Muv-Luv Alternative The story's black side (マジラヴ)
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新たなる始まり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこは深く、暗い闇であった。辺りを見回しても、見えるものは何もなく、また聞こえる音も存在しない。否、改めて考えてみれば、そもそも肉体の感覚すら不明だった。

 

 

今感知している存在が何で、どうやって意識を保っているのかすら理解できていない。にも関わらず、意識を持って辺りを見回しているという感覚は、果たしてどういうことなのだろうか。

 

 

そんな風に考え出すと、次々に現在の状況への疑問点が沸き上がってくる。しかし、たとえ湧き上がってきても、現状ソレを知る術は存在しない。

 

 

こうしてソコにある以上、それがどうやっても解決できないことなのだと。不思議なことに、その意識の持ち主は理解することができていた。逆に言えば、それだけが唯一知りうる、最大にして最後の情報であった。

 

 

そんな状況が、一体いつまで続いていたのだろうか。否、そもそも時間の感覚というものが感じられるのかも不明な以上、その認識は間違っているのかもしれない。だが、そんな全てが理解不能な現状であっても、その感覚を例えるのであれば、長い長い時間の経過と例える他なかった。

 

 

・・・・・・ちゃ・・・

 

 

・・・る・・・・・・ん

 

 

小さな、本当に小さな音だった。肉体の有無が不明な以上、その音を捉える機関がなんであるのか知る術は相変わらずなかった。しかしそれでも、無音空間に響いた小さな音を捉えた以上、それを捉える器官、もしくはそれに代替する何かがあるというのが理解できた。

 

 

意識の持ち主は、その小さな、今にも消えそうなほどに掠れた音を拾う。その瞬間だった。音を捉えた意識の持ち主は、その音を聞いて激しく動揺した。理由は不明。理解も不可能。

 

 

動揺した理由は、全く持って理解不能だった。だというのに、捉えた音は激しく意識の持ち主の魂を震わせた。意識の持ち主は自分に問う。

 

 

何故、自分はこの音にここまで動揺を示すのだろうかと。答えは結局返ってこない。だがそれでも、その音の存在だけは無視してはいけないと、忘れてはいけないものだと。

 

 

そんな不明瞭な確信にも似た何かが、意識の持ち主に訴えかけた。故に、彼、又は彼女は音の聞こえた方に、存在するのかもわからない手を、感覚だけを頼りに伸ばす。そうしてその手が、音の聞こえた方角を捉えた瞬間、その存在は全てを理解した。

 

 

自分が何故、こうしているのか。その音の持ち主が、その意味が、何であるのか。そして、これからどうするべきであるのか。故にソレは、否、彼は決意する。己がこれからすべき事を、決して為し得て見せるのだと。

 

 

すると、今までうっすらとしかつかめていなかった意識が、ハッキリとした認識を持って保てるようになる。そこで改めて周囲を見渡すと、辺りが淡い光に包まれているのが理解できた。

 

 

そして、視線の先にはその光源であろう、光を放つ人型のシルエットが立っている。あまりの眩しさに顔は見えず、思わず目元を覆ってしまうほどのそれだが、唯一見える鮮やかな赤色の髪が、その持ち主を彼に認識させる。

 

 

「"―――――――"」

 

 

発したはずの言葉は、音を伴わなかった。しかしそれでも、掛けられた言葉を理解したのか、眩しい光に覆われた人型は、ニッコリと、しかし寂しげに笑ったように見えた。その瞬間、彼の認識していた世界が崩壊する。

 

 

ガラスが割れたかのような音を奏で、未だその世界に執着を見せる彼の未練を断つかのように。情け容赦なく動き出す破壊の奔流は、やがて彼をも巻き込み、その後完全に消失した。

 

 

そうして残される、光をまとった人型のシルエットも、やがてうっすらとその体を消失させていき、完全に消え去るその瞬間。

 

 

「頑張って、――――――」

 

 

そんな小さな呟きを残し、完全にそこから姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――ッ!!」

 

 

ガバッと、ベッドに横たわっていた青年が跳ね起きる。それと同時、限界以上に体力を消費していた体が酸素を求め、張り詰めていた肺がそれを吸い込むと同時、青年は思い切り咽せる。

 

 

ゲホッゴホッと、唾を巻き込んで吐き散らかされる二酸化炭素。いきなりの衝撃に、思わず両目から滲み出る生理的な涙を右手の袖で乱暴に拭く。

 

 

そして先の二の舞にならぬよう、自身の呼吸をゆっくりと落ち着かせると、青年はゆっくりとベッドから降りて、自身の顔が映る窓ガラスに視線を向けた。

 

 

そこには紛れもなく、自身の顔が映し出されていた。最低限に整えられた、男にしては長い茶色の髪に死人の様でいながら鈍く輝く光る瞳。そして全身を包む、ほぼ黒一色の服装。

 

 

それを確認すると、改めて自身の今いる小さな空間をゆっくりと見渡し、状況を再確認した。

 

 

「俺・・・は・・・帰って、きた・・・のか」

 

 

小さく呟いて、青年、白銀武は再びその両の眼涙を溢れさせた。嗚咽はなく、体を震わせるような激しさはない。しかしそれでも、武は魂を震わせ、透き通った涙を流し続ける。そしてそのまま、幾許かの時間が経過する。

 

 

「くっ・・・」

 

 

自身がそれなりの時間、涙を流していたことを認識し慌ててそれを拭う武。しかし、既に枯れ果てたと思っていた涙が、これほどまでに流れ出た動揺のせいだろうか。

 

 

上手く涙を拭うことができず、袖だけではなく首元や腹部分までに涙が飛んでしまい、武は情けなくそれを左袖で払う。

 

 

そしてそのまま落着き払うこと数分。十分に落ち着いたことを確認すると、ひとつ大きな深呼吸を終えて武は閉じた眼を開いた。

 

 

「俺は戻ってきたのか?あの、10月22日に」

 

 

呟いて、壁にかけられたカレンダーが目に止まる。それには、まるで現在の日時を証明するかのように、10月の22日部分に赤いマーカーで丸く囲まれていた。

 

 

それを認識すると、武はもう一度目を閉じ考え込むように下を俯く。それから数秒後、武は閉じていた瞼を開き、部屋のドアノブに手を伸ばしそれを捻る。

 

 

開いた先には、過去に見慣れた階段が下に伸びていて、迷うことなくゆっくりと下に下り、階段を下り切った先には玄関が目に入った。

 

 

そこで少し立ち止まる武だったが、直ぐにその迷いを断ち切ると素早く玄関の扉を開いた。そして、外の光とともに飛び込んでくる灰色の光景。それを見て、武はやはりという思いを顔に浮かべ、そのまま一歩二歩と前へ進む。

 

 

家の敷居から完全に出て右を見ると、そこには記憶通り破壊された撃震の下半身のみが突き刺さる、崩壊した家屋が目に入る。そして数秒後には、砂利と家の残骸の少しを巻き込んで傾く撃震。

 

 

全てが、曖昧になりつつある過去に体験した事と相違なく起こっていた。

 

 

「俺は再び・・・戻ってきた。この・・・いかれた世界に。戻ってこれたんだ、この10月22日に」

 

 

言葉に出して、武はギュッと両の拳を痛いほどに握り締めた。込められた力は強く、拳を伝い黒い斯衛服に身を包んだ武の身体全体を震わせる。そして気の済む僅かな時間、その喜びを噛み締めるとフッと全身の力を抜き、死にかけていた瞳に険を込めてある方角を見据える。

 

 

「行くしかない、横浜基地に。会って、全てを」

 

 

そうと決めると、武は意思を持って嘗て仲間と共に過ごしたあの場所、横浜基地へと足を向けて歩き出す。その背中には迷いの姿勢はなく、ただ真っ直ぐとやるべきことを決めた人間が持つ意志を宿っていた。

 

 

だが、そんな武がふと何かを思い出して一度歩みを止めて後ろを見る。そう、自身の家の隣にあった廃墟を見つめるべく。だが、それも一瞬のことだった。直ぐにやるべき事を思い直し、再び前に向けて歩き出す。

 

 

「(行ってくるよ、純夏。だから、待っていてくれ)」

 

 

言葉には出さず、ただ胸中でのみ吐き出し、武は思い人が待つであろう彼女の元へ足を向けた。今度こそ、立ち止まることはなく。

 

 

 




プロローグです。
TDAの武ちゃんは、未だ情報が少ないのでちょっとつかみにくいですね(汗)
なので、かなり想像入っちゃうと思います。
そんな武ちゃんでも許して頂ければと、心の底から祈ってます。


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episode1-1 邂逅

今回、夕呼を説得する事や、武のデータベースのことなど色々つっこみどころがあるかもしれませんが、ご容赦ください。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「懐かしいな・・・この、景色も」

 

 

自宅だった場所から歩き続け、歩みを止めることなく進み続けた武は、荒れ果てた町並みを見て呟いた。現在武が歩いている場所は、国連太平洋方面第11軍横浜基地のすぐ真下。丁度、坂道が続く中腹だった。

 

 

眼下に見える荒れ果てた大地は、嘗て横浜に落とされたG弾の影響で天然の草木は1本残らず枯れ果てている。この横浜は、BETAがこの地に襲来されて以来、綺麗だった町並みも、栄えていた文化も、纏めて瓦礫の山に変えてしまったのだ。

 

 

武がいた元の世界とは比べるまでもなく、またそうでないこの世界のBETA襲来前の横浜と比べても廃墟といっていい現在の横浜は、冬が近い故の寒さと風を妨げる障害物がないのもあり、一層寂しさを誘発させる。

 

 

しかし武は、そんな現在の横浜の有様を見ても不思議と懐かしさと暖かさを感じていた。それというのも、この地が嘗ての207Bのメンバーと過ごした記憶が起こさせる、懐古の念というものせいなのか。

 

 

未だ20数年しか生きていないのに、そんなものを感じるというのも不思議な感覚であったが、今のご時世ではそんなものは当たり前の認識なのだ。それに、未来の悲惨な有様を見てきた武にとっては、未だ絶望に陥るほどのものではない。

 

 

陥るとすれば、それは以前の世界で起きた第4から第5計画に移行したであろうあの忌まわしきクリスマス。いつも毅然としていた恩師を、泥酔させるほどの絶望に突き落としたあの悪しき日。それを、今度こそは絶対に起こさせるわけには行かない。

 

 

その為に、武は再びこの坂道を上がるのだ。今度こそ、希望の未来に繋ぐために。閑散として、虫の鳴き声一つ聞こえない街並みを見て、今一度覚悟を決める。

 

 

そうして再び歩み出し、やがて基地前のゲートと見張りの2人の姿が、見え始めた辺りで武は一度立ち止まる。そして、これからどうするべきなのかを、道中決めた段取りを思い出し一つ大きく深呼吸をする。

 

 

懸念すべきことは多数ある。しかし、それでも武が考えた策は比較的成功率は悪くないであろうと、頭の中でシミュレーションを繰り返した結果が告げる。今思い浮かべている作こそ、最善のものであると。

 

 

故に、最早迷う理由はない。第4計画が廃止されてから、あの地獄のような日々を生きた経験を活かす。ハッタリ、誤魔化し、そして今現在の自分の身なりを利用した策の数々。武は一度、グッと右の拳を強く握り、そしてゆっくりと解く。

 

 

それから大きく深呼吸を一つして、瞳を鋭く冷たく尖らせる。失敗した時の不安など心に残さない。あるのは、香月夕呼を釣り出すという成功への確信のみ。伊達に斯衛を勤めていたわけではない。

 

 

今こそそれを発揮すべき時だと、武は覚悟を決めると真っ直ぐ正門へと歩みだした。

残り十数メートルという距離はあっという間に詰まり、武は自身を見て驚愕の表情を浮かべる白人のMPの前で立ち止まった。

 

 

「任務ご苦労」

 

「なっ!?て、帝国斯衛!?」

 

「こ、これは失礼しました大尉殿!!」

 

 

武に声をかけられ、慌てて敬礼をする、白人と黒人の伍長二人。それを見て、武も二人に習い敬礼をすると、余計な言葉は漏らさずかけるべき予定の言葉を淡々と告げる。

 

 

「堅苦しい真似はいい。俺はこの横浜基地に所属する、香月夕呼技術大佐相当官に用があってきた」

 

「こ、香月副司令にですか!?しかし、そのような報告は受けておりませんが」

 

「博士の研究に関わる事案だ。通信や文通で安易に連絡を交わせば、記録が残る。だからこそ、できるだけ記録が残らない真似をしている。ただでさえ帝国と国連の溝は深い。そのような証拠を残せば、どちらにとっても不都合なことになる」

 

 

武が淡々と言葉を吐くと、伍長二人は納得したのか、謝罪の言葉を述べて再び敬礼した。それというのも、武の言動が淡々と吐かれるものであったのと、身に纏っている軍服が正式な斯衛の服装だからだろう。

 

 

以前はほんの小さなことから疑問を持たれ、制服の違いに気づかれたが今回はそんなことはない。何せ、武が来ている服は紛れもなく本物の斯衛のものであり、階級章も紛れもない本物のものなのだから。

 

 

武はその事実に内心小さくため息をつき、続けて言葉を吐く。

 

 

「とは言え、いきなり俺が博士に直接合わせろというのも無理な話だ。だからこそ、伍長の持っている通信機を貸してもらいたい。博士の番号を聞けば、後はこちらで連絡を取り、博士の指示を仰ぐ。その後、俺の言葉が偽りでないか伍長に確認をとってもらいたい」

 

「り、了解しました!!」

 

「ご配慮、感謝致します!!」

 

 

武が斯衛だからなのか、必要以上に堅苦しい態度を取る伍長2人だったが、武はそれ以上態度に対しては何も言わなかった。そんなことに時間を費やすのも、無駄だと判断したからだ。何はともあれ、ここまでは問題なくうまくいった。

 

 

武は通信機を受け取り、番号を黒人の伍長から聞くと、二人から距離をとり話が聞こえない様に口元を手で覆った。それから通信機のボタンを教えられた番号の通りに押し、コールすること数秒。

 

 

ガチャリという音がして、気だるそうな声で声の主が返事を返した。

 

 

『はいはい、一体何のようかしら伍長?何か問題でも・・・』

 

「単刀直入に言わせてもらいます。第4計画、第5計画、そしてシリンダーの中に収まっているものについて話がしたい」

 

 

武がそう言った直後、電話の向こうで息を詰まらせ声を飲み込む驚きの気配が電話越しに伝わってきた。そしてそのまま無言が数秒続き、やがて電話の向こうの声の主がたっぷりと間を置いて返事を返す。

 

『・・・・・・あんた、誰?』

 

「俺のことについては、会って頂ければ話します」

 

『名前も明かせないやつに対して、私が会うとでも?まして計画のことについて知っているなんて、怪しさ満載じゃない』

 

「万が一にでも、俺の個人情報が通信記録に残るような真似はしたくないだけです。施設内に入ればともかく、こんな通信装置では盗聴されてもおかしくはありません」

 

『・・・・・・あんたが刺客ではないという証明はあるの?』

 

「俺が刺客というのであれば、わざわざ正門から堂々と現れてMPに姿を見られた挙句、記録を残してまでして暗殺に及ぶのは間抜けな話です」

 

『・・・・・・ま、それもそうね。おまけに、わざわざ斯衛の服装で現れて目立つ真似するのも馬鹿らしいし』

 

 

フンと、電話の向こうで鼻で笑う夕呼。斯衛の服ということから、どうやらカメラか何かで見られているらしい。できる限り記録に残るような真似はしたくない武だったが、夕呼がわざわざ白状する以上、簡単に処分できる映像なのだろう。

 

 

未だ完全に信用を得るとはいかないものの、少なくとも刺客ではないというのは理解を得たようだ。武はそれを聞いて小さくため息をつくと、先ほど告げた通り伍長に通信機を渡し、通話で夕呼の確認を得たのを確認した。

 

 

通話を伍長が切り、改めて敬礼をしたので武もそれに習い敬礼を返すと、開いた正門のゲートをサッと通り抜け、基地の扉の前に立つ。それから数秒後、内側からドアが開き通話の声の主、香月夕呼が姿を現した。

 

 

そして武の姿を見るなり、やや眉をひそめて険のある声で言葉を吐く。

 

 

「さっさと入りなさい。諸々の検査は、私の権限でなんとかなるから。話の方も、さっさと聞きたいしね」

 

「了解」

 

 

夕呼の姿を見て、一瞬瞳を揺らす武だったが、余計な言葉を一切省いた返事には動揺を示さなかった。夕呼の方も、余計な言葉は一切吐かない。

 

 

代わりに、警戒しているのは変わらないらしく、前を歩けと言って道を指示し、数分後、自身の執務室へとたどり着いた。

 

 

部屋に辿り着くなり、夕呼はさっさと自分の席に居座り、鋭い眼光を武に向け口を開いた。

 

 

「で、話してもらいましょうか。あなたの言っていた内容と・・・まずは名前からかしらね」

 

「わかりました。俺の名前は―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・成程ね、じゃあなに?今の説明を聞くと、あんたは未来から来たってわけ?」

 

「結論から言えばそうなります」

 

「それも、私の第4計画が失敗して、第5計画が実行されて最悪な状況に陥った未来から?」

 

「はい。話が信じられないようでしたら、更に持っている情報を話しますが」

 

 

武が淡々と告げると、夕呼はフンと鼻を鳴らしてそっぽを向く。それから苛々とした様子を隠しもせず、はしたない様子で貧乏ゆすりまで始め、やがて勢いよく机を叩いて立ち上がった。

 

 

「ふざけた話じゃない!!」

 

「ですが、それが事実です。俺が体験した出来事の。尤も、先生自身については地球を旅立ってからのことは俺も知り用がありませんが」

 

「その先生って私のことを言うのは、あんたがいう・・・」

 

「元の世界の話です」

 

「フン・・・BETAのいない世界ねぇ。まさか、こんな形で私の因果律量子論が立証されようとはね。最悪の皮肉だわ」

 

 

ドカっと、隅に積まれた埃をかぶった本をハイヒールで蹴りつける夕呼。武はそんな彼女の姿に、嘗ての夕呼の姿が一瞬かぶって見え、その嫌な想像を即座に首を振って捨てる。

 

「俺はその最悪な未来を回避するために、ここにきました。今度こそ、第5計画を実行させないために」

 

「・・・・・・それはつまり、あんたと私は利害が一致している。そう考えてもいいわけ?」

 

「俺はもう、あんな未来を認めるわけにはいきません。だから、先生の第4計画が人類にとっての突破口となるなら、その為ならばどんな事でもやってみせます」

 

「口で言うのは簡単よ。どんな戦場よりも、酷い現実を直視するかもしれない」

 

「確かに。ですが、地獄ならもう見ました」

 

 

武のその言葉に、夕呼は息をつまらせた。尤も、単純に言葉自体に衝撃を受けたのではない。衝撃を受けたのは、その言葉を語る武の表情を見たからだ。未だ20を超えたばかりの青年に、死人のように冷たく、無機質な目をさせてしまう程の現実。

 

 

武が言うところの地獄というのが、こんな目をさせてしまったということだろう。現実を見たという面で捉えれば、第5計画を目の当たりにした武は、夕呼なんかよりもよっぽど地獄を見たということだ。

 

 

夕呼はそんな武の覚悟を実感すると、小さなため息をついて立ち上がった。

 

 

「わかったわ。あなたを、私の協力者として認めましょう。尤も、完全に信用した、というわけではないけれど。それでいいでしょう?白銀武?」

 

「それで構いません。ですが、一つだけ」

 

「何よ?この期に及んで、まだ何かあるの?」

 

「いえ。前の世界で、俺はこの横浜基地のハンガーで、斯衛の月詠真那中尉と居合わせた時言われました。死人が何故ここにいる、と。下手にデータベースを弄れば、そこから感づかれ、余計な荒波が立ちかねません」

 

「・・・そうね。戸籍に関して言えば、城内省の管轄だし、迂闊な真似は避けたほうがいいかもしれないわね。でもだったらどうするの?あんたの姿は、MPの二人には見られてるのよ?」

 

 

夕呼のその指摘に、武は暫し黙る。しかしこれも、既に対策は考えてあるしうってもいる。

 

 

「MPに関しては問題はありません。あの2人には、博士の研究に関することなので一切の口外を禁じると固く口止めしてあります。口外すればどうなるか、わからない2人ではないでしょう」

 

「なるほど。カメラに関しては、私の方で手を打てばいい。施設内では、あんたの希望通り、人に会わないようにここまで来たわけだし」

 

「・・・そのことについてですが、やけに準備が良かったですね?前の世界、初めて来た時は営倉に入れられたあと、解放される時も検査やら手続きやらで時間を取られたんですが」

 

「ん?ああ、そのこと?まぁ、それについては強いて言うなら、女の勘とでも言うべきかしらね?」

 

 

夕呼が、意地悪く笑って武に告げた。一瞬、そんな夕呼に何かを感じた武だったが、その疑問に対しては口に出さなかった。夕呼が今言わなかったということは、今言うべきことでもないと判断したからだ。

 

 

以前までの武ならばしつこく聞いたかもしれないが、生憎と地獄をくぐり抜けてきた武には情報の得るべき時というのは弁えてきた。

 

 

今はっきり言わないということは、夕呼が今は言う必要がないからか、若しくは夕呼自身判断の付いていない何かがあったということだ。

 

 

そう捉えれば、今は聞く必要がない事だとスッパリ武は切り捨てる事ができた。今はそれより、名前の事についてだ。

 

 

「名前については、いっそのこと存在しない人物をでっち上げたほうが安全だと思います」

 

「ちょっと・・・それって、何を言っているかわかってる?」

 

「言いたいことはわかります。ですが、今のご時世を考えればそう難しいことではないでしょう。最悪の場合、先生の研究に関わる極秘人物とでも言っておけばいい」

 

「計画の重大な事実を握っているからこそ、個人情報で割れるような経歴を持っていない方がいいって事?成程ね、ま、それもありっちゃありか。下手に真実を表にだそうとするから、危うくなる」

 

「前の世界で、俺の情報をデータベースを改竄してまでしてねじ込んだのは、俺を訓練兵にするためでした。今回はその必要をないと考えれば、その問題も対して浮かび上がらないでしょう。先生の極秘任務中において死亡して、万が一死体が残って不都合なことが流れないような人物。そう言うふうに銘打っておけばいい」

 

「・・・・・・わかったわ。採用しましょう、その案」

 

 

軽い口調で夕呼は決めて、その話題については終わらせる。武も、つっこまれない以上は答えることはない。だが、夕呼が次は何をすべきかと頭を悩ませた直後、武に聞いた話を思い出しそれについて尋ねることにする。

 

 

「でも、それならいいの?あんた、前の世界じゃ207Bの訓練兵だったようだけど?今回は何?あっさりスルーってわけ?」

 

「・・・いいえ、それについても考えてあります」

 

「へぇ?でも、関わるとなると"保護者"の方は黙ってないんじゃない?特に、御剣についてるのなんて、真っ先に勘ぐりそうだけど」

 

「分かっていて聞いてますね?そもそも情報がない以上、幾ら探っても無駄でしょう。存在しない者を存在しないと証明するのは、遥かに難しいことですから」

 

「悪魔の証明ってわけね。弄りがいがないわね」

 

 

つまらなそうにいう夕呼に、武はあからさまにため息をつく。何はともあれ、身分のことはこれでどうにかなるだろう。

 

 

以前武が怪しまれたのも、既存の記録を改竄して訓練兵に紛れ込んでいたからだ。それに対して、今回は存在しないものを、全くのでっち上げで作り上げるのだ。

 

 

嘗てより、歴史の裏で存在した暗殺者や忍者と呼ばれる者も今の武と同じようなものだ。極秘の任務に就くために、失敗した時のことを考え身分を証明するような公式の資料は何も残さない。それと同じだ。

 

 

夕呼の第4計画も、極秘中の極秘事項だ。そのような存在が影にいたとして、怪しまれたとしても、そのようなものだと言ってしまえばそれで良い。下手に聞けば、被害は大きいと判断すれば迂闊に突っ込むことはできなくなる。

 

 

斯衛であれば、それも尚更だ。現在の帝国に関していっても、そのような存在がいないとは言い切れないのだ。そこを突かれれば、痛いのはそちらも同じ。だからこそ、怪しみこそすれ深く追求は許さない為にも、そうとわかれば黙っているしかないのだ。

 

 

そんな事を頭の片隅で考えつつ、武はこちらをまっすぐ見ている夕呼に気付き、続く言葉を口にする。

 

 

「俺の名前は、黒鉄武とでもしておいて下さい」

 

「何か本名とそう違わない気もするわね」

 

「全く同じでないなら、問題ないでしょう」

 

 

武がそう言うと、夕呼は本人がそう言うなら問題ないかと小さく呟いてその話題を告げる。ちなみに、階級については変わらず大尉とすることになった。下手に階級を高くすれば悪目立ちし、低くするとそれが原因できな臭いことにもなりかねないからだ。

 

 

幸いというべきか、この横浜基地には階級が一番高くとも准将である基地司令しかおらず、左官についても殆どいないといっていい。大尉という階級は、それを考えれば都合のいい階級だった。

 

 

 

データベースに情報を上げることに関しては、過去にやらかして問題を起こしていない以上、今回横浜基地に戻ってきた事で、裏でやることがなくなり表舞台に立つようになったとでもしておけばいい。過去のことは、都合上全て削除されたとでもしておけば良いことだ。

 

 

第4計画に関して言えば、夕呼に一任されていると言っても過言ではない状況。下手な追求は受けないからだ。こうして、現状真っ先にやるべき事はやり終えた。

 

 

武はそれを確認すると、小さくため息をつき内心で胸をなで下ろす。とりあえずは、第一関門は突破できた。後はこれからやっていくべきことをやるだけだ。

 

 

武はそれを再認識すると、もう一度、今度は先程より大きなため息をついたのだった。




データベースのことに関して言えば、完全なご都合主義です。すいません。低脳な作者には、この辺が限界でした


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episode1-2 始まり

今回、ちょっとスペース開けすぎたかもしれません。
見辛かったら、ご指摘お願いします。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、あんたの個人情報とかはこれで登録が終わったから、とりあえず着替えなさい」

 

「・・・は?」

 

「何よ?日本語が伝わらなかったの?」

 

「いえ・・・そういうわけでは」

 

 

そう言いつつ、武は今や余り感情を表に出すことのない表情を、訝しげに歪めた。と言っても、夕呼の言っていること自体がわからないのではない。問題なのは、着替えろとは言われたものの、肝心の着替える服を持っていない事だった。

 

 

何せ、武は自身の部屋で目を覚ましてから着の身着のままでこの基地へやって来たのだ。それに元より、鍛え上げて身体のサイズも色々と異なってしまったために、部屋に服があったとしてもそれは着ることができなかっただろう。

 

 

尤も、部屋に合った服はどれも私服であり、着ていたら着ていたで基地内では問題しかないであろうが。と、そんな事を武が考えていると、夕呼はそんな武を見て小さく吹き出し、冗談だと言って武の手にビニールに包まれた国連仕様の制服を手渡した。

 

 

それを言葉を出さずに受け取る武は、制服が新品なのには驚かないものの、サイズが自分の体とほぼ差異のないものであった事に驚きを覚える。明らかに用意が良かった。そして再び湧き上がる疑問。

 

 

しかし同時に、それを聞いても今は聞かなくていいことだと言われるのが明白なために、武は何も言わなかった。今は兎も角、着ている斯衛服を一刻も早く着替えることだ。幾ら夕呼の計らいがあるとは言え、緊急でこの部屋に誰かが入ってこないとは限らないのだ。

 

 

尤も、夕呼の執務室を訪れる人間が、妙な事を漏らすとは思えないが武からすれば、今の状況は落ち着けるものではないからだ。故に下らない問答はすべきではないと判断し、夕呼の前でサッと着替えを済ませるべく上着を脱いだその時だった。

 

 

「あら?」

 

 

カランという小さな音がして、武の斯衛服のポケットから小さな物体が床に転がり落ちる。サッと見るからに、それはどうやら記憶媒体のようだった。とは言え、そのような物に武は覚えがない。思わず疑問を表情に出してしまい、そんな武の表情をみた夕呼も疑問を浮かべる。

 

 

「何これ?アンタのかしら?」

 

「いえ、俺の記憶には何も」

 

「ふ~ん・・・見た限り、何かの記憶媒体ね」

 

 

落ちているソレを拾い、方向を変えて検証する夕呼。やがて、記憶媒体を調べていた夕呼は、険しい表情を浮かべて武を見つめる。

 

 

「ねぇ。これ借りていいかしら」

 

「は?」

 

「だから、これを私が調べてもいいかしらって言ってるの。あなたのなんでしょ?」

 

「・・・別に、構いませんが」

 

 

俺のだとは言っていないと、内心武はそんなことを思ったが口には出さなかった。夕呼が興味を示した以上、ソレに何かあると判断したからだ。この世界の夕呼は元の世界の夕呼とは別で、無駄なことをするような人物ではないのは理解している。

 

 

だからこそ、武に借りていいかと訪ねた以上は、それには夕呼が興味を引く何かがあるということだ。そう判断すると、武はソレについて考えるのは止め、さっさと渡された国連の制服に着替えた。

 

 

久方ぶりに袖を通す国連の軍服は、僅かな寂しさを感じさせ、歪みそうになる表情を必死に引き締めて耐える。

 

 

「どうかした?」

 

「いえ。何でもありません」

 

「そう。じゃあ、とりあえずこれで用は済んだでしょう。まりもにはこっちで話は通してあるから、とりあえずはそっちに挨拶してきたら?話は通信機で通しておくから、グラウンドに行ってきたらどうなの。あんたにとっては、別に初対面でもないんでしょう?」

 

「・・・・・・了解」

 

 

夕呼に言われ、武は複雑な心境を抱いたが辛うじて顔には出さずに済ませた。前の世界では、恩師でもある神宮寺まりもには失礼な態度を取ってしまった。その事が、内心では尾を引いているという事実に、武は未だそのような感傷を持てる自分に嫌気がさした。

 

 

しかし、その前の世界での感傷をこの世界に持ち込むことは、いい方向には向かわない。それは自分にとってもであり、相手にとってもだ。武は自身を無理やり納得させると、必要はないと言われるのも承知で敬礼をし、執務室を退室した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・行った、わね」

 

 

ふぅと、武が執務室から退室し、十分時間をおいて夕呼は大きなため息をついた。武が来る前に淹れたコーヒーは、既に冷め切っていて口に含んだ夕呼は、その不味さからかそれ以外の要因か。何れにせよ、傍目に見ても余裕で理解できるほどに、その美貌を歪めて不快感を露わにした。

 

 

「全く・・・どうかしていたわね、私も」

 

 

既に飲む気が失せた、コーヒーが半分程入ったカップをコースターの上に置き、夕呼は深く椅子に腰掛ける。脳内に浮かんでいるのは先程の武との邂逅と、今朝方目を覚ます要因となった不思議な夢。

 

 

そう、夢はただの夢でありそれを現実と捉えるなどどうかしていると、夕呼自身自嘲してしまう。しかし、結果的にはその判断が正しかったことは、何という皮肉なのだろうか。科学者でありながら、夢に縋るというその行為は傍から見れば道化にしか見えないだろう。

 

 

夕呼自身、そう思っている。否、思っていたのだから。夕呼が武の話をあっさり信じた理由。それが夕呼が久しぶりにとった睡眠で見た夢と、同じ展開になっていたからだった。

 

 

夢の中でも夕呼は白銀武と出会い、今日と全く同じ話をしていた。否、それは正しくはない。正確に言えば、夕呼が夢で見た通りに喋ったからそうなったと言うべきか。

 

 

「白銀武・・・か。私も、アレの存在がなければ信じなかったでしょうけど」

 

 

フッと、再び自嘲して笑みを浮かべる夕呼。脳内に浮かんでいるのは、この基地でもかなり高いセキュリティーランクで遮断されている部屋の向こうの存在。淡く光るシリンダーの中に浮かぶ者。

 

 

「カガミ・・・スミカ」

 

 

ポツリと、夕呼は小さく呟いた。呟かれた言葉は、一人となった部屋に小さく響き、そして消えていく。

 

 

「これは・・・貴方が私に見せた、予知夢って奴なのかしらね」

 

 

夕呼はクルッと回転式の椅子を回し、机に向き直る。机上には、あちらこちらにびっしりと文字が書き込まれた書類が積まれ、持ち主である夕呼でさえパッと見では、どこに何があるのかわからない状況だ。

 

 

しかし、そんな中でも夕呼の正面だけは綺麗に片付けられ、またそこに同じく、だが比較的綺麗に積まれた厚さ数十枚の紙が置かれ、そして一番上の紙面には太字で書かれた文字が目に入る。00ユニットと、書かれた文字が。

 

 

夕呼はそれを厳しい表情で睨み、そして先程武の斯衛服から転がりでた記憶媒体をその上に置いた。

 

 

「この媒体も、あなたの仕業なのかしらね」

 

 

その呟きには、一人となった執務室に返ってくる答えなどない。しかし、それでも呟いた夕呼には確かな答えを聞いたような気がしていた。そして、武の話に出てきたサンタクロースの話を思い出す。

 

 

「もし、この中に入っているものが"そう"なのだとしたら・・・サンタクロースになるのは私ではなく、貴女・・・なのかもしれないわね」

 

 

フッと笑って、立ち上がる夕呼は記憶媒体を白衣にしまい込みクルッと背後に向き直る。そこには、でかでかと世界地図が貼られており、各地に赤い点が穿たれていた。少なく見積もっても、20以上はある赤い点。

 

 

そんな中でも、他と比べて一際大きく穿たれている赤い点を、夕呼は険しい表情を浮かべて睨みつける。その場所は中国領土であり、喀什。人類が初めて地球に建造することを許した、BETAの基地であるオリジナルハイヴ。

 

 

「何の悪戯かは知らないけど、降って沸いたチャンス。白銀武が言う、最悪の未来を阻止して未来を掴む。その為に、地獄の底まで付き合ってもらうわよ」

 

 

夕呼の呟きに、答えるものはやはりいなかった。しかし、それでも夕呼には返事が聞こえていたかのように笑みを浮かべ、まずはやるべき事の一つを終わらせるべく、執務室の通信機に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕呼の執務室から出ること10分。武は言われた通り、グラウンドにいた。目の前には懐かしくも、見慣れた顔ぶれが4人並んでいる。

 

 

冥夜を除けば、前の世界では比較的早く戦場で散っていった3人は、武にとっては若く見えた。

 

 

そして変わらないのは、武の横に立って敬礼をしている神宮寺まりも軍曹。その厳しさを過分に含んだ表情の内側が、本当は誰よりも優しい人格を持っている事を知っている。そんな5人を順番に見て、思わず歪みそうになる表情を顔の筋肉を必死に引き締め、無表情を保つ。

 

 

やがて、武がそれぞれ訓練兵の顔を全員分確認し終えたことを確認したのか、まりもが姿勢を正したまま挨拶を始める。

 

 

「これより、大尉殿に207B分隊のメンバーの紹介を始めさせてもらいます。よろしいでしょうか」

 

「構わない。それと、必要以上に硬くなる必要はない。俺は階級が上とは言え、軍曹たちの直属の上官ではない」

 

「はっ、しかしそれは・・・」

 

「俺は副司令の直属の部下の扱いとなっている、と言えば理解してもらえるか?」

 

 

武が改めて言い直すと、まりもは困ったように眉を顰め、しかし上官である武の言い分には逆らえないと悟ったのか、肩の力を若干緩め、しかし口調だけはきっちりとしたもので説明を続けた。武もそれ以上は無理かと察すると、それ以上は何も言わず既に必要のない紹介を受けることにした。

 

 

「右から榊訓練兵、御剣訓練兵、珠瀬訓練兵、彩峰訓練兵。貴様等、各自大尉殿に挨拶しろ」

 

 

「はっ。ご紹介に預かりました、207B分隊分隊長を勤めております、榊千鶴訓練兵であります!よろしくお願い致します、大尉殿!!」

 

 

「207B分隊副隊長を勤めております、御剣冥夜訓練兵であります!よろしくお願い致します、大尉殿!!」

 

 

「に、207B分隊珠瀬壬姫訓練兵であります!よろしくお願い致します、大尉殿!!」

 

 

「207B分隊彩峰慧訓練兵であります!よろしくお願い致します、大尉殿!!」

 

 

「207B分隊教官の神宮寺まりも軍曹であります!改めて、よろしくお願い致します、大尉殿!!」

 

「紹介に預かった、黒鉄武大尉だ。貴様等の訓練に専属されるわけではないが、訓練を見る機会があるやもしれない。その時はよろしく頼む」

 

 

武が最後に締めくくり敬礼をすると、他の5人もそれに倣って返礼し、武がまりもに指示すると再び4人は訓練に戻る。武はそんな4人のグラウンドを走る後ろ姿に懐かしさを感じずにはいられず、そっと視線を逸らした。

 

 

そして、まりもはそんな年甲斐もない反応を見せる上官である武に、不思議な感情を抱きつつもそれについては尋ねなかった。代わりに、失礼しますと言って再び見事な敬礼をすると、4人の後を追って走り出した。

 

 

必然的に1人残された武は、ほんの少しばかりその様子を無言で眺めていたが、訓練の邪魔になると判断したのだろう。やがてその場を無言で立ち去った。

 

 

向かう先は一つしかない。前の世界では挨拶の前に訪れ、邂逅する事となる小さな少女と後になって知った、変わり果てた幼馴染がいる薄暗い研究室。グラウンドからはとんぼ返りになるが、来た時とは異なり戻る時は大して時間もかけず研究フロアに辿り着く。

 

 

シリンダールームに続く、鈍い照明が照らすうす暗い通路と階段を登り、やがて扉の前に辿り着く。あとは再びセキュリティーコードを通すだけという所で、武は立ち止まり顔を俯かせた。

 

 

内心で渦巻く葛藤は多々あるが、それを言ってもしょうがないことはわかっている。これより先にいるのは幼馴染であって、幼馴染の姿とは言えないものなのだから。知らずと力を込めていた右拳は固く絞られ、掌に爪が食い込んで出血しているのに気付く。

 

 

武はそんな葛藤を誤魔化す様に、首を振って掌をズボンに擦りつけると、セキュリティーコードを通し部屋の中に入室した。そして目撃する、過去に見た脳髄が収められた淡く青色に発光するシリンダー。

 

 

JFKハイヴ攻略時にも見たそれは、嫌でもあの時の感情を呼び起こすが、武は直様それを封印して更に歩みを進める。そして、物陰に隠れたつもりでいるうさ耳を隠しきれずにいる少女を見て、僅かに頬の筋肉を緩ませた。

 

 

「久し・・・初めまして、だな。霞」

 

「!!」

 

 

霞と、武に呼ばれた物陰に隠れていた少女は、名前を呼ばれたからかびくんと飾り物の耳を大きく震わせて姿を現した。その表情には、やはり驚きの色が浮かんでいて、それと同時に武を怖がるように数歩後ずさった。

 

 

そんな懐かしい反応を見て、内心では小さく笑ってしまう武。だが、それは決して表情には出ることはなく、それがより一層霞を不安にさせたのか警戒を強めてしまった。小さい体を更に小さく縮こませて、しかしそれでも逃げることはなく武をじっと見つめていた。

 

 

そして訪れる、無言の時間。1分、2分と時間が過ぎていき、まるでいつまでもこの無言の空間が続くと思われた頃、意外にも口を開いたのは霞の方だった。

 

 

「貴方・・・が」

 

「・・・え?」

 

「貴方が、武ちゃん・・・ですか?」

 

 

ドクンと、霞の言葉に武の内心は激しく揺るがされた。くっと、武の唇から苦悶の声が漏れ、視界が僅かに滲む。いけないと思いつつも、泣く資格などないのだと自分を繕いつつも、武はそれを抑えることができなかった。

 

 

せめてもの抵抗が、今の情けない表情を霞に見えないように下を俯く事だけだった。情けなくもその体を震わせ、静かに、しかし激しく漏らす嗚咽に、霞は何も言えず同じようにして下を俯いて黙り込んだ。

 

 

それから再び言葉が止む時間が訪れ、5分と経った頃だろうか。今度は、取り繕った武の方から霞に言葉を投げた。

 

 

「すまない、見苦しい姿を見せた」

 

「いえ、大丈夫です」

 

「・・・そうか」

 

 

武はそう言って、自分から口を開いたにも関わらず黙り込んでしまった。何をやっているんだと思いつつも、それ以上の言葉が出ない以上どうしようもなかった。そんな武の葛藤を知ってか知らずか、再び霞が口を開いた。

 

 

「社霞です」

 

「え?」

 

「私の名前です。知っているかもしれませんが」

 

 

霞がそう言うと、武は彼女の言いたいことをハッと察して、言葉を返すべく口を開こうとするが、上手く言葉が出てこない。しかしこのまま黙っているわけには行かず、何度か失敗しながら、震えそうな声でやっと言葉を続けた。

 

 

「白銀武だ。副司令の前以外では・・・」

 

「わかってます。黒鉄さんで、いいんですよね」

 

「ああ。それと・・・ありがとう」

 

「はい」

 

 

ぺこりと、可愛らしく頭を下げる霞を、武は久しぶりに浮かべる穏やかな笑みで見つめた。久しく忘れていた、本当に心からの笑みを浮かべて。そして、そのまま視線をずらしシリンダーの中に浮かぶ脳髄を見つめる。

 

 

「(純夏・・・俺は)」

 

 

言葉には出さず、まるでテレパシーで伝えるかのように、思ったことを伝えようと祈るように内心で言葉を吐露する。伝わるはずがない、応えてくれるはずがないというのも分かってはいるが、それでも思わずにはいられなかった。

 

 

そうして、三度無言の空間が訪れ、やがて短い挨拶を交わして部屋から立ち去る武。その後ろ姿を、扉が遮断して見えなくなるまで霞はじっと見続け、扉が閉まるとそっとシリンダーに目を向けた。

 

 

相変わらず、シリンダーの中の脳髄に変化はない。しかし、それでも霞にはその持ち主が確かに武に何かを伝えようとしていたと、そんなことを思わずにはいられなかった。

 

 

 




今回短かったかもしれません。
それと、敬語がおかしかったらすみません。


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episode1-3 解明への糸口

初めに言っておきます。今回、ちょっとご都合主義がすごいです。
ですが、つっこまれるの覚悟でこの内容にしました。
なので、不快に感じられた方、残念に思ってしまった方がおられたらスイマセン。
叱責の方は受ける準備万端ですので、よろしくお願いします。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

「かたっ苦しい真似はいいわ。さっさと用件に入るわよ」

 

 

武が敬礼をしようとした矢先に、それを封じるかのように夕呼は面倒くさそうに言ってそれを封じる。今日で武がこの世界に来て今日で二日目。つまり、10月23日となる。

 

 

そして今の状況を簡単に説明すれば、武は今朝、何故か起こしに来た霞に夕呼が呼んでいるとの報を受け、着替えて直ぐに執務室に向かった。

 

 

それが今の状況だった。出鼻をくじかれた展開になるわけだが、夕呼の性格を知っている武は即座にそれに適応する。しかし、やはり斯衛としてやってきた習慣は抜けないのか、どこかぎこちなかった。

 

 

嘗ての軽い態度の武を知っている者がいれば、腹を抱えて爆笑するレベルであるが、残念だがそんな態度を取れる人物はここにはいなかった。

 

 

「アンタの所属に関しての事だけど、アンタには私の副官になってもらうのと同時に、私直属の部隊についてもらう事にするわ」

 

「先生直属の部隊、ですか?」

 

「何よ?未来から来たあんたでも、それは知らなかったの?」

 

「前の世界では、第4計画の廃止と同時に先生と関わる機会は殆どなくなりましたから。先生はそのまま第5計画に乗った形になりましたし、計画については殆ど知らされないままでした」

 

「成る程。じゃあ、あんたがあれこれ知ったのは、斯衛に入ってからだったってわけ?」

 

 

夕呼の質問に、武は無言を持って答えとした。というのも、武自身、それについては曖昧なところがあったからだ。武は確かに前の世界の記憶で、夕呼の目指していた計画の概要を知る機会があった。

 

 

しかし、それでもそれは断片的なものだった筈で、今武が知識として所持している物について、武自身何故知っているのかと思える物があるのだ。だからこそ、変な事を言って夕呼を混乱させるのは避けたかった。

 

 

そういった疑問は、計画の成功の目処が経ってから解消するのでも遅くない。今は何より、第4計画を成功に導くのが重要なことなのだ。その為には、あまり余計なことに時間を割くわけにはいかなかった。特に、それが武個人のものであれば。

 

 

「何よ?何か気になることでもあるわけ?」

 

「いえ。何でもありません。それより、直属の部隊というのは?」

 

「ああ、そうだったわね。まぁ、簡単に言えば私のというより、第4計画の為の極秘部隊ってわけよ。尤も、第4計画の要が私である以上、大して違いはないんでしょうけど」

 

「・・・・・・」

 

「名称はA01中隊。昔は連隊規模の結構大きな部隊だったんだけど、任務の都合上と嘗ての明星作戦の被害を受けて部隊は減りに減って、現在は中隊規模になったってわけ。ちなみに、部隊長はアンタと同じ大尉だから」

 

 

つまり、実質的な夕呼の右腕に相当するという事かと武は話を聞いて判断した。尤も、夕呼の事だ。本当の右腕というのは、今のところ存在しないのだろう。何せ、本当に重要なことは墓場まで持って行きそうな所がある。

 

 

前の世界でも、武は詳しい事は殆ど何も知らされていなかったのだから。それはただの訓練兵だったからというのもあるだろうが、本質的に香月夕呼という女は秘密は徹底的に上手く隠す傾向にあるというのは、既に理解していることだった。

 

 

「ちなみに、その隊の名前は?」

 

「正式名称はA01部隊で通ってるけど、本人達の名称としては隊長の、伊隅みちるの名前を取って伊隅ヴァルキリーズなんて呼ばれてるわ。今は女性衛士しかいないし、実に理にかなってる名前だとは思うけど」

 

「そうですか・・・」

 

「何?知り合いだった?」

 

「いえ。初耳です」

 

 

そう言って、武は再び黙り込む。夕呼としても、余計なつっこみがないのは話しやすいのか、それとも話がスムーズに進むのは楽でいいのか、徹夜明けだと思われるのに気分良く対応していた。

 

 

そんな夕呼を見て、武はふとお願いしようとしていた事案を思い出し、機嫌のいい内に頼み込むことにした。そう、前の世界ではついぞ完成に至ることはなかったOSについてだ。

 

 

「先生」

 

「何よ?まだ隊について知りたいのかしら?」

 

「いえ、隊については特に。今度は、技術大佐相当官である先生に対してお願いしたい事があります」

 

「・・・・・・成る程。いいわ、話してみなさい」

 

 

武の言葉を聞いて、僅かながら悩んでみせたが夕呼は話を聞くことを選択した。それに内心ホッと安堵のため息をつき、武は未来で体験しその問題に直結したOSの話を夕呼に話した。

 

 

色々つっこまれるのを覚悟した武だったが、話の途中には一切夕呼は口を出さず、相槌を打つだけだった為に、話は比較的スムーズに進んだ。そんな夕呼の態度を見て、僅かな違和感を覚える武だったが断られていない以上気にしないことにする。

 

 

これが上手くいけば、夕呼にとってもいい手札が増えることは確実なのだ。だからこそ、夕呼を説得して製作してもらうために武は自身の考えを全て話し終えた。結果。

 

 

「いいわ、あんたの言うOS。作ってあげようじゃないの」

 

「・・・・・・ありがとうございます」

 

「何よ、歯切れ悪いわね」

 

「いえ、俺の予想だと先生なら細かく利点の追求をしてきそうな気がしてました。それがすんなり返事をもらえたので、少しばかり・・・」

 

「へぇ。何よ、意外に鋭いじゃない」

 

 

武の言葉に、笑みを持って答える夕呼。その表情には、何か悪魔的というべき何かが含まれているように感じた。これは訪ねておくべきかと、一瞬躊躇った武の先をいき、夕呼がパソコンから何かを引き抜いてそれを武の目の前に翳してみせた。

 

 

「それは・・・昨日の」

 

「そう、あんたの斯衛服から転がり出てきた宝物。ああ、斯衛服の方はこっちで処理しちゃったけど良かったのよね?」

 

「構いません。それより、先生の持っているそれは・・・」

 

「見ての通り、というか想像通り記憶媒体だったわ。内容については今は多くは語らないけど、この世界を救う種になるかもしれない代物ってだけは言っておくわ」

 

 

ふふんと、その豊かな胸を持ち上げて得意げに語る夕呼。見る限り、今までで一番機嫌が良さそうな様子だ。前の世界では、ついぞ見ることのできなかった夕呼の心から喜んでいる表情に、武は複雑な何かを感じたが何も言わない。

 

 

まだ夕呼の話は終わりではないと、判断したからだ。夕呼としても、自分の話の途中で遮られないことは喜ばしいことなのか、饒舌といっても過言ではない程に、話を続ける。

 

 

「でもまぁ、それなり・・・というか、閲覧するにはかなり厳重なセキュリティーがかかっててね。それを解除するのに一晩かかったわけなんだけど、出てきたのがこれ」

 

「・・・これは」

 

「見ての通り、あんたのいう新OS・・・それの内容が記されている内容書ね。ご丁寧に、OSデータまで入ってたわ」

 

 

その夕呼の言葉に、武はハンマーで頭を殴られたかのような衝撃を受けた。

 

 

「そんな・・・馬鹿な」

 

「気持ちはわかるわ。あんたの話を聞いていたら、私も疑問に思ったことではあるし」

 

「では・・・これはどういう」

 

 

詰め寄る武に、夕呼は両目を閉じて考え込む素振りをする。それを邪魔しては悪いと、武も同じように黙り込むが、1分もすると夕呼は両目を開け再び口を開いた。

 

 

「詳しいことはわからないし、確信をもって言えるわけではないけど。それでもいいなら聞く?」

 

「お願いします」

 

「じゃ、話すわよ。端的に言えば、これは貴方の物であって、貴方自身の物ではないって事」

 

「・・・・・・」

 

 

夕呼のその一言に、武は言葉を失って表情を固める。そして湧いてくるのは、からかわれているのかという不快な感情だった。この期に及んでの夕呼の言動に、流石の武も思わず何か一言言わずにはいられなかったが、その瞬間武の脳内にある考えが閃く。

 

 

普通に考えればありえない考えだ。まともに聞けば、余りにもふざけていると笑われてもおかしくない話。しかし、それを否定することは武には、武だけにはできなかった。何故なら、今考えている武の考えの根拠の一つが、武自身の存在なのだから。

 

 

「その様子じゃ、何か閃いたのかしら?思いついたなら言ってみなさい。あんたが言う、先生らしく採点してあげるから」

 

「・・・俺の物であって、俺自身の物ではない。それはつまり・・・先生の言う、エヴェレット解釈論で説明できる事なんじゃないですか」

 

「まぁ、回答としては不十分だけど概ね正解と言ってもいいわね。あなたの考えているとおり、この記憶媒体は恐らく未来の・・・というより、並行世界においてオルタネイティヴ4が成功した世界の貴方が持っていた物なんじゃないかと推測できるわ」

 

「計画が・・・成功に終わった世界の?」

 

「この記憶媒体を解析していて、そうじゃないかと思われるデータが抽出できたのよ。尤も、今現在抽出できたのは貴方の言うOSについてのデータと、私が一番欲している情報の極一部だけ。まだ明確な根拠が出てきたわけじゃない」

 

 

しかしそれでもと、夕呼は自信を持って武に言葉を告げる。何が夕呼にそこまで言わせるのか、それについては武は理解が及ばない。とはいえ、夕呼が本当に根拠がないのにここまで言うとは思えない。

 

 

だからこそ、ここまで言う夕呼の言葉に嘘があるとは思えないし、間違っているとも思えなかった。しかし万が一ということも有り得る。だからこそ、ここはなるべく情報を把握しておくべきだと武は判断する。幸いにして、夕呼の機嫌も良いのだから。、

 

 

「データの抽出というのは・・・」

 

「今回引き出せた、OSのデータについては比較的セキュリティーが高くない部類だったから、一晩明かす程度で済んだけど、ここから先はそう簡単にはいかないでしょうね。何せ、かけられたセキュリティーが尋常じゃないほどだし。データの抽出には、それなりに時間がかかるでしょう。まぁ、情報の漏洩については問題ないでしょうけど」

 

「・・・それは」

 

「私のパソコンを見るのは言うに及ばず。仮にこの記憶媒体を持ち出しても、厳重なセキュリティーが働いていて。私のパソコン以外で開いたら全部消えちゃうようになってるみたいだから」

 

 

そんな事にはならないでしょうけどと、夕呼は含み笑いを浮かべて武に告げた。それを聞いた武は小さくため息をつき、それ以上考えるのを止めた。夕呼もそれはわかったのか、この話はこれで終わりとばかりに切り上げる。

 

 

また必要になれば、夕呼の方から話すということだろう。とりあえずは、先ずは抽出できたというOSのデータの事だ。

 

 

「先生」

 

「わかってるわよ。抽出できたOSの事でしょう?とりあえず、完成されたOSのデータは情報としては残っている。けど、肝心の完成されたOSのデータについては入ってないのよ。このOSの仕様をデータで見る限り、試作版からバグ取りやら何やらをこなして完成させろってことが書かれてるのよ」

 

「・・・一つ疑問があるのですが、何故完成されたOSが入っていなかったんでしょうか」

 

「そりゃあ、完成されたデータをいきなり開発しましたなんて言って公表したら不自然だからじゃない?幾らなんでも、極秘ってことだけじゃ誤魔化しが聞かないこともあるでしょうし。それに、いくら並行世界のアンタの発案で出来たかもしれないOSだと言っても、厳密にはアンタ自身の発案じゃないわけだし。確認の意味も込めて、初めからやれってことじゃないかしら?」

 

 

夕呼のその説明に、やや疑問が残る点がないでもないが、細かいことなので武は最早何も言わなかった。武としても、幾ら別世界で保証されているとは言え、初めから完成した物でやるより、試作段階の物から作り上げていくほうが好ましい。

 

 

時間の問題も考えればリスクになるかもしれないが、それでも命を預ける物となる以上自身で確かめたほうが都合のいいのは確か。その上、完成品を使うより試作段階から始めることで新たな発見を得られるかもしれない。そう考えれば、多少のリスクには目を瞑るべきだ。

 

 

幸いというべきか、未だ確証がないとは言え計画完成の目処は付くかも知れないのだ。

 

 

「今やるべき事を・・・やるべきか」

 

「ま、そういうことね。未来から来た、それも第5計画が実行された未来から来たアンタに向かって、焦るなとは言わない。けど、計画完遂が対BETA戦争を即終了させるものではない。あくまで第4計画の完遂は、この絶望的戦争に勝利の希望を持たせる意味のものであり、成功させなきゃいけない絶対条件でしかない。つまり・・・」

 

「この戦争に勝つための終止符を打てるかどうかは、計画完遂後にあるという事ですか」

 

「そういう事よ。だから、あまり先ばかりを見て行動して足元を掬われる、なんて事にはならないように気をつけなさい」

 

「・・・了解」

 

 

夕呼の言葉に、武は不要と言われるであろうが敬礼をして覚悟の程を改める。これで少なくとも、第5計画の執行は無くなる筈なのだ。そう、何の妨害も起こらなければだ。勝って兜の緒を締めろとは言うが、その言葉は正にこの状況にこそふさわしいというものではないだろうか。

 

 

武は緩みそうになった自身の心に楔を打ち、より一層の冷たさを持たせる。邪魔する者がいれば、どんな手を使ってでもそれを排除する。そう、前の世界でもそうだったように。武の表情が険しく、目は鋭く尖っていく。例えるならば、剥き出しの日本刀のように。

 

 

そんな武を見て、夕呼はほんの少しばかり複雑そうな表情を一瞬浮かべるが、直ぐ様その表情を消し去り、伝えるべき事を全て伝えていない事に気付き、再び口を開いた。

 

 

「ま、OSについてはその通りよ。で、今から話すのはアンタの配属先の話の続きよ」

 

「A01部隊についてですね」

 

「そうよ。アンタにはまず、腕試しの意味も含めてA01部隊と模擬戦をしてもらうわ。私はアンタの腕については、疑ってはいない。何せ、黒の斯衛服を着ていたぐらいだったしね」

 

 

黒の斯衛服は、実力で斯衛に選ばれた人間の証だ。家柄ではなく、その実力を持って政威大将軍を守護する矛となり、盾となった存在の証。その実力が、生半可ではないことは衛士ではない夕呼でも分かることだ。しかし、それは夕呼についてと限定される。

 

 

武の身分を公にできない以上、A01のメンバーにこいつは強いから認めなさいと言っても、認められるものではないだろう。だからこその、夕呼が命令する模擬戦。これは謂わば、入隊テストのようなものであった。

 

 

「日取りについては、明日にでもやってもらおうかしら。シミュレータを使った模擬戦だから、機体については問題ないわ。尤も、貴方が乗る機体は武御雷じゃなくて不知火になるけど」

 

「別に構いません。必要な事であれば、俺はこなすだけです」

 

「OSについてはどうする?一応、このXM3に換装しておきましょうか?」

 

「いいえ、今回は変えなくても構いません。俺も、使い慣れたOSの方がやりやすいですし」

 

 

OSの換装を1日でともなれば余計な手間を増やさせることになる。夕呼に手間はかけさせたくないと、武は判断した。それに、使い慣れたほうが良いというのも本音だ。幾ら並行世界の自分が関わっていたものとは言え、今の自分には関係のない話なのだから。

 

 

実力を見せる意味でも、同じコンディション、同じステータスで挑んだ方が良いのだ。できるだけ、面倒事は避けたいというのが武の本心である。

 

 

「わかったわ。セッティングはこっちでしておくから。そうね、明日の午前10時・・・1000って言うんだっけ?軍隊って言うのは、回りくどい言い方するもんね」

 

「了解」

 

「あっ、アンタの強化装備のフィードバックデータはないっていうのは分かってるか。その点だけは、注意しときなさい」

 

「了解」

 

 

武はどうでもいいと言わんばかりに、短く返答した。夕呼も、いちいち自分の吐く言葉にめんどくさいつっこみが無いのはありがたい。余計なことは尋ねず、今知るべき情報だけをしっかりと取捨選択する。そんな言葉を体現している武は、ビジネスパートナーとしてもやりやすかった。

 

 

訓練を受けていない夕呼でも、武が雰囲気から甘ったれではないことは理解できる。つまり、今夕呼の目の前にいる白銀武という青年は、知識量を除けば非情さという意味でも、その他の意味でも対等と言っていい関係だった。

 

 

そういう関係は、夕呼としても望ましい事であるから、是非ともこの調子で頑張ってもらいものだと、内心でそんな言葉を吐きながら先程淹れたコーヒーを口に含んだ。

 

 

それ以降はやるべき事も、伝えるべきことも殆ど存在せず、武は明日の勝負前に不知火を触っておきたいという事を打診し、それの手続きに移ることとなった。

 

 

そうしてやるべき事が全て終わった武は、無意識に敬礼しそうになるのを抑え、短く退室の言葉を告げると強化装備を受け取るべく足を向けた。1人となった夕呼は満足そうに笑みを浮かべ、しかしこれからの事を思うとより一層忙殺されるであろう研究の内容に、大きなため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなところか」

 

 

シミュレータのコクピット内部で武は小さく呟き、機械を停止させた。夕呼の執務室から退室し、強化装備を受け取ったりシミュレータ使用の許可を受け取ったりするのに午前中を費やし、その後昼食も取らずにシミュレータに乗り続けた武。

 

 

強化装備のフィードバックデータもない状態では、如何に戦術機適正が高い武とは言えやはり疲労を感じずにはいられないものだった。とはいえ、BETAとの戦闘に比べれば疲労の具合は比べるまでもなく、武にしてみればそれ程ではないのも確かだが。

 

 

故に、本音を言えば疲労を感じたのはその部分ではない。実際にはシミュレータを使用する前。如何にこの横浜基地の副司令、香月夕呼のお墨付きがあるとはいえ、上官とは言えいきなり現れた大尉に対する整備兵らの空気は、良いものとは言い辛い物があった。

 

 

おまけに、武の機動は周りの者からとんでもない謂れを付けられる程の機動なのだ。如何に実機ではないとは言え、この後の事も考えるとシミュレータの管理を行っている整備兵から、明日の模擬戦後は文句も飛んできそうだ。

 

 

明日の模擬戦は今日のような馴らしとは違い、相応の動きは取らざるを得ないだろうというのは、武の予想だがそれを裏切ることはないだろう。夕呼直属の部隊と言う程なのだから、帝国で言う斯衛と同じような意味合いを持っていると言っても過言ではない。

 

 

「考えていても、仕方がないか」

 

 

思考を切り替える為に、考えていた事を切り捨てるように大きなため息を吐く武。コクピット内でやれる後始末を全て終え、電源が確実に落ちたのを確認した後、機体を降りて近くにいる整備兵に連絡を終える。

 

 

暫くして整備兵の驚きのような声を背後に、武は流した汗をシャワーで流すべくその場を後にした。それから10分程経った頃だろうか。

 

 

武と入れ替わるように、十数人の女性の姿が施設内に入ってくる。女性らしく、多少喧しさを含んだ声は施設内にやけに響き、その中の纏め役である大尉の階級章を付けた20代前半と思われる女性が、慌ただしく整備を行う整備兵を遠巻きに見ている同じ整備兵に声をかけた。

 

 

「何やら慌ただしく整備を行っているようだが、何かあったのか?」

 

「こ、これは大尉殿!!失礼しました」

 

「構わん。それで、質問の答えをもらえるとありがたいのだが」

 

「これは失礼しました。伊隅大尉の仰るとおり、実は・・・」

 

 

困ったように笑い、整備兵は伊隅と呼んだ大尉に事情を説明する。内容はもちろん、武が使用したシミュレータの整備のことだ。その話を聞く内に、大尉の階級章と衛士である事を証明するウイングマークを付けた若い女性衛士、伊隅みちるは興味深そうな笑みを浮かべた。

 

 

それについて何か引っ掛かりを覚えた整備兵だったが、そういった事は珍しくないのか、疑問は浮かべただけで言葉にはせず端的に説明を終える。そして言葉を語り終えたあとには、伊隅だけではなく、同じく後ろに待機していた中尉の階級章を付けた女性衛士も面白そうに声を上げた。

 

 

「何だか、面白い事になってるみたいですね~大尉」

 

「整備兵にとっては、笑い事じゃないみたいだがな速瀬」

 

「無駄ですよ大尉。こうなった速瀬中尉は、何を言っても止まらないのはいつもの事でしょう」

 

「ふ、確かにな」

 

 

言って、可笑しそうに笑う伊隅。最初に声をかけたのは速瀬水月、そして後から声をかけたのは宗像美冴。二人共、女性であり若き中尉の階級を持つ優秀な衛士だった。尤も、BETA大戦が始まって以降、男性の衛士が激減し女性ばかりになっている今、それを考えればおかしな事でもないのだが。

 

 

そして、彼女ら3人を含め、後ろにいる女性衛士全てが夕呼の言うA01部隊のメンバーである。つまり、明日の模擬戦の武の相手だった。そんな女性ばかりで固められた部隊の中、傍目に見ても言動から好戦的な雰囲気を隠しもしない速瀬が、野性的な感を働かせたのか含み笑いを浮かべながら口を開いた。

 

 

「もしかして、アレを使ってた奴が副司令の言う明日の模擬戦の相手なんですかね」

 

「かもしれないな。何れにせよ、そうだとしたら中々興味深い相手ではありそうだ」

 

「流石速瀬中尉。戦闘で性欲を発散させるという、奇特な趣味を持つだけあって感が鋭いようで」

 

「ぬぁんですって~?む~な~か~た~」

 

 

気障っぽく笑う宗像に、怒り心頭な様子の速瀬を追い回す。普通なら注意をするところだが、注意しない伊隅の様子を見るにこれはいつもの事として片付けらてているのだろう。

 

 

それを証明するように、そんな戯れあいは直ぐにおさめられ、真面目に明日の模擬戦の事を話し合う隊長達。切り替えが速いのは見事だが、戯れあいの様子を見るとどうにも女子会のような雰囲気に感じられる。

 

 

尤も、内容は至極真面目な事であるため、誰もそれに対して何も言うことはないが。後ろにいる少尉連中も、作戦内容については混じって入り、それぞれポジションやフォーメーションについての話し合いを続け、それから30分もした後だろうか。

 

 

話は纏まり、隊長である伊隅が一括すると各員シミュレータに乗り込みそれぞれ訓練の準備に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『準備はいいかしら?黒鉄』

 

「いつでも」

 

 

シミュレータに乗り込み、機体状態を確認し終えた武は短く返事を返す。既に心は模擬戦の事で冷え切っている。恐ろしく冷静でいて、動揺や緊張の様子も見られない。

 

 

それをバイタルモニターで確認した夕呼は小さく笑みを浮かべ、隣に待機するピアティフ中尉に合図を送る。

 

 

そして、武の相手である伊隅ヴァルキリーズの隊長である伊隅にも、確認の合図を送ると準備完了の返事を受け取った。そして起動する、風景プログラム。網膜投影システムを通し、武と、そしてヴァルキリーズの面々に半壊した街の風景が映し出された。

 

 

そして、演習開始を知らせるカウントダウン表示。それが、30から1つずつ一秒ごとにカウントを減らしていく。それを視界の端で確認しながら、武は操縦桿を握る両手を開閉し具合を確かめる。

 

 

一度、二度と繰り返すたびに操縦桿がミシリと音を立て、しかし壊れることなく、故障の様子も無く、その感触を武にしっかりと伝えてくる。その感触と感覚に満足を覚えた武は、大きく、ゆっくりと吸った息を吐き出して準備を整える。

 

 

そして、肺に溜まった空気を吐き出した頃には、普段から鋭く尖らせた刃物のような双眸は、より一層凄さを増していた。並の者ならその眼光だけで怯み、普段の調子を出せなくなるほどの緊張を纏わせて。

 

 

やがて、カウントダウンの表示が10を切り、秒読み表示がピアティフの通信機を通した肉声に切り替えられ、武は投影された景色を睨みつける。戦力差は1対10。数的不利は優に及ばず、相手の力量も不明。しかし、そんな事は武にとって大した事ではない。

 

 

そう、第5計画の後、数々の地獄のような戦場を、対人、対BETA関わらずくぐり抜けた武にとっては。故に、焦りも恐れもない。あるのは、一秒でも早く、刹那より早く相手を屠るだけ。

 

 

そうして、カウントダウンがゼロになり、演習開始のブザーが鳴った瞬間。武はただ、スロットルペダルを踏みしめ突撃した。




まず一言、すいませんでした(土下座)
いや~、計画の為の数式やら何やらを考えるのがちょっとアレでして。ここだけ、○○様の助けを借りることにしました。スイマセン。ドリルミルキィはご勘弁を。

というのも理由はあります。まず、武ちゃんが数式を取りに戻ろうにも色々と無理があると感じたからです。作者の脳内には、武ちゃんはTDAの姿が網膜投影されているので、それでも戻ったらヤバイだろ。というのが一つ。

二つ目としては、TDAの武ちゃんって、あんなレイ○目になっちゃって心が病んでそうなのに、元の世界のことを正確に覚えているのかなぁと考えてしまったからです。

決して、決してそこらへんをうまくまとめるのがめんdげふんげふんなわけではありません。それにぶっちゃけ、本編でも大変だったのは数式手に入れた後だったわけで、そこらへんを考えていただけると幸いです。はい。


今後、このようなご都合主義はあまり発生させないつもりです。物語上、どうしても必要という時は、断片的にでるかもしれませんが。それ以外は出さない予定です。


衛士としては、あの時代最強ですから戦闘力を底上げする必要はありませんしね、武ちゃん。


では、苦情、ご指摘、叱責の方お待ちしています。

PS.文章中、名前表示なのと氏名表示な人間がいますが、統一したほうがいいでしょうか?それともこのままでいいでしょうか?その点についてだけ、答えてもらえると助かります


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episode1-4 激突

今回初めに言っておきます。
戦闘がメインの筈なのに、かなり酷いです。描写が。
正直、対人戦の描写なめてました。原作では絵もありましたし、自分では理解しやすく思えたのですが、文字だけだととんでもなく難しいです。

なので、戦闘がありますが短いですし、それも戦闘描写と言える程のものではなく、とんでもない稚拙です。その為、読者を不快にさせてしまうかもしれません。というより、多分させてしまいます。

そこで、今回は兎も角次からの描写の時には精一杯気をつけたいと思いますので、ご意見のほどを多く求めたいと思います。

キツイ一言、厳しい発言、なんでも受け付けます。なのでご一読頂いて、それでも感想を書こうと思う気分になれる方、どうかお願いいたします。
以上、長くなってしまいましたが、お目汚し失礼いたしました。
作者からの注意書きでした。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

武と伊隅ヴァルキリーズの、戦力差1対10という絶望的なまでの戦力差による模擬戦が、夕呼によって命令され、開始して5分が経過した今。その戦況は、信じられないほど圧倒的、且つ目を疑うような物となっていた。

 

 

『くっ・・・ぁあああああ』

 

「涼宮!!」

 

『コックピット破損及び頭部破損と認定。致命的大破と認め、涼宮機撃墜判定です』

 

「なんだと!?」

 

 

通信機越しのピアティフの言葉に、みちるは驚愕の表情を隠せずにいた。いや、それどころではない。驚愕どころか、信じられないといえばいいだろうか。

 

 

とはいえ、状況を考えれば無理もなかった。何せこれで5機だ。精鋭と自身らで言っても過言ではない、ヴァルキリーズメンバーがこの5分で既に5機大破認定を受けていた。

 

 

これを悪夢と言わず、何と言えば良いだろうか。戦力差は10対1。演習開始前は、否、そうでなくとも模擬戦の事を聞いたその時から、みちるは自分達の圧倒的勝利を疑っていなかった。

 

 

当然だ。相手が幾ら夕呼の言う精鋭とは言え、この戦力差の前に誰が疑うというのか。

こんな結果は、例え精鋭と名高い帝国斯衛軍の衛士が相手だとしてもありえないような状況だ。

 

 

誰が見ても、いや誰が想定してもありえないという他ない。そんな状況を、有り得てはいけない状況を、通信越しで姿は見えないとはいえ今目の前でやられているのだ。

 

 

驚くなという方が、悪夢を見たと言わない方が無理があった。こんな絶望的な状況は、圧倒的なまでの物量を誇るBETAと戦闘をしていたとしても、感じる事は少ない。否、ないと言えるだろう。

 

 

BETAであれば人間には理解不能の動きという理由があるが、相手は同じ戦術機、そして同じ人間なのだ。にも関わらずのこの結果。それに、みちるは驚愕と恐怖と、そして苛立ちに苛まれていた。

 

 

指揮官としての立場がなければ、彼女自身も即座に戦闘へ向かいたい所だが、部隊の頭であるという立場がそれを許さない。演習だから、死なないのだからと言った、そのような甘えた考えは許されないのだ。

 

 

ここで選択を誤るようであれば、それは実戦でも同じ事。何せ、この演習は直属の上司であり、命令した香月夕呼もモニターで見ているのだから。

 

 

「くっ、全機警戒態勢のレベルを跳ね上げろ!!如何なる状況にも即時対応出来るよう心がけるんだ!!風間は私との連携、柏木、築地、高原は三機連携を―――」

 

『こ、こちら敵機目視確認!!って、きゃぁあああああ!!』

 

『た、多恵ちゃん!!』

 

『ダメだよ!!高原迂闊に突っ込んじゃ―――』

 

 

柏木の言葉が、最後まで続かずノイズに遮られる。どうなったかはレーダーを見るまでも、撃墜判定の音声を聞くまでもない。そしてそれを肯定するように、ピアティフの通信機越しの音声が撃墜判定を告げ、それを聞いたみちるは口汚く文句を吐き悪態をとってしまう。

 

 

しかし、最早そのような余裕はないと即座に頭を切り替えた。既に遅すぎる程に遅いのは理解している。このまま何の対応も取らないままでは、同じように、否。あっという間に落とされるのも時間の問題だ。

 

 

『大尉!!』

 

「わかっている!!残っているのは最早私と風間の2機のみだ!!ここまでやられておいて言う言葉ではないが、ぐずぐずやっているわけにはいかん!!私が前に出て敵機を引き付ける!!尤も、迂闊な真似をしたとは言え速瀬を即座に墜とす腕前だ。長くはもたんだろうし、最悪即座に落とされる可能性すら有り得る」

 

 

『分かっています!ポイントは』

 

「座標を今送った。そこに私が向かうから、狙撃のタイミングを見逃すな!!チャンスは一度、タイミングも一瞬だぞ!!」

 

『了解!ご武運を』

 

 

言って、風間は通信を終える。それを確認するより早く、みちるは機体を走らせていた。ポイントまでの近道を警戒しながら全力で跳ばし、最小限の動きで障害物を避けながら向かうこと数十秒。

 

 

みちるは予定通り、風間に指示したポイントへとたどり着き、風間が準備完了の合図を送る。

 

 

音声でそれを認識したみちるは、レーダーに捉えた機影がすぐそばまで来ていることを確認した。目視は未だできないものの、既に直ぐ傍まで迫っていた。これより先は、秒単位どころかコンマ単位のズレでも手遅れになりかねない。

 

 

今もこちらに向かってくる機体反応に、未知の恐怖を抱きつつも気合は十分であり、頭は冷静に切り替わっている。何時でも来いと覚悟を決め操縦桿を握るみちるだが、レーダーに映る迫りつつある敵機の反応が急速停止した事に気付き、わずかに困惑を浮かべる。

 

 

その時間は一体どれほどだっただろうが。長くとも、それは1秒と経っていない事は言える事だった。何せ、今みちる達は極限の緊張状態を強いられているのだから。時間が引き伸ばされて感じられるのは、その影響だっただろうか。

 

 

しかし、事この相手に至っては致命的な時間の隙であり、そして決定的な誤りだった。

 

 

『これはっ!!風間っ』

 

 

即座に敵機の目的を理解し、それを狙撃体勢を取っているであろう部下にそれを伝えようとするも遅かった。否、それは遅いというより無駄な対応だったと言うべきか。

 

 

何故なら、みちるがそれを察知できたということは、狙撃手である風間がそれを察知できない筈はないのだから。

 

 

かくしてその嫌な予感、否。確信は的中する。仮想でありながら、奇妙なほどリアルに発せられる風切り音を機体のセンサーが捉えるのが速かったのか、遅かったのか。それとも同時だったのか。残念ながら、それを理解できる時間は無く、余裕もなかった。

 

 

ピィーッと機械音がなるのと同時、ピアティフの風間機撃墜判定が下され、クソッと伊隅は操縦桿まで殴りつけそうになるのを自制する。

 

 

代わりに、頭に血が上りながらも今為すべきことを忘れず、スロットルペダルを踏み込んでレーダーに残る自分以外の1機を、倒すべき相手に向かって接敵する。

 

 

自分も1機、相手も1機であれば最早するべき事は1つのみ。上手く対応する指示を与えられなかった事を悔み、これほどまでやられて尚、何処か楽観的になっていた自身を戒めながら、みちるは向かい、そして目撃した。

 

 

既に不要と言わんばかりに、先程風間機を堕とすのに使用した87式突撃砲を投げ捨て、逆手にして74式長刀を構えた同じく向かってくる敵機の不知火の姿を。それを見たみちるは、信じられないような物を幻視する。

 

 

『(死・・・神・・・?)』

 

 

そんな馬鹿な事を思ってしまった理由は何か。コクピット越しとはいえ、ビシビシと伝わってくる迫力か。若しくは、これまで9機の不知火を難なく落としてきたという、情報の先入観からか。

 

 

息を飲みながら、一瞬気をどこかに飛ばしながらも日頃から刷り込まれた動作を体は忘れなかった。半場無意識の内に、初撃を同じく装備していた長刀で受け切るが、咄嗟に出来たのはそこまで。

 

 

真正面からの激突の影響で、その衝撃を完全には殺す事ができないみちる。それどころか、機体制御すら完全には取れず、横に流されながら距離を取るみちるの機体。

 

 

ぶつかりそうになる障害物との接触を、そんな状況ながら必死に回避するがぐぅっと、腹の底から吐き出される胃液混じりの息を吐き出し、しかし操縦桿は離さない。

 

 

シミュレータを用いた模擬戦とは言え、物凄い衝撃だった。そして、視界に映るみちるとは違い完璧な機体制御でもって機体を操る敵機が映る。その姿は、まるで究極なまでに完成された我流の剣士の姿をみちるに幻視させた。

 

 

そして、両手に長刀を構えた死神の如き不知火が迫り、みちるは小さく笑みを浮かべトリガーに指をかけた。この距離ならばと確信し、お土産だと小さく呟いて。

 

 

前面に展開させたマウントアームに備えられた2門の銃口を、まっすぐ不知火へと向け。そして間を置かず引かれる引き金。

 

 

しかし、彼女のそんな文字通り最後にして最大の抵抗の射撃は、最小にして最大の効率を持った操縦で回避され―――

 

 

『伊隅機機体大破認定及び演習終了項目達成により、本演習を終了します。各員機体降下後、副司令指示に従ってください』

 

 

アナウンスの通達後、判定が出る前よりわかっていた結果にみちるは大きく息を吸い、閉じていた目を開きながらゆっくりと息を吐き出した。

 

 

「化け物め・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~~~~~もう!!なんだったのよ、あの機体は!!」

 

「我々と同じ、不知火だったと思いますが速瀬中尉」

 

「そんなことを言ってんじゃないのよ!!私が言いたいのは―――」

 

「冗談ですよ、速瀬中尉。からかっただけです」

 

 

言って、やれやれと両肩を落とす宗像に、速瀬が掴みかかる。だが、今回はそんな速瀬を止める猛者はここにはいなかった。皆、今回の模擬戦の衝撃的結果に肩を落とし、結果に何かを感じているのだ。

 

 

特に、イスミヴァルキリーズの隊長であるみちるは見た目にこそ何かを見せることはないが、内心穏やかでないことは皆が皆わかっていた。それを証拠に、いつもの速瀬と宗像の戯れあいも、どこか空元気と言わざるをえない。

 

 

それほど、今回の敗北と相手の操る不知火は衝撃的だった。既にシミュレータから降りて15分が経過しているが、未だ夕呼の姿を見ないところを考えると、その事が恐ろしい。

 

 

普通に、楽観的に考えれば、傷心中のヴァルキリーズの面々を気付かっているように思えるが、夕呼にだけは有り得ないと皆が皆理解している。恐らく、相手をした衛士と何か会話をしているに違いないという事は想像に固くない。

 

 

そしてそれから更に15分が経過した頃だろうか。漸く、そのイスミヴァルキリーズ直属の上司である夕呼が向こうの方から現れた。そう、隣にピアティフとヴァルキリーズのCPを担当する涼宮遥、強化装備を身に着けた1人の衛士を伴って。

 

 

それを視認して、どこか悲壮の雰囲気を醸し出していたメンバーが、きっちりと姿勢を正す。ビシッと一列に整列し、嫌がられるとは理解してはいるものの、皮肉を込めてか全員が全員タイミングを揃えて敬礼した。

 

 

それを見て、やはり嫌そうな表情を浮かべて止めろと言う夕呼に、一矢報いたと言わんばかりにしょうもない事を考えた一同は、表情を引き締めて、しかし態度はどこか緩ませた態度で言葉を待った。

 

 

そんなメンバーを見て、夕呼はあからさまにため息をつくと、勿体ぶらずに言葉を吐いた。

 

 

「模擬戦ご苦労様。で、どうだった?」

 

 

悪びれもなく言ってくる夕呼。その言葉に、みちるは口をヒクヒクと痙攣させて表情を表すと、ため息をついて夕呼に言った。

 

 

「やれやれ、相変わらず皮肉が過ぎるお方だ。理解して聞いてませんか?副司令」

 

「あらぁ?そんなつもりはなかったのだけど、ごめんなさいね」

 

「いいえ、結構です。慣れてますから、もう」

 

「あら?良かったわね、こんな対応に慣れさせてくれる上官がいて」

 

 

そして、笑い声を上げる夕呼に同じく笑みを浮かべるみちる。見ている面々としては、みちるの背後に巨大な炎を上げている姿が幻視できてしまい、ゾクッと体を震わせた。

 

 

それから2,3分程軽口を叩き合う2人だったが、やがてどちらからともなく会話を切り、夕呼が本題に入るべく大きな咳払いをして注目を集める。尤も、初めから注目は集まっていたわけだが。

 

 

「模擬戦ご苦労様。結果については、私がどうこういうものではないけど。とりあえず紹介しておくわ。彼が貴方達が闘った不知火の衛士、黒鉄武大尉よ」

 

「黒鉄武です」

 

 

夕呼の紹介を受け、短く名前だけを告げる武。先程までの冷徹な双眸では無く、しかしそれでも鋭く見える眼光は何処か畏怖を感じさせる物があった。それはお調子者の速瀬や、それに続く問題児の宗像でさえそれは例外ではなかった。

 

 

必然的にその場に訪れる沈黙。それによって、先任のメンバーは兎も角新任である少尉連中は、内心冷や冷やしていた。すると、それを機敏に察知したのか、みちるがわざとらしくやれやれと小さく呟き、笑みを浮かべて口を開いた。

 

 

「どうしたんだ貴様達、しんみりしすぎだぞ。特に速瀬、宗像。いつものおちょくった態度はどうした?」

 

「ちょ、た、大尉!!私はおちょくってなんかいないですよ!!」

 

「速瀬中尉、それは本気で言ってるんですか?」

 

「どういう意味かしら?宗像」

 

「知らぬは本人ばかりとは」

 

「ぬぁんですって~!?」

 

 

みちるの軽口を口火に、速瀬と宗像が多少ぎこちなくではあるが、いつもの調子を取り戻したかのように戯れあいを始める。それに続いて、やはり空元気ではあるものの少尉連中も連鎖するように会話を投げ合っていた。

 

 

だが、そんな中ふと速瀬が夕呼の方を向くと、そんなやり取りを全く表情を変えることなく淡々と見ている武の視線に気づく。それに引き攣った笑みを浮かべる速瀬だったが、気にしたら負けと思ったのか誤魔化す様により一段と大きな声を上げて笑い出す。

 

 

そんな彼女の内心に気づいたのは、みちると宗像、夕呼達に付いていた遥、そして妹の茜のみであった。尤も、他の連中も気付いていないというよりは、あえて現実から目を逸らしているかのようではあったが。

 

 

一方で、そんな彼女達を見据える武はというと、実際の所それほど冷めた目で見ていたわけではない。寧ろ、戯れあっている彼女達を見ていると、数年前のまだ地獄を知る前の自分を思い出せた。

 

 

所々、記憶に靄がかかるように思い出せないような所があるが、それでもその大まかな様子だけは思い出すことができたのだ。

 

 

訓練兵であった頃、皆の足を引っ張りながらもどこか和気藹々と過ごしていた、過去の事を。それを証拠に、今その場にいる全員は気付いていないものの、もしも気心が知れた者が近くにいたのなら、僅かに緩んだ目尻と口元に目がいったことだろう。

 

 

だが、何時までも感傷に浸っている場合ではないのだ。それを告げるように、武が横から夕呼の視線を感じ言いたい事を察する。正直、自分で言えばとも思うが面倒を嫌う夕呼が、動物園の騒ぎを収めるような人物には思えない。

 

 

内心大きなため息を吐きながらも、武は咳払いを一つして夕呼と同じ方法で注目を集めた。

 

 

「お前達、大尉殿がお呼びだぞ。傾注!!」

 

 

みちるが言うと、重々しい音を立てて揃う足並みと、ビシッと決められる敬礼。そんなヴァルキリーズの隊員を見て、直ぐに手で敬礼を制して楽にしていいと指示をする。それが実行されるのを確認できるのを待つまでもなく、武は口を開いた。

 

 

「先程も言ったが、俺は黒鉄武大尉だ。10月22日をもって、香月副司令の直属の部隊A01に編入する事となった。今までの経歴は副司令が携わっている計画の秘匿上、明かすことはできない。衛士としての実力は示した通りだ。だが、至らない事があれば言って欲しい。その都度気をつける」

 

 

「了解だ。私はA01中隊隊長を務めている、伊隅みちる大尉だ。階級は同じ大尉だし、気軽に呼んでもらえると助かる。副司令は知っての通り、堅苦しいのを嫌うからな。自然と隊の雰囲気もそれに準じるものとなってしまうが、そこは勘弁して貰いたい。これも私達の味なんでな。尤も、任務中はきっちりと正さなければならないが」

 

「・・・了解。こちらも色々と経験だけはしてつもりだ。隊の雰囲気については、こちらも理解がある身だ。話し掛け辛いのは承知しているが、邪険にしないで貰えるとありがたい。俺も副司令同様、堅苦しい態度を強いたりはしない」

 

 

言って、武は一歩後ろに下がった。それを合図に、みちるが残りのヴァルキリーズのメンバーを紹介を始めた。そんな中でも、新任連中に関して武が見覚えがあるのは嘗ての同級生だった為か。

 

 

何れにせよ、覚えているとはいえ名前だけであり、どんな人物だったかは覚えていなかったのだが。

 

 

15分程かけて行われた、自己紹介にしては時間をかけたものだったが、最初の対面でありそれくらいの時間の浪費は仕方のないものだと武は受け入れた。夕呼は夕呼で、文句を言う事もなかったことから余計な邪魔は入ることはなかった。

 

 

それが終わると、ヴァルキリーズのメンバー、特に先任の中尉連中を中心に模擬戦の内容についての質疑応答が始まった。とは言え、武の言っている事、機動概念については理解に苦しむ点があったのか、皆唖然とした表情で聞いていたのだが。

 

 

そんな中、最後の瞬間の事を思い出してか、皆の質問が一通り終わったことを確認してみちるが武に尋ねる。

 

 

「それより、黒鉄は剣術の心得でもあるのか?私は結局、最後に相対したのみであまり貴官の直接戦闘を見ることは叶わなかったが。あの変速二刀の機動には驚いたぞ」

 

「あ、そうそう!!それですよ!!あんな機動、何処で習ったんですか?正直、あれに驚いて何が何やらってとこだったんですよ」

 

「それに相まってあの機動。全く、大尉の変態機動には参りましたよ」

 

「変態・・・」

 

 

堅苦しい真似はよせとは言ったものの、余りにも早く実践された行動と、久しぶりに聞いた褒め言葉?に内心頬を引きつらせる武。しかし表面上は何とか表情を歪めるのを防いでいる為、何処か恐ろしかった。新任の少尉連中は、柏木晴子を除いて頬を引きつらせている。

 

 

とは言え、堅苦しくするなと言ったのは自分だからなのか、武はその言動には何も言わなかった。代わりに、これ以上の変な言動が出る内に、さっさと質問の内容に答えることにした。尤も、それは既に手遅れかもしれない。

 

 

説明を、というより説得に近いものを終えたのは、何だかんだで20分ほど費やしてしまった。しかし、その直接的な原因は質問してきたみちるというより、好戦的な速瀬の影響だったのと機動概念を理解できない以上完全に納得できないのはお約束だ。

 

 

結局、最終的には変態だからできる機動ということで収まったのだ。まともに対応していたみちるがいただけ、救いがあったというものであるが。

 

 

「ふむ、なるほどな。しかし、聞いた上で素晴らしい腕だという他ないな。それだけではない。まさかあれだけの戦力差の中、動揺すること無く我々にあれだけの揺さぶりを掛け、こちらの動揺を誘い、且つ我々の取れる戦術を限定させるとは。それに、戦術機であれ程の剣術を、しかも黒鉄の弁だと乗り慣れていない不知火であそこまでやられるとはな。

 

 

乗っていた最中は兎も角、ここまで説明されては最早ぐうの音もでないぞ。剣術をあそこまで見事に戦術機で披露されると、有数武家出身の帝国斯衛だったのではないかと疑ってしまった程だ」

 

「ご冗談を。俺は副司令の命令で、各地の最前線に出ていただけです。あの剣術も、偶然前線で戦場を共にした人間から盗んだだけですよ」

 

「ふっ、真偽はどうあれそういう事にしておこう。お互い、機密が過ぎるのはお約束だしな」

 

 

皮肉を込めた笑みを浮かべるみちるだったが、不思議と武は不快の念を感じなかった。大して皮肉が込められていなかったからか、それとも伊隅みちるという女性の人格が内包するものなのか。

 

 

下らない考え、というよりこんな時でも下衆な考えをしてしまう自分に嫌気を感じつつ、おそらく後者だろうと自嘲してしまう。

 

 

ここまで冷静に嘘をつけてしまう自分に嫌気が差せないわけではない。しかし、何はともあれこの雰囲気なら対して荒波も立てず上手くやっていけそうだとホッとする武。Need to knowが露骨に表されている中、ここまで険がない雰囲気というのは本当に有難かった。

 

 

そんな、遂ネガティブな方向へと向いてしまう武の性格を悟ったのか、それともこれ以上繰り広げられる面倒な会話を不毛ととったのか、夕呼が手を叩いて会話を中断させた。

 

 

「お話はそこまで。それ以上やりたいんだったら、後は空いた時間か訓練前の部隊内ミーティングでやりなさい。これ以上待たされるのはたまらないわ」

 

「了解」

 

「はっ!失礼しました!聞いたな貴様等!無駄話は後にしろ。副司令を怒らせると、後が怖いぞ」

 

『了解!!』

 

 

ビシッと、皆が揃って敬礼をすると夕呼は嫌そうに手を振って、そのままピアティフを伴って退散する。最後に、武の名前を呼んで呼び寄せるのも忘れずに。

 

 

だが、去る直前に夕呼は言っておかなければいけない重要な事を一つ思い出し、体ごと振り返って何処か楽しそうに口を開いた。

 

 

「そうそう、一つ言い忘れてたわ。アンタたちには、準備が整い次第黒鉄が考案して、私が作り上げた戦術機の新OSデータを使用してもらうことになるから、そのつもりでいてね」

 

「は?新OS、ですか?」

 

「詳しい説明は、準備が整い次第黒銀にさせるから今はそのつもりでいてちょうだい。私はこれから研究の続きをこなさなきゃいけないの。だから、余計なことで時間を取られたくないわけ。以上よ。反論は許さないから」

 

 

じゃねと、言いたいことだけ言って今度こそ立ち去る夕呼。それに続いて、武とピアティフが申し訳程度に敬礼と頭を下げて謝罪とし、夕呼の後を追った。

 

 

いきなりの伝達に、正直全員が全員ポカーンと口を大きく開けて固まる一同。そのまま時間が、5分ほど過ぎた頃だろうか。

 

 

夕呼達3人がいなくなり再起動を果たし、再び賑やかに話し出すヴァルキリーズと、シミュレータの整備を行う整備兵等の悲鳴がその場にやけに虚しく響き渡る。

 

 

そして、夕呼の後を追いながら、武はそんな皆の苦労を何故か理解できてしまい、既に離れた場所にいる被害者一同の事を思って、そっとため息を漏らしたのだった。




読んでいただいた方、ありがとうございました。そしてごめんなさい。

戦闘だけでなく、会話文も回りくどいことになりました。
本当にお目汚しスイマセン。この戦闘回を期待してくれた方(いるかはわかりませんが)本当に申し訳ありませんでした。

あと、TDA後の武ちゃんにしてはしゃべりすぎかなとも思いましたが、そこは話の都合上仕方ないと思ってください。あくまで、任務関連については口数は多くなり、日常会話がすくなくなると捉えてもらえれば。


次回以降の戦闘、対BETA戦では初回でも上手く書けるよう精進したいです。
意味不明な戦闘回、本当にすいませんでした。

次回は、207Bのメンバーと少し絡ませたいと思います。では失礼します。


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episode1-5 武の忠告、そして予感

今回ちょっと短めです。
ですが、ここで切らないと長くなってしまい、読者の皆様が読むのが疲れてしまいそうなので、こうしました。スイマセン。

あと、前回の話について感想を下さった方、本当にありがとうございました。
そして、いつの間にか3000PV超えてたので、ここに御礼申し上げます。
本当にありがとうございます。かなり嬉しいです。
仕事の疲れも忘れちゃいます。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

模擬戦が早々と終わり、夕呼との新OSの試作データの換装作業の話を終えた武は、今日ばかりは早めの昼食を摂る事ができる事となった。

 

 

尤も、昨日一昨日より時間は早いとは言え、既に時計の針は1時30分を過ぎていて、比較的に早いという余計な文字がつくのだが。

 

 

さりとて、その程度でどうこうなる程人間の体は貧弱ではないし、軍人ともなれば尚更である。特に不都合は感じなかった。

 

 

尤も、この後新OSを使った試作テストがある事を考えれば早めに昼食を終わらせる事は重要である。

 

 

主に、幾ら既に慣れた事とはいえ、食べて直ぐシミュレータに揺らされたくないのと、少しはゆっくりとした時間を過ごしたいというのが理由だ。通り過ぎる度に交わされる、同じ国連軍の整備兵や一般兵からの敬礼を返しながら、PXに向かう事10分。

 

 

距離的にはそうではないものの、気分的にはやや気疲れしたような感覚を武は感じていた。それというのも、模擬戦が終わってから続けられた夕呼とヴァルキリーズメンバーによる、質疑応答等の結果だろうか。

 

 

特に、夕呼の話は愚痴やら何やらが混じっていて、決して任務に関係があるものばかりとは言えなかったので、それが一番の原因なのだろう。そしてそのせいだったのか。

 

 

PXに入って少し経った頃、武はそこにいた訓練兵にしては遅めの昼食を摂っている207B分隊の姿を、向こうから声をかけられるまで気付かなかった。

 

 

「く、黒鉄大尉!!」

 

 

一番最初に気づいた榊が、誰よりも早く武の姿に気付き、そして昼食を食べていた手を休めて立ち上がる。それに続き、冥夜、彩峰、珠瀬が続き、武はやや遅れて敬礼を止めるよう手で制した。

 

 

そして、ちょうどいいと自身の手に渡った合成食品の鯖味噌定食を持ち、空いている御剣の前の席に腰を下ろした。それに驚愕の表情を浮かべる4人だったが、文句を言うわけにはいかず、何か釈然としないものを感じつつも武に視線を向けた。

 

 

「・・・どうかしたのか?」

 

「あ・・・い、いえ、何でもありません!!」

 

「もしかして、邪魔・・・だったか?」

 

 

すまなそうに、目尻を下げて謝る武だったが、それを慌てて否定して逆に謝り出す榊。他の3人、マイペースな彩峰でさえ申し訳なさそうな顔をしているのだから、武としては意外だった。

 

 

ただ、武としてもただ見かけたから昼食を一緒に摂ろうとしたわけではない。実は先程すれ違ったまりもと会話を交わし、チーム内の連携が上手くいっていない事を偶然に耳にしたのだ。

 

 

それを聞いて、そんな事もあったなと武は思い出し、会えたなら少しでもフォローしようと考えていたのだ。それは、前の世界のまりもに対する贖罪の気持ちもあったが、個人としても解決できるなら解決させたいと思っていたからだ。

 

 

どれだけ過酷な戦場や酷い現実を見て摩耗しようと、白銀武という人間の芯はやはりどこか甘さと優しさを内包しているのだ。尤も、それが白銀武という人間の引きつけて止まない魅力という物なのだという事は、本人以外の周知の事実であったが。

 

 

こんな過酷の世界だからこそ、武のような考えを持つ人間が一人でもいるのは好ましいと、そういう事なのだろう。そういった本質から、武はこの世界でも彼女達の為にできることは決してやめないのだ。

 

 

例えそれが、自身が嫌われ憎まれる結果となったとしても。故に、武は回りくどい言い方や聞き方はせず、直球で4人に尋ねることにした。

 

 

「神宮寺軍曹に聞いた」

 

「え?」

 

「近々、総合戦闘技術評価演習が行われるというのに、チーム内のごたごたが頻繁に起こっていると嘆いていた。本当なのか?」

 

「っ!!それ、は・・・」

 

 

武の飾りも無駄もない直球の一言に、代表として尋ねられている榊は息を飲んだ。それで答えは聞かなくてもわかる。否、元より答えはわかっていた。分かっていて、武は聞いたのだから。そう、榊達の過ちを直接認めさせる為に。

 

 

そして、訓練には直接携わる機会があまりないと、そう言った武本人にいきなりこうもつっこまれるというのが意外な事なのか、尋ねられた榊は視線をある方向へと泳がせている。視線の先は追わずとも武には分かっていた。

 

 

理由は簡単。前の世界でも同じ事だった。分隊長である榊と、彩峰の意見の不和。それが、この小隊の状態を悪くしている要因の一番大きなものなのだろう。勿論、他の理由も上げていればキリがないだろうが、それが最もであるのは武には明らかだった。

 

 

何せ前の世界では、戦術機に乗る頃になってもそれは続き、その2人と組んで模擬戦をやる時に手こずったものだからだ。今思い出しても、あれは武にとって苦い思い出であり、そして懐かしい思い出だった。

 

 

だが、この世界でそんな悠長に事を構えるわけにはいかなかった。武個人としては、戦わずに平和に暮らしてくれることを祈っているが、今のご時世そんな平和など数えるほどしかありはしない。

 

 

あったとしても、それをこの場にいる4人が望まないことは明らかだった。時には弱腰になっても、必ずそれ以上に強気になった彼女らの姿が、武の脳内には刻み込まれているのだから。それは前の世界の出来事だが、前の世界でできていたなら、この世界でできない道理はない。

 

 

だからこそ、武は多少厳しい言い方をしてでも気付かせる。彼女達に、後悔させないために。そして、今度は自分達の足でたってもらうために。

 

 

「・・・207B分隊が、それぞれ特殊な立場に置かれていることは、情報として知っている」

 

『ッ!!?』

 

「その上で言わせてもらう。お前達が本気で衛士を目指したいというのなら、その考えや固執を捨てない限り、決して正規兵になる事はできないだろう」

 

「・・・ッ!!ですが」

 

「前回の総合戦闘技術評価試験の結果と、教官から見たお前達の評価も聞いた。これは、その上での俺の考え、否。正規兵としての考えだ」

 

 

何かを言おうとした榊の口を封じるように、再び武は言った。只管に、只々残酷なまでに正しい真実を。武の言葉が4人の心を抉る。

 

その核心を直接突き刺すような言い方に、やはり何か耐えられない者を感じたのだろう。4人は、特に榊と彩峰は、上官である武を睨みつけるように見る。

 

 

しかし、そんな程度の事に動揺する武ではない。寧ろ、素直に受け入れられないのを承知で、更に言葉を続ける。

 

 

「軍と言うのは、仲良しごっこをする所じゃない。戦場においては、何時如何なる事情があろうと、時に理不尽な命令は下され、個人的感情を無視するような任務は当たり前だ。それが、多数の命をかけた時となれば頻繁に」

 

「そ、それは理解しています!!失礼を承知で進言させて貰いますが、いくら上官とは言えど、この件に関しては―――」

 

「そうやって、上官に対して意見できるのも訓練兵の立場までだ。任官すれば、特別な立場なんて地位がなければ足枷になり、ただの嫉妬に成り下がる。まして、それがお前達のような若い兵士なら尚更だ。日本のような最前線において、無駄に時間をかける個人的感情を含んだ意見を言い続ければ、最悪銃殺だって有り得る。尤も、お前達の場合は軍を強制的に退役される程度で済まされる場合もあるかもしれないが、それが軍という組織だ」

 

『・・・・・・』

 

「日本のような最前線でありながら、訓練兵に長い訓練期間を設ける事は、未熟な兵士を戦場に送り出し犠牲を増やすのを嫌うだけじゃない。戦場において、部隊内同士で起こりうる衝突を避けるための精神を持たせる意味もある。任官すれば、意見が合わない者と戦場を共にするのは当たり前だ。そんな時、気に食わないからといって命令を無視するという事は絶対に起こってはいけない事なんだ」

 

 

そこまで言って、武は一旦言葉を切る。ここ数年、こんなに長く話すのが久しぶりだったためかやけに疲れていた。おまけに、嘗ての仲間にここまで言わなければならないという事実も、重くのしかかる。

 

 

しかしそれでも、真面目に聞いてくれている4人を見ると、やはり最後まで言わなければならないという気持ちが勝った。それが、今生き残っている武の責務でもあるからだ。

 

 

「本来であれば、訓練兵は羞恥心を無くす為、前線の空気を感じさせる為と言って、男女区別の意識を無くさせ、風呂やトイレも全て一緒にするのがお前達の立場だ。それが無いお前達は、その点だけで言えば優遇されているというより、やはり被害者という意味合いのほうが大きいんだろうと思う。普通であれば理解できるものを、理解する場を与えられなかったんだから」

 

「大尉・・・ですが」

 

「軍における責任のとらされ方っていうのは、大きく分けて2つに別れると俺は思っている」

 

「2つ・・・でありますか?」

 

 

ゴクリと、武の言葉に何か嫌なものを感じたのか、御剣が息を飲んで聞いた。他のメンバーも、言葉にこそ出さなかったものの同じような事は感じているらしい。顔に不安の表情がありありと出ていた。それをしっかりと確認した武は、湯呑に入った合成玉露を一口、口に含んでからゆっくりと言った。

 

 

「1つ目は、部隊内のメンバーを管理できなかった上官への重罰。2つ目は、1人の罪が連帯責任という最も辛く重い責任の取らされ方だ」

 

『ッ!?』

 

 

武に告げられ、心の底では理解していたものの、改まって告げられた言葉に息を呑み驚愕する4人。しかし、その4人が4人とも、異なる驚き方を見せていた。榊は恥じ入るような表情を、彩峰は何かを思い出したかのような表情、珠瀬は大きく肩を落とし目端に涙さえ浮かべていた。

 

 

そして、冥夜はその言葉に彼女達以上の何かを感じてか、苦悶の声を漏らして俯いてしまった。皆、今の一言に相当参っているようだ。しかし、武はまだ止める気はない。

 

 

ここで終わらせるわけにはいかない。現実を直視させなければ、何時までたっても変わることはできないであろうから。

 

 

内心、何処かがズキリと痛む感覚を感じながらも、武は続ける。

 

 

「前線における罰がどのようなものか、それは言うまでもないだろう。だから、それについては詳しくは言わない。だが、これだけは覚えておいて欲しい。どんな状況でも、どんな気に食わない相手だとしても、同じ部隊にいる以上そいつは仲間であり、そして戦友なんだ。その戦友に、誰かを撃たせるような真似だけはさせないで欲しい。俺から言えることはそれだけだ」

 

「黒鉄大尉・・・」

 

「色々とすまない。情報としてしか知らないお前達の事情を、軽々と自分の言葉で語ってしまった」

 

「い、いえ!!謝罪など不要です、黒鉄大尉!!全ては・・・全ては大尉殿の」

 

「それでも、謝らせて欲しいんだ」

 

 

武は御剣の言葉を途中で切り、頭を下げた。その光景に、落雷を受けたかのような衝撃を受ける榊、御剣、珠瀬、彩峰の4人。それは一体どうしてだったのか。詳しい理由はわからない。何せ、黒鉄武という大尉と出会ったのは先日が初めてだったのだ。

 

 

今日も合わせれば、それはたったの2回。そう、たったの2回なのだ。そんな、たった2回という僅かな回数しか関わっていない人間が、ここまで親身に自分達の事を考え、そして頭を下げる真似までしているのだ。衝撃を受けないはずがない。

 

 

否、本当はそれだけではなかった。何故だろうか。今そこにいる4人は、黒鉄武という存在に対し、不思議な懐かしさを感じていた。

 

 

会ったことなどないのに、過去に話したことがあるわけでもない。だというのに、自分達にそんな事を言わせてしまった自分達が、堪らなく嫌に感じてしまったのだ。

 

 

だが、それなのにそれ以上の言葉は出ない。喉が引き攣り、上手く言葉を発せない。それはたった数秒の事だったのに、まるで永遠にも感じられる時間だった。やがて、何も言えない4人の心中を慮ったのか武は頭を上げ、すまなかったと謝罪する。

 

 

そして、残っていた合成玉露を一気に飲み干すと、同じく残っていた昼食をさっさと掻き込み、トレーを持って立ち上がる。そんな武の姿に、何か言おうとした4人だったがそれを制するように先に口を開いた。

 

 

「最後に一つアドバイスをしておく」

 

「え・・・?」

 

「これは軍人だけに言えることではないが、神宮寺軍曹が厳しく叱責する時。それは、お前達が感じている以上に重く辛い責務を負っている筈だ。今後はその事をしっかりと頭に叩き込んで、各々訓練に当たれ。一刻も早く、お前達が任官する事を、衛士になる事を望むのなら」

 

 

そうして、武は今度こそ4人に背を向けて歩き出す。使い終わった食器をカウンターに置き、そのまま夕呼の執務室に向かう。

 

 

武の姿が完全に消えた後も、4人は残っている昼食を食べもせずにずっと固まっていたが、やがてその場の4人共、ビシッとした敬礼を去った武の背中に向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、どうかしたの?神妙な顔しちゃって」

 

「・・・少し、色々あっただけです」

 

「はぁ?少し色々って、思い切り矛盾してるじゃない」

 

 

何言ってんのと、言わんばかりに眉を顰める夕呼に武は無言を持って返答とする。それを見てやけに大きなため息をつくと、夕呼は忘れるように頭を振って手に持った紙をバサバサと揺らす。

 

 

「それは?」

 

「アンタがこの後使う、試作OSの仕様書よ。さっき自分で言ってたじゃない」

 

「・・・拝見します」

 

 

数十枚に纏められた厚い紙を武は受け取り、パラパラと適当に捲って見る。適当に読んでいるように思えるが、軍人として訓練してきた中に、与えられた情報をいかに素早く読みきれるかという内容も、斯衛の中にはあった。その他にも、訓練校では教わらなかった様々な訓練をこなしたのだが、何れにせよ役に立ったということだ。

 

 

尤も、元から細かく読むような内容はあまり存在しなかった為に、武はものの数分で読み終える。そして、読み終わった資料を夕呼に返す。

 

 

「あら、いいの?一応あんたのために用意したんだけど」

 

「構いません。元々、俺は習うより慣れろが似合っていましたし、別の世界とは言え俺が考案したOSなら、触っていれば慣れると思います」

 

「ふ~ん、そういうもんかしらね。じゃ、これは後で伊隅に渡しておこうかしら」

 

「そうしておいて良いかと。OSを換装したシミュレータの準備は、規定時間通りにできているんですよね?」

 

「ええ、概ねその通り。アンタが使ってたシミュレータの整備に時間がかかって少しズレたけど、この後行ってもらって構わないわ」

 

「了解」

 

 

夕呼の手前、敬礼はせずに言葉だけで肯定の意を示す武。言葉だけでも堅苦しさは抜けないものの、敬礼されないだけマシだと思ったのか夕呼は満足そうに笑みを浮かべる。こんな風に機嫌がいいのも、多大な苦労はしても計画成功の目処が立っているからなのか。

 

 

自分の覚えがない持ち物で、それが成されるというの気持ちの良いものではないが、目処が立っているだけでもマシなのだ。武は割り切ることを決め、新型OSであるXM3の試作型を試すべく、強化装備に着替えるためにドレッシングルームに向かうのだった。

 

 




今回は短かったですね、すいません。
そして次回は、少し時間が飛びます。
具体的に言えば、武がXM3での作業をある程度終え、バグ取りを追え、ヴァルキリーズも実機でXM3を試せる程度になったところです。

何故そのようにするかというと、武があまり戦術機前の207B分隊に関わらないからです。ここの武は、自分の考えでは言われなきゃ気づけないより、実際に経験を積んで実感させたいからです。

言われてからじゃなければ気づけないと、いざという時どうにもならないですからね。特に、A01の任務内容が過酷だと知ったので、そのくらいの状況判断はできるようにならねばと思ったからです。そうでなければ、あっさり戦場で散ってしまうと考えました。


もし、XM3に慣れるところを読みたいと思う方がいれば、書いてくれると助かります。一通り落ち着いたら、番外編として上げたいので。

次からはepisode2になります。ちょっとゴタゴタしますが、付き合っていただけると嬉しいです。


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episode2-1 選択と疑念

今回、ちょっと武ちゃんがやらかします。というか、作者がやらかしました。
理由は簡単。
たけるちゃんが、は○めちゃんになってしまったのです。ネタわかる人いるかな?

後、いつもいつも誤字ばかりですみません。
今回も確認しているんですが、おそらく発見されるでしょう。
皆様には毎度迷惑をかけていて頭も上がりませんが、発見次第ご報告いただけるとありがたいです。
では、本編をお楽しみください。


追記です。
これから2,3日、少し仕事が忙しくなることが予想されます。
なので、更新がその間止んでしまうかもしれません。
こんな拙作を期待してくれている方がおられたら申し訳ありませんが、どうがご理解の程お願いいたします(土下座)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『くっ!!ああ、もう!!なんで当たんないのよコノォオオ!!』

 

「・・・・・・」

 

 

苛々した声を隠そうともせず、頭の中まで燃え上がっている事が悠々と想像できるような声で、速瀬の操る不知火がペイント弾を吐き出している。銃口の向いている先は、言わずもがな武の操る不知火だ。

 

 

現在は11月7日。武が207B分隊の4人にアドバイスをしてから1週間と少しの日にちが経過していた。途中、鎧衣美琴が加わり、あの独特な喋り方で挨拶をされ、ついていけなくなってしまったことはお約束であり、変わってしまった武をも驚かす威力を秘めていた。

 

 

それと相まって、XM3についても武とヴァルキリーズのメンバーによってどんどんと進化していった。初めこそ、XM3の操作性の繊細さに驚くヴァルキリーズだったが、慣れてしまえば流石、夕呼直属の特殊部隊。

 

 

武の予測を上回る速さで、そのXM3を使いこなして腕をメキメキと上げていた。今日も今日とて、漸く実機に慣れてきたヴァルキリーズのメンバーと模擬戦をやっているところなのだ。

 

 

そして今、武はヴァルキリーズの突撃前衛長の速瀬を相手に戦闘を続けていた。尤も、続けていたとは言っても、2回目からは速瀬とのタイマンで、それでも今現在までで4回も模擬戦を繰り返しているのだから、疲労の様子を伺わせない武は、誰から見ても流石という他なかった。

 

 

しかし、それもそろそろ限界だ。

 

 

「・・・・・・そろそろ、決着をつけるか」

 

 

自分以外誰もいないコクピットの中、ポツリと呟いた武の一言は嫌に響いて自身の耳に返ってくる。頭の中に浮かんでいる、夕呼からの呼び出しを思い出すに、これが本日最後の模擬戦となるだろう。如何に模擬戦といえど、武としては負けるのは癪だった。

 

 

何せ、撃墜判定を受けるということは、機体にペイント弾の汚れを残してしまう事を意味する。

 

 

となれば、最低限自身の機体の面倒を見なければいけない衛士としては(特にA01はそこらへんが厳しい。主に隊長の主張による)ペイント汚れを落とすのを手伝わなければならなくなる。

 

 

今や迂闊に飛び出せばペイント弾の嵐とかしている攻撃を機体に受ければどうなるか。想像しただけで嫌になる。それも、掃除をするとなれば夕呼との重い話の後になるのだ。それだけは、絶対に死守すべき事案だった。

 

 

ただでさえ険しい表情を更に険しく歪め、武はグッと操縦桿を握る手に力を入れる。物陰に隠れるのも最早飽きた。これで決着を付けると覚悟し、飛び出すタイミングを心の内で数えてカウントする。

 

 

『コソコソ隠れてないで、いい加減出てきたら!?』

 

「(3・・・)」

 

『それとも疲労がたまって動けないの?』

 

「(2・・・)」

 

『だったら終わらせてあげるわ!!』

 

「1ッ!!」

 

 

瞬間、踏み込まれるスロットルペダル。動力に火が入り、加速音が鳴り響き、武の機体が速瀬の視界に映る。それを見てニヤリと獰猛な笑みを浮かべる彼女が、自動照準ではなく手動で狙いを定めてトリガーを思い切り引く。

 

 

自動照準ではなく、速瀬が手動で照準を合わせているのは武の機動が余りに早く捉えるのが困難な為であり、自動照準では遅すぎる為だ。機械の処理に任せていては、狙った時には既に遅すぎる。

 

 

そして、あわや必殺と思われるタイミングの銃撃。常識であればそれで詰みの展開であり、チェックメイト。だが、事武に至っては常識は通用しない。

 

 

「うォオオオオオッ!!」

 

 

張り上げる咆哮と共に、繰り出される三次元機動。常であれば躱せない銃撃を、壁を蹴り、ジャンプし、常人であれば理解不可能な複雑な機体制御をもって銃弾の雨を躱しきる。

 

 

その結果、速瀬の撃った銃弾は廃墟同然のビルや、既に機体が通り過ぎたあとの空を切り、遠く離れた場所にペイントを散らすだけ。

 

 

『んなッ!?』

 

 

それを目の前で見せられ、間抜けな声を上げる速瀬。模擬戦の時と同じ。自分には理解不能な機動で振り回され、最早驚愕の声を上げるしかない。

 

 

『って、げぇっ!?』

 

 

そして、タイミングを狙ったかのように訪れる弾切れのタイミング。そして、機体越しに視線が合致する感覚。となればあとは語るべくもない。銃殺刑の執行の如く向けられた、4つの銃口。それが一斉に火を噴き、

 

 

『うぇえええええええええっ!?』

 

 

速瀬の無残な叫び声と、機体がピンク色の液体に染まるのはほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あああああっ!!私の不知火がっ!!?」

 

「見事に自業自得ですね。速瀬中尉、お掃除ご愁傷様です」

 

「アッハハハハハ!!いやぁ、やっぱ流石だねぇ黒鉄大尉」

 

「笑い事じゃないよ~。私達の機体だって、速瀬中尉程じゃないけど機体がとんでもないことになってるんだからぁ!!」

 

 

実機での模擬戦が終わり、機体から降りて悲鳴と笑い声を上げるヴァルキリーメンバー。見上げる先には、会話に出てきた通り武によって直撃させられたペイント弾が、機体をピンク色に染め上げていた。

 

 

勿論、見るまでもなく速瀬の機体が一番とんでもないことになっているのだが、そこについては誰も深くつっこまない。言えば、ただで済まないことは理解できているからだ。

 

 

今回の模擬戦では、長刀及び短刀の使用を禁止したものだっただけに、必然的に攻撃方法はペイント弾に限られたわけだが、それが戦闘の結果より悲しさを誘発させた。

 

 

遠くで見る武でさえ、やった本人でありながら少しすまなそうな表情を浮かべているほどだった。その被害がどうであるか、推して知るべしだ。幾ら、今回使用したペイント弾が水で落ちやすい性質のものであるとは言え、これを綺麗にするのは徹夜で済むかどうかといったところだ。

 

 

恒例の事に、整備兵達には災難なイベントとなってしまったようだ。そろそろ本当に、武の所に殴り込みが来そうである。先日は、笑いながら冗談込みでの注意があったわけだが、これはそれ以上にマズイだろう。

 

 

とりあえず、その文句を聞くのは後だ。ただでさえ、時間を予定より喰っているのだ。武はそれによって起こるだろう被害を予測し、夕呼の方を優先すべきと判断すると、みちるに一言言ってその場を後にする。

 

 

さっさとドレッシングルームに向かい、シャワーと着替えを済ませると、やや駆け足で夕呼の部屋へ向かった。自動式のドアを駆け足で過ぎ、執務室に入ると不機嫌な顔を隠そうともしない夕呼の姿が目に入る。

 

 

それを見てやはりと思う一方で、文句は甘んじて受けようと覚悟を決めて武は謝罪の言葉を口にした。

 

 

「遅れました。申し訳ありません」

 

「遅いわよ。まぁ、どうせ速瀬辺りが熱くなって模擬戦が長引いたんでしょうから、アンタに言ってもしかたないんだろうけど。まぁいいわ。遅れた分、要件だけをさっさと話すわよ」

 

「はい、お願いします」

 

「昨日の事なんだけど、新たに記憶媒体からデータを抽出できたわ。それによると、どうやら11月11日、つまり今週の日曜ね。佐渡島ハイヴから、BETAが本土に上陸するらしいわ」

 

「・・・忘れてました。そういえば、そんな事があったような記憶が」

 

 

失念していた事に、武はやってしまったと内心頭を痛めた。いや、忘れたというよりは、最早武にとってはその程度のことに一々頓着しなくなったというだけか。

 

 

ハイヴ突入作戦の事や、重大な事柄については覚えているものの、その程度の事は記憶にうもれてしまっていたのだ。

 

 

おまけに、その本土上陸したBETAは被害は出したものの結局全滅に成功した筈だからだ。そしてそれは間違っていない。抽出したデータを夕呼が読み上げると、結果としてはそのようになったという事が聞き取れた。

 

 

「で・・・どうする?」

 

「どうする・・・とは?」

 

「決まってるじゃない。この通りなら、BETAが本土を上陸することは確実。何もしなければ、出る被害まで詳しく載ってるけど、私としては見過ごしても構わないと思ってる」

 

「それは・・・データの通りに未来が起こっていると、確認する意味でですか?」

 

「まぁそれもあるわ。でも実際、私はあの記憶媒体の中身の存在に対しては疑っていない。というより、ほぼ十中八九確信してるわ。だから、それについては疑う余地はない。何なら、帝国側にこの事をボカして伝えてもいいと思ってる。けど・・・」

 

 

急に口を噤んで、夕呼はコーヒーを一気に煽った。中身が温かったからか、とても嫌そうな顔をみるとご愁傷様としか言えないが、今はそんな軽口も出ない。武は今、夕呼の言おうとしていることを理解しようと頭を捻らせているからだ。そして、偶然にも思い至る。

 

 

「・・・成る程。先生はこの横浜基地に所属していますが、元々は帝国の大学の学者だった。という事は、帝国にも少なからず繋がりがあると考えられる。そして、帝国と繋がりを持つのなら、できるだけ隠密性に優れた・・・いや、最も優秀な使い役を選んでいても不思議ではない。そうなれば答えは自ずと出てくる」

 

「ふふん、言ってごらんなさい」

 

「帝国情報省の鎧衣左近。彼の人物と繋がりがあるんですね?だが、あの人は帝国側の人間。おまけに頭もキレる。下手に何かアクションを起こそうものなら、勘付かれ、探られ、後々面倒なことになる」

 

「大正解。っていうか何よ?アンタ、アイツの事知ってる・・・ってそうよね。斯衛にいたんだっけ。だったら当然か」

 

 

嫌そうな顔をして、肩を落とす夕呼。彼女は立場上帝国側の人間とはいえ、元々軍人ではない。おまけに、そこまで帝国に対してもいい印象を持っていないようだ。彼女は本来帝国の研究者だというのに、それは一種の皮肉なのだろうか。そんなくだらない事を、一瞬武は考えてしまう。

 

 

だが、そんな下らない事を考えている場合でもない。口で言うほど、鎧衣左近という男は甘くないのだ。キレ者等と言っているが、実際はそれ以上。独特な会話でかき乱されたかと思えば、急に鋭い一言を言って動揺させてくる。しかも、それが天然でやってるのではないかと思われるほど巧妙だから、尚更質が悪い。

 

 

武が聞いた噂では、彼にかかればどんな情報でも手に入れることは容易いとか。

 

 

「とは言え、よくもそんな人物と・・・」

 

「敵の敵は味方・・・とまでは、都合よくいかないんでしょうけどね。実際、使い勝手がいいのは確かだし、いざとなったら使い捨てる覚悟はしてるわよ」

 

「それで都合よく切り捨てられればいいんですがね。俺達衛士とは違った意味で修羅場をくぐり抜けていますから、相当腕が立つのは確かですよ。実際、彼を暗殺するために間諜を送り込んだものの、返り討ちにあったという話も聞いてますし」

 

「なら、牙を向かれないように気を付けるわよ。向こう側にとっても、私の研究で人類救済の目処が立つなら文句ないでしょうし」

 

 

軽い調子で言う夕呼だが、確かに言っていることは筋が通っている。それに、夕呼が消えて困るのは帝国も同じことだろう。彼女を置いて、第4計画を成功させられる人間がいないのも確か。失敗すれば、即最悪の第5計画が立ち上がるのだ。

 

 

みすみす、そんなヘマをして悲劇を起こさせるほど馬鹿ではない。先まで考えると、武もその結論に達したためにそれ以上は言わなかった。故に、考えるべきは11日にどうするかだ。

 

 

最悪の場合、夕呼の言う通り放っておくというのも1つの手だ。否、万全を期すならそれがいいだろう。しかし、気になることも幾つかある。その為、武の中でも直ぐには判断できかねない。そうして、あらゆる考えを浮かべては捨て、浮かべては捨てと繰り返すこと約5分。

 

 

最良とは言わず、苦し紛れでもあるかもしれないが、ギリギリの策を武は思いついた。下げていた表を上げ、表情を引き締めて夕呼を見ると、何か勘付いたのか言ってみなさいと武に進言した。ならばと、武が思いついた策を言うべく口を開いた。

 

 

「この際、帝国側にハッキリと告げてしまってはどうでしょうか?」

 

「帝国に?それはどう言った意図で?」

 

「俺個人としては、正直この件は放っておいても良いと思います。ですが、先の事を考えれば戦力は減らさないに越したことは無い筈です。ですから、この一件を限定してBETAの動きを察知できたとハッタリをかますんです」

 

「・・・成る程。あらかじめこちらから明言しておく事で、実際に起こった際に戦闘による被害を減らし、向こうに恩を売っておくというわけね。そして、肝心の理由を聞かれた際には、それが元々横浜基地を目指していた事から、ここに残っているBETA施設とオルタネイティヴ4の研究の成果のおかげですと答えればいい。今回の進行が終われば、当分は佐渡ヶ島からもBETAは来ないでしょうし、その間に・・・」

 

「先生の言う、オルタネイティヴ4が成功すれば佐渡ヶ島ハイヴを落とせば良い。先生の事だから、実際計画の成果が上がった際にはテストか何かをする予定なんでしょう?例えば、その有効性を示す為にハイヴの攻略作戦のような何かを。そしてそれをするなら、ここから最も近く日本にとっても邪魔な佐渡ヶ島が有力候補地点だ」

 

「おっどろいたわね。まさかそこまで推測できたなんて!!伊達に修羅場はくぐってないってわけ?それとも、元から勘が殺人的に良いとかかしら?」

 

 

おどけていう夕呼だが、決して巫山戯ているわけではなかった。寧ろ逆だ。本気で、武の鋭さには驚いている。そしてそれは、逆に武にも言える事だった。何故か知らないが、ふとそんな風に考えられてしまったのだ。否、そうとしか考えられなくなったというわけか。

 

 

だが、詳しく聞かれない以上それはそれで黙っている。今はそれを気にしている場合でもない。まだ、武には疑問としていることが残っているのだから。それを理解しているからだろうか。夕呼が特につっこまないのは。何れにせよ、話の腰が折れないうちに考えは話しておくに限る。

 

 

「しかし、帝国もそう言われただけでは信じないでしょう。だから、あらかじめ夕呼先生の口からA01部隊を派遣することを明言しておくんです。それと同時に、そのA01が新OSのXM3を搭載した機体であるということを。そうする事で、実際に俺達XM3を搭載した機体の機動を確認させ、向こうから是非にXM3をよこせと言ってくるように仕向ける。勿論、XM3がオルタネイティヴ4の研究の一環だという事実も忘れずに」

 

「結果的に、私達オルタネイティヴ4の成果が出ているのをハッタリではないと見せられる上に、帝国に幾つか貸しを作れる。おまけに、オルタネイティヴ5支持者を牽制して、上手くいけばあっちがボロを出して仕留めることも可能になるかもしれない」

 

 

そこまで言って黙り込む夕呼。と言っても、結果は決まりきっているようなものだ。ここまで利点を示しておいて、反応しない夕呼ではない。おまけに、夕呼が好みそうな腹黒い作戦だ。これが成功すれば、美味しい特典が幾つも付いてくる。つまり。

 

 

「フフフッ、いいじゃない。そういう策略は大好きよ、黒鉄。認めてあげるわ、貴方のその作戦を、そして有能さを」

 

「ありがとうございます」

 

「それじゃあ、早速準備に取り掛かりましょうか・・・って何よ?私が褒めてあげているのに、そんな辛気臭い顔して」

 

「・・・・・・いえ」

 

 

夕呼の言葉に、武は直ぐには答えられなかった。それというのも、まだ不安が残っているというのと、先程から感じている妙な感覚だった。自身が知るはずのない、というより自分には覚えがないのに何故か知識として浮かんでくる情報。

 

 

そしてそれを、何の違和感もなく捌いて作戦に組み込んでしまう自分の考え。考えれば考えるほど、奇妙だった。何より、そこまで不可解に思っていながら、浮かんでくる知識を、信じて疑わずにいられる自分の心が信じられない。

 

 

夕呼は計画の目処は立っていると言っているが、それだって今考えてみれば確証について武は得ていない。

 

 

「・・・・・・まだ疑ってるのかしら?」

 

「・・・正直に言えば」

 

 

何をとは言わないし、言わせない。そんな事は、言わなくても両者理解しているのだから。夕呼と武はそのままじっと、お互いの目を睨み合いながら硬直状態となるが、やがて降参とでも言うように夕呼が両手を挙げた。それには武も、若干ながら驚きを見せる。

 

 

当然だ。どのような時だろうと、香月夕呼が自分から負けを認めると言う等、正直、天地がひっくり返ってもありえないことだと思っていたのだから。それは、彼女を知る人間なら誰でも思う事なのではないだろうかと、そう思えるほどに。

 

 

しかし夕呼は言ってみせた。それも、笑みさえ浮かべて。一体何が彼女をそうさせたのか、武はそんな考えてもしょうもない事を考えようとして、目を伏せてその考えを消し去る。そんな事、考えたとしてもBETAの行動くらい読めないのだから仕方ないのだ。

 

 

夕呼も、武がしょうもない事を考えているのは雰囲気で悟ったのだろう。わざとらしくため息をつくと、話の続きを口にする。

 

 

「あなたが心配している計画の事だけど、私にしかわからない事がデータを抽出するたびに出てくるのよ。香月夕呼にしかわからないであろう、その事実が」

 

「先生にしか・・・理解できない」

 

「そうよ。だから、他人に話したところでどうにもならないし、どうしようもない事。でも、私にとっては重要な意味を持つものが、ね。だから、アンタは安心して自分のやるべきことをしっかりやりなさい。前にも言ったけど、下らない事で足元すくわれるなんえ冗談じゃないんだから。それとも、天才である私の言うことが信用できないかしら?」

 

「・・・了解」

 

 

夕呼のその言葉と態度に、今度こそ武はしっかりと頷いて敬礼を決めた。今回ばかりは、武の敬礼の意味も察したのか夕呼は特に文句は言わなかった。その表情に、生意気とも自信家とも取れる笑みを浮かべ用は済んだとばかりに、武を部屋から退室させる。

 

 

そうして静かになった部屋で一人、夕呼は椅子に深く腰掛け大きなため息をつく。

 

 

「この私に不安を覚えるだなんて、生意気なガキだこと」

 

 

フフッと、小さな笑みを浮かべる夕呼。脳裏をよぎるのは、武の言った言葉に自信満々に答える自身の姿。武に言った事は決して嘘偽りではない。

 

 

しかし、確かに僅かな不安を自身で覚えていたのも事実。それを指摘されたのは、天才たる自身の言動が僅かにでも不安を感じさせてしまったからなのか。

 

 

「全く、ままならないわね」

 

 

夕呼はそうして、パソコンの横の付属機器に接続された、記憶媒体に視線をやった。機械は機械であり、自身の意思で何かを発することはない。

 

 

なのに、その記憶媒体が一瞬何かの返事を返したと思われたのは、彼女の気のせいか錯覚だったのか。

 

 

何れにせよ、科学者らしくない事を思ってしまった夕呼は、自嘲の笑みを浮かべると、忙しくなるこれからのことを考えて、期待に胸を躍らせたのだった。




今回、たけるちゃん名探偵になる!!の回でしたね。
背後から、バーローという声、じっちゃんの名にかけてという声が聞こえてきそうです。
それを考えると、ちょっとギャグっぽくなっちゃったかな?と心配する作者です。

それと補足説明です。
武ちゃんのポジションについてのことなんですが、この作品ではポジションを限定させうようにはしないようにしたいと、そう考えております。
彼の本来のポジションは、皆様もよく知る突撃前衛ですが、その他の能力も恐らく高いことは想像できます。なので、主に戦闘では突撃前衛を担当することにはなりますが、場合によってはその他のポジションを担当することになるかもしれません。

というのも、TDAでの武ちゃんの活躍と練度を見た限り、ヴァルキリーズメンバーと無理に組ませてしまうと、武との実力の差が違いすぎて、連携にかえって穴が空きかねないと判断したからです。

これはあくまで作者の想像です。想像ですが、現実でも余りに能力が高い人と組んで下手に支援をしようとすると、返って能力の高い人の仕事を阻害してしまう事があると思います。
私が経験する社会人としての経験でも、そういう場面は何回かございました。

加えて、マブラヴ世界はただでさえ過酷な戦場です。そのような中、下手な援護は致命的な展開になり得ることが私としては想像できるんですよ。
尤も、突出しすぎて孤立してしまえば、幾ら彼といえど死ぬことは想像に難くないでしょう。

何だか長くなってわかりにくくなってしまいましたが、今後BETA戦において武のポジションはその都度明確にしていきたいと思います。


これは生意気な発想、及び浅慮な考えと思わざるを得ないといった考えを持つ方は多くおられますでしょう。特に、オルタを深く愛する方々には湧いて当然の疑問だとも言えます。

ですが、そこについては今後文章と説明でカバーしていきたいと思いますので、深いご理解の程お願い申し上げます。





長文、失礼いたしました。


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episode2-2 試作型XM3実戦証明作戦発令

今回、かなり短いかなとか思ってたら、結構長くなっちゃいました。
次あたり、ちょっと番外編を挟もうかなと思ってます。
次話でいよいよBETAとの戦闘だと期待したかとすいません。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕呼の執務室で、本土の新潟にBETAが上陸するとの情報を武が得てから既に2日が経った、本日11月10日9時である現在。武は、ヴァルキリーズのメンバーと共に、ブリーフィングルームへと集まっていた。理由は言うまでもない。当然、11月11日に起こるBETA上陸の作戦についてだ。

 

 

情報としては、11月8日の内に夕呼が既に伝達済みだったが、本格的なブリーフィングはこれが初めてであり、そして基地内で行われる最後のミーティングだ。

 

 

「さて、皆の注目も集まったところで本日のブリーフィングを開始する。尤も、今日のブリーフィングがいつもと少し異なるがな。理由については既に伝達済みだが、今からもう一度詳しく黒鉄大尉に話してもらう。貴様達、心して聞いて聞き漏らしのないようにしろよ」

 

『はい』

 

「良し、いい返事だ。では黒鉄、後はよろしく頼むぞ」

 

「了解」

 

 

みちるに言われ、脇に資料を持った武が前に出る。みちるは入れ替わるように場所を譲り、武は教壇の前に立って一度、メンバーの顔をさりげなく見回した。見た所、やはり新任の少尉連中は緊張が隠せていない。とは言え、無理もないことだ。

 

 

何せ、未だ新任の少尉は一度もBETAとの戦闘を体験しておらず、シミュレータを用いた訓練しか行ったことがないのだから。誰もが一度は経験する道であり、そして乗り越えられなければ散っていく大きな課題だった。

 

 

故に、初戦を生き残るにはここをどう乗り越えるかが重要となってくる。既にBETAとの戦いが日常となっていた武にとっては、どうということはない。だが、そのレベルの覚悟と境地を持たせるのは、新任の少尉達にはやはり無理がある。

 

 

だからこそ、武には武なりの考えがあった。故に、今日このブリーフィングで説明役を志願したのだ。期待と共に任せてくれたみちるを、裏切るわけにはいかなかった。

 

 

「皆も知ってのとおり、11月8日、香月副司令によって今からおよそ3日後、佐渡ヶ島から本土新潟にBETAが上陸することが発表された。上陸後のBETAの予測進路は壁面に映っている映像を見ての通りだ。最終的な目的地は、ここ横浜基地だと言う事が予測される」

 

「大尉!質問があります」

 

「発言を許可する、速瀬中尉」

 

「では一つ。今回のBETA本土進行の件、一体どのようにして副司令は予測できたのか。それについて尋ねる事は可能でしょうか」

 

 

速瀬の発言に、皆が武の顔に注目する。これは当然と言える質問だろう。武の予測の内であり、誰であっても容易に想像できる内容だった。武が逆の立場であれば、全く同じことを訪ねていたに違いない内容だ。だが、その問いについては答えるわけにはいかなかった。

 

 

故に、答えはノー。武は短くその事を告げると、速瀬は特に躊躇もみせず納得して閉口する。彼女とて、この答えは予測済みだったのだろう。それでも敢えて言った理由は、新任達に聞けばなんでも答えてくれるという考えを、キッパリと捨てさせる為か。

 

 

普段は巫山戯た様子もみせる速瀬だが、先任としてやるべき事はしっかりやっている。武はそれを確認すると満足そうに頷き、続きの言葉を口にする。

 

 

「話を続ける。今回の作戦で、我々がすべき事は大別して2つだ。1つはこのBETAを、同日作戦に参加表明を示してくれた帝国軍と協力し、一匹残らず全滅させること。2つ目は、俺達が使用している新OS"XM3"の有用性を、今回のBETAとの戦闘で証明することだ」

 

「・・・1つ目は言うまでもないですが、2つ目も絶対条件ってところは変わらなそうですね」

 

「その通りだ。実際、今回のこの話に帝国軍が乗ってくれたのも、この新OSに釣られた理由が少なくない。副司令が盛大に触れ回ったらしく、その期待も高まっている。よって、必然的に我々への周囲の期待はかなりのものと言っていいだろう」

 

 

武のその言葉に、新任の少尉共はうっと声を詰まらせた。いきなりの実戦で、いきなりの重大な任務。本人達にかかるプレッシャーは、並みのものではない。それに、夕呼が触れ回ったというのだから、想像するにとんでもないことまで言っていることは確実だろう。

 

 

未だ、実戦証明はできていないのに多大に触れ回ったということは、相当ベテラン衛士の心の琴線と興味に触ったことだろう。無様な結果など残せるはずがない。

 

 

そんな事を、顔色に堂々と見せる少尉連中は、まるで猛獣の前にさらされた小動物のようだった。このままであれば、余計に硬くなって初戦で死ぬことは想像に難くない。そこで、武はそんな少尉達の肩の力を抜かせるために、落ち着いた言葉で語りかける。

 

 

「こんな言葉は言うべきでもないんだろうが、少なくともこの横浜基地に着任して以来俺はお前達を見てきた。そして、実力を見た限りお前達は十分に戦力足り得ると判断する。戦場で恐慌に陥ることがなければ、一人一人がエース足り得る力を秘めていると感じている。それに、お前達には"XM3"だけじゃなくて、頼りになる上官や仲間達もいるんだ。自信を持って事に当たればいい」

 

「黒鉄大尉・・・」

 

「誰だって初陣は恐ろしい物だ。訓練された軍人だろうと、いざとなれば死に対する恐怖は忘れられるものじゃないだろう。だが、それは決して悪いことじゃない。寧ろ、戦場では臆病な者ほど長く生き残れる。臆病な人間というのは、失うことの恐ろしさを知っているからだ。仲間を失う事の恐ろしさを、自分が死ぬ事で守れなくなってしまう命の事を」

 

「黒鉄の言う通りだ。貴様達、私も含め散々模擬戦では黒鉄にボコボコにされたじゃないか。あれが実戦なら、私達は既に何度も死んでいる。実際、模擬戦だというのに私は一瞬死を感じた事は少なくない。だが、だからこそもう充分な筈だろう。実戦を既に何度も経験している私からしても、BETA等より黒鉄との模擬戦の方がよっぽど肝の冷える気分を味わえると言える」

 

「伊隅大尉・・・」

 

 

武とみちる、二人の大尉からの言葉に体を強ばらせていた少尉達はその身体の震えを止め、その言葉の意味をしっかりと噛み締める。そして、ここ数週間の模擬戦や訓練の事を頭の中で反芻させた。その中では、幾度も戦死を味わいながら何度も悔し涙を仲間と共にのんだ。

 

 

特に、武との模擬戦では最初の内はほとんど何もできずに撃墜されることも少なくなかった。しかしそれでも、少しずつとは言え進歩してきたのだ。そして、今ではもっと強くなりたいという気持ちを持つことができた。

 

 

それもこれも、全てはBETAとの戦いの為への布石。だというなら、明日の実戦で発揮できなくて何のための訓練だったのか。それに加え、武の言う頼もしい上官や仲間という言葉も、勇気となって少尉達の心に火を灯す。

 

 

そうだ、ダメだった時のことなんて今から考えても仕方ない。寧ろ、そんなマイナス思考に囚われていてはそれに足を引っ張られ、本当に命を落とすことになってしまう。それだけは、そんな情けない結果だけは許せなかった。

 

 

「そ、そうですね。ダメだった時の事なんて、今から考えても仕方ないですね!!」

 

「そうだね。うん、ダメだった時の事なんてその時に考えればいい。私たちはただ、明日の初戦を生き延びて、ここに帰ってくる」

 

「大尉と副司令が作り上げたXM3だってあるんだから、私達ならやれるよね!!」

 

「あ、茜ちゃんは私が守るんだから!!」

 

 

麻倉の言葉を初めに、他の少尉達に希望の光が伝播する。それぞれが、多少の不安は残したものの、それ以上の勇気を持ち言葉を発して明日の初戦への心意気とする。その姿を、武はどこか眩しい者でも見るかのような眼差しで見つめ、そして失いたくない、失わせたくないと心から思っていた。

 

 

不幸にも、前の世界では自分は何も守れなかった。他人に守られ、恩を返せる事はなく、気付いたときには全てが手遅れになっていた。だが、今回は違う。自分には守れる力があるのだから、今度は守ってみせると硬く覚悟を決める。

 

 

それを証拠に、武本人は気付いていないものの僅かに口角が吊り上がっていた。誰も指摘する者、気付く者はいないものの、しかしそんな武の変化が震えてばかりだった少尉達に、不思議と伝わったのかもしれなかった。

 

 

数秒後に武が彼女達を見た時には、そこには一人前の覚悟を決めた戦士の顔をした彼女達がいた。絶対に生き残ってやるという、生に貪欲でいて、どこまでも眩しい光を宿した兵士が。

 

 

「いい顔だ。それならば、戦場の心得について言えることは一つだけしかない。訓練校では、初陣において衛士が生き残れる平均時間は8分と言われ、それを超えてからが一人前の衛士だと、そう教えられている筈だ。違いないか?」

 

「はい!神宮寺軍曹に、これでもかという程しこまれております!」

 

「そうか。だが、俺はそうは考えない」

 

『え・・・?』

 

 

いきなりの武の否定の言葉に、少尉達はおろか先任の隊員まであっと驚いたような表情をする。しかし、武は構わず続けた。何故なら、次の言葉が武の答えなのだから。

 

 

「8分じゃない。戦場を生きて帰ってこそだ。それが出来て、漸く半人前、スタートラインに立てるんだ」

 

『!!』

 

「8分を超えて気を抜けば、あっという間に死に至るケースなんて珍しくもない。当然だ。人間っていうのは与えられた目標をこなしてしまえば、慢心してしまう生き物だからな。だが、それじゃ駄目なんだ。8分生きれば満足なのか?そうじゃない。8分を超えて、生きて帰ってこそ初めて目標達成なんだ。生きてここに、横浜基地に帰ってこそ意味が有る。だから、少尉達、否。皆もそれを忘れないで欲しい」

 

 

武の言葉に、一同黙り込む。とは言っても、決して悪い意味ではない。生きて帰ってこそが、本当の初戦。それは、考えてみれば当たり前のことなのだから。その言葉は、少尉達は当然のこと、先任の連中にとっても重い一言となったようだ。

 

 

やがて、それぞれがその言葉をしっかりと実感できたのか、揃ったように見事な敬礼を武に向かってしてみせた。それを見て、しっかりと頷く武。これならばもう大丈夫だと、しっかりと実感できたのを感じる。

 

 

先程までとは違い、しっかりとその表情に僅かではあるが、皆にもわかるように微笑を浮かべつつも、真面目さを感じさせる雰囲気を感じさせつつ武は作戦概要について話し始めた。

 

 

「作戦決行は明日11月11日。時刻については、これはBETAの進軍速度にも関わってくるため、正確な時間は言えないが副司令の研究成果での予測によれば侵攻開始は0600前後との事。詳しくは、第一次防衛戦上に展開する海軍のレーダーによって判明するであろうが、少なくとも0530には、戦術機部隊は各陣営完全装備の上で待機とする。よって、ここを出る時間も作戦決行時間も相当早い時間となるが、寝ぼけた頭で出撃することはないように」

 

『了解!!』

 

「襲来するBETA郡の規模は、多く見積もっても旅団規模であり、多少の誤差が生じても師団規模に届くことはないと予想される。尚、今回の進行では光線属種の存在は無いものと考えられるため、必然的にBETAとの物量戦になる事が判明している。つまり、"XM3"の機動を活かす実戦証明にはうってつけとも言える状況となる」

 

「光線属種の存在がいない分、動き回るにしても飛び回るにしても、有利って事か。悪くない状況ね」

 

「新任共の初戦、自信をつけるという意味合いでは確かに悪い条件ではない。それに、BETAの脅威が数だということを、実感できるいいチャンスだ。貴様達、降って沸いたこのチャンス、逃すんじゃないぞ!!」

 

『了解!』

 

 

武と、時折混じるみちるの冗談のような口調のおかげか、隊の雰囲気は悪くない。明日、実戦を前にすればまた緊張はするであろうが、それを考えても今の隊の雰囲気は最高といっても過言ではない。

 

 

「続いて、今回の作戦に参加する部隊を紹介しておく。まずは、先にも話したが海上に引かれている第一次防衛戦上の帝国海軍日本艦隊。BETAが上陸すると同時、各艦隊が砲撃を開始する任を担っている。だが、今回彼らの活躍はあまり期待できないと言っていい」

 

「え?何でですか?」

 

「詳細は伏せるが、副司令の言によると近々大規模な作戦を決行する予定だから、消費兵力はなるべく少なくさせたいという事だ。尤も、それはあくまで理由の一つであり、本当の所は"XM3"の有効性を示すため海軍に出張られすぎるのは困るからだろう。それに、近くには佐渡ヶ島がある。弾幕を張りすぎれば、そっちからの光線属種による援護が行われるかもしれない」

 

「あ・・・し、失礼しました」

 

「気にするな。作戦についての疑問は、答えられる範囲で答える」

 

 

武がそう言うと、質問した高原はホッと安堵の息を吐いた。

 

 

「続けるぞ。続いて、帝国本土防衛軍第12師団。彼らは艦砲射撃によって生き残ったBETA郡と交戦することになる。そして、A01はここで交戦開始となり先陣を切る。艦砲射撃の結果が良いものであれば、奴らの陣形にも乱れが生じているだろう。そこを、A01が叩くというわけだ。尤も、全てを相手にしていればこちらも全滅は必死。よって、ここで第12師団が行動を開始する。中央をA01が固め攻撃を開始した後、前方の右翼から後続のBETA軍を攻撃。これにより、BETAの動きを分断させ、戦力の集中を避ける」

 

 

「って事は大尉、私達が艦砲射撃で漏れたBETAを全滅させちゃったら、帝国軍はお役御免ってことですね」

 

「やれやれ、流石は速瀬中尉だ。そこまでしてBETAと戦いたいとは。いっそ、BETAとお付き合いでもしてみたらいかがですか?」

 

「死んでもごめんよ!!!!」

 

「ふっ、速瀬の軽口は兎も角、実際問題そう簡単にはいかないだろう。我々が幾らXM3搭載機とはいえ、そんな簡単に殲滅できるのであればとっくにしている」

 

「いえ、そうとも言えないかもしれません」

 

 

みちるの正論に、武はキッパリと言い切った。その言葉に、速瀬ですら言葉を無くして武を見る。だが、武の顔には一切の冗談や虚勢は見られない。ではまさか本当に、A01だけで殲滅を可能だと言っているのか。それは勿論、否である。当然のことだ。

 

 

たった10機前後の部隊で、艦砲射撃で減るとはいえ師団規模のBETAを殲滅するなんていうのは困難な事だ。そんな事ができるのであれば、人類はとっくにハイヴの1つや2つ落としているだろう。では何故、殲滅できるかもしれないと言ったのか。

 

 

その理由は、先陣を切るのがA01だけではないからだ。A01の他にも、先陣を切ると言って作戦参加を希望した部隊が、今回の作戦にはいるのだ。

 

 

そしてそれは、武にとって切っても切れぬ縁を持つ部隊。前の世界で、彼はその中の大将とお側付きの部下となって戦っていた。それが示すところは一つだ。つまり。

 

 

「今回の作戦に、異例ではあるが帝国斯衛軍第16大隊の面々が、大隊全てではないが我々と共に先陣を切る役目を負うことになっている」

 

「え・・・えー!?て、帝国斯衛軍ですか!?な、何で?」

 

「本当か?黒鉄」

 

「はい。副司令が作戦を考案し、帝国側にその旨を伝えたところ、正式に斯衛軍から参加希望の一報を受けたというところです。理由としては、副司令が開発したXM3に興味を示しているというのが大きなものだろう。だが・・・」

 

 

武はそこで言い淀む。それも当然の事だ。何せ、今から話そうとしているのは人物は、前の世界ではいかなる理由があろうと、紛れもなく自身の直属の上司だったのだから。軍人として、そして斯衛として戦ってきた武には、軽々しく口にできるものではない。

 

 

それに、物知り顔で話せば後で不都合な事にもなりかねない。今現在、緊張の糸で張り巡らされている状況に、これ以上余計な危険を招くことは避けたかった。故に、言い淀んでしまった以上話はするが、内容については適当に話すことにする。

 

 

「大尉?どうかしたんですか?」

 

「いや、何でもない。今回参加を申し出てきたのは、斯衛軍でも精鋭と名高い第16大隊だからな。少し、話していいものかと悩んだだけだ」

 

「そ、そうですか・・・そんなに凄い斯衛の人達も、XM3に反応しているんですね」

 

「元々、副司令が研究している物が日本にとっても重大な意味を持つということだろう。この日本の中枢たる斯衛が興味を持っても、不思議ではないさ。それに、噂を聞いた限りではその大隊の指揮官、五摂家の一角である斑鳩崇継閣下は幼少の頃よりやんちゃ好きだったという事だ」

 

「つまり・・・今回の作戦参加の理由にも、その噂の一部が関係していると?」

 

 

宗像の言葉に、武は返答を返さなかった。両の瞼を下ろし、考え込むように黙り込む。要するに、口にはできないということだ。実際問題、彼を知る武としては間違いなく彼の気質故の参加の線も捨てきれていなかった。

 

 

帝国内部では、夕呼の事を牝狐やら極東の魔女等と言って、敬遠する輩が少なくない。そんな中、斑鳩崇継という男は公にこそしなかったものの、彼女の実力を高く評価していた。特に、バビロン作戦が実行されユーラシアが水没した後では。

 

 

「何れにせよ、戦力で言えば斯衛の部隊は紛れもなく、今作戦における最強部隊と言っても過言ではないだろう。だから、間違ってもBETAに押し負けることは無い。そうなれば、我々がするべき事はただ一つ」

 

「黒鉄大尉が考案し、副司令が作り上げた新OSである"XM3"の有用性をこの作戦で示し、我々の力を魅せつける。そういう事だな」

 

「はい」

 

「ふっふっふ。いいじゃない。まだるっこしい考えはしないで、私達はただBETAを殲滅すればいい。今回の作戦のメインは私達なんだから、斯衛部隊には目に物を見せてやればいいのよ」

 

 

鼻息荒く、凶悪な笑みを見せる速瀬に、宗像が大げさに肩を落としてぼやく。しかし彼女とて、速瀬の事は強くはいえまい。何せ、その宗像でさえニヤケた表情を隠しもせずにいるのだから。そしてそんな先任達を見て、少尉達も活気付く。

 

 

難しい事は考える必要はない。自分達はただ、向かってくるBETAを命令終了の報が下るまで狩り続ければいいのだからと、ポジティブに思考を持っていく。

 

 

士気は十分、覚悟も十分。これならば最早、今この場で武がアドバイスできる事は無い。

 

 

「これを持って、一応は本日のブリーフィングを終える事とする。更に細かい内容、詳しい作戦については、この後に予定しているシミュレータでの実戦想定演習の際に追って連絡する。最終的な決定については、横浜基地出撃前と作戦準備が完全に整って待機している際に、確認の意味を含めてする事になる。以上だ、これ以降の質問は受け付けない」

 

『了解!!』

 

「では伊隅大尉は、皆を束ねてシミュレーションルームへと向かって下さい。俺も、追って向かいます」

 

「了解だ。先に行って始めているぞ」

 

 

お互いに敬礼を返し、それぞれ向かうべき場所に足を向ける武とみちる。武は涼宮(遥)を連れて夕呼の部屋に、みちるは残ったメンバーを連れてドレッシングルームへと向かった。

 

 

そうして、夕呼が今現在いるであろう、横浜基地の通信司令室へ向かう最中の事だ。武の後ろを、一歩遅れてついてきている涼宮が、前を歩く武に声をかける。

 

 

「あの・・・黒鉄大尉」

 

「・・・涼宮少尉の事か?」

 

「!!」

 

 

何も言っていないのに、言いたい事を察する武に涼宮は驚愕の表情を浮かべる。しかし、武はそんな彼女を安心させるように、表情は変えずに穏やかささえ感じる声色で、浮かべている不安を払拭する。

 

 

「いざとなれば、先任でもある俺が援護をする。安心しろと気軽には言えないが、それでも信じて欲しい。俺と、そして妹である涼宮少尉を」

 

「黒鉄大尉・・・ありがとうございます」

 

「気にしなくていいし、礼を言う必要もない。部隊内の仲間を助けることは、当然の事だからな」

 

 

ぶっきらぼうな武の言い方だが、言われた涼宮は初めて見る妙な幼さを感じさせる態度に、笑声を漏らしてしまった。そんな彼女の笑声を聞くと、何とも言えない感覚に陥るのだから武は遣り辛かった。思えば、初めて話した時からそうだった。

 

 

会話は事務的なもので、特に何か特別な事を話したわけでもなく、それ程長く話したわけでもない。だというのに、武は何故か彼女と話していると不思議な感覚を覚えるのだ。

 

 

それは例えるならば、喪った筈の大切な何かが、自分の元に帰ってきたかのような感覚だった。そしてそれは、彼女限定ではない。

 

 

A01の、話した事など在る筈の無いメンバーと、顔を合わせる度、短い会話を続ける度に訪れる寂寥の感とも言うべき感覚。それは、武がこの世界で目を覚ましてから続いていた奇妙な感覚だった。

 

 

未だ、それについては詳しい事は何一つ分かっていない。そして、これから先も理解することができないのかもしれない。しかしそれでも、武はその奇妙な感覚を心の何処かで狂おしい程望んでいるのかもしれない。こんな、幸福より狂った悲劇が多い世界で。

 

 

「本当に・・・どうかしてる」

 

「何か言いましたか、大尉?」

 

「いいや・・・何でもない」

 

 

涼宮の問いに、短く答える武。考えても仕方の無い事だと、今は明日の作戦を成功させるだけだと割り切り、武は頭の中をスッと切り替えて夕呼の待つ通信司令室への残りの道を、涼宮を連れて向かったのだった。

 




終わりです、後連絡です。
年末にかけ、仕事が殺人的なまでに忙しくなっております。
最近の平均睡眠時間は3時間ちょっとで、身体的にも結構来てますハイ。
なので、今後、少なくとも年が明けるまでは不定期更新になります。
週に一度は更新しますが、初めの頃のように毎日は更新できなくなると思います。
なので、そこの所をご了承下さると助かります。
焦って書いて、内容が変で読者様の心を傷つけることはしたくないですしね。

そして、まえがきでも書いた通り次の話は番外編、というか閑話ですね。
ちょっとほっこりするお話を書きたいと思ってます。
尤も、作者が本編を気にしすぎて予定が変更するかもしれませんが。

このタイミングで閑話入れるとかザケンナーとか言われると、作者も同じ気持ちですが、リアルでちょっと大変なので、小説の中だけでもほっこりしたいんです。
ごめんなさい。







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episode2-3 11.11試作型XM3実戦証明作戦

すいません。
番外編とか言いましたが、本編となりました。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

11月11日日曜、午前5時40分。静寂に包まれた、乗り手以外誰一人としていない戦術機のコクピット内。そこで武は、先程行われた作戦前の最終ブリーフィングの時の事を、ふと思い出していた。尤も、思い出すといってもブリーフィング内で、特別困ったことはなかった。

 

 

前日の励ましが効いたのか、実戦前だというのに新任の少尉連中達の雰囲気は、網膜投影によって映し出された映像越しの姿とは言え緊張は見られなかった。質問された事にも、きっちりとした口調と態度でもって答えを返していた程だ。

 

 

多少は虚勢もあるだろうが、それでも武やみちるの目から見ても大丈夫だと十分判断できる状態だった。否、寧ろ実戦前の空気としては最高に近いものであった程である。

 

 

実戦前に緊張状態に陥ってガチガチに固まったり、自身の力を過信するあまり慢心したりするような状態は決して良くない傾向だ。それに比べ、多少のマイナスイメージを持つことは戦場に挑む心意気としては決して悪くない。

 

 

そうでなくては、本当に危機に陥った時に死ぬどころか、動揺に味方を巻き込んで結果的により多くの人間の命を奪う事になる。特に、BETA大戦勃発以降はこのパターンが非常に多い。

 

 

武自身の考えとしては、純粋にBETAと戦って死んだ衛士よりこれらの要因で命を落とすことになった衛士の方が多いと思う位だ。動揺は、人の最も弱い部分に悪魔のようにスルリと入り込んで、ありもしない、起こりもしない猜疑心を兵士に抱かせ、その結果命を落とす。

 

 

初戦での死亡数が並外れて多いのは、この要因なのだと何処かで誰かが言っていたのを耳にした事を武は思い出した。全くもってその通りだったなと、内心で感心したようにため息をついた。

 

 

それと同時に、自身がほんの少しの緊張を覚えていたことに今更ながら気づく。今まで、それこそ数えるのが馬鹿らしく思えるほど戦術機に乗って戦場を駆けてきた。それでも、他人の命を背負う重みというものは何時になっても慣れないものだ。

 

 

否、それは慣れてはいけないものなのだろう。慣れてしまえば、部下を死なせる作戦が当たり前となってしまうのだから。それはもう作戦とは言えない。ただの無謀と、一般にそう言われるものへと成り下がる。

 

 

尤も、今まで散々そんな事を繰り返してきた自身が思うのは思い上がりなんだろうなと、今度は自嘲の笑みを口元にハッキリと表してしまった。なんだかんだ言っても、『この世界』での実戦は今日が初めてなのだから気など抜けるはずもないのだ。

 

 

それに加え、今回の作戦はただの侵攻してくるBETAを殲滅するだけのものではない。正式採用されれば、戦場で死なせる衛士の数を激減させる事ができるようになるであろうOSの評価試験でもある。そしてひいては、オルタネイティヴ4へと繋がる。

 

 

故に、失敗は、無様な結果は許されない。香月夕呼の腹心として、世界を救うと決意した人間としては、この程度こなして見せずにどうするというのか。武は一度両目をゆっくりと瞑り、動かしはしないものの操縦桿をグッと力強く握り、目を開くのと同時にゆっくりと離した。

 

 

大丈夫だ、問題はないと自身の状態を正確に把握してホッと一息。自身の音声が入るのを気にして切っていた音声入力を元に戻し、一言皆に呼びかけると、その事で多少の質問が投げかけられ、武も自身の緊張を和らげる意味も含めて会話に参加した。

 

 

それから約20分が経った頃だ。武とみちるの機体に、現在のBETA侵攻情報の更新を伝える一報が告げられる。それによれば、BETAの姿はもうすぐそこまで迫っているとの事。戦闘開始は、このままいけば約20分後、つまり6時20分になると言う情報を受け取った。

 

 

短く了解の意を、武、みちる双方ともに告げると、情報を告げてきた帝国海軍中尉の通信が切れる。それと共に今聞いた内容を隊員に話すと、全員の空気が一瞬にして変わるのが感じ取れた。チラリと覗いて見た新任である少尉達の顔は、しっかりと引き締まっている。

 

 

緊張を僅かに残しながらも、しっかりとした覚悟を決めた兵士の顔がそこにはあった。よしと、武は内心呟くと各機の兵装の最終確認を促し、完了の報告を受けると黙り込んだ。それは他の隊員も同じで、スっと沈黙の時間が訪れる。

 

 

聞こえるのは、自身の息遣いの音とシステム音だけ。それ以外は、一切の無音空間となった。武は刻一刻と過ぎる時間を、網膜投影に表示される正確な時刻を確認しながら、戦術機の振動センサーに目をやる。反応が明確に示されるまで、ジッとそちらを睨みつけるように。

 

 

そして目端の時刻が、6時10分を過ぎた頃、帝国海軍の全ての準備が完全に整い、今発射体制をとっていること耳にする。それから更に5分が経過した時だ。戦術機の振動センサーが明確に反応を示し始め、それと同時に鳴るアラート音。BETAが本当に目と鼻の先まで来ているのだ。

 

 

咄嗟に、モニターに映る少尉達の顔をチラッと見てしまう武だったが、直ぐに目をそらし口元に小さな笑みを浮かべた。

 

 

「(無粋な心配だったな)」

 

 

操縦桿を握る手を、開いては閉じ、開いては閉じを繰り返し、想像した不安を払拭する。これならば最早、心に浮かぶ不安は何もない。あとは只、この戦闘を素早く終えて横浜基地に帰還するのみだ。

 

 

そんな時、ふとモニターに映るみちるが小さく咳払いをして口を開いた。

 

 

『貴様達、特に新任に言っておくべき事が三つの隊規がある。今から話す事は、私達ヴァルキリーズにとって達成すべき任務と同等に、守らなくてはいけない事だ。尤も、既にその内容はシミュレータ実習でも言っていることだがな』

 

『三つの隊規・・・それは』

 

『そうだ。一つ、死力を尽くして任務に当たれ。二つ、生ある限り最善を尽くせ。三つ、決して犬死するな。これは、私や私の同期、そして後輩である貴様達の先任達が最期まで命を張って守り続けたものだ。先任の速瀬達は言うに及ばず、新任共、そして黒鉄大尉。お前達にも、しっかりこれを守ってもらいたい。それでは復唱!! 』

 

『はい!! 』

 

 

そうして紡がれる、たった三つの、されど重く深い隊規が全員の口から紡がれた。それぞれが全員、口に出して確認することで必死に守ろうと心に刻む。そしてそれは、武も同じだった。

 

 

何故だかは知らないし、理解もできない。ただそれでも、その三つの隊規は何処か尊ばれるものであり、絶対に守らなければいけないものだと言う事を、武は心のどこかで感じていた。

 

 

やがて、それぞれが揃って隊規を言い終えると、再び静寂は訪れる。そんな中、武は目線を動かして網膜投影される画面の端へと目を向ける。

 

 

そこには、秒単位で数字を減らす時刻と、段々と波形の激しさを増す振動センサーがあり、武はキッと睨みつけ、何時でも発進可能なように軽くスロットルペダルに足をかける。

 

 

そして時刻が、6時19分から20分に変わった直後、拡大して覗いている海岸の景色を異色の影が覆い尽くし、第一波が完全に姿を現したのと同時に、海軍の軍艦が一斉に火を噴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『撃てぇーッ!!!! 』

 

 

第一次防衛線上に浮上する、今作戦に参加した帝国海軍の全てを取り締まる艦長が、腹の底から響かせた声を発する。通信機越しにも力強く発せられるその声は、今この瞬間にも発射し続けている艦隊ミサイルや砲弾の発射音に負けず劣らず響いていた。

 

 

艦内部に取り付けられているモニターに、発射されたミサイルと砲弾が真っ先に出現した、大量の突撃級の尽くを抹殺していく様を映し出す。それと共に、音声でもその効果の程が艦内部に伝えられる。

 

 

その報告を受け、砲撃開始の命令を発した艦長は満足そうに、しかし重々しく顎を右手で撫でると頷いてみせた。

 

 

蓄えられた白い髭を右手で撫でるその様は、その凶相と相まってその厳つさを感じさせる。眼光は鋭く、ただ一心に映像に映し出される砲撃の様子を、例え砂の一粒程の違和感すら見逃さんとばかりに見つめていた。

 

 

「先ずは彼奴ら目に一発喰らわせることには成功したか。旅団規模であるBETA郡の事を考えれば、成果としては上々といった処だな。唯一、佐渡ヶ島からの攻撃が不安だったがどうやらそちらについては心配無用だったようだな」

 

 

「そのようですね。尤も、今回我らが海軍の役目はそう多くありません。指示された内容も鑑みれば、この後直ぐにでも砲撃をやめるべきでしょう」

 

「確かにな。あまり削りすぎては、国連の要請を無視したと見られ、作戦終了後に非難の一つでも飛んできかねんか」

 

「多少思うところは有りましょうが、それを晴らすのはまた次の機会とするべきでしょう。横浜の連中の言う、新OSを搭載した機体がどれほどのものか。こうして高みの見物と洒落込むのも、悪くはありませんよ」

 

「ハハハッ!!確かにな。海軍たる我々が、こうして呑気に見ていられる機会などようありはしない。与えられた機会、しっかりと堪能しておかなければ罰が当たるか」

 

 

そして再び笑う艦長。隣にいる補佐官も、それに釣られて豪快に笑ってみせた。普段であれば、作戦中という事を考えればとんでもない会話だが、BETA郡侵攻に対する、本作戦の一番槍の任を見事遂げてみせ、今回与えられた任務を終えつつあるのだ。文句や罵声等、上がるはずもなかった。

 

 

それに、こうして会話していながらも両者、全く視線をそらさずモニターの変化を見続けているのだ。軽口は言いつつも、しっかりと任務を全うしている事は疑いようもなかった。

 

 

やがて、時間が7分と経過し時刻は6時27分となった。既に使用するだけの兵器は使いきり、後は念のためにと用意された予備兵力のみ。だが、今の状況を見るにそれを使用する事はなさそうであった。

 

 

その為、その指示を艦長は補佐官に告げる時だけ視線を少しずらし、告げ終えると再びモニターに視線をやった。そこには、あらゆる方面から映し出されたカメラの映像が表示されていて、どれを見るべきかと視線を右端にやったその時、1台の不知火が目に入る。

 

 

「あれは・・・」

 

 

艦長は小さく呟いて疑問を浮かべるが、モニターに映し出される不知火は、疑問に答える事無く真っ直ぐにBETA郡へと向かっていく。左右に装備した74式長刀を、戦術機では珍しい二刀流使いとでも言うかのように構えて。

 

 

しかし何故だろうか。この時艦長には、見た事のない筈のない不知火の機体が、全く別の機体に見えたような気がしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うォオオオオオオオ!! 」

 

 

艦隊による艦砲射撃が止み、その砲撃に身を晒される事無く生き残ったBETA郡に突っ込み武は咆哮する。砲撃に晒される事は無かったとはいえ、それによって陣形を崩され疎らとなったBETA郡目掛けて武は容赦なく攻撃を開始した。

 

 

初めに仕留めたのは、要撃級と戦車級。すれ違いざまに左右の長刀で要撃級を両断し、そのまま加速しながらも背部に展開したマウントアームの2門の銃撃で固まった戦車級共々銃撃を叩き込む。

 

 

その結果はあまり確認せずとも手応えを感じ、前方に未だ陣形を崩されて疎らに展開するBETA軍を斬り刻み、銃撃で滅多撃ちにしながらも、常に前進する。尤も、あまり前進しすぎても孤立してしまう為に位置情報はしっかり確認しながら、要領よくBETA郡を葬っていく。

 

 

先の艦砲射撃により、初めは突出して包囲網に穴を開ける突撃級はその数を多く減らし、生き残っても死体が邪魔をして進軍を阻まれるために極端に機動力を奪われているのだ。

 

 

元々方向転換をあまり得意としないその特性が、要撃級や戦車級を先に行かせる結果となってしまったというわけだ。武はその結果に満足しつつ、しかし安堵はせずに目にかかるBETA郡を無理なく効率的に、その特異な機動とXM3の効果を最大活用して葬り去る。

 

 

それでも、中には葬りきれずしぶとく生き残っている個体も見受けられるが、それは一歩遅れて付いてくるヴァルキリーズがきちんと全てを葬っている。特に、初戦だというのに新任の少尉達の活躍が目覚しい。

 

 

『やぁあああああ!!』

 

『高原!!そっち10匹行ったよ!!』

 

『ヴァルキリー8了解!! ヴァルキリー8、フォックス3ッ』

 

 

漏れ出たBETA郡は勿論のこと、次々と襲いかかるBETAの群れも見事な連携でお互いカバーしながらも漏れなく葬っていた。初めての実戦にしては悪くない、否。

 

 

とても良い状況だった。接敵して未だ5分程度しか経っていないものの、その勢いは衰えるところを見せない。

 

 

その様子を視界の端で確認して、武は小さく笑みを浮かべた。これならば、今は心配する事はない。自身の仕事をきっちりとこなすだけだと、BETAを処理して穴の空いた地面に着地し、側に寄ってきた腕と感覚器官を落とされて尚、しぶとく生き残っている要撃級数体を即座に片付ける。

 

 

そして少し先に見え出す、遅れて進撃してきた突撃級の群れ。数にして、50程度。それを確認すると、承知してはいるだろうが一応通信で指示を出す。

 

 

「各機、眼前700に見える突撃級に注意しろ。上空に跳んで背後から36mmを叩き込め。俺は右の要撃級35を片付ける」

 

『了解! 』

 

 

武の言葉に返事を返すヴァルキリーズ。その返事を聞くよりも前に、武は動き出し右に存在する要撃級の群れに突っ込んだ。加速力を活かした重い斬撃を先ずは数体に叩き込み、振りかざされる手腕による攻撃を見事に躱しながら、マウントアームからの射撃で弱らせた要撃級を確実に仕留めていく。

 

 

一気に減らせた数は10体前後。まだ半数も減らせていないが、数秒の出来事と考えれば結果は上々。特に、要撃級はそのしぶとさが厄介なのだ。仕留めたと思いきや、実は生きていたなどという事は度々ある事象だ。その為、戦闘が長引き集中力を減らした後に撃墜されるというのが、多いパターンと言える。

 

 

故に、必要なのは忍耐力。特に、武は今遊撃という立場で戦っていて、望む支援は滅多に受けられない。必然的に、個での戦いを求められるのだから、それに応じた戦いをする必要がある。急いてことを仕損じれば、それこそ自身の命を奪いかねないのだ。

 

 

 

「確実に。少しずつでも、削り取っていく」

 

 

言葉とは裏腹に、ごっそり持っていく武。仮に言葉通りだったとしても、幸いなことに、後続にはヴァルキリーズがついている。先程の戦いぶりを見た限り、新任達も十分戦力として戦えている。

 

 

ならば、後ろの心配は必要ない。武は堪らず小さく笑声を漏らし、先程の戦法を2回繰り返し要撃級を撃破仕切る。

 

 

そして目端で確認する、デジタル表示されている時刻。既に、死の8分と言われる時間はとっくに超えていた。だが、その事を指摘する気はない。それを指摘するのは、作戦が終わった後でいい。今はただ、このXM3を搭載した不知火でBETAを滅ぼすだけ。

 

 

偶然視界の端に映った、左翼に展開する斯衛部隊の事を気にかけつつも直ぐに頭から捨て、自身のやるべき事を思い直す。損害だけで言えば、少なくともA01と斯衛部隊には未だ出ていない。しかしそれでも、分断して後続の小型及び大型種を相手にしている帝国軍の被害は少なくない。

 

 

できるだけ、XM3の実戦証明の為にもこちらにもう少し引きつけておく必要がある。武は即座に思考を切り替え、その場を跳ぶ。

 

 

レーダーに映る戦況は、帝国軍12師団に限って言えば決して良いとは言えないのだ。それに、そちらにばかり気を取られるわけにはいかない。

 

 

目先に迫る巨大な敵の姿が、その事を告げていた。要塞級が3体。高さ66mを誇る、BETA郡の中でも例外を除けば、否。知られているBETA郡の中では、最も巨大なサイズを誇る怪物だった。

 

 

戦闘力についても、その他の個体とは一段違うといっても過言ではないその個体。しかしそれは、あくまで常識に囚われた人間の認識。武にとっては、要塞級でさえ他のBETAと同じ程度の認識でしかない。

 

 

「そこを退け!! 」

 

 

最初と同じように、怒りの咆哮を上げて恐ろしい速度で接敵する。武の存在を脅威と認定し、要塞級は多くの衛士を仕留めたその触覚を武目掛けて鞭のように振るう。

 

 

その触覚は、接触すれば強力な溶解液を持って戦術機であろうが問答無用に溶解させるだけの酸性を持っている。当たればどうなるかは、言うまでもない。

 

 

しかしそれは、当たればの話だ。どんな強力な恐ろしい攻撃も、当たらなければ無用なものでしかない。速度を維持しながら、武は失笑するように笑みを歪めて操縦桿を握り、向かってくる鞭のような触覚をXM3によって操作性が軽やかになった機動で軽々と躱してみせる。それどころか、躱しながらも攻撃の手は緩めなかった。

 

 

接近初めにその厄介な触覚を、蜂でいう尾の部分を切断して無効化すると、そのまま斬撃を浴びせていき、最終的に右腕部の関節部分を切断する。

 

 

それによって、その大きな巨体のバランスを取れず崩壊し、下にいた小型種を要塞級でもって圧殺する。しぶとい要撃級は兎も角、装甲が柔らかい戦車級はそれに巻き込まれ巻き添えを食った様子が覗えるだろう。

 

 

しかしそれを確認もせずに、武は再び残っている要塞級を裁断にかかり、2体をあっという間に平らげ更に見え出すBETA郡目掛けて殺到する。

 

 

『す・・・凄い』

 

『訓練の時とまるで違う・・・』

 

『あわわわわ・・・あんなおっきいのを、殆ど一瞬で片付けるとか!? 』

 

 

突撃級を片付け、少し余裕を持っていた新任達が武の戦い様を見て圧倒される。しかしそれは、隊長であるみちるや先任達にも言える事なので仕方のない事と言えるだろう。違いがあるとすれば、驚きつつも残ったBETAをしっかりと片付けている余裕くらいか。

 

 

 

『何だかなぁ・・・どっちが化物なんだか、わからなくなっちゃうね』

 

 

周囲に居るBETAの、最後の1匹となる既にズタズタになっている要撃級を打ち抜き、死亡を確認した柏木が小さく呟く。そんな彼女の軽口に、ヴァルキリーズの隊員達は戦闘中だというのに揃って笑声を上げてしまう。

 

 

普段は張り合う速瀬も、今も尚先陣において無理なく孤立奮闘する武の姿を見ては張り合う気すら失せたようだ。代わりに、再度迫りつつある数百のBETAの群れをレーダーで確認し小さくため息をつく。

 

 

『さてと、それじゃあ私達も仕事に戻りますかね』

 

『そうだな。我々も、さっさとお客さん達を出迎えるとしよう。横浜の戦力は、黒鉄の不知火だけでは無いと周囲に知らしめるぞ!! 新任共!! しっかり付いて来い!! 』

 

『了解!! 』

 

 

そうして、再びみちるたちも戦闘を再開する。XM3を搭載した彼女達の働きは目覚しく、モニターでその様子を見る海軍将校達はその働きにあんぐりと口を開けて驚いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「素晴らしいな!! 一体誰が乗っているのだ、あの不知火は!! 」

 

 

興奮冷え切らぬ声で、自身は戦闘行動を絶えず実行しつつ呟いた。その声の主、斑鳩崇継は先程から孤立しながらも一切の撃墜の気配を見せぬ不知火を見て、感嘆の念を感じていた。

 

 

『閣下。あまり他所見なされると、うっかり撃墜なされる事もありえます故、どうかほどほどにお願いします』

 

 

「すまない。だが、私も五摂家の一角を背負って立つ身なれば、そのような愚は犯すまいさ。ふっ!! 」

 

 

言いつつ、斑鳩は迫っていた要撃級を武御雷を操り、装備した長刀で一刀両断する。ドシャッと嫌な音を立てて崩れ去る要撃級の死体。それで、ここら一体のBETA郡は打ち止めとなっていた。

 

 

数だけで言えば、仕留めた総数は全体の2割半に上ろうかという数を、斯衛16大隊の隊員(参加しているのは36機中15機)は片付けていた。それは、かかった時間を考えれば戦果としては上々といえよう。

 

 

しかもこの戦果は、あくまで力を抑えたものなのだ。本気でやっていたなら、どれほどの数を平らげていたか。如何に機体が日本最強の機体とはいえ、操縦の腕も確かでなければここまではいかない。

 

 

その上、彼らはXM3を積んでいない上に損害0という結果をたたき出している。これでもしXM3だったらと思えば、その実力は如何程のものか。

 

 

しかし、そんな彼らであってもやはり武の扱う不知火には興味を持っていたようだ。先程斑鳩を諌めた真壁介六助も、他の隊員もそこについては同じ意見のようだ。

 

 

周囲に居るBETAを殲滅し終えた事で、余裕を持って見れるモニター越しの隊員の姿が、その表情に如実に表れていた。

 

 

「それに、驚くのはあの不知火だけではないな。後続の中隊、A01と言ったか。聞いた話によれば、あの部隊には半数近くの実戦未経験者がいるとの報告だが、とてもではないがそうは見えんよ。彼の香月博士の言う新OSの力、しかと見せてもらった。見た限り、従来のものより遥かに操作性が優れているのが伺える。」

 

「確かに。流石は、日本主導の計画の最重要人物といったところですね。我々とは、否。他の誰と比べても、その頭脳は他の追随を許さないと言えるでしょう」

 

「我々日本人としては、香月博士の掲げる第四計画をなんとしてでも実行してもらわねばならない。その為の手助けとなればと、そんな思いもあったのだがな。此度の援護、余計なお世話になってしまったかな? 」

 

『ご冗談を』

 

 

言って、小さく笑みを浮かべる真壁。それに続いて、斑鳩も健やかさを感じさせる笑い声を挙げた。ここは戦場、油断は何時如何なる時も許されないが少なくとも戦局は見えた。どう見ても、これ以降の流れが変わることはない。

 

 

「こちらは終わるな」

 

『ええ。我々の勝利ですね、閣下』

 

「そのようだ。我々も、横浜のA01も共に損害0で終わりそうだな。となれば、未だ奮戦している12師団の方を手助けせねばなるまい」

 

 

斑鳩は満足そうに笑みを浮かべ頷いた。視線の先には、今最後の要塞級を片付けた不知火がゆっくりと地面に足をつける姿が目に入った。その姿を瞳に焼きつけつつ、斑鳩は部下を率いて第12師団の援護に向かう。

 

 

それから約15分後の事、此度のBETA侵攻は未然に防がれることとなった。途中相手をすべきBETA郡を全て片付け、ヴァルキリーズ及び武も戦線に加わり全ての戦術機部隊が一丸して始末。

 

 

その結果、BETA侵攻を殲滅するという作戦において、旅団規模とはいえ歴史的快挙を日本は成し遂げる事となった。




今回はこれで終わりです。
BETA戦にしては味気ない気もしましたが、11.11に関しては情報も少ないのでこうしました。

投稿ペースは3日、4日になりそうです。今のところはですが。
感想の返信、皆様遅れて申し訳ありませんでした。
では失礼します。


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episode2-4 武の勘ぐり、夕呼の内心

今回少し短いです。
それではお楽しみ?ください。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

11月11日15時30分。佐渡ヶ島ハイヴからのBETA本土上陸郡を殲滅し、武達A01部隊のメンバーは一人の欠員も出すことなく、国連軍横浜基地へと帰還した。

 

 

そして到着するなり、急ぎ足で戦術機を固定のハンガーに収納し終え、そこで漸く武はふっと張り詰めていた空気を緩和させた。

 

 

ゆっくりと、今まで握っていた操縦桿から手を放していき、次いで大きなため息をついて額にかいた汗をサッと拭う。この後は、直ぐ様各機体の整備が行われる手はずになっている。基地に到着したからといって、あまりゆっくりしている時間はなかった。

 

 

特に機体の整備については、いくら現地で簡単な整備点検を行ったとはいえ、そんな程度の事で機体の整備が完全に終わる筈がない。ハッチを開け、外に身を乗り出せば機体の整備を行う整備兵が、かなりの人数集まっていた。

 

 

これから、彼らの仕事が始まるのだ。そして恐らく、その作業は徹夜しても終わることは無いであろう。何せ、XM3を搭載した戦術機で暴れまわったのだ。XM3は優れたOSであるとは言え、その分上手く扱えなければ機体にかかる負荷はとんでもない事になる。

 

 

特に、今のXM3は未完成であるのだし、実戦で使用したのも今日が初めて。となれば、どの機体にも想像を絶する負荷がかかっている筈なのだ。そうでなくても、武は今回の作戦でかなりの量のBETAを相手に奮戦したのだ。

 

 

悪い意味ではないとは言え、機体の整備には他の機体以上に時間がかかる可能性がある。最悪、腕の関節部位は交換を考えなければならないかもしれない。

 

 

その事を考えれば、暫くは戦術機で出撃するような事態が起きないのを祈る他なかった。そんな記憶は武には無いとは言え、どのようにして未来が変わるかわからない以上祈る他ない。

 

 

しかし、それよりも今は報告が先だった。この後、予定としてはヴァルキリーズメンバーでのデブリーフィングが予定されているが、武に限ってはそちらに向かうわけにはいかないだろう。

 

 

どんな理由があろうとも、先ずは夕呼への報告が第一だ。横浜基地との通信で結果は通達してあるものの、盗聴や傍受の可能性がある機械通信手段では、その詳細を語ることはできなかった。その為、詳細な報告については本人と会う必要があるのだ。

 

 

武は戦術機から降りて、コンクリート張りの床に降り立った後、まずは事情をみちるに報告すべく彼女に声をかける事にした。

 

 

「伊隅大尉」

 

「ん? どうかしたのか黒鉄。この後は、デブリーフィングだぞ」

 

「いえ。その事ですが、俺はこの後香月副司令に報告に行かなければならないので、先に始めていてください。最悪は、そちらの報告よりも長引き、不参加という形になってしまうかもしれませんが」

 

「そう言う事なら、我々は副司令との用事が済むまで待たせてもらうことにしよう。幸い、私達にもやるべき事は沢山余っている事だしな」

 

 

そう言って、みちるは後ろに立っている自らの搭乗する不知火を指す。そこには既に整備兵が群がっていて、何やら悲鳴のような声が聞こえ始めているが、武は気にしなかった。その原因は、大凡自分の想像通りだからだろう。

 

 

内心小さくため息をつき、武は敬礼をして了解の意を示す。みちるもそれで用は終わったと判断し、部下達に大声で呼びかけて機体の整備に加わって言った。衛士は整備兵に比べると、対した整備ができるわけではないが、それでも使用する者として整備の知識はある。

 

 

とりわけ、伊隅ヴァルキリーズはそこらへんを徹底しているようだからこその、今回の提案なのだろう。ちらりとそちらを見ると、邪魔にならない範囲で各機体の整備を、整備兵に混じって行っている彼女達の姿が目に入る。

 

 

とりわけ、新任の少尉達の機体は甚大な疲労ダメージを蓄積しているためか、整備の困難さや大変さから、整備兵に混じって少女達の悲鳴も聞こえる。

 

 

今後は、今回の作戦のような激しい機動をしても、機体に負担をかけないような機体制御技術を学ぶことが重要となってくるだろう。

 

 

特に、この新OSであるXM3は、武の推察通りならハイヴ内戦闘でこそ本当の有効性が発揮される事になるだろう。そして、ハイヴ内での戦闘ともなれば、大きくなればなる程戦術機の稼働時間は多くなる。

 

 

そうなれば、今回のような旅団規模で負担をかけすぎる戦いは、絶対にやってはいけないのだ。これからはもっと、そういった面に気をつけて戦術機の操縦を心がけさせるべきだろう。

 

 

XM3の欠点があると言うならば、機体を扱うのが下手であれば、その分の負担が戦術機にかかってしまうという点なのだから。

 

 

武はそんなことを考えつつ、自身の機体を見ている整備兵らに一報して、足早に夕呼の執務室へと向かった。

 

 

幸い、A01の機体を整備している戦術機ハンガーは夕呼の執務室とそう離れていない。そのおかげで、軍人として鍛えられた脚力をもってすれば、早足気味に歩けば3分程でたどり着く事ができた。時間にしても、基地に到着してこの時間。決して遅いとは言えない。

 

 

セキュリティーをパスし、入室前に一言声をかけた武はそのまま執務室に入る。そしてそんな武を見た夕呼は一言。

 

 

「遅かったわね」

 

「・・・・・・」

 

 

そんな、冗談とも本気とも取れる声色で武に言った。尤も、夕呼の憎まれ口に慣れている武は文句一つ言わなかったが、内心で呆れる位の悪態は許して欲しいと思っていた。

 

 

「結果は通信で聞いたわ。良くやってくれたわね。おかげで、帝国軍は斯衛含めて今回の結果に興奮を抑えられてない様子よ。さっき向こうから連絡があってね、色々と尋ねられたわ。全く、うるさいったらありゃしない」

 

「・・・帝国の興味を惹きつけられたなら、結果としては良かったのでは」

 

「まぁね。でも、でかい魚を釣れた代わりに、余計なおまけも付いてきそうだけど」

 

「反オルタネイティヴ4派・・・オルタネイティヴ5促進派の動きも、それについてきたと? 」

 

「勿論、表立って行動を起こすような事は、今はまだしていないわ。とは言え、直ぐ様思いつくような嫌がらせの対処は簡単だろうけど。世の中、ローリスク・ハイリターンなんて甘い事はないでしょうから」

 

 

夕呼のそんな投げやりとでも取れるような言い様に、武は重々しく頷いた。夕呼は簡単に言っているが、その実とてつもなく重く深い内容だ。それは、肯定するだけでも重く伸し掛ってくる。ここからが、本当の戦いなのだ。

 

 

BETA大戦等と名目上言われているが、その実人間同士の戦いも裏では同じ程度の規模の大きさで起こっている実情であり、その結果が人類生存への分かれ道となる世界規模での政治戦争。そのスタート地点に、漸く武は立ったのだ。軽々しく頷ける筈もなかった。

 

 

「ま、そんな事は今はどうでもいいわ。それより、今回の試作型XM3実戦試験の結果だけど、今も言った通り向こうの興味は随分惹けたわけだから、大成功ってことでいいでしょうね」

 

「光線属種がいない状況下とはいえ、A01の損害は各機体への負担だけで、死亡者はいませんでしたから、そう捉えていいかと」

 

「これなら、XM3が完成次第、完成版XM3での評価試験もやりやすくなるわ。本当なら、トライアルではそれ以外にも利用価値はあったんでしょうけど、それもなくなるでしょうね。今回の結果を見るに、予想通り完成版のXM3が生み出された暁には、横浜基地への注目は高まり、最前線だというのにどこか緩みきったこの基地の雰囲気も吹っ飛ぶわよ」

 

「・・・俺としても、幾ら自覚を持たせるためとは言え、BETAをこの基地に放つのは得策とは思えなかったので」

 

 

そう言って、武は小さくため息をついた。そう、当初の夕呼の作戦としては、今回のBETA侵攻郡の中から一部を捕獲してこの横浜に移送する予定だったのだ。理由は簡単。今の横浜基地の緩みきった空気を、基地のBETA襲撃という事態をもって払拭させるためだ。

 

 

ただでさえ日本は最前線であり、目と鼻の先には佐渡ヶ島ハイヴというフェイズ4に分類されるハイヴが存在していながら、今の横浜基地の空気は緩んでいた。

 

 

基地全体には形ばかりの緊張感があるだけで、その実最前線だという自覚をあまり持たない、国連軍の兵士達や、最近までは訓練兵という立場に甘えきっていた207B分隊の彼女達。

 

 

このままでは、大きな作戦が実行に移されるとき必ず支障が出てくる。そう考えた夕呼は、最初そう考えたのだ。しかし、武がその話を聞いた際にその作戦を反対し、代わりにXM3の有用性を示す事によってこの横浜基地に注目を集めるという策を提案した。

 

 

こうしておけば、XM3が実装されるとなった時に、新OSが開発されたのは横浜基地であり、そこに属する国連軍衛士の手によって生み出されたという実績が立つ。そうなれば、横浜基地の衛士達も、他の軍人達もうかうかはしていられないだろう。

 

 

なにせこのXM3という新OSは、未来情報によれば奇跡のOSとまで呼ばれる事になる代物なのだ。武自身もそれを使用し、実感したからこそ言えることがある。この新OSは、紛れもなく言葉通りの代物だと。そうなれば話は簡単だ。

 

 

日本中、いや世界中からXM3が生み出された横浜基地は注目を浴び、他の軍人達からも興味を大きく惹くことは想像に難くない。そんな注目を浴びた基地の軍人達が、今のような雰囲気や態度でいられるわけがない。

 

 

XM3を世に生み出した基地として、そしてそこに属する軍人として、衛士であろうとなかろうと、無様な姿を見せられるはずがない。

 

 

必然的に、基地の様子も最前線に相応しいものへと変わる事だろう。軍人というのは、良くも悪くもプライドに拘る連中が多くいるのだから。

 

 

 

そうなれば、XM3トライアルの時に、BETAを放って無駄な犠牲を生むような事態はなくなり、戦力も備えられる。そして今回、武の提案通りにXM3へ興味を向ける事ができたのだ。

 

 

実戦配備されるにはまだ時間がかかるだろうが、それも数週間とかからないだろうし、完成された暁には真っ先に横浜基地の戦術機に順次換装される予定だ。時間は十分ある。だからこそ、そこについて考えるのはそこまででいい。

 

 

今度はまた、それ以外のこれからについて話すべきだ。武はそう決めると、一度深く頷いて次の話をするべく夕呼を見る。すると、夕呼の方もそれに気づいたのか、ニヤリと口角を上げて話題を切り替える。

 

 

「それじゃあ、今度はこれからの事についてだけど、あなたからは何かある?あなた自身が体験した、変わらないであろう未来の情報についてはあるのかしら」

 

「・・・思い当たる節は幾つかありますが、率先して対策する事案はありません。ただ、一番近く起こる事態といえばこの横浜基地目掛けて、爆薬を大量に積んだHSSTが落ちてくるという事位かと」

 

「ああ、それね。そう言えば、BETAが佐渡ヶ島から侵攻してくるって情報と一緒に引き出せたの忘れてたわ」

 

「国連軍所属の珠瀬事務次官がこの基地に来訪し、その最中にHSST落下の報が伝えられました。だから恐らく、HSSTが落下してくるとしたら、事務次官がこの基地に来訪してくる日になると思います。それに今にして思えば、あの事件自体オルタネイティヴ5促進派の工作だったのかもしれません」

 

「かもしれないじゃなくて、確定でしょ。それ以外、何の目的があって爆薬満載のHSSTが偶然このオルタネイティヴ4主導の横浜基地に落ちてくるんだか」

 

 

本当に嫌そうに言って、大きく肩を落とす夕呼。若干の皮肉が武に向けられている気もしたが、反応するとまた長くなるのでいちいち返事を返すような真似はしない。代わりに、それについての対策を浮かべるが、選択肢は一つしかなかった。

 

 

前回は珠瀬の緊張癖を克服させる為、このHSSTを1200mmOTH砲での超長距離射撃で撃墜させる事になった。だが、今回はこの方法をとらなくても良いと、武は考えていた。それというのも、理由は二つある。

 

 

一つ目は、まりもの話によって最近は207B分隊内の雰囲気がチームとして纏まってきているとの報告を受けている事。小さなぶつかり合いは勿論起こりうるが、それによって部隊内の雰囲気を悪くさせるような事態にはなっていないようだ。

 

 

どころか、不満点が見つかれば、分隊内のメンバーでお互いにそれを指摘し合って、悪い点を少しずつでも克服しているとの事だ。特に、最近では珠瀬の射撃の腕前が以前にも増して神がかっているらしい。

 

 

何せ、鬼軍曹としての評判が名高いまりもが想定した、極限状態での射撃演習を実行した所、対物ライフルでの超長距離狙撃を全弾成功させたとの事。まりもをして、極東一のスナイパーと言って過言ではないと言わせたのだから、最早その心配をすることはない。

 

 

そして、今回の総合戦闘技術評価試験演習で落ちることはないだろう。そうなれば、戦術機に乗って訓練をこなすことになるが、緊張というコンプレックスは乗り越えていると推測される為、HSST狙撃事態をやらせる必要がない。

 

 

二つ目の理由としては、ヴァルキリーズの狙撃手、風間祷子の実力を見ておきたかったからだ。一応、シミュレータ実習ではその実力を見てはいるものの、危機的状況においてどの程度の範囲成功させられるのかというものは、知っておいて損はない。

 

 

失敗すればアウトではあるが、武自身の勘と今までの実習結果を見るに外すことは無いと確信していた。珠瀬と比べれば、狙撃手としての実力は劣るかもしれない。だが、経験を積んでいる衛士と言う点から考えれば、風間は十分HSSTを撃墜できると判断した。

 

 

故に、これは実績を積ませる為、武自身の目で見て確かめる為だった。そしてそれを、今夕呼に武が伝えた所、特に悩む事無く彼女を頷かせる事ができた。それというのも、A01の資質というのが関係しているという事実は、今は未だ武は知らない。

 

 

その為、夕呼が了解の印を出した理由については勘違いをしたままだったが、特に重要でもない為に夕呼は言わなかった。代わりに、HSST落下についての詳しい対応策を事前に決めて、そこで一旦話は終わる。

 

 

「で、こっちからも一つ連絡することがあるわ」

 

「先生からですか? 207B分隊の総合戦闘技術評価演習の日取りでも決まったので? 」

 

「それは明後日から・・・って、そうじゃないわよ。報告っていうのは、もしかしたら近々アンタ用に新しい機体が届くかも知れないわ」

 

「新しい・・・機体ですか ?現状の不知火でも、十分戦力たり得てますが・・・」

 

「私だって、別にアンタにただ機体をあげるかもってわけじゃないわ。これは電磁投射砲に関わった帝国側のお願いという形かしら。是非とも、そのXM3をXFJ計画で作り上げられた不知火弐型で試してみて欲しいと」

 

 

夕呼のその言葉に、武は顔を顰めた。要はその提案、不知火弐型の宣伝も兼ねてみて欲しいと言っているようなものだからだ。別にこの提案自体に文句があるわけではないし、寧ろ優秀な機体が貰えると言うなら儲け物だろう。

 

 

違和感を感じたのは、夕呼がそんな提案を素直に呑んだところだ。善意で引き受けるような人間じゃないが、これもまた何か考えがあってのことだろうかと、そんな事を勘ぐってしまう。

 

 

一方で、そんな武を見る夕呼の内心は、何かにつけて勘ぐるその姿に悪魔的な笑みを浮かべていた。要するに、完全にからかっているというべきか。

 

 

常に表情をほとんど変えず、弄り甲斐がない相手を弄ぶ。要するに、夕呼はどこまで行っても、どの世界においても夕呼だったというべきか。

 

 

残念ながら、それに気付く事ができない武は終始困ったように表情を顰め、その姿を見る夕呼はここ最近溜まったストレスを、そんな大人げない行動で紛らわせるのだった。

 

 

それから15分程経った後、今話すべき報告を全て終えて武は執務室を後にする。次はヴァルキリーズの隊員達と、今回の作戦のデブリーフィングの時間だ。

 

 

となれば、先ずは彼女達がいる戦術機ハンガーに行くべきだろう。武はそこまで考えると、珍しく大きなため息をつきつつ、何気に気になっている207B分隊の総合戦闘技術評価演習の事が頭をよぎり、目を瞑ってそれを頭から消し去る。

 

 

いずれにせよ、前途多難なのはこれからだ。考え出したらキリがないため、武は取り敢えずはデブリーフィングの内容を考えつつ、悲鳴と怒号で賑わう戦術機ハンガーへと足を向けるのだった。




あとがきです。
今回、自分で見て短かッ!!
と叫んでしまいました。クオリティも低くて申し訳ないです。

とりあえず、今回も3日で更新することができました。これからも、この調子で投稿できたらと思います。

後、お気に入り数600突破、20000PV超えることができました。これも皆様のおかげです。
作者の拙作をここまで支持してくれた方々、本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いします。


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episode2-5 表と裏

更新遅れて申し訳ないです。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・ん」

 

 

時刻は午後8時、武は一人遅めの夕食である合成肉野菜定食を食べ終え、コップに注いだ水を口直しに半分程飲み込んだ。

 

 

窓越しに見える外の景色は、既に真っ暗となって月と星の光、そして所々に設置されていいるライトが光源になって、無人のグラウンドを照らしていた。

 

 

普段ならば、訓練兵である冥夜辺りが自主訓練に勤しんでいる時間帯だが、その本人は一週間の総合戦闘技術評価演習の為に横浜基地を離れている。

 

 

それに加え、いつもはそれなりにみかける正規兵の姿も今日は見られなかった為に、どうやら外は閑散としているようだ。

 

 

加えて、食事を摂るべき時刻も大分過ぎているために、PXに集まっている人間の姿もまばらだ。カウンターの方を見れば、PXの主である京塚臨時曹長とお手伝い数人が使い終わった食器類の片付けをしていた。

 

 

武はそんなPXの様子を無言で眺めつつ、肩肘をテーブルについていると、ふと207B分隊の事が頭に過ぎる。日程で言えば、今日は2日目の筈だ。

 

 

今頃は、夜のジャングルで休憩をとっている時間帯か、同じく遅めの夕食を確保している頃かも知れない。

 

 

前の世界では、皆の足で纏いとなって、特にコンビを組んだ美琴にしょうもない理由で世話をかけてしまっていた事を思い出す。今にして思えば、情けなかった事この上ない状況だったが、戦場に出てからはそんな日々が宝物の様に思えてしまう。

 

 

青臭く、現実を飲み込めず、甘ったれていたあの頃の記憶。それは、紛れもなく大切なものだと、酷い現実を目の辺りにした後でそう思ってしまうほど、衝撃的な生活だった。

 

 

そしてそれは、この世界では最早叶うことはない。前の世界では207Bに属していたが、今回のこの世界では、白銀武という訓練兵は紛れもなく存在しないのだから。

 

 

ここにいるのは黒鉄武という、何もかもをでっち上げた架空の人物でしかない。覚悟していた筈なのに、理解していた筈なのに、207Bの事を思い出しているとそんな感傷的な気分になってしまうのだから、人間というのは不思議なものだと、武はらしくない考えに浸る。

 

 

知らずと口角が自嘲するかのように僅かに上がり、それを隠すために口元を覆ったその時だ。

 

 

「ん?何だ、黒鉄もこんな時間に夕食だったのか?」

 

「こんばんは黒鉄大尉」

 

「・・・こんばんは」

 

 

一瞬、反応が遅れたものの、武はとりあえず声をかけてきたみちる達に挨拶を返す。どうやら、ヴァルキリーズの先任達もこれから夕食の様だ。みちる、涼宮より少し遅れて、速瀬、宗像、風間の計5人がPXに集まってきた。

 

 

そして5人それぞれが、武と席を同席する。そんな中、速瀬が嫌に笑顔を浮かべているのが気になったが、武は敢えて無視する。聞いたら、余計につっこまれそうだったからだ。階級は上だというのに、何故か彼女には勝てる気がしない。

 

 

尤も、それを言うならば、ヴァルキリーズメンバー全員に言えることではあるが。そんな事を脳内で考えている内に、注文をさっさと済ませた5人が、それぞれ受け取った定食を手に席に戻ってくる。

 

 

そしてそれに手をつけるより早く、みちるがニヒルな笑みを浮かべて武に問いかけた。

 

 

「大変だな、黒鉄。こんな時間まで、副司令と話し合っていたのか? 」

 

「・・・それが任務である以上、従うのが軍人でしょう。尤も、俺としてもBETAと戦っていた方が気は楽ですがね」

 

「ほぅ。中々言うじゃないか。まぁ私としても、心情的には概ね同意するがな。副司令と話していると、無駄に肩が凝っていけない。礼儀云々は別に、笑えないブラックユーモアが度々飛び出すからな」

 

「伊隅大尉も、中々酷いことを言っていると思いますがね。私も、黒鉄大尉には同情しますよ」

 

 

相も変わらず、下手な男より格好の良い仕草と笑みを漏らす宗像。その宗像に、速瀬が猛獣のような唸り声を上げて詰め寄る姿を見ていると、不思議と心が温かくなるから不思議だ。

 

 

或いはこの光景は、未来の自分が見て感じていた光景なのかもしれないと思うと、武は少しばかり羨ましさに似た感情を覚えた。自分がこんな気持ちになるのは、一体何年ぶりの事なんだろうと懐古の念まで湧いてきてしまう。

 

 

そのせいか、5人を見る武の目はどこか年齢に似つかわしくない物を見る者に感じさせ、唸っていた速瀬さえも黙り込んで、何とも言えないような表情を浮かべて静まり返った。

 

 

そんな中、隠そうともしない笑みと笑声を上げて、みちるが真っ先に口を開いた。

 

 

「貴様は不思議な奴だな黒鉄」

 

「不思議・・・ですか? 」

 

「何と言えばいいか、貴様とはまだ会って1月も経っていないし、付き合いも同じく長いわけではない。それなのに、貴様と話しているととてもそんな気がしないんだ。例えるならばそう、長年戦場を共に駆けてきた戦友。そんな考えが、ふと頭に浮かんでくる」

 

「不思議なものですよね。私達と大尉は、先日の実戦が初めて一緒に作戦に臨んだ筈ですのに」

 

 

見た目通り、お嬢様らしい笑みを浮かべてみちるに同意する風間。それに続いて、残りの3人も同じような事を言わずとも思っていたのか、それを顔に表して武を見る。

 

 

そして、5人に視線を向けられた武は、自身と同じ様な感覚を抱いている事に内心驚きつつも、表情には出さずに同意する。

 

 

「ふっ、まぁそういった感覚も、何度も実戦を経験すれば珍しくもないんだろうがな」

 

「大尉、それなんか物凄く年寄りくさいセリフのような気がするんですが」

 

「速瀬中尉、それは伊隅大尉が年寄りだと言いたいんですか? こう言ってはなんですが、本心でも口に出すのは控えたほうがよろしいかと」

 

「はっはっは、速瀬に宗像。貴様達、後で二人纏めて私の部屋に来い。これ以上は無いという位、キツイ罰則を喰らわせてやる」

 

「「申し訳ありませんでした」」

 

 

ビシッと、タイミングを見事なまでに合わせて敬礼をする速瀬と宗像。ここまで来ると、先程の軽口まで示し合わせていたのではないかという程、息がピッタリだった。

 

 

ヒクヒクと、笑顔で口の端を痙攣させる伊隅から目を逸らし、隊内の癒し要員である涼宮と風間に目を向ける。

 

 

すると、その視線に気付いた二人が、呆れ混じりな笑みを浮かべて武に頭を下げてきた。そんな様子を見ていると、任務中はしっかりしていても普段は年頃に見合った反応をするんだなと、武は認識を改めて小さく笑みを浮かべた。

 

 

ここ最近、ずっと気を張り続けていたせいか、このような暖かな雰囲気はとても癒される。それと同時に、漸くこの基地に本当に帰って来れたという実感が、武の胸に安堵の感情を浮かばせた。

 

 

まだまだ気を抜けるような状況ではないし、本当ならばこんな風に暖かな雰囲気を謳歌できるような立場ではない。しかしそれでも、今この瞬間だけはこの流れに身を任せるのも悪くないと、僅かにコップに残っている水を飲み干しながら、武はそんな事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」

 

 

僅かに上がり始めた息を、それでも乱さず足を動かし続ける武は、ただ無心に自分以外誰もいないトラックを走り続けていた。PXでの穏やかな団欒を終えて、食後の運動と自主訓練がてらに走り続ける事既に2時間。

 

 

普通に走り続けるだけであれば、その程度ではどうということはないものの、些かペースを上げすぎたせいだろう。本当に久しぶりに、武は息切れという感覚を味わっていた。既に空気は冷たくなり、吸い込むたびに寒気が肺を刺激する。

 

 

それはまるで、タバコの煙を初めて吸い込んだ時の様な不快感に似ていたが、それと同時にどこか心地よい爽快感も湧いてくる。その奇妙な感覚を抱きながら、武が走り続けること更に30分。

 

 

そこで走るのを止めることを決め、10分程の時間をクールダウンの為に費やし、ようやくその足を止める。それから手早く、疲れた筋肉を癒すために柔軟をしっかりと行い、水道の冷たい水で顔を洗って熱くなった頭を冷やす。

 

 

大きく息を吸い込み、ゆっくりと息を吐き出して頭上を見上げると、夜空に輝く多数の星が目に入る。季節はもう11月で、オリオン座の特徴的な3連星が輝いているのが地上からも確認できる。

 

 

以前の自分ならば、閑散とした空気の中星空を静かに見上げるなんて趣味は無かったのだが、信じられない事に今では趣味の一つになりつつあった。

 

 

尤も、そんな趣味も数々の戦場を超える度に顔を合わせることになる、新たな戦友達から教わったものであり自発的なものではなかったわけだが。

 

 

武は、聞いた初めは有り得ないと思っていたものの、軍人や過酷な環境に生きる人間が、星空を見る趣味を持つ気持ちという物が今になって理解できるような気がしていた。

 

 

どんなに過酷な状況下にあっても、空に見える星はいつもその輝きを強く保っている。それを見ていると、摩耗した精神でも何故か頑張らなければという気持ちが沸いてくるのだ。あの星のように、強く輝いて生きていきたいと。

 

 

人が死んだとき星になるという考えは、或いはそういった憧れから人々の心に浸透していったのかもしれないと、ロマンチックな考えまでしてしまう。そんな自分の考えに武は苦笑してしまい、そっと背中を後ろにある樹木に預けた。

 

 

それから5分程時間が経過した頃だろうか。武は地面を歩く足音が、自分の方に向かってくるのを聞き取った。カツカツという小さな物だったが、閑散とした夜の空気はよく音を響かせ、如実にその音を武の耳に伝えてくる。

 

 

それを聞いてそちらに視線を向けると、そこには因縁のある4人の姿が目に入る。鮮やかな赤い斯衛服に身を包んだ女性と、その後ろに続く白い斯衛服に身を包んだ3人の少女と言っても過言ではない年齢の軍人。

 

 

「(月詠中尉に・・・あの3人か)」

 

 

スっと、知らずと警戒心を抱いてかその眼光を鋭くさせる武。元の世界では敵視されるような事は無かったが、前の世界では色々と睨まれていた相手だ。その理由は既に知れているとは言え、決して気を許していいと言える相手ではない。

 

 

尤も、月詠は兎も角として、後ろの神代、戎、巴の3人は仲が良いと言えるかどうかは微妙であった為に、気にする程でもないのだろうが。そんな事を考えていると、いつの間にやら4人の姿が15メートル程先にまで迫っていた。

 

 

武は小さくため息をつくと、下ろしていたジャケットのジッパーを上まで上げて、多少の身繕いを終える。すると、まるでそのタイミングを計っていたかのように、月詠が口を開いた。

 

 

「貴官が黒鉄大尉か? 」

 

「そうですが・・・斯衛の人間である月詠中尉が俺に何か用でも? 」

 

 

何故自分のことを知っているかとは、武は聞かなかった。そんな事は、既に理解しているのだから時間の無駄だと判断した為だ。そしてそれは、月詠も武の様子を見て理解したのだろう。そこについては、指摘することはなかった。

 

 

「先日のBETA新潟侵攻の防衛、噂は聞きました。見事な活躍をなされたとか」

 

「俺を含め、A01部隊の人員については一応極秘扱いになっている筈だが、日本が誇る斯衛の人間に言っても皮肉にしかならないか」

 

「失礼しました。ですが、これも私達の任務ですので。尤も、詳しい内容については話せませぬが」

 

「別に気にしていない。こちらも、そちらの事情については副司令から聞いている。同じような立場だ、深くは追求しない」

 

 

さりげなく、言葉の端々に皮肉を込めながら会話する武と月詠。険悪とまではいかないが、やはりあまり良くは思われていないようだ。

 

 

今回は訓練兵という立場にならなかったのと、既存の戸籍を改竄するような事をしなかった為前の世界程ではないが、それでもやはり警戒はされている様子だ。

 

 

武は内心そんな事を考えつつ、社交辞令にも似た話を続ける事にする。

 

 

「それに、先日の戦場で共にした斯衛部隊の活躍も見事なものだった。先の功績については、A01だけのものでもないだろう」

 

「斯衛部隊は、この日本の防衛戦力の中枢たる存在です。先の戦場へ出ていない私が言うのは烏滸がましいのでしょうが、その程度の働きをするのは当然と言えるでしょう」

 

「いや、日本の最強の機体と名高いTYPE-00の操縦を、あそこまで見事に行うのは精鋭といえど楽な事ではないだろう。謙遜も過ぎれば、他の衛士達にとっては嫌味に聞こえかねない」

 

「それは黒鉄大尉にも言えることでは? 件の新OSが見せた戦果。こう言っては失礼に当たりましょうが、とても実戦証明が初であると言うのが信じられないものでした。我々斯衛含め、帝国陸軍や海軍も驚きを禁じえませんでしたから」

 

「そう言ってもらえれば幸いだ。日本が誇る帝国斯衛軍にそうまで言ってもらえると、今回の発案者の副司令と自分も評価に確信を持てる」

 

 

フッと、同時に笑みを浮かべる武と月詠。後ろに控えている3人は、薄ら寒い何かを感じてだろうか。ブルッと、一瞬だが大きく体を震わせた。それも無理はないだろう。

 

 

表面上には先のBETA侵攻の話を褒め合っている様に見えるが、その実腹の探り合いにも似た行動をしているのだから。

 

 

恐らく月詠は上から命じられて、武は少しでも上層部の内情を探ろうとして、お互い表面上は褒め合っていても、裏側では火花を散らしているのだから。

 

 

「それと、これは可能であればで良いが、月詠中尉の方から殿下と斯衛第16大隊の面々に是非謝罪と礼の程を伝えておいて貰いたい。直接言葉を交わせないのは不敬に当たるだろうが、副司令も自分も気持ちは同じだ。今回の無茶な申し出を受けてくれた事、そして戦場で援護を申し出てくれた事。斯衛部隊に、不名誉な後方配置を指示した事について」

 

「お心遣いありがとうございます。ですが、それについては私の方からも言うべき事が。殿下は多忙な為、お言葉を賜ることは叶いませんでしたが、斯衛16大隊の指揮官斑鳩崇継様よりお言葉を賜っております」

 

「聞かせて貰う」

 

 

短く言って、武は目を閉じる。その内心は、前の世界での立場を考えれば複雑だったが、今は立場が違うのだ。自身にそう言い聞かせて動揺を隠すと、パッと目を開いて月詠の目を見る。それを合図に、月詠が小さく頷いて言葉を吐いた。

 

 

「『此度での戦場での働き、誠に見事であった。所属する軍こそ異なれど、其方らが見せた実戦での新OSの性能と、衛士として恥じ入ることのない武勇。その結果と生き様を見れば、我々の期待を大きく上回る物であったと、私達斯衛含め、殿下も心から御思いしている事だろう。一刻も早く、この新OSが普及される事を一衛士として強く望む』と。以上です」

 

「ご苦労だった月詠中尉。自分の方の言伝も伝えておいて貰いたい。そして、叶う時が来たなら、直接見える機会があるのであれば是非にお礼申し上げたいと」

 

「仔細漏らすことなくお伝えします。それと、私達がこの横浜に駐在している事情を理解しておられるのであれば」

 

「言わなくても理解はしている。御剣訓練兵が総合戦闘技術評価演習に合格したならば、戦術機の指導は神宮寺軍曹と自分で行う事になる。力及ばないまでも、一人前の衛士に仕上げてみせる」

 

「・・・よろしくお願いします」

 

 

言って、月詠は睨みつけるような鋭い眼光を向け、武に敬礼をする。それに後ろの3人も続き、武が最後に返礼すると軽く頭を下げて4人はその場を後にする。

 

 

武はその姿が完全に消えるのを確認するまで見続け、建物内に消えたのを確認すると胸に溜まった空気を大きく吐き出した。

 

 

色々言いたい事はあったものの、今はこれでいいのだと自身を言い聞かせ、再び背中を樹木に預けた。向こうの警戒は解けないまでも、少なくとも冥夜に害をなす危険性が少ない事は理解しているようだ。

 

 

余程のことがない限り、訓練では斯衛のメンツもあるだろうから文句は言ってこないだろう。

 

 

唯一、前の世界では戦術機ハンガーで会ったのに、今回は時期も早く場所も違う事が気になったが、考える程でもないかと悟ると、武はゆっくりと背中を木から離した。

 

 

軽く背中を叩いて汚れを払うと、腕時計で時間を確認して自身の部屋に戻る事を決める。そしてこの日はこれ以降、特に何も起こることはなく武は眠りにつくことになる。

 

 

それから更に数日が経った頃、武の耳に夕呼から207Bの戦術機訓練課程への進行が入り、それにほっと胸をなで下ろすのだった。

 

 

 

 

 

 




4日かけてこの短さで申し訳ありません。
いよいよ仕事が本格的に忙しくなってきて、帰ったら寝るだけの生活に突入です。
そんな現状なため、これからは週一更新となりそうなので、その旨理解いただけると幸いです。


さて、今回は前半については特に何もありませんでした。後半も、ちょろっと月詠中尉が出てきましたが、それだけです。
進展もありませんでしたし、日常回ととってもらえればよろしいかと。サブタイトルは意味深だったのに、申し訳ないです。

では今回はここらへんで失礼させてもらいます。


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episode3-1 因縁

お久しぶりです。そして遅れて申し訳ありませんでした。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

「来たわね黒鉄」

 

 

プシューッと、油圧式のスライドドアが音を立てて開き武が執務室に入室するなり、夕呼は書類の束をバサッとそちらに向けて言った。

 

 

それを見た武は、何とも言えない様な表情を顔に浮かべ、思わず何か言おうとしたが、冷静に考え直して口に出すのを控える。

 

 

夕呼には悪いと思ったが、いちいち彼女につっこんでストレス発散の道具になる気はない。代わりに、わざとらしく大きな咳払いを一つすると、先を促すよう視線を向ける。

 

 

すると、やけにガッカリとした様子の夕呼が大きなため息をついて、投げやりに返事を返した。

 

 

相変わらず、変な所で子供っぽい仕草や態度が残る夕呼。その面影には、この世界の夕呼とはあらゆる意味で差異があるというのに、物理講師だった彼女の姿を思い浮かべさせる。

 

 

しかしそんな感傷に浸っている暇はなく、武は頭を左右に振ると思考を切り返る。改めて夕呼を見た時には、既にいつもの表情の険しい武の顔があった。

 

 

「ふぅ、冗談も通じないようだし、さっさと用件伝えるわよ」

 

「お願いします」

 

「・・・昨日、207B分隊が総合戦闘技術評価演習をパスした事は聞いてるわよね? 」

 

「はい。というより、それを伝えたのは先生だったと思うんですが」

 

「そうだったかしら? まぁ、そんな事はどうでもいいのよ」

 

 

変な事につっこむなと、自分の事は棚に上げておいて言う夕呼。そんな態度を堂々ととる彼女に、少しばかり白い目を向けつつ、武は更に先を促す。

 

 

「これで207B分隊は訓練課程を戦術機訓練課程に移行。これ以降は、任官するまでは戦術機での訓練に従事する事になるわけだけど、その教官役はまりもと黒鉄。アンタ達二人にやってもらうことになるわ」

 

「それは承知しています。そもそも、それは俺が頼んだことですし」

 

「それは知ってるわ。私が言いたいのはこの後よ。アンタにはそれとは別に、まりもに対しても教官役をやってもらおうと思ってるわ」

 

「神宮寺軍曹に・・・ですか? 」

 

「ええ。と言っても、戦術機の操縦をどうこうなんて言わないわ。あれでもまりもは富士教導隊にいた程の腕前だし、アンタもそれは知ってるでしょう? だから、アンタがまりもに教えるのはXM3の事について。彼女含め、207B分隊の機体は最優先でOSをXM3へと換装させるわ。というより、まりもの操縦する機体はA01と同時期にOSを換装済みだから、もう変える必要はないんだけど」

 

 

何気なく言う夕呼だったが、武は内心驚いていた。まさか夕呼が、そこまで並行して事を進めさせているとは知らなかったのだ。よくよく考えてみれば、彼女ならやれる事であろうが、基本面倒を嫌う彼女が言われるまでもなくそこまで進めさせているのは意外だ。

 

 

今は何より、目下他の事で忙しいはずなのだから。それにXM3に換装させるというのも言う程楽な作業ではない。まりもの機体のOSを換装した時期といい、夕呼には207B分隊が総合戦闘技術評価演習をパスする事がわかっていたようだ。

 

 

武でさえ、本心では心配をしていた部分があったというのに、夕呼の思い切りの良さと勘の鋭さには舌を巻くばかりだった。

 

 

「続けるわよ。207B分隊の使用する機体については、アンタも知っての通りかなり状態の良い吹雪を5機搬入するわ。そのOSもXM3にこちらで換装するから、207B分隊は最初からXM3を使用する事になるわね。そういう事だから、実質的には教官になるのはアンタって事になるかしらね。まりもは補佐になっちゃうかもしれないわ」

 

「・・・了解しました。神宮寺軍曹にはこの事は? 」

 

「既に通達済みよ。それに、XM3の資料については総合戦闘技術評価演習前に私から渡してあるから、基本知識は頭に叩き込んであるでしょう。総合戦闘技術評価演習中に、訓練で使うシミュレータについては大急ぎでXM3にOSを換装させたから、後でアンタから整備兵に礼を言っときなさい」

 

「了解しました」

 

 

そう言って、武は大きなため息をついた。これはいよいよ、整備班長から文句を言われるのは間違いない。尤も、今までの整備兵達の苦労を考えればそれも仕方ない事だろう。武は内心で覚悟を決めると、残りの話を片付けるべく再び夕呼に声をかけた。

 

 

「それで、神宮寺軍曹には何時? 」

 

「207B分隊の連中に座学を教えてる間は無理だから、必然的に訓練後となるわね。時間については、午後8時位からが丁度いいって言っていたから、その時間に強化装備を着用の上、訓練兵使用のシミュレータハンガーに向かいなさい」

 

「委細承知しました」

 

「よろしい。なら後は任せたわよ。私はまだやる事があるから」

 

 

そう言って、夕呼はそれっきり黙り込む。視線も武から書類に移り、思考は既に別の方向へと向いているらしい。武はそれを確認すると、嫌味がてらに敬礼をしてみた所、しっかりと反応して嫌そうな顔をするのだから、香月夕呼。空恐ろしい女である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕呼との用事が終わって以降、A01との訓練で時間を費やす事早9時間程が経った。武はみちる達と訓練後の反省点等を指摘し終え、ほっと一息吐いて給水パックのストローを口に含む。

 

 

中身は栄養剤のような物が入っており、この後はまりもとの訓練が控えている為に手早く済ませる。ゼリータイプの飲料はスルスルと喉の奥に入っていき、あっという間に食事を終えると、空になった容器をゴミ箱に放り込み、今日上がった反省点について考える。

 

 

先日の実戦では、先任、新任含めてXM3を搭載した機体への損害が想定よりも高くなっていた。原因は勿論、未だXM3を完全には上手く使いこなせていないという所だろう。

 

 

XM3の利点は動き回ってナンボというものだ。従来のOSを遥かに上回る操作性や、鋭い機動を可能とするXM3だが、物理的法則を無視できるものではない。無理をすれば無理をするだけ、機体への損害は大きくなっていくのだ。

 

 

基本的な操作については、最早言うべき所はそう多くない。これからの課題は、如何に機体に疲労を与えずに機体を制御するか。それに尽きる事は明白だった。このままの拙い機体制御では、ハイヴに突入するとなったら敵に殺されるより先に機体の方が参ってしまう事だろう。

 

 

とはいえ、一朝一夕にできるものではないのも確か。既に幾つもの実戦を超えている先任共は兎も角として、新任の少尉達は経験も訓練時間も未熟の域だ。XM3を搭載した機体での訓練を始めてから、1月も経っていない。結果を焦りすぎるのも、効率を考えれば損になるだろう。

 

 

「習うより、慣れろ・・・か。それしかないな」

 

「悩み事か黒鉄? 」

 

「伊隅大尉」

 

 

突如、声をかけられて武はそちらを振り向いた。常であれば、接近される前に気付けたであろうが、深く考え事をしていたせいか気が緩んでいたようだった。

 

 

「何か俺に用でも? というより、大尉は着替えないので? 」

 

「ふっ、私達はこの後も訓練を続ける予定だからな。いつまでも、黒鉄を悩ませるのも忍びないのでな」

 

「・・・すいません」

 

 

武が気まずそうに謝ると、みちるは何を謝ると口角をつりあげて笑う。武がどう言おうと、実際にみちる達が武を悩ませていたのは事実。しかし、それをあっさりと口に出して認め、更なる訓練に励むというのはそうできることではない。

 

 

ましてや、幾ら技量が優れていようと武は新参者なのだ。そんな男の思っている事を、嫌味も言わずに清々しく自分から告白し皆を率いているのだから、これはみちるのカリスマというものなのだろう。流石に大尉を名乗るだけのことはあった。

 

 

「それより、黒鉄は急がなくて良いのか?この後、神宮司軍曹と用事があるのだろう?遅刻すると、例え上官であっても厳しい目で見られるかもしれんぞ」

 

「大尉は、軍曹の事をご存知で? 」

 

「知っているも何も、私達が訓練兵だった頃の教官だったからな。伊隅ヴァルキリーズの人員は、皆神宮司軍曹の子供という訳だ。そういう意味では、本当のヴァルキリーマムはあの人なのだろうな」

 

「そう・・・ですか」

 

 

みちるのその言葉に、武は複雑な思いを抱く。嘗ては、まりもの存在は自分にとっても同じであった。同じであった筈なのに、前の世界では命令だったとは言え、彼女に反発してしまったのだ。それどころか、その恩人に対して大した恩も返せずに決別してしまった。

 

 

その時の事は、今思い出しても完全には割り切ることができずにいたのだ。自分が最も不幸だと思い込み、他者の事情を考えもせずに命令だからと、そう言って結果的に自身に銃口を向けさせる事になってしまった。あの時のまりもの顔は、忘れる事はないだろう。

 

 

そんな風に、ネガティブな内面を表情に表していると、みちるは気まずそうに咳払いをして空気を変える。

 

 

「まぁそういう訳だ。黒鉄はさっさと向かった方がいいぞ。こちらの事は、私がしっかりと監督しておく。だから、黒鉄は黒鉄の為すべきことをやるべきだ」

 

「了解、です。それではこれで」

 

「ああ。それと、黒鉄は明日からは207B分隊の連中の指導に当たるんだったな。彼女達は任官後、私達の部隊に編成される事となる。せいぜい、それまでに使い物になるよう扱いてやれ」

 

「はい。失礼します」

 

 

敬礼はせず、軽く頭を下げて武はその場を後にする。時刻は既に午後7時40分を迎えている。まりもの性格を考えると、指定時刻の15分前には準備している事だろう。それを考えれば、今から向かえばちょうど良い時刻だ。

 

 

武はそれを確認すると、走らない程度に訓練兵専用シミュレータハンガーに向かい、丁度5分が経過した頃目的地へと到着した。すると、予想通りそこには強化装備を纏って準備を終えたまりもがシミュレータの前で立っていた。

 

 

そして、武の姿を確認するなり、ビシッと非の打ち所のない程見事な敬礼を向けた。それを見て反射的に武も同じく敬礼を返し、同時に手を下ろすと先に口を開く。

 

 

「遅れてすまない、軍曹。諸事情により少々遅れることになった」

 

「謝ることはありません大尉殿。こちらが早く来すぎただけですので」

 

「そうか。軍曹はXM3についての資料は既読だと聞いたが、それは確かか? 」

 

「はい。香月副司令より、総合戦闘技術評価演習前に受け取り内容は頭に叩き込んであります」

 

「了解だ。ではさっそく、シミュレータでの訓練に入るとする。軍曹は教官機、自分は0号機のシミュレータに搭乗する。時間は無駄にはできない、さっさと始めるぞ」

 

「了解であります!! 」

 

 

まりもは返事をすると、素早い動作で教官機へと搭乗する。武はそれを確認すると、自身も駆け足で0号機へと向かい、サッとコクピット内に乗り込んだ。

 

 

乗り込むなり直ぐ様ハッチを閉め、必要な処理を全て終えてシミュレータを起動する。然程時間はかからず起動は終わり、網膜投影システムが作動して様々なステータス画面が映し出される。

 

 

それを確認し、あらかじめ設定しておいた訓練メニューを確認すると、通信をONにして教官機へと乗り込んでいるまりもに呼びかける。

 

 

「そちらの準備は出来ているか? 出来ているなら、これよりXM3訓練プログラムを開始するので、返答を頼む」

 

『はっ! 神宮司機、全ての準備を終え待機中であります。いつでもいけますので、よろしくお願いします大尉殿』

 

「了解だ。これより、XM3のシミュレータ訓練を開始する。それとこれは注意だが、XM3は資料にあった通り従来のOSよりも機動性能が格段に上がっている。その為、これまで通りに操縦すると痛い目を見ることになる。機体制御は繊細に扱うことを心がけろ」

 

『委細了解であります』

 

「よろしい。それでは、XM3の演習プログラムを開始する」

 

 

武はそう言うと、一旦口を閉じる。そして訓練プログラムの開始を行うと、ブォンという鈍い機械音を立てて訓練プログラムが起動した。

 

 

それと同時、網膜投影上に所々破壊されているものの幾つもの建物が聳え立つ市街地の風景が映し出される。その瞬間だった。

 

 

『えっ!? って、きゃっ!? 』

 

 

突然のまりもの、女性らしい悲鳴。それを聞いた瞬間、やはりと武は予想していた事態が発生した事を悟った。映像を見ると、まりもが搭乗している撃震が無様な格好を晒していた。

 

 

「どうした軍曹? 訓練プログラムが始まってから、まだ1分と経っていないぞ」

 

『も、申し訳ありません!! ですが、これは・・・』

 

「冗談だ、軍曹。皆まで言う必要はない、これは予想できていた。初めに言っておくが、軍曹の機体が転倒したのは決して不具合のせいではない。XM3は特徴的な機動を行う為に、以前のOSで自動化されていた行動をマニュアルで操作しなければならない部分がある。今の不具合は、その影響の一つだ」

 

『・・・成る程。資料は頭に叩き込んでいたつもりでしたが』

 

 

映像上のまりもが、悔しそうに表情を歪めるのを見て武は内心悪いことをしたかなと、苦笑してしまう。それというのも、今のは資料には載っていないことだったからだ。

 

 

まりもに渡された資料には、XM3の特徴、従来のOS以上の機動ができるといった、特徴は網羅されているが、その実今のような事は記載されていないからだ。

 

 

XM3の資料を最終的に纏めたのは夕呼だが、その前段階で武がXM3についての内容を纏めている。その時に、敢えて武は起動時気を付けないとまりものような事故が起きるというのを、記載していなかった。

 

 

それというのも、XM3を扱うに当たっては知識よりも実際に乗って慣れろという考えからだ。これは、武が理論派ではなく実践派というのが大きな理由でもあるが、実際にXM3の繊細さを、搭乗者には理解して欲しかったからだ。

 

 

最初に失敗しておけば、どの衛士も慢心といった油断を捨て去るであろうから。これが実機であれば、整備問題に成りかねない事だが初めはシミュレータ実習での慣らしを指示されている以上、実機ほどには問題にはならない。

 

 

ならばこそ、練習の段階で慣れさせ実機に乗った時にはこのようなヘマをしないよう、心がけさせる。それが、武の考えたプランの一つだった。しかしそれでも、あらかじめ言っておかなかったことはやはり謝るべきかと考えると、武は口元に小さな笑みを浮かべてまりもに呼びかけた。

 

 

「気に病むことは無い。これは元々、資料には書いていなかった事だ。軍曹のように、知識だけを叩き込んだのでは限界があるからな。今回のようなサプライズを用意した」

 

『つまり、大尉殿の言い分ですと、習うより慣れろと? 』

 

「気に障ったようなら謝る。だが、XM3は遥かに機動性が向上し複雑な機動も簡単にできるようになった代わりに、従来のOSより繊細さが求められるものだ。初めにこのような事態にあっておけば、自ずと身も引き締まるというものだろう? 実際、OSの性能は非常に高く有効なものとなったが、今までのように扱っていては機体にとって優しくないからな」

 

『了解です。それと、先の様な無様な姿をお見せしてしまい申し訳ありませんでした。これより先は、無様な姿を見せないように精進しますので、ご指導の方よろしくお願いします』

 

「了解だ。それでは今度こそ、訓練を開始する。先ずは基本からだ。基本だからといって、気を抜くなよ」

 

 

そう言って、武は返事を待たず訓練を開始した。初めはそれこそ初歩の初歩から、段々とXM3で初めて利用可能となったキャンセルを利用した簡単な機体操作の連続。

 

 

傍から見れば、それこそ訓練兵がこなすような初歩的なものだ。何も知らないベテラン衛士が見れば、おちょくっているのかと文句の一つでも飛んできそうな訓練だ。

 

 

『神宮寺、行きます!!』

 

 

しかしまりもは、武によって用意されたそんな基本的な訓練プログラムを、文句一つ漏らさず淡々とこなしていく。実際に機体を制御しているまりもには、XM3の繊細さとその操作性の有用さが次第に理解できるようになっていったからだ。

 

 

それと同時に、機体を大事に扱わなければならないという感覚も理解し始めた。激しい機動ができる分、それに比例して疲労も溜まっていく。下手に扱えば最悪に、上手く扱えば最良の結果にと。

 

 

特に、まりもの扱う機体は第一世代機である装甲重視型の撃震。その機体重量ともなれば、着地一つとっても上手く扱った時とそうでない時の差は、結果を見るまでもなく明らかだ。

 

 

それを感覚で感じ取った時、まりもは即座に理解する。今のままでは、XM3を完全には使いこなせていないのだと。

 

 

そうなると、まりもは妥協しなかった。元来そういった事にムキになる性質に加え、教官という訓練兵に教えを説く立場の人間として中途半端は自分に許さない。他人に厳しく、自分にはもっと厳しく。鬼軍曹というその言葉を、まりもはまさに体現していた。

 

 

そしてその機動の見ている武は、更に驚かされていた。とてもではないが、シミュレータで触れるのが初めてとは思えない程だったからだ。

 

 

まりもが富士教導隊出身のエリートだという事は理解していた。しかしそれでも、まりもの成長速度は武を持ってしても感嘆せずにはいられない。

 

 

突然現れた障害物に対して、キャンセルをうまく利用して撃墜する機体制御。予測していたのではないかと思う程の、咄嗟の判断力と、機体にかかる衝撃を計算しての見事な機動。

 

 

一見無謀とも取れる行動の数々。それらを、未だ拙いながらもXM3の機能を最大限利用して迅速に行っていく。

 

 

気が付けば時刻は深夜2時になり、訓練を始めてから6時間程経過した事になる。しかしそれでも、まりもは訓練を止めようとはしなかった。途中から武も混じり、見本となったり敵となったりして訓練プログラムには参加していったが、流石にそろそろ限界だ。

 

 

武は大きく咳払いをすると、まりもに向かって呼びかける。

 

 

「そこまでだ軍曹。今日の、というより今回の訓練プログラムはここまでだ」

 

『はっ! ですが自分は未だ』

 

「今日も訓練があるだろう? 軍曹程の者ならば、訓練兵との訓練で無様を晒す事はないだろうが休むのも軍人の仕事の一つだ。それに少々はしゃぎ過ぎた。シミュレータの整備兵も困らせるわけにはいかないからな」

 

『そう・・・ですね。申し訳ありません、失念していました』

 

 

しょんぼりと、まりもが自責してか両目を瞑って頭を下げる。どうやら頭は冷えたようだ。武はそれを確認すると、訓練プログラムを終了させまりもに指示した後に、順番通りにシミュレータの電源を落としていく。やがて全ての操作を終えると、ハッチを開放してコクピットから降りる。

 

 

すると、武より早くシミュレータから降りたまりもが駆け寄ってきた、ビシッと息を上げながらもきっちりとした敬礼を向けてくる。それに倣い武も敬礼を返すと、連絡事項を伝えるべく構えを解いて楽にするよう指示をし、まりもが従った事を確認すると口を開く。

 

 

「今回の訓練だが、正直俺の想像以上に軍曹の成長が早く、予定していた訓練を次々と終わらせる結果となった。腕前もそうだが、飲み込みの速さだけで言っても、軍曹は教えた中で一番の猛者と言えるだろう」

 

「ありがとうございます!! ですが、自分などまだまだ若輩の身であります。結局、大尉殿には全く及びませんでしたから」

 

「そう簡単に、追いつかれては俺としても立つ瀬がない。しかし、世辞を抜きにしても軍曹は良くやった。機体を労わるという部分ではまだまだと言えるだろうが、少なくとも新しく導入された概念等については既に頭に入っているようで感心した。とても撃震の動きとは思えなかったからな」

 

「過分な評価、恐れ入ります」

 

「数時間後には、訓練兵共の訓練が始まる。その間、しっかりと体を休めて訓練に備えておけ。自分も本日の訓練から、参加することになっているから、その時はよろしく頼む。以上だ、解散」

 

 

ビシッと、武とまりもが同時に敬礼をして訓練は終わる。それからまりもは駆け足で既に整備を始めている整備兵に声をかけ、頭を何度も下げながらハンガーを後にする。

 

 

退室する際に、律儀にも武に再度敬礼をする所を見ると、態度は違えど性格は変わらないんだなと懐かしい気持ちに不覚にも陥った。

 

 

しかし、いつまでもその場に固まっている訳にはいかない。このままここにいては邪魔になる。そう考えた武は、整備兵に一礼して立ち去ろうと考えたが、数歩歩いて考え直す。

 

 

「(このまま寝るのも・・・申し訳ないか。最近は、整備兵にも苦労かけっぱなしだからな)」

 

 

誰に言うでもなく、武は一人頷くと意を決して整備兵の下に向かう。武にも、シミュレータの整備の知識は前の世界で得ている為最低限あった。それを活かすべく、整備兵に声をかける。

 

 

すると、最初こそ驚いたような表情をしていた整備兵だったが、何を言っても譲らないために武は自身の使用したシミュレータの整備を行う事となった。

 

 

尤も、武の使用していたシミュレータについては整備する部分が少なく、まりもの方に手伝いにいくことになり、見事徹夜をすることになる。

 

 

その結果、一緒に作業をしていた整備兵と僅かな交流が生まれたのは決して悪い事ではないのだろう。数時間後の訓練兵5人の訓練において、不思議と清々しい気分で訓練を終えた武は、本当に久々にそんな気分を味わえたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




終了です。クオリティ低くて申し訳ないですが、これにてepisode3初っ端の話は終わりです。


それにしても、まりもちゃんの実際の実力って本当どうなんでしょうね。本編では、結局忌々しい白キノコがやらかしたお陰で、BETA戦での活躍は見れませんでした。

ですが、第一世代機の撃震でクーデター軍と渡り合っていた所を見ると、相当な腕前だと思いますし、富士教導隊にいたエリートだったわけですからね。あれで吹雪や不知火に乗っていたらどうなるのか。まぁ、TDAではその実力の程が見れたわけですが、あれは龍浪サイドが主役だったために、そこまでスポットライトが当てられなかったのは残念でした。


仮りに、彼女が生き残っていたとしたら、佐渡ヶ島で戦死したのは伊隅大尉ではなく、まりもちゃんになっていたかもしれませんね。柏木も、まりもなら絶対に残さなかったでしょうし。


と、本編に関係ない話はここまでです。次回更新はまた、ちょっと遅れそうです。申し訳ありません。
それと急に寒くなりました。みなさんも、体には気をつけて生活してくださいね。尤も、既に風邪をひいている作者が言っても、説得力はありませんが・・・


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episode3-2 取捨選択

今回、作者のこうだったらいいなぁという想像を含めて、この話を書かせてもらいました。なので、ちょっとおかしいと思う部分があるかもしれません。
もしそのような疑問があれば、感想欄にでもお書きください。

それと、活動報告でも書きましたが、改行の多いという意見が1件感想に書き込まれました。作者なりに悩み、実際に自分で見たのですがどう判断すべきかと自身では解決できませんでした。
なので、それについて皆様はどう思われるのか、感想に書いてくださると幸いです。活動報告へのコメント返信でももちろん構いません。
今回はいつもどおりでいきますが、意見によっては書き方を改める所存ですので、お付き合いいただけると幸いです。





―11月22日午前11時―

 

「小隊集合!!」

 

『了解!!』

 

 

まりものよく響く声がハンガー内に響き渡り、訓練兵である5人は早々と足並みを揃えて向かい整列する。そしてそのまま、何も言われずとも暗黙の了解である敬礼をし、それにまりもと武が返礼すると、ビシッと5人は気を付けの姿勢のまま固まった。

 

 

それをしっかり確認すると、まりもは武の方を向いて頭を下げ一歩後ろに下がった。武としては、別にそこまでする必要もないとは思ったのだが、言っても困らせるだけかと考えると、何も言わず5人に向けて口を開いた。

 

 

「今日も訓練ご苦労だった。皆、まだシミュレータでの訓練とは言え、戦術機に触れて1週間程だとは思えない程の成長ぶりを見せている。これは自分としても、神宮司軍曹としても、教鞭を取った身としては誇らしい結果と言えるだろう」

 

『はっ! ありがとうございます、黒鉄大尉』

 

「だが、それでも未熟な部分が多いのも事実だ。これから1人ずつ、自分と軍曹でここ一週間の結果を見て気になった点を伝える。心して聞いて、次回以降の訓練では同じ注意を受けないよう留意しておけ」

 

『了解であります!!』

 

「まずは分隊長である榊訓練兵」

 

「はっ!」

 

 

武が名前を呼ぶと、一歩前に出て敬礼をする榊。それを確認すると、一度小さく頷いてここ一週間での評価を口にする。

 

「先ず言えることは、分隊長としてはお前は既に訓練兵にしておくのが勿体無いという事だ。戦闘指揮、後方からの支援、そして作戦立案。どれをとっても、お前程の評価を得られる訓練兵はそういないだろう」

 

「ありがとうござます! 」

 

「だが、それでも想定していなかった、又は想定できなかった事によって発生するトラブルへの対策が、やはり何処か足りないと言わざるを得ないだろう。本来、BETA大戦勃発以来より作戦とは上手くいく事の方が稀。予想以上の敵の増援や、想定もしていなかった動きに掻き乱され戦線を維持できなくなる事の方が多い位だ。お前はもっと考えや視野を広く持ち、戦線全体を見て行動するよう心がけろ。以上だ」

 

「はっ!! ご教授、ありがとうございました」

 

 

再び敬礼をして、元の位置に下がる榊。続いて冥夜の名前を武が呼ぶと、榊と同じようにして前に出て、ひと呼吸置いてから武は再び口を開く。

 

 

「御剣訓練兵、お前は207Bの中で彩峰訓練兵と並んでチームのツートップであり、近接戦闘で言えば正規兵でもそうそういないレベルの衛士と言える。お前が順調に正規兵に任官すれば、部隊内ポジションは突撃前衛に配置される事だろう。特に剣術だけで言えば、帝国斯衛軍の衛士達と比べても見劣る事はないだろうと思える腕前だ」

 

「はっ! 過分な評価、恐れ入ります!!」

 

「だが、その分射撃が長刀を用いた近接戦闘と比べお粗末になりがちだ。何でもかんでも近接戦闘だけで片付けようとすれば、衝撃が機体に返ってくる長刀は機体の扱いに長けていなければ、負担は大きくかかってくる。基本過程でお前が剣術を特に得意としていた点は、確かに評価できる事だ。だが、銃撃も同じように扱っていかなければ圧倒的な物量の前に飲み込まれ、死に至るだろう。そこを十分理解し、これからの訓練に励め」

 

「了解であります! ご教授ありがとうございました! 」

 

「次、珠瀬訓練兵」

 

「は、はい! 」

 

 

冥夜が下がり、若干ビクビクとしながら珠瀬が前に出る。そんな彼女の様子を見て、武の後ろに控えているまりもがギロリと一瞥するが、武はそれをやんわりと止めて評価を口にする。

 

「珠瀬訓練兵、お前の射撃能力は戦術機過程に入ってもやはり素晴らしいものと言えるだろう。戦場を広く見渡し、前衛の2人が逃した標的の撃墜。遠方にいる標的への、遮蔽物のある中でのズレの無い正確な射撃。経験という点を除けば、どれをとっても正規兵の中にお前と並ぶ者は日本にはいないと言っても過言ではない評価だろう」

 

「はっ、はい! ありがとうございます!」

 

「故に、お前に伝えられる点はそう多くない。それでも言うとすれば、もっと冷静に事を進めろという事だけだ。演習中、仲間が撃墜されて以降の経過は決して良いとは言えない。仲間を失う事を恐れるなとは言わない。だが、それに怯えるばかりでは失う仲間の数は雪だるま式に多くなり、自棄になってばかりでは無駄も多くなる。一朝一夕に慣れろとは言えないが、その事をしっかりと考えてこれからの訓練に励め。あがり症は治っているようだし、お前ならそれも克服できるだろう」

 

「了・・・解であります。ご教授ありがとうございました! 」

 

 

自分でも理解していた点なのか、若干ションボリとしながら。しかし、決して言われた事から逃げる事はなく、しっかりと頷いて下がる珠瀬。そんな彼女と入れ替わって、今度は鎧衣の名前が呼ばれ前に出た。

 

 

「鎧衣訓練兵、お前に言える事も珠瀬訓練兵と同じでそう多くはない。長刀での近接戦と突撃砲での銃撃戦。どちらも平均的に上手くこなし、仲間へのフォローも積極的に行っている。戦術機課程以前での事を鑑みるに、一人突出して戦場で活躍するようなタイプではない。それと組み合わせて考えれば、お前が戦場で活躍する場面となると罠や支援での働きになるだろうし、それは基本課程での成績を見るに不安になるような事はないだろう。BETA相手でも、それらのスキルが非常に役に立つのは変わらない。そういう事態になった時に、お前は他の追随を許さぬほど有効的な手法を取れる。それは時として、一騎当千の兵よりも重宝される」

 

「はい! ありがとうございます、黒鉄大尉」

 

「だが、悪くない点が多くないとは言え、指摘する点が無いと言えばそうではない。追い詰められれば、お前にも突き詰めていくべき点は多々ある。具体的に言えば、珠瀬と同じ様に仲間が撃墜されてからの動きが極端に悪くなる上に、突発的な事態に対応が遅くなり榊と似た傾向に陥りやすいのも事実。これでは正規兵に任官し、BETAとの実戦で奴らとの戦いになった時、その事態に陥る可能性が高いだろう。特に混戦状態では、戦線は乱れに乱れる。一度しかないとは言え味方誤射があるのは鎧衣だけだ。IFFがあるとは言え、それも絶対ではない以上気をつけろ」

 

「うっ、りょ、了解であります! ご教授有難うございます!!」

 

 

武には言葉で指摘され、更にまりもに殺人的な視線を睨まれて縮こまる鎧衣。悪い点が少ないとは言え、内容的には濃く鋭く言われた事は、いかにマイペースな鎧衣とは言えやはりキツかったらしい。

 

 

武も内心申し訳なく思う一方、それでも指摘した内容自体は間違っていない為に、生温い言葉をかけるつもりはなかった。下手な優しさは、今のような時代においては慰めにはならない。

 

 

それで嫌われたとしても、武としてはこれからも止めるつもりはない。軍人、特に良い教官というのは嫌われる者なのだと理解しているのだから。そこまで考えて、武は気持ちを切り替える為大きく咳払いをすると、最後の隊員である彩峰の名前を呼んだ。

 

 

いつもは鎧衣と同じかそれ以上にマイペースな彩峰だが、まりもも睨んでいるからか流石にきっちりとしていた。尤も、内心はどうであるのか分からないのが、彼女の難しい点だった。

 

 

「彩峰訓練兵も御剣訓練兵と同じだ。近接戦闘に自信があるのは理解しているが、射撃についても同じ様にこなすことを心がけろ。技量が上がればいいが、基本的に突出して近接戦闘ばかりこなしていては、支援砲撃は期待できなくなる。前衛がそういうポジションだとは言え、仲間は簡単に割り切れるものでもないだろう。周囲と合わせた戦い方を心がけるように訓練を重ねろ。お前のいるポジションというのは、死ねば後ろの味方をも呆気なく道連れにしかねない重大なポジションだからな」

 

「了解であります、黒鉄大尉」

 

「ならば良い。お前と御剣は207Bの頭であり、些細なミスも許されない重要な役回りだ。今後は、その点を十分頭に入れて訓練に励め。二度同じことを言わせれば、軍曹は黙っていないぞ。以上だ」

 

「はっ! ご教授、ありがとうございました」

 

 

そうして彩峰が下がり、武は言う事を全て終える。本音を言えば、まだまだ言うべき事は多々ある。だがそれらは、現段階で言った所で直ぐ様その通りできるようなものでないのも事実。

 

 

あまり詰め込みすぎても、考えが頭に回りすぎて動きが悪くなるので避けたかったのだ。ただでさえ、今告げた修正点の数々は本来ならばまだ先になるようなものだったのだから。

 

 

本当であれば、武の当初の予想では戦術機を扱う腕前が今のレベルに達するのは、まだ数日先だと予測していたのだ。それが、まりもを始めとして207Bの隊員達は恐るべき速さでモノにしてきている。

 

 

当初は、初めからXM3を触っている為に、旧OSから触っている衛士よりも馴染みやすいのではないかと考えていたのだ。しかし、事此処に至っては武としてはそれだけで納得できていない。その感覚は、疑念から最早確信に変わりつつある。

 

 

しかし、だからと言ってそれを彼女達に言っても解決しないのは事実。仮りに、それを言うとしても相手が違う。だからこそ、武はあくまでそれについては指摘しない。幸いにして、まりもは成長速度に驚いているものの、それ以上の疑念は湧いていない様子だった。

 

 

それならば、後は武が話すべき相手にそれを話せば済む話なのだから。武はそこまで考えると、今はそれを考えるべきではないと頭を振って思考を切り替え、一歩後ろに下がって控えているまりもに向き直る。

 

 

「それでは軍曹、後を頼む。自分はこれから、副司令に用があるので失礼する」

 

「了解であります!!」

 

「この後は、今言った内容を十分気をつけさせて訓練を続けてくれ。訓練内容の予定変更や、その他の判断については全て軍曹に任せる。好きにやってもらって構わない」

 

「承知致しました。それでは、小隊一同。敬礼ッ!! 」

 

 

まりもの掛け声に、揃って敬礼する5人とまりも。武もしっかりと返礼をする。それをまりもが確認すると、再び5人に指示を出してシミュレータでの訓練を再開した。武はシミュレータに乗り込む6人の姿を眺めつつ、その姿がシミュレータのコクピット内に消えたのを確認する。

 

 

それが終わると、自分も用を済ませるべく先ずは着替えるために、ドレッシングルームへとやや駆け足で向かった。

 

 

 

 

―11月22日午後12時30分―

 

 

「失礼します」

 

「敬礼はいらないわよ。堅苦しい挨拶も抜きにして」

 

「・・・わかりました」

 

 

執務室に入るなり、武の行動を封殺した夕呼は満足そうに頷くと、やや機嫌の良さそうな顔をして頷いた。そんな彼女の様子を見て、内心嫌な予感を感じつつも武は平静を保ったまま表情には出さずに返事を待つ事にする。

 

 

「本題に入るわよ。アンタも何か私に聞きたそうな事があるようだけど、とりあえずそれは後にしてちょうだい」

 

「了解です」

 

「先ずは先日話した戦術機の話。訓練機の吹雪含めて、アンタの不知火弐型が明後日の24日午後2時にこの基地の戦術機ハンガーに搬送されてくるわ。吹雪の方は訓練兵用のハンガーだけど、あんたのはA01専用のハンガーに搬入されるから、そこは間違えないようにしときなさい」

 

「送られてくる弐型の方は、整備すれば直ぐに動かせる状態なんですか?できれば、早めに慣れておきたいので実機での機動を試したいんですが」

 

「それは恐らく無理ね。OSを換装させる作業にしてもそうだけど、こっちでも色々やらなきゃいけないことがあるし、整備兵にも弐型の整備知識を頭に叩き込む時間は必要でしょ?アンタなら壊すようなヘマはしないでしょうけど、万が一ということが無いとも限らない。予備パーツが2日後に送られてくる予定だから、実機での機動はそれ以降にして頂戴。シミュレータでは動かせるように、こっちで用意しておくから」

 

 

夕呼のその言葉に、武は内心少しばかり気落ちしつつも素直に頷いておく。ここで長々と話しても事実は変わらないし、夕呼の機嫌を損ねるだけだ。それに、弐型については色々と問題があるというのも夕呼に聞いている。ここは素直に従っておくのが、賢明な判断と言えるだろう。

 

 

幸いにして、シミュレータでの弐型の操縦は出来るとの事だ。それならば全く問題ない。1日、2日実機に触れる日が遠のくだけなのだし、その間に出撃するような事態が起きる事はないだろうし、なったとしても不知火がある。心配する様な事ではないのだ。

武はそこまで考えて一度頷くと、そこについては区切りをつけて夕呼の話の続きを聞く事にする。

 

 

「それじゃあ次・・・って、忘れてたわ。1機武御雷もこっちに送られてくるんだけど、それも伝えておくわ。アンタなら既に知ってるんだろうけど、扱いにはくれぐれも気をつけときなさい。何か粗相でもあろうものなら、基地にいる煩いのが文句を言ってくるでしょうから」

 

「了解です。前の世界で、それでちょっと問題が起こりかけたので注意しときます」

 

 

思い出すのは、紫の武御雷にペタペタと触れて叩かれた珠瀬の姿。前の世界ではその程度で済んだわけだから、特別気にするような事でもないだろうが、いちいち起こさせるのも無駄というもの。未然に防げるならば、未然に防いだ方が良い。

 

 

「二つ目は、XM3の仕上がりが順調に終わって完成品と言えるまでになったって事。既に搭載済みの機体は、順次アップデートしていく形になるわ。尤も、ちょっと弄るだけだから時間はそれ程かからないでしょうから、時間を大幅に取るような事にはならないわ。社には後でお礼言っておきなさい」

 

「そうします」

 

「そして3つ目。これが今回の本題であり、そしてこれまでで一番の爆弾ね。心して聞きなさい」

 

 

そう言うと、突然夕呼の顔つきが変わった。それどころか、部屋の中の空気までが冷たくなった様に感じられる。武はそれを感じ取ると、嫌な予感が当たった事に内心舌打ちしつつ、心構えを決めておく。夕呼がここまで言う以上、碌でもない話なのは確実なのだから。

 

 

唇をキュッと結び、鋭く尖らせた双眸を夕呼に合わせるように向けると、それを見て準備が整ったと判断する。そんな、部屋の空気がピンと細いワイヤーで張り詰められたかのような息苦しさを感じさせる中、夕呼は恐ろしい事実を口にした。

 

 

「これはまだ2週間位先になる話だけど、伝えておくわね。12月5日、日本国内でクーデターが発生するわ」

 

「・・・まさか」

 

「あら? その様子だと、何か知ってるのかしら? それとも、驚いて固まってしまった方? 」

 

「12月5日にクーデター。間違いないんですか? 」

 

「私が得たデータによればそうなってるわね。その信憑性については、今更言うまでもないんじゃないかしら」

 

 

淡々と告げる夕呼だが、武の内心は動揺で溢れていた。12月5日にクーデター。それは、武自身の記憶には存在しなかった事例だ。否、詳しく言うのならばクーデターについて記憶が無かったのではなく、12月5日にと言うべきかだろうか。

 

 

前の世界でも、武は一応クーデターというものを体験したことはある。だが、それとは日にちが変わっていた。そう、あの時はもっと先だったはずなのだ。とは言え、いつまでもそこで躓いているわけにはいかない。

 

 

今は兎も角、クーデターの情報について詳しく聞くべきなのだから。そこまで考えると、武は内心の葛藤を何とか抑えつつ、次に確認すべき事案を口に出す。

 

 

「それで・・・クーデターによる被害と、その首謀者達は?」

 

「被害については、この国に亀裂を入れる様な大きなものではなかったらしいわ。まぁ、そうはって言ってもそれは数字の話であって、失った人間を考えればそうでないかもしれないのだけど。とりあえず、大きい所で言えば榊是親首相含め、彼と党を同じくした上層部の人間を数人殺害。その後、小さな小競り合いが幾つも続き、最終的には大々的な戦術機での殺し合いに発展したようね。そして、肝心のクーデターの主犯は帝都守備隊のメンバーである沙霧尚哉大尉」

 

「沙霧・・・やはり」

 

「何? その反応、アンタも何か知ってたわけ? 」

 

 

然程緊張感があるとはお世辞にも言えない表情で、武に尋ねる夕呼。そんな夕呼の態度に、奇妙な感覚と多少の苛つきを感じつつも、大して表情も変えずに武は頷いた。

 

 

「日にちも年も違いますが、オルタネイティヴ5のバビロン作戦が実行され、大海崩が引き起こされる少し前に、沙霧はクーデターを起こしています」

 

「ふ~ん、つまりこの沙霧って男は、アンタの知っている未来と、知らない未来でも結局クーデターを起こしてるってわけね。そうなると、このクーデター事態はどうあっても避けられない事なのかもしれないって事かしら」

 

「避けられない事・・・ですか? 」

 

「11月11日にBETAが本土に侵攻してくるって言うのは、この世界でも変わらなかったでしょう? そこから推察するに、アンタがいくら世界を渡ろうと、根本を解決しない限り変えられない事象っていうのはあるって事よ。まぁ、人間によって起こされる事象とBETAによって引き起こされる事象を比較するのは可笑しいかもしれないけど、大部分の意味では変わらないわ」

 

 

夕呼はそこまで言って、椅子から立ち上がり、隅の方に置いてあったホワイトボードを引っ張り出す。そこに、素人目にもわかる下手くそな絵を描きながら、時折文字を書いていき一定の所まで書き終えるとペンを持つ手を止め、カンカンとボードを叩いて説明を再開した。

 

 

「そもそも、物事には原因と結果があるわけ。結果というのは、原因を解決する、もしくはできなければ起こり得る事象なの。簡単に言えば、先の11月11日のBETA侵攻。あれが起きた原因は、佐渡ヶ島にハイヴを建設されてしまった事よ。そして、その原因が引き起こした結果が本土に侵攻したという物。それじゃ問題。この結果を引き起こさない為には、一体どうすればいいでしょうか? 」

 

 

夕呼はそう言って、武にペンの先を向けた。言葉から察するに、どうやらそれを武に答えろという事の様だ。武は小さくため息をつくと、直ぐ様誰でも思いつく答えを口にする。

 

 

「11月11日より前に、佐渡ヶ島ハイヴを完全に制圧する。それか、そもそも佐渡ヶ島にハイヴを建設させなければ良い」

 

「正解よ。つまり、結果を出さないためには発生する原因を潰せばいいの。つまり今回で言えば、そのクーデター発生という結果。それが起こりうる原因を取り除かなければ、結果は防ぐ事はできないのよ」

 

「では、今回のクーデターを防ぐ為にその原因を潰せという訳ですか? 」

 

「それができたらそうするけど、それは不可能でしょう。何れにせよ、クーデターはこの世界でも起こるわ。原因を取り除く事に手を打つにしても、もう手遅れ。いえ、最初から手遅れなのよ」

 

 

夕呼のその諦めにも似た言葉に、不覚にも武は唖然としてしまった。一瞬、言葉の意味が上手く飲みこめず、何度か深呼吸を繰り返して漸く気を落ち着ける。それでも浮かんできた言葉は根拠もなく、説得力もない言葉だ。しかし、武としては口に出さずにはいられない。

 

 

「そんな事は・・・」

 

「無いと言えるわけ? アンタもクーデターを経験しているならわかるでしょうけどね。そもそも、直ぐ様原因を解決できるなら、クーデターなんてリスクの大きい行動、このご時世に誰も起こさないわ。私は沙霧なんて人間を理解する気はないし、擁護する気もない。それでも、今の日本の状況を知らずにクーデターなんて馬鹿げた真似をするような男とは思えない。何せ、帝都を守る任を担っている程の人間よ。それ位、理解できない筈がないでしょう。それだけ、その男とその男に付いてクーデターを起こした人間の抱える闇は、深いって事よ」

 

「・・・・・・」

 

「アンタがもっと早く、それこそ何年も前にこの世界に来たのなら分からなかった。でも、アンタがこの世界に来たのはたった1ヶ月前なのよ。しかも、このクーデターの情報を知ったのは、今。クーデター発生までに、あと2週間程しかない。そんな少ない時間の中で、一体何をどうやって解決するわけ?」

 

 

夕呼の全くの正論が、武の胸を抉る。確かにその通りだ。夕呼の今言っている言葉は、全て正しい。単純に考えれば、対策を練れるのは2週間。だが、その実やるべき事は数え切れないほどある。人手も十分とは言えないし、リスクを考えれば迂闊な行動もできない。

 

 

そんな中で、一体何ができるというのか。下手をすれば、どこにあるやも知れない不発弾を踏み抜き、更なる被害を生むかも知れないのだ。

 

 

「くっ・・・」

 

「理解したようね。まぁ、これ以上文句を言わないだけでも大した者よ」

 

「・・・無理と分かったなら、いつまでもそこに固執するわけにはいけませんよ。発生を防ぐのが無理なら、犠牲を少しでも減らせるようにするべきでしょう」

 

「・・・そうね。じゃあ、話を続けるわ」

 

 

夕呼は素っ気なく言うと、拳を痛いほど握り締めて肩を震わせる武から目を逸らし、データから得た情報を纏めた紙に視線を移す。その中から、内容を簡単に纏めて武に話し始めた。内容を話し終えたのは、それから15分程後の事。その間、終始武は無言で話を聞き続け、必死に内容を頭に叩き込む。しかしその最中で、何とも言えない様な違和感を感じていた。

 

 

「以上よ。で、ここまで話した事で何かあるかしら? 」

 

「・・・一つ、いいですか? 」

 

「いいわよ。言ってみなさい。答えるかどうかは別だけど」

 

「先生は・・・このクーデターをどのように考えているんですか? 」

 

 

武のその質問に、夕呼は一瞬硬直する。だが、直ぐに表情を取り繕い小さな笑みすら浮かべて武を見た。

 

 

「そこまで言うって事は、アンタも気付いたって事かしら? 安心したわ。どうやら、さっきの事で頭の回転は鈍っていないようね」

 

「このクーデターは・・・」

 

「ええ。受ける損害よりも、得られた代償の方が大きい。それにこのクーデターの結果さえ、もしかすると沙霧って男の予想通りって事かもしれないわね。怪我の功名なんて諺、それをこのクーデターによって体現した。まぁ、内容は褒められたものではないかもしれないけど、結果的にはそうなるんじゃないかしら。日本に巣食っていいた米国の工作員を排除し、蟠っていた日本の空気を変えて一つに纏め上げ、政威大将軍の復権。これは偶然でしょうけど、今現在にしても上からの圧力で任官できない207Bの任官。その結果として、クーデター以降、情報によれば日本は団結してより強固な国になったとあるわ」

 

「・・・そう、ですね」

 

 

夕呼の言葉に、武は浮かない顔をしつつも首肯した。対する夕呼は、自然な表情で頷いている所を見ると、やはり武より夕呼の方が上手のようだ。それを改めて思い知らされるつつも、初めから理解していた事なので気にはしない。気にしても、無駄に疲れるだけだからだ。それより、今はクーデターの事を話し合うべきなのだ。犠牲を少しでも減らすための対策を。

 

 

「先生、今回のクーデターの情報は、早めに榊首相には流しておくべきでは? そうすれば、榊首相の身柄は最悪でも確保できる。現状、彼を失うのは日本にとっても痛いのでは? 」

 

「そりゃ当然伝えるわよ。でも、それを首相が大人しく受け入れるかは別でしょう。未来情報から推察するに、私としては彼がクーデターの情報を知らずに、ただ殺されたとは思えない」

 

「それでは、榊首相は知っていて敢えて命を投げ打ったと? それはつまり、自分が悪逆の徒として討たれる事で日本の為に・・・」

 

「自ら生贄になった。あくまで想像だけどね。でも、彼の経歴を見れば考えられないことでもないのよ。光州作戦において、彩峰萩閣中将が起こした彩峰中将事件と、その責任をとった形としての銃殺刑。それにはどうも、榊首相も関わってたみたい」

 

 

夕呼はそう言うと、手に持った資料を武に手渡した。渡された資料を受け取ると、武はサッと目を通しその書類の概要を確認する。流し読み程度なので然程時間はかからず、1分程で大部分を武は読み終えた。細かい内容を上げればキリが無いが、一番大きな情報としては、榊是親と彩峰萩閣には個人的に付き合いがあり、度々会見している様子があったという事。

 

 

そこから導かれる答えは、深く考えなくても武は理解できた。険しくなっている表情を更に険しくすると、受け取った書類を夕呼に返す。

 

 

「この書類の内容から察するに、本来であれば榊首相が被ろうとした責務を、彩峰中将が代わって受け、そしてクーデターでは、今度こそ国の為に犠牲となる役目を榊首相自らが被り、死を受け入れたと? 」

 

「ええ。彼の首相という立場からしても、情報を手に入れていても可笑しくはないでしょう。そしてクーデター主犯、沙霧尚哉のその根底には彩峰中将の件があったのは確からしいわ。彼は彩峰中将の部隊に所属していたらしいし、個人的にもかなり親しい間柄だったらしいから。それら全てを含めて考えると、このクーデターによって起こされる結果には、榊首相も肯定的だったのかもしれないわね。だからこそ死を受け入れ、彼に全てを託した」

 

「沙霧尚哉が、死後も非難を受け続けるであろう外道の道を突き進む意思があると信じ、自身もまた今現在の日本の悪状況を招いた張本人として殺されることを望んだと」

 

「軍人から見れば、彼のやったことは馬鹿げた行動にしか見えないでしょう。私自身も、大して事情を知らなければ下らないと切って捨てたでしょうし。それでも、このクーデターが成った暁には成果が上がる。具体的に言えば、分かりやすい悪を滅ぼす人間として、そして起こってしまったクーデターを憂い、必ず矢面に立ち事件解決後も職務に奔放されるであろう政威大将軍。その姿は、強く日本の民に焼き付けられることになる。その結果、真の意味で日本の中心となる将軍に権威は返される事となった。全てが全て、彼らの予想通りに進んだかは知らないけど、意図してその状況を作り出したことは間違いないでしょう」

 

「それが、彼らが選んだ選択だった」

 

 

結末を知れば、何て事はないのだ。彼らは只、日本人が巻き起こした不祥事を、自身達の命でもって清算して見せた。この犠牲によって、現在の不安に包まれる日本の空気を払拭し、何と対すればいいのかを知らしめるために。

 

 

「これより先の詳しい事情はまだ分からないけど、少なくともこれ以降は、米国やオルタネイティヴ5派の連中からの露骨な干渉はなくなったと考えてもいいでしょうね。今の日本の状況ならまだしも、真に結束して堅くなった国を突くのは藪蛇もいいとこだし」

 

「結局、俺達ができるのは、そのクーデターによる被害を少しでも減らすことだけという事ですか」

 

「ええ。クーデター軍の攻撃が激しくなったのは、内部に巣食っていた米国の諜報員や、帝国にいた諜報員がちょっかいを出した結果らしいから、そこに目を光らせるしかないわね。尤も、引き出せた情報には、諜報員全員の詳しい情報は載ってないから、一部になるでしょう」

 

「下手に目を光らせすぎれば、向こう側がどんな行動をするかわかりません。それならば、重要な部分を厳重に対策するしかないですよ」

 

 

武はそう言って、グッと血が滲み出るほど掌を握り締めた。先程まではクーデターの事を嘆いていたのに、今では自分で言っているのに反吐が出るような事を口にしている。夕呼ならそれを成長と呼ぶのだろうが、それでも簡単に受け入れるのはやはり難しかった。

 

 

考えてしまえば、表情に出さないようにするのも難しかった。そんな武を見て、夕呼は何を思ったのか、その美貌を歪めて尋ねる。

 

 

 

「前の世界で、これ以上の地獄を見てきた筈のアンタでも、そう簡単には受け入れられない? 」

 

「逆ですよ。無理とわかれば、簡単に切り捨てて下衆な考えに至る自分が嫌なだけです。それが正しい答えだとしても、あっさりと他人を犠牲にする事を考える。世界を救おうと決めたのに、救うために殺す。そんな当たり前の矛盾に、心底嫌気がさします」

 

「それが正しい反応でしょうし、そんな反応ができるならアンタはまだ真っ当だって事よ。私はもう、そんなものは微塵も感じないもの」

 

 

軽く笑みすら浮かべて、そんな冷たい言葉を投げてくる夕呼だったが、武は何も言わなかった。何も知らずに聞けば、ただの外道にしか聞こえないセリフであるが、その実彼女の内心が本当に言葉の通りだとは思えなかったからだ。

 

 

そんな時、思い出されるのは前の世界でオルタネイティヴ4が失敗に終わり、最悪だったオルタネイティヴ5に移行されたと告げられたクリスマスの日の夜。やけ酒をしてべろんべろんに酔い、二十歳にも満たないガキの前で泣き喚く見たくもなかった夕呼の姿。

 

 

その時見せた、悔しさと心からの後悔の涙は今も記憶の脳裏に焼き付き、忘れる事はできない。そんな彼女が、本当に言葉通りの事を思っているとは、武には到底思えなかった。それなのにそんな事を言う、否。武が弱いばかりに、言わせたくもない言葉を言わせてしまった。それが、本当に辛い事だった。

 

 

地獄のようなあの光景を見て、認めたくもない最悪な戦場を仲間の屍と共に幾つも越え、それで尚何処かに残る弱さが武は受け入れ難かった。そんな事を考えていたからか、本人も気づかぬ内にみっともない表情を晒してしまったのだろう。武を見る夕呼の表情が僅かに歪み、わざとらしいため息を吐いて空気を切り替える。

 

 

「今日の所は、この件についてはおしまいにしましょう。そんな顔されちゃ、私も危なっかしくて話してられないわ」

 

「ッ!! いえ、俺は」

 

「今日の所はもう下がりなさい。12月5日までは、どちらにせよ時間があるわ。アンタにやってもらうことは、どうせその日にしかできない事なんだから、今は黙って下がってそのみっともない面をどうにかする事。これは命令よ」

 

「・・・・・・了解ッ」

 

 

思わず舌打ちまでしてしまう武だったが、命令と言われては逆らえない。胸の内で湧き上がる葛藤を何とか抑え込み、それでも抑えきれなかった部分は拳や肩を震わせる程力を込めて耐え切る。それから何度か大きく深呼吸を繰り返し、5分程かけて漸く形ばかりだが平静を取り戻す。

 

 

今は夕呼の言う通り、一旦頭を冷やすべきだ。そうでなければ、正常な思考で策を練る事もできない。自分をそう妥協させると、いつも通りの表情で武は夕呼に視線を移した。その目には、もう大きな動揺は見られない。それを確認すると、夕呼は納得するように大きく頷いて口を開いた。

 

 

「それじゃあ、詳しい内容は11月28日。つまり、HSST落下を阻止できたらにしましょうか。それを成功させなければ、どっちにしろ後はないわ。先ずは目先の厄介事を阻止するのに、全力を尽くしなさい」

 

「了解しました」

 

「よろしい。それじゃあ、とりあえず明日の夕食後に私の部屋に来なさい。弐型の資料を纏めておくから、搬入前にしっかりと把握しておくこと」

 

「はい。それでは、失礼します」

 

 

武はそう言うと、最早語る言葉は無しと口を閉ざした夕呼をおいて、頭を下げて執務室を後にする。廊下に出ると、静まり返った空気の中で武の足音はよく響き、それを聞いていると先程のことが嫌でも思い出された。最早発生を防ぐ事はできないクーデター、そしてそれによって起きる犠牲を少しでも減らす為に出来る事。

 

 

日本を救うという代償が、敢えて外道の道を突き進む先任達を斬り捨てるものである事。全てを考えた上で、それが尤も効率的で最良な道である事は頭では理解している。

 

 

「だが、それでも・・・」

 

 

ポツリと、武は誰もいない廊下の中央で立ち止まって呟くと、拳を固く握り、誰にも言えない密かな決意を胸に抱いた。誰かに言えば、甘いと馬鹿にされるかもしれない。夕呼に言えば、呆れられ頬を叩かれるかもしれない。

 

 

しかしそれでも、武は自身の頭に沸いた考えを切り捨てる事は出来なかった。どんなに変わろうと、決して変えることのできない白銀武という人間の本質だけは、捻じ曲げることができなかったのだ。

 

 

そして、武は止めていた足を動かし廊下を歩く。険しい表情と同じく、鋭く尖った双眸にこれ以上とない覚悟を秘めて。これ以降、武の歩みは止まることはなく、その日の職務を終えると早めに眠りに就いたのだった。

 

 

 

 




終わりです。自分で読んでて、何か納得のいかない説明をしているような気がしました。その内、修正を掛ける必要があるかもしれませんね。

クーデターを起こさない様にしようかとも最初の段階では思いました。ですが、よく考えるとクーデターを起こす程思い悩んでいた人間達を、そう簡単に説得できるものなのかという結論に至り、クーデターは避けられない事案としました。


漫画版のオルタとかで得た知識や内容も含めて書いているので、それを読んでいない人には納得できないかもしれません。まぁ、読んでいる人にも納得できないかもしれませんがね・・・

ですが作者的には、クーデターを起こした沙霧大尉達と、榊首相の心情はこんな感じだったんじゃないかなぁと思ったんですよ。首相は呆気なく死にすぎですし、沙霧大尉も初めからクーデターを完遂させる気はなくて、その最中に敵として討たれる事を望んだんじゃないかとも思えましたし。

全て作者の考えなので、皆さんにこの考えを認めてもらいたいとかじゃありませんけどね。あくまで願望レベルです。


次回更新は、本当に未定です。もしかしたら、2話一度に上げる事になるかもしれません。それではこれで失礼します。


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episode3-3 戦い

更新、できちゃいました。誤解を招くような事言って、申し訳ありませんでした。
今回、自分で書いといてなんだかなぁって感じです。
頭ではわかるのに、言葉で表現できないというか・・・
兎も角、お楽しみいただけたら幸いです。
あと、もしかしたら弐型好きの方にはちょっと頭に来るところがあるかもしれません。ご注意ください。




― 11月23日午後2時 A01戦術機ハンガー ―

 

 

 

様々な機械音や、工具を用いての作業音、時折混じる大きな声が広いハンガー内部に響き渡る中、武は自身の機体を目指して歩いていた。その途中にふと辺りを見渡せば、今日もベージュ色の汚れた帽子を被り、作業服を上下共に油まみれにして作業に勤しむ整備兵達の姿がある。

 

 

整備兵ともなれば、階級は決して高いとは言えないのが今の軍の状態だ。それでも熟練の整備兵ともなれば、言葉に言い知れぬ威圧感や貫禄を放つもので、そこら辺の左官等相手にならない位の雰囲気を感じるものだ。

 

 

特に、A01部隊専属の整備班長である飯田綱五郎曹長は、横浜基地では鬼兵と名高い職人気質の整備兵だ。その迫力たるや、新任の少尉程度ならば睨みもせず見ただけで怯み上がらせる程だ。その原因の一つであろう、片方しか存在しない鷹の様に鋭い目や深々と顔に残された傷跡等は、ベテランの兵士であっても相当な威圧感を感じさせるものだ。

 

 

伊隅ヴァルキリーズの、おふざけ要因である速瀬や宗像さえ、彼の目の前では普段の態度は微塵も感じさせず、緊張に身を強ばらせるといえば、その脅威は伝わるのだろうか。

 

 

そんな整備兵の彼だが、何でもBETA大戦初期の頃は前線で戦っていた経験を持つベテランの兵士だったらしい。碌な武装も与えられず、ほぼ一方的に殺られるのが常だった頃の生き残り。今は整備兵としてやっているが、その肩書きを聞けば誰でも畏敬の念を感じずにはいられないだろう。

 

 

彼とはよく話すようになった武でさえ、その畏敬の念は絶えず抱いている程なのだから。今も部下に怒鳴り散らしている飯田の姿を見た武は、自分の方に気付いた飯田に軽く会釈をすると真っ直ぐ自身の不知火に向かって歩いていく。

 

 

すると、後ろの方から飯田が追いかけてきて、それに気付いた武はピタリと足を止める。そして、武の背中を伝う冷や汗。何気なく飯田の凶相を見てみるが、恐ろしい表情は常であり普段との違いを感じられない。

 

 

これは説教コースだろうかと、武が知らずと大きな唾を音を立てて飲み込んだ直後、飯田が力強く肩を叩いて口を開いた。

 

 

「丁度良かったよ、黒鉄大尉。大尉にはワシから話があった所だ。ちょっと時間いいか? 」

 

「・・・はい。別に問題ないですよ」

 

「それは上々。そこの新米! ちゃんとワシの代わりに作業終わらせとけよ!! 大尉殿との話が終わった時に終わってなかったら、ラチェット持って追い回すぞ!! 」

 

「りょ、了解であります!! 」

 

 

ヒィと、全身を震わせて敬礼する新米と呼ばれた整備兵は、返事をするなり物凄い速さで作業を再開させた。その必死の形相たるや見るも無残で、傍にいる先任の整備兵達が同情の念を込めて暖かい目線を送っていた。武も飯田の目の前にいなければ、同じ事をしていただろうが残念ながら今は無理だった。

 

 

後でコーヒーでも奢ってやろうと、そんな小さな優しさを決意する。そんな事を考えていると、飯田が大きな咳払いを一つしてニヤリと口の端を大きく釣り上げた。

 

 

「副司令から伝令があったぞ。明日、大尉の新しい機体が運ばれてくるらしいな」

 

「ええ。班長はもう資料の方は? 」

 

「貰ってるさ。というより、大尉の機体の担当班長はワシが務めることになったからな。今回はそれを伝達する為に声を掛けたというわけだ。驚かせてすまなかったな」

 

「そんな事はありませんよ。俺はまた、自分が何かやらかしたんじゃないかと思っただけです」

 

 

言って、腹の底から大きなため息を吐く武。飯田はそんな武を見て豪快に笑い声を上げると、力の篭った手で武の肩をバシバシと叩いた。そう言う所は京塚のおばちゃんと似ているなと、内心笑みを浮かべてしまう。何も知らない人間が見れば、飯田の態度は相当に悪いものに見えることだろうが、横浜基地では普通の光景だ。

 

 

階級が上でも、飯田に対して上に出れる者はそうはいない。大抵の人間は、階級が上でも逆に敬語を使ってしまうのだ。飯田は最初こそそれを気にしていたらしいのだが、周囲の人間に聞くといつの間にか今のようになったとの事だ。周囲が認めているのならば、公式の場でなければ良いと言う事なのだろう。

 

 

武自身、階級には特に拘りを持つ事はないために、このようになったのだ。尤も、武の場合は色々とやらかす人間の代表格として、そのような風になったという印象が強いのだが。それでも、何だかんだ言って整備兵の中で一番交流のある人物が担当であるのは、武としては心強かった。

 

 

「ワシとしては、無闇に機体を苛めてくれなければそれでいい」

 

「・・・すいません」

 

「冗談だ。お前さんはお前さんのやるべき事をやっているだけだ。衛士として、あの忌々しい奴等を殲滅するのがお前さんの戦いだろうが。それなら、ワシ等整備兵の役割は、戦術機が在るここが戦場であり、それをどうこうするのがワシ等の命懸けの戦いって事だ。それを無駄にせんと言うならば、ワシからは言う事はない」

 

 

そう言って、その凶相を一瞬だけ緩ませて白髪ばかりになった髪の毛を豪快に掻き毟る。どうやら、飯田なりに照れているらしい。そんならしくない行動を見た武は小さく口元を緩ませ、それを誤魔化すように自身の目の前に屹立する不知火の機体を見上げた。

 

 

新潟侵攻BETA郡を退けて以来、一度も出撃する事はなく整備されて仕舞われている武の機体。その全身は綺麗に磨き上げられ、整備面においても出撃前と同じ様に完全に仕上げられている事だろう。最近は207Bとまりもに付きっきりだった部分もあって、実機である不知火には触れる時間もない。

 

 

しかしそれでも、武にはその機体の状態がハッキリとわかる気がした。それというのも、飯田達整備兵が心血を注ぎ込んで整備をした結果なのだろう。そんな機体を、録に触りもしない内に新しい機体に乗り換えることは申し訳ない気持ちがあるのだが、任務は任務だ。

 

 

決して、武の個人感情でどうこう出来る事でも無いし、していい事でもないだろう。となればこの不知火はどうするべきだろうかと、そんな事を武は考えていると、ふと名案が湧いてくる。

 

 

「・・・そうだな」

 

「ん? どうかしたのか、大尉? 」

 

「いえ、こっちの話です。自分なりに、少々名案が思いついたもので」

 

「そうか。まぁ、悩みがあるなら言ってくれ。これからは、専属の整備兵になるんだからな。お互いを知るのは、悪い機会ではないだろうし、悩みがあれば言ってみろ。年の数だけは、無駄に喰ってるからな。思わぬ助言をできるかもしれん」

 

 

ニッと、磨き上げられた白い歯を見せて笑う、凶相の老人である飯田。そんな彼に釣られるように、不覚にも武は小さく笑みを浮かべてしまい、それを誤魔化すように敬礼をしてその場を去る。飯田は立ち去る武の姿を見送ると、自身も自分のやるべき事を思い直し、取り敢えずは直ぐ傍の休憩所でで煙草をふかしている青年の尻を蹴り飛ばすと、書類を片手に頭を捻らすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―11月23日午後6時15分 香月夕呼執務室―

 

 

「以上が、不知火弐型についての大まかな情報よ。細かい所は、書類で確認しなさい」

 

「了解です」

 

 

ふぅと、小さなため息をついて夕呼の説明を大雑把さに呆れる武。飯田と別れた後、諸事情を済ませてから夕呼から不知火弐型についての話を聞いていたのだが、何というべきだろうか。取り敢えず、ここまでの説明を聞いた武は、改めて夕呼は自分の興味が有る物と無い物の差が、明確に表れると言う事を認識した。

 

 

夕呼から弐型の詳しい説明を話すと言われたから、それなりの時間が掛かることを頭の中で計算していた武だったが、その全てが無駄になってしまった。流石の武も、新型である弐型の説明を10分と掛からずに説明するなど予想はできなかったのだ。とはいえ、かけた時間の割には弐型の特徴が纏められていたのも事実。

 

 

説明にかけた時間は短くとも、重要な部分は抜け出ることなく示唆されたのだから、武は文句は言えなかった。細かい部分は、それこそ夕呼の言う通り、衛士である武自身が自分で確認すればいいのだから、時間の節約と言えば間違ってもいない。ただ、効率を考えればいい手段なのだろうが、もう少し言葉を足せば敵も増えないのではと武が思わざるを得ない内容だった。

 

 

呆れ半分、関心半分な武はそんな事を考えながら、夕呼から聞いた内容と書類の内容とを見比べて、その詳細を確認する。その途中、夕呼の説明中にも湧いてきた嫌な感じが書類からでも感じられ、武は徐ろに表情を歪めて口を開く。

 

 

「この不知火弐型、色々と複雑な事情があるようですが、よくもこんなこちらに機体を回してくる気になりましたね。これを決定した人間、相当な無茶をしたと思うんですが」

 

「したでしょうね。さっきも説明したけど、仕上がって直ぐ事件起こしたばかりだったから、色々と面倒事はあったでしょう。私だったら絶対しないわよ、こんな事。それでも、帝国側は今回の事を決定した」

 

「それだけ、XM3に期待していて、それに便乗して不知火弐型の評価を上げておきたいのか。XM3の事を考えれば、搭載すれば弐型は今以上の機体になる事は間違いないでしょうから。というより、XM3の性能が弐型と相性が良いと言うべきでしょうか」

 

「どちらにせよ、先を考えれば向こうが得られる利益は低くないでしょうね。人の成果に便乗するってのは、物凄く気に入らないけど、私にとっても損にはならないでしょうからね」

 

 

先生も同じような事をしてますしね、とは口が裂けても言えない武だった。言えば間違いなく後が恐い。朝起きたら、手術台に拘束されてる何て事を、夕呼なら本気でやらかしそうだ。横浜の魔女、牝狐等の異名は伊達ではないのだから。武はそんな嫌な想像を早々に捨て去り、改めて書類と向き合う。どれ一つとっても、決して楽観的にはできないような事が書かれているのだから、武としても気は抜けなかった。

 

 

「このXFJ計画の現場監督兼主任は、帝国斯衛軍の篁中尉ですか」

 

「一応、そうなってるわね。厳密に言えば、この計画自体を持ち出したのは帝国陸軍所属の巌谷榮二中佐だから、実際には任されたって所でしょう。そうでもなければ、わざわざ斯衛の衛士が国連になんか移籍しないでしょう。っていうか、アンタなら彼女の事知ってるんじゃないの? 前の世界じゃ、アンタも斯衛だったわけだし」

 

「知っていると言えばその通りですが、別段詳しいわけではありませんよ。俺が斯衛だったとは言え、所詮は黒で彼女は山吹。彼女の中隊が名の知れた物だったので知ってこそいますが、関係があったわけではありませんし」

 

「斯衛って、やっぱり面倒くさい組織よね~。聞いてるだけでそれが理解できるんだから、入ったらもっとアレでしょう。想像もしたくないわ」

 

 

大げさに首を振って言う夕呼だが、内容の方は大して間違いがあるわけではない。というより、実際問題正論ではあるのだから。面子と礼儀云々を、何よりも重要視するのが斯衛という所なのだ。一般人からすれば、憧れはしても実際入隊したいと思えるのは一体どれほどいるのだろうかと言った所だ。内心大きなため息を吐きつつ、武は考えを進める。

 

 

「そんな彼女達が目指し完成に導いたのが不知火弐型。日本の純国産主義を破って作り上げた機体だけあって、仕上がりについては申し分無い物ですね。ですが先生、この計画に携わった企業は・・・」

 

「米国企業のボーニングよ。その反応だと、アンタもボーニングがG弾促進派の先端にいるってことは知ってるみたいね」

 

「そんな企業が、わざわざ予算を削ってまでこの計画に参加したって事ですよね。それなら今回の弐型は・・・」

 

「そこについては問題ないでしょう。ボーニングが関わったとは言え、実質的に動いたのは天才と名高いフランク・ハイネマン氏よ。彼の事を考えれば、ボーニングにいるとは言えオルタネイティヴ5賛成派ではないでしょうし、自分が開発した機体で問題を起こす様な事、死んでもしないでしょうから」

 

 

夕呼はそう言って、カップに入ったコーヒーを一気に煽った。見る限り、どこにも動揺は見られず自信満々な態度でいる。そんな夕呼の反応を見る限り、99%その見解は間違っていないという事だろう。だが、残りの1%が無いとは限らない。武はそんな事を考えると、警戒は解かずにいる事を決める。警戒し過ぎかもしれないが、念には念を入れておいて損は無いのだから。

 

 

夕呼も、そんな事は武の表情を見れば理解できることだからか、敢えてソレを言う様な事はしない。どちらにせよ、戦術機の事についてはほぼ専門外。問題があれば、それこそ専門である武の方が対処はし易いのだから、そちらについては任せる事に決めたのだ。お互い、そんな事を黙していても悟ると、次へと話を進める。

 

 

「弐型の開発及び試験はアラスカのユーコン基地で行われ、着々と成果を出した結果、最終形態であるPHASE3に到達して開発を終了した。そして、その不知火弐型の開発衛士に選ばれたのが、日系アメリカ人であるユウヤ・ブリッジス少尉ですか。経歴とここまでの成果を見る限り、衛士としての評価はかなり高い。彼が開発衛士に選ばれたというのは、不知火弐型の事を考えてですかね」

 

「それもあるかもしれないけど、何より数ある候補の中からコイツを開発衛士に指名したのがハイネマン氏だったのよ。変な思いつきで指名するような性格はしてないでしょうし、もしかしたら個人的理由があったのかもしれないわね」

 

「結果として、それは良い方向に転がった様ですね。弐型の試験評価は高いものとなっている」

 

「問題は色々残してるけどね。具体的に言えば、ソ連側の重要人物を連れ出して逃走したりとか」

 

 

面白そうに言う夕呼だったが、その実どう思っているのかは武には理解できなかった。書類に書かれている事が真実であれば、想像の域を出ないが多少なりとも夕呼が関わっているのではないかと思われる部分が在った。連れ出されたソ連側の重要人物、オルタネイティヴ第三計画の落し子だという二人だ。オルタネイティヴ3計画は既に廃止されている計画の筈。

 

 

その事を頭に入れた上で、書類に明記されている2人の存在を考えれば、夕呼が何かを知っているのは確かである。それを言わないという事は、また裏で何かを企んでいるのだろうか。考えればキリが無い為、それ以上深く考えるのは止める武。その代わりとして、今一番疑問が浮かんでいる事を訊ね、気分を解消させる事に決める。

 

 

「しかし先生、この書類を見る限り帝国で採用される予定の不知火弐型はPHASE2の物だとありますが、今回搬入されて来るはPHASE3ですよね? これについては一体どういう意図があると? 」

 

「それについては、色々と協議した結果よ。アンタの言う通り、今の所採用される予定があるのは不知火弐型PHASE2よ。でも、最終的には完成体であるPHASE3も世に出す事を、帝国側の巌谷中佐は考えているわ。その際には、不知火と言う名前を"極光"と改めて世に出す予定だから、開発に先駆けてのテストって所かしらね? 回されてきた機体も、便宜上不知火弐型と呼んでいるけど、正式名称は極光って書かれているでしょう? 」

 

「PHASE3のままでは、量産に向かないのは考えれば理解できます。ですが、既に完成されているPHASE3をこれ以上どうしろと? 」

 

「量産するとなれば、今のままではこのPHASE3はダメなのよ。量産の案を採用すると正式に決まれば、本格量産実証機の開発が始まるわけだけど、それにはまず帝国軍の要求仕様と予算に合致する形状に再設計する事に成るわ。XM3という新OSも生まれたわけだし、それも考慮に入れた考えやデータも必要だしね。 それをアンタが務めるってわけよ。何より、この機体には注目すべき性能がある」

 

「"JRSS"と"第二世代アクティヴ・ステルス"ですよね。先の件で問題になった技術ですよ? 持ちかけてきたのは帝国側だとしても、余計な騒乱を呼び込む気がします。ただでさえ、横浜基地は色々注視されているのに、そこまでして何故こんな機体を? 」

 

「理由は一つ。アンタには、私の最強の手駒で居てもらう為よ。今迄採ってきたデータを検証すると、アンタの技量と機体が明らかに見合ってない。今は騙し騙しやってるんだろうけど、いずれその要因は思わぬ結果でアンタを殺す事になるかもしれない。それじゃあ困るの。だから、現状で最も使い勝手が良い機体を回す必要があったし、多少のリスクはあってもそれを被ることにしたのよ。アンタには、それだけの価値があると信じてやった事なんだから、それに応えてみせなさい」

 

 

「・・・了解しました」

 

 

そう呟いて、武は思い切り顔をしかめた。JRSS、統合補給支援機構は兎も角、武としてはステルス機能は好きになれない、否。言葉を隠さずに言えば、ステルス技術というBETA相手に必要のない機能を搭載した戦術機は、どうしても好きには慣れなかった。だからこそ、武としては如何に優れた性能を持つ機体とは言え複雑な思いを禁じえない。

 

 

「パッとしない表情ね。何か気に入らない点でもある訳? 戦術機としては、武御雷と比べても遜色ない物だと思うけど」

 

「性能はそうでしょう。ただ、素直に言えばステルス機能だけは俺からすれば、戦術機に載せるには邪魔な機能だってだけです。戦術機はそもそも、"BETAと戦う為に必要な兵器"という名目で開発された物だった筈です。だというのに、このステルス機能は明らかに対人戦闘を考慮に入れた上で設計された物。人間同士の戦闘が回避できないのは、俺も理解しています。ですがこれは――」

 

「成る程ね。後天的に生まれる理由でなら未だしも、設計当初からそれを盛り込んだ機体は受け入れ難いって事かしら? まるで、初めから人間相手にも牙を剥く兵器であることを示唆しているのが、アンタとしては複雑ってわけね。でも、先の事を考えれば」

 

「解かってますよ。ただ、理屈で感情は抑えられても本能的には忌避するのは避けられないってだけです。米国が関わっている以上、仕方ない事ではあるんでしょうがね」

 

 

そこまで言って、武は湧き上がる激情をこれ以上露出させないように黙り込んだ。ここまで口にしたのも、失敗といえば失敗なんだろうがそれは仕方ない事なのかもしれないと、聞いていた夕呼でさえ思う事実だ。武は最悪な未来を経験して、今再びこの世界に戻ってきていた。

 

 

そんな最悪な未来を経験してきたのだから、今言った以上に最悪な光景は見慣れてきた事なのだろう。だが、それ故にその最悪な未来の根底に有る事実。つまり、人間同士の衝突が心の底から許せないのだ。BETA大戦勃発以降、その損耗の激しさばかりに目が行きがちだが、その中には人類の思惑が深く関わっての物も多々存在する。

 

 

臭いものに蓋と言わんばかりに、自分達ではなくBETAに処分してもらおうと無理な作戦を決行したり、情報を意図して伝えず全滅させる。そんな事が、明るみに出ればこれまで何件存在したか。

 

 

国を守るために、世界を取り戻すためにと文字通り命を散らして言った戦士達が、それを知らずに数えるのがバカらしく成る程に存在している。崇高な理念の下、自身の犠牲が明るい未来に繋がるだろうと、一刻も早くこの地獄のような現状が改正される事を祈って、失いたくない命を散らしていった者達。その犠牲を、今の国は全く憂う事なく無闇に増やし続ける。そんな事を、一体いつまで続ければいいのか。

 

 

「だから、無駄な犠牲は懲り懲りです。必要な犠牲だって、本当なら受け入れたくありません。それでも、感情論だけで考えていては物事の正当性は見いだせない。だから俺はやりますよ。相手側の思惑とかそんなのは関係なく、利用できる物なら何でも利用して、先生の言う"未来《あす》"を掴む為に」

 

「・・・そう。じゃあ言葉通り、やって見せてもらおうかしら? こっから先は、どんな些細なミスも許されないわよ」

 

「それを言うなら、ここから先もでしょう? 」

 

「そうだったわね」

 

 

そう言うと、二人して顔を合わせて笑みを浮かべ合う。様々な思惑はあれど、二人の考えている結果はただ一つだ。それを達成する為に、静かに決意と覚悟を改める。お膳立ては帝国がしてくれたのだ。そうなれば、後は武の腕の見せ所。貰ったチャンスと報酬を、無駄にする気など更々なかった。

 

 

「それじゃあ、質疑応答はここら辺で終わりにしましょうか? 後は実際に触りながら確かめた方が、アンタにとっても都合が良いでしょうし」

 

「そうしますよ。近々、空から贈り物が降ってきますから、気を引き締めるとします」

 

「しくじる事の無い様に、しっかり仕込んでおきなさい」

 

「了解です」

 

 

武は返事を返して、そのまま執務室を後にする。向かうべき先は、予定通りに勧めていれば今は休憩時間のA01の下。HSST落下事件発生まで、時間は僅かしかないのだ。その僅かしかない時間で、何ができるかはわからないし、どれほど鍛え上げられるかはわからない。

 

 

しかしそれでも、やるのとやらないのでは雲泥の差だ。武は自分に言い聞かせると、覚悟を決めて久しぶりとなるA01との訓練に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 




終了です。
う~ん、弐型の搬入理由が全然アレでしたね。
当初は、XM3の代金として米国には弐型PHASE3寄越せと、そんな風な考えで書こうかなと思ったんですが、なんというか上手くまとめられなかったので、こんな説得力皆無な文になりました。うん、自分がバカなのを露見していますね。ハッキリ言って、究極のご都合主義でした。いずれ、訂正しようと思います。

それと弐型好きの方、何か本文中で批判意見みたいな事言ってしまい申し訳ありませんでした。本編中では、武だったらこんな事思うんじゃないかなぁと思って書きましたが、捉え方によっては完全な批判意見に見えるかもしれません。

本当に申し訳ありませんでした(土下座)

尚、可笑しい所があると感じられた方、どうぞ感想欄に書いてください。今回の話については、作者でも読んでてアレ?となり、訂正した部分がありますし、まだあると思います。

その点につきましては、感想欄に書いていただいて、それに対する考えを作者が考え、最終的に訂正版の本編に活かしたいと思います。

長くなりましたが、以上です。失礼します。


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episode3-4 異変

今回、話がちょっと飛びます。ご注意ください。





―11月28日横浜基地中央司令室―

 

 

「それではこれにて失礼させてもらいますよ、香月博士」

 

「ええ。どうぞ、お気をつけてお帰りください珠瀬事務次官」

 

「分かっておりますよ。黒鉄大尉も、娘の指導よろしくお願いします」

 

「事務次官の期待に添えるよう、微力ながら尽くさせてもらいます」

 

 

武はそう言うと、軍人らしく敬礼をして口を閉ざした。事務次官の珠瀬はその返答に力強く頷き、最後にもう一度夕呼と、横浜基地指令であるパウル・ラダビノット准将に深く一礼して、お付きの護衛2人と部屋を後にする。

 

 

その姿が完全に司令室から消え去り、更に十分に時間を置いてから、ラダビノットと夕呼は揃って大きなため息を吐いた。2人から一歩後ろに下がっている武も、表情こそ変えはしなかったが、その実内心では同じようにホッとしていた。

 

 

その主な理由は二つ。つい先程起こった、HSST落下騒動と珠瀬事務次官の来訪だ。前者は言うまでもなく、それこそ一時は基地中を騒がせるほどの騒ぎとなったものであり、武と夕呼の予定通り風間少尉による超長距離射撃で九死に一生を得た。

 

 

個人的意見を言えば、武は今の段階では前の世界の珠瀬より風間の方が経験という面を含めて上だと判断できた。狙撃手としては珠瀬より一歩劣るが、それでも風間の腕前は驚異的と言っても過言ではないだろう。

 

 

うかうかしていると、狙撃という面では武よりも上にいくかもしれない。本人の性格もあるのだろうが、どんな時でも冷静に物事をこなすというのは、狙撃手としては絶対必要条件だ。

 

 

行く行くは、珠瀬にも同じレベルに至って欲しいと武は思っている。任官すれば、必然的にポジションは風間と同じ場所になる事は既に決まっている。珠瀬にはその時に頑張ってもらおうと、武は先程の評価を終えた。そして残るもう一つ、珠瀬事務次官の忠告、否。ありがたい釘刺しというべきだろうか。

 

 

言い方はなんであれ、違いはそう大きくないが、要するに先の極光の件も含めて派手に動きすぎだと上層部からお小言が飛んできたらしい。先の新潟侵攻において、XM3という新OSが前線で戦っている衛士には喉から手が出る程に欲しい代物だという事が証明された。そこまではいい。

 

 

だが、そのXM3という最高の取引材料をあまり安安と使うなと言われたのだ。開発や考案は確かに夕呼と武が行ったものだ。だが、その研究費用や開発設備は決して2人の懐から出ているわけではない。無いのだから、先ずは上層部にも話を通しそれから行うべきだとの事。

 

 

帝国にならまだ話は解るが、アメリカにまで早々に手を回すとはどういう了見なんだと、政治やら利権問題に忙しい連中が面白くない顔をしているらしい。武としても、夕呼の行動は希に理解できない事がある。わざわざリスクの高い事をしてみたり、自分にとって都合が良すぎることをしてみたり。

 

 

少なくとも、前の世界での夕呼の行動を考えれば有り得ない事だ。本人は、武に死なれては困るから等と言っているが、その真意は何処にあると言うのか。武にはそれが未だ掴めずにいた。そんな事を考えていたからだろうか。

 

 

あまり意識していなかったせいか、思わずラダビノットと夕呼の気を引くほど、大きなため息をついてしまい、しまったと口元を覆う武。しかし、それは遅かった。嫌な汗を背中に感じて目線を前に向ければ、訝しげな表情で武を見る2人の姿が。それを見て、割と真剣にやらかしたと焦燥感に駆られると、深く頭を下げて謝罪を入れる。

 

 

そんな姿を見て、夕呼は兎も角、ラダビノットは意外そうな顔をして武を見つめ、次いで辛うじて響かない程度に笑い声を上げると、武の肩を力強く叩いた。

 

 

「そう堅くなる事もない黒鉄大尉。確かに今のため息には驚いたが、我々とてため息をつきたいのは同じ事だ。貴官は私達の代わりにやってくれたと思えば、それ程大した事でもあるまい。寧ろ、今日まで多大な苦労を掛けさせてきたからな。それ位の贅沢は許されよう」

 

「そう言っていただけると幸いです」

 

「ま、指令の言葉じゃないですけど、ため息を吐きたくなるのは本当ですからね。上の連中の煩い事ときたら」

 

「彼らには彼らなりの職務があると、そういう事だろう。現場の我々には、理解もしたくない職務ではあるがな」

 

 

ラダビノットは冗談めかして言うと、笑うのを止めて表情をいつものようにしっかりと引き締めた。その眼差しと豹変っぷりを見ると、武は嫌でも前の世界での事を思い出させられた。前の世界では、ラダビノットとの間にはいい思い出がない。何せ、オルタネイティヴ4から5への移行を告げたのが、他ならぬ彼だった。

 

 

ラダビノット自身も、第4計画の支持者であった事は確かであったが、上からの命令には逆らえなかったのだ。それが軍というものだと、地位のない者の無力さについて嫌でも教えられたのだ。

 

 

その為、正直に言えば武はラダビノットとの間にいい思い出があるとは言えない。しかし、彼を恨んでいても仕方のないのが事実。この世界に、前の世界での遺恨を持ち込んだ所で詮無い事なのだから。軍人としては、ラダビノットが猛将であるのは事実。その力を、是非戦場で奮って貰える事を今は祈るしかないのだ。

 

 

「しかし、意外・・・ではあったかな、博士」

 

「国連の上層部と、米国側の反応ですか? 」

 

「うむ。今回のHSSTの一件は、紛れもなく例の計画の一派の仕業だろう。大方、こちらの計画が上手くいっていないと判断してか、ほぼ直接的に潰しに来たようだが、それはまぁ阻止したからいい事だ。しかし、国連の方は兎も角として、米国の反応が些か顕著過ぎるのが気に掛かる。これを博士の働きによる結果と捉えて良いのか、若しくは悪巧みの最中と考えるべきか」

 

「詳しい事は、今は未だ言えないでしょう。ですが、警戒しておいて損はないと思いますわ。単に米国と言っても、彼の国は何枚もの派閥を持ってますから、一概に良しとも悪しとも言えないのが事実です」

 

「確かにな。願わくば、これが嵐の前の静けさと成らねば良いが。我々の計画成就の暁には、今よりやりやすくなるだろう。それまでは、力強く耐えねばならん。博士にも、これまで以上に苦労を掛ける事になるだろう」

 

「本望ですわ。計画遂行の任こそが、私がこの横浜に居る理由ですから。それに、指令も付き合ってくださるのでしょう? 」

 

 

夕呼がニヒルな笑みを浮かべて問うと、ラダビノットは堪らず小さな笑みを漏らし決意の程を言葉なくして語る。そんな2人を少し下がって見る武は、自身もまた確かな覚悟を己が内で決める。これから起こるであろう出来事に、全力を持って当たり最良の方向に導く事を。

 

 

それ以降、中央司令室での会話は途切れる。三者が三者とも、自身がやるべき事をしっかりと見定め、その道を誤らない様に。数分後、指令であるラダビノットが中央司令室を後にしたのを皮切りに、武も夕呼の後を追って執務室に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

―香月夕呼執務室―

 

 

「それで? アンタから見て、仕上りの程はどうなわけ?」

 

「予定より遥かに速いペースで、それぞれ上達していると言った所でしょうか。A01にしても、207Bにしても正直な所驚くぐらいの成長ぶりです」

 

「ふーん・・・まぁ、戦力が向上するなら私にとっても、アンタにとっても損はないでしょう。今はありがたいと思って、鍛えておけば? それで、アンタの方はどうなわけ? "極光"を触った感想は」

 

「・・・これも言っては何ですが、想像以上に良い機体だと思います。開発衛士だった例の少尉の着眼点も良い。XM3を搭載した極光であれば、性能は旧OSの武御雷を上回ると言っても過言ではないと思いますよ。ですが、設計や仕様を考えると、国連軍に属する衛士には使いやすいでしょうが、帝国側の方にとっては異色があるのは事実でしょう。感情的面も考えれば、どちらにせよこの極光は普及までに時間がかかると思います」

 

「そこの所は、アンタが最終的に詳しく纏める事ね。未だ決定はしてないけど、近いうちに巌谷中佐本人から招聘がかかるかもしれないから、そのつもりでいてちょうだい」

 

「了解しました」

 

 

夕呼の言葉をしっかりと聞きつつ、頭の中ではその時に答えればいい事をしっかりと並行処理する。昔では一つのことしか考えられなかったが、今ではマルチタスク出来る様になったのは進歩の一つだろう。並行処理できるようになって、処理できるようになった情報の量も増えた為に、視野を広く持つ事ができ、それは戦略面でも生きてくる。

 

 

こういった要素は、小隊長レベルには必須の条件な為に、前の世界では207Bで隊を結成した頃に培われたものだ。今となっては、武が本当に感謝しているスキルの一つである。何も知らない学生気分だった頃には、そういった点を夕呼やまりも、部隊内でよく注意された事を武は思い出していた。今では逆に、教える立場に居ることは軽い皮肉にも思える。

 

 

「どうかしたの? 気持ち悪いわよ」

 

「申し訳ありません。少し昔の事を思い出し、馬鹿だった頃の自分と今の自分を比べて呆れてしまったのでつい」

 

「今でも十分馬鹿だって所は思い当たるけどね」

 

「先生からすれば、誰だって同じようなものでしょう? 比較対象が、最初から間違っていますよ」

 

 

心の底から思っている事を真顔で武が言うと、照れを隠すかのように前髪を手でクシャクシャと撫で付け、小さくないため息を夕呼は吐いた。少し意地悪だったかと、多少自覚があった武は内心頭を下げたが、しかし決して言葉にはせず小さく口元を歪めた。その様を見た夕呼が、頬を引きつらせて思わず文句を言おうと身を乗り出そうとした時だった。

 

 

「痛ッ―――!!」

 

「先生? 」

 

 

小さな悲鳴を漏らし、急に頭を片手で押さえでその美貌を苦痛の色で染める夕呼。武は顔色をサッと青ざめさせ、夕呼に駆け寄ろうとするも寸での所で夕呼で手で制した。

 

 

「何でもないわ。ちょっと頭痛がしただけよ」

 

「ちょっとって・・・今のは」

 

「いいから、大人しく従っときなさい。私だって人間なんだから、体調不良位起こすわよ。それとも何? 天才である私の言葉が、そんなに信用できないわけ? 」

 

「・・・分かりました。そういう事にしておいます。ですが、この後ちゃんと医務室に行って衛生兵に看て貰って下さい。今ここで先生に倒れられたら、それこそ洒落や冗談じゃ済まされないんですから」

 

「はいはい、わかったわよ。だからあんま煩くしないでちょうだい、頭に響くから」

 

 

やたら大きなため息を吐いて、追っ払うように手を払う夕呼。本音を言えば心配しているが、これ以上噛み付いても更に機嫌を悪くするだけだと悟った武は、大人しくその場は引き下がる。どうせ、明日には夕呼との時間を午前中一杯にとってある。

 

 

差し当たって、どうしても伝えなければならない事は今の所無いのだから、それよりA01の隊員に声をかけるべきだろう。特に、今日の落下するHSSTを見事狙撃してみせた風間には、武としても直接礼を言っておきたかった。

 

 

A01の隊長という立場では無いものの、隊に携わっている者としては、労いの言葉くらいかけるべきなのだから。

 

 

「それでは俺はこれで失礼します」

 

「はいはい。わかったから、さっさと行きなさい」

 

「明日の約束の時刻は変更は無しですよね? 」

 

「ええ。約束通りの時間でいいわ。それじゃあ今度こそおしまい。さ、行った行った」

 

 

夕呼はそう言って、今度こそ完全に口を閉ざし、視線を武から逸らした。そうなると、最早武が何を言おうと反応する事はないだろう。武は一瞬悩んだものの、結局は何も告げずに部屋を立ち去ることにし、去り際、申し訳程度に頭を下げて執務室を後にした。それをしっかりと確認し、夕呼はそっと大きなため息を吐いた。

 

 

部屋の中と外の音を、完全に遮断する夕呼の執務室は、廊下に響いているであろう武の足音を伝える事はない。しかしそれでも、優呼は最新の注意を払ってそれから更に5分程が経過してから、もう一度ため息をついてから右手で額の辺りを押さえて呟いた。

 

 

「ッ!! 相も変わらず、この感覚には慣れないわね。味わったことは無いけど、脳を揺らされるのってこんな感覚なのかしら」

 

 

忌々しそうな表情で吐かれた言葉に、返事を返す者は執務室内にはいない。しかしそれでも、夕呼は何とも言えない奇妙な感覚を覚えて、先程から断続的に襲い来る鈍く重い頭痛と吐き気を耐える。本音を言えば、胃の中身を吐き出してしまいたい気分だったが、思いのままにすると後が面倒くさい事に成る。

 

 

特に、今夕呼の目の前にある書類や機器の群れは重要な物ばかりだ。それを、自分の吐瀉物で汚したり壊したりするわけにはいかない。それに何より、吐き出せばその匂いが部屋に充満し、不愉快な気分が更に不愉快に成りかねない。夕呼はそんな思いもあり、必死にその衝動を抑えきると、白衣に忍ばせていた薬瓶を取り出して数錠の錠剤を手に乗せ、水も無しに口に含んで嚥下する。薬は即効性の物ではあるが、飲んで直ぐ効くようなものでもない。

 

 

その為、効果が現れるまで夕呼は軽く瞼を閉じ、背もたれ付きの椅子に深く腰掛けると、そっと重心を後ろに傾ける。そしてそのまま、無言の時間が暫し訪れる。ともすれば、眠っているのではと思われかねないが、意識は嫌でもというくらいクリアに保たれていた。

 

 

そのせいで、自分で考えている事なのに改めて香月夕呼という人間の残酷さが、頭の中をこれでもかという程駆け回っていた。次第に、自然と襲い来る頭痛や嘔吐感よりもそちらの考えのせいで来る嘔吐感に嫌気がさし、頭を振って今考えている内容を振り払う。この程度の事で、何を気を遣っているんだと。

 

 

香月夕呼という人間の卑しさを、何を今更になって自覚しているのだと、自身を叱責する事で冷静さを取り戻す。

 

 

「本当、何を今更になってナーバスになっているんだか。しっかりしなさいよ、香月夕呼」

 

 

ベシッと、両の頬を強く叩いて立ち上がる。こんな感覚に苛まれるのは、全てを終わった後でいい。香月夕呼と言う人間が、周囲に罰せられるのを許される時が来るとしたら、全てが成就した時。その時以外他には無いのだから。故に、それまでは何が何でも今の畜生の道を突き進まなければならないのだ。

 

 

夕呼は改めて覚悟を決めると、目下に広がっている見るのも嫌になる位の紙の束を、しっかりと見つめ直して今やるべき事を改め直す。日本を襲い来る悲劇の時まで、最早時間はそう残されていないのだ。そして、夕呼は武の後を追う様に自身も執務室を後にする。今度こそ、誰一人としていなくなった執務室の中に訪れる沈黙。

 

 

やがて自動で消える照明が、その部屋の中を真っ暗の闇へと包み込む。その直前、夕呼のデスクに積み上げられた紙の束が、重さに耐え切れなくなったかのようにドサドサと崩れ落ちる。

 

 

デタラメに広げられる書類の一枚一枚が、それぞれ机の上やその周囲に広がった中で、その内の一枚がやけに存在感を放って机の上に鎮座していた。日本語以外の難しい文字や数字がびっしりと書き込まれている中、一番上に記された"00ユニット製作書"という文字が、誰の目にも止められる事無く、闇の中に消えていった。

 

 

 

 

―11月28日 A01ブリーフィングルーム―

 

 

 

「あ、黒鉄大尉! 」

 

「涼宮少尉、それに伊隅大尉達も。急いだつもりですが、待たせましたか? 」

 

「心配する必要はないぞ。こちらも、先程までブリーフィングを行っていた所だ。それに、仮に遅れた所で副司令との要件があったのだろう? だったら、私達の口から非難できる事はない」

 

「そう言っていただけると助かります」

 

 

久しぶりに話すにも関わらず、その事について文句を言われる事がなくてホッとする武。内心、幾ら207Bの訓練兵達に付きっきりだったとは言え、速瀬や宗像辺りなら何か言ってくるだろうと予想していたのだが、それが無くて本当に助かった気分だった。

 

 

武は、彼女達2人のノリにはどうしてもついていけない事があるので、本当に助かった。

軍人として既に何年も職務について来た身でも、ヴァルキリーズのような自分以外女性隊員しかいないのは、やはり何処か慣れなかった。

 

 

207Bの時は、前の世界で付き合いが深かったから気になる事はなかったが、正式に関係が築いてから日が経っていないと、こういった雰囲気は慣れ難いものがある。

 

 

「黒鉄もやって来た事だし、そろそろ話の続きといこうか」

 

「助かります」

 

「それでは、全員~整列ッ!!」

 

『了解!!』

 

 

伊隅の言葉に、素早く従う隊員達。きちんと整列するまでに数秒と掛からず、全員が揃って並んだのを確認すると、伊隅は小さく頷いて武から一歩離れて横に立つ。準備ができたと武も確認すると、一度全員の顔をしっかり見てから楽にしていいと指示を出し口を開いた。

 

 

「先ずは、今回の任務皆ご苦労だった。特に風間少尉だ。貴官の狙撃のお陰で、横浜基地は壊滅を免れたのだから」

 

「ありがとうございます、黒鉄大尉。ですが、私は自分の任務をこなしただけですし、私一人の功績というわけではありません。CPの涼宮中尉やピアティフ中尉、万が一の事態の時にと一緒に備えてくれた柏木少尉のおかげでもあります」

 

「そうだったな。涼宮中尉に柏木少尉、共にご苦労だった。それに、先の様な緊急事態に際しても、取り乱すことなく冷静に万が一の事態に際しての非難活動を試みてくれた諸君にも礼を言う。ラダビノット基地司令も、手際の良さには感心していたぞ。A01の任務の特性上、表立って賞賛される事はないが囁かな礼を込めてと言う事で、今夜はPXで好きな物を頼めとの事だ」

 

「そういう事なら、受け取らないわけにはいかないな。だが貴様達、はしゃぎすぎて周りに迷惑をかけるなよ。でなければ、天国から地獄に叩き落とされることになるぞ」

 

『了解であります、伊隅大尉殿!!』

 

 

隊員一同、声を揃えて返事を返す。ムードメーカーな速瀬や宗像は、その言葉を聞いて早くも何かを企んでいるようでニマニマと厭らしい笑みを浮かべている。その顔を見ると、武は嫌な予感を感じずにはいられなかった。確定してもいないのに、その思惑の方向が自身に向いている気がしてならない。

 

 

 

表面上は冷静沈着な武だったが、内心はその為冷や汗を流さずにはいられなかった。とは言え、まだ話が終わったわけではない。その事を考えると、邪魔が入る前に全て言い終えるべきだと判断して続きを口にする。

 

 

「続いて連絡だが、訓練兵の訓練が予想を大分上回って進んでいる為、今後は一日置きにA01の訓練にも参加する事になった。伊隅大尉と相談して、訓練メニューを厳しくしていく予定だ。公にはされずとも、XM3の実証部隊としてこれからも気の抜く事など無いように、訓練に努めてもらたい。以上だ」

 

「当然だな。貴様達も、今の黒鉄の言葉を魂まで刻み込んで精進しろ。全員、ヴァルキリーズ隊規復唱ッ!!」

 

『死力を尽くして任務に当たれ!!生ある限り最善を尽くせ!!決して犬死するな!!』

 

「・・・よし。それでは、部隊解散ッ!! 」

 

 

伊隅と武が揃って敬礼をすると、他の全員も揃って敬礼して今回の短いデブリーフィングは終了する。それと同時に、それぞれ今日のPXでの夕食をどうするかなどと、そんな事を騒ぎながら相談し始める。

 

 

その様子を見ていると、何とも言えない柔らかな感情を抱き、武はそっと頬を緩ませる。ここから先は、本当に油断ならない事が起きる。こんな小さな穏やかな光景も、それが片付く迄は本当の意味で訪れる事はないだろう。

 

 

だからこそ、武は今この光景を瞳に強く焼き付け覚悟する。密かに決めた、夕呼にさえ話していない決意を貫く事を。そんな覚悟を決めたその日、武は一人夢を見る。儚くも眩い、所謂理想と呼べるような明るい未来の夢を。

 

 

翌朝、その夢の内容を覚えている事はなかったが、その夢で感じた感覚だけは武の胸に強く焼きついて消える事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




HSST迎撃の辺りは、丸っとすっとばしてしまいました。申し訳ありません。
何というか、ここら辺はネタがあまり浮かばないので、書いているとグダグダして終わってしまうので。賛否論はあると思いますが、ご了承ください。

ただ、それでも賛成論があまり出そうにないというのも作者の考えなので、少しの間(仮)と題名につけさせてもらいました。変な意味に捉えてしまった方、どうも申し訳ありませんでした。

それと皆さん、近頃天候が荒れているので是非気を付けて下さい。特に、天候大荒れの新潟の方は、くれぐれも気をつけて。作者は中学の頃、滑って転んで骨にひび入ったので。あれは本当に恥ずかしかったです。


と、無駄話はここまで。今回はこれで。失礼します。

―追記―
月間ランキングなるもの見たら、29位に食い込んでいました。
これというのも、皆様が評価して下さったおかげです。本当にありがとうございます。


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episode3-5 クセ者

4日かかっちゃいました。
願わくば、これが年内最後の更新とならん事を。
技術職って、年末年始クソ忙しいですよね。同じ境遇の方、心底同情します。
それでは、今回もよろしくお願いします。


 

 

 

 

 

 

―11月29日 シリンダールーム―

 

「・・・どうぞ」

 

「あ、ああ」

 

 

薄暗いシリンダールームの中、差し出された両手に絡まった赤い糸を見て、武は珍しく表情を分かる程に変化させて頷いた。目の前で毛糸を両手に絡めているのは、夕呼に呼び出された後でよく会う霞。武は現在、彼女とあやとりをしていた。何故そんな事をしているかというと、それもこれも実は自分で蒔いた種のせいだった。

 

 

数週間程前、まだ武がこの世界に来て直ぐの頃だ。暇そうに時間を持て余している霞を見つけて、武は思いつく限りの暇潰しの遊びを教えたのだ。一人でできる遊びから、武と二人でできる遊び。道具を使うものから、使わないもの。その思いつく限りを、武は必死に頭を捻らせて教えたのだ。

 

 

遊びについての説明は、霞の能力で言葉で詳しく伝える必要がなかった為に、大した苦労もなく教える事に成功した。しかし、そこは兎も角として霞の学習能力は底を知らなかった。そのせいで、次から次へと新しい遊びをどんどん覚えていき、今では武よりも上手くなってしまったものが多々ある。

 

 

特にジャンケンの類の遊びは、霞の能力と相まって凶悪な腕前となっていた。尤も、流石にリーディングをジャンケンで使われたら勝ち目がないので、その類の遊びはもうやっていないが。そんなわけで、今はあやとりをやっているのだが覚えてまだ5日と経っていないのに、複雑な形の物を武の目の前へと突き出している。

 

 

 

ハッキリ言うと、糸の取り方等皆目見当がつかなかった。命の掛からない遊びだというのに、武の背中を冷や汗が伝う。戦場で戦術機を操るその姿を知る者が見れば、最悪気絶するのではないかと思う様な姿だった。尤も、A01の隊員達、特に先任連中であれば約一名を除いて面白がる事は想像に固くない。

 

 

自分で想像して嫌になるのか、武は引き締めた唇の端を僅かに歪ませると、感に任せて両手の指で霞の持つ糸の端をゆっくりと引いた。しかし。

 

 

「あっ・・・」

 

「・・・すまない」

 

「・・・大丈夫です」

 

「・・・すまない」

 

 

大丈夫と言いながら、あからさまに残念そうな表情を浮かべる霞に、武は二度ほど間をおいて謝った。彼女の外見も相まって、その失敗は事の他胸を突く何かがあった。誰もいなければ、思わず胸の辺りを掴んで蹲ってしまいたい程だった。ある意味で、BETAより恐ろしい存在だった。勝てる気が素でしない。

 

 

そんな失礼な事を考える武。その一方で、霞は今度は一人で黙々と糸を操り、アゲハ蝶のような形を作り出していた。今の世界にアゲハ蝶がいない事は明白なので、恐らく夕呼に与えられた図鑑か何かで見た物なのだろう。実物を見た事も無いというのに、とんでもない表現力だった。

 

 

一人であやとりを続ける霞を見ていると、何となく居た堪れない気持ちになる。武は、そっと視線を青白く光るシリンダーに移し、その中に浮かぶ脳みそを見つめる。返事は返って来ない筈だが、その時にちょうど良くコポコポと気泡が浮かぶのを見ると、それが返事だったのではと思わずにはいられなかった。

 

 

特に、その持ち主が持ち主なのだから。シリアスな筈の空気が、何とも言えない空気に変わりそうになる。それはマズイと、根拠もなしにそんな事を思った武は、わざとらしく腕時計を確認してアッと声を上げた。

 

 

「・・・すまない霞。俺はこれから、ちょっと先生に用があるから」

 

「気にしなくても大丈夫です。黒鉄さんには黒鉄さんの、職務がありますから」

 

「・・・ありがとう」

 

 

武は自身の心意を受け取ってくれたであろう霞に、小さく頭を下げると部屋を後にする。残された霞は頭に付けられた耳をピコピコと動かすと、シリンダーの真横にコソコソと移動して、一人黙々とあやとりを続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

―香月夕呼執務室―

 

 

「失礼します」

 

 

武が一声掛けてから、夕呼の執務室に入室する。しかし、返ってくる返事はなかった。当然だ。何せ部屋の中は無人であり、室内の蛍光灯でさえ沈黙しているのだから。執務室の中には、今入室した少々呆けた感じの武の姿しかない。そう、パッと見た限りでは人の姿が見える事はない。

 

 

「・・・誰だ」

 

 

武の表情が一変し、冷たく殺気すら纏わせた気配を醸し出した。部屋の中の空気も変わり、温度すら低下したと錯覚する程だ。一般人であれば、否。例え訓練された軍人であっても、思わず構えずにはいられない程のものだった。そんな不穏な空気の流れる中、それを気にした風もなく、音も立てず物陰から一人の人間の姿がヌッと現れた。

 

 

室内に光源は無いが、開きっぱなしになっているドアの外からの光でその姿がうっすらと映し出される。ベージュ色のコートに、同じ色のボルサリーノを被った中年の男。詳しく顔を見なくとも、武には誰か理解できた。

 

 

「・・・帝国情報省の鎧衣さんが、何の御用で」

 

「おやおや、名乗っていないのに私の事を知っているとは」

 

「質問に―――」

 

「ちなみに、私の名前は鎧衣左近。君も知っての通り、207B分隊に所属する娘の様な息子、否。息子の様な娘だったか。兎も角、鎧衣美琴の父親だ。所属は帝国情報省外務二課課長だ。こう見えても―――」

 

 

そして、聞いてもいない物事をペラペラと喋りだす鎧衣。止めるタイミングを逃した武は、内心湧き上がるムカムカとした感情を必死に抑え込み、自身を落ち着けるように大きく深呼吸をした。前の世界で、直接の面識こそ無いものの情報として知っていた。しかしそれでも、実際に見えるとこうも頭に来るものなのかと、米神を震わせずにはいられなかった。

 

 

このままこのやり取りが延々と続けば、流石の武としても我慢できるとは確約できない。そんな時だった。

 

 

「ちょっと、何で許可なく入ってる不審者がいるわけ? 」

 

「これはこれは、香月博士。相も変わらずお元気そうでなにより」

 

「挨拶はいいわよ。さっさと用件を言いなさい」

 

「博士の美貌が失われるとあっては、全人類にとっての損失ですからな。是非とも、健康には気をつけて頂きたいものです。君もそう思うだろう?シロガネタケル君」

 

「・・・誰の事ですか? 」

 

「おや、失敬。どうやら間違えてしまったようだ。黒鉄武大尉だったかな」

 

 

鎧衣の言葉に、内心少し驚くものの表面上にはそれを出さない武。何故、そんな事を聞いてきたのか、何故その名前を出したのか等とは今は考えない。今考えてしまえば、その事が顔に出かねないからだ。生憎と、このような駆け引きは前の世界で嫌と言う程経験したのだが、目の前の男だけはそれが通用するかも怪しいからだ。

 

 

何せ、相手は対人戦においてはあらゆる意味でプロフェッショナルなのだ。本の少しの瞳の揺れ、或いは仕草の一つだったとしても判断されかねない。どの国の諜報部も警戒する程の存在、鎧衣左近とはそう言う類の人間なのだから。武個人の評価としては、心理戦や弁舌戦では夕呼と同等かそれ以上の存在なのだから。

 

 

今もこうしてとぼけた顔をしているが、内心ではどう思っているのか。残念ながら、今の武を持ってしてもそれは理解できない事だった。

 

 

「前置きが長いのよ。もう一度だけいうけど、こっちも暇じゃないんだから、さっさと用件を話してさっさと帰ってちょうだい。アンタと話してると、ただでさえ疲れてるっていうのに、余計に疲労が溜まって休みも取れないんだから」

 

「おお、それは大変だ。ではこちらもさっさと用件を話すとしましょう。生憎と、暇でないのは私も同じなので」

 

「だったら初めからそうしなさいよ」

 

 

夕呼が思わずつっこみを入れるが、対する鎧衣は知らんぷりを決め込んでいた。どころか、何故か意味ありげな視線を武に送ってくる。警戒しているのかと武は勘ぐるが、どうもそんな様子ではないし、向けられていた視線もあっという間に外され、再び夕呼に向け口を開いた。

 

 

「XG-70の件ですよ。ご興味ない? 」

 

「答えが分かっている質問を、いちいち私にする意味があるのかしら? 面倒だから、その勿体ぶった言い回しは止めて話して頂戴」

 

「これは失敬。では、単純に内容を纏めて話す事としますよ。博士のご所望のアレですが、どうにも雲行きは微妙な所でしてね」

 

「微妙ってどういう事よ? 私にとっては重要でも、向こうにとっては使い様が無いガラクタでしょうよ」

 

「博士こそ、解っているのに訊いて来るとは人が悪い。相手にとってはガラクタでも、こちらが欲しがっているともなれば出し渋る。それも立派な政治ですからな。とは言え、完全に反対意見ではないのも事実。有効に使ってもらえるのなら、使えない所に置いておくより使える者がいる場所に送ってやりたいという意見もある様で。その真意は見え透いていますがね」

 

「つまり、現状ではまだ何ともって事? 」

 

 

眉を吊り上げて夕呼が言うと、鎧衣は何も言わないものの困った様に小さく笑声を上げ、答えを示した。夕呼としては、それはあまり面白いものでは無いのだろうが、しかし表立って文句を言う程の問題では無いらしい。少し経った後、素っ気なく返事をしてその件については追求を止める。

 

 

そうすると、漸く会話が切れた事を察した武は、小さな咳払い位を一つしてから、今の会話で出てきた理解できなかった単語について訊ねるべく声を掛けた。

 

 

「先生、XG-70と言うのは」

 

「おや? 君は博士の腹心に近い者と想像していたが、まさか知らなかったのかね? 」

 

「一々全部説明するのが面倒だっただけよ。タイミングもいいし、伝えておこうかしら。詳しくは未だ言わないけど、XG-70ってのは戦術機の一種よ」

 

「戦術機ですか? 」

 

「ええ。尤も、アンタが想像している戦術機とは大きさの規模が違うわ。どちらかというと、アレは戦術機というより移動要塞とでも言った方が適切でしょうから」

 

「そんなものが・・・」

 

 

前の世界でも聞いた事がなかった情報に、武は驚きを示した。夕呼にして、移動要塞等と言う言葉が口に出る程の物だ。武には、想像も出来ない話だった。とは言え、いつまでも驚いているわけではなかった。寧ろ驚きはすぐに覚め、そんなものがあるのなら何故もっと早く取り寄せないんだという考えが、頭に浮かんでくる。

 

 

尤も、そんな事は武の顔を見れば理解出来る事なのか、武が訊ねるまでもなく夕呼の方から説明をしだした。

 

 

「まぁ、そんな移動要塞とも言える代物だけど、現状ではまともに動かすことが困難だから使えないのよ。正常な機動をさせる為には、重要な要素が必要なんだけどそれが向こうは用意できない。だからガラクタ。でも、私にはそれが出来る可能性がある。だから、こっちで有効活用してやるって向こうに言ってるんだけどね」

 

「中々首を縦に振らないと。ちなみに、向こうと言うのは米国ですか」

 

「それ以外に何処かあるわけ? 」

 

「いえ・・・馬鹿な質問をしました」

 

 

武は謝罪し、口を閉ざす。夕呼はそんなタケルを見て、小さくため息をつくと次の話題を話すように視線を鎧衣に投げつけた。それを受け取った鎧衣は、意味あり気に笑ったが予想に反して無駄話をする事なく、用件を素直に話した。

 

 

「実はここ最近、帝国内部においてやたら不穏な動きが見られるようになりまして。どうやら、何か良からぬ事を企てている様子。何でも、戦略研究会なる勉強会まで結成される始末。流石に表立って何かをする、といった様子は今の所見られませんがきな臭いのは事実です」

 

「それは・・・近い内に、この日本、いえ。日本の中心である帝都で、何かが起こると? 」

 

「確証を持っては言えないが、そうでないかと私は見る。あって欲しくは無いものだが、仮りに私の思っている様な事態に陥った場合、日本は政治的にも軍事的にも、重大な空白が生まれるのは明白。そうなれば、日本に巣食う他の勢力とて黙ってはいないでしょう。ここぞとばかりに動き出し、戦火は瞬く間に広がり、日本全土を巻き込んで炎上する」

 

「そんな最悪の事態には、絶対にさせるわけにいかないでしょう」

 

「それは当然。だからこそ、こうして私がここに来たのですから」

 

 

ボルサリーノの鍔を掴んで下ろし、目元を片目だけ露出させて口元に厭らしい鎧衣。影が落ちた男の顔には、何とも言えない悪意が感じられたが、その眼光だけは澱んでいる事は無く、夕呼に似た感覚を感じた。日本刀の様な鋭さを持つ鎧衣の眼光は、それこそ鋭く武や夕呼が隠している内容まで切り裂いてきそうで、本当に油断ならなかった。

 

 

「更に詳細な情報が入り次第、博士には追って伝えるとしましょう。今このタイミングで、帝国にバタバタされるのは博士とて面白くない筈」

 

「つまり、今迄散々手を貸してやったんだから、万が一の際には是非ともって事でしょ? ムカつく言い方ねぇ。そんな事言わなくたって、万が一になればこっちにも命令は下るでしょうに」

 

「ハッハッハ、念を押すなんてとんでもない。私はタダ、博士の事を思って伝えたまで。博士の美貌が失われる事は、全人類にとって損失ですからな」

 

「それ、さっきも言ってたわよ」

 

「大事な事は念を押せと言うのが、我々、外務二課のスローガンですので。おっと、そんなに怖い顔をしなくとも、今日はお暇しますよ。これから少々、所要がありますので」

 

 

夕呼に割と本気で睨まれ、演技だろうが焦った様子で両手を挙げて数歩下がる鎧衣。その演技が、如何にもと言う位わざとらしいものだった為か、夕呼だけで無く武までもイラッとさせられた。有り得ない事ではあるが、仮りに意思疎通が可能ならばBETAでさえそう感じるのではないかと思う程だ。

 

 

話術が上手いという噂は、情報として頭に入っていた武だったが、これは話術というよりも鎧衣の性格にも由来するのではと、ほぼ確信を抱いていた。それを思うと、この男と交渉をしてきたであろう各国のトップや、それに連なる者達に本の少しだけ同情を抱くに至るってしまう。そんな事を考えていると、武はふと視線を感じてそちらに振り向く。

 

 

気が付けば、鎧衣が数歩の距離を隔てて武のほぼ真横に立っていた。その手には、大きな茶色いモアイが握られている。それは何だと、武が口を開く前に鎧衣が小さな笑みをもって答えた。

 

 

「イースター島のお土産だ。君にあげよう」

 

「・・・どうも」

 

「それでは今度こそ失礼させてもらいますよ、香月博士」

 

「さっさと行きなさい」

 

「ハッハッハ」

 

 

最後まで、その場にいる夕呼と武を苛々させて去っていく鎧衣。フザけた言動とは別に、その佇まいは背後から見ても見事という他なかった。夕呼が気付いているのかそうでないのかは分からないが、武には鎧衣が相当な練度を持った戦士である事を改めて自覚していた。今はこうして背後を見せているが、何かあれば直ぐ様反転して反撃できるだろう事は容易に想像できる。

 

 

やはり、煌武院悠陽の懐刀と言うだけあって、そう簡単にはいかないという事だ。武は気疲れからか、そっと気付かれないように小さく深呼吸をして体の中の空気を入れ替えた。僅かに緊張していた体の筋肉が解され、脳も正常に動き出す。武が夕呼を目線だけで見てみると、彼女は呆れからかそれとも別の要因からだろうか。

 

 

兎も角、思い切り顔を顰めて嫌そうに頭を振ってペンを回す。そして、思い出したかの様に武からモアイをぶん取ると、部屋の内部に取り付けられているダストシュートに放り込んで背中を深く椅子に預けた。そして訪れる、気まずい沈黙。静寂な空気は、そのまま5分程続いたがそれも警戒の為だろうと予測していた為、武は何も言わなかった。

 

 

それから更に5分が経った頃、漸く夕呼が大きなため息をついて、通信機を片手に口を開いた。

 

 

「入ってきていいわよ」

 

『・・・わかりました』

 

 

執務室ないが静かだった為か、通信機からの音声が武の耳にも入ってくる。声の持ち主は、先程まで武と遊んでいた霞のものだった。

 

 

「霞に読ませていたんですか? 」

 

「ええ。用心に越した事はないでしょう? 今後の状況が、未来情報と少しもズレずに起こるとは限らないのだから、手に入れておくに越した事は無いでしょう」

 

「とは言っても、アレでは効果は薄そうですが」

 

「だから、あまり期待はしてないわね。それよりも、こっちはいよいよとなってきたんだから、詳しい話しをしとくわよ。アンタには、当日A01じゃなくて207Bを引っ張って貰うんだから」

 

 

そう言って、夕呼は纏めておいた資料を乱暴に手渡す。少しばかりシワがよったが、文字を読むのに支障はないので文句も言わず武は流し読みしていく。資料の中には、沙霧の他にも見知った名前が幾つか見受けられ、中には前の世界で共闘したメンバーの名前も記されてあった。それを見る度、正直複雑な念を感じざるを得なかったが、一々口に出すようなマネはしない。

 

 

結局、資料を読んでいる間は武は言葉を一言も発する事なく、2分程でその全てを読み終える。読み終えた資料を、順番通りに並べて直してから返すと、受け取った夕呼は数枚の紙をクシャクシャと丸め、ライターで火をつけて書類を焼却処分する。

 

 

火の点いた紙は、あっという間に燃え上がりその存在を灰に帰して、完全に証拠隠滅となる。それをしっかり確認した後、夕呼が数秒の間を置いて言葉を発する。

 

 

「内容は以上よ。質問は ?」

 

「質問はありませんが、納得の言った事はありましたよ」

 

「極光の事かしら? 」

 

「はい。正直、優れた戦術機を回すとは言っても、わざわざ複座型という所まで同じにするのは妙だと思っていました。前の時は、クーデターについても概要にしか触れられていなかったので、漸く納得がいきましたよ」

 

 

小さくため息を吐いて、感心の意を示す武。先の先まで考えている事は、既に承知していたがまさかこうもいいタイミングで、このような機体が存在し、そしてそれをこちらに回してくる手腕は見事だった。それが例え、向こう側から持ちかけてきた提案でもだ。

 

 

言っては無礼に当たるであろうが、武としても自身の膝の上に殿下が乗るのは気持ちが落ち着かなかった。男女の意味でではなく、身分の差からくる威圧感は、前の世界で斯衛に属していたという事実が重く伸し掛る。こういう所は、武本人にしても自身の変化を感じざるを得ない所だろう。

 

 

何せ、以前までの自分であれば、そんな事は微塵も気にせず礼儀に反する行動をとりかねない性格だったのだから。しかし、感心してばかりではいられない。問題点も、やはり一つ、いや二つあった。

 

 

「しかし、先生。これについては問題点も少々あるかと。 殿下を俺の機体に乗せるというのは賛成でも、強化装備まで用意しているのは流石に後で向こうに余計な勘ぐりを抱かせるのでは? 」

 

「そこの所は、幾らでも誤魔化しがきくでしょう。アンタが殿下を拾うのは、搭ヶ島離城。あの場所は、知っている人間はそれこそ帝国の上層部も上層部の人間だけでしょうけど、将軍殿下とそれに連なる人間達専用の避難鉄道がひかれてるのよ。未来情報では、将軍殿下をそこで拾った様だし、後方の待機と言う名目でアンタ達はそこに配備されたとの事。後者の理由を考えれば、恐らくそこで殿下を拾うであろう事を私は承知していたのね。何でその時、殿下用の強化装備を用意していなかったのかは正確には分からないけど、そこはいいわ。兎も角、こればかりは未来情報に頼ってばかりでは安心できないわ。将軍殿下が加速度病で死ぬなんてのは最悪な結果なわけ。それを考えれば、安いもんよ」

 

「そうですか。それではもう一つ。途中、合流する事になる米国陸軍第66戦術機甲大隊指揮官のアルフレッド・ウォーケン少佐のことです。彼は信用できますが、残りの隊員達についてはそうではないでしょう? それを考えれば、階級の差は痛いです。俺は大尉ですし、一つとは言え少佐と大尉では差が大きい。 それに、今回の件は、何も知らない米国の兵士からすれば腹が立ちこそすれ、快くなんて有り得ない。ましてやそれが、階級の下の者に強く言われれば、面倒は避けられない・・・です・・・し・・・・・・。成る程、それで殿下ですか」

 

「ええ。向こうとしても、流石に日本のトップと言っても過言では無い存在は無視できないでしょう。それに、一応アンタには昇進辞令が来てるわ。本日付けで、アンタを大尉から少佐に格上げよ。おめでとう」

 

「・・・・・・」

 

 

パチパチとわざとらしく手を叩く夕呼だが、武の方はその内容に驚愕して固まった。そんな話は、全く聞いていなかったのだから。しかし、思い当たる点がないわけでもない。よくよく考えてみれば、武は夕呼の腹心ではあってもA01の人間として登録されているわけではないという事だろう。

 

 

XM3の発表の時も、考案者として名前を出している。それらの点を改めて考えると、武はA01に所属していると思い込んでいただけであって、実際にはそれに近しいだけという事になる。

 

 

「・・・先生、人が悪いですよ」

 

「あら? 今頃気付いたのかしら? その様子じゃ、今の今まで自分がA01の人間で登録されていると信じ込んでいたみたいね。確かに言葉じゃ配属するって言ったけど、A01に登録したわけではないのよ」

 

「もういいですよ。どちらにせよ、このタイミングではありがたいという他無いですよ」

 

「そ。なら質問は、今はこれで終わりってわけね。それじゃあ、今日はここまで。ここでの用は終わりだから、アンタはアンタの職務に戻りなさい。明日はA01と訓練なんでしょ? 訓練兵相手で馴らしたら」

 

 

意地の悪い事を言って、口元をニヤケさせる夕呼。武は呆れてモノも言えないとばかりに、わざと大きくため息を吐いて敬礼をして執務室を後にする。残された執務室には、夕呼と霞が二人だが、夕呼は既に書類を眺めていて霞が目に入っていない様子だ。それを確認した彼女は、先程の事を思い出してか、それとも別の何かを思い出したのか。

 

 

滅多に浮かべない、小さな笑みを口元に浮かべるとテトテトと可愛らしい足音を立てながら移動し、目の前に立っても何故か反応しなかった自動ドアに頭をぶつけて、兎の様にその場に震えて蹲っていた。

 

 

 

 

 

 




話が全然進まなかったですね。
武ちゃんの昇進は、この本編ではこれで最後になるでしょう。少なくとも、中佐への昇進は考えていないので、ご安心?を。

今回も、本編内では書けなかった事がいくつかありました。その為、疑問点が沸く方がいらっしゃるでしょう。その場合、感想欄にて質問してくださると幸いです。

それと、前書きでも書いたとおり、年内中に次話を上げられるかはかなり微妙なラインです。無理をすれば1話位いけそうな気もしますが、正直今はあまり無理はしたくないので年明けになると思います。そこの所、ご了承ください。

なので、事実上これが今年最後の本編の話というわけです。ですので、今年はお付き合い頂きありがとうございましたという挨拶と、よいお年をという挨拶。そして、来年も又お付き合い下さいという挨拶を述べさせてもらいます。


PS.クリスマスの存在は忘れました。作者は異性関係においては非リア充ですが、趣味面についてはリア充のつもりです。ですが、クリスマスは子供がいればわかりませんが、どう考えても前者の為にあるような物だと思うので、メモリーからは消去になったのです。はぁ、ご褒美に戦術機のプラモ買い漁るか。

今まで時間がなくて手をつけられなかった、武御雷シリーズ解禁しようではないか★そして、初詣には来年中にクロニクル05が出る事を祈るんだ。


Ps2.武がA01に正式に所属していないという点について、説明を少し。
一応、本人やその他の周りの人間は所属していると思っています。ですが、登録データには武は夕呼の腹心の部下と登録されている事になっています。
これについては、夕呼がわざと言わなかったのと、夕呼の腹心の衛士=A01だと思ってしまったからですね。とは言え、改めて最初の文章を見てみると、編入されたや所属等の言葉を使っていました。


なので、疑問に感じられた方は、作者の説明不足からくる矛盾と言うことで、ご納得ください。伏線的には、XM3の発表者の時に名前を晒しているという部分がキーになっておりました。以上、矛盾についての弁明でした。



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Ex.episode3-6 最大の敵とは・・・

皆様、あけましておめでとうございます!! 謹賀新年です!!
そして新年1発目です。ですが今回、別に見なくても大丈夫な回です。サブタイトルを見て分かる通り、ギャグ9割シリアス1割位の、下らない回ですので。

それでもよろしければ、どうぞお楽しみください。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―12月1日午前12時 訓練兵用シミュレータルーム―

 

 

「如何でしょうか、黒鉄少佐」

 

「・・・問題ない、と言うのは過小評価か。よくこれ程までのレベルに仕上がったと、そう言うべきだろうな神宮司軍曹」

 

「やはりそう思われますか? 私も、客観的に見てここまでとは正直驚いていますから。言わせてもらうと、これは私の力ではなく、本人達の力によるものだと私は思います」

 

「それを言うなら、自分と軍曹の力では無いと言うべきだろう。訓練中は付きっきりだった為か、こうして外から見るのは新鮮だが、それを差し引いても正直驚きを隠せない」

 

 

そう言って、武は目の前のモニターの映像を食い入る様に見つめた。その眼差しは厳しく、僅かな隙も見逃さない狩人の様である。そんな目をしているからには武が告げた評価には世辞は一切含まれないだろう。即ち、教官としての立場としてのみで考え、見たままの感想を言っている。それを知ってか、まりもはほんの少しだけ頬を緩ませ、誇らしげに自身もまたモニターに目を向ける。

 

映像の上では、榊が指揮官として指示を出し、他の4人がそれに従って敵機を危うげなく撃墜していく姿が現れている。XM3の特性を、今出せる限り最大限活用して行っている機動は、実戦など一度もこなしていないのに不思議と様になっていた。

 

古いOSの概念が無い分、XM3に親しみやすいと予測されてはいたが、それでも殆ど違和感を感じさせない機体制御や、キャンセルを用いての瞬間的機体制御。相手の攻撃のパターンを正確に読み切り、コンボ機能で比較的楽に敵を狩る様は武やまりもをもってしても圧巻するの一言だった。

 

映像上の敵機は残り3機だが、今の様子を見るにあっという間に殲滅されるだろうと武は判断する。敵機の設定レベルはそれなりとはいえ、現在の207Bの敵ではないといえよう。そしてその判断は見事的中する。

 

数秒後、演習の終了を知らせるブザーと音声が流れ、シミュレータ演習が終了する。結果は勿論の事、207Bの圧勝と言う形だ。それを確認後、まりもが厳しさを感じさせる声で連絡事項を伝え、伝え終えると通信を切って武に振り返る。

 

 

「それではこれより、私は今の訓練の評価に移りたいと思いますが、少佐は参加なされますか? 午後からは、少佐は別の任務で外されるのでしょう? 時間が無いのであれば、私1人に任せてもらっても構いませんが」

 

「・・・そうだな。軍曹さえよければ、そうして貰えると助かる」

 

「了解しました。少佐は少佐の任に就いて貰って構いません。ここ最近は、どうも少佐に任せっきりだった為、私としても任せて貰えるとありがたいと思っていましたから」

 

 

まりもはニッと笑って、武に敬礼する。その表情を見るに、鬼教官としての腕を奮る気満々のようだ。演習の評価に驚いたとは言え、未だ完全に不満が無いとは言えないのだから当然と言えば当然だ。頼もしいと思いつつ、ほんの少しばかり武は207Bの5人に同情してしまう。

 

だが、これもまりもなりの優しさだと思えば、口を挟む余地など無い。武に出来る事といえば、彼女の叱責に堪えるのではなく応えて貰う事を祈る事ぐらいだ。

 

 

「それでは、軍曹の敏腕に期待するとしよう。それと、訓練メニューについては、このまま対人戦闘を重きにおいて訓練を行って欲しい」

 

「了解しました。ですが、その事について少々質問があります」

 

「分かっているさ。何故、そこまでして対人戦闘をメインに訓練をさせるか、だろう? 」

 

「慧眼、恐れ入ります」

 

「理由としては単純な物だ。これはまだ日については未定だが、軍曹と訓練兵が使用しているXM3のトライアルが近々予定されている。XM3の実験部隊として訓練を行っている訓練兵には、その時に無様な評価を出すなど許される事ではない。それを、自分と香月副司令が考慮した結果が今の訓練だ」

 

「成る程、そうでしたか。わざわざお手間をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした。それではどうぞ、ここは私に任せて少佐はお行き下さい」

 

 

深く頭を下げて謝罪したまりもは、再び敬礼をして駆け足で訓練兵5人の下に向かった。どんな時でも生真面目な所と、厳しさに含まれたそれ以上の優しさという面は、本当にどの世界でも変わらない。武はそんなまりもの後ろ姿に、何か輝かしいものでも見るかのような視線を送り、直ぐ様その考えを忘れるように頭を振ると自身の任務をこなすべく場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

―A01専用戦術機ハンガー―

 

 

「黒鉄少佐、早かったな」

 

「そうでもありませんよ。と言うより、予定時刻より大分早いのにそんなに忙しそうにしている飯田さんがいいますか? 」

 

「はっ、生憎とワシは1時間前に行動するのが性分なのさ。整備兵としてやっている以上、早く仕事をこなすに越した事はない。戦場じゃ、敵は待ってくれんからな。その相手が人間にしろ、BETAにせよだ」

 

「飯田さんが言うと、言葉の重みが全然違いますね」

 

 

喋りながら、工具を操る飯田を見て武は口元を綻ばせた。上を見上げれば、他の整備兵達が極光の各部に取り付いてそれぞれ仕事を分担して行っている。新型の機体ということで、熟練の者達でもどこかぎこちなさが抜けない様子だが、それでも不安を感じさせないあたりは流石だ。任せっきりでいても、何も言うことが見つからない。飯田をはじめとして、それぞれがベストを尽くして職務に尽くしていた。

 

 

「どうかしたかい? 黒鉄少佐」

 

「いえ。ただ、この前の飯田さんの言葉を改めて思い知っただけです。ここが飯田さん達にとっての戦場なんだと、深く感心した次第ですよ」

 

「そりゃ、光栄だなっと!! 」

 

武の言葉に、嬉しそうに笑みを浮かべた飯田は力強くボルトを締め切った。そして何度か触り、動く事がないのを入念に確認して、次の作業に移る。その合間に、飯田は再び武に言葉を投げかける。

 

 

「で、どうだい? 黒鉄少佐から見て、この機体の性能は」

 

「・・・正直に言って、とんでもないものを回してくれたなと思ってますよ。新OSを積んだコイツなら、性能的には従来のOSを搭載した武御雷にも勝るでしょう。ただ・・・」

 

「少佐の得意とする、長刀での近接戦闘においては改良の余地があると? 全く、とんでもない言い草だな。ワシから見ても、今のままで十分だと思ってはいるが」

 

「まぁ、俺個人の意見が多いというのは確かにありますが、極光を帝国側で正式採用するとなると、やはり問題は出てくると思いますよ。元々、米国と日本の共同作ですからね。機体を作り上げたのが向こうである以上、近接戦闘能力を日本人のように深く理解していなければ、どうしても不満点は生まれます。それでも、ここまで機体を仕上げてきたのは流石だと賞賛しますが、日本人、特に帝国側の人間は近接戦闘能力を重視しますから」

 

「確かに・・・な。そうなると、問題となってくるのは腕周りの関節の強化や、機動性の向上と言った所か。現状では、最高の技術の粋を極めた機体と言っても過言じゃないんだろうがな」

 

 

ふぅむと、顎に手を置いて唸る飯田。武も、彼の言いたい事は痛いほどわかった。これ以上となると、現状では更にコスト面と技術面で問題が出てくる事は間違いない。武の言う問題点と言うのも、個人の意見が少しばかり多く出ているというのも間違いではないだろう。

 

だが、G弾を使用しないでのハイヴ攻略という点を考えると、決して個人意見だけではないとも真理だろう。今現在、日本で最も強力な機体を上げるならば、言わずと知れたTYPE-00の武御雷だろう。つい数年前に正式採用されたかの機体は、成長した近代技術をそれこそ嫌になるほどつぎ込み完成された物だ。

 

その甲斐あって、出来上がりの程や運用評価は目覚しく、前の世界で使用していた武は身に染みてその性能の凄さを実感している。しかし、そこまでして作り上げられた機体は、帝国が誇る斯衛衛士専用の機体であり、年間に30機しか作れないという大きな問題点がある。

 

その上、製作に掛かるコストにおいても洒落にならない物となっているのだ。その事を考えると、どうしても複雑な感情を抱かずにはいられず、武は掌をグッと強く握り込んだ。

 

 

「ままならねぇな、どうも」

 

「戦争である以上、国家の思想が絡んでくるのは仕方ないとは思いますがね。それでも、一衛士としてはあの爆弾を使わない戦略を築いて欲しいと切に思ってますよ」

 

「ここ横浜にいる連中にとっては、尚更そうだろうさ。だが、焦っても結果はついてこない。お前さんはお前さんのやるべき事を、真っ直ぐ見つめてやっていくしかないだろうさ。少しでも早く、コイツを正式採用して貰えるようにな」

 

「・・・そうしますよ。いざ採用されるって時に、帝国側の衛士に文句を言われないように、レポートの方もしっかり纏めるとします」

 

「そうしろそうしろ。コイツを危険を冒してまで手配してくれた、巌谷の坊主の期待に答えられるようにな」

 

 

飯田はそう言って、白い歯を見せて笑みを零す。武としては、彼の言い回しに気になる点があったのだが、尋ねる様な真似はしなかった。必要であれば、いずれ話してくれるだろうと思ったからだ。言わないという事は、今は自分のやるべき事に集中しろということだろう。武はそう判断して、再びその名の通りに輝く機体を睨みつけるようにして見つめた。

 

 

「・・・必ず、やってみせるさ。きっと、それも俺がここに戻ってきた理由の一つなんだろうから」

 

 

 

 

 

 

―午後9時30分 A01ブリーフィングルーム―

 

 

「・・・ふぅ、現状ではこんな所か」

 

 

武は一人呟く。独り言だったが、静かになったブリーフィングルーム内にはよく響いた。何となく後ろを振り向けば、先程まで人が居たのを証明するかのように、所々物が動いた形跡が見られる。それもあってか、武以外無人の部屋はやけに寂しさが漂っているような光景だった。

 

一人作業をするにはもってこいの状況ではあるが、ここ最近、A01の雰囲気に慣れてきた武はそれが異様に胸を打つ物に見えてしまう。らしくないなと、凝り固まった肩をコキコキと大きく鳴らし、自分で自分の肩を片方ずつ交互に揉みながら寛いでいると、やがてドアの外から大きなノック音が聞こえてきた。

 

A01のブリーフィングルームを訪れる者は限られている。その中でも、この時間にやって

来る人間といえば容易に想像がつく。

 

 

「入ってきていいですよ」

 

「それでは失礼するぞ、黒鉄少佐」

 

「・・・伊隅大尉、少佐は止めて下さいよ。って、全員来たんですか? 」

 

「そんなに驚くことですか? 黒鉄少佐」

 

 

武の言葉に、わざとらしく宗像が反応すると、その場にいるヴァルキリーズの隊員がプッと吹き出した。その様子を見て、何となく居た堪れない気持ちを抱く武。だが、抱いた気持ちをわざとらしくため息をついて誤魔化すと、若干ジト目で宗像を見つつみちるに対して言葉を投げる。

 

 

「それで、全員揃って何かの用事ですか? この部屋を使うのなら、俺は自分の部屋に引っ込みますが」

 

「用事はあるが、その必要はないさ。何せ、用事というのは黒鉄にあるのだからな」

 

「俺に・・・ですか? 」

 

「何ですか? その意外そうな顔は。あっ、別に告白とかじゃありませんからね」

 

「・・・帰っていいですか」

 

 

珍しく強気な茜の言葉に、武は本心から呆れを見せてため息を吐いた。からかいの言葉である事は理解しているが、実際言われると薄ら寒いものを感じてしまう。それに加え、訓練当初とは変な意味で成長を見せた彼女の違いに、内心若干ながらひいてしまう。最初は何処か絡み辛かった茜だけに、正直奇怪な物を感じ得ない。

 

 

「少佐、何か変なこと考えてませんか? 」

 

「それは気のせいだ。それより、早く用件を告げてくれると助かるのですが、伊隅大尉」

 

「ふっ、すまなかったな黒鉄。ではお言葉に従うとして、単刀直入に言わせてもらおうか」

 

 

みちるはそう言うと、一旦武から視線を逸らして他の隊員達にアイコンタクトを送る。すると、それを受け取った全員は言葉もなくその意味を察し、いつもの自分達の定位置に立ち整列する。それをしっかりとみちるは確認すると、一度大きく頷いてから自身もビシッと屹立すると、武に向かって敬礼した。

 

 

「この度は昇進おめでとうございます、黒鉄武少佐。我らA01一同、少佐の昇進を心から喜び申し上げます」

 

『おめでとうございます、黒鉄少佐殿』

 

「少佐の考案された、新OSであるXM3に対する評価。私だけでなく、この場にいる一同、皆それぞれ同じ気持ちでありますれば、代表してお礼を申し上げます。本当にありがとうございました」

 

「・・・・・・」

 

 

武はみちるの言葉に、唖然として固まってしまう。普段ならば、そんな表情をすれば即座に絡んでくる速瀬や宗像も、絡んでくる事はなかった。その場にいる全員、これ以上ないくらい真摯な態度で敬礼を武に向けている。その場にいる全員が、心から武に感謝の念を抱き向けていた。

 

武はその光景にこれ以上なく感動しつつも、どこか後ろめたい気持ちもあってそっと目を瞑った。それから数秒程、無言の空気が漂う。しかし、そんな真面目な空気は、音もなく立ち上り敬礼を返した武によって破られる。

 

 

「皆の言葉、ありがたく頂戴する。だが、俺からも礼を言わせて欲しい。今まで散々無茶な要求をしてきたのに、それに文句を言わず従事してくれた皆の尽力があったからこそ、成し得たことも多々ある。特に、先の実戦では誰一人欠員を出すことなく、XM3の有用性を最大限示してくれた。これは、俺一人が幾ら努力しても得られることができなかった結果なのだから」

 

「ありがとうございます、黒鉄少佐。ですが、そのお言葉は不要です。元々、A01は日頃から副司令の無理難題をこなしてきました。それに比べれば、黒鉄少佐の難題は無茶な内に入りませんでしたから」

 

「・・・そうか。それでは、そういう事にしておこう。これからも、どうか皆の力を貸して欲しい」

 

『了解であります!! 』

 

 

ふてぶてしい笑顔を浮かべ、武に向けて敬礼するヴァルキリーズの面々。武はそんな皆の笑顔に頼もしさと、そして僅かな申し訳なさを含めて、初めて目に見えて笑みを浮かべる。それを見て、速瀬と宗像はおやっと顔を僅かに歪めたが、口に出すことはなかった。代わりに、なにか意味ありげな視線を武に送り、示し合わせたように同じタイミングで小さく頷いた。

 

武はそんな2人の様子に嫌な予感を感じつつも、仕方ないとばかりに呆れ混じりのため息を吐いた。これまでの経験から考えるに、あの2人から逃げる事はかなわないのだから。そして武の雰囲気が緩和したのを皮切りに、室内の厳かな雰囲気はあっという間に霧散していつもの暖かな雰囲気へと戻り出す。

 

 

「驚かせてしまったか? 」

 

「ええ。本当、大したサプライズでしたよ。でも、ありがとうございます伊隅大尉」

 

「そう言ってもらえると、私達としても嬉しいな。尤も、こんな時間に集まったのは黒鉄に対するサプライズだけではないがな」

 

「分かってましたよ。それで何です? 」

 

「ああ。ちょっとこっちに来てくれ」

 

 

武が真面目な顔をして言うと、みちるは皆から少し離れて部屋の隅へと移動する。どうやら、おおっぴらには言い出しにくい内容のようだ。それについては、事前に知らされていたのかみちるが移動すると、彼女以外の全員は合図をしたかのように、全員素知らぬ表情をしてさりげなく散る。

 

武はその意図を直ぐに悟ると、みちるの後を追って部屋の隅へと移動しみちるの言葉を待った。それを確認すると、一拍おいてから声を潜めて初めから準備していた疑問を、武に訊ねた。

 

 

「ここ最近の訓練メニューだが、やけに対人戦闘が多いが何かあるのか? 完成したXM3のトライアル試験が、近々行われるというのは私も副司令に聞いている。だが、あれには私達A01部隊のメンバーは事前に参加しないと聞いていた。そうなると、ここ最近の対人戦重視の訓練の意図が読めない」

 

「・・・その件については、俺からは詳しくは言えません。俺は副司令から知らされているとは言え、機密扱いの内容ですので」

 

「そうか。それでは、私も迂闊に詳しく訊ねる様な真似はできないな」

 

「ただ、何処とは言いませんが最近きな臭い動きがあるらしいです。そして、最悪の場合その解決にA01が戦力として投入されることになるかもしれないと」

 

「成程な」

 

 

みちるは短く言うと、言葉を切った。それから、何かを考える様にして目を瞑ると、一度間を置く。そして、自身の考えを数秒で纏めると再び口を開いた。

 

 

「よし、それならば私は何も聞かなかったという事にしておこう。黒鉄の言った事の可能性を、頭から捨て去る事はできんが、少なくとも一軍人である私が、今考えても詮無い事だ。私は只、そうならないように祈っておくとしようか」

 

「ありがとうございます、伊隅大尉」

 

「気にするな。それが、私達A01という部隊だ。今までも、これからも、な」

 

 

みちるはそこまで言うと、いつものニヒルな笑みを浮かべて口を閉ざす。武はそれに対して、申し訳なさそうに目を伏せる事で謝罪の意を表し、会話を切る。それ以上は、話は無い様なのでそっとその場から離れる。すると、その時を待ち構えていましたとばかりに、速瀬と宗像がニマニマしながら声をかけてきた。

 

 

「黒鉄少佐~、何を伊隅大尉と話していたんですか~? 」

 

「秘密ですよ。それに、速瀬中尉達が気にする事ではありません」

 

「ふむ、秘密か。成程、私達が気にする事ではないとすると、もしや個人的な事ですかな? もしかして、少佐殿は伊隅大尉目当てで? 」

 

「・・・言い間違えましたよ。秘密ではなく、機密でした。それと、伊隅大尉が目当て等と言う事は有り得ません」

 

「ほぉ、それは知らなかったな黒鉄」

 

 

ゲッと、最後に聞こえてきたその言葉に武は内心動揺する。後ろを見なくとも、その呼び方で本人特定は余裕だった。言うまでもなく、つい先程まで真面目な話をしていた相手であり、会話の内容に出てきた伊隅みちる当人であった。顔を見れば、ニヤニヤと笑ってはいるが何処か不穏な空気を感じる。

 

武本人からすれば、別に悪意があったわけではないのだが、どうやらその言い回しに問題があったらしい。如何に双方にその気がなくても、女性に対して有り得ない等という言葉は禁句である。武は前の世界でも言われた言葉を、今この瞬間思い出していた。

 

 

「・・・大尉、今のは別に他意が合った訳では」

 

「分かっているとも。黒鉄程の存在ともなれば、私程度の存在が気に掛かる事は無いだろうからな。ああ、十分理解しているとも」

 

「た、大尉」

 

「ん? 何だ、言い分が有るなら是非とも聞かせてもらうとも。此処にいる全員でな。なぁ、貴様達」

 

 

みちるはそう言って、悪びれもせずその場にいる皆を見渡して、大きな声で呼びかける。気が付くと、いつの間にかその場の全員が武に注目していた。勿論、その中の全てがみちるや速瀬の言葉通りの意図を察して注目しているわけではないだろう。

 

中には、その意図を正しく察したわけではなく、年齢通りかそれ以下の反応を示して、端正な顔を真っ赤に染めてワナワナと震わせる者もいる。初心な者を除けば、真面目に捉えている者は誰一人としていないだろう。しかし、逆に恋愛面に豊富でない面を持つ少女達はそうではなかった。

 

武を除けば、それなりの人数が狭い室内に集まっているのだ。それも、一人を除いて女性ばかりもなれば当然の反応である。

 

 

「く、黒鉄少佐」

 

「・・・ぇ?ぇええええっ!?」

 

「最低・・・不潔です」

 

 

新任の少尉である高原や麻倉を始め、剣術は冥夜とほぼ同等だが性格の方は突撃級の装甲並に硬い鈴谷は何を思ったのか、厳しい目で武を見つつ数歩下がる。その反応に、武は頬を引き攣らせつつ、元凶である3人に視線を送る。しかし、その3人、特にその最大の元凶である速瀬と宗像は悪びれもせずニヤニヤするのみで謝罪もなしだった。

 

 

その表情を見るに、日頃の憂さ晴らしをここで行おうという、あって欲しくない決意の表れ。絶対に、武を公開処刑に陥らせてやるという、完全に無駄な意気込みだった。咄嗟に周囲を見渡すが、ヴァルキリーズの癒し系である遥は乾いた笑みを浮かべて、申し訳なさそうに手を振るのみ。

 

 

その隣にさり気無く立っている柏木は、既に結末を読み切ってかサムズアップを天然スマイルで決めていた。最早、ここに大勢は決した。BETAの群れに襲われようと、軽々と裁断していく衛士の姿はそこには無い。そこにあるのは、今の軍であれば何処にでもいそうな、生贄野郎ただ一人。

 

 

「さて、黒鉄。幸い明日は訓練は休みだ。時間はしっかりあるぞ」

 

「存分に話し合いましょうか♪少・佐・殿」

 

「(ああ、今日は厄日だ)」

 

 

武は文句一つ言う事を許されずに、逃げ場を塞がれ詰め寄られる。しかし、そこには一切の甘ったるい気配など無く、あるのは方向性の違いはあるだろうが悪意の満ちた気配のみ。最早ここまでと、潔く覚悟を決めて自身の失態を恨む事しかできない。後は只、どこの世界でもお馴染みの男が一方的にボコられるのみなのだから。

 

 

そして、武の記憶はそこでプツンとテレビの電源が切れるかのように切れた。翌日、その事を思い出そうとしても頭が痛むのみで何も思い出せない。昼食時に、偶然ヴァルキリーズのメンバーと会った時も、一瞬身構えてしまったが特に何かがあった訳でもなかった。その結果、あれは夢だったのではと武は思い込む事にして、その件は封印される事となる。

 

しかし、その日を境に横浜基地ではある都市伝説じみた噂が流れる事になる。曰く、横浜基地に新種のBETAが出現し、夜な夜な現れては一人を数十人単位で襲い掛かり悲鳴を上げる時間も取らせず貪り尽くすという与太話。勿論、聞いた全員が全員笑い飛ばして酒のネタにするような話だったが、その話を聞く度に飯を喉に詰まらせる若き左官がいた事は、不思議と噂にならなかったそうな。

 

 




番外編でした。

本当であれば、大晦日に番外編、元旦に本編1話投稿したかったのですが、断念しました。本編を期待してくれていた方々、申し訳ありませんでした。別に、武ちゃんに爆発して欲しいとかじゃないので。ホントウデスヨ?

後、最後にちょこっと出てきた鈴谷という少女はオリジナルキャラクターです。とは言っても、それだけでは理解しづらい事は確実なので、後日登場キャラクター紹介編を投稿しようと思います。ですので、それまではオリジナルキャラの一人なんだという認識でお願いします。


さて、今後の展開ですが、いよいよ本編の方が始まってくると思います。これまで207Bとは深く関わってこなかった武が、この出来事を実際に経験してどういう風に行動するのか。歴史は変わらず非情な選択を強いるのか。そしてクーデター中に起こる、彼が予測したまさかの最悪な事態とは!?

「それでも、守りたい世界が(ry←帰れ


と、予告みたいな感じで発表しました。構想を練るのにちょっと時間がかかるので、今まで以上に時間が空いちゃうかもしれません。ですが、どうかお付き合い下さると幸いです。

そして皆様、これからもどうかよろしくお願いします。
どうか良いお年を。

Ps.お汁粉が美味しいです





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