして足を止めたからこそ、零は気づいた。もう、復讐を遂げようと遂げまいと自分が求めたモノは手に入らないことに。

 零自身、そのことに本当は心のどこかで気づいていたのかもしれない。いや、気づいていたのだろう。だが、復讐という行為に身を費やしていたことで目を背けていた。今回、その復讐もできなくなったために、気づいてしまったのだ。

 もちろん、デジモンに対する憎しみや復讐心が消えたわけではない。未だその胸の内に存在している。だが、立ち止まってしまったからこそ、もはや零には動く気力がなかった。それは一種の堕落であり、一種の燃え尽き症候群のようなものでもある。

 例えるのならば、今までの零はブレーキの壊れた車だった。だからこそ、走り続けられた。だが、ここへ来てそのアクセルも壊されたのだ。そして、一度止まってしまったからこそ、もう外部の力がなければ動けない。自分では動くこともできない。今の零は正しくそういう状態だった。

 

「……」

「……何だよ?」

「いや、何。君は結構短気なのだなと思ってね」

「あァ?」

「ほら、声を荒げる。そういう所が短気だというのだ」

 

 今の零はまるで自殺志願者である。ウィザーモンは、自殺志願者に自殺を思い止まらせる方法など知らない。自殺するなら、自殺させておけ。それがおおよそのウィザーモンのスタイルだ。まあ、その自殺志願者が自身の知的好奇心の対象であるのならばまた別なのだが。まあ、なんというか、意外と薄情である。

 ちなみに、自殺志願者が自身の知的好奇心の対象だった場合、“死ぬ前に教えてくれ!”とウィザーモンはしつこくまとわりつくことになったりするだろう。それこそ、自殺志願者が自殺を考えたくなくなるほどの勢いで。

 ともあれ。このままでは二人は死ぬだろう。現在、零が死んでないのは零自身が完全体のキメラモンという消滅に時間がかかるほどの存在だからで、一方のウィザーモンは魔術によって身を守っているからだ。

 だが、両者ともこの異空間でこのまま何事もなく生存し続けるには決定的に足りてなかった。主に存在とか、その辺りのものが。完全体のキメラモンほどの存在でも、消滅に時間がかかる程度なのだ。この異空間で長時間存在するとなれば、それこそ究極体クラスでなければならない。

 だからこそ、ゆっくりとだが二人は消滅に向かっていた。

 もちろん、ウィザーモンとしては死ぬ気はない。未練はまだあるのだ。だからこそ、脱出を確実にするために零の力を借りる必要があるのだが――当の零はここで死ぬ気である。これではもれなくウィザーモンも道連れだ。いや、初めに道連れにしたのはウィザーモンの方だが。

 

「ふむ……困ったな」

「……何?」

「僕はここから出たいのだよ。君と違ってやりたいこともあるしね」

「言わせておけば……!」

「死ぬ気な者が何を言う。いくらここが異空間で、おそらく時間の流れが外の世界とは違うからといって……これ以上ここにいれば本当に消えてしまいそうだ」

 

 そう言ったウィザーモンが目を向けた先にあるのは、穴だ。ウィザーモンや零がここへ飛ばされてきた時のものだろう。だが、穴はゆっくりと小さくなっていて、もう閉じそうである。

 それを見た零は、すぐに自分には関係ないことだ、と目を閉じて眠る態勢に入った。こうすれば、目の前のウザったらしいウィザーモンの姿も見ることはないだろうし、さらに気づかないうちに死ぬだろう、と判断してのことだ。

 無重力空間の中で眠れるのか疑問ではあるが、眠気はあるのだ。眠れるだろう、と永眠の扉を零は開きそうになって――。

 

――生きろ――

「ッ!」

 

 その瞬間に、どこかで聞いた誰かの声が聞こえた気がした。

 聞こえたのは一瞬。しかも、まるで夢であるかのように、その内容も記憶から薄れて消えていく。それが誰の声だったのか、何を言っていたのか。もはや零にはわからなくなっていた。

 ただ、大切な誰かの言葉だったを聞いたことだけは覚えていて。

 

「っち」

 

 舌打ちと共に、零は近くにいたウィザーモンをその手に抱えた。

 

「む?なんだね?僕は今脱出する算段を……」

「黙ってろ」

「やれやれ、またかね。僕はそんなにうるさくは――」

「取引だ。脱出に手を貸す。その代わり脱出後は俺を見逃せ」

 

 突然、脱出の意思を見せるようになった零の心情の変化に関心を寄せながらも、ウィザーモンは思案する。零を見逃すということは、また零による犯行が起きるかもしれないということである。それは、誰しも遠慮したいだろう。誰だって、凶悪犯を逃がすことに素直に頷きたくはない。

 だが、ウィザーモンの答えなど、悩むまでもなく決まっていた。

 

「ふむ。いいだろう」

 

 イエスだ。ウィザーモンにとって最重要なのは、研究だ。もちろん外道なことは論外だが、それでもちょこっとだけ外道なら手を出すかもしれないという、限りなく白に近いグレーゾーンという立ち位置である。

 だからこそ、零を逃がすことで外に出ることができるということは、研究を続けることができるで、つまり悩むまでもなく快諾することになるのだ。

 まあ、ムゲンドラモンのいない零単体がどうあがこうとも、どうにでもなるだろうという思いが無い訳でもないのだが。

 

「それで、俺を見逃す。俺たち(・・)ではないのかな?」

「たち?俺以外の……」

 

 誰がいる。そう言おうとした零だが、その言葉は続かなかった。ウィザーモンがあるものを指さしていたからだ。

 それは、零と一緒にこの異空間に流れてきたもの。この数年、ずっと一緒にいた者の形見とでも言うべきもの。そう、ムゲンドラモンのデジタマだった。

 捨てていってもよかった。だが、いつかの日に自分なんぞについて来たムゲンドラモンの姿が思い起こされて――結局、零はそのデジタマも持っていくことにしたのだった。

 

「……ああ。俺たちだ。いいな」

「もちろん。君の……いや、君たちの存在は興味深い。せっかく逃がすのだ。出てすぐに舞い戻ることにはならないでくれよ?」

「……っは!どうあがいてもお前の利益になるということか?これだからデジモンってやつは……」

「フフ……ではよろしく頼むぞ」

 

 そして、ウィザーモンのその言葉を皮切りにして零の姿がキメラモンへと変化する。ウィザーモンとデジタマを抱えたキメラモンは、そのまま遥か先に開いた穴へと向かっていく。

 動き出して始めてキメラモンは気づいたが、なるほどこの異空間は動きづらい。完全体のキメラモンでも動きがかなり制限されるのだ。成熟期では脱出すら無理だろう。

 だが、動きが制限されたからと言って、キメラモンは諦めようとは思わない。当人もなぜか知らないが、死にたくなくなったのだ。だからこそ、生きるために、この場を出なければならないのだ。

 もう閉じそうになっている穴に、無理矢理に腕の一つを突っ込む。だが、足りない。もう一つ。それでも足りない。ならば、と。

 

「こちらのことは心配ない!出てからも遠慮なくやれ!」

「そういや!外には一匹いるんだったなぁ!」

 

 自分の持つ四本全ての腕を使う。無理矢理も無理矢理な強引な方法だったが、キメラモンは空間をこじ開けることに成功した。それはつまり、異空間の脱出に成功したということで。だが、その余韻に浸る余裕はキメラモンにはない。真の敵は、異空間ではなくその外にこそいるのだから。

 あの異空間からの脱出には、キメラモンをして意外に思うほど体力を使った。もう、あまり無駄遣いできる体力は残ってないだろう。

 だからこそ――。

 

「は!なんで出てこれたのか理解できないのか?これだからデジモンはゴミなんだ」

「キシュアアアアアアアアアアアアア!」

「死ね!」

 

 脱出に成功したその瞬間に、キメラモンは自分の必殺の技を、最大火力で放つ。

 “ヒートバイパー”と呼ばれるキメラモンの四本の腕から放たれたその死の熱線。その熱線が、キメラモンたちの脱出に対応しきれていなかったベルグモンを飲み込んだ――。

 




というわけで、第三十七話。零ことキメラモンが脱獄(偶然)した話でした。
ベルグモン戦はこれで決着です。
本当はもっと強敵然としたベルグモンを書きたかったのに、どうしてこうなったんでしょう……。
やっぱり個人的に気になるので、今度加筆修正するのなら、大幅に書き足して分割し、2話構成にするかもしれません。いや、加筆修正するのかまだ決めてませんが。

ちなみに零ですが、少し丸くはなりましたが、それでも作中にある通りデジモン憎し精神は変わってはないです。
現在はある意味で燃え尽き症候群中。これから復讐者として復帰するのか、それとも別の何かになるのか。それはまた四章以降で。

さて、次回は第三章エピローグです。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第三十八話~過ぎ行く平穏と這い寄るナニカ~

 キメラモンの四本の腕から放たれた熱線。その熱線を受けたベルグモンは、四肢がバラバラになって地面に落ちていく。ベルグモンは、キメラモンの最大攻撃に耐えられなかったのだ。

 この世界のデジモンにとっての死とは、光となって消えていくこと。特殊なデジモンであると言えるベルグモンと言えども、それは変わらないようだった。だんだんと光となって天へと登っていっている。

 それは、これでこの一連の事件の全てが終わったことを意味する。

 

「ふん……これで俺は自由だな。約束は守ってもらう」

「ああ、どこへなりとも行くといい」

 

 そして、そんなウィザーモンの目の前で、キメラモンはデジタマをその手に抱えて飛んでいく。きっと、この街から出て行くのだろう。それこそ、せっかく脱獄したのにまた捕まらないように。

 その先で彼がどこへと行くのか。未来を見通す能力などないウィザーモンにはわからないことではあったが、どこかへと去っていくキメラモンのそんな姿がどこか迷子の子供を思わせるようで。

 思わず同情的な感情が湧きあがっていたウィザーモンだった。

 

「さて……何かわかるといいがな」

 

 そして、そんなキメラモンを見送った後で、ウィザーモンは街の荒れ果てた一角を見ながらひとり呟いた。この後、ウィザーモンにはやることがあるのだ。いや、“やること”というよりは“やりたいこと”ではあるのだが。

 ウィザーモンがやりたいこと。それは、調査だ。ベルグモン並びにダスクモン。その異なる二種のデジモンには、一人の人間が進化した。まあ、それだけでも特異といえるのだが、それを差し引いても同じ者がまったく別の同一成長段階のデジモンへと進化したというのは通常ありえない。

 だからこそ、ウィザーモンはそんな通常あり得ないことの実現を可能にしたのは、あの男が持っていたスピリットにこそあると考えていた。まあ、あれだけ意味深な感じで使っていれば、ウィザーモンでなくとも何か気づくだろう。

 自分自身に寄らない、スピリットという物体を使った進化。それは、どこかデジメンタルを使ったアーマー進化に似ている部分がある。

 いや、それだけではない。外部の力によって進化するという点では、旅人の持つカードや優希の強制進化にも通じるものがある。

 スピリットというものを調べれば、新しい発見があるかもしれない。いや、確実にあるだろう。ウィザーモンは確信していた。だからこそ、ウィザーモンはなんとしても自分の知的好奇心をこの上なく刺激するスピリットを確保したかったのだ。

 

「ふむ……見つからないな。アーマー体と同じく本人と融合状態にあるのか?だが、完全に死体は消滅したのだがな……」

 

 バラバラになったベルグモンは完全に光となって消滅した。それと同時に、ベルグモンへと進化した男の姿もどこにもない。

 消滅したベルグモンと運命を共にしたのか、それとも元々人間がデジモンへと進化した副作用だったのか。ウィザーモンにはどちらかわからなかったが、どちらにせよ人間の男も消滅したという事実には変わりなかった。

 だから、この場にあるのは戦闘後の瓦礫と荒地だけだ。つまり、男が使っていたスピリットもここにあるはずである。まあ、スピリットも男と運命を共にしていなければの話だが。

 

「ふむ……む?おお!」

 

 そして、粘ること十数分。ウィザーモンは、荒地の一角の瓦礫の下にようやく目的のものを発見することができた。まず間違いない。ダスクモンやベルグモンを象ったかのようなこの二つの物体は、男が使っていたスピリットだ。

 目的の物をようやく見つけたことに喜びを露わにしながらも、ウィザーモンはそのスピリットを手に取った。咄嗟に解析系の魔術を使って探った所、スピリットとはやはり構造的にはデジメンタルに近い。デジメンタルとスピリット。それぞれの違う点は、その宿している力が段違いであるということだろうか。

 いや、それだけではない。それほど大きなものではないが、ウィザーモンにはこのスピリットに何者かの意思のようなものが感じられていた。

 もしかしたら、何者かが自分の力を残すために作ったのかもしれない。そんな仮説を頭の中に思い浮かべながら、スピリットを懐に仕舞おうとして――。

 

「待て」

 

 そのスピリットを後ろからいきなり奪い取られた。

 この時まで、誰かが近づいてきている気配などなかった。だからこそ、いきなりの事態にウィザーモンは警戒を露わにする。バッと後ろを振り向いて、その奪い取った者を睨む――が、その姿を確認した瞬間に、ウィザーモンは警戒を解いた。その者はウィザーモンも知っている者で、そしていろいろな意味でウィザーモンが警戒しても無駄な人物だったからだ。

 

「……!君は……いや、貴方は(・・・)、と言うべきかね?どちら(・・・)の名前で言うべきかな?」

「どちらでも」

「ふむ。イ……いや、せっかくだ。ナム、こちらの名で呼ぶことにしよう」

「構わない」

「くくく……呼び捨てか。今は亡きかの騎士たちが見れば即倒モノかもしれないな。それとも気に入っているのかね?ふむ……なるほど面白い」

「ウィザーモン。うるさい」

 

 明らかに複数の名前が存在するような口ぶりではあったが、ウィザーモンはそんな少女のことをナムと呼んだ。少女自身も否定はしていない。つまり、一応はナムというのがその少女の名前であるようだった。

 ナムは、まるで純白と見間違うばかりのドレスを着た白髪の美しい少女だ。仮に人間の世界にいることがあれば、その美しさ故に浮いてしまうかもしれない。いや、絶対に浮くだろう。それほどまでにナムのその容姿は、俗世離れした美しさを持っていた。さらに、そんな俗世離れした美しさを、その人形の如き無表情が際立たせている。

 姿だけ見れば、明らかにデジモンではない。ナムの姿は、俗世離れしたものではあるが人間のソレだった。

 

「さて……それを返してくれるかな?実に興味深いシロモノなのだが……」

「無理。これ。この世界のスピリットじゃない」

「ふむ。別世界の物ということか。それに、この世界“の”スピリットではない……か。つまり、この世界にもスピリット自体は存在すると」

 

 相変わらず機械のような喋り方をする感情の読めないナムだが、ナムとはそういう人物であることをウィザーモンは知っている。よって、気にすることはなかった。

 ともあれ。別世界の産物とは、それだけで研究意欲が湧くシロモノである。ウィザーモンとしては、なんとしても手に入れて研究したいシロモノではあるが――。

 

「無理だろうな」

「当然」

「ふむ。別世界の産物がこの世界にあり……これにナム。君が直々に動いている。そして、ここ最近でこの世界に訪れ始めた大勢の人間。……これは偶然で片付けられることか?むむむ……」

「偶然。少なくとも。現れ始めた人間とこのスピリットは無関係」

「……。やれやれ。考察している傍から答えを言われるとはな」

 

 まあ、そんなウィザーモンの研究者としての微妙なプライドはともかくとして。

 ナムの言うことを信じるのならば、大成たち大勢の人間がこの世界に現れ始めたことと別世界のスピリットがこの世界にあることは無関係であるらしい。

 ナムが嘘をつく人物ではないことはウィザーモンも知っている。いや、正確には嘘をつく必要のない人物と言うべきか。どちらにせよ、ナムが言ったのならば確かなことだろう。ナムのことを知っているが故に、ウィザーモンはその情報を信用した。

 まあ、その情報を信用しながらも、それでも個人的に調べて確かめようと思っているのは、ウィザーモンが研究者であるが故なのだろう。

 

「私。行く。回収まだある」

「む?もうかね?この辺りには旅人たちもいるが……」

「いい。彼らとはまたそのうちに会うことになる」

 

 正確な内容の言葉をいくつも告げる割には、全てを明かすことはない。それがナムという少女である。

 まあ、全てを明かされてはウィザーモンとしてもつまらない。ウィザーモンは研究者だ。知りたいことがあるのならば、自分で見て、聞いて、学んで、確かめる。答えだけ教えられるクイズなど面白くはないのだ。

 文字通り、目の前で消えて(・・・)この場を去って行ったナムを見送りながらも、ウィザーモンは考えていた。

 ナムは人間とこのスピリットは無関係だと言った。だが、あくまでスピリット自体は無関係でも、スピリットを使っていた男と人間たちとの関係は無関係ではないのではないか、と。

 今回、自分が誘拐されたことを含めて、考えれば考えるほどに厄介事の気配が漂い始めている。そんな気配を前に、これからの未来を想ったウィザーモンだった。

 

「おーい!ウィザーモーン!だいじょーぶかー?」

 

 だが、ウィザーモンがそんなことを思っていた時だった。ウィザーモンには、遠くから自分を呼ぶ声が聞こえた。

 せっかく良い気分で考察しているのに……と自分が誘拐されかけていたことなどサッパリ忘れて、ウィザーモンはその声の主を睨む。

 対して、睨まれていることに気づいているのか、気づいていないのか。ウィザーモンを呼んだ声の主――大成は、呑気に手を振っていた。その周りには勇とグレイモン、そしてスティングモンがいる。

 

「まったく。君というものはもう少し静かにできないのかね?こちらは真面目に考えているのだぞ」

「何だよ。さらわれてったお前を心配して来たんだよ。こっちは!」

「……む?……そういえばそうだったな」

「っていうか、もう一人は?ウィザーモンが無事ってことは……」

「ああ、僕が倒した」

 

 決して、その気にさせた犯罪者()に倒させました、とはウィザーモンの立場上言えるはずもない。一瞬だけ悩んで、自分が倒したことにしたウィザーモンだった。

 ちなみに、零の脱獄については、ウィザーモンは内心で死人(ベルグモン)に責任を押し付けることにしていたりする。

 

「へぇ?そういや、ウィザーモンを連れてった男にはなんかなかったのか?こっちはス……なんとかって言うデジメンタルみたいなやつを使って人間がデジモンに進化したんだけど」

「スピリット、だ。しかし……そちらもそうだったのか?ふむ。どういったデジモンだったのだ?そのスピリットはどこに行った?どうやって倒したのだ?そういえば、僕の研究室はどうなった?」

「うわー!一度に聞くな!えっと、鏡みたいなデジモンと丸がたくさんのデジモンだった!研究室は潰れた!えっと……みんなで倒した。あと……あと……」

「大成、後はスピリットはどこへ行ったって質問だよ」

「ゆ……じゃない。勇、サンキュー!えっと、スピリットとかいうのはなんか訳わからん白い女子が持ってった」

「……やはりか」

 

 聞いておいて難だったが、スピリットがどうなったかなど、ウィザーモンにはすぐ予想がついていた。

 あのナムという少女は、言うなれば非常識の塊なのだ。というか、非常識(ナム)と当て字してもいいくらいだと、ウィザーモン個人は思っている。だからこそ、そのナムが直々に回収にまわっているのならば、自ずと予想はつく。

 なら何で聞いたんだという話だが――内心で少しは期待があったために、思わず口から出ちゃったのである。

 ともあれ、やはり予想通りは予想通りだったことに違いはない。だからこそ、ショックを受けることなどなく、ウィザーモンのその興味は他へと移った。

 

「君は?」

「ああ、オラは日向勇。こっちがパートナーのグレイモンだ」

「よろしく」

 

 ウィザーモンの新しい興味。それは、大成と共にこの場に現れた、ウィザーモンにとって初対面となる人間の存在である。まあ、言わずもがな、勇とグレイモンだ。

 

「ふむ……僕はウィザーモン。この街の特別名誉教授を担当している」

「と、特別名誉教授!?すごいんだな!あ、握手してくれ!」

「ぼ、ボクも!」

 

 特別名誉教授という、ウィザーモンの肩書きに驚き、そして握手を強請る勇とグレイモン。

 その姿は、さながら芸能人に出会ったおばちゃんのようである。しかも、それが誰だかよくわかっていないのに、テレビに出てるから、雑誌で見たから、有名人だから、という安易な理由で握手を強請るタイプの。握手を強請られる方にとっては一番微妙な気分になるタイプである。

 そんな勇の姿に、大成は田舎のイメージを垣間見た。まあ、グレイモンまで握手を強請っている理由がわからないのだが――やはり、パートナー同士似通う部分があるのだろうか。

 そんなことを考えた時、自分と自分のパートナーにも似通っている部分があるのだろうか、と悩んだ大成だった。

 

「やれやれ……む?そこにいるのはスティングモンか?」

「あ、そ――」

「そう、進化したんだ!あんなイモムシがこんな昆虫人間に……意外とちょっとはカッコよくね?」

「い、意外と……ちょっと……」

 

 大成はウィザーモンにスティングモンのことを見せつける。それは、まるで子供が新しいおもちゃを見せびらかすかのようだ。

 そんな大成の姿に、勇とグレイモンは苦笑している。どうやらここへ来るまでの道中に、だいぶ自慢されたらしい。

 まあ、ゲーム時代を含めても、大成の初めての成熟期へと進化したパートナーデジモンだ。嬉しくなるのもわかるだろう。とはいえ、嬉しくなるあまり、大成は本音をボロボロ漏らしている。

 そんな大成の何気ない一言に、当のスティングモンは精神的ダメージを受けているのだが。

 だが、大成の喜びようなど知らないかのように、ウィザーモンは大成に詰め寄った。

 

「なぜ進化させたんだ!」

「えぇ!?」

 

 随分な言い様である。進化したのに、おめでとうの一言もないとは。

 まあ、ウィザーモンからすれば凡庸な成熟期よりも、アーマー進化のできる成長期の方が研究的にはよほど価値があるのだろう。

 

「いいじゃねぇか!進化したって!」

「そこら辺の成熟期よりもいくらか多様性のあるアーマー体へと進化のできる成長期の方がいいに決まっているだろう!」

「っぐ……!けど、完全体に進化すれば……!」

「人間がパートナーにいるということも差し引いても、そう簡単に完全体に進化できると思っているのかね?」

「うぐぐ……」

「はぁ。貴重な古代種の成長期デジモンが……」

 

 どうにも大成の旗色が悪い。やはり、一子供の大成と特別名誉教授のウィザーモンでは、結果は明らかだ。

 まあ、こんな風にのんきに言い争えるにも事件が終わったからと言えるだろう。

 




ということで、第三十八話。
第三章エピローグです。次回から第四章に入ります。
まあ、本来第四章に入る予定だったものを第五章以降に回すことにしたので、ちょっと予定していた物語の流れから変わっています。
またその関係で、前作登場のブラッキーズの再登場も第五章以降になります。

また、感想や評価なども随時募集しておりますので、よろしくお願いします。
では、第四章もよろしくお願いします。



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第四章~過ぎ行く平穏と這い寄るナニカ~
第三十九話~報告。そして混乱~


というわけで、今回から第四章が始まりますので、またよろしくお願いします。


 ウィザーモン誘拐事件から一夜明けて、翌日の夕方。

 現在、大成は自分の家にいた。いや、大成だけではない。というか、デジモン人間問わず、この世界で大成と親しくなった面々が大成の家に大集合していた。

 その中には普段研究室に篭ってばっかりのウィザーモンも含まれていて、珍しいどころの話ではない。もっとも、昨日の一件で研究室は潰れたので、ウィザーモンは否応なしに研究室から出て仮住まいに活動の場を移さなければならなくなっているのだが。

 まあ、それはともかくとして。この家にいるのは、大成と優希と旅人と勇。そして、それぞれのパートナーたちとウィザーモンだ。

 大成がこの家に住んで何日か経過しているが、この家がここまで賑やかになったのは初めてのことである。

 この家がそれなりに大きいとは言っても、現在の人口密度では、かなり狭く感じられる。そんな中で、椅子に座っている者もいれば、立ったままの者もいて、かと思えば床に寝そべっている者もいる。面々はそれぞれ気に入った場所に腰を落ち着けていた。

 ちなみに、これだけの面々がこの家に集まることになったのは、ウィザーモンがあることを報告するために招集をかけたからだ。

 

「っていうか、ウィザーモン誘拐されたんだって?」

「ああ。その上、研究室まで潰された。まったく迷惑なことだ」

「それは災難だったな。っていうか、誘拐なんて、偉そうじゃないか」

――あかん、ツッコめへん……ワイも外とのコミュニケーション手段ほしいわ~――

「いきなり話しかけてくるな」

「旅人~偉そう、じゃなくて偉いんだよ。たぶん……っていうか、最近独り言多くない~?」

「多分は余計だ」

 

 すでに召集された面々は集まっている――というより、ウィザーモンが話のある面々はすでに集まっているというのに、なかなか本題に入らない。

 まあ、本題に入らないというよりは、各々が好き勝手に話しているから本題に入れないというのが正しいのだが。

 そんな中で、大成はスティングモンをジッと見つめていた。

 

「……」

「……大成さん、僕をジッと見ていたようですが何か?」

「え?いや、特に何も?」

「スティングモン殿は進化してから落ち着きが出ましたな。お嬢様」

 

 レオルモンが言う通り、進化してからスティングモンには落ち着きが出た。

 ワームモンだった頃には、どこか落ち着きがない、というよりは周りを伺ってばかりのような感じだった。だが、スティングモンに進化してからは、まるで寡黙な仕事人のように、常時冷静に構えているといった感じなのである。

 それは、進化して性格が変わったともとれるのだが――。

 

「……内心じゃわかんないけどね」

「……?」

 

 優希にはそうは思えなかった。

 自分を見つめる大成に向かって思わずといった体で声を発したスティングモンに、優希はいつものワームモンの姿を幻視したのだ。

 きっと、外見と纏う雰囲気が変わっただけで、内面部分はそう大して変わっていない。そう優希は思ったのである。

 とはいえ、そんな優希の思いを感じ取ることができないレオルモンは、ただ疑問顔で優希を見つめるしかなかった。

 

「……」

「……大成さん。やっぱり僕に用があります?」

「え?いや、特に何も?」

「さっきと全く同じ返しですよ」

 

 スティングモンに尋ねられるたびに、何でもないと返す大成。傍から見ていてわかりやすいくらいスティングモンを凝視していたのだ。それで何もないというのは、スティングモンでなくとも信じられないだろう。だが、実際には何でもないのである。

 スティングモンを見ていた大成は、フィギュア鑑賞をしている人と同じようなもの、と言えばわかりやすいだろうか。ようするに、進化したスティングモンをまじまじと見つめて悦に浸っていたのである。

 まあ、見つめられているのは心なきフィギュアではなく、しっかりと心のあるデジモンだ。まじまじと見つめられて、こそばゆい気持ちになってしまうのも当然の帰結だろう。

 

「そういやすっかり忘れてたけど、人間が旅人のカードみたいなのを使ってたぞ?あれについてなんか知らねぇか?」

「ん?オレのカードみたいなの?へぇー本当か?リュウ?」

「ああ。まあ、あくまでみたいってだけだが……」

「ふむ。今日の本題はそのことにも関係がある。……というか、いい加減に本題に入っていいかな?」

「どうぞ~」

 

 これでは埒があかない。そう思ったからこそ、強引にでもスレイヤードラモンの話題に便乗してウィザーモンは話を進める。

 まあ、それでも大成と勇辺りは聞く気ゼロだったりするのだが。スティングモンを見つめることに忙しい大成はともかくとして、勇の方はなぜ聞く気ゼロかというと――そう、食事を作っているからだ。というか、料理に集中していて本題の話が始まったことにすら気づいていない。

 とはいえ、ウィザーモンがこの話を聞かせたい相手は、主に旅人とドルモン、そしてスレイヤードラモンだ。勇や大成が聞いていなくとも、特に問題はなかった。

 

「ふむ……どこから話そうか。いや、初めから話そうか」

「いいからさっさと言ってくれよ」

「やれやれ……気が早いことだ。ふむ。三年前くらいのことだったかな。君たちがどこかへと行ってから、僕は旅人。君のカードを再現することに尽力していた」

「へぇ?で、できたのか?」

「完全にはできなかったな」

 

 完全にはできなかった。それは、裏を返せばある程度は再現できたということだ。

 使用する旅人本人もそのカードのことを知る者たちも、カードの力の凄さはよく知っている。それに、不明な部分が多いということも。だからこそ、そんなカードをある程度であっても再現することができたというウィザーモンに驚きを隠せなかった。

 まあ、それもカードについて知る者の話であって、カードについてよく知らない者はほとんど“ふーん”の一言で済ませているのだが。

 

「マジでか……え?ってことは白紙のカードとかも?」

「話をよく聞け。完全には無理だったと言っているだろう。僕にできたのは物体に力を込める。さらにそれを引き出す、の二つだけだ」

「そこだけ聞くとカードと特に変わりない気がするな」

「いや、旅人。そうは問屋が下ろさないんだろ」

 

 ウィザーモンの話を触りだけだが聞いたスレイヤードラモンは、話のこの先をなんとなく察していた。そして、自分の聞きたい話の部分にいよいよ入るのだとも。

 それまでは宙に浮きながら胡座をかくという、人から見たら不真面目にしか見えないような態勢で話を聞いていたスレイヤードラモンだが、本題に入るとあって真面目に聞く気になったのだろう。宙に浮くのは止めて、床に降て壁に背をあずけ、話を聞くのに楽な態勢に移った。

 

「そうだな。僕はカードほどうまく作れなかった。僕の作ったそれは、専用の機械に力を込めた物体を読み込むことで、ようやく発動する」

「やっぱり……」

「しかも、物体に力を込めたものを一つ作るのにもかなりの苦労する。裏技がないわけでもないが……これではまだ完成品には程遠いよ」

「いやいやいやいや……」

――馬鹿ダナ。頭ノ良イ馬鹿ホド手二終エナイ奴ハイナイ――

「まったくだ」

 

 作っただけでもすごいというのに。当の本人のウィザーモンは、まるでガラクタについて話すかのような口ぶりである。ウィザーモンの研究者としてのプライドというか、こだわりというか。

 なんにせよ、ほとほと呆れる旅人たちだった。まあ、誰しも自分が本気で挑むものにはそれ相応のこだわりがあるものだ。旅人たちであっても例外ではないし、ウィザーモンの場合はそれが研究だっただけの話だ。

 

「おい、それらしき物を優希を襲った奴が持ったたんだが?」

「む?……そうか。実は三年前に作られた試作品一号は盗まれていてね」

「盗まれた!?……今回のことといい、この街警備大丈夫か?」

「ふむ。まぁ、この街は警備の街ではないからね。この街は学ぶ者の街だ。警備の質が低いのも仕方ないだろう」

「……。さりげなくこの街の警備隊を貶したな」

「さて、そいつはどこへ行った?どうだった?……優希?」

「……ここで私に振るのね」

「本人から話を聞くのは当然だろう。で?」

 

 今まで他人事で聞いていたのに、ここで自分に話題が振られるのは予想外だったのだろう。優希は若干の驚きを内心に感じていた。その驚きは顔に出てはいなかったが、とはいえ、それでもわかる者には優希が驚いていたことがわかるだろう。

 優希は冷静であっても、無表情というわけではないのだ。まあ、無表情気味ではあるが、感情が表に出ないというほどでもない。

 それはともかくとして。ウィザーモンの言っている試作品とは、優希たちがこの世界に来たばかりに襲ってきた男の持っていたアレだろう。零たちの襲撃事件があまりにも衝撃的で、そちらの方がより鮮明な記憶として脳裏に残っているため、優希は半ば忘れていた。

 とはいえ、完全に忘れたわけでもない。優希は一つ一つ思い出しながら、ゆっくりと話していく。

 

「話を聞いているとカードには似ていないようだけどな」

「いや、旅人。カードを再現しようとして作っただけで、別物って考えていいんじゃねぇか?」

「旅人のやつは機械使う必要ないもんね~」

「……っく。そう言われると腹が立つな。とはいえ、ふむ。やはりそれは僕の作った試作品だな。その男は?」

「え?いや、さぁ……」

 

 その男がどこへ行ったのかなど、優希が知るはずもない。何者であったのかなど、もっと知る由もない。

 わかってるのは、何らかの目的を持って襲ってきたこと。そして、ウィザーモンの作った試作品を持っていたということだけだ。

 だから、これ以上優希に話せることはなかった。

 結局、ウィザーモンがわかったことは、自分の作った試作品をその男が持っていたということだけ。

 まあ、ウィザーモンとしても、確信に至るほどの情報を得られるとは思ってはいなかったが、それでも何らかの情報を期待していなかった訳でもない。こうも情報少なげであるとウィザーモンとしても少ないショックを受けてしまう。

 マスクでその顔の半分が隠れているということもあって、全然そうは見えないのだが。

 

「まぁ、試作品くらい別にいいか」

「軽っ!?……え?いいの~?」

「いや、所詮は試作品だからなドルモン。いいのだよ」

「……ウィザーモン殿。ここに一応、その試作品で迷惑を被った者もいるのですがな」

「別にいいわよセバス。ウィザーモンだって悪気があったわけじゃないんだし」

 

 まあ、優希の言う通りにウィザーモンには悪気こそないのだが、それでも盗まれたものを放置していた時点で故意と取られても仕方ない。というか、どうでもいいと思っていて、それで迷惑を被った者がいる辺り、タチが悪い。

 ウィザーモンにとって、試作品は試作品であって、つまり失敗作だったということだろう。まあ、ウィザーモンにとって失敗作でも、その他の者にとっては宝になりうることもあるということだ。

 とはいえ、これでウィザーモンの報告会は終わったことになる。だから、というわけではないが、少々強引ながらもウィザーモンは話題を変える。

 というのも、ウィザーモンには学術院の人々から旅人に依頼することを直々に頼まれていたからだ。まあ、頼むことを頼まれるという、ある意味面倒なことになっているのだが。

 とはいえ、当の旅人にその依頼が受け入れられないことはウィザーモン自身わかっていたりするのだが――それでも一応聞いてみなければならないだろう。この街の人々から頼まれたのだから。

 

「ふむ……そうだ、旅人。ダメ元で聞いてみるのだがな」

「ダメ元って言ってる時点でアレだろ」

「話だけでも聞いてくれ。この街の警備隊として――」

「嫌だ」

「せめて最後まで言わせてくれないか」

 

 まあ、速攻で拒否されたが。この結果はウィザーモンにとっても、わかりきったことであった。

 故に、やはりな……、と内心で思うことこそあれ、“何故”と思うことはない。というか、街の人々にどう言い訳しようか、と今から悩んでいた。

 一方で、その頼みを断った旅人だが、無理なものは無理なのである。まあ、旅人は至極個人的なことで断っていたりするのだが。

 

「そんなこと言ってもな。そろそろ旅に出たいんだけど。ああ、ドルたちは置いてくつもりだから手伝いならそっちに」

「えぇっ!?聞いてないよ~!」

「それ、俺もだよな?」

「えー?だって、お前たちなんか今いろいろとやってんじゃん」

「う……」

 

 ドルモンとスレイヤードラモンは、現在優希や大成の面倒を見ている。それは交わされた約束だ。

 そして、旅人はドルモンたちが、約束を反故にするような奴ではないことを知っている。ようするに、ドルモンやスレイヤードラモンが約束を果たし、旅ができるようになるまで旅人は待てないのである。だから、先に一人で旅をしようと思ったのだ。

 とはいえ、現在旅人の中には話すことしかできない人格が居座っているために、一人だけでと言うと語弊があるのだが。まあ、最近はたまにしか話しかけてこないその人格のことだ。旅人自身も半分忘れていたりするのだろう。きっと。

 

「嫌だ嫌だ!い、や、だ~!」

「っく……そりゃ、約束したけど……」

 

 旅人が一人で旅に出ることに、形は違えど反対するドルモンとスレイヤードラモン。その根底にあるのは、ようやく再会できたのにまた離れるのは嫌だという思いと旅についていきたいという思いである。

 とはいえ、旅人の予測の通り、どれほど嫌でもドルモンたちには約束を反故にする選択肢など、初めから存在していない。そんな状態でワガママを言っているというこの状態はつまり、二人は言外に旅人に旅に出ないでくれと頼んでいるのである。

 

「いや、行くし」

「待って待って待って~」

「あの、ドル?そんなに行きたいなら行ってもいいのよ?」

「ああっ!?別に優希ちゃんが悪いって訳じゃなくてね!」

 

 軽い混乱がこの部屋の中に起こっていた。

 すべての発端はウィザーモンで、それを助長させたのは旅人だ。だが、当のその二人は何事もなく寛いでいる。

 そんな二人を尻目に見ながらもドルモンは無い頭を必死に捻ってまだしつこく粘っている。だが、この調子では旅人の心を変えられそうにはないだろう。

 一方で、こうなるなら黙って出て行けばよかった、と内心でそう思っていた旅人である。

 

「なんか騒がしいな。ほら、ご飯できたぞー?」

「スティングモンか。うんうん。やっぱりちょっとは良くなったな」

「ちょっとですか……」

「お嬢様……このセバス。より一層の努力をします」

「……そうね。このままだとドルやリュウが可哀想だし」

「ま、連絡をくれるならな。俺のスピードだったらすぐ追いつくだろうしな」

「嫌だ嫌だ嫌だ~!うわぁ~ん!」

 

 なんにせよ、事件が終わった後の賑やかな一日だった。

 




第四章第一話もとい第三十九話。
まあ、軽い説明回と第四章のキー回ですね。
次回から本格的に第四章が始まります。

それでは、次回もよろしくお願いします。


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第四十話~そうだ!お使いに行こう!~

 ウィザーモンが大成の家に招集をかけた日から数日後のこと。

 ちなみに、この数日はとりあえず表向き穏やかな時間が流れていた。穏やかというか、いつもと変わらないというか。これぞ、日常といった感じの時間だった。

 まあ、旅人が行方不明になったり、ドルモンが拗ねたり、微妙にスレイヤードラモンの実施するトレーニングがキツくなったり、勇が大成の家に入り浸るようになったりしたのだが、それはほんの余談である。

 

「おー……で、今日は何だ?仕事だって聞いたけど……」

「……どんな仕事ですか?」

「スティングモン、大成。それはこれからでしょ?」

「そうですぞ。二人共、そこまではやらずともいいと思いますぞ」

「ふむ。来たかね。……何でスレイヤードラモンまで来ているんだ」

「暇だから」

 

 そんな時、大成たちはウィザーモンに仕事の用件で呼び出されていた。呼び出されたメンバーは大成と優希、そして二人のパートナーたちだ。だが、暇だからという理由でスレイヤードラモンもついて来ていたりする。

 まあ、呼び出されたと言ってもいつもの研究室は数日前に潰れているので、今現在に大成たちがいるのは、ウィザーモンが現在住んでいるとある一軒家である。ウィザーモンはまだ数日しか住んでいないはずであるのに、もう物が散乱していた。

 散乱している物の中にはデジメンタルもあることから、おそらくはウィザーモンの研究の品なのだろう。研究の結果、もしくは研究対象の品々であるはずなのに、扱いが雑すぎだ。

 その散乱具合といえば、やって来た大成たちの足の踏みどころがないくらいである。

 だが、この人口密度も物品密度も高い、言うなれば居所のないこの家に、新たに入ってきたデジモンがいた。おそらく、今回の呼び出しに関係するデジモンなのだろう。そこら辺は大成たちにも予想がついた。

 

「ほお?コイツらが特別名誉教授さんが推してくれる奴らかぁー!どう見てもガキじゃねぇか。大丈夫か?」

「そこら辺は大丈夫だろう」

「へぇ?お墨付きか。……って!そこにいるのはスレイヤードラモンさんじゃねぇかぁ!」

「ああ?」

「あ、握手してください!」

 

 新たに大成たちの前に現れたデジモンは、河童だった。人形のような見た目に反して頭には皿ではなく、CDのようなディスクが乗っている。それが、ガワッパモンと呼ばれる成熟期のデジモンである。

 どこか大成たちを見下したような言葉遣いと雰囲気だったものの、スレイヤードラモンを見るや握手を強請った。敬語で。格下と認識している者は舐め、格上と認識している者には敬意を払う。なんだか、可愛らしい見た目とは裏腹にどこぞのチンピラのようである。

 そんなガワッパモンを見て、ゲーム時代にある意味でお世話になっていたいつかのチンピラのことを思い出した大成。

 ムカつくアイツは今はどうなっているだろうか。この世界に来ているのだろうか。それとも、人間の世界でまたムカつく顔を晒しているのだろうか。

 そんなことをボンヤリと思った大成だった。

 

「もう手を洗わねぇ」

「汚いわね」

「うるせぇ!小娘!このスレイヤードラモンさんはなぁ!伝説なんだよぉ!五年前に流星の如く現れて、各地で数々の伝説を残してる!イカスお方なんだよぉ!」

「……リュウ、何してるの?」

「いや、まぁ……旅人やドルのやつを探している時にいろいろとな」

 

 実は、スレイヤードラモンが五年前に世界を救った面々の一人という、その事実を知っている者は少なかったりする。世界の危機があったということを知っている者は少ないし、世界を救った面々の詳しい情報を知っている者はもっと少ないということだ。

 ようするに、スレイヤードラモンがガワッパモンに伝説扱いされているのは、五年前に世界を救ったという事実以外の事によってであるのだ。

 一体何をしたのか。そう疑問に思った面々だったが、その疑問にスレイヤードラモンが答えることはなかった。

 ちなみに、それについても知っているだろうウィザーモンも、興味ないとばかりにその疑問について答えることはなかった。

 

「っく!スレイヤードラモンさん!一体誰なんすか!その人間の小娘は!」

「ん?ああ、ちょっと面倒を見てやってる奴だよ」

「なっ!羨ましいぜ!おい、小娘!このオレと代われっ!」

「嫌よ」

「なにぃいいいいい!」

 

 優希の即答に、ガワッパモンは頭を抱えて絶叫している。

 そんな光景を前にして、大成たちは自分たちが何をしにここに来たのかわからなくなっていた。というか、このウザイガワッパモンに付き合うくらいならさっさと帰りたい、とそんなことすら思い始めている。

 だが、そうは問屋が下ろさない。仕事は仕事。この街で快適な生活をするためにも、サボることはできない。

 

「はぁ。そろそろ本題に入ってくれないか?僕にもこの後には担当の講義がある。いや、研究だってあるんだ。ここで騒がないでもらいたい」

「……すまねぇ。特別名誉教授さん……でも!」

「でもけども謝罪もいいから、さっさと用件をすませたまえ」

「……はい。オレはガワッパモン!この街に最近来たデジモンだぁ!」

 

 そうして、ガワッパモンはウィザーモンに急かされて、ようやく本題に入る。

 本題に入るまで時間にして十数分。たった十数分ではあるが、ガワッパモンのウザさも相まって、それ以上の時間が経過しているように大成たちには感じられていた。ようするに、精神的に疲れてきていたのである。

 だが、そんな大成たちには気づかない様子で、ガワッパモンは話を進めている。つくづく、自分本位の性格であるようだった。

 そして、ようやく始まったガワッパモンの話――。

 

「でなぁ!新たな音楽を目指してオレはこの街に来たのはいい……が!この街にゃ全然イカス音楽がねぇ!」

「……で?」

「それでな!かの有名な機械里に行って欲しいのよ!」

「誰かー!通訳呼んでくれー!」

 

 だが、ガワッパモンは致命的に説明が下手だった。

 こんなどうしようもないところまで自分本位が極まっているのか、それとも当人の元々の性質なのか。まあ、どちらにしても説明が下手という結果には変わりようがないのだが。

 

「はぁ。このガワッパモンは音楽好きな者たちが住む街にいたらしい」

「そうそう!だがなっ!オレもオレ自身の音楽に新天地を迎えたいのよ!」

「……黙っててくれないか。君が話すと話が進まない」

「だからこそ、オレは旅に出てこの街に来た!けど、この街の人間はつまんねぇ石頭ばっかり!音楽を理解することすらできねぇと来たもんだ!」

「無視かね?それと、僕もその石頭に含まれているのか?」

 

 説明下手な者を相手するほど疲れることはないし、話が先に進まない。だからこそ、気を利かせて事情を知っているだろうウィザーモンが間を取り持って大成たちに説明をしてくれる。だが、やはり自分のことは自分で説明したいという願望があるのか、要所要所でガワッパモンが口出ししてくる。

 そんな状態では、確かにガワッパモン一人が説明しているよりは話が進むだろうが、間を取り持っているウィザーモンとしては疲れることこの上なかった。

 とはいえ、話しているうちにテンションが上がってきたらしい。ガワッパモンはどんどん饒舌になっていき、それと同時に少しだが説明下手もマシになっていく。こういうところを見るに、ガワッパモンは説明下手というよりは言葉足らずなのだろう。だからこそ、饒舌になるほど、説明はわかりやすくなる。

 まあ、それでも他の人と比べれば説明が下手であることには違いないのだが。

 

「だからオレは決めたのよ!この街に音楽の世界を広めるってな!」

「どうしてそうなったのよ……」

「……ありがた迷惑という言葉を知っているのかね」

「オレはこの街で音楽を広めるのに忙しい。でもな、オレ本来の目的であるオレ自身の音楽に新天地ってことも忘れちゃいねぇ!」

「……で?」

「だからオレがこの街で音楽を広めている間に、ちょいとお使いを頼まれて欲しいのよ!聞けば、お前らはこの街の何でも屋らしいじゃねぇか!」

「ちょっと待て!」

 

 ここまでおとなしく話を聞いていた大成。だが、ツッコミどころ満載、というかツッコミどころしかないガワッパモンの言葉につい声を上げた。

 この街の何でも屋、もとい便利屋扱いされていることなど大成たちは初めて知った。確かに、この街でさまざまなことを手伝う大成たちは、この街の何でも屋と言えるようなことをしていると言える。だが、何でも屋という名の仕事についているつもりは一切としてなかった。

 だからこそ、そのような扱いを受けていたことに、大成たちは驚くしかなかった。

 ちなみに、ウィザーモンはそのことを知っていた。というか、知らなかったはずはない。大成たちに仕事を斡旋していたのはウィザーモンなのだ。むしろ、特別名誉教授であるウィザーモンが直々に仕事を斡旋しているからこそ、大成たちは何でも屋としてこの街の住人たちに認知されることになっている。

 

「なんだよ!何でも屋って!」

「別にいいだろう。仕事があるだけマシだと思え」

「それにしても、機械里ね。……あれ、何か忘れてるような……まぁいいか。俺も久しぶりに行くかな。ああ、せっかくだし俺が連れてってやるよ。それなりに遠いしな」

 

 機械里というのがどこであるのか、大成たちにはわからない。だが、スレイヤードラモンが言うにはそれなりに遠い場所にあるらしい。スレイヤードラモンがいなければ、きっと何日も歩き続ける羽目になるだろう。

 大成はそれだけは嫌だった。この学術院の街で家持ちの快適な暮らしをしていたからこそ、何の理由もなく何日にも渡るだろう不便な野宿をしたくはなかったのだ。そして、それは大成だけではなく、優希にしても同じことだ。もちろん、何らかの理由があって仕方なく野宿をしなければならないのならば、大成も優希も納得するだろう。だけど、常日頃から好き好んで野宿をしたいとは思わない。そういうことなのだ。

 だからこそ、スレイヤードラモンの提案は渡りに船。ありがたいことだったのだが――。

 

「え?マジで!?じゃ、リュウお願いす――」

「いやいやいやいや!かのスレイヤードラモンさんにそんなことさせられるわけないじゃないですかぁー!」

「なんでお前が答えるんだよ」

 

 その提案を、何故か大成たちではなくガワッパモンが断った。

 正に渡りに船という言葉の船の部分をぶち壊そうとするガワッパモンの言葉に、大成は思わず声をあげた。だが、ガワッパモンは止める気はなかった。

 ガワッパモンにとって、スレイヤードラモンとは尊敬の対象だ。そして、大成たちに頼む今回の用件は、正しく雑用といえるものだ。つまり、尊敬するスレイヤードラモンに雑用などさせられるわけもないということである。

 

「いや、でもな。リュウが個人的に行くってんならお前に止めることはできないだろ」

「うぐ……」

「必死ね」

「まぁ、分からないでもないですな」

 

 外野が何やら呟いているが、大成の言う通りだ。ガワッパモンにスレイヤードラモンの行動を制限する権利などない。いくらガワッパモンが喚こうと、スレイヤードラモンが個人的に行くと言ってしまえばそれまでなのだ。

 まあ、それを言っているのはスレイヤードラモン自身ではなく、大成である。ついでに言えば、大成とスレイヤードラモンはパートナー関係でもなんでもない。

 お前には関係ないだろう、とガワッパモンに言われてしまえれそれまでになってしまうのだが――幸か不幸か、ガワッパモンはそこまで頭が回らなかったようである。

 ちなみに、当のスレイヤードラモン本人はどうでもいいとばかりに欠伸をかいていた。

 

「どうでもいいがさっさと行ってくれ。そろそろ僕もこの家を出ないとまずい」

「いや、まだ……!」

「っく。ん?待てよ……スレイヤードラモンさんに手伝ってもらえるとなりゃ、末代まで自慢できるんじゃ……?」

「いや、俺はその仕事自体を手伝うとは言った覚えはないぞ」

「そう考えると悪くないかもな!それじゃとにかく頼むぜ!?ガワッパモンからの頼みごとって言えばわかってもらえるからよ!」

「おい、誰に!?誰に言うんだよ!」

 

 それだけ言い残してガワッパモンは去っていった。最後の最後まで忙しないというか、もう少し説明義務を果たすべきというか、なんと言うか。

 現状を纏めると、大成たちはこの街から出て機械里に向かわねばならず、そこでどこにいるとも知れない誰かを探さなければならず、さらにガワッパモンから頼まれた用事も果たさなければならない。

 情報の少なさ故に、一気に面倒くささが倍増というか、ほとんど無理の域である。思わず途方に暮れてしまう大成たち。

 

「悪いがな。そろそろ本当にまずいんだ。さっさと出て行ってくれないか?」

「いや、でも……」

 

 だが、そんな間にも時間は刻一刻と過ぎていく。いろいろと用事があるウィザーモンとしては、本当に時間がなくなってきたのだろう。今のウィザーモンには節々に大成たちを急かすかのような言動が見受けられる。

 

「スレイヤードラモン。君はどうするんだ?先ほど大成たちを乗せていくみたいなことを言っていたが……一応こちらでも移動手段は準備してある。君には必要ないだろうが、乗ろうと思えば乗れるが?」

「そうなのか?……ま、暇だしな。たまにはゆっくり行くのもいいだろ」

「移動手段は学術院の街の入口に準備してある。……というか、来るように頼んである。出発時間は……ふむ。あと一時間後くらいだろう」

「一時間!?」

 

 来るように頼んである。ということは、デジモンが運転でもする乗り物なのだろうか。形的には車なのか飛行機なのか。大きさ的には大きいのか小さいのか。

 いろいろと気になった大成たちだったが、それを尋ねている暇はなかった。なにせ、あと一時間後くらいに出発という衝撃的な言葉をウィザーモンから聞かされたのだ。

 あと一時間ではろくな準備もできない。スレイヤードラモンやスティングモンたちデジモン組はともかくとして、大成たち人間組は多少でも準備をしなければ心配である。

 

「仕方ないだろう。あのガワッパモンのせいで思った以上に時間が経っていたのだから」

「いや、それでも一時間が一時間三十分くらいに変わるくらいの変化だろ!?」

「ふむ。まぁ、そうだな」

「言い切った!?」

「だが、何とでもなるだろう。さっさと行きたまえ」

「……旅人ならこれでもいいんだろうけどな。大成たちはそれじゃキツイと思うぞ?」

「ふむ。なるほど確かに。だが、もう遅い。次から善処するとしよう」

 

 そんなことをのんびり言うウィザーモンに軽くイラっときた大成。だが、そんなことを言っていても埒があかない。仕方なくウィザーモンの仮家を出た大成たちは大急ぎで自分たちの家へと戻る。

 

「何を準備すればいい!?」

「知らないわ」

「っく……!」

「大成さん落ち着いて」

 

 だが、旅支度などまともにしたことがない大成たちだ。時間もないこの状態では、焦りで頭も回らない。結局、大成たちはろくな準備をすることができなかった。

 相変わらずというか。行き当たりばったりが極まっている感じである。

 そんなこんなで、ほとんど手ぶらも同然の状態で大成たちは学術院の街の入口へと急ぐ。学術院の街の入口へと着いた時には、大成は疲れ果てていた。

 まあ、疲れ果てていたのは大成だけで、それ以外の面々はケロッとしていたのだが。

 

「……理不尽……だ……」

「そんなこと言われてもね」

 

 とはいえ、なんやかんやあっても時間には間に合った。これは幸運だろう。これで遅刻でもしようものなら目も当てられない。

 だが、そろそろ時間だというのに、ウィザーモンの手配したという乗り物の姿は微塵も見えない。

 どういうことか、と顔を見合わせていた大成と優希だが、次の瞬間には気づいた。スレイヤードラモンも、スティングモンも、レオルモンも。デジモン組全員が上を見ていたことに。

 つられて大成たちも上を向く。そして――。

 

「なっ!」

「えっ!」

 

 驚愕した。

 ゲーム時代からさまざまなデジモンを見た大成だったし、優希も過去に一度はこの世界に来たことがあったが、それでも流石にこれは予想外だった。

 そこにあった光景。それは電車が空を翔ける光景。あの電車はまず間違いなくデジモンだろう。よく見れば目があり、顔がある。次々と空にレールが敷かれ、その上を縦横無尽に走っている。

 

「懐かしいな」

「リュウ。あのデジモンを知っているのか?」

「ああ。トレイルモンっていうデジモンだよ」

 

 トレイルモン。さまざまな客を乗せてこの世界を走り回るデジモン。

 それが、ウィザーモンの手配した乗り物だった。

 




というわけで第四十話です。
ちなみに次回登場の機械里という街ですが、前作でも名前だけは地味に登場していたりもします。

さて、次回はお使いのために機械里にて奔走する面々です。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第四十一話~大都市!?機械里!~

 次から次へと移り変わっていく窓の外の風景。日本では数少ない、人工の物がまったく存在しないその光景を人工物から望むという現状況は、ともすれば一周回って幻想的である。

 現在、大成たちは電車のようなデジモンであるトレイルモンに乗って旅をしていた。

 また、トレイルモンはデジモンであるが、その乗り心地は人間の世界の普通の電車と変わりない。いや、変わらないどころか、人間の世界の電車よりも優っている点も多い。

 そんなトレイルモンに乗っての移動に不便などあるはずもない。快適そのものな感じである。その快適さの程は、大成たちが部分的でも、学術院の街の自宅よりも快適に感じたほどである。

 

「おー……これで風呂と食事サービスがあればもう一生ここに住めるな」

「大成殿……流石にそれはどうかと思いますぞ」

 

 そんな大成たちがトレイルモンに乗って、学術院の街を出発してから、かれこれ一日が過ぎていた。

 その間、ずっと電車に乗りっぱなしであるというのに、大成たちはほとんど疲れていないし、ストレスを感じてもいない。それだけでトレイルモンの凄さがわかる。

 だが、そんな電車旅行も終わりの時を迎えようとしていた。

 

「この速度なら……そろそろだな」

「スレイヤードラモンさん、何がです?」

「到着が、だよ。機械里だ。ほら、もう見えるぞ」

「どれどれ……?は……?」

 

 スレイヤードラモンの言葉に、一同は窓から前方に広がる光景を見る。だが、見た瞬間に大成は口を開けて呆然と固まった。いや、大成だけではない。優希もレオルモンも口を開けて固まっている。スティングモンも冷静さを気取ってはいるが、内心では同様だろう。

 そんな面々がおかしくて、スレイヤードラモンは口の中で笑いを噛み殺す。それほどまでに、大成たち全員は同じ格好をしていたのだ。

 

「リュウ!?え?あれが……!?」

「ああ、そうだぞ大成。アレが機械里だ」

「うそ……」

「驚きですな……」

「……」

 

 三者三様に驚きながらも、大成が代表してスレイヤードラモンへと尋ねる。だが、帰ってきたのは肯定の言葉。正真正銘、大成たちが見えているものが機械里である。

 だが、まあ、大成たちが驚くのも無理はないだろう。それほどまでに、機械里の外観は常識をぶち壊すようなものだったからだ。

 機械里とは、読んで字のごとく機械で出来た街である。機械系のデジモンが多く住み、また外部からも機械についての用があるデジモンが大勢訪れる。この世界にしては珍しく、外部から多くのデジモンの出入りがある町である。

 だが、珍しいのはそれだけではない。機械里は、多くの街や里があるこの世界でも屈指の大きさを誇っている街なのだ。大きさ的には学術院の街を余裕で超え、総面積的には日本の市と呼ばれる区分の場所にも匹敵するだろう。

 摩天楼は超高層建築物という意味の言葉であるが、正しくその言葉通りの大きさの建築物が街中に建っている。デザインは人間の世界に見られるようなものでありながら、どこか近未来的な感じも見受けられる。全体的な雰囲気としてはちぐはぐで雑多でありながら、正しく圧巻の眺めであった。

 またこの世界でも屈指の鉄壁のセキュリティが備わっている街でもあり、いざとなれば街を取り囲むように火の外壁が形成されるだけでなく、街中に迎撃設備も同時展開される。

 

「いつ来てもデカイな。ここは」

「……いや、アレだろ。世界観にそぐわないだろ」

「雰囲気ぶち壊しね」

 

 スティングモンやレオルモンはその光景に圧倒されるばかりであったが、逆に大成たち人間組は微妙な気持ちとなっていた。まあ、それもそうだろう。

 大成たちにとって、この世界のイメージはゲームや御伽噺全盛のファンタジー世界だったのだ。だというのに、そんな世界のど真ん中に、こんなSF映画から飛び出してきたような大都市がある。違和感がすごいどころの話ではない。

 言うなれば、弓や剣で戦うような時代に戦車が走っているようなものである。

 機械系デジモンを何回かその目で見てきたことがあるとはいえ、こうもまざまざと見せ付けられると何とも言えない大成たちだった。

 

「……やっぱり変だろ」

「お前らの感覚が俺には分かんねぇけどな……ん、着いたな。ほら、降りるぞ」

 

 言いようのないダメージを負った気がしながらも、大成たちはスレイヤードラモンに急かされるままにトレイルモンを降りる。名残惜しいが、快適な電車生活ともこれで暫しのお別れである。

 トレイルモンは大成たちが降りたのを確認するとそのまま走って去っていった。また、どこかで誰かを乗せに行くのだろう。

 そんなトレイルモンを見送ってから大成たちはこの大都市“機械里”への一歩を踏み出す。見れば、それまであった草原から、いきなりアスファルトのようなものがひしめく大都市へと切り替わっている。その不自然なまでの切り替わりは、まるで絵を切り取って貼り付けたかのようだ。

 そんな光景に大成と優希は違和感を覚え、頭を悩ませる。だが、そう感じているのは人間組だけで、デジモン組はそういうものだとして受け入れているようだった。

 

「ピピ……認証シマシタ。ヨウコソ、機械里へ」

「おお、ハグルモンか!」

 

 街に入った大成たちを迎えたのは、歯車で出来たデジモンだった。ハグルモンと呼ばれる成長期のデジモンだ。

 ハグルモンの機械的な音声に大成は妙な気分になった。デジモンということは、生きているのだろう。だが、ハグルモンの声はロボットのもののようで、全然生きているように感じられない。だというのに、生きている。それが、大成には不思議だった。

 まあ、生きているからといって、自我があるということにはならないのだが。そう、ハグルモンというデジモンは、よほどの突然変異体でもない限り人間と同じような自我はない。大成は、その辺りのことが理解できていなかったのである。

 

「ソコニイラッシャルノハ、スレイヤードラモン様デスネ。貴方様ガ訪レタ時ニハ全霊ヲモッテ歓迎セヨ、トノ御命令デス」

「リュウ、本当に何をしたんだよ」

「……まぁいいだろ。さてそれじゃ、俺は行くぞ」

「って……え!?」

「何を驚いてんだよ。言っただろ。仕事を手伝う気はないぞ。ああ、あと別に先に帰ってもいいからな」

「いや、ちょ、待――」

 

 それじゃあまたな、と。待ったをかけようとする大成たちの目の前でスレイヤードラモンは消えた。まあ、消えたのではなく超高速で去っただけだが、スレイヤードラモンの動きを人間が捉えられるはずもない。まるで忍者のように消えるスレイヤードラモンの姿は今までにも何度も見たことはあるものの、待ったをかけようとしたその瞬間にやられると微妙な気持ちになる。

 というか、スレイヤードラモンがいなくなったせいで大成が立てていた予定がいろいろと狂った。仕事を手伝ってもらえないことは了承していたが、この街の案内くらいはしてもらうつもりだったのだ。だからこそ、このタイミングでいなくなられると、宿やその他諸々を大成たちは自分たちでやらなければいけなくなる。

 正しく、特番のために外国に一人で放り出された芸人のような気持ちに大成はなっていた。まあ、スティングモンや優希たちがいて、言葉が通じる分だけ、外国よりはずっとマシだろうが。

 

「で?どうする?」

「どうしますか……?」

「どうしますかな?」

「……はぁ。とりあえずは拠点探しね。これだけ広いと一日で終わりそうもないし」

 

 そう。この機械里に来る原因となったガワッパモンの依頼だが、不明部分が多過ぎるのだ。そんな不明部分の多い依頼を正確にこなす為には、おそらく一日では足りない。であるならば、この街での拠点の獲得は必須であろう。まあ、拠点といっても数日泊まるホテルくらいでいいのだが。

 ともあれ、優希も大成も、こんな大都市で野宿だけは嫌だった。現代風な見た目に反しての野宿。どこか自分が惨めに思えてしまうからだ。

 

「ハグルモン、ちょっといい?」

「ナンデショウカ……?スレイヤードラモン様ノオ連レ様」

「いや、まあ、間違っちゃいないだろうけど……」

「この辺りで宿泊できる場所はないの?できればタダで」

「うわ、守銭奴発げ――」

 

 手持ちのお金がないからこその優希のタダ発言だったのだが、大成には曲解して伝わってしまったようである。もしくは、わざと曲解して受け取ったのか。

 まあ、大成の邪気のない顔を見れば前者みたいだが、何ともアホな受け取り方をしてしまったものである。

 

「ちょっと黙ってくれない?」

「え?なんで?」

「……」

「大成殿……ある意味大物ですな。悪い意味で」

 

 ニッコリと笑いながら、されど怒気を含んだ声で話しかければ、たいていの者は恐ろしさのあまり萎縮する。実際、優希の言葉には明らかな怒気が含まれていた。それほどまでに守銭奴扱いされたのが嫌だったのだろう。

 だが、そんな優希を前にしても大成は何も感じていないようだ。鈍いのか、それとも大物なのか。おそらくは後者だろう。

 そんな大成を蚊帳の外にて呆れるレオルモンとスティングモン。優希の方もまだ思う所はあったものの、何も感じていないような大成に構うのがアホらしくなったのだろう。怒りを飲み込んで、再びハグルモンに向き合った。

 

「シカシ、スレイヤードラモン様ノオ連レ様ナラバ――」

「いいの」

「ソウデスカ。ハイ、コノ街ニ該当施設ハ多数存在シマス」

「本当?案内してくれる?」

「オマカセクダサイ」

 

 案内してくれるらしいハグルモンをありがたく思いながら、大成たちはついていく。

 ハグルモンは不思議な原理で浮きながら移動しており、大成たちが付いて来易いようにスピード調整しているのか、その移動スピードは大成たちの徒歩の速さと変わりなかった。

 まあ、元々この移動スピードなのかもしれないが、どちらにしても大成たちとしてはありがたいことだった。

 そして、歩き始めて十数分。機械里はやたらと広いだけあって、未だ目的地にはついていない。そして、その間、ハグルモンが無駄話をしないタイプのデジモンであったこともあって、大成たちは無言で歩いていた。

 だが、そろそろ黙っているのにも辛くなってきた。まあ、ようするにただついて行くのにも飽きてきたのである。

 だからこそ、それぞれがハグルモンに話しかける内容を探して――。

 

「リュウ……スレイヤードラモンって何をしたんだ?」

「……そうね。気になるわね」

 

 そういえば、と大成は声を上げた。この街でスレイヤードラモンが何をしたのか、ずっと大成は気になっていたのである。

 ハグルモンは進みながらも、大成のそんな質問に答えてくれた。

 

「スレイヤードラモン様ハコノ街ヲ救ッテクレマシタ」

「街を救う?」

「ハイ。コノ街ノ恩人デス」

「へぇー……具体的には?」

「コノ街ノ暴走シタ長ヲ鎮メマシタ」

 

 よくわからない部分が未だあるものの、街を救ってくれた発言を鑑みるに、どうやらよほどのことをしたらしい。さらに昨日のガワッパモンの発言も含めれば、このようなことをスレイヤードラモンは彼方此方でしていたのだろう。

 スレイヤードラモンが元々凄い人物であることはわかっていたが、それでも自分たちの知らない彼の姿が垣間見えた話だった。

 

「この街の長とは誰なんですか?」

「アンドロモント呼バレル完全体デジモンデス。普通ノアンドロモントハ違イ、意思ト感情ヲ持ッテイル素晴ラシイ御方デス」

「へぇ……完全体なのか」

「普通のアンドロモンとは違うのですね」

 

 アンドロモンという完全体デジモンは、人型タイプのサイボーグデジモンである。

 人間のような意思や感情を持っておらず、機械らしく与えられているプログラムに忠実に動く――のが、普通のアンドロモンである。だが、どうやらこの街の長と呼ばれるアンドロモンは違うらしい。

 普通の個体とは違って、意思があり感情を持っているとハグルモンは述べている。それはつまり、この街の長と呼ばれるアンドロモンは相当特殊な個体であるということだ。

 そうして話し続けてだいぶ時間が経っていたようだった。気がつくとハグルモンが動きを止めている。いや、動きを止めているというよりは、動く必要がなくなったから止まったという感じだ。

 そう、それはつまり、目的地についたということで。

 

「此方ニ見エルノガ、無料ノ宿泊施設デス」

「おお、これが……これが?」

 

 大成たちの目の前にあったのは、何十階もあろうかというほどの巨大なビルだった。看板などもなく、シンプルを通り越して無機的な造りであるこのビルでは、一見するとここが宿泊施設であるかどうかの確認は難しい。だが、ハグルモンはここが宿泊施設であると語っていた。

 疑ってしまうくらいわかりにくい外観ではある。だが、よくよく見れば周りのビルはほとんど似たような外観であるのだ。元々、見分けがつくような造りをしていないのである。いや、人間である大成たちの目から見てそう見えるだけであって、もしかしたらデジモンたちには違いがわかるのかもしれないが。

 

「ソレデハコレデ失礼シマス」

「ありがとうなー!」

 

 案内が終わったために、用がなくなったハグルモンは大成たちに背を向けて去っていく。そんなハグルモンを見送ってから、大成たちはビルの中へと入って行った。

 そうして、ビルの中へと入った大成たちを出迎えたのは――。

 

「ヨウコソ。宿泊デスネ」

「これは……」

 

 ハグルモンだった。

 先ほど別れたばかりなのに何故、と一瞬思ってしまった大成。だが、このハグルモンは先ほどのハグルモンとは別の個体なのだろう、とそのことにすぐに思い至って納得した。

 とはいえ、人間の目ではデジモンの外見上の個体差など、よほどの違いがなければわからない。同じデジモンであるスティングモンやレオルモンにはその差がわかるようではあるが、人間である大成たちにとって同じデジモンが何体もいるというのは心臓に悪いことだった。例えるのならば、ドッペルゲンガーを見た人の気持ちが近いだろうか。

 

「ドウカサレマシタカ?」

「いや、なんでもねぇ」

「ソウデスカ。部屋ノ数ハドウシマスカ?」

「二部屋で」

「了解シマシタ。部屋ハ203号室ト204号室デス」

 

 ドウゾ、と言われて部屋の鍵の代わりなのだろうカードを大成たちは手渡される。

 そこはいいのだが、号室番号からいって泊まる部屋は二階に存在するのだろう。せっかく何十階もあるビルに宿泊するのにこれでは詰まらない、と若干の不満を感じた大成だった。

 ちなみに、カードが部屋鍵として扱われているのは、この宿泊施設があまりグレードの高くない施設だからである。もっとグレードの高い施設であれば、顔認証のような最先端技術で鍵のような物は不要となる。

 スレイヤードラモンの連れている者たちとして認識されている大成たちならば、もっとグレードの高い施設にも無料で泊まれたのだが、優希が会話の中で偶然断りを入れたためにハグルモンが選択から排除したのである。

 

「大成さん、部屋を確認したらどうしますか?」

「とりあえず……どうするかをどうする相談だな」

「いつも通りにちゃっちゃと終わるようなものでもないしね」

「それが得策ですな」

 

 これからのことを話し合いながら、大成たちはエレベーターに乗って部屋へと向かっていく。

 そして。

 

「あれは……」

 

 そんな大成たちの後ろ姿をジッと見つめていた一体の青き幻竜デジモンがいた――。

 




というわけで第四十一話。機械里に入ったお話でした。
ちなみに最後にちょこっとだけ登場したデジモンは新キャラですね。

次回はガワッパモンの依頼。さて、無事に片付けられるのか……。

それではまた次回もよろしくお願いします。



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第四十二話~ストーカー?青き竜人との戦い!~

「朝だな」

「朝ですね」

 

 機械里の街に朝が訪れる。機械里は近未来的ながら、それでも学術院の街よりかは現代の日本の街に近い。だからというか、大成たちがこの街で()()()()()()()()()()()は、日本での朝を思い出して懐かしい気分に浸ることができたこともあった。

 初めての朝を経験した時。そう。その言葉通り、大成たちがこの街で朝を過ごしたのは一日だけではなかった。大成たちが機械里の街へと訪れてから、すでに三日経っていたのだ。

 

「……はぁ」

「朝から景気悪いですね」

「仕方ないだろ」

「そうですね」

 

 三日。それだけの日々を費やしても、大成たちはこの街での用事を済ますことができなかったのである。この街での用事とは、それすなわちガワッパモンの依頼のこと。つまり、ガワッパモンの依頼を済ませることができないということは、大成たちはこの街を離れることはできないということで。

 そんなこんなで、大成たちは、未だこの街に留まっていたのだ。

 そんな時、大成のいる部屋にノックの音が響き渡った。この時間帯に自分の泊まっている部屋に来る者など限られている。ようするに、大成には来たのが誰かということなどわかりきっていたのだ。

 まあ、それが誰か、わかっていようといまいと。大成が入室の許可を出す前に、ノックをした者は入って来たのだが。

 

「おはよう……大成、起きてる?」

「起きてるよ」

「なら、行くわよ」

「おはようございます。大成殿。スティングモン殿」

 

 入ってきたのは優希とレオルモンだった。というか、朝にこのような感じで優希たちが大成を起こしに来るのが、大成たちがこの街に来てからの日常になりつつある。

 大成が人間の世界では遅刻の常習犯だったからこそ、優希のこの行為に繋がるのだが、当の大成にとっては余計なお世話だった。大成が人間の世界で遅刻ばかりだったのは、夜遅くまでゲームをしていたからだ。ゲームのないこの世界では、早々と遅刻するような時間帯まで起きているはずもない。だからこそ、この世界では大成は普通の時間帯に起きることができる。

 よって、寝坊していないかとチェックしにくるこの優希の行為は、大成にとって嫌がらせに等しい行いだった。

 まあ、大成のそこら辺は積もり積もった行いのせいといるだろう。

 

「さて……どうするか」

「聞き込むしかないでしょう?」

「……だよなぁ。本当に見つかるのかー?」

「そこら辺は頑張るしかないですね」

「ですな。頑張りましょう。大成殿。スティングモン殿。お嬢様」

 

 こうやって話し合いながらも、外出の旨を従業員のハグルモンへと告げて、大成たちは街へと向かっていく。

 そんな中で大成は憂鬱だった。いや、その気持ちもわかるだろう。

 この機械里の街は、桁外れなまでにデカイ。人がこの街のすべてを歩いていくならば、どれほどの時間がかかるかわかったものではない。それほどの大きさの街で、何をしたらいいのかもわからない不明だらけの内容の依頼を片付ける。その困難を思うだけで、欝になっても仕方ない。

 それでも、やらなければならない。これには自分たちの生活がかかっているのだから。

 仕事しなければならない大人ってこんな感じなのかな、と今の大成は大人の世界を少しだけ覗いていた。まあ、その辺りについては、さまざまなしがらみのある大人の世界はこんなもんじゃないとも言えるし、見知らぬ世界で生き抜いている大成たちのほうがキツいとも言える。つまり、どっちもどっちである。

 

「それじゃ、ここから別行動ね」

「おー……それじゃサボるなよー」

 

 このやたらと広い街の中を纏まって行動するのは、効率の面からいっても得策ではない。だからこそ、この街に来てからの行動は、大成と優希で別れてのものだった。

 まあ、それでも二組に別れたとしても、その程度ではこの広大な機械里の中から不特定の何か探すというのはだいぶ骨が折れるどころの話ではない。現に三日も費やしている。

 今日も今日とて、そんな骨を折れることを、大成たちはしなければならないのだ。

 

「お嬢様がサボる訳ありませぬ!このセバスがついているのですからな!」

「……」

「それって、レオルモンさんがいなければ……いや、なんでもないです」

 

 自分の失言にレオルモン本人は気づいていないようだ。一応、当の優希は微妙な顔をしているのだが。

 ともあれ、このまま喋り続けていても仕方ない。大成たちは別れて情報収集をし始めた。とは言っても、ここ三日間でこの辺りにいたデジモンたちには一通りに聞き込みをしていた。

 まあ、デジモンも生き物である。ゲームと同じように、毎日同じデジモンだけがこの辺りにいるという訳はない。つまり、昨日とは違って今日この辺りにいるデジモンたちの中に、何か知っているデジモンがいる可能性も僅かながら存在する。

 だが、それでも、そんな僅かな可能性に賭けることは大成はしない。今日の大成は、より遠くへと足を伸ばすことを考えていた。

 まあ、その可能性を失念しているだけなのかもしれないが。

 

「それじゃ、ま。昨日言った通り……頼むぜ」

「わかりました」

 

 さて、遠くへ行くといっても、やはり徒歩で歩くというのは堪える。それはこの街が広大であるからで、大成がインドア派で体力がないとか、そういう問題ではない。だからこそ、大成は昨日のうちにあることをスティングモンに頼んでいた。

 そして、スティングモンの方も、大成からの頼みだ。断るはずもなかった。それどころか、ワームモンの頃にはほとんどなかったであろう、大成から頼られているという事実に、やる気を出してさえいる。

 大成がスティングモンへと頼んだ頼みごと。それは――。

 

「行きますよ」

「うぉ……おぉ!すっげー!」

 

 スティングモンが大成を抱えて空を飛ぶということだった。 形態こそ人型であるものの、スティングモンは昆虫デジモンである。当然、羽が有り、そして飛べる。さらに、非力だったワームモンとは異なって、かなりの力を持つ。そして、スティングモンの身長は大成の身長よりも、一メートル近く大きい。

 よって、スティングモンが大成を抱えて飛ぶということなど造作もないことだった。まあ、そう高く飛ぶことに意味はないため、地面から数メートルの低空を飛ぶ程度だが。

 

「おおー!リュウの時にも思ってたけど、やっぱいいな!」

「大成さん、あんまりはしゃぐと――」

「いやー……でもテンション上がるわー!なぁ!」

「まぁ、そう……ですね」

 

 自力で飛んでいるスティングモンには、大成のテンション上がる発言は理解できなかったものの、それでも話を合わせて同意の言葉を口にした。

 ともあれ、機嫌のよさそうな大成の姿には、スティングモン自身も嬉しくなる。自然と頬も緩んでしまうスティングモンだった。

 まあ、対して人間の大成では、()()スティングモンの“頬が緩んでいる”時と平常時との見分けをつけることができない。

 だが、そんな大成でも、スティングモンの機嫌がいいことくらいはなんとなく察することはできる。それが自分の機嫌がいいことから来ていることまでは理解できていなかったが。

 結局、機嫌がいいコンビは機嫌がいいままに、機械里の街を飛んでいった。

 とはいえ――。

 

「……はぁ」

「なかなか見つかりませんね」

 

 そんな風に機嫌が良かったのも、その間だけだったのだが。

 優希たちと別れて数時間後。そろそろ太陽が空の真上からだんだんと下り始めようかという時間帯。聞き込みをした相手はそろそろ五十体に届きそうなくらい。

 数時間前の飛行中とはうって変わって、大成たちのテンションはダダ下がりだった。まあ、数時間も聞き込みをしていて何も成果が出ないのだ。これでテンションが高い者がいたのならば、それはただの馬鹿か、空元気を振りまいているだけである。

 まあ、大成の場合は前者ではありそうだが――そんな大成でも、現在のテンションは低かった。

 

「というか、ガワッパモンのことを誰も知らないってどういうことだよ」

 

 そう、先ほど聞いたのは、戦車のようなデジモンだったが、ガワッパモンの依頼について何も知らなかった。

 いや、そのデジモンだけではなく、この街の誰もがガワッパモンという種族のことは知っていても、大成たちに頼みごとをしたガワッパモンを知っている者はいなかった。

 あのガワッパモンの言う話では、言えばすぐにわかるとのことだったが、全然すぐにわかっていない。ガワッパモンが嘘を言ったのではないか、と大成は疑問に思い始めていた。

 まあ、ガワッパモンは“誰に”言うのかを言っていないので、大成たちが何もわからないのも仕方ないのだが――大成は“誰に”言えばいいのかを聞いていないことをストレスできっぱりと忘れていた。

 

「これだけ多くのデジモンに聞き込みをして、それでも反応がないということは……」

「うーん?どういうことだ?」

「もしかして、ガワッパモンの個人間的なことだったりするんですかね?」

「……その場合って、ガワッパモンの依頼について知っている個人を探せってことだろ?この広い街の中から」

「ですね」

「……」

「……」

「あー!やめやめ!暗い方へ考えるのは止めだ!よし、聞き込み再開!」

 

 大成たちがしなければならないお使いが、ガワッパモンとまだ見ぬデジモンの個人的なやり取りのみで成り立っていた場合、この広い街からなんの情報もない一体のデジモンを直接探し出さなければならないということになる。

 相手の特徴もわからないのに見つけるのは流石に無理であるし、仮に出来たとしてもそれにかかる労力を考えただけで欝になる。

 よって、大成は強引にこの話を忘れることにした。というか、忘れたかった。

 

「とはいっても、ですよ。この辺りのデジモンにはそれなりに聞きましたし、別のところに行きましょうか?」

「そうだな。そうするべきかもしれねぇな」

 

 スティングモンの言う通り、この辺りにいるデジモンには粗方聞き終わっていた。だからこそ、スティングモンは別の場所に行くことを提案したし、大成もそれに頷いた。

 数時間前と同じように大成を抱えて、スティングモンは飛ぶ。この浮遊感と風を感じる瞬間だけは、大成もこの街に来てからのストレスを忘れることができていた。

 だが、そんな大成たちを後ろを追従するように飛ぶ、一匹のデジモンが――。

 

「これってどういうことだと思う?」

「えっと……とは?」

「だから、ストーカー、もしくは偶然。あとは……」

「どれでもいい気はしませんね」

 

 当然、そのデジモンについてはスティングモンも気づいていたし、人間の大成でさえ、数分も後を追ってくる者がいれば流石に気づく。

 だが、大成たちに後をつけられるような覚えはない。

 一体どういうつもりなのか。そう思いながら、大成やスティングモンがさまざまな予想をしていたその瞬間に――。

 

「ッ!大成さん!」

「え?……なっ!?」

 

 大成たちの前に回り込むように現れた青き竜人が、大成たちめがけて襲いかかってきた。

 スティングモンは咄嗟に反応できたものの、大成を抱えているせいでうまく避けることができない。なんとか地面ギリギリにまで急降下することで躱すことができたからよかったが、一歩間違えば大変なことになっていただろう――大成が。

 まあ、当然である。

 先ほどの一撃は、竜人の拳だった。ようするに殴打である。それがどれほどの威力のものかはスティングモンにはわからなかったが、それでも竜人の拳とスティングモンの間にいたのは抱えられて身動きが取れない大成である。つまり、どうあがいても竜人の拳はスティングモンよりも先に大成にぶち当たる結果となるのだ。

 ともあれ。

 

「何なんだアイツ!」

「大成さん大丈夫ですか!?」

「なんとか!」

 

 そんなスプラッタな未来は実現せず、大成は生きている。

 あの竜人がどういうつもりで襲いかかってきたのか知らないが、いざ戦いが始まってもスティングモンが戦いやすいように、大成は地面に飛び降りた。

 つくづく、大成たちは運が良いようだった。先ほどの攻撃を躱せられたのもそうだし、今回もそう。もし上空の高い位置にいたのならば、大成は地面に飛び降りることはできずに、スティングモンの足でまといになっていただろう。

 内心で、大成は安堵の息を吐きながらも、襲撃してきた竜人を見る。

 姿は腹と翼が白い程度で、全体的に青い。さらに腹の部分にあるXの文字が特徴的だ。また、というかなんというか。大成の知らないデジモンである。とはいえ、成長期のデジモンに目の前にいるデジモンと似たデジモンを知っている。順当に考えるのならば、その大成の知る成長期デジモンの進化系なのだろう。

 

「何者なんです!?」

「人間とデジモン……てめぇらだな!」

「……?」

 

 てめぇらだな、とそう言われても、大成たちには何のことだかさっぱりわからない。

 疑問を顔に出す大成とスティングモンだったが、そんな大成たちの事情など知ったことではないとばかりに、竜人は再びスティングモンに攻撃を始めたのだった。

 

「なんなんだよ!」

「問答無用だ!覚悟しろっ!オラオラオラオラ!」

「っく!」

「っ!イモ!」

 

 奇襲で一撃重視だった初撃とはうって変わって、まるで機関銃のような激しい連撃。竜人の拳が振るわれるたびに、空気が振動する。初撃ほどの威力はないだろうが、それでも充分に脅威の威力を誇っていた。

 あの竜人の拳だったら、巨大な岩でさえ容易く砕けるだろう。

 大成にはその光景をありありと思い浮かべることができていた。それほどまでに、見るからに竜人の腕と脚は力強かったのだ。

 だが――。

 

「っく!なんで入んねぇんだ!?」

「ぬぅうう……!」

 

 だが、そんな竜人の連撃をスティングモンは防いでいた。防ぐことができていた。

 それはスティングモンの経験によるものだ。スティングモンは、目の前にいる竜人よりもずっと強いデジモンを見たことがあるし、戦ったこともある。目の前にいる竜人の強さは、スレイヤードラモンや零たち、そしてあのハイブリッド体は言わずもがな、勇とグレイモンにすら届いていないように感じている。

 スティングモンは進化だってした。つまり、あの頃から成長しているはずなのだ。これだけの条件が揃ってあっさりと負けたら、恥を通り越すレベルだ。

 とはいえ、だからといって竜人にスティングモンが勝てるかというと、これも微妙なところだった。スティングモンと竜人の戦闘能力はほとんど拮抗している。今、スティングモンは反撃しないのではない。竜人の連撃を前にして、スティングモンは防ぎ躱すのが精一杯で、反撃できないのだ。

 だが、それでも決着がつかないということはない。その時は訪れる。もしスティングモンと竜人に差があったとするのなら、それは――。

 

「くそっ!当たれぇ!」

「……ここです!」

 

 性格の差だったのだろう。

 竜人は見るからに自分の攻撃を防がれ、避けられ続けたことに焦っていた。その焦りが隙を生み出してしまった。仮に竜人が焦らずに堅実な攻めを行っていたのなら、スティングモンを捉えることができていたかもしれない。

 だが、所詮は仮定の話でしかない。

 焦った竜人は隙を生んだ。そして、必死になって耐えていたスティングモンはその隙を見つけることができた。それが全てだ。

 

「しまっ――!」

「はっ!」

 

 生まれた隙。耐えに耐えて見つけたその隙をスティングモンは見逃さない。スティングモンは竜人を殴り、それと同時に両腕に取り付けられたスパイクが解放される。

 “スパイキングフィニッシュ”。直後、そう呼ばれるスティングモンの必殺技が竜人に向かって炸裂した――。

 




というわけで第四十二話。謎の青き竜人との戦いでした。
いったいこの青き竜人は誰なんでしょうね?
ともあれ、もう少しこの戦いは続きます。

さて、次回はこの戦いの続き――ではなく、この時の優希サイドのお話です。

それでは、次回もよろしくお願いします。


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第四十三話~息抜きは大事~

 大成たちがそんなことになっている一方で。

 優希とレオルモンは大成たちと同じく移動しながらの聞き込みをしていた。だが、大成たちとは違うのは、移動方法が地道に歩いていたというところだろう。

 まあ、当然である。レオルモンが優希を背負って移動するなどということは、体格的にも不可能に近い。とすれば、ライアモンへと進化すればいいのだが、優希の力での進化はデメリットがある上に、好季の時の件を鑑みるにそもそも現段階での進化を試すのは危険すぎる。

 そんなこんなで、優希たちは徒歩で地道にこの広い街を移動していたのである。

 そんな時。優希は自分の耳にアナザーを当てていた。

 

「どうですかな?」

「……出ない」

「まぁ、ウィザーモン殿も忙しいのでしょうな」

「……いい案と思ったんだけどね」

 

 そう。優希の持つアナザーには、携帯電話のような連絡を取り合う機能が取り付けられている。しかも、普通の携帯電話とは比べ物にならないほど桁外れに高性能な機能が。

 まあ、アナザー自体はこの世界に来てからほとんど使うことがなかったために、その存在を持ち主である優希ですら半ば忘れていたりした。だが、先ほどその連絡機能も一緒にふと思い出したのだ。

 だから、優希はアナザーを使ってウィザーモンと連絡を取ろうとしていたのだが――結局、ウィザーモンが優希の連絡を受け取ることはなかった。

 こうなるといっそわざとを疑ってしまいかねないが、一応ウィザーモンの弁明をするならば、今の彼は珍しく徹夜疲れで夢の中に旅立っている最中なのである。

 ともあれ、連絡がつかないならば仕方ない。

 ウィザーモンに改めてガワッパモンの依頼について聞く。名案だと思った優希たちだったが、所詮は机上の空論だったようだ。

 結局、また歩いて地道な聞き込み活動をしなくてはならなくなった優希たちだった。

 

「大丈夫ですかな?お嬢様?」

「……うん。疲れたけど、まだ大丈夫」

 

 しかし、いくら優希が体力があるとはいえ、それでもデジモンたちの体力には及ばない。この街の桁外れの大きさも相まって、流石の優希でもそろそろ疲れが見え始めていた。

 優希が疲れ始めている。そのことはレオルモンもわかっている。だが、レオルモンにはどうすることもできなかった。進化すれば優希に楽をさせてあげられるだろう。だが、今はその進化ができない。レオルモンにとって、実に歯がゆい現実だった。

 

「……セバス?」

「……むぅ……あのスティングモン殿も進化できたというのに……このセバスは……」

「何をブツブツ言ってるの?聞こえないんだけど……」

「しかし……いや……でも……」

 

 思えば、好季との一件以降、ずっとこんな風な歯がゆい思いばかりをレオルモンはしていた。

 あの時の進化失敗以降、レオルモンは一度たりとして進化していない。

 まあ、あれは正確に言えば失敗ではなく、あれこそが完全体への進化だったということはレオルモンもウィザーモンから聞いて知っていた。だが、現段階ではレオルモンは完全体の状態に耐えられず、そして優希も現段階では進化先の成長段階を選ぶなどという器用な真似はできない。

 だからこそ、レオルモンは進化できなくなっている。それはつまり、今のレオルモンはほとんど役立たずということだ。

 

――もっとマシなパートナーだったのなら、とその身の不幸を呪うんだな――

 

 いつだったか、襲撃してきた男が優希へと言い放っていた言葉がレオルモンの脳裏に思い起こされる。

 本当にその通りだ、と。もっと自分がマシだったなら、と。例えばドルモンやスレイヤードラモンのような、と。

 そんな、嫉妬にも似た思いがレオルモンの中に生まれてきたのも無理からぬことだった。

 能力制御のために優希がドルモンと特訓し始めたことや、同時期に進化の見込みがなさそうだったワームモンがスティングモンへと進化したことも、そんなレオルモンの思いに拍車をかけている。本当にタイミングが悪いというか、なんというか、だ。

 

「……ふぅ。セバス」

「むむむ……これでは……やはり……このセ……オレより……」

「……」

 

 とはいえ。これだけ欝オーラを撒き散らしておいて、隣にいた優希が気づかないはずもなかった。

 レオルモンに声をかける優希だったが、当のレオルモンに応える気配はない。無視である。まあ、自分の世界に閉じこもっているからなのだろうが、誰だって無視されるというのは堪えるものだ。

 だから、というわけではないが――。

 

「えいっ!」

 

 優希は、実力行使することにしたのだった。

 

「痛い!って何をするんだ!優希!」

「口調が素に戻ってるよ?」

「はっ!?……何をするのですか?お嬢様」

 

 今更元に戻しても遅い。どうあがいても、取り繕うことは不可能だった。

 普段、レオルモンは口調を作っている。ちなみに、そのほとんどがレオルモンが読んだ漫画の登場人物の真似であったりするのだが、それはともかくとして。

 レオルモンが素の口調を出す時は、余裕がない時であることを優希は知っていた。まあ、余裕がないほどテンションが上がっているのか、余裕がないほどテンションが下がっているのか、と同じ余裕がないでも違うことはあるのだが。とはいえ、今回の様子から言って、前者であることなどあり得ないだろう。

 今のレオルモンは、思わず素の口調が出てしまうほど、そして欝になってしまいそうなくらい、余裕がなくなっているのだ。

 

「そりゃ、返事しないからよ」

「む……すみませぬ。少し考え事をしていたもので……」

 

 レオルモンがこうなることは昔から度々あった。

 レオルモンは抱え込みやすい性格をしているために、抱え込みすぎて一度こういう風になると行くところまでとことん行く。そのために、周りとしても困るのだ。

 しかも、レオルモンのこういう状態になる時のたいていの場合は、自分が密接に関わっているために、優希としても気まずいなどというものでは済まない。

 まあ、それが理由ではないし、だからというわけでもないが、優希としてもレオルモン一人に辛い思いをさせるのは嫌だった。

 だから――。

 

「……よし。セバス……」

「お嬢様?」

「サボろっか。大成たちには悪いけどね」

「はい?」

 

 だから、少しでもレオルモンの抱えているものを軽くできれば、とそう思って優希は提案したのだ。

 その時のレオルモンの顔は見ものだった。口をあけて一瞬だけだが呆然とするレオルモンのそのアホ面には、優希も少し笑ってしまったほどである。

 だが、当のレオルモンとしては驚きでは済まない。優希からサボるという言葉が出たのだ。いや、レオルモンとて、優希が聖人君子ではないことくらい知っている。だが、それでも真面目な人間であることには違いない。そんな優希の口から出たサボるという言葉。

 はっきり言って、レオルモンはショックを受けていた。

 

「お、お嬢様!?大成殿にサボらせないといった手前――!」

「いいじゃない。黙っていれば」

「なんですとー!?い、いやですな。お嬢様。そんな子に育てた覚えはありませんぞ!」

「あら、私もセバスに助けられたことはあっても、育てられた覚えはないわよ?」

「ぬぉおおお!」

 

 いや、ショックを受けていたどころではない。レオルモンにとっては驚天動地の事態と同じだ。先ほどまでの欝的考えなど彼方へと吹き飛んでしまっていた。

 まあ、それが優希の狙いなのだが。内心で大成たちに謝りながら、優希はレオルモンを連れて好きなように街を歩く。レオルモンには、優希を置いて行くという考えはなく、ついていくしかない。結局、優希の思い通りに、レオルモンも半ば強制的にサボりの共犯となっていた。

 ちなみに、優希が内心で謝っているその大成たちは、この時、戦場と見間違うかのような弾丸行き交う街中にて命がけで戦っている最中だったりするのだが、この時の優希には知る由もないことだった。

 

「ほらほら、いくよ!」

「ちょ、待ってくだされ!」

「あははっ」

 

 レオルモンもいい感じで肩の力が抜け始めている。優希としてはこの調子で、喫茶店でも、ショッピングでも、それこそゲームセンターでも、思いっきり気晴らしができるような場所へと行きたかった。

 だが、人間の世界の街ならばともかくとして、この機械里ではそのような店はない。いや、もしかしたらあるのかもしれないが、よく知らず、さらに画一的な見た目の建物ばかりのこの街でそのような店や場所を何の情報もなしに探すことは不可能だった。

 下手に適当なところで足を止めると、レオルモンがまたグダグダと考え始める可能性もある。だから、こうやって歩き回ることしかできない。

 体力的にもそろそろ厳しい優希だったが、そこはやせ我慢で行くしかなかった。

 

「……」

「ほら、セバス!早くー!」

「……仕方ありませんな。今行きますぞー!」

 

 ちなみに、この頃。楽しげな優希たちに対して大成たちは、一見イロモノにも見える難敵に立ち向かっていたりした。

 ともあれ、ちょっとは気晴らしになったようである。レオルモンにとっても、優希にとっても。

 

「大成たちには悪いけど、少しは息抜きもしないとね」

「後でちゃんと謝っておいた方がいいですぞ」

「何よ。セバスだって共犯じゃない」

「うぐ……わかりました。自首しましょうぞ!」

「なんでそうな――」

「む……?」

 

 だが、そんな時。二人の耳に聞こえたのは、奇妙な音だった。

 まるで何かを壊しているような、破壊音。それと機械が動いているかのような駆動音。音の大きさにして僅かなものだったが、確かに二人の耳に入ってきていたのだ。

 しかも、初めは僅かだったその音も、二人にはだんだんと大きくなっているような気がしていた。常識的に考えて、音源が近づいてきているのだろう。

 破壊音が聞こえ、そしてその音に呼応するかのように周りのデジモンたちが逃げ始めたという時点で、二人は共通に嫌な予感を覚えていた。名残惜しいが、楽しい時間は終わりのようだ。

 

「どうしますかな?」

「……どうしよう?」

 

 顔を見合わせてどうするか話し合う優希たち二人だったが、その二人ともが考えるこの先の展開は一つしかなかった。

 というのも、その音源が近づいてきている速度が半端なものではなかったのだ。このままではあと数秒くらいで、その音源の主が優希たちの目の前に現れることになるだろう。そして、その数秒で隠れられるようなわかりやすい隠れ場所はこの辺りにはない。

 つまり、どうあがいても展開は一つしかないのだ。

 この後に起きるだろう展開を理解して、明後日の方向を向いた優希たち。その目は諦観したように濁っていて、痛々しい。

 まあ、それでもレオルモンは一応警戒しているらしく、頭の毛からパチパチといった静電気によって発せられる警戒の音が辺りに響いていた。

 そして、ついに、あの音の主が優希たちの目の前に現れる。思わず優希たちが溜め息を吐いたその数秒後に。近くにあったビルを突き破って。

 

「ぅがぁああああ!止めてくれー!」

「……」

「……」

「うわぁあああああ!」

 

 現れたのは、銀色の機械でできたデジモンだ。現れた直後から、あらぬ方向を攻撃したり、フラフラしたり、と奇妙な動きが目立っている。

 そんな、四角い箱に手足が生えたような外見のデジモンの頭の部分には丸い窓がついていた。窓の中はよく見えないが、黒っぽいデジモンがいるのが確認できる。デジモンらしき機械にさらにデジモンが乗っているという、明らかにおかしい見た目だ。

 優希もそんなおかしな見た目に驚いている。とはいえ、その優希も、つい最近に似たようなコプセントのデジモンに出会ったことがあるのだが。この街、機械里へと来る時に。

 そう。つまり、この銀色のデジモンはあのトレイルモンと同じ、乗り物の形をとったデジモンということなのであり、このデジモンについてはあの奇妙な見た目で正解だという訳だ。

 

「あれは……?」

「メカノリモンというデジモンですな。学術院の街で一度だけ見たことがありますな」

 

 学術院の街で見たことがあるレオルモンが、メカノリモンについて優希に説明する。

 メカノリモンとは、小型デジモン専用のパワードスーツ型デジモンであり、他のデジモンが乗り込んで操縦しないと活動すらできない特異なデジモンである。ちなみに成熟期だ。

 もちろん、メカノリモンの中には自ら思考し、動くことができる個体もいるのだが、そんな個体はかなり希少である。

 目の前にいるメカノリモンは、中にデジモンが入っていて、さらに暴走しているような行動をとっていることからして、おそらくは普通の個体なのだろう。もちろん、希少な個体である可能性もあるのだが。

 

「あっ!そこにいる奴ら!助けてくれぇー!」

「どういうこと?」

「おそらく、あの中のデジモンが乗ったのはいいですが、操縦方法がわからずに暴走させてしまっているのでしょう」

「ああ……」

 

 レオルモンの言葉を聞いて、優希も納得する。

 現実世界だって、車やら飛行機やらを免許を持っていない者が運転すればどうなるか、想像に難くない。あのメカノリモンに乗っているデジモンもその口なのだろう。レオルモンの言う通りという訳だ。

 まあ、当の乗っているデジモンからすれば、早く助けてくれ、という話なのだが。こんな風に優希たちが呑気に話している中でも、メカノリモンに乗っているデジモンは相当な恐怖を味わっていた。

 

「セバス。いける?」

「うむ……まぁ、なんとかなるでしょう」

「早くー!ひぃいいいいい!」

「やれやれ。情けないことですな……」

 

 情けない悲鳴を上げるデジモンを助けるべく、メカノリモンの腕から放たれる狙いの定まっていない光線を躱しながら、レオルモンは駆ける。

 成長期と成熟期という差はあるものの、今回の目的は倒すことではない。さらに、メカノリモンはただその場で暴れているだけだ。理性なきデジモンのように、敵というものを定めた上で暴れるような訳ではない。

 つまり、指向性を持って暴れている訳ではないのだ。そんな、自分を狙ってすら来ない相手に何かを仕掛けるなど、レオルモンにとっては簡単なことだった。

 

「これしきなんの!これなら、スレイヤードラモン殿の剣を躱すことの方がよっぽど難しいのでな!」

「……いや、比較対象がおかしいでしょ」

「ほわちゃっ!」

 

 メカノリモンの下にたどり着くと同時に、掛け声と共に爪を一閃。そのレオルモンの鋭い爪撃によって、メカノリモンのコクピット部分の窓が破壊される。

 あとは簡単なものだった。コクピットの窓が割られた状態では、中にいたデジモンは暴れるメカノリモンの動きに耐えることができない。つまり、暴れるメカノリモンが体を振った時に、その勢いに耐えられずに――。

 

「ふぎゃっ!」

 

 吹っ飛ぶ。

 まさにボールのように。中にいたデジモンは吹っ飛んだまま、ビルに激突する。そして、中にいたデジモンが離れた直後、メカノリモンは動きを停止した。メカノリモンの方はどうなっているのかわからないが、中にいたデジモンはビルに叩きつけられながらも無事なようだった。頑丈である。

 とはいえ、これで優希たちにもようやく中にいたデジモンの姿をはっきりと見ることができるようになった。中にいたデジモンは、落書きのような赤色の右目と同じく落書きのような緑色の左目を持つデジモンだった。

 

「きゅー……」

「気絶してますな。どうしますかな?」

「どうする……って言ってもね」

 

 起きるまで介護して待つ。もしくは誰かを呼ぶ。この状況で優希がやることといえば、そのどちらかである。

 とはいえ、その必要はどちらもなかった。先ほどこの場から逃げていったデジモンたちが、あるデジモンを連れて戻ってきたからだ。

 連れて来られたデジモンは人型のロボットのようなデジモンで、メカノリモンと優希たち、そして中にいたデジモンを見て驚いたような表情をしている。

 

「これは?なるほど君たちがやってくれたようだな」

「えっと……」

「そちらは?」

「ああこれは失礼した私はアンドロモンこの街の長だ」

 

 妙に早口ながら、それでも一字一句に感情を込めるように話している。それが、普通のアンドロモンとは違うという、この街の長たるアンドロモンだった。

 




というわけで、第四十三話。
優希たちの話でした。ちなみに、今回の話では所々で次回以降の大成たちの状況が地味に書かれていたりします。

さて、次回は再び大成たちの方に戻ります。

あと、感想や評価は随時お待ちしておりますので、よろしくお願いします。
また感想でなくとも、ここはこうした方がいい、これはおかしい、などの批評批判でもいいのでよろしくお願いします。

それでは、今日はお願いしてばかりな気もしますが、次回もよろしくお願いします。


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第四十四話~乱入!そして……やっぱり乱入~

 優希たちがアンドロモンと出会った時から、時は少し遡って。

 その時、スティングモンの必殺技は、竜人に躱すことすらさせず直撃した。苦悶の表情を浮かべながら、竜人は地面へと落ち、倒れこむ。そんな姿の竜人を見れば、誰もが勝敗が決したと思うだろう。

 スティングモンの、初めてと言っても過言ではない勝利である。

 

「勝った!?……え?前みたいな第二形態的なことなんてないよな!?」

「はい!やった……やりましたよ!」

 

 いつぞやにハイブリッド体と戦った時は完璧にぬか喜びだった。

 だが、今度はそういうこともないだろう。なぜなら――。

 

「ぐぅ……くそっ。このオレがこんな奴らに……!」

 

 竜人は地面に倒れ込みながら、唸りながらも悔しがっているからだ。

 悔しがっているということは、すなわちこの竜人自体が負けを認めているということ。死んでいないとはいえ、スティングモンの攻撃によって竜人の体はボロボロになっている。これではしばらくは起き上がることすらできないだろう。

 ここまでの状態になって、負けを認められない方がおかしい。まあ、世の中にはこんな状態になってまで負けを認められない奴もいるにはいるのだが。ともあれ、この竜人は負けをあっさりと認めるタイプのようだった。

 

「っく!おい!いつまでこうしてやがる!情けはいらねぇ!さっさと殺しやがれ!」

「え?なんで?」

 

 せっかく命を拾ったのだから、わざわざ死を選ばなくてもいいのに。そう思う大成だったが、竜人の方は納得いっていないようだった。

 竜人は、許されざる行いをした者たちを倒すために、決死の覚悟で戦いを挑んだのだ。勝てば生。負ければ死。そういうつもりで戦っていたのである。だからこそ、負けたのに生きているこの状況は恥でしかなかった。

 とはいえ、そんな竜人の事情など大成たちには知ったことではない。好き好んで相手を殺すような趣味は大成たちにはないのだ。

 

「……てめぇら……なんのつもりだ?」

「何のつもりって……それはこっちのセリフだ。何でお前は俺たちを襲ってきたんだよ」

「はぁ!?本気で言ったんのか!?」

「……?本気だけど?」

「何か粗相でもしてしまったんですかね?」

 

 大成たちの言葉に、竜人は本気で驚いている。一方で、竜人が何を驚いているのか、大成たちにはわけがわからなかった。

 知らぬ間に何かしでかしてしまったのではないか、とも思うが、いくら考えても大成にもスティングモンにも心当たりはない。

 これは話し合うべきだな。そう考えた大成が、より詳しい話をしようと竜人に話しかけようとして、その瞬間に――。

 

「っ!大成さん!危ないっ!」

「え――?」

 

 はるか彼方から、いくつもの弾丸が大成たちめがけて放たれた。

 それは、明らかな攻撃行為。だが、こんな攻撃をする者など先ほどまでいなかった。つまりは、新たに現れた敵ということになる。

 咄嗟に危険を察知したスティングモンが、竜人と大成をビルの脇へと押しやって弾丸を避けたから最悪の事態にはならなかったものの、あと少し遅れていたら竜人も大成も蜂の巣になっていただろう。

 スティングモンの危機察知に感謝すると共に、大成はお約束なまでにこんな状況になる自分の運の悪さを呪っていた。

 

「人間の世界に戻ったら、絶対にお祓いに行ってやる……!」

「お祓いってなんですかね?……ってそんなこと言っている暇じゃないですね。僕が相手します。大成さんは隠れていてください」

「大丈夫か?……おい、何で顔を逸らす」

「……そんな顔しなくても大丈夫ですよ」

「俺ってどんな顔なんだ……?って、あ――」

「行ってきます!」

 

 連戦するスティングモンを大成は心配しているつもりだったのだが、冗談を言う余裕があるくらいには当のスティングモンも大丈夫なようである。

 まあ、その冗談を大成は本気で受け取ってしまったのだが。

 スティングモンが出て行った直後、耳をつんざくような大音量が連続して辺りに響き渡り始めた。その大音量を前にしては、思わず手で耳を覆わなければやっていけない程である。そんな、それほどの大きな音が連続して鳴っていたのだ。

 雷と間違うかのようなその轟音。平和国家の現代日本で育った大成には馴染みがなかったが、それは銃声に近かった。いや、銃声よりももっと過激。ありとあらゆる重火器が放たれているような音。正に、戦場の音だった。

 

「一体どんなデジモンなんだ……?」

 

 重火器ということは、あのムゲンドラモンのように機械系のデジモンなのだろう。だが、完全体以上だということはあるまい。もし、完全体だったり究極体だったりするならば、初めの一撃で大成たちはあの世へと行っているはずだからだ。

 とはいえ、これほどの音を出すデジモンを大成は知らない。だからこそ、そのデジモンが気になった。それに、デジモンだけでなく、現状がどういう状況なのかも気になる。

 よって、大成が見てみたいと思うのも仕方ないことだった。とはいえ、顔を出した瞬間に首から上がこの世から消えるなどという事態は大成でなくとも絶対に御免だ。だからこそ、ビルの影からそっと、慎重を期して現場を見る。

 そこにあった光景は――。

 

「イモ……っ!あれって……!」

 

 そこにあった光景は、正に戦場だった。

 スティングモンはその中にあって、空を舞い、地面を駆け、ビルの影に身を隠し、ありとあらゆる方法をもって耐えていた。

 その一方で、逃げ耐えるスティングモンを狙うように、弾丸が、ミサイルが、砲弾が、空を駆けている。

 驚くべきことに、それほどの攻撃を行っているのは、たった一体の戦車のような外見のデジモンだった。たった一体で、この戦場と見間違う光景を作り出している。その姿は正しく、ワンマンアーミー(一人軍隊)だ。

 

「壮観すぎるだろ……」

 

 そんな光景に唖然としながらも、戦車のような外見のそのデジモンに大成は見覚えがあった。先ほど聞き込みをしていた時に、話しかけたことがあったデジモンだ。あの時は、まさかこんなデジモンだとは思わなかったが。

 戦場の如き光景を、一体のデジモンが作り出し、さらにそのデジモンに立ち向かう者も一体。改めてデジモンの凄さがわかる光景である。あの戦車のようなデジモンに立ち向かうのが、人間だったら一人というのはありえないだろうし、それ以前に安全面から言って遠隔ミサイルとかを使うことになるだろう。

 

「――!」

「ん?」

 

 この状況を唖然として見ていた大成だったが、ふと轟音の中に別の音が聞こえたような気がして疑問に思う。

 まあ、音というよりは声のようだった。だが、スティングモンの声ではない。今のスティングモンのいる位置からではこの轟音の中で声は届かないだろう。かと言って、自分の声でもない。だとすると、聞こえた声は、自分の後ろにいる者の声ということになる。

 そう。先ほどスティングモンによって、半ば雑に大成と共にここへ押し込められたあの竜人しかいない。

 

「――!」

「お前か!何だって?」

「――!――!」

「聞こえねーよ!」

 

 とはいえ、この轟音の中でうまく会話ができるはずもない。大成は取り分けて耳が遠いという訳ではないが、それでもこの中で会話できるほど耳が良いわけでもなかった。いや、この轟音の中で耳がよかったら、それこそ死ぬほど辛い目に合うことになるが。

 竜人はイラついているようだ。いや、まあ、声を張り上げても、大成がなかなか聞き取ってくれないものだから、仕方ないと言えるのだが。

 ともあれ、何度もチャレンジをしても、大成は竜人の言葉を聞き取ることができなかった。だからこそ、声が聞こえないなら、と大成は竜人の近くへと自分の場所を移すことにしたのだ。まあ、初めからそうしろという話である。

 

「で?」

「……タンクモンか。厄介な奴に目をつけられたな」

 

 まだ少し聞こえづらかったものの、ようやく話ができるようにはなった。ジト目で睨んでくる竜人を、大成は笑って誤魔化した。そんなへらへらした大成を前に、さらに竜人の視線がキツくなったのは言うまでもないことだ。

 とはいえ、竜人も話を先に進めることにしたのだろう。まあ、先ほどまでのやり取りを無かったことにしたのかもしれないが――それはともかくとして。

 竜人の言ったタンクモンというのが、あの戦車のようなデジモンの名前なのだろう。とすれば、大成が次に気になったのは竜人の名前だった。

 

「オレ?……気になるところはそこかよ。エクスブイモンだ」

 

 エクスブイモン。それが、この青い竜人の名前だった。腹の辺りのXの文字はそこから来ているのだろう。

 エクスブイモンが名前を教えてくれたことで、大成も同じように自己紹介をする。ついでに、今はタンクモンの相手に忙しいスティングモンのことも教えておいた。

 そんな大成の姿に、エクスブイモンは舌打ちをしている。どうやら、大成たちが自分の思っていた人物像と違ったようで、調子が狂うようだった。

 

「で、エクスブイモンってことは……やっぱりブイモンの進化系なのか?」

「へぇ、よく知ってんな……って、そうじゃねぇ。タンクモンは傭兵デジモンって異名を持つくらい争い好きなデジモンだ」

「なんか読めてきたな……つまり?」

「おそらくさっきのオレとスティングモンの戦いを嗅ぎつけてきたんだろうな」

 

 だいたいはエクスブイモンの言う通りだった。

 タンクモンは、争いが起きるぞ、という己の勘を頼りに大成たちの後をつけてきたのはいいものの、一度は大成たちを見失った。だが、スティングモンとエクスブイモンの戦闘音を感じ取って再び大成たちを発見。襲いかかってきたのだ。

 すべては争い好き故の行動なのだが、ここまでいくと迷惑以外の何者でもなかった。

 

「……はぁ。運悪いなー。っていうか、何でお前は俺たちを襲ってきたんだよ」

「さっきも言ってたな。本気で分かんねぇのか?」

「うん」

「オレはな、人間とデジモンが笑いながら罪なきデジモンたちを虐殺してるって話を聞いたんだよ!」

「……はぁ?」

 

 大成にはさっぱり身に覚えがないし、そんなことをしようとも思わない。結局のところ、エクスブイモンの勘違いということだ。冤罪もいいところである。

 また、人間とデジモンの組み合わせがデジモンたちを虐殺、という部分に一瞬だけ零たちのことを思い浮かべた大成だったが、すぐにそれは違うとその考えを打ち消した。零たちは確かにデジモンたちを虐殺していたのは事実だったが、笑いながらではなかった。どちらかといえば泣きそうだった。

 まあ、虐殺していたという事実がある時点で言い逃れ不可能だったが、それでもエクスブイモンの言葉に少なくない違和感を大成は抱いたのだ。

 

「俺たちじゃねぇって!」

「……わかってるよ。二、三日見てたが……全然そんな気配がねぇ。おまけに襲ってきたオレを殺そうとすらしねぇ。お前らがそんな奴らじゃねぇってのは十分わかった」

「ならいいけど……」

 

 どうやら、エクスブイモンの誤解は解けたようである。大成もホッとしていた。また襲われてはたまったものではないからだ。

 ちなみに、大成はそのことについて割とあっさりと許したようだったが、本当ならばもう少し言いたいことがいろいろとあった。

 だが、誰だって、目の前にある危機的状況を放っておいて、もう終わったことをせっつくことなどしない。つまりはそういうことで、大成がそれを言わなかったのは大成自身がこのカオス的状況に巻き込まれて言いたいことが出てこなかった、ということである。

 

「焦ってたんかもしれねぇ。そんな奴らがいるってことが許せなくて……怒りに身を焦がして進化できたのはいいが……怒りを向ける奴が見つからなくてな」

「って!進化したばっかりなのか!」

「ああ、一週間前くらいにな。まさか進化をオレ自身が体験するなんて思わなかったけどな」

 

 エクスブイモンがスティングモンと拮抗した実力だったのは、その辺りもあるのだろう。怒りを向ける相手がいなかったということは、つまりは敵と遭遇していないということで、言い換えれば戦いをしていないということである。

 進化してから戦っていないということは、未だエクスブイモンとしての体に慣れていないということだ。人間だってスポーツをする際に新しい道具を手に入れたのなら、本格的に使う前には試しに扱ってみるだろう。それと同じことだ。それを怠れば、どのような結果をもたらすかもわからない。

 エクスブイモンは、進化して上がったスペックに慢心した結果、スティングモンに負けたのである。まあ、すべては性格の結果なのだろうが――呆れてものも言えない。

 

「……っぐ」

「って、おい!何で動こうとしてんだよ!」

「そりゃ、助太刀するんだよ。勘違いして襲いかかって、返り討ちになって、それで守られてりゃ世話ねぇや。今まで休んでいてちょっとは体力が回復してきた」

「いやいや、無理だろ!」

 

 ゆっくりと立ち上がったエクスブイモンの体は、フラフラと揺れている。明らかに先ほどのスティングモンのダメージが抜けきっていない。そんな状況であの弾丸飛び交う中に突撃するなど、無謀だ。というか、そんなことをする者などただの自殺願望者である。

 だが、エクスブイモンに止まる気配はない。大成も必死に止めようとするが、エクスブイモンがいくら傷を負っているとはいっても、人間とデジモンの筋力差が覆るほどではない。つまり、大成では力づくでは止められないからこそ、言葉で止めるしかない。

 だが、だからこそ。大成の言葉で止まらないからこそ、エクスブイモンは止まらなかった。

 

「待て待て、考え直せって!」

「いや。考え直す必要はねぇ。スティングモンだってキツいはずだ」

「それは……」

 

 エクスブイモンの言葉に、大成は押し黙る。

 拮抗した実力の相手と戦った後での連戦。スティングモンが辛い状況にあるのは明白だ。

 

「オレだけ寝てるわけにも行かねぇだろ。この状況だって、元を辿ればオレが原因だ。その償いは自分でやるしかねぇ。オレから償いの場をとらないでくれよ」

「お前……」

「安心しろ。お前のパートナーは無事に帰すからよ」

 

 力強い言葉で言い切るエクスブイモンを前にして、ついに大成が折れた。まあ、折れたと言うよりは、説得されたと言うべきかもしれないが――きっとエクスブイモンの言葉に思うところがあったのだろう。いつかやったゲームのキャラに似たような奴がいたとか、格好良い気がするとか、そんな理由で。

 とはいえ、その言葉はエクスブイモンの本心だった。人によってはいろいろと感じ方が違うだろうが、それはともかくとして。

 そんなエクスブイモンを前にして、大成は彼を行かせてもいいと思ったのだ。

 

「すっげ……お前さ、オレのパートナーにならね?」

「は?お前のパートナーってスティングモンじゃねぇのか?」

「いや、別にパートナーが一体だけじゃないとダメってルールはないだろ」

 

 確かに無いが、だからといって堂々と誘うのもどうかという話である。

 ちなみに、この時のスティングモンの内心では、言いようのない複雑な感情が湧き上がっていたりした。まあ、その感情を察知した直後に、弾丸が顔に掠って背筋が凍ったのだが。

 果たして、エクスブイモンの答えは――。

 

「……考えとく」

 

 これまた微妙な答えだった。

 まあ、いつもは即答で断られているために、それを考えるとマシなのかもしれないが。それでもマシと感じるのは大成だけであって、もしこの場にスティングモンがいれば不安で慄き震えることになるだろう。

 そんな返事にちょっとテンションが上がった大成を差し置いて、エクスブイモンはビルの影から戦場もかくやという街中へと出て行く。

 そして――。

 

「おらぁ!ここにもいるぞ!かかってこいやぁ!」

 

 大声で言い放った。

 きっとエクスブイモンは頭が弱いのだろう。割と本気で。これが決闘とかならともかくとして、この乱戦状況の中、さらに怪我をしている身で、わざと自分が狙われるような発言をしたのだ。これで頭が弱くなかったら、それはきっと戦場限定のマゾの類だろう。

 だが、結果としてそれが功を奏する結果となった。

 それは――。

 

「あらぁん?いい!いいわぁ~!その漢気溢れた行い!スゥーーーーパァーーーーに!イケてるじゃない!」

「え?」

「あん?」

 

 それは、新たなる乱入者を招くことになったからだ。

 世の中、何がどうなるかわかったものではない。実に不可解で不思議なことに、この乱入者は大成たちが待ち望んでいたものでもあったのだから。

 

「このキング!オブ!デジモン!の、エテモン様が助太刀してあげるわァん!」

 

 そうして、カオス(戦場)はまた一歩新たな段階へと進む。

 




というわけで、第四十四話。
あの青き竜人はエクスブイモンでした!いや、まぁ、バレバレでしたでしょうが。
そんなこんなで、カオス乱戦はまだ続きます。具体的にはあと一話くらい。

次回は謎のエテモンとの○○です。

それでは、また次回もよろしくお願いします。


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第四十五話~エテモンと遊ぼう!~

 沈黙。

 新たな乱入者の登場に、ビルの影から現場を目撃していた大成も、戦っていたスティングモンも、啖呵をきったエクスブイモンも、攻撃開始から一度も攻撃の手を緩めていなかったタンクモンでさえ。誰一人として言葉を発することができなかった。

 もちろん、圧倒的プレッシャー故に緊張して声を出すことができなくなった――などという訳もなく。

 ようするに。

 

「……」

「あらぁん?スゥーパァースタァーたるこのアチキの登場に驚いているのかしらぁん?」

「……」

「でも、ちょぅっとしつこいわねぇ」

 

 ようするに、()()()()()その乱入者に誰もが唖然としていたのである。

 珍妙過ぎる。新たな乱入者はその文字通りだったのだ。外見が猿のようだというのはまだいい。いや、確かに猿は猿であるのだが、完全に猿という訳でもなく。あくまでも猿の()()()、という形容詞付きである。

 腰に妙な人形をつけて、顔にサングラスをかけた猿のような外見の着ぐるみを着たデジモン。それが、エテモンというデジモンだった。ちなみに、ふざけた外見の割にまさかの完全体である。

 

「テヤンデェ!フザケテルンジャネェ!」

「あらぁん?」

 

 声色に似合わぬ言葉遣いやら、馬鹿にしているような外見やら、先ほどの口上にあった真偽怪しい戯言やら。もはや存在そのものがふざけているデジモンといっても過言ではない。そんなエテモンを前にして、真っ先に復帰したのはタンクモンだった。

 乱入したことか、それともその存在か。どちらにせよ、タンクモンはよほどエテモンのことが許せないらしい。スティングモンやエクスブイモンをそっちのけでエテモンに向かって攻撃を開始した。

 

「ノンノンノンノン!あちきの登場に舞い上がるのわぁ~わかるけどぉ!それじゃダメよォ!」

「ナニ!?」

「うわ……すっげ……」

 

 その光景を前にして、大成は驚きのあまり思わず呆然と呟いたが、それはスティングモンたちも一緒だった。

 タンクモンの猛攻をすべてエテモンは躱している。一発の被弾もなく、掠ることすらなく。ふざけた見た目の割に、かなりの実力を持っているようである。ふざけた見た目の割に。

 決してタンクモンが弱いというわけではない。エテモンが強いのだ。ふざけた見た目の割に。

 スティングモンもエクスブイモンも、この光景を見てまで自分たちとエテモンの実力差を理解できないほど馬鹿ではない。とはいえ、ふざけた見た目のエテモンが自分たちよりも強いというこの事実は、彼らにとってまさに悪夢でしかなかった。

 二人とも頭に手を当てている。きっと目眩でもしたのだろう。

 

「……やっぱ、格好良いと強いってことは違うんだな……」

 

 再度、呆然と呟いた大成。この様子ならば、エテモンに向かってはいつもの“パートナーになってくれ”発言はしないだろう。流石に、強いからといってエテモンにまで食指は動かなかったようである。

 だが、そんな風に大成たちが唖然としている前でも、戦況は動いている。

 タンクモンの攻撃の勢いが収まってきた。おそらくは撃つ弾がなくなってきたのだろう。先ほどから考えなしにぶち放ち続けていたのだ。それも当然と言える。

 

「そぉろそぉろ終わりのようねぇ!むぅ~ん!」

「ック!マジメニタタカイヤガレ!」

「いいわぁよぉ!じゃあ!頑張ってみなさいよぉ!」

「バカニシヤガッテー!」

 

 タンクモンはエテモンの態度に怒りを感じているようだったが、初めからエテモンには戦っているというつもりはない。戦っているつもりになっているのはタンクモンだけだ。

 というか、タンクモン以外の誰が見ても、エテモンは戦っていなかった。エテモンは、ただ自分の思うままに遊んでいるだけだ。それほどまでに、タンクモンとエテモンの間には力の差があった。

 とはいえ、観客に成り下がった大成たち三人はタンクモンの気持ちがよくわかっていたし、先ほどのことなど忘れて同情すらしていた。あの見た目の相手に苦戦するのは、なんというか、アレだ。情けない。自尊心を酷く傷つけることにしかならない。

 

「……それじゃっ!そろそろシメに行くわよぉ~!」

「ナッ!」

「スリー!ツー!ワン……で、死ねオラァ!」

「ガハッ!」

 

 エテモンがしたのは、カウントダウンを数えてからの、ただのパンチ。

 だが、侮るなかれ。ただのパンチといえど、タンクモンは空を舞ってビルに激突した結果となったのだ。機械系で大きさの割に重量のあるタンクモンが、である。

 それだけエテモンの力が凄いということなのだが――。

 

「大成さん……」

「イモ、俺たちは何も聞いてない。何も聞いてないんだ」

「……え?なんか――」

「言うなっ!」

 

 それよりも、大成たちにとってはエテモンのパンチの時の掛け声の方がインパクトがあった。というか、インパクトのあまりに、聞かなかったことにしていた。

 そう、聞かなかったのである。見た目にそぐわない、されどある意味で雰囲気にマッチした掛け声など、決して聞いていない。地獄の門番の声と聞き間違うばかりの野太い声など、絶対に聞いてなかったのだ。

 そう思ってないとやっていけなかった。そうしないと気色の悪い恐怖に飲まれそうだった。ある意味、それこそがエテモンの力なのだろう。嫌な力だが。

 ともあれ、これでひとまずの危機は去った。

 例えそれがふざけた格好の相手でも、助けられたことには変わりないのだ。だというのならば、お礼をしなければならないだろう。礼を言うために、ビルの影から出た大成はエテモンの下へと向かっていく。

 だが、結果的にはその礼を受け取ってもらえることはなかった。なぜなら――。

 

「悪い。助かった」

「あらぁん?いいのよぉ~。だって次はアナタたちなんだからぁ~」

「え?」

 

 なぜなら。次は、大成たちの番なのだから。

 エテモンの言葉に、わけがわからないとばかりに呆然とした大成だったが、エテモンはすでにファイティングポーズをとばかりに構えている。やる気のようだった。

 そんなエテモンの姿を視界に入れたスティングモンとエクスブイモンは、大成を庇うかのように前に出てエテモンと向かい合う。

 状況は悪化していた。敵は先ほど苦戦していたタンクモンを圧倒するエテモン。こちらは二人になったとはいえ、片や連戦で疲れていて、片や負傷している。どうあがいても希望は遠かった。

 だが、そんな崖っぷちの大成たちに希望の糸が垂らされる。ほかならぬ、エテモン(元凶)によって。

 

「うふふん~別にねぇ~アチキも鬼じゃないのよぉ」

「だったら、戦わなくていいんじゃないんですか?」

「いやねぇ~……坊やたちがイケてるから~ついイジワルしたくなっちゃうのヨ!」

「寒気が……!」

「まぁ、勝てとは言わないわ。坊やたち()()でアチキの腰についてるこのもんざえモン人形を取ることができたらぁ~引いてあげるわ!」

 

 そう言って、エテモンは自分の腰についている黄色いぬいぐるみを指した。

 つまり、大成たちはそのもんざえモン人形とやらをエテモンから奪えば勝利ということになる。完全体にして、自分たち以上の実力を持つエテモンを倒さなくても勝利となる、というその勝利条件は大成たちにとって願ってもないことだった。まさに、幸運である。

 これならもしかしたら、と大成は僅かな希望を見る。だが、事は大成が思っているほど簡単ではなかった。それに気づいているのは、気づけているのは、この場にいたデジモンたちだけだった。

 

「それじゃぁ~スタートねっ!」

「っ!」

 

 戦闘が、いや、エテモンにとっての戦い(お遊び)が始まった。

 そう。そこからの展開は一方的なものだったのだ。元々のスペック差がある上に、連戦での疲れに負傷。まるで話になっていない。倒す必要のない相手だというのに。腰にぶら下がっているものを取るだけだというのに。たったそれだけが、遠かった。

 疲れを無視して動くスティングモンに、痛みを無視して動くエクスブイモン。実に頑張っている。だが、そんな二人の頑張りなど無視するかのように、現実は無情でしかない。そんな二人など、エテモンにとっては赤子も同然だったのだ。

 戦いにすらならない。これはエテモンにとっての遊びなのだ。エテモンがどれだけ満足するか。それだけがこの時において必要なことだった。

 もちろん、エテモンにとっては遊びだから、この戦いも無事に終わるかも、という楽観は大成たちにはない。エテモンにとっては遊びでも、大成たちにとっては命懸けの戦いなのだから。

 

「っく!」

「ぬぐっ!」

「ほらほらぁ~ん。どうしたのぉん?」

 

 もっとも、エテモンは遊びだからこそ、スティングモンとエクスブイモンは今まで生きていられるとも言えるのだが。そう。もし仮にエテモンが本気だったら、二人は万全の状態であったとしてもすでにやられているだろう。

 それほどまでに、エテモンとの力の差はあった。確かに、スレイヤードラモンやムゲンドラモンといった最強に名を連ねるような者たちほどではない。だが、今の大成たちよりも、あの勇たちよりも、先日のハイブリッド体よりも。エテモンは強い。

 冷静に、そのことを認識する大成。見れば、スティングモンとエクスブイモンがエテモンの遊び相手として頑張っていた。

 

「ははっ……慣れたもんだな。俺も」

 

 だが、そんな状況を認識したというのに、大成の口から漏れたのは笑いだった。崖っぷちな状況だからどうした、とそんな気分になっていたのだ。大成は。

 確かにエテモンは強い。状況も崖っぷちだ。だが、大成はもっと絶望的な状況に触れたことがある。エテモンとは違って、本気で自分たちの命を取りに来た相手と相対したことがある。

 それでも、今までなんだかんだでやってこれたのだ。なら、今回だってなんとかなる。

 大成はそう思ったのである。ようするに、慣れたのだ。大成自身も嫌に思う慣れではあるが、それでも大成はありがたく思っていた。おかげで動くことができる、と。

 固まっていては何もできない。何かを成すなら、動かなくてはならない。そんな当然ながら、しかして当然に行えないそのことを、大成はこの世界に来ていろいろな者たちから学んだ。自分のパートナーに、優希に――本当に、いろいろな者たちから学んだ。

 だからこそ、大成は動くことを決断する、決断することができる。成したい何かがあるから。動かなければならないことを、知っているから。

 

「問題はタイミングだよな」

 

 一口に動くといってもいろいろな方法がある。

 今回の場合で言えば概ね二つ。戦いのサポートをすること。もしくは戦いに参戦することだ。この中で大成は後者を選んだ。相手が完全体デジモンであることを考えれば、普通に考えて愚かな選択である。だが、これは大成なりに考えた結果の選択なのだ。

 まず、エテモンは強い。そんなエテモンを相手にして勝利のサポートできるほど、大成はサポート能力に秀でていない。もちろん、まったくできないというわけでもないだろうが、大成がサポートしたところで負けは目に見えている。

 次に、大成は弱い。いつぞやの旅人みたいにデジモンたちの戦いの中に平然と入っていくなどという自殺願望的行いをすることなどできない。

 これだけを言えば、詰んでいる。まったくもっていつも通りだ。だが、今回はいつもとは違うことが一つだけある。

 そう。大成たちの勝利条件だ。

 エテモンの腰のもんざえモン人形を取れば勝ち。その条件は、大成にも付け入る隙を与えている。

 

「ほらぁ!お尻ペンペ~ン!」

「舐めやがって!」

「威勢だけはいいわねぇ!いいわぁ~!」

 

 人形を取るだけなら、そうたいして力はいらない――はずである。

 だが、もし大成が乱入して取れなかったら、その時の大成の末路など決まりきっている。それについて思いつかないほど、大成は馬鹿ではない。

 自分が死ぬことを想像の上でも実感するなど、恐怖以外の何者でもない。大成は今、そんな恐怖を感じていた。だが、それでも。そんな恐怖を感じながらも、震え、固まることなく大成は前を向く。

 結局、すべて今更なことだったのだ。慣れたのだ。大成は。誘拐され、圧倒的絶望に襲われ。さまざまな経験が大成の中の恐怖に対する耐性を上げていたのである。

 今更恐怖を感じたところで、もう恐怖におののく段階はとうに過ぎている。恐怖を感じていないわけでもないが、それ以上に望んでいるミライがある。

 だからこそ、大成はいつでも動けるようにして、その時を待つ。決してその時を見逃さないように。非力な自分だって、できることはあるのだ。

 大成がある意味で覚悟を決めていたそんな頃。

 

「このぉおおお!」

「ちょ!また焦っていますよ!」

「……ハッ!?いや、そんなことはねぇよ!」

「あらあらぁ……意外といいコンビみたいねぇ~」

 

 戦況は変化していなかった。

 まあ、戦況は変化していなかったが、スティングモンとエクスブイモンのコンビネーションが上手になってきた。それに伴って、性格上先走りしやすいエクスブイモンを冷静なスティングモンが補佐するという形で、二人の間の役割分担もキッチリとされている。

 エテモンの分析通り、二人は意外と相性が良かったのだ。

 

「これでっ!」

「無駄よぉ!」

 

 エテモンの背後へと回り込んだスティングモンは、自分の必殺技“スパイキングフィニッシュ”を放とうとする。

 そんなスティングモンを前に、エテモンはまるでダンスのようなリズムの最小限の動きで、スティングモンの両腕の延長線上に体が捕まらないようにしている。スティングモンの必殺技は、所詮両腕のリーチが伸びるだけ技だと見切ったからの躱し方だった。

 まあ、エテモンを見ていると簡単に躱しせる技のように見えるが、当然ながらそんな訳はない。

 だが、そんなエテモンを追い詰めるかのように、エクスブイモンが立ちはだかった。

 

「余裕こいてるんじゃねぇ!くらえっ!」

「あらあらぁ~?」

 

 直後、エクスブイモンの腹のX字の模様から放射されるエネルギー波が放たれる。“エクスレイザー”と呼ばれるエクスブイモンの必殺技だ。

 だが、そんなエクスブイモンの必殺技も、エテモンは当然のように躱した。

 

「……!ちくしょう!」

「いや、でも惜しいですよ。このまま行きましょう!」

 

 とはいえ。スティングモンたちは、戦闘開始よりもずっと善戦できているような気がしていた。いつの間にか、連戦の疲れも、傷の痛みも、感じていない。

 まるで相手と一つになったかのように相手の考えがわかる。体が動く。これならいけるかもしれない。スティングモンたちはそんな気さえしていた。

 そして、そんなスティングモンたちの思いと同じくして、エテモンは奇妙な感覚を抱いていた。二対一ではなく、まるで一対一で戦っているような、そんな奇妙な感覚を。

 エテモンがそんな感覚を味わっている時。それは不意に――。

 

「あらぁん?」

 

 それは、不意に起こった。

 目の前にいた二体のデジモンの姿が、いきなり一体のデジモンの姿になったようにエテモンには見えて。そのありえない現象を前にして、エテモンは思わず呆然としてしまった。

 そして、その隙を逃さないスティングモンたちではない。このチャンスをモノにすべく、エテモンに仕掛ける。

 とはいえ、致命的な隙を見せるほどエテモンも呆然としてはいない。すぐに復帰して体勢を立て直し、二人を返り討ちにする。だが、この時、エテモンは完全に復帰しきれていなかったのだろう。エテモンは忘れていたのだ。この場にいてチャンスを狙っていたもう一人の存在を。

 

「取った――!」

 

 そう。一瞬前。スティングモンたちの影に隠れるように大成は駆け出していた。その胸に()()()()()を引き起こした自分のパートナーに対する複雑な思いを抱きながら。

 スティングモンは大成のパートナーだ。それは間違いない。だが、出会った当初は頼りなかったというのに、今は多少マシになっている。まさに成長していた。そんな自分のパートナーを喜ばしいと思う反面、大成自身、知らぬ間に一足飛びで成長していく自分のパートナーに負けたくなかった。大成は、自分のパートナーと共に歩いていきたかったのだ。置いていかれたくなかったのだ。

 今回この無茶なことを敢行したのも、こうしなければならなかったというだけではなく、この辺りのことを無意識的に考えていたのかもしれない。

 そして、一瞬後。驚愕に震えるデジモンたちの前で、大成はその手にもんざえモン人形を掴んでいた――。

 




というわけで第四十五話。
エテモン大活躍?回でした。

次回からは優希たちの方に戻ります。

それでは、また次回もよろしくお願いします。


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第四十六話~起床!未来のいたずら王!~

 時は少し遡って、大成たちがエテモンの強さに舌を巻いていた頃。

 優希たちはアンドロモンに連れられて、機械里の中心地にある一際大きい建物の中に案内されていた。先ほどメカノリモンの中にいたデジモンも、アンドロモンに背負われて連れて来られている。

 そして、優希たちが案内されたその建物は、外見上は他のビルと同じながらも、大きなビルが立ち並ぶ機械里の中で輪をかけて大きい。同じ大きさで同じ外観の建物という、正に規格が統一されているようなこの機械里の建物の中にあって、この建物だけが一際大きいというのは異様だった。

 

「この建物はこの街の中心なのだゆえにこの建物にはこの街の技術のすべてが集められている」

「早口ですな。お嬢様……ついていけてますかな?」

「なんとかギリギリね」

「ああすまん外来の客に対して私の口調はいつも不評だ曰く聞き取りにくいと」

 

 優希たちが出会ったアンドロモンの話し方は、なんというか、すごく早口だった。句読点をちゃんと使え、と言いたくなるほどの早口だ。

 アンドロモンもそのことは自覚しているらしい。まあ、外来の客がいつも同じようなことを言ってくるらしいのだ。揃いも揃って同じことを言ってくれば、流石に自覚するだろう。

 とはいえ、この街に多く住むデジモンは機械系のデジモンである。何が言いたいのかというと、機械であるが故に、早口程度を聞き取れないデジモンなどいるはずもないということで。つまり、早口であっても会話が成り立つということだ。

 この結果、アンドロモンは早口を直そうとしないのである。

 だが、優希たちにとってはこの話し方は聞き取りづらいことこの上ない。少し会話するだけで、かなりの労力がいるのだ。この少し、が長々と、になった場合の労力など考えたくもない。

 

「……普通に話せないんですか?」

「普通というものの意味は一般化された概念のことであり私にとってはこれが普通の状態である」

「いや、そういうことを言っている訳ではなくてですな」

 

 だからこそ、優希たちは普通に話せるか聞いたのだが、当のアンドロモンにはうまく伝わらなかったようである。

 というか、優希の質問に対してこの切り返しの仕方では、いっそ嫌がらせ感を感じさせる。まあ、アンドロモンの様子を見るに素なのだろう。この街のアンドロモンは感情を得ているという話だが、こんな微妙な会話をしている時点で、本当に感情を手に入れていることができていると言えるのか。疑問である。

 

「ようするに、皆みたいな話し方はできないんですかって話ですね」

「皆?しかしこの街の者たちは者によってそれこそ話し方が違うそんな者たちの話し方を統括し平均した話し方では余計に聞き取りにくいと思われる」

「だから、そういうことではなくてですな!このセバスやお嬢様のようにゆっくりと話せないのですか?ということですな!」

「セバス、一応この人偉い人だから……もうちょっと抑えて」

 

 少し怒ったような、ともすれば無礼と見られる雰囲気で言葉を返したレオルモンを、優希は窘める。

 当のレオルモンも、言葉を発した後でそのことに気づいたのだろう。やってしまった、とそんな表情をしていた。

 とはいえ、レオルモンがこんな反応をしたのも、優希が先ほどから敬語を使っていたのも、すべてはアンドロモンがこの街の長であるが故で、すなわち偉い人であるからなのである。

 だが、レオルモンはともかくとして、優希は学術院のウィザーモンやスレイヤードラモンには普通に話していた。一応彼らもアンドロモンに匹敵するほどの偉い存在であるといえるのだが――その辺り、優希はきっと気づいていないのだろう。

 

「話せないのなら仕方ないですね。すいません、変なことを言ってしま――」

「ああ、そういうことか。一般的な会話速度で話せ、と言いたかったのだな。君たちは」

 

 だが、そんな時。優希たち二人の耳に飛び込んだのは、聞き慣れない声だった。いや、声自体は先ほどまで聞いていた声であるのだが――それでも聞き慣れなかった。

 

「――って……え?」

「むむ?」

「……?何を驚いているのだ?」

 

 それは驚くだろう。なにせ先ほどまで聞き取るのが辛いまでの早口だった()()()()()()が、いきなり普通の会話速度で話すことができるようになったのだから。それで驚かない方がおかしい。

 というか、本当にいきなりである。

 まさか、今までのはすべて自分たちに嫌がらせをするための演技だったのか。

 思わずそんな妙な疑念が頭の片隅に思い浮かんでしまう程度に、優希たちは驚いていた。まあ、あくまで片隅であるのだが。

 今の優希たちの頭の中の大部分を占めていたのは、なぜ初めからそうやって話さなかったのか、という疲れた思いだった。

 

「アンドロモン殿……普通に話せるのですな」

「話せるに決まっている。ある程度の言語会話パターンはインストールされている。話し方を変えることなど造作もないことだ」

「だとしたら何故なのですかな?」

「決まっている。たくさんの言葉を話したいからだ」

 

 たくさんの言葉を話したいから、早口になる。

 そこは優希たちにも理解できる。だが、アンドロモンは何故たくさんの言葉を話したいのか。そこがよくわからない。結局、アンドロモンはおしゃべり好きということで片付けた優希たちだったが――本当はそうではなかったりするのだ。

 とはいえ、優希たちが本当のところを聞くことはなかった。聞くことはできなかったというべきか。

 なぜなら。

 

「ふわぁーあ……よく寝たー」

 

 その時、アンドロモンに背負わられていたデジモンが起きたからだ。

 あまりに場違いな声が発せられ、必然的にそちらの方に全員の気が向いたために、先ほどまでのことは忘れられたのである。

 

「起きたか……」

「げぇっ!クソロボ!」

 

 起き抜けに失礼な言葉を言い放ったそのデジモン。そのあまりの変わらなさに、アンドロモンは頭を抑えていた。

 メカノリモンの暴走という、あれだけの目にあったのだ。少しは変わったか、とアンドロモンは期待したのだが、そんなことはなかったようである。

 

「自己紹介しろ。お前の暴走を止めてくれた者たちだ」

「いつものキモイ話し方じゃないのな……って、んー?おい、クソロボ。片方は人間じゃんか。本当かー?」

「ああ。この者たちはお前を殺さずに助けたのだ。それだけで噂の者たちとは違うことはわかる」

「っけ。脳内お花畑ロボットめ。そうやってまたヘマすんなよ」

 

 いい加減に置いてけぼりな優希たちだったが、アンドロモンとそのデジモンの会話を邪魔するのも気が引けていたために、声を上げることはしなかった。

 それほどまでに、優希たちにはアンドロモンとそのデジモンの仲が良いように見えたのだ。確かに、そのデジモンのアンドロモンに対する言葉は汚い。一見するとアンドロモンを敬っていないようにも見える。だが、そこには確かに親愛の情があった。

 そして、そのデジモンを見るアンドロモンの目も心なしか優しいように見える。それはまるで、根は優しい不良の子供を見守る父親のようにも見えて。

 優希たちにはこの二人のことが親子のように見えていたのだ。

 

「って!お前ら何ニヤニヤしてやがる!」

「別に?仲がいいと思ってね」

「そうですな」

「冗談じゃねぇ!誰がこんなクソロボと……!」

「……素直じゃないわね」

「……!っち!やっぱ()()()()()()()()()()()()()()()だな!」

「……?」

 

 そのデジモンのその言葉は、まるで人間についての妙な噂が出回っているようで。

 心の中に妙なシコリが残り、僅かにスッキリとしないままに――それでも、今この世界に来ている人間の中の誰かについて噂になったのだろう、と優希たちは流すことにした。

 そして、優希たちがそんな心のシコリに引っかかったその頃。そのデジモンは、密かに機嫌が下がり始めていたアンドロモンに気づいた。

 まあ、アンドロモンの機嫌が下がるのも当然だろうが。そのデジモンは助けてくれた恩人相手(優希たち)に礼どころか、自己紹介すらしようとしていないのだから。

 

「“ドラクモン”……?」

「ああもう、わかったよ!俺様はドラクモン!世界一のいたずら王になる者だ!」

「……いたずら王?」

 

 名前を呼ばれただけ。機械系デジモンらしく声の雰囲気は変わっていなかった。だが、それだけでアンドロモンの機嫌が相当悪くなっていることを察知したドラクモンは、焦りを内心に留めて自己紹介を始めた。

 まあ、アンドロモンが機嫌が悪くなっていたことは、優希たちには全くわからなかったのだが。そこはドラクモンの付き合いの長さ故、ということだろう。

 それはともかくとして。自己紹介をされたことによって、ようやくドラクモンのことを知ることができた優希たち。ツッコミどころはあったものの、それまでのアンドロモンのやり取りも含めればドラクモンの性格がそれなりに見えてきていた。

 

「コイツはいたずらが好きなのだ。先ほどのメカノリモンとて、無理矢理に乗ったのだ」

「お、う……ばれてーら。っていうか、断言かよ」

「ドラクモン殿。正気ですかな?それでどれほどの者たちが迷惑したと?」

「誰にも迷惑かからないいたずらなんて……いたずらじゃねぇだろ?」

 

 そう言い切るドラクモンはある意味では潔くもある。

 だが、目の前で好き勝手言うドラクモンを見るレオルモンの顔は自然と厳しいものになっていた。

 人に迷惑をかけることを公言し、しかもそれが冗談という訳でもない。そんなドラクモンにはレオルモンも良い感情を持てなかったのである。

 

「そう怖い顔すんなって。それにな!今の俺には目標がある!大層な肩書きの、あのスカしたトカゲ騎士に落書きをするってな!」

「……はぁ。やめておけ。どうせまた失敗する。今度は本気で殺されるぞ」

「はっ!やる前から失敗の想定なんかするかよ!情けない!」

「それに、もし仮に成功したら……その時は私でも庇えんぞ」

「庇う気なんかないくせに。そしたら、お前は積極的に俺様を殺しに来るだろ」

「当然だ。恩知らずでは済まないからな。黒い歯車に囚われた私を救ってくれたスレイヤードラモン様に……そんなことをされたとあってはな」

「え?」

 

 一瞬、優希たちは驚きのあまり固まった。まあ、思わぬ所で、思わぬ名前が出てきたのだ。そうなるのも頷けるだろう。

 スレイヤードラモンが何らかの形でこの街で何かをしたのは知っていたが、まさか街の長の命を救っていたとは。何をしているんだ、という話である。

 しかも、話の流れからいくと、救った挙句にドラクモンにいたずらを仕掛けられている。未遂で終わったようだが、何をされているんだ、という話だ。

 

「という訳だ。コイツは命の恩人だろうが、英雄だろうが、神様だろうが、平気でいたずらする。君たちも気をつけてくれ」

「そこはそっちで止めてくださいよ」

「すまん。これをなくしてはコイツではないのでな」

 

 言っておきながら、アンドロモンは頭を痛そうにしている。いや、痛いのだろう。

 だが、叱ることはあっても、怒ることはあっても、頭を悩まされても――それでもドラクモンの性格を直そうとしないのは、アンドロモン自身が言ったように、ドラクモンの性格を理解し、尊重しているからなのだろう。

 機械系デジモンではないドラクモンがどうやってアンドロモンと出会ったのかは知らないが、羨ましくなるほど良い関係の二人だった。

 

「ほんとはロイヤルナイツだの、四聖獣だの、そんな伝説の中の連中相手にやらかしたかったんだけどな。ま、いないもんはしかたない」

「命懸けでイタズラするなど……!正気ですかな?」

「おいおい、たかが命でビビってられるかよ。そんなんにビビってちゃ、大切な場面を見逃しちまう!」

「っ!狂ってますな!」

 

 狂ってる。ドラクモンは、命という一つしかないものをたかがで言い切ったのだ。そうとしか言いようがないだろう。

 レオルモンは、そんなドラクモンのことがどうにも好きになれなかった。自殺願望があるわけではないようだが、それでも場合によっては命をドブに捨てるのも厭わないその性格が気に食わなかったのだ。

 まあ、自分のためだけに生きるドラクモンと他者と共に生きるレオルモン。二人はその在り方からして、正反対だ。特に真面目なレオルモンでは、ドラクモンのような考え方をする者を嫌ってしまうのも仕方ないのかもしれない。

 

「はっ。誰だって自分のために生きてる!なら、思い通り好き勝手したっていいだろ」

「このセバス、そんなことはないですぞ!」

「へぇ?でも、そんなのはありえない。自分のために生きていないやつなんて、それこそ人形だ。この街の奴らのような……!」

 

 吐き捨てるように言ったドラクモンのその言葉は、ともすればアンドロモンさえ含んで侮辱しているようにもとれる。だが、それでもアンドロモンは気にしていないようだった。いや、それどころか、ドラクモンの言葉に共感しているようにさえ見える。

 それが、レオルモンには不思議だった。自分たちのことが侮辱されているというのに、この街の長たるアンドロモンはドラクモンの言葉に共感していたのが。

 

「……それでいいのですかな?アンドロモン殿」

「うむ。ドラクモンの言っていることは正しい。我々機械系デジモンはその大半が誰かの為に生きることしかできない。自分のために生きるということができないデジモンだ」

「……それは」

 

 機械というものは、誰かに使われてこそだ。人間の世界で生きていた優希とレオルモンにはそれがよくわかる。だが、同じくらいにデジモンという生物はただの生物で片付けられない生き物であることも知っている。

 だからこそ、優希たちは思うのだ。アンドロモンの言うように、それを認めてしまうのは、とても悲しいことではないのかと。

 そして、同じくアンドロモンの言葉を聞いていたドラクモンは、目に見えて機嫌が下がっていた。

 

「っち。クソロボが」

「だからこそ、私はこのドラクモンが羨ましいと思う。我々機械系デジモンにはない自由な生き方をできる者だからな」

「でも、アンドロモンは感情を得ているって聞いたんです。なら、アンドロモンでもそういう生き方はできるのでは?」

「私はダメだ。いくら感情を得ようと、それまでの自分が消えるわけではない。それまでの生き方を大きく変えることはできないのだ。個人的にも、立場的にも」

 

 ふと思ったから聞いた優希だったが、アンドロモンの返答は芳しいものではなかった。それに、個人的云々はともかくとしても、立場というものはそう簡単なものではない。それがアンドロモンのようなより責任ある立場であったらなおのこと。したくとも、できないのだ。

 それは、可能性を持ちながらもそれを捨てなければならないという、常識と社会に囚われている生き物であるが故のもどかしさ。現実の非情。

 未だ子供の優希では、責任ある立場というものも、現実の非情さも、そのすべてを知ることができない。想像だけならばいくらでもできるが、それはあくまで想像でしかない。

 ゆえに、優希にできたことは、せいぜい苦し紛れの言葉を探すことだけだった。

 

「でも……」

「ふむ。人間の中では、君の年は若いらしいな。なら、焦ることはない。いつか知ることになる」

「……」

「それに、私は感情を得て、その素晴らしさを知ったのだ。だからこそ、私はより早くたくさんの話をする。感情を確かめたいがゆえに。それができるだけで私は満足だ」

「……けっ!クソタヌキ系ロボめ。満足なんかできるわけないだろ」

 

 ドラグモンが何かを言っているようだったが、アンドロモンは軽く流した。

 一方、ドラクモンとしては、アンドロモンにそんなことを言って欲しくはなかった。口ではなんと言おうとも、ドラクモンはアンドロモンのことが大好きなのだ。だからこそ、そんな自虐ともとれることを行って欲しくはない。ドラクモンがアンドロモンにいろいろと口悪く言うのは、ようするには発破をかけているのと同じなのである。

 とはいえ、アンドロモンもそのことには気づいている。気づいていながらも、流しているのだ。

 

「それに、若い君なら……どんな可能性もある。悲観することはない。我々デジモンと同じだ。君たち人間も進化はできるからな。進化はデジモンだけの特権ではないのだ」

「お嬢様は進化などできませぬぞ?」

「そういうことを言っている訳ではないのだが……まぁ、いつか気づくだろうな」

 

 アンドロモンの言っていることは、優希たちにはよくわからなかった。

 だが、疑問顔で顔を見合わせる優希たちとは対照的に、「クソジジイロボめ」と呟いているドラクモンの姿がどこか印象的だった。

 




というわけで、第四十六話でした。
さて、あと一二話で機械里での話は終わりなのですが、章を五にするか、四のまま行くか……悩んでます。

次回はアンドロモンと優希たちですね。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第四十七話~手助けの先に求める未来~

 そんなこんなで話が盛り上がって来たところではあったが――いきなり、ドラグモンがハッと何かに気づいてような表情をして、大声で言い放った。しまった、と。

 

「そういや……今この街にあのトカゲ騎士が来てるんだってな……メカノリモン作戦は失敗しちまったが……よし、ちょっくらやってくるぜ!」

 

 その内容は至極私的かつどうでもいいことだったが、言った当人としては一刻も争う自体だったのだろう。そう言った直後に、ドラグモンは慌てて建物から出て行った。

 おそらくはスレイヤードラモンを探しに行ったのだろう。だが、他人との話を切り上げて、さっさと去って行ったその様子からは、忙しないと言う言葉しか見つからない。

 そんなドラグモンの姿に、何度目になるかもわからない頭痛を感じていたアンドロモンだった。

 

「……大丈夫かしらね」 

「お嬢様。それはどちらに対してですかな?」

「……さぁね」

「このセバスとしては、ぜひ己の身の丈を知って欲しいものですがな」

 

 ドラグモンが去ったその場には、嵐が過ぎ去った後のような微妙な静謐感だけが残った。まあ、それだけ、あのドラグモンは良くも悪くも個性的だったということだろう。

 ともあれ。ターゲットにされているだろうスレイヤードラモンと手を出してボコられるだろうドラグモン。どちらを心配すればいいのか、悩んでしまった優希たちである。

 

「……さて、ドラグモンのせいで話がズレたな。この建物に君たちを誘ったのは、個人的な礼をするだけではない」

「どういうことですかな?」

「君たちのことは前もって学術院のウィザーモンから聞いていたのだ。ヒントを与えてほしいとも。そのために君たちはこの街に来たのだろう?」

「え?」

 

 ドラグモンが原因よる接触は予想外だったものの、元々優希たちとは接触するつもりだった、とアンドロモンは言う。

 それにはどうやらウィザーモンが関わっているらしい。それに、アンドロモンの言うことが正しいのなら、ガワッパモンの依頼はあくまでついででしかなかったようだ。

 つまり、ガワッパモンの依頼は関係なく、優希たちはこの街に来ることになっていたということで。

 それならそうと初めに言ってくれればよかったのに、とここにはいないウィザーモンに対して思う優希たち。だが、こうした方が、ウィザーモンとしても鬱陶しいガワッパモンの依頼も片付けられるために、一石二鳥だったのである。

 

「君のその特異な力にも興味はあるが……その辺りは学術院のウィザーモンの専売特許だな。私はただ学術院のウィザーモンから頼まれただけだ」

「頼まれた?」

「そうだ。しかし……これは学術院のウィザーモンもやろうと思えばできるはずなのだがな」

 

 ウィザーモンでもできるならば、わざわざこの街まで来なくてもよかったはずである。ウィザーモン自身ができる内容ならなおのこと。

 だというのに、なぜこんな回りくどいことをしたのか。そこに、ウィザーモンの企みがあった。

 まあ、企みといっても悪いものではないのだが。ウィザーモンは、しつこいガワッパモンの依頼を片付けさせるのと同時に、優希とレオルモンに経験を積ませたかったのである。どんな形であれ、学術院の街にいては経験できないことを経験してきてほしかったのだ。次の進化へのためにも。

 ちなみに、ウィザーモンの中では大成は、完全にガワッパモンの依頼を片付けるための労働力という扱いであったりする。

 

「それで、頼まれたことって何の――」

「君たちの完全体への進化についてだ。君たちの完全体は機械系だったそうだからな」

「――っ!」

 

 そのことについては、アンドロモンはウィザーモンから聞いたのだろう。容易に想像がつく。

 だが、優希たちとしては、思ってもいなかったことを言われたために完全に意表をつかれてしまった。

 優希たちが驚きに目を見開く一方で、そんな優希たちを気にすることなどなく、アンドロモンは話を進めていった。マイペースというか、なんというか、だ。

 

「全く異なる生態のデジモンへと進化するにはよほどの何かが必要だ。しかも、一部だけ変化する、という訳でもなく……生物系から機械系へと全身が変化する進化ともなればな」

「何か……」

「もちろん、それは各人によって異なる。経験の場合もあれば、往々にしてそれ以外の場合もある」

「それ以外?例えば?」

「例えば……そうだな。良い概念ではないのだ。外部の力によって進化先を決定する、という概念なのだが……数ある方法の大半が廃れている。その一つはウィザーモンによって復活したようだがな」

 

 ウィザーモンによって復活した方法というのは、デジメンタルを使ったアーマー進化のことだろう。

 だが、アンドロモンはそれを良い概念ではないと言い切った。ウィザーモンの努力の結晶を否定的に捉えている。ウィザーモンに世話になっている身の優希たちとしては、あまりいい気はしなかった。

 もっとも、アーマ進化が廃れていたのは事実。アーマー進化のみならず、何かが廃れていくのはそれなりに理由があるからで、その理由を各々が考える。良い概念ではなかったからこそアーマー進化は廃れた、とアンドロモンは考えているというだけの話である。

 

「他にも、さまざまなデジモンのパーツや情報を対象に取り込ませることで進化先を限定するなどだ」

「へぇ……いろいろあるのね」

「しかし、何故それが良い概念ではないのですかな?」

「機械系デジモンの私が言うのもアレだがな。自然の摂理に逆らっているという面もある」

 

 確かに、デジモンの進化の先を限定するということは、未来を限定するということであり、自然の摂理に逆らうことだ。それをよく思わない者も当然いるだろう。アンドロモンもその一人という訳だ。

 だが、まあ、ある意味ではアンドロモンも自然の摂理を外れていると言えるし、さらに機械系のデジモンではそのようなデジモンなどザラにいる。

 であれば、アンドロモンのその言葉は、多少の自虐を含んだ言葉だったのだろう。

 とはいえ、アンドロモンが良い概念ではないと言ったのはそれだけが理由ではない。他にも理由はある。

 

「さらにコストパフォーマンスの面から言ってもだ。専用の設備に使われる素材に……さらにそれを揃えても必ず進化できるとは限らん。正直言って、費用対効果があっているかというと合ってない」

「なるほど……」

「今の時代にこれを行うものなど、ウィザーモンのような研究目的か、それかよほどの狙いがあるものかに限られるだろうな」

 

 進化先を限定できるとは、明確な未来を思い描くデジモンたちにとっては進んで望みたいことだろう。だが、アンドロモンの言う通り、現段階では費用対効果が見合っていない。それこそ、成熟期クラスに限定するだけでも並々ならぬ労力を必要とするのだ。

 完全体以降の限定をしようとしたのならば、どれほどの労力がかかるのか。想像に難くない。

 

「あとは……そうだ。人間との関係を持つものは人間に見合ったデジモンへと進化するらしい。専門ではないからよくわからんがな」

「……というと?」

「人間とデジモンはお互いに影響している。個人だけではなく、世界としても。だからこそ、人間の感情や行動にデジモン自身が影響を受けるということもあるのだ」

「……へぇ」

「この辺りのことは学術院のウィザーモンの方が詳しい。気になるならそちらで聞け」

 

 まあ、そうだろう。ウィザーモンは進化について専門的に研究しているのだ。しかも、学術院という学ぶものが集まる街で。特別名誉教授として。最先端の研究をしているのだ。こと進化については、ウィザーモンは指折りの存在と言える。

 ちなみに、他の面々は、太古から生きているようなデジモンやら、この世界の神やらなのだが――そこまで行くと比較対象が悪すぎると言えなくもない。

 

「まぁ、そうですな」

「前置きが長くなったな。それでは本題に入るか」

「……む?この話を以外にも何か?」

 

 今までの話が本題ではなかったことに驚いているレオルモンだが、むしろ当たり前だろう。この程度の話なら、先ほど述べたようにアンドロモンよりもウィザーモンの方が詳しい。いくら経験のためとはいえ、学術院からこの機械里へと来る必要はない。

 だとしたら。優希たちがこの街に来たことには、ここでしかできない、あるいはこの街でした方がいい何かがあるはずなのである。

 

「そうだ。ウィザーモンから頼まれたのだ。個人的には反対なのだが……押し切られた」

 

 ウィザーモンに頼まれた時のことを思い出したのだろう。アンドロモンは疲れた様子で、何かを取り出した。アンドロモンは大きな街のみに設置されている通信機械にてウィザーモンと会話したのだが、その疲れた表情からして何かがあったことは想像に難くない。

 ウィザーモンはアンドロモンに何を言ったのか。もしくは何をしたのか。聞きたいような、聞くのが怖いような、そんな微妙な気持ちになった優希たちだった。

 

「押し切られたとは……一体何を頼まれたのですかな?」

「断ってくれて構わない。というかむしろ断ってくれ。……これだ」

「これは?」

 

 断ってくれて構わない、と前置きしたアンドロモンが取り出したのは注射器だった。中には何らかの液体が入っていて、いつでも打てるようになっている。

 だが、それだけ見せられても、優希たちには何が何やらわからない。それで何をするのかも、アンドロモンがそれをしたくない理由も。だからこそ、もう少し詳しい説明を聞きたい、とアンドロモンに先を促した。

 

「この注射器の中には、機械系デジモンの情報が入っている」

「え?」

「簡単に言えば、これをレオルモンに注射することで、君たちが完全体へと進化しやすくし、進化した時の負担を軽減できる。多少のドーピングのようなものだな」

「それって……」

 

 優希たちにわかりやすいようにアンドロモンは簡単に言ったが、実際の概要は本当にそんなところなのだ。

 量的にも、体内に入ったところでレオルモン自身が目に見えるような変化はない。機械系デジモンの情報をレオルモンの体内に入れることで、レオルモン自身に機械系デジモンへと進化する土台を整えておく。そして、その状態で経験を積むことによって、機械系デジモンに類する進化をほんの少しだけしやすくさせる。さらに、進化した後の負担が減る――という寸法なのである。

 とはいえ、これは先ほどアンドロモン自身が好きではないと言った概念を元にした方法である。好きではないと公言している方法をさせるとは、ウィザーモンはアンドロモンに何をしたのか。

 ますますもって気になるところだ。

 

「もちろん、進化先が極端に限定されるほど濃い情報は入っていない。あくまで補助程度だ。それにこれだけでは意味がない。あくまで君の……ああ、君たちの努力もいるだろう」

「リスクはあるんですよね?」

「強いて言うのなら……そうだな。機械系以外のデジモンに進化しにくくなるということか。まあ、進化できなくなるというわけではない。そこまでの量でも質でもないのだからな」

「……」

「むぅ……」

 

 あくまで補助的な程度で、リスクと言えば無いも同然のものが一つ。アンドロモンは渋い顔ながらも、そう説明して――レオルモンが悩んだのは一瞬だった。

 そう。一瞬。答えなど初めから決まっていたようなものだったのだ。

 

「頼めますかな?」

「……!いいのか?」

「はい。このセバス。確かにお嬢様を守りたいと思っていますぞ。できれば自分だけで。ですが、それでは……今のままで意地を通しているだけでは、何もできない」

 

 レオルモンは知っている。

 自分の力など到底及ばない者たちがいることを。今のままでは自分の力だけで優希を守ることなどできないことを。

 だからこそ、レオルモンは思うのだ。自分たちは、この上なく他者に恵まれたと。

 出会ってから、自分の思いを押しとどめてまでずっと世話してくれるスレイヤードラモンやドルモンは言わずもがな、個人的な思惑はあるのだろうがこの機会を用意してくれたウィザーモン。この世界でもいろいろな意味で有数の者たちに世話をかけている。

 今すぐ彼らに追いつけるとはレオルモンも思ってはいない。そう思うことなど思い上がりだ。だが、彼らに追いつけるように、訪れたチャンスだけは欠かしたくないと――。

 

「だからこそ、縋り付けるものには縋り付きたいのです」

 

 そう思ったのだ。

 そんなレオルモンの決意を秘めた顔を見て、アンドロモンは説得は無駄だと思ったのだろう。そも、この注射をしたくないのはアンドロモン自身だ。レオルモンが望むとあれば、アンドロモンに止める言葉はない。

 それに、アンドロモンは、こういう自分の意志で何かを決める者には弱かった。自分が、かつては機械人形に過ぎなかったがゆえに。

 

「決意は固いようだな。優希。君もいいか?」

「ええ。セバスが決めたのなら」

「なるほど。では行くぞ」

「うっ……」

 

 アンドロモンがレオルモンの腕に注射をする。その様子は獣医がペット()に注射をしているようにも見えるが――それはともかくとして。

 レオルモンの表情は一瞬だけ痛みに歪んだものの、すぐ元の表情に戻った。まあ、注射なんてそんなものである。

 

「これで終了だ」

「どう?何かおかしなところはない?」

「……そうですな。何も変化はありませぬが……」

「当たり前だ。先ほど言っただろう。あくまで補助的なものだと。過度の影響が出るようなものをするのは私としてもゴメンだ。それに学術院のウィザーモンからもするなと言われている」

「ウィザーモンからも?」

「ああ。あとは君たちの努力次第だ。これはほんの少しだけ方向を定めただけに過ぎない」

 

 アンドロモンの言う通り、今回の注射はそういうものだ。

 例えるのならば、ゴールまでの荒れ果てた道路を舗装し直しただけに過ぎない。いくら道は直ろうと、そこを走らなければならないということに変わりはない。そして、その道を走り切れるかどうかは優希とレオルモン次第だ。

 とはいえ。その道の先は未だ遠いことには変わりなかった。

 

「さて少し休んでから帰るといい」

「ありがとうございます」

「ありがとうございました」

「私は用があるからむ?」

「どうしたのですかな?」

 

 話は終わったとばかりに元の早口に戻ったアンドロモンだったが、何故かその場でしきりに頷き始めた。

 傍から見ていた優希たちには何をしているのかさっぱりわからなかったが、アンドロモンは今、この街の部下から通信を受け取っていた。

 アンドロモンがそうしていた時間は一分にも満たない。だが、その中でアンドロモンが受け取った通信内容は優希たちにも――というか、主に優希たちに関係あることだった。

 

「君たちの連れが何かをしでかしたそうだこの街のある施設に拘束されている釈放手続きはされているが行ったほうがいい」

「大成たちが?何やってるのよ……」

「呆れますな」

「話を聞く限りその者たちだけが悪いという訳ではなさそうだが早く行ってあげたほうがいいだろうな」

 

 大成たちが何かをしでかしたという事態に呆れるしかない優希たちだったが、事実的には大成たちは巻き込まれた側である。だが、当然ながらそんなことを優希たちが知るはずもない。

 まあ、ともあれ、迎えに行った方がいいだろう。アンドロモンに礼を言った優希たちは、溜め息を吐きながらもその場を後にする。

 ちなみに、急いでその場に行った優希たちが見たものは、妙な猿のような姿のデジモンと疲れた顔をした大成たちの姿だった――。

 




というわけで、第四十七話。
怪しげな薬を打たれたレオルモンの話でした。
この選択が正解だったのか、不正解だったのか、はたまた無意味なものだったのか。それはまた次回以降の話です。

次回は、大成と優希の合流。そして機械里からの帰還です。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第四十八話~新たに得たものといつか得られるもの~

 ウィザーモンの計らいがあったとは言え、いろいろと世話になったアンドロモンに別れを告げた優希たち。その後は、大成たちと合流するべく大急ぎで足を動かした。

 その甲斐もあって、大成たちのいる場所までは十数分とかからなかったのだが――。

 

「いいわぁ!気に入ったワ!非力ながらも前へと出たその心意気!すっごくいいわぁ!」

「ああ、そうですか……」

 

 だが、そこにたどり着いた優希たちが見た光景は、何故か奇妙な猿のようなデジモンに気に入られて、疲れ果てていた大成の姿だった。

 もちろん、奇妙な猿デジモンというのはもちろんエテモンのこと。そして、大成の様子を見るにあの戦いの後にもいろいろとあったのだろう。

 ただでさえ戦いで疲れていた大成たちは、その後に騒ぎを聞きつけて集まってきた警備兵たちに事情徴収を受けて、さらにその後のエテモンの会話相手までしたのだ。

 大成たちの疲労感は推して知るべし、である。

 

「これは……どういう状況ですかな?お嬢様わかりますか?」

「さぁ?わかるわけないでしょ」

「それもそうですな」

 

 とはいえ、そんな大成たちの事情を全く知らない優希たちにとっては、大成の疲労感を知ることも、現状についていくことも、できるはずがなかった。

 何故か疲れている大成。我関せずを貫いているようで、内心ではオロオロしているスティングモン。さらに優希たちにとっては初対面となるデジモンが二人もいる。しかも、片方はやたらとテンションの高いイロモノ(エテモン)

 こんな訳のわかならない空間に放り込まれて、速攻で現状を把握できるほど、優希たちは人間離れした洞察力を持っていない。今の優希たちは、本当に何が何やらわけわからんといった感じだった。

 

「ああ、優希たちか……」

 

 とはいえ、優希たちがやってきたということに、ようやく大成も気づいたようである。

 ようやく気づいてもらえたので、優希たちとしてはこの状況について少しでも聞きたかった――のだが、明らかに様子がおかしい大成を前にして、聞くに聞けなかった。

 それほどまでに、大成のその顔からは“疲労”の二文字しか見えなかったのだ。

 

「ちょっと、大丈夫?」

「ああ、疲れただけだから……ダイジョウブ……サ!」

「……大丈夫には見えませんな」

 

 そんな姿に、思わず心配する優希だったが、当の大成は大丈夫ではなさそうだった。ここではないどこか遠くを見据えている。その大成の目は濁っていた。例えるのならば、死んだ魚の目のように。

 そんな大成の大成らしからぬ様子に、何があったのか知らなくとも、思わず哀れんでしまった優希たちである。

 とはいえ。これではこの状況を把握することはできない。とりあえず、大成はそっとしておくことにして、優希たちはその他のデジモン組に話しかけることにする。

 だが、優希たちが一番初めに話しかけたのは、こともあろうにエテモンだった。何を考えてその選択をしたのか。まあ、きっと近くにいたとか、そんな感じなんだろうが、運が悪いというしかない。

 

「あらぁん?ふぅうん?」

「……何よ?」

「あっちの坊やもイケてたけどぉ……お嬢ちゃんもイイわねぇ~……食べちゃいたい。ウフッ」

「……寒気が!」

「お嬢様!?大丈夫ですかな!?」

 

 話しかけた直後から自分を観察してくるエテモンの視線。ジロジロと見られて優希も良い気はせず、それどころか謎の悪寒まで感じていた。強さ云々は関係ないとばかりの、ただ気色悪い感覚が優希の背筋を襲ってきたのである。今まで感じたことのない感覚に、優希は震えるしかない。

 そんな感覚を前にして、正直に言えば、優希は今すぐ帰りたかった。

 一方で、そんな優希を見て、エテモンはますます楽しそうな顔をしている。エテモン的に、大成だけではなく優希のことも気に入ったらしい。まあ、不運としか言えないだろう。

 

「あっ!アチキとしたことが……自己紹介を忘れるなんて!この世界のスゥーパァースタァー!キング!オブ!デジモン!それがアチキ!エテモンよォ~!」

「セバス、帰っていいかな」

「いや、流石に……」

 

 正直言って、優希はエテモンのことなどどうでも良くなっていた。基本真面目な優希がここまで他人に無関心になるのも珍しい。

 とはいえ、その気持ちもわからなくもないが。エテモンはとにかくウザかった。あと、気持ち悪かった。野太い声で無理矢理に高い声を出そうとしている辺りとか、オカマを意識したような口調とか、そのテンションとか、その他諸々が。

 とにかくエテモンの全てが、優希や大成の心の平静をガリガリと削ってくるのだ。

 

「で、エテモンはともかく……そっちは?」

「……てめぇも違いそうだな」

「……?」

 

 やってられない、と未だ自己紹介で騒いでいるエテモンを放っておいて、次に優希たちが向かい合ったのは我関せずを貫いていたエクスブイモンだ。

 人間に対して不信感を抱いていたエクスブイモンは、優希たちのことも観察していたようである。

 とはいえ、優希は大成の仲間ということだし、エクスブイモンが噂に聞いたような人間ではないと思ったのだろう。すでに警戒を解き始めていた。

 

「オレはエクスブイモン。まぁ、今回の事件の原因だな……」

「原因ですと?何をしたのですかな?」

「大成たちが噂の人間たちだと思ってな。間違って襲っちまった。ま、返り討ちにされたけどな」

 

 返り討ちにされた、という部分を言うエクスブイモンはだいぶ苦々しい顔をしている。まあ、悔しかったのだろう。それに、勘違いで襲いかかって、さらに返り討ちにされたのだから、傍から見ているとだいぶ格好悪い。

 今日のことは、エクスブイモンの今すぐ忘れたいこと一位に堂々とランクインしていた。

 とはいえ、優希たちはそんなエクスブイモンの心情を知ることなどなく――エクスブイモンの言う、“噂の人間たち”という部分に引っかかりを覚えていたのだが。

 

「ああ?噂の人間たち?……オレも詳しくは知らねぇが……でも、だいぶ噂になってるぜ」

「そんなに?」

 

 エクスブイモンからその噂の部分を聞いて、優希たちは頭を抱える。思えば、アンドロモンも似たようなことを言っていた。

 どこの誰だか知らないが、くだらないことをしてくれるものだ。何の罪のない者たちを虐殺するなど、とても許せることではない。おまけにこの噂が広がれば、今回のエクスブイモンみたいに、関係のない人間を襲うデジモンが出てくるかもしれない。

 先ほどとは別の意味で気分が悪くなってきた優希たちだった。

 

「それで、大成はこれからどうするんだ?」

「あはは……ゲームしてーなー……え?あれ?何?悪い、ちょっとボーッとしていた」

「大成……」

 

 今の今までどこか別の場所へと意識が飛んでいた大成。

 だが、エクスブイモンの言葉によってようやく復帰したようだ。

 そんな大成の姿を前にして、ますます哀れに思えてしまった優希である。それほどまでに、大成の今の様子は酷かった。

 

「いや、だから、これからどうするんだよ」

「ああ。とりあえす、ガワッパモンの依頼は達成したしな……」

「え?ウソ、私聞いてないわよ?」

「そりゃ、さっきだからな」

 

 そう言った大成は、優希の後ろの方に視線を向ける。

 いつの間にか仕事が終わっていたことに驚いた優希も、釣られて大成の視線の方向を見て――すぐに後悔した。

 そこにいたのは、エテモンだった。誰も聞いていないというのに、訳のわからない呪文だか歌だかを喋ったりしている。まあ、マイクを持っているので十中八九歌なのだろう。

 だが、あれは本当に歌なのだろうか。歌型兵器なのではないのか。思わず大成たちがそう思ってしまうほどに、エテモンの歌はアレだった。よく言えば独創的と言えなくもないのだが、悪く言えば下手と言い切ることしかできない。

 

「え?どういうこと?」

「エテモンって、ガワッパモンの歌の師匠らしいぜ?俺たちの仕事は、学術院までエテモンを連れて行くことみたいだ」

「……連れて行って大丈夫なの?」

「……連れて行くしかないだろ」

 

 正直言って、エテモンは関わり合いにすらなりたくない部類である。いや、エテモンという種が悪いという訳ではもちろんない。大成たちは目の前にいる個体とは関わり合いになりたくないだけなのだが――ともあれ、これは仕事。いくら大成たちが嫌だと思おうと、選択肢は一つしかないのだ。

 所詮、下っ端でしかない大成たちには、学術院の街の明るい未来を祈ることしかできない。

 エテモンを連れて行くしかない自分たちを許してくれ、と今の段階から大成たちは真剣に懺悔し始めていた。

 

「ってことは、学術院に行くんだな」

「ああ、そうだな。っていうか、エクスブイモンはどうするんだ?」

「オレ?オレは大成に着いてくに決まってるだろ」

「えぇぇえええええ!?」

 

 エクスブイモンに何の気もなしに聞き返した大成だったが、その質問は大成自身が思った以上に地雷だったようである。

 主にスティングモン専用の。エクスブイモンの返答の直後、一秒も経たずにスティングモンの絶叫が辺りに響き渡ったのだから、見事に踏み抜いたらしい。

 ワームモンから進化してから、ここまで大声を出したスティングモンを大成は見たことがない。それほどまでに、スティングモンにとっては、驚きだったのだろう。

 

「聞いてませんよ!大成さん!」

「いや……っていうか、何で?」

「お前が言ったんだろうが。パートナーになれって」

 

 言った。確かに言った。はっきりと言った。いつもは即答で断られていたために、大成はすっかり忘れていたのだ。まあ、その後にエテモン相手の命懸け接近を試みたせいもあるのだろうが。

 つまりスティングモンが絶叫したのは、大成のせいということで、大成は自分で埋めた地雷を自分で踏み抜いたというだけの話なのだ。

 

「大成さん!?」

「いや、確かに言ったけど!」

「なんだ?ウソだったのか?」

「いや、本気だったけど!」

「じゃあいいだろ。オレとしても少しくらいは償いたいしな。まぁ、流石に一生とかは無理だけどな」

 

 まさかの事態にスティングモンは顔を青くして、さらに頭を抱えて唸っている。その光景はワームモンだった頃を思い出させる。そんな光景を前にして、自然と懐かしい気分になった大成だった。

 とはいえ、ある意味で自分のアイデンティティがかかっているのだ。当のスティングモンは、そんな大成のように安穏とした気分で居られるはずもなかった。

 そんなスティングモンが、学術院の街に帰ってからのトレーニングに一層身を入れたのは、ほんの余談である。

 

「んじゃ、しばらくよろしくな」

「ああ、よろしく」

「っく!よろしくお願いします」

「セバスです。よろしくお願いしますぞ」

「大成、しっかりしなさいよね。ああ、私は優希。よろしくね」

 

 まあ、各々に思うところはあるだろうが、それでも共にいる者が新しく増えたというのは喜ばしいことである。

 特に、人間世界で友人が少なかった大成は尚のこと。これからの日々に若干の期待をして、大成たちは宿泊施設に帰ることにしたのだった。

 背後で熱唱しているエテモンを置いて。

 まあ、とはいえ――。

 

「あらぁん?どこに行くのかしらぁん?アァン?」

「……」

 

 そんな風に、自分のことを置いていこうとする大成たちを、エテモンが気づかないはずもないのだが。周りが見えないほど熱唱したというのに、それでも気づくとは流石の完全体と言うべきか。

 大成たちとしては、そのまま気づかなければ良かったのに、と思っていたのだが――エテモンはしっかりと気づいてしまったのだ。

 しかも、おまけとばかりにそんなエテモンの声は若干低くなっている。どうやら、少し頭にきたらしい。

 悪寒を感じながらも、大成たちは勇気を振り絞る。大成たち全員は頷き合って――。

 

「あ、こら!待ちなさいヨ!」

 

 我先にと逃げ出した。

 大成たちのその行為は、エテモンの機嫌や仕事のことなど考えていない、それこそ後先考えないと言える実に馬鹿な行為だったが、それが功を奏したようだった。結果的に、エテモンの機嫌を誤魔化せたようなのだから。

 まあ、とはいえ。そのせいでエテモンとの追いかけっこが始まってしまったのだが。

 

「今度学術院の街に帰るから!その時にまた!」

「いやねぇ!何言ってるの!今夜は寝かせないワヨォ!」

「いや、俺たちは寝たいんだ!」

 

 今夜、一体何をされるのか。自分たちが知らないような恐ろしいことをされるのではなかろうか。

 気になって仕方なかった大成たちだが、何のことはない。ただのエテモン主催の徹夜ライブである。まあ、エテモンの下手くそな歌を徹夜で聞き続けるなど、恐ろしいことではあるが。

 ともあれ、そんなことを知らない大成たちは、想像だけが先走っていく。捕まるわけには行かない。そう心に刻んで、大成たちは逃げ続ける。

 やがて人間の足では限界があると、スティングモンが大成を、エクスブイモンが優希たちをそれぞれ抱えて、飛ぶことになった。

 まあ、それでもエテモンはバッチリ大成たちの後を着いて来ているのだが。とはいえ、エテモンほどの力があって、大成たちを捕まえられないというはずはない。きっと、エテモンもこの追いかけっこを楽しんでいるのだろう。

 大成たちとしては迷惑なことだが。

 

「嘘よ!アチキと徹夜できるなんて……ファンなら泣いて喜ぶワ!それなのになんで逃げるのよォ!」

「それはきっと泣いてじゃなくて……泣き叫んで、の間違いだろぉー!」

「ガワッパちゃんは泣いてたわよォ!」

「きっとアイツは頭がおかしいんだ!」

 

 スティングモンに担がれながら、エテモンに向かって叫ぶ大成の顔は楽しそうだった。見れば、エクスブイモンに担がれている優希たちも笑っている。いや、苦笑しているというべきか。

 ともあれ。この楽しくアホらしい追いかけっこは、この後に毎日、それこそ出発する時間ギリギリまで続くこととなることを、この時の大成たちはまだ知らなかった。

 機械里を爆走する謎の集団――という噂を聞きつけたスレイヤードラモンが、そんな大成たちを上空から呆れたような目で見ていたりしたのだが、そのことも大成たちは知らなかった。知る余地もなかった。

 




というわけで、第四十八話。
とりあえず、機械里での最後の話です。
とはいえ、また後々に再登場する可能性もあります。機械里と機械里メンバー。

というわけで!さんざん悩んで考えて……第四章はここで終わりにして、次回から第五章に入ることにします!
いや、盛り上がり不足だとは自分も思うんですけどね。
キリがいいんですよね。今回の話。

さて、次回からの第五章。
新キャラ……のような既存キャラでます!
ちょっといろいろある予定です!
というわけで、第五章もよろしくお願いします。


業務連絡。
新たに、ゼヴォリューションの小説も始めました。こちらと違って不定期ですが、週一くらいでやっていきたいので、そちらの方もよろしければよろしくお願いします。




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第五章~新たに得たものといつか得られるもの~
第四十九話~帰還!そして、太古の伝説~


 昨日の夜遅くに大成たちは機械里から学術院の街へと帰還した。

 学術院の街を離れていたのはたかが数日だったが、たったそれだけの時間でも、自分たちの住む家が思わず懐かしく思えてしまった大成たちである。どうやら大成たちは、自分たちが思っている以上に、この街に愛着が湧いているようだった。

 まあ、この街というよりはこの家、と言うべきなのかもしれないが――それはともかくとして。

 

「ふむ……大変だったようだな」

 

 現在、大成は仕事の完了報告と帰還報告を兼ねてウィザーモンに会いに来ていた。

 さも労っているように話すウィザーモンだったが、そんなことで大成は誤魔化されない。帰りのトレイルモンの中で、大成は優希から聞いたのだ。今回の機械里へ行くことになった真の理由を。自分は、労働力として体よく使われていただけだったことを。

 まあ、大成とウィザーモンの関係は雇用者と雇主の関係だし、元々今回はただの仕事だ。そのため、労働力として行くのが当然なのだが――それでも大成が不満を抱いてしまっているのは、ウィザーモンがいろいろと隠したままに自分たちを向かわせたからなのだろう。きっと。あとは優希たちにだけ何かあるという不公平感か。

 

「大変だったようだな……じゃねぇよ!」

「何を怒っている。こちらとて大変なのだぞ。主に君たちが連れてきたエテモンのせいでな」

「うぐ……」

 

 流石にエテモンのことを出されては、大成の中にある不満の火も鎮火せざるを得ない。

 それほどまでに、エテモンがこの街に来てからの被害は甚大なのだ。まあ、被害といっても物的なものではなく、精神的なものなのだが――大成たちがこの街に戻ってきたのは昨日の夜遅く。まだ来て一日も経っていないというのに、これである。

 そのことが容易に想像がつくからこそ、大成も黙り込んだ。仕事で仕方なかったとはいえ、エテモンをこの街に連れてきたのは悪いことだったと本気で思っているのである。

 

「エテモン……昨日この街に着いてから別れて、それから会ってないんだけど……」

「はぁ。ガワッパモンと共に大声で歌いながら街を練り歩く、通行人を無理矢理に歌わさせる……そんなのはザラだ」

「……そうか」

 

 そのエテモンとガワッパモンの師弟コンビの破壊力たるや、ウィザーモンに退治依頼の嘆願書が数多く届いたほどである。とはいえ、いくらウィザーモンでも、実力的にはエテモンに劣っている。嘆願書が送られてきても、どうしようもない。

 まあ、それはともかくとして。大成や優希が危惧したとおり、エテモンによってこの街はだいぶ辛い目にあっているようである。

 

「はぁ。まだ復旧作業が終わったわけではないというのに……どうしてこう次から次へと……!」

 

 この学術院の街は、元々学ぶものが集まる研究者の街で、他の街と比べても比較的静かな街だったのだが――この街に住んでいる研究を志す者たちにとっては大変迷惑なことであるが、最近のこの街の騒がしさは群を抜いていると言えた。

 零たち襲来に、ハイブリッド体の襲来。さらにエテモン襲来。見事に襲来ばかりである。いっそ、街全体をお祓いしてもらったほうがいいかもしれない。運の悪さでは大成とどっこいどっこいと言えるだろう。

 

「そういえば、他の面々はどうしたのかね?」

「え?ああ。デジモン組はスレイヤードラモン監修でトレーニング。優希はドルを探して力の制御訓練をするって。なんでもセバスに負担をかけないように……とかなんとか」

「……む?ドルモンは今この街にいないはずだぞ?」

「え?そうなのか?」

 

 そう。ウィザーモンの言った通り、ドルモンは今この街にいない。

 大成たちが学術院の街に出発した次の日に、「リュウと旅人を一発殴るために修行してくる!」と言って姿を消したのだ。よほど旅人に置いていかれたことが堪えたらしい。スレイヤードラモンについては、単なるトバッチリである。

 ともあれ、そんな感じでドルモンは今この街にはいない。つまり、今現在の優希は、いるはずのないドルモンを探して街を彷徨っているということで。

 ちょっとだけ、優希やそんなドルモンに同情した大成だった。

 

「大変だな」

「そうだな。ああ、今日は()()任せる仕事はない。もう行っていいぞ」

「って、ちょっと待った!」

 

 もう話すことはない、とすっかり解散の雰囲気を発し始めたウィザーモンを、大成は慌てて引き止めた。まだ大成はウィザーモンに用があったのだ。

 つまり――。

 

「なんだね?僕は忙しいのだが?」

「いや、ちょっとな。あのな――」

 

 つまり、困った時のウィザーモン教授である。まあ、今回は困った事というよりは、知りたいことなのだが――それはともかくとして。

 大成は、ウィザーモンに聞きたいことがあったのだ。純粋な知識量なら、ウィザーモンは凄い。きっと大成の知るこの世界の誰よりも。

 きっと天才、とそう呼ばれる者なのだろうと。そう大成が初めて思った相手でもある。だからこそ、そう純粋に思っているからこそ、大成はウィザーモンを頼るのである。

 まあ、一方のウィザーモンとしても、教えを請うてくる者に自分の知識をひけらかすのは嫌いではない。研究とどちらが好きかといえば、おそらくどっちもどっちと言うだろう。

 つまり、何が言いたいかというと――真剣な顔をして聞いてくるのなら、ウィザーモンとしても応えるのはやぶさかではないということだ。というか、ちょっと嬉しげだった。

 

「それで、何が聞きたいのかね?」

「機械里でちょっと不思議な現象を目にしたんだよ。もしかしたら見間違えかもしれないから、自信はないんだけどな……」

「ふむ……先を続けたまえ」

「ああ、実は……」

 

 そう言って、大成はウィザーモンに話し始めた。

 エクスブイモンとの出会いを。タンクモンとの戦いを。その後のエテモンとの戦いを。そして、あのスティングモンとエクスブイモンが混ざり合ったかのような、そんな不可思議な現象を。

 

「それで、俺がエテモンの腰の人形を取って――」

「もしや……いや……だが……」

「……聞いてないな」

 

 より正確に伝えたかったが故に、無い頭を一生懸命振り絞って話していた大成だったが、話し終えた彼が見たものは、ブツブツと呟いているウィザーモンの姿だった。

 まず間違いなくウィザーモンは最後の方はほとんど聞いていない。スティングモンとエクスブイモンの不可思議な現象が語られた時点で、また思考の迷路に潜り込んでいた。

 一方の大成は、語ることに一生懸命だったために、話を聞かなくなったウィザーモンに気付けなかったのである。

 

「おーい?もしもーし?」

「……むぅ。状況的に……ジョグ……いや、だが……早計な気……」

「またか……」

 

 ウィザーモンがこうなるのは何回か見たことがあるために、流石に大成としても慣れてきていた。だが、慣れてきているとはいえ、こうなられると手持ち無沙汰で仕方なくなるから止めて欲しい大成である。

 まあ、この癖とも病気ともとれる状態にウィザーモンがなることは、そう簡単に治るようなものではないことを大成は知っている。諦めてウィザーモンの復帰を待つこと十数分。大成が眠くなってきた頃に、ようやくウィザーモンは復帰したのだった。

 

「ふむ。にわかには信じられないが……」

「ふわ……」

「何を欠伸してるんだ」

「いや、だって長いんだよ。もっと早く戻って来い」

「こちらとて考察してたんだ。無理言うな」

 

 少し気を使ってくれるだけでだいぶ違う。少なくとも無理じゃない。とそう思った大成であるが、口には出さなかった。早いところ話を先に進めて欲しかったからである。

 

「しかし……ふむ。興味深いな」

「だから、はっきり言ってくれよ」

「君が目撃したのは、“ジョグレス進化”の前兆かもしれない」

「“ジョグレス進化”?」

「ああ。前例の少ない進化だ。異なる二種のデジモンによって行われる……融合や合体といった概念に近い進化だな」

 

 ジョグレス進化の概要は、だいたいはウィザーモンの言った通りのものである。異なる二種類のデジモンが、互いの足りない部分を補い合い、混ざり合い、一体のデジモンとして進化する。正に融合進化や合体進化という名前が付きそうな進化方法である。

 とはいえ、ジョグレス進化には、そのデジモンたちに相応の相性が必要であったり、そのデジモンたちが信頼し合っている必要があったり、とさまざまな達成困難な条件が存在する。しかも、その条件すべてがわかっているわけでもない。

 だからこそ、難易度は普通の進化よりもずっと上であるし、そのせいで前例も少ない。進化の条件を探るなどという酔狂な者など、この街の研究者以外でいるはずもないし、普通の進化とは違って偶然起こるような進化でもない。

 そんなわけもあって、ジョグレス進化は知る者もあまりいないマイナーな進化であったりするのだ。

 

「へぇ……アーマー進化以外にもそんな進化があるのか」

「最初に確認されたのは……太古の戦争時代だな」

「戦争?」

「ああ。文献が少ないから、戦争自体についての詳しいことは未だわかっていないのだが……その部分だけはどの文献にもはっきりと記されている」

「そんなに!?」

「それによると善を願う者たちの強い意思によって、二体の究極体デジモンが交わって一体の聖騎士デジモンへと変わったそうだ」

 

 終わり無き戦争。それは正に悪の具現。

 善を願う者たちが祈りを捧げし時。

 始祖たる聖騎士が応えん。

 かの聖騎士の想いを継ぎて今。新たなる世代の聖騎士が生まれん。

 其の騎士。正に竜人と機狼の勇気と友情。そして善の具現なり。

 

「細部は異なれど、だいたいこんな文が記されている」

「はー……なかなか壮大だなー……」

「これの続きに未来における始祖たる聖騎士の復活の一文が記されていたりするのだがね。始祖たる聖騎士が何者なのかはわかってはいないのが現状だ」

「あれ?……究極体と究極体がジョグレス進化?……え?究極体の上があるのか?」

 

 それは、大成でなくとも抱いた疑問だろう。デジモンの成長段階は究極体が最高のはずだ。そして、基本的には上の成長段階へと進むのが進化だ。それはジョグレス進化でも違わない。

 だが、この最初のジョグレス進化では、究極体同士がジョグレス進化している。大成でなくとも混乱するだろう。このある意味矛盾した進化をした結果は、究極体のままなのか、それとも究極体の上にはまだ何かあるのか。

 

「ふむ……まあ、前例は希を通り越すレベルだからな。研究者の間でも正式には決めてはいない」

「あ、そうなの?」

「ああ。そもそも最古の究極体たちは、当時では超完全体などと呼ばれていたほどだ」

「超完全体って……」

「今も似たようなものだな。究極体がいくら進化しようと究極体は究極体だという説。とりあえず超究極体と言っておけばいいとする説。いろいろある」

「……」

 

 大成は、自分の頬が引き攣っているのを感じていた。まあ、そんな大成の気持ちも理解できなくもないだろう。微妙というか、適当なのだ。名前の付け方というか、その他諸々。

 もっと格好いい名前をつければいいのに、とそう思う大成。だが、人間の世界でもだいたいはこんなものである。

 かっこよさげな横文字の名前も、和訳すると途端にシンプル過ぎて微妙に思える。それと似たようなものだ。

 まあ、究極体まで進化できる者が少ないのも、この論議を微妙にさせている一因であるのかもしれない。

 

「この騎士こそが、かのロイヤルナイツの一人。オメガモンではないか、というのが学者の間の通説だな」

「ロイヤルナイツ?」

「ああ。この世界を守護する十三体のデジモンたち……まぁ、今はその全員が現存していないという噂だがね」

「はっきりしないなー」

「仕方ないだろう。もはや伝説の中にのみその名を残しているかと思えば、五年前に生き残りが現れたこともあったのだ」

「ってことは、生き残りがいるかもしれないってことか?」

「ああ。まぁ、可能性は僅かだろうがな」

 

 ロイヤルナイツとは、例外を除いてその全員が究極体。

 しかも、この世界でもトップクラスの力を持っていた者たちで構成されていた集団だ。例え、同じ究極体であっても、彼らには及ばない。それほどまでの強さを誇っていた――という噂である。ウィザーモンの言う通り、今は伝承の中にのみ存在する者たちであるため、噂ばかりが先行している状態になってしまっている。

 とはいえ、ロイヤルナイツという組織が何度も世界を救ったという伝承は幾つも伝わっていて、それだけでも彼らの凄さの一端を垣間見ることはできるだろう。

 

「オメガモン、ねぇ……」

「話がズレたな」

「ズレたっていうか、ズラされたというか……」

「揚げ足を取るな。話を戻すと、だ。君たちの間に起こった出来事をジョグレス進化だと仮定するならば……」

「なんで仮定なんだよ?」

「僕は実際その場を見ていない。それに、君の証言だけでは証拠としては不十分だからだ」

「……」

 

 ノリノリで解説してくれた割には、ウィザーモンは結構あっさりとしている。というか、酷い言い草である。

 まあ、言っていることはわかるが、それでも目の前で冷静に突きつけられると、大成としても少しイラッとしてしまう。

 ウィザーモンはもう少しオブラートに包むことを覚えるべきであるが、この調子ではきっと難しいだろう。言いたいことをはっきりと言う。知りたいことは、はっきりと知る。それがウィザーモンだからだ。

 

「ともかく。君は彼らの様子を見ていてくれ。何か変わったことがあれば、逐一教えてくれたまえ」

「えー……面倒くさ」

「あと優希にも言っておいてくれないか?能力制御は結構だが、仕事もしてくれと」

「ああ……ニート化してるもんな」

 

 そう。ここ最近の優希は、自分の能力制御のトレーニングのためにあまりウィザーモンが斡旋する仕事を受けていない。仕事をしているのは大成ばかりだ。

 まあ、ウィザーモンとしては、仕事などよりも能力制御のトレーニングをしてくれた方が研究のしがいがある為に嬉しいのだが――ちょうど良いことに、優希に任せたい仕事もあるのだ。機械里の時と同じ、経験を積ませることが目的にもできる仕事が。

 

「ふふふ……優希がどこまで行けるか。楽しみだな」

「……なんか、ウィザーモンが悪役に見えるな」

 

 ちなみに、この時。優希は得体の知れない悪寒を感じていた。その悪寒の正体を優希が知るのは、もう少し先のことである。

 ウィザーモンによって、優希が苦労する未来を容易に予想することができた大成。とりあえず、優希に合掌しておいて、大成はウィザーモンの部屋から出て行く。

 この時の大成は、自分も巻き込まれることに気づいていなかった。

 




というわけで、第四十九話。
ここから第五章が始まります!

さて、次回は依頼の前のあれこれです。

また、感想やら評価やらその他諸々は随時お待ちしております。
それでは、第五章以降もよろしくお願いします!



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第五十話~魔女の到来は不穏の幕開け~

 学術院の街から少し離れた荒野地帯。

 そこで、二体のデジモンが激しくぶつかり合っていた。片方のデジモンは一撃を重視したような、パワースタイルを貫いていて、もう片方のデジモンはリズムを刻むかのような、それこそ“蝶のように舞い蜂のように刺す”スタイルである。

 前者のデジモンはエクスブイモンで、後者のデジモンはスティングモンだ。彼らは今、お互いを高め合うために、模擬戦闘をしているところなのである。

 

「ぬぉおおおお!あったれぇー!」

「……ふ!……!」

「っくそぉおおお!」

 

 しかも、ちょうどいいことに両者の実力は拮抗している。

 自分の実力を上げるためには、確かに格上と戦うことも大事だ。だが、お互いに抜き抜かれの関係になるような――いわゆるライバルと言える関係になれるような、そんな実力の拮抗した相手と戦うことも同じくらい大事であるのだ。

 だからこそ、彼らの師匠とも言えるスレイヤードラモンは、二人を戦わせているのである。

 

「はっ……はっ……」

「おら、どうした?その程度か!?」

「うぬぅ……まだまだですぞ!」

「よし!その意気だ!」

 

 そして、スティングモンたち二人を戦わせている傍で、当のスレイヤードラモンはレオルモンの方を鍛えていた。

 まあ、レオルモンは戦う相手がいないので、必然的にスレイヤードラモンが相手をしている――のだが、スティングモンたちと比べて難易度が段違いな気がするのは、きっと気のせいだろう。

 とはいえ。格上と戦い続きのレオルモンは、そろそろ体力の限界が訪れそうだった。だが、彼自身はまだまだやる気のようである。ボロボロであるのに、流石の根性と言うべきか。

 そんなレオルモンを見て、スレイヤードラモンはさらに過激に攻める。手を緩めるなど、もってのほかだと思ったのだ。

 まあ、こんな感じで今日のトレーニングは過ぎていき――。

 

「ぜっは……ぜー……はー……」

「よし、今日はここまでか」

 

 日が暮れる頃には、レオルモンは死に体だった。流石に、実力が桁外れの相手と戦い続けていて、それで体力が残るなんてことはなかった。

 一歩間違えば虐待クラスのトレーニングではあるが、レオルモンは文句を言うつもりはない。どちらかといえば、どんとこい、という感じになっている。それほどまでに、レオルモンは強くなりたいのだ。

 死に体のレオルモンの横で、息一つ乱れていないスレイヤードラモン。そんなスレイヤードラモンに、僅かばかりの理不尽な思いを抱いたレオルモンだった。

 

「ぬがぁああああ!なんで勝ち越せないんだよ!」

「っく!勝ち越せませんでした……」

 

 そして、そんなレオルモンとは反対的に、スティングモンとエクスブイモンの二人は、一日中戦っていたというのに体力が有り余っているという感じなほど、テンションが高い。

 まあ、実際は有り余っているのではなく、テンションが高すぎて体力の限界に気づいていないだけなのだが――それはつまり、二人は体力の限界に気づけないほど、模擬戦闘に白熱していたということなのである。

 二人の勝敗は、十勝十敗十分。どこからどう見ても、引き分けとしか言いようがない結果である。

 機械里のリベンジを果たしたかったエクスブイモン。大成のパートナーは自分だけだと、力の差を示すつもりだったスティングモン。

 二人が二人、それぞれの想いを持って今回の模擬戦闘を望んだわけではあるが、二人ともその想いを果たすことはできなかったようである。

 

「くそぅ……!もう1ラウンド行くぞ!」

「……望むところです!」

 

 このままでは、二人とも引き下がれない。

 だからこそ、決着をつけるべく、二人はもうひと勝負しようとして――。

 

「いや、ダメに決まってんだろ」

「ぐはっ!」

「がっ……!」

 

 スレイヤードラモンに小突かれた。まあ、ただの小突きとはいえ、スレイヤードラモンほどの力を持った者にやられたのならば、それは相当な衝撃となる。

 それによってのダメージはほとんどなかったとはいえ、衝撃を受けた二人はよろめき、地面に倒れ込んでしまった。

 

「……スレイヤードラモンさん!?」

「ちょっと、待ってくれよ!今コイツと……!」

「いや、お前らそんな体力ねぇだろ」

「え?」

「あれ?」

「無理すんな。自分の限界くらい知っとけよ」

 

 呆れたように言うスレイヤードラモンの前で、一生懸命立とうとしているスティングモンたち二人。だが、二人が立ち上がることはなかった。彼らは、彼ら自身が思っていた以上に疲れていたのである。

 これではもうひと勝負どころの話ではないだろう。というか、レオルモンを含めた三人が立てるほどの回復を待っていたら、きっと夜遅くになってしまう。

 そんな彼らの様子を見て、「もう少し加減すれば良かったかな」と、思ってもいないことを呟いたスレイヤードラモン。溜め息を吐いた彼は、未だ体力の回復に四苦八苦しているスティングモンたち三人を半ば雑に抱えて、学術院の街と帰っていくのだった。

 

「手数をおかけしますな……」

「いや、いいよ。途中で放り出すのは好きじゃない」

「くそっ……今度は絶対にオレが勝つぞ!」

「負けません!」

「……元気ですな」

 

 スレイヤードラモンの速さならば、学術院の街まであっという間だ。

 レオルモンが呆れたようにポツリと呟いた頃には、もう学術院の街にたどり着いていた。とはいえ、約二名ほどは、街にたどり着いたことにも気づいていなかったのだが。

 まあ、あのスティングモンがムキになっているというこの光景は、ちょっと前なら考えられなかったような光景だ。まず間違いなくエクスブイモンが来たことが原因だろう。

 スレイヤードラモンもレオルモンも、具体的に何があったのか知らないが――この変化は、きっとスティングモンにとって良いことである、とは思っていた。

 

「つーかお前ら、ずっとスレイヤードラモンさんに師事してたんだな……羨ましいことのこの上ないぜ」

「やはりスレイヤードラモン殿は有名なのですな……」

「まぁ、いろいろやらかしてるからなー」

「やっぱお前らに着いて来て正解だったな!まさかスレイヤードラモンさんと会えるとは思わなかったし、稽古つけてくれるとも思わなかったしな!」

「ま、そんな大層なことはして……ん?ほら、もう自分たちで歩けるだろ」

 

 そう言ったスレイヤードラモンは、スティングモンたちを地面に下ろす。

 実にいきなりではあったが、スレイヤードラモンの視線の先には、大成と優希がいた。どうやら二人は、今家に帰るようだ。

 ちょうどいいタイミングで帰宅が重なったから、一緒に帰れ的な意味でスレイヤードラモンは彼らを下ろしたのだろう。

 地味な気遣いであるが、ありがたいことだ。そんなスレイヤードラモンに礼を言って、レオルモンたちは自分のパートナーの下へと駆けていく。

 

「お嬢様!」

「セバス?今帰り?」

「よう、イモ。エクスブイモンも!」

「っていうか、気になってたんだけど、そのイモってなんだ?」

「こいつの進化前がワームモンで、イモムシみたいだったから」

 

 それぞれがそれぞれのパートナーと話して、帰路につく。

 別に羨ましいわけではないが、ほんの少しだけいつかの日々を思い出して懐かしくなったスレイヤードラモン。彼はひとり、今の自分の住処へと帰るのだった。

 一方で、数分後に家へと着いた大成たちは、各々がリビングでリラックスしていた。まあ、リラックスしているとはいっても、座ってボーっとしているだけなのだが――ゲームがないのは仕方がないが、テレビくらいは欲しいと思った大成である。

 まあ、例えテレビがあろうと、テレビ局がないこの世界では面白い番組などやっているはずもない。

 

「今日いくら探してもドルが見つからなかったのよね」

「そうなのですか?」

「ドル?誰だ?」

「ドルモンってやつ。ああ、そうだ。ドルはこの街にいないらしいぞ。旅人とリュウを殴るために修行してくるとかなんとか……」

「何それ。なんでそんなことになってる……ああ」

 

 ドルモンの残した言葉に、一瞬だけ疑問を抱いた優希だったが、あくまで一瞬だけだった。優希も大成も知っているのだ。

 旅人が一人で()()()この街から旅立った次の日のドルモンの荒れ様を。

 あの時のドルモンのことを思い出せば、むしろ納得である。まあ、それでもスレイヤードラモンがそこに入っている理由はわからなかったのだが。

 ともあれ、ドルモンがいなければ、優希は自分の能力制御訓練ができない。ドルモン以外で、訓練に頼れる相手に、優希は心当たりがないのだ。

 本格的にどうするか……と優希が考え始めていたその時。大成は、ウィザーモンから言われた言葉を思い出していた。

 

「ああ。優希。なんか、ウィザーモンが頼みたい仕事があるらしいぞ」

「え?わかった……けど、何その顔?はっきり言って気持ち悪いわよ?」

「大成って顔が変になるんだな」

「自分の顔くらいは把握するべきですぞ」

「大成さん……フォローできないです……」

「みんなひどくね!?」

 

 まあ、そんな大成の顔はともかくとして。

 能力制御の訓練も大事ではあるが、仕事も十分大事なことだ。とりあえず、明日は朝一でウィザーモンのところに行くことにした優希だった。

 ちなみに。その結果、優希は後悔することになるのだが、それはこの時の優希には知らぬことだった。

 その後。大成はともかく、デジモン組と優希は一日中動いていて疲れていたこともあって、簡単な食事をした後は全員さっさと眠ることにした。だが、時刻的にはまだ九時にもなっていない。実に健康的というか、健康的すぎる生活だった。

 そんなこんなで――翌朝。

 

「あれ、優希は……?」

「優希さんならさっさとウィザーモンの所に行きましたよ?」

「今日の訓練は昼からだったな。……よし!昼になるまで昨日の続きだ!イモ!」

「イモと呼ばないでください!」

「はっ!オレに勝てたらやめてやる!」

「朝から元気だなー」

 

 まだ朝っぱらだというのに、もうスティングモンとエクスブイモンはやる気である。朝から血気盛んなことだ。

 眠い目を擦りながら、大成は呆れた様子で、されど朝だというのに元気な二人を羨ましそうに見るのだった。

 

「ほわ……まあ、先に飯食うか。おーい、朝飯はー?」

「食べます!これが終わってから!」

「食う!これが片付いたら!」

「仲良きことは良きことかな……うんうん。良いことだ!昨日の敵はいつまでも友!」

 

 どこぞのゲームのキャラのセリフを呟きながら、大成は朝食を口に運ぶ。今日の朝食は、手軽な朝食としての代表格。サンドイッチだった。

 まあ、サンドイッチといっても、日本で見られるような形の整ったものではない。形がバラバラながらも、それなりに近い大きさのパン同士で、野菜と肉を強引に挟んだ代物だ。一見すると雑すぎるが、まぁ仕方ない。

 ちなみにだが、この世界で食べることができる肉が何の肉なのか、大成は知らない。デジモンの肉ではないだろう。きっと。もしそうだとしたら、食べづらいことこの上ない。

 

「げふ……ちょっと食べ過ぎたな……」

 

 ともあれ、肉や野菜が人間世界の物と違おうと、安定して食べられるのは良いことである。この世界に来たばかりのことを思えば、余計にそう思えるだろう。

 そんなこんなで、朝食を食べ終わった大成は、満足感に浸りながら外を見る。そこには、相変わらず互角の勝負をするスティングモンたちの姿があった。

 スティングモンたちはこの後すぐに朝食にするつもりだろうか。戦闘という名の運動をした後すぐに。

 どうでもいいことだったが、少しだけ気になった大成だった。

 

「っく!また引き分け……!」

「おー……やっと終わったか。っていうか、エクスブイモンすげぇな。かっこいいぜ!腹からレーザー!」

「変な名前つけんな!エクスレイザーだ!」

「いや、似たようなもんじゃねぇか!」

「大成さん、僕の方はどうですか?」

「いや、カッコイイけどなんか、地味」

「かっこいい!って……地味……?」

 

 喜んだり、落ち込んだり、と忙しいスティングモン。彼としてはエクスブイモンと同じように大成に賞賛して欲しかったのだが、残念ながらそれは叶わなかった。

 パワーファイターであるエクスブイモンの技は、とにかく見た目のインパクトの大きい技が多い。それこそ、その見た目を重視する大成が惹かれるのも仕方ないことだった。

 まあ、スティングモンの方も大成は褒めているといえば褒めている。その後に余計な単語がついていたが――これは大成の感性による問題なので、スティングモンも諦めるしかないだろう。

 

「うぐぐ……」

「なんかさ、イモの奴に凄い睨まれてんだけど……」

「知らねぇよ。さて、腹減ったなー」

 

 そんな朝の一幕であった。

 だが、こんなある意味平穏とした朝の時間も、数十分後には終わりを告げることになる。

 平穏は、いつだって不穏の到来と共に終わりを告げる。言い換えれば、いつだって平穏が終わる時は、新たな局面や事件の到来だ。それは、今日という日も例外ではない。

 平穏な朝に出て行った者が、不穏を引き連れて戻ってくることだって、ありうるのだから。

 そう。帰ってきたのは、朝早くにウィザーモンの下へと行った優希たち。だが、優希のその顔はどこか疲れているようにも見えた。

 

「ただいまー……すぐ出かける準備をして」

「……なぜに?」

「仕事」

 

 その一言で、大成は大まかに状況を把握する。というか、結構万能すぎる一言である。

 ともあれ、ゆっくりとできる朝は終わりを告げた。なら、後に始まることは、忙しい仕事でしかない。

 すぐに部屋に戻り、簡単な身支度をしている最中にも、大成はこの仕事に面倒そうな予感を感じていた。具体的に言えば、機械里の時と同じように、重要なのは優希で、自分は労働力目当てではないのか、という。昨日のウィザーモンとの会話が、その予感を助長させていた。

 もちろん、仕事であるからして、労働力目当てで働かされるのは当然なのだが――やはり優希だけ何かあって、自分はそのオマケというか、体よく扱われているだけでしかないというのは、大成に取って不満が貯まることのようである。

 

「はぁ……ま、優希のように目をつけられるのも嫌だけどな」

 

 ともあれ。優希のように、研究上の興味対象としてウィザーモンに目をつけられるのも、大成は嫌だった。優希を見ていればわかるが、大変では済まないのだ。ウィザーモンの研究興味対象として認識されると。

 いろいろと面倒な手伝いをしなければならないだろう。自分のいろいろなことが探られるのだろう。

 それを思うと、仕事くらいやってやると思う気になる大成だった。

 ちなみに、大成の中のウィザーモン像は、普段はマシだが、研究となるとゲームや漫画でよくあるようなマッドサイエンティストになる人物、である。あながち間違いではないのだが、どうも誤解している感があるのだった。

 そんなこんなで、身支度を済ませた大成はリビングに戻る。リビングは、なぜか奇妙な雰囲気となっていた。

 そんな雰囲気に首を傾げた大成は、その雰囲気の中心を探して――それは、すぐに見つけることができた。そこにいたのは大成の知らない一匹のデジモンで。

 

「……」

「お嬢様、大丈夫ですかな?」

「だ、大丈夫……」

「別にそんな固まらなくても、とって食やしないわよ」

 

 そのデジモンは、魔女のような格好をして箒に乗って宙を浮いているデジモンで、ウィッチモンと呼ばれる成熟期デジモンだった――。

 




という訳で、第五十話です。ウィッチモンの再登場回でしたね。まだ一度も喋ってませんが。

というわけで、次回はウィッチモンの依頼です。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第五十一話~レッツ!お掃除!~

 家を出た大成たちはウィッチモンに連れられて、学術院の街を歩いていた。

 優希とレオルモン以外は、ウィッチモンと初対面である。さらに、何故か優希はウィッチモンを苦手にしているということもあって――大成たちはウィッチモンに興味津々だ。

 そして、その地味に優希に距離を置かれているウィッチモンが言うには、今回の仕事はこの街の中で行う仕事らしい。前の機械里のように、遠くまで出向かなくていいということは、大成たちにとってもありがたいことだった。

 

「っていうか、ウィッチモンって随分と優希に嫌われてるんだな」

「嫌われてるのは間違いないけど、そういうよりは……苦手にされてるのよ。多分ね」

「苦手?どういうことなんですか?ウィッチモンさん」

 

 少し気難しそうな雰囲気を漂わせていたウィッチモンだったが、大成たちが話してみるとなかなかに話しやすかった。

 優希に苦手とされているウィッチモンだが、コミュニケーション能力に難がある訳ではない。彼女としても、会話をしてくれる大成たちの存在はありがたかった。

 理由は言わずもがな。レオルモンがいるとは言え、自分を苦手としているだろう優希と一緒にいるのは気まず過ぎて、御免被りたかったからだ。

 

「前に優希がこの街に来た時にやらかしちゃってね」

「……何を?」

「ちょっとね」

「怖ぇよ!」

 

 ニヤリ、と寒気がするような笑みを向けられれば、大成もそれ以上聞く気はなくなる。いや、大成だけでなく、スティングモンやエクスブイモンも同様の思いを抱いたのか、押し黙っていた。よほどウィッチモンの笑顔が怖かったらしい。

 ちなみに、ウィッチモンがその笑みを大成たちに向けた時、優希は何かを思い出したのか、ぶるりと体を震わせていたりする。

 

「まぁ、いいや。んじゃ、せっかくだし俺の――」

「嫌よ」

「まだ何も言ってないんだけど」

「なんとなくね」

 

 何がせっかくなのかはわからないが、大成お決まりのナンパ発言は、ウィッチモンの“なんとなく”という理由で、言い切ることもできずに即拒否された。

 拒否されることを半ば予想していた大成だったが、言い切らせてさえもらえないと傍から見ていて見ていて流石にちょっとかわいそうである。

 まあ、隣で優希たちやエクスブイモンが呆れていたり、何も動じていないようなスティングモンが内心でホッとしていたりしていたのだが――まあ、エクスブイモンがいること以外は、いつもの光景だった。

 

「……それで、今日の仕事はなんなのですかな?このままではお嬢様の精神衛生上よろしくないですのでな。なるべく早く終わらせたいのです」

「うーん……優希には悪いけど、結構長丁場になるわよ?下手すると数日かかるかも。運が良ければ一日もかからないだろうけどね」

「ってことは、優希は下手すりゃ苦手なウィッチモンと毎日顔を合わせることになるのか」

「っ!」

「お、お嬢様が涙目に!?」

 

 早く仕事を終わらせてウィッチモンと別れたい優希。

 対照的に、大成はもう少しこの状況が続いてもいいと思っていた。優希に知られれば、激怒されそうなことを考えている。

 だが、ウィッチモンといると、今涙目になっていることのように、大成のそれまで知らなかった優希の一面が見られるのだ。これが、なかなかに面白い。特に今の涙目の優希など、激レアもいいところである。大成としてはもう少しこの状況を楽しみたかった。

 まあ、今回は優希限定馬鹿(レオルモン)が、大好きな優希のためにいつも以上にやる気を出している。きっと大成が思うほどこの状況は長続きしないだろう。

 

「……で?仕事って何なんだよ?っていうか、オレまで手伝わせるのな」

「文句言わずに手伝いなさい。大成の関係者でしょ?」

「悪い、エクスブイモン……」

 

 家からオマケ扱いでここまで連れて来られたエクスブイモン。まあ、彼としては大成たちの仕事を手伝うというのには、若干の不満があるのだろう。

 エクスブイモンには大成たちの仕事を手伝う義務はないのだから。それでも律儀に手伝おうとするのは、機械里の一件のことがあるからだ。

 とはいえ。やるからには、中途半端なことをするつもりはエクスブイモンにはない。何気にレオルモンに次ぐくらいにはやる気が高いエクスブイモンだった。

 さらに、そんなエクスブイモンを見て、スティングモンも負けたくないとやる気を出し始めている。

 今日のデジモン組は、いつも以上にやる気があるようで、何よりだ。

 

「さて……さっきから横道にそれまくってるけど、今日の仕事内容言うわよ。しっかり聞いてなさい」

「……半分はウィッチモンが悪いと思うんだけどな」

「人の揚げ足を取らない!」

「大成殿、話が進みませぬ!少し黙っていてくれませぬか?」

「……扱い酷いな」

 

 ようやく本題である。

 先ほどから仕事内容を説明したかったというのに、いざ説明開始するまで予想以上に長くかかったと思うウィッチモン。とはいえ、それはウィッチモンだけが思っている訳でもない。ここにいる面々全員が思っていたことである。

 そんなこんなで。ごほん、と咳を一つしてウィッチモンは説明を始めるのだった。

 

「ま、簡単に言えば、汚物掃除よ」

「……」

 

 簡単どころか、一言で済んでいる。というか、汚物掃除。普通に考えれば、きっとトイレ掃除とか、ゴミ拾いだとか、その辺りだろう。もしくは、裏世界の云々という、どこぞの映画にありそうな方を想像するかもしれない。

 だが、大成だけは、その一言に嫌な予感を覚えていた。

 大成はゲーム時代に知っているのだ。やたらと進化しにくいくせに、ほぼ役に立たないほどの――その見た目からも、汚物、とそう言われるデジモンがいることを。

 

「別に心配しなくても、簡単な仕事よ。ほら、付いたわ。あそこの路地裏ね」

「……」

「行かないのですかな?」

「いや、汚物掃除するならさ、専用の装備とかあるじゃん?軍手とか、あのトイレのカポカポとか……」

「そんなものいらないわよ」

 

 もはや、大成の中で嫌な予感は確信に変わっていた。というか、その確信が外れていたとしても、大成は行きたくない。いくら大成でも、道具もなしに汚物掃除などしたくないのだ。

 まあ、どこぞの異世界の少年は、素手で汚物を何個も拾い集めた実績があったりするのだが――同じことを大成にやる度胸はなかった。

 ともあれ。早く行け、と目線で急かすウィッチモンを前にして、「じゃあ、お前が先に行けよ」と言いたかった大成だった。

 

「行きますぞ」

「……はぁ」

「お、お嬢様、そんな顔をせずとも!このセバスが行ってまいります!」

「……いいよ。行くから……仕事だしね」

 

 勇気を出してレオルモンは路地裏へと突き進んでいく。先陣を勇ましく歩いて行くレオルモンに勇気づけられて、その後を大成と優希は着いて行ったのだった。

 

「オレらは入れねぇな」

「二人はここで待ってて。……逃さないようにね」

「……?」

 

 ちなみに。場所が狭い路地裏だったために、スティングモンとエクスブイモンはその場で待機となっている。ウィッチモンがこっそりと二人に言った、“逃さないようにね”という部分に首を傾げた二人だった。

 ともあれ、安全圏に残るそんな二人を恨めしく思った大成である。

 そんなこんなで、路地裏を進んでいった先にあった光景は――。

 

「……あれ?」

 

 大成の予想に反して、ただ汚いだけの光景だった。その光景に、構えていた大成は拍子抜けする。

 いや、まあ、そうは言っても大成の予想に反しているだけで、そこは相当汚い。そして、臭い。誰のものかもわからない糞や腐りかけの生ゴミがそこら中に落ちている。

 もしここが人間の世界であったのならば、異臭や汚染の環境問題として取り上げられそうなレベルだ。

 

「これを片付ければいいのか?」

「正しくはこれ()、ね。……はい、袋」

「だから、専用の道具を用意しろって……!」

 

 ウィッチモンの引っかかる言い方に再度嫌な予感を覚え始めた大成だが、その予感は、次いで湧き上がった不満と怒りによって押し流されていった。

 まあ、不満もするだろうし、怒りもするだろう。これから見渡す限りの生ゴミや糞を片付けるというのに、渡されたのが大きめのゴミ袋一枚だったのならば。

 優希など、引き攣った表情のままに固まっている。やはり、年頃の女の子に素手とゴミ袋で汚物掃除はキツイということだろう――まあ、女の子でなくても、こんなのは誰だって嫌だが。

 

「お、お嬢様はお戻りくださいませ!ここはこのセバスが!」

「……」

「いいなー……優希は。セバスがいて。アイツらなんてここまで来てさえないもんなー」

 

 優希に汚物を触らせまいと、自ら汚物に触れ、ゴミ袋に押し込めるレオルモン。実に健気である。

 そんなレオルモンをパートナーに持つ優希が、今この瞬間だけ心底羨ましくなった大成だった。

 とはいえ、このまま突っ立っていても、仕事は終わらない。レオルモンが頑張っているから、彼にすべて任せたくはあるが、そうは問屋が下ろさないだろう。

 溜め息を吐いた大成は、ゴミ袋を駆使しながら、なるべく汚物に触れないように掃除を進めていったのだった。

 

「……優希も手伝ってくれよ」

「大成殿!自分が頑張るので、お嬢様はさせずともいいのです!流石にこれは……」

「だ、大丈夫。やる……から……」

 

 とはいえ、ここまで来てレオルモンや大成に任せっきりというのは、優希も嫌だったらしい。頬を引き攣らせたままに、大成のやり方の真似をするようにして掃除を始めた。

 まあ、掃除を始めたとはいっても、彼女の掃除する速さは、レオルモンにも大成にも及んでいない。ほとんど戦力に数えられないというか、この場が狭い路地裏であることを踏まえればいない方がマシなレベルだった。

 そうして、数分後。未だ終わりの見えない汚物地獄の中で、掃除するでもなく、箒に乗って宙に浮いていたウィッチモンは一人呟く。

 

「そろそろね」

「……いや、まだまだだろ」

「いや、そろそろよ」

「いやいや、まだだって。っていうか、ウィッチモンも手伝ってくれよ。優希だって、頑張ってるんだぞ」

「嫌よ。それに私がそっちに行ったら、今以上に優希が使い物にならなくなるわよ」

「……そのままでいてください」

 

 確かに、全然役には立っていないとはいえ、今の優希が動いていられるのは、ウィッチモンがそれなりの高さの場所にいるからだ。具体的は、地面から四メートルくらい。

 ウィッチモンが近くにいると、優希がポンコツになることは確認済み。つまり、ウィッチモンが地面に降り立てば、ただでさえ役立たず気味な優希が、本当に役立たずになってしまうのである。

 こうも、大変な仕事の時に限って、誰かにいろいろと事情があるというのは、地味に勘弁してほしいと思う大成だった。

 

「あ、だったら、その箒を貸してく――」

「殺すわよ?」

「……ごめんなさい」

 

 口は災いの元とはよく言ったものである。

 大成は、軽々しく冗談を言ってしまったことを本気で後悔していた。それほどまでに、ウィッチモンは怖かった。本気で殺されるかと思えたのだ。

 

「さて、冗談はこれくらいにして」

「絶対本気だったって……」

「本命が来たわね」

 

 本命。そのウィッチモンの言葉に、大成は頬を引き攣らせた。

 この掃除以外にもまだ何かあるのか、と。次こそはアレが来るのではないのか、と。

 残念ながら、大成のその外れて欲しかった予感は、現実ものとなってしまった。

 直後。上空から何かが落ちてきた。空を飛んでいたウィッチモンはともかくとして、優希も大成も、思ってもみなかった方向から来たソレを発見することなどできなかった。いや、大成たちだけでなく、レオルモンもだ。彼もこの汚物の中で鼻が自由に利かず、気づけなかった。

 ともかく。彼らがそれに気づくことができたのは――なんというか、それを頭から被ってしまった後だった。

 

「……」

「……」

「……」

 

 沈黙。自分の今の状況を確認した三人の間にあったのは、痛々しいほどの沈黙。

 大成も、優希も、レオルモンも。全員がこそ思いがけない事態に、頬が引き攣ることも、嫌そうな顔をすることもなく――ただ、無表情で黙ることしかできなかったのである。

 というか、半ば放心状態で現実逃避している。まあ、それも仕方ないだろう。今の大成たちの姿は、それほどのもの。

 誰もが現実逃避すること請け合いの――頭の先から足の先まで、体中がすべて糞まみれとなっていたのだから。

 

「あっはっはー!見ろよぉー相棒!あいつらまともに食らいやがったぜ!」

「うがー?」

「おい、聞いてんのか?相棒!」

「うがー!」

「そうだよ!おれたちの住処を荒らす者たちに正義の鉄槌をしてやったんだよ!」

「うが!」

 

 この状況の原因は、大成たちの頭上、この路地裏を形成している建物の屋上にいた。ご丁寧に、大成たちに聞こえるような大声で、大成たちを嘲笑っている。

 姿は見えないが、やってくれたものである。現実逃避もそこそこに、大成は頭に来ていた。確かに仕事は汚物掃除だった。だが、ピンク色の糞にまみれ、鼻が曲がるような異臭を自分から発するようになる仕事を、大成は受けた覚えはない。

 絶対にボコボコにする。黒い思いをその胸の内に滾らせながら、大成はふと優希を見て――。

 

「……あの、優希さん?」

「……」

 

 その瞬間に、その胸の内に滾らせた思いは消滅することとなった。

 まあ、ありていに言えば――優希はキレていたのだ。その恐ろしさは、優希相手だというのに、思わず大成が敬語を使ってしまったほど。

 優希と付き合いの長いレオルモンですら、優希のこの状態に驚き、目を見開いて固まっている。

 

「お、おい!セバス!何とかしろ!」

「む、無理だ!ああなった優希は……!」

 

 思わず素が出てしまうほど、そしてそんなレオルモンに気付けないほど、大成とレオルモンは焦っていた。

 だが、その当の優希はそんな二人を気にした様子はない。未だ黙ったままだ。それが、二人にはなおのこと恐ろしかった。

 

「セバス」

「りょ、了解!」

 

 抑揚のない平坦な優希の声。だが、それだけに恐ろしさを助長させる。

 逆らう、意見をする、そんな選択肢などレオルモンの中にはない。直後、レオルモンは糞まみれの体を引きずって、壁を走るかのような要領で上へと登っていく。

 そんなレオルモンが、建物の屋上にたどり着いた先で見たのは、スティングモンとエクスブイモン、そしてウィッチモンが二体の奇妙なデジモンを追いつめている光景だった。

 

「これは……」

「あら、来たの?」

「ええ、ゆ……お嬢様に言われて」

 

 正しくは、脅されてであるが、そこは優希のためにも言わなかったレオルモンである。

 まあ、ウィッチモンにはなんとなくだがわかっていたのだが。

 

「そう……優希には悪いことしちゃったわね」

「知ってたのなら、言ってくだされば……」

「まさか、こいつらがこんな強行な手を使うとは思わなかったのよ。基本狡賢いから」

 

 そう言ってウィッチモンが指したのは、三体の成熟期デジモンに囲まれ、ぶるぶると震え上がっている二体のデジモンだ。

 まるで金色のウ○チのような外見のデジモンとやせ気味のネズミのようなデジモン。それぞれ、成熟期のスカモンと成長期のチューモンである。

 彼らの戦闘能力はないに等しい。だから、このメンツで取り囲むのはいっそ過剰なのだが――。

 

「っく!おれたちが何をしたんだよぉー!」

「うがー?」

「とりあえず、通行人や街中を糞まみれにして困らせるなどね」

「別にいいじゃんかぁー!」

 

 片割れであるチューモンは、悪知恵が回る。今までにも、取り囲んだのに逃げられたという報告がいくつもある。だから、これは過剰くらいがちょうどいいのである。

 

「うがー?」

「相棒は悪くねぇ!全部おれが悪いんだ!」

「そうね。どうせまたスカモンを誑かしたんでしょ」

「人聞き悪いこと言うな!おれと相棒は親友なんだー!お前らはいつもそうだ!おれと相棒の中を疑って!くそぉー!馬鹿にしやがってぇー!」

 

 そう叫びながらチューモンは、明後日の方向に走って行こうとしている。どさくさに紛れて逃げ出そうとする気なのだろう。もはや、悪知恵とも呼べないほど浅はかな行動だ。

 当然、そんな行為が許されるわけもなく――。

 

「ふべっ!?」

「どこに行くのかしらね?相棒がどうなってもいいの?」

「うが……」

「てっ……卑怯だぞ!」

 

 チューモンは、一瞬でウィッチモンに捕まえられることとなる。

 しかも、今度は逃げられないように、ウィッチモンがどこからか取り出したロープと布で簀巻きにされてしまった。これではもうどうすることもできないだろう。

 そんな感じで、スカモンの方もウィッチモンによってあえなく御用となった。

 どうでもいいが、今回、スティングモンたちは何もしていない。スティングモンたちとしても、勇んでこの屋上にやって来たレオルモンとしても、どこか釈然としない終わり方である。

 

「ありがとね。これで仕事はおしまいよ」

「え?」

「近々もう一回別件の仕事を頼みに行くから」

「いや……」

「それじゃね」

「待っ……」

「行っちゃいましたね」

 

 そんなレオルモンたちを無視して、矢継ぎ早に言葉を発したウィッチモンはチューモンとスカモンを連れて去って行く。

 後に残ったのは、レオルモンたちだけであるが――彼らにはどうしても、ウィッチモンは優希や大成を囮として頼っていたようにしか見えなかった。

 真実はウィッチモンのみが知るが――きっと、あながち間違いでもないだろう。

 




というわけで、第五十一話。
大成たちが糞まみれになるだけの話でした。
ちなみに、この後のスカモンとチューモンは、糞を駆使した世紀の大脱走を試みるのですが、成功したかどうかは……。
彼らの再登場は、この脱獄にかかっていたりもします。

さて、それはともかく次回。
次回は、前もって予告してあった、新キャラのような既存キャラの登場。
何気に第五章のメインとなる人物です。

それでは、次回もよろしくお願いします。


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第五十二話~再会して、はじめまして~

 汚物掃除から一日経って。

 大成と優希は、家のリビングでぐったりとしていた。

 まあ、昨日の疲れが抜けていないのである。今の大成たちに残っている疲れは、肉体的な疲れではなく、精神的な疲れ。肉体的には全快しているが、昨日の糞まみれが思った以上に大きなダメージとして大成たちの中に残っていたのである。

 

「なんか、まだ臭う気がする……」

「気のせいだろー……」

 

 すんすん、と自分の腕の臭いを嗅ぎながら、顔を顰める優希。どうやら、あれから機嫌自体は治ったようである。

 ともあれ。大成も優希も、今日は何もしたくなかった。幸い、今日は何もしなくてもいい、と今朝方直々にやって来たウィザーモンに言われていた。

 その時のウィザーモンの大成たちを見る目は、やたらと憐れむような目だったのだが――それはともかくとして。

 ゆえに、今日はウィザーモンのその言葉に甘えて、大成たちは家でゆっくりしているのである。

 

「やっぱり、もう一度シャワー浴びてこようかな……」

「何度目だよ。気のせいだって言ってるだろ。もう忘れろ」

「大成だって昨日は何度も浴びてたじゃない」

「もう忘れさせてくれ……」

 

 ひたすら気になっている優希とひたすら話題に出させまいとする大成。会話と行為を見ると、正反対の行いを二人はしているように見えるが、根っこにある思いは二人とも同じである。すなわち、早急に昨日のことを忘れたい。これに限る。

 ともあれ、その思いが実となって結ばれるのはだいぶ先になるということを、この時の二人には知る由もなかったのだが。

 そんなこんなで、今日は誰にも会わずに一日を終えたい二人。だが、そうは問屋がおろさなかった。このリビングに、ノックの音が響き渡ったのだ。

 それはつまり、誰かがこの家に来たということで――。

 

「……くそ」

「……はぁ」

 

 誰にも会わずに今日を終えたいという、大成たちの願いは叶わなかったということで。

 ノックは依然として鳴り響いている。どちらかが応対に出なければならないだろう。だが、片方の大成は動こうとする気配がない。もう片方の優希も、さすがに今日は人前に出たくなかった。

 だというのなら、やることは決まっている。

 

「じゃんけん――!」

「ジャンケン――!」

 

 つまり、勝負によってこの安寧を確保する。

 相手を応対に行かせるために、そして自分がここに残るために。

 二人が決めたのは、簡単な勝負の王道。ジャンケンだった。

 ぽん、と。一瞬後、二人が出した手は、二人ともグーだった。負けたくないという思いがそうさせるのか。二人だけでのジャンケンだというのに、あいこが何度も続いていた。

 まあ、はっきり言って、そうこうしている間に行けよ、という話である。こんなことをしていたら、帰られても仕方がない。

 だが、来た客はまだいるようだ。長く無視されているというのに。そのことからしても、この客にはどうやらよほど用があるらしかった。

 

「あいこでしょ!しょ!しょ!しょ!」

「しょ!しょ!しょ!」

「……よっしゃー!」

「……っく!」

 

 そして、数分に渡る壮絶なジャンケンの結果。勝利と運の女神が微笑んだのは、大成だった。

 負けた優希は、恨めしそうな雰囲気を漂わせながらも、文句も言わずそのまま玄関へと向かっていく。

 勝った大成はご満悦だ。やったのはジャンケンとはいえ、いつもの運の悪さではありえないほど、今日の大成はツイているようにも見える。

 大成自身も、自分の運の良さに何かあるのではないかと疑ってしまったくらいだ。

 まあ、大成がそう疑ってしまうのも仕方がない。少し意味合いは違うが、世の中のうまい話には裏がある、という言葉もある。

 だが、本当にその通りで――運が良ければ、運が悪いこともある。本当に、世の中は釣り合いが取れているものだ。

 

「大成、お客さんよ」

「え……俺に?誰?」

「知らない人ね。少なくとも私は見たことがないわ」

 

 玄関からこのリビングに戻ってきた優希は、自分の見知らぬ誰かが大成を訪ねてきたと言う。だが、そもそも優希と大成は行動を共にしているため、優希の知らない人物で大成の知っている人物など、大幅に限られる。

 そのことを踏まえたうえでしばらく考えた大成は――全く心当たりが思いつかなかった。何回考えても、どうしても思いつかなかった。

 だからこそ、優希の言葉に疑問を覚えるしかなかったのだが。

 

「全く心当たりがない……で?その人は玄関にいるのか?」

「……いや、もういるわよ」

「え!?」

 

 もうここにいる。そう言った優希は、手招きする。優希は、前もって客人()()をこの部屋の前まで連れてきていたのである。

 その優希の言葉を前に固まる大成だが、部屋の向こうにいた人物たちがそんな大成に構うことはない。この部屋の向こう側にいた者たちは、止まることなくこの部屋に入ってきたのだった。

 

「……」

「……」

「えっと……」

 

 部屋に入ってきたのは、大成たちより少し年下に見える見知らぬ少女と天使のようなデジモンだった。

 少女の方はともかくとして、天使のデジモンの方には、大成も見覚えがあった。エンジェモンと呼ばれる成熟期デジモンだ。ゲーム時代に散々見た記憶がある。いろいろな意味で。

 だが、大成はどうしても少女の方に心当たりがなかった。自分を訪ねてきたのだから、知り合いである可能性が高いはずなのに。

 そもそも、年下の女の子の知り合いなど大成にはいない。少女の容姿は、人形のような可愛らしい容姿で、さらに金髪。金髪も染めたような不自然なものではない。

 天然の髪色と染めた髪色では、違いがはっきりわかるという話を聞いたことがあった大成だが、なるほど。この少女を見るとその話にも頷ける。それほどまでに、見事な金髪だった。

 だが、金髪ということは純粋な日本人である可能性は低いだろう。年下以前に、そんな外国人の知り合いは大成にはいない。

 

「どちらさん?」

「大成、知らないの?」

「いや……うん。知らん」

 

 優希に尋ねられても、はっきりと知らない発言をする大成。大成は本当に目の前の少女に覚えがなかった。人間の世界でも、この世界でも。

 そんな失礼な発言をされている少女は、ひたすらに黙っていた。それは、ともすれば怒っているようにも、悲しんでいるようにも見えて――関係のない優希ではあるが、気まずかった。

 こんなことになっているのは、大成のデリカシーの欠片もない発言が原因だ。そんな大成が少し恨めしく思えた優希である。

 

「……」

「……おい!優希!なんで、家に入れたんだよ!」

「大成の知り合いだって言うから。で?本当に知らないの?」

「知らねぇよ!」

 

 気まずさのあまり、コソコソと話す大成と優希の二人だったが、客人を放っておいて内緒話とは、随分といい身分であると言うしかない。

 心なしか、少女もエンジェモンも、その雰囲気が苛立ってきているようにも見える。まあ、自分たちそっちのけで内緒話を見せつけられれば、気分がいいはずもないのだが。

 

「ごほん!」

「あ……すみません」

「ごめん……」

 

 やがて、失礼な態度全開の大成と、あとついでに優希に耐えられなくなったのだろう。エンジェモンがわざとらしい咳を放った。

 その咳によって、自分がどれほど失礼な行いをしていたのか気づいた優希は、即座に謝る。

 大成の方も、エンジェモンが何故こんな雰囲気となっているのかわからなかったが、とりあえず謝っておく。

 ここでとりあえず謝った大成と本心から謝った優希。育ちというか、性格というか、人間性というか。その辺りの差が露骨に出た一場面と言えるだろう。

 

「俺と初対面……だよな?何の用なんだ?」

「そうだ。私は初対面だが……我が主は汝のことを知っていると言っている」

「大成、やっぱり知り合いじゃない」

「え?……覚えが……」

「私の名はエンジェモン」

「……」

「そして、我が主の御名は金剛力片成」

「ご丁寧にどうも……私は小路優希」

「俺は布津大成だ」

 

 よくわからないが初対面ということで、自己紹介を交わした大成たち。

 名前を覚えておこうと少女の名前を必死に記憶しようとしている大成だったが、名前一つ覚えるというこが事の他キツかった。大成にとって、金剛力(こんごうりき)片成(ひらな)という風変わりにして、ゴツイ漢字を一緒に一度で覚えるのは大変だったのである。

 ともあれ。さすがに「ゴツイ名前だからもう一度言ってください」などと失礼極まりない言葉を言ってしまうほど、大成も馬鹿ではなかったらしい。だから、必死になって記憶していた。

 

「それで……なあ、結局何の用なんだ?」

「……」

「我が主は我々のような下賤な者と直接言葉を交わすことなど希だ」

「……じゃ、どうするんだよ?」

「我が主の言葉は私が伝えることになっている」

 

 先ほどのことを怒っているから、エンジェモンは神経を逆撫でてくるような言葉を言うのだ、と大成たちはそう思っていたのだが、エンジェモンの様子を見ている限り、これが素の話し方であるのだろう。

 そのことに直感で気づいた大成は、何とか平常の顔を保とうとして――盛大に失敗していた。

 

「大成、その顔直しなさい」

「え?どんな顔になってるってんだ?」

「……いつもの顔よ」

「じゃあいいじゃんか」

「わからぬ。汝のような下賤かつ下品な顔の者に何の用があって我が主は探していたのだ?」

「……酷い言い草だな!」

 

 下賤はまだいい。いや、良くないが――それに加えて下品な()と来たものだ。正直言って、大成にも我慢の限界がある。まだまだ限界は遠いとはいえ、ストレスが溜まることには違いないのだ。

 いっそ、バトルでエンジェモンをコテンパンにし、優位性というものを彼にわからせてやりたくなった大成。だが、残念ながら、スティングモンたちデジモン組は、いつものトレーニングで外出中だ。まだしばらく帰ってこないだろう。

 とはいえ――。

 

「……あれ?探していたのだ()……疑問形?」

 

 一瞬遅れて、聞き逃せない言葉をエンジェモンが言っていたことに、大成は気づいた。

 そう。先ほどのエンジェモン言葉は疑問系である。つまり、エンジェモン自身も片成の用件は知らないということ。

 それは言い換えれば、片成のみが大成への用件を知るということで――否応なしに、先ほどから沈黙を貫き、空気となっている片成に全員の視線が注がれた。

 だが――。

 

「……我が主。このような者たちに主のお声を聞かせる必要はありません。私に仰ってくだされば、私が主の声となりましょう」

「……」

「だそうだ。汝のような下賤な者に用はないとのことだ」

「……!……!……!」

「すごい勢いで首を横に振ってんぞ……」

 

 結局、片成が話すことはなかった。

 喋ることができないのか、喋りたくないだけなのか。どちらなのかはわからないし、どんな理由があるのかはわからないが、とにかく片成が言葉を発することはなかった。

 こうなると、逆に声を聞いてみたくなった大成であるが――それよりも前に、大成は気になることがあった。すなわち、エンジェモンは自分に都合の良いように片成の言葉を勘違いしているのではないか、と。

 

「……あのエンジェモンってデジモン……なんだかね」

「……セバスを過激にしたら、こんな感じじゃね?」

「セバスはこんなのじゃないもん!」

「……もん?」

「あっ……」

「優希ってさ、実は結構……キャラ作ってる?」

「……なんのことかしら?」

 

 そんな、優希に湧いた疑惑はともかくとして。

 エンジェモンの言葉が真実であれ、真実でなかれ、片成が話せなければ現状はどうしようもない。

 会話とは、コミュニケーションの第一方法だ。本人にそれができないとなれば、どのような人物なのか、さらにどのようなことを考えているのかなど、片成についてを他人が知るのは難しくなる。

 まさか、エンジェモンと似たような他人を苛立たせるような性格はしてないだろう。その雰囲気からして、なんとなくそう想像していた大成。だが、やはり本当のところは片成とコミュニケーションをとらなければわからない。

 

「っていうか、お前らどうやってここまで来たんだよ?」

「我が主は私以外のデジモンに怯えているようなのだ。……私以外の!」

「そこを強調すんのかよ」

「しかし、だからといって野宿をさせ続けるわけにも行かん。ゆえに……この街を訪れた」

「へぇ……まぁ、俺たちも初めはそうだったしな。途中でトラブルがあったけど」

「そして、この街に何人かの人間が滞在しているという噂を聞いたのだ。デジモンに怯える我が主のためにも……下賤とは言え人間と共にあった方がいいだろう、とな」

 

 片成がデジモンに怯えているというのは初耳だったが、エンジェモンが言う辺りそうだったのだろう。きっと。断言することができないのは、言っているのがエンジェモンだからか。

 

「大成。私が聞いた噂の中にあったその名を聞いた時、我が主が何故か反応した……何故か!」

「……だから、何でそこを強調するんだよ」

「そして、昨日のことだ」

「……?昨日?」

 

 昨日という単語に、大成と優希は嫌な予感を覚えた。というか、この家に住む者たち間では、昨日のことはすでにタブーとなっていたのだ。

 

「昨日、この街に糞まみれの汚物な人間が出没したと聞いてな」

「どこまで広がってるんだその噂……!」

 

 そして、嫌な予感は現実となる。

 どうやら、大成たちの想像以上に昨日のことはこの街に広まっていたらしかった。頭が痛い事実だ。大成も優希も、思わず一瞬よろめいたくらいである。まあ、咄嗟に踏ん張って、醜態を晒すことはなんとか耐えていたが。

 ともあれ、気づいているのは一部だけらしく、まだその人間が大成たちと街中に特定されていないだけマシだと言える。そこだけは不幸中の幸運に思えた大成たちだった。

 まあ、この街に人間などそうはいないということを、この時の大成たちは忘れていたのだが。

 

「我が主は聡明な方だ。おそらくその糞まみれという下品なことをする者は汝()()しかいないと踏んだのだろう」

「……ん?()()?ちょっと!私はそんなことしないわよ!」

「どういう意味だ!」

「ともかく!この街で聞きまわり、我々はついにこの家にたどり着いたのだ」

 

 エンジェモンや優希にいろいろと言いたいことはあったが、それを言うよりも大成は片成を恨めしく睨んだ。

 この感じでは、他人を苛立たせない性格をしているのだろう、と推測した自分はきっと間違っていたのだろう。そう思いながら、本気で自分の人を見る目を鍛えたくなった大成である。

 そして、そんな大成に睨まれた片成はビクッと怯えたように肩を震わせて――。

 

「あっ……」

「え?」

「ちょっと……!」

「我が主!?」

 

 逃げ出した。この家から。

 そして、エンジェモンと彼女のことがなんとなく気になった優希も彼女を追って家を飛び出していく。

 後に残ったのは、突然の事態に呆然とするしかない大成だけだった。

 




どうも。第五章の後半部分を書いていたら、存外に欝要素が入ってきて……どうしようか、と悩んでいる自分です。
どうしてこうなった……。

まあ、それはともかくとして。という訳で、第五十二話です。
第五章のレギュラーキャラの登場。エンジェモンと片成ですね。
エンジェモンはともかく、片成の方は一度登場していたりします。

さて、次回は片成の本性が遂に……!?という内容です。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第五十三話~二人の少女~

 家を飛び出していった片成を探して、街を彷徨う優希とエンジェモン。

 二人が片成を探してかれこれ一時間は経とうとしていたが、なかなかどうして、片成を見つけることは出来ていなかった。一応、片成が飛び出して行ってから、数分も経たずに追いかけ始めたはずなのだが。

 

「我が主ー!」

「金剛力さんー!」

「っく!これでは埒があかん。下賤な者の手を借りるのは癪だが……こうしている間にも我が主は寂しい思いをしているに違いない!手分けして探す!」

「……本当に癪だけど、そうね。それがいいわね」

「私はあちらを探す!汝は向こうを頼むぞ。っく!あの変態め……!」

 

 どうやら、エンジェモンの中では、今回の片成逃走の原因は大成にあると決めつけられているようである。

 まあ、状況だけ見れば、優希としてもそうとしか思えなかったのだが――散々好き勝手言われている大成のことを思えば、若干哀れにも思えてくる。

 とはいえ。大成はこの瞬間にも、家でグダグダしているので、フォローなどできようはずもなかったのだが。

 だが、今は大成より片成である。

 優希はそこら辺を歩いていたデジモンを捕まえて、片成について聞くのだが――。

 

「金剛力さーん?あっ、ちょっと聞きたいんだけど……」

「なんでぇ!」

「人間を見なかった?私くらいの歳の女の子」

「女の子ぉ?よくわからんが、おめぇ以外で今日は人間を見てねぇぞ」

「う……そう。こっちじゃないのかしら。ありがとうございました!」

 

 結果は、芳しくなかった。

 その後もさまざまなデジモンをとっ捕まえて聞いたのだが、片成について知る者はゼロだった。

 こうなると、そもそも優希の探している方角には片成がいない可能性が高い。もしくは、大通りを避けて路地裏などにいるのか。

 これだけ聞き込みしても見つからないのだから、大通りに片成がいることはないと考えていいかもしれない。とすると、この段階で優希が探すべきは、路地裏や横道のような大通りから外れた道となるのだが――。

 

「入らなきゃダメかな……」

 

 昨日のアレのせいで、優希は路地裏というものに酷く苦手意識を抱いていた。

 まあ、そうだろう。昨日散々な目にあって、また今日も似たような目にあったのでは溜まったものではない。ただでさえ昨日のアレが噂となっているのに、もし今日も同じようなことがあって、それも噂になったのなら――優希は本気で引きこもる羽目になるだろう。

 とはいえ。探すと決めたのだから、中途半端で終えるような、不義理なことをするつもりは優希にはない。だから、答えなど初めから決まっていたようなものだった。

 

「……よし!行く」

 

 そうして、一人気合を入れて、優希は路地裏へと突入する。

 薄暗く、そして狭いこの場所が、昨日のことを思い出させるようで、優希は一刻も早くここから出たかった。だが、複数の建物のせいで一つの路地裏が迷路のようになっている。この中を探すとなれば、すぐには出られないだろう。

 早歩きで進み続け、探す。途中、偶然あったゴミ箱の近くで、何やら白銀に光る汚物を見たような気がしたが、そこは全力で見なかったことにした優希である。

 そんなこんなで、歩き続けて数分後。

 とりあえず、この辺りの路地裏を探し尽くした優希。彼女は、半ばホッとした様子でここから出ようとしていた。

 ちなみに。当たり前だが、ホッとしているのは昨日と同じ目にあわなかったことであって、断じて片成が見つからなかったことにではない。

 

「……ん?」

 

 だが、その時だった。ダッシュで大通りに戻ろうとした優希のその耳に、奇妙な声が入ってきたのは。

 声質的には、女の子のような、可愛らしい声だ。まあ、この世界では外見と口調と声があっていないデジモンなど、ザラにいるのだが――それはともかくとして。

 感じからして、どうやらその声の主は泣いているようである。

 こうなると、優希の中で放っておくという選択肢はなくなった。もちろん、一刻も早くこの路地裏から出ようとしていた優希としては、まだここから出られないということは残念極まりないことだったのだが――それでも、泣いているものを放っておくことはできないのだ。

 

「……あれは?」

 

 とりあえず様子を伺うことにして、建物の影からそっと見てみることにした優希。

 そこにいたのは――。

 

「うっぐ……だ……め……うぅ……ひっぐ!……大丈夫……この本の通りにやれば……今度は……」

「……金剛力さん!?」

 

 そう。そこにいたのは、先ほどまで優希やエンジェモンが必死に探していた片成だった。

 片成は、座り込んで泣きながら、本のようなものを読んでいる。遠すぎて、何の本を読んでいるのか、優希にはわからなかったが――そんなことはどうでもよくて。まさか目的の人物がいるとは思わなかった優希は、思わず声を上げて驚いてしまった。

 だが、この狭い路地裏で声を上げたということは、片成にも優希の存在が気づかれてしまうということで。

 

「っひ!」

「え?あの……金剛力さん?」

「……」

 

 優希に気付いた片成は、可愛らしい悲鳴を小さく上げ、本を落として後ずさった。

 涙目で怯えて後ずさるというその反応は、ある意味可愛らしいものだったが――優希としては、ショックでしかない。

 何せ、片成の反応は、まるで恐ろしいものを見たかのような反応だったのだ。優希も女の子だ。そんな怪物のような扱いをされて嬉しいはずがない。

 自分はそんなに怖いのだろうか、と落ち込む優希。そんな優希の目に入ってきたのは、先ほど片成が落とした本だった。

 かなり読み込んでいるのだろう。ところどころに付箋が貼ってあって、読みたいページが一目瞭然になっている。

 そして、その本は表向きで落ちていたために、自然とそのタイトルが優希の目に入っていた。

 

「……“誰でもなれる!これで君もコミュニケーションマスター!”……?これ……」

「ひぅっ!」

「……」

 

 こんな時、優希はどういった反応をすればいいのかわからなかった。気まずいなんてものではない。普通ならば、見なかったことにすればいいのだろうが、優希はばっちりとタイトルを口に出してしまっていた。これでは誤魔化すことは不可能だ。

 そして、先ほどの独り言やこんな本を真面目に読んでいたということは、そういうことなのだろう。片成は、根本的に喋ることができないというわけではなく、ただ他人と話すことが苦手なだけなのだ。まあ、極度の人見知りとか、対人恐怖症とか、そういう類なのだろう。きっと。

 この辺りは非常にデリケートな問題になることもあるので、優希も気軽に聞けなかった。

 

「えっと……」

「……」

「……」

「気まずい……」

 

 とはいえ。本格的に優希は気まずい思いをしていたりする。片成が涙目であることもあって、いじめているような気さえしてしまう。大成でもエンジェモンでも、誰でもいいから一緒にいて欲しい気分に優希はなっていた。

 ともあれ、このままでいられるはずもない。とりあえず、コミュニケーションをとろうと、優希は話題を模索して――先ほどから、この場に落ちたままの本が目に入った。

 とりあえず、この本を拾って返してあげて、そこから話題を作ろう。とそう考えた優希。さっそく本を手に取って、片成に渡そうとして――なるべく怖がらせないように、優しい声と表情であることを心掛けて、片成に近づいていく。

 

「これ……」

「……っ」

「あの……別に何もしないわよ。……ね?」

「……」

 

 そんな優希を見て、大丈夫だと思ったのか。

 片成の方も、オドオドとしながらも優希から本を受け取ろうとしていた――のだが、そのオドオドとしていたのがいけなかった。優希から渡されたその瞬間に、片成は手を滑らせて本を落としてしまったのだ。

 バサリ、と音を立て、ページが開いた本がうつ伏せに落ちる。

 まあ、ここは確かに外だが、別に昨日の路地裏のように汚物塗れというわけでも、水気が多いというわけでもない。多少の土埃を除けば、本自体は無事なはずである。

 

「あっ……ごめんなさい!」

「……」

「大丈夫だから!な、泣かないで?」

「……」

 

 言葉はなくとも、片成は感情がいちいち表情に出やすいことを、優希はこの短時間で見抜いていた。ともすれば、片成は幼い子供のようである。あるいは、話せないからこそ感情が顔に出やすいのかもしれないが、それはともかくとして。

 泣かれるのは、優希としても困る。罪悪感的にも。急いで本を取り、そのまま片成に渡そうとして――その直後、優希はまた失敗をした。

 本は、開いた状態でうつ伏せに落ちていた。それを拾い上げたということは、開いていたページを見てしまう可能性が僅かながらもあるということで。

 優希は、その可能性を手繰り寄せてしまったのである。

 

「……」

「……」

 

 優希も、片成も、固まったまま動かない。もう何度目になるかもわからない気まずい思いを、優希は感じていた。

 本を拾ったまでは良かった。そう。よかった。その後だ。その後が問題だったのだ。

 そもそも、付箋が貼ってるほど何回も読むページは、ページに癖がついて必然的に開きやすくなる。つまり、落下などの自由な力によってページが開かれる時、そのページが開かれる可能性が高いということで。

 優希が本を拾った時、開いていたページは、見事に付箋が挟まっていたページだった。そして、そのページに自然と目が行った優希はそのページを見てしまって、一瞬だけ動きを止めてしまった。

 片成はそんな優希を見て、優希にそのページを見られてしまったことを気付いてしまったのだ。

 “好きな人の前で素直になれないアナタにおくる!ツンデレ方法!”。これが、そのページの見出しだった。

 なんというか、アレである。というか、アレでしかない。

 

「……あの」

「……ぅ」

「あぁっ!?ちょ、泣かな……」

「うわぁぁん!」

 

 いたたまれなさに耐えられなくなったのだろう。片成は泣き出した。嘘泣きとか、涙目とか、そんなものではなく、普通にマジ泣きだった。

 わんわんと泣く片成を前にして、優希は泣き止まそうと必死になる。その姿にはどこか手慣れた感があったが――そんな優希をもってしても、片成が落ち着くのはまだ先のことになりそうだった。

 ちなみに、もしこの現場をエンジェモンに見られてしまえば、優希めがけて問答無用の必殺技が放たれてしまうことになったりする。

 そんなこんなで、片成が泣き止んだのは、この数分後のことだった。

 

「はいはい、ごめんね。見ちゃってごめんね」

「うぅ……」

「落ち着いて。ね?」

「……」

 

 コクリ、と静かに頷いた片成。まだ目は赤いが、しっかりと泣き止んでいる。

 そんな片成を見て、優希はホッと息を漏らして安堵した。これでまた泣かれては溜まったものではない。

 

「それで……大丈夫?エンジェモンも探してるし……戻ろうか?」

「……」

「え?戻りたくないの……?」

「……」

「うーん……?」

 

 先ほどから、片成は首を横に振ってばかりだ。戻りたくはないが、戻りたくないわけではない、と。はっきり言って、意味がわからない。

 とはいえ、無理矢理に連れていくことは優希には無理だ。いろいろな意味で。

 少し考えて――。

 

「じゃ、落ち着くまで一緒にいる?」

「……!……」

 

 優希は、片成と一緒にここに留まる選択をした。

 片成は、そんな優希の言葉に驚いたものの、すぐに首を縦に振った。どうやら、優希の好意に甘えることにしたようだ。

 まあ、レオルモンやエンジェモンはまず間違いなく優希と片成のことを心配するだろう。だが、この状態の片成を放っておいて、この場を離れることは優希にはできなかった。かといって、意固地になっているような片成をこの場から動かすのも、優希には無理だった。

 この状態で優希にできることなど知れている。だからこそ、優希は片成に付き合うことにしたのだった。

 もはや、優希の片成に対する対応の仕方は、完全に幼子に対するソレである。

 

「あ、この本返すね。勝手に見ちゃってごめんなさい」

「……」

 

 優希は、自分の手に持ったままだった本を片成に返却する。

 先ほどのことを思い出したのか。片成は少し顔を赤くしながらも、今度は離さないようにしっかりとその胸に本を抱きしめた。

 なんというか、大事な宝物に対する幼子のような行動である。片成の仕草はいちいち可愛らしいのだが――それでも、抱きしめている本のタイトルを思い出して、微妙な気分になった優希だった。

 

「金剛力ちゃんはあのエンジェモンがパートナーなの?」

「……」

「そうなんだ。私はちょっと変則的でね……」

「……?」

「うん。まぁ、ね。いろいろあるのよ」

 

 片や一人で話していて、片や黙っている。それなのに、会話が成立している。なんというか、目を疑うような光景だ。

 まあ、片成は感情が表情に出やすい。だから、顔さえ見ていれば片成の考えていることはある程度はわかるといえばわかるのだが――それでも、この短時間で会話が成立するようになった優希は凄いと言うしかない。

 ちなみに、優希のコレは慣れから来るものである。優希は孤児院育ちで、必然的に年下に構うことも多かったし、いろいろと事情のある者と接することも多かった。そのような経験もあって、こういう人の相手は得意な方なのだ。優希は。

 

「この世界に来てからどうしてたの?」

「……」

「ああ、エンジェモンに助けられて……」

「……!」

「え?エンジェモンは自分の言いたいことを誤解するから困る?……そうね。そんな感じだったわね」

「……」

 

 優希は、共通の話題やら、日常的な話題やら、とにかくひたすらに話題を出して会話を続けていく。こういう、相手が嫌がらない範囲で会話を途切れさせないことが大事であることを、優希は知っているのだ。

 現に片成も、先ほどから優希には心を開き始めているようである。先ほどから小声ではあるが、時折口を動かして話し始めていた。

 そんな感じで、かれこれ数十分は過ごして――。

 

「それで、大成に何か用だったの?」

「……!ぅ……ら」

「……え?」

「……」

 

 優希は、話のついでに気になっていたことを聞くことにしたのだった。

 今日、片成が自分たちの家に大成を訪ねて来た、その訳を。

 

「……」

「言いにくいならいいけど……」

「……その……」

「ん?」

「……あの……」

「ゆっくりでいいわよ?時間はあるから」

「……」

 

 話すかどうか迷っていたのか。うんうんと唸った片成。

 そうして、数分してようやく決心がついたのか。片成はポツポツと話し始めた。なぜ、大成を訪ねて行ったのか、その理由を。それはたどたどしくて、小さな声ではあったが、雑音の少ない路地裏で話されたこともあって、優希も苦労せず聞き取ることができた。

 どうやら、片成は人見知りで、さらに恥ずかしがり屋らしい。人前に出ると極度に緊張してしまうそうだ。だからこそ、あのような本を読んでいるのである。

 

「……それで……この世界に来て……怖くて……エンジェモンに……守ってもらいながら……ここまで来て……」

「うんうん……」

「大成さんも……この世界にいるって……知って……会いたくなって……」

「う……ん?まあ、うん……それで?」

「……それだけです」

「えっ……それだけ?」

「えっと……はい」

 

 恥ずかしそうに言う片成。大成がいるとわかったから、大成に会いたくなる。

 そんな片成の思考回路がよくわからなかったものの、そういうものだろうと納得することにした優希だった。

 




というわけで、第五十三話。
さて、この片成ですが……初期からの構想で既に存在していたキャラです。
優希と大成に並ぶ、この物語の初期時代のキャラですね。
まあ、結果として準レギュラーくらいに収まってしまってますが。

さて、次回。
長くなったので、片成本性編は前後編にわけました。というわけで、次回は後篇です。

それでは、また次回もよろしくお願いします。


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第五十四話~頑張る二人の少女~

 そんなこんなで、優希と片成の交流は続く。

 この数十分で、片成はずいぶんと優希に心を開いたようである。相変わらずのたどたどしい話し方ではあったが、自分から話し始めることもあるようになっていた。初めの沈黙続きから比べれば、大きな進歩だ。

 

「……それで……大成さんに……このページの内容を……実行して……みようと……」

「うん……やめたほうがいいわね」

「え……でも……」

 

 片成が優希に見せたのは、先ほど優希が覗き見てしまったページ。“好きな人の前で素直になれないアナタにおくる!ツンデレ方法!”。

 別に本の内容が悪いという訳ではないのだが――やはり、片成にこれは無理だろう。これに書かれた内容を実行しようとして、盛大に失敗する片成の様子が目に浮かぶ優希だった。

 

「……えぇ……」

「まずは普通に話してみたら?ね?金剛力ちゃんが大成を好きなことはわかったから」

「……!……え、な……」

「何?」

「なんで……そのこと……」

 

 優希が言ったことに驚く片成。だが、優希からしたら、何を今更という話だ。

 あんなページを大成相手に実行しようとしている時点で、もう察することができる。これで察することができない者がいたのなら、それはただの馬鹿くらいのものだろう。

 

「……でも……普通に……話すなんて……」

「私と今話しているようにやればいいの。ね?」

「……うぅ」

「ちょ、どうしてそこで泣くの!?」

「……ご、ごめんなさい」

 

 いきなり泣き出した片成に、焦る優希。先ほどのようにわんわんと泣いている訳ではないが、それでも泣くのは勘弁して欲しかった。

 とりあえず、片成を落ち着かせた優希は、地雷を踏んだかもしれない心配をしながら、彼女の話を聞く。

 やがて落ち着いた片成が話し始めたのは、大成との出会いと、すでにいろいろとやらかしてしまっていることだった。

 

「つまり……金剛力ちゃんはあのゲームをやり始めて、しばらくして大成と出会って」

「……はい」

「今の姿とは似ても似つかないアバターを使っていたから、勢い余っていろいろとやっちゃって」

「…………はい」

「大成とは話したいけど、そのこともあって話すとバレて嫌われそうで怖い、と」

「……………………はい」

「……どうしようもないわね」

 

 要約すると優希が言った通りなのだが、実際はもう少しだけ複雑である。

 発端は、片成のコミュニケーション能力の低さを心配した親が、ゲームの中でなら話せるだろうとあの“デジタルモンスター”を片成に買い与えたことから始まる。

 片成自身は、自分のことを知られると嫌だったから、アバターも自分に似ても似つかないものにしたのだが――漫画やらドラマやらを参考に、果ては性別まで変えてアバターを作ってしまった。

 まあ、いくら自分に見えない偽りの体で過ごそうと、中身が急激に変わることなどありえない。つまり、電脳空間だからといって、片成がいきなり他人と話せるようになる訳もなく。

 一人でゲームをする日々。そんな日々を終わらせてくれたのが、大成だったのだ。

 初めはただの対戦要求だった。だが、本当に楽しそうにあのゲームをする大成を前に、片成自身も大成とコミュニケーションをとりたくなったのである。

 とはいえ、いきなり素の自分で会話することはキツイ。見た目も大幅に違うことであるし。

 ゆえに、片成は仮初の性格を造り、その性格を演じることにしたのだ。あとは、ゲームもやり込んで、大成と一緒に遊べるような準備を整えておくだけでよかった。

 まあ、皮肉なことに片成はやり込み過ぎたせいで、大成では相手にならなくなってしまったのだが――それはほんの余談だ。

 

「……だから……その……」

「……まぁ、わからなくもないけどね」

 

 散々フルボッコにしても、大成はなんだかんだでゲーム時代の片成に付き合ってくれた。片成を嫌って、避けても仕方なかったのに。それだけのことをしたのに、大成は片成と一緒に遊んでくれた。

 まるで、自分に()()()友達ができたようで。片成は嬉しかったし、楽しかった。それこそ、そんな思いを抱いたのは家族以外では初めてである。だからこそ、それがどういう種類のものにせよ、片成は大成に好意を抱いたのだ――が。とはいえ――。

 

「……でも、姿が違うんでしょ?」

「う……はい」

 

 とはいえ、容姿も、果ては性別まで違うアバターであのゲームをしていた片成。そんな彼女のことを、大成が気づけるはずもない。

 気づいて欲しくはある。だが、ゲーム時代にしたことや騙していた手前、気づかれたら嫌われるかもしれない。だから、気づいて欲しくはない。

 話したくはある。だが、ちょっと気を抜くとゲーム時代の接し方で接してしまいそうで話すことができない。何より、面と向かっては恥ずかしい。

 そんな、複雑な思いで片成は、今日大成に会った。まあ、結果はあの通りである。

 

「……どう……しよう……」

「いや、そんな目で見られても……うぅ……」

 

 片成のこの性格だ。今まで誰にも相談などできなかったのだろう。だからこそ、片成は仲良くなった優希に縋ろうとしているようにも見える。

 そんな片成の姿が、まるで“誰か拾ってください”と書かれたダンボールの中で、雨にうたれて震えている子犬を見ているようで。

 酷く嫌な予感がしたものの、そんな片成を優希に見捨てることはできなかった。まあ、初めから見捨てる選択肢などはなかったのだが。

 

「……わかった。手伝うわ。金剛力ちゃんが大成と話せるようにね」

「……!ありがとう!」

「ふふ……どういたしまして」

 

 ともあれ。この時の優希には、これが酷く面倒なことになることなど、想像することもできなかった。

 

「それじゃ、行きましょうか」

「……え!?……でも……」

「まだ日は高いとは言っても、そろそろお腹も――」

「……!……うぅ……」

 

 渋る片成だったが、ちょうどいいタイミングで、小さな音が辺りに鳴り響いた。

 それが何の音か、わかりきったことではあったが、優希もあえて言及しなかった。その音を鳴らした者の名誉のためにも。

 

「……ふふ。行こっか」

「うん」

 

 手をつないで路地裏を出て行く二人のその姿は、まるで仲の良い姉妹のようだ。

 ちなみに、この数分後。どこからともなくエンジェモンが現れて、この穏やかな時間は終わりを告げるのだが――この段階の優希たちには知りようもないことだった。

 そして、そのさらに十数分後。

 優希たちはさっきぶりの家に帰ってきた。

 

「ただいまー。ほら、金剛力ちゃんも」

「お、おじゃま――」

「小娘!我が主に何と言う言葉遣いだ!これだから下賤な者は……!」

「……うぅ」

「……」

 

 片成の声を遮って、エンジェモンが声を出す。相変わらず失礼である。とはいえ、エンジェモンの発言は優希も半ば予想していた。そして、このままでは片成と大成が仲良くできるための最大の邪魔者になってしまうだろうことも。

 どうにかしなくてはならない。エンジェモンを。片成のためにも、優希は頭を高速で回転させて、作戦を練っていた。

 

「おかえりー……」

「大成。だらだらしすぎよ」

「別にいいだろー」

「はぁ」

「我が主が来ていらっしゃるのだ!なんだそのダラけた有様は!」

「うげ……エンジェモン……」

 

 エンジェモンのイラついたような声を聞いて、片成たちが来ていたことに大成はようやく気づいたのだろう。その顔は、かなり嫌そうだった。

 片成はそんな大成の表情を見て、自分が来たのは迷惑だったのか、と落ち込んでいる。このままでは、また逃げ出しそうな勢いである。とはいえ、優希に励まされた手前、何もせずに逃げ出すのは、片成としても嫌だった。

 ちなみに、わかりきったことではあるが、大成が嫌そうな顔を向けているのは、片成ではなくエンジェモンの方である。

 

「……あ、の……」

「ん?今の声……えっと……片成だったっけ?お前話せたのか」

「……!……その……」

「……?それで、さっきは何の用だったんだ?」

「あ……ぅ……」

 

 頑張って大成と話をしようとする片成。

 そんな片成を前にして、エンジェモンは目を見開いて驚いている。というか、驚き過ぎてフリーズしているほどだ。

 ちなみに、その時。思いがけず障害(エンジェモン)の一つがなくなったことに、優希は内心でガッツポーズをとっていた。

 横で小さく「頑張れ」と呟く優希。

 そんな優希の声が聞こえたのかはわからないが、片成は勇気を出して――。

 

「あぎょ!わらしとおだちしてだい!」

 

 盛大に、舌を噛んだ。しかも、早口で話したために、何を言おうとしていたのかすらわからない。

 沈黙が辺りを包む。片成は顔を真っ赤に染めており、優希はやってしまったという顔をしていて、大成は何が何やらわけがわからないとばかりに首を捻っている。

 今の片成の心境を端的に表すのなら、穴があったら入りたい、というところだろう。

 

「……今なんて?」

「……えっと……」

 

 現在、焦りと羞恥で、片成はテンパっており、もはやまともな思考ができているとは言い難い。

 優希は、こうなった時点で片成を止めるべきだった。もはや後の祭りであるが、片成のためを思うなら、ここで片成を一旦退場させるべきだったのだ。

 テンパった片成は、いつもだったらひたすらに黙っていただろう。もしくは逃げ出していたか。だが、優希という手伝いを得た片成は、もう少し頑張ってみようと勇気を出してしまった。優希の好意に、報いたくなったのである。

 その勇気が、結果として悪い方向に進む要因となったのだが――それはともかく。

 

「あ……え……」

「とりあえず落ち着け」

「あ、わ、私と……友達に……なってあげてもいいわ!か、勘違いしないで……別に……あなたと友達になりたいわけじゃない……んだからね!」

「……は?」

「ちょ、金剛力ちゃん!」

「あ……」

 

 この状況をどうにかしたかった片成だが、テンパった頭でろくなことを思いつくはずもなく。結果、頭に浮かんだことを、口走ってしまった。

 片成の口走ったこのセリフは、予想がつくかもしれないが、あの本のあのページに書かれていたセリフである。

 というか、テンパってこのセリフが出てくる辺り、相当あのページを読み込んだのだろう。片成の努力が垣間見える一場面ではあるが――なんというか、哀れだ。

 当然のことながら、今の大成にはあのセリフがどういうものなのかも理解できず、ただ怪訝な顔をするしかなかったのだから。

 

「ちが……こんなこ……と……言いた……いんじゃなくて」

「大成!金剛力ちゃんはね!別にこういう子じゃ……!」

「……それで?」

「えっと……えっと……」

「頑張って!」

「……あっと……あっ!下手の横好き!」

「誰が下手の横好きだ!……ん?」

 

 名案だと顔を輝かせて言った言葉が、下手の横好き。きっと片成はまだ混乱しているのだろう。

 とはいえ、片成の言葉はすべて、大成を馬鹿にしているように感じられるものばかりだ。そんなことを言われた大成としては、溜まったものではなかった。

 先ほどから俺を馬鹿にしているのか、と怒りを覚える大成。だが、怒りを覚えたのは一瞬だけだった。先ほどの片成の言葉には、どこか記憶に引っかかるものがあったのだ。

 その何かを探して、記憶を手繰る大成。

 だが、大成がその答えにたどり着くよりも早く――。

 

「大成!ちょっとごめん!金剛力ちゃん!行くよ!」

「……えっ……えっ!?」

 

 優希は行動を開始した。片成の腕を掴んで、脱兎のごとくこの部屋を出て行く。

 ついでに、厄介なことを大成に押し付けて。

 

「……エンジェモンの相手は任せた!」

「は……!?」

 

 優希の声に言われて大成が横を見れば、エンジェモンはまだ固まったままだった。

 これから復帰するであろうエンジェモンの相手をしろ、と。そう、優希は言っていたのだが、大成としては面倒なエンジェモンの相手をするのは嫌だった。

 だが、抗議しようとも優希はもういない。主である片成も。

 

「何なんだ一体……」

 

 そうして、嵐のようにやって来て、嵐のように去っていった二人を前にして、残された大成は、ひとり今の心情を端的に表す言葉を呟くのだった。

 そして、その数分後。大成が固まり続ける粗大ゴミ(エンジェモン)に頭を悩ませていた時のこと。

 

「ただいま戻りました……あれ、これ誰ですか?」

「エンジェモンじゃねぇか。なんでいるんだよ」

「ふむ……お客様ですかな?」

 

 いつものトレーニングを終えて、大成たちのパートナーが帰宅した。三人とも、見るからにボロボロであり、その姿がスレイヤードラモンのしごきの苛烈さを物語っている。

 とはいえ、三人がこんな感じで帰宅するのも、大成にとっては慣れたものだった。

 これでエンジェモンの相手をしなくて済む、と。そんな彼らの姿よりも、三人が帰ってきたという事実に、ホッとした大成である。

 

「コイツは、なんか訳のわからんやつのパートナー。そのわけのわからんやつは優希がどっか連れてった。たぶん部屋じゃねぇ?」

「へぇ……」

「……う……何やら妙なものを見た気が……」

 

 そんな時だった。ようやく、と言うべきか。エンジェモンが復帰したのは。

 ハッとした様子で意識を取り戻したエンジェモンは、辺りを見回している。おそらく、片成の姿を探しているのだろう。だが、片成はこの部屋にはいない。どれほど見渡そうとも無駄なことだ。

 

「っは!?我が主!我が主はどこだ!?」

「知らん。優希がどこか連れてった」

「何!?おのれ……我が主を誘拐するなど……!これだから下賤な身分の者は……!」

「お嬢様が下賤……?訂正して下さりませぬかな……!」

「ふん。下賤な者を貶めて何が悪い」

「……!……!」

「いや、ちょっとややこしいことになるから黙っててくれよ」

 

 初端からのエンジェモン節。

 人を扱き下ろすことには一流のエンジェモンの第一声を聞いた時点で、エンジェモンに対する第一印象は決まったようなものだった。さっそく、そんなエンジェモンに触発されて、デジモン組の間で感じの悪い不吉な雰囲気が漂い始めている。

 まあ、そんなデジモン組とは対照的に、大成はいつも通りになっていたのだが。デジモン組が率先してエンジェモンと悪い雰囲気になってくれるおかげで、大成自身にも余裕が出来たのである。

 

「下がれ!汝らのような下賤で軟弱なデジモンたちの相手をしている暇はない!一刻も早く我が主を探さねばならぬのだ!」

「へぇ……?言ってくれるじゃねぇか」

「そうですね。少しイラっとします」

「お嬢様への暴言も撤回してもらわねばならないですしな」

 

 だが、大成に余裕が出来たとしても、当然のことながらデジモンたちにまでその余裕が伝染るわけはない。これ以上エンジェモンが何か発言したのなら、もはや戦闘も辞さない腹積もりになっているだろう。

 

「……。やばい、優希たちさっさと戻ってきてくれ……家が持ちそうにない……」

 

 真剣に、この家のピンチだった。

 




というわけで、第五十四話。後半の話でした。

さて、次回からは片成のために優希が奮闘して……?という話です。

そういえば、この物語では技名を会話文中に入れないように作ってるんですけど……どうなんですかね?やっぱり入れた方がらしいですかね?と、ちょっと気になった自分です。

それでは次回もよろしくお願いします。



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第五十五話~優希の企み~

 大成たちが片成と出会った次の日。昼近くのこと。

 現在、片成は優希と共に街の一角の広場にいた。

 ついでに言うとエンジェモンは一緒ではない。彼は今、大成監修の下に、優希たちのパートナーデジモンたちによって見張られている。とはいえ、今の彼らの雰囲気は、一触即発など生ぬるい、昨日のことが目ではないくらい大変なことになっているのだが――そんな中で、大成は悲鳴を上げていたりする。

 ちなみに、いつものデジモン組のトレーニングだが、朝一で優希がスレイヤードラモンに連絡をとって、半ば強引に休みにしてもらった。まあ、スレイヤードラモン自身、優希たちにもいろいろあるとわかっているので、あっさりと休みをくれたのだが。

 

「……えっと……ゆ、優希さん……」

「なに?片成ちゃん?」

「ここで……何をす……るんで……すか?」

 

 昨日のあの後、優希と片成は互いに名前で呼び合うくらい仲良くなっていた――のだが、いくら仲良くなったとは言っても、あくまで出会ってまだ一日しか経っていない。その程度の付き合いでは、以心伝心など難しいのは当然である。

 何が言いたいのかというと――今日、片成は優希に何も言われずにここに連れて来られたということだ。

 なんで自分をここに連れてきたのか、と。そう聞き続けた片成だったが、片成が何回聞いても、優希は詳しいことを一言も答えてはくれなかった。

 

「ちょっと待って。もうすぐ来るから」

「来……る……?」

 

 その優希の発言に片成は固まった。優希とは割とすぐに話せるようになった片成だが、それは優希の対人交流能力があってのことだ。

 つまり、これから来る相手が誰だろうと、片成が心落ち着かせて話せるようになる可能性は限りなく低いということで。

 正直言って、片成は逃げ出したかった。とはいえ、昨日あれだけ盛大に失敗しながらも、それでも自分を手助けしてくれる優希のことを思えば、片成としても逃げづらいことこの上ない。

 結局、片成は、この後その誰かが来るまで、死刑執行を待つ死刑囚のような気分でひたすらに待つことになったのだった。

 そして、この数分後に――。

 

「あ、来た」

「――っ!」

「よぉ。ウィザーモンに言われてきたぞー?」

「グレイモンは一緒じゃないのね。……勇」

 

 この場に現れたのは、勇だった。

 そう。優希が待っていたのは勇だったのである。今朝方、ウィザーモン経由で呼び出したのだ。まあ、ウィザーモンがどのような手段で勇に連絡を取ったのかは、優希も知らないのだが。

 今朝にスレイヤードラモンの所に行ったり、ウィザーモンの所へ行ったり。何気に今日の優希は行動力に溢れている。

 

「あ、この子は金剛力片成ちゃん」

「お、オラは日向勇。よろしくな!」

「……」

「あー……ごめん、ちょっと人見知りでね」

「ああ、そういうことなら構わないよ」

 

 まあ、片成の自己紹介は優希がしたのだが、とにかくこれでお互いに自己紹介をしたことにはなった。

 だが、いきなり現れた勇を相手に会話するのはやはりキツいのか、片成は優希の背中に隠れて出ようとはしない。そんな片成の姿に、優希も勇も苦笑気味である。

 とはいえ、勇と片成を会わせたのは、優希にも目的があるからだ。そう。これからが本題である。

 

「で、片成ちゃんの人見知りを多少なりとも改善させたいって思ってるのよね。端的に言えば、協力して欲しいの」

「……えっ……!?」

「オラ?別にいいけど……大成はどうしたんだ?」

「あぁ……ちょっとね。大成を相手させるにはまだ早すぎるみたいだから……」

「……?」

 

 優希の言うことがよくわからなかった勇だが、彼女の背中で落ち込む片成を見て、何かあったことを悟ったのだろう。特に何を言うことはなかった。

 いろいろと気になるものの、勇としても協力することはやぶさかではない。一二もなく、勇は優希の協力を承諾したのだった。

 

「とはいえ……何に協力すればいいんだ?」

「そうね。……とりあえず、いくつか案はあるんだけどね」

「……いく……つか……」

「……案?」

 

 複数の案。そんな優希の言葉に、なぜか嫌な予感がしてきた片成である。

 一方で、勇としては最悪丸投げされることも考えていただけに、とりあえずの案があるという言葉にホッと一安心していた。

 まあ、優希が丸投げなど、そんな無責任なことをするはずもないのだが――そんなことを、付き合いの浅い勇が知るはずもない。

 

「まあ、ゆっくりとやるのが一番いいんでしょうけどね」

「……!……!」

「なんか、片成がすごい勢いで首を縦に振ってるぞ」

 

 勇の言う通り、優希の言葉を聞いた片成は、首を縦に振り続けている。というか、振りすぎてその勢いだけで首が取れてしまいそうなほどだ。それだけ、片成はその案とやらに嫌な予感を抱いているのだろう。

 とはいえ、片成が嫌がっているからと言って、優希は止めるつもりはなかった。昨日の様子を見る限り、放っておいたら、このままでずっと行きそうな予感がしたのである。

 

「……そうね。とりあえず、ゲーム時代に戻ってみましょうか」

「ゲーム時代に戻る?」

「……?」

 

 優希の言ったことに、よくわからないといった顔をした片成と勇。

 まあ、優希もこれだけでは説明不足であることは分かっているので、この案についての詳しい説明を続けていく。

 

「普通に話すだけじゃだめだと思うのよ」

「なるほど。ゲーム時代に戻るってそういう意味か」

「今のだけでわかったの?」

「つまり、あれだろ?気晴らしがある状態でその場にことで、リラックスできて自然と話し始めることができる……ってことだろ?」

「よくわかったわね……ま、そういうこと」

 

 ゲーム時代に戻ると言った優希の真意は、そこにあった。ゲームなどで双方リラックスさせ、さらに同じゲームに参加しているという一体感から、自然と会話できる土台を整えられる。

 歓迎会やらパーティーやら、初対面の人が大勢いるような場で有効な手だ。

 そのことに勇が即座に気づけたのは、やはり幼い頃に引っ越しを経験したからこそだろう。もしかしたら、勇にも似たような経験があるのかもしれない。

 

「でも、どうする?ここにゲームなんかはないし……道具も何も使わないゲームでもするのか?」

「いや、そんなことよりもっといいのがあるでしょう」

「……ああ。なるほど」

「……え?……えぇ?」

 

 一人、この場で片成だけはわかっていないようだったが、そんな片成を置いておいて、勇と優希は準備を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 さて、場所は変わって、大成たちの家。

 現在、そこでは緊迫した雰囲気が漂っていた。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

「勘弁してくれ」

 

 そんな中で、そう呟いた大成。だが、その言葉は、誰にも受け取られることなく消えていった。

 この緊迫した雰囲気を作り出しているのは、言わずもがなデジモンたちである。彼らは睨み合ったまま、ピクリとも動かない。

 事の起こりは、今朝方に優希がエンジェモンを連れて来たことから始まる。しかも、優希はそのまま片成とどこかへ行ってしまった。エンジェモンを置いて。

 そして、まるで昨日の焼回しであるかのように、置いて行かれたエンジェモンは、優希によってこの場に残らされたデジモンたちと衝突し始めたのである。

 まあ、昨日あれだけ仲が悪かったのだ。よほどのことがなければ、たった一日で仲良くなれるはずもないのだが――それでも、自分のことを棚に上げてでも、大成は言いたかった。仲良くしろ、と。

 

「そこをどけ。私は我が主を探しに行かねばならぬのだ」

「それは無理な相談ですな。お嬢様から“直々”に頼まれたのですからな!……そう直々に!」

「……何が言いたい?」

「てめぇみたいにワガママでくっついているんじゃねぇってことだよ!」

「ワガママ……だと!?私の行動が!?聞き捨てならないな!」

「エクスブイモン殿。さすがに言いすぎですぞ。……ただ、邪魔だから置いて行かれただけですな」

 

 デジモンたちのヒートアップは止まらない。

 普段、レオルモンはブレーキ役であるはずだが、エンジェモンの姿に何かを抱いているのだろう。率先してエンジェモンを挑発していた。

 まあ、その何かは、どうせ同族嫌悪辺りの感情だろうが。

 そして、その心の中はともかくとして、相変わらずスティングモンは壁にもたれかかって我関せずを貫いている。だが、止めに入らない辺り、彼も思うところがあるのだろう。

 

「いい加減にしてもらおう。これ以上私や我が主を侮辱するなら、実力行使も辞さない。痛い目を見る前に土下座して謝るのだな」

「ほう?ずいぶんと野蛮な手に訴えるのですな」

「はっ……いいぜ?てめぇ一人でオレたち四人を相手できるならな!」

「よ……人?え?俺も入ってんの?」

 

 いつの間にか戦う流れになっている。

 野蛮な手に訴えていると言ってエンジェモンを批判しているレオルモンですら目はやる気であるし、スティングモンは壁から離れて気合を入れていた。

 しかも、大成もエクスブイモンに物の数に入れられている。さすがに、この前のエテモンの時のような時ならともかく、デジモン同士の普通の戦いに巻き込まれれば、大成では普通に死ぬ。

 というか、大成が死ぬ前に、このままではこの家が死ぬ(壊れる)。この家は要塞でも何でもないのだ。

 エンジェモンはここじゃなくて、リュウやウィザーモンの所に連れて行ってくれればよかったのに、と。大成は真剣に優希を恨んでいた。

 ともあれ、このまま家が破壊されるのを黙ってみている訳にもいくまい。現実逃避したくなる自分を押さえつけて、大成は事態の解決を試みた。

 

「ちょ、お前ら待――」

「ならば、押し通る。我が主の元へ行くためにも!」

「……はっ!やってみろ」

「僕たちは負けませんよ!」

「だから、ま――」

「お嬢様のためにも!ここで足止めされてもらいますぞ!」

「ふ、汝らに負けるほど軟ではない!」

「……だ、か、ら……!」

「よっしゃ!それじゃ……!」

「だから!待って……って言ってんだろうがぁあああああああ!」

 

 そうして、大成の心からの雄叫びによって、この場はひとまず収まって。結局、この続きは場所を移して行われることになったのだった。こうして、大成たちの家は崩壊の危機から未然に守られたのである。

 そんなこんなで、大成たちは家を出て歩き始めた。目指す場所は、いつもの場所。スティングモンたちデジモン組が、スレイヤードラモンとのトレーニングでいつも使っている場所である。

 

「全く理解できないな。下賤な者が。その泣けなしのプライドを砕かれることもなかろうに……」

「口が減らねぇ奴だな!井の中のカワズ君?」

「……ほう。言うじゃないか」

 

 そんな道中の間でも、エンジェモンの口は減らない。

 また、エンジェモンがこういう態度のままであるということは、エクスブイモンたちの雰囲気も先ほどからそのままということで――この険悪な感じに、そろそろ飽きてきた大成である。

 そして、この数十分後。大成たちは、目的の荒地へとようやく到着した。まあ、後半は、時間が惜しくなったのか、大成はスティングモンに抱えられて移動していたのだが――それはともかくとして。

 

「さて!……雑魚共、命乞いする準備はいいか?」

「はっ!言ってろ。雑魚」

「ふっ!我々を舐めすぎですな!」

 

 端からなかったやる気が、余計になくなって、早く帰りたがっている大成の傍で、デジモンたちは相変わらずヒートアップしている。

 というか、デジモンたちはその一触即発の空気をどうにかしようとしているどころか、その空気を進んで作り出していると言えるほど。

 そして、一触即発の事態はいよいよやってきて――。

 

「……はぁ」

 

 疲れ果てた大成が溜め息を吐いた。それが、偶然にも始まりの合図となる。大成が溜め息を吐いたその目の前で、デジモンたちはぶつかり合い始める。

 まあ、彼らを傍から見ていた大成は、自分が溜息を吐いた瞬間に戦闘が始まるという、ある意味シュールな光景を目撃することとなったのだが。

 

「はぁぁあああ!」

「おりゃあああ!」

「隙ありですな!」

「っふ!」

 

 現状、三対一。どちらが優位かなど、見るも明らかだ。

 同格のデジモン二体と格下ながらも侮れないデジモン一体。エンジェモンは、その三体のデジモンたちを同時に相手しているのだ。普通なら、あっという間に勝敗が決まってもおかしくない。

 だが、エンジェモンは戦えていた。流石に、終始押されているが、三対一の現場を生き残っている。どうやら、エンジェモンは口だけの者ではないようだ。

 

「っく!下賤な身分にしてはやるな……!」

「下賤下賤うるせぇよ!」

「仮に僕たちが下賤だろうと、僕たちは負けませんよ!エクスブイモンさん!」

「おう!」

 

 そんな中で、大成は驚いていた。

 スティングモンとエクスブイモンの二人の連携だけ、大成の目から見てもレベルが違うのだ。その様子は、さながら長年連れ添った夫婦のよう。同じくエンジェモンを敵視しているレオルモンが、自分がその中に入ってしまえば邪魔になってしまうと思うほど、と言えばその凄さがわかるだろうか。

 それほどまでに、二人の連携は堂に入っていた。二人はまだ出会ったばかりだというのに。

 

「……すげぇ」

 

 そして、そんな光景を前にして、そう大成はひとり呟く。

 このスティングモンとエクスブイモンがこれほどの連携ができるのは、いくつかの理由がある。そのひとつが、スレイヤードラモン監修のトレーニングだ。

 スティングモンとエクスブイモンは、そのトレーニングでひたすらに戦い合っていた。その中で、相手に負けたくないという一心によってお互いの癖などを熟知したのである。

 また、彼らは性格も戦闘タイプも違う。それが、うまく噛み合うのだ。まるで、歯車のように。

 もっとも、それ以外にも理由はあるのだが――それは置いておくとして。

 

「これは……手を出す暇がありませぬな」

「……セバス、なんでここにいるんだよ」

「いやはや……あとしばらくすれば勝敗は決するでしょうからな。このセバスが出る幕はないようで」

 

 そんなことを言うレオルモンを前にして、大成は呆れ気味だったが、それも仕方がない。

 確かに、エンジェモンは優れている。強い。もし一対一であったならば、きっとスティングモンたち個々人よりも強いかもしれない。だが、それでも。大成たちが知る本物の強者たちのように、数の不利を覆せるほどではない。

 だからこそ、レオルモンは勝負は決まったと言うのだ。そして、それは大成の目から見ても、明らかなことだった。

 

「……っく!」

「これまでだな!」

「これで……!」

「終わりだァ!」

 

 そして、そんな大成たちの目の前で、勝負は決着の時を迎えようとしていた。

 二人がかりの猛攻に耐えられなくなったのか。膝をついたエンジェモンに向かって、スティングモンとエクスブイモンが殴りかかって。

 殺す気はないので、必殺技など高火力の技は使わない。ただ、殴るだけ。だが、それだけでも、エンジェモンに敗北を覚えさせるのは十分なものだった。

 悔しそうなエンジェモン。そんな彼に向かって放たれたスティングモンたちの拳が、エンジェモンの顔を捉え――。

 

「……なっ!?」

「……えっ!?」

 

 捉えようとしたその瞬間。

 この場に割り込むように現れたのはグレイモンで。そんなグレイモンは、その両手をもって一瞬で二人の拳を受け止めたのだった。

 

 




というわけで、第五十五話。
優希が何やら企んだのと、その裏での大成たちの回でした。

さて、次回はこれの続き。優希の企みの実行回です。
はたして……うまくいくのか……!

それでは次回もよろしくお願いします。



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第五十六話~エンジェモンの懺悔~

「な……」

「ここまでだよ!」

 

 自分とスティングモンの本気の拳を受け止めるようにして、この場に割って入ってきたグレイモンの存在に、エクスブイモンは唖然としていた。

 確かに、必殺技に比べれば劣るだろうが、それでもさっきの殴打は本気の一撃だった。それを、グレイモンは何のことなしに受け止めたのだ。このグレイモンのことを知らない者ならば、エクスブイモンのように驚くことだろう。

 だが、こうやって驚くのは、あくまでこのグレイモンのことを知らない者だけ。

 スティングモンや大成は、このグレイモンのことを知っていたし、このグレイモンならこれくらいは出来て当然だろうという、ある種の理不尽にも似た諦観があった。

 

「……誰だ?」

「えっと、ボクはグレイモン!あ、戦う気はないよ!勇の頼みで止めに来たんだ」

「勇……?」

 

 グレイモンの登場にエクスブイモンは茫然自失としていた自分に気合を入れ直し、戦闘態勢に移る――が、そんなエクスブイモンの姿が見えないとばかりに、グレイモンは戦闘しない旨のことを告げた。

 せっかくやる気になっていたエクスブイモンも、面と向かって戦闘しないと告げられれば、呆気にとられるしかない。

 一方で大成たちは、勇の頼みという部分に、首を傾げていた。なぜ、勇が自分たちがエンジェモンと戦うことを知っていて、さらにそれを止めるのだろうか、と。大成たちがその理由を知るのは、この数十分後の話である。

 

「エクスブイモン!勇とグレイモンが言うなら、とりあえずここまでだ」

「何言ってやがる!まだまだこれからだろ!なんだったらコイツも相手にしたっていいんだぜ?」

「いやいや、無理だから。無茶だから。スティングモンとエクスブイモンが連携して、ようやく勝負になるレベルだから」

 

 そう言った大成の脳裏には、かつてコテンパンにやられた時の記憶が蘇っていた。少し弱気が過ぎるようにも感じるが、あの時の敗北と衝撃の記憶は、未だ大成の中に強く残っている。

 もちろん、スティングモンはあれから強くなっているし、エクスブイモンだっている。実は大成の思うほど力の差はなかったりする――のだが、それでもグレイモンの方が地力が上だということには変わりなかったりする。

 まあ、勇とグレイモンは大成の憧れる人で、さらにゲーム時代の頂点に存在する人である。大成の中で彼らを若干の神聖視していることも相まって、大成の中で彼らの評価が実際とはちょっと違うのだろう。

 

「勇とグレイモンは……そうだな。人間とデジモンのタッグじゃ、おそらく最強だぞ?グレイモン単体ならともかく……勇までセットになると手に負えねぇよ」

「……そんなにか!?」

「ああ。そんなに、だ」

 

 そう言った大成に驚いたエクスブイモンは、驚愕を秘めた眼差しでグレイモンを見る。そんなエクスブイモンの眼差しに、グレイモンは照れていた。

 一瞬だけだが、グレイモンのそんな姿にエクスブイモンは、人は見かけによらない、という若干失礼な思いを抱いていたりする。

 ちなみに。先ほどの大成の言葉に、レオルモンは「最強ならば、おそらく旅人殿だと思えますが……」と呟いていたのだが、それは大成には聞こえていなかった。

 もっと言えば、大成の中で旅人のことはすっかりと忘れられていたりするのだが、それはほんの余談だ。

 

「……とにかく!もうじき勇たちがここに来るから、止めてくれよ」

「勇……たち?勇だけじゃないのか?」

「うん。優希とあと……ひらな?っていう女の子」

「我が主がっ!?」

「あ。復活した」

 

 グレイモンの片成が来るという発言によって、エンジェモンが復活した。グレイモンが来てからずっと静かだった彼だが、それは今の今までずっと呆然としていたからだ。

 そう。二対一だったとはいえ見下していた者に敗北させられたこと。さらに突然現れたグレイモンに助けられたこと。この二つのことによって、彼のプライドはボロボロになってしまい、今の今までショックで茫然自失としてたのである。

 

「ああ、大丈夫かい?ずっと黙ってたから心配だったんだよ」

「……黙れ。下賤な者に心配される謂れはない!」

「下賤?ボクは下賤じゃないよ」

「自分の身の丈もわからないとは……これだから下賤な者は……!」

「そうなんだ……ボクって下賤だったんだね」

 

 何と言うべきか、グレイモンは相変わらずのようである。

 エンジェモンの口の悪さでさえも、グレイモンは受け止めている。まあ、決して受け流している訳ではないというのが、グレイモンらしいのだが。

 そんなグレイモンに、言った本人であるエンジェモンも呆気にとられていた。彼の言葉には、今までスティングモンたちのように反発する者がほとんどだったのだ。だというのに、このグレイモンは受け止めている。

 このグレイモンのようなタイプの者は、エンジェモンが初めて出会うタイプだった。

 そして、グレイモンがそんな者だからだろう。エンジェモンの心に、ちょっとした変化が起きたのは。

 

「……前言を撤回する」

「えっ!?エンジェモンが!?」

「天変地異の前触れですかなっ!?」

「ありえねぇ……!」

「そ、そんな……」

「……黙れ、下賤な者共!」

 

 エンジェモンの言った前言とは、まず間違いなく“下賤な者”という部分だろう。自分の口癖と言えてしまうほどの言葉を撤回するとは、エンジェモンの性格からして考えられないことだった。

 だからこそ、大成たちは驚いてしまったのだ。

 とはいえ、エンジェモンが前言を撤回する対象は、大成たちでなくグレイモンだけなのだが――当のグレイモンは、大成たちの様子が何なのかわからないといった感じで首を傾げていた。

 

「汝は下賤な者ではない。純真無垢な……心美しき者だ」

「いや、でもボクのこと下賤って……」

「私の目が曇っていたのだ。汝のような者が、下賤であるはずがない」

 

 まるで先ほどまでの自分を悔いるように話すエンジェモン。傍若無人の彼が、片成以外の者に対する態度にしては珍しい態度である。それほどまでに、グレイモンの性格に思うことがあったのだろう。

 とはいえ。散々ボロクソに言われてきたエクスブイモンたちだ。傍から見ていて、そんなエンジェモンに納得できるはずもなかった。

 

「なんで、そいつが心美しいって言われるんだよ!」

「下賤な者にはわかるまい!まるで幼子のような心を保ち続けるのがどれほど難しいことか!」

「いやいやいや!それただの天然なだけだろ!」

「……疲れますな」

「……そうだな」

「……そうですね」

 

 エンジェモンに突っかかるエクスブイモンの姿を見ながら、大成たちは疲れた声で呟く。グレイモンの登場によって、彼らはエンジェモンのことなど、どうでも良くなっていた。

 怒りを保ち続けるのは、それなりに難しいことだ。特に、別の何かの要因によって、一度でも怒りの矛先が何処か見当違いの方向へと行ってしまったのなら、なおのこと。

 彼らの中のエンジェモンに対する怒りが再燃するには、それこそもう一度エンジェモンが自分たちに何かを言ってこない限り、不可能だろう。

 とはいえ。未だその怒りを保持し、エンジェモンに突っかかっているエクスブイモンは、白熱するあまりに先ほどの続きとして第二ラウンドに行きそうな感じさえする。

 

「……で、ここに来るってことは勇は俺たちに用があるのか?」

「そうみたいだよ」

 

 そんなエクスブイモンを放っておいて、大成たちはグレイモンに話を聞くのだった。

 

「でも、詳しくは知らないんだ。なにせ、散歩していたらいきなり呼ばれて、君たちを探せって……」

「散歩、してたのか」

「え?そりゃするよ。健康にいいらしいよ?」

「……」

 

 確かに、散歩――というより歩くことは健康に良いが、それはあくまで人間の場合だ。散歩というものが、デジモンの健康に対してどこまで恩恵があるかはわからない。

 それなのに、グレイモンは散歩しているらしい。

 まあ、グレイモンはそこまで考えていないのだろう。きっと。健康のために散歩しているわけではなく、単純に散歩したいからしているだけなのだ。

 あくまで、健康に良いというのはオマケ程度の扱いとしているはずである。きっと。

 とにかく、大成たちはそう納得することにした。

 

「優希とその……ひらな……だっけ?」

「ああ、片成な」

「うん、その片成に勇は何か頼まれたらしいよ。で、みんなで君たちを探していたらしいけど……ほら、どこか行っちゃってたから」

「それで、探しに来てくれたのか。あれ、探されてるなら街に戻った方がいいか?」

「いや、僕が先行する形でここに来たから、そのうちに来ると思うよ」

 

 そう。優希たちは大成たちを迎えに家に戻ったのだが、大成たちはここにいたために、家はもぬけの殻だった。そのため、彼女たちは街中を探し回ったのである。

 で、街中を探し回った彼女たちは、最後に街の外へと行くことになり――体力の一番あるグレイモンが、先行する形で走ったのだ。

 もし仮に、大成たちが見つからなければ、グレイモンが引き返して優希たちと合流すればいい。そして、グレイモンが引き返してこなければ、大成たちがいるということで、優希たちもそのまま行けばいい。

 このように、グレイモンを先行させるこの方法が体力的にも一番効率が良かったのである。

 

「……ああ、来たな」

「本当だ!おーい!」

 

 そんな風に話していた時のことだった。遠くに、優希たち三人の姿が見えたのは。

 ようやく来た三人にわかるように、グレイモンは飛び跳ねながら手を振る。だが、そんなことをしなくても、大成たちの姿は向こうでも確認できているはずなのだが――まあ、そこはグレイモンの気分なのだろう。

 とはいえ、大成にとっては、そんなことよりもグレイモンが飛び跳ねるたびに起こる地響きの方が、キツかった。

 そう、グレイモンが飛び跳ねて、地面に着地する度に、地面がグラグラと揺れるのだ。その震動たるや、小さめの地震と間違えそうなほどである。その揺れに転びそうになるのを耐える方が、大成には重要だったのである。

 

「大成アンタ……なんで家にいないのよ」

「よっ!大成久しぶりだな。どっか行ってたんだっけ?」

「……」

 

 そうして、やがてやって来た優希たち三人。

 毎日のように会っている優希はともかくとして、勇と片成の二人は相変わらずそうだった。まあ、勇とは数日会ってなかっただけであるし、片成はそもそも出会ったのが昨日だ。簡単に変わるような時間は経っていないから、相変わらずなのも当然なのだが。

 

「いや、ちょっとエンジェモンと喧嘩して……」

「……それでここに来たのね」

「あれ、あのデジモンは……」

「エクスブイモン。一応、俺の新しいパートナー?」

「へぇ?ブイモン系の進化系かな?っていうか、一応?」

「まぁ、いろいろあったんだよ」

「ふぅん?でも、二体目のパートナーか。いいね」

 

 そうやって会話する大成たちの視線の先には、先ほどと変わらずエンジェモンに突っかかるエクスブイモンの姿があった。いや、先ほどよりも増して、彼らはヒートアップしているようにも見える。この調子では、遠からず第二ラウンドが始まるだろう。

 そのことを悟った優希たちは、大成を放っておいて、動く。これ以上、勝手をされると自分たちの立てた計画が崩れてしまうのだ。彼女たちとしては、それは避けたかったのである。

 

「ほら、片成!エンジェモンの方を止めて。グレイモンはエクスブイモンの方をよろしくね!」

「え?あ、うん!」

「え……へ……あ……う、うん!」

 

 優希の指示に従って、片成とグレイモンが動く。

 グレイモンはエクスブイモンの方を止め、片成がエンジェモンの方を止める。そのために二人は動いたのだが――グレイモンの方はともかくとして、問題は片成だった。

 片成は、エンジェモンの前に出たのはいいが、ずっと黙ったままだったのだ。片成はエンジェモン相手にもうまく話せないようである。

 ずっと懇願するような視線をエンジェモンに向けている片成だが、彼女は忘れてはいないだろうか。エンジェモンは、片成の考えていることを自分に都合良いように捉えるという悪癖があることに。

 

「我が主……なるほど!わかりました!あの下賤な者を見事討ち取ってみせましょう!」

「……!ち……が……ぅ……」

「大丈夫です!さぁ行くぞ!」

「よっしゃ、来いやァ!」

「ちょっと!ダメだってばー!」

 

 先ほど、どうにかするように指示を出した優希だったが、今の現状を見て、何もかも遅かった感がしていなかったわけではなかった。

 グレイモンの制止の声を振り切ってやる気を出すエクスブイモン。

 片成の思いを都合よく解釈してやる気になったエンジェモン。

 両者はもはや止めようのない場所まで進んでしまっていたのである。だからこそ、優希は必死になって考えるのだ。この状況から、自分たちの立てた計画に移行する策を。

 

「あーあ……こりゃ、第二ラウンドだな。よっし!イモ!お前も行ってくれば?」

「えぇ……僕もですか?まぁ、いいですけどね……」

「ダメに決まってるでしょ。こっちにも段取りがあるのよ?」

「段取りってなんだよ」

 

 しばらく考えた優希は、今にも戦闘に出て行きそうなスティングモンや大成をこの場に留まらせる。彼女は今、どうしてこうも血の気が多い者が多いのか、と呆れていた。

 そうして、大成たちを止めた優希は、この手しかない、と多少の計画変更を決意する。

 片成のためにも、この計画はそれなりにうまくやらねばならないのだ。なればこそ、この程度の障害で挫けてはならない。

 その思いを胸に秘めて、優希は大声を張り上げるのだった。

 

「アンタたち!」

 

 なるべくよく響くように、よく聞こえるように。それだけを意識して、優希は大声を出す。片成ほどではないが、優希も大声を出すのは苦手な方だ。しかも、何も遮蔽物のない外であれば、なおのこと。

 仮に大声を出すのが得意なものでも、ここまで遮蔽物のない場所でよく響く声を出すのは難しいだろう。

 それでも、優希は声を出さなければならなかった。今まさに戦いを始めようとしているエンジェモンとエクスブイモンを止めるためには、彼ら両方に声を聞かせなければならないのだ。

 実力行使でもいいが、それをするとこの後の計画に支障が出る可能性もある。だからこそ、あまり良い手ではないが、声という手段を優希は用いることにしたのである。

 とはいえ、優希が無理に大声を出した甲斐もあって、エクスブイモンとエンジェモンの二人は動きを止めて、優希の方を見てきた。これならば、話を聞いてもらえるだろう。

 

「そんなに戦いたいのなら、戦えばいいわ……その代わり――」

「代わり?」

「――チームでね」

 

 ニヤリ、と笑いながら言った突然の優希の提案。

 その提案を聞いたその場の全員は、その提案の意味するところを考えて――呆気にとられたのか、口を開けて固まっていたのだった。

 




というわけで、第五十六話。
次の話につながる回でした。
ついでに、久しぶりのグレイモンと勇の登場ですね。

さて、次回はついに優希の計画の開始です。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第五十七話~交友深める交流戦!~

 学術院の街から少し離れた荒野にて。二つのグループに別れた大成たちは、向かい合うようにして立っていた。

 これは、優希が先ほど言った提案が通った結果である。内容としても大したことではない。それこそ、二組に分かれて試合をするだけの話だ。つまり、団体戦という訳である。

 先ほど提案された時は、事情を飲み込めてない大成たちにとっては寝耳に水といった感じで受け入れられなかった。だが、ようするにレクリエーションみたいなものか、と納得した大成たちは面白そうなその提案に賛同することにしたのである。

 

「ま、ここまで来たらやるしかないか。なっ!片成!」

「……」

「……だんまりか……おーい?」

「……」

「……はぁ」

 

 そんなこんなで、グループは大成と片成たち、勇と優希たちという風に分けられた。

 もちろん、ここには片成と大成にコミュニケーションを取らせようとする優希たちの意思が絡んでいたりするのだが――まだ試合開始までの準備時間だというのに、大成は早くも疲れ始めていた。

 理由は言わずもがな。片成とのコミュニケーションが成立しないからである。これでは、大成と片成にコミュニケーションをとらせるという、優希たちの思惑が成立しない。

 まあ、この段階で万事が上手くいくとは優希たちも思っていなかったのだが――。

 

「やばい、試合開始まであと五分もねぇよ!」

「ふん!汝のような下賤な者の手など借りる必要はない」

「……さっきイモたちにやられそうになってたくせに」

「……!黙れ!」

 

 だが、優希たちの思惑に反して、コミュニケーションをとっているのはエンジェモンと大成だけだった。片成はそんな二人の姿にオロオロとするだけだ。

 ちなみに。そんな中で、スティングモンとエクスブイモンの二人は、やるからには勝ちたいとばかりにアップを始めていた。大成たちを無視して。

 そして、大成たちがそんなことになっている一方で――。

 

「大成たち、うまくいっているかな?」

「無理でしょうね」

「……だよな」

「お嬢様がやりたいことはわかりましたが……本当にこれでよろしいのですかな?」

「とりあえず、話せる時間を増やすことから始めないとね」

 

 一方で優希たちは、片成が大成と話せるようになることを祈って、呑気に話していた。

 一応、今は試合の前で、作戦や計画を立てる時間なのだが――優希たちは、関係ないとばかりに話している。その姿は、それこそ呑気の一言だ。

 とはいえ、優希たちにとってこの試合は、片成と大成の二人に対する思惑以上の意味はない。

 そちらの思惑が果たせられれば、優希たちはこの試合は負けようが勝とうがどちらでもいいので、これでも良いといえばいいのだが――少し舐めすぎな感は否めないだろう。

 まあ、勇と優希ではろくな連携ができないために、そもそも話し合うことがないという、ある意味どうしようもない事実もあったりするのだが。

 

「いっち……にっ……さん……しっ!」

 

 そんな優希たちの中で、唯一試合に対して真面目に臨もうとして準備しているのは事情を知らないグレイモンだけだった。相変わらずラジオ体操をしてアップを始めている。

 そうして、そんなグレイモンの姿を横目に見ながら、優希は「……片成、頑張りなさいよ」と祈りにも似た呟きを呟くのだった。

 さて、そんなこんなで五分後。

 

「……準備はいい?」

「うん。いや、良くないけど……うん」

「……その様子じゃ話せてないわね。一言たりとも。ま、本題はここからだし……」

「ん?何か言ったかー?聞こえなかったんだけど?」

「いや、なんでもないわ。準備はいいんでしょ。はじめるわよ」

 

 大成たちと優希たちはその間に十数メートルの距離を置いて立っていた。

 ちなみに、数の不公平があるということで、ジャンケンの結果として、エクスブイモンは休憩となっている。

 ともあれ、いよいよ試合が始まるということだが――大成は相変わらず疲れた表情をしていた。

 そんな大成の表情を見て優希たちもだいたい悟ったのだが、どうやら先ほどの時間では片成は大成と一言たりとも話せなかったようだ。

 この調子では、試合が始まったからといってどうなるかわかったものではない。それこそ、最悪何も変わらずに今日の試合が終わる可能性もありうる。

 そうして。早くも上がってきた最悪の可能性を見ないふりして、優希たちは試合を開始するのだった。

 

「それじゃ、この上に放り投げた石が落ちたらはじめね」

 

 そう言って優希が上に放り投げた石が落下する。

 そして――。

 

「ガァアアアアア!」

「リベンジです!」

「二度と遅れはとらん!」

「負けませぬぞ!」

 

 咆哮ともとれる気合の入った声を上げて、全員が一度に激突する。

 先手をとったのは、やはりグレイモンだった。成長段階はレオルモンを除いた全員が同世代だというのに、一人だけずば抜けたスペックと技量を誇っている。

 駆け出したグレイモンは、その尻尾をもってスティングモンを吹き飛ばし、そのままエンジェモンと接近戦をする。

 先ほどはそれなりに仲の良かった二人だが、やはり試合となれば手加減もするつもりもないらしい。しかも、エンジェモンはグレイモンと互角とまで行かなくとも、それなりに戦えている。

 それは、グレイモンと戦えるほどの強さをエンジェモンは持っているということで。グレイモンの強さを知っている大成たちとしては、かなり驚きだった。

 とはいえ、エンジェモン自身のことは気に食わないスティングモンも、彼をグレイモン相手に一人で戦わさせるつもりはなかった。ゆえに、エンジェモンに加勢しようとして――。

 

「っ!加勢します!」

「させませんぞっ!」

「……!セバス!」

 

 その直後、レオルモンによって邪魔された。

 だが、いくらレオルモンが運動能力に優れているとはいえ、成長期。そのスペックは成熟期に敵うものではない。だからこそ、スティングモンもレオルモンよりグレイモンを警戒していたのだが――レオルモンについて、たかが成長期だと油断してなかったと言えば、嘘になるだろう。

 レオルモンとスティングモンが直接戦うのは初めてだったが、思いのほか自分にくらいついてくる相手に、スティングモンは内心で驚いていた。

 

「っく!おい!スティングモン!さっさとやっつけちまえ!」

「いやいや、エクスブイモン無茶言うなよ。セバス、結構強いぞ?」

「けど、成長期じゃねぇか!」

 

 そんな中で、外野は呑気にあれこれ言っているが、その実、全員がレオルモンの強さに驚いている。

 確かに、レオルモンはスティングモンに押され気味だ。だが、押され気味でも、スペック差があっても、それでいてくらいついていくその強さをわからないほどの愚か者はここにはいない。

 文句ばかり垂れているエクスブイモンも、呑気に観戦している大成も、ずっと黙っている片成も。内心ではそんなレオルモンに驚き、感嘆していた。 

 

「……っく!おりゃ!」

「うぐっ!まだまだ……ですぞ!」

 

 ここまでレオルモンが格上のスティングモンにくらいつけていけるのも、やはり日頃スレイヤードラモンに吹き飛ばされボコボコにされている賜物だろう。レオルモンは、毎日のようにスティングモン以上の格上相手にボコボコにされている。それを思えば、スティングモン()()の格上など、ぬるま湯も同じなのだ。

 まあ、それでも格上であることには変わりなく、レオルモンの勝ち目が薄いということも変わりないのだが――それでも、勝ち目があるだけマシではあるだろう。

 

「やるね!」

「汝もな!」

 

 そんな風にスティングモンたちが戦っている一方で、エンジェモンはグレイモンに猛攻を仕掛けていた。

 エンジェモンのその手に持った杖が、まるで踊っているかのように動いていた。まるで散弾銃のような苛烈な突きが、まるで竜巻のような振り回しが、グレイモンを襲う。そんなエンジェモンの攻撃を、グレイモンは必死になって耐えていた。

 一見すると、一方的に攻撃しているエンジェモンが有利に見え、グレイモンは防戦一方にも見える。だが、この実、追い込まれているのはエンジェモンの方だった。

 

「……っく!」

「どうしたんだ!こんなものか!」

「っ!まだまだァ!」

 

 そんなエンジェモンの顔には余裕がない。エンジェモンはわかっているのだ。この猛攻で終わらせられなければ、この猛攻に耐えられてしまえば、負けるのは自分であるということを。

 そのエンジェモンの考えを裏付けるように、グレイモンずっと何かを待つように攻撃に耐えていた。

 異常なまでのタフネスに、一撃で相手を仕留める攻撃力。その二つが揃うとこうも厄介になるのか、とエンジェモンは冷や汗をかきながら攻撃を続けていた。

 確かに、これは実戦ではない。あくまで、模擬試合。あくまで、レクリエーションの範囲。お互いの実力を確かめ、交友を深める以上の目的などない。

 だが、だからといって負けるのは嫌だった。遊びだろうと実戦だろうと何も関係なく、エンジェモンは敬愛する片成に無様な格好は見せたくなかった。

 

「うぉおおおおおお!」

「っ!威力と速度が……捉えきれない!」

 

 だからこそ、エンジェモンは休むことなく攻撃を続ける。

 すでに体力は尽きそうで。それでもなお限界に挑戦し続けるその姿からは、傍から見ていて今この場で進化さえ起きそうな錯覚さえするほど。

 だが、当然ながら、そんな都合の良い偶然など起きるはずもない。そんなことはエンジェモンもわかっている。都合の良い奇跡など起きないからこそ――エンジェモンは、ここで限界を超える心づもりで動くのだから。

 

「これでっ!」

「……なっ!」

 

 直後、これでトドメとばかりに、エンジェモンの拳が黄金に輝く。“ヘブンズナックル”と呼ばれる、エンジェモンの必殺技。

 全身全霊をかけた黄金に輝くその拳が、棒を捌くことに一生懸命になっていたグレイモンの腹を捉えて――。

 

「……エンジェ……モン!」

「いやいやいやいや!」

「アイツら、絶対に試合ってこと忘れてるだろ……」

 

 その瞬間に、黄金に輝く拳の勢いは、グレイモンの口から放たれた炎によって相殺された。

 自分の渾身の技があっさりと破られたことに頬を引き攣らせたエンジェモンだったが、傍から見ていた大成たちも別の意味で頬を引き攣らせていた。

 彼らの心を占める思いは一つ。曰く――やりすぎだろ、である。

 グレイモンがうまく対応できたから良かったものの、一歩間違えば、どちらかが瀕死になってもおかしくない攻撃だった。

 

「行くぞ、片成」

「え?……えぇ?……手……」

「……おい!お前ら!」

「……手……え?……」

 

 これは、流石に見過ごせない。少しばかり言う必要がある。

 そう思った大成は、片成の手を掴んで歩いて行く。そんな大成にいろいろと思うことがあった片成だが、当の大成はなんとも思っていないようだった。大成にとって大事なのは、エンジェモンの主である片成を確実にエンジェモンの下まで連れて行くこと。それだけだ。

 そして、大成たちが近づいてきていることにはエンジェモンたちも気づいている。彼らは自分たちがやりすぎていることなど気づいていないようで、なぜ止められるのかがわかっていないみたいだ。

 

「なんで止めるんだよー?」

「いや、なんでも何もないだろ。お前ら殺る気すぎだからだよ」

「……あ、の……た、い……うぅ……」

「っ汝!我が主の手を離せ!」

「え?……ああ、悪い」

「あ……いや……え……」

 

 エンジェモンが面倒くさいので、片成の手をさっさと離した大成。

 ちなみに、その際に片成は少しだけ残念そうな顔をしたのだが、そのことに大成は気づかなかった。

 ともあれ、その後も懇切丁寧に注意を続ける大成。せっかく気持ちよく戦っていたグレイモンもエンジェモンだ。明らかに二人とも納得していないようだった。

 

「いいか?安全第一!怪我をしないようにな!」

「誰が汝の言うことなど聞く必要が……」

「……」

「そう!我が主の仰る通りに命を賭してやる所存です!」

「……!……!……!」

「おい、ものすごい勢いで首を横に振ってんぞ」

「さぁ!第二ラウンドだね!」

「……無視かお前ら」

 

 グレイモンやエンジェモンに、呆れた様子で大成や片成は声をかけるのだったが、両者ともに話を聞く気配がない。

 勇と優希はこんな自分たちの姿を遠くで見て苦笑しているんだろうな、と。実際に見えるわけではないが、そんな予想をつけた大成。安全圏で呑気にしているだろう二人に若干の怒りを抱いたのだった。

 まあ、優希と勇の二人からすれば、理不尽なことこの上ない怒りではあるが――それはともかくとして。

 

「夜になりそうだな。そろそろ終わりにしないと……帰りが遅くなるんだけどな」

 

 ともあれ。再度始まる予感に、巻き込まれては堪らないと大成たちはその場を離れる。

 大成たちが離れたのを見届けて、エンジェモンとグレイモンの二人は戦闘態勢に移る。一瞬後、二人は再び激突しようとして――。

 

「さて!行く――っ!」

「――これはっ!?」

 

 その直後。辺りに漂ってきたおぞましい気配を前にして、動きを止めた。いや、グレイモンたちだけではない。スティングモンたちも、大成たち人間組も――この場にいた全員が、それを感じて固まっていた。

 まるで、死というものを体現しているかのような、そんな冷たい気配。自分たちはここで死んでしまうのではないか。そんな恐怖が彼らを襲ってきたのだ。気の弱い者なら、自ら死を選んでしまうかもしれない。それは、それほどのものだった。

 それでも、彼らがそうならないのは、こんなところで死んでたまるかという至極当然な反骨精神があったからだ。唯一暗い顔をしていた片成も、エンジェモンが守るように立つことで正気を取り戻した。

 もうここに、死の恐怖に怯える者はいない。

 だが、そんな中で次いで大成たちを襲うのは、純粋な疑問。一体誰がこんなことをするのか、という。

 この謎の現象は自然現象などではない。まず間違いなく、何者かによって発生したものであると大成たちは確信をもって認識していた。

 

「一体……?」

「……来る!」

「えっ!?」

 

 時刻はもう襲い。其処まで夕闇が迫っている。正に昼と夜の境目。そんな時間に、昼を追いやる夜に紛れ、その者は襲い来る。姿は未だ見せず、されど自らの僕を解き放って。

 

「グギャアアアアアアアアア!」

 

 そうして、大成たちの前に現れたのは、まるで苦しむように鳴く骨のようなデジモンだった。

 




というわけで、第五十七話。
優希の企みのレクリエーションからの、敵襲。
そろそろ第五章も佳境ですね。まあ、ここからまだ長かったりするんですが。

さて、次回。謎の骨デジモンとの戦闘です。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第五十八話~狂える骨獣~

 夜が迫るその時間。

 大成たちは一体の巨大な骨のようなデジモンに襲われていた。いや、骨のような、ではないか。骨というか――全身が骨だけでできた、骨そのものなデジモンだ。

 

「グギャァアアアアアアアアアアアア!」

「っく!」

「ずぁっ!」

 

 グレイモン、スティングモン、エンジェモン、エクスブイモン、レオルモンの五体がかりで戦っているのに、そのデジモンはまるで関係ないとばかりに暴れ続けている。

 その狂戦士の如き暴れっぷりからして、どうやらそのデジモンは痛みを感じていないようだ。痛みを感じていないからこそ、五体ものデジモンたちに攻撃されても平然として暴れられる。見た目だけではなく、中身までゾンビのようだった。この調子では、感情や知性があるかどうかも怪しいだろう。

 まあ、そんなそのデジモンのことはともかくとして――スティングモンたちは、ほとほと困っていた。

 理由は言わずもがな、だ。彼らは今の今まで、散々と試合をしていて疲れている。その上で、異常なタフネスを誇る相手との連戦。キツイというレベルではなかった。

 

「っく!こいつは一体何なのですかな!」

「知りませんよ!」

「っち!疲れてんだから無理すんな!オレを主軸として行くぞ!」

「ポクも大丈夫!」

 

 謎の相手との戦闘で混乱する中で、エクスブイモンとグレイモンが先陣を切り、中心となって戦う。先ほどの試合に出ていなかっただけにエクスブイモンは体力が有り余っていて、グレイモンの方は単純にまだ余裕があるのだ。

 そして、そんな二人をサポートするかのようにエンジェモンやスティングモン、レオルモンは動く。あのエンジェモンでさえ、そんな布陣に思うところはあっても、この異常事態を前に文句は言わなかった。

 

「っく!こいつ……暴れてるだけなのにつえぇ!」

「でも、勝てないほどじゃない!押し切れるよ!」

 

 そう。襲い来るデジモンは、ただ暴れているだけだというのに、強かった。それこそ、成長段階としては確実に完全体クラスだろう。いや、もしかしたら弱い究極体か、強い成熟期かもしれないが――この場にいる中で最もスペックが高い、という点については間違えようもない事実だった。

 とはいえ、グレイモンの言う通りだ。このデジモンが、いくらこの場の面々の中で最も強くとも、複数で組んでも勝てないほど実力が離れているわけではない。その上で五対一だ。堅実に戦っていれば、全員が無事で切り抜けられるだろう。

 まあ、それも――。

 

「っ!?地面の下から……!?」

「……もう一体!?」

 

 敵が一体だけだったら、の話だが。

 地面を突き破るようにして、エクスブイモンたちを地下から強襲してきたのは、目の前にいる骨デジモンと全く同じデジモン。つまり、単純に計算すれば、敵の戦力は二倍になったということで。

 完全体クラスの力を持つ同じデジモンが二体。その上で、こちらは戦力ダウン中。状況的にも、かなり悪かった。

 

「グレイモン!エンジェモンと一緒に先にいた方を!エクスブイモンはそれ以外のデジモンと後から来た方を!」

 

 そんな中で、勇からの指示がグレイモンたちの下に飛んでくる。

 エクスブイモンとグレイモンという現状況で戦える二人を別々にわけるようにチームを作り、人数の少ないチームにはダメージを負っている方を狙わせ、もう一方のチームに新たに乱入してきた方を狙わせる。実に理にかなった指示だった。

 一瞬で、アイコンタクトをした面々は、その指示通りに動く。状況的にこれが最善ではあるが、敵一体あたりのこちらの戦力を減らさなければならないというのは、どうにも辛いことだった。

 そんな風に、デジモンたちが戦っている中で――。

 

「……おかしくねぇか?」

「……?」

「何が?」

 

 大成は首を傾げていた。

 この状況になってから、自分にできることをするために、大成はもっぱら襲撃者の観察をしていたのだが――そんな時、ふと思ったのだ。

 敵は、感情や知性の欠片もないような、正に暴れるだけに存在するそんなデジモンだというのに、地下からの強襲など、やけに頭の良い戦い方をしている。

 このことに、大成はどこか妙な違和感を覚えたのだ。

 

「勇!ちょっと指示出しよろしく!」

「はぁっ!?ちょ、いくらオラでも無理だってぇさ!」

「……今なんて?」

「あ……いや、オラでも無理だ!」

「勇って“セバスみたいなタイプ”だったのね……」

 

 優希の言う“セバスみたいなタイプ”とは、もちろん慌てると何かしら普段とは違う言葉遣いになるタイプのことであるのだが――それはともかくとして。

 戦闘面での指示出しを、この中で最も手馴れているだろう勇に任せた大成は、その違和感の正体を探る。何もわからないかもしれなかったが、それでも大成はその正体を探らなければならない焦燥感に襲われていた。いつも感じるような嫌な予感を、大成はその違和感に感じていたのだ。

 そして、それを感じていたのは片成も同じようだった。

 優希と勇にはそんな二人のことがわからないようだったが、それでも真剣な二人を前にして、何かを言うのを止めた。適材適所。大成たちが何かを探るなら、自分たちはその分までデジモンたちの戦闘の役に立つように動けばいいと思ったのである。

 

「うぐ……アイツが出てきたあの穴……ここからじゃ遠くてよく見えねぇな」

「私……見……える……」

「マジで!?すげぇ目がいいんだな!」

「……う、ん」

「で?どうなってる?」

「縦の……穴の中……に……横にもう……一つ……穴がある……みたい」

「……やっぱりか」

 

 緊急事態ゆえか、片成と普通に話していることができていることにも気づかず、大成は「やっぱりか」と呟く。その視線の先には、二体目のデジモンが出てきた穴の姿があった。

 元々地下にいて、大成たちの存在に感づくと共に出てきたのならばまだわかる。だが、地下を移動して奇襲を仕掛けるなど、あの狂えるデジモンにできることではない。

 ならば、考えられる可能性は一つ。あのデジモンたちにその指示を出した何者かがいる可能性があるということ。

 

「これ、まずくね?」

「……まずい……ですね」

 

 完全体クラスのデジモンを手懐けられるような者が少なくとも一体。現状、かなりキツイ状態で、その者も参戦してくれば、ほとんど無理に近い状態になる。

 大成たちは、つくづく思っていた。自分たちの考えすぎであってくれ、と。そう思いながら、戦闘面での補助に復帰するために、二人は優希たちの下へと戻る。

 そして、大成たちがそんな恐るべき仮説にたどり着いた頃、デジモンたちは――。

 

「ふっ!……はっ!」

「グギャ……グギャアアア!」

 

 デジモンたちは、相変わらず厳しい状況に置かれていたものの、工夫を駆使して戦っていた。勇考案、勇と優希監修のヒットアンドウェイ作戦である。

 ヒットアンドウェイは、かなりの体力を消耗をするため、体力の少ない現在ではキツイ作戦であるのだが――それも仕方なかった。格上相手に、作戦など選んでいられないのだ。格上の相手に、体力の少ない状態で、真正面から戦って勝てるほど、勝負は甘くない。

 できるなら、勇としてはあまり好きな手ではないものの、奇襲や搦手などで安全に行きたかった。だが、奇襲や搦手などは、この狂える相手に通用しないと踏んだのだ。だからこその、ヒットアンドウェイである。

 

「エクスブイモンさん!」

「……っ!危ねぇ!」

 

 スティングモンの悲鳴ともとれる声を聞いて、エクスブイモンはその場から飛びず去る。その瞬間、上から叩きつけられたあのデジモンの腕によって、地面が陥没した。

 かなりの威力。それが、“グレイブボーン”と呼ばれるあのデジモンの必殺技であるということなど、スティングモンたちには知る由もなかったが――まさに間一髪。もう少しでもスティングモンの声が遅かったら、あと一瞬でも避けるのが遅かったら、エクスブイモンは今頃地面と同じ運命を辿っていたはずだ。

 

「エクスブイモン殿!攻撃が乱れてますぞ!」

「わかってるよ!」

「グアァアアアアアアアアア!」

 

 厄介だった。その強さもそうだが、何と言ってもあのデジモンが発する黒い冷気が。

 そう。先ほど、戦闘前にスティングモンたちを死の恐怖に陥れたこの冷気。これはあのデジモンから自然と発せられるものらしく、戦闘中も弱まる気配を見せない。近づくだけで、意思に関係なく恐怖に体を硬直されるというのは、厄介以外の何者でもない。

 エクスブイモンたちがもっと強ければ。逆に、目の前にいるデジモンのような狂ったデジモンだったならば。きっとこんなものは無視できたのだろう。だが、この場にいる面々にそれを無視することなどできなかった。

 そして、結果として、安全を重視するあまりに全体的に与えるダメージ量が減ってしまっているのだ。

 

「……セバス!後ろに回り込むようにして!」

「了解ですな!」

 

 遠くから聞こえる優希の声に従うように、レオルモンは駆ける。

 言わずもがなだが、この戦闘で最も危険なのはレオルモンだった。成長期のレオルモンの攻撃では、あのデジモンにかすり傷程度しか付けられない。しかも、一撃くらったらアウトという状況。

 そんなレオルモンでは、どうしても戦闘の主軸にはなりえない。だからこそ、レオルモンがやれることといえば、危険ではあるがせいぜい囮くらいしかない。

 レオルモンもそれをわかっている。自分に黙って見ているという選択肢がない以上、口惜しいがそれが最善であることも。とはいえ、そんなレオルモンにとってのこの現状は、今の進化できないという状況は自分にとって歯がゆいことである、ということの再確認にしかならなかった。

 

「……このままじゃ……!」

 

 一方で、そんな状況を見ていた優希も同様に歯がゆい思いをしていた。自分が自身の能力を制御できていれば、レオルモンに負担をかけさせることもないのに、と。

 まあ、似たような思いは大成もしている。戦闘が始まってから、大成はほとんど役に立っていないのだ。やったことといえば、当たって欲しくない仮説を優希たちに伝えたことくらい。一応、現状を打開できるかもしれない作戦を立てたは立てたのだが――その作戦が奇襲に等しいものであった以上、伝える術がなかった。

 

「どうする……!」

「……どんな作戦なの?」

「だから――」

 

 一縷の望みをかけて聞いてくる優希に、大成は作戦の内容を話す。元々たいして難しい作戦でもなく、すんなりと伝えることができたのだが――それを聞いた優希は、難しい顔をしていた。

 まあ、それもそうだろう。優希がそんな顔をするのも頷けるほどに、大成の考えたその作戦は、賭けの部分が大きかったのだ。

 

「それ、かなりバクチじゃない?」

「これしかなくないか?」

「でも、勇や片成の協力が前提でしょ?できるの……?」

「うぐぐ……ちょっと、勇たちに聞いてくる。指示出し任せた」

「いまいち緊張感ないわね」

 

 そう言った大成は、数メートル離れたところにいる勇たちの下へと急いで行く。

 勇も片成も、いきなり来た大成に怪訝な表情をしていたものの、急いで来た大成の様子に何かあったのだと悟る。

 そして、大成はそんな勇たちに、優希に話したように同様の作戦を伝えて――。

 

「……難しい、な」

「……」

「片成まで首を縦に振った!?」

 

 大成の作戦を聞いた勇も片成も、その作戦に対して難色を示した。彼らもこのままではマズいと思ってはいるものの、大成の作戦に賭けるのはリスクが大きいと思ったのだ。

 だが、大成たちがそうこうしている間にも、デジモンたちは頑張っている。このまま突破口を見つけられずに、この場にとどまっているのは悪手だ。

 出来るかどうかもわからない賭けに賭けるか。勝てるかどうかもわからないが、安全を重視してこのまま行くか。どちらも勝利の可能性が低いことには変わりない。

 だが、そのどちらかの選択肢を選ばなければならない。

 この場の誰もが悩んで――。

 

「よし、大成の作戦を実行しよう」

「……!?」

「え……いいのか?」

 

 初めに決断したのは、勇だった。

 リスクが大きいことも承知で、勇は大成の作戦を実行することにした。傍から見ていて手のひらを返すようだったが、元々勇は大成の作戦を実行してもいいと思っていた。

 大成の作戦を聞いた時、勇は自身の勘がこう言っていると思ったのだ。このままでは勝てないぞ、と。そう感じたのは、ゲーム時代にランキングの頂点にたどり着いた勇だったからこそかもしれない。

 まあ、それでも難色を示していたのは、やはり失敗した時のリスクが大きすぎたからなのだが。

 

「ああ、このままじゃ、どうにも良くない気がする。なら、賭けなきゃならない。大成、合図は任せるよ」

「……ああ!」

 

 一番重要な部分を任されながらも、その責任の重さに頷いて、優希の下に大成は戻る。

 そこでは、優希に呼び戻されたレオルモンが、すでに優希から作戦の概要を聞いていた。

 

「……なんで?」

「どうせやることになったんでしょ?勇も私も、このままでいいなんて思うほど阿呆じゃないわよ」

「……はぁ」

 

 大成はどうやって優希を説得しようかと考えていただけに、この反応は若干予想外だった。

 勇も優希も、初めからそのつもりなら、わざわざ難色を示して来なければいいのに、と。疲れた様子で、そんな風なことを思った大成である。

 ともあれ、そんな大成を置いて、レオルモンは戦場に戻る。敵のデジモンに聞こえないように、辺りを駆け抜けながら、すれ違い狭間に作戦のことを味方全員に伝えていく。

 数分もすれば、作戦実行の下地は整っていた。そして――。

 

「行きますよ!」

「おう!行くぜ!」

 

 作戦は開始された。

 その直後に、エクスブイモンとスティングモンは敵の攻撃を避けながら、されど隙を見つけては攻撃するように立ち回っていく。彼らがやっていることはほとんど先ほどまでと同じだ。

 この作戦の要は、この後にある。

 もし、この狂えるデジモンが狂っていなかったら、きっと気づけただろう。まるで誘導するように、自分が動かされていることに。

 

「っ!今だ!勇!片成!」

「よっし!グレイモン!」

「エンジェ……モン……!」

 

 その瞬間、大成の大声が辺りに響く。それが、合図だった。

 グレイモンとエンジェモンは、敵の前でわざと隙を晒す。

 狂えるデジモンとはいえ、隙を狙うくらいの頭はあったらしい。その隙を逃さないとばかりに、その体から出る黒い冷気が形を作っていく。それは、“デッドリーフィアー”と呼ばれるそのデジモンのもう一つの必殺技で。

 それの存在を知らなかったグレイモンたちとしては焦るしかない。見知らぬ技の存在など、作戦には入ってなかったのだ。

 というか、つくづく穴だらけの作戦である。

 

「って!そんな攻撃知らな――」

「グレイモン!エンジェモン!ナイス!」

 

 だが、その直後。間一髪でやって来たスティングモンとエクスブイモンの後を追うように。彼らが誘導して連れてきたもう一体のデジモンが、その形作られた黒い冷気の中に自分から突っ込んだ。

 そう。大成の作戦とは、こういうこと。仲間同士での同士討ちを狙うということだったのだ。

 まあ、一歩間違えれば、敵を合流させるだけになる、隙を晒した時点で攻撃をくらい負ける、などといろいろと問題点はあったのだが――何とかなってよかったと言うべきか。

 

「今だっ!」

「うぉおおお!」

「ガァァアア!」

「はぁあああ!」

 

 そして、その直後に、グレイモン、エンジェモン、エクスブイモンといった遠距離から攻撃できる組が、最大火力の必殺技でもって攻撃する。

 流石に仲間からの攻撃の上にこれは耐えられなかったのか。仲間からの攻撃をくらった方のデジモンは、やがて地に倒れ伏して動かなくなる。

 それは、大成たちは賭けに勝ったということで。これで、残るは一体だけということで。

 これなら、いけるかもしれない。そう思った大成は、忘れていた。先ほど考えた仮説を。その仮説を忘れていなければ、あるいはこの先の悲劇を防げたかもしれない。

 

「来……る……!危な……い……!」

「え?」

 

 大成がそのことを思い出したのは、片成の鬼気迫る声が聞こえた直後のことだった。

 

「ほう……いくら数で勝ってたとはいえ、成長期や成熟期の分際で我が下僕のスカルバキモンを倒すとはな……」

「っ!エクスブイモン!」

 

 辺りに響き渡ったのは、大成たちの聞き慣れぬ声。

 その声を聞いた全員が見たのは、おびただしい数のコウモリによって腹を貫かれるエクスブイモンの姿だった――。

 




というわけで、第五十八話。
スカルバキモン二体との戦いと、その後のショッキング光景の件でした。

というわけで、次回からちょっと欝入ります。
次回は最後に強襲してきた、スカルバキモンたちの主との戦闘(その1)です。

それでは次回もよろしくお願いします。



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第五十九話~日は陰って、寒さは増す~

 それは、今までで一番凄惨な光景で。ある意味、今までで一番信じたくない光景だった。

 

「っ!エクスブイモン!」

「かはっ!」

「……ほう。即死せぬか。実に惜しいな」

 

 エクスブイモンの腹に、穴があいている。それは、今まで大成たちが見てきた中では、まず間違いなく最も深いモノで、命に届きうるモノ()で――明らかに致命傷だった。

 その傷を前にしては死んでいないのが、おかしいほど。

 自分の目の前でこんなことが起きたのは、大成にとって二回目だったとはいえ、こればかりは何度起きようと慣れない。慣れるはずもない。腹に穴が空き、倒れ伏すエクスブイモンを前にして、大成は茫然自失とするしかなかったのだ。

 

「しかし、いただけない。仲間が一人死んだ程度で呆然となるのは……な」

 

 だが、呆然と固まっているのは大成だけではない。優希たち人間組も、デジモン組も、あろうことかあの狂えるデジモンでさえ止まっている。

 そして、そんな中でただ一人だけなんでもないように動いているモノ。その者こそが、この凶行の犯人。

 それは、まるで御伽噺に語られるような吸血鬼の姿をした――。

 

「ああ、それは私もだったか。お前たちがつい強かったのでな。こんな真似をしてしまった」

「……誰、だ?」

「私の名はヴァンデモン。いずれはかの貴公子や今は亡き七大魔王を超える者」

 

 そのデジモンこそが、ヴァンデモンと呼ばれる完全体デジモンだった。

 だが、そんなことはこの場の誰もが聞いていない。大成たちにとって重要なことは、今もヴァンデモンの足元で倒れ伏しているエクスブイモンのことだけだったから。

 

「……ともあれ、だ。私も忙しい身。一体でもお前たちが我が下僕たるスカルバキモンを倒せるとは思ってなかったので――」

「闇の眷族が……その醜悪な姿を晒すな!」

 

 だが、そこで。

 話の途中だったが、エンジェモンがヴァンデモンを強襲する。とはいえ、腐っても完全体。しかも、今現在の時刻は夕方。ヴァンデモンが最大限に力を発揮できる夜にほど近い時刻。

 ヴァンデモンが昼間は失っている本来の力を取り戻し始めたそんな時刻において、エンジェモンの奇襲が成功する道理はなかった。

 とはいえ。エンジェモンの目的は、ヴァンデモンに手傷を負わせることではない。エンジェモンの目的は――。

 

「汝!さっさとこの下賤な者を街へと戻れ!」

「えっ!?」

 

 エクスブイモンを回収すること。それだけだったのだから。

 半ば乱暴ではあったが、エクスブイモンをそのままスティングモンに投げ渡すエンジェモン。彼はそのまま油断なくヴァンデモンに向かい合った。

 正直言って、エンジェモンがエクスブイモンを助けたことはかなり意外だったスティングモンだが――そこは、一度負けた身として、一応の敬意はあったということだろう。

 ともあれ、事態は刻一刻を争う。エンジェモンの言う通り、街へと戻って治療すれば、まだ助かるかもしれない。

 そう希望を持って。大成と合流したスティングモンは、エクスブイモンを抱えて学術院の街へと戻っていくのだった。

 

「ふん。なかなか良い判断だな。呆然としていただけの他とは違う」

「黙れ。醜悪な……!」

「くく……そうだな。先ほどの者は……まあ、見せしめだ」

「……見せ……しめ……?」

「これ以上計画の邪魔をするのなら、同じように排除させてもらうだけだが……?」

 

 無表情で呆然と呟く勇には誰にも気づかずに。ヴァンデモンのその言葉に、勇を除いたその場の全員が戦闘態勢をとる。

 呆然としている訳にもいかない。自分たちもここで死ぬわけにはいかないのだから。ショックを受けてはいたが、それでも優希も片成もこれから始まる戦闘に対して心構えだけはしていた。

 そして、その場の全員が戦闘態勢を取ったことに呼応するように、スカルバキモンと呼ばれたあの狂えるデジモンが唸り声を上げる。

 優希たちは知らぬことだったが、スカルバキモンは完全体。とある遺跡にあったデジモンのデータを元に、ヴァンデモンが己の秘術において再生し、再生させたデジモンである。

 元のデジモンがどのようなデジモンだったのかはわからないが――ヴァンデモンは長い時をかけて、己の手足としてスカルバキモンを量産していたのだ。

 つまり、ヴァンデモンのこの犯行も、彼の言う計画とやらも、入念な準備の元に進められたもので。優希たちにそれを知る術はなかったが、狂える同格デジモンを配下に置くその手腕からして、侮ることのできない敵だと認識していた。

 

「……ふう。残念だな。その選択をとらなければ、せめてひと思いに終わらせてやろうと思ったものを」

「……!お生憎ですな。我々は死ぬつもりはないので」

「そうか。まあ、先ほども言ったが、私は忙しい身だ。我が下僕と遊んでいてくれたまえ」

 

 そう言ったヴァンデモンは、踵を返してどこかへと行こうとする。いや、どこかではないか。その先にあるのは学術院の街で。どこへ行こうとしているかなど、これ以上もなく明白なことだった。

 を先には進ませないとばかりに、そんなヴァンデモン追いかけようとしたエンジェモン。だが、その前にはスカルバキモンが唸りながら立ちはだかる。

 その姿はまるで、ここを通りたければ俺を倒していけ、と言わんがばかりだ。理性も知性もないくせに――いや、ないからこそ、つくづくヴァンデモンには忠実らしかった。

 

「ああ、言っておくが、スカルバキモンと共に私とやりあうなどと言わない方がいい。こと夜という場において、私に敵う者など少ない。あの街にもそうだろう」

「……なんですって?」

「いるとすればかのスレイヤードラモンくらいだが……なに、そちらの方にも手はうってある。ぬかりはない」

 

 ヴァンデモンはよほど自分の計画に自信があるらしいが、それでもどこか焦って見えたのは、優希の気のせいではないだろう。

 ヴァンデモンとてわかっているのだ。計画に不確定要素はつきものだと。確実にうまくいくような計画などないのだと。まして、相手に究極体がいるのなら、なおのこと。だから、ヴァンデモンは速やかに行動したいのだ。

 

「それでは頑張りたまえ。その消耗した身でどこまでやれるか分かったものではないがね」

「っ!」

 

 悔しいが、ヴァンデモンの言う通りだった。先ほどスカルバキモンを一体倒すことができたのは、数の理があったからだ。スティングモンとエクスブモンが離脱した今、数の利は無いに等しい。こちらの数を相手の質が上回っているのだ。

 だが、だからと言って、引くわけにはいかない。エクスブイモンのことは心配ではあったが、そのことをひとまず頭から無理矢理に忘れた優希は、レオルモンに指示を出そうとして――。

 

「……」

「……勇?」

 

 直後、勇の様子がおかしいことに気が付いた。

 そこにいたのが、まるで勇ではないような。そんな感覚を前にして、優希は自分の中の勇のイメージと目の前にいる勇のイメージが合致しないことに気が付いたのである、

 優希の勇に対するイメージは、雰囲気が良く付き合いやすい少年といったところ。日向の勇という、その名のイメージ通りの人物だと思ってたのだ。

 だが、今の勇は、そんなイメージを根底から覆すかのような。そう。言うなれば。

 

「なるほど。お前、よほど素質があると見える」

 

 そんな勇を見て、興味深そうに声を上げたヴァンデモン。彼は今にも襲い掛かりそうなスカルバキモンを待機させ、まじまじと勇の様子を見ている。

 急いでいるはずなのに、勇を観察するかのような行動をするヴァンデモンに、優希は嫌な予感を覚えていた。このままでは、取り返しのつかないことになるのではないか、という。

 

「さしずめ、太陽は陰った……いや、食われたというべきか?」

「何を言って……!」

「日食を起こしているというべきか。しかも、デジモンの方にも影響があるとはな。やはり人間とデジモンには何らかのつながりがあるとみるべきか」

「……だから、何を――っ!」

「お嬢様っ!」

 

 黙り込む勇に、わけのわからないことを言うヴァンデモン。何が何やらわけのわからなかった優希だったが、一つだけ感じることはあった。これ以上、ヴァンデモンに話をさせてはまずい、と。

 だからこそ、ヴァンデモンの話を遮るように声を上げようとした優希だったが、直後、それはレオルモンの悲鳴に近い呼びかけによって中断されることとなった。

 急接近したスカルバキモンが、優希に攻撃を仕掛けてきたのだ。当然、優希に攻撃を避けることはできず――。

 

「これだから下賤な者は……!」

「あ、ありがと」

 

 半ば焦った様子のエンジェモンによって、助け出された。もし、エンジェモンがいなかったら、優希は今頃この世にはいなかっただろう。

 今日のエンジェモンはよく活躍する。エクスブイモンの時といい、今の優希といい、エンジェモンは口が悪いだけで、根まで悪いというわけではないらしかった。まあ、その口が悪いという部分が大概なのだが。

 そんな感じで、何気なく死にかけた優希だったが、助かったことに安堵の表情を浮かべるレオルモンや片成、グレイモンとは打って変わって、勇はまるで無表情だった。

 まるで、優希が死にかけていたことなど、興味はないかのように。

 

「……お前。ふざけるなよ」

 

 そんな勇が、ポツリと漏らしたその言葉。だが、その短い言葉の中にも、感情はこもる。その感情が、今の勇の心情をこれ以上なく明確に物語っていた。

 震え上がるほどの憤怒と憎悪。それが、その感情が、勇の言葉にはあったのだ。

 エクスブイモンが死にそうになっていることにも、優希が死にかけていたことにも、勇は何も思わなかったわけじゃない。ただ、エクスブイモンを心配するよりも、助かった優希に安堵の表情を見せるよりも、(ヴァンデモン)に対する怒りと憎しみの感情が勝っていただけで。

 

「……計画を変更してみるか。もしかしたら、当初の目的以上の思いがけないモノを得られるかもしれないな」

「……何を……なっ!?」

 

 そんな勇を見て、ヴァンデモンはニヤリと嗤う。まるで、子供がおもちゃを見つけたような――されど、それにしてはあり得ないほどの、冷たい笑みで。

 直後、勇をめがけて飛んでいったコウモリの群れが、勇を襲った。

 

「私にはそれなりにウィルスを操ることができてな。まあ、本職の魔術師には及ばぬが……真似事くらいはできるんだよ」

「っ!セバス!」

「了解ですな!」

「……エン……ジェモン……!」

「はっ!我が主!……この下賤な者が……いい加減にするのだ!」

「勇に何をするんだ!」

 

 ヴァンデモンが何を言っているのか、その真意は何なのか。優希たちにはわからなかった。だが、なんであれ、勇を助けなければならないことに変わりはない。

 優希の指示を受けて、レオルモンが勇救出のためにコウモリの群れへと突撃する。それと同時に、エンジェモンとグレイモンがヴァンデモンを狙うのだが――それを、スカルバキモンが許すはずもなかった。

 

「グギャガァアアアアアアア!」

 

 直後、グレイモンもエンジェモンも、スカルバキモンに一蹴される。

 スカルバキモンに狙われなかったレオルモンも、コウモリの大群を前にして満足に動くことすら出来ていなかった。これでは、勇を助けることなどできるはずもなく、勇は未だコウモリの群れの中にいた。

 だが、勇はコウモリの群れの中でコウモリたちに襲われているはずであるのに、不思議と彼の悲鳴は聞こえない。

 そのことが、余計に優希たちの不安を誘った。何か、恐ろしいことをされているのではないのか、と。

 

「っ!勇……!」

「動くな。グレイモン」

「お前っ!」

「わからないのか?あの勇という少年を生かすも殺すも私次第。お前が彼を助けに行くのなら、今すぐ彼は死ぬことになる」

「……っ!」

 

 そう言われてしまえば、グレイモンは動くことはできない。いや、グレイモンだけではない。エンジェモンもレオルモンも同じだ。彼らは今、勇を人質にとられているのにも等しい状況にあるのだ。

 この状況に、誰もが動くことができない。まあ、動けない間にスカルバキモンに襲われる様子がないということは、優希たちにとって幸いではあったが――だからこそ、優希たちは解せなかった。ヴァンデモンは、何を狙っているのか、と。

 人質をとって自分たちを動けなくさせて、その隙を攻撃させるわけでもなく。ただ、時間稼ぎをしているような。明らかに自分の方に優位があるこの状況でそんなことをするヴァンデモンに、優希たちの中の嫌な予感はますます大きくなっていた。

 

「先ほどの戦いは見せてもらった。グレイモン。あの有象無象の中で貴様だけレベルが違う。きっかけさえあれば完全体へと進化できるほどに」

「……だから、なんだ」

「わからんのか?お前だけではそこまでたどり着けなかっただろう?お前がそこまで至れたのは、間違いなくあの少年のおかげだ。……ゆえに、お前とあの少年の間には何かがある」

「……何、を」

「友情、愛情……絆とでも言うべき何かが。それによってお前たちはお互いでお互いを補っている。これが人間と関わる可能性というものか」

「何を言って……!?」

「学術院の連中ほどではないが、私も研究には余念がないのだ。もっとも、私の場合は好奇心というよりも、結果を得るための手段だが」

 

 勇を人質として取られ、誰ひとりとして動けない中で、ヴァンデモンは嗤いながら語る。

 そんなヴァンデモンの姿を前にして、この場の誰もが、焦燥感に駆られるままにこの状況を打開する何かを探していた。大きくなり過ぎた嫌な予感は、もはや頭を抱えたくなるほどの警鐘に変わっていたのだ。

 

「だから、いい加減に勇を解放しろ!」

「ククク……きっかけを与えてやろう、と言っているのだ。力をくれてやるぞグレイモン」

「何が……お前に貰うようなものな――」

 

 そうして、打開策を模索する中で、ヴァンデモンと相対する中で――その時は、唐突にやって来た。

 

「殺せ」

 

 それは、地獄の底から響いてきたような、憎しみと怒りに駆られた声で。

 それは、優希たちにとって聞き覚えのあり過ぎる声で。

 されど、だからこそ、優希たちにはそれが誰の声であるなど、わからなかった。いや、わかりたくなかった。

 

「がっAぁアアあaああアaaアあ……!」

「っグレイモン!?」

 

 直後、そんなグレイモンの狂ったかのような叫び声が上がる。

 見れば、グレイモンは何かを耐えるように、苦しみのままに叫んでいる。いや、事実耐えているのだろう。彼を襲う何かから。

 だが――。

 

「殺……せ……!」

「ガァア、ぐ。アアガアァアアアア!」

 

 だが、勇の声は止まらなくて。グレイモンは苦しみ続ける。

 とはいえ、そんなグレイモンの永劫にも続くかのような苦しみにも、遂に終わりの時がやって来た。いや、ある意味で始まりの時かもしれないが――それはともかくとして。

 一瞬後。桁外れの衝撃が辺りに走ったかと思えば、グレイモンに変わってそこにいたのは。

 

「あ……」

「な……」

「……!」

「あ、れは……」

 

 スカルバキモンと似たような、骨だけの怪物。だが、骨だけというのに、グレイモンよりも遥かに大きい。身長的なものだけではなく、その存在感も。まるで、戦いというものの本質を示しているかのような、そんな異形のデジモン。

 それが――。

 

「グギャガアアアアア!」

 

 苦しむかのように咆哮するそのデジモンは、スカルグレイモンと呼ばれる完全体デジモンで。

 何の皮肉か、勇がゲーム時代にパートナーとしていた完全体デジモンだった。

 




というわけで、第五十九話。
大成たちの戦線離脱とスカルグレイモンへの進化回でした。
まだまだ話は続きますね。

さて、次回はVSスカルグレイモンです。
いよいよあることが起こります!

それでは次回もよろしくお願いします。




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第六十話~信頼の進化!未来を掴むは託された思い~

業務連絡。
あらすじのところの章の開始終了の部分が四章以降いじっていなかったことに気が付いたので、直しました。


 この場に新たに現れたスカルグレイモン。

 見た目は全然違うが、あれがグレイモンの進化した姿であろうことは想像に難くなかった。なにせ、グレイモンがいなくなって、グレイモンが元いた場所にスカルグレイモンは現れたのだ。これで、スカルグレイモンは新たな乱入者である、と思えるはずもない。

 ついでに言えば、スカルグレイモンは明らかに正気を失っている。いや、もしかしたら初めからそんなものはないデジモンなのかもしれないが――その雰囲気に理性や知性といったものが感じられないことは、誰から見ても明らかだった。

 

「ガァアアアアアアアア!」

「グギャアアアアアアア!」

 

 なぜ、どうして。自分の胸の内に湧き上がるさまざまな疑問が湧き上がるが、それを胸の内に押しとどめたとしても、優希たちは立ち尽くすしかなかった。

 この状況の元凶だろうヴァンデモンは、愉しそうにスカルグレイモンを見つめていて、いつの間にかコウモリの群れから解放された勇も、倒れて動かない。さらに、スカルバキモンとスカルグレイモンという二体の狂えるデジモンが、咆哮している。

 この状況で優希たちは下手に動くことなどできなかったのである。だからこそ、いつ何時事態が動いても動けるように、油断なく事態を観察し続けていた。

 

「グガギャアアアアアア!」

「ガッ……ギュガァアアアア!」

 

 そうして、その果てに、二体の狂えるデジモン同士がぶつかり合いを始める。骨という身で、痛みを感じていないかのようにその巨体をぶつけ合う二体のデジモン。その姿からは、戦いにおける執念しか見ることはできなくて――傍から見ていて、恐ろしいことこの上なかった。

 戦いを志す者のなれの果てが、()()なのだ、と。そう見せつけられているようで。

 

「ククク……ハハハ!すごい!すごいぞ!まさかここまでとは!」

 

 そんな中、ヴァンデモンは機嫌よさそうに笑う。良い収穫があった、と。予想以上だった、と。

 グレイモンがスカルグレイモンに進化し、ああなってしまったのは、ヴァンデモンが原因のはずだ。というか、それしか思いつかない。

 だからこそ、狂える者同士でやり合っているを二体を放っておいて、レオルモンとエンジェモンはヴァンデモンを包囲する。

 もしかしたら、スカルグレイモンを元に戻せるかもしれない、と。そう微かな希望を抱いて。心の中にある、手遅れだという思いには目を向けないようにして。

 

「グレイモンを元に戻してくれませぬかな?」

「ククク……なぜだ?奴は()()()()ああなったのだぞ?」

「あの心美しき者がああなるなど、汝以外の者が原因であるはずかない!」

「まぁ、その通りだが……何。素質を感じたのだ。我が下僕としてある素質を」

「いい加減にしてくれませぬかな?こちらとしても我慢の限界があるのでな……グレイモンを元に戻せと言っている!」

「ククっ!お前たちは本当にそう思っているのか?一度完全に進化した者が元に戻ると?」

「……っ!」

 

 ヴァンデモンの言う通りだった。

 優希の力での強制進化やアーマー進化などの例外的な進化以外で、一度進化した者が元に戻ることなどありえない。時は逆方向。子供が大人になれようと、大人が子供になれないように。それは、考えるまでもない当然の事実だった。

 だが、だからこそ、その事実が何よりも痛い。もう、スカルグレイモンはどうしようもないということを突き付けられてしまったのだ。

 

「さて、それでは私は一度失礼させてもらう」

「……何!?」

「流石に思わぬ収穫があったとは言え、本来の用事も捨てがたい。何、用事が終わったら戻ってくる……スカルグレイモンを我が下僕とするためにもな」

「闇の眷族が……!逃げられると思っているのか!?」

「お前たちは私が逃げられないと思っているのか?」

「……!っく!」

 

 またも、ヴァンデモンの言う通りだった。

 レオルモンとエンジェモンの二人では、例え二人の力を合わせたとしてもヴァンデモンには敵わない。その状態で、ヴァンデモンを逃がさないことなどできるはずもない。

 とはいえ、そんなことは理屈ではない。逃がさないのではない。逃がしてはいけないのだ。だからこそ、二人はヴァンデモンの攻撃を仕掛ける。彼を逃がさないためにも。

 だが――。

 

「なっ!?」

「その時に再び相見えることになるだろう。クク……もっともお前たちが生きていれば、の話だが」

 

 だが、二人が攻撃したのは、ヴァンデモンではなくコウモリの群れで。

 大空へと飛び立ったコウモリの群れは、そのまま学術院の街の方向へと消えていく。つまり、ヴァンデモンには逃げられてしまったということで。

 悔しがる二人。だが、二人がそうしている間に、一つの戦闘が終わりを迎えようとしていた。

 スカルバキモンとスカルグレイモンの狂えるデジモン同士の対決が、今まさに終わりを迎えようとしていたのだ。

 

「グギャアアアアア!」

「ガアアア……アアアア……アア……」

 

 最後の最後まで暴れまわっていたが、倒れ伏し、動けなくなった敗者。それは、スカルバキモンの方だった。

 そう。スカルグレイモンが勝ったのだ。

 しかも、この場の全員はヴァンデモンに気を取られていて気づいていなかったが、終始スカルグレイモンがスカルバキモンを圧倒していた。スピードも力も、すべてが上回っていた。技を使わせる暇も与えず――文字通り、一蹴したのだ。

 そんなスカルグレイモンを見て、レオルモンたちは冷や汗を垂らす。この後の展開が、容易に想像できたから。そして――。

 

「これは……マズイですかな?」

「……っく!」

「グギャアアアアアアアアアア!」

 

 そして、その想像通りの展開になった。

 暴走を続けるスカルグレイモンは、その行動のままにレオルモンたちに襲いかかってきたのだ。

 いくら進化したとはいえ、この場の全員がスカルグレイモンとは見知った仲であり、友人とも言える仲。できれば戦いたくはなかった。

 まあ、そういった心情を除いても、スカルバキモンを一蹴できる実力のスカルグレイモンを相手にすることなどしたくはなかったのだが――それはともかくとして。

 とはいえ、暴走状態であるスカルグレイモンを相手に、戦わないことを選択すれば、それはそのまま死を選択することに等しい。ゆえに、彼らに戦わないという選択肢はなかった。

 

「いい加減に元に戻ってくれ!心美しき汝は何処へといった!」

「グギャアアアアア!」

「っく!」

 

 レオルモンにスカルグレイモンの相手は不可能。それを悟ったエンジェモンは、自らスカルグレイモンの相手を引き受けているのだが――正直言って、かなり部が悪い。

 スカルグレイモンの攻撃は、ほとんど体を使ったものであるとは言え、一撃一撃が重い。一撃くらってしまえば、エンジェモンでも致命傷となってしまうだろう。ゆえに、一撃もくらわないことが大前提となる。

 だが、それゆえにエンジェモンは攻撃を避けるので精一杯になってしまっているため、攻撃を仕掛けることができていない。

 それが指し示すところはつまり――この後に待ち受けるのは、避けようもない敗北と死の二つという事実だけだった。

 もちろん、この場にいるのはエンジェモンだけではない。レオルモンもいる。だが、彼も頑張っているが、彼が本格的に参戦すればエンジェモン以上に無謀な戦いになるため、はっきり言って役に立っていなかった。

 

「勇!勇!起きなさい!」

「……勇……さ、ん……お願い……です!」

「……」

 

 そして、デジモンたちがそんな状況にある中で、優希と片成は気絶していた勇を必死に介抱していた。介抱といっても、戦っているデジモンたちを放っているわけではないし、もちろん遊んでいるわけでもない。

 優希たちは、スカルグレイモンを止められる可能性があるのは、勇だけだと踏んだのだ。例え、気絶前の声色から言って、ヴァンデモンによって何かされている可能性が高いとは言っても。

 優希たちにとって、彼だけがこの場での希望だった。だが、勇は起きない。頬を叩いても、体を揺すっても、声をかけても。

 

「……起きてってば!」

「……」

「勇……さん……!」

「……」

 

 正直言って、優希はこの状況をどうにかする手がないわけでもなかった。いや、正確に言えば、なんとかできるかもしれない手か。

 だが、それはかなりというか、無謀の極みとも言えるような博打。いや、博打要素を除いても、それはスカルグレイモンを()()()()()()()()()()()()だ。

 友人とも言える仲である者を倒す。それは、優希たちとしても断固としてゴメンだった。やりたくなかった。だが、このままではその最悪の方法を試さなければならなくなる。

 

「ッ!お願い……起きて……!」

 

 気づけば、優希の声は震えていて、喋る声もどこか懇願の色合いが大きくなっていっていた。

 そう。優希も気づいていたのだ。選択をしなければならない時が、徐々に、そして確実に近づいてきているということに。

 だが、勇が起きることはなかった。どれほど声をかけても。どれほど体を揺すっても。どれほど頬を叩いても。まるで、そのすべてが届いていないとばかりに。

 

「グガァアアアアアアア!」

「ぐあっ……」

「っエンジェ……モン!」

 

 攻撃を受けてしまっただろうエンジェモンの苦しそうな声が、そのことに気づいてしまったであろう片成の痛烈な悲鳴が、優希の耳に聞こえる。

 そんな状況で、優希は震えていた。声だけではない。体そのものが。

 何度考えてもそんな最悪の方法しか思いつかなくて。

 彼女の心の中の冷静な部分が、それをするしかないと告げている。彼女の心の中の感情的な部分が、それはダメだと告げている。

 優希は今、そんな二つの思いで板挟みになっていて――だけど、その実、頭でもそれしか方法がないとわかっていて。だからこそ、優希はその()()()()()恐ろしさに震えていたのだ。

 そんな優希を見かねたのか――。

 

「お嬢……いや、優希。大丈夫だ」

「……セバス!?でも……!」

 

 優希の下にやって来ていたレオルモンは、口調を変えて、まるで諭すかのように優しく話しかける。それは、まるで決意を固めているかのようだった。

 わかっている。急いで選択をしなければ、死にかけながら死なないために動き回るエンジェモンが、本当に死んでしまうことも。片成が、そんなエンジェモンを悲しそうに見ていることも。

 そう、わかった上で、優希は迷っていた。その恐ろしさに震えていた。

 大好きな自分のパートナーが、死ぬかもしれない賭けに挑戦することが。大好きな自分のパートナーに、その賭けに挑戦してくれと、ほかならぬ自分が頼むことが。

 それでも、どう考えても、それしか選択肢はなくて。もう選択の時はそこまで来ていて。

 そして、そんな時だった。

 

「大丈夫」

 

 レオルモンの頼れる声が優希の耳に聞こえたのは。

 そのレオルモンの言葉に、悩むしかなかった優希は思い出した。いつだって、レオルモンが約束を破ったことは一度もなかったことを。いつだって、隣にはレオルモンがいてくれたことを。

 だからこそ、不安を振り払うように、優希は選択する。

 いつまでも未来に怯えて選択を放棄し、誰かの助けを、他人の選択を待つような自分は嫌だ、と。未来に不安を抱いているのは自分だけではないのだ、と。優希はそう思って。

 いつも自分の傍にいてくれるパートナーを信じることを、大丈夫と言った自分のパートナーを信じることを、優希は選択したのだ。

 この戦いが終わって、自分たちも勇たちも片成たちも、そのすべてが今まで通りに過ごせることを祈って――それを選択した優希は、未来をレオルモンに託した。

 

「……セバスっ!信じるよ……!」

「……おうっ!信じてくれ!レオルモン!ダブル進化――!」

 

 直後、優希の持つペンダントが光り、同時にレオルモンも輝きに包まれる。

 それは、進化の光。優希が久しく見ることのなかった、レオルモンの進化。だが、進化する先は優希の見慣れた成熟期デジモンのライアモンではない。レオルモンが進化をするのは、その先にある――完全体。

 そのデメリットの大きさを考慮して、決して開けるわけにはいかなかったその扉を、優希たちはこの極限状態において開けることを決断したのである。

 

「……行くぞ!」

 

 以前は一瞬だけの進化だったからよく見ることのできなかったその姿も、今ならまじまじと見ることができる。

 やがて光が晴れて現れ出てたのは、削岩機のタテガミとハンマーの如き鉄球の尾を持った機械の獣王。それこそが、レオルモンが完全体へと進化した姿。ローダーレオモンと呼ばれる完全体デジモンだった。

 

「ガオァオオオオオ!」

「グギャガアアアア!」

 

 ローダーレオモンが咆哮する。

 そんなローダーレオモンの咆哮を前にして、新たな敵の出現を察知したのだろう。スカルグレイモンも負けじと咆哮した。

 それはまるで、戦いの始まりを告げる合図のようで。こうなってしまえば、優希や片成といった人間組はもちろん、エンジェモンでさえ手は出せそうになかった。

 

「ぉおおおおおお!」

「グギャアア!」

 

 再度、二体のデジモンがぶつかり合う。

 その巨体を生かしたパワーで戦うスカルグレイモンに対して、ローダーレオモンはどこか防戦一方のようにも見える。だが、その実、ローダーレオモンはただやられっぱなしでいるわけではないのだ。防戦一方であっても、勝機を見出すために、冷静なまでにスカルグレイモンを観察している。

 隙あらば、逆転される。そのことを、理性と知性なき身で悟ったのか。スカルグレイモンは、半ば焦るように苛烈な攻撃ばかりを繰り出していた。

 

「っく!……ぐっ……!」

「ガグアアアア!」

 

 とはいえ、どちらが有利かなど一目瞭然だった。隙あらば逆転される。それは逆に言えば、隙がなければ逆転されないということで。

 いくら進化したとはいえ、根本的な地力でローダーレオモンはスカルグレイモンに劣っているのだ。

 レオルモンとグレイモン。進化前に積み上げていた地力が違う。経験が違う。

 だからこそ、スカルグレイモンの方が圧倒的とまではいかなくても、それなりに優位だったのだが――その事実をわかりながらも、ローダーレオモンは全く負ける気がしなかった。

 ローダーレオモンは知っている。勇と共にあった()()()()()の強さを。スカルグレイモンへと進化して失ってしまったその強さを。

 いくら力が増そうと、その強さを失ったスカルグレイモンに、ローダーレオモンは負けたくなかった。いや、負けてはならなかったと言うべきか。

 ローダーレオモンの後ろには、自分を“信じる”と言った優希がいる。信じてくれ、と自分は言った。それは一種の約束で、約束を破る気など毛頭ない。

 

「……!グギャアアアア!」

 

 そんな、いつまでも倒れないローダーレオモンに気圧されたのか。

 スカルグレイモンは、最大化力を持って彼を倒すことを選択する。スカルグレイモンの最大火力。それは、その背中の有機体系ミサイル。“グラウンド・ゼロ”。

 破壊の力の結晶たるそのミサイルは、ローダーレオモンを、優希たちを、この辺り一帯ごと吹き飛ばすだけの威力を持つだろう。

 それが、放たれる。一瞬後、放たれたそのミサイルを前にして――。

 

「おぉおぉおおおお!負けるかぁああ!」

「……!グギャアァアアア!」

 

 ローダーレオモンは、鉄球の付いた尾を振り回して勢いをつける。

 “ローダーモーニングスター”と呼ばれる、ローダーレオモンの必殺技の一つ。彼は、勢いのついた尾をうまくミサイルの側面へと当てて――ミサイルを、あらぬ方向へと吹き飛ばした。

 

「っ!きゃあああああ!」

「……ぅうああああ!」

 

 遥か遠くに吹き飛ばされて落ちていくミサイル。直後、優希たちは教科書でしか見たことがないような巨大な爆発を目撃した。

 




というわけで、第六十話。
スカルグレイモン暴走からの、レオルモン完全体進化回でした。
ちょっとだけ裏話を言うと……この進化は“どうしようもない状況”においての優希の想いが重要だったりしました――が、物語全体的なキャラの描写不足である感が否めないです。
はい。要修行です。

まあ、そんな作者の反省はともかくとして、次回。
場所は移り変わって、大成たちサイドの話となります。

それでは次回もよろしくお願いします。



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第六十一話~立ちはだかる邪魔者~

 時は少し遡って。

 スティングモンは、負傷したエクスブイモンを抱えて大成と一緒に学術院の街まで戻ってきていた。

 目指す場所は、医療施設。生憎と言うべきか、今まで縁もゆかりもない場所ではあったが、場所だけは知っているそこを目指して、スティングモンは脇目も振らずに飛んでいく。

 そんなスティングモンや明らかに致命傷を負っているエクスブイモンの姿を見て、すれ違ったデジモンたちが何事かと騒いでいたが、彼らにかまっている暇はなかった。事態は、一刻を争うのだから。

 

「大……成さ……ん……!次……は――」

「次は……右!この街の中心の方!」

「わかり……まし……た!」

 

 自分の背中に掴まる大成に案内されて、スティングモンはひたすらに飛び続ける。体力の限界などとうの昔に訪れている。試合に、戦闘に、これ。それらすべてを全力で駆け抜けてきたスティングモンに、もう体力は残ってない。

 それでも彼が動くことができているのは、今が一刻を争う事態だから。言うなれば、火事場の馬鹿力のようなものだ。

 スティングモンは、自分の限界が訪れたことにすら気づいていない。ただ単に、動かなければいけないから、動く。そうしなければ、失うものがあるから。この後のことなど、知ったことがない。そんな単純な理屈で、彼はこの条件の中でも動けていたのだ。

 

「げほっ……!」

「がはっ……!」

「ちょ、お前ら大丈夫か!?」

 

 スティングモンの口から吐き出された苦しそうな息に、エクスブイモンの口から漏れ出した苦しそうな息に、大成は心配の声を上げる。返答は、なかった。

 返答もできないほど、両者は苦しいのだ。体力の限界を無視しているとはいえ、いや、無視しているからこそ辛いスティングモン。消え行く命を必死に繋ぎ止めているエクスブイモン。二人のこの状況は、ごく当然のものだった。

 そんな二人を見るのは大成も辛い。

 自分がヴァンデモンの攻撃に気付ければ、こんなことにはならなかったのだろう。なぜ気づけなかった。そんな、自責の念に大成が駆られたのも当然のことだった。

 大成もスティングモンも、各々が苦痛に身を置いたり、感傷に浸っていたりしている。だからこそ、余裕のなさが露呈する形で、自然と彼らの言葉は少なくなってきていた。

 

「……」

「……次は……左、その後に見える大きめの建物……のはず、だ」

「……わかりました」

 

 その言葉に自信がなさそうなのは、大成自身が直接訪れたことがないからか。

 ともあれ、もう少しで着くかもしれないという事実は、ようやく訪れた一筋の希望だった。だが、一筋の希望が見えたというのに、そんな彼らの間の空気は重い。状況が状況であるからして仕方ないかもしれないが、彼らには似合わない。

 そんな彼らに似合わない暗い雰囲気が、まるでこの先にある不安を暗示しているようで。それが、まるでこの先にある不吉な未来を象徴しているようで。

 どうしようもなく、大成は焦燥感に駆られてしまうのだった。

 

「……見えた」

「……!」

 

 そうして、数分後。

 ようやく見えた大きな建物。身体の巨大なデジモンにも対応できるようになっているのだろう。その大きさは、かなり巨大だ。単純な面積だけなら、学術院の街でもトップクラスだろう。

 医療施設であることを示す注射器らしきマークが描かれている以外は、そこは大きいだけで普通の家のようにも見える。だが、外観からは清潔さが滲み出ていた。医療にかかわる場はできる限りの清潔さを保たせなければならないということだろう。

 それは、きっとどんな世界でも共通なのだ。

 まあ、清潔とは言っても――あくまでこの街の中で比べた場合の話だが。

 

「……っ!すみません!」

 

 その施設には、さまざまなデジモンに対応するためか、大小さまざまなドアがあった。だが、診察時間が過ぎてしまったのか、休憩時間なのか、どのドアも固く閉ざされている。

 それでは困る。施設にたどり着いた大成たちは、力のままにドアの一つを叩いた。

 こちらは急患なのだ。例え、休憩中であろうと食事中であろうと睡眠中であろうと絶対に応対してもらわなければならない。

 人間と成熟期デジモンが力任せに叩いているのに、ドアは壊れる気配も開く気配もない。よほど頑丈なのだろう。その頑丈さが、恨めしい大成たちだった。

 ちなみに。この時の大成たちは知らなかったが、このドアがここまで堅固なのは患者の逃走防止用である。患者の中には手術中や安静状態で抜け出す者もザラにいるのだ。そういった者たちを逃がさないために、この施設の窓や壁、ドアはどこぞの牢獄並みに堅固なものとなっているのである。

 まあ、少し前にここに収容されたどこぞの竜騎士は、それでも強引に破壊して脱走したのだが、それはほんの余談だ。

 

「っ!頼む!アイツを助けてくれ!」

 

 そして、ドアを叩き始めてから数分経った時のことだった。ゆっくりと、だが確実に。そのドアは開かれた。

 大成たちは必死に声を張り上げていたというのに、その必死な声は聞こえてたはずであるのに、ずいぶんと呑気なものだ。

 とはいえ、開かれたドアを見て、大成たちはすぐさま頭を下げた。頭を下げるのは、頼みごとをする時の当然の対応だ。

 医療施設で働く者としての心構えが足りないんじゃないか。頭を下げながらも、頭の片隅でそう思った大成だったが、口には出さない。そんなことを口にしている暇はないのだから。

 

「もう、うるさいわね!こっちも忙しいのよって……なによ。大成じゃない」

 

 だが、次の瞬間に聞こえた声は大成たちにも聞き覚えのある声で。大成は驚きのままに、顔を上げる。

 そこにいたのは――。

 

「何してるのよ?」

「ウィッチモン!」

 

 そこにいたのは、つい最近に出会ったウィッチモンだった。

 

「なんでこんなところにいるんだって、そんなこといいから助けてくれ!」

「いや、自分から聞いておいてそんなことはいいからって……まぁ、いいわ。で?ここに来たってことは、怪我人?何?誰が怪我し、た……の……?」

 

 焦ってせっついてくる大成を前にして、ウィッチモンは状況がわかっていないように首を傾げていた――のだが、エクスブイモンの姿を目に入れるや否や、その声は萎んでいき、顔は青くなっていた。

 その姿を見て、ウィッチモンも理解したのだ。エクスブイモンが危険な状況にあることに。

 

「急いでエクスブイモンを入れなさい!」

「……っありがとうごさいます!」

「エクスブイモンは……!助かるんだよな!?」

「……」

「……おい?」

「……ウィザーモンも呼ぶべきね」

 

 縋り付くような大成の言葉。だが、ウィッチモンは返事をしなかった。

 それが示すものを考えないようにして、大成たちはエクスブイモンを連れて施設の中へと入っていく。

 そうして、大成たちがウィッチモンに通されたのは、どこにでもあるようなよくある部屋。そこに備え付けられているベッドにエクスブイモンは寝かされた。

ここに来るまでも、彼は苦しそうに息を漏らすだけで、いよいよその時が迫っているのが感じられて。大成たちは、徐々に近づいてきているその不吉な予感を考えないようにして、ウィッチモンを見る。

 何らかの魔術の準備なのだろう。その手の知識がない大成たちには全く理解できなかったが――ウィッチモンは険しい顔で何かをしていた。

 

「待たせたか?」

「いや、ナイスよ」

 

 そして、ウィッチモンの魔術が完成するその直前。いつものように落ち着いた様子で、ウィザーモンがこの部屋の中に現れる。

 おそらくはウィッチモンに呼ばれて、転移か何かでやって来たのだろう。突然の登場に驚きを隠せなかったものの、ウィザーモンが来てくれたのは大成たちにとってありがたいことだった。

 

「ウィザーモン!」

「……ふむ?これは、マズイな。正直言って予想以上だ」

「ちょ、冷静に言ってる場合?」

「わかっている。魔術を起動だ。正直言って、回復系は専門外だからな。任せるぞ」

「私だって、専門じゃないわよ」

「……え?」

 

 今、ものすごく不吉というか、嫌な言葉を大成たちは聞いた気がした。

 その言葉を聞かなかったことにしたかった大成たちだったが――そうもいかない。その言葉の意味することは、ウィッチモンたちではエクスブイモンを治すことが治すことのできる可能性は低いということで。

 無論、彼らも全力を尽くしてくれているのだろうが、不安は尽きない。

 ウィザーモンの登場によって新たに見えた希望だったが、予想以上に事態は好転していないようだ。

 

「……ごめんなさい」

「なんで、謝るのですか?」

「……私は……ここの先生と知り合いでね。だから、ここの先生が留守の間を任されてたの」

「……だから、なんだよ」

 

 だから、失敗するのも仕方ない、と。失敗しても文句は言わないでくれ、と。

 ウィッチモンの言葉はまるで言い訳をしているようにも聞こえて――今から失敗の言い訳でもする気かよ、と。大成は思わず穿った考えをしてしまう。

 無論、そんなことはない。ウィッチモンは自分たちの客観的な状況を説明しただけで、そこに他意はなかった。失敗する可能性を考えることはあっても、失敗することは意地でも考えない。

 言い訳などするまでもなく、専門かどうかなども関係なく。彼女たちは、ただ全力を尽くすのみなのだ。彼女は、失敗の可能性に怯えて初めから言い訳するような、そんな臆病な卑怯者ではない。

 そんな彼女たちを見ても、大成が先ほどのような穿った考え方をしまったのは、やはり大成自身もこの状況に相当参っているからだろう。

 そんな大成をわかっているのか、わかっていないのか。ウィッチモンとウィザーモンは、何事を気にするでもなく魔術を行使し始める。

 

「術式起動!どう?」

「……ふむ。なかなかだな。伊達にここに出入りしていたわけではないようだ」

「あ、当たり前でしょ!」

「……エクスブイモンは、助かるのか!?」

「今の段階ではなんとも言えないな」

「ちょっと!」

「取り繕っても仕方ないだろう。僕たちと……そしてコイツ自身の生きる意志次第だな」

 

 大成たちの目の前で、エクスブイモンの体に空いた穴はどんどん埋まっていく。それでもなお、ウィザーモンは予断を許さないと言った。

 いくら体を治しても、元に戻れるかどうかはエクスブイモン次第だ、と。

 そんなウィザーモンの言葉に、大成たちは自然と祈っていた。

 

「さて……どうしてこんなことになったのだ?」

「……試合をしていたら、スカルバキモンとかいうデジモンに襲われて……戦ってたらヴァンデモンとかいう奴に不意打ちされた」

「ふむ。なるほど。しかし、ヴァンデモンか……」

 

 明らかに説明不足感を抱かせる大成の言葉。だが、それを聞いたウィザーモンはおおよその事態を把握する。ヴァンデモンにスカルバキモン。完全体デジモンを相手して、その上で格上デジモンからの不意打ち。それでこの状況。

 ウィザーモンの頭の中で組み上げられた事態の概要は、だいたい合っていた。

 

「なぜ襲われたかわかるか?」

「……知るかよ」

「ふむ。愉快犯か計画的犯行か……まったく。最近のこの街の騒がしさは群を抜いているな」

「それより!大成とスティングモン……貴方たちだいぶ酷い顔しているわよ?それに疲れてそうだし……」

「そうですね……」

 

 ウィッチモンの言う通りだった。酷い顔なのも疲労がたまっているのも、状況が状況だから仕方ないことであるが、先ほどからスティングモンの言葉が少ないのは疲れすぎて言葉を話す余裕があまりないからだ。

 そんな二人を見たからだろう。あと、この場に二人がいてもあまり意味ないこともあって――ウィッチモンは、とある部屋についての行き方を手短に説明する。

 

「……なんで?」

「最近私がここに出入りしているのは、研究目的もあってね。そこの部屋に置いてある薬は疲労回復の効果がある薬だから。飲んできて」

「そんな気分じゃ……」

「……どのみち、貴方たちに倒れられても困るの!こっちも余裕がある訳じゃないんだから」

 

 そう言われては、大成たちも断りづらい。

 ウィッチモンもウィザーモンも、魔術を行使しながら話せるだけの余裕はあるようだったが、それ以外ができるほどの余裕はないのだ。だから、大成たちのどちらか片方にでも倒れられると、そちらに対応することができなくなる。

 エクスブイモンが治った時のこともあって、ウィッチモンは大成たちにも回復して欲しかったのだ。まあ、ささやかなウィッチモンの気遣いである。

 

「いい?私の研究室って書かれた部屋の入って右にある戸棚の茶色の瓶の中に入っている薬よ?それ以外は危険なものもあるから注意して」

「なんで疲労回復のものと危険物が一緒にされているんだ……」

「そんなの、試作品だからよ」

「……」

 

 ウィッチモンの言った“試作品”という部分に、大成たちはドッと疲れが溜まったような気がした。肉体的ではない方の。

 つまり、ウィッチモンは大成たちを気遣いながらも、大成たちを実験体にするつもりなのだ。

 そんなこんなで、肉体的にも精神的にも疲れた体を引きずって、大成たちは部屋を出て行く。ドアを閉める瞬間に、目を閉じたままのエクスブイモンの横顔をチラリと見ながら。

 

「やれやれ……彼はもう少し豪胆だと思ったんだがな」

「仕方ないでしょ。知り合いが死にかけたところを見ちゃったんだから」

「……こういうことは二度目だと思ったんだが?」

「聞いた話だと、前の時は助かった後に思い返したんでしょ?助かった後に思い返すのと、助かるかどうかもわからない時から思うのは違うわよ」

「確かにな」

 

 大成たちが出て行った後も、ウィッチモンとウィザーモンは話しながらも魔術を行使し続ける。声だけ聞けば、余裕そうにも呑気そうにも思えるが、実際はそんなことはない。

 魔術のエキスパートとも言える二人をして、余裕はなかった。

 先ほども言ったが、二人ともが回復魔術に関しては専門ではない。一応、一通りはできるが――今にも死にそうな相手を復活させるレベルの大魔術は、何のノウハウもなくできるようなものではない。

 つまり、二人にとって初めての試みなのだ。既存の型でなんとかできるようなものでもなければ、なんとかできるような経験もない。魔術を作り上げ、対象の状況を観察し、間違いや効率の悪い部分を見つけては即座に修正し。それらすべてを即興で行っている。少しでも気を抜けば、取り返しのつかないことになる可能性もある以上、余裕など持てるはずもなかった。

 

「やれやれ、旅人もそうだったが……」

「本当に話題に事欠かないわよね。人間って」

 

 そんな、人間についての間違った認識を抱いたりしながらも、回復作業は進んでいく。

 そうして、大成たちが出て行って数十分後。

 ここまで時間が経ったというのに、未だ大成たちが帰ってこない。そのことが二人には気にかかったものの、ようやく見えてきた回復の兆しが見え始めた頃のことだった。

 

「このままいけば、なんとかなりそうだな」

「ええ。最後まで油断なく、ね」

「……それは君だろう。昔から妙な所で抜けているからな」

「そ、そんなことないわよっ!」

 

 このままいけば。

 ウィザーモンの言ったその言葉はつまり――このまま行くことができなければ、なんとかならないということで。

 

「ほう。流石と言うべきか。それでこそ狙いがいがある」

「っ!」

「なっ!」

 

 そんな時だった。

 この場に、コウモリの群れと共にすべての元凶たる(ヴァンデモン)が現れたのは。

 




というわけで、第六十一話。
大成たちの医療施設までの道中と、そしてなぜかいるウィッチモンと引っ張り出されたウィザーモンの話でした。

さて、次回からはヴァンデモンとの戦闘です。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第六十二話~最後に望むは繋がりの進化~

 それは、まさに突然の悪夢だった。

 

「ほう。流石と言うべきか。それでこそ狙いがいがある」

 

 この部屋のドアが開いた気配はなかった。窓も開いてはいない。

 なら、このヴァンデモンはどこから侵入してきたというのか。先ほどのウィザーモンは自前の魔術を使って転移をしてきたのだが、ヴァンデモンはそもそも魔術を使えない。勇の例から言って似たようなことくらいはできるのだろうが、転移のような高等魔術を使えるはずはない。

 まさに神出鬼没。

 そんなヴァンデモンの姿を前にして、ウィザーモンとウィッチモンは焦っていた。それもそうだろう。彼らは今、エクスブイモンの治療で手一杯だ。他のことに対応する余裕はない。

 ヴァンデモンをどうにかすることはできず、またヴァンデモンが何かをしてきた時には対応できない。ヴァンデモンに対応するということは、それはそのままエクスブイモンの治療を中断するということであるのだから。

 

「狙いがい?……また僕かな?」

「ククク……やはり頭が回る。その質問にはイエスと答えよう」

「……ふむ。何が狙いだね?僕の研究か?デジメンタルか?それとも……」

「敢えて言うなら、全てだ。お前の知識、頭脳は貴重だ。成熟期の身でそこまでのことを成せた者などお前を除いていまい」

「買いかぶりすぎだ。僕よりもアグモン博士の方がずっと詳しいだろう」

「……ふっ。確かに。かのアグモン博士は本当に凄まじい。だが、私が必要としているのはお前の研究だ。言っただろう。お前のすべてが狙いだと」

「随分と熱烈なヘッドハンティングだが……笑えないな」

 

 ウィザーモンはあの手この手でヴァンデモンとの会話を続けようとしていた。

 言うなれば、時間稼ぎだ。少しでもエクスブイモンに割ける時間を伸ばす。ついでに、大成たちがやってくる時間を稼ぐ。そのために、ウィザーモンは焦りをおくびにも出さず、慎重に慎重を重ねて言葉を紡いでいた。

 まあ、大成たちがやって来られようと、相手は完全体。いくら人数がいようと成熟期では部が悪いどころではない。が、今の状況よりはずっとマシではあるか。

 博打が過ぎるが、そのためにウィザーモンは時間を稼いでいた。とはいえ、無論それは――。

 

「ククク……時間稼ぎはそろそろ終わりでいいか?こちらも時間がないのでな」

「ふむ。時間稼ぎ?話くらい付き合ってくれてもいいだろう?」

「たいしたポーカーフェイスだな」

 

 それは、ヴァンデモンにもわかっていたのだが。

 ヴァンデモンの指摘にも顔色を変えず、しゃあしゃあとウィザーモンは話を続ける。ヴァンデモンとしては、このまま付き合っていてもよかったのだが、彼自身も時間があるわけではない。なまじ時間をかけて、スレイヤードラモン辺りに気づかれてしまえば、その時点で詰みだ。

 ゆえに、ヴァンデモンは迅速で事を達成しなければならなかった。

 

「さて、では連れて行かせてもらう!」

「……っち!」

「覚悟――っ!」

 

 だが、そんな時だった。凄まじい轟音と共にこの部屋のドアが開いたのは。

 あれだけの音が鳴ったのだ。ドアはよほど凄まじい力で開けられたのだろう。それでも壊れていない辺り、ドアの頑丈さが伺える。

 ドアを開けたのは者は、言うまでもないことだった。この部屋におらず、この施設にいた者。ここの施設の主が留守にしている以上、それは限られる。

 一瞬後、ウィザーモンに迫るヴァンデモン目掛けて、スティングモンが突撃して。

 

「ふっ!」

「……お前は先ほどの。なるほど。やる気らしいな」

「エクスブイモンを助ける邪魔はさせません!」

「ククク……もう助からない者を助けようとは。暇なことだ」

「っ!黙ってください!」

 

 突然のスティングモンの襲撃だったが、ヴァンデモンは軽くあしらっている。そこには、やはり成熟期と完全体の力の差があった。

 それでも臆することなく戦うスティングモンは、そのままヴァンデモンを開いたままのドアから廊下へと押し出した。場所を廊下に移すということなのだろう。この部屋の中では、エクスブイモンが危ないから。

 一部始終を見ていたウィザーモンとウィッチモンもスティングモンの手助けに回りたかったが、手を離すとエクスブイモンが危ない。歯がゆい思いで魔術を行使し続けるしかなかった。

 

「ウィッチモン!助かった!」

 

 そんな時、部屋にやって来たのは大成だ。ヴァンデモンとスティングモンの戦いの隙をついて、彼はこの部屋へと潜り込んだのである。

 

「別にいいわ。というか、遅いわよ」

「仕方ないだろ!この建物広いし……ウィッチモンお前の部屋トラップだらけなんだよ!」

「……ああ、そういえば」

「まあ、薬の効果は凄かったけどな」

 

 そう。大成たちは今の今まで、この施設の中で延々と迷っていた。

 しかも、ようやくたどり着いたウィッチモンの部屋では、危険なトラップが至るところに仕掛けられていて。飲めと言われた薬を探すのにも一苦労だったのである。

 とはいえ、その分だけ薬の効果は凄まじかった。それを飲んだスティングモンが、極度の疲労状態から一発で全快状態まで持ち直したくらいだ。

 そして、帰り道でも迷っている中で、突如としてウィッチモンの声が大成たちの頭の中に響いたのである。

 まあ、それはウィッチモン自身の余裕がない状態で使われた魔術であったために、酷く聞き取りづらいものだったのだが――とにかく、そんなウィッチモンの手助けによって、大成たちは帰って来られたのだ。

 

「今はイモがヴァンデモンを抑えてるけど……でも、これ以上は……いつまで持つか……!」

「わかってるわよ!けど、こっちも手一杯で……」

「ふむ。エクスブイモンの回復具合から言って……あと数十分はこのままの方がいいな」

「数十分!?そんなの……!」

 

 スティングモンではヴァンデモン相手に数十分も持つはずがない。

 スティングモンは自分のパートナーだ。信じたかったが、それでも何の根拠もなく信じ切れるほど、大成は楽観していなかった。

 どうすればいい、と。大成の頭の中で、さまざまな策や案が考えられていく。だが、どれもこの状況を打破するには程遠いものばかりでしかなかった。

 チラリ、とドアの隙間から廊下を見れば、スティングモンがヴァンデモンに必死にくらいついている――。

 

「っく!」

「弱いくせに。時間がないのだがな!これで終わりだ」

 

 というか、もう決着がつくところだった。

 ヴァンデモンの合図と共に、どこからか現れたコウモリの群れがスティングモン目掛けて飛んでいく。それは、エクスブイモンの腹を貫いた技。エクスブイモンを貫いた時の形態が一点集中型であるのなら、今スティングモンを狙う形態は、さしずめ拡散型とでも言うべきか。

 これが、“ナイトレイド”と呼ばれるヴァンデモンの必殺技。コウモリの群れを操り、奇襲を仕掛ける技。もっとも、今回のように奇襲でなくとも相当な威力はあるのだが。

 自分に迫り来るコウモリを、スティングモンは迎撃する。だが、いかんせん数が多い。すべてを迎撃することなどできるはずもなく――気がつけば、かなりの数を洩らしていて。それらすべてがスティングモンを襲って。

 数瞬後、ボロボロになってスティングモンは倒れた。

 

「っぐ……」

「ほう……即死しないか。先ほどの奴といい、お前といい……なかなかだ。それがお前本来の能力なのか……それとも人間と関わっているが故の能力なのか……気にはなるがな」

「……ま、て」

 

 スティングモンがやられた。その事実は、大成の頭を真っ白にさせるに十分だった。

 今まで最悪と言いたくなるような状況は何回もあった。だが、どんなことがあっても、スティングモンがここまで完膚無きまでにやられたことはなかったのだ。

 いつもは乗り越えたり、直接的な被害を受けたのは別の者だったり。スティングモン自身がここまで怪我を負うことはなかった。

 だからこそ、今にも死にそうなスティングモンを前にして、大成の頭の中は真っ白になって。どうしたらいいかわからなくなってしまったのだ。

 

「はっ……なんて顔してやがる……」

 

 だが、そんな時だった。大成の後ろから声が聞こえたのは。だが、その声は、今聞こえるはずのない声で。思わず大成は振り返った。

 

「よぉ……死にかけだけどな、戻ってきたぜ」

「っ!エクスブイモン!」

 

 そこにいたのは、フラフラながらもゆっくりと起き上がったエクスブイモンだった。彼はウィザーモンとウィッチモンが上げる制止の声も聞かず、ゆっくりと歩いて行く。

 そんなエクスブイモンがドアのところへとたどり着くのとヴァンデモンがドアから入ってきたのは、同時だった。

 

「ほう。我がウィルスに侵されながら意識を取り戻すとは……」

「っ……なるほどね!回復魔術の効きが悪かったのは、私たちのウデのせいだけじゃなかったってわけ……!」

「ふむ。ウィッチモン、君は気づいてなかったのか……」

 

 外野二人は何かを言っているが、大成には聞こえなかった。彼にとっては向かい合って睨み合うエクスブイモンとヴァンデモンの方がずっと重要だったのだ。

 このままではまた戦闘が始まり、そしてエクスブイモンは。

 それがわかったからこそ、大成はエクスブイモンを止めようとする。

 

「っ!やめろ!エクスブイモン!」

「退け。退かぬなら、その短い命がさらに短くなるぞ?」

「ああ、“今は”退いてやるよ。オレも……最後にやることがあるからな」

 

 予想していたことにならず、唖然としている大成やウィザーモンたちの前で、ヴァンデモンに道を開けてエクスブイモンは部屋を出て行く。

 そんなエクスブイモンを見送ったヴァンデモンは、ふん、と興味を無くしたかのように鼻を鳴らし、ウィザーモンへと迫っていく。

 とはいえ、ウィザーモンもウィッチモンも、先ほどまでとは違う。皮肉なことに、エクスブイモンがボロボロながらも出て行ってくれたことで、彼らは本気を出せるのだから。

 

「抗うか。まぁいい。生きてさえいればな……」

「ふむ。悪いが、僕の研究は僕だけのものだ。誰にも渡さない」

「……アンタねぇ……まぁいいわ。アンタがあっさりと連れてかれるのも嫌だし」

 

 そうして、ウィッチモンとウィザーモンの二人とヴァンデモンが狭い部屋の中でぶつかり合う。

 一方、大成はこっそりと部屋から出て、先ほど部屋から出て行ったエクスブイモンの後を追った。幸い――と言っていいのかわからないが、エクスブイモンの歩みはその治りきっていない怪我によって、だいぶ遅い。追いつくのに時間はかからなかった。

 

「ちょ、おい!お前止まれ!」

「悪ぃ、もう止まれないわ」

「はぁ!?なんでそんな状況で……お前もイモもボロボロなんだぞ!?」

「……ボロボロだからだよ」

 

 大成自身も、少し無理を言っているのは自覚していた。

 スティングモンがあんなことになっているのも、エクスブイモンがこんなことになっているのも、すべてなり行き上の仕方ない部分が多少なりともある。

 それでも。いや、だからこそ、今の大成には、子供のように感情任せにわめくことしかできなかったのだ。

 一方のエクスブイモンも、そんな大成に苦笑いを浮かべながら、それでも歩みを止めることはなかった。

 彼にはわかっていたのだ。次止まったら、もう動くことができなくなることが。もう彼は、そんな瀬戸際の状態だったのである。

 そうして、エクスブイモンはゆっくりと歩み続け、数分をかけて、倒れ伏して動けなくなったスティングモンの下へとたどり着く。

 近づくと、スティングモンの怪我はなおさら酷く見えて。思わず大成が息を呑んでしまったのも、仕方ないだろう。

 

「……よ、派手にやられやがって……!」

「う……」

「っち。仕方ねぇ、行くぞ」

「……え、おい?エクスブイモン!?」

 

 お互いボロボロだな、と。傷つき、疲れ、うまく会話することもできないスティングモンの姿に肩を貸して、エクスブイモンは笑いながら来た道を戻り始める。

 見ているしかなかった大成も、何故かエクスブイモンを邪魔する気にはなれなかった。直感で、最後であるエクスブイモンを邪魔してはならないと思ったのかもしれない。

 何をどうすればわからなかった。それでも、何かはしなければならないと思って。些細ながら大成もスティングモンを支えることにする。エクスブイモンとは反対側の体を支えて、大成も歩き出した。

 

「ドンパチしてんな」

「……そうだな」

「はは……アイツらって研究職なんだろ?初めて会ったけど、研究職がオレたちより強けりゃ、世話ないんだけどな」

「……アイツらは別格だろ。いろんな意味で」

 

 そんな風に歩きながらも、部屋の方からは爆音が聞こえてきている。どうやら、ウィザーモンたちはよほど激しく戦っているらしい。完全体と戦えるとは、流石と言うべきか、デタラメだと言うべきか。

 ともあれ、廊下にいる自分たちは歩くので精一杯だった。たかが部屋と廊下の距離。たいした距離ではないが、その時の彼らには何よりも長い道のりのように感じて。

 だが、それでも足を動かし続ければ、いつかはたどり着く。

 それが数分だったのか、数秒だったのか。三人にはわからないことではあった――が、それでも、彼らは部屋へとたどり着いたのだ。

 

「自ら死に来たのか?」

「はっ……言ってろ。てめぇみたいなやつに負けて死んだとあっちゃ、死んでも死にきれねぇ」

 

 ヴァンデモンの言う通りだ。

 このボロボロのデジモン二体と戦闘では役に立たない人間一人が加わったところで、無駄死にするのは目に見ている。

 それでも、エクスブイモンはここへ来ることを望んだ。()()()、やりたいことをやるために。

 

「……ならば、殺してやろう。何、鬱陶しいハエなど……殺すのが一匹から四匹になっても変わらん」

「はっ……一つ訂正してやる。四匹じゃねぇ。三匹だ」

「何……?ここにいる誰かは見逃してもらえるとでも?」

「はは……そんなんじゃねぇよ。今からお前と戦うのは……オレたち二人じゃねぇ。オレたち一人だけなんだからな!」

 

 エクスブイモンの言葉を前に訝しむヴァンデモン。

 だが、それは唐突に――。

 

「……なっ!」

「えっ……!」

 

 それは、唐突に起こる。

 その事態を前にして、ヴァンデモンさえも含めて、この場にいた全員は驚愕の声を上げるしかなかった。

 それはそうだろう。エクスブイモンとスティングモンを包んだのは、光だったのだから。それも、進化の光だ。つまり、進化が起こったということで。

 なんの脈絡もない。なんの前兆もない。だというのに、同時に進化が起こる。しかも、起こったのは普通の進化とは違う。混ざり合うかのような、奇怪な進化。そんな事態に混乱しないほうがおかしい。

 だが、これは偶然ではない。エクスブイモンは無意識的に知っていたのだ。これを行うことができる、と。ほかならぬ、あの機械里でエテモンと戦った時から。だから、ある意味これは必然だった。

 

「やっぱ、やればできるもんだな」

 

 ジョグレス進化。

 二体のデジモンが混ざり合う、融合進化とでも言うべき進化。それが、この場で起こった進化の名前だった。

 一瞬後、光が晴れて現れたのは、エクスブイモンとスティングモンの両方の特徴を兼ね備えたかのような、竜人型の完全体デジモン。パイルドラモンと呼ばれるデジモンだった――。

 




というわけで、第六十二話。
大成たちの完全体その1への進化回でした。
成熟期に進化してから現実の時間で三ヶ月近く経っているんですよね。
……まさかここまで伸びるとは。

さて、次回はVSヴァンデモンその1です。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第六十三話~残されたモノが導く進化~

 この部屋に新たに現れたパイルドラモンだが、何と言うか、ギリギリだった。大きさが。

 そう。エクスブイモンやスティングモンよりも一回りほどの巨体を誇るパイルドラモンは、屈まなければこの部屋の中に入りきらなかったのである。

 現状は、そんな風な、見方を変えればギャグにしかならない状態だったのだが――本人たちにとっては、この上なくシリアス(大真面目)だった。

 

「イモと……エクスブイモンが……ジョグレス進化……!?」

「ははは……まさかこの目で現物を見られるとは……!これだから人間のパートナーは凄い!」

「ウィザーモンアンタね……テンションの上げどころが違うわよ」

「何を言う。君とて少しテンションが上がっているものを」

「そりゃ、あんなものを見せられればね」

 

 そんな風に、大成とウィザーモンたちがそれぞれの反応を浮かべている中で、ヴァンデモンは一人呆然としていた。

 ヴァンデモンにとって、エクスブイモンもスティングモンもたいした相手ではなかったはずであるのに。負けている部分など数えるくらいしかなかったはずであるのに。

 そんなどうしようもない雑魚でしかなかった者が、いつの間にか自分と同じ領域にいる。それは、ヴァンデモンにとっては想定外で――そして、どうしようもなく理不尽なことだった。

 

「っく!だが、進化したての若造に負けるほど……!」

「……ちょっと悪いな」

「……何?」

「時間がなさそうなんで……な!」

 

 直後、パイルドラモンが駆ける。その巨体によって、部屋が崩壊して行くことも気に止めず。

 ただ、真っ直ぐにヴァンデモンの下へと向かって――。

 

「ぐ……なんというパワー……!」

「おらぁ!」

 

 パイルドラモンは、ヴァンデモンを殴り飛ばした。

 いきなりだったとはいえ、反応できないほどではない。ヴァンデモンは咄嗟に両腕を腕をクロスさせてガードをしたが、パイルドラモンの予想以上にパワーに驚いているようだった。

 反対に、ヴァンデモンがそうやって驚いている今こそ、パイルドラモンにとってはチャンスだった。そのままの勢いを保持したまま踏み込み、力ずくでヴァンデモンをこの部屋の窓へと叩きつけて。

 一応、この施設の建物は、その性質上かなりの強度を誇る――のだが、この前までの戦闘でだいぶ痛んでいたらしい。ヴァンデモンが叩きつけられたことによって、窓と壁は崩壊。ヴァンデモンはそのまま外に放り出された。

 

「ぜっ……はっ……」

「おい、イモ……じゃないか。え、エクスブイモンか?」

「ぜぇ……はぁ……どちらでも……いい!あと……今の……オレは……パイル……ドラモンだ……からな!」

 

 やはり、ジョグレス進化したとはいえ、前までの疲労が残っているのか。それとも別の要因があるのか。

 そのどちらかなのか、どちらもなのか。大成にはわからないことだったが、今のパイルドラモンは明らかに極度の疲労状態だった。それこそ、つつけば倒れてしまうような。

 明らかにパイルドラモンは無理をしている。それは大成だけでなく、この場の全員が感じていたことだった。だが、パイルドラモンは止まる気配がない。外に吹っ飛んでいったヴァンデモンを迎え撃つために、彼は崩壊した壁から外に出ようとしている。

 

「すぐ……戻る……から……」

「いや、ダメだろ!おい……!」

「……ふむ。パイルドラモンと言ったか。先ほどから、最後だの、時間がないだのと言っていたな」

「……まさか。アンタ……!」

「はっ……大成を頼むぞ」

「おい!」

 

 何かに気づいたようなウィザーモンとウィッチモンに大成を預け、有無を言わせずにパイルドラモンは外に躍り出る。残りの時間だけで、ヴァンデモンを倒すために。

 はたしてヴァンデモンは、地面に落ちた状態で少々の瓦礫に埋まっていた。それは、一見すればダメージを負ってしまい、もう動けないようにも見える。

 だが、そんなヴァンデモンを見て、パイルドラモンは気づいていた。彼は未だ無事である、と。油断してはならない、と。

 

「はぁぁあああ!」

「若造ごときが……この私の邪魔を!」

「……知るかよぉ!」

 

 パイルドラモンの接近と共に、ガバリと起き上がったヴァンデモンは、迎撃のためにもそのまま空へと飛び上がる。その後を、パイルドラモンは休むことなく追った。

 パイルドラモンの登場によって仕切り直されたとはいえ、状況は未だヴァンデモンの有利で事が運ばれている。ヴァンデモンの言う通りパイルドラモンは若造なのだ。それだけで、戦いはヴァンデモンの有利に事が運ぶ。

 そう。いくら進化したとはいえ、進化したてのパイルドラモンとヴァンデモンでは差があるのだ。経験という名の差が。

 とはいえ、パイルドラモンにしかない強みもあることはある。

 

「ぉおおおおお!」

「っく!止まれ!」

「止まるかっ!最後にリベンジと勝ち星を上げさせてもらうんだからな!」

 

 それは、勢い。進化したての、若いからこそ持っているモノ。目には見えないし、必ずしもプラスに働くとは言い切れないものではあるが、あればあるだけ力となるもの。

 ヴァンデモンになくて、パイルドラモンにあるものは他にもある。それは、先ほどのパイルドラモンの言葉の中にわかりやすく示されていた。例えるのならば、火事場の馬鹿力というか、盛大に着火した線香花火というか。

 

「邪魔だけは一流の死に損ない共が!」

「はっ!生憎とな……奇襲で腹ぶち抜いてくるような……余裕のない奴に負けてたまるかってんだ!」

 

 ここまで来て、ようやくヴァンデモンのその表情に焦りが生まれる。

 予想外の敵の出現。想定外の時間の経過。

 そんな自分の計画にないイレギュラーの存在が、ヴァンデモンを焦らしていた。計画にイレギュラーは付きものだとはいえ、このままでのイレギュラーはヴァンデモンも想像していなかった。

 一番の問題であるスレイヤードラモンに気づかれないようにし、複数の完全体クラスの配下のデジモンたちを連れてきて。そして、さらに完全体たる自分の存在。

 ヴァンデモンとしては、計画を念入りにやっていたつもりだったのだ。そう、やっていた()()()だったのである。

 ヴァンデモンにとって何が悪かったのかといえば――欲を出し過ぎたということだろう。

 

「っく……!」

「これで……終わりだァ!」

 

 直後、パイルドラモンの腰にぶら下がった二つの生体砲の砲身が、ヴァンデモンに向けられる。そこから放たれるのは、エネルギー波“デスペラードブラスター”。パイルドラモンの必殺技だ。

 それの脅威を感じ取った瞬間に、ヴァンデモンはコウモリの群れを操り、防御の構えを取る。

 その一瞬後。放たれたパイルドラモンの“デスペラードブラスター”は、ヴァンデモンを取り巻くコウモリの群れごと焼き払った――。

 

「がぁあ……」

「ぜっ……はっ……ぐぅ……」

 

 直撃。一瞬の逃げる隙も与えられず、エネルギー波の直撃を受けたヴァンデモンは地に沈んだ。この字面だけ見れば、どちらが勝者なのかはわかりきったことだろう。

 だが実際は、どちらが勝者なのか。ひと目で見分けるのは難しい。

 それほどまでに、勝者であるパイルドラモンは消耗していてたのである。動くのも辛い身で、勢いに任せて痛みと疲労を無視してきたツケがここで来たのだ。

 

「おい!おい!しっかりしろ……!」

「……あぁ……大成か……」

 

 そんな時、ようやく戦闘が終わったことを悟って解放された大成が、エクスブイモンの下へとたどり着く。今にも息絶えそうなパイルドラモンに大成は声をかけるが、彼は苦笑いを浮かべるだけだった。

 大成の傍にはウィザーモンとウィッチモンもいる。彼らはあの手この手を使ってパイルドラモンを助けようとしているが――お世辞にも効果があるとは言い難かった。

 

「わりぃな……ドジ踏んじまったわ」

「う……あれ?」

「っ!分離した!?」

 

 そして、次の瞬間。パイルドラモンが一瞬光ったかと思うと、その場にいたのはスティングモンとエクスブイモンの二人だった。

 だが、スティングモンの方は傷も治っていて、ほとんど元気であるのに対し、エクスブイモンの方はパイルドラモンの時と同じように死にかけで。ほとんど痩せ我慢でなんとか話すことはできるようであったが、起き上がったり立ち上がったりするのは無理なようだった。

 なんで二人とも元通りになっていないのか。思わず大成がそう思ってしまったのも無理はないことである。

 

「……はは……やっぱ無理か。まぁ、死ぬのが確定した奴はどうあがいても無理ってことか」

「っ!エクスブイモン!」

「わけわかんねぇことばっかり言ってんじゃねぇぞ!ウィザーモン!ウィッチモン!何とかしてくれ……!」

「っ!やってるわよ!やってるけど……その……」

「……なんだよ……何が……!」

「これ以上は無理だ」

 

 言いにくそうに言葉を濁したウィッチモンに変わって、淡々と告げたウィザーモン。だが、その言葉は、言うまでもないほどにエクスブイモンの死の宣告で。

 大成たちも、その意味がわからないほど馬鹿ではない。言葉を告げられたその瞬間に、その言葉の意味するところを察した二人は、気が抜けたようにその場にへたり込んでしまった。

 

「……そんな」

「なんとかなるだろ!?なっ!?ウィザーモンすげぇじゃねぇか!」

「……僕にだってできることとできないことはある」

「頼む!何とかしてくれっ!」

「……大成」

 

 縋り付くようにウィザーモンとウィッチモンに頼み続ける大成。だが、二人とて何とかしたくても、できないものはできないのだ。

 大成もスティングモンも、頭の片隅ではそのことをわかっている。だが、それでも頼まずにはいられなかった。出会ってたかが数日の仲であるとはいえ、大成たちはエクスブイモンと今生の別れをするのは嫌だった。

 出会ってたかが数日でも、時間など関係ない。仲間なのだ。友達なのだ。ライバルなのだ。パートナーと言い切れないところがアレであるが、大成もスティングモンもエクスブイモンが大切な存在であるということにはかわりないのだ。

 目の前で大切な人が、理不尽によって死んでいく。

 それは、平和な世界で暮らしていた大成にとっても、大成と出会ってすべてが始まったスティングモンにとっても、物語の中だけの、可能性の中だけの、考えたくもなかった未知の体験だった。

 

「……くはは……いや、悔しいなぁ……結局、お前との決着……つけられなかったんだもんなぁ……」

「そんな……僕だって……同じですよ」

 

 心底悔しそうに言うエクスブイモン。彼は今、大成たちと出会ってからの日々を思い出していて。

 出会いも何もかもが偶然ながらも、ライバルとも言える関係になってしまったスティングモンと決着がつけられなかったことそれだけが心残りだ、と。そう言っていた。

 

「……おい、ウィザーモン……」

「なんだ?……遺言かね?」

「……ま、似たようなもんだ。オレの力……なんとか残せねぇか?元々こいつらに迷惑かけた詫びのつもりでついて来たんだ」

「そんなもん、いいから生きろ!」

「無茶、言うなよ。それで、だ。こいつらに力を残せれば、さっきみたいにジョグレス進化できるかもしれないし……な」

「……何?それは……できるが……」

 

 力を残す方法は確かにある。だが、ジョグレス進化の条件が明らかになっていない現状で、それで確実にジョグレス進化することができるなどと言えるはずもない。机上の空論でしかないのだ。

 それを踏まえた上で、それでいいのか、と。ウィザーモンはエクスブイモンに問うていた。

 

「何より、オレもただで死ぬよりはずっといい」

「……わかった。……ウィッチモン」

「……了解」

 

 そんなウィザーモンの問いに対しても、エクスブイモンは即座に頷いた。もう決心してしまったようで、決意は固いようだった。

 エクスブイモンは嫌だった。別に、永劫に生きていたいなどとは思わなかったが、それでもただ無駄に死んでいくことは嫌だった。だからこそ、最後に出会えた友たちに、自分を託せたなら、ここで死ぬ意味もあるだろう、と。そう思ったのだ。

 わかった、と。ウィザーモンは頷いて、ウィッチモンと共に魔術を行使する。その瞬間に、エクスブイモンがだんだんと光に変わっていって。

 

「おい、やめてくれ!ウィザーモン!ウィッチモン!」

「大成さん!」

 

 思わず、大成は悲痛な制止の声を上げた。だが、二人は止まることがなくて。力づくでも止めようとした大成を止めたのは、意外なことにスティングモンだった。

 スティングモンも本心では大成に同意したかった――が、彼は思ってしまったのだ。最後だからこそ、エクスブイモンの望みを叶えてあげたい、と。

 そんなスティングモンの思いを感じてしまったからこそ、そして、自分も同じ思いを抱いてしまったからこそ、大成は悲痛な顔で立ち尽くすことしかできなくて。

 

「それじゃ……じゃあな。楽しかったぜ」

 

 その言葉を呟いたエクスブイモンは、光と共に一枚のSDカードのような物へと変化した。

 こんなちゃちな物がエクスブイモンの成れの果てか、と。地面に落ちるそれを見ながら、大成とスティングモンがやるせない思いを抱いていると――。

 

「……はぁ。ようやく作ったのだがね。まぁいい。テストケースとしてこれを君にやる」

「……え?」

 

 そんな時、ウィザーモンが大成に手渡してきたのは、どこぞのスマホのような機械だった。大成はそれを何回か見たことがある。旅人や優希が持っていた、アナザーと呼ばれる機械だ。

 

「やれやれ。オリジナルの内部にあった元の設計図を元にして、いくつかの機能を復元したモノだ。ようやく実現段階にこぎつけてな」

「……それで?」

「それは第一号なのだがな。詳しいことはまた今度言うが、あれの力を引き出すにはそれがいる。……必要だろう?」

「……!」

 

 ウィザーモンの言った、アレ。その先にあったのは、エクスブイモンの力が込められていたSDカードモドキだった。

 あのSDカードモドキの力を引き出すために、このアナザーがいる。

 この現状に何もかもが納得できはしなかったが、エクスブイモンの遺産を無駄にすることは大成たちもしたくなかった。それをしてしまえば、エクスブイモンの思いを無駄にしているようで。

 だからこそ、大成はウィザーモンからそのアナザーを受け取る。ついでに、スティングモンがとって来たSDカードも受け取って。

 

「ふむ。せっかくだから試してみたらどうかね?」

「っ!?……いい加減にしてくれ!今俺はそんな気分じゃないんだ!」

「いい的がいるだろう。仇討ちにもピッタリな」

 

 軽い調子で試すなどと言うウィザーモンに、大成は本気で激怒しかけたものの、その次に聞こえた言葉を前にその怒りは鎮火された。

 そうして、表情に疑問を浮かべる大成たちに答えるように、ウィッチモンとウィザーモンの二人の視線の先にいたのは、倒れて動かないヴァンデモンで。

 

「なんでだよ。アイツは……」

「あれ、死んだふりよ」

「……行くぞ。イモ」

「……了解です」

 

 怒りの矛先を見つけた大成とスティングモンの二人は、戦闘態勢を取ろうとして――。

 

「なっ!ま、待ちたまえ!」

 

 その瞬間に、がばりとヴァンデモンは起き上がった。

 その姿からも、ウィッチモンの言った通り、死んだふりだったようだ。先ほどの戦いのダメージがかなりあったための、死んだふりだったのだろうが――かなりセコイ。

 

「セコイですね……」

「ヴァンデモン、お前実は小物だろ」

「なっ!言うことに事欠いて……!」

「ウィザーモン、これどうやって使うんだ?」

「下にある挿入口にソレを入れて、発動させればいい。セット『○○』とな」

「了解」

 

 何やら唖然としているヴァンデモンを無視して、大成はアナザーの下部を見る。そこには、ウィザーモンの言った通り、SDカードモドキがちょうど入りそうな穴があった。そこにSDカードモドキを差し込むと、アナザーの画面に“発動待機状態”という文字が浮かび上がった。

 ずいぶんと親切な設計に微妙な気分になりながらも、大成はスティングモンを見る。彼は、いつでも行けるとばかりに、行く気満々だった。

 

「それじゃ、行くぞ!イモ!」

「はい!」

「待っ……!」

「セット『エクスブイモン・ジョグレス』!」

「おぉおおおお!」

 

 大成がその言葉を告げたその瞬間に、薄らと半透明なエクスブイモンが出現。そして、スティングモンは光に包まれる。それは、先ほど起こった現象と似たような感じで。

 その光景を見た瞬間に、大成はエクスブイモンの想いがうまく残されているのを感じていた。

 そして、一瞬後。光を払って現れたのは、パイルドラモンではなくて。

 

「なっ!?」

「えっ!?」

 

 先ほどのパイルドラモンが、エクスブイモンの特徴を色濃く残しているデジモンだったと言うのならば、こちらはスティングモンの特徴を色濃く残しているデジモンと言える。

 そう。現れ出てたのは、ディノビーモンと呼ばれる完全体デジモンだった。

 




というわけで、第六十三話。
エクスブイモンの死亡回と大成たちの完全体その2への進化回でした。

さて、次回はVSヴァンデモンその2です。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第六十四話~夜の終わり~

 明らかにボロボロなヴァンデモンと殺る気満々のディノビーモンが向かい合う。

 彼のしでかしたことを知っていれば、ヴァンデモンは同情するに値しない者であるとわかる。だが、この状況を初見で見る者は、ヴァンデモンに同情してしまうだろう。

 それほどまでに、ヴァンデモンとディノビーモンの間にある諸々の差は酷いものだった。

 そんな光景を見守りながらも――。

 

「ていうか、ウィザーモン……」

「なんだね?」

「アンタも酷いわね。大成たちの気持ちも考えずに……」

「ふむ。まぁ、双方に益のある提案をしただけだがね?」

「……はぁ」

 

 そんな光景を見守りながらも、ウィッチモンは大成たちに聞こえないような小声でウィザーモンに話しかけていた。その内容は、先ほどのウィザーモン自身についてのことである。

 先ほど、大成たちに向かっていろいろとウィザーモンは言った。そんなウィザーモンに対して、ウィッチモンはもう少し大成たちの気持ちを考えるべきだと思ったのである。

 なにせ、あの時のウィザーモンの言葉の根底にあったのは、自身の好奇心。そして、彼はその通りに行動した。

 ようするに、ウィザーモンはヴァンデモンというわかりやすい敵を上げることで、大成たちの行動を誘導したのである。

 どのみちヴァンデモンとは戦う羽目になっていたし、ウィザーモンの行動を積極的に間違ったものであると言い切る気はウィッチモンにもないが――それでも、時と場を考えるべきであるとは思っていた。

 

「アンタ、もう少し人の気持ちをわかるようになりなさい。いろいろと」

「……ふむ?」

 

 あの言い方では、いくら温厚な者でも怒る。エクスブイモンの死を目の当たりにして、すぐに遺品を試してみろなど――その者の死に何も思っていないと公言しているようなものだ。

 無論、ウィザーモンがそんな外道である訳ではない。彼はいろいろと切り替えが早いだけなのだ。

 

「……はぁ。大成たちには後で謝っといたほうがいいわね。私が」

「ふむ?謝るようなことがあったかね?」

「……それは自分で考えなさい」

「気になることを言っておくだけ言って放置とは……相変わらず君は性格が悪いな」

「殺すわよ?」

 

 ともあれ。

 ウィッチモンとウィザーモンがそんな会話をしていることに気づかない大成とディノビーモン。彼らは、今、ヴァンデモンと向かい合って睨み合っていた。

 元々のヴァンデモンの強さは相当なものだったが、パイルドラモンによってかなりのダメージを負い、弱っていた。それこそ、油断しなければ倒せるほどに。だが、それは、逆に言えば油断してしまえば倒せないということで。

 いくらこちらが圧倒的有利だとはいえ、ヴァンデモンには豊富な経験があるという事実は変わりない。だからこそ、こういう(睨み合う)ことになっていたのだ。

 

「……」

「……」

 

 それでも、永遠に睨み合いを続ける訳にはいかない。これは戦闘。過ぎたるは及ばざるは如しという言葉があるように、様子見であってもほどほどにしなければ、勝つこともままならない。

 だからこそ、勝つために様子見を止めたディノビーモンは、タイミングを計る。自分が最も力を発揮させられると思えるような、そんなタイミングを。

 そして、それはヴァンデモンの方も同じだった。先ほど散々言われてしまったが、それでもヴァンデモンは逃げようと思っていた。何事も命あっての物種。そう思って、ヴァンデモンは逃げるタイミングを測っていた。

 していることは同じであるのに、その先に求めるものが対照的な二人。そんな二人が――。

 

「はっ!」

「ぬっ!」

 

 そんな二人が動くタイミングは、奇しくも同時だった。

 ヴァンデモンのしたことは単純だ。逃げるために、必殺技を発動させた。それだけだ。

 その瞬間にコウモリの群れがこの場に殺到し、ディノビーモンの視界を奪い、行く手の邪魔をする。その隙にヴァンデモンは逃げるつもりだったのである。

 対して、ディノビーモンのしたことも単純だった。一気にカタをつけるべく、自身も必殺技で応戦するということ。

 そして、ディノビーモンの必殺技は“ヘルマスカレード”という技。

 その技は、ディノビーモンにとっては幸運で、ヴァンデモンにとっては不運なことに――“ヘルマスカレード”は、ヴァンデモンの選択したことと致命的なまでに相性が悪かった。

 

「何っ!」

 

 “ヘルマスカレード”という技は、素早い動きで残像を残しながら敵を切り刻む地獄の舞踏と例えられる。つまり、コウモリの群れが殺到したのは、ディノビーモンの残像ということで。

 その瞬間に、ディノビーモンの本体は、ヴァンデモンの上にいた。

 一瞬遅れてそのことに気づいたヴァンデモンだが、遅い。彼が気づいたその瞬間に、ディノビーモンはヴァンデモンを切り刻み始めていたのだから。

 

「がっ……」

「……終わりです。これで!」

 

 結果、ヴァンデモンはディノビーモンの鋭い攻撃によって抗うこともできずに切り裂かれた。

 死すべき者の末路として、光となって消え行くヴァンデモン。だが、その表情を占めていたは奇妙な笑いだった。

 

「ククク……まさか……な……」

「……?」

「……小物だと?……覚えておけ……!」

 

 そうして、まるで恨み言のような、怒りと憎しみに満ちた言葉を吐き出して、ヴァンデモンは消えていった。

 最後は妙な終わり方だったが、これでヴァンデモンは完全に倒したことになる。それは、エクスブイモンの仇を討てたことを意味していた。

 その意味を悟った大成もディノビーモン。二人は、安堵のような、哀しみのような、複雑な表情でその場に立ち尽くした。

 

「気をつけたほうがいいわよ?ああいう輩はね。しつこいから」

「……どういう意……おい、ウィッチモン。それは……?」

 

 そうして、戦いが終わったために大成たちの下にやって来たウィッチモンだったが、奇妙な荷物を引きずっている。水というか、氷漬けの、中身が全く見えないその荷物をウィッチモンは魔術を使って運んできたのだ。

 何と言うか、いなくなった誰かとその荷物の大きさが一致していて――しかも、ウィッチモンの残酷な笑みが、その予想を助長していて、かなり怖い。

 

「ああ、これ?ふふっ人の気持ちも空気も読めない馬鹿はこうなるべきなのよ」

「……怖っ!」

 

 とりあえず、ウィッチモンが持っている荷物のことには今後一切触れないことにした大成たちである。

 ともあれ、いろいろと納得いかないことだらけだが、終わったことは終わったのだ。いつまでもこうして立ち尽くしているわけにはいかない。

 とりあえず家に帰ってそれから考えよう、と。大成たちはそう思って――。

 

「あ」

「……忘れてましたね」

 

 直後、大成たちは思い出した。

 自分たちの戦いは終わっても、全体的な戦いは終わっているかどうかわからないことを。自分たちがここに来る直前まで、優希たちはスカルバキモンに襲われていたことを。

 まあ、十中八九勇とグレイモンがいれば大丈夫だろう、と。大成はそう思っているのだが――実際は、そんなことはなかったりする。

 ともあれ、そちらの戦闘は未だ続いている可能性もある以上、様子を見に行くべきだろう。ディノビーモンも大成も、まだ体力的にも大丈夫なのだから。

 

「ウィッチモン!優希たちの所に行ってくる!」

「……はい?ええ……わかった」

「イモ!」

「はい!」

 

 そう言われた瞬間に、大成を腕に掴み、ディノビーモンはその昆虫のモノのような四枚の羽を使って空を飛ぶ。

 忙しなく出て行った大成たちを、ウィッチモンは呆然とした表情で見送ったのだった。

 ちなみに。ウィッチモンやウィザーモンに魔術で送ってもらえば、大成たちは自力で行くよりもずっと速く、そして楽にあの場所にたどり着くことができたのだが――大成たちはそれを知らない。

 ともあれ、学術院の街の入口を超え、荒野を超え。数分もあれば、あの荒野にたどり着く。

 あの場所から離れて、まだそう時間は経っていないというのに、大成たちには何故か何年もの時間が経っているように感じていた。

 それは、きっといた者がいなくなったから、そう感じてしまったのだろう。

 

「着い……あれ誰……えっ!?スカルグレイモン!?」

 

 そして、現場に到着した大成たちを迎えたのは、混乱だった。

 勇は倒れていて、優希と片成が介抱している。エンジェモンは苦しそうながらも、そんな人間組を守っていた。さらに、ローダーレオモンが、スカルグレイモン相手に奮闘していて。そして、大成たちが予想していたスカルバキモンの姿はどこにもなくかった。

 というか、レオルモンとグレイモンの姿がどこにもない。

 スカルグレイモンはゲーム時代に勇がパートナーにしていたデジモンであり、一方のローダーレオモンは特徴から考えれば、それぞれが進化した姿だと大成たちにも結論づけられるのだが――では、なぜスカルグレイモンと争っているのか。

 

「どうなっているんだ?」

「大成!?エクスブイモンは!?それにそのデジモンは……?」

「後で話す。それよりこっちだろ!どうなってんだよ!」

「それが……」

 

 いの一番に優希の下へと行った大成たちは、優希に今までの状況を尋ねる。この状況でさっさと事情を話してくれるのは優希だけだからだと思ったからであるが、そんな大成たちの予想通りに、優希は話してくれた。

 大成たちがこの場から去った後、ここで何があったかを。

 

「ヴァンデモンが……!」

「で、今はスカルグレイモンをなんとかしようとして……」

「こういう状況、と。イモ!」

「了解です!」

 

 とりあえず、大成はディノビーモンをローダーレオモンの助太刀に行かせて、その間に大成も勇を起こすために行動することにする。

 勝手かもしれないが、大成は勇に対してある種の幻想を抱いている。勇ならこんな状況でもなんとかできるだろう、と。そう思ったからこそ、大成は勇を起こそうとしたのだ。

 まあ、そんな大成の考えと行動は、優希たちも思ったことで、彼女たちも散々に手を尽くしたことであるのだが。

 

「おい、勇!勇さん?勇気さん!」

「言い方変えても……」

「ぐっ……なら、これで……!」

「た、……大成さ……ん……殴る……のは……」

「うぐぐ……起きろぉ!」

 

 とはいえ、勇は起きなかった。彼は死んだように眠って、そのままだ。もちろん、“死んだように”であって、“死んでいる”わけではない。だから、これほど体を揺すったり、大声を出したりしていれば、普通は起きるはずなのだが――こうも起きないのは何故なのか。

 勇の寝起きが悪いのか、それともヴァンデモンに何かをされているから起きられないのか。判断に迷うところである。

 

「……退け」

「エンジェモン?……おい?何して……!」

「ふぅうううう……」

 

 大成たちを強引に退かし、勇の下へとやって来たエンジェモンは見るからに力を溜めていて――その姿に、大成たちは嫌な予感を覚える。

 だが、大成たちが静止の声を上げるよりもずっと速く。そのエンジェモンの拳が、勇の腹へと吸い込まれていった。

 

「がはっ!」

「ちょ、おい!」

「エンジェモン!?」

 

 その暴力的な事態に、大成たちは焦るしかなかった。先ほど大成も殴ろうとしてはいたが、これはそんなものとはわけが違う。なにせ、成熟期デジモンの一撃だ。手加減されているだろうとはいえ、どれほどのダメージなのか、考えるのも恐ろしい。

 だが、詰め寄る大成や優希を前にしても、エンジェモンは知らん顔。唯一、片成だけは慌てふためいていないのは、エンジェモンのパートナーとして彼を信頼しているからだろうか。

 

「何をそう焦っている」

「焦りもするだろ!お前何やらかしてんだ!」

「ふん……この私が何をやったのかも理解できないのか。これだから下賤な者は……見てみろ。我が主を。私の考えなど御見通しでいらっしゃる」

「片成……どういうこと?」

「へ……いや……あの……さぁ……?」

 

 片成は、エンジェモンが酷いことをしないという点において彼を信頼し、焦らなかっただけであり、彼の考えがわかっていたわけではない。よって、優希に聞かれても、首をかしげることしかできなかった。

 そんな片成の姿に、エンジェモンは「さすが……下賤な者のためにわからないふりをされてらっしゃるとは!」などと言っている。

 そろそろエンジェモンは脳みそを交換したほうがいい、と。エンジェモンを見ながら、半ば本気で大成が思ったそんな時――。

 

「ぐっ……なんか、腹が痛いんだけど……!」

「勇!?」

 

 そんな時だった。勇が起きたのは。勇が起きたのはタイミングから言って、やはりエンジェモンが何かをしたおかげであるのだろう。

 まあ、その何かが殴ることだとは、大成たちも信じ難かったし、信じたくはなかったが。

 

「よからぬ影がついていたから……祓っただけのことだ」

「……?」

 

 つまり、ヴァンデモンは勇を襲った時に、勇が目覚めないような細工をしていたのである。エンジェモンは、殴りながらそんなヴァンデモンの細工を消し飛ばしたのだ。ということで、行動はどうあれ、これはエンジェモンの手柄である。

 そして、それがわかったからこそ、大成と優希は微妙な顔をしていて――エンジェモンはどこか自慢げだ。というか、世間一般でドヤ顔と言われるその顔が、すごくウザく感じられる。

 ともあれ、まあ、勇が起きたことはありがたいことだった。すぐさま状況がわかっていない勇に、大成たちは事の成り行きを説明する。

 

「というわけで……勇?」

「スカルグレイモン……」

 

 そして、今までにあったことの説明を受けて、勇はどこか複雑そうな表情を浮かべていた。

 まあ、それもそうだろう。勇にとってスカルグレイモンとは、ゲーム時代に最も信頼し、見慣れたパートナーの姿だ。それが、あんな風な暴れるだけの化け物となってしまったのなら、心中は穏やかではないだろう。

 

「……大成、優希……スカルグレイモンを倒してくれ」

「はぁっ!?いいのか!?」

「……ああ。オラのせいで……そんなことになってぇなら……どうしようもねぇってさ。アイツだって、このままなこと望まねぇってさ」

 

 それが、勇の決断だった。

 勇とて、スカルグレイモンがもう元に戻らないことがわかったのだ。わかってしまったのだ。だから、このまま暴れ続けるのならいっそのこと、と。

 優希も、大成も。そんな勇の決断にいろいろと言いたいことはあった。それでいいのか、と。別の方法はないのか、と。だが、そんな二人が声を出す前に――勇に声をかけたのは、驚くことにあの片成だった。

 

「勇……さん……!」

「片成……?」

「それで……いいんですか……?」

「いいわけねぇってさ。けど……」

 

 片成は一生懸命な顔で、何かを勇に伝えようとしている。そして、一生懸命だからだろう。彼女は今、いつも以上に普通に話すことができていた。

 人と話すことが苦手であるはずなのに、それでも必死に何かを伝えようとする。そんな片成の姿に、感じるところがあって、勇も大成も優希も、自然と彼女の言葉に耳を傾けていた。

 

「私は……!エンジェモンに救われて……ここにいます。エンジェモンは……私の大切なヒトです」

「……」

「だから、エンジェモンのことは……信じてます。信じ、たいです。勇さん……は、信じないんですか?」

「……!くははっ……そう言われるってかぁ……!」

 

 いろいろと足りない部分もあったが、だからこそ一生懸命さが伝わることもある。そんな片成の言葉は、確かに勇に届いた。

 信じないのか。そんなわけがない。

 片成と同じで、勇にとっては友人なのだ。パートナーなのだ。家族なのだ。信じたいに決まっている。だからこそ、そんな片成の言葉に気づかされたからこそ、勇は最後の最後として、自分のパートナーを信じて行動することにした。

 

「そんなわけだ。大成、優希。スカルグレイモンを倒すのはもう少し待ってくれ」

「……ちょ、勇気さ……勇!?」

「ありがとうな、片成たちがいてよかったよ。……オラがこれからする行動で、責任を感じる必要はないからな」

「は……え……」

 

 唖然としている大成たちの前で、勇は走っていく。

 ディノビーモンとローダーレオモン、そしてスカルグレイモンが戦う激戦の地へと。それは、ただの人間でしかない勇には無謀なことでしかない。

 彼らが激突するたびに発生する衝撃波は、勇の体を浮かせることですら容易。勇は、そんな衝撃の中を必死に耐えながらゆっくりと前へと進み――。

 

「なっ!」

「勇殿!?」

 

 スカルグレイモンの眼前に出た。

 ディノビーモンやローダーレオモンが呆気にとられたような声を出した後、ハッとなって行動を起こしたが、遅い。すでにスカルグレイモンの腕は振り上げられている。

 

「グァギャアアアア!」

「っ!勇ー!」

 

 それは、誰の悲鳴だったのか。誰か一人かもしれないし、あるいは全員かもしれない。勇を心配する叫びが上がって、そして、その一瞬後。

 スカルグレイモンの太い腕が振り下ろされて――。

 

「ははっ……やっぱり、な」

 

 そして、スカルグレイモンのその太い腕は、腰を抜かした勇の目の前で止まっていた。

 




というわけで、第六十四話。
ようやく戦闘終了ですね。はい。長かったです。

さて、次回(もしかしたら次々回も)は第五章のエピローグ的な話です。

それでは、次回もよろしくお願いします。


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第六十五話~それぞれが往くはそれぞれの道~

 あのヴァンデモン襲来の翌日。

 大成とスティングモンは、再びあの医療施設に来ていた。別にまた怪我をしたとか、そういう訳ではない。彼らは今、仕事としてここに来ているのだ。

 その仕事の内容は至って単純。大成たちが昨日の戦闘で壊した部屋の掃除である。

 

「しっかり片付けてくれ。便利屋さん?」

「……わかってるよ!」

 

 大成たちにそうして仕事の依頼をしたのはダルクモンだ。彼女こそが、この施設の主である。

 彼女が帰ってきたのは明朝で、すべてが終わった後。帰ってきて一番初めに見たものが、かなりの損害を受けている自分の職場だったという彼女。そんな彼女だったが、一刻も早い復興のためにも気持ちを切り替えて、ウィザーモン経由で大成たちに仕事を依頼したのである。

 大成たちとしても、ジッとしているよりは体を動かしたほうが気分転換になるために、こうしてこの掃除の依頼を受けたのだ。

 

「私は買出しに行ってくる。サボらないでくれよ?」

「はいはい……」

 

 そう言って街へと出て行くダルクモンを見送って、大成スティングモンの二人は片付けをしていく。彼らがするのは、主に瓦礫の撤去作業だ。

 だが、スティングモンはともかくとして、大成にはちとキツイ。だからこそ――エクスブイモンがいればもう少し楽だったのかな、と。思わずそう考えた大成は、見事に自分の地雷を踏んだ。

 

「はぁ。なんだかなぁ……」

 

 そう言って大成が見るのは、エクスブイモンの力がこもっているSDカードモドキ。彼が何を思って、これを自分に託したのか。なぜ、自分はこれを託されたのか。大成がいくら考えても、もはやそれは答えの出ない問いでしかなかった。

 これを使えば、スティングモンはディノビーモンに進化することができる。もしかしたら、その前に進化したパイルドラモンにも進化できるかもしれない。

 それでも、()()()()()よりも、エクスブイモン自身が生きていて欲しいと大成は思う。

 

「……どう思う?イモ」

「……何がですか?」

「いや、だから……なんでもない」

「……」

 

 親しい誰かが何かを託して死んでいく。それは、ゲームや物語ではよくあるシナリオではある。事実、大成もそういうストーリーのあるゲームを何回かもしたことがある。そういったゲームの中で主人公たちは、いずれにしても、その出来事を乗り越えることができていた。

 だが、いくらそれらのゲームのストーリーを思い浮かべて、その数々の主人公たちを思い浮かべても――大成は、昨日の出来事を彼らと同じように乗り越えられる気はしなかった。

 

「……やっぱり、さすがは主人公ってことかな」

「主人公……ですか」

「なんだよ?」

「いや……でも、そう簡単に乗り越えた気になられたら、エクスブイモンも怒ると思います……」

「……」

 

 スティングモンの言う通りだった。

 実際にゲームをしているプレイヤーたちは実感できないかもしれないが、ゲームの中の主人公たちは苦しみ、悩んだ末に出した答えで、こういった出来事を乗り越えているのだ。少なくとも、そういう設定なのだ。

 親しい者が死んだのだ。苦しいのはわかる。だが、大成のしていることは愚の愚だった。他人の答えを知った上で、その答えの上辺だけを掻っ攫おうとしているのだから。

 そんな他人から借りた答えで、自分を納得させるだけで解決できるほど、今の大成たちが直面しているものは軽くはない。

 

「……ま、そうだよな。でも……!」

「わかってますよ。苦しいですね……」

「……そうだな」

 

 初めての体験にどうすればいいのかもわからない。

 どうしようもなくて、大成たちは呟くのだった。

 

「ん?あれ、大成たち仕事中じゃなかったのか?」

「……勇?」

 

 だが、そんな時だ。勇がやって来たのは。

 仕事中であることを考えればあまりいいことではないが、この暗い雰囲気が常駐している今において、勇が来たのは、大成たちにとってもありがたいことだった。

 せっかく来てくれたのだから、と。大成たちは元からはかどっていたとは言えない瓦礫の撤去作業を休憩することにして、勇の下に向かっていく。

 

「よ。昨日は大変だったな……」

「いや、勇も……」

 

 勇のパートナーが今どういう状況にあるのかを思い出した大成は、顔を暗くして答える。

 昨日あの後、勇の決死の行動によって、彼のパートナーであるスカルグレイモンの暴走が止まった。それは良かったのだが、結局元に戻ることはなかったのだ。

 それは、もしかしたら、あの天然ながらもどこか雰囲気の良いあの者にはもう二度と出会えないかもしれないということを示していて、エクスブイモンという仲間を失った大成たちと同じように、勇も同じくらい大切なモノを失ったかもしれないのだ。

 

「ああ、そのことだけどな……」

 

 そんな事実に暗くなる大成たち。あの者とはそんなに付き合いがあったわけではないが、それでも全く知らなかったわけでもない。

 相手として戦ったことも、一緒に戦ったこともあった。大成たちにとっても良い友人だった。目を閉じれば、あの戯けた者と過ごした短くも印象深い時間は、すぐにでも思い出せるほど。

 ともあれ、いろいろなことを思い出して暗くなった大成たちを前にして――。

 

「オラ、この街を出て行く!」

 

 大成たちを前にして、勇は明るく告げる。この街から出て行く、と。

 それは、大成たちにとって寝耳に水な話。大成たちは驚くことしかできなかった。

 

「な、なんでだ!?」

「いやー……ちょっと調べてみたんだけどさ。今のスカルグレイモンはオラの言うことしか聞かないみたいなんだ」

「それは……なんとなくわかってたけど……」

「しかも、オラ以外には問答無用で襲い掛かる。これでアイツを放っておいてオラだけ街暮らしはできない」

 

 そう。今のスカルグレイモンは、勇の言うことしか聞けなくなっている状態にある。

 勇がいなければまた昨日のように暴走してしまう可能性がある以上、勇と長い間離れているのも危険であるし、そもそもそんな状態では街には入らせることもできない。ふとした拍子にまた暴走を始めるのかも、わからないのだから。

 

「でも……!」

「ウィザーモンに話を聞いたけど、やっぱり無理らしいし……」

「ウィザーモンでも駄目だったのか!?」

「ああ。だから、旅しながらアイツをどうにかできる方法を探すことにする。どんなになっても、アイツはオラのパートナーだしな」

 

 勇にとって、グレイモンはかけがえのない存在だった。スカルグレイモンへと進化して、あんな状態になってしまったが、それは変わらないし、変わりようもない。

 だからこそ、勇は決心したのだ。快適な街暮らしを捨て、スカルグレイモンの傍にいることを。いつかまた、昨日までの日々に戻るためにも。その方法を探すことを。

 

「……そっか」

「さしあたっては、もう一回進化するのがいいらしい。究極体を目指してがんばるな」

「……ごめん、耳がおかしくなった。今なんて?」

「いやだから、ウィザーモンの話だと、記憶とかは引き継がれているはずだから、意思疎通のできるデジモンに進化したらいいかもしれないって……」

 

 簡単に言っているようであるが、勇自身もわかっている。究極体とは、そんな軽いものではないということを。

 だが、たとえその道が簡単なものではないとわかったいても、可能性が一パーセントでもあるのなら、やはり勇はそれを目指すだろう。

 それだけ、勇の決意は固く、決心は重いものなのだ。

 

「それじゃ、スカルグレイモンも待たせているし、優希たちにも挨拶したいし、そろそろ行くな」

「あ、ああ。もう行くのか?」

「もちろん!それじゃ、お互いにいろいろあるかもしれないけど、頑張ろうな!」

「ああ、それじゃまた!」

「また会いましょうね!」

 

 最後だけは元気に別れよう、と。

 そう思ったのだろう。大成たちは、明るく元気な声が自然に出せていた。そんな大成たちを前にして、勇は元気に笑って去っていく。

 また一人、見知った友人と別れたというのに、大成たちの心の中にあったのは、()()()()()()()()()()()

 一歩を踏み出す勇気と固い決意と絶えない行動力。そんな勇の姿に、大成たちは何かをもらった気がしたのだ。

 

「しっかし……究極体かー」

「でも、勇さんたちなら案外簡単に進化できそうな気もしますね」

「できそう……っていうか、できるだろ。勇気さんだし」

 

 そんなこんなで。去っていった勇に思いを馳せた大成たちは、話しながらも振り返る。

 そこにあったのは、未だ片づけ切れていない瓦礫とゴミの山。望んでこの仕事を引き受けた大成たちだが、そんな光景を前にして、少々げんなりとしたのだった。

 ともあれ、仕事は仕事。そう、自分を納得させて、大成たちは片づけを開始する。先ほどまでとは違って、今の大成たちは、さっさとこの仕事を終わらせて帰りたかった。

 だが、世の中というものは、本当に人をイラつかせるようにできているもので。そういう時に限って――。

 

「ふむ。頑張っているようだな」

 

 邪魔してくる者がいるのだ。

 いや、別に邪魔しに来たわけではないのだろうが――それでも、仕事をさっさと終わらせる気になった大成たちにとっては、邪魔者と一緒だった。

 勇と入れ替わるようにやってきたのは、ウィザーモンだ。なぜかは知らないが、大成たちが昨日の最後に見たときよりもボロボロになっている。

 

「ああ、この怪我かね?なぜか知らないが、ウィッチモンにやられてね」

「……なんで?」

「さぁな。なぜか怒っていたな。怒らせるようなことをしたのか……ふむ。まぁ、いい」

「いいんですか?」

「ああ、君たちには昨日渡した機械の説明を。今朝は忙しくてできなかったからな」

 

 ウィザーモンは、世間話をしに来たわけではないらしい。まあ、わざわざ世間話のためだけに大成たちの下へと来るほど、彼も暇ではないか。

 ウィッチモンが彼をボコボコにしたという世間話も聞きたかった大成たちだが、ウィザーモンの話す内容も自分たちにとっては重要なことだ。どっちもどっちだったが、大成たちは結局説明のほうを聞くことにしたのだった。

 

「前に説明しただろう。僕が作った試作品のことを」

「……なんだっけ?」

「ほら、あれですよ。旅人さんのカードとやらの……」

「あぁ!あれか!」

「……」

 

 そう言われて、大成たちは思い出した。機械里へと行く前に、ウィザーモンがそれらしきことを言っていたことがあったことを。

 昨日、大成が渡されたのは、ウィザーモンがかつて作り、そして盗まれたその試作品の機能をアナザーに付けたもの。概要としては、SDカードモドキに込められた力を機械を通して扱うことができるというものである。

 

「……いくら僕でも、その反応は腹が立つのだがね?」

「いや、悪い悪い……」

「……はぁ。まぁ、いい。基本的な使い方は優希の持つものと同じだ」

「ってことは、イモをこんなかに入れたり、電話できたりするのか?」

「ああ、あとは……アー……いや、これはいいか。優希のモノとの違いは、試作品の機能が追加されているかどうか。それだけだ」

 

 大成が渡されたアナザーは、その試作品の機能以外は優希の持つソレと変わらない。

 とはいえ、大成たちにとって最も一番重要な部分は、その試作品の機能である。それがなければ、エクスブイモンの形見が扱えない。

 未だエクスブイモンの形見とも言えるソレの扱いを悩む大成たちであるが、エクスブイモン自身に“託す”と言われた以上、ただ持っているのも、大切に仕舞ったままにするのも、どちらも違うとは思っていた。

 

「ついでにこれも渡しておこう。僕の手持ちの……物体だ」

「物体って……SDカードモドキかよ」

「試作品だから名前を考えていなかったんだ。ふむ。せっかくだから君たちが考えてもいいな」

「……考えておく」

 

 ウィザーモンが大成たちに渡してきたのは、一枚のSDカードモドキ。

 だが、それを渡されたことよりも、大成にとってはその名前を制作者本人(ウィザーモン)が決めていないという事実の方が驚きだった。

 とはいえ、ウィザーモンにとっても、あくまで試作品段階のものであり、名前を決めるほどのものではないという思いがあるのだが。

 

「いろいろな物を解析する魔術を込めてある。しっかりと使って、使い心地を報告してくれ」

「えぇ……貰えるのはありがたいけど……報告なんかすんの?」

「大成さん、タダで貰っているのですから……」

「前にも言っただろう。君たちは覚えていないかもしれないが、その力を込めた物体は作るのに苦労するんだ。裏技もなくもないが……倫理的な面を鑑みればやるべきではない」

 

 ウィザーモンのその言葉で、その裏技がどのようなものか、大成たちにも検討がついた。おそらく、対象の命を引き換えにするようなことだ。

 その事実を知ることは、会話で忘れていたことを思い出すようで、大成たちにとって傷をえぐられるようなことだ。

 思わず、といった体で大成たちはエクスブイモンの最後を思い出して暗くなってしまった。

 

「……ふむ?……やれやれ……ソレをどうするかは君たちの勝手だ」

「いや、わかって……」

「だが、エクスブイモンは自分のために君たちにそれを残した。その意味を忘れるな」

「……?」

 

 結局、いつものように肝心な部分はぼかして。最後は言いたいことだけを言って。そうして、ウィザーモンは去っていく。

 そんなウィザーモンの後ろ姿を、大成たちは疑問顔で見つめていたのだった。

 

 

 

 

 

 一方その頃。昨日、大成たちが激闘を繰り広げた荒野にて。

 

「忌々しい……!」

 

 ボコり、と。地面を押しのけて現れたのは、驚くべきことに、昨日ディノビーモンに倒されたはずの――ヴァンデモンだった。

 だが、彼のその体は見るからにボロボロであり、その顔は恥辱と憎しみに染まっている。

 

「っぐぅ……!」

 

 なぜヴァンデモンが生き残っているのか。その秘密は、昨日の彼の行動にあった。

 昨日。彼はコウモリを使って自分の一部を勇の中に植え付けたのだ。そして、内側から勇の感情をコントロールし、元々進化のための下地が整っていたグレイモンを強引に進化させた。

 つまり、勇が起きなかったのは、中にヴァンデモンがいたからというわけだ。

 そして、その後、勇に植えつけられた彼の一部――分身とも言える者は、勇の中という安全圏にて本体との合流を待ったのである。

 だが、本体はディノビーモンにやられてしまった。

 

「……あの天使デジモンめ……あの雑魚どもめ……!」

 

 本体がやられてしまったのだ。

 ゆえに、仕方なくヴァンデモンは勇の中に潜み、安全圏にいながら失われた自分の力を蓄え、来るべき復活を待つことを選択したのだ――が、そんなヴァンデモンの企みも、エンジェモンによって打ち砕かれてしまった。

 そう。勇を起こすために、エンジェモンが勇を殴ったあの時である。

 本来のヴァンデモンならいざ知らず、所詮本体の一部分だけに過ぎない分身など、エンジェモンの前には無力でしかない。結局、ヴァンデモンは勇の中から追い出されてしまったのだ。

 

「ぐぅううう……はぁっ……はぁっ……」

 

 何とかして完全消滅は免れたものの、もはやヴァンデモンの力も命も風前の灯だった。

 今がこれほどでは、完全回復にどれほどの時間がかかるか、わかったものではない。しかも、その力の回復を、この状態で待たなければならないのだ。この弱った状態で。生きるのにも苦労する状態で。

 今のヴァンデモンでは、成長期デジモンと戦うことすら危ういだろう。それほどヴァンデモンは弱っているのだ。

 だが――。

 

「おのれ……覚えていろ……!」

 

 だが、それでも。ヴァンデモンはどれほどの時間がかかろうとも、生き抜いて、力を取り戻そうとしていた。

 すべては、自分を惨めにさせたあの者たちに復讐するために。

 そうして、生き残った吸血鬼は、荒野を行くのだった――。

 




というわけで、第六十五話。
第五章のエピローグ回でした。一旦、勇が行方不明になります。

さて、次回からは第六章。
内容的には、前半は大成たちサイドの話が展開されて、後半からは打って変わって勇や久々に登場するあの人たちの話となります。

あ、あと評価や感想は常時お待ちしておりますので、またよろしくお願いします。

それでは第六章もよろしくお願いします!


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第六章~それぞれが往くはそれぞれの道~
第六十六話~変わったようで、変わらない人~


 あのヴァンデモン襲来から一週間が経過していた。

 エクスブイモンの死に、勇の旅立ち。大成たちの周りも、随分と寂しくなったものである。

 その一週間の間、大成とスティングモンは仕事があれば仕事をし、なければ家でボーッとする日々を送っていた。優希とレオルモンの二人も同じようなものだ。仕事がなければ、修行やら何やらをする日々。

 自分たちの周りがいろいろと変わっていく中で、大成たちの生活は何も変わっていなかった。少なくとも、表向きは。

 

「そういや、結局……ヴァンデモンの奴がなんでウィザーモンを狙ってたのかわからないんだよな……」

「大成ー次ー!」

 

 そう、()()()は。

 あれから大成たちの雰囲気は何やら変わったようである。雰囲気だけでなく、その生活の()()にあるものも。まあ、あれだけ何やらあったのだ。いろいろと変わるのも頷けるだろう。人はそれを成長と表す時もあるし、もっと別の何かで表す時もある。

 それでは、大成たちの変化はどちらなのか。まあ、それは本人たちもわかりようのないことであるが。

 

「ウィッチモン!次は?」

「次はこれね。よろしくね」

「了解」

 

 さて、そんな大成であるが、今日はウィッチモンからの依頼だった。スティングモンは所用でいないので、実質一人で依頼を受けている状態である。

 今日の仕事はウィッチモンから頼まれたものを他のデジモンに貰いに行くだけの単純な仕事だ。難しいことなど特にはない。

 まあ、一度に複数の場所に行かなければならないのは、街中を歩くことになるのでキツイが。

 ともあれ、ウィッチモンから頼まれごと第二陣を受け、大成は街を歩く。多少の退屈さを感じながらも、仕事のために歩き続ける大成は、その時に前方にあるデジモンを見つけた。

 

「はりきっておりますな。大成殿」

「レオルモン!もう大丈夫なのか?」

 

 そう。大成が見つけたのは、優希のパートナーであるレオルモンだ。

 レオルモンはフラフラとした千鳥足で、その歩行速度は遅々としたものだった。だが、それでもバランスを崩して倒れたり転けたりすることない。

 とはいえ――。

 

「もうバッチリですな!」

「……ちなみにその場で半回転してみて」

「ぐ……」

「ごめん、悪かった」

 

 とはいえ、半分は意地なのだろうが。

 そう。ここまでくれば予想がつくかもしれないだろうが、つい昨日までレオルモンはずっと優希のアナザーの中にいた。忘れているかもしれないが、アナザーにはデジモンを収納する機能と収納したデジモンの回復機能がある。

 それによって、レオルモンは昨日までずっと回復していたのだ。

 理由は言わずもがな、優希の力で進化したからである。ようするに、ローダーレオモン(完全体)への進化リスクの筋肉痛だ。

 とはいえ、まあ、以前までのレオルモンだったならば、進化した時点で筋肉痛を越えて死んでもおかしくはなかったのだが。その辺、日々のトレーニングの成果が出ているのだろう。

 

「つーか、ここまでくれば完全回復するまで篭ってれば良かったのに」

「いやいや。いつ何時あのような事態になるかもわからないのですぞ!一刻も無駄にできませぬ!」

「ま、そりゃそうか」

 

 レオルモンの言うことは大成にも理解できた。

 この世界に来て、大成は嫌というほど知ったのだ。事態は、嫌になるほど唐突に来るということを。

 

「そういうわけで、ですな!このセバス、今から修行に行ってまいります!」

「おー頑張れー」

 

 そう大成に言い残して、去っていくレオルモン。相変わらずその歩みは遅く、フラフラとしたものだった。

 そして、そんなレオルモンを見送った大成は、ズボンのポケットからアナザーを取り出して、画面を操作する。しばらく操作すると、下面に通信待機中の文字が浮かぶ。

 その状態になれば、大成はアナザーを耳にあてた。何と言うか、人間の世界ではよく見る光景である。携帯電話で、連絡を取り合うという。

 もちろん、大成もそのつもりでアナザーの通信機能を使った。相手はもちろん――。

 

――何?大成……?――

「ああ、優希?」

 

 優希である。

 まあ、アナザーを持っているのは旅人と優希だけであり、持っていない者でこのアナザーからの通信を受け取れるのはウィザーモンだけであるからして、選択肢は限られるのだが――それはともかくとして。

 優希に繋いだ大成は、すぐさま用件を伝える。用件はもちろん、先ほどのレオルモンのことだ。

 

「さっき、レオルモンがフラフラとした足取りでどっか行ったぞ。たぶん、街の外じゃね?」

――ごめん、連絡ありがと――

「あ、おいっ……切れた」

 

 こんな感じで、大成の用件を聞いた優希は、さっさと連絡を終えてしまった。

 おそらくだが、優希もまだレオルモンには休んでいて欲しかったのだろう。だからこそ、無理をしようとしているレオルモンのことを聞いて、いてもたってもいられなくなったのだ。

 きっと、今の優希はレオルモンを捕まえるために、全力で走っていることだろう。 

 その姿が容易に想像できた大成は、苦笑いを浮かべるのだった――が、その後に後ろから聞こえてきた声に、その苦笑いは速攻で消え去ることとなった。

 

「ふむ……使ってくれているようで何よりだ」

「……いつの間に?」

「フフフ……さて、いつだろうな」

 

 大成の後ろにいたのは、ウィザーモンだ。その手には何らかの巻物やら袋やらの大荷物を持っていた。思わず、その姿を見た大成が引くくらいの量だ。

 そんなに荷物を持って大変そうだな、と。そんなことを思う大成。だが、意外なことにウィザーモンはその手荷物の一つである巻物を大成に手渡してきた。

 その手荷物の一つを渡されるのは予想外だったために、大成は一瞬だけだが固まってしまう。だが、大成はすぐさま思い出した。ウィッチモンから渡されたリストの中に、ウィザーモンの下へと行って何かを受け取ることも書かれていたことに。

 だから、渡されることは普通であるし、ちゃんと予想していなければならないのだが――その辺り、大成は何も考えずにボーッとしていたのだろう。

 

「何を固まっている。ウィッチモン宛だ」

「ああ、なるほど……」

「まったく。来るならもっと早く来てくれ」

「いや、俺だってウィッチモンからいろいろと頼まれて忙しいんだって」

「何を言う。君といい優希といい……僕だって忙しいのだ。手間をかけさせないでくれ」

 

 そう言ったウィザーモンは、さっさと去っていく。

 世間話もすることもなく去っていったところを見るに、やはり忙しいのだろう。知り合いだからといって後回しにしたことを、ほんの少しだけ申し訳なく思った大成だった。

 まあ、大成のそんな気持ちはすぐに消えるのだが。

 

「……これ、すっげぇ邪魔!」

 

 そう。大成がウィザーモンから受け取った巻物は、長かった。それこそ、全長で一メートル近い。

 長いものや重いもの、大きいものというのは、持って歩くだけでキツイものだ。普段とは体勢やら体重やらが普段とは変わるために。そして、大成にはそういった荷物を持って歩く経験などない。

 だからこそ、大成にはこの長い巻物を持って歩くことはキツかった。そして、キツいからこそ、大成の中にフラストレーションが溜まっていく。

 一瞬、これを今すぐ放り投げたい気持ちになって。されど、仕事ということで大成は我慢するのだった。

 そうして、この数十分後。

 

「……ぐ……キツ……!」

 

 その両手に収まりきらないほどの荷物を抱えた大成がウィッチモンの下へと向かうその途中でのこと。大成のその顔は凄いことになっていた。例えるならば、子供に見せたら怖がられるような顔、と言えるだろうか。

 まあ、大成の顔がそうなっているのも、仕方がないのだが。複数の場所にお使いに行くというこの仕事の性質上、行くたびにどんどん荷物が増えていく。どんどん重量を増し、それに連れて動きづらくなっていく。

 そんなこんなで、現在の大成は体力的にもキツかったのである。

 

「だ、……大丈……夫です……か?」

「片成か。これ、大丈夫に見えるか?」

「えっ……と……」

「それくらいの物も持てないとは。情けない!」

「うるせー……!」

 

 そんな大成の前に現れたのは、片成とエンジェモンだ。

 あのヴァンデモンの事件以来、片成は大成と少しだけだが話せるようになった。まあ、そこは一緒に窮地を乗り越えたが故の結果というものか。

 そうして、せっかく話せるようになったのだから、と。片成は毎日のように大成に会おうと外出しているのである。

 とはいえ、話せるようになったとはいえ、まだ面と向かっては片成も恥ずかしい。

 さらに、いくら話せるようになったことが嬉しくても、大成がエクスブイモンのことで気落ちしているところや仕事をしているところに行くわけにもいかない。

 そんなこんなで、片成は毎日のように大成を目撃しているが、実際に話せているのは少しだけだったりする。

 

「で、何か用?」

「我が主に何と言う口を……!」

「……用……は……」

「んじゃ、行っていい?そろそろ腕がキツい……」

 

 ちなみに、ここ最近の片成の行動は天然のストーカーと言われても仕方ないくらいだった。彼女の事情を知る優希をして、そんな片成の姿に戦々恐々としていたりするほどのレベルだ。

 とはいえ、片成はある意味純粋だからこそ、天然でこういう行為をしてしまうのであり、本物のストーカーの方々ほど狂っている訳ではない。片成が()()になるかどうかは、大成が片成と普通に話せるようになるかどうかにかかっている。

 まあ、どれもこれも、ほんの余談だが。

 

「は、……はい……ごめんな……さい……」

「何か調子狂うな……なんでだろ?」

 

 気落ちした様子であっさりと謝り、大成に道を譲る片成。

 そんな片成を前にして、大成は自分がイジメをしているような気分になると共に、そんな彼女が大成の中のイメージとズレているように感じていた。だが、どこがズレているのか、大成にはわからない。

 片成は大成と出会った時からずっとこうだったというのに、どうしてそんなことを思ったのか。そう疑問が思い浮かんだ大成だったが、その疑問はすぐさま腕の中の重さによって流されることとなった。

 今の大成には、そんな疑問を考えるほどの余裕はないのだ。

 

「それじゃ行くぞ。またな片成」

「……!う、ん!」

「我が主に何と言う口を……!」

「はいはい。それ今日二度目……じゃあな」

「む……待て。下賤な者よ!」

「……はぁ。なんだよ!こっちは――」

「あまりパートナーに心配をかけさせるな」

「……?ああ」

 

 ムカつくエンジェモンからの制止の声に、イラっときた大成だったが、その最後の言葉だけは真面目なもののように感じて。よくわからないが、大成は素直に頷くのだった。

 ともあれ、片成たちとも別れた大成は。ようやくの思いでウィッチモンの下へとたどり着く。

 実に長かった。今までの苦労を思って、さらにその苦労が報われることを思って、ウィッチモンに荷物を渡した大成だったのだが――。

 

「あ、次はこれね。ちょっと急いでくれる?早く実験したいから」

「……ちくしょぉおおおおお!」

 

 そうして、大成は再び街へと繰り出すのだった。

 さて、そんな大成はともかくとして。その頃、そんな大成のパートナー(スティングモン)が何をしているかというと。

 

「……」

 

 スティングモンは、大成の後を尾行していた。それこそ、先の片成とは違って、言い逃れようもないストーカー行為である。

 なぜスティングモンがこんなことをしているかというと、これまた単純なことだ。

 スティングモンはここ一週間の大成に違和感を覚えているからである。だからこそ、こっそりと後をつけて、大成の様子を探ろうとしているのだ。

 

「……はぁ。何をしているんだ」

「っ!エンジェモン!?」

 

 そして、そんなスティングモンを後ろから見ていたのは、エンジェモンだ。片成を宿まで送り届けた彼は食材調達のついでにスティングモンを発見したのである。

 実は、エンジェモンは先ほど大成と会った時からストーカー(スティングモン)には気づいていた。だが、先ほどは大成と片成との会話を優先して気にかけなかったのである。で、今回は特に気にすることもないので、彼はスティングモンに話しかけたのだ。

 

「後を追う……なるほど。闇討ちか。下賤な者の考えそうなことだ」

「違います!」

「だろうな。冗談だ。それくらいわかれ。これだから……」

「……っく!」

 

 まさかのエンジェモンの冗談。ここ一週間くらいの付き合いだが、初めて聞いたスティングモンである。しかも、ブラックというか、いまいち笑えない類の。

 何と言うか、そんなエンジェモンの冗談に、謎の敗北感を抱いてしまったスティングモンだった。

 

「はっきり言ってかなり怪しい。街の警備の者たちがつきそうなくらい、な」

「うぐ……」

 

 そう言ったエンジェモンは今度こそ大真面目だった。

 スティングモンのストーカーもとい、尾行技術はお世辞にも高いとは言えない。少し勘の良い者なら気づくレベルだ。

 だからこそ、エンジェモンは忠告するのである。このままでは、スティングモンがこの街の警備のお世話になる可能性が高いが故に。

 あの片成至上主義のエンジェモンがこうも気にかけるのは、やはりスティングモンがエクスブイモンと同じで自分を負かした者だからだろう。いや、まあ、もしかしたら別の理由があるのかもしれないが。

 

「大成さんは……どこか変で」

「……ん?」

「さっきの質問ですよ。ここ最近の大成さんは前と違う。きっかけは……わかるんですけど」

 

 相談相手がエンジェモンというのがアレだったが、スティングモンはちょうど誰かに話したかったということもあって、話し始める。

 それは付き合いの長い者くらいしか気づけないような微々たる者だったが、大成の様子は一週間前とは少し異なっていて、そのきっかけは言うまでもない。エクスブイモンだ。

 あのエクスブイモンの姿は、スティングモンだって一週間経った今でも鮮明に思い出せる。それくらいの衝撃だった。

 だから、大成が変わったのもわかる。が、スティングモンはそんな大成にどうしても違和感を覚えてしまっているのだ。

 

「大成さんだけは、何があっても変わらない。今まではそんな気がしていて……前と同じでいて欲しかったなぁって思いましてね」

「まあ、仕方ないな。そこは」

「むぅ……」

「奴も必死なのだ。汝が必死であったように。それでも、変わらないものはあるだろう?心配しなくても、以前の奴と今の奴にそうたいした差はない」

 

 そんなことを言うエンジェモンに、スティングモンは納得がいっていないような顔だった。

 ともあれ、エンジェモンの言うことは事実である。

 人はそんな簡単に変わらないし、変われない。だが、それでも、ほんの少しは変わる。そのほんの少しの積み重ねによって、人は変わる。

 人が劇的に変化するなど、元からその下地があったか、それか人生観が変わるような体験をしたかのどちらかだ。

 

「その微々たる変化を感じ取ったのは流石と言うべきだが……今は見守ってやれ」

「……」

「やれやれ」

 

 そうして、エンジェモンが去ったことにも気づかず、その後もスティングモンは大成の尾行を続けるのだった。

 




というわけで、第六十六話。
次回はこの話の別サイド的な話です。

さて、今回から第六章へと入っていきますので、それではまたよろしくお願いします。



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第六十七話~とある実験の裏にあった嘘~

 ウィッチモンの依頼を受けた日の次のこと。

 

「うがー……キツ……こういうのってセバスの専売特許だろぉー……」

「大丈夫ですか?」

「あんまり……」

 

 大成は現在、自分の部屋のベッドの上で情けなくも唸っていた。

 そんな大成のことをスティングモンは心配するように見ているが――実際は心配するまでもない。なぜなら、大成はただの筋肉痛であるだけなのだから。

 別にどうってことはない。一日二日すれば治るレベルだ。

 それでも大成がこうして唸ってしまうのは、筋肉痛という経験自体が少ないからだろう。

 

「まさか……こんな落とし穴が……!」

 

 大成がなぜ筋肉痛などになっているのか。それは言うまでもなく、昨日のウィッチモンの依頼が原因だ。

 まあ、原因とはいっても、慣れない体勢で重いものを持ち続けた結果、筋肉に変な負荷がかかって筋肉痛になったというだけのことなのだが。

 別に大成はマゾでもなんでもない。動くたびに痛みを覚えて喜ぶような特殊な人格はしていない。

 だからこそ、ベッドから起き上がろうとするたびに、動こうとするたびに、自分を襲ってくる鈍い痛みに大成は辟易としていた。

 

「セバスはいつもよく耐えられるよなぁ……」

「感心している場合じゃないですよ」

 

 ともあれ、大成はこんな調子で、今日はもう家から――というよりベッドから動く気はないようだ。

 これが何らかの重大な病気であったり、風邪であったりするのならばまだわかるのだが、大成のそれは軽度の筋肉痛。少し情けなさすぎる気がしないでもない。

 とはいえ、スティングモンはそんな、いつも通りともとれる大成の姿に少しだけ安心していたりもした。それだけ、ここ数日の大成の様子にスティングモンは違和感を覚えていたのだ。

 

――奴も必死なのだ。汝が必死であったように。それでも、変わらないものはあるだろう?心配しなくても、以前の奴と今の奴にそうたいした差はない――

 

 スティングモンの脳裏に、昨日のエンジェモンの言葉が思い起こされる。本当にエンジェモンの言う通りだった。

 確かに違和感はある。だが、根本まで変わったわけではない。

 そのことを知れて、スティングモンは安心した。まあ、代わりにその言葉の中にあった“必死”という部分について首を傾げることになっているのだが。

 

「あーあ……昼間から部屋でゴロゴロか……なんか思い出すな」

「何をですか?」

「ほら、あれ……この世界に来てからの数日間。あの時も一日ゴロゴロして過ごしてたじゃねぇか」

「そういえばそうでしたね」

 

 あの頃は本当に一日食っちゃ寝てを繰り返していただけだった。あの時はまだ、スティングモンはワームモンで、ついでに酷かった。いろいろと。

 思い返して、ずいぶんと昔のことのように思えるが、それでもまだ数か月と経っていない。人間の世界では、そろそろ半袖が当たり前になっている頃だろう。

 

「な、なんですか?ジッと見て……」

「いや、イモは変わったなって……いや、初めからか?」

「……?そりゃ、進化しましたからね」

「そういうことじゃなくてだな。あー……やっぱなんでもねぇ」

 

 言って、それでも具体的にどこがどうと言えなかった大成は、言葉を濁すことにした。

 まあ、出会った当初と今を比べれば一目瞭然の違いはいくらもあるのだが。

 

「腹減ってきたな。……そういや、優希は?」

「え?あ、いませんよ。セバスさんも」

「えー……飯どうすんの?」

 

 軽度の筋肉痛ごときで引きこもる馬鹿を甘やかすわけにもいかない。そう判断して、優希は()()()()()朝食やら昼食やらを作らずに出て行ったのである。

 そう。大成の分だけ作らずに出て行ったということは、スティングモンの分はあるということで。

 だが、そんなことを当の大成には知る由もない。そうして、大成だけは勝手に自分()()の分のご飯をないと思っているのだった。

 

「そういえば、聞いてませんね」

 

 とはいえ。実はスティングモンも自分の分があるなんて知らなかったりするのだが。

 そう。優希は出かける前にスティングモンの分だけはあるという旨のことを伝え忘れたのである。そんな優希が自分のうっかりに気付くのは、帰ってきてからのことだった。

 ともあれ、そんなこんなで、時刻は昼を過ぎて。

 朝も食べていない大成としては、そろそろキツイ。育ち盛りの年頃の少年として、一日に二食も抜くというのは耐えられなかった。

 そうして、その十分後――。

 

「ぐぅ……!どうする……!」

「……大成さん?」

「腹減った!」

「いや、僕も同じですよ」

 

 深刻な悩みを抱えているかのように、この選択が生死を分かれ道となる時のように、大成は深刻な顔で悩んでいた。とはいえ、その表情は例によってアレなのだが。

 だが、まあ、動けばいいだけの話である。そうたいしたモノ(筋肉痛)でもないのだから。だというのに、悩みに悩む大成は馬鹿と言うべきか。いや、アホと言うべきなのかもしれないが。

 そうして、自分が痛みを無視して動けばいいことにも気づかずに、大成はどうやって昼食を調達するかで悩み続ける。

 そんな大成がスティングモンに昼食の調達を頼むのは、この一時間後の話で――やはり、アホと言うしかない。

 

 

 

 

 

 一方その頃。優希はレオルモンと共にウィザーモンの下へと向かっていた。

 実は、優希だけは昨日一度ウィザーモンの下へと赴いたのだが、その当のウィザーモンから忙しいから明日の昼頃にもう一度来てくれという旨ことを言われたのだ。

 ということで、今日はレオルモンもつれて、優希はウィザーモンの下へと向かっているのである。

 

「大成も筋肉痛くらいで情けないわね」

「確かに。少々情けないですな」

 

 そうやって大成のことを話す二人のその顔には、呆れがあった。

 そこには、大成を心配する様子は見受けられない。

 

「あの時はちょっと見てられなかったけどね……」

 

 そう話す優希たちが思い出すのは、一週間前のこと。

 エクスブイモンの死を聞いてショックを受けた優希たちでさえも心配するほど、その時の大成たちの様子は際どかった。

 だが、大成たちが一週間経って元通りとはいかなくとも最悪の状態でもないことを悟った優希たちは、それまで通りに大成たちに接することにしたのである。

 

「……でも、今日のはないわね」

「ですな」

 

 で、その結果が今日のアレ。

 実を言えば、筋肉痛で大騒ぎしていた大成を宥めたのも、大成の筋肉痛がそれほど酷いものではないと見抜いたのも、このレオルモンだったりする。

 まあ、別にレオルモンは医学的知識に長けているわけではない。もちろん、勉強自体はしているために、ずぶの素人よりはマシだろうが、それでも専門家と比べると見劣りするレベルの知識しか持たない。

 

「今朝の大成殿……あれだけ大騒ぎしていたのに、このセバスの言葉ですぐに大人しくなりましたな」

「そりゃあ……」

 

 今思い返して、レオルモンはそんな大成の物分かりの良さに首を捻るばかりなのだが――その理由を知っている身として、そしてその理由の原因たる身として、優希は何と言おうか迷っていた。

 あの時の大成は筋肉痛という滅多にない状態に陥ったために、ほんの少しだけパニックになっていたのだ。まあ、パニックになっていただけで、取り乱してはいなかったのだが――それはともかくとして。

 そんな状態だったのだというのに、大成はレオルモンに宥められただけで、すぐに納得し、大人しくなった。物分かりが良いを通り越して不気味である。

 とはいえ、それは大成がレオルモンの言葉に納得した理由を知らなかったらの話だが。

 

「お嬢様はその理由を知っているのですかな?」

「まあ、私が原因だしね。ごめん」

「……?……ああ!」

 

 ごめんと言った優希に、レオルモンは一瞬だけわけのわからない顔でキョトンとして、その一瞬後に優希の言いたいことに気付いた。

 そう。レオルモンは進化のたびに筋肉痛になり、そして筋肉痛で死にかけることもある。言うならばレオルモンは筋肉痛のスペシャリストである。

 そんなレオルモンの言葉だったからこそ、大成も素直に納得したのだ。まあ、納得しようと今はあの通りで、家に引きこもっているのだが。

 

「別にお嬢様のせいではごわいませぬ!不肖このセバス!未だ修行中の身ゆえに……!」

「気を遣わなくてもいいから。私もがんばらないとね」

 

 大成の話をしていたはずであるのに、いつの間にか自分たちの未熟さに話題がシフトしている。そんな話題で、明るい空気が保てるはずもない。結局、空気が無駄に暗くなっただけだった。

 そんな空気のままで、数分。

 優希たちの間に漂う空気がようやく回復の兆しを見せ始めたその頃に、二人は目的地であるウィザーモンの借家へとたどり着いた。

 そんな優希たちだったが、次に起こった出来事に少しだけ驚くことになる。

 

――ふむ。来たか。さっさと入りたまえ――

 

 聞こえたのは声。この家の家主たるウィザーモンの。だが、彼の姿はどこにも見えない。

 声だけが聞こえたということは、彼お得意の魔術なのだろうが――彼の家にたどり着いた瞬間に、その声がいきなり聞こえたのだ。優希たちとしては少しだけ心臓に悪いことこの上なかった。

 まあ、“少しだけ”というその言葉が示す通り、優希たちは今更この程度では驚かないのだが。

 それでも多少は驚いていしまうのは、やはり意識の外から来る出来事だからなのだろう。

 アレだ。出来の悪いお化け屋敷で、怖くもなんともないのに、いきなりお化けが壁を突き破って出てきたり、こんにゃくが顔に当たったりすると驚くとかいう、そういう類のものと同じなのだ。きっと。

 

「お邪魔します」

「失礼しますな!」

 

 ともあれ、昨日もそうだったのだが、ウィザーモンも忙しい身だ。待たせるのも悪いだろう。というわけで、優希たちはさっさと家の中に入った。

 相変わらずというか、家のそこら中に散乱した書類やら研究の品やらがある。

 というか、昨日来た時もこうだったのだが、優希たちにはどうも以前よりこの家の散らかし具合が増しているような気がしてならない。

 そうして、まるで未開にジャングルを開拓するかのように進む優希たちは、数分をかけてウィザーモンの下へとたどり着いたのだった。

 

「ふむ。少し時間がかかったな。何をしていたんだね」

「いや、結構速い方だと思いますぞ……」

「もう少しこの家何とかした方がいいわよ」

「無理だな」

 

 そうやって、レオルモンが疲れた表情をしてしまうくらいには、この家の散乱具合は酷かった。

 ちょっとした小言を言うくらいは許されるだろうくらいには。

 とはいえ、こればかりはいくら言っても直らないだろうことは、優希たちにも容易に想像がつくこと。優希たちの小言を真面目に受け止めた感じがしないウィザーモンを前に、二人は溜め息を吐いたのだった。

 

「そういえば聞いたぞ。完全体に進化できたそうだな」

「む。進化できたといえばできたのでしょうが……」

「あまり成功とは言いたくないわね」

「ふむ。やはり進化後のデメリットが大きいと見るべきかもしれないな」

 

 ウィザーモンは見るべきかもしれないな、などと言っているが、そんなことはない。

 治療行為を受けた状態で一週間も行動不能になったのだ。そこは、見るべきかも、ではなく、見るべきなのだ。

 

「しかし、前はすぐに戻ってしまったことを考えれば……機械里でのアレが効いたのですかな?」

「ああ、そうかもしれないわね。ウィザーモンにも礼を言っておかないと。ありがと」

 

 機械里でアンドロモンにしてもらったアレが効いたのではないか。そう言うレオルモンに、優希も同調する。思惑はどうあれ、あれを手回ししてくれたのはウィザーモンなのだ。

 あれのおかげで今回のことを乗り切れた可能性を思えば、礼を言って然るべきだろう。

 そう思って礼を言った優希たち。だが、そんな優希たちに対して――。

 

「ふむ?……なるほど。ふむふむ」

「って、なによ。意味ありげに笑って」

「いや別に」

 

 ウィザーモンは意味ありげに笑うだけだった。

 まあ、それもそうだろう。優希たちは知らないことであるが、実を言うと機械里でしたアレに意味は全く無かったりするのだ。

 あれはウィザーモンの研究の一環だった。暗示や思い込みがどこまでデジモンや人間に効果を与えるかという。機械里でレオルモンの体内に入った薬品は体に無害な栄養剤みたいなもので、進化云々のことは全部嘘である。

 だから、今回の一件が機械里でのアレのおかげであるわけがないのだ。

 

「ふむ……なかなか良い結果を残してくれたかな。ああ、これは仮説だがな」

 

 もし、機械里での一件の効果があったというのならば、それはその一件で優希たちに変化が起こったということだ。それも、肉体的な変化ではない。精神的な変化が。

 無論、機械里での一件に効果がなく、機械里から帰還した後に何らかの変化があったという可能性もある。

 その辺りは、また調査をしていかなければならないだろうが――。

 

「君の力は精神的な何かに依存している可能性もあるな。ふむ。なかなかに面白い結果だ」

 

 だが、機械里からの帰還とレオルモンの完全体への進化がそう間が空いていないその事実は、ウィザーモンにある一つの仮説を導かせる結果となった。

 暗示や思い込み、覚悟や決意。そう言った強い精神の働きに優希の力は発動するのではないか、と。そうウィザーモンは思ったのだ。

 そして、優希たちのことに合わせて、勇たちに起こったことも考えれば、今までは仮説の中の仮説の域を出なかった考えが現実味を帯びてくる。

 

「つまりだ。君の力は進化に必要な肉体的な限界や経験を超える力なのではないか、という話だ。そこで、肉体的な要素に変わるのが――」

「精神的なモノってこと?そんなあやふやな……」

「フフフ……まだ仮説の域を出ないがね。だが、あながち的外れでもないと思っている。少なくとも、君たちのような、人間とデジモンの関わり合いにおいてはね」

 

 ともあれ、ウィザーモンはこの考えを今すぐにもっと深めたかった。

 全く良いタイミングで面白い結果が来てくれるものだ、と。そう思うくらい、今のウィザーモンはこの考えに夢中になり始めていた。

 

「ああ、無論、君たちの場合は()()()()()()()()()、肉体的な面を鍛える必要もあるだろう」

「むぅ……なるほど、ですな」

「だが、先を目指すのなら、能力自体の制御を目指すのなら、精神的な鍛錬もしておいて損はないだろうな」

「……!そっか……!」

 

 そのウィザーモンの言葉は、能力制御が行き詰まっていた優希にとって希望になり得るものだった。

 ここから先ずっと、進化しては一週間も行動不能になるわけにも行かない。常々自分たちの頭を悩ませていた課題に対する解決策が見えたのだ。優希やレオルモンの顔が明るくなるのも無理はないだろう。

 

「でも、精神的な鍛錬とは……どうやればいいのですかな?」

「そこは僕に聞くな。門外漢だ。君たちには専属コーチ(スレイヤードラモン)がいるだろう」

「そっか。そうね」

「早速後で頼みに行きましょうぞ!」

「ふむ。進展したら是非聞かせてくれたまえ。君たちの存在は僕の研究意欲をいちいち刺激するからな」

「ありがとう!ウィザーモン」

「ありがとうございますな!」

 

 そうして、ウィザーモンに礼を言った優希たちは、スレイヤードラモンを探して街へと出て行ったのだった。

 




というわけで、第六十七話。
実はあの実験は……!?という話でした。
ウィザーモンは暗示や思い込みの力の実験をしたかったわけですね。

さて、次回は久しぶりにスレイヤードラモンが登場します。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第六十八話~迷子で迷子な子供さん~

 そんなこんなで、大成の筋肉痛事件から一週間経ったある日のこと。

 この一週間、大成は街の依頼を受けたり、筋肉痛を治したり、筋肉痛になったり、筋肉痛を治したり、片成にストーキングされているような気がしたり、筋肉痛になったりといろいろと忙しい日々を送っていた。

 

「で?なんでこんなことになってんだ……」

「別にいいじゃねぇか。ウィザーモンに許可はとってきてやったぞ」

「そういうことじゃねぇよリュウ!」

 

 そして、今日。

 大成は優希たちやスティングモン、スレイヤードラモンと共に学術院の街を離れて、どこに向かうのかも知らされていないままに歩いていた。その背には大荷物が背負われており、明らかに日帰りであることは考慮されていない。

 これだけで、もはや嫌な予感がする。そんな現段階を前にして、なぜこうなった、とそう問いたい大成。

 だが、すべての元凶である者は――。

 

「あれ、大成に言ってなかったかしら?」

「確か言ってなかったような気がしますな」

 

 そんな大成に対しても、いけしゃあしゃあとしているのだが。

 そう。今回のこの謎の事態を計画したのは優希とレオルモンだ。スレイヤードラモンは、そんな優希たちに協力しているだけである。

 事の起こりは今朝。

 昨日には微妙に残っていた筋肉痛もすっかりと取れて、清々しい気分で朝を迎えた大成は、スティングモンにいきなり大荷物を背負わされて――で、混乱するままの大成を、スレイヤードラモンが連れ出した。

 言葉にすればこれだけで、結果、大成は朝からこんな場所を重い荷物を背負って歩くことになっているのである。

 

「言ってねぇよ!言われてねぇよ!」

「僕は言われてましたけど……」

「えっ!マジでか!?イモなんで言わなかった!」

「いや、てっきり言われているものとばかり」

 

 ここへ来てまさかの味方の裏切りだった。その裏切りを前にして、大成も驚きを隠せない。

 まあ、スティングモンには、裏切ったつもりもなかったのだろうが。ついでに言えば、優希たちが大成に今回のことについて言わなかったのは、騙そうとかそんな訳はなく、単に忘れていただけである。

 

「せっかく筋肉痛が治ったのに……!これ絶対明日筋肉痛だって……!」

「いや、大成、それはちょっと軟弱すぎるだろ」

「うるさいなーリュウ。俺だって二、三ヶ月前まではバリバリのインドア派だったんだよ!」

「いんどあ派?なんだそれ?優希わかるか?」

「ああ、普段家に篭ってばかりの人たちのことを言うんだと思ったけど……」

「それじゃ、ただのニートだろ!」

 

 とはいえ、優希の説明でもあながち間違っている訳ではない。というか、どちらかといえば大成のニートの使い方の方が間違っている。

 大成は、なんでこうなったのか聞きたいだけだというのに、そんなこんなでどんどん話がズレていく。そんな現状に、大成は早くも疲れ始めているのと共に、ブルーな気分になっていた。

 まあ、朝起きたらパートナー(スティングモン)の手によって荷造りが完了しており、問答無用で旅支度が整えられていた挙句、反論する暇もなくどこかへと連れて来られていれば、ブルーにもなるだろうが。

 

「この旅行は……修行というか、鍛錬というか、ね」

「そんな感じのだ。俺の知り合いのところに行く」

 

 優希の説明を引き継ぐようにして、スレイヤードラモンが語る。とは言っても、肝心な部分は未だぼやかされているのだが。

 先ほどの会話の中で大成がわかったことといえば、スレイヤードラモンの知り合いのところへと行くこと、そしてこれが修行や鍛錬を目的とした旅行というだけである。

 ちなみに。この修行旅行的なモノを計画したのは優希だが、その優希もどこへ行くか、何をするかなどの肝心な部分は知らなかったりする。

 今回のこれを計画した優希は、こういうことをしたいという旨を専属コーチ(スレイヤードラモン)に伝え、それに適った形でスレイヤードラモンが行き先やら何やらを決定したのである。

 

「はぁ。修行……鍛錬……ねぇ」

 

 ともあれ、ようやくこの状況についての説明を聞けた大成だったが、その口から出たのは大きなため息だった。優希が何を思って今回のこれを計画したのかは知らないが、修行や鍛錬などというしんどいものを自ら望んでやりたくはない、というのが大成の正直な心境だ。

 だが、大成がそんな面倒そうな顔をしているのに、スレイヤードラモンも気づいたのだろう。スレイヤードラモンは大成へと向かって話しかけた。

 

「おいおい、あんまり辛気臭い顔するなよ。エクスブイモンの奴に笑われるぞ」

「……そっか。聞いたのか」

「まぁな」

 

 スレイヤードラモンとて、エクスブイモンとは交流があった。たった数日だけだったが、エクスブイモンは彼の弟子のようなものだったのだ。大成たちほどではないだろうが、死んでしまったエクスブイモンを悼む気持ちはあるだろう。

 だが、スレイヤードラモンが今言いたいのは()()()()()()

 

「ま、どうなろうとどうしようとお前の勝手だけどな。……エクスブイモンは最後に言ってくれたんだろ?」

「……?」

「最期の言葉を聞けるって、結構ありがたいことだぜ?」

「リュウもなんかあった……いや、やっぱいい」

 

 昔を思い出しているかのようなスレイヤードラモンのそんな雰囲気を前に、大成もついその何かを聞こうとした――のだが、思い直して途中で聞くのを止めた。

 これ以上聞くと余計にしんみりとした空気になってしまいそうな気がしたのだ。

 

「まぁ、リュウの言いたいことはちゃんとわかってるよ。なっ!イモ?」

「……そうですね」

 

 そうやって、スティングモンと頷きあった大成のその顔には、過去を思いながらも、過去に囚われている様子はなくて。そんな大成を見てスレイヤードラモンは、自分が余計なお節介をしようとしていたことに気づいた。

 

「……ちょっとは良い面構えになったかもな」

「ちょっとだけかよ?」

「そりゃ、そう簡単には変わんねぇよ。でも、ちょっとは変わってる」

 

 そう言ったスレイヤードラモンは思い出していた。ほんの一、二ヶ月前のことを。大成たちと出会った、あの時のことを。

 訳のわからないことばかり言って、頼りなくて、心配と不安しかなかったような子供()()が、よくもまあ変わったものである。

 まだまだ子供であることを抜けきっていないとはいえ、今の大成たちなら、あの時と同じ状況でこの世界に放り出されても、スレイヤードラモンの助けを借りずともなんとか生きていくことくらいはできるだろう。

 

「っちぇー辛口だなー」

「まぁ、いいじゃないですか」

 

 スレイヤードラモンの辛口な評価にぶつくさと文句を言う大成は、スティングモンと仲良く話し始めた。思い返せば、初めて出会った頃の感じが嘘のような光景である。

 そんな大成たちを放っておいて、スレイヤードラモンは優希たちの方に目を向けた。

 

「優希やセバスも気をつけろよー?気を抜くと抜かれるぞ?」

 

 からかい半分、発破半分のその言葉。だが、そんなスレイヤードラモンの言葉を受けた当の優希たちは、まるで堪えていなかった。むしろ、事実を事実で認識しているような、そんな感じさえする。

 

「もう抜かれてるわよ。たぶんね」

「お?」

「でも、抜かれっぱなしってわけにもいかないでしょ?」

「そうですな!お嬢様!」

 

 優希もレオルモンも、もはや大成たちはこの世界に来た当初の大成たちではないとわかっている。そして、おそらく自分たちはいろいろな意味で大成たちに抜かされていることも。

 だが、だからといってそれだけで納得する気は優希たちにもない。もちろん、こういったものは競争や勝負という訳ではないし、大成たちに追い抜かれたからといって、彼らを妬むような気持ちは優希たちにはない。だが、今のまま、変わらずにこの情けない場所にいることは優希たちも嫌だった。

 前に進まなければならないだろう。大成たちのように。だからこそ、優希たちも自然と気合を入れ直したのだった。が、優希たちは少し大成たちを過大評価している。

 スレイヤードラモンから見て、大成たちと優希たちに然したる差はない。まあ、成長率という点では、優希たちは大成たちに負けていると言えるかもしれないが。

 

「なんだか、そろそろ俺もいらなくなりそうだな。寂しいような、嬉しいような……」

 

 ともあれ、そろそろ自分の役目も終わりそうなことを感じ始めたスレイヤードラモンは、複雑な気持ちを抱くのだった。成り行きでの師弟関係だったが、スレイヤードラモンもそれなりに楽しかったし、やりがいを感じていたのである。

 まあ、その割には修行内容が多少大雑把だったかもしれないが。

 スレイヤードラモンとしても、できればもう少し面倒を見ていたい気もするのだが――あまり過保護に面倒を見続けていても、成長しないだろう。というか、もうスレイヤードラモン自身の手を離れて勝手に成長している感じさえある。

 

「まぁ、でもしばらくはこのままか」

「何が?」

「いや、なんでもねぇよ。つーか、お前らさ、このペースでずっと歩いて行くつもりか?」

「……えっ?」

 

 呆れたようなスレイヤードラモンのその言葉に、その場の全員が一斉に疑問を顔に出す。だが、そんな風に顔に疑問を出しながらも、全員が薄々と感づいていた。

 スレイヤードラモンがそう言ったということは、つまり今から行く場所はそれなりか、かなり遠いところにあるということに。

 

「……はぁ。このペースで歩けば一ヶ月かそこらかかるぞ」

「……はぁっ!?おい、優希!?聞いてないぞ!」

「いや、私も聞いていなかったし……」

「聞けよ。そこは。ったく……お前らは!」

「え?リュウはどうする気だったんだ?」

「いつ聞かれるかずっと待ってた」

 

 スレイヤードラモンとて、いつか誰かが気づいて聞いてくるだろう、と思って言わなかったのだ。だが、いくら待っても聞いてくる気配がない。

 一番初めに大成は“なぜ”を聞いてきたが、“どこ”を聞いてきてはいなかった。

 やはりまだまだ子供か、と。スレイヤードラモンは大成たちの間抜けに嘆息する。とはいえ、()()()()()()もあることだ。大成たちの間抜けのせいで、いろいろと狂ったが、そろそろ行動に移さなければならない。

 

「はぁ。まぁいいや。ちょっと連れてくるから、お前らずっと北に行け。……北の方角はわかるよな?」

「いや……」

「地図も道具もなしにわかんねぇよ」

 

 何かを使わなければ方角もわからないと言う大成たちに呆れるスレイヤードラモンだったが、大成たちの方だってそんなサバイバル知識を要求されても困る。

 腕時計があれば方角を探れるとは大成も聞いたことはあったが、正確な方法を知らないし、そもそも腕時計がない。

 

「方角くらいわかるようになれよ」

「現代日本人に無茶言うなって」

「そういうリュウはどうやってやってるの?」

「風と雲と太陽の動き。あと勘と経験だな」

「……一つだけ納得いかねぇ」

「まぁいいか。いいか?北はあっちだぞ。あの山の方角な。まっすぐ進んでろよ?」

「え?あ、ちょ、待っ……!」

 

 すっかり油断した。大成たちが何かを言う前に、スレイヤードラモンは行ってしまった。

 確かに、スレイヤードラモンは行く前に方角を指示してくれたが、まっすぐ進めとはずいぶんと無茶を言ってくれるものだ。

 人間の世界のように舗装された道路のないここで、まっすぐ進むということは、その実、案外難しい。まっすぐ進んでいるつもりでも、遠くの風景や遠近感の狂いによってそのうちにだんだんとズレていくのだ。初めは小さなズレかもしれない。だが、そのズレは積もり積もって大きなものとなっていく。

 そうした結果、人は遭難したりするのだ。

 

「あっ!太陽を見ればいいんじゃねぇか!?」

「いや、今が何時かもわからないし、そもそもここは日本じゃないのよ?」

「っぐ!じゃ、じゃあイモたちは……!」

「う……すみません。あっ。そういえば、セバスさんは……?」

「このセバスも一緒でございまする。……すみませぬが」

「くそぅ!リュウ、戻ってきてくれ!」

 

 一応、レオルモンも道具を使わない方角の調べ方を知っているといえば知っているのだが――そのどれもが、人間の世界用である。理屈としては同じだろうが、大前提となる世界の条件が同じとは限らない以上、安易に使うわけにもいかないだろう。

 途方にくれる大成たちだったが、ここで留まっているのも面倒だった。ゆえに、いざとなればスレイヤードラモンが見つけてくれることを祈って、大成たちは歩き始める。スレイヤードラモンが指し示してくれた先にある山を目指して。

 そんなわかりやすい目印があったのは、不幸中の幸いだったと言える。

 まあ、それでも遭難や方向を間違える可能性がないわけではないのだが。

 

「俺たちってもしかして、方向音痴なのかねぇ……あんなの漫画やゲームの中のこととばっかり」

「まあ、日本は交通網がしっかりしていますからな。よほどの場所や者でなければ大丈夫でしょうな」

「へぇー……日本ってすごいところなんですね」

「そっか。スティングモンは行ったことがないのね」

 

 そうして、まっすぐ進めていると自分に言い聞かせて歩く大成たちの話題は、いつの間にか人間の世界についてのことに移っていた。レオルモンが言った言葉に、スティングモンが興味を示したのである。

 まあ、優希の言う通り、このメンバーの中ではスティングモンだけが人間の世界を知らないのだ。未知の世界であり、大成たちの生まれ故郷でもある人間の世界のことは、スティングモンにとっても気になることだったのだろう。

 

「いつか行ってみたいですね。あ、でも、デジモンはいないんですよね?」

「そうね。こっちの世界に人間がいないようにね」

「今はいるけどな」

「人の揚げ足をとるものではありませんぞ!」

「へぇー……」

 

 そうやって話を聞いて、スティングモンも人間の世界に思いを馳せる。今、スティングモンの脳内では機械里のような人間の世界が思い描かれていた。

 まあ、あながち間違ってもいないが、間違ってもいる。この世界と同じで、人間の世界も場所によってさまざまであるのだから。

 ともあれ。そんな感じで、何度かの休憩を挟み、話しながら北に進むこと数時間。そろそろ日が傾き始める時間である。

 

「リュウのやつ遅くね?」

「迷っているんですかね」

「……()()()()?」

「……」

 

 スティングモンのその言葉は、"スレイヤードラモンが迷っている”というつもりで口に出されたものだった。だが、その後の大成の言った言葉に、その場の全員が黙り込むこととなる。

 スレイヤードラモンは速い。そして、強い。彼に何かあったとは考え難く、それでいてとんでもなく速い彼が自分たちを見つけられないとなると、大成たちに思い当たることは一つしかなかった。

 

「マジでか……」

 

 呆然と呟く大成。今まで可能性でしかなかった出来事(迷子)が現実として立ちはだかってきた感じだった。

 そして――。

 

「……ふっ」

 

 そして、そんな大成たちを見つめる黒いデジモンがいて。

 大成たちはそのことに気づかなかった。

 




というわけで、第六十八話。
大成たちが迷子になる話でした。

さて、次回はこれの続き。
最後に登場した奴らが出てくるかも……?っていう回です。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第六十九話~間抜けで間抜けな襲撃者たち~

 そうして、結局スレイヤードラモンが来ることなく日が暮れて。

 現在、大成たちは途方に暮れていた。

 あのスレイヤードラモンが来ないのだ。彼に限って何かあったとは大成たちも思えない。となれば、残る可能性は一つだけだった。

 そう。残る可能性は一つだけ。あのスレイヤードラモンが大成たちを見つけられないほど、大成たちは見当はずれな場所にいるだろうということだけ。

 そうして、その結論が現実味を帯びてきたその瞬間に、迷子や遭難と言った単語が、大成たちの頭をよぎる。

 

「まさか迷子になるとは……!」

「いや、そんな可愛いものじゃないでしょ」

「遭難ですよ!遭難!」

「どうしようもないですな」

 

 事態は最悪だった。

 大成たちとて、手も足も出ない強い相手に出会ったり、今まで戦闘が終わったと思ったら乱入されたり、より強い相手に進化されたり――といった最悪な状況に出くわしたことは、それこそ嫌になるくらい何回もある。が、こういうパターンでの最悪な状況は初めてだった。

 なんというか、大成たちは厄介ごとに好かれているのだろう。きっと。

 

「野宿……か」

「仕方ないわね」

 

 そもそも、野宿など何日ぶりか。というか、何気に大成たちは誰の手助けもない野宿というものが初めてである。

 今まで野宿する時は誰かしらがいた。もし何かまずい状況になっても、その誰かが助けてくれた。だが、今回は正真正銘自分たちだけの力で野宿をしなければならない。

 まあ、旅支度は整えてきたから、いろいろな面でしばらくは平気であるというのは、まだ救いであるか。

 

「……とりあえず現状確認ね。各々の荷物の中身を改めて確認しましう」

 

 辺りはすっかり夜になっている。

 星や月の明かり綺麗に輝く中で、大成たちは火の点いた薪を囲いながら、現状確認のために持ち物を確認することにした。

 ちなみに、現在囲んでいる薪は全員で拾ったもので、それに摩擦の力で火を点けたのはスティングモンである。

 

「さて……うわ、すっげぇ詰め込んであるな」

「なによ。アンタもっと荷物少なくできなかったの?」

「いや、俺に言うなよ。用意したのイモなんだから」

 

 そうして、大成と優希は自分たちの背負っていた大きな鞄を開けるが、大成の方の鞄からは開けた瞬間に詰め込まれていた物が溢れ出てきたのだ。どれだけ詰め込んできたんだ、という話である。

 ともあれ、そんな鞄に若干引きながらも、大成と優希はそれぞれの荷物を確認していく。

 大成と片成とレオルモンの寝袋的なものはある。スティングモン用のものはない。まあ、スティングモンは寝袋など使わないだろうし、なくても平気だろう。一人だけ寂しそうにしているが。

 テントはない。まあ、テントというものはあるだけで荷物になる。ないのも無理はない。というか、片付けと普段の荷物具合を考えれば、別になくても平気である。

 食料は全員で三日分くらいはある。気合で節約すれば、ギリギリ四日は持つだろう。逆に言えば、四日しか持たないということだが。

 その他、着替え等々があって――とりあえず、これだけあればひとまずはなんとかなるはずである。ひとまずは。

 そうして、荷物を確認して、当面の見通しが立ったところで次にするべきなのは、明日以降の行動をどうするか。その指針だ。

 

「問題は四日以降だな。食料が手に入るかどうか……」

「明日来た道を引き返すのがいいんじゃないですか?」

「ですが、今の迷っている状態で、学術院の街までたどり着けるかどうか……」

 

 そう。今日の日中に何時間も歩いたことで、この辺りにもう大成たちの知る光景は一欠片も見当たらない。しかも、初めのうちはスレイヤードラモン先導で歩いていたために、どの方向が学術院の街の方向なのか、大成たちにはわかっていなかった。

 この状況で、勘とあやふやな記憶だけを頼りに進み、学術院の街にたどり着けるか。答えは否だ。いや、可能性的な面で見ればゼロではないだろうが、限りなくゼロに近い。

 

「でも、このままってわけにもいかんだろ。他のデジモンたちを探して、街の位置を聞くか?」

「そううまく見つかる?」

「動き回れば何とかなるんじゃないですか?」

「進化したセバスに乗っていくのが一番距離を稼げるとは思うけど……」

「まあ、またぶっ倒られても困るしな」

「申し訳ありませぬ」

「別にセバスのせいじゃないわ。……大成たちって完全体に進化できるようになったよね?デメリットもなしに」

「……ああ。そりゃぁ……まぁ」

 

 話の流れが一つに決まりかけていたところで発せられた優希の言葉。

 その言葉に対して、大成が言葉を濁した理由も、優希とレオルモンは何となく察することができた。優希たちは聞いたのだ。スティングモンが完全体に進化するためのその方法を。

 それが誰の力で、誰のおかげであることか。それさえなかったらスティングモンは完全体には至れない。大成が言葉を濁した理由も、きっとその辺りにあるのだろう。

 優希の言った“デメリットもない”という言葉は、自分の力と比較してのものだった。一回進化するだけで、対象デジモンにダメージを与えてしまう自分の力のことを思えば、優希が大成たちの進化方法をデメリットがないと言うのもわかるだろう。

 無論、大成もそれはわかっている。だが、それでも、大切な者の命を引き替えに残されたのだ。言うなれば、命を失ったという事実そのものがデメリット。過去形ではあるが、大成としては“デメリットがない”など言って欲しくはなかった。

 

「……ごめんなさい」

 

 優希に悪気はないのは大成もわかっている。事実、大成とスティングモンの微妙な雰囲気の変化を感じ取って、優希はすぐさま自分の失言に気づいて謝った。

 とはいえ、そんな優希の言葉に、大成たちが複雑な気持ちを抱いてしまったのは仕方ないことだろう。

 

「……とにかく!明日から行動!いざはいざとなった時に考えればいいんだよ!」

「大成さん、滅茶苦茶言ってますよ」

「無知が露呈しましたな。しかし……そう。大成殿も受験生でしょうに。その様子ではマズイのでは?」

「……まぁ、しょうがないわ。自業自得よ」

「なんで俺こんなにボロクソ言われてんの!?」

 

 勢いに任せた言葉をちょっと言ったくらいで、大成はその他の全員からボロクソ言われている。こうなるといっそ哀れにも見えるが――まあ、これはちょっと悪くなった空気を元に戻そうというこの場の全員のおちゃめな試みである。

 まあ、一人だけ本気で叫びを上げたものがいるが。

 ちなみに。大成は頭が悪いわけではないが、頭が良いという訳でもない。そこに普段の素行不良が加われば、受験という人生の中でも指折りに入る難所を乗り越えられるかどうか。怪しいだろう。

 

「大成もセバスに勉強を教えてもらえば?」

「……いや、なんかプライド的に嫌だ」

「どういう意味ですかな!?」

 

 レオルモンが何かわめいているが、大成はそれを無視した。別にレオルモンのことを軽視するわけではないが、レオルモンに教わるのは見た目的な面で嫌だったのだ。

 あと、レオルモンに教えを請えば、自分の勉強に対して持っているなけなしのプライドがボロボロになりそうな嫌な予感がした。だからこそ、大成は断ったのだが――後々、これが現実の事態になろうとはこの時の大成は予想もつかないことである。

 

「それでな……それで……な……はぁ。なぁ」

「何?」

「こういう時さ」

「うん」

「どういう反応すればいいと思う?」

「笑えばいいんじゃない?」

「あははは……はは……はぁ。笑えねぇよ」

 

 そうして、この緊急時にも似合わずに談笑していた大成たちだったが、その会話は急に途切れることとなる。それどころか、何やら微妙に痛々しい空気が大成たちの間に漂い始めていた。

 まあ、そんな大成たちの様子も当然なのだろう。

 大成たちは、気づいたのだ。気づいてしまったのだ。この事態に。ある意味お約束とばかりのこの事態を前にして、大成たちのテンションは一気に急降下した。

 

「なんで、毎度こうなるんだ……」

「仕方ないでしょうな」

「ですね。今の僕たちは襲ってくれと言わんばかりの状況ですし」

「そうね。で、どうしましょうか?」

 

 ともあれ、こういう事態になってしまったというのなら、仕方がない。未だ事態は展開を見せないようであるし、優希の提案でどうするかを大成たち各々は考える。

 

「そうだな。これが敵じゃないっていう可能性は……」

「無きにしも非ずって感じね」

「限りなく低いでしょうがな」

「警戒しておいて、襲ってきたら対応でいいんじゃないでしょうか?」

「少し楽観がすぎるかもしれないけど……そうね」

 

 そう言ったスティングモンの提案に全員が賛成する。まあ、優希の言う通り、楽観がすぎるかもしれないが、下手に手を出して蛇が出てくるのは全員嫌だったのだ。

 そうして、優希の提案で夜の見張りの順番を決める。いかに交代制とはいえ、夜通しの見張りなど大成たち全員初めてのことである。だが、やらなければならないだろう。寝首をかかれる可能性もあるのだから。

 とはいえ、そんなこともあってか、見張りの順番はあっさりと決定する。具体的には、一番初めが優希で、二番目が大成。その後がスティングモンで、最後がレオルモンといった具合に。

 

「見張りかー……めんどくせー」

「仕方ないでしょ」

「いや、わかってるよ。わかってるけど……」

 

 ボヤいてもどうにもならないことはわかってはいるが、ボヤきたくもなるだろう。それは、どうにもならないことを前にした人間の当然の心理だ。 

 そうして、少し早い気もするが、大成たちは眠りにつくことにする。優希に見張りを任せて、大成たちはそれぞれの寝袋に入った。

 一応、事態が事態であるために、大成たちは眠ろうとしながらも警戒はしている――が、そんな状態で眠れるわけがないだろう。

 結論から言えば、事態が動くその時まで、大成たちは眠れなかった。

 まあ、安眠できるような精神状況であっても、眠れなかったかもしれないが――そう。大成たちが驚くほど早く、事態は動いたのだ。

 

「大成!セバス!スティングモン!」

「起きてるよ!」

「わかってますな!」

「はい!」

 

 事態が動いたのは、大成たちが眠ろうとし始めてから五分も経ってない頃のことだった。

 事態に合わせて発せられた、優希の焦ったような声。だが、未だ眠っていなかった大成たちも、事態が動いたことは察知していた。その場の全員はすぐさま起き上がって、警戒をする。

 その全員の視線の先にあるのは、星の明るい夜空を汚すようにいる三つの黒。そう。何の訳があるのか、先ほどから大成たちを監視していた者たちの姿だった。

 

「ふっ……気づかれたか。なかなかにやるではないか」

「いやいや、誰だって気づくだろ。来るなら寝静まってから来いよ」

 

 現れたのは、三つの黒いデジモン。内二匹は同じデジモンで、手の長いドラゴンのようなデジモンだ。そして、残った一人がリーダーなのだろう。偉そうにしているそのデジモンは、物語の悪魔のような堕天使のような姿をしている。

 が、まあ、そのリーダー格のデジモンの言っていることは、見かけに反して、ツッコミどころ満載だったのだが。

 

「ぐぁう……」

「ぐぁあ……」

 

 さらに、大成が思わずといった感じで呟いた言葉に同調するように、リーダー格のデジモンに呆れたような声と目を二匹のデジモンは向けていた。

 

「ぐっ……!ふ、ふん!己の不運を呪うがいい。貴様らはこのデビモン様とその下僕デビドラモンによって倒されるのだからな!」

 

 そう。そのデジモンたちこそがデビモンとデビドラモンという成熟期デジモンだった。

 リーダー格のデジモンの方がデビモンで、それに付き従っている二匹のデジモンたちの方がデビドラモンである。

 まあ、はっきり言って、デビモンにはリーダーの貫録がまるでないのだが。

 

「なんか、すっげぇ小物じゃね?」

「そういうことは言わないの」

「ですが、実力はありそうですぞ?」

「みたいですね」

 

 ともあれ、そんな小物のような言動をしているデビモンだが、レオルモンの言うことによれば実力だけはあるらしい。

 後から思い返せば、あの忌まわしいヴァンデモンの行動にも小物らしさがあった。だが、それでもその実力と貫禄は本物だった。少なくとも、大成たちにはそう見えた。

 だが、このデビモンは何と言うか――そう。実力はあるのだろうが、行動が小物だったヴァンデモンとは違って、存在の根本から小物のような。そんな気が大成たちはしていたのだ。そして、だからこそ、そんなデビモンを呆れたような目で見てしまっている。

 

「ぐあうぐあう」

「があーがー」

「うるさい!お前たち」

 

 何と言うか、ドンマイ、とでも言いたそうな目でデビモンに向かって鳴くデビドラモンの様子が、やけに手馴れた感を見せる。どうにも緊張感がないというか、なんというか。 

 デビモンとデビドラモンがそんな間抜けな感じだったからこそ、大成たちはどう動くか動きあぐねていた。

 いまいち緊張感のない今の事態に、どう動けばいいかわからなかったのである――。

 

「ぐぁあああー!」

「がぁああー!」

 

 が、次の瞬間に、デビドラモンたちが間抜けな声を上げながら、大成たちめがけて飛んできた。

 結局、どれほど襲撃者が阿呆に見えても、行き着くところは戦闘(ここ)のようだ。

 

「っち!いまいちしまらないけど……!イモ!」

「セバスも!」

「了解ですな!」

「わかりました!」

 

 そうして、向かってきたデビドラモン二匹をスティングモンとレオルモンは迎え撃つ。デビモンは高みの見物を決め込む気らしく、手を出してくる気配がない。

 数の有利を活かそうともしないデビモンに、正直言って大成たち全員は内心で呆れていた。

 まあ、この状況は、それほど余裕のない大成たちにとってもありがいこと状況だ。

 いくらデビモンがかわいそうになるくらいアホだったとしても、敵は敵。大成たちとて、わざわざ自分たちの不利になるようなことを言うことはしない。

 だが、それでも。ふんぞり返って偉そうにしているアホ(デビモン)を見る視線が、生暖かいものになるのを抑えきれない大成だ。

 なんというか、今までで一番緊張感のない戦闘であると言えるだろう。

 




というわけで、第六十九話。
今回の敵はデビモンとデビドラモンタッグ。この面々は前作でも登場したタッグですね。当然のことながら、別個体ですが。

さて、次回は戦闘その1です。

それでは次回もよろしくお願いします。



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第七十話~再度、咆哮する獣王~

 そうして、戦闘の開始から数分が経過していたが、なかなかどうしてデビモンたちは強かった。それこそ、先ほどまでの小物臭が嘘であるかのように思えるほどに。

 まあ、強いとは言っても、未だデビモンは戦ってはいないのだが。

 だが、デビドラモンたちだけでも相当強いというこの事実は、大成たちにとって恐ろしいことだった。

 

「っち!うまくいかねぇな!イモ!」

「わかってますよ!」

 

 現状、二匹のデビドラモンに対して、ほぼ一対一の構図が出来上がっていた。二対二ではなく、一対一。

 スティングモンはともかくとして、レオルモンにこの状況は少しキツかった。一応、レオルモンとてデビドラモンと戦えてはいるが、所詮は成長期。成熟期相手にも勝ち目はあるとはいえ、やはり分が悪いことには変わりない。

 大成たちとしては、二対二に持ち込んで、そのレオルモンの負担を少しでも減らしたかったのだが――敵もそんな大成たちの考えを見抜いたのだろう。だからこそ、デビドラモンたちは一対一になるように戦っているのだ。

 

「いい加減にしろっ!戦い方が汚ねぇだろ!」

「ふっふっふ……戦いに汚いも何もないだろう?阿呆め。これが頭の良い戦い方というものだ」

 

 そんな、ともすれば卑怯ともとれる至極真っ当な戦法を前にして、大成は思わずといった体で呟いた。思わずなのは、大成もわかっているからだ。確かに卑怯な感じがする戦法だが、勝てる戦い方をするのは間違いではないということを。

 そして、それがわかっているからこそ、大成は勝ち誇った顔でそう言ったデビモンにムカついた。

 ともあれ、現状の打開策を見つけられないそんな大成ができることなど――。

 

「っぐ……小物臭するくせに……!」

「誰が小物だっ!」

 

 そんな大成ができることなど、せいぜいが苦し紛れの捨て台詞を吐くことくらいだったが――そんな挑発にもならない捨て台詞でも、意外と効果はあったようである。

 

「くっくくく!そうか、そんなにこのデビモン様を怒らせたいか!」

「え?あ、いや……」

「ならばこのデビモン様直々に始末してやろう!」

 

 どうやら、大成は地雷を踏んでしまったらしい。

 何と言うか、あんな捨て台詞でやる気を出す辺り、デビモンの煽り耐性がなさすぎるというか、底が知れるというか、小物臭がさらに酷くなったというか。

 そんな気がした大成だったが、口には出さなかった。このデビモンを前にして口を開くということは、地雷原を歩くことに等しいということを、大成は今更ながらに悟ったのだ。

 

「ぐぁーあぅ……」

「ぐあぁーう……」

「お前たちはあのチビをやれ!」

「誰がチビですかな!」

 

 呆れたようなデビドラモンたちの視線と声がデビモンに向けられる中、大成もまた優希から同じような視線を貰っていた。

 優希の言いたいことは一つ。自分で状況を悪くしてどうする、と。それだけだ。

 とはいえ、優希の言いたいことは大成が自分自身に思っていることでもある。ゆえに、大成は笑うしかなかった。

 だが――。

 

「ぐぁう!」

「があう!」

「っく!」

「セバスさんっ!」

「お前はこちらだ!」

 

 だが、大成たちがそんなことをしている間にも、事態は進む。

 二匹のデビドラモンたちがレオルモンへと迫り、そんなレオルモンを助けようとしたスティングモンをデビモンが引き離す。

 そうして、気がつけば、スティングモンとレオルモンはお互いに偶然の合流ができないほどに引き離されていた。こうなってしまえば、どちらかが敵を片付けなければ合流することは不可能だ。

 というか、スティングモンを真っ先に狙う辺り、デビモンは気づいているのだろう。スティングモンが、大成のパートナーであることを。デビモンはよほど大成に関わる者を狙いたいらしい。まあ、なぜ大成本人を狙わないのか疑問ではあるが。

 

「大成!」

「わかった!負けるなよ!」

「そっちもな!」

 

 ともあれ、こうなってしまえばやることは一つしかない。大成と優希は互いに顔を見合わせて頷き合うとそれぞれのパートナーの下へと向かう。

 スティングモンの下へと向かう大成を見送って、優希も二対一で追い詰められているレオルモンの下へと急いだのだった。

 

「ぐぁああう!」

「ぐぉおおう!」

「っぐ!ぐぅ……!」

 

 いくらレオルモンとはいえ、一対一でギリギリ戦えていた相手が二人に増えれば、それはキツイという言葉では足りない。二匹のデビドラモンたちが不仲であったりするのならば、また別だったのだろうが――このデビドラモンたちは不仲とは程遠い仲であるらしい。

 時には互いを利用するように攻撃し、時には互いを利用するように防御する。そんな息の合った連携攻撃でレオルモンを追い詰めていっている。

 デビドラモンが一匹増えただけで、足し算どころか掛け算に突入しそうなほどの戦力アップだった。

 まあ、戦力アップとは言っても、敵の、だが。

 

「セバス!」

「お嬢様!?危ないですぞ!」

「わかってる!」

「まった……ぐ!」

「ぐぁあう!」

 

 そうして、やって来た優希はレオルモンの戦う場所からほど近い場所に立っている。

 距離にして数十メートルくらいは離れているだろうか。だが、その程度の距離など成熟期クラスのデジモンにとっては無いも同然の距離だ。

 とはいえ、優希にとってはその距離はいつもの距離。だいたいこのくらいの距離のところで戦いを見守ることが多い。そんな、いつもの距離。だが、今日だけはそこにいないで欲しいとレオルモンは思っていた。

 レオルモンはデビドラモンと戦いながらあることに気づいたのだ。デビドラモンたちは、自分を見ているようで、その実見ていないことに。レオルモンだけを見ていないと言ってもいいだろう。

 そういうタイプは()()()()()()()()である。

 ようするに、デビドラモンたちは、戦いに勝つためにはどんなことでもやるタイプである。レオルモンはそう感じたのだ。

 そう感じたからこそ、レオルモンは優希にもっと離れていて欲しかったのだが――。

 

「があう!」

「っ!お嬢様!」

 

 そんなレオルモンの感じた感覚は、正しかった。

 レオルモンの隙をつき、デビドラモンが駆ける。他ならぬ、優希の下へと向かって。数秒も経たずに優希の下へとたどり着くだろう。当然、そうなってしまえば、戦う力などない優希に訪れる未来など決まったようなものだ。

 

「っく!邪魔だァ!」

「ぐあっ!?」

 

 そんな未来など、レオルモンは断固として御免だった。すぐさま、そうならないために行動を開始する。

 体を捻りながら自分を足止めするデビドラモンの目を爪でひっかいて、その直後、()()()()()()()()()()()、レオルモンは駆けた。

 火事場の馬鹿力と言うのか。先ほどまで追い詰められていた相手とは思えぬほどの上手い対応。とはいえ、優希の命がかかっている以上、どれほど上手い対応ができようと、レオルモンに余裕はなかった。

 全速力で駆け抜け、優希を襲おうとしているデビドラモンの下にたどり着くと同時に――。

 

「優希に手を出すなぁ!」

「があぅ!?」

「セバス!」

 

 レオルモンは、飛び上がって全力でその爪を振り抜く。狙うはもちろん、デビドラモンの目。生き物にとって最も弱い部分が露呈している場所。

 振り抜かれたその爪は、優希を狙おうとしていたことで隙のできたデビドラモンの目を抉った。いきなり激痛と共に視界が著しく遮られる結果となったのだ。これには、さすがにデビドラモンも悲鳴を上げるしかない。

 目をやられ、激痛にのたうちまわる二体のデビドラモンを放っておいて、レオルモンは優希を連れて走る。一旦離脱しようとしているのである。

 だが――。

 

「お嬢様!大丈夫ですかな!?」

「だ、大丈夫。ありがとう」

「まったく無茶しすぎですぞ!」

「いや、でも……っ!?」

「……もう少し稼ぎたかったのですがな」

 

 だが、そんな優希たちの前に、デビドラモンたちが立ち塞がる。目を傷つけられたせいだろう。二匹は、先ほどまでにはなかった怒りの雰囲気をまとっていた。

 そんな二匹に前に立たれたのだ。しかも、先ほどは後ろにいたはずの二匹に。つまり、この数秒で回り込まれたということである。

 この事実が示すのは、たった一つ。視界を潰されてもなお、デビドラモンたちには優希たちを追うことができるほどの機動力と追尾感覚があるということ。

 そんなデビドラモンを前に、これ以上逃げることなど、不可能だ。レオルモンはそう悟った。

 

「っお嬢様……!」

「わかってる。でも、大丈夫でしょ?」

「何を……!」

 

 大丈夫、と。何をもってそう言うのか。デビドラモンたちを警戒しながらも、驚きをもって優希を見たレオルモンだったが――そこにあったのは、ただまっすぐに自分を見つめてくる優希の顔だった。

 それは、いつかの表情に似ていて。そこにあったのは、無類の信頼。

 一瞬、レオルモンは状況も忘れて呆けてしまった。

 

「でしょ?」

「……はぁあああ」

 

 次いで、レオルモンがしたのは、呆れを含んだ大きなため息だった。ドッと気が抜けたとでも言うのか。まあ、そんな優希の信頼と“成長”が嬉しくもあったのだが。

 もちろん、優希としても、いい加減な気持ちでそう言った訳ではない。先の一件で、振り切れたというのか。いや、もしかしたら思い出したのかもしれない。自分のパートナーを信じることを。

 勝手に一人だけ不安がって、自分のパートナーに不信を抱く。そんな、情けない自分とは優希自身も別れたかった。

 だから――。

 

「行くわよ」

「了解ですな!進化――!」

 

 だから、このパートナーと一緒に行くところまで行こうと。そう思って。

 直後、優希から発せられた光がレオルモンを包み込む。それは、優希も見慣れた進化の光。そして、一瞬後にその光の中から現れたのも、優希の()()()()デジモンだった。

 そう。現れたのは――。

 

「行きますぞ!」

 

 現れたのは、獣の王。ライアモンと呼ばれる成熟期デジモンだった。

 つい最近進化できるようになったローダーレオモンよりもずっと見慣れているはずであるのに。人間の世界では一年近く進化しなかったこともあったのに。

 なのに、たった一ヶ月ちょっとその姿を見なかっただけで、優希にはずいぶんと懐かしく感じられていた。そして、そう感じていたのは優希だけではない。

 ライアモンも同じだった。ライアモンも自身の身体に懐かしさを感じていて、身体の調子を確かめるように身体を軽く動かす。そして、デビドラモンたちを睨んだ。

 

「さて。なぜ今まで襲ってこなかったのかはわかりませぬが……」

「ぐぅるうう!」

「がぁるらあ!」

「先ほどのようにはいきませぬぞ!」

 

 ライアモンとデビドラモンたちは再び激突する。

デビドラモンたちの連携攻撃を食らわぬように、ライアモンは絶えず動き回りながら、ただひたすらに考える。いくら進化したとは言え、まだ数で負けている。数の不利を覆さなければ、勝利は掴めない。

 だからこそ、勝利を掴むために、ライアモンは思考を続けていた。

 

「ぐるあ!」

「がるう!」

 

 だが、デビドラモンたちとて、敵に作戦を立てさせる時間をタダで与えるほど馬鹿ではない。敵を倒す時間が長引けば、それだけ相手に猶予を与えるということだ。だからこそ、デビドラモンたちはライアモンを追い詰めるべく、果敢に攻め続ける。

 そんなデビドラモンたちの攻撃を前に、ライアモンは防戦一方になるしかなかったが――そんなライアモンは気づいていた。デビドラモンたちが、進化した自分の力を警戒していることを。警戒しているからこそ、自分を即座に倒そうとしていることを。

 

「セバス!危ない!」

「はっ……!」

 

 優希の危険を知らせる声。その声が聞こえた瞬間に、ライアモンは体を捻る。その瞬間に、高速の何かがライアモンのタテガミをかするようにして通り過ぎていった。

 

「ぐるぁあ!」

「危ないですな……!」

 

 次いで、悔しそうなデビドラモンの声がライアモンの耳に届く。

 ハッとなったライアモンがデビドラモンの方を見ると、先ほどの何かの正体は一目瞭然だった。

 先ほどのアレ。それは、尻尾だ。より正確に言うのならば、尻尾の先端部分が開いて鉤爪状の凶器となった尻尾。そんな凶器が、先ほどは高速でライアモンに放たれたのである。

 デビドラモンの動きを見て危険を察知した優希の言葉がなければ、ライアモンでも危なかっただろう。まさに危機一髪の出来事だったのだ。

 

「がるう!」

「ぐるあ!」

 

 いつの間にか、もう一匹のデビドラモンの尻尾の先端も鉤爪状に開いている。

 どうやら、どちらのデビドラモンも本気らしい。先端が鉤爪状に開いた尻尾に、その異常に発達した手足とそこに付いている鋭い爪。デビドラモンの持つすべての鋭利な凶器が、ライアモンに向けられていた。

 計八つの真紅の眼が、夜の闇の中で妖しく光る。

 そんな恐ろしい光景を前にして、ライアモンはただ思う。そろそろ頃合だ、と。

 

「お嬢様!伏せてくださりませ!」

「っ!」

 

 その声を聞いた優希が咄嗟に反応した瞬間、ライアモンは行動を開始する。

 実のところ、進化した瞬間から、ライアモンはこの状況を打破する策を一つだけ思いついていた。今までその策を実行に移さなかったのは、単純に実行までに準備がいたことと、それ以外のすぐにでもできる策を考えていたからである。

 だが、結局、それ以外の策を思いつくことはなく、初めに思いついた作戦の準備が整った。こうなれば、もはや時を待つ必要も、デビドラモンの攻撃に耐える必要もない。

 だからこそ、ライアモンは行動を始めた。

 

「行きますぞ!すぅうう……ガァアアアアアアアアア!」

「ぐるあ!?」

「がるう!?」

 

 その瞬間に、ライアモンは咆哮する。しかも、ただ咆哮しただけではない。()()()()()()()()()()咆哮だ。

 ライアモンが放った必殺技は、“サンダーオブキング”と呼ばれる、タテガミに貯めておいた電気を放出するもの。進化してからずっと貯め続けていた電気を、一度に放出したのである。

 さすがに、格上相手に通じるほどの電気は貯まっていなかったが、同格の相手に通じないほど貯まっていないはずがない。放出された電気は、デビドラモンたちに躱すことさえ許さない。

 

「ぐるううううう!」

「がるあああああ!」

「今ですな!」

 

 そうして、苦悶の声を上げるデビドラモンたちに、ライアモンはさらなる追い討ちをかける。

 高速で地面を踏み込み、ライアモンは一足でデビドラモンたちの下へとたどり着く。その勢いを保持したままに、その手の振り上げたライアモンは、その爪をもってしてこの戦いに終止符を打つ気なのだ。

 数瞬後、ライアモンのその爪が、デビドラモンに届く――。

 

「何ですと!?」

「えっ!?」

 

 その直前。ライアモンの目の前に、どこからか鞭のように伸びてきた剣が突き刺さった。

 




というわけで、第七十話。
久しぶりにライアモンに進化する回でした。
ずいぶんと久しぶりな気がしますね。

さて、次回は大成たちとデビモンの戦いです。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第七十一話~知っていたようで、知らなかったこと~

 時は少し遡って、一方のデビモンと戦っていた大成たちは――。

 

「はっはっは!どうした!その程度か!」

 

 ちょっとばかり苦戦していた。

 スティングモンは持ち前の速さを使ってデビモンと戦っているが、デビモンもなかなかやる。スティングモンの速さを見切った上で、カウンター攻撃まで仕掛けられる余裕があるらしい。

 先ほどの小物臭が嘘のような戦いっぷり。まさに悪夢というか、信じたくないこと。

 大成はそんな事態を前にして、デビモンが強いと唸ればいいのか、スティングモンが弱いと嘆けばいいのか、わからなくなっていた。

 まあ、自尊心的には後者の方がありがたいのだが、後者であればそれはそれで情けない。複雑な心境だった。

 

「っく!強い!」

「けど、勝てないほどじゃない。イモ!無理に攻めるな!距離は離すなよ!」

「えっ!?わ、わかりました!」

 

 大成の指示には少しだけ疑問を覚えたものの、その指示に従って、スティングモンは得意のヒットアンドウェイ戦法をしながらも、安全を意識した消極的な戦い方に切り替える。もちろん、大成の指示通りに距離を離すことはしない。

 一見すると、距離を離さないことと消極的な攻めをすることは両立しないようにも見えるが、そうではない。

 特に、スティングモンが得意とするようなヒットアンドウェイ戦法ならなおのこと。ようするに、いつでも攻撃できるように心がけて、確実に攻撃が通ると思った時以外は攻撃しない、と。そういうことである。

 

「……ほう。我が凶爪を知っているらしな」

 

 一方で、デビモンは大成のその戦略に感嘆したような声を上げていた。大成の出した指示は、暗に一つの事実を示していたように思えるからだ。

 その事実とは、すなわち大成はデビモンの必殺技を知っているかもしれないということ。

 無論、実は臆病風に吹かれたが故の選択かもしれなかったのだが、デビモンはそんな楽観視はしない。大成が自分の必殺技を知っていて、さらに対策までも練っているということを前提に突き進む。

 とはいえ、まあ――。

 

「なら、受けてみるがいい!」

「っ!来るぞ!」

「りょ、了か……腕が伸びた!?」

 

 まあ、罠だろうが、対策だろうが、そのすべてを押し通す。そんなつもりで、結局デビモンは必殺技を振るうのだが。

 伸縮自在の両腕を伸ばし、相手の体を貫き通す技。それが、“デスクロウ”と呼ばれるデビモンの必殺技だった。

 敵を貫かんと高速で迫り来るその技は、間違いなく食らえばただでは済まない。だが、それは同時にスティングモンのチャンスでもあった。

 先ほど大成の指示を受けてから、ずっとスティングモンはいつでも攻撃できるようにして待っていたのだから。

 

「今です!」

「何っ!?」

 

 結局、デビモンの予想通りだった。大成は、デビモンと戦い始めてからずっとその時を待っていたのだ。

 デビモンの必殺技は、腕が伸びるという特性上、一度躱してしまえば、どうとでもなる。そのことを、大成はゲーム時代に知っていて、対策を練っていた。だからこそ、スティングモンにあのような指示を出したのである。

 そして、大成の狙い通りに“デスクロウ”を躱したスティングモンが、デビモンへと迫って――。

 

「なっ!」

「ぐ……!」

 

 だが、デビモンに迫ったスティングモンは、鞭のようにしなったその腕に吹き飛ばされた。

 もし、大成に誤算があったとしたら、その要因は一つだけ。それは、大成がゲーム時代に一度しかデビモンと戦っていないということだった。

 “デスクロウ”は確かに相手を貫く技だ。だが、当然だがそれだけにしか使えないというわけではない。別の使い方もある。そのことに、ゲーム時代の知識しかなかった大成は気付けなかった。

 その辺りはゲーム時代のデビモンをパートナーとしていた者の応用力が足りなかったということだろう。もしくは、大成がヘボですぐ負けてしまったか。

 

「はははは!惜しかったが……残念だったな」

「っぐ!」

「くぅ!」

 

 ともあれ、立てた作戦は破られてしまったことに変わりはない。二度目は通じないだろう。これで千載一遇のチャンスはなくなったということになる。

 自分の渾身の作戦があっさりと破られて、さらに自分の下手くそな作戦のせいで勝機を逃がしたのだ。大成は苦い顔をするのを抑えられなかった。

 

「うぅ……」

「フハハハハ!どうした?そんなものか!」

 

 まだ負けたわけではない、と。今、大成の目の前では、スティングモンが痛みを堪えて立ち上がろうとしている。

 そんなスティングモンを視界に収めていた大成は、自分の不甲斐なさを恥じて――その手は、知らずのうちにそのポケットの中の機械に触れていた。

 

「まだです!」

「ふっ!そうでなければ!」

 

 そうして、スティングモンはなんとか起き上がったが、決して少なくないダメージを受けてふらついている。それだけ、先ほどの攻撃が高威力だったのだろう。

 そんなスティングモンの姿を前にしては、大成の感じている自責の念もより一層なものとなってしまう。自分がもう少し考えて作戦を立てていれば、と。そう思うことを避けられない。

 だが、どれほど悔やんでも過ぎたことは変わりようがない。大成たちに今必要なのは、次の手だけだった。

 

「かかってこい!」

「……!馬鹿にしないでください!」

 

 デビモンの言葉に応えるかのように、スティングモンは攻撃を再開する。ダメージによってか、その攻撃は先ほどよりもずっと鈍い。だが、未だ戦えている辺り、受けたダメージは致命的なものではないようだ。

 一方で、そんなスティングモンを迎え撃つデビモンは、どこかイライラしているかのようだった。

 自分の有利に事が進んでいるはずなのに、イライラしている。そんなデビモンに、大成は疑問を抱いて――だが、その疑問について大成が考察するよりも早く、デビモンは告げる。決定的な一言を。

 

「そんなものではないだろう!我が主を殺した力は!お前たちの先は!」

「っ!」

「……!」

「見せてみろ!また同じことになりたくなければな!」

 

 自分たちの先。そして、我が主を殺した力。

 デビモンのその言葉を聞いた瞬間、その言葉によってもたらされた二つの情報が、大成たちの頭の中でまるでパズルのように組み合わさった。

 パズルのように組み合わさったという、物語でしか目にしたことがなかったような経験を体験しながら、大成たちはデビモンを睨み、そうして結論を手にする。

 つまり、目の前にいるデビモンはあのヴァンデモンの身内ということ。デビモンの言葉は、大成たちの触れてはならない部分に触れたも同様だった。

 知らず、大成とスティングモンの頭に血が昇っていく。出し惜しみなどしている場合ではない、と。ただ目の前にいる敵を倒せ、と。大成たちはそう思って――。

 

「行くぞ。イモ!」

「了解です!」

 

 そうして、大成は自分のポケットからソレを取り出す。

 エクスブイモンの力が篭ったソレを。ウィザーモンから貰ったアナザーを。次の瞬間に、その二つを組み合わせて――大成は告げる。その言葉を。

 

「セット『エクスブイモン・ジョグレス』!」

「ジョグレス進化ー!」

「ひぃっ!」

 

 その瞬間、スティングモンはエクスブイモンの力を受け取って、ディノビーモンへと進化する。

 その時、どこからか情けないような悲鳴が聞こえたような気もしたが、大成たちは気のせいだとして無視した。今はそんなことを気にしている時ではないから。

 

「行きます!」

 

 そうして、目の前にいる敵を倒すために、ディノビーモンは大地を踏み込んで――その瞬間、ディノビーモンの姿が消える。

 いや、正確に言えば、消えたように見えるほど高速で移動しただけなのだ。が、少なくとも大成とデビモンにはそういう風に見えていた。

 

「はぁっ!」

「ちょ、ひっ!」

 

 もはや、戦況は逆転していた。

 ディノビーモンのスペックに、デビモンは対応できていない。時折、“デスクロウ”などの技を放っているが、そのすべてにディノビーモンは対応し、デビモンを追い詰めていっていた。

 そんな圧倒的な強さを見せるディノビーモンを相手に、一体どういうことなのか、デビモンは先ほどとは違ってまるで情けない声を上げ、様子を見せている。

 まあ、当のディノビーモンは必死なのか、そんなデビモンの変化にも気づかずに攻め続けているのだが。

 

「これで終わりだ!」

「ぐぅうう!舐めるなっす!はぁあああ!」

 

 真っ直ぐにこちらへと向かってくるディノビーモンを前に、このままでは押し切られることをデビモンは悟った。だからこそ、デビモンは切り札を使うことを決意したのだ。

 窮地ならがらも、デビモンのそれは今の状況ならちょうど発動の条件が整っている。ディノビーモンが自分を睨みつけていて、()()()()()()()()()()。発動は可能。その事実にデビモンは内心でホッとして、その切り札を使う。

 そして、デビモンがディノビーモンの目を見つめた直後にして、ディノビーモンが見つめてくるデビモンの目を見た直後。それは起きた。

 

「は?え……イモ!?」

「はっ……はっ……これ、うまくできないし、疲れるんっすけどねー!」

 

 突如として、ディノビーモンの動きが止まった。

 そんな突然の事態に、大成は驚くしかない。今までデビモンを圧倒していたディノビーモンが、いきなり動きを止めたのだ。それも、あとちょっとで倒せるというところで。

 まず間違いなくデビモンが何かをしたのだろう。大成はゲーム時代にデビモンと戦ったことがある。だが、その時はこんなことはなかった。というか、噂でもネット上でも、デビモンがこんなことをできるなどという話を、大成は聞いたことがない。

 相手を知っていたというのに、その実、知らなかった相手の力。再度のそれを目の当たりにして、驚かない方が無理だろう。

 

「ふっふっふっ!どうっすかー?見つめた相手をマインドコントロールするこのオレの力!すごいっしょー!」

「なっ!マインド……洗脳!?」

 

 マインドコントロール。つまりは洗脳。文字通りに取るなら、その力を使ったデビモンにはどんな強さを持っていても、それこそ究極体でも勝てないということだ。強すぎるなどというレベルではない。反則だ。

 無論、デビモンのソレはそこまで万能の能力ではないのだが――そんなこと、大成にわかるはずもない。

 そんな強すぎる能力を前に、大成は驚愕に震えるしかなく、デビモンの口調が変わっていることにも気づかないほどに、大成は動揺していた。

 まあ、大成が動揺するのも当然だろう。デビモンのそれが発動したということは、ディノビーモンはデビモンに操られているということで、それはつまり、自分のパートナーが敵に回るということなのだから。

 

「おい、イモ!大丈夫か!?返事しろ!」

「無駄っす!ほら、攻撃するっすよ!」

 

 さまざまな思いが混じり合って、焦りに焦る大成。だが、そんな大成を馬鹿にするかのように、デビモンはディノビーモンに命令を下す。

 その瞬間、大成の脳裏をよぎったのは、ディノビーモンがデビモンの命令を聞いて、自分を襲ってくるという最悪の信じがたい未来。そんな未来が現実となることは、大成も信じたくはなかった。

 だが――。

 

「……」

「あれ、おい、どうしたっすか!」

 

 だが、そんな予想に反して、大成はいつまで経っても襲われなかった。それどころか、デビモンの焦ったかのような疑問の声すら、大成の耳に聞こえて。

 何か妙なことが起こったのではないのか、と。そんな疑問を感じた大成は恐る恐るディノビーモンを見て――そこには、石のように固まって動かないディノビーモンの姿があった。

 

「動くっす!動けっす!ポンコツ!」

「……」

「ぬあぁああああ!なんでっすか!」

 

 デビモンが一生懸命に命令をしているが、ディノビーモンは動かない。いや、正確には動こうとしているが、動けないと言うべきか。デビモンが命令を下すたびに、体が微妙に震えているのが見て取れる。

 その様子からも、デビモンのマインドコントロールという能力はブラフではないのだろう。だというのに、ディノビーモンには中途半端にしか効いていない。だからこそ、デビモンは焦っているのだ。

 とはいえ、大成にとって、この事態は幸運だった。すぐさまアナザーを取り出して、ウィザーモンから貰った“もう一つ”のSDカードモドキをセットする。

 

「セット『解析』!」

 

 そして、大成がその言葉を呟いた瞬間に、ディノビーモンのさまざまなデータが画面に表示された。その詳しい内容に、思わず「こうなるのか……」と呟く大成。

 だが、その表示された内容は、はっきり言ってあんまり意味がなかった。というのも、大成には表示された内容の数値がほとんど理解できなかったのだ。まさに、宝の持ち腐れ状態である。

 とはいえ、画面の端の方で光る、警告色を撒き散らすマークが現状を示していることだけは、大成にもわかったのだが。

 

「動けっすぅうううう!」

「……」

「はぁっはぁっ!……まぁいいっす。どうせオレ、これ苦手っすからね!」

 

 まるで負け惜しみのようなことを呟いて、デビモンは大成の方を向いた。

 ドキリ、と。その瞬間から、大成は自分の心臓の鼓動が跳ね上がって、より大きな音として聞こえ始めていた。大成にはわかったのだ。デビモンは、動かないディノビーモンを放っておいて、大成を狙うことにしたのだ、と。

 無力な大成など、デビモンにならばひと捻りで殺されてしまうだろう。それこそ、マインドコントロールの力など使う必要もあるまい。

 自分のパートナーは動けず、自分に戦う力はない。今、大成の下には地味にピンチが訪れていた。

 

「っ!イモ!」

「ふっふっふ!無駄っすよー」

「っく!」

「さぁ!観念するっす!」

 

 焦ったかのような、助けを請うかのような、そんな声で大成はディノビーモンを呼ぶ。だが、そんな大成を嘲笑うかのように、デビモンは大成の下へとやってくる。

 逃げるのは無理だろう。戦うことも。そんな不可能だらけの状況の中で、大成は素人丸出しの構えを取りながら、デビモンを睨みつけていた。別に戦えると自惚れたわけではない。だが、抗わずにやられる気もない、と。そういうことなのだろう。

 

「……いい覚悟っす。なら、お望み通りにしてやるっす!」

 

 そうして、デビモンの腕が伸びる。“デスクロウ”だ。成熟期デジモンの必殺技を前にして、人間の体など紙も同然。そうして、大成の胸にデビモンの凶爪が突き刺さ――。

 

「ぐはぁっ!」

「え?」

 

 突き刺さるその瞬間。大成の目の前でデビモンが消えた。その突然の事態に呆然としてしまった大成だったが、一瞬遅れて気づいた。デビモンは消えたのではなく、()()()()()()()ことに。

 この場にデビモンを殴り飛ばせるような者など、一人しかいない。その事実に思い至って、大成は希望を持って辺りを見渡し――。

 

「イモ!」

「大成さん!あれ、なんか涙目じゃないですか?」

「誰がだ!ったくお前は……!大丈夫なら大丈夫って言えよ!」

「いや、それがいろいろありましてさっき復帰したんですよ」

 

 そうして、その姿を大成は見つける。デビモンのマインドコントロールを打ち破った、自分のパートナーのその姿を。




というわけで、第七十一話。
デビモンがいろいろな意味ですごいことになった話でした。

さて、次回はほんの少しだけ時が遡って、ディノビーモンの言ったいろいろが明かされます。

それでは次回もよろしくお願いします。



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第七十二話~記憶の中の影~

 再び、時は少しだけ遡る。

 デビモンのマインドコントロールを受けてしまったディノビーモンは、不思議な感覚を体験していた。まるで眠る前のウトウトしている時のような感じに近いだろうか。とにかく、意識が曖昧な状態だったのだ。

 

「ふっふっふっ!どうっすかー?見つめた相手をマインドコントロールするこのオレの力!すごいっしょー!」

「なっ!マインド……洗脳!?」

 

 たとえ、誰かの話し声が聞こえていても、ディノビーモンにはどこか遠くのことのように聞こえていたし、そもそも誰が話しているのかも、デビモン以外の誰かは認識することさえできなかった。

 

「おい、イモ!大丈夫か!?返事しろ!」

「無駄っす!ほら、攻撃するっすよ!」

 

 そんな状態でいると、ディノビーモンは気付いた。自分が命令されていることに。しかも、命令してきているのは、敵でしかないデビモンで。

 通常時なら、敵でしかないデビモンの命令など、聞く耳も持たないのが正解だろうが――この時のディノビーモンは、なぜかその命令を聞かなければいけない気がしていた。

 だが、どうしても、体が動かない。いや、動けない。まるで、意思と身体が噛み合っていないかのように。

 

「あれ、おい、どうしたっすか!」

「動くっす!動けっす!ポンコツ!」

「ぬあぁああああ!なんでっすか!」

「動けっすぅうううう!」

 

 焦ったかのような、そんなデビモンの声が次々と聞こえてくる。だが、それでもなお、ディノビーモンは動けなかった。

 なぜ動かなければならないのかも、なぜ動けないのかも、そのいくつものなぜを考えることすらなく、ディノビーモンは体に命じ続ける。

 頼むから動いてくれ、と。ただ、動けと。それだけを願って、次の瞬間――ディノビーモンの目の前にいたのは、あの青い幻竜の幻影で。

 

「あっ!?」

 

 それと同時に、ディノビーモンはすべてを取り戻していた。まるで頭の中の霧が晴れたかのように、思考はクリアになっていて――なぜかはわからないが、ディノビーモンはデビモンを技を打ち破れていたのだ。

 見渡せば、先ほどの幻影はもうどこにも見えない。いったい何だったのか、とディノビーモンは一瞬だけ考えて、すぐさまそんな場合ではない、と思い直した。

 だからこそ、ディノビーモンは大成の下へ行く。大成を襲おうとしているデビモンを蹴散らしながら。

 

「イモ!」

「大成さん!あれ、なんか涙目じゃないですか?」

「誰がだ!ったくお前は……!大丈夫なら大丈夫って言えよ!」

「いや、それがいろいろありましてさっき復帰したんですよ」

 

 大成はそのいろいろを聞きたがっているようだ。だが、話は後でいくらでもできる、とそう思ってディノビーモンは大成を見ると、大成も同じ結論に達したようだった。

 

「行け!イモ!」

「了解です!」

 

 そうして、大成たちは目の前にあるものを先に片付けるべきだと思い、行動する。

 大成の言葉に従うように飛び出したディノビーモンは、先ほどのダメージが残っているのか、地面にうずくまって起き上がらないデビモンめがけて腕を振りかぶる。

 罠か、それとも何かあるのか。どちらにせよ、先ほどとは打って変わって、今度はこちらが押し通す番である。

 そう思って、ディノビーモンがその拳をデビモンに叩きつけようとしたその次の瞬間――。

 

「なっ!」

「えっ!?」

 

 その次の瞬間。まるで鞭のような桁外れに長い剣が、デビモンを庇うかのように、ディノビーモンの前を通り過ぎた。

 その光景を見た瞬間、大成たちは驚くしかなかった。

 もちろん、大成たちが驚いたのは、剣が通り過ぎたことにではない。

 そう。大成たちが驚いたのは、その剣に見覚えがあって、ひいてはその剣の持ち主を知っていたからだ。

 その光景が示していたことは、その剣の持ち主がデビモンを庇ったということだったから。だからこそ、大成たちは驚いたのである。

 

「ここまでだな」

「リュウ!?」

 

 そう。その剣の持ち主は――大成たちが探していたスレイヤードラモンその人だ。

 ここに来ての登場に、大成たちは混乱の最中にあった。

 スレイヤードラモンがなぜデビモンを庇ったのか。もしや、デビモンに操られているのか。そんな、不可解な疑問から、ありもしない答えが出てくるほどには、大成たちは混乱していた。

 まあ、そんな大成たちの疑問は、デビモンのスレイヤードラモンに対する態度で氷解することとなったのだが。

 

「ひどいっすよぉースレイヤードラモンさんー」

「ああ?なんだよ」

「だって、こいつら滅茶苦茶つえぇじゃねぇっすか!聞いてないっすよ!」

「聞かなかっただけだろ」

 

 まるでどこぞのチンピラのようなデビモンの姿に、大成とディノビーモンは呆気にとられるしかない。デビモンの雰囲気が変わっていたことに、大成たちは今更ながらに気づいたのである。遅すぎだ。

 ポカン、と口を開けてアホヅラを晒す大成とディノビーモン。そんな二人の傍に、いつの間にか、疲れたような様子の優希とレオルモンがやって来ていた。

 

「お疲れ様……お互いにね」

「優希!……つーか、セバスは大丈夫なのか?」

「大丈夫ですぞ。進化はしましたが……何故か前よりも軽いですからな」

「それでも痛みはあるんだな」

「まぁ、仕方ありませぬな」

 

 優希たちの方の戦いの終わり方も、大成たちと似たようなものだった。数分前、大成たちと同じように、スレイヤードラモンの手によって強制的に終わらされたのだ。

 そうして、すべての事情を聞かされて、優希たちはこうして大成たちの下へとやって来たわけである。

 

「っていうか、これ、どういうことだ?」

「私たちは初めから試されていたの。ようするに、抜き打ちのテストね」

「はぁあああ……そういうことか!」

「どっと疲れが……」

 

 優希の例えは微妙なところではあったが、大成とディノビーモンはそれで全部を理解した。

 別れてからスレイヤードラモンがずっと合流してこなかった訳も、デビモンの行動も会話も、すべては大成たちを試すためのものだったのだろう。大成たちは、まんまとそれに嵌ったわけだ。

 まあ、マインドコントロールの部分だけはデビモンも本気だったりしたのだが、それはともかくとして。

 そして、いざとなったらスレイヤードラモンが止めに入る。そういう手筈だったのだ。

 

「お前、もっとうまく演技しろよ。途中からバレバレだったろうが」

「で、でも気づいてなかったっすよ?」

「ぐあう」

「があう」

「ちょ、そういうこと言うなっすー!」

 

 デビモンは、現在スレイヤードラモンとデビドラモン二匹にダメ出しされている。

 デビモンの今回の演技については、思い返せば言い訳不能で見れたものではなかったために、ダメ出しは良いのだが――どうせデビモンに今回のことを依頼したのは、スレイヤードラモンなのだろう。

 何と言うか、スレイヤードラモンの人選ミスである気がしてならない大成たちだった。

 

「で、リュウ。そいつらとはどういう関係?」

「ああ、こいつら?昔やんちゃしてたところをボコった関係」

「ひどっ!確かにその通りっすけど!でもでも、それからオレたちも更生したっすよ!」

「お前らのソレは更生って言うんじゃなくて、下っ端根性が染み付いたって言うんだよ」

 

 ちなみにだが、昔はデビモンもデビドラモンもこんな性格ではなかった。冷酷邪悪そのものといった性格だったのだ。それが、なぜこうなったのか。ここ最近のスレイヤードラモンが抱く一番の疑問だった。

 ともあれ、そんなデビモンたちにさっきまで真面目に相手していたと思うと、どっと疲れがたまる気がした大成たちである。

 

「……そういや、マインドコントロールから復帰した理由ってなんだったんだ?」

「え?ああ……僕も不思議なんですけどね。エクスブイモンが助けてくれたような気がして……」

「えっ……どういうことだよ!?」

 

 そうして、ディノビーモンはその時のことを語った。

 デビモンに操られていたあのふわふわとしていた時の感じ。理由はともかく、体を動かそうとしていたこと。そして――その後にあった幻影のこと。

 そのすべてを、ディノビーモンは余すことなく大成に伝えた。

 

「なんか、エクスブイモンの姿が目の前に見えた気がしたんです」

「それ……」

「その時、体が動くようになって……」

「エクスブイモンが助けてくれた、のか?生きているのか?これの中に?」

 

 別に幽霊とか、そういったことは大成も信じていない。この世界はともかくとして、人間の世界は科学万歳世界なのだ。幽霊とか、非科学的すぎる。

 そんな世界で育ったからこそ、大成はそのことが信じられないのだが――だが、そうであって欲しい、と。信じられなくても、信じたい、と。そんな気分になる大成だった。

 ともあれ。大成がそんな気分になっている横では、スレイヤードラモンやデビモンたちを含めて反省会が行われていた。

 ちなみに、ディノビーモンはスティングモンに戻っている。

 

「ま、大成たちも優希たちも及第点だろ。特にこの世界に来たばっかりの時と比べるとな」

「そりゃ、成長期だけしか選択肢がなかった時と比べるとね。大成たちは成長しているでしょ」

「何言ってんだ。お前もだろ。優希」

「え?」

 

 スレイヤードラモンの言葉に、優希は何を言われているのかわからない、というような声を上げる。いや、優希からすれば、本当に何を言われているのかわからなかった。

 大成たちが成長しているのは、優希たちにもわかる。というか、わからなければおかしい。

 一方で、優希たちは自分たちが成長しているかと問われると、首を傾げることしかできなかった。確かに、完全体に進化できるようには一応なった。先ほどの戦いでは、完全体に進化させないように成熟期に進化させることもできた。

 これが成長かと言われると優希たちは答えに窮する。一応、成長ではあるかもしれないが、優希たち自身が思っているような成長ではないからだ。

 

「……?お嬢様、思い当たることありますかな?」

「いや、全然」

「ま、自分じゃわからねぇか」

 

 呆れたように呟かれたスレイヤードラモンの声が、優希たちはどこか印象に残ったのだった。

 

「しっかし、あんたたちスゲェっすね。こいつらも褒めてましたよー?」

「ぐる!」

「がる!」

「いや、何を言っているのかわからないし」

 

 そんな時、首をかしげる優希たちに話しかけてきたのは、デビモンたちである。

 さっきまで真面目に戦っていた者たちだ。そんな相手がいきなりフレンドリーに接してきたのだから、優希たちはどう接すればいいのかわからなくなっていた。

 まあ、スレイヤードラモンの様子からして、彼らは根っからの悪人というわけでもないのだろう、と。そう思って、多少は引いたものの、優希たちは普通に接する努力をすることにした。

 

「いやぁ、もう少しで奥の手も使うところだったって言ってるすよ」

「奥の手?」

「っす。こいつらの奥の手。麻痺というか、何と言うか……」

「それ使われてたら危なかったわね」

「ですな……」

 

 悪魔のような怖い顔をしているくせに、その口調はどこぞのチンピラ。

 そんなデビモンに、未だ慣れない優希たちだった。何と言うか、初めて出会った時との差というか、顔と雰囲気の差が激しく感じられる。

 

「ぐるるあ!」

「がるるう!」

「ああ、こいつらも怖いのは見た目だけっすから。引かなくても大丈夫っすよ」

「いや、優希が引いてるのは、どっちかって言うとお前の顔だからな?」

「えぇえ!?そうなんすか?」

「えっと……まあね」

「ぬがぁあああ!みんな酷いっす!」

 

 スレイヤードラモンやデビドラモンのあんまりな物言い、そしてそれに対する優希の肯定の言葉に、デビモンは絶叫する。その姿は、馬鹿らしいというか、馬鹿そのものだった。

 とはいえ、デビモンは確かに馬鹿だが、人をイラつかせる馬鹿ではない。人を楽しませる馬鹿、どちらかといえば道化師のようなタイプの馬鹿だ。

 そのことを知ってか知らずか。そんなデビモンを前に優希たちは自然と笑っていた。

 

「酷いっすよー!」

 

 そうして、デビモンの絶叫が辺りに響き渡る中で。大成とスティングモンは、アナザーをの画面を弄っていた。

 大成たちがアナザーを弄っているその理由はただ一つ。アナザーの機能の一つである通信をするためである。通信相手は、もちろんウィザーモンだ。

 大成たちは、今日の出来事について、ウィザーモンに聞きたかったのである。

 この数分後に――。

 

――やれやれ。なんだね?藪から棒に――

「ウィザーモンか?ちょっといいか?」

――非常識だと思わないのか?今何時だと思っているんだね?――

 

 大成の持つアナザーは、ウィザーモンと通信していた。アナザーから、ウィザーモンの声が聞こえてきている。

 大成はアナザーを耳にあて、スティングモンはそんな大成に顔を近づけて、ウィザーモンの声を聞く。はっきり言って、両者ともに相手のせいで聞きづらかったが、二人とも文句は言えなかった。

 そうして、聞こえてきたウィザーモンのその声はどこか不機嫌そうなのだが、アナザーの通信は音声通信だ。ウィザーモンの顔を見ることができない。

 大成たちとて不機嫌な相手と顔をつき合わせて会話するのは、少し気まずい。

 声だけで本当に良かった。そう思って、ホッとしながら、大成たちは用件である今日のことを話すのだった。

 

――……ふむ。なるほど。それで僕に連絡してきたのか。それなら、まあいいか――

「……?」

――何。これで適当な用件で連絡してきたのなら、どうしてやろうかと思っただけさ――

 

 少しだけトーンの低くなったウィザーモンの声を聞いた大成とスティングモンは、本気で自分たちのタイミングの悪さを呪っていた。

 とはいえ、今日の現象についてなら、ウィザーモンも納得してくれるらしい。戦いが終わったばかりだというのに、地味に命の危機が訪れていた大成たちだった。

 

「何かわかるか?」

――そりゃ、わかるさ。……しかし、ふむ。そうか。そうなったか――

「……?どういうことだ?」

――ふむ。結論から言えば、その中にエクスブイモンの人格データが入っているわけではない――

「っ!そ、うか……」

 

 それはある意味で当然のこと。

 大成たちもその可能性が大きいとは思っていた。だが、そうではない僅かな可能性を願っていなかったわけでもない。結局、大成たちは少ない可能性に希望を抱いていたのだ。

 まあ、その希望は現実のものとはならなかったのだが。

 

――僕の研究結果ではそこまでのことはできないからな――

 

 ちなみに、力と共に人格データも残す。その研究はウィザーモンも一応してはいる。

 現在は、エクスブイモンの件からもわかるように、力だけは残せる状態だ。

 とはいえ、人格の方を残す研究は進んでいないのが現状だった。まあ、研究が進まないのも仕方ないだろう。ウィザーモンは人並みの倫理観を持っている。対象の命と引き換えに物体を作成するという一番の問題点が解消されない以上、研究が行き詰まっているのだ。

 

――君たちが見たのは、エクスブイモンの残留思念のようなものだろう――

「残留……?」

――もはや個人の人格としては意味をなさないほどの、小さな欠片だな――

「でも、そんなもので――」

 

 デビモンのあの技を打ち破れることになるのか、と。

 口には出さなかったが、大成のその疑問はウィザーモンに伝わっていた。そうして、そんな大成の疑問に答えるように、ウィザーモンは言う。

 

――そんなものでも十分だったのだろうよ。君たちの記憶は、確かに彼のことを覚えているのだからな。だろう?――

「……!」

――エクスブイモンが君たちに託したソレは力の結晶で、同時にエクスブイモンのすべてだ。エクスブイモンというデジモンの、な――

 

 そこのところを忘れるなよ、と。そう言って、ウィザーモンは通信を切った。まだ聞きたいというか、質問したいことはあったのだが――そのことを、大成たちは自分たちの胸に仕舞い込む。

 

「記憶、か。あいつとの」

「だったら、やっぱりエクスブイモンが助けてくれたんですね」

「……だな」

 

 エクスブイモンとの記憶が、エクスブイモンという存在が、自分たちを助けてくれている。大成たちは、そのことを認識して。

 エクスブイモンの死を吹っ切れたわけではないが、死んでもなお自分たちを助けてくれるエクスブイモンの存在に、大成たちは胸の内に熱いものが込み上げていた。

 

「記憶……な。そういや、ウィザーモンのやつ、これの名前を俺たちが決めていいって言ってたよな?」

「言ってましたね」

「デジメモリなんかどうだ?デジモンのメモリー(記憶)でデジメモリ」

「安直ですけど……いいですね。帰ったらウィザーモンに言ってみましょう」

「だな」

 

 スティングモンの同意も得られたことに気を良くしながら、大成はその手の中のデジメモリを見る。

 それを見るだけで、エクスブイモンとの思い出が蘇ってくるような、エクスブイモンがまだ隣にいるような、そんな気さえしてくる大成だった。

 




というわけで、テスト期間にも関わらずストックを使って更新した第七十二話。
今回の事件の種明かし回でした。
ついでに、SDカードモドキの名前がようやく決定。まあ、原作通りデジメモリですが。

さて、次回からは学術院の街を去った面々のいろいろの話ですね。
まあ、そのせいで、しばらく大成たちの影が薄くなりますが。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第七十三話~後悔しかけのとある獣竜~

 大成たちがデビモンたちの襲撃を受けた日。

 大成たちのいる場所から遠く離れた場所に、ドルモンはいた。

 

「うぐ……寂しい……」

 

 このドルモン、自分のパートナーである旅人に置いて行かれた恨みを晴らすべく、修行を兼ねて一人旅をしていた。

 とはいえ、ここ最近は一人旅というものに寂しさを感じていて、若干後悔していたりもするのだが――まあ、そんな寂しさは自分のパートナーと友人を一発殴るという目的を思い出すことによって、強引に忘れることにしているドルモンである。

 

「やっぱり一人旅は慣れないな~……はぁ」

 

 とある理由で五年間この世界で一人旅していた者とは思えないセリフだ。が、ドルモンからすれば、それはそれ、これはこれ、ということなのだろう。たぶん。

 

「でもなぁ~どうしようかな~」

 

 さて、話を戻せば、現状では目的に対する活路が見いだせていないというのがドルモンの実情であった。

 旅人の方はともかくとして、友人の方は究極体である。しかも、それなりに強い。ドルモンもそれなりに強い方だが、その身はあくまで成長期。逆立ちしても殴るどころか殴られるだけだ。

 そんな究極体の友人を一発殴るための秘策。それをドルモンは探しているのである。

 もはや、いろいろと間違っている気がしてならなかったが、ドルモンは何が間違っているのか気づけなかった。

 

「……うぅ」

 

 そうして、一人寂しく草原を歩くドルモン。

 そんな彼の行く手の先には、森が広がっていた。ドルモンは、その森の中にそれなりの大きさの町があることを知っていて、そこに情報を求めていくつもりなのである。

 こうして森が見えるここまで来れば、その町まであと少し。もう二時間もかからずに街に入ることができるだろう。ひとまずの目的地というゴールが見えたことによって、知らずドルモンの足は速くなっていた。

 

「よっし。まずは……」

 

 歩きながら、町に入ってからのことを考えるドルモン。今の彼の頭の中には、宿探し、食事、情報集めの三つがあった。

 とりわけて、今のドルモンが望むのは――。

 

「おなか減った」

 

 今のドルモンが望むのは、食事である。

 そう。先ほどからドルモンの腹の虫はぐぅぐぅと鳴いていて、それに比例するかのようにドルモンはお腹を減らしていたのだ。今のドルモンは、町に着いたら一目散に食料を得るために動く心づもりだった。

 早く町へ。そしてごはん、と。そんなことを考えながら前進を続けるドルモンだったが、その時だ。

 

「はっ!?この匂いは……!」

 

 どこからか、えも言われぬ良い匂いが漂ってきたのは。

 嗅いだだけで食欲をそそるような、そんなおいしそうな匂い。そんな匂いを嗅いでしまったからこそ、ドルモンは自分の空腹を余計に実感してしまう。

 ぐぅぐぅ、と。先ほどよりもずっと大きな腹の音が、ドルモンの耳に聞こえる。それと同時に、ドルモンの耳には自分の腹の音以外の声が届いていた。

 

「おやおやーお兄ちゃんお腹すいているのー?」

「えっ……君は?」

 

 無害さを感じさせる人懐っこい声。そんな声でドルモンに話しかけてきたのは、首に赤いスカーフを巻いた、悪魔の子供のような姿をしたデジモンだった。

 だが、ドルモンはそのデジモンのことよりも先に――そのデジモンの持っているおいしそうな肉に目を奪われていた。先ほどからずっと辺りに漂っているこのおいしそうな匂いは、その肉から漂ってきていることにドルモンは気づいたのである。

 そんなおいしそうなものを目の前にして、ドルモンの口の中は知らず唾がたまっていた。

 

「ぼく?ぼくはインプモンさ!この近くに住んでるんだ」

「そ、そうなんだ~あ、僕はドルモン~」

 

 そう。その子供悪魔のようなデジモンは、インプモンと呼ばれる成長期デジモンである。五年間この世界を旅していたドルモンでも、初めて出会ったデジモンだった。

 

「で、ドルモンお兄ちゃんはお腹すいているの?さっきからぼくのお肉をずっと見ているけど……」

「う、ごめん」

「ふーん……あっ!そうしたら、このお肉はドルモンお兄ちゃんに上げるよ!」

「えっ……でも……えっいいのっ!?」

「うん、いいよ!だってドルモンお兄ちゃんかわいそうだもん!」

「やったぁ!」

 

 何と言うか、アレである。

 自分のことをお兄ちゃんと呼んでいることからして、インプモンはおそらくドルモンより年下か、もしくはそれに準ずるような存在だろう。そんな者から食べ物を恵んでもらっているのだ。傍から見ていればとても情けないのだが――ドルモンのとって、そんなことはどうでもよかった。プライドで腹は膨れないのだ。

 そんな、お兄ちゃんと呼ばれる者にあるまじき行動をしているドルモンは、うきうきとインプモンから肉を受け取った。

 そして、食欲と勢いのままにそのおいしそうな肉にかぶりついて――。

 

「いや~おいし……おい……?……うがぁああああああ!」

 

 直後、ドルモンの口内を襲ったのは、激痛。

 まるで舌を七輪で焼いたかのような、痛み。まるで口内に焼石を放り込まれたかのような、痛み。そんな拷問に等しい激痛を前して、ドルモンは正気ではいられない。肉を落とし、痛みと苦しみのままにのた打ち回る。

 のた打ち回っているドルモンはそのことに気づけなかったが、ドルモンの口内を襲ったその激痛の正体は、痛烈な辛みだった。いや、辛みが正確には痛覚であることを考えれば、もはや痛みとしか言えないか。

 そんな痛みを前にして、ドルモンは湖一つ飲み干す勢いで水を飲みたくなったところだろう。だが、ここは森。周りを見ても木があるだけで、そんなものはない。拷問である。

 

「あふっ……いはっ……ふはぁああああん!」

「あはっはひっはははっ!本当に食いやがった!ははは!」

 

 今のドルモンは全身の毛を逆立てて、人間であったら確実に脱水症状になるであろう量の汗と涙を流していた。それほどまでに、痛いのだ。口の中が。もはや辛いという次元さえ超えているほどに。

 そして、そんなドルモンを前にして、事の元凶は笑っていた。笑い転げていた。地面にバンバンと手を叩き、ずいぶんと楽しそうに笑っている。

 

「はぁっひっぃ!息がははっできなははっ!」

 

 というか、一周回って窒息死しそうなほどだ。

 ここまでくれば誰でも予想できるだろう。先ほどまでのインプモンはすべて演技で、これはインプモンが仕掛けたイタズラなのである。

 それもこれも、インプモンがイタズラ好きであるからなのだが、どこぞの機械の里にいるイタズラ王を目指すデジモンと気が合いそうな性格だ。

 まあ、そのイタズラに引っかかったドルモンとしてはたまったものではない。現在進行形で拷問の如き苦痛を味わっているのだ。心臓の弱い者ならショック死してしまいそうなほどの痛みを。

 

「ううげぇええええ!うわぁあああん!」

「ぶはっ!や、やめろよははは!これ以上笑わせるのははは!」

 

 数分後。

 この場にあったのは、二つの死体モドキ。言うまでもなく激痛のあまり死にかけているドルモンと、笑いすぎて窒息死しかけたインプモンである。

 何と言うか、ドルモンには災難なことだったが、傍から見ていれば間抜けな光景ではあった。

 

「ひぃっひぃっはぁーはぁ……ふぅ。よっしゃ、笑わせてもらったぜ!あんがとな!」

「うぇ……」

 

 そうして、未だ立ち直れないドルモンが立ち直る前に、インプモンはこの場を離れることを選ぶ。イタズラをし、その相手のリアクションを見て、そして捕まらないうちに逃げる。その一連すべてがイタズラなのだ。捕まってしまえば、すべてが無に帰してしまう。

 インプモンは、そんな無駄なイタズラ観とプライドを持っている。だからこそ、ドルモンを放っておいて逃げ出して――。

 

「うぐぐ……うぐ……?」

 

 涙で視界がぼやける中で、ドルモンが見たのは、最後にもう一度自分の姿を見て大笑いしてから、どこかへと逃げていくインプモンの姿だった。

 そして、その数十分後に――。

 

「ひははひいひいふふ……」

 

 ドルモンは何とか立ち直った。

 まあ、立ち直ったとは言っても、その口の中には未だヒリヒリとした痛みが残っていて、うまく言葉を発することもままならない状態であったのだが。

 これが人間だったのならば、確実に唇が漫画のように腫れていたことだろう。

 そうして、ドルモンはそんな痛みを耐えながら、元の目的通りに町を目指すことにしたのだった。

 

「はっへほー!ひんふほん!」

 

 そう。すべては、水を得るために。口の中の痛みを癒すために。そして、あのイタズラ悪魔に復讐するために。

 何と言うか、目的が変わっている気がしないでもないが――それはともかくとして、一時間後。ドルモンはようやくその町に着いた。

 森の中にあるだけあって、木で組まれた家が立ち並ぶその町は、決して大きいとは言えない。だが、森の中にログハウスがいくつかあるというその町の姿は、森と町との統一感を生み出していて、独特の風情があった。

 

「はひとはひはら、ほろほんはんはほうは」

 

 そうして、そんな町を歩きながら、ドルモンは自分のパートナーの姿を思い浮かべる。旅をするのが生きがいとも言えるような旅人ならば、きっとこの町の様子と風情に大喜びすることだろう、と。

 そんなことを思い浮かべて、ドルモンが微笑んだ瞬間――その口内に走った痛みが、彼を現実へと引き戻した。

 そう。今は旅人のことなど、ドルモンにとってはどうでもいいはずなのだ。

 そうして、決意を新たにしたドルモンは町を歩いて――。

 

「んえっ!?だ、大丈夫~!?」

「はんはひ……はんは、はい?」

 

 ドルモンは、ようやくこの町に住むデジモンを発見した。

 小さな妖精のような可愛らしいデジモンで、成長期のティンカーモンと呼ばれるデジモンだ。インプモンと同じで、ドルモンが出会ったことのない珍しいデジモンだった。

 そんなティンカーモンはあわあわと焦ったようにドルモンの周りを飛び回っている。と、いうか。

 

「大変大変たいへ~ん!あのいたずら悪魔がまた出たわ~!」

「なんだって!?」

「そいつァ大変だァ!」

「急いで捕まえなきゃ!」

 

 というか、ティンカーモンはドルモンのその姿を見ただけですべてを察したらしい。

 そんなティンカーモンが彼女なりの大声を上げると、同時にこの町の住人たちがわらわらとドルモンの下へと集まってき始めた。そして、ドルモンの姿を見た町の住民たちは、そのまま何を思い出したのか震え出す者もいれば、なにやら闘志を燃やしているような者もいて。

 ここまでくれば、ドルモンも薄々感づき始めたのだが――どうやら、あのインプモンとこの町の住人たちは、ただならぬ関係であるようだった。

 

「ほいふうほほ?」

「あっごめんなさい。あなたもあのいたずら悪魔にやられたんでしょ?」

「はふん、ほう」

 

 “いたずら悪魔”という単語だけでは、そのいたずら悪魔というのがドルモンにいたずらしたインプモンのことかどうかはわからないはず。だが、ドルモンは直感していた。そのいたずら悪魔と呼ばれる者こそ、自分を苦しめたインプモンである、と。

 そうして、自分が何をされたのかを思い出したドルモンは、復讐のやる気をメラメラと燃やす。

 ちなみに、そんなドルモンにティンカーモンは引き気味であった。

 

「そ、そう。あ、ちょっと待ってて。……はい、これ」

「はひ?」

「食べられる薬草。これを食べれば、口の中も楽になるよ」

 

 いつまでも会話をするのもままならないのは、可哀想だと思ったのだろう。ティンカーモンはどこからか持ってきた薬草をドルモンに手渡した。

 そんなティンカーモンの好意を、ドルモンも疑うことなくありがたく受け取る。この状態から解放されるのならば、なんでもいいと思ったからなのだが――そんな成長しないドルモンは、この後泣きっ面に蜂状態になる。

 彼女から貰った薬草を、大喜びで口に含むドルモン。だが、その瞬間に――。

 

「あっ、それ苦いから直接は――」

「ぬがぁああああわあああぁあああん!」

「――ごめんなさーい!」

 

 ドルモンを襲ったのは、強烈な苦さだった。

 先ほどの辛みのような裂かれるような激痛ではない。まるで鈍く響いてくるかのような苦みが、ドルモンを襲ってきたのだ。

 そうして、そんなドルモンを見て、ティンカーモンは目を伏せる。この薬草を渡しておいて難だが、この薬草は専用の食べ方があるのだ。というか、そのままだと苦くて食べられたものではない。

 すべてはドルモンの早とちりの結果なのだが――何と言うか、今日のドルモンは可哀想な目に遭ってばかりいる。今日はドルモンの厄日だった。

 

「なななな、何するの~!」

「ごめんなさいごめんなさい!それ、本当はすり潰してから水と一緒に口に含むの!」

「な、なら先に……あれ、普通に喋れてるっ!?」

 

 ともあれ、その苦痛の甲斐あってか、ドルモンは普通に話せるまでには回復した。

 まあ、その代わり今も口の中には、鈍い痛みが響いているのだが、先ほどまでの突き刺すような激痛を思えば、これくらいはドルモンも耐えられた。

 

「うぐぐ……納得は、いかないけど……ありがとう」

「へっ?怒ってないの?」

「いいよ。助けてくれたのは事実だしね」

「うぅっ……私のドジを見逃してくれるなんて……!良い人!」

「そ、そんな褒められても……」

 

 こんなたいしたことないことで尊敬の眼差しを送ってくるティンカーモンを前にして、ドルモンは困惑を隠せない。いや、恥ずかしそうにしている辺り、どちらかといえば照れているのか。

 そうして、そんな時だった。まるでおじいさんのようなデジモンがドルモンに話しかけてきたのは。

 

「ほっほっほ。お主、そろそろいいかの?」

「えっと……?」

「ああ、儂はジジモン。お主、あの悪たれ小僧にやられたんじゃろ?話を聞かせてもらえんかな?」

「えっあっ!うん!」

 

 ドルモンに話しかけてきたのは、ジジモンと呼ばれるおじいさんのようなデジモン。その弱々しい形からは想像もつかないが、この世界に数体しかいない究極体の一人だ。

 それが、このジジモンというデジモンで。思いがけない相手の登場に、ドルモンと話していた“ティンカーモンは”少し出鼻を挫かれたような雰囲気となるのだった。

 




というわけで、第七十三話。
題して、最近のあの人はシリーズの開始の話でした。
第一弾はドルモンですね。2、3話はドルモン主人公の話が続きます。

さて、次回は……哀れにもドルモンが事件に巻き込まれます。

それでは次回もよろしくお願いします。



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第七十四話~調査の末に遭遇したるは、異なる事件~

 なぜかジジモンに呼ばれたドルモン。そんなドルモンは、名残惜しかったがティンカーモンと別れて、この町で一番大きなジジモンの家へと招待された。

 何故自分が呼ばれたのかは、ドルモンにはわからない。だが、その招待されたジジモンの家で、そこでドルモンはジジモンからいろいろと聞かれていた。

 

「ふむぅ。すまんのーあの悪たれはこの町に住んでいる者でな?この町に住んでいる者なら誰しもあのいたずらの被害を受けているのじゃ」

「うわ~あれを?」

「お主のはとりわけてキツイやつじゃったがの」

「なんで僕だけ……」

「ともかく、この町の者はもうやつのいたずらにはほとんど引っかからなくなってきておってな。じゃからお主のような外来の者を狙ったのじゃろうて」

 

 ジジモンが言うには、今日のドルモンが受けたイタズラは、インプモンのイタズラの中でもとりわけてキツイ部類に入るらしい。そんなイタズラのターゲットとして選ばれてしまったのだ。何と言うか、今日のドルモンは本当に運がないと言うしかない。

 自分の今日の運は最底辺を行っていることを感じて、がっくりと肩を落としたドルモン。そんなドルモンの姿を、ジジモンは苦笑いを浮かべながら見ていた。

 

「うぅ……ひどいや。旅人には置いてかれるし、激辛肉は食べさせられるし、苦い薬草はそのまま食べちゃうし……」

「ほっほっほ。まあ、仕方ないのー」

「他人事!?っていうか、わかってるならそれこそなんとかできなかったのか~!?」

「まぁ、あの悪たれには皆いい思いを抱いておらんのでな。何度か捕まえようとしたこともあったんじゃがなぁ」

 

 そう言ったジジモンが窓から外を見れば、あのインプモンを捕まえようと血の気を多くしているデジモンが何人かいる。が、その全員が今日中にインプモンを捕まえられないであろうことは、ジジモンには容易に想像がつくことであった。

 というか、あのインプモンは()()()()()()()()に捕まった試しがないのだ。

 

「……?じゃあ、今まではどうしているんだ?泣き寝入りしているの~?」

「いやな、たいていの場合は何日か後、あやつがイタズラをしたことを忘れてひょっこり出てきた時に捕まえるのじゃ」

 

 それは何と言うか、締まらない最後と言うか、アホな最後と言うか、である。この町の住人たちから逃げ果せるほどの実力を持ちながら、イタズラしたことを忘れて出て行って捕まるのだから。

 ともあれ、それも数日後の話。ドルモンは、そんなに待つつもりはなかった。というか、待てなかった。今すぐ仕返しする気満々である。

 一方で、そんなドルモンのやる気を見たジジモンは溜息を吐いていた。これでは何のためにここに呼んだのかわからんではないか、と。内心でそう思いながら。ジジモンは、ドルモンが軽率な行動をしないために、説得するためにここに呼んだのである。

 

「やれやれだのー。いいか?あの悪たれは普通ではないのじゃ」

「……?普通じゃない?」

「そうじゃ。じゃからやめておけ。最近はここらで得体の知れぬ行方不明事件も多く起きておる。見たところそれなりにやるようじゃが、怪我をするような行動をするもんじゃないぞ」

「でも……」

「年寄りの言うことは聞くものじゃぞ?」

 

 まるで諭すかのようにジジモンに宥められるドルモン。とはいえ、ドルモンも引き下がるのは癪だった。ゆえに、ジジモンの言うことを聞くつもりなど、端からない。

 

「でも!絶対に大丈夫!ちゃんと捕まえるよ!」

「いや、じゃから人の話聞いてたかの!?それにさっきお主と話していた者も気を付けたほうがいいぞ?」

「……?とにかく、忠告ありがとうね!」

 

 そうして、せっかくのジジモンの好意からくる説得を受け入れず、ドルモンはインプモンの手掛かりを探してさっさと外に出ていく。

 そんなドルモンの姿を、再度の溜息を吐きながらジジモンは見送って――。

 

「やれやれ。せっかちじゃの……申し訳ないが、あの旅のお方にはもう少し頑張ってもらうとするかのー」

 

 ジジモンはそんなことを呟いたのだった。

 ともあれ、ジジモンがそんなことを呟いている時には、ドルモンはもう町の中で情報収集をしていた。この町はどうやら植物系のデジモンたちが多く住んでいるらしい。もちろん、それ以外のデジモンもいるのだが、比率にして七対三くらいはあった。

 まあ、森の中にある町だ。植物系デジモンたちにとってはオアシスなのだろう。

 

「あっ!ドルモーン!」

「んえ?さっきのティンカーモン!」

 

 そうして地道にインプモンについての聞き込み調査をしているドルモンに話しかけてきたのは、先ほどの薬草の件のティンカーモンだった。

 彼女は空をふわふわと飛びながら近寄ってきて、ドルモンの目の前に着地する。その様子からして、どうやらドルモンのことを待っていたようだ。

 さらに、そんなティンカーモンの姿を前にして、ドルモンは早速数分前のジジモンの言葉を忘れていた。

 

「ジジモンからのお話はもう終わったの~?何の話だった?」

「終わったよ~。なんか、気をつけなさいって」

「ああ……最近の行方不明事件のことね」

 

 先ほどのジジモンも言っていたが、行方不明事件など穏やかではない。この世界では往々にして似たような神隠し的な事件がないわけではないが、町の者たち全員に認知されるほど多くの者が行方不明になっているとなれば、さすがに異常だ。

 ドルモンもそのことをわかっているからこそ、その事件のことが少しだけ気になった。

 

「いなくなっているのはね……主に小さい子たちらしいの。幼年期のデジモンが多いわ。成長期もチラホラといるみたい。でも、成熟期のデジモンはみんな無事よ」

「小さい子たちがいなくなっているの?」

「うん。みんな誘拐か、誰かに襲われたか……怖がっているみたい」

「それこそ、あのインプモンの仕業とかは?」

「いたずら悪魔は違うわ。彼はここまで大事になることはしないわよ」

 

 数時間前の記憶がそうさせるのか。インプモンに対して疑惑を向けるドルモンだったが、ティンカーモンは違うと言う。そこには、同じ町の住人だからこその確信を持った響きがあった。

 彼女がそうまで言うのなら、違うのだろう。インプモンが庇われている事実に納得いかなかったが、ドルモンはそう無理矢理に納得することにしたのだった。

 

「行方不明ね。ティンカーモンも気を付けないとダメだよ?」

「私は大丈夫。それよりドルモンこそ……」

「なんでそんなに疑いの目を向けるの~!?」

「だって、雰囲気が子供っぽいから」

 

 「そんな~!」と叫びながら、落ち込むドルモン。

 そんなドルモンを見つめていたティンカーモンは不思議な感覚を覚えていた。子供っぽい。ティンカーモンのその言葉に嘘はない。ティンカーモンは、本当にそう思えたのだ。

 が、ティンカーモンには、ドルモンがあくまで子供っぽいだけで子供ではないような、そんな気がしていて――だからこそ、迷っていた。

 そして、そうして迷っていたからだろう。気が付けばティンカーモンはドルモンのことをジッと見つめていて、ドルモンとしては居心地が悪いことこの上なかった。

 

「……?どうしたの?そんなに見つめてきて~?」

「えっ!いやっ!な、なんでもないわ~」

「……?」

 

 そんなティンカーモンの挙動不審さを若干疑問に思いながらも、ドルモンは「まぁ、いいか」と呟くとその瞬間にハッとなって思い出した。肝心のインプモンの情報をまだ何も得られていないことを。

 この調子では、いつインプモンは自分のしでかしたことを忘れてしまう。その前に捕まえられなければ、自分は悪いことをしたと本心から謝らせるという、ドルモンの思う復讐ができない。自分のしでかしたことを忘れた頃ににどうこうしても、それではドルモン自身の憂さが晴れるだけだ。

 別にそれでもいいのだが、ドルモンとしてはやはり謝らせたい。だからこそ、ドルモンは焦る。

 

「いたずら悪魔なら、森の中よ。この町には数日は帰ってこないわ」

「やっぱり現場に立ち戻るしかないか……!」

 

 そうして、そんなドルモンのことを見かねたのか、ティンカーモンがインプモンについての情報を漏らす。ティンカーモンのもたらした情報。それは、ジジモンが言っていたことを考えれば、すぐわかるようなことではあったが――焦り故か、ドルモンはそのことに気づいていなかったらしかった。

 ティンカーモンの言葉を聞いて、ドルモンはすぐさま行動を開始する。この町の食べ物を扱っている場所へと出向き、食べ物をいくつか恵んでもらう。

 この町は、金品系の物で食料のやり取りをしないらしく、ドルモンは必要な分だけもらうことができた。こういった金品系の物がないのは、食糧が足りている証拠だろう。やり取りする必要のないほど、他人に恵む余裕があるほど、この町は食料に恵まれているのだ。

 

「よし、これで準備オッケ~!」

「ねぇ、それで本当に行くの?」

「大丈夫!」

 

 ティンカーモンがそう尋ねたくなったのも無理はなかった。

 なぜなら、今のドルモンの格好はそれほどの物だったから。大きな布にいっぱいに食料を詰め込み、それを首に括り付けるようにして自分の背中に背負っている。はっきり言って、機動性は皆無に見える見た目だ。

 これでインプモンを見つけられた時どうするのだろうか、と。そんなことをティンカーモンが思う見た目だった。

 まあ、ドルモンからすれば、この程度の荷物で根を上げるようなこともないのだが。

 

「重くない~?」

「大丈夫~ちょっと動きにくいけどへっちゃらだよ~」

「やっぱり、ドルモンはダメなんじゃ……」

「僕が何~?」

「な、なんでもないわ~」

 

 そうして、ドルモンはティンカーモンにひとまずの別れを告げて、町の外へと歩いていった。

 そんなドルモンの後姿を、微妙な気持ちになりながら見送ったティンカーモンは、そのままふわふわとある所へと飛んでいく。無表情ながら、微妙な雰囲気を纏って。

 ともあれ、そんなティンカーモンのことなど知らないドルモンは、先ほど歩いた道を一時間ほどかけて戻り、町の外のあのイタズラをされた場所へと戻って来た。

 

「ふぅ。もうすっかり薄暗くなってきたな~」

 

 とはいえ、今日のドルモンは時間単位で移動をしていたために、この時点での時刻はもう夜にほど近い夕方だった。これでは町に戻るのも面倒だ。今夜は野宿になるだろう。

 まあ、ドルモンにとって野宿とは日常茶飯事である。別にどうってことはない。

 

「お!あった~!」

 

 そうして、現場に立ち戻ったドルモンはそこに落ちていた肉を拾う。特に誰かが食べていた形跡はなく、先ほどドルモンが噛みついた跡が残っているだけだった。

 まあ、誰かが食べていたら食べていたらで手を合わせる結果にしかならないし、食べきられていたら食べきられていたでドン引きするしかないのだが。

 とはいえ、その肉はあれから数時間も経っているはずであるのに、相変わらず憎たらしいほどの良い匂いを放っていた。そんなその肉を、ドルモンは丁寧に持ってきた小さな布で包む。

 別に食べる気は毛頭ない。ただ、あわよくばインプモンの口に放り込んでやろうと思っただけの話である。

 

「さて。ほかに何か手がかりはないかな~?」

 

 その後もドルモンは辺りを探し続ける。時には草の根をかき分けて、時には匂いを嗅いで。だが、当然のことながら、初めに見つかった肉以外の手がかりは何一つ見つかることがなかった。

 流石に、インプモンは町の住民たちから数日間も逃げ回れるあって、そう簡単に手がかりを残すようなことはないらしい。用意周到と言うべきか。

 ドルモンとしては、悔しいことこの上なかった。

 

「うむぅ……ない~!」

 

 想像以上に見つからない手がかりを前にして、ドルモンは思わずといった感じでそうぼやく。まあ、気持ちはわからんでもないだろう。

 とはいえ、そんな時だった。事態が動いたのは。だが、それはドルモンの望んでいたものではなくて、全く別の、予期してすらいなかったことで。

 

「むぅ~むぅ~……ん?」

「あはは!あははは!あははっ!」

 

 そうして、ドルモンは全く予期していなかったトラブルに巻き込まれていく。

 そんな時にドルモンを襲ってきたのは、黄金の粉で。いや、襲ってきたというのは語弊があるか。空の上から落ちてきたのだ。ドルモンがハッとなって上を見ると、そこにいたのは金色の虫のような羽を持った女の子の妖精――ティンカーモンで。

 それと同時に、どこからともなく楽しそうな笑い声が辺りに響いてきていた。

 

「ねぇねぇねぇ!楽しい場所へと行きたくなーい?」

「え?ん?は?」

 

 状況がよく掴めないドルモンに、ティンカーモンが話しかけてくる。

 楽しい場所と言われても、抽象的すぎて想像がつかない。もし本当に楽しい場所であるのなら、行ってみたいとは思うけど、と。

 そんなことを思いながら、ドルモンは彼女の話を聞いていた。

 一方のティンカーモンは、そんなドルモンを気にした風もなくドルモンの周りを飛び回っている。

 

「楽しい場所ーずっと子供が子供でいられる場所ーずっと守ってもらえる場所ー」

「……?」

「そうさ!それこそがネバーエヴァーランド!」

「うわっ!びっくりした~」

 

 妖精にばかり気をとられていたドルモンは、背後からいきなり現れたもう一人に気づけなかった。結果、その登場にたいそう驚いてしまう。

 一方で、ドルモンの背後に突然現れて、妖精の言うことを引き継ぐような形で言葉を発したそのデジモンは、少年のような姿をしているデジモンだった。

 

「ははっ!で?どうだい!一緒に子供だけの国を造らないかい!?」

「楽しい場所でー嬉しい場所でーずっといたくなるような場所でー」

「……楽しい」

「子供の願いが叶う場所さ!どうだい?」

 

 はっきり言って、ドルモンには彼らの言っていることがさっぱり理解できなかった――が、その言葉の内容には、惹かれるものを感じて、ドルモンは差し出された彼らの手を取る。

 そして。その翌日。だから言ったのに、と。溜め息を吐いたジジモンによって、行方不明者のリストにドルモンの名前が追加されることとなったのだった。

 




というわけで、第七十四話。
前回に引き続いてのドルモン回。
最後に出てきたデジモンは、人によってはモロ分かりですね。

さて、次回は、ドルモンが事件の中核に迫ります。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第七十五話~子供の国~

 ドルモンが行方不明になった次の夕方のこと。

 

「くぅううう!まさか人間何かにしてやられるなんて!」

「すまんのー旅のお方」

「いや、良いものくれるって話だしなー」

 

 とある人間の男が、インプモンをジジモンに引き渡していた。

 そう。この男、昨日のうちにインプモンを捕まえたのである。この町の者が誰一人として成し遂げられなかったことを成し遂げたこの男に、ジジモンも内心では驚いていた。

 一方で、男の方はその偉業をなんでもないような顔をして受け止めている。というか、この男がインプモンを捕まえることができたのは、本当に偶然なのだ。男にとっては、そこまで驚かれても困るといった感じなのである。

 

「この悪たれにはキツイ仕置をするでの」

「ひぃっ!」

「はは……まぁ、頑張ってくれとしか言えないな」

「ちょ、マジでふざけんな!てめぇのせいだろうが!」

「お前には言ってないぞ」

 

 ともあれ、往生際悪く未だに騒ぎ続けるインプモンを放っておいて、ジジモンとその男は談笑する。インプモンにとっては、その時間が死刑執行までの残り時間に感じられて、なおのこと恐ろしかった。

 

「しかし、旅のお方がこやつを捕まえたとなると……やはりもう一人の奴は……」

「ん?もう一人?誰かオレの他にもインプモンを捕まえようとしていたのか?」

「うむ。昨日の昼前にこやつにイタズラされた者がの。はりきっておったのじゃが……」

「じゃが?」

「少し嫌な予感を覚えての。この町に戻ってきておらぬようじゃし……最近のここらでの行方不明事件に巻き込まれているやもしれん」

 

 そう言ったジジモンの顔には、後悔の色があった。

 おそらく、そのもう一人が行方不明事件に巻き込まれたかもしれないという可能性を思い、自責の念を覚えているのだろう。

 

「そういや、行方不明事件があるとか言ってたもんな」

「ああ。この町の滞在中にそやつを見かけることがあったら、教えてくれぬか?心配での」

「まぁ、それくらいならいいけど……オレ、そいつの見た目を知らないんだけど」

「頭に意思のある青紫色の毛の獣のような竜じゃ。よろしく頼む」

「……まさか」

 

 そこまでを言ったジジモンは、「ではまたの」とその男に別れの言葉を告げてから、インプモンを連れていく。おそらくは、これからインプモンに灸を据えるのだろう。

 そんなジジモンと、ドナドナのごとく引きづられていくインプモンの後ろ姿を見ながらも、その男は――旅人は、ありえなさそうで、だが決して否定できない奇妙な予感を抱いたのだった。

 まあ、その予感が自分が全力で殴られる予感だとは、この時の旅人に想像できるはずもなかったのだが。

 ともかく、旅人が自身の抱いた予感に微妙な気持ちになっていたその頃。

 ジジモンの話に登場していた件の竜であるドルモンはと言うと――。

 

「あはははっ!逃っげろ~!」

「待てよー!今度こそ捕まえるぞー!」

 

 町がある森の奥深くにて、昨夜のティンカーモンと少年デジモンの二人と一緒に楽しく遊んでいた。

 いや、ドルモンを含めた三人だけではない。そこには、ドルモン以外にも幼年期や成長期のさまざまなデジモンたちがいる。とはいえ、成熟期以上はいないが。

 現在ドルモンたちがしているのは、鬼ごっこ。鬼は少年デジモンと妖精デジモンの二人だ。

 彼らのしている鬼ごっこは時間制で一時間逃げ切った者が勝ちで捕まった者は負けという、鬼の勝利を度外視したシンプルな鬼ごっこだった。

 

「にっげろー!」

「まってよー!」

「ずるいぞー!」

 

 まだろくにこの世界を知らないだろう、たくさんの幼年期デジモンたちが楽しく遊んでいる。

 ティンカーモンも少年デジモンも彼らを楽しませるのが上手だった。楽しませながら、二人も笑っていた。

 ここは、そんな笑顔が溢れる場所で。この場所こそが、少年デジモンの言う子供だけの国“ネバーエヴァーランド”が作られる()()の場所だった。

 

「お腹すいたー!」

「そうそう!お腹すいたよー!」

 

 そうして、楽しい遊びの時間が過ぎ行くそんな中で、誰か一人が言った。お腹すいた、と。そんな誰かに続くように、次々に連鎖するように周りの子供たちも同調し、声を上げる。

 そんな子供たちを見て、少年デジモンは仕方がないとばかりに、近くの木々から食料を持ってきた。そうして、食料が運ばれてきたのと同時に、鬼ごっこなどはもはや終わったとばかりに子供たちが少年デジモンの下に集まってくる。

 遊びの時間は一旦終了で、次からはご飯の時間ということだった。

 

「いっただきまーす!」

 

 みんなが口々にそう言って、少年デジモンの持ってきた食料を美味しそうに口に入れていく。

 食べ方も自由で、食べるものも自由。それぞれが好きなものを好きなように、好きな食べ方で食べている。時には、自分の食べたいものを他の子供から奪ってまで食べる者もいて。

 この光景は、まさに自由を象徴しているようで――無法を象徴しているようだった。

 

「はふはふ……!」

「どうだい?この場所は!」

「ピーターモン!うん、楽しい場所だね!」

 

 そんな中で、ドルモンも適当に目の前にあった食べ物を食べている。つい最近食べたのが、極辛肉と苦い薬草であったために、どんな食べ物でも美味しく感じられるドルモンだ。

 そして、そんなドルモンに、少年デジモンが話しかけてくる。ドルモンにピーターモンと呼ばれた彼は、この中唯一の成熟期のデジモンだった。

 そんなピーターモンの横には、ティンカーモンも付き添っている。ドルモンの見る限り、二人はいつも一緒にいるらしかった。

 

「でしょ?私たちはここに子供が子供のままでいられる子供だけの国“ネバーエヴァーランド”を造ろうとしているの!」

「ティンカーモンの言うとおりさ!だから、僕らは子供たちを集めているんだ!」

「あなたも一緒に頑張りましょう!」

 

 ティンカーモンはドルモンの前に降り立つとその小さな手を差し出した。

 そんなティンカーモンの行動の意味するところは、ドルモンもわかっている。先ほどの言葉がなくとも、誰だってわかるだろう。

 だからこそ、ドルモンはその手を――。

 

「ごめん。僕には無理だよ」

「え……!?」

 

 ドルモンはその手を掴まなかった。

 申し訳なさそうに、だがまっすぐピーターモンたちを見つめながら返答したドルモン。そんなドルモンを前にして、ピーターモンたちは驚いていた。

 

「なんで!?だって、私の“フェアリーパウダー”は効いてたのに……!」

「ああ、あれ。うん。効いてたよ。さっきまで」

「どうやって正気に戻ったっていうのよ!」

 

 自分の自慢の技が破られていたという事実に、半ばヒステリック気味にティンカーモンは声を出す。

 まあ、ティンカーモンがそうなるのも頷けるだろう。ティンカーモンはずっと幼いデジモンたちばかりを相手にしてきた。それは言い換えれば、格下の相手ばかりを相手にしていたということで。ティンカーモンには、自分の技が破られるということが想像つかなかったのだ。

 

「そりゃ、ここは楽しいよ。でも、でもね」

「だったらなんで!正気に戻るような要素はなかったはずよ!」

 

 ティンカーモンの“フェアリーパウダー”は、羽から舞い落ちる粉によって相手の能力を弱体化させ、さらには精神をも幼児化させる技。だが、精神に働きかけるという性質上、一定以上の心の強さを持つ者には通用しない技でもある。

 それに気づけなかったのは、格下ばかり相手にしてきたティンカーモンの落ち度だった。

 

「でも、ここに旅人はいないんだ」

 

 そう。それが決定的だった。

 例え、精神が幼くなっても、記憶までなくなる訳ではない。ドルモンには、今までの記憶がちゃんと残っている。ふと我に返って、その記憶を、積み上げてきたものを思い出せば――自然と自分を取り戻せる。

 自分が幼い頃から一緒にいた旅人がいないというのは、ドルモンにとっては有り得ない。精神が幼児化していたからこそ、旅人を探し、ドルモンは自然と自分に目を向けたのだ。そして、その結果、早くの段階から幼児化を解けていた。

 

「っく!そんな……!」

「君たちの言っていることはわかるよ。でも、子供だけの国で、子供のままでいようなんて……無理に決ま――」

「ふざけるなっ!」

「っ!」

 

 勢いそのままに、ピーターモンたちの理想を否定するようなことをドルモンは言おうとして、その瞬間に――その言葉はピーターモンに遮られた。

 見れば、ピーターモンの表情は憤怒で染まっている。それほどまでに自分たちの理想を否定されたのが、堪えたのだろう。

 

「言っていることがわかる?君に何がわかる!君のような子供ながらにして大人の心を持つ君に!」

「僕は言うほど大人じゃ……」

「黙れっ!何もわかってない!大人になるのが怖い子供は大勢いるんだ!自分で明日の生活を保たなければならない苦痛!一寸先の未来がわからない不安!迫ってくる終わり!まだまだいくらでもある!」

 

 そのピーターモンの叫びは、ドルモンにはわかるようでわからなかった。

 ところどころ共感が持てるような部分もある。が、自分の境遇に重ね合わせると、全く同じものだと言えない気もする。だからこそ、ドルモンは簡単にわかるなどとは言えなかった。

 

「守られるのが当たり前だったのに!それでも、否応なしに守る側にならなくちゃいけなくて!日々の生活に流される中で、持っていたはずの何かさえ忘れてしまって!」

「……」

「やがて忘れたことさえ忘れてしまう!そんな哀しい生き物(オトナ)になれと言うのか!」

 

 そう言ながら、ピーターモンは涙を流していた。

 今の言葉はドルモンにではなく、自分に向けられて話されたものだったのだろう。自分の境遇を思ったが故の言葉。ドルモンにはそう感じられた。

 まるで、ピーターモンは大人になって失った何かを求めているようで。そんなピーターモンを癒すかのように、ティンカーモンが彼の周りを飛んでいた。

 

「ここにいる者たちだって、それを望んでいる!進化せず、子供のままでいることを!」

「そうだそうだー!」

「たのしくいきたいー!」

「進化なんてしたくなーい!」

 

 いつの間にかこちらを見ていた幼いデジモンたちが、ピーターモンに同調するように、次々と声を上げる。そんなデジモンたちを前にして、ドルモンは自分が間違っている気にもなった。

 そもそも、ドルモンの境遇はいろいろと特殊だ。卵から孵って初めて見たのは、自分のパートナー。それからは自分のパートナーに守られるというよりも、自分のパートナーと共にあるように生きて、果ては世界を救う旅をしたりもした。

 おおよその人生の中で、ドルモンは子供のするような生活をしていなかった。

 だからこそ、ドルモンは彼らの気持ちがわからない。彼らのことは間違っていると思いながらも、彼らを説得する言葉が思い浮かばなかった。

 

「わかったよ。君は僕たちを裏切るんだね」

「いや、初めから……」

「なら!みんな!次の遊びは成敗ゴッコだ!」

「おー!」

「なぁっ!?」

 

 ピーターモンが叫ぶ。成敗ゴッコをする、と。

 それに同調するように、ここにいるドルモン以外の全員が、賛同の声を上げる。そうして、そんな新しい“遊び”の始まりに、自然とこの場の全員のテンションは上がっていく。

 だが、反対に半ば強引な感じで“敵”という役割をすることになってしまったドルモンとしては、その異様なまでに熱せられた雰囲気にたじろぐことしかできなかった。

 

「行けぇ!悪者を退治するんだ!」

「おー!」

「かくごしろー!」

「ちょ、みんな、待っ……!」

「みんなー!聞く耳を持っちゃいけないわよー!」

 

 ティンカーモンとピーターモンに煽られた幼きデジモンたちが、ドルモンの下に殺到する。

 だが、いくら数がいようと、戦闘経験のない幼年期デジモンなど、ドルモンの敵ではない。とはいえ、だからこそ、ドルモンは困っていた。無力だからこそ、対応に困るのだ。

 無力に迫り来る者たちを前にして、ドルモンは必死になって逃げ回ることしかできなかった。

 

「にげるなー!ひきょうものー!」

「好きで逃げてるわけじゃないよ~!」

 

 打開策も見つけることができず、追いかけ回されるドルモン。だが、そんなドルモンは次の瞬間に見た。踊るようにして目の前に来た、腰から引き抜いた剣をその手に持ったピーターモンの姿を。

 

「はぁっ!」

「ちょ、まずっ!」

 

 その瞬間、ドルモンは口から鉄球を吐き出す。

 ドルモンは、“ダッシュメタル”と呼ばれるその技の鉄球を、ピーターモンの剣に当てたのだ。鉄球を剣に当てることによって、剣の動きを止めようとしたのである。とはいえ、効果があったのは僅か一瞬。だが、ドルモンにはその時間で十分だった。

 その瞬間に、ドルモンは最小限の動きで、ピーターモンを躱すことができたのだから。

 

「ぬぎゅっ!」

「へぇ。今の当てるつもりだったんだけどな」

「僕を舐める――」

 

 ピーターモンのわずかながらに驚きが含まれた言葉を前に、ドルモンは半ば挑発するように返答する。が、そのドルモンの声は途中で途切れることとなった。

 

「まてー!」

「――ちょ、待って!今会話中だよ~!」

 

 すぐ後ろから、絶えず幼いデジモンたちが迫って来ていたから。

 今のドルモンには、立ち止まって話す余裕などないのである。すぐさままた追い立てられて、ドルモンは駆け出すことになってしまった。

 そうして、そんなドルモンの姿を、ピーターモンは能面のような表情で睨んでいて。ティンカーモンは、そんなピーターモンの周りを心配そうに飛んでいたのだった。

 

「ピーターモン?」

「なんでもないさ。ティンカーモン。大丈夫。もう終わらせるから……さぁさぁ!みんな!手こずっているようだね!この悪者は僕が退治してあげるよ!今日の成敗ゴッコはヒーローショーさ!」

「わー!ピーターモンだぁ!」

「誰が悪者~!?」

 

 そう納得できないとばかりの声色で言いながらも、ドルモンは同時にピーターモンの悪党という言い分に納得してもいた。確かに、夢を壊そうとする今のドルモンは、ピーターモンたちにとって悪者に見えるかもしれない。いや、悪者にしか見えないだろう。

 でも、と。そう思いながらも、ドルモンは自分を睨んでくるピーターモンをまっすぐに睨み返した。

 

「なんだいその目は!僕は僕らの理想を否定する子供を認めない!」

「確かに、僕……オレは君たちにとって悪者なのかもしれない。わかってもないくせに、君たちの夢を否定した」

「っ!ああ、だから僕は君を許さない!僕らの夢を壊そうとする君を!僕らの夢を拒む君を」

「……正直言って、君の言葉に全く共感できなかったわけでもないよ」

「今更なんだ!?命乞いか!?」

「オレでさえそうだったんだ。君の理想が間違っているとは思わない。けど、お前の行動は間違っている」

 

 別に単純な正義心で動くわけではない。

 ただ、ドルモンはピーターモンたちに納得できなかったのだ。だからこそ、ドルモンはピーターモンに挑む。自分の我を通し、相手の身勝手な夢を叩き潰し、自分の身勝手な在り方を示すために。

 見せつけるように、いや、見せつけるために、ドルモンはその扉を開く。自分がとある理由からしたくはなかったソレを、進化の扉を、開く。

 

「ドルモン!進化――!」

「なっ!?」

「ドルガモン!」

 

 次の瞬間、そこに立っていたのはドルガモンと呼ばれる成熟期の獣竜だった。

 




というわけで、第七十五話。
ドルモン回はまだまだ続きます。具体的には次回まで。

さて、次回はピーターモン(仮)との戦闘です。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第七十六話~現実VS理想~

「な……間違っているだって?君、いや。お前に何がわかる!」

 

 進化したドルガモンに驚きながらも、ピーターモンはその直前に言われた言葉に憤慨していた。間違っていると、何をもってそう言うのか、と。

 

「……オレにしたことを思えば当然だろ!さっきも言ったけど君の理想はわからないでもない。でも、人の精神を操ってまでそれを成そうとするのは、間違い以外の何者でもない!」

「勝手なことを……!僕の理想をわかってもらいたかっただけだ!それに、そうやってこの場に連れてきているのはお前も含めて少数だけだ!」

「そういう問題じゃない!」

 

 そうドルガモンに言いかえしながら、ピーターモンはドルガモンへと目がけて突撃する。そんな風に怒っていながらも、ピーターモンのその剣にはある種の冷静さが宿っていて。

 怒りに呑まれてくれていればやりやすかった。ピーターモンの状況は、半ば予想通りだとはいえ、ドルガモンは内心で残念に思うことは避けられなかった。

 そうして、お互いに油断なく構えて二人は激突する

 先ほどまであったような成長段階の、スペック差の不利がなくなった以上、ピーターモンもドルガモンを軽視するような戦い方はしなかった。

 

「わかってもらいたかった?そんなのでわかってもらえるわけなんかないだろ!無理やりわからせて、それでわかってもらった気になるだけだ!」

「だからなんだ!それの何が悪い!」

「何もかもに決まってるだろ!」

 

 戦いながらも、ドルガモンとピーターモンは会話を続ける。剣と爪が、剣と尾が交わるたびに、ドルガモンとピーターモンの言葉も交わって行く。

 だが、そんな中でも、その戦闘を外から見ていたティンカーモンは気づいていた。この戦いはどちらが有利であるのかを。どちらが押されているのかを。

 そう。ピーターモンが苦悶の顔をしているのを。ティンカーモンは気づいていたのだ。

 

「っく!進化したてでここまでやるのか……!」

 

 ついに、ピーターモンの口から弱音のようなものが漏れ出した。いや。言った本人はそのことに気づいてもいないだろう。本当に、つい、口から出てしまったのだ。

 当たり前であるが、進化したばかりの個体は、基本的に平均的なその種族よりも弱い。その体に慣れていないからだ。進化したばかりの勢いはあるだろうが、経験というものが欠けているのである。

 だが、ピーターモンの前に立ち塞がったドルガモンは、強い。これで進化したてとは思えないほどに。まるで、その体でずっと戦ってきたかのように。

 

「僕だって本当は進化したくなかった!」

「何だって?」

 

 進化はしたくなかった。そのドルガモンの言葉にピーターモンは怪訝な顔をした。

 まあ、それもそうだろう。その言っていることが本当ならば、ドルガモンはピーターモンの理想に共感してもおかしくないから。

 だからこそ、ピーターモンは右手に持った剣を振り抜きながらも、疑問を顔に出して――。

 

「ああ、言っておくけど、オレは別に子供のままでいたかったわけじゃないよ。ただドルモンとしての僕の姿が気にっていたからって話!」

 

 直後、その剣を尾を使って弾きながら、ドルガモンはその疑問に返した。

 必ずしも大人になることと進化することは一致しないのだ、と。そう言って。だが、それだけで進化を拒んでいたドルガモンは、見方を変えればピーターモンと“同じ”だった。

 そうして、そんなドルガモンの返答に、ピーターモンは戦闘中にも関わらず一瞬だけ呆然として――ドルガモンはその隙を逃さなかった。

 

「今だっ!」

「しまった!」

 

 ドルガモンが突進しながら鉄球を放つ。“キャノンボール”と呼ばれるそれは、ドルモンだった頃に放ったものと同じような見た目ながら、それ以上に大きく、そして重かった。

 いろいろな衝撃を受けながらも、すぐさま立ち直ったピーターモンは、その鉄球の迎撃をする。

 

「ぐ、重……!」

 

 両手に剣を持ち、その鉄球を弾き上げるように受け流す。

 そうして、鉄球を明後日の方向へと飛ばしたピーターモンの腕は、鉄球の想像以上の重さによって痺れていた。思わず、その手から剣を落としてしまったくらいに。

 

「ピーターモンっ!」

「あ……!」

 

 だが、その瞬間にピーターモンの耳に届いたのは、ティンカーモンの鬼気迫る声。その声のままに顔を上げたピーターモンは、すぐさま自分の失態に気づいた。

 ピーターモンとて見ていたはずなのだ。あまりの衝撃に忘れてしまっていたが、ドルガモンは鉄球を()()()()()()放ったことに。

 つまり、鉄球をどうにかしても、ドルガモン本体はどうにかなっていないということで。

 

「がぁっ!」

 

 直後、固いものにぶつかったような衝撃と痛みを受け、ピーターモンは空を舞った。

 見れば、ドルガモンが頭突きの体勢で止まっていて――それを確認した直後、ピーターモンは地面に叩きつけられた。

 

「オレの勝ちだ!」

 

 そうして、そんなピーターモンを見ながらも、ドルガモンはそう言い切った。

 とはいえ、言い切っておきながら難だが、ドルガモンは内心では動揺していた。一応、倒したのはいい。が、その後どうするべきか、ドルガモンは悩んでいたのだ。

 殺すほどの殺意があったわけではない。今回のことは、言葉を変えれば、ただの子供の我儘のような感情のぶつけ合いでしかない。だからこそ、ドルガモンは悩んでいて――。

 

「あぁぁあああああ!クソガキガァああああ!」

「はっ!?」

 

 その直後、背後から現れた道化師のようなデジモンに襲われた。

 すんでのところで気づき、躱すことができたからよかったものの、あのままではドルガモンは無残なことになっていただろう。

 その道化師のデジモンが見せつけるように持つ両手に持っている細身の剣が、ドルガモンに冷や汗をもたらしていた。

 

「君は一体……?さっきまでここにはいなかったはずだ!」

「お前にはわからないだろうよ!どれだけ綺麗事を言っても、どうしようもない現実はあるんだ!」

 

 いきなりの出現に戸惑うドルガモンの言葉には答えず、その道化師デジモンは感情のままに表情を歪め、一人呟き続ける。ともすれば、その白と黒の化粧顔も相まって、かなり怖い。

 

「ひぃっ!う、うわぁあああん!」

「怖いよぉおお!」

「助けてぇえええ!」

 

 そのあまりの迫力に、幼いデジモンたちの何人かは泣き出してしまった。

 一応、泣いていないデジモンは泣いているデジモンを庇うようにしているが、その体は震えている。やはり怖いのだろう。

 一方で、疑問に答えてもらえなかったドルガモンは、戸惑うしかない。正確なことはわからないが、目の前にいる道化師デジモンは明らかに成熟期以下ではない。その身に纏った雰囲気が証明している。

 ここは大人のいない、子供だけの場所のはず。ピーターモンやティンカーモンが嘘を言ったとは思えない。が、明らかに目の前にいる道化師デジモンはここに相応しくないはずなのだ。

 

「この姿を見られたからには……死んでもらう!」

「……まさか?」

 

 そうして、道化師デジモンはドルガモンに向かって苛烈に攻撃を繰り出してくる。

 桁外れの速度と力。それを前にして、ドルガモンはなすすべはなかった。一応、致命に繋がりかねない攻撃は今のところ受けていないが、時間の問題だろう。それほどの強さを道化師デジモンは持っていた。

 

「っく!強いっ……けど……?」

「死ねぇ!」

 

 だが、そうやって戦いながらも、ドルガモンは違和感を覚えていた。

 そう。戦えているのだ。相応の傷を負ってしまったものの、明らかにスペックに差があるというのに、それでもドルガモンは戦えている。普通ならば、もう片が付いてもおかしくはないのに。

 だからこそ、ドルガモンは違和感を抱いて――その直後、その理由にたどり着いた。

 その理由は概ね二つ。

 一つ目は、ドルガモンは道化師デジモンの戦い方になぜか覚えがあるということ。

 二つ目は、道化師デジモンは自分の体の使い方が下手くそだということだった。

 もちろん、これらはドルガモンの直感でしかないために、本当のところはわからない。が、ドルガモンはこれが正しいような気がしていた。

 

「……お前、一体?」

「子供のままではダメか!大人にならなくてはいけないか!」

 

 そうやって、まるで自分自身に言い聞かせ続けるているように話すその道化師デジモンの姿は、先ほどまでこの場にいたピーターモンのようで。

 そんな様子に、ドルガモンは目の前の道化師デジモンがピーターモンの進化したデジモンであると当たりをつける。が、それでも腑に落ちなかった。

 この道化師デジモンは明らかに究極体クラスの力を持っている。だが、ピーターモンは成熟期。完全体をすっ飛ばして進化したことになる。力が強いだけの完全体という可能性もあるし、別に絶対ないとは言わないが――やはり、どこか違和感が残る。

 

「無情な現実に擦り減らされるくらいなら!生暖かい理想の中で眠ってはダメなのか!」

「っく!」

 

 とはいえ、そろそろドルガモンもこの道化師デジモンの相手をするのがキツくなってきた。

 いくら戦えているとはいっても、勝率は限りなく低い状態であることに変わりはないのだ。さらに、負った傷も初めに比べて馬鹿にできないくらいに増えている。このままでは押し切られるだろう。

 そして、そんなドルガモンの限界がわかったがゆえに、道化師デジモンも勝負を決めようとする。

 その時。一瞬、ドルガモンは道化師デジモンのその手に持った剣が消えたように見えて――気が付けば、ドルガモンは無数の剣によって包囲されていた。

 

「……なっ!?いつの間に!?」

「お前のような“強い”やつの言葉なんて、こっちは聞き飽きているんだ!」

 

 道化師デジモンがそう言った瞬間に、ドルガモンめがけて剣が殺到する。

 ドルガモンもその爪や足、尾を使って迎撃するが、そのたびに剣はどこかへと消えて行く。そう。消えていくのだ。消えた剣は、また新たな場所に出現し、ドルガモンを狙い始める。

 これが、この“トランプ・ソード”と呼ばれるテレポートと剣を組み合わせた脱出不可能な剣の檻こそが、この道化師デジモンの必殺技である。

 

「だから、僕が現実を変える!夢の中で生きられるようにする!」

「っく!」

 

 そうして一瞬後。ドルガモンにそのすべての剣が突き刺さ――。

 

「仕方ない。進化ぁああああ!」

「……は?」

 

 る直前で。そのすべての剣は、光と爆風と共に明後日の方向へと吹き飛んで行った。

 そんな光景に、その道化師デジモンは呆然とするしかなかった。なぜなら、その光は進化の光だったから。目の前にいたのは、ドルガモンではなく、赤と白の体毛に四枚の翼を持った獣竜だったから。

 成熟期に進化したてで、完全体に進化するなど、ありえないし、絶対にあってはならない。だというのに、そんなありえない事象が目の前で起こった。だからこそ、道化師デジモンは呆然としてしまったのである。

 

「ドルグレモン!」

 

 その獣竜デジモンこそ、完全体デジモンのドルグレモンだった。

 そう。実を言うと、ドルグレモンは五年前の段階で単独で完全体まで進化できるようになっていたのである。だが、ドルモンとしての姿が気に入っていたために、進化しなかったのだ。

 だからこそ、望みさえすれば、いつでも進化できる状況だったのである。

 まあ、傍から見ていれば短時間で完全体まで進化したように見えて、理不尽極まりないだろうが。

 

「何なんだ……何なんだ!一体!」

「うぉおおおおお!」

 

 今、目の前にある常識外の現象に道化師デジモンは錯乱していた。

 現実を変えると言っていたくせに、常識に囚われているそんな道化師デジモンは、正しく道化のよう。

 

「ぐあっ!」

 

 今ここを逃せばチャンスはない、と。ドルグレモンはそう思った。すぐさま、道化師デジモンをその尾を使って空へと吹き飛ばす。そして、自身もその後を追うように空へと舞い上がって――。

 

「うわぁ!」

「すごーい……!」

 

 そんなドルグレモンの姿に、いや、ドルグレモン()()の姿に何を見たのか。幼いデジモンたちは目をキラキラさせて、彼らを見ていて。

 そんな幼い者たちの姿を視界に収めた瞬間。道化師デジモンは、抵抗を止めた。

 そうして、一瞬の後。道化師デジモンは、遥か上空から地面に叩きつけられたのだった。

 

「ピエモン!大丈夫!?」

 

 ティンカーモンの悲鳴のような声が上がる。

 まあ、ティンカーモンが心配するのもわかるだろう。彼女にピエモンと呼ばれた彼は、地面に叩きつけられた後からずっと動かなかった。空を見上げたまま、どこか遠くを見ていたのだ。

 そんなピエモンの姿を、ドルグレモンは勝者として静かに見つめていた。

 それが自分とその者の違いを見せ付けられるようで、ピエモンにはなおの事辛かった。

 だからだろうか。ピエモンが自分のことを“自分に”語りたくなったのは。

 

「子供たちの笑顔を見たかったんだ……それが、僕の夢だった」

「……?」

「夢を叶えようと泥まみれに必死になって……でも叶わなかった。子供の頃に描いた理想は現実に敗れて」

「……ピエモン」

「だからこそ、子供の純粋に理想を抱いたままの頃を残そうとした。ま、また現実に負けたけどね。究極体にまでたどり着いておいて、このザマさ。初めから僕には無理だったんだ」

 

 遠くを見つめているピエモンは、いつかのことを思い出しているのだろう。

 五年前のあの頃。ピエモンはただ子供たちに笑顔を与えるために頑張っていて、初めはよかった。自分も子供たちも笑っていたから。だけど、すべてはどこかで狂い、やって来た現実に打ちのめされて。

 結局、ピエモンは負けたのだ。現実に。だからこそ、夢の国を作ろうとしたのだ。

 

「ピエモン。もういいわ。十分よ……だから、行こう?また初めからやり直しましょう?」

「ああ、そうだね……でも、ちょっと疲れちゃったから……」

「うん。しっかり休んで。……また私を笑顔にして」

 

 そんな時、ピエモンはティンカーモンと出会って意気投合した。

 ピエモンは、自分と同じような思いを抱くティンカーモンの存在に救われた気がしたのだ。そうして、二人で理想を実現するために、ここまでやって来た。だが、結局は、また自分たちの前に立ちはだかった現実(ドルグレモン)に負けてしまった。

 それでも、と。ピエモンとティンカーモンは立ち上がった。やはり、諦められることではなかったから。

 

「どこへ行くんだ?」

「さぁね。ここではないどこか。僕らの理想が現実となる場所」

「……さよなら」

 

 そうして、立ち上がったピエモンはティンカーモンと共に歩き出す。

 ここではないどこかを目指して、ドルグレモンたちに、現実を選んだ者たちに、背を向けて歩き出す。「幼き者たちのことを最後までよろしく」とドルグレモンに伝えてから。

 現実に敗れた情けない顔など見せたくないのか、ピエモンもティンカーモンも、振り返ることなく歩いて行った――。

 

「遊んでくれてありがとー!」

「楽しかったー!」

「また遊ぼうねー!」

 

 その直後、聞こえた幼き者たちの声。

 きっと、ここにいる幼い者たちは何もわかっていないのだろう。現実も、ピエモンの理想も、そのすべてを。どのような形にせよ、それがわかるのはきっとこの先、大人になった時で。

 容易に想像がつくそのことに、複雑な思いを抱きながらも、幼い者たちの言葉は、確かにピエモンに届いた。

 

「ピエモン……?」

「ごめん。ティンカーモン。最後にひとつだけ……」

「ふふっ。いいわ。とびっきりの、見せてあげて。あの子供モドキにも見せつけるようにね!」

「っああ!」

 

 涙声で肩を震わせていても、それでも確かにはっきりとティンカーモンに告げて、そうして振り返ったピエモンは笑顔だった。

 そして、次の瞬間――。

 

「それじゃっ!みんな!またいつか!」

「……えっ!?」

 

 ティンカーモンと共に空へと飛び上がったのは、ピエモンではなくてピーターモンで。

 その突然の事態に歓声を上げる幼い者たちと、呆然とアホヅラを晒したドルグレモンの姿に胸がすく思いを抱いて、ティンカーモンとピーターモンの二人は笑いながら去ったのだった。

 ちなみに、このドルグレモンが再起動するのは、ジジモンに頼まれた旅人がここにいる者たちを迎えに来た時だったりするのだが、それはほんの余談だ。

 ついでに、このピエモンとピーターモンの不思議な現象を元に、ドルグレモンは常識に喧嘩を売るようなびっくり技術を生み出すことになるのだが、それはもっと余談である。

 




というわけで、第七十六話。
ちょっと無理がある気もしますが、この話は割と初期からあった話でした。
ちなみに、ピエモンがピーターモンに化けていただけです。ピエモンも、ドルモンと同じで、ピーターモンの姿に愛着があったというわけですね。

さて、進化してしまったドルグレモンは、ドルモンに戻ることができるのか。それはまた今度ですね。
次回からは大成たち不在シリーズ第二弾。
今度は学術院の街を出て行った彼らが登場します。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第七十七話~骨を隠すなら森の中~

 ドルモンの紆余曲折あった事件から、一週間後のこと。

 ドルモンたちが滞在している森と街から遠く離れたとある森の中。そこに勇たちはいた。

 

「グルルル……」

「おい!聞いてるのか?」

「グルルルル……!」

 

 勇とスカルグレイモンがここにいる理由は二つあって、一つは街がほど近いこと。もう一つは、ここの木々は背が高く、スカルグレイモンを隠すのにうってつけだからである。

 勇は忘れない。初めて街へとスカルグレイモンを連れて行った時、街全体がパニックになり、あわや討伐隊が組まれかけたことを。その時、スカルグレイモンも本気で暴れようとしたことを。

 結局、逃げるようにしてその場を去ったことによって難を逃れることができたが、勇は誓った。もう二度とスカルグレイモンを連れて街には入らないことを。

 

「オラの言葉はわかるんだろ?言葉は話せないのか?ほら、あ、い、う、え、お!言ってみ?」

「グルル……」

「いや、グルルじゃなくてだな」

 

 そうして、この森の中に隠れることにした勇は、スカルグレイモンと過ごす日々である。

 自分で決めたことではあるが、ちょっとだけ学術院の街の日々が懐かしく、今の状況が寂しく感じられてしまった勇だった。とはいえ、当の元凶たるスカルグレイモンは、そんな勇に何も感じることすらできていないのだが。

 ちなみに、現在の勇はスカルグレイモンに言葉を覚えさせようと頑張っている。まあ、二日目にして、挫折しかけているのだが。

 

「もう一度聞くぞ?オラの言葉はわかるだろ?」

「グルル……」

「頷いたんだよな?……わかりづらい!」

「グルルルル」

「わかった!わかったから唸るな!とりあえず、発音を変えるべきか?あ、い、う、え、お!って言ってみろって」

「グガ、グギ、ググ、グゲ、グゴ……グルル……」

「おっ!今のそれっぽかった!なんだよ!やっぱりやればできるんだ!」

 

 ともあれ、ある意味では楽しく過ごせているのかもしれない。

 まあ、それも、平時だけの話なのだが。そう。平時だけ。言い換えれば、何かがあると、勇はすごく苦労するのだ。

 例えば――。

 

「えっ!すすすすすすスカルルグレレレイモン!?」

「……ん?」

 

 例えば、勇以外の者が眼前に現れた時とか。

 近くの木々の葉を揺らして、現れたのはピンク色の鳥だ。勇も知っている、ピヨモンと呼ばれる成長期デジモンである。ピヨモンには、ここの木々の効果によって今までスカルグレイモンの姿が見えなかったのだろう。きっと、木を避けたら突然スカルグレイモンが目の前に現れたように見えたはずだ。

 目の前にある木を避けたら、そこにいたのは巨大な骨のバケモノ。それは怖かったことだろう。事実、ピヨモンの声は可哀想になるくらい震えている。

 勇は、この先の展開が目に浮かぶようで、片手で顔を覆って――次の瞬間。

 

「おい、スカ――」

「ググァアアアアアアアアアア!」

「ひぃっ!」

 

 勇の声すら遮って、スカルグレイモンが咆哮する。

 凄まじい衝撃波となって広がったその音は、周りの木々を押しのけて、小さなピヨモンを吹き飛ばした。そして、その時スカルグレイモンには先ほど勇と触れ合っていた頃の雰囲気はない。その時のスカルグレイモンにあったのは、ただ目の前の敵を打ち倒すという禍々しいまでの狂気だった。

 咆哮しながらも、気合を入れ直したスカルグレイモンは、木々を薙ぎ倒しながら、吹っ飛んでいったピヨモンを追う。

 

「……はぁ。またか。やってられねぇってさ」

 

 すべてはほんの一瞬のことで。勇が止める間もなく、スカルグレイモンは駆け出して行って。

 幸いにして、近くにいるらしい。スカルグレイモンの攻撃によって木々の薙ぎ倒される大きな音が聞こえてくる。

 まあ、ピヨモンには不運なことだったろうが――哀れな小鳥の命を救うため、そして自分のパートナーの暴走を止めるため、勇はため息を吐いてスカルグレイモンの後を急いで追う。

 そんなこんなで、木々をすり抜けるようにして全力疾走すること数分。勇はスカルグレイモンのいる下へとたどり着いた。

 

「グルルァアアアア!」

「ひぃいいい!誰か助けてぇー!」

 

 どうやら、ピヨモンはまだ無事らしい。が、スカルグレイモンが腕を振り上げているところを見ると、もう時間がないだろう。だからこそ、勇は声を張り上げて――。

 

「やめろ!スカルグレイモン!」

 

 スカルグレイモンを止める言葉を発する。

 勇の声が聞こえた瞬間に、スカルグレイモンはピタリと動きを止めた。その姿、その行動は、まるで忠犬のようだ。が、まあ、勇を放って暴走している時点でそう言えるかは微妙であるが。

 ともあれ、スカルグレイモンの暴走を止めた勇は、ピヨモンの下へと向かう。いろいろと謝らなければらなないだろう。特に、スカルグレイモンの辺りのことを。

 

「すまん。大丈夫か?」

「……は?……え?……えぇ!?」

 

 どうやら、まだピヨモンは助かったことを実感できていないらしい。現状を理解することもできず、目を白黒させて、呆然としている。

 まあ、突然の事態で死にかけて、これまた突然助かったのだ。混乱するのもわかるが――。

 

「おーい?大丈夫かー?」

「きゅう……」

「あ、気絶した」

 

 ピヨモンは精神的に耐えられなかったようである。ぱたり、と地面に倒れ込んで気絶したピヨモンは起きる気配がない。いや、それどころか、ブツブツと「骨が!骨が!」とうなされてうわごとを言ってさえいる。

 そんなピヨモンを前にして、勇は申し訳ない気持ちを抱いたのだった。

 

「仕方ないなー。スカルグレイモン!」

「グルル……」

「いや、グルルじゃなくて。襲われてもないのに襲うのはダメ!わかったな?」

「グルルルル」

 

 ちなみに、この勇たちの会話。これはスカルグレイモンは誰かを襲うたびに何度となく繰り返されていることである。それでも変わらないスカルグレイモンは、学習しないのか、できないのか。前者であってほしいような、後者であってほしいような。勇としても複雑な気分である。

 ともあれ、そうこうしているうちに、はや数分。ようやくピヨモンの目が覚めて――。

 

「ひぃっ!」

「グルルギャ――」

「やめろって言ってるだろ!」

「……グルル」

 

 無限ループになりそうな気配に、勇は先手を打った。その甲斐あってか、その最悪の事態は未然に防ぐことができたようである。

 目の前にいるスカルグレイモンを前にして、先ほどまでのことが夢ではないと悟ったのだろう。目を白黒させて怯えるピヨモンに、勇はなんとか話しかける。

 

「えっと……悪かったな。オラのパートナーが……」

「ひぃっ!ににに人間!?」

「あれー?」

 

 だが、勇の予想に反して、ピヨモンは勇に対しても怯え始めた。

 そのあまりの震え具合に、勇としてもショックを隠せない。確かに、スカルグレイモンは勇のパートナーだ。その関係で嫌われても仕方がないが、それでもやはり面と向かって震えられるのは堪えるのである。

 とはいえ、ピヨモンをこれ以上混乱させないように、怯えさせないように、勇は笑顔を意識してピヨモンに話しかけ続ける。

 

「こここ、殺さないでぇ……!だ、誰かぁ!助けてぇー!」

「いや、大丈夫だって。そんなことしないから」

「誰か!誰かぁー!」

「人の話聞いてる!?」

「ひぃ!聞きます!聞きますから!乱暴しないでください!」

「いや、しないから」

「グルルルル……」

「ひぃいいいい!」

「スカルグレイモンはちょっと黙ってようか!」

 

 怯えのあまりパニックになっているピヨモンは、勇の話を聞いてすらいない。

 そんなピヨモンを何とか落ち着けようとして、勇は奮闘する。が、勇が奮闘すればするほど、ピヨモンの混乱は酷くなって行って。勇は、そんなピヨモンの姿に少なくない違和感を抱く。

 ここまで怯えてパニックになるのは、はっきり言って異常だと勇には思えたのだ。だからこそ、勇はピヨモンがこうなる何かがあるような気がしたのだった。

 とはいえ、この数分後。ようやくピヨモンは立ち直ったようだ。

 

「うぅうう……す、すみません。早とちりしてしまったみたいで」

「いや、ようやく落ち着いたようでよかったよ」

「はっはい!だ、大丈夫です!」

 

 いろいろと謝りたかったし、話も聞きたかった勇だったが、当のピヨモンは未だ多少の混乱の中にあるようだった。まあ、初めの頃に比べればだいぶマシなのだろうが。

 

「えっと。オラは勇。こっちはパートナーのスカルグレイモン。よろしく!……で、まずはごめん。オラのパートナーが酷いことをしちゃって……」

「いえっ!大丈夫です!あっ、わ私はピヨモンと言います!」

 

 互いに自己紹介を交わし、勇の方は先ほどの件についての謝罪もする。

 直接話しているのは、当然ながら勇とピヨモンだ。だが、ピヨモンにはやはりスカルグレイモンのことが気になるようだった。先ほどからスカルグレイモンの方を怯えるようにして、チラチラと見ている。

 勇の方はピヨモンにチラチラではなく堂々と怯えられながら見られている分、スカルグレイモンに比べてマシと言えなくもない。

 まあ、その辺りのさじ加減は人によるだろうし、怯えられないのが一番いいのだろうが。

 

「えっと……あの……勇さんたちは……」

「ん?なんだ?」

「……違うんですよね?」

 

 やがて、おずおずといった風にピヨモンは勇に尋ねてきて。

 どこか希望を持ってそう聞いてきたピヨモンの言葉の意味は、勇にはわからなかった。だが、その自分たちが間違われたその何かが、ピヨモンの自分に対する反応の原因であるような気がして。

 だからこそ、勇はピヨモンに聞こうと思ったのだ。自分のことを、何と重ねて、何と間違ったのかを。

 

「よかったー。違うんですよね。そうですよね!……よかった」

「一体、オラたちを何と間違えたんだ?」

「最近、この辺りの街々で有名な噂があるんです」

「噂?」

「すっごい強いデジモンを連れた人間が、街を、街に住むデジモンたちを、笑いながら焼き滅ぼしていくって」

 

 その噂を勇は知らなかった。いや、知っているはずもなかったか。ここ最近、勇はスカルグレイモンのせいで街に立ち寄ることすらできなかったのだ。その噂を知るはずもない。

 だが、初めてスカルグレイモンを街に連れて行った時、あの街の者たちの過度な反応は、もしかしたらその噂が関係しているのかもしれない、と勇はそう思って。

 それにしても、街を、そこに生きるデジモンたちを、笑いながら殺すとは。誰だか知らないが、胸糞悪くなるようなことをしてくれるものである。

 

「オラたちはそんなことしないぞ」

「わかってますよ!でも……」

 

 そんな者たちと勘違いされては、さすがに堪ったものではない。勇はピヨモンに向かって抗議の視線と言葉を送る。

 勇からそんなものを送られたピヨモンも、内心ではとっくの昔にわかっている。勇たちは、その噂の人物ではないと。それでも、でも、と言葉を続けてしまったのはやはり――。

 

「グルルル……」

 

 やはり、勇の後ろで唸っているスカルグレイモンのせいだろう。

 最終的に止めてはくれたし、無事だったものの、いきなり襲いかかられたのだ。スカルグレイモンのその外見の恐ろしさも相まって、どうしても悪い方に考えてしまうピヨモンを強く責めることは、勇にはできなかった。

 

「やっぱ、早く進化させないとな……」

「……?」

「あっ!そうだ。迷惑かけちゃった上で悪いんだけど……」

 

 ともあれ、ピヨモンも一応の納得をしてくれたようであるし、謝罪も受け取ってもらえたようだ。だからこそ、この話はここで打ち切るとばかりに、勇は話題を変えた。

 勇は、会話できる者と会うのは久しぶりなのだ。スカルグレイモンは意思疎通ができるほど確固たる自我を持っていないし、ここしばらくは街に入ることもできなかった。

 だからこそ、勇にとってピヨモンは久しぶりに会話が通じる相手で――ようするに、勇は会話ができる相手が欲しかったのである。少しだけ寂しかったとも言う。

 今の状況は、勇自身が望んだことではあるが、やはり感情と理屈は別なのだ。

 そうして、その後数十分もの間、会話が通じる者との久しぶりの会話を楽しんだ勇は、ピヨモンと別れる。何も言わずに、自分に付き合ってくれたピヨモンの性格がありがたかった勇だった。

 

「いやぁー。この森で採れる食べられる植物とかいろいろ聞けたし……これでしばらくはばっちりだな!」

「グルルル……」

「あれ、そういやスカルグレイモンは進化してから一度も何か食ってないよな……食えるんだろ?」

「グル?」

「ま、この辺りに近づかないように街のデジモンたちに言っておいてくれるってピヨモンも言ってたし……今日は良いこと尽くめだな!」

 

 笑いながら、勇は先ほどピヨモンが採って来てくれた食べられる木の実を頬張る。

 人間の世界の食事を知る勇にとっては、実に味気ないもの。だが、それでもお腹一杯食べられる幸せを、勇はこの世界に来てから知っている。だからこそ、勇は他人が嫉妬するくらいおいしそうに食べていた。

 そして、だからこそ、そんな勇には食べることに意味を見出さないスカルグレイモンの姿が、どこか寂しそうに見えて。

 

「ほらっ!うまいぞ!」

「……」

 

 勇は試しに一つの木の実をあげてみるが、スカルグレイモンはそれを食べることはなかった。

 

「それにしても、どうやったら究極体に進化できるんだろうな」

「グルルル……」

「やっぱり強い奴と戦うとか?でも、この世界完全体の個体数も少なめって聞いたけどな……まぁ、究極体よりは多いだろうけど」

 

 究極体への到達など、よほど特殊な事情や出来事、力がない限り、それこそ奇跡に近い。

 勇はそれを実感していた。ゲームみたいに経験値を積んで強くなればいいのかもしれないが、スカルグレイモンの相手になるような者たちはなかなかいないし、そもそもそれだけではダメだと勇は個人的に思っていた。

 ゲーム時代に完全体に進化できた者が自分を含めて少数だったように。究極体に進化するには何かがいるのだと――と、そこまで考えて、勇は思考を止めた。

 今、何か頭に引っかかることがあったのだ。だからこそ、勇は先ほど考えていたことを辿る。自分が何に引っかかりを覚えたのかを探るために。

 そうして、深く思考の海を潜っていく勇だったが、その考えは中断することになる。

 なぜなら――。

 

「たっ助けてください!」

 

 見るからにボロボロのピヨモンが、この場に飛び込んできたから。

 そんなことをしている場合ではなくなってしまったのだ。

 




というわけで、第七十七話。
今回から勇たちサイドの話です。

さて、次回は時間が少し遡り、ピヨモンに何があったかが語られます。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第七十八話~噂の人間~

 事の始まりは、ピヨモンがこの森に隣接するようにある街に帰ってしばらくした時まで遡る。

 スカルグレイモンと出会った一時は命の終わりを覚悟したが、終わってみれば何のこともない。スカルグレイモンは恐ろしかったが、そのパートナーの勇は、ピヨモンにとっても好感が持てる相手だった。

 だからこそ、また行こうかなどと懲りずに考えてもいたし、この街にいる()()()()()()()に勇のことを伝えようともしていた。

 

「あっ噂をすれば……零!」

「……」

 

 そう。この街にいるもう一人の人間。それは、あの零だった。

 零がこの街に訪れたのは二週間ほど前のことだ。

 初めは人間ということで不審に思われていたが、今ではそれもない。どう思われようと唯我独尊を貫くような姿勢と連れているデジモンの成長段階の低さから、噂の人物とは無関係と判定されたのである。まあ、ひとまず不審に思われることはなくなっただけだが。そう、あくまで“ひとまず”である。

 

「相変わらず仏頂面ですね」

「何の用だ?」

 

 ちなみに、その四六時中ずっと仏頂面で感じが悪いため、この街に住むデジモンたちからの評判は良くない。話しかけるのは、それこそピヨモンのような害がなければ気にしないタイプくらいである。

 まあ、零のしてきたことを思えば、害がないとは一概に言い切れないのだが――目の前にいる零が噂の人物たちに匹敵するほどの罪人であることなど、ピヨモンには知る由もないか。

 

「あのね。もっとにこやかにしてないと損しますよ!」

「それは俺の勝手だろう。そんなこともわからないのか?」

「ぴよー!せっかく心配して言っているのに……!」

「心配してくれなどと頼んだ覚えはない」

 

 だが、律儀に話しかけてくるピヨモンのことを無視しない辺り、零にも何かしらの思いの変化があったようである。少なくとも大成たちの前に現れた頃と比べれば、何があったのかはわからないが、かなりの変化と言える。

 とはいえ、ピヨモンに話しかけられた時には、零はだいぶ嫌そうな顔というか、鬱陶しそうな顔をしたのだが。

 

「まったく!いいですか?直した方がいいピヨよ!」

「急に阿呆な語尾を付ける馬鹿に応対するつもりはない。今後一切な」

「せっかく恥ずかしさを我慢して馴染みやすいような可愛い話し方にしたのに……!」

「阿呆に磨きがかかっただけだろうな」

「ピヨー!」

 

 妙な語尾やら口調やらを変えることによって、ピヨモンは零とのコミュニケーションをよりよいものにしようとしたらしい。何と言うか、努力の方向性を間違えているとしか言いようがない。

 まあ、勇のような誰にでも馴染むタイプとは違って、零のようなタイプは関わらなければ一人になっていくタイプだと知っているがゆえに、ピヨモンは頑張ったのである。無駄だったが。

 今度、あのコミュニケーションが得意そうな勇に相談しよう、と。ピヨモンは零の前から逃げ出しながらそう考えて――その時、零に勇のことを言うのを忘れていたことに気づいたのだった。

 

「ピピピ……ドウカシタノデスカ?」

「別に。うるさい奴がいただけだ」

 

 一方で、何の用を果たすこともなく去っていったピヨモンの後ろ姿を見つめていた零は、物陰からやってきたハグルモンを見る。

 そう。このハグルモンは、あのムゲンドラモンの卵から孵ったデジモンで――零が現在進行形で扱いに困っているデジモンだった。

 卵から孵ったのはいい。だが、デジモンを憎んでいると豪語していた零にとって、デジモンを育てるというのは笑い話にしかならないこと。さらに、このハグルモンがムゲンドラモンの生まれ変わりだとは言っても、ムゲンドラモン自身ではない。

 ようするに、零にはこのハグルモンを連れている理由がないのだ。だからこそ、零はこのハグルモンをどこかに捨てようとしているのだが――。

 

「ふん……それより、この街はどうだ。ここなら住めるだろう」

「ピピ……ワタシハ、零ノ傍ガイイデス」

「機械里に行った時もそう言っていたな。余計なことを考えず、お前のいつく場所を決めろ。俺とお前はそれでサヨナラだ」

「ピピピ……何ト言ワレヨウト、着イテ行キマス。確カニ、ワタシハ先代デハアリマセンガ……」

「っち」

 

 何と言うか、このハグルモンはどこへ行こうと零に着いてくる。どれほど条件の良い場所を見つけても、結局最後は零を選ぶ。捨てようとしているのに、まるで離れない。

 とはいえ、無理矢理に捨てようと思えば捨てられるはずであるし、そもそも捨てなくても零なら始末することだってできる。

 ならば、なぜその選択をしないのか。それは、他ならぬ零自身が知りたいことであった。

 

「……ピピ?」

「くそ」

 

 そうして、思い通りにならない自分とそんなハグルモンに、今日も零は頭を悩ませて。

 

「……ん?……アイツは」

「ピピ。ドウカシマシタカ?」

 

 そんなある意味で平和な悩みに頭を悩ませていた零は、その時見た光景が気になった。

 この街は、人間というだけでデジモンたちからの風当たりが強い。一度受け入れられればその限りではないが、受け入れられていない人間にはとことん厳しい風が吹き付ける。

 何でこんなことを改めて説明したのかと言うと――零が見たのは、人間だったのだ。

 年の頃は高校生くらいだろう。大人ではないはずだ。明らかに染めたような緑色の髪の毛に、指輪やネックレスなどチャラチャラとした装飾品で着飾っていて、見る限りにアレだった。

 

「ダサいな」

 

 外見だけ取り繕っているだけの、個人的にダサい格好であると零は思う。だが、まあ、服装や外見などよっぽどの場でなければ個人の自由であるし、そこは別にいい。零とて他人のそんなところに気を使うほど暇人ではない。

 ただ、零がその人間を気になったのは、その人間の表情と行動だ。

 いろいろと過酷な状況に置かれたこともある零は、観察眼というか、そういった人を見る目がそれなりにある。だからこそ気づけたのだが、その人物の表情は零をして感じるところのあるものだった。

 さらに、そんな人間が隠れるようにこそこそと行動していれば、否応でも気になるというものだろう。

 

「アノ人間ガ……ナニカ?」

「……いや、なんでもない」

 

 だが、すぐに零は思い直した。自分には関係ないことだ、と。そう思ったからこそ、零は自分の泊まっている宿へと向かって――その道中も、零は自分が見かけた人間のことが頭から離れなかった。

 そして、悶々と悩む零が宿に戻ったのと同時刻。この時に、事件は起こった。

 

「ピヨ……ポヨ?なんか違う……ピチュ?チュチュ?」

 

 この時、数分前に零の前から逃げ出したピヨモンは、親しみの湧くような語尾の開拓という無駄な努力をしていた最中だった。

 だが、そんな時、ピヨモンは見つけたのだ。自分に背を向けて歩いている、人間を。

 その人間は、先ほど零が発見した人間だ。そして、零が感じたのと同じように、その人間に対して不審を抱いたピヨモンは、その人間の後をバレないようにつけて行く。

 

「人間……怪しい!」

 

 いくらピヨモンが零や勇と仲良くできているからと言って、無条件で人間という種を信頼していたわけではない。零はここに来てからの日々で、勇はスカルグレイモンの暴走を止めたことで、二人は自分に害を与えるような人間ではないとわかっていたから、ピヨモンは仲良くしていたのだ。

 だが、目の前にいる人間はどういった人間なのか、ピヨモンにはわからない。もしかしたら、勇たちのようなタイプなのかもしれないが、もしかしたら、噂になっている人間なのかもしれない。

 前者であるならばともかく、後者ならばこの街全体の問題となる。だからこそ、確かめなければならない、とピヨモンは使命感に駆られていた。

 

「見るからに怪しい動き……!」

 

 追いながら、ピヨモンは人間を観察する。時折独り言を呟くこともあるが、もちろん相手に聞こえるほどの声量ではない。いかにピヨモンといえども、そんな初歩中の初歩のミスは侵さない。

 建物の影や木の後ろなど、隠れるようにして移動していく人間は、どうやらこの街の出入口の一つに向かっているようだった。

 

「出てくの……?」

 

 何もなく出て行くのならば、それに越したことはない。

 街の出入口へと向かっていく人間の姿を視界に収め、ピヨモンは内心で安堵の気持ちが湧き上がる。が、それは、ピヨモンの儚い期待でしかなかった。

 そう。この直後に事件は起こったのだ。

 

「……へぁっ!?」

 

 突然辺りを吹き飛ばす熱風。

 かなりの衝撃を持つその熱風を前にして、ピヨモンは奇妙な叫び声を上げながら吹き飛ばされてしまった。

 

「ネツぅううううう!今度はここを焼くのかぁ!」

「……あ、あれは……まさか!?」

 

 次いで、辺りに響き渡ったのは、野太い叫び声。

 地面に叩き付けられ、急激に上がった気温に焼かれながらも、ピヨモンは何とか起き上がった。そして、何があったのかを確認するためにも、その声の主を見て、ピヨモンは自分の中に湧き上がる戦慄を隠せなかった。

 そう。そこにいたのは――。

 

「あァ。ここにはつぇぇ奴はいねぇみたいだからな!やりたい放題だぜ?」

「よっしゃぁああああ!焼くぞぉおおおお!」

 

 そこにいたのは、先ほどの人間と、そしてもう一体。体中に鎖を巻き、青き炎に身を包んだデジモンがいた。

 ピヨモンはそのデジモンのことを知っている。見たこともある。だからこそ、戦慄していた。そのデジモンがデスメラモンと呼ばれる完全体デジモンであることを、知っていたからこそ。

 そして、彼らの会話、行動、狂気にも似た卑賤な笑顔。それらを見て、彼らこそが噂の人間であるとピヨモンは確信した。

 

「伝えなきゃ……!」

 

 だからこそ、ピヨモンは街のピンチを伝えようとゆっくりと歩きだして、だが、そんなピヨモンのことをこの人間とデスメラモンが見逃すはずもなかった。

 ピヨモンの存在に気付くや否や、デスメラモンはニヤリと嗤う。その表情は、まるで子供が新しい玩具をもらった時のようにも見えるが、もちろん彼らの思考はそんなこととは程遠い。

 

「……ネツぅ……こいつ、焼いていいか?いいよな?いいんだよな!」

「ったく。少しは考えろよ」

 

 まるで窘めるような、ネツと呼ばれた人間の言葉。

 その言葉に、ピヨモンは一筋の希望を抱いて――。

 

「いいに決まってるだろ」

 

 そして、その希望は即座に打ち砕かれた。

 絶望の表情を浮かべるピヨモンの様子がおかしくてたまらないとばかりに、デスメラモンは嗤う。嗤い続ける。彼が嗤うのをやめたのは、ハッとして何かを思いついたような顔をした時だった。

 まるで良いことを思いついたとばかりに嗤うそのデスメラモンだが、ピヨモンからすれば恐ろしいことこの上なかった。

 

「ネツぅ!いいこと思いついたぜ。どうせ雑魚しかいねェんだ。ちょっとくらい遊んだって……いいよなァ?」

「……おっ!いいな!最近は普通に焼くのも()()()()()しな!()()()()()にしたって、楽しくいかねぇとな!」

「だろォ?鬼ごっこなんかどうだ?」

「いいねぇ!」

 

 ピヨモンは、彼らが何を言っているのかわからなかった。いや、わかりたくなかったと言うべきか。

 ともあれ、逃げるのなら今のうちだ、とそう思ったピヨモンは怪我などお構いなしに走り出した。

 そんなピヨモンの後姿を、デスメラモンやネツは嗤いながら見つめて――。

 

「ほらほらァ!頑張って逃げろよ?鬼ごっこなんだからよォ!」

 

 そして、必死に走るピヨモンに当たらないように、デスメラモンはその口から火を噴いた。

 

「っ!あつっ……!」

「がはは!どうしたァ?それでしめェか?つまんねェぞ!」

 

 その後も、デスメラモンはまるで愉快そうに嗤いながら、火を噴く。だが、それのどれもがピヨモンに掠ることこそあれど、直接当たることはなかった。

 そう。ここまで来ればピヨモンにも彼らの考えが、わかりたくはないがわかってきていた。

 彼らは、ピヨモンを使って遊んでいるのだ。いや、ピヨモンだけではないか。

 

「ほらほら、雑魚ども逃げ惑えよォ!」

「きゃー!」

「火事だぁああ!」

「いや、襲撃だって……熱いっ!?誰か!助けて!」

 

 街は、いつの間にか阿鼻叫喚の事態となっていた。この街にいるデジモンは、もはや全員がデスメラモンの掌の上だった。今や、この街は彼らの遊び場となっていたのだ。

 デスメラモンの吹いた火が、街を焼き、そこに住むデジモンたちを害する。

 誰もが逃げ惑い、デスメラモンの凶火に焼かれ、倒壊した建物や倒れた木に潰れ、時には逃げることに疲れ、死に絶えていく。

 そんな中で、一生懸命に頑張っていたピヨモンにも、ついに限界が訪れていた。

 

「……誰か」

 

 ピヨモンはそう呟き、誰かの助けを求めたが、助けてくれるわけがない。この場の誰もが、他人のことを気にすることができないほどに、混乱しているのだから。

 

「おい、デスメラモン!あいつ、死にそうだぞ」

「ん?おォ!本当じゃねェか!んじゃ、最後は焼いてしめェにすっか!悲鳴もいいけどなァ……たまには一瞬で焼くのも悪かねェ!」

 

 倒れたピヨモンを見たデスメラモンが、大きく息を吸い込む。気合を入れているのだろう。より高温の火力で、ピヨモンを一気に焼くつもりなのだ。

 そして、そんな光景をネツは楽しそうに眺めている。彼らの脳裏には、次の瞬間の光景がありありと思い浮かんでいるのだろう。次の瞬間に、ピヨモンが青い炎に焼かれる光景が。

 だが、そんな彼らの予想に反するかのように――。

 

「……」

「んあ?誰だオメェ?」

「へぇ……?」

 

 そんなネツとデスメラモンの前に、どこか不機嫌そうな零が立ち塞がった。

 




というわけで、第七十八話。
この数話は勇の話と思わせて、実は零の話でもあったことが発覚しました。
ついでに、今回登場の噂の人物。
実は第四章くらいから噂になっていた人物ですね。ようやくの登場です。

さて、次回は続き。零が現れた理由。そして、前話の最後に繋がります。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第七十九話~理解できず立ち塞がって~

 ネツとデスメラモンの前に立ち塞がった零。そんな彼は、ともすればピヨモンを庇ったようにも見える。いや、事実、零はピヨモンを庇うために立っていた。

 

「人の獲物横取りする気か?それとも正義の味方気取りか?お前も暇な奴だなー」

「……」

 

 零がこの件に気付いたのは、先ほどだ。

 街は火に包まれて、襲撃云々といったことがデジモンたちの間で叫ばれていた。最近は鳴りを潜めたとはいえ、デジモンを憎んでいて、デジモンを滅ぼそうとしたこともあった零だ。街が襲撃されようと興味はなく、面倒事に巻き込まれる前に、さっさと退散しようとすらしていた。

 それが、どうしてこんなことになったのか。なぜ、こんな行動をしているのか。それは、零自身にもわからなかった。

 

「うるさい」

「はぁ?ガキのくせに年上に対する扱いがなってないな!敬語を使え、敬語を!」

 

 ただ、倒れ伏し、ボロボロになったピヨモンが記憶にある誰かと重なった気がしただけ。それだけで、零の体は勝手に動き出していた。

 そう。勝手に、だ。先ほども言ったが、今の零は自分で自分のことがわけわからなかった。だからこそ、わからないその何かに振り回されている感じがして、零は不機嫌になっている。

 

「おい!ネツぅ!こいつも焼いていいのか!?」

「待て待て。で、本当に何のつもりだ?場合によっちゃお兄さん、手加減しないよ?」

「玩具をもらって振り回しているだけの奴が偉そうに言う」

「はぁ!?ああ、そうか。お前、中二病って奴か!正義の味方ぶって、偉そうに説教したいんだよね。わかるわかる。そういう時期、お兄さんにもあったわー」

 

 見た目が年下ということもあって、ネツは零のことを下に見ているのだろう。からかうような、見下したような、子供と話すような口調でネツは話している。

 そんなネツの感じが、なおのこと零には気に障った。そもそも、その中二病とやらを零は知らない。名前からして病気の類なのだろうが、そんな病気に罹った覚えはない。ただ、からかいを含んでいる口調からして、侮蔑の呼称か何かであるということだけは零にも感じられて、余計に零の気に障る。

 ついでに言えば、正義の味方ぶったつもりもなければ、説教するつもりも零にはない。

 

「でもさぁ。そういうのって、時と場を選ばないといけないよね?」

「……何が言いたい?」

「わからない?いくらゲームの中でもさ、そういうネットマナー的なのは守らないといけないって話だよ」

 

 ネツの言っていることは、一貫性がない。その諭すような雰囲気から正論のようにも聞こえるし、実際に言葉だけ見ればそのほとんどが正論なのだが、この状況では的外れな言葉だ。

 そんなことを言うネツを前にして、零はしっかりと気付いていた。目の前にいるネツは、ただ自分だけが楽しみたいがゆえに、“らしい”ことを言っているだけだということに。

 

「……ゲームの中?何を言っている?」

「あれ!?君、あの声の言っていたこと本気で信じてたの!?ああーだから、怒ってるのかな?それとも、やっぱりそう言う感じがいいのかな?」

「……」

「ま、いくらこれがルールなしの何でもアリなゲームでもさ。ムカつく行動をするなって話。だけど、そっちがその気なら、そういうのもいいよ」

 

 はっきり言って、零にはネツがただの阿呆に見えていた。

 しかも、ネツの言葉が、ネツの口調が、ネツという存在すべてが、零を余計に苛立たせる。零の中のストレスは、もはや限界まで溜まっていた。

 まあ、だからというわけではないが――。

 

「そうか。そう言うのがいいのか」

「おっ!?やる気?まいったなー人間同士でやるのはなー気が進まないんだけどなー」

 

 零が売られた喧嘩を買ってしまったのも、仕方ないことかもしれない。

 零の殺る気を感じ取ったのだろう。ネツはその言葉とは裏腹に嬉しそうな顔で、デスメラモンを見る。デスメラモンも、そんなネツに感化されたのか、殺る気満々のようだった。

 

「さっ……早く君のパートナーを出しなよ。待っててあげるからさ。お兄さんも待っててあげるから」

「俺にパートナーデジモンなどいない」

「はぁ?嘘はいけないよ。そんな訳ないじゃん」

「……信じようと信じまいと勝手にしろ。だが、お前らは俺が殺す」

「へぇ?……デスメラモン!」

「おォ!惨たらしく焼け死ねェ!」

 

 この世界にいる人間としては嘘としか思えない零のその言葉を前に、面白そうな顔をしたネツは、デスメラモンに合図を出す。

 それと同時に、デスメラモンは青い火を噴いた。その青き火は、真っ直ぐに零へと向かって行って、そして零に寸分違わず着弾。その衝撃で、零の後ろにあった家も倒壊。零はその家の崩壊した瓦礫に見えなくなった。

 

「ちょっ!デスメラモン!?オレはそこまでやれと言ってないぜ!?」

「あァ?別にいだろうが。どうせ最後はこうなるんだからなァ」

 

 瓦礫の中に見えなくなった零を前にして、ネツは慌てたようにデスメラモンに詰め寄った。ネツとしては、見え透いた嘘を付く零を少し脅そうと思っただけだったのだ。

 だというのに、デスメラモンは零に直接攻撃をして、瓦礫に埋めにしてしまった。金属をも溶解させる火に焼かれ、瓦礫に埋もれ。これでは、どんな人間でも生きてはいないだろう。

 

「これっ……死んでっ……!」

「おいおい……今までだってもっと惨たらしい殺し方したじゃねェか。あァ。もっと酷い殺し方がお望みだったってか?」

 

 だからこそ、ネツは焦っているのだ。ネツは、デジモンたちならともかく、()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 とはいえ、結果的に言えば、ネツの焦りは必要なかった。なぜなら、零はまだ死んでなかったのだから。

 

「これで終わりか……?」

「は……?なんでお前生きて……!?」

 

 瓦礫を押しのけて、さらに火に焼かれたままで、健在の様子を見せつける零を前に、ネツは驚きを隠せない。もはや口調を取り繕うこともできず、ネツは零をバケモノを見るような目で見ていた。

 とはいえ、まあ、目の前でそんな光景を見れば、ネツのそんな反応も仕方のないことだろうが。

 

「……失せろ」

「は?」

「邪魔だから、さっさと失せろと言っている」

 

 これから本格的に戦う。そのことを意識した零は、自然とそんなことを呟いていた。もちろん、ネツやデスメラモンに言った訳じゃない。零がこの言葉を言ったのは、先ほどからボーっと零のことを見ているピヨモンに対して、だ。

 先ほどから零のことをハラハラと心配しながら見ていたピヨモンは、その言葉を聞いても不安しか抱けなかった。だが、零の常識外の防御力を見て、自分がいる方が足でまといになると悟ったのだろう。ピヨモンは、駆け出して逃げていった。

 とはいえ、そんなピヨモンのことなどキレイさっぱり忘れていたネツとデスメラモンにとっては、勇の言っていることは、意味不明。自分に向けられたものだと勘違いするのも無理はないだろう。

 

「ハァ?今更そんなこと言っちゃうわけ?」

「お前に言ってるんじゃない。そんなこともわからないのか?」

「……っ!?言ってくれんじゃん……クソガキ」

 

 零の馬鹿にしたような言葉を前にして、ネツは怒りに震える。

 一方の零は、再度自分のしでかした無意識の行動に対して、疑問を抱いていた。なぜあんなことを呟いたのか、と。別に零はピヨモンがどうなろうと知ったことではなかったはずであるのに。

 

「もうどうなっても知らねぇぞ!デスメラモン!コイツを死なない程度に痛めつけてやれ!」

「はっ!焼き殺してやればいいだよ!」

 

 とはいえ、零がそんな疑問に囚われていようといまいと、ネツたち二人が待ってくれるはずもない。特に、ネツは零が散々煽ったせいで、激怒している。誰にでもそれがわかるくらい、今のネツは人を殺しそうな目をしていた。

 そうして、ネツのオーダーを受けたデスメラモンが、再度青い火を噴く。それは、先ほどと変わらぬ光景。その火が零を包む光景も変わらなくて――。

 

「は?」

「何だァ?」

 

 だが、その青い火を吹き飛ばして、零がキメラモンの姿になったというそれだけが、先ほどと変わったことだった。

 目の前にいた人間が、いきなりいろいろなデジモンをごっちゃまぜにしたようなデジモンに変わったことに、ネツもデスメラモンも驚きを隠せない。驚きのあまり、口を開けたままで呆然としてしまった二人だが――。

 

「ああ!どうりでウザイと思った!そうか!ボーナスステージってやつか!」

「ハッ!いいぜェ!殺り甲斐がありそうじゃねぇか!」

 

 どうやら、驚きもほどほどに、ネツたち二人は自分の中で勝手な理由付を済ましてしまったようである。

 愉悦を持ってデジモンたちを殺し回っていたネツとデスメラモン。復讐心を持ってデジモンたちを殺していた零ことキメラモン。

 かくして、見かけの部分では似ていて、されど心の部分では全く違う者たちの戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 そんな零の一方で、ピヨモンはひたすらに走っていた。

 その際、ピヨモンは生きているデジモンを一人も見かけなかった。とはいえ、この街に住む全員がデスメラモンにやられたとは考えにくい。

 おそらく、生き残っていたデジモンたちは緊急避難場所に逃げたか、それか自力でこの街から出て行ったかのどちらかだろう。

 そう信じて、自分も逃げるために足を動かしていたピヨモンは――。

 

「……ぅ……」

 

 胸に鈍い痛みを感じて、足を止めた。

 鈍い痛みを感じてはいたが、この痛みは自分の怪我の痛みでないことをピヨモンはわかっていた。そう。ピヨモンは、先ほど自分が見捨ててしまった零のことを思い出して、罪悪感に苛まれているのだ。

 もちろん、零の事情を考えれば、ピヨモンの零を置いて逃げたという選択は悪いどころか、良い選択でしかない。

 だが、零がキメラモンになれることを知らないピヨモンにとっては、あの時に逃げてしまったことは、零を見捨てたことになってしまっている。だからこそ、ピヨモンは罪悪感に苛まれているのだ。

 

「誰か……!」

 

 つい先ほどに言った言葉を、もう一度ピヨモンは繰り返す。

 自分では、あのデスメラモンに勝てない。そんな自分があそこに戻るのは、単なる自殺願望でしかない。だが、このまま逃げ出して零を本当に見捨てるような真似もしたくない。

 そんな、さまざまな思いが胸に去来する中で――。

 

「……っ!そうだ!勇さんなら……!」

 

 ピヨモンは思い出した。今日出会ったばかりの、人間の少年のことを。

 スカルグレイモンという不確定要素はあるが、勇ならきっと助けてくれる。そう思って、ピヨモンは森へと向けて再び足を動かし始めた。

 その目には先ほどまでにはない希望で満ち溢れている。その希望を信じるあまり、今のピヨモンは怪我の痛みも気になっていなかった。

 

「勇さん……!」

 

 生い茂る木々を抜けて、ひたすらに走り続けるピヨモン。

 とはいえ、ピヨモンは勇の居場所を大まかにしか知らない。先ほどと同じ場所にいるとは限らないからだ。もしいなかった場合、ピヨモンは、走り回って探すしかない。

 だからこそ、先ほどと同じ場所にいることを願って足を動かすピヨモンは、そしてたどり着く。

 

「……!いた!」

 

 木々を抜けた先に見えたのは、白い巨大な骨の一部。間違いない。勇と共にいたスカルグレイモンの体だ。

 そして、無事に見つけられたことに対する安堵の気持ちを抱きながら、ピヨモンはそこへと駆け込んで――。

 

「たっ助けてください!」

「グァアアアアアアア!」

「ちょ、スカルグレイモン止めろ!」

 

 ピヨモンは、再びスカルグレイモンに襲われた。

 まあ、勇以外のすべてが倒すべき敵であるスカルグレイモンにとっては、突然目の前にちょうどいい相手が出てきたのだ。条件反射で襲いかかってしまったのも仕方ないこと。

 そうして、突如として暴れだしたスカルグレイモンを、勇が何とかして止めることができたのは、この数分後の話で。

 

「はぁっはぁっ……あの……はぁっ……助け……はぁっ……て……」

「いや、だから助けたぞ?」

 

 その間、ピヨモンは再び死にかける羽目になっていたのだった。

 何と言うか、スカルグレイモンの時といい、デスメラモンの時といい、スカルグレイモンの時といい、今日のピヨモンの運は最底辺を行っているとしか言えない。

 ともあれ、何とかして助かったピヨモンは、必死に零のことやデスメラモンたちのことを伝え、助けを乞おうとする。が、息絶え絶えな今のピヨモンは、話せるようになるくらい落ち着くまで、さらに数分を要した。

 

「はぁっ……はぁっ……ふー……って!違う!」

「いや、だから何がだ?」

「違うんです!街がっ襲われてっ!噂の人間が襲ってきて!零が逃がしてくれて!ああ、もう助けてよ!」

 

 未だ混乱している。そう言うしかなかった。今のピヨモンは敬語もろくに話せていない。

 話せるくらいまで落ち着いたらしいピヨモンだが、あくまで話せるようになっただけで、精神的には未だ混乱しているらしいかった。数度に渡って死にそうになった経験は、さすがに数分では消し去ることができないようである。

 とはいえ、混乱していて、支離滅裂な言葉でも、勇はおおよそのことを把握できたようだ。その顔には事の重大さがわかったがゆえの緊張があった。

 

「街が……!みんな避難しているのか!?」

「う、ん!たぶん!零が……だけが!」

「それなら……わかった!スカルグレイモン!」

「グアァアアアアアアア!」

 

 避難があらかた済んでいるというのならば、懸念することは“あまり”ない。だからこそ、勇はピヨモンを背負って、スカルグレイモンに声をかけた。

 勇の声に従って、スカルグレイモンが咆哮する。勇の命令だからか、それとも暴れられることがわかったのか、スカルグレイモンのその咆哮はいつになく気合が入っているように感じられる咆哮だった。

 

「頼むぞ……!」

「グァアアアアアアア!」

「おっお願い!」

 

 そうして、勇とピヨモンをその手に乗せたスカルグレイモンは、森の木々を薙ぎ倒しながら、文字通り一直線に街を目指すのだった。

 




というわけで、第七十九話。
今回の話で前々話の最後に繋がりました。

さて、次回は零の戦闘ですね。
果たして勇は間に合うのか!?

それでは次回もよろしくお願いします。


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第八十話~無謀な戦い~

 勇たちが街へと向かい始めたその頃。

 

「はぁっぁぁああ!」

「おらァっあァ!」

 

 零はキメラモンへと変化した状態で、デスメラモンと戦っていた。

 戦況的には、五分というところだろう。初めは人間がデジモンになるという特異な現象に驚いて、うまく戦えていなかったデスメラモンも、今やキメラモンと互角の戦いを繰り広げている。どうやら、すっかり元の調子を取り戻したようである。

 

「さっさとやっちまぇよ!ボス戦だぞ!」

「わかってるよ!こんな燃やし甲斐のある奴に負けてたまるか!」

「っち……!」

 

 デスメラモンは、戦闘が始まった頃は驚きによって本調子ではなかった。

 それの示すところはつまり、キメラモンは戦闘開始時は有利に事を運べていたということ。だが、裏を返せば、デスメラモンの調子が元に戻ってくるにつれ、相対的に互角にまで落ち込んでしまったということでもある。

 ある意味仕方ないことではある。だが、なまじ戦闘開始時が上手くいっていたせいで、キメラモンはそのことにストレスを抱いてしまっていた。

 

「はっ!いいねェ!てめェみたいな奴は初めてだ!」

「……少しはそのうるさい口を閉じろ!」

 

 貯まり始めたストレスのままに、キメラモンは自身の四つの拳をデスメラモンに叩きつける。一方で、デスメラモンは自分に迫り来る四つの拳をひらりと舞うように躱した。

 まるで遊ばれているようだ、とキメラモンは内心で思う。いや、事実として遊ばれていたのだろう。デスメラモンのニヤニヤとした気持ち悪い笑みを見れば、一目瞭然だ。だからこそ、キメラモンは余計にイライラして、ストレスが溜まっていく。

 

「無駄に頑丈!無意味に強い!……が、致命的に弱い!これ以上なく燃やし甲斐があるってもんだ!」

「……黙れ」

 

 まるで必死に戦うキメラモンを嘲笑うかのようにデスメラモンは言う。いや、嘲笑っているのだ。目の前で必死に戦っているキメラモンのことを。自分はキメラモンには負けないとわかったが故に。

 一方で、デスメラモンがそう悟ったことを見抜いたからこそ、キメラモンは先ほどにも増して余計にストレスが溜まっていく。もはや、キメラモンの理性は蒸発寸前。後一歩で“キレる”だろう。

 

「つくづく俺をイラつかせる」

「ハァ!?こっちはてめェをイラつかせてんだよ!」

「……」

 

 正直に言えば、先ほどデスメラモンの言ったことは当たっている。

 キメラモンは完全体の中でもそれなりに強い方だ。そのスペックだけ見れば。だが、そのキメラモンの中身は零であり、零は弱い。精神、技術、経験、その他諸々が。

 つまり、デスメラモンが指摘したのは、零はキメラモンの強さを活かせていないということであり、以前にもそこをつけ込まれることが多々あった。

 まあ、零自身は不機嫌さと溜まっているストレスのせいで、デスメラモンの言っているその事実を客観的に判断し、認識することができていないだろうが。

 

「どうしたァ?ビビったか?それとも後悔してるかァ?がはは!クソガキがァ!」

 

 とはいえ、いい加減にそろそろキメラモンも限界だった。

 理性が蒸発するほどに“キレた”行動をする訳ではない。だが、溜まったストレスを発散するように、不機嫌さを解消するかのように、キメラモンは感情のままに動くことに決めた。

 

「殺す……!“ヒートバイパー”!」

 

 直後、殺意を込めてキメラモンが四本の腕から放ったのは、死の熱線。キメラモンの必殺技だ。くらえばデスメラモンもただでは済まないだろう威力のもの。

 だが――。

 

「おっと。危ねェな」

 

 だが、デスメラモンは躱した。まるで、それを躱すことなど何でもないほどに簡単であるかのように。というか、事実簡単だった。頭に血が上ったキメラモンが感情のままに放った技の軌道を予測し避けることなど、デスメラモンには本当に何でもないほど簡単だったのだ。

 とはいえ、頭に血が上ったキメラモンは、そんなデスメラモンのしたことに気づけない。キメラモンには、デスメラモンが自分の必殺技を軽々と躱したようにしか見えなかったのだ。そして、だからこそ、キメラモンは余計に腹が立つ。

 

「……!避けるなっ!“ヒートバイパー”!」

「よっと。無茶言うなよォ」

 

 頭に血が上ったまま、必殺技を乱発するキメラモン。

 そんなキメラモンとは対照的に、デスメラモンやその戦いを観戦するネツは冷静だった。戦いが始まる前にはいろいろとあったネツでさえ、戦いが始まった後は冷静に戦況を見守っていた。

 どうやら、この二人は物事の捉え方や切り替えが上手いようである。それこそ、この街のデジモンたちにしていた“虐殺”という名の“お遊び”とキメラモンとの“戦い”という名の“お遊び”を冷静に違うものとして分けられるくらいには。

 

「威力高そうだからな!もっと気合を入れて避けろよー!そんなんじゃ当たるぞー!あ、腕なー!」

「はっ!うるせェ!」

 

 そうして、戦況を客観的に見続けたネツは、軽い口調でデスメラモンにヤジを飛ばす。

 そんなネツの言葉を聞いて、デスメラモンも嬉しそうに返していた。

 二人は、この戦いという名の遊びを楽しんでいる。これが戦いであることを理解しながらも、命懸けではないと判断している。だからこそキメラモン“で”遊ぶ余裕がある。

 そんなこの二人の場違いな雰囲気が、なおのことキメラモンは気に障って――だからこそ、キメラモンは気づけなかった。先ほどのネツの言葉の中にあった、重要な一言に。

 

「“ヒートバイパー”!」

「はっ。なるほどな!」

 

 何度目になるかもわからないキメラモンの熱線を躱したデスメラモンは、何かに納得したかのように呟いた。ニヤニヤと気持ち悪い笑みも同時に浮かべている。

 そんなデスメラモンが何を考えているのか、不機嫌になっていて冷静さを失っているデスメラモンは気づけなかった。だからこそ、不用意にそれをしてしまった。

 

「いい加減に死ね!“ヒート――!」

 

 そして、再びキメラモンが熱線を放とうとしたその瞬間に、デスメラモンは動く。

 

「もう喰らうかよォ!“へヴィーメタルファイアー”!」

「――バ……なっ!?」

 

 デスメラモンが放ったのは、自身の必殺技。体内で溶かした重金属を敵に吐きかける技だ。

 絶妙なタイミングで放たれたデスメラモンの攻撃。攻撃を放とうとしていた瞬間の僅かな隙を突かれたキメラモンに、それを躱すことはできなかった。

 高温の液体となった金属が、キメラモンに降りかかる。

 デスメラモンのその技の威力は、キメラモンのそれのように高威力だったわけではない。キメラモンを一撃で倒すことができるほどのものではなかった。

 

「っく……!」

 

 だが、その体に降りかかった溶けた重金属によって、キメラモンの体は焼け爛れてしまっている。さらにキメラモンを襲う、全身を削られるかのような鈍い痛み。

 さすがは完全体の必殺技と言うべきか。痛みを無視すれば、戦闘も可能だろう。だが、キメラモンにそこまでのことはできなかった。これでは平時と同じような戦い方は不可能であるし、先ほどまでのような必殺技乱発のような戦い方も不可能だ。

 

「あはは!本当に間抜けだ!ほんっと弱いな!本当に良い経験値だ!」

「……お前!」

「しっかし、ネツはよくわかったなァ!」

「そりゃ、お前が脳筋だからだ!中ボスは倒しやすいようになっているのが当然だからな!どこかに倒しやすい弱点があるもんさ!」

「へェ……わっかんねェな」

 

 ネツとデスメラモンは勝ちを確信しているのだろう。気楽に会話している。

 実は、先ほどのデスメラモンの攻撃は、ネツのアドバイスに従って放たれたものであった。

 ネツは、キメラモンが必殺技を放つ時、微妙に腕の動きが変わる予備動作のような癖があることに気づいていたのだ。だからこそ、そこを突けとアドバイスした。

 予備動作があるのならば、それに対応することなどデスメラモンには簡単なこと。キメラモンはそのアドバイスに従って、攻撃。

 その結果として、ネツの予想した通りに、キメラモンはデスメラモンの攻撃を喰らう結果となった。

 

「殺す!」

「はっ……ゆっくりと燃やしてやるよォ!」

 

 ネツの語った言葉の中にあったアドバイスに気づけず、高威力というだけの癖付きのわかりやすい攻撃を連発していたキメラモンだ。中ボスだの、倒しやすいだの、ネツたちに散々言われても仕方がない。

 だが、それで納得できるかというと別問題である。キメラモンには、我慢の限界が来ていたのだ。だからこそ、先ほどよりも殺気立ってネツたちを睨むが、その身に負ったダメージのせいでうまく動くことができていない。

 

「おらァ!」

「ぐぅ!」

 

 そんなキメラモンの顎に、デスメラモンの炎を纏った拳が突き刺さる。

 キメラモンの頭はその特徴上、その体の中で最も硬い部位の一つであるが、そんな硬さをもってしてもそれなりのダメージがあったほどの殴打。一瞬、キメラモンには星が見えた。文字だけ見れば、よく漫画であるようなコミカルな感じなのだが、実際はそんな感じではない。殴打された瞬間に、真っ白になった視界。キメラモンには、正しく星が目の前に現れたように見えていた。

 とはいえ、だからといってキメラモンも黙って殴られたままで済ますつもりはない。体中から感じるジクジクとした痛みに顔を顰めながらも、キメラモンも四つの拳を突き出した。が、痛みのせいか、やはり動きが鈍い。

 

「そんなヘナチョコパンチを喰らうかよォ!さっさと燃やされろォ!」

「ぐぅううう……舐めるなァっ!」

「はっ!いいねェ!抵抗されると余計燃やし甲斐を感じるぜェ!」

「おーい、さっさと燃やしちまえよー!」

 

 後ろから飛んでくるネツの呑気な声。そんな声を出している辺り、やはり勝ちを確信しているとしか思えない。が、まあ、それも仕方ないことだろう。

 キメラモンには大ダメージを負っていて、さらに動きが鈍い。一方で、デスメラモンはまだ一撃もまともに受けておらず、健在状態。

 どちらが有利か不利かなど一目瞭然。とはいえ、窮鼠猫を噛むという言葉もあるように、勝ちを確信するには早すぎるが。

 

「……それじゃァ!これでしめェだ。いい声でわめいてくれよォ!」

「おぉおお!行けいけ行けェ!」

「……っく!」

 

 トドメとばかりに、全身の炎を激しく燃焼させるデスメラモン。

 そんなデスメラモンに対して、負けてたまるかという反抗の意思を見せているのだろう。キメラモンは、鈍い動きながらも動き、そしてデスメラモンのことを睨んでいた。

 そんな両者とは対照的に、いよいよこの戦いの最後を感じ取って、ネツはテンションを上げていく。凄い浮かれようである。きっと、今のネツの心境は、強敵を打ち破り、新たなステージへと向かうことを期待してゲームをプレイする少年のような心境だろう。

 だが、そんなネツは――いや、この場の誰もが、目の前にあることに精一杯になっていたが故に、気づけなかった。地鳴りと共にこの場に近づいてくる足音に。

 

「やれ――っ!?」

「グギャァアアアアアアアア!」

 

 乱入してきたのは、その腕に勇とピヨモンを乗せたスカルグレイモンだ。

 いきなりの乱入に驚く面々を無視して、スカルグレイモンはデスメラモンを力一杯に殴り飛ばす。

 その瞬間に、戦いの邪魔になってはいけないと思って、勇とピヨモンはスカルグレイモンの腕から地面に飛び降りた。

 

「おい!デスメラモンが敵なんだよな!?アイツは……?零って奴は……!?」

「きききキメラモン!?」

 

 飛び降りた勇は、すぐさま助けようとしていた零のことを探したが、いるのはキメラモンだけ。ピヨモンにどうなっているのかと聞いても、当のピヨモンはキメラモンに対する恐怖があるのか、震えていて話にならない。

 勇たちはこの場に乱入した側であるが、この事態の把握ができず、混乱していた。

 一方で、スカルグレイモンの乱入によって多少冷静になったキメラモンは、自分の獲物を取られたことにイラつきながらも、デスメラモンを圧倒するその姿を見て零の姿へと戻った。自分の存在など必要ないとわかったが故に。

 

「キメラ……って零?え?零!?」

「他の誰に見える?」

「えぇ!?零がキメラモンで、キメラモンが零で……え?ぇええええ!?」

「っち。うるさいな」

「コイツが零なのか?」

「なななんで勇は驚いてないの!?」

「いや、ただの人間なのにデジモンと素で戦える人を知ってるからな。今更デジモンが人間になったくらいで驚かないよ」

 

 デジモンが人間になる。そんなトンデモ現象を前にして、ピヨモンは大混乱している。一方で、勇はどこか遠い目をしてその現実を受け入れていたりもするのだが。

 そんな二人を見て、鬱陶しい奴らだ、と零は余計にイラついていたりもした。

 

「っち。まぁいい。なんで戻ってきやがった……?」

「だって、零が危ないから……!」

「くそっ。余計な世話を……!」

「なによ!やられそうになってたくせに!」

 

 確かに、デスメラモンに零はやられそうになっていた。客観的に見れば、零は助けられたことになるだろう。それでも、零は助けられたことを認めたくはなかったし、礼を言うつもりもなかった。それは、零のプライドが許さなかった。

 一方で、そんな素直ではない零に対して、ピヨモンは若干の怒りを抱いていた。

 まあ、確かに、零は助けてなど言ってはいないし、全部ピヨモンの勝手にしたことではあるが――曲がりなりにも危険な場に助けに来た身として、そんな言い方をされてしまえば腹が立つのも仕方のないことだろう。

 

「そういうのを好意の押し付けとか、偽善とか言うんだよ」

「むきー!そんなんだから友達少ないのよ!」

「別に友達を必要とした覚えはない」

「……まぁまぁ。落ち着いて」

 

 傍から見ていて険悪な、それでいてどこか慣れた風にも見えるやり取り。

 この二人の仲が良いのか悪いのかは、付き合いの浅い勇にはわからないことだったが、とりあえず勇は二人を落ち着けることにした。

 

「……お前は」

「オラは日向勇!こんな時で難だけど、よろしくな!」

「零だ。よろしくするつもりはない」

「あはは……」

「……おい、勇。あれはお前のパートナーか?」

「ああ。今ちょっと大変なことになっちまってるけど、オラの大切なパートナーだ」

「そうか」

 

 スカルグレイモンを見つめる勇のその目にも、勇の語るその言葉にも、そのすべてに惜しみない全幅の信頼が込められていた。

 それがわかったからこそ、零はデスメラモンと戦うスカルグレイモンの姿を複雑な表情で見つめていて。

 

「……そうか」

「……」

 

 そうして、複雑な表情でそう呟く零の後ろ姿を、ピヨモンも同じように複雑な表情で見つめていたのだった。

 




夏休みを最大限に利用してストックを貯め続け、そろそろクライマックスが視野に入ってきたこの頃。
プロットは決まってるはずなのに、そこまでの道が見えずに悩んでいます。
どうしても……なんか足りない気がするんですよね。

とまあ、そんな自分の愚痴はともかくとして……そういうわけで、第八十話。
相変わらず弱い零くんの戦闘シーン回でした。そろそろキメラモンが可哀想になってきましたね。
彼がはっちゃける日はいつか来るのでしょうか……?

さて、次回はスカルグレイモンの戦闘シーン回ですね。
そろそろこの章の終わりも見えてきました。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第八十一話~知らなかったようで、知っていたその人~

 勇と零が出会ったその頃、スカルグレイモンとデスメラモンは激戦を繰り広げていた。

 

「グギャアアアアアア!」

「おらァあ!燃えろォ!」

 

 迫り来るスカルグレイモンの太い腕。

 それを、デスメラモンは躱す。そして、躱した瞬間に、彼は自慢の炎でもってスカルグレイモンを焼こうとした。が、その炎は効果をなさなかった。

 いや、正確に言えば効いてはいる。だが、その効果があまりにも小さなもので、効いていないのも同然だった。

 そんな現状に、デスメラモンは内心でムカついていた。確かに、デスメラモンは何かを燃やしたい願望がある。それが燃やし甲斐のあるものならば尚更。だからこそ、強いデジモンを燃やしたいとは思っている。

 

「っく!てめェみたいな()()()()()()()()()はお呼びじゃねェッ!」

 

 だが、デスメラモンは燃やしたいだけなのだ。それだけを求めているのだ。だからこそ、自分の力では燃やすことができないような、強“すぎる”デジモンには興味がない。

 そういう意味では、零ことキメラモンはデスメラモンにとって絶好の獲物だったと言えるだろう。完全体という強いデジモンでありながら、その割には弱いキメラモンは。

 逆に強すぎて、かつ痛みを感じていないような感じさえあるスカルグレイモンは、デスメラモンにとってこれ以上ないくらいに戦う意味の感じられない相手だった。

 

「……中ボスと戦ってたらラスボスが乱入してきたって感じかよ!?いい加減にしろ!スカルグレイモンなんて、勇気の奴だけで十分だっての!」

「言ってる場合かァ!ネツゥ!何とかしやがれ!」

「わかってるよ!弱点はむき出しの胸部だ!だけど気をつけろ!」

「あいよォ!」

 

 カモな経験値(キメラモン)相手に楽に戦えていたはずであるのに、いつの間にか乱入してきた強敵(スカルグレイモン)相手に圧倒されている。そんな現状に、ネツは混乱し、されど必死に頭を動かして打開策を練っていた。

 キメラモンの姿は見えないが、逃げたのではないのならこの場にまだいるはずである。そのことを考えれば、ネツでさえ撤退は厳しいと判断するしかない。

 とあれば、ネツたちがこの場を切り抜けるためには、デスメラモンがスカルグレイモンを倒すというのがいい。のだが、()()()()()()散々トラウマを刻まれた身として、ネツはデスメラモンがスカルグレイモンを倒す光景が想像できなかった。

 

「……くそっ!わかりやすい経験値はやっぱり罠だったのか!?やっぱ地道にやってくのが正道とでも言うのかよ!」

 

 理不尽な現状に愚痴りながら、ネツは必死に頭を動かす。

 確かに、撤退も打倒も難しい。だが、ここで負けるということはすなわちゲームオーバーになるということ。そう思っているからこそ、ネツは頭を動かし続け、その戦闘を見続け、決定的な何かを探し続ける。

 

「こんな楽しいゲーム……ゲームオーバーになってたまるか!負けるなよ!デスメラモン!」

「誰が負けるかァ!」

「グギャァアアアアアアアア!」

 

 咆哮する外見バケモノなスカルグレイモンに、不屈の心で立ち向かうネツとデスメラモンは、傍から見ていれば勇者のようにも見える。が、その背後にある事情を考えれば、はたしてネツたちが勇者と言われるに相応しいかどうかなど、わかりきったことでもあった。

 

「そうだ……溜め続けろ!」

「はっ……なるほどなァ!“ヘヴィーメタルゥ――」

 

 名案を思い付いた。そんな明るい声色でもって告げられたネツの言葉に、ハッとなって何かに気づいたデスメラモンは、すぐさまそれを実行に移す。

 ネツの言葉通りに、デスメラモンは自身の体内で溶かした重金属を速攻で吐き出さず、ひたすら体内に溜め続けたのだ。

 

「――ファイアー”!」

 

 そうして、限界まで溶かした重金属を体内に溜め続けたデスメラモンは、頃合いを見て自身の必殺技を再度放つ。限界まで溜め続けただけあって、デスメラモンの口から吐き出された重金属の量は、先ほどキメラモンに吐き出した時の量の比ではないほどに多かった。

 そんな大量の溶けた重金属がスカルグレイモンめがけて殺到して――。

 

「……!グギャァアアアアアア!」

 

 スカルグレイモンも、その技には脅威を感じたのだろう。その太い腕で防御の姿勢をとる。

 だが、はっきり言って()()()()。腕を使って防御姿勢をとったまではいいが、致命的に防御可能面積が足りていなかった。この程度の防御範囲では、迫り来る大量の重金属すべてを防ぎきれない。

 しかも、迫り来る重金属は溶けたもの。つまりは液体だ。防御に隙間があるのならば、そこからその奥へと侵入することだってある。

 つまり。

 

「グガギャァアアアアア!」

 

 つまり、高温かつ液体のそれは、スカルグレイモンの腕をすり抜けたのだ。すり抜けた重金属は、その勢いのままに、スカルグレイモンの胸部へと付着する。そう。むき出しの心臓部があるその胸部へと。

 さすがのスカルグレイモンもこれは痛かったらしい。その咆哮は、いつもと同じながらも、どこか苦しみのようなものが混ざっていた。

 

「グガギャッギャァガアア!」

「はっ……ざまあみやがれェ!燃やし甲斐のない奴だと思ってたが……存外にいい声で叫ぶじゃねェか!」

「勝った……のか!?」

 

 苦しみにのた打ち回るスカルグレイモンの姿を前に、肩で息をしながらニヤリと嗤うデスメラモン。トラウマを植え付けられたほどの相手に、勝つことができた喜びを隠せないネツ。

 目の前の光景に、二人はそれぞれの仕方で喜びを露わにして――。

 

「スカルグレイモン!今だ!」

 

 その直後に二人の耳に届いた、聞き慣れているようで聞き慣れぬ声。その声にハッとなった時には、もう遅かった。

 ネツとデスメラモンの二人が最後に見たのは、自分たちめがけて振るわれた巨大な拳。そして、怒りに染まったスカルグレイモンの瞳だった。

 

「がっ……ちきしょう……!やりやがったなァ!」

「くそ……ゲームオーバー……かよ……」

 

 衝撃。そして、轟音。

 訳も分からずにネツたち二人は吹き飛ばされて、気絶した。

 スカルグレイモンの拳を直接喰らったデスメラモンは、死んではいないようだが重体。

 一方のネツも、発生した余波で吹っ飛ばされた。しかも、受け身も取れずに地面にたたきつけられたのだ。肋骨が何本か折れているだろう。

 それがこの戦いの結末だった。

 

「ふぅう。悪いな。無茶させちゃって」

「グルアアアアア」

 

 そうして、ネツとデスメラモンの様子を確かめた勇は、スカルグレイモンの労をねぎらう。そんなスカルグレイモンの声は、進化してから最も厳しいもののように感じられて。

 正に肉を切らせて骨を断つとしか言いようのない無茶苦茶な作戦を立てたことを責めているのかな、と。

 そう思った勇は、スカルグレイモンに申し訳ない気持ちを抱きながらも、同時に久しぶりに感情の通ったコミュニケーションをとれた気がしていた。悪いとは思いつつも、少しだけ嬉しくなっていたのだ。

 とはいえ、理性が失われているスカルグレイモンがそう思うことなどないということは、勇もわかってはいるのだが。

 

「ピヨー!?」

「どうかしたのか?」

 

 だが、そんな時、背後でピヨモンの叫び声が聞こえて、勇は慌てて振り返った。

 まさか、まだネツやデスメラモンが無事だったのか、と。そう僅かに緊張感を抱きながら。

 そうして――。

 

「いない!」

「……はい?」

 

 そうして、バッと勢いよく振り返った勇が見たものは、驚き悔しがるピヨモンの姿だった。

 何かあったのだろうか、と。特に問題の見当たらないその光景に首を傾げながらも、一瞬の間を置いて勇は気づいた。そこにいたのは、ピヨモンだけだということに。

 

「零がいないのよ!」

「ああ……そういえば……!」

 

 そう。零の姿がどこにもなかったのだ。

 実は、零はスカルグレイモンがデスメラモンを倒したその瞬間に、もう用はないとばかりに彼はこの場を去っていっていたのである。

 そのことに、ピヨモンは今更ながらに気づいたのだ。零と親交があったというだけあって、何の言葉もなく去られたのは予想通りでもあったのかもしれない。

 だが、それでも、ピヨモンはずいぶんと悔しそうだった。

 

「まぁ、いつか会えるって」

「……絶対会えない……っていうか、向こうが会おうとしない気がする」

「あはは……」

 

 零はわかりやすい性格をしているというのか。なかなかどうして、勇も零の気難しさについては先ほどの一瞬の会話で悟ったようである。ピヨモンの言葉には、勇も苦笑いを浮かべることしかできなかった。

 ともあれ、一番の功労者を傷ついたままで放っておく訳にもいかない。勇はいざという時のために持っていた塗り薬用の薬草を取り出して、スカルグレイモンに塗りつける。さすがに手持ちの量は心もとないが、それでもないよりはマシだろう。

 

「スカルグレイモン!傷が深いだろ!薬草を塗らせてくれ!」

 

 そう言って、動かないように命令しながら、勇はスカルグレイモンに薬草を塗りつけていく。

 硬い骨が全身であるだけあって、身体の大半の傷は勇から見てもたいしたことはない。だが、一つだけ。その胸の心臓部分の傷だけは、ひときわ痛ましいものだった。

 自分が零と話していたせいでこうなってしまったことに、勇はスカルグレイモンに対して申し訳ない気持ちを抱きながら、丁寧に、それでいてありったけの量の薬草を塗っていく。

 だが――。

 

「グギャ……グギャァアアアアアアア!」

「うわっ……!ごめん!痛かったか!」

 

 だが、傷が深かったからか、それとも弱点であるむき出しの心臓部だったからか、思った以上に薬草は染みたようである。

 勇に動くなと言われていることすら忘れるほどだったのだろう。思わず痛みに身を捩り、苦しみの声を上げてしまったスカルグレイモンだった。

 さて、そんなこんなで、数分後。いろいろとあったが、無事にスカルグレイモンも落ち着いて、この場であとに残ることはもうそんなに多くない。

 

「で、こいつらどうする?」

 

 その一つが、このネツたちの今後である。

 とはいえ、もう決まっているようなものだったが。

 

「そのうち私たちの街のデジモンたちが来るはずだから……その時に捕まえるわ」

「ふぅん?……まさかね」

「どうかしたの?あ、ひょっとして知り合いだった……?」

 

 そうして、気を失ったネツの顔を見て、何かを思い出しているかのような表情をした勇。

 そんな勇を前にして不安になったピヨモンは、声をかける。悪人だとは言っても、さすがに助けを乞うた者の知り合いを捕まえるのは後味が悪いと思ったのだ。

 とはいえ、まあ、真実がどうであっても、後味が悪くとも、結局はどうにもできないのだが。

 

「……いや、知り合いじゃない、はず」

「自信なさげね?」

「うーん……いや、デスメラモンをパートナーにしている奴に心当たりはあるんだけどなぁ……」

「じゃ、やっぱり知り合い?」

「アイツはこんな非道な奴じゃない、と思う。……リアルで会ってないからわからんけど」

「りある?」

 

 勇の言う心当たりとは、ゲーム時代の勇の知り合いのことである。ランキング第五位のプレイヤーで、自分のパートナーを完全体に進化させた数少ないプレイヤーのうちの一人。そのプレイヤー名をネツネツ。勇とも何回も戦った仲である。

 とはいえ、ゲームの中でしか会ったことがなかったとはいえ、ネツネツがこんな非道なことをする人間だとは勇も思わなかった。自信はないが。

 

「思えば……そんな兆候があった気も……」

 

 やっぱり、自信はない。この気絶しているネツとネツネツが同一人物であるかは。

 とはいえ、例えこの気絶しているネツがネツネツと同一人物であったとしても、許されざることをした人間を庇う気は勇にもない。

 だからこそ、勇も気絶したネツとデスメラモンを見捨てる。そこには、同じ人間だからとか、そんな同種族間の同情などこれっぽっちもなかった。

 ちなみに、そんな勇を前にして、ピヨモンも若干の複雑な気持ちを抱いていたりする。

 

「ま、あとは任せるよ。オラたちは森に戻る」

「えぇっ!?なんで!?」

 

 ずいっと。その嘴が当たるくらいの距離まで顔を近づけてくるピヨモン。そこには、今日出会った時にはあった遠慮というモノがなくなっていた。まあ、それはいつの間にか敬語やさん付けがなくなっている時点で今更なのだが。

 そんなピヨモンを前にして、地味に恐怖を煽る眼前に広がる嘴を躱しながら、勇も苦笑する。勇とて、できれば最後まで見届けたい。だが、ちゃんと行かなければならない理由があるのだ。

 

「あー……やっぱ、オラがここにいるわけにはいかないからな」

「えっ!?そんなことないわ!だって、勇たちはヒーロー……“たち”?」

「そ」

 

 自分たちの恩人を何の礼もせず見送るのは恩知らずのすることだ。

 だからこそ、ピヨモンは勇を引き止めようとしていた。だが、そうして勇を引き止めようとあれこれと言って、そこでようやくピヨモンも気づいた。自分で言った言葉の中に、その答えがあったことに。

 そうして、すべてを悟ったピヨモンは、勇を見る。勇は苦笑しながらも、ピヨモンの後ろを見ていた。

 

「……」

「……」

「グルア?」

 

 そう。ピヨモンの後ろにいるスカルグレイモンのことを。

 勇の命令があって、今は動きを止めている。だが、一度に大勢のデジモンたちが周りに現れれば、さすがに勇が止める前に暴走し始めるだろう。

 さすがに、それは勇も嫌だ。だからこそ、早くここを離れなければならない。騒ぎの収束を知ったデジモンたちが集まってきて、スカルグレイモンが誰かを傷つける前に。

 

「……わかった。でも!」

「でも……?」

「まだ森に入るんでしょ!?」

「しばらくはね」

「じゃ、そのうちにお礼をしに行くから!それまでどっか行かないでよ!」

 

 もう二回もスカルグレイモンに襲われているというのに、それでもなおピヨモンは勇たちに会いに来るつもりらしい。

 そんなピヨモンに呆れながらも、理由や経緯はどうあれ、スカルグレイモンとも交流を持ってくれる者がいることに、勇は内心で嬉しく思っていた。

 

「そりゃ、会いに来てくれるのは嬉しいけど、無理はするなよ?オラたちは別に礼が欲しくて助けたわけじゃないし……」

「いいから!」

「……わかったよ。それじゃ、またな」

「グギャァアアアアアアアアア!」

 

 そうして、スカルグレイモンに連れられて、勇は森へと戻っていく。そんな勇の後ろ姿をピヨモンは見送ったのだった。

 ちなみに――。

 

「ピピ。ヨロシイノデスカ?」

「ふん……」

 

 ハグルモンと零の二人は、そんなピヨモンと勇たちの別れを陰ながらに見届けて、それからこの街を去っていったのだが、それはほんの余談である。

 




というわけで、第八十一話。
この前来た久しぶりの感想でテンションが上がってお送りしました!
……いや、話自体はずいぶんと前からのストックで更新したんですけどね。

ともあれ、これにて勇と零編は終わり。
次回、あの少女の一話が入って、この第六章は終わりとなります。
長かったですね。

それでは次回もよろしくお願いします!


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第八十二話~懐かしの場所にて~

 大成たちがスレイヤードラモンに連れられて学術院の街を出て行った数日後のある日のこと。

 大成たちが留守にしている学術院の街では――。

 

「……」

「我が主が暇そうにしていらっしゃる!?っく。かくなる上は……!」

 

 学術院の街では、一人残った片成が拗ねていた。

 まあ、何故そうなっているのかは、誰にでも予想がつくことだろう。片成は一人だけ仲間外れにされたことを拗ねているのだ。

 しかも、食料や寝床など、いくらでも気にすることのある外とは違って、ここはそういったことがほとんど存在しない街の中。ついでに言えば、この世界は人間の世界のように平和と娯楽に溢れていることがイコールで結ばれているわけではなく。

 結論から言って、片成は余計に退屈だった。

 

「……」

「しかし……我が主を喜ばせるようなことは……っく!……おや、出るのですか?」

「……う、ん」

 

 ともあれ、暇であるからといって、一日中宿に篭もりっぱなしだというのもアレだ。健康に良くない。年頃の女の子としてそう思ったからこそ、片成は宿を出て、散歩へと繰り出した。

 

「……」

 

 まあ、散歩に出たからといって、早々面白いことがあるわけでもないのだが。せいぜい遠くから猿の気持ち悪い歌声が聞こえてくるくらいである。

 大成たちと違って、この街に知り合いといった知り合いがいない片成は、暇つぶしとして知り合いを訪ねるという選択肢すらない。

 結果として、十数分もの間歩き続けた片成だったが、これといった収穫はなかった。とはいえ、元々暇つぶしでの散歩だ。散歩に収穫を求める方が間違っているし、そのことを片成もわかっている。

 

「……疲れ、た」

「む!?ならば!私が宿まで連れて行きましょうぞ!」

「い……い、です。あそ……こで……」

 

 ただ呟いただけであったのに、その呟きが聞こえたエンジェモンは、片成のためを思って暴走する。

 まだ帰るつもりはなかった片成は、そんなエンジェモンの好意(暴走)を止めながら、前方に見える公園らしき広場へと向かって行く。今が散歩中ということもあって、片成はそこで休憩するつもりだった。

 そうして、公園へと入った片成。

 その公園は、遊具があるような所謂“遊べる公園”ではなかった。花や木々、ベンチに噴水といったものがある――言うなれば、雰囲気の良い公園だった。

 

「よい……しょ……」

「大丈夫ですか!?」

「大……丈夫……ちょっと……休憩す、るだけ……だから」

 

 適当なベンチに座った片成は、しばらくは公園の噴水や花を楽んでいた。

 なかなか飽きない、雰囲気の良い公園だ、と。初めて見つけた公園だったが、思いのほかいい場所だったことに、片成はご機嫌だった。

 こういった落ち着いた雰囲気の場所では静かにゆっくりしたくなる、と。そう思ったからこそ、片成はその鞄に詰め込んでいた本を取り出して、そのまま読み始めた。

 まあ、ゆっくりしたくなったと思っている割に――読んでいる本はいつものごとくアレなのだが。

 

「……」

「さすが我が主……!こんな時でも知識を深めていらっしゃるとは……!」

 

 邪魔すると悪いと思っているのか、片成に聞こえないほど小さな声で言うエンジェモン。

 本の題名が見えているはずなのに、そう言えるエンジェモンだ。きっと彼のその目には何か特殊なフィルターがかかっているのだろう。

 ともあれ、しばらくの間、二人の間には静かな時間が流れていっていた。

 

「きゃっきゃっ!こっちこっち!」

「わー!まーてー!」

「鬼さんこちら!手のなるほうへ!」

「待ってよ~旅人~!もうちょっとだけ~!」

 

 若干変なのも混じっていたが、遠くで聞こえる幼いデジモンたちの喧騒が、なおのこと耳に心地いい。片成たちはそう感じていた。人間でも、デジモンでも、子供たちの騒ぎ声というのは、煩わしくも感じることもあれば、微笑ましく感じることもあるものである。

 顔を上げて、そんな光景を見る片成。遠くには、追いかけっこをしている幼年期くらいのデジモンたちと――それに混じっている巨大な赤と白の獣竜。

 

「……」

 

 傍目には襲っているようにしか見えない。が、幼いデジモンたちの笑い声が聞こえてくるあたり、襲っているわけではないのだろう。

 幼い者たちに癒されたと思っていたら、いたのは大きな子供。いや、幼い者もいるにはいたが、片成が想像していた光景とはちょっと違った。

 引率の先生でも、子供たちに付き合うお兄さんでもない。大真面目に子供に混ざる大きな子供。実際の状況はわからないが、そんな光景を前にして、なぜかそう思ってしまった片成。

 

「……何なのですかな……?」

「……さぁ」

 

 真相はどうあれ、片成たちが微妙な気持ちになってしまったことだけは確かだった。

 そんないろいろな意味で幼いモノたちから目を外し、再び読書を始めようとする片成。だが、もう一度本を読むことは片成にはできなかった。

 片成は気づいたのだ。本へと目を移した自分の下に、誰かが近づいてくるのが。勘違いかもしれないが、真っ直ぐに自分の下へとやって来るその誰かの気配。そのことが気になって仕方なかった片成は内心で緊張していて、もはや本を読む余裕はなかった。

 できれば、自分の下を通り過ぎてください、と。本を読むフリをして、人見知りの者が考える典型的なことを祈りながら、片成はジッとその時を待つ。

 だが、まあ――。

 

「……」

「我が主に何か用か?」

「そう」

 

 だが、まあ、そんな片成の思いは届かなかったのだが。

 近づいてきたその誰かは、片成の前で立ち止まったのである。

 ジッと本を読むフリをしている片成には、自分の目の前に立つその誰かがどのような者なのかはわからない。だが、声の内容を聞けば、片成に用があると言っている。であれば、今のように無視し続ける訳にもいかなかった。

 だからこそ、片成は勇気を出して顔を上げ、自分の目の前にいる人物を見て――。

 

「……えっ……と?」

 

 一瞬、片成は言葉を失った。その人物に見惚れてしまったと言ってもいい。

 なにせ、そこにいたのは白く長い髪の美しい少女だったのだから。

 彼女は、どこか常人とは違うような雰囲気の少女だった。純白のドレスを身に纏っているその少女は、その仮面のような無表情やその身の美しさも相まって、どこか人形のようにも見える。

 そんな彼女のことを一言でいえば、現実離れしていると言えるだろう。

 

「私。ナム」

「ナム……さん……?私は……」

「知ってる。片成」

 

 感情を感じさせないほどの抑揚のないナムのその声。その無表情も合わさって、怖い。

 先ほど見惚れていた自分が嘘に思えてしまうほど、片成はナムのことが怖かったし、現状に対する混乱もひどかった。

 ナムの現実離れした美しさとか、怖さとか、自身のコミュニケーション能力の低さとか、そんなさまざまな理由で。

 

「あわ……えぇ!?……あぅ……」

「……不思議な者だな。それで、我が主に何の用だ。我が主に代わって尋ねるが?」

「一緒に歩く。少し」

 

 ナムの言葉には、有無を言わせない迫力があった。だからこそ、混乱の中にある片成も、あのエンジェモンでさえも、素直に従った。

 断れる可能性を微塵にも思っていないのだろう。ナムは、片成を置いてさっさと先に歩いていく。

 片成は公園のベンチを立って、急いで駆け出した。先に行ったナムに置いて行かれ、彼女を待たせないようにという配慮だ。

 とはいえ、結論から言えばその必要はなかった。ナムは少し歩いたところで立ち止まり、何かを見ていたから。

 

「……知り合いがいるのか?」

「いる」

「会っていかなくていいのか?」

「別にいい。その機会はまた来る」

 

 ナムが見ていたのは、先ほどの幼いデジモンたちと巨大な獣竜の戯れの光景。

 無表情でジッとその光景を見ていたから、何を考えているのかは片成にも、エンジェモンにもわからない。だが、見ていたからには何かあるのだろう、と。

 そう思って、エンジェモンが切り出したのだったが、まあ、その意味はあまりなかったようである。

 

「早く行く」

「……えっ……と……どこ……へ?」

「来ればわかる」

「あぅ……」

 

 片成の言葉にも答えず、我の道を行くナム。それに加えて、無表情かつ短い言葉で会話を片付けるその癖。それらのせいで、片成はナムのことが早くも苦手となっていた。

 まあ、苦手とは言っても、片成は内心でそんなナムに軽い尊敬を覚えていたりもしたのだが。

 そう。無表情で、かつ、会話に難があるというのに、我を貫ける。表面的に見れば、自分と似たような人物でありながら、それでもどこか清々しさを感じさせるナム。そんなナムの性格を、片成は羨ましく思い、尊敬したのである。

 

「……エンジェ、モン……?」

 

 そういえば、ナムの態度は見方を変えれば、片成のことを邪険に扱っているとも取れるというのに、皮肉系過保護のエンジェモンが何も反応していない。珍しいこともあるものだ。

 片成も、いつもと違うそんなエンジェモンに違和感を抱いていた。

 

「むっ!そのような顔をなさらずとも私めは大丈夫ですぞ!」

 

 とはいえ、片成に対してはいつも通りのようだ。では、片成に対してというより、ナムに対してエンジェモンは感じるところがあるのだろう。そのことに、うっすらと片成は気づいていた。

 まあ、エンジェモン自身、自分自身の違和感には気づいていても、ナムにこそ原因であると思い当たっていても、どうして自分がこうなっているのかはわかってはいないようだが。

 

「あの……そろ、そろ……どこに……」

「まだ」

「え……えぇ!?」

 

 そんなこんなで、歩くこと数十分。

 会話がないという気まずい空気のせいで精神的な疲労を抱いていた片成は、結構な速さで歩くナムにひたすらついて来ていたために、そろそろ徐々に溜まっていた肉体的な疲労の方もキツくなってきていた。

 一方で、ナムは疲れた様子をこれっぽっちも見せていない。片成とは対照的である。

 そうして、そこからさらに数分後。

 

「ここでいい」

「……え……あの……」

 

 ようやくこの謎の時間にも終わりが訪れることになった。

 もうここまででいい、と。そう言ったナムは、今にもどこかへと行こうしていた。

 用があると言うくらいだから、てっきり片成はどこかへと連れて行かれたり、何かを話してきたりすると思っていたのに。何と言うか、拍子抜けだった。

 

「貴女はなぜ我が主を連れ回したのだ?」

「……。別に。興味があった。少しだけ。招かれざる人間“たち”に」

「……?招か、れ……ざる?」

「知らなくていい。いつか知る」

 

 変わらずの無表情で、淡々と告げるナム。先ほどまでとは何一つ変わってはいない。

 だが、片成には、どこかナムが真面目な雰囲気でいるように思えていた。だからこそ、片成にはナムが今言っていることが重要な何かだと思えたのである。

 ナムの言っていることは、核心部分が隠されていて、酷くわかりづらい。それでも、わからないなりにナムの言っていることを覚えておこう、と。そんなことを思った片成は、ナムに別れを告げようと口を開いて――。

 

「えっ……?」

「む……?」

 

 その直後には、ナムの姿はどこにもなかった。

 現れたのも突然だったが、いなくなるのも突然だった。ナムという少女は、正に神出鬼没と言える少女だったのである。

 そして、そんな不思議な出会いと不思議な別れを経験した片成は、しばらくその場でナムという不思議な少女の面影を追う。

 片成たちが再起動したのはこの数分後のことだった。

 

「……戻……ろ、う?」

「ですな」

 

 ナムとの別れた後、片成はエンジェモンと元来た道を戻り始める。

 思いがけない出会いを経験した片成だったが、元々の目的は暇つぶしで散歩である。散歩にしては随分と疲れてしまったが、不思議と悪い気がしていない片成。彼女は、少し機嫌良くなりながら歩く。そこには、先ほどまでのように、肉体的、精神的共に疲れていたという感じは見受けられない。

 そうして、歩き続ける片成だったが――。

 

「あれは人間?」

「……ぅ……だれ……?」

 

 そんな片成は、目の前を歩く見知らぬ人間を発見した。

 この世界では、人間という生き物は珍しいはずであるのに。

 とはいえ、まあ、最近は人間という生き物もそれなりにいるし、何よりここはいろいろなものが揃う大きな街の一つだ。何もない場所よりはずっと会う確率は高いだろう。

 だからこそ、見知らぬ人間を見かけても問題はないのだが――。

 

「我が主。どうしますか?」

「……ぅ……ちょっと……遠、周り……する」

 

 片成にとっては、エンジェモンがいるとはいえ、見知らぬ人間と会うというのはハードルが高い。

 片成は、その人間に気づかれないうちに隠れるか、別の道へと迂回するかをして、その人間と鉢合わせしないようにするつもりだ。

 セコイと言うか、情けないと言うか、何と言うかだが、本人はいたって真面目である。エンジェモンも、片成の為を思って、全面協力するつもりだった。

 まあ、本当に片成の為を思うなら、少しは甘やかさないことも重要であるはずなのだが。

 

「では、我が主!こちらへ……!」

「う、ん……」

「私めが奴の気を引いておりますので!」

「ありが、とう」

「……!勿体無いお言葉!」

 

 そうして、片成の言葉に勇気づけられたエンジェモンは、決死の作戦もかくやという顔で、その人間の下へと歩いて行く。片成も祈るような心持ちでエンジェモンを見送った。

 繰り返すが、客観的に見ればアホとしか言いようがないことだろうと、本人たちはいたって大真面目である。それ故に、始末が悪いとも言えるかもしれない。

 ともあれ、片成が動き出したのを感じて、それからエンジェモンはその人間へと話しかけ――。

 

「なぁ、ちょっといいか?」

「っ!?なぜ……!?」

 

 自分が話しかける直前で、エンジェモンは逆に話しかけられた。その人間に。これには、エンジェモンも少し驚いてしまった。

 まあ、一方で、その人間からすれば何を言っているんだという話だったのだが。

 

「いや、さっきからお前らの会話丸聞こえだったし……何か悪いな」

 

 そう。エンジェモンと片成の会話は、この人間には筒抜けだったのである。だからこそ、この人間からすれば、エンジェモンの反応など今更だったのだ。

 

「なっ!?盗み聞き!?これだから下賎な身分の者は……!」

「すごい言われようだな……!」

 

 正直に言ったはずなのに、この言われようである。確かに、この人間のしたことは盗み聞きと言えるかもしれないが、あくまで故意にしたわけではない。だというのに、エンジェモンの言い分は、いくらなんでもあんまりである。

 普通の者ならば、この瞬間に、そんなエンジェモンのことなど冷たい目で見るようになるだろう。前々からそうだが、エンジェモンは敵を作るかのような発言ばかりを繰り返す癖がある。ありすぎる。

 だからだろう。

 

「……あの!」

「ん?」

「我が主……!?なぜ……!?」

 

 見かねた片成が、自分の中にある恐怖を押さえつけてまで飛び出してきたのは。

 エンジェモンはそんな片成の行動に驚いているようだった。それほどまでに、これは今までの片成にはない行動だった。

 まあ、片成も成長しているというべきなのかもしれない。

 というか、片成が飛び出してきたのは、エンジェモンの見当違いな行動に、心配し不安になったからで――とどのつまり、全部エンジェモンのせいである。

 

「汝!我が主に手を出すな!」

「いや、出さないし」

 

 エンジェモンが暴走しやすいタチなのはよくわかったその人間は、とりあえず自己紹介をすることにした。何をするにせよ、すべてはそれからだと思ったのだ。

 

「オレは旅人。よろしくな……えっと……」

「片……成……です」

「我が主!そのような下賎な者に御名を教えなくても!」

「……」

 

 わめくエンジェモンを前にして、その人間――旅人は、苦笑していた。

 いろいろあったが、今日は片成とって出会いの多い日だったと言えるだろう。旅人とエンジェモンの様子を見ながら、片成はほとほと今日という日の不思議さを感じていたのだった。

 




というわけで、第八十二話。

いろいろと振り回されている片成の話でした。
少し中途ですが、これにて第六章は終了となります。

次回からは第七章、今回の続きから始まりますね。

それでは第七章もよろしくお願いします。


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第七章~懐かしの場所にて~
第八十三話~無茶な頼みとその対価~


 いろいろとあったものの、片成と出会った旅人。

 旅人としては、聞きたいこともあって、少しくらい話がしたかった。が、当の片成は旅人との話もそこそこに、エンジェモンを連れてさっさとどこかへと行ってしまった。

 

「……なんかまずいことしたかな」

 

 まるで機嫌を損ねてしまったかのようにも感じるそんな片成の行動。何か失礼をしてしまったか、と。思わず旅人が疑問に思ってしまったのも仕方ないことだろう。

 まあ、今回の件については旅人はこれっぽっちも悪くない。

 片成は単に、初対面の旅人と話し続けるのがキツかったから、さっさと帰ったというだけの話である。

 

「なぁ、どう思う……?」

 

 とはいえ、そんなことを片成と初対面だった旅人が知るはずもない。

 だからこそ、疑問を覚えている旅人は、自分以外の者の意見を聞きたいということもあって、自身の内側にいる者に声をかけたのだが――。

 

「……なあ、聞いてるか?おーい?……ダメか」

 

 だが、その内側のナニカが答えることはなかった。

 実は、旅人の中にいる声だけのナニカは最近ずっとこうだった。少し前まではうるさいくらいに話しかけてきていたというのに、最近は何日かに一度二言三言話せばいい方。

 何が理由なのかはわからないが、五年ほど前から共にいることに慣れていた旅人としては、少し寂しかった。

 

「なんか、嫌な予感がするんだよなー」

 

 まあ、自身の気持ちはどうあれ、自分の中にいるナニカの特殊性を知っている旅人としては、同時に嫌な予感を抱いていたりもしたのだが――それは、ほんの余談である。

 ともあれ、結局は、自分の中にいる者の謎も、片成の行動の謎も、自分が今抱いている問題も、何もかもが解決していない旅人。そんな旅人は、溜息を吐いて歩き出した。

 歩き出して数分。

 

「旅人~!」

「ドル……」

 

 だんだんと近づいてくるかのように、背後から聞こえてくる自分を呼ぶ声。その声が誰のものかわかったからこそ、旅人は冷ややかな目で後ろを振り返った。

 旅人に背後から近づいてくる者。それは、旅人もよく知った、というか知りすぎている者だった。そう。旅人のパートナーであるドルグレモンだ。

 つい先日進化したドルグレモンは、その巨体のせいもあってか、少し窮屈そうながらも、街の中を結構な速度で走ってきている。

 そして、そんな自分のパートナーの姿を見て、旅人は不安だった。いつか、自分のパートナーは人身事故を起こすのではないか、と。実際、今のドルグレモンのサイズならば、小さなデジモンならば気づかないうちに轢いてしまうこともありうるだろう。

 

「うっ……何その目?」

「いや?別にー?」

 

 そんな不安を抱いていた旅人とは対照的に、呑気なドルグレモンは、旅人の下へとやって来て――そして、旅人の冷ややかな目に、呆れたかのような視線を返した。

 どうして自分がそんな目で見られるのか。その理由は、ドルグレモンもわかっている。だからこそ、旅人の冷ややかな視線に呆れたような視線を返したのだ。

 そう。ドルグレモンもわかっているのである。

 

「まだあのこと怒ってるの!?」

「だってさ、誘拐されたって聞いたから、心配して駆けつけたら……アレだぜ?」

 

 自分は悪くなかったことに。

 今の旅人がドルグレモンに冷たく当たっている原因は、先日のピエモンの一件に遡る。あの時、近くにいた旅人は、自分のパートナーが誘拐されたかもしれないということを聞いた。そうして、万が一を考えた旅人は、自分のパートナーを探し出したのだ。

 とはいえ、旅人がドルグレモンの下へと着いた時、すでに事は終わっていた。まあ、普通ならば、旅人の考えすぎだったということは残るものの、めでたしめでたしで終わっただろう。

 だが、問題はこの後にあったのだ。久しぶりに旅人に会えたドルグレモンは――。

 

「だからって、殴ることはないだろ!」

「悪かったって言ってるだろ~!」

「いや、本気で殴られたんだぞ!死ぬわ!」

「死ななかったじゃん!」

 

 そう。久しぶりに旅人に会えたドルグレモンは、自分を置いて行ったという憎しみを込めて、旅人を殴ったのだ。全力で。

 いきなり殴られるなど、旅人は考えていなかった。つまり、無防備だったのだ。無防備な体に、完全体の全力の殴打。正直言って、あの時の旅人は本気で死んだと思った。生きていることを実感して、自身の無事を心の底から喜んだほどだ。

 

「死ななかった?ふざけんな!こっちは肋骨が何本かヒビ入ったんだぞ!あの街の人たちのお礼の薬草がなけりゃどうなってたか!」

「あれ?……って!それだけで済む旅人はどうなってるの!」

「知るか!」

 

 あの時は、五年前に比べて増しているようにすら思える自身の頑丈さに、旅人も首を傾げた。が、あっても困るものじゃないと思い直したのだ。

 そうして、自身の無事に対する安堵、自身の頑丈さに対する疑問、それらをひとしきり感じた旅人が、最後に感じたこと。

 それが、逆恨みなドルグレモンに対する恨みであった。

 まあ、ドルグレモンのその感情は、一概に逆恨みとは言い切れないのであるが。

 ともあれ、そんな背景もあって、ドルグレモンも旅人も、お互いに自分の間違いも、正当性も全部わかっている。そう。わかっているのだ。

 わかった上で、二人はそれでも感じるどうしようもない怒りを、八つ当たり気味に自身のパートナーにぶつけているだけであるのだ。

 

「っていうか、それだけじゃないぞ!今だって、お前のためにわざわざウィザーモンを探してるのに、そのお前が何遊び腐ってんだ!」

「ひどっ!僕だって遊んでいるように見えても、ちゃんと情報収集してました~!」

「へぇ?そう言うなら、わかったんだろ?」

「……」

「お前、役立たず具合が増してるぞ……」

 

 そう。今の会話でわかったかもしれないが、二人が学術院の街へと戻ってきた理由は、ウィザーモンに会うためだったのだ。

 だが、少し前のハイブリッド体の一件で、旅人たちの知るウィザーモンの研究室は消滅している。だからこそ、旅人たちはウィザーモンを、ひいては彼の研究室を探して、この街の中を右往左往していた。

 

「さっきの子に聞ければよかったのにな……」

「さっきの子?」

「ああ、なんかオドオドしている、エンジェモンをパートナーにしていた子だったな」

「へぇ~そんな子いたんだ~」

「まあな。っていうか、ドル。役立たずの汚名を挽回するくらい、ちゃんと働けよ」

「だから!僕は役立たずじゃない!っていうか、旅人の方こそ、無知じゃん!」

「どういう意味だ!」

 

 旅人は先ほどの自分の言葉の中にあった致命的な言葉の間違いに気づいてなかった。

 指摘されて、自身の言動を思い返してもわからない辺り、ドルグレモンの旅人に対する評価もあながち間違ってはいないと言えるだろう。

 自分の言葉を何回も思い返して、唸る旅人。そうして唸っているうちに、旅人はドルグレモンに対する怒りを半分近く忘れていた。

 

「……何がおかしかったんだ?」

「もういいから。ウィザーモンを探しに行こ~」

「……うーむ」

 

 いろいろと横道に逸れてしまったが、なんとかウィザーモン探しを再開した旅人たち。

 そんな旅人たちは、主に聞き込みをしてウィザーモンを探していたのだが、その成果は芳しくなかった。ウィザーモンの今の住所を知っているデジモンたちがいなかったのだ。

 

「前にこの街で大成たちがウィザーモンに仕事を紹介されながら便利屋をやってるって聞いたけど……ウィザーモン本人の居場所もわからずにみんなどうやって依頼してるんだろな」

「さぁ……知ってる人に言伝を頼むんじゃない~?それか、目安箱的なのがあるとか~」

「目安箱?」

「一応言っておくけど、人間の世界の物だからね」

「なっ……なんだよその目は!」

 

 ドルグレモンの方が人間世界の知識があると知って、たじろぐ旅人。今の旅人は、人間であるというプライドがボロボロに打ち砕かれていた。

 

「どうせオレは……」

「はぁ……始まった」

「……小学生中退だよ……くそっ……学校行っときゃよかった」

「思ってもいないことを言うのはやめたまえ。君がおとなしく席に座っている光景が思い浮かばないぞ」

「そうだよ~……あれ?」

「……本当にオレは……」

 

 毎回のごとく落ち込み始めた旅人に、鬱陶しさを感じていたドルグレモンはそんな彼のことを適当にあしらっていた。が、その瞬間に自分たち以外の声が混じっていたことに気づく。

 いつの間にか自分たちに混じっていた声。ハッとして気づいたドルグレモンは、その声のした方向に顔を向けた。

 そこにいたのは――。

 

「ウィザーモン!?」

「なんだね?全く。君たちは相変わらずらしいな」

「なんで!?」

「なんでも何もないだろう。君たちが僕を探していると街の者たちから聞いてな。こちらから出向いただけの話だ」

 

 そこにいたのは、旅人たちが探していたウィザーモンその人だった。

 ちなみに、ウィザーモンはかなり早くから、旅人たちが自分のことを探しているということを把握していた。というのも、街の住人から旅人たちが自分のことを探し回っているということを聞いたのである。

 そのことを聞いたウィザーモンは、私用を片付けながらしばらく待っていた。が、いつまで経っても旅人たちはやって来なかった。だからこそ、仕方なくウィザーモンから出向いたというわけである。

 

「というわけだ。わかったか?」

「わかった……けど……」

「けど、なんだね?」

 

 一方で、探し人が見つかったというのに、ドルグレモンは複雑な気持ちだった。

 いや、用があって探していたのだから、見つかったことは素直に喜ばしいことである。だが、今まで一生懸命に探していたというのに、こうもあっさりやって来られては、ドルグレモンの立つ瀬がなかった。

 

「というか、旅人はアナザーを持っているのだから、それで僕に連絡を取れば良かっただろうに」

「……そっか。アナザーってそういう機能もあったんだったね」

「忘れていたのかね。やれやれ……大成たちは使いこなしているのだがな」

「しょうがないかな。でも、このことは旅人に言わないでね」

「ふむ?なぜだ?」

「またややこしくなられても困るから」

「ああ」

 

 ドルグレモンの言葉に納得したウィザーモンは、未だ落ち込み続けている旅人の方を見た。

 旅人が落ち込むかどうかの境界は、ウィザーモンにもドルグレモンにも掴めないほど、微妙だ。もしかしたら、本人も冗談で、かつ本気でいるのかもしれない。

 冗談だからこそ、こうも簡単に落ち込む。だが、いちいちその冗談が本気だからこそ、本人にとっても、周りにとっても面倒な状態となる。ドルグレモンは、訳がわからなくなりながらもそう思った。

 まあ、旅人のこの面倒な状態のことなど、ドルグレモンにとっても、ウィザーモンにとっても、どうでもいいことである。だからこそ、二人は旅人を放っておいて、話を進めていく。

 

「それで、結局、僕に何の用なのだ?」

「そう!それ!手伝って欲しいんだ!」

「……何をだね?」

退()()()()()()!」

「は……?」

 

 予想を斜めに超えたドルグレモンのそのお願い。それを前にして、それを聞いた時のウィザーモンは珍しくも呆然とした表情をしていた。

 

「だから!退化するのを手伝って欲しいんだってば!」

「なぜそう言う結論に至ったのか知りたいが……まぁ、いい。立ち話も難だからな。僕の家に招待しよう」

「頼むよ!ほら、旅人行くよ!」

 

 詳しい話を聞くために、呆然としながらもウィザーモンはドルグレモンたちを自身の家へと連れて行く。

 ちなみに、未だ落ち込んでいた旅人は、ドルグレモンが首根っこを咥えて連れて行って――そして、この数分後。正気に戻った旅人共々、面々はウィザーモンの家へとたどり着いていた。

 

「うわ……掃除しろよ」

「ふむ。意味のないことだ。しなくても不便はない」

「いや、不便すぎるだろ。足の踏み場もないぞ」

 

 研究資料などで足の踏み場のない家の中を、旅人はウィザーモンの案内されながら歩く。

 そうして、旅人が通されたのは、家の片隅にあるそれなりに片付いていると言えなくもない部屋だった。

 

「……ここなら大丈夫だろう」

「ここは?」

「物置だな」

「物置かよっ!っていうか、物置よりもそれ以外の部屋や廊下の方が汚いってどういうことなんだ。物置の定義を見直せよ」

「物置とは、物を置くための部屋だな」

「そういうことを言ってるんじゃ……」

 

 ちなみに、ドルグレモンはここにはいない。さすがに巨体のドルグレモンは、ウィザーモン用のこの家の中に入ることはできなかったのだ。

 よって、ドルグレモンだけは外に待機し、顔だけを窓から突っ込んで話に参加することになっている。

 

「ドルグレモン!この窓から首を入れたまえ」

「うう……狭い……」

「文句を言うな」

 

 そうして、窓を外したウィザーモンは、外で待機していたドルグレモンに声をかける。

 事前の打ち合わせ通り、ドルグレモンは窓から首を突っ込んだのだが――ドルグレモンの頭が入っただけで、窓枠に罅が入りかけている。何と言うか、ギリギリだった。窓も、ドルグレモンも。

 

「それで?君が進化を好まないことは知っているが……退化したいとはだからかね?では、なぜその姿になったのだね?」

「いや、これはやむ得なくて……」

 

 ウィザーモンの質問に答えるように、ドルグレモンは自分が経験したことを話した。ピーターモンたちの企みは置いておいて、ピエモンと戦ったことを重点的に。

 ドルグレモンが気になっているのは、ピエモンがピーターモンの姿をしていたことである。あれは退化だったのか、それとも別の現象だったのかはわからない。だが、あれさえできるようになれば、ドルグレモンも進化のことで悩むことはもうなくなるも同然なのだ。

 だからこそ、ドルグレモンは自分もあの現象を習得したいと考え、ウィザーモンの下へとやって来たのである。

 

「ふむ。進化したものが退化する……魔術的な要素か……それとも別のものなのか……なかなかに興味深いな」

「僕にもできる~?」

「だが、進化していたのは……究極体という数少ない存在だからか?いや、それならばスレイヤードラモンにもできるはず……うぅむ……?」

「お~い……?ダメだ。聞いてないな~!」

「しばらく待ってろよ、ドル」

「でも~!この体勢キツい……!首が痛くて……!」

「おい、あんまり動くなよ。何かミシミシ言ってるぞ」

 

 思考の海に潜ったウィザーモン。

 彼がこうなってしまったら、なかなか戻らないことは旅人たちも知っている。だからこそ、旅人たちは気楽に待つことにして――その間、ずっとドルグレモンは首の痛みに耐えていた。

 

「ふむ。本当ならば興味深い出来事だ。ぜひ実験したい。喜んで協力させてもらおう」

「ほ、んと……!?」

「ああ、本当だ……なぜそんなに辛そうなのだね?」

「そりゃ、首が痛いからだろ。変な体勢で固まってるからな。首だけじゃなくて、体のどこかも痛くなるかもな」

「そ、ん……なの……嫌だ~!」

 

 無理な体勢をしていることによって響く、鈍い痛み。

 その痛みを首や身体のあちこちに感じながらも、ドルグレモンはウィザーモンの協力を得られたことを素直に喜んだ。

 

「だが、代わりと言っては難だが、僕の依頼も受けて欲しいのだが……いいかね?」

「……ま、ドルのこともやってくれるわけだしな。わかったよ」

「……」

 

 手伝う代わりに条件がある。そうウィザーモンは言った。

 まあ、今回のことは旅人には直接関係のないことだとはいえ、自身の相棒の無茶ぶりに付き合ってもらうわけである。

 自分たちの立場が、そんなお願いしている立場だからこそ、よほど無茶なことでなければ、旅人はその依頼とやらを受けるつもりでいた。

 それは、ドルグレモンも同じだ。まあ、今は魂が口から抜け出しかけていて、答えられなかったが。

 

「そうか。それは助かる」

「で、そっちの依頼とやらは?」

「詳しいことはまた今度言うが……何。一緒に人間の世界にちょっと行って欲しいだけだよ」

「……は?」

 

 ウィザーモンのその依頼は、破壊力があった。

 それを聞いた旅人が、思わずアホ面を晒してしまうくらいに。

 




というわけで、今回からの第七章にして、第八十三話。
はい、今回の話でわかったとは思いますが、今章は人間世界編です。
旅人と大成たち、ついでにウィザーモンがある理由で人間の世界に行きます。

次回は、ついに人間の世界への一歩を……という話です。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第八十四話~気がついたら、いつの間にか~

 旅人たちが学術院の街に戻ってきた次の日。旅人たちは、もはやお決まりとなったあの学術院の街の外の荒野にいた。

 ちなみに、彼らがここにいるのはウィザーモンに連れてこられたからで、昨日のドルグレモンのお願いを実験するためだった。

 

「では、はじめようか」

「おい、ウィザーモン。別に学術院の街でもよかったんじゃないのか?」

「ふむ。それでもよかったのだがな。まあ、僕にも都合というものがってね。こちらの方が都合がいいのだよ」

「……?」

「そんなことはいいから~はやくはやく~!」

 

 ウィザーモンの言った意味ありげな言葉に、首をかしげる旅人。反対に、ドルグレモンはそんなことはどうでもいいとばかりに、ウィザーモンを急かしていた。何と言うべきか、パーティーを待ちきれない子供のようである。

 ともあれ、ウィザーモンとしても、この後の予定と都合がある。世間話で時間を無為にするつもりは毛頭なかった。

 

「僕なりの考察だがね。まず、君が見た件のデジモンの現象は退化ではない。いや、“完全な”退化ではないと言うべきかな?」

「完全な退化?退化に完全も何もあるのか?」

「そもそも君たちは退化という現象をどう捉えている?」

「え?進化の逆でしょ~?」

 

 そう。ドルグレモンの言う通り、退化とは進化という単語の対義語であり、それはこの世界においても変わらない。デジモンにも、進化と退化がある。

 だが、進化ができるからと言って退化ができるとは限らないのが、この世界だった。時が不可逆であるのと同じように、一度進化したら、よほどの例外でなければ退化はしない。いや、できないと言った方が正しいか。

 進化も退化も、そう軽々しい現象ではないのだ。その例外も、旅人のカードや優希の強制進化などの、数少ない異常な力だけである。自然な現象としての退化は、進化という現象以上に目撃例が少なかった。

 

「そうだ。進化の逆。進化でさえ自由にできないというのに、それ以上の難度であろう退化が自由にできるものか。ましてや、件のデジモンは君の目の前で進化したり退化したり……自在に姿を変えたのだろう?」

「うん」

 

 デジモンの進化には、少なからず意志というものが関わる。だが、優希や旅人のような進化を補助する力があるのならばともかく、ただのデジモンが自分自身の意志で進化のタイミングを“完全に”コントロールするというのは、さすがにあり得ない。

 ドルグレモンからこの話を聞いた時、興味を惹かれたとはいえウィザーモンも混乱したし、あり得ないとも思った。が、考えていて、ふとウィザーモンは思ったのだ。

 

「だとしたら、やはり件のデジモンは究極体の方が本来の姿だろうな」

 

 逆ではないのか、と。

 ようするに、進化や退化を自在にコントロールしていたのではないという可能性を思いついたのだ。

 

「え?あれって究極体だったの!?」

「そういえば、言ってなかったか。ピエモンとは究極体デジモンの名だぞ」

「……ドル、お前究極体に一人で勝ったのか」

 

 だが、そんなウィザーモンの考察の説明も、いつの間にかドルグレモンと旅人によって脇道へと逸れていく。

 まあ、二人は考察など、どうでもいいのだ。聞くだけは聞くが、学のない二人では本当のところはわからない。せいぜい、ウィザーモンの凄さに感心して終わるくらいである。

 何とも説明し甲斐のない二人だが、ウィザーモンも彼らがそんな人物であることは知っている。知った上で、それでも説明しているのだ。

 

「……まあ、ともかくだ。進化先から魔術的な何かで退化先の姿となっていたのだろうな。だから、進化や退化したと言うよりは、見かけだけを変えていたという感じだろう」

「えっ……そうなの?」

「ああ。ピエモンは魔人型のデジモンだ。本職の僕らほど多彩にはできないだろうが、頑張ればそのくらいのことはできるだろう」

「でも、実際に強さも変わってたよ?」

「そこは何か理由があったのだろうな。僕は知らないが」

 

 ウィザーモンにそう言われて、ドルグレモンも思い出した。件の彼は、大人になるということを異様に拒んでいたことを。

 ともあれ、どこか釈然としない部分があるものの、ピエモンとピーターモンの秘密わかったことだ。だからこそ、ドルグレモンは自分もその技術を習得するために気合を入れなおして――。

 

「あれ?でも、それ僕にはできないよね?」

「そうだな」

 

 その直後、致命的な事実に気が付いた。

 そう。ピエモンのアレが魔術的な力に基づいたものならば、それがないドルグレモンにできるはずもないということで。

 ついでに言えば、ドルモンの姿に戻るというドルグレモンの考えは、かなり早くの段階から頓挫していたということだった。

 

「うわぁあああん!」

「いや、泣くなよ。ほら、キノコやるから」

「キノコいやぁあああ!」

 

 希望が潰えたことを感じたドルグレモンは、旅人がどこからか取り出してきたキノコを見たことを切欠に地面に倒れ込んだ。気絶したようにも見えるが、ぶつぶつと呪詛のような言葉を吐いている辺り、起きてはいるのだろう。

 まあ、気持ちはわからなくはない。それでも少し大袈裟なのではないか、と。そう思った旅人だった。

 

「それで?本当のところはどうなんだ?」

「やれやれ。先ほどの話を聞いていなかったのかね?無理なものは無理と……」

「お前さ、昨日のドルからこの話を聞いた段階からこのことに思い至ってたんだろ?」

「ふむ。確かに」

「なら、その後に興味深い出来事だの、実験したいだの、協力したいだの……そんなこと言うわけないだろ」

「やれやれ。そこに気づく……いや、どんなアホでも普通は気づくか」

「……お前オレのこと馬鹿にしてるだろ。あと、ドルが気付かないはお前のせいでショックを受けているからだ……たぶん」

 

 旅人にしては頭が切れている、と。皮肉が込められている感じの言い方だったが、ウィザーモンはそんな今日の旅人に素直に驚いて、また賞賛していた。

 まあ、旅人がこのことに気付けたのは偶然だったりするのだが。キノコでお茶を濁したが、ショックを受けている自分のパートナーのことを可哀想に思って、昨日のことを思い返していたからこそ気付けたのである。普段ならばきっと気付けなかった。

 先ほど、どんなアホでも気づくとウィザーモンは言ったが、アホでは偶にしか気づけないのだ。

 

「……で?そろそろドルの呪詛が怖くなってきたから、お前の考えていること知りたいんだけど?」

「ふむ。このまま行けば魔術を習得できるのではないかね?」

「いや、笑えないから。っていうか、その時の被害者第一号はお前だぞ」

「そうなったら面白い。ぜひ第一号は僕にしてほしいものだ」

「……ダメだコイツ」

 

 ともあれ、そんな風に冗談を交わしているのもそろそろ限界だった。そろそろドルグレモンが本気で怒り出しそうであるからだ。

 

「そうだな。そろそろ話すべきか」

「やっとか。渋りすぎだ」

「ふむ。ちょっとした冗談ではないか」

「いや、笑えないから。普通に死に繋がるから。ブラック通り越して血のレッドだから」

 

 今回のことは、ウィザーモンの研究の息抜きとしての冗談もとい、ちょっとしたイタズラだった。

 先ほど旅人がキノコを取り出していなければどうなっていたことか。きっとドルグレモンによって、物理的に潰されていただろう。

 まあ、ウィザーモンも、旅人がいるからそこまで大事にはならないだろうと確信して、割とブラックな冗談を仕掛けたのだが――その辺り、タチが悪いと言わざるを得ない。

 

「さて、冗談はこれくらいにして本題に行くとしよう」

「うわ、酷いな……」

「何。君たち人間のせいで僕もかなり苦労しているんだ。少しくらい羽目を外してもいいだろう?」

「それオレたち関係なくね!?」

 

 ともあれ、事の続きをするためにも、ウィザーモンはドルグレモンを叩き起すのだった。

 

「うぅ……ウィザーモンめぇ……」

「ふむ。これはまずいか?」

「いや、オレに聞かれても知らんし。っていうか、お前のせいだろ」

「ドルグレモン。君の方法はちゃんと考えてある。……できるかどうかは別としてな」

「本当!?」

「ああ、任せておけ」

 

 ウィザーモンの希望をもたらす言葉に、ドルグレモンは何とか正気を取り戻した。

 傍から見ていた旅人は、自分の相棒はいいように扱われているようにも見えたのだが――まあ、その辺りはことを面倒にしたくないがために黙っておくことにする。

 

「現状では、進化という現象に多く触れた君だからこそ可能とも言えるものだ」

「僕だから……?」

「まあ、進化の回数で言えばドルは多いからな」

「研究を進めれば普遍的なものとすることができるかもしれないがな。フフフ……僕としたことが、進化を研究しておきながら、退化という逆からのアプローチを考慮しなかったとは……!」

「……何かすっごい不安なんだけど」

「何言ってるんだ旅人~!ここまでくればやるしかないよ!」

「……いや、お前が言うな」

 

 何と言うか、旅人は自分の相棒の現金さに溜息を吐きたい気分だった。先ほど旅人の言った“すっごい不安なんだけど”という言葉は、ウィザーモンだけに向けたものではないのだ。

 だが、そんな旅人を放っておいて、ウィザーモンの説明は進んでいく。先ほどのよくわからない考察とは違って、実際の方法であるからか、今度はドルグレモンも真面目に聞こうと努力していた。

 

「デジモンには存在の容量というものがある。これは究極体になるほど多く、幼年期になるほど少ない。この存在の容量というものは……当然人間にもある」

「ふむふむ」

「最近気がついたのだがね。世界の違いか……人間と比べてデジモンの容量は自由が効くということだ」

「へぇ……自由?」

「ああ。もちろん、人間にも人間の特色はあるが……こちらは今はいいか」

 

 容量の自由が効く。それはつまり、存在を圧縮したり、その逆で圧縮したものを元に戻したり、外観をある程度変えたりすることができるということだ。これを突き詰めるとこの世界の魔術というモノになる。

 この容量というものは、ウィザーモンのように魔術を扱う者にとっては当たり前のことで、さすがに人間とデジモンとで性質が違うとはウィザーモンも思わなかったのだが――それはほんの余談である。

 ともかく、ウィザーモンはドルグレモンの願いを聞いて、ある仮説を思いついたのだ。

 

「魔術というほど大層なものではない。だが、これくらいならば練習すればできるようになるだろう」

「……つまり?」

「究極体デジモンが存在感を持っているのは、その容量が大きいからだ。だから、その容量を圧縮することで小さくし、その外観をその容量に合わせれば……」

「退化できる!?」

「まあ、そう簡単なことではないがな。先ほども言ったが、現状では何十回と進化退化を繰り返した君だからこそ、可能性が高いことだ」

 

 まあ、ウィザーモンが言うほど簡単なことではない。

 理論上は可能であるとはウィザーモンも考えているが、存在という容量の圧縮に失敗した場合どうなるかもわからないし、そもそもその逆ができるかもわからない。

 運良く一度退化の現象を見れても、進化の方も上手くいくとは限らないのである。

 

「でも、今までにそういうことする奴いなかったのか?」

「旅人、君は進化して強くなった者が好き好んで弱くなろうと思うのか?」

「ああ……思わないな」

「そういうことだ」

 

 そう。そもそも退化など、よほど偏屈な者でなければそれに意味など見い出せないのだ。だからこそ、前例がない。ドルグレモンが今まさに挑戦しようとしていることはそういうことで、一朝一夕にできることではなかった。

 あまりに不確定で不明瞭なリスク。それでも、ドルグレモンは挑戦しようと思っていた。それだけ、ドルグレモンはドルモンという姿に愛着を持っていたのだ。

 命懸けになるかもしれない。それを思って、ドルグレモンは再度気合を入れて――。

 

「よし。それじゃ、どうすればいいの~?」

「ふむ。まぁ、今日のところはここで終わりだな。続きはまた今度だ」

 

 既視感のような錯覚を抱きながら、ドルグレモンは出鼻を挫かれることになった。他ならぬ、ウィザーモンに止められて。

 さぁやるぞと張り切った瞬間に、これ。思わず恨めしそうな視線をウィザーモンに向けたドルグレモンだった。

 まあ、ドルグレモンの気持ちもわからなくはない。が、ウィザーモンの事情も考慮すれば、これは仕方ないことでもあったのだ。ようするに、時間切れである。

 

「時間切れ!?」

「ああ。見ろ」

「……?あれは……」

 

 自分に突っかかってくるドルグレモンをあしらいながら、ウィザーモンは一つの方向を指差す。

 そんなウィザーモンに釣られて、旅人とドルグレモンの二人は彼の指の先を見てみて――その指の先にいたのは複数の人影。

 

「あれは……大成たちか?」

 

 そう。その人影こそ、大成たちだった。

 その背の大荷物からして、どこかからの帰り道のようだ。

 

「旅人にドル?お前らもウィザーモンに呼ばれたのか?」

「いや、オレたちは違うけど……その言い方だと、リュウたちは呼ばれたのか?」

「ああ。こっちは大成たちのトレーニングだったって言うのにな」

 

 そう言ったスレイヤードラモンが見れば、大成たちは荒い息を隠そうともせずに座り込んでいる。

 大成たちがしたトレーニングとやらがどれほどのものだったのかは旅人には理解できるはずもなかったが、この様子だと相当のものだったのだろう。

 まあ、そんな大成たちは放っておいて、せっかくの再会だ。旅人とスレイヤードラモンは仲良く話をしていて――それが、ドルグレモンには面白くなかった。

 

「リュウ!おりゃぁあああああ!」

「ぐはっ!なんでいきなり殴ってくるんだよ!」

「旅人が僕を置いてったから~!前々から決めてたんだ!」

「俺関係ねぇじゃねぇか!」

 

 殴ってひとまずの溜飲を下げたドルグレモンに、殴られて納得のいかないスレイヤードラモン。わぁわぁと二人が騒ぐ横で、ウィザーモンは何かの準備をしていた。

 

「ぜぇぜぇ……はー……それで、ウィザーモン。何の用なんだよ」

 

 そして、そんなウィザーモンを怪訝に思って、何とか息を整えた大成が質問する。

 しばらくは大成の質問にも答えず、その何かの準備をしていたウィザーモンだったが、やがてその準備も終わったようで、大成に向かい合って話し始めた。

 

「ふむ。ここにいる面々には、僕と一緒に人間の世界に行って欲しくてね」

「……はぁ!?」

「どういうこと!?」

 

 あらかじめ聞いていた旅人はともかく、大成と優希にとっては寝耳に水な話である。そもそも、人間の世界に行くということは、大成たちにとっては帰ることができるということと同義。

 帰る手段を初めから持っていたのか。持っていたのならば、なぜ黙っていたのか。それとも誰かから手に入れたのか。

 さまざまな疑問が大成たちの中に浮かび上がって――。

 

「質問は結構だが……着いたぞ」

「えっ!?」

 

 次の瞬間、大成たちは公園にいた。

 遠くには見慣れた建物や見慣れた文字で書かれた看板が乱立していて、近くには見慣れた姿の大勢の人間がいて。

 呆気ないほど突然に、そして思いがけないほど唐突に、大成たちは帰ってきたのだった。

 




夏休みにストックを全力で貯め続けた反動か、スランプに陥っています……いっそサイスルの方でも書こうかな。
ともあれ、第八十四話。

前半のグダグダ無駄話と最後の帰郷。ついに大成たちは人間世界へと帰ってきました。

さて、次回からは人間世界でのゴタゴタが始まります。
また何話か後では、あのゲームも再登場する予定です。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第八十五話~人間の世界~

 初夏の雰囲気を感じさせるそれなりの日差し。温まるアスファルト。道路を行く数々の自動車。何もかもが、デジモンの世界とは違う、人間の世界。

 

「帰って……来たのか……?」

「うそ……?」

 

 そう。大成たちは帰ってきてのだ。この人間の世界に。

 遠くを見れば、日本語で書かれた懐かしい店の看板が見え、近くを見れば携帯電話を片手に何事かと騒いでいる大勢の人間。

 大成たちは帰ってきたといううれしさと懐かしさで、どうかなりそうだった。

 

「ふむ。やはり帰郷に際してはそういった感情が湧き上がるものなのか?」

「オレに聞くなよ」

「ま、旅人にはわからない感覚だよね~」

 

 一方で、旅人たちは感極まっているらしい大成たちとはどこまでも対照的だった。

 まあ、旅人たちは、旅をして定住の地を持たなかったり、故郷というものがなくなっていたり、そもそもとしてそういったものに思い入れなどなかったりするタイプだ。

 反対に、大成たちはまだ子供であるし、やはり人間の世界が自分の居場所であるという考え方が強い。いくらデジモンの世界に慣れてきたとはいえ、十数年も生きてきた人間の世界への思い入れがなくなることは難しい。

 旅人たちとそんな大成たちの温度差がすごいのも、まあ、当然のことだった。

 

「さて……感極まっているのはいいさ。せっかく帰ってこれたんだしな。リュウ!」

「ああ。わかってる」

「旅人?リュウ?」

 

 挙動不審に彼方此方を見渡しているスレイヤードラモンと旅人に疑問を抱いた優希。

 なぜそんなにきょろきょろとしているのか、と。そう優希は思って――だが、だんだんと優希も現状を理解することになった。

 先ほど自分は何を見た、と。ゆっくりと優希は思い出していく。

 優希が先ほど見たもの。懐かしい日本語の看板と店。そして――。

 

「移動するぞ。いや、アナザーに入るか?」

「どっちにせよ、もう遅すぎるけどな」

 

 そして、()()()()()()()()()()()()集まってきて、何事かと騒いでいる人々の姿で――それは今も変わっていない。

 そう。ここは人間の世界であるのだ。この世界にデジモンなどいるはずもなく、その存在を知る人も、見たことがある人も少数だろう。一応、ゲームとしてのデジモンはあるが、それが実在するなどとは誰も思わない。つまりはそういうことである。

 この場に集まってきた人々にとって、ここにいるデジモンたちはどのように映っているのだろうか。

 

「おい、あれ本物か?」

「本物じゃね?着ぐるみみたいなのはともかくとしてさ、あっちのデカい竜はどうしようもないだろ」

「っていうか、さっき喋ってなかった?え?やだ宇宙人?」

「異世界からの侵略者かも!」 

「危険じゃないか……?」

「そうっすね先輩。こういう時って警察でいいんですかね?」

 

 耳を澄ませば聞こえてくる、多くの人々の不審の声。

 それを前にして、この場の全員が冷や汗をかいていた。もはや一刻の猶予もない。このままでは、下手をしなくても国家権力が出てくるまで時間はそうかからないだろう。

 このことに気付くのがもう少し早かったのならば、動物とか、着ぐるみとか、いろいろと誤魔化しようもあったが、ここまで時間が経ってしまえば、それも叶わない。

 まあ、この大型の野生動物を見る機会の少ない現代日本で、それらの言い訳がどれほど人々に信じられるかはさておいて。

 

「この音は……」

「パトカーの音ですな」

「ふむ。パトカー?」

「警備員の乗り物的なものだよ。行動が早いな。ったく……誰だよ、通報したの」

「いやいや、旅人~そんなこと言ってる場合じゃないよ~!」

 

 呑気そうに話しながらも、旅人はこの場から()()()()で脱するかを考えていた。

 一応、この状況を脱する鍵を握るのは旅人である。だからこそ、その他の面々は旅人の決定を待つつもりのようだった。

 まあ、とはいえ、この場の全員が旅人に急かすような視線を向けているのだが。

 

「ちょ、パトカー見えた!旅人!」

「ちょっと待て。今考えて……」

「旅人!」

 

 焦ったような大成の声に、責めるかのようなドルグレモンの声。それを聞いて、仕方なく旅人も決定した。一番楽で、一番博打の方法を選ぶことを。

 そして、旅人がその手段を使おうとしたまさにその瞬間のことだった。野次馬たちを押しのけて、数人の警察官が現れたのは。

 だが、職業柄さまざまな事件を耳にする彼らも、物語の中にしかいないような見た目の生き物がた目の前にいることには驚いたらしい。動くこともできずに固まっている。

 

「来ちゃったな」

「来ちゃったな……じゃねぇだろ!旅人!」

「大成うるさいな」

「お、お前たちは一体何者だ!大人しくすればこちらも危害は加えない!」

「……だってさ。旅人」

「優希っていうか……お前らさ、オレに任せようとしてないか?」

「いいから答えなさい!」

 

 現れた国家権力は拳銃を構え、さらにメガホンを使っての説得攻勢。ニュースやドラマの中でしか見たことのないような状況だ。

 そんな状況に陥るとは、大成と優希は思ってもいなかったらしい。別世界に行くというトンデモ体験をした二人でも、さすがに国家権力直々のこの対応は、ちょっとだけ萎縮せざるを得なかった。

 とはいえ、この状況をどうにかする方に意識が回ったのか。メガホンで大声を発する警官に多少萎縮しながらも、二人は旅人に詰め寄る。どうするのか、と。

 一方で、そんな二人とは対照的に当の旅人は余裕そのものな感じだった。

 

「大丈夫大丈夫。こういうこと前にもあったから」

「……そういえば、旅人いつかニュースにも映ってたわね。逃亡中とか……そんな感じの」

「アンタ何やってるんだ!?」

「あっはっは……あの時は軍隊も出てきたから、本気で不味いことしたなと思ったな」

「本当に何やってるの!」

「いや、珍しいところだと思って入り込んだら、軍事基地だったみたいでなー!」

 

 思い出話に花を咲かせる旅人。全くもって余裕だった。

 ちなみに、デジモン組は、この面倒な状況を余計に面倒なことしないためにも黙っていたりする。

 ともあれ、余裕そのものといった旅人に釣られてか、大成たちも本来の気質を取り戻しつつあった。

 まあ、その代わりに警察官たちは、いくら叫んでも、拳銃を向けても反応を示さない旅人たちに、どう対応していいかわからずオロオロしているのだが。

 

「さて、いい加減にどうにかしないとマズイか。拳銃を構えられてるし」

「え……?うわ、本当だ!」

「そんなビビらなくても大丈夫だって大成。デジモンと比べりゃ、拳銃なんてほとんど意味ないようなものだし」

「……それもそうだな」

「納得するのもどうかと思うけどね」

 

 というか、ここまで来るといっそ警察官が哀れに思えてくる。

 スレイヤードラモンたちデジモン組は、先ほどからずっと無視されている警察官たちにそっと合唱しておいた――。

 

「っ!?あの竜動いたぞ!」

「っく!竜……竜?に告ぐ!不審な動きをするな!」

「なっ!なんで僕だけ!?」

「喋ったぞ!?」

 

 のだが、ドルグレモンの合唱だけに対しては、どうやら威嚇として取られてしまったようである。

 恐怖と驚きに染まった警察官たちのその顔。よりはっきりと狙って構えられたその手の拳銃。それを前にして、ドルグレモンは泣きそうだった。

 まあ、この面々の中で最も目を引くのは、身体の大きさからしてドルグレモンだ。警察官たちのこの対応も仕方ないと言える。

 

「まぁまぁ、ドル。向こうも仕事だからな」

「納得いかない~!」

「……待て待て、向かおうとするな。歯軋りするな。唸るな。怖いから!」

「そうねドル。落ち着いて!」

「う、うわぁ~ん!僕は結構ふわふわもふもふなのに~!スティングモンやリュウの方がずっと怖いのに~!」

「ぼ、僕たちは……怖いのです……か……」

「いや、そこは反論しろよ。スティングモンも。……ってか、ドルてめぇ!」

 

 怪人みたいな見た目のスティングモンやスレイヤードラモンよりも見た目で警戒に値する者と見られたことが、よほどドルグレモンはショックであったらしい。

 ふわふわもふもふという部分が適切な表現かは別として、ドルグレモンの言うことも一理あると言える。特に、スティングモンの方は昆虫人間だ。人によっては嫌悪感を抱くこともあるだろう。

 まあ、だからどうした、という話なのだが。

 

「何か……警察官たちがオロオロしだしたな」 

「泣かせたからじゃない?」

「だな。おまわりさんも大変だなー」

 

 泣くドルグレモンに、憤るスレイヤードラモン。落ち込むスティングモンに、呆れるレオルモンと我関せずを貫くウィザーモン。呑気に喋る旅人たち人間組に、オロオロとする警察官たち。そして、ドルグレモンを泣かせた警察官たちにブーイングする野次馬たち。

 何と言うか、状況は混沌としていた。

 

「可哀想になってきたな……警察官が」

「そうね。可哀想ね。警察官が」

「そうだな……旅人。そろそろどこか行った方がよくね?」

 

 この混沌とした状況を前にして、いい加減に何処かへと移るべきだという至極真っ当な意見を大成は言う。

 正直、旅人もそう思っていた。

 警察官たちも暇ではないし、他の仕事もある。何より、このいたたまれない雰囲気の中でずっといさせるのは可哀想である。そう思ったからこそ、そろそろ旅人はこの場を離れた方が良いと思ったのだ。

 ちなみに、当然のことながら旅人には、警察官たちに捕まってあげるという選択肢はない。

 

「だな。おい、ちょっとこっち来い」

「っ!?おい、動くなと――」

「それじゃ……何と言うか、悪かったな。set『転移』!」

 

 一応、警察官たちに一言謝って、それから旅人はカードの力を使う。

 旅人が使ったのは、“転移”のカード。簡単に言えば、指定した場所か、もしくはランダムで何処かへと一瞬で移動することができるカードである。

 そうして、一瞬後。大成たちは、どこかの砂浜にいた。初夏であるからか、それとも泳げるような海水浴場でないからか、人はいない。

 まあ、人がいないのは幸いだっただろう。人に見つかっていれば、また旅人たちは逃げなくてはならないことになっていただろうから。

 

「やれやれ、だな」

「っていうか、ウィザーモン!なんであんな街中に出るようになってたんだよ!」

「僕に言うな。この人間の世界に来る仕掛けはある人にもらったものだ。というか、僕は人間の世界について何も知らないのだぞ。どこにどう出ればいいのかなど知るものか」

「……それもそうか」

 

 安全な場所に出るやいなや詰め寄ってきた大成をやり込めたウィザーモンは、ウズウズといったような、何かを我慢している様子で辺りを見回し始めている。

 そんなウィザーモンの様子を前に、その場の全員が呆れたような顔を向けていた。ウィザーモンが何にウズウズしているのか。彼らには、考えるまでもなくわかったのだ。

 

「ウィザーモン……」

「なんだね?君たちにとっては故郷でも僕にとっては異世界だぞ!フハハ!テンションが上がるな!」

「……まぁ、いいけどさ。で、オレたちはなんで連れてこられたんだよ?」

「ふむ!?空が汚いな……これは世界の違いか?それとも何らかの原因が……」

「聞けよ!」

「む?なんだね大成。僕は旅人の話を聞いているほど、暇ではないのだが?」

「ウィザーモン?」

「……やれやれ。わかった。だから、そんな怖い声を出すな」

 

 地獄の底から響くかのような、ドスの効いたスレイヤードラモンの声。そんな声を出したスレイヤードラモンは、冷えた目でウィザーモンを見ていた。

 いや、スレイヤードラモンだけではないか。旅人たち全員が、ウィザーモンをそんな目で見ていたのだ。これには、さすがにウィザーモンも分が悪いと感じたのか。

 しぶしぶといった様子で、ウィザーモンは話し始めた。

 

「ここへ君たちを連れてきたのはある人から依頼があったからだ。……依頼主は言えないがね」

「何かその依頼主の予想ついたぞ。あれだろ。無表情の……」

 

 依頼主は内緒だとウィザーモンは言ったものの、旅人には誰からの依頼かすぐにわかった。というか、人間の世界とデジモンの世界を自由に繋ぐことのできる者など、それこそ限られる。旅人の知る限り、そんな者は多くはない。

 特に、勝手に人様を巻き込んで何かをさせるタイプの者など、旅人には一人しか思い浮かばなかった。

 

「旅人は知ってんのか?」

「この中では……大成とスティングモンだけ知らない奴だな。優希とレオルモンは……会ったことがあるはずだ」

「……ああ」

「なるほど……」

 

 旅人が気づいたことによって、その者のことを知らない大成とスティングモンの二人以外の全員が、依頼主のことに気づいたようである。

 唯一、その者のことを知らない大成とスティングモンは、首を捻っている。

 

「なぁ、優希。そいつってどんなやつなんだ?」

「えっと……無表情?」

「……はぁ?」

 

 そして、気になったからこそ、大成はその者のことを優希に聞いたのだが――残念ながら、優希はその者のことを詳しく知っているわけではなかった。五年前にほんの少しだけ会ったことがある程度だ。

 記憶を掘り起こして、思い浮かんだその者の特徴。それを優希は大成に伝えたのだが、仕方ないと言うべきか、大成には伝わらなかったようである。

 

「で、何の依頼なんだ?まさかまた無茶させられるんじゃないだろうな?」

「無茶?」

「七大魔王とか異世界巡りとか……七大魔王とか……!」

「……ああ」

「あれはキツかったな」

「キツかったね~」

 

 依頼主に思いを馳せる大成や優希たちの一方で、旅人たちはその依頼自体に嫌な予感を抱いていた。五年前の苦労と衝撃の記憶が、彼らにそう思わせていたのだ。

 

「大丈夫だ。今回はそのようなことは……ない。はずだ」

「どういうことだ!?」

「僕たちが依頼されたのは調査だよ」

「調査?」

「げーむとやらのな」

「ゲーム?それって……」

 

 依頼されたのはゲームの調査。そんなウィザーモンの言葉に、この場の面々の中で大成と優希の二人が反応した。

 考えるまでもなく、二人にはわかったのだ。依頼主が調べろといったゲームが、何のゲームなのか。他ならぬ、事態の渦中にいたからこそ。

 

「“デジタルモンスター”のことか?」

「旅人知ってるの~?」

「そりゃ、ここ数年はこの世界を旅してたからな。初めて見た時はデジモンが登場していて驚いた」

「そうね。私も驚いたわ」

「そっか。俺はあの世界に行ってデジモンが現実にいることに驚いたけど……旅人や優希にとっては現実がゲームになってたわけだしな」

 

 あの始まりの時を思い出して、大成はしみじみと言う。

 ゲームの中のものが現実だった。現実だったものがゲームとなった。この二つを比べた時、どちらがより衝撃的かと問われれば、誰もが前者だと答えるだろう。

 だが、旅人も、優希も、デジモンという存在は人間世界に認知されないものだと思っていた。だからこそ、あのゲームの存在を知った時はたいそう驚きだったのだ。

 

「……でも、確かに怪しいよな。俺たちはゲームをやっていて向こうに連れてかれたわけだし……イモもその何者かにもらったわけだし」

「確かに……今までは考えませんでしたけど、疑問ですね」

 

 あの始まりの時から、時折湧き上がるいくつもの疑問。

 大成も、優希も、スティングモンも、レオルモンも、それらを何回も考えた。だが、答えは一度として出たことはない。

 今回の依頼は、それら疑問に届くかもしれない依頼だ。

 なるほど確かに調査は必要だ、と。帰って来られた喜びはそのままに、大成たちは今回の依頼についてのやる気が出たのだった。

 




インターンシップという、夏一番のイベントが終わってホッとしています。作者です。
ともあれ、というわけで、第八十五話。

人間の世界にたどり着いた大成たちの騒動の話で、題して帰り道その1の話でした。
次回は帰り道その2。思った以上に長引いたので分割した話ですね。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第八十六話~ここはどこ?~

 人間の世界に帰ってきた大成たちは、紆余曲折の後にとある砂浜にて今後のことを話していた。

 

「でも、調べるって言ってもどうやって~?」

「ふむ。とりあえず内側と外側両方から攻めるべきだな」

「内側と外側……内側はなんとなくわかるけど、外側?」

「心配しなくていい。大成。外側を調べるのは僕がやる。君たちには内側を調べて欲しい」

「……どうやって」

「そのげーむとやらをやるのだよ」

 

 やはりか、と。大成たちは予想通りの展開に頭が痛くなりそうだった。

 確かにやる気だけはある。だが、内側から調べると言っても、大成たちにはどうやればいいのかもわからない。そもそもの問題として、旅人はゲーム自体を持っていない。

 いろいろと問題点がありすぎだった。

 

「オレ、ゲーム持ってないんだけど。っていうか、やるところもないんだけど」

「適当に買って、宿でやればいいだろう。こちらの世界にも宿くらいあるだろう?」

「金がない」

「えっ!?旅人ってどうやって生活してたんだよ?」

「基本サバイバル」

「……今度、俺ん家に食べに来いよ。な?」

「……」

 

 別に旅人は正直に言っただけであるし、そもそも旅という生き方の上で望んでやっている生活だ。哀れみを受けるいわれはない。だが、そんな旅人自身の考えはどうあれ、やはり傍から見れば、旅人の生活は哀れみを誘う生活にしか見えない。

 だからこそ、大成は旅人を哀れみを含んだ目で見てしまったのである。

 そんな大成の視線がイラっときた旅人だった。

 

「ま、確かにゲームやるなら家に帰らないとできないよな」

「まぁ、そうね……そうね!」

「……嫌な予感」

 

 それまでの会話と大成の言葉に、優希はハッとして思い出し、そしてあることを思いついた。

 あのゲーム“デジタルモンスター”は、持ち運びができるような携帯型のゲームではない。家や宿のような長時間に渡ってくつろげる場所が必要である。

 だからこそ、大成は家に帰らねばならないと言ったのだ。そのような場所が家しか思いつかなかったが故に。そして、そんな大成の言葉を聞いたからこそ、優希はそのことを思いついたのである。

 まあ、そんな優希の様子を前にせずとも、旅人はその内容を聞く前から嫌な予感がしていたのだが――。

 

「ふふっ。旅人この期に戻ってきたら?」

「ほら、来たよ」

 

 旅人のその嫌な予感は当たった。

 そう。忘れているかもしれないが、旅人は優希と同じ孤児院の出身である。十数年前に孤児院を()()()抜け出してから、旅人は一度たりとして孤児院に帰ってない。というか、行方不明扱いどころか、死亡届が出されてしまっているほどである。

 まあ、優希の証言によって、旅人が生きていることを孤児院の者たちは知っているのだが――怒られるのを恐れて、旅人は一度たりとして孤児院に戻ってはいない。

 

「やっぱ、オレは適当なところで野宿してるわ」

「ダメ。帰るわよ」

「ですな。旅人殿……お嬢様の言うことを聞いてくだされ」

「嫌だー!今更すぎるし!」

 

 子供のように駄々をこねる旅人を、全員が呆れたような目で見ている。今の旅人はどこぞの家出少年みたいな感じだった。

 まあ、あながち間違いでもないが。

 この後も数十分もの間、粘りに粘る旅人。だが、繰り広げられた優希の粘り強い説得によって、折れることになった。

 

「何かあったらすぐカード使う!」

「……旅人」

「やれやれ。まあ、旅人の気持ちもわからなくはないがね」

「ウィザーモン?」

「故郷を離れた者が……故郷に戻るというのもいささか今更な話だろう?」

 

 そう言ったウィザーモンに優希は、驚いていたような顔をした。

 とはいえ、ウィザーモンも、旅人の気持ちもわかると言っただけで、旅人に助け舟を出したわけではないのだが。

 まあ、そこは故郷を離れることが一生の別離になることもありうる世界に生まれた者と、交通手段が発達したこの人間の世界に生まれた者との考え方の違いだろう。

 故郷に帰る理由もないが、故郷に帰らない理由もない。好きにすればいい。強制することではない、と。ウィザーモンはそう思っているのだ。

 

「で、イモや……リュウたちデジモン組はどうするんだ?出歩いたら、さっきみたいになるだろ」

「……とりあえずアナザーの中に入れるだろ。オレのところはドルとリュウ」

 

 比較的に身体の小さいレオルモンはともかくとして、それ以外のデジモン組はとにかく目立つ。見た目も、身体の大きさも。何も手がないのならば、それこそ大変な苦労をすることになっていただろう。

 だが、幸運なことにも、旅人たちにはデジモンを収納することのできるアナザーがある。

 

「私のところはセバスね」

「俺のところはイモ……と。ウィザーモンは?」

「僕は単独行動だ」

「……大丈夫か?」

 

 心配そうというか、不安そうにウィザーモンに声をかける旅人。いや、旅人だけではなく、この場の全員がウィザーモンを不安そうな目で見つめている。

 

「ふむ。信用がないな。連絡はアナザーを使えば取り合えるだろう?依頼の詳しい指示もこちらで行う」

「そういう問題じゃない!」

「事この場において信用できないんだよ!」

 

 旅人と大成の二人に詰め寄られても、ウィザーモンは揺るがない。というか、大成たちを追い払って、さっさと一人になりたい感じさえしている。

 ウィザーモンがそんな様子だからこそ、大成たちは信用できなかった。何と言うか、目を離した隙に何かをやらかしそうな気がしたのである。

 

「失礼な。この見知らぬ世界。僕だって慎重になるさ」

「目を輝かせて言われてもな」

 

 まるで少年のように目をキラキラさせて言うウィザーモンに、旅人が言う。だが、何を言われようとも、ウィザーモンは気にしないようだった。

 

「ふむ。そろそろ解散ということでいいかね?」

「いや、よくはないだろ」

「調査の詳細は追って連絡する。それまでは勝手なことをしないように。いいな?」

「いや、だからそれはこっちのセリフだから」

「それでは解散!」

 

 解散を告げたウィザーモンは、まるでスタートの合図があった陸上選手の如き勢いで去っていく。まず間違いなく、大成たちが今まで見たウィザーモンの動きの中で最速の動き。

 足早に去っていくそんなウィザーモンを前にして、大成たちは呆気にとられるしかなかった。

 

「……俺たちも行こうぜ。イモ、お前は中に入ってろ」

「わかりました」

「リュウとドルもな」

「え~。僕は外でいいよ」

「いや、今のお前は無理だから」

「う……教えてくれるって言ったのに。ウィザーモンの馬鹿~!」

「とにかく入れよ」

「セバスも」

「了解ですな」

 

 そうして、先ほどの案通り、大成たちは自分のアナザーにそれぞれのパートナーたちを収納。約一名ごねた者がいたが、無事に全員収納することができた。

 デジモンたちの姿が消えて、この砂浜に残ったのは三人。寂しくなったものである。人口密度的な意味で。

 ともあれ、いつまでもここにいるわけにはいかない。大成たちは家に帰るためにも歩き出して――だが、その直後、あることに気が付いた。

 

「……なあ、旅人」

「なんだ?」

「ここどこだ?」

「知らん」

 

 そう。家に帰るのはいい。だが、ここがどこであるか、大成たちには“誰も”わからなかったのだ。それは、ここへ来る理由となった旅人も同じである。

 

「何で知らないの!?」

「いや、だって……ランダムだから」

「えぇえええええ!?マジか!?」

「おう。まじだ」

 

 旅人の“転移”のカードは、一瞬で離れた場所まで移動することができるという便利なカードだ。だが、行き先を決めていない場合は、ランダムで見知らぬ場所へと飛ばされる。今回、あの場から逃げるために、旅人は後者の方を使ったのである。

 なぜ行き先を選択しなかった、と。旅人を責めるような目で見る大成たちは、そう思った。

 ちなみに、旅人がなぜランダムの方を選択したのかというと、それに深い意味はない。まあ、強いて言うのならば、旅人があのカードでわざわざ行き先を選択することは稀であり、その癖が出たと言うべきか。

 

「まぁまぁ。そんなに慌てなくてもいいだろ。多分ここ日本だし」

「範囲広っ!」

 

 楽観的に言う旅人。旅人はそれまでの経験や遠くに見える風景から、ここが日本のどこかであることを確信していたが、大成の言う通り範囲が広すぎる。

 一口に日本と言っても、沖縄から北海道までさまざまなのだ。大成たちは関東圏に住んでいるのだから、これで沖縄や北海道にいた場合は目も当てられない。

 

「俺、金持ってねぇんだけど……」

「オレだってないよ」

「……優希は?」

 

 最後の希望とばかりに、大成は優希の方を見る。が、優希は首を横に振った。それの示すところは、この場の誰も人間の世界のお金を持っていないということであり、場合によってはまた野宿などのサバイバルの可能性があるということである。

 人間の世界、それも現代日本に帰ってきてまで、サバイバルの可能性がある。そのことに思い至って、大成は膝から崩れ落ちた。

 

「大丈夫だって。人間の世界を旅することも悪くないから」

「いや、旅人と一緒にしないでよ。私たちは中学生なんだけど」

「でも、オレは小学生くらいからずっと旅してたぞ?」

「だから、旅人みたいな規格外と一緒にしちゃダメなんだってば」

「そういうもんかね?」

 

 ともあれ、ここがどこかを知らなければどうしようもない。それを知るためにも、何とか起き上った大成と共に、旅人たちは歩き出す。

 どこにでもあるような砂浜。海を眺めながらそんな砂浜を歩き続けて――数分後には、町が見えた。幸いなことに、町に近い位置に大成たちはいたようである。

 

「砂浜って嫌いなんだよな。……靴に砂がじゃりじゃりと……」

「え?この感覚面白くないか?山や森じゃ味わえないぞ。ああ、でも砂漠あたりなら似た感覚が……」

「砂漠に行く予定はねぇよ!」

 

 街が見えたことで多少精神が持ち直したのか。大成もくだらない雑談をする元気くらいは出たようである。

 ともあれ、なんやかんやで数分後。大成たちは、その町に入った。ずいぶんと久しぶりな気がするアスファルトで舗装された道路である。

 とりあえずの目的は、この町にいる人間に接触し、ここがどこかを聞くこと。大成たちは靴の中に溜まった砂を捨て、その目的のためにも再び歩き出した。

 

「しっかし、田舎だな」

「そういうこと言わないものよ」

「風情がないな。いいじゃないか。こういう独特の雰囲気」

「そりゃ、そうだけどさ」

 

 昔ながらとでもいうのか。大成たちがいる町は、時代に取り残された昭和の海沿いの町といった雰囲気を醸し出す町だった。

 確かに、旅人の言う通り風情はある。都会には見られないこの光景は珍しいし、雰囲気もいい。そこは大成も素直にそう思う。が、雰囲気よりも利便性を重要視してしまう大成だった。

 

「雰囲気がいいとか、そういうのは向こうの世界でお腹いっぱいだ。こっちに帰ってこられたんだから、やっぱ便利がいい」

「風情がないなぁ」

「うるせー!」

 

 呆れたように言ってくる旅人に言い返しながらも、大成自身も少しだけそう思ってしまった。それが何となく悔しい大成である。

 そうして、歩き続けること数分。大成たちが辿り着いたのは、この町の寂れた商店街だった。

 

「ここ商店街か。人いるよな?……よし、旅人と俺と優希。誰が行く?」

「……私が行くわ」

「え?いいのか」

「別に誰だっていいでしょうしね」

 

 寂れているとはいえ、やはり商店街。何人かは買い物していたし、買い物客を狙わなくても店だって開いている。最悪、その店の主人に聞けばいいだろう。

 まあ、さすがに何も買わずに聞くだけ聞くのは悪いと思ったのか、優希は何人かの買い物客に聞いていたのだが。

 

「わかったわよ。すごく不審な顔されたけどね」

「ああ、されてたな。で?どうだった?」

「結論から言うと、ここは富山県の海沿いの町ね」

「……遠いな」

「遠いわね」

「富山かー……そういや来たことなかったな。海沿いは太平洋側ばっかりだったしな。これを機に日本海側を旅するのもいいかもな!」

 

 約一名ほど関係のないことを考えているが、その他の二名は理解した現状に泣きたかった。

 現在いるのが富山県。大成や優希の家があるのは、関東圏。離れすぎている。徒歩で気軽に行ける距離ではない。

 

『とやまってそんなに遠いんですか?』

「イモ。いいか?俺の家と富山は歩いて行ける距離じゃないんだよ!」

『そ、そんなにですか!?』

「いや、行けるから。歩いて行けるから」

「旅人と一緒にするな!」

 

 人間の世界のことを何も知らないからこその、スティングモンのその言葉。

 そんな自分のアナザーから聞こえてきた声やどこかズレている旅人の言葉を前に、大成は半ばツッコミを入れる。

 ともあれ、これでサバイバル説が濃厚になってきたわけだ。

 

「……どうにかならない?」

「何でオレに聞くんだよ。まあ、どうにかする手段がないこともない」

「本当か!?なら、それで!」

「いや、まだ何も言ってないんだけど」

 

 旅人の言う手段。それはもう一度“転移”のカードを使うことであったり、自身のパートナーであるスレイヤードラモンやドルグレモンに乗っていくということである。

 これならば、徒歩よりもずっと早く大成たちの家にまでたどり着くことができるだろう。

 

「なるほど!確かに、前にリュウのマントにくるまれて飛んでもらったことあったしな!」

「リュウ、お前そんなことしたのか?」

『……ノーコメントだ』

「まぁ、いいや。でも、これ人に見られる可能性が高いんだよなぁ」

「リュウなら人目につかないほど早く飛べるんじゃないのか?」

「あのな。リュウの本気の速度だと、オレたち吹っ飛ばされるぞ」

 

 旅人はそう言うが、吹っ飛ばされるという生易しいものではない。空気の壁にぶつかって、体が空中分解する。悲しいかな、人間という弱い生き物である大成たちに、これに耐える術などない。

 だからこそ、スレイヤードラモンには速度を落としてもらわねば、大成たちが困るのである。

 

「それに、あんまり上空を飛ぶのもな。寒いし」

「……そういう問題?空気とか気圧とか……いろいろとあるでしょ?」

「きあつ?まあ、カードのあるオレはともかく、大成たちが苦労するぞ」

「苦労なんてものじゃないけどね」

 

 そうして、その後も話し合うが、出た案はどれもどこかしらに欠点のあるものばかり。これだという案が出ない。妥協案はいくつか出ているが、どれも中途半端というか、妥協しすぎなレベルで、採用したくないものだった。

 とはいえ――。

 

「そういや、依頼の調査するためにはそのゲームがいるから……すぐに帰らないといけないんだよな」

「……」

 

 とはいえ、時間が無駄に過ぎていることは確か。

 そして、そんな中での大成のこの一言がキッカケだった。

 結局、大成たちの選んだ選択は、妥協案。人に見られるということを承知の上で、大成たちはドルグレモンとスレイヤードラモンに乗って飛び立つ。

 そして、この日。日本のいくつかの地域で見られた謎の生物たちの動画が、オカルトファンや生物学者をさまざまな意味で興奮させ、さまざまな議論を呼び起こすこととなるのだが――これはまた別の話である。

 




前にある方から紹介された小説を読みに行きたいのに、なんやかんや忙しくて読みに行けない中で投稿した第八十六話。
帰り道その2の話でした。なかなか話が進みませんね。
すみません、もう少しだけ進みません。

次回は帰宅その1。大成たちが家に帰れます。
ついに大成が……ついでに旅人も……という話ですね。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第八十七話~帰宅~

 多大なる都市伝説の作成と引き換えに、無事に家へと帰ることができた大成たち。

 久しぶりの我が家に、今大成は――。

 

「やっほぉおおおお!人間の世界最高ォおおお!」

「た、大成さん……?」

 

 大成は叫んでいた。

 その顔とテンションがおかしいことになっているが、まあ、それも仕方ないことだろう。

 ここには、エアコンにフカフカのベッドに風呂、美味しい食べ物にテレビ、そしてなによりゲームがある。ここに、大成が欲して止まなかったものすべてがあるのだから。

 

「いや、だってさ!ゲームができる!ふかふかのベッドがある!働かなくても食べ物がある!全部向こうの世界にはないものだぜ!?」

「確かに……」

「ははは!久しぶりに何をやろうかな!やっぱ王道にRPGをやるか……それともアクションをするか……?」

「それが、大成さんの言っていたゲームとやらですか?」

「ああ!面白いんだ!」

 

 興奮冷めやまぬ様子で、大成はテレビにゲーム機を接続していた。帰っていの一番にやることがゲームとは、大成らしいというか何と言うか、だ。

 一方、大成にアナザーから出してもらったスティングモンは、人間に比べて微妙に大きな身体が災いして、小さな家の中では窮屈そうである。が、あまり気にしてはいないようだ。

 見知らぬ別世界。見慣れぬ家具家電。窓の外を見れば、これまた見知らぬ風景。物珍しさに、スティングモンはのテンションはかなり上がっていて、ようするに彼は窮屈さを感じることを忘れていたのである。

 

「へぇ……あっ人間が……!」

「そりゃ、そうだろ。人間の世界なんだから。おっ……ゲージ溜まった!」

「これは……?冷たっ……!」

「冷蔵庫。食べ物を冷やす機械だよ。……よっしゃ!行くぜ、超必殺技!」

「いろいろありますね」

「向こうに比べたらな。うし!勝った!やっぱ忘れてないもんだなー!」

 

 コントローラーを握りしめて夢中でゲームをする大成。だが、そんな大成でもスティングモンのことは忘れていないらしく、ゲームをしながらでも彼の疑問にいろいろと答えていた。

 

「しっかし、こうやったゲームは得意なのに……なんで“デジタルモンスター”はあんなに下手くそなんだ」

「デジタルモンスター……って例のゲームですね。そうなんですか?」

「ああ。向こうに連れてかれた人間はランキング千位以内の人々だけど、俺は千位行ってないからなぁー」

「あれ、では……なぜ向こうにいたんです?」

「優希に巻き込まれ……って、そういや、優希もランキング千位外だよな。なんでだ?」

「知りませんよ」

 

 改めて思い起こせば、さまざまな疑問が湧き上がる。

 今回の調査とやらで少しは何かわかるのだろうか、と。そんなことを考えながら、大成はゲームをし続ける。が、そんな疑問に気を取られていたからだろうか。テレビの画面には、ゲームオーバーの文字が映っていた。

 

「っち。もう一回だ!おらぁあああ!」

「そういえば……大成さん?」

 

 ともあれ、気を取り直してゲームを再開する大成。

 一方で、スティングモンは気になったことがあって、そんな大成に話しかけた。

 

「何だ?……うおっ!こなくそっ!そう来るか!超必をくらえっ!」

「あの、僕出ちゃってますけどいいんですか?」

「何が?」

「いや、だから……ご家族の方とかに説明と、か……」

「……」

 

 家族、と。

 その単語がスティングモンの口から出た瞬間、大成の動きが止まった。呼吸さえも止まってしまったかのように、大成から発せられる音のすべてがなくなったようにさえ感じられる。

 だからこそ、テレビから発せられる軽快なゲームの音が、やけに場違いに感じられて――スティングモンは、何かマズイことを聞いてしまったのだろうか、と内心気が気でなかった。

 

「大成さん?」

「……」

 

 地雷を踏んでしまったと仮定して、スティングモンは爆弾解体作業をするかのように、慎重に大成に話しかける。

 

「あの……」

「ぬぁああああっ!しまったぁあああ!」

「うぇっ!?」

 

 いきなりの再起動。いきなりの奇声。それは、あまりにも唐突でスティングモンは驚いた。

 やはり家族のことを忘れていたのか、と。そう思ったスティングモンだったが――だが、大成が見ていたのは、忘れていた誰かなどではなく、目の前にあるテレビだった。

 その画面には、ゲームオーバーの文字が映っていた。

 

「はぁ」

 

 なにはともあれ、スティングモンは大成の地雷を踏んだわけではないらしい。

 先ほどの異様な沈黙もあったせいで、ドッと気が抜けたスティングモンだった。

 

「くそぅ……!もう一回だ……!」

「大成さん?」

「んあ?ああ、家族だったっけ?両親がいるけど……帰ってくるのは数日に一回だし、時折何週間も帰ってこない時あるし……気にしなくてもいいだろ」

「……それは」

 

 片親だとか、全くいないという訳ではないが、なんともコメントしづらい家庭状況である。

 大成の両親は、仕事で家にいないことが多い。まあ、何の仕事をしているのかは大成も知らないのだが。何日も帰ってこないからこそ、あまり気にしないでいいと大成は言っているのである。

 

「でも、いいのですか?万が一帰って来たら、大成さんが帰って来ていることにも驚くんじゃないんですか?」

「あー……どうかなー……」

「……?」

 

 微妙な顔をして、何かを思い出しているような大成。

 あの二人ならば、行方不明になっていた自分のことなど心配もしていないのだろうな、と。妙に放任主義がすぎる両親のことを思い出しながら、大成はそんなことを思っていた。

 

「……ま、たぶん大丈夫だろ」

「そうですか?」

「ああ。……それより、お前もやらね?」

「えぇ……でも、大成さんが持ってるソレ、僕には少し小さすぎますよ……」

「大丈夫大丈夫。何とかなるから」

 

 気楽に言いながら、大成はゲームのコントローラーをスティングモンに渡す。それからしばらく、大成とスティングモンは夢中でゲームをしていたのだった。

 

 

 

 

 

 大成とスティングモンが楽しくゲームをしていたその頃。

 旅人と優希は、孤児院の前にいた。

 旅人の故郷にして、優希の家であるこの孤児院。ここに着いてから、はや一時間以上も経過している。が、せっかく着いたというのに、旅人たちは中に入らず、外でずっと留まっていた。

 

「……いい加減に入るべきじゃない?」

「旅人殿。潮時ですぞ」

「いやぁ……」

 

 理由は言わずもがな、旅人が渋っているからだ。というか、渋っているどころか、隙を見て逃げ出そうとすらしている。

 優希たちも、そんな旅人を放っておくことはできない。だから、こうなっているのだ。

 

――いい加減にしたら~?――

――覚悟を決めるべきだと思うぞ――

「うるさい!ドル!リュウ!」

 

 アナザーの中から聞こえてくるスレイヤードラモンやドルグレモンの声。この二人も、優希たちの味方のようで――旅人に味方はいなかった。

 

「……やっぱ、オレは適当な場所で寝るわ」

「今更!?ダメ。今日こそ帰ってくる!セバス!」

「了解ですな!」

「は、な、せー!」

 

 往生際の悪い旅人を前にして、我慢の限界が来たのだろう。優希は力尽くをレオルモンに命じた。

 孤児院の入口へと向けて、レオルモンに引っ張られる旅人。こんなことをされると、旅人にも意地が生まれる。意地でも入るものか、と。そう思って、旅人はその場で踏ん張った。

 

「ぬぎぎ……!」

「うそ……」

「力いっぱい引っ張っているというのに……!」

「この程度でオレを動かせると思うな!」

 

 レオルモンの全力をもってしても、旅人を動かせない。その事実に、レオルモンはちょっとだけプライドを傷つけられて――。

 

「なるほど。このセバス。挑戦させていただく……!」

 

 レオルモンも意地になった。

 というか、ここまで来るとレオルモンと旅人の意地の張り合いだった。旅人を動かすべく、力いっぱい引っ張るレオルモン。動いてたまるか、と力の限りその場で踏ん張る旅人。

 硬直状態。どちらかといえば旅人が優勢だろうか。レオルモンは必死な顔だったが、旅人の顔には、まだ余裕がある。

 

「……はぁ。いい加減にして!」

 

 見てられないとばかりに。この状況をどうにかすべく、優希も参戦する。旅人の腰に手を回し、レオルモンと息を合わせて、力の限り引っ張って――それでも、旅人は動かなかった。

 

「ふぅううううう!」

「ぬぅううううう!」

「ちょ、お前らいい加減にしろ……!」

「いい加減に……するのは……!」

「旅人殿の……方ですぞ……!」

 

 そうして、旅人を動かすべく奮闘して、はや数分。そろそろ優希とレオルモンにも疲れが溜まってきていた。まあ、全力で力を入れ続けていれば当然だろう。どちらかといえば、二人がかりに怯まず、疲れも見せない旅人が異常だと言える。

 ちなみに、現在の優希たちの姿は、傍から見れば、少女と子獅子が大人の腰にくっついているような、じゃれあっているような光景として見えていて。

 旅人自身も、若干、このじゃれあいを楽しんでいる節があった。が、旅人は孤児院に入りたくないというのならば、その場で留まるのではなくて優希たちを引きずってでも後退するべきだった。

 なぜなら――。

 

「あの、貴方たち何やって……優希?」

「っ!?杏さん?」

 

 なぜなら、入り口付近で挙動不審なことをしていれば、さすがに孤児院の人たちも気づくのだから。

 突如として聞こえた不審の声は、女性のものだった。自分の名を呼ぶその声に聞き覚えのあった優希が、ハッとして振り返って――そこにいたのは、優希にとって家族のような存在の女性で、この孤児院のお母さん的役割を果たしている人。

 その女性こそ、小村杏という女性だった。

 

「……えっと……あの……」

「セバスに優希……言いたいことも聞きたいこともあるけど……とりあえず。おかえりなさい」

「っ!ただいま……」

「ただいま帰りましたぞ!」

 

 ずいぶんと長い間行方不明となっていたのだ。聞きたいことはいろいろとあっただろう。言いたいこともいろいろとあっただろう。それでも、それらすべてを後回しにしてでも、杏は優しく優希たちを迎え入れた。ただ、おかえり、と。

 自分の帰るべき場所に帰ってこられた。そのことを改めて感じられた優希の声は、震えていて――この場の誰もがそれに気づいていたが、空気を読んで触れなかった。

 

「さて。そこにいる阿呆にも言いたいことはあるけど……」

「げっ……逃げよ……」

「とにかく中に入って?」

「う、うん」

 

 会うのは十数年ぶりだというのに、杏は旅人のことをバッチリ覚えていたらしい。どこかイライラが込められて告げられたその言葉に、説教確定コースという単語が脳裏に浮かんだ旅人。

 そんな旅人は、優希やレオルモンが孤児院の中に入っていくタイミングを見計らって、この場から逃走しようとしたのだが――。

 

「逃がさないわよ?ねぇ?家出少年くん?」

 

 そんな旅人の行動を読んでいたのだろう。残念ながら、逃がさないとばかりに杏に回り込まれてしまった。

 

「あはは……オレはもう少年って歳じゃないんだけどなー……」

「怒られるのが怖いから、家出したまま帰って来れない阿呆なんて、ガキで十分と思わない?」

「……優希ぃ!言ったのお前だな!」

「え?え?なんのこと!?」

 

 首根っこを掴まれて、引きずられていく旅人。

 旅人の杏に対する苦手意識がそうさせるのか、それとも杏が馬鹿力なのか。旅人はその場で踏ん張るも、先ほどまでとは違って、抵抗すらできなかった。

 そんな旅人ができたのは、せいぜい自分の不条理を嘆くことくらいである。

 

「優希お姉ちゃんおかえりー!」

「ゆきねぇとセバスだ!二人が帰ってきた!」

「優希姉さん、この人誰?」

 

 孤児院の中で、優希は多くの子供たちに迎えられた。皆、この孤児院に預けられた子供たちで、優希とは兄弟姉妹同然の仲である。

 子供たちの誰もに喜びが溢れている。ここの子供たちにとって、優希との再会は正しく家族との再会だったのだ。

 

「はいはい。ちょっと私はこの人と優希と話があるからね。聞き耳立てちゃいけませんよ?」

 

 優希と旅人を奥の部屋へと案内しながら告げた杏のその言葉に、子供たちは「はーい!」と元気な声で返事をして、解散していく。

 一方で、旅人は杏の様子に首を傾げていた。旅人がこの孤児院にいた時代にも、杏はこの孤児院にいた。思い出補正があることは旅人も重々承知しているが、このような優しげな性格の杏が記憶になかったのである。

 

「……?」

「どうしたの?」

「いや、杏ってさ。あんな性格だったか?もっと厳しくなかったか?」

「そう?杏さんはずっとあんな感じよ?」

 

 「お茶を入れてくる」とそう言って、旅人の見張りをレオルモンに頼んで席を外した杏。

 そんな杏の様子に、やはり旅人は違和感が拭えない。逃げ出すことも忘れて、旅人は必死に記憶を掘り起こしていた。

 

「旅人殿がここにいたのは、十数年も前のこと。少しくらい変わるのでは?」

「そうかなー」

「そりゃ、あの頃は手のつけられない子がいたから……ね?」

 

 お茶を持って戻ってきた杏は、記憶の発掘作業を続けていた旅人に話しかける。が、何と言うか、ずいぶんな言いようである。

 

「う……杏さん。もう戻ってきたのか?」

「昔みたいに目を離した隙にどっか行かれちゃ溜まったものじゃないもの。それに、子供の躾には今もうるさいわよ?」

「旅人って結構やんちゃだったの?」

「うーん?どちらかといえば、隠れヤンチャタイプね」

「隠れ……ですかな?」

「ええ。表面上はいい子なんだけど、見えないところで宿題をサボったり、お釣りをちょろまかしたり、ね」

「へぇ。旅人にもそんな時期が……って、今とあんまり変わってない気もするね」

「子供がそのまま大人になったのではないですかな?」

「ふーん?優希ちゃんたちから見ても、今の旅人はそうなんだ?」

「……嫌がらせか!」

 

 何が面白いのか。旅人の子供時代について盛り上がりを見せる杏たち。すっかり忘れていた子供時代の記憶を強制的に掘り起こされて、旅人は耳を塞ぎたくなっていた。

 ちなみに、この旅人の子供時代についての話は、この後数十分に渡って続くことになる。この話が終わった時、旅人は若干憔悴していたのだった。

 

「……で、冗談はこれくらいにして」

「今までの全部冗談かよ……!」

「心配したのよ。私も、みんなも。何があったの?」

 

 旅人弄りの話が一区切り着いたところで、杏は優希に向かい合った。その顔は真面目そのものといった様子で、一切の嘘を許さないという様子だった。

 だからだろう。優希も、一切の嘘偽りなく、すべてを話した。向こうのデジモンの世界に行ったことを。デジモンの世界であったことを。

 




というわけで、第八十七話。
前後編の前編。
帰宅して楽しいことになっている大成たちと帰宅して辛いことになっている旅人のお話でした。

さて、次回の後編を挟んで、次々回からいよいよ調査が始まります。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第八十八話~保護者の思い、子知らず~

「なるほど、ね。前に言ってた世界に行っていたのね……」

 

 優希はあの世界でのことを余さず話し、杏はそんな優希の話を聞き逃さないとばかりに聞き入って。優希が一通りの話を終えた時には、結構な時間が経過していた。

 すべての話が終わって、長い話を聞き終えた杏も、長い話を話し終えた優希も、お茶を飲んで一息つく。そうやって、一息つきながらも――杏は、優希を真っ直ぐ見つめたままだった。まるで、まだ何か聞きたいことがあるかのように。

 

「それで?」

「え?それでって……」

「まだ言ってないことあるでしょう?」

 

 杏の言っていいたいことは、優希にはわからなかった。

 言っていないことなどない。冗談抜きで、優希はあの世界でのすべてを話した。大成を巻き込んでしまったことも、命懸けの戦いもしたことも、いろいろな者たちの助けのおかげで生活してこられたことも。

 だというのに、杏は優希にまだ話せと言う。真面目な目で自分を見つめてきていることがわかったから、杏がそれを冗談や意地悪で言っている訳ではないことは、優希にもわかる。

 

「……え、と。えと……」

「ふぅ」

 

 杏の質問の意図がわからないからこそ、優希は黙ったままだった。

 旅人やレオルモンもそんな優希に助け舟を出そうとするが、杏に視線で黙らされる。どうやら、杏は優希本人の口で、優希本人の思ったことを聞きたいようだった。

 何を言えばいいのか。何を話すことを杏は望んでいるのか。混乱したままの優希にはそれがわからない。だが。

 

「あるでしょう?」

 

 そんな優希を諭すかのように、杏は優希に優しく話しかける。

 そうは言っても、と。そう思いながら、混乱し、時間だけが過ぎ行く現状に優希は焦って――。

 

「……?」

 

 だが、そうやって自分を見つめてくる杏の表情を見た瞬間、優希はその表情と似た表情をどこかで見たことがあった気がした。必死に記憶を掘り起こして、杏がそんな表情をしていた時のことを思い出す。

 あれは、時には冗談で済まないようなことをした孤児院の子供たちを叱る時の表情だった。

 あれは、旅人の話をすると決まってしていた表情だった。

 あれは、連絡もなく門限を遅れた子供たちの帰りを待つ時の表情だった。

 それらの時と同じような表情を、今の杏はしていて――。

 

「……あ」

 

 優希は、そこにあるものが心配という名の感情であることに気がついた。そこに気づいてしまえば、後のことは芋づる式にわかっていく。

 そう。杏は心配しているのだ。どうして心配しているのか、何について心配しているのかなど、言うまでもない。

 優希は、世間一般で言うならば、集団誘拐事件に巻き込まれたのだ。そして、杏は、優希がその集団誘拐事件に未だ関わろうとしていることに気づいた。だからこそ、心配なのだ。

 だからこそ――。

 

「何か言うことは?」

「……ごめん。杏さん。私、まだ心配かけると思う」

 

 だからこそ、杏は優希の口からそれを聞きたかった。

 杏のいるここは孤児院だ。いろいろな事情を持つ者がいて、中には杏でさえ気づかないような心の傷を抱える者もいる。杏も努力しているが、それでも杏を最後まで信用できずに、重要な部分の相談をせず、最後の手続きだけして去っていく者もいる。まあ、孤児院という場所の都合上、ある意味それは仕方のないことだ。

 それでも、杏は嫌だった。いつかの誰かのように、ここで育った者が別れも何もなく、いつの間にかいなくなるのは。だからこそ、杏は優希の気持ちと覚悟を優希自身の口で聞きたかったのである。

 まあ、そのいつかの誰かとは、今杏の目の前で、どうやってこの場を抜け出そうか四苦八苦している者なのだが。

 

「それでも、絶対帰ってくる。迷惑かもしれないけど、ここが私の家だから……」

「ふふっ。迷惑なんて思いませんよ。よく言えました」

「もう。子供扱いしないでよ……」

「私にとってはまだまだ子供ですよ。優希も、セバスも……往生際の悪い家出少年もね?」

「……ぬぅ。敵いませぬな」

「はは。何のことやら」

 

 さまざまな事情がある多くの子供たちの集まる孤児院で働いているだけある。優しい中にも、どこか大きな何かがある気がして、さすがの貫禄を優希たちは感じたのだった。

 

「さっ。他の子たちも優希たちのことが気になっているでしょうし、話は今度にしましょうか。今すぐいなくなるようなことがあるわけじゃないんでしょう?」

「まあ、ね」

「ならよし!でも、ちゃんと言ってね?どこぞの家出少年くんのように、急にいなくなることだけはしないって約束して」

「うん。約束する」

「心配されるな杏殿!このセバスがついてますのでな!」

「ふふっ。頼んだわよ?」

 

 何でもお見通しのような感じで、自分たちを見守っているという感じ。そんな杏の雰囲気を前にして、優希は大人というものを感じていた。

 一応、この中では旅人も大人と言える歳ではある。が、この杏を見てしまえば、旅人で大人と言えるのはあくまで歳だけにしか思えない。杏と旅人が同じ空間にいて、二人を見比べた優希。そんな優希は思うのだった。年齢を重ねれば大人になれるわけではないのだな、と。他ならぬ旅人を見て。

 

「じゃ、優希とセバスは子供たちをよろしくね?」

「え?杏さんは……?」

「私はほら。お説教」

 

 そう言った杏の含みのある笑顔を見て、優希とレオルモンは事情を察した。ついでに、この場で約一名、大人のような子供がびくりと肩を震わせてもいた。

 

「わかった。旅人自業自得だから」

「ですな。搾られるべきですぞ」

 

 ある意味で残酷な真実を旅人に告げて、優希とレオルモンの二人はこの部屋を出ていく。

 そうして、この部屋に残ったのは、旅人の持つアナザーの中にいる二人を除けば、旅人と杏の二人だけとなった。

 

「で、家出少年くん。私が何が言いたいかわかる?」

「……怒ってるんだろ?勝手にいなくなったからな」

「それは当然。でも、それは私の言ったことの答えじゃないよね?」

「……?」

「はぁ。これじゃ、優希の方がよっぽど大人ね」

「一応、オレの方が年上なんだけど?」

「そういうことじゃないわね」

 

 杏は静かに旅人を見つめて、旅人の言葉を待っている。

 だが、そんな杏の願いに反して、旅人は杏と会話したがっていないようだった。杏から目を逸らして、明後日の方向を向いている。それは、怒られると思っているからか、それとも黙って家出したという罪悪感ゆえか。どちらにせよ、そんな旅人はまるで怒れる母親の前で怯える幼子のよう。

 

「……はぁ」

 

 そんな旅人の姿に、杏は溜息を吐くしかなかった。これでは何も変わっていないではないか、と。

 杏としても、十数年前にこの孤児院を飛び出していった旅人と再会できたことは嬉しい。いなくなった時の旅人の年齢を考え、優希から聞いた旅人の今の生活を考えれば、最悪この世で再会できない可能性もあったのだから。

 再会した旅人が昔とほぼ変わらないというのも、杏はかつてを思い出せて懐かしく思える、が。

 

「本当に旅人なのね……」

「……?今更だな?」

 

 だが、何も変わっていないというのは、それはそれで見ていて辛いものがある。何も変わっていないということは、成長していないということ。いや、家出当時よりは少しくらい成長しているのだろうが、杏には未だ旅人が子供の様に見えて仕方がなかった。

 杏は、孤児院の者たちを自分の子供のように思っていて、そこにはもちろん旅人も含まれている。杏には、子供たちの成長は我がことのように嬉しく思える。

 

「変わらないって思って。昔ここにいた時と」

「そりゃ、そう簡単に人は変わらないだろ」

「そういうことを言ってるんじゃないんだけれど」

 

 そして、だからこそ、杏は旅人との再会を嬉しく思えても、変わらないように見える今の旅人の姿には複雑な思いを抱いてしまったのである。

 

「ま、家出少年くんの近況は時々優希から聞いてたけどね」

「やっぱり優希が……!」

「優希は何も悪くないでしょ。悪いのは家出少年くんただ一人」

「ぐっ……!」

「ま、いいわ。一つだけ聞かせてくれるかな?」

 

 あれ、と。旅人は内心で首をかしげた。

 旅人は、もっといろいろとあると思ったのだ。小姑のようにぐちぐちと怒られることも内心では覚悟していたのである。だが、ふたを開けてみれば、杏は先ほどのよくわからないことを言ったことだけ。どのような形にせよ、怒られることを覚悟していた旅人にとっては、こんな杏は拍子抜けだった。

 

「で、何を聞きたいんだ?」

 

 優希の時のように、ここを出てからの日々でも聞いてくるのだろうか、と。旅人は杏の聞いてくる質問に当たりをつける。が、直後、杏が旅人に聞いてきたのは、そんな旅人の当てから大きく外れたものだった。

 

「今、生きていて楽しい?」

「……!」

 

 自分の当てから大きく外れたその質問に、旅人は驚いた――が、その答えは即答できるものだった。

 いろいろと面倒なことはある。それでも、好きなことをして生きている。そうやって生きてきて出会った者たちがいて、共に生きていく者たちもいる。ここまで揃っていて、これ以外の答えを出すことの方が、旅人には難しかった。

 だからこそ、旅人は杏に言う。胸を張って自信を持ち、そして杏の()()()()()()()()()

 

「もちろん」

「そっ。じゃ、最後に一つだけ。いつでも帰ってきてもいいからね。もちろん、その時は相応に働いてもらうけど」

「……じゃ、たぶんないな。働くの好きじゃないし」

「ニートの言いぐさね。まったく旅人を面倒見る子たちがかわいそう」

「どういう意味だよ!?」

「そういう意味よ。いろいろと困った子だけど、よろしくね」

 

 アナザーの中にいるドルモンたちに気づいているのか、杏は旅人ではない誰かにそう言いながら、頭を下げて――そんな杏の姿を、旅人は黙って見ていた。

 

「さっ……それじゃ、私はまだいろいろとすることがあるから。優希たちのところにいなさい。もう逃げようとも思わないでしょう?」

「……ああ」

「それじゃ、また後でね」

 

 そう言った杏はこの部屋を出て行く。

 そして、その時の杏の表情を見てしまったからこそ、最後に部屋に残った旅人は、この場で立ち尽くすことしかできなかった。

 

――おい――

「なんだよ?」

――良い人だよね~杏さん――

「そうだな」

――目。潤んでたぞ。あんまり心配かけさせんなよ――

「……そうだな」

 

 一連のすべてをアナザーの中から見ていたドルモンたちが、旅人に好き勝手言う。旅人としても、そんな彼らの言いたいことは痛いほどわかっていた。

 旅人はわかったのだ。今まで自分が見ていた杏は、杏という人物のほんの一面でしかなかったことに。いや、一面さえ見れていたかも怪しいか。旅人は、自分という眼鏡でしか杏を見ていなかったのだから。

 

「本当に子供だな。オレ……はぁ」

 

 落ち込み始めた旅人を気遣ったのか、それとも相手するのを面倒だと思ったのか、はたまたかける言葉を探しているのか。

 唐突に黙ったドルモンたちに気づいた旅人。そんな旅人は落ち込みながらも、最近めっきり聞こえなくなったあのごちゃごちゃした声のことを思い出したのだった。

 そして、そんな旅人たちの一方で――。

 

「セバスー!プロレスごっこしよーぜー!」

「ごっこー!」

「ぬっ!ま、プロレスは一対一でやるものですぞ……!」

「わーい!」

 

 優希たちは、孤児院の子供たちと遊んでいた。まあ、主に遊んでいるのはレオルモンとこの孤児院の男の子たちであるが。

 今、レオルモンが体感しているのは、プロレスごっこという名の子供たち特有の遊び。レオルモンがこれを体験するのは初めてではないが、レオルモン自身はこの遊びが嫌いだった。

 何せ、子供たちは手加減というものを知らない。足を引っ張られ、尻尾を引っ張られ、髭を引っ張られる。なまじレオルモンからは手を出せないからこそ、手加減知らずの子供たちの攻撃は、痛いだけだった。

 

「ぬぉおおおおお!」

 

 そして、今日もレオルモンは自分の体が引き裂かれそうになっている。

 そんなレオルモンの一方で、優希はというと――。

 

――レオルモンの悲鳴が聞こえたが、大丈夫かね?――

「あんまり大丈夫じゃないかも」

――やれやれ。あまり明日に響かないようにしてくれたまえよ?――

 

 優希はアナザーを使ってウィザーモンと話していた。先ほど、明日からの調査に関することで、ウィザーモンの方から優希に連絡を取ってきたのである。

 

――とりあえず、実動部隊は君と大成だ――

「実動って……何をするの?」

――何。あのげーむの中で、思いっきり暴れてくればいいだけの話だ――

「暴れてって……」

――なるべく派手にな。一応、僕の方でも君たちを捕捉し、何かあったらすぐに連絡をとれるようにしておく。君たちは、ただとにかく目立ってくれればいい――

「それって、陽動って言わない?」

――ふむ。そうとも言うな。しかし、君たちの方でも何かつかめるかも知れない。自分たちの領域で好き勝手している者がいれば、誰だって動くだろう?――

 

 ウィザーモンの話を聞きながら、優希は自分たちのやるべきことを整理していく。ただ、優希にはあのゲームの中で、どうすれば目立つことことになるのかがわからなかったのだが。

 ともすれば、今日中に目立つ方法を考えておく必要があるだろう。そして、あのゲームに詳しいのは大成だ。だからこそ、優希は後で大成に連絡を取ることを決めた。

 

「旅人たちは?」

――旅人たちは僕の護衛だ。少し危ないところに入る――

「大丈夫なの?」

――大丈夫だろう。手段さえ選ばなければどうとでもなるはずだ――

「その一言、すごく心配なんだけど」

――心配する必要はない。あと、これらのことは大成の方にはもう伝えた。あとは旅人だけだ――

「じゃあ、旅人に伝えとく?」

――ふむ。頼んだ。最後に聞きたいことはあるかね?――

 

 ともあれ、これで概要は終わりらしい。最後に、質問があるかどうかを聞いてきたウィザーモン。そんな彼に、優希は細かい部分の気になったいろいろなことを聞くのだが――。

 

「もし私たちの方に何かあったら?」

――その辺りは臨機応変だ――

「作戦開始時刻は?」

――その辺りも臨機応変だ――

「……どのくらい目立てばいいの?」

――とにかく目立て――

 

 それらに対してのウィザーモンの返答は、どれも投げやりだった。というか、優希にはアナザー越しに聞こえてくるウィザーモンの声が、どこか面倒くさそうにさえ感じられる。

 機嫌が悪いのだろうか、と。そんなことを優希は内心で考えて、彼と別れた時のことを思い出した優希は、その一瞬後に答えにたどり着いた。

 あの時、ウィザーモンはウキウキとした様子で去って行った。まるで、クリスマスのプレゼントを開け様としている子供のように。きっと、その状態は今も収まっていないだろう。

 となれば、今のウィザーモンはその気持ちを我慢してまで優希たちに連絡をしてきていたということになる。つまり――。

 

「引き留めて悪かったわね」

――もういいかね?切るぞ?いいな?――

「え、って切れた」

 

 つまり、さっさと自分の好奇心を満たす作業に戻りたかったのだ。ウィザーモンは。

 肯定する前に通信が切れたアナザーを前にして、ウィザーモンの姿を思い浮かべた優希は、苦笑する。そして、そのまま明日のことを告げるために、旅人のところへと向かったのだった。

 




というわけで、第八十八話。
これでようやく第七章の前座が終わりましたね。
次回からは、いよいよ調査が始まります。
まずは大成たちですね。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第八十九話~チートな行為~

 大成たちが人間の世界へと帰ってきた次の日。大成たちは今――。

 

「すみません、遅れました」

「待ったか?」

「ええ。十五分くらいね」

「遅刻ですぞ!」

 

 大成たちは、あのゲーム“デジタルモンスター”の中にログインしていた。

 ちなみに、大成たちには何がどうなっているのかさっぱりなのだが、ウィザーモンの手段の魔術によって、レオルモンとスティングモンの二人もついて来ている。

 ゲームシステムとかどうなっているんだという話なのだが――大成も優希も、どうせ聞いてもわからないだろうから、その部分については聞かなかった。

 

「しっかし、久しぶりだな!」

「ほんと……一度しか来てないけど、変わらないわね」

 

 数ヶ月ぶりのこのゲームの中は、大成や優希が最後に訪れた時と全く変わっていなかった。それこそ、不自然なくらいに。

 このゲームのランキング上位が、あの世界に連れ去られたことは、始まりの時の会話で明らか。

 だが、現実世界では、大成たちの巻き込まれた集団失踪事件とこのゲームの関連性は、可能性としてさえ上がっていない。普通なら誰かしらが気づかなければおかしいのに。

 しかも、このゲーム内では、ランキング上位陣が軒並み消えたというのに、平常に運営されている。誰もひとりとして、そのことに疑問を抱いていない。

 不自然では言い足りない現象。やはり、このゲームには何かあるのだろう。

 そのことに思い至って、大成と優希は自然と気合を入れ直していた。ともあれ、ここでグダグダしていても話は進まない。だからこそ、大成たちは行動を開始することにした。

 

「よし。んじゃ、目立つか!」

「遅刻してきておいて……まあいいわ。で、昨日電話した時も言ってたけど……本当にそれでいいの?」

「いいだろ?たぶんな」

 

 なぜか異様にやる気の高い大成を横目に見ながら、優希は不安だった。

 まあ、それもそうだろう。昨日の夜に優希は大成と今日のことについて連絡を取り合ったのだが、決まったことといえば、かなり行き当たりばったりな、賭けの部分が大きいことだけ。

 優希たちの仕事は目立つこと。昨日のあれで本当に目立てるのか、優希は不安だったのだ。とはいえ、優希も代案を出せたわけではないので、昨日のそれを実行するしかないのだが。

 

「ぐちぐち言ったってしょうがないだろー?それじゃしばらくは別行動だな」

「……それもそうね。セバス行くわよ」

「はっ!」

「んじゃ、俺たちも、な。一時間後になー!」

 

 今からする大成たちの行為は、別に一緒に行動していてもいいのだが、一緒に行動しなくてもいい。というか、一緒に行動しない方が効率がいいかもしれない。だからこそ、昨日の話し合いの末、別れることは決まっていた。

 そして、歩いてどこかへと行く優希を見送って、大成たちも歩き出す。

 

「まずはどうする?」

「そうですね。目立つ必要がありますし……やっぱりしらみつぶしがいいと思いますよ?それこそ、盛大に派手になるくらいの」

「おっ……?自信満々だな!」

「えっ……そりゃ……」

 

 話しながら歩く大成とスティングモンの二人。そんな二人は、とある場所を目指して歩いていた。

 バトルコーナー。それが、大成たちの目指していた場所。育てたデジモンたちをバトルさせるそこで、片っ端から勝負を挑み、そのどれもに勝つ。それが、大成の考えた目立つ方法である。

 傍から見れば、頭の悪い方法にも思えなくはないし、事実、この案を大成から聞いた時、優希はそう思っていた。だが、ここがゲームという出来ることの限られる場である以上、大成にはこれ以外のことは思いつかなかったし、それは優希たちも同じだった。

 だからこそ、大成の案が採用されることになったのである。

 ちなみに、今現在の優希たちが別行動しているのは、これだけでは目立ち足りなかった時のためだ。

 

「懐かしいなー!」

「大成さん、不謹慎じゃないですか?」

「そうかもしれないけどさ。でも、やっぱ懐かしいなー。向こうの世界のリアル感を体感した後だと、このゲームのゲーム感が懐かしく思えるんだよ」

「……そういうものですか?」

「そうそう」

 

 今日の大成はテンションが高い。いや、浮かれているというのか。先ほど優希が感じていたように、スティングモンもまた同じものを今日の大成に感じていた。

 まあ、やる気があることはいいことだし、問題がないといえばないのだが。

 

「そろそろつきますよ」

「おぉ。了解了解……」

 

 ともあれ、ここはゲーム内。疲れるほど歩くような広大なマップが整備されている訳ではない。数分もしないうちに、大成たちはバトルコーナーへとたどり着いた。

 タイミングがいいというのか、休日ゆえに人が多い。これなら、大成たちの目的が十分に果たせるだろう。

 まあ、大成たちは今日が休日であることを知らなかったのだが。もし仮に今日が平日であったならば、このバトルコーナーにいる人の数は今の半分以下になってしまうだろう。それを考えると、今日が休日で良かったのだが――それを知らなかった辺り、本当に大成たちの行き当たりばったりだと言えた。

 

「さて……どいつにする?」

「大成さん、顔がすごいことになってますよ……」

「顔?んーどんな感じ?」

「悪そうな、見ていて吐きそうな顔です」

 

 これだけの人数がいれば、それこそ選り取りみどりである。

 初めは誰に勝負を挑むべきか。それを考えかけて、すぐさま思い直して大成は首を振った。どうせ、手当たり次第に戦うのだ。であれば、誰と戦っても同じである。

 そう思った大成は、身近な場所にいた赤い恐竜を連れた青年に話しかけて――。

 

「バトルお願いします!俺のパートナーはスティングモンです」

「おっいいよ!君、珍しいデジモンを連れてるね!僕のパートナーはティラノモンさ!」

 

 ティラノモンという成熟期デジモンを連れている青年が大成からのバトル申請を受理した瞬間、大成たちは別の場所に移動させられた。

 草木が一本も生えてすらいない荒野。それが、ランダムで決まった今回の戦いの場だった。

 そして、次の瞬間。大成たちの目の前に表示された数字が、カウントダウンを始める。

 

「イモ。思いっきりいけよ?」

「わかってます!」

 

 一つ一つ小さくなっていく数字。テンカウントの後、数字がゼロを示し――その瞬間に、戦いが始まった。

 

「はぁっ!」

「グギャアアアア!」

 

 同時に駆け出したスティングモンとティラノモンは、一瞬後、拳を交えた。ぶつかり合う拳と拳。その果てに打ち勝ったのは、スティングモンの方だった。

 打ち負けてしまい、スティングモンの拳を受けてしまったティラノモンは、大きなダメージを受けた。ゲームゆえに可視化されている残り体力が、すでに半分を切っていて。

 

「……は?」

「え?」

 

 その結果には、大成もスティングモンも、唖然とするしかなかった。

 いや、大成たちもこうなることはウィザーモンから()()()()()()()()()。が、二人ともここまでとは思わなかったのだ。

 いきなりの大ダメージに驚き、相手の青年は挽回のための指示を飛ばしている。が、それに意味はない。あるはずもない。

 なぜなら、指示を聞いたティラノモンが行動を開始するよりもずっと早く、スティングモンが拳を振り上げていたのだから。

 

「……えい」

「グギャァッ」

 

 情けない声を上げて、体力の数値がゼロになっていくティラノモン。そして、大成たちの目の前に現れる勝利の文字。

 それらを見て、大成もスティングモンも、何とも言えない気分になったのだった。

 

「はは……君たち強いな」

「いや、うん。何かごめん」

「僕たちが弱かったってだけの話さ。その感じからすると、君はひょっとして……ランキング上位かい?」

「いや、まぁ、ちが……」

「今度はもっと強くなって挑戦させてもらうよ!」

「うん。また……」

 

 微妙な気分は治っていないが、勝負の礼と最後の別れはマナーだ。元のバトルコーナーへと一瞬で移動させられながらも、大成はそれだけはしっかりとした。

 その青年は、勝ったはずなのにどこか気落ちした様子の大成の姿に疑問を抱いていたようだ。だが、自分が考えられることではないと思ったのか、やがて去っていく。

 大成は、そんな青年の姿を見送ったのだった。

 

「次、いきます?」

「そこのベンチでちょっと休憩させてくれ」

「大成さん?大丈夫ですか?」

 

 先ほどまでのテンションが嘘であるかのように下がってしまった大成。

 そんな大成を前に、さすがにスティングモンも不安になっていく。が、大成がどうしてこうなっているのかがわからないスティングモンには、ベンチに座る大成を見ていることしかできなかった。

 ともあれ、ベンチに座ること約三分。その後に、大成は復帰した。

 

「よし」

「大成さん?もう大丈夫ですか?」

「んあ?ああ。大丈夫大丈夫」

 

 どこか吹っ切れたかのようにスティングモンに笑いながら、大成は次の相手を探しに歩き出す。

 が、いきなり吹っ切れたそんな大成に、スティングモンはついていけずに首をかしげることしかできない。

 まあ、スティングモンがついていけないのも無理はないかもしれない。スティングモンは、()()()()()()()()大成に触れたのは、昨日が初めてなのだから。

 そう。先ほどの一戦まで、大成はゲームをしていたのだ。

 大成はこのゲームが好きだった。しかし、その反面、大成はこのゲームが下手くそだった。ゲーム時代の勝率など見れたものではないほどに。

 だが、今は違う。昨日、大成はウィザーモンから聞いたのだ。このゲーム内のデジモンは、あくまでデジモンの再現データであるから、スティングモンたち本物の敵ではないことに。

 つまり、大成のパートナーであるこのスティングモンは、この世界において特別ということである。

 特別なパートナーで、ゲームの世界で、無双ができる。この大好きながら、上手にはなれなかったこの世界で、無双ができる。

 まるでRPGの主人公になったかのような、そんな優越感。それを感じていたからこそ、先ほどまでの大成のテンションは高かったのだ。

 

「仕事だし、やらないとな」

「……無理しないでくださいね?」

「いや、無理でも何でもないし。こんなの」

 

 それでも、先ほどの一戦で、そんな大成の優越感は吹き飛んだ。

 無双の楽しさ、特別な優越感を知ることができると思った先ほどの一戦は、しかし、大成に不正行為を働いているかのような虚しさしか与えなかったのだ。

 大成は、このゲームが本当に好きだった。だからこそ、本物のデジモンという反則によってもたらされた勝利が嬉しくなかったのである。

 

「やっぱり、チートじゃゲームは楽しくないよな」

「……?」

「ゲームはゲーム。仕事は仕事って話だよ。このゲームへのリベンジは自分でやるさ」

 

 いつか、スティングモンという反則を使わなくても、このゲーム内で勝てるように。いつか、このゲームを上手になれるように。

 そう思って、大成は次の対戦相手を探して歩いて――そんな大成は、気づかなかった。

 自分の後ろで、大成がこのゲームをプレイすることは、ある意味で自分以外のパートナーを作ることに等しいことに気づいたスティングモンが、ショックを受けたように震えていたことに。

 

「お。ちょいバトルお願いできませんかね?」

「んあ?うん、いいよー」

「俺のパートナーはスティングモンです!」

「オラのパートナーはグレイモンだぞー!」

 

 適当に目の前に歩いていた少年を見つけて、大成はバトルを申し込む。

 グレイモンというデジモンを連れていて、さらにオラという一人称。その二つを前にして、一瞬だけ大成は勇のことを思い出した。が、勇は未だ向こうの世界にいるはずであり、ここにいるはずはない。

 そんな、ちょっとだけ心臓に悪い思いをした大成。だが、次の瞬間にはもう場所は移動していて、大成がドキドキとする前で、バトルは始まる。

 まあ、結果は語るまでもないことだった。

 その少年とのバトルを数秒で終えた大成たちは、その後も次々と勝負を挑み、それらすべてをものの数秒で終わらせていく。もはや、戦いではない。戦いとは言えない。一方的なものだった。

 

「作業感がすげぇ……」

「ま、まぁ、仕事ですから……」

 

 大成もスティングモンも、これはキツかった。二人は別に戦闘狂の気がある訳ではないし、命懸けの戦いなどまっぴらゴメンである。が、ここまで一方的なものとなると、それはそれでつまらなく思える。

 スティングモンも、大成も、向こうのデジモンの世界では、必死に戦ってきた。二人にとっての戦いは、そういうものだった。だからこそ、今まで戦ってきた相手が同格か格上ばかりだったからこそ、二人ともがこの弱いものイジメのような、流れ作業のような行いにいい気はしていなかった。

 

「そういや、飽きのせいで忘れてたけどさ。俺たち目立っているか?」

「目立ってると……思いますよ?一応。ほら、あそこの人たちなんて、こそこそと話してますし……」

「ってか、心なしか人が離れていってるような……?」

「そりゃ、僕たちに近づけば、勝負を挑まれて速攻で倒されるからでは?誰だって負ける戦いを挑みたくはないですよ」

「……ああ、なるほど。目立ってるな」

「ですよ」

「ほんと目立ってるよ。……悪い意味でな」

 

 自分たちの方をチラリと見ながら、陰でコソコソと話す周りの人々に、大成たちは辟易していた。というか、こうなることは事前に予測することもできた。これは大成の作戦ミスである。

 浮かれていたのは認めるけど、もっと考えればよかった、と。そんなことを考えながら、大成は自分の作戦ミスを痛烈に感じていた。

 

「なんか嫌な予感がするんだけど」

「大成さん……?」

 

 今、大成の頭の中では、頭を割らんばかりの警鐘がなっていた。具体的には、今すぐこのゲームをログアウトした方がいいのではないか、という。

 

「ずいぶんと目立ってるわね。大成」

「お嬢様。悪い意味での目立ちですぞ」

 

 そして、そんな大成たちの下へと先ほど別れた優希がやって来る。彼女たちは、別の場所で耳に入った大成たちの噂を聞いて、大成たちの下へとやって来たのである。

 

「ま、いいんじゃないの?目立つことが第一条件だしね」

「優希たちか。え?そんなに?」

「ええ。もうこのゲーム中の噂になってるわよ。今はバトルコーナーへ行かない方がいいって。スティングモンを連れた奴にボコボコにされるからって」

「うげ……どうりで人が少なくなってきたはずだよ」

 

 優希の言うことには、大成たちのことはもはやゲーム中の噂になっているらしい。

 そのことを聞いて、大成は自分の感じている嫌な予感がどんどん大きなものへと変化していることを実感していた。

 

「……大成さん?」

「いや、たぶん面倒なことになると思って」

「……?」

 

 これは、いろいろなゲームに触れた大成だからこそ気づけたものだろう。ゲーム経験が少ない優希たちやスティングモンは気づけるはずもなかったこと。

 大成たちは、このゲームをプレイしている。ゲームというのは、特にオンラインゲームの場合、ルールとシステムの上で平等に運営される。そうしなければ、ゲームというものが成り立たない。システムやルールに干渉した不正行為をするということは、ゲームバランスを崩す、極めて悪質な行為となる。

 そして、スティングモンたち本物のデジモンは元々のこのゲーム内のデータではない。

 何が言いたいのかというと――。

 

「そこの人たち。すみません、ちょっといいですか?」

「……はい」

 

 何が言いたいのかというと、スティングモンたちをこのゲーム内で使うということは、それらシステムやルールを超越した不正行為に等しいということである。

 

「通報がありました。調べもついています。貴方たちが不正行為をしている人たちですね?」

 

 そう。現れたのは、ゲームをする上での最強の敵(運営の人)だった。

 




というわけで、第八十九話。
目立とうとする大成たちの話でした。
おや、誰かが来たような最後ですが、当然の如く次回に続きます。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第九十話~運営の人~

 オンラインゲームの運営の人。それはオンラインゲーム世界において、神に近い存在である。もちろん、彼らも人間。できることには限りがあるし、ミスを犯して問題に発展してしまうことも多々ある。が、それでも必要な存在であることに変わりなく、運営に睨まれてしまえば、一般プレイヤーはそのゲームで遊ぶことすらできなくなる。

 そして、今現在。大成たちは、不正行為の疑いで運営を名乗る女性に接触されていた。

 

「通報がありました。調べもついています。貴方たちが不正行為をしている人たちですね?」

「……」

「……」

 

 まあ、どのような理由であれ、このゲーム内の存在ではない本物のデジモンというズルを使っている以上、大成たちが不正行為を行っているということには変わりない。大成たちが言い逃れできるはずもなかった。

 

「……逃げるぞ!」

 

 次の瞬間、大成はスティングモンに声をかけ、優希とレオルモンの手を引いて走り出す。

 

「え?はっ!?大成さん!?」

「ちょ、大成!?」

「大成殿……!」

「なっ。待ちなさい……!」

 

 そんな大成の行動に、優希たちは驚くことしかできない。が、次の瞬間には大成の手を振り払って自分で走り始めた。怪しいゲームを調査する名目としてこのゲーム内にいて、そしてスティングモンたち本物のデジモンたちを連れている身として、ここで捕まる訳には行かないと考えたのである。

 まあ、大成たち全員が、この()()()運営を名乗る人物に捕まるのが得策とも思えなかったのだが。

 

「どう思う?」

「間違いなく怪しいだろ」

「待ちなさい!」

 

 ゲームの中という特性上、ここではどれだけ走っても疲れず、普通に話せる。だからこそ、インドア派であまり体力のない大成でも、普通に走りながら話し続けることができていた。

 まあ、優希たちやスティングモンならば、これくらい朝飯前なのだが。

 ともあれ、大成たちが後ろを振り向けば、未だ運営を名乗る人物は追いかけて来ている。その表情は、どこか鬼気迫るもので、大成たちは少し恐ろしかった。

 

「え?怪しい?……何でですか?」

「なぜそう言い切れるのですかな?」

 

 大成の確信を持って告げる、怪しいという言葉に、スティングモンとレオルモンの二人は首をかしげる。まあ、二人はオンラインゲームというものに造詣がないから、仕方がないかもしれない。

 優希の方も、オンラインゲームには造詣がないが――そこは直感であの女性が怪しいことになんとなく気づいていた。

 

「だって、本当に運営だったら接触してくるのはおかしいだろ。運営ってゲームを作った人たちとかだぜ。強制ログアウトとかアカウント永久停止とか、そんな一方的なこと朝飯前だっての」

 

 そう。真っ当なゲームの運営の人々ならば、こういった接触はして来ない。大成の言った通り、悪質なプレイヤーに対しては、一方的な制裁を行うのが当然だ。このような、しつこい追い回しをするのはおかしいのだ。

 そういった真っ当な対応をして来ないということは、大成たちを執拗に追い掛け回す理由があるのか、それとも別の理由があるのか。

 どのような理由で追いかけ回されているのかは、大成たちにはわからなかったが、追いかけてきている者の鬼気迫る表情と雰囲気から、このゲームの怪しさだけはますます感じ取っていた。

 

――ふむ。大丈夫かね?――

「え?ウィザーモン!?」

 

 そして、そんな時だった。どこからか、ウィザーモンの声が大成たちの耳に聞こえてきたのは。

 聞こえてきた声は、大成たちの状況を知っているようで、大成たちとしては早く助けてくれと言いたい気分だった。

 

――わかっている。早く助けてくれ、だろう?――

「なんでわかるんだ!」

――予想はつく。君たちの情報は保護した。この先に門を開く。そこを通ればそのゲームを出られる――

「なんでゲームの中に門を開けるんだ……?」

――正確には、門のように可視化させた魔術だがな。まあいい。早くしろ――

 

 いろいろと言いたいことはあったが、助けてくれるならば、それに越したことはない。

 走り続ける大成たちの目の前には、丸く開かれた空間の歪みがあった。おそらく、それがウィザーモンの言っていた門とやらなのだろう。時間にして、今のペースで走ってあと数秒といったところ。

 あと少し、と。それを感じた大成たちは、勢いのままに走って――。

 

「逃がさない!強制バトル承認して!」

――強制バトル承認。バトルフィールドヘト移動シマス――

 

 直後、大成たちの耳へと飛び込んできた機械的な音声。

 その音声が聞こえた瞬間、大成たちはマグマ燃えたぎる火山の火口の傍にいた。

 

「いきなり場所が変わった!?」

「っ!バトルフィールドだ!」

「これがバトルフィールドってやつですかな?ですが、バトルフィールドとは、こちらがバトルを受けなければ移動されないのでは?」

「さっきの音声からして、あの女性が何かしたんでしょ?ハッキングか、それともそういうシステムか……運営の人ってのもあながち嘘ってわけでもないかもね」

 

 バトルを承認した覚えはないのに、このバトル専用の場所へと移動させられたのだ。システムを超越した現象に、大成たちは驚くしかなかった。

 事態は悪い方向へと進んでいると言える。場所が移されてしまっただけあって、大成たちの目の前には、ウィザーモンの開いた門はない。ということは、この状況をどうにかしなければ、大成たちは逃げることも敵わない。

 知らず、緊張した面持ちで大成たちは先ほどの女性に向かい合っていた。

 

「もう逃がしませんよ。我々としても穏便に事を運びたかったのですが……我々のリーダーが貴女を捕えろと言うもので」

「……だってさ。優希。大人気だな」

「嬉しくないわね」

 

 女性は、優希だけを指名していて、一方の大成たちやレオルモンの方には興味もないようだった。

 まあ、このバトル専用の空間に閉じ込められ、優希たちにこれをどうにかする術はない以上、もう捕まったも同然の状況である。

 そのことに思い至って、優希は本当に嫌そうな顔をしていた。

 

「その他の面々は……始末しても構わないでしょう。特にデジモンは」

「あの人、デジモン嫌いか?零と同じ感じがするな」

「なんか、凄い目で見られているんですけど……大成さん!」

「はぁ。ってか、アンタ!ここはゲームの中だぜ?本当に捕まえたり、始末できるとでも?」

 

 そう。ここはゲームの中だ。

 最悪、大成たちがこのゲームを体感するために使っている端末を外からどうにかするだけで、大成たちはこのゲームから出ることができるだろう。

 だからこそ、大成はあの女性に向かってそう言ったのだが――そう言った大成自身、その方法でこの状況から逃れられるとは思っていなかった。なにせ、別世界に大勢の人を送り込む技術を持っている人たちである。ゲームの中にいる人々を永劫に捕まえたり、始末したりする技術くらい軽く持っているだろう。大成にも、そのくらいは予想がついていた。

 

「わかりきったことを聞きますね。我々にそれができないと思っているのならば、どうぞそう思っていなさい」

「わかりきったことだってさ」

「我々の為すことは変わりません。そこの“進化の巫女”以外の面々だけは始末します」

 

 進化の巫女。その単語の意味がわからず、大成は優希の方を見た。が、優希もその意味がわかっていないようである。同じように疑問を顔に出していた。

 

「どういう意味だ?」

 

 どういうことかと大成は女性に聞くが、女性は答えるつもりがないようだった。先ほどまではあれほど喋っていたというのに、いきなり沈黙している。

 まあ、進化の巫女とやらの意味がわかろうとわかるまいと大成たちのやることは変わらない。この場を逃げる。それだけだった。

 

「まったく……運悪いよな」

「仕方ありませんよ。大成さん。僕らには運がないんですよ」

「いつか良いことあるといいですな」

「ひどくねっ!?」

 

 ともあれ、相手は人間。向こうの世界の究極体だのなんだのに比べれば、たいしたことはない。

 そう思ったからこそ、大成たちはかなり楽観的に構えていた、のだが――。

 

「行きなさい!バケモノども!」

 

 楽観的に構えていた大成たちの前で、異変は起きた。

 揺れる大地。それは、地震という現象。それと同時に、グラグラと煮えたぎるマグマは、これがゲームの中の作り物だと分かっていても、大成たちに恐怖を感じさせる。

 そして、大地を揺らし、煮えたぎるマグマの中からゆっくりと現れたのは、二体の火山のような竜のデジモンで。それは、ヴォルクドラモンという完全体デジモンだった。

 

「なんかせっかく人間の世界に戻ってきたのに、ゲームの中だってのに、やることは向こうの世界と変わってない気がするな」

「大成さん、気楽に構えてる場合じゃありません。あれ、本物です。しかも、ヴォルクドラモンと言えば、有名な完全体デジモンですよ」

「……マジで?」

「はい」

 

 このゲームの中のデジモンは、本物ではない。それがわかっていたからこそ、大成は気楽に構えていたのだが、スティングモン曰くヴォルクドラモンは本物のデジモンらしい。

 そのことには、レオルモンも優希も気づいてはいなかった。このことがわかったのは、スティングモンが先ほどまでに、この世界の偽物のデジモンに多く触れ続けたからこそだった。

 安全圏内から、まさかの完全体が二体。その事実に、大成と優希は驚くしかなかった。

 

「……どうするべ?」

「どうしようもないでしょ。ウィザーモンが助けに来るか、自力で乗り越えるか……とりあえず、自力で行くしかないわね。セバス!」

「了解ですな!レオルモン!進化――!」

 

 自力で二体のヴォルクドラモンをどうにかしなくてはならない。そのことがわかり、出し惜しみなどしている状況ではないとわかったからこそ、優希は力を使う。

 直後、レオルモンを光が包み、出し惜しみ無しの優希の力を受けてレオルモンはローダーレオモンへと進化する。

 後の筋肉痛など考えない、出し惜しみなしの全力だった。

 

「とりあえず、一体は私たちが相手するから、もう一体は……」

 

 大成たちは、優希たち以上に完全体へのハードルが低い。だからこそ、優希は心配することなく片方のヴォルクドラモンを押し付けたのだが――。

 

「優希、優希。あのさ……」

「何!?」

「俺たち、完全体になれないんだけど」

「は……?」

 

 だからこそ、完全体に進化できないというその大成の言葉には、優希も凍りつくしかなかった。

 

「なんで!?」

「なんでも何も……このゲームの中にアナザーとデジメモリを持ち込めるわけないだろ?」

「……そういえばそうね」

 

 そう。優希は忘れていたが、スティングモンが完全体に進化する方法は、デジメモリを使ったジョグレス進化だ。それには、デジメモリとアナザーの二つが必要となる。

 そして、ここはゲームの中。アナザーとデジメモリが持ち込めるはずなどなく、つまり、スティングモンは完全体に進化することはできないということだ。

 

「ぐぅおおおおお!」

「がぅううううう!」

「向こうはやる気みたいだな。イモ!」

「はい!」

「頑張れ!」

「はっ、い!?」

 

 敵は待ってくれない。やる気満々で咆哮する二体のヴォルクドラモンを前にして、とりあえず激励だけは飛ばしておく大成だった。まあ、人任せのような激励を飛ばしておきながらも、大成には戦いをスティングモン任せにするつもりは微塵もないが。 

 

「セバス!」

「はっ。了解ですな!」

 

 優希の声に合わせて、ローダーレオモンが駆ける。この戦いで大成たち側の主軸となるのは、間違いなく彼だった。一対一ではスティングモンが辛い。だからこそ、彼は二体のヴォルクドラモンを翻弄するように動き、二対二の状況を作り上げる。

 幸いにして、ヴォルクドラモンの動きはどこか鈍い。それこそ、スティングモンでも攻撃を躱すことができるくらいには。これならば、スピードを主とするスティングモンなら、それなりに戦うことはできるだろう。

 

「ぼぉおおおおお!」

「うっ熱っ!?」

「すごい熱気……!」

「これ、俺たちの方が大丈夫か!?」

 

 だが、世の中うまくバランスが取れているもので。

 ヴォルクドラモンは、動きが鈍い代わりに火力があった。すべてを溶かすマグマの如き熱があり、火山の如き硬く重量のある巨体がある。それらが合わさって、とんでもないパワーを誇っていた。それこそ、一歩間違えれば遠くで戦いを見守る大成たちが危険になってしまうくらいに。

 先ほども言ったが、ヴォルクドラモンたちの動きは鈍重だ。

 その動きの鈍重さゆえに、スティングモンは攻撃を躱すことができる。だが、一歩間違ってしまえば。一歩間違って、その高熱を纏った一撃をくらってしまえば、一撃でアウトととなってしまう。

 それだけのパワーを、ヴォルクドラモンは持っていた。

 

「イモ!とりあえず無理はするな!避けることだけを考えろ!」

「はい!ぬわっ、熱い……!」

 

 「相性が悪いか?」と。そう呟いた大成。

 スティングモンは人型であるからわかりにくいが、昆虫型のデジモンだ。そして、昆虫は火に弱い。古今東西のゲーム知識から、大成はスティングモンとヴォルクドラモンの相性の悪さを見抜いていた。

 まあ、ヴォルクドラモンほどの熱量と重量があるならば、相性云々がなくても、十分危険なのだが。

 

「優希、セバスの方はどうなってる?」

「セバスは大丈夫。だけど、まだ時間がかかるかも……」

「こっちはたぶん無理だな。躱すので精一杯で攻撃ができ……ってか、アイツ攻撃届くのか?」

 

 優希の言葉に、大成は舌打ちしたくなる。

 そう。いつの間にか、戦況が二対二から一対一へと変化していたのだ。これでは、ローダーレオモンの助太刀はローダーレオモンの方の戦いが終わるまで望めない。

 では、スティングモンが自力でなんとかできるかというと、それも厳しい。スティングモンではヴォルクドラモンに勝つ確率が低い。無論、ゼロではないだろうが、部が悪すぎる。安全牌を踏むならば、やはりローダーレオモンに助太刀してもらった方がずっといい。

 しかも、ヴォルクドラモンは火山のような竜というだけあって、常時身体が燃えている。頑丈で燃える身体。スティングモンのような接近タイプは、攻撃するだけでダメージを受けてしまうだろう。スティングモンが格下ということも鑑みれば、攻撃即自滅ということもありえてしまう。

 

「くそっ……どうする……!?」

 

 躱し続けるスティングモンの戦いを見つめ、打開策に悩む大成。このままでは時間が無為に過ぎていくだけである。

 焦りのままに、大成は自分の持ち札を確認し、周りの状況を確認し、そして最後にローダーレオモンを見て――。

 

「……そうか!」

 

 大成は、天啓を受けたかのように閃いた。

 そう。大成は、いつかの作戦を思い出したのだ。いつか、行おうとして、そして別の作戦に取って代わられたその作戦を。

 これしかない。そう思って、大成はその作戦を優希に話す。

 いつかの作戦が、今、時を経て実行されようとしていた。

 




というわけで、第九十話。
バトル開始回ですね。
ディノビーモンに進化できないスティングモン。彼らがどうやってこの場を乗り越えるかは、また次回で。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第九十一話~宝石鎧の昆虫戦士!~

 数ヶ月前。零が学術院の街を襲撃してきた時。

 あの時、自分たちを助けてくれたドルモンを助けようと、大成たちは作戦をいろいろと考えた。結局、あの時は奇跡のデジメンタルの誕生によって、それらの作戦はどれも実行されなかったのだが――ようやくと言うべきか。あの時の作戦が活きる時が来た。

 

「優希頼むぞ!」

「わかってる!」

 

 大成たちのしようとしていることは至極単純。スティングモンを、優希の強制進化の力で完全体に進化させる。

 この状況を“確実に”抜けるためには、完全体に進化することが不可欠。そして、現状ではスティングモンはジョグレス進化も自力での進化も不可能。

 スティングモンが完全体に進化するには、この状況では優希の力を借りる他ない。

 

「イモ!驚くなよ!」

「は?へ?どういうことですか!?」

 

 だからこそ、大成は優希にお願いし、優希もそれを承諾した。

 優希の力が彼女のパートナー以外にも作用することは、実証済み。緊張することもなく、優希は自らの力を使う。

 そして、そんな優希の一方で、大成と優希が何をしようとしているのかを理解できないスティングモンとしては、大成の声かけに疑問の声を上げるしかなかった。

 

「ぅえぇえええ?ス、スティングモン進化――!」

 

 何も伝えられていない、と。疑問によって混乱するスティングモンは、直後、自分の中に何かが流れ込んでくるかのような、そんな不可思議な感覚を味わった。

 そして、そんな感覚をスティングモンが味わうのと同時に、彼を進化の光が包む。一瞬後、光を割いて現れたのは、スティングモンと同じ人型の昆虫。見る角度によって色が変わる不思議な鎧を着た、槍を持つ昆虫兵。

 それが、ジュエルビーモンと呼ばれる完全体デジモンだった。

 

「こ、こういうのは先に断ってからやってください!」

 

 いきなりの強制進化に驚くジュエルビーモンは、今がどういう時かも忘れて叫びに叫ぶ。

 まあ、今がどういう時かを考えれば仕方のない部分もあるが、誰だって断りくらいはあって欲しいと思うものである。

 

「いや、驚くなよっていったじゃんか!」

「聞いてませんよー!」

 

 今の状況も忘れて叫ぶジュエルビーモンは、もはや周りのことを忘れていて。そんな彼は、その代償をすぐ支払うこととなった。

 

「いいから、後ろを見て!」

「後ろ?……うわっ!?」

 

 優希の声に従って、怪訝そうに振り返れば、そこには足を振り下ろしているヴォルクドラモンの姿があった。

 すぐさま回避行動をしたジュエルビーモンだったが、後一瞬でも行動が遅れていればどうなっていたことか。まず間違いなく、大ダメージは免れなかったであろう。

 振り返ったら、目の前にあったのは壁と見間違うばかりの足の裏。そんな、すごく心臓に悪い思いによって、ジュエルビーモンはなんとか今の状況を思い出すことができた。

 思い出すとともに、ジュエルビーモンはすぐさま手に持った槍を構えて、再度ヴォルクドラモンと戦い始める。

 

「ぼぉぉおおおお!」

「おりゃああああ!」

「すっげ。槍の使い方が様になってる……ように見える」

 

 完全体になったがゆえか、今のジュエルビーモンの総合的なスペックはヴォルクドラモンにも負けてはいない。巨体を活かした戦い方をするヴォルクドラモンに対して、ジュエルビーモンは槍を華麗に使った戦い方をしていた。

 ともすれば、その大きさの差もせいもあって、巨大怪獣に立ち向かう特撮戦士のような雰囲気さえ感じられる。

 しかも、槍を使ったことがないはずなのに、その槍の使い方も堂に入っていて――つくづく、デジモンの進化の凄さを感じさせられた大成だった。

 

「っく……戦いにくい……!」

 

 だが、そんな風に傍から見ていて感心していた大成とは対照的に、当のジュエルビーモンは戦いづらさを感じて苦い顔をしていた。

 スティングモンだった先ほどまでとは違って、攻撃を通すことはできる。が、特殊な力も何もないジュエルビーモンの槍という武器は、ヴォルクドラモンの硬く熱い体に致命傷を負わせることができなかったのである。

 そう。いかに進化してスペックが上がろうと、ジュエルビーモンはヴォルクドラモンに対する決定打が持てないままだったのだ。

 まあ、それはヴォルクドラモンの方も同じなわけだが。こちらは、ジュエルビーモンの速さに対応できず、自身の攻撃を当てることができていない。

 

「っく……!」

「ぼー……!」

 

 結果、戦況は膠着状態になっていた。

 もちろん、戦い続けていれば、いずれ決着はつくだろう。数時間か、数日か。かなりの長時間に渡る戦いの末に。だが、それはジュエルビーモンや大成たちとしては、どうしても避けたかった。

 見渡せば、あの運営を名乗っていた女性はどこにもいない。どこかへと消えたあの女性が、また何かをしてこない保証はないのだ。

 

「ぼぉおおおおおお!」

 

 気合の乗った咆哮と共に、ヴォルクドラモンは口から煮えたぎったマグマを吐く。それは、“ヴォルカニックフォーン”と呼ばれるヴォルクドラモンの必殺技だ。

 ジュエルビーモンは、吐き出されたマグマが大成たちの下へと行かぬように気をつけながらそれを躱す。が、超高温のマグマは躱すだけでも、ジュエルビーモンの体力を僅かながらに削っていった。

 

「お返しです!」

 

 負けじと、ジュエルビーモンも槍を振るう。光速で振るわれた槍は衝撃波を生み出し、ヴォルクドラモンを攻撃した。それは、“スパイクバスター”と呼ばれるジュエルビーモンの必殺技。

 だが――。

 

「ぼぅううううううう!」

 

 だが、その衝撃波も、ヴォルクドラモンは耐えた。身体のあちこちに細かい傷はついているが、それだけ。勝負を決めるほどの傷は負っていなかった。

 とはいえ、これは予想通り。内心で舌打ちしたくなることには変わりなかったが、それでもジュエルビーモンは表情を変えなかった。

 総合的なスペックも同じで、戦況はほぼ膠着状態。だが、この早期決着が望まれる状況では、精神的に不利なのはジュエルビーモンの方と言える。つまり、ジュエルビーモンでは、ヴォルクドラモンとの均衡を崩せないどころか、崩される確率の方が高いのだ。

 だからこそ、この状況をどうにかするには、第三者の力が必要で。そう考えていた大成は、ジュエルビーモンの戦いを見ながらも、必死に打開の策を考えていた。

 

「どうすれば!どうすればいい?どう……すれ、ば?ん?」

 

 だが、そんな折。大成は、見つけた。この場でもう戦っているローダーレオモンの姿を。その姿を目撃した瞬間、大成はあることを思い出し、そしてハッとなって気づいたのだ。

 ローダーレオモンの方では、早くから完全体で戦っていたというだけあって、両者ともにダメージが溜まっていた。

 そして、そんな彼らの戦況を見たからこそ、大成はチャンスだと思ったのだ。

 

「そうか!よっし。優希!」

「何?何か作戦でも思いついたの?」

「ああ!二対二に戻すぞ!できるなら一対二だ」

「……!そういうことね。わかった!」

 

 大成が脳裏に思い描いたのは、ついこの間のこと。スカルバキモンに襲われた時のこと。

 二体のスカルバキモンに襲われたあの時、未だ完全体に進化する術を持たなかった大成たちはどうやってスカルバキモンを倒したか。そのことを。

 そして、あの時とは違って、ローダーレオモンと戦っているヴォルクドラモンは、かなりダメージを負っている。

 もし、このダメージを負ったヴォルクドラモンと戦うのが、同じくらいダメージを負っているローダーレオモンではなく、ほぼダメージを負っていないジュエルビーモンだったのならば。そこに、同士討ちという形となるようにもう一体のヴォルクドラモンを誘導したのならば。

 

「イモ!」

「セバス!」

 

 それは相手の連携を考慮に入れていない、賭けの部分が大きい作戦だ。だが、大成たちには、現状でこれ以外の策を思い浮かべることはできなかった。賭けをする以外に、この状況を脱することを想像できなかった。

 そして、それがジュエルビーモンたちもわかったからこそ、彼らは自分たちのパートナーの立てた作戦を信じ、その賭けに乗ることにした。

 

「セバスさん!」

「了解ですな!」

 

 次の瞬間、ジュエルビーモンとローダーレオモンの二人は、視線のみで自分がどう動くかをお互いがお互いに伝える。もちろん、相手の視線の意味をすべて余すところなく受け取れたとは思えない。が、それでも受け取れたことを信じて、二人は動く。

 自分たちが相手をしていたヴォルクドラモンの攻撃を躱し、彼らはヴォルクドラモンに背を向けて駆け出した。

 敵に背を向けるというのは、あまりにも大きい愚。もし戦っているのが自分一人であったのならば、この行動は致命的なものとなるだろう。

 だが、今戦っているのは一人だけではない。目の前には、自分と同じように敵に背を向け、自分の下へと向かってくる者がいる。 

 

「ほわちゃっ!」

「はぁっ!」

 

 そして、ジュエルビーモンとローダーレオモンの二人は、互いに背後からの攻撃を見ることなく一瞬で躱す。それは、互いが互いの隙を補ったからこそできたことだった。

 お互いがお互いの敵に背を向けながらも、お互いがお互いの敵の攻撃を見て、そして、視線だけでそれを伝える。練習したわけではないが、運良く上手くいったようで何よりである。

 

「行きますよ!」

「任せましたぞ!」

 

 ともあれ、一歩間違えれば悲惨なことになる可能性はあったはいえ、成功すればこっちのもの。ヴォルクドラモンたちの動きは鈍重。ゆえに、彼らが二撃目を繰り出すよりも前に、ジュエルビーモンたちは合流することができる。

 ジュエルビーモンは移動時の勢いを保持したまま、ローダーレオモンは来るべき時のために力を貯めて――。

 

「はぁあああ!ふっ!」

 

 次の瞬間、ジュエルビーモンは必殺技を放つ。放たれた“スパイクバスター”で彼が狙うは、ローダーレオモンが付けた傷跡。

 

「がぁあああああ!」

 

 外皮にはかすり傷程度しか効かない必殺技でも、さすがに、身体の傷跡から内部への直接攻撃は効いたらしい。

 ヴォルクドラモンは苦悶の声を上げて苦み――その直後、ローダーレオモンが駆ける。勢いをつけて尾の鉄球を振り回し、必殺技を放つ。“ローダーモーニングスター”。山を砕かんばかりの凄まじい威力が、ジュエルビーモンによって広がったヴォルクドラモンの傷跡を捉える。

 

「がぁっがぁああああ!」

「ナイスタイミングですな!ジュエルビーモン殿!」

「了解です!セバスさん!」

 

 元々弱っていたところに、ジュエルビーモンたち二人の完全体の必殺技の一撃は堪えたのだろう。苦悶の声をあげたまま、ヴォルクドラモンは倒れて――その顔は、どこか安心したかのような苦笑いの顔だった。

 無事に一体目のヴォルクドラモンは倒すことはできた。

 合流の際、ヴォルクドラモンたちの合流からの乱戦も覚悟したジュエルビーモンだったが、どうやらヴォルクドラモンの鈍重さに救われたようである。ヴォルクドラモンたちが合流するよりも早く、片方を片付けることができたのだ。

 

「こうなればこっちもののです!」

「ですな!負けませぬぞ!」

 

 一対二となったこの状況。

 こうなれば油断さえしなければ、ジュエルビーモンたちの勝ちは決まったようなものだった。未だ早期決着を望み、焦る気持ちはある。だが、ここからがある意味本番だ、と。そう思った彼らは、気を引き締めた。

 勝って兜の緒を締めよ。そういうことである。

 

「行きます!初めは僕がセバスさんのサポートをします!」

「活路が見えたら、このセバスがジュエルビーモン殿のサポートに変わりますぞ!」

 

 戦い方は先ほどと同じ。ローダーレオモンがヴォルクドラモンに傷を付け、ジュエルビーモンがその傷を狙う。それだけのこと。その戦い方をするために、彼らはお互いがお互いを補助するかのように動く。

 ジュエルビーモンがスピードでヴォルクドラモンを撹乱する。その隙に、ローダーレオモンは地面を駆け、たどり着くや否や、攻撃する。

 戦い方が上手くハマったと言うべきか。先ほど以上に、戦況はジュエルビーモンたちの思う通りに運んでいて。

 

「……?どこか……?」

「おかしいですな」

「セバスさんもそう思いますか?」

「うむ。先ほどまでとは違う……?」

 

 疑問に思ったジュエルビーモンたちが思わず話す余裕が生まれるほど、不可解に戦況は一方的なものへと変化していた。

 違和感。ただ、それだけがあった。それだけしかなかった。

 遠く戦いを見ている大成たちにはそれが理解できなかったが、直に戦っているジュエルビーモンたちはそれに気づいていた。

 

「こやつ……本当に戦う気があるのですかな?」

「どうだろう。むしろ……」

 

 その先は誰も言わなかった。

 ジュエルビーモンたちが感じた違和感。それは、先ほどまでとは違って、ヴォルクドラモンが攻撃行為をあまりしなくなったところにあった。

 まるで今すぐ戦闘を、いや、命そのものを終わらせたがっているかのようなそんな気さえ、ジュエルビーモンたちに感じさせる。

 

「終わらせよう」

「ですな」

 

 同じデジモンとしてその目に感じるところがあったのだろうか。

 ジュエルビーモンたちはお互いに頷きあって、最後の一撃の準備をする。やがて彼らは必殺技を放つ。

 最後、ヴォルクドラモンはまるで苦行から解放されたかのような、そんな笑顔でもって消えていったのだった。

 

「これは……何と言うべきでしょうか……」

「後味悪いと言うべきですな!このセバス!なぜか、無性に腹が立っておりますぞ!」

 

 敵だったというのに。ヴォルクドラモンはあんな顔で消えていったからこそ、ローダーレオモンたちは感情を震わせていた。彼らは、何かとんでもないことの一端を垣間見たような気がしたのだ。

 そして、そんな彼らの下に大成と優希は駆け寄ってきて、労いの言葉をかける。が、そうしながらも、彼らを急かした。いろいろと考えるところ、思うところがあっても、急ぎ逃げなければならないのだ。そんな今、後でできることは後でするべきなのである。

 

「あの女はまだ帰ってきてないわね」

「急ぐぞ。面倒なことにならないうちに、さっさと帰るべきだろ」

「でも、いつまで経ってもこの場から元の場所に戻れませんよ?」

 

 そう。ジュエルビーモンの言った通り、バトルは終わったというのに、このバトル専用の空間から大成たちは元の空間へと戻ることができていなかった。

 これは、通常ならばありえないことだが、おそらくはあの運営を名乗る女性が何かしたのだろう。大成たちは、このゲーム内での怪しいことはすべてあの女性のせいであることを確信していた。

 

「大丈夫だろ。こっちには……」

――やれやれ。こういうのを出待ちというのだったか?――

「頼りになるウィザーモン先生がいるんだからな」

 

 まるで待っていたかのように、タイミングよく聞こえてくるウィザーモンの声。その直後に、大成たちの目の前に空間の歪みという門が開いて――大成たちは、ウィザーモンのセリフに苦笑しながら、その門へと飛び込んだのだった。

 




というわけで、第九十一話。

今回の話限定のジュエルビーモンでした。
たぶん、以降に出番はありません。

さて、ともあれ。大成たちサイドの話はこれにて終了。
次回からはウィザーモンたちサイドの話が展開されます。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第九十二話~潜入!~

 時は少し遡って、大成たちがゲーム“デジタルモンスター”の調査を開始した頃まで遡る。

 その時、いわゆる外側から調べる組である旅人たちとウィザーモンがどこにいたかというと――とあるビルの前にいた。

 ちなみに、人々が存在そのものに驚きそうなデジモン勢だが、ドルグレモンやスレイヤードラモンは未だアナザーの中に入ったままであり、ウィザーモンは人形のフリをして旅人に抱かれていたりした。

 

「ここは?」

「ここがあのげーむとやらを作った会社があるビルだ」

 

 そう。このビルの中に入っている会社こそが、あのゲーム“デジタルモンスター”を作り、そして運営している会社である。

 あのゲームの中から調べる大成たちとは対照的に、あのゲームを運営している会社そのものに潜入し、調べる。それが、ウィザーモンの考えなのである。旅人たちはウィザーモンの護衛だ。

 

「本当にあってるのか?どうやって調べたんだよ。人間の世界に詳しくないだろ?」

「無論、情報提供者がいただけの話さ」

「情報提供者?信用できるんだかな……」

 

 ウィザーモンの情報の出処を疑ってかかる旅人。だが、一応言っておくと、その状況提供者とはそもそもこの件を依頼した人物である。

 

「で?」

「何が、で?なのだね?」

「いや、だからさ。どうやって入るんだ?さすがに堂々と部外者が入ることができないくらい、オレでもわかるぞ」

 

 そう。旅人の言う通りだ。

 会社とは、それが種類のものであれ、概ね自社の利益を求めた組織である。だからこそ、自社の不利益になるようなことはよほどの意味がなければしないし、許さない。

 部外者が入ることもそうだ。仕事場が荒らされる。会社の機密事項が見つかり、外部に漏らされる可能性が生まれる。部外者が会社の建物に入るということは、それだけの不利益を被るリスクがある。だからこそ、普通は部外者は立ち入り禁止となっている。

 普通の会社でさえそうなのだ。それが、怪しい会社では言うまでもないことになる。

 

「変装でもして潜り込むか、忍び込める道でも探すか。それとも、無難に入り込めるチャンスに便乗するか……どうする?」

 

 もちろん、何もかもダメでは怪しいと公言するようなもの。

 旅人がチャンスといったような、会社見学や雑誌のインタビューなど、ある程度は内部に入れる部外者用のプログラムもあるにはあるだろう。だが、そういったもので入り込める場所など、たかが知れている。

 ウィザーモンが、ひいては彼の依頼主が知りたいのは、かなり深い部分の情報だ。こういったたかが知れている場所で見つかるようなものではないだろう。

 それらはウィザーモンもわかっている。というか、わかっているからこそ、ウィザーモンは護衛に旅人を指名したのだ。

 

「ふむ。君の言っている方法でもいいのだがね。何のために君を僕の方に回したと思っている」

「何のため……?ああ。そういうことか。初めからオレを働かせる気満々だったんだな」

 

 ウィザーモンの言っていることの意味がわかり、少し責めるかのような目でウィザーモンを横目に見る旅人。もちろん、これが依頼という形の仕事である以上、そのような視線で見るのはお門違いだ。旅人もそれくらいは理解しているが、やはり感情は別だった。

 

「お前、潜入したら自分で歩けよ」

「僕としては抱えられているだけでいいのだから楽だったのだがね?」

「でも、人形が歩いてたら普通の道でも怪しまれるだろ。ただでさえ、通行人にジロジロと見られてるんだから」

 

 一応言っておくと、ウィザーモンの人形のフリは完璧である。その口元のマスクのこともあって、例え声を出したとしても、ウィザーモン自身が生きて、動いているようには見えない。

 そう。通行人に見られているのは、旅人の方だ。傍から見ていると、旅人は大人の男が不気味な人形を抱えて道に立ち続けながら、ボソボソと独り言を言っているように見えるのである。

 怪しいどころか、精神の異常を疑うレベルだ。旅人が気づいていなかったのは、幸だったのか、不幸だったのか。まあ、デジモン組は気づいていたのだが。

 

「そろそろ行くか。ウィザーモンを人形と誤魔化すことにも無理が出てきたしな」

「ふむ。では、頼むぞ」

「はいはい。set『不可視』!」

 

 ともあれ、いつまでも立ち続けているわけには行かないことに思い至って、旅人たちはいよいよこの建物に潜入し始める。

 先ほど、ウィザーモンが言外に込めた意思通り、旅人はカードを使う。使ったのは、“不可視”のカード。それは、旅人と彼の周囲少しを傍目には見えなくするカードである。まさにこういう時のためのカード。一応弱点もあるのだが――それはともかくとして。

 傍目には見えなくなった旅人とウィザーモンは、ビルの中から出てくる人物が自動ドアを開いたタイミングで、中に侵入する。

 

「よし。無事に潜入できた……けど。ここからどうする?どこに何があるか知ってるか?」

「僕がそこまで知るわけないだろう。それを調べにここに来たのだぞ。ふむ。だが、まあ……僕たちが探しているようなものはこんなところにはないだろうよ」

 

 ウィザーモンたちが知りたいのは、外部に漏らされていない事情だ。そのような情報はたいてい機密事項である。機密という外部に漏らさないという性質上、旅人たちがいるような入り口近くに置かれているわけもない。

 ウィザーモンの言葉は、自身も学術院という街の重鎮として、そういった常識を知っているがゆえのものだった。

 

「それもそうか。さて、エレベーターを使うか階段を使うか……」

――しらみつぶしに行くのも効率が悪いしね~――

 

 突如として聞こえた声。言うまでもなく、それはアナザーの中から聞こえてきたドルグレモンの声である。

 ある意味最も聞き慣れた声であるのに、それが自分の中から聞こえてきた声だと一瞬だけ思ってしまった旅人は、だいぶあの自分の中にいた何かに毒されていたのだろう。

 ともあれ、アナザーの中にいるドルグレモンたちも現状は把握している。だから、こうやって中から声をかけてくるのは、別にいいのだが――。

 

「ドル!もっと声を抑えろ!」

「旅人。それは君にも言えるのだがね」

 

 問題は、ドルグレモンの声量にあった。

 ドルグレモンの声量は別に叫んだと言えるほど大きくはなかったのだが、隠密行動中の旅人たちが危うくなるくらいの大きさはあったようで。

 

「おい、今の声は誰だ?」

「さぁ。誰か隠れているのか?」

「ちょっと見てくるわ。しばらく頼むぞ」

 

 旅人たちの周りにいた警備員たちが動き出した。

 彼らには旅人たちの姿は見えていないのだが、それでも通常の状態から警戒状態に移りかけていることには変わりない。

 つまり、旅人たちは今まで以上に慎重に進まなければならない可能性が出てきたということである。

 

「……どうするよ」

「どうしようもないだろう。とりあえず、先に進むぞ」

 

 聞き取りにくいこと仕方なかったが、仕方なくヒソヒソと話しながら、旅人たちはその場から移動する。原因となったドルモンはアナザーの中でスレイヤードラモンに怒られたらしく、しばらく声すら聞こえてこなかった。

 

「ふむ。建物の中に入るのは初めてだが、基本的な作りは機械里のものと変わりないようだな。世界の違いがあっても、こういった建物が同じなのはなぜだ?」

「お前、何しに来てるんだよ。目的が変わってるだろ。オレたちは調査をしに来たんだろ」

「何。別に依頼としての調査と僕の知的好奇心を満たすことは相反しない。ならば、調査しながら知的好奇心を満たすために動いても構わないだろう?」

「そりゃ、そうかもしれないけどさ。自分のことに精一杯で、肝心の調査の方を見落とすなよ。オレにはよくわからないんだから」

「ふむ。君が役に立つとは思っていないが、少しくらいは努力してはどうかね?」

「今すぐカードの効力を解いてやろうか」

 

 ヒソヒソと話しながら、ビルの中を歩く旅人とウィザーモンの二人。

 彼らは今、最上階を目指して、階段を使ってビルを上っていた。階段を使っているのは、エレベーターやらエスカレーターやらは階段に比べて人が密集しやすく、バレる可能性が高いと踏んだからである。

 階段を使うことを決定した際、それらに乗ってみたかったウィザーモンが若干不服そうにしたのは、ほんの余談である。

 さらに言えば、そういったものを見つけるたびにウィザーモンは近づいていき、その度に旅人が苦労したのだが、それもほんの余談だ。

 

「最上階ね。十階だったっけ?そこからしらみつぶしに探していくか?」

「誰がそのような面倒なことをするか。ある程度の目星を決めて、そこを探していく方が効率がいい。しらみつぶしは最後の手段だ」

「目星、あるのか?」

「昨日のうちに調べた。ああ、無論外から魔術を使ってだがね。それとさっき得られた情報を元に、目星は付けられた」

「さっき?どこにそんな情報があったんだ……」

 

 愕然と呟く旅人。

 まあ、旅人がわからなかったのも仕方のないことだろう。その情報は、事前に調べていたウィザーモンだからこそ、わかったことでもあったからだ。

 昨日ウィザーモンが調べたところでは、このビルには地下階がある。だが、先ほどウィザーモンが見たエレベーターには、地下へと行く機能がなかった。それは、階段にもエスカレーターにも同じことが言えた。

 まず間違いなく、通常の方法では地下へと行くことができない。ならば、特殊な方法でしか行くことのできない地下には、それ相応のものがあると考えられる。

 

「……あの行動にはそう言った意味があったのかよ。で。最上階にその目星が?」

「最上階の一室から、地下まで続く縦穴があることは昨日の段階で確認済みだ。それがただの穴なのか、それともエレベーターなのか。まあ、構造的に見て後者だと思うがね。地下に行くにはそれしかない」

「なるほどな」

 

 それしか行く方法がないとは、ずいぶんと厳重である。そこにはよほど重要なことがあるのだろう。

 ともあれ、問題は地下へと行く方法が一つしかないという部分だ。つまり、このビルの中の人々、それも重要な役割にいる人々との鉢合わせの可能性が高まるということ。

 それは、最上階についてからが本番だということを示していた。

 

「っていうか、今思ったけどさ。わざわざ昼間に侵入することなかったんじゃないか?」

「ふむ。それは確かにそうだが……夜だからいいというものではない。こちらがやりやすいように、向こうにも同じことが言えるのだからな」

「というと?」

「はぁ。つまり、だ。夜は人が少ないから僕たちとしても忍び込みやすい。が、人が少ないからこそ、向こうも派手ができるというわけだ」

「……そんなもんか?」

 

 旅人には、ウィザーモンの言い分は素直に納得できるものではなかった、が。それでも、ウィザーモンの言葉にはどこか確信を持っていた節もあって、旅人は無理矢理に納得したのだった。

 まあ、すでにこうして潜入してしまっている以上、今更旅人が何を言っても変わらないのだが。

 ともあれ、そんなこんなで話している間には、旅人たちは最上階への階段の最後の一段を上り終えていた。

 

「で、どっちに行けばいい……?」

「こっちだな。僕たちから見て一番奥の部屋だ」

「一番奥、ね。いかにもって感じだな……おい」

「なんだね?」

 

 時折すれ違う人にバレないように、慎重を期して歩く旅人は、事前に建物の構造を調べてあったウィザーモンの先導で、とある一室のドアの前へとたどり着いた。

 このビルの特徴というべきか、このビルの中の部屋の見た目は画一的な作りのものが多かった。少なくとも、廊下などからの外装はそうだった。

 そして、旅人たちの目の前にある部屋も、その例に漏れず、外から見れば他の部屋と同じようなドアと壁が広がっている。が、外側からの見た目が他の部屋と同じようでありながら、そこはひと目でわかるほどの特別感がにじみ出ていた。

 たった一つの看板がドアの横に掲げられていたことによって。それだけで、旅人はこの部屋に他の部屋とは違う特別感を抱いてしまっていた。

 

「社長室って書いてあるんだけど?」

「社長……ああ、会社の長という意味か。なるほど。ふむ。まあ、偉い人が直々に関与していた可能性が大きいことは予想がついたことだろう。であれば、これは必然とも考えられるが?」

「なんでだよ」

「だいたい、一平社員が世界を股にかけるようなことを、上層部にバレずにできる可能性が大きいと思うかね?」

「ああ……そりゃ、まぁ」

 

 旅人は人間だが、小学生中退という学歴のこともあって、人間社会の細かなことまで詳しいというわけではない。つまり、旅人の中では、社長とはイコールで偉い人というわけである。

 もちろん、実際はそんな簡単なものではないし、もっと細かいのだが、あながち間違っているというわけでもない。が、一応の大人として旅人のその理解は少し情けない。

 なんとなくそんな旅人のことを察したからこそ、アナザーの中ではドルグレモンたちが呆れていた。

 

「……ふむ。どうやら中に人はいないようだ」

「なんでわか……ああ。魔術か」

「そういうことだ。入るぞ」

 

 ガチャり、と。社長室のドアは自動ドアではなかった。だからこそ、ウィザーモンはゆっくりとドアノブを回して、少しだけドアを開いた。そして、体を捩って、そのドアの隙間から慎重に部屋の中へと入っていく。

 今の旅人とウィザーモンは傍目には見えない。そして、勝手にドアが開くのは怪しいとしか言えない。これは、ドアをおおっぴらに開くことによって通りかかる人に不信感を抱かせる可能性を極力抑えるための策だった。

 ウィザーモンに続いて、旅人も部屋の中へと入っていく。

 

「これが社長室か……初めて入ったな」

 

 社長室と呼ばれるその部屋の中は、ずいぶんと綺麗に整っていた。高級感を漂わせる来客用ソファーと机。壁際に設置された棚の数々。そして、最も奥にある机。

 世間一般の社長室というものを知らない旅人には、この社長室が世間一般から外れているのかどうかはわからない。だが、見渡して不審なものはどこにもなかった。

 これでどこにウィザーモンの言う縦穴があるというのだろうか、と。旅人は疑問に思えて仕方がない。

 それでも――。

 

「これだな」

「は?」

 

 見つけられる人には見つけられるようであった。

 ウィザーモンが見つけたのは、数ある棚の一つ。部屋の内装に合わせられたその棚は、どちらかといえばクローゼットに近く、引き戸式。そして、不思議と中身が入っていなかった。

 確かに怪しいが、そもそも穴ではない。その棚には床板がちゃんとある。だからこそ、旅人は疑問に首を傾げていた。

 だが、そんな旅人の反応にも予想はしていたようで、ウィザーモンは焦る様子もなかった。

 

「これのどこが穴?エレベーターにも見えないし」

「ふむ。右端をよく見てみろ」

「……これはボタンか?お前、よく見つけられたな」

 

 ウィザーモンが示したのは、巧妙にカモフラージュされたボタンだった。壁に張り付くようにされていて、色も棚全体のものと同じ。おそらく、知らなければ旅人のように気づけないだろう。

 それほどそのボタンは巧妙に隠されていた。

 

「……ふむ。旅人。中に入ってみろ」

「えぇ……こうか?って狭っ!ウィザーモン入ってくるな!」

 

 そして、ウィザーモンは旅人をその棚の中へと押し込んで、自身も棚の中へと入り込む。が、旅人が苦言を漏らしたように、棚は広くない。旅人一人だったならば広さ的にもギリギリいけるが、そこにウィザーモンも入るとなれば、さすがにキツかった。

 

「仕方ないだろう。単独行動が危険な以上、一緒に行くしかないのだからな」

「って、確かめずに行くのか!?」

「さて。鬼が出るか蛇が出るか。旅人。カードの準備を忘れるなよ」

「こんな狭い状況で出せるわけないだろうが!」

「では、行くぞ」

 

 ポチッと。ウィザーモンはボタンを押す。

 その直後、エレベーターにしては異様に大きな揺れと共に、旅人たちは自分たちのいる空間が降下している感覚を味わったのだった。

 




というわけで、第九十二話。

旅人たちサイドの話で、前編です。
次回は後編。あの男と旅人たちが出会います。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第九十三話~モドキとオリジナルの出会い~

「ああー狭かった……!ってか、何をボソボソとやってたんだ?」

「む?何。優希たちの方で動きがあったのでな。助けただけだ」

「ふぅん?ま、いいか」

 

 あの棚式エレベーターに乗ってから五分後。

 無事に罠に嵌ることなく、旅人たちは地下の空間へといた。

 

「ふむ。ここから先は何があるかはわからん。戦う準備と逃げる準備を忘れず、気を抜くな」

「わかってるよ」

 

 旅人とウィザーモンの目の前に広がるこの地下の空間。そこは、遠くに巨大な扉が見える以外、一本道で隠れる場所も何もない。

 地下ゆえの閉塞感と機械的なまでの天井の明かりが、その一本道を満たしていた。

 

「ふむ。この厳重さ……雰囲気……まるで秘密の研究所だな」

「そうか?だったら、ここは本当にただのゲーム会社ってわけじゃなさそうだな。ゲーム調査で来たのに、とんでもないもの見つける気がするぞ」

「ふむ。ま、ただの会社ではあの者が調査を依頼してこぬだろうよ」

「……それもそうか」

 

 地下に来た段階で、今回の潜入での一番の立役者たる“不可視”のカードの効果は切れてしまった。しかも、旅人のカードは同一カードの再使用までに時間がかかる。

 つまり、今の旅人たちは普通に他者から見える状態にあるのだ。だからこそ、旅人たちは今まで以上に慎重に歩く。

 

「っていうか、ウィザーモンは不可視のカードのような魔術を使えないのか?」

「風の魔術に似たようなものはあるし、使えるが……専攻の体系ではないために、効率が悪い。一応、発動スピードは速いから、使う時はいざという時だな」

「でも、監視カメラとか考えたら、今のうちに使っておいた方が良くないか?カメラに映って気づかれたら、今までの頑張りが無意味になるぞ」

「む。かんしかめらとは何だね?」

 

 知らないのか、と。そう思って、一瞬だけ旅人は呆れたが、すぐに思い直した。考えてみれば当たり前である。デジモンの世界は人間の世界とは違う。機械里のように発達している街もあるが、たいていの街は人間の世界ほど発達していない。

 もちろん、それが悪いという訳ではない。

 人間の世界のように、社会が発達する必要がなかった。人間よりも遥かに強いデジモンという種は、社会を発達させる必要がなかった。だからこそ、デジモンの世界では発達した社会がなくても過ごしていける。それが、そんな自然と共存するようなそんなところこそが、あの世界の良いところだろう。

 まあ、人間という種よりも種として優れているからこそ、社会としての面でデジモンは人間に劣ってしまっているのだが。

 だから、ウィザーモンが監視カメラのことについて意識が回らなかったのも仕方のないことかもしれない。

 

「監視カメラってのは、アレだ。カメラってわかる……わからないか。なんて言えばいいんだろうな……ところどころに設置された……うーん……映ったものを他の場所に送って……ようは監視のためのものだよ」

「ふむ。なるほど。監視のかめらか。かめらとやらが何かわからないが……遠視や過去視の魔術のようなものか?そういったものは普通にあるのかね?」

「らしいぞ。こういった場所だけじゃなくて、街中にも普通にな」

「それは何とも……管理面では便利だろうが、住みづらいことだな。まぁ、いい。この状況ではまずいな」

 

 監視カメラのようなシステムがデジモンの世界で普及されているのは、それこそ機械里くらいだろう。

 監視カメラについて意識が行かなかったからこそ、ウィザーモンは少し焦った。

 ウィザーモン自身もそういった魔術を使うことはできる。だが、それはウィザーモンほどの魔術の腕があるからこそであって、まさか常識となるほどにそういったシステムが普及しているとは思わなかったのである。

 

「今からでも遅くはないか。姿を隠すぞ」

「了解」

 

 監視カメラの存在を予想できなかった自分の落ち度を感じながらも、ウィザーモンは即座に行動を起こす。得意分野ではないが、そうも言ってられない。彼は、自分たちの姿を隠すべく、魔術を使おうとした。が、少しだけ遅かった。

 ウィザーモンが魔術を使うよりも早く、旅人の言葉が現実のものとなってしまったのだ。

 

「ふむ。遅かったようだな」

「侵入者……それもデジモンとアンノウンか。どうやってここを嗅ぎ取ってきた?」

 

 現れたのは、スーツ姿の一人の男。僅かにイラついたような視線で旅人たちを睨むその男は、以前に優希を襲った人物。貴英その人だった。

 だが、旅人たちにとっては、貴英は名前も素性知もれない相手だ。

 

「お前は……?」

「言うと思うか?私はお前たちの目的が何であろうと、お前たちを始末するだけだ」

「うわー……向こうは激しくやる気だぞ。どうする?」

 

 ここで撤退するか、と。旅人はウィザーモンに問う。

 貴英は以前優希たちと戦った人物であるが、そんなことは旅人たちには知る由もない。さらに、旅人には貴英の戦力も見当がつかない。だからこその撤退の提案。

 それは、撤退時期を見誤って、下手に怪我をするわけにはいかないからこその提案だった。

 だが。

 

「逃がすと思うのか?」

「何。せっかくここまで来たのだ。しかも、二度目はない。ここで引かずともいいだろう。逃げる準備だけはしておけばいいだけの話だ」

 

 だが、貴英は旅人たちを逃がす気がなく、ウィザーモンは逃げる気がなかった。それぞれが旅人にその意思を告げて、旅人は諦めと共にそれを受け入れる。

 カードを取り出して、どう動くかを考える旅人。睨み合いの状況。そんな状況で先に動いたのは、貴英の方だった。

 彼は、凄まじい速さでポケットからあるものを取り出した。それはデジメモリと機械。

 予想もしてなかったものの登場に、旅人たちは驚きを隠せなかった。特に、これの製作者であるウィザーモンは。

 

「って、え!?」

「あれは……試作品!?なるほど。お前たちが盗んだのか……!」

「ふっ!セット『シードラモン・アイスアロー』!」

 

 そんな風に驚く旅人たちだが、それは戦いにおいて狙われるべき隙でしかない。

 貴英はその隙を狙っていく。すぐさまデジメモリを機械へと差し込み、その瞬間、その効果が表れる。放たれたのは、氷の矢。超低温のそれは、掠っただけでも凍傷を引き起こすほど。

 驚きで隙を晒した旅人たちにこれを躱す気配はなく、貴英は内心で直撃を確信した、が。

 

「あっぶねー……シードラモンってことは成熟期相当の技ってことだよな?完全体以上だと死んでたな。というか、ウィザーモンも手伝ってくれよ」

「何を言っている。僕はこの後の調査のために余力を残しておかねばならないのだ。だいたい、こういう時のための君だろう」

「ま、そうだろうけどさ」

 

 だが、貴英の予想に反して、旅人たちは無事だった。というか、無傷である。それこそ、呑気に話す余裕さえある。

 そんな貴英が見れば、氷の矢は旅人たちの前にある壁のようなものに刺さって止まっている。それが、旅人の持つカードの力だとは疑うべきもないことだった。

 

「さすがはアンノウンということか」

「カードモドキ……ああ!アイツ、前に優希が言ってた奴じゃないか?」

「そうだな。僕のところから試作品を盗んだ者か、それの仲間か。どちらにせよ。聞くことができたな」

 

 貴英がデジメモリを使ったことによって、ようやく旅人たちは気づいた。彼が、以前優希が話していた人物と同じであることに。

 

「それをどこで手に入れた?それは僕が作ったものだ。場合によっては容赦しないぞ」

「そうか。お前が……残念だが、言う気も返す気もない」

「ふむ。そうかね。旅人頼んだ。取り返してくれ」

「……オレ頼みか!ま、いいけどさ」

「セット『グレイモン・メガフレイム』!」

「うわっと!危ないな!」

 

 会話の途中にも関わらず、デジメモリの攻撃を放ってくる貴英。一瞬後、旅人が展開した防壁に巨大な炎弾が当たる。が、防壁はビクともしない。

 それを見て、貴英はほんの少しだけ顔を顰めていて。

 反対に、今の攻撃で旅人は貴英のだいたいの強さを測ることができていた。

 貴英は、成熟期相当のデジメモリしか使っていない。完全体以上のデジメモリは存在しないのか、存在するが訳あって使えないのか。どちらかはわからなかったが、今の戦力で負けるような相手だとは旅人には思えなかった。

 そもそも、貴英は正真正銘の人間である。つまり、いくら攻撃能力があっても、防御能力はデジモンに比べれば無いも同じ。異世界にて伝説の魔王デジモンと相対したこともある旅人には、どうしても貴英には怖さを感じなかった。

 

「さて。じゃ、さっさと済ますかね」

「……!やれるものならやってみろ!」

「リロード!スレイヤードラモン!」

 

 アナザーを掲げた旅人のその言葉と共にこの場に現れたるは、スレイヤードラモンだ。

 一方で、貴英はいきなりのスレイヤードラモンの登場に驚くことしかできない。奇しくも、それは先ほどのデジメモリを見た時の旅人たちの姿のようだった。

 

「じゃ、リュウ任せた」

「見た感じ、俺じゃなくてもよくねぇか?ドルがうるさくなるぞ」

「いや、お前が適任だって。お前なら、速攻で無効化できるだろ?ドルの場合は……ほら、アレだ。ブチッとやりそうだから」

「ああ……」

 

 旅人のその言葉に、スレイヤードラモンは思わず納得した。

 まあ、ドルグレモンだってそのくらいの手加減はできる。実際はそんなことにはならないだろう。ちなみに、信じてもらえず、呼ばれなかったドルグレモンは、この時アナザーの中で不機嫌になっていた。が、そんなドルグレモンのことはともかくとして。

 旅人に頼られているというのは、スレイヤードラモンとしても悪い気はしない。だからこそ、ほんのちょっとだけやる気を出して、彼は貴英と向かい合った。

 

「っく!セット『ガルルモン・フォックスファイアー』!」

 

 貴英は、自分が追い込まれていることを感じていた。苦し紛れにデジメモリを機械に差し込み、放ったのは青い炎。成熟期デジモンであるガルルモンの必殺技であり、金属さえ溶かす高熱の青き炎。

 だが、そんな炎も、究極体のスレイヤードラモンの前では、ただの火の粉にしかならない。軽く剣を振るう。たったそれだけで青き炎は散った。

 そして、その瞬間にスレイヤードラモンは貴英へと距離を詰める。人の目では視認もできぬほどの超高速。それを前にして、貴英は何もできずにやられる――。

 

「なっ!?」

「えっ!?」

 

 はずだった。

 轟音。崩れる天井。突然の事態に対する驚愕から抜けきった旅人とウィザーモンが顔を上げた時、貴英はこの場から消えていた。

 残っていたのは、僅かに陽の光が届くほどの大穴が空いた天井と、そして愕然とした顔のスレイヤードラモンだけだった。

 「何があったのか」と。旅人はそう尋ね、スレイヤードラモンは答える。驚愕の事実を。

 

「あの野郎を連れて行ったの……スレイヤードラモンだった」

 

 その事実には、この場の全員が驚くしかなかった。

 同一の種の究極体が同じ時代にいる確率など、それこそ天文学的数値に等しい。だが、他ならぬスレイヤードラモンの言葉だ。同じくスレイヤードラモンである彼が、スレイヤードラモンを見間違えたとも思えない。

 誰もが言葉を失うしかなかった。結局、彼らが再起動したのは、この数分後。他の何者かが来る前に、調査の方だけでもしておくことを、ウィザーモンが提案した後のことだった。

 先ほどの天井崩壊で荒れた廊下を走り、旅人たちは廊下の奥のドアへとたどり着く。が、自動ドアなのだろうそのドアは、開かなかった。

 

「このドア開かないな。どうする?」

 

 そう言う旅人の視線の先にあるのは、何らかのパネル。

 おそらくは、そこで何かをすることによって、このドアは開くようになっているのだろう。それくらいは容易に想像がつくことであった。

 だが、当然だが、旅人たちはその何かを知らない。このドアを開くことができないのだ。だからこそ、旅人はどうするかを訪ねたのだが――直後、辺りに響いた轟音。

 ハッとした旅人が振り向くと、そこにはドアを切り裂いたスレイヤードラモンの姿があった。

 

「……リュウ」

「別にいいだろ。時間もねぇんだ。これが手っ取り早い」

「ふむ。確かにな」

「ま、今更か」

 

 確かに驚くことだが、いちいちこのドアを開くための何かを探すよりはよっぽど楽だ。今が緊急事態であることも相まって、旅人たちは軽率な行動をしたスレイヤードラモンを責めなかった。というか、よくやったとすら言いそうだった。

 無残な残骸になったドアを踏みしめ、旅人たちは中へと入る。

 

「っ!これは……!」

 

 そこにあった光景は、驚愕の光景だった。

 

 

 

 

 

 旅人たちがドアの向こう側の光景を見た頃のこと。

 とある場所にて――。

 

「これはまた随分とやられたものだね。貴英」

「お前か……別に。これは少し油断しただけだ」

 

 旅人たちから命からがら逃げ出した貴英は、彼の上司たる人物の下に連れてこられていた。決定的な敗北を部下が味わったというのに、その上司はうすら笑いでいる。その人物は、貴英に対して労を労うつもりも、慰めるつもりもないようだった。

 貴英の方も、その人物がそういう性格だと知っている。だからこそ、そんな上司に彼は何も思わなかった。

 

「しかし、かの世界の進化研究の第一人者にアンノウンまでもがこの世界にいて我々の喉元に噛み付いてきた、か。これは偶然だと思うかね?」

「さぁな。偶然だろうと必然だろうと、どちらでも結果は変わりないだろう」

「確かに。だが、まるで神の手のうちによって遊ばれているようで、気分が良くないのだよ」

「神なら、向こうにならいくらでもいるだろう」

「いくらでもというわけではないだろうがね」

 

 旅人たちが自分たちの()()()()を突き止めたというのに、貴英もこの人物も、深刻がってはいない。そこには、どこか余裕があった。

 

「失礼します。ああ、貴方も一緒でしたか」

 

 そして、そんな時だった。

 この部屋に、第三者たる女性が入ってきたのは。どこか理知的な雰囲気を纏ったその茶髪の女性は、負けた貴英を見下したような目で見ながら、彼女にとっても上司となるその人物の下へと歩いて行く。

 一方で、貴英の方もその女性を忌々しげに見ていた。

 女性と貴英。二人が揃っただけで、部屋の中の空気がギスギスとしたものに変わっていっていて。

 

「君たち。もう少し仲良くできないのかね?」

「無理だな」

「無理ですね」

 

 見るからに仲が悪いそんな二人を、その上司となる人物は呆れたような目で見ていた。

 

「申し訳ございません。進化の巫女には逃げられ、実験体を二体無駄にしてしまいました」

「役立たずめ」

「そうか。捕獲しておけば、我々の研究の役に立つはずだったのだが……」

「どのみち、本社の研究施設は潰されただろう。アンノウンによってな」

「そうですか。守れなかったのですか。役立たずですね」

 

 女性の報告を聞く上司。だが、いらぬことを言う貴英のせいで、そしていちいちそれに反応する女性のせいで、部屋の気温がどんどん下がっていく。

 もはや上司の前であることなど関係ないとばかりに、女性と貴英は睨み合っていた。

 

「待て待て。どのみち、この世界でできることはすべてやっただろう。ならば、後は向こうの世界でやるだけだ。研究施設の件も、進化の巫女の件も、取り返しは効く。だから、そういがみあうな」

「お前は黙ってろ」

「黙っていていただけますか?」

 

 負のボルテージが際限なく上がっていく二人を、なんとか宥めようとした上司。だが、二人はそんな上司の言葉を聞く意味なしと一蹴した。

 一応、この者たちの組織は有志で作られたもので、一般的な組織よりは上下関係の意味合いが薄い。が、それでも上下関係は一応あるのである。

 この中で最も偉いはずであるのに、言葉を聞いてもらえないこの上司。その背中には苦労人ゆえの哀愁が漂っていたのだった。

 




というわけで、第九十三話。

貴英と旅人という、今まで出会わなかった二人の出会いでした。
ちなみに、今回見た光景は、数話後に回想で語られます。

さて、次回は向こうの世界に戻る……前のひと悶着前編。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第九十四話~自ら選択すべき道~

 ゲーム“デジタルモンスター”の調査から一日過ぎた翌日の昼のこと。大成たちは優希の家である孤児院、その一室に集まっていた。

 

「えっ……もう……?」

「マジでか……?」

 

 愕然とした様子で呟く大成と優希。

 まあ、二人がそう呟いたのも無理はないだろう。今、二人の目の前には、空間の歪みがあった。歪みから見える景色は、学術院の街のもの。つまり、現状を簡単に言うのならば、お迎えが来たということである。

 そう。デジモンの世界へと戻る時が来たのだ。

 

「でも、たいしたことはわかってないだろ。いいのかよ?」

「ふむ。大成。確かにわかったことは少ない。が、あのゲームを使って、何者かが……いや、あるいは何らかの組織が、何かをしでかそうとしているということだけはわかった。それだけでいいのだろうよ。依頼主はな」

 

 大成は何も知らされず、ここへと連れて来られた。だからこそ、このお迎えは不意打ちだった。

 大成たちも、いつかはデジモンの世界へと戻る可能性を考えなかったわけではない。が、こうもすぐ戻ることになるとは思っていなかった。

 大成も優希も、やっと帰ってこられたのだ。帰ってこられた時は、帰還の嬉しさを二人共感じて――そう、嬉しかったのだ。だからこそ、もう一度あちらの世界へと戻ることに、二人は若干の抵抗を抱いてしまっていた。

 

「大成さん、僕は大成さんについてきます。大成さんが、向こうに戻りたくないって言うなら……僕もこっちにいます」

「それは……そうなんだが」

「このセバスも同じですぞ!お嬢様。それに、わざわざ杏殿を悲しませることはないと思いますぞ」

「そう……ね……。ウィザーモンと旅人は?」

「ふむ。確かに、この未知なる世界は面白いがね。僕はまだ向こうの世界での研究を残したままだ。こちらの世界を調べるなら、それからでいい」

「オレの場合はウィザーモンと逆だな。せっかくだし、向こうの世界を旅してみることにするさ」

 

 迷う。大成も優希も。彼らのパートナーは、彼らの選択に従い、彼らと共にあるとはっきりと告げた。一方で、ウィザーモンや旅人は向こうの世界に戻るつもりのようだ。

 この面々の中で、大成と優希だけが、選択を迷っていた。

 まあ、それも仕方ないことだろう。

 今回の一件で、帰る方法が()()()()()()()ということが証明された。だが、それは必ずしも技術化されたものではない。未だ、向こうの世界とこちらの世界の行き来の方法は、不明瞭な部分が多い。

 

「俺は……」

「……私は」

 

 向こうの世界へと行ったが最後、こちらの世界へと戻ってこれない可能性もある。いや、戻ってこられても、それはコンビニへ買い物に行くかのような気軽な道ではない。帰ってこられた時には、何年も経っていたということもありうるのだ。

 帰り道云々のことがなくとも、向こうの世界には危険がつきもの。下手をすれば、帰る云々の前に死んでしまうかもしれない。

 つまり、これは大成たちにとって、人生を決めかねない選択である。それがわかっているからこそ、大成たちは迷っているのだ。

 

「うぐ……でも……ぬぁあ……むぅうう……」

「……」

 

 迷う。どうしようもなく。

 そして、そんな大成たちを見かねたのだろう。旅人は、ウィザーモンに話しかけた。

 

「ウィザーモンまだ時間はあるのか?」

「どうした旅人?ふむ。そうだな。歪みの開き方からして、まだ多少の時間はあるだろう。一時間くらいか。この門をつなげている人物も、僕たちがこちらに残られては困るはずだし……少しくらいは融通が利くだろうな」

「そっか。じゃ、大成も優希も、気持ち悪い顔してないでよく考えろよ。ひとまず時間を気にせずにな。ああ、誰かに話を聞くのもありなんじゃないか?」

「ふむ。そうだな。それがいい。焦って答えを出すよりはいいだろう」

「そういうことだ。流されるんじゃない。考えて、選ぶんだ。選ぶことができるんだからな」

 

 時間はまだある。そこだけを強調して、旅人は大成たちを部屋から追い出した。部屋に残ったのは旅人とウィザーモン、そしてアナザーの中のドルグレモンたちだけとなる。後者はアナザーの中だから、この部屋の中に姿があるのは旅人とウィザーモンだけ。

 寂しくなった部屋の中で、ウィザーモンだけは意味ありげな笑みを浮かべながら、旅人を見つめていて。見つめられていた旅人としては、居心地悪いことこの上なかった。

 

「なんだよ?」

「何。君にもああいったことができるのだと思ってね。君は自分のことばかりだと思っていたよ」

「オレのことを何だと……ってか、それはウィザーモンもだろ」

「そうだな。僕も自分のことばかりだ。自分のことさえできれば、それでいい。だが、気遣うことくらいできるさ」

「どうだかね。研究に夢中になれば、そこら辺のデリカシーが吹っ飛びそうな気がするだろ。お前」

「さて。似たようなことを最近ウィッチモンからも聞いたような気がするがね」

 

 面倒事に巻き込まれやすい旅人は、選択の大切さを知っている。だからこそ、選択に迷うことができる大成たちに考えることを進めたのだ。

 まあ、悩んで、迷って、うめいていた大成と優希が見てられなかったことのせいもあるのだが。というか、それが理由の半分以上だったりするのだが。

 

「ま、どういった選択でも、望んで選べたならそれが一番いいだろ」

――旅人の場合はいつも流れだったからね~――

――だな。旅人は面倒事に好かれすぎてるんだよ――

「何言ってるんだよ」

 

 アナザーの中から聞こえてきた声。そんな声に旅人は苦笑しながらも、返答する。しっかりと、かつてや今現在のことを思い出しながら。

 

「全部、最後はオレが選んだよ」

 

 そして、旅人たちが話していたその一方で、部屋から追い出された大成は優希たちと別れて、スティングモンと共に孤児院の中にあった椅子に座っていた。

 遠くからは、子供たちのはしゃぎ声や、車の通る音、さらには工事の雑音などが聞こえてくる。そのどれもが、デジモンの世界にはなかったもので、大成が聞き慣れたものであった。

 

「どうするかな……なぁ、どうした方がいいと思う?」

「それは……やっぱり大成さんが決めた方がいいと思いますよ?」

「いや、そんな真面目な回答いらないし。ちょっとくらい相談に乗ってくれてもいいんじゃねぇ?」

「うっ……すみません」

 

 未だに悩み迷う大成は、藁にもすがる思いでスティングモンに話を聞いてみた。が、とりわけて自分の求める回答は得られたわけではなかった。

 スティングモンの言っていることは確かに正論である。それくらい、大成もわかっている。

 大成としては、決められないほど迷っているからこそ、自分の迷いを振り払うための切欠が欲しいのだ。だから、その切欠を探している。

 まあ、スティングモンからはその切欠が得られなかったのだが。

 言葉の最後、大成に責めるような目で見られたスティングモン。彼は、大成が口に出したことによって、ようやく自分が“相談されていた”という事実に気がついた。気づかずに無視する形となってしまったが、相談されているという事実は、スティングモンにとっても嬉しいことだった。

 まあ、当の大成としては、先ほど述べた通り、()()()()()()思いで相談しているのだが。

 

「じゃ、じゃあ大成さんはどうしたいのですか?」

「俺?俺は……」

 

 一度無視してしまったために今更な気もしないわけではない。

 だが、今は相談されているという滅多にない機会であることも確か。結局、スティングモンは大成の相談に乗ることにしたのだった。

 

「俺はそうだな。向こうに戻りたい気もしないわけじゃないな。そりゃ、初めは向こうの世界に戸惑ったけどな。ゲームもないし、不便だし、疲れるし、危ないし……」

 

 スティングモンの言葉に促されて、大成は心中を吐露していく。そんな大成が思い出していたのは、向こうの世界での思い出だった。

 向こうの世界での思い出を思い出し、こちらの世界での生活と比べることで、大成は自らを気持ちを整理しようとしているのである。が、言うまでもなく、大成にとっては向こうの世界で生きることのメリットはなかった。

 

「……あれ。考えればますます向こうに戻る意味なくね?」

「えぇっ大成さん!?なら、迷うことないんじゃないですか?」

「いやいや、確かにそうなんだけど!でも、どこか引っかかるというか……」

 

 今、大成は自分で自分のことが訳がわからなくなっていた。

 大成は、旅人のように向こうの世界に魅力を感じているわけではない。こちらの人間の世界の方が断然いいに決まっている。それなのに、どうしても決定的にこちらの世界を選ぶ気にはなれなかった。自分の心の中の何かに引っかかり、だからこそ、迷っていたのだ。

 

「どうするかな……」

「あ。じゃあ、向こうの世界に行く理由を考えるんじゃなくて……こっちの世界に残る意味を考えたらどうですか!」

「おお!なるほど!逆転の発想ってやつか!」

 

 大成は、今まで向こうの世界に行くための理由を探していた。が、だからこそ、このスティングモンの言葉は思いがけないものだった。大成が掴んだ藁は、どうやら丈夫な紐だったようである。

 先ほどまでとは打って変わって、こちらの世界に残る理由を考える大成。だが――。

 

「あれ?こっちの世界に残る理由って、ゲームと生活が楽ってことくらいじゃね?」

「大成さん!?」

「いやいや……いやいやいやいや!それって結構重要だよな!な!」

「いや、僕に尋ねられても……」

 

 だが、大成は自分が思っていた以上に、こちらの世界に未練がなかったようである。大成は、あっさりとした自分の感情に驚いていた。というか、驚きながらも、逆に自分に言い聞かせている節すらある。

 

「確かにゲームはしてぇよ。こっちの方が生活は楽だよ……でも、向こうにもそれがあれば、向こうに行ってもいいって思えてきたぞ。……どういうことだよ」

「知りませんよ」

 

 大成は、こちらの世界で叶えたい夢があるわけではない。こちらの世界に居続けたい今があるわけではない。友人も少なく、両親との関係も希薄なこちらの世界には、残るたいと思うほどの強い理由はなかった。強いて言うのならば、新作ゲームやあのゲームができなくなることくらいであった。

 それはさすがにどうよ、と。さすがの大成でも、このような自分に若干引くしかなかった。

 

「うがー!考えれば考えるほどどっちでもよく思えてきたぞ!どうしてくれるんだ!」

「いや、だから知りませんよ!」

「ぬぐぐぐ……!」

 

 結局、答えは出ない。迷いに迷う大成。無駄に力んで、まるで用を足す時のように答えをひねり出そうとしていた、そんな時だった。

 

「大成。子供たちが怯えるから、その顔は本当にやめて」

 

 呆れたような顔で、優希がやって来たのは。その腕の中には、昨日の一件で筋肉痛になったレオルモンがいる。

 

「顔のことはほっとけよ。優希は決めたのか?」

「その様子だとまだ決めてないみたいね。私は決めたよ。向こうに行く」

 

 迷い悩む大成の前で、驚くほどあっさりと優希はそれを告げた。

 もちろん、それは優希なりに悩んで出した答えだろう。だが、あまりにもあっさりと告げてきたため、大成はそうやって決めることができた優希が羨ましく思えた。

 

「……!なんでだ?」

「なんでって言ってもね。セバスとも話し合って決めたんだけどね。……やっぱり、私の知りたいことは向こうの世界にあると思ったの」

「知りたいこと?」

「ええ。別に知らなくてもいいかもしれない。けど、悪い予感がする。私があのゲームに手をつけた瞬間に、あの世界へと送られたこと。私が、何者かに進化の巫女って呼ばれていること。それらすべての答え」

「それでいいのかよ?こっちの世界でのすべてを捨ててまで……特に、優希は俺と違って家族って言えるような人たちがいるじゃねぇか」

 

 大成は見ている。

 今日、この孤児院へとやって来た時、優希はここの子供たちに好かれていたことを。それは、家に帰っても誰もいなかった自分とは違って、帰るべき場所に待つ人がいることの正銘だ、と。そう、大成には思えていた。

 だからこそ、自分の迷いを投影させるかのように、大成は優希と話す。

 だが――。

 

「らしくないわね」

 

 らしくない、と。優希は、そんな大成を前にして、そう感じていた。大成は、悩むことはあれど、もっと真っ直ぐに進むタイプだと思っていたのだ。

 

「……らしくない、か。俺らしいってなんだろうな」

「知らないわ。ま、さっきの大成の答えに返すなら……そうね。こっちの世界で生きるために、私は私を知る。そのために向こうに行くつもり。ここでの生活を捨てるから向こうに行くんじゃないわ」

 

 そう言う優希の顔は真っ直ぐで、そこには大成のような迷いは見られない。優希は決めたのだ。こちらの世界で生きるため、そして知るべきことを知るために、向こうの世界へと行くことを。

 こちらの世界で生きるために、帰ってこられるかどうかもわからない向こうの世界へと行く。一見すれば矛盾するその内容に、大成は首を捻るしかなかった。 

 

「……?どういう意味だ?」

「さあね。それじゃ、私は杏さんのところに行くから。あ、杏さん見なかった?」

「見てない」

「そう……どこにいるんだろ」

 

 煙に巻いたというべきか。微笑みで誤魔化した優希は、そのまま大成たちに背を向けて去っていく。後に残ったのは、時間だけが無駄に過ぎ去り、悩みと迷いが大きくなった大成とそんな大成を見守るスティングモンだけだった。

 

「どうすればいいんだろな……本当に」

 

 優希が去った後、そう呟かれた大成の言葉の中には、切実なものが込もっていた。

 前のように強引に巻き込まれたのならば悩むことにもなかったのに、と。そう思った大成は、溜息を吐く。自分で道を決められないからこそ、今だけ大成は強引に流されることを切実に望んだ。

 そして、そんな大成を見かねて――。

 

「ぬぁあああ!もう!」

「は?え?イモ?」

 

 スティングモンが、爆発した。いや、間違っても物理的な意味ではなく、あくまで比喩的な意味で。

 スティングモンは見てられなかったのだ。今の大成が。だからこそ、スティングモンは大成に発破をかけるため、わざと強引に話しを進めていく。

 一方で、こんなスティングモンを見たことがなかったからこそ、大成は呆然とするしかなかった。

 

「今の大成さんは格好悪いです!」

「え?ああ、うん……」

「大成さんは格好良いのが好きなんでしょう!?」

「まあ、うん……はい。その通りです」

「なら、格好良く行きましょう!」

「どういう理屈!?」

 

 自分で道を決められないからこそ、誰かに決めてもらうことを望む。自分で決めれば何かがあった時は自己責任になるが、誰かに決めてもらえば何かあった時には他者の責任になるから。自己責任を恐れて、他者責任を望む。それは、弱さだ。

 それが必ずしも悪いことだとはスティングモンも思わないが、この弱さを抱えたままで今回のことについて悩むのは、良くないと考えた。だからこそ、スティングモンは大成に発破をかけたのだ。

 まあ、普段しないことであっために、スティングモンのこの発破は半ば失敗したのだが。言葉は支離滅裂。大成に届いたものといえば、勢いくらいのものだった。

 

「……でも、そうだな」

 

 それでも、無意味ではなかった。勢いだけの支離滅裂な言葉でも、大成には届く部分があったらしい。顔を上げた大成は、迷いも悩みもありながらも――前に進む意思だけはあった。

 

「悩んでばかりにもいかないか!よっし……イモ!」

「はい!」

「帰るぞ!」

「了解です!」

「家に!」

「……はい!?」

 

 大成は、確かめたいことがあった。時間はない。それでも、それを確かめずに答えを出したくはなかった。

 だからこそ、大成は一度帰る。自分の家へと。

 




というわけで、第九十四話。

人間の世界編が終わる……と、思いきや、その前の云々の話でした。
はい、次回に続きます。大成の選択やいかに。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第九十五話~待ち受けるものは未だわからず~

 時間がない。今、大成たちの目の前にはそれだけの問題があった。

 だからこそ、大成とスティングモンの二人は、“人目に付くことも気にせず”、全速力で大成の家へと向かっていた。そう。文字通り、全速力で。

 だから――。

 

「おい、あれなんだ!?」

「怪人!?おい、警察……いや、自衛隊か!?誰か呼べ!」

「子供が背中に乗ってるぞ!さらわれてるのか!?」

 

 だから、それを見た人々が驚愕によって、混乱してしまったのも無理はないことである。

 これだけ大々的に動いておいて、大成たちの家まで特定されなかったのは、幸運の一言に尽きるだろう。まあ、当の大成とスティングモンはそんなことを気にしていられる状況ではなかったのだが。

 

「着きましたよ!」

「よっし!急ぐぞ!」

 

 混乱に騒ぐ人々を振り払い、到着した大成の家。

 着いた瞬間、大成は乱暴にドアを開け、中へと突入する。バキリ、と。ドアから聞こえてはならない音が鳴ったことは、スティングモンだけが気づいた。

 ともあれ、中に入った大成は、自分の部屋へと行く。そこは今まで大成が過ごしてきた部屋で、そこには今までの大成のすべてがあった。

 机の上の学校の鞄。棚の中の漫画。それ以上の数のゲームのカセット。いくつもの物、それらすべてが大成の短い人生の証明だった。

 

「……大成さん?大丈夫ですか?」

「ああ」

 

 別に家に帰ってきたからどうというものではない。ただ、大成は見たかったのだ。人生を左右するかもしれない問題を前に、自分の今までの人生を。

 自分の人生の証。まだ子供の大成では、その言葉に適うほど大層な物がある訳ではない。明らかに名前負けしている。が、それでも、これらは子供なりに大切なものだった。

 それら一つ一つをしっかりと眺めてから、ふと大成は棚の中のあるものを手に取る。

 

「それは……ゲームですか?」

「ああ。俺が初めてやったゲーム。今思えば、グラフィックもボリュームもたいしたものじゃなかったし、ストーリーもありふれたものだったけど……」

 

 「子供ながらにドキドキしながらやったことを覚えている」と。大成はそう言った。

 そのゲームは本当にたいしたレベルのものではない。本当にゲームに詳しい人が評価すれば、五の中で三として評価されるような、名作にはなりえない普通のゲームだった。

 ストーリーも、主人公が旅をして世界を救うという、そんなありふれたもの。

 それでも、初めてゲームをしたあの時の大成にとっては、これは唯一の名作だった。

 大成は、自分が主人公のようなタイプではないことを知っている。古今東西のさまざまな主人公のように何かが優れているわけでもなく、パートナーは虫。こんな普通な大成を物語やゲームのストーリーの主軸において何かを作れと言われても、作る側が困るだろう。

 主人公に据えるならば、優希や勇の方がよっぽど“らしい”。大成はそう思う。

 

「俺さ、ゲームで主人公タイプが好きなんだよ。世の中は悪役とか、モブとか、そう言うのが好きな奴もいるけどさ。やっぱり、王道な……信念を持って、自分の力や仲間の力で道を切り開いていくタイプに憧れてるんだよな」

「……そう、なんですか?」

「ま、イモにはわからないか。でもさ、時々思うわけだよ。主人公だけが物語を完結させられる。言い方を変えれば作ることができるけど、逆に言えば主人公じゃなければそれも適わない。どれだけ物語に関わってもな」

 

 大成の言っていることは、正直に言えばスティングモンにはほとんどわからなかった。

 それでも、それを言う大成は、何か大事なことを考えていることだけはわかった。だからこそ、スティングモンは余計な茶々を入れることだけはしない。

 

「それってゲームや物語の展開上しょうがないことなんだけど、寂しい気もするんだよな」

「……?」

「で、だ。俺はせいぜい準レギュラーの脇役止まり。ゲームとか漫画とか読んでいて、俺も主人公だったら、俺もこういう世界にいられたらって思ったこともないこともないけどな」

「ある意味今の大成さんもそうじゃないですか」

「……そういやそうだな。でも、きっとそうさ。主人公には憧れるけど、やっぱり俺みたいなのが主人公だったら、なにより俺が嫌だ」

「それは、何とも……」

「さっきも言ったけど、俺に主人公は無理。でも、脇役が物語の完結を見届けてもいいよな?」

「……はい?」

 

 一瞬、スティングモンは大成の言っていることがわからなかった。いや、スティングモンでなくともわからないか。

 大成自身も、自分で自分の言っていることが訳わからなくなりつつあったのだから。

 それでも、言っていることの内容がどうであれ、そこは重要ではなかった。重要なことは、大成がようやく選択をしたというそれだけのことである。

 

「ぐちゃぐちゃ言っちゃったけどさ。ゲームと現実とは違う。ま、脇役の俺じゃ現実の物語でも完結させられないかもしれないけど……一プレイヤーとして、ゲームのエピローグくらいは見たいってことだよ」

「……はい!」

 

 大成の言っていることは専門用語が多いというか、大成独特の感性の下に成り立っている文が多くて、正直に言えば、先ほどからスティングモンにはずっと訳がわからなかった。

 せっかく、先ほどのスティングモンの言葉通りに格好良く決めたのに、である。

 それでも、スティングモンにもわかったことが一つだけあった。それは、大成が向こうの世界へと行く気になったということ。

 こちらの世界に残ろうと、向こうの世界に行くことにしようと、スティングモンはどちらでも良かった。が、今まで以上にいきいきしている大成の出した答えだ。スティングモンにはこれが最善の答えのように思えた。

 

「それじゃ戻るか!」

「はいって!大成さん!」

「ん?あ?どうかしたか?」

「時間が!」

「しまったぁああ!ちょっと待ってくれ!持ってくもんとかいろいろあるから!」

 

 どうやら、大成たちは時間の経過を意識していなかったらしい。時計を見れば、ウィザーモンの言っていたタイムリミットに着々と近づいていて。

 今更ながらにそのことに気づいた大成たちは、慌てて孤児院へと戻り始める。その最中、スティングモンの姿を見た人々がまたも混乱の渦中に叩き込まれてしまったのは、言うまでもないことだった。

 

「急げぇ!イモ!」

「はい!」

 

 多大な犠牲を払って、急ぎに急ぐスティングモン。その甲斐があったのだろう。大成たちが孤児院に着いた時、まだ旅人たちは先ほどの部屋にいた。

 

「大成?どうしたんだ。そんなに急いで」

「いや、もうそろそろ時間だと思ったから……置いて行かれないようにと」

「ああ。そういや、そろそろか。忘れてたな」

「旅人……君はもう少し自分の発言を記憶しておいた方がいいのではないか?阿呆と思われても仕方がないぞ」

「うるさいな」

 

 部屋の中にいたのは、旅人とウィザーモンだけ。未だ優希たちの姿は見えなかった。てっきり、大成は自分よりもずっと早く来ているものとばかり思っていた。だからこそ、優希たちの姿が見えなかったのは、驚きだった。

 

「というか、その荷物はなんだよ?」

 

 大成が持ってきたパンパンに膨れているリュックサック。一体何を持ってきたのか。気になったからこそ、旅人はそれを指差ししながら聞いた。

 聞かれた大成は、そのリュックサックの口を開きながら答える。まるで自慢するかのように。

 

「ゲーム類一式。小型のテレビとかも入ってる」

「テレビは向こうじゃ見れないだろ」

「ゲームさえできりゃいいんだよ。こっちにいつ戻れるかわからない以上、持って行って損はない!」

「言い切れるところがなんともな……」

 

 自信満々に言い切った大成。

 ゲームというものをしたことがない旅人としては、呆れるしかない。が、そんな大成の気迫には、自身の旅に対する思いに通じるようにさえ思えて、旅人は苦笑する。

 

「ゲームはいいけど、スティングモンは大丈夫なのか?凄く疲れてるみたいだが……」

「はっ……はっ……すみません、少し休ませてください」

 

 荷物の謎が解けた旅人が次に指差したのは、スティングモンだった。ずいぶんと疲れている。

 まあ、それも仕方ないことかもしれない。今日のスティングモンは、昨日の優希の強制進化の力によって筋肉痛状態。成熟期だからか、レオルモンより症状は軽かったものの、それでも体を動かすのはキツかった。

 そんな状態で、スティングモンは大成のタクシー役を務めたのである。そんなスティングモンの健気さに、旅人もウィザーモンも感心していた。

 

「さて、大成は決めたようだけど、優希はどうするのかね。未だ来てないんだけど……」

「優希なら俺よりも早く決めたはずだけど……?」

「あれ、そうなのか?でも、まだ来てないんだが」

「ああ、なんか誰かを探しているような感じがしたな」

「誰か……?誰だ?」

「僕が知るわけないだろう」

 

 大成の言う誰か。それが誰を指すのか、想像がつかない旅人はウィザーモンを見る。が、ウィザーモンにもわかるはずはない。そうなるとこのメンバーにはわかりようもなかった。

 まあ、アナザーの中のドルグレモンとスレイヤードラモンはその誰かが誰かわかっていたのだが。逆に、なぜ旅人は気づけないのかと呆れていたくらいである。

 

「遅いな。そろそろこれ作ってる奴も痺れを切らすんじゃないか?」

「まさか。これしきのことで強硬手段に出るような者ではないだろう」

「いやいや。この前はオレを無理矢理向こうの世界に連れてったしな。どうなるかわからんぞ」

 

 空間の歪みを指差しながら、冗談を言う旅人とそれに答えるウィザーモン。言っておいて難だったが、旅人はありえそうなその予感に、嫌な汗をかき始めていた。

 旅人としては、別に世界移動くらいならいいのだが、いきなりの強硬手段は心臓に悪いためやめてほしいのである。

 

「さて。優希は……」

「ごめん!遅くなった」

「来たか」

 

 そんな時だった。ようやくと言うべきか、優希が来たのは。

 どうやら、この空間の歪みを作っている者が、強硬手段に出てくる可能性はなくなりそうである。

 

「あれ、大成。アンタも向こうに行くことにしたの?……いいの?」

「ああ、優希の理由みたいに、大層な理由じゃないけどな」

「何それ?」

「ゲームのエピローグは見届けたいってだけの……俺のわがままだよ」

「ふぅん?ま、いいんじゃない?旅人みたいに、旅したいってだけの人もいるんだしね」

 

 大成の向こうの世界行きの理由を聞いた優希だが、聞いておきながらどうでもよさそうだ。いや、そうでもないか。優希はどうでもよさそうに振舞っているが、そこにはどこか嬉しさが混じっている。やはり、“友人”が一緒に行くというのは心強いのだろう。

 ちなみに、旅人もいると言えばいる。だが、優希には、旅人はいつの間にかふらっといなくなりそうな、そんな気がしていたため、ノーカウントだった。実に鋭い。

 

「あれ、やっぱりあれか?優希は大成も一緒だと嬉しいのか?」

「なっ……そんなわけ無いでしょ!いい加減なこと言わないでよ!」

「見た様子、異性間の恋慕の情ではない……ふむ。興味深いな。いずれは心というものをテーマに研究してみるのもいいかもしれないな」

「やめておいた方がいいと思うわ」

「やめといた方がいいだろ」

「なぜ君たちは声を揃えていうのだね?」

 

 旅人と優希の言葉にウィザーモンは不思議がっている。が、二人としてもウィッチモンのことを知っているからこそ、ウィザーモンが心の機微に対する研究をするなど、冗談としか思えなかった。

 

「君たちの僕に対する認識を聞きたいところだが……まぁいい。さて、それでは行くか」

「あ、待って」

 

 いろいろとあったものの、そろそろ行くことを提案したウィザーモン。

 だが、それを止めたのは優希だった。まだ何かあるのか、と。全員が怪訝そうな顔をする中で、優希はこの部屋のドアのところまで歩いていく。

 そんな優希の行動の理由は、全員わからなかった。

 やがて、ドアのところまでたどり着いた優希が、勢いよくそのドアを開けた瞬間。

 

「うげ……」

「待っていたのだけれど……行く前に一言くらいあってもいいんじゃないかしらね?……旅人?」

 

 旅人がうめいた。

 そう。ドアの向こう側に立っていたのは、杏だったのだ。どうやら、彼女は優希と一緒にこの部屋へと来て、それからずっとドアの向こう側で待っていたようである。

 どこか責めるような目で旅人を見る杏。一方の旅人は、気まずさから目を逸らすことしかできなかった。

 

「はぁ。ま、こういう予感はしていたけれどね。それでも、これはないんじゃないかしら?」

「……えっと……そうか?」

「……本気で言っているみたいね。はぁ」

「え?オレが悪いのか?っていうか、なんでみんなそんな目で見るんだ!」

 

 杏のみならず、この部屋の全員から責めるような目で見つめられている旅人。なぜ自分がそういう目を向けられているのか。それが本気でわからない旅人は、狼狽えることしかできなかった。

 特にその中でも、ジッと旅人を見つめているのは杏だ。まるで旅人から顔を逸らしたら負けてしまうかのように、杏の視線は旅人を捉えて離さなかった。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

「……はぁ」

 

 数分の沈黙。その後に、降参のように溜息を吐いたのは、杏の方だった。どうやら、何を言っても無駄ということがわかったらしい。その表情には、寂しそうな、辛そうな、そんな色があった。

 

「行ってきますの挨拶くらいはして欲しかったんだけどな。優希はちゃんと言ってくれたのに」

「あ……いや、その……」

 

 ショックを受けたような口調で言われて、ようやく気がついた旅人。何と言うか、遅すぎだった。この部屋の中の面々誰もが、そんな杏の望んでいることに気がついたというのに。旅人だけは、最後まで気づけなかった。

 「ごめんなさい」と。目を逸らすことで精一杯で、それに気づかなかった旅人はそう謝る。

 一方で、謝られた杏は苦笑していた。どうやら、ある程度はこの事態を予想していたようだった。

 

「今度は、ちゃんと帰ってきてね。自分の足と意思で。ここは貴方の家なんだから」

「……行ってきます」

「はい、いってらっしゃい」

 

 今度は間違えない、と。旅人は、杏の聞きたかった一番のセリフを言って――恥ずかしかったのか、それからは顔も上げずに空間の歪みへと飛び込んだ。

 そんな旅人の姿に苦笑し合って、ウィザーモンと大成、そしてスティングモンも続けて空間の歪みへと飛び込む。

 残るは、優希とレオルモンだけ。空間の歪みの前まで二人は歩いて行って――。

 

「お嬢様のことはお任せ下さい!」

「優希のことは頼むわね。……それから、セバスもちゃんと帰ってくるのよ」

「……!了解ですな!それでは行ってきますぞ!」

「必ず帰ってきます。旅人も。……行ってきます!」

 

 最後、振り返りながら杏に出発の挨拶を告げてから、そして優希とレオルモンも空間の歪みへと飛び込んだ。

 杏は空間の歪みが消えるまで、旅立った面々を見送ったのだった。

 




というわけで、第九十五話。

人間世界編である第七章はこれにて終わりです。
次回からは第八章が始まります。

それでは第八章以降もよろしくお願いします!


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第八章~待ち受けるものは未だわからず~
第九十六話~帰還して新たに出会う~


 デジモンの世界へと帰ってきた大成たち。その前の修行旅行を含めても、わずか数日しか離れていないのに、ずいぶんと懐かしい気がしていた。

 

「……毎度毎度、同じ感想を抱くのってどうよ?」

「何が?」

「いや、ずいぶんと懐かしい気がするな、って」

「年寄りくさいわね」

 

 まあ、大成がそんな感想を毎度抱くのも、大成なりの愛着が学術院の街にあるからなのだろう。

 

「さて。僕はこれから依頼主に会う予定もあるし、ここで別れさせてもらおう」

「んじゃ、オレも行くか。またな」

 

 この後の予定があるから、と。さっさと去っていくウィザーモン。

 そんなウィザーモンに続いて、旅人もこの場を去って――というか、何か用があるのか、ウィザーモンの後を追っていった。

 そんな二人を見送った大成たちも、動き始める。この場にいつまでもいるわけには行かない、と。とりあえずこの街における自分たちの家へと帰っていく。

 数日ぶりの家。数日で埃が積もるということもなく、家の中は大成たちが出て行った時のままだった。

 

「よっし。さっそくゲームゲーム……テレビはどこに置くべきか?」

「ゲームをするためにテレビまで持ってくるなんてね。溜息しか出ないわ」

「あ?何か言ったか?優希」

「別に。でも、電気どうするのよ?コンセントなんてないわよ?」

「……しまったぁあああああ!」

 

 家に着いてさっそくテレビゲームに興じようと思っていた大成。だが、そんな大成の野望は、優希の一言によって打ち砕かれることとなった。

 重いのも我慢して、大成は家からさまざまな物を持ち出してきた。すべてはこちらの世界でもゲームをするために。だが、大成は忘れていたのだ。

 こちらの世界には、向こうの世界のような家電用の電気がないことに。まあ、機械里辺りならばあるかもしれないが、この学術院の街にそんなものはない。

 それは、つまり――。

 

「やべぇ!ゲームできねぇじゃん!どうする!?」

「大成さん、落ち着いてください」

「これで落ち着けるか!」

 

 大成の持ち込んだテレビゲームができないということだ。もちろん、テレビを使わない携帯用のゲーム機も中にはあるが、そちらも結果は変わらない。今は出来ても、充電が切れてからは使うことができなくなる。

 大成にとって死活問題だった。

 どうする、と。大成は悩む。優希やレオルモンが呆れていることにも気づかず、悩みに悩んで――そして、次の瞬間に、ハッと天啓を受けたかのように閃いた。

 

「そうだ!なければ作ってもらえばいいんだ!」

「はい?それって……」

「こうしちゃいられない!イモ!行くぞ!」

「え?あ、はい!」

 

 持ち込んだ荷物の中から、携帯ゲームの充電器と携帯ゲームを取り出した大成。彼はそれらを持ったまま家を出て行った。そんな彼の後を、スティングモンは慌ててついて行く。

 後に残ったのは、手を額につけて、疲れたような顔をした優希とレオルモンの二人だけだったが、それはほんの余談である。

 

「ど、どこに行くんですか!?」

「ウィザーモンのところだよ!」

「え?……な、何をしに行くんですか?」

「そりゃ決まってるだろ!ゲームをできるようにしてもらうためだよ!」

「訳わかりませんよー!」

 

 明らかに言葉の足りない大成の発言。

 一方のスティングモンは、なんとかして大成の意図を探ろうとしていたが、やはり無理だった。大成の言葉の真意を悟るには、スティングモンはゲームや家電に対して無知すぎたのだ。結局、何もわからないままで、スティングモンは大成の後を追いかけていくしかない。

 しかし、それにしても速い。大成はインドア派の人間で、同年代の少年少女の平均か、それ以下の体力しか持たない。持久力的な意味でも、速力的な意味でも。だが、今の大成は同年代でもトップクラスに躍り出ることが可能なくらいのスピードで走り続けている。

 まあ、それでもスティングモンに抱えられて飛んでもらった方が速かったりするのだが。ゲームのことしか頭にない大成は、そのことに気づかなかった。

 

「大成さん!ウィザーモンがどこにいるか知っているんですか!?」

「知らない!けど、家だろ!」

「そんな適当な……!」

 

 当てずっぽうにも程がある。が、大成は止まるつもりはなかった。いなかったのならば、他の場所を探せばいい、と思っていたのだ。

 大成にしては珍しいほどの行動力を発揮しているが、それほどまでに大成はゲームをしたいということだろう。人間、好きなもののためならば、どれだけの労力を払うことも厭わない。大成もその例に漏れなかったというだけである。

 相当なペースで走り続けた大成。その甲斐あって、いつもよりもずっと早く、ウィザーモンの家にたどり着くことができた。たどり着いた大成は、すぐさまドアを叩き、ウィザーモンを呼ぶ。が、ウィザーモンはいつまで経っても出てくることはなかった。

 

「……出てこないですね。やっぱりいないんじゃないですか?ほら、旅人さんも追ってましたし……よくよく思い出せば、依頼主と会うみたいなことも言ってましたし」

「ぐっ……それでも俺は諦めないぞ!」

 

 未練があるのだろう。往生際悪く、ドアを叩き続ける大成。だが、そんな大成の願いが届くことはなかった。何度ドアを叩こうと、大声でウィザーモンを呼ぼうと、そのドアが開かれることはない。

 十数分も続けてこれなのだ。未練がましくドアを叩くものの、大成もそろそろ別の行動に移ることを考えていた。

 

「はっ!?そうだ!アナザーを使えばいいじゃんか!」

「……そういえば……そうですね」

 

 アナザーには通信機能がある。この世界で使える相手は同じくアナザーを持つ相手か、作り主であるウィザーモンだけという限定的なものだが、今回はそれで問題はない。

 なぜ気づかなかったのか、と。初めからこれで居場所を聞いていれば、無駄に走る必要はなかったのだ。大成は自分の迂闊さに頭を抱えた。

 まあ、ゲームで頭が一杯になっていたのだ。思い至らなかったことも、仕方のないことだったのだろう。

 

「よし。出てくれよ……!」

 

 そのことに思い至った大成は、アナザーを取り出し、ウィザーモンに通信を繋げる。

 プルルル、と。待機音が大成の耳に聞こえて来る。早く出ないか、早く出ないか、と大成は待ち焦がれるが――。

 

「出ろよ!」

「出なかったんですか?」

 

 何分経っても、ウィザーモンが大成からの通信に出ることはなかった。

 何のための通信機能なのか、と。そんな風な、半ば理不尽な憤りをウィザーモンに向けながら、大成は肩を落とす。

 だが、これだけで諦める大成ではなかった。通信で出ないのならば、直接探し出せばいいのだ、と。そう思ったのである。

 

「よし。探しに行くぞ!」

「えぇ!?諦めないんですか!?」

「諦めるわけ無いだろ!ゲームのためだ!」

「諦めた方がいいですって!」

 

 この広い学術院の街の中から、ウィザーモン一人を探し出す。いつもの大成ならば、そのあまりの面倒さに後日にするだろう。後日ならば、家にいる可能性もあるのだから。

 だが、今の大成は一刻も早くウィザーモンに会いたかった。ウィザーモンに会って、頼み事をしたかった。その頼み事を前にして、待つという選択肢が取れなかったのである。

 探すことを決定したとはいえ、大成は先ほどまでのように走ることはできなかった。先ほどの走りは火事場の馬鹿力的なものだったのだ。ようするに、大成は今更ながらに自分の疲労状態に気づいたのである。

 

「でも、やっぱり俺の足じゃ効率悪いよな。疲れてるし……疲れるし。イモ!頼んだ!」

「やっぱりこうなるんですね。いや、予想はしていましたけど……」

「いいからさっさとしてくれ!ウィザーモンを探すんだ!」

「家で待ち伏せするのとどっちが効率的なんですかね……」

 

 半ば諦めの境地で、スティングモンは大成を抱える。そして、ウィザーモンの家を飛び出した。

 途中途中でデジモンたちにウィザーモンのことを聞き、探し回る。だが、肝心のウィザーモンの居場所を知っている者は誰もいなかった。

 なんで誰も知らないんだよ、と。先ほどに引き続いて理不尽な憤りを感じる大成。そう思った時には、かれこれ一時間ほど経過していた。

 

「くそっ。いねぇ!どういうことだよ……?」

「知りませんよ。でも、街の中にはいないんじゃないですか?」

「……それだったら、探しようがねぇじゃん」

「外に探しに行ってみます?」

 

 大成を気遣って、街の外を探しに行くことを提案するスティングモン。だが、街の外の広大な空間を探すなど、この街を探す以上に無謀だ。

 いくら勢い任せの今の大成でも、それくらいは理解できる。仕方なく、もう一度アナザーの通信を試みる大成。案の定、ウィザーモンが通信に出ることはなかった。

 どうするか、と。スティングモンにウィザーモンの居場所についての聞き込みを任せて、次の作戦を考える大成。だが、何も考えつかなかった。

 いよいよ八方塞がりである。あんまりの結末に大成は叫びたくなった。が、その時だった。

 

「……あれ?」

 

 大成の視界の端に、その存在が映ったのは。建物の影に隠れるようなその人物。それは、大成の見たことのない人間だった。優希ではない。片成でもない。この街を去った勇でも、いつぞやの好季でもない。もちろん、零でもない。

 年の頃は大成よりも年上の男性。高校生くらいだろう。染めたような緑色の髪に、見せつけるようなネックレスや指輪。

 もちろん、大成とて人を見かけで判断してはいけないと知っている。だが、正直に言ってしまえば、その人物は大成の中の不良やヤンキーといった存在のイメージそのままな人物だったと言えた。

 

「……」

「大成さん、どうかしたんですか?顔がすごいことになってますよ」

「例えば?」

「えっ!?た、例えば……?えっと……その……道端で大きな糞を見たような?」

「まあ、あながち間違いでもない……いや、そうか?ま、いいや。アレ」

 

 見てみろ、と。指を差して不快に思われないように、こっそりと目線だけで大成はその男を指す。

 そんな大成の目線を追うように、スティングモンはその男を見た。そして、彼がその男を見た第一声の声が――。

 

「うわぁ……」

 

 これである。誤解のないように言っておくと、その中に軽蔑の色が含まれていたわけではない。ただ単に、スティングモンは驚いたのだ。その男の姿に。

 このデジモンの世界では、デジモンはありのままの姿で生きている。人間のように“着飾る”ために服を着ることなどほぼないと言っていい。事実、スティングモンには着飾るために服のようなものを着るという発想がなかった。

 だからこそ、スティングモンは驚いたのである。極端に外見が変わるほど着飾った服、装飾品。はっきり言って、その男はスティングモンの理解の外にある人物だった。

 

「何と言うか……すごいですね。いろいろと。それにあれは……緑の髪?人間の世界に行った時は、ほとんど黒とか茶とかだと思ったんですけど……あっ。地域差ですか?それにしては不自然な色のような?」

「片成みたいな金髪や白髪はあっても、緑の髪なんて人間の世界にはないから。あれは染めたやつだから」

「染めた?やっぱりそうなんですね。でも、何でそんなことするんですか?」

「……何でだろうな?ってか、そういうのは人それぞれだから、その人が言いふらしてない限り言わないもんだ。暗黙の了解だ……たぶん」

 

 まあ、もちろんデジモン全員がスティングモンと同じ感想を抱くことはない。というか、スティングモンのような感想を抱く者は希だろう。

 ほとんどのデジモンは、人間と関わりがない。それ故に、人間が着飾っているとは気づかないのだ。スティングモンの感想は、人間という存在に関わった者だからこそ抱けた感想と言えた。

 

「もう遅いかもしれないけど、あまり見るなよ。ああいう人種って事あるごとに難癖つけて突っかかってくるらしいからな」

「でも、見ちゃいますよ。すごい顔をしてますもん」

「だから、頭のことはあまり言うなよ」

「いや、頭じゃなくて顔ですよ。顔」

「んあ?」

 

 スティングモンの言葉の意味がわからず、大成はその男の方を向く。先ほど、あまり見るなと言ったばかりだったが、スティングモンの言葉に誘導されて、自然と大成はその男を凝視してしまった。

 なるほど、確かにスティングモンの言う通りである、と。距離は少し離れていたが、遠目でもそう思えるほど、大成にはその男の顔は凄かった。

 その男は、時々の大成のように、気持ち悪いほど変な顔をしていた訳ではない。だが、まるで思い詰めたような、無言で怒っているかのような、そんな顔をしていたのだ。

 これには、さすがの大成も不安になった。建物の影に隠れていることもあって、まるで不審者のようである。

 

「……どうするべきだと思う?」

「警備員に伝えるべきですかね?」

 

 通報すべきか。いやいや、ああいう顔で間違いだったら失礼だし……と。そんなことを思う大成とスティングモン。

 だが、結論から言えば、大成のその悩みは意味のないことだった。

 

「ん?お前は……」

 

 大成がその悩みに結論を出すよりもずっと先に、その男が大成に気づいたのだ。

 まあ、悩んでいる間、ずっと大成たちはその男のことを見ていたのだ。あれだけジッと見つめていれば、誰だって気づくだろう。大成たちのミスである。

 大成たちの気づいたその男は、だんだんと近づいてきている。

 その時、大成たちの脳裏には、先ほどの大成の言葉が思い起こされていた。事あることに難癖つけてくる、という。

 

「えっと……」

「何、人のことジロジロ見てたんだよ?」

「う……」

 

 睨みながら、大成を問い詰めるその男。

 まあ、その男は精一杯睨みつけているようだったのだが、大成たちはさっぱり怖くなかった。幾度も命の危機を覚えるほど、デジモンたちに襲われたことのある大成たちにとって、その程度の睨みつけなど今更だったのだ。

 今の大成たちが口ごもっているのは、怖いからではなく、単に言い訳を考えているからだった。

 

「何とか言ったらどうだ?」

「ほら、あれだよ!滅多に見ない人間だったから、ちょっと驚いたっていうか……」

 

 間違いではない。ある意味正直に答えた大成。そんな大成の答えに、その男も納得したようだった。

 

「へぇ……お前名前は?」

「俺?俺は大成」

「大成、ね。まさか実名か?実名はやめといた方がいいだろ」

「……?ああ、わかった」

「オレはネツって言うんだよ」

 

 先ほどまでの顔の不審者ヅラが嘘であるかのような、普通の顔。そうして、告げたその男の名前は、先日勇たちが戦った男の名前。

 そう。大成たちは知らないことだったが、その男こそ、噂のデジモン虐殺事件の主犯であった。

 




というわけで、第九十六話。

第八章の初回。
帰還……からのネツ再登場回でした。
次回、ネツと大成が交流を(ある意味)深めます。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第九十七話~ゲーム≠現実~

「ふーん?」

「ネツ……?まさか、ね」

 

 自己紹介してからも、先ほど見られていた仕返しとばかりにジロジロと大成を見るネツ。大成としては、居心地悪いことこの上なかった。

 何を考えているのか、と。そう思いながら、大成は視線にジッと耐える。やがて、全身をジロジロと見たその男は、大成のある一点に視線を止めた。

 そう。大成の持つ、携帯ゲーム機とその充電器に。

 

「それ……GSか?」

「え?ああ、これ?そうだけど?」

「カセットは?」

「スーパーウルフクエストだ」

 

 思った以上に大成の持つそれに食いついてくるネツ。大成としても、ゲームのことを話せるとあって、先ほどまでネツに感じていた諸々の感情を置き去りにして気分よく話し始めた。

 まあ、誰だって好きなことを語ることができるのは嬉しいものだ。とはいえ、見た目の怖い相手や初対面の相手に語るなど、誰にでもできることではないが。

 

「おお!スーパーウルフクエストか!面白かったよな!」

「おっ?わかるか!?」

「わかるぜ!続編が出ないのが惜しいくらいだ!絶対出ると思ったよな?」

「ああ。続編もあったらしいけど……シナリオライターがぶっ倒れたらしいし……復帰したら是非もう一度作って欲しいよ。あ、でも新作も捨てがたい……!」

「おお!だよなー。新作も続編も、どっちも作ってくれたら……オレはどっちも買うぜ!贅沢だけどな!はは!」

「贅沢なもんか!」

 

 ネツもゲーム好きらしい。同じものが好きということで、ウマが合ったのだろう。二人は、すっかり意気投合していた。

 一方で、話題についていけないスティングモンは空気になるしかない。仕方ないことだとはわかっていたが、少しだけ寂しい気がしたスティングモンだった。

 ちなみに言えば、大成の持つGSとは、十年以上前に発売されたゲーム機で、現在主流のゲーム機ではない。それはスーパーウルフクエストの方も同じだ。十年以上前に発売されたゲームである。

 

「今もできるのか?それ」

「え?ああ……今はできるけど……こっちの世界コンセントがないからさ。そのうちできなくなるんだよ。どうしたらいいか困ってて」

「あー……だよな。充電できなけりゃ、ただの置物だもんな。どうすんだ?」

「とりあえず、知り合いに何とかなるか聞いてみるつもりだ」

「へぇ?何とかできるかもしれない知り合いがいるのか。羨ましいな」

 

 ゲームについて話せた相手など、好季くらいのものだった。知らず、大成はテンションが上がっていく。それは、いつかも見た光景で――やはり、そのいつかと同じだった。

 この時の大成には、ネツと自分との違いに気づけなかったのだ。

 

「そういえば……そっちにいるのはお前のパートナーデジモンか?」

「ん?ああそう。イモ……スティングモンだ」

「どうも」

「へぇ?珍しいもん連れてるな。成熟期か?」

「ま、そうなんだよ」

 

 ジロジロと品定めするかのように、スティングモンを見るネツ。その視線を前にして、スティングモンは居心地の悪い思いをしていた。

 数分間もの間、ずっと見ていたネツ。やがて満足したのだろう。スティングモンから視線を外して、大成に言ったのだった。

 

「珍しいし……良いパートナーだな!でも、オレのパートナーの方が強いぜ?」

「ネツのパートナーってどんなのなんだ?」

「おお!完全体さ!すっげぇ強いんだ」

「完全体!?」

 

 優希や自分という特例を除けば、普通の方法で完全体に至った者などそれこそ勇くらいしか知らない。だからこそ、大成は驚いていた。

 まあ、勇の進化が普通の方法であると言えるかは、少し微妙なところである。だが、進化例が少ないことに変わりはなかった。

 どんなのがネツのパートナーなのだろうか。やはり()()()()()、あのデジモンだろうか。

 そんな風に、ネツのパートナーについて大成は考えた。

 

「すごいな!どうやって進化したんだ?」

「ん?何。レベリングの方法が良かったんだよ」

「レベリング……?」

「大成はどうやってんだ?」

 

 聞かれた大成だが、何と言っていいものか迷う。

 というか、そもそもこの世界はゲームのようにレベルというわかりやすいものがある訳ではない。ネツの言うレベリングが何を指すのか、大成にはわからなかった。

 トレーニングのことだろう、と。少し考えて、ネツのその言葉を大成はそう解釈した。それが間違いで、両者の間には致命的なまでの差があることにも気づかずに。

 

「基本的なのはイモに任せてるよ。知り合いに鍛えてもらってるというのが近いかな?あとは……時々出遭った強い奴らと戦うことになったせい?」

「おお!ボス戦だな。オレの方にはそんなのはなかったけど……ってことは、やっぱり個々人でイベントは違うもんかね?」

「ボス戦……イベント……?何言って――」

「でも、それだけじゃダメだな。やっぱりこういうゲームは普段からの作業が物を言うんだよ。……よし。そうだな。スーパーウルフクエストについて語り合った仲だ!ちっとアドバイスしてやる!」

 

 そう言って、大成についてくるように促したネツは歩いて行く。方向から言って、学術院から出るつもりか、その近くだろう。その足は、この街の出口の方角へと向かっていた。

 一方で、ネツの物言いに少し疑問を抱いた大成とスティングモン。そんなネツを前にして、二人は少し悩んだ。悩んだ、が。このネツの誘いは、好意から来るものだろうと思えた。だからこそ、二人はそんなネツの誘いを受けることにした。

 

「おーい?どうしたんだー?」

「あ、今行く!」

 

 高校生くらいのネツと中学生の大成。そこには当然、身長差がある。おまけにネツは早歩きだった。

 何が言いたいのかというと、大成はちょっと目を離すと置いてかれてしまうということで。大成は、置いていかれないように駆け足で行かなければならなかった。

 

「どこに向かってるんだ?」

「まずはオレのパートナーデジモンを迎えに行く。この街の外で待たせてるんだ」

「なんでだ?一緒に行動した方がいいだろ?」

「それはそうなんだけどな。さすがに下調べくらいはしたいからな」

「……?」

 

 ネツは何を言っているのか。先ほどから、大成たちはネツと会話が噛み合っていないように思えていた。この噛み合わない調子は、この後の会話も同じで。

 スティングモンはそんな噛み合わない会話に嫌なものを覚えた。

 一方で大成は、スティングモンが感じたようなものは何も感じていないようだ。大成は、ネツとの噛み合わない会話に四苦八苦していただけであった。

 

「大成さん、本当にこの人大丈夫なんですか?」

「大丈夫だろ」

 

 少し楽観が過ぎるんじゃないだろうか、と。ネツの言動、そしていつまで経っても見慣れぬその外見から、スティングモンはそんなことを大成に対して思う。

 一方の大成は、そんなスティングモンと対照的である。もうネツの外見には慣れたようだ。

 まあ、スティングモンがネツをどう思っていようと、大成がネツをどう思っていようと、ネツは目的としていた場所へとたどり着いたようであることに変わりないのだが。

 そこは学術院の街を出てからほど近い空き地だった。大小さまざまな木材や荷物が置いてあり、まるで荷物置き場のようだ。

 

「おーい、紹介したい奴がいるんだ!あと、ちょっと早いけど、レベリングするぞ!」

「……あ?ずいぶんと早いじゃねぇか!まっ。別にいいんだけどなぁ!」

 

 そこに着いた瞬間、ネツは声を上げる。

 その直後、荷物の影から現れたのは青き炎と鎖を体中に纏ったデジモンだった。この荷物置き場の物を燃やさないように気を使っていて、ストレスが溜まっていたのだろうか。その顔は不機嫌そのものといった顔だった。

 大成はそのデジモンを知っている。ゲーム時代にランキング上位のプレイヤーが使っていた完全体デジモンだ。

 

「デスメラモン!?すっげぇ!」

「へへっ。いいだろ?」

 

 大物の登場にキラキラとした目を向ける大成。そんな大成の視線に気分を良くしたのだろう。ネツは自慢げに鼻をこすりながら、笑っていた。

 

「ネツぅ!こいつらは誰だァ?燃やしていいのかァ!?」

「んなわけ無いだろ!こいつらはゲーム仲間だ!燃やすなよ!」

「アァ?んだそのクソ意味分かんねぇもんは。じゃあ、何を燃やすってんだァ?」

「今から行くんだよ!ほら、行くぞ」

 

 自分たちを睨んでくるデスメラモン。その好戦的な表情を前にして、大成たちは一瞬戦闘態勢を取りそうになった。ネツが止めていなければ、大成たちは戦い始めてしまっただろう。それだけ、大成たちはデスメラモンから戦わなければならないと思わされる何かを感じたような気がしたのだ。

 何かありそうだ、と。そう思った大成たちは、気温が上がった錯覚に汗を垂らしながらも、デスメラモンから一歩距離を取った。

 

「それじゃ、オレたちのレベリング方法を教えてやるぜ!」

 

 そんな大成たちに気づかず、ネツはデスメラモンを連れて歩いて行く。

 一方で、大成たちは首を傾げていた。はて、どういうことだろうか。街中で効率の良いトレーニングなどあるのだろうか。

 それは、ネツの目指している方向に何があるかわかったからの疑問だった。

 そう。ネツたちの向かう先は、学術院の街の方向だったのだ。

 

「貴方は先ほど出て行った方ですね……むっ!?少しお待ち頂けますか?」

 

 これが、学術院の街の入口に立つ警備員デジモンの言葉である。白いチェスの駒のようなこのデジモンは、ポーンチェスモン。

 学術院の街での活躍から、大成たちも顔見知りの相手である。いつもは顔パスと言っても過言ではないほど、見知った仲だ。それなのに、今日に限って入口で止められた。そんな訳のわからない事態に、大成とスティングモンは顔を見合わせて首を傾げる。

 何なのだろうか一体、と。大成たちがそう思った瞬間。

 

「やっていいぜ。派手にな」

「はっ!いいぜ!派手に行こうかァ!」

 

 大成たちの目の前で、デスメラモンは口から火を吹き、ポーンチェスモンを焼き尽くした。

 

「は?」

「え?」

 

 突然のネツとデスメラモンの凶行。

 そんなことをしたネツたちは、「あーあ、やっぱり成長期クラスじゃたいしたことねぇなー」などと呟いていて、罪の意識さえ抱いていないようだ。

 突然の凶行に一瞬呆気にとられた大成たちだが、再起動するや否やネツたちに詰め寄った。何をしているんだ、と。

 

「何って……レベリングだよ。言ったろ。見せてやるって」

「はぁっ!?」

「お前気づいてないのか?こういうのが一番効率いいんだぜ?」

 

 生き物を殺したのだ。殺すように命じたのだ。それも、敵対したり恨みを持ったりした相手ではなく、普通に活きる者を。これではただの通り魔だ。

 そんな所業をまるで誇るように言うネツ。そんなネツを前にして、大成は目の前にいるネツという存在が、本当に人間かどうかも疑問に思えてしまった。

 

「効率って……!そんなゲームじゃないんだから!」

「……?何言ってるんだ?ゲームだろ?ゲームじゃ、こういうのは当たり前。街中でも敵とエンカウントしたのなら、倒して経験値にする。建物の中で見つけた宝箱は自分のものにできる。……当たり前だろ?そりゃ、オンラインゲームだから奪い合いになるしかないけどな……」

「ここは現実だろ!」

 

 まるでこの世界がゲームの中だと言うような物言い。そんなネツの物言いには、大成でも我慢できなかった。

 一方で、ネツは大成が何を言っているのかわからないようだ。まるで純粋無垢であるかのような表情で、大成を見つめていた。

 

「まさか、信じてんの?あの声の言ってたこと。ああ……ゲーム好きだし、信じたいか。そっちの方が楽しいしな」

「信じるもなにも……そう言う問題じゃないだろ!ゲームの中だろうと虐殺はダメだ!」

「何言ってるんだよ。ゲームじゃ日常茶飯事のことだろ?」

 

 狂っている、と。ここに来て、ようやく大成は理解した。先ほどの道中、ネツと会話が噛み合わなかった理由を。ネツはこの世界をゲームとしか思っていないのだ。

 よく大人の中にはゲームと現実を一緒にするな、と言う者がいる。だが、その大人は本当にその言葉の意味をわかってはいないだろう。真にゲームと現実を一緒にする者は、このネツのような者のことを言うのだ。

 少なくとも、大成はそう思った。

 

「……何?結局、お前はオレのやり方に反対なの?ゲーム好きなくせに?」

「ゲーム好きだからこそ、だ。ゲームが好きだからこそ、現実とゲームを重ねない。ゲームはゲームだからこそ素晴らしいんだ。そりゃ、俺だってゲームの主人公になりたいって思うことはあるけどな」

 

 認められない。いや、認めてはならない。命を奪ってレベル上げなど、現実でやっていいはずがないのだ。ネツの言葉の意味がわからなかったわけではない。それでも、倫理的な面、そしていちゲーム好きな者として、大成はネツのことを認められなかった。

 そんな大成の一方で、ネツは大成を見る。もはや、ネツは大成のことをただの経験値としか思わなくなったようだった。ちらり、と。ネツはデスメラモンを見て、そして一言。

 

「んじゃ、焼いていいぜ。そいつ」

「おっしゃァああああ!」

 

 ネツがそう呟いた瞬間、デスメラモンが火を吹く。

 迫り来る青い炎。もちろん、それをタダで食らうことはしない。スティングモンは、大成を抱えてそれを躱した。が、それでも完全には躱しきれなかったようである。スティングモンは、顔を顰めていた。

 

「おらァ!燃えろ!焼けろ!死ねぇ!」

 

 次々に迫り来る炎。スティングモンは苦い顔を隠せなかった。

 ただでさえ、完全体と成熟期というスペックの差がある。その上、大成を抱えていて、無理な動きができない。これでは、格上であるデスメラモンに勝つことは難しかった。

 大成を地面に下ろすことができればそれも変わろうが、攻撃を連続で放つデスメラモンを相手にそれは難しい。結果、スティングモンは一方的にダメージを負うことになってしまっていた。

 

「このままじゃ……!」

「イモ!俺を下ろせ!」

「ダメです!危険すぎます!」

 

 大成の言葉にも、スティングモンは渋る。その危険性がわかるがゆえに。

 この街の出口に近い場所は、人の通りがまばらだ。これでは、誰かが騒ぎに気づいて加勢に来てくれるかどうかも怪しい。大成の言う通り、今のままというわけにも行かなかった。

 

「いいから!このままじゃどっちみちアウトだ!それなら、オレを下ろせ!すぐにアレをやる!」

「でも……!」

 

 襲い来る炎を躱しながら、不安そうな顔でスティングモンは大成を見る。大成は、大きく頷いた。

 

「っ!行きますよ……!」

 

 それを見て、スティングモンも覚悟を決めた。炎を躱しながら、衝撃に苦しまぬように地面スレスレを飛び、大成を優しく投げる。

 同時に大成はポケットからソレを取り出して――。

 

「ぐはっ……ぐ……せ、セット『エクスブイモン・ジョグレス』……!」

 

 スティングモンのおかげで最小となったダメージ。それに苦しみながら、大成はデジメモリをアナザーにセット。

 直後、スティングモンは進化した。

 




というわけで、第九十七話。

まあ、こうなりますよね。という誰もが予測できた話でした。
さて次回はネツとの戦闘回です。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第九十八話~死中にこそ活路はあり~

 大成の苦しみの甲斐もあって、スティングモンはディノビーモンへと進化した。これで、成長段階上では差がなくなったことになる。

 ジョグレス進化。これは、デジモンとデジモンの融合進化。大成たちには見慣れたもの。

 

「……な、なんだよソレ!知らねぇぞ!ジョグレス進化なんてものは……!」

 

 だが、ネツにはそうではないようだった。目の前で起きた現象に、ネツは目を見開いて驚いている。

 一方の大成たちは、今のどこに驚く要素があるのかを理解できていない。ここには、自分たちの異質さを理解していないからこその反応差があった。

 口を開けて驚いているネツ。だが、ネツのパートナーはそんな彼とは対照的だった。

 

「ははぁっ!いいなァ!せっかく進化してくれたんだ!焼き甲斐があるってもんだァ!」

「来ます……!大成さんは隅に逃げていてください!」

「気をつけろよ!」

 

 何が起ころうと、どこまでもやる気のデスメラモン。

 そんなデスメラモンを前にして、ディノビーモンは戦闘の兆候を感じ取った。彼は、すぐさま大成に離れているように言う。

 先ほどの痛みを堪え、体を引きずって移動する大成。

 正直に言えば、ディノビーモンもそんな大成の下へと行きたかった。それでも、それはできない。なぜなら、今の彼の目の前には、先ほどにも増して勢いのある炎が迫ってきたのだから。

 

「ふっ!先ほどのようには行きません!」

「いいなァ!本当にいい!お前、この前の奴よりずっと弱ィ!燃やし甲斐がある!」

「この前のやつ……?」

「ああ、そうさ!このオレサマを倒しやがったあの骨さァ!オレサマをもろともしねぇあの強さ……思い出してもムカつく!」

 

 何かを思い出しているデスメラモンは、その何かに顔を歪ませる。そして、顔が歪むたび、比例するかのように炎の温度が上がっていった。その様は、まるで感情が燃料となっているかのよう。

 デスメラモンの事情は何も知らない大成とディノビーモンにも、デスメラモンが何を感じているのかはわかっていた。デスメラモンが感じている感情。それは怒りだ。怒りが原動力とはよく言ったものである。

 それを前にして、戦況を見守る大成は、とあるゲームのストーリーであったとある言葉を思い出していた。

 

「はは……冗談はやめてほしいぜ」

 

 そこでは、怒りは良くない、常に冷静であれという旨のことが語られていた。だが、怒りに呼応して燃え盛るこの光景を前にしては、大成も顔を引き攣らせることしかできない。

 というか、昨日の人間の世界での相手といい、最近の大成たちはなぜか火に関係のある敵とばかり戦っている。もちろん、虫型の者が火系の技に弱いというのは、所詮ゲームの中だけの話。だが、それでも。

 新手の嫌がらせかよ、と。運が悪いのか、と。それとも神様は俺たちのことをイジメに来ているのか、と。そんなことを思いながら、大成は頭を痛めていた。

 苦い顔をしたまま、大成は戦況を見る。その時、ディノビーモンはデスメラモンの炎をギリギリで躱したところだった。

 

「熱っ!?」

「てめぇはあの骨ほど強くはねぇ!しかも、それでいてちゃんと痛みと熱さに反応する!良い相手だなァ!」

「ペラペラと……うるさいですよ!これくらい熱くもなんともありません!」

「はっ。よく言った!それでこそ燃やし甲斐がある!」

「馬鹿の一つ覚えで燃やし甲斐燃やし甲斐と……!」

 

 まるで何かのストレス発散をしているかのように、デスメラモンのテンションはどんどん上がっていく。

 一方で、ディノビーモンは顔を顰めていた。そう。表向きは強がっているが、彼は自分とデスメラモンとの相性に顔を顰めたのである。

 ディノビーモンはデスメラモンと相性が悪い。戦い始めて数分経った今、そのことはこの場の誰もにある共通認識だった。

 

「イモ……!くそっ。どうする……!?」

「行けっ!デスメラモン!ムカつくが、脱獄して初めての経験値が中ボスクラスなんてツイてるぜ!あのラスボスを倒すためにも、経験値は余さず手に入れるんだ!」

 

 戦いを見守りながら、大成とネツは対照的な声を上げていた。

 このお互いの言葉の差が、そのまま相性による戦いの優劣差だった。

 ディノビーモンは近接戦闘しかできない。遠距離用の技がないのだ。そして、デスメラモンは常に炎を体中に纏っている。これが何を意味するか、バカでもわかるだろう。

 

「ほらほらほらァ!どうしたァ!様子見だけかァ!」

「っく……やるしか……!」

「それならそれでいいぜェ?できるもんならなぁ!はははは!」

「ぬぐっ!」

 

 ディノビーモンは、攻撃するたびに、デスメラモンの炎の体に腕を叩きつけないといけない。つまり、ディノビーモンにとっては、攻撃するということはダメージを受けてしまうこととイコールになってしまうのだ。

 ディノビーモンは行動するたびにダメージを負う事が決定されているのである。そんなディノビーモンがデスメラモンを倒そうとするならば、ダメージ覚悟の特攻攻撃しかない。

 

「イイねぇ!どんなことしても燃えてくれる相手ってのは!お前はどんな顔で燃えてくれるんだァ!」

 

 ディノビーモンもダメージを受ける覚悟は出来ている。そうしなければ勝つことができないというのなら、それをしない手はない。やがて来るだろう痛みに対する怖さも、大成を守ることや、先に焼死したポーンチェスモンに比べればなんてこともなかった。

 覚悟は決まった。あとはタイミングだけ。攻撃を躱し続けながら、ディノビーモンはひたすらその時を探っていた。

 そして、そんな時――。

 

「デスメラモン!特攻してくるぞ!気をつけろ!」

「セット『解析』!……なるほど。イモ!鎖がないところだ!狙い目は下半身!」

 

 デスメラモンとディノビーモンの耳に届く指示の声。

 ネツは、ディノビーモンの考えがわかったからこその指示。大成は、自分の持つもう一つのデジメモリを使って調べた弱点がわかったからこその指示。

 お互いが声を張り上げて出した指示。遠くからでも届けるため、声を張り上げて話されたその指示は、だからこそ、お互いに相手の狙いを知らせる結果となる。

 

「っち。よくわかったな!だが!来る場所がわかってりゃどうとでもなるぜェ!来れるもんなら来てみやがれ!」

「大成さん!わかりました!行きます!」

 

 大成がディノビーモンに伝えたのは、確かにデスメラモンの弱点だった。

 デスメラモンの強固な防御力は、その身に纏う鎖と炎があってこそのもの。ゆえに鎖のない下半身は、上半身に比べて防御は低い。

 だからこそ、大成は大声でそれを叫んだ。が、それはつまり、デスメラモンにとっても、ディノビーモンがどこを狙ってくるかわかってしまったということ。

 相手がどこを狙ってくるかわかっている攻撃を防ぐことほど、戦闘において簡単なものはない。

 だからこそ。いつでも来い。そう言わんがばかりのニヤリとした笑いをデスメラモンは浮かべた。

 

「行きます!はぁああああ!」

「っむ!?」

 

 その瞬間、ディノビーモンはデスメラモンの視界から消える。いや、消えただけではない。ところどころ、目では追えないほどに残像が残っている。まさに地獄の舞踏。これが、ディノビーモンの必殺技“ヘルマスカレード”。

 勝負を決めに来る。デスメラモンにも、それが理解できた。だが、彼は慌てることはしない。狙う場所がわかっているのならば、いくら速かろうと対応できる。それは、彼自身が持つ自信でもあった。

 直後、デスメラモンの目の前に、下半身を狙うべく姿勢を低くしたディノビーモンが現れる。

 

「……来たな!」

「っ!?」

 

 待っていた、と。ニヤリと嗤いながら、デスメラモンは拳を放つ。

 その拳は、ディノビーモンの頭上から迫った。ディノビーモンの速さでは、タイミング的に躱せない。

 勝った、と。そうデスメラモンは思った、が。

 

「……は?」

 

 そんなデスメラモンの拳は、空を切った。

 ディノビーモンでは躱すことのできないタイミングだった。完璧なカウンターだった。それなのに、なぜ。

 そう思ったデスメラモンは、両腕の上腕二頭筋辺りや後頭部に鋭い痛みが走ったことに、遅れて気づく。そして、さらに遅れて、自分の失策にも気づいた。

 だが、すべては遅い。カウンターを外してしまったデスメラモンには、もうディノビーモンを捉えることはできない。

 

「これで終わりです!」

 

 どこからか、そんな声がデスメラモンの耳に届いた。

 一瞬後、下半身に走る鋭い痛み。デスメラモンは、二度目の敗北に怒りを覚える間もなく、地面に倒れこんだのだった。

 倒れ込むデスメラモンを見つめながら、ディノビーモンは賭けに勝ったという安堵の息を吐く。そう。すべては賭けだったのだ。

 大成は言っていた。狙うべきは鎖がないところで、だからこそ下半身を狙え、と。

 ディノビーモンは、その言葉の中にあった大成の意思を汲み取っていた。鎖がないところならば、ある程度攻撃は効くという。だからこそ、警戒されている一度目の下半身への攻撃はフェイントとしたのである。

 もちろん、一度目の残像を使ったフェイントを読まれていたのなら、勝者と敗者は逆になっていただろう。だからこその賭けだったのだ。

 

「……は?おい!起きろよ!やっと怪我が治ったんだぞ!やっと自由に動けるようになったんだぞ!なのにまた負けてんじゃねぇよ雑魚!」

 

 勝者と敗者が決まった。

 敗者はネツたち。だが、敗北を受け入れられないのだろう。ネツはデスメラモンに声をかけ続ける。だが、声をかけるとは言っても、労を労うこともなく、ただ罵倒しているだけ。しかも、近寄ってその体に触れないのは、倒れても未だ高熱を誇るデスメラモンに触れられないからだろう。

 戦った理由や相手の性格はどうあれ、戦った者に対する配慮の欠けたネツのその言葉には、ディノビーモンも気分がいいはずはなかった。

 だからこそ、先ほどの攻撃の時に負った火傷に痛む手を我慢して、ディノビーモンはネツに近づく。

 

「負けですよ。大人しくしてください」

「うるせぇ!てめェらのせいだ!雑魚のくせに……てめェら覚えてろよ……!」

 

 悔しさと怒りに染まった顔で、負け惜しみを言うネツ。

 こんなネツは、ディノビーモンが今まで出会った中で最も嫌悪する人間だと言える。できれば、最後まで知り合いたくなかったとさえ思えるような人種だった。そんな彼の本音を言えば、ネツをぶん殴りたいとさえ思っていた。

 腕を振り上げるディノビーモン。だが、彼はそのまま拳をゆっくりと下ろす。

 

「イモ、どうかしたのか?」

 

 てっきり殴るものだとばかり思っていた大成。だが、そんなディノビーモンがいきなり止めたものだから、不思議に思った。

 未だ痛みの残る体で、ディノビーモンとネツに近づいていく大成。だが、そんな大成がディノビーモンの下へとたどり着くよりも早くに――。

 

「ふむ。依頼をする前にやってくれるとは」

「ウィザーモン!?」

 

 この場に、ウィザーモンが現れた。しかも、多くの武装したデジモンたちまで引き連れている。まるで戦争をしに行くかのようである。

 なぜいきなりウィザーモンが来たのか。普段ならば首を傾げるところだが、なんとなく大成たちにはわかった。

 

「こいつらか?」

「ふむ。いつになく勘がいいな。そうだ。この者たちは、数日前に別の街で捕まえられた者たちでね。何者かの手引きによって逃されたらしい。おい!連れていけ!」

 

 大成と話しながらも、ウィザーモンはデジモンたちに指示を出す。

 指示を受けたデジモンたちは、わめくネツを気絶させ、拘束。そのままどこかへと連れて行く。そして、それはデスメラモンの方も同じだった。連れて行かれるデスメラモンは、魔術や鎖などのあらん限りの拘束用具で拘束されていた。

 その様は、傍から見ていた大成たちが頬を引き攣らせるほどだ。

 

「逃がされた、ね。また面倒そうな雰囲気が……一応聞いておくけど、何やったんだ?予想はつくけどな」

「君の予想通り、と言っておこうか。さまざまな街とデジモンを虐殺した者だ。それも、以前のキメラモンとは違う。憎しみも何もなく、ただ快楽のためだけにな」

 

 もし大成たちがネツと出会っていなければ、この学術院の街もウィザーモンの言う街と同じ運命を辿っていたかもしれない。今、この街には旅人や優希といった面々がいる分、そういった可能性は低い。が、それでもかなりの被害は出てしまうだろう。

 一人の被害者が出てしまった時点で、この言葉を使うのは少々使い難いが、それでも運が良かった。

 

「……これからあいつらはどうするんだ?」

「牢屋行きだな。どうするわけにも行かんし、事情聴取もある」

 

 運ばれていくネツたちを思い出しながら、大成は目を伏せる。ゲームの話題で意気投合しただけに、ネツの行為や言動はショックだったのだ。

 

「はぁ。馬鹿だな」

「……ふむ。君は彼と交流があったのかね?」

「いや、ほんの数十分の付き合いだよ。まさかあんな奴だったとはな」

 

 運ばれていくネツたちが見えなくなる最後の瞬間まで、そんな彼らを眺めていた大成。

 そんな大成の後ろでは、背を向けたままのディノビーモンがいた。大成には見えなかったが、その顔にはただやるせなさがあった。

 どうやら、ネツたちの言動にショックを受けたのは、大成だけではなかったようである。

 

「……人間の中にはこんな人もいるんですね」

「ま、デジモンの中にも良い奴と悪い奴がいる。当たり前のことだろ。人間もこんな奴らばかりじゃねぇよ。俺も人間だしな」

「ですね」

 

 良い者もいれば、悪い者もいる。今回の一件は、それが思い知らされた一件だった。

 その言動を聞くだけで嫌悪感が出てくるような、そんな狂った人種。ネツたちは、大成たちにとって正しくそんな人種だった。

 好き嫌い云々の前に、そもそも理解できない。いや、したくないと言うべきか。そんなネツたちのことを知ったからこそ、こういう人種は少数派であって欲しいと思った大成たちだった。

 




というわけで、第九十八話。

せっかく自由の身となったのに、晴れてまた牢獄送りになったネツくんの話でした。
さて、だんだんときな臭くなってきましたね。
次回以降、どんどん臭くなっていきます。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第九十九話~這いよる不安~

 大成たちがネツたちの凶行を未然に防いでから、はや一週間。その間は、これまでのことが嘘であったかのように平和な時間が過ぎていた。

 その間の出来事といえば、ウィザーモンの斡旋してくる依頼が二回ほどあったり、ウィザーモンに頼んで作ってもらった人間世界のコンセントが使える機械であったりした程度。

 大成は依頼のない時はゲーム三昧。スティングモンはスレイヤードラモンに修行をつけてもらったり、大成のゲームに付き合ったりしていた。

 

「やっぱりゲームがあると生活が華やかになるな!なっ!優希!」

「それを私に言って、同意が得られると思ってるの?」

「当たり前だろ!」

「……無駄に爽やかに言い切ったわね」

 

 そんな感じで、大成たちはかなり呑気に楽しく過ごしていたのだが、それはあくまで大成たちだけである。

 そんな大成たちとは対照的に、優希やレオルモンは不安になるほどの嫌な予感を抱いていた。そう。言うなれば、今のこの時間は嵐の前の静けさではないのか、という。

 そのことを優希たちが旅人やウィザーモンに言った時、彼らの反応は――。

 

「え?ああ……鋭いな」

「ふむ。なかなかに鋭い。まあ、嵐がいつ来るかはわからないがね」

 

 これである。隠す気がないようだ。が、何があるのかを聞いても、彼らは答えなかった。彼らも、何かがあることは察しているが、具体的にその何かを掴めてはいないようなのである。

 結局、優希たちがわかったことといえば、いずれ何かがあること、そして、その時は後手に回る可能性が高いということだけ。

 不安になるというレベルではなかった。

 

「……はぁ。そういえば、最近片成ちゃんを見ないわね」

「そういえばそうですな」

「んあ?そういやそうだな。ま、この街に定住している訳じゃないだろうしな」

 

 人間世界に行ってから、優希も大成も片成に会っていない。彼女はどこぞの旅好きとは違って、率先して野宿を望む性格ではないため、この街から出ていくとは考え難い。その上、こちらには片成の狙いである大成がいる。それでも会えないのは、何か理由があるのだろう。

 会えない理由。もしくは、会いたくない理由が。片成ではない優希には、考えても意味のないことである。が、優希は、その後しばらく、その理由を考えて過ごしたのだった。

 まあ、結局はそれらしい答えも考えつかなかったのだが。

 

「……ふう。仕方ないわね。大成、ちょっと出てくるから」

「あいよー!おっ!イモ!そこだ!そこ!」

「こうですか!」

「そうだ!」

 

 自分の話を聞いているのか、と。

 仲良くゲームに興じる大成とスティングモンの二人を見て、そんなことを思った優希。まあ、聞いていようと聞いていまいとどちらでもいい。そう思って、優希はレオルモンを連れて家を出て行く。

 目指す先は、こういう時に頼りになるウィザーモンのところだった。

 

「いるかな?」

「どうですかな……ウィザーモン殿も忙しい身。確率は半々だと思いますぞ」

「そうね。頼りっぱなしってのも悪い気がするし、いなかったら街の中を歩いて探しましょうか」

「探す……片成殿ですかな?それとも別の?」

「うーん……そう言われると言葉にしにくいんだけどね。何か、ジッとしていられない気がして」

 

 レオルモンには、今の優希が何を感じているのかよくわからなかった。が、きっと自分と同じような気持ちなのだろう、とレオルモンは思う。彼自身も、言いようのない焦燥感があったのだ。

 街を歩き、ウィザーモンの家にたどり着いた優希たち。やはりというか、ウィザーモンはいなかった。ここ最近はずっとこうである。五回に一回くらいの割合でしか会えないのだ。これは、アナザーでの通信の場合も、直接会おうとした場合も同じ。よほど忙しいらしい。

 

「仕方ないわね。ま、街を散歩でもしながら歩きましょうか」

「ですな。ですが、路地裏などの危険な場所はダメですぞ!」

「思い出させないで……」

「思い出す……あっ!ち、違いますぞ!そういうことで言ったわけではないですぞ!」

 

 路地裏。そして危険。その二つの単語を前にして、優希は早くも気分が落ち始めた。前にあったあの汚物掃除のことを思い出したのだ。

 レオルモンとしては、そんな意図はなかった。が、それでも彼の言葉でそれを優希が思い出してしまったのは事実だった。

 

「えっと……むぅ。もう皆忘れてますな!きっとそうですな!」

「ぷっ。わかってるわよ。だから、そう必死にならなくてもいいわ」

「むぅ……お嬢様はこのセバスをからかったのですかな?意地が悪いですぞ!」

「思い出して落ち込んだのは本当だけどね」

「むぐぅうう!」

 

 話しながら歩く優希たち。目的地は特に決めていなかった。ただ、気の向くままに歩いていた。そんな優希たちの目には、この街はいつも通りの様子が映し出されていて。

 だからこそ――。

 

「にっ人間だァああああああ!」

「はぇ?」

「なんですかな?」

 

 だからこそ、背後から聞こえたその悲鳴は、半ば不意打ち気味に優希たちを驚かせた。一瞬呆気にとられたものの、再起動するや否やすぐさま後ろを振り向く優希たち。そんな優希たちが見たのは、自分たちを指差して慄き震えている一人のデジモンだった。

 まるで栗のような形の体に、四肢が生えている。さらに、赤いマスクをつけて、背に刀を背負っていた。優希の腰ほどの大きさのそのデジモンは、その格好から忍者のようにも見えた。

 

「誰?」

「に、人間がもうこの街にも侵攻しているってのか!?みんな!逃げろぉおおおお!」

「いや、ちょっと待ってよ!」

 

 大声で逃げろと叫ぶその忍者デジモン。そんな彼の姿に、優希たちだけでなく、周りのデジモンたちも困惑していた。

 この忍者デジモンは、その言葉の内容からして、おそらく人間という存在を悪く思っているのだろう。が、この街の住人たちにとっては、優希や大成といった人間は、この街を救ってくれたこともある恩人である。

 つまり、この忍者デジモンとこの街の住人たちには、人間という存在に対しての温度差があったのだ。

 

「なっ!?何でみんな逃げないんだ!人間が目の前にいるのに!?」

 

 その温度差に、忍者デジモンも気づいたらしい。自分が間違っているとは露ほどにも思っていないからこそ、彼は困惑していて。

 結果、お互いがお互いに困惑しているという、微妙な空気がこの場に蔓延することとなった。

 

「えっと……あの……いいかな?」

「なんだ!人間!」

「強気ですな。まぁ、お嬢様はそちらの思っているような方ではありませんぞ」

「黙れっ!人間に与するデジモンの話など聞けるか!」

 

 何とか事情を聞きたい優希とレオルモン。だが、人間とそのパートナーデジモンは悪い者という先入観があるのだろう。この忍者デジモンは、優希たちを睨みつけたまま、話を聞こうとすらしない。

 これには優希たちも困るしかない。が、このままという訳にもいかない。だからこそ、優希たちの説得攻勢が始まった。

 

「でも、貴方と私たちで認識に違いがあるみたいだし……話し合わないといけないと思うんだけど」

「そうやって油断させるつもりだなっ!騙されるものか!」

「いや、騙すとかじゃなくてね。私たちも聞きたいことあるし」

「話すことなど何もない!この街はこの拙者が守るぞ!」

 

 取り付く島もないとはこのことである。

 今の忍者デジモンは、冷静な状態ではない。優希たちは理解していた。彼は、自分たちに怯えていることに。そして、怯えているからこそ、無理に強がっているのだと。それがこの話を聞こうとしない態度である。

 話をするには、彼に冷静になってもらわなければならない。が、怯えている限り、彼は冷静に離れないだろう。その状態をどうにかするのは、怯えさせている優希たちには不可能だ。

 だからこそ、優希たちにはいくら話しても、彼を説得できる気がしなかった。

 

「どうしようか……?」

「どうしましょうかな」

 

 顔を見合わせてる優希とレオルモン。その顔には、お手上げという文字だけがあった。

 だが、運はまだ彼女たちを見放してはいないようで。次の瞬間、優希たちの前には、救いの糸が垂らされた。

 

「アンタたち、さっきから何をしているのよ?」

 

 ただし、それは蜘蛛の糸だったのだが。

 上空から現れたのは、箒に乗った魔女。そう。ウィッチモンだ。何か揉めている優希たちを見て気になって来たのだろう。

 一方で、ウィッチモンは自分が苦手意識を持っている相手であるが、この状況に限って優希は大歓迎だった。

 

「ウィッチモン!助かったわ!」

「はぁ?」

「助かりましたぞ!どうかどうにかしてくだされ!」

「いや、意味がわからないんだけど」

 

 縋り付いてくる優希たちに一瞬困惑したものの、ウィッチモンは敵意むき出しの忍者デジモンの姿を見ていろいろと悟ったらしい。彼女は、どこか納得しように頷いた。

 

「なるほどね。イガモン!この子たちは噂の人間“たち”とは無関係よ。この私とウィザーモンが保証する」

「む……特別名誉教授殿の名も……わかりました。拙者の勘違いだったようだな。すまない」

 

 ウィッチモンにイガモンと呼ばれた忍者デジモンは、すぐさま優希たちに向かい合って頭を下げる。ずいぶんとあっさりしているが、そこはウィザーモンの名前の力である。この街の特別名誉教授とは、それだけの力を持っているのだ。

 そんなイガモンの調子に、優希たちは若干拍子抜けした。が、誤解が解けたことは良いことである。わざわざ掘り返すまでもないと考えて、その謝罪を受け入れた。

 

「ウィッチモン……ありがとう」

「別にいいわよ。でも、これからはこういうこともあるから、気をつけた方がいいわね。わかった?」

「え……どういうこと?」

 

 言葉の内容からして、ウィッチモンはイガモンの反応の理由を知っているようだった。そのことについて優希が尋ねると、ウィッチモンは歯切れの悪そうな顔で言い始めた。

 

「最近ね……と言っても数日だけど……人間とそのパートナーデジモンがデジモンたちを襲い出したの」

「でも、大成が犯人を捕まえたって……」

「そうね。それはそうなんだけど……犯人はひとりじゃない。それどころか大勢いるって言ったら?」

「え……!?」

 

 ウィッチモンのその言葉は、優希たちにとって信じたくないことだった。優希たちも、ネツのことについては大成から聞いている。その狂気のような精神性のことも。実際に会っていない優希たちですら、ネツの精神性には嫌悪感を抱いたのだ。

 そのような精神性の人間が、他にも大勢いる。そんなこと優希には信じられなかったし、信じたくはなかった。

 

「事の始まりは数日前ね。ネツを捕まえていた街が壊滅したことまで遡るわ。犯人は不明。でも、生き残ったデジモンの証言では、複数だったと言われてるわ」

「複数……ってことは、何らかのグループでも組んでいる?」

「そうね。同時刻に、他のいくつかの街も襲撃されたことがわかったわ。そっちも複数で」

「え!?」

 

 いくつかの街を襲った、この悲劇。いずれも犯人は複数であることを考えれば、その総数は十人を遥かに超えるだろう。その全員に繋がりがあれば、もはやそれは組織と言っても過言ではない。

 そして、生き残った者たちの証言から、これらすべての襲撃が人間とそのパートナーによって引き起こされたことだと証言されている。

 ここに来て、優希はイガモンの反応の理由を理解した。

 つまり、今は世界規模の人間警戒状態になっているのだ。

 

「どうして……?」

「わからないわ。でも、気をつけた方がいいわね。この街の住人は人間に対してそこまででもないけど、イガモンみたいに外から来たデジモンたちには人間を憎む者もいるから……」

「……それは」

 

 襲撃を生き残ったデジモンたちの中には、犯人を恨むのではなく、人間という種族を恨む者もいる。ウィッチモンはそう言った。

 犯人を恨み憎む気持ちは理解できる。けど、人間というだけで恨むのは違う。ウィッチモンの話を聞いて、優希はそう思った。

 

「でも……そんなの……違うでしょ」

「お嬢様……」

 

 襲撃された相手の気持ちを考えたからこそ、優希の言葉は苦しそうに、捻り出されたものとなった。

 そんな優希に言葉を返したのは、イガモンだ。彼は、苦しそうな優希を険しい顔のままで見つめていた。

 

「アンタの言いたいこともわかる。けど、悪いけど……拙者たちデジモンにとっては人間はもはや恐怖の対象だ。過激な奴らは人間との全面戦争を訴えてるし、世界の壁を越える方法を模索するやつだっている」

「え……戦争!?」

 

 戦争。それは、平和な国で育った優希にとって遠いものだ。

 だが、デジモンの強さを知っている身として、そして歴史の授業などでその凄惨さを教えられた身として、優希はその果てにある結果が恐ろしいものとなることしか考えられなかった。

 

「そうだ。アンタを見れば、人間もデジモンと同じで良い奴と悪い奴がいるってことはわかった。でも……それは何の意味もないんだよ。アンタ、故郷を失った者たちの前で自分は無関係だからと堂々としてられるか?」

「う……それは」

「無理だろ。もう事は起こってるんだ。この街だって、防衛体制の強化に当たってる。そのために拙者も呼ばれたんだしな」

 

 人間とデジモンの衝突は、遠い話ではない。そう、イガモンは語っていた。

 今までの個々人の戦いではない、種族の戦い。それは優希には想像もつかないものだった。それでも、多くの者がそれに備えるために動いている。

 その事実を前にして、優希もレオルモンも、どうしていいかわからなかった。

 

「あまり優希をイジメないでくれる?それにアンタはもう強がる理由もないでしょ?」

「ぐ……でも、取り繕わなきゃ仕方ないだろ!言える時に言っておかないと……!」

「あのねぇ……」

「それに、同族のよしみでこいつが向こう側につかないとも限らない。それに、先ほどから思ったが……人間を信用しすぎるのはダメだ」

「人間を信用しているんじゃないわ。優希たちを信用しているのよ」

 

 ウィッチモンの言葉に嬉しくなる反面、優希たちはこれから先に起こることに気が重かった。

 優希たちが犯人とは無関係だとわかり、冷静になったイガモンでさえ、先ほどからずっと言葉で優希を牽制している。そこには、内心に人間への恐怖があるから。彼は、優希に辛く当たることで、それを押し隠している。

 これが、こういう対応をされるのが、これからの自分たちかもしれないのだ。そう思えば、優希たちの気が重くなるのも当然というものである。

 

「ま、いい。拙者は行くぞ。防衛体制について特別名誉教授殿に呼ばれているのでな」

「あ、この街には人間があと二人いるから、さっきみたいな対応しちゃだめよ!」

「……まだいるのか」

 

 ウィッチモンの言葉に疲れたような声を上げたイガモンは、そのまま歩いて行く。

 そんなイガモンを見送って――優希は、気づいた。先ほどのウィッチモンの言葉の中に、聞き逃せない部分があったことに。

 

「ちょっと待って。人間が私の他に二人?数え間違いとかじゃなくて?」

「ええ。魔術で探ったから間違いないわよ。旅人と大成と優希。その三人しか今はいないわ」

「いつから……?」

「いつからって……アンタたちが人間の世界に行った時からだけど……どうかしたの?」

 

 ウィッチモンの言葉に、優希は愕然とした。

 彼女の言葉が正しければ、片成はこの街にいないということになるのだから。

 




というわけで、第九十九話。

さて、今回の話がどこに繋がるのか……それはもう少し後の話ですね。
ともあれ、次回は久しぶりにあの人が登場します。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第百話~森の中にあるのは樹~

 優希が片成不在の事実を知った日のこと。

 旅人はとある森の中に来ていた。光がほとんど入ってこないような、そんな森。“とある”などと、ずいぶんと適当な言い方であるが、本当に“とある”としか言い様がない。その詳しい位置については、旅人もよく知らないのだ。

 ならなぜ、その詳しい位置について知らない場所にいることができるのか。それは、旅人が連れて来られたからである。

 そう。この――。

 

「何?」

「いや、行き先くらい教えて欲しいと思ってね」

 

 ナムという少女に。

 純白のドレスという、おおよそ森を歩くに相応しくないどころか、不便が目立つような格好。それでも、特に気にした様子もなくナムは歩く。

 彼女が旅人の下へ訪れたのは今朝のことである。旅人が泊まっている宿にいきなり現れたのだ。そして、気持ちよく眠る旅人を叩き起こし、あれよあれよとこの場まで連れて来たのである。

 まあ、その方法は徒歩ではないのだが。そう。旅人はこの森のことなど知らない。学術院の街の近くにこのような森などないのだ。

 おそらくはナムお得意の何らかの謎現象だろう、と。旅人はアタリをつけていた。

 

「ドルもいないし……っていうか、本当にどこに連れて行く気だよ?」

「ついてくればわかる」

「って言われても……お前が関わる件に良い思い出がないんだけど?」

 

 個人的なナムという少女についての好感度はともあれ、旅人にとってナムという少女は面倒事の象徴である。個人的に嫌いというわけではないが、面倒事がもれなく付いてくることを考えれば、あまり関わり合いたくなかった。

 まあ、そんな旅人の個人的な考えや事情など、このナムという少女が考えることはありえないのだが。

 旅人がいくら聞いても、何も答えようとしないナム。そんなナムに溜息を吐いてから、旅人はとなりを歩くスレイヤードラモンに話しかけた。

 

「やれやれ……ドルはウィザーモンのところに行ったしな。リュウだけが頼りだぞ」

「一応聞くけど、何のだ?」

「帰り道」

「へぇ。珍しい。街に戻る気はあるんだな。てっきり帰り道がわからなかったら、そのまま旅に出るかと思ったぜ」

「そりゃ、その方が楽しそうだけどな……ドルを置いていったら、どうなるか。前は殴られた程度で済んだけど、次は鉄球辺りが飛んできそうだ」

「ああ、確かにな。でも黙って出てきたんだから、また殴られそうだけどな」

「そこはほら、ナムのせいにする」

 

 そう。旅人が言ったように、この場にドルグレモンはいない。

 ドルグレモン、彼は以前からの野望を果たすため、旅人たちがナムに連れて行かれるよりも前にウィザーモンの下に行っていたのだ。まあ、結果として置いていかれる形となったわけだが、そのことを今の彼が知る由もなかった。

 そんなわけで、この場にいるのはスレイヤードラモンと旅人とナムの三人である。

 黙ったまま、旅人たちを先導して歩くナム。そんなナムについていく旅人たちとしては、そろそろどこへ向かっているのか教えて欲しかった。

 

「そろそろ」

「え?そろそろ……?ああ、目的地か。っていうか、いい加減に教えて欲しいんだけど」

 

 目的地が近いと告げたナムは、そのままそこで足を止めた。そして、旅人に向かい合う。

 常時無表情のナムだが、それはイコールで何も感じていないということではない。本当に微々たるものだが、纏っている雰囲気が変化することだってある。

 ナムに見つめられた旅人は、今彼女が纏っている雰囲気が真面目なもののように思えた。だからこそ、茶々を入れず、彼女の言葉を待つ。

 そして、そんな二人に押されて、スレイヤードラモンも黙り込んだ。

 沈黙が辺りを包む。

 

「この先にある」

「何がだよ」

「自分で確かめる。私。ここまで」

「……相変わらずだな。ってか、ナムが出てきたってことは……ナム“たち”が動く何かがあるってことか?」

 

 勝手に案内をするだけして、そして去ろうとするナム。

 実に身勝手だが、彼女がそういう“存在”であることは、旅人は五年前の段階で知っている。そして、彼女“たち”がそう簡単に動く存在ではないことも。彼女“たち”が動く時、それは何かがある時だ。五年前もそうだった。

 だからこそ、旅人はナムに問うたのだ。わざわざ複数系にして。

 だが、そんな旅人の予想に反して、ナムは首を横に振る。その時のナムの雰囲気は、どこか納得がいっていないような、悔しそうな、そんなもののように旅人には思えた。

 

「今回。五年前と違う。“我々”干渉しない。決まった」

「……どういうことだ?ナムが動いているんだから、干渉するんじゃないのか?」

「世界の在り方は生きるものが決める。私が手伝える範囲。ここまで。これ以上は怒られる」

「怒られるって……」

 

 ナムが怒られるような存在でないことを知っているがゆえに、旅人は愕然と呟いた。が、しばらくしてから、ハッとして思い直した。

 先ほど、ナムは言っていた。決まった、と。ということは、話し合ったのだろう。旅人も知っている彼らと。その結果、今回起こるだろう何かに、彼女たちは干渉しないことを決めたのだ。

 まあ、先ほどの納得していない様子からして、ナム自身は干渉したいようであるが。

 

「そっか。じゃ、何かが起こるけど、前みたいに解決の手段を教えてくれることはないわけだ。まぁ、オレとしては面倒事に巻き込まれるのが確定でない分、いいけどな」

「確かに面倒だったけど、アレはアレで貴重な経験だったじゃねぇか。っていうか、どうせ旅人は巻き込まれる気がするぞ。なんて言ったかな……そう。トラブルメーカーってやつだ」

「旅人。巻き込まれるの。確定」

「お前らやめろよ!不吉なこと言うの!というか、リュウ!オレがトラブルを作ってるみたいな言い方をするな!」

「ま、どっちかって言うとトラブルホイホイだよな」

 

 不吉な予言を残すナムに、不名誉な二つ名をつけてくるスレイヤードラモン。

 あんまりな言い草をする二人を前にして、旅人は思わず唸った。というか、ナムの正体を知っている身として、ナムの言葉はシャレにならないからやめて欲しかった。

 まあ、旅人がどれだけわめいても、二人が言葉を撤回することはなかったのだが。

 

「頑張れ」

「どういう意味……!」

 

 結局、それだけ言ってナムは消えた。文字通り、一瞬で、いつの間にか。相変わらずの神出鬼没さに溜息を吐きながら、旅人はこの先にあることを思う。

 ナムの最後の一言が、この先を暗示しているようで――旅人は気が重かったのだった。

 

「いつまでもこうしている訳にはいかないだろ、旅人」

「……そうだな。行くか」

「ああ。この先って言ってたな。それを見ればいいのか?……何があると思う?」

「蛇が出てくるような何かだろ」

「鬼が出てくるかもしれないぜ?ま、その時は俺がぶちのめすけどな」

「頼もしいな」

 

 ナムの言っていたこの先にあるもの。それが何かはわからないが、旅人もスレイヤードラモンも、ロクでもないものであることは共に予想しているようだった。

 周囲を警戒しながら、二人は進む。が、視界の先にあるのは、どこまで行っても森だった。本当に先に何かあるのか、怪しいくらいに。

 

「ナムが嘘を言うはずはないからな。隠されてる……もしくは隠れているってことか?」

「たぶん、そうかもしれないな。この森、結構深い。何かを隠すのにはもってこいの構造だ」

「リュウが空の上から探すって案もあるが……」

「やめておいた方がいいだろな。上からじゃ森の中の様子が見えない。いっそのこと、木を全部切り倒すって案もあるぜ?」

「それもやめておいた方がいいだろ。環境破壊ってレベルじゃないぞ。それにこの森に住んでいるデジモン相手に無駄な争いが起こるだろ」

 

 周囲を警戒し、目に見えぬ何かを探しながら、旅人たちは互いにこの状況を打開する案を提案していく。だが、二人とも良い案は思いつかなかった。どちらの出す案も欠点しかなかったり、リスクが大きすぎたりしたのである。

 結局、地道に探すことになって。旅人たちは森の中を探していく。気がつけば、ナムと別れてから、旅人たちは一時間以上もこの森を彷徨っていた。

 

「さて、どうするかね。オレたちが見つけられない。それとも、ナムに騙された。あるいは、ナムが勘違いしている。リュウどれだと思う?」

「後半二つは旅人も思ってもないだろ。あとは俺たちが迷子になっているってのだな。たぶん、俺のか、俺たちが見つけられないが正解だぜ?」

「……ああ。なるほどな」

 

 スレイヤードラモンの言葉に、納得したような声を上げる旅人。

 おそらく、ナムの示していた何かはとんでもなく隠れているか、あるいは隠されている。前者の考え方は、自然にそうなった場合。後者の考え方は、何者かが故意にそうしている場合。

 現段階では、どちらもありうるが、旅人たちの精神的には前者の方がありがたかった。後者の、何者かが故意に隠している場合だと、旅人たちはイタズラに引っかかったようでムカつくのだ。

 歩き続ける旅人たち。この森は空が見えないため、今がどのくらいの時間か知ることはできない。が、時間的には、そろそろ昼を回った頃だろうか。

 

「……この調子だと、そのうち夜になりそうだな。さっきリュウ言ってたろ。オレたちが迷子になっているって。もしそうだったら?」

「これだけの森だ。仕方ないだろうな。抜け出すのは簡単だが……」

「目的はナムの言っている何かを探すことだもんな」

 

 スレイヤードラモンが自分たちの迷子の可能性を上げた時から、旅人たちは自分たちが真っ直ぐに歩いている自信がなかった。

 目的地もなく、フラフラと旅をしている普段ならば、真っ直ぐに歩いている自信がなくとも問題はない。だが、今回のように目的がある場合は、こういったように真っ直ぐに歩いているかどうかわからない状態は問題あるどころの話ではなかった。

 

「……もしかして、ここって“迷子の森”か?デジモンもいないし……それっぽいな」

「え?何?そんな森があるのか?」

「ああ。俺も来るのは初めてだけどな」

 

 スレイヤードラモンの言う通り、この世界には迷子の森というものがある。その名の通り、入った者が迷子になる森。実際は、中に入った者の方向感覚を一時的に狂わせる森である。なぜ方向感覚が狂わされるかは諸説あるが、解明されてはいない。また、デジモンが住んでいないのも特徴である。

 とはいえ、名前の割に抜け出す方法は簡単だったりする。夜に森の木々の枝からジャンプし、いちいち星空を眺めればいいのだ。星の位置で方向を確認し、微修正を繰り返しながら歩く。それだけである。

 まあ、これを知らなければ出るのは苦労するし、入ったまま出てこなかった者も大勢いるのだが。

 

「へぇ。この世界にもまだまだ面白そうな場所がたくさんあるな」

「一応言っておくけど、この森を面白そうなんて言える奴は少ないからな」

「別にいだろ。リュウ」

 

 今いる森が面白い森だと知り、テンションが上がっている旅人。そんな旅人に、若干呆れるスレイヤードラモンだったが――直後、彼の耳はある微妙な音を聞き取った。

 

「旅人!」

「んあ?どうした?見つけたのか……?」

「わからない……けど、足音がする。数は……結構多い。どうする?」

「んー」

 

 足音ということは、生き物だろう。かれこれ二時間以上迷っている身の旅人としては、接触しても良いような気がしていた。が、同時に、安易に接触するのもマズイ気がしていて。

 悩んだ結果、旅人たちの選んだ行動は身を隠し、状況を見守ることだった。

 

「人間だな。しかも、デジモンを連れてる……大成たちと同じような奴らか?旅人はどう思う?」

「どうだろうな。でも、殺気立ちすぎだろ」

 

 木の上の枝に身を潜める旅人たち。そんな旅人たちの真下を、デジモンを連れた人間たちが五人ほど歩いて行く。見つからなかったようで、旅人たちはホッと安堵の息を吐いた。

 隠れたまではいいのだが、スレイヤードラモンの白い鎧がやたらと目立ったため、見つかりはしないかと気が気でなかったのだ。

 まあ、仮に見つかったからどうなるのだという話であるし、もっと言えば、そもそもスレイヤードラモンをアナザーの中に入れればよかったという話だったのだが。

 

「後を追うか?」

「だな。set『不可視』……行くぞ、リュウ!」

 

 ともあれ、やっとあった変化だ。旅人たちは頷きあって、彼らを追い始る。

 “不可視”のカードの力で姿は消えているとはいえ、バレないとは限らない。つかず離れずの距離を保ちながら、旅人たちは彼らの後を追う。

 その際、旅人たちは彼らを観察していたのだが――。

 

「なんか、おかしくないか?」

「ああ。旅人、あれ本当に人間か?それにしては……なんだかな」

「オレに聞くなよ。ま、言いたいことはわかるけどな。なんかナムみたいだ」

 

 旅人たちから見て、彼らの様子はおかしかった。

 見るからに殺気立っている上に、まるでナムのように表情が無い。それは、人間たちだけではなく、彼らと共にいるデジモンたちも同じだった。

 見れば見るほど疑問しか生まれない彼ら。ここが迷子の森である可能性も含めれば、一体何をしに来たんだという話である。

 だが、そんな彼らの目的は、旅人たちにもすぐにわかることとなった。

 

「おい、あれ……!」

 

 彼らの後を追い始めて数分。その時、彼らの足が止まった。

 同時にスレイヤードラモンが声を出す。スレイヤードラモンの言葉の先にあったのは一本の木。旅人にとっては一本の木にしか見えないソレも、スレイヤードラモンから見れば違ったらしい。

 

「リュウ、あの木がどうかしたのか?」

「あれ、デジモンだ。完全体のジュレイモンだな。……そうか。幻覚を見せる霧を発生させる能力を持つって聞いたが……ここが迷子の森だったのはそういうことか!」

「言ってる場合か?」

 

 ジュレイモンとは、大木の姿をしたデジモンである。樹海の主であり、身体からは幻覚を見せる霧を発生させる。さらに、その幻覚によって森の深みに誘い込んだデジモンを、枝のような触手やツタで敵を取りこんで自らの栄養としてしまうとされる恐ろしいデジモンだ。

 この森が迷子の森と呼ばれる森なのは、おそらくあのジュレイモンが原因なのだろう。思いがけず、この森の真実が発覚した瞬間だった。

 だが、旅人たちがそうこうしている間にも、事態は進んでいたようである。

 大木に顔があるという真の姿を現したジュレイモンに、彼ら人間たちが何かを話している。が、どうにもお互いに友好的な雰囲気ではなかった。

 

「リュウ、なんて言っているかわかるか?」

「そりゃ、あれだけデカイ声で言ってればな。旅人はわからねぇのか?」

「さすがに何かを言っていることはわかるけどな。内容まではわからねぇよ。で、何を揉めてるんだ?」

「いや、支離滅裂過ぎて……ってか、あいつら正気を保ってるのか?言葉に脈絡がなさすぎるぞ」

 

 ジュレイモンと彼らの言い争いが聞こえない旅人には、スレイヤードラモンが言っていることの本当の意味はわからなかった。

 だからこそ、旅人はより詳しい話を聞こうとスレイヤードラモンに声をかけようとして――。

 

「なっ!?」

 

 そんな旅人の目の前で、彼ら人間の連れて来たデジモンたちが、ジュレイモンに襲いかかった、

 




というわけで、第百話。

今回の話は旅人サイドのお話でした。
少し前作を読んでいないとわかりづらい話だったかもしれません。
わからなかった方々には申し訳ないです。

さて、次回に続きます。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第百一話~森の主~

 迷子の森と呼ばれる森へと侵入した五人の人間たち。その後ろを、彼らのパートナーデジモンであろうデジモンたちがついて行く。

 まるで隊列を組むかのように、彼らは進む。旅人たちに尾行されているとも知らずに。

 

「止まれ。こいつだ。対象は……」

 

 そんな彼らは、リーダーであろう一人の少年の声によって、一本の大きな木の前で立ち止まった。その樹は、まるで樹齢千年を超えるかのような、そんな大樹だった。人間の世界にあったのならば、それこそ有名になってもおかしくないほどのもの。

 立ち止まった彼らは、まるで親の仇を見るかのような目で、その樹を睨んでいた。

 

「貴様らが人間か……噂になっているぞよ……畜生に劣らずの蛮族であると……!」

 

 直後、彼らの耳に届いたのは、厳かな声だった。まるで、老人のような枯れた声でありながら、長い年月を生きたからこその重さを感じさせる声。心臓の弱いものならば、思わず逃げ出してしまいたくなるような、そんな力強い声。

 そんな声が、彼らの耳に届いたのだ。

 そう。その大樹こそ、ジュレイモンと呼ばれる完全体デジモンである。

 

「喋るのか」

「喋るとも。見下すのもいい加減にするぞよ。何用でこの森へと来た?よもや友好を結びに来たわけではあるまい?」

「無論、友好だ。我々の目的はただ一つ。貴様らデジモンの支配だけ。我々に従え」

 

 人間側の物言いは、傲慢では言い足りないほどだった。支配する。従え。そんなことを言っておきながら、友好などとはよく言えたものである。

 ジュレイモンも、そんな彼らを見下していた。哀れなものを見るかのような目で見つめながら。

 

「支配を目的としながら友好か……よく言えたものであるぞよ。冗談にしては面白いぞ?」

「冗談ではない」

「……ふむ。聞いていた話と違うな。自分たちが何をしているのかすらも分かっておらぬ愚か者。ここまで来るといっそ哀れみを誘うぞな」

「何を言っている?我々は従うのか、従わないのかを聞いているのだ!」

 

 なかなか答えを出さないジュレイモンに対し、リーダー格の少年が苛立ったような声を上げる。

 そんな少年の声に同調したかのように、彼ら人間が連れて来たデジモンたちも唸り声を上げた。今すぐにでもジュレイモンに襲いかかりそうな雰囲気だ。

 ジュレイモンは、そんな彼らを哀れみ、そして嘲笑う。ジュレイモンの答えは、初めから決まっていた。

 

「答えはNOぞよ。蛮族に()()()者」

「ティラさん……どうしますか?」

「決まっている!従わぬ者は……皆殺しだ!」

「はっ!」

 

 交渉とも言えぬ交渉は、決裂だった。

 人間の一人から、ティラさんと呼ばれた少年。その少年の荒げた声に従って、人間たちはそれぞれのパートナーデジモンに指示を出す。デジモンたちが、動き出す。

 その瞬間に――。

 

「……人形の貴様らを哀れだと思わんでもない。が、こうなれば行き着く先は同じこと。儂が貴様ら蛮族に負けると思うてか……!」

 

 その瞬間に、ジュレイモンの身体から枝のような触手やツタがワサワサと溢れ出した。どれもが、人間の胴体を優に超えるほど太い。それほどのものが、空間を埋め尽くすほどに溢れてきたのだ。これこそ、ジュレイモンが戦闘態勢に移ったということなのだろう。

 一方で、人間たちに指示を出されたデジモンたちは、ジュレイモンを取り囲んだ。デジモンたちは、計五匹。内の四匹は同じデジモンで、赤い恐竜のような成熟期デジモンのティラノモンだった。

 そして、最後の一匹が――。

 

「殺せ!メタルティラノモン!」

 

 ティラさんのパートナーデジモン。人間たちが連れて来たデジモンの中で、唯一完全体のデジモン。身体の半分が機械の灰色の恐竜。体色こそ違えど、ティラノモンの正統強化体と言えるかのような、メタルティラノモンと呼ばれるデジモンだった。

 

「ウグゥウウウウ!」

「アァウウウウウ!」

「グァゥウウウウ!」

「ズゥウウウウウ!」

 

 血管が浮き出るのではないかと心配してしまうくらいの血走った目で、四匹のティラノモンが唸る。その口からはヨダレのようなドロドロとしたものが垂れており、周囲には異臭が蔓延していた。が、鼻が曲がるほどの異臭であるというのに、この場の誰もが気にした様子はない。

 四匹のティラノモンの唸りは、まるで威嚇するかのよう。だが、長い年月を生きてきたジュレイモンにとって、彼らの威嚇など、子供の駄々と同じであった。

 ジュレイモンにとって、数だけのティラノモンなど脅威ではない。ジュレイモンにとって脅威だったのは、自分と同格のメタルティラノモンのみ。

 

「……」

「……」

 

 もはやジュレイモンの耳には、ティラノモンの唸り声など入ってこなかった。ただ、メタルティラノモンの一挙一動を気にしていた。

 まるで、世界が停まってしまったかのような沈黙。この一瞬後、沈黙は破られた。

 

「ガァアアアアアアアアアアアア!」

 

 メタルティラノモンの咆哮。ピリピリとした圧迫感が、辺りの空間を震わせる。

 その咆哮と共に、四匹のティラノモンたちがジュレイモンに襲いかかった。

 四方から迫り来るティラノモン。それを感じ取ったジュレイモンは、すぐさま行動に移す。フンッという風切り音。この場に響いたその音は、ジュレイモンの身体に生えるツタが振り回された音だった。

 狙いなど関係ない。振り回されたそのツタは、まるでムチのよう。しなったそのツタは、四匹のティラノモンたちを全員吹き飛ばす。

 

「やはりティラノモンではダメか……」

「どうしますか!?」

「メタルティラノモン行けっ!お前たちは待機だ!」

「はっ!」

 

 一連の行動を傍から見ていたティラさんは、四匹のティラノモンではジュレイモンの相手にならないことを悟った。だからこそ、他の人間たちに指示を出し、ティラノモンを待機させたのだ。すべては、メタルティラノモンに戦いやすい状況を作るために。

 一方で、ジュレイモンも一瞬後に来る本番に備えていた。先ほどのティラノモンたちの攻撃が人間側の小手調べだったというのはわかっていた。本命が、メタルティラノモンだということも。

 ここからは、ジュレイモンにとって、久しぶりの同格相手の命のやり取り。気を抜けるはずもなかった。

 

「ガァグアァアアアアア!」

「来るか……!迎え撃つぞよ!」

 

 咆哮と共に駆け出すメタルティラノモン。

 ジュレイモンは自分のツタを、枝を、触手を、メタルティラノモンに向かわせる。上から、正面から、背後から、地面から。

 四方八方から来るソレ。メタルティラノモンは、それらを引きちぎり進む。時には腕力で。時にはその鋭い爪や牙で。だが、いかんせん数が多い。メタルティラノモンは思うように進めていなかった。

 

「グガゥウウウウウ」

「ぬぅう!」

 

 とはいえ、思うようにいっていないのはジュレイモンも同じこと。物量作戦でメタルティラノモンを追い詰めようとしているのに、致命的な一撃を与えられていないのだから。

 つまり、戦況は互角だった。先に崩れた方が負けである。

 ジュレイモンは、決して近づかれるわけにはいかない。物量攻撃を力づくで対応するようなメタルティラノモンだ。近づかれてしまえば、そのパワーの餌食となってしまう。逆に言えば、押し切ればいい。

 一方のメタルティラノモンは、なんとしてもこの物量を耐えなければならなかった。パワーとスタミナが失われれば、この物量に押し切られてしまう。逆に言えば、押し切ればいい。

 結局は両者とも根は同じだった。物量で押し切るか、それともパワーとスタミナで押し切るか。これは、その勝負だった。

 とはいえ――。

 

「やれっ!」

「ティラさん!行きますよ!……行けっティラノモン軍団!」

「グアァアアア!」

「グゥウウウア!」

「ギャウゥウウ!」

「ガゥウウウウ!」

 

 とはいえ、それは一対一だった場合だけなのだが。そう。この勝負は初めから一対一ではない。初めから、一対五の戦いである。

 メタルティラノモンのフォローするように、自らツタや触手の前に躍り出るティラノモンたち。普通ならば、結果は先ほどと同じ。あしらわれて終わりである。が、ティラノモンたちには作戦があった。

 

「放て!」

「ウグゥウウウウ……ハガァ!」

「アァウウウウウ……アゥウ!」

「グァゥウウウウ……グアゥ!」

「ズゥウウウウウ……ズバウ!」

 

 ティラさんの声と共に、ティラノモンが口から放つのは深紅の炎。“ファイアーブレス”と呼ばれるティラノモンの必殺技。

 単体では、確かにジュレイモンに効き目は薄いどころか、無いに等しい。そもそも、木は火に弱いなど、ゲームの中だけの話。実際、生きた木々は水分を含んでいるため、燃えにくい。

 だが、それが集まれば話は別だ。しかも、ティラノモンの、ひいては人間側の狙いはジュレイモンを燃やすことにはなかった。

 

「これは……くだらないことをしてくれるぞよ!」

 

 すぐさま、ジュレイモンは彼らの狙いに気がついた。ティラノモンの合体技によって、ジュレイモンの目の前が覆われていたのだ。

 そう。ティラノモンたちの狙い。それは視界を潰すことによる目隠しだった。

 とはいえ、ジュレイモンも黙って見ている訳がない。すぐさまツタをひと薙。ティラノモンたちの深紅の炎を蹴散らし、彼らを吹き飛ばす。

 

「なっ!?」

 

 だが、その先でジュレイモンが見たのは、こちらに左腕を向けるメタルティラノモンの姿だった。

 そう。先ほどのティラノモンの真の目的。それは、先ほどまではジュレイモンの物量作戦によって作ることができなかった僅かな時間を稼ぎ、その時間でもってメタルティラノモンに必殺技の準備をさせること。

 ジュレイモンは、その彼らの策にハマってしまった。

 あれだけのパワーを持つメタルティラノモンの必殺技だ。どれほどの威力かは想像に難くない。だからこそ、ジュレイモンは攻撃に使用していたツタや触手を自身に巻き付け、防御を固める。

 

「撃て!」

「ガァアアアアアアアアアアア!」

 

 ティラさんの声と共に、メタルティラノモンの左腕より放たれるエネルギー弾。“ヌークリアレーザー”と呼ばれるそのエネルギー弾は、ジュレイモンの執拗な防御姿勢などもろともしなかった。ただ、目の前のものをすべて貫いていく。

 一瞬後。そのエネルギー弾が通ったところだけ、何もなかった。

 

「ぐぅうううう!やって……くれたぞな……!」

 

 ジュレイモンは生きていた。が、その身体は大きく欠けている。ダメージも大きなものだった。

 そう。ジュレイモンの先ほどの執拗な防御姿勢は、エネルギー弾を防ぐことこそできなかったが、軌道を逸らすことはできたのだ。結果、致命傷ではあるが、即死は避けられたのである。

 息絶え絶えに、ジュレイモンはメタルティラノモンを睨む。

 

「トドメをさせ」

「グァウ……ガァアアアア!」

 

 そんなジュレイモンにトドメを刺すべく、メタルティラノモンは右腕を上げる。

 一瞬後、メタルティラノモンの右腕から放たれたのは、ミサイルだった。“ギガデストロイヤーⅡ”と呼ばれる、メタルティラノモンのもう一つの必殺技。核弾頭に匹敵する威力のソレは、ジュレイモンを消し飛ばして余りある威力を誇る。

 今のジュレイモンには、これを躱すすべも、防ぐすべもない。悔しい思いを抱きながらも、ジュレイモンは自分の死を悟った。

 これまでか、と。そう思い、目を閉じたジュレイモンは――。

 

「なっ!?」

「グアァアア!?」

「誰だ……!?」

「報告が違うぞ……!」

「メタルティラノモンの必殺技をあんな簡単に!?」

「……!」

 

 彼ら人間たちのザワめきを聞いた。そして、いつまで経っても来る感じがしない相手の技。

 これが数十秒も続けば、ジュレイモンもさすがにおかしいと思う。だからこそ、生きている実感に疑問を抱きながら、ジュレイモンはそっと目を開いた。

 そこにいたのは。

 

「なんでこう……ナムが関わった時には面倒事に巻き込まれることになるんだろうな?」

「っていうか、旅人の決断が遅かったせいで、ジュレイモンの身体がすごいことになってるぞ。謝っとけよ」

「う……仕方ないだろ。状況がつかめなかったんだから!」

 

 そこにいたのは、人間と白い竜騎士。

 そう。事態が掴めずに、先ほどまで傍観を決め込んでいた旅人とスレイヤードラモンの二人である。しかも、スレイヤードラモンのその手には、先ほど放たれた“ギガデストロイヤーⅡ”が抱えられている。

 人間に助けられた。その事実に、ジュレイモンは年甲斐もなく混乱してしまっていた。

 

「っていうか、いい加減にそのミサイルどっかにやれよ。そろそろ爆発しそうで怖いんだけど」

「……それもそうだな。どうやって片付ける?」

「そうだなー……適当でいいんじゃね?空の上とかで爆発させれば」

 

 動かない、いや、動けないティラさんたちやジュレイモンの前で、会話する旅人たち二人。そこには、いっそ余裕ささえも感じさせられる。

 混乱するこの場の中で、この二人だけが話していた。

 

「そうだな。んじゃ、ちょっと行ってくるわ」

「おお、いってらっしゃいー」

 

 やがて、話がまとまったのだろう。

 気楽な口調で、スレイヤードラモンはこの場から消えた。少なくとも、ジュレイモンやティラさんたちにはそうとしか見えなかった。

 そしてこの直後。この場を衝撃が襲う。それは、遥か上の方から来る凄まじいばかりの風だった。

 ともすれば、何者かの攻撃とも思えるそのいきなりの衝撃に、旅人以外のこの場の全員が混乱していた。が、その次の瞬間に――。

 

「よっと。片付けてきたぜ」

「おお、おかえり。はやかったなー」

 

 スレイヤードラモンが、この場に再び現れた。

 何が起こったのか。あの白い竜騎士が何かしたのか。そんなことを思うジュレイモンやティラさんたち。

 まあ、あながち間違いでもなかった。スレイヤードラモンは一瞬で遥か上空に移動し、そして手に抱えていた“ギガデストロイヤーⅡ”を放り投げ、爆発させたのだ。

 この場を襲った衝撃は、この時の爆風である。

 あまりに杜撰な爆弾処理。それでも、それで何とかしてしまったのが、スレイヤードラモンだった。

 

「さて。で、爆弾処理もしたところで……この場をどうする?」

「うーん……どうする?」

「おいおい、そりゃないだろ旅人。どうするどころじゃねぇよ。特に、ジュレイモンは放っておけば死ぬだろうし」

「でも、なぁ……戦うのはなぁ……勝てるだろうけどなぁ……面倒なんだよなぁ」

「……蹴散らすぐらいわけねぇぞ」

「いや、わかってるよ。前みたいに拗ねるなよリュウ」

 

 明らかに下に見られている。混乱する頭でも、その事実だけはティラさんたちにもわかったようだった。彼らの旅人たちを見る目がだんだんとキツいものに変わってきている。

 どうするか、と。本格的にそう悩む旅人。そんな旅人に話しかけるのは、少し不機嫌になっているティラさんだった。

 

「アンタ、どうしてそいつを庇った?」

「え?いや。死にそうだったし、リュウから聞いたけどお前らの言っていることが訳わからなかったからかな。それに……」

「どういうことだ?」

「いや、首を傾げられてもな。ま、明らかに面倒事そうだしなー」

 

 こうして話してみて、旅人はわかった。

 こいつらは、自分たちの言動をおかしいことだとは微塵も思っていない。それどころか、どこか狂信のような精神さえも感じられる。こういった輩に付き合うのは、いろいろと面倒そうだ、と。

 そう思ったからこそ、旅人はこの場から撤退することにした。すぐさま旅人はカードを取り出す。

 

「じゃ!」

「逃がすと思うのか……!?」

「逃げるよ。set『転移』!んじゃなー」

 

 一瞬後、“転移”のカードの力で、旅人たちは消える。

 後に残ったのは、ティラさんたちだけだった。

 そう。旅人は、ジュレイモンも一緒に連れて行ったのだ。

 




というわけで、第百一話。

ジュレイモンVS人間たちな回でした。
ちなみに、これと似たようなことが世界規模で起こってるのが今の現状ですね。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第百二話~未だ見えぬ見え始めた敵~

 その時、ウィザーモンは自分の部屋で溜息を吐いていた。

 

「はぁ。どうしてこうも面倒事ばかり続くのであろうな。いや、一連の事態が繋がっていると仮定するならば、それも仕方のないことだろうが……」

 

 大成たちの面倒をいろいろと見ている場面からは想像もできないが、これでもウィザーモンはこの街の特別名誉教授。暇人ではない。研究すべきことも、そして研究したいことも腐るほどある。だが、しばらくはそれらに取り掛かることはできないだろう。

 それほどまでに、今の事態は切迫したものだった。

 

「はぁ」

 

 再度、ウィザーモンは溜息を吐く。

 ウィザーモンには、この先の予感がしていた。こういう時に限って、面倒事は重なるのだという。そして、それに自分が駆り出されるのだという。そんな、面倒事の予感が。

 遠い目をしながら、山となった書類に目を通すウィザーモン。この数分後のことだった。

 

「ウィザーモンっ!急患だ!」

「……思ったよりも早かったか」

 

 その面倒事がやって来たのは。

 ノックも呼び鈴も鳴らさずに家に飛び込んできたのは旅人で、その表情には若干の焦りがある。

 今度はどんな面倒事を持ってきた、と。今朝に朝一で襲撃してきたドルグレモンのことを思い出しながら、そう思うウィザーモン。

 旅人に連れられるままに家の外に出たウィザーモンが見たものは。

 

「ぐぅうう……はぁっはぁっ……ぐっ……」

 

 今にも死にそうなジュレイモンの姿だった。

 そう。迷子の森で使用したカードの力で、旅人たちはジュレイモンごとこの街へとやって来た。そこまではいい。だが、ジュレイモンが瀕死であるという事実が改善したわけではない。

 多種多様な種類がある旅人のカードであるが、その中に今の状態のジュレイモンを治せるものはない。だからこそ、旅人はウィザーモンを頼ったのである。

 

「はぁ。ダルクモンの下へと直接行ってくれれば楽だったのだが……仕方ない。ジュレイモンは僕が連れて行く。後で事情を聞かせてもらうぞ」

「ああ、頼んだ!」

「やれやれ……」

 

 旅人の持ってきた面倒事に呆れながらも、ウィザーモンはブツブツと何かの言葉を呟いた。その瞬間、ウィザーモンはジュレイモンごと消えた。おそらくは、転移の魔術で移動したのだろう。

 だが、旅人たちはこの場に残ったままだった。おそらくは、ついて来ても邪魔なだけということで、この場に置いていかれたのだろう。

 まあ、それも仕方ないことだ。そこは、旅人たちもわかっている。

 

「あとは……祈るしかねぇな旅人」

「祈る……ね……結局、ナムはオレたちをジュレイモンに会わせようとしていたのか?」

「さぁな」

 

 いつまでもここにいても仕方ない。そう考えて、ジュレイモンの完治を祈ってから、旅人たちは歩き出す。歩きながらも旅人たちの頭を占めていたのは、結局なぜナムは自分たちをあの場に連れて行ったのか、ということだった。

 ナムの言っていたものを探す作業を途中でほっぽり出した形になるかもしれない。だが、二人はもう一度あの森に戻って、ナムの言っていた何かを探す気はなかった。二人とも面倒くさくなったのである。

 

「で、リュウ。今はどこに向かってるんだ?宿じゃないだろ」

「大成たちのところだ。あの人間たちについて何か知ってるかもしれないし、教えておいた方がいいかもしれないしな。……ティラさんだったか?名前」

「ああ、そうそう。ティラさんだ……もしかしてティラノモンを連れてるからティラさんか?安直な……」

「ネーミングセンスについては旅人に言われたくないと思うぜー?」

「うぐ……どうせ……オレのネーミングセンスは……」

 

 話しながら歩き続ける旅人とスレイヤードラモンの二人。しばらくの間は和やかに話していた彼らだったが、そのうちに街中のピリピリとした雰囲気に気づいた。

 いや、ピリピリと例えるのは違うかもしれない。緊張感に包まれていると言うべきか、住民の不安が漂っているしていると言うべきか。

 まるで、明日世界が滅ぶ予言が言われた時のような。不安と緊張、そしてほんの少しの楽観が混じった雰囲気。そんな言い様のない雰囲気が、街中を包んでいたのだ。

 

「これ、何かあったのか?旅人はどう思う」

「どうせ……オレは……くそっ。改名しようかな……」

「それはもういいって言ってんだろ!ったく」

「え?この雰囲気?……さぁ。何かあったんだろ。この街って本当に騒動に事欠かないよな」

 

 果たして、この街が騒動に事欠かないのか、それともトラブルホイホイと呼ばれるような存在がいるから事欠かないのか。

 一体どちらなのか、微妙に気になったスレイヤードラモンだったが、関係のないことだとしてそんな考えは頭から振り払った。

 まあ、敢えて言うのならば、どちらもと言うべきなのかもしれないが。

 

「後でウィザーモンに聞いてみるか。どうせジュレイモンの件についての説明もあるしな」

「だな。旅人、ちゃんと言えよ」

「え?オレが言うのかよ……」

「当たり前だろ」

 

 ジュレイモンの件やこの街の件。旅人はウィザーモンに聞くこと、そして言うことを頭の中でまとめながら歩く。

 そうこうしているうちに、彼の目の前には大成たちの家が見えていた。

 

「お、着いたな。いるか?」

「最近の大成はげーむとやらばっかりらしいからな。いるだろ」

「どうかなー」

 

 着いて一番、旅人は玄関ドアをノックする。が、誰も出てこない。念のため、もう一度ノックする。が、やはり誰も出てこない。

 これは留守ではないのだろうか、と。そんなことをぼんやりと思った旅人たち二人。とんだ無駄足である。

 まあ、無駄足とはいえ、いないのならば仕方がないことだ。元々約束していたわけでもないだから。

 「帰るか」と。そう呟いて、旅人が踵を返そうとしたその瞬間に――。

 

「あれ?旅人にリュウ?どうしたの?」

「優希か!」

 

 背後から聞こえた声。それはこの家の住人の一人の優希のもので、旅人は振り返った。

 レオルモンを連れている優希は、そんな旅人を不審げに見つめている。どうやら、玄関前に立ったままの旅人を怪しく思ったらしい。

 

「いや、お前らに会いに来たんだけどさ。いないみたいだったから帰ろうと」

「いない……?大成とスティングモンがいるはずなんだけど……」

 

 旅人の言葉を聞いて、優希は先ほどまでとは別の意味で不審な表情をする。優希がこの家を出た時、大成たちはこの家の中にいたはずなのだ。

 今日はウィザーモンからの依頼もないし、今の大成は出不精だ。どこかへと行ったとは考え難い。

 

「……考えても埒があかないわね。旅人たちも寄ってくでしょ?」

「まぁ、初めからそのつもりで来たんだしな」

「じゃ、いらっしゃい」

「では、どうぞ。こちらですな」

 

 優希に促され、レオルモンに先導されて、旅人たちは家の中に入る。何度か来たことのあるリビングに旅人たちは通されたのだが――そこにいたのは、バツの悪そうな顔をした大成とスティングモンの二人だった。その手にはゲームのコントローラーが握られている。

 どういうことか、と。そんな疑問を頭に浮かべる旅人とスレイヤードラモンの二人だが、一方でレオルモンと優希は呆れている。

 どうやら、優希たちにはすべてがわかったらしい。

 

「どういうこと?」

「……はぁ。旅人、ごめん。見たままよ」

「見たままって……ああ」

 

 本当に申し訳なさそうな優希に言われて、ようやく旅人も気づいた。ようするに、大成たちは居留守を使ったのである。

 まあ、一応の名誉のために言っておくと、スティングモンは応対に出ようとしていた。が、ゲームに夢中になっていた大成に止められたのだ。つまり、悪いのは大成である。

 同居人の阿呆加減が恥ずかしいのだろう。優希は、顔を赤くしていた。

 

「……ま、いいけどね」

「いいの!?」

「そりゃ、ちょっとはイラっとしたけど……夢中になったなら仕方ないだろ。少なくとも、オレやリュウにも覚えがあるしな。責めれないな」

「なんでそこで俺も挙げたんだ!」

「いや、五年前のことは忘れないぞ。オレは」

「う……」

 

 自身も趣味や生き方のようなものに夢中になる質だからこそ、大成を責めなかった旅人。一方で、居留守を使った大成と同列扱いされたスレイヤードラモンは不服そうだった。

 責められなかったから調子に乗ったのか。もう詫び入れる様子もなく、大成は立ち直った。

 

「それで旅人たちはどうして来たんだ……?」

「……まぁ、別にいいけど。リュウが大成たちに用があるって言うからなー」

「リュウが?」

 

 今までなかっただけに、大成たちには旅人が自分たちに用があるということが思いつかなかった。それだけに、旅人のその言葉は納得だった。旅人の言葉に釣られるように、大成たちはスレイヤードラモンを見る。

 どこから話そうか、と。話す雰囲気になったところで、スレイヤードラモンはそう悩んだ。

 

「さっき、俺たちはちょっと出てたんだけどな……」

「うん、それで?」

「その時に、何人かの人間に会った。ずいぶんと酷い奴らだったがな。リーダー格の子供はティラさんとか呼ばれてたな」

「うそだろっ!ティラさん!?」

「知ってんのか?」

 

 いきなりの大成の食つきに、この場の全員はそれぞれ驚いた。

 一方で、そんな大成も驚いたような顔をしている。どうやら大成にとっても、自分の知っている者の名前が出たことは驚きだったらしい。

 

「知ってる、けど知り合いじゃねぇ。俺が一方的に知っているだけだ」

「そうなのか?」

「ああ。デジタルモンスターのランキング第十位のプレイヤーだ。いわば有名人だな」

「ゲームの中で有名人って……」

「旅人はゲームをしないからわからないだろうけどな!ランキング上位者はそれこそ国民的アイドルにも匹敵するんだよ!」

 

 まあ、そんな大成の戯言はともかくとして。

 実際にティラさんと会った旅人たち二人は、先ほどのことを思い出す。確かに、彼は強かったと言えるかもしれない。周りの人々が成熟期デジモンを連れている中で、一人だけ完全体を連れていた。

 そう考えれば、なるほど確かに。彼がランキング第十位というのも伊達ではないのだろう。

 

「ふぅん?でも、見た感じは酷い奴だったけどな」

「ティラさんはそんな奴じゃねぇぞ!」

「いや、知り合いでもねぇ奴に言えることじゃねぇだろ。……なぁ?」

「なんでリュウはそこでオレに振るんだよ。……とにかく、そういう奴らが彷徨いているみたいだから、気をつけろってことをリュウは言いたいみたいだぞ」

 

 スレイヤードラモンの言いたいことを引き継いで、旅人が話す。

 ティラさんたち彼らの目的はデジモンに限定しているようだったが、そんな彼らもデジモンを連れていたようであるし、その辺りの線引きが不明瞭だ。情報が足りない。

 下手をすれば、優希や大成たちも彼らの襲撃の対象になるかもしれない。

 旅人やスレイヤードラモンならば、彼ら程度はどうとでもなる。だが、優希や大成たちともなればそうともいかない。

 だからこその忠告だった。

 

「そういえば、そんな感じの……大成はこの前に出会ったんでしょ?」

「ああ、ネツだろ」

「ネツ?」

 

 知らない名前に首を傾げた旅人に、大成は一週間前のことを言う。ネツという人間と出会ったこと。デジモンのことを経験値としか見ていないような、狂った人物であったこと。

 そんなネツのことを聞いていく旅人とスレイヤードラモンだが、二人は自分たちと出会った人間たちとネツの人物像が同じものだとは思えなかった。確かに、両者は似ているとも言えなくもないのだが、そこには言い切ることができない違和感がある。

 とはいえ、旅人たちにはその違和感がわからなかったのだが。

 

「……ふぅん?しかし、どっちにせよ……人間か」

「旅人殿?どうかしたのですかな?」

「いや、さっきナムと会ったんだけどさ……アイツが言っていたこととか……この前のこととか。いろいろと思い出してな」

 

 旅人の脳裏に思い起こされたのは、一週間前のこと。人間の世界でウィザーモンと共に侵入したビルの地下にて見た凄惨な光景。

 何体ものデジモンが機械に繋がれたり、身体を切り離されていたりした光景。生きたパーツとして使われている者もいれば、そのまま機械の一部に組み込まれている者もいた。命を命とすら思わないからこそ生まれる、そんな何らかの実験現場。

 あの光景が、人間が引き起こしたものであるのだ。

 この世に生きる一人の者として、嫌悪感を抱かずにはいられない光景だった。事実、怒り狂った旅人たちの手によってあの場所は完膚無きまでに破壊され、そこにいたデジモンたちは楽になった。

 旅人たちにとってあの場所はただ嫌悪感しかもたらさない場所だった。が、ウィザーモンには違ったらしい。彼には、あそこで行われている実験が何かわかったのだろう。あの時の珍しく愕然とした様子のウィザーモンの表情を、旅人は今でも鮮明に思い出せる。

 

「……ほんと。ナムの言った通りかもな」

 

 先ほど、ナムは言っていた。今回の件は五年前とは違う、と。他ならぬ五年前の件の中心にいた旅人だからこそ、ナムの言っていた意味がわかるような気がした。

 五年前に自分たちが解決したアレは、言うなればどうしようもない天災だった。世界という大きな存在の根本的な部分によってもたらされたものだった。

 だが、今回の件は違う。今回の件は、五年前の件のような世界などという大きなものによってもたらされるものではない。おそらく今回の件は、小さなものによってもたらされるもの。

 きっと今回の件に敵はいない。仮に敵を作るのならば、それは、と。そこまで考えて、旅人は溜息を吐く。

 

「はぁ……」

「旅人?どうかしたの?」

「別に。ただ、今回の件は五年前以上に面倒事だと思っただけだよ」

 

 旅人のその溜息は、これから先の面倒事に嫌気が差したからこそのもので。

 そして、旅人が溜息を吐いたその次の瞬間のことだった。

 

「なんだっ!?」

「何ですかっ!?」

「これって……!」

「これは……」

「面倒事か……はぁ」

「……こういうことって続くもんだな!」

 

 街中に轟音が轟くのと共に、まるで地震のような揺れがこの街を襲ったのは。

 




というわけで、第百二話。

次回からの話に繋がる回ですが……また学術院の街が襲撃されますね。
何回襲撃されるんでしょうかね。一応、学術院過去最大の危機……かもしれないです。

さて、次回は学術院の危機に立ち向かいます。

それでは次回もよろしくお願いします。



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第百三話~残酷な再会~

 轟音。振動。先ほどから絶えずこの学術院の街を襲っていたこれら。

 明らかに只事ではない。

 どうするべきか、と。家にいた大成たちは、これからのことを考える。正直、彼らにも今の事態は掴めていなかった。が、そんな時だった。

 

「アナザーからの通信……?ウィザーモンか!」

 

 大成のアナザーに、ウィザーモンからの通信が入ったのは。

 このタイミングでの通信。十中八九、今のこの事態に関することだろう。すぐさま大成はその通信に出た。

 

「どうなってるんだ!?」

――やれやれ……少しは落ち着きたまえ――

「落ち着けるか!」

――ふむ。それもそうか。こちらも時間がない。簡潔に言わせてもらう。今、この街は襲撃されている。人間と……そのパートナーデジモンにな――

「人間に!?」

 

 ウィザーモンから教えられたことに、大成は驚いてしまった。

 一応、大成もそういう人種がいることは旅人たちから聞いていたし、そもそも自身も零やネツといった人物と会ったことがある。だから、デジモンを襲う人間がいることは予想していた。が、こうも大胆に、そしてすぐ襲撃してくるとは予想外だった。だからこそ、大成は驚いたのである。

 

――こちらでも対応しているが……何分人手不足だ。別に戦えとまでは言わない。が、救助活動くらいにはしてくれ――

「わかった。優希と旅人にも伝えておくぞ?」

――旅人もそこにいるのか?頼む。君たちの顔はこの街の者たちに知られている。敵とは間違われないから安心したまえ。では、切るぞ――

 

 伝えるべきことだけを簡潔に伝えて、さっさと通信を切ってしまったウィザーモン。それほどまでに、事態は切迫しているということなのだろう。

 絵に書いたような、街単位での緊急事態。そんな始めての事態に、自然と大成も浮き足立ってしまっていた。

 とはいえ、仕事はしなければならない。すぐさま、大成はウィザーモンから聞いたことを優希と旅人にも伝えた。

 

「なるほど。やっぱりか。ずいぶんと早いことで……これ、オレたちが連れて来たとかじゃないよな?」

「違うと思うが……ま、わかんねぇな。どうする旅人。今度は逃げるなんて言うなよ?」

「わかってるさ。ドルは……何とかするか。じゃ、オレたちはとりあえず救助を最優先で、襲撃犯は見つけ次第捕縛だ」

「了解。じゃ、大成たちも無理はするなよ!」

 

 大成から言われた内容を把握し、旅人とスレイヤードラモンはすぐさまこの家から出ていく。おそらくは救助活動をしに行ったのだろう。迅速な行動だった。

 彼ら、それもスレイヤードラモンがいるだけで、大成はかなりの安心感を感じてしまっていた。まだ事態は解決してもいないのに。

 だが、事態が解決していないのだから、このまま安心するわけにもいかない。

 ホッと一息つきそうになってさえいた自分に気づいて、大成は急いで気合を入れ直した。

 

「セバス!私たちも行くよ!」

「了解ですな!大成殿もスティングモン殿もお気を付けくだされ!」

「わかってる!イモ!」

「はい!行きましょう!」

 

 旅人たちに引き続いて大成たちも家を出て、すぐさま大成たちと優希たちは別れた。さすがに、固まって行動するのは効率が悪い。

 反対方向に走っていく優希を見送って、大成たちは走り出した。

 火災や倒壊によるものだろうか。街はところどころから黒い煙や茶色い煙が上がっていた。それだけではない。大成たちが走っている間にも、そうした煙の類はどんどん酷くなっていく。

 それはつまり、被害が酷くなっているということで。体力がないなりに、大成の足も自然と早くなっていく。

 数分後、大成たちがたどり着いたのは、ひときわ倒壊現象が激しいところだった。

 

「誰かいないのか!」

「生きていたら返事をしてください!」

 

 走っているうちにたどり着いたこの場所だったが、犯人はいない。もう別の場所に移ったのか、それとも捕まったのか。はたまた、まだここにいるのか。

 そのどれなのかは大成にわかるはずもなかった。だが、大成たちにはそのどれでもよかった。大成たちの頭の中にあるのは、ただ生存者の救助。それだけだったから。

 

「おーい!誰かいないのかー!」

「誰かー!いませんかー!」

 

 声を張り上げる。だが、応える声はない。それの示すところはつまり、そういうことで。

 生存者はいない。一瞬、大成たちはそんな絶望的な考えを思い浮かべそうになる。その次の瞬間だった。大成たちの目に、それが飛び込んできたのは。

 

「いました!」

「おい、大丈夫か!?」

 

 瓦礫に埋もれるように、倒れたまま動かない小さなデジモンだった。気絶しているのだろう。死んでしまったのならば、光となって消えるはずであるから、まだ生きているはずである。

 

「う……」

 

 急いで寄って、スティングモンは瓦礫をどかす。大成がそっと持ち上げると、その小さなデジモンは僅かにうめいた。

 自分でも誰かを助けることができた。その事実に、大成は僅かに嬉しくなった。が、ハッとして気を取り直す。ここには、まだこの小さなデジモンと同じような者たちが大勢いるかもしれないのだから。

 傷だらけの小さなデジモンを前にして、大成は急いでアナザーを取り出した。

 アナザーには、収納したデジモンの回復能力がある。いちいち負傷者を安全な場所に運ぶよりは、中に入れて回復させつつ、他の負傷者を探す方がよっぽど効率的だ。

 フッと。そんな擬音をつけられそうな感じで、小さなデジモンはアナザーの中へと入った。

 「これでよし」と。小さく頷いて、大成はスティングモンと共に次の負傷者を探そうとした――そんな瞬間のことだった。

 

「大成くんかい?」

「っ!?」

 

 背後から聞こえたのは、いつか聞いたことのある声。一度だけ会ったことのある人の声。だが、致命的にどこかが違う声。

 ハッとして、大成は振り返った。そこにいたのは。

 

「……好季!」

「やぁ。久しぶりだね」

 

 そこにいたのは、好季だった。好季のような、誰かだった。

 いや、誤解がないように言うとそこにいたのは紛うことなく、好季である。以前、優希に求婚した彼だ。

 それでも、大成には目の前の人物が以前と同じとは思えなかった。どこかが違ったのだ。知り合いということもあって、警戒するつもりはない。するつもりはないのに、なぜか警戒してしまう。

 そうしてしまうほどに、好季は以前とどこか違った。

 

「……誰だ?」

「酷いな。好季だよ。以前も会ったことあるだろう?それとも、忘れたかい?」

「……そうだな。悪い」

「ははっ。まあ、いいよ。積もる話もあるだろう?これから話さないかい?」

「でも、今は見ての通り緊急事態だ。積もる話もあるだろうけど、今は救助するのが先だな」

 

 好季に致命的なまでの違和感を感じても、大成は他の負傷者を探して走り出した。今は緊急事態なのだから、好季に気を取られている訳にはいかない、と。そう考えてのことだった。

 だが、そう考えた大成は、考えが甘かったと言うべきだろう。なぜ好季はこの状況で世間話をしようとしたのか。もっと言えば、なぜ好季は救助するわけでもなくここにいたのか。そこに思い至らなかったのだから。

 

「大成さん!」

 

 大成が気づいたのは、スティングモンの悲鳴を聞いた時だった。

 運が良かったとしか言いようがない。スティングモンがそれに気づけたことも。スティングモンの声を聞いてハッとした大成が身体を捻ることができたのも。

 ブンッと。そんな風切り音が、大成の耳に届いた。次いで、大成が感じたのは、鋭い痛み。気づけば、大成の左腕には浅い傷が出来ていた。

 

「あれ、運が良いね。本当なら、首が落ちるはずだったんだけど」

「好季……!」

「これ?そっ。僕の()()

「ニァァァァ……」

 

 そう言った好季の傍に立ったのは、彼のパートナーデジモンのミケモンだった。

 かつて大成も見たことのあるデジモンである。だが、その身に纏っている雰囲気は、かつての時とは大きく違っていた。口は半開きでヨダレが垂れていて、目の焦点は定まっていない。明らかに正気ではない様子。というか、一転してホラーゲームに登場しそうな様子だった。

 どうやら、好季だけでなく、ミケモンにも何かがあったらしい。そのことを、大成は思い知らされた。

 大成たちの出方を見ているのか、ミケモンは唸るだけで動かない。好季は、そんなミケモンを愉快そうに見ていた。

 

「どうします……?」

 

 スティングモンが大成に尋ねる。

 大成の答えは決まっていた。好季とは長い付き合いでも、深い付き合いでもない。それでも、知り合いではある。

 

「やるぞ。イモ!」

「はい!」

 

 人間、それも知り合いとの戦いに躊躇いを覚えない訳ではない。それでも、大成は戦うことを決めた。

 大成は相手が人間ではないからこそ戦うのではない。大成にとって大切なことは、種族云々ではないのだ。大成にとって大切なこと。そこにこそ、大成の戦う理由があった。

 今回の件で言えば、大成は今の好季が嫌だった。たったそれだけ。実に感情的な理由だったが、それだけで大成には戦う理由になる。

 そして、スティングモンはそんな大成を尊重した。

 

「どうします……?」

 

 先ほどと同じことをスティングモンが尋ねる。だが、言葉は同じでも、そこに込められた意味は違った。先ほどのそれは戦うかどうかの確認だったが、彼が今回尋ねたのは作戦の内容である。

 尋ねられた大成は、一瞬だけ考え、すぐに作戦を決定する。即座に、大成はアナザーとデジメモリを取り出した。

 

「決まってるだろ。全力だ!完全体で完封勝利!ミケモン()()()()!」

「……!任されました!大成さんも気をつけてくださいね!」

「わかってら!セット『エクスブイモン・ジョグレス』!」

「ジョグレス進化――!」

 

 腕に走る痛みを堪えて、大成はデジメモリをアナザーにセット。直後、スティングモンはディノビーモンへと進化した。

 

「へぇ……?」

「ニァァァァァ!」

 

 目の前でいきなり完全体へと進化するという現象に面白そうな表情をする好季とミケモン。

 一方のディノビーモンは即座に突っ込んで、ミケモンを確保。当然、暴れられてダメージを負う。が、それは必要経費だった。ディノビーモンはダメージを受けながらも、そのまま暴れるミケモンを連れてどこかへと飛んでいく。

 これで、大成は好季と二人きりになった。

 

「へぇ。分断作戦かい?」

「こっちとしては助かるけど……うまく行き過ぎて怖いな。追わなくていいのか?」

「道具を追う必要があるかい?向こうからやって来るのが筋というものだろう?」

 

 ミケモンをディノビーモンに任せ、その間に大成が好季を何とかする。それが、今回大成が立てた作戦。今回の一件は、ただ倒すだけでは勝利とは言えない。だからこそ、大成も戦う覚悟を決めた上で、この作戦を立てた。

 客観的に見れば、非常に感情任せの穴だらけ作戦。とはいえ、それにしては今のところは上手くいっている。上手くいっているのだが――大成は、ここからどうするべきかを悩んでいた。

 

「……本当に、正気を失ってるんだよな?素だったらどうしようもねぇぞ」

 

 殴り合う。論外である。大成はインドア派で喧嘩もロクにしたことがない。しかも、好季は大人だ。子供の大成とは体格が違う。さらに言えば、そもそもノックアウトすれば好季が元に戻るという保証はない。

 では、言葉による説得。説得できるほど、大成は言葉が達者な訳ではなかった。そもそも、正気を失っていると仮定される相手に言葉が通用するかという問題もある。

 優希を呼んで、愛の力による説得。やはり論外である。

 いろいろと考えて、それでも良い方法が思い浮かばなかった大成。タイムアップのようだった。

 

「詰んだな」

「やれやれ……来ないのかい?それじゃ、こっちから行く、よっ!」

「げっ!?」

 

 考えたままの大成に焦れたのか、好季は大成に突っ込んでくる。まず間違いなく、大成にとって最悪の殴り合いのパターンだろう。

 好季の右の拳が唸る。何とか躱すことができた大成だったが、それは幸運によってもたらされたものだった。幸運は、二度は続かない。

 

「そらそらっ!」

「がっ……ぐっ……!」

「どうしたんだい?もっと強がってみさてくれよ!」

「がはっ……」

 

 いつの間にか、連続で殴る好季と連続で殴られる大成という図が出来上がっていた。大成には殴られた経験などない。この世界に来てからだって、極論を言えばほとんど見ていただけだ。デジモン同士の戦いの痛みに比べれば屁でもない痛みだろうが、それでも大成にとっては相当な痛みだった。

 苦痛が口から漏れ、その度に大成の視界は白くなる。いや、視界だけではないか。連続的に来る痛みで、痛みに慣れていない大成は、もはやまともに思考することすら困難になっていた。

 

「ぐっ……あ……」

「なんだい。もう終わりかい?つまらないね……」

 

 数分後。

 心底つまらなそうに、そう呟いた好季。その足元には、蹲って苦しそうな大成が転がっていた。

 

「弱いくせに、なんで分断作戦なんかしたんだか……」

「……ぅ、る……せ……ぇ……」

「……へぇ。まだ喋れるんだ。じゃ、もう少し殴ろうかな」

 

 にやり、と。残虐な笑みを浮かべながら、腕を鳴らし、足を振り上げる好季。

 蹴られる。今の大成にそれがわかるほどの思考はできなかった。いや、例えそれがわかっても、今の大成には躱すことなどできないか。

 どちらにせよ、思考もまともにできない状況で、大成の口から出たのは――。

 

「ギャ……る……ゲー……」

 

 ずいぶんとくだらないことだった。

 いや、もちろん意識して言った訳でない。大成は、好季のことを思い返した時に必ずと言っていいほど自然と思い起こされるイメージがあって、それが口から漏れただけなのだ。

 

「……?なんだい……それは?」

「……」

「答えろ……答えてくれ!」

 

 だが、好季の方には何にがあったようである。足を下ろし、大成に詰め寄った彼のその表情には焦りだけがあった。そこには、大成の呟いた言葉の意味を、何が何でも知ろうという意思があった。

 

「……ぁぅ……?……だ……ろ……」

「いいから答えろ!殴るぞ!」

 

 一方で、痛みでろくな思考もできないからこそ、大成はゆっくりとでしか好季の言葉を咀嚼することができない。

 そんな大成の姿が、好季はなおのこと気に障って、余計に焦燥感に駆られた。

 

「答えろよ!」

「がふっ……」

 

 そんな焦燥感ゆえか、好季はつい手まで出してしまった。

 追加でダメージを負った大成は、もはやされるがままで意識さえ薄れていて。それでも、これが大事なチャンスであるとはわかったらしい。

 薄れ行く意識の中、自分が何をしているのか、したいのかもわからず、大成は呂律の回らない口でただ必死に何かを話そうとした。

 

「……ぉ……まぇ……が……好……ろぉ……か……」

 

 だが、そこで限界が来てしまったらしい。すべては痛みに誘われるままだった。

 ばたり、と。そんな音を立てて大成は倒れる。

 

「あ……あぁ……ぁあああああああああ!」

 

 そして、直後に響き渡る絶叫。

 だが、まるで地獄の苦しみを味わっているかのようなそんな叫び声を上げたのは――なぜか、先ほどまで大成を殴っていた好季の方だった。

 ここに第三者がいれば、十人が十人、狂ったように叫ぶ彼を心配するだろう。それほど、今の彼は苦しそうだった。

 そして、数分間。声が枯れ果て、喉が潰れるほどに叫んだ好季は――。

 

「……やれ……やれ……僕は……ギャルゲーが……好きなのに……これじゃ、王道なRPG……か、アクション……じゃないか……ああ、でも……青春系……ぎゃる……げー……にも……こういうの……あるか……」

 

 泣きながら、ぶっ倒れた。

 その顔は、まるで罪という名の苦痛に苛まれるかのようだった。

 




というわけで、第百三話。

青春(ゲーム)な話でした。
まあ、片方はそんな歳はとうに過ぎてますけど……。
もうちょっと丁寧に書けばよかったと思ったり。

ともあれ、さて次回。
大成たちに変わって、優希たちのお話。
彼女たちが出会ったのは……?

それでは次回もよろしくお願いします。



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第百四話~手を伸ばした先は誰~


祝一周年突破!これも応援してくださる皆さんのおかげです!
これからもよろしくお願いします!


 時は少し遡る。

 大成たちと別れた優希とレオルモンがたどり着いたのは、瓦礫の山となり果てた街の中だった。文字だけ見ると大成たちと同じようにも見える。が、あちらよりもずっと瓦礫の量は多い。

 その辺一帯は街というものの原型を留めていなかった。

 

「酷い……」

「お嬢様!ボーッとしている場合ではありませんぞ!」

「うん、わかってる。生きてる人を探そう」

 

 気を抜けば、崩れてくる瓦礫。まだいるかもしれない犯人。それらに気をつけながら、優希たちは生存者を探す。が、見当たらない。

 考えられる可能性の中で、最も可能性が高いのは、見える範囲にいないということだろう。つまり、優希たちの周りにある見上げ、見渡すほどのこの瓦礫の山。そこにいるということだ。

 

「っ。生きてるなら返事して!」

「誰かいませんかなー!」

 

 とはいえ、この膨大な瓦礫の山をひっくり返すことなどできるはずもないし、瓦礫の山の中のどこに埋まっているのかがわからない以上、下手に触るわけにもいかない。

 手詰まりだった。

 向こうからのコンタクトを願いながら、優希たちは声を上げる。もちろん、その際に辺りを見渡し、倒れている者がいないかのチェックも忘れない。

 

「いませんな……!避難が間に合ったと、考えるべきですかな……」

「そう思いたい、けど……」

 

 「思えないよ」と。目の前の惨状を前にして俯きながら弱々しく呟いた優希は、すぐさま両手で自分の頬を叩いた。

 苦しいのは、救助を待っている者なのだから、救助する立場の自分が弱音を吐くわけには行かない、と。そう考えて、優希は気合を入れ直し、そして同時に戒めたのである。一瞬でも絶望的な気分になりそうだった自分の頬を叩くことで。

 優希はそのまま顔を上げて走り出して――レオルモンは、そんな彼女を追った。

 

「お嬢様!?何か案があるのですかな!?」

「はっ……はっ……ない!けど、とりあえず足で稼ぐ!見つかるまで声も上げる!」

 

 瓦礫の山という足場の悪い中を走りながら、優希は辺りを見渡し、そして声を上げる。そこには、誰でもいいから生き残っていて欲しいという、祈りにも似た願いだけがあった。

 かれこれ一時間は探しただろうか。未だ、優希たちは一人も見つけられていない。そのせいだろう。優希たちは、自分たちの中にある焦りが強くなっているのを感じていた。

 

「……進化して、この辺り一帯の瓦礫を吹き飛ばす……しかないのかな」

「ですが、危険な賭けですぞ。だからこそ、ここまで声と足で探していたのではないですか!」

「そう、なんだけど……」

 

 こうも見つけられないとなると、その危険な賭けに賭けたくもなる。優希はそう言いたかった。危険か賭けに縋ってでも、優希は今自分の頭の中に浮かんだ考えをどうにかして否定したかった。

 ここまで同じ場所を探して、それでも見つからない理由。先ほどまで思い至らなかったもう一つの可能性に優希は気づいてしまったのである。

 

「……仕方ないですな」

「セバス?やってくれるの?」

「……むぅ……ゆっくりでいいのなら」

 

 レオルモンも、優希と同じ可能性に気づき、そして焦っていた。だからこそ、レオルモンも優希のその案を受け入れることにした。のだが、レオルモンも、自信はなかった。

 進化して瓦礫をどうにかする。それが優希の案であるわけだが、そこには当然手術をするかのような繊細さが求められる。雑かつ豪快にやればやるほど、瓦礫の下にいるだろう者を傷つけてしまう可能性が生まれてしまうのだから。ただの瓦礫排除作業ではないのだ。

 レオルモンは何度も進化し、その体で動いてきた。だが、その目的のどれもが相手を倒すことであったりと、繊細さとはほど遠い内容。

 繊細な作業はこれが初めてである。しかも、他人の命に関わる作業だ。だからこそ、自信を持ってできるなどとは言えなかった。

 

「ゆっくりでもいいけど、でも……なるべく急がないとダメだよ」

「……矛盾してますぞ。ですが、そうですな」

「が、頑張って」

「わかっておりますな……」

 

 とはいえ、自信が無かろうと、瓦礫の下に埋まっているだろう命のことを考えれば、迅速にやらなければならない。

 ゆっくりと繊細に、それでいて迅速に。それが要求であり、大前提。

 レオルモンは人生最大の難問を突きつけられていた。

 

「行くよ……?」

「……ふぅ。よっし。うむ。準備はいいですぞ!」

 

 優希の持つ力が鼓動する。その瞬間、優希の()()()光って――だが、その瞬間のことだった。

 

「っ!?お嬢様!」

「きゃっ……!」

 

 いきなりのレオルモンの声。

 それと同時に、優希はレオルモンに引っ張られ、瓦礫の影へと連れ込まれる。そんな、いきなりのレオルモンの行動に驚いたからだろうか。優希の光は消えてしまい、レオルモンの進化は不発に終わった。

 何が起きたのか、なぜ止めたのか。疑問と若干の抗議の視線を、優希はレオルモンに送る。

 

「どうしたの……?」

「静かにした方がいいかもしれませぬぞ……!」

 

 そんな優希の視線も気にとめず、レオルモンは瓦礫の影から様子を伺っていた。その表情は真面目そのもので、重大な何かがあったのだと優希に悟らせるには十分だった。

 

「足音が聞こえましたでな……」

「……!」

 

 そのレオルモンの言葉の意味は、優希もすぐにわかった。

 足音。それはつまり、誰かが来ているということ。この状況下で、来る誰かなどそう多くはない。可能性としては三つ。一つは生存者で、二つ目は優希たちと同じように救助している者。この二つならばいいが、問題は三つ目だ。三つ目、つまり、この状況の犯人ないしその仲間であるということ。

 ごくり、と。喉を鳴らして、ジッと身を潜める優希。三つの可能性の内のどれであるかわからない以上、静かにしていなければならないと理解していながらも、優希はどうしても言いたいことが一つあった。

 

「ねぇ……セバス……」

「お嬢様……静かに……!」

「いや、だから……」

 

 優希が何かを言おうとするたびに、レオルモンは優希をたしなめる。そんなことが数回も続けば、優希もヤケになっていた。どうにでもなれ、と。

 ジャリジャリ、と。瓦礫の山を歩く音が、そろろそ優希にも聞こえてきた。だが、その足音の主は角度的な問題で、まだレオルモンにも見えないらしい。

 パチッパチッ、と。小さいながらも、その足音よりもずっと大きな音が辺りに響く。まるで、電気が爆ぜるようなその音が。

 

「……むっ!?足音の主がまっすぐ近づいてきますな……!なぜこのセバスたちの居場所がバレて……」

「真面目に言ってる?」

「お嬢様はその理由がわかるのですかな?」

 

 まるでわからないとばかりに、首を傾げるレオルモン。そんなレオルモンは、自分にはわからない理由がわかっていることで、優希に尊敬の視線を送っている。

 だが、一方の優希としては、溜息を吐きたい気分だった。レオルモンが気づいていないのは、おそらくそれが無意識的なことで仕方ないことだろう。それは優希もわかっている。が、今の優希からしたら、レオルモンはボケているようにしか思えなかった。

 

「わかるもなにもね……」

「……?っ!お嬢様っ!」

 

 優希が正解を口に出そうとしたその瞬間。レオルモンが優希を押し倒した。

 押し倒された優希を襲う一瞬の痛み。その痛みにうめいたその直後だった。優希の耳に届いた轟音。その瞬間に優希の目に飛び込んできたのは、上空から降ってくる瓦礫の数々。

 咄嗟に、優希は腕を使って頭を庇う。

 そんな優希を守るように、レオルモンが上から降ってくる瓦礫を迎撃。

 瓦礫は数秒間も降り続けていて、その間ずっと優希は生きた心地がしなかった。

 

「っく。やはりバレていたのですかな……一体何故……!」

「何故も何もないでしょ。やっぱり気づいてなかったのね。あれだけわかりやすく居場所を教えてたら、誰だって気づくわよ」

 

 瓦礫の雨も止んだ。

 ようやく立ち上がれるようになった優希は、相変わらずの天然ボケをかますレオルモンに呆れながら立ち上がった。

 ちなみに言っておくと、優希たちが気づかれたのはレオルモンのせいである。警戒時のレオルモンには、静電気によって頭の毛から威嚇の音が鳴るという仕組みがあって――つまりはそういうことである。

 

「それにしても、いきなりとはね……襲撃犯と間違われたってことはないわよね?」

「ないでしょうな」

 

 先ほどの瓦礫の雨のせいで、土煙が酷い。

 土煙の中に先ほど優希たちを攻撃してきた者と思わしき人影は見えるが、それだけだ。鮮明な姿は見えず、優希たちは下手に動けなかった。

 いつ戦闘が始まってもいいように、優希たちは警戒しながら土煙が晴れるのを待つ。

 数十秒。土煙が晴れるまで、実際はそれだけだった。だが、いつ戦いが始まるかもわからない中で、優希たちは何分も経過したように感じて。

 

「え……うそ、でしょ……?」

「なんと……!?」

 

 土煙が晴れた時。その土煙の向こう側にいたのは、優希たちも驚く相手だった。

 優希は知っている。彼女のことを。正直に言えば、優希は彼女のことを妹分のようにも思っていた。

 レオルモンは知っている。彼のことを。正直に言えば、レオルモンは彼のことを気に入らなかった。

 そう。そこにいたのは――。

 

「久しぶりですね。優希さん」

「ァァァァアア」

「片成……ちゃん……!?なんで……!?」

 

 そこにいたのは、以前までの様子が嘘のような冷淡な表情をした片成と、狂気に満ちた雄叫びを放つエンジェモンの二人だった。

 

「なんでも何もないです。ただ、邪魔だっただけですよ」

「……っ」

 

 淡々と告げる片成。そんな片成を前にして、優希は呆然としてしまっていた。

 先ほどの瓦礫の雨は、間違いなくエンジェモンが行ったものだろう。この状況で、エンジェモン以外が犯人であるなどということはありえない。これは、優希たちに対した片成たちによる明確な攻撃行為だった。

 片成が自分の命を狙ってきた。その事実がわかったからこそ、優希は呆然としてしまっていたのである。

 

「お嬢様……」

 

 明らかにショックを受けている優希を、レオルモンは労わる。だが、優希の方を見ながらも、レオルモンの心は片成たちの方を向いていた。彼は、片成たちに聞きたいことがあったのだ。

 そのまま優希の方を向いたままで、レオルモンは片成たちに問いかける。

 

「先ほどの攻撃は故意ですかな。エンジェモン殿」

「ゥァァァァァ」

「無駄です。この道具は“もう”喋らない」

「……なるほど。エンジェモン殿の意思ではない、と。それでは、先ほどの攻撃は片成殿の意思ですかな?」

「さぁ。どうでしょうかね」

 

 レオルモンと会話する片成は、妖美な笑みを浮かべて話す。そこには、優希たちの知る片成の姿はなかった。ただ、機械的なまでの冷たさがあった。

 片成のことをよく知る優希としては、そんな片成の顔を見るのが辛く、そして悲しかった。()()()片成を知っているからこそ。

 

「なるほど。では、少々キツい灸が必要なようですな……!お嬢様!」

「……」

「……ショックなのは察しまする。それでも、片成殿を助けようと思うのならば……」

「わかってる。でも……助け、られる?」

 

 弱々しい声で呟く優希の脳裏には、最悪の可能性だけがあった。

 それを知ることになるかもしれないという恐怖と、そもそもどうしたらいいかもわからないという恐怖。その二つの未知への恐怖が、今の優希の足を止めていたのだ。

 そんな優希の姿を見て、レオルモンが思い出したのはいつかの記憶。究極に襲われ、命からがら助かったあの時の記憶。

 あの時は、大成によって優希は立ち直った。本来ならば、それは自分の仕事であったはずなのに。レオルモンはそう思った。そう思ったからこそ、彼は決めた。今度こそ、と。

 

「助けられるかどうか……それはわかりませ……いや、わからない」

「……」

「それでも、今動かなければきっと悲しむと思う。優希だけじゃない。片成も……エンジェモンも、大成も。みんな」

「……片成は今の自分を見て……どう思うと思う?」

「それもわからない。片成じゃないから。……キツいかもしれないけど、動いてくれ。いや、動かなきゃいけない」

「……わかってるよ」

 

 そう言った割に、優希は動かなかった。いや、動けなかったというべきか。

 知り合いが変な様子になっていること、そしてその知り合いと戦わなければならないこと。その二つの事実は、優希にとって重かった。覚悟は決めたはずであるのに、彼女の意思に反して、彼女の身体は動くことを拒否していたのだ。

 そんな優希を見て、レオルモンはゆっくりと目を閉じた。何かを待っているかのように未だ片成たちが襲ってこない事実が、彼にはありがたかった。

 

「優希が動けないなら……」

 

 そこでレオルモンは言葉を切る。ハッとして優希が彼を見ると、そこには覚悟を決めたようなレオルモンの姿だけあった。

 

「オレが代わりに動く。オレが全部上手くやる……オレは、優希の悲しむところは見たくない」

「待っ……!」

「うぉおおおおおおお!」

 

 優希が声をかけるも、遅い。優希が声をかけたその瞬間に、レオルモンはエンジェモンめがけて駆け出した。

 先ほどからなぜか動かなかったエンジェモンも、レオルモンが襲ってくるというのなら話は別らしい。迎撃のため、エンジェモンは構えた。

 レオルモンにとってエンジェモンは格上。だからこそ、正攻法に搦手を混ぜて戦う。時にはフェイント、と見せかけて正面から行く。時には瓦礫を目隠しとして使い、時には瓦礫を投擲攻撃に利用する。

 そんな戦い方でエンジェモンとレオルモンは戦っていた。

 

「エンジェモン!お前は今の片成をなんとも思わないのか!片成第一だったお前が、片成のことをなんとも!」

「ゥゥ……ァァア!」

「お前なら、片成を元に戻せるだろ!」

 

 声が届いているのか、いないのか。わかりようもない。だが、それでもレオルモンは戦いながら、ただ声を上げる。格上相手にそれは無謀の一言だ。ただでさえ勝つ確率が低いのに、余所見をしているのだから。

 それでも、レオルモンは声を上げる。すべては優希を悲しませたくないがために。優希の望むものを取り返すために。

 今の片成とエンジェモンが真実ではないと願い、かつての彼女たちが真実であると信じ、レオルモンは声を上げる。

 

「いいからァああああ!起きろォオオおお!」

 

 もはや口調を取り繕う余裕もなく、レオルモンは声を上げる。上げ続ける。その甲斐あったというのだろうか。

 

「ゥゥァ……ぁぅじ……」

「……っ!」

 

 レオルモンには一瞬だけ、エンジェモンが言葉を発したように聞こえた。これならばいける、と。彼はそう思った。今の彼には、一筋の希望の光が見えていた。

 だが、その希望の光は――。

 

「哀れだな」

「え……?」

 

 幻に過ぎなかった。いや、幻ではなかったかもしれない。が、真実は闇の中。先行きも、闇の中。希望の火種は激しく燃えるよりも前に、消えてしまった。

 レオルモンは、先ほどまでの片成たちをまるで何かを待っているかのようだと思っていて、そしてそれは正しかったのだ。

 

「進化の巫女はもらっていく。ああ、その餌はもう要らないからな。くれてやる」

 

 直後、レオルモンを襲ったのは一瞬の衝撃。

 薄れ行く視界の中、レオルモンは手を伸ばした。伸ばした先に誰を望んだのかもわからずに。

 




というわけで、第百四話。

片成の再登場回にして、優希誘拐(された)回でした。
次回はこの後のあれこれです。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第百五話~何度目の再起~

「う……」

 

 その日、レオルモンは見知らぬ部屋のベッドの上で目を覚ました。一体ここはどこなのか、と。そう疑問に思ったのも束の間のこと。

 一瞬後に、レオルモンはすべてを思い出した。

 様子のおかしい片成たちと戦闘になったこと。その途中で、何者かに襲われたこと。優希が連れて行かれたこと。そのすべてを。

 

「ぁぁぁあああああ!?」

 

 すべてを思い出したレオルモンは、まるで狂ったかのような声を上げる。いや、狂いたいのかもしれない。悲しむところは見たくないと言っておきながら、その実、優希の言葉を無視して突っ走っり、その挙句に最も大切な者をさらわれてしまったのだから。

 これでは杏にも顔向けできない、と。レオルモンはこの世界にはいない者の顔を思い浮かべる。

 そして、そんな時だった。

 

「……っく……ぅ……ぁぁ!」

「やれやれ。やっと起きたと思ったら……その調子かね?」

「……?」

 

 この部屋に響き渡る第三者の声。

 その声を聞いて、レオルモンは初めて気づく。この部屋にいたのは、自分だけではなかったことに。レオルモンの見舞いにでも来ていたのだろうか、この部屋にはウィザーモンがいたのだ。

 彼は、つい先ほどまでこの部屋で仮眠していた。が、先ほどのレオルモンの声によって起こされたのである。

 

「ウィザーモンか……」

「ふむ。それが素かね?……だいぶ弱っているらしいな。まあ、仕方がないかもしれないがね」

「……」

「ああ、ついでに言えばこの部屋はこの街にある医療施設の中の一室だ。君の怪我も酷かったからな。まあ、それを抜きにしても寝過ぎだろうがね」

「そう、か……?どれくらい……?」

「ふむ。ざっと三日というべきか?君が気絶した詳しい時間を知らないからな。一概にどうとは言えないが……ああ、君を拾ったのは旅人だ。後で礼でも言っておくといい」

 

 ウィザーモンの言葉に、弱々しく応えるレオルモン。そんな彼を見れば、本当に聞いているのかは怪しいものだ。それでも、ウィザーモンは事務的報告として話していく。あの時あったことを。あれからあったことを。

 レオルモンにとってはそれを聞くことが辛いことだろうとは、ウィザーモンも何となく予想していた。が、そう予想しながらも、気遣うということが意識になかったウィザーモン。彼は、ただ事務的に話を進めていく。

 ウィザーモンのその態度は冷たいものだ。だが、今はそんな冷たい態度がレオルモンにはありがたく思えていた。

 

「この街を襲った者たちのことだがね。全員捕縛。調査の結果、デジモン人間全員の精神に何らかの異常が見受けられた。まぁ、予想はつくがね。洗脳……多方その辺りだろう」

「じゃあ……やはり……片成たちも……」

「片成?……ああ、君と戦った者たちか。彼女たちも旅人が拾ってきた。君と同じ場所に倒れていたらしいぞ」

 

 ウィザーモンは答えてくれたが、レオルモンが聞きたいのはそこではない。

 レオルモンは洗脳のことはよく知らない。だが、それが簡単にできるものだとはどうしても思えなかった。洗脳した側された側どちらにとっても、何らかのリスクがあるのではないかと思えたのだ。

 だからこそ、レオルモンは聞きたかった。片成たちが本当に大丈夫であるか。

 

「……ふむ。話が早いな。洗脳自体は僕やこの街にいる者たちによって解いた。が、精神的なダメージが酷くてね。目覚めるだろうが、いつ目覚めるかはわからない。下手をすれば数年は寝たままということもありうるだろうな」

「それ、は……」

「この街を襲った者たちに施された洗脳は、その辺りの手加減をされていなかった。おそらく、本当に使い捨ての駒として利用されていたのだろうな」

 

 ウィザーモンのその言葉に、レオルモンは思い出す。気を失う前の最後に聞こえた声の言っていたことを。餌、と。そう言っていた。それはつまり、そういうことだったのだろう。

 洗脳などする輩だ。倫理や道理を求める方が間違っているかもしれないが、胸糞悪くなることをしてくれるものである。それも含め、優希がさらわれたこともあって、レオルモンの機嫌は悪くなる一方だった。

 

「まあ、君の気にかけている片成とやらはまだいい。問題は大成と戦った……好季……だったか?まあ、そちらの方だ」

「好季が……!?」

「彼は自力で洗脳を解きかかっていてね。そのせいで頭の……脳だったかな。そこに酷いダメージがあった。もう少し処置が遅れれば取り返しがつかないことになっていただろう。洗脳に逆らうことはそれだけ危険がある。覚えておきたまえ」

「……」

 

 またも知り合いが操られて、この街にいた。その事実に、レオルモンは薄ら寒いものを覚えていた。偶然、ではないだろう。彼らを操っていた者は、おそらく本当に狙って彼らを操ったのだ。優希をさらうために。

 つまり、優希とレオルモンの二人は、その何者かの策にまんまと嵌ってしまったということになる。

 証拠も何もないが、レオルモンはそう感じていた。

 

「ふむ。襲撃者の現状はこれくらいだな。おそらく襲撃者たちの狙いは……」

「優希……だろ……」

「ふむ?君もわかっていたか。ま、わかるだろうな。この街を派手に襲ったのは陽動か、それかついでだろう。最近のあちこちでの襲撃事件を考えればね」

「あちこちの襲撃事件……!なら、その犯人たちも同じように……」

「だろうね。む?ということは……いかんな。事件が解決しても後始末が面倒そうだ。……はぁ。また研究が遠のく……」

 

 そう言ったウィザーモンは、遠い目をして溜息を吐いた。そこにはこの先に来るだろう面倒事を憂う気配だけがあって、その背中には哀愁が漂っていた。

 そんな彼の姿に、上に立つ者特有の苦労を感じることができたレオルモン。一瞬、今の状況も忘れて同情してしまった。が、すぐに今の状況を思い出したのだろう。その目の中にあった同情は自然とどこかへと消えていった。

 

「なんで優希ばかり……」

「優希ばかり、ね。本当はわかっているのではないかね?」

「……どう言う意味だ」

「そのままの意味だ。僕が犯人だったら、優希を狙わないはずがないな。……もしもの話だ。だから、そんな怖い顔をするな」

「……」

 

 ウィザーモンの言う通りだった。

 先ほど、どうしてと言ったが、レオルモンも本当はわかっていた。いや、優希の狙われる理由など、彼にはそれしか思いつかない。

 そう。優希の持つ強制進化の力。アレは、この世界に関わる者であれば誰だって喉から手が出るほど欲しいものだろう。効果が切れた後のデメリットがあるものの、そんなものは何の意味もない。それだけの価値が、あの力にはある。

 だからこそ、その力を持つというだけで優希が狙われるには十分だった。

 

「……優希……またオレは……守れなかった……!」

「ふむ。守れな()()()。過去形かね。まぁ、落ち込むのはいいが……やることをやってから落ち込んだらどうかね?」

「……」

「話していて気も紛れただろう?研究において過去は大事であるが、今の状況にはそれは当てはまらない。いい加減に未来へと目を向けたらどうだね?次は建設的に未来の話をしようではないか」

「……確かに気は紛れた。けど!……今の状況が変わったわけじゃない。……優希は、いないんだ。オレのせいで!」

「だから、落ち込むのはやることをやってからだと言っているだろう。僕は優希の居場所がわかると言ったらどうだね?」

「えっ!?」

 

 一瞬、レオルモンはウィザーモンの言っていることの意味がわからなかった。それが、あまりにも軽く告げられたが故に。だが、時間を追うたびに、彼の頭はその意味を理解していく。それは、彼にとって再びの光明が見え始めた瞬間だった。

 ウィザーモンは、彼が自分の言葉の意味を理解したことをわかったのだろう。ウィザーモンは自分の言葉の意味を詳しく説明し始めた。

 

「つまり、だな。優希はアナザーを持っている。アレには通信機能が備わっているだろう?その機能と僕の魔術をリンクさせて、おおまかな居場所を探るのだ」

「そんなこと……!」

「できる……が、二度目は流石にバレるだろう。優希がさらわれた理由を考えれば、時間との勝負になることは間違いないがね。失敗ができない以上、念入りな準備も必要だ。さて……」

 

 説明は詳しい理論等に触れなかったおかげで、レオルモンにとってもわかりやすかった。内容としてはシンプルなものであったことも彼の理解に協力していただろう。

 ひとしきり説明したウィザーモンは、レオルモンに向かい合う。レオルモンには、言われなくともその先の言葉がわかった。

 

「僕が言いたいこと、わかっているかね?」

「ああ。……ウィザーモン殿」

「む。口調が戻ったな。少しは冷静になったかね?」

「いや、まったく。正直、腸が煮えくりかえるどころか、蒸発しそうなほどですが……それでも、その思いはとっておくことにしますぞ……頼めますかな?」

「ふむ。それがいいだろうな」

 

 優先順位を間違えてはならない。後でもできること。後ではできないこと。それを間違えてはならない。落ち込むのも、反省も後でできるのだ。もう一度チャンスがあるのならば、そのチャンスは逃すべきではない。

 覚悟はもう決めた。レオルモンは、このチャンスを誰かに任せるつもりはなかった。他ならぬ、優希のパートナーデジモンだからこそ。

 

「作戦開始は明日の正午だ」

「って……今からではないのですかな!?」

 

 だが、覚悟を決めたレオルモンに告げられたその言葉は、彼にとっては出鼻を挫かれるようなものだった。彼としては、今すぐにでも優希の下へと行くつもりだったのである。

 

「仕方ないだろう。僕の方でも準備があるし、君の方も準備があるだろう?」

「そのようなものは……!」

「ない、と言い切るのは無謀だ。第一、大成たちや旅人たちの準備もできていないのだからな」

「む……」

「ふむ。自分一人で行くつもりだったのかね?志は立派だが、いくらなんでも無謀であるぞ……」

 

 正直に言えば、レオルモンは一人で行くつもりだった。いや、誰かが一緒に行くという考えが抜け落ちていたといってもいいだろう。それは彼の意地云々ではなく、単純に忘れていたからで。どうやら、彼はまだ冷静になれていないようだった。

 そんなレオルモンを見て、ウィザーモンは溜息を吐く。やる気があるのは結構だが、それだけでは失敗する可能性が高くなるだけなのだ。特にこの状況では。

 そう思うウィザーモンにできたのは、せいぜい明日までに冷静になっておくことを言い含めておくことくらいだった。

 

「むぅ……!」

「気持ちはわかるが落ち着け。君だって起きたばかりで本調子ではないだろう。怪我をしては目も当てられないし、少しは身体を動かしたらどうだね?」

「それは……そうですな……」

 

 自分や旅人たち、大成たちの準備云々はこの際どうでもいいだろう。彼らに準備らしい準備がいるとはレオルモンには思えなかった。が、ウィザーモンの方の準備は魔術的な要素もある作戦実行の準備であるため、レオルモンでもどうにもできない。それがわかったからこそ、彼は歯痒い思いをするしかなかった。

 「しっかりと準備しておくように」とそれだけを告げて、部屋から出て行ったウィザーモン。そんな彼を見送ったレオルモンは、部屋の中で落ち着きなく動き回る。というか、落ち着けるはずもなかった。

 

「……少し体を動かしますかな」

 

 結局、休む気にもなれなかったレオルモンは、ウィザーモンの言っていた通りに体を動かすことにして部屋を出る。

 そんなレオルモンは部屋から出て初めて気がついた。医療施設だというのに、この建物の中がずいぶんと騒がしいことに。

 騒がしいということは、それだけこの建物の中に人がいるということ。ここが医療施設であることを考えれば、つまり、先の襲撃時に生き残った人々ということである。

 

「喜んでいいのか……わかりませぬな」

 

 ポツリ、と。レオルモンはそんなことを呟く。

 数多くの声が聞こえることから、かなりの数の者たちが生き残ったのだろう。それは素直に喜ばしいことだ。それでも、確かに犠牲者は出ているわけであるし、そもそもここにいるという時点で何らかの怪我を負っているということでもあって。

 手放しで喜べないというのが実際のところだろう。

 

「出口はどこですかな?」

 

 忙しそうに走り回るダルクモンとウィッチモンの姿を横目に見ながら、レオルモンは出口を探して歩き回る。

 なぜか大穴の空いた部屋の横を通り過ぎてしばらく歩いて――そして、十数分。若干迷った気がしないでもなかったレオルモンだが、まあ、無事に出口にたどり着いたのだから良しとしたのだった。

 

「お、セバス!もう大丈夫なのか……?」

「む。大成殿……ご心配おかけしましたな。大丈夫ですぞ。と、いうか……」

 

 出口から出たところにいたのは大成とスティングモン、旅人やドルグレモンにスレイヤードラモンといった面々だった。

 

「アレは……何をしているのですかな?」

「ああ、旅人たち?なんかよくわからないけど……ドルを置いてどっかに行ってたらしくてな。簡単に言えば、ドルが怒った」

「は、はぁ……でも、あれは……」

 

 そう言うレオルモンの眼前には、ドルグレモンの攻撃を必死に躱す旅人とスレイヤードラモンの姿があった。スレイヤードラモンはともかくとして、完全体の攻撃を躱す旅人の姿には、レオルモンも頬を引き攣らせるしかなかった。

 

「しかし、この雰囲気は……いつも通りですな。本当に」

 

 羨ましそうで、それでいて辛そうにそう呟いたレオルモン。

 そう。この面々はいつも通りだった。一人だけ全身を包帯に巻かれた大成がいなければ、レオルモンも襲撃があったことは忘れてしまっただろう。振り返れば、そこに優希がいるようにさえ感じるほどに、この面々はいつも通りで、いつも通りすぎた。

 それでも、いや、だからこそか。だからこそ、一人だけいつもと違う大成の姿が、より異常に見えた。

 

「大成殿。怪我は……大丈夫ですかな?」

「ああ、これ?ウィザーモンたちのおかげで大丈夫だよ。痛みだけは」

「外傷の完治は……もうしばらく時間がかかるみたいですね」

 

 そんな大成の姿を見て、レオルモンは先ほどまでの自分の考えが恥ずかしくなった。

 大成たちならば準備をしなくてもいいだろう、と。レオルモンは先ほどそう思った。が、実際、大成はここまでの怪我を負っていて、その状態で優希を助けるために手を貸してくれる。

 別に優希の救出が遅くなっていいとは今でも微塵にも思わない。それでも、自分のことばかりで大成たちのことを軽視していた部分があったことに、レオルモンは気づいたのである。

 

「優希のことは……なんて言えばいいのかわからねぇけど……とにかく!俺たちや旅人たちも手伝うからな!」

「……はい!絶対に優希さんを取り返しましょう!」

「……本当に、ありがとう……!」

「別にお礼を言わなくても……なっ!」

「そうですよ。僕たちの仲ですし!」

 

 そして、だからこそ、そう言ってくれる大成たちの存在が眩しくて、罪悪感でちょっと辛くなったレオルモンだった。

 




というわけで、第百五話。

事後報告回でした。
次回からいよいよ優希奪還へと乗り込む――と、行きたいのですが。
その前に久々なあの人物たちの話が入ります。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第百六話~安住の地を目指して~

 優希救出に向けての決意を固めたレオルモンたち。

 明日の出発までの時間を有効活用するべく奮闘していたそんな彼らのことは一旦置いておいて――学術院の街からほど遠い海辺でのこと。

 そこは不規則ながら、どこか風情のある波の音だけが辺りに響く物静かな海辺。だが。

 

「ぴよぉおおおおおお!」

 

 そんな物静かな海辺を台無しにする絶叫。そして地響き。

 そこには、骨だけオバケ(スカルグレイモン)に追いかけられる哀れな鳥肉(ピヨモン)の姿があった。ついでに言えば、そこから離れたところで勇が苦笑している。

 ()()()()()()()()()、地味な命の危機。ピヨモンとしては、さっさと助けて欲しかった。

 まあ、助けられるのが遅いのもいつものことであるのだが。

 

「勇ぅううう!助けてぇええ!」

「あー……うん。そだなー」

「ちょっとぉおお!」

「グルァアアアア!」

 

 そんなこんなで、この命懸けの追いかけっこが終わったのはこの数分後のこと。ピヨモンが叫ぶこともできなくなってからのことで、息絶え絶えになってからのことだった。

 こうなることを覚悟して勇に着いてきたピヨモンだったが、こうも毎日神経を磨り減らす追いかけっこをしていると、そろそろ寿命が足りなくなってきたような気がしたのだった。

 

「ぴょーぴっよー……」

「面白い疲れ方するよな。ピヨモンって。ってか、今度はそういう話し方にしたんだな」

「酷い……ぴよー……」

「疲れてるなら無理して喋らなくてもいいって」

「グゥルル……」

 

 何故このピヨモンが勇と一緒に旅をしているのか。それは、一週間と数日前まで遡る。

 先日のネツたちによる町の襲撃を、ピヨモンは勇と零の力で乗り切った。ネツたちは投獄。事件はそれで終わった、ように思えた。

 新たに事が起こったのはその数日後のことだった。夜、暑さに苦しんだピヨモンは目を覚ました。その時、ピヨモンが見たのは――燃える街。

 その時生き残ったのはピヨモンを含めてわずか数人。生き残った者たちはそれぞれ、自分の考えで散り散りになった。住処も仲間も失ったピヨモンは、考えた結果、安住の地を見つけるまで勇に着いて行くことにしたのである。

 証拠がないため、犯人は不明。しかし、ピヨモンの中では犯人は決まっていたようなものだった。

 そう。その事件の数日前に投獄されていた相手である。

 まあ、問題は――完全体の力ですら拒む監獄をどうやって抜け出したか、なのだが。

 

「スカルグレイモンも、いい加減に慣れろよ。朝起きるたびにピヨモンを狙って動くじゃないか!」

「グルゥ?」

「うん……首を傾げてもダメだからな!」

「い、さむ……そのスカルグレイモン……知性を取り戻して……ない?」

「え?そうか……?じゃ、喋ってみろ!あ、い、う、え、お!」

「グルゥウウウ」

「ほら、やっぱりダメか……」

 

 そういうことが言いたいんじゃないんだけど、と。相変わらず意味不明なやり取りをする二人を見ていたピヨモンは、そんなことを思う。

 ピヨモンにとってスカルグレイモンとは、伝説に記されるような恐怖の対象なのだ。悪い子はスカルグレイモンに連れて行かれ、スカルグレイモンになってしまうなどという話まであるくらいである。

 まあ、さすがにそれは幼子向けの嘘であるが、スカルグレイモンイコール恐怖というのは、もはや確立されたものだった。スカルグレイモン。その名は制御不能な暴力なのである。

 だからこそ、ピヨモンは意外だったのだ。勇限定とはいえ、他者の言うことを聞くスカルグレイモンが。

 

「これが、他のスカルグレイモンもそう……な、わけないわねー……ぴよぴよ」

「……?ピヨモンどうかしたのか?」

「ぴよー……なんでもない。ただ、勇たちの非常識さを再認識しただけよ」

「それ、毎日に言ってるだろ」

「それだけ勇たちが非常識だってことぴよ」

 

 ピヨモンは他のスカルグレイモンを知らない。が、それでも自信を持って言えた。勇のスカルグレイモンは他のスカルグレイモンと何か違うと。その何かはピヨモンにはわからなかったが、彼らと付き合っていると自然とそう思えた。

 

「まったく……どういうことなんだかね」

「グルァァ」

「ぴよぴよ。ま、話を変えるわ。次の目的地の街は……そろそろなはずなんだけど……」

「何も見えないぞ。本当にこの辺りなのか?」

「正直自信ない……」

 

 現在、勇たちはどこでもいいから街と呼べるものを目指していた。

 ピヨモンは先ほども述べたように安住の地を探して。勇は、スカルグレイモンがいる限り行動が制限されてしまうものの、その制限の中でもできるだけ情報収集をしたかったからだ。

 そんな目的のため、勇たちはピヨモンの情報を元にして街を目指していた。のだが、ピヨモンの情報は当てにならなかった。

 

「自信ないって……」

「だって、聞いたことがあるのは話だけだもーん」

「実際に行ったことは……ないのか」

「そう!海に街があるって話を聞いてねー!一度行ってみたかったんだー!」

 

 つまり、不確定な情報に勇たちは振り回されているということである。

 まあ、勇たちはそこまで急いではいないのだから、不確定な情報でも別に良いといえばいい。道端で野垂れ死にするようなことさえなければ。

 あえて不都合を挙げるならば、ピヨモンの命懸けの追いかけっこの終わりが伸びるだけである。ピヨモン以外に全く問題はなかった。

 

「でも、一日以上この辺りにいるけど、街らしい街は見当たらないぞ」

「ぴよ……そうね」

「もっと先か……?うーん……ちょっと距離を稼いでみるか!」

「……まさか」

「よし。スカルグレイモン!」

 

 何かをすることに決めた勇は、スカルグレイモンに声をかける。

 勇の声を聞いたスカルグレイモンは、右腕を地面につけた。

 ああ、これはアレだ、と。この先の展開が予想ついたピヨモンは、はやくも死んだ目をしていた。ピヨモンは、“これ”が嫌いだった。いや、これが効率の良いものであることは、ピヨモンも知っている。だが、それでも感情面は別だった。

 

「頼むぞ!」

「グルァアアアアアアアア!」

「ぴよぉおおおおお!」

 

 咆哮。絶叫。二つの声を残して、スカルグレイモンが駆ける。

 そう。勇がすることに決めた何かとは、スカルグレイモンに乗っていくことだった。これならば、ピヨモンと勇が歩く必要がなく、そしてスカルグレイモンが彼らにペースを合わせなくていい分、速い。

 まあ、速い。速いのだが、代償として乗り心地は最悪だった。

 

「なんで勇は平気なの!?」

「え?……慣れ?」

「ぴよぉー……」

 

 質問に疑問で返す勇。その邪気のない顔に腹が立ったピヨモンは、一発殴りたくなった。

 勇は気になっていないようだが、乗っているものを考慮しないスカルグレイモンの乗り心地は最悪の一言。初めての時のように森の木々をなぎ倒しながら進むことはないとはいえ、それでもかなり悪い。

 

「ピヨモンだって初めての時は平気だったじゃないか!」

「あの時は非常事態だったから、忘れていただけよ!」

「なら、今も忘れたらどうだ?」

「無理ー!」

 

 普段は戦闘で活かされるスカルグレイモンの運動能力の高さも、乗り心地の最悪さを助長させていた。

 まず速度が速い。流石に空気抵抗で勇たちの身体がバラバラになるほどの速度は出ていない。が、しがみついていなければ、たちどころに空気抵抗で吹っ飛ぶ。

 しかも、このスカルグレイモン。眼前にある障害物は、時にはジャンプして躱し、時には空いている左腕で破壊する。その時の衝撃は、勇たちを容赦なく襲う。

 ようするに、スカルグレイモンに乗るということは、命綱なしで新幹線の屋根に掴まっているようなものなのだ。

 なぜ勇は平気なのか、問い詰めたいピヨモンだった。

 

「あ!前方にあるの……崖だな。たぶん跳ぶ!舌噛むから口閉じてた方がいいぞ!」

「へぁ……?ぴっ……ちょ、待って……!」

 

 勇の言葉に、ピヨモンは引き攣った。

 地殻変動でもあったのだろうか。河を挟んだこちら側とあちら側では高さが違った。断崖絶壁と言えるほどの崖。まさに壁だった。見渡す限りの壁が、行く末を阻んでいる。

 高さは数十メートルくらいだったが、長さはどれだけあるのかわかったものではなかった。

 

「止まりましょう!で、別の道を探しましょう!回り道しましょう!」

「いや、でも……もう跳ぶぞ」

「グルァアアアアア!」

「ぴよぴよぴよぉおおおおおお!」

 

 気合の入った咆哮と共に、十数メートルはあろうかという断崖絶壁をスカルグレイモンは()()()()()

 瞬間、凄まじい負荷が勇たち二人を襲った。一足で十数メートルを跳んだその跳躍力による負荷がモロに二人を襲ったのである。これには、さすがの勇も苦しそうだった。

 ズドン、と。そんな轟音と共に、スカルグレイモンは瓦礫の上に着地する。

 それは同時に、勇たちが負荷から解放されたということで。

 

「ふぅ……キツかったな」

「死ぬかと……思った……」

 

 無事に生きているという安堵の息を漏らす勇たち。だが、恐怖はまだ終わっていなかった。

 ピシリ、と。その瞬間に、そんな音が勇たちには聞こえた気がした。

 

「……」

「……」

「グルァ?」

 

 勇とピヨモンには、この先の展開が読めた。

 その運動能力と外見の割に、スカルグレイモンは重量がある。そんなスカルグレイモンが飛び上がり、あまつさえ勢いよく着地すれば、着地面にどれだけの負荷がかかるか。

 いや、そもそも、今勇たちのいる場所は、いつ崩れてもおかしくない崖という場所である。そんな場所に、負荷をかけて着地すればどうなるか。

 何もわかっていないのは、理性なきスカルグレイモンだけだった。

 一瞬後。何かが突き刺さるかのような轟音と共に勇たちのいた場所は崩れ落ちた。こうなれば、重力に引かれ落ちていくしかない。

 

「ちょっ……」

「やっ……ぱりぃいい!」

 

 予想していたとはいえ、それでも実際に体験するのは違った。

 だが、崩落の角度的な問題で陸地からズレて海の方に落ちているらしく、幸いに勇たちが落ちている先にあるのは海だ。まあ、衝撃が吸収される分、陸地に落ちるよりはいいだろう。

 十数メートルの落下の衝撃を吸収しきれるかどうかは別として。

 それよりも、勇たちに重要なのは身体を襲う負荷だった。先ほどの負荷は上から叩きつけられるかのようなものだっただが、今回の負荷は下から吹き上がるようなものだった。

 離されまい、と勇とピヨモンの二人はスカルグレイモンにしがみつく。

 だが。

 

「グルァッ!」

「えっ!?」

「なっ!?」

 

 だが、次の瞬間のことだった。スカルグレイモンは、落下しながらも勇たちを掴み、()()()()たのだ。

 まさかスカルグレイモンがこの状況でその行動に出るとは、勇にも想像できなかった。打って変わって、上空へと上がっていく勇とピヨモンの身体。

 

「ぐへっ」

「うわっ」

 

 一瞬後には、勇とピヨモンは先ほどの崖の上に叩きつけられていた。

 叩きつけられた痛みはある。それでも、先ほどのスカルグレイモンの行動の意味は、すぐわかった。だからこそ、勇は急いで立ち上がり、崖の下を見る。

 だが、そこにあったのは驚愕の光景だった。

 

「あれは……シードラモン!?いや、色が違う……亜種?進化体?それにしてもどうして……!」

 

 そう。近くの海から出た赤い大蛇のようなデジモンが、スカルグレイモンに巻きついている光景だった。赤い大蛇は、スカルグレイモンを海に引きずり込もうとしていた。

 一方で、スカルグレイモンも陸地に上がろうと必死に抵抗している。抵抗しているのだが、あまり意味をなしていない。

 どうやらスカルグレイモンが落ちたところは水深がそれなりに深いらしい。足がつかないのだ。足が付けば踏ん張りも効き、抵抗らしい抵抗もできるのだろう。

 今やスカルグレイモンの抵抗は赤い大蛇の拘束を解くために暴れることくらいだった。

 

「まずい……!スカルグレイモンが……!」

「あれは……メガシードラモン!?なんでこんな浅瀬にいるのよ!」

「メガシードラモン……もしかして完全体か!?」

「そう!本当はもっと沖合の深いところにいるはずなのに……!早く何とかしないとスカルグレイモンでも危ない!」

 

 メガシードラモン。それが赤い大蛇の名前。水棲の完全体デジモンだった。

 その姿を前に、勇もピヨモンも焦るしかない。スカルグレイモンは頑張っているが、正直なところ二人には彼がメガシードラモンに勝てる可能性は低いと思っていた。

 もちろん、信じてはいる。スカルグレイモンのその強さを。だが、それ以上に相性が悪いと言うべきか。

 スカルグレイモンには水中での活動を可能にするような身体の構造も、水中戦の経験もない。その状態で水棲の生き物に、ホームである水中で戦う。ハンデどころの話ではなかった。

 

「勇なんとかならないの!?」

「今考えてる!考え……てるけど……!」

 

 難しい、と。必死に頭を悩ませる勇だが、良い案は思いつくことがなかった。

 そもそも、勇はゲーム時代の経験ゆえにこの世界でも強者たり得た。だが、あのゲームには水中戦など実装されていない。水棲種も、普通に陸揚げされて戦っていた。

 つまり、勇にとっても今回は未知の戦いということだった。

 

「グルァア……ガバっ……ァアア!」

 

 スカルグレイモンの咆哮が、激しい水音と共に響き渡る。が、その声は勇が今まで聞いたどれよりも苦しそうで、辛そうなものだった。

 一つ、作戦がないこともない。勇の頭の中には、一つの作戦があった。だが、それは分の悪い賭けである上に、勇たちにも危険が及ぶもの。

 だからこそ、勇はその作戦を告げるかどうかを一瞬考えた。考えて――。

 

「スカルグレイモンっ!海を吹き飛ばせ!」

 

 自分たちの危険とスカルグレイモンの危機。天秤は、スカルグレイモンに傾いた。

 指示を出した勇は、直後にピヨモンを抱えて走り出す。それはこの場から逃げるため。焼け石に水程度の距離しか稼げないだろうが、それでもないよりはマシだと判断したからのこと。

 そして、その一瞬後に。

 

「グルァアアアアアアアアア!」

 

 懸命に脚を動かす勇の背後で聞こえた咆哮。それと共に、背後で起こった大爆発。襲い来る爆風。

 勇とピヨモンには、それに耐える術はなく――その一瞬後に、凄まじい勢いで吹き飛ばされたのだった。

 




というわけで、第百六話。

前回までとは打って変わって、勇サイドのお話。
しばらく続きます。

さて、次回はスカルグレイモンVSメガシードラモン回ですね。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第百七話~陽はまた昇る~

 “グラウンド・ゼロ”。それは核兵器にも匹敵するほどの威力を誇る有機体系ミサイルにして、スカルグレイモンの必殺技。

 例え直撃しなくとも、爆発時の熱と爆風はかなりのものであり、近場で爆発しようものならその場にいた人間たちに命はない。

 今回、至近距離でこの技が炸裂したのにも関わらず、勇たちが生き残ることができたのは運が良いと言うことでしかなかった。

 海中で爆発したこと。メガシードラモンが爆発を最小限に抑えるように動いたこと。そして、勇たちが少しでもその場を離れようと懸命に足を動かしたこと。それらすべてが偶然にも噛み合って、良い方向に進んだのだ。

 これらどれかが欠けていたのならば、勇たちはもうこの世にはいなかった。

 

「い、さむ……」

「ぅ……」

「おき、てよ……!」

 

 とはいえ、その代償と言うべきなのか。爆風に吹き飛ばされた時に頭を打ち、勇は気絶してしまったのだが――まあ、命がかかった結果で気絶ならば安いものだろう。

 勇とは違って、ギリギリ意識を保っているピヨモンは、そんな彼を起こそうと奮闘する。彼が起きるのは、まだ先になりそうだった。

 そして、そんな勇たちの一方で――。

 

「グルァアアアアアアア!」

 

 完全に水中に引き込まれてしまったスカルグレイモンは、そこでメガシードラモンと戦っていた。

 先ほどの自爆攻撃でメガシードラモンの拘束を振り払えたのは良かった。が、それだけだった。勇が企んだほど、海の水をどうにかできなかったのである。

 結局、メガシードラモンに水中戦を挑まなければならないという状況は変わらなかった。

 状況はあまり好転していない。もちろん、まったくという訳ではないのだが、それでも多少マシというレベルであった。

 もし、この時に勇が起きていたのならば、拘束を外すことができた今のうちに陸地へ向かって逃げろと言っただろう。それが一番どうにかなる確率が高いから。今目の前にあることに愚直に立ち向かうのは、困難なことでしかない。

 だが、その指示を受けていない今のスカルグレイモンは、目の前にあることがどんなに困難なことでもそれに気づくことはない。彼には、眼前の敵を倒すことだけが頭にあった。

 

「破壊のケモノめ……!悪魔の手先には相応しい姿だな!」

 

 ここへ来て、初めてメガシードラモンが喋る。その声は忌々しげで、メガシードラモンの今の心情を端的に表していた。が、スカルグレイモンには関係がない。いや、意味はないというべきか。

 理性なきスカルグレイモンには、メガシードラモンの心情を推し量ることも、その言葉の意味を探ることもできないのだから。

 

「貴様らなどにやらせはせん!このワシが我らが子を守る!」

「グルァアアアアア!」

 

 咆哮するスカルグレイモンは、気合だけは一人前だった。気合だけは。

 一方のメガシードラモンの気合もスカルグレイモンに負けていない。彼には、まるで後がないとばかりの鬼気迫る迫力があった。

 メガシードラモンは、縦横無尽に水中を駆ける。それはまるで、彼が海と一体化しているかのようだった。

 それは、水棲生物だからこそ許された特権。他のどの生物も、それこそ専用の機械ですら許されない彼らだけのもの。

 

「ガルバババババ……!グギャァバ!」

「苦しかろう!悔しかろう!手も足も出ずに負けるのは!だが……!我らの同胞と我が子らの受けた苦痛はこの程度でないと知れ!」

「グゥウウウウウ!」

 

 水中とは不思議なもので、水による圧力もあれば、水による浮力もある。深さなどの位置関係で、全く別の姿と環境を作る。世界のどこを探しても、このような場所によって変化する環境はそうはないだろう。

 メガシードラモンは、そんな世界に適応した種。この世界の強みを活かした戦いこそ、彼の独壇場だった。メガシードラモンは、水中を自由に動いている。時には水の流れさえ操って、スカルグレイモンの動きの邪魔をする。

 一方で、スカルグレイモンは水の圧力によってうまく動くことができていない。それこそ、メガシードラモンにされるがままだった。

 

「ガルゥウウウウウウ!」

「怒りに震えているか……!」

「アゥウグウウウウウウ!」

 

 されるがままで何もできないからだろう。怒りを伴ったスカルグレイモンの咆哮。陸地では大気を震わせるそれは、水の流れを一時的にでも書き換えるほどの威力があった。それほどまでに、彼は怒っているのだ。

 もはや、スカルグレイモンは怒りに狂えるケモノだった。

 

「怒れ怒れ!それこそケモノには相応しい姿よ。怒りに震え……命令と本能のままに殺戮する。何をしているのかすらも理解できずに。それこそ知性ある者からケモノに身を堕とした貴様に与えられる罰!だが!」

「アガァアアアアアアアアアア!」

「もはやワシも貴様と同じケモノ!貴様ら人間に与する者たちを憎むもの!……ワシの怒りは貴様以上と知れ!」

 

 そんなスカルグレイモンの姿を目にしても、メガシードラモンは怯まない。

 メガシードラモンの脳裏にあるのは、人間とそのパートナーデジモンによって破壊される街と逃げ惑うデジモンたち。泣きわめき、助けを請いながらも、一切の躊躇例外なく消されていった子供たち。狼藉者に果敢に戦いを挑み散っていった仲間たち。

 いくつもの嘆きや悲しみ、恨み、そして憎しみの声。数日経った今も生々しく鮮明に思い出されるその声々。

 そんな彼らの姿や声が、メガシードラモンの頭を蝕んでいた。

 

「グルァアアアアアアア!」

「ォオオオオオオオオオ!無力さに嘆き苦しみ!我らの怒りを買ったことを後悔して死ね!」

「グルッゥウウウ!」

 

 グルグルとスカルグレイモンの周りを高速で泳ぐメガシードラモン。その瞬間、スカルグレイモンはこれまで以上に水に振り回されることとなった。

 そう。メガシードラモンが絶え間なく泳ぎ続けることによって、水の流れが回転状態で固定され、渦潮のような現象が起きたのだ。必殺技と言えるほど大層なものではない。それでも、それはスカルグレイモンの身体を振り回し、彼の動きを止め、ダメージがを与えるほどの力はあった。

 

「グルァアアアアアアアアア!」

「……!もう一度アレをやる気か……!」

 

 だが、スカルグレイモンもただでやられ続ける訳ではない。メガシードラモンは見た。水の流れに振り回されながらも、背中を何とか自分に向けようとしているスカルグレイモンのその姿を。

 それの示すところはただ一つ。もう一度アレをやる気なのだ。メガシードラモンをして脅威と断ぜざるを得ない威力のアレ――スカルグレイモン最大の必殺技“グラウンド・ゼロ”を。

 先ほどは、水と自身の必殺技を当てたことでメガシードラモンは助かった。メガシードラモンが“守りたかったもの”も。

 だが、問題はもう一度同じことをされた時だ。だからこそ、そんなスカルグレイモンを邪魔するようにメガシードラモンは動き始める。

 

「させぬ!」

 

 渦潮に振り回されるスカルグレイモンを、メガシードラモンは強襲。そのまま巻き、締め付けた。

 もちろん、それだけでは先ほどの二の舞になってしまう。だからこそ、今回はスカルグレイモンの背中のミサイルの部分を重点的に締め付ける。それこそ、ミサイルがびくとも動かないくらいに。

 これで、グラウンド・ゼロは封じたわけなのだが――。

 

「グァアアアアアアアア!」

「っむ!?っくぅ……!」

 

 だが、メガシードラモンはスカルグレイモンの全身に巻きつけるほど、スカルグレイモンよりも圧倒的に長いわけではない。

 何が言いたいのかというと、ミサイルの辺りを重点的に巻き付くということはつまり、別の部位の巻き付きは甘くなってしまうということ。

 ミサイルが封じられた代償として、スカルグレイモンは右腕の自由を得ていた。

 

「っく……ぬぐ……」

「グルッ……グァッ……!グルウウウ!」

「負けるかァ……!」

 

 背中のメガシードラモンを剥がそうとするスカルグレイモンに、耐えるメガシードラモン。

 メガシードラモンがここにいるからだろう。いつの間にか渦潮は収まっていた。戦いは、純粋な根比べの勝負となったのだ。

 

 

 

 

 

 水中の勝負がそんなことになっていた一方で――。

 

「……うぐ……!頭痛いってぇさ……」

「勇!起きたのね!」

「ピヨモン?」

 

 気絶していた勇は、目を覚ました。頭に走るズキズキとした痛みを堪えながら、立ち上がった勇。ダメージが抜けきっていないのだろう。彼は、まるで酔っぱらいのようにフラフラと歩いていく。

 彼の行くその先にあるのは崖で――ピヨモンは、慌てて彼を止めた。

 

「ちょ、なにやってるの!落ちたら……!」

「スカルグレイモンは……あいつはどうなった!?」

「ぴよ……それは……」

 

 ピヨモンは言葉を濁した。濁した、のだが、勇の真剣な眼差しを前に隠しても意味はないと悟ったのだろう。やがてポツポツと話し始めた。

 あの爆発の後、スカルグレイモンは完全に水中に引き込まれてしまい、その姿を確認することができないということ。けれど、スカルグレイモンの咆哮は時折聞こえてくること。

 わかる範囲でのすべてのことを、ピヨモンは勇に話した。

 

「……そっか。ピヨモン。頼みがあるんだ」

「ぴよ……頼み?……何?」

「オラを連れて海の上を飛んでほしい。スカルグレイモンを探す」

「ぴよ……ぴよー!?」

 

 真摯に頼まれた勇の頼みだ。ピヨモンとしても、当然聞いてあげたかった。上げたかったのだが、こればかりは無理だった。別に臆病風に吹かれたとか、そういう部分は少ししかない。問題は、ピヨモンという種が飛行に適さない種であるということにある。

 ピヨモンという種は、外見に似合わず飛行に適さない。もちろん少しくらいは飛べるが、それはもはや飛べるというレベルではなく、浮くというレベル。何とか地面すれすれを行く程度だ。

 勇という荷物を持っての飛行は、まず不可能どころか、考えるのも無謀というレベルだった。

 

「無理無理無理無理!私はそもそも飛べないって!」

「だよな。知ってる」

「ぴよ?」

 

 そう。勇は知っている。ゲーム時代の知識として、ピヨモンは飛ぶことなどできないことを知っている。それでもここで聞いたのは、自分の中にあるほんの少しの期待を潰すためだった。

 勇は、あえて自分の中にある期待を押しつぶすことで、言い換えれば自らを追い詰めることで、覚悟を決めようとしているのだ。

 

「アイツがああなったのは……オラがノロマだったからだ。簡単に他人の命を握り潰すようなアイツを許せなくて……オラはアイツの声に乗った」

「ぴよ……?アイツ?」

「オラの弱味に漬け込んできたとか、アイツがオラに何かしたとか、そんなことは言い訳に過ぎない。オラは……あの時、負けたんだ」

 

 訳のわからないといった顔で戸惑うピヨモンを前にして、勇は告白していた。いや、それはピヨモンにしていたというよりは、自分自身に向けた告白だった。

 一つ一つを確かめて、最後に覚悟を決めるための。

 

「アイツをぶちのめしたくて、目の前にあった簡単に手に入る力に縋り付いた。簡単に手に入るものなんてないのに……」

 

 今、勇が思い出したのは、自身のこと。田舎から都会の学校へと引っ越した時のこと。

 あの時、実にあっさりと変わった環境。だが、その環境での日々は簡単ではなかった。勇気を持って進まなければ、友達一つすら満足にできなかったほど。

 人を取り巻く環境は簡単に変わる。だが、環境の中で人は簡単に過ごせない。勇は、そのことを知っている。

 目を閉じ、かつての日々に、今の日々に、目を向けた勇。目を開けた時、彼の覚悟は決まっていた。

 

「ぴよぴよ……」

「ピヨモン」

「ピヨっ!?」

「行ってくるから、待っててくれ」

 

 その言葉に、ピヨモンは驚くしかなかった。勇のしようとしていることに気がついて、彼女は血の気が引いてしまう。

 勇のしようとしていること。それは自殺と同じことだ。助かる確率なんてゼロに近い。ピヨモンは勇を見殺しにしたくなかった。

 

「待って待って!ダメよ!だって……!行ったら死んじゃう!」

「別に死なないってぇさ。ちょっくら、アイツの様子を見てくるだけで」

「戦場になってる海の中に入った時点で死ぬってー!」

 

 勇のしようとしていること。それは、直接海の中に入って、スカルグレイモンの下へと行くことだった。

 直接的な力は皆無の非力な身で、どこにあるとも知れぬ息のできない場所の戦場に行く。なんと無謀なことだろうか。

 というか、勇が海に行く方法は崖を降りるしかなく、この崖は断崖絶壁。彼が海の中に入るためには、崖を飛び降りるしかない。

 つまり、身投げと何ら変わりないのだ。彼がしようとしているのは、まさに自殺行為の無茶だった。

 

「ぴよ!勇気と無謀は違うわ!間違えちゃいけない!」

「……そうだな。わかってる。オラのこれは勇気じゃないってぇさ」

 

 ピヨモンに返事をしながらも、勇は崖の方へと歩いていく。ピヨモンが全力で引っ張っているというのに、彼は止まる気配がない。

 そして。彼は、崖を飛び降りた。

 

「ぴよぉおおおおおお!」

 

 だが、ここでまだピヨモンが頑張る。

 その足に勇を掴んで、必死に羽を羽ばたかせたのだ。それは、彼女にとって人生初と言えるほど上手にできた飛行だった。その甲斐あったのだろう。

 ピヨモンは勇と共に――海に落ちた。僅かながらに減速して。

 ぽちゃん、と。そんな音を立てて勇たちは海に落ちる。

 

「がばがばがば……!」

「びぶびぶびぶ……!」

 

 それでも、ピヨモンの頑張りのおかげだろう。彼らが身投げでよくあるような失神現象を経験することもなく、痛みに悶絶するようなこともなかったのは。

 海水が口と鼻に入り、たいへん苦しい。こんな経験をしたのは小学生以来だろうか、と。苦しみながらも、勇はそんなことを呑気に考えて。

 

「がば……?がばがば……!」

 

 そんな勇は見た。いや、見たというのは語弊があるか。水中という視界が効かない中、見た気がしたのだ。メガシードラモンを背中から引き剥がそうとして力尽きたのか、海中に沈んでいくスカルグレイモンの姿を。

 もはや、勇は苦しさを忘れていた。ただ、自分のパートナーを助けることだけが頭にあって、彼は海の中に潜っていく。

 それは、命を捨てるような愚行だった。他人は、そんな彼を無謀だと言うだろう。他人は、そんな彼を愚かだと言うだろう。

 

「がばがば……がばばぶばびぼん!」

 

 だが、それでも、勇にはスカルグレイモンを見捨てるという選択肢はなかった。文字通り、存在しなかったのだ。

 どれほど無謀でも、愚行でも、沈み行くその姿を見た瞬間に、彼の身体は動いていた。それだけ、彼にとってスカルグレイモンは大切な存在だった。

 彼にとって後も先も周りも何も関係なかった。大切なもののために、自分もまたすべてを賭ける。無意識的にでも、勇はそう思っていたのだろう。他人に自分のすべてを賭けるには勇気がいる。無意識的だろうと、その勇気が勇を動かしていたのだ。

 

「がばっ……!」

 

 とはいえ、現実は無情だった。どれだけ精神的にやる気があろうと、スカルグレイモンに届くよりも前に勇の身体は限界だった。

 身体が動かなくなる。意識が薄れ行く。それでも、最後の最後まで勇はスカルグレイモンめがけて手を伸ばし続けた。

 何者にも、それこそ死や限界にすら囚われず、ただ進む意思。それは万物を照らす太陽にも似たもので――。

 

――聞こえたよ。勇の声!――

「……?」

 

 聞こえた懐かしい声の幻聴を最後に、勇の意識は途切れた。

 直後。勇の意思が途切れるのと入れ替わるように、光が暗き海を照らす。

 それは、まるで海の中に太陽が昇ったかのようだった。

 




11月21日! ついにデジアドトライの公開日ですね!
ネクストオーダーの執行者というボロボロな黒オメガモンも気になりますし……年内にはリンクスもありますし……目が離せませんね!

ともあれ、第百七話。
勇回その2。ついに彼が復活――というところで、次回に続きます。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第百八話~太陽の竜~

 暗き海の中を照らす光。それは、進化の光だった。

 ともすれば、まるで第二の太陽がこの海の中に生まれたような光景ですらあった。

 

「こっ……これはぁ……!」

 

 いきなりの事態に、メガシードラモンはうめいた。

 ありえない、と。彼の感情は目の前の光景を否定した。別にこのタイミングでの進化を否定したわけではない。こういった命の危機に進化することは往々してあることだ。

 ならば、彼はなぜ否定したというのか。

 

「ありえない……ありえない!人に与するような者が究極体などと……!」

 

 そう。それは、目の前で進化した者の成長段階を思ったからだった。スカルグレイモンは完全体だ。その有名さも相まって、間違えようもない。だが、完全体のデジモンが進化するということは、その先にあるのは一つしかない。

 だが、それこそメガシードラモンが認められないことだった。それは、そんな簡単なものではないから。数多くの者が生きるこの世界においても、数体しかいない存在。そこにたどり着けず一生を終える者の方が大多数のこの世界のおいて、そこにたどり着いた者は間違いなく伝説に名を刻まれる。

 そんな至高の存在に――究極体に、人間に与するデジモンがたどり着いた。それが、メガシードラモンは認められない、いや、認めたくないことだった。

 だが、いくら感情が否定しても、目の前にある光景は変わらない。彼の脳は、目の前にある光景が真実であると認めてしまっていた。

 

「はな……せっ!」

「ぐあっ」

「勇!」

 

 目の前の光景を否定するあまり、拘束がお留守になっていたメガシードラモン。彼は進化した目の前のデジモンに力づくで振り払われてしまい、ついでとばかりに殴り飛ばされた。

 その直後、凄まじい速さで泳ぎ始めたそのデジモン。彼は海の中に沈みそうな勇と、ついでに水面辺りであっぷあっぷともがいていたピヨモンをその手に乗せて海を脱出した。

 

「勇!勇……!」

「……」

 

 海を脱出したそのデジモンは勇に声をかける。

 

「勇……起きて!」

「う……がはっ」

 

 聞こえた懐かしい声。その声は、勇にとって久しぶりな彼の声だった。スカルグレイモンに進化してしまって、それからずっと聞こえなかった声だった。

 それによって、勇は目を覚ます。口から飲んでしまった水を吐き出し、久しぶりの空気をたっぷりと吸う。そして、荒れた呼吸を整えて――その後のことだった。勇が今いる場所に疑問を覚えたのは。

 白い。白い地面。いや、自分は白い手のひらの上にいる。これは一体誰の。

 考えて、勇は自分たちを乗せる手のひらの主を見た。

 

「……はは」

 

 自然と笑いが溢れた。それは嬉しさからくるもので。自分の体を濡らす海水とは別に、勇は頬に伝う水の存在を感じ取った。

 だが、それも仕方ないことだろう。これは、勇にとって待ち望んだ再会なのだから。

 

「……」

「勇?どうかしたのか?」

「……いや……久しぶりだと思って……遅いぞ。本当に」

「ごめん」

「謝るのはオラの方だ。オラは……」

「謝らなくてもいいよ。その分、僕がお礼を言うから。ありがとう、勇。勇の声、聞こえてたよ」

 

 そこにいたのは、太陽の竜だった。本物の太陽を背に空を飛ぶ日輪の竜。真紅の羽を携えた光の竜。それこそ、シャイングレイモンと呼ばれる究極体デジモンだった。

 だが、勇にとって種族などどうでもよかった。勇にとって大事なこと。それは自分の大切な者と再び話ができるようになったということだけだったのだ。

 

「ぴよ……ぴよっ!?え?なにこれ……!どうなってんのー!?」

「あ、ピヨモン気がついたか?」

 

 そんな感動の再会を邪魔したのは、先ほどの敵ではなくピヨモンだった。助け出されてから息を整えることに終始していた彼女は、ようやく周囲に目を向けられるようになったのだ。だが、気がついたら、巨大な竜の手のひらにいる状態。

 まあ、彼女が混乱するのも仕方のない話ではあるか。

 

「ま、コイツのことは後で話すよ。簡単に言えばスカルグレイモンが進化したんだ」

「シャイングレイモンだよ!」

「ぴよ……スカルグレイモンが?え?それって……究極体!?」

 

 驚愕し、先ほどとは別の意味で混乱するピヨモン。

 そんなピヨモンには悪かったが、勇たちは彼女のことを放っておいて、この後のことを考え始めていた。

 

「……勇。どう思う?」

「あれほど執拗に狙ってたのに攻撃してこない……進化した直後に倒したのか?」

「いや……あれ?そういえば何かした気がしないでもないけど……ボク、勇を助けようと一生懸命だったから……」

 

 未だ何もしてこないメガシードラモンに疑問と不安を覚えながらも、勇の指示でシャイングレイモンは陸地へと戻る。

 それは、陸地へと戻ればこちらに地の利があるという判断からで、いつまでも海の上を飛んでいても仕方のないという判断からだった。

 

「……どうかしたのか?」

「来るっ!」

 

 シャイングレイモンの危機を感じさせる言葉。

 その言葉を聞いた勇とピヨモンが身構えるよりも早くのことだった。雷で出来た槍が勇たち目掛けて飛んできたのは。

 空を轟かせる雷鳴。光が走って――空気の流れから雷が来ることを悟っていたシャイングレイモンは胴体を引くことでそれを回避。

 

「勇!それから……鳥さんも!掴まって!」

「ピヨっ!?私はピヨモンよ!」

「わかった!鳥さん!」

「ぴよー!?」

 

 初撃を躱したシャイングレイモンは、即座に勇たちに自分の手のひらに掴まるように促した。それの示すところはつまり、これから動くということである。

 まあ、手のひらの上で掴まれる場所がどれほどあるかという問題があるのだが、それはほんの余談だ。

 ついでに、思った以上に掴まる場所がなくて、勇とピヨモンの二人は落とされないように苦労することになるのも、もっと余談だ。

 

「認めん!認めんぞ!人間などに与する悪魔のケモノが力を得るなど!なぜ貴様らばかり……!貴様らばかりぃいいい……!」

「見えた!メガシードラモンだ!……あれ、痣ができてる?何かあったのかな?」

「いや、十中八九お前がやったんだろ」

 

 地獄の底から響いてくるようなメガシードラモンの恨みがこもった声。そして、絶えず飛んでくる雷の槍。

 勇たちは知らないことだったが、この雷の槍はメガシードラモンの角から放たれるもの。“サンダージャベリン”と呼ばれる彼の必殺技だった。威力を低くすることで連発を可能としているのである。

 量と質。格上を前にして、メガシードラモンは後者を選んだのだ。

 

「っく……思ったよりもキツいね……!」

「大丈夫か!?」

「一応!」

 

 絶えず雷の槍が飛び交う海の上で、シャイングレイモンは動き続ける。彼は、表面上ではなんともなかったが、内心では今の状況を辛く思っていた。

 雷というのは速い。一口に雷といっても、その一瞬の中でもいろいろな種類があるため、一概にこれと言う速度はないが、それを抜きにしても早い。一番遅くとも、秒速数百キロメートルという値。最も速いものなど秒速十万キロメートルというトンデモ値まである。

 ちなみに言えば、後者は光速の三分の一の値だ。

 かのスレイヤードラモンでも、それほどの速度を出せるかと言えば怪しいものがあるだろう。他のすべてを犠牲にして限界まで速度を捻り出せば、あるいは可能性があるかもしれないというレベルだ。

 同じ究極体でも、シャイングレイモンはスピードに特化しているわけでもない。彼にそんな速度を出せるはずもないのだ。

 つまり、雷を見てから躱すことなど、シャイングレイモンには不可能なのである。

 であるならば、なぜシャイングレイモンは雷を躱せているのか。それは。

 

「ほっ……ふっ……ほぉっ!……勇……キツいんだけど」

「頑張れ!」

「頑張る!」

 

 それは、シャイングレイモンが雷が来る位置を予測しているからだ。空気の流れ、メガシードラモンの角の向き。それから雷の来る場所を予測し、雷が放たれる前から躱しているのである。

 もちろん、言う分には簡単でも、実際にやるのは簡単ではないのだが。

 とはいえ、それができるからといって、事態の解決になるかといえば否だった。

 メガシードラモンにとっては哀れであるが、そもそもこの雷の槍は、シャイングレイモンにとってたいした威力の技ではない。この雷の中を強引に突撃し、メガシードラモンを仕留めることくらいできるだろう。

 それでもそれができないのは、勇たちの存在だった。勇たちを庇うが故に、シャイングレイモンは無理な動きができない。陸地に戻って勇たちを一旦置こうにも、その瞬間に勇たちを狙われては溜まったものではない。

 結果として、シャイングレイモンは勇たちを離すことができず、何でもない格下相手に手間取ることとなってしまったのである。

 

「ぐっ……ぬぅ!墜ちよ!我が命がここで潰えても!貴様らだけは道連れにしてやる……!」

「勇!このままじゃ……!」

「わかってる!もうちょっと頑張ってくれ!」

 

 ようやく今の苦しい状況に慣れた勇は、生まれた余裕で状況打開の策を練る。だが、いくら考えても、実用的なものは一つしか思いつかなかった。

 もちろん、普段の勇ならば、あといくつかは思いつくだろう。今の状況で一つしか思いつけないのは、シャイングレイモンが進化したてだからだ。

 今の勇は、未だシャイングレイモンの正確なスペックを把握できていない。どこまでができて、どこからができないのか。その線引きがわからないのだ。

 だからこそ、勇が思いつく作戦にも制限が生まれている。

 

「仕方ない!シャイングレイモン!オレたちは大丈夫だから……突っ込め!」

「……うん!わかった!」

 

 それでも、全く思いつかないよりはよかった。思いついた一つだけを、勇はシャイングレイモンに伝える。

 シャイングレイモンは、勇たちを庇いながらでも雷を躱すことができる。現状からそれがわかるからこそ、勇は突撃の指示を出した。

 勇のその言葉を信じ、突撃をはじめるシャイングレイモン。

 距離を詰められ始めたことに気づいたのだろう。メガシードラモンは、先ほどにも増して苛烈に雷を放り続ける。

 

「ぬぅうおおおおおお!来るなぁ!」

「行くよ!」

 

 一歩一歩ゆっくりと、されど確実に近づく。数分もしないうちに、シャイングレイモンはメガシードラモンの下へとたどり着いていた。

 たどり着いた彼は、勇たちを乗せていない方の拳を振り上げる。そして、メガシードラモンめがけて振り下ろして――。

 

「まだだ……まだだ!まだ負けん!」

 

 轟音と共に海面から遥か上空まで水飛沫が舞い上がる。

 だが、水に衝撃を吸収されたのか、それとも初めから躱されたのか。シャイングレイモンは、メガシードラモンに攻撃をくらわせた手応えを感じられなかった。

 舞い上がった水飛沫が雨となって落ちる中、シャイングレイモンはメガシードラモンを見失った。

 

「どこに……?逃げた?」

「油断するなよ。海を割るくらいの威力で見えなくなったなら、そう言ってもいいかもしれないけど……な」

「流石に勇たちを手の持っている状態で海を割るのは無理だよ」

「割れるのかよ!そっちに驚きだ……下だ!」

 

 勇の声にハッとなって気づき、シャイングレイモンは下を見た。が、遅い。メガシードラモンの方が一歩速かった。

 海中からの強襲。まるで幻想的なまでの大ジャンプと共に海中から現れたメガシードラモンは、自身の体をシャイングレイモンの尾に巻きつけた。このまま振り回し、水中に叩き落とすつもりなのだろう。

 

「負けられん!負けられんのだ!うぉおおおおお!」

 

 力一杯、メガシードラモンはシャイングレイモンを連れて海へと戻ろうとする。が、そんなメガシードラモンは、敗北を恐れるあまりに忘れていた。

 腐っても、ハンデがあっても、目の前にいるのは究極体というデジモンたちの頂点であることに。

 その時、客観的に見ればメガシードラモンは一ミリたりとも動けていなかった。傍から見ていれば、必死に力を込めてシャイングレイモンを引いているのは明らかだったというのに。

 

「負けられない、か。でも……それはボクも同じだよ!おりゃぁっ!」

「なっ……!」

 

 一瞬後。

 グルリ、と。一回転したシャイングレイモンにメガシードラモンは逆に引っ張られる形で投げ飛ばされて。その先にあったのは、この戦いが始まる前に一部が崩壊した崖。

 図らずも、崖の崩壊から始まったこの戦いは、崖にメガシードラモンが叩きつけられて決着となったのだった。

 

 

 

 

 

 戦いは終わった。メガシードラモンは、引き上げられた崖の上でダメージによって気絶している。

 そんなメガシードラモンを横目に見ながら、勇はシャイングレイモンと感動の再会の続きをしていた――わけもなく。

 

「うげぇ……」

「目が……目の前が……ぴよぴよ……」

「ご、ごめん」

 

 勇とピヨモンは、目を回しながら気持ち悪そうにしていて、その横でシャイングレイモンが申し訳なさそうにしていた。

 理由はもちろん、最後のアレである。最後の一回転によって勇たちはシェイクされて、その結果としてこうなっているのだ。

 

「……やっと気持ち悪さが収まってきた……これからはこういうことにも慣れていかないとな……うぷ……」

「ぴよ……無理……」

 

 それでも、かれこれ数分が経とうとしていて、気持ち悪さもだいぶ治まってきたようである。少なくとも、話す余裕くらいは生まれてきていた。

 とはいえ、そんな彼らと同じくらいのことだった。

 

「なぜワシを殺さぬ……!」

 

 メガシードラモンが目を覚ましたのは。納得がいかないとばかりの、不機嫌な表情で勇たちを睨むメガシードラモン。そこには、ほんの少しの疑問の響きもあった。

 そんなメガシードラモンには、未だ調子が悪い勇とピヨモンの代わりに、シャイングレイモンが答える。

 

「だって……君を殺す理由なんてないじゃないか」

「何?人間とそれに与する貴様らだ。殺す理由なんていくらでもあるだろう!」

「いや、人間とそのパートナーってだけで同一視されちゃ適わないんだけどなー……人間にだって良い人はいるよ」

「信じるものか!」

 

 取り付く島もない。信じられないのか、信じるつもりがないのか。メガシードラモンは、未だ勇たちを睨んだままだった。それほどまでに、人間に対して憎しみを抱いているらしい。

 そんな彼の姿を疑問に思って、勇が質問する。

 

「……うぷ……どうして……そこまで言うんだよ」

「……それを貴様らが言うのか!」

「いや、だから、オラたちは……」

「人間とそれに与する者たちは我らが子らを!我が同胞を!虐殺し誘拐し!いくつもの罪を重ねた!生かしてはおけぬ!」

「それは……でも、そんなのは少数派で……」

「信じるものか!ここ以外でも似たようなことが起きていると聞いた!人間などという種は害悪にしかならぬ!」

 

 まるで堰を切ったように、メガシードラモンの口から溢れ出す言葉の数々。

 そこには、確かな人間に対する憎しみだけがあった。ここまで憎しみを持つ者を見たのは、勇としても初めてで思わず怯んでしまう。今、勇の胸の内には、言いようのない悲しみがどうしようもなく溢れていた。

 

「害悪って……人間の中にも良いヒトはいるわ!」

「小鳥は黙っとれ!」

「ぴよ……!」

「ワシは認めん……認めんからな!……せめて道連れにっ!」

 

 その瞬間に、メガシードラモンは勇めがけて飛びかかる。勝負に負けてしまっても、憎しみだけは発散するという恐ろしいまでの執念だけがそこにあった。

 いきなりに驚く勇は、驚いているがゆえに動けない。そんな勇に、メガシードラモンが届く。

 

「勇はやらせないよっ!はぁっ!」

「っぐあっ!」

 

 その直前で、シャイングレイモンがメガシードラモンを殴り飛ばした。

 殴り飛ばされたメガシードラモンは、そのまま崖を超えて海へと落ちていって。ぼちゃん、と。そんな水音と共に海に沈んで見えなくなった。

 

「今……お前……」

 

 勇は気づいていた。シャイングレイモンが、メガシードラモンを殺さなかったことに。殴りながらも、海へと吹き飛ばし、そのまま逃げられるように計らったことに。

 それに気づいた上で、何も言わなかった。シャイングレイモンがそう決めたのなら、それでいいと思って。

 

「ボクにはね。スカルグレイモンだった時の記憶はぼんやりとあるんだ。ぼんやりとだけど……」

「……?」

「……一つだけ言うのなら、あのメガシードラモンはきっと守っていたんだよ。帰る場所を。もうなくなっちゃって、それでも捨てられないあの場所を」

 

 スカルグレイモンだった時、シャイングレイモンは見たのだ。

 海に沈んだ街の姿を。そして、その街を守るかのように不自然な動きで戦うメガシードラモンの姿を。

 もし、メガシードラモンがなりふり構わずの戦い方をしていたのならば、進化する前に負けてしまっていたかもしれない。

 シャイングレイモンがそう思うほどに、水中での戦いの間にはメガシードラモンの戦い方に不自然な部分があったのだ。

 

「そっか……じゃ、引き分けだな」

「そうだね。でも、もし今度があるのなら……その時はもっと気持ちよく戦いたいな」

「……そうだな。負けられないな」

 

 あの憎しみに満ちた声を振り返って、そう呟く勇とシャイングレイモンの二人。

 だが、この場にいるもう一匹は、こんな暗い空気はそろそろお腹いっぱいだった。どうにかしたかった。

 だからこそ――。

 

「でも、進化したってことは……もう毎日の追いかけっこはないってことピヨね。ちょっと寂しい気もするぴよ」

 

 この場を明るくするために、こう呟いて。そんな彼女は気づいていなかった。これは、とんでもない地雷であったということに。

 勇は、ピヨモンに気遣われたことに気がついていた。気づいていたからこそ、ピヨモンの気遣いをありがたく思い、それに乗った。

 問題は――そう。問題は、冗談の通じない天然バカことシャイングレイモンの方だった。

 

「……へぇ。寂しいってことは……鳥さんはあの追いかけっこを毎日したいんだね!わかった!ボク頑張るよ!」

「鳥さんじゃなくてピヨモンだって……って、え?冗談……ぴよ?」

「……?何が?」

「ぴよー!?」

 

 ここに来てようやくピヨモンは気がついた。

 勇が、惜しい人を亡くしたと言いたいかのような視線でピヨモンを見ていたことに。この先に待ち受けているだろう自分の運命に。

 今この瞬間に、ピヨモンにとって絶望的な未来が決まったのだった。

 




ということで、第百八話。

これにて勇サイドは終了です。
次回からはまた大成たちの方に戻ります。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第百九話~救出のために動き出す~

 レオルモンが起床した翌日のこと。

 太陽がちょうど真上に登る正午の時間。大成たちは、復興作業著しい学術院の街中を歩き、ウィザーモンの下へと向かって歩いていた。

 メンバーは大成とスティングモン、旅人とスレイヤードラモンとドルグレモン、そしてレオルモン。今動けるメンバー全員が優希救出に向けて行くことになる。

 

「ふむ。来たな。時間通りのようで何よりだ」

 

 ウィザーモンがいたのは、以前片成がナムと出会った公園、の跡地だった。

 ここもやはり先の襲撃でボロボロになってしまっていて、今度作り直されることになる。そのため、敷地面積のほとんどが更地となっていて、瓦礫やゴミも撤去されていた。

 本当に地面があるだけ。そんな場所だった。

 そんな場所で、ウィザーモンは巨大な魔法陣を描いて大成たちを待っていたのだ。

 

「時間通りって……セバスが急かすんだよ。気持ちはわかるけど……朝五時から起こされるのは勘弁して欲しいぜ……」

「うっ……しっ、しかしですな!大成殿は寝坊癖がありますからして、寝坊などしないように……!」

「こんな時に寝坊なんかしねぇよ。……たぶん」

 

 大成とスティングモンの二人が眠そうなこと以外は、いつも通りの様子。そんな彼らの様子にウィザーモンは頼もしさすら感じていた。

 

「ふむ。頼もしいな。これなら、どうにかなるだろう」

 

 この優希救出作戦は失敗することができないほどの重大任務と言っていい。必ず成功させなければならない。

 それは、レオルモンのためや、自分の感情のためだけでなかった。

 この作戦の失敗はこの街の、いや、もしかしたらこの世界全体に関わるほどの大事になるかもしれない。そのことにウィザーモンは気づいていたからだった。

 

「そういえば、どこに着くかわからないんだよな?帰りはどうするんだ」

「ああ、いい質問だ大成。帰りは旅人とスレイヤードラモンにどうにかしてもらえ」

「え?」

「あ?」

 

 大成の質問に、何でもないことのようにあっさりと返すウィザーモン。そんな彼の姿を前にして、大成も帰り道の心配はなくなった。

 とはいえ、ウィザーモンに丸投げされた二人には初耳の事実だったのだが。

 

「というわけだ。頼むぞ。二人とも」

「……別にいいけどさ」

「初めに言っておいて欲しかったな」

「ぼっ僕は!?」

「ドルグレモン。帰り道で君はそれほどやることがないだろう」

「酷い!」

 

 何が気に食わないのか、旅人とスレイヤードラモンを恨めしそうに睨むドルグレモン。

 普通はそこでウィザーモンを見るんじゃないだろうか、と。そんなことを旅人は思う。

 いつも通りの、いつも通り過ぎる時間が過ぎ行っていた。リラックスするという意味では、こういう雰囲気は大切だろう。

 だが、まあ――。

 

「……そろそろ行きませぬかな?」

 

 だが、まあ、残念ながらと言うか、当たり前と言うか。

 なかなか出発しない現状に、最も優希救出を渇望しているだろうレオルモンはイライラしていたのだが。

 

「まぁ、そうだな。んじゃ、行くか!」

 

 レオルモンが怖かったわけでは決してない。決してないが、レオルモンがイライラしているのがわかったからこそ、大成はそんなことを言った。

 まあ、確かにいつまでもこうしている訳にもいかない。大成たちはウィザーモンに案内されるままに、地面に描かれた魔法陣の中に立たされた。

 

「さて、それでは優希のことは頼むぞ。個人的にも……この街の特別名誉教授としてもな」

「……?それってどういう意味だよ?」

「何。気にするな。どちらにせよ、君たちのやることは変わらない」

 

 魔法陣が光を放つ。それを構成する文字や線。それら一つ一つがさまざまな色を放って、ともすれば、これはとても幻想的な光景だった。

 それでも、今の大成たちにその景色を楽しむ余裕はない。これから、敵地のど真ん中に行くことが予想できて、今更ながらに緊張してきていたのだ。

 緊張せず、いつも通りにのほほんとしていたのは、旅人とそのパートナー二人組だけだった。

 

「なんで旅人たちはそんないつも通りなんだよ……」

「なんで……って言われても。なぁ?」

「ねぇ?」

「ま、確かにな」

 

 緊張している様子が見受けられない旅人たちに、その理由を尋ねた大成。あわよくばその秘訣でも教えてもらおうと思ったからこその質問だったが、残念ながら教えてもらえなかった。

 まあ、これに関しては経験と言うしかないので、仕方ないのだが。

 そうこうしている間にも、魔法陣が光はさらに強くなっていく。光を放ち始めて数十秒も経つ頃には、大成たちはその眩しすぎる光に、周りがほとんど見えなくなっていた。

 状況を知ることができるのは、互いの声だけ。

 いよいよその時が近くなっていることを大成は感じた。

 

「ああ、敵もさることでな。詳しい居場所を掴めなかった。近くには出るだろうが、優希の真正面に出ることは無理だろう。もしかしたら少々探すことになるかもしれん」

「え……?そういうことはもっと早く言えよ!」

「別になんてことありませんぞ大成殿。……優希の近くに行けるだけで儲けものだ。絶対優希を助け出す」

「え?今喋ったのってセバスか?」

 

 そんな、お互いの状況が見えない中で聞こえてくる声。

 聞きなれた声であるからこそ、誰の言葉であるかは大成にもすぐわかった。まあ、口調の違いに多少戸惑ったりしたが。

 

「今の状況で僕はこの街から離れられない。頼んだぞ」

 

 ウィザーモンのその言葉がどこからか聞こえてきて、その数秒後。

 白くなった視界に次いで、一瞬だけの浮遊感が大成たちを襲う。大成たちがそれを感じて、その直後のことだった。

 

「ここは……」

「着いたんですかね?」

 

 大成たちは、森の中にいた。深く、そして巨大な森だった。

 木々は大きく、軽く見積もっても十数メートルほどの高さがある。幹は、手を広げた大人が数人がかりでなければ一周できないほど太い。人間世界の木と成長率が同じならば、樹齢にして千年以上はあるだろう。それほどの木が、普通に生えている。

 ここは、そんな森だった。

 

「タイムスリップしたみたいだ!」

「大成さん……世界を超えている時点で元々似たようなものじゃないですか」

「……それもそうか」

 

 周りを見渡せば見渡すほど、必ず大きな木々の一部が目に入る。

 そんな大きすぎる木々のせいで、大成は自分が小さくなってしまったかにような錯覚さえしてしまった。

 まあ、そんな森の木々のことはともかくとして。

 森のスケールの大きさに圧倒されていた大成だったが、ハッとしてこの森へと来た理由を思い出した。そんな大成が見渡せば、すでにレオルモンや旅人たちは森の木々に触れたりして、森の様子を探っていた。

 

「ここら辺に優希がいるとかだけど……どう思う?」

「そうですな。旅人殿。木々のせいで視界が悪いですからな。しばらく別行動で探した方が効率が良くありませんかな?」

「……優希のことで焦ってるのはわかるけど、そりゃダメだろ」

「なぜですかな。大成殿」

 

 いや、何故も何も、と。そう思いながら、大成はいつもとは違って察しの悪いレオルモンに頬が引き攣る。さらに、意見した自分に彼のイライラとした視線がぶつけられて、大成はさらに頬が引き攣った。

 

「どうやら、冷静に見えるのは外側だけみたいだな。セバス。だって、誘拐犯がいるかもしれないこの森で別れるのはダメだろ」

「しかし……!」

「気持ちはわかるけどさ。でも、もし別れて迷子になったり、別れてから敵に襲われたらそれこそ危険だぜ?」

 

 大成の言うことにも一理あった。焦燥感が苛むレオルモンにも、それくらいはわかる。それでも、レオルモンは効率を重視したかった。

 ここには片成たちのような操られている者たち、操っている者たちがいるかもしれない以上、安全をとるべきだというのが大成の意見。それをわかった上で、それでもなお優希を早く助けたいから、効率をとるべきだというのが、レオルモンの意見だった。

 どちらも間違ってはいない。ようするには、効率をとるか、安全をとるかだ。

 

「むぅう……たっ旅人殿はどちらですかな!」

「ん?オレ?」

 

 意見が割れた時、意見の決定はリーダーの一言か、それか多数決というのが一般的。

 だからこそ、レオルモンは傍観していた旅人たちの意見を聞く。

 いきなり話題を振られたことには驚いた。だが、聞かれたことは聞かれたのだ。だからこそ、とりあえず旅人は自分の率直な意見を言う。

 

「どっちでもいいけどさ。でも、こうしている間にも探した方が良くないか?」

「……それもそうですな」

 

 旅人の一言で、大成とレオルモンを含めたこの場の全員がハッとなって気づく。

 あくまで、ここには優希を助けに来たことに。どのような方法、どのような効率であれ、優希を見つけ、助け出せばそれでいいことに。

 ともあれ、結局は効率さよりも安全さをとることになる。

 決めてはこの後のスレイヤードラモンの言葉。未知の場所でバラバラになるのは危険だろうというその言葉で、全員が共に動くことが決まったのだった。

 

「さて……考えられるのは二つか?そこらだよな」

「え?何がですか?」

 

 草の根を掻き分けるように、怪しいものは微塵も見逃さないとばかりに、大成たちは注意して進む。が、怪しいものなど見当たらなかった。というか、どこからどう見ても普通の巨大な森である。

 本当に優希はここにいるのだろうか、と。何人かがそう不安になっていた時にスレイヤードラモンが言ったのが、上の言葉だった。

 スティングモンの聞き返しに、彼は自分の考えたことを簡潔に言っていく。

 

「この森は一つ一つの木々がデカくて、視界が悪い。この木々の間や上に建物が隠れされている可能性が一つ。もう一つが……」

「もう一つが?」

「……地下にいる可能性だな」

 

 スレイヤードラモンの言葉に、大成たちはハッとなった。確かにその可能性はありうる、と。

 今まで、大成たちは地上だけを探していた。視界に映るものは逃さず見ていた。が、逆に視界の外にはあまり注意をしていなかった。地下は言うに及ばず、それこそ木々の上の方でさえも。

 以前の大成とは違って、拐われた者がわかりやすい場所にいるとは限らない。そのことに、大成たちは今更ながらに気づいたのだ。

 

「っく……!それではどうすれば……!」

 

 どうすればいいのか、と。新たに浮上した可能性に、レオルモンは苦々しく呟いた。

 木々の上の方はまだいい。だが、地下などはそれこそ確かめようがない。掘り返せば別だろうが、優希がいるかもしれない現状で、あまり手荒なことはできない。

 

「……!そうだ!旅人のカード!何かそういうの無いのか!?人探せるやつ!」

「悪い。無い」

 

 即答だった。まあ、仕方がない。

 旅人の持つカードは、確かにいくつも種類がある。が、無いものは無い。

 アイディアと修練でいくらでも幅を利かせられるウィザーモンたちの魔術とは違って、今の旅人のカードはそれほど利便性に富んでいる訳ではない。出来ることは多いが、出来ないことも当然のようにあるのだ。

 

「旅人役立たずだね~」

「ドルは黙ってろ。でも、地下なら入口があるはずだろ。あと、上ならしっかり見てればいいし……」

「結局、それしかねぇだろうな」

「じゃ、地下の可能性を考えて、僕が掘り返す~?」

「いや、ダメだろ」

 

 どうやっても不可能、もしくは無意味な案ばかりが飛び交う。もちろん、そうしている間にもしっかりと探しているのだが、やはり怪しいものは見つからない。

 こうも見つからないとなれば、犯人たちはよほど高度に隠蔽しているのだろう。

 

「この辺りにはいないのか……?」

「いやいや大成。諦めるのは早いぞ。他力本願な方法もないわけでもないしな。諦めずに探せ」

「他力本願……な方法?どんなのだよ?」

「他力本願過ぎて運が良くねぇと使えねぇから、しばらくは地道に探すぞ」

 

 スレイヤードラモンの言う他力本願な方法。首を傾げた大成は、他の面々を見る。が、他の面々にも何のことかわからないらしい。大成の疑問の視線に答えられる者はいなかった。

 そして、この頃には探し始めて一時間が経過していて。焦燥感ゆえに感じているストレスによって、レオルモンは不機嫌に拍車がかかっていた――が、そんな時のことだった。

 

「まさか他力本願な方法で行けるなんてな……」

「……?」

 

 呆れたように、スレイヤードラモンは呟いた。

 小さいながら、この場の全員に聞こえたその呟き。それを前にして、この場の全員が疑問に首を傾げる。が、次の瞬間には、その疑問は氷解することとなった。

 

「こんなところまで来るなんて……執念というべきですか」

「アンタは……!」

 

 木の陰から現れたのは、人間の女性だ。

 ゲームの中のアバターと現実の人間ということで僅かながらに違いはあるが、以前、あのゲームの中で大成と優希が出会ったあの女性と同じ姿の女性。おそらくは同一人物だろう。

 これはチャンスだった。今までなかった人物が出てきたのだ。彼女を捕まえれば、何かしらわかるだろう。

 

「なんで出て来たんだ?隠れてりゃ、俺たちは見つけられなかったかもしれなかったのに」

「バケモノに言う必要はありません」

「……ムカつくな。旅人。やっていいか?」

「いや、ちょっと落ち着けよ」

 

 究極体のスレイヤードラモンにすら、忌々しげな目で睨むその女性。その姿には、初見の旅人たちですら、彼女のデジモン嫌いを感じさせられた。

 とはいえ、彼女がデジモン嫌いであろうとなかろうと関係はない。とにかく彼女を捕まえればいい。

 そう考えて、大成たちは自然と構えていた。

 

「……ここで始末します。我々が……そして、この者たちが」

「……おいおい」

 

 思わず、全員の頬が引き攣った。

 一体どこに潜んでいたというのか。

 彼女の声に合わせるように出てきたのは、数百を超える数の人間たちとそのパートナーであろうデジモンたちで。その誰もが正気を失っているかのように、半開きの口で虚ろな目をしていた。

 

「うわ~……これだけの数と戦うのは流石に初めてだね……」

「これって……」

「間違いなく、学術院の街を襲った奴らと同じことされてんな。予想はしていた。していた……が、この数は予想外だな」

 

 引き攣った頬のまま、スレイヤードラモンが言う。

 スレイヤードラモンとしても、この数は面倒だった。操られている者を倒すのは彼としても望まない。倒すだけならば容易いが、傷つけないように戦闘不能状態に追い込む必要を考えれば、面倒では言い足りない。

 しかも、それはスレイヤードラモンの場合だ。

 いろいろな意味で経験豊富な旅人とドルグレモンはともかくとして、大成たちにこの数相手はキツかった。

 

「どうしようか……」

「いや、どうしようもないだろ、大成。やるしかないさ。やるしか。……はぁ。面倒だ」

「そうですぞ!お嬢様を助けるためにはここを超えなければならないのですからな!」

「わかってるよ。イモ!」

「わかってます!頑張りましょう!」

 

 優希を助けるためにも、ここで逃げるわけにはいかない。

 そう考えて――この直後。大成たちは、この数百の敵に戦いを挑む。

 




というわけで、第百九話。

いよいよ救出――と、思いきや。そう上手くはいかないようです。
そんなわけで、次回から戦闘ですね。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第百十話~破壊竜復活!~

 轟音轟く森の中。土色や黒色の煙が上がる森の中。木々が倒れ、すごい勢いで禿げていく森の中。

 今、その森はそんな風にいくつもの顔を見せていた。それもこれも――。

 

「おりゃぁああああ~!」

「はっ!ふっ!」

 

 すべては、洗脳されているだろう人間とデジモンたち相手にはっちゃけているドルグレモンとスレイヤードラモンのせいである。

 大成たちの前に現れた人間たちが連れているデジモンは、その大半が完全体だった。それでも、数だけ揃えても意味はないとばかりに、ドルグレモンたち二人は蹴散らしている。

 それこそ、大成とスティングモン、レオルモンの出番がないほどだった。

 

「これ、俺たちいらなくね?」

「いや、そんなことは……は……どうでしょうね?」

 

 数百を超える敵という前代未聞を前にして、せっかく覚悟を決めてやる気を出したのに、この体たらく。大成とスティングモンは行き場のなくなったやる気を持て余していた。

 

「いや、やることはあるだろ」

「旅人?いや、そう言われたって……旅人だって手持ち無沙汰にしてるじゃんか」

「失礼な!オレだって役立たずじゃないんだから、やることやってる!」

「……旅人さん、さっきドルグレモンさんに言われたこと気にしてたんですね」

「っぐ!まぁいいだろ!」

 

 ちなみに、この一連の会話の間、スティングモンが今にも飛び出していきそうなレオルモンをずっとその手で抑えながら話していたりするのだが、それはほんの余談である。

 鋭いスティングモンの一言に、旅人は胸を痛める。痛めるが、痛めながらも、旅人はとある方向を指差した。そこは、先ほどあの女性がいた場所で。

 だが、いつの間にかあの女性はいなくなっていた。

 

「あいつまた……!」

「そういや、大成たちは会ったことあるんだっけか?アイツは戦いが始まった直後にどっかに消えた。たぶん、面倒事はこの大勢に任せて、自分は高みの見物ってことだろうな」

「えっ!?ってことは……せっかくの手がかりが逃げちゃったってことじゃないですか!」

 

 あの女性は、優希の居場所を掴むための最大の手がかりだった。それが、いなくなってしまったのだ。スティングモンが慌ててしまうのも仕方のないことだろう。内心では、大成も慌てていた。

 だが、そんな風に慌てる大成たちとは打って変わって、旅人は呑気に構えている。その姿は、別に慌てるまでもない、と言っているよう。

 そんな旅人の姿を見て、大成たちは気づいた。旅人は、何かを知っているか、もしくは何かに気づいている。

 

「旅人。どうすればいいんだ?」

「そうです!早く教えてください!セバスさんを掴まえておくのものも大変なんです!」

「……オレも確実なことは言えないんだけどな。まぁ……なんとなくそんな気がするんだよ。この状況で、あの女のことを考えるとな」

「どういうことですか?」

「んー……教えるよりも見せた方が早いんだけど……この状況だとな」

 

 そこまで言って、旅人は周りを見渡した。

 スレイヤードラモンとドルグレモンの奮闘で、周囲には気絶したデジモンと人間の山が出来ていた。が、それでもなお、まだまだ健在な者たちもいる。これではもう少しかかるだろう。

 そう思ったからこそ、旅人はしばらく考えて、ちょっと無理をすることにした。

 

「突っ切るぞ」

「……は?」

「え?……ま、まさか」

「そのまさかだ。レオルモンも頭は冷えているな?」

「……いい加減に離してくれませぬかな?もう飛び出していこうとはしないのでな」

 

 スティングモンにずっと掴まえられていたからだろう。レオルモンの声は、不機嫌だった。

 そんなレオルモンに従うように、スティングモンはレオルモンを離した。解放されたレオルモン。彼も話を聞いていたのだろう。すぐさま、旅人を見て、次の言葉を待った。

 そんなレオルモンの姿に頷いて――旅人は、「行くぞ」と言って駆け出した。

 

「気をつけろよ!距離的には十数メートルだろうけどな!リュウ!ドル!サポート任せた!」

「うわっ!なんか掠ったぞ!」

「気合で躱せ!本気でまずいのはドルたちが何とかしてくれる!」

 

 おそらく、大成にとって人生で最も長く感じられた十数メートルだった。

 炎や水、氷に雷。自然現象ならざる超常の力が飛び交う中を、たかが十数メートルとはいえダッシュ。もちろん、かつての究極体との邂逅などと比べれば屁ではない。屁ではない、が。それでも、キツいものはキツいのだ。

 スレイヤードラモンの剣が伸びて、大成たちの頭上を過ぎ行く。その剣は大成たちの行く先にいた一体のスカルグレイモンとその傍にいた人間を吹き飛ばした。

 

「リュウサンキュー!……スカルグレイモン、か。勇さんのスカルグレイモンだったら……!」

 

 助けてくれたスレイヤードラモンにお礼を言いながらも、大成は恐ろしい想像に肩を震わせた。この場にいるデジモンたちの中には、エテモンやスカルグレイモンなど、大成たちも見たことのあるデジモンたちが何体か存在している。

 もちろん、この場にいる個体は、大成たちと知り合った個体ではない。ではないのだが、先ほどのスカルグレイモンを見て、大成は“あの”勇が敵に回ったという恐ろしい想像をしてしまったのだ。

 

「大成さん!そんなこと言ってる場合じゃないですよ!」

「っ!わかってる!」

 

 スティングモンの叱咤に、大成は首を振ってその恐ろしい考えを頭の中から排除した。今は余所事を考えている場合ではない、と。

 大成たちが走った時間は、実際数秒にも満たないだろう。彼らは掛け値なしに全力疾走したのだから。それでも、大成にはもっと長く感じられた。

 スレイヤードラモンたちのサポートによって当たらないとはわかっていても、大成には自分に迫り来る攻撃の数々が恐ろしかったのである。

 

「着いた!ここら辺だ!」

「……って、何にもないぞ!」

 

 何もない木の根元。一足では跨げないほど太いその木の根の前で旅人は立ち止まった。

 だが、大成の言った通り、そこには何もない。いったいどういうことなのか、と。そんな思いを込めた視線で、大成は旅人を見た。

 一方で、大成にそんな目で見られている旅人は、見られていることなどお構いなしに何かを探している。

 

「だから、どういうことなんだよ。詳しく教えてくれ!」

「んあ?ああ、悪い。さっきの女は急に現れた。で、急に消えた。妙だと思ったんだよ」

「確かに、急に現れたり消えたりしたら……」

「いや、それもそうだけど、そうじゃなくてな」

「……?」

 

 状況も忘れて、大成たちは旅人の引っかかる物言いに首を傾げた。大成たちには、旅人の意図がわからなくて。大成たちにあったのは、早く言えというイラつきだけだった。

 

「ずっとオレはあの女を見てたけど、あの女は目の前で消えた。いつの間にか、じゃない。目の前で、だ」

「それって……」

「ああ。ここを探ってみたけど、やっぱり何もない。だろ?ってことは、転移とか……そういう感じのだろうな。たぶん、この大勢のデジモンたちも同じ感じで現れたはずだ」

 

 旅人の言葉に、大成たちは愕然とした。

 もちろん、別に転移という現象に驚いたわけではない。テレポートとも言えるあの現象は、大成たちも先ほど体験したばかりで、できる者にはできることはわかっている。

 なら何に大成たちは驚いたというのか。

 それは、自分たちがここで探していることが無意味かもしれないという可能性に、だった。

 

「ってことは、転移って離れたところに一瞬で行けるんだろ!?優希がここにいないってことじゃんか!」

「っ!そ、そんな……」

 

 大成の言葉に、ショックを受けるレオルモン。それはまるで、絶望してしまったかのような表情だった。

 一方で、旅人とスティングモンの二人はそんな大成たちの様子に首を傾げていた。どうしてそういう結論になるのかが理解できなかったのである。

 

「いや、そういうわけじゃないだろ」

「え?……違うのか?」

「旅人さんの言う通りですよ。ウィザーモンさんは僕たちをここに送ってくれたんですから、この近くにいるでしょう?」

「それに、何もない場所なら、こんな風に襲われないしな」

 

 旅人とスティングモンの否定の言葉に、レオルモンと大成の二人はホッと安堵の息を吐いて立ち直る。が、その顔にはありありと疑問が浮かんでいて、未だ納得できていないようだった。

 

「じゃ、どこに……?」

「行き帰りに転移が必要な場所で、この近く。となると、さっきリュウも言ってたろ」

「……まさか?」

「ああ。地下か空の上か……そのどっちかだろうな」

 

 空の上にあるのか、地下にあるのか。どっちかなのか、どっちもなのか。確かなことは旅人には言えない。ウィザーモン並の頭があればわかったかもしれないが、旅人にはそこまでの頭はない。

 それでも、予想だろうと場所を絞り込めたというのは、暗闇に僅かな光が見えたのと同じことだった。だからこそ、大成たちは顔を明るくしていた。

 

「……でも、どうする?」

「地面を掘り起こすのは危険ゆえに時間がかかりますな。空の方から探すのがいいかもしれませぬ」

「おっ……セバスはやっと冷静になってきたか?確かにそうだな。リュウ!頼む!」

「何が!?わかりやすく用件を言え!用件を!」

「空を探せ!」

 

 レオルモンの言葉を聞いて、旅人はスレイヤードラモンに大声で声をかけた。地下はともかくとして、空の上を探すのならば、この中で最も速いスレイヤードラモンが適任である。

 探している間、ドルグレモンの負担が増えたり、旅人たちが若干無防備になってしまうが、それは仕方のないことだった。

 

「ったく……!」

 

 主語を除いた先ほどの短い言葉の中でも、スレイヤードラモンは旅人の言いたいことを感じ取ったようである。呆れたような呟きを残して、彼の姿は一瞬で消えた。

 彼は強引に木々の間を抜けたのだろう。木の葉がパラパラと落ちてくる。

 

「さて、スレイヤードラモンがいない分、気合入れて生き残らないとな」

「……そうだった!」

 

 落ちてくる木の葉をぼんやりと眺めていた大成たちだったが、旅人の言葉でハッとして思い出した。この場が、常時攻撃に晒されている危険地帯であったことに。

 気づいた瞬間に気づいた、自分の下に飛んできそうな数十の攻撃。乱戦ゆえに狙いは悪かったのか。幸いにして、大成たちはそれらをギリギリで躱すことができた。が、大成たちの心臓はバクバクと鳴っていた。

 

「旅人!ビンゴだ!上空に何かあるぞ!」

 

 まあ、そんな風に心臓に悪い思いをした甲斐があったのだろう。

 数秒後に戻ってきたスレイヤードラモンの告げた言葉は、今日一番の朗報だった。

 

「本当か!?」

「ああ!なんか透明で隠されてたけど、デカイ何かがあった!」

「よし。なら、リュウ!こいつら頼んだ!」

 

 そう言って旅人が差し出したのは、大成たちだった。

 旅人の言いたいことはスレイヤードラモンにもわかった。旅人は、二手に別れるつもりなのだ。確かに、そちらの方が効率的だろう。優希救出のことを考えるのならば特に。

 大成たちを任されて突入組に組み込まれている。そのことにどこか納得できなかったスレイヤードラモン。いろいろと言いたいことはあったが、この時間のない状況で文句は言えなかった。

 ちなみに言えば、旅人のこの人事は適当であった。

 

「っち。わかった。さっさと来いよ!……スティングモン!行くぞ来い!ぼさっとすんな!」

「あっ!はいっ……!」

 

 ともあれ、スレイヤードラモンは大成とレオルモンを抱えて空を行く。その後を、スティングモンが追って行った。

 まあ、そんな彼らの大移動をこの場にいる人間とデジモンたちが許すはずもない。逃がさぬとばかりに、彼らに向かって攻撃を放つ。

 

「set『捕縛』『爆破』!」

「おりゃぁああっ!」

 

 が、そんな攻撃は、この場に残った旅人とドルグレモンの二人によって止められた。その一瞬で、スレイヤードラモンたちは森の上へと消えていく。

 森の上へと消えていった彼らのその姿はもはや見えない。それでもなおも彼らを追おうとする者はいた。だが、そんな者たちは、ドルグレモンの突撃によって地に伏す結果となる。

 ここに来て、この場にいる人間とデジモン全員が理解した。目の前の旅人とドルグレモンを片付けなければ、彼らを追うことはできないことを。

 

「たった一人と一匹だ!袋にすれば問題ない!」

 

 誰かが、そう叫ぶ。

 今まで洗脳されていた人間やデジモンが話したところをあまり見なかった旅人だったからこそ、このようにまともに話せることには驚いた。

 

「……およ。喋れたんだな」

「旅人……さっきから結構喋ってたよ。気づかなかっただけでしょ」

「ま、そうかもな」

 

 旅人とドルグレモンの様子は、気楽を通り越していっそ余裕さえ感じられて。

 そんな旅人たちの姿には、いかに洗脳されているとはいえ、この場の誰もが怒りを抱かざるを得なかった。いや、もしかしたら洗脳されているからこそなのかもしれないが。

 ともあれ、実際に旅人たちは、この事態をそこまで深刻に捉えてはいなかった。確かに、初めよりは減ったとはいえ、未だ百を超える数の完全体デジモンと人間たちがいる。彼らを殺さずに戦闘不能というのは、旅人たちにとっても骨が折れる。

 それでもなお、旅人たちが余裕そうにしていられるのは、今までの経験ゆえのことだった。

 

「さて。ぱぱっと片付けるか」

「そうだね~……七大魔王やら、ロイヤルナイツやらと比べれば軽いしね~」

 

 まあ、比較対象がおかしいという気がしないでもない。

 ともあれ、スレイヤードラモンにさっさと来いと言われた旅人たちだ。ここで変に時間をかけるつもりはなかった。

 そんな旅人たちの一方で、この場の面々はまるで雑魚扱いされているような気さえして、その怒りは最高潮に達していた。

 

「っち。さっさと殺せ!」

 

 誰もが口々にそう叫ぶ。

 それと同時に、デジモンたちが旅人たちに殺到する――が、旅人たちの行動の方が少し早かった。

 

「んじゃ、久しぶりに行くか!」

「りょうか~い!」

「set『進化』!」

 

 まるで何でもないことのように、あまりにも気楽に使われたカード。

 それの意味するところを正確に理解できたのは、そのカードを使った旅人とその効力の対象であるドルグレモンだけだった。

 直後。殺到するデジモンたちを押しのけ、この森の木々を吹き飛ばし、ドルグレモンは進化する。

 

「うぉおおおおおおお!」

 

 現れたのは、白銀の竜。圧倒的なまでの存在感を誇る、巨竜。破壊の権化、究極の敵とさえ呼ばれるほどの究極体デジモン。ドルゴラモンという名の、破壊の竜。

 

「う……あ……」

 

 その威圧感と存在感に圧倒されて、誰もがその姿に恐れを抱く。抱いてしまう。そして、その時点で結果は決まったようなものだった。

 この一瞬後、そんな破壊の竜が暴れる。百を超える数の敵を等しくなぎ払うその姿は、まさに究極の敵。その名に相応しい姿だった。

 




というわけで、第百十話。

どこぞの敵のような題名に反して、前作主人公たちが活躍(数行)する回でした。
ドルゴラモン……約一年と二ヶ月ぶりの登場ですね。

さて、次回は……大成たちの話です。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第百十一話~物語の始まりの地~

 旅人たちにあの場を任せたスレイヤードラモンと大成たち。そんな彼らは、上空にある何かを目指して空を翔けていた。

 だが、空を飛ぶのは彼らだけではない。彼らと共に空を飛ぶのは――。

 

「リ、リュウ!?なんか後ろで木が空を飛んでるんだけど!?」

「あー……ドルのやつ暴れてんなー」

 

 そう。彼らと共に空を飛ぶのは、先ほど大成たちがいた森の木々だ。十数メートルはあろうかという太く巨大な木々が、紙のように空を舞っている。

 下手をすれば自分たちの下まで届きそうになっているものもある辺り、大成はその光景に頬を引き攣らせていた。

 

「す、スレイヤードラモンさん……下の森がすごいことになってるんですが……」

「気にすんな!」

「いや、気にするなと言われましても……」

「うるさいですぞ、スティングモン殿!スレイヤードラモン殿が気にするなと言ったのなら、気にしなければいいだけの話ではないですかな!」

 

 スティングモンが気にしている通り、眼下の森はそれはもうすごいことになっていた。具体的には、森の緑はすっかりと禿げ、土煙が巻き上がり、地形すら変わりかけているほど。

 どれだけ暴れているんだという話で、スティングモンがそんなことを思う間にも、木々は倒れ、空を舞う。時々それに混じって、デジモンたちが空を舞っていたりもして――。

 

「……」

「……」

「……」

「これ……もしかして、ドルのやつ進化したのか?うはっ……ずいぶんと久しぶりだな!」

「……リュウ?」

「ああ、本当に気にすんな。あいつの究極体はパワー馬鹿だからな。気にするだけ無駄だ。それよか、急ぐぞ。巻き込まれたら堪らん」

 

 眼下の森で繰り広げられているだろう阿鼻叫喚の地獄絵図を想像してしまい、微妙な表情となった大成たち。そんな大成たちを気にせず、スレイヤードラモンは上空の何かを睨む。

 スレイヤードラモンの視線の先。そこにあるものを、大成たちの目が捉えることはできなかった。大成たちには何も見えていなかったのだ。

 いや、もしかしたらスレイヤードラモンにも見えていないのかもしれない。ただそこに何かがある、とそれだけがわかっているのかもしれない。

 

「そろそろだ。気合入れろよ?」

「……わかった!どのみちここまで来たら引き返せないんだから……絶対に優希を助けて帰ってゲームするぞ!」

「はいっ!」

「了解ですな」

「聞いといて難だけど本当にそれでいいのか……いや、お前らしいか。それじゃ、行くぞ!」

 

 呆れたような顔で大成を見ながらも、スレイヤードラモンは大成とレオルモンをスティングモンに渡した。

 これで、彼の両腕は自由になった。両腕が塞がったままではできなかったこともできるようになった。

 すぐさま、スレイヤードラモンは自分の剣を上段に構える。別に戦うわけではないのだから、剣技や隙の大きさなど関係ない。ただ、目の前のものを切り裂くだけの威力を出せばいい。

 そのことを念頭に置いて、スレイヤードラモンは前に加速する。スティングモンを置き去りにして、加速によって得た運動エネルギーすべてを、剣に集中する。

 そして。

 

「切り裂けぇっ!」

 

 一切の躊躇なく、上段に構えた剣を振り下ろした。

 その瞬間、スレイヤードラモンの目の前に、空間の裂け目が生まれる。それは、目の前の何かを隠す透明な壁を切り裂いたからこその光景。だが、まるで剣によって空間が割かれたかのような光景だった。

 

「あれは……!?」

 

 そして、その空間の裂け目の向こう側の光景を見た瞬間、大成たちは驚くしかなかった。そこには、大成たちには()()()()()()街並みが広がっていたのだ。

 

「驚いてる暇ねぇぞ!スティングモン急げ!」

「はっ、はい!」

 

 呆然としてしまっていたスティングモンだったが、スレイヤードラモンの声によって正気を取り戻した。彼は、急いで裂け目の中へと入っていく。

 次いで、スレイヤードラモンもその中に突入。

 彼らが入ったその場所は、何らかの街だった。空に浮かぶ街。透明な壁で外部から隠蔽されている、まさに隠された街というのがふさわしい街。ゲーム“デジタルモンスター”の街によく似た街。

 

「ここは……」

「……?なんだよ。大成たちは来たことがあるのか?」

「ああ。ここは……始まりの街だ。俺たちがこの世界に来て始めにいた街だよ」

 

 そう。ここはこの世界に連れて来られた時に大成たちがいたあの始まりの街だった。すべてが始まったあの街だった。

 

「……なるほどな。ここに優希がいるかもしれないってことは、優希を連れてった連中は大成たちをこの世界に連れて来た連中と関わりがあるか、それか……」

「連れて来た者たちそのもの、ということですかな?」

「ああ。どっちにせよ面倒なことになりそうだ。大成、スティングモン、セバス。この街にいたことがあるんだろう?優希の居場所に心当たりはないのか?」

「えっと……いや。悪い」

 

 スレイヤードラモンの言葉に、大成たちはバツの悪そうな顔をして黙るしかなかった。

 この街にいた頃、大成とスティングモンは一日を無駄に過ごしていて、この街のことなどよく知らない。レオルモンは優希といろいろ調べてはいたが、この街の表面的な構造しか調べられていない。

 ようするに、大成たちもレオルモンも優希がいそうな場所に心当たりはなかった。

 

「手当たり次第に探すしかない、か?」

「……それしかねぇな」

「仕方ないですな」

 

 建物の中込みでの街の中から、人一人を探し出す。それほど大きな街ではないとはいえ、かなりの数がある建物を含めれば、気が遠くなりそうな作業であることは間違いなかった。

 それでも、やらなければならない。そんな思いで、全員が優希を探すために動き出そうとして――そんな時のことだった。

 

「それじゃまず……っ!?」

 

 初めに気づいたのは、やはりスレイヤードラモンだった。

 次いで、大成たちもそれに気づく。大成たちがいる場所よりもさらに奥。この街の中心の方にあるそれに。

 

「あれは……進化の……!」

「ってことは、あそこに優希が……!?」

 

 この街の奥に見えたもの。それは光だった。大成たちが幾度となく目にしたことのある、進化の光。

 あの光が優希の強制進化の力によってもたらされたものであるという証拠はない。が、優希の強制進化によって引き起こされたものではないという証拠もない。

 少なくとも、ノーヒントの現状では、これ以上ない手がかりではある。

 

「お嬢様!」

「っ!おい、待てセバス!」

 

 やっと得られた手がかりを逃がしてたまるか、と。そんなばかりに、レオルモンは駆け出した。

 同時に、嫌な予感しかしないスレイヤードラモンは、慌ててそんなレオルモンを追う。

 一連の行動を見ているしかなかった大成たちは、その時の光景をこう言った。まるで、“あの時”のようだったと。

 瞬間、轟音と衝撃が大成たちを襲う。

 

「えっ!?」

「んなっ……リュウ!セバス!」

 

 桁外れに強力な力が、スレイヤードラモンとレオルモンを吹き飛ばした。

 かろうじて、それだけが大成たちに理解できたことだった。それ以外のことを理解しようと、大成たちは辺りを見渡して――そして気づいた。

 上空にいる一体の黄金の鳥デジモンに。

 

「グァウアアアア!」

「……!まさか、だよな?」

「まさかですね」

 

 笑うしかなかった。大成たちには、その黄金の鳥デジモンの強さがわかってしまったから。

 気づくべきだったのだ。先ほどの進化の光が、優希の強制進化の力に端を発するものならば、単体で進化できる限界を超えて進化したデジモンが近くにいても不思議ではないことに。

 それに気づかずに走ったレオルモンは、それに気づきかけたスレイヤードラモンと共に吹き飛ばされてしまった。

 

「はは……イモ、わかる?」

「たぶん……()()()のホウオウモンだと……思いますね。話の中だけのデジモンですよ」

「笑うしかねぇなー……はははは……はぁ」

 

 ホウオウモン。究極体のそのデジモンは、間違っても大成たちが敵う相手ではない。

 混濁した瞳に、その黄金の羽はどこか黒ずみ毛色が悪い。おそらく、究極体とはいえ、先ほどまでの者たちと同様操られているのだろう。いや、先ほどの進化の光を含めれば、進化前から操られていたのかもしれない。

 究極体を操れるとは、どれほどの力の持ち主なのだろうか。大成たちは、操っている者に対する驚愕を畏怖を感じられずにはいられなかった。

 

「た、大成さん……!」

「どうすっかね。セット『エクスブイモン・ジョグレス』!」

「ジョグレス進化――!」

 

 すぐさま、大成はデジメモリを使って、スティングモンをディノビーモンへと進化させる。それは、スティングモンのままでは勝率が限りなく低いことを悟ったからの判断だった。とはいえ、まあ、ディノビーモンに進化してもたいして変わらないのだが。

 進化したディノビーモンは、ホウオウモンに向かい合う。が、その後をどうすればいいかわからなかった。力の差は歴然で、ディノビーモンにも大成にも、わかってしまったのだ。戦うことはおろか、逃げることすら不可能であると。

 

「……グァアアアアアア!」

「くっ……ぬぉおおおおおおお!」

「うわっ……ぁあああああああ!」

 

 だが、大成たちをホウオウモンが待ってくれるはずはない。

 ホウオウモンがその翼を羽ばたかせる。たったそれだけで発生した風は、もはや暴風に等しかった。街を吹き飛ばし、大成たちすらも吹き飛ばす。それは、完全体のディノビーモンでさえ例外ではなかった。

 なすすべなく吹き飛ばされていく大成とディノビーモン。どこかに掴まろうとも、そのどこかさえ吹き飛ばされていっていた。

 

「……ったく。世話焼ける、なっ!」

 

 だが、その直後、大成たちはそんな声を聞いた気がして。

 一瞬の衝撃。ハッと気がついた時には、大成とディノビーモンはホウオウモンから少し離れた場所にいた。助かったという事実と不可解な移動の事実に一瞬だけ、大成たちは呆然としてしまう。

 

「呆然としてんじゃねぇ!俺がどうにかしてやるから、お前らセバスを連れて先に行け」

 

 だが、そんな大成たちを正気に戻したのは、先ほども聞こえた声だった。

 声が聞こえた方を大成たちが見れば、そこにいたのはスレイヤードラモンで。そう。大成たちを助けたのは、スレイヤードラモンだったのである。

 大成たちの横には、ぐったりと気絶しているレオルモンもいる。どうやら、二人とも無事だったようだった。

 

「無事だったのか!」

「いいから、さっさと行け。ほら、そろそろホウオウモンが気づくぞ」

「……わかった!頼む!」

 

 ホウオウモンの相手をスレイヤードラモンに任せて、大成はレオルモンを抱えて走り出した。その後を、ディノビーモンが追っていく。

 走っていく中、大成たちの頭には絶えず警鐘が鳴っていた。

 先ほどの森の中での完全体軍団。そしてここに来ての究極体。大成たちには、それらすべてが頭の中で繋がった気がしていた。

 一方で、走り去った大成たちを見送ったスレイヤードラモンは、ホウオウモンに向かい合っていた。ホウオウモンも、スレイヤードラモン相手では一筋縄に行かないことを理解したのか、先ほどよりも慎重そうだった。

 

「さて……それじゃ、本気で行くか!覚悟しろよ。俺は強いぞ……!」

「グァアアアアア!」

 

 そうして――白い竜騎士が、堕ちた聖なる鳥を迎え撃つ。

 

 

 

 

 

 時は少し遡って、大成たちがあの街へと突入した頃のことだった。

 

「あの森だな!」

「おーほんとだ!おっきい森だね!」

 

 ひたすらに飛ぶシャイングレイモンの手のひらに乗って、勇はとある森を目指していた。

 海沿いの辺りいた勇たちがなぜ森を目指しているのか。それは、今日の昼頃まで遡る。

 スカルグレイモンがシャイングレイモンに進化した段階で、勇の目的は達した。となれば、あとの目的はピヨモンの安住の地だけとなる。

 これからのことを考えた時、勇は思ったのだ。ピヨモンを学術院の街へと連れていけばいいんじゃね、と。もちろん、住むかどうかはピヨモンが決めることであるが、シャイングレイモンの顔見せと進化報告もある。

 そう考えて、シャイングレイモンに乗った勇たちは、急いで懐かしき学術院の街へと戻った――のだが。

 

「さっきは驚いたよな」

「街がボロボロになってたからね……」

 

 勇たちを迎えた学術院の街は、襲撃犯によってボロボロになったものだった。

 まあ、他の街とは違って壊滅状態ではないのが救いだったろうか。

 とにかく、街へとたどり着いた勇たちは、大成たちを探している道中でウィザーモンに会い、そしてすべての事情を聞いたのだ。

 街が襲われたこと、優希がさらわれたこと、先ほど大成たちが優希救出に出かけたこと。

 それを聞いて、勇たちはいてもたってもいられなかった。勇たちも、友達の助けになりたかったのだ。

 だからこそ、ピヨモンを預け、ウィザーモンからおおまかな場所を聞いて、勇たちは飛び出した。

 

「見えた!……けど、もう始まってる?森がすごいことになってる!」

「うわ……こりゃ……シャイングレイモンちょっと本気で頑張る必要があるかもだ!」

「友達のためだもん!ボク、頑張るよ!」

 

 シャイングレイモンはスピードに特化したデジモンではないが、腐っても究極体。そのスピードは、完全体デジモンとは比べるまでもない。

 それは、あの遠く離れた海沿いの場所から学術院の街まで一日で行けたことからも明らかだ。

 スピードに耐えられない勇を手のひらで包むなりなんなりで気をつけさえすれば、相当早く目的地までたどり着く。

 現に、大成たちのように転移魔術で一瞬とはいかないが、数時間で大成たちの下へとたどり着いている。

 

「着いた……!あれは……旅人!?」

「ってことは、あれって……!」

 

 滅茶苦茶に破壊された森へとたどり着いた勇たち。

 そんな勇たちが見たのは――死屍累々に倒れている人間とデジモンたち、そして、暴れに暴れるドルゴラモンの姿だった。

 




えー……重大報告があります。
現在、このA&Aの小説ですが……絶賛スランプ中です。
ついでに、年末年始の忙しさでしばらく執筆時間もロクに取れない状況で、ストックもあまりない状況です。

物語的には良いところなのですが、適当なものを書くのも嫌ですし、さらに凍結するのも個人的に嫌だと思ってます。

ですので、しばらく……ストックが溜まる、もしくはスランプを抜けるまでの間、こちらの小説は土曜日の週一投稿にしようと思います。

至極個人的な事情ばかりで申し訳ございません。
これからも、どうか見捨てないでいただけると幸いです。


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第百十二話~空の底への落下~

 走り続ける大成とディノビーモンとレオルモンの三人。

 先ほどまで気絶していたレオルモンも、今では起きていて、身体の痛みを無視してでも動いている。今、彼ら三人は、聞こえてくる爆音を背に優希を探していた。

 もちろん、先ほどの進化の光によっておおまかな予想を立てることができたからといって、優希の詳しい居場所がわかっているというわけではなく。

 脳内に鳴り響く警鐘。背後の爆音。それらを前にして、大成たちは優希を探してこの街を右往左往していた。

 

「優希ー!」

「お嬢様ーどこですかなー!」

「優希さーん!」

 

 もはや、隠密行動などという意識は大成たちの頭の中から消えていた。背後で滅茶苦茶に暴れている者がいるのだから、隠密行動しても無駄だろうと開き直ったのである。

 今大成たちがいるのは、広場だった。大成たちがこの世界に連れて来られた時、一番初めにいた場所である。先ほどの光は、この辺りから発せられていた。見た感じ建物の少ない場所だ。優希がここにいると仮定するならば、どこにいるかなどは限られるほど。

 

「いるなら声出せ!声!優希ぃー!」

「お嬢様どこですかなー!声を上げてくだされー!このセバスが来ましたぞー!」

「優希さーん!」

 

 だというのに、優希は見つからなかった。

 大成たちは喉が枯れるほどに叫んでいたが、それでも優希からの応答はない。

 さんざん叫んだせいだろう。大成たちは喉が痛くなってきていた。こうも反応がないと、この辺りにはいないのではないかとすら思えてくるほどだ。

 

「まさか……ここじゃないのか……?」

「いや、声が出せない状況にあるのかもしれません」

「そうですぞ!諦めるのは早いですな!お嬢様ー!」

 

 万が一ということもある。

 この辺りにいない可能性があっても、それを証明する手段はない。そうである以上、レオルモンたちは早々にここを探すことを切り捨てるつもりはなかった。

 再び大声で優希たちを探す大成たち。相変わらず返答はない。が、諦めずに探していた甲斐があったのか。ココに来て、大成たちはさらなる手がかりを得られることになった。

 

「っ!これは……!」

「光っています!これって……!」

「間違いないですな!」

 

 その瞬間、沸き起こったのは光だ。大成たちのいる地面が光っている。

 まるでディノビーモンやレオルモンの身体に染み込んでくるかのようなこの光は、まさしく優希の力によるものだった。

 先ほどもこの辺りで同じ光が発せられていたことを考えれば、いよいよこの辺りに優希がいるという可能性が高くなってきたと言えるだろう。

 とはいえ、良いこともあれば悪いことがあるのが、世の中というものである。

 優希がこの辺にいるかもしれないというヒントを得られたという良いことはあった。が、大成はそれを素直に喜べなかった。その良いこと以上に、何か嫌な予感がしていたのだ。

 

「大成殿!ディノビーモン殿!きっとこの地面の光はお嬢様の力!近くにいるはずですぞ!もしかしたら地下かもしれませぬな……!」

「……いや、まぁ……それは……いいんだけどさ……これって……」

「なんですかな!言いたいことがあったらはっきり言ったらどうですかな!」

 

 言葉を濁す大成に、レオルモンはイラついたのだろう。

 はっきり言え、と。感情のままにそう言ったレオルモンは、苛立ちを隠そうともせずに大成を見た。まあ、彼はさっさと優希を探したいのだから、無駄に時間をとる大成にイラついてしまうのも仕方のないことかもしれない。

 そんな風に見つめられて、大成は仕方なく言った。自分の嫌な予感のことを。

 

「あのさ……ここで優希の力の光があるってことはさ……いるってことだよな?」

「そうですぞ!この辺りにお嬢様がいるはずですな!」

 

 そうじゃない。なぜここまで言ってわからないのか、と。そう思った大成は、溜息を吐きたい気分になった。

 この状況を見れば、レオルモンの言っていることも間違いではない。ではないのだが、大成の言いたいことは違うのだ。

 

「いや、そうじゃなくて……」

「じゃあ、なんだって言うんだ!」

 

 煮え切らない様子の大成。そんな彼の言葉に、イラついたレオルモンは思わず素を出してしまって。

 その時のことだった。

 

「ぁぃぁあぁあぁぁぁぁ!」

「っ!これは……!」

「やっぱり!」

 

 近くにあった建物を吹き飛ばして、この場に新たなデジモンが乱入したのは。

 やっぱりな、と。まるでわかっていたとばかりに、諦めの境地で大成はそのデジモンを見る。

 

「ウィアアァァアァァアアア!」

 

 そのデジモンは、一言で言えば巨大な昆虫だった。

 頭部に巨大な鋏と角を持つデジモンのその身体は、黄金色に輝いていた。その身体のシルエットからは、ともすればクワガタとカブトムシが混ざったかのような印象さえ見受けられる。

 そして、何よりも、先ほどのホウオウモンにも引けをとらないほどの圧倒的な威圧感と存在感。

 大成たちは理解した。このデジモンも、また究極体デジモンであると。

 

「イモ、アイツの名前知ってるか……?」

「えっと……たぶん、特徴から……ヘラクルカブテリモンだと思います」

「……究極体だよな?」

「……はい」

 

 嫌な予感が当たった。

 お約束とばかりに、その眼は混濁していて、操られていることが露骨にわかる。とはいえ、究極体相手に戦えるほど、大成たちは強いわけではない。

 戦わなければならない。そのことがわかっていても、大成たちはこの状況を呪いたくなった。

 

「アァゥィァァァア!しねぇぇぇぇぇ!」

「アイツ今死ねって言ったぞ!」

「そんなこと言ってる場合じゃないですよ!」

 

 振り上げた拳を、ヘラクルカブテリモンは振り下ろす。大成とレオルモンを抱えたディノビーモンは、転がるようにしてそれを躱した。

 空を切り、地面に叩きつけられるヘラクルカブテリモンの拳。地面は、耐えられなかった。轟音と共に土煙が舞い、地面は砕け、衝撃が辺りを吹き飛ばす。

 ディノビーモンは、耐えるのがやっとだった。

 

「操られても……究極体ってことですね」

「ははは……はぁ。笑うしかねぇな」

 

 見れば、ヘラクルカブテリモンの腕は四つあった。地につけている二つの脚を含めれば、六つ。ものの見事に昆虫の特徴を掴んでいる。掴んでいる、のだが。

 大成は、その事実に頭を抱えたかった。スティングモンのように人型だったのならば、まだ救いがあっただろうに、と。

 スペックでも負けていて、腕の本数でも負けている。そういうものがあまり関わらない遠距離タイプならまだいいが、ディノビーモンは近距離を得意とするタイプ。

 武器の数が有利不利に直結する近接戦において、腕という武器の数の差は大きかった。

 

「どうしますか?」

「どうもこうもないだろ。戦いながら引くぞ。リュウが来るまで持ちこたえるんだ」

 

 勝率が低い以上、無理して相手をするべきではない、と。大成はそう考えた。これがゲームならば、様子見がてら無理して相手をしてもいいのだが、これは現実だ。ゲームオーバーが死に繋がる現実で、大成はリスクの大きい選択はできなかった。

 スレイヤードラモンが来るまで持ちこたえる。隙あらば逃げる。贅沢は言わずに、それだけを選択する。

 

「っく。このセバスも進化できれば……!」

 

 一方で、ディノビーモンに抱えられているしかないレオルモンは悔しそうだった。さすがに究極体相手に、成長期の分際で戦いを挑むのは無謀だとわかっているらしく、おとなしく抱えられている。

 ギロり、と。大成たちの事情など知ったことではないとばかりに、ヘラクルカブテリモンは大成たちを睨んだ。

 もう一度攻撃が来る。そのことを大成たちは理解した。

 振り上げられる拳。一瞬後、それは振り下ろされて――。

 

「うぅ……ァァアアアァアア!」

「っ!来る……えっ!?」

 

 だが、ヘラクルカブテリモンによる再度の攻撃は、大成たちに驚き以上のものをもたらさなかった。

 攻撃に使われたのは、ヘラクルカブテリモンの右の拳の一つだけ。しかも、その拳が振り下ろされたのは、大成たちのいる場所とは見当違いの方向にある地面。

 はっきり言って、何をしているんだという話である。大成たちも、状況を忘れて呆れてしまった。

 

「っ!二撃目が来る……今度は外されないよな。イモ!」

「わかってます!」

「イァァアアアアア!ハレカァアアアア!」

 

 ゆっくりと振り上げられた四つの拳。

 それを見た瞬間、ディノビーモンは大成たちを抱えたまま駆け出した。

 直後、ヘラクルカブテリモンの拳は振り下ろされる。幾度も幾度も、連続で。そのどれもがバラバラのタイミング、バラバラの速度、そしてバラバラの狙いだった。

 屁ではないほど遅い拳もあれば、ディノビーモンにも対応できないほど速い拳もある。

 見当違いの方向に向かう拳もあれば、ディノビーモンたちを狙う拳もある。

 数秒かけてゆっくりと振り上げられた拳もあれば、一瞬で振り上げられた拳もある。

 

「……?一体何だってんだ!?」

「わからないですよ!」

 

 行動の一つ一つがあまりにも不規則で、不安定すぎる。それが、ヘラクルカブテリモンに対して大成たちが抱いた思いだった。

 究極体のスペックに物を言わせたゴリ押しでも、もっと早く大成たちを倒せたはず。だというのに、ヘラクルカブテリモンの不規則かつ不安定な動きは、大成たちを生き残らせるだけの隙を生み出していた。

 究極体に相応しいスペックを誇っていながら、それをまるで活かせていない。それが、大成たちの結論だった。

 どうなっているのか、と。大成たちは疑問を抱いて、一瞬後に大成だけがハッとして気づいた。

 

「まさか……!いや、これなら納得できるな……」

「大成さん、何かわかったんですか!?」

「ああ。勘と……あと少しのゲーム知識だけどな」

「こんな時にゲームですかな!?」

「でも、合ってると思うぜ!」

 

 すなわち、ヘラクルカブテリモンは完全に操られているわけではないのではないかということ。

 そのことに思い至ったのは、大成があるゲームのシステムを思い出したからだった。そのゲームでは、自分よりもレベルが高い相手には、状態異常系の攻撃が通じにくいというシステムがあった。

 それを思い出した時、大成は思ったのだ。ゲームに限らず、現実でも究極体ほどの力の持ち主を完全に操るのは難しいのではないか、と。

 

「なるほど……確かにそうですね」

「それに、ホウオウモンという別の究極体も操っている。……複数の究極体を操っているのですから、割く労力は、確かに並々ならぬものがあるでしょうな」

「行動が不安定だったり、不規則だったりするのも、全部ヘラクルカブテリモンが洗脳に抗っているからだといえば納得できるだろ」

 

 大成の仮説はディノビーモンやレオルモンも納得できるものだった。だったのだが――同時に、だからどうしたという話でもあって。

 不完全に操られていようとも、ヘラクルカブテリモンが大成たちを狙っているのは変わりない。

 さらに、究極体の力の前では、大成たちの力はあまりにも弱すぎる。一撃くらってしまえばアウトなのだ。不完全に操られているだけでも、攻撃を繰り出せている段階で脅威であることには変わりなかった。

 

「リュウ早く来てくれよ……!」

「大成さん大成さん」

「なんだよ!」

「ちょっとキツいです」

「……」

 

 ディノビーモンが思わず弱音を吐く。

 まあ、仕方のないことだろう。大成とレオルモンという足でまといを抱えながら、ディノビーモンはヘラクルカブテリモンの攻撃を察知し、躱しているのだから。

 いかにヘラクルカブテリモンの行動が不安定なものであっても、格上相手に戦うという精神的に大変よろしくないこの状況は、ディノビーモンに多大な負担を強いていた。

 

「頑張ってくれ!もう少しだから!」

「いや、大成さん。もう少しはいいんですが……あれは……ちょっと」

「何がって……ああ」

 

 もう少しでスレイヤードラモンが来る。そう信じて耐える大成たちだったが、眼前の光景に言葉を失った。思わず、大成たちは冷や汗をかいていた。大成たちの目の前には、それだけの光景があったのだ。

 ヘラクルカブテリモンの前に、球体が発生している。

 それが、ただの球体であるなどとは大成たちにも思えなかった。まず間違いなく高エネルギーの球体だ。おそらくは、究極体の技として相応しい威力を持つだろうもの。

 

「ぁぁぁああぁあぁぁ!」

「……まずいな」

「まずいですね」

「逃げるべきですな!」

 

 大成たちの予感は当たっていた。

 それは、“ギガブラスター”と呼ばれるヘラクルカブテリモンの必殺技。高威力のその技は、決して大成たちに耐えられるものではなかった。

 バチバチ、と。帯電しているかのような激しい電気の音が、辺りに鳴り響く。次の瞬間のことだった。

 

「アァアッ!」

「ぐ……!」

 

 バチッという轟音と共に、球体がエネルギー波となって放たれる。

 その速い技の前では回避も迎撃もできない。大成たちの視界は、いつかのように白に染まって――それは、その直前で突然に起こったことだった。

 

「えっ!?」

「なんですかなっ!?」

「たっ大成さん!」

 

 先ほどから続くヘラクルカブテリモンの攻撃に耐えられなかったのか。エネルギー波が放たれた時と同時に、大成たちのいる地面が崩壊した。

 

「ちょっ……!」

 

 すべては一瞬のことで、それは幸か不幸か。

 地面の崩落によって狙いが外れ、見当違いの方向に飛んでいくエネルギー波。助かった事実に現実逃避しながら――大成たちはこの空を飛ぶ街の底へと落ちていく。

 

 

 

 

 

 一方その頃。大成たちが落ちている時のこと。

 大成たちのいる場所からほど遠い場所にて、零とハグルモンはいた。

 

「っく……!面倒事ばかりきやがる」

「ピピ……大丈夫デスカ?」

「黙ってろ」

 

 だが、気楽に歩いているわけではない。

 零の姿はキメラモンとしての姿で、ハグルモンはその背中にしがみついていて。そんな彼らの前には、殺気立った()()()()()()()が立ち塞がっていた。

 あまりにもレベル差がありすぎるが故に、逃げることもすらできない。

 つまり、キメラモンたちが置かれている状況は、強制的な戦闘中ということだった。

 

「グルァアアアア」

「ムカつくな……!」

 

 なぜか沸き上がてくる怒りに身を任せて、キメラモンはムゲンドラモンに襲いかかる。

 だが、完全体の上に中身が零であるキメラモンと究極体のムゲンドラモンでは、やはり話にならなかった。突撃したキメラモンを、ムゲンドラモンは軽くあしらう。

 重火器を使うまでもないと判断したのか、その右腕のひと振りでキメラモンの身体は傷つき、吹き飛ばされる。もはや、イジメレベルで戦いになっていなかった。

 

「っく。お前……本当にムゲンドラモンか?」

「ピピ……ドウイウコトデスカ?」

「お前は黙ってろ。俺はお前に聞いてるんだ」

「グルルル」

 

 ムゲンドラモンは答えない。

 ムゲンドラモンと行動を共にしたことがあるキメラモンは、どうしても目の前のムゲンドラモンに違和感を覚えた。

 “強すぎる”のだ。もちろん、デジモンにも個体差というものは存在する。キメラモンと行動を共にしていたムゲンドラモンよりも、目の前のムゲンドラモンの方が強いというだけの話かもしれない。

 だが、キメラモンにはそうは思えなかった。まるで、ムゲンドラモンではない何者かが、無理矢理ムゲンドラモンの姿をしているかのような、そんな気がしていた。

 

「ムゲンドラモンでもない奴が……その姿でいるな!」

「グッグッグ……グルァアアアアア!」

 

 ムゲンドラモンのそれは嘲笑だった。それは、機械であるムゲンドラモンがするはずのないもの。

 それを見て、ますますキメラモンは自身の考えに確信を持っていく。が、キメラモンが答えにたどり着くことはできなかった。

 咆哮と共にキメラモンに襲いかかったムゲンドラモンは、何もさせずにただひたすらキメラモンを攻撃する。

 何もできず、キメラモンは攻撃をくらい続けるしかなく、その状況を脱する力も、連撃を耐えるだけの力も、キメラモンにはなかった。

 

「がっ……」

「ピピ!零……!」

「グッグッグッ」

 

 限界が訪れてしまったのだろう。零は人間の姿に戻されて倒れ込む。

 そんな零の姿を嘲笑したムゲンドラモンは、ハグルモンと零をその手に掴み、どこかへと向かっていく。気絶した零にも、非力なハグルモンにも、抗うことはできなかった。

 




というわけで、第百十二話。

大成たちが優希を捜索する傍ら、いろいろと裏では起きているような回でした。
着々と集まりつつありますね。何がとは言いませんが。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第百十三話~地下での出会い~

「う……ここは……?」

 

 レオルモンが目を覚ましたのは、何らかの廊下のような場所。周りには瓦礫が転がっていて、凄惨たる現状だった。

 なぜこんなところにいるのか、と。そう、しばらく考えたレオルモンは、ハッとして思い出した。ヘラクルカブテリモンの攻撃によって砕かれた地面に落ちてしまったことに。

 

「大成殿!ディノビーモン殿!いますかな!?」

 

 声を上げるが、返事はない。どうやら、大成たちは別の場所に落ちたようで、ここにいるのはレオルモン一人だけだった。

 そんな彼が頭上を見上げれば、遥か彼方に一点の光。そこから落ちてきたことがわかるが、遠すぎる。レオルモンではそこまで行くのは無理だった。

 

「仕方ないですな。道を探しましょうぞ……」

 

 幸いにして、レオルモンの今いるここは何らかの地下施設。廊下に先に見えるいくつものドア。これでここが天然の洞窟などという間抜けなオチはありえない。

 であるならば、地上に戻る出口の一つや二つあるはずである。というか、なければおかしい。

 そう考えたレオルモンは、脱出と大成たちとの合流、そして優希の捜索を胸に歩き始めた。

 

「しかし……ここは……一体何の場所なのですかな?」

 

 注意深く歩きながら、レオルモンは方々を観察する。

 進む先にドアはいくつもあるが、そのどれもが開かなかった。鍵穴やドアノブらしきものもない。こうなると、レオルモンの頭の中にはある可能性が思い浮かんでいた。できれば、外れて欲しい可能性が。

 その可能性が外れることを願って、レオルモンは進む。

 

「……これは」

 

 だが、進めば進むほど、その可能性はどんどん高くなっていった。

 レオルモンにとって外れて欲しい可能性。そう。それは、レオルモンではこのドアを開けることができないということである。

 鍵的な何かがいるのか、それとも特定人物や外部からの操作でしか開かないのか。どちらにせよ、それらがないレオルモンにとって、これは最悪の事態だった。ここに閉じ込められてしまったことに等しいのだから。

 

「どうしますかな……力づく?」

 

 なんとかしてこの場から脱出する手段を探すレオルモン。彼はドアの一つに触れてみるが、硬い。彼の持ちうるすべてを使ってみても、このドアをどうにかすることはできそうになかった。

 

「むぅ……しかし、やるだけやってみますかな」

 

 誰に聞こえるでもない独り言を呟いて、レオルモンはその腕に力を込める。

 そして。

 

「はっ!」

 

 一閃。レオルモンの鋭い爪が、ドアを攻撃する。が、ドアは僅かに傷ついただけだった。たいして深くもない、浅い傷。このドアの厚さがどれほどのものかはわからないが、このレベルの傷ならば意味がないに等しいだろう。

 さすがにここまでしか傷つけられないとは、レオルモンも予想外だった。もう少し深い傷がつくと思っていたのである。

 

「これでは無理ですな……別の方法を探した方がいいやもしれませぬな」

 

 この程度では、幾度も同じ場所を攻撃して、最終的に傷を深くしていくという手も使えない。だからこそ、レオルモンは早々に力づくでどうにかするという案を切り替えた。労力も時間もかかる力づくは、本当に最終手段としたのである。

 周りを見渡す。広い廊下に、高い天井。さまざまなドア。装飾品や家具の類は一切ない、無骨で無機質なまでの場所。

 このような場所では存在する可能性は低いが、レオルモンはその低い可能性に賭けて探すことにした。この場所を脱することができるような、手がかりを。

 

「ふむふむ……むぅ……」

 

 床を叩き、壁をひっかき、ドアを弄る。できる限りの手段で、レオルモンはこの廊下を調べ尽くす。だが、やはり何もわからなかったし、何もなかった。

 床は頑丈で、床板のようなものが外れそうな場所などなかった。壁は厚く、仕掛けがあるような場所はなかった。ドアは相変わらずで、開かなかった。

 つまり、いよいよ手詰まりである。こうなってしまえば、レオルモンにできることなど、外部からの助けを待つことくらいだった。

 

「……っく……くそ」

 

 レオルモンらしからぬ、乱暴な言葉が口から漏れた。今、彼は自分の無力さに苛立っていた。

 優希を助けるために皆の力を借りたのはいい。だが、一番優希を助けたい自分が足でまとい。戦闘は旅人たちや大成たちに任せることしかできず、今は誰かの助けを待つ身。

 笑い話にしかならないような自分の現状に、ほとほと彼は嫌気がさしていた。

 進化できれば。進化さえできれば、この状況を打開できるかもしれない、と。レオルモンは、そう思った。が、いくら願えど、いくら祈れど、彼が進化することはなくて。

 優希の力がなければ、成熟期すらなれない自分。そんな自分のことが、レオルモンは嫌だった。

 

「オレだって……優希を……優希……」

 

 取り繕うこともせず、レオルモンは力なく呟いた。無力感が篭ったその呟きは、この廊下に消えていった。

 

 

 

 

 

 レオルモンがそんなことになっている一方のこと。

 同じく地下に落ちた大成たちは――。

 

「イモ!おい、大丈夫か!?」

「うぐぐ……大丈、夫です……」

 

 部屋の隅に対角線上になるようにドアが設置されているだけの、シンプルでただひたすらに広い空間にいた。

 レオルモンが近くにいないことにも気づいている。できれば、すぐにでも脱出と合流のために動きたかった。だが、そうは問屋が下ろしてくれない。

 

「もう少し休むぞ」

「でも……!」

「その()()で動き回って倒れられた方が怖いわ!」

 

 そう。ディノビーモンが、その背に火傷にも似た傷を負ってしまっていたのである。

 重傷となるほどではないが、軽傷として無視できるほど軽くもない。だからこそ、大成たちはこの場に留まっていた。ディノビーモンが少しでも回復するために。

 まあ、たった数十分程度の休憩で、どれくらい回復できるかなどわかりきったことであるが。それでも、それをわかった上で、大成たちはこの休憩を取った。

 

「さすが……究極体ですね」

「ん?……ああ、その傷?やられたよな……」

「はい、やられました」

 

 ディノビーモンの背中の傷。言うまでもなく、それは先ほどのヘラクルカブテリモンの攻撃によるものだった。

 あの時、地面の崩落のおかげで、大成たちはヘラクルカブテリモンの必殺技を躱すことができた。が、それはあくまで直撃を躱すことができただけだった。あの必殺技によって発生した余波までは躱せなかったのだ。

 ディノビーモンは、大成とレオルモンを庇って、その余波を受けてしまった。空気を焼きながら突き進むあの攻撃の余波は、それだけでディノビーモンの背中が焼け爛れるほどの威力だったのだ。

 

「ま、直撃しなくてもそれなんだ。直撃しなかっただけいいだろ。いや、割とマジで」

「それは……そうなんですけど。僕がもっと強ければ……僕が究極体だったら……って思うんですよ」

「……むぅ。いや、その気持ちはわからんでもないし、イモが究極体だったのならありがたいことこの上ないけどさ……究極体ってそんな簡単になれるもんじゃないよな」

 

 大成の知りうる限り、究極体という存在はスレイヤードラモンとあのムゲンドラモンだけだ。

 デジモンという存在の成長段階の頂点。それは、軽いものではない。元々この世界でも、数体しか存在しないほど。

 そこにたどり着ければいいなとは、大成も思う。思うのだが、そう簡単に究極体にたどり着けるとは思えなかった。

 

「ですよね……」

「だな……」

 

 大成たちは、自分たちが落ちてきた穴を見上げて、この先のことを考える。

 この世界から元の世界に帰る条件は究極体に至ること。そう言われたことを大成は思い出した。今思えば、意地の悪いことだ。

 例えるのならば、オリンピックに出れば帰られる。そう言っているようなものだ。

 どれほど頑張っても、たどり着けない者にはたどり着けない。究極体とは、そのレベルのものだった。

 それが帰る条件であるのならば、ずいぶんな無茶ぶりである。

 

「究極体、ね。……イモの究極体ってどんなのかね?」

「何ですか、急に?」

「いや、考えるだけならタダだろ。やっぱかっこいいのがいいよな。成長期から順当にかっこよくなってるわけだし?」

「え?そ、そうですか?なんだか照れますね……」

「うーん……あれ、ってか、ん?……どうなんだ?」

「……?何がですか?」

 

 ディノビーモンの究極体に思いを馳せていた大成は、急に何かに悩んだような顔になる。

 それは、少し真面目なようにも見えて、ディノビーモンも気になった。

 うーんうーん、と悩み唸る大成。そんな大成は、やがて少しずつ話し始めた。

 

「いや、何がってさ。今のイモって、エクスブイモンの力によって進化できているわけだろ?」

「そうですね」

「イモ単体で完全体に進化できてるわけじゃないじゃんか」

「……そう、ですね」

「イモ、究極体になれんの?」

「……ど……どうでしょう?」

 

 盲点だった。大成の言葉に、ディノビーモンも顔を引き攣らせて首を傾げる。

 どうやら、究極体に思いを馳せる前に、完全体についても考えなければいけないようだった。

 この疑問については、進化といえばのウィザーモンならばわかったかもしれない。だが、メカニズム等をよく知らない大成たちに答えを出せるはずもなかった。

 

「……」

「……」

「次、行きます?」

「そうだな」

 

 考えても意味のないことだ、と。ディノビーモンは休憩を終わりにして、そろそろこの部屋を出て活動を再開することを提案する。

 その意見に、大成も頷いた。

 休憩は終わり。さぁ行くぞ、と。そう、大成たちは気合を入れた――そんな時のことだった。

 

「ああ、もう行くんですか?」

「っ!?誰だ?」

 

 大成たちの耳に、誰かの声が届いたのは。

 それはあまりにも唐突だった。この部屋の中には今まで誰もいなかったというのに。それでもなお、自分たちの耳に届いた声。

 それを前に、大成たちはすぐさま身構え、辺りを見渡した。

 

「それほど警戒しなくても大丈夫ですよ。羽虫じゃあるまいし、ビクビクしなくても大丈夫でしょう?」

「……誰だよ?」

「ああ、失礼しました。私はアスタモンという者です。どうぞよろしくお願いしますね」

 

 まるで初めからいたかのように。唐突に、突然に、そのデジモンは大成たちの目の前に現れる。

 現れたのは、人間世界のスーツのような服装の上にコートのようなものを羽織っているデジモンだった。アスタモンと名乗った彼は、ただ笑って大成たちの前に立っていた。

 

「よろしくって……この状況で?敵じゃない……のか?」

「さて。それは貴方たち次第としか。まあ、無駄な敵を作るような愚かな真似をしたいというのなら、すればいいと思いますよ?」

「……どういう意味だよ」

「そのままの意味なのですが……ああ、頭に合わせて話した方がいいようですね。以後気をつけます」

 

 アスタモンの言葉の意味は、ほとんど大成にはわからなかった。が、何やら自分を馬鹿にしていることだけは、大成にもわかって。大成のアスタモンに対する第一印象は、なんかよくわからないけどムカつく奴というところだった。

 一方で、ディノビーモンはそんなアスタモンを警戒している。それは、アスタモンのことを知っているからこその行動だった。

 

「大成さん、下がってください」

「……イモ?」

「ふぅ。主の頭がアレなら、従者の頭もアレということですか。私と貴方は同じ完全体。同格なのですから、そこまで警戒しなくてもいいと思いますよ。警戒し過ぎて疲労するなど、頭がアレな者の行動ですよ」

 

 アスタモンの言葉を、ディノビーモンは戯言として切って捨てた。

 ディノビーモンは知っているのだ。アスタモンというデジモンのことを。

 

「ふむ。ここの生まれのデジモンはある程度の知識を与えられているそうですが……なるほど。余計な知識も入っているようですね。やれやれ。やりにくい」

「……?どういうことだよ。イモ、こいつのことを知ってんのか?」

「はい。たぶん、最も強い完全体デジモンの一人です」

「えっ!?」

「失礼ですね。さすがの私でも、あの傲慢の魔王には勝てませんよ。ま、それでも並の究極体よりかは上でしょうがね」

 

 そのアスタモンの言葉に、大成は驚愕で頬を引き攣らせた。大成は、デジモンの成長段階による力の差を知っている。その差が一つあるだけで、力の差は歴然とすることを。

 だというのに、アスタモンというデジモンは、完全体の身でありながら並の究極体を凌駕するというのだ。これが驚かずにいられようかという話である。

 

「仕方ない。頭のアレな貴方たちのためにもはっきりと言ってあげましょう」

「……なんか、馬鹿にされた気がする」

「いえいえ。素晴らしい頭の持ち主だと言っただけですよ。……こほん。ともあれ、私は貴方たちの敵ではありませんよ。今は」

()()、なんだな」

「ええ。今後どうなるかはわかりません。貴方たち次第ですね」

 

 不吉すぎる物言いである。が、今のところは敵ではないことだけはわかって、大成は胸を撫で下ろした。いくら完全体であろうと、究極体にも匹敵する相手と戦うのは嫌だったのだ。

 だが、敵ではないならば、なぜ自分たちに接触してきたのだろうか。大成が次に気になったのは、そのことだった。

 

「ああ。私は今情報収集の真っ最中でしてね」

「……?それが俺たちに何か関係あるのか?」

「いえ、ありません」

 

 ガクッと。一気に力が抜けて、大成とディノビーモンは肩を落とした。なら、何故言った、と。

 一方で、そんな大成たちのリアクションが面白かったのか。笑いを噛み殺すかのような声を上げながら、アスタモンは続きを話した。

 

「まあ、今の状況でも悪くはないんですがね。漁夫の利を狙えそうですし」

「……?」

「でも、自分たちの手で掴みたいモノっていうのはやっぱりあるんですよね」

 

 アスタモンの言っていることは、はっきり言ってよくわからなかった。

 だからこそ、大成は堪らず聞き返す。どういうことだ、と。

 

「つまり、世界を混沌とさせるのは私だということですよ。だから、人間とデジモン……その双方に共倒れされては、私たちが困るんです。私たちが混沌とさせる世界がなくなってしまいますからね」

「典型的な悪者のセリフだな……今時世界征服かよ?」

「いえ、征服するつもりはありませんよ。反乱分子は、ちょっといるくらいがちょうどいい。……ああ、そこは置いておきましょうか」

 

 もはや、すべての元凶はコイツではないかと大成たちに思わせるかのような物言いである。だが、当のアスタモンは、そんな大成たちの疑念の視線を気にした様子はない。

 

「置いてって……すごい気になるだろうが!」

「さて、とにかくです。貴方々には、是非止めていただきたいのですよ。彼らを」

「……彼らとは誰ですか?」

「この街にいる者たち。この世界を滅ぼすなどと無駄なことを企んでいる人間たちですよ」

 

 敵は人間。アスタモンは、確信を持ってそう言っていた。

 あのゲームといい、人間世界での調査といい、そのことには大成たちも薄々と感づいていたことではある。が、やはり、少しのショックは否めない。

 人間にも多種多様な者がいるのだとわかっていても、世界一つ滅ぼそうとするなど、それこそゲームや物語の中だけの話だと思っていたからこそ。

 

「アスタモンって……強いんだろ?自分たちでやりゃいいじゃねぇか。なんで俺たちに?それに、俺たちは完全体止まりだぜ?優希や勇……協力を要請する奴らなら、他にもいるだろ」

「一度に聞いてきますね。躾がなってない。ま、いいでしょう。先ほども言いましたが、先のことを考えれば、無駄な労力を使いたくないのですよ。だから、こうして最小の労力をかけているのです」

 

 つまり、アスタモンは他人に協力し、その者たちに問題を対処させることで、自分たちの勢力を温存しようとしているのである。

 強いくせにセコイと言うべきか、何と言うかだが、効率的ではあるだろう。

 まあ、利用される側としてはたまったものではなく、大成とディノビーモンは非難の目をアスタモンに向けていたのだが。

 

「あと、もちろん他の方々にも協力はしますよ。貴方だけで解決できるとは思っていませんしね」

「……ま、そうだよな。言い方に悪意を感じるけど」

「大成さん、我慢です。本当のことしか言われていないのですから!」

「ああ、ですが……」

「……?」

「正直に言えば、私は貴方たちを買ってるんですよ」

 

 買っている。その言葉の意味は、大成たちにもわかる。だが、わかるからこそ、大成たちは解せなかった。そう言ったアスタモンの意図が。

 優希や勇、旅人ならともかく、自分たちのどこに買われる要素があるのか、と。大成たちはそう思った。

 

「もちろん、貴方たちが定めを打ち破ってきたからですよ」

「どういう……?」

「なるほど、確かにあの進化の巫女やかつて世界を救った者たちは凄まじいと言えるでしょう。が、彼らはあれが当たり前なのですよ」

「当たり……前ですか?」

「ええ。当たり前です。彼らは、世界に……そして、運命に選ばれた者たちなのですから。ですが、貴方たちは違う。貴方たちは()()()()()()()

 

 そう言ったアスタモンは、どこか面白そうに大成たちを見ていた。まるで、珍しいものを見ているかのように。

 選ばれていない。その言葉に、大成は思い当たる部分があった。この世界に来た人間たちは、あのゲームのランキング千位内の者たちだ。大成は、ランキングに入っていない。大成がこの世界に来たのは、優希に巻き込まれたからだ。

 アスタモンはそのことを言っているのだろうか。少し違う気がしながらも、大成はアスタモンの言葉に耳を傾けた。

 

「選ばれていない。そのような貴方がもたらすものなど、ちっぽけなことでしかなかったはず」

「……ひょっとして馬鹿にされてる?」

「まさか。現に、貴方たち以外の選ばれていない者たちはどこぞで野垂れ死にしていますしね」

「えっ……!?」

「だが、今貴方たちだけがその姿にある。本来ならば、そこまで至ることすらできない定めであったはずなのに。繋がりという武器で、そこまで至った……だから、私は貴方を買っているのですよ」

「結局何が言いたいのか、さっぱりわかんねぇんだけど?」

「では、簡潔にいきましょうか。ヒントをあげますよ。究極に至りたいのなら――」

 

 そこまで言って、アスタモンは大成たちに背を向ける。まるで、もう話すことはないとばかりに。

 ちょっと待て、と。そう言おうとした大成たち。だが、大成たちが言うよりも早く、アスタモンはその場から姿を消して――。

 

「今までのように、貴方たちしか持たない何かで運命を打ち破って見せなさい。そのためのピースをすでに貴方は手にしている」

 

 その言葉だけが、大成たちのいる場所に響き渡っていた。

 




ついにネクストオーダーの発売日が公開されましたね!
しかも、スサノオモンまで出るとか……いやぁ、楽しみです! 

ともあれ、第百十三話。

この期に及んで新キャラ(?)登場な回でした。
もう少し早く出していればよかったと後悔しています。いや、実はある意味早く登場し過ぎているキャラではあるのですが。
彼がどういったポジションなのかは……まあ、今回の話が物語っていますね。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第百十四話~復讐すべき敵~

 一方その頃。

 大成たちのいる場所とは別のとある広大な部屋。そこには一般人から見れば用途不明に見えるだろう、さまざまな機械が置いてある部屋だった。

 床から、天井から、そして機械から、さまざまなコードが伸びては一体のデジモンへと繋がっている。その様は、まるでこの部屋そのものと繋がっているかのようだった。

 

「やれやれ……失敗作風情がずいぶんと抵抗してくれたものです」

 

 そんな部屋で声を上げるのは、一人の女性だった。以前、あのゲームの中にて大成たちの目の前に現れたあの女性だ。彼女は、狂気を宿した瞳でそのデジモンを見つめていた。

 その、部屋に繋がれた()()()()()を。

 

「責任とってくれるんですか?私たちが貴方々ごときに割いた労力の責任を」

 

 女性のその言葉は、独り言ではなかった。明らかに、後ろにいる誰かに向けられたものだった。

 まるで虫けらを見るかのような見下した目で、後ろを振り向く女性。その視線の先には、ボロ雑巾のようにボロボロな姿で倒れている零の姿があった。

 そう。先ほど、零たちは謎のムゲンドラモンモドキと戦闘し、そして敗北した。その後に、彼らはここに連れて来られたのである。

 

「ああ、何を話しかけているのか……気持ち悪い。早くバケモノは滅びればいいのに……」

 

 吐き捨てる女性は、再びハグルモンを見る。その眼は期待に溢れていて、まるで何かを待っているかのよう。

 何を待っているのか。それは、この女性にしかわからないことであった。が、それが酷く歪んだ期待であることには間違いなかった。少なくとも、()()()()()()()()()()、そう思えた。

 現状を確認した零は、静かに立ち上がる。女性は、そんな零に気づいていた。

 

「……ふん。やってくれたな」

「起きたのですか。そのまま息絶えてくれれば良かったのに。そうすれば、貴方の犯した罪の清算にもなったでしょう」

「俺が犯した罪だと……?」

 

 自分が犯した罪。そんなもの、零には一つしか思いつかなかった。

 自分とムゲンドラモンがした大虐殺。あれは、零が望んでしたことである。あれを悔いるつもりはない。が、あれが世間一般でどういう位置づけになるかなどは、零にもわかった。

 なるほど、確かにアレは罪となるだろう。そう考えた零だったが、この女性は零の予想の斜め上をいった。

 

「決まっているでしょう。貴方のような失敗作のバケモノが私たちの手間をかけさせたことも。その上、この世界を滅ぼせなかったことも。貴方という存在のすべてが罪なのです!」

「……ほう?」

 

 自分は失敗作だったから。自分が大成たちに敗れて、虐殺を続けられなくなったから。自分という存在の何もかもが罪なのだ、と。

 そう言われた零は、腹の奥底から怒りがこみ上げてきた。何を勝手なことを言っている、と。

 零はわかった。こいつこそが、いや、こいつが関わる何かこそが、自分の人生が狂わされたすべての元凶だと。こいつらこそ、デジモンよりも、この世界の存在よりも、それよりも前に憎むべき存在であると。

 

「……何ですか?その目は。私たちの役に立てないのだから、泣いて詫びる……っ!」

「死ね」

 

 言葉は少なく、そして端的に感情だけを込めて。

 部屋中に置かれた機械を押しのけてキメラモンの姿となった零は、女性に襲いかかる。相手は人間だ。か弱い人間なのだ。力などいらない。技術などいらない。いつかのように、感情のままに暴れるだけで殺せる。

 キメラモンの腕の一本が、高速で女性に向かう。彼には、一瞬先のグチャグチャに潰れた女性の姿が思い浮かんでいた、が。

 その腕を掴む、機械の腕。それが誰のものかなど、キメラモンはわかっていた。

 

「っ……またお前か……!」

「グルァァァァ」

 

 そう。そこにいたのは、先ほど零を倒したムゲンドラモンだった。

 まるで女性を守るかのように立つそのムゲンドラモンは、キメラモンを殴り飛ばした。

 部屋中の機械にぶつかりながら吹っ飛んでいくキメラモン。だが、致命的なダメージを受けたわけではない。キメラモンは、まだ戦えた。

 

「頼みましたよ。バケモノ。計画には貴方が必要なのですから。さっさと失敗作を始末してくださいね」

 

 だが、キメラモンが殺したい相手であるその女性は、さっさとこの部屋を出ていこうとしている。

 

「待て!」

 

 キメラモンは静止の声を上げながら襲いかかるが、それを阻止するのは、やはりムゲンドラモンだった。キメラモンの四本の腕がムゲンドラモンを襲う。が、ムゲンドラモンはたった二本の腕で、その四本の腕と渡り合った。

 四本の腕と二本の機械の腕がぶつかり合う。

 ムゲンドラモンの二本の腕は素早く、そして重い。傷ついていくのは、一方的にキメラモンの方だった。

 

「っく……!」

「グルァァァァ」

「お前と遊んでいる暇はないんだ……!アイツを追わせろ!」

 

 あの女性はもうこの部屋から出て行っている。この建物の詳しい構造を知らないキメラモンだ。あの女性を逃がしてしまえば、もう追いかけることは不可能に近い。

 焦りだけが、キメラモンの中に積もっていく。だが、彼がいくら焦っても、その目の前のムゲンドラモンが道を開けることはない。

 どうにもならないのか、と。せっかくの復讐対象を前に何もできない無力さが、キメラモンを襲う。

 さらに、ここに来るダメージも抜けきっているわけではなく――言ってしまえば、キメラモンは限界だった。

 

「ぐ……負け……っく……!」

「グルァァァァ!」

 

 同時に、苛烈さを増したムゲンドラモンの拳。

 だんだんとキメラモンの四つの拳が押し負けていく。一秒を追うごとに傷が増えていく。グシャッという破滅の音が聞こえた。キメラモンの赤い腕が、砕けた音だった。

 三つになった腕。それでも、キメラモンは歯を食いしばって、ムゲンドラモンに食らいついて、そんな時だった。

 

「ピピ……!ヤラセマセン!」

「グルァァァァ!?」

「なっ!?」

 

 この戦いに、()()()()()()()が乱入したのは。

 

「グルァァァァ!」

「ピピピッ……ギャァアアアア!」

 

 ムゲンドラモンとムゲンドラモンが戦っている。

 キメラモンは、そんなあんまりの事態に呆然としてしまう。が、次の瞬間に彼はハッとして気づいた。片方の、新しく乱入してきたムゲンドラモンの言葉遣いに聞き覚えがあったことに。

 それに気づいたキメラモンは急いで振り向いて、ある場所を見た。が、そこには、いなかった。

 そう。いなかったのだ。先ほどまでこの部屋に繋がれているのではないかというほど、大量のコードに繋がれたハグルモンは。

 

「やはり……アイツか!」

 

 やはり新たに乱入したムゲンドラモンは、ハグルモンが進化したのだろう。

 成熟期と完全体をすっ飛ばしての進化には驚くしかないし、不可能だと頭では理解している。それでも、キメラモンはあのムゲンドラモンこそあのハグルモンであると、なぜか根拠もなく信じられていた。

 そんな風に驚愕に震えるキメラモンの前で、ムゲンドラモン同士の戦いは続く。

 

「ピピピ……ターゲット……ロック!」

「ガァァァッァァ!」

 

 桁外れのパワーをもって行われる攻撃がぶつかり合う。

 その余波は、この部屋全体に響き渡るほど。戦っている本人たちも、キメラモンも気づかないことではあったが、今この瞬間にもこの部屋のある建物は悲鳴を上げていた。

 軋みを上げる空間など気にせず、戦うムゲンドラモンとムゲンドラモン。

 進化したてであろうと、ハグルモンから進化したムゲンドラモンもムゲンドラモンで、究極体だ。

 キメラモンを完膚無きまでに叩き潰したムゲンドラモンと互角に戦えている――かといえば、そういうわけでもなく。

 

「ピピピ……損傷……十二パーセント……!敵兵トノ出力差……大……!」

「グッグッグ……グルァァァァ!」

 

 戦闘は、限りなくムゲンドラモンに不利に進んでいた。もちろん、ハグルモンから進化した方のムゲンドラモンが、不利な方である。

 基礎スペックの差が大きすぎるのだ。どれだけ同じ攻撃を繰り出そうと、必ず打ち勝つのは決まって片方のムゲンドラモンだった。

 同じムゲンドラモンでこうも差があるものか、と。不利な状況を耐えながら、ムゲンドラモンの頭脳は思考を重ねる。

 だが、何度思考しても、出てくる結果は同じ。ムゲンドラモン同士であるのならば、ここまでの差が出るのはありえないということだけ。

 

「……っち。なんで俺はこう……!どけっ役立たずっ!」

「ピピピ……零?」

 

 あまりに勝負にならない戦いを見ていて、キメラモンは苛立ったような声を挙げて。彼は、三本の腕を振るいながら、戦闘に乱入した。

 

「ピピピ。危険デス。今ノウチニ撤退スルコトヲ進メマス」

「うるさい……黙ってろ」

「ソレニ、アノ女性ヲ追ッタ方ガヨロシイカト」

「黙れ。無駄口を叩くな」

 

 ムゲンドラモンの言葉を聞かず、キメラモンは敵である方のムゲンドラモンと向かい合った。

 今のキメラモンは、あの街で、ピヨモンの前に出た時と同じ感覚を味わっていた。ようするに、自分で自分の行動が訳わからなかったのだ。

 正直に言えば、ムゲンドラモン同士の戦いが始まった時点で、キメラモンはあの女性を追ってこの場を去るつもりだった。だというのに、負けている様子を見たら、なぜか身体が勝手に動いてしまったのだ。

 思い通りにならない自分に、あの女性以上の苛立ちをキメラモンは感じていた。

 

「グッグッグ……」

 

 まるで、馬鹿がまた来たとばかりに、キメラモンの目の前にいるムゲンドラモンが嗤う。

 人間と同じような感情らしい感情を持たないムゲンドラモンという種のことを考えれば、それは異常だった。

 その姿に、キメラモンはここに来る前に戦った時にも感じた違和感を覚える。そして、この光景に既視感を思い出していた。

 だが、彼がそれを思い出すよりも前に、ムゲンドラモン“たち”は動き出す。

 

「グルァアアアアア!」

「ピピピ!危険度大。迎撃準備。ターゲットロック。ファイア!」

 

 互いのムゲンドラモンが互いに放つは、その背の砲による一撃。ムゲンドラモンという種の必殺技。超弩級のエネルギー波“∞キャノン”。

 放たれたエネルギー波は、世界を貫き進む。一瞬後に激突する両者の砲撃。そのあまりの余波に、部屋が悲鳴を上げ、崩壊していく。おそらく、部屋の外の世界にも影響は出ているだろう。

 だが、いくら余波が凄まじかろうとキメラモンにはこの先の展開が見えていた。嫌というほどわかりきったことであったのだ。どちらのムゲンドラモンの技が打ち勝つかなど。

 だからこそ。

 

「っち。できもしないことをするな役立たずめ……機械らしく、できることだけをしていろ!」

 

 だからこそ、キメラモンも技を放つ。

 腕一本がなくなった分、威力は下がっているだろう。が、それでもないよりはマシだと、キメラモンは自身の必殺技を放った。

 “ヒート・バイパー”。キメラモンの三本の腕から放たれた死の熱線が、傍にいるムゲンドラモンの必殺技と混ざり合って、敵であるムゲンドラモンの必殺技を迎え撃つ。

 

「ぬぅううううう!」

「ピピピ。出力向上小。ダメージ効率上昇中。ヤル気上昇……大!」

「グルァァァァ!」

 

 ぶつかり合う三者の技。

 世界を白に染めるその激突は、やがて終わりの時が訪れた。瞬間、爆発。部屋を、建物を、地面を、さまざまな吹き飛ばす大爆発。

 キメラモンとムゲンドラモンは、その爆発に耐えて――。

 

「何……!?」

「ピピ。理解不能」

 

 爆発を耐え抜いた彼らが見たのは、驚愕の光景だった。

 彼らの目の前にいたのは、緑色を基調としたスライムのような見知らぬデジモンで。断じて、ムゲンドラモン()()()()()()

 

「グッグッグ……!」

 

 スライムという液体のような姿のそのデジモンだが、身体はところどころがボロボロだった。どうやら、先ほどのキメラモンとムゲンドラモンの合体技は効いたらしい。

 まるでイタズラがバレたかのように、笑いながらそのデジモンはよろよろと力なく立ち上がった。

 

「お前が……ムゲンドラモンの正体だったわけだな」

「グッグッグ……!」

「話せないのか……?」

「ピピ!正体不明のエネルギー上昇。目標二変化!」

「何……?」

 

 ムゲンドラモンの言葉に、首を傾げるキメラモン。

 だが、その次の瞬間のことだった。彼らの目の前にいる謎のデジモンの姿が変わる。一瞬後に、そのデジモンと代わるようにそこにいたのは、またもムゲンドラモンだった。

 しかも、先ほどにあったダメージらしいダメージも抜け落ちていて、まるで進化したてのよう。

 キメラモンには、その光景に見覚えがあった。いつか遠き日に、似たような現象を見た。あの時、現れるデジモンと同じ姿に次々と姿を変えたあのバケモノ。

 

「……っ!なるほどな。そういうことか……!」

 

 キメラモンの持つあの時の日の記憶、そして目の前にいるデジモンと先ほどの女性のことを考えれば、つまりはそういうことなのだろう。

 キメラモンは目の前にいるムゲンドラモンモドキに燃え盛るような復讐心を抱き始めていた。

 

「ピピ。正体不明ノ現象ヲ確認。ダメージゼロ確認。状況ハコチラニ不利デス」

 

 一方で、ムゲンドラモンは目の前のデジモンの能力を見抜き始めていた。

 目の前にいるデジモンはデジモンのコピー能力を持っていて、姿だけでなく、スペックもコピー可能であること。スペックは、元々のスペックにコピー元のスペックも上乗せされること。コピー時に、回復能力すらあるらしいこと。

 ムゲンドラモンは概ねの能力概要を掴んでいた。つまり、勝つためには姿が変わる前に、一撃で倒さなければならないということだった。

 

「ピピ。能力上一対一デハ勝テマセン。撤退ヲ進言シマス」

 

 反則級の能力。

 だが、キメラモンは何と言われようとも引く気はなかった。復讐に燃え盛る彼の心は、引くことを選択させなかった。

 

「死にたくないならさっさとどこかに消えろ」

「ピピ。零ノ行動ヲ自殺行為ト断定。自殺ハオヤメクダサイ」

「誰が自殺などするか!」

 

 ムゲンドラモンの言葉を無視して、キメラモンはムゲンドラモンモドキに襲いかかる。が、やはりというか、当然というか、結果は決まりきっていた。再びボロ雑巾のようにボロボロになっていくキメラモン。

 堪らず、ムゲンドラモンが加勢に入る。が、それでも結果は変わらなかった。

 ムゲンドラモンもキメラモンも、受けたダメージが響いていたのだ。対するムゲンドラモンモドキは、先ほどの超回復によって無傷も同じ状態で。二対一でも、一の方が優勢となってしまっていた。

 

「っぐ……!」

「ピピピ……」

 

 いろいろな意味での仇がいるのに、どうにもできない。そんな歯がゆさと無力さで、キメラモンは憤死しそうなほどだった。

 隣には、今にも倒れそうなムゲンドラモンがいて、それがなおのことキメラモンの癪に障った。役立たずだからではない。ムゲンドラモンが倒されそうな事実が、キメラモンは嫌だったのだ。

 なぜそう思ったのか、わからない。それでも、キメラモンは激しい怒りを抱いていたことは事実で。

 

「グッグッグ」

「いつもいつも……!俺の人生を……!」

 

 キメラモンはムゲンドラモンモドキを睨む。そのすべての始まりの敵を。

 憎しみ、怒り、自分が感じたすべての不条理をもって、ただ目の前にいる敵をこの世から排除することだけを彼は願う。

 ただ、その怒りや憎しみが復讐心から来るものだけではないことには気づけずに。

 

「ピピ……」

 

 ムゲンドラモンは、そんなキメラモンの力になりたかった。間違っているとか、正しいとか、そんなことは関係なく。ただ、力になりたかった。

 だが、キメラモンが倒したい敵を倒すだけの力は、彼にはない。だからこそ、求めた。目の前にいる敵を倒すだけの力を。キメラモンの――零の力になれる力を。

 処理頭脳の奥底から湧き上がるその思考が、何なのかを理解することなく。

 

「グッグッグ……グルァァァァ!」

 

 ひとしきり嗤ったムゲンドラモンモドキが、トドメとばかりに背中の砲を向ける。

 それが、自分たちを消滅せしめるものだとは、キメラモンたちも理解していた。理解していて、それでもなお、諦めるような心持ちにはなれなかった。

 彼らの心の中にあったのはただ一つ。根底は違えど、目の前の敵を排除することだけ。そんな共通の思いが重なり合って――。

 

「オァアアアアアアアアア!」

 

 進化を呼ぶ。交わる進化――ジョグレス進化を。

 ムゲンドラモンとキメラモン。二人が混ざり合って現れたのは、四本の腕にムゲンドラモンの砲を持つバケモノだった。

 ソレは、一足で距離を詰め、必殺技の準備をするムゲンドラモンモドキを殴り飛ばす。

 

「オァアアアアアアアアア!」

 

 吹っ飛んでいくムゲンドラモンモドキを前に、勝利の雄叫びを挙げるそのバケモノ。

 その姿は、まさに不条理の塊だった。そこにムゲンドラモンの知性も、キメラモンの理性も見えない。両者が持っていたすべてが吹き飛んでいるかのよう。

 まるでこの世の不条理を嘆くかのような声で雄叫びを挙げるそのバケモノ。

 そんなバケモノの姿に――。

 

――これでピースは揃った――

 

 どこかでバケモノが嗤った。

 




というわけで、第百十四話。

相変わらずボロボロになる零たちサイドの話でした。
ムゲンドラモンモドキや最後のジョグレス進化によって登場したバケモノ、嗤ったバケモノと……意味のないぼかしが多くて申し訳ないです。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第百十五話~蜘蛛の糸~

皆様、あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします!



 時は少し遡る。

 その時、レオルモンは未だあの廊下を抜けられずにいた。彼とて、一刻も早くこの場所を抜け出したいとは思っている。思ってはいるのだが、そんな彼の意思に反するように、この場所から出ることはできなかった。

 

「く……!うぉおおおおおお!」

 

 されど、彼に諦める気はない。というか、諦められることではない。だからこそ、彼はもはやなりふり構わずだった。

 

「おぉおおおおおおおお!」

 

 この廊下にいくつもある扉。その一つに狙いを定めた彼は、大声を上げながら、その爪で果敢に扉を攻撃する。この扉には自分の攻撃が通用しないことなど承知の上。だが、もしかしたらどうにかなるかもしれないし、もしかしたら異常を感知した誰かがここにやって来るかもしれない。

 チャンスがなければ、作ればいい。そんな心持ちで、もしかしたらという少ない可能性に彼は賭けていた。

 

「はっ……ふっ……ぅ……ぉおおおおおお!」

 

 レオルモンは、扉を引っかき続ける。

 その度に、まるで黒板を爪で削ったかのような嫌な音が辺りに響き渡った。耳に届くその音に顔を顰めながらも、レオルモンは止まらない。

 この程度、耐えてやる。そんな鬼気迫る迫力だけが、彼にあった。

 だが、なかなか彼の思惑通りにならない。体力と時間だけが無駄に過ぎていく。

 

「う……ぉぉぉおお!」

 

 だんだんと小さくなり始めた声と音。彼の体力の限界だけが近づいてきたのだ。気がつけば、初めにあった勢いはどこかへと消えていた。

 

「う、はっ……ぜっ……はっ……」

 

 荒い呼吸だけが、廊下に響く。どうにかならない。どうにもならない。それでも、ずるずると倒れ込みそうになる身体を意思だけで支えて、レオルモンは扉を睨み続けていた。

 少ない可能性に賭けた結果がコレ。仕方のないことではある。元々、ダメ元だったのだから。それでも、彼は未だ諦めるつもりはなかった。

 

「なかなかに根性がありますね。でも、ちょっと退いていた方がいいですよ。まあ、身体中穴だらけになりたいというのなら別ですけどね」

「……?今の声は?」

 

 そんなレオルモンは、最後に藁を掴むことができた。それがどういう藁かどうかはともかくとして、だが。

 振り返った彼が見たのは、見たことのないデジモンが銃を構えている光景だった。

 

「っ!?」

 

 その銃口がどこを向いているのかをわかった瞬間、レオルモンは血の気が引いて飛びずさった。体力の限界とか、そんなものは関係ない。ありていに言えば、火事場の馬鹿力というものが働いたのだ。

 そして、その場を離れた彼は見た。一瞬前まで自分がいた場所を、いくつもの銃弾が通り過ぎていくのを。

 銃特有の発泡音と硝煙の匂いが辺りに充満する。そんな中で、穴だらけになったその扉は、大きな音を立てて倒れた。その先には、廊下が続いている。

 

「ほう。当たりですか。勘がいいのか、運がいいのか。それとも、無意識的に自分のパートナーの居場所を掴んでいたのですかね?」

「……誰ですかな」

「別に言葉を作らなくても大丈夫ですよ。平常通り振舞ってくだされば」

「……お生憎様ですが!これがこのセバスの話し方ですぞ」

「へぇ。ま、そういうことにしておきましょうか」

 

 一連の会話で、目の前にいるデジモンに対してのレオルモンの中での警戒度は跳ね上がっていた。

 確かに、レオルモンは話し方を作っている。時々素が出てしまうこともあるが、それでも普段からこの話し方であることに変わりはない。だというのに、相手は初対面であるにも関わらず、そのことを知っている。

 その事実はレオルモンを警戒させるに十分だった。

 まあ、突然現れた上に、一瞬前まで自分がいた場所に当たるような発泡をした相手だ。元々警戒していたのは言うまでもないことなのであるが。

 

「レオルモン……確か個体名はセバスでしたか?先ほどの貴方の質問に答えましょうか。私はアスタモンと言う者です」

 

 そう。レオルモンの前に現れたそのデジモンこそ、先ほど大成たちの前にも姿を現したアスタモンだった。大成たちの下を去った彼は、こうしてレオルモンの下へとやって来たのだ。

 

「アスタモン……?」

「はい。まあ、気楽にしてくださって大丈夫ですよ。今のところは貴方に敵対するつもりはありませんから。もっとも、貴方がその気ならその限りではありませんけどね」

「それは……今後は敵対するかもしれぬ、と取ってもいいのですかな?」

「どうぞお好きに取ってください。しかし、だからといって私に向かってくるのは止めたほうがいいでしょうね。今の状況で私に向かってくるのがわからないほど、貴方の頭は腐ってはないでしょう?」

「む……」

 

 進化もできない今の現状で、アスタモンと戦うことがどれほど無謀なことかは、レオルモンとてわかっている。が、敵地とも言えるこの場所で出会った相手だ。警戒してしまうのも仕方のないことだった。

 

「それに先ほどのあの者たちは多少賢かったですよ」

 

 あの者たち。それが誰を指すのか、レオルモンにはわかった。もしかしたら違うのかもしれないが、問題はそこではない。問題は、アスタモンが大成たちと出会ったかもしれないということだ。

 であれば、アスタモンは現状の大成たちの無事を知っているということになる。

 

「……大成殿たちに会ったのですかな?」

「ええ。会いましたよ。といっても興味本位で少し話しただけですけどね。ああ、心配なさらずとも私は何もしてませんし、そのまま普通に別れましたよ。今がどうなっているのかは知りませんけどね」

 

 嘘をついているようには見えないアスタモンの言葉に、レオルモンは安堵の息を吐く。

 無論、レオルモンが見抜けなかっただけで嘘をついている可能性もある。だが、嘘をついて無いとした場合、大成たちの現状での無事がわかったことになる。

 さまざまな可能性を考えるたびに疑心暗鬼になりそうになるが、レオルモンは自分の直感を信じることにした。つまり、アスタモンは嘘をついていない、と。

 まあ、アスタモンの言葉を信用することと彼を警戒しないことは、また別問題であるのだが。

 

「それで……アスタモン殿は何をしにここにいるのですかな?」

「ああ、それですか。貴方のサポートですよ」

「……それを信じろというのですかな?」

「信じられないのも確かでしょうが、私としては勝手にやるだけですね」

 

 自分をサポートする。そう言ったアスタモンの言葉の真意は、レオルモンにはわからなかった。その言葉を本当の意味で信用していいものかどうかも。

 とはいえ、自分一人でこの状況を打開することが可能かどうか判断できないほど、レオルモンは間抜けではない。彼は一瞬悩み、そして決定した。アスタモンの力を借りることも。

 もちろん、警戒することさえも忘れずに。

 

「むぅ」

「答えは出たようですね。警戒も続けるようですし、いい判断ですよ」

「……なんでもお見通しですかな」

「これでも長く生きているもので。貴方程度の若人の考えることなどわかりますよ」

 

 アスタモンの言った言葉は、まるですべてを読んでいたかのような内容だった。レオルモンとしては、手のひらの上で転がされている感が拭えない。

 とはいえ、いつまでもこうしてこの廊下に留まっている理由もない。嫌な感覚を覚えながらも、レオルモンは扉の先に進んでいく。

 その後を、笑いを堪えたような様子のアスタモンがついて行って――そんな彼の姿に、レオルモンの嫌な予感はますます大きくなる。

 

「フフ……警戒してますね」

「なるほど。すべてはわざとですかな?」

「さて。どうでしょう」

 

 自分の反応で遊ばれている。そのことをレオルモンは理解した。が、彼にはどうにもできなかった。人生経験から何までに差がありすぎるのだ。

 その差は、多少意識したからといって対抗できるレベルではない。

 底が見えない。それが、レオルモンがアスタモンに感じた印象だった。

 

「お嬢様ー!いたら返事をしてくだされー!」

 

 目の前にひたすら広がる広大な廊下といくつもの扉。

 それら一つ一つを見るのは効率が悪い。だからこそ、レオルモンは声を挙げる。上げ続ける。だが、やはりというか、何と言うか、優希からの返事はなかった。

 これだけの部屋数と広大な廊下だ。優希がいる場所を見落としてしまうかもしれない。そんな焦りが、レオルモンを包んでいた。

 

「……アスタモン殿はお嬢様のいる場所を知らないのですかな?」

「ここのどこかにいるということだけしか知りませんね。予想はつきますし、だいたいどの辺にいるのか予測はできますけどね」

「……っ!どういうことですかな?」

「それくらい自分で考えたらどうですか?その頭が飾りでないのなら、わかることでしょう?」

「詭弁を……!教えろっ!」

 

 腹が立つ言い方だった。先ほどサポートすると言ったくせに、ヒントも何も言わない。

 そんなアスタモンに、レオルモンは苛立ちを隠せず――その激情にかられて、彼の口調は荒くなる。

 そんな彼の一方で、アスタモンはやれやれといった様子で首を振っていた。まるで、駄々をこねる子供に呆れるかのように。

 

「焦るのもわかりますけどね……焦って功を逃すようなら、所詮貴方はその程度」

「何を……!」

「言ったでしょう?自分で考えろ、と」

「……!」

 

 アスタモンのその言葉も、優希を見つけられないこの現状も、何もかもがレオルモンを苛立たせる。

 感情のままにアスタモンに襲いかかり、知っていることすべてを吐かせたい。そう考えたレオルモンだったが、それをすることはなかった。いや、それはできなかったというべきか。

 アスタモンというこの場の絶対強者に対して、感情のままに動くことは愚策だと彼の本能が悟ってしまっていたのだ。

 とはいえ、だからといって納得できるかというと、そんな訳はないのだが。

 

「……」

「はぁ」

 

 納得できない、いいから教えろ。せめてもの反抗か、そんな意思を込めてレオルモンはアスタモンを睨む。

 

「他人にすぐ答えを尋ねるなど……ま、いいでしょう。成長期の分際で私を前にしてそれだけ意思を見せられる者はそうはいませんからね」

 

 呆れたような声色でそう呟いたアスタモン。彼は、その手に持った銃を構えた。

 その一連の行為は、あまりに気軽で普通過ぎた。彼自身を常時警戒していたレオルモンでさえ、そこに警戒する余地を持てなかった。レオルモンがハッとして気がついた時には、彼はもう銃を構えていたのだ。

 パァンッ。そんな銃声が廊下に響く。放たれた弾丸は、その先にあった一つの扉を打ち抜いていた。

 

「あの先にいるでしょうね」

「なぜそれがわかるのですかな」

「貴方のわがままで道を示させたのですから、それくらいは自分で考えなさい。少し考えれば、素晴らしい頭の貴方ならわかりますよ」

「……」

 

 それは刺のある言い方だったが、苛立ちながらもレオルモンは納得した。

 示された道が罠でないのならば、レオルモンは先ほども含めて二回も助けてもらったことになる。自分の力で成し遂げることにこそ意味はあるということを、彼は知っている。

 アスタモンの言葉選びは皮肉交じりの悪意あるものであれど、その言葉自体が間違ってはいないことに彼は気づき始めていた。

 

「行きますぞ!」

「ええ。どうぞ」

 

 アスタモンが大穴を開けた扉を押し倒して、レオルモンはその先へと進む。その先にあったのは、地下へと続く階段だった。

 

「……これは!」

「気づいたようですね。まあ、ここまで露骨に漏れていればどのような阿呆でも気づくでしょうけどね」

 

 その階段を降り始めた時、レオルモンは悟る。この先に優希がいる、と。

 レオルモンがそれに気づいたのは、決して勘などではなかった。確信をもたらすだけのソレが、階段の下から漂ってきていたのだ。

 レオルモンにとって慣れたソレ。幾度も感じてきたソレ。優希が自身の力を発揮する時の()()が。

 そこからの行動は早かった。レオルモンはその階段を駆け降りた。

 

「お嬢様ー!」

 

 ほとんど落ちていくも同然のスピードで、レオルモンは階段を下っていく。

 とはいえ、だ。幾つもの扉に扉が続くこの建物の中、階段の先に扉がないなどということはありえるはずもなく――駆け下りるレオルモンの行く先には、その先に頑丈そうな扉があった。

 限界以上の速さで駆け下りているレオルモンに、それを躱す術はなく。

 

「ぶべらっ!」

 

 一瞬後。レオルモンは壁のシミとなった。

 次いで辺りに響いたのは、再びの銃声。壁のシミとなったレオルモンのすぐ上に、大穴が開いていた。というか、自身に銃弾が掠ったのを、レオルモンは察知していた。

 

「むぐぅ……!今、このセバスごと狙いませんでしたかな?」

「まさか。本気で狙っていたなら、外しませんよ」

 

 詫び入れもしないアスタモンに苛立ちながらも、レオルモンはすぐに気を取り直した。

 壁のシミになっている暇も、アスタモンに構っている暇もないのだ。この先に待ち望んだ優希がいるのだから。

 三度、アスタモンが扉を撃ち抜く。ボロボロになっていく扉。見るも無惨な様子で扉は破壊され、道が開く。その瞬間に、レオルモンは部屋の中へと駆け込んだ。

 そこは広大な部屋だった。

 レオルモンが入った入口のちょうど反対側。彼が望んだ優希はそこにいた――のだが、そこにあった光景は、彼の望んだものではなくて。

 

「お嬢様!……お嬢……っ!優希!」

 

 半ば発狂しながら、レオルモンはそこに向かって駆け寄った。

 




というわけで、新年第一回目の第百十五話。

次回に続く話なので、少し中途半端ですね。
次回、いよいよ――という話です。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第百十六話~約束を守るために~

 その部屋の中は、一言で言えば機械で埋め尽くされていた部屋だった。

 用途不明の機械から、画面付きでなんとなく使用方法がわかりそうなものまで、さまざまな機械がそこにあった。もちろん、この部屋が機械の倉庫というわけではない。これらすべての機械は稼働している。

 そんな機械の中に、優希の姿はあった。比喩でも何でもなく、機械の一部として、機械のパーツとして、優希という人間は機械に組み込まれていたのだ。

 

「お嬢様!……お嬢……っ!優希!」

 

 半ば発狂しながらレオルモンは駆け寄る。が、所狭しと並べられた機械が、レオルモンの行く手を阻んだ。

 うまく進めない現状を焦れったく思い、レオルモンはこの部屋の機械を壊しながら進みたくなる。だが、それはできなかった。優希が機械と繋がっている以上、下手にこの部屋の機器に手を出せば、彼女もどうなるかわからないのだ。

 だからこそ、焦れったくとも、レオルモンは回り道をしながら優希の下へと進んで行ったのである。

 

「優希!優希ぃ!」

 

 余分な時間と体力を消費しながらも、レオルモンは優希の下へとたどり着く。だが、彼がいくら声をかけても、機械に組み込まれた優希が返事をすることはなかった。まるで、彼女も機械となってしまったかのように。

 

「目を覚ましませんね。おそらくはこの機械が原因と見るべきでしょう」

「なら、この機械を壊せば……!」

「いやぁ……やめておいた方がいいでしょうね。どのような弊害が出るかわからない。まあ、それしか手がないのも事実ですが。どちらを選択するも貴方の自由ですよ?」

「……っぐ」

 

 アスタモンの言葉に、レオルモンはうめきながら優希を見た。

 手がない以上、やることも、できることも一つだ。だが、それをした時の“もしかしたら何かあるかもしれない”というデメリットに対する不安があまりにも大きすぎた。

 未知のデメリットと大きすぎる不安。その二つに、レオルモンは立ち止まっていた。

 

「しかし……なるほど。なかなかに効率の良い使い方をしていますね。賞賛ものですよ」

「……どういう意味だ」

 

 そのアスタモンの言葉は、まるで優希の今の状況を肯定するかのような言葉で。

 思わず、レオルモンの声は低くなった。彼は横に立つアスタモンを睨む。だが、そんな彼の変わりようにも堪えず、アスタモンはしゃあしゃあと言う。

 

「そのままの意味ですよ。ほら、あそこを見ればわかるでしょう」

「あれは……」

「進化の巫女。デジモンを進化させる力を……正確には一時的にデジモンの中にある進化のためのエネルギーを増幅させる能力を持つ人間ですが……その力を、この機械は効率的に使っている」

 

 アスタモンが指し示した先。そこには、優希の体から漏れ出た光のような何かがパイプを通ってこの部屋の外のどこかへと運ばれていく光景があった。

 アスタモンの言うことを考えれば、運ばれていったものは優希の力で、それはこの部屋の外にいる何者かを進化させるために使われていることになる。

 カッと頭に血が上っていくのを、レオルモンは感じた。正直に言って、今の彼は進化の巫女という意味がわかったことなどどうでもよかった。それ以上に、優希が文字通り進化の道具として使われていることが我慢ならなかった。

 

「……」

「クク……いい表情ですね。ま、話を戻すと、外でにわか究極体が多かったのもこれが原因でしょうね。とはいえ、外にいる究極体はいろいろと無理が祟って弱体化してますがね」

 

 アスタモンの言葉など、もう聞く気はない。レオルモンは、一刻も早く優希を助けたかった。彼女を捕らえるこの機械を壊したかった。

 ただ感情に任せて、レオルモンは腕を振るう。何度も何度も。幸いにして、この機械はあまり頑丈ではなく、彼の鋭い爪は機械を引き裂き、バラバラにしていった。

 

「はぁっ!」

 

 気合一閃。最後の攻撃が、優希を機械から引き剥がす。

 機械から引き剥がされた優希だったが、その姿は見るからに痛々しかった。身体中に細い管が突き刺さっていて、それらを引き抜いても痕は残った。その幾つもの痕からは血が滲んでいて、身体に赤い斑点が出来たかのよう。

 目を背けたくなるような光景だったが、レオルモンは必死に優希に呼びかけた。起きてくれ、と。

 

「優希!優希!」

「ぅ……」

「優希!?」

「……セバス?」

 

 幸い、眠り続けるような何かをされていたという訳ではなかったらしく、優希はすぐに目を覚ました。

 どうやら現状把握がうまくできていないらしく、泣き出しそうなレオルモンの姿に、優希は目を白黒させている。

 そんな彼女の姿を前に、レオルモンは安堵の息を漏らした。

 

「ここは……っ!そ、う……私は……」

「もう大丈夫だ……ですぞ!みんな助けに来た……ましたからな!」

「ふふっ……ありがとう」

 

 こんなことは何でもない、と。優希を心配させまいと一生懸命に普段通り振舞おうとして、盛大に失敗しているレオルモン。

 そんな彼の姿がおかしくて、優希は笑ってしまう。だが、その笑いは、彼女が持っていた不安も何もかもが払われたからこそ出た、安堵の笑いだった。

 

「感動の再会というやつですね」

「セバス。この人は……?」

「ああ、大丈夫。自己紹介くらい自分でしますよ。私はアスタモンという者です」

「アスタモン……?」

「ええ。ここにはある目的のために来ましてね」

 

 人の良さそうな、それでいてどこか胡散臭い笑みを浮かべたアスタモンを前に、優希はつい警戒してしまう。優希の勘が、目の前のアスタモンを信用するなと言っていた。

 

「目的……?聞いても?」

「ええ。いいですよ。一つは流れを作ることですね」

「流れ……?」

「ええ。いつかのために邪魔になりそうなここの人間たちを排除すること流れを、ね」

「っ!」

 

 人間の排除。その言葉に、優希とレオルモンの身体はこわばった。その部分の言葉だけを取れば、自分たちさえも排除対象とされてもおかしくはないからだ。

 そんな優希たちに苦笑して、アスタモンは「誤解です」と言う。まあ、とはいえ、彼はワザと誤解するような言い方をしたのだが。

 

「貴方々ではありませんよ。ここにいる……今回の事件の一連の黒幕を、です。我々にとっては邪魔なのでね」

「……自分でやればいいのではないのですかな?」

「いやいや。私は、無駄な労力を割くことが好きではないのでね。こういうのは当事者たちに片付けさせるのがいいんですよ」

「つまり……私たちに押し付ける気?」

「ええ。そう取ってもらっても構いませんよ」

 

 ニッコリと笑って告げるアスタモンに、優希たちは言葉をなくすしかなかった。

 こういうのは黙っておくか、それか嘘や何かで誘導するのが普通だろう。だというのに、アスタモンは真実だけを言っている。優希たちがすでに巻き込まれていて、否応なしに今回の事件解決に動くことになると確信しているからこその言葉だった。

 

「人間がこの世界に訪れる時は、たいていそういう時ですからね。五年前もそうでした。否応なしに、人間は事態の渦中にいて、そして事態を解決する」

「……五年前?」

「貴方々はもう逃げられませんよ。放っておいても貴方々が事件を解決するのならば、私が事件を解決するために動くのは……それこそ時間の無駄でしょう?時間を無駄にするのは馬鹿のすることですよ」

 

 感情面ではいろいろと納得できないものの、理屈的にはわからんでもない。それが、アスタモンの言葉を聞いた優希たちの反応だった。

 とはいえ、二人にも一つだけ解せないことがある。放っておいても事態が解決すると踏んでいるのならば。

 

「どうしてアスタモンはここにいるの?」

「……へぇ?」

 

 アスタモンが、この事態の渦中に一番近い場所にいる必要はない。

 そんな疑問を優希は口に出して、それを聞いたアスタモンは面白そうに笑った。

 

「そうでしょ?放っておいても事態が解決するってわかってるなら、わざわざここにいる必要はない。違う?」

「確かに。違いませんよ」

「なら、なんで……」

「それはもう一つの目的のためですね。そうですね……漁夫の利を狙えそうだから、とでも言っておきましょうか」

「漁夫の利……ですかな?」

「ええ。漁夫の利ですよ」

 

 アスタモンの言っている意味がわからなくて、優希たちは首を傾げる。いや、もちろん漁夫の利の意味くらいはわかる。問題は、“何が”利なのか、だ。アスタモンの狙っている利。それが優希たちにはわからなかった。

 

「貴方ですよ。進化の巫女」

「え?」

「っ!お嬢様!」

 

 その言葉に危険を察知したレオルモンが叫ぶ。が、遅い。致命的に。

 優希が反応するよりも、レオルモンが動くよりも早く、アスタモンは優希の首元にナイフを突きつけた。つまりは人質だ。こうなってしまえば、レオルモンは動けない。

 

「間抜けとしか言いようがありませんね。進化の巫女を助けるまでは確かに私を警戒していたのに。助けたことで気が緩みましたか?」

「ぐ……!」

「アンタ……!」

「貴方々はわかっていないようだ。進化の巫女という存在の価値を。狙っているのはここの者たちだけだと思ってましたか?もしそうなら、脳みそが溶けているとしか言えませんね」

「……」

 

 正直に言えば、アスタモンの言葉の意味を優希は理解できなかった。優希にとって自分の力は、デジモンを進化させる()()の力だ。それもデメリットありの使い勝手が悪いものでしかない。

 そして、それは彼女にとって持っていることが当たり前の力だった。だからこそ、彼女にはそれがどれだけ異常で、どれほど他者が羨む能力であるかがわかっていない。

 優希は、自分が狙われるような者だということを想像することは出来ても、今の今まで実感することはできなかった。

 

「価値がわかる者なら、喉から手が出るほど欲しい。それが進化の巫女の価値です」

「そこまで……」

「それこそ、いくらでも狙いますし、狙われますよ。私のようなぽっと出で漁夫の利を狙うような者でさえも」

「っ……!」

 

 一方で、レオルモンは間抜けとしか言いようがない自分の失敗に唸っていた。

 優希を人質にされているこの状況で、たかが成長期の彼にできることは皆無に近い。逃げに徹されたら、彼ではどうにもできない。

 だからこそ、必死になって打開策を探す。が、打開策が見つかる気配はなかった。

 

「この……!」

「暴れない方がいい。手が滑ってしまいますよ?」

「……」

「そうです。そうしていれば……」

 

 喉元に感じるナイフの冷たい感触を前に、優希も黙らざるを得ない。が、一瞬後に、優希は覚悟を決めた。一世一代の大博打をする覚悟を。

 

「セバス!行くよ!」

「む……ですが……!」

「大丈夫!信じてる!」

「ほう?これはまた意外に……」

 

 その言葉は、いつかのように切実なものではなかった。ただ、当たり前のように紡がれた言葉だった。だからこそ、そこには当たり前という名の重さと軽さがあって。レオルモンには、その意味がわかった。

 次の瞬間。優希の力がレオルモンを進化させる。

 脅しにも屈せずにその選択をした優希を、アスタモンは面白そうに見ていた。

 

「お嬢様を……離せぇぇっ!」

「ぐっ……!」

 

 出し惜しみ無しの全力。現れたのは、機械の獣。

 レオルモンは完全体のローダーレオモンに進化して、優希を助けながらその鉄球のような尾でアスタモンを吹き飛ばす。

 直後、人質状態から解放された優希は、ホッと安堵の息を吐いた。すべては賭けだった。もしアスタモンが優希の命をなんとも思っていなかったのならば、今頃優希はこの世にいなかった。自身の価値を理解し、自身の命を賭けた――そんな、優希の度胸が賭けを成功させたのだ。

 

「大丈夫、ですかな……?」

「なんとかね……」

 

 吹き飛んでいったアスタモンは、この部屋の機械に埋もれて見えない。が、優希たちはそれでも警戒を解くことはしなかった。いつ来てもいいように、ジッとその方向を見つめる――。

 

「いやまったく。良い行動力ですね。この世界に来た時はそれほどではなかった気もしますが……まあ、素質はありましたしね」

「っ!?」

「なっ!」

 

 パチパチパチ、と。聞こえてきたのは、軽快な拍手の音と賞賛の声。それが自分たちの真横から聞こえて、優希たちは慌てて振り返った。

 

「何を驚いているのです?まさか、あの程度で私を倒せるとでも?」

 

 そこにいたのは、無傷のアスタモンだった。

 

「……無傷?」

「ああ、なるほど。ま、同じ完全体で成長段階上は同格ですが……私と貴方が同格だと思われるのは少々苛立ちますね。いや、哀れみの方が大きいかもしれませんが……さて」

「っ!」

「それでは、哀れな子猫に見せてあげましょうか。私の力を、ね」

 

 そこから先は、一方的な展開だった。

 成長段階上では同格だというのに、アスタモンは文字通り格が違った。ローダーレオモンは決して弱くはない。弱くはないはずであるのに、弱く見えてしまうほどに、アスタモンとローダーレオモンの間には力の差があった。

 ローダーレオモンの攻撃は一撃として届いていない。

 一方で、アスタモンは自分の身に迫る攻撃を華麗に躱し、鮮やかなカウンター攻撃で着実にダメージを与えていく。

 そこには、一方的なものしかなかった。

 

「ぬぐぅ……っ!」

「っ!セバス!」

「だ、大丈夫ですぞ……」

「所詮は強がりですね」

「ぐはっ」

 

 アスタモンの持つ銃から放たれた弾丸が、ローダーレオモンの足を撃ち抜く。

 道中で散々わかりきったことではあったが、アスタモン、彼の銃撃はまさに正確無比。放たれた弾丸は、すべて命中する。そこには、無駄撃ちと呼べるようなものは一切存在しなかった。

 

「機動力を殺しました。これでもうどうにもできませんよ。言ったでしょう?私は無駄な労力を割くことが嫌いです。諦めてくれませんかね?」

「……ぐぅう!」

「ふぅ。仕方ありませんね」

 

 アスタモンの銃が火を吹く。その数は三。放たれた弾丸は、すべてローダーレオモンの足へと直撃。

 しかも、それらすべてが下手な傷となってしまったのか、痛み云々は関係なく、ローダーレオモンは動けなくなってしまっていた。

 動け。そうローダーレオモンは自分の足に命じる。命じ続ける。だが、彼の意思に反して、その足が動くことはなく――ハッとして気づいた彼は見た。自分に向けて足を振り上げているアスタモンの姿を。

 

「これで終わりです」

 

 その言葉と共に、一瞬霞むアスタモンの足。それは、強烈なまでの回し蹴りだった。

 ローダーレオモンに、それをどうにかする術はない。蹴りによって痛みが生じた直後、彼は蹴り飛ばされ、吹き飛んでいく。

 

「がはっ!」

 

 この部屋のいたるところにある機械にぶつかり、その傷を増やしながら、二転三転しいくローダーレオモン。壁際まで行って、彼はようやく止まった。

 その姿は見るからにボロボロの傷だらけ。意識はまだあるし、彼自身も立ち上がろうとしているようだったが、ダメージが大きいのだろう。立ち上がれそうになかった。

 

「これが結末ですよ。それでは」

「ちょ、離しなさい……!離してっ!」

 

 ローダーレオモンの戦闘不能を確認して、優希を抱えたアスタモンはこの部屋を去ろうとする。優希も抵抗しているが、やはりただの人間と完全体デジモンの差は大きかった。優希の抵抗など、アスタモンは少しも気にしてはいない。

 だんだんと遠ざかっていくアスタモンと優希。それを感じ取ったローダーレオモンは、自分を叱咤する。お前の覚悟はそんなものか、と。

 

「むぅううううう!」

 

 動けない身で、ローダーレオモンは叫ぶ。動かないことをわかっていても、そうせざるを得なかった。彼の感情が、叫んでいたのだ。優希を助けたいと。

 それだも、彼の身体は動かない。それは、決定的なまでのことだった。

 そんな決まりきったことに抗いたい、と。そう思った彼は気づいた。先ほどまで優希が繋がれていた機械とパイプが転がっていたことに。

 おそらく、蹴り飛ばされた時に一緒に巻き込んできたのだろうが、そんなことは彼にとってはどうでもよかった。彼は気づいたのだ。そこに、いつも感じているその気配があったことに。

 

「……いつも通り、ですかな。本当に」

 

 それを見たローダーレオモンは、自分を嗤う。所詮、一人では何もできない自分を。守ると言いながら、口先だけだった自分を。

 それでも――。

 

「約束を破るのは、悪い子ですからな」

 

 まだ間に合う。

 ボロボロな自分を今度は笑いながら、ローダーレオモンはその気配を掴む。その信頼と信用に報いるために。ただ当たり前の日常を当たり前に続けるために。そして、何よりも自分自身のために。

 訪れたそれは、進化だった。

 

「なっ!?」

「セバス……!」

 

 アスタモンの驚くような声と、優希の待っていたと言うかのような声が、辺りに響き渡った。

 一瞬も経たずにローダーレオモンのいた場所に立っていたのは、一言で言えば“番長”だった。学ランを羽織った獣人。雄々しく立つ彼こそ、バンチョーレオモンという名の究極体デジモンだった。

 

「なるほど。この部屋にあった機械に残っていた力の残滓で進化したのですか。やれやれ……うまくいかないものですね」

「お嬢様を離してもらいましょうか……!」

 

 バンチョーレオモンは、アスタモンを睨む。究極体デジモンに睨まれているのだ。通常なら萎縮してもおかしくはない。だというのに、アスタモンは平常通りだった。

 その余裕さをバンチョーレオモンは警戒したのだが、アスタモンの行動は彼にとって予想外のもので。

 

「そんなに言葉を荒げずとも……ほら」

「きゃっ」

 

 そんなアスタモンは、バンチョーレオモンの言葉通りに優希を離した。アッサリと。

 喉から手が出るほど欲しいと言った割に、アッサリと解放した。その行動に、バンチョーレオモンはさらに警戒を募らせた。何かあるのか、と。

 一方で、そんなバンチョーレオモンを前に、アスタモンはやれやれと首を振って答えた。

 

「進化したてのペーペーの貴方を倒すことはできるでしょう。ですが、その労力は決して軽いものではない。それに……あまり時間をかけすぎて、この地下に産まれたものまで相手にするのは面倒だ」

「……?どういう……」

「私は無駄なことをするのは嫌なんですよ。進化の巫女を狙う隙などいくらでもある。今この時にリスクを冒してまでやることではない」

「ここまで来て見逃すとでも?」

「はい。見逃してもらいますよ。どうせ、その余裕はないでしょうからね」

 

 アスタモンがそう言ったその瞬間のことだった。

 

「何を……っ!?」

 

 この建物が崩れ始めたのは。

 何が起きているのかはわからないし、バンチョーレオモンにはこれくらい屁でもないが、優希にとってはそうではない。崩れ始めた瓦礫を防ぎながら、バンチョーレオモンは優希の下まで走り、彼女を抱えて脱出を図った。

 そんな彼がチラリと目を向ければ、アスタモンの姿はもうどこにもなくて――。

 

――それこそ、いくらでも狙いますし、狙われますよ。私のようなぽっと出で漁夫の利を狙うような者でさえも――

 

 バンチョーレオモンの頭の中には、アスタモンのそんな言葉がいつまでも残っていた。

 




というわけで、第百十六話。

レオルモンことセバスの究極体進化回でした。
いや、戦闘はありませんでしたが。どちらかといえば、お披露目回ですかね?
彼の戦闘は次回以降に持ち越しですね。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第百十七話~地の底より現れるは千年魔獣~

 轟音を上げて崩壊していく建物。その気配は、地下を彷徨っていた大成たちにも感じ取ることができていた。

 

「やばいやばい!イモ!」

「わ、わかってます!」

 

 上空から落ちてくる瓦礫を躱しながら、大成たちは猛スピードでこの建物を脱出するべく動く。

 幸いにして、ディノビーモンは空を飛べる。大成たちが始めに落ちてきた天井の穴から出ればいいのだから、瓦礫にさえ注意していればいい。

 出口を探して建物の中を右往左往するよりか、ずっと脱出難度は低かった。

 

「頑張れ!もう少しで出口だ!」

「はい!うぅうううう!」

 

 大成を抱えたまま瓦礫を躱し、ひたすら宙を昇るディノビーモン。その先には、先ほど大成たちが落ちてきた穴があって――数十秒後には、大成たちは数十分ぶりのあの街へと帰還できた。

 

「よっしゃ!助かった!」

「助かりましたね!危なかったです……!」

 

 地下が崩れた影響だろう。街はいたるところで地割れが起きていて、その上にあった建物は軒並み崩壊している。まるで災害現場だ。

 この光景を前にして、大成は教科書で見た地震で崩壊した街の写真を思い出していた。

 

「酷い……ですね」

「ああ。でも、なんであんなことに……?」

 

 助かったことに安堵した大成たち。

 そして、助かって余裕ができた大成たちを次に襲ったのは、地下崩落の原因に対する疑問だった。首を傾げる二人だったが、二人には何も思いつかなかった。

 考えに考えを重ねる二人。そんな時だった。思考を飛ばしていた二人の視界に、動くものが目に入ったのは。一瞬、敵襲かと思って構える二人。だが、その必要はなかった。

 それらは、二人にとってもよく知った者だったのだから。

 

「あれは……優希!セバス!……セバス?セ、バス……だよな?」

「そう……でしょうね。たぶん。見た目が違いますけど」

 

 見知らぬデジモン(バンチョーレオモン)と一緒にいることに若干の驚きを持った大成たち。だが、その基本的な姿は進化前の姿に面影があって、すぐにそれが誰かわかった。

 

「大成殿!ディノビーモン殿!」

「よかった。無事だったんだな。優希もセバスも」

「心配したんですよ!」

「ありがとう……ごめん。迷惑かけちゃって」

 

 即座に、大成たちと優希たちは合流する。お互いに無傷とは言い難かったが、無事ではあった。

 無事であった優希たちの姿に、大成とディノビーモンの二人は安心する。なにせ、つい先ほどまで成長期だった者と誘拐されていた者の組み合わせだ。

 究極体が彷徨いているこの場で、無事である可能性が低かった以上、無事だとわかった時の安心は大きかった。

 

「っていうか、さ。気になってたんだけど……」

「……?何?」

「ソレってセバスの究極体だろ!?いいなー!」

 

 やはり究極体ということで、バンチョーレオモンにキラキラとした目を向ける大成。そんな大成をディノビーモンはオロオロとしながら見ていて、対してそんな大成に見つめられているバンチョーレオモンは居心地が悪そうだった。

 何と言うか、この期に及んでいつも通りな光景で――だからこそ、優希はいつも通りの場所に帰ってこられたことが嬉しかった。

 

「……ただいま」

「ん?今優希何か言ったか?」

「別に何も」

 

 呟いた独り言を聞かれなかったことにホッと安堵の息を漏らしながら、優希は意識を入れ替えて周りを見渡した。彼女は思い出したのだ。先ほど、アスタモンが最後に言った言葉を。

 アスタモン。彼は、優希たちには自分を追う余裕がなくなると言っていた。もちろん、逃げるための嘘かもしれない。だが、もしその言葉が本当だった場合は。

 

「お嬢様?」

「優希?どうかしたのか?」

「いや……」

 

 今この瞬間にも、余裕がなくなるほどの何かが起こる可能性があるということになる。

 だからこそ、警戒して優希は辺りを見渡す。そして、優希は気づいた。いや、優希だけではないか。この場の全員が、それに気づいた。

 小さな、それでいてだんだんと大きくなっていく揺れに。

 

「これは……!?」

「何か来るって見るべきでしょうね。アスタモンが言ってたのはこういうこと」

「お嬢様。このセバスから離れずにいてくだされ」

「なんか、うめき声が聞こえませんか?」

 

 全員が警戒状態になりながら、辺りを見渡す。上を見て、下を見て、周りを見渡して。だが、そのどこにもこの揺れの元凶たる者の姿はない。

 とはいえ、だいたいどこにいるかは予想がつく。揺れが起きるということは、必然的に上の可能性は低くなる。周りを見渡してもいないのならば、答えは一つしかない。

 大成たち全員がその答えにたどり着いて、下を警戒する。だが、そんな時のことだった。揺れが収まったのは。

 

「大成さん、なんか嫌な予感がするんですけど……」

「そうだな。たいていこういう場あ――」

 

 地面が割かれる。空間が悲鳴を上げる。

 大成が言葉を言い切る前に、バンチョーレオモンとディノビーモンはそれぞれのパートナーを抱えてその場を離脱。その場を離れた遠くの場所に着地した。

 そしてその直後、彼らがいた場所。そこの地面をこじ開けるかのように、四本の腕が地面を引き裂いて――。

 

「グァアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 地の底から現れたのは、四本の腕を持つバケモノだった。

 

「っ!キメラモン……?いや、違う……!」

 

 どこかキメラモンに似たそのデジモンに、大成は思わずといった風に叫ぶ。だが、彼はすぐに自分の間違いに気づいた。キメラモンと目の前のバケモノの違いに気づいたのだ。

 

「イモ!あれは何なんだよ!おい!」

「あ……ぁ……あれは……」

「おい?イモ……?」

 

 愕然とした顔で呟くディノビーモンに、大成は怪訝な顔をする。

 いや、愕然としているのはディノビーモンだけではないか。バンチョーレオモンもあのバケモノの正体がわかったらしく、同じように愕然としていた。

 まあ、それも仕方のないことだろう。それは、伝説の中だけの産物なのだから。

 

「セバスもイモも……あのデジモンを知ってるのか?」

「知ってるなんてものではありませんな。この世界に生きた者であのデジモンを知らぬ者はいませんぞ……」

「そんなになの?一体……」

 

 この世界には、実在の有無や存在の善悪を関係なく、常識として誰もが知っているほどの存在がいる。

 例えば、ロイヤルナイツと呼ばれる聖騎士軍団。例えば、七大魔王と呼ばれる魔王たち。例えば、四聖獣と呼ばれる守護者たち。例えば、東方の破壊神。例えば、神と呼ばれる存在。

 そのほとんどが現在において実在はしないとされながらも、常識として知られる者たち。そして、このバケモノも、その類のものだった。

 千年魔獣と呼ばれ、かつて時空を超えて世界を揺るがせた、狡猾なバケモノ。それすらも御伽噺や伝説の類で、存在すら実証されることはなかった。

 それは、最強と最強の融合した災厄と不条理のバケモノ。それこそが、このバケモノ――ミレニアモンだった。

 

「こいつ……もちろん究極体だよな?」

「当然でしょう!僕ら総がかりでもどうなるか……!」

「っ……これは、なんとも……」

 

 幸いにして、ミレニアモンはまだ大成たちに気づいていない。

 ならば、今のうちに逃げるという手もあるし、今のうちにスレイヤードラモンたちと合流するという手もある。どちらにせよ、この場にいる面々だけでミレニアモンと戦うのは、この場の誰にとっても避けたいことだった。

 どうする、と。見つからないように、崩壊した街の瓦礫に隠れながら、大成たちは相談する。が、そんな大成たちは、次の瞬間に見た。

 先ほどミレニアモンが出てきた地面の裂け目から、もう一体のデジモンが出て来た光景を。

 

「うぁぁああぁぁぁああ!」

「あれは……さっきの!」

 

 そう。ミレニアモンを追うかのように地面の下から現れたのは、彼もまた地下へと落ちていたのだろう者。先ほど大成たちを襲ってきたヘラクルカブテリモンだった。

 地面から出てきたヘラクルカブテリモンは、ミレニアモンと出会う。

 その光景を、大成たちは固唾を飲んで見守っていた。

 

「グルアアアアアアアア!」

「アァァアアアアアアア!」

 

 出会った両者の咆哮。それは、味方同士のコミュニケーションなどでは毛頭ない。それは、敵として出会ったが故の威嚇だった。

 ピリピリとした威圧感が、辺りに広がる。大成たちの目の前で、究極体同士のぶつかり合いが始まった。

 「何かもう……怪獣大決戦だな、おい」と、大成は本心からそう呟いた。

 互いに四本の腕を持つデジモン同士だ。ガッツリとすべての腕と腕を取っ組み合って、しのぎを削っている、が。

 

「……これ、ヘラクルカブテリモンが押されてる?」

「どう見てもそうですね……」

「力の差は歴然ね……セバスはどう見る?」

「少なくとも、このセバス単体では厳しいかと……」

 

 外野である大成たちが見守る中で、ヘラクルカブテリモンはみるみる押されていった。というか、もうほぼ押し倒されているも同然状態だ。

 大成たちとしては、もう少し互角の戦いを繰り広げて欲しかった。互角の戦いならば、相手に集中せざるを得なくなり、自分たちが隙を見てこの場から離れることもできただろうからだ。

 だが、実際はミレニアモンの独壇場。これでは、大成たちも逃げるに逃げられない。見つかってしまった場合のリスクが高すぎる。

 

「グギャァアアアアアアアア!」

 

 咆哮。まるで勝利を確信したかのようなミレニアモンは、その咆哮と共に一層の力を込める。

 ブチリ、と。その瞬間に大成たちには、まるでロープが切れたかのような、そんな場違いな音が聞こえた気がして。

 そんな彼らの目の前に降ってくる、腕。それが誰の腕であるかなど言うまでもない。

 大成たちがハッとして見れば、ヘラクルカブテリモンはその四つの腕すべてがもがれていて、芋虫も同然の状態となって地面に転がされていた。

 

「グギャァアアアアア!」

「ぁ……ァァァアア……ァ」

 

 再度、咆哮。それと同時に、ミレニアモンの背中の砲が煌めいて――。

 

「……ムゲンドラモンよりずっと高威力じゃないですか?」

「はは……というか、威力が高すぎてどっちも変わんねぇよ。明らかにオーバーキルだろ」

 

 一瞬の衝撃の後、大成たちの前に、ヘラクルカブテリモンの姿はなかった。ただ、何かが通ったかのような、尋常ならざる一直線の跡があっただけだった。

 真正面から敵を打ち破る怪力に、究極体デジモンですら跡形もなく消し飛ばす威力の砲撃。

 大成たちは直感した。目の前にいるバケモノは、まず間違いなく今まで出会った中で最強のデジモンであると。

 

「グルァァァァ」

 

 探るような、ミレニアモンの唸り声。それがどこへ向けられているかなど、大成たちにはわかりきったことだった。

 

「ねぇ……」

「言うなよ。……はぁ。ゲームしたい」

「むぅぅ……」

「最悪ですね」

 

 大成たちは運命や神様といった存在を呪いたくなった。

 このまま天を仰ぎ見て、すべてを投げ出せればどれほど楽だろうか。そんな気分になりながらも、大成たちは頷き合うまでもなく、揃いも揃って動き出した。

 死にたくはない。彼らの中にあるのはそれだけで――。

 

「グルァアアアア!」

 

 大成たちがその場を離れた瞬間、ミレニアモンの豪腕が一瞬前まで彼らがいた場所をなぎ払った。あと少しでも行動するのが遅かったのならば、今頃大成たちはヘラクルカブテリモンの二の舞になっていただろう。

 自然と冷や汗が垂れたのを、大成たちは感じた。

 

「っ……大成殿!ディノビーモン殿!」

 

 ミレニアモンの力を目の当たりにして、バンチョーレオモンは叫ぶ。もはやこれしか方法はない、と。

 

「なんだよ!」

「お嬢様を頼みますぞ!ここはこのセバスが時間を稼ぎます!急ぎスレイヤードラモン殿たちを呼んできてくだされ!」

 

 即座に反応した大成たちに優希を渡して、バンチョーレオモンはミレニアモンに向かって行く。

 つまりは増援を呼ぶ間の時間稼ぎ。それが、彼の選択だった。

 

「ちょ、待ちなさいセバス!」

 

 一方で、優希は一人残るというそんな彼の選択に納得できるはずもなかった。

 声を荒げて静止の声を挙げる優希。彼女はわかったのだ。目の前のミレニアモンの強さが。例え同じ究極体であろうと瞬殺するバケモノ。そんなバケモノを前に、自身のパートナーを置いて行くことの危険さが。

 一方で、バンチョーレオモンにもわかっていた。この荒れ狂うミレニアモンとの戦いの場に、無力な人間を置いておくことがどれだけ無謀なことであるか。

 

「セバス!」

 

 やめてくれとばかりの、懇願するかのような優希の声。だが、その声の中には、まるで確認するかのような、そんな別の意味が込められていることにバンチョーレオモンは気づいた。

 だからこそ。

 

「大丈夫ですぞ!」

 

 彼は言う。いつも通りに。そして、その一言に万の思いを込めて。

 そこには、強がりや仕方なくといった感情はなかった。正真正銘、この時間稼ぎをやりきれるという当然の意思が込められていた。

 楽観的かもしれない。が、そんな彼の声は、優希を安堵させるには十分なものだった。

 

「ずるいよ……そんなことを言われたら……絶対にリュウたちを連れてくるから!」

 

 しかし、だからこそ、優希は湧き上がる不安を無理矢理に押し殺すことができた。いつも通りの自分のパートナーを、いつも通りに信じられることができたからこそ。

 いつかのように任せるだけではない。自分にできることをする。そのために、彼女は振り返らなかった。

 

「急いで戻ってきます!」

「死ぬなよ!」

 

 一人犠牲になるような行動。それは優希だけではなく、大成たちもそんな彼の行動は納得できなかった。が、とはいえ、だ。それが、この場においての最善であるということもわかっていた。

 だからこそ、ディノビーモンは持てる全速力でもって、この場を離脱。スレイヤードラモンたちを探しに行く。

 

「急げイモ!」

「急いで!」

「わかってます!」

 

 もちろん、一人残ったバンチョーレオモンを犠牲にするつもりは大成たちには毛頭ない。心身共にただひたすらに急いで、彼らはこの場を離れていく。

 そんな風に離れていく大成たちを見送ったバンチョーレオモンは、一人ミレニアモンの前に立ち塞がった。

 

「やれやれ……ですな。さて、ここから先は一歩も通しませんぞ。お嬢様や大成殿たちの安全を確保するためにも……ここで足止めさせていただきますぞ!」

「グルァアアアア!」

 

 まるでこの世のすべてを怖さんとばかりに咆哮するミレニアモン。その姿の迫力は、千年魔獣の二つ名に違わない。

 そして、そんなバケモノを前に臆することなく、バンチョーレオモンは躍り出た。

 




というわけで、第百十七話。

ミレニアモン登場回でした。
そういえば、何気に前作でも登場しているんですよね……。

ともあれ、それでは次回もよろしくお願いします。


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第百十八話~千年魔獣を討ち倒せ~

 走って、走って、走る。

 あの千年魔獣に勝つために、バンチョーレオモンを助けるために、大成たちはひたすらに助けを求めて走る。

 

「はっ……はっ……苦しっ……はっ!」

「大成さん、運動不足じゃないんですか!」

「かもしれない!」

 

 背後では、轟音が轟いている。

 先ほど別の場所で見たような、そんな感じに建物が空に舞っている。降ってくる瓦礫、背中を押す衝撃波、そのどれもが大成たちにとっては耐えられないほどのもので、彼らも必死に走る。

 

「っ、大成!」

 

 何かに気づいたように、優希は叫んだ。

 なぜそんなにも鬼気迫る表情でいるのか。一瞬だけ考えて、次の瞬間に大成は暗くなった足元を視界に収め、理解する。

 降ってくるのは、巨大な岩塊。間違っても、大成に躱せられるものではない――。

 

「ハァっ!」

 

 だが、そんな岩塊をディノビーモンが砕く。

 助かった。細かな破片が落ちてくる中、大成は安堵の息を吐いて、そこで気づく。自分の足元が未だ暗いままであることに。

 そっと大成は上を向く。先ほどよりも巨大な岩塊、というよりも建物が、落ちてきていた。

 

「ああぁあああああああああああ!」

 

 全速力で走る。大成も優希もディノビーモンも。

 この面々の中で、あれほどの巨大な塊を自分たち全員が無事な形でどうにかできる者はいなかった。

 必死に、無心に、大成たちは足を動かし、そして。

 

「……え?」

「あれ?」

 

 パラパラと降ってくる細かい砂が、大成たちの頭に降り注いだ

 あの塊が落下してきたにしては、あまりに不自然な今に大成たちは恐る恐る前を向く。

 

「ったく、手間かけさせんなよ」

 

 そこにはその手の剣を振り抜いたスレイヤードラモンが、呆れた様子で立っていた。

 さらに背後には傷だらけで倒れている黄金の神鳥がいて、それは彼が勝ったことを如実に表していた。

 

「優希、無事だったんだな? よかったぜ」

「リュウ! セバスが……セバスが!」

「ああ、なるほど……わかった」

 

 焦った様子の優希の様子に、スレイヤードラモンも大まかなことを察する。というか、彼も感じ取っていたのだ。あの強大な魔獣の気配を。そんな魔獣が誰かと戦っている気配を。

 

「スレイヤードラモンさん、敵はミレニアモンなんです! このままじゃセバスさんが!」

「伝説に名高い千年魔獣か! それはまたビックネームだな」

 

 言いながら、スレイヤードラモンは大成たちの方を見る。そこには不安そうな顔をした面々がいて、彼は苦笑した。

 「ま、任せとけ」と言いながら、大成たちの肩を軽く叩く。安心させるように。

 

「そんじゃ――」

 

 行くか。そう言ったスレイヤードラモンは、何かに気づいたように明後日の方向を見てニヤリと笑う。そんな彼の視線の先には――五年前によく見た姿となった彼がいた。

 

「よう、ドル。また懐かしい姿だな」

「でしょ~? 久しぶりに頑張ったよ~!」

 

 やって来たのはドルゴラモンと旅人だ。その様子からして、無傷であの軍勢を片付けてきたのだろう。自分のことを棚に上げて、スレイヤードラモンは苦笑した。

 

「まあ、優希は無事だったんだし、さっさと帰ろうぜ?」

 

 用はもうないだろう、と。事情も掴めていない旅人がそう言う。

 だが、そんなわけにもいかない。ディノビーモンが慌てて今の事情を説明した。

 

「なるほど、ね。セバスが……というか、またミレニアモンか」

「懐かしいね~」

「ん? 旅人とドルはミレニアモンを知ってんのか?」

「まぁ、リュウと会う前にちょっとな」

 

 ミレニアモンのことは旅人たちのちょっとした複雑な思い出である。

 詳しくは知らないスレイヤードラモンが、言葉を濁した旅人に首を傾げた。

 

「ともかく! それじゃ、さっさとセバスを助けて帰るか。な?」

「ああ!」

「うん~!」

 

 そう言ってくれた旅人たちの姿に優希は希望を見い出せた。彼らがいてくれば、と安心できた。

 そして、そんな優希に頷いた旅人たちは駆け出す。ミレニアモンとバンチョーレオモンの下へと。

 

「僕たちはどうしましょう……!?」

 

 そんな旅人たちの後ろ姿を見ながら、ディノビーモンが呟く。

 その言葉には、大成も悩む。なにせ、今からあの場所は究極体四体が集う戦場である。自分たち――完全体デジモンと非力な人間が行っても足でまといになるかもしれない、そう考えられる。

 だから、大成たちは悩んだ。

 

「……お願い。大成、私を連れて行って!」

「……はぁ」

 

 まあ、頭を下げてきた優希を前にして、その悩みは意味のないものへとなったのだが。

 泣きそうな、それでいて不安そうな顔で頼まれれば、大成たちに拒否することはできなかった。

 

「イモ! 回避中心で、俺と優希の護衛ってことで?」

「なんで疑問形なんですか……大丈夫です! 行きましょう!」

 

 ディノビーモンが優希と大成を抱えて、飛ぶ。轟音鳴り響き、大気震えるその場所を目指して。

 

「うわぁ……」

 

 そして、その場所に到着したディノビーモンが上げた第一声が、これだった。この呟きには、さまざまなものが込められていた。

 目の前で繰り広げられる、戦い。自らの力が遠く及ばない、戦い。

 自分の無力も、敵の強大さも、それをものともしないスレイヤードラモンたちや人の身でそれについて行っている旅人も、それらすべてに頬を引き攣らせていた。

 

「これが究極体同士の戦いかよ……」

「すごい……」

 

 大成と優希も、同様の反応を示す。

 彼らの目の前では、それほどの戦いが繰り広げられていた。

 

「セバスも無事みたいだな」

「……うん」

 

 主にミレニアモンに戦いを挑んでいるのは、旅人たちだ。だが、バンチョーレオモンは役たたずでいるかというと、そうでもない。彼は彼なりに、必死で旅人たちの戦いについて行っていた。いや、ついて行けていた。

 その様子に、優希はあからさまにホッと安堵の息を漏らす。

 

「すごいな」

 

 大成が呟く。

 

「ええ、すごいですね」

 

 頷いて、ディノビーモンも呟いた。

 彼らの中にあるのは、ほんの少しの劣等感だった。圧倒的な力を持つミレニアモンに戦える旅人たちに、そしてそんな旅人たちについて行けるバンチョーレオモンに対しての――。

 

「……究極体、か」

 

 そんな彼らの姿が、大成たちには格好良く写った。

 正直に言えば、やはり憧れる。まるで物語の主人公のように、圧倒的な力に対抗できる彼らの姿は。

 

「何、弱気になってるのよ」

 

 そんな大成を叱咤するように、優希が声を出す。そこにはほんの少しの弱気があって、劣等感を抱いているのは自分だけではないことに、大成は気づく。

 

「優希?」

「私たちにだって、できることはあるでしょ。きっと――」

 

 どこか懇願するような色が含められていた。

 大成は目を軽く瞑り、呟く。そうだな、と。そして、目を凝らして戦況を見守る。自分たちの力が必要となるかもしれない瞬間を見逃さないように。

 そんな大成たちの一方で――。

 

「グゥアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 ミレニアモンと旅人たちは戦っていた。

 とはいえ、主に戦っているのはスレイヤードラモンとドルゴラモンだ。バンチョーレオモンは二人の戦闘的な意味でのサポートで、旅人は補助的な意味でのサポート役を担っている。

 

「おりゃあ!」

 

 ドルゴラモンの拳が、ミレニアモンの拳を打ち負かす。

 

「ハッ!」

 

 スレイヤードラモンの剣が、ミレニアモンの身体に深くない傷を残す。

 どちらの攻撃も効いていない訳ではないだろうに、ミレニアモンは弱る気配を見せない。いや、それどころか先よりも増して暴れ出している。

 体力的にはまだ問題ない面々でも、これだけ攻撃を浴びせてなおも増して暴れるミレニアモンは厄介だった。

 

「久しぶりの強敵だな!」

「なんでそんなに嬉しそうなの~!?」

「ハッ!最近は運動不足気味だったからな!」

 

 ドルゴラモンの尾が振るわれる。横薙ぎに振るわれたその尾は、まさに大気を裂く一撃。その太く鋭い尾で頭部を叩かれたミレニアモンだ。苦しげに呻くしかなかった。が、それだけだった。

 叩かれた勢いで明後日の方向に捻れた頭部が、ギロりとドルゴラモンを睨む。頭が捻れたままに、その四本の腕が振るわれる――。

 

「やらせるか!」

「やらせませんぞ!」

 

 その直前、スレイヤードラモンとバンチョーレオモンが自身の獲物でもってその腕を防いだ。

 防いだ瞬間、ガチャりという機械が動く音が辺りに響く。それは、ミレニアモンの背中の砲が三人の方へと向けられた音だった。

 

「げっ!」

「っち、躱せるよな!?」

「もちろんですぞ!」

「躱せるけど!けど~!」

 

 瞬間、放たれた砲撃。直線上のすべてを薙ぎ払う破壊の光が、縦横無尽に世界を駆け回る。

 一発当たれば瀕死は必至。スレイヤードラモンたちは必死に躱す。難なく躱すスレイヤードラモンとバンチョーレオモンはともかくとして、ドルゴラモンはずいぶんと必死そうに躱していた。

 

「旅人ぉおおおおお!ヘルプミ~!」

 

 実に()()()()()()()()情けない声に、呼ばれた旅人は呆れたように笑う。

 

「はいはい、任せろって。set『反発』!」

 

 瞬間、使われたカードが力を発揮する。

 起点にした場所から、磁石のような反発力を発生させるそのカードの力によって、ミレニアモンの方が一瞬だけあらぬ方向を向く。

 カードの力は、究極体に通じるほど高レベルなものではない。究極体の中でも上位の力を持つだろうミレニアモンに使用して、用意できる時間はほんの一瞬。だが、その一瞬、それで十分だった。

 

「ナイスだ!」

 

 スレイヤードラモンが空を駆ける。剣を振るう。伸縮自在のその剣が鞭のように突き進み、ミレニアモンの砲を絡め取る。

 

「おりゃぁあああああああああああ!」

 

 後は、力の限り引っ張るだけだ。

 元のサイズに縮む力が利用されて、想像以上の力でミレニアモンは引っ張られる。一瞬、砲撃を撃つ間もなければ、狙いが定まることもない。踏ん張って、力の限り耐えた。

 

「今だ!」

「今ですなっ!」

 

 その隙を逃さない。

 バンチョーレオモンとドルゴラモンの二人が、ミレニアモンに迫る。一瞬、二人の姿を視界に収めて、ミレニアモンはただ暴れた。

 

「えっ!?」

「うぇっ!」

 

 狙いも何もなく振り回された四つの拳が、ドルゴラモンたちの足を止めさせる。四つの拳を振り回すことで生まれた勢いを利用して、身体を()()()

 ただの身震いも、極まればここまでになるのか。そう、感嘆してしまうほどだった。その震えは自分の身を拘束していたスレイヤードラモンの剣を砕き払い、軽度の地震を引き起こす。

 

「うぉっと!」

 

 グラグラと揺れる地面に、旅人は軽くよろける。そんな彼を狙うミレニアモンだったが、そんなことをこの場の面々が許すはずもない。

 

「おりゃぁっ!」

 

 ドルゴラモンが、旅人めがけて拳を振り上げたミレニアモンを突き飛ばす。

 その痛みを覚える中で、突き飛ばされた彼は見る。己の頭上に、剣を振りかぶった竜戦士がいることを。

 

「ハァっ!」

 

 落下の速度さえも力に変えて、振り下ろされる剣閃。ミレニアモンは咄嗟にそちらへと背中を向ける。もちろん、それは無防備な背中を晒すということではない。自らの背中にある砲でもって、その一撃を防ぐ算段なのである。

 スっ、という驚くべきほどに軽い音がして、綺麗な断面を見せた砲が落ちた。

 

「グァアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 自らの身体の一部ですらある武器を破壊されたことに怒ったのだろう。ただただミレニアモンは咆吼した。先ほどにも増して、ミレニアモンは暴れようとする。

 そんな敵の姿に、この場の面々の全員が奇妙な違和感を抱く。だが、敵の主武装を潰した今というチャンス、それを前にして、その違和感は忘れられた。

 

「よし、終わらせよ~!」

 

 ミレニアモンを前に、ドルゴラモンが駆ける。その力強い踏み込みは、彼がいつにも増して力を溜めていることの証だった。

 

「これで終わりだッ!」

 

 隙は少なく、それでいて力を込めて、スレイヤードラモンは剣を構える。その構えは、いっそ実戦レベルにまで極められた儀式のよう。何らかの技が放たれることが見て取れた。

 

「このセバスも……まだまだいけますな!」

 

 ドルゴラモンたちだけに任せる訳にはいかない。なぜなら、自分はまだ戦えるのだから。バンチョーレオモンは極限に精神を集中させ、そうすることで得た気合のすべてを腕に乗せた。

 

「グルァアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 そんなドルゴラモンたちの様子に、ミレニアモンが気づくが遅い。

 この中で最も速いスレイヤードラモンが既に動いていたのだから。

 

「ふっ! “竜斬剣参の型!――咬竜斬刃”ァ!」

 

 ミレニアモンの至近距離にまで踏み込み、その剣を限界以上にまで伸ばす。

 鞭のように伸びた剣は一瞬のうちにミレニアモンの身体に巻きつけられ――次の瞬間、剣は一気に縮む。巻きつけられた剣は元の長さに戻ろうとし、その動きでミレニアモンの身体は削り取られていく。

 

「グァアアアアアアアアアアア!」

 

 悲痛な叫び声を、ミレニアモンは上げた。

 だが、まだ終わってはいない。反撃すべく、ミレニアモンはその拳を振り上げる。

 

「負ける気はしないよ!」

 

 だが、その拳が振り下ろされるよりも、近くにまで来ていたドルゴラモンが拳を振り抜く方が早い。

 振り抜かれたドルゴラモンの拳がミレニアモンの腹に突き刺さる。重く、鋭く、固く。全身全霊のその凄まじい突進、“ブレイブメタル”と呼ばれるその突進は、ミレニアモンにも耐えられないほどの一撃だった。

 

「グギャッ!?」

 

 だが、奇跡だろうか。ミレニアモンは未だ生きている。未だ、戦える。圧倒的威力の必殺技二連続によろめいたものの、ミレニアモンは未だ動ける。

 

「これで終わりですな……!」

 

 最後のひと押し。フラつくミレニアモンにトドメの一撃を与えられる者は、この場にまだいる。

 放たれたのは、バンチョーレオモンの一撃。極限まで研ぎ澄まされた気合が拳に乗った、一撃。“フラッシュバンチョーパンチ”という名の彼の必殺技。

 

「ガァアアア……」

 

 三人の連続必殺技を受けて、轟音と共にミレニアモンは倒れた。

 

「勝った……?」

「勝った! すごっ!」

「千年魔獣に勝ちましたね! いえ、心配はしてませんでしたけど、本当にすごいです!」

 

 その光景に、離れていた場所から見ていた大成たちは喜びの声を上げる。

 これで、今回の件は終わったのだ。その喜びを前にして彼らはただ声を上げる。

 

「グルァ……!」

 

 だが、そんな彼らの喜びを嘲笑うかのように。

 

「っ、こいつまだ……!」

「グルァアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 ミレニアモンは立ち上がる。その今にも死にそうな身体を引きずって、ただ暴れ始めた。

 




というわけで、第百十八話。

主人公である大成たちが空気な回でしたね。
いや、仕方がないんですが……彼らの活躍はもう少し後の予定です。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第百十九話~因縁の吸血鬼は魔王に至る~

遅くなってしまい、大変申し訳ございません。
数年ぶりに風邪をひいてしまい、今の今まで倒れてました。
たかが風邪なんですが、まさかこんなにキツイとは……。
数年ぶりだけに、そのキツさに慄きました。皆様もお体にはお気を付けください。



 旅人たちがミレニアモンと戦っている、その頃のことだった。

 つい先ほどまで旅人とドルゴラモンがいた森の中、そこに勇とシャイングレイモンはいた。

 二人がこの森へとやって来たのはつい先ほどだ。未だ旅人たちがここで戦っていた時のことである。

 

「行っちゃったね」

「行っちゃったな」

 

 だが、彼らのあんまりな暴れっぷりと強さに呆然としてしまって――勇たちがそうしている間に、旅人たちは行ってしまったのである。

 

「旅人たち、すっげー強かったな」

「バッタバッタと倒してたもんね!」

「……ちょっと戦ってみたいな」

「勇もやっぱりそう思う?ボクも!」

 

 元々あのゲームでランキング一位という称号を持っていた勇だ。命が関わることなどないのならば、強い相手と戦ってみたいと思うのも当然だった。

 思わずそう思ってしまうくらい、彼の強さは勇に深く刻まれた。

 向かい来るデジモンたちを吹き飛ばし、押し潰す。まさに破壊の化身たるその姿に、勇たちは少しばかりの憧れと挑戦心が湧き上がったのだ。

 

「でも、まずは優希のことだよな。旅人たちは上に行ったし……上?」

「何にもない……あっ、うっすらと何か見える!」

 

 勇はシャイングレイモンの示した先を見る。確かに、本当に僅かながらにうっすらと何かが見えた。何かとしか言いようがないが、シャボン玉のような膜にも見える。まるで内側からの衝撃に破れそうになっているかのように、その膜は揺らいでいた。

 あの中に何かあるのだろうか。勇とシャイングレイモンは一瞬だけ考えて、だが、すぐに思い直した。行けばわかることだ、と。

 

「んじゃ、オラたちも行くか!」

「おー!」

 

 シャイングレイモンは勇を落とさないようにしっかりと掴む。勇自身も落ちないようにしっかりと掴まって、頷いた。

 そして、シャイングレイモンは飛ぶ。上空にうっすらと見える半透明の膜へと向かっていく。

 

「しっかりと掴まってて!」

「大丈夫だ!」

 

 勢いづけて、シャイングレイモンは膜へと突き進む。そこに一度止まって様子を見るという選択はないかのよう。

 

「はぁっ!」

「ぬぐ、ぅ……」

 

 次の瞬間、シャイングレイモンは体当たりで膜を突き破ってその内部へと突入した。

 だが。

 

「は?え、ちょ……!」

「げぇっ!?」

 

 だが、そんな彼らの前に現れたのは巨大な壁。

 膜を突き破るために全霊で突進していたシャイングレイモンだ。止まることなどできるはずもない。

 

「勇!しっかりと掴まってて!」

 

 咄嗟にシャイングレイモンは判断する。勇を庇うように身体を動かし、その後は翼を羽ばたかせて勢いを殺す。できる限りのダメージを減らすための行動だった。

 そして。

 

「ぐっ!」

「……!」

 

 二人は壁を突き破る。頑丈なシャイングレイモンはともかくとして、凄まじい衝撃が勇を襲った。それでもそれだけで済んだのは、シャイングレイモンの咄嗟の判断と行動のおかげだろう。

 

「だ、大丈夫かー?」

「ボクは大丈夫……勇は?」

「オラも大丈夫だー」

 

 お互いに無事を確認した勇たちはよろよろと起き上がる。

 膜の内側に何かがあるとは思っていたが、まさかいきなり突っ込むことになるとは。勇は服に付いた汚れを軽く叩き落としながら、辺りを見渡した。

 今、勇たちがいる場所は巨大な部屋だった。シャイングレイモンが自由に動けるといえば、その大きさのほどがわかるだろう。

 その部屋には、所々に大小さまざまな機械が置いてある。まあ、勇たちが突っ込んだことで、そのほとんどは壊れてしまったようであるが。

 

「これ、弁償とかさせられないよな……?」

「べんしょう……!?ボ、ボクお金持ってない!」

 

 巨大な部屋を埋め尽くすほどあった大量の機械を壊してしまったのだ。用途不明の機械だとはいえ、それらがいち学生の小遣いで買えるようなものではないことくらいは勇にもわかる。

 サッと勇は顔を青くした。

 

「も、もし何か言われたら土下座して謝るしかないってぇさ!な!」

「う、うん!ボクも全力で土下座するよ!」

 

 周りに散乱する機械の残骸を見つめながら、勇たちは頬を引き攣らせていた。

 

「と、とりあえず旅人たちを探すか!」

「そ、そうだね!」

 

 ドキドキとした不安と焦燥のままに、彼らは動き出す。

 この部屋の中にある扉、そこからこの建物を見て回るか、それとも先ほど開けた大穴から再び外に出て、外側から探すか。

 しばらく二人は考える。

 

「よし、外から行こう!」

 

 まあ、その扉のサイズがシャイングレイモンには小さすぎるということで、結局外から行くしか選択肢がなかったのだが。

 勇は再びシャイングレイモンの掴まる。彼がしっかりと掴まったのを確認して、シャイングレイモンは再び外に出る――。

 

「……!?」

「なっ!?」

 

 その瞬間のことだった。

 世界が震えた。どこからか獣のような咆吼が聞こえ、さらに巨大地震と間違うばかりの揺れに襲われて、シャイングレイモンは思わず立ち止まる。

 揺れはそう長く続かなかった。ほんの数秒程度だろう。だが、その数秒の揺れがこの建物に与えたダメージは大きかった。

 

「勇!」

 

 シャイングレイモンが勇を庇うように覆い被さる。

 瞬間、凄まじい轟音と共に天井が崩れた。

 

「大丈夫か……?」

「ケホッ……ゴホッ、ああ、大丈夫。助かったよ」

 

 舞い上がる土煙に咳き込みながら、勇は目を擦る。土煙が目に入って痛いことこの上なかった。

 一体何だというのか。先ほど聞こえた獣のような咆吼といい、何かが起きている。二人はそのことに気付いた。

 

「ゴホッゴホッ……ん、あれは……?」

「あれ……?」

 

 土煙によって見えなくなった視界がようやく戻ってきた。

 そこで見えたものに、勇は疑問の声を上げる。先ほど崩れた天井と同時に降ってきたのだろう。いくつものカプセルのようなものが見えた。

 勇は慎重にそれに近づく。何も起こらない。半透明の卵のようなソレは、ともすればSF作品に登場しそうな見た目だった。

 そのままソっとそのカプセルらしきものを覗き込む。

 

「なっ……!?」

 

 思わず勇は驚愕の声を上げる。

 中に入っていたのは人間だった。目を閉じ、中で横たわっているその様はまるで死体のようにも見える。これを見てしまえば、このカプセルのような何かはまさに棺桶のようでもあって、勇は気味が悪くなった。

 

「こ、これ……!」

「気持ち良さそうだなぁ……前に勇が言ってたマッサージ機ってやつ?」

「そんなわけ無いだろ!こ、これ死――」

「うん?生きてるよ?」

「え……?」

 

 シャイングレイモンに言われて、勇は取り乱しそうになっていた自分を押さえ込む。もう一度じっくりと見てみた。

 すると、確かに生きていることがわかる。その胸が上下しているのだ。それは呼吸している証だった。

 そのカプセルモドキの奇妙な外見から勇は勘違いしてしまったが、確かに何のことはない。このカプセルモドキはただの入れ物でしかないようだった。

 

「……でも、だったらこれは……?」

 

 周囲に転がっているいくつかのカプセルモドキには、すべて人間が入っている。年齢も性別もバラバラの人間が。

 

「開けてみるかー?」

 

 カプセルモドキをガチャガチャと触っているシャイングレイモンは、そんな軽率なことを言う。

 一方で、勇は「いや……」と言葉を濁した。このカプセルモドキの用途が不明な以上、下手に弄って大惨事になったら目も当てられない。

 特にSF映画でよくあるような使い方をしていたのならば、開けた瞬間に中の人間が死んでしまうなどということすらありえる。

 

「じゃあ、ほっとくのか?」

「……そういう訳にも行かないよなぁ」

 

 下手に弄れないからといって、この瓦礫の中に生きている人間の入ったものを放置するのも危険に思えて、勇たちは悩む。

 どうするのが正解なのか、悩んで――そんな時のことだった。

 

「これは……また良い客が来たものだ」

 

 勇たちの耳にどこかで聞いたような声が聞こえたのは。

 

「っ誰だ!?」

 

 思わず反応する。が、その声の主の姿は見当たらない。勇たちは辺りを警戒する。

 

「ククク……本当ならばお前もそこに転がる者たちの仲間となるはずだったというのにな」

「……!?」

「哀れな木偶、操り人形を操る糸――お前もその一員となる。ああ、どれだけ夢見たことか。だが、これはこれでよかったかもしれないな」

 

 勇たちの前で、闇が集う。集った闇が蠢く。蠢く闇が形を成す。

 今、闇の中から現れようとしている何者か。その何者かこそが、この現状の原因なのだと勇たちにも理解できた。そして、理解できたからこそ警戒する。

 闇は足元から順に形を作っている。二本の足、二本の腕――人型だ。しかも、マントのような装飾を身に纏っている。どこか既視感のある姿だった。

 

「まさか、お前は……!」

 

 そこまで来て、ようやく勇たちは気づく。

 聞き覚えのある声、見覚えのある姿、それが誰の者なのか。

 

「ククク。久しぶりだな。お前たちにはこの姿の方がわかりやすいか」

 

 現れたのは、吸血鬼。勇たちにとって忘れようもない相手、ヴァンデモンだった。

 

「っ、何でお前が!? お前は大成たちに倒されたって……!」

 

 ヴァンデモンは大成たちが倒したと聞いていただけに、勇は僅かに動揺する。

 そんな勇の一方で、ヴァンデモンは大成の名に忌々しげにしながらも、答える。

 

「何とか生き延びたのだ。それこそ、お前たち人間に対する憎しみだけでな……!全く、あれからの怨恨と憎悪の日々は未だに私を煮え滾らせる」

「勝手なことを!初めに襲ってきたのはそっちだろ!」

「そんなことは知ったものか!私はお前たちに復讐するためだけにここまで来た!恥辱に塗れ、憎悪に燃えて!」

 

 ヴァンデモンは勇たちを睨む。そこにはかつてにはなかった感情があるように感じられた。まるで氾濫した大河のような、他のすべてを押し流すような、そんな激情が。

 その様を前にして、そして相手があのヴァンデモンということもあって、勇たちは一瞬だけ気圧される。彼のそれは凄まじいばかりの感情の咆吼だったが、勇たちはすぐさまに気を取り直した。前と同じようにはならない、と。

 

「ようやく……ようやくだ!忌むべき人間たちにも接触し、私の力を貸す代わりに私は力を取り戻せた!いや、前以上の力を手に入れた!」

「……!?」

「これで……これで私の苦痛の日々は終わるのだ!見ろ!多くの人間を!そしてそのパートナーデジモンを操る我が力を!今やあの千年魔獣さえも我が支配下に置く私の力を!」

 

 ヴァンデモンの姿が変わっていく。いや、()()()()()。わざわざ勇たちに合わせて変えていた姿を、本来の姿へと戻す。

 その光景を、勇たちはただ見ているだけしかできなかった。前以上の力、その言葉から薄々だが、勇たちもまさかと思っていた。だが、本当にこうなっているとは。

 

「ククク!私の復讐の幕開けを飾らせてもらおう……!」

 

 灰色の身体に、シャイングレイモンに匹敵する巨体、マントのようにも見える紫の翼。頭部の仮面に前の僅かな面影が残っている。

 曲がりなりにも人型であった以前とは違う、完全な異形の存在。それこそ、究極体デジモンのベリアルヴァンデモンだった。

 

「吸血鬼たる私はついに魔王となった!お前たちを殺し、奴らを殺し、究極に至る私こそが七大魔王にも匹敵する魔王となるのだ!」

「っ、シャイングレイモン!」

「わかってる!」

 

 圧倒的なまでの殺意に身体が凍りそうになる。今までの相手とは格が違うことがわかって、勇たちの表情は自然と厳しいものとなる。

 このままではまずい。勇はシャイングレイモンに目配せする。シャイングレイモンはすぐさま彼の意図を感じ取った。

 

「おりゃぁ!」

 

 シャイングレイモンがベリアルヴァンデモンへと殴りかる。対するベリアルヴァンデモンは、その一撃を難なく防ぐ。

 殴りかかった拳を自らの拳でもって受け止めたのだ。力で押そうとするシャイングレイモンとそれを力で防ぐベリアルヴァンデモンという構図が生まれ、やがて二人は取っ組み合いの状態へと移行する。

 

「ぐぬぬ……!」

「ククク。究極体に進化したのにこの程度なのか?」

 

 まるで()()()()()()()()()()ベリアルヴァンデモンは言う。

 一方で、勇が今していることもあって全力を出せないシャイングレイモンは、歯噛みするしかなかった。

 

「勇……早く――!」

 

 見れば、勇は一生懸命に動いているが、それが終わるまでもう少し時間がかかりそうだった。

 シャイングレイモンの苦難はあと数分終わらない。

 

 

 

 

 

 シャイングレイモンとベリアルヴァンデモンが戦い始めたその頃。

 空中に浮く街のとある一角のこと。

 

「まさか一位が来るとは。どうしますか?」

 

 先ほど零たちの前に姿を現した女性は、半ば厳しい目で上司たる男性に向かい合っていた。

 だが、厳しい目をしている女性とは対照的に、男性は静かに目を閉じている。それはこの先のことを考えてのことだった。

 

「捨て置いて構わないだろう」

「なっ……!正気ですか!?」

「ベリアルヴァンデモンという戦力を失うのは惜しいが……奴はもう用済みだ。一位に始末させる。何、“いずれ”が“今”に変わるだけの話だ。だろう?」

「それは、そうですが……」

 

 彼らにとって、ベリアルヴァンデモンの存在はありがたいものだった。この上なく利用し易いのだ。

 自尊心だけ人一倍強く、その取るに足らない自尊心のために自他を破滅させるほど昂る。そのくせ根は小心者で、心身ともにその自尊心に見合うだけのものがない。

 そんなベリアルヴァンデモンの存在を利用することで、彼らは自分たちの計画を大きく進めることができたのだ。感謝してもしきれないくらいだった。

 

「どちらにせよ、我々の最後の切り札は手に入れたのだ。この世界を滅ぼす最後の切り札を、な」

「皮肉な話ですね。この世界を滅ぼすためにこの世界の力を使うなんて……我々人間の叡智で滅ぼせられればいいんですが」

「仕方あるまい。我々の力は未だこの世界には届かない。我々にできることはたかが知れている。いつだってそうだ。我々は我々にできることをやるだけだ。その結果がどうなろうとも、な」

 

 そうして、人間ができることをやった結果、最悪にも等しい未来が築かれたこともある。二回の世界戦争、最悪の兵器の投下――数えればキリがない。

 それでも、それが最善だと思うからやるのだ。

 復讐に燃える女はともかくとして、男性は自身のしようとしていることが間違っていると気づきながらも――止まることはできなかった。

 




というわけで、第百十九話。

勇たちサイドのお話です。
主人公である大成たちの出番がどんどんなくなっていきますが、彼らの活躍はもう少し先ですね。

あ、途中の天井崩落の原因はドンパチしているミレニアモンとバンチョーレオモンたちのせいですね。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第百二十話~輝く太陽は闇を払う~

 シャイングレイモンとベリアルヴァンデモンが取っ組み合う。そのまま、両者が両者ともに動かない。それは両者の力が互角であることを示していて――だが、本人たちだけが気づいていた。劣勢なのはシャイングレイモンの方である、と。このまま行けば、やがてシャイングレイモンの方が押し切られることになる、と。

 もちろん、シャイングレイモンが全力を出せば結果は代わる。だが、彼には全力を出せないわけがあった。そう、勇の存在だ。

 今、勇はあることをしている。下手に戦えば巻き込んでしまう可能性がある以上、そのあることを終えられるまで、シャイングレイモンは全力を出すことなどできるはずもなかった。

 

「もう少し、頑張ってくれよ……!」

 

 そんなシャイングレイモンに気づきながら、勇は呟く。今、彼は全力であることをしていた。

 あること――カプセルモドキの移動である。中に人間が入っている以上、戦闘が行われる場所に放っておくわけにもいかない。だから、勇はせめて端の方に除けるくらいはするのだ。

 

「ぬぅううううううううう!」

 

 だが、このカプセルモドキが曲者である。

 数が多い上に、見た目に違わず重いのだ。まあ、単純に考えても機械の重さに人一人の重さがプラスされている。引きずるようにすれば、勇一人で動かせないほどではないが、それでも一つ運ぶだけで相当な時間がかかる。

 

「はぁっ、はぁっ……ふっ、ぅうううううううう!」

 

 足に力を込め、腕を突き出し、全力で押す。部屋中に散乱するソレを、デカブツ二体が取っ組み合う中、移動させる。

 移動させている最中に狙われたのならばひとたまりもない。幸いにして、シャイングレイモンが頑張ってくれているおかげで、ベリアルヴァンデモンは勇のしていることには興味を持っていないらしい――が、それもいつまで続くかわかったものではない。

 頑張ってくれるシャイングレイモンのこともあって、勇は全力で急ぐ。

 そして、そんな勇の一方で――。

 

「ククク。終わりか?」

「むぐぐ!」

 

 シャイングレイモンとベリアルヴァンデモンの両者の戦況は動こうとしていた。

 始まってから今の今まで取っ組み合いに終始していた戦いも、流石に動くことになったのだ。

 

「このまま押し切ってもいいが、それでは品がない。これはどうだ?」

 

 取っ組み合ったままで、ベリアルヴァンデモンの両肩についている二つの“口”が開く。それぞれソドムとゴモラと呼ばれる生体砲である。

 気持ちが悪くなるほどにドロリとした大量の涎が見えて、シャイングレイモンは思わず顔を顰める。だが、顔を顰めていたのも一瞬だった。すぐに気付いたのだ。顔を顰めている場合ではない、と。

 

「っ!? まず――」

 

 見える。二つの口から、高熱の光が溢れ出ている様が。その凄まじいエネルギーからして、かなりの威力を誇るだろう。断じてタダで受けていい技ではない。

 

「では、手始めに派手に行くとしよう!」

 

 直後、放たれたのは超高熱線だった。“パンデモニウムフレイム”と呼ばれる、ベリアルヴァンデモンの必殺技。

 ベリアルヴァンデモンの両肩に寄生した二つの生体砲“ソドムとゴモラ”の口から放たれるソレは、まるで地獄の炎のよう。突き進む熱線は進路上のすべてを焼き払う。

 

「う、わっ!」

 

 咄嗟、放たれる脅威を前にして、仕方なくシャイングレイモンは本気を出した。

 ベリアルヴァンデモンの足を払い、取っ組み合った腕を引くことで、ベリアルヴァンデモンの体勢を崩す。熱戦は壁を貫いて明後日の方向を焼き貫いた。

 空気も壁も――何もかもが溶けたかのような、嗅いだことのない奇妙な匂いが充満した。

 

「っぐ、まさか今の今まで本気ではなかったとは……!」

「はぁはぁ、危ないじゃないか!」

 

 ベリアルヴァンデモンを転けさせてしまった上に、その攻撃をあらぬ方向へと飛ばしてしまったのだ。さすがに不安にもなる。

 体勢を立て直しているベリアルヴァンデモンの姿を見ながら、シャイングレイモンはチラリと勇の方を見た。見れば、勇は何事もなくカプセルモドキを運んでいて、ホッと安堵の息を吐いた。

 

「だが、この程度。まだ私は終わりではないぞ」

「それはこっちのセリフだ!もうちょっとしたらケチョンケチョンにしてやる!」

「クク。もうちょっと、か。そんな時があればいいがな」

 

 意味ありげに笑って、ベリアルヴァンデモンはどこかを見る。彼がどこを見ているのか、シャイングレイモンにはすぐにわかって、血の気が引いた。

 

「さて、防げるか?」

 

 再度、生体砲の口が開く。目の前にいるシャイングレイモンではなく、その奥にいる勇に向けて。

 撃たせない。シャイングレイモンはすぐさま飛び出した。先ほどの熱線は発射までに僅かな時間がある。シャイングレイモンならば、その間でどうにかできる。

 

「やらせるかぁっ!」

 

 シャイングレイモンの拳が、ベリアルヴァンデモンを狙う。狙われたベリアルヴァンデモンは、そんなシャイングレイモンの攻撃に驚いた――ようなフリをして、嗤った。

 

「だろうな。ククク」

 

 直後、生体砲の口が動く。そこから飛び出すのは、先ほどの熱線ではなかった。いっそ頬を引き攣らせてしまうほどに大量の涎だ。

 シャイングレイモンは罠に嵌められたのだ。先ほどの熱線を出すと見せかけて、速射できる攻撃を放つという罠に。

 

「ぬわっ!汚い!」

 

 感じた悪寒。視界に見えた汚物。咄嗟に回避する。

 シャイングレイモンは罠に嵌められて、その上で回避行動に移られたのだから、驚嘆するほどの反射神経である。だが、さすがの彼でもすべて躱しきることはできなかった。

 感じた痛みに目をやれば、彼には僅かな汚物が降りかかってしまった自身の手が溶けかけている様子が見えた。

 

「やはりこの程度は躱せるか……!」

「うぅう、痛い……汚い……痛い」

「ふん、痛いでは済まさん。くらえ!」

 

 シャイングレイモンは頬を引き攣らせた。ベリアルヴァンデモンの両肩の口に、今の発言の間に貯めたのだろう、先ほど以上の大量の涎が見えたから。

 

「う、うわぁ!」

 

 シャイングレイモンは放たれた涎を何とか躱す。汚い上に、大ダメージ必至とあるのだから、それはもう必死になって躱し続けた。

 彼に躱された涎はこの部屋中に着弾する。ジュワジュワという水分が泡立つ音が辺りに響き、異臭が蔓延した。見れば、部屋中が溶け出し始めている。

 

「ククク。逃げ場がなくなっていくぞ。奴のな」

「……!」

 

 ベリアルヴァンデモンの言葉に、ハッとして気付いたシャイングレイモンは辺りを見渡す。見渡して、いた。勇は、端へと運んだカプセルモドキが溶け出した部屋の影響を受けないように何とかしようとしていた。

 

「勇っ!」

 

 慌ててシャイングレイモンがそんな勇を助けようとする。相手をしている場合ではないと、ベリアルヴァンデモンに背を向けた。

 そんな彼を見て、ベリアルヴァンデモンがニヤリと嗤った。彼の背めがけて、大量の涎を飛ばす。まるで川の流れのようにさえ見える大量の涎が、背を向けた彼めがけて突き進む――。

 

「ッ邪魔するなぁ!」

 

 瞬間、それは雄叫びだった。邪魔をしてくるベリアルヴァンデモンに苛立ち、圧せんとする怒りにも似た感情の爆発だった。

 部屋ごと吹き飛ばしかねない凄まじい衝撃が起こる。放たれた大量の涎がすべて蒸発し、消し飛んでいく。

 衝撃に耐えんと踏ん張る中で、ベリアルヴァンデモンは見た。シャイングレイモンのその翼が、まるで太陽のごとく光り輝いていたのを。光り輝く翼が、すべてを薙ぎ払ったその光景を。

 

「勇!大丈夫!?」

「大丈夫!……でも、もうちょっと手加減して欲しかった!」

「う、ごめん!今度からするよ!」

 

 シャイングレイモンは勇の下へとたどり着き、彼を、そして彼が守ろうとした者たちを守るように仁王立つ。

 ベリアルヴァンデモンはそんな“彼ら”の姿を苦々しい表情で見ていた。

 

「忌々しい……忌々しいっ!やはりお前たちはそう来るのだな!その太陽のような輝きが変わらず忌々しい!今度こそ消してやる!」

「うるさい!消されてたまるか!やっとボクらは再会できたんだから!」

 

 堪忍袋の緒が切れたとばかりに、ベリアルヴァンデモンが動き出す――その直前に、シャイングレイモンは動いていた。駆け出し、腕を振りかぶる。シャイングレイモンの拳が、ベリアルヴァンデモンを捉える。

 

「今までボクらが苦しんだ分、勇が苦しんだ分――受け取れ!」

「ぐぅっ!」

 

 全身全霊を込めて、シャイングレイモンはベリアルヴァンデモンを殴り飛ばした。

 

「まだまだぁ!」

 

 そのままその足を掴む。ベリアルヴァンデモンが次の行動を起こす前に、シャイングレイモンはその腕を大振りに振り抜いた。同時に、手を離す。勢いで飛んでいくベリアルヴァンデモンをおまけとばかりに一発殴って、さらに吹き飛ばした。

 飛ばした先にあるのは、穴。先ほどシャイングレイモンたちが開け、そして入ってきた大穴だ。

 

「飛んで、いけぇ!」

 

 狙い通り、そこからベリアルヴァンデモンは外へと放り出される。

 

「勇!」

「ああ!」

 

 すぐさま、シャイングレイモンは勇をその肩に乗せて同じ穴から外へと飛び出した。

 これで、あの部屋は戦場にはならない。相当痛めてしまったが、あのカプセルモドキに被害が出るようなことはもうないだろう。

 

「っく。進化した私を殴るとは……!どこまで行っても、お前たち人間とそれに従う者は私を苛立たせる!」

 

 外に出たシャイングレイモンを迎えたのは、空を飛ぶことで体勢を立て直したベリアルヴァンデモンだ。しかも、彼は空中戦において有利となる上を位置取っていて、さらにその両肩の口は準備万端となっている。

 

「来るぞ、躱せ!」

「わかった!」

 

 勇の声が辺りに響いた瞬間とベリアルヴァンデモンの攻撃が始まった瞬間は、全くの同時だった。

 涎が、熱線が、空を行く勇たちを落とすために上から狙い撃たれてくる。

 シャイングレイモンはその尽くを躱すように飛び続けた。もちろん、肩に乗る勇を振り落とさないように気をつけるのも忘れない。大した速度も出せない上で、ベリアルヴァンデモンの攻撃を躱し続けている。

 

「っく……!」

 

 勇という足でまといをその肩に乗せているというのに、一撃も当てられない。その事実は、ベリアルヴァンデモンに苦々しい顔をさせるのに十分なものだった。

 一方で、勇たちも躱し続けるので精一杯だったのだが。

 

「勇、どうする?このままじゃ……」

「ジリ貧だな。行くしかないだろ。秘密兵器も、バッチリな」

「大丈夫?あれ、結構衝撃来るけど……」

「もちろん」

 

 勇たちは言葉を交わす。短くとも、確かに先を見て。

 

「わかった!掴まってて!」

「おう!」

 

 上昇する。落ちてくる涎や熱線をすれ違うように躱しながら、シャイングレイモンは遥か上を目指す。少しづつ、だが、確実に上へと昇る。同時に、その腕に力を溜める。“秘密兵器”を呼び出すための。

 

「止まらない?っく!止まれ、止まれ……!」

 

 ベリアルヴァンデモンは自らに着々と迫ってくるシャイングレイモンに恐怖を抱くしかなかった。

 あと数秒もあれば、自分の下へとたどり着く位置。そこに来られて、ベリアルヴァンデモンはさらに苛烈に攻撃する。

 

「うぉおおおおおおお!」

 

 数秒後、ベリアルヴァンデモンの傍を一陣の風が通り過ぎた。

 いつまで経っても来ないダメージに、ベリアルヴァンデモンは首を傾げる。傾げて、即座に気づく。内心で、彼は自分の失敗を悟った。迫り来られる恐怖のせいで、対応も思考も杜撰すぎた、と。

 すぐさま気を取り直すも、遅い。彼が見上げれば、遥か上空にシャイングレイモンたちはいた。沈みそうな夕日を背に飛んでいた。その手にあるのは、光。

 

「全力で、いっけぇえええええ!」

「もちろん!はぁあああああああ!」

 

 気合と共にシャイングレイモンの手から放たれたのは、光としか言いようのないエネルギーの塊だった。翼が広げられたその様も相まって、正しく日輪のようにさえ見える。

 それが“グロリアスバースト”と呼ばれる技だとは、ベリアルヴァンデモンは知らなかったが――。

 

「私を、私は、私はぁああああ!」

 

 ベリアルヴァンデモンは負けを認められなかった。

 半ば無理やりに、その両肩から熱線を放つ。自らの必殺技である“パンデモニウムフレイム”、それの劣化版にしかならない熱線だったが、それでも全力で放つ。

 光と熱線が激突した。

 

「ぉおおおおおおおお!」

「ぅうううううううう!」

 

 押し切られそうになるのを耐えながら、ベリアルヴァンデモンはただ待つ。

 すでに昼と夜が逆転する時間だ。彼はだんだんと自分の力が増すのを感じてもいる。しかも、増していく自分の力に反して、シャイングレイモンの力は衰えていっているような気さえしていた。つまり、ここを耐えられれば、逆転の目はあると考えたのだ。

 着々と迫り来るその時をベリアルヴァンデモンは嗤って待つ。さぁ、来い。終わりをくれてやる――。

 

「今だ!行けっ!」

「わかった!」

 

 瞬間、ベリアルヴァンデモンは声を聞いた。

 太陽のような暖かさに満ちたその声を。聞こえるはずのないその声を。

 彼が驚きに目を見開いて見れば、闇が迫る夕暮れの空に一筋の光が顕現していた。その光の様は、まるでこの世のエネルギーが凝縮してたかのような、力強いものだった。

 

「うぉおおおおおおおお!」

 

 気合の入った声と共に、その光が雷のごとく突き進む。

 交わっている光と熱線を切り裂いて、ベリアルヴァンデモンの下まで到達する。現れたのは、巨大な大地の剣を持ったシャイングレイモンだった。

 

「その、剣は……!」

「“ジオグレイソード”。正真正銘、ボクの切り札さ!」

 

 ようやくベリアルヴァンデモンは悟った。勇たちが上をとったのは、空中戦を有利に運ぶためなどではない。この剣を召還する時間を準備するためだったのだ。

 

「切り札は最後まで取っておくもの!勇に教えられたから!」

「今度こそ勝たせてもらうのはオラたちの方だ!」

 

 剣が振るわれる。

 一撃目。右腕を切り飛ばされながらも、ベリアルヴァンデモンは防いだ。

 二撃目。突き出した左腕ごと、その上半身と下半身を二つに断たれた。それでもなお、両肩の口にエネルギーを貯める。

 三撃目――。

 

「これで、終わりッ!」

 

 その力任せの一撃が、ベリアルヴァンデモンを縦に両断した。

 

「ア、ァ……いま、いましィ……!ソのヒカリ!」

 

 せめてとばかりに、強引に熱線が放たれる。放たれた熱線が難なく躱されたのを最後に目撃して、ベリアルヴァンデモンの意識は途切れた。

 




というわけで、第百二十話。

シャイングレイモン対ベリアルヴァンデモン戦の話でした。
今度こそヴァンデモンは退場となりますね。
前回の時はいいところなしでしたが、今回は無事に勇たちが倒すことになりました。
ついでに、スグオレルソードことジオグレイソードもトドメという良いところで活躍しましたね。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第百二十一話~崩落~

 シャイングレイモンがベリアルヴァンデモンを戦っていたまさにその頃のこと。

 

「グァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

「いい加減にしつこすぎないか!」

「疲れてきたよ~」

「はっ、泣き言言ってる場合か!」

「まるでバーサーカーですなっ!」

 

 旅人たちは未だミレニアモンと戦っていた。

 未だ終わる気配を見せない戦いに、いい加減に旅人たちも疲れを見せてきている。

 まあ、それも仕方ないだろう。普通のデジモンならばすでに十回は倒せているだろうほどに攻撃し続けても、ミレニアモンは止まる気配を見せないのだから。

 どれだけ潰しても起き上がる。ゴキブリ並みにしぶとい、というか、ゴキブリ以上の生命力だった。

 

「グァア! アアアアアアアアアアアアア」

「っ、セバスが……ドル!」

「ほいさ~!」

 

 特に、この戦闘が続く中で疲労を見せているのは、旅人とバンチョーレオモンの二人だ。

 旅人はどれほど特殊であろうと人間であるし、バンチョーレオモンは進化したてだ。二人がだんだんと疲労でドルゴラモンたちの足を引っ張るようになってきていた。

 これは撤退も視野に入れた方がいいかもしれない――スレイヤードラモンとドルゴラモンはその可能性を思い浮かべて、苦い顔をする。

 何にせよ、撤退するならば早い方がいい。撤退できなくなるほどに疲れてから、撤退を選択しても遅いのだから。

 

「旅人!」

「旅人!」

 

 そして、ほぼ同時にドルゴラモンとスレイヤードラモンの二人は選択した。旅人に撤退を促したのだ。

 

「わかってる、よ……!」

 

 ミレニアモンの猛攻に苦しそうにしながらも、彼らの意図を感じ取った旅人は懐からカードを取り出す。一気に場所を移動できる“転移”のカードだ。

 

「一番速い俺が時間を稼ぐから、その間に逃げろ!」

 

 スレイヤードラモンが言う。それしか方法がなかった。

 “転移”のカードを使うにしろ、使用した直後に狙われたのでは堪ったものではないし、何よりこの場の全員が無事に逃げなくてはならない。

 そんな状況にあって、誰かがミレニアモンを足止めしなければならなかった。

 

「っく……すみませぬ」

 

 バンチョーレオモンが苦しそうにうめいた。彼もわかったのだ。それが最も確実な、生き残るための方法であると。

 

「急いで大成たちの下へと行くぞ」

「ぬぅ……」

 

 スレイヤードラモンがミレニアモンを抑えている間に、旅人はドルゴラモンと一緒に大成たちの下へと行こうとしていた。バンチョーレオモンも、渋々とそれに従う。

 

「……あれ?」

 

 だが、そんな時だった。異常が起こったのは。

 初めに気づいたのは、戦っていたスレイヤードラモンだった。次いで、旅人たちの護衛役だったドルゴラモンが気づく。その数秒後には、旅人も、バンチョーレオモンも、離れたところにいた大成たちも、それに気づく。

 

「グゥウウウウウウウウウウアアアアアアアアアアアアア……――!」

 

 ミレニアモンの様子がおかしいのだ。

 頭痛でもするのか、頭を抱えるようにして、その身体を()()()()()()()

 そこにはすでに旅人たちのことなど眼中になく、ただただ痛みのままに暴れていた。

 戦う必要すらなくなって、スレイヤードラモンはミレニアモンを警戒しながらも、旅人たちの下へと戻った。

 

「誰かこの状況がわかるか?」

「わからねぇ。一体どうしたってんだ……?」

「わからないよ~」

 

 一体何が起こったというのか。旅人たちは暴れるミレニアモンに巻き込まれない場所で顔を見合わせる。

 正直に言って、彼らも混乱していた。

 

「どうしたの?」

「見てたけど、勝ったのか!?まさか、パワーアップイベントとかじゃないよな?」

「えぇっ!まだパワーアップするんですか!?」

 

 そして、そんな旅人たち戦っていた組のところへ、大成たちがやって来る。彼らも旅人たちと同様に混乱していた。いや、戦っていなかっただけに、現状に対する混乱は旅人たち以上かもしれない。

 未だ苦しみに暴れるミレニアモンを前にして、旅人、大成、優希の三人は話し合う。

 

「これは……今のうちに逃げた方がいいかもしれないな」

「確かに、俺たちってそもそも優希の救出が目的だったんだしな。よくね?」

「え?ミレニアモンを放っていくの?」

 

 撤退の意見を持っているのは、旅人と大成の二人だ。一方で、優希はよくわからないこの事態を解決するべきだと考えている。

 デジモンたちはそれぞれパートナーとなる人間の意見を尊重するつもりのようで、話し合いを黙って聞いていた。

 まあ、「こんなところで話し合っているんだから、そのうちに取り返しのつかないところまで関わりそうだよなぁ」なんて、スレイヤードラモンが呟いていたのだが、それはほんの余談である。

 

「でも、ミレニアモンのことといい、この街のことといい、調べなきゃいけないでしょ」

「あ、それは一理あるかもな。でも、皆疲れてるし……一旦引くのは?ほら、ゲームでもセーブやHP回復は大事だし」

「今を逃したらどうなるかわからないじゃない」

「まぁ、ここまで来たらどっちでもいいって言えばいいけどね」

 

 話し合う。

 優希の熱意に押され気味な旅人と、疲労状態ゆえの休憩を提案する大成――と、どちらかといえば少数派であった優希の意見が通りそうな感じさえしている。

 

「お嬢様、お二方を言いくるめるとは……さすがですな!」

「まぁ、ここまでガッツリ来てから離れるなんて、旅人には無理だよね~」

「だな。基本、その場の流れであっちこっち行くからな」

「あの、大成さんたちはともかくとして、ミレニアモンがフラフラになっているんですけど」

 

 果たして意思を押し通せるだけの優希がすごいのか、それとも旅人たちの意思が弱いのか。どちらにせよ、出そうな結論を前にして、デジモンたちは生暖かい目にならざるを得なかった。

 

「ァアアア……」

 

 というか、問題は彼ら全員から見ないふりされているミレニアモンだ。大成たちの前で、ミレニアモンは地面に倒れ伏し、動かなくなる。

 

「あれ……?」

「あ、倒れてるな」

「まさかのこれで終わり?」

 

 彼の倒れた際に発生した轟音、それによって大成たちは今更ながらに事が終わったことに気づいたのだった。見れば、そこにはミレニアモンが光と化していく光景があって、死を迎えたのだとわかる。

 

「……ん?いや、待て待て。おかしくないか?」

「あれ……?」

 

 だが、その奇妙さに気づいたのは、いや、自分たちの思い違いに気づいたのは、大成と優希だった。

 旅人たちはもう終わったものだと思い込み、帰り支度を始めているからこそ気づけなかったのだが、大成たちは光と化していくミレニアモンをボンヤリと見ていたからこそ気づけたのだ。

 光と化していくミレニアモンだが、死を迎えて消滅していっているわけではない。どちらかといえば、これは退化の――。

 

「っ、あれは……!」

 

 そこまでいって、ようやく大成たち以外の全員が事態に気づく。

 ミレニアモンが光と化して消え去ったその後、そこにあったのは同じように倒れ伏したムゲンドラモンと一人の人間。

 

「零……?」

 

 大成たちも何度かその姿を見たことがあるその人間。そう、あの零だった。

 旅人やスレイヤードラモンが警戒しながら近づいてみても、彼らは動かない。どうやら、本当に気絶しているらしい。

 

「ムゲンドラモン?また懐かしい奴だな」

「そういや、少し前にリュウが倒したんだっけか?」

「ああ。ってか、まさか孵ってもう究極体に進化したのか?凄まじい速さだろ……」

 

 突如として現れたこの零とムゲンドラモン。彼らが先ほどまでのミレニアモンであったことなど、この場の全員が気付けていた。

 だが、だからこそ腑に落ちない部分もある。

 

「零、まだデジモンに復讐なんかしてたのかよ。やっぱり、片成とか好季の件に関わって……?」

「でも、前の時とは違う……そんな気がする。このミレニアモンも……そう、何か違和感が――」

 

 奇妙なまでに覚える違和感に、大成と優希は唸っていた。

 ミレニアモンであった時の彼ら、以前の復讐の鬼であった時の彼ら。その両者は何か違う気がする、と。

 自分たちが何か大きなものに嘲笑われているような気さえして、大成たちは気分が良くなかった。

 

「……仕方ない。とりあえず、こいつらも連れて行くか?」

「でも、ムゲンドラモンの方は起きられたらどうしようもないだろ。どうすんだ」

「じゃ、放っておくか?」

「どっちでもいいんじゃない~?」

 

 零たちをどうするか、旅人たちも話し合う。

 放っておけば、いずれ別の場所で被害が出るかもしれない。だが、連れて行っても、究極体など早々封じられるものではない。

 八方塞がりにもなりそうで、旅人たちは顔を見合わせている。

 彼らに「何かいい案あるかー?」などと聞かれた大成たちだが、彼らも良い案が思い浮かぶことはなく。結局、良い案が出ずに、誰もが悩んでいた。

 

「ってか、ドルとセバス、ディノビーモンは大丈夫なのかよ?」

 

 そういえば、と何かを思い出したかのように、スレイヤードラモンが彼らに聞く。

 聞かれた彼らも、何を聞かれたのかすぐにわかった。制限時間――すなわち、進化した形態のままでいられる残り時間のことだ。

 

「むぅ、このセバス……実を言いますと少し……」

「僕もそろそろキツイかな~。気合だけで持たせてる感じ?」

「ごめんなさい。同じくです」

 

 申し訳なさそうに言う特殊進化組。全員がまだ持つものの、そろそろレッドゾーンに入りそうということだった。

 

「一旦本当に休憩した方がいいかもしれなくないか?」

「そうね……」

 

 彼らの様子に、大成と優希は頷き合う。いろいろと気になることもあるし、いろいろとやらなければならないこともあるが、あまり無理をさせるのは二人も望まなかった。

 どこか休める場所を探さないか。二人は頷き合って、そう提案した。

 

「帰らないのか……いや、まぁ、いいけどな。でも、ボロボロのこの街で休めるところなんかあるのか?」

 

 旅人が周りを見渡しながら言った。

 そして、彼の言う通りだ。先ほどまでの戦闘で、この街は見るも無残な廃墟と化している。この街が空の上にあることを鑑みれば、よく地上に落下していないものだと感心できるほどだ。 

 旅人の言葉に、いよいよ言葉を詰まらせた大成たち。同じように辺りを見渡して、そして、気付いた。上から何かが近づいてきていることに。

 

「っ、まさか――」

 

 また敵か。大成たちは、一直線にこちらへと向かってくるその何者かに身構える。そして、その数秒後にその何者かは彼らの前へと降り立った。

 白と赤の体躯の竜。その圧倒的な存在感から、究極体だろう。敵か、味方か――大成たちは固唾を呑んでその時を待つ。

 そして――。

 

「久しぶりっ!」

 

 爽やかな第一声に、大成たちは呆気にとられた。

 久しぶり、ということは以前どこかで会ったのだろう。記憶を手繰るも、この者の正体にたどり着けない。まあ、会話が通じる時点で、操られているという可能性はない。敵ではないようで、大成たちは安堵の息を吐いた。

 

「おっ、優希無事だったのか!よかったよかった!」

 

 次いで、シャイングレイモンの背から聞こえてきた先ほどまでとは別の声に、ようやく大成たちは気づく。

 信じられない思いだった。まさか、まさか――。

 

「勇さん!?」

「よお!ウィザーモンに聞いて助けに来たけど、必要なかったみたいだな。さすが!」

 

 勇たちがこの場にいるとは。

 しかも、この究極体――シャイングレイモンは、間違いなく彼のパートナーだとわかる。彼らが本当に究極体に至れたことに、大成たちは開いた口が塞がらなかった。

 

「勇さん、進化できたんだな!?」

「その言い方だと、オラが進化したみたいだぞ……へへっ、でも、まぁな!おかげさまで――」

「この通り!シャイングレイモンに進化したよ!」

 

 スカルグレイモンだった頃の狂気を微塵も感じさせない笑顔で告げるシャイングレイモンの姿に、事の重さを知っていた大成と優希は感慨深い気持ちになっていた。

 本当に彼らは凄い、と。その太陽のような輝きに、大成たちも唸ることしかできなかった。

 そして、そんな大成たちの一方でスレイヤードラモンは気付く。

 

「ん?シャイングレイモンが持ってるソレは何だ?」

 

 シャイングレイモンが抱えているいくつものカプセル装置に。

 

「そうそう!ここに来た時に突入しちゃった部屋にこれがあったんだ!」

「よっこいしょ、と」

 

 シャイングレイモンの背から降りた勇は、それも含めて説明する。

 中に生きた人間が入っているコレを見つけたこと、ベリアルヴァンデモンと戦って勝ったこと、そのベリアルヴァンデモンが言っていたこと、そのすべてを。

 

「……それ、ベリアルヴァンデモンが他の人間やデジモンを操ってたってことよね?あのミレニアモンも」

「勇さんが倒してくれたおかげで、零たちも、他の皆も洗脳が解けて元に戻ったってことだよな?さっすが勇気さん!」

 

 ベリアルヴァンデモンが人間たちやデジモンたち、そしてあのミレニアモン状態だった零を操っていて、勇が彼を倒したからこそ、彼らは止まったのだ。

 勇がいなかったら、あの無尽蔵の体力で暴れるミレニアモンに倒されていたかもしれない。その功績の大きさを前に、大成たちは勇を讃えた。

 

「いやいや、たいしたことはしてないって。オラたちはオラたちの決着をつけただけだ」

「いやいやいやいや、それでも十分!」

 

 謙遜する勇に、煽てる大成。勇の登場で、場の空気が明るくなっていた。

 

「がはっ、ゲホッ……ぐっ……!」

 

 だが、聞こえてきた呻き声に一気に場の空気が引き締められる。

 見れば、先ほどまで気絶していた零が苦しそうにしながらも目を覚ましていたのだ。

 

「零……!」

「こ、こは……あの女は――」

 

 混乱しているのだろうか。

 動かせない身体を無理矢理に動かそうとしながら、零は辺りを探ろうとしている。どうやら、ミレニアモンだった時の記憶が曖昧だったようだ。

 

「……零の奴、何も覚えてないのか?」

 

 そんな彼の様子に、大成はポツリと呟いた。

 

「っ、お前らは――!」

 

 大成の呟きを拾ったのだろう。零は顔だけを動かし、大成たちの姿を確認する。僅かに目を見開いた。

 

「大丈夫!君を操ってた奴はボクたりが倒したから!」

「お前のパートナーも無事なようだし、よかったな!」

 

 以前に会ったことがあるとはいえ、零がしでかしたことを詳しく知らない勇たちは、零にも気軽に話しかける。

 彼らの馴れ馴れしい様子に、苛立ちを見せる零。だが、勇たちは「苛立てるのは元気な証拠!大丈夫そうだな!」と軽く流している。

 

「やっぱ勇さんってすごいな……」

「単に知らないだけでしょ?」

 

 そんな勇の姿を、大成は感嘆して、優希は呆れて見ていた。

 そして、その他の面々は――。

 

「なんかさ。嫌な予感を感じるんだけど?」

「旅人も?僕も……」

「俺もだ。セバスやディノビーモンもだろ?」

「はい……」

「ですな」

 

 覚えた嫌な予感に、微妙な表情をしていた。

 まだ何かあるのか。いや、この場が“そういう”場所である以上、何かあるのはわかっている。だが、それにしても。そんな思いで、彼らは静かに佇む。

 その直後のことだった。静かな世界を駆け抜ける、音。静かな世界を騒がせる、揺れ。

 

「へ……?」

 

 呆然と呟いたのは、誰だったか。

 凄まじい轟音、そして振動。

 

「な、崩れ――!」

 

 突然の事態に、誰もが呆気にとられた。いや、一部の者はうんざり気味に嘆いていただけか。

 まあ、どちらにせよ事態は変わらない。続きに続いた戦闘のせいか、それとも他の“何か”のせいか。崩れ始めたのだ。この空に浮かぶ街が。

 

「ああああああああああああああああああああ!」

「っっっ!」

「えぇえええええええええええええええ!」

「っち!」

 

 誰が誰の声とも知れず、声が叫びとなって響き渡る。

 大成たちは崩落する街に巻き込まれた。

 




というわけで、第百二十一話。

続々と集まったところで、次に続きます。
一難去って、ついに……ということになりますね。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第百二十二話~現れた敵~

 日が沈み、夜が訪れた世界。

 そんな中で、そこにあったのは瓦礫の山だった。数時間前まで豊かであった森林地帯は、そうとしか形容できない光景と化してしまっていたのだ。

 先ほど、大成たちがいた天空の街は崩落。結果として、大量の瓦礫が大地に雨あられと降り注ぐこととなり、森林の大半を押し潰してしまった。

 

「ふっ!」

 

 気合の入った声が辺りに響いた。同時、一部の瓦礫が吹っ飛ぶ。

 瓦礫の下から出てきたのは、スレイヤードラモンとドルゴラモンだった。

 

「痛てて……おい、無事か?」

「なんとかね~」

 

 声をかけながら、お互いに無事を確認し合う。

 

「オレも、ドルたちが傘になってくれたからな」

「傘扱いは酷い!」

 

 その足元には疲れた様子の旅人がいる。彼も無事なようだった。

 だが、問題は彼ら以外の一部の者たちだ。先ほどの崩落の際、デジモン組は各々のパートナーを助けるべく行動した。パートナーが究極体である勇と優希は問題ないだろう。問題は大成と零の二人だ。

 言わずもがなだが、大成のパートナーは完全体であり、大成込みで先ほどの崩落を乗り越えるには少し不安が残る。

 そして、一番の問題である零。彼のパートナーであろうムゲンドラモンは、先ほどの戦闘で気絶状態だ。零自身も動けなかったことを考えれば、最悪の結果すらありうる。

 

「とりあえず、瓦礫撤去だな……」

「よし、僕が頑張るよ!」

「……リュウ、頼むわ。あと、ドル。お前は頑張るな。瓦礫ごと吹っ飛ばす予感しかしないんだけど?」

「ひどっ!た、確かに、ちょっとは……いや、誤差の範囲じゃん!?」

 

 繊細な作業に向かないことなど、百も承知。わめくドルゴラモンに揃って溜息を吐きながら、旅人とスレイヤードラモンは瓦礫を撤去しようと動き出す。

 だが、まあ、彼らが動く必要はなかったか。

 

「お、お嬢様大丈夫ですかな……!?」

「な、なんとか……」

「勇も大丈夫かー?」

「おう、ピンピンしてる」

 

 すぐにそれぞれのパートナーを伴った勇と優希の二人が、瓦礫の下から出てきたのだから。

 

「よし、無事だな?」

「旅人!なんとかね」

「オラもだ……あれ?大成たちは……!」

 

 全員が辺りを見渡す。

 だが、いつまで経っても大成たちと零たちが瓦礫の下から出てくる気配はない。それが示すところは、最悪の結果だった。

 

「急ごう!」

 

 勇の言葉に全員が頷く。人間もデジモンも関係なく動き始める。さらなる崩壊の可能性、それによる二次災害の危険性もある中、辺りの瓦礫を慎重に退かし始めた。

 数分間、焦りを伴って黙々と作業する。誰もが見つからない自体に焦りを募らせた、その時のことだった。

 

「……!?」

「っ、なんだ……?」

 

 ガラガラという、どこかの瓦礫が崩れる轟音。そして、何かの震動。

 これは、もしかしたら。この場の全員が、少しの期待と共にその震動が発せられているだろう方向を向いた。

 震動は着々と大きくなっていく。ゴクリ、と誰かが固唾を呑み込んだ。

 

「……?止まった?」

 

 誰かが呟く。

 震動が収まっていた。瓦礫の崩れる音も、僅かな地鳴りさえ消え去って、いっそ不気味なほどの静寂が辺りを支配する。

 

「アァアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 そして、その瞬間のことだ。ソレが現れたのは。静寂を打ち破り、瓦礫の山を振り払い、現れたソレ。それは決して、この場の全員が望んでいた者たちではなかった。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアァアア!」

 

 現れたのは、白銀の竜。そう、ドルゴラモンという名の破壊竜で。

 

「えぇええええええ~!?」

 

 自分と同じドルゴラモンというデジモンが現れたことに、ドルゴラモンは驚愕を隠せなかった。いや、彼だけではないか。この場の全員が唖然としていた。

 なにせ、ドルゴラモンは究極体だ。他の成長段階のデジモンたちならばともかくとして、絶対数が少ない究極体で同一種族の個体がいるなど、この世界の長い歴史を見ても一度あるかないかのレベルである。

 そんな事態が目の前にあるのだから、これで驚かずにいられようかという話だった。

 

「アァアアアアアアアアアッ!」

 

 叫び声と共に、新たに現れたドルゴラモンが駆け出す。殺気を纏い、この場の全員目がけて突き進む。

 驚愕抜けきらない中での、この殺気立った勢いだ。全員がすぐさま立ち直ろうとするが、それよりも新たなドルゴラモンが到達する方がずっと速い。

 

「アァアアッ!」

「ぬぁっ!」

 

 新たなドルゴラモンが、最も近くにいたドルゴラモンを殴る。ドルゴラモンも咄嗟に防御していたが、その効果が怪しく思えるほど、重い一撃だった。

 

「っぐ……!」

 

 顔を歪める。かなりの威力だった。ドルゴラモンは倒れ伏しそうになるところを気合で耐えていた。そんな彼の前で、新たなドルゴラモンは再び拳を振り上げる。

 二撃目が来る。ドルゴラモンはそれを理解した。

 

「奇妙なやつが舐めてんじゃねぇ!」

「ボクたちを忘れてもらっちゃ困るよっ!」

「このセバスも助太刀しますぞ!」

 

 直後、そんなドルゴラモンを助けるべく、驚愕から立ち直ったスレイヤードラモン、シャイングレイモン、バンチョーレオモンの面々が新たなドルゴラモンに攻撃を仕掛ける。

 

「アァアアアアアアア?」

 

 新たなドルゴラモンは素早く眼球を動かす。誰が、どこに、どのタイミングで来るか――それを確認しているかのようだった。彼の振り上げていた拳が動く。

 狙いは、最も近くにいるシャイングレイモンだ。

 狙われたシャイングレイモンは拳でもって迎撃する。

 拳と拳がぶつかり合う。押し負けたのは、シャイングレイモンの拳だった。

 

「っく……」

 

 あまりの威力に、シャイングレイモンは顔を顰める。元々、ドルゴラモンが強いことはわかっていたが、まさかこれほどとは思っていなかったのだ。

 新たなドルゴラモンはさらに動き続ける。シャイングレイモンを狙ったのとは反対の拳で、先ほどよりも僅かに近づいてきていたバンチョーレオモンを狙う。

 

「ぬぅっ!」

 

 バンチョーレオモンはその一撃を躱す。だが、躱してしまったせいで、攻撃続行が不可能となった。

 最後に新たなドルゴラモンが狙うのは、スレイヤードラモンだ。ガバッと大きく開けられた口が、スレイヤードラモンを狙う。

 とはいえ、スレイヤードラモンはこの面々の中で最も速さに長ける者だ。そんな大袈裟な一撃などくらうはずもない。

 

「ふっ!」

 

 余裕を持って躱す。経験の差というものだろう、バンチョーレオモンとは違って攻撃続行可能な躱し方だ。スレイヤードラモンはそのまま剣を振るう。いや、正確には振るおうとした、か。

 彼は気づいたのだ。まるで自分の行動を読んでいたかのように、自分が躱した位置を狙って先んじて動いていた新たなドルゴラモンの尾の存在に。

 

「なっ!」

 

 自分の行動が読まれたことに驚きつつ、スレイヤードラモンは再度躱す。だが、躱した先にあったのは、シャイングレイモンを殴った後の拳で――。

 

「ぐっ!」

 

 スレイヤードラモンは殴り飛ばされた。

 真面目に戦って、ここまでまともな攻撃をくらうなど、いつぶりだろうか。そんな感慨と共に、彼はドルゴラモンのパワー馬鹿っぷりを呪う。たかが一撃だが、その“たかが”一撃で戦闘不能にされそうな威力だった。

 

「アァァッ!アァァァ!」 

 

 ここまで、すべてが数秒にも満たない僅かな時で行なわれた。

 

「えっ!?」

「……これ、本格的にまずいな。ここまでまずいのって、五年前ぶり、か……?勘弁してくれ……」

「シャイングレイモン大丈夫かってぇさ!?」

 

 旅人を含めて、傍から見ていた人間組は何が起こったのか理解できない。彼らが理解できたのは、デジモンたちがいつの間にか押し負け、躱し、殴り飛ばされていたということだけだった。

 

「アァッ!アァァァア!」

 

 弱さを嘲笑うかのように、新たなドルゴラモンは叫ぶ。

 とはいえ、だ。彼にやられっぱなしで終わるような、そんな情けない性格をしている者はここにはいない。

 

「ニセモノめぇええええ!僕がドルゴラモンなんだぞ~!」

 

 至極勝手なことをわめき散らしながら、ドルゴラモンが駆け出す。

 新たなドルゴラモンはそんな彼の姿を冷やかに見ていて、その表情が僅かに変化した。

 

「はっ!さっきも言っただろ、俺たちを舐めんな!」

 

 瞬間、新たなドルゴラモンの周りを、刀身が鞭のように伸びた剣が駆け巡る。

 言うまでもなく、スレイヤードラモンの剣だ。一瞬も経たずにスレイヤードラモンの剣が新たなドルゴラモンを拘束する。パワー馬鹿であるその力によって数秒後には破られそうな気配がするものの、その数秒だけでも十分だった。

 

「今度こそ行きますぞ!ハァっ!」

「ボクも行くよっ!」

「おりゃぁっ!」

 

 バンチョーレオモンとシャイングレイモンが、すでに駆け出していたドルゴラモンに追いつく。三体は同時に拳を振り上げた。

 

「キィアアアアアアアアアアアアア!」

 

 その瞬間のことだった。

 拘束されていた新たなドルゴラモンの姿が消える。次いで、拘束していたスレイヤードラモンの剣が緩む。

 今こそ攻撃しようとしていた三体と、拘束に力を注いでいたスレイヤードラモンは驚愕に目を見開いた。それは拘束されていたはずの目標を見失った――からではなく。

 彼らの尋常ならざる動体視力がその瞬間を捉えていたからだ。

 

「ど、ドルゴラモンがスレイヤードラモンに!?」

 

 一瞬にしてドルゴラモンがスレイヤードラモンに変化し、そして拘束から脱したその瞬間の光景を。

 究極体のドルゴラモンが究極体のスレイヤードラモンに進化するなど、ありえるはずがない。デタラメを通り越して笑い話の域だ。

 ()()()()()()()()()。デジモンとして、この場のデジモンたち全員がそれを感じていた。

 

「今度はスレイヤードラモン?どうなってるのよ……」

「スレイヤードラモンって、すごく速いよな。どうする……?」

 

 一方で、上空に逃げ果せたスレイヤードラモンを見つめながら、優希は疲れたように呟き、勇は戦況を冷静に分析していた。

 だが、そんな二人とは対照的に、旅人はただ黙っていた。呆然としているわけではない。彼はあの変幻自在なデジモンというものに何かを思い出しそうで、記憶を手繰っていたのだ。

 

「キゥアアアアアアアアア!」

 

 瞬間、スレイヤードラモンへと変化したナニカが動く。

 一瞬にして彼はスレイヤードラモンの前へと現れた。

 

「同じスレイヤードラモンなら、負けるわけにはいかねぇよなぁ!」

 

 自分よりも速い。その事実に苦い顔をしながらも、半ば空元気を振りかざし、スレイヤードラモンは剣を振るう。振るわれた剣がナニカを捉えて宙を滑る。

 

「グォァアアアアアアアアアア!」

「んなっ!?」

 

 だが、剣が届く瞬間、瞬時にナニカは変化した。変化したのは機械竜――ムゲンドラモンだ。

 

「っち!?」

 

 スレイヤードラモンは目標の大きさが変わったことで狂った剣の軌道を修正しようとするが、遅い。剣はちょうど軌道上にあったムゲンドラモンの爪に捕らえられてしまった。

 

「グルァアアアアア!」

 

 瞬間、ムゲンドラモンとなったナニカの背中の砲が煌めく。剣を掴まれ、身動きが取れない彼を砲撃が狙った。

 

「危ないっ!」

「やらせませんぞ!」

 

 だが、そこで動いたのはバンチョーレオモンとドルゴラモンだった。二体の拳がナニカを殴り飛ばし、その砲撃から彼を救う。

 

「グルァァ……!」

 

 忌々しい。そんな表情で、ナニカは三体を見ながらも、彼は違和感を覚える。もう一体はどこにいる、と。

 

「はぁあああっ!」

 

 直後、遥か上空から闇夜を切り裂くように、剣を持った太陽(シャイングレイモン)が落下した。

 

「グルゥ!?」

 

 鋭い一閃に、ナニカはその体躯に深々とした巨大な傷をつけられる。ムゲンドラモンの姿をとっているだけあって、その傷からは断たれた金属と配線が覗いている。それは、ナニカの変化が外側だけのものではないと示していた。

 何はともあれ、ナニカの傷はどう見ても致命傷だ。だが、この場の誰もが勝ちを確信することをしなかった。まだ終わっていない。何となくそれが理解できたのだ。

 そして、その理解通りだった。

 

「グッグ……!グッグ!」

 

 ナニカが姿を変える。

 ムゲンドラモンとしての姿から、誰も見たことのないスライムのような姿へ、そしてそれからはシャイングレイモンの姿となった。しかも、傷も体力も全快したようで、その姿は元気そのものといった感じだ。

 

「……!あのスライムみたいなのが本来の姿、ということですかな?」

「だろうな。全く痛みを感じてないバケモノの次は再生するバケモノか……」

「大丈夫!倒せるまで攻撃し続ければ何とかなる!それが無理でも、勇たちが良い案を教えてくれるって!」

「おお~!頑張るしかないね!」

 

 脳筋というか、お気楽な馬鹿二体(ドルゴラモンとシャイングレイモン)を無視して、スレイヤードラモンとバンチョーレオモンは警戒したまま後方に視線を飛ばす。

 そこには――。

 

「見たところ、アイツ単体はシャイングレイモンたち一人一人よりも強い。たぶん、元々の強さにコピーした相手の強さがプラスされる……もちろん技も使用可。どこまでのレベルかはわからないけど、十分チートすぎるってぇさ」

「じゃあ、スライム状態の時に攻撃すれば何とかないかな?」

「スライム状態も一瞬だけだったけど……まぁ、行くしかないって言えばアイツらは行くだろうな」

 

 そこには対抗策を考えて悩み合っている人間組がいた。だが、その様子からはしばらく良い案は生まれさそうだった。

 

 

 

 

 

 そして、その頃。

 

「う……?」

「大成さん、大丈夫ですか……?」

「っち。どこだここは」

「ピピ。再起動。申シ訳ゴザイマセン。今、目覚メマシタ」

 

 大成たちと零たちはどこかの空間で目を覚ましていた。先ほどまでの大崩落が嘘だったかのように機械的で、かつ広大な部屋だ。ともすれば、まるで一昔前のSF映画に登場しそうな秘密基地のようである。

 一体ここはどこなのか。大成たちは辺りを見渡す。見渡して、そして気づいた。

 

「やぁ、起きたかい?招かれざるイレギュラーと失敗作たちよ」

 

 胡散臭そうな笑みを浮かべていながら、どこか追い詰められたような様子を見せる一人の男性がここにいることに。

 




というわけで、第百二十二話。

相変わらず事態は進展しない中、次回から最近空気だった主人公“たち”の出番が来ますね。
ついに接触です。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第百二十三話~強き信念に立ち向かう~

 この世界では珍しい――それも機械里や先ほどの天空の街にしか存在しえなかった人口の灯りが、この空間を照らす。大成にとってはある意味で見慣れたその灯りであるが、この世界にとっては異物だ。

 だからだろう。今の大成にも、この場違いな灯りが奇妙なまでの緊迫感を演出しているように感じられていた。

 

「答えろ。何者だ」

 

 零が静かに問う。だが、彼なりに予想はついているのかもしれない。そこには怒りを堪えようとしている様子があった。

 

「ふむ。私は……まぁ、名前などは言わなくてもいいか。どうせ、覚える気はないんだろう?」

「答えろ」

五花(いつか)(わたる)。しがない研究者だよ」

 

 零の圧力に押されてか、渋々といった様子で航は名乗った。

 

「研究者……?」

「ああ。元々は人間の世界でこの世界を監視、研究する機関で働いていたのだが……五年ほど前に独立してね。今では、少数精鋭で細々とやっているよ」

 

 大成の呟きに、航は丁寧に返した。研究者ゆえの内向的な性格が見て取れるようだ。

 とはいえ、その言葉の内容は驚くべきものだ。この世界を研究する専門の機関が人間の世界にあると言っているのだから。

 

「人間の世界に――?」

「所謂、国家機密の機関だがね。私の所属していたところは日本だが、各国にもあるだろう。デジタル機器の発展と共にこの世界は発見され、以降は各国でこぞって研究しているだろうよ」

 

 そんな国家機密を教えられていいのだろうか。驚きに震える中で、大成はそんなことを思う。機密とは、公になってはいけないからこそ機密なのだ。

 一方で、そんな航の言葉に苛立った様子を見せているのが、零だ。

 

「……んなことを聞きたいんじゃない」

「ふむ。だろうね」

「っち」

 

 苛立つ零を前にしても、何もかもがお見通しとばかりに返事をする航だ。

 まるで大人にからかわれているかのようで、ますます零の機嫌は低くなっていく。

 

「零、落チ着イテクダサイ」

「わかってる。黙ってろ」

 

 その低さたるや、再起動したばかりのムゲンドラモンに心配させられるほどだ。

 

「君が知りたいのは、我々の活動だろう?そして、私が君自身の復讐心を満足させられる相手かどうかを確かめたいというわけだ」

「……」

「少し前に比べて、だいぶ周りを見るようになったようだね。喜ばしいことだ」

 

 まるで成長した子供を見る親のような言い方だ。

 見ず知らずであろう航にそんな発言をされれば、零も余計に癪に障る。未だ堪忍袋が切れることだけは耐えているようではあるが、時間の問題だろう。

 一方で、そんな零を知ってか知らずか――まぁ、知っているのだろうが、航は話し始めた。

 

「そうだね。君たちは“巻き込まれた側”だ。少なからず、知る権利はある。我々の罪をね。まぁ、赦しを請うことはしないが――」

「罪……?」

「ああ。現在、我々はプロジェクト“D”と呼ばれる計画を進めている。簡単に言えば、この世界の生き物――つまり、デジモンを滅ぼす(デリートする)計画だ」

 

 大成は息を呑んだ。

 航の目があまりにも真っ直ぐで、航が冗談を言っているわけではないのが、大成にもわかった。そして、だからこそ、信じられなかった。世界を滅ぼすなど、夢物語でしかないことを本気で考える“人間”がいるなんて。

 

「やっぱりテメェが……!」

「ほう、()()()か。まぁ、ここまで来るのは苦労したのだ。五年前からの研究を()()()()、かの機関の監視をやり過ごしながら、ゲーム“デジタルモンスター”を運営し、ここまで事を進めるのは」

「えっ!?予想してなかったわけじゃないけど、まさかの運営の人!?」

 

 怒りに震える零の横で、大成は先ほど以上に驚きに震えた。

 世界滅亡願望よりも、ゲームの運営者としての事実の方に驚きを示すとは。呆れながらも感心する航、そして大成の性格を思って少し恥ずかしそうに身を縮めるディノビーモンだった。

 

「死ね」

 

 だが、そんな時だった。

 端的な言葉。そして、振りまかれる怒り。

 大成がハッとして気づいた時、横にいた零はキメラモンとなっていた。しかも、すでに腕の一本を振り上げている。

 

「ちょ――!?」

「大成さんっ!」

 

 大成たちの前で、キメラモンとなった零は腕を振り抜いた。慌てる大成、動くディノビーモン。

 一方で、航はただの人間だ。腐っても完全体であるその一撃に耐えることはできない――。

 

「やれやれ」

 

 はずだった。

 キメラモンは舌打ちする。それは自分の拳が航に届かなかったからこその、苛立ちの込められたものだった。

 

「人間としてのこの世界の第一人者などと言う気はないがね。それでも、私は人間として人間なりに頑張ったのだ。半ば人外の域に片足を入れているアンノウンほどではないがね……簡単に行くとは思わないで欲しいものだ」

 

 見れば、航は半透明の膜のようなものでキメラモンの拳を防いでいた。

 完全体の一撃さえ防ぐ防御膜。ならば、それ以上のものを当てればいい。キメラモンは横目でムゲンドラモンを見て――直後、信じられないような気持ちになり、その思考を振り払った。自分は何を考えていた、と。

 

「来ないのかね?」

「っち」

 

 渋々とキメラモンは零としての、人間の姿へと戻る。

 先ほどまでの苛立ちを見ていただけに、ムゲンドラモンと航は信じられない思いだった。

 まあ、零は先ほどのミレニアモンとして操られていた時のダメージがあるからこそ、回復を優先したに過ぎないのだが。

 

「少しは落ち着いたかね?」

「黙れ」

「……厳しいことだ」

 

 相変わらず、険悪な雰囲気を撒き散らす零だった。

 一方で、そんな零の機微を細部まで感じ取ることができなかった大成たちは、巻き込まれなかったことに呆然と安堵するしかなかった。

 

「一つ、聞いていいですか?」

 

 零の様子を警戒しつつ、大成は声を上げた。どうしても聞きたいことがあった。

 

「なんだね?答えられることなら答えよう。先ほども言ったが、君たちには聞く権利がある」

「なんでこの世界を滅ぼそうとするんですか?」

 

 大成にとって、この世界はゲームのような世界だった。世界法則という点ではなく、その世界観が。彼はこの世界に興奮を覚えたし、この世界で知人や友人と呼べる者もできた。彼にはこの世界に滅ぼされる理由など見当たらないのだ。

 大成から見ても、目の前の航は零たちと違って復讐に狂っているようには見えない。だからこそ、疑問だった。

 

「……ふむ、これはまた普通の質問だ。いや、悪いというわけではないがね」

「……」

「失礼。機嫌を悪くしたのなら謝ろう。とはいえ、だ。なぜ、か……」

 

 航はしばらく悩む素振りを見せる。そのわざとらしさに気がついたのは、零とムゲンドラモンだけだった。

 

「決まっている。この世界が我々人類にとって脅威だからだ」

「……!?」

「君も知っているだろう?人類が未だ到達できない地点にこの世界の者たちはいる。気分だけで世界を滅ぼせるバケモノもいる。もし、この世界の者たちと人類との戦争にでもなれば、まず間違いなく人類は負けてしまうだろうな。この世界そのものが脅威なのだ」

 

 大成は否定したくても、否定できなかった。

 大成とて、この世界のデジモンという種族の力を知っている。それが人間とは比べ物にならないことも。

 まあ、だからといって航の計画を肯定する訳ではないのだが。

 

「……でも、平和に生きているデジモンたちもいる。それだけで世界を滅ぼすなんて間違ってるんじゃないですか?」

「かもしれないな。だが、止まる訳にはいかないのだ」

「っ」

 

 言葉に詰まった。いや、詰まらされた。

 もちろん、世界を滅ぼすなどしてはならないことだ。だが、わかっていても、大成はそれ以上何も言えなかった。航のその言葉に、その目に、その雰囲気に、彼は梃子でも動かない信念をハッキリと感じとってしまったのだ。

 力強い信念だった。それを前にされて、間違っているとは思うものの、未だ子供に過ぎない大成は黙らされた。

 もしこの期に及んで何かを言えるのは、それがどのようなものであれ、同等以上の何かを持つ者だけだ。大成はそう悟らされた。

 それだけのものが、航の言葉にはあった。

 もしここにいるのが自分たちではなく、優希や勇、旅人だったのならば、どうなったのだろうか。

 大成は自らを呪っていた。力の無さ云々ではなく、己の至らなさを。

 その場その場の流れで奔放に過ごしていた子供、誰かの庇護下で威張っていた未熟者、それが自分であると思い知らされていたのだ。

 

「……君みたいな何も知らない子供に分かれ、というのが酷なのかもしれないな」

 

 フッ、と航は自嘲気味に微笑む。まるで項垂れているかのようだ。

 

「だが、我々は知ってしまったのだ。知ってしまったからには、動かざるを得ない。そのために我々は今日まで生きてきた」

 

 彼が何を知ったのか、それを知って何を思ったのか、大成にはわからない。

 わかることができれば、今この場の何かが変わったのだろうか。

 

「……」

「大成さん?」

 

 現実はゲームではなく、簡単に事は運ばない。プレイヤーのための世界であるゲームとは違い、現実はみんなのための世界で、それゆえに個人に厳しい。

 一人の芯無き戯言如きで動くような、甘い夢の世界は現実にはない。

 

「……ふぅ。君はもう帰りたまえ」

 

 黙り込んだ大成を、どう思ったのか。大成の姿を静かに見つめていた航はそう言った。

 

「……は?」

 

 思わず、大成は聞こえてきた言葉に呆気にとられるしかなかった。

 

「君はイレギュラーだ。この計画最終段階に進む今となっては、いや、元々君はいなくてもいい存在だ。せめて君だけは帰してあげよう」

 

 その言葉が本当であるかどうか、大成にはわからない。だが、どちらにせよ頷けなかった。この状況で、自分一人だけが帰るなどできるはずもなかった。

 大成はそこまで情けなくはない。

 

「……そうか」

 

 やや残念そうに、航は告げる。

 罪悪感の欠片も抱いていない彼の仲間とは違って、彼は彼なりに今の状況に僅かな罪の意識を抱いていた。

 犯した罪のすべてを帳消しにできるはずもなければ、する気もないが、だからといって開き直る気もないということだろう。

 とはいえ、彼自身も重々承知していることだが、それは身勝手だ。今回の件で巻き込まれた多くの者たちの中には、人生を狂わされた者が大勢いて、さらには死人すら出ているのだから。

 

「では、死ぬだけだ」

 

 その言葉は驚くほど冷たかった。同じ人間から言われたというのに、大成が一瞬だけ聞き間違いを考えてしまうほどだ。

 

「おかしいことではないだろう?どのような理由があれ、君は残るという選択をした。いや、君は選択などしていないのかもしれない」

「それは……――」

「どちらにせよ、結果として“ここ”に残った。その意味がわからないわけではないだろう?」

 

 もちろん、わかる。

 航には引けない思いがあって、そのために突き進んでいる。例え、邪魔者を殺すことになったとしても、どれほどの罪を犯そうとも、だ。

 

「……俺は」

 

 大成は未だに踏ん切りがつかなかった。

 それは航が命を狙ってくるデジモンではなく、零のような復讐者でもなく、ネツのような狂人でもない、ある意味で純粋なまでの信念を持った“人間”だったからこそだった。

 正直な話、大成は航に気圧されてしまっていたのだ。ただの人間である航に、その言葉に込められた信念だけで押さえつけられてしまった。

 ついでに、なまじ相手が人間だからこそ、どうすればいいのかわからないという部分もある。同じ純粋で純粋な人間だからこそ、ぶん殴って終わりになどできるはずがないからこそ。

 

「やれやれ。仕方がない。悩める少年に一つだけ助言だ。悩ませている身で申し訳ないがね」

 

 悩み悩む大成の姿に、航は静かに笑った。

 その様はまるで学校の先生のようで、一転した様子に大成は混乱するしかない。

 

「……?何を……」

「“その時”というのは確実にやって来る。誰にとっても平等にね。動く動かないは個人の勝手だが、動かなければ何も起こらないというのは間違いだ」

「それは当たり前のこと――」

「その当たり前を君はわかっていない。いや……誰もが、か。動こうと動くまいと、等しく時は流れ、結果が訪れる。繰り返すが、動く動かないは個人の自由だ。そして、訪れる責任は個人だけのものだ。覚えておくといい。社会の中でその自由を獲得し、その訪れるものを背負うことができるようになった時、人は大人になる」

「……結局、何が言いたいんですか?」

「何。今までの君は子供だという話だ。そして、今の君は大人と子供の岐路にいる。それを導くのは大人の役目だからね」

 

 正直に言えば、大成は航の話を半分以上理解できなかった。ただ、彼が何かを伝えようとしていることくらいは理解できた。

 その何かを正確には理解できないものの、静かに大成は考える。

 

「っち。何もしねぇなら退いてろ!」

「……!」

 

 そんな中で、いつまでも動こうとしない大成に苛立ったのか、それともいい加減に待つのにも飽きたのか、零が再びキメラモンの姿となって、航に襲いかかる。

 「今度ハ、私モ行キマス!」と叫んだムゲンドラモンも彼に続いた。

 

「さすがに究極体ともなれば、私も危ういな。仕方ない」

 

 彼らの行動を前に、航は肩を竦めた。その様は、全く危機感を抱いていないようであった。

 そんな航とキメラモンたちの姿を視界に収めて、大成は。

 

「大成さん。いいんですか?」

「イモ……?」

「ここで立ち止まったまま動かなくて、それでいいんですか?」

 

 どれほどの罪を犯してでもこの世界を滅ぼそうとする航の信念に匹敵するような何かなど、大成は持っていない。その言葉で動けなくされてしまったほど、今の大成は弱々しい。

 だが、それでも問いかけてくるディノビーモンの真剣な表情を前にして、大成は航の言う“その時”が今だと思った。

 

「……大成さん!」

「わかってるよ……!」

 

 選択を強いるディノビーモンに、いや、()()()()()()ディノビーモンに僅かながらに大成は感謝した。

 このままでは、いつものように流れに流されることになっただろう。それはそれで一つの選択だ。

 だが、ディノビーモンのおかげで、大成は少なくとも自分の意思で選ぶことができる。

 

「ちょっと身が竦んだけど、……間違ってるとは、思うからな。止めるぞ……!」

「はい!」

 

 未だ誰かの助けがなければ選ぼうとできなかった子供であるが、それでも確かに大成は選択した。

 そんな彼らの姿を、航は微笑みながら見ていた。

 



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第百二十四話~始まりに至る過程~

 己に迫るキメラモンとムゲンドラモン、そしてその奥で駆け出したディノビーモンとそれを見守る大成。彼らの姿に、航は目を細めた。

 その光景こそ――。

 

 

 

 

 

 時は遡ること、十年前。

 若き頃の五花航は緊張した面持ちで廊下を歩いていた。一昔前のSF映画に出てきそうなほど、清潔感の溢れる機械的な廊下だった。

 そんな航を先導して歩くのは、一人の中年男性だ。航の新しい上司である。

 

「ははっ。その様子、さすがの天才様も緊張しているみたいだね?」

 

 男性は航の固い表情を見て笑う。面白いものを見たかのような笑いだった。いや、面白いものを見たのだろう。

 五花航とは、エリート街道を突き進む天才だ。二十五という若さでこの国家機密機関に期待の新人として移動させられたのだから、相当である。

 そんな天才にしてエリートが人並みに緊張している。これほどおかしいことはない。

 

「……はい、何分初めてなもので。移動先を教えられず、人事から急に移動させられたのですから。前の同僚にはからかわれました。島流しだと」

「島流し!くく、そりゃあいい!が、実際はそんなもんじゃないさ。緊張しなくてもいい」

「分かりました。ですが、実際、ここは何をする機関なのですか?」

 

 今日付けでここに移動させられた航だが、国家機密を扱う機関だということで何の情報も与えられていなかった。

 

「おいおい、せっかちだね。この先で教えるって言ってるだろう?」

「……」

「そんな顔をしなくてもいい。ただ一つ言えることは……そうだな。これを知ってしまえば、君は逃げられない。逃げることは許されない」

 

 先ほどまでの笑いを堪えたような顔から一転して、男性は急に真面目な顔となる。

 航も自然と背筋を伸ばし、これからの言葉を一言一句聞き逃さないようにする。

 

「国家機密だからですね?」

()()()()()。だが、それ以上に――」

「……?」

「いや、ここから先は君自身が答えを出すべきか。どちらにせよ、ここでのことは他言無用だ。もし他言すれば、平穏な生活は望めないだろう。さしあたっては、職を失うことになるだろうね」

「なるほど。しかし、どのみち私に選択肢はないのでしょう?」

 

 当たりだった。国家が承認した国家による強引な方法で、航はこの場にいる。それを断ることは、断らなくても不利益になることをすれば、彼は国家に反逆するも同じ。

 

「……可愛げのない新人だ。ま、ここに来る奴なんかみんなそうか。その通り」

 

 たどり着いた先にあったのは厳重な扉だ。パスワード認証、指紋認証に声紋認証、果ては筆圧認証――男性はさまざまな解除方法でもって、扉のロックを外していく。

 

「君もこれに登録し、これからは自分でやること。ああ、忘れるなよ?可愛げのない奴らが集まる“ここ”だ。そんなことをしたら末代までのものになる」

「わかりました」

「さて、じゃあ説明しようか。この機関について」

 

 扉の向こうにあった部屋。

 そこはかなりの大きさを誇っており、モニターやコンピュータなどが所狭しと並べられていて、それらを使って何人かの人々が忙しなく働いていた。

 

「彼らが我々の同僚となる。仕事を止めさせるわけにはいかないから挨拶は省くが、後で挨拶はしておきたまえよ?」

「変わっていますね」

「当然だ。そうでなければ、機密機関などにはならんよ」

 

 会話しながらも、航の視線はモニターに釘付けだった。

 目上の人物との会話でそれは失礼に当たるが、男性の方は気にした様子を見せない。それどころか、早速“ここ”の役割について考察している航の行動を促しているようにすら見える。

 

「考えるのはいいが、私の話も聞いてくれよ?」

「大丈夫です」

「……やれやれ。とにかく、ここの目的はただ一つ。監視と研究だ」

「……?」

「さすがの天才様もわからないか。だろうな。事の起こりは数十年前だ。電子機器やネットワークの開発と共に、ある世界が観測された」

「世界……?」

「そう、世界だ。初めはただの数値として現れたそこは、当然のようにただの冗談だと思われていた。だが、違ったのだ。否定しようとすればするほど、技術が進歩すればするほど、その世界は確固たるものとなって我々人間の前に現れてくる」

 

 その存在には誰もが唖然とした。

 誰も作ってすらいないのに、そこにあるその世界には。現行の技術では説明できない観測結果をもたらしてくるその世界には。

 

「以降、各国はこぞってその世界を観測、研究し始めたのだ。デジタルの世界……それを解析すれば、人類の数々の夢に手が届くようになるかもしれない。いや、それがなくとも――」

「デジタルが発展していくことが予測される未来において、その方面で他の国々に遅れを取るわけには行かない、と?」

「……そういうことだ」

 

 デジタル空間にのみ存在する擬似電脳空間――そう、結論づけられたその世界を研究することに、軍事研究に匹敵するほどの資金と最先端の施設が与えられるようになったと言えば、お偉い人々がどれだけ重要と考えているかがわかる。

 

「その世界を研究することが我々の義務だ。わかったな?」

「わかりました」

「よし、では詳しいやり方を――必要ないかもしれないが、一通り説明しておく」

 

 男性の説明を聞きながら、航は思いを馳せる。

 別世界などという御伽噺のような存在が、デジタルの中とはいえ存在する。その事実は彼の好奇心をくすぐっていたのだった。

 

 

 

 

 

 時は過ぎ去って、現在となる時間から五年前。

 忙しい日々を機関で働いていた航は、あの男性に呼び出されてとある街の支部に訪れていた。

 

「……すまないね、忙しいところ」

「そう思うのならば、呼び出さないでください。私も忙しいので」

「ふてぶてしくなった者だ。数年前が懐かしい」

 

 昔を懐かしむようなフリでなかなか本題に入ろうとしない男性に、航は苛立つ。彼とて暇ではない、どころか多忙なのだから、当然だった。

 

「仕方ない。早速本題に入ろう。君はあの世界のことをどう考える?」

「どう、と言われましても、凄まじい、としか。誰に作られたのでもなく、世界が形作られ、生き物が生まれ、まるで本物そのもの……」

「そう、本物なのだ。本物なのだよ」

 

 航は目を細めてその言葉の意味を考える。いや、考えるまでもないことだった。予想はしていたし、予測もしていた。男性の言葉はそれらを確信付けるようなものだったというだけの話だ。

 

「その様子だと、やはり気づいていたようだね」

「……まぁ、薄々は」

「ネットワーク上の擬似電脳空間?あれはそんなものではない。そんなもので済むわけがない。あれはもう一つの現実だ。ともすれば、各世界にある神話や伝承などはあの世界が関わっているのかもしれない!」

「……そう言いたくなる気持ちも理解できますが、さすがにそこまでは言い切れないでしょう。神話や伝承にはある種の共通点があり、それは人間の心理的発展の過程そのものという――」

「まぁ、そんなことはいいのだ」

 

 議論を始めようとした矢先に議論を中断させられて、航は少し眉を顰めた。

 男性もそんな航の様子に気づいている。気づいている上で、自分の話を続けた。

 

「これに気づけているのは今は我々だけ。ならば、このチャンスを無駄にするべきではないと思わないか?」

「どういう意味ですか?」

 

 航は問い返す。

 それはその言葉の意味をわかっていながらも、その悍ましい予測が外れて欲しいからこそ口から出たものだった。

 

「わかっているくせに白々しいな、君は。まぁいい。こちらへ来たまえ」

 

 来客用の部屋から連れ出されて、航は支部の中を歩く。さらにはエレベーターに乗せられて、地下深くの階層まで連れて行かれた。

 そうしてやって来た地下の階は、機関の本部を遥かに凌ぐような近未来的な施設だった。灯りから、廊下の材質、何から何まで桁違いだ。

 

「これは……」

「凄まじいだろう。これが“恩恵”だ。さぁ、こちらだよ」

 

 男性と航はとある部屋に入る。そこはモニタールームとなっており、数多のモニターによって研究所のさまざまな部屋の様子を見られるようになっていた。

 

「っ、これは――」

 

 モニター越しに見えた光景に、思わず航は顔を顰める。

 そこには彼の予想通りの光景が広がっていた。

 機械に縛られ、ただの研究材料となった生き物たち。それがあの世界の生き物であることなど、一目瞭然だった。

 しかも、中には研究材料として連れて来られただろう人間も何人かいた。

 もはや動物実験という言い訳も不能なほどに、醜悪な光景だ。

 

「こんなことをしていいはずがない!」

「ふむ。君はそう言うのか。だが、まぁ気にしなくてもいい。そんなことは些細なことなのだからね」

 

 航は睨むが、男性はどことなく吹く風のように堪えていない。

 それどころか、航の反応を予想していたようでさえあった。

 

「だが、一つ言っておけば……」

「断る権利はない、と?」

「そういうことだ」

 

 航は静かに目を瞑った。

 断る権利はないとは言うが、正確には断ることはできるのだろう。ただ、断れば自分の命が尽きるだけで。

 

「……わかりました」

「そうか!いやぁ、良い選択をしてくれてありがとう。君の頭脳が欲しかったんだ」

 

 男性は笑ってこの施設の研究について航に説明していく。

 航は静かに黙ってそれらを聞いていた。

 

 

 

 

 

 さらに時は過ぎ去って、それから数ヵ月後。

 航は本部での仕事とこの支部での研究、その二足の草鞋状態で、過労死一歩手前の生活を営んでいた。だが、彼は休まない。

 自分よりも凄惨な状況に置かれている者たちがいることを考えれば、自分など軽いものだったのである。

 

「これで、よし……これで……!」

 

 とはいえ、そんな生活もこれで終わりだ。吐き気がするような凄惨な研究に今日まで耐えてきた甲斐があったというものである。

 今、航は支部の研究室にいた。パチパチとキーボードを叩きながら、慎重に事を進めていく。あの男性や男性の思想に共感した研究者たちも同じ部屋にいるが、問題はない。今の航は真面目に研究内容を確かめているように見えているだろう。航が数ヵ月かかって作り上げたカモフラージュは完璧だった。

 

「これで償いになるといいが……」

 

 最後、作戦を決行するべく、パソコンのエンターキーを押す。

 瞬間、この建物から灯りが消えた。

 

「停電だと!?」

「そんな馬鹿な!っく、システムの復旧を急げ!予備電源に切り替えろ!」

「ダメです!システムに異常が出ていて……ろくに動きません。何者かのウィルス攻撃かと思われます」

「そんな馬鹿な話があるか!」

 

 案の定、暗闇の中で誰もがパニックになっていた。

 まあ、それもそうだろう。最新鋭の設備が整えられているこの研究所は、その研究内容のことからも、例え巨大地震や核戦争が起きようとも、内部の設備が止まることはないはずだったのだから。

 そして、混乱収まらぬ中、聞こえてきたのは轟音。

 

「今度は何だ!?」

 

 誰かがそう叫んだ。

 だが、混乱状態にある中で、叫んだ当人も含めて誰もが気づいていた。それの意味するところに。

 

「脱走だ!研究材料が逃げたぞ!」

「ひぃいいいっ!だ、誰かぁ!」

 

 現場にいたであろう研究者の叫びと悲鳴が、響き渡った。

 それを聞いたこの部屋にいた者たちは肩を震わせる。次は、次こそは、自分の番にならないか、と。自分たちがしてきたことが、良いことではないとわかっているが故に。

 そして、地獄に落とされる恐怖に同居された数分が過ぎた。

 

「グギャァアアアアアアアアアアアアア!」

 

 過ぎて、この部屋にもついに来た。

 やって来たのは、青い恐竜。人間よりも遥かに巨大なその恐竜は、この研究施設で研究され、実験されていた生き物。

 己の自由を奪い、己を傷つけ続けた者たちに対する憎しみ、それだけで動くバケモノの如き姿がそこにはあった。

 

「グルァァァ……」

 

 この暗闇の中、その口から見える青い炎だけがこの部屋を照らす灯りとなっていた。その僅かな灯りが、暗闇の中にあって青い恐竜の姿をハッキリと浮かび上がらせる。

 ここにいる者たち全員、それがなおのこと恐ろしく感じられた。

 

「ひぃっ」

 

 誰かが、耐えられずに悲鳴を上げた。

 ジロリと、青い恐竜がそちらを向く。

 

「グギャアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 咆哮、そして行動。

 大きく口を開けた青い恐竜は悲鳴を上げた誰かを食い千切った。口内の炎に焼かれ、牙が突き刺さり、身体を引きちぎられたというのに、その誰かは痛みなど感じなかった。痛みも感じず、物言わぬ肉塊となった。

 

「グァアアアアアア!」

 

 それを皮切りに青い恐竜は暴虐の限りを尽くし始める。

 この研究所のトップだったあの男性も、他の研究者たちも、誰一人残らず殺し尽くす。だが、その行動をすることこそ、すべてを奪われた青い恐竜の当然の権利だった。

 

「っく、退避!」

「グルギャァッ!」

「総員、退避――あ」

「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 最後の命を復讐に燃やさんと、咆哮が研究所に響き渡る。

 恐怖の時間は未だ終わらず――その混乱に乗じて、実験材料兼研究材料だった一人の少年と一体の機械竜がこの研究所を抜け出したのだが、それはほんの余談だ。

 




というわけで、第百二十四話。

いよいよ黒幕との戦闘――というところで、黒幕の過去回想です。しかも、前編です。断片的ですが、若き頃の航の姿が語られています。
ごめんなさい、ここしか入れるところがなかったんです。

ともあれ、次回。
今回の続きから航が行動に移すまで、そして現在の戦闘開始の話です。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第百二十五話~認識の甘さを知って、世界に抗う者~

 恐怖と残虐が続く中、航は暗闇の中を一人走っていた。

 灯りも何もない状況であるが、航はこの建物の構造を把握している。例え目を瞑っていたとしても、この建物の中を自由に行き来できる。

 そんな彼にとって、今の状況(視界不良)などに足を止められることはなかった。

 

「はっ、はっ!」

 

 航が目指すのは、この建物の最奥にあるエリア。

 あらゆる研究材料が揃う中で、トップクラスに重要なものが()()()()()()エリアだ。

 そこへとやって来て、彼は目的とする部屋を目指す。目指して――。

 

「っ、これは……!」

 

 航は見た。とんでもない力でこじ開けられたかのような、そんな大穴がポッカリと開いた部屋を。

 

「そうか。あの子“たち”は逃げられたか」

 

 元々、その部屋にいたのは実験材料として連れてこられた一人の子供だ。

 人間を全く別の生き物にする――そんな実験の被験者。最も、基本となる生き物との適合率が合わず、想像以下のデータしか得られなかったことから、失敗作と銘打たれていたが。

 そんな子供のところにも、航は前もって手を打っておいた。今日、このタイミングで彼に懐いていた別の実験の成功体を居合わせさせたのだ。

 彼らがいた部屋がこうなっているということは、航の目論見通り、彼らは逃げたのだろう。であれば。

 

「後は彼女だけだな」

 

 航は走った。あまり時間がない。

 前もっての準備でも、どうしても逃がせられないだろう者が一人だけいたのだ。結局、航はこの計画当日に逃がしに来ることにしたのである。

 そうして、航がやって来た一つの部屋。

 

「……よし」

 

 そこに入った航は、記憶の中の風景を思い出しながら、暗闇の部屋の中を移動する。

 奥の壁際、そこに設置された一角に彼女はいるはずだ。鍵がかかって、ガラス張りの壁に囲まれている、まるで牢屋のようでもあるそこに。

 

「っ、誰?」

 

 暗闇でろくに視界は効かないが、航の存在に気づいたのだろう。その女性は声を上げる。ただ、その声は枯れ果てたように疲れきったものであった。

 

「私が何者なのか……それはどうでもいいことだ。君を逃がしに来た」

「冗談はやめて。それとも、そういう実験?上げて落として嘲笑う?」

「冗談かどうかは君が判断すればいい。だが、急がなければな」

 

 航は持ち込んだノートパソコンを取り出して、部屋の端末に接続する。

 施設中の電源が落ちている今において、電子式の鍵を外せるのは、内蔵バッテリーで動くこのノートパソコンだけだ。もちろん、この研究所のものではない。ここのものはすべて航が使用不可に追い込んだ。

 今、航が持っているのは彼が直々に持ち込んだ私物である。

 

「よし」

 

 甲高い音が響いて、電子式の鍵が外れる音がした。女性が閉じ込められていた場所の扉が開く。

 女性は航の持つノートパソコンの明かりを頼りにして、恐る恐るそこから出てきた。

 

「どうして……?」

「君にしてきた数々の拷問にも等しい実験、私が代表して謝らせてもらう。いや、謝っても今更かもしれないがね」

「本当、今更ね。私はもう何もかもを奪われたというのに……!」

「だが、私にできるのはこれくらいだ。金品や身分を用意するには時間が足りなかった。偽善者、と罵られても仕方のないことだ。君さえよければ、ここで私を殺してくれても構わない」

 

 殺してくれても構わない。最後のその部分の言葉に、女性は僅かに目を見開き、そして震える手で航の首に手を伸ばす。その手が首元にゆっくりと触れた。

 やがて女性は力の限り手の力を強め、航は少々の息苦しさを味わう。

 

「どうしたんだね?もっと力を込めないと殺せないぞ」

「っ、わかってるわよ……!」

 

 だが、航の首を絞めようとする手の力は一向に強くならない。

 それは女性が躊躇っているからではなかった。単に、心身ともにボロボロの女性では、これ以上の力を出せないというだけだったのだ。

 

「ふっ、うぅうううううう!」

 

 思いっきり、女性は力を込める。

 航は静かに目を閉じ、時を待って、その瞬間のことだった。まるで近くにミサイルが着弾したかのような、そんな轟音と震動が響き渡った。

 

「……!?」

「なんだ?」

 

 女性と航は二人してその音の方向を見る。まるで外からの道を強引に作ったかのように、天井が崩落していて外と繋がっていた。そして、そこから入ってきたのだろう者がいた。

 傷だらけの、まるでスライムのような身体の生き物が。

 女性も航も二人ともがその生き物に見覚えがある。だが、ここ最近は見なかった。研究のために外に連れ出され、その結果、帰って来なかったのだ。

 研究者たちは捜索したが、結局は見つからず、諦める流れになっていたというのに。まるで女性を助けるかのように、このタイミングで再び現れた。

 

「グッグググググ!」

「っ、離して!」

「ググググ!」

 

 そんなスライム生物は、女性をその手に掴むと崩落した天井から外へと這い出ていく。その動作からして、まるでほうぼうの体だった。

 一体何があったというのか。わからないが、航は静かにその場に座り込んだ。

 だが、彼女たちがいなくなったからといって、航を襲う者がいなくなったわけではない。

 

「グルァァァァ……」

 

 代わって息絶え絶えの様子でやって来たのは、先ほどの青い恐竜だ。おそらくは、先ほどの轟音と震動に惹かれてこの場に来たのだろう。

 元々、過酷な実験を受けていた個体だ。この研究施設の人間を殺し尽くそうと躍起に行動し続けたこともあり、その命には終わりが近い。

 見るからに死に絶えそうだった。

 

「……好きにしたまえ。それでお前の気が晴れるのならばな」

 

 航は静かに目を閉じた。

 だが、いつまで経っても終わりが来ない。まるで先ほどと似たような状況に、航は呆れながら目を開ける。

 

「……なぜ、こうも私は生かされるのだ」

 

 そこには、息絶えて光となって消えていく青い恐竜の姿があった。

 

 

 

 

 そして、支部壊滅から数ヵ月後のこと。

 航は機械のように元の生活を営んでいた。違いといえば、壊滅した支部での研究がなくなったくらいか。

 支部壊滅の事態についても、何らかのテロ行為として処理されたようで、迷宮入りとなっていた。

 

「……やれやれ」

 

 溜息を吐く。そんな航のことを気に留めたのは、彼の同僚だった。

 

「どうした、悩み事か?数ヶ月前からずっとそうじゃないか」

「君はよくよく私のことを見ているのだな。……貴英」

 

 貴英と呼ばれたその同僚は、この機関で唯一の彼の友人でもあった。

 

「まぁ、友人だからな。それで、どうなんだ?」

「悩みと言えるほどのものではない。が、強いて言うのなら、そうだな。人間と人生について悩んでいるというところか」

「ずいぶんと無駄なことを……。というか、それが悩みだろう」

「む、そうかね?」

 

 どこかズレている友人に、貴英は溜息を吐く。とはいえ、こんな機関で働く者たちは皆が皆、どこかズレている。自分のことを棚に上げて、貴英は呆れるのだった。

 

「だが、その様子では私に相談してくれないのだろう?」

「……すまないね」

「謝る必要はない」

 

 言いつつも、少し寂しそうな貴英の姿に、航は静かに目を伏せる。

 言えるはずがなかった。あの支部のことも。あの世界のことも。

 正直に自殺も考えていると言えば、面白い表情を見せてくれそうだとは思ったが。

 

「まぁいい。そういえば、最近はあの世界が奇妙な動きを見せているようだ」

「奇妙な動き、だと?」

「それを知らないということは、よほどらしいな。……観測機に人間らしき存在が写りこんだらしいのだ。眉唾ものの噂だがな」

「ああ、その話か。……ありえなくはないだろうな」

 

 あの世界がデータだけに留まる世界ではないと知っているからこそ、そういった可能性もあることを航は予測していた。人類史を見れば何人かは絶対にいるだろう、と思えるくらいにはその可能性について考えていた。

 だが、そんな航の反応は、貴英のようにあの世界がデータだけのものだと思っている人間にとっては不思議な反応でしかなく。

 

「……お前は相変わらずだな」

「そうかね?」

 

 呆れたような、感心されたような、そんな複雑な視線を航は向けられることになったのだった。

 とはいえ、それきり去っていった貴英を見送り、航は静かに悩む。

 

「その辺り、しっかりと見ておいた方がいいかもしれんな」

 

 もし、人間があの世界に迷い込んでいて、それがあの支部での研究のせいだとしたら、その責任は生き残りである航にある。

 航は静かに観測機器を動かし始め、件の人間を探した。噂の域を出ないことだが、真剣に探し続ける。

 その日以降、日々の仕事の合間を縫っては探し続けた。

 

「……む?」

 

 そうやって探し始めて数日が経ったある日のことだった。

 ついに航は見つけた。一人の少年と、その傍らに生きる者たちの姿を。噂は真実だったのだ。

 そして、その時から航は目を離せなくなった。あの世界で生きる彼らから。だから、彼らの観察を続けた。その日以降も、彼らを追跡するプログラムを作り上げてまで見続けた。

 

「……まるでストーカーだな」

 

 自嘲する。だが、やめる気はなかった。

 人間とは違う文化を築く生き物たちの中で、自らの生き方で生きるその少年のことも、その少年と生きる生き物たちのことも、すべてが新鮮だった。まるで一つの物語を見ているかのようだった。

 もし自分も、いや、すべての人間がああいうところで生きられたのなら。あの支部のような悲劇は怒らないのではなかったのではないか。

 そんな有り得ない想像をして、その前段階に使えそうな仮想世界を組み立てたりもした。だが、航がそうやって見ていられたのは、そこまでだった。

 

「……っ!?」

 

 ある日のことだ。

 いつのものように彼らを観察して、そして航は知った。あの世界には、抗いようのない理不尽があると。そして、それはこちらの世界にまでやってくるものだと。

 航が見たのは、正しく世界の終わりをもたらすバケモノだった。

 そこから何があったのか、航には正確に観測することができなかった。ただ一つ言えることは、それがあの世界の生き物に類するものであろうことだけ。

 

「……っ」

 

 それからのことを、航はよく覚えていない。

 ただ、すべての観測機器に異常が出たという結果だけが残って、それがアレのせいであることなど、航にはわかりきっていた。

 航は思い知らされた。自分の認識の甘さを。あの世界にあるものはすべてがすべて危険な可能性を持つものであった。人知及ばぬ異常の塊。

 今回はたった一人の少年によって、何とかなった。だが、次は。その時、人類は。もし次があった場合、その時も同じようにたった一人の少年に世界の明暗を託すのか。

 

「……断じて否だな」

 

 冗談ではなかった。たった一人に世界数十億の命を賭けるなど。

 正直に言えば、航としても自分が考えすぎだとわかっている。可能性だけで、極論を論じるなどナンセンスだ。

 だが、いつまでもたった一人に頼り切るわけには行かない。何より、今の今まで一度たりとして動かなかった彼の中の警鐘が、彼の頭を揺らすほどに鳴り響き出したのだ。

 

「やるしか、あるまい」

 

 あの世界に対応できる兵器を作り出すか、それともあの世界を滅ぼすか。どちらも一長一短だ。

 兵器を作り出した時、もしそれが人間同士の争いで使われてしまえば。あの世界を滅ぼす選択をした時、あの世界の生き物たちを殺しきれなかったのならば。

 どちらにせよ、リスクは大きすぎる。だが、放っておくのも危険だ。だから。

 

 

 

 

 

 どのような形にせよ、航は決めたのだ。強大な力を持つあの世界に人間の力を示すことを。

 だから、航は仲間を集める。同僚たちの中から、思想に共感してくれそうな何人かを引き抜き、紆余曲折あった末に合流したあの実験体の女性――僅かな人数ながら、そして行動を開始した。

 まあ、仲間を集め、行動を始め、あの世界を深く知る度、何故か彼らの方向性は極端なものに偏っていったのだが。

 一応、さまざまな路線を保ちつつ、航たちの計画は進んだ。、機関の目を欺きながらあのゲームを作り上げて運営し、必要な人間を集める。同時進行で幼いデジモンたちを確保する。

 そして、そんなさまざまな準備の末に航たちは計画を始めたのだ。

 

 

 

 

 

 ふと、現在に意識を戻して、航は辺りの光景を見る。昔に思いを馳せていたが、どうやらそれは走馬灯だったらしい。

 航の周囲はムゲンドラモンとキメラモンによって滅茶苦茶に破壊されており、航自身も血まみれの傷だらけ。死んでいてもおかしくないほどの怪我だった。

 

「っぐ……ぬぅ」

「っち。まだ生きてやがんのか」

 

 冷たい目でキメラモンは起き上がった航を睨む。

 一方で、航は苦笑いをしていた。

 

「まぁね。もはや計画には支障がないからとはいえ、ここで死んでは貴英たちに示しがつかないからね」

「……なら、すぐ殺してやる」

 

 キメラモンは四本の腕を光らせる。彼はその必殺技でもって、航にトドメを刺す気だった。

 

「ちょっと待てよ!」

 

 そんなキメラモンを、大成が止める。どんな理由があるにせよ、目の前で行われる人殺しを容認するほど、彼は悟っていない。

 

「ピピ。全テノ元凶タルコイツハ此処デ殺シテオイタ方ガイイカト」

「それに、お前だって何体かのデジモンは殺してきたんだろう?」

「っ、あれは命を狙ってきたから――」

「デジモンも人間も命には変わりがない。デジモンは殺せるくせに、人間は殺せないなどとのたまうのか。とんだ偽善者だな」

 

 どこまでも冷静なムゲンドラモンと、どこまでも苛立っているかのようなキメラモンの言葉に、大成は黙らされる。

 だが、だからといって人殺しに対する忌避の感情は収まらなかった。

 

「やれやれ私を殺さない、か。その優しさはなるほど、人間らしい良いものだ。大事にするといい。が、私についてはその優しさを向ける必要はない。私は罪人だからね」

 

 航にさえ、何故か諭される始末だった。

 

「とはいえ、だ。安心するといい。私はまだ死ぬつもりはない。君たちも、勝ったつもりで話していない方が良いと思うがね」

「何……?っち。しまった」

 

 聞こえてきた言葉の意味がわかって、キメラモンが顔を顰めた。

 その視線の先には、何かの操作をしている航の姿があって――。

 

「これは最後の手段だったのだがね。さすがに、そうも言ってられない」

 

 航の奥の壁が シャッターのように上がっていく。

 その奥に見えたのは、何らかの液体に付けられ、身動き一つ取らないデジモンだった。

 

「な……?」

 

 その光景に、思わず驚いたのは誰だったか。

 だが、それも仕方のないことだ。

 

「何を驚いている。我々の実験の産物として、君のムゲンドラモンは作られた。であれば、もう一体くらいならば作れるさ。それに、君たちの時よりも遥かに良い素体がいたことだしね」

 

 なにせ、そのデジモンはムゲンドラモンだったのだから。

 

「ピピ。ドウイウコトデスカ?」

「そもそも、我々がこの世界に連れて来た者たちは例外を除いて、ランキング千位以内だ。あのランキングはデジモンを進化させやすい才能がある者ほど、順位が上に来る」

「それって――」

「あのゲームはその才能を図るためのものだったわけだ。そして、このムゲンドラモンはランキング上位者が完全体にまで育てたデジモンを受け取って、作った」

「……!それって究極体まで進化させたら帰れるってのは嘘だったってことか……?」

 

 明かされた真実に、大成は呆然と呟いた。

 彼自身も今の今まで忘れていたが、元々は究極体に進化させられた者だけが帰られるという話だったのだ。だが、完全体で奪われたということは、前提から騙されていたに等しい。

 

「……嘘ではないよ。ただ、計画を修正したというだけだ。元々、我々が得た究極体は力だけを奪い、兵器とするつもりだった。だが、ハイブリッド体の存在の発覚、ベリアルヴァンデモンの利用、進化の巫女の奪取……さまざまな要因で変更することになった」

 

 生き物を兵器扱いするとは。

 大成もディノビーモンも航の言葉に嫌悪感しか覚えない。対照的に、キメラモンやムゲンドラモンは少し顔を顰めたくらいのものだった。

 

「なるほど。まぁ、んなことはいいんだよ。死ね」

 

 気になっていたことも聞けた。端的なまでの殺意を乗せて、キメラモンは航に攻撃を仕掛ける。だが、それは先ほどまでと同じように半透明のバリアで防がれた。

 

「……!っち。その仕掛け、まだ残ってやがったのか」

「まぁね。さっきの攻撃で君たちに大半を壊されたがね。それでも、時間稼ぎ分くらいは残っている」

 

 キメラモンが追撃するよりも、ムゲンドラモンが攻撃を開始するよりも、大成たちが立ち直るよりも早く、航はムゲンドラモンの横にあった機械の椅子に座り込んだ。

 ムゲンドラモンにばかり気を取られていて、この場の誰もが気づかなかったその椅子。それはまるで、座ったものと横にいるムゲンドラモンを繋げる機械のように感じられた。

 

「さて、さらばだ。我が人生よ……」

 

 瞬間、閃光。一瞬後、航は消えた。

 

「アイツどこ行きやがった!?」

 

 そうなると、焦るのはキメラモンである。

 逃げられたなど、それこそ冗談ではなかった。

 

「心配せずとも、私はここにいる」

 

 そんなキメラモンを安心させるかのように、この場には航の声が響く。だが、姿だけが見えない。

 

「君の実験は言うに及ばず、アンノウンはかつてデジモンと一体化して新たな進化の扉を開いた。ハイブリッド体はスピリットと呼ばれる物体に込められた力で人間とデジモンが融合した形だ。それらのデータをまとめ、機械的に再現したのが――」

 

 その言葉の意味がわからない者は、ここにはいなかった。いや、細かいことを抜きにして、誰もが直感的に理解できたのだ。

 見れば、機械的な駆動音がした。キメラモンの傍にいるムゲンドラモンのものではない。その奥、先ほどまで毛ほども動かなかった方の――。

 

「これが最後の手段だ」

 

 航の声で、先ほどまで動かなかったムゲンドラモンが動き出す。

 いや、ムゲンドラモンではないか。動き出した瞬間に、そのムゲンドラモンは進化する。それが航と融合したが故かはわからないが――現れたのは、ムゲンドラモンに似た赤き機械竜。

 カオスドラモンと呼ばれるデジモンだった。

 




というわけで、第百二十五話。

本当ならば一章丸々使ってやる予定だった話を二話で収めたので、だいぶ省略されています。ちょっとわかりにくかったかもしれません。申し訳ないです。
一応、本当に重要なことは書きました。

お気づきかもしれませんが、作中で語られている少年たちは旅人たちのことで、前作のことです。
航は前作の戦いを見て、デジタルワールドがただの世界ではなく、危険な世界だと認識するに至りました。この危険な世界というのは、地球と比べてという意味です。
で、その結果が今作なわけですね。

さて、ようやく次回から戦闘が始まります。
それでは次回もよろしくお願いします。


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第百二十六話~真紅の機械竜の力!~

 大成たちとキメラモンたちの前に、カオスドラモンが立ちはだかる。その突然の登場に、この場の全員が驚きを隠せなかった。

 

「何を驚いてるのだね?広義的に見れば、そこにいる失敗作と同じようなものだろう」

「さすがに目の前で、()()()()を見せられたら……」

 

 呆れたようなカオスドラモンの言葉に、大成は呆然と返す。ディノビーモンも高速で頷いていた。

 

「っち。殺りにくくなったかよ」

「ピピ。戦力差ハ大。撤退モ推奨サレル差デス」

「そんなもんは知るか。ここで殺す!」

 

 ムゲンドラモンの言葉も聞かずに、キメラモンは駆け出した。

 そんな彼の様子を、カオスドラモンは溜息混じりに見ていた。

 

「やれやれ。自分の感情に目を背け、果ては自ら死地へと赴くか。早死するな」

「言ってるんじゃねぇ!」

 

 カオスドラモンが口を開くのが許せないのか、はたまた図星を突かれているのか。キメラモンの行動は今まで以上に単調かつ強引だった。

 もちろん、その行動は自殺も同然のものでしかない。

 

「ピピ。零、待ッテクダサイ」

「イモ!」

「はいっ!」

 

 この状況で、キメラモンが死に沈む様子をただ黙ってみている訳にはいかない。だから、ムゲンドラモンも大成たちも、即座にキメラモンの補助に動く。

 キメラモンを止めようとしないのは、彼を止められないことが全員にわかったからだ。

 

「ムゲンドラモンさん!」

「ラジャ」

 

 この場を生きて超えられる可能性が最も高いのは、お互いに協力することだ。

 それがわかったのだろう。今までのことすべてを一時的に置き去って、思考が固まっているキメラモン以外のこの場の全員が心を同じくする。

 

「ふっ!」

 

 瞬間、ディノビーモンが加速する。

 先陣を切ったキメラモンの速度さえ超えて、カオスドラモンに肉薄する。追い抜かれたキメラモンは顔を顰めた。

 

「ターゲットロック」

 

 直後、ムゲンドラモンの機械的な声が響き渡った。

 接近していった二体よりも遠くから、カオスドラモンに狙いを定める。そんな彼の行動に、キメラモンはますます苛立った。

 そして、そんなキメラモンの様子に気づかずに――。

 

「ファイア!」

 

 ムゲンドラモンの全身に仕込まれた兵器が火を噴く。

 放たれた弾丸が、ミサイルが、たった一体のカオスドラモンを狙って殺到する。何も知らない者から見れば、明らかに過剰だと思えるような量だ。

 だが。

 

「それすらも無駄だ」

 

 カオスドラモンの身体にも、ムゲンドラモンと全く同じ位置に兵器が仕込まれていた。

 ムゲンドラモンが数々の兵器を撃ち出したのを視認して、カオスドラモンも同じく数々の兵器の起動する。ムゲンドラモンと全く同じ外見の弾丸、そしてミサイルが放たれた。

 この部屋の中央で弾丸とミサイルがぶつかり合う。

 

「……!ピピ。劣勢確定。今ノウチニ頼ミマス」

 

 数々の兵器を撃ち出し、撃ち合いながらも、ムゲンドラモンは自らの劣勢を悟った。

 カオスドラモンの装備と自分の装備は、見た目の上では同じように見える。だが、その中身は別物と言えるほどに違った。すべてにおいて、明らかにカオスドラモンの方が優れていたのだ。

 だから、ムゲンドラモンは他の面々に手助けを求めた、のだが。

 

「っく、イモ!」

「ちょ、っと。今は……!」

「っち」

 

 他の誰もが余波に耐えるので精一杯だった。もし助太刀しようすれば、その瞬間に余波に吹っ飛ばされるだろう。ムゲンドラモンに助太刀できるような状況でなかった。

 

「ピピ……」

 

 困ったように、ムゲンドラモンはうめく。

 その間にも撃ち合いを続けてはいるが、旗色は悪かった。

 

「ぁぁぁ、もう!イモ、いけ!頑張れ!」

「た、大成さん!?」

 

 半ばヤケクソの入った大成の指示に、ディノビーモンは戸惑う。が、すぐに彼の言いたいところを理解した。つまり、このままではムゲンドラモンという貴重な戦力を失うことになりかねないということを。

 

「ムゲンドラモンを信じろ!弾は全部落としてくれる!」

 

 大成のその言葉は、ムゲンドラモンの強さを知っているからこその言葉だった。

 今この場において、格上の攻撃を曲がりなりにも真正面からの撃ち合いでしのぎ続けているのを見たからこそ、言えた言葉だった。

 そして、そんな大成の言葉にディノビーモンは一瞬だけ戸惑った。

 

「……はい!」

 

 だが、一瞬だけだ。そんな大成の観察眼を、ディノビーモンも信じた。

 耐えるために使っていた力を、抜く。その瞬間に彼は撃ち合いの余波によって吹き飛ばされる――が、ここはいかに大きかろうと部屋だ。当然、天井があって、壁がある。

 吹き飛ばされながらもそれらを足場にし、余波の勢いが僅かに弱まった一瞬の隙を見て、突き進む。

 

「……潔いな」

 

 その様は、正しく命懸けの特攻にも等しいようにも見えて、思わずカオスドラモンも感嘆の呟きを漏らした。

 

「ふっ!」

 

 接近、そのまま余波に吹き飛ばされ(を利用す)る形で、ディノビーモンはカオスドラモンの背後に移動する。そして技を放つ。

 もちろん、全力の一撃。必殺技である“ヘルマスカレード”だ。

 だが、それでも、元々完全体に過ぎない自分の技でカオスドラモンを傷つけられるとは、彼も思っていない。狙うは、カオスドラモンの数々の兵装だ。

 

「はぁっ!」

「だが、甘い」

 

 瞬間、カオスドラモンは兵器の一部をディノビーモンに向ける。

 自分に向けられた兵器の数々を見て――ディノビーモンは笑った。

 

「甘イノハ、ソチラデス」

 

 どこからか声が聞こえて、直後。

 

「ぐっ……!」

 

 数発のミサイルがカオスドラモンに直撃する。もちろん、ムゲンドラモンのものだ。

 僅かなうめき声を発して、カオスドラモンはよろめき、止まる。その隙にディノビーモンはムゲンドラモンの横へと離脱した。

 

「よっし!」

 

 思わず、大成はガッツポーズをとる。

 作戦とは違ったが、こうなることはある意味で決まりきっていた。

 そもそも、カオスドラモンとムゲンドラモンの撃ち合いは、カオスドラモンが優勢だったとはいえ、大局的に見れば互角だった。

 そして、カオスドラモンは兵器の一部をディノビーモンに向けた。それはつまり、ムゲンドラモンに向けられる兵器の数が減るということ。結果、カオスドラモンが撃ち落とし逃した数発のミサイルが彼に直撃したのだ。

 

「何とかしてこのまま押し切るぞ!」

「はい!」

「ピピ。了解デス」

 

 大成の言葉に、ディノビーモンとムゲンドラモンが頷く。

 その光景を傍から見ていたキメラモンは、言いようのない不快感を覚えて顔を顰めていた。カオスドラモンに覚える不快感とは違う、奇妙な不快感。

 思えば、先ほどの攻防から覚えている気がするソレを、キメラモンは頭を振って強引に忘れようとした。今はそんなことで足を止めている場合ではない、と。

 

「くそっ、気分わりぃ!」

 

 思うようにいかない自分に苛立ちながら、キメラモンはムゲンドラモンたちの前に出る。

 いろいろと複雑な気持ちに掻き回されている彼だが、復讐相手を奪われるのは最も嫌であることだけは間違いなかった。

 

「ピピ。零、大丈夫ナノデスカ?調子ガ悪ソウデスガ?」

「黙ってろ」

「おい、本当に大丈夫なのかよ!?」

「そ、そうですよ……調子が悪いなら、休んでたほうが……」

「お前らに言われる筋合いはない。俺はお前らを味方だと思っていないし、共同戦線も認めてない。馴れ合うな」

 

 ムゲンドラモンのみならず、大成たちからも心配の声をかけられたことに、キメラモンの苛立ちはさらに酷くなるばかりだった。

 

「やれやれ……」

 

 そんなキメラモンを呆れたように見るのは、他ならぬカオスドラモンだ。

 今の今まで、僅かに傷ついた装甲の調子を確かめていた彼もようやく動き出したのだ。

 

「共通の敵には共に立ち向かう。それくらいはしなければね。それもできないのならば、滅びの一途を辿るだけだ。それこそ、私のように強大な力を持つ敵ならば、なおさらのこと」

「っち。知った風に言うな!」

 

 相変わらず、キメラモンは苛立ちのあまりに突っ込んでいく。

 またもな自殺願望的行動に、大成たちとしてはいい加減にして欲しかった。

 大成たちは慌てて動き出す。だが。

 

「まぁ、確かに」

 

 そんな大成たちよりもずっと早く、カオスドラモンが動く。身体中に仕込まれた兵器が火を噴いた。

 突っ込んでいることで勢いに乗っているキメラモンに、それを躱すすべはない――。

 

「舐めるな!」

 

 そんなことはなかった。

 キメラモンは突進しながら、その四本の腕を光らせる。そこから放たれるのは、そう、彼の必殺技である“ヒートバイパー”だ。

 死の熱線が、カオスドラモンの放った兵器の数々を迎撃する。これにはカオスドラモンも、大成たちも少なからず驚いた。

 

「こっちは散々見てるんだ。今更そんなものを食らうか!」

 

 そう、キメラモンは見て来たのだ。

 カオスドラモンはムゲンドラモンの正当強化版のようなデジモンだ。つまり、その兵装は威力はともかくとして、両者は似通っている。

 キメラモンは誰よりも長くムゲンドラモンを見続けて来た。だから、よほど()()()()()()()()()()()、一回や二回くらいなら迎撃することなど造作もない。

 

「俺の人生滅茶苦茶にして、笑ってられると思うな!」

 

 その勢いに押される。カオスドラモンも、大成たちも。

 キメラモンはその四つの腕の一つを突き出した。突き出された腕の拳は固く握られ、カオスドラモンの顔を狙う。

 

「っく!」

 

 カオスドラモンは咄嗟に、その口を動かす。大きく開いた口が、すべてを噛み千切らんとばかりにキメラモンの拳に喰らい付く。

 だが、その瞬間のことだった。

 

「腕の一本や二本、くれてやる」

 

 カオスドラモンに噛み千切られるよりも早く、キメラモンは技を繰り出す。

 “ヒートバイパー”。四本の腕を持って繰り出されるその死の熱線が、ゼロ距離でカオスドラモンに炸裂した。しかも、そのうちの一本はカオスドラモンの口内に放たれたのだ。

 

「っ!」

 

 これにはさすがのカオスドラモンも顔を顰めた。

 痛みのままに思いっきり口を閉じ、口内にあるキメラモンの拳を噛み千切る。同時、その両腕を突き出し、キメラモンを突き飛ばした。

 

「ふん。見たことか……!」

 

 キメラモンはカオスドラモンの様を嗤う。

 だが、明らかに彼の方が重症だった。腕の一つを失い、さらに胴に深い傷を負っている。先ほど、突き飛ばされた時に負った傷だろう。人間ならば、致命傷クラスの傷だ。

 

「おい、お前大丈夫か!?」

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 その見た目たるや、凄惨過ぎて大成たちが思わず駆け寄ってしまうほど。

 

「ピピ。零ハ大丈夫デショウ。今ハ戦闘ニ集中シテクダサイ」

 

 一方で、ムゲンドラモンはそんな零の様子にある程度の心配を向けるものの、それだけだった。

 そこには信頼という名のものさえ見て取れて――だからこそ、向けられている零ことキメラモンは何故か安堵と苛立ちという、相反するような複雑な感情を抱いた。

 

「っち」

「心配してるのに舌打ち!?」

「誰もそんなことしてくれって頼んじゃいない」

「そりゃそうかもしれないけどさ……人の好意的感情くらい素直に受け取れよ。ゲームでもよく言われてるぞ」

「ふん」

 

 呆れる大成を無視して、キメラモンはフラフラと揺れながら立ち上がった。その表情はいろいろな意味で未だ険しい。

 そして、それはそんな彼に合わせるかのようだった。

 

「やれやれ。まさか、格下である君にここまでしてやられるとは。なるほど、強力な力を持った故かな。動きが雑になって困る。いや、失敗作にも、ハイブリッド体にも似たような部分があったところを見ると、まさかこれは……ふむ。この仮説には実験が必要だ、が……まぁ、もうそんなこともできないか」

 

 直後、カオスドラモンが動き出す。

 同時、ムゲンドラモンも動く。キメラモンを庇うかのように動いた彼は、庇うように動いたために、自然とカオスドラモンと取っ組み合うような形となった。

 

「悪いが、こちらの方が出力は上だ」

「ピピ……!」

 

 それは最悪にも近い形だ。

 カオスドラモンとムゲンドラモンのスペックは、カオスドラモンの方が上。先ほどは遠距離での撃ち合いだったから、まだ何とかなった。

 だが、兵器のスペックではない、身体のスペック差がモロに出る近距離では――。

 

「ふんっ!」

 

 押し負けるように、ムゲンドラモンはカオスドラモンによって投げ飛ばされる。

 凄まじい勢いで投げ飛ばされたムゲンドラモンは壁に激突。轟音が鳴り響き、次の瞬間にはさらなる轟音が轟くこととなる。そこめがけて数々のミサイルが撃ち込まれたのだ。

 もちろん、カオスドラモンが放ったミサイルである。

 

「っち。あっさりやられやがって!」

「ムゲンドラモンさん!」

 

 すべては一秒にも満たない短い時の間で起こったこと。

 キメラモンにも、ディノビーモンにも、どうしようもなかった。だが、だからといって動かない理由にはならない。

 キメラモンとディノビーモンの二体は駆け出す。未だムゲンドラモンにミサイルを撃ち続けているカオスドラモンめがけて。

 

「ずいぶんな念の入りようだな!」

「それまでです!」

 

 だが、二体がかりとはいえ、二体とも完全体だ。特に、片方のキメラモンの一撃は口内にでも発射されない限り、効かないことが先ほど実証されている。

 だから、カオスドラモンにとっては気にする必要性がなかった。

 

「この場で注意する必要があるのは彼だけだからね……無駄だよ」

 

 言って、カオスドラモンはミサイルを撃ち続けている片腕とは逆の腕を振るう。

 爪のような形のその腕がキメラモンを吹き飛ばした。吹き飛ばされて、彼はボールのように飛んでいく。

 

「ぐぁっ!」

 

 一方で、ディノビーモンはそんなキメラモンを躱して突き進む。だが、その眼前にあったのは、高速で迫り来る機械の尾で。

 

「がっ!」

 

 ディノビーモンは吹き飛ばされ、叩きつけられた。

 キメラモンとディノビーモンの二体はまるで敵ではないとばかりに、カオスドラモンによってあしらわれてしまった。

 しかも、そんな彼らをミサイルが追撃する。一体につき一発。ダメージによって身動きが取れない彼らに着弾する。

 

「イモ!」

「う……」

 

 大成が心配の声を叫ぶが、ディノビーモンはうめくだけ。

 それは、先ほどのたった攻撃でそこまで追い込まれたということを示していた。

 そんなディノビーモンの姿を前に、大成は慌てて駆け寄っていく。意外にも、カオスドラモンは彼の行動を見逃した。

 

「おい、イモ!大丈夫か!」

「大丈夫じゃ……ない、かもです……ね」

 

 今にも死にそうな様子のディノビーモンの様子に、大成は焦り、そして無力感を抱く。こんな気分を味わうのは、エクスブイモンの一件以来だった。

 

「……!くそっ!」

 

 思わず、荒い言葉が漏れる。

 そんな大成の様子に、ディノビーモンは苦笑した。

 

「逃げて、ください。今なら――」

 

 そう言ったディノビーモンは、一瞬後にスティングモンへと戻ってしまう。いや、それだけではないか。まるで最期の時が来てしまったかのように、その様子は弱々しかった。

 

「くそっ、ふざけるなよ……!」

「大成、さん?何を……」

「いいからちょっと黙ってろ!」

 

 大成はスティングモンを担ぐ。

 その身長差も相まって、どちらかといえば引きずる形となってしまったが、それでも構わなかった。彼はスティングモンを置いて逃げるなどということはしたくなかった。

 ゆっくり、本当にゆっくりと歩いていく。

 

「いつもお前に任せっきりだろ。いつもお前に頼りっきりだろ。……ここを抜ければ、きっとなんとかなる。ウィザーモン辺りに見せれば、きっとどうにかしてくれる。だから、だから――」

「たい、せいさん……」

「――だから、こんなところで、いなくならないでくれよ……!」

 

 カオスドラモンのことも、キメラモンたちのことも、もはや大成の頭の中から消えていた。

 ただ、死にそうなスティングモンをどうにかして助けることだけが頭の中を占めていたのだ。

 

「……」

 

 大成の想いに反して、スティングモンは黙り込む。それは喋る余裕がないからだ。

 

「っ、黙るなよ。な?」

「……」

 

 だんだんとスティングモンの身体が光となり始めていた。その意味を、大成は知っている。

 

「おい、消えるなよ……またいっしょに、げーむしようぜ?なぁ?」

 

 焦る。どうしようもなく。だが、大成自身に何とかできる限界を超えていた。ならば、とこの状況をどうにかできる誰かを求めて、大成は周りを見渡した。

 いるのは死にそうなムゲンドラモンとキメラモン、彼らを観察するカオスドラモン――大成の望みを叶えられる者はいない。

 

「くそっ!誰か、誰か、誰か……!」

 

 声を上げても、誰も助けには来ない。

 その間にも、着々とスティングモンは光となりかけていて、大成は失意に沈みそうになる。だが、そんな時だった。

 

「……!あれは――」

 

 大成がそれを見つけたのは。

 しばしの逡巡。だが、すぐさまそんな“下らない事”を振り払う。

 先ほどの航の言葉を思い出し――極限状態に背を押されるようにして、大成はそれを選択した。だからこそ、彼は急いで行動する。

 この数十秒後、スティングモンは光となった。

 




というわけで、第百二十六話でした。

いいとことで次回に続きます。
それでは次回もよろしくお願いします。


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第百二十七話~悪魔と呼ばれた昆虫~

 “それ”を大成が見つけたのは偶然だった。

 戦場にも匹敵する空間となったこの部屋で、破壊されずに残っていたその()()――そう、五花航がムゲンドラモンと融合するために使われた装置だ。

 それを見た時、大成はふと思ったのだ。

 このままでは、死にそうなスティングモンを助けることは不可能。彼はあと少しで光となって消えてしまう。エクスブイモンの時とは違って、何も残さず、ただ死んでしまう。

 だが、それを利用すれば。

 

「……」

 

 大成は唾を飲み込む。

 この装置を利用し、どんな形にせよ、スティングモンの存在を残すことができたのならば、すべてが終わった後にどうにでもできるのではないか。そんな考えが大成の頭に過ぎる。

 学生に過ぎない大成には、それがどれほどの可能性があることなのかはわからない。もしかしたら、不可能なことなのかもしれない。

 それでも、何もできない大成にはそんな希望にもならない不確かなモノにさえ、縋りつきたかった。

 

――その時というのは確実にやって来る。誰にとっても平等にね。動く動かないは個人の勝手だが、動かなければ何も起こらないというのは間違いだ――

 

 先ほどの航の言葉が大成の頭の中に甦る。

 動いても動かなくても、何かが起きる。そして、動かなかった結果が最悪の結果だというのならば――ここで動かないという選択肢は、ない。

 

「よいっしょ、っと」

「ぅ……」

 

 スティングモンを先ほどムゲンドラモンがいた場所に置く。

 そこにはムゲンドラモンが入っていた液体はない。だが、何らかの機械が作動しているようで、この装置は未だ生きていた。

 大成はその横にある機械で出来た椅子に座る。すぐそばに簡単な画面があった。

 幸か不幸か、大成にはそこに書かれている文章のほとんどを理解できなかった。

 

「……この、二十パーセントっていうのは……考えないようにしよう」

 

 けど、警告を示すかのような真っ赤な表示に、その下に書かれた二十という数字とパーセントを示す記号。それの意味するところだけは、何となく理解できた。

 それでも、止まらない。止まれない。いつだったか、震える状態で自分を助けに来た彼のことを思い出す。今度は、大成の番だった。

 

「……はは。イモ、待ってろよ。少し、キツいかもしれないけど、絶対に助けてやるからな」

「……ぅ」

「だから、さ。またゲームしような」

 

 声は震えていた。

 それは自分の友が死んでしまう恐怖からか、自分が消えてしまうかもしれない恐怖からか。

 

「……、……よし」

 

 震える声で、震える手で、大成は画面に書かれたキャンセルボタンを無視して、その横のOKボタンを押す。

 瞬間、大成の意識は途切れた。

 直後、スティングモンが眩いばかりの光となる。だが、それはデジモンが消滅する時の光ではなく、デジモンが進化する時の光だった。

 

「……何!?これは……まさか、そんな……馬鹿なことを!」

 

 どうせ何もできないからと、見逃していた大成の動きにカオスドラモンが驚愕と、そして少しの心配を示す。

 そして、そんなカオスドラモンを次いで襲ったのは、漆黒の塊だった。

 

「ぁあああああああああ!」

「っぐ……!」

 

 否、漆黒の塊ではないか。

 漆黒の体色をしたデジモンが、カオスドラモンに突進してきたのだ。

 咄嗟にカオスドラモンは反応し、その両腕で漆黒のデジモンと取っ組み合う。そこで初めて、そのデジモンの全容が見えた。

 

「あぁぁ……あぁぁぁあああ!」

 

 艶々と艶のある漆黒に昆虫特有の六本足、鋭く生える羽――そして顔に存在して何より目立つ、特徴的な大顎。クワガタという昆虫種に見られるものと同じその巨大な大顎、それは正しく万物を切断する鋏であるかのよう。

 その身体の特徴すべてが禍々しいまでの鋭さを体現していて、その姿はさながら昆虫の形をした悪魔のようでもあった。

 

「進化した、か。やはり、人間とデジモンは一種の共生関係にあると――」

「ぁぁあああああああああああああ!」

「っく、言ってる場合ではないか」

 

 そう、そのデジモンこそ、グランクワガーモンと呼ばれる究極体デジモン。

 深き森の悪魔という名で語られる、現存しない伝説の存在だった。

 

「やはり暴走状態にあるか。それにしても、無茶なことを」

「ぁあああああああああ!」

 

 取っ組みあったままだが、グランクワガーモンはその頭の大顎や空いている腕を振るって、カオスドラモンに襲いかかる。

 その目には敵しか写っておらず、だからこそ、いっそ狂気的でもあった。

 

「っく……!」

 

 取っ組み合いの体勢上、必然的に顔が近くなる。太くて大きい大顎が眼前にあるというのは、カオスドラモンをもってしても少々恐怖を感じた。しかも、それがカオスドラモンの頭部を引き裂こうと開閉しているのだから、なおのこと。

 だが、その特徴的な大顎に目を取られてしまった結果、彼は腹に僅かな痛みを感じた。

 

「ぁぁっ!」

「ぬっ?」

 

 見れば、グランクワガーモンの六本ある腕、それも取っ組み合いをしている腕とは別の腕が自分の腹を何度も殴っていて――いくら頑丈な金属で守られているとはいえ、究極体の殴打を受けて無傷を誇れるほど、カオスドラモンは硬くない。

 一撃一撃は軽傷で済まされる僅かなダメージだ。だが、それも積もれば山となる。

 先ほど、カオスドラモンが大顎に気を取られているうちから、グランクワガーモンは殴り続けていた。力を溜め続けていた。

 そして連撃の後に放たれる、全力の一撃。全力で振り抜かれた腕が、カオスドラモンの腹を打ち抜く。

 

「ぐぁっ!」

 

 これにはさすがのカオスドラモンも、うめいた。

 咄嗟に取っ組み合った左腕からミサイルを発射し、グランクワガーモンにぶつける。爆発による轟音と衝撃が両者の間に広がり、両者に距離を取らせた。

 

「ぁぁぁ……ぁぁ……」

「……」

 

 距離を取って、二体は睨み合う。

 

「まさか、君がここまでやるようになるとはね。番外であるはずの君が……いや、人の才能など数値で表せるはずもない。であれば、その必要があったとはいえ、数値化されたモノに頼った時点で、私の見る目も腐ったということか」

「……ぁぁあああぁあぁ」

「とはいえ、君もそこまでだ。危険生物のために命を賭けるなんてね。恐れ入ったよ。いや、君は命を賭けるだなんて知らなかっただけなのかもしれないが……いや、知っていても君はきっとそれを選択したのかもしれないがね」

 

 笑って言うカオスドラモンの視線の先には、グランクワガーモンがいた。

 先ほどまでの暴走状態がなりを潜めていて、だからこそ、そこにはある種の恐ろしいまでの静けさがあった。

 

「ぁぁぁあ……ぁあ……フ、ざけるな……よ」

 

 それまでうめき声しか発しなかったグランクワガーモンが、静かにだが、確かに言葉を発する。

 暴走状態に陥り、自我が消滅したとばかり思っていたからこそ、カオスドラモンはそんな彼の様子に目を見開いた。

 

「ヒト、を、勝手に殺すな……俺もイモも、まだ死んじゃイない。帰って、ゲームするんだからな……!」

「……はは。これはまた。どうやら、私も思考が足りなかったらしい。まさか、復帰するとは」

 

 驚き、感嘆に震えるカオスドラモンの姿があった。

 一方のグランクワガーモンは、寝起きのようなボンヤリとした頭でもって今の状況を考えた。

 今の今まで眠っていたような、夢を見ていたような、グランクワガーモンはそんな気さえした。消え入りそうな静かな中で、彼は誰かに起こされた気がしたのだ。

 いや、気がしたのではないか。起こされたのだ、彼に。

 

――帰るんでしょう?帰って、ゲームするんでしょう?なら、行きましょう、大成さん!――

 

 声が聞こえた。幻聴のようなその声も、だが、グランクワガーモンにはしっかりとわかっていた。それが幻聴などではないことに。

 

「わかってる。行こうか、イモ!」

 

 静かに内側に声をかける。はい、という元気な声が返って来る。

 同時、グランクワガーモンは駆け出した。カオスドラモンめがけて突進し、その大顎を開く。

 

「ぬっ!」

「ぬぬぬっ!」

 

 掴んだものすべてを引き千切らんと、グランクワガーモンの大顎がカオスドラモンの左腕を挟む。

 カオスドラモンは慌てて引き剥がそうとするが、その引き剥がそうとする力をも利用して、グランクワガーモンは暴れる。

 それはまるで獣同士の杜撰なぶつかり合いのようだった。

 そして、結果。

 

「らぁっ!」

「ぐあっ!」

 

 カオスドラモンは、その胴体から左腕を失うことになった。

 引き千切られた時の勢いが余って、明後日の方向へと飛んでいった自分の左腕を横目に見ながら、彼は勢いのままに右腕を振るう。

 勢いだけで振るわれた右腕の爪がグランクワガーモンに突き刺さり、そのまま吹き飛ばす。

 だが、勢いだけで振るわれたからか、幸いにしてその爪がグランクワガーモンの甲殻を貫くことはない。

 

「っぐ!いってぇ……イモたち、いつもこんな怪我負ってんのか……!すごいな!」

――言ってる場合じゃないですよ!――

 

 聞こえた声に、グランクワガーモンは体勢を即座に立て直す。

 見れば、カオスドラモンはその背の砲を展開していた。彼がその背の砲を使うのは初めてだ。だが、ムゲンドラモンに似たその身体からして、その砲が意味することくらいわかる。

 

「はは。悪いが、私も負けられない理由はある。負けた時のことは考えてあるとはいえ、だからといって素直に負けていいというわけではない」

「こっちは負けた時のことなんて考えてないからな。勝たせてもらうぞ!」

――はい!勝ちましょう!――

「ふむ。私としては勝ちを譲ってもいい。無論、君たちが私に勝てたのならばな」

 

 向けられた砲、そこから覗く光。

 放たれるものは、例えグランクワガーモンでも耐えられないだろう。だが、この部屋という狭い空間の中では躱すことにも限界がある。であれば。

 

「なんで、こう……!ぎりぎりの綱渡りなんだろうな!もっと、この前のデジタルモンスターの中くらいのチートだったら楽しいのにな!」

――大成さん、なんかテンションおかしくないですか?――

「たぶん、ハイになってる!なんか力を持ったり極限状態になるとなるらしい!ゲームで言ってた!……というか、そのくらいやってないとやってられないんだよ!」

――あー……――

 

 初めての直接戦闘、それも見た目から強さを想像しやすい相手とあって、グランクワガーモンは半ば興奮状態にあった。

 そんな不安しかない状態のまま、彼は自分に向けて背中の砲を構えているカオスドラモンに()()()()

 直後、砲撃が放たれた。“ハイパームゲンキャノン”と呼ばれる砲撃。名の通り、ムゲンドラモンの必殺技であるムゲンキャノンの強化版だ。すべてを消し飛ばす威力を誇る砲撃だ。

 

「勇気と根性、あと気合があれば大抵のことはどうにかなるって言ってた、ぜ!」

 

 だが、グランクワガーモンは消し飛ばなかった。

 彼は六本ある足の中の、地に足をつけている二本を除いた残る四本で持って、全力でカオスドラモンの砲を掴み、押し込んでいたのだ。

 それによって、砲撃はあらぬ方向へと飛んでいっている。

 

「っく……!」

「ぐぅ……!」

 

 根比べだった。

 まず、カオスドラモンだ。彼は砲身を押さえているグランクワガーモンの腕を振り切って、砲を向けることができれば、その時点で勝ちが決定する。

 一方のグランクワガーモン。彼は砲撃が収まるまで、カオスドラモンの砲を押さえ続ければいい。

 両者とも、本気で唸り、本気で力を込め続ける。片や敵を打ち砕くために、片や生き残るために。

 

「ぬぅ。だがね、私にはこれがある。残念だったね」

 

 唸りながらも、カオスドラモンは勝ちを確信したかのように笑う。瞬間、彼はその両腕を突き出した。

 砲身を押さえるために全部の腕を使っているグランクワガーモンに、その思わぬ攻撃を躱すことも防ぐこともできはしない。

 

「がぁっ!」

 

 思わぬ一撃に、グランクワガーモンは吹き飛ばされた。

 それの意味するところは、彼が押さえていた砲身が解き放たれるということ。自由の身となった砲撃が、吹き飛ばされた彼を狙い、直撃する――。

 

「っち」

「ファイア!」

 

 その直前のことだ。

 苛立ったような、疲れ果てた声がこの部屋のどこかで呟かれた。

 次いで、轟音と共に砲撃と熱線が放たれる。二つの攻撃が、カオスドラモンの砲撃とぶつかり合って、その軌道を逸らす。

 

「はっ、はっ……た、すかった?」

――みたいですね――

 

 二つの砲撃と一つの熱線、合わせて三つの攻撃が間近で炸裂したからか。グランクワガーモンは心臓が飛び出るかと思うくらい、緊張していた。

 一方、カオスドラモンは砲撃を阻止してきた二体を見つめる。

 

「意外だな。彼を助けるとは。見捨てるものとばかり思っていたよ。虎視眈々と私を討つ機会を狙っているくらいだったからね」

「……うるさい、知るか。知るものか」

「やれやれ……」

 

 呆れ気味なカオスドラモンに、二体――ムゲンドラモンとキメラモンは向かい立つ。そんな彼らの横にグランクワガーモンも移動する。

 

「助かった!ありがとうな、零!」

「っち」

「礼を言ったのに舌打ちされたの初めてなんだけど……!」

 

 どういう心境の変化なのか、キメラモンはムゲンドラモンとグランクワガーモンと共闘する姿勢を見せていた。

 それは、カオスドラモンにとっては最悪なことだ。

 「これは、やはりここで終わるのだね……」誰に聞かれることもなく、彼はそう呟いた。呟いて、静かに黙る。まるで脳内で何かをしているかのように。

 

「仕方ない、共闘してやる。トドメだけはよこせ」

――偉そうですね――

「言うなよ。ちょっとむかつくけど、仕方ないだろ」

「何をごちゃごちゃと……いいか、お前の答えは聞いてない。せいぜい役に立て」

 

 キメラモンの言葉に、グランクワガーモンは呆れと苛立ちで口を閉じる。そうしなければ、耐えられそうになかった。

 

「ピピ。申シ訳ゴザイマセン。零ハ、コミュニケーションヲトルノガ苦手ナノデショウ」

「いや、ムゲンドラモンは悪くないよ」

 

 苦労してるんだなぁ、などという場違いなほどに和やかな気持ちをグランクワガーモンはムゲンドラモンに抱かされる。

 

「っち。いいからさっさといけっ!」

 

 キメラモンは、そんな二体の様子と会話に苛立ったようにして怒鳴った。

 

「くそっ、苛立ってばっかりで感じ悪いぞ!」

「ピピ。補助シマス」

 

 渋々と動き出したグランクワガーモン、そしてそんな彼を補助するかのように動くムゲンドラモン――二体の動きによって、それまで不自然なまでに黙っていたカオスドラモンもようやく動き出した。

 

「さて、最後と行こうか」

 

 カオスドラモンのその言葉と共に放たれたのは、砲撃だった。

 

「ピピ。イキマス!ファイア!」

 

 同時、迎え撃つように放たれたのも、砲撃だった。

 “ハイパームゲンキャノン”と“ムゲンキャノン”がぶつかり合う。もちろん、優勢なのはハイパーの名を冠する方だ。そこには純然たる差があって、ムゲンキャノンの方が押されていく。

 

「苛立つ……本当に苛立つな、お前は!っち、負けるなんて許さん!」

 

 言葉にも態度にも苛立ちを隠さずに、キメラモンが必殺技を放った。

 死の熱線がムゲンキャノンと混ざり合ってハイパームゲンキャノンを少しだけ押し返した。だが、少しだけだ。この調子ではあと数秒後にどうなるか、誰でもわかってしまう。

 

「……やはり、ここまでだね」

 

 静かに、カオスドラモンは呟いた。

 同時、ハイパームゲンキャノンがヒートバイパーとムゲンキャノンの合体技を押し切っていく。

 

「ピピ……!」

「ちぃっ……!」

 

 あと一瞬あれば、自分たちは塵と化す。それがわかった。

 キメラモンは苛立ち、ムゲンドラモンは安堵する。あと一瞬あれば自分たちは塵と化す、それはその一瞬が来ればの話だから。

 

「おりゃぁっ!」

 

 直後、グランクワガーモンがカオスドラモンを奇襲する。

 最大の武器である大顎を大きく開き、カオスドラモンの砲を空間ごと引き千切る。“ディメンションシザー”と呼ばれる彼の必殺技が炸裂した。

 

「……ま、こうなるだろうね」

 

 カオスドラモンは諦めたかのように目を閉じる。

 直後、砲身を失って行き場を失ったハイパームゲンキャノンのエネルギーが溢れ出て――この空間の中を吹き飛ばした。

 




というわけで、第百二十七話。

ようやくと言うべきか、主人公たちの究極体。グランクワガーモンの登場。
終わり際のこのタイミング、なぜこんなに遅くなってしまったのか……はい、無計画な自分が悪いんですね。

こんな物語ですが、よろしければ次回もよろしくお願いします。


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第百二十八話~自爆と共に迎えた最期~

 爆発がすべてを吹き飛ばす。グランクワガーモンたちも、この部屋も、そのすべてに物理的な衝撃が走る。

 不意に訪れた衝撃。それに、グランクワガーモンとキメラモンたちは備えることもできなかった。

 衝撃に顔を顰めたグランクワガーモンたちは、宙に投げ出される。そんな彼らを一瞬後に襲うのは、重力に引かれた落下だ。

 

「ぐっ……!」

「ちっ……!」

 

 地面に叩きつけられ、僅かにうめく。

 痛みで閉じてしまった目を開けば、その先には夜空が見えた。周りを見渡せば、自分たちのいるそこが地面に空いた穴だとわかる。

 その穴の深さが、そのまま先ほどの爆発の威力を物語っていた。

 

「助かった……?うわ、すっげぇ奇跡じゃないか?」

――ですね――

 

 グランクワガーモンは自分が生きていられる事実に安堵する。内側から聞こえてくる声も、それに同意する。つくづく、究極体というデジモンの頑強さを良い意味で思い知らされた。

 

「ってか、俺たち……今まで地下にいたのか?」

 

 見渡せば、爆発によって粉々になったあの部屋の残骸が散らばっている。だが、そのどれもがこの巨大な穴の底にあることから、グランクワガーモンはそう推察した。

 実際のところはどうなのかはわからないが、とにかく穴の外に出よう。グランクワガーモンはそう考える。

 

「おい、零たちはどうする、ってあれ?」

 

 考えて、先ほどまで傍にいた者たちの姿が見えないことに気づいた。

 辺りを見渡す。いた。思いの外ダメージが大きいのか、キメラモンは這うようにして何かを目指していて、ムゲンドラモンはそんな彼に付き添っている。

 

「どうしたんだよ――っ!」

 

 一体何を目指しているのか。グランクワガーモンはそう考えて――直後、気づく。

 彼らの歩く先、そこに薄汚れた赤色が見えたことに。あの部屋の跡地でもあるここにある赤色など、グランクワガーモンには一つしか思い至らない。

 未だ信じられない疑問と、それを前にしてどうすればいいのかわからない不安に襲われながら、グランクワガーモンもそちらに向かう。

 そして、そこにあったのは。

 

「やぁ。どうやら私は負けてしまったようだ。まぁ、こうなることも想定していなかったわけではないが、ね」

 

 傷だらけの身体で倒れ込んだカオスドラモンだった。

 だが、傷だらけではあるが、動けないというほどでもないだろう。だというのに、彼は横たわったまま動こうとしない。

 まるで、自ら負けを認めてしまったかのように。

 そんな彼の姿を、この場の全員が複雑そうに見ていた。

 

「私はただ……仮初かもしれなくとも、平和に続く世界が欲しかった。あの平和な国で暮らしていたからこそ、それが失われるかもしれないモノに一層の恐怖を覚えた」

「……それは」

「君たちにはわからないかもしれないし、わかるかもしれない。それを知ること、実感すること、それらは別だからね」

 

 カオスドラモンの言葉に、誰もが黙って聞く。彼の心情の吐露に、各々の感情がどうであれ、全員が耳を傾けていたのだ。

 

「私はこうなることを望んでいたのかもしれないな。この世界は危険だとわかっている。だが、世界を滅ぼすなど間違っていることもわかっている。だから、止められない自分自身に変わって、誰かに止めて欲しかったのかもしれない」

 

 静かに言うカオスドラモンは、まるで自ら罰を望んでいる罪人であるかのようだった。

 

「ふっ、皮肉なものだよ。周りには天才だと何だと言われておきながら、自分の考えさえもわからないのだからね」

「どうでもいい。貴様はここで死ぬ。俺が殺す。それに変わりはない」

「……だろうね。だが、まぁ、それでいいのだろう」

 

 死ぬことを受け入れているカオスドラモンの姿に、どうしようもなくキメラモンは苛立った。これが自分の望む復讐であると思えば思うほど、自分が惨めに思えた。

 死ぬことを望む者を殺す、それが、そんな簡単なことが、自分が生涯を賭けて望んできたモノだと思いたくなかったのだろう。

 

「とはいえ、辞世の言葉くらいは残させてくれるかい?」

「……ふん」

「君たちの目には私のことがどう映るかね?酷く愚か者に見えるのだろうね。ああ、君たちは目指す先はしっかりと見据えたまえ。何もわからずに突き進めば、迷宮に踏み込み、限りある時間を無駄にすることになる」

「今更ふざけたことを言うな。貴様に説教されることなど何もない」

「っくく、そうかもしれない。君たちなら、大丈夫だろうね」

 

 そう言ったカオスドラモンには見えていた。キメラモンとグランクワガーモン――零と大成に寄り添う、ムゲンドラモンとスティングモンの姿が。

 

「そうだ。今回の一件で証明できた。人間はデジモンと共生できる。選ばれた者だけでなく、選ばれなかった者も。ならば……今後も、何か起きたとしても大丈夫だろう」

 

 人間とデジモンが共生できるのならば、五年前のようなことが起きても、五年前のようにたった一人に任せるようなことは起きない。

 その可能性を見ることができて、カオスドラモンは――五花航は満足だった。

 自分たちの作戦は失敗に終わったが、ちゃんと“万が一”は残してある。

 

「……ふっ、なんてね。ああ、満足だ。ほら、好きなようにしたまえ」

 

 茶を濁すようにそれまでの雰囲気から一転して、カオスドラモンはキメラモンを見る。だが、キメラモンは動かなかった。

 

「おい、零……本当に殺すのかよ?何も、殺さなくても……」

 

 思わず、グランクワガーモンが声を上げた。やはり人であった者を殺すということには、まだ彼には抵抗があった。

 

「そう言っておきながら、君もさっきまで殺る気満々で私を打倒しようとしていたじゃないか」

「う……」

「なんてね、冗談だよ。敗者は去るのみ――などという高尚な精神ではないが、私はここで終わりだ。君たちに負けた時点でね。失敗作……いや、零。君には迷惑をかけたからね。どうせ死ぬのならば、と思ったのだが」

「……っち」

「それでも動かないか。ならば仕方ない。ああ、安心したまえ。無理矢理君たちの手を汚させるなんてことはしないよ」

 

 そう言ったカオスドラモンは静かに目を閉じた。同時、カオスドラモンの身体から変な音が聞こえ始める。

 まるで壊れた機械であるかのような、そんな光景。ここにいる誰もが、その様と音に嫌な予感を覚え始めた。壊れた機械にはどうなる可能性があるか、ここにいる全員が頭に思い浮かべる。

 そして、目を開いたカオスドラモンは頷いた。それが正解だとばかりに。

 

「さぁ、さっさと逃げるといい。もうすぐ、私は自爆するのでね」

「は?」

「何?」

 

 グランクワガーモンもキメラモンも、一瞬、その言葉を理解できなかった。

 

「ピピ。カオスドラモン内部ノエネルギー上昇。間違イナイカト」

 

 ムゲンドラモンの冷静な声が辺りに響いて、二人は正気を取り戻した。

 キメラモンは疲労と傷に痛む身体を無理矢理動かしてこの場を離れ始める。ムゲンドラモンもその後に続いた。

 そして、そんな彼らの一方で――。

 

「自爆って、死ぬのかよ……!」

 

 ――グランクワガーモンは動けずにいた。

 カオスドラモンを打ち倒したのは自分たちである。だから、その選択に追い込んだのが自分たちであることくらい、わかっている。

 彼は漠然としたよくわからない感情に襲われていたのだ。後味の悪い感じ、と言うべきか。

 カオスドラモン――五花航が根っからの悪人だと思えなかったことも、それに拍車をかけている。

 

「行きなさい。行って、君たちの思う世界を生きるんだ」

 

 カオスドラモンは静かに笑って言う。

 それの示すところの意味も、自分の心情も、グランクワガーモンは何もかもがわからなかった。だからか。彼は咄嗟に手を伸ばそうとして、その手は()()()()()()()

 

――大成さん!――

「っ!」

 

 内側からの声に急かされる。静かに目を瞑る。目の前で死に行く者を見捨てることを選んだ。見捨てる、その意味はそのまま殺すことに等しいことを理解した上で、グランクワガーモンはこの場から離れ始めた。

 

「それでいい。すまなかったね」

 

 そんな去り際の彼を見送って、カオスドラモンは目を閉じる。

 

「行く気はないし、行ける気もしないが、天国には行けそうにないな」

 

 呟く。穏やかな死に際だった。

 思う。この世にはいろいろな者がいる、と。

 どんな世界でも関係ないとばかりに、自分らしく自分の思うように生きる者がいる。

 普段は自分を抑圧している代わりに、解き放たれた途端にどうしようもなくなる者もいる。

 世界や社会にとって害悪となる者もいれば、世界や社会を支える者もいる。

 今回の一件では、それが露骨に現れた。それでも、そんな中でも絶えず両者がいたことを鑑みれば、事態と存在を()()()()()()()()()()()、自分が危惧したような問題は起きないのだろう、と。

 

「はは……それがわかっただけでも僥倖、か」

 

 彼が最後に思うのは“彼女”のことだった。できれば、彼女にも穏やかな終わりが訪れてくれたら。そんな身勝手さに、自嘲の笑みを浮かべる。

 そして、直後の閃光と轟音と共に彼の身体は爆散し――彼の意識は消滅した。

 

 

 

 

 

 その時のこと。

 

「逝ったか。馬鹿な奴め……」

 

 このデジモンの世界の片隅にある機械的な部屋の中で、貴英は静かに呟いた。

 どこか苛立ったようなその呟きだったが、敏い者だったのならば気づけただろう。そこに寂しさと遣る瀬無さがあったことに。

 

「私を無理矢理計画に巻き込んでおいて……どうせ身勝手な感情を振り回して負けたんだろう?阿呆が」

 

 文句を言いながら、貴英は部屋の中のパソコンを弄る。

 勝手に死んでいった友にいろいろと言いたいことはある。それらがすべて、やるせない自分と友に向けた言葉となって、彼の口から漏れ出ていた。

 

「自分勝手な奴……!」

 

 天才の例に漏れず、周りを顧みない者だった。

 どうして自分がこんなことをする羽目になったのか、どうして彼の計画について来たのか、その意味をわかっていない。

 

「……ふざけるな」

 

 憤りを感じる。だが、それを向ける相手はもうこの世から消えてしまった。

 

「ふざけるな……!」

 

 苛立ちのままに叫ぶが、彼の気分は晴れなかった。

 行き場の失った感情が自分の中でのたうち回っているのを理解しながらも、貴英はパソコンを弄るのだけは止めなかった。

 自分が今していること、それが友の最後の頼みだからだ。

 

「……あの世などという非科学的なものがあるはずはない、が、このようなデタラメな世界もあるんだ。もしかしたら――」

 

 そう言ってから、静かに目を閉じる。パソコンのエンターキーを力強く押す。その様と言えば、キーボードが壊れるかと思える程だ。

 

「――……覚悟していろ。オレがあの世に行ったら、な」

 

 “いざ”という時に本当に必要となるデータはすべてコピーし、厳重にロックをかけ、誰にも知られない場所へと運び出した。

 であれば、あとは元データを誰かに悪用されないようにするだけだ。自分たちの目的は人の世界の平和であって、人の世界を混乱に陥れることではないのだから。

 

「……ふん」

 

 そして、貴英はその部屋を――ひいては、このデジモンの世界を去る。未来において“いざ”が起こった時のため、彼は計画がどうなっても生き残る手はずだった。

 パソコンに表示された文字、それは“全施設爆破まで残り五分”というものだった。

 

 

 

 

 

 そして、その五分後のことだ。

 グランクワガーモンとキメラモンたちは、カオスドラモンの凄まじい自爆から何とか生き延びていた。

 

「なっ!」

「えっ!?」

 

 だが、その直後に来た大爆発。

 新たな敵襲かと思う間もなく、いきなりの爆発に巻き込まれ、彼らは吹き飛ばされた。

 幸いにして、この爆発はカオスドラモンの攻撃や自爆に比べれば威力は低い。だから、全員が直撃しても無事だった。

 だが、吹き飛ばされた彼らをさらなる試練が襲う。爆発によって彼らのいた穴、それも地下深くまで空いたそれが崩壊したのだ。

 結果、彼らは上から降ってくる瓦礫に押しつぶされていく。

 

「くっそ、ふざけるな……!」

 

 キメラモンの苛立ったような声がその場に響く。

 

「何なんだよ……」

 

 グランクワガーモンの疲れたような声がその場に溶けて消える。

 彼らは地面の中に埋まっていた。生き埋めである。とはいえ、究極体に完全体という彼らが生き埋め程度でくたばるはずもないか。

 

「おりゃぁああああああっ!」

「邪魔だ!」

「ピピ。吹キ飛バシマス」

 

 三者三様に力を溜める。そして、溜め込んだ力を一気に開放した。

 それまで身動き一つしなかった身体が、埋まっていて身動きの取れないはずの身体が、その瞬間に強大な力と共に激しく動き出す。

 それによって彼らを生き埋めにしていた瓦礫は一瞬で吹き飛ばされ、空に舞う。

 そうして、彼らの上に数十メートルは積み重なっていた瓦礫が、空に舞う。

 

「ピピ、脱出」

「っち」

「死ぬかと思った……!」

――死ぬかと思いました……!――

 

 その瞬間に彼らはその場から離れた。

 舞っている瓦礫を粉砕し、吹き飛ばしながら、安全圏まで退避する。空に舞い上がっていた瓦礫が雨のように落ちていった。

 豪雨にしては大きすぎる轟音が、絶えず彼らの耳に届く。

 だが、彼らの耳に届く音はそれだけではなかった。瓦礫の雨が降り注ぐ中、彼らは“それ”を見る。

 

「……!」

「あれは」

「ピピ。戦闘中発見」

 

 “それ”――そう、未だ終わっていない戦いを。

 




昨日のエープリルフール、デジアドトライのホームページがすごいことになってましたね。
まさかデジモンがエープリルフールをネタにするとは。
あ、今年の自分は何もしなかったです。
ともあれ、第百二十八話。

カオスドラモン――五花航の最期でした。
さて、次回からはラスト戦です。

それでは次回もよろしくお願いします。


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第百二十九話~合流~

 グランクワガーモンたちが見た光景――それは、変幻自在に姿を変えるデジモンと旅人たちのデジモンとの戦いだった。

 

「さっきから下の方でドカンドカンって!」

「知らねぇよ!」

 

 だが、主に戦っているのはスレイヤードラモンとシャイングレイモンだけだ。

 ドルゴラモンはドルグレモンに退化してしまっていて、バンチョーレオモン共々疲労の色が濃い。彼ら二人は後方支援気味に、スレイヤードラモンたちをサポートするように戦っていた。

 

「おりゃぁ~!」

 

 ドルグレモンが巨大な鉄球を放つ。

 だが、謎のデジモンはその瞬間にドルゴラモンへと姿を変え、鉄球を拳で打ち砕く。

 

「っふ!」

「はぁっ!」

 

 その隙にスレイヤードラモンとシャイングレイモンの二体がそれぞれの剣を振るった。

 

「グッグッグ!」

 

 だが、それらの剣が届くよりも早く、謎のデジモンはまた姿を変えた。今度の姿はムゲンドラモンだ。兵器ほどの威力を持つ両手が、それぞれ迫り来る二つの剣を掴み取る。

 ムゲンドラモンへと変化したナニカは嗤った。

 

「シャイングレイモン!」

「おーさ!」

 

 とはいえ、シャイングレイモンもスレイヤードラモンも己の強さに自信を持つ歴戦の強者。それだけでは終わらない。

 二体は頷き合って、自分たちが持っていた獲物から手を離し、動き出す。

 

「グッ!?」

 

 戦闘中に、自身の分身たる剣から手を離して動き出すとは。

 正気の沙汰とは思えない彼らの行動に、ナニカは驚愕の気配を漂わせる。が、即座に思い至った。剣から手を離したのならば、次に来るのは身体を使った攻撃だ、と。

 だからこそ、何かは迎撃のために両手に掴みとった剣を手放す。

 

「今だっ!」

「いくよっ!」

 

 だが、それらこそスレイヤードラモンたちの狙いだった。

 二体は一気に加速し、最も身近にあった剣を掴み取る。結果として、互の武器が入れ替わる形となったものの、その程度は問題ない。

 

「はぁっ!」

「ふっ!」

 

 スレイヤードラモンがジオグレイソードを振るい、シャイングレイモンがフラガラッハを振るう。

 全く別の攻撃が来ると身構えていたナニカだ。この攻撃に完全に対応し切ることはできない。せいぜい、防御姿勢をとることができたくらいだ。

 ナニカは二つの剣を何とか防いだ。

 

「僕たちを忘れるな~!」

「行きますぞ!」

 

 だが、その瞬間のこと。

 今ここぞとばかりに、ドルグレモンとバンチョーレオモンが攻撃する。彼らの攻撃が、ナニカの防御姿勢を崩す。

 

「グッグ……!?」

「これでっ!」

「どうだっ!」

 

 シャイングレイモンとスレイヤードラモンの斬撃が、ナニカを切り裂いた。

 切り裂かれたナニカは倒れ込む。だが、その瞬間にナニカはまたあのスライムのような姿に変わり、そしてシャイングレイモンへと姿を変化させる。

 

「……くそっ、やっぱりか」

「キリがないよ~!」

「むぅ、どうしますかな」

「勇たちを信じよう!きっと良い作戦を考えてくれるさ!」

 

 全員が苦言を吐いてしまう。

 見れば、一連の攻撃でナニカが負った傷は全快していた。やはり、だ。

 先ほどからずっとこうだ。

 確かにナニカは強い。そのコピー能力からして、一対一で戦えば勝つ確率など無いに等しいほどだ。だが、それはあくまで一対一の場合であって、このメンバー全員で戦えば勝てないほど強いわけではない。

 だというのに、戦いが終わらないのは、ナニカにこの異常な回復能力があるからだ。

 何度も致命的なまでのダメージを与えても、何度となく回復する。この回復力のせいで、スレイヤードラモンたちが一方的に疲労することになっている。

 

「ッグッグッグ」

 

 ナニカは嘲笑う。なすすべないスレイヤードラモンたちを。

 

「かれこれ十回以上は続けてるぞ。回数制限とかないのかよ」

「もしかしたら、百回以上続ければいいかもしれないね!」

「……俺たちはともかくとして、セバスやドルは――」

「僕はまだまだ大丈夫だよ~。それに、そろそろ時間も経ったしね~」

「まだまだいけますぞ!……と、言いたいところですが……いやっ、このセバス!気合で保たせてみせますぞ!」

 

 スレイヤードラモンやシャイングレイモンは元より、ドルグレモンはまだいい。

 だが、問題はバンチョーレオモンだ。

 優希の力で進化している彼は、今や退化するのを気合だけで保たせている。退化してしまえば、強制進化のデメリットである筋肉痛で動けなくなってしまうからだ。そうなれば、お荷物へ直行である。

 とはいえ、だ。悪いことばかりが続くものではない。

 

「キタっ!よっし、ドル!」

「よっしゃ~待ってたよ~!」

「set『進化』ァ!」

 

 そう、時間の経過によって旅人のカードが再使用可能となったのだ。

 これにより、ドルグレモンは再びドルゴラモンへと進化する。

 

「これで戦力は五分五分……って、なるといいな」

「リュウが弱気なんて珍しいね~」

「うっせぇ。弱気になんかなってねぇよ」

「あの一体いろいろ変化液体デジモンね~……ウィザーモンが喜びそうだよね~」

 

 ドルゴラモンとスレイヤードラモンが軽口を叩き、そして気づく。

 あのナニカが急に大人しくなっていること。見れば、ナニカはドルゴラモンたちを見ずに明後日の方向を見ていた。

 

「……?何だ?」

 

 誰もが自然と黙り込み、不自然なまでの静けさが辺りを包む。

 この戦闘中において、それは明らかに不気味であった。

 そして、次の瞬間のことだ。それは唐突に、静寂が破られる。

 

「あれはっ!」

 

 眩いばかりの閃光が世界を突き進んだ。

 その閃光の正体にいち早く感づいたスレイヤードラモンが苦い顔をする。その閃光にやられた遠い日のことを思い出したからだ。

 

「ムゲンキャノンって、ことは……!」

 

 誰かが呟いた。期待からか、それとも嫌気からか。

 

「グ……ググ!」

 

 一方で、シャイングレイモンの姿をしているナニカはその背の翼を広げた。同時、その手に強大なまでの光のエネルギーが集っていく。

 集ったエネルギーは、まるでこの夜という時間に第二の太陽が生まれたかのよう。眩い光が辺りを照らしていった。

 そして、そのエネルギーが放たれる。“グロリアスバースト”と呼ばれるシャイングレイモンの必殺技が、ナニカの能力によって再現され、閃光――ムゲンキャノンを迎え撃つ。

 だが、その瞬間にナニカは気づいた。

 

「ググ……?」

 

 夜空に黒がいることに。

 それは闇夜に紛れるようにして落ちてくる。それは上空からの奇襲だった。先ほどのシャイングレイモンの一撃と似ているようで違う。

 

「はぁあああああああああああ!」

「グググ……!」

 

 暗殺もかくやという、グランクワガーモンの鋭い一撃だ。

 出し惜しみ無しの必殺技。“ディメンションシザー”がシャイングレイモンの姿となっているナニカを引き裂く。

 胴体を半分に引き裂かれながら、ナニカは迎撃できなくなったムゲンキャノンに呑まれた。

 そのまま胴体が真っ二つになったまま地面に倒れ込み、動かなくなる。

 

「っし、なんとかなったか……!?」

――大成さん、大丈夫ですか?――

「いや、キツイ。なんでこう……連戦なんだよ!確かに、今時のラスボス戦は一戦も二戦もあるけどさ!ラスボスの後に隠しボスなんて当たり前だけどさ!」

 

 疲労で疲れているグランクワガーモンは、理不尽な現実に叫んだ。

 優希を助けに来たはずなのに、なんでこんなことになっているんだろうか。そんなことを思う。

 

「……誰だ、お前?」

 

 ふと、そんなグランクワガーモンに声がかけられる。

 声をかけてきたのはスレイヤードラモンだが、その声色は固い。明らかに警戒を露わにしていた。

 

「えっ、ひどくね?リュウ、俺だって大成!」

「……俺の知る大成はデジモンじゃないんだけどな」

「そういえばそうだったー!」

 

 デジモンになったからか、この姿が自分であるという意識があるせいか、彼自身も大成という人間とグランクワガーモンというデジモンをイコールで結びつけていた。

 それが現実には起こりえない異常である、と彼は今更ながらに気づいた。

 

「……ってか、何でそんなことになってるんだよ」

「え、信じてくれるのか……?」

「そりゃ、僕やリュウは似たようなことに経験あるしね~」

 

 ドルゴラモンとスレイヤードラモンは頷き合う。

 見れば、その他の面々も状況に唖然としてはいても、疑ってはいない。自分の言葉を信じてくれたことに、グランクワガーモンは少しだけ嬉しくなった。

 

「へぇ、随分と格好良いじゃないか!」

 

 遠くで小さく勇が呟いた。

 その僅かな呟きを――グランクワガーモンは拾う。

 

「うわっ、勇さんに褒められた!? やべ、ちょっと嬉しいかもしれない!よかったな、イモ!」

――どちらかといえば大成さんに褒めてもらいたいんですが……――

「俺が言ったら自画自賛みたいじゃねぇか!」

――それはそうですけど……!――

 

 随分と遠くにいる勇の声が聞こえたのは、さすがは究極体の聴力ということだろう。彼自身、未だ底知れぬスペックを誇っている自身の体に感嘆していた。

 

「で、どうしてそんなことになってるんだ?」

「あ、それはだな。さっき――」

「いや、後でいい。聞いてる暇はないからな。っち、倒れ込んだから終わったと思えば、まだ動くのかよ」

「え?」

「みたいだね。まったく……ボク、もうそろそろ疲れてきちゃったんだけど。でもでも、頑張れば頑張っただけその後の晩御飯のスパイスになるって勇は言ってたよ!」

「あ、それは楽しみだ。キノコ以外なら喜んで食べるよ!」

「晩御飯、にしては些か時間が経ち過ぎているような気もしますぞ。お嬢様に間食を指せるわけにも行きません。夜食は健康の大敵ですぞ!」

 

 状況が掴めずに戸惑うしかないグランクワガーモンの一方で、その他のデジモン組が疲れたように身体の調子を確かめていく。

 

「っ。おい、大成!」

「え……?」

 

 そして、スレイヤードラモンの警告の声にすら戸惑うしかなかったグランクワガーモンは、唐突に殴り飛ばされた。

 無論、誰に殴られたかなど言うまでもない。ドルゴラモンの姿となったナニカに、だ。

 吹っ飛んでいくグランクワガーモンを尻目に見ながら、全員が再び戦闘を開始する。

 

「っち。あの女はいないのか」

「ピピ。シカシ、近クニ反応ガアリマス」

「ならいい。さっさと片付けるぞ。どっちもな」

 

 そのタイミングで、キメラモンとムゲンドラモンがこの場に乱入して来た。

 この場にいるほぼ全員が、警戒と嫌気で彼らを見る。とはいえ、彼らの前科からして、そういった目で見てしまうのも無理からぬこと。

 まあ、先ほどから共闘状態にあるグランクワガーモンを始めとして、彼らをそういった目で見ない例外もいるのだが。

 

「ふん、俺“たち”は復讐をしに来ただけだ。邪魔するなら、共々殺す。邪魔しないのなら、好きにしろ」

 

 端的にそれだけをスレイヤードラモンたちに告げて、キメラモンも戦線に加わる。その際、自然と自らを複数形で表していたことに、彼は気づいていなかった。

 

「ピピ。零……」

「……なんだ?」

「イエ」

 

 何はともあれ、戦いは再開される。

 そんな中で、先ほど吹っ飛ばされたグランクワガーモンは――。

 

「ちょっと、大丈夫?」

「おい、大丈夫かー!?」

「大丈夫か……大丈夫そうだな。うん、この程度なら大丈夫だろ」

 

 幸か不幸か、人間組の近くに落下していた。

 心配した優希たちが声をかけるが、グランクワガーモンは痛みに唸るだけだった。

 

「すっげぇ痛い……何あれ、筋力全振りかよっ!」

「そりゃ、ドルゴラモンだからな」

 

 痛みに叫ぶグランクワガーモンに、旅人は呆れたように返す。旅人としても、ドルゴラモンのパワーバカぶりは経験からよく知っていた。

 まあ、その経験のせいで、いくらグランクワガーモンが痛がっていても、大丈夫だろうと思えてしまうのだが。

 

「大丈夫なの?」

「……ああ、何とか」

「っていうか、何でそんなことになってるんだ?」

「あー……緊急事態故の手段というか、何と言うか……」

 

 勇の言葉に、グランクワガーモンは濁すように返す。この状況で細かいことまで説明していられなかった。

 勇も優希も、たったそれだけで“彼ら”の身に何か大変なことがあったことだけはわかった。だからこそ、もう一度問う。大丈夫か、と。

 

「さぁ?」

 

 肩を竦めるようにして、グランクワガーモンは答えた。

 自棄糞気味だった。だが、それでも悪い意味での諦めの感情はそこには入っていなかった。

 

「で、あのビックリデジモンに打つ手あるのか……?」

 

 逆に問い返す。

 この戦いを初めから見ていただろう彼らに。

 今この瞬間でさえ、ナニカは致命的な攻撃を受けて地に沈み、そして別の身体をコピーして回復し、立ち上がった。

 ここまでくれば、勝ち目があるかどうかさえ怪しい。

 

「とりあえずオラたちにわかってることはアイツにコピー能力があること、あとコピーするたびに傷が治るってことくらいか」

「名前さえわからないのよね。あれ、本当にデジモン?」

「一応、個体の能力的には勝てないほどじゃない。けど、いくら倒しても回復してくる。それがまた面倒だ。こういう時、ウィザーモンがいればな」

「ここにいない人に言ったってしょうがないでしょ。それにいくらウィザーモンでも……」

「いや、アイツはやるぞ?前に能力が強すぎる相手と戦った時……そのすごい能力を封じたことあったし」

「うそっ!?」

「そんなにチート能力持ちなのか!?」

 

 旅人の言葉にこの場の全員が思わず驚く。だが、デジメンタルの例もあるのだ。

 よくよく考えれば、そういうこともありえるのか、と思わず納得してしまった。納得してしまった時点でアレなのだが。

 

「って、違う!話がズレてるってぇさ!」

「……確かに」

 

 勇の叫びによって、話の軌道が修正される。

 

「あ、そういえば俺……アナザーをもらった時にこういう時に使えそうなデジメモリをもらってたんだった」

「……そういえば、オレもカードでそういうのがあったな」

「そういうのは先に言いなさい!」

「そういうのは先に言えってぇさ!」

 

 思わず、勇と優希は怒鳴った。

 こういう時こそ使えそうなものを持っていたことを思い出し、グランクワガーモンと旅人は笑って誤魔化す。

 だが、笑い事で済む話ではない。生死を賭けなければならないほどの戦いで、勝利に直結するかもしれないものを忘れていたのだから。

 

「で、でもこの姿になっちゃったし、たぶん使えないぞ?」

「まぁ、百歩譲って大成は仕方ない。けど、旅人は!」

「ははは……まぁ、ここ最近は使ってなかったからなー……特に、“あれ”は滅多に使わないってか、オレだと使う必要がほとんどないし」

「少しは反省しなさい!」

 

 優希に怒られながら、旅人はそのカードを取り出す。

 今の今まで忘れていたそのカードを使うのは、彼にとっても数年ぶりだった。と言うのも、滅多に使うようなものではないのだ。

 研究者ならともかく、彼のような旅する者にはあまり縁のないもの。それは普段から使うような利便性に富むものと比べて、気が向けば使う程度のものなのだ。

 

「set『解析』!」

 

 そして、旅人はそのカードを使う。

 これが勝利へと続く道に繋がるか、それとも。

 




というわけで、第百二十九話。

久しぶりの面々の登場、そして合流ですね。
次回からガンガン行きます。
それでは次回もよろしくお願いします。


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第百三十話~始まりの復讐者~

 僅かな光明が見え始める。

 旅人の使用したカードによって明らかになった事実を元に、優希たちはとりあえずの作戦を立てた。

 

「それじゃ、大成頼むわよ?」

「おう、任せとけ。バッチリ伝えとく!」

 

 その作戦を伝える役目を負ったのは、大成――グランクワガーモンだ。

 理由としては単純で、今の彼ならば戦闘に割って入っても問題ないからである。

 

「あっと、そうだ。set『強化』!これで少しは楽になるだろ?」

「おっ。サンキュー、旅人!よっし、行ってくる!」

――バッチリ伝えましょう!――

 

 内側から聞こえてきた声に頷いて、グランクワガーモンは戦闘に戻る。

 

「リュウ!」

「あん?……大成か。復帰してきたな。で?」

 

 真っ先に彼はスレイヤードラモンに声をかけた。

 すぐさま、彼の意図に気づいてきたスレイヤードラモンに、彼は先ほど考えられた作戦を伝えていく。

 そして、伝え終えたその直後のことだった。

 

「なるほどな。わかった。他の奴らには……っち」

――大成さんっ!――

「うのわっ!」

 

 伝令役として他の者たちのところへと行こうとしたグランクワガーモンに、ドルゴラモンの姿となったナニカが襲いかかってきたのだ。

 先ほどの一撃が思い出されて、彼は必死になって避ける。

 

「グググッ!」

「は、え?ちょっ!」

 

 だが、ナニカもそこで終わらない。

 ドルゴラモンの姿からスレイヤードラモンの姿へと変化し、その特徴でもある超速でもってグランクワガーモンを集中的に狙い始めたのだ。

 その様といえば、グランクワガーモンに役目を全うさせないとしているかのよう。

 

「グ!」

「っく……!ぬ、はっ!」

「ググッグ!」

「ぬわぁっ!」

 

 いくらそのスピードを目で追えられるからといって、身体がそれに対応できるかはまた別問題だ。超速で動くナニカに対して、グランクワガーモンはついて行くので精一杯だった。

 

「はっ、大成にばっかり気を取られてるとはな!舐められたもんだ!」

 

 即座、他の面々がフォローに動く。

 能力上の関係から、迫る速さを持つスレイヤードラモンがナニカに追い縋り、その動きを制限する。ナニカは鬱陶しそうに宙を行き、そして気づいた。

 

「僕たちだっているのにね~!」

 

 目の前に拳を振り抜いたドルゴラモンがいることに。

 スレイヤードラモンによって移動範囲を制限されていたナニカに、それを躱せられるはずもない。

 

「おらぁっ!」

 

 先ほどまでとは打って変わって、ナニカは殴り飛ばされる。

 自らの意思に反して宙を吹っ飛んでいく中、何とか体勢を立て直そうとした。

 

「っち。何でこんな……」

「ピピ。共闘ハ悪イ事デハナイカト」

「ふん。そんなことは知ったものか」

 

 だが、まだだ。

 そんなナニカを狙うは、それぞれ砲と腕を構えたムゲンドラモンとキメラモンだ。

 直後、死の熱線とエネルギー波がナニカを襲った。

 

「さって、行くよ!セバスくん!」

「もちろんですな!」

 

 熱線とエネルギー波に焼かれ、傷だらけとなるナニカ。

 スレイヤードラモンの姿をとっているだけに思うところはあるものの、バンチョーレオモンとシャイングレイモンは止まらない。

 全力で振り抜かれた拳と剣がナニカを襲う。

 何度目になるかもわからない、致命傷を与えた。ナニカは倒れ込みながら、あのスライムのような姿へと変化する。

 

「急げっ!」

 

 誰もが一息つく中で、グランクワガーモンが叫んだ。

 見れば、彼は焦ったような顔をしている。彼の役目である伝達が途中で途切れてしまったからこそ、その表情の意味がわからない者もいた。

 だが、わかる者は即座に動いた。この中で唯一、彼から聞いていた者――そう、スレイヤードラモンだ。

 

「らぁっ!」

 

 スレイヤードラモンの剣が振り下ろされる。

 だが、その剣が届くよりも早く、ナニカは再び姿を変えた。

 

「くそっ、間に合わなかったか!」

 

 振り下ろされた剣は、ハサミのような巨大な大顎で防がれる。

 ナニカの今度の姿はグランクワガーモンだった。

 

「ググ……」

 

 何度も経験した、今までの焼き直しのような光景。だがその実、少しだけ今までとは違っていた。

 今までと違っているもの、それはナニカの雰囲気だ。今までは絶えず嘲りを持っていたその雰囲気が、どこか焦りのあるものへと変わっていた。

 それに、この場の誰もが気づく。

 

「これは……」

「俺たちが気づいたことに気づいたか。大成、言えっ!」

「え?いいのか?」

「かっ、あのなぁ……いいんだよ!もうこっそり狙うのは無理だ!」

 

 スレイヤードラモンの呆れ気味な言葉に、グランクワガーモンは少しだけ首を傾げる。こっそり狙うという作戦だったのに、と。

 だが、彼がそう言うのならばいいのだろう。ここにいる面々には、信頼がある。だからこそ、彼の言うことを信じて、グランクワガーモンは声を出す。

 

「ググググググ!」

 

 正確には、出そうとした。

 言わせないとばかりに、ナニカがグランクワガーモン狙いで襲ってきたのだ。

 その様、これはもう確定だった。そんなナニカの姿に、誰もが理解する。今のグランクワガーモンは、ナニカを倒すためのヒントを持っていることを。

 

「ほんの少し待っていてくれますかなっ!」

「まぁまぁ、ゆっくり行こうよ!」

「焦ってるからか、行動丸分かりだね~」

 

 バンチョーレオモンが、シャイングレイモンが、ドルゴラモンが動く。

 余裕をなくしたナニカの頭には、すでに彼らのことはなかった。

 だからこそ、だった。ナニカが気づいた時には遅い。

 余裕をなくした者に咄嗟の対応を許すなどという、そんな微温い攻撃をする者はここにはいない。彼らの一斉攻撃が炸裂した。

 

「グ……グッ!」

 

 ナニカは地面に倒れ、再び基本形態であろうスライムのような姿へと代わる。

 すかさずグランクワガーモンが叫んだ。

 

「そいつの腹だ!そいつの腹が――!」

 

 それは焦りの伴われた叫びであり、主語の抜けた言葉だった。

 だが、そんな足りない言葉でも、この場の全員が察した。それこそが、奴を倒すために必要な事であると。

 

「あぁああああああっ!」

「おりゃぁあああああ!」

「間に合えぇぇぇぇっ!」

「ぬぉおおおおおおお!」

 

 シャイングレイモンが、ドルゴラモンが、スレイヤードラモンが、バンチョーレオモンが、各々の武器を手に駆ける。

 彼らはナニカとの間の距離を一気呵成に駆け抜け、その武器を振り抜いた。

 

「ググググググググ……ググッグググ!」

 

 初めて、ナニカの声色が劇的に変わった。それは悲鳴だった。

 

「ピピ、ファイア」

「ふんっ!」

 

 そして、キメラモンが死の熱線を放ち、ムゲンドラモンがミサイルを放つ。

 死の熱線とミサイルが、悲鳴を上げもがき苦しむナニカへと着弾した――近接攻撃をしていた面々を巻き込んで。

 ミサイルによる爆発、衝撃によって砕け散る地面。それらに伴って、視界を遮るほどの土煙が舞い上がる。

 

「ちょ、零!みんながまだ……!」

「そんなこと知るか」

「ピピ。皆様ノ力ナラ十分耐エラレルト判断シマシタ」

「だからって!おい、大丈夫か!」

 

 唯一攻撃に巻き込まれなかったグランクワガーモンの抗議の声にも知らぬふりを通す、キメラモンたち。彼らの視線の先には、未だ晴れない土煙が蔓延していた。

 グランクワガーモンは慌てて腕を振るう。発生した風が、土煙を吹き飛ばしていった。

 

「くそっ、あいつ覚えてろ!」

「いてて……大丈夫~?」

「ボクは大丈夫!勇に鍛えられてるからね!それよりもバンチョーレオモンの方が大丈夫かい?」

「む、むぅ……」

 

 結果、全員が無事だった。

 その身体の所々が煤けているが、無事だ。強いて言えば、バンチョーレオモンが死にそうになっていることくらいか。だが、これは解けそうな進化を気合で保たせていることからくる副作用のようなもので、先ほどの攻撃とは関係ない。

 

「っち」

「舌打ちが聞こえてるんだけど!?」

「っち」

――わかりやすくもう一回言いましたよー!?――

 

 キメラモンの二回の舌打ちに表情を引き攣らせるグランクワガーモンだが、彼は一つだけ勘違いをしている。

 キメラモンの二回の舌打ちはそれぞれ別のものに向けられていたということに、だ。

 一つは自分たちの攻撃を無事に凌いだスレイヤードラモンたちに。

 そして、もう一つは。

 

「グ……グググ…………ググ……グッ」

 

 仕留めきれなかったナニカに対してのもの、だ。

 とはいえ――。

 

「アイツ弱ってる?効いたのか!」

 

 ナニカは弱っている。

 この場の全員が警戒しているというのに、今までとは違って変化しようとしないのがその証拠。いや、正確には変化したくともできないのだ。

 

「やっぱり旅人のカードでわかったのは確かだったんだな!」

「そういうことか。道理で……っち、癪だな」

「ピピ。ナルホド」

 

 そう、先ほどの旅人のカードによってあのナニカの変化能力を制御しているのが、腹の部分だということがわかったのだ。

 だからこそ、変化が解けた隙に腹の部分を集中攻撃すれば、あるいは変化能力が失われるのではないか、あわよくば倒せるのではないか。

 優希や勇は話し合って、そういう仮説を立てたのだ。どうやらその仮説は正しかったらしい。

 現に、ナニカはこうして変化とそれに付随する回復能力を使うこともできずに、苦しんでいる。

 

「ふん、トドメは譲ってもらおうか」

 

 キメラモンがその腕を光らせながら、一歩前に出る。

 自分勝手が過ぎる彼の姿にいろいろと言いたいことはあったものの、全員が何も言わなかった。身体にのしかかってくる疲労が、彼の蛮行に対して感じたことをどうでもよくさせたのである。

 

「死――……ん?」

 

 そして、トドメを刺そうとしたキメラモンは気づいた。

 そこに、すぐそこに。

 

「役立たずですね。……本当に」

 

 あの女がいたことに。

 知らず、キメラモンの視線が暗く重いモノへと変わっていく。

 キメラモンの様子の変化によって、他の者たちも遅れながらにその女の存在に気づいた。

 

「わざわざ死にに来たのか。ご苦労なことだ。ああ、殺してやる。殺して――」

「勘違いしないでください。殺してやる?ふざけたことを。殺すのは私の方ですよ。やっと、やっと、やっと、やっと……やっとッ!何もかも滅ぼせると思ったのに!」

 

 キメラモンの言葉に答えた女は、キメラモン以上に怨嗟に塗れた目をしていた。

 

「そうですよ。お前たちさえいなければ私が出てくることもなかった。いえ、そもそもお前たちさえいなければ、私が私でなくなることもなかった!人間として生きてられた!」

 

 遠き日の絶望と諦めが、絡みつく呪いのような声となって吐き出されていく。

 

「でも、もういいんですよ。いえ、私は初めから“これ”を望んでいたのかもしれません。あの日から始まったすべて。それを私自身の手で終わらせることができるのなら――」

 

 昔。スライムのようなバケモノがパソコンから現れた。

 女のすべてはそれから一変した。怖い大人たちに捕らえられ、名前も生活もその何もかもを失った。失う羽目になった。

 それもこれも、すべてはパソコンから現れたバケモノが自分の元に来たから。女はそう考えているし、客観的に見ればそれも間違いでない。

 

「計画は私が完成させる」

 

 女は恨みを募らせ、こじらせた。

 だからこそ、この世界をどうにかしようとしていた五花航に()()接触したし、その計画に賛同した。

 

「ふふっ。やっとですよ」

 

 長年にも渡る想いが報われる。そう思えたからこそ、女は笑う。

 見惚れるほどの綺麗な笑顔だった。だが、だからこそ、その様子は異様の一言だった。

 口から出る言葉は怨嗟に塗れ、纏う雰囲気は死神の如き冷たさ。それらを合わせれば、地獄の鬼ですら畏怖すると言えるほどだろう。

 だが、その笑顔は、まるで聖女のような優しげな微笑みだった。見る者すべてに安心を抱かせるような笑みだった。

 天使と悪魔が同居しているかのような、聖人と罪人を混ぜ合わせたような、ちぐはぐで気持ち悪い女。

 この場の誰もが、その未知なる存在に恐怖した。それこそ、遠き日に魔王と出会った旅人たちでさえ、この女の異様さには尻込みした。

 

()()()()()()

 

 短く、本当に短く女は呟いた。

 それが、あのナニカの名前であると気づく前に――。

 

「その身体を、存在を、お前のスベテを寄越しなさい。それがお前が私にできる贖罪です」

「ッグッグ」

 

 メタモルモンと呼ばれたナニカが、女の下に殺到する。

 その時、グランクワガーモンは見た。女が立っている“そこ”にある物を。周囲に散らばる破片を押しのけてそこにある、その機械を。

 それは形こそ違う。だが、グランクワガーモンには何となく理解できた。あれは自分も使ったあの機械であると。

 

「ググガガガガガッガ!私が殺す殺す殺す殺してやる!そうすれば、そうスレば!私は楽になれる!」

 

 そして、女は消えた。

 まるで初めからそうであったかのように、メタモルモンと一体となったのだ。

 大成や航の時のように、進化こそしていない。見た目の変化もない。先ほどまでと同じ、戦いに傷ついた状態のままだ。

 だが、だからといってこの場の全員が侮らなかった。異様な圧力を持つ今の彼女を侮れば、次の瞬間に死ぬのは自分たちであると、誰もがわかったのだ。

 

「ぁぁぁぁぁ!まずは、まずは、まずは!オマエラからだ!アンノウンに失敗作、進化の巫女に第一位!コイツラに迎合するオマエタチを殺してやる!」

「っち、唐突に意味不明なことを言いやがって。それはこちらの言い分だ。お前を殺すのは俺だ」

 

 キメラモンがメタモルモンを強襲する。

 誰もが唐突な事態について行けていない中、復讐というブレない目的があったからこその、即時行動だった。

 

「死ね」

 

 キメラモンが必殺技である死の熱線を放つ。

 

「死、ね」

 

 一方で、メタモルモンも迎撃に動いた。

 その腕から放たれたのも、()()()()だった。

 全く同じ技がぶつかり合う。

 

「なっ」

「えっ」

 

 その光景に、驚愕の声を漏らしたのは誰だったか。

 誰もが驚くしかなかったのだ。いや、メタモルモンのコピー能力は失われたはずなのに、いや、それを抜きにしても――相手と同じ姿にならずとも、相手の技だけをコピーするなんて。

 

「ピピ。零、手伝イマス」

 

 すかさずムゲンドラモンがキメラモンのフォローに入る。が、それでもダメだった。

 キメラモンとムゲンドラモンの二体がかりでも、メタモルモンは崩せない。メタモルモンは彼らを軽く崩し、追い詰める。

 

「何かすっごい強そうな感じ……行こう!」

「シャイングレイモン殿!?」

「おい、待てっ!」

 

 追い詰められているキメラモンたちを助けようと思ったのだろう。

 制止の声を無視して、シャイングレイモンが突っ込む。だが、メタモルモンは止まらない。

 

「ふざけナイでもらエますか?さっサと死ネぇえぇぇエぇえええ!」

「ぐっ!」

 

 キメラモンを吹き飛ばし、ムゲンドラモンを足蹴にし、シャイングレイモンに殴りかかる。

 対応できたのは、シャイングレイモンだけだった。咄嗟にその手の剣を盾にする、が。

 

「っ!ジオグレイソードがっ!」

 

 ジオグレイソードが、折れた。その大いなる力を宿しているはずの巨大な剣、ともすれば伝説の聖騎士の左腕の剣にも匹敵しかねないモノが折れられた。

 折れた剣の欠片が回転しながら地面に落下し、突き刺さる。その光景に、彼の思考に一瞬の隙が生まれた。

 

「死ぬ?」

「しまっ――!」

「シャイングレイモン!」

 

 その隙は見逃されなかった。

 殴り飛ばされ、轟音と共に地面に倒れ込むシャイングレイモンに、勇は悲鳴にも似た声を上げる。

 

「っち。ドル!」

「おうさ~!」

 

 すかさずスレイヤードラモンとドルゴラモンが視線を交わし合い、動き出す。

 ドルゴラモンの拳とスレイヤードラモンの剣が迫り来る中、メタモルモンは足蹴にしていたムゲンドラモンを掴み、吹っ飛ばした。

 

「……なっ!」

「うぇっ!」

 

 飛んできたムゲンドラモンを二体は躱す。

 

「死ねぇェェぇぇェぇえ!死んでェええええええええ!」

 

 そのタイミングで、メタモルモンは咆哮する。同時に放たれるのは、破壊の衝撃波。それはドルゴラモンの技の一つで――。

 

「っち!」

「マジでか~!?」

 

 直感でそれが来るとわかって、直前にドルゴラモンたちは動く。

 スレイヤードラモンは人間組を庇い、ドルゴラモンは同じく技で相殺を狙う。

 結果。

 

「うそ、だろ?」

「まさか、そんな……!」

 

 この場に立っているのはメタモルモンと、今にも倒れそうなバンチョーレオモン、そしてグランクワガーモンだけだった。

 




というわけで、第百三十話。

ようやく名前が明かされたメタモルモン、やっぱり蹴散らされる零たち、やっぱり折れるジオグレイソード……守って吹っ飛ばされるデジモン組――そんな話でした。
メタモルモンはVテイマー1で登場したデジモンですね。まあ、バレバレでしたでしょうが。
ちなみに、技やスペックだけコピー能力はオリジナルです。原作のチートさを拡大解釈しただけで、原作ではあの能力はありません。

さて、次回は二話同時投稿で、最終話も投稿します。
それでは次回もよろしくお願いします。


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第百三十一話~輝きは命の奥底に~

「セバス……」

 

 グランクワガーモンとバンチョーレオモンがメタモルモンに向かい合う中、心配そうな優希の声が辺りに溶けて消えた。

 辺りにはメタモルモンに文字通り蹴散らされた者たちが転がっている。

 だが、彼らにそのどれもを気にする余裕はなかった。

 

「……」

「……」

 

 一瞬でも他に気を移してはならない。一瞬でも集中を途切れさせてはならない。それをしたその瞬間に、自分たちが負ける。

 そのことが理解できたのだ。

 

「……」

「……」

 

 唾を飲み込み、その時を待つ。

 メタモルモンの一挙一動すら見逃さないように――。

 

「無駄でスよ」

 

 気がつけば、バンチョーレオモンは宙を舞っていた。

 いつの間にか、メタモルモンが目の前にいた。

 

「え……?」

 

 呆然と、グランクワガーモンが呟く。

 その視界の端でバンチョーレオモンが地に落ちる。限界が来てしまったのか、レオルモンにまで退化してしまう。

 

「セバス!」

 

 優希の悲鳴が響き渡る中、グランクワガーモンはつい視線をレオルモンに向けてしまった。それはつまり、メタモルモンから視線を外してしまうということで。

 

――大成さん!――

「っ!」

 

 内側からの声に意識を戻されれば、目の前にあったのは迫り来るメタモルモンの拳だった。

 その時の光景は、まるで時間が止まってしまったかのようだった。グランクワガーモンは顎を打ち抜かれ、地面に転ぶ。

 彼はすぐにも立とうとしたが、まるで酔っ払ってしまったかのように視界が揺れ、身体が思うように動かなかった。

 

「……ぅ」

 

 ふと、グランクワガーモンは周りのものが大きくなったことに気がつく。

 いや、大きくなったのではないか。小さくなったのだ。他ならぬ、グランクワガーモンが――大成としての、人の姿に戻ってしまったのだ。

 

「……ふン」

 

 そんな大成の眼前で、彼には興味をなくしたようにメタモルモンは歩いていく。

 

「セバス!セバス!」

「ぐ……だ、いじょ……うぶ……」

 

 その熱い視線の先にあるのは、レオルモンに駆け寄っている優希だった。

 戦える者は誰もが倒れたまま。誰もが動けない。

 

「ゆ、き……逃げろ……!」

 

 大成はなけなしの力を振り絞って声を出す。その小さな声は、誰にも届かなかった。

 大成の目の前で、優希はレオルモンを抱え、メタモルモンを睨んでいる。それだけだ。

 誰も、助けられない。

 

「……!くそっ!」

 

 大成は歯噛みする。

 友人の命の危機を黙って見ているだけなど、できるはずがない。

 

――……大成さん――

「……イモ?」

 

 それは静かな声だった。

 自分の名前を呼ばれただけだというのに、まるで奈落の底を覗いたかのような――暗く重い雰囲気がそこにはあった。

 

――僕たちはまだ先に行けます。行きましょう。大丈夫です。きっと――

「……それは、でも……」

――選択の時ですよ。動かなくて失うか、動いて失うかもしれないか。でしょう?――

「……ぐ」

――大成さん――

「あぁっもう!」

 

 内側からの声に、大成は頭をガシガシと掻く。

 内側からの声は覚悟を決めているようで、それでいて大成の意見を尊重しようとしているかのような感じだった。それは信じてくれているからなのだろう。

 その自分の背を押すようで、最終的な結論を任せるその様は、並び立つ親友のようにも、見守る親のようにも思える。

 

「……約束しろ。大丈夫って言ったんだから、絶対に守れよ」

――はい、もちろんです!――

 

 だからこそ、大成も信じる。内側の声のことを。

 そして、大成たちは先に至る。失う“かもしれない”という恐怖を前にして、自らに課していた制限を取っ払う。

 

――はぁっああああああああ!――

 

 過剰なまでに気合の篭った声が大成の耳に届く。

 これが自分だけにしか聞こえないものだと思えば思うほど、寂しくなる。それでも――。

 

――行きます!――

「行くぞ!」

 

 力を振り絞って、大成は走り出した。代わりに、身体を動かしたのだ。

 力を振り絞って、内側の声は唸り出した。代わりに、自身の命を最大限に引き出す。

 唐突に起こったそれは、究極の先に至る――起こり得ないはずの進化だった。

 

「ぁああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 それは一つの身体に二つが混ざり合っているからこその出来事で、ある意味で奇跡だった。

 遠き日に“X‐進化”と呼ばれたモノのある種の再現にして、それとは似て非なる現象だった。

 

「らぁっ!」

 

 大成の姿から代わって駆け出したのは、グランクワガーモンにどこか似たデジモンだった。

 だが、違う。昆虫型のグランクワガーモンとは違い、人型だった。

 その背に剣のように鋭い四枚の羽を持ち、クワガタムシのような大顎をその顔に持つ、橙色の髪を靡かせた者。その両腕それぞれに“グランキラー”と呼ばれる三本の爪を携える者。

 まさに人と虫が融合したかのような、漆黒の巨人――それこそ、グランディスクワガーモンと呼ばれるそのデジモンだった。

 

「……?」

「らぁっ!」

 

 今まさに優希を狙おうとしていたメタモルモンにとって、唐突な進化からの強襲は驚愕の一言。

 

「っ!」

 

 そして、不意打ち気味の一撃が炸裂する。

 空間ごと引き裂く“グランキラー”が、メタモルモンの腕の一本を切り裂く。その軟体のような腕が宙を舞い、落ちた。

 

「あぁぁぁアあ……おノレ……ふざけ、ふざケ……ふざけルなぁ……!」

「うわ、怖っ!」

 

 怒りに塗れたメタモルモンの顔がグランディスクワガーモンに向けられる。

 正気を失ったかのような、ともすれば先ほどまでと比べて格段に違う雰囲気を前に、彼は一瞬戸惑う。自分でやっておいて難だが、怖かった。

 

「ぁぁァああああああ!」

 

 叫び始めるメタモルモン。それは慟哭のような、歓喜のような、まさに感情任せの咆哮だった。

 そんなメタモルモンの姿に、この場の誰もが哀れみを感じた。なぜ自分たちがアレにそんな感情を抱くのか、それすらわからない。だが、確かに全員がそう感じていた。

 

「死んデ、しんで、シンデ、死んでェぇェェぇぇ!」

「って、まずっ!」

 

 メタモルモンが突進する。

 自分の感情に整理をつけようとしているグランディスクワガーモンは咄嗟の対応が遅れた。

 これはまずい。そう感じた彼の目の前で――。

 

「な、ニっ……!?」

 

 メタモルモンが殴り飛ばされた。

 

「は?」

「お返しだっ!すごい痛かったんだからな~!」

 

 殴り飛ばしたのはドルゴラモン、ではなかった。

 いや、全体的なシルエットはドルゴラモンに似ている。だが、そのものではなかった。全身が拘束具で覆われ、死の気配としか言い様のない不吉な雰囲気を纏わせているデジモンだった。

 

「ま、無事だったんだからいいだろ」

「無事じゃない!さっきのさっきまでころっと死んでたよ!だから進化できたんじゃないか~!」

「わかったわかった。さっさと終わらせようぜ。任せた」

「酷くない~!?」

 

 旅人と仲良さげに話しているところからも、そのデジモンは旅人のパートナーのドルなのだろう。

 何と言うか、彼らの雰囲気に似合わない姿をしていたために、グランディスクワガーモンは目を白黒させるしかない。

 

「お、い、旅人。隣にいるカッコ良さそうで、気持ち悪そうなのは……ドル、なんだよな?」

「酷い!」

「ああ、そうだよ?」

 

 それこそは彼の切り札とも言える形態。特殊な条件下でのみ進化できる――デクスドルゴラモンという進化形態だった。

 

「そうか……まぁ、うん……格好良い、な?」

「疑問形!?格好良いだろ~?ね~?」

「ノーコメント」

「旅人酷い!」

「いや、ああ……雰囲気が……なんか冷たいというか、暗いというか、怖いというか……なんだこれ?いや、格好良いんだぞ?あくまで雰囲気がって話だけで」

「ほらほら、大成だって格好良いって言ってくれてるんだよ!旅人だってそう思うでしょ~が!」

「ノーコメント。というか、都合いいところだけ聞き取るなよ」

「だから酷い!」

「でも、やっぱ、うん。これはさすがに……ない、かな?」

「大成まで!?」

 

 一転して、和やかな雰囲気が辺りを包む。勇や倒れていながらも意識の戻ったデジモンたちは笑い、優希は呆れる。

 とはいえ、そんな雰囲気に騙されない者もいる。メタモルモンだ。

 

「馬鹿、にスるな……ぁぁぁぁぁふざケ、るなぁ……!」

 

 腹の底から生まれ続ける感情に震え、彼女はグランディスクワガーモンたちへと襲いかかった。

 

「うわっ来たっ!」

「デクスも久しぶりだしね。いっちょ、けちょんけちょんだっ!いくよ、旅人!大成!」

「はいはいset『――」

 

 直接戦闘の経験値が低いグランディスクワガーモンを、デクスドルゴラモンや旅人が補助する形で動き出した。

 轟音と激震と共に、戦闘が再開された。

 そして、最後の戦いの場の片隅で――。

 

「っち、何死にそうになっているんだ……!」

 

 キメラモンから人間の姿へと戻ってしまった零は、ムゲンドラモンの下で手を伸ばしていた。

 

「勝手について来て――」

「……」

「勝手に人の隣にいて――」

「……」

「勝手にやられて――」

「……」

「勝手に死ぬのか――」

「……」

「お前は、“また”!」

 

 怒りに震えた声がムゲンドラモンへと投げかけられる。

 複雑な怒りだった。自分に対するモノと、ムゲンドラモンに対するモノと、敵に対するモノと、現状の理不尽に対するモノと、それらすべてが混ざり合わさったモノだった。

 

「ふざけるな……よ……!」

 

 零の脳裏に、いつかの光景が思い起こされる。

 復讐を止めさせられて牢に入れられたあの日、結局は卵として自分の元に戻ってきた目の前のバカの光景を。

 あの時ほどの喪失感を覚えたのは、それこそ両親が死んだ時くらいだったというのに――。

 

「っち」

 

 そこまで考えて、零は認めた。認めたくなかった、それでも認めざるを得ない自分の心境を。

 

「いいか、勝手に死ぬな。勝手に消えるな。お前は俺の……っち。言わせるなっ!」

 

 ゆっくりと零はキメラモンの姿へと戻り、そしてムゲンドラモンに触れる。

 やり方はわかっていない。だが、その時の感覚だけは覚えている。今にも死にそうなムゲンドラモン(かぞく)の命を救うために、自らを分け与える――自らと、融合させることによって。

 それは、ジョグレス進化と呼ばれる進化だった。

 

「ふん」

 

 彼は進化した。先ほどとは違って、完璧なまでに自分の意志で、ミレニアモンへと進化した。そのまま、不機嫌なままに突き進む。

 その先には未だ戦っているグランディスクワガーモンたちとメタモルモンがいた。

 

「……グ?な、ばカなぁァあンだとイウのですカ!次かラ次ヘと!」

「死ね!」

 

 三体と一人の猛攻に、メタモルモンは押されていく。そこにはただ混乱だけがあった。

 

「ボクたちも」

「忘れてやねぇだろうな!」

 

 そして、ダメ押しとばかりにスレイヤードラモンとシャイングレイモンが乱入する。

 傷だらけの鎧を纏うスレイヤードラモンが、折れたジオグレイソードを持つシャイングレイモンが、残った力を振り絞ってメタモルモンを押さえ込む。

 その予想外の力と、さらに現状への戸惑いもあって、メタモルモンは彼らを振り解けなかった。

 

「っっッっ!ァぁァァァあ!」

 

 メタモルモン――いや、彼女は震えていた。何かはわからないが、意識はしていなかったが、震えていた。

 寒くて、寂しくて、怖くて、恐ろしくて、おぞましくて、虚しくて。だからこそ、ただただ震えた。

 その震えを振り払うように、彼女は力を振り絞る。この場の誰よりも強い力が、解き放たれる。

 

「あレ?」

 

 その直前で、彼女は光を見た。

 

「行くよ」

「任せてくだされ。いや、任せろ」

 

 その光の中心にいたのは、優希とレオルモンだ。まるで何もしていない自分たちに喝を入れるように、力強い目で彼女たちは頷き合っていた。

 そして、一瞬後だ。力を解き放とうとしたメタモルモンに突撃してきたのは、再び進化したバンチョーレオモンだった。

 

「一人だけここで寝ていては、な。優希にも誰にも合わせる顔がない!」

 

 その力強い目に、眩しい光に、メタモルモンは一瞬だけ動きを止めてしまう。

 なぜ止めてしまったのか、彼女にはわからない。だが、その瞬間のことだ。それまでの震えに変わって、彼女の腹の底からはふつふつと湧き上がる感情があった。

 身を焦がすような熱い感情だった。何度でも希望の下に立ち上がる彼ら、絆の下に共に生きる彼ら、そんな光景を見せられてしまったからこそ、生まれた感情だった。

 それが“嫉妬”という名の感情だとは理解できずに――。

 

「ァァァァア!」

 

 彼女は溜め込んだ力を解放する。解放された力が腕に伝わり、振るわれる。

 だが。

 

「俺をな、めんなぁ!」

「ボクは負けられないし負けたくない……勇にまた無茶させるわけにはいかないからね!」

 

 それを止めたのは、スレイヤードラモンとシャイングレイモン――意地っ張りな二体だった。

 そう、これは意地だった。彼らは自分のことを強者だと思っているが故に、その意地(プライド)だけでここに立っている。

 だからこそ、どれほどの力の差があろうと彼らには関係ない。

 だからこそ、彼らは強者だった。

 

「ナイス、ですぞ!」

 

 そんな彼らのいつも通りを見せられ、バンチョーレオモンもいつも通りに振舞う。それこそ、自分のあるべき姿であるとばかりに。

 とはいえ、固く握られた拳による一撃はいつも以上のものだった。

 

「ッグ、ガ……ぁあ!」

 

 まだ終わりではない。

 バンチョーレオモンたちは頷いて、場を明け渡す。

 メタモルモンがその唐突な自由に目を見張れば、目の前にいたのはデクスドルゴラモンとグランディスクワガーモンだった。

 

「おりゃ~!」

「おらぁっ!」

 

 デクスドルゴラモンの拳による一撃は、天地を砕き崩すかの如き一撃だった。

 グランディスクワガーモンのグランキラーによる一撃は、世界を引き裂きかねない一撃だった。

 身体を砕かれ、裂かれ、満身創痍の体でメタモルモンは前を見る。

 

「これで終わりだ」

 

 そんなメタモルモンに砲身を向けるのは、複雑な表情をしたミレニアモンで。直後、彼の背中の砲が火を噴く。

 時代を焼き尽くさんとばかりな炎弾に、メタモルモンは焼かれ――。

 

「っく」

 

 ()だけが地面に倒れ込む。同時、メタモルモンだけが光となって消滅していった。

 女は現状を理解するしかなかった。自分は負けたのだ、と。見上げた空の星々が憎たらしいほど輝いていたからこそ。

 一方で、混乱してもいた。メタモルモンが自分を()()()()()()

 

「……なんで」

 

 訳がわからなかった。女にとって、メタモルモンはこの世で最も憎んでいたモノだ。

 一方で、消え行く“彼”は、最後に笑っていた。消えるのは自分だけでいいと笑っていた。

 いつまでも憎むほどに傍にいた彼は、最後の最後で自分を突き放した。

 その意味を彼女は理解したくなくて――静かに目を閉じた彼女の瞼の裏では、彼が今も優しく笑っていたのだった。

 



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最終話~終わり/始まり~

今日は二話同時投稿しています。
ですので、前話をご覧になっていない方はそちらからよろしくお願いします。


「ぬぁあああああああああ!」

 

 一軒の家から奇声が響き渡った。悲鳴ではない、奇声だ。

 その一軒家の中で、一人の少年がテレビと向かい合っている。そのテレビの真っ黒な画面には、赤い文字で“GAME OVER”と書かれていて――。

 

「くっそ、またかぁ!難易度高すぎだ!クソゲーすぎるだろ!」

 

 その少年こと大成が、またゲームで敗北したことを示していた。

 

「うぐぐ……何度やってもダメだ。どうやったら――」

 

 実にゲーム好きな人々としてありがちな光景だ。大成のいつもの日々でもある。

 そう、いつもの日々なのだ。この()()()()()での日々である。

 

「……腹も減ったな」

 

 ふと、呟く。

 かれこれ数時間はぶっ通しでゲームをし続けていたため、彼は昼ごはんも朝ごはんも食べていない。食べるよりもゲームをしていたいと思える彼でも、さすがに我慢に限界が来始めていた。

 だから、一旦中断することにする。

 断じてこのゲームに負けたわけではない。そんな言い訳を胸の中で呟いて、彼は部屋の片隅に積み上げられているお菓子を取る。

 お菓子を食いながら、ベトベトの手でゲームする気は起きない。

 気分転換にでもテレビのチャンネルを変えた。

 

――次のニュースです――

「げ、ニュースか。次、次」

 

 初めに映った番組は、何ともまあタイミングの悪いことにニュース番組。

 子供な大成にとって、ニュースなど面白くとも何ともない。即座にチャンネルを動かす、いや、動かそうとした。

 

――先日、謎の解決となった集団行方不明事件についてです。警察は依然として実態を掴めておらず――

「……」

 

 聞こえてきた内容は、偶然にも自分に関わり合いのあったもので。

 彼は静かに画面に見入った。

 

――今年四月某日の同時刻、世界中で行方不明者が多発したこの事件。被害者は約千人にも上ると概算されており、人が消える瞬間を見たという目撃証言も上がっています――

――被害者はその大半が、先日、謎の発光とともに元の場所に戻ってきており……――

――これらの被害者の状態も様々だそうです。各国依然として捜査に進展はなく、ネットの掲示板では宇宙人に誘拐されていた等という突拍子もない説まで提唱されています――

 

 画面の中から次々と飛び出してくる言葉の数々。

 事が解決して数週間余り、未だメディアは騒がしい。新聞、テレビ、ネット、さまざまなもので事件の事が報じられている。

 それらが目や耳に入るたび、大成はこの半年近くのことを思い出して、何とも言えない気持ちになるのだ。

 

――警察や関係当局では被害者に直接の事情徴収を……――

 

 聞こえてきた内容に、大成は溜め息を吐く。

 彼とて行方不明になっていた一人。もう何度もマスコミや警察による熱烈なインタビューに応じさせられている。

 今は一人になりたい気分も多少はある。正直に言って、勘弁して欲しかった。

 

「……なぁ、未だ騒がしいんだよ。うちの親は全然無関心だし、その無関心さを世間も持って欲しいもんだ。……ってか、今思えばうちの親は放任主義すぎるだろ。前も言ったけどさ、帰ってきて顔合わせてさ、一番の発言が“生きてたならそれでよし”って……」

 

 誰もいないこの部屋の中、彼は寂しく語りかけていた。

 

「夢じゃないことはわかってるけどさ。夢じゃないんだよなぁ」

 

 未だ、この半年近くのことは夢だとしか思えない。

 なにせ、終わりが終わりだったから。とはいえ、やはり夢などではない。

 彼の背後には、人間の世界では見ないほど大きな卵が置かれているのだから。

 

「……はぁ」

 

 本当に、夢としか思えない終わりだった。

 

 

 

 

 

 それはメタモルモンを倒してすぐのことだった。

 

 メタモルモンを倒せた。今度こそ終わった。

 その事実を前に、全員が座り込んで身体を休める。あまりの疲労に、もう動けなかった。

 退化できる組は全員が退化している。グランディスクワガーモンも大成の姿へと戻っているし、それはミレニアモンだって同じこと。いつの間にかムゲンドラモンと零に分かれていた。

 

「で」

 

 全員が身体を休める中で、スレイヤードラモンが声を上げる。

 その視線の先には未だ倒れている女がいた。

 言葉少なく、全員が視線を交わす。唯一、女に憎悪を持つ零ですら、もう彼女に何もする気もないようだった。

 

「……」

 

 大成も黙って考える。

 今更感があるが、それでも殺すというのは個人的に嫌だった。だが、手放しで放り出すのも違うだろう。なにせ、今回の出来事の大元なのだから。

 だとしたら、どうすればいいのか。どうにかして人間世界に連れ帰ったところで、罪に問うことができるかさえわからない。

 罪を問わなければいけないのに、罪の大きさもわかっているのに、その罪を償わさせる方法が思いつかない。

 

「……難しいな」

 

 大成にはそう言うことしかできなかった。

 誰かを裁くということの難しさを、知った。

 今の自分が知らないこと、知ったつもりになっていただけのこと、知ろうとしていないこと、一生賭けても知ることのできないこと――世界にはそれがまだまだあることに、なんとなく気づいた。

 

「仕方ないね。学術院の街へ連れて行きましょ?彼女にどう償わさせるにしたって、その相手は私たちじゃない。違う?」

 

 溜息混じりに優希が言う。反対意見は出なかった。

 唯一、零だけが複雑そうな表情をしていたが、それでも反対しなかった。

 

「いいわね?」

「……好きにしなさい」

 

 有無を言わせない優希の言葉に、女は静かに返した。

 静かな表情だった。いっそ、諦めたとすら思えるような顔だ。そんな顔をしてしまうほどに、女は――。

 

「んじゃ、帰るぞ。set『転移』!」

 

 話の纏まったところで、旅人がカードを使う。

 この場の全員で、まとめて学術院の街の郊外へと移動する。

 空間が歪んだその一瞬後には、大成たちは学術院の街へと帰ってきていた。

 

「ふむ、遅い帰りだったな。いや、そうでもないか?」

 

 そんな彼らの目の前に、ウィザーモンがいた。

 

「……何で?」

 

 思わず、大成が呟く。

 まあ、それも仕方のないことだろう。突然、この街に帰ってきたはずである自分たちの目の前に、ウィザーモンが何食わぬ顔で立っていたのだから。

 

「いや、何。前もって情報を教えられていたからね」

「情報?」

「とにかく、だ。この街の者を代表して、いや、この世界の者を代表して礼を言わせてもらおうか。ありがとう」

「……!」

 

 何に対しての礼なのか、わからない者はここにはいなかった。

 だが、それだけに疑問が出てくる者もいた。

 

「なんで知ってるの?」

「そういえばそうですな。このセバスたちはお嬢様を助けに行っただけで……」

「だから、情報を教えられたと言っただろう。その関係だ」

 

 情報源についてわかったのは、旅人とスレイヤードラモン、そしてドルゴラモンから退化したドルグレモンだけだ。

 他の者たちは全員が全員、疑問を顔に出している。

 

「我々としてはその女に思うところはあるが……残念ながら、何もすることはできなくてね」

「どういうことだよ?」

「……さて」

 

 女をひと睨みして、ウィザーモンは肩を竦める。

 彼の言葉に、誰もが首を傾げていた。

 

「まぁ、すぐわかることか。お別れ、だということだ」

「は?」

 

 疑問のままに呟いたのは、誰だったか。

 大成か、優希か、勇か、零か、はたまた全員か。

 

「先ほど情報を教えてくれた者が言っていてね。彼女曰く、今回の一件に端を発して、近々この世界に危機が訪れる。それを回避するためには、君たち人間がこの世界にいては不都合なそうだ」

「それって……」

「うむ。人間は強制的に元の世界に戻される、ということだな」

「って、待てくれよ。全、員か?」

「もちろんだ大成。君も、旅人も、優希も、勇も――この世界にいる人間全員が戻される。デジモンたちは身の振り方を決めたまえ。こちらに残るのか、それともついて行くのか。親切にも“今回は”その辺りも対応してくれるらしい」

 

 それの示すところは、正真正銘、事態が解決するということだ。

 いろいろと不穏な単語がチラつかされてはいたし、デウス・エクス・マキナに匹敵するほどの意味不明な解決ではある。だが、解決は解決だ。

 これで終わるのならば問題はない――はずだった。

 

「ちょっと待ってくれ!」

 

 つい、大成は声を荒げる。

 彼には今の状況を解決されては困るのだ。ここで人間世界に戻されてしまえば、自分と同化することで命を繋いだ友を救う手立てがなくなってしまう。

 

「俺は、イモを……!」

「……」

 

 ウィザーモンは静かに首を振る。言いたいことはわかっている、とばかりに。

 

「無理だ」

「……は?」

「無理だ、と言ったんだ」

「……ふざけんな」

「ふざけてなどいない。ふざけてこんなことは言わない」

 

 口が震えた。喉が震えた。

 目の前が揺れた。身体が揺れた。

 信じたくない現実が、大成の眼前にあった。

 

「無理?ウィザーモンはすごいだろうが!」

 

 感情任せにウィザーモンに掴みかかった大成を、誰も止めなかった。

 彼の置かれている状況を正確に理解できたために。

 

「そうだ、無理だ。それでもなお、君が会いたいと願うのならば――」

「……?」

「――神にでも祈ってみたらどうだね?学者である僕がこんなことを言うのも難だが、彼女は神だからな」

「彼女?」

「ま、そんなことはしなくてもいいかもしれないがね。安心したまえ。絶対に再会できる」

 

 「どういう意味だ?」と、若干冷静になった大成が質問を重ねて、だが、その直後のことだった。

 ここにいる全員の身体が光に包まれる。

 

「む。もうか。相変わらず空気の読めない――……まぁいい。では、さらばだ。まぁ、何だかんだとまた君たち人間と出会う気がするがね。それも面倒事で。特に旅人辺りは……いや、君も巻き込まれる形でだな」

「余計なお世話だ!」

 

 最後の最後に不吉な言葉を聞いて、この場の全員が光の中に飛ばされる。唐突過ぎて、別れの一言も言えなかった。

 上も下も、前も後ろもわからない白い光の中で彼らは流される感覚を味わう。

 そして、そんな中で――。

 

「貴方たち。人間とデジモンの行き先の一つ。でもダメ。歪んでる。貴方たち、たどり着く。いずれ。真実の形に。その時まで」

 

 大成はどこからか声を聞いた。

 周りの光という景色も相まって、それがまるで神様のもののように思えたものだから。

 

「頼むからさ、イモを……!」

 

 大成は、つい祈った。

 そして、彼が目を覚ました時、彼の横には巨大な卵があったのだった。

 

 

 

 

 

 時は戻って、現在。

 一体あの声はなんだったのか、本当に神様だったのか、今でもわからない。あの卵が何なのか、も。それでも、あの卵こそが自分の友の生まれ変わりであると、大成には信じられた。

 

「……早くさ、出てこいよ。またゲームしようぜ」

 

 だから、彼は待つのだ。再会の時を。

 何はともあれ、しんみりしていても始まらない。大成は気を取り直して、ゲームを再開しようとして――。

 

「何してるのかな?」

「相変わらずですな」

 

 突如として部屋にいた優希とレオルモンに止められた。

 

「げ……もう来た。ってか、勝手に入ってくるなよ!」

「毎度毎度、居留守を使ってるくせに。チャイム鳴らしたら居留守使うじゃない」

「鍵とかあるだろ!」

「アンタ、家にいる時には鍵かけないじゃない」

「っぐ、けどさ!」

「四の五の言ってるのはどうかと思いますぞ」

 

 勝手知ったるとばかりに、準備を進めていく不法侵入者たち(ゆきとレオルモン)の姿に、大成は苦い顔をするしかなかった。

 ちゃぶ台机に広げられた勉強道具から、どうやって逃げるべきかを考える。

 まあ、部屋にまで侵入された時点で、逃げることなどできないのだが。そう、この()()()からは逃げられないのだ。

 

「全く。私たちには半年近くのブランクがあるんだから。一生懸命やらないと、受験が危ういのよ?そこら辺わかってるの?」

「そうですぞ、大成殿。せっかくお嬢様が好意で勉強会を開いてくださっているのですからな。もっとやる気を出してくだされ!」

「えー……ゲームの方が楽しいんだけど」

 

 言うまでもなく、大成たちは向こうの世界に行っている間、学校に通っていない。

 その分、勉強から置いていかれている。なるべく早く遅れを取り戻さなければ、こちらの世界の社会生活が危うい。

 というわけで、彼らは共に勉強しているのだ。

 ちなみに言えば、講師はレオルモンである。大成がこの勉強会を嫌がるのはそこに一因があるのだが、それはほんの余談だ。

 

「それでは初めますぞ。数学の教科書の百ページを開いてくだされ」

 

 そうこうしているうちに、準備が整えられた。大成はゲームに逃げることもできず――ゲームを名残惜しそうに見つめながら、勉強会が始まったのだった。

 幸運にも、大成にとっての苦痛の時間はあっという間に過ぎていく。とはいえ、苦痛であることには変わりなく。

 

「……今日はここまでですな」

「よっぉしゃあああああああ!」

 

 だからこそ、終わった時の大成の奇声と言えば、近所の方々が遠い目をするほどだった。

 

「っし!ゲーム、ゲーム!」

「……私のせいで巻き込んだようなものだし、世話くらいって思ってるけど――先が思いやられるわね」

「ですな」

 

 優希とレオルモンは揃って溜め息を吐くことしかできなかった。

 

「ってかさ、お前やる気ありすぎじゃないか?」

「だって、目標もあるからね」

「目標?」

「目標というよりは、まぁ、やりたいことだけど……」

 

 大成の何気ない言葉に、優希は照れ笑いを浮かべて言った。

 もう一度あちらの世界に行きたい、と。

 

「は?」

「たぶん、今回のことでデジモンたちは人間に良い思いをしてないと思う」

「まぁ、だろうな」

「だから、私は力になりたいって思うんだ。人間にも良い人がいるってわかってもらえるように。時間が解決する問題だけど、その時間を短縮することくらいはできるかなって」

 

 「おぉ……!さすがお嬢様ですな!」と、レオルモンは感嘆している。

 同じように、大成も感嘆していた。いろいろ考えてるのだな、と。

 

「大成は何か考えてるの?」

「いや……そ、そういえば他の連中は?」

「露骨に話題を逸らしましたな」

 

 ちなみに言えば、他の面々はさまざまである。

 今度こそ北極に行くと言って、旅人はスレイヤードラモンとドルグレモンを連れて旅立った。

 ムゲンドラモンとピヨモンにまとわりつかれて、卵を抱えて零は何処かへと消えた。

 勇はシャイングレイモンを実家に紹介しに行って、そのまま実家の田舎に引きこもっている。シャイングレイモンをゆるキャラにするという計画まで立てているらしい。

 片成や好季は目覚めたものの未だ病院暮らし――と、本当にさまざまだ。

 

「ま、滅多にない経験したとも言えるんだし、グダグダしてるんじゃもったいないわよ?」

「……」

「それじゃまたね」

 

 ここ最近と同じように、優希たちは帰っていった。

 一人になって、大成はいそいそとゲームをし始める。だが、あんまり集中できなかった。言うまでもなく、考え事をしていたからだ。

 

「……目標とか……やりたいこと、ね。なんか将来のことみたいだな。……思いつかねぇよ」

 

 特に何も考えていなかった、と。大成は静かに考える。何も思いつかなかった。

 

「あぁ、でも……お前には会いたいな」

 

 だが、それでも何かがボンヤリと見えた気がした。

 彼は気づかなかった。大きく震えた卵に、僅かに罅が入ったことには。

 




というわけで、最終話。
これにて、今作『デジタルモンスターA&A~紡がれる物語~』は完結となります。
なお、この話を投稿した数時間後に、この物語を完結扱いにします。
感想や評価を下さった方、ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました!


以下、大反省兼あとがき。

A&Aは前作の途中から構想があったんですね。
はい、正直に言いますと続編モノを書いてみたかったんです。
ですが、主人公をそのままにするのでは続編にする意味もありませんし……結果、主人公交代という、難易度高いことに挑戦することに。
さらに、前作が特別さを売りに出した王道系(?)主人公だったので、最近人気の変則系主人公にすることに。自分から難易度を上げてったんですね。
一応、特例であって特別ではない主人公です。今作では、主人公たち単体では成熟期までしか進化してませんし。
何はともあれ、そんな感じで生まれたのが今作の主人公である布津大成です。
名前の由来は、ふつ(布津)うで、大成しない人。はい、めっちゃ皮肉で名付けました。
で、ここまで書いてみた感想。……かなり難しかったです。
中盤辺で、すでにあまりの扱いにくさに頭を抱えていました。まあ、自業自得なんですが。

そして、物語を全体的に振り返って……はい、酷い出来ですね。
初期プロット通りに進んでいたのは、だいたい三章の初めくらいまでです。
前作の第一章が割と駆け足で進み過ぎちゃったせいもあって、今作はゆっくりと一歩一歩進んでいこうと考えてました。
結果、コレです。ゆっくり過ぎました。無駄に話数が伸びました。必要ない話が多すぎでした。
まさか、ここまで伸びるなんて。プロットと全体的な計画って、本当に大事ですよね……。
一応、前作の事件が天災だったことを踏まえて、今作では人災に焦点を充てた――つもりだったんです。ただ、無駄に長い話数のせいで、最後の掘り下げがうまくいきませんでしたが。

まあ、勘の良い人は気づいていると思いますが、この物語には続きがあります。
正確には、ある予定でした。
前作や今作で放り投げる結果となった伏線を回収する、世界融合編という後日談的な話の構成が(初期から)あったんですね。
ただ、ダラダラと続いてしまった物語ですし、元々世界融合編は後日談的扱い。ここで終わらせた方がキリがいいかな~って数ヶ月前から考え始めて……結果、ばっさりカット。
はい、一応完結ですが、結果的には連載凍結や打ち切りと同じ感じですかね。
……なんか、自分でしたことですし、決めたことですけど、思いの外ダメージがありますね。
次回作ではこのようなことにならないように、前作と今作の反省をしっかりと踏まえて作りたいと思います。

何はともあれ。そんなこんなな一年半、前作から換算すればニ年半。
本当に長い月日ですね。
私の素人丸出しである小説をここまで読んでくださった方々、本当にありがとうございました。
一応、今作で懲りずにまだまだ小説は書き続けるつもりでいますし、今作や前作以上に良いものを執筆する気満々です。
またどこかの小説でお目にかかることがありましたら、よろしかったらよろしくお願いします。

今作では本当にありがとうございました!


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