沢渡さんの取り巻き+1 (うた野)
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沢渡さん 編
沢渡さん、マジ甘党っすよ!


沢渡さんが格好良すぎてつい……


『俺はスケール1の星読みの魔術師とスケール8の時読みの魔術師でペンデュラムスケールをセッティング! これでレベル2から7のモンスターが同時に召喚可能!』

 

舞網市に数多く存在するデュエル塾、その中で最大手とされるのLDS(レオ・デュエル・スクール)の資料室に設置された端末の前に座り、映像を瞬きもせずに眺める黒髪の少女が居た。

流れている映像はつい先日行われたばかりのアクションデュエルチャンピオン、ストロング石島のエキシビションマッチ。だが別に少女がストロング石島の熱狂的ファンと言うわけではない。現に少女が繰り返し見ているシーンにストロング石島はほとんど登場していない。

彼女がまるで機械のように繰り返しているのは、その対戦相手が行った、初めての召喚方法、ペンデュラム召喚のシーンだ。

しかし一部の市民が「インチキ」「それズルじゃん!」などと騒いでるように何かイカサマが行われたのではないかと見定めているわけではない。どんなカードであってもデュエルディスクが認識している以上、公式ルールに反したものではない。

ならば探すべきなのはイカサマの証拠などではなく、それに対抗する手段だ。今現在、ペンデュラム召喚の使い手はたった一人だが、これから先、ペンデュラムカードが量産されないとも限らない。むしろされるのが自然の流れだ。だからこそ少女は数少ないペンデュラム召喚の資料を漁っていた。

映像を見て、何かを手元のノートへと書き連ねていく。ノートには「セッティングされたペンデュラムカードの扱いは?」「ペンデュラム効果とは何だ? いつ発動する?」「ペンデュラム召喚は一度の召喚?」「神警、神宣でおk?」などと他人には到底読めない乱雑な字が書き込まれている。

数十回繰り返したところでこの資料だけではこれ以上の研究は不可能としたのか、少女は静かに端末の電源を落とした。

 

「熱心ね」

 

電源が落ち、ブラックアウトした画面に背後に立っていた褐色の肌を持つ少女の姿が映り、同時にその褐色少女が声を掛けた。それに驚くこともなく座っていた少女は立ち上がる。

 

「デュエリストですから。未知の召喚方法や効果に興味を示すのは当然です」

「それが出来ずにバッシングするようなデュエリストはいくらでも居るわ。残念な事にLDS(ここ)にもね」

「相手の心を折るのも戦略の一つです。あまり好まれる方法ではないですが」

「当然だわ。デュエリストなら自分のカードの力で戦うべきよ」

 

そのデュエリストらしい答えに少女は内心で(あなたの仲間のしつこいバウンスも十分心折れそう)と考えるが、言葉にはしない。自分自身、他人の事を言えるようなデュエルではなかった。

 

「それで未知のペンデュラム召喚の対策は出来たの?」

 

黒髪の少女は首を振る。

 

「情報が少なすぎます。それにいくら対策を立てても実際にデュエルをしてみなければ分かりません」

「その通りね。まだ入って日が浅い割に、しっかりと理解してるじゃない」

「あなたが融合コースのマルコ先生に教わっているように、私も恩人から教わっていますから」

「恩人、ねえ……」

 

何故かくすんだ目をして「恩人」という言葉を繰り返す褐色少女。それに初めて黒髪の少女は表情を崩した。

 

「何か?」

 

若干不機嫌そうに眉を上げ、尋ねる。

 

「あなたが入って来た時から思ってたんだけど、どうして――」

 

褐色少女が言葉を紡ぐ途中で黒髪の少女のデュエルディスクの通話機能が着信を告げた。

 

「……失礼」

 

一言断り、少女はディスクを通話モードにし、耳に当てる。

 

「もしもし」

『あ、もしもし久守(くもり)っ。今何処に居るっ?』

「山部。LDSだけど、どうしたの」

『よしっ、実は俺達今学校終わってさ、今からじゃあの人に追いつけそうにないんだよ。だから悪いんだけど、ご機嫌取りにあの人の好きなケーキ買って待っててくれねえ?』

「山部」

『うん?』

「あの人が好きなのはただのケーキじゃない。スイートミルク・アップルベリーパイ~とろけるハニー添え~。間違えたら怒られる」

『ああ! じゃあとにかく頼んだ!』

 

最後の言葉は完全に聞き流され、通話は切られた。

 

「申し訳ない。話の途中だけどこれで失礼します」

「……一応聞いておくけど、これから何処に何をしに行くのよ」

「駅前のケーキ屋へ。スイートミルク・アップルベリーパイ~とろけるハニー添え~を買いに」

「はあ? そんなのそこの売店で良いじゃない」

「LDSの売店には普通のアップルパイかケーキしか売ってませんから。一応要望は出していますが、カードではないのですぐには反映されないと思います」

「……まさかパシリじゃないでしょうね」

「いいえ、使命です。それでは失礼します、光津さん」

 

一礼し、久守と呼ばれていた少女は去り、資料室には光津と呼ばれた少女、光津真澄だけが残る。

残された真澄は資料室の窓から外を覗く。するとすぐに今去ったばかりの少女がケーキ屋へと駆け

ていくのが見えた。それを見て真澄は溜め息を吐く。

 

「本当にどうして、あいつの取り巻きなんかやってるのかしら……」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

山部からの連絡を受け、慌ててケーキ屋に走りスイートミルク・アップルベリーパイ~とろけるハニー添え~を購入しました。

まったく、LDSにも早く置いてほしいものです。そうすれば急に食べたくなった時でもあの人を待たせることなく用意できるというのに。

それに山部達も何をやっているのか。私と違いあの人と同じクラスに居るという羨ましい状況にいながら、あの人を待たせるとは。

まあ山部たちを責めても仕方ありません。今はとにかく急いでLDSに戻らねば。私があの人を待たせるわけにはいきませんから。

けど、いずれ光津さんとがデュエルで決着をつけなければいけませんね。何を言いかけたのかは知りませんが、あの人を馬鹿にしたような態度は許せません。いくらあの人と同じエリートで、しかも融合コースに所属しているからといって見逃せない。私や他のデュエリストを見下すのは勝手ですが。とにかくあのDT三人組とはいずれデュエルを……

 

 

「ん、久守、今来たところか」

 

 

「沢渡さん!!」

 

LDSの入り口前で私を呼んだのは――イッヤホゥ! 沢渡さん! 今日初の生沢渡さんだ! あんな三人組なんてどうでもいい! 沢渡さん、今日もマジ格好良すぎっすよ!

 

「沢渡さん沢渡さん、来る途中で沢渡さんの好物のスイートミルク・アップルベリー~とろけるハニー添え~を買って来たので一緒に食べましょう!」

「ほぉ、気が利くじゃないか」

「いやそんな! これぐらい当たり前の事ですよ!」

わぁい! 沢渡さんに褒められた!

「そういや知ってるか?」

 

LDSの門を潜り、通路の真ん中を歩く沢渡さんに並びながら沢渡さんとの会話に花を咲かせる。

 

「何をですか?」

「あのペンデュラム召喚、それを使ったのが俺達と同じ学校の、同じ学年の奴だって」

「そうなんですか!」

知らなかった! あの榊遊勝の息子って事は簡単に分かったけど、まさか同じ学校だったとは。流石沢渡さん、情報が速い!

「俺もテレビで見てたけど、すげーよな、ペンデュラム召喚」

 

おおっ、融合もシンクロもエクシーズも興味ないって言ってた沢渡さんが興味を! これはレアですよ!

 

「やっぱりああいう特別な召喚は沢渡さんみたいな特別なデュエリストが使えばもっとすごくなりますよ!」

「はっはっは! やっぱりぃ? だよなあ、俺もそう思ってる」

 

流石沢渡さん! 私が進言するまでもなく気付いてるぅ!

 

「だから俺、良い事を思いついてさ――そういや今日はあいつらはまだ来てないのか?」

「山部たちは遅れるそうです。それより沢渡さん、良い事って?」

「そう慌てるなよ。あいつらが来たら一緒に説明してやる」

くぅ~! 沢渡さんの焦らし上手ぅ!

「ならケーキを食べながら待ちましょう! その頃にはきっと山部たちも来るはずです!」

「ああ」

 

沢渡さんの言う良い事もすっごい気になりますが、山部たちが来るまでは沢渡さん独り占め! やったー!

もし山部たちが食べ終わっても来なかったらどうしよう、沢渡さんのカードたちを磨かせてもらおうか、それとも沢渡さんの肩を揉ませてもらおうか! あーもう今日は山部たちは来なくてもいい!

内心で狂喜しながら私たちはロビーへと到着した。空いてる席を瞬時に確保し、沢渡さんを迎える。

 

「さあ沢渡さん、どーぞ!」

「おう」

 

ソファにふんぞり返るように座る沢渡さん。それに見とれながらも私はテキパキと包装を解き、ケーキを沢渡さんに差し出す。

 

「じゃあ私は食後の紅茶を用意しますね!」

 

常に持ち歩いて、今日最初にLDSに来た時にロッカー室に預けておいたティーセットを取りに走ろうとする私を沢渡さんが止めた。

 

「待て」

「はい、待ちます!」

「茶なら後でいい。溶ける前にお前も食え」

「はい、いただきます!」

 

流石沢渡さん! 優しすぎっすよ!

 

「んぅー! やっぱり最高っ」

「沢渡さんの好物、マジ美味しすぎっすね!」

「だろ? いやーやっぱり俺ってば違いが分かる男なんだよね」

 

正直私には少し甘すぎですが、沢渡さん、マジ甘党っすね!

 

「ちょっと」

 

「あん?」

「はい?」

 

私と沢渡さんのおやつの時間を邪魔するのは一体誰ですか!

 

「誰かと思えば光津真澄か」

 

ま た お 前 か。

すっかり忘れていい気分になっていたのに、つくづく邪魔してくれる……。

 

「沢渡、あんた女の子をパシリに使って男として恥ずかしくないの?」

「はあ? 俺がいつこいつをパシリに使ったって?」

「さっきあんたの取り巻きから電話があって、その子が急いでそのケーキを買いに行ったのよ」

「何だと?」

「他の奴らならどうでもいいけど、その子があんたみたいなのに使われてるのは見てられないのよ」

「……おい、そうなのか」

 

光津さんの言葉に沢渡さんは不機嫌そうに私を見る。あ、うぅ……。

 

「確かに山部からの電話で買いに行きました。でもそれは私が勝手にやったことです。沢渡さんが気にすることなんてないですよ!」

「ふん、だとさ?」

「あんたねえ……!」

「そもそも私と沢渡さんは男と女である前にデュエリスト。男女云々というのはお門違いです、光津さん」

デュエリストは男女平等。それは常識だ。勿論私はデュエリストでなくとも沢渡さんについていきますけどね!

「くっ……あなたはそれでいいのっ? 沢渡なんかに顎で使われて、あなたならもっと上にだって行けるはずよ」

「興味ないです。それにそれは沢渡さんも同じ、もし沢渡さんがコースを変えるなら、私もそれについていくだけです」

 

それに融合やエクシーズ一つに絞るのは馬鹿らしい。私のデッキじゃ光津さんのジェムナイト程、一つに絞ってたらエクストラが厚くならないですから。

 

「それでも尚文句があるのなら、デュエリストらしく」

「デュエルで決めよう、ってことね。……いいわ、あなたのような原石が磨かれずにくすんだままなのは見てられないもの」

「私は沢渡さんの道に転がる石ころで十分です」

 

勿論沢渡さんが輝けといったらもうビカビカ光りますけどね!

 

「話はまとまったか?」

「はい。すいません沢渡さん、少し外します」

「あまり俺を待たせるなよ」

「はい。ケーキを食べながら待っててください!」

「ちょ、ちょっと! あんたはこの子のデュエル見ないの!?」

「生憎興味ないんでね」

「私のデュエルなんて、沢渡さんが見るほどのものじゃないですから」

……本当は見てもらいたいけど、そんな我が儘沢渡さんに言えないっすよ!

「今からアクションデュエル用のコートを取るのも時間が勿体ない、スタンディングで構いませんね」

「……そう、いいわ。相手にする気もなかったけど、あなたを倒したら今度は沢渡、あんたを叩きのめしてあげるわ」

 

沢渡さんの手を煩わせるまでもない。私が決める。

沢渡さんに一礼し、デュエル場へと歩を進める。

光津ますみ、総合コース以外の人とデュエルをするのは初めてだけど、戦法は聞いている。エリートである融合コースに所属するジェムナイトデッキ……融合には融合で決めてあげましょう。

 

 

 

「さあ、始めましょう、久守詠歌(くもりえいか)!」

「沢渡さんを馬鹿にした罪は重い……懺悔の用意は出来ていますか」

 

デュエル場で向かい合い、互いにデュエルディスクを構える。アクション用のコートと違い、スタンディング用の此処は複数人がそれぞれデュエル出来る。けれど私たちの気迫に押されたのか、使っていた他の塾生たちがそそくさとギャラリーに回っていく。沢渡さんほど魅せるデュエルは得意ではありませんが、宝石使いに魅せてあげましょう、路傍の石ころであっても、沢渡さんの輝きを受ければこれぐらいには輝けるという事を!

 

 

MASUMI VS EIKA

LP:4000

 

「デュエル!」「デュエル!」

 

「先行は私よ! 私は手札から魔法カード、ジェムナイト・フュージョンを発動!」

 

初手からキーカードが手札にあるとは……沢渡さんほどじゃないですが、カードに選ばれてますね。

 

「私は手札のジェムナイト・ルマリンとジェムナイト・エメラルを融合!」

 

光津さんは二枚のカードを融合素材にし、手札から融合召喚を行う。……ダイガスタじゃないエメメメさんを見るとは思いませんでした。

 

「雷帯びし秘石よ、幸運を呼ぶ緑の輝きよ! 光渦巻きて新たな輝きと共に一つとならん!」

オブシディアやラズリーでなかったのは幸運ですかね。それともあえてルマリンを使ったのか。

「融合召喚! 現れよ、勝利の探究者 ジェムナイト・パーズ!」

 

ジェムナイト・パーズ

レベル6

攻撃力 1800

 

「その様子だと融合自体は理解しているみたいね」

「昔は良く相手にしてましたから」

 

ヒーローは恐ろしい……。

 

「ふん、私をそこらの融合使いと一緒にしないことね! 私はカードを一枚セットし、ターンエンドよ!」

 

墓地のジェムナイトを除外すればジェムナイト・フュージョンを効果で回収出来る。それをしないのはプレイングミス……? いやそんなロマンチストじゃいけない。

 

「私のターン、ドローします」

「さあどうするの? 私のフィールドのジェムナイト・パーズの攻撃力は1800、決して高い数値じゃないわよ」

 

誘ってる。……それに乗るのもいいですが、今日の私は少し機嫌が悪いんです。

 

「私は手札からフィールド魔法、マドルチェ・シャトーを発動」

「フィールド魔法? 随分珍しいものを使うのね」

「アクションデュエルでない以上、フィールド魔法も立派な戦術です」

ソリッドビジョンによってフィールド魔法が再現され、周囲がお菓子の国へと変わる。

「このカードはフィールド上のマドルチェたちの攻撃力、守備力を500ポイントアップさせます。そしてこのカードが発動した時、墓地のマドルチェと名の付くモンスターをデッキに戻すことが出来ます、が私の墓地はカードが存在しないのでこの効果は無意味です」

むしろ強制効果なのでデメリットとも取れますし。

「手札からマドルチェ・エンジェリーを召喚」

 

マドルチェ・エンジェリー

レベル4

攻撃力 1000→1500

 

お菓子の国に現れたのは小さな天使。小さなスプーンを持った可愛らしい魔導人形がお菓子の国に降り立つ。

 

「可愛らしいカードを使うのね。正直意外だわ」

「いいえ、私には似合いですよ。人形なんて揶揄される私には。……可愛すぎる自覚はありますが」

 

似合わないってゆーな! 好きなカードを使って何が悪い!

 

「さらにマドルチェ・エンジェリーの効果発動。このカードをリリースし、デッキからマドルチェと名の付くモンスターを特殊召喚します。私はマドルチェ・ホーットケーキを特殊召喚」

「……馬鹿ね、確かにあの天使にはお似合いのフィールドだったけど、効果を発動した後にフィールド魔法を使っていればエンジェリーをデッキに戻すことが出来たわ」

 

……私の事を評価してくれているようだったのに、これをプレイングミスと考えるのはやっぱり私たちを見下している証拠じゃないですか。

 

「さらにホーットケーキの効果を発動、一ターンに一度、墓地のモンスターを除外し、このモンスター以外のマドルチェと名の付くモンスターをデッキから特殊召喚します。来て、マドルチェ・メッセンジェラート」

ホーットケーキの鳴き声に呼ばれ、デッキからお菓子の国の郵便屋が届け物に現れる。

 

マドルチェ・ホーットケーキ

レベル3

攻撃力 1500→2000

 

マドルチェ・メッセンジェラート

レベル4

攻撃力 1600→2100

 

「メッセンジェラートの効果発動、特殊召喚された時、フィールドにマドルチェと名の付く獣族モンスターが居た時、デッキからマドルチェと名の付く魔法・罠カードを手札に加える」

 

メッセンジェラートがカバンから手紙を取り出し、私に差し出す。

 

「私が手札に加えるのはマドルチェ・チケット。そして発動」

 

この効果を使うつもりはないですが、念には念を。彼女に負けるわけにはいきませんから。

 

「大した展開力ね。けどそれだけじゃまだ私のライフを0には出来ない」

「まだ終わりじゃありません。それと光津さん、いくつか言っておきます」

「えっ?」

「まず一つ、沢渡さんは「なんか」じゃありません。次に沢渡さんは私や山部たちを見下してる点もあります。けどそれを理解して、当然のことだという自負がある。……あなたのように無意識でやっているわけではありません」

 

どちらが客観的に見てマシなのか、は人それぞれでしょうが。

 

「そしてあなたのように融合が使えるというだけでは、沢渡さんのような自負は程遠い。そして最後に、この子たちは確かに私には不似合いかもしれません。だから私に似合いの子を紹介してあげます」

 

この子たちも私の大事な仲間のお人形さんですから。

 

「私は手札から速攻魔法、神の写し身との接触(エルシャドール・フュージョン)を発動」

「フュージョンですって……!?」

「あなたが一体私のどのような点を評価してくれたのかは知りません。特に評価されるようなデュエルを此処でした覚えはありませんから」

 

少しばかり意地の悪い言葉と光津さんのプレイングをそのまま繰り返すような融合、私ってば性格悪すぎぃ!

 

「私は手札のシャドール・ドラゴンとシャドール・ファルコンを融合――糸に縛られし隼と竜よ、一つとなりて神の写し身となれ――融合召喚。来て、探し求める者、エルシャドール・ミドラーシュ」

「融合召喚……あなた、融合まで使えたの……!?」

 

 

エルシャドール・ミドラーシュ

レベル5

攻撃力 2200

 

「ミドラーシュがフィールドに居る間、お互いのプレイヤーは特殊召喚を一ターンに一度しか行えなくなる。そしてこのモンスターは相手の効果では破壊されない」

「特殊召喚を封じるモンスター……刃や北斗なら致命的ね」

 

お仲間のシンクロ使いさんとエクシーズ使いさんですか。確かにこの効果は彼らには致命的だ、手札で行える融合とは違い、シンクロもエクシーズも場にモンスターを二体以上そろえる必要がある。けれど通常召喚と特殊召喚によって一ターンで素材となるモンスターを揃えても、特殊召喚扱いとなるシンクロ、エクシーズは召喚できない。次の自分のターンまでモンスターを守るか……相手のターンで特殊召喚を行うしかない。強力な効果だが、しかしこれでも恐らくペンデュラム召喚は止められない。彼の言葉を信じるならばあの召喚は複数のモンスターを同時に召喚している。よって召喚のカウントも一度のはずだから。

 

「融合素材として墓地に送られたシャドールたちの効果発動。シャドール・ファルコンは効果によって墓地に送られた時、裏側守備表示で特殊召喚される」

「さらにモンスターを……」

「そしてシャドール・ドラゴンは効果によって墓地に送られた時、フィールド上の魔法・罠を一枚破壊する。私はあなたの場の伏せカードを破壊」

「っ、私は罠カード、廃石融合(タブレット・フュージョン)を発動! 墓地のジェムナイト・ルマリンとエメラルを除外する事で融合召喚を行う! 雷を帯びし秘石よ、幸運を呼ぶ緑の輝きよ、光渦巻きて新たな輝きと共に一つとならん! 融合召喚! 現れよ、幻惑の輝き、ジェムナイト・ジルコニア!」

 

ジェムナイト・ジルコニア

レベル8

攻撃力2900

 

「私のターンでの融合召喚。流石に融合では私よりも上を行きますね。けれど廃石融合で召喚したモンスターはエンドフェイズ時に破壊される――バトルフェイズ、私はエルシャドール・ミドラーシュでジェムナイト・パーズを攻撃」

 

「くっ……!」

 

MASUMI LP 3600

 

ジェムナイト・パーズが破壊され、光津さんのライフが削られる。

 

「攻撃力2900のジルコニアは私のモンスターたちでは破壊できません。ターンエンドです」

「ターン終了時、ジェムナイト・ジルコニアは破壊されるわ」

 

正直今のターンで決めたかったです。沢渡さんを待たせてますし、何より手札が満足してる、じゃなくて手札が0で伏せカードがありませんし。

 

「私のターン、ドロー! ……正直、あなたが此処までやるとは思ってなかったわ。あなたの言う通り、無意識であなたを見下していた」

「別に私を見下すのは構いませんよ」

「そう、でももう二度と、あなたを見縊らないわ! 私は墓地のジェムナイト・ジルコニアを除外することで墓地のジェムナイト・フュージョンを手札に戻す!」

これで光津さんの手札は3枚、1枚がジェムナイト・フュージョン……手札に回収した以上、残りの手札は――

「私はジェムナイト・フュージョンを発動! 手札のジェムナイト・ルマリンとジェムナイト・ラズリーを融合! 現れよ、ジェムナイト・プリズムオーラ!」

 

ジェムナイト・プリズムオーラ

レベル7

攻撃力 2450

 

二枚目のルマリンを引いたらしい。何と言う強運。

 

「ジェムナイト・ラズリーの効果発動! このカードが墓地に送られた時、墓地から通常モンスター1体を手札に加える。私はジェムナイト・ルマリンを手札に! そしてプリズムオーラの効果を発動! ルマリンを墓地に送り、表側表示になっているカード1枚を破壊する! 私が破壊するのはフィールド魔法、マドルチェ・シャトー!」

 

プリズムオーラの効果によりマドルチェ・シャトーが破壊され、フィールドが元のデュエル場へと戻る。

 

「バトルよ! ジェムナイト・プリズムオーラでエルシャドール・ミドラーシュを攻撃!」

「……」

EIKA LP 3750

 

ミドラーシュが破壊され、特殊召喚封じが解かれる。光津さんの手札が0である以上、このターンこれ以上の追撃はない。……けれど彼女の事だ、次のターンで何かしらのキーカードを引くに違いない。

 

「ターンエンドよ!」

 

そう彼女の自信に満ちた顔が告げている。

 

「……私のターン、ドロー」

 

けれど、ミドラーシュを破壊したのは間違いだ。シンクロやエクシーズ使いなら大打撃だが、融合使いならばその二つと比べればまだ影響は少ない。マドルチェ・シャトーを破壊したことで攻撃力の戻った二体なら大丈夫と踏んだのだろうけれど。

……ドローしたカードは罠カード、マドルチェ・ハッピーフェスタ。強力なカードだけれど、手札が一枚しかない今は使えないカードだ。本当に私はここぞという時のドロー力がない。

だからドローには頼らない。

 

「私はホーットケーキの効果発動。墓地のミドラーシュを除外し、デッキから二枚目のマドルチェ・エンジェリーを特殊召喚。さらにエンジェリーをリリースし、デッキからマドルチェ・マジョレーヌを特殊召喚」

 

ミドラーシュが残っていればこれだけの展開は出来なかった。次の自分のターンの為とはいえ、やはりミスでしたね。

 

マドルチェ・マジョレーヌ

レベル4

攻撃力 1400

 

「けれどマドルチェ・シャトーが破壊されている以上、攻撃力は上がらない! どうやっても私のプリズムオーラを破壊する事は出来ないわ!」

「そうですね」

 

そもそもマドルチェ・シャトーがあろうとなかろうと、私のデッキではプリズムオーラの戦闘破壊はほぼ不可能。打点が低い、私と同じ非力なデッキですから。

だから破壊はしない。

 

「……っ! まさか!」

「融合に気を取られていましたからね。気付かないのも無理がありません。あなたは融合に誇りと愛着を持っていますから……私はレベル4のマドルチェ・メッセンジェラートとマジョレーヌでオーバーレイ。二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築――人形たちを総べるお菓子の女王、お伽の国をこの場に築け……エクシーズ召喚、来て、ランク4、クイーンマドルチェ・ティアラミス……!」

「これが、あなたの本当のエース……!」

 

少し可愛すぎますけどね。

それに融合で決めると(内心で)誓っておきながら、結局この子に頼ることになってしまった。

 

クイーンマドルチェ・ティアラミス

ランク4

攻撃力 2200

 

「ティアラミスの効果発動、一ターンに一度、オーバーレイユニットを一つ使い、墓地のマドルチェと名の付くモンスターを2体までデッキに戻し、その枚数分フィールドのカードを持ち主のデッキに戻す。私はマドルチェ・エンジェリーをデッキに戻し、あなたのフィールドのジェムナイト・プリズムオーラをエクストラデッキに戻す。女王の号令(クイーンズ・コール)

「プリズムオーラが!」

「バトルです。私はマドルチェ・ホーットケーキで直接攻撃」

「きゃあ!」

 

MASUMI LP 2100

 

「さらにクイーンマドルチェ・ティアラミスで直接攻撃。ドールズ・マジック……!」

「くっ、きゃあああああああ!」

 

MASUMI LP 0

 

WIN EIKA

 

「ありがとうございました。それでは」

 

勝負か着くと私は一言だけ声を掛け、すぐにその場を去ろうとする。沢渡さんが待ってるから!

 

「ちょ、ちょっと! 待ちなさいよ!」

「すいません、話はまた今度。沢渡さんは集団の中で一人だと寂しがるので」

 

ケーキを食べてる間は気にしないだろうけど、食べ終わったらきっと気にする。

光津さんには申し訳ないけど、これで失礼します!

制止の声を振り切り、急いでデュエル場を飛び出してロビーに向かう。

しかしデュエル場を出た途端、誰かとぶつかってしまう。くっ、急いでるのに!

 

「あん? なに、もう終わっちゃったの? わざわざこの俺が見に来てやったっていうのに」

 

「さ、沢渡さん!」

「それで結果は? まあ聞くまでもないだろうけど」

「勝ちました!」

「あ、そ。ならさっさと行くぞ」

「はい、沢渡さん!」

 

やっぱり一人になったせいで少し機嫌が悪くなってしまった沢渡さんと一緒にデュエル場を跡にする。

 

「食べかけのケーキ、悪くなる前に食っちまえよ」

「はい、沢渡さん! 良かったら半分どうですかっ?」

「どうしてもって言うならもらってやる」

「どうしてもお願いですっ!」

「しょうがねえなあ」

「流石沢渡さん!」

 

 

 

 

「…………本当、どうしてあいつの取り巻きなんてやってるのかしら」

 

そしてデュエル場に残された光津真澄がくすんだ目で呟いた。




主人公のデッキはシャドルチェ。多分シャドール特化にした方が強い、ミドラーシュとの相性があまり良くないし。展開し終わった後ならどうにでもなりますが。

沢渡さん、次はクリフォ使ってもいいのよ?

感想にてご指摘いただきました。
最後のターン、ティアラミスの効果で墓地のマドルチェを戻した際、本来ならばマドルチェ・チケットの効果でデッキからマドルチェ・モンスターを手札に加えなければなりませんが、アニメ的演出としてカットさせていただいています。
今後もこういった演出があると思いますが、アニメ的演出とお考えください。


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沢渡さん、マジ輝きすぎっすよ!

感想が思ったよりもたくさん来て驚き。沢渡さん読者に愛されすぎぃ!


「……」

 

黒髪の少女は教室の一番端、窓際にある自分の席に座りながら、窓の外から何処か遠くを見ていた。6限目、教師の急用によって出来た自習時間によって喧騒に包まれている教室の中で少女の周囲だけは何処か別の世界であるかのような不思議な静寂があった。その静寂の空間は徐々に広がり、男子生徒の幾人かは少女の憂い気な表情に視線が吸い込まれていく。

それを気にすることもなく、少女は何処かを見つめる。少女が何を考えているのか、男子生徒たちはその難題に挑み、女子生徒たちも同性でありながら自分たちにはない神秘的な雰囲気を妬むでもなく、ただ羨むように彼女から距離を空けていた。

少女は昨年、3学期の終了間近という奇妙な時期に転校してきた。一年時のクラスメイトたちも彼女の事はほとんど知らず、今年になって彼女と同じクラスになった生徒たちも彼女の持つ物静かな雰囲気を崩す事を恐れ、今日に至るまで会話らしい会話をしたことがない者がほとんどだ。決して人当たりが悪いわけではない。言葉を送れば返り、何かに挫いた時は手を差し出してもくれる。ただそれでも彼女には何か他の生徒たちにはない壁がある、そう生徒たちは感じていた。

高嶺の花、そう表するのが一番近いだろうか。それとも枯れ木たちの中にただ一輪咲いた花だろうか、遠くから眺めるだけで摘み取る事は疎か、触れる事すら躊躇ってしまうような奇跡のような生花。

 

「久守さん」

「……はい」

 

そんな花に一人の男子生徒が近づいた。さわやかな雰囲気を持つ、優しげな少年だ。クラスにも何人か思いを寄せる生徒も居る、クラスの人気者と言える生徒だった。少女に気があるのか、それとも孤立しているように見える彼女への気遣いからか、男子生徒は少女に声を掛けた。

 

「何を見てたのかな?」

 

呼びかけに応え、少女は視線を席の前に立つ男子生徒に向けていた。同じ位置に立っても男子生徒からは窓の外には空と校庭、そこで体育の授業でサッカーを行う、あれは一組だろうか? の生徒たちしか見えなかった。少女はこの有り触れた風景から一体何を見出し、見つめていたのか。それが気になり、男子生徒は少女に尋ねた。

 

「……太陽を、作り物ではない本物の眩い輝きを見ていました」

「――」

 

問い掛けに、僅かにはにかむように口元を上げながら少女は答えた。その姿に男子生徒は思わず言葉を失い、一瞬の沈黙が流れた。

 

「――そう、なんだ……邪魔してごめんね?」

「……いえ。こちらこそ気を遣わせてしまったようですいません」

 

会話はそこで打ち切られた。申し訳なさそうに言う少女に男子生徒は自分が何かとても悪いことをしたように思えて逃げるように少女から離れ、クラスの喧騒へと戻って行った。

また少女の周囲に静寂が戻る。そして終業の鐘がなるまで少女は静かに外を見つめていた。もう、誰も声を掛ける事は出来なかった。

 

 

 

 

 

やっべ、沢渡さんマジやっべ! 一人で三人抜いてゴール決めるとかマジ半端じゃないっす! しかも転びながらのヘディングなんて狙って出来るものじゃないですよ! 怪我がなくて良かったです!

でもデュエルも出来てダーツも出来てサッカーまで上手いとか本当選ばれ過ぎですよ!

あまりにも沢渡さんに夢中になり過ぎて途中誰かが話掛けて来た気もするけど何て訊かれたのかも何と答えたのかも覚えてない! けど別に良いですよね! 沢渡さんを見つめ続けるこの至福の時間と比べたら塵芥も同然ですし! 体育は種目によっては男女別ですから、沢渡さんのサッカーをプレイする姿を見れるのは別クラスで窓際の席に居る私の特権ですね!

しかもこれで授業も終わり、後はLDSに直行して沢渡さんをお待ちするだけ! いやもう最高のスケジュールですね! これで沢渡さんの荷物を持ちながら一緒に行けたら最高なんですが、これ以上の幸福を望んだら罰が当たりますもんね! ああ、そうだ! 運動した後はやっぱり甘い物ですよね! 今日はやっぱりレアチーズムースタルト~クランベリーを添えて~ですかね! どうせ山部や柿本、大伴はそんな気回らないでしょうし! 良し、そうと決まったらダッシュするしかない! こういう時此処のノースリーブの制服は走りやすくて最高です! それにスイーツに合う茶葉も用意しなくちゃいけないですし、もう最高に充実した一日になってますね!

 

 

 

 

 

LDS。最大手のデュエル塾である此処には大勢の塾生、デュエリストたちが集う。無論、少女、久守詠歌もその一人だ。総合コースに所属しながらも複数の特殊な召喚方法を操る少女。だがしかしLDS内での少女の評判は決して高いものではない。在籍してまだ日が浅く、デュエルのデータがまだ少ない事が理由の一つだ。

現に昨日行われた光津真澄とのデュエルでも彼女は詠歌が融合召喚を扱える事を知らなかった。噂としてエクシーズ使いであるという事だけは知っていたが。だが明らかになった融合召喚も公式戦でない以上、公のデータには残らない。彼女の評価は変わらない、総合コースに所属したばかりの生徒であるというだけ。公式的なデータが揃うのはまだ先になるだろう。

そして何より彼女の評価が低い位置で停滞している理由は、同じく総合コースに所属している沢渡シンゴのグループに所属しているという事だ。もっとも彼自身、その性格と態度故に実力よりも低く他人から評価されている部分はあるが。良くも悪くも沢渡シンゴというデュエリストは目立つ。その影に隠れ、目立つことがないというのが最も大きいだろう。

しかし光津真澄を初めとし、一部の塾生たちは知っている。彼女がペンデュラム召喚の対策を練り続け、これから先のデュエルに対応していこうとしているのを。彼女はそう遠くない未来、真に実力が評価される時が来るということを。

そしてそんな塾生たちは皆、口を揃えて言うのだ。

 

「何で沢渡の取り巻きなんかに……」

 

と。

 

 

 

 

 

「あっ、沢渡さん、お疲れ様です!」

「よう、久守」

 

流石沢渡さん、いいタイミングです! そろそろ来る頃だと思って蒸していた紅茶が出来上がった所ですよ!

 

「沢渡さん! 喉は渇いていませんか! 後お腹空いてたりはしませんか!?」

 

駅前のレアチーズムースタルト~クランベリーを添えて~の用意も出来てますよ!

 

「いや、来る前に食べて来たからな」

「そうですか! 6限は体育でしたもんね!」

 

くぅー! 沢渡さんの行動が読めなかった! 差し入れするなら学校終わった直後がベストでし

た! 待ってるだけじゃ駄目ですね、やっぱり!

 

「ああ、まっ、俺はデュエルも授業もクールに決めてやったがな」

「流石沢渡さん!」

 

買って来たスイーツは後で山部たちにくれてあげるとしましょう。え、紅茶? 魔法瓶に入れて持ち帰りますよ!

 

「なあ今久守が背中に隠したのって沢渡さんが好きな駅前のケーキ屋の袋じゃねえか?」

「わざわざ買いに行ったのか、久守の奴……」

「沢渡さん絶対気付いてないよな……どうする?」

 

おい余計な事言うなよそこの三人!

何やら沢渡さんの背後の山部たちが無駄に察したようなので視線で釘を刺しておく。

もし沢渡さんが気付いて、万が一無理に食べてお腹壊したりしたらどうするんですか!

 

「それで今日はどうしますか! 総合コースの講義がいくつか入ってますけど……」

 

設置されたモニターに表示されている各コースのスケジュールと講師名を指さして沢渡さんに確認する。

 

「デュエルモンスター学に儀式召喚学、ダメージ計算論……どれも興味ないね」

「だったらいつもの場所ですか?」

 

テラバイト倉庫……ではなく海側にある倉庫で良く沢渡さんは放課後を過ごしてますもんね! 私も何度もご同伴させてもらってます! 今日もそのパターンかな? ひゃっほう! また沢渡さんのダーツが見れますね!

 

「ああ。やっぱり俺ほどのデュエリストになると教えられるより自分で気付くことの方が多いっていうか、自習の方が身に入るのかな?」

「さっすが沢渡さんですね!」

 

「ならなんでこの人LDSに入ったんだ……?」

「いやでも実際テストの成績は悪くないし……その分性質が悪いとも言えるが」

「実技もやっぱすげーしな……だから余計に調子に乗っちゃうんだけど」

 

「そこ、何か言った!?」「おい、何か言ったか!?」

 

「「「ひぃ!」」」

 

相変わらず余計なお喋りをする三人組に視線で釘を刺すだけでは済まずに、つい言葉にしてしまう。そしてそれが沢渡さんとかぶった! 以心伝心ですね! ……って当たり前でしょうが! 沢渡さんを馬鹿にされて私と沢渡さん自身が黙ってるわけないでしょう!

 

「まあいい、さっさと行くぞっ」

「へへへっ、うぃっす」

「ん、ああ、でも久守はやめといた方がいいっすね」

 

「……は?」

 

踵を返した沢渡さんに私を含めて四人でついていこうとした矢先、大伴がそんな事をのたまった。それに思わず自分でも恐ろしいくらい低い声が出る。

 

「私だけやめておいた方が良いってどういうことですか」

「いやだってお前、まだ必修の科目も終わってないだろ。早いとこ終わらせといた方がいいぞ?」

 

……LDSは決して多くはないが各コースに必修とされている講義がいくつかある。それらを受けなければコースの変更どころか、同じコースでもいつまで経っても次の段階に進めないのだ。例を挙げるなら融合コースで基礎の講義とデュエルフィールドでの融合実技を修了しなければ融合魔法の亜種についての講義や手札融合の実技を受ける事が出来ない。そうして同コースでもどんどんと差がついていき、落ちこぼれとなってしまえば最悪の場合、強制的に塾を辞めさせられることもあるという……。逆に必修さえ全て終わらせてしまえばLDS内の設備を使い、自己研鑽に励めるんですが……。

そうか、さっさとそれを終わらせないと沢渡さんと過ごす時間もなくなってしまう! くそぅ、何で私はもっと早くLDSに入らなかったんですか!

 

「そうか、なら久守、しっかりと受けろ。お前ならLDSの講義でも学べることはあるはずだからな」

「……はい、沢渡さん」

 

……くっ、沢渡さんにまでそんなことを言われてしまったら、素直に頷くしかないじゃないですか……!

 

「それじゃあな」

「……はい、気を付けて、沢渡さん」

 

今度こそ颯爽と踵を返し、出口へと向かっていく沢渡さんを静かに見送る他、私に選択肢はなかった。

 

「……おい、何かすげえ目で俺たちを見てるぞ」

「呪われそうな目だな……」

「いや今にも襲い掛かってきそうな……」

 

「……山部、大伴、柿本」

「な、なんだよ?」

「……これ、あげる」

「お、おう、サンキュー……」

「受け取ったならさっさと沢渡さんを追いかける!」

 

ケーキ屋の袋を柿本に手渡し、すぐに沢渡さんを追いかけるように言うとまるでクモの子を散らすように三人は慌てて走りだした。まったくもう、沢渡さんを一人にして何かあったらどうするんですか!

………………はあ、帰りたい。いやむしろ追いかけたい……。

 

まずはデュエルスフィンクス、じゃなくてデュエルタクティクス基礎か……はぁ。

 

 

 

 

「ありがとうございました。良いデュエルでした」

 

テンションダダ下がりの中、全コース共通の基礎科目を終え、後は実技。今日のノルマは3戦、今2戦目まで終了したから残る1戦でお終い。……その後じゃ、沢渡さんも帰っちゃうだろうなあ。

対戦相手に一礼し、次の対戦相手を探しデュエル場を見渡す。相手も塾側で決めてくれればいいのに……。

さて誰かデュエルが終わった人はいないかな……。

 

「やあ、久守」

 

そんな私の背後から声が掛かる。振り向くとそこに立っていたのは……

 

「……エクシーズコースの志島さん、でしたか」

「おや、知ってたのか」

「新設されたエクシーズコースに移動してから勝率を一気に伸ばしている方が居るとだけ」

 

後、バウンスを使う人がエクシーズ程ではないですが珍しいので。それに昨日デュエルした光津さんと仲がいいエクシーズコースの志島さん(バウンス)とシンクロコースの刀堂さん(ハンデス)は名前と使うデッキ程度なら知っています。

 

「ふふ、噂は早いね。確かに僕はエクシーズ召喚をマスターしてから34連勝中でね」

「……はあ。それで35連勝目の相手に私を?」

「察しが良くて助かるよ。真澄を負かした君を倒せば、僕はもっと上に行ける。何より君もエクシーズを使うんだろう? それに融合召喚も」

「ええ、まあ」

「二つも特殊な召喚方法が使えて何故総合コースに居るのかは分からないが、エクシーズ召喚も融合召喚も、同時に扱って極められる物ではないと証明してあげよう」

 

……随分な自信ですね。連勝中で少し気が昂ぶっているのでしょうか。まあエクシーズ召喚が稀有な存在で、しかもLDSでも新設されたばかりのコースともなればそうなるのも仕方ないのかもしれませんが。……けど運がないですね。今の私は少し機嫌が悪いんです(1日ぶり2度目)。そして何より、その自信満々な態度にほんの僅かでも沢渡さんを重ねてしまった事が苛立たしい!

 

「そうですか。私もノルマの3戦まで後1戦です。私にとっても有難い申し出でした」

「……では僕とデュエルしてもらえるのかな?」

「ええ。こちらこそお願いします」

 

自身の35連勝目と私のノルマ3戦を同じように並べられたのが気に障ったのか、少し口元を引きつらせる志島さんに頭を下げる。ちなみにわざとですよ?

お互いに距離を取り、デュエルディスクを構える。またしても私たちの雰囲気のせいなのか塾生たちがぞろぞろとデュエル場を離れていく。

 

 

 

HOKUTO VS EIKA

LP:4000

 

 

 

「デュエル!」「デュエル!」

 

 

 

「先行は僕がいただく!」

 

昨日の光津さんは初手からキーカードを引き当てた。志島さんはどうなのか。

 

「僕はセイクリッド・グレディを召喚! そしてグレディの効果によりレベル4のセイクリッド・モンスターを一体、手札から召喚できる! 僕はセイクリッド・カウストを召喚!」

 

セイクリッド・グレディ

レベル4

攻撃力 1600

 

セイクリッド・カウスト

レベル4

攻撃力 1800

 

続け様に現れた二体の星の輝きを持つモンスター。

レベル4のモンスターが二体、来るぞ! ……と言いたいところですが、カウストの効果が残っている。

「セイクリッド・カウストの効果発動! 一ターンに二度、自分フィールドのモンスターのレベルを一つ上下させることが出来る! 僕はセイクリッド・グレディとカウストのレベルをそれぞれ1上げる!」

よって二体のモンスターのレベルは共に5。

「見せてあげよう、これが本当のエクシーズ召喚というものだ! 僕はレベル5となったグレディとカウストでオーバーレイ! 星々の光よ、今、大地を震わせ降臨せよ! エクシーズ召喚! ランク5、セイクリッド・プレアデス!」

 

セイクリッド・プレアデス

ランク5

攻撃力 2500

ORU2

 

志島さんのフィールドから二体のモンスターが光となって消え、新たに牡牛座を司るエクシーズモンスターが姿を現した。オーバーレイユニットがまるで星の輝きを思わせる、白騎士。

その効果はオーバーレイユニットを一つ使う事でフィールドのカードを手札に戻す、バウンス効果。姑息な手、なんて言いはしませんが。

けれど先行でいきなりバウンス効果を持つモンスター。しかも私のティアラミスと違うのはその効果が相手ターンでも発動できるという点。そして、一枚しか戻せないという点だ。

 

「このカードの効果はオーバーレイユニットを一つ使う事で相手フィールドのカードを一枚手札に戻す。君の使うエクシーズモンスターと融合モンスターの事は聞いている。どちらも強力な効果だが、プレアデスが居る限りすぐに退場してもらうことになる」

 

先行で出された以上、私のターンで召喚したモンスターは確実に手札に戻される。いや戻されるのはエクストラデッキか。私の使うデッキには決め手となるような最上級モンスターは入ってはいない。私のフィニッシャーとなるカードは全てエクストラデッキに入っているから。

けど、やりようはある。

 

「僕はカードを一枚セットし、ターンエンド」

「私のターン、ドローします」

 

その為のカードも揃っている。沢渡さんのようにカードに選ばれてるわけではないけれど。

 

「私は手札から永続魔法、マドルチェ・チケットを発動。このカードは一ターンに一度、自分フィールド上、墓地からマドルチェと名の付くモンスターが手札、デッキに戻った際にデッキからマドルチェと名の付くモンスターを手札に加えることが出来ます」

ただしエクストラデッキに戻った場合、効果は発動できない。

「……そして手札から速攻魔法、神の写し身との接触(エルシャドール・フュージョン)を発動。

 

手札のシャドール・リザードとシャドールヘッジホッグを融合」

光津さんのデュエルと同じように融合を発動させると志島さんは驚愕ではなくニヤついた笑みを浮かべた。

 

「どんなモンスターを召喚しようと、君のモンスターには退場してもらう!」

「融合召喚、エルシャドール・ミドラーシュ」

「無駄だよ! セイクリッド・プレアデスの効果発動! オーバーレイユニットを一つ使い、君のカードを一枚手札に戻す! 消え去れ木偶人形!」

「……ミドラーシュは手札ではなくエクストラデッキに戻ります」

 

ギチギチと音を鳴らしながら首をこちらに向けたミドラーシュが「え、これで出番終わり?」とでも言いたげな空虚な瞳で私を見る。これで私が先行だったらあなたで終わらせられたんだけど……。召喚後僅か数秒で退場したミドラーシュに心の中で謝罪する。

Q ねえ今どこ? A エクストラデッキん中。

 

「私は融合素材となったシャドールたちの効果発動。効果で墓地に送られた時、リザードはデッキからシャドールを墓地へ、ヘッジホッグはシャドールを手札に加える。私はデッキのシャドール・ビーストを墓地へ、シャドール・ファルコンを手札に。さらに墓地へ送られたビーストの効果により、カードを一枚ドローします」

「くっ……」

 

二枚から四枚へと増えた私の手札を見て、僅かに志島さんが動揺する。

 

「さらに私は手札から魔法カード、二重召喚(デュアル・サモン)を発動。このターン、私は通常召喚を二回行うことが出来ます」

 

手札は残り三枚。

 

「マドルチェ・ミィルフィーヤを召喚」

 

残り二枚。

 

マドルチェ・ミィルフィーヤ

レベル3

攻撃力 500

 

「ミィルフィーヤの効果発動、このカードの召喚に成功した時、手札からマドルチェと名の付くモンスターを一体、特殊召喚できる。私は手札からマドルチェ・マーマメイドを守備表示で特殊召喚」

 

一枚。

 

マドルチェ・マーマメイド

レベル4

守備力 2000

 

「そして二度目の通常召喚、私は手札に加えたシャドール・ファルコンを攻撃表示で召喚」

0。

 

シャドール・ファルコン

レベル2

攻撃力 600

 

手札0、フィールドに存在するのは3体の人形とマドルチェ・チケット。手札と違い、鳥に猫にメイドと随分賑やかなフィールドになっている。

 

「くっ、くくくくっ! いや大したものだ、融合召喚を無に帰されてもそこまでフィールドにモンスターを揃えたんだ。正直驚かせられたよ」

 

賑やかなのは志島さんも同じようですが。

 

「プレアデスの効果は一ターンに一度しか使えない……だが君の場のモンスターのレベルは全て違う! さらに手札も0! それじゃあ融合もエクシーズも行うことは出来ない! 二重召喚を引けても上級モンスターを引くことは出来なかったようだね。上級モンスターをアドバンス召喚出来ればまだ状況も違っていたかもしれないな!」

 

笑いながらベラベラと喋る志島さん。……これは私が悪いのでしょうか。ちゃんと手札に加える際に『この子』は公開したのですが。

 

「本当なら」

「……何?」

「本当なら使うつもりはなかったんですよ。まだしっかりとした対策が練れてるわけじゃないですし、何よりお伽の国には不似合いなカードだと思いましたから」

「君は何を言っているんだ?」

 

訝しげな表情の志島さんを無視し、私は言葉を続ける。

 

「確かにこの子たちは人形です。魔導人形と影人形……けど、決して木偶じゃない。たとえ魔導だろうと糸で操られる人形だろうと、人形にも心は宿る。人形を操る者に心は在る。ただの舞台装置(つくりもの)なんかじゃない」

 

……犠牲になったミドラーシュの怨嗟の声が聞こえそうなのは無視しておきましょう。

 

「失礼、デュエルを再開します」

「あ、ああ」

 

若干引いてる志島さん。いやこれぐらいの自分語りは皆するじゃないですか!

 

「君のモンスターを侮辱した事は謝ろう。……だが状況は変わらない! 君にはもう手札も、このターン打つ手もない!」

 

しかし気を取り直してデュエルを再開してくれる志島さんは根は良い人なんだろう。余計やりづらくなってしまいましたが。

 

「いいえ、手ならあります――私はレベル4のマドルチェ・マーマメイドにレベル2のチューナー・モンスター、シャドール・ファルコンをチューニング」

「な――何だと!?」

 

リバース・モンスターである下級シャドールを攻撃表示で出す機会はあまりないが、出す理由があるとするならそれは主にエクシーズ召喚する場合と、

 

「シンクロ召喚……レベル6、獣神ヴァルカン」

今回のようにシンクロ召喚を行う場合だ。

 

獣神ヴァルカン

レベル6

攻撃力 2000

 

「シンクロ召喚……まさか融合、エクシーズだけじゃなくシンクロまでも……! だが獣神ヴァルカンの攻撃力は2000、僕のプレアデスには届かない!」

「ヴァルカンの効果発動。このカードがシンクロ召喚に成功した時、互いのフィールドの表側表示のカードを一枚手札に戻す。私は自分フィールドのマドルチェ・ミィルフィーヤとあなたのプレアデスを選択」

 

二体の人形が光と輪に変わり、それが重なり合い新たなモンスターへと変わる。そうして現れた獣神ヴァルカンの効果はプレアデスと同じ、手札バウンス。ただし私自身のカードも戻さなければならず、戻したカードはそのターン使用することが出来ない。

ヴァルカンの咆哮によりプレアデスが志島さんのエクストラデッキに、オーバーレイユニットは墓地へ。そしてミィルフィーヤが私の手札へと戻る。プレアデスは寡黙に、それを受け入れるように光となって消えたが私のフィールドのミィルフィーヤは飛び上がり、眠たげだった目を見開きながら逃げるように光となって消えた。

……やっぱりヴァルカンは私のデッキには合わないかな、ペンデュラムカードがフィールドから離れた時除外される、なんて効果があれば対策になるけれど……やはり情報が少なすぎる。

 

「さらにミィルフィーヤが手札に戻った事により、マドルチェ・チケットの効果発動。私はデッキからマドルチェ・メッセンジェラートを手札に加えます」

 

これで次のターンの準備も整った。後出来ることはただ一つ。

 

「バトルフェイズ、私はヴァルカンで直接攻撃(ダイレクトアタック)

「くぅ……!」

 

HOKUT LP:2000

 

「ターンエンドです」

「……まさか34連勝中、一度も削られたことのない僕のライフを一気に半分まで削るとはね……僕のターン、ドロー!」

 

志島さんの手札は4枚。そこから何が出てくるか。

 

「手札から永続魔法、セイクリッドの星痕を発動! 一ターンに一度セイクリッドと名の付くエクシーズモンスターの召喚に成功した時、カードを一枚ドロー出来る!」

 

ドロー補助、エクシーズに特化したセイクリッドデッキなら確実に毎ターン1ドローを許すことになる。長引けば私が不利ですね。

 

「さらに僕はセイクリッド・シェアトを特殊召喚! このモンスターは自分フィールドにモンスターが存在せず、相手フィールドにのみモンスターが存在するとき、手札から特殊召喚することが出来る!」

 

セイクリッド・シェアト

レベル1

攻撃力 100

 

「そしてセイクリッド・シェアトをリリースし、セイクリッド・レスカをアドバンス召喚!」

 

セイクリッド・レスカ

レベル6

攻撃力 2200

 

「セイクリッド・レスカの効果発動! このモンスターの召喚に成功した時、手札からセイクリッド・モンスターを守備表示で特殊召喚出来る! 来い、セイクリッド・アンタレス!」

 

セイクリッド・アンタレス

レベル6

守備力 900

 

「アンタレスが召喚に成功した時、墓地からセイクリッド・モンスター一体を手札に加える。僕は墓地のセイクリッド・カウストを手札に!」

 

上級モンスターが二体、セイクリッド・レスカでも私のフィールドのヴァルカンの攻撃力を超えていますが、これで終わりじゃない。

 

「僕はレベル6のセイクリッド・レスカとセイクリッド・アンタレスでオーバーレイ! 眩き光もて 降り注げ――エクシーズ召喚! 現れろ、ランク6! セイクリッド・トレミスM7(メシエセブン)!」

 

セイクリッド・トレミスM7

ランク6

攻撃力 2700

ORU2

 

志島さんの言葉の通り眩い光と共に現れたのはセイクリッドの頂点とも言える、神星龍。頭部の翼が何処か鋏を広げる蠍を思わせる蠍座を司るセイクリッド。

 

「セイクリッドの星痕によりカードを一枚ドロー、さらにトレミスの効果発動ォ! オーバーレイユニットを一つ使い、フィールド、墓地のモンスターを一枚持ち主の手札に戻す! 僕は獣神ヴァルカンを選択! 次は君が戻る番だ!」

 

プレアデスを戻した仕返しとばかりにヴァルカンがトレミスによってエクストラデッキへと戻る。バウンス合戦になっていますね。

 

「僕はセイクリッドの星痕の効果でドローした速攻魔法、サイクロンを発動! マドルチェ・チケットを破壊する! これで君のフィールドはがら空き! いけトレミス! 直接攻撃だ!」

 

私の手札はメッセンジェラートとミィルフィーヤ。防ぐ手立てはない。

 

「……」

 

EIKA LP:1300

 

「僕はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ!」

 

私のフィールドはがら空き。ライフも半分以下、34連勝と言うのは伊達ではないようです。

 

「私のターン、ドロー」

 

…………バウンス使いを相手にして改めて分かった。確かにこれは敵に回したくない。そこにさらに特殊召喚メタまで組み込む私はさらに性格が悪いのだろうけど。

 

「私はマドルチェ・ミィルフィーヤを召喚。効果によりマドルチェ・メッセンジェラートを特殊召喚。そして特殊召喚時マドルチェと名の付く獣族モンスターが存在するとき、手札にマドルチェと

名の付く魔法、罠カードを手札に加える。私はマドルチェ・シャトーを手札に加え、発動します」

 

フィールドがお菓子の国へと変化する。しかし此処に存在するのは猫と郵便屋、それに星の輝きを持つ神星龍。不似合いすぎる。ならばそれに似合う相手を紹介してあげましょう。

 

「マドルチェ・シャトーの効果によりフィールドのマドルチェたちの攻撃力、守備力が500ポイントアップ。さらにマドルチェ・シャトーが発動した時、墓地のマドルチェと名の付くモンスターをデッキへ戻す。私はマドルチェ・マーマメイドをデッキへ」

 

マドルチェ・ミィルフィーヤ

レベル3

攻撃力 500 → 1000

 

マドルチェ・メッセンジェラート

レベル4

攻撃力 1600 → 2100

 

「そして私は手札から魔法カード、影依融合(シャドール・フュージョン)を発動」

 

これで私の手札は0。けどこれで決める。

 

「融合カード……! まさかマドルチェにも融合モンスターが……!?」

「いいえ、マドルチェたちには融合モンスターはいません。私のデッキに居る融合モンスターはシャドールだけです。このカードは相手フィールドにエクストラデッキから特殊召喚されたモンスターが存在する時、手札、フィールドに加えてデッキのモンスターを素材とし融合召喚出来る――私はデッキのシャドール・ビーストとエフェクト・ヴェーラーを融合……!」

「なっ――デッキから融合だと!?」

「人形を操る巨人よ、お伽の国に誘われた堕天使よ、新たな道を見出し、宿命を砕け……! 融合召喚、来て、エルシャドール・ネフィリム」

 

エルシャドール・ネフィリム

レベル8

攻撃力 2800

 

リアルソリッドビジョンシステムを使用していないスタンディングデュエル。だけど私は感じる、この子の鼓動を、この子の心を。

光と闇が混ざり合い、そこから新たな光となってネフィリムが堕ちて来る。

 

「ん、な……」

「ネフィリムの効果発動。特殊召喚に成功した時、デッキからシャドールと名の付くカードを墓地へ送る。私はシャドール・ドラゴンを墓地へ」

 

瞳を閉じながら降り立ったネフィリムはトレミスと比べるまでもないほどに巨大だった。私はもはやこの子の足首までの高さもない。デュエル場の天井ギリギリまでの大きさを持つネフィリムだけど、本来のネフィリムはさらに巨大だ。ソリッドビジョンシステム、特にアクションデュエル用のリアルソリッドビジョンシステムはモンスターに質量を持たせるが故にモンスターたちのサイズや挙動が制限される。デュエルディスクに内蔵されている通常のソリッドビジョンシステムも制限が緩いとはいえ同様だ。本来のサイズのネフィリムを召喚すればそれこそ怪獣映画の世界になってしまうから。

 

「ネフィリムの効果で送られたシャドール・ドラゴンと融合素材として墓地に送られたシャドール・ビーストの効果発動。カードを一枚ドロー、さらにフィールド上の魔法・罠カードを一枚破壊する。私はあなたのフィールドの伏せカードを一枚破壊」

 

破壊されたのは聖なるバリアーミラーフォースー。説明するまでもない、強力な罠カード。残るは最初のターンに伏せられたカードだけ。

 

「私は速攻魔法サイクロンを発動、残りの伏せカードを破壊。

 

カードに選ばれてる、という程でもない。志島さんがセイクリッドの星痕でドロー出来たのと同じ

だ。たまたま、運が良かっただけ。

シャドール・ビーストの効果でドローしたサイクロンによって破壊されたのはセイクリッド・テンペスト。

セイクリッド・エクシーズモンスターが二体以上存在するとき、エンドフェイズ時に相手のライフを半減させる永続魔法だったか。恐らく最初の私のターンでプレアデスをエクストラデッキに戻していなければ次のターンには発動条件を満たして、私のライフはさらに削られていただろう。いやもしも彼が後攻だったならドローカードによっては1ターン目で条件を満たしていたかもしれない。

けれど今の志島さんには発動できないカードだ。サイクロンを引いていようが引いていまいが、結果は変わらなかった。

……やっぱり私にドロー力はない。

 

「バトル。私はネフィリムでトレミスを攻撃。ネフィリムは特殊召喚されたモンスターとの戦闘時、そのモンスターを破壊する……ストリング・バインド……!」

 

元々攻撃力はネフィリムの方が上だが、これは強制効果。効果による破壊の為、志島さんのライフは削られない。

ネフィリムの体から伸びる、髪のようにも、翼のようにも見える影糸がトレミスへと伸び、操り人形のように空中へ吊し上げ、光となって消えた。

 

「マドルチェ・メッセンジェラートで直接攻撃」

「あ、う、うわああああ!」

 

HOKUTO LP 0

 

WIN EIKA

 

 

 

 

「ありがとうございました」

「……僕の、35連勝……エクシーズ召喚をマスターしてからの連勝が……」

……昨日の光津さんよりも落ち込み方が凄いです。まあ昨日の光津さんはデュエルが終わってすぐに立ち去ったのでもしかしたらこれぐらい落ち込んでいたのかもしれませんが。

 

うーん、仕方ないですね。今日は急ぐ必要もないですし、慰めてあげるとしましょう。

 

「志島さん」

「……何だい」

「35連勝は出来ませんでしたが、代わりに今度は通算40勝を目指してみてはいかがでしょう」

「そんな情けない真似が出来るかぁ!」

 

そんな! 沢渡さんなら「甘いな、目指すなら50勝だ!」とさらに高みを目指してやる気を出すはずなのに!

 

「ならもう一度35戦して来る事です。もしくはもう一度エクシーズ召喚を一からマスターし直してみてはどうでしょう」

 

……いや拗ねてないですよ? せっかく私が気を使ったのに、とか、沢渡さんならこんな面倒臭い落ち込み方しないのに、とか思ってもないですよ?

 

「それでは私はノルマを達成しましたので、これで失礼します

 

さらに落ち込む志島さんに一礼し、私はデュエル場を去った。

 

 

 

「なんであんなデュエリストが沢渡の取り巻きなんか……」

 

 

 

昨日の光津真澄と同様、志島北斗は涙目で呟いた。

昨日の光津真澄と同じく幸運だったのはその発言を久守詠歌が聞いていなかったことだろう。もしも聞かれていれば、もっと恐ろしいことになっていたのだろうから。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「沢渡さん、小腹空いてないっすか?」

「ダーツでまた動いた後に甘いものなんてどうです?」

「ああ? 何だお前ら、急に」

「いや久守の奴が……」

「って馬鹿、もしバレたらあいつに何されるか分からねえぞ!」

 

「……寄越せ、丁度腹が空いてきた」

「うっす!」

「……後紅茶。冷たいタルトには温かい紅茶が絶妙にマッチするからな」

「へへ、買ってきます!」

 

「タルトに紅茶って、沢渡さん、何か久守に餌付けされてきてねえ……?」

「いやそれが習慣になって来てるだけだろ……」

「あいつがさっさと必修終わらせないと、俺らが毎日パシリだな……」

「さっさと行って来い!」

「「「は、はい!」」」

 




手札バウンスとは姑息な手を……(デッキバウンスしながら)

劇中の台詞から沢渡さんと新しく出来たエクシーズコースの北斗は少し前まで同じ総合コースに居て、少しは仲良かったんじゃないかなあ、と深読みしてしまう。シンクロコースと融合コースがいつできたのかは分かりませんが。
とりあえず次回はこの流れで刃くんとデュエルです。
ちなみに今回使ったヴァルカンは恐らくもう登場しません、書いてあるようにシャドルチェの中じゃ浮きますし、ペンデュラム対策としては弱いので。


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沢渡さん、出番がないっすよ!

サブタイトル通り


「今更だが俺を真澄や北斗みたいなお行儀が良いだけの奴らと一緒にすると痛い目見るぜ――って、今更過ぎたか?」

 

YAIBA LP:4000

 

XX(ダブルエックス)-セイバー エマーズブレイド

レベル3

攻撃力 1300

 

(エックス)-セイバー ウェイン

レベル5

攻撃力 2100

 

X-セイバー ソウザ

レベル7

攻撃力 2500

 

伏せカード 1

手札 3

 

「……その忠告以前に、お互いの自己紹介も済んでいません」

 

EIKA LP:1600

 

マドルチェ・クロワンサン

レベル3

攻撃力 1500 → 2000

 

マドルチェ・マーマメイド(セット)

レベル4

守備力 2000

 

フィールド魔法 マドルチェ・シャトー

伏せカード 0

手札 1

 

「おっと、そいつは悪かったな。俺はシンクロコースの刀堂刃。お前が真澄と北斗を負かした総合コースの久守詠歌だろ?」

「……ええ、まあ」

 

……回想するほどのことでもないですが、ほんの十分程前、今日は実技だけだったので沢渡さんが来る前にさっさと終わらせてしまおうとしていたところ、彼、刀堂刃さんにデュエルを挑まれました。現在5ターン目で、私のターン、ドローフェイズです。Xセイバー使いの刀堂さんによるハンデスでそれ程モンスターを展開していないのにこの手札、墓地にはマドルチェたちが3体と永続魔法のマドルチェ・チケット、罠カードのマドルチェ・ハッピーフェスタ、それに融合魔法が3枚(神の写し身との接触2枚、影依融合1枚)が落とされています。何故こういう時に限ってシャドールたちが落とされないのか。……前回のミドラーシュの呪いでしょうか。

 

「さあ自己紹介も済んだところでお前のターンだ。そろそろ融合でもエクシーズでも、シンクロでもいい、やってみせろよ」

 

バウンスの志島さんや私もお行儀が良いとは言えませんが、大量ハンデスしておいてこんな台詞を吐くのは確かにお行儀が悪いですね。私、少し機嫌が悪いです(1日ぶり3度目)。

 

「……私のターン、ドロー」

 

ですから今日も少し、厭らしいプレイングをさせていただきます。どうやらデッキもそれを望んでいるようですし(決めつけ)。

 

「私はマドルチェ・ミィルフィーヤを召喚。効果により手札からマドルチェ・ホーットケーキを特殊召喚」

 

マドルチェ・ホーットケーキ

レベル3

攻撃力 1500 → 2000

 

マドルチェ・ミィルフィーヤ

レベル3

攻撃力 500 → 1000

 

「ようやく同じレベルのモンスターが並んだか。まずはエクシーズから見せてくれんのかよ」

「もう少し待ってもらえますか。出来る限り見せてあげます……ただしエクシーズでお終いです」

「あん?」

「ホーットケーキの効果発動。墓地のモンスター一体を除外し、デッキからマドルチェと名の付くモンスターを特殊召喚します。私は墓地のマドルチェ・ピョコレートを除外し、マドルチェ・バトラスクを特殊召喚」

 

もしもマドルチェ・チケットが墓地に落とされていなければメッセンジェラートでサーチ出来たんですが、此処に至ってはあまり関係ありません。それに恐らく刀堂さんの口ぶりや性格からして、場の伏せカードは召喚反応系ではないようですし。

 

マドルチェ・バトラスク

レベル4

攻撃力 1500 → 2000

 

 

「一気に3体のモンスターを並べやがったか……」

「あなたも最初のターンでしたことでしょう。次に私はセットされていたマドルチェ・マーマメイドを反転召喚。マーマメイドはリバース効果として墓地のマドルチェと名の付く魔法、罠カードを一枚手札に戻す効果を持っています――がその効果は使用しません」

 

マドルチェ・マーマメイド

レベル4

攻撃力 800 → 1300

 

「何だと?」

「必要な事なので。……あまり時間を掛けたくもありません。沢渡さんが来る前に終わらせます」

 

昨日LDSで別れてから、今日は学校でも見れなかったし、今日の初生沢渡さんを一刻も早く見たいので。

……それにもしかしたら今日かもしれないし。一昨日、光津さんとのデュエルの後、山部たちと一緒に沢渡さんの考えついた「良い事」を聞いた。……ペンデュラムカードを持ち主、榊遊矢から奪うという計画だ。近々決行するとは言っていたから、もしかしたら昨日山部たちと詳しい打ち合わせをしたのかもしれない。

ただ一つ気になるのは、沢渡さんの行動が少し短絡的過ぎる事だ。あの人は最初からそんな強硬手段に出る人じゃない、まずは交換条件を提示して、トレードを申し込むはずだ。それが拒まれたなら、そうすることも十分考えられるのだけれど……。それが気にかかる。それにそんなことをしなくともカードに選ばれてる沢渡さんならきっと、カードの方からやがてやって来るはずなのに。

 

「……私はマドルチェ・クロワンサンの効果発動。自分フィールド上のマドルチェと名の付くカードを手札に戻し、このカードのレベルを1、攻撃力を300ポイントアップさせます。私はフィールド魔法、マドルチェ・シャトーを手札に戻します」

「チッ、戻ったのが魔法カードってことは――」

 

クロワンサンが自分の尾を追いかけるように周り始めると周囲の景色も回転を始め、景色が通常のデュエル場へと戻る。

 

マドルチェ・クロワンサン

レベル3 → 4

攻撃力 2000 → 2300

 

「手札に戻したマドルチェ・シャトーを再び発動」

 

そして一度は通常に戻ったデュエル場の景色が再びお菓子の国へと変化する。

 

「マドルチェ・シャトーは発動時、墓地のマドルチェと名の付くモンスターを全てデッキに戻す」

「はっ! 何度デッキに戻して手札に加わっても、またすぐに墓地へ送ってやるよ!」

「そうですか。なら私はデッキに戻してあげましょう。お伽の国に傭兵は不似合いです――私はレベル3のマドルチェ・ミィルフィーヤとホーットケーキでオーバーレイ」

「レベル3同士……? エースじゃねえのかよ!」

「女王さまもすぐにお呼びしますよ。ですがその前に、迎える準備が必要です。エクシーズ召喚、現れろ、ランク3――M.X(ミッシングエックス)ーセイバー インヴォ―カー」

 

お菓子の犬と梟がオーバーレイユニットとなって召喚されたのは――黒の鎧を纏い、赤きマントをたなびかせる、屈強な戦士だった。

 

M.X-セイバー インヴォ―カー

ランク3

攻撃力 1600

ORU2

 

「んなっ――Xセイバーのエクシーズモンスターだと!?」

「それ程Xセイバーと相性が良いわけでもないですけどね。それに彼はもうただのXセイバーじゃありません。Mの名を持つ、即ちマドルチェです」

「いやそういう意味じゃねえし! しかもお前、傭兵には不似合いとか今言ってただろ!?」

「さらにレベル4となったクロワンサンとマーマメイドでオーバーレイ」

「おいこら!」

 

聞こえませんね。私はデッキに合うシンクロモンスターを探すのに必死だというのにぽんぽんと見せつけるようにシンクロ召喚をする人の言葉なんて。

 

「二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築。人形たちを総べるお菓子の女王、お伽の国をこの場に築け――エクシーズ召喚、ランク4、クイーンマドルチェ・ティアラミス……!」

「無視して進めやがって……ランク4、ってことはそいつがお前のエースか! ランクが上の割にはインヴォ―カーよりか弱そうな見た目じゃねえか!」

「……? 志島さんたちからこの子の事は聞いていないんですか?」

「ああ? 聞くわけねえだろ、俺はただ融合、シンクロ、それにランク4のエクシーズモンスターを使ってあいつらを負かしたって話を聞いてお前にデュエルを申し込んだ。じゃなきゃフェアじゃねえからな」

「……そうですか。すいません」

「あ?」

 

少しばかりその心、折らせていただきます。……いっそこのまま嫌な人って印象で居てくれれば私の気持ちも晴れたんですが、いきなりそんなフェアプレイ精神を持ち出されると心が痛みます。

 

「M.Xーセイバー インヴォ―カーの効果発動。オーバーレイユニットを一つ使い、デッキから地属性の戦士族、または獣戦士族のレベル4モンスターを守備表示で特殊召喚する。この効果で特殊召喚されたモンスターはエンドフェイズに破壊されます。私はデッキから戦士族のマドルチェ・シューバリエを特殊召喚」

 

 

マドルチェ・シューバリエ

レベル4

守備力 1300 → 1800

 

「レベル4がまた二体、まさかお前!」

「レベル4のバトラスクとシューバリエでオーバーレイ。エクシーズ召喚、クイーンマドルチェ・ティアラミス」

 

そして現れる二人目の女王。その前に彼女たちを守るようにインヴォ―カーが立つ。

 

クイーンマドルチェ・ティアラミス×2

ランク4

攻撃力 2200 → 2700

ORU2

 

M.X-セイバー インヴォ―カー

ランク3

攻撃力 1600

ORU1

 

「くっ、だがお前のモンスターは3体、俺の場にも3体、その攻撃力じゃモンスターを全滅させても俺のライフは削りきれねえ!」

(それに俺の伏せカードはセイバー・リフレクト。こいつはダメージを無効にし相手にそのダメージを与えられる。温存も出来るが……真澄たちを倒した奴だ、油断は出来ねえ)

「ティアラミスの効果発動。一ターンに一度オーバーレイユニットを一つ使い、墓地のマドルチェと名の付くカードを二枚までデッキに戻し、戻したカードと同じ数、フィールドのカードをデッキへ戻す。私は墓地のマドルチェ・ハッピーフェスタとマドルチェ・チケットをデッキに戻し、あなたの伏せカードとX-セイバー ソウザをデッキに戻します」

「何だと!?」

「さらにもう一体のティアラミスの効果を発動。墓地にあるマドルチェと名の付くカードは一体目のティアラミスのオーバーレイユニットとして墓地に送られたクロワンサンのみですが、今二体目の効果発動時に使用したオーバーレイユニット、シューバリエが墓地へと送られる。これにより私はクロワンサンとシューバリエを選択し、マドルチェ・シャトーの効果によりデッキではなく手札に戻します。そしてあなたのフィールドの残り二枚、X-セイバー ウェインとエマーズブレイドをデッキに戻す。女王の号令(クイーンズ・コール)

 

二人の女王が杖を掲げ、そこから発せられる光により刀堂さんのフィールドのカード全てがデッキへと戻る。こうなってしまえば後は警戒するのはゴーズくらい……その必要はないでしょうが。

 

「二体のティアラミスで直接攻撃……ドールズ・マジック」

「うっ、おわあああああ!?」

 

YAIBA LP:0

 

WIN EIKA

 

……一気に4枚のカードを戻してがら空きのフィールドに直接攻撃。普段なら気持ちの良い勝ち方ではあるんですが、フェアプレイ精神で挑んできた(と分かった)方相手だと申し訳なくなります。

 

「……ありがとうございました」

「あー……負けたぜ」

 

ソリッドビジョンが解除され、再び元のデュエル場へと景色が変わる。

竹刀を床に突き立てるようにして項垂れる刀堂さん。……やはり、少し申し訳なくなりますね。

 

「……では失礼します」

「待ちなっ!」

 

急ぎたい気持ちも勿論ありますが、それ以上に居心地の悪さを感じて踵を返そうとした私を刀堂さんが呼び止める。

 

「……何か?」

「何で今のデュエル、シンクロと融合を使わなかった。真澄の時は融合とエクシーズ、北斗の奴の時は融合とシンクロ、二つの召喚方法を使ったんだろ。……あいつらと違って、俺にはエクシーズだけで十分だってか」

「いいえ。あなたも光津さんや志島さんと同じように強い方でした。今回はやりたくても出来なかった――私が運を持っていなかっただけの事です」

「俺の力が運だけだって言うのかよ」

「運だけの方にティアラミス二体を並べなければならない状況に追い込まれたりはしませんよ。インヴォ―カーは私にとって禁じ手のようなものですし。あなたに言われた通り、私のデッキには不似合いですから」

「あっ、そうだあのXセイバー! な、なあちょっと見せてくれよ?」

「……構いませんが」

 

……断り難い! 急ぎたいんですが、刀堂さんに強く出られない自分が居る……! 光津さんと違って沢渡さんを馬鹿にしたわけでも、志島さんのように私のデッキを馬鹿にしたわけでもないから余計に……。

 

「エクシーズのXセイバー……何処となくソウザに似てるな」

「……自分モンスターを破壊する、というデメリットも共通ですしね」

「攻撃力は低いが、レベル4の戦士族、獣戦士族をデッキから特殊召喚、エンドフェイズで破壊されるって言ってもお前がしたように、素材に使っちまえばデメリットも関係なしか」

「ですがあなたのデッキならわざわざ二体のモンスターを使ってインヴォ―カーを召喚するより、モンスター効果で特殊召喚した方が良いと思いますが。それにインヴォ―カーのランクは3、Xセイバーのレベル3だとフラムナイトやダークソウルですが……あなたのデッキの場合、チューナーをオーバーレイユニットとするのは勿体ないかと」

「けど手札でも墓地でもなくデッキから直接召喚出来るってのはかなりのメリットだぜ」

「手札にXセイバーをサーチするのは容易ですし、エクシーズと違いシンクロなら墓地に送るのも難しくありません。今のデュエルの序盤でフォルトロールを使った戦法で実践してるでしょう」

 

二人でインヴォ―カーを覗き込みながら言葉を交わす。……何だかこういう風にカードを見ながらあーでもないこーでもないと議論を重ねるのは……昔を思い出します。沢渡さんも今の私もデッキは一人で組みますから。まあ私の場合、デッキの内容はサイドデッキと入れ替えるだけで此処に来た時からほとんど変えてはないですが。

 

「此処で突っ立って話してても埒が明かねえ、おい久守詠歌、少し付き合え」

「は?」

「心配すんな、飲み物ぐらいなら奢ってやるからよ」

「い、いやちょっと……」

 

刀堂さんに腕を掴まれ、強引にデュエル場から引きずられていく私。ちょ、セキュリティ! じゃなくて制服組! じ、事案が! 今まさに事案が!

 

 

 

 

 

 

「シンクロ使う癖にチューナーは二種類しか入ってねえのかよ? しかもどっちもチューナーとしてじゃなくほとんど効果モンスターとして使ってんのか」

「……ええ。ですから私のデッキではシンクロはほとんど行わないんです。融合素材として使う事が多いですね、シャドール・ファルコンなら蘇生も出来ますがエフェクト・ヴェーラーはほとんど融合の為に入れているようなものです」

「俺とのデュエルでしたみたいにあの犬っころのレベルを変化させられるとはいえ、1ターンに1上げるだけじゃ最上級のシンクロモンスターは入れられねえな。チューナーもレベル2と1だしな」

「……犬っころじゃありません、マドルチェ・クロワンサンです」

「ってか名前がダジャレなのか……いや馬鹿にしてるわけじゃねえけどよ」

 

……何故か、LDSの空き教室でカードを広げ、隣り合って座りながら議論を続ける私たち。

 

「にしてもこの二枚だけで良くシンクロ召喚を使えたな。俺だってシンクロをマスターするまで苦労したってのに」

「……まあ、昔はシンクロに傾倒してた時期もありましたから」

「昔って、融合やエクシーズと同じでシンクロも最近教えだしたばっかだぜ? しかもお前、LDSに入ってそんな長くねえんだろ?」

「学ぶ機会が昔あっただけです」

「はー、北斗ほどじゃねえが、俺もシンクロをマスターして少し天狗になってたのかね。まさか総合コースにお前みたいなのが入ってたなんてよ」

「ああ、やっぱり志島さんは天狗になってたんですね。自信過剰な方だとは思ってましたが」

「お前、それをあいつに言うなよ。あいつ打たれ弱いところがあるからよ。お前に負けたのも相当ショックだったみたいだし」

「……あなたや光津さんはどうなんですか? あなたたちも融合、シンクロコースに入ってからほぼ負けなしだと聞いてますが」

「俺も真澄も、北斗だって入ってすぐ強くなったわけじゃねえ。さんざん負かされたさ。今更一回や二回負けただけで落ち込んでられっかよ。悔しい事に変わりはねえがな」

 

そう言って刀堂さんは八重歯を見せながら笑う。それが少し眩しかった。……ま、沢渡さん程じゃないですけどね!

 

「それよりお前のデッキだ! シンクロモンスターがエクストラデッキに一枚しか入ってねえってどういう事だよ!」

「ああ、いや、もういっそのこと抜こうかとも考えてはいるんですが」

「はあ!? せっかくチューナーが入っててシンクロ召喚も覚えてるってのにか!?」

「私のデッキで最も現実的なのはレベル5、6のシンクロモンスターですが、中々良いカードと巡り合わないので」

「ならこいつはどうだ!? レベル6のXX-セイバー ヒュンレイ! お前のエクシーズモンスターと違って一気にフィールドのカード3枚破壊出来るぞ!?」

「そもそも素材がX-セイバー限定じゃないですか。私のデッキに居るのはインヴォ―カーだけで、エクシーズモンスターはシンクロ素材にはできません」

「うぐっ……いいかっ、とにかくシンクロを抜くんじゃねえっ」

「……まあまだ代わりのカードも見つかってませんから、そのつもりですが」

「なら良しっ! ……ふぅ、熱くなったら喉が乾いちまったな。よし、約束通り奢ってやるよ。何がいい?」

「ああ、でしたらこれを」

「あ? 何だよこれ」

 

テーブルの脇に置いておいたバッグから紙コップを取り出し、刀堂さんに手渡す。首を傾げながら受け取った刀堂さんのコップに、続けて取り出した水筒の中身を注ぐ。邪道な気もしますが、別に私はそこまで拘りはないので。

 

「冷たいカモミールティです」

「……また随分とお行儀の良いもん持ち歩いてんなあ」

「喜んでくれる人が居ますから。まあこれは自分用のですが」

 

刀堂さんの場合、紅茶やコーヒーより緑茶やスポーツドリンクの方が好きそうですが、今回は我慢してもらいましょう。

 

「……美味いな」

「水筒で持ち歩いているので見た目は悪いかもしれませんが、それでも市販の紙パックよりは自信があります。あれはあれで好きですが」

 

意外にも好意的な反応が返って来たので嬉しくなる。つい口数が多くなってしまいます。

 

「とはいっても大量に飲むのも体に良くはないので、まだ喉が渇くようなら別の飲み物を買ってきた方が良いですけどね。どちらかと言うとそれはあなたに落ち着いてもらうためのものですし」

「く……悪ぃ、確かに少し熱くなってたな」

「……いえ、構いませんよ。強引でしたが、私も……楽しかったですから」

「よしっ、なら今日の詫びだ。お前に合うシンクロモンスターを探しといてやるよ」

「え?」

「いくらシンクロが出来たってシンクロコースに居なきゃ分からねえことや知らねえカードもあんだろ? 闇雲にショップ回ったり片っ端から資料漁るよりは良いはずだぜ」

「いや、ですけど……」

「やっぱ素材制限がない、汎用のが良いよな。まあ俺に任せとけよ」

「いやあの……」

「とりあえずお前の通信用のコード教えろ。同じLDSでも今までだって顔合わせたことなかったしな。その方が便利だろ」

「あの、だから人の話を……いえ、分かりましたよ」

 

どんどん話を進めていく刀堂さんに諦める事を選択し、私は大人しくデュエルディスクを操作し、通話用のコードを表示させ、それを刀堂さんのディスクに送信する。

 

「おう。これが俺のな」

 

すぐに今度は刀堂さんからコードが送られ、デュエルディスクに登録される。

 

「んじゃ良さそうなのが見つかったら連絡する。お前も何かあれば連絡寄越せよ」

「はあ……分かりました」

 

曖昧に頷く私とは裏腹に刀堂さんは満足そうに頷いた。

 

「そんじゃあな。次はアクションデュエルで勝負しようぜ、久守詠歌」

 

コップに入った紅茶を一気に飲み干し、立ち上がった刀堂さんは竹刀を私に向け、そう言ってニヤリと笑った。

 

「美味かったぜ、ありがとな」

「いえ……お粗末さまでした」

 

律儀にもう一度礼を言って去る刀堂さんを見送る。……嵐のような人だ。子供らしいというか少年らしいというか、沢渡さんとも、山部たちとも違うタイプの人ですね。

 

「……私も急ぎましょう。この時間でLDSに居なければ今日ではなかったという事でしょうが……そうならいいんですが」

 

刀堂さんの勢いに負けてつい話し込んでしまいました。もしもこれで沢渡さんに何かあったらどう償ってもらいましょうか。……まあ悪いのは断り切れなかった私なんですけど。

 

 

 

 

 

結局、LDS中を探し回りましたが沢渡さんも、山部たちも見つかりませんでした。仕方ありません、山部たちに連絡を取ってみましょう。いつもの倉庫に居るのなら今から行っても遅いですけど。

と、通路でデュエルディスクを取り出した所で丁度着信が入った。相手は……柿本だ。

 

「もしもし」

『おー、久守』

「柿本、今何処にいるの。あなたじゃなくて沢渡さんの事だけど」

『言わんでも分かるっつーの。今日はもう皆帰ってるよ』

「そう。分かった」

『あーそれと明日なんだけど』

「……一昨日の話?」

「そうそう。昨日詳しく聞いて、いよいよ明日なんだってよ。お前も興味あんなら明日は講義受けないで放課後、センターコートに来いよ。今度は生で見れるぜ、例の――』

「……ペンデュラム召喚」

『おう』

「分かった。ありがとう」

『ん、じゃあな。……それと無理に見に来なくてもいいからさっさと必修の講義を終わらせてくれ。沢渡さん、お前の買ったケーキと紅茶がないと落ち着かないみたいなんだよ……』

「分かった。可及的速やかに終わらせる。むしろ今からでも講師の先生に直接言ってくる」

『いやそこまでしろとは言ってねえよ! ……はあ、とにかく伝えたからなー』

「ありがとう。それじゃ」

 

通話を終え、デュエルディスクを肩に下げたバッグへとしまう。

明日か……どうしましょう? きっかけはどうあれ、沢渡さんが決めたことなら全力でお手伝いしたいんですが……正直今回ばかりは……沢渡さんを止めたい気持ちもある。裏がありそうなのは勿論だけれど、ペンデュラムカードを持っているのは……榊‟遊”矢。響きだけなら珍しい名前ではないですが……うーん。

 

「ちょっと、何ボーっと突っ立てるのよ」

「あ……失礼しました」

 

立ち止まって考え込んでいるとどうやら通行の邪魔になってしまったようです。素直に謝って道を譲る。……ちゃんと通路の端に居たんですが。

 

「こんな時間まで一人で何をしてるの?」

 

謝りながら振り返った先に居たのは光津さんだった。腰に手を当て、呆れたように私を見ている。

 

「光津さん。いえ、沢渡さんを探していたら少し遅くなってしまいました」

「沢渡? 私も見てないけど、今日もサボりなんじゃないの?」

「サボりじゃありません。自主学習に熱心なだけです」

「……まあいいわ。それにしてもこんな時間まで探し回ってたの? もう夜よ」

「それは光津さんも同じでは?」

「私は……ちょっとデッキ構築を考えてたら遅くなっただけよ」

 

少し恥ずかしそうに頬を赤らめて光津さんが言う。どうやら夢中になって時間を忘れてしまっていたようです。まあ私も沢渡さんを探すのに夢中で時間を忘れていましたが。

 

「私も似たようなものです。シンクロコースの刀堂さんとデュエルした後、彼に捕まってデッキやシンクロの事で話し込んでしまいました」

「刃と? ああ、そういえばあなたの事を話したわね……ってあなた、まさかシンクロ召喚まで……?」

「融合とエクシーズと比べると私のデッキではオマケのようなものですが」

「オマケでシンクロを使われたらシンクロコースの立つ瀬がないじゃない」

「いえ、そういうつもりでは……デッキの相性ですし」

「分かってるわよ。っていうかそれなら私も呼びなさいよ! 刃の奴……それで、その刃は?」

「恐らくもう帰ってると思いますが」

「はあ、女の子一人置いて帰る馬鹿が何処にいるのよ……」

 

……光津さんの性格だと、「一人で帰れるわ」ぐらいは言いそうですが。ああいや、多分自分の事は除外してるんでしょうね。

 

「刀堂さんと別れたのはまだ夕方でしたから。彼に非はありません」

「どんだけ沢渡を探し回ってたのよ……というか電話しなさいよ」

「こういう時は少し、LDSの広さが恨めしくなります。それに電話して沢渡さんのお邪魔になるといけませんから」

 

また大きな溜め息を吐いてから「帰るわよ」と光津さんは歩き出した。

 

「はい。さようなら」

「あんたも一緒に帰るのよ! まだ探し回るつもりじゃないでしょうね、もうこんな時間なんだから居ないでしょっ」

「いえ、そんなつもりは……はい、分かりました」

 

頭を下げて光津さんを見送ろうとした途端、光津さんが振り返って少し大きな声で私を叱った。……優しい人です。

大人しく頷き、光津さんの横に並ぶ。LDSの外に出るともう完全に日は沈み、月明かりが差していた。

 

「久守、あなたの家は?」

「此処から南へ15分程歩いたマンションです」

「そう、なら方角は一緒ね」

 

暫く無言のまま、月明かりと街灯に照らされた道を二人で歩く。私は気になりませんが、光津さんは無言が苦な人ではないんでしょうか。

 

「そういえばあなたのそのケース、何度か持ってるのを見かけたけど何を入れてるの? デュエルディスクを入れるには大きいわよね。それにバッグならもう一つ持ってるし」

「これはティーセットのケースです。中身はカップとポッド、それに小さいケトルなど、ティータイムに必要なものは大抵入れています」

「ああ、そういえば一昨日も沢渡が飲んでたわね。あなたの私物だったの」

「ええ。沢渡さんも喜んでくれますし、ああ、それにこれで作ったものではないですが、今日は刀堂さんにもお褒めの言葉をいただきました」

「刃が? 言っちゃなんだけど、沢渡以上に似合わないわね」

「豪快に飲み干してくれました」

「簡単に想像できるわ」

 

光津さんはその光景を想像し、私は思い出して、クスリと笑った。

 

「ああ、そうだ。一応聞いておくけど」

「何でしょうか」

「刃には勝ったの?」

「ええ、まあ」

「ふーん、そう。私に北斗、それに刃にも……トップクラスのエリートが情けないわ、なんて言ったらまたあなたを怒らせちゃうのかしら」

「いえ。事実、あなたたちはLDSでもトップクラスの実力者ですから」

「それを融合、シンクロ、エクシーズまで使って三人抜きしてるあなたは何なのよ」

「一勝しただけで実力は決まりません。それに光津さんたちも召喚方法が実力の全てではないでしょう。事実、それぞれのコースの召喚方法は私より遥かに使いこなしています」

「言ってくれるじゃない」

「事実です。光津さんには融合とエクシーズを、志島さんには融合とシンクロを使わなければ勝利するのは難しかったはずです。今日の刀堂さんはエクシーズだけでしたが、今回は運が良かっただけです」

 

ハンデスでシャドールが落ちなかったとはいえ、インヴォ―カーから二体のティアラミスを一気に並べられたのは運の面が強いですし。

 

「ですからどちらが強いと決めるのは早計ですよ」

「……そういうことにしておくわ」

「はい」

「それと久守、改めて聞きたいんだけど」

「私に答えられる事であれば」

 

立ち止まり、改まって私に話しかける光津さんに私も足を止め、その瞳を見つめる。

 

 

「どうして沢渡にそんなに懐いてるの?」

 

「それを私に語らせると家に帰れなくなりますがいいでしょうか」

 

 

「私、こっちだから。またね」

「あ、ちょ……」

 

 




マドルチェ・知らないおっさんことインヴォ―カー登場。
今回はシャドルチェデッキで影の薄いシンクロのテコ入れフラグ回。漢、権現坂さんのように刃くんに(デュエルカットした分)頑張ってもらいます。

次はアニメ3、4話相当の話になります。
沢渡さんは次回輝くから………
次回、さようなら沢渡さん、デュエルスタンバイ!


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さようなら沢渡さん 前編

「お待たせしました。いつもありがとうございます」

「こちらこそ、お世話になっています」

 

通いなれた駅前のケーキ屋で店員さんから商品を受け取り、頭を下げる。

 

「あ、あのっ」

「はい?」

「これ、良かったら……」

 

手渡されたのは透明な袋に入っているのはプラスチックのカップに入ったプリン。初めて見る商品だ。新商品だろうか?

 

「これは?」

「私が作ったカスタード・プディングです」

「新商品の試食ですか。ありがとうございます」

「いえっ、まだ商品化はしてないんです。というかしてもらえるか分からないんですけど……」

「? ならどうして私に?」

「実は……私がこのお店で働き始めてからあなたが初めてのお客さんだったんです。それに次来てくれた時に美味しかったって言ってもらえて、私が作ったものじゃなくてもそれがすごく嬉しくて……だから勝手なんですけど、私が一から作ったこれを、食べてもらいたくて。これが商品化されなかったらもう作らせてもらえないかもしれないですし……」

「……私もあの時、初めてこのお店に来たんです。この街に来たばかりで、初めて寄ったお店が良いお店で通い始めたんですが……あなたも新入りさんだったんですね」

 

互いに顔を見合わせて、クスリと笑う。

 

「ありがたくいただかせてもらいます。今回は沢渡さんには我慢してもらって、特別私だけ」

「はいっ。良かったら次いらして下さった時に感想、聞かせてくださいっ。ど、どんなものでも結構ですからっ」

「はい。次にこれを買いに来た時に、必ず」

「――ありがとうございます!」

 

もう一度頭を下げ、今度こそケーキ屋を跡にする。

沢渡さんの為に通い始めた場所でしたが、休日でも気付けば足を向ける場所になっていた。

ちなみに沢渡さんのお勧めはスイートミルクアップルベリーパイ~とろけるハニー添え~やレアチーズムースタルト~クランベリーを添えて~など色々ありますが、私はシンプルなレアチーズケーキがお勧めです。

…………大変ありがたい贈り物なのですが、これは後に残しておきましょう。今は食べてもしっかりとした感想なんて言えそうもない。

結局、昨日家に帰った後も色々と考えましたが良い手は思い浮かびませんでした。沢渡さんのやることを止めるのは論外。ペンデュラム召喚に興味を示していた沢渡さんがやりたいことと言ったら、ペンデュラムカードを手に入れ、ペンデュラム召喚を自分の手で行うことだろう。

その為に必要なのはペンデュラムカード。ストロング石島戦の映像を見る限り、ペンデュラム召喚は二枚なければ行えない。ペンデュラム効果はどうなのかは分からないが……とにかく沢渡さんが必要としているのは二枚のペンデュラムカード。そしてそれを持っているのは今の時点では榊遊矢のみ。

昨日の柿本からの電話では今日、LDSのアクションコートでペンデュラム召喚が見れると言っていた。……多分、アクションコートに誘って、そこでカードを奪うつもりなんだろう。

ペンデュラム召喚を知ってから沢渡さんは少し変わった。表向きは以前と変わってないように見えるけど、以前あったような余裕がない。

私が融合やシンクロ、エクシーズを使うと知っても変わらずにあった他人への余裕がなくなった。

ペンデュラム召喚に心を奪われて、それだけに執心している。

それが悪い事だとは思わない。やっと沢渡さんが自分のデュエルを見つけたって事だから。でも、そこに誰か他の人間の意思が介在しているなら。誰かが沢渡さんを都合よく利用して自分の利益の為に沢渡さんを使っているのだとしたら。そういう立場に沢渡さんを位置づけようとしているのなら。

それは許せない。沢渡さんの行動は、デュエルは、生き方は、全て沢渡さんだけのものだ。他の誰にも利用させたりしたくない。

 

……とは言っても、何をどうすればいいのか。沢渡さんを止めるのは論外。榊遊矢をどうにかしても、先延ばしになるだけ。ペンデュラムカードさえ手に入ればいいんだけど……他に当てもない。可能性があるとすればLDSを経営している、レオ・コーポレーションならもしかしたら……でもどうにもできない。

結局私は今の流れに身を任せることしか出来ないんだろうか。

 

LDSの正面玄関で立ち止まり、建物を見上げる。多分、もうすぐ始まるはずだ。その時、私はどうすれば……

 

「あれ? 久守じゃん。どうしたんだよ、こんな所で立ち止まって」

「え……沢渡さん!」

 

玄関前で考え込む私に声を掛けたのは、沢渡さんだ!

 

「お疲れ様です、沢渡さん!」

「おう」

「ところで……そちらの方たちは?」

 

沢渡さんの後ろについてきているのは山部たちじゃない。一人は知っている。榊遊矢。けど残りの4人は見たことがない。榊遊矢が所属する遊勝塾の人だろうか。

 

「俺は榊遊矢」

 

赤と緑の髪とゴーグルが特徴的な少年、榊遊矢。

 

「前に話したろ? ペンデュラム召喚の使い手さ」

「私は柊柚子。私たちはLDSの塾生じゃないけど、今日は沢渡くんに誘われて……」

 

榊遊矢、柊柚子の二人に続いてその後ろに居た子供たちも名乗る。フトシくんにタツヤくん、アユちゃん、子供たちも遊勝塾の生徒だそうだ。

 

「あなた、確か隣のクラスの……去年の終わり頃に転校してきた、久守さん、だったわよね?」

「はい。久守詠歌と言います」

「やっぱり。あなたもLDSの生徒だったのね」

「ええ、転校してすぐに。まだ入って2か月程ですが、沢渡さんと同じ総合コースに所属しています」

「こう見えて結構すごいんだぜ、久守の奴」

「いえそんなっ、沢渡さん程じゃないですよ!」

 

いやっほう! 沢渡さんに褒められたおかげでますます考えがまとまらないよ!

 

「……何だか学校で見かけた時とは全然様子が違うわね、彼女」

 

柊さんが何か呟いてるけど耳に入りません!

 

「丁度いい、お前も見たいだろ? ペンデュラム召喚」

「はい! 是非!」

「だってさ。なあ、いいだろ? 遊矢くん」

「え、ああ」

「よし、それじゃあ行こうか。LDSにようこそ」

 

丁寧語の沢渡さんも格好いいですね!

沢渡さんの横に並び、LDSへと足を踏み入れる。その後ろを榊さんたちが追って来る。通路を歩きながら沢渡さんがLDSについて説明していく。

……こうなったらもう、流れに身を任せるしかないですね。沢渡さんの願いが叶えばそれで良し、もしそれを利用する人間が居るなら、私が――

まあ、沢渡さんはきっと私の余計なお世話とか手回しなんかなくとも、きっと大丈夫です。うん、そうだ。私はただ、沢渡さんのサポートに徹すればいい。

 

 

 

「――召喚方法だけでもエクシーズ召喚コース、シンクロ召喚コース……おっ、融合召喚コースってのもある」

「……榊さんは、ペンデュラム以外の召喚方法にも興味があるんですか?」

 

そう考えると少し余裕が出て来た。やっぱ沢渡さんの傍に居ると悩みなんて吹っ飛びますね!

今はもう立ち止まってポスターを眺めている榊さんに話を振る余裕まであります。

 

「あ、いや、まあこういうの見ちゃうと少し気になる、かな。あはは」

「皆同じです」

「え?」

「私も含めて皆、映像でペンデュラム召喚を見て、気になっているんです。エクシーズやシンクロよりも珍しい、誰も知らなかったペンデュラム召喚を」

「あ……」

「だから今から楽しみです。もう一度見る事が出来れば、きっと対策も少しは立てられるはずですから」

「ははは、そう簡単にはやられないさ。俺だってやっとペンデュラム召喚をモノにしたんだから」

「やっと?」

「あ。い、いや何でもない!」

 

誤魔化すように笑う榊さんに首を傾げる。やっと……ってどういう意味でしょう?

 

「おーい久守、遊矢くん、センターコートはあっちだよ」

「あ、はい! 今すぐ行きます!」

 

私としたことが沢渡さんを待たせてしまった!

 

「お前にとっちゃ、今更珍しいもんでもないだろ?」

「すいません。そうだ沢渡さん、ケーキを買ってきたので後でどうですか?」

「そりゃいい。後でもらうとするか」

「えへへ、はい!」

 

「ちょっと遊矢、何デレデレして久守さんと話し込んでるのよ」

「なっ、デレデレなんてしてないだろっ」

「ふん、どうだか」

「まあまあ二人とも~」

「せっかくLDSに来たんだから喧嘩しないしない」

 

何やら榊さんたちが揉めているようですが、大丈夫でしょうか。

 

 

 

「「「うわーっ!」」」

 

通路を抜けた先、正面玄関の丁度反対側にLDS最大のアクションデュエルコート、センターコートはある。……それにしても貸切なんて、流石沢渡さん! ……と素直に感心は出来ない。いくら沢渡さんでもそう簡単に出来ることじゃないですし、やっぱり誰かがバックに居るんですね。

 

「憧れのLDSセンターコート!」

「……?」

 

タツヤくんが無邪気に喜びの声を上げる中、榊さんと柊さんが貸切のはずのセンターコートにある人影に気付いた。言うまでもなく、山部、大伴、柿本の三人だ。

 

「やあ」

 

大伴が手を上げ、榊さんたちに声を掛けた。それを訝しげに見る榊さんたちに沢渡さんが言う。

 

「あの子たちも君のファンなんだ。彼らにカードを見せてもらえないかい? ペンデュラム召喚に使うカードをさ」

「えっ? で、でも……」

「少し見せるだけだからさ、なあ?」

「う、うん……」

 

気さくな態度だけれど、その有無を言わせない言葉に榊さんが躊躇いつつも二枚のカードを取り出し、沢渡さんに差し出した。

 

「あっ」

「ほら」

 

それを引っ手繰るように受け取った沢渡さんがカードを山部たちへと見せつける。

 

「すっげえ!」

「これがペンデュラム召喚に使うカードか!」

「俺も欲しぃー!」

 

沢渡さんからカードを受け取り、大袈裟な態度でカードを眺める山部たち、大根役者にも程がある。

 

「ダメダメ、これは君たちのものじゃない。……だろ?」

「「「ちぇー」」」

 

……後はもう、なるようにしかならない。

 

「だってこれは、俺のコレクションになるんだから」

 

「えっ……!?」

「っ、ちょっと! どういう事!?」

 

「俺、レアで強いカードが好きでさ。弱いカード入れるの嫌なんだよねえ。だからこいつは貰ってやるって言ってんだよ」

「ひっひひひ!」「はははっ」「あははっ」

 

沢渡さんの発言に山部たちが笑い、私の隣に立つ柊さんは怒りの表情を浮かべる。

 

「その為に私たちを呼び出したの!?」

「だけじゃないよ? 手に入れたら、やっぱり使ってみたいじゃん? お前たちも、ペンデュラム召喚見たいだろ?」

「勿論!」「見たいぜえ!」

「――だからセンターコートまで押さえたんじゃん」

 

沢渡さんは笑いながらデュエルディスクを腕にセットした。

 

「ちょ、ちょっと……!」

 

弱気ながら榊さんが抗議の声を上げる。けれどもう、そんなもので止まるはずもない。此処までやって、止めさせる気もない。

 

「そういう事です。榊さん、カードは諦めてもらえませんか」

 

「なっ……」

「久守さんまでっ!?」

 

一歩踏み出し、沢渡さんの前に歩み出た私は榊さんたちを振り返り、言う。

 

「他の召喚方法に興味があるんでしょう? ならペンデュラム召喚じゃなくてもいいじゃないですか」

「そんなっ……! 確かに興味はあるけどっ、ペンデュラム召喚は特別なんだっ! 俺の、俺がやっと見つけた……!」

 

「まあまあ、いいじゃん。皆ペンデュラム召喚を見に此処まで来たんだろっ?」

 

私の肩を叩き、榊さんに詰め寄った沢渡さんが彼のゴーグルを強引に引っ張り、手を離した。

 

「うっ!」

 

勢いよく戻って来たゴーグルが額に当たり、榊さんが後ろ向きに倒れる。

 

「遊矢兄ちゃん!」

 

子供たちが心配そうに集まる。けれどそれでも沢渡さんは止まらない。

 

「あれぇ? 俺なんかとはデュエルしたくないのかなあ?」

 

さらに言葉を続けようとした沢渡さんのディスクに、通信が入った。その後ろに居た私には聞こえた。

 

『その辺にしておけ……。君の仕事はペンデュラムカードをこちらに渡すことだ』

 

……! 居た。やっぱり居た。沢渡さんを利用している人間が。

 

「ああ、中島さん?」

 

中島。聞いたことのない名前だ。けどもう忘れない。この通信の主が、沢渡さんを利用した人間。首謀者かはともかく、関係者であることは疑いようがない。

 

「俺の目的は違うんだよねえ。最初からこのカードが欲しかったし」

『何を考えている!? 余計な事をするんじゃない!』

 

だけど笑えますね。沢渡さんを利用するつもりが、振り回されているじゃないですか。

 

「と、いうわけで」

 

通信が途切れたところで沢渡さんが指を鳴らした。私が居ない所で打ち合わせしていたのだろう、山部と柿本が柊さんを、大伴が子供たちを拘束した。どちらも危ない絵面です。

 

「きゃあ! な、なにするのっ……」

「「「遊矢兄ちゃーん!!」」」

 

「っ、やめろっ! 柚子たちを離せ!」

 

「沢渡さん」

「ん? ああ……いいぞ、好きにしろ」

 

強引に運ばれる柊さんを見て、沢渡さんに声を掛ける。……デュエルディスクをセットして。

それだけで察したのか、沢渡さんは笑って許可してくれた。

 

「心配しなくていいよ。ちょっと協力してもらうだけさ」

「何だって……?」

「そうだ、貰ってばかりじゃ悪いから――」

 

沢渡さんと榊さんから離れ、コートの隅へと連れられて行く柊さんたちを追う。

 

「山部、柿本」

「んあ?」

「彼女たちの相手は私がする。だから手を離して」

「何だよ、お前はペンデュラム召喚見なくていいのか?」

「沢渡さんが勝てば後でいくらでも見られるから」

「へっ、それもそうだ」

 

「ちょっと! 何なのよ!」

 

ニヤつきながら二人は柊さんの手を離し、大伴も子供たちを柊さんの傍に下ろした。

 

「柊さん、手荒な真似をして申し訳ありません」

「久守さん……どういうつもりなのよ、遊矢からペンデュラムカードを奪うなんて! あなたまでこんな奴らに協力なんか……!」

「へへへっ、無駄無駄。そいつは沢渡さんの言う事なら何でも聞くからな」

「そうそう。沢渡さんがやるって決めたらそいつもやる」

「どうして……っ!」

「褒められた事ではないのは分かっています。けれど事の善悪は関係ありません。沢渡さんが望むなら、私はそれを叶えてあげたい。それだけです。……それに、今となっては本当に事が成せるのか、それを確かめる良い機会だとも思っています」

「何を言ってるの……?」

「理解して貰えるとは思っていません。いくら言葉を重ねても、伝わらないでしょうから。だから、語るのならデュエルで。あなたも人質になって榊さんの枷にはなりたくないでしょう」

 

セットしたデュエルディスクを突き出し、柊さんにデュエルディスクをセットするように促す。

 

「……上等じゃない。さっさと勝って、遊矢もカードも連れ帰させてもらうわ」

 

私の言葉に苛立ちながらも柊さんはデュエルディスクを取り出し、自信満々に笑った。

 

「大伴、荷物をお願い」

「へいへい」

「乱暴に扱ったら突き落とすから」

「恐ろしい事をさらっと言うなお前……」

 

 

「アクションフィールド・オン!」

 

 

沢渡さんの声と共に、リアルソリッドビジョンシステムが稼働し、アクションフィールドの形成が始まった。

これは……確かダークタウンの幽閉塔。そして多分私たちが立っているこの位置は最も高く聳え立つ、フィールド名にある幽閉塔だろう。

 

「きゃあああ!?」「う、うわあああ!?」

 

地面から鎖が伸び、柱がせり上がり始める。

それに驚いた子供たちが悲鳴を上げ、柊さんへと抱き付く。……失敗しました。せめて子供たちだけでもフィールドの外に出しておくべきでした。

しかし今更言ってもどうしようもない。

 

「それでは」「いってみようか!」

 

塔の下に居る沢渡さんと声が重なる。

 

「戦いの殿堂に集いしデュエリストたちが!」

「モンスターと共に地を蹴り、宙を舞い!」

「フィールド内を駆け巡る!」

 

「見よ!」「これぞデュエルの最強進化形!」

「アクション……!」

 

「デュエル!」「デュエル!」「デュエル!」「デュエル……!」

 

アクションカードが散らばり、塔の頂上と遥か下、私と柊さん、沢渡さんと榊さんのデュエルが始まる。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「本当に良いのですか……?」

「ああ。続けさせろ」

 

薄暗く、無数のモニターが眩しく輝く部屋。

其処に今回の発端ともなった中島とその主であるレオ・コーポレーション社長、赤馬零児の姿あった。

 

二人はアクションフィールドが選択され、ダークタウンの幽閉塔が建造されていく様子をモニター越しに眺めていた。

そんな中、フィールド全体ではなく、モニターの端に表示されている一部をピックアップして映すカメラ映像を見て、赤馬は口を開く。

 

「彼女は?」

 

次期市長と目される沢渡氏の息子である沢渡シンゴの事は名前は知っていた。それを取り巻く連中が居るというのも頷ける話だったが、その取り巻きたちの中で彼女が異質に感じたが故の質問だった。

他の取り巻きたちのように楽しむでもなく、ただ静かに相対する遊勝塾の少女を見つめる姿が、気になった。

 

「え、ああ、二か月ほど前にLDSに入った……総合コースの久守詠歌です」

 

赤馬の質問に中島はデバイスを取り出し、すぐさま少女の名を読み上げる。

 

「久守……? 何処かで……」

 

LDSの生徒の全てを把握しているわけではないが、確かにその名前に聞き覚えがあった。それにLDSではない、別の何処かで。

 

「最新の情報ですと昨日までの三日間で融合コース、シンクロコース、エクシーズコースの実力者に3連勝していると」

「入って二か月の総合コースの者が……?」

「はい。ですが彼女は総合コースに所属していますが、融合、シンクロ、エクシーズを使っているようです。召喚反応自体は特筆すべきものはありませんが……」

「……そうか、以前沢渡先生が言っていた……」

 

中島からもたらされた情報を聞いて、赤馬はその名前を何処で聞いたのかに行き当たった。そして同時に納得する。彼女が沢渡と共に居る訳を。

 

「社長?」

「いや。分かった」

 

それ以上言葉は紡がず、また赤馬はモニターへと意識を集中させた。榊遊矢と、端に表示される久守詠歌にも僅かに意識を向けながら。

 

(大会に出場するか分からない以上、今力の一端を見極めるのも必要か……)

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

YUZU VS EIKA

LP:4000

アクションフィールド:ダークタウンの幽閉塔

 

「橋の上に建つダークタウンの幽閉塔。此処はその頂上です」

 

「生憎、幽閉されるつもりはないわ!」

「や、やっちゃえ! 柚子姉ちゃん!」

「負けないで、柚子お姉ちゃん!」

「任せておいてっ。フトシくん、タツヤくん、アユちゃんをお願い。アユちゃん、少しだけ我慢しててね?」

「う、うんっ」

 

腰に抱き付いていたアユちゃんを二人に任せ、柊さんは幽閉塔に勇ましく立つ。この幽閉塔はそれ程広くはない。派手な動きをしてしまえばあっさりと転落してしまう。……やはり子供たちを残したのは失敗でした。

 

「先行はお譲りします。子供たちだけでは心配でしょう」

「お気遣い、ありがとうっ。私のターン!」

 

皮肉と捉えられたのか、若干睨まれてしまいました。

 

「私は幻奏の音女アリアを召喚!」

 

現れたのは紫の髪を持つ、音女。詳しくは知りませんが確か幻奏モンスターは全て特殊召喚に関する効果を持っていたはず。これで終わりではないでしょう。

 

「フィールドに幻奏の音女が居る時、手札から幻奏の音女ソナタを特殊召喚出来る! 来て、ソナタ!」

 

続いて現れる緑の髪を持つ音女、ソナタ。二人の音女は静かに幽閉塔へアユちゃんたちを囲むように降り立った。

 

幻奏の音女アリア

レベル4

攻撃力 1600 → 2100

 

幻奏の音女ソナタ

レベル3

攻撃力 1200 → 1700

 

「特殊召喚されたソナタがフィールドに居る限り、私のフィールドの天使族モンスターの攻撃力、守備力は500ポイントアップするわ!」

 

自分フィールド限定のパワーアップ……アクションデュエルではフィールド魔法は基本的に使えないのでマドルチェ・シャトーは既に抜いてある……ですがシャトーがない今、私のデッキのマドルチェではパワーアップした幻奏の音女の戦闘破壊は困難です……。

 

「私はこれでターンエンド!」

「私のターン、ドローします」

 

……正直、あまり状況は良くない。これが通常のデュエルならば関係ないが、今はアクションデュエル。リアルソリッドビジョンシステムによってモンスターもフィールドも質量を持っている。安全装置があるとはいえ、この高さからもし落ちようものなら子供たちの一生のトラウマとなるだろう。幻奏の音女たちでは子供たちを抱えながらこの高さから無事に降りられるか怪しい。よって間違いなくフィールドを破壊するであろう巨大なネフィリム、彼女は使えない。

 

強力なバウンス効果を持つティアラミス、彼女なら無闇にフィールドを破壊することはないだろうが、バウンス出来るのは一ターンに二枚まで。今の手札ではこのターンに召喚することは出来ない。けれど、次の柊さんのターンにはフィールドのカードは恐らくもっと増える。もしもアドバンス召喚でモンスターカードが二枚まで減り、ティアラミスの効果でバウンス出来たとしてもマドルチェ・シャトーがない今、彼女の攻撃力は2200。頼もしいとは言えない数値だ。次のターンまで無事でいられる可能性は低い。それにもしティアラミスで決着がついたとしても沢渡さんたちのデュエルが続いていればアクションフィールドは解除されない。もしも直接攻撃の衝撃で吹き飛んだりすれば、ティアラミスでは助けられない。

 

それにこの不安定な高台で戦う以上、出来るならば戦闘は1ターンで終わらせたい。もしも何度もモンスターの攻撃を受けて吹き飛んだり、崩れたりすれば……想像したくない。

 

そう考えると私が使える子たちは限られてくる。……刀堂さんの勧め通り、ヒュンレイにしておけば良かったかもしれない。傭兵さんならこれぐらいの高台、ちょちょいと降りてくれたかもしれないのに……獣神ヴァルカンじゃ、少し不安だ。

……考えていても仕方ない。答えは出ている。彼女たちがフィニッシャーに使えないなら他の子たちに協力してもらいましょう。

 

「私はモンスターをセット、そしてカードを二枚セット。ターンエンドです」

「私のターン! ドロー!」

 

「あの姉ちゃん、カードを伏せただけで弱気だっ。柚子姉ちゃん、やっちゃえー!」

 

「ええ! 私は幻奏の音女アリアをリリースしてアドバンス召喚! 来て、レベル5の幻奏の音女エレジー!」

 

アリアと入れ替わりで舞台に上がった音女、エレジー。

ソナタよりも薄い緑の髪を揺らしながら、同じように静かに子供たちの傍に降り立った。

 

幻奏の音女エレジー

レベル5

攻撃力 2000 → 2500

 

「エレジーがフィールドに存在する間、特殊召喚された幻奏の音女たちは効果では破壊されない! これでどんなカードを伏せていても関係ないわ!」

 

破壊耐性まで……本当、使わないと決めた時ほど、いつも頼りたくなってしまう。光津さんとのデュエルでもそうだった。……でも、今回は頼れない。こんな状況になっておいて今更だけれど、怪我だけはさせない。デュエルにも……負けない。

 

「エレジーでセットされたモンスターを攻――きゃあ!?」

 

柊さんが攻撃宣言する直前、衝撃が幽閉塔を襲った。振り向いて下を見ると、巨大なビリヤードの球が幽閉塔の真下を通り抜けている。その振動のせいのようだ。恐らくアクショントラップを榊さんが取ってしまったんだろう。

 

「ちょっと遊矢、しっかりしなさいよ!」

『うぅ、わ、悪い……っ』

 

柊さんがデュエルディスクを通じて榊さんを叱咤する。滑り落ちそうになった子供たちはソナタとエレジーが支えているようだ。

 

『よう久守、無事か?』

「沢渡さん! はい、大丈夫です!」

『この調子じゃ、まだまだトラップに引っかかってくれそうだ。用心しとけよ』

「はいっ!」

 

楽しそうに笑いながら沢渡さんが忠告してくれる。流石、沢渡さん、デュエル中でも気配り上手!

 

「ったく……改めて攻撃よ、エレジー!」

 

気を取り直し、柊さんが改めて攻撃を宣言する。

 

「私は罠カード、ハーフorストップを発動。このカードが発動した時、相手プレイヤーは自分フィールドのモンスターの攻撃力を半分にしてバトルフェイズを続けるか、バトルフェイズを終了するか選択できます」

「くっ……私はバトルフェイズを終了するわ」

 

もしも攻撃力が半分になればエレジーの攻撃力は1150。攻撃を仕掛けるには心もとない数値だ。通常なら選択としては正しいだろう。まあ私のセットしたモンスターの守備力はそれよりも低いので、今回はミスですが。

 

「私はカードを一枚伏せて、ターンエン――」

「エンドフェイズ時、永続罠、影依の原核(シャドールーツ)を発動。このカードは発動後、永続罠であると同時にモンスターカードとして特殊召喚されます。私は守備表示で影依の原核を特殊召喚」

 

影依の原核

レベル9

守備力 1450

 

「な、なにあれ……怖い……」

「痺れるぐらい気味が悪いぜ……」

「しかもバトルフェイズは終了してるから破壊することも出来ない……」

 

現れた影依の原核は卵のようにも見える、不思議な球体。けれど其処からは靄のように何かが立ち上り、まるで生物であるかのように姿を蛇や獣のような姿に変化している。

 

「……ターンエンドよ」

「私のターン、っ……!」

 

ドローの為にデッキに手を触れた瞬間、また衝撃が幽閉塔を襲う。背後を見れば今度はビリヤードの球が跳ねあがり、幽閉塔の高さにまで上がって来ようとしていた。この高さから再び落下すれば……ほぼ間違いなく幽閉塔のある橋は崩れるだろう。そうなれば私たちの居る幽閉塔自体が壊れるのも時間の問題。急いだ方が良さそうだ。じゃないと他人の心配を(勝手に)している私が落ちる羽目になる。

 

「ドロー。私はモンスターを反転召喚。おいで、シャドール・ヘッジホッグ」

 

シャドール・ヘッジホッグ

レベル3

攻撃力 800

 

反転召喚されたヘッジホッグが私の前で体の針を強調し、威嚇する。

 

「あ、あっちのは少し可愛い、かも」

「でも二体並ぶと何だか不気味だぜ……?」

 

……音女たちが周囲に居るからか、思いの外子供たちも余裕があるようだ。心配し過ぎだったかもしれない。

 

「ヘッジホッグのリバース効果発動。シャドールと名の付く魔法、罠カードを手札に加えます。私が手札に加えるのは影依融合(シャドール・フュージョン)

「融合……!?」

 

「融合……?」「って何だ?」

「融合召喚……! モンスターとモンスターを合体させて、より強力なモンスターをエクストラデッキから呼び出すつもりなんだ……!」

 

フトシくんとアユちゃんの反応を見るに、やはりまだまだアドバンス召喚以外の召喚方法は子供たちにまでは知られていないようだ。タツヤくんが知ってるってことはそこまでマイナーというわけでもないんだろうけれど。

 

「私は手札に加えた影依融合を発動。フィールドのヘッジホッグと手札のシャドール・ビーストを融合――糸に縛られし鼠と獣よ、一つとなりて神の写し身となれ――融合召喚。来て、探し求める者、エルシャドール・ミドラーシュ……!」

 

暗い影が混ざり合い、やがて光が堕ちる。暗い光の渦から姿を現したのはソナタともエレジーとも違う、また緑色の髪。ガスタの色を持つ者、ミドラーシュ。

ゆっくりと光の渦の中から這いずるように現れるミドラーシュ。……あの、演出なのかもしれませんが早く全身出してくれませんか。急がないとさっきのビリヤードの球が……

 

「きゃあああ!」

 

ミドラーシュの全身が光から抜け出るよりも早く、先ほど跳ね上がったビリヤードの球が地面へ落ち、今までで一番の衝撃が幽閉塔を襲った。

 

「っ……」

 

その衝撃に塔から振り落とされそうになり、体勢を整えようとするが掴まれそうな場所は見当たらない。……主にミドラーシュが出てこようとしている光の渦のせいで。

 

「久守さん!?」

 

エレジーに支えられ、体勢を整えた柊さんが今にも落ちそうになっている私を見て悲鳴を上げる。

 

「エレジー、久守さんを!」

「そ、そんなことしたら柚子お姉ちゃんが落ちちゃうよ!」

「でも、だからって!」

 

今にもエレジーや子供たちを振り切って飛び出しそうな柊さんを見て、まるで仕方ないと言わんばかりにミドラーシュが手に持つ杖を私に差し伸べた。だからもっと早くしてください。

杖を掴むとミドラーシュは私を引っ張り上げ、漸く全身を光の渦から出すと自身が駆るドラゴンへと私を乗せる。これで落ちる心配はなくなった。

 

エルシャドール・ミドラーシュ

レベル5

攻撃力 2200

 

それを見てほっとした表情の柊さんに罪悪感が募る。悪趣味な演出になってしまいました。

 

「召喚されたミドラーシュは相手のカードの効果では破壊されません。……私は融合素材として墓地に送られたビーストの効果発動。デッキから一枚ドロー」

 

ドローしたのは……悪くない、運が向いて来たらしい。前回のと今のでミドラーシュの呪いが解けたんでしょうか。

 

「私は手札から速攻魔法、神の写し身との接触(エルシャドール・フュージョン)を発動」

「まさか、また……!?」

「手札の二枚目のシャドール・ヘッジホッグとフィールドの影依の原核を融合、影依の原核はシャドール融合モンスターの素材となる事が出来る――糸に縛られし鼠よ、母なる核と一つとなりて神の写し身となれ――融合召喚」

 

私の背後でミドラーシュが手を前に掲げる。先ほどとは違う眩しい光が私たちの頭上で渦巻き始める。普通のソリッドビジョンと違い、やはりアクションデュエルで使われるリアルソリッドビジョンは凄い。同じ融合魔法でもそれぞれの特色が出ている、などと場違いな感想を思い浮かべながら私もまた手を掲げる。

 

「来て、忍び寄る者、エルシャドール・ウェンディゴ……!」

 

ミドラーシュの時とは違い、光の中から彼女たちは飛び出すように姿を現した。

 

「イルカ、なの……?」

 

その姿を見て、アユちゃんが呟く。

その言葉の通り、現れたのは所々が機械化されてはいるが、それは間違いなくイルカだった。

そしてイルカに続くように現れたのはその主である、少女。

金と紫の髪を持ち、手には形こそ違うがミドラーシュと同じく禍々しさを感じさせる杖を持った少女人形。

 

エルシャドール・ウェンディゴ

レベル6

守備力 2800

 

「これが融合召喚……僕、初めて見た……」

「すっげえ……」

 

幽閉塔から子供たちが見上げる中、ウェンディゴはイルカの背を軽く蹴り、私とミドラーシュが乗るドラゴンへと飛び移った。……いやイルカに乗ってあげなよ。

こうしてドラゴンの背にミドラーシュ、私、ウェンディゴという背の順で座る形になり、色々と物申したい気持ちに駆られながらも私はデュエルを進める。

 

「融合素材として墓地に送られた原核の効果発動。このカード以外の墓地のシャドールと名の付く魔法、罠カードを手札に戻す。私は神の写し身との接触を手札に戻します」

 

 

恐らく柊さんはエクストラデッキを使用した召喚は出来ない。つまり影依融合によるデッキ融合は行えない。なら速攻魔法である神の写し身との接触の方が役立つだろう。

 

「まさかもう一度するつもり!?」

「いいえ。どちらの融合カードも一ターンに一度しか使用できませんし、ミドラーシュの効果により、ミドラーシュがフィールドに存在する限り互いのプレイヤーは一ターンに一度しか特殊召喚を行えません」

 

「よ、よかったぁ……それじゃあこのターンはこれ以上モンスターが増えないんだねっ」

「いや、まだ通常召喚をあのお姉さんはしてない……それに特殊召喚が一ターンに一度まで、ってことは柚子お姉ちゃんの幻奏の音女たちも一ターンに二体までしか……」

「で、でもあのドラゴンを倒せばいいんだろっ? だったら次のターン、攻撃力で勝ってるエレジーで攻撃すれば……!」

 

あのドラゴン呼ばわりされたからかミドラーシュが杖を振って自己主張する。どうやらフトシくんにはドラゴンが本体に見えるようだ。……まあ気持ちは分からないでもない。

 

「私はモンスターをセット。さらにカードを一枚セットしてターンエンド」

 

ミドラーシュのせいで揺れるドラゴンの背中で私はビーストの効果でドローしたカードをセットし、エンド宣言。まだ足りない。

 

「えっ、攻撃しないのかよ?」

「何か企んでるのかも……」

 

子供たちは色々と予想を立てているようですが、柊さんはどう出るのか。

 

「私のターンっ! って……あれは!」

 

ドローしようとデッキに掛けた手を離し、柊さんが何かを指さした。振り返ってもミドラーシュの顔しか見えない。……ちょっとズレてもらえません?

渋々といった様子でミドラーシュが体をズラすと、柊さんが指さしていたものが視界に入り込む。

 

「遊矢兄ちゃんの時読みの魔術師と……」

「星読みの魔術師だ!」

「でも今使ってるのは……」

 

「どうやら沢渡さんの方は準備が整ったみたいですね」

「そんな……」

 

 

 

「――ペンデュラム召喚!」

 

 

 

アクションフィールドに、沢渡さんの高らかな宣言が響き渡った。

 




初アクションデュエル回。(アクションカードを使うとは言ってない)
今回はアニメ3話を見ながらじゃないと状況が分かり難いと思います……。
アニメでは幽閉されるお姫様役だった柚子さんとのデュエルです。

アクションデュエルは描写が難しいですが、モンスターたちは書いていて楽しいです。
OCGプレイヤーでない読者の方は登場したモンスターの画像を探していただければより分かりやすくなるかと……。

次回こそ沢渡さんとお別れか…(棒読み)


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さようなら沢渡さん 後編

『俺はスケール1の星読みの魔術師と』

「っ、俺は、スケール1の星読みの魔術師と――」

『スケール8の時読みの魔術師で』

「スケール8の時読みの魔術師で――」

『「ペンデュラムスケールをセッティング! ――――ペンデュラム召喚!」』

 

二体のモンスターによって作られたゲートから、モンスターたちが同時に召喚された。

 

「うぉお! すげぇ! マジすげぇ! ペンデュラム召喚、最高だぜぇ!!」

 

それを見て、沢渡は興奮した様子で笑い声を上げる。

ペンデュラム召喚を行った二人目のデュエリストが誕生した瞬間だった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「ペンデュラム召喚……うそ、本当に遊矢以外の人が……」

「本当に特別な力も、カードも、世界には存在しない。選ばれた者だけが使える力なんて、存在しません。当然の結果です」

 

一発で成功させるなんて、流石沢渡さんですね! しかも三体もまとめて召喚なんて、マジ凄すぎっすよ!

 

「「「遊矢兄ちゃん!」」」

 

子供たちが榊さんの名を必死に呼ぶ。

けれどその声は此処からでは届かない。

 

「柊さん、あなたのターンです」

「っ……! 私のターン、ドロー!」

 

柊さんのフィールドには幻奏の音女ソナタとエレジー、そして伏せカードが一枚。私のフィールドにはエルシャドール・ミドラーシュとウェンディゴ、セットモンスター、伏せカードが一枚。

エレジーの攻撃力はソナタの効果により500ポイント上がり、2500。ミドラーシュの攻撃力は2200、ウェンディゴの守備力は2800。特殊召喚が主体の幻奏デッキなら、特殊召喚に制限をかけるミドラーシュを破壊しなければ真価は発揮できない。

 

「バトルよ! エレジーでエルシャドール・ミドラーシュを攻撃!」

 

当然、そう来ますよね。

 

「罠カード、堕ち影の蠢きを発動。このカードはデッキからシャドールと名の付くカードを一枚墓地に送る事で発動でき、フィールドのセットされたシャドール・モンスターを表側守備表示へと変更する。私はデッキからシャドール・ハウンドを墓地に送り、セットモンスター、シャドール・ファルコンを表側表示に」

 

姿を現したのは隼。空を飛び、私たちが乗るドラゴンの隣へと滞空する。

 

シャドール・ファルコン

レベル2 チューナー

守備力 1400

 

「そしてファルコンのリバース効果を発動。墓地のシャドール・ビーストを裏側守備表示で特殊召喚します。さらに墓地に送られたハウンドの効果、フィールドのモンスターの表示形式を変更する、私はエレジーを守備表示へ」

 

シャドール・ビースト(セット)

レベル5

守備力 1700

 

幻奏の音女エレジー

レベル5

攻撃力 2500 → 守備力 1700

 

「また攻撃が封じられた!」

 

「……ターンエンドよ」

 

思い通りにバトルが出来ない歯がゆさに僅かに焦りの表情を見せながら柊さんはターンを終了した。

 

「……ファルコンを攻撃しなくて良かったのですか?」

 

思わず指摘してしまった。

 

「あっ……く、これでいいのよ!」

「そんなに榊さんの事が気になるのなら、早くデュエルを終わらせるべきです。……私も、時間は掛けたくありませんから」

「何ですって……!」

「私のターン、ドロー」

 

これで冷静さを失ってくれるのならありがたい。それに本音でもありますし。

 

……さてチューナーであるファルコンとレベル5のミドラーシュ、レベル6のウェンディゴがフィールドに存在している、が私のデッキにはシンクロモンスターはレベル6のヴァルカンのみ、意味がない。

今はまだ勝負は決められない。私の手札は2枚、墓地から回収した神の写し身との接触と今ドローしたマドルチェ・チケット。……このタイミングでどうしてモンスターではなくチケットを引いてしまうのか。けど、まだ手はある。

 

「私はシャドール・ビーストを反転召喚。リバース効果発動、二枚カードをドローし、その後手札を一枚捨てる……」

 

シャドール・ビースト

レベル5

攻撃力 2200

 

空を飛べないビーストは崩れ始めた幽閉塔に器用に着地し、遠吠えを上げるような仕草を見せた。

ビーストの効果でドローしたのは……欲しいと願ったカード。本当、焦らし上手なデッキで困ってしまう。

チケットを墓地に送り、手札は3枚。……これでようやく、子供たちの事を気にしなくて済む。

まずは、

 

「バトルフェイズ、ミドラーシュでエレジーを攻撃」

 

私の背後に座るミドラーシュが立ち上がり、杖を掲げる。その杖から発せられる力が風を巻き起こし、飛ばされないように必死にドラゴンの背中にしがみ付く。

 

「柚子お姉ちゃん!」

 

アユちゃんの悲痛な声が響く。

 

「大丈夫――罠カード、和睦の使者を発動! このターン、私のモンスターは戦闘では破壊されず、ダメージも0になる!」

 

柊さんはアユちゃんたちを安心させるように頬笑み、罠カードを発動した。……和睦の使者ですか、今の攻撃で発動させられて良かった。

 

「やった! これでエレジーを守れる!」

 

杖に集まった力と風が霧散し、ミドラーシュは再びドラゴンの背に座り込む。……いや、杖を振り回さないで。

 

「私はカードを二枚セットして、ターンエンドです」

 

防がれはしましたが、もう私も防御に徹する必要はなくなった。ミドラーシュとウェンディゴ、それにもう一人が居ればアクションフィールドが解除されなくても問題ない。

……沢渡さんの方は大丈夫でしょうか。ペンデュラム召喚に成功したとはいえ、榊さんもそれだけでやられるようなデュエリストではないはずですから。

 

「私のターン……っ!」

 

突然、柊さんが自分の頬を両手で叩いた。

 

「良し……遊矢をほっとけないわ、さっさと終わりにしてみせる! ドロー!」

 

……これ以上の心理戦はあまり意味がなさそうですね。

 

そしてドローカードを見た柊さんが笑う、何が出て来るか……私もこれ以上時間を掛けたくはない。沢渡さんの所へ早く行かなくちゃ。それと早く終わらせないとその内ミドラーシュに突き落とされそうな気がする。

 

「私は手札から幻奏の音女カノンを特殊召喚、このカードは自分フィールドに幻奏の音女が居る時、手札から特殊召喚出来る! 来て、カノン!」

 

仮面を被った紫の髪を持つ音女が現れる。私のフィールドと違って華やかになっていく柊さんのフィールド。いえ、別にこの子たちが華やかでないとは言いませんが。少し、自分勝手すぎる。

 

幻奏の音女カノン

レベル4

攻撃力 1400 → 1900

 

「これでこのターン、あなたはもう特殊召喚を行えない」

「分かってるわ! でもまだ私は通常召喚をしていない! 私は幻奏の音女カノンとソナタをリリースして、アドバンス召喚! 天上に響く妙なる調べよ、眠れる天才を呼び覚ませっ、いでよ! レベル8の幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト!」

 

二人の音女と入れ替わりで舞台に現れたのは最上級モンスター、赤いドレスを纏った音姫。

 

幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト

レベル8

攻撃力 2600

 

「さらにエレジーを攻撃表示に変更するわ」

「ソナタがリリースされた事により、幻奏モンスターの攻撃力は本来の攻撃力に戻ります」

 

幻奏の音女エレジー

レベル5

攻撃力 2500 → 2000

 

「出た、柚子姉ちゃんのエース! 攻撃力が下がっても、これならあの融合モンスターを破壊できる!」

「いっけー、柚子お姉ちゃん!」

 

「さあバトルよ! 私はプロディジー・モーツァルトでエルシャドール・ミドラーシュを攻撃! グレイスフル――ウェーブ!」 

 

プロディジー・モーツァルトが手に持ったステッキを回転させ、衝撃破が放たれる。まだ問題はない、ミドラーシュが破壊されるのは予想できた。

その為のカードも伏せて――

 

「っ……!?」

 

襲い掛かるであろう衝撃に備えていたが衝撃は予想外の所から発生した。……ミドラーシュだ。

衝撃波が放たれると同時にミドラーシュはドラゴンを操り、宙を駆けた。私とウェンディゴを乗せたまま。

……当然の事ではあるけれど、質量を持ち、モンスターと共に地を蹴り、宙を舞うことが可能になったアクションデュエルとはいえ、相手の攻撃を躱したり、他のモンスターを盾にしたり、というルールに反する事は出来ない。破壊されるまでの時間を稼ぐことでアクションカードを発動する、といった芸当は可能ではあるが……此処は何もない空中、アクションカードなどあるはずもない。

よって、

 

このミドラーシュの行動に一切意味はない。

 

激しい空中での移動に視界が揺れる。上下が曖昧になる。

 

「いくら動き回っても、破壊は免れないわ!」

 

仰る通りです。今にも飛ばされそうになる私をウェンディゴが必死に掴んでくれていますが、この空中移動自体は苦ではなさそうですが、腕力が優れているわけではない彼女も限界のようです。

元が風属性だからか、ミドラーシュも心なしか楽しそうな気配を出していますが、おい、デュエルを進めろよ。今のあなたは闇属性です。

 

「エルシャドール・ミドラーシュを破壊!」

 

そんな中、漸くプロディジー・モーツァルトの攻撃がミドラーシュを、正確には彼女が駆るドラゴンを捉えた。

新たな衝撃と共に完全に空中に投げ出される。

私がドラゴンに振り回されるのをただ見ていたウェンディゴのイルカが慌てて私とウェンディゴをその背でキャッチする。

 

EIKA LP:3600

 

「……罠カード、発動……奇跡の残照……このターン破壊されたモンスター一体を特殊召喚します……来て、ミドラーシュ……」

 

息も絶え絶えにカードを発動し、再びミドラーシュが光と共にその姿を現す。私たちの横に滞空し、「おいでおいで」と言うように杖を動かしていますが、当然あんな後で従うはずありません。

 

「くっ、けどエルシャドール・ミドラーシュが一度フィールドを離れた事で、特殊召喚のカウントはリセットされたわ! これでもう一度特殊召喚が出来る!」

 

柊さんの口ぶりからして恐らくプロディジー・モーツァルトにも他の幻奏の音女たちと同じ、特殊召喚に関係する効果が備わっているはず。だとするとまだモンスターは増える……守備に徹する必要がなくなったとはいえ、勝負を急ぎたいのが本音だ。

沢渡さんの事が気になる。背後に見えるペンデュラム召喚の為の光の柱の中から、魔術師たちの姿が消えたのも心配だ。効果が無効になったのか、それとも破壊されたのか、あのソリッドビジョンが何を表しているのかは分からない。自分の目で確かめないと。

 

その為にも、まずは柊さんを倒す。

 

「まずはバトルよ! エレジーでシャドール・ファルコンを攻撃!」

 

シャドール・ファルコンは墓地に送られた時、自身を裏守備表示で復活させる効果があるが、それは戦闘ではなくカード効果によって破壊された時のみ。今破壊されれば戻っては来れない。

エレジーの歌声が聞いたものを惑わす魔笛となってファルコンを襲う。やらせるわけにはいかない。

 

「私は速攻魔法、マスク・チェンジ・セカンドを発動……!」

 

「えっ……!?」

 

攻撃がファルコンへと到達する瞬間、ファルコンの周囲に光と共に仮面が出現し、歌声を掻き消した。

私が伏せたカードは速攻魔法、マスク・チェンジ・セカンド。アクションデュエルであるが為に抜いたフィールド魔法、マドルチェ・シャトーの代わりに入れたカード。

そしてこのカードの効果は――

 

「このカードは手札を一枚捨てる事で発動できます。自分フィールドの表側表示のモンスターを墓地へ送り、そのモンスターと同じ属性でレベルの高いM・HEROをエクストラデッキから特殊召喚する。私は手札の神の写し身との接触を捨て、ファルコンを選択――お伽の国から抜け出た隼よ、一夜限りの魔法で新たな姿を見せよ――M・HERO(マスクドヒーロー) ダーク・ロウ」

 

現れた仮面がシャドール・ファルコンと重なり、光が溢れた。

そしてその光が収まった時、彼はこのダークタウンに現れる。

 

「見て、あそこ!」

 

フトシくんが崩れかけた幽閉塔の頂上のさらに上、細く尖った屋根に立つその姿を見つけた。

 

M・HERO ダーク・ロウ

レベル6

攻撃力 2400

 

仮面で顔を隠す勇者。本来の居場所から抜け出た、一夜限りの魔法で変身した姿。

本来ならシャドール・ファルコンの効果で墓地に送られたファルコン自身を復活させる事が出来ますが、今はミドラーシュの効果により特殊召喚は互いに一度まで、効果は発動できない。したところで破壊されるだけではありますが。

 

「攻撃力、2400……エレジー!」

 

エレジーが頷き、攻撃を中断し再び柊さんたちの下に降り立つ。

これでモンスターは破壊されず、柊さんのターンでの融合の為、私のターンでも一度なら特殊召喚が出来る。

 

「エクストラデッキから3体もモンスターを召喚するなんて……」

「敵だけど痺れるくらい強いぜ、あの姉ちゃん」

 

「――私はプロディジー・モーツァルトの効果を発動、デッキからレベル4以下の幻奏モンスターを特殊召喚する! もう一度舞台へ上がって! 幻奏の音女ソナタ!」

 

「おお! 柚子姉ちゃんも負けてない!」

「これでまた柚子お姉ちゃんのモンスターの攻撃力が上がるわ!」

 

幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト

レベル8

攻撃力 2600 → 3100

 

幻奏の音女エレジー

レベル5

攻撃力 2000 → 2500

 

幻奏の音女ソナタ

レベル3

守備力 1200 → 1700

 

守備表示で特殊召喚された二枚目のソナタの効果で攻撃力、守備力が再び500ポイントアップし、さらにエレジーの効果によりソナタは効果破壊されなくなる。

けれど、それだけだ。

 

「ターンエンドよ!」

「私のターン」

 

手札は0。フィールドには2人の神の写し身と獣、そして黒き勇者が一人。この状況を打破する為のカードは何枚かデッキに入っている。それを引く確率はそれ程低くはない。それこそ私の大した事のないドロー力でも引き当てられる程度のはず。

 

(このターンを凌げば……! モンスターの数では負けてるけど、次のターンでミドラーシュさえ倒せれば……このデュエル、勝てる!)

 

一度息を吐き、柊さんたちを見る。意志の籠った瞳で私を見つめる柊さん、柊さんを応援する子供たち。そして私たちの下では榊さんが大切なカードを取り戻そうと必死で戦っている。……このデュエルは確認だ。こんな状況で、私のような人間が何かを成せるかどうか。そして沢渡さんの望みが叶うのかどうか。その確認。

 

此処に来て、2ヶ月。色々な事があった。色々な事があって、私は此処に立っている、生きている。

そしてこれからも私はあの人の隣に立ち続ける。だから、応えて。人形に心が宿るように、カードにも心が、想いが宿るのなら、私の願いに。

 

「ドロー」

 

…………本当に、ひねくれ者。誰に似たんでしょうか。

 

「手札から装備魔法、ワンショット・ワンドを発動し、ミドラーシュに装備。このカードを装備した魔法使い族モンスターの攻撃力は800ポイントアップする」

 

エルシャドール・ミドラーシュ

レベル5

攻撃力 2200 → 3000

 

虚空から現れた新たな杖を掴み、ミドラーシュがドラゴンの背に立つ。無表情、だけどまるで「どーよ?」とでも言いたげなポーズで私を見る。あ、はい。

 

「ああっ! ミドラーシュの攻撃力がエレジーを超えた!」

「でもまだプロディジー・モーツァルトには届かないよ!」

「いや、ソナタが破壊されたらプロディジー・モーツァルトの攻撃力は500ポイント下がる……そしたらっ」

 

「ウェンディゴを攻撃表示に変更」

 

エルシャドール・ウェンディゴ

レベル5

守備力 2800 → 攻撃力 200

 

「攻撃力200のモンスターを攻撃表示に……?」

「私のデッキでは攻撃しなければライフは削れませんから……バトル、シャドール・ビーストで幻奏の音女ソナタを攻撃」

「きゃ……!」

 

飛び掛かったビーストの牙を受け、ソナタが破壊される。残るモンスターは二体。

 

「ダーク・ロウの効果発動、ダーク・ロウが居る限り、あなたの墓地に送られるカードは全てゲームから除外される。そしてソナタが破壊された事により、幻奏の音女たちの攻撃力は再び元に戻る」

 

幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト

レベル8

攻撃力 3100 → 2600

 

幻奏の音女エレジー

レベル5

攻撃力 2500 → 2000

 

(除外……あのモンスターが居る限り、墓地から幻奏の音女を手札に加える事も、特殊召喚することも出来ない……そしてミドラーシュが居る限り、特殊召喚は一度しか出来ない……どっちも厄介なモンスターね)

 

「そしてミドラーシュでプロディジー・モーツァルトを攻撃……!」

 

ミドラーシュに倣うように私もイルカの上に立ち、ミドラーシュに目配せする。……が、ミドラーシュは動かない。さっき和睦の使者で攻撃を中断させられたからでしょうか。それともさっきのポーズを無視したからでしょうか。相変わらず無表情だが「やる気でなーい」とでも言いたげだ。……おい、本当にいい加減にしてくださいよ。

 

「ミドラーシュで攻撃……ミッシング・メモリー!」

 

少しだけ大きな声でもう一度攻撃を宣言すると、今度は大人しくミドラーシュは動いてくれた。

ドラゴンを駆り、プロディジー・モーツァルトへと肉薄する。その手には二本の杖、中断された攻撃の時以上の力がそれには宿っている。

まずドラゴンの咢が音姫を捉え、その勢いのまま空中へとその体を投げ出し、それに向かってミドラーシュは杖を力強く振り下ろした。そして杖から放たれた二つの光弾が挟み込むように音姫へと直撃し、破壊した。後一体。

 

「くぅ……!」

 

YUZU LP:3600

 

柚子さんとエレジーがミドラーシュたちによって生じた風から子供たちを守る。……塔の方も、そろそろ限界ですね。

 

「この瞬間、ワンショット・ワンドの効果発動。装備されているこのカードを破壊し、カードを一枚ドローする」

 

何度目でしょうか、こうして祈りながらカードを引くのは。

いつもいつも私の期待に素直に応えてくれない捻くれたデッキ、だけどいつだって私を助けてくれたデッキ。今更疑いません。

また一度息を吐いて、デッキに手を掛ける。

 

「ドロー」

 

気負う必要はない。ゆっくりと引いたカードを返し、その姿を視界に入れようとした時だった。

 

「う、うわ!? く、崩れるぅ!?」

 

それに気づいたのはまたしてもフトシくんだった。

幽閉塔を支える柱が端からどんどんと崩れ落ち、ついに塔を支える事が出来なくなり、崩壊を始めた。

カードを確認するよりも先に、ミドラーシュとダーク・ロウを見る。

 

「お願い」

 

短いその一言で二人は私が言わんとしている事を理解してくれた。

今、柊さんのフィールドにはエレジーのみ。彼女一人では、柊さんと子供たちを抱えて地上に降りる事は出来ないだろうから、二人にお願いする。

……本当なら崩壊する前に勝負をつけて、その後に、と思っていたのですが、思ったよりも塔の崩壊が早いのか、それとも私が愚図だったのか。

エレジーが居る今ならミドラーシュかダーク・ロウだけで十分助けられましたね。ダーク・ロウの召喚を待つ必要はなかった。

まあ地上に降りたからといって沢渡さんの邪魔をさせるわけにはいきませんから、今から決着を着ける為にダーク・ロウは必要でしょうし、完全に無駄になったわけではない。

崩壊する塔の壁を蹴りながら疾走するダーク・ロウとドラゴンで空を駆けるミドラーシュをウェンディゴと共に見つめながら、そう自分に言い訳する。

 

「いやぁあああ!?」

「きゃあああ!?」

 

そして、ついに塔から落下した柊さんたちへとダーク・ロウたちが到達する直前。

 

「頼む! 時読み、星読み!」

 

榊さんの声と共に、柊さんたちの落下が止まった。

 

「と、時読みの魔術師……!」

「星読みの魔術師も!」

「あ、ありがとうございます……」

 

時読みと星読み、二人の魔術師と幻奏の音女が柊さんたちを受け止めていた。

 

「っ……!」

 

私は身を乗り出し、地上を見下ろし、視線を彷徨わせる。沢渡さん……!

その姿はすぐに見つかった。

 

 

「ッ、全部こうなるようにッ、計算してやがったのか……!!」

 

 

忌々しげにそう吐き捨てる、あの人の姿が。

 

「計算じゃない! 俺は信じてた!」

「信じて、だぁ……!?」

 

どんなカードを使ったのかは分からない。けれど、二人の魔術師、二枚のペンデュラムカードが榊さんの手に戻っている。

……そうですか、こうなるんですね。

 

「計算通りにならねえのなら……全部ぶっ壊してやるぜッ!」

 

 

 

 

ダーク・ロウとミドラーシュ、ウェンディゴ、ビーストと共に着地した私は沢渡さんの背中をただ見つめるしかない。

 

「いくぞ、時読み、星読みッ! ――お楽しみはこれからだ!」

 

二枚のペンデュラムカードを掲げた瞬間、スポットライトが榊さんだけを照らし出す。

 

「レディース&ジェントルメン! 今日は皆さんに、素晴らしい光のショーをお見せしましょう!」

 

……これが榊さんのデュエル、エンタメデュエル。もう完全にこのフィールドは榊さんが支配している。

 

「まずはペンデュラムと言えば、この二人を抜きには語れませんね?」

 

「時読みの魔術師と!」

「星読みの魔術師!」

 

「その通り! この二人と一緒に、本日のスターたちに登場してもらいましょう! 皆さん、掛け声はもう分かってますねッ?」

 

「勿論!」

 

始まる。儀式、融合、シンクロ、エクシーズ、そのどれとも違う、新たな召喚方法が。

 

「俺はスケール1の星読みの魔術師とスケール8の時読みの魔術師でペンデュラムスケールをセッティング!」

 

二つの光の柱が榊さんの背後に現れる。

 

「これによりレベル2から7のモンスターが同時に召喚可能! ――揺れろ、魂のペンデュラム! 天空に描け、光のアーク!」

 

私はそれを見ている事しかできない。結末を見届ける事しか、出来ない。

 

「ペンデュラム召喚! 現れろ、俺のモンスターたち!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「答えは!」

 

「「「「0!」」」」

 

 

 

WIN YUYA

WIN YUZU

 

そして、デュエルは終了した。

‟二人”のデュエルの勝敗が決した事によりアクションフィールドが解除されていく。

 

そこで漸く、私は動くことが出来た。

 

「沢渡さん!」

 

ブロック・スパイダーの攻撃により吹き飛んだ沢渡さんに駆け寄り、彼の名を呼ぶ。良かった……怪我はしてない。

 

 

「えっ、どうして私が……?」

 

沢渡さんを呼ぶ私の背後で柊さんの困惑したような声。ああ、そうか、気付いていなかったんですね。

 

「……1分以上デュエルを進行しなかった場合、そのプレイヤーは失格になる。ターンプレイヤーは私でした」

 

柊さんの方を振り向くことはせずに、立ち上がる沢渡さんに手を貸しながらそれだけを短く伝える。

 

「ちょっと、そんな決着で――」

「沢渡さん! 久守!」

 

駆け寄って来た山部たちに頷く事で沢渡さんが無事な事を伝える。

 

「い、いやお前の方こそ大丈夫か……?」

「酷い顔になってんぞ……?」

「私は……大丈夫」

 

 

「こうなったら、力づくで奪い取ってやるぜ……!」

 

立ち上がった沢渡さんが私の手を振り払う。デュエルに敗北したせいでもう、沢渡さんにはペンデュラムカードを奪う事しか頭にはない。

 

「皆、やっちま……」

 

山部たちに目配せし、強引にカードを奪おうとした沢渡さんの声が、不自然に途切れた。

 

「ッ……クソ! 行くぞ、お前ら!」

 

「「「は、はい!」」」

 

「榊遊矢……! この借りは必ず返す、覚えていろッ!」

 

それだけ榊さんに告げると沢渡さんは踵を返した。私たちもそれに追って踵を返す。

……これが、今回の結末だった。

 

 

 

 

 

「――――最後まで格好悪いなあ、あの人たちは」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

センターコートから抜け出し、LDSから出ても沢渡さんは無言のまま何処かへと向かっていく。

……そうしてたどり着いたのは、沢渡さんが良く使っている倉庫だった。

倉庫の扉を開け、中に入った沢渡さんが勢いよくソファに座り、足を投げ出す。

 

「久守!」

「は、はい!」

「ケーキと茶!」

「はい!」

 

一声はそれだった。反射的に返事をして、私は預けていた荷物を返してもらおうと大伴を見る。

 

「……やべっ、コートに置きっぱなしだ!」

「……突き落とす」

「い、今から取ってきます!」

「お、俺たちは近くのコンビニで何か買って来ます!」

「……」

 

青ざめた顔で大伴が外に出ると、それを追うように山部と柿本も慌てて外へと飛び出した。

残ったのは私と沢渡さんだけ。

沈黙が倉庫に満ちる。……そうだ、謝らないと。私までデュエルで負けてしまった。私が勝てば、まだ言い包めることも出来たかもしれないのに。

 

「……あの、沢渡さ――あうっ?」

 

沢渡さんに向き直り、謝罪の言葉を口にしようとした瞬間、ゴム製のダーツが私に向かって飛び、額へとくっついた。痛みはない、けれど突然の事に困惑してしまう。

 

「ナイスダーツ、俺」

 

ソファから立ち上がった沢渡さんがツカツカと歩み寄り、私の額にくっついたダーツを取る。

 

「何しょぼくれた顔してんだ」

「それは……」

「俺が負けたのはカードの差、ペンデュラムカードを持ってなかったが故の不運。お前が負けたのも俺を気にしてたが故の失敗だ」

 

え、と……榊さんからペンデュラムカードを奪って持ってたし、デュエル中に他の事に気を取られるなんて自業自得だ、とか色々言わなきゃならないことはあるけど……。

 

「それ、でも……私は悔しいです……っ」

 

あるけど、そんな言葉は出て来なかった。

 

「何で」

「だって沢渡さんはカードに選ばれた人なのに! デュエルだってずっと沢渡さんが優勢だったのに! なんでっ、どうして! あんな風に逆転されて、見世物みたいな勝ち方されて! あんなっ、あんな都合の良いデュエルをされたのが悔しい!」

「……」

「それにペンデュラムカードだって、あの人だけが持っているカードで、他の誰もルールも効果も知らないのに! 自分だけの物みたいにっ、当たり前に使われるのが、悔しいんです!」

 

……そんな酷く情けない泣き言ばかりが口を吐いて出る。止めようとしても、言葉も、涙も、止まらない。私は悔しくてたまらない。

 

「誰も知らない? いいや、俺が知ってる。ペンデュラムカードの特性も、その攻略法も」

「え……」

「くっくくく、この俺がただでやられると思ってるのか? ――ペンデュラムの弱点はもう見えた。次やる時は完膚無きまでに叩きのめしてやるよ。あいつがしたよりもさらに劇的なデュエルでな!」

「沢渡さん……」

「だからとっとと涙を拭け、みっともねえ」

「っ……は、い」

 

沢渡さんが差し出したハンカチを受け取り、涙を拭う。しゃくりを上げながら、溢れる涙を何度も何度も。

 

「っ、あー女がそんな乱暴な拭き方すんじゃねえっ。貸せ!」

「あっ」

「ったく……」

 

しかし乱暴にハンカチを奪われ、沢渡さんの手で涙を拭われてしまう。……とても恥ずかしいです。あうあう。

 

「……よし、いいぞ」

「あぅ……す、すいません、ありがとうございます、沢渡さん……」

 

目が赤くなってるのは涙のせいですが、顔が赤いのは別です、はい。恥ずかしい……。

 

「ふん、俺は生まれ変わる。すぐにでも新しいデッキを組んで……そうだな、これから俺の事は――」

 

 

 

 

 

勝てなかった。カードも奪えなかった。でも、此処で終わりにはならない。

一度の敗北で退場なんてしない。

まだまだ、勝負はこれからです。

ああ、本当に――――

 

 

 

「ネオ沢渡さん、格好良すぎですよ!」

 

 




別に遊矢のことは嫌いじゃありません(予防線)

シャドールがまともに活躍しないのはドン千のせい。
ちなみに同じくまともな活躍も効果の活用もしていないダーク・ロウさんですが、彼は今後しばらく登場しません。

今回は顕著ですが、デュエル構成が稚拙なので今後はもう少ししっかりさせたいと思います。

そして今回で沢渡さんの取り巻き+1は完結となり、
次回からはネオ沢渡さんの取り巻き+1が始まります(棒


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ネオ沢渡さん 編
ネオ沢渡さん、出番がないっすよ!


サブタイ通り&今回デュエルなしです


「久守さん」

「……はい。何でしょうか」

 

昼休み。弁当を広げようと鞄を手に取った所でクラスメイトの方に声を掛けられた。珍しい。いやぼっちじゃないですよ? 私には沢渡さんが居ますし! 後山部たちも。

 

「お客さん、多分隣のクラスの子だけど」

「分かりました。ありがとうございます」

 

クラスメイトの方が指したドアの方を見れば、あのデュエルの後も何度か学校で見かけたショック・ルーラー……じゃない、柊さんの姿があった。……報復?

 

「お待たせしました」

「あ……久守さん、ちょっといい?」

「はい、構いません。私も話しておきたかったですし」

「そう……あ、お昼まだよね? だったらお弁当持って中庭に行きましょ?」

「校舎裏じゃないんですね」

「え?」

「いえ。分かりました」

 

どうやら報復に来たわけではなさそうなので素直に頷き、弁当を取って柊さんと歩き出す。

 

「……」

「……」

 

互いに無言のまま、中庭へと到着し、空いていたベンチに腰掛ける。以前一緒に帰った光津さんと違い、柊さんは無言の今が落ち着かないようで、視線があちこちを彷徨っている。

 

「柊さん、どうぞ」

「え、あ、ありがとう」

 

まずはともあれ、ということで弁当と一緒に持って来た水筒と紙コップを取り出し、紅茶を注いで差し出す。

 

「美味しい……」

「ダージリンです。ストレス緩和の効果があるそうです」

「へえ……って、別にストレスを感じたりなんてしてないからねっ?」

「そうですか」

「ええ……まあ確かに少し緊張はしてたけど」

「私もです」

「え?」

「柊さんに何をされるのかと」

「私を何だと思ってるのよ……」

「何をされても仕方のない事をしましたから」

 

横並びに座りながら、首を柊さんに向けると視線が交差する。……ケジメは必要ですよね。

 

「先日の件、申し訳ありませんでした」

 

深く頭を下げ、謝罪の言葉を口にする。

 

「本当なら柊さんに誘われる前に遊勝塾に直接謝罪に行こうと思っていたのですが……」

「……」

「榊さんにもすぐに謝罪させていただきます。勿論、それで許してもらえるとは思っていません。それでも謝罪の言葉を紡がせて下さい。頭を下げさせて下さい……申し訳ありませんでした」

「ちょ、ちょっと頭を上げてよ久守さんっ」

「……はい」

「ペンデュラムカードを奪ったのは沢渡で、私は久守さんとデュエルをしただけっ。それに他の奴らに捕まった時に助けてくれたじゃないっ」

「ですがそれが言い訳には……」

「いいから!」

 

慌てる柊さんに申し訳なさが募る。ですがあの時の私は意固地になって、身勝手に喧嘩を売ったようなものですし……。

 

「それと、あの時私やアユちゃんたちを助けようとしてくれたでしょ?」

「それは……」

「あの時は遊矢に助けられたけど、久守さんが誰よりも先に助けようとしてくれた」

「……」

「だから私には謝らなくていいわ。それに遊矢だって久守さんの事までは気にしてないだろうし」

「……それは私が取るに足らないと……?」

「あ、ううん! そうじゃないの、あの後色々あったから……」

 

柊さんはあのデュエルの後、榊さんに弟子入りしようと現れた紫雲院素良という融合使いの少年の話をしてくれた。今は榊さんの友人として、遊勝塾の塾生になったという。

 

「素良のおかげで多分、それどころじゃなくなっちゃってたから」

「そうですか……それでも近い内、遊勝塾に伺わせていただきます。やっておかなければならない事ですから」

「……久守さん」

 

……それにまだ、沢渡さんもペンデュラムカードを諦めたわけじゃないです。今はそれよりも榊さんにリベンジする事に意識が向いていますが……それは黙っておきます。

 

「分かったわ。でもその時は歓迎させてもらうわね」

「……?」

「遊勝塾塾長の娘として、久守さんの友人として、ね」

「柊さん……」

「さ、お弁当食べましょ!」

「――はい」

 

誰かと学校でお昼を一緒に食べるのは、転入した時以来です。

 

「それにしても……」

「? 何でしょう」

 

ジッと私の目を見つめる柊さん。

 

「久守さんってあの時とは全然性格が違うわね」

「……? そう、でしょうか?」

 

そんな事はないと思いますが。私の頭は常に沢渡さんで一杯で、それは学校でもLDSでも変わらないんですが。

 

「だってあの沢渡と一緒になった時なんて凄いテンションになってたじゃない」

「だって沢渡さんと一緒に居られるんですよ?」

「……あ、そう」

 

何故かくすんだ目になる柊さん。何故でしょう。

 

「でもどうしてそんなに沢渡の事を?」

「柊さん」

 

……これは、せめてものお礼だ。

 

「友人として忠告するとそれを聞くと午後の授業には出られなくなりますが――いいでしょうか」

「ごめん、聞いた私が悪かったわ」

 

……残念です。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

授業を終え、私は駅前のケーキ屋に足を運ぶ。

ケーキも勿論買いますが、今日は以前もらったプティングの感想を伝えるのが目的です。

あの日、大伴がセンターコートに置き忘れた私の荷物を持って帰った来ましたが、急いだから中身は少し崩れていました、それでも味は良かったです。あ、勿論一緒に買った沢渡さん用のケーキは沢渡さんには渡さず、私が後で食べました。型崩れしたものを沢渡さんに渡すわけにはいきませんからね。大伴は突き落としました(比喩)。

 

「いらっしゃいませー! ……あっ」

「こんにちは」

 

カウンターに立っていたのは以前と同じ、女性の店員さんだった。

 

「はい、いらっしゃいませ!」

「どうも。……美味しかったです、あのプティング」

「本当ですか!?」

「はい。甘さが元々あったものより控えめで、私はあちらの方が好みでした」

「あ、ありがとうございます!」

 

何度も頭を下げてお礼を言う店員さんに少し気圧されながらも、ショーケースの中の商品を見ると、一番端にそれはあった。

 

「商品化されたんですね、おめでとうございます」

「はいっ、まだまだ美味しく出来るはずなので、まだPOPとかで宣伝はしてもらってないんですけど、それでも毎日少しずつですけどお店に出させてもらってます!」

「それでは約束通り、この――」

 

商品名を告げようとして気付いた。商品名が記載されているカードには短く『新作カスタード・プティング』としか書かれていない。他の商品には細かく、長い商品名が書かれているのがこのお店の特徴でもあるので、それがやけに浮いていた。

 

「あ、あの、実はもう一つお願いがあって……」

「何でしょうか」

「お客さんに、商品名を考えていただきたいんですっ!」

「……え」

「実は店長に、私が作ったんだから名前も私が決めろと言われて……で、でも店長みたいなセンスは私にはなくてっ、こんな名前で置かせてもらってるんです」

 

……商品名は店長のセンスだったんですか。いいセンスです。

 

「……いや、ですが私もあれ程のセンスは……」

「いえっ、センスの問題じゃないんですっ。やっぱり思い出のお客さんであるあなたに決めてもらいたくて!」

「ですが……」

「お願いします! 時間がどれだけ掛かっても構いませんから!」

 

今度は完全に店員さんに気圧されてしまう。

いや、でもそういうのは私よりも店長さんに……

 

「私がつけても『ケーキ屋発冥界行きデスプリン』とかそういうのしか浮かばなくてっ」

「分かりました私がつけます」

 

思わず言ってしまいましたがそんな商品を此処に並べさせるわけにはいきません。

 

「本当ですかっ? ありがとうございます!」

「……あまり期待はしないでくださいね」

「どんな名前でも胸を張って売り出します!」

「……じゃあ、この新作プティングを一つ下さい」

「はい!」

 

……安請け合いをしてしまいました。店長のセンスに勝てる気がしません。

 

「今日はお一つでよろしいんですか?」

「はい。いつも食べてくれる人に暫く会えないので」

 

沢渡さんはあれからLDSに来ていない。学校にはいらしてますが、恐らく家でデッキを組んでいるんだろう。見つけたというペンデュラム召喚の弱点を突く為のデッキを。

後でデュエルを見ていた山部たちから聞いた話だと、セッティングされたペンデュラムカードは魔法カード扱いとなってフィールドに置かれているらしいので、恐らくそれが鍵なんだろう。だとすれば私のデッキバウンスでも勝機はある。ペンデュラムの秘密がそれだけだとは思えないけれど、まだ知られていない貴重な情報だ。そして沢渡さんはその情報をしっかりと活かす。

 

「彼氏さんですか?」

 

店員さんがからかうように言いますが、それに対する答えは決まっている。

 

「いえ、違いますよ。大切な人です」

 

今の私は中学生だ。そんなんじゃない。それに沢渡さんに釣り合うとも思っていないし、私は今に満足してますから。

 

「そうですか……でも頑張ってくださいね!」

「だからそういうのでは……」

 

笑顔の店員さんに否定の言葉を重ねても無駄かと考えて、大人しく代金を支払って商品を受け取る、が少し考えてもう一つ追加することにした。

 

「すいません、やはりもう一つ同じ物をいただけますか」

「はい、かしこまりましたー! もしかして届けて差し上げるんですか?」

「いえ、別件で必要になるかと思いまして」

 

何を勘繰っているのか店員さんの微笑みは止まらない。……別に何を考えていようといいですけど。

 

「ありがとうございました! それと、よろしくお願いします!」

「……出来るだけ早く考えて来ますね」

「はい! お待ちしてます!」

 

……どうしましょう、本当に。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

沢渡さんがデッキを組んでいる間、私に出来る事はLDSで少しでも講義を進めて、沢渡さんが戻って来た時に一緒に居られる時間を増やすことだ。

そしてもう一つ、これは沢渡さんと同じ――デッキの変更。とは言っても大きく変更はしない。沢渡さんや他の人と違って、私の持っているカードはデッキを除けばそう多くはないから。それに……私の持つデッキには、きっと意味があるから。私のデッキはマドルチェとシャドール、二種類の人形たちが居る。彼女たちの居場所であるデッキを無闇に変えたくはない。

変更するのはヴァルカンやエフェクト・ヴェーラーといった此処に来て手に入れたカードたち。とはいえいい案が浮かばなかったのでずっとこのままだったのですが……。

 

「こいつなんてどうだっ? 甲化鎧骨格(インゼクトロン・パワード)

「悪いカードではないですが、せめてもう少し攻撃力が上か、相手のターンにまで影響を与えるような効果の方が良いです」

「ならこいつは? オリエント・ドラゴン。相手のシンクロモンスターを除外出来れば、そう簡単に復活もさせられねえだろ?」

「そもそもシンクロがそれ程普及していないでしょう」

「……ならこいつはっ、グラヴィティ・ウォリアー!」

「私のカードは攻撃力、守備力が低いものが多いですから、攻撃を強制させるより封じる方が良いです」

「……X-セイバー ウェイン」

「召喚時に戦士族が手札にある確率を考えると却下です」

「……だーっ! また全滅かよ!」

 

……今は案を持ってきてくれる人が居ますから。今の所は全て空振り、というか私が却下してしまっていますが。

 

「連日申し訳ありません、刀堂さん」

「あー? 別に気にすんな、俺から言い出した事だからな。シンクロコースの刀堂刃の名に賭けて、何が何でもお前に合ったカードを見つけてやるぜ」

 

以前言っていた通り、刀堂さんはあれから私にシンクロモンスターのカードを色々と紹介してくれている。

日によっては光津さんも一緒なのですが、今日は融合コースの講師、マルコ先生の講義を受けていていません。

 

「ありがとうございます。一度休憩しましょうか、良い時間ですし」

「そうだな、ずっと画面と睨めっこしてたら目が疲れた……そういや最初に何かガチャガチャやってたな」

 

休憩室の一角を使い、借りて来た小型のタブレットを刀堂さんが弄って、私がそれを見る、というのを繰り返していましたが、さすがに疲れたのか今はタブレットを投げ出し、背もたれに体を預けている。

それを尻目に私は隅の方で用意していたティーセットを手に取り、準備をしていく。この部屋なら流しもあるので処理も楽です。

 

「ええ。疲れた時はアイスよりもホットの方が良く効きますから」

 

……まあ実を言えば、前回美味しそうに飲んでいただけたので少し気合いを入れてしまっただけですが。

 

「あっ、そういえばお前、真澄の奴に何言ったんだよっ。スポーツドリンク飲んでたら「やっぱりそっちのが刃らしいわ」とか何とか言って笑ってたぞ!」

「ただ刀堂さんに紅茶を誉めていただいたと言っただけですが」

「言わなくていいんだよ、んなこと! 何か小恥かしいだろっ」

「そうでしょうか。沢渡さんにも「少しは腕を上げたな」と時々言っていただけますが」

「あいつと一緒にすんじゃねえ!」

「一緒になんてしてません!」

「うぉっ」

 

全然違いますよ! 沢渡さんが持ち歩くのは刀堂さんと違って竹刀ではなくダーツですし、沢渡さんは刀堂さんと違って服の襟を立ててませんし!

そう言ってやろうと刀堂さんに迫りますが、刀堂さんは椅子ごと後ろに下がって行ってしまった。

 

「中身入ったポッド持ったまま迫って来るな! 怖えよ!」

「ああ、失礼しました」

 

今はこちらに集中しましょう。せっかく準備したんですから、こんな所で失敗しては沢渡さんが戻って来た時に残念がらせてしまいます。

 

「どうぞ、それとこれも」

 

紅茶と一緒に、買っておいたプティングを刀堂さんの前に差し出す。どちらかと言うとコーヒーの方が合いそうですが、私は紅茶用のポッドしか持ち歩いていないのでそこは我慢してもらいましょう。

 

「あー、ありがとな。……けどまた真澄に知られたら笑われちまいそうだ」

「今度は黙っておきますので心配なさらず」

「ならいいけどよ……」

 

まだ気にしているのか、若干ふてくされたようにカップに口をつける刀堂さん。気にする必要なんてないと思いますが。

私も席に座り、カップに口をつける。うん、出来は悪くないと思います。

 

「……なあ久守」

 

少し言い難そうに、刀堂さんが口を開いた。

 

「何でしょう」

「お前、こないだセンターコートで沢渡たちと何してたんだ」

「……それは」

「いや、何をしてたか知ってる。ま、センターコートの貸切なんて目立つことしてたら、噂にもなるわな。何つーか……何でんなことしたんだ?」

 

言葉を選び、はっきりとは言わないように刀堂さんは気を遣ってくれている。刀堂さんが気を遣う必要なんてないのにも関わらず。

 

「真澄の奴は「沢渡に唆されたんでしょ」なんて言ってたが、マジでそれだけなのかよ」

「違いますよ」

 

そこだけははっきりと否定しておく。私が決心したのは確かに沢渡さんの存在が大きいけれど、それだけじゃない。私が‟確かめたかった”。

 

「私の意思でしたことです。沢渡さんのせいではありません」

「……」

 

沢渡さんだけに責任を押し付けることは出来ない。あれは私のせいでもある。

 

「そうかよ……だが」

 

カップを置いて刀堂さんが立ち上がり、竹刀を私に向ける。

 

「ルール違反で負けるってのはどういう事だよ!」

「そこまで知ってたんですか」

「素人でもあるまいし、アクションデュエルのルールは知ってんだろ!? それで何でんなことになった!」

「いや、それは……」

「LDSの生徒がジャッジキルなんざ、情けねえっつの! 俺はそれが気に入らねえ!」

「……はい、まあ、おっしゃる通りです、はい」

 

それに関しては一切言い訳できない。……私も榊さんのエンタメデュエルに飲まれていたというか、あの時点で諦めてしまっていたというか。

 

「北斗の奴もそれを聞いてまた落ち込みやがるし、お前に負けた俺だって何なんだ、って話だよ!」

「お、落ち着いてください刀堂さん、紅茶が零れます」

 

ヒートアップしていく刀堂さんに押されながらもそう言うと、刀堂さんは不機嫌そうに鼻を鳴らして椅子に座り込んだ。

 

「はん、どうせお前の事だ、沢渡の野郎を気にしてた、とかそんな事なんだろうけどよ」

「うっ……」

 

それは沢渡さん本人にも言われたことであり、事実なので何も言い返せない。

 

「いいか、もし今度またそんな情けねえ負け方したらただじゃおかねえからな!」

 

そこまで言って満足してくれたのか、刀堂さんが竹刀を手放した。

 

「おい刃、廊下にまで君の声が――げっ」

 

その大声に呼び寄せられ、休憩室に現れた(そして私を見て顔を引きつらせた)のは、今名前が出たエクシーズコースの志島さんだった。

 

「ああ、北斗か」

「や、やあ刃……久守詠歌さん」

 

以前会った(ほぼ初対面だった)時よりもよそよそしい態度で志島さんが挨拶してきた。……そんなに35連勝出来なかったのを引きずっているのでしょうか。

 

「お久しぶりです、志島さん」

「ああ、久しぶり……」

「んだよ、まだ気にしてんのか? 昨日こいつが負けたのを聞いて、散々落ち込んでたくせによ」

「余計な事を言わなくていい!」

 

慌てて刀堂さんの口を手でふさぐ志島さんですが、丸聞こえですし、それはもう聞きました。

 

「ふぅ……それにしても君たち二人で一体何をしてるんだ? 仲良く休憩中に見えるけど……はっ、まさかっ?」

 

机に用意された紅茶とプティングを見て、何かを察したような顔をする志島さん。

 

「お前が想像してるような事はねえよ」

「一切ありません」

 

勿論何も察せられていないので刀堂さんと一緒に否定しておく。

 

「光津さんと同じように志島さんもご存知なのかと思っていました」

「お前に負けてから暫く落ち込んでたからな。お前の話題を出すと面倒な事になると思って黙ってた」

 

私を見た時の反応を考えれば、その判断は正しかったと言わざるを得ない。

 

「お前も知ってんだろ、こいつがシンクロを使うのは」

「あ、ああ……そうだったね」

「なのにシンクロを抜こうとか考えてやがったから、俺がこいつのデッキに合うシンクロモンスターを探してやってんだよ」

「へえ……」

 

そこでまた志島さんが何かを思いついたような顔をする。

 

「それを聞くと君たちがまるで姉弟に見えてくるね」

「はあ?」

「……ご迷惑をお掛けします、兄さん」

「お前も変な所でノるんじゃねえよっ」

 

刀堂さんに軽く頭を小突かれてしまった。志島さんの言う事も一理あると思ったのですが。

 

「それでいいカードは見つかったのかい?」

「いーや、また今日も全滅だ」

「それで休憩中、というわけか」

「ええ。……志島さんも如何ですか」

「え、いや僕は……」

「遠慮しないでもらっておけよ。エクシーズコースの講義も終わったんだろ?」

「ああ……そうだね、お言葉に甘えるよ」

「はい」

 

席を立ち、志島さんが座る席を引いて新しいカップを取り出す。

 

「これもどうぞ」

「あ、ああ、ありがとう」

 

流し台へと向かう前に、まだ手を付けていなかったプティングを志島さんの前に置く。

 

「お前の分がなくなんだろ。そこまで気ぃ遣う必要ねえって」

「いえ。せっかくですから、是非。それに誰かが私が用意したものを食べたり飲んだりしてくれるのを見るのが好きなので」

 

それだけ言って、カップを持って流し台に向かい、お湯をカップに入れ、温める。

 

 

 

「いや流石にここまでしてもらうのは……」

「本人が良いって言ってんだ、貰っとけよ。あいつも真澄と同じで割と頑固なところがあるからな」

「……随分と仲良くなったみたいだね」

「お前が落ち込んでる間にな」

「うぐっ……ところで、あの噂の件は……」

「今確かめた。本人も認めてたぜ」

「そうか……」

 

 

 

準備を進める私の後方で刀堂さんと志島さんはさっきの事を話しているようだ。事実だし、別に気にしないですが。一応柊さんには謝罪を済ませましたし、後は榊さんに伝えるだけ……それで終わりになるわけではないですが。

とにかく私が負けたのも、榊さんのカードを奪う事に協力したのも変わらない事実である以上、侮蔑も罵倒も受け入れます。

 

「お待たせしました、どうぞ」

「ああ、ありがとう」

 

席に戻り、紅茶を入れたカップを志島さんに差し出す。口に合えば良いのですが。

 

「……美味しい」

「ありがとうございます」

「このプリンもイケるぜ?」

 

買って来たプティングを口にした刀堂さんも続くように言う。

 

「沢渡さんお気に入りのお店の新作です」

 

今は私のお気に入りでもありますが。私が作った物ではないとはいえ、褒められるのは嬉しい。あの店員さんにも伝えてあげましょう。

 

「デュエルの腕はともかく、そういうセンスだけはあるんだな、沢渡の奴」

 

「……は?」

 

自然な流れで口にした刀堂さんの言葉に、私はカップを取り落としそうになるほどの怒りを覚える。

 

「刀堂さん」

「? 何だよ」

「今の言葉、撤回した方が身の為です」

 

刀堂さんにはシンクロの件で恩がある。私は怒りを抑えて、そう口にする。

 

「沢渡の事か? つってもレアカードを使ってるだけで、腕はお前と比べたら遥かに下だろ?」

 

ダンッ! と思い切り机に手を叩き付け、私は立ち上がる。そして刀堂さんの目の前に歩み寄り、彼を見下ろしながら言う。

 

「今撤回しないのなら覚えておいてください。沢渡さんは必ず今以上に強くなる。私も、榊さんも、あなたも足元に及ばないくらいのデュエリストに必ずあの人はなる。その時、あなたは今の言葉を恥じる事になりますよ。そもそも私に負けた人が沢渡さんをどうこう言う資格があるとでも思ってるんでしょうか。というかあなたは沢渡さんを弱いと言いますが、沢渡さんとデュエルした事があるんですか? もしかしてデュエルした事もないのにそんなことを言ったんでしょうか。沢渡さんの噂や人柄で判断したんでしょうね。そういった油断がデュエリストとして致命的だとまだ気付けないんでしょうか。気付けないんでしょうね、でないとそんな台詞吐けないですもんね。それにシンクロやエクシーズがエリートだと言うのならそれに興味を持たなかった沢渡さんはペンデュラムの存在を予期していたからこそ興味がなかったんです。流石沢渡さんです、既存の召喚方法ではなく全く未知の召喚方法の存在を予想してるなんて私やあなたには出来ないですよね。それだけでデュエリストとしての才覚が私やあなたよりも、いえ、他の誰よりも上だと言えますよね。もうこの時点で私たちの負けみたいなものじゃないですか。だというのにあなたは沢渡さんが弱いと、しかも私よりも遥かに下だなんて良くのたまれましたね。むしろ尊敬してしまいます。ああ、井の中の蛙大海を知らずという言葉をご存知ですか? まさに今のあなたにぴったりじゃないでしょうか。まあ沢渡さんは大海どころか大陸、大空、大宇宙にすら匹敵する存在であるのは言うまでもないんですが、そこまで大きいと成程確かにあなたにはちょっと想像できないですよね、納得です。でもだからといって侮辱が許されるわけではないんですよ。無知は罪です、あなたの言葉は天に唾するに等しい行為だという事を自覚していただきたいです。ああ、また難しい言葉を使ってしまいました。すいません、つい熱くなってしまったようです。いえ、私は落ち着いていますけどね? ただ沢渡さんの事を正しく伝えようと思うと私にはこうして言葉を重ねて並べ立てて説明するしか方法がないんですよ。沢渡さんならもっとスマートにするでしょうが、私は沢渡さんではありませんから。その辺りを考えてもやっぱり沢渡さんは私なんかよりも遥かに素晴らしいんです。少しは伝わりましたか? その顔は伝わっていない顔ですよね、いいです、ならいくらでも言葉を紡いで伝えてあげましょう。気にすることはありません、お礼代わりだと考えてくれれば結構ですから、そうですね、まずは何処から話しましょうか、ああ、そうだ、最初は私が沢渡さんに教えてもらった――」

 

「だああああ! 分かった! 俺が悪かった! だから座れ! そして茶飲んで落ち着け! マジで!」

 

「……分かりました」

 

まだ言い足りませんが、仕方ありません。刀堂さんには借りがありますから、今回はこの辺りにしておきます。

 

「もしもまた沢渡さんを侮辱するようなら次は止めません」

「しねえ! もうお前の前ではしねえから!」

「私の前では……?」

「いやしない! もう金輪際沢渡の話はしねえ!」

「それは沢渡さんが話す価値もないと言いたいんですか……?」

「違え! もうどうしろって言うんだよ!? おい北斗、お前も何か言ってやれ!」

「うぅ、どうして僕はこんな奴に……」

「北斗ォ!」

 

何やらまたネガティブになり始めた志島さんが助けの手を差し伸べてくれるはずもなく、それから紅茶が完全に冷めてしまうまで刀堂さんは私に詰め寄られ続けたのでした。

……少し、やりすぎたでしょうか。いやでもまだまだ言いたい事はたくさんあったので、大人しかった方ですよね、はい。

 

 

……沢渡さんに早く会いたいです。ここ数日、学校でしか見る機会がないんですよ! このままだと学校で沢渡さんに会いに行ってしまいそうな勢いですよ! ああ、でもそんなことしたら沢渡さんの迷惑に……一体山部たちはこの衝動をどうやって抑えてるんだろうか。って山部たちは沢渡さんと同じクラスだった……こんな思いをするぐらいなら、あの時お父様にお願いしておくべきだったでしょうか……はあ。

柊さんの謝罪を済ませたとはいえ、まだまだ悩みの種がいっぱいですね……。

 




シンクロテコ入れはまだ先……
リアルでも遊星ストラクでシンクロ復権するはず(願望)。
リミットオーバー・ドライブのおかげでベエルゼウスやスカノヴァ、セイヴァ―が出せるようになって楽しいです(勝てるとは言ってない)
次回はちゃんとネオ沢渡さんが出ます


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ネオ沢渡さん、タイミング悪すぎっすよ!

今日は学校はお休み、LDSの講義も私が受けなければならないのは夕方からなので、それまではフリー。

ですので、先日柊さんに伝えたように遊勝塾へ謝罪に行こうと思うのですが……足が重い。

いえ、謝罪の件でではなく、謝罪の品として用意する為にいつものケーキ屋へと向かう足が、重いんです。

頼まれた商品の名前が全然思い浮かばず、もしそれについて尋ねられたらと思うと……いつでもいいとは言っていましたが、いつまでも味気ない名前のままなのは可愛そうですし。

それに柊さん(のデュエルディスクのコードは知らなかったので遊勝塾に直接)に連絡して、今日尋ねると言ってしまいましたので、行くしかない……他のお店で買うという選択肢もありますが、やはり自信を持って誰かに渡せるのはあのお店ぐらいしか私はまだ知りません。

 

「いらっしゃいませー!」

 

考えている間にお店につき、入店するとやはりあの店員さんがカウンターに立っていた。

軽く会釈を返し、ショーケースの前で立ち止まる。

 

「いらっしゃいませっ」

「すいませんが、まだいい案は思いついていないです」

「いえ、気にしないでくださいっ。無理を言ってるのは分かってますからっ」

 

そう言って貰えると多少は気が楽になる、けれど解決にはなっていないんですよね……。

 

「お勧めの物を8つ選んでいただけますか」

「はいっ、かしこまりましたー!」

 

連絡した時に今日の人数は聞いてある。塾生は六人、それに講師兼オーナーである柊さんのお父さんに、多分、権現坂さんが来るかもしれないと。

 

「お土産ですか?」

「ええ、まあ。似たようなものです」

 

謝罪の品です、などと正直には言えないので無難に頷いておく。

 

「相手の好みが分からないので、偏らないように選んでもらえるとありがたいです」

「はい、お任せ下さい!」

 

ケースいっぱいに並んだケーキやタルトの中からほとんど迷うことなく次々に選び出し、箱に詰めていく。

その様子を眺めながら、この後の事に思いを馳せる。

柊さんに許してもらっても、怖い思いをさせてしまった子供たち、そして何より一番の被害者である榊さん。彼らが納得してくれるかは分からない。

山部たちのようにいっそ素知らぬ顔を出来たら楽なのだろうけど、私の性格はそれを許してくれないらしい。どんな形であれ、ケジメをつけなければ一生引きずることになるだろう。

そんな性格をしてるなら最初からしなければ誰にも迷惑が掛からなかったのだろうけど。

 

「お待たせしましたー! こちらでいかがでしょうかっ?」

「はい、ありがとうございます。お手数おかけしました」

 

詰められた箱の中身を一応軽く覗いて、頷く。少なくともケーキの事に関しては店員さんの方が良く知っている。私が口を出せる事はない。

 

「それではお会計お願いしますっ」

「はい」

 

いつもよりも倍近く多いので当然料金も高くなるが、気にするほどの金額でもない。

 

「あの、お客様って中学生ですよね?」

 

会計を進めながら、店員さんがそう尋ねて来た。今日は私服ですが、いつも制服で通っているので知っていても不思議はない。

 

「そうですが」

 

中学生には見えないという話でしょうか。それなら今まで何度も言われた事なので慣れています。「可愛げがない」「マセガキ」などと良く言われていました。

 

「じゃあデュエル塾にも通ってるんですか?」

「ええ、まあ」

 

普段ならLDSのバッジを襟につけていますが、今日は私服なのでつけていない。つけていなくても強く咎められはしませんが、一応LDSの中に入る時の為に持ち歩いてはいる。

 

「ってことはもうすぐ始まる選手権にもっ?」

 

ああ、そういえば選手権まであと一か月程でしたか。あまり意識していなかったので言われるまで忘れていました。

 

「いえ、私は参加資格を満たしていませんので」

 

参加資格を得るには公式戦で50戦以上且つ通算勝率6割以上が条件。もしくは公式戦で無敗の6連勝なら特例として参加資格が与えられる。私はそのどちらも満たしていない。

というのも私の公式戦の記録は1戦1勝。公式戦は以前行った志島さんとの一戦だけですから。

 

「あっ、そうなんですか……」

「興味があるんですか」

 

まさかこの店員さんがユース試験をパスしたデュエリスト、なんて事はないでしょうが。

 

「ええ、せっかくこの街に住んでいるんですから、やっぱり気になります」

 

それもそうか。ジュニア、ジュニアユース、ユース、三つの選手権が同時に開催される舞網チャンピオンシップは此処、舞網市では一年に一度の、最大級のイベントで、国内外を問わずに選手や観光客が訪れる。この街に住んでいる人間なら猶更気にもなるはずです。

 

「とはいっても私もこの街に来て日が浅いので、この街のデュエリストの事は全然知らないんですけど。あっ、零児様の事は知ってますよっ?」

 

零児様……赤馬零児社長の事ですよね。LDSを経営するレオ・コーポレーションの現社長。そういえばあの人は最年少のプロデュエリストでしたか。

 

「だからお客様が出場するなら是非応援を! と思ったんですけど……」

「たとえ知ってるデュエリストがいなくとも、デュエルに興味があるのなら見て損はないと思いますよ。それで気になるデュエリストが見つかるかもしれませんし」

「そうですね……」

 

残念そうに言う店員さん。どうしてそこまで私を気に掛けているのだろう。私たちは偶然最近この街に来た、という共通項があるだけで店員と客という関係でしかないのに。

 

「……私は出場しませんが、一人だけ私が自信を持って薦められるデュエリストが居ます、気に掛けていればきっと最高のデュエルが見られますよ」

「誰ですか?」

「沢渡さん。ネオ沢渡さん。沢渡シンゴさん。あの人の名前を覚えておけば、きっと今年の大会は忘れられないものになるはずです」

「はあ……あっ、ひょっとしてその人が以前言ってた大切な人ですか?」

「はい」

「……分かりましたっ、覚えておきますねっ!」

「はい。そしてあの人のデュエルを一度見れば覚えるまでもなく忘れられない名前になるはずです」

 

……と、この辺りにしておかないとまたヒートアップしてしまいそうです。

 

「それでは失礼します」

「ありがとうございました! またお待ちしてます!」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

遊勝塾。柊さんや榊さんの通う其処は河川敷の傍に建っていた。学校からも近いですが、私の家やLDSとは反対方向なので今まで来たことはありませんでした。

しかしながら私の意識は遊勝塾よりも反対側の道から歩いてくる男性に向いています。

 

「むっ?」

「……こんにちは」

 

丁度遊勝塾の目の前で互いに立ち止まり、目が合う。会釈すると彼も返してくれた。

 

「はじめまして、権現坂さん」

 

学校で見るのと同じ制服姿の彼は、権現坂昇さん。学校でも時折榊さんと話しているのを見たことがある。

柊さんの言う通り、今日も遊勝塾に顔を出しに来たようだ。

 

「元クラスメイトにはじめましてはないだろう、久守」

 

彼の言う通り、一応元クラスメイトです。と言っても転入してすぐに学年が上がり、クラスが分かれたのでお互いの事は何も知りませんが。

 

「いえ、学校で話した事はありませんでしたので。転校した当初の自己紹介ぐらいでしかお互いを知らないですから」

「それもそうだ。だが奇遇だな、こんな所で会うとは」

「いえ、今日は私も此方に用が会って来たんです」

「遊勝塾に? だが確かお前は……」

「はい、LDSに所属しています」

「何か事情がありそうだな。立ち話もなんだ、まずはお邪魔するとしよう」

「はい」

 

勝手知ったる、と言える動きで遊勝塾の門を潜る権現坂さんに私も続く。

……権現坂さんと一緒だとこのエレベーターは少し狭いです。

 

「ん、おお、権現坂」

「遊矢」

 

柊さんにはお昼休みの頃に伺うと伝えておきましたが、丁度お昼を食べ終わり休憩していた所だったようだ。

 

「あ、いらっしゃい、久守さん、権現坂も」

 

奥から出てきた柊さんが私たちに気付き、挨拶してくれた。

 

「へ? 久守?」

「どうも」

 

どうやら榊さんからは権現坂さんが壁になって見えなかったようで、彼の横に出て頭を下げる。

 

「あ、ああ……どうも」

「とりあえず座ってちょうだい、今お茶を入れるわね」

「すいません、ありがとうございます。後、よければこれを、皆さんでどうぞ」

「わあ、ありがとう! でもいいのよ? そんなに気を遣わなくても」

「いえ、せめてもの気持ちですから」

 

ぎくしゃくとした挨拶を経て、ケーキの入った箱を渡してから柊さんに勧められるがまま榊さんの対面の席に腰掛ける。権現坂は榊さんの横に自然に座っていた。

 

「え、ええと……いらっしゃい?」

「はい、お邪魔しています」

 

……どうして私より榊さんの方が気まずそうなんでしょうか。

 

「どうした遊矢、クラスが違うとはいえ学友に対してその態度は。久守も固すぎるぞ、お見合いをしているわけでもあるまいし」

 

事情を知らない権現坂さんは怪訝な顔をするが、榊さんは曖昧に笑うばかり、私は「はい」と返事をしただけで何も状況は変わらなかった。

 

「……あー、権現坂、来て早々悪いんだけど」

「どうした?」

「塾長と一緒にフトシたちが買い出しに出かけてるんだ。塾長だけじゃ不安だから、迎えに行ってやってくれないか? 多分もう近くまで来てると思うからさ」

「おおっ、そうか。うむ、そういう事ならこの男、権現坂が責任を持って迎えに行って来よう」

 

榊さんの突然のお願いに権現坂さんは大仰に頷き、すぐに立ち上がってエレベーターに向かっていった。……ですが私からは権現坂さんが一瞬表情を曇らせたのが見えた。友達思いの方です、そして榊さんも他人を思いやれる方です。

権現坂さんを見送り、遊勝塾には私と榊さん、柊さんだけ。わざわざこの状況を作ってくれた榊さんには感謝しなくてはなりません。

 

「榊さん」

 

言葉を重ねても伝わらなければ意味がない。なら、重ねるよりも先にするべきことはこれだ。

 

「ちょ、急に何っ?」

 

柊さんにしたように、私は榊さんに頭を下げた。

 

「先日の件、申し訳ありませんでした。ペンデュラムカードを騙し取った事、子供たちや柊さんを人質に取った事、失礼な物言い、その全てに関して謝罪します。本当に申し訳ありませんでした」

「えっ、いやっ」

「謝って許されるとは思っていません。それでもこうする事しか私には出来ないんです。もし私に出来る事があれば、言ってください。どんな事でもします」

「と、とりあえず頭を上げてっ!」

「……はい」

 

……本当は、これが卑怯な手だとも分かっている。榊さんのような人が真正面から頭を下げられて、強く出られるような人じゃないって事も。でも、私にはこうする事しか出来ない。

 

「ほらっ、今はペンデュラムカードは戻って来たし、柚子から聞いたけどあの時、皆を助けようとしてくれたんだろ? だったらもうそれでお終い! 同級生に頭下げられても困るって」

「すいま……いえ、ありがとうございます」

 

これ以上謝罪を重ねても榊さんの気分を逆に害してしまうだろう。私自身が納得できてはいませんが、これ以上は私のエゴになってしまうだけだ。

 

「話は終わったみたいね。それじゃ、久守さんが買ってきてくれた――「ケーキだねっ」きゃ!」

 

私の謝罪が終わるのを黙って待っていてくれた柊さんが皿に取り分けたケーキを運んで来ようとした時、突然何処に隠れていたのは水色の髪の少年が飛び出してきた。

それに驚きトレイを取り落としそうになる柊さん。

 

「素良!? お前、塾長たちと一緒に買い出しに行ったんじゃ……」

「んー、そのつもりだったんだけど、甘い物の方からやって来るような気がして帰って来たんだ」

「どんな勘してるんだよ……」

「ちょっと素良! 危ないじゃないっ」

「ごめんごめん、つい待ちきれなくて」

「もうっ……」

 

素良、という事は彼が柊さんの話してくれた融合使い。

 

「はじめまして、僕は紫雲院素良」

 

隣の席に腰掛けた紫雲院さんが私の顔を下から覗き込むようにしながら挨拶してくる。

 

「久守詠歌です」

 

今まで関わったことがないタイプ……というより最近は押しの強い方ばかりと知り合っている気がします。

 

「ねえねえ、くもりんは何しに遊勝塾に来たの? ひょっとして入塾希望? ってそんなわけないか」

「ちょっと素良、それどういう意味よ」

「気にしない気にしなーい」

 

「……くもりん?」

 

……ひょっとして私の事でしょうか。いやひょっとしなくとも私の事なんでしょうが。

くもりんって……いやでもくもりん……

 

 

『おい、くもりん、紅茶入れろよ』

『くもりん、今日のケーキはまだか?』

「やっぱりくもりんじゃその程度だよな』

『くもりん』『くもりんっ』『くもりーん』

 

 

……あ、これやばい。破壊力すごい。

そんな、じゃあ私はさわたりん、なんて……ああ! 駄目です、そんな呼び方沢渡さんに出来ません!

 

「くもりーん? ……ねえ、この子大丈夫なの?」

「……大丈夫です、おーけーです、よゆーです」

「とてもそうは見えないけど……まあいいや」

「あはは……」

 

ふと気づけば柊さんが渇いた笑いを上げていましたが私は大丈夫。

 

「今日は私は、榊さんに――「ウチに遊びに来たのよ。友達だもの、ね?」……はい、柊さんの言う通りです」

「ふーん。権ちゃんといい、自由な所だよね、此処って。まあ僕もその方が楽しいけど」

「さっ、素良と遊矢も手伝って。もう皆も帰って来る頃だから準備しちゃいましょ」

「はいはい」

「はいは一回!」

「えー? 僕もー?」

「当然でしょ、あなたは遊勝塾の生徒なんだから」

「私もお手伝いを「久守さんはお客さんなんだから座っててっ」……はい」

 

榊さん、紫雲院さん、私を次々に制しながら柊さんがテキパキとお茶の用意を進めていく。その動きは勉強になります。

暫く柊さんたちを若干落ち着きなく見ていると、背後のエレベーターが開く音がした。

 

「戻ったぞ」

「「「ただいまー!」」」

 

「おう、お帰り、みんな」

「お帰りなさい」

 

迎えに行った権現坂さんと子供たち、それに柊さんのお父さんが帰って来たようだ。

 

「いやー権現坂くんのお蔭で助かったよ、気が利くな遊矢!」

「塾長、何でそんなたくさん買って来たんだよ……」

 

一番最後に大荷物を抱えて出てきたジャージ姿の男性、彼がお父さんだろう。

 

「ん? お客さんか? はっ、まさか入塾希望者!?」

「違うわよっ、私の友達」

「なーんだ、柚子の友達か……ま、ゆっくりしていきなさい!」

 

荷物を仕舞に行くのだろう、笑いながらお父さんは奥に消えていった。

 

「友達って、その姉ちゃんは……」

「LDSの……」

「沢渡と一緒に居た……」

 

柊さんの発言に残った子供たちが怪訝そうに続ける。

子供たちの態度に事情を知らない権現坂さんも怪訝な表情を見せる。

 

「そうよ、だけど「改めまして、久守詠歌と言います」……久守さん?」

 

助け舟を出そうとしてくれた柊さんに今度は私が被せる。

……少し固すぎるでしょうか。

 

「先日は、怖い思いをさせてごめんなさい。柊さんや榊さん……お姉さんやお兄さんに酷い事をして、ごめんなさい」

 

出来る限り柔らかく、けれど気持ちが伝わるように頭を下げる。

 

「「「……」」」

 

子供たちは暫く無言だった。彼らが柊さんたちを慕っているのは伝わって来る。柊さんたちに酷い事をした私を許せない気持ちも分かる。……それでもいい、むしろ許せなくて当然だ。

しかし、子供たちは笑った。

 

「へへっ、俺は原田フトシっ」

「僕は山城タツヤです」

「私は鮎川アユ!」

 

柊さんを見て、察したのだろう。聡い子たちです。私がこの子たちぐらいの時とは全然違いますね。我が儘ばかり言う、可愛くない子供でした。

 

「あの時のデュエル、遊矢兄ちゃんのだけじゃなく、柚子姉ちゃんとのデュエルもすっげえ痺れたぜ!」

「融合って私、あの時初めて見たのっ!」

「それも一ターンに二回も……すごかったですっ」

「……ありがとう」

「――さあ皆、手を洗って来て! 久守さんがケーキを買ってきてくれたのっ。皆で食べましょっ」

「「「はーい!」

 

パン! と手を叩き、子供たちを促しながら柊さんが私を見て、片目を閉じた。……ありがとうございます、本当に。

 

「へえ……融合を使うんだ」

 

そんな中、紫雲院さんが楽しげに私を見ている事にその時は気付かなかった。

 

 

 

 

 

ケーキを食べ終え、一息入れる。……ちなみに本当ならケーキを渡して帰るつもりだったのですが、私まで頂いてしまいました。……すいません、柊さんのお父さん。

これ以上長居をして、塾のカリキュラムの邪魔をするのは本意ではありませんから、そろそろお暇させてもらいましょう。

 

「すいません柊さん、私はそろそろ……」

「えー! もう詠歌お姉ちゃん帰っちゃうの?」

「アユちゃん、ええ、皆さんもまだ今日の予定があるでしょうし」

 

他のデュエル塾のカリキュラムは知りませんが、午後が完全に自由というわけでもないだろう。

この短時間で随分と話すようになってくれたアユちゃんが残念そうな声を上げるが、これ以上は申し訳なくなってしまう。私は権現坂さん程、まだこの遊勝塾に慣れ親しんではいませんし。

 

「そう、分かったわ。でもまたいつでも来ていいのよっ。あっ、それとまた学校で一緒にご飯食べましょ?」

「おう、いつでも遊びに来てくれよ。此処にお客さんなんて権現坂くらいしか来ないからさ」

「柊さん、榊さん……はい、ありがとうございます。……なら連絡先を教えていただけますか?」

「勿論っ」

 

デュエルディスクを柊さんと私が互いに取り出し、連絡先を交換する。

 

「あっ、私も!」

「はい」

 

それを見てアユちゃんもディスクを取り出し、同じように交換する。

 

「えへへ、私にも連絡してねっ?」

「……善処します」

 

……小学生とどんな連絡を取り合えばいいんでしょうか。いや、というか同級生とどんな連絡を取るのかすら分かりません。用がなかったらしなくとも構いません……よね?

 

「良し、では俺が途中まで送っていこう。まだ明るいとはいえ女子を一人で帰らせるわけにいかん」

「そうね、権現坂、お願いできる?」

「任せておけ」

「いえ、そこまでしていただかなくても……」

「良いから良いから!」

 

……本当に最近は押しの強い人ばかりと知り合います。嫌ではないですが。

 

「あ、待ってー! 僕もっ」

 

柊さんとアユちゃんと連絡先を交換し、お暇しようと立ち上がった時、黙々とキャンディーを舐めていた(ケーキの後で舐めていました。真似できません)紫雲院さんが立ち上がり、後ろ手に私の前に立った。

 

「えっ? 素良も?」

「うん、僕も」

「私は構いませんが……」

 

断る理由もないので頷く。ですが紫雲院さんは悪戯気に笑い、腕を出した。

 

「ただし連絡先じゃなくて、これ本来の使い方の方をね」

 

デュエルディスクをセットした腕を。

 

 

 

 

 

「それじゃーお願い!」

「任された!」

 

……所属していないデュエル塾でデュエルをするのはどうかと思い、一度は断ったのですが、紫雲院さんに押し切られてしまいました。というより駄々をこねられました。

塾長である柊さんのお父さんも最初は難色を示していましたが、紫雲院さんのお願いに折れました。イチコロでした。……まあ許可が下りたのなら私も異論はありませんが。

 

「よーし、素良のお気に入りの……こいつだ! アクションフィールド・オン! スウィーツ・アイランド!」

 

スピーカーから聞こえる塾長さんの声と共にリアルソリッドビジョン・システムが稼働し、アクションフィールドが形成される。これは……名前の通りお菓子の国をモチーフにしたフィールドですね。

私が得意とする、というより相性が良いアクションフィールドは普段から使っているマドルチェ・シャトー(アクションフィールド共通の、アクションカードに関してのテキストが追加されただけのもの)ですが、これは風景こそ似ていますが、恐らく単純なアクションカードのみのフィールドでしょうか。

 

「わーい! やっぱり此処が一番わくわくするよね!」

 

……ケーキを食べた後だとあまり乗り気にはなれませんが、本当に甘い物が好きなんですね、紫雲院さんは。

 

 

「素良と久守、融合使い同士の対決か……俺は久守がどんなカードを使うか知らないけど、柚子たちは知ってるんだろ?」

「当然よ、デュエルしたんですもの。……結果は納得いかないけどね。けど遊矢もこれから見られるわ、強いわよ、久守さん」

「LDSの融合召喚か、どんなものか拝見させてもらうとしよう」

「負けるな素良ー!」

「詠歌お姉ちゃんも頑張ってー!」

 

……そういえばこういう風に誰かに応援されるデュエルというのは初めてです。普段は応援どころかギャラリーが少ないですし。しかしながら私は榊さんを初めとした遊勝塾の方々が得意とするエンタメデュエルというのは……出来る気がしません。そこは紫雲院さんにお任せしましょう。

 

「よろしくお願いします、紫雲院さん」

「うん、よろしくー。……あ、ところでさあ、その紫雲院さん、ってのやめてくれない? 素良でいいよ、呼びにくいでしょ?」

「分かりました、素良さん」

「よし、それじゃあ始めようか、くもりん」

「……あの、私の呼び方も変えていただければ……」

 

気になっていた部分を訂正してもらおうとした私の言葉が、塾長さんのアナウンスと重なった。

 

「戦いの殿堂に集いしデュエリストたちが!」

 

……後でもいいでしょう。

 

「モンスターたちと地を蹴り、宙を舞い!」

「フィールド内を駆け巡る!」

「見よ!」 「これぞデュエルの最強進化系!」

「アクション――!」

 

「デュエル!」「デュエル……!」

 

 

SORA VS EIKA

LP:4000

アクションフィールド:スウィーツ・アイランド

 

 

「先行は私です」

 

デュエルディスクが私の先行を告げる。志島さんのように先行プレアデスを出されないなら後攻でドローが欲しかったですが……仕方ありません。

カードを5枚ドローし、手札を確認する。

私が知ってるのは素良さんが融合使いだということだけ。けれど素良さんも私の事をそれぐらいしか知らないはずだ。仮に知っていたとしても、ミドラーシュやウェンディゴ、ダーク・ロウたちのことだけ。条件は変わらない、むしろエクシーズとシンクロの事を知らない分、私の方が有利だとも言える。

情報は強力な武器だ。けれど、それだけでは勝てないという事も知っている。油断はしない。

 

「私はモンスターをセット。さらにカードを二枚セットし、ターンエンドです」

「僕のターン、ドロー!」

 

セットしたカードの一枚はブラフの魔法カード、マドルチェ・チケット。

 

まずは様子を見ます。どんなデッキかは分かりませんが、もし一枚でも専用カードを使ってくれれば対策も立てられるかもしれない。……この世界の膨大なカードプールの全てを把握しているわけではないので、あまりアテにも出来ませんが。

 

「僕はファーニマル・ベアを召喚!」

 

ファーニマル・ベア

レベル3

攻撃力 1200

 

召喚されたのは天使の翼を持つクマ……というよりはテディベアでしょうか。名前から察するとファーニマルというカテゴリのモンスターでしょうか……? 知らないカードです。

 

「ふっふふーん、遊矢とデュエルしてから何度もこのフィールドを使ってるからね、カードの有りそうな場所は覚えてるよっ」

 

素良さんが走りだす。アクションカード目当て……この状況でアクションカードを探すという事はこのフィールド固有のアクションカードはモンスターの攻撃力を上げたりするカードなのでしょうか。

 

「さらに僕は手札から永続魔法、トイポットを発動っ」

 

走りながら素良さんが魔法カードを発動する。フィールドに現れたのは……ガチャポン? また知らないカード……どうやら対策を立てる事は出来なさそうです。

 

「トイポットの効果は手札からカードを一枚捨てて、デッキからカードを一枚ドロー出来る。それがレベル4以下のモンスターなら、特殊召喚出来る――――見っけ!」

 

……コストとなるカードをアクションカードで代用する作戦ですか。

素良さんが見つけたのは、フィールドの中心部に設置されたお菓子の家、その屋根の引っかかるように配置されたアクションカード。

 

「よっ、ほっ、ほいっと!」

 

キャンディーで作られた二つの柱を蹴り上がり、素良さんはモンスターの手を借りることなく、自らの身体能力だけでお菓子の家の屋根へと着地した。……私もLDSでアクションデュエルの為の講義や体育実技を受けていますが、あの身のこなしは到底出来そうにない。エンタメデュエルにはああいった能力も必要になってくるのか……想像以上に奥が深そうです。

 

「僕はゲットしたアクションマジック、キャンディ・シャワーを墓地に送ってトイポットの効果を発動! あっ、ちなみにモンスター以外ならそのカードを墓地に送らないといけないんだよね。さーて、何が出るかなっ?」

 

楽しげに笑いながら、素良さんはカードをドローする。

 

「――ふふっ、僕が引いたのはレベル3のエッジインプ・シザー! よって効果により特殊召喚出来る!」

 

エッジインプ・シザー

レベル3

攻撃力 1200

 

此処でモンスターを引き当てる程度の事は予想できました。けれど、出て来たモンスターは想定外です。

特殊召喚されたエッジインプ・シザーは6つの巨大な鋏が連結したような奇怪な姿をしていた、しかもその中で赤い目が怪しく輝いている。

ファーニマル・ベアと同じ、私のマドルチェのようなモンスターたちが出て来るかと思っていましたが……人形と聞いてマドルチェかと思ったらギミックパペットが出て来たような感覚です。

 

「さあ、まずは僕から行くよ! 僕は手札から魔法カード、融合を発動!」

 

屋根の上に立つ素良さんが融合カードを掲げ、ディスクへと挿入する。光津さんといい、一ターン目から融合召喚を……。

 

 

「あっ!」

「融合カード……既に手札に持っていたのかっ」

「フィールドに居るのはファーニマル・ベアとエッジインプ・シザー……」

「ってことは、素良のエースが来る!」

 

 

「僕が融合するのはフィールドのエッジインプ・シザーとファーニマル・ベア。悪魔の爪よ、野獣の牙よ! 今一つとなりて新たな力と姿を見せよ! 融合召喚!」

 

素良さんの背後の空間が渦巻き、二体のモンスターが消えていく。そしてその渦の中から、融合モンスターが姿を現す。

 

「現れ出ちゃえ! 全てを切り裂く戦慄のケダモノ――デストーイ・シザー・ベアー!」

 

その姿は素材となったファーニマル・ベアよりも、エッジインプ・シザーに近い雰囲気を放っていた。腕の代わりに鋏によって手へと繋がれ、腹部からは巨大な鋏が私へと向かって伸びている。そして何より口から覗く何者かの赤い目が、エッジインプ・シザーによく似ていた。

 

デストーイ・シザー・ベアー

レベル6

攻撃力 2200

 

「どう? これが僕の融合モンスター、デストーイ・シザー・ベアーだよ」

「……随分と個性的なモンスターですね」

「これはこれで愛嬌があって可愛いでしょ?」

 

……どうなんでしょうか。あまり美的センスに自信がないので何とも言えません。

 

「さ、バトルだ! 僕はデストーイ・シザー・ベアーでセットモンスターを攻撃!」

 

素良さん程の身体能力のない私にはモンスターの手を借りずに今からアクションカードを手に入れる事は出来ない。攻撃は通る。

 

「っ……セットモンスターはシャドール・ヘッジホッグ。リバース効果を発動。デッキからシャドールと名の付く魔法、罠カード一枚を手札に加えます」

 

攻撃を受け、一瞬だけ姿を見せたヘッジホッグはすぐにシザー・ベアーの攻撃によって吹き飛ばされてしまう。けれど、次に繋いでくれた。

 

「私が手札に加えるのは魔法カード、影依融合(シャドール・フュージョン)

「へえ、それが君の融合カードなんだ……僕はシザー・ベアーのモンスター効果発動! 戦闘で破壊したモンスターを装備カードとしてシザー・ベアーに装備する! そしてシザー・ベアの攻撃力は装備したモンスターの攻撃力分アップ!」

 

吹き飛んだヘッジホッグがシザー・ベアーの伸びる腕によって回収され……シザー・ベアーの口へと消えた。

吸収されたヘッジホッグの攻撃力は800。よって、

 

デストーイ・シザー・ベアー

レベル6

攻撃力 2200 → 3000

 

攻撃力3000。この時点で私のデッキのモンスターのステータスを完全に上回っている。シザー・ベアーをどうにかしなければいくらモンスターを召喚しても、次のターンには破壊され、吸収される……。けれど、そういうのは私のデッキの得意分野です。

 

「僕はカードを一枚セットして、ターンエンドっ。さあ、見せてみてよ、君の融合を」

「私のターン、ドローします」

 

ドローしたのは魔法カード、ワンショット・ワンド、ですが今回は魔法使い族のミドラーシュには休んでいてもらいましょう。……また次のデュエルで好き勝手されてしまいそうですが。

 

「私は手札から魔法カード、影依融合を発動」

 

 

「来るか、久守の融合召喚が……!」

「ええ。でも、どの融合モンスターを召喚しても今のシザー・ベアーは破壊できない……」

 

 

先日の柊さんとのデュエルでもこのカードを使い、融合召喚を行った。でもあの時とは状況が違う。そして呼び出す子もまた違う。

 

「このカードは相手フィールドにエクストラデッキから特殊召喚されたモンスターが存在する場合、手札、フィールドに加えデッキのモンスターを素材として融合召喚出来ます」

 

志島さんとのデュエルで行ったのと同じ状況。そして呼び出すのも。

 

 

「デッキのモンスターで!?」

「融合召喚!?」

「そ、それって……かなり痺れるぅ!」

 

 

「私はデッキのシャドール・ビーストとエフェクト・ヴェーラーを融合」

 

今度は私の遥か頭上の空でデッキから伸びた影が渦巻く。

 

「人形を操る巨人よ、お伽の国に誘われた堕天使よ、新たな道を見出し、宿命を砕け……!」

 

その影の渦から彼女は堕りて来る。マドルチェを総べる女王がティアラミスなら、シャドールたちの頂点に立つのは彼女だ。

 

「融合召喚……来て、エルシャドール・ネフィリム……!」

 

エルシャドール・ネフィリム

レベル8

攻撃力 2800

 

お菓子の国に降り立つ巨人、ネフィリム。

 

 

「で、デカい!」

「なんだあのモンスターは……!?」

 

 

降り立ったネフィリムの影でフィールド全体が暗く覆われる。その中でシザー・ベアーの中の何かの瞳と、ネフィリムから伸びる紫の影糸だけが怪しい光を放っていた。

 

「融合素材として墓地に送られたシャドール・ビーストの効果発動。カードを一枚ドローします」

 

ドローしたのは……マドルチェ・マジョレーヌ。この手札なら次のターンでさらに繋げられる。

 

「さらにネフィリムの効果を発動。このカードが特殊召喚された時、デッキからシャドールと名の付くカードを一枚墓地に送る。私はデッキのシャドール・ドラゴンを墓地に送り、その効果を発動します。ドラゴンが墓地に送られた時、フィールドの魔法、罠カード一枚を破壊する――私はトイポットを選択」

 

トイポットが罅割れて砕け、フィールドから消える。

 

「あーっ! トイポットがぁ……」

「そしてマドルチェ・マジョレーヌを通常召喚。マジョレーヌが召喚に成功した時、デッキからマドルチェ・モンスターを手札に加える。私はマドルチェ・ミィルフィーヤを手札に加えます」

 

マドルチェ・マジョレーヌ

レベル4

攻撃力 1400

 

マジョレーヌが魔法のフォークに腰掛けながら空中に滞空する。結構フィールドが暗いんですが、飛んでいてぶつかったりしないんでしょうか。

 

「あっ、可愛い!」

「また初めて見るモンスターね……」

 

 

「そしてセットしてあった永続魔法、マドルチェ・チケットを発動。このカードが存在する限り、一ターンに一度、フィールド、墓地のマドルチェ・モンスターが手札またはデッキに戻った時、デッキからマドルチェ・モンスターを手札に加える事が出来る。そしてマドルチェ・モンスターたちは皆、相手によって破壊され、墓地へ送られた時、デッキに戻ります」

 

 

「……そうかっ、久守の言う通りならマドルチェ・モンスターはシザー・ベアーに破壊されても墓地に行かない、つまりシザー・ベアーに装備されて攻撃力が上がる事はない!」

 

 

榊さんの言う通り、デストーイ・シザー・ベアーの効果ならシャドールよりもマドルチェたちの方が相性は良さそうです。

 

 

「で、でもあのデッカいモンスターが破壊されたらシザー・ベアーの攻撃力が上がって……」

「2800のエルシャドール・ネフィリムが破壊されたら……5800ポイント!」

「そんなモンスター、どうやって倒せば……」

 

 

けれど、エルシャドールたちは特殊召喚されたモンスターとの相性が良いのであまり変わりません。

 

「バトル。ネフィリムでシザー・ベアーを攻撃」

 

 

「攻撃力の低いモンスターで攻撃だと!?」

「そんな事したらネフィリムを破壊したシザー・ベアーの攻撃力が上がって、次のターンでお姉ちゃんの負けだ!」

 

 

権現坂さんや子供たちが驚愕の声を上げている。……普段ならネフィリムの効果説明を行うのですが、今はアクションデュエル。先程の素良さんの動きを見た後では悠長に説明をしてはいられない。その間にアクションカードを取られてしまう可能性が高いですから。

 

「ストリング・バインド……!」

「僕は罠カード、びっくり箱を発動! 相手モンスターの攻撃を無効にして、そのモンスター以外のモンスターを墓地に送るっ」

 

ネフィリムの攻撃を見守っていたマジョレーヌの前方に現れた箱からボクシンググローブが飛び出し、彼女を吹き飛ばした。……痛そうです。

吹き飛び、ケーキの壁に穴を空けてマジョレーヌが消える。

 

「そして墓地に送ったモンスターの攻撃力か守備力の分、攻撃を無効にしたモンスターの攻撃力を下げる。エルシャドール・ネフィリムの攻撃力はマドルチェ・マジョレーヌの攻撃力、1400ダウン!」

 

エルシャドール・ネフィリム

レベル8

攻撃力 2800 → 1400

 

「きっと何か効果を持ってるんだろうけど、どう? これでもまだ発動できるのかな」

「……いいえ、ネフィリムの効果は特殊召喚されたモンスターと戦闘する時、ダメージステップ前に相手モンスターを破壊する。ですが攻撃が無効になった今、その効果は発動できません」

 

私が通常召喚を行わなければびっくり箱の発動条件は満たされず、ネフィリムでシザー・ベアーを破壊出来た。それにドラゴンの効果でトイポットではなくセットされていたびっくり箱を破壊すれば……今更悔いても仕方ありません。

こうなった以上、刀堂さんとのデュエルでもやった、禁じ手を使わせてもらいましょう。

 

「それに君のモンスターたちの共通効果は破壊された時にデッキに戻る効果。シザー・ベアーの効果から逃げられてもびっくり箱の墓地に送る効果じゃ発動しない。これで君の永続魔法も不発に終わっちゃったね」

 

素良さんの言う通り、びっくり箱の効果ではマドルチェの効果は発動しない。シャドールなら発動しますが……けれど、墓地にマドルチェが送られた事によって準備が整ったともいえる。

 

「私はカードを一枚伏せてターンエンドです」

「せっかくの融合モンスターの攻撃力が半分になったっていうのに、まだまだ余裕だね? 何を見せてくれるのか、楽しみだよっ。僕のターン! ――僕は手札からファーニマル・ライオを通常召喚っ。さらに手札のファーニマル・シープを特殊召喚! ファーニマル・シープは自分フィールドにファーニマル・モンスターが居る時、手札から特殊召喚出来る」

 

ファーニマル・ライオ

レベル4

攻撃力 1600

 

ファーニマル・シープ

レベル2

攻撃力 400

 

「さあバトルだ! ファーニマル・ライオでエルシャドール・ネフィリムを攻撃! この瞬間、ファーニマル・ライオの効果で攻撃力が500ポイントアップ!」

 

ファーニマル・ライオ

レベル4

攻撃力 1600 → 2100

 

攻撃力を上げる効果を持っていたから攻撃力の低いファーニマル・シープを攻撃表示で召喚したのか。ライオの攻撃が通ればネフィリムは破壊され、700ポイントのダメージ、それにシープとシザー・ベアーの直接攻撃で3400、私のライフが完全に削られる。

伏せカードを使ってもいいですが……ここはアクションカードを使わせてもらいましょう。

幸い一枚は既に見つけてある。マジョレーヌが空けたケーキの壁の中に埋まっていたアクションカードを。

 

ライオが飛び上がり、遥かに大きさの違うネフィリムへと攻撃を仕掛けようとしている。それが通るまでの僅かの時間、その間に取れれば伏せカードを温存できます。

 

「お願い、ネフィリム」

 

私の言葉に頷く事もせず、しかしネフィリムから影糸が私に向かって伸びる。それを掴むと、影糸は私をケーキの壁へと勢いよく運んでいく。……予想してましたけど物凄い勢いです、壁に当たる直前で止める、なんて考えていないですよね、絶対。

 

 

 

「ぶつかるっ!」

 

 

「わぷっ」

 

案の定、ケーキの壁へと勢いよく衝突し、壁にはマジョレーヌと私の形の穴が出来る。……ケーキじゃなければ大怪我です。

そのままの勢いで反対側へ抜ける。それでもカードは取れた。

手にしたカードは――

 

「アクションマジック、回避を発動。効果によりモンスター一体の攻撃を無効にします」

 

アクションマジック、回避。ほぼ全てのアクションフィールドに存在するアクションマジック。運が良い。

 

「これによりファーニマル・ライオの攻撃は無効」

「ちぇっ、避けられちゃったか。特殊召喚されたシザー・ベアーじゃネフィリムは破壊できない。バトルフェイズを終了するね」

 

影糸によって地面へと下ろされた時には素良さんがバトルフェイズを終了していた。

 

「僕はカードを二枚伏せて、ターンエンドっ」

「……私のターン、ドローします」

 

引いたカードはマドルチェ・シューバリエ。エクシーズモンスターであるティアラミスを除けば私のデッキのマドルチェの中で最も攻撃力の高いマドルチェ。もっともマドルチェ・シャトーの効果がなければ1700と大した数値ではありませんが。

 

「私はマドルチェ・ミィルフィーヤを召喚。そしてミィルフィーヤが召喚に成功した時、手札からマドルチェ・モンスターを特殊召喚出来る。おいで、エンジェリー」

 

マドルチェ・ミィルフィーヤ

レベル3

攻撃力 500

 

マドルチェ・エンジェリー

レベル4

攻撃力 1000

 

 

「可愛い!」

「あのモンスターたちも墓地に送られた時にデッキに戻る……けどあの攻撃力じゃ素良のモンスターはファーニマル・シープしか倒せない」

 

 

「エンジェリーの効果発動。このカードをリリースし、デッキからマドルチェ・モンスター一体を特殊召喚します。おいで、ホーットケーキ」

 

マドルチェ・ホーットケーキ

レベル3

攻撃力 1500

 

 

これで墓地にマドルチェは二体。女王さまの条件は満たした。

 

「さらにホーットケーキの効果発動。一ターンに一度、墓地のモンスターをゲームから除外し、デッキからホーットケーキ以外のマドルチェを特殊召喚する。私はシャドール・ドラゴンを除外。おいで、メッセンジェラート」

 

マドルチェ・メッセンジェラート

レベル4

攻撃力 1600

 

お伽の国の郵便屋、メッセンジェラートが現れる。効果によりマドルチェと名の付く魔法、罠カードを手札に加える事が出来る、宅配する物を探して、私の横でカバンを漁るメッセンジェラートですが私のデッキにはもう該当するカードはない。アクションデュエルなら罠のマドルチェ・マナーを入れてもいいかもしれませんが、今回は入れていない。カバンを逆さにしても何も出て来ず、メッセンジェラートは諦めたように項垂れた。

 

「さあ次はどうするの? いくらモンスターを並べても、君のフィールドの永続魔法の効果は一ターンに一度、その攻撃力じゃ次のターンにはどれかがシザー・ベアーに吸収されちゃうよ?」

 

こうします。

 

「私はレベル3のマドルチェ・ミィルフィーヤとホーットケーキでオーバーレイ」

 

 

「あれは!?」

「嘘……エクシーズ召喚!?」

「い、いくらLDSの生徒だからって融合もエクシーズも教え始めたのは最近だって聞くぞ!? それを二つも使うなんて!」

 

 

榊さんたちが驚きの声を上げる中、デュエルを通して繋がる素良さんだけは、正反対の反応をしていた。ほんの僅か、私の勘違いかもしれませんが、呆れの混じった瞳……落胆している?

 

「エクシーズ召喚、ランク3、M.X―セイバー インヴォーカー」

 

M.X―セイバー インヴォーカー

ランク3

攻撃力 1600

ORU 2

 

「ふうん……それで? どうするつもりなのかな」

「……? 私はインヴォ―カーの効果発動。オーバーレイユニットを一つ使い、デッキからレベル4の戦士族を表側守備表示で特殊召喚します。この効果で特殊召喚したモンスターはエンドフェイズ時、破壊される。私は二枚目のメッセンジェラートを特殊召喚」

 

M.X―セイバー インヴォーカー

ORU 2 → 1

 

マドルチェ・メッセンジェラート

レベル4

守備力 1000

 

「これでレベル4のモンスターが二体……またエクシーズ召喚?」

「ええ」

 

やはり、雰囲気が少し変わった。何が彼の気に障ったのかは分かりませんが、今はデュエルを続けましょう。新たに特殊召喚されたもう一人のメッセンジェラートと元々フィールドに居たメッセンジェラートがお互いを見て、混乱しているようですし……。

 

「レベル4のメッセンジェラート二体でオーバーレイ、二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築……?」

 

二体のメッセンジェラートが光へと姿を変えた時、デュエルディスクが着信を告げた。

このタイミングで一体誰が……

 

「! すいません! このデュエル、中断させてください!」

 

 

「えっ? なんでいきなり……?」

 

塾長さんに頭を下げ、そう頼み込む。

 

「素良さん、すいません! 一度中断をさせてください!」

「へっ? 別にいいけど……どうしたの、急に?」

 

良し、素良さんの許可は得た!

事情の説明は後にして、通話モードにディスクを操作する。

 

 

「すいません、お待たせしました! 久守です!」

『よう』

「お久しぶりです、沢渡さん!」

『ああ。今LDSに居るんだが、お前、今日講義が入ってたよな。何処にいる?』

「今から行くところです!」

 

講義は夕方からですけど、私の予定を把握してるなんて流石沢渡さんですよ!

 

『そうか。だったら早く来い』

「はい! 今すぐ行きます! 少しだけ待っててください!」

『ああ』

 

通話が切れる。……こうしてはいられません! 今! すぐに! LDSへ!

 

「すいません素良さん! 続きはまたの機会に! 必ずお相手させていただきますから!」

「あ、うん……」

 

素良さんの雰囲気がまた変わり、呆気にとられたような感じになっていますが、今はそれどころじゃない。一刻も早く行かなくては!

 

アクションフィールドが解除され、元の景色へと戻ったデュエル場を駆け抜け、出口へと向かう。

 

「申し訳ありません! 私はこれで失礼します! 榊さん、柊さん、権現坂さん、また学校で! アユちゃん、フトシくん、タツヤくん、また機会があれば!」

「あ、ああ……またな――っていないし……」

「お姉ちゃん、人が変わったみたいだったね……何かあったのかな……」

「……あはは、多分、何かあったんでしょうね……」

 

素良さんと同じく呆気にとられた榊さんたちと心配そうな表情を浮かべるアユちゃん、渇いた笑みを浮かべた柊さんを残し、私は外へと飛び出した。

 

 

「つまらないのか面白いのか、判断に困る子だったなあ……」

 




実は権現坂さんが三年生なんじゃないかと危惧しながら書きました。
素良きゅんとデュエル。しかしまた不完全燃焼。
沢渡さんの出番が短くて申し訳ないです。予想より長くなってしまいましたので、次回に回します。


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ネオ沢渡さん、紅茶ですよ!

今回のデュエルはオリキャラ相手。


「はい、どうぞ沢渡さん!」

「おう」

「そうだ、これもどうぞ沢渡さん!」

「ああ」

「これなんてどうでしょう、沢渡さん!」

「……うん」

「お次はこれです、沢渡さん!」

「……少しは落ち着け!」

「はい! 沢渡さん!」

「……」

 

沢渡さんからの電話を受けてLDSに来てすぐ、紅茶とお菓子を用意し(今日はLDS内の売店で買いました)、ロビーで沢渡さんとお茶を始めました。

ですが久しぶりの生沢渡さんの前でついはしゃぎ過ぎてしまったらしく、怒られてしまいました!

 

「ったく……」

 

呆れたように呟きながら、私が淹れた紅茶に口をつける沢渡さん。動作一つ一つが様になってますね!

 

「そうだ沢渡さんっ、LDSに来たって事は完成したんですかっ?」

「ああ。榊遊矢がペンデュラム召喚を使おうと、このデッキで叩き潰してやる」

 

沢渡さんの取り出したデッキのトップは……氷帝メビウス? アドバンス召喚に成功した時に魔法、罠カードを破壊する効果を持つモンスター……ということは、

 

「セッティングされたペンデュラムカードは魔法カード扱いになるんですねっ?」

 

山部たちから聞いて知っていましたが。それでも感心してしまう。

 

「察しが良いな。その通りだ」

「それでメビウスをっ、流石です沢渡さん!」

「ふっふふ、ノンノン、今の俺は――」

「ネオ沢渡さん!」

「イエス!」

 

的確な対処法ですね! 流石ネオ沢渡さんです! 大嵐やサイクロン、砂塵の大竜巻などでは時読み、星読みの魔術師のペンデュラム効果で無効にされてしまいますが、モンスター効果ならその心配はない!

それに魔法カード扱いとしてフィールドに存在しているなら、私のティアラミスでも対策は打てる。オーバーレイユニットのようにカードではない状態であるのか、と危惧していましたが杞憂だったようです。実際にデュエルした沢渡さんの話を聞いて、改めて安心しました。

 

「このデッキで榊遊矢を倒す……!」

「その意気ですよ、ネオ沢渡さん!」

 

……良かった、もう強引にカードを奪おうとは考えていないようです。それなら私も少し気が楽です。榊さんが沢渡さんのリベンジを受けてくれれば、今度こそ沢渡さんの勝利は間違いないですね! 案外、良いライバルになってくれるんじゃないでしょうか!

 

「まずは明日にでもこのデッキの肩慣らしだ」

「慢心せずに練習するなんて、流石ですね!」

「当然、今でも使いこなしてみせるがな」

「はい! 私では練習相手にはならなそうで、申し訳ないですっ」

 

フィールド魔法がキーカードになっているとはいえ、私のデッキではシャドールたちの効果を魔法、罠の代わりとして使っているようなもの。アクションデュエルではそれが顕著ですし。残念ながら沢渡さんの練習相手としては合わない。勿論、私のデッキでもカードを破壊されるのが厄介なのは変わりありませんが。

 

「気にするな。それに今からデュエルしてもお前の講義で中断しちまうだろうしな」

 

こんな私に気を遣ってくれるなんて、本当に流石ですよ沢渡さん!

 

「あ、デュエルする時間はありませんが、紅茶のお代わりを淹れる時間ならありますよ! どうですかっ?」

「ああ、飲んでやる」

「はい!」

 

沢渡さんの言葉に嬉々として紅茶を淹れなおす私。ああ、まさに至福の時間です。

 

「んー、この香り、悪くないな」

「ありがとうございます!」

 

ひゃっほう! ……と、危ない危ない。また我を忘れてしまうところでした。沢渡さんと会えた時に訊こうと思っていた事があったんです。

 

「沢渡さん、一つ訊いてもいいですか?」

「なんだ?」

「中島……さん、って誰ですか?」

 

ずっと訊こうと思っていた事。

沢渡さんを利用した、中島という男。それが誰なのか、一体どんな繋がりが沢渡さんとあるのか。

 

「中島さん? ああ、まあお前が知らないのも無理はないか。最近は見かけないしな」

「有名な方なんですか?」

「まあ有名っちゃ有名だよ。LDSの理事長は知ってるだろ」

「理事長……確かレオ・コーポレーションの理事長も兼任している赤馬日美香さん、でしたよね」

「ああ。中島さんはその付き人、側近さ」

 

LDSとレオ・コーポレーションの重役の側近……ペンデュラムカード……最近新設されたコースの事を考えると、ペンデュラム召喚をLDSに取り入れる為? レオ・コーポレーションの人間なら手に入れたカードから新しいカードを生産する事も出来るはず……その為にペンデュラムカードを?

そう考えれば理由は分かる。自分たちが榊さんから直接カードを奪えば、会社の名前に傷が付き、世間から非難される。LDSの生徒たちからも不信感を抱かれるのは間違いない。だから沢渡さんを使った……という事でしょうか。

 

「たまにLDSにも来るから、その内会えると思うぜ。今は理事長が海外に出てるから忙しいみたいだけどな……久守?」

「……ああ、いえ。すいません、ありがとうございます!」

「けど何でいきなり中島さんの事を……ああ、お前、あの時の通信を聞いてたのか」

「っ、え、ええと……はい」

 

沢渡さんに盗み聞きをしていた事がバレてしまいました……。

 

「別にいいけど。俺だって中島さんの頼みを聞いたつもりはないしな。あの人が何を考えてるのかも興味ないね」

「沢渡さん……」

「俺は俺のやり方でペンデュラムカードを手に入れる。その為にもまずは榊遊矢に借りを返す。それだけだ」

「……はい!」

 

……うん、沢渡さんがこう言っている以上、私が何かをしても仕方ない。好意は抱けませんが、だからといって報復する必要もありませんね。……もしもまた同じような事をするなら、今度こそ容赦はしませんが。LDSだろうと、レオ・コーポレーションだろうと、世界だろうと。誰が相手でも関係ありません。

 

「ん、おい、そろそろ時間だろ?」

「あ、はい。……じゃあ、行ってきます」

「ああ」

「カップとかは後で回収しますから! それでは沢渡さん、また!」

 

……行きたくない、というより沢渡さんから離れたくない……! でも講義を受けなければ後に響く……くっ、今は我慢するしかありません。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

久守詠歌が去り、しばらくは一人で残った紅茶とケーキを食べていた沢渡だったが、そこに近づく人影があった。

 

「よお、沢渡」

「やあ」

「お前らは……シンクロコースの刀堂刃とエクシーズコースの志島北斗か」

 

刀堂刃と志島北斗。同じLDSで互いにそれなりに有名人同士、知らない仲ではない。とはいえそれ程仲がいい訳でもないが。

 

「何の用だ?」

「久守の奴は……いねえみたいだな」

 

刃が沢渡の前のテーブルに置かれたケーキと紅茶を見た後、周囲を見渡すが当然久守の姿はない。

 

「あいつに何か用か」

「いいや。お前に用があってな」

「そうそう、むしろ彼女が居ない方が都合が良い」

 

沢渡を挟むように隣に腰掛ける二人。

 

「な、なんだお前ら、気持ち悪い」

 

妙に近い距離感に沢渡が引くが、二人はおかまいなしに顔を近づけ、小さな声で言った。

 

「沢渡……お前、久守に何であんなに懐かれてんだ?」

「いや信奉と言ってもいいね、彼女のあれは」

「はあ?」

 

二人は先日、物凄い勢いで沢渡について捲し立てられた事を思い出しながら、沢渡に問う。

彼女が沢渡に懐いているのは彼の取り巻きに加わっている事から知っていた。けれど、あそこまでとは思っていなかったのだ。

 

「はっきり言って普通じゃないぞ、彼女……」

「お前なんかをあそこまで尊敬するなんざな……」

「おい、俺にかなり失礼な事を言ってるぞ、お前ら」

 

二人の失礼な言葉に腹立ちながらも、沢渡はその問い掛けに答える。

 

「あいつがこの俺の偉大さに気付ける聡明な人間だったってだけさ。あいつは人を見る目があるからな」

「ダメだこいつ……!」

「落ち着け刃、沢渡がこういう奴だって事は分かってた」

「そうだな……っつーかあいつっていつからお前の取り巻きなんざ始めたんだ?」

「気付いたら君の傍に居たね」

「あいつがLDSに入った時からだ。そもそもあいつにLDSを勧めたのは俺だからな」

「お前が?」

「そういえば君たちは同じ学校だったか……」

 

沢渡の口から出た意外な事実。けれど、同級生ならそういう事もあるか、と納得する。

 

「あいつが転校してきてすぐにデュエル塾を探してるって相談に来て、俺が此処を紹介してやったってわけだ」

「あいつ、この街の奴じゃなかったのか?」

「ああ。舞網市に来たのは転校してくるよりも早かったらしいが」

「? ならそれまで市内の別の学校に居たのか?」

「さあな。別に何処の学校に居たかなんて興味もない」

「……そもそも何で君に相談なんて?」

「どういう意味だそれ」

「ああいや、転校して来たばかりの子がどうして君にデュエル塾の事を聞きに来たのかと思ってね。デュエル塾を探してるなら最大手のLDSは一番最初に聞く名前だろう? 敷居が他と比べて高いから、それで諦めて別の塾を探してるならわざわざLDSの塾生に聞く必要もないじゃないか。バッジを着けてるからLDSかどうかは一目で分かるだろうし」

「ん、ああ……確かにそれもそうだな。しかもわざわざ沢渡に」

「わざわざは余計だっ。ふんっ、この完璧なるデュエリスト、沢渡シンゴの噂を聞いて来たんだろう」

「お前の噂なんざ悪評しかねえだろ……」

「確かに。しかし改めて思うと良く今まで無事にLDSに通えたものだよ。その内後ろから刺されるかもね」

 

呆れた表情で言う刃と北斗、しかし二人の疑問は未だ晴れない。

どうして久守詠歌というLDSのエリートに匹敵するほどのデュエリストが沢渡の取り巻きに甘んじ、心から尊敬しているのか、という疑問。

 

「うるせえ! あいつは最初から俺を立てる奴だった、つまりこの俺の伝説を聞いてやって来た以外にねえだろっ」

「ああ? 最初からぁ?」

 

沢渡の言葉に胡散臭そうに刃が表情を歪める。

 

「ああ、そうだ。「沢渡さん、沢渡シンゴさん、LDSの沢渡シンゴさんですよねっ!」って俺を訪ねて来たんだ」

 

沢渡の言葉を信じるなら久守詠歌は出会った当初から、いやそれ以前から沢渡を知っていて、尚且つ今同様に尊敬していた、という事になる。

知るだけなら同じ街に住んでいれば何かの機会があるかもしれないが(それに沢渡には次期市長候補の息子、という微妙な肩書もある)、あれ程の尊敬の念を抱くような理由になる出来事を沢渡が起こしたとも思えない。……ますます謎が深まっただけである。

 

「大体なんで急にあいつの事を……あ、まさかお前ら、久守の事を――」

「君が考えているような事は絶対に有り得ない!」

 

沢渡が言い切るよりも早く、北斗が声を大にして否定した。

 

「落ち着けよ北斗……けどまあ、北斗の言う通り、お前の考えているような事はねえよ。単なる好奇心だ。俺たちを負かすような奴が、どうしてお前なんかに懐いてるのかってな」

「何だお前らも久守に負けたのか。仮にもLDSのエリートが聞いて呆れるぜ」

「くっ、なんでこいつにこんな事を言われなきゃ……! 彼女に挑みさえしなければ今頃は40連勝も夢じゃなかったはずなのに……!」

「落ち着けよ北斗、気持ちは痛いほど分かるがな……!」

 

青筋を立てる二人の事など気にした素振りも見せず、沢渡は残りの紅茶に口をつけた。

 

「そもそもあいつの事が気になるなら久守本人に訊けよ」

「「絶対に嫌だ!!」」

 

先日の件を思い出し、即座に二人が声を合わせて否定する。恐らく尋ねれば訊いてもいない事までより詳しく、そしてより長く話すだろう事は嫌でも想像がつく。

 

「はあ……もういい、沢渡に聞いた俺たちが馬鹿だった、そろそろ講義も始まるしな」

「もうそんな時間か……酷く時間を無駄にした気分だ」

「だから失礼過ぎだお前ら!」

「つーか総合コースも久守が受けてるのとは別の講義あんだろ。お前も悠長に紅茶なんて飲んでないで、準備したらどうだ」

「生憎この俺が受けるような講義は今日は入ってない。お前らは勉学に励むんだな」

「はあ? だったらお前、日曜に何しにLDS来たんだよ? この時間じゃデュエルの相手も捕まんねえぞ?」

 

刃の至極当然な質問に、沢渡もまた当然と言うような態度で答えた。

 

 

「紅茶を飲む為に決まってるだろ」

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「沢渡さん! 待っててくれたんですか!?」

 

講義を終え、ロビーに戻った私が目にしたのは退屈そうに雑誌を捲る沢渡さんの姿でした。まさかずっと待っていてくれたなんて……。

 

「別にお前を待ってたわけじゃない。本を読んでたらお前が戻って来ただけだ」

 

その割にはあっさり雑誌を閉じてしまいましたが、沢渡さんが言うならそうなんですよね!

 

「帰るぞ」

「はい! 今日もあの倉庫に行きますかっ?」

「いや、今日は真っ直ぐ帰るぞ。明日はデッキの肩慣らしと、榊遊矢を誘き出す為の作戦を考えなきゃいけないからな」

「分かりました!」

 

別に誘き出す必要はない気もしますが……そうかっ、以前沢渡さんが言っていた劇的な勝利の為の演出ですね! 流石沢渡さん、拘ってるぅ!

立ち上がり歩き出す沢渡さんをテーブルのカップを回収し追いかける。すぐ帰らなきゃいけないのは残念ですが、沢渡さんと一緒に帰れるなんて最高ですよ最高! たとえそれが帰宅途中までの10分だけでも!

 

LDSを出て、沢渡さんと並んで街を歩く。さり気無く道路側を歩いてくれる沢渡さんの優しさに感激です!

 

「そういやシンクロの刀堂とエクシーズの志島にも勝ったんだって?」

「はいっ、先日デュエルする機会があったので!」

「そうか。少しはやるようになったな」

「ありがとうございますっ!」

 

ひゃっほう! 沢渡さんに褒められた! 沢渡さんの前でデュエルしたのは数える程ですが、今初めてデュエルの事を褒められました!

 

「沢渡さんがLDSを薦めてくれたおかげです!」

「ま、この俺が通う塾だ。強くなってもらわなきゃ同じ塾の俺まで弱く見られるからな」

「はいっ、これからも頑張ります!」

 

その言葉だけで今後の講義も受ける気力が湧いてきました!

沢渡さんに恥をかかせるわけにはいきませんからねっ!

 

「ああ、そうだ久守」

「はいっ」

「お前って転校して来る前は何処に住んでたんだ?」

「? 何で急にそんな事を?」

「刀堂たちが気にしてたからな。俺は別に興味もないが、そういえば聞いてなかったと思ってな」

「えっと、そうですね。以前は誰も聞いたこともないような、遠い所に住んでいました」

「ふーん、の割にはLDS以外で融合だのエクシーズだのを教えてる塾があったんだろ? この街の外にそんな街があるなら有名そうだがな」

「ああ、いえ。塾でデュエルを習うのはLDSが初めてです。見て覚えた、っていうのが一番でしょうか。後は知り合いの人とやりながら少しずつ覚えたんですよ」

 

もう随分と懐かしい気がします。ほんの数か月前の話なんですが……やっぱり沢渡さんと出逢ってからの日々が充実してるからですね!

 

「へえ。ならこの街に来てからは何処の学校に居たんだ? 転校して来るより前に舞網には来てたんだろ?」

「えーと、転校して来る前までは休学していたんです。引っ越しで忙しかったので」

 

嘘ではないですよ? 沢渡さんに嘘なんて吐けませんから!

 

「お前も何かと苦労してんだな」

「いえっ、今はもう毎日が充実してますから! これも沢渡さんのおかげです!」

「この俺と一緒に居るんだ、当然だな」

「はいっ!」

 

沢渡さんにプライベートの事を聞かれるなんて、嬉しくてもうドッキドキですよ! けど楽しく話せるような私生活を送ってない……! いや、昔と比べたら十分充実してはいるんですが……休日よりLDSや学校に通っている方が楽しいだけですから!

 

「っと、お前は向こうだったな」

「あ……はい」

「じゃあな、明日は俺の新しいデッキと華麗なデュエルを見せてやるよ」

「はい! 楽しみにしていますね! それじゃあ、お疲れ様でした沢渡さん!」

「おう」

 

いつの間にか沢渡さんと別れる交差点まで来てしまっていました……くっ、ですが明日もまた沢渡さんに会える、今は我慢しなくては……!

沢渡さんに頭を下げ、手を上げて去っていく後ろ姿を見えなくなるまで見送る。去り方もクール!

ああ……色々ありましたが最高の一日でした……。後は明日を待つだけです。家に帰って、夕食と明日の準備をして、お風呂に入って寝ればもう明日! 最高ですね!

そうと分かればさっさと帰りましょう。

 

 

「……待っていたぞ」

 

 

それにしても流石沢渡さんです、この短期間でダーツモンスターたちとは全く別の、メビウスを主体にした新しいデッキを組んでくるなんて……私も見習わないといけませんね。連日カードを探してくれている刀堂さんにも申し訳ないですし……。

 

「待っていたぞ」

 

けれどレベル6というのは中々見つからないですね……7や8になればティアラミスやエルシャドールたちに負けない強力なカードたちもあるのですが……チューナー自体が少ないので、狙うのはそう簡単ではないですし。かといってチューナーを増やすのは……うーん。

 

「待て久守詠歌!」

「……え、はい?」

 

さっきから何やら視界の端に誰かが立っているとは思っていましたが、まさか私に用だったのでしょうか。

 

「この僕を無視とは良い度胸じゃないか」

「はあ……ええと、あなたは……」

 

道のど真ん中で私を遮るように立つ男性……確か彼は……

 

「同じ総合コースの……」

 

いや、違う。思い出した。彼は。

 

「……何の用です、元LDS総合コースの鎌瀬」

「元、だと……一体誰のせいで……!」

 

おかしな事を言う人だ。

 

「他の誰でもない、あなた自身のせいでしょう」

「……ああ、そうだな。君如きに負けた、僕のせいだ……!」

「分かっているじゃないですか。私に負けて、LDSを辞めたのはあなたの意思です。私は、私がデュエルで勝てば二度と同じ事をするなと言っただけで、辞めろとまでは言っていません。現に同じ条件で私に負けても今も通っている方たちもいます。勿論、約束は守ってもらっていますが」

 

ですが、まあ。

 

「あの人ではなく、私の前に現れた事だけは褒めてあげましょう。もしもまたあの人に害を成そうとするなら、今度はこの街から出ていく覚悟を持ってもらいます」

 

「ふざけるな! このっ――沢渡の人形が!」

 

「褒め言葉として受け取っておきましょう。それで、何の用ですか」

 

世間話ならまたの機会にしていただきたいです。もう私の中でこの後の予定が組み上がっているので。

 

「何の用だって? 決まってるだろう……復讐だよ」

「はあ……何のでしょうか」

「君に負けて僕はLDSを去った……いや、去らざるを得なかった! 何処の馬の骨とも分からない奴に負けて、強くなれないなら辞めろと両親から言われてね……! なのにその原因であるお前が今はLDSに通っている! そんな事許せるわけがないだろう……!」

「正規の手続きを踏んで入塾し、費用も支払っています。非難される謂れはありません」

「っ、うるさい! デュエルだ! 僕は君を倒し、今度こそあいつを……沢渡を倒してやる! どんな手を使っても……今度こそあいつの鼻っ柱をへし折ってやるんだ!」

 

……。

 

「言ったはずですよ。二度とあの人を陥れるような真似をするなと。あの人にデュエルを挑むのはあなたの自由です。それをあの人が受けたなら私は何の口出しもしません。ですが、それ以外の手段であの人に害を成す事は絶対に許さない……!」

 

デュエルディスクを構え、喚く鎌瀬。言葉を重ねても意味はない。此処ではデュエルが全てだ。それは嫌って程良く分かっている。

だから私も同じようにディスクを構える。予定変更だ。約束を違えるなら、此処でもう一度叩きのめす。

 

「近くに公園があります、そこでいいでしょう。道路の真ん中で敗北したいと言うなら此処で構いませんが」

「はっ、敗北するのは君の方だ! だがいいだろう、負けて這いつくばって、君が通行人の邪魔をするのは忍びない」

 

 

互いに睨み合いながら、すぐ近くの公園へと移動する。幸い誰も居ない、此処なら邪魔になる事もないでしょう。

移動の最中に別に束ねたサイドデッキの中からカードを三枚取り出し、ディスクのデッキへと追加する。本来なら同数のカードを入れ替えなければならない、というのがルールらしいですが、この世界にはそもそもサイドデッキという存在自体がほとんど認知されていないし、デュエル前のカードの入れ替えについての規定もない。本当なら何枚か抜いて、メインデッキの枚数を調整したいですが、そこまでの時間はくれないでしょうからカードを追加するだけに留めておく。

 

「君の敗北場所は此処で良いのかい」

「一人で言っていてください。用意は出来ていますね」

「いつでもどうぞ。楽しみだよ、君の無様な――」

「デュエルの話じゃないですよ。懺悔の用意は出来ているのか、と確認しただけです」

「っく……! いくぞ、久守詠歌ッ!」

 

「デュエル!」「デュエル」

 

EIKA VS KAMASE

LP:4000

 

「先行は僕が貰う! 僕はモンスターをセット! そしてカードを三枚セットして、ターンエンド!」

 

……あまり記憶に残っていませんが、以前の彼は確かパンサー・ウォリアーやゴブリン突撃部隊、ジェネティック・ワーウルフと言った攻撃力の高いモンスターばかりのデッキだった。エースカードも恐らくはそういった類の攻撃力の高いモンスターなのだろうけど、ティアラミスによって場をがら空きにさせてもらったので見る事はなかった。

ですが今回はセット……まだ分かりませんが、やはりカードを追加して良かったかもしれません。

 

「私のターン、ドロー」

 

どちらにせよ、このターンで分かる。もし分からなければ、それでまた、何もできずに彼のデュエルは終わりだ。

 

「私はマドルチェ・エンジェリーを召喚」

 

マドルチェ・エンジェリー

レベル4

攻撃力 1000

 

「エンジェリーの効果を――」

「もう君のやり口は分かってるんだよ! 永続罠発動! ――マクロコスモス! このカードが発動した時、手札、デッキから原始太陽ヘリオスを特殊召喚出来る! 僕はデッキから原始太陽ヘリオスを特殊召喚!」

 

原始太陽ヘリオス

レベル4

攻撃力 ?

 

……現れたのは太陽の顔と女性の体を持つ、不気味なモンスター。やはりですか。

 

「まずはマクロコスモスの効果により、お互いの墓地に送られるカードは全て除外される!」

「……私はエンジェリーの効果を発動。エンジェリーをリリースし、デッキからマドルチェ・モンスターを特殊召喚します。マクロコスモスによりリリースされたエンジェリーを除外される」

 

たとえ除外されても構わない。

 

「ふふ、ヘリオスの攻撃力は互いの除外されたモンスターの数の100倍の攻撃力になる!」

 

原始太陽ヘリオス

レベル4

攻撃力 ? → 100

 

「……私はデッキからマドルチェ・シューバリエを特殊召喚」

 

マドルチェ・シューバリエ

レベル4

攻撃力 1700

 

除外。私のデッキの最大の弱点。破壊されたマドルチェたちは一度墓地に送られてからデッキに戻る効果。シャドールたちもまた、墓地に送られた時に発生する効果を持っている。しかし墓地ではなく除外されればその効果は発動できない。

そして墓地にカードがなければホーットケーキやティアラミスの効果もまた使えず、シャドールたちを融合する為の融合カードも回収する事は出来ない。

だからこそ、この男がそういった対策を講じて来る事は予想出来ていた。

 

「バトル。シューバリエでヘリオスを攻撃」

「さらに罠カード発動! 攻撃の無力化! 攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する!」

「カードをセットし、ターンエンド」

「ふふっ、僕のターン! ドロー! 僕はモンスターを反転召喚! 召喚されるのはライトロード・ハンター ライコウ! ライコウのリバース効果、フィールドのカードを一枚破壊する! シューバリエを破壊!」

 

ライトロード・ハンター ライコウ

レベル2

攻撃力 200

 

突如現れ、飛び掛かったハンターにより、シューバリエは馬から落とされ、破壊される……そしてゲームから除外される。

 

原始太陽ヘリオス

攻撃力 100 → 200

 

「ライコウの効果により僕はデッキの上から3枚のカードを除外する――ハハッ! 除外されたのは全てモンスターカードだ! よってヘリオスがさらにパワーアップ!」

 

原始太陽ヘリオス

攻撃力 200 → 500

 

「バトル! ライコウとヘリオスで直接攻撃!」

「っ……」

 

EIKA LP:3300

 

鬱陶しい。

 

「カードを一枚セットして、ターンエンドだ」

「私のターン、ドロー。モンスターをセットし、ターンエンド」

「もう手詰まりかい? 僕のターンだ! ドロー! 僕はモンスターをセット! そして魔法カード、光の護封剣を発動! まずは効果により君のセットモンスターを表側表示にしてもらおうか」

 

光の剣が私の目の前に突き刺さり、光がセットされたモンスターの姿を浮かび上がらせる。

 

「私のセットモンスターはシャドール・ヘッジホッグ。リバース効果によりデッキから神の写し身との接触(エルシャドール・フュージョン)を手札に加えます」

「……シャドール? フュージョン……?」

「どうしました。早く進めてください」

 

シャドール・ヘッジホッグ

レベル3

守備力 200

 

ああ、そういえば前はマドルチェたちだけで、シャドールたちの出番もなく終わったんでしたか。

 

「言われずともそうするさ! バトル! ヘリオスでシャドール・ヘッジホッグを攻撃!」

 

ヘッジホッグが破壊され、除外される。それによりまたヘリオスの攻撃力が上昇する。

 

原子太陽ヘリオス

攻撃力 500 → 600

 

「ライコウで直接攻撃!」

 

EIKA LP:3100

 

「僕はターンエンド。だが護封剣の効果により、君は残り3ターン、僕に攻撃できない!」

「私のターン。モンスターをセット、エンド」

「くくっ、僕のターン。セットしていた二体目のライコウを反転召喚し、効果により君のセットモンスターを破壊!」

 

ライトロード・ハンター ライコウ

攻撃力 200

 

「セットされていたシャドール・ハウンドは破壊され、除外されます」

 

原子太陽ヘリオス

攻撃力 600 → 700

 

「そして僕はデッキの上から三枚のカードを除外……除外されたモンスターは1枚、よってヘリオスの攻撃力は100ポイントアップだ!」

 

原子太陽ヘリオス

攻撃力 700 → 800

 

「バトル! ヘリオスと二体のライコウで直接攻撃!」

「永続罠、影依の原核を発動。このカードは発動後、モンスターカードとしても扱い、フィールドに特殊召喚される。守備表示で特殊召喚」

 

影依の原核

レベル9

守備力 1950

 

「罠モンスターだと……チッ、僕は攻撃を中断して、ターンエンドだ」

「私のターン、ドロー。速攻魔法、神の写し身との接触を発動。手札のシャドール・ビーストとフィールドの影依の原核を融合」

「融合……!?」

「糸に縛られし獣よ、母なる核と一つとなりて、神の写し身となれ――融合召喚、来て、忍び寄る者、エルシャドール・ウェンディゴ」

 

エルシャドール・ウェンディゴ

レベル6

守備力 2800

 

光から現れたウェンディゴとイルカ。アクションデュエルでないからか、大人しくイルカの背に乗るウェンディゴが一度だけ私を見て、首を傾げた。

 

原子太陽ヘリオス

攻撃力 800 → 900

 

融合素材となり除外された影依の原核がモンスターとなるのは発動後、フィールドに存在している時のみ、よってヘリオスの攻撃力はビーストの分しか上昇しない。

 

「……はははっ! 融合なんて使って、どんな強力なモンスターを召喚するのかと思えば、ただの壁モンスターかい?」

「カードを二枚セットし、ターンエンド」

「また無視か。相変わらず人形じみた、気色悪い女だ! 僕のターン! ドロー! ……ふふ、壁があればヘリオスの攻撃力が上がるまでは耐えられると考えたんだろうが、無駄な事だよ。僕は二体のライコウをリリースし、アドバンス召喚! 人々の自由と希望を司りし天使よ! 六枚の翼を広げ、舞い降りろ! レベル7! 翼を織りなす者!」

 

翼を織りなす者

レベル7

攻撃力 2750

 

「ライコウがリリースされ、除外された事によりヘリオスがパワーアップ!」

 

原始太陽ヘリオス

攻撃力 900 → 1100

 

「残念ながらこの天使じゃ、君の壁モンスターにはほんの僅かだが届かない。だから安心、だなんて思っているんだろうけど……これは準備さ。次のターンのね。僕はこれでターンエンド」

「私のターン、ドロー――ターンエンド。この瞬間、光の護封剣の効果が消え、破壊される」

「っ、あははは! 本当に手詰まりみたいだね! 僕のターン! ドロー! 僕は手札から、紅蓮魔獣ダ・イーザを召喚!」

 

紅蓮魔獣ダ・イーザ

レベル3

攻撃力 ?

 

「このカードの攻撃力は僕の除外されたカードの数の400倍! 僕の除外されたカードはさっき破壊された護封剣を含めて8枚! よってダ・イーザの攻撃力は――3200!」

 

召喚された紅い魔獣がその効果により力を増し、巨大化していく。私を見下ろし、言葉に出来ない鳴き声を上げる。うるさい。

 

紅蓮魔獣ダ・イーザ

レベル3

攻撃力 ? → 3200

 

「くくっ、これで分かっただろう! 君に負けたのは僕が弱いからじゃない、‟カードの差”だったんだ! こうしてカードを変えれば君なんて敵じゃないんだよ!」

「……あは」

「何がおかしい? 敗北を悟って笑うしかない、って事か!」

「そんなわけないでしょう……あはは、ただ、なんででしょうね。あの人と同じ台詞なのに、どうしてこんなにも…………腹が立つんでしょうね」

「ッ――! バトルだ!」

 

私の言葉に何かを感じたのか、僅かに震える声で鎌瀬がバトルフェイズへの移行を宣言する。

 

「紅蓮魔獣ダ・イーザでエルシャドール・ウェンディゴを攻撃!」

 

巨大な拳がウェンディゴに向かって振り下ろされる。ウェンディゴが振り返り、私を感情の宿っていないようにも見える、二つの瞳で見つめる。安心してください、柊さんとのデュエルでのような結果にはしません。

 

「速攻魔法、禁じられた聖杯を発動! フィールドのモンスター一体の攻撃力を400ポイントアップし、そのモンスターの効果をターン終了時まで無効にする。私はダ・イーザを選択」

「なっ――」

 

紅蓮魔獣ダ・イーザ

レベル3

攻撃力 3200 → 400

 

効果により上昇した攻撃力が0になり、聖杯の効果により400へと変わる。同時にその巨大な拳も小さく変化し、ウェンディゴへと届く前にその相棒たるイルカによって阻まれる

 

「ウェンディゴは守備表示の為、ダ・イーザは破壊されない。けどダメージは受けてもらう」

「ぐぅ……!」

 

KAMASE LP:1600

 

「小賢しい真似を……! 僕はターンエンド! だがこの瞬間、ダ・イーザは攻撃力3200の強力な姿を取り戻す!」

 

紅蓮魔獣ダ・イーザ

レベル3

攻撃力 3200

 

「私のターン、ドロー! 私は手札からマドルチェ・ミィルフィーヤを通常召喚!」

 

マドルチェ・ミィルフィーヤ

レベル3

攻撃力 500

 

「さらに効果により、手札のマドルチェ・メェプルを特殊召喚!」

 

マドルチェ・メェプル

レベル3

守備力 1800

 

ウェンディゴの隣にマドルチェの小猫と子羊が現れる。二匹は私を見て、各々の鳴き声を上げた。力を借りますね。

 

「手札から速攻魔法、異次元からの埋葬を発動! 除外されているカードを三枚まで選択し、持ち主の墓地に戻す! 私はマドルチェ・エンジェリーとあなたのライコウ二体を選択し、互いの墓地へ戻す!」

「何をするつもりだ……?」

「そしてレベル3のマドルチェ・ミィルフィーヤとメェプルでオーバーレイ! 次元の海を揺蕩う海竜よ、御伽の国に姿を現せ! エクシーズ召喚、虚空海竜リヴァイエール!」

 

じゃれ合う二匹が光となり、光の渦に消える。そして其処から新たなモンスターが姿を現す。泳ぐように飛翔したのは水色の翼と黄金色のヒレを持つ、海竜。

 

虚空海竜リヴァイエール

ランク3

攻撃力 1800

ORU2

 

「エクシーズ……! だがあの忌々しい人形でなければ恐れる必要はない! しかもたかが1800の攻撃力じゃ、ヘリオスを破壊するのが精一杯、僕の場の天使と魔獣は倒せない!」

「リヴァイエールの効果発動、オーバーレイユニットを一つ使い、除外されているレベル4以下のモンスターをフィールドに特殊召喚する! 御伽の国の道標(ディメンション・コール)! おいで、マドルチェ・マジョレーヌ!」

 

リヴァイエールが天へと吠える。それにより生まれた次元の裂け目からマジョレーヌが魔法のフォークを操り、クルリと一回転しながらウェンディゴの隣へと滞空した。

 

マドルチェ・マジョレーヌ

レベル4

攻撃力 1400

 

異次元からの埋葬が除外されるがそれと同時に3枚のカードが墓地に戻った事によりヘリオスとダ・イーザの攻撃力が変化する。

 

原始太陽ヘリオス

攻撃力 1100 → 800

 

紅蓮魔獣ダ・イーザ

攻撃力 3200 → 2400

 

「だがまだダ・イーザと翼を織りなす者の攻撃力が上だ!」

「そしてウェンディゴを攻撃表示に変更」

 

エルシャドール・ウェンディゴ

守備力 2800 → 攻撃力 200

 

「ふざけるな! たかが攻撃力200を攻撃表示だと!?」

「バトル! マジョレーヌでヘリオスを攻撃!」

「っ、しかも攻撃力の高いエクシーズモンスターじゃなく、マジョレーヌで攻撃!? 舐めた真似を……!」

 

沢渡さんもきっとこうしますよ。そうしないとバーストになってしまうじゃないですか……なんて、沢渡さんからの受け売りですけどね。

 

「罠カード、ブレイクスルー・スキルを発動! 相手フィールドのモンスター一体を選択し、その効果を無効にする! 私はヘリオスを選択ッ」

 

原始太陽ヘリオス

攻撃力 800 → 0

 

「御伽の国の魔女よ、偽りの太陽を砕け!」

 

マジョレーヌが魔法のフォークを操り、ヘリオスへと肉薄する。

そして、ヘリオスへとたどり着いた瞬間、勢いのまま器用に回転すると自身が乗るフォークで太陽を打ち砕いた。

 

KAMASE LP:200

 

「くっ……! だ、だがまだ僕にはライフが、フィールドには天使と魔獣が残ってる! しかも今の攻撃でヘリオスが除外され、ダ・イーザの攻撃力は上がる! 間抜けめ、数の計算も出来なくなったか!」

 

紅蓮魔獣ダ・イーザ

攻撃力 2400 → 2800

 

だからどうしたんですか。これでいいんですよ、これで丁度なんですから。

 

「ウェンディゴでダ・イーザを攻撃!」

「馬鹿が、返り討ちだ、ダ・イーザ!」

 

アクションデュエルでない以上、鎌瀬にこの最後の伏せカードを防ぐ手はない。

 

「速攻魔法、決闘融合―バトル・フュージョンを発動! 融合モンスターがバトルする時、バトルする相手モンスターの攻撃力を自身の攻撃力に加える! ダ・イーザの攻撃力は2800、よってウェンディゴの攻撃力も2800ポイント上昇する!」

 

エルシャドール・ウェンディゴ

攻撃力 200 → 3000

 

ウェンディゴはイルカを駆り、二人は一体となって魔獣へと迫る。携えた杖に影が集まり、破壊された偽りの太陽すら超える輝きを放つ。

 

「そんな……こ、攻撃力、3、000……ぼ、僕のライフは――」

「ウェンディゴ! 虚像の魔獣を砕けっ、影獣騎の杖(ワンド・オブ・シャドー)!」

 

 

KAMASE LP:0

 

WIN EIKA




主人公をメタるにはオリキャラ出すしかなかったので登場した鎌瀬ケンくん。
次回はアニメ7話相当の話になります。

以下関係のない戯言。
背景ストーリーはいい加減クリスタを休ませて、ウィンダに光を当ててもいいんじゃないでしょうかねえ……


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ネオ沢渡さん、大嵐っすよ!

今回の話は2014年10月のリミットレギュレーションで書かれています。だから大嵐を勧めてもおかしくはない、いいね?


「久守さん、お客さんだよ」

「はい。すいません、ありがとうございます」

 

学校での昼休み、またクラスメイトの方が来客を知らせてくれた。といっても今回は誰が来ているのかは分かっています。

お弁当を持って教室の外へと向かう。扉の所で柊さんが私に手を振っているのが見えた。

 

「おはようございます、柊さん」

「おはよう、久守さん。今日も中庭でいいかしら?」

「はい」

 

昨日、遊勝塾から慌ててLDSに行き、自宅に帰った後に柊さんから連絡があり、今日もお昼をご一緒する約束をしていた。普段から好きで一人で食べているわけではないのでありがたい申し出です。

 

「昨日は慌ただしくしてしまい、すいません」

「いいのよ、久守さんがあんな風に血相を変えるって事は沢渡からの電話だったんでしょ?」

「はい。久しぶりに沢渡さんの声を聴いたので、つい……素良さんにも申し訳ない事をしました」

 

中庭への道すがら、昨日の件を謝罪する。素良さんとのデュエルも中途半端になってしまった。これでまた遊勝塾に行く理由が出来てしまいました。あまり他の塾の生徒が通ってしまっていいのか……いや権現坂さんの例はありますが。

 

「大丈夫よ、素良も気にしてないみたいだったから」

「なら有難いのですが……」

「けど、今度は私ともデュエルしてね」

「え?」

「当然でしょ、あんな決着、納得いかないわ」

「……そうですね。刀堂さん――あのデュエルを知ったLDSの方にも情けないと怒られてしまいました」

 

それにあれでもしLDSの評価が下がるような事があれば、同じLDSの沢渡さんにも迷惑が! ……改めて反省です。

中庭に到着し、ベンチに腰掛ける。

 

「それにしても、融合召喚だけじゃなくエクシーズ召喚まで使えたのね」

「ええ、まあ。どちらかと言えばエクシーズの方がメイン、でしょうか。融合を使い始めたのは舞網に来てからですから」

 

……元々私が使っていたデッキはマドルチェたちがメイン。シャドールたちはこちらに来た時に加わっていたものだ。デッキの内容が変わり、最初は苦労しましたが融合の強さを自分で使ってみて改めて分かった。……HERO程ではないかもしれませんが、この子たちも十分すぎる程強力だ。

 

「それなのにあんな風に二つの召喚方法を使いこなすなんて……」

「召喚方法に優劣はありません。結局は使うデュエリストの実力次第ですよ」

「……そうねっ。次またデュエルする時まで、私ももっと強くなってみせるわ」

「……楽しみにしています。今度は何のハンデもなく、デュエルをしましょう」

「ええ。さ、食べましょ? 昼休みが終わっちゃう」

「はい」

 

互いに弁当箱を開け、柊さんは箸を、私はサンドイッチを手に取る。作るのが楽なので基本的にコレです。

 

 

 

「そういえば」

 

食事を終え、私が持ってきたアイスティーを飲みながら柊さんが口を開いた。

 

「素良とのデュエルで使ってたモンスター、マドルチェって言ったかしら?」

「ええ。……やはり私には似合わないでしょうか」

「ううん、そうじゃないの! ただ、随分可愛らしいモンスターだったから、私とのデュエルで使ってたカードとギャップがあって……」

「……確かにシャドールたちは不気味に見えるかもしれませんが、私はどちらも好みです」

 

光津さんにも言われましたが、個人的にはシャドールもマドルチェと同じくらい私好みの外見です。でなければいきなりデッキに入っていたカードをここまで使うわけありません。

 

「そ、そうなんだ……」

「ええ。少し自分勝手な所もありますが」

 

特にエクストラデッキの中に居る子たちが。通常のデュエルならともかく、アクションデュエルでは危ないです。それは柊さんとのデュエルや素良さんとのデュエルでミドラーシュとネフィリムが証明している。今の所は怪我もないですが……。

 

(素良のモンスターといい、融合モンスターってちょっと不気味なモンスターが多いわね……)

「柊さんの幻奏の音女たちは皆綺麗な姿をしていますね。エンタメデュエルにピッタリです。それに、それだけではなく特殊召喚に関する様々な効果を持っている」

「ええ。私のお気に入りのカードたちなの」

「榊さんのEM(エンタメイト)を使ったデュエルも遊勝塾の教えるエンタメデュエルを表しているかのような戦術でした。ペンデュラム召喚だけではないエンタメデュエルを。いずれ榊さんともデュエルをしてみたいものです。それに一度は単なる観客として、眺めてみたいです」

「それならきっと、今年のジュニアユース選手権でどっちも叶うわよ。お父さんも今年は塾の全員で舞網チャンピオンシップに出場するんだ、って張り切ってたもの。久守さんも出場するんでしょう?」

「……いえ、私は出場資格を満たしていませんから」

「えっ? って、そっか、舞網市に来てまだ半年も経ってないものね……」

「はい。今年は沢渡さんの応援に専念します」

「そっか……そういえば遊矢も公式戦は進んでるのかしら……ペンデュラム召喚の事があってから、色々と忙しかったからなあ……というか沢渡も参加出来るの?」

 

榊さんの心配をしながらも、柊さんは意外そうに尋ねた。

 

「勿論です。既に勝率6割を超え、資格を獲得しています」

「へえ……流石はLDS、って事かしらね」

 

どうも柊さんは沢渡さんの実力を過小評価してる節がある。沢渡さんが実力の面で誤解されやすいのは以前から分かっていましたが……いえ、今は何も言いません。私が何もしなくとも、ジュニアユース選手権で沢渡さんの実力は皆が知る事になりますから。……我が儘を言うなら、榊さんとの再戦はその時に、と思ってしまいます。そうすればきっと……私の懸念も払拭されるだろうから。

 

「ところで久守さんと沢渡たちが学校で一緒に居る所って見た事ないけど……ひょっとしてお昼もあいつらと約束があった?」

「いいえ」

 

柊さんが少し不安そうに言う。やはり優しい人です。

 

「学校では沢渡さんたちとは関わりがありませんから」

「ええ!? どうして!? LDSではあんなに仲良さげにしてたじゃない!」

 

「私が沢渡さんの取り巻きでいられるのは、デュエリストである時だけですから」

 

ただの学生になるこの学校では、沢渡さんの傍にはいられない。

……LDSで紅茶を淹れて待っているだけで最高に幸せなんですけどね! それにクラスが違うので学校ではすれ違う事すら滅多にありませんし! ちくしょう!(本音)

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

LDS デュエル場

 

「俺は氷帝メビウスでパワー・ダーツ・シューターを攻撃! アイス・ランス!」

「うわあああ!!」

 

KAKIMOTO LP:0

WIN SAWATARI

 

「すげえ……」

 

「ふっ」

「沢渡さん! 今度のカード、マジ強すぎっすよ!」

「チッチッチ、違うなあ。強すぎるのはモンスターじゃない。本当に強いのは、この――」

「「「沢渡さーん!」」」

「オー イエス!」

 

新たに構築したメビウスデッキを用い、かつて自分が使っていたダーツデッキを操る柿本を破った沢渡は饒舌に語り始める。

 

「大切なのはデュエリストの腕さ。計算された策略、的確な判断力、タフな精神力ッ、恵まれた容姿! 全て備えているのは――」

「「「沢渡さーん!!」」」

「イエス イエス!」

 

それを冗長させる柿本たちが居る為に沢渡の口は止まらない。

 

「つまり! 勝つべくして勝つ! 完璧なるデュエリスト。それがッ――」

「「「沢渡さん!!!」」」

 

「そーう! いや、新たなカードを手にした今、むしろネオ沢渡と呼んでくれ。ネオ――」

 

「「「沢渡さーん!!!!」」」

「オーケイオーケイ!」

 

まるで某塾に所属する某デュエリストのような話術と動作で沢渡のテンションは上がり続けていく――が、

 

「ちょっと影響されてね……?」

「榊遊矢にな……」

 

そんな大伴と山部の言葉を耳聡く拾った瞬間、彼はさらに大声を上げた。

 

「その名を……出すなああああ!!」

 

沢渡にとって、姑息な手を使ってペンデュラムカードを奪い、尚且つそれを使っておきながらデュエル中にカードを取り戻され、初めは自分が狙っていたジャストキルを自分がクズカードと罵って捨てたブロック・スパイダーで決められる、というあまりにも情けなく、あまりにも小悪党にお似合いな敗北を喫したせいで榊遊矢の名前は自分で出すならともかく、他人に出されると最も腹の立つ名前である。

それを察していた久守詠歌はその名を出すことは決してしなかったが……山部たちはそこまで頭が回らなかったようだ。

 

「どんな手を使ってでも倒す……! 榊遊矢……首を洗って待っていろ!」

 

それを止めるか咎めるかをしていたであろう久守詠歌は此処にはいない。山部たちはこれ以上他の塾生の迷惑にならないよう、沢渡をいつもの倉庫へと誘う事しか出来なかった。

なお沢渡の名誉の為に注釈を入れるなら、どんな手でも、というのはメビウスによってペンデュラムカードを破壊する戦術の事であり、前回のような子供じみた演技をするつもりはない。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

EIKA LP:4000

??? LP:2000

 

「俺は二枚目の永続魔法、禁止令を発動し、クイーンマドルチェ・ティアラミスを宣言! このカードが存在する限り、お互いに宣言されたカードを使う事は出来ない――残念だったなあ!」

「……」

「そして俺は霞の谷(ミスト・バレー)のファルコンを召喚! このカードは俺のフィールドのカードを一枚手札に戻さないと攻撃できない――俺はフィールドの光の護封剣を手札に戻し、マドルチェ・ピョコレートを攻撃!」

 

霞の谷のファルコン

レベル4

攻撃力 2000

 

「……」

「そして手札に戻した光の護封剣を再び発動! これでお前はまた三ターン攻撃出来ない! さらにカードを二枚伏せて、ターンエンドォ!」

「……私のターン、ドロー」

「この瞬間、罠カード、運命の火時計を発動! これも二枚目、もう効果は分かってるよなあ? 俺は終焉のカウントダウンを選択し、このカードのターンカウントを一ターン進める! これで後10ターン。もう折り返しだぜえ……! 10ターン後のお前のターンが終了した時、俺の勝利が確定するぅ……!」

 

……あー、鬱陶しい。

何なんですかね、昨日から。

 

「鎌瀬の野郎は一人で先走って無様にまた負けたみてえだが、俺はそうはいかないぜ」

 

鎌瀬は元LDSだったから覚えていましたが、この男の事は正直全く覚えていない。誰ですかこのハゲ。

しかも二枚の禁止令でティアラミスとサイクロンを封じられ、今私が使える魔法、罠を破壊できるカードは効果モンスターのシャドール・ドラゴンのみ。

さらに終焉のカウントダウンを一ターン目で発動し、その後は悪夢の鉄檻や和睦の使者などで攻撃を無効にされ、今に至っては光の護封剣と霞の谷のファルコンによってどちらかを破壊しなければ永続的に攻撃を封じられている。

終焉のカウントダウンによって特殊勝利を狙うロックデッキ、デッキが知られている私に対してのメタを張っている。昨日の鎌瀬の除外よりも厄介です。

終焉のカウントダウンの特殊勝利条件は発動後、20ターン経過すること。私に残されたターンは後5ターン。

 

「私はモンスターをセット、ターンエンド」

 

終焉のカウントダウン:残り9ターン

 

「俺のターン! バトルだ、霞の谷のファルコンの効果で光の護封剣を手札に戻し、セットモンスターを攻撃!」

「セットモンスターはマドルチェ・マーマメイド。守備力は霞の谷のファルコンの攻撃力と同じ2000。よって互いのモンスターは破壊されない」

 

マドルチェ・マーマメイド

レベル4

守備力 2000

 

「ちっ、うざったい壁モンスターかよ……俺はもう一度光の護封剣を発動して、ターンエンド」

 

終焉のカウントダウン:残り8ターン

 

「私のターン、ドロー」

 

……刀堂さんと出会えて良かった。彼の言葉がなければ私はきっと、あのカードを抜いていただろうから。

 

「カードを一枚セットし、ターンエンド」

 

終焉のカウントダウン:残り7ターン

 

「俺のターン……へへっ、俺の場のファルコンじゃお前のモンスターを破壊出来ねえ。俺はカードを一枚セットしてターンエンドだ」

「私のターン」

「この瞬間、罠カードを発動する。俺が伏せたのは、3枚目の運命の火時計! これによりカウントダウンがさらに早まる!」

 

終焉のカウントダウン:残り5ターン

 

「ドロー。もうカウントダウンに意味はありませんよ」

「あん?」

「このターンでお終いですから。私は罠カード、マドルチェ・ハッピーフェスタを発動。手札からマドルチェと名の付くモンスターを任意の数だけ特殊召喚する。ただしこの効果で特殊召喚されたマドルチェたちはエンドフェイズにデッキに戻る」

「ははっ、それじゃあ壁にもならねえじゃねえか! エクシーズ召喚を狙ってるのかもしれねえが、忘れてないか? 俺のフィールドの禁止令の効果でお前のエースは封じられてるって事をよ!」

「私は手札からマドルチェ・シューバリエ、バトラスク、メェプルを特殊召喚」

 

マドルチェ・シューバリエ

レベル4

攻撃力 1700

 

マドルチェ・バトラスク

レベル4

攻撃力 1500

 

マドルチェ・メェプル

レベル3

守備力 1800

 

「さらに手札からシャドール・ファルコンを通常召喚」

 

シャドール・ファルコン

レベル2

攻撃力 600

 

「レベル4のマドルチェ・シューバリエにレベル2のシャドール・ファルコンをチューニング。異界の獣よ、もう一度お伽の国に鍛冶の火を灯せ――シンクロ召喚、レベル6 獣神ヴァルカン」

 

騎士と隼が光となって繋がる。そしてもう一度、あのカードをフィールドへと呼び出す。

 

獣神ヴァルカン

レベル6

攻撃力 2000

 

本当に、刀堂さんには感謝しなくては。

 

「シンクロ召喚だと……!? 馬鹿な、お前がシンクロを使うなんて話、聞いた事も……」

「ええ。あなたが誰なのかは未だに思い出せませんが、あなたたちのような人相手には使った事はありませんよ。ヴァルカンは私がLDSに入ってからたまたま手に入れたカードですから――ヴァルカンの効果発動。シンクロ召喚に成功した時、お互いの表側表示のカードを一枚ずつ手札に戻す。私が選択するのはマドルチェ・メェプルとあなたのフィールドの禁止令。女王さまの禁止令を解いてもらいます」

「く……! だが俺の場にはまだ光の護封剣がある!」

「けれど私の場にも、同じレベルの二体のモンスターがいる」

「あっ……」

 

禁止令が手札に戻り、私のフィールドのお菓子の羊、メェプルも手札へと戻る。これで準備は整った。

 

「レベル4のマーマメイドとバトラスクでオーバーレイ。二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築。人形たちを総べるお菓子の女王、お伽の国をこの場に築け――エクシーズ召喚。来て、ランク4、クイーンマドルチェ・ティアラミス……!」

 

メイドと執事、二人が光となって消えた渦から現れるのはヴァルカンによって封印を解かれたお菓子の女王。

 

クイーンマドルチェ・ティアラミス

ランク4

攻撃力 2200

ORU2

 

「ティアラミスの効果を発動。オーバーレイユニットを一つ使い、私の墓地のマドルチェと名の付くカードを二枚までデッキに戻し、戻した枚数分、フィールドのカードを持ち主のデッキに戻す。私は墓地のシューバリエとハッピーフェスタをデッキに戻し、あなたのフィールドの光の護封剣と霞の谷のファルコンをあなたのデッキに戻す。女王の号令(クイーンズ・コール)……!」

 

ティアラミスが杖を掲げ、杖から発せられた光により突き立てられた光の剣と霞の谷の戦士が築かれたお伽の国から退場する。

それを操るデュエリストにも、退場してもらいましょう。

 

「バトル。獣神ヴァルカンで直接攻撃(ダイレクト・アタック)

「っ、ちくしょおおおお!!」

 

??? LP:0

 

WIN EIKA

 

「昨日の鎌瀬といいあなたといい、くだらない策を弄するには少し頭が弱すぎます。だから最後はこうしてあっさりと私に負ける事になる」

「……」

 

項垂れる男性にそう言い捨てて、私は踵を返す。ロックデッキのせいで余計に時間が掛かってしまった。もうすぐ夕方になる。早くLDSに行かないと。今日は大事な作戦会議の日なんですから。それとももういつもの倉庫に行ってしまったんでしょうか。

 

「ちくしょう……! 次だ、次こそはお前に勝ってみせる……!」

「お好きにどうぞ。沢渡さんの邪魔をしないのなら、いくらでも相手をしましょう」

 

といってもロックデッキは時間が掛かるので、出来れば別のデッキにしてもらいたいですが。

 

「沢渡? あいつなんざもうどうでもいい! 今度こそ、今度こそはお前に勝って……お前を振り向かせてみせる、久守詠歌!」

「……は?」

 

間抜けな声が出てしまった。いや、というか何を言ってるんだこのハゲは。

 

「忘れもしない、あの日……! 俺は沢渡の野郎をぎゃふんと言わせてやろうと待ち伏せしていた……」

 

何か語りだしましたし。今時ぎゃふんって。

 

「だがそんな俺の前にお前が現れた、久守詠歌! そして俺はお前に、今と同じようにフィールドをがら空きにされ、敗北した……」

 

まあその頃はそのパターンがいつもでしたから。あの頃はデッキを使いこなせていなかったのか、中々シャドールたちが手札に来なかったので。

 

「忘れないぜ、あのデュエル……あれが俺のハートを揺さぶった! いや! 射抜いたんだ!」

 

もう行ってもいいでしょうか。

 

「それから俺は修行の旅に出た(舞網市内)……鎌瀬ともそこで出会ったのさ。奴も俺と同じで君に執着していた……恋をしていたのさ」

「いやその理屈はおかしい」

 

どう見ても復讐に燃えていたんですが。本人もそう言ってましたし。

 

「だが俺は奴ほど直情的じゃあない。あいつが先走って君にデュエルを申し込んだときも、俺はじっと耐えた……だがその結果がこれだ……」

「あの、もういいでしょうか」

「待ってくれ!」

 

もう嫌だ……なんなの、この人……。

 

「初めて会った時も、昨日のデュエルもっ、どうしてそんなに沢渡に拘る!?」

「それをあなたに語る必要がありますか」

「……やっぱりあいつの事が……!」

「あなたが考えているような想いは抱いていません。私はあの人の傍に居られる、それだけでいい。あなたや鎌瀬と初めてデュエルした時とは理由は別ですが、私がすることは変わらない。あの人を陥れようとする者は誰だろうと倒す、それだけです」

「っ……」

「……もういいですか。いつまでもあなたに構っている程、私も暇ではないので」

「あ……」

 

これ以上彼の話に付き合う気はない。何処まで本気で言っているのかは知りませんが、沢渡さんに迷惑が及ばないならそれでいい。

 

 

 

足早にLDSへと向かう途中、デュエルディスクが鳴った。通信……沢渡さんからでしょうか!

しかしデュエルディスクを見ると画面に表示されていた名前は……アユちゃん?

 

「はい、もしもし」

 

『詠歌お姉ちゃん! 沢渡たちを止めて!』

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「デュエル!」「デュエル!」

 

UNKNOWN VS SAWATARI

LP:4000

 

海に面する倉庫。沢渡たちが良く溜まり場にしている其処に、普段とは違う顔が二つあった。

 

「先行は俺が貰う」

 

沢渡と対峙する黒マスクの男と、榊遊矢を狙う沢渡、その取り巻きの二人をつけて此処まで来た柊柚子の二人だ。

榊遊矢を守る為に沢渡にデュエルを挑んだ柊柚子を庇うように、その黒マスクのデュエリストは突然現れ、沢渡とデュエルを始めた。

 

「いいだろう、ナイトくん」

「俺は手札5枚、全てのカードを……伏せる」

「ああっ?」

「えっ……」

「ターンエンド」

 

先行の1ターン目にして黒マスクの男は全ての手札をセットし、ターンエンドを宣言する。

それを目の当たりにした柊柚子は思わず声を上げた。

そして沢渡に至っては――

 

「ふっ、あっははははは! おいおい……なんか格好つけて登場した割に、それだけかい?」

 

耐え切れない、といった様子で沢渡は顔を覆い、笑い声を上げた。

 

「沢渡さん、大嵐っすよ!」

 

取り巻きの一人、山部も挑発するように言う。

 

「モンスターが一枚も入ってなかったかい? 気の毒だがお前……持ってないねえ」

「聞こえなかったか、ターンエンドだ」

 

二人の挑発の言葉も意に介さず、男はもう一度エンド宣言を繰り返す。

 

「ああん……?」

 

その態度が沢渡の神経を逆撫でする。だが、沢渡はさらに笑みを深くしてデッキに手を掛けた。

 

「見せてやる、俺の完璧なデュエルを。俺のターン、ドロー!」

 

この状況は自分の新しいデッキにはお誂え向きの状況だ。本当に気の毒だが、目の前の騎士はあまりにも運がなかった、と内心で笑って。

 

「お前が伏せたカードを利用させてもらうぜ――相手の魔法、罠ゾーンにカードが二枚以上存在する時、手札からこのカードを特殊召喚することが出来る。出でよ、氷帝家臣エッシャー!」

 

この状況、やはり自分はカードに選ばれている。榊遊矢の前の前哨戦には丁度いい。

 

「さらに俺はエッシャーをリリースし、アドバンス召喚! ――氷帝メビウス!」

 

氷帝メビウス

レベル6

攻撃力 2400

 

「よっしゃあ! いきなり攻撃力2400のモンスター召喚だぜぇ!」

 

「メビウスの効果発動! このカードがアドバンス召喚に成功した時、フィールドの魔法、罠カードを二枚まで選択し、破壊できる。フリーズ・バースト!」

 

残る伏せカードは3枚。それをすべて破壊する為のカードも既に手札にある。

いける、このデッキでなら榊遊矢を倒せる。そう確信し、沢渡はさらにデュエルを進めていく――。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

アユちゃんはしゃくりを上げながら私に必死に状況を伝えてくれた。

買い物の帰り道、山部と大伴を見つけ、その会話から沢渡さんが榊さんをまだ狙っている事。

どんな手を使ってでも榊さんを倒そうとしているという事。

 

山部たちが言っていたというどんな手でも、というのは恐らくメビウスを使った戦術の事だろう。沢渡さんがまた同じような卑怯な手を使うとは思えない。

 

そして榊さんもアユちゃんの言葉を聞き、沢渡さんを探しに行ったという事。その後で沢渡さんの取り巻きである私に電話を掛けて、助力を頼んだという事。

私がした事を目の前で見ていながら、私を頼ってくれた……本当に優しい子だと思う。

私には沢渡さんが榊さんを敵視しているのを止める事は出来ない。けれど、こんな勘違いされたままの状況での決着は沢渡さんも望む所ではないはずだ。

もっとしっかりとした場で、劇的な勝利を演出する。それが今の沢渡さんの願いだ。

だからもし、このまま二人のデュエルへと発展するようならそれは止めなくちゃならない。いがみ合うようなデュエルは二人の決着に望ましくない。

……そうだ、沢渡さんは認めないだろうけど、ライバルとの決着は誰の邪魔も入らない、誰もが見届けたくなるような状況で着かなければ。

 

「だから安心してください、アユちゃん。柊さんも榊さんも、絶対に傷つけはさせませんから」

『ぐすっ……うん』

 

アユちゃんと柊さんが山部たちを見たという場所からして、恐らく沢渡さんはいつもの倉庫に居る。此処からなら遊勝塾に居る榊さんよりも早く辿りつけるだろう。早く行って、柊さんの誤解を解かなくては。

 

「私も探してみます。アユちゃんは安心して待っていてください」

『うん……ありがとう、詠歌お姉ちゃん……』

 

アユちゃんと通信を切り、倉庫を目指して走る。

未だに沢渡さんを敵視している柊さんの事だ、もしかするとデュエルになってしまっているかもしれない。これ以上、二人に喧嘩をしてもらいたくはない。それは……沢渡さんの取り巻きである私と、柊さんの友人である私の、共通の願いだ。

自分勝手な私の、勝手な願いだ。

 

 

 

――見えた。いつも使っている倉庫。扉が開いている……既に柊さんは中に居るんだろう。早く行って、事情を説明しなくては。

倉庫の扉へと走りよった瞬間、冷たい風が私の肌を刺激した。

……? いくら海に近いとはいえ、この時期にしては冷たすぎる。まるで冬の、氷を孕んだ風のようだ。

 

 

「エクシーズモンスターの真の力は己の魂たるオーバーレイユニットを使って相手を滅する事にある」

「エクシーズの講義は結構だ。興味もないし、お前以上に使いこなす奴を知ってるんでね」

 

冷気によって歩みを止めた私の体。しかし、倉庫の中から沢渡さんの声が私の耳に届いた。

エクシーズ……? 一体誰とデュエルを……

 

「ならばその身を以て知るがいい――ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンの効果発動ッ! オーバーレイユニットを一つ使い、このターンの終わりまで相手フィールドに居るレベル5以上のモンスター一体の攻撃力を半分にし、その数値分、ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンの攻撃力をアップする!」

 

そして中から聞こえる知らない声に、私はゆっくりと倉庫の扉に手をかけ、中を窺った。

 

「トリーズン・ディスチャージ!」

 

倉庫の中では最上級モンスター、凍氷帝メビウスと見た事のない黒いドラゴンが対峙していた。

メビウスを操るのは沢渡さん、もう一方のドラゴンを操る、柊さんの横に立つ男性は私の位置からでは後ろ姿しか見えないが、黒い服装のデュエリスト。

 

凍氷帝メビウス

レベル8

攻撃力 2800 → 1400

 

ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン

ランク4

攻撃力 2500 → 3900

ORU2 → 1

 

「ああっ、ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンの攻撃力がぁ!」

「メビウスを上回った!」

 

「うっそーん!?」

「まだだ! 残るオーバーレイユニットを一つ使い、ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンの効果を発動!」

 

「つまり、もう一度同じことが……」

「「「やべえ!」」」

 

「トリーズン・ディスチャージ!」

 

凍氷帝メビウス

レベル8

攻撃力 1400 → 700

 

ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン

ランク4

攻撃力 4600

ORU1 → 0

 

「攻撃力、4600……!」

「嘘、ウソ、うっそーん!」

 

ディスクを取り出し、二人のデュエル状況を確認する。

二人のライフはどちらも無傷の4000、仮にあのドラゴンの攻撃が通っても沢渡さんのライフは100残る……それに沢渡さんのあの態度、何か策がある。

突然の展開に驚きましたが、ふっと息を吐く。柊さんの隣の男性が誰かは知りませんが、このデュエルが終わった後に事情を説明して、誤解を解くとしましょう。

沢渡さんが勝てば、話も聞いてくれるでしょうし。

そうと決まれば沢渡さんの名演技と華麗なるデュエルを目の前で見なくては!

今度こそ倉庫の扉を潜ろうとしたその瞬間だった。

 

「バトルだッ! 俺はダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンで、凍氷帝メビウスを攻撃! 行け! その牙で氷河を砕け!」

 

男性の声に反応し、ドラゴンが翼を翻した瞬間。ディスクに内蔵されたソリッドビジョンシステム、通常のデュエルでは起こりえないドラゴンの起こした風が私の肌へと突き刺さった。

……おかしい。

 

「反逆のライトニング・ディスオベイ!」

 

そしてドラゴンがメビウスを破壊した瞬間、爆発と衝撃波が倉庫内で巻き起こった。その衝撃で沢渡さんが吹き飛ばされ、私もまた倉庫の外へと吹き飛ばされた。

これ、は……モンスターが実体化してる……?

 

「……こんな所、で、倒れてるわけには……!」

 

コンクリートの地面に打ち付けられ、体が悲鳴を上げている。関係ない。

今の私には自由に動く手足がある。この世界で戦う為のカードがある。

沢渡さんに危害が及ぼうとしている。その時に、私が動かないでどうする……!

 

強引に体を起こす。制服は爆風で汚れ、所々破れ、擦り傷で血が色々な所から流れている。けど関係ない。

頭を打ったのか、視界が揺れている。関係ない。

ほんの僅かな距離のはずの倉庫が酷く遠く感じる。関係ない。

今にも倒れて、楽に成りたいと体が悲鳴を上げている。関係、ない……!

 

「馬鹿め! デュエルは終わっていない!」

 

ほら、沢渡さんだってああ言っている。たとえどれだけ強力なモンスターを召喚し、メビウスを破壊しても、沢渡さんの心は折れていない。

なら、私が此処で折れる事も、絶対に許されない……! 私は、あの人の隣に居たいんだから……!

 

「罠、発動! アイス・レイジ・ショット!」

 

そして、沢渡さんの勝利を、この目で見て、一緒に喜ぶんだ……! 沢渡さんの、ネオ沢渡さんの、華麗なデュエルを!

 

「――安い戦略だ。児戯にも等しい」

「はいぃ!?」

「俺は墓地にある永続魔法、幻影死槍(ファントム・デス・スピア)を発動。相手の罠カードが発動した時、墓地のこのカードを除外する事で罠カードの発動を無効にし、破壊」

「なっ……!」

「そして! 相手プレイヤーに100ポイントのダメージを与えるッ」

「えっ、ええッ!? ま、待て待って! 待て待て待て待て待て待て――――」

「その身に受けろ、戦場の悲しみと怒りを――!」

 

 

「待てえええええ!!!」

 

 

沢渡さんの悲鳴を聞いて、漸く私の体は自由を取り戻した。

未だに爆煙の籠る倉庫を走り、沢渡さんに放たれようとする槍を追い越し、沢渡さんへと走る。

 

「っ!?」

「く、」「久守!?」

「久守さん!?」

 

「沢渡さんッ!」

 

SAWATARI LP:0

 

ディスクが沢渡さんの敗北を告げる。

けれど、槍が沢渡さんを貫くことはなかった。

 

「……無事ですか、沢渡さん」

「く、久守……」

 

間に合った……。槍よりも早く、沢渡さんを押し倒す事が出来た。

 

「良かった……」

 

微かに震えている沢渡さんの手を握り、もう一度無事を確かめる。煙で汚れているけれど、大きな怪我はしてない。

……本当に、良かった……。

 

沢渡さんの手を離し、私は立ち上がる。沢渡さんを守るように、黒マスクの男へと立ちはだかる。

 

「!?」「!?」

 

「あなたは……」

 

マスクを脱ぎ、割れたゴーグルを上げた事で黒マスクの男の素顔が見える。

 

「遊矢!?」

「き、貴様だったのか……!」

 

その素顔は紛れもない、榊さんのもの。

 

「……何処の誰かは知りません。けれど、この借りは返してもらいます。今、此処で……!」

 

榊さんがエクシーズ召喚を使うという話は聞いたことがない。使えるのであれば、LDSでエクシーズコースに興味を示すこともないはずだ。

この‟もう一人の”榊さんが誰なのかは知らない。どうして沢渡さんを狙ったのか、榊さんとどういう関係なのか、それも知らない。

だけど、私がすべき事はもう決まっている……!

 

「山部、大伴、柿本! 沢渡さんを連れて早く行って!」

 

「えっ!?」「は、はぁ!?」「何言ってんだ久守!?」

「お前も今のデュエル見てたんだろ!? こいつやべえよ!」

「だから早く行って! 沢渡さんを連れて、早く逃げて!」

 

「っ、ふざけるなよ久守……! お前、何を勝手な事を……!」

「お願いです、沢渡さん……!」

 

分かってる。こんな風に負けて、沢渡さんが黙ってるはずないって事ぐらい、良く分かってます……!

けど、それでも……!

 

「私に、あなたを守らせて……! 影からじゃなく、前に立って、あなたを助けさせてください……!」

「くも、り……?」

 

ごめんなさい。何を言っているのか、分からないですよね。

今まではこんな事、一度もなかったから。

 

「――早く行って!」

「っ、沢渡さん、行きましょう!」

「ふざけんな、あいつを置いて、尻尾巻いて逃げられるか!」

「早く早く!」「おい、そっち持て!」

「ふざけんなああああ――――!」

 

山部と大伴に抱えられ、沢渡さんが倉庫の外へと運ばれていく。

……これでいい。これでもう、憂いはなくなった。

 

「く、久守さん! それに遊矢も! どうして此処に……!?」

「柊さん、退いてください。私はその男に用がある」

「……」

 

無言のままの男を睨み付け、私はデュエルディスクを腕に装着する。

 

「デュエルです……! 沢渡さんを傷つけた罪は今此処で償ってもらいます……!」

「ちょ、ちょっと待って! 落ち着いて久守さん! 沢渡がやられて怒る気持ちは分かるけど――」

「本当に私の気持ちが分かるなら! 今の私が言葉で止まらないという事も分かるはずです!」

「……もう貴様らに用はない」

「私にはある! 逃げても何処までも追いかけてやる!」

「……」

 

私の言葉が本気だと悟ったのか、男は再びデュエルディスクを構えた。

それでいい、今此処で終わらせてやる……!

 

これもくだらない世界(ものがたり)の脚本なのだとしたら、今、此処で!

 

 

「デュエル!」「デュエル!」

 

EIKA VS UNKNOWN

LP:4000




新制限に間に合った……!
これでサブタイに問題はない。
本来なら主人公のデュエル描写を入れるつもりはなかったのですが、この調子だとシンクロの出番がまだまだ先になりそうだったのでヴァルカンに再登場してもらいました。


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『方舟』

アニメ的演出多め。


「デュエル!」「デュエル!」

 

EIKA VS UNKNOWN

LP:4000

 

「ちょ、ちょっと二人共落ち着いてよ!」

 

柊さんが焦ったように言う。けれど、もう私は止まれない。アユちゃんとの約束も、柊さんの頼みも、今の私が止まる理由にはならない。

目の前の敵を倒し、沢渡さんにした事を償わせるまで。

 

「私の先行……! 先行のプレイヤーはドロー出来ない……私はモンスターをセット、さらにカードを一枚伏せてターンエンド!」

 

このデュエルだけは、絶対に負けられない。絶対にこの男だけは倒す……!

 

「俺のターン、ドロー。俺はモンスターをセット、さらにカードを二枚セットし、ターンエンド」

 

私に似たプレイング……狙ってやっているのか、それとも私のシャドールたちのようにリバース・モンスターを主体にしたデッキ……?

先程の沢渡さんとのデュエル、この男が使ったのはエクシーズモンスター……ならリバース効果か、墓地に送られた時、モンスターを特殊召喚するカード?

さっき使っていたドラゴン、あれがエースなら……素材指定があるかは分からないが、ランク4なら召喚は容易だ。セットされたカードを警戒しようとしまいと、すぐにでも出てきてもおかしくはない。なら、迷う事に意味はない。

 

「私のターン――」

「久守さん! お願いだから落ち着いて! こんな所で遊矢とデュエルしても仕方ないでしょ!? それにさっきのデュエルだって、元々は沢渡の方が先に遊矢を陥れようとして――」

「……だから、何だって言うんですか」

「な……」

 

沢渡さんが榊さんを陥れる? 今回のそれは柊さんたちの勘違いだ。誤解されたのは山部たちが原因で、それを責める気も、その資格も私にはない。私たちは実際に一度榊さんを陥れ、カードを奪っているから。

けどそれは、それがっ、

 

「それが……この男があの人を笑って良い理由にはならない……!」

 

柊さんはこの男を榊さんだと思っているみたいだが、違う。容姿は確かに彼と瓜二つだが、この男は榊さんではない。無関係ではないだろう、でも別人だ。だからこそ許せない。

沢渡さんとの因縁があるのは榊さんで、この男は何の関係もない赤の他人だ。

その赤の他人が、沢渡さんを笑った……!

 

「この男は笑った! 児戯だと、子供の遊びだと! ……あの人が必死に組んだデッキを、あの人が戦ったデュエルを! 笑うのは誰だろうと許さない……絶対に! 予定調和のように決まる勝敗なんて認めない!」

 

榊さんとのデュエルの為に組んだデッキで戦うことも出来ずに終わるなんて、そんな展開を認める事なんて出来るはずがない……!

 

「私のターン、ドロー! マドルチェ・エンジェリーを通常召喚! そしてエンジェリーの効果発動、このカードをリリースし、デッキからマドルチェと名の付くモンスターを特殊召喚する! 来て、マジョレーヌ! さらにセットモンスター、マドルチェ・マーマメイドを反転召喚!」

 

マドルチェ・マジョレーヌ

レベル4

攻撃力 1400

 

マドルチェ・マーマメイド

レベル4

攻撃力 800

 

フィールドに姿を現す、お菓子の魔女とメイド。出し惜しみなんてしない。絶対にこの男は倒す。

 

「レベル4のマドルチェ・マジョレーヌとマーマメイドでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築! 人形たちを総べるお菓子の女王、お伽の国をこの場に築け! エクシーズ召喚! ランク4、クイーンマドルチェ・ティアラミス……!」

「……」

 

クイーンマドルチェ・ティアラミス

ランク4

攻撃力 2200

ORU2

 

私のエクシーズ召喚を見ても男の反応はない。自分が使うとはいえ……やっぱりこの男、普通のデュエリストじゃない。けど、そんな事はどうでもいい!

 

「ティアラミスの効果発動!」

 

召喚されたティアラミスが一瞬、私を悲しげに見つめたような気がした。

 

「一ターンに一度、オーバーレイユニットを一つ使い、私の墓地のマドルチェと名の付くカードを二枚までデッキに戻し、戻した枚数と同じ数、相手フィールドのカードを持ち主のデッキに戻す! 私は墓地のエンジェリーとマジョレーヌをデッキに!」

 

クイーンマドルチェ・ティアラミス

ORU2 → 1

 

……いつもの私なら魔法、罠ゾーンにセットされたカードをバウンスするだろう。けれど、それじゃあ勝てない。相手のライフを0にしなければ、デュエルには勝てない!

 

「そしてあなたの場の伏せカード一枚とセットモンスターを選択し、デッキに戻す! 女王の号令(クイーンズ・コール)!」

 

ティアラミスが掲げた杖から発せられた光により、フィールドから二枚のカードが消え去る。

これで残るはリバースカードが一枚のみ、たとえミラーフォースのようなカードが伏せられていても関係ない、それならそれでこのティアラミスが墓地に送られ二体目のティアラミスの効果の発動条件を満たせる……!

 

「ティアラミスで直接攻撃!」

 

通ればライフを一気に削れる。そして沢渡さんとのデュエルと同じくモンスターが実体化しているのなら、その身で受けろ、沢渡さんの痛みを……! 

 

「――永続罠発動、幻影霧剣(ファントム・フォッグ・ブレード)。モンスター一体の攻撃を無効にし、このカードがフィールドに存在する限りそのモンスターの効果を無効にし、攻撃を封じる。ただし俺はそのモンスターを攻撃することは出来なくなる」

 

ティアラミスが杖を振り上げた瞬間、幻影の剣がティアラミスを貫き、私の後方の壁へと縫い付けた。

 

「……ターンエンド」

 

焦り過ぎた……いいや、攻撃しなければデュエルには勝てない、この男に償わせる事は出来ない。

 

「俺のターン、ドロー」

「遊矢……」

「君は下がっていろ。今の彼女には君の言葉も届かない」

 

私には何の興味も示さず、柊さんを気遣う言葉だけを発する男。

……ふざけるな。何だその言葉は、その態度は。まるで私が悪役のような口ぶりじゃないか。

私が悪なのは構わない、だけど、あの人を笑ったこいつが、そんな風に誰かを気遣うな。そんな言葉を吐けるなら、どうしてあの人を笑ったんだ……!

 

「俺はカードを二枚セットし、さらに手札から魔法カード、幻影騎士団(ファントム・ナイツ)シャドーベイルを発動。フィールドのモンスター一体の守備力を300ポイントアップする。俺は君の場のクイーンマドルチェ・ティアラミスを選択」

 

クイーンマドルチェ・ティアラミス

ランク4

攻撃力 2200

守備力 2100 → 2400

ORU1

 

「……馬鹿にしているんですか」

「違っ、久守さん、そのカードは――」

「っ、うるさい! 私は今、この男とデュエルをしているんだ! あなたは関係ない!」

 

余計な指図は受けない……この男は私が倒す……!

 

「久守さん……」

「俺はこれでターンエンド」

「そうやって相手を馬鹿にするのがお前のデュエルならッ、私が壊してやる……! 私のターン!」

 

たとえティアラミスを封じても、私のデッキにはもう一人の女王が居る。影糸を操る女王が。

 

「罠カード、影依の原核(シャドールーツ)を発動し、フィールドにモンスターとして特殊召喚! そして手札から神の写し身との接触(エルシャドール・フュージョン)を発動! 手札のシャドール・ビーストとフィールドの影依の原核を融合!」

「……融合」

 

初めて、男が反応した。関係ない。もうこの男の言葉に、行動に、耳を傾ける必要なんてない!

 

「人形を操る巨人よ、お伽の国に誘われた堕天使よ! 新たな道を見出し、宿命を砕け! 融合召喚! 現れろ、エルシャドール・ネフィリム!」

 

エルシャドール・ネフィリム

レベル8

攻撃力 2800

 

倉庫に収まるような大きさで現れた巨人。だが感じる。実体化しているからこそ、ネフィリムの強大な力を。

 

「あの融合モンスターは素良とデュエルした時の……」

 

「融合素材として墓地に送られたビーストの効果により、カードを一枚ドロー! さらに影依の原核の効果により墓地の神の写し身との接触を手札に戻す! そしてネフィリムの効果、特殊召喚に成功した時、デッキからシャドールと名の付くカードを墓地に送る! 私はシャドール・ドラゴンを墓地に送り、効果を発動! フィールドの魔法、罠カードを一枚破壊する! 永続罠、幻影霧剣を破壊!」

 

ティアラミスの戒めが解かれる。

けれど、ティアラミスの私を見る瞳は未だに悲しげだった。

 

「バトル! いけ、ネフィリム! 直接攻撃、オブジェクション・バインド!」

「ぐっ……!」

 

ネフィリムから伸びた影糸が触手のように男に絡みつき、壁へと吹き飛ばす。通った。これで私の勝利へと一気に近づいた……!

 

UNKNOWN LP:1200

 

「遊矢!」

「……下がっていろと言ったはずだ。君を巻き込みたくない」

「でも!」

「……私も言ったはずですよ、私は今その男とデュエルをしているんです。あなたは下がっていて下さい」

 

駆け寄る柊さんに私は冷たく言い捨て、デュエルを進める。

 

「これで終わり……! 私はティアラミスで直接攻撃!」

「永続罠、強制終了を発動! 俺のフィールドの伏せカードを墓地に送り、バトルフェイズを終了する」

「……ターンエンド」

 

またふざけた真似を。最初のネフィリムの攻撃の時点で発動していればライフを削られる事もなかったのに……!

……結果的に勝利は逃した。けど、これでいい。ただ勝利するだけでは駄目だ。

 

「これで私は私のデッキに存在する二体の女王を呼び出した……お前も早く呼び出してみせたらどうですか、あの人を笑った、あなたの遊びじゃないプレイングで……あのドラゴンを……!」

 

あのドラゴンを、この男のエースであろうあのモンスターを破壊してこそ、本当の勝利……。だから早く呼び出してみせろ……!

 

「俺のターン。俺はカードを一枚セットし、ターンエンド」

「……呆れますね。それで良くあの人を笑えたものです。私のターン」

 

墓地にマドルチェたちが居ない今、戒めが解かれたとはいえティアラミスの効果は発動できない。手札にも強制終了を破壊できるカードはない……それでもやる事は変わらない。

 

「ネフィリムで直接攻撃!」

「――直接攻撃宣言時、墓地の幻影騎士団シャドーベイルの効果を発動ッ。墓地のこのカードをモンスターとして、可能な限り守備表示で特殊召喚する、俺の墓地にあるシャドーベイルは三枚、よって三体のシャドーベイルをフィールドに特殊召喚!」

 

幻影騎士団シャドーベイル×3

レベル4

守備力 300

 

「さらに永続罠、強制終了を発動。伏せカードを墓地に送り、このターンのバトルを終了する」

「ようやくモンスターが並びましたか。随分と待たせてくれたものです……あの人なら絶対にこんなデュエルはしない。ターンエンド」

 

「レベル4のモンスターが並んだ……沢渡のデュエルの時と同じ……」

 

「俺のターン! ……一つ訊きたい」

「無駄口を叩く前にデュエルを進めたらどうです」

「命に別状はないだろうが、君の体はボロボロのはずだ。何故そうまでしてあの男の為に戦う」

 

私には無関心なように見えて、そう言う所だけは見ているらしい。確かに頭を打ったせいか、視界は揺れるし気分は最悪だ。いつまた倒れてもおかしくはないのかもしれない。けどそんな事はどうでもいい。

 

「初めに言ったでしょう――お前が、あの人を笑ったからだ……!」

「……そうか。――いくぞッ、俺は二体のシャドーベイルでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築! ――漆黒の闇より愚鈍なる力に抗う反逆の牙! 今、降臨せよ! エクシーズ召喚! ランク4、ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン!」

 

ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン

ランク4

攻撃力 2500

ORU2

 

現れる黒いドラゴン。正面から相対すると思わず体が震えてしまいそうになる。……けど、あの人はこのドラゴンを前にしても引かなかった。メビウスが破壊される可能性を考えて罠カードを伏せ、逆転の手まで用意していた。私も引く気はない。正面から打ち砕いて、勝利してやる。

 

「バトルだ! 俺はダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンでクイーンマドルチェ・ティアラミスを攻撃――反逆のライトニング・ディスオベイ!」

「……」

 

咆哮を上げ、その牙を持って襲い来るダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンにティアラミスは成す術もなく貫かれ、破壊された。最後まで私を見ながら。

 

EIKA LP:3700

 

やはりティアラミスから破壊してきたか。残念ですね、ドラゴンの効果を使ってネフィリムを攻撃すれば、それだけで終わりだったのに。

 

「さらにカードを一枚セットし、ターンエンド」

「私のターン、ドロー! 私はモンスターをセットし、ネフィリムでダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンを攻撃!」

「……永続罠、強制終了を発動。フィールドのシャドーベイルを墓地に送り、バトルフェイズを終了する」

 

当然か。やはりあのカードが邪魔だ。

 

「私はカードを一枚セットし、ターンエンド」

 

セットはブラフだが、この男が警戒するとも思えない。無駄になりそうだ。

 

「俺のターン……! 俺は、ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンの効果を発動! オーバーレイユニットを一つ使い、相手フィールドのレベル5以上のモンスターの攻撃力をこのターンのエンドフェイズまで半分にし、その数値をダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンの攻撃力に加える……トリーズン・ディスチャージ!」

 

エルシャドール・ネフィリム

レベル8

攻撃力 2800 → 1400

 

ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン

ランク4

攻撃力 2500 → 3900

 

沢渡さんのデュエルと同じ状況。違うのは私のライフは僅かにだが削られているが故に、もう一度効果を発動され、ネフィリムが破壊されれば私のライフは尽きるという事。

けれどネフィリムは特殊召喚されたモンスターとの戦闘する時、攻撃力がいくら上回っていようと相手モンスターを破壊出来る効果がある。ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンでは私のネフィリムは倒せない。

ネフィリムの力で、このドラゴンを打ち砕く……!

 

「バトルだ! 俺はダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンでエルシャドール・ネフィリムを攻撃!」

「……またそうやって人を馬鹿にしたデュエルを……!」

 

攻撃力を上げようが上げまいが結果は変わらない。だが、ネフィリムの効果を知らないこの男がするのでは意味が違う。自ら勝機を逃すプレイングでしかない……!

 

「反逆のライトニング・ディスオベイ――!」

「ネフィリムの効果発動! ネフィリムは特殊召喚されたモンスターとバトルする時、ダメージステップ開始時にそのモンスターを破壊する! 消えろ! ストリング・バインドッ!」

 

これでダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンは破壊され、この男を守るのは強制終了だけ。もういい、すぐにでも終わらせてやる……!

 

「ッ、罠発動! 幻影翼(ファントム・ウィング)! ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンの破壊を無効にし、攻撃力を500ポイントアップする!」

 

ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン

攻撃力 3900 → 4400

 

ネフィリムから伸びた影糸はダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンの前に広がった翼により阻まれ、影糸はその薄暗い輝きによって消え去る。

 

「っ……! ネフィリム!」

 

幻影の翼を広げ、ドラゴンはネフィリムへとその牙を剥いた。

……私の目の前で破壊される瞬間、ネフィリムから伸びた一本の影糸が私の頬を撫でた。それがどういう意味だったのか、瞳すら閉じた彼女の無表情からは分からない。

 

EIKA LP:700

 

「……これで君の場の二体の女王は消えた。ライフも残り僅かだ」

「それが……どうしたんですか」

 

足がふらつく。頭痛がする。

 

「あの男は『アカデミア』を知らないと言った。ならば俺ももう君たちに用はない。これ以上のデュエルを続ければ君の体にも限界が来る。サレンダーして、治療を受けるべきだ」

「用はない……? 私にはある! 何度も言ったはずだッ、お前にはあの人を笑った罪を償わせると! そのドラゴンを破壊して、ライフを0にして!」

 

「久守さん……」

 

「……あの男を笑った事は謝罪しよう――すまなかった。君は彼女の友人なんだろう。その友人の前でこれ以上、君が苦しむ姿を見せるのは忍びない。もう二度とあの男に関わらないとも誓う。だからデュエルを中断して、治療を受けてくれ」

「……………………ふざけるな。そんな言葉で許されると思うな! 見下して、上から目線のそんな言葉で! 止まれるわけがない! もう私の拳は振り上げられた! それを今更下ろす事なんて出来ない! 振り上げた拳は振り下ろすしかないんだ! 早くデュエルを進めろ!」

「……俺はカードを一枚伏せて、ターンエンドだ」

 

「遊矢!? 久守さん、お願いもうやめて! これ以上続けたら本当に倒れちゃうわ!」

 

「私のターン、ドロー!」

 

ティアラミスでも駄目だった。ネフィリムでも駄目だった。壊すだけじゃ、駄目だ。

 

――私からあの人を奪おうとしたように、私も奪ってやる。

 

「私は速攻魔法、サイクロンを発動し、強制終了を破壊……! そしてマドルチェ・シューバリエを召喚! さらにシャドール・ハウンドを反転召喚!」

 

マドルチェ・シューバリエ

レベル4

攻撃力 1700

 

シャドール・ハウンド

レベル4

攻撃力 1600

 

「ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン……反逆の龍……私も同じなんですよ。私も世界を敵に回そうと、あの人の隣に立っていたい……だからどんな手を使っても、あなたを、倒す……! レベル4のマドルチェ・シューバリエとシャドール・ハウンドでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!」

 

この体の痛みは、心の悲鳴は、傷のせいだけじゃない。けど、それでも!

 

 

「エクシーズ召喚! 現れろ――――No.101!」

 

 

もう一度だけでいい。あの時のように、私の願いに応えて。

 

「満たされぬ魂を乗せた方舟よ! 光届かぬ深淵より‟もう一度”ッ、浮上せよ! S・H・Ark Knight(サイレント・オナーズ・アークナイト)!」

 

暗い渦の中から方舟が浮上する。

私の心を満たしてくれるこの世界に私を運んだ方舟。

意識が消えそうになる。しがみ付く。

体が折れそうになる。支える。

私の全てを必死で此処に繋ぎ止める。

 

「――――」

「――――」

 

もうあの男も、柊さんも良く見えない。

けど構わない。まだデュエルは続けられる。

 

No.101 S・H・Ark Knight

ランク4

攻撃力 2100

ORU2

 

「どうしてあの人の為に戦うのかって訊きましたよね。分からないでしょうね……誰にも分からない……! この作り物めいた世界の中で、あの人と出会えた幸運を! あの人と過ごせる幸福を……! ずっと、ずっと疑って生きてきた、ずっと冷めた目で世界を見てきた、世界を作り物だと諦めた私が……あの人の笑顔だけは! あの人と交わした言葉だけは! あの人だけは……絶対に作り物にしたくないと、そう思った! それだけで私はこの世界(げんじつ)を生きていけるようになった……!」

 

……私は嘘を吐いた。本当は、誰に言われるでもなく自分が一番良く分かってた。

 

「私にとってあの人は恩人で、大切な人でっ――――誰よりも大好きな人なんですよ!」

 

そうじゃなきゃ、こんなに必死になんてなれない。

私はただ怖かっただけだ。私みたいな人間が、そんな思いを抱いて良いのか。

それは今も変わらない。けど、その想いが今の私を奮い立たせる。

 

「だから世界が敗北をあの人に強いるなら、あの人に道化を押し付けるなら! 私はそんな世界と戦う……! アークナイトの効果、発動……! オーバーレイユニットを二つ使い、相手フィールドの特殊召喚されたモンスターをこのカードのオーバーレイユニットにする――反逆の牙を私に! エターナル・ソウル・アサイラム……!」

「――――」

 

霞んだ景色の中、反逆の龍がアークナイトの力へと変わるのが見えた。

 

「これが私の答え……作り物の世界ならこの一撃で壊れろ! アークナイトで攻、撃……! 方舟よ、反逆の矛で世界を、運命を打ち砕け――! ミリオン・ファントム・フラッド!」

 

アークナイトの船体から放たれる無数の光線。きっとこの攻撃で倉庫は破壊されているだろうけど、もう、何も見えない。

……まだだ。まだデュエルは終わってない。

まだあの男のライフは残っているはずだ。後一ターン、後一度、それまで倒れるわけにはいかない。

 

「私、は、これで……ターン、エンド……」

 

もう少し、後少しだけ、なのに……!

 

「どう、して……私は……!」

 

……そして私の意識は完全に途切れた。

 

 

「……俺はこのカードを発動していた」

 

 

最後にそんな、悲しそうな、優しい声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

「っ……?」

 

来るはずの衝撃が訪れない事に気付き、柊柚子は久守詠歌が召喚したエクシーズモンスターの攻撃に思わず閉じていた目を開く。

広がっていたのは想像していたのとはまるで違う光景だった。ライトは割れ、未だに残り火が燃えてはいる。けれど攻撃によって吹き飛ぶはずだった男や倉庫は未だ健在だった。

 

「何が……っ、久守さん!」

 

そしてただ一人、久守詠歌だけが倒れ伏していた。そして唯一フィールドに存在しているのは先ほど召喚されたはずの方舟ではなく、

 

ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン

ランク4

攻撃力 2500

ORU0

 

 

「なんで、ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンが……」

 

吸収されたはずのダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンが男のフィールドに変わらず存在していた。

 

「……俺はこのカードを発動していた」

「遊矢……?」

「カウンター罠、エクシーズ・ブロック……ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンのオーバーレイユニットを一つ取り除く事で相手のモンスター効果を無効にし、破壊する」

 

悲しげにそう言って、男は自らのデッキをディスクから抜いた。それによりデュエルは強制的に終了し、最後に残ったダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンも消える。

 

「デュエルは終わりだ。彼女の手当を」

「わ、分かった!」

 

男の言葉に呆然としていた柚子は久守詠歌に駆け寄り、その体を抱き起こす。彼女は完全に意識を失っていた。

 

「久守さんっ、久守さん!」

「命に別状はないだろう。早く医者の下に連れていくんだ」

「う、うん! 遊矢も一緒に……」

 

久守詠歌を抱く柚子の言葉を無視し、男は地面に散らばったカードの一枚を拾い上げる。

 

(この少女が最後に使ったカード……あれは危険だ)

 

しかし、拾い上げたカードを確認しようとした瞬間、カードから光が発せられた。

 

「っ……!」

 

そしてその光が収まった時、あのカードから感じた、見ているだけで鳥肌が立つような強大な力は完全に失われていた。

 

「このカードは……」

 

眩い光を放ったカードを見て、彼は静かに残るカードを拾い集めた。

 

「彼女のカードを……目覚めたら渡してあげてほしい」

「それは分かった、けど遊矢、なんでそんな格好で……」

「俺は――」

 

カードを柚子に渡し、柚子の言葉に何かを返そうとした瞬間、再び光が倉庫に溢れた。

カードからではない、彼女の身に着けている、ブレスレットからだ。

 

「えっ、なにこれ……!?」

「――!」

「きゃあ!?」

 

そして一際強い光をブレスレットが放ち、もう一度目を開くとそこにはもう、男の姿はなかった。

 

「ゆう、や……?」

 

 

 

「――柚子!」

 

再び呆然とするしかない柚子の耳に、足音と自分を呼ぶ声が届いた。振り向けば息を切らしながら、消えたはずの榊遊矢が倉庫へと入って来ていた。

 

「遊矢……?」

「はぁはぁっ……大丈夫かっ?」

「遊矢……あなた、遊矢、よね……?」

「はあ? 一体何言って……って、それより久守はっ?」

「そ、そうだ、早く病院に……!」

 

あまりにも不可解な事の連続で混乱している。けれどまずは久守詠歌を病院に運ばなくては、そう考え焦ったようにディスクを取り出し、救急車を呼ぼうとする。

だがそれよりも早く、まだ呼んでいないはずの救急車のサイレンの音が聞こえて来た。

 

「こっちだ! 早く!」

 

それに続くように、沢渡の声も聞こえて来る。

 

「久守――! っ、榊遊矢!」

「沢渡!? そうか、お前が救急車を――」

「退け!」

 

倉庫に再び現れた沢渡は遊矢を見た瞬間、彼を突き飛ばすようにして久守詠歌に駆け寄り、彼女の容体を確認する。

 

「……こいつは俺が預かる」

「あ、ああ。けどなんでこんな事に……」

 

恐らく最も事態を把握できていない遊矢に、久守詠歌を柚子から奪うように抱きかかえた沢渡は苛立ちの表情を隠そうともせずに告げる。

 

「榊遊矢……この借りは必ず返す。今度こそ、どんな手を使っても、誰を利用してもな……!」

「はあ? 何を言って――」

 

遊矢の言葉は倉庫へと到着した救急車の音で掻き消され、救急車へと久守詠歌を運ぶ沢渡の姿をただ見送る事しか出来なかった。

 

 

 

「本当、此処で一体何があったんだよ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

舞網総合病院

 

「シンゴ!」

 

病室の扉を勢いよく開け、背の低い男性が飛び込んできた。

 

「パパ……!」

 

沢渡が尊敬する唯一と言ってもいい男、彼の実の父親だった。

 

「お前が病院に居ると聞いて、飛んで来たんだよ! 怪我はっ? それとも病気っ? 体は大丈夫なんだね!?」

 

病室のベットの脇の椅子に座る沢渡の周囲を回りながら、彼は心配そうに、目に涙まで溜めて問う。

 

「ありがとう、パパ。俺は大丈夫。運ばれたのは……」

 

自分の身を案じる父に感謝しながら、沢渡はベッドで眠る少女を見た。

 

「俺と同じLDSの子だよ。命に別状はないし、頭を打ったせいで眠ってるけど、怪我も大した事はないってさ」

「おおっ、そうか! 同じ塾の生徒をそこまで思いやれる優しい子に育ってくれて、パパは、パパは嬉しいぞぉぉおお!」

「ありがとう。ごめんね、仕事があるのに」

「いいんだいいんだっ、子が心配でない親などいるものか!」

「パパ……」

 

……だったらどうして、眠っている久守詠歌の傍に居るのが自分や、今席を外している山部たちなのだろうか。

連絡先が分からないとはいえ、彼女の家族はこんな時、何をしているのだろうか。

 

「しかしこれで安心したよ。この子の事は病院に任せて、シンゴも――ん?」

「パパ?」

 

そこで初めて、眠る久守詠歌を見た父の表情が変わった。

 

「いいや何でもない! それよりもシンゴ、お前もこんな所に擦り傷があるじゃないか! お前も先生に診てもらった方がいい!」

「え、いや俺は別に……」

「駄目だ! もしお前にもしもの事があったら……うぉおおお! パパは、パパはぁ!」

「わ、分かったよパパ……」

 

父に押され、息子は素直に頷く。父の愛情を知っているからこそ、無下には出来なかった。

 

 

 

 

 

久守詠歌は眠り続ける。この世界で。

運ばれたこの世界で、満たされるこの世界で。

彼の傍にもう一度立つ時まで。

 

彼女の手にはもう、満たされぬ魂を運ぶ船はない。




タグの『デッキは割とガチ』シャドールに続くガチ要素の登場。なおデュエルでの出番はこれが最初で最後の模様。期せずして再登場させたヴァルカンと違い、本当にデュエルで再登場はしません。


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『居場所』

デュエルなし。とある人物のオリ設定が多くなります。ご注意ください。


「しかし親父さんも過保護だよな。沢渡さんまで検査入院なんて」

「まあでも、あいつがやべえ奴だったのは間違いねえしな」

「でも本当に榊遊矢なのか? 俺は暗くて顔が良く見えなかったし、しかも戻った時には服装も違かったろ?」

「けど柊柚子も言ってたし、そうなんじゃねえの?」

「久守が起きれば全部解決だろ」

「だな」

 

久守詠歌が病院に運ばれた翌日。病院内の売店に、沢渡と久守への見舞いの品を買う山部、柿本、大伴の姿があった。

検査入院する事になった沢渡と違い、あの後家に帰り、いつも通り学校へ通った三人だったが誰が言い出したわけでもなく、放課後、真っ直ぐに病院に来ていた。

 

「おい、お前ら」

 

病室に向かう途中(当然だが二人は別の病室である)、彼らに声を掛ける者が居た。

 

「ん? って、お前は……シンクロコースの刀堂刃!」

 

病院を訪れるには不釣り合いな木刀を持つ少年、刀堂刃。

 

「それにエクシーズコースの志島北斗……」

「融合コースの光津真澄まで……なんで此処に?」

 

三人ともLDSで沢渡と同じか、それ以上に有名となっているエリートたちだった。関わりはないが、名前だけなら彼らも知っている。

 

「沢渡はさん付けなのに私たちは呼び捨てなのね」

「気にするなよ、真澄。沢渡の無駄な人望は彼女で知ってるだろう」

「分かってるわよ。あんたたち、あの子の病室は何処?」

「あの子って……久守の事か?」

「他に誰が居んだよ。俺たちが沢渡の見舞いに三人で来ると思うか? しかも今の話だと入院だって本当は必要ねえんだろ?」

「聞いてたのか……」

「別に誰かに吹聴する気もないわよ。沢渡の仮病の事なんて。それより早くあの子の病室を教えなさい」

 

偉そうな真澄の物言いだが、沢渡の取り巻きをしている彼らにとっては慣れたもので、特に腹を立てる事もない。

 

「それはいいけど……なんであいつに?」

「なんでって……別にいいでしょっ」

「そりゃダチが入院したって聞きゃ、見舞いぐらいすんだろ」

「未だに彼女は苦手だが、そのぐらいの常識は持ってるさ」

 

真澄と違い、刃と北斗は素直に理由を答えた。真澄だけが居心地が悪そうに視線を逸らす。

 

「ダチって、いつの間に?」

「何だ久守から聞いてねえのか。北斗だったら声高に主張してそうだけどな」

「うるさいよ! だけど無駄に勝利を喧伝しない彼女の性格には好感が持てるね」

「そのおかげでお前が負けたってのも噂どまりだからな」

「それは君も一緒だろうっ」

「あーもう……こいつらは放っておいていいからさっさと案内しなさい」

「あ、ああ」

 

事情はまだ良く呑み込めていないが、詠歌の見舞いに来たことは間違いないらしい三人に、山部たちは顔を見合わせ、頷いた。

 

「けど誰から聞いたんだ? 久守が入院したって」

「昨日、あいつに連絡しても出なかったからな。妙だとは思ってたが、今日LDSに行ったらもう噂になってたぜ。沢渡が闇討ちされたってな。ま、今はLDSの一部の奴が好き勝手言ってるだけだけどな」

「あの子の事も一緒にね。大怪我したとか、沢渡に付きっきりで看病してるとか、はっきりとはしなかったけど」

「それで病院に確かめに来たら、君たちを丁度良く見つけたってわけさ。LDSの医療機関に運ばれてないなら、此処しかないと思ってね」

 

正確かはともかくとして、人の噂は早い。それに昨日は救急車まで来る騒ぎになったのだから、それも不思議はなかった。

 

「沢渡さんは勿論だけど、久守の奴も大した事はないよ。今日には目が覚めるって先生が言ってたしな」

「それにしても結局、一体何があったんだい? 闇討ちとは言ってもアクションデュエルでもない、普通のデュエルだろう? それで怪我なんて……」

「……俺たちも良く分かんねえ。詳しい事は本人に聞いてくれ」

 

榊遊矢の事を話そうとも考えたが、これ以上変な噂を立てるのも面倒になるだけか、と三人は伝えなかった。

 

「それはそうと、久守と連絡を取り合うぐらいの仲だったのか? 刀堂って」

 

病室へと向かう中、大伴が刃に尋ねる。刃と詠歌が何をしているのかを知らない以上、当然の疑問だった。

 

「「はっ、まさか――」」

「北斗もそうだが、なんですぐそういう考えに行くんだよ! ただ、ようやくあいつに合いそうなカードが――」

 

刃が彼らの邪推を呆れたように訂正しようとした時。詠歌の病室まで目と鼻の先にまで迫った時。

 

「いやっ、イヤっ、嫌っ――――!」

 

そんな、悲痛な叫び声が響いた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「……?」

 

静かに意識が覚醒する。

……覚醒する? なんで私は眠っていたんだろう。

 

「痛っ……」

 

体を起こし、ぼんやりと記憶を遡ろうとした時、頭に痛みが走り、思わず押さえる。

押さえた手に、包帯が触れる。包帯……?

 

「ッ!?」

 

その感触に気付いた時、完全に意識が覚醒した。

 

「いやっ……」

 

周囲を見渡せば、白く、無機質な光景。

 

「イヤっ……」

 

病室特有の、消毒液の香り。

 

「嫌――!!」

 

忘れるはずもない、あの時と変わらない空間に私は居た。

 

「嫌だっ、嫌だっ! わたっ、私っ、私は!」

 

嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!

違う、違う、違う、違う!

 

「私の居場所は此処じゃないっ、此処にはもう、戻りたくない……!」

 

頭の痛みを無視し、髪を掻き毟るように掴みながら、心の底から叫ぶ。

視界が涙で滲む。心が絶望に支配されていく。

此処は、この場所にだけは、絶対に戻りたくない。此処には何もない。此処では何もできない。此処には、あの人が居ない!

 

 

「「「――久守!」」」

 

絶望に落ちていく私を、引き戻してくれる声が聞こえた。

 

「あ……」

 

焦りの表情でこの空間に現れたのは――

 

「山部、柿本、大伴……?」

 

「ちょっと! 大丈夫!? しっかりしなさい!」

「光津、さん……」

「おい大丈夫か! どっか痛むのか!?」

「刀堂、さん……」

「すぐに先生を呼ぶ! 大丈夫だっ!」

「志島、さん……」

 

忘れるはずもない。私を、久守詠歌を知る人たち。私が、久守詠歌が知る人たち。

 

私の手を握る光津さんの手を、確かめるように抱く。

 

「あ、ああっ――!」

 

感情が制御できない。伝えたい言葉があるのに、口が思うように言葉を紡いでくれない。

確かめたい顔があるのに、瞳が景色を滲ませる。

それでも私が今感じるこの体温は、耳に届くこの声は、嘘じゃない……!

 

安堵からなのか、私の意識はまた、ゆっくりと闇に落ちていった。

 

 

 

 

 

再び意識を失い、医師の診断を受ける事になった詠歌。

 

「ふぅ……先生は少し記憶が混乱しただけだろうってさ。今はまた眠ってる」

 

そして代表として医師から聞いた診断結果を大伴が皆に伝えた。

 

「なんだよ、ビビらせやがって……」

「人騒がせな子ね」

「そう言う君たちが一番焦っていたように僕には見えたけどね」

「お前が言うかよ、一目散にナースコール押してたくせに」

「う、うるさいな。あの状況で一番適切な行動をしたまでだっ」

 

医師の助言もあり、念の為にしばらくは面会を控える事になった。

病室のロビーで言い合う三人に山部が声をかける。

 

「まあまあ、三人とも、病院なんだから静かに……」

 

「おーい!」

「って言った傍から……どうしたんだよ、柿本。沢渡さんを呼びに行ったんだろ?」

「それが何か大事になってきてるんだよっ、と、とりあえず皆沢渡さんの病室に来てくれって」

「はあ? なんで私たちまで沢渡の所に顔を出さなくちゃならないのよ」

「まあまあ、沢渡も一応同じLDSなんだし、いいじゃないか」

「違っ、いや違わないけど、理事長が、赤馬理事長が呼んでるんだよっ」

「……理事長先生が?」

 

息を切らせながら語る柿本の口から出た名前に、各コースのエリートであり、山部たちよりも関わりのある三人は怪訝な表情を浮かべた。

 

 

 

そして向かった沢渡の病室には、何度か見た事のある沢渡の父と、柿本の言葉通り理事長の姿があった。

 

「丁度良かったわ、あなたたち」

「理事長先生、戻られたのですか?」

「ええ。つい先程ね。お久しぶり、光津さん、刀堂さん、志島さん」

「「「は、はい!」」」

 

何度か会話した事があるとはいえ、緊張の色を隠せないまま、名前を呼ばれた三人は姿勢を正して返事をした。

 

「なんでお前らまで此処に……見舞いは頼んでないぞ」

「誰があんたみたいなドヘタの見舞いになんて来るかっ。あの子のよ」

「ドヘ……この、あいつに負けた奴が偉そうな口を……!」

 

「うぉっほん! それで赤馬理事長、いい考えとは一体?」

「ええ沢渡先生、それにはこの子たち全員の力が必要なのです」

「へ?」「俺たちも」「ですか?」

 

総合コースの自分たちには関係ないと静観していた山部たちが唐突に触れられた事に間抜けな声を上げる。

 

「ええ、勿論。LDSの力を合わせて、沢渡先生のご子息と、LDSの生徒の仇を取らなくてなりません」

 

その言葉に反応したのは真澄たち三人だった。

 

「……詳しく聞かせていただけますか、理事長先生」

 

 

 

――そして、理事長と共に六人は消え、沢渡の父も息子との別れを惜しみながら仕事へと戻った。

沢渡シンゴだけが一人、病室に残る。

 

「榊、遊矢……! 今度こそ、借りは返してやる……!」

 

再び道化を演じている事も知らず、彼は怒りを燃やす。

その怒りが彼の力に変わるのは近い。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

――私がカードと出会ったのはあの病室。最初に同室になった、小さな女の子に教わったものだった。

可愛らしい絵柄の、人形のカード。ルールも良く分からないけど、私たちはそれを眺めているだけで勇気をもらった。

けれど、あの子はカードを置いていなくなってしまった。

 

ルールを教えてくれたのは、優しげなお兄さんだった。

大雑把なルールしか分からなかったけど、眺めるだけではなくなった。

けれど、正確なルールを教えてくれないまま、あの人もいなくなってしまった。

 

最初にデュエルをしたのは、少し怖い、お姉さんだった。

ルールを間違える度に指摘され、その難しさに挫けそうになった。けど、根気強くお姉さんは教えてくれた。

けれど、一度も勝てないままお姉さんもいなくなってしまった。

 

アニメを教えてくれたのは、おじいさんだった。

孫が好きなのだと、そう言って一緒にテレビを見た。

女の子がくれたカードで、お兄さんが教えてくれたルールで、お姉さんが教えてくれたプレイングで、おじいさんに教えた。

けれど、おじいさんはそれを覚える前にいなくなってしまった。

 

私は一人になった。

一人でカードを眺め、一人でカードを並べ、一人でテレビを見た。

今度は、最後まで一人だった。

 

 

 

そして、私はこの世界にやってきた。

あの子たちの事を忘れ、曖昧な記憶と、カードだけを持って。

最初は楽しかった。

カードが重要視されるこの世界で、記憶がなくても、体が覚えていたお姉さんの教えてくれたプレイングのおかげで私は女王になった気分だった。

けれどある時、私は思い出した。全てを思い出し、この世界がどういうものなのか、察してしまった。

榊『遊』勝の存在を知ったのもその時だ。彼の鮮やかなエンタメデュエルを見て、私は気付いた。

どれだけ強力なカードを使おうと、どれだけ優れたプレイングだろうと、この世界が5番目の物語なら、5人目が存在するなら、私は勝てない。異物でしかない私には。

だから私は諦めた。忘れてしまっていた罪悪感と自分の異常に気付いて。デュエルで頂点に立つことも。表舞台で輝くことも。

主役という輝きに焼かれるくらいなら、私は影で良い。私だけがこの世界で、出来なかった青春を、人生を、一人だけ歩むことなんて許されない。

だから私は諦めた。ただ生きると。楽しむ事は必要ない。目指す事も必要ない。ただ、残された命が続くまで生きていようと。

 

デュエルが強ければ生き方には困らない。幼い事だけが不安だったけど、それでも生き方が見つかった。

デュエルによる要人警護。その響きに笑いが出た。ああ、やっぱりこの世界は作り物じみている。

仮にこの世界で頂点に立ったとしても、それは箱庭の女王でしかない。それに気付いた時、これが罰なのかもと思った。一人だけ生きようと考えた私への罰。この作り物の箱庭で孤独に生きる事が罰なのだと。

 

 

 

 

 

けれど。

私はあの人に出会えた。

次期市長と目される男の息子。溺愛され、甘やかされて育った偉そうで、傲慢で、自分勝手な嫌な男。

それを嫌い、妬み、羨んだ者たちと私はデュエルをした。その男が気障に笑い、ますます調子づく影で私は人形と評されながらその男を守り続けた。

自分が馬鹿にされている事にも気付かず、馬鹿な事を続けるその男を、私は影でずっと見ていた。見たくもないその間抜けな姿を、愚かな行動を、延々と見せつけられた。

こんな作り物の世界で無駄な努力を続けるあの男を見ていると、私の心が何かを訴えた。

 

 

 

いつからだろう。その人から目が離せなくなったのは。自然とその人を目で追うようになっていたのは。

あの人の言葉を聞く為にあの人の影に立ち、あの人の姿を映す為にあの人を追いかけるようになった。

自信過剰なあの人の態度が、我が儘なあの人の言葉が、偉ぶる裏で必死に学ぶあの人の姿が、私の心に焼き付いて離れない。

もしもこの世界が作り物なら、あの人も? ……そうさせたくないと思った。

あの人の言葉を、あの人の笑顔を、あの人の努力を、作り物にしたくないと。

 

 

 

そして、暫くして私の仕事は終わった。もう十分だと、仕事は終わりだと、あの人のお父様に告げられた。息子を守ってくれてありがとう、君も普通の学生に戻りなさい、と感謝の言葉と優しい言葉を掛けられた。

……私は求めてしまった。頷いてしまった。

普通の学生という立場を、かつて手に入れられなかったその立場を。あの人を見ていられる、その立場が欲しいと。

お父様は私の願いを叶えてくれた。次期市長のこの私に任せなさいと、笑いながら。

 

 

 

 

 

「…………此処、は」

「目が覚めたか、久守」

 

目覚めたのはやはり病室だった。記憶に残るあの場所と変わらない、白い部屋。

でも違う。此処は、此処にはあの人が居る。

 

「さわ、たり、さん……?」

「おう。随分無茶したみたいじゃないか」

 

私の眠るベッドの脇に、沢渡さんが居た。

 

「すいません……勝手な真似を」

「まだ寝てろ」

 

体を起こそうとする私を、沢渡さんが止めた。

 

「……はい。……沢渡さん」

「なんだ?」

「どうして、此処に……? やっぱりどこか怪我を……」

「アホか! お前を心配してやってるに決まってんだろ!」

「……ありがとう、ございます」

 

その言葉が嬉しくて、緩む表情を隠そうと布団を口元まで被る。

 

「……あの、沢渡さん」

「ああ」

「あの後……あの男とのデュエルで一体、私は何をしたんですか? 少し、記憶が混乱してるみたいで……って、沢渡さんが知るはずない、ですよね」

「別に思い出さなくていい。大した事じゃないさ」

「そう、でしょうか……」

「ああ。……榊遊矢も、理事長が動いたんだ。すぐに終わる。この俺の手で終わらせられないのが残念だがな」

「……? どうして榊さんが……?」

「はあ? お前も見ただろ、榊遊矢がこの俺を襲うのを」

「……」

 

……それは覚えてる。覚えてますが……

 

「あれは多分、榊さんじゃないですよ」

「は?」

「だって榊さんが私より早くあの倉庫に辿りつけるはずないですし……見た目はそっくりでしたが、雰囲気が別人でしたから」

「……」

「沢渡さん?」

「……ごほんっ、まあお前が無事で良かったな。パパも山部たちも心配してたんだぞ」

 

沢渡さん、誤魔化し方が下手過ぎっすよ……!

 

「……そういえば、光津さんたちが来ていました、よね。みんなはもう帰ってしまったんでしょうか」

「ごほんごほんっ! そうみたいだな、全く薄情な奴らだ!」

 

……その反応で、察しがついてしまった。

あの男が榊遊矢という事にすれば、LDSの、いやレオ・コーポレーションが以前沢渡さんを利用してペンデュラムカードを手に入れようとしたように、榊さんからペンデュラムカードを奪う口実になる。沢渡さんの言った、理事長が動いたというのはそういう事、なのだろう。

……私のせいだ。私が意識を失っていたから、そのせいでまた、私は沢渡さんを……道化にしてしまった。

 

「沢渡さん……ごめんなさい」

「何で謝る?」

「ごめんなさい……弱くてごめんなさい、勝手な事してごめんなさい。余計な事ばかりして、ごめんなさい……」

 

それに気づくともう止められなかった。また私は、謝る事しか出来ない。

 

「久守」

「ごめん、なさい……」

「――気にすんな。お前らの面倒ぐらい、俺がみてやる。お前らが失敗すんのは当たり前だ。この世で唯一完璧なデュエリストである俺を除けば、失敗は誰にでもある」

「……」

「俺は誰だ? お前が尊敬する、この世でただ一人のデュエリストである俺の名は――ネオッ」

「……沢渡さん、です」

「イエス! だったらお前は、そんな事気にしてないで怪我を治す事だけ考えろ。仮にあれが榊遊矢じゃなかったとして、もしこれで終わっちまうような奴なら最初からペンデュラムカードに選ばれてなかっただけの事だ」

「ですが……」

「それに、今更言ったところで何も変わらねえよ。あの時中島さんが俺に頼んだ時点で、LDSは榊遊矢のペンデュラムカードを手に入れる事を考えてた。俺もお前もダシに使われただけだ」

「……」

 

それは……事実だろう。LDS、レオ・コーポレーションはペンデュラムカードを欲している。もう、私が何を言っても無駄……私には何も出来ない、何も……出来なかった。

 

「あれが榊遊矢じゃなくとも、LDSが何を考えていたとしても、どっちにも借りは必ず返す。榊遊矢がカードを奪われるような事になったら、今度は俺がLDSからカードを奪い取った後で、俺自身の手で榊遊矢から奪い取るだけだ」

「沢渡さん……」

「お前も、柊柚子に借りを返さなくちゃならないだろ」

「柊さん……そうだ、私、柊さんに酷い事を……」

 

朧げだけど覚えている。あの時、私は私を止めようとした柊さんに……。

 

「……ほらよ」

「え……」

 

沢渡さんが差し出して来たのはデッキだった。

 

「これは……」

「あの時、柊柚子から預かったもんだ。これだけは渡してくれってな」

 

罰が悪そうに頭をかきながら、沢渡さんは言う。酷い事を言ったはずだ。なのに、柊さんは私のカードを……。

 

「ありがとう、ございます……」

「それは本人に言ってやれ」

「はい……!」

 

私は震える手でデッキを沢渡さんから受け取った――受け取ろうとした。

 

「あっ……」

 

けれど、デッキは私の手から零れ落ち、床に散らばる。

 

「おいおい大丈夫か?」

「……は、い」

 

私は自分の手を見つめる。震えは止まらなかった。

 

「まだ本調子じゃないんだな。デッキとデュエルディスクは此処に置いとくぞ」

「はい……すいません」

 

拾い集めたデッキをディスクと一緒に沢渡さんがベッドの傍の棚に置いてくれる。

…………。

 

「とにかく今はゆっくり休め。いいな?」

「はい……ありがとうございます、沢渡さん」

「ああ。なら俺も自分の病室に戻る。何かあったらすぐ呼べよ」

「え、沢渡さんもやっぱりどこか怪我をっ」

「違う。パパがどうしてもって言うから今日だけ検査入院してるだけだ。心配ないさ」

「そう、ですか……」

「じゃあな。無理はするなよ」

「はい……」

 

退室する沢渡さんを見送り、私はベッドの上からデッキを見る。

手を伸ばせば届く距離。けれど、手を伸ばす事がどうしても出来なかった。

 

「どうして……怖いの……?」

 

怖い。

カードが、怖い。

 

「……」

 

扉の外にまだ沢渡さんが居た事にも気づかず、私は呆然と呟いた。何も言わずに去ったあの人が何を考えていたのか、今の私には知る事も出来なかった。

 

「……そう、だ。お父様……沢渡さんのお父様と、柊さんに、謝らなくちゃ……」

 

誤魔化すようにそう言って、私はデッキには触れず、デュエルディスクへと手を伸ばす。

ふら付く足取りだが、怪我は大したことない。問題なく自分の足で立つことが出来た。

そのまま病室を抜け、屋上へと上がる。

 

「柊さん……」

 

最初に掛けたのは柊さんへだった。けれど、応答はない。やはりもう、沢渡さんが言ったように理事長が動いているのか。

 

「……」

 

次に掛けたのは、沢渡さんのお父様にだった。かつて、お父様の下で仕事をしていた時に教えてもらったコード。それは未だに繋がった。あの時以来、もう使う事はないと思っていたけれど。

 

『はい、市議会議員の沢渡ですが』

「あ……」

 

数回のコールの後、通話は繋がった。

 

「あ、あの……私、です」

『どちら様ですかな?』

「久守、久守詠歌、です……」

『……』

 

私が名乗るとお父様は押し黙った。

 

『……一体何の用だね?』

「私、謝らないと……私が居ながら、沢渡さんを、危険な目に……」

『……何を言ってるんだね、君は?』

「え……」

 

緊張からか、途切れ途切れに伝えた言葉は、あっさりと切り捨てられた。

 

「私は、あなたから沢渡さんを守るお仕事を貰ったのに、それを……」

『はて、記憶にありませんな。私がそれを頼んだのは、随分と昔の話。私の知っている今の久守という少女はシンゴと同じ学校で、同じLDSの生徒で、友人ですが』

「……ですが、私は……!」

 

理解した。理解してしまった。

お父様は私を責める気などないという事を。

 

「私はあなたに無理を言って、学校にまで入らせてもらって……! あの人の傍に居たのに、私は……!」

 

けど駄目だ。私は沢渡さんを守れなかった。友人に酷い事を言ってまで、それなのに私は守る事も、あの男を倒すことも出来なかった……!

 

『今の君はシンゴと同じただの学生だろう。シンゴから聞いているよ、気立ての良い、良い子だと。そんな君にシンゴを襲うような暴漢相手に何が出来ると言うんだね?』

「けど……!」

『……いいかね、久守くん。私は次期市長になる男だ』

 

諭すように、お父様は語り始めた。……記憶の片隅に辛うじて残っている私の父のような、優しい声色だった。

 

『君が私に仕事をくれ、と押しかけて来た時、私は決めたんだよ。シンゴと同じくらいの歳の子が、一人孤独に生きていかなくてはならない、そんな街に舞網市をしてはならないと』

 

……忘れもしない。街頭演説をしていたお父様を追いかけ、そう頼んだ日の事は。

 

『本当は仕事なんて建前で、君にも普通の生活をしてもらいたかった。けど君は頑なで、本当にシンゴの為に働いてくれた……。だから私は嬉しかったんだ。ある時、君が羨ましそうに他の学生たちを見ている事に気付いた時。仕事を辞めて、普通の学生に戻ってくれと言って、君が頷いてくれた時』

「それは……」

 

それは、私が弱かったから。私が過去を捨てて、今を選んでしまったから。

 

『久守くん。君はこの街が好きかね?』

「……はい」

『私もだ。幼い頃から育った、アクションデュエルが生まれる前から住んでいたこの街が、シンゴが育ったこの街が。君もこの街の市民で、学生だ。そんな君が謝る必要なんてないんだよ』

「……」

『だから久守くん、謝らないでいい。自分を責めなくても良い。後の事は我々に任せて、君はゆっくりと休むんだ』

 

沢渡さんと、息子と同じ優しい言葉。……駄目ですね、私は。

 

「っ、はい……ありがとう、ございます……!」

 

誰かの優しさにまた、甘えてしまう。何も変わっていない。私は弱くて、子供で、自分勝手だ。

 

『息子の事をこれからも頼んだよ。友人としてね、私に似た子だ。無理や無茶もするし、嘘も吐く。けれど本当に大切な事だけは教えてきたつもりだ。私の生き方で教えたつもりだ』

「はいっ、はい……!」

 

また涙が溢れる。もう止める事も出来ない。耐えることも出来ない。

 

『今は外かね? 早く病室に戻りなさい。シンゴや友人たちに心配を掛けてはいけないよ』

「……はい」

『次に会う時は私が市長になってからになるだろう。今の私は忙しい時期なものでね』

「はい……応援、しています……」

『ありがとう――はっはっは! 次期市長最有力候補のこの私に任せておきなさい!』

 

沢渡さんと重なる笑い声を上げて、お父様は通話を切った。

 

……おじいさん、おねえちゃん、おにいさん、――ちゃん、ごめんなさい。

私はやっぱり、此処で生きていたいよ。大好きな人の傍に、いたいです。

 

カードが怖くなっても、女王になれなくても、私は此処に居たい……!

デュエリストでなくともあの人のそばにいれるなら、私は……!

 

「ああ、そうだ……思い出した」

 

あのデュエルの結末を。

 

――『俺はこのカードを発動していた』

 

満たされぬ魂を運ぶ方舟は、その役目を終えた。

私を此処に運んだ時、あの人に出会えた時、私はもう、運ばれる資格を失ったんだ。

だから勝てなかった。私が取るべきだったカードは、方舟じゃない。

テレビで憧れたカードではなく、みんながくれたカードたち。この世界に来た時に私に与えられた、私のカードたち。

 

……ごめんなさい。私は間違えた。その挙句にカードから逃げ出したくてたまらなくなっている。今でもカードを手に取る事を考えただけで手が震える。

……もう二度と、カードを手に取る事は出来ないかもしれない。ごめんなさい。

 

「……それでも私は、此処にいたいよ」

 

我が儘でごめんなさい。子供でごめんなさい。

それでも私はあの人を好きでいる事を……やめられない。

私にとってもうこの世界は、真実(げんじつ)だから。




今回でオリ主に関する謎は大体です。
オリ設定が多く、雰囲気の違う話になってしまいましたが、今後はこういった話は滅多になくなると思います。
次回は前回に続きタグ回収のおはなしです。


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ネオ沢渡さん、強脱っすよ!

今回もデュエルなし。


――二日前。

 

「実は昨夜、沢渡先生のご子息が暴漢に襲われました」

 

LDS。その最上階の執務室。そこに赤馬零児と赤馬日美歌、親子の姿があった。

 

「襲ったのはエクシーズ召喚を使うデュエリスト。彼自身は大した怪我はありませんでしたが、彼を庇い、その友人であり同じ総合コースの久守詠歌という少女が負傷し、昨夜から入院しています」

「久守……? 確かその子は――」

「ええ。以前沢渡先生が言っていた、ご子息の護衛役の少女です」

 

モニターに久守詠歌のデータが表示される。

 

「彼女もLDSに?」

「はい。既に護衛の仕事は終了し、ただの学生として二か月ほど前に入学していたようです」

 

彼ら親子もLDSの塾生全員を把握しているわけではない。久守詠歌がLDSに入学していた事を知ったのは、零児も先日の件――沢渡シンゴによるペンデュラム強奪事件の時だ。

 

「両親は既に他界し、他に兄妹も居らず天涯孤独の身の上で市内のマンションに一人で暮らしています」

「……」

 

その事実を聞いて、赤馬日美歌は僅かだが悲痛そうに顔を歪めた。

 

「そして昨夜、極めて強力なエクシーズ召喚反応が同じ場所で三度観測されました」

「三度?」

「一度目は沢渡シンゴとその襲撃犯とのデュエル。二度目は久守詠歌とのデュエル、そして三度目も――ですが三度目の召喚反応は襲撃犯のものではなく、推測ですが彼女によるものです」

「っ、それは何故?」

「三度目の反応は他の二つと違い、すぐに消失したのです。恐らくは彼女の敗北によって」

「……」

「彼女が行った公式戦は一度のみ、同じLDSの生徒とのデュエルです。そのデュエルで彼女は融合とシンクロ、二つの召喚方法を操っている。公式の記録には残っていませんがエクシーズ召喚を使用していた、という証言もあります」

「零児さんと同じく、三つの召喚方法を操るデュエリスト……そして強力な召喚反応……」

 

日美歌の言葉に頷き、零児は言う。

 

「ペンデュラムの始祖、榊遊矢と同じく、彼女も奴と――赤馬零王との戦いの為の槍となってくれるかもしれません」

「……!」

「ですが」

 

そこで一度言葉を切り、眼鏡に手を当てる。レンズの奥の瞳が鋭さを増した。

 

「彼女は沢渡シンゴに執着している。恐らくかつて以上に――それは彼女を御する鍵であると同時に、諸刃の剣と成り得る要因です」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

ゆっくりと意識が目覚めていく。

目覚めと共に、嗅ぎなれた、消毒液の嫌な臭いが私を包む。

震える。体が、心が、恐怖に蝕まれていく。

 

「っ……違う……此処は、違う……」

 

自分に言い聞かせながら、恐る恐る目を開く。視界に広がる、白い天井とカーテン。

体を起こし、窓を見る。眠る前と変わらない舞網の街が、広がっていた。

 

「……ふぅ」

 

そこでようやく、緊張が解ける。大丈夫、此処は、舞網市、舞網の病院。私の居場所、私の世界。

 

「随分、不規則な生活になってしまってますね……」

 

独り言も増えてしまっている。

体を起こして時計を見れば、既に10時近い時間だった。一度目覚めた時、混乱して醜態を晒したからか、看護師さんたちも気を遣って私を無理に起こそうとはしない。食事も遅くなっても三食しっかり食べるようにとだけ言い含められた。

そのせいでまた寝過してしまった。夜になる度、目を閉じるのが怖くて、眠ってしまうのが怖くて。目覚めた時、あの場所に戻っているのではないかという恐怖のせいで中々寝付けないせいもあるのだろう。退院は明日だというのに、これでは普段の生活に戻るのに苦労してしまいそうだ。

 

「……あれから、どうなったのでしょうか」

 

榊さんと良く似た、エクシーズ召喚を使うデュエリストとのデュエルの後入院して、今日で三日目。

沢渡さんも言葉通り、一昨日退院して行った。それでも学校が終われば毎日、山部たちと一緒にお見舞いに来てくれる。

柊さんや光津さんたちは……あれから一度も来ていない。理事長が動いた事と何か関係があるのか、沢渡さんははっきりとは教えてくれなかったけれど、それが答えのようなものだ。

きっと光津さんたちは……ペンデュラム召喚をLDSの物にする為に、動いた。それが一体どんな結果になったのかは分からない。

お見舞いに来てくれる沢渡さんたちは何も話してはくれない。……いいや、デュエルに関する話題を出そうともしない。

……気付かれて、いるのだろうか。

 

「……」

 

ベッドの横の棚を見る。其処には変わらず、私のデッキが置かれていた。

恐る恐る手を伸ばし、けれど触れる前に私の手はベッドへと落ちる。震えている。怖がっている。

原因は……私にある。負けた事が原因じゃない。きっと……私は怖いんだ。

今のこの場所が、あの場所の、あの人たちを思い出させるから。

一緒にカードを眺めたあの子を。私にルールを教えてくれたあのお兄さんを、私とデュエルしてくれたあのお姉さんを、一緒にテレビを見たおじいさんを。

そして最後には一人ぼっちになった、私を……この場所が、カードが、思い出させるから。

沢渡さんたちを見て、此処が何処なのか何度も再確認しても、怖い。全てが夢で、今も私は一人ベッドの上でカードを眺めているんじゃないかと。

この世界で私は生きる。そう決めた。けどあの人たちを忘れられるわけがない。もう二度と、忘れちゃいけない。

でも……怖いんだ。この世界が真実でも、あの世界が嘘になったわけじゃない。嘘にしちゃ、いけない。

それが私を怯えさせる。……二度とカードを取る事は出来ないかもしれない。それでも私は沢渡さんの傍に居たい。

でも……それで本当にいいんだろうか。デュエリストでなくなった私に、あの人の隣に立つ資格があるのだろうか。……ううん、違う。資格があるとかないとかじゃない。カードを怖がったままで、本当に沢渡さんの傍に居れるのだろうか。

デュエリスト、沢渡シンゴの傍に立てるのだろうか。

 

「……そんなわけ、ないですよね」

 

あの人はデュエリスト。あの人のデュエルを心躍らして見る事も出来ないなら、私はきっといつか沢渡さんからも逃げ出すことになる。嫌だ。それは絶対に、嫌だ。

 

「……」

 

なのに、手の震えは止まらない。手を伸ばす意思が生まれない。

 

「――あ、起きてたの? おはよう」

「……おはようございます。はい、今起きた所です」

 

丁度通りかかって部屋を覗いた看護師さんが私に気付き、挨拶を返す。

 

「そう。それじゃあご飯持って来るわね? 食べたくないかもしれないけど、少しでも食べないと元気になれないわよ? 体も、心もね」

「はい。大丈夫です、食べられます」

「なら良かったわ。そうだっ、今日は何とプリンが付いてるのよ」

「そうですか……好きです、プリン」

 

笑顔で頷き、看護師さんは食事を運んで来る為に去って行った。

……あのお店にも行けていない。あの店員さんが作ったプティングの名前も、今の私には思いつきそうにない。

 

 

 

運ばれてきた食事を終える。この世界でも、病院の食事は変わらない。嫌という程食べた、あの味のままだ。食欲は戻っても、中々喉を通ってくれなかった。

 

「……」

 

食事を終えたら、カードと窓の外を交互に見つめる時間。

怯えと安堵、正反対の感情が交互に私を支配する。どちらを見ていても、最後には決まって溜め息が出た。

少し遅い昼食を食べて、検査をして、また同じ事を繰り返す。あれからずっとその繰り返しだ。

ああ――

 

「……沢渡さんに会いたい」

 

カードを見ていても、勇気が出ない。窓の外を見ていても、心の底から安心出来ない。

やっぱりあの人に、沢渡さんに会いたい。あの人の笑顔が見たい。あの人の声が聞きたい。

 

「……やっぱりいけませんね、これじゃあ気が滅入るばかりです」

 

そう呟いて、また独り言だな、と内心で思った。

点滴はとっくに外れた。歩くのに不便はない。ずっとベッドの上に居たせいでふら付く足で立って、病室の外に出た。

何処までも続くように感じる白い廊下を見て、また少し気持ちが沈む。大丈夫、此処はあの場所じゃない。自分に言い聞かせて、舞網市を見渡せる屋上に向かう。

 

ロビーで談笑する患者さんや、廊下ですれ違う患者さんたちを極力見ないようにして、私は屋上に上がった。

 

「……」

 

舞網市。私の住む街、私の居場所。

 

「……学校に行きたい。LDSに行きたい。みんなに、会いたい」

 

昔なら、行きたい場所なんてなかった。会いたい人なんて、皆いなくなってしまった。けど今は違う。

私はこんなにも我が儘になった。けどそんな風になった自分が、嬉しくも思えた。

 

「……」

 

少し間を置いて、一人屋上で黄昏てそんな事を呟いている自分が無性に恥ずかしくなる。……駄目だ、ベッドに戻って転がり回りたいです。いや、転がり回る(断言)。

踵を返し、屋上の扉の方を向く。さあ行こう。今すぐ行こう。そして忘れてしまおう。

 

「……」

「……」

 

屋上の扉から、顔だけを出して私を見つめる、アユちゃんの姿があった。

 

「……」

「……」

「……なぁにこれ」

「え!?」

 

私の口から絞り出たのは、そんな言葉だった。

耐え切れなくなって膝から崩れ落ちる。もういっそ殺して……! いやそれは嫌だけど……嫌だけど……!

 

「だ、大丈夫っ、詠歌お姉ちゃん!?」

「もう駄目です、本当……」

 

駆け寄って来たアユちゃんに、私は沈んだ声で言う。

 

「ええ!? わ、私、お医者さん呼んで来る!」

「待って! お願い、本当に待ってください!」

 

慌てて走りだそうとするアユちゃんを縋り付くように止める。もうやめて、これ以上私を辱めないで……!

 

「大丈夫、全然大丈夫! ほら元気元気!」

 

自分でも何を言ってるのか分からないまま、とにかくアユちゃんを止める事だけを考えて必死にアピールする。

 

「本当……?」

「はい、本当です。マジです。やばいです」

「ほ、本当かなあ……?」

 

どうにかアユちゃんを止める事に成功し、私は立ち上がる。

 

「お久しぶりです、アユちゃん」

「うん、久しぶり、詠歌お姉ちゃん!」

「……」

 

そこで言葉に詰まる。一体何を話せばいいのか。……一つしか、ありませんか。

 

「……え、と……メールで送った通り、です。柊さんからも聞いたかもしれませんが、私は……」

「ストーップ! 謝るのは禁止!」

「え……」

 

私はあの時、アユちゃんとの約束も忘れ、あの男を倒す事だけでいっぱいだった。それについて一昨日メールで事実と、謝罪の言葉を送りました。けれど返事も、電話もかかっては来なかった。今度こそ嫌われてしまったかと思った。けれどこうしてアユちゃんは私に会いに来てくれた。なら、やはりもう一度謝らなくては、そう考えて開いた私の口は、アユちゃんの指で塞がれてしまう。

 

「お姉ちゃんが沢渡の事になると暴走しちゃうってのは良く分かってたもん。何度も謝らないで」

「……はい」

「それにお姉ちゃんも大変だったって事は、柚子お姉ちゃんと……LDSの人たちから聞いたから」

「LDS……もしかして、光津さんたちが……?」

「そう。お姉ちゃんが入院してから色々あったんだ。でも大丈夫っ、もう全部解決したから! って、お姉ちゃんもLDSなんだよね」

「……いえ。良かったです」

 

アユちゃんの反応を見れば分かる。何があったのかは想像しか出来ないが、悪い結果にはならなかったようだ。

 

「また、迷惑を掛けてしまいました」

「病人がそんなの気にしないのっ」

「……はい」

 

……なんだかさっきよりも情けない気分になります。小学生の子にこんな――

 

――『ねえお姉ちゃん、この子たち、お姉ちゃんにあげる』

――『病人が遠慮なんてしないのっ。って、あたしもそうなんだけどね』

――『大事にしてあげてね。あたしとお姉ちゃんの思い出の証なんだからっ』

――『あたしとお姉ちゃん、お姉ちゃんと次の誰か、そうやってこの子たちを色々な人の思い出にして欲しいな』

 

「あ……」

 

見た目は全然違う。性格も、あの子の方がずっと子供だった。けれど、アユちゃんが、あの子と重なった。

 

「……分かってますよ」

 

あなたとの思い出は、終わりにはしない。まだ続いていく。終わりにするわけにはいかない。今は勇気が出ないけど、必ず。

 

「詠歌お姉ちゃん……?」

「何でもないですよ。大丈夫です」

 

アユちゃんの頭を撫でる。昔してあげたように。

 

「中に戻りましょうか。春とはいえ屋上にずっと居るのは寒いですから」

「うんっ」

 

アユちゃんと一緒に屋上の扉を潜り、病室へと戻る。すれ違う患者さんたちと挨拶を交わしながら、ゆっくりと。

 

 

 

「はい、お姉ちゃん、これ!」

「これは?」

「もう、決まってるでしょ、お見舞いの品だよっ」

「……気を遣わせてしまってすいません」

 

病室に戻り、私をベッドへ寝かせると、アユちゃんは一本の造花を私に差し出した。これは……花菖蒲、でしたか。あまり自信はありませんが。

 

「えへへ、ちなみに花言葉は『あなたを信じます』って言うんだってっ」

「……はい。もう、裏切りません」

「とか言ってー、また沢渡の事になったら私との約束なんて忘れちゃうでしょー?」

「……」

「そこはすぐに否定して欲しかったなー……」

「いや本当にすいません……」

 

もうアユちゃんには頭が上がりません、本当に。

 

「まったく、詠歌お姉ちゃんは」

 

椅子に座り、花が開くようにアユちゃんは笑う。この笑顔を曇らせる事はしたくない。そう思ったのは嘘じゃない。

 

「本当はね、止められてたんだ。詠歌お姉ちゃんのお見舞いに来るの」

「……柊さんに、ですか」

「ううん。遊矢お兄ちゃん」

「……」

 

当然、か。榊さんの判断は正しい。私のような奴に、お見舞いなんて……。

 

「遊矢お兄ちゃんも誰かさんに止められたんだって」

「榊さんも……?」

 

それはやはり、柊さんでしょうか。いや、それなら榊さんにではなく、アユちゃんに直接言うはず……一体誰に……?

……誰に止められても、おかしくはないか。それぐらいで丁度いい。それぐらいの罰がなければ、駄目だ。

けれどどうして、アユちゃんは笑顔のままなんでしょう。それにこうしてアユちゃんは私のお見舞いに来ている。

 

「でも来ちゃった。他の人には内緒だよ?」

「ええ、勿論」

 

誰が止めたのかは分からないけれど、それでも来てくれた。それだけで十分です。

アユちゃんは楽しそうに話始めた。

 

「それで凄かったんだよ、その北斗って人。「久守を倒した君を倒し、通算40勝を達成してやる!」って! 塾長みたいに凄い迫力だったの!」

「ふふ……そうですか、志島さんが」

「ふふーん、お姉ちゃん、モテモテだね?」

「え? 何でそうなるんですか?」

「……うん、何でだろうね」

 

何故か呆れたような目で見られたり。……いや志島さんは間違いなく私をそういう目では見ていませんよ? むしろ怯えられてましたし、苦手意識を持たれています。

 

「次の真澄って人はもっと凄くて、柚子お姉ちゃんは……負けちゃった。「あなたみたいな人に負けるなんて、やっぱりあのドヘタのせいでくすんでるわね、あの子」って」

「光津さんは少し、言葉が乱暴な所がありますから。でも優しい人です」

「うん。それも分かるよ。勘違いだけど、詠歌お姉ちゃんの仇を取るんだって、凄く怖かったもん」

「私がもっと早く起きていれば……すいません」

「だーかーら!」

「はい、すいませんじゃなくて……はい」

「もうっ」

 

そんな風に怒られたり。……情けないです。

 

「刃って人は……一人でやってたよ~」

「……それは?」

「フトシくんの真似! どう、似てた?」

「……私には少し、レベルが高すぎて……」

「ええっ! 自信あったのになぁ……でも本当に凄かったよ。権現坂が引き分けに持ち込んだんだけど、後少し遅かったらアクションカードを取られて、負けちゃってたかもしれなない。「久守の野郎に偉そうに説教タレといて、負けられねえんだよ!」って……」

「……野郎ではないんですが」

「あ、そこなんだ」

 

……これは照れ隠しも入ってますよ? 本当に、刀堂さんには苦労を掛けてばかりです。私の事なんて気にしなくてもいいのに……嬉しいですが。

 

「そして最後は……遊矢お兄ちゃんと赤馬って人で延長戦」

「……赤馬?」

「うん。赤馬零児って人。最年少のプロで……ペンデュラム召喚を使ってた」

「っ……」

 

まさか……もう既にペンデュラムカードを? ならどうしてまだ榊さんのカードを……。

 

「結局、何かあったみたいでデュエルは中断しちゃったけど……それに何だかカードもおかしくなってたの」

 

カードがおかしく……? 馬鹿げた話ですが、ペンデュラムカードは未完成、という事でしょうか。この世界ならそういった現象が起きても不思議ではない、と思いますが……。

 

「でも遊勝塾も守られたし、遊矢お兄ちゃんも一皮剥けたみたい! って塾長が言ってたっ」

「……そうですか。本当に、良かったです」

 

まだLDSやレオ・コーポレーションの事情について完全には分かりませんが、とにかく最悪の事態は避けられた。私が迷惑をかけた事に変わりはないけれど……それでも、本当に良かった。

 

「ありがとうございます、アユちゃん。時間を忘れてしまうようなお話でした」

「うんっ。やっぱりLDSの人は凄いね。勿論、私たち遊勝塾も負けてないけどね!」

「ええ。……私も、負けてられません」

「うん! お姉ちゃんも早く元気になって、私ともデュエルしてね!」

「……はい。必ず」

「ふふっ。って、もうこんな時間! 塾に行かなくちゃ! それじゃあ私、帰るねっ」

「あ、玄関まで――」

「病人は大人しくするー! 大丈夫だから!」

 

慌ただしく立ち上がり、病室の外へと向かうアユちゃんを追いかけようとすると、扉の前でそう戒められる。

 

「またね、詠歌お姉ちゃん! お大事に!」

「……行ってしまいました」

 

最後までアユちゃんに押されたまま、アユちゃんは帰って行った。

 

「……本当に、負けていられない」

 

布団の下に隠していた手を出すと、光津さんたちのデュエルの話を聞いていただけなのに、震えが酷くなっていた。

手を握りしめ、どうにかそれを抑える。この震えが止まらない限り、恐怖に勝たない限り私は……止めてみせる。勝ってみせる。

思い出を繋ぐ為にも、沢渡さんの隣に立つ為にも……!

 

一度深く息を吐き、もう一度棚に置かれたデッキを見る。

 

「……」

 

怖い。震える。ここで手を止めるな。伸ばすんだ。自分にそう言い聞かせ、手を伸ばす。

後少し、もう少し。震える手をデッキへと伸ばす。

 

「もう、少し……っ」

 

震える手がデッキへと触れる刹那、閉じられたはずの病室の扉が、音を立てて開いた。

 

「――久守」

「っ、は、はい!」

 

ビクリと大きく体が震え、手は、デッキから遠ざかった。

 

「沢渡さん、おはようございます!」

「おう」

 

棚の方に一瞬目をやった後、姿を現した沢渡さんは病室へと足を踏み入れた。

 

「体調はどうだ」

「はい、もう大丈夫ですっ。元々頭を打ったぐらいで、怪我もほとんどしていませんし。脳にも異常はないって先生は仰ってました。検査でも問題ないし、明日にでも退院出来るだろう、って」

「そいつは良かったな」

「はいっ。これで沢渡さんに手間を掛けなくて済みますっ。本当に毎日来てもらって、すいません」

「バーカ、そんな事で謝るな」

「そう、ですね……沢渡さん、毎日ありがとうございますっ!」

「おう。ほらよ、見舞い品」

「ありがとうございます!」

 

持っていた袋を掲げながら、沢渡さんは椅子に座った。

 

「……誰か来てたのか?」

「え?」

「椅子の位置、いつもなら部屋の隅に置いてあるだろ?」

「あ……ええ、看護師さんが話し相手になってくれてたんです。造花まで貰っちゃいました」

 

沢渡さんに嘘を吐くのは心苦しいですが、アユちゃんとの約束をさっきの今で破るわけにも……! すいません、沢渡さん!

心の中で何度も謝りながら、誤魔化す。

 

「ふーん。まあいいや。食うだろ、メロン」

「はい、いただきますっ」

 

袋から出て来たのは、高級そうなカットメロンだった。……また怒られてしまうだろうから言葉にはしませんが、本当に毎日申し訳なくなります。

 

「ほら」

「ありがとうございますっ」

 

私に手渡し、沢渡さんも自分の分を手に取る。それを見届けて、私もメロンを口に運ぶ。

 

「ん~美味しい!」

「はい、美味しいです!」

 

満面の笑みでメロンを食べる沢渡さんを見ているだけで、もう何倍も美味しく感じますよ!

 

「そういえば今日は山部たちは一緒じゃないんですか?」

 

だとしたら沢渡さんを一人で来させるなんて、許せないっすよ……! いや嬉しいけど……!

 

「ああ。準備があるからな」

「? 準備……ですか?」

 

一体何のでしょうか。

 

「すぐに分かる。それより、本当に体は大丈夫なんだな? 嘘吐いてないだろうな」

「はい! 本当にもう、体は心配ないです!」

 

沢渡さん、心配性っすよ! 素良さん程の身体能力はありませんが、私だってLDSで体は鍛えられてますから! でも本当に心配してくれてありがたいっす!

 

「そうか。――なら、行くぞ」

「え?」

 

最後の一切れを食べ終えた沢渡さんが立ち上がり、私に言う。

行くって……何処にでしょうか?

 

「どうした。さっさとしろ」

「え、あの……」

 

立ち上がった沢渡さんに急かされるが、一体何をどうしたら良いのか分からずに困惑する。

 

「体は大丈夫なんだろ。それともまた背負ってほしいのか?」

 

そのまたって所を詳しく! あ、いやそうではなくて……何が何だか分からないまま、私もベッドから降りる。

 

「ほら」

「わっ」

 

立ち上がった私に、沢渡さんが自分の制服を脱いで投げ渡してくる。……か、嗅いだりすればいいんでしょうか……!(混乱中)

ってそんなわけない。と、とりあえず患者衣の上から羽織らせてもらいましょう。

――動揺している私は、沢渡さんがベッドの横の棚に手を伸ばしていたことに気付かなかった。

 

「行くぞ」

「は、はい」

 

沢渡さんに先導され、私は廊下へと出る。本当に一体何処へ……というか体調はほぼ万全とはいえ、一応まだ入院患者なので外に出るのはマズイような……。

 

「え? ちょ、ちょっとあなたたち!」

 

案の定、病院の玄関近くで受付の看護師さんが外に出ようとする私に気付き、慌てて声を掛けて来た。

 

「駄目よっ、久守さんはまだ入院してるんだからっ。明日の検査で問題がなければ退院出来るんだから、ねっ?」

「さ、沢渡さん……」

 

当然の言い分に、私は困ったように目の前の沢渡さんを呼ぶ。

 

「ごめんね、看護婦さん。少しだけこいつ借りてくよ」

 

それだけ言って、沢渡さんは私の手を取り、走りだした。

 

「ええっ!? ちょ、君たち!?」

 

さらに慌てる看護師さんを尻目に、私は沢渡さんに引かれるまま、舞網の街へと飛び出す。

 

……不謹慎かもしれませんが、私の胸は高鳴ってしまう。

病室から、一人ぼっちのあの部屋から、連れ出してくれたのが沢渡さんである事に。

 

 

 

沢渡さんに手を引かれ、辿り着いたのは……LDSだった。

見上げるこの場所は以前と何も変わっていない。

 

「こっちだ」

 

沢渡さんは私の手を離し、通路の中央を進んでいく。この先にあるのは……センターコート?

本当に一体何を……

 

「ってこの馬鹿!」

「あっイタぁ!?」

 

相変わらず事情が呑み込めない私が後を追う途中、通路の先から光津さんが血相を変えて走りより、沢渡さんを引っ叩いた。……光津さん、私の目の前で良い覚悟です。沢渡さんにそんな事をして、この私が駆けつけないと思ったのでしょうか。

 

「まさかとは思ったけど、あんたって本当に信じられないわね!」

「ああ!? いきなり何しやがる!」

「患者衣に制服だけ羽織らせて、街の中を此処まで歩かせて来たの!?」

「はあ? それがどうした!」

「こ、の……! 久守!」

「は、はいっ?」

 

……彼女の蛮行を咎めようとしていた私は、光津さんの怒りの形相に気圧され、ビクリと肩を震わせる事しか出来なかった。非力な私を許してください……。

 

「こっちに来なさい!」

 

……光津さんに手を引かれ、連れられてきたのは更衣室だった。

 

「ほら」

「これは……?」

「あなた、やっぱりくすんでるわ! 沢渡の馬鹿がそこまで感染(うつ)ったの!? さっさと着替えなさいっ」

「は、はあ……」

 

光津さんがロッカーから取り出し、私に渡してきたのは舞網第二中学の制服だった。……どうして学校の違う光津さんがこの制服を持っているのでしょうか……ブルセラマニア?

 

「何だか不愉快な勘違いをしてそうだから言っておくけど、それは遊勝塾の柊柚子に頼ん……柊柚子に言って、用意させたものよ! あなたの制服、ボロボロだったでしょ」

「……ありがとうございます」

 

遊勝塾を乗っ取りに行って、柊さんを負かした後でわざわざ頼んでくれたのでしょうか……私の為に。

 

「まったく……あなたも沢渡に言われたからってホイホイとついて行くな! しかもそんな格好で!」

「すいません……確かにこんな格好では沢渡さんまで悪目立ちしてしまいますね、軽率でした」

「あなたって子は、本当に……!」

 

何やらまた光津さんが何かを言いたげに唇を引くつかせていますが、どうしたのでしょうか。

 

「はあ……さっさと着替えなさい」

「はい……あの、同性とはいえ目の前で着替えるのは流石に少し恥ずかしいのですが」

「その羞恥心の方向をどうしてもっと……!」

 

何かを呟きながら、光津さんは後ろを向いた。あ、出ては行かないんですね。……まあ、私を心配してくれているというのは伝わります。でも倒れたりはしませんから、大丈夫ですよ。

 

「お待たせしました」

「着替えたわね。なら行くわよ」

「あの、一体今から何を……?」

 

結局、沢渡さんは教えてくれませんでしたし……。

 

「すぐに分かるわ」

 

しかし私の質問には光津さんも答えてくれない。指先で髪を流しながら、微笑みと共にそれだけを言われた。

 

LDS センターコート前

 

「悪いっ、今貸切なんで!」

「他のコートに回ってくださーい!」

「現在センターコートは貸切でーす!」

 

光津さんに連れられ、センターコートの入り口に辿り着くと入り口には人だかりがあり、その中で山部、大伴、柿本の三人が『現在貸切!』と書かれた垂れ幕を掲げながら、他の生徒たちに大声でそう伝えていた。何をしてるんでしょうか、この三人は……?

 

「おっ、来たか久守」

「待ってたぞ……」

「ほらさっさと入れって! 抑えてるのも大変なんだよ!」

「う、うん……」

 

山部たちは他の生徒たちにブーイングを受けながらも、三人は私と光津さんが通る道を作ってくれた。その道を通り、私と光津さんはセンターコートへと入場した。

 

センターコートに来るのはあの時、榊さんからペンデュラムカードを奪った時以来だ。

 

「……」

 

誰もいない貸切のセンターコート……いや、違う。あの時と同じだ。コートの中には、人影があった。

 

「来たようだね。本日の主賓が」

「随分待たせてくれたじゃねえか」

 

観客席の最前列に座る、志島さんと刀堂さんの二人。

 

「それじゃ、期待してるわ。あなたがあいつを叩きのめすのをね」

 

私を此処まで連れて来た光津さんも、そう言って刀堂さんたちの居る観客席へと上がって行った。

……此処まで来て、察しがつかないはずはない。

 

「うぉっ、なんだ?」

 

センターコート、デュエル場に一人私が残され、コートの全ての照明が消える。

 

「あのドヘタの仕業でしょ。こういうの好きそうだし」

「間違いないね。まったく、派手好きな奴だ」

 

……そうですね。でも違いますよ、派手好きなだけじゃない、これはあの人の――演出ってものですよ。

暗闇に包まれたコートに、一筋の光が差す。その光の先に居るのは、あの人しかいない。

 

 

「暗闇に包まれた世界に一人、カードで闇を斬る男が此処に居る――俺が誰だか分かるか」

 

足元だけが照らされ、その顔までは見えない。

でも……当たり前、じゃないですか。間違えるはずなんてない。

 

「……ネオ沢渡さん、です」

「そう! カードに選ばれた男、それがこの俺――」

 

ゆっくりと、照明があの人の全身を照らし出す。

 

「――ネオ! 沢渡だ!」

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「社長、実はセンターコートで騒ぎが……」

「何……?」

 

LDSの最上階、赤馬零児とその側近、中島の姿があった。

 

「どうやら沢渡たちが原因のようでして……」

「一体何をしているんだ」

「それが、無断でセンターコートを貸切り、他の生徒たちを締め出しているようで……監視カメラで確認した所、先日遊勝塾でデュエルをした三人や、それに久守詠歌の姿も……」

「ほう」

「すぐにやめさせます。主犯である沢渡も、退学処分を……」

「いや」

 

沢渡は榊遊矢の件で中島の命令を無視した件もある。今回の件と合わせれば、一生徒には目に余る行動だ。妥当な判断だろうと、そう告げようとした中島だったが、零児は静かにそれを止めた。

 

「そのまま続けさせろ。コートに関しても正式に許可を出しておけ」

「は? ですが……」

「構わん。彼の好きにさせろ」

「わ、分かりました……ではすぐに生徒や講師に通達します」

「ああ、頼んだ」

 

すぐに命令を遂行しようと足早に去っていく中島を見送り、零児は部屋に設置されているモニターを起動し、センターコートのカメラの映像を繋いだ。

 

『ネオ! 沢渡だ!』

 

「久守詠歌……果たして彼女は我々の槍と成り得るのか、それとも……」

 

これから起こるであろう事を見届ける為、そして見定める為に。




今回、次回でタグ回収。どのタグの事かは言わずもがな。


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君の為のエンタメデュエルショー

「沢渡、さん……」

 

照明が元に戻り、光が満ちる。

 

「受け取れ、お前のだ」

 

そして沢渡さんが投げ渡したのは……私のデッキが収められた、私のデュエルディスクだった。

 

「っ、く……」

 

震える。手が、体が。

 

 

「……? どうしたんだ? 何か様子が変じゃないか、彼女?」

「まさか沢渡の奴、まだ本調子じゃないまま無理矢理引っ張って来たんじゃねえだろうなっ」

「そうは見えなかったけど……」

 

「怖いか」

「っ!」

 

やっぱり、気付いていたんですか。

 

「それ、は……」

「お前もLDSの生徒なら、乗り越えてみせろ。アクションフィールド、オン!」

 

沢渡さんにより高らかに宣言される、フィールド魔法の名。それは、

 

 

「フィールド魔法――マドルチェ・シャトー!」

 

 

……私が使うものと同じ、私が最も得意とするフィールド。

お菓子で作られた、お伽の国。

 

リアル・ソリッドビジョン・システムが稼働し、コートはお伽の国へと変わる。

 

「……!」

 

震えは止まらない。でも、沢渡さんから逃げ出すなんて出来ない。私は震えた腕でディスクを構える。

 

 

「久守の奴もやる気みたいだな――ならっ」

「戦いの殿堂に集いしデュエリストたちが!」

「モンスターと共に地を蹴り、宙を舞い!」

「フィールド内を駆け巡る! 見よ!」

 

「これぞデュエルの最強進化系!」「アクション……!」

 

「デュエル!」「デュエル!」

 

SAWATARI VS EIKA

LP:4000

アクションフィールド:マドルチェ・シャトー

 

デュエル開始の宣言と共に、アクションカードがフィールドに散らばっていく。

もう、止まらない。

 

「今度またルール違反で負けたりしたら、承知しねえぞ久守!」

 

……その通りだ。また刀堂さんに怒られるのも、勘弁してもらいたい。

 

「いくぞ、久守!」

「はい……!」

 

恐れるな。此処は、私が最も得意とする、慣れ親しんだフィールド。怖がる必要なんて、ないのに……!

デッキの上から手札となる5枚のカードを引かなければならないのに、私の手はデッキトップに触れたまま、動かない。

 

「先行は俺だ。俺のターン!」

「くっ……!」

 

沢渡さんのターン宣言と共に、私は強引に手を動かし、5枚のカードを引く。

 

「ふっ、俺はカードを二枚セットしてターンエンドだ!」

 

「相変わらずあいつは……あんな偉そうに始めておいてカードをセットしただけだと?」

「まさか召喚出来るモンスターが一枚も手札になかったとはね……」

 

「私の、ターン……!」

「どうした。早くカードをドローしろよ」

「……ドロー」

 

沢渡さんを待たせるわけにはいかない。その一心で震える手でカードをドローする。

 

「私はカードを二枚セット……私は、」

 

「まさかあの子も手札にモンスターが……?」

 

……モンスターカードは私の手札にある。でも……怖いんだ。リアル・ソリッドビジョン・システムは質量を持つ。モンスターに触れられる、デュエリストとモンスターが一体となって行う、それがアクションデュエル……けど、今の私には……

 

「私はこれで――」

「ふざけるな。俺をコケにするつもりか、久守」

「っ……」

「そんなザマを俺に見せるのかよ、お前は」

 

……怖いんですよ。怖くて震えて、今にもまた崩れ落ちそうになるんですよ……それでも沢渡さんは、私にデュエルをしろって言うんですね……本当に、我が儘な人です。

 

「ッ――私はマドルチェ・シューバリエを通常召喚!」

 

私の目の前に召喚される、お菓子の騎士。可愛らしい外見、案じるように私を見る、優しい騎士。それでも、私はそんな騎士すら恐れている。怖くてたまらない。

 

「……アクションフィールド、マドルチェ・シャトーの効果によりフィールドのマドルチェたちの攻撃力は500ポイントアップします」

 

マドルチェ・シューバリエ

レベル4

攻撃力 1700 → 2200

 

「……バトルですっ、シューバリエで直接攻撃!」

 

それでもやるしかない。沢渡さんを裏切るわけには、いかない……!

 

「永続罠、始源の帝王を発動! このカードは発動後、モンスターとして俺の場に特殊召喚される」

 

沢渡さんの前に現れ、シューバリエの攻撃を阻んだのは巨大な影。

 

始源の帝王

レベル6

守備力 2400

 

「さらに始源の帝王のもう一つの効果を発動! このカードがモンスターとして特殊召喚された時、手札を一枚捨て、このカードの属性を任意の属性に変更し、さらに宣言した属性のモンスターをアドバンス召喚する時、二体分のリリース素材に出来る! 俺は水属性を選択!」

「……私はシューバリエの攻撃を中断します」

「まだこれからだぜ、久守。コストとして捨てた、素早いアンコウの効果を発動。デッキから二体の素早いマンボウを特殊召喚! さらに俺は永続罠、連撃の帝王を発動! このカードは相手ターンのメインフェイズかバトルフェイズに毎ターン一度だけ、モンスターをアドバンス召喚出来る! 俺は水属性となった始源の帝王を二体分としてリリースし、アドバンス召喚! 来い、凍氷帝メビウス!」

 

素早いマンボウ×2

守備力 100

 

凍氷帝メビウス

レベル8

攻撃力 2800

 

「凍氷帝メビウスのモンスター効果、発動! このカードがアドバンス召喚に成功した時、フィールドの魔法、罠を三枚まで破壊できる! さらに水属性モンスターをリリースして召喚されたメビウスの効果で破壊されるカードは発動出来ない。俺はお前のフィールドの伏せカード二枚を選択! ブリザード・デストラクション!」

「あっ、く……!」

 

凍氷帝から発せられた冷気により、私の伏せカードは全て破壊される。体の震えが酷くなったのは、冷気のせいだけじゃない。……怖い。立ちはだかる巨大なモンスターが、怖い。

 

「ターン、エンド……です」

 

「ふん、少しはやるじゃない」

「相手ターンに最上級モンスターをアドバンス召喚とはね」

「これで久守のフィールドにはモンスターが一体だけか……」

 

「さあ見せてやる、この俺、ネオ沢渡の完璧なるデュエルを……俺のターン! ――バトルだ! 凍氷帝メビウスでマドルチェ・シューバリエを攻撃! インペリアル・チャージ!」

「きゃ……!」

 

EIKA LP:3400

 

「どうした、随分と可愛い声を上げるじゃないか。あの時はこの俺に向かって守らせてくれ、なんて言ってた割にはよ」

「あっ……」

 

沢渡さんにそう言われ、自分がらしくない悲鳴を上げていた事に気付く。……此処まで私は、弱く……。

 

「……破壊されたマドルチェ・シューバリエはフィールド魔法、マドルチェ・シャトーの効果により手札に戻ります」

「俺はこれでターンエンド」

 

「完璧なデュエル、なんて言った割にただ攻撃しただけかよ……アドバンス召喚しないのか?」

「放っておきなさい、あいつの偉そうな態度は今に始まった事じゃないでしょ」

 

「私の、ターン……!」

 

震えたままの手で、カードを引く。

 

「……私は、モンスターをセット。そしてカードを一枚伏せて、ターンエンドです」

 

「沢渡のフィールドにはメビウスと二体のモンスターが残ったまま……!」

「くっ、何やってやがるんだ久守の奴は!」

「完全に沢渡のペースじゃないかっ」

 

「俺のターン、ドロー!」

 

ドローしたカードを見て、沢渡さんは笑みを浮かべた。普段なら見惚れてしまうようなその笑みも、私にはこれからの襲い掛かるであろう恐怖への前触れにしか、感じられない。

 

「素早いマンボウ一体をリリースし、アドバンス召喚! 現れろ、氷帝メビウス!」

 

氷帝メビウス

レベル6

攻撃力 2400

 

現れるもう一体のメビウス……二体の氷帝が発する冷気と、威圧感が私の体の震えを増幅させる。

 

「氷帝メビウスのモンスター効果発動! こいつがアドバンス召喚に成功した時、フィールド上の魔法、罠カードを二枚まで破壊できる。俺はお前の伏せカード一枚を破壊! フリーズ・バースト!」

 

召喚されたメビウスによって破壊されたのは罠カード、ハーフorストップ……。

 

「バトル! 俺は凍氷帝メビウスでセットモンスターを攻撃!」

「……セットモンスターは、シャドール・リザード。リバース効果を発動、します……フィールドのモンスター一体を、破壊……!」

 

震える指先で沢渡さんのフィールドのモンスター、まだ攻撃を行っていない氷帝メビウスを指さす。

氷帝はリザードから伸びた影糸に縛られ、リザードと共に光となって消滅する。

 

「ふっ、凌いだか。俺はこれでターンエンドだ」

「私の、ターン」

 

一向に震えは収まらない。むしろ、どんどん酷くなっていく。ドローする事も出来ない程に。

 

「……」

 

もう、駄目だ。本当にもう駄目なんです。怖くて怖くて堪らないんです。立ちはだかるモンスターが、カードが。

耐え切れず、私はお伽の国の大地に膝をつく。

 

「久守っ!」

「やっぱりまだ体調が……!」

「っ、沢渡! デュエルを中断――」

 

「お前らは黙ってろ! 元々このデュエルは俺とこいつだけでやるつもりだった、観戦を許してやっただけありがたいと思え!」

 

「……」

 

デュエル。沢渡さんと、一対一の、デュエル……どうして、そんな状況なのに、私は……!

震える体を両手で抱きしめる。怖い、怖い、怖い……!

 

「久守」

「……」

 

沢渡さんの呼びかけにも、応えられない。

 

「こっちを見ろ」

「……」

 

顔だけを上げ、私は沢渡さんを見る。きっとその目は、失望に満ちているだろう。そう思いながら。

 

「久守」

 

けれどその目は、何処までも真っ直ぐに私を見つめていた。

失望しているのでも、責めるでもない。ただ真っ直ぐに……私を信じていると言うかのように。

 

「お前がぶっ倒れたなら、俺が支えてやる。お前がどうしようもなくなったら、俺が助けてやる。お前が挫けたなら、俺が引っ張ってやる。……けどよ、違うよな。お前はそんなキャラじゃねえだろ」

「……」

「お前はいつも俺より先回りして、一人で俺を待ってる奴だ。一人で俺が来るのを紅茶とケーキを用意して待ってる、そんな奴だ」

「……」

「だがお前はいつだって一人ぼっちじゃない。お前が待ってるなら、そこには必ず俺が行く。お前だってそれが分かってるから、いつだって俺を待ってるんだろ」

「……」

「お前は俺に手を引かれなきゃ歩けないような、そんな女じゃないだろ」

「っ、違い、ます……私は、弱いんです……! 弱くて、我が儘で、子供で……どうしようもない、自分勝手な人間なんです……沢渡さんが思ってくれている程、私は……!」

 

強くなんて、ない。

私は初めて、沢渡さんの前で弱さを、私の本性を吐露する。今度こそ、失望されても仕方がない、弱音を。

 

「今更何言ってんだ。そんなのは知ってる。お前は弱っちくて、子供で、勝手に俺の生活を変えた。お前が毎日紅茶を淹れて、ケーキを用意してるせいで俺はそれがないと落ち着かなくなっちまった」

 

けれど、沢渡さんはそんな私の言葉などお見通しだったかのように、そう口にした。

 

「だったらお前の勝手を最後まで通せよ。お前の我が儘を押し通せよ、子供らしく、駄々を捏ねろ! 弱いならやせ我慢なんてすんな! 俺に隠し事なんてしてんじゃねえ!」

「……」

「言えよ! 自分は一人で待ってるって、苦しくて、辛くて怖いのを我慢して、一人で待ってるって、俺を待ってるんだって、そう言え!」

 

「沢渡……」

「あいつ……」

 

「沢渡、さん……」

「いつまでも甘えてんな、一人で耐えてたら誰かが助けてくれるなんて思うな。お前が口にしなきゃ、俺は助けねえぞ。お前が言わなきゃ、俺はお前を無視して先に行く」

「……、です」

「一人で勝手に苦しんで、一人で勝手に怖がって、一人で勝手に茶を用意して、一人で勝手に待ってろ。俺の知った事じゃない」

「……や、です……」

「まったく、時間の無駄だったな。こんなデュエルじゃ俺の完璧なデュエルも見せられねえ。山部たちとデュエルしてる方がよっぽど楽しい」

「……いや、です……」

「デュエルは終わりだな。ったく、組み直したデッキも無駄に終わりか」

「――嫌です!」

 

叫ぶ。はっきりと、沢渡さんに届くように。

 

「嫌ですっ……嫌だ! 私は、沢渡さんと一緒に居たい! こんな、苦しいままなのは嫌だ! 沢渡さんと一緒に笑って、心の底から楽しんでっ、デュエルがしたい! お話がしたい! 沢渡さんを待って、お茶がしたい、沢渡さんに私の紅茶を飲んでもらいたい……沢渡さんに、美味しいって、褒めてもらいたいんです! 我が儘だけど、自分勝手だけどっ、私は沢渡さんと一緒に居たい!」

「……はっ、本当に我が儘な奴だな、お前」

「……そうです、私は我が儘です」

 

あの世界で出来なかった事をしたくて、この世界にやって来てしまうぐらいに。

生きて、笑って、恋をして、そんな、いっぱいを望んでしまうぐらいに。

 

「けどまあ、仕方ないか。我が儘に応えるのも、選ばれたデュエリストの役目だ」

「沢渡、さん」

「お前のターンだ! お前の我が儘、全部吐き出せ! それに全部応えて、楽しませてやるよ! 久守!」

 

震えは、止まっていた。

 

「……はいっ!」

 

あの病室で私は一人ぼっちになった。

あの子たちはもう、帰っては来ない。

けど、今まで私はただ待っていただけだ。寂しいと誰かに口にする事もなく、一人で誰かが手を差し伸べてくれるのを待っていただけだ。

それじゃあ駄目なんだ。私の言葉で、私が呼ばなきゃ。

そうすればきっと、沢渡さんが応えてくれる。この世界の私の友人たちが、手を掴んでくれる。

あの病室から抜け出すには、私が自分の足で立たなくちゃ……!

 

「私のターン! ドロー!」

 

私が望めば、デッキもこうして応えようとしてくれる。

 

「私は魔法カード、手札抹殺を発動! 互いのプレイヤーは手札を全て捨て、その枚数分デッキからカードをドローする! 私が捨てたカードは三枚! よって三枚ドロー!」

「俺の手札は三枚、三枚ドローする」

 

三枚……? 沢渡さんの手札は二枚だけだったはず……。

 

「おいおい、これはアクションデュエルだぜ?」

 

沢渡さんの手に握られているのは、アクションカード。いつの間に……って、その隙はいくらでもありましたね。けれどもう、そんな隙は晒さない。

 

「さらに! 手札抹殺の効果により墓地へ送られたシャドール・ヘッジホッグとビーストの効果発動! デッキからヘッジホッグ以外のシャドールを手札に加え、デッキからカードを一枚ドローする!」

 

手札抹殺によって新たに加わった三枚のカード……あの子が早く呼べと、急かしているようだ。

 

「さらに手札を増やしたか……だが、俺はさらにその上を行く! 俺は手札抹殺の効果で墓地に送られた、エレクトリック・スネークの効果を発動! このカードが相手のカード効果により手札から墓地へ送られた時、デッキからカードを二枚ドローする」

「え……」

 

カードを引く為にデッキへと伸びていた私の手が止まる。

エレクトリック・スネーク……? 相手の効果に限定されているとはいえ、二枚ドロー出来るカード……。

 

「俺とのデュエルの後、きっちり対策してやがったか……」

 

観客席で感心したように呟く、刀堂さんの声が私の耳に届く。沢渡さん、刀堂さんとデュエルを……? 確かにハンデス戦術を使う相手とデュエルしたなら、そのカードを入れても不思議はない。けれど、そのカードは沢渡さんが使うにはあまりにも……。

 

「ステータスが低くても案外役に立つもんだな。ははっ、やっぱり俺ってカードに選ばれ過ぎぃ!」

「沢渡さん……」

 

決して強力な効果ではない。決して強力なモンスターでもない。沢渡さんが好むような、レアなカードというわけでもない。それに沢渡さんのフィールドに存在する素早いマンボウだって決して沢渡さんが好んで使うタイプのカードではなかったはずだ。

けれど、それを沢渡さんはデッキに入れて、しかも手札に呼び込んでいた……違う。明らかに今までの沢渡さんとは。これが本当の、ネオ沢渡さん……。

 

「さあどうした、お前もカードを引けよ」

 

それでも、負けるわけにはいかない。沢渡さんを、ネオ沢渡さんを越える。そしてもう二度と、誰にも沢渡さんを傷つけさせはしない!

 

「はい! 私はヘッジホッグの効果により、シャドール・ハウンドを手札に加えます! さらにカードを一枚ドロー」

 

そしてビーストの効果によりドローしたカードは――

 

「あ……」

 

入れた覚えのない、いいや、かつて入れていたはずのカード。この世界に来た時に消えた、あの子のカード。

 

「――私は手札から魔法カード、影依融合(シャドール・フュージョン)を発動! 手札のシャドール・ハウンドとシャドール・ファルコンを融合!」

 

二体の人形が渦へと消えていく直前。人形から伸びていた影糸の一本が、私の頬を撫でた。姿は見えない。でも今度は伝わる。全てのシャドールたちを操る彼女が、私を祝福してくれている。

 

「影糸で‟繋がり”し猟犬と隼よ! 一つとなりて、神の写し身となれ! 融合召喚! 来て、探し求める者! エルシャドール・ミドラーシュ!」

 

エルシャドール・ミドラーシュ

レベル5

攻撃力 2200

 

「さらに融合素材として墓地へと送られたハウンドとファルコンの効果発動! フィールドのモンスター一体の表示形式を変更する! 私は凍氷帝メビウスを選択! そしてファルコンを裏側守備表示で特殊召喚!」

 

凍氷帝メビウス

レベル8

攻撃力 2800 → 守備力 1000

 

「ミドラーシュの効果により、互いのプレイヤーは一ターンに一度ずつしか特殊召喚を行えない」

 

光の中からお伽の国へと姿を現したミドラーシュは、己が駆るドラゴンから飛び降り、何故か私の傍に降り立った。

無表情な人形の瞳。けれど、何を考えているのか、今の私には分かる。

 

「ごめんね、ミドラーシュ。私のデッキ。私はずっと、あなたたちから目を逸らしてた。信じていたけれど、それだけだった……」

 

私を焦らしていたんじゃない。私にずっと訴えていたんだね。けどもう信じるだけじゃない、あなたたちを頼るから、あなたのように探し、求めるから。力を貸して。

 

『……』

 

コツン、とミドラーシュは私の頭を優しく杖で叩いた。ただそれだけして、私を守るように凍氷帝の前に立ちふさがった。

 

「……ありがとう。待ってて、あなたを一人にはしないから――私は手札から魔法カード、貪欲な壺を発動! 私の墓地のモンスター5体をデッキに戻し、シャッフル! そして二枚ドロー!」

 

私の墓地に眠る4体のシャドールと、マドルチェ・シューバリエがデッキへと帰っていく。おかえりなさい。

そして新たに手札に加わる二枚のカード……こっちのカードは、私には似合いませんね。だって私はこんなにも我が儘で、貪欲なんだから。

 

「シャドール・ファルコンをリリース!」

 

満たされぬ魂を運ぶ方舟は私を置いて旅立った。そして残された、託されたあの子のカード。

もう二度と、手放しはしない!

 

 

「アドバンス召喚! ――未来を担う次代の女王、お伽の国の奔放なお姫様! 来て――――マドルチェ・プディンセス!」

 

 

お伽の国に現れた……ううん、帰って来たのは、未来へと向かう心優しき姫。

あの子のように優しくて、私のように我が儘な、自由なお姫様。

けれどその表情はかつての私と同じく、悲しみに彩られていた。大丈夫ですよ、あなたが悲しむ理由は何処にもない!

 

 

「マドルチェ・シャトーの効果により、プディンセスの攻撃力は500ポイントアップ!」

 

マドルチェ・プディンセス

レベル5

攻撃力 1000 → 1500

 

「そして魔法カード、無欲な壺を発動。互いの墓地から合計二枚のカードを選択し、持ち主のデッキに戻す! 私が選択するのは私の墓地のシャドール・ファルコンと魔法カード、影依融合!」

 

今までにない感覚、私のデッキが応えてくれている。それが分かる。まるで自分の手足のように、動いてくれる。

 

「無欲な壺は発動後、墓地には送られず除外されます――マドルチェ・プディンセスは私の墓地にモンスターカードが存在しない時、さらに攻撃力が800ポイントアップする!」

 

マドルチェ・プディンセス

攻撃力 1500 → 2300

 

プディンセスの表情が悲しみから、我が儘な子供らしい勝気な笑顔へと変わる。そうだ、笑って。

お伽の国に、あの子が託してくれたカードに、悲しみは似合わない!

 

「バトルです! 私はマドルチェ・プディンセスで凍氷帝メビウスを攻撃! プリンセス・コーラス!」

 

氷の帝王へと立ち向かうプディンセスを、お伽の国の住人たちが助ける。騎士が、魔女が、執事が。隼が、猟犬が、竜が。姫君を支えるように、彼女と共にメビウスへと向かっていく。決して一人では倒せない敵も、支え合う者が居れば倒せる。プディンセスはそれを体現する効果を持っている。

 

「プディンセスのさらなる効果! プディンセスが戦闘を行った時、相手フィールドのカード一枚を破壊する! 私は残る一体の素早いマンボウを選択! 姫君の特権(プリンセス・コール)!」

 

メビウスを破壊し、プディンセスたちはその勢いに任せ、残るモンスターをも吹き飛ばす。

これで、沢渡さんのフィールドに残ったカードは連撃の帝王だけ――

 

「――沢渡さん、いきます! ミドラーシュで直接攻撃! ミッシング・メモリー!」

 

待っていたと言わんばかりに、ミドラーシュは自身が持つ杖を振るい、風を巻き起こした。かつてダークタウンの幽閉塔で吹き荒れた風とは違う、包み込むようなガスタの風を。

 

「くっ……!」

 

SAWATARI LP:1800

 

風は沢渡さんを舞い上げ、吹き飛ばした。

 

「沢渡さんっ!」

「……はっ、やってくれるじゃねえか、久守」

 

けれど軽やかに体勢を立て直し、沢渡さんは地面へと両足で着地する。

 

「……これが私の気持ち、私の我が儘です! 私は沢渡さんに勝ちたい、勝って、今度こそ沢渡さんを守れるくらい、強くなります! 私はこれでターンエンド!」

「己惚れてんじゃねえよ。この俺が、お前に負けるか! 俺のターン、ドロー! ――手札から永続魔法、魂吸収を発動! このカードが存在する限り、カードが除外される度、一枚につきライフを500ポイント回復する。さらに俺は手札からジャンク・フォアードを特殊召喚! このカードは自分フィールドにモンスターが存在しない時、特殊召喚出来る!」

 

ジャンク・フォアード

レベル3

守備力 1500

 

ジャンクの名を持つモンスター……これも、以前までの沢渡さんが使うとは思えないカード。けど、沢渡さんがただの壁として出すはずがない。先程のドローでアドバンス召喚するモンスターが手札に加わっていても不思議はない。

 

「あれは……僕とのデュエルで考えた対抗策か。フィールドをがら空きにされた時の為の……」

「ふん、案外対策はきっちりしてるのね」

 

「お前が手札抹殺で引き当てたように、俺も引いてんだよ。このショーをクライマックスに導くカードをな――いくぞ、久守。俺はジャンク・フォアードをリリースし、アドバンス召喚!」

 

魂吸収……私が使うマドルチェ・ホーットケーキの効果を利用する為かと思っていましたが、違う。沢渡さんは私の予想のさらにその上を行く……さっきの手札抹殺とスネークの効果で呼び込んでいたんだ。

 

「現れろ、邪帝ガイウス!」

 

氷帝に続く、二体目の帝王を。

 

邪帝ガイウス

レベル6

攻撃力 2400

 

「邪帝ガイウスの効果発動! こいつがアドバンス召喚に成功した時、フィールドのカード一枚を除外する! 俺はエルシャドール・ミドラーシュを選択! ダーク・ブレイク!」

「ミドラーシュ!」

 

ミドラーシュが闇に包まれていく……闇がミドラーシュを完全に包み隠す直前、彼女は私を見た。そして、仕方ないとでも言うように肩をすくめた。

……ごめんなさい、ミドラーシュ。

 

「そして除外されたカードが闇属性モンスターだった場合、相手プレイヤーに1000ポイントのダメージを与え、さらに永続魔法、魂吸収の効果により俺はライフを500ポイント回復する」

「くっ……」

 

EIKA LP:2400

SAWATARI LP:2300

 

私と沢渡さんの間に最早ライフの差はない……負けられない。

 

「まだだ! 俺は魔法カード、アドバンス・カーニバルを発動! このカードはアドバンス召喚に成功した時、もう一度アドバンス召喚を可能にする!」

「まさか……」

 

氷帝と凍氷帝。そして邪帝……残る手札は二枚、まさかそのカードまで手札に……?

 

「いいや」

 

しかし、沢渡さんは首を振った。私の予想は外れ……なら邪帝をリリースして一体何を……?

 

「言っただろう? 俺はお前のさらに上を行くってな。俺は手札から速攻魔法、帝王の烈旋を発動! このカードはアドバンス召喚する時、一度だけ自分フィールドではなく、相手フィールドのモンスターをリリースしてアドバンス召喚出来る!」

「っ!」

 

私のフィールドに居るのは、プディンセス――アドバンス召喚されたマドルチェ・プディンセスがいる。

 

「お前のフィールドのマドルチェ・プディンセスをリリースし、アドバンス召喚!」

「プディンセス!」

 

お伽の国を吹く風が変わる。荒々しい風が吹き荒れ、嵐となってプディンセスを包み込んだ。

嵐に包まれたプディンセスの表情は――

 

「どうして……」

 

笑っていた。悲しそうにでもなく、苦しそうにでもなく、身を任せ、私に全てを任せるように、笑っていた。

どうして……じゃない。あの子と同じ、あの子も、最後にはそういう風に笑っていた。私にカードを託して、思いを託して。

 

「現れろ、怨邪帝ガイウス!」

 

嵐が収まる。そして、闇が広がっていく。

 

怨邪帝ガイウス

レベル8

攻撃力 2800

 

「怨邪帝ガイウスはアドバンス召喚したモンスターをリリースする場合、一体のリリースで召喚が出来る! そしてこいつは邪帝を超えた怨邪帝、その効果もまた進化している! ガイウスの効果発動! フィールドのカードを一枚除外し、そのカードの種類に関係なく相手に1000ポイントのダメージを与える! 俺は俺のフィールドの永続罠、連撃の帝王を除外する! ダークネス・デストロイヤー!」

 

除外されたのが沢渡さんのカードでも、ダメージを受けるのは私……。

 

EIKA LP:1400

 

「当然、俺のライフも500ポイント回復する」

 

SAWATARI LP:2800

 

「これでお前のフィールドはがら空き、これで決まりだ……!」

 

……私は託されたものを一度、忘れた。あの子たちが私に残してくれたものを一度は忘れていたんだ。

でももう二度と、忘れたりしない。逃げ出したり、しない!

私にはまだ、みんながくれたカードがある。私に与えられたカードがある。そしてこの世界で私が手にしたカードたちがある。お伽の国の住人達が、私と共に在る。

この子たちと一緒なら、帝王すら屠ってみせる。

 

「いけ、怨邪帝ガイウス! 久守に直接攻撃!」

「手札のッ、速攻のかかしの効果を発動! このカードを捨てる事で直接攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する!」

 

沢渡さんが刀堂さんとのデュエルでハンデス対策を入れたように、私も志島さんとのデュエルで、私自身も使うバウンスの対策を入れた。沢渡さんと同じく、フィールドをがら空きにされた時の為に。それがこのカード。

私がこの世界で手にした、この世界での繋がり。

 

「防いだか……だが決着が一ターン延びただけだ!」

「いいえっ、そうはさせない! 繋げてみせますっ、その先に!」

「なら、やってみろ。ターンエンドだ」

「私のターン……ドロー!」

 

……繋がった。私のデッキは、私に応えてくれた。

 

「私はマドルチェ・ホーットケーキを通常召喚!」

 

マドルチェ・ホーットケーキ

レベル3

攻撃力 1500 → 2000

 

一羽の梟が私の肩に降りる。何度も私を助けてくれたカードの一枚。また、私に……ううん、改めて、私に力を貸して。

 

「ホーットケーキの効果発動! 墓地のモンスター一体を除外し、デッキからホーットケーキ以外のマドルチェを特殊召喚する! 私は墓地の速攻のかかしを除外し、おいでマドルチェ・エンジェリー!」

 

マドルチェ・エンジェリー

レベル4

攻撃力 1000 → 1500

 

私の前に降り立つ天使。けれど、こんな事言うのは酷いかな。神々しさはあまり感じられない。感じるのは、ただ心強さ。

エンジェリーは任せろ、と言うように私の前でクルリと回転し、微笑んだ。うん、力を借りるよ。

 

「カードが除外されたことにより、俺のライフが回復するッ」

 

SAWATARI LP:3300

 

「エンジェリーの効果発動! このカードをリリースし、デッキからもう一度マドルチェを特殊召喚する! 私が召喚するのはマドルチェ・メェプル!」

 

マドルチェ・メェプル

レベル3

攻撃力 0 → 500

 

私の足にすり寄りながら現れる一匹の羊。この子たちが、このデュエルをまだ繋げてくれる。

 

「エンジェリーの効果で特殊召喚されたメェプルは戦闘では破壊されず、次の私のエンドフェイズにデッキに戻る……メェプルのモンスター効果を発動! 私のフィールドのマドルチェ一体と相手フィールドのモンスター一体を守備表示に変更する! この効果で守備表示となったモンスターは次の相手ターン終了時まで、表示形式を変更できなくなる! 私が選択するのはメェプルと怨邪帝ガイウス!」

 

マドルチェ・メェプル

攻撃力 500 → 守備力 2300

 

怨邪帝ガイウス

攻撃力 2800 → 守備力 1000

 

「さらに! 私は墓地の罠カード、スキル・サクセサーの効果を発動!」

「メビウスの効果で墓地に……お前も抜け目ない奴だ」

「ふふっ、ありがとうございますっ。墓地のこのカードを除外し、私のフィールドのモンスター一体の攻撃力をエンドフェイズまで800ポイントアップ!」

「カードが除外された事により、俺のライフがさらに回復する」

 

SAWATARI LP:3800

 

マドルチェ・ホーットケーキ

攻撃力 2000 → 2800

 

「バトル! ホーットケーキで邪帝ガイウスを攻撃! お伽の国に不似合いな帝王には、退場してもらいます!」

「くッ……!」

 

邪帝ガイウスの攻撃力は2400。これで僅かだが沢渡さんのライフを削れる。けどまだ足りない。

 

SAWATARI LP:3400

 

これは、賭けだ。分の悪い賭け。私と沢渡さんの手札はお互いに0。互いに次のドローがこのデュエルの勝敗を左右する。沢渡さんのフィールドに残った怨邪帝ガイウスはメェプルの効果によりまだ表示形式を変更することは出来ない。だけど、もし沢渡さんが私のモンスターを一体でも破壊できるようなカードを引いたなら。次のターンで私が逆転できる可能性は限りなく低くなる……カードが私と沢渡さん、どちらを選ぶか――勝負です。

 

「私はこれでターン、エンド。同時にスキル・サクセサーの効果が終了し、ホーットケーキの攻撃力は元に戻る」

 

マドルチェ・ホーットケーキ

攻撃力 2800 → 2000

 

「俺のターン……ドロー!」

 

…………一瞬が、永遠にも感じる時間。

 

「……俺はこれで、ターンエンド」

「私のターン……ドロー!」

 

この瞬間、カードは勝者を選んだ。

 

「――私は、マドルチェ・マーマメイドを召喚」

 

マドルチェ・マーマメイド

レベル4

攻撃力 800 → 1300

 

「そしてレベル3のホーットケーキとメェプルでオーバーレイ……エクシーズ召喚、ランク3、M.X―セイバー インヴォーカー」

 

M.X―セイバー インヴォーカー

ランク3

攻撃力 1600

ORU2

 

「そしてインヴォーカーの効果を発動ッ、オーバーレイユニットを一つ使い、デッキからレベル4の戦士族を守備表示で特殊召喚します。来て、メッセンジェラート……!」

 

M.X―セイバー インヴォーカー

ORU1

 

マドルチェ・メッセンジェラート

レベル4

攻撃力 1500 → 2000

 

私のフィールドの傭兵はただ寡黙に立ち、メイドとメッセンジャーは微笑んでいた。

 

「レベル4のマーマメイドとメッセンジェラートで、オーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築! これが、これが今の私の全部です! 今までの想いを重ねて、これからも思い出を繋いでいく! エクシーズ召喚! 力を貸してっ、ランク4、クイーンマドルチェ・ティアラミス!」

 

クイーンマドルチェ・ティアラミス

ランク4

攻撃力 2200 → 2700

ORU2

 

渦の中から、二つの輝く球体を纏ったお菓子の女王がお伽の国へと姿を現す。私を映すその瞳にはもう、悲しみはなかった。私を見て、嬉しそうに女王さまは笑った。

 

「ティアラミスの効果……発動っ。オーバーレイユニットを一つ使い、私の墓地のマドルチェと名の付くカードを二枚までデッキに戻し、戻した枚数と同じ数、相手フィールドのカードを相手のデッキに戻す……私は墓地のエンジェリーとプディンセスを選択、さらにマドルチェ・シャトーの効果によりデッキではなく、私の手札に戻す。そして、沢渡さんのフィールドの永続魔法、魂吸収と怨邪帝ガイウスを、デッキに戻す……! 女王の号令(クイーンズ・コール)!」

 

女王さまの杖から発せられた優しい光がお伽の国を包み込む。

その光が晴れた時、沢渡さんのフィールドから邪帝の姿は消えていた。

…………。

 

「沢渡さん」

「なんだ」

「ありがとう、ございました……! 最高のデュエルで、最高の、ショーでした……!」

「……そうか」

「絶対に、忘れません! ――私はインヴォーカーとティアラミスで、沢渡さんに直接攻撃!」

 

忘れない。忘れる事なんてきっと、出来やしない。沢渡さんが魅せてくれた最高のショーを、沢渡さんが私に掛けてくれた最高の言葉を、絶対に忘れたりしない。

……ああ、駄目だ。視界がまた涙で滲む。このショーを最後まで見届けないといけないのに、涙が溢れて止まらない。

 

 

 

SAWATARI LP:1800

 

「お前ならそうすると思ってたぜ、久守……! M.X―セイバー インヴォーカーの直接攻撃を受けた瞬間、俺は手札から冥府の使者ゴーズを特殊召喚!」

 

冥府の使者ゴーズ

レベル7

攻撃力 2700

 

「え――」

「このカードは俺のフィールドにカードが一枚も存在しない状態で相手のカードによってダメージを受けた時、手札から特殊召喚出来る。さらに受けたダメージが戦闘ダメージだった場合、受けたダメージと同じ数値の攻撃力、守備力を持つ冥府の使者カイエントークン一体を特殊召喚する! 俺が受けたダメージはインヴォーカーの攻撃力分、1600!」

 

冥府の使者カイエントークン

レベル7

攻撃力 1600

 

 

沢渡さんのフィールドに新たに姿を現した、二体の冥府からの使者。

それが私の前に立ちふさがる。

 

「どうした、さっきお前がやったのと似たようなもんだ。それとももう勝った気でいたのか?」

 

……そうですね。私とした事が、気持ちが逸っていたみたいです。

だけどっ、

 

「……それでも、私はそれを超えていく! ティアラミスでカイエントークンを攻撃! ドールズ・マジック!」

 

SAWATARI LP:700

 

「冥府の使者が私と沢渡さんの間に立ちふさがるなら、私はそれを超えてみせる! 私はこれで、ターンエンド!」

「俺のターン!」

 

これが本当のクライマックス。冥府の使者を超えて、私は沢渡さんの傍に立ってみせる!

 

「バトルだ! 冥府の使者ゴーズでインヴォーカーを攻撃! ソード・ブラッシュ!」

「っ……!」

 

EIKA LP:300

 

まだ、私のライフは残っている。そして私には、女王さまが、私のデッキがついていてくれる!

 

「残念だが、お前の前に立ちふさがるのはこいつじゃあない」

「え……?

「俺はゴーズをリリースし、アドバンス召喚!」

 

ここで、またアドバンス召喚……!

汗が背中を伝っているのが分かる。体が震えている。恐怖からではない、期待に打ち震えているんだ。沢渡さんのデュエルへの期待で。

 

「――風帝ライザー!」

 

召喚される三体目の帝王、風を操る、風帝。

 

風帝ライザー

レベル6

攻撃力 2400

 

「ライザーがアドバンス召喚に成功した時、フィールドのカード一枚を持ち主のデッキの一番上に戻す! 女王陛下には退場願おうか!」

「っ、ティアラミスはエクシーズモンスター……よって戻るのはデッキトップではなく、エクストラデッキ……」

「バトルフェイズが終了した今、攻撃は出来ない。俺はこれでターンエンドだ」

 

……カードを引くことに、もう躊躇いも怯えもない。

 

「私のターン、ドロー」

 

……。

 

「私はマドルチェ・エンジェリーを召喚! そしてエンジェリーをリリースし、効果発動! デッキからマドルチェ・ピョコレートを守備表示で特殊召喚!」

 

マドルチェ・ピョコレート

レベル3

守備力 1500 → 2000

 

「エンジェリーの効果で特殊召喚されたピョコレートは戦闘では破壊されず、次の私のターンのエンドフェイズにデッキに戻ります! 私はこれで、ターンエンド!」

「俺のターン、ドロー! ――見ろ、久守! これがネオ沢渡の伝説のデュエルショーだ! 俺はライザーをリリースし、アドバンス召喚!」

 

見ていますよ、もう涙は流さない。沢渡さんのデュエルから、あなたから一瞬たりとも目を離さない。

 

「このカードはアドバンス召喚したモンスターをリリースした場合、一体のリリースでアドバンス召喚出来る! 現れろ、烈風帝ライザー!」

 

風帝が姿を変える。荒ぶる風を纏う、烈風帝へと。

 

烈風帝ライザー

レベル8

攻撃力 2800

 

「烈風帝ライザーの効果発動! このカードのアドバンス召喚に成功した時、フィールドのカード一枚と墓地のカード一枚を、持ち主のデッキの一番上に戻す! 俺が選択するのは俺の墓地の風帝ライザー、そして戻れ! マドルチェ・ピョコレート!」

 

風に誘われ、雛がデッキへと帰って来る。

……。

 

「お前にとってはこのデュエル、忘れられないものかもしれないが、俺にとっちゃこんなのはすぐに忘れちまう程度のもんだ」

「……」

「だから、お前も俺に忘れられたくなかったら、しっかりついてこい」

「――――はい!」

「――俺はライザーで、直接攻撃!」

 

風が私を通り過ぎていく。私が抱えていたものすべてを、心の翳りすべてを流しながら。

 

 

EIKA LP:0

WIN SAWATARI

 

 

アクションフィールドが解除されていく中、私は自分の手札に目を落とした。

私の手札にあるのはマドルチェ・プディンセス、そして……フィールド魔法カード、マドルチェ・シャトー。

たとえリアル・ソリッドビジョン・システムが解除され、アクションフィールドが消えても、お伽の国は私の手の中にある。

そう私のデッキは伝えたかったのだろうか。それとも……今までの仕返し、なんだろうか。本当に、誰に似たのか天邪鬼なデッキです。

 

私にはお似合いの、私のデッキ。

少しずつ形を変えながら、私はこのデッキと共に生きていく。

大好きな人のそばで、これからも。




おい、アクションしろよ。ってツッコミは次回まで待ってください……
次回でネオ沢渡さん編は終了です。


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『繋がる思い出』

デュエルなし。


――あれから、数日が過ぎた。

あの後、病院に戻った私は、私を連れ出した沢渡さんと一緒にこってりと絞られた。けれど最終的には検査にも問題はなく、予定通り翌日に退院できました。

アクションデュエルとはいえ、ほとんど動かなかったので体調が悪化する事もなかったのと、私の心で蟠っていたものがなくなったのも、理由だと思います。

沢渡さんには本当に感謝してもしきれません。アクションカードを使っていれば、あそこまでの接戦にもならなかったはず、沢渡さんが使ったのは手札を増やす為に手札抹殺を使った時の一度きり。……勿論、それは私にも言える事ではありますが、あの状況ではアクションカードの事なんて頭にはなかった。それを言い訳にするつもりもない。

けれど、一つだけ言える……次は必ず、私が勝ってみせます。

 

……それからあの後、LDSから正式に発表があった。

私が入院している間に、LDSの講師がエクシーズを使うデュエリストに襲撃された、と。襲われたのは融合コースの講師、マルコ先生。話した事はほとんどないけれど、光津さんが慕っている、良い先生だと聞いている。

襲ったのが沢渡さんを襲った、あの榊さんとそっくりなデュエリストかは分からない。けど、もしそうなら……私が勝ってさえいれば、こんな事には……。

私が気にすることじゃない、そう光津さんは言ってくれた。気丈に振る舞ってはいるけれど、彼女が一番辛いはずなのに。

 

LDS ロビー

 

「真澄が言っただろ、お前が気にする事じゃねえよ」

「それにLDSの講師に勝つような奴じゃ、いくら君でもね」

「……それでも、光津さんが、友人が辛そうにしているのを見ているだけなのは、悲しいです」

「真澄の事は僕たちに任せてくれ。彼女の気が済むまで、調査に付き合うさ」

「……はい」

 

光津さんは刀堂さんたちと襲撃犯を捜している。私も、と申し出ても「あなたの力は借りないわ」と断られてしまった。襲撃犯に負けた、私の事を案じての言葉だと、嫌でも分かる。それに沢渡さんにも止められてしまった。同じように、私が気にすることじゃない、と。

 

「光津さんは、今は?」

「他の生徒に話を聞いて回ってる。君の件といい、噂も馬鹿には出来ないからね」

「俺たちはお前の相手でもして待ってろ、だとさ」

「そうですか」

 

私に出来るのは、こうして紅茶を振る舞う事ぐらいだ。ほんの少しでもこれが癒しになってくれれば、と思う。

 

「どうぞ、おかわりです」

「おう、悪ぃな」

「ありがとう。いただくよ」

 

本当なら光津さんにも飲んでもらいたいですが、中々話す機会が出来ない。会っても、すぐに去って行ってしまう。焦っているのだと、何かをせずにはいられないのだと、分かる。その気持ちは私にも痛いほど分かる。だから止める事も出来ない。ただ私とは違うのは、光津さんには刀堂さんと志島さんが居る。彼女の力になってくれる、友人が居る。

だから私は待ち続けよう。こうして紅茶を淹れて、いつでも迎えられるように。……でも、街を歩いていて襲撃犯を偶然見つけてしまったりしたら、しょうがないですよね? 勿論、そんな事は口には出しませんが。私も少しでも、光津さんの力になりたい。

 

「ところで沢渡の奴は何処に行ったんだ? 見当たらねえけど」

「今日は学校も休みですし、お休みしているはずです……ただ私が退院してから、時々姿が見えなくなるんです。何処で何をしているのか、訊いても濁されてしまって……」

「ふぅん……まあいい機会じゃないか? 君も少しは沢渡離れしたまえ」

「えっ……」

「……いやそんなこの世の終わりみたいな顔をしないでくれよ」

 

そんな事出来るわけないじゃないですか! もしもそんな事になったら私がラスボスになって世界を滅ぼす勢いですよ!

 

「まあいい、丁度いいタイミングだったな。お前が退院してからは俺たちも調査で忙しかったし、今の内に渡しとくぜ。ほらよ」

「これは……」

 

刀堂さんが取り出したのは、一枚のカードだった。

 

「んだよ、忘れちまったのか? お前に合いそうなシンクロモンスターだよ。あれから色々と考えたが、これが一番じゃねえか。お前が気に入るかは分からねえけどな」

「……いえ、ありがとうございます、本当に……大切に使わせてもらいます」

「おいおい、まだどんなカードかも見てねえだろ」

「たとえどんなカードでも、刀堂さんがこれだけの時間を掛けて選んでくれたカードです。ならきっと、それは私の力になりますから」

 

そう言って、ようやく私はカードに目を落とす。白い枠を持つ、シンクロモンスター。私のデッキの新しい仲間。

 

「――私からも、これを」

「ん? ってこいつは……俺より北斗に渡した方がいいんじゃねえか?」

「お守り代わりにしてください。元々私のデッキには二枚入っていますから、刀堂さんに受け取ってもらいたいんです」

「……受け取っとく」

「はいっ」

 

私も代わりに一枚のカードをデッキから取り出し、刀堂さんに手渡す。刀堂さんには必要ないかもしれませんが、それでも。

 

「……やっぱり君たち、兄妹みたいだね」

「大切にしてくださいね、兄さん」

「誰が兄さんだっつの!」

 

笑いながら、冗談めかしにそう言うとまた刀堂さんはムキになって否定した。

 

 

 

刀堂さんたちと別れた後、私はLDS内にあるショップへと向かい、その片隅で自分のデッキを取り出し、広げる。

ショップの一角にはデッキ構築の為のスペースが設けられている。今までは空き教室を使っていたけれど、今度は私が持っているカードだけでは足りない。ショップに来たのは新しいカードたちが必要になってくるからだ。

 

「……」

 

広げられたカードから一枚、手に取る。

マドルチェ・プディンセス。マドルチェ唯一の上級モンスターで、あの子が一番好きだったカード。

沢渡さんとのデュエル、いつの間にかデッキに加わっていたカード。

エクストラデッキを確かめると、やはり方舟――No.101 S・H・Ark Knightは消えていた。

あの時、あの黒い男とのデュエルで気を失った時、私のカードは散らばった。当然その時、唯一ディスクにセットされていたあのカードも。きっとそれが、この子に変わったんだろう、自然とそう思えた。

 

ショップのカードのデータと自分のカードたちを眺めながら、構築を考える。一人でカードを並べるのは、あの世界での最後の時と同じ。でも悲しみはない、むしろ楽しくて仕方がない。強くなりたい、この子たちと一緒に、強く。

 

「柊さんや榊さんも、強くなるために頑張っている……私も負けられません」

 

久しぶりに学校に戻ると、柊さんが声を掛けてくれた。その時、絶対に強くなって光津さんを倒してみせる、と教えてくれた。

それと同時に、私のお見舞いに行けなかった事の謝罪も。……謝罪するような事じゃないのに、と言った途端に怒られてしまいました。

アユちゃんから聞いた通り、LDS、光津さんたちとの勝負や赤馬零児のペンデュラム召喚、それにあの榊さんとよく似た男との出会い、様々な出来事があった、無理もない。そう思っていたのですが、真実は違った。

……沢渡さんに、止められたのだと言う。私が沢渡さんにあの黒い男が榊さんではないと告げた後、すぐに沢渡さんは柊さんと榊さんに、見舞いに来るなと、そう告げたのだ。

 

『沢渡の奴も、あれが遊矢じゃないって分かったって。でも私や遊矢、遊勝塾のみんなは見舞いに来るな、って……理由は言わなかったわ。でも、遊矢には何かを教えてたみたい。遊矢も、納得してた。嫌がらせで言ってるんじゃなく、久守さんの事を思って言ってるんだって』

 

……きっと、その時点で気付いていたんだろう。私がカードに怯えている事に。だから自分たち以外のデュエリストを私に会わせないようにしていた、特にあの男と瓜二つの、榊さんには。

榊さんとも話すことが出来た。彼も心配してくれていた。

 

『沢渡から聞いたんだ。久守がデュエルを、カードを怖がってるって。刺激したくないなら、俺や柚子を含めて遊勝塾のみんなは来るな、って。初めはまだ俺を襲撃犯だと勘違いして言ってるのかと思ったけど、あいつの目に嘘はなかった。本気で、お前を心配してたんだ。最近塾に来ない素良以外のみんなにも伝えたよ、沢渡が本気で心配して言った事だから、待ってようって』

 

それでも待ちきれずにアユちゃんが私のお見舞いに来てくれた。……そのおかげで私は、あの子の事を思い出した。あの子の笑顔を、アユちゃんに重ねた。それがなかったら、沢渡さんとデュエルも出来ず、今もまだあの病室に居たかもしれない。本当に、色々な人たちのお蔭で私は此処に居る。

今度は私がみんなを助ける番。その為にも、デッキを変える。この世界との繋がりが私をもっと強くする。

 

 

 

それから一時間程だろうか、デッキを変更し終えたのは。テーマを変えるわけではないですが、それでもプディンセスや刀堂さんがくれたカードを使いこなす為、今まで以上にカードが入れ替わった。刀堂さんがくれたカードには属性も種族指定もないので、そこまで意識する必要はありませんでしたが。

けれどこれで完成した、今の私の……そう、つまりネオ……いや沢渡さんと被るのはいけませんね。そう、ニュー久守のデッキが! 

ふふふ、これから私の事はニュー久守と呼ぶように柊さんやアユちゃんにお願いしましょうか。

 

「失礼」

 

などと、一人有頂天になっていた私に声を掛ける人がいた。

 

「はい。何か御用でしょうか」

 

デッキをディスクに仕舞い、立ち上がる。振り返ると、そこに居たのはサングラスを掛けた男性だった……え、不審者?

 

「君が久守詠歌で間違いないな」

「そう、ですが……あなたは?」

「ああ、私は中島。赤馬理事長の秘書をやっている者だ」

「……!」

 

男性は中島と名乗った。……忘れるわけがない、その名前は。沢渡さんが気にしていない以上、私もあれ以上調べる事はしませんでしたが、こうして目の前に現れるとどうしても表情が強張る。

 

「……その、中島さんが私に何の用でしょう」

「一緒に来て欲しい。君に会いたいという方が居てね」

「私に……?」

「ああ。先日の件だ」

「先日……襲撃犯の事でしたら既に他の方にお話ししました。榊さんに良く似た別人だった、と」

「いや。その件じゃない。先日の……センターコートの無断使用の件だ」

「えっ」

 

……沢渡さん、病院と同じく、また一緒に絞られるしかないみたいです……。

 

 

「――へっくし!」

「久守が治ったと思ったら、今度は沢渡さんが風邪っすか?」

「いや……この俺の噂を誰かがしてるんだろう。人気者は辛いねえ」

「それこそ久守の奴なんじゃ……あいつ、以前に増して沢渡さんに懐いているし」

「昨日なんて学校でまで沢渡さんの話に付き合わされたぞ……どうして寝癖を直してあげないのかに始まって延々とな……」

「俺もだよ、ほつれた制服で沢渡さんの傍に立つな! って制服まで直されたぞ」

「俺も自分が居ない時の為に、って紅茶の淹れ方をレクチャーされた……まあそれは沢渡さんが必要ない、って止めてくれたけど」

「ふふん、良い心がけだ。あいつもようやく自分の立場が分かったみたいだな」

 

詠歌が去った後のLDSのロビーに、沢渡たち四人の姿があった。詠歌の予想とは裏腹に、遅れてLDSに顔を出しに来ていた。

 

「この人は相変わらずこんなだし……」

「まあ元に戻っただけだけどな」

「沢渡さんだからなあ……」

 

「それにしても遅え! 久守の奴は俺を待たせて何してやがるっ」

「いや、別に約束してるわけじゃないし、仕方ないんじゃあ……今日は講義も入ってなかったはずだし」

「会いたいんなら呼べばいいじゃないっすか」

「変な所で気を遣うからなあ……沢渡さんの呼び出しなら、あいつも喜んで来るだろうに」

 

センターコートジャックの主犯であり、共犯者である四人はそれからも詠歌を何だかんだと言いながら待ち続けた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

「失礼します」

 

中島さん(呼称についてはこれで良いでしょう、年上ですし)に連れられ、向かったのはLDSの上層、一般の生徒の立ち入りが許されていないエリアだった。そのエリアのさらに上、LDSの最上階にある部屋に、中島さんは丁寧にノックをした後、私を連れて入室した。

部屋の中は広く、ガラス張りの壁から舞網市を一望出来る。其処に居たのはデスクに向かう一人の男。

 

「ご苦労だった」

「はっ」

 

デスクの前にまで進むと、中島さんは私の傍を離れ、デスクの男の後ろに控えた。

 

「……はじめまして、久守詠歌です」

 

警戒しながらも、私は初めにそう挨拶した。男は頷き、口を開いた。

 

「私は赤馬零児。君の事は聞いているよ、非常に優秀な生徒だと」

「ありがとうございます」

「中島から聞いた通り、君を呼んだのは先日のセンターコートの無断使用の件だ」

「……はい」

 

やっぱり人気のセンターコートのジャックって、社長さんが直々に動かなくてならないような事だったんですね……!

などと、単純には考えられない。そんな事でレオ・コーポレーションのトップが動く、なんて。

 

「あの件に関しては私が許可を出した。君や沢渡、それに協力した者たちに罰則を与えるような事はしない。安心していい」

「……はい、ありがとうございます、申し訳ありませんでした」

「謝る必要はない。あのデュエル、私もカメラ越しに見させてもらった。センターコートを使用するに相応しい、素晴らしいデュエルだった」

「っ……!」

 

その言葉に、私は反射的に言葉を発していた

 

「ですよね! 流石沢渡さんっ、いえ、ネオ沢渡さん! と言ってしまうような、素晴らしいデュエルでした! まさに伝説のデュエルショーでっ、いつ思い出しても興奮してしまいます! 私のターンでのアドバンス召喚に始まり、三種類の帝王、合わせて六体も召喚する素晴らしいプレイングで! 間違いなく、私の中で最高で最大のデュエルでした!」

 

ひゃっほう! 社長にまで素晴らしいと言わせるネオ沢渡さんの伝説のデュエルショー、やっぱり今思い出しても最高ですよ最高!

 

「ゴホンッ、少し落ち着きたまえ、社長の前だぞ」

「あ……失礼しました。つい、興奮してしまって」

「気にしないでいい。君の言う通りの素晴らしいデュエルだったと私も思う」

 

クールに眼鏡の位置を直しながら、そう言う赤馬社長。き、気にしなくていいならもっと語ってもいいですかね……!

 

「君に本当に伝えたかったのはセンターコートの件ではなく、別件だ」

「別件……ですか」

 

流石にそんな事を言われては、私も嫌でも冷静にならざるを得ない。

 

「君や沢渡を襲ったエクシーズ召喚を扱うデュエリストの事だ」

「その件でしたら……」

「これはまだ公表していないが、君たちを襲った襲撃犯とLDSの講師を襲った襲撃犯は――別人だ。恐らく犯人は二人、私はそう考えている」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「何をしている! にっくき襲撃犯はあそこだ!」

 

同時刻、舞網の街に沢渡の父の姿があった。

 

「榊遊矢を捕まえるんだ! シンゴと久守くんの仇を取るんだ!」

 

息子の勘違いと、それが解けた事を知らぬまま、父は暴走を続ける。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「あの男とは、別人……どうして、そう思うんですか?」

「最初に襲われた君たちと、次に襲われた講師、それにLDSのチームのメンバーの意見が違うのだよ。彼らは皆、榊遊矢とは似ても似つかない人物だったと、そう証言している」

「! 証言しているという事は、襲われた人たちは無事なんですねっ?」

 

噂では行方不明になったと聞いていましたが、無事なんだ……!

 

「ああ。ただ今は‟昏睡状態にある”。これ以上の情報は分からない」

「昏睡状態……」

 

安堵したのも束の間、告げられたのは厳しい現実だった。そんな……。

 

「……でもどうして、その話を私に……? まだ公表されていないような情報を、何故……」

「今の話を聞いた上で、君に依頼したい。かつて君が沢渡先生の下で働いていた時のように」

「……知っていたんですか」

「心配しなくとも、他言するつもりはない」

「っ……それで、依頼とは」

 

かつての私ならともかく、今はもう、誰からも仕事を受けるつもりはない。沢渡さんと出会い、お父様に普通の学生という立場を与えてもらった私が、もうそんな仕事を受けられるはずがない。けれど、話だけは聞いておかなくてならない。何か、新しい情報が得られるかもしれないから。

 

「君に、二人の襲撃犯の確保を頼みたい」

「……どうして、私に。LDSには制服組が、トップエリートが揃っているはずです。そのチームですら勝てなかったという相手に、ただの学生の私ではどうする事も……」

「君の実力はそのトップチームに匹敵する、私はそう考えている。先日のデュエルでそう確信した」

「ですが、私は沢渡さんに負け、何より襲撃犯本人に負けています」

「それでも、私の君に対する評価は変わらない」

「……」

 

随分と評価してくれているようですが、それでも私の答えは変わらない。

 

「申し訳ありませんが、私には荷が重い話です……お断りさせていただきます」

「そうか――」

「すいません、これで失礼します。今聞いた話は他言しませんので」

 

事実は光津さんにも、伝えられそうにない。病院で待ち続ける辛さは、私も良く知っているから。それなら知らない方がきっといいはずだ、きっと……。

 

「――では、この件は沢渡に依頼するとしよう」

 

頭を下げ、退室しようとした私の足が止まる。

 

「……どうして、沢渡さんに」

「彼もまた襲撃犯と対決し、敗北したものの大きな怪我もなかった。それに先日のデュエルでは君に勝利した程の実力者だ。彼になら君の代わりも任せられる」

「っ……」

 

それは……それは!

 

「時間を取らせてしまってすまなかった。話は以上だ」

「……待って、ください」

 

それだけは、許すわけにはいかない。

 

「榊さんのペンデュラムカードを奪う事に利用した挙句、今度は襲撃犯を捕まえろだなんて……そんな事、許せません」

「……」

「沢渡さんはっ、今、榊さんを倒す為に必死なんです! ようやくペンデュラム召喚っていう、自分のデュエルの可能性を見つけたのにっ、これ以上、あなたたちの勝手でそんな寄り道をさせたくないっ!」

「社長になんて口の利き方を……!」

 

声を荒げた中島さんを、赤馬さんが手で制した。

 

「沢渡の件については謝罪しよう。我々も未知のペンデュラム召喚を知る為、必死だった。彼のお蔭でペンデュラム召喚のデータが揃い、ペンデュラムの研究が進んだ」

「ならそれでいいじゃないですかっ、どうしてまた沢渡さんを……!」

 

必死に言葉を重ねる私を、赤馬さんは冷静に見つめていた。っ……

 

「……分かり、ました。その依頼、私が受けます。ですから沢渡さんにはこれ以上、余計な事を背負わせないでください、これ以上、沢渡さんを利用しないで……!」

「ああ、約束しよう。協力、感謝する」

「……」

 

……また、沢渡さんから離れる事になってしまう。襲撃犯が何時、何処に現れるのか分からない以上、これまでのような生活は送れなくなる……。

 

「襲撃犯の捜索はこれまで通りLDSのチームが行う。襲撃犯を発見次第、君に連絡が行くようにしておく。それまではこれまで通りの生活を続けてくれ」

「え……」

「君はこれまで通り、生活をしてくれればいい。勿論、この事は誰にも話してはならない。だがそれ以外は今までと変わらず、学校に通い、LDSでデュエルの腕を磨いて欲しい」

「それで、いいんですか……?」

「ああ。それが沢渡先生の願いでもあるのだろう?」

「っ、そこまで……いえ、分かりました。改めて、この依頼、お受けします」

 

……この条件なら、お父様の厚意を裏切る事にはならないはずだ。それに僅かとはいえ、光津さんのお手伝いにもなる……沢渡さんにも迷惑が掛かる事はない、なら、受けない理由もない。この人たちが何を考えて私に依頼したのかは分からないけれど、それでも私は私で利用させてもらいます。

 

「ありがとう。詳しい事は後で連絡する」

「分かりました。それでは、失礼します」

 

 

 

「社長の考えた通りでしたね、沢渡の名を出せば彼女は必ず縦に首を振る……お見事です。ですが本当に彼女に襲撃犯の確保を?」

「いや」

 

詠歌が退室した後、赤馬は中島の問いを否定した。

 

「先日の沢渡とのデュエルで検知された召喚反応は融合、エクシーズ共に想定内のエネルギーだった。情報通り、彼女がジュニアユース選手権に出場する意思がないのなら彼女の真の力――あの時検出されたエクシーズ召喚反応、それを見極めるにはこうするべきだと判断した」

「では、襲撃犯の代わりに他の者とデュエルを?」

「襲撃犯の狙いがまだ掴めない……だが、もしも送られてきたティオとマルコの‟魂が封印されたカード”が、私を誘い出す為のものだとすれば……」

 

そこで赤馬は言葉を一度切った。

 

「今はまだ、調査を進める事が先決だ。彼女が戦う相手を決めるのはその後で良い」

「はっ、チームにも調査を急ぐように通達します」

「ああ。全てのデュエリストたちを救う為にも、急ぐんだ」

 

中島も退室し、赤馬一人が部屋に残される。

瞳を閉じ、今交わした詠歌との会話を思い出す。

 

「……やはり彼女は、このままでは諸刃の剣となり兼ねない」

 

沢渡シンゴを慕う、少女。

沢渡シンゴを尊敬する、少女。

沢渡シンゴに――依存する少女、久守詠歌。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「沢渡さん!」

 

下に降り、ロビーへと戻った私は沢渡さんと山部たちの姿を見つけ、駆け出す。

 

「遅え! どんだけ待たせるつもりだ」

「すいません! デッキを変えていたら時間を忘れてしまって……でもどうしてLDSに? 今日はてっきりお休みしているものだと思っていました」

「何処で何をしようが俺の勝手だ」

「そうでしたっ! 急いで紅茶を用意しますねっ!」

「これ以上俺を待たせるなよ」

「はい! すぐに準備します!」

 

「約束したわけじゃないのになんでこの人、こんな偉そうなんだ……」

「それを笑顔で受け入れる久守もどうなんだ……」

「また聞こえたら怒鳴られるぞ、ほっとけ」

 

ひゃっほう! 休日でも沢渡さんの顔を見れるなんて、さっきまでの沈んだ空気なんて吹っ飛びますね!

鼻歌交じりに紅茶を準備して、沢渡さんの所に戻る。

 

「お待たせしました!」

「おう」

 

私も席に着き、紅茶に口をつける沢渡さんを見守る。

 

「……ん、まあ悪くねえ」

「ありがとうございますっ!」

 

やりました!

こうして沢渡さんに紅茶を飲んでもらって、それを褒めてもらう。この日常を続けられるなら、赤馬さんの依頼を受けたのは決して間違いじゃない。

今度こそ、沢渡さんは榊さんに勝つ。それを絶対に見届ける。それが今の私の一番の願いです。その為にも、襲撃犯が二人だろうと百人だろうと、倒してみせる!

 

 

 

 

 

「それでは沢渡さん、今日は私は此処で!」

「ああ」

「山部たちもまたね」

「おう」「また明日な」「気を付けて帰れよ」

「うん。それじゃあ――」

「久守」

「はい!」

 

LDSの玄関前で沢渡さんたちに別れを告げると、沢渡さんが私を呼び止めた。

 

「……お前、入院してただろ」

「……? はい、でも沢渡さんのお蔭で、完全に復活しました!」

「それは分かってる。……ただ、あれだ」

「……?」

「お前が入院してる間、俺はコンビニの紅茶で我慢してたわけだ」

「それは……本当にすいませんでした! でもこれからは毎日、用意して待ってますね! 今日は待たせてしまいましたけど……」

「それは当然だが、前と変わらねえ。それじゃあいつまで経ってもお前が居なかった分の紅茶は取り戻せない」

「うっ……そ、その分今まで以上に美味しくしてみせます!」

「それも当然だ。……だから、明日からは学校でも持って来い」

「……え」

「出来たてじゃないのは気に入らないが、我慢してやる。だから明日からは毎日、昼休みに俺たちの教室に来い」

「……」

 

言葉が出ない。けど、口元が緩むのが止まらない。

山部たちがニヤニヤしながら私を見ているのが分かる。

でも、だって、しょうがないじゃないですか。

 

「――はい! 沢渡さん!」

 

こんな、こんな事を言われて、嬉しくないわけがないじゃないですか。

デュエリストとしてではなく、ただの学生として沢渡さんの傍に居れる、なんて。

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ――あっ」

「どうも、お久し振りです」

「いらっしゃいませ!」

 

沢渡さんたちと別れた後、私はいつものケーキ屋に足を運んだ。まだそれほど経っていないはずなのに、随分と久しぶりに感じる。

 

「最近いらっしゃらなかったから、心配してたんですよっ」

「すいません、色々ありまして。でも、また今までのように通わせてもらいますね」

「ありがとうございます! ……でも今日はもう、あまり残っていなくて……」

 

時間も遅い、このお店を利用するのはいつも放課後、学校が終わってすぐや休日の昼間だったので、こんな遅い時間に利用するのは初めてだ。

 

「閉店も近いですからね。でも、お目当てのものは残っていました」

「え?」

「これを、この新作プティングを一つ、いただけますか」

「あ、はい! ありがとうございますっ」

 

すぐに用意を始める店員さんを見ながら、私は切り出した。

 

「ずっと、ずっと考えていたんです。名前」

「すいません、そんなに悩んでもらうなんて……」

「ようやく、決まりました」

「本当ですかっ?」

 

頷く。色々と考えたけれど、これ以上の物は私には思い浮かびそうにない。

 

「他のものとは気色が変わってしまいますけど……」

「いいんです! どんな名前でも、お客さんが考えて下さっただけで!」

「そう、ですか。まあ私が考え付いたわけではないんですが……それでも、私が付けたいと、多くの人に知って、食べてもらいたいと思って考えた名前です。聞いて、もらえますか」

「はい!」

「――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、学校帰りに以前のようにケーキ屋に足を運んだ。

お店の外に出た看板に、大きく、そして可愛らしい文字が並んでいた。

 

 

『お菓子のお姫さま 【マドルチェ・プディンセス】 発売中!』

 

 

「――いらっしゃいませ!」




現在の時系列はアニメでの18話あたり、クイズ回直前です。
ちなみに前回の話は15話前後、沢渡さんが遊矢に宣戦布告したあたり。
今回でネオ沢渡さん編は終了です。
前回はデュエル構成が酷く、何度も修正する事になってしまいましたが、今回はデュエルがないから安心。はやくTFが発売すればああいうミスも減ると思いたい……今後はもっと注意します。

社長たちをなかったことにすれば綺麗な終わり方だ。初めから予想できた方もいたと思いますが……


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ネオのその先へ 編
沢渡さん、ロマンチストっすよ!


デュエル&沢渡さんの出番なし


放課後の舞網第二中学校、最後の授業を終えたクラスには喧騒が戻る。

開放感から両手を広げ、椅子に体を投げ出す者、何処に遊びに行くかを話し合う者、早々に帰路につく者。それは各々、様々だ。

その中の一人、久守詠歌という少女は誰と話すでもなく、帰り支度を整えていた。

 

「ねえねえ久守さん」

 

そんな少女に、一人の同級生が声を掛けた。

 

「何でしょうか」

「最近、一組の沢渡くんたちと一緒に居るのを見たんだけど、どういう関係なのっ?」

「……関係」

「そうっ、久守さんって物静かで、不思議な組み合わせだと思って。それに最近はお昼休みに一人で何処かに行くようになったじゃない? 柊さん、だっけ。あの子ともいつの間にか仲良くなってたみたいだし」

「柊さんは大切な友人です。一度デュエルをしてから良く話してくれるようになりました」

「へえ……あ、じゃあ沢渡くんも? 彼も確か久守さんと同じ、LDSだよね。やっぱり同じデュエル塾の塾生同士、弾む話もあるんだ」

 

いつも一人だった詠歌を案じていた同級生の少女は仲の良い友人が出来た事に内心で安堵した。なら沢渡もそうなのだろうか、と考えての軽い発言だった。

 

「いいえ、それは違います。以前までならそうだったかもしれませんが、今となってはデュエリストであるなしは関係ありません」

 

すぐさま否定の言葉を返され、しかも詠歌の瞳が輝いている事に気付いた同級生の少女は内心で「……あれ?」と違和感を感じる。しかし、もう手遅れだった。

 

「勿論同じ、いえ私と沢渡さんを同列に語るのは烏滸がましい事ではありますが、同じデュエリストである事は大きな共通点です。ですが今はもうデュエリストである事だけが沢渡さんとの繋がりではありません。カードに関する事だけでなく、今日の授業の内容や最近のテレビ番組など、学生らしい世間話でも沢渡さんの話題は尽きません。それはもう話しているといつも時間を忘れてしまう程です。ああ、勿論これは比喩で沢渡さんと過ごした時間を忘れるなんてある訳がないんですが。そう、忘れるはずありません。ああ、今でも思い出せます。初めて会った時から今日まで、一瞬たりとも忘れてしまった事などありません。惜しむべくは私の記憶に残っているだけで映像画像音声その他が残っていない事ですが……けれど先日のデュエルに限っては赤馬さんにお願いしてカメラの映像を頂きましたのでそれだけで良しとします。たとえそれ以外が形に残っていなくともそれは全て現実に起こった事ですから。むしろだからこそ尊いとも言えます」

 

今まで見た事ない様子で語る詠歌に気圧され、同級生は震えた声で頷くしかなかった。

 

「そ、そうなんだ……」

 

結局、心優しい同級生が解放されたのは他の生徒たちが帰路についてからだった。

それに気付いた詠歌の必死の謝罪に、少女は笑い、「良かった」とだけ言った。同時に彼の話を詠歌に振るのは会話が途切れてしまった時の最終手段にしよう、と誓った。

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

思わず、溜め息が出た。

理由は……姿の見えない沢渡さんの事だ。勿論、つい同級生の方に長々と沢渡さんについて語ってしまった事も溜め息の原因ですが……。

沢渡さんはやっぱり最近になって、姿が見えなくなる事が多くなった。何をしているのか聞いても「気にするな」と返されるばかりで、教えてもらえない。

ただ、気になる噂を聞いた。最近レオ・コーポレーションが独自にペンデュラムカードを開発している、という噂だ。そしてそれは単なる噂ではないという事は、アユちゃんから聞いて知っている。

赤馬零児、赤馬さんが遊勝塾でのデュエルで、実際にペンデュラム召喚を行ったと。沢渡さんが時折姿を消す事と、無関係とは思えない。もしかしたら一人でその噂の真偽を確かめているのかも……心配です。けれどそれを止める事もまた、出来ない。沢渡さんがペンデュラム召喚に拘っている事を知っているから。融合にも、シンクロにも、エクシーズにも興味のなかった沢渡さんがようやく見つけた、自分のデュエルの可能性。その可能性をみすみす閉ざすような真似、出来るはずがない。

本音を言えば、私にも話して欲しい。私に協力出来る事があれば、言ってほしい……けど、沢渡さんが何も言わないという事は、自分の手でやると決めたという事だ。ならその意思を無視して、余計な手出しは出来ない。沢渡さんは必ずペンデュラムカードを手に入れる、そう信じて待つ事しか出来ない。

今日は沢渡さんも、山部たちもLDSには来ない。お昼休みに学校で別れた時、そう言っていた。

けれど私の足は自然とLDSに向かっていた。家で一人で居てもやる事がないし、必修の講義はほとんど終えたとはいえ、何か得るものもあるはずだと出来る限り通っている。それに――

 

「あ――」

「――っと、危ないわね。しっかり前を向いて歩きなさいよ」

「……急に飛び出して来たのは光津さんでは?」

「それでもあなたが俯いて歩いていた事に違いはないでしょ。気をつけなさい」

「いやまあ……はい」

 

こうして、友人に会えるからだ。

 

「今日も調査……ですよね」

「ええ」

 

もっとも、光津さんはこうして出会っても中々ゆっくりと話す時間が取れない。

 

「一刻も早く襲撃犯を見つけ出して、マルコ先生の事を訊き出す。ただ待ってなんていられないわ」

「そう、ですよね」

 

赤馬さんの話を信じるなら、光津さんの恩師、融合コースのマルコ先生は……今は昏睡状態にあると言う。赤馬さんには他言しないように念を押されているし、私としても話すべきではないと思っている。不安と疑心の中で待ち続けるより、こうして我武者羅にでも走り回っている方がきっと、苦しくないと思うから。手掛かりが見つからない事の焦りはあるだろう、それでも……いつ目覚めるとも分からない、目覚めるかも分からない人を待ち続けるより、その方がきっと……良いはずだ。

 

「……あまり無理だけはしないで下さい。マルコ先生も、きっとそう言います」

「分かってるわ。……でもあなたにだけは言われたくないわね。沢渡の事で無茶ばかりするあなたには」

「それを言われると……何も言い返せません」

 

素直に頷くと、クスリと光津さんは笑った。

 

「大丈夫、分かってるわよ……でも何もせずにはいられない、この気持ちも、あなたなら分かるでしょ」

「……はい」

「安心しなさい、あなたみたいなヘマはしないわ。マルコ先生を倒した相手に、私一人で勝てるなんて自惚れるつもりもない。いざという時は制服組や刃たちの力も借りるわ」

「その時は私も頼ってください」

「それは嫌」

「……」

「そんな顔しないでよ。……その気持ちだけで十分よ。あなたは襲撃犯の事なんて忘れて、普通に生活してればいいの。また入院したくないでしょ」

「……分かりました。でも、本当にいざという時は無視してでも力を貸します。押し付けますから」

「……あっそ。好きにしなさい。まったく、可愛くない子」

 

互いに譲らなかったけれど、最後には二人でクスリと笑い合った。

 

「頑固なのはお互い様ですね」

「ふん……それじゃ、私は行くわね」

「はい。気を付けて」

「ええ」

 

走り去る光津さんを見送る。沢渡さんが襲われ、我を忘れて襲撃犯にデュエルを申し込んだ私と違って、光津さんは冷静な判断が出来る人だ。やはり私は子供だったと、改めて思い知らされる。

考えなきゃいけない事は色々あるけれど、今は待つしかない。沢渡さんの事も、赤馬さんからの依頼の事も。

とりあえずはLDSに行こう。光津さんが一人だったということは、刀堂さんたちは多分LDSに居るはずだ。

 

「久守ッ!」

 

そう考え、今度は顔を上げて歩き始めた私を呼び止める声があった。

 

「……権現坂さん?」

 

声のした方を見れば、見慣れた制服にタスキを巻いた、権現坂さんの姿が。

 

「級友として、この男権現坂の頼みを聞いて欲しい!」

「……はい?」

 

 

 

権現坂さんと共に、LDSの門を潜る。

 

「大丈夫だとは思いますが、最近は事件のせいで事務局も神経質になっているので、私から離れないでください」

「ああ。事件と言うと……やはりあれか」

「はい。沢渡さんの事件に始まり、まだ続いています」

「むう……許せん! 同じデュエリストとして、闇討ちなど嘆かわしい! ……だが元気そうで安心したぞ、遊矢や柚子から退院したとは聞いていたが、直接話す機会がなかったのでな」

「はい、お蔭さまで。学校ではクラスが違いますし、最近はずっと沢渡さんたちと一緒に居ますから仕方ありません。心配して下さってありがとうございます」

「うむ。本来なら学校で一声掛けようと思っていたのだが、あまりにも楽しげだったのでな」

「気を遣わせてしまってすいません」

 

やっぱり楽しいですオーラが出ていましたか……えへへ。

けれどそれで気を遣わせてしまったのは申し訳ないですね。以前ならともかく、今の私はそこまで狭量ではありません。気にせずに話しかけてくれてよかったのですが。

 

「っと、すぐに見つかりましたね」

 

LDSの中に入ってすぐ、メインモニターの前に立っている二人――刀堂さんと志島さんが目に入った。

 

「おはようございます、刀堂さん、志島さん」

 

話し込んでいた二人に近づき、挨拶する。

 

「ん、よお、くも――りぃ!?」

 

私に気付き、振り向いた刀堂さんが急に大きな声を上げた。

 

「急に大声を上げないでください、驚きました」

「驚いたのはこっちだっつの! お前の声がしたと思ったら大男が――って、お前は……」

 

竹刀を抜き、警戒するように飛び退いた刀堂さんが、権現坂さんに気付く。

 

「遊勝塾のフルモンスター……?」

「その言い方は凄い失礼に聞こえますよ、志島さん。この方は、」

「権現坂道場の権現坂昇と申す……刀堂刃殿!」

「な、なんだよ!? あれかッ? 今度こそ決着を着けようって乗り込んで来やがったのか! この俺と!」

 

竹刀を向け、威嚇する刀堂さんと熱いオーラを放ちながら刀堂さんを見下ろす権現坂さん。……その二人に挟まれた私。物凄く居心地が悪いです。

 

「落ち着いてください、二人とも。……とりあえず、場所を移しましょう。此処では必要以上に注目を集めてしまいますし」

 

二人の間から抜けて、そう進言する。権現坂さんの放つオーラと竹刀を今にも振り回しそうな刀堂さんのおかげでもう随分と目立ってしまっている。これでは話も上手く出来ない。

 

「むぅ……面目ない。この男権現坂、つい気が逸ってしまったようだ」

「あ、ああ……とりあえず、お礼参りってわけじゃねえんだな……?」

「違いますよ。二階に喫茶店があります、詳しい話はそこで話したらどうでしょう」

「おう……」

「ああ。やはり久守に頼んで正解だった。俺ではそこまで気が回らず、この場で頼み込んでいただろう」

 

今の様子だと、本当にそうしていそうですね……。

 

 

 

私たちは二階に上がり、喫茶店LDS Caffeに入る。実はLDSの生徒でありながら、ほとんど利用した事がありません。

 

「それでは、詳しい話は権現坂さんが直接」

「ああ。すまないな、久守」

「刀堂さん、そう警戒しないで話を聞いてあげてくださいね」

「分かってるっつーの。つーかお前は一緒じゃねえのか」

「話が終わるまでは志島さんと別の席で待っていますから」

 

権現坂さんが刀堂さんにする頼み事については本人から聞いています。けれど、だからといって同席するのは少し気後れしてしまう。これは権現坂さんが真剣に考えて出して結論なのだろうから。

 

「いきましょうか、志島さん」

「ああ……ってそれなら僕まで一緒に来る事なかったんじゃないか?」

「まあそう言わずに、お茶しましょう」

 

もしもこのお店の紅茶が私よりも遥かに美味しかったりしたらさらに精進しなくてはなりませんし、私だけでなく志島さんの感想も聞きたいので。

 

「……なんだか君、以前よりも強引さが増してないか?」

「最近気付いたんですが、私、意外とお喋り好きだったみたいです」

「……それは今更だろう」

 

そうじゃないですよ。沢渡さんの事だけじゃなく、それ以外でも、です。でも確かに気付くのが遅かったですね。

 

「しかし同じ学校とはいえ、あの彼とも繋がりがあったとはね」

 

刀堂さんたちとは離れた席につき、注文を終えると志島さんがそう口にした。

 

「同級生ですから」

「って事は、こないだのデュエルも知ってるわけだ」

「遊勝塾を賭けた試合の事なら、少し前に聞きましたよ」

「……そうかい」

 

退院してから何度か話す機会はありましたが、志島さんも刀堂さんも、その件については触れなかった。隠していた、という程ではないでしょうが、知られたくなかったのだろう。

 

「志島さんが通算40勝を逃した事も」

「ぐっ……」

 

志島さんは顔を歪ませる。やはり触れられたくなかったようだ。

 

「お互い、負けていられませんね」

 

権現坂さんを見て、その思いはさらに強くなった。

 

「一度の勝負が全てではない。でも、私も沢渡さんに勝てませんでした」

「あれは君も本調子じゃなかっただろう。でなきゃ、僕たちに勝った君が沢渡なんかに……いや、何でもない」

「そうですか」

 

思わず睨むように志島さんを見てしまった。

 

「調子で言えば、あの時の私は今までにない、最高のコンディションでしたよ。勝ちたい、その一心でした。でも勝てなかった」

「……」

「その時の気持ちは今でも変わりません。沢渡さんに勝ちたい、沢渡さんより強くなりたい。あの人を今度こそ守れるように、もっと強く」

「僕も同じさ。いいや、強くなる。君に負けないぐらい、榊遊矢に負けないぐらい、あの三番勝負、僕は唯一の黒星だ。ジュニアユース選手権優勝最有力候補、なんて言われておいてあのザマ。このまま終われるわけがない」

 

志島さんの言葉を聞いて、改めて私は今まで弱かったと思い知る。勝ちたい、強くなりたい、その思いが私には足りなかった。けど今は違う。私も志島さんや権現坂さんと同じ、もっと強くなりたい、そう心から思う。

 

「ええ。お互いに頑張りましょう」

 

注文した紅茶が運ばれて来る。私の下にはキーマンが、志島さんの下にはカンヤムが。どちらもストレートティーだ。

 

「……ああ」

 

紅茶を受け取りながら、少し困ったように頷く志島さんに私は気になっていた事を尋ねる事にした。

 

「……もしかしてまだ私の事、苦手だったりするんでしょうか」

 

光津さんや刀堂さんと同じく、志島さんも友人だと思っていたんですが……私の勝手だったでしょうか。

 

「え、ああいや、そんな事はないさ。あの敗北は確かに堪えたけど、今は気にしてない。勿論いつか借りは返させてもらうけどね。ただ、君はジュニアユース選手権には出ないんだろう?」

「はい。公式戦は50戦には程遠いですし、今回は沢渡さんと、皆さんの応援に専念します」

 

選手権の出場資格は公式戦50戦以上且つ勝率6割以上が条件。今からではとても間に合わない。

 

「けど君なら今からでも無敗の6連勝で資格を得る事も出来るんじゃないか? 公式戦は僕との試合だけでも、後5試合くらいならどうにか――」

「いいえ。私の公式戦の記録は2戦1勝1敗ですよ。それに、今から公式戦の相手を探しても中々見つかりません。既に出場資格を得ている人は当然勝率を下げる危険は冒したくないでしょうし、得られていない人もわざわざ他人の出場資格の為に公式戦を受けようという方は中々見つけられないでしょうから」

「……な、なあまさかその1敗って」

「ええ、先日の沢渡さんとのデュエルです」

 

私が答えると、志島さんは驚きからか固まった。

今言った通り、先日の沢渡さんとのデュエル、私の知らない内に沢渡さんが公式戦としてセッティングしていた。それに志島さんが驚くのも無理はない。

 

「……僕は今、初めて少しだけ、ほんの少しだけ沢渡の奴を見直したよ。そう簡単に出来る事じゃない。僕だって君に借りを返すとは言ったものの、今の時期に君と公式戦ではやり合いたくない」

 

志島さんの言う事は最もだ。勝率が6割を超えていて、仮に1敗したところでそれを下回る事がなくとも、この時期に勝率を下げても良い事はない。

選手権前の最後の試合結果が敗北で終わっていれば、対戦相手に嘗められる事になり兼ねない。それはデュエリストとして耐えがたい屈辱だ。それに勝率は参加人数によってはシード権の獲得にも影響すると言うし、普通なら参加資格を得た時点で公式戦は控える。今から探すとなれば街中を探し回るか、相当の人脈や情報網を持った誰かに探してもらうしかない。

けれど沢渡さんはそれでも、私とのデュエルを公式戦とした。きっとそれは絶対の自信があったからだろう。でも……

 

――『お前にとってはこのデュエル、忘れられないものかもしれないが、俺にとっちゃこんなのはすぐに忘れちまう程度のもんだ』

 

もしも、あえて公式の記録として残してくれたのだとしたら……なんて、考えてしまうのはロマンチストだろうか。

 

「君の言う通り一度の勝負で実力が決まるわけじゃない。だが沢渡が僕に勝った君を倒した、それは事実だ。……その点も、素直に賞賛するよ」

「その言葉を聞けて嬉しいです。でも、それは本人に言ってあげてください。沢渡さんは他人からの賛辞は素直に受け止める人ですから」

「それは断る」

「……むぅ」

 

無碍もなく断られ、つい頬を膨らませてしまう。

 

「君やあの3人みたいな太鼓持ちが居るのに、これ以上沢渡を持ち上げても仕方ないだろう」

「そんなつもりはないのですが……」

 

私はただ純然たる事実を言っているだけですので。

 

「っと、向こうの話は終わったみたいだね」

 

その言葉に振り向くと、反対方向の席で刀堂さんが手を上げ、権現坂さんもこちらを見ていた。

 

「移動しましょうか」

「ああ」

 

丁度一杯目も飲み終わった所ですし。

店員さんを呼び止め、席を移動する事を伝えてから席を立つ。

 

 

 

「何の話かは知らないが、話はまとまったのかい?」

「まあな」

「本当に感謝する、刃殿」

 

志島さんが刀堂さんの隣に、私は権現坂さんの隣の席につく。次はどの銘柄にしましょうか。

 

「……って、何だよ、興味なさげだな」

「あ……いえ、すいません。デュエルは勿論ですがこちらの方も精進しなくてはと」

「熱心だな、おい……」

 

私にとってはこちらも重要なので……とりあえず追加の注文を頼み、改めて刀堂さんの方を向き直る。

 

「それで、一体何の話だったんだ?」

「ああ、それが――」

「それは俺の口から説明させて頂こう。実はこの男権現坂、刃殿を男と見込んでとある頼み事をしに参ったのだ。しかし急に押し掛けるのも不躾と思い、久守に仲介を頼んでな」

「私は特に何もしていませんから、気になさらないでください」

 

権現坂さんが私に畏まった視線を向けるが、本当に大した事はしていないので反応に困ってしまう。

 

「LDSの、しかも遊勝塾を賭けて直接戦った刃に頼み事だって?」

「うむ。いや、直接デュエルをした相手だからこそ、刃殿を置いて他には居ないと考えたのだ。我が権現坂道場が唱える――否、俺の不動のデュエル、その新たな進化の為に教えを乞う相手は」

 

再び権現坂さんが燃えるようなオーラを発しながら、そう口にした。

 

「それってつまり……刃にシンクロ召喚を?」

 

権現坂さんは頷き、胸の前で拳を握り締めた。

 

「あのデュエル、引き分けとなるその瞬間まで刃殿は勝利への執念を捨てなかった。だが俺は追い込まれ、心の何処かで引き分けという結果を良しとしてしまった……! 勝利への執念が、渇望が、俺には足りなかったのだ……!」

「ふん……だが俺も、結局はこいつに、権現坂に引き分けに持ち込まれちまった。お前に偉そうに説教しておきながらな」

「私とは事情が違います。柊さんとのデュエルでは私には勝利への執念なんてありませんでした。それどころか目の前の柊さんから目を逸らしていた。LDSの生徒である以前に、それはデュエリストとして有るまじき事だと思っています」

 

今度は刀堂さんが私に視線を向け、歯痒そうに言う。私が柊さんとのデュエルを悔み続けていたように、刀堂さんも未だに私へと言い放った自分の言葉を気にしていた。

 

「話を切ってしまいすいません、権現坂さん」

「いや。俺も柚子からそのデュエルについては聞いている。柚子も悔やんでいたからな、そのような結果に終わった事を。柚子もまた新たな一歩を踏み出そうとしているとも聞いている。俺も刃殿の下でその一歩を踏み出したいと思ったのだ」

「それで、その様子だと受けたんだね?」

「ああ。……ま、こいつの覚悟を聞いちまったらな」

「覚悟?」「ですか?」

 

それは私も聞いていない。私はただ、シンクロ召喚を刀堂さんに習う為に、刀堂さんの所に連れて行って欲しいと頼まれただけだ。

 

「ジュニアユース選手権まで残り僅か、だが参加資格の年間勝率6割を達成するには俺は後一勝しなければならない。俺はその相手に、遊矢を指名した。遊矢のプロデューサーをしているニコ・スマイリーに頼み込んでな」

「なッ――」

「そこまでの覚悟で……」

 

私も志島さんも言葉が出ない。

 

「き、君は榊遊矢の親友なんだろうっ? しかも部外者でありながらあの勝負、しかも大将戦に参加するぐらい彼にも信頼された……」

「親友だからこそ、情けを捨てて全力で倒すッ。遊矢も年間勝率6割まで後2勝、次の試合で遊矢が勝てば、その次の相手はこの男権現坂が務める、そう決めた。他者からの挑戦も全て断っている」

 

……これが、権現坂さんの覚悟。そして榊さんへの信頼の証。権現坂さんは榊さんが必ず勝つと信じている。信じて、待っているんだ。自分を追い込み、さらなる高みを目指しながら。私が沢渡さんへと向ける絶対の信頼とも、柊さんや光津さんたち、友人に対して向ける信頼とも違う、権現坂さんの榊さんに対する信頼の証。

 

「そんな覚悟を見せられちゃ、俺も男として頷かないわけにはいかねえだろ」

「……成程、似た者同士だったわけだ、君たちは」

「はあ!? 俺が、こいつとか!?」

「……ふふ、そうかもしれませんね」

 

自分に厳しく、義理堅く、情に厚い、けれど勝負に情けは掛けない。確かに二人は似ている。

納得いかなそうに文句を言う刀堂さんと裏腹に、私たちはクスクスと笑う。権現坂さんの性格のおかげもあるけれど、一度は争い合った者同士がこうして笑いあえる。それはきっと、とても幸せな事だ――そんな穏やかな時間は、唐突に終わりを告げた。

 

「っ――刃」

「何だよ……」

「そろそろ時間じゃないか?」

 

志島さんがデュエルディスクに目を落とした後、刀堂さんに声を掛ける。

 

「はあ? 時間って何の――いや、そうだったな。こうしちゃいられねえ」

「まさか何か予定が……? そうとは知らず、押し掛けてしまうとは……配慮が足りていなかった。申し訳ない、刃殿」

「気にすんな、大した事じゃねえよ」

 

手をひらひらと振りながら、刀堂さんと志島さんは立ち上がった。

 

「久守から俺のコード聞いといてくれ。後で連絡する」

「承知した」

「つーわけで久守、そいつの事を頼んだ。俺も北斗も野暮用があってな」

「まさか……」

「お前が考えてるような事じゃねえから心配すんなって」

「行くぞ、刃」

「おう。それじゃあな!」

「あ――」

 

口調は軽かったが、それ以上私が声を掛ける前に慌ただしく二人は喫茶店から走り去った。

 

「行ってしまったか……どうした、久守? 浮かない顔だが」

「いえ……考えすぎ、でしょうか」

 

もしかしたら襲撃犯に関する何かかもしれない、と思ったけれど制服組も見つけられていない襲撃犯がそう簡単に見つかるとは思えない……本当にただの用事、なのだろう。

それに身体能力で刀堂さんたちに遠く及ばない私では、今から追いかける事も出来はしない。

 

「……とりあえず、刀堂さんの連絡先を教えておきますね」

「ああ、感謝する。俺のコードも教えておこう。もし会う事があれば刃殿に伝えておいてくれ」

「分かりました。ところで」

「? どうした?」

「……此処の支払いは折半でいいでしょうか」

 

お金に困っているわけではないですが、無駄遣いは禁物です。デッキを変更して、少しばかり入用だったので猶更。

 

 

 

 

 

『襲撃犯を見つけた! LDSにも連絡してっ、出来るだけ大勢を寄越してって!』

「了解ッ、今刃が連絡してる!」

「――そうですっ、港近くの倉庫街にッ」

 

詠歌の懸念通り、北斗と刃は真澄から襲撃犯を見つけたという連絡を受け、現場に向かっていた。

 

「連絡は入れた! すぐ来るってよ!」

「僕らも急ぐぞ!」

「おう!」

 

真澄とは違い彼らにとって、襲われたLDSの講師、マルコは数居る講師の一人に過ぎない。けれどそれでもこうして息を切らせて走るのは、友人にとってマルコが誰よりも尊敬する人だからだ。

彼らが詠歌に襲撃犯の事を告げなかったのは、あの日、病室で怯えるように己を抱く彼女を見たからだ。

友人の為、彼らは走る。走る事が出来る。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「社長ッ、生徒から事務局に港近くで襲撃犯を見つけたと連絡が!」

「ああ、聞いている。すぐにチームを向かわせろ」

「はっ、既に手配しています」

 

LDS、最上階の執務室。

刃からの連絡を受けた事を中島は報告していた。そしてもう一つ、尋ねるべき事があった。

 

「久守詠歌にはどういたしますか」

「……まだ連絡は控えろ。報告を受けた地点ならば、すぐにチームも到着する。もし発見した生徒が襲われ、カードに封印されたとしてもその間にチームの包囲が完了するだろう。仮に逃げたとしてもその生徒は沢渡と彼女に続く、新たな証言者となる。そこから何か情報も得られるはずだ」

「分かりました」

 

冷静に、冷酷に、焦る事なく赤馬零児は状況を分析し、指示を出す。その指示は間違ってはいない。結果、赤馬零児は光津真澄から齎された新たな情報から、襲撃犯の真の狙いに気付く。

 

久守詠歌に彼から指示が下るのは、数日後の事になる。だがその頃には全てが遅かった。

久守詠歌にとっても、光津真澄にとっても、刀堂刃にとっても、志島北斗にとっても――沢渡シンゴにとっても、遅すぎた。

――別れが近づいていた。




アニメでも沢渡さんの出番がない時期の話なのでサクサクと進めます。


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さようなら、沢渡さん

サブタイ通り(二回目)
ネフィリムが禁止になった2015/4の禁止制限について活動報告を更新しています。


『では襲撃犯の一人は遊勝塾の生徒を誰かと勘違いしていたんだね?』

『はい……柊柚子を見て瑠璃だとか、瑠璃を助けるにはこうするしかないとかって……その後、現れたもう一人の男に気絶させられて……消えたんです』

『消えた……か』

『本当ですっ、本当に私の目の前で消えたんです! 私はあの男から目を離さなかった!』

 

 

 

「どう思いますか、社長」

 

LDSの一室に光津真澄、刀堂刃、志島北斗は居た。

其処で光津真澄は制服組に必死に自らが見た光景を訴える。

それをモニター越しに見つめる、二人の影。赤馬零児と中島。

 

「彼女はああ言っていますが人が消えるなどと……」

「彼女はカードに封印されたマルコを尊敬していたのだろう。なら嘘を吐く必要はないはずだ。それに重要なのは襲撃犯が消えたかどうかよりも、瑠璃という名だ」

「柊柚子と見間違えていた、と言っていますが……」

「彼女の証言が真実なら、襲撃犯の一人は瑠璃という少女を救う為にLDSを襲っている。私の下にマルコとティオが封印されたカードを送って来たのも、そちらだろう」

 

これで辻褄が合う。最初の事件、沢渡を襲った黒マスクの男は『アカデミア』という言葉を、光津真澄が発見した、マルコたちを襲った男は『瑠璃』という名前を出した。

沢渡たちを襲った黒マスクの男は調査の為に沢渡を襲った。だがマルコたちを襲い、カードに封印した男は調査とは別の、明確な目的と手段を以て行動している。

 

「ならば襲撃犯の狙いは……私か」

 

赤馬零児は僅かな情報から、真実に辿り着く。そして同時に自らが選ぶべき行動も見えた。

 

 

『私は襲撃犯の顔をこの目で見ました! 私にも協力させてください!』

『僕たちにも協力させてください!』

『俺、いや僕らだって特別コースで学んだデュエリストです! 邪魔にはなりません!』

『北斗、刃……』

 

 

「馬鹿な、これ以上スクールの生徒を使うなんて……」

「いや、丁度いい。彼女たちにも協力してもらおう。彼女の言う通り、もう一人の襲撃犯の顔を見ているのは彼女だけだ」

「ですが彼女たちは生徒、しかも久守詠歌に敗北しているんですよっ?」

「構わない。これ以上の被害が出る前に、襲撃犯と接触する。それが最優先だ」

「……了解しました」

 

 

少女たちの未来が、大きく動き出そうとしていた。

 

 

 

「沢渡の件はどういたしますか」

「彼の望む通り、ペンデュラムカードを渡してやれ。既にテストはクリアしている。後は実戦に耐えうるかどうかだけだ」

「はっ」

 

 

そして彼の運命もまた、動き始めようとしていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「聞いた通りよ。襲撃犯の顔を知っている私が囮として街を歩く。制服組は私が見つけ次第すぐに動けるようLDSで待機してくれる。北斗たちも私が呼んだらすぐに来れるようにしておいて」

「ああ。 襲撃犯の特徴は? 僕も街を捜す、もしその特徴と一致する奴が居たら真澄に連絡する」

「丁度いいな。なら俺は街の外、人気のない所に行く。あの倉庫の周りにはもう近づかねえだろうしな。山の中かどっかに隠れてる可能性もあるだろ」

 

二人の提案に真澄は頷いた。

 

「分かったわ。あの男の特徴は――!?」

「……見つけました」

「く、久守……」

 

しかし男の特徴を告げる直前、突然背後から掛かった声に思わず身構える。

そこに居たのは、久守詠歌だった。

 

「や、やあ奇遇だね……」

「此処はLDSで、私も生徒なんですが」

「そ、そうだったわね」

 

……何でそんなに余所余所しい態度なのでしょうか。

 

「刀堂さん、権現坂さんの連絡先です。早く連絡してあげてください」

「ああ、悪い……」

「権現坂、ってあの時刃とデュエルした奴よね。なんでそいつの連絡先なんか?」

「ん、まあ色々あってな」

「刃の弟子になったんだよ」

「弟子……?」

「時間もありませんから、早く教えてあげてくださいね、師匠」

「茶化すなよ……分かってるって」

 

権現坂さんから教わったコードを刀堂さんに伝える。これで後は二人次第だ。大会まで間に合うのかどうか、そして大会に出られるのかどうか。榊さんの三戦目のデュエルももうすぐだそうですし。

 

「んじゃ、俺は行くわ。心配しなくても自分の仕事はきっちりやっからよ。何かあったら連絡してくれ」

「あっ、刃!」

「行かせてやってくれ。刃もやる気になってるのさ」

「……分かったわよ。私たちも行くわよ、北斗」

「また調査に?」

「ええ」

「……気を付けて下さい」

「分かってるわ。あなたも、遅くならない内に帰りなさい」

「……」

 

私の心配より、自分の心配をしてほしいです。

まるで逃げるように走り去る光津さんたちを見送りながら、そう思った。

 

 

「……何ボーっとしてんだ」

「沢渡さん!」

 

そんな事を考えていたからだろう、いつの間にか私の背後に立っていた沢渡さんに気付けなかったのは。

 

「いらしてたんですね!」

「ああ。それで、どうしたわけ? こんな所に突っ立って」

「いえ、光津さんたちを見送っていただけですっ」

「例の襲撃犯の調査か。飽きないね、あいつらも」

 

少しだけ呆れたように沢渡さんが言う。

 

「沢渡さんは気にならないんですか? あの、榊さんに似たデュエリストの事」

「もう一度俺の目の前に現れたら相手してやるさ。けど、わざわざこの俺が捜してやる理由はない」

 

やはり沢渡さんにとって今、一番の目的は榊さんへのリベンジのようだ。うん、その方がいい。沢渡さんには前だけを見ていてもらいたい。それ以外の余計なものなんて、全部無視して進んでほしい。

 

「そういうお前はどうなんだ」

 

ぶっきらぼうに私に尋ねる沢渡さんだけど、私の身を案じて言っている事は伝わって来る。だから、私の答えは決まっていた。

 

「私も同じです。また私の前に現れたら相手をしてあげますっ」

「はっ、言うようになったじゃねえか」

 

こんな冗談めかしに言えるのも沢渡さんや皆のお蔭だ。私はもう大丈夫。もう、見失ったりしない。……もしもまた沢渡さんを笑う様な事があれば今度こそ許しませんが。

もう、彼に私怨はない。戦う理由は赤馬さんからの依頼と、何より大切な友人の為だからだ。

 

「それで沢渡さん、今日は――」

 

私がこの後の予定を尋ねようとした時だった。

 

「すまない、少しいいかな」

「ん? ……中島さん?」

 

私たちの背後から音もなく近づいていた中島さんが声を掛けて来たのは。

 

「……何か、御用ですか」

 

依頼の件だろうか。それなら場を変えて、その意味を込めて現れた中島さんに視線を向ける。

 

「ああ。沢渡、君に話がある」

 

しかし、中島さんが呼んだのは沢渡さんの名だった。

 

「俺に? ……へえ」

 

何か心当たりがあるのか、沢渡さんは笑みを浮かべた。

 

「ご指名なんでな。久守、お前は適当に講義を受けて帰れ」

「え……それなら沢渡さんを待って……」

「気にすんな。俺は俺でやる事が出来た」

 

私の申し出は沢渡さんにあっさりと却下される。

 

「ならついてきてくれ」

「はいよ。それじゃあな久守」

 

中島さんに促され、沢渡さんは私に後ろ向きに手を上げて去って行った。

……沢渡さん。

光津さんも志島さんも刀堂さんも、皆去って行ってしまった。大伴たちも今日はLDSには来ない。一人ぼっちになってしまった。

……ま! 今の私にとっては一人でも問題ありません! 私たちは固い絆で結ばれた友達ですからね! せいぜい物凄く寂しくて心細いだけです!

が、そんな時の為のデュエルです! 今日の講義は張り切って頑張ります!

 

「……あ、今日は座学だけ……」

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

その夜、沢渡さんからメールが来た。

 

『また暫くLDSには行かない。もう一度デッキを組み直す』

 

簡潔で、けれど強い意志の籠ったメール。

分かってはいた。榊さんに勝つ為に組み上げたデッキはあの黒マスクの男に敗れた。それに改良を施し、私を倒したデッキでもまだ沢渡さんは満足していないという事は。

けれどどうして今、なんでしょうか……私とのデュエルが終わってすぐではなく、何故……。

 

LDSがペンデュラムカードを独自に開発しているという噂。そして今日現れた中島さん。……やはり関係があるのでしょうか。

 

「考えても分からない、ですけど」

 

ベッドの上で沢渡さんからのメールを何度も読み返し、文を指でなぞる。それで何かが分かるわけでもない。

デュエルディスクを置いて、エクストラデッキを取り出してベッドに並べる。

紫、白、黒、3色のカードたちが輝いていた。

紫。私がこの世界にやって来た時に得た、シャドールたち。

黒。私と共にこの世界にやって来た、マドルチェたち。

そして白。刀堂さんから頂いた、この世界で私が手に入れたカード。

 

「……少しだけ、選手権に出られないのが残念かな」

 

この子たちと舞台に上がれないのが、少しだけ残念。

デュエルとカードに対する恐怖はもうない。むしろ、もっともっとデュエルがしたい。少しでも沢渡さんに近づけるように、沢渡さんに負けないくらい、強くなって、もう一度デュエルがしたい。

 

「大会には出られないけど、力を貸して。……友達を助ける為に」

 

マルコ先生たちを昏睡状態に追いやった襲撃犯を倒す為に。

 

「沢渡さんも頑張っているんです、私も頑張らないとっ」

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

メールを打ち終え、沢渡はベッドに体を投げ出した。

デッキをディスクから取り出し、眼前に掲げる。

 

「こいつで俺は榊遊矢に勝つ」

 

一番上に輝く、‟二色”のカード。それを眺め、笑みを浮かべる。

かつて一度は手にし、しかし奪い返されたモノが今の沢渡の手にはある。

 

「榊遊矢、首を洗って待っていやがれ。この俺の伝説のリベンジデュエルをな……!」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

数日後

 

「…………」

 

「……な、なあ、柚子、あれって」

「何も言わないで……言わないであげて」

 

榊遊矢のジュニアユース選手権出場を賭けた四戦、その三戦目、方中ミエルとの試合を彼が終えた後、遊矢の勝利を喜ぶ遊勝塾の面々は偶然、街のベンチに座り込む久守詠歌の姿を見つけた。

 

「……沢渡さん、ああ沢渡さん、沢渡さん」

 

「……な、何か詠み始めたぞ」

「季語が入ってないわね……」

「いやそこじゃないだろ……」

 

ベンチに座り意味不明な一句を詠む詠歌を遊矢たちは少し離れた所から見守っていた。

 

「詠歌お姉ちゃん……」

「滅茶苦茶落ち込んでるぜ、何かあったのかな?」

「うーん、デュエルでスランプとかかな?」

 

今の妄言が聞こえなかったのか、見守りながら何が原因なのかと首を傾げるフトシとタツヤを他所に、彼らの中では最も詠歌の事を理解しているアユと柚子は内心で呟いた。

 

((また沢渡か……))

 

しかしながら、あの状態の詠歌に話しかけるのは中々勇気がいる、だが見てしまった以上無視することも出来ない。アユと柚子は視線を交わし、頷くと意を決して詠歌に近づこうとした。

 

「ねえねえくもりん、こんな所で何してるの?」

 

が、それよりも早くいつの間にかキャンディーを咥えた少年、紫雲院素良が臆する事もなく近づき、自然な調子で声を掛けていた。

 

「くもりん……そう言うあなたはさわたりん、なんて…………って、あっ、え、と、素良さん……?」

 

顔を上げ、虚ろな目でそんな事を呟いて二ヘラと笑った後、漸く詠歌は正気に戻り、素良に気付いた。

 

「うん、久しぶり、くもりん」

「あ、はい。お久しぶりです、素良さん」

 

……随分とボーっとしていたみたいです。気付けば夕方、素良さんに話しかけられるまで意識が飛んでました。

ええと、今日は講義もないし、沢渡さんも相変わらずLDSに来ないので、例の襲撃犯を捜しに街を歩いていた(勿論、光津さんにバレたら怒られるので隠れて)んでした……が、いつの間にかこんな時間になっていた。うぅ、いけませんね、沢渡さんも頑張っているのに。

 

「あっ、それに柊さんたちも……」

「え、ええ。こんにちは、久守さん」

 

視線を動かすと何故か引きつった笑みを浮かべる柊さんたちが近づいて来ていた。

 

「こんにちは、詠歌お姉ちゃん!」

「はい、こんにちは、アユちゃん」

 

あのお見舞いの後も何度か顔を合わせているし、アユちゃんとの関係は良好です。

 

「今日は皆さんお揃いなんですね。何かあったんですか?」

「へっへへーん、今日は僕のジュニアユース選手権出場決定を祝して大パーティー!」

「って、まだ早い!」

 

笑顔と大きな手振りで喜びを表した素良さんを榊さんが窘める。

 

「俺は後一戦残ってるんだ。祝うのはそれが終わってからっ」

「後一戦……」

「ん、ああ。たった今試合を終えてさ。後一勝すれば俺も勝率六割達成で選手権の出場資格を満たせるんだ」

 

……あれから刀堂さんから権現坂さんの詳しい話は聞いていない。けれど、榊さんが後一勝まで来たという事は……その時が迫っているという事だ。

 

「そういや、LDSの刀堂刃が妙な事を言ってたんだよなあ……」

「……榊さん、頑張ってください。応援しています……どちらの事も」

「え? ああ、うん。ありがとな」

 

榊さんに勝ってもらいたい、勝って、沢渡さんと大会でデュエルをしてもらいたい。けれど、刀堂さんに師事している権現坂さんの事も……。どちらにせよ、それを決めるのは二人のデュエルだ。私が口を出して何かが変わるわけでもない。素直に二人を応援しよう。

 

「……」

「……? 柊さん?」

「えっ? あ、ううん、何でもないの。気にしないで」

 

心此処に在らず、と言うように考え込むような表情を見せた柊さんが気になり名前を呼ぶが、慌てたように手を振って柊さんは誤魔化した。私も人の事は言えないのでそれ以上追及する事はしない。

 

 

(……『君にこのカードは似合わない』、か……)

 

 

柚子の心に過るのは黒マスクをした、遊矢に良く似た少年の言葉。つい先ほど、方中ミエルとのデュエルで遊矢の融合召喚を見たからか、彼に言われた言葉が頭から離れなかった。

 

 

「それより久守さんも一緒にどう? パーティーはまだだけど、せっかくだから何か食べに行かない?」

「あっ、それいい!」

「僕もさんせーい!」

 

柊さんの提案にアユちゃんと素良さんは仲良く手を上げ賛同する。……私も賛成です。

 

「はい、それなら是非。行き詰っていた所ですから」

「決まりね、遊矢たちもいいでしょ?」

「ああ。次の試合に向けて英気を養わないとな」

「うん、僕も賛成」

「それじゃ、しゅっぱーつ!」

 

榊さんたちも頷くと、フトシくんが先導し、歩き始めた。こんな大人数で出掛けるなんて初めてです。少し前までは沢渡さんと山部たちとずっと一緒でしたから。

 

「何処にし――――あっ」

 

私もそれに続こうとした時、柊さんが声を上げた。私を含め、皆が柊さんを見る。

 

「っ!」

「あっ、何処行くの柚子姉ちゃんっ?」

「ごめんっ、ちょっと用事思い出して! 私の事は気にしないで!」

 

タツヤくんの問い掛けにそれだけ返し、柊さんは走り去って行った。……なんだろう、何か……嫌な予感がする。

 

「…………すいません、私もやはり用事を済ませたいと思います。また、よかったら今度は榊さんたちの出場決定パーティーの時に誘ってください。ささやかですが紅茶とケーキをご馳走しますから」

「あっ、詠歌お姉ちゃんまでっ?」

 

私もそれだけ伝えて、柊さんが走り去った方へ足を向けた。

 

「本当!? 約束だからねー! くもりーん!」

「はいっ!」

 

素良さんに手を上げて答え、私は柊さんを追った。

 

 

 

 

 

柊さんを追って辿り着いたのは、人影のない路地裏だった。……まさかこの先に柊さんが? それとも途中で見失ってしまったのだろうか。……とにかく、先に進もう。この嫌な予感が気のせいなら、それでいい。

 

 

「囚われた仲間……それが瑠璃……!?」

 

 

路地裏を進んだ先、柊さんはそこに居た。

そして、

 

「ッ!」

 

忘れるはずのない、黒マスクの男も。

 

「えっ、久守さん……!?」

「君は、あの時の……」

 

「……久しぶりですね」

「……」

 

男の表情はマスクに隠れ、窺い知れない。

 

「あなたが此処に居るという事は、やはりこの先にもう一人の襲撃犯が居るんですね」

「久守さんっ、この先に真澄もっ」

「ッ――」

 

柊さんが先ほど急に走りだしたのは、光津さんを見つけたからか。こんな近くにいながら気付かないなんて、自分が情けない。

……まだ、間に合うはずだ。

 

「久守さんッ!?」

 

無言で私はデュエルディスクを構え、男へと近づく。

男もまた身構え、デュエルディスクに手を掛けようとした。

 

「俺の仲間の邪魔はさせない……!」

「待って久守さん! またいきなりデュエルなんて……! この人に話を聞かせて!」

 

あの時と同じように、柊さんが私たちの間に両手を広げ立ち塞がった。

すいません、柊さん……!

 

「ッ!」

「え――」

 

一瞬、男の意識が柊さんに向いた瞬間、私は二人の横を走り抜ける。

今、私がすべきことは柊さんの言う通り、この男とデュエルする事じゃない。この先に進む事だ……!

 

「私は私のやるべき事をします! 柊さんも、自分のやるべき事を、やりたい事をやってください!」

 

振り返らず、立ち止まらず、そう叫んで私は路地裏を抜けた。

そして、その先で見たのは――

 

 

 

 

 

「い、16400……!?」

「そんな……!」

「マジ、かよ……!?」

 

炎を纏う‟隼”の姿。

 

「バトルだッ! RR(レイド・ラプターズ)―ライズ・ファルコン!」

「待――!」

 

「全ての敵を引き裂けッ! ――ブレイブクロー レボリューション!」

 

MASUMI LP:0

HOKUTO LP:0

YAIBA LP:0

 

 

「あ…………」

 

私の制止の声は何の意味もなさず、隼は光津さんたちのモンスター全てをその爪で引き裂いた。

 

「こ、光津さん! 志島さん! 刀堂さんッ!」

 

吹き飛ばされ、倒れた光津さんたちに駆け寄り、光津さんを抱き起こす。

 

「光津さんっ、光津さん!」

 

けれど、光津さんたちから反応は返って来なかった……だい、じょうぶ、息はある。ただ気絶しているだけだ。

 

「……」

 

光津さんをゆっくりと地面に下ろし、私は隼を操るデュエリストを見上げた。

 

「お前もそいつらの仲間か。だが遅かったな」

「……あなたが、LDSの講師たちを襲った襲撃犯ですか」

「そうだ」

 

私の問いを否定することなく、男は頷いた。

 

「なら……今度は私が相手です」

「お前が? ……ふん、もう雑魚共の相手はたくさんだ」

「……雑魚かどうかはデュエルをすれば分かります」

 

大きく息を吐き、立ち上がる。

……もう、あの時のような愚は冒さない。自分を見失うな。私が今成すべき事は怒りに身を任せる事じゃない。この男を倒し、LDSに連れて行く。

 

『久守詠歌!? 何故お前が其処に居る!』

「……中島さんですか」

 

デュエルディスクに通信が入り、中島さんの責めるような声が聞こえて来た。

 

「偶然ですよ。でも、襲撃犯は見つけました。赤馬さんから受けた依頼、今達成しましょう」

『待て! まだ何も指示は――』

 

強制的に通信を切る。指示を待つまでもない。襲撃犯は目の前に居る。

 

「どうやらお前は上の連中と繋がりがあるようだな」

「ええ。あなたたちの目的は知らない。けど、LDSの上層部に用があるなら私とデュエルをしましょう。勝っても負けても、会えると思いますよ」

「……いいだろう」

 

男も再びディスクを構えた。

準備は整った。目的は分からないけど、LDS上層部に用があるならこれで逃げる事はない。逃がすつもりも、ない。

 

「……待っていてください、光津さん」

 

私の力を押し付ける、今がその時です。

 

 

「デュエル!」「デュエル!」

 

EIKA VS KUROSAKI

LP:4000

 

「私のターン! 私は手札からマドルチェ・エンジェリーを召喚! そして効果発動! このカードをリリースする事でデッキから新たなマドルチェを特殊召喚する! 来て、マドルチェ・プディンセス!」

 

マドルチェ・プディンセス

レベル5

攻撃力 1000

 

「エンジェリーの効果で特殊召喚されたプディンセスは戦闘では破壊されず、次の私のターンのエンドフェイズに私のデッキに戻る……さらにフィールド魔法、マドルチェ・シャトーを発動! このカードが存在する限り、私のフィールドのマドルチェたちは攻撃力、守備力が500ポイントアップする。そしてこのカードが発動した時、墓地のマドルチェをデッキに戻すッ。さらにプディンセスは墓地にモンスターカードが存在しない時、攻撃力、守備力を800ポイントアップさせる!」

 

マドルチェ・プディンセス

攻撃力 1000 → 1500 → 2300

 

お伽の国に現れるお姫様、私の心強い、仲間。力を貸して……!

 

「カードを一枚セットし、ターンエンドッ」

「俺のターン……! 俺はRR―バニシング・レイニアスを召喚」

 

現れたのは機械の体を持つ、鳥獣。

 

「さらにこのカードの召喚、特殊召喚に成功した時、手札のバニシング・レイニアスを特殊召喚出来る」

 

RR―バニシング・レイニアス ×2

レベル4

攻撃力 1300

 

……先程のデュエル、光津さんたちを攻撃した隼、一瞬だったけれど確かに見えた。その身に纏う炎と、オーバーレイユニットを。

やはりこの男も同じ、エクシーズ使い……聞いていた通りですね。

 

「そして場にバニシング・レイニアスが存在する時、手札からRR―ファジー・レイニアスを特殊召喚出来る」

 

RR―ファジー・レイニアス

レベル4

攻撃力 500

 

「レベル4のモンスターが三体……」

 

来るか。けれどたとえどれだけ強力なモンスターであっても、私の場のプディンセスはこのターン、戦闘では破壊されない。

 

「俺は特殊召喚されたレベル4のバニシング・レイニアスとファジー・レイニアスでオーバーレイ! 現れろ、ランク4! RR―フォース・ストリクス!」

 

RR―フォース・ストリクス

ランク4

攻撃力 100 → 600

ORU 2

 

「このカードは自分の場のこのカード以外の鳥獣族モンスターの数×500ポイント、攻撃力、守備力をアップするッ。そして俺の場にRRのエクシーズモンスターが存在する時、手札からRR―シンギング・レイニアスを特殊召喚!」

 

RR―シンギング・レイニアス

レベル4

攻撃力 100

 

RR―フォース・ストリクス

攻撃力 600 → 1100

 

「さらにフォース・ストリクスのモンスター効果、発動ッ。オーバーレイユニットを一つ使い、デッキからRR―シンギング・レイニアスを手札に加え、シンギング・レイニアスの効果で特殊召喚する! そしてオーバーレイユニットとして墓地に送られたファジー・レイニアスの効果、デッキからファジー・レイニアス一体を手札に加え、特殊召喚する」

 

RR―ファジー・レイニアス

攻撃力 500

 

RR―シンギング・レイニアス×2

攻撃力 100

 

RR―フォース・ストリクス

攻撃力 1100 → 1600

ORU 2 → 1

 

「レベル4のシンギング・レイニアスとファジー・レイニアスでオーバーレイ! 現れろ、RR―フォース・ストリクス!」

 

目まぐるしく展開していく男のフィールドに、思わず舌打ちそうになる。黒マスクの男と同じ、この男も一筋縄で行く相手じゃない……!

 

「フォース・ストリクスの効果、オーバーレイユニットを一つ使い、デッキからシンギング・レイニアスを手札に、そして特殊召喚!」

「……そしてファジー・レイニアスの効果でファジー・レイニアスを手札に加える」

「ふん、俺は手札に加わったファジー・レイニアス一体を特殊召喚し、ファジー・レイニアスとシンギング・レイニアスでオーバレイ!」

 

RR―フォース・ストリクス ×3

攻撃力 100 → 2100

 

「さらに三体目のフォース・ストリクスの効果を使い、デッキからバニシング・レイニアスを手札に加える。俺はカードを二枚伏せ、ターンエンド」

 

RR―バニシング・レイニアス

攻撃力 1300

 

RR―フォース・ストリクス ×3

攻撃力 100 → 1600

ORU 1

 

特殊召喚とエクシーズ召喚を繰り返した男のフィールドには四体のモンスターと伏せカード二枚……けれどどうして攻撃力の低いフォース・ストリクスやバニシング・レイニアスを攻撃表示で……攻撃を誘っているのか。

 

「私のターン、ドロー!」

 

良し、これなら……!

 

「私は手札から魔法カード、影依融合(シャドール・フュージョン)を発動!」

「融合……ッ!」

「……!?」

 

私がカードを発動した瞬間、男の瞳に初めて感情の色が宿った。強い、恐ろしいほどの……憎悪の色。

 

「っ、このカードは相手フィールドにエクストラデッキから特殊召喚されたモンスターが存在する場合、手札、フィールド、そしてデッキのモンスターを素材として融合召喚出来る! 私が融合するのはデッキのエフェクト・ヴェーラーとシャドール・ビースト! 人形を操る巨人よ、お伽の国に誘われた堕天使よ、新たな道を見出し、宿命砕け! 融合召喚! 来て、エルシャドール・ネフィリム!」

 

エルシャドール・ネフィリム

レベル8

攻撃力 2800

 

「ネフィリムの効果、このカードが特殊召喚に成功した時、デッキからシャドールカード一枚を墓地に送る――私はシャドール・ファルコンを墓地に。そして融合素材として墓地に送られたビーストの効果を発動! デッキからカードを一枚ドローする!」

「……」

「さらにシャドール・ファルコンのモンスター効果発動! このカードを裏守備表示で特殊召喚!」

 

シャドール・ファルコン(セット)

レベル2 チューナー

守備力 1400

 

「そして融合によってモンスターが墓地に送られた事により、プディンセスの攻撃力、守備力は800ポイントダウンする……」

 

マドルチェ・プディンセス

レベル5

攻撃力 2300 → 1500

 

けれど、あの男の場のモンスターの攻撃力なら問題はないッ。

 

「バトル! エルシャドール・ネフィリムでバニシング・レイニアスを攻撃! オブジェクション・バインド!」

 

男の場に残っているバニシング・レイニアスは最初に通常召喚された方、ネフィリムの効果は発動せず、効果ではなく戦闘破壊となる。よって戦闘ダメージも発生する……!

 

KUROSAKI LP:2600

 

「そしてバニシング・レイニアスが破壊された事にフォース・ストリクスの攻撃力も変動する!」

 

RR―フォース・ストリクス ×3

攻撃力 1600 → 1100

 

「マドルチェ・プディンセスでフォース・ストリクスを攻撃! プリンセス・コーラス!」

「……」

 

KUROSAKI LP:2200

 

 

「プディンセスのモンスター効果! この子がバトルした時、相手フィールドのカード一枚を破壊する! 破壊するのはもう一体のフォース・ストリクス! 姫君の特権(プリンセス・コール)!」

 

RR―フォース・ストリクス

攻撃力 1100 → 100

 

これで残ったのは攻撃力100のフォース・ストリクスが一体だけ……!

 

「罠、発動! RR―リターン! 戦闘では破壊されたバニシング・レイニアスを手札に戻すッ」

「ッ……」

 

二体のエクシーズモンスターは破壊した……けれど、再びバニシング・レイニアスが男の手札に……光津さんたちを倒したエクシーズモンスター、必ずこの男は召喚して来る。

どんな効果かは分からないけれど、私にも策はある。

 

「ターンエンド。この瞬間、エンジェリーの効果で特殊召喚されていたマドルチェ・プディンセスはデッキへと戻る」

 

何処か心配そうな表情でプディンセスはデッキへと戻っていた。……ありがとう。でも私は大丈夫。

 

「……やはり貴様らLDSからは鉄の意思も鋼の強さも感じられない……! 時間の無駄だったな」

「……言ってくれますね。あなたのデュエルにはそれがあるって言うんですか」

 

男は答えない。でもそれは無言の肯定と同じだ。

 

「仮にそうだとしても、関係のない人を襲い、私の友人を悲しませた……誰かを悲しませる強さなんて、私はいらない! 私が欲しいのは大切な人を守る力、大切な人と共に歩んでいく為の力ッ!」

「――俺のターン……! 手札からバニシング・レイニアスを召喚ッ、さらにモンスター効果により手札からもう一体のバニシング・レイニアスを特殊召喚!」

 

RR―バニシング・レイニアス ×2

レベル4

攻撃力 1400

 

「俺は永続魔法、RR―ネストを発動! フィールドにRRの同名モンスターが二体存在する時、デッキまたは墓地から同名モンスター一枚を手札に加える!」

「三枚目……!」

 

男の手に、オーバーレイユニットとしてフォース・ストリクスと共に墓地へ送られた3枚目のバニシング・レイニアスが加わる。

 

「そして二体目のバニシング・レイニアスの効果により、特殊召喚!」

 

RR―バニシング・レイニアス ×3

攻撃力 1400

 

「貴様を倒し、瑠璃を取り戻す……! レベル4のバニシング・レイニアス三体でオーバーレイ!」

「来る……!」

 

「雌伏の隼よ。逆境の中で研ぎ澄まされし爪を挙げ、反逆の翼翻せ! エクシーズ召喚! 現れろォ! ランク4! RR―ライズ・ファルコン!」

 

「ッ――!」

 

闇の中から現れた、六つの複眼に赤い光を灯した隼。これだ、このモンスターが光津さんたちを……!

 

RR―ライズ・ファルコン

ランク4

攻撃力 100

ORU 3

 

攻撃力はたったの100……しかし三体のモンスターを素材としたエクシーズモンスター、それだけじゃない。

それにあの鋭い眼光は、私の体をビクリと震えさせる。何か、恐ろしい効果がある……。

 

「このカードは相手の場の特殊召喚されたモンスター全てに一度ずつ攻撃することが出来る」

「っ、私の場に存在するのは特殊召喚されたシャドール・ファルコンとネフィリムの二体……!」

 

特殊召喚されたモンスターを対象とする効果、ネフィリムたちと同じ……! 残るはオーバーレイユニットを使用する効果……一体何がッ。

 

「ライズ・ファルコンのモンスター効果発動! オーバーレイユニットを一つ取り除き、敵のフィールドの特殊召喚されたモンスターの攻撃力を自らの攻撃力に加える!」

「ッ!」

 

一体だけでなく、全てのモンスターの攻撃力分……! この効果で光津さんたちは……!裏側守備表示のファルコンの攻撃力が加わる事はない、よって加わるのはネフィリムの攻撃力、2800。

 

RR―ライズ・ファルコン

攻撃力 100 → 2900

ORU 3 → 2

 

「――バトルだ、ライズ・ファルコン! セットモンスターとエルシャドール・ネフィリムを攻撃! ブレイブクロー レボリューション!」

 

炎を纏い、隼は大空へと舞い上がる。

でも、その効果ならば!

 

「シャドール・ファルコンのリバース効果、発動! 墓地のシャドールモンスター一体を裏側守備表示で特殊召喚する! お願い、ファルコン!」

 

機械仕掛けの隼の爪が私の隼を引き裂く寸前、シャドール・ファルコンもまた上空へと舞い上がり、私の墓地から仲間を連れ帰る。

 

「シャドール・ビーストを裏側守備表示で特殊召喚!」

 

シャドール・ビースト(セット)

レベル5

守備力 1700

 

「無駄だ! ライズ・ファルコンは全ての敵を引き裂く! 行け!」

「けれどこの子もまた、次へと希望を繋いでくれる! ビーストのリバース効果! デッキからカードを二枚ドローし、手札を一枚墓地へ送る! 私は手札のマドルチェ・バトラスクを墓地へ!」

 

ビーストもまた隼の爪へと引き裂かれる。残ったのはネフィリムだけ、でも!

 

「ネフィリムのモンスター効果! 特殊召喚されたモンスターと戦闘する時、ダメージ計算を行わずにバトルしたモンスターを破壊する! お願い、ネフィリム! ストリング・バインド!」

 

シャドールたちを総べる女王の力で、隼を打ち砕いて!

 

「カウンター罠、発動! エクシーズ・ブロック! ライズ・ファルコンのオーバーレイユニットを一つ取り除き、相手モンスターの効果を無効にし、破壊する!」

 

RR―ライズ・ファルコン

ORU 2 → 1

 

「くっ……!」

 

あの時と、黒マスクの男のデュエルと同じカード……でも私はあの時とは違う! 方舟にはもう、頼らない!

 

「ネフィリムのもう一つの効果! このカードが墓地に送られた時、墓地のシャドールと名の付く魔法、罠カードを手札に加える! 私が加えるのは影依融合!」

 

……これで、私の場のモンスターは全て破壊された。けれどライフに傷はなく、シャドールたちは次へと繋いでくれた。

 

「俺はカードを一枚伏せ、ターンエンド。同時にライズ・ファルコンの効果が終了し、攻撃力が元に戻る」

 

RR―ライズ・ファルコン

攻撃力 2900 → 100

 

「私のターン、ドロー!」

 

効果が終了した今、ライズ・ファルコンは攻撃力100のモンスターでしかない……!

 

「魔法カード、影依融合を発動! デッキに存在する二枚目のシャドール・ファルコンとフレア・リゾネーターを融合! 影糸で繋がりし隼よ、炎の調律者と一つとなりて、神の写し身となれ! 融合召喚……! 来て、見張る者! エルシャドール・エグリスタ!」

 

エルシャドール・エグリスタ

レベル7

攻撃力 2450

 

私の後ろに降り立ったのは宝玉をその身に宿し、赤い影糸を翼のように広げる巨人だった。

 

「さらにファルコンの効果、このカードを裏側守備表示で特殊召喚する! もう一度蘇れ、影糸で繋がる隼よ!」

 

ライズ・ファルコンに応じるかのように、エグリスタと同じ赤い影糸を帯びた隼が再び姿を現す。

男のライフは残り2200……けれど、油断はしない。

 

「手札からマドルチェ・シューバリエを召喚! そして罠カード、堕ち影の蠢きを発動! デッキからシャドールカードを一枚墓地に送り、シャドール・ファルコンを表側表示へと変更する! デッキから影依の原核(シャドールーツ)を墓地に送り、効果を発動! 墓地の影依融合を手札に加える!」

 

男の場には伏せカードが一枚……本来ならドラゴンを墓地に送り、破壊する所ですが……私はそれで沢渡さんに敗北した。それに、先ほどの光津さんたちとのデュエル……3対1であの三人の攻撃を凌ぎ切るのは容易な事ではない。それに何より、志島さんのバウンスと刀堂さんのハンデス戦術を凌いだのはただカードを伏せたり、モンスターの効果だけではないはずだ。恐らく、墓地で発動するカードも存在しているはず……。なら私はそれに賭ける。

 

 

マドルチェ・シューバリエ

レベル4

攻撃力 1700 → 2200

 

シャドール・ファルコン

レベル2 チューナー

守備力 1400

 

ファルコンの効果は一ターンに一度のみ、よって効果は発動しない。でも、これでいい。

 

「……」

 

残るはライズ・ファルコンだけ。これ以上の効果が残されているとは思えないけれど……力を貸してください、刀堂さん!

 

「私はレベル4のマドルチェ・シューバリエにレベル2のシャドール・ファルコンをチューニング!」

 

私の、私たちの力でこの男を――!

 

「魂を照らす太陽よ、お伽の国の頂に聖火を灯せ! ――シンクロ召喚! 人形たちを依代に降臨せよ! レベル6、メタファイズ・ホルス・ドラゴン!」

 

メタファイズ・ホルス・ドラゴン

レベル6

攻撃力 2300

 

私のフィールドに降り立ったのは、幻想的な白き輝を放つ龍だった。

刀堂さんが私に託してくれた、シンクロモンスター。

 

「メタファイズ・ホルス・ドラゴンの効果発動! このカードのシンクロ召喚に成功した時、素材となったチューナー以外のモンスターが効果モンスターだった場合、相手フィールドの表側表示になっているカードの効果を無効にする! 私が選択するのはRR―ライズ・ファルコン!」

 

ドラゴンの咆哮と共に輝きを増した光に照らされ、ライズ・ファルコンの身から効果が失われた。

 

「エクシーズモンスターの真価は己の魂たるオーバーレイユニットを使い、敵を滅する事……けれどこれで、その効果すら封じた!」

「……」

「さあ……懺悔の用意は出来ていますか」

 

かつて光津さんに向けて言い放った台詞を、男に向かって言い放つ。これで、終わらせる!

 

「バトル! メタファイズ・ホルス・ドラゴンでライズ・ファルコンを攻撃! 降天のホルス・フレア――!」

「――罠発動、逆境!」

「ッ――!」

 

リバースされたカードのテキストには墓地で発動する効果は記されていない。読み違えた……!

 

「相手モンスターより攻撃力が低いモンスターが攻撃を受けた時、その破壊とダメージを無効にし、さらに攻撃力を1000ポイントアップさせる!」

 

RR―ライズ・ファルコン

攻撃力 100 → 1100

 

「まだッ! エルシャドール・エグリスタでライズ・ファルコンを攻撃! この一撃で、今度こそ!」

 

エグリスタはその巨大な拳を振り上げ、隼へと振り下ろした。

 

「……」

 

KUROSAKI LP:850

 

そしてその拳は隼を砕き、男へとダメージを与えた。

 

「はぁっ、はぁ……私はカードを一枚セットし、ターンエンド」

 

ライズ・ファルコンは破壊され、あの鋭い眼光からは解放された。けれど、私の体から緊張は解けない。

 

「これで貴様は最後のチャンスをふいにした。お前の言う守る力も、お前には備わっていない……!」

「まだ、デュエルは終わっていない……!」

「このターンで終わりだ――俺の、ターン!」

 

その瞬間、私は理解した。

私を震えさせていたのはあのモンスターのせいだけじゃない。

この男の目と、意思。

 

「俺は手札から魔法カード、ディメンション・エクシーズを発動! ライフが1000以下で俺の場、手札、墓地のいずれかに同名カードが三枚揃っている時、それを素材にエクシーズ召喚するッ」

「――!」

「俺は墓地のバニシング・レイニアス三体でオーバーレイ! 現れろォ! RR―ライズ・ファルコン!」

「あ、く……」

 

再び、機械仕掛けの隼はその姿を現した。

 

「ライズ・ファルコンのモンスター効果、発動! オーバーレイユニットを一つ使い、貴様の場のモンスター全ての攻撃力を自らに加える!」

 

RR―ライズ・ファルコン

ランク4

攻撃力 100 → 2400 → 4850

ORU 3 → 2

 

「バトルだッ! ライズ・ファルコン、全ての敵を引き裂け――! ブレイブクロー レボリューション!!」

 

「――きゃあああ!!」

 

 

EIKA LP:0

WIN KUROSAKI

 

 

「っ、く……光、津さ……」

 

私は光津さんの隣へと吹き飛ばされた。

朦朧とする意識の中、光津さんへと手を伸ばす。

けれど、その手は届くことなく、私の意識は遠退いて行く。

 

圧倒的、だった……私が得た強さなんて、話にならない程に。

これが、この男の言う、鉄の意思と、鋼の、強さなの……?

この力の前じゃ、私は何も――

 

意識が完全に途切れる瞬間、複数の足音が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

意識が浮上する。

 

「此処、は……」

 

目を開くと、見覚えのない天井。けれど鼻を刺す消毒液の臭いは‟何故か”慣れ親しんだものに感じた。

 

「……LDSの、医療施設、か……」

 

こうしてベッドに横になるのは初めてだが、景色に見覚えがあった。

 

「……痛っ」

 

体を動かすと走った痛みに頭を押さえると、包帯の感触が手に伝わった。

どうして私は此処に居るんだろう、その原因を思い出そうと記憶を辿ろうとした時、ベッドの傍に置かれたデュエルディスクが通信を繋いだ。

 

『目が覚めたようだな、久守詠歌』

「ん、ああ……中島さん、ですか」

 

その声には聞き覚えがあった。

 

『目覚めたばかりですまないが、社長がお呼びだ。すぐに来て欲しい』

「赤馬社長が……? 分かりました、今すぐ伺います」

 

まだ意識がはっきりしない。この怪我と何か関係のある話だろうか。

ともかく、上に向かおう。

 

 

 

「失礼します、久守詠歌です」

「ああ。呼び立ててすまない」

「いえ」

 

社長室に入室するといつかと同じように赤馬社長と中島さんが奥のテーブルで私を待っていた。

 

「怪我は平気かね?」

「はい。少し痛みますが、見た目程じゃありません」

「それは良かった。覚えているか? 再び襲撃犯に襲われた君をLDSのチームが発見したんだ」

「襲撃……」

 

その単語に記憶が呼び戻される。……ああ、そうだ。

 

「……申し訳ありません、また失態を」

「気に病む必要はない。君のおかげで調査も進んだ」

「はい」

 

そう、私はあの‟黒マスクの男”にまた敗れた。

少し改良を加えた程度のデッキでは、歯が立たなかった。

 

「……依頼は必ずを完遂してみせます」

 

二度も敗れておいて何を言うのか、と自分でも笑いたくなる。

……情けない。

しかし、赤馬社長は頷いた。

 

「ああ。よろしく頼む」

「っ、はい!」

 

良かった……まだ、私にはチャンスがある……!

 

「君の任務の達成の助けになればと思いこれを用意した」

 

社長が目配せすると中島さんが私にカードを差し出した。

 

「これは……?」

「レオ・コーポレーションが開発したペンデュラムカードだ。まだ試作段階だが、君ならば使いこなし、完成へ近づけてくれると信じている」

「ペンデュラムカード……!」

 

受け取ると、それは確かに二色の輝きを持つ、ペンデュラムカードだった。

 

「それから君のデッキもだ。ペンデュラムカードを加えるにあたり、君のデッキにも調整を施させてもらった」

 

次に渡されたのは私のデッキ。……良かった、ディスクに装着されていなかったから気になっていたんです。

 

「このカードを使い、今度こそ任務の達成を……!」

 

社長は頷き、中島さんが念を押すように言った。

 

「分かっているな? 君の任務は――」

「はい、新たな任務はこのペンデュラムカードを完成させる為のテスト。そして一番の任務は――来たる選手権において、‟ランサーズ”の候補者の選抜です」

 

 

そうだ。

それが私を拾ってくれたLDSへの恩返しになる。

 

 

「もしも相応しくないデュエリストが居れば、私の手で引導を渡します――特に‟あの男”のような、親の保護の下、七光りで参加するようなデュエリストは」

 

 

来たるべき戦いに向け、私がやるべき事。

この世界を守る為の私の使命。私の願い。

それを邪魔する要因は私が排除する。

 

 

 

 




サクサクと黒咲さんが不審者だった時代を進めて、次回からオリ展開を交えたジュニアユース選手権編です。

注釈として、黒崎さんとのデュエルで使った時点でのメタファイズはOCGと違いPモンスターに関するテキストが丸々削られています。社長によってOCG仕様になりました。ストーリー上、Pカードが遊矢しか持ってないのに刃がそれに関するカードを持って来るのはおかしいですので。


ネフィリム禁止の代わりではないですが、これでもうすぐシャドール二枚とネオ・ニュー沢渡さんの妖仙獣が解禁出来る。


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人形と選手権

久守詠歌にとって、赤馬零児は恩人である。

両親を早くに失い、一人で生きていく事になった彼女をレオ・コーポレーションが優秀なデュエリストであると判断し、LDSへの入学と生活の支援を行ってくれたからだ。

だから彼女にはその恩に報いる義務がある、報いたいと思う心がある。

 

LDSへ入学してから、彼女の日常は変化した。

光津真澄や志島北斗、刀堂刃といった友人に恵まれ、笑顔を見せる事も多くなった。

互いに切磋琢磨し、実力を高め合える友人との出会いはレオ・コーポレーションへの恩義をさらに強くした。

 

 

「『今日はLDSに行く』……ふん」

 

 

久守詠歌にとって、沢渡シンゴという男は――――最大の汚点である。

何の気の迷いからか、彼女は彼に惹かれていた時期があった。

犬のようにありもしない尾を振り、媚びて、彼に付き従っていた時期が。

彼女にとってそれは拭い難い過去であり、忌むべき記憶だ。

 

 

 

 

 

「おはようございます、光津さん」

「久守、ええ、おはよう」

 

怪我が完治(といっても大した怪我ではないですが)し、治療の間に新たに組み終えたデッキを持ち、私はLDSの医療施設からロビーへとやってきた。

光津さんを見つけ、挨拶をしながら同じテーブルに着く。

 

「何だか久しぶりね」

「そうですね、少し用事があったので。今日はお一人ですか?」

「あのね、私だっていつも刃や北斗と一緒に居る訳じゃないわ。同じLDSでも、選手権ではライバル。今はそれぞれ、自分のデッキの最終調整をしてるわ」

「成程。もう明日ですもんね」

「そういう事」

 

先日、権現坂さんから連絡があった。榊さんとのデュエルは権現坂さんの敗北に終わり、榊さんは選手権出場を決めた、と。それから自分も出場の為、さらに修行を積むとも。

舞網チャンピオンシップの開幕は明日、間に合うかは分からないけれど、純粋に友人として権現坂さんには頑張ってもらいたい。勿論、赤馬社長の目的の為にも。

 

「今更光津さんに心配する事じゃないですが、緊張を解す為に如何ですか? 今日はカモミールです」

「今更、というかあなた会う度に何かと理由をつけて渡してくるじゃない。……ま、いただくわ」

「はい」

 

鞄から魔法瓶と紙コップを取り出し、光津さんに紅茶を注いで手渡す。

本当ならしっかりとしたティーセットの方が見栄えもいいんですが、流石にわざわざ持ち歩くのは手間だし、私は学生の身分、そんな気を遣っても仕方がない。そんなのは無駄でしかないのだから。

 

「私も今更だけど、本当に残念ね」

「? 何がですか?」

「あなたの事よ。結局選手権の出場資格を得られなかったじゃない――どっかのドヘタのせいで」

「あははっ……そうですね、本当に残念です」

 

たとえ出場出来なくとも私の任務を果たす方法はある。けれど、光津さんの言う通り本当に残念だ。‟あの男”のせいで出場の機会を失ったという事実が、ひどく不愉快で仕方がない。……虫唾が走る。

 

「っ……ごめんなさい、不躾だったわね」

「え?」

「今のあなた、凄い目をしてるわよ」

 

光津さんにそう指摘され、視線を紙コップに注がれた紅茶に落とす。水面に映る私の瞳は、酷く荒んでいた。

 

「……」

 

一度瞳を閉じ、紅茶に口をつけて、息を吐く。

 

「こちらこそすいません。もう過ぎた事でした」

 

そう言って微笑むと、光津さんはもう一度だけ謝り、いつもの調子に戻った。気を遣わせてしまいました。

 

「今回は光津さんたちのデュエルの観戦に集中します。それもまた勉強ですから」

 

出場を決めたデュエリストたちは舞網市だけでなく、海外にも居る。数多くのデュエリストが集まるこの大会で、私は私の仕事をする。

光津さんたちは勿論、LDSに次ぐナンバー2のデュエル塾、梁山泊塾や海外参加のナイトオブデュエルズなど、‟槍”と成り得る可能性を秘めたデュエリストたちを見極めなくてならない。

 

「……そうだ、光津さん。もしよかったら――」

 

大会前の今、頼むのは少し気が引けたが、光津さんなら結果がどうであれ明日に影響する事はないと考え、お願いしようとしたその時だった。

 

「――おいこら、この俺のメールに返事も寄越さずに談笑とは良い身分じゃねえか、久守」

 

その男が現れ、気安く私の名を呼び、気安く私の肩に触れたのは。

 

「……」

「へっ?」

 

無言でその手を払い除け、私は立ち上がった。

 

「……触れないでくれますか」

「……あ、お、おう」

 

間抜けな表情で男は手を下した。

 

「なんだ? 何かあったのか、そんな苛々してよ」

「話しかけないでもらえますか、不愉快です」

「……は?」

 

口を開け、さらに間抜けな表情を晒す男に私は言葉を重ねる。

 

「聞こえなかったんですか。私の前から消えてください、そう言ったんです」

「いや言ってる事が違えじゃねえか!」

 

大きな声を上げる男に私は思わず嘆息する。

 

「はぁ……耳障りで、目障りですね。癪に障る……あなたを見ていると本当に苛々する」

 

まるで信じられないモノを見たかのように目を白黒させる男に、私は溜まっていたものを吐き出すように続けた。

 

 

「ほんの一時でも、ほんの僅かでも、あなたに心を許していた事は私にとって最大の汚点です。今更それを雪ぐ事は叶いませんが……せめてもう二度と、私に関わるな――――沢渡シンゴ」

 

 

溜まっていた鬱憤を、憎悪を、怒りを、その全てを乗せた言葉がどこまでこの男に届いたのかは分からない。けれど、それを確かめる為にこれ以上、この男と共に居る事に私は耐えられなかった。

 

「行きましょう、光津さん」

「え、ええ……」

 

紙コップを握り潰し、私は足早にその場を立ち去った。

 

 

「ご愁傷様。ま、少しだけ同情してあげるわ。どうせあんたの自業自得なんでしょうけど」

 

真澄は気の毒なモノを見る目を向けながら沢渡にそう言うと、去って行った詠歌を追いかけて行った。

 

「……な、なっ」

 

そして、一人取り残された沢渡は――

 

「――なんじゃそりゃあああああああああああ!?」

 

周囲に人が居る事も忘れ、力の限りそう叫んだ。

 

 

 

 

 

「何処まで行くのよ?」

「すいません、改めて光津さんにお願いしたい事があります」

 

私たちがやって来たのはLDSのデュエル場。ただし生徒に解放されているフリースペースではなく、講義などで使う専用のデュエルコートだ。

 

「あなた、何で此処の鍵を?」

「中島さんから許可は得てあります」

「……?」

「光津さん、私とデュエルしてください」

「それは構わないけど……どうして此処で?」

「まだ人目につく事を赤馬社長たちも望んではいませんから」

 

赤馬社長たちはジュニアユース選手権の場でレオ・コーポレーション製のペンデュラムカードを初めて披露するつもりでいる。……あの男に使わせて。

だから私も、公の場でテストを行うわけにはいかない。けれど同じLDSの光津さん相手ならば構わない、そう許可も得ている。

 

(……やっぱり雰囲気が少し変わった? それだけ沢渡の奴との一件が堪えているのかしら。喧嘩をしたって言うのは聞いていたけれど……ここまでとはね)

 

真澄は詠歌の変化をそう認識していた。……それを誰から聞いたのかも分からず、しかしそれを疑問にも思わず。

 

「……いいわ。相手をしてあげる。大会前の最終調整としてね」

「ありがとうございます。全力でお願いします」

「言われなくともっ!」

 

光津さんは勝気な笑みと共にデュエルディスクを構えた。私も静かにディスクを構え、組み直したデッキをディスクへと挿入する。

これはテストだ。ペンデュラムカードの完成の為の、そしてこのデッキの力を確かめる為の。

 

 

「デュエル!」「デュエル……!」

 

 

EIKA VS MASUMI

LP:4000

 

「先行は私よ! 私はジェムナイト・ルマリンを召喚!」

 

ジェムナイト・ルマリン

レベル4

攻撃力 1600

 

現れるイエロートルマリンの戦士、ルマリン。効果を持たないバニラモンスター。

 

「カードを二枚セットして、ターンエンド!」

「私の、ターン……!」

 

カードをドローし、手札に加える。六枚の手札を見て、私は想像する。この新たなデッキの軌跡を。

 

「私はフィールド魔法、機殻の要塞(クリフォートレス)を発動。このカードが存在する限りクリフォート・モンスターの召喚は無効化されず、さらに通常召喚に加えてもう一度だけクリフォート・モンスターを召喚することが出来ます」

「クリ、フォート……?」

 

初めて聞くカードと名前に光津さんは怪訝そうに眉を細めた。

 

「私は手札から――クリフォート・ゲノムを召喚。このカードはレベルと攻撃力を下げ、リリースなしで召喚出来る」

 

クリフォート・ゲノム

レベル6 → 4 ペンデュラム

攻撃力 2400 → 1800

 

「装備魔法、機殻の生贄(サクリフォート)を発動し、クリフォート・ゲノムに装備する。このカードを装備したクリフォート・ゲノムは攻撃力が300ポイントアップし、戦闘では破壊されない」

 

クリフォート・ゲノム

攻撃力 1800 → 2100

 

「そして機殻の生贄を装備したモンスターはクリフォート・モンスターをアドバンス召喚する時、2体分のリリース素材となる……私はフィールド魔法、機殻の要塞の効果により、もう一度通常召喚を行う。二体分となったゲノムをリリース」

 

分かる。私が取るべき手が、勝利への道が。

 

「アドバンス召喚……クリフォート・シェル」

 

クリフォート・シェル

レベル8 ペンデュラム

攻撃力 2800

 

現れたのは奇怪な形をした、砦とも言える物体だった。

 

「さらに機殻の生贄がフィールドから墓地へ送られた時、デッキからクリフォート・モンスター一枚を手札に加える……私が手札に加えるのは、ペンデュラムモンスター クリフォート・ツール」

「ペンデュラムモンスター……!? あなた、何処でそれを!?」

「心配しなくとも正規の手段で手に入れたものです。あの男のような汚い真似をしたわけではありませんよ」

 

私が公開したクリフォート・ツールを見て、光津さんはようやくクリフォートの事を理解したようだ。

 

「私はスケール9のクリフォート・ツールをペンデュラムゾーンにセッティング」

「っ……成程ね、融合でもシンクロでもエクシーズでもない、総合コースのエリートのあなたにはピッタリだわ。けど、使うのは初めて? ペンデュラムカードは二枚ないと――」

 

言い掛けて、光津さんは口を噤んだ。

 

「……言うまでもないわよね。あのストロング石島のエキシビションマッチの映像を何度も見返して、誰よりも早く研究していたあなたには」

「誰よりも早く、というのは買いかぶりですよ。クリフォート・ツールのペンデュラム効果、発動。ライフを800ポイント払い、デッキからこのカード以外のクリフォート・カードを手札に加える。私が加えるのはクリフォート・アーカイブ。そして、スケール1のクリフォート・アーカイブをペンデュラムゾーンにセッティング……!」

 

EIKA LP:3200

 

「これで……」

「レベル2から8までのモンスターが同時に召喚可能……ただし、セッティングされたクリフォートたちのペンデュラム効果により、私はクリフォート以外のモンスターの特殊召喚は行えない」

「けどそのデメリットの上でペンデュラムゾーンにセッティングしたって事は、あるんでしょう? あなたの手札に」

「ええ――お見せしましょう、赤馬社長に次ぐ、LDSのペンデュラム召喚を……! ペンデュラム召喚! 現れろ、レベル5、クリフォート・アセンブラ!」

 

クリフォート・アセンブラ

レベル5 ペンデュラム

攻撃力 2400

 

私の背後に設置された二つの光柱、その中心の空間より、新たなクリフォートが飛来する。

それもまた奇怪な形をした、石版だった。

 

「さらにクリフォート・アーカイブのペンデュラム効果、私のフィールドのクリフォートたちの攻撃力が300ポイントアップする」

 

クリフォート・シェル

攻撃力 2800 → 3100

 

クリフォート・アセンブラ

攻撃力 2400 → 2700

 

「……随分と不気味ね。ただでさえシャドールとマドルチェっていうアンバランスなデッキだったのに、不気味さが増しちゃってるわよ」

 

……ああ、そういえば前使っていたのはそういうデッキでしたね。

 

 

「大丈夫ですよ。シャドールたちは残していますが、マドルチェたちはデッキから全て抜きました」

 

 

「え……?」

「強くなる為にはそうするべきだと判断しました。マドルチェたちを使っていては、勝てるデュエルも勝てなくなる。これ以上強くなんてなれませんから」

 

自分でも不思議なくらい、冷めた声だった。

でも何も可笑しな事はない。強くなる為にデッキを改良する、デュエリストとして当然の行為だ。

 

「バトル! クリフォート・アセンブラでジェムナイト・ルマリンを攻撃」

「ッ、罠カード、輝石融合(アッセンブル・フュージョン)を発動! ジェムナイト・ルマリンと手札のジェムナイト・ラピスを融合! 雷を帯びし秘石よ、碧き秘石よ! 光渦巻きて、新たな輝きと共に一つとならん! 融合召喚! 現れよ、ジェムナイト・プリズムオーラ!」

 

ジェムナイト・プリズムオーラ

レベル7

攻撃力 2450

 

「バトルは続行、プリズムオーラを攻撃」

「速攻魔法、決闘融合―バトル・フュージョンを発動! このバトルの間だけジェムナイト・プリズムオーラにクリフォート・アセンブラの攻撃力を加える!」

 

ジェムナイト・プリズムオーラ

攻撃力 2450 → 5150

 

「……」

 

EIKA LP:750

 

私も入れていたカード、融合召喚を扱う光津さんなら当然入れていても不思議はない。

 

「この瞬間、プリズムオーラの攻撃力は元に戻る……ペンデュラムカードを手に入れたからって浮かれ過ぎじゃない? 以前のあなたならもっと慎重だったと思うけど」

 

ジェムナイト・プリズムオーラ

攻撃力 5150 → 2450

 

「破壊されたアセンブラはペンデュラムモンスター、よって墓地ではなくエクストラデッキへ送られる。……いくらライフに傷がつこうと、0にならなければ同じ事です。そして私は、その前に敵のライフを削り切る……! クリフォート・シェルでプリズムオーラを攻撃!」

 

もう光津さんの場に伏せカードはない。

 

「くっ……!」

 

MASUMI LP:3350

 

爆風と共にプリズムオーラは砕け散る。

 

「クリフォート・シェルの効果発動。このカードがクリフォート・モンスターをリリースし、表側表示でのアドバンス召喚に成功した場合、二度の攻撃を行える。あなたのフィールドにカードは残されていない……直接攻撃」

「なっ、くぅ……!」

 

MASUMI LP:250

 

「カードを一枚セットし、ターンエンド」

「やるじゃない……私のターン!」

 

ドローしたカードを見て、光津さんは微笑んだ。

 

「どういうつもりであなたがデッキを変えたのかは分からないけれど、私も本気で行かせてもらうわ。あの時とはもう、違うのよ。永続魔法、ブリリアント・フュージョンを発動!」

 

フュージョン……永続魔法の融合カード……?

 

「デッキのジェムナイト・ガネット、エメラル、クリスタを素材として、融合召喚! 現れよ、全てを照らす至上の輝き! ジェムナイト・マスターダイヤ!」

 

ジェムナイト・マスターダイヤ

レベル9

攻撃力 0 → 600

 

(今、本当のエースまで出すのは遠慮させてもらうわ。マスターダイヤで勝負を着ける……!)

 

「永続魔法でかつデッキ融合……ですか、成程、確かに強力なカードです」

「勿論、デメリットはあるわ。この効果で召喚したモンスターの攻撃力、守備力は0になる。今のマスターダイヤは自分の効果で上昇した、600ポイントの攻撃力しか持っていない――けれど、手札から魔法カードを墓地に送る事で、元の力を取り戻すのよ! 私は手札のパーティカル・フュージョンを墓地に送る!」

 

ジェムナイト・マスターダイヤ

攻撃力 600 → 3500

 

デッキ融合、それが如何に強力かは私も良く知っている。だからこそ私もデッキにシャドールを残したのだ。しかもこのカードならジェムナイト・フュージョンが手札にあれば、その効果で実質手札コスト0で強力な融合モンスターを召喚出来る。

……けれど、力を出し惜しんで私に勝てるなんて、侮られたものだ。

 

「……光津さん、やはりあなたは強いです。けれど、私はこのカードを発動していた。永続罠、機殻の再星(リクリフォート)

 

 

 

その後の結果は、わざわざ思い出すまでもない。

私が勝ち、光津さんが負けた。

けれどこのままでは駄目だ。強く、もっと強く。

鉄の如き意思と鋼の如き強さを。

赤馬社長に恩を返す、そうすれば私は……やっと。

 

 

 

「……っと、いけない」

 

何処か気まずい雰囲気で光津さんを見送り、今日はもう帰ろう、そう思った時、デュエルの時に置いた鞄を忘れて来た事に気付く。なんて間抜けな……以前ならこんな事なかったのに。

踵を返し、再びデュエル場へと足を向ける。

一番奥のデュエル場へと向かう途中、この時間は使われていないはずの別の講義用のデュエル場に明かりが灯っていた。

 

 

 

「俺はスケール3の妖仙獣 左錬神柱とスケール5の妖仙獣 右錬神柱でペンデュラムスケールをセッティング! ペンデュラム召喚! 来い! 妖仙獣 鎌壱太刀! 鎌弐太刀、鎌参太刀!」

 

「来たぁ! ペンデュラム召喚!」

「沢渡さん、決まり過ぎっす!」

「ネオ沢渡最高!」

 

中から聞こえて来たのは山部、大伴、柿本の声と聞きたくもない男の声だった。

中島さんから聞いてはいたが、本当にあの男にペンデュラムカードを……。いや、けれどそれは正しい。赤馬社長はペンデュラムカードを普及させようと研究していたんだ。あの男に扱えるのであれば、他のデュエリストたちにも間違いなく扱える。そういう意味ではテストプレイヤーとしては最適だろう。

……これ以上此処で立ち止まっていても仕方がない。気分が悪くなる前に行こう。

 

 

 

「妖仙獣 閻魔巳裂(やまみさき)で氷帝メビウスを攻撃! 続いて鎌弐太刀で直接攻撃!」

「うわあああ!」

 

YAMABE LP:0

WIN SAWATARI

 

 

「沢渡さん、やっぱりペンデュラム召喚強すぎっすよ!」

「違うなあ、強いのはペンデュラム召喚じゃあない、それを使うデュエリスト――つまり強いのは!」

「「「「沢渡さーん!」」」

「イエース! ペンデュラムカードを手にした今、榊遊矢も敵じゃない。勝つのはこの、ネオ!」

「「「沢渡さーん!!」」」

「イエス! イエス!」

 

詠歌が来ていた事も知らず、彼らは沢渡を持ち上げ続ける。この瞬間だけは沢渡も先程の事を忘れ、気分を良くしていた。

しかし、

 

「でも沢渡さん、LDSに来たんなら久守の奴も呼んでやれば良かったんじゃ……?」

「ああ……相当キテたからな、久守の奴」

「この前、虚空に向かって名前を呼んでたのを見たぞ……」

 

「……そう! そうだよなあ、なーに、明日になれば選手権が始まる。その時は呼ばないでも来るさ……あいつも一日経てば頭を冷やすだろうからな」

 

聞こえないようにそう付け加えて、沢渡は笑った。

 

「……?」

「沢渡さん」

「何かあったんすか? 久守と」

 

だが沢渡の態度の変化に気付いたのか、山部たちはそう尋ねた。

 

「別に? ただあいつがらしくもない様子だったからな、まあこの俺に会えなかったが故に拗ねでもしたんだろうさ。まったく、人気者は辛いねえ」

「久守が?」

「珍しい事もあるもんすね」

「確かに最近見かけなかったけど……拗ねるってか風邪でも拗らせたんだと思ってました」

「風邪……そう、それだ! そうに違いねえ! 明日も来ないようならそれしかねえ!」

「「「……?」」」

 

まだ、誰も事の重大さには気づいていなかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「社長、久守詠歌の様子ですが」

「ああ、どうなっている」

「経過を見る限り、異常はありません。記憶の抹消と改竄は成功しているようです」

「そうか」

「はい。チームからの報告を受けた時は懸念もありましたが……」

「この街に来る前の記憶が読み取れない、か……だが彼女が記憶を失っている様子はない。元々人間の脳はまだ未知の領域も多い、無理に触れようとすれば後遺症が残る可能性もある。記憶の抹消が出来ただけで十分だ。彼女は貴重な戦力なのだから」

「はい。ですが彼女をこちら側に引き入れるのなら、沢渡にペンデュラムカードを渡す必要はなかったのでは? 奴の事です、またごねてテストが終わってもペンデュラムカードを返さないとも限りません」

 

中島にとって沢渡の印象は良いものではない。最初の榊遊矢からのペンデュラムカード強奪の件での命令違反に、センターコートのジャック、頭が痛くなるような問題ばかり起こす厄介者。確かにペンデュラム召喚を行ったデュエリスト、という意味では適任なのかもしれないが、それでも他に手はあったのではないか、と思わずにはいられない。現に詠歌も成功させている今となっては、猶更。

 

「いや、これでいい。どちらにせよ大会は明日だ、沢渡には予定通り、一回戦で榊遊矢とデュエルをしてもらう」

「はっ、そのデュエルで我が社のペンデュラムカードの存在を認知させる、癪ですが沢渡ならばその点は適任でしょう」

 

沢渡の性格はそういった方面では役立つ、これ以上ないアピールになるだろう。中島はそう自分に言い聞かせた。

 

「久守詠歌もペンデュラム召喚を成功させた。沢渡のデータと合わせれば量産も可能になる」

「はい、テストではまだ不安定なカードでしたが今の所召喚反応、エネルギーバランス共に異常は見受けられません、しかしまたいつ異常が出ないとも……」

「その為に大会に出場しない彼女にあのカードを与えたのだ。安定した運用が出来るのであればそれで良し、仮に異常が出てもそのデータは有用なものだ。沢渡という枷が外れた今、彼女にはさらに実力を高めてもらわねばならない」

 

冷静に、淡々と赤馬零児は言葉を紡ぐ。

 

「確かめさせてもらおう。彼女の真の力を。鎖を外された彼女が何処へ辿り着くのかを」

 

それぞれの思惑が渦巻く中、大会が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

舞網チャンピオンシップ 当日

 

開催直前のスタジアムに私は居た。観戦も目的だが、それだけではない。

 

「此処に居たんですか」

「む……お主は」

「聞いているはずです、LDSの久守詠歌。あなた方が風魔の……日影さんと月影さんですね」

 

忍装束に身を包んだ二人組、日影さんと月影さん。彼らもLDS、社長からの依頼を受け大会に参加したデュエリストだ。

 

「私は大会には出場できません。ですから私の代わりに相応しくないデュエリストたちを振るい落とすのはあなた方の役割です」

「承知している」

「それ以外の邪魔者は私が排除します。あなた方も自分の仕事を」

 

私の言葉に二人は頷く。信用していないわけではありませんが、一応念を押しておく。

 

「伝えたかったのはそれだけです。……任務とは関係なく、応援もさせていただきます。頑張ってください」

 

 

 

「兄者」

「ああ。気付いたか、あの少女……」

「何かに駆り立てられている。隠しているつもりのようだったが、酷く不安定な気をしていた……」

「……どんな状況であろうと、我らが成すべき事は変わらぬ、行くぞ、月影」

 

 

 

念の為、会場を一度見回ってから、スタジアムの観客席へと足を運んだ。

既に開会式も終盤、榊さんの選手宣誓が始まっていた。

 

「――どんどんデュエルが楽しくなって、もっとデュエルを好きになりたいと思いましたっ。そして俺は榊遊勝のように誰かの誇りにされる、最高のプロデュエリストになりたいです! 自分も、皆もデュエルが好きになる、そんなデュエリストになりたいです!」

 

――かつて臆病者の息子と蔑まれ、それでも必死にデュエルと向き合おうとしていた少年の言葉に、会場は拍手を送った。

……何故だろう、確かに榊さんの言葉に嘘はなく、私の心にも響いた。素直に尊敬したいと思った。でも、この痛みはなんだろう。どうして私の心はこんなにも、何かを訴えるように痛むのだろう。

 

「っ……」

 

分からない。この感情の根源は、何?

頭が痛む、私は一体何をしているんだろう、という漠然とした疑問が頭を過ぎる。

……くだらない、私はただ、やるべき事を、言われた事をやるだけだ。

 

「……」

 

スタジアム、LDSの列に並ぶ志島さん、刀堂さん、光津さん、そしてその後ろでニヤリと笑いながら気障に拍手を送る、あの男が居た。

 

「っ……!」

 

虫唾が走る。気に入らない、あの表情も、いやあの男があの場所に立っている事自体が酷く気に入らない。

 

「おっ、居た居たっ、おい、久守」

「……大伴」

「探したぜ、いつまで経っても来ないからよ」

 

大伴に続いて、山部と柿本が追いかけるように私の前に現れた。

 

「昨日メールしただろ? 今日の集合場所」

「……ああ、そういえばそうでしたね」

「そういえば、って……沢渡さんも言わなかったけど、滅茶苦茶気にしてたぞ?」

「気にする? ……ははっ」

 

思わず、失笑が零れた。

 

「同じLDSの友人として忠告しておきます」

「は?」

「あなたたちも早く、あの男と縁を切った方がいい」

 

開会式を終え、通路へと戻っていくあの男を見下ろしながら、そう忠告した。

 

「道化に付き合って笑い者になりたくはないでしょう」

「お前、何を言って……」

 

顔を見合わせ、信じらないといった表情で口を開いた大伴に被せるように、私は言葉を続けた。

 

「私はもうあの男の取り巻きでも、人形でもない――あなたたちとの縁も、これまでです」

 

そうはっきりと伝え、私は席を立った。彼らと一緒に居る必要も、もうない。もう、いらない。

 

 

 

 

 

去って行く詠歌を三人は呆然と見送り、誰ともなく、震える声で呟いた。

 

「…………沢渡さん、一体久守に何したんだ……?」

「マジギレだったぞ、あいつ……」

「沢渡さん、マジやばいっすよぉ……」

 

久守詠歌の決別の言葉は、彼らには届いてなどいなかった。




主人公の新デッキのお披露目として申し訳程度のデュエル描写となりました。
これならきっと黒咲さんにも勝てるね(にっこり)


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人形と風斬る刃

ついに舞網チャンピオンシップは開会した。

榊さんの選手宣誓を見届けた私は観客席から離れ、スタジアム外の木影に腰を下ろす。

 

「っ……」

 

人混みはあまり好きじゃない。試合は中継もされている、ジュニアクラスに関しては中継映像で十分だろう。

ディスクでトーナメント表を確認すると、最初はフトシ君、そしてアユちゃんの試合だ。……アユちゃんの相手は、赤馬零羅。赤馬社長の弟。気の毒だが、アユちゃんに勝ち目はない。いや、アユちゃんだけではない。恐らくジュニアクラスのデュエリストでは誰も彼に敵う者はいないだろう。

赤馬社長もそれは分かっている。社長が期待しているのはジュニアユース以上の選手、特にペンデュラム召喚を生み出した榊さんと同じ世代、私たちジュニアユースクラスだ。

 

「ん……」

 

デュエルディスクがメールの着信を告げた。差出人はアユちゃん。

 

「『私とフトシ君の試合、しっかり見ててね』……ええ、分かっていますよ」

 

実力を疑うわけではないが、零羅くんの力を確かめる良い機会だ。言われずとも観戦させてもらおう。いずれ来たる戦いの為に。

 

 

 

「沢渡さーん!」

「待って下さいよ、沢渡さん!」

「いくら試合が明日だからって、そんなに急いで帰らなくてもいいじゃないっすか!」

 

会場の出入り口の方から聞き覚えのある声が聞こえ、私は咄嗟に樹の後ろへと姿を隠した。

 

「んな事より久守はどうしたッ、あいつ、大会当日になっても俺の前に姿を見せねえとは……!」

「だ、だから言ったじゃないっすかぁ、滅茶苦茶怒ってたって……」

「沢渡さん、本当あいつに何したんすか……?」

「俺が知るか! 大体、俺は昨日まであいつには会ってないっつの!」

「それが原因なんじゃあ……」

「そんな訳あるかッ、この俺がわざわざメールで伝えたんだ。それで怒る訳が分からねえ」

「だって沢渡さん、隠れて俺たち相手にずっとペンデュラム召喚の練習をしてたし……」

「それをどっかで知って、仲間外れにされた事を怒ってるんじゃ? その前からずっとコソコソしてたし」

「そ、そうっすよ。それに何で久守だけ呼ばなかったんすか? 久守相手に隠す必要はないでしょ?」

 

……どうやらまだ私の意思は伝わっていなかったようだ。くだらない、そんな理由で今更私がどうこうなるはずもない。

今から出て行って、もう一度、今度は沢渡シンゴ本人にその意思を伝えてやりたい……けれどまたあの男の前に姿を現す事自体、私にとっては耐え難い苦痛だ。

 

「分かってないなあ、君たち。観客相手に練習を見せてどうする。本番で初披露してこそ、輝くってもんさ」

「……要は久守相手に良い所を見せたかったって事ですか?」

「んなっ! なんでそうなる! 俺はただショーを盛り上げる為にだな――」

 

「ショー、ですか。まるで榊さんのような事を言うんですね」

 

「ッ、久守!」

 

その苦痛に耐える事を選び、私は沢渡シンゴの前に姿を現した。

 

「久守、お前……一体どういうつもりだ! この俺の呼び出しにも答えないで、しかも好き勝手こいつらに言ったみてえじゃねえか」

「好き勝手? それはあなたの方だ。榊さんのペンデュラムカードを奪い、しかもそれを逆恨みして柊さんを巻き込もうとした……尤も、それはあの襲撃犯の手で防がれましたが。あの無様な姿があなたの本当の姿だ。榊さんの真似をする今のあなたは滑稽で、見るに堪えない」

「んだと……チッ、今はそんな事はどうでもいい! 何で俺から逃げるッ!」

「逃げる……あなたにはそう見えるんですか?」

「実際そうだろうが、俺を避けてコソコソしやがって、言いたい事があるならハッキリ言いやがれ! 前にも言ったよな、お前が何も言わなきゃ、俺はお前を無視して先に行くって」

「どうぞご自由に。あなたの行く先に道があれば、ですが」

「ッ、この……!」

 

「さ、沢渡さん! 落ち着いて!」

「久守もいくらなんでも言い過ぎだって!」

「お前が一番沢渡さんの事知ってるだろ!?」

 

「知りませんよ。……私はかつて、この男の事を愚かにも慕っていた。盲目的に、盲信していた。そんな濁った瞳で見たこの男の事なんて、何一つ理解できない。それはあなたたちと私も同じだ。自分を慕い、嫌な顔一つせず付き従っていた私しか知らないあなたたちに、本当の私なんて分からない。結局、私たちが過ごした時間は上辺だけの物です。今、それが漸く取り払われた……それだけです」

「……それがお前の本心だってのか」

「そうです」

「……なら、あの時のデュエルは。お前が言った、お前のやりたい事ってのはどうなる」

「忘れましたよ、そんなもの。私にとってはあんなデュエル、覚えている価値もない。ただ、そうですね……あなたに敗北を喫したという事実は屈辱です。今此処でそれを雪いでおきましょうか」

 

私はデュエルディスクを構えた。本気で潰すつもりはない。この男にはレオ・コーポレーションのペンデュラムカードを披露するという役目がある。

 

「……クソッ、行くぞお前ら!」

「逃げるんですか、臆病者」

「今お前に構ってやる暇はないんでね」

「榊さん、ですか。懲りない男」

 

私の言葉には答えず、沢渡シンゴは去って行った。

 

「あなたたちも行ったらどうですか。それが、あなたたちの選択なんでしょう」

「……なあ久守、本当にどうしちまったんだよ」

「あるべき形に戻っただけです。今までが異常だったんですよ。どうして私があんな男に惹かれていたのか、本当に理解できない。あなたたちが今もあの男に付き従う訳も」

「「「……」」」

 

山部たちもまた、無言で沢渡シンゴを追った。

……どうしてあんな男を慕うのか、分からない。

 

まあいい、これで静かになった。もう試合は始まっているだろう。

ディスクを起動させようとした時だった。

 

「あ、あの……」

 

今度は誰……嫌気が差しながらも振り向く。

 

「お、お久しぶりです……」

「あなたは……」

 

 

 

私たちはスタジアムの外に設置されたベンチに腰掛けていた。

 

「これ、良かったらどうぞ。大会中は暇だからと休憩を頂いて、もしかしたら会えるかも、って思って持って来たんです」

「はあ……ありがとうございます」

「あれから改良を加えて、今では結構リピーターも獲得したんですっ」

 

手渡された紙袋を広げると、中には見覚えのあるプティングが入っていた。

 

「店長からもそろそろ新しい商品を作ってみないか、って言われててっ、これも全部お客様のおかげです!」

「いえ、私は何も……」

「何を言うんです、お客様は名付けの親じゃないですかっ、この――マドルチェ・プディンセスの」

 

彼女――もう暫く行っていない、ケーキ屋の店員の女性からスプーンを受け取る。

マドルチェ・プディンセス、そう、そういえばそう名付けたんだったか。何か、願いを込めて……その願いが何だったのか、今となっては思い出せないけれど。

 

「……美味しいです」

 

一口、口にしてそう告げる。

 

「……あ、あれ? 失敗しちゃってましたかっ!?」

「え……?」

「だ、だってちっとも美味しいって顔じゃないですし……ま、慢心していたつもりはないのに!」

「い、いえ、そんな事は……美味しい、です」

 

嘘は言っていない。十分お店に出せるレベルの味だ。決して気を遣っている訳ではない。

 

「うぅ……新味の研究をしている場合じゃなかったですね。もっと精進します……」

「そんな……あっ、ほ、ほら試合が始まりますよっ。赤馬社長の弟さんのデュエルです」

「零児様の……?」

 

ライブ映像が映し出されるデュエルディスクを設置されているテーブルに置いて、声を掛ける。

アユちゃんと零羅くんの試合が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

それからお昼まで私たちは並んでデュエルを観戦した。

 

「凄いですね、あんなに小さな子たちが……」

「たとえジュニアクラスでも出場資格を勝ち取った精鋭ですから。退屈はしないと思います」

「ええ、本当にっ」

 

目を輝かせながら頷く女性に、思わず頬が緩む。……でも、この大会の真の目的は誰かを楽しませる事じゃない。

 

「……あっ、この人、ですよね」

 

私のデュエルディスクでトーナメント表をぼんやりと眺めていた女性が、一人の写真を指差した。

 

「え?」

「以前言っていた沢渡シンゴさん、って方。試合は……明日」

「……ああ、そういえばそんな事も言いましたね」

「……?」

「いえ。ではすいませんが私もそろそろ会場に入ります。午後からのデュエルは直接観戦したいですから」

「あっ、はい。私もお店に戻ります。またいつでもいらしてください!」

「ええ」

「私もまた明日、観戦に来ますね」

「はい、ではまた明日」

「……ふふっ、はいまた明日!」

 

何故か笑う女性に首を傾げてしまう。何か変な事を言っただろうか。

 

「いえ、こんな風に誰かと約束をするのが久し振りで。社会人になると中々職場以外の友人って出来ないんですよ。だから何だか嬉しくって」

「友人、ですか」

「はい。……あっ、ごめんなさい、お客様相手に失礼でした、よね……」

「いえ、此処はお店じゃありませんし、今の私はただの中学生ですよ。でも友人、ですか……私も‟外”の友人が出来るのは初めてです」

 

…………? なんだろう、今の違和感は。‟外”……? 確かにLDSや学校以外での友人というのは彼女が初めてだ。でも何故、そんな言い方をしたんだろう……。

まるで別の、他の場所を指しているような……。

 

「中学生……そうですよね。知ってましたけど……どちらかと言うと姉妹ですかね?」

「……ふふ、そうかもしれませんね」

 

……気にする事もない。些細な事だ。

 

「それでは、私はこれで」

「はい、気を付けて。プティング、ご馳走様でした」

「今後ともご愛顧、よろしくお願いしますっ」

 

最後にちゃっかりとアピールしながら、彼女は去って行った。……少し、気分が安らいだ。彼女がデュエリストではないからだろうか。余計な事を考えず、ただ一人の私として接することが出来るから。

 

「……行こう。午後には光津さんと柊さんのデュエルだ」

 

 

 

 

 

 

そして午後、刀堂さんと志島さんと合流し、光津さんたちのデュエルを観戦した。

結果は融合召喚を習得した柊さんの勝利、昨日、私とのデュエルで見せた永続魔法での融合に加え、真のエースと称したカードを用いた全力でのデュエル。その果てに光津さんは敗北した。

残念ながら彼女はランサーズに相応しいと言える器ではなかった。……何故だろう、その事に何処かホッとしている自分が居た。

 

「惜しかったな、真澄」

「ああ。でもまさかあの短期間でここまで融合召喚を使いこなすなんて、柊柚子も大したものだ」

「……ま、あいつも受け入れてるんじゃねえか。この結果をよ」

 

退場していく光津さんの表情には悔しさが滲んでいた。けれど、満足気にも見える。

 

「全力でやった結果なんだ。賞賛するよ、どっちもね」

 

光津さんと柊さん、二人の姿が見えなくなるまで刀堂さんと志島さん、いえ、会場の観客たちは拍手を送り続けた。

…………。

 

「……甘い」

「……久守?」

「……いえ、何でもありません」

 

……分からない。何なんだろう、この感情は。

安堵している自分と苛立つ自分。素直に拍手を送る自分とこの結果に冷ややかな目線を送る自分。

真逆の感情が私の中で渦巻いている。

 

 

 

「……なあ沢渡の奴と喧嘩したってのはマジなのか?」

「今の様子を見れば明らかだろう……自分では気づいていないのかもしれないけど、相当苛ついてるよ、彼女」

「はぁ……ったく、何があったかは知らねえがとっとと謝っちまえよ、沢渡の奴……」

 

「何こそこそしてるのよ、あんたたち」

「うぉ、真澄っ!」

「戻ったのか」

 

私がその感情を持て余す中、光津さんが観客席へと戻って来た。

 

「……お疲れ様です、光津さん」

「ええ……納得のいく結果じゃなかったけどね」

「残念だったね」

「今回は私の負けよ。でも、次やる時は勝つわ。負けっぱなしじゃLDSの名が泣くからね」

「へへっ、それでこそお前だよ」

「勿論、あなたにもよ。久守」

「え……」

 

光津さんに急に視線を向けられ戸惑ってしまう。

 

「昨日のデュエル、あなた相手に出し惜しみをしたのが間違いだったわ。次やる時は全力でやりましょう……お互いにね」

「私は全力、でした」

「良く言うわ。負けた私が言えた事じゃないけど、前のあなたはもっと強かったもの」

「ッ……そんなはずありません。私は強くなった、以前よりもずっと……」

 

ペンデュラムカードを手に入れ、弱いカードたちを抜いて、沢渡シンゴという枷を取り払い、私は強くなった。

 

「悪い事は言わないわ。早く許してあげなさい」

「……一体誰の事を言ってるんですか」

「あのドヘタ以外に誰が居るのよ。喧嘩の原因は知らないけど、今のあなたには前みたいな輝きがないのよ。ずっと許さないでいるのも辛いでしょ」

 

……耐え切れなかった。

 

「ッ、勝手な事を! ……勝手な事を、言わないでください……!」

 

「お、おい久守っ?」

 

耐え切れず立ち上がり、そう言い放った私に光津さんたちは驚き、私を見上げた。

光津さんにこんな風に声を荒げるのは初めてだ。

 

「私は解放されたっ、強くなったんだ! あんな男に縛られないだけの強さを手に入れた!」

 

観客席に居る事も忘れ、私は叫ぶ。

 

「私に輝きがない? くすんでいるのはあなたの方です、光津さんッ」

 

駄目だ。これ以上口を開いてはいけない。

 

「全力を出すまでもなく一度は完勝した柊さんに敗北した、それが何よりの証拠だ!」

 

けれど、止まってはくれなかった。

 

「融合コースのエリートも随分と――」

「おい久守!」

 

刀堂さんが立ち上がり、私を睨みながら両肩を押さえた。

 

「やめろ刃!」

「いいや、流石に黙ってられねえよ。久守、お前自分が何言ってんのか分かってんのか」

「……」

「やめて刃」

「けど真澄!」

「その子の言ってる事は事実よ。あなたが腹を立てる事じゃないわ」

「けど!」

「お願い、やめて」

「……ちっ!」

 

光津さんの言葉に、納得できない様子で刀堂さんは私から手を離し、乱暴に席に着いた。

……一体、何をやっているんだ私は。

 

「…………すいません。少し、頭を冷やしてきます」

 

私はもう一度席に着くことも出来ず、他の観客たちの注目を集めたまま外へと通じる通路に向かった。

 

 

 

アテもなく観客席を抜け、スタジアム内のロビーへと辿り着いた。……何をしているんだ、私は。何を考えているんだ、私は。一人になりたい。一人になって、気持ちを落ち着けよう。このどうしようもない感情を。

 

「久守さん!」「詠歌お姉ちゃん!」

「……柊さん、アユちゃん」

 

けれどそういう時程、私は間違った道へと進む。

ロビーには柊さんやアユちゃん、榊さん、遊勝塾の方々が居た。

 

「見ててくれたっ? 私と真澄のデュエルっ! 遊勝塾での雪辱を――」

「すいません、柊さん。今は……ごめんなさい」

「あっ……」

 

……ごめんなさい。今、あなたたちと話したら、きっと傷つけてしまう。あなたたちの事も、私自身の事も。

俯き、顔を合わせる事無く私は走り抜けた。

 

 

 

詠歌が去った後、観客席に残された刃たちは不機嫌そうに口を開いた。

 

「……何だってんだよ、あいつは。沢渡の野郎と何があったのかは知らねえが、こんな八つ当たりみてえな真似しやがって」

「あの子も慣れない事をして辛いのよ」

「だからって許せねえだろ。あいつが言った事は、言おうとした事は今のデュエルを、お前を侮辱するもんだぞ」

「……僕も刃に同感だよ。正直、刃が動かなかったら僕が立ち上がってた」

「ありがと。でも私は大丈夫よ。今回は許してあげるわ」

「何でそこまで寛容なんだよ」

「私も一度、あの子と初めてデュエルした時色々と言ったからね。これでお相子よ。もし次また同じ事を言ったら私にも考えがあるけどね」

「おっかねえな……」

「……ま、君がそう言うならそれでいいさ」

 

北斗が頷き、真澄たちは視線をデュエルコートへと戻した。

……しかし、数拍置いて刃がガシガシと髪をかき、立ち上がった。

 

「刃?」

「悪ぃ、ちょっくら野暮用が出来たわ」

「……? ちょっと刃っ?」

 

訝しげに見上げる真澄にそう言って、刃は観客席を走り抜ける。

ただ一人、北斗だけが呆れたように肩を竦めた。

 

「まさかあの子を追いかけて?」

「さてね、どっちかと言うともう一人の方じゃないかな」

「もう一人って……」

「やっぱり兄妹みたいだよ、あの二人は」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

真澄たちと別れ、一人刃は自らの学び舎であるLDSへと戻っていた。

此処のセンターコートでも既にユースクラスの試合が始まっている。LDS内に人はほとんど居なかった。

だがその中に刃の目的の人物は居た。

 

LDSの奥、今使われているはずのない講義用のデュエルコートに。

 

「こんな所に居やがったか。テメェがそこまで熱心だとは思わなかったぜ。おかげで随分走り回っちまった」

「お前は……」

「一人か? いつもの連中はどうしたんだよ――沢渡」

 

デュエルコートに一人、沢渡シンゴは立っていた。

 

「別に? 休憩ついでに買い物を頼んだだけだ」

「パシリかよ。相変わらずだな」

 

大勢の塾生を抱えるLDSにおいて、二人は別段仲が良い訳ではなかった。詠歌の存在がなければ刃にとって沢渡は総合コースに居る問題児程度の認識しかなかっただろう。

沢渡にとっても刃の存在は興味もない、名前もろくに知らない生徒でしかなかっただろう。

 

そんな二人が今、デュエルコートで対峙している。どちらも不機嫌さを隠す事もなく、苛立たしげに互いを見据えて。

 

「何の用だよ。生憎とお前に構ってる暇はないんだよね」

「俺だってお前になんざ構いたくねえよ」

「だったら――」

「だがな、見てられねえんだよ」

「何?」

「今のあいつも、こんな所で突っ立ってるお前もな」

「……お前もか。ったく、どいつもこいつも……」

 

沢渡の視線が変わる。行き場のない不機嫌さが蟠っていただけの瞳から、八つ当たりに近い、敵意を含んだものに。

 

「光津真澄もそうだが、久守、久守、鬱陶しいんだよ。俺とあいつがどうなろうとお前らにゃ関係ねえだろ」

「大ありだ。俺も真澄も、北斗も、あいつのダチだ。お前のせいで俺らまでギクシャクしてんだよ」

「ッ、俺のせいだぁ!? 知るか! 大体あいつが急に態度変えて来たんだ、俺は何もしてねえ!」

「お前らの事情は知らねえよ。あいつは何も話さねえからな。けど確かに、お前は何もしてねえ」

「ああ……?」

「今だってお前は、何もしないままじゃねえか」

「ッ! 俺に何をしろってんだ!」

「デュエルだ」

「何だと……?」

「俺とデュエルしろ、沢渡」

 

竹刀を沢渡に向け、はっきりと、毅然とした表情と口調で刃はそう告げ、デュエルディスクを構えた。

 

「……はっ、おいおい。あいつに負けたお前が俺とデュエルだって? やめとけよ、大事な試合前に自信を失うぜ?」

「お前こそ、このままじゃ大事な試合で大失敗するぞ? せっかく念願の、榊遊矢から騙し取ってまで欲しかったペンデュラムカードを手に入れたってのによ。それに第一、あいつとのデュエル前に散々俺に負けただろうが」

 

一瞬、コート内が静まり返った。センターコートでの歓声が此処まで響いた。

 

「いいぜ……やってやろうじゃん……!」

「端っからそうすりゃいいんだよ……!」

 

ついに、沢渡もまたディスクを構える。舞網チャンピオンシップで盛り上がる舞網市の中で、観客のいない二人だけのデュエルが始まろうとしていた。

 

「フィールドは俺が選ばせてもらうぜ」

「ああ、お好きにどうぞ」

「アクションフィールド・オン! フィールド魔法、剣の墓場!」

 

コートが刀剣の突き刺さる荒野へと姿を変えていく。

 

「成程、お前にはピッタリじゃんか」

「言ってろよ、いくぞ!」

 

このフィールドはかつての遊勝塾でのデュエル、刃と権現坂がデュエルを行ったのと同じフィールド。そして権現坂が榊遊矢とのデュエルで自ら選んだフィールド。それをあえて刃は選択した。権現坂にとってこのフィールドが因縁深いものであるように、彼にとってもまた、意味を持つフィールドだった。

 

「デュエル!」「デュエル!」

 

SAWATARI VS YAIBA

LP:4000

アクションフィールド:剣の墓場

 

「先行は貰うぜ! 沢渡、確かにテメェの言う通り俺は久守に負けた。運が良かっただけとか言ってたが、俺はあいつのエクシーズにやられた」

 

それは覆せない事実だ。真澄のように融合とエクシーズでもなく、北斗のようにシンクロと融合でもなく、エクシーズのみで刃は敗北した。

だがしかし、これまで詠歌と戦って来たデュエリストの中で唯一、刀堂刃だけが。沢渡シンゴすら見た事のない彼女のフィールドに二体のお菓子の女王が揃ったのを目撃したデュエリストなのだ。

 

「だけどな、俺がいつまでもあいつに負けたままだと思うんじゃねえぞ! 俺のターン! 俺は手札からXX-セイバー ボガーナイトを召喚! ボガーナイトの召喚に成功した時、手札からレベル4以下のXセイバー一体を特殊召喚出来る! 俺はレベル1のチューナーモンスター、X―セイバー パロムロを特殊召喚!」

 

XX―セイバー ボガーナイト

レベル4

攻撃力 1900

 

X―セイバー パロムロ

レベル1 チューナー

守備力 300

 

「はっ、お得意のシンクロかよっ」

「ああ、そうさ! これがLDS仕込みの、俺のシンクロだ! レベル4のボガーナイトにレベル1のパロムロをチューニング!」

 

二体の異形の傭兵たちが星と光の輪へ姿を変え、道筋のように光が指す。

 

「シンクロ召喚! 現れろレベル5! X―セイバー ウェイン!」

 

光と共に姿を現す、蒼いマントと銃剣を携えた新たな傭兵。

 

X―セイバー ウェイン

レベル5

攻撃力 2100

 

「さらにウェインのモンスター効果! このモンスターがシンクロ召喚に成功した時、手札からレベル4以下の戦士族モンスターを特殊召喚する事が出来る! 俺が召喚するのはレベル3のチューナーモンスター、XX―セイバー フラムナイト!」

 

XX―セイバー フラムナイト

レベル3 チューナー

攻撃力 1300

 

「カードを一枚伏せて、ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー!」

 

立ちはだかる二体のモンスター。未だに使い手の少ないシンクロ召喚の使い手、刀堂刃。しかし沢渡に恐れはない。確かに詠歌に敗北した時より強くなっているのかもしれない。だがそれは彼も同じだ。詠歌に勝利した時よりもさらに先へ、高みへ、自分は昇っている。その自負がある。

 

「俺はスケール5の妖仙獣 右鎌神柱をペンデュラムゾーンにセッティング……!」

「ペンデュラムカード……!」

「さらに俺は手札から妖仙獣 鎌壱太刀を召喚。さあ、来い! 鎌壱太刀!」

 

妖仙獣 鎌壱太刀

レベル4

攻撃力 1600

 

「それがテメェの新しいデッキかよ。だがペンデュラムカード一枚じゃ意味はねえ!」

 

今まで見た事のないカードだった。和装に身を包む、鎌鼬に似た戦士。そして沢渡の背後、光の柱に昇る神柱。

それを見た瞬間、刃は走りだしていた。

 

「ふっ、さらに鎌壱太刀の召喚に成功した時、手札から妖仙獣一体を召喚出来る。俺は妖仙獣 辻斬風(つじきりかぜ)を召喚!」

 

妖仙獣 辻斬風

レベル4

攻撃力 1000

 

「さらに鎌壱太刀の効果発動! 自分フィールドに鎌壱太刀以外の妖仙獣が存在する時、相手フィールドの表側表示のカード一枚を手札に戻す! だがシンクロモンスターが戻んのは手札ではなくエクストラデッキ! 戻れウェイン!」

「させるかよ! アクションマジック、透明! このターンウェインは相手のモンスター効果を受けねえ!」

 

鎌壱太刀の召喚と共にフィールドを駆けていた刃は効果が発動したと同時にアクションカードを手にした。

 

「まだだ! 辻斬風の効果ッ、俺の場の妖仙獣一体を選択し、その攻撃力をターン終了時まで1000ポイントアップする。俺は鎌壱太刀を選択」

 

妖仙獣 鎌壱太刀

攻撃力 1600 → 2600

 

「さあバトルだ! 俺は鎌壱太刀でX―セイバー ウェインを攻撃!」

 

風斬る刃が傭兵へと迫る。今のウェインの攻撃力は鎌壱太刀には及ばない。アクションカードも今からでは間に合わない。

しかし刃は怯まない。

 

「フラムナイトのモンスター効果発動! 一ターンに一度、相手モンスター一体の攻撃を無効にする!」

 

ウェインの前にフラムナイトが躍り出て、鎌壱太刀を受け止めた。

 

「チッ……」

「傭兵ってのは仕事はきっちり果たすもんなのさ」

「シンクロコースのエリートともあろうデュエリストが一ターン目から随分必死じゃねえか、余裕がねえぞ?」

「……ああ、そうだな。あの時とは違う。俺はもう、お前を侮らねえよ……沢渡」

 

もう既に、刃にとって沢渡は総合コースの問題児などではない。全力で相手をするに足る、いや、全力で掛からなければ勝てないデュエリストだ。

 

「……ふん、俺はカードを二枚伏せてターンエンド。この瞬間、召喚された妖仙獣 鎌壱太刀と辻斬風は自身の効果によって俺の手札に戻る」

「自分のフィールドをがら空きに……? 俺のターン! 俺はXX―セイバー レイジグラを召喚!」

 

沢渡のフィールドにあるのは二枚の伏せカードと一枚だけセッティングされたペンデュラムカード。何かある、そう確信しても刃のやる事は変わらない。

 

XX―セイバー レイジグラ

レベル1

攻撃力 200

 

「レイジグラの召喚、特殊召喚に成功した時、墓地のXセイバー一枚を手札に戻す! 俺はボガーナイトを手札に!」

「レベルの合計は9……来いよ、刀堂刃」

 

かつて詠歌とのデュエル、その為に彼は刃や北斗たちとデュエルをしていた。だから沢渡は知っている、Xセイバー最強の戦士を。

 

「レベル5のX―セイバー ウェインとレベル1のXX―セイバー レイジグラにレベル3のフラムナイトをチューニング! 白銀の鎧輝かせ刃向う者の希望を砕け! 出でよレベル9! XX―セイバー ガトムズ!」

 

XX―セイバー ガトムズ

レベル9

攻撃力 3100

 

「いくぜ! ガトムズで直接攻撃!」

「残念だったなあ、バトルフェイズの前に罠を発動させてもらうぜ。リバースカード、オープン、威嚇する咆哮! このターン相手の攻撃を封じる」

「へっ、流石に対応策は用意してたか。俺はカードを一枚セットし、ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー!」

 

引いたカードを見て、沢渡は笑った。

 

「来たか、俺は永続魔法、修験の妖社を発動!」

 

カードが発動した瞬間、沢渡の背後に怪しげな社が現れる。

 

「そして俺は妖仙獣 鎌壱太刀を召喚! 妖仙獣の召喚に成功した時、修験の妖社に妖仙カウンターが一つ点灯! さらに鎌壱太刀の効果により――」

「おっと! させねえよ! カウンター罠、セイバー・ホール! 俺のフィールドにXセイバーが居る時、相手モンスターの召喚を無効にし、破壊する!」

「何!?」

「鎌壱太刀の召喚が無効になった事により、妖仙カウンターの点灯も無効だ!」

「くっ……!」

 

風と共に再び現れた鎌壱太刀の姿が薄れていく。

 

「何をする気かは知らねえが、やらせるかよ!」

「――なんてな。カウンター罠、妖仙獣の秘技! 俺のフィールドに妖仙獣が存在する時、モンスター効果、魔法、罠カードの発動を無効にし、破壊する!」

 

だが鎌壱太刀は風にもう一度包まれ、今度こそその姿を現した。

 

「何……? お前のフィールドには――」

 

そこまで言って、刃は気付く。

 

「セッティングされたペンデュラムモンスターは魔法カード扱いになる。だが魔法カードだろうと妖仙獣であることに変わりはねえのさ。俺は召喚に成功した鎌壱太刀の効果で手札から辻斬風を召喚! 二体の妖仙獣が召喚された事で妖仙カウンターは二つ点灯する! はっ、俺の方が一枚上手って事だ!」

 

妖仙獣 鎌壱太刀

攻撃力 1600

 

妖仙獣 辻斬風

攻撃力 1000

 

 

カウンター罠を防がれた刃にはもう、この召喚を防ぐ手はなかった。

 

「まずは鎌壱太刀のモンスター効果! 俺の場に別の妖仙獣が存在する時、相手フィールドの表側表示のカード一枚を手札に戻す! 消えろガトムズ!」

 

最強の傭兵は鎌壱太刀の風に流され、消える。

 

「ガトムズはエクストラデッキに戻る……来いよ」

「辻斬風の効果を発動し、辻斬風自身の攻撃力を1000ポイントアップ! いけ! 妖仙獣 鎌壱太刀と辻斬風で直接攻撃!」

 

辻斬風

攻撃力 1000 → 2000

 

「ぐぅ……!」

 

風の刃に吹き飛ばされ、刃は剣の荒野を転がった。

 

YAIBA LP:400

 

「これで俺はターンエンド。そして鎌壱太刀たちは俺の手札に戻る」

「……俺の、ターン! 俺は手札からXX―セイバー ガルドストライクを特殊召喚! このカードは墓地にXセイバーが二体以上存在し、自分フィールドにモンスターが存在しない時、特殊召喚出来る!」

 

XX―セイバー ガルドストライク

レベル5

攻撃力 2100

 

「さらにボガーナイトを通常召喚!」

 

XX―セイバー ボガーナイト

レベル4

攻撃力 1900

 

「バトル! ボガーナイトで直接攻撃!」

「うぁぁああ!」

 

ボガーナイトの斬撃により沢渡もまた剣の荒野を転がる。

 

SAWATARI LP:2100

 

後一撃、ガルドストライクの攻撃が通ればそれで終わり。

 

「ガルドストライク、攻撃!」

「――ッ! アクションマジック、回避!」

 

しかし、運は彼を見離さなかった。彼の言葉を借りれば、カードが沢渡シンゴを選んだ。

転がった先、剣の影に隠れたアクションカードを掴み、ディスクへと挿入する。

 

「モンスター一体の攻撃を無効にする!」

「防いだか……俺はこれでターンエンド」

「俺のターン。……光栄に思え、こいつを見せるのはあいつらを除けばお前が初めてだ! 俺は妖仙獣 鎌壱太刀を召喚! さらにその効果により、妖仙獣 木魅(こだま)

を召喚! これにより妖仙カウンターが二つ点灯!」

「辻斬風じゃない……?」

「木魅のモンスター効果発動! このカードをリリースする事で修験の妖社にさらに三つ妖仙カウンターが点灯する! これで点灯したカウンターは7! 修験の妖社の効果発動! 一ターンに一度、妖仙カウンターを三つ取り除き、デッキから妖仙獣一枚を手札に加える!」

 

妖しく灯ったカウンターの内、三つの灯りが吹き消される。

 

「俺が手札に加えるのは妖仙獣 左鎌神柱!」

「もう一枚のペンデュラムカード……!」

 

沢渡が手札に加え、公開したカードの色は二色。既にセッティングされている右鎌神柱の対となるペンデュラムカード。

沢渡の手札は三枚。その内、一枚は辻斬風だが――これで条件は整った。

 

「俺はスケール3の妖仙獣 左鎌神柱とセッティング済みのスケール5の妖仙獣 右鎌神柱でペンデュラムスケールをセッティング!」

「へっ……来やがれ!」

 

沢渡の背後に二つの光柱が出現する。そして空中へと浮かび上がる、二つの神柱。

 

「さらに右鎌神柱の効果! もう片方のペンデュラムゾーンに妖仙獣がセッティングされている時、スケールは5から11へと上がる!」

「これで……」

「そう! これでレベル4から10のモンスターが同時に召喚可能! ペンデュラム召喚!」

 

光柱、その間から現れる2つの光。

 

「来い辻斬風! そして出でよ、妖たちの長よ! レベル10、魔妖仙獣 大刃禍是!」

 

妖仙獣 鎌壱太刀

攻撃力 1600

 

妖仙獣 辻斬風

攻撃力 1000

 

巨大な嵐と共に姿を現す、妖仙獣の長。

 

魔妖仙獣 大刃禍是

レベル10 ペンデュラム

攻撃力 3000

 

「こいつが……!」

「鎌壱太刀の効果、ボガーナイトを手札に戻す! さらに大刃禍是の効果発動! このカードが召喚、特殊召喚に成功した時、フィールドのカードを二枚まで持ち主の手札に戻す! 戻れガルドストライク! そしてお前の伏せカードもだ!」

 

その身を包む烈風を解き放ち、大刃禍是は咆哮した。

巻き起こされた風により、成す術もなく二体の傭兵は姿を消した。

そして唯一残されていた伏せカードもまた、手札へと戻る。

 

「アクションカードを取らせる暇は与えねえ! これで終わりだッ、大刃禍是で直接攻撃!」

 

迫りくる巨大な体躯。けれど、その状況で刃は笑った。

 

「アクションカードは取らせない? もう遅えよ――アクションマジック、大脱出! バトルフェイズを終了する!」

「何ぃ!?」

「へへっ、何だっけか……お前が言う所のカードに選ばれてるって奴か」

 

巻き上がった砂煙の中、刃の声が響く。

 

「そうか、あの時既に……!」

 

沢渡が転がった先でアクションカードを手にしたように、刃もまた既にその手にカードを掴んでいた。

 

「甘えんだよ、沢渡!」

 

竹刀を振るい、砂煙を吹き飛ばし刃が姿を現した。

 

「くっ……ターンエンド。この瞬間、特殊召喚された大刃禍是は手札に戻る……だが、鎌壱太刀と辻斬風が手札に戻るのは通常召喚された場合のみ、よって二体はフィールドに残る」

 

大刃禍是の巨大な体が風となりフィールドに散っていく。

残されたのは二体の妖仙獣。

 

「もう逃がさねえぜ、鼬野郎! 俺のターン、ドロー! 俺はもう一度ガルドストライクとボガーナイトを召喚! さらにボガーナイトの効果により、手札からXX―セイバー エマーズブレイドを特殊召喚する!」

 

XX―セイバー ガルドストライク

攻撃力 2100

 

XX― セイバー ボガーナイト

攻撃力 1900

 

XX― セイバー エマーズブレイド

レベル3

攻撃力 1300

 

「バトルだ! ボガーナイトで鎌壱太刀を攻撃!」

「っ……!」

 

SAWATARI LP:1800

 

鎌壱太刀は斬り捨てられ、その衝撃に顔を顰めながら、沢渡は走る。

 

「ガルドストライクで辻斬風を攻撃! 砕けろ鼬野郎!」

「アクションマジック、エクストリームソード! 辻斬風の攻撃を1000ポイントアップする!」

 

辻斬風

攻撃力 1000 → 2000

 

「く……!」

 

SAWATARI LP:1700

 

「エマーズブレイドで攻撃!」

「っ、この……!」

 

二枚目のアクションカードへと手を伸ばすが、その手は届かない。昆虫を思わせる傭兵が沢渡を吹き飛ばした。

 

SAWATARI LP:400

 

「……俺はカードを伏せ、ターンエンドだ」

「くっ、やるじゃねえか……!」

 

刃も、沢渡も、二人の体は砂埃に汚れていた。泥臭い、男同士の喧嘩の最中であるかのように。

 

「俺のターン! くっ……」

 

ドローしたカードに思わず、顔を顰める。引いたのは二枚目の修験の妖社。ペンデュラムスケールがセッティングされていても、手札にあるモンスターは大刃禍是のみ。これだけでは刃のライフを削り切る事は出来ない。

 

「俺は右鎌神柱の効果でスケールを11に上げ、セッティング済みの左鎌神柱と右鎌神柱でペンデュラム召喚! 烈風纏いし妖の長よ、荒ぶるその衣を解き放ち、大河を巻き上げ大地を抉れ! 魔妖仙獣 大刃禍是!」

 

魔妖仙獣 大刃禍是

攻撃力 3000

 

「大刃禍是の効果! お前のフィールドのエマーズブレイドと伏せカードを手札に戻す!」

 

再び現れた大刃禍是の咆哮により、二体の傭兵は刃の手札へと戻される。

 

「いけ、バトルだ! 大刃禍是でガルドストライクを攻撃!」

「……!」

 

この攻撃が通れば残りライフ400の刃の敗北が決定する。

 

「うっ、おおおおおおおおお!!」

 

故に刃は走った。まだ、負けるわけにはいかない。まだ此処に来た目的を果たしていない。それを果たすまではどれだけ見苦しい様を晒したとしても、負けるわけにはいかない。

 

「アクションマジック、回避! 大刃禍是の攻撃は無効だッ!」

「チッ……修験の妖社のカウンターを三つ取り除き、デッキから妖仙獣 大幽谷響を手札に加える……俺はこれで、ターンエンド……!」

 

エンド宣言と共に、大刃禍是は消える。

 

「はぁっはぁっ……!」

「っ……」

 

互いのライフに後はない。

アクションカードを求め走り回った二人の距離はいつの間にか随分と近づいていた。

刃も、沢渡の息も既に上がっていた。汚れと汗に塗れるその姿は彼を知る者からは驚かれるだろう。

それでも尚、沢渡はデュエルを続ける。勝利は目前だと信じて。

 

「俺の、ターン……!」

 

刃も沢渡も、二人の視線は一か所に注がれていた。

剣の荒野、その中心に突き刺さった一枚のアクションカードに。

距離はどちらもほとんど変わらない。息を整えながら、二人は走りだす瞬間を窺っていた。

 

「……俺はエマーズブレイドを召喚!」

「……!」

 

刃が再びエマーズブレイドを召喚した瞬間。二人は同時に駆け出した。

 

「さらにフィールドにXセイバーが二体以上存在する時、手札からXX―セイバー フォルトロールを特殊召喚出来る!」

 

視線だけで刃のフィールドを確認しながら、沢渡は走る。

 

XX―セイバー フォルトロール

レベル6

攻撃力 2400

 

ターンを進行する刃よりも、僅かに沢渡の方が速い。

 

「させるかァ!」

 

だが、刃は叫びと共に背中に掛けた竹刀を抜き、力の限りそれを振るった。

 

「なっ……!」

 

風が沢渡を追い抜き、後一歩、いや後指一本にまで迫ったアクションカードを吹き飛ばした。

それに目を見開き、沢渡は体勢を崩した。

 

「フォルトロールの効果、発動! 墓地のレベル4以下のXセイバーを復活させる! 甦れ、XX―セイバー フラムナイト!」

 

XX―セイバー フラムナイト

レベル3 チューナー

攻撃力 1300

 

「レベル3のエマーズブレイドにレベル3のフラムナイトをチューニング! シンクロ召喚! XX―セイバー ヒュンレイ!」

 

XX―セイバー ヒュンレイ

レベル6

攻撃力 2300

 

「ヒュンレイがシンクロ召喚に成功した時、魔法、罠カードを三枚まで破壊する! 俺が破壊するのは永続魔法、修験の妖社、そしてペンデュラムゾーンの左鎌神柱と右鎌神柱!」

 

姿を現した女の傭兵の舞う様な剣に貫かれ、沢渡のフィールドに存在していた社、そして二つの光の柱が消滅する。

 

「――――」

 

フィールドのカードを全て破壊され、体勢を崩し地面へと倒れ込む最中、沢渡の脳裏に過ぎったのは、少女との別離だった。

 

『ほんの一時でも、ほんの僅かでも、あなたに心を許していた事は私にとって最大の汚点です。今更それを雪ぐ事は叶いませんが……せめてもう二度と、私に関わるな――――沢渡シンゴ』

 

次に思い出すのは、あの時のデュエルで自分が言った言葉。

 

『いつまでも甘えてんな、一人で耐えてたら誰かが助けてくれるなんて思うな。お前が口にしなきゃ、俺は助けねえぞ。お前が言わなきゃ、俺はお前を無視して先に行く』

 

 

 

「……! ざっけんじゃねええええ!!」

 

剣の荒野に、沢渡シンゴの叫びが響き渡った。

地面へと倒れ込む刹那、沢渡は大地を蹴り、跳んだ。

今までの彼には有り得ない、転ぶような、酷く無様な跳躍だった。

けれど、それでも彼は前へと跳んだ。

 

「アクションマジック、回避! モンスターの攻撃を無効にする!」

 

「……へっ」

 

それを見て、刃は笑う。

 

「それでいいんだよ、格好つけて平気なフリしやがって」

 

きっと北斗が居ればまたからかわれる、そう思いながら刃は笑う。素直にならないこの男を……友人を呆れたように笑う。自分勝手な妹の世話を焼く兄のように、呆れたように微笑む。

 

 

 

そしてもう一つ、勝利を信じて、笑う。

 

 

 

『ERROR』

 

デュエルディスクが機械的な音声で告げる。

 

「んなっ……!? ぶっ!」

 

目を丸くし、エラー音声と共に排出されたカードを掴んだ瞬間、沢渡の跳躍は終了し、地面へと倒れ込んだ。

 

「ちっと気が早かったな、沢渡。今はまだバトルフェイズじゃねえぜ」

「なんじゃそりゃあ!? もうお前にはバトルするしかねえだろうが!」

「それがそうでもねえのさ……魔法カード、シンクロキャンセル!」

 

刃の手に残された最後の一枚、伏せられ、しかし妖仙獣たちの効果で手札に戻されていた一枚。発動される事もない罠カードだと考えていたが、それは違う。

 

「ヒュンレイをエクストラデッキに戻し、シンクロ素材に使用したモンスターを墓地から特殊召喚する! もう一度現れろ、エマーズブレイド、フラムナイト!」

 

XX―セイバー エマーズブレイド

レベル3

攻撃力 1300

 

XX―セイバー フラムナイト

レベル3 チューナー

攻撃力 1300

 

沢渡の手にあるのはアクションマジック、回避、永続魔法、修験の妖社、魔妖仙獣 大刃禍是、そして妖仙獣 大幽谷響。

回避は相手モンスター一体の攻撃を無効にする効果。大幽谷響は直接攻撃を受ける時、手札の妖仙獣を墓地に送る事で攻撃力と守備力を攻撃してきたモンスターと同じにして特殊召喚する効果。

つまり、沢渡に耐えることが出来る攻撃は二度。しかし今、刃のフィールドには三体のモンスター。だか、それでも沢渡は笑う。

 

「……ははっ、またお得意のシンクロ召喚か? だが今更ガトムズを召喚しても無駄だ。お前の言う通り気が逸っちまったが、俺にはアクションカードがある。それにそれ以外の手もな」

 

刀堂刃ならば、必ずシンクロ召喚をもう一度行う。試合を見ていなかった沢渡は知る由もないが、それは柊柚子と同じ考えだった。シンクロに誇りを持つ刃なら、必ずシンクロで決める、と。

 

――けれど、そこまで分かっていて尚、沢渡の緊張は途切れず、刃の笑みも消えなかった。

 

「試してみようぜ、沢渡」

「何?」

「俺とお前、今カードに選ばれてるのはどっちか」

「はあ……?」

 

大きく息を吐いて、刃は手に持った竹刀を大地へと突き刺した。

目付きが変わる。今までのように沢渡を意識したものではない、自分自身を見つめるような、そんな集中した目付きだった。

 

 

「俺はレベル3のXX―セイバー エマーズブレイドとXX―セイバー フラムナイトで、オーバーレイ!」

 

 

それは、聞き覚えのある口上と見覚えのある光景だった。

 

 

「――黒金の鎧輝く始まりの傭兵、同朋の屍踏み越え再び剣を握れ! エクシーズ召喚! 出でよ、ランク3! M.X(ミッシングエックス)―セイバー インヴォーカー!」

 

 

「エクシーズ召喚だと!? しかも、それはあいつの……!」

 

二つの光球、オーバーレイユニットを纏い荒野へと降り立つ、新たな傭兵。

 

M.X―セイバー インヴォーカー

ランク3

攻撃力 1600

ORU 2

 

「あいつから貰ったお守り代わりでな。生憎と俺はあいつほどお上品な使い方は出来ねえし、上手くも扱えねえ……だが、それでも、このデュエルの決着はこいつで着けなきゃならねえ」

「……」

 

沢渡にはプライドがある。他人から傲慢で我が儘だと囁かれながら、捨てられないプライドが。それは尊敬する父の子としてのものであり、沢渡シンゴという一人のデュエリストである為に決して捨てられないはずのプライドだ。

刀堂刃がシンクロ召喚に抱くものも同じだと、沢渡は無意識で感じていた。

だが今、刀堂刃はその誇りを捨て、沢渡に挑んでいる。

 

「いくぞ……バトルだ! 俺はM.X―セイバー インヴォーカーで、直接攻撃! 受け取りやがれ――!」

 

それを一時とはいえ捨てさせる程の想い、その根源は――

 

 

『ネオ沢渡さん、格好良すぎですよ!』

 

 

――きっと、自分と同じものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




鎌壱太刀たちの召喚口上で刀堂の方を思い出したのは私だけではないはず。大刃禍是の口上に隠れがちですが、あれもかなり短いけどお気に入りです。

LDS三人組の中で唯一デュエルを省略されていた刃の活躍回。デュエルの結果はご想像にお任せします。
ちなみに注釈を入れるとすると、今回は沢渡もまだ妖仙ロスト・トルネードを披露していませんし、刃もインヴォーカーで決める為にデュエルをしていたので実際の実力ははっきりとしていません。あくまでこのSS内では、ですが。

刃はSSを書き始めてさらに好きになったキャラなのでようやく活躍が書けて満足です……いや、やっぱりこんなんじゃ満足できねえ!









アクションデュエルは難しい



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ネオ・ニュー沢渡さん 編
人形とエンタメデュエルショー


今回はアニメ31話を見ていないとデュエルの状況が分からないと思います。



「レディース&ジェントルメーン!」

 

「すっげぇ!」

「おもしれぇぞ!」

 

観客を、そして対戦相手すらも魅了する榊さんのエンタメデュエル。

その甘さを、優しさを、貫く事が出来るなら、それは強さだ。

けれど、

 

「私にはそんな甘さも優しさも必要ない」

 

「くっ……」

「さあ、来い! 久守詠歌!」

 

 

雑木林の中、私と榊さんはそれぞれ二人のデュエリストと相対していた。

現在スタジアムで行われている権現坂さんと暗黒寺のデュエル。権現坂さんを動揺させるための暗黒寺の策略により、榊さんは此処に誘き寄せられた。

それを目撃し、追いかけた私の前に立ちはだかっているのは以前にもデュエルした鎌瀬と名前も知らないデュエリスト。

 

「特にあなたたちのような落ちる所まで落ちたデュエリスト相手には」

「言ってくれるじゃあないか、久守詠歌……!」

「大会を邪魔したあなたたちは全員、然るべき処罰を受けてもらいます。勿論、それを依頼した暗黒寺ゲンにも。もっとも、彼に関しては権現坂さんが排除してくれるでしょうが」

 

暗黒寺はフリーで大会出場資格を得た数少ない参加者の一人だったので、少しは期待していましたが……取るに足らないデュエリストだった。そしてそれに与するこの男たちもまた。

 

「時間を掛けるつもりはありません。私のターン……スケール1のクリフォート・アーカイブとスケール9のクリフォート・ゲノムでペンデュラムスケールをセッティング……ペンデュラム召喚! 現れろ、三体のクリフォート・アセンブラ……!」

 

クリフォート・アセンブラ ×3

レベル5

攻撃力 2400

 

「おおっ、ペンデュラム召喚!? 流石だ久守詠歌! いつの間にペンデュラムカードを!」

「くっ、でも無駄だ! 僕のフィールドの永続魔法、つまずきの効果でそいつらも守備表示に変更される!」

 

クリフォート・アセンブラ

攻撃力 2400 → 守備力 1000

 

思わず溜め息が出る。

 

「進歩がない、成長する見込みも、余地もない……最初から期待なんてしていませんが」

 

以前と同じロックデッキ。そんなもの、今の私には何の意味もない。

 

「私は三体のアセンブラをリリース」

 

そう、この圧倒的な力の前では何の意味も。

 

「隠されし機殻よ今姿を現し、形在るモノ全てを壊せ! アドバンス召喚! 起動せよ、無慈悲な殺戮機械、アポクリフォート・キラー!」

 

アポクリフォート・キラー

レベル10

攻撃力 3000

 

「このカードは魔法、罠カードの効果を受けない……潰れてしまえ」

 

冷めきった声で私はそう命じた。

 

 

 

 

 

「……」

 

それから数分後、決着は着いた。アクションデュエルでの衝撃で気を失った二人を見下ろす私に、榊さんが声を掛ける。

 

「久守……」

「流石ですね、榊さん。二人を相手にこうも容易く勝利するなんて」

「それはお前も同じだろ。ありがとな、手伝ってくれて……でも、さっき使ってたのは」

「察しの通りです。レオ・コーポレーションが開発した、ペンデュラムカード」

「やっぱり……って事は沢渡も」

 

覚悟を決めた顔で榊さんは一人頷く。

 

「ところでさ、沢渡となんかあった?」

「っ……」

 

あなたも、ですか。会う人が皆、その名を口にする。私はもう、あの男とは何の関係もないのに。

 

「どうしてそう思うんですか」

「え……いや、だってそんな顔してたらな……」

 

頭をかきながら榊さんが言う。

そんな顔……一体、どんな表情を浮かべているというのだろう。今の私は無表情そのもののはずだ。だって、私の心をかき乱すあの男と縁を切ったのだから。

 

「今の久守、今にも泣き出しそうでさ」

「……」

「俺は柚子たちほど久守の事は知らないけど、それでも分かるよ。今の久守は全然楽しそうじゃないんだ。辛そうで、苦しそうで、泣きそうな顔で」

「……それは」

 

……それは勘違いだ。そんなはずはない。

 

「友達として、何よりエンタメデュエルの遊勝塾として、見過ごせないよ」

「……」

「だからさ、俺が昔父さんから教えてもらった言葉を贈るよ」

「え……?」

「俺が泣きたい時、いつも思い出す言葉。俺に勇気をくれる言葉なんだ」

 

榊さんが教えてくれた言葉は、何故か私の心に馴染んだ。

 

「……急いだ方がいいです。権現坂さんが待ってるんでしょう?」

「あっ、ああ! そうだ、権現坂にタスキを届けなきゃ!」

「行ってください。この四人の事は私が運営に報告しておきます」

「ああ! 頼む!」

 

取り戻したタスキを掴み、榊さんは走りだした。

それを見送り、私は呟く。

 

「……‟泣きたい時は笑え”、ですか」

 

良い言葉です。でも、今の私には必要ない。

……それでも覚えておこう。そう思った。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

その場で大会運営本部に連絡し、四人を引き渡した後、私はスタジアムに向かった。

ディスクで確認すると、ついさっき権現坂さんの試合が終わったようだ。結果は彼の勝利、暗黒寺にも然るべき処置が取られるだろう。

とはいえこんな手を使うデュエリストが素直に認めるとも思えないが。

 

「あっ、おはようございます!」

「……おはようございます。待っていたんですか?」

 

スタジアムの入り口に着くと、見覚えのある女性が小走りで駆け寄って来た。

 

「ええ。約束してましたからっ」

「気にせずに入ってくれても良かったんですが……」

「あはは……何だか一人だと入り難くて」

「そうですか。……では、行きましょう」

 

女性を伴い、私は観客席へと向かう。

 

「楽しみですねっ、次の試合!」

「……」

 

嬉しそうに笑う女性に、私は無言で居る事しか出来なかった。

次の試合は榊さんと……沢渡シンゴの対戦。権現坂さんの試合以上に、結果の分かり切った試合だ。

だがせめて、自分の役割ぐらいは果たしてもらいたいものです。レオ・コーポレーション製のペンデュラムカード、その存在をしっかりと全世界にアピールしてもらわなくてはならない。

 

「席空いてるといいんですけど……」

 

私はチケットを持っているが、彼女にはそれがない。自由席もあるし、立ち見も出来るが……一応、探してみよう。

そう考え、自由席のある方向のゲートを目指して歩く。

 

「……おっ、来た来た」

「ギリギリじゃんか」

「ったく、今まで何してたんだ?」

 

「……あなたたちは」

 

しかし、私たちを三人が呼び止めた。

 

「あれ、そっちの人、何処かで……?」

 

そして私の隣の女性に気付き、首を傾げた。

 

「あっ、いつもありがとうございます!」

 

その視線に気づき、女性は微笑んで頭を下げた。

 

「ああっ、沢渡さんのお気に入りの店の店員!」

「ああ……そういえば何度か見た事あるな」

 

「お知り合いだったんですねっ」

「ええ、まあ。けれど良く覚えていましたね、私ほど通い詰めていたわけでもないはずですが」

 

……あの男の好みそうな物を買いに行かされるのはいつも私だったから。

 

「はいっ。いつも決まってスイートミルクアップルベリーパイ~とろけるハニー添え~を買って行ってくれるから覚えていたんですっ。男性だと珍しいんですよ、結構甘さがありますから」

「あはは……沢渡さんのお気に入りなもんで」

「あの人、見た目が華やかだからって言ってるけど、甘党だからなあ」

 

山部たちが苦笑し、女性も笑う。

 

「っといけねえ、早く行こうぜ。試合が始まっちまう」

「そうだな、店員さんも観戦に来たんだろ?」

「あ、はい。彼女と約束して」

「……」

 

女性が私を見て、笑う。何故かそれが照れくさくて顔を背けてしまった。

 

「ああ、久守はほとんど毎日通ってるみたいなもんだったもんな。仲良くもなるか」

「あ、久守さんって仰るんですね」

「? 何だ、名前も知らなかったの?」

「ええ。でも何だかそれも素敵だなって。名前を知らなくてもこうして約束して、お話しできるって」

「……なら、まだ暫く名乗らないでおきますね。私も、こういう関係は嫌いじゃありません」

「ふふっ、はい」

 

深く関わり過ぎず、けれど心地の良い関係。今の私にはそれが良い。

 

「んじゃ行こうぜ。後一席くらいならどうにかなるだろ」

「っ、私はあなたたちと一緒に観戦する気は――」

「ままっ、いいからいいから」

「ほら行くぞ」

 

柿本と大伴にそれぞれ押され、私たちは観客席へと入る。

……どうして、この三人は……。

 

 

「遅い。君たち、いつまで待たせるつもりだ」

「まったく、何で私たちが場所取りなんて……」

 

入った観客席、その自由席の一角に不満そうな顔で座る志島さんたちが居た。

 

「来たか、久守」

「刀堂さん……」

「ま、座れよ」

 

刀堂さんの隣に私が、その隣に女性が、そして柿本たちが横並びに座る。

 

「……光津さん、昨日は申し訳ありませんでした」

 

一日経って私も少しは落ち着いた。昨日のは私の失言だった。

 

「何の事かしら」

「ですから昨日の件で……」

「覚えてないわね」

「……そうですか。ありがとう、ございます」

「おかしな子ね。まあ、いいわ」

 

ムスッとした顔で言う光津さんに頭を下げる。……私は、子供だ。

 

「……ふふっ」

 

そんな私を見て、女性は微笑んでいた。

 

「良い友達ですね?」

「……ええ」

 

私には勿体ないくらいに。

 

女性が光津さんたちに挨拶をしている間に、実況、ニコ・スマイリーが次の試合のアナウンスを始めた。

 

『続きましては本日の第二試合! 遊勝塾所属、榊遊矢対LDS(レオ・デュエル・スクール)所属、沢渡シンゴの一戦でございまぁす!』

 

そして、デュエルコートに榊さんが姿を現した。

 

「あれが噂のペンデュラム使いか……」

「でもペンデュラムなんて本当はないって言ってる人もいるわよ?」

「まあストロング石島とのデュエルもインチキだったって噂もあるけどな……」

 

その姿に、何処からともなくそんな言葉が聞こえて来た。愚かしい、現実を受けいれられず、新たな力も認められない者たちには期待はしないけれど。

 

「あの……」

「はい、何か?」

 

遠慮がちに女性が私に話しかけて来た。

 

「私もニュースで見たんですけど、ペンデュラム召喚って……」

「実際に存在します、間違いなく。そしてあの榊さんがペンデュラムの始祖である事は嘘偽りのない事実です」

「そうなんですか……何だかこういう野次、少し悲しいです」

「そうですね。でも、榊さんはデュエリスト。デュエルで証明するだけです。かつて榊遊勝が自らアクションデュエルの新たな境地を見せつけた時のように」

「……でも、やっぱり彼に勝って欲しいんですよね?」

「……別に。強い方が勝つ、それだけです。そして榊さんは強い、結果は見えています」

「ふふっ、なら私が二人分応援しちゃいますね、沢渡さん……えっと、ネオ沢渡さんの事」

「……誰を応援するのは個人の自由ですから」

 

それを咎めるつもりはない。この心の苛立ちは止められそうにないけれど。

 

「ふっふっふ」

「……何、山部。変な笑いはやめて」

「それが違うんだなあ、今の沢渡さんは」

 

私の言葉にもめげず、山部は偉そうに笑う。

 

「何だか知らねえけど、生まれ変わったんだってさ」

「そうっ。昨日、買い出しから戻ったら何か急にやる気になっててさ」

 

「……ふっ」

「……どうしたの、刃? 急に笑って。あんたまで気持ち悪いのが感染(うつ)った?」

「んなっ、違えよ!」

 

光津さんたちが何か言い合う中、反対側のゲートから入場する人影。当然、あの男だ。

あの男なのだが……

 

――――♪

 

「……何ですか、あのふざけた格好は」

 

草笛の音と共に入場する、和装に身を包んだ男。

 

――――♪

 

その登場に会場が静まり返る。

……なんだ、あれは。

 

「――カードが俺を呼んでいる。ドローしてよと呼んでいる」

 

「「「待ってました!」」」

 

私の横で囃し立てる山部たち。……つくづくふざけた男だ。

 

「天に瞬く星一つ! 御覧、デュエルの一番星ッ!」

 

「……」

 

ようやく、会場にざわめきが戻る。

 

「……ふふふっ、俺が誰だか分かるか」

「……沢渡だろ?」

「――違う!」

 

榊さんの尤もな言葉を否定し、男は和装を脱ぎ捨てた。なら初めから着て来なければいいのに。

 

 

「ネオ! ニュー! 沢渡だッ!」

 

 

「「「ネオ・ニュー沢渡最高ッ!!」」」

 

「うるさっ……」

 

横で声を上げる三人に、思わず耳を塞ぐ。

 

「そもそもネオとニューは……」

 

 

「……同じ意味じゃん」

 

榊さんと意見が一致した。あの男の恥で済めばいいが、LDSの恥になるとも限らない。これ以上恥を上塗りするような真似はやめてもらいたいが……無駄だろう。

 

「榊遊矢! お前には数々の恨みがある」

「……怨み?」

「その1! 俺からペンデュラムカードを奪い、俺に敗北を味あわせた! 屈辱だ!」

 

「……元は自分が奪ったというのに」

 

それに加担した事もまた、私にとって拭い去れない過去だ。

 

「んぐっ……その2! お前そっくりのエクシーズ使いに怪我を負わされた! 屈辱だ!!」

 

「自分でそっくりって言っているんですが……逆恨みにも程があります」

 

そして怪我をしたのは私だ。

 

「んんッ、その3! 俺の尊敬するパパを襲って怪我をさせた! 屈辱この上ない!!!」

 

「だからそれは榊さんじゃない」

 

そして沢渡議員も大した怪我はしていない。

 

「お前に受けた屈辱の数々、今こそ何百倍にもして返してやるぜッ! ……と言いたい所だが、お前には借りもある」

 

「……借り?」

 

あの男が榊さんに借りを作るとは思えないが…………いや、一つだけあった。

 

――『沢渡が本気で心配して言った事だから、待ってようって』

 

私から榊さんたちを遠ざけた事だ。

 

「だがッ! それとこれとは話が別! 此処に宣言する! 榊遊矢、お前をこのデュエルで完膚無きまでに叩きのめす!」

 

「……結局変わっていないじゃないか」

 

あの男に貸し借りの概念を期待しただけ無駄だった。

 

『おおっとぉ! 早くも沢渡選手の勝利宣言です!』

 

「お前をこれまで勝利へと導いたペンデュラム召喚、それが今日はお前を敗北へと導くだろう」

「……ははっ」

「んなっ! 何笑ってやがる!」

「いや……良いデュエルにしよう、沢渡。皆が笑顔になれるような、そんなデュエルに」

「ふんっ、そう言っていられるのも今の内だ。その皆の笑顔に、お前の笑顔はねえ!」

 

『一体この勝負どうなるのか! ではっ、アクションフィールドをセットしましょう! カモーン!』

 

ニコ・スマイリーの言葉と共に、ランダムにフィールド魔法が選出される。選ばれたのは――

 

『決定しましたァ! アクションフィールド、オン! フィールド魔法、夕日の荒城!』

 

決定されたフィールド魔法にデュエルコートが塗り替わっていく。

夕焼けに佇む、荒れた城へと。

 

「いくぜ! 戦いの殿堂に集いしデュエリストたちが!」

「モンスターと共に地を蹴り、宙を舞い!」

「「フィールド内を駆け巡る!」」

『見よ! これぞデュエルの最強進化系! アクショーン!』

 

「デュエル!」「デュエル!」

 

YUYA VS SAWATARI

LP:4000

アクションフィールド:夕日の荒城

 

「先行は譲ってやるぜッ」

「俺のターン!」

 

始まった二人のデュエル。結果は分かり切っているとはいえ、ペンデュラムカードの披露は見届けなければならない。

 

「……やっぱり、素敵ですね」

「……誰の事を言ってるんですか?」

 

まさかあの男の事を? ……そうなら止めなくてはならない。新しく出来た友人を不幸にしたくはない。

 

「あなたと、沢渡さんの関係です。本当にあの人の事を思ってるんだなって」

「……あの、何を言ってるのか良く分からないんですが」

「さっきの二人の会話一つ一つに合いの手を入れて、すっごく楽しそうでしたよ?」

「合いの手って、私はただあの男のふざけた勘違いを訂正しただけで……」

「思わず声に出ちゃったんですよねっ?」

「……まあ、そうですが」

 

それはあの男がふざけた事を言うから……。

 

『な、なんと沢渡選手! 三回の召喚を決めた!』

 

「スゲェ沢渡さん! いや、ネオ・ニュー沢渡さん!」

「まさに最強だぜ!」

 

私が弁解をしようとしている間に、沢渡シンゴは三体のモンスターを召喚していた。

 

妖仙獣。あのカードたちのデータは見ている。一見デメリットにも見える、召喚されたターンに手札に戻る効果を持つが、それは毎ターン自らの効果を使用できるという事だ。

勿論フィールドががら空きになる事に違いはないが、それを防ぐためのカードも妖仙獣には存在している。

 

「さあショーを続けようぜ、エンタメデュエリスト、榊遊矢!」

 

『沢渡選手、まさに余裕を見せて榊選手を挑発!』

 

 

「その油断がなければまだ勝負の結果も分からないだろうに……本当に愚かな男」

 

……私とのデュエルの時のように。

……いや、何を考えているんだ、私は。

 

「いくぞ、俺のターン! ――俺はスケール1の星読みの魔術師とスケール8の時読みの魔術師でペンデュラムスケールをセッティング!」

 

来た。かつてのデュエルでも使われた榊さんのペンデュラムカード。

 

「これでレベル2から7のモンスターが同時に召喚可能! 揺れろ、魂のペンデュラム! 天空に描け光のアーク! ペンデュラム召喚! 来い、俺のモンスターたち!」

 

「来たか、榊遊矢のペンデュラム召喚……!」

「これが……ペンデュラム召喚」

 

刀堂さんが警戒するように、女性が驚きの声を上げる。

 

『来ましたァ! かのストロング石島選手をも破った、榊選手のペンデュラム召喚!』

 

榊さんのペンデュラム召喚を初めて自らの目で目の当たりにした観客たちが沸き立つ。

……さて、この状況で、榊さんに注目の集まったこのデュエルで、あなたはどう会場を湧かせる? 今このデュエルを見ているのはあなたを持ち上げる取り巻きたちだけじゃない。

 

……ッ。何を、一体何を期待しているような事を考えているんだ。別に会場が湧こうが湧くまいが、関係ない。ただレオ・コーポレーションのペンデュラムカードを披露すれば、最低限の目的は達せられる。

 

首を振り、愚かな考えを霧散させる。

 

SAWATARI LP:2800

 

「俺はターンエンド!」

「ふふっ、此処からが本番だ……沢渡シンゴ、伝説のリベンジデュエル……! 榊遊矢! お前はこれからペンデュラム召喚の恐ろしさを知る!」

 

「ったく、一々勿体着けるわよね、あいつ」

「同感です。無駄この上ない」

 

光津さんの言葉に同意する。

 

「あなたが言っても説得力ないわよ。演出なんでしょ」

 

しかし、それはバッサリと切り捨てられてしまう。……。

 

「――妖仙獣一枚を手札に加える! 俺が加えるのは――ペンデュラムモンスター、妖仙獣 左鎌神柱!」

 

『何とォ! 沢渡選手がペンデュラムカードを!?』

 

あの男の公開したカードに、会場がどよめく。

 

「やっぱり、持っていたのか……!」

 

榊さんも覚悟はしていたのだろう。私のクリフォートたちを見た時点で、或いはそれ以前に。

 

「修験の妖社の効果発動! 妖仙カウンターを三つ使い、デッキから妖仙獣カードを一枚手札に加える! 俺はペンデュラムモンスター、妖仙獣 右鎌神柱を手札に加える!」

 

これで、ペンデュラムカードが二枚。

 

「榊遊矢! 宣言通り、ペンデュラム召喚がお前を敗北に導く!」

 

会場が、観客が、あの男の一挙一動に注目している。

 

「俺はスケール3の妖仙獣 左鎌神柱とスケール5の右鎌神柱でペンデュラムスケールをセッティング!」

 

来た……!

 

「あ、あれ? でもスケール3と5じゃ……」

「いいえ、違います。あのカードにはペンデュラム効果がある」

 

女性が気付いた事に少し驚く。

 

「生憎だったなあ。右鎌神柱の効果発動ッ、もう片方のペンデュラムゾーンに妖仙獣が居る時、ペンデュラムスケールが11に上がる!」

 

「あっ、これで……!」

 

「これでレベル4から10のモンスターが同時に召喚可能! ペンデュラム召喚!」

 

左鎌神柱と右錬神柱、二つの間の虚空から竜巻が飛来する。

あれが、妖仙獣の切り札。

 

「烈風纏いし妖の長よ、荒ぶるその衣を解き放ち、大河を巻き上げ大地を抉れ! 出でよ、魔妖仙獣 大刃禍是!」

 

実際にこの目で見るのは初めてになる。これが、魔妖仙獣 大刃禍是……。

‟あの人”の、新しい力……。

 

「……!?」

 

今私は、何を……。

 

『驚きましたッ! 沢渡選手のペンデュラム召喚ですッ!』

 

頭を過ぎった考えをまた首を振って振り切る。

 

「スゲェぜ、ネオ・ニュー沢渡……!」

「妖仙獣最強だぜ……!」

 

「――やっぱりお客様の言った通りでした」

「え……」

「この大会、忘れられないものになりそうです!」

「……そう、ですか」

 

「そうだ湧けッ、もっと湧け! お楽しみはこれからだッ!」

 

「っ、それはあなたの台詞じゃない……」

 

本当に、一々あの男は……。

 

「俺こそ選ばれた男……ネオ・ニュー沢渡だ……!」

 

「緩みきっただらしのない顔……」

 

もはや呆れかえる事しか出来ない。

 

「そして俺はペンデュラム召喚を出来るようになっただけじゃあねえ。その上を行くッ!」

 

ペンデュラムの上、なんて大仰に言ってはいるが、結局は大刃禍是のモンスター効果によるバウンスでしかない。

それはかつての私や志島さんが得意としていた戦法だ。そして私は手札バウンスではなくデッキバウンスを、志島さんは相手ターンでのバウンスを。今のあの男よりも上を行っている。

 

「俺はターンエンドッ。だが、ただのターンエンドではない! 見せてやろう、沢渡レジェンドコンボ! 妖仙ロスト・トルネード!」

 

……だが、不覚だった。

 

「妖仙大旋風の効果は自分フィールドの妖仙獣一体が手札に戻る時、相手フィールドのカード一枚を手札に戻す! そして妖仙郷の眩暈風(めまいかぜ)の効果は妖仙獣以外のカードが手札に戻る時、手札ではなくデッキに戻す」

 

あの男は、少なくともバウンスという点においてはかつての私を超えていた。

 

「鎌壱太刀三兄弟はエンドフェイズ、手札に戻るッ。これにより妖仙大旋風の効果でお前のカード三枚を手札に戻し、眩暈風の効果でデッキに消し去る!」

 

鎌壱太刀三兄弟の利点は手札に戻り、次のターンでまた同じ効果を使える事。けれどこのコンボはそれを遥かに上回る利点を与える。

 

「大刃禍是の効果発動! このカードは特殊召喚したターンの終了時、手札に戻る! 妖仙ロスト・トルネードォ!」

 

「……」

 

ペンデュラムカードにデッキバウンスは有効な戦術、それは分かっていた。だけど以前私が使っていたティアラミスで戻せるのは一ターンに二枚まで、それもオーバーレイユニットを使う効果であるが故に最大でも二ターンで四枚。

だがこのコンボならば鎌壱太刀三兄弟と大刃禍是、一ターンで四枚ものバウンスが可能。しかも手札に戻る以上、次のターンで再び同じ事が出来る。エンドフェイズという特性上、このターンで勝負を決める事は出来ないが、このコンボを破るには残された僅かな手札とドローカードに賭けるしかない。

……認めよう、このコンボの完成度は極めて高い。たとえサイクロンなどで一枚を破壊しても、自分の場ががら空きになるのは間違いない。完全に打ち破り、その上で勝利へと繋げるにはあの男以上にカードを展開しなければならない。

 

「どうだ……! この大旋風は文字通り相手のカードを巻き上げ、舞い上がったカードは眩暈風に誘われフラフラとデッキへ行っちまう! これぞ沢渡レジェンドコンボ、妖仙ロスト・トルネードだ!」

 

「榊遊矢のペンデュラムを封じ込めたか……」

 

僅かに感心したように志島さんが呟く。

 

「……ま、沢渡にしちゃ上出来じゃねえか」

 

刀堂さんが笑いながら、言う。

 

「コンボのネーミングセンスは最悪だけど、ね」

 

光津さんが呆れながら、告げる。

 

……光津さんたちが、あの男を認めたように、言葉を紡いでいた。

 

「俺はネオ・ニュー沢渡ッ。伝説を生む男……!」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「これが社長の仰った、ペンデュラム封じ……!」

 

LDSの管制室、モニターを見つめる三人の人影。中島、赤馬零児、赤馬零羅。

 

「ペンデュラムは手札に戻されようと破壊されようと、次のターンで復活出来る。そこが最大の強みだ。だが、デッキに戻すことが出来れば……」

 

封じる事が出来る。それに赤馬零児も気付いていた。詠歌もまた知っていた。

そして、

 

「それに沢渡が気付くかは彼次第だったが……少々彼を甘く見ていたようだ」

 

沢渡シンゴもまた、分かっていた。

 

「久守詠歌に勝利したのは運や彼女の不調だけではない。彼の実力だった、というわけだ」

「……」

 

沢渡を認める零児の言葉に、中島は複雑そうな表情を浮かべる。沢渡に振り回されている彼にとっては、納得しづらい事実なのだろう。

 

 

――『素晴らしいプレイングで! 間違いなく、私の中で最高で最大のデュエルでした!』

 

「彼女の目も節穴ではなかったという事か」

 

零児はまだ知らぬ事だが榊遊矢がペンデュラムの先、ペンデュラム融合に辿り着いたように、沢渡もまた榊遊矢のライバルと言えるだけの実力を手に入れていた。

そして或いは、ランサーズの一員に成り得るだけの力を。

 

「残るは――」

 

零児の視線がモニターの隅に表示された、観客席の一角へと移る。そこには二人のデュエルを食い入るように真剣な眼差しで見つめる、久守詠歌が映し出されていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「お前との因縁、決着を着けるぜ……!」

「決着? 馬鹿言うなよっ。デュエルは始まったばかりだ!」

 

榊さんの言う通りだ。まだデュエルは始まったばかり。だというのにあの男は既に勝った気でいる。その油断が命取りになると、まだ気付かないのか。

……けれど、今はもういい。そんな苛立ちも、不満も、今は捨て置こう。

 

「お楽しみはこれからだッ!」

 

……今はただ、結末を見届けよう。

一人の観客として。このエンタメデュエルショーの。

 

沢渡シンゴという愚かな男の、いや、一人のデュエリストのリベンジを。

 




二十話目(番外編含む)にしてついにネオ・ニュー沢渡さん登場。
このSSを書く切っ掛けとなったアニメ31、32話の話となります。

ちなみに鎌瀬くんの再登場は考えていませんでしたが、ハゲについては最初から暗黒寺の取り巻き(?)のイメージで書いていました。


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久守詠歌という人形

「ペンデュラム召喚! 烈風纏いし妖の長よ、荒ぶるその衣を解き放ち、大河を巻き上げ大地を抉れ! 出でよ、魔妖仙獣 大刃禍是!」

 

再び現れる妖仙獣たちの長。

 

「この大刃禍是の効果は伏せカードにも有効だぜ……! 大刃禍是の効果発動! フィールドのカード二枚を手札に戻す!」

 

これで榊さんのフィールドは完全にがら空き、そして。

 

「同時に妖仙郷の眩暈風の効果を発動させ、その二枚をお前のデッキへ戻し、ジ・エンドだ!」

 

舞い上がったカードは眩暈風に誘われデッキへと消え去る。……妖仙ロスト・トルネード、以前使っていた氷帝メビウスでの破壊よりも有効な、ペンデュラム封じのコンボ。

 

「残念だったなぁ! せっかく伏せたカードも無駄に終わったようだ!」

 

このコンボを破るには逆に沢渡シンゴのペンデュラムを封じる事だが、大刃禍是には自身のペンデュラム召喚を無効にされない効果が備わっている、となれば召喚されたモンスターの効果を封じるのが最も効果的だが……そのカードも榊さんの手にはなかった。残る頼みの綱はアクションカード……間に合うのか。

 

「いや、これでよかったのさ!」

 

けれど、榊さんもまた私の予想を超えた。

 

「伏せられたこのカードがフィールドを離れた時、このターン、相手フィールドのモンスター全ての名前をななしにする!」

 

「……!」

「えっ、えっ?」

 

隣で女性が困惑の声を上げる。

 

「……あの男の使う妖仙獣はターンの終わりに手札に戻る。そして永続罠、妖仙郷の眩暈風は妖仙獣以外のカードが手札に戻る時、デッキへと戻す。榊さんのカードの効果で妖仙獣でなくなった事でこのターンの終わりに大刃禍是たちは全て手札ではなくデッキへと戻るんです」

「あっ、そうか! ……で、でもターンの終わり、ってそれじゃあ遅いんじゃ……?」

「ええ。でも、榊さんがこれで終わるとは思えません」

 

恐らくアクションカードを見つけている。……そして信じている、この繋がった希望をさらに次へと繋げると。

 

「ああっ……!?」

「……」

 

大刃禍是の直接攻撃により、崩壊していく城。それに思わず目を覆う女性とは反対に私は真っ直ぐに見つめながら、確信する……いいえ、違いますね。期待しているんだ。このデュエルはまだ終わらない、と。

 

「アクションマジック、大脱出! バトルを強制終了させる!」

 

その私の勝手な期待に応えるように、榊さんは崩れ落ちた城から見事に脱出してみせた。

 

「凄い……! 凄いですっ!」

「ええ」

 

女性と同じように、観客も湧いていた。

 

「まるで脱出ショーだわ!」

「いいぞーッ!」

 

「ふざけんなぁ! お前が客席湧かせてんじゃねえよ!」

「これが俺のデュエルスタイルなの!」

 

その反応を見て、沢渡シンゴは大刃禍是の背で地団駄を踏む。……直接攻撃を防がれ、妖仙獣たちがデッキへと戻ってしまうこの状況で何処からそんな余裕が出て来るのだろうか……。

 

「ぬぅ……! だが最後に歓声を受けるのはこの俺だッ」

 

「っ……一体何の為にデュエルをしているんだ、あの人は……」

 

観客の反応なんて些末な事で、最も重要なのは勝利する事だ。その過程なんて、何の意味も……

 

「楽しむ為だろ」

「刀堂さん……?」

 

つい口をついて出た私の言葉に、刀堂さんが二人の試合を見つめたまま、答えた。

 

「この会場全部、いや中継で見てる奴らも全員を湧かせて、楽しませて、その上で自分も楽しんでやがる」

「……これは試合です、それもLDSの看板を背負った、重要な試合です。そんな余裕が何処に……」

「刃の言う通りさ、不本意だがね」

 

志島さんもまた、視線を試合から外すことなく肯定した。

 

「LDSに入って、辛い事や苦しい事はいくらでもあった。君に負けた事や榊遊矢に負けた事、今でも悔しいさ。でもそれだけじゃない。LDSにはもっと楽しかった事もある。エクシーズ召喚と出会って、強くなって、優勝候補筆頭とまで呼ばれたりね」

「LDSは数あるデュエル塾の中の頂点なのよ。ただ辛い事や苦しい事だけじゃ、強くなんてなれない」

 

そして光津さんも。

 

「私たちのLDSはそういう所でしょ」

「……」

 

……そう。そうだったはずだ。

私もそれをLDSで学んでいたはずだ。

辛い事も苦しい事も、それ以上に楽しくて、幸せな事があったから私は強くなろうと、そう思ったんじゃなかっただろうか。

 

「……」

 

視線を反対側に動かす。其処には私たちの会話など聞こえていないのだろう。大仰な手振りで声援を送る、山部たちの姿があった。

 

「沢渡さん、ペンデュラムっすよ!」

「もう一回大刃禍是が見たいぜぇ!」

「ネオ・ニュー沢渡、最高っす!」

 

……そう思っていたはず、なのに。

私の心の中で、二つの声がする。

刀堂さんたちの言葉を肯定し、このデュエルを楽しんでいる自分。

それを否定し、冷めた目でこのデュエルを見極めている自分。

私の本心は、どっち……?

 

「俺は修験の妖社の効果で妖仙カウンターを三つ使い、デッキから魔妖仙獣 大刃禍是を手札に加える!」

『沢渡選手の手札に大刃禍是が入ったァ!』

 

「「「「ペンデュラム! ペンデュラム!」」」」

 

「そうだ湧け! 湧き返れ! もっと激しく! もっと熱く!」

 

揺れ動く私の心とは裏腹に、会場は沢渡シンゴの言う通りに湧きあがり、観客たちの思いは一つとなっていた。

 

「いくぜ! 俺がセッティングしているペンデュラムスケールは3と5! よってレベル4のモンスターが召喚可能!」

 

「右錬神柱のスケールは上げないのか……?」

「召喚は大刃禍是じゃないっ……?」

 

「ペンデュラム召喚! 出でよ、風切る刃! 妖仙獣 鎌壱太刀、鎌弐太刀!」

 

「どうして大刃禍是をペンデュラム召喚せずに……っ」

 

また悪い癖が出た……? どうしていつもそう……!

 

「まずは目障りなEM(エンタメイト)から消えてもらうぜッ。鎌壱太刀の効果! 自分フィールドに鎌壱太刀以外の妖仙モンスターが居る時、一度、相手モンスター一体を持ち主の手札に戻す! 消えろ、ドラミング・コング!」

 

確かにこの効果が通れば榊さんのフィールドはがら空き、手札も0。だけど……

 

「アクションマジック、透明! このターン、自分のモンスター一体は相手の効果を受けない!」

「消えんじゃねえ!」

 

「自分で言っておいて……」

 

呆れて呟く…………いや、違う。だから、あの人は大刃禍是を……!

 

「……ふっ、まだ手はあるんだよ……! 俺は鎌壱太刀と鎌弐太刀をリリースし、大刃禍是をアドバンス召喚!」

 

「ペンデュラム召喚を使わずに……」

「アドバンス召喚、か。考えたじゃねえか」

 

……刀堂さんも気付いていたようだ。

アドバンス召喚された大刃禍是はターン終了時に手札には戻らない。仮にペンデュラム召喚で鎌壱太刀と鎌弐太刀と同時に召喚すればフィールドに残るのは鎌壱太刀たちの方……通常のデュエルなら、そうするべきだっただろう。

だけどこれはアクションデュエル、先程の大脱出や今の透明のようにカードを使われ、次のターンに繋げられた場合、鎌壱太刀たちでは力不足の可能性が高い。

アクションデュエルを得意とする遊勝塾のデュエリスト相手なら猶更、この選択は決して間違いではない。

 

「そこまで考えて……」

 

私ももう、視線を動かすことが出来なくなっていた。

この絶望的とも言える状況で笑う榊さんと大刃禍是を従え対決するあの人から。

 

「何を笑ってんだッ、状況分かってんのか……!?」

「分かってるさ。だけど……観客が湧いてる」

「ああ?」

「俺だけじゃない。お前と俺のやりとりや先の読めないショーに、観客が湧いてるんだっ」

 

楽しみ、楽しませるデュエル。これがエンタメデュエル……。

 

「俺は新しい可能性を見つけた! だから楽しくて仕方ない!」

「……はっ。俺も楽しくて仕方ねえよ。これだけ大観衆の前でお前をぶっ潰せるんだからなあッ」

「っ、沢渡……」

 

最悪の出会い、最悪の印象、互いに嫌いこそすれ、友好的な感情なんて抱けるはずもない二人が、笑っていた。

 

「そう簡単には終わらせない! まだまだショーは盛り上がる!」

「いいやッ、今がクライマックスだ! いくぞ、バトルだ! 大刃禍是でドラミング・コングを攻撃!」

「ドラミング・コングの効果発動! バトル終了まで自分フィールドのモンスター一体の攻撃力を600ポイントアップする!」

 

ライフへのダメージを押さえた……それでも破壊は免れない。

 

YUYA LP:1400

 

「凄い! まさにガチの戦いだ!」

「本当! 良い勝負……!」

 

二人のデュエルに会場は一体となる。言う通りだ、二人は互いに楽しみ、観客を楽しませている。けれど、勝負に対しては本気で、真剣だ。油断があるわけでも、驕りがあるわけでもない。

 

「……俺はターンエンドだ!」

 

このターンでの決着は着かなかった。やはり、あの人の選択は間違ってなかった。

 

「今度は出るか!? 榊遊矢のペンデュラム!」

「「「「ペンデュラム! ペンデュラム! ペンデュラム!」」」」

 

 

「――来いよ、エンタメデュエリスト」

「えっ?」

「湧いてるんだよ、今俺達のデュエルに会場が。期待してんだよ、観客が!」

「沢渡……」

「お前のターンだ! 見事応えてみせろ!」

「っ――ああ!」

 

流れが、変わった。

それはかつてあの人と榊さんが初めてデュエルした時と同じ。

けれどあの時と違うのは、あの人が自らの意思で、それを榊さんへと促した。

流れを、榊さんへと受け渡した。

 

「――レディース&ジェントルメーン!」

 

かつて榊さんに支配され、翻弄された光のショー。今は違う。これは、あの人たち二人のデュエルショーだ。

 

 

 

「俺はスケール4のEMトランプ・ウィッチとスケール8の時読みの魔術師でペンデュラムスケールをセッティング! これでレベル5から7のモンスターが同時に召喚可能!」

 

天空に浮かび上がる二体の魔術師。

 

「揺れろ、魂のペンデュラム! 天空に描け、光のアーク! ペンデュラム召喚! 来い、俺のモンスターたち! まずはEMドラミング・コング! そしてッ、雄々しくも美しい二色の(まなこ)、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン!」

「さあ、決着の時だ!」

「おう!」

 

ドラミング・コングの効果を使えばオッドアイズの攻撃力は大刃禍是を上回る。だけど、ペンデュラムゾーンの左鎌神柱にもペンデュラム効果が備わっている。

 

「バトルだ! オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンで大刃禍是を攻撃!」

「はっ、攻撃力が足りてねえぞ!」

「ドラミング・コングの効果発動! モンスター一体がバトルする時、攻撃力をバトル終了まで600ポイントアップする!」

 

オッドアイズと大刃禍是が交差する。けれどまだ終わらない。

 

「オッドアイズの効果! レベル5以上のモンスターとのバトルダメージを二倍にする!」

「左鎌神柱の効果! 妖仙獣が破壊される時、代わりにこのカードを破壊する! ――ぐっ……!」

 

SAWATARI LP:1200

 

「何かすげえ興奮してきた!」

「もう俺、どっちが勝ってもいい!」

「二人とも勝たせたい……!」

「そうだっ、二人とも頑張れ!」

 

観客たちが私の一方の心を代弁する。

 

 

「ふっ、楽しもうじゃねえか!」

「ああ! お楽しみはこれからだッ! EMトランプ・ウィッチのペンデュラム効果発動! 一ターンに一度、バトルフェイズ中に自分フィールドのモンスターで融合召喚出来る!」

「何ぃ!?」

 

「融合召喚!?」

「バトルフェイズに!?」

「そんなのってありぃ!?」

 

ペンデュラムモンスターでの融合召喚……! 私も融合を使うデュエリストとして、その発想自体はあった。けれどクリフォートにはペンデュラムモンスターしか存在せず、私の使うシャドールにはクリフォートの属性である‟地属性を用いた融合モンスターは存在しない”。だから諦めていた……けど榊さんはそれをやろうとしている。しかもペンデュラム効果によって……!

 

「胸を打ち鳴らす森の賢人よ、神秘の龍と一つとなりて新たな力を生み出さん! 融合召喚! 出でよ、野獣の眼光りし獰猛なる龍! ビーストアイズ・ペンデュラム・ドラゴン!」

 

呼ぶとするならペンデュラム融合……召喚されたビーストアイズの攻撃力は大刃禍是と同じ、3000。

 

『同じ3000の攻撃力を持つ両雄激突ゥ!』

 

「バトルだッ! ビーストアイズ・ペンデュラム・ドラゴンで大刃禍是を攻撃!」

 

なら勝負を分けるのは、

 

『二人の狙いはアクションカードだァ!』

 

観客たちが見守る中、二人が跳ぶ。屋根の上、瓦の下、同じ位置に二枚のアクションカードが姿を現していた。

 

「ッ――取った!」

 

思わず、叫んだ。

榊さんよりも一瞬早く、あの人がアクションカードを手にした。

 

「――アクションマジック、大火筒、発動!」

 

大刃禍是とビーストアイズ、二体は相討ち、爆煙が二人の姿を隠す。その中から聞こえて来たのは……多分、私が聞きたいと願った声だった。

 

「このカードはバトルで破壊された相手モンスターの攻撃力の半分のダメージを相手プレイヤーに与える!」

 

榊さんのライフは1400、3000の半分、1500のダメージが通れば……!

屋根の上へと着地した榊さんへ、放たれた炎が降りかかる。

これで……!

 

「あ……」

 

その吐息のような声は誰のものだったのだろう。

声は天空へと上がった花火の音で掻き消えていった。

 

「な、なにぃ!?」

 

『榊選手、ダメージとなる炎を花火へと変えてしまいました! これぞまさに、エンターテイメントォ!』

 

「アクションマジック、奇跡でビーストアイズの破壊を無効にしたから、お前の効果は無効になったのさ!」

 

奇跡……モンスターの破壊を無効にし、バトルダメージを半減させる。二体のモンスターの攻撃力は同じ、よって榊さんのライフにダメージは、ない。

 

「貴様……! 派手すぎだ!」

「ここでビーストアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの効果発動! バトルでモンスターを破壊した時、融合素材とした獣族モンスターの元々の攻撃力分のダメージを与える!」

 

融合素材となったのはドラミング・コング……つまり、

 

「ドラミング・コングの攻撃力は――1600!」

 

「っ――ぐぁあああ!!」

 

SAWATARI LP:0

 

「あ――」

 

『決まりましたぁ! 第二試合勝者は、榊遊矢選手!』

 

 

 

「……ふぅ。運を味方につけた榊遊矢の勝ち、か」

「けどまあ、良くやったさ。あいつは」

「……ドヘタ、っていうのは撤回してあげてもいいかもね」

 

「沢渡さーん! 最高でしたぁ!」

「ネオ・ニュー沢渡最高だぜぇ!」

「もう一度、今度こそリベンジっすよ!」

 

「……負けちゃい、ましたね。沢渡さん」

 

皆の声が、何処か遠くに聞こえる。

これは誰かに応えたわけじゃない、ぽつりと零れた、ひとりごと。

 

「……いい、デュエルでした」

 

観客全員が抱いたであろうその言葉は、誰に届くこともなく、ただ私の胸に染み込んでいった。

惜しみのない拍手が二人のデュエリストに送られる中、私は一人立ち上がる。

 

「……私はこれで失礼します」

 

「あっ、おい久守!」

「今はそっとしておいてあげなさい。色々と思う所があるんでしょ、あの子にも」

 

私を呼び止めた柿本を制止する光津さんの声を聞きながら、私は観客席を跡にした。

一人に、なりたかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「……」

 

デュエルコートから退場し、観客席に向かう事無く沢渡シンゴは会場を跡にしようとしていた。

 

「ご苦労だった」

 

それを遮るように、沢渡の前に一人の男性が立ちはだかる。

 

「……ああ、中島さんか」

 

僅かに気怠げに沢渡がその名を呼ぶ。

 

「約束は守ってもらおう。君は今の試合で榊遊矢に負け、敗退した。ペンデュラムカードを渡すんだ」

「ああ、分かってるさ。約束は守るよ。……けどさあ、中島さん、一つお願いがあるんだよね」

「何? ……ふざけた事を言うな、お前の役目は終わった。敗北した以上、君にそのカードを持つ資格はない」

 

これ以上、沢渡に振り回されるのはごめんだと、中島は怒りを込めて言う。

 

「赤馬零児に! 赤馬零児に会わせてくれ。いいだろ? ペンデュラムカードを借りてた礼も言いたいしさあ」

「許可できるわけないだろう! 社長は多忙の身だ、お前に構っている暇は――」

 

我慢できず、声を荒げた中島を制するように彼の持つ携帯端末が着信を告げ、映像が浮かび上がった。

そこに映っていたのは、

 

『――私に何か用かね、沢渡シンゴ』

「社長!?」

 

映し出された赤馬零児の姿を見て、沢渡は笑みを浮かべた。

 

「流石は社長さん、耳が早い。まずは礼を言っとくよ。レオ・コーポレーションが開発したペンデュラムカード、大したもんだったよ」

『我々としても今のデュエルで有用なデータが取れた。さらに改良し、量産を急がせるつもりだ』

「量産ね」

 

デュエルディスクからデッキを取り出し、一番下、表になっている大刃禍是を眺めながら沢渡が呟いた。

 

「なら話は早い」

「っ」

 

そしてデッキから三枚のペンデュラムカードを抜き取り、中島へと投げ渡した。

 

「本当なら今すぐに、と言いたい所だが約束は約束。そいつは返す」

 

偉そうに、尊大に、沢渡は言葉を続ける。

 

「この短期間で此処までのペンデュラムカードを開発したレオ・コーポレーションなら、量産もそう時間は掛からねえだろ?」

『だとすれば、どうする?』

「もう一度、このデッキでデュエルをさせろ」

『君の一番の標的だった榊遊矢とのデュエルは済んだはずだが? それともまだ未練があるのかね?』

「はっ、この大会中はあいつに手出しするつもりはねえよ。この俺に勝った榊遊矢が何処まで勝ち残るか、見ててやる」

『ほう。では一体誰とのデュエルを望む?』

「……あいつと、久守とデュエルさせろ」

 

そこだけは静かな、しかし確かな決意を秘めた台詞だった。

 

『何故だ? 君は以前使っていたデッキで彼女に勝利している。ペンデュラムカードを加え、より強力となったデッキならデュエルするまでもなく結果は見えていると思うが』

 

詠歌にも試作型のペンデュラムカードを渡している事を伏せたまま、赤馬零児は沢渡に問う。

 

「そんなデュエル、もう忘れたね。……それで、どうなんだ」

 

その問い掛けを一蹴し、沢渡は問い掛ける。

 

『――いいだろう。データの解析は数日の内に終了する。それが終わり次第、君にはもう一度そのペンデュラムカードを預けよう』

「社長!?」

「礼を言うぜ、赤馬零児」

 

それだけ言って、沢渡は中島の横を通り抜け、会場の外へと続く通路を歩いて行った。

 

一人、残された中島は繋がったままの通信越しに零児へと問う。

 

「社長、このような事をしてはまた奴が付け上がります。既に我が社のペンデュラムの存在と価値は世間に知らしめられました。奴に付き合う必要はないかと……」

『彼にはまだ価値がある。広告塔としての利用価値だけではなく、‟槍”足り得るデュエリストとしての価値も見出せるやもしれん』

「まさか本気で沢渡を‟ランサーズ”に!?」

『まだ結論を出す時ではない。大会は続いている、この大会が終了したその時こそ、‟ランサーズ”結成の時だ。沢渡シンゴ、そして久守詠歌がその時までどう成長するのか……見定めるとしよう。それに彼女は未だ真の力を見せてはいない』

「最初の襲撃犯とのデュエルで見せたあのエクシーズモンスターの事ですか」

『回収した彼女のデッキにあのカードはなかった。しかしディスクの記録と、読み取れた彼女の記憶に確かに存在している。隠し持っているのか、それとも何らかの理由で失われたのか……どちらにせよ、沢渡とのデュエルは彼女の本当の力を引き出す役に立つだろう』

 

 

 

沢渡シンゴと久守詠歌、二人のデュエリストの再戦が近づこうとしていた。

だが彼女の手にはもう、方舟はない。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「くっ……!」

「これで終わり……メタファイズ・ホルス・ドラゴンとバーバリアン・マッドシャーマンで直接攻撃……!」

「ぐぁああああ!」

 

ANKOKUZI LP:0

WIN EIKA

 

「……私の勝ちです。約束通り、あなたから公式大会の出場資格を永久に剥奪します。……お前にデュエリストを名乗る資格はもうない」

 

大会四日目、明日で第一試合は終了する。

それまでに後始末を、試合での妨害行為を認めようとしなかった暗黒寺ゲンへ処罰を言い渡す。

……いいや、これは言い訳だ。ただの建前でしかない。私はただ、デュエルがしたかっただけ。……デュエルをして、勝ちたかっただけ。

理由は……認めたくはないが、やはりあの二日目の試合だろう。

沢渡シンゴと榊遊矢……そして黒咲隼と紫雲院素良。あの二つの試合を見てから、私の中で燻り続ける思い。

私は強くなった。以前より遥かに……だが、それでもまだ足りない。

榊さんはペンデュラムの先とも言えるペンデュラム融合へ辿り着き、黒咲‟さん”はランクアップというエクシーズの進化を使いこなしていた。

私には、そのどちらもない。私を強くしたのは……借り物のペンデュラムの力だけ。

まだ足りない。もうペンデュラムは量産化が始まっている。これだけでは、足りないんだ。

 

黒咲さんと素良さん――紫雲院素良は試合の後、姿を消した。柊さんから連絡があった。そして赤馬さんからも。

紫雲院素良、彼は融合次元のデュエリストだった。

だとすれば、中断した私とのデュエルでの反応も頷ける。……もし、あの時中断してなかったら、あの時の私は、彼に勝てたのだろうか。

融合次元へ、‟アカデミア”へ帰ったという彼。もしも彼が再び、今度は明確に侵略という形で私たちの前に現れた時、私は勝てるのだろうか。今の私のままで。

 

「……強く。もっと、強く」

 

運営委員たちに連れ出される暗黒寺を一瞥し、私は自らのデッキに目を落とす。もっと強くなれるはずだ……もう一度、あの方舟を手にすることが出来れば。

かつて手にし、しかし今は失われてしまった力。あの力をもう一度。そうすれば私は。

 

「随分荒れてるじゃねえか」

「……刀堂さん、ですか」

 

誰もいなくなったはずのデュエルコートに、刀堂さんが姿を現す。

 

「見ていたんですか」

「まあな。俺の試合は明日、その前の最終調整のつもりで来てたんだけどよ」

 

バツが悪そうに頭を掻きながら、刀堂さんが言う。

 

「沢渡の奴とはどうなった」

「……また、あの男の話ですか」

 

不思議とあまり苛立ちはなかった。

 

「……あの男から呼び出されました。明日、港の倉庫に来い、と」

 

沢渡シンゴの試合が終わってすぐ、メールがあった。日時と場所を指定しただけのメール。

 

「そうか」

「はい」

「負けんなよ」

「え……」

「俺も明日の試合で勝つ。だからお前も勝て。一体何があったのか聞かねえ、けど、溜まってるもん全部、あいつ相手に吐き出して来い」

「……」

 

ぶっきらぼうに、けれど思いやりに溢れた言葉。

 

「前は負けちまったが、今度こそ勝って来い……あの時と違って俺が選んでやったカードがあるんだっ、負けちまったら承知しねえぞ!」

「……刀堂さん」

 

……久しぶりに、笑みを浮かべた気がする。

 

「ありがとうございます、兄さん」

「いつまでそれ引っ張るんだよ……」

「ふふ、意外と気に入ってるんですよ。本当の兄みたいで。……本当の家族みたいで」

 

最後の一言は余計だった、言ってから後悔してしまう。

 

「……」

 

こうして刀堂さんに悲しい顔をさせてしまうと、分かったから。

誰も触れようとはしなかったけれど、皆もう知っているのだろう。私が入院した時、家族からの見舞いがなかった時に。

 

「すいません、失言でした」

「なんでお前が謝んだよ」

「……」

「……ま、俺はお前の兄貴でもなんでもねえけど、それでも、ダチだからよ。とっとと抱えてるもん吐き出して、元気出せよ」

「元気がない、そう見えますか」

「自覚がねえんなら重傷だな」

 

呆れたように笑い、刀堂さんはひらひらと手を振った。

 

「そんじゃ、俺は帰るわ。お前も遅くならねえ内に帰れよ」

 

……まただ。また、私の中で二つの心が生まれる。

もっと強くなるために戦いたい私と……友人を頼りたい私が。

 

「……」

 

答えは出ない。けれど時間は止まらず、刀堂さんの背は遠ざかっていく。

結局、私は見送る事しか出来ない。

 

「……」

 

諦めにも似た感覚で扉の向こうへと消えるその背中を見送る。

 

「……あー」

 

しかし、扉が閉じる直前、刀堂さんが振り返った。

 

「真澄にバレたらまたどやされそうだしな……」

 

照れくさそうに、刀堂さんが口を開く。

 

「……お前ももう帰るんなら送ってくぞ」

「……」

 

時間は止まらなかったけれど、答えは出た。

 

「……お願いしても、いいでしょうか」

 

ほんの少しだけ、私の中の一方の声が大きくなった気がした。

 

 

 

「刀堂さん、明日の試合は……」

「ああ、去年準優勝の勝鬨とだ」

「所属は梁山泊塾……気を付けてください」

「相手が誰だろうが負けるつもりはねえよ。油断もしねえ。どんな手を使って来ようと、俺のデッキで打ち砕いてやるだけだ」

「……」

 

梁山泊塾。LDSに次ぐ、ナンバー2のデュエル塾。勝利に執着する、という点では尊敬すべき物がある……けれど、私は。

 

「気を付けてください」

 

念を押すように、忠告した。

 

「実力で劣っているとは微塵も思っていません。ですが、それだけで勝てる程甘くはないですから」

 

甘すぎる、そう呆れる私の心の声は無視して、そう告げた。

 

「おう。けどコンディションはバッチリだ。沢渡と榊遊矢、そして黒咲さんと紫雲院素良のデュエルを見てからずっとな」

 

笑う刀堂さんを見て、しかし私の不安は拭い切れなかった。

 

「……此処で大丈夫です。そこのマンションですから」

「そうか。じゃあな」

「はい」

 

マンションの入り口の前で一度、振り返る。

刀堂さんは私を見て、ニヤリと笑い背負った竹刀を向けた。

 

「第二試合からは見に来いよ。沢渡の奴も引っ張ってな」

 

それだけ言って駆け出す刀堂さんの背を、見えなくなるまで見送った。

 

「……そうですね、あの男の試合の時のように。私と刀堂さんに志島さん、光津さん。山部たち、あの女性に……それにあの男を加えて、観戦ぐらいなら、許してあげてもいいかもしれません」

 

その未来予想図は簡単に描けた。

きっと叶うものだと、そう思っていた。

 

知っていたはずなのに。

笑いあってた人たちが次の日にはいなくなる。そんな残酷な現実もあると、私は確かに知っていたはずなのに。




揺れる主人公のマママインド

念の為の補足ですが、主人公にも刃にも恋愛感情はありません。

次回、沢渡さんと主人公の再戦となります。


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久守詠歌というデュエリスト

主人公のデッキ的に最も出しやすいはずの彼女がようやく登場。
そして今回は今までと少し雰囲気が違います。


「いらっしゃいませー!」

 

朝、お店が開店するとほぼ同時に入店する。

 

「あ、何だかお店で会うのは久しぶりですねっ」

「はい。今日は何だか甘い物が食べたくなりまして」

 

大会中、会場で毎日会っていたが、彼女の言う通りお店で会うのは随分と久しぶりな気がする。

 

「……スイートミルクアップルベリーパイを一つ、いただけますか」

「はい! スイートミルクアップルベリーパイ~とろけるハニー添え~をお一つですね」

「……そういえば」

「はい?」

 

何故か気になって……いや、名付け親としては自然な事だろうか、女性に尋ねる。

 

「このプティングの売れ行きはどうですか」

 

ショーケースの端に並べられたカスタードプティング、マドルチェ・プディンセスを指して、言う。

 

「あー……あはは、前にも言ったようにリピータも居て、決して不人気ではないんですが、やっぱり店長が作った商品と比べると、どうしても一歩劣りますね」

「そう、ですか」

「でも店長からは褒められてるんですよっ。初めて作った商品にしては上出来だって」

「はい。私も好きですから」

 

……でも何故だろう、以前、会場で食べた時は少し、味が変わっていた気がした。決して不味いわけではない。でも何かが変わった。

 

「そうだっ、前に言ったと思うんですけど、店長からのアドバイスも取り入れて、新味を作ってるんですよっ」

「新味、ですか」

「はいっ。甘い商品はたくさんありますし、甘さ控えめな商品も取り揃えているんですが、そこにさらにもう一押しという事で……」

 

私に背を向け、ゴソゴソと女性は後ろの冷蔵庫を漁った。

 

「こちらですっ!」

 

そこから取り出したのは、小さなカップ。中身は……

 

「チョコレート味、ですか?」

「ふっふっふー、惜しいっ」

 

楽しげに、指を振りながら女性はスプーンを取り出して、カップと一緒に私の方に差し出す。

 

「いいんですか?」

「はいっ、是非食べてもらいたいんですっ。何せ名付け親ですからっ」

「……いただきます」

 

名付け親、その通りだ。彼女に頼まれ、私はあのプティングに名前をつけた。私が以前使っていたカードの名前を。

どうしてその名前をつけたのか……きっと、他に思いつかなかったからなのだろう。理由が思い出せない、きっと忘れてしまう程だから、その程度の理由のはずだ。

そんな名付け方をした事に少し申し訳なくなりながら、スプーンとカップを受け取り、一口すくって、口へと運ぶ。

 

「ん……」

 

このお店の商品では初めて食べる味だった。想像していたような甘さはなく、むしろ口に広がるのは苦味だ。

 

「カスタードプティングから一味変えて、ビターな味付けにしてみたんです。甘さを控えめにした、というよりも正反対の味付けで、少し大人向けの味でしょうか」

「……ふふっ」

 

その説明を聞いて、思わず笑いが零れた。

 

「なら私が食べても、ただオマセさんですね」

 

女性の言う通り、中学生には少し早い味だ。

 

「ああいやっ、そういうつもりで言ったわけじゃなくて……お客様って大人びて見えるので、つい、と言いますか……」

「良く言われます。でも確かにこれなら、他の商品にはない味ですね」

「あはは……今は最終調整中なんです。苦すぎてもいけないし、かといって甘過ぎるとくどくなっちゃいますし、その微妙なさじ加減がもう少しで……はい、お待たせしましたっ」

 

カップとスプーンを返し、小さな箱に詰められたケーキを受け取る。

 

「ありがとうございます」

「今日でジュニアユースクラスの一回戦はお終いなんですよね?」

「ええ。今日の試合は志島さんと刀堂さんが出ます」

 

そしてジュニアクラスでは遊勝塾のタツヤくんが唯一勝ち残っているようだ。

 

「あの方たちですか。今日も午後には抜けられるから、間に合いますよね……?」

「そうですね、志島さんは結構ギリギリになってしまうかもしれませんが、刀堂さんの試合には十分間に合うはずです」

 

志島さんの前には風魔のデュエリストの試合がある。一回戦程度に時間を掛けるようでは困る、それを考えれば志島さんの試合には間に合うか微妙な所だろう。

 

「……ただ、申し訳ありませんが今日、私は会場には行けないかもしれません」

「え?」

「少し、用事があるんです。……まあ、時間を掛けるつもりもないですが」

「そうですか……分かりましたっ、お客様の分まで私、応援してきますねっ! 差し入れはどれにしましょうっ」

 

並べられたケーキを眺めながら、女性は笑う。今日の試合を、デュエルを楽しみにして。……デュエルで観客に笑顔を、それを否定はしない。むしろ以前までは私もそれを肯定していた。今の私は……どうなんだろうか。

 

「それでは失礼します……大会、楽しんでください」

「はい。ありがとうございましたっ!」

 

踵を返す直前、そうだ、と思い立つ。

 

「今度会った時は私がご馳走しますね」

「?」

「いつもいただいてばかりですから、お菓子に合う紅茶を用意します」

「……はい! 楽しみにしています」

 

久しぶりに、ティーセットを用意しておこう。そう決めて、今度こそ店を跡にした。

 

 

 

「――――」

「……っと、すいません」

 

店を出てすぐ、入店しようとしているお客さんとぶつかりかける。

 

「――いや、こちらこそ。驚いて反応が遅れちゃったよ」

「……?」

 

妙な言い回しだと思った、けれどそれ以上に、そのお客さんは奇妙な出で立ちをしていた。この時期には不似合いな長いマント、いやローブだろうか? 体と顔全体を覆い隠すような服装、背格好は私と変わらない、だから余計にその奇妙さが浮き彫りになる。

 

「……失礼、します」

 

関わり合いにならない方が良いタイプの人間だろう、そう判断してそれ以上観察せず、このお客さんの相手をする女性に僅かに同情しながら外へと歩みを進めた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「……やっぱり、甘すぎる」

 

最後の一口を飲み込んで、そう呟く。

沢渡シンゴが好んで食べていたケーキは、私には甘すぎた。

公園に設置されたくずかごにゴミを入れ、ベンチから立ち上がる。指定された時刻までもう間もなく……行こう。

港近くのこの公園からすぐ、以前毎日のように通っていた倉庫。そこが指定された場所。

かつて私はそこで胸に秘めていた思いを吐露した。

あの人を守らせてほしい、と。そして、あの人が好きだ、と。

……今日、ようやくその思いに決着が、いや、決別が出来る。

どれだけ言葉を重ねても沢渡シンゴには届かなかった。こうしてメールが送られてきたのが何よりの証拠だ。

今更言葉だけで清算出来る程、私たちの関係は軽くはなかった。なら、言葉ではなく、デュエルで。

 

「……終わらせよう、今日、此処で」

 

見えて来た倉庫、そこに居るであろうあの人に宣誓するよう、呟いた。

 

「よっ、待ってたぜ」

「あなたたちも居たんですか」

 

倉庫の目の前まで来ると、見慣れた三人組、山部、大伴、柿本の三人が私を迎えた。

 

「時間ぴったりか、何か変な感じだな」

 

柿本が笑う。

 

「何がですか」

「沢渡さんに呼ばれて、お前が時間丁度に来るのがだよ」

「そうそう。いつも待ち合わせの三十分とか一時間前ぐらいには居たもんな」

「昔の話に意味はありません。言ったはずです、あなたたちは私の何も知らないと」

「あー、はいはい。分かった分かった」

「……」

 

聞き流すような態度の三人に、少し苛立つ。言葉で伝わらないとは分かっていたが、こうも流されるのは不愉快だ。

 

「入れよ、あの人が待ってる」

「今回俺たちは此処で留守番だってさ」

「ま、あのセンターコートの前で留守番してた時より気が楽だな」

「だな、いやぁ、あん時は大変だった……」

 

軽口を言いあいながら、山部と大伴が倉庫の扉を開いた。

倉庫の中はあの日、照明が割れたままだったが日の光が差し込み、それほど暗くはなかった。それでも倉庫の奥は薄暗く、人が居るのかすら分からない。

 

ゆっくりと倉庫の扉を潜り、中へ。

そして扉が閉じられた。

 

「……ッ!」

 

同時、倉庫の奥から何かが飛来する。

それに反応し、眉間へと迫って来たそれをどうにか掴み取る。

 

「……随分な挨拶ですね。マナーがなってない、それとも期待するだけ無駄でしたか」

 

掴んだそれは、先端が吸盤になっている玩具のダーツだった。

 

「――見事なもんだろ?」

「そうですね。デュエリストをやめて、それを練習した方がいいんじゃないでしょうか」

 

ゆっくりと、倉庫の奥、暗がりから姿を現す、私を呼び足した張本人。

 

「一応聞いておきましょう、何の用ですか――沢渡シンゴ」

 

彼はいつもと変わらない、不敵な笑みを浮かべていた。

 

「パパに」

「……?」

「パパに全部聞いた。お前がLDSに入る前、何をしてたのか」

「っ……」

 

それは私にとって忌むべき過去だ。

 

「転校してきたのも、LDSに入ったのも、それの延長か?」

「……」

「違えよな。パパはもう、お前に何の頼み事もしてないって言ってた。だったら転校して来てからの事は全部、お前の意思でやってたんだろ。俺と一緒に居たのも」

「……」

「此処で勝手な事を言って、俺をかばったのも、全部」

「……そうですね、そうだった」

 

過去は消せない。その事実はいくら言葉を重ねても、なかったことには出来ない。

 

「けど今は違う。あなたのような人間を好いていた事は私にとってはもう、屈辱の記憶でしかない。今も私がそうだなんて、あなたの自惚れだ」

 

我が儘で自分勝手で傲慢な嫌な男。そんな男に、それだけじゃないこの人に心惹かれていた。でも、もう違う。目が覚めたんだ。

 

「もううんざりです。あなたに引っ張りまわされるのも、あなたに媚を売るのも……全部、全部うんざりだ。私は私の邪魔になるもの全部捨てて、強くなる」

 

強くなって、社長に、LDSに恩を返す。そしてこの世界を守るんだ。その為に強くならなくちゃならない。こんな男に構っている暇はない。

 

「ふうん、言うじゃん。それで? お前は強くなったのか? あの黒マスクの男に負けた時より、この俺に負けた時より」

「……確かめてみますか。今、此処で。大会を敗退した今なら、あなたを倒しても何の問題もない……!」

 

もう彼と榊さんのデュエルに決着は着いた。見届けた。もう、我慢する必要はない。

 

「あなただってその為に私を呼び出したんでしょう。決着を着けましょう、私はもう、あなたなんかに頼らなくてもいいんだ……!」

 

……私はこの世界に来て、不安だった。

ひとりぼっちで、見知らぬ世界に来て、頼れる人のいないこの世界で私は不安だった。

だから求めてしまった、縋れる人を。それが……それが私が抱いていた恋心の正体だ。きっと誰でも良かった。いくつもの偶然が重なって、たまたまこの人だっただけで。

気付いてしまえばそれは酷く空虚で、愚かな想い。そんなものをいつまでも抱き続けて、良いわけがない。

だから捨ててしまえ、そんな想いも、過去の記憶も。

私はただ、この世界を守る槍と成ればそれでいい。そしてその果てに、私は……帰るんだ。あるべき場所に。何もかもを捨てて。

 

デュエルディスクを構える。収められた私のデッキ、私の決意の証。

 

「いいぜ、相手になってやる」

 

彼もまた、ディスクを構えた。

 

「いきますよ、沢渡シンゴ……!」

「違うなあ、今の俺は――ネオ! ニュー! 沢渡だ! 来な、久守詠歌!」

 

そしてこれを正真正銘、決別のデュエルに。

 

「デュエル!」「デュエル!」

 

SAWATARI VS EIKA

LP:4000

 

「先行は俺だ! 俺は手札から永続魔法、修験の妖社を発動!」

 

修験の妖社……既にペンデュラムカードと妖仙獣たちは返却したと思っていましたが……もう一度借り受けたのか。けど、そうでなくては。全力の彼を倒さなくては、意味がない。

 

「このカードは妖仙獣が召喚される度、妖仙カウンターが点灯する。俺は妖仙獣 鎌弐太刀を召喚!」

 

妖仙獣 鎌弐太刀

レベル4

攻撃力 1800

 

「さらに鎌弐太刀が召喚に成功した時、手札から鎌弐太刀以外の妖仙獣一体を召喚出来るッ、俺は鎌参太刀を召喚!」

 

妖仙獣 鎌参太刀

レベル4

攻撃力 1500

 

「二体の妖仙獣が召喚された事により、妖仙カウンターが二つ点灯!」

 

妖仙カウンター 2

 

「俺はカードを一枚伏せてターンエンド。それと同時に鎌弐太刀と鎌参太刀は手札に戻る」

 

アクションデュエルではないこのデュエル、大刃禍是もだが鎌壱太刀三兄弟はかなり厄介。既に二枚が彼の手に、次のターンには修験の妖社にカウンターが溜まり、デッキから鎌壱太刀も手札に加わるだろう。けれど対策はある。

 

「私のターン、ドロー……!」

 

あのカード一枚で妖仙獣の要となるバウンス戦術は崩壊する。

 

「私はシャドール・リザードを召喚」

 

シャドール・リザード

レベル4

攻撃力 1800

 

「セットじゃなく、攻撃表示でだと……?」

「私はもう、あなたの知る久守詠歌じゃない……! 私はスケール1のクリフォート・アセンブラとスケール9のクリフォート・ツールでペンデュラムスケールをセッティング!」

 

私の背後に二つの光柱が出現し、その光の中に浮かび上がる二体の機殻。

 

「ペンデュラムカード……チッ、社長さんの言った通りかよ」

「知っていたんですか。けれど、知った所で無意味だ……! クリフォートたちがペンデュラムゾーンに居る時、私はクリフォート以外のモンスターを特殊召喚する事は出来ない。けど、それでいい。クリフォート・ツールのペンデュラム効果を発動! ライフポイントを800支払い、デッキからクリフォートと名の付くカード一枚を手札に加える! 私が加えるのは永続罠、機殻の再星(リクリフォート)!」

 

EIKA LP 3200

 

そしてこれが、妖仙獣を封じる為の一枚。

 

「カードを一枚伏せて、ターンエンド」

「どうした攻撃して来ないのか?」

「安い挑発に乗る気はありません」

 

あの伏せカードか、それとも既に大幽谷響が手札にあるのか、どちらにせよ動くのは次のターンからだ。

 

「ふっ、せっかくのペンデュラムカードも、他にモンスターが居ないんじゃ無意味だな! 俺のターン、ドロー!」

「永続罠、機殻の再星を発動! このカードが存在する限り、召喚されたレベル4以下のモンスター効果はターン終了時まで無効となる。さらに特殊召喚されたレベル5以上のモンスター効果もまたターン終了時まで無効にする……!」

「ッ……!」

 

鎌壱太刀三兄弟のレベルは全て4、ターン終了時に手札へと戻り、また次のターンで召喚され、相手のフィールドを野晒しにする妖仙獣だが、このカードがあればその利点は全て封じられる。ただし手札から別の妖仙獣を召喚する任意効果に関してはこのカードでは無効には出来ない……けれど、それだけで十分だ。

これで問題となるのは大刃禍是。大刃禍是は召喚、特殊召喚に成功した時、フィールドのカード二枚を持ち主の手札に戻す任意効果、それもまたこのカードでは封じる事は出来ない。

 

「俺のペンデュラム封じを対策してやがったか……」

「あなたと榊さんのデュエルはこの目で見ていた。その対策を考えるのは当然です」

 

それとも……もしかしたら、こうなる事が最初から分かっていたからなのだろうか。私がこのカードをデッキに入れていたのは。

 

「だがまだ甘え! 俺は手札から妖仙獣 鎌参太刀を召喚!」

 

妖仙獣 鎌参太刀

攻撃力 1500

 

「さらに鎌参太刀の効果を発動し、鎌参太刀以外の妖仙獣一体を手札から召喚する! 俺は鎌参太刀をリリースし、アドバンス召喚! 現れろ、妖仙獣 凶旋嵐(まがつせんらん)!」

 

妖仙獣 凶旋嵐

レベル6

攻撃力 2000

 

現れたのは鎌壱太刀たちよりも凶悪な風貌のモンスター……まさかこんなにも早く対応して来るとは思わなかった。凶旋嵐の効果は……

 

「凶旋嵐の効果発動! このカードが召喚に成功した時、デッキからこのカード以外の妖仙獣一体を特殊召喚する! 来い、妖仙獣 鎌壱太刀!」

 

妖仙獣 鎌壱太刀

レベル4

攻撃力 1600

 

「これで俺は合計三体の妖仙獣の召喚に成功した。よって妖仙カウンターが三つ点灯する!」

 

妖仙カウンター 2 → 5

 

「鎌壱太刀のレベルは4! 機殻の再星で無効化されるのは通常召喚された場合のみ、よって鎌壱太刀の効果は無効にはならねえ! 鎌壱太刀の効果発動! フィールドにこのカード以外の妖仙獣が居る時、相手フィールドの表側表示のカード一枚を手札に戻す! 俺が選択するのはシャドール・リザード!」

「っ……」

「何だあ? 呆気ねえな。俺の知ってるお前じゃない、ってのはそういう意味か?」

「言ってなさい……!」

「ふっ、バトルだ! 鎌壱太刀と凶旋嵐で直接攻撃!」

 

こんなもので終わらせてたまるか。

 

「手札の速攻のかかしの効果発動ッ、このカードを墓地に送り、直接攻撃を無効にしてバトルフェイズを終了する!」

「防いだか。それぐらいじゃなきゃ面白くねえ」

「この程度で勝った気にならない事です……まだ、勝負は始まったばかりです」

「お前の言う通りだ。楽しもうじゃねえか、久守!」

「私はこのデュエルを楽しむつもりなんてない!」

 

このデュエルだけは……楽しめるはずが、ないんだ。

 

「はっ、この俺のデュエルで今度はお前を湧かせてやるぜ! 修験の妖社の効果発動! 妖仙カウンターを三つ使い、デッキから妖仙獣一体を手札に加える! 俺が加えるのは妖仙獣 左鎌神柱!」

 

妖仙カウンター 5 → 2

 

「ペンデュラムカード……!」

「俺はスケール3の妖仙獣 左鎌神柱とスケール5の妖仙獣 右鎌神柱でペンデュラムスケールをセッティング!」

 

っ、既にもう一枚のペンデュラムカードは手札に……大刃禍是を含めてもたった三枚しかないはずなのに。

……そういえば、口癖のように言ってましたね。自分はカードに選ばれている、と。

 

「これで準備は整った……! ターンエンドッ」

「私のターン!」

 

今あの人を守るのはたった一枚の伏せカードだけ。鎌壱太刀も凶旋嵐も脅威にはならない。

 

「クリフォート・ツールのペンデュラム効果を発動、ライフを800ポイント支払い、デッキからクリフォート・ゲノムを手札に加える……!」

 

EIKA LP:2400

 

「そしてクリフォート・ゲノムを通常召喚、このカードはレベルと攻撃力を下げる事でリリースなしで召喚出来る……!」

「レベルを下げて……ッ」

「レベル4となったクリフォート・ゲノムが召喚された事で機殻の再星の効果が発動! クリフォート・ゲノムの攻撃力とレベルは元に戻る!」

 

クリフォート・ゲノム

レベル6 ペンデュラム

攻撃力 2400

 

「バトル! クリフォート・ゲノムで鎌壱太刀を攻撃!」

 

螺旋を描く機殻の先端から雷にも似た光が放たれ、鎌壱太刀を焼き尽くした。

 

「チィ……!」

 

SAWATARI LP:3200

 

「私はカードを一枚セットし、ターンエンド……!」

「俺のターン……ドロー!」

 

カードを引いた瞬間、あの人は確信めいた笑みを浮かべた。自信に溢れた、いつもの顔。

 

「俺は鎌弐太刀を通常召喚」

 

妖仙獣 鎌弐太刀

レベル4

攻撃力 1800

 

妖仙カウンター 2 → 3

 

「さあ、ショータイムといこうじゃねえか……! 修験の妖社の効果を発動! 妖仙カウンターを三つ使い、デッキから魔妖仙獣 大刃禍是を手札に加える!」

「っ……!」

 

妖仙カウンター 3 → 0

 

魔妖仙獣 大刃禍是……!

 

「右鎌神柱の効果発動! もう片方のペンデュラムゾーンに妖仙獣が居る時、ペンデュラムスケールは5から11になる! これでレベル4から10のモンスターが同時に召喚可能! ペンデュラム召喚!」

 

大きく、見せつけるように一枚のカードを頭上へと掲げ、ディスクへと設置する。

左鎌神柱と右鎌神柱、二つの柱、その中空から現れ出でる巨大な竜巻。

 

「烈風纏いし妖の長よ、荒ぶるその衣を解き放ち、大河を巻き上げ大地を抉れ! 出でよ、魔妖仙獣 大刃禍是!」

 

――――!

 

リアルソリッドビジョンではない、単なる立体映像、だけど感じる。その力の強大さを、解き放たれた烈風を。

 

魔妖仙獣 大刃禍是

レベル10 ペンデュラム

攻撃力 3000

 

妖仙カウンター 0 → 1

 

今の私の切り札、アポクリフォート・キラーに対抗し得るカード、大刃禍是。出来る事ならその姿を見せる前に終わらせたかった。

 

「大刃禍是の効果発動! 召喚、特殊召喚に成功した時、フィールドのカードを二枚まで持ち主の手札に戻す! 消えろ、クリフォート・アセンブラ、クリフォート・ツール!」

「くっ……!」

 

私の背後に浮かび上がった二体の機殻が吹き飛ばされていく。

……。

 

「確かにお前の永続罠の効果で妖仙獣たちが手札に戻らない以上、俺のレジェンドコンボは完全に封じられた。だが、これでお前が大刃禍是を消し去るには自力でどうにかするしかねえ。詰めが甘いんだよ!」

「……それは、どちらでしょうね」

「バトルだ! 大刃禍是でクリフォート・ゲノムを攻撃! 最後に残った気色悪い機械にも消えてもらう!」

 

私の呟きは届かない。私はかつて、それで間違えた。

 

烈風に斬り裂かれ、最後の機殻も消える。

 

EIKA LP:1800

 

「……私のフィールドにクリフォートが存在しなくなった事により、機殻の再星は破壊される」

「はっ、これで終わりだ……! やっぱり弱くなってんだよ、お前は! 凶旋嵐で直接攻撃!」

 

……今度はあなたが間違える番でしたね。

 

「――速攻魔法、神の写し身との接触(エルシャドール・フュージョン)を発動! ペンデュラムゾーンのクリフォートが手札に戻った今、この融合召喚を邪魔するものはない!」

「ッ、俺がペンデュラムカードを戻す事を計算してやがったのか……!」

「私が融合するのは手札のシャドール・リザードとデブリ・ドラゴン、‟糸に縛られし”猟犬よ、宙を揺蕩う竜と一つとなりて神の写し身となれ……! 融合召喚! 現れろ、忍び寄る者、エルシャドール・ウェンディゴ!」

 

エルシャドール・ウェンディゴ

レベル6

守備力 2800

 

現れるのはイルカを操る人形。小柄で今にも崩れ落ちそうな、人形。

けれどこれが私を守る盾になる。

 

「シャドール・リザードの効果でデッキからシャドール・ドラゴンを墓地に送る……そしてその効果で相手フィールドの伏せカードを破壊する……!」

 

破壊されたのは永続罠、妖仙郷の眩暈風。あのコンボの要となる一枚。最初の私のターンの挑発も含めてブラフ……舐められたものです。

 

「チッ、また……! だがせっかくの融合召喚も守備表示じゃ無意味だ!」

 

効果を無効化された大刃禍是は手札に戻らない。眩暈風の破壊は無駄だった。けれど、融合は無意味じゃない。

 

ウェンディゴは凶旋嵐の放った鎖鎌に縛られる。

たとえ壊れても、それでも役目を果たさんとする、それが人形だ。ウェンディゴはその役目を果たしてくれる。

人形の身体に亀裂が入っていく。それでも、この攻撃は届かない。

 

「――――」

 

罅割れた顔で、ウェンディゴが私の方を振り向いた。

何かを訴えるような――ありえない。シャドールは人形だ。いや、そもそもただの立体映像でしかない。それが何故、感情の宿っているかのような瞳で私を見るの。

そんな悲しそうな目で、私を。

 

永遠にも思えた刹那の視線。

鎖鎌が外れ、ウェンディゴたちは私の前の地面へと崩れ落ちる事で終わりを告げた。

 

「っ、く……」

 

嫌な汗が背中を伝うのが分かる。気持ちの悪い感覚が私の中で大きくなっていく。今にも体の内から何かが溢れだしそうになる。

 

「凶旋嵐の攻撃は中止、バトルフェイズを終了する……これも耐えたか……だが無駄だ」

「無駄じゃ、ない……これであなたは二度も私を仕留める機会を失った……詰めが甘いのはあなたの方だ」

「まだ分かんねえのか。今のお前はギリギリで耐えてるだけだ。俺を追い詰める事もなく、ただやられてるだけじゃねえか。……あん時とはまるで違え」

「あの時……一体いつの事ですか、覚えて、ませんね」

「そうかよ。けど何度だって言ってやる、この状況は俺が強くなっただけじゃねえ。お前が弱くなったからだ」

「ッ、そうやって勝ち誇って、見下してッ、その結果が榊遊矢との試合だ! デュエルが終わってもいないのに、勝った気でいるな!」

 

私を見るな……カードも、あなたも……私を見るな……ッ!

 

「お前、いつものカードはどうした」

「なに……?」

「お前がいつも使ってた、お前に似合いのお人形はどうしたんだよ」

「……ははっ、あんなカード、もう使わない。あれを使ってたから私はお前に負けたんだ。あれを使ってたから私は襲撃犯に負けたんだ……あれを使ってたから私は……!」

 

意識が遠退いて行く。自分が何を言っているのかも分からなくなっていく。ただ、内から溢れ出る感情に従い、私は言葉を吐き出す。

 

「――あんなもの、‟久守詠歌”には必要ない!」

 

完全に、私の意識は途切れた。

 

 

 

「私にはこの子たちが居ればいい! 忠実な操り人形とこのペンデュラムカードが……圧倒的な力さえあれば私は誰にも負けない! 誰よりも強く、誰よりも高く! 私は上り詰める、誰にも媚びらない、誰にも頼らない、誰もいらない!」

 

「――ふざけんなァ!」

 

倉庫中に響く大声で、沢渡が叫んだ。苛立ちを隠そうともしない、感情をむき出しにした叫びだった。

 

「お前が何を好き勝手言おうと、知った事じゃねえ! 駄々を捏ねろとは言ったが、それを聞いてやるなんざ俺は一言も言ってねえからな!」

 

詠歌の好き勝手な叫びに劣らない、身勝手な叫びだった。

 

「媚びる必要なんてねえ、無理に頼る必要もねえ……けどな! お前がいらなくても俺がいるんだよッ! お前の方から近づいてきて勝手に離れてんじゃねえよ! 大体いつ俺がお前に守ってくれだなんて言った! それもお前の勝手じゃねえか! 今となっちゃお前だけの問題じゃねえんだ、俺の問題なんだよ! どいつもこいつも久守、久守、お前が何かすれば俺に話が来るんだよ! 無視してられるか!」

 

かつてのデュエルとは真逆の言葉だった。

詠歌を無視して先に進もうとしても、もう、進めなかった。周りがそうさせてはくれない。沢渡シンゴ自身がそれをしようとはしない。

黙って後ろを着いてくるならいい。自分の後ろで立ち止まってしまうのもいい、けれど、勝手に違う道に進むのだけは許さない。

 

恋だとか愛だとか、そんな綺麗なものではない。その感情に名前をつけるにはまだ早い。けれど今、沢渡シンゴが出した結論はそれだ。

 

彼は未だ、何が詠歌の身に起こったのか知らない。ただ勝手に消えようとしている、それしか知らない。その癖周りは自分に原因があると言う。

その原因も知らないまま、勝手に消えるのは許せない。

 

沢渡シンゴは誰かの為に、なんて理由で動く男ではない。いつだって、自分の為に動いて来た。例外と言えるのは尊敬する自分の家族だけだ。

その姿を疎ましいと思う者たちがいた。

そして、その姿を傍で見守っていたいと思う者たちがいた。

だから、沢渡シンゴは変わらない。そうやって自分を見守る者たちが居る限り、自分が正しいと心の底から信じて進む。

だから、沢渡シンゴは止まらない。

 

「分かったらさっさと戻って来やがれ!」

 

 

 

 

 

 

……けれど、久守詠歌もまた、止まらない。

 

 

「うるさい、うるさいっ、うるさいッ! 誰の指図も受けない、私は私だッ! 私の邪魔を、するなぁぁぁああああああああああッ!!」

 

 

少女の口から出たとは思えない、獣のような叫び。怨み、妬み、怒り、悲しみ、嘆き、負の感情全てを孕んだような叫びだった。

 

「私のターン!」

「ッ、勝手に進めてんじゃ――」

 

ドローしたカードを一瞬、睨むように見て、それを詠歌は叩き付けるようにディスクへと置いた。

 

「装備魔法、魂写しの同化(ネフェシャドール・フュージョン)をウェンディゴに装備!」

 

発動した瞬間、崩れ落ちていたウェンディゴの身体が跳ね、何かに操られるように宙へと浮かび上がった。

 

「このカードは装備したシャドールの属性を宣言した任意の属性に変更する! 宣言するのは光属性、さらにこのカードを装備したモンスターとフィールド、または手札のモンスターを素材に融合召喚する!」

「装備魔法の融合カードだと……!?」

 

今まで見た事のない、詠歌の融合カード。蟠る想いを飲み込み、沢渡はデュエリストとして詠歌に対峙する。

 

「光属性となったウェンディゴと手札のシャドール・ビーストを融合! 神の写し身よ、魂を捧げ、主たる巨人を呼び起こせ! 融合召喚! 現れろッ、エルシャドール・ネフィリム!」

 

浮かび上がったウェンディゴの身体が紫の影糸に包まれ、そしてその姿を巨人へと変える。

 

エルシャドール・ネフィリム

レベル8

攻撃力 2800

 

「素材となったビーストの効果で一枚ドロー! ウェンディゴが墓地に送られた事で墓地から神の写し身との接触を手札に加える! さらにネフィリムの効果でデッキからシャドール・ハウンドを墓地に送る!」

 

詠歌の気迫に押されたのか、それとも別の何かか、沢渡は今まで感じた事のない感覚に襲われていた。

何か、取り返しのつかない事が起きようとしている、そんな感覚。

 

「ハウンドの効果で大刃禍是を守備表示に変更する!」

 

魔妖仙獣 大刃禍是

攻撃力 3000 → 守備力 300

 

「ネフィリム! 大刃禍是を攻撃!」

「左鎌神柱の効果発動! 妖仙獣が破壊される時、代わりにこのカードを破壊する!」

 

ネフィリムの効果は特殊召喚されたモンスターをダメージ計算を行わずに破壊するもの、それがなくとも守備表示となった今の大刃禍是に成す術はない。

ウェンディゴと同じように糸に包まれ、しかしその糸は左鎌神柱の放った光により消滅し、大刃禍是を守る。

 

「無駄! たとえ効果破壊を無効にしても、まだバトルは終わってない!」

 

ネフィリムから伸びた影糸が今度こそ大刃禍是を縛り上げ、その巨体を包み込み、破壊する。

 

「だがこれでバトルは終わりだ……!」

「まだだ! まだこんなものじゃない! もっと強く、もっと、もっと! 速攻魔法、神の写し身との接触!」

「性懲りもなく……!」

 

詠歌の手札にあるのは二枚のクリフォートとたった今ドローされた一枚、沢渡の知る詠歌の融合モンスターはかつてのデュエルでも姿を現したエルシャドール・ミドラーシュのみ。たとえ大刃禍是を破壊したとしても、特殊召喚を封じるミドラーシュの効果は詠歌にとってもデメリットが強い。まだ、終わらない。

 

「誰にも見下されないで済むだけの力を、誰もが羨むような力を、私はッ!」

 

そのはずだった。

詠歌が召喚しようとしているのがミドラーシュだったならば。

 

「私が融合するのはエルシャドール・ネフィリム、そして!」

 

詠歌のデュエルディスクのエクストラデッキ部分が開閉し、召喚されるべきカードが排出される。見慣れたはずの光景は、異様な物へと変化していた。

薄暗い輝きを放つカードがディスクから出現する。

詠歌の手に素材となる二枚のカードが握られる。

 

「手札のアポクリフォート・キラー!」

 

それらが墓地へと送られ、詠歌の手が薄暗い輝きを放つカードを掴んだ。

 

 

「反逆の巨人よ、感情無き殺戮の機械を従え、舞台に、世界に終焉の幕を引け! 融合召喚! 現れろ――エルシャドール・シェキナーガ!」

 

 

ついに、デュエルディスクを通してその姿が顕現する。禍々しき女神が、暴風を伴って現出する。

 

エルシャドール・シェキナーガ

レベル10

攻撃力 2600

 

 

まるで玉座のように機殻へと鎮座する、かつての天使。影糸に縛られているのは機殻なのか、それとも天使なのか。一見では判断できない。

しかし、それでも分かる事がある。

 

「ッ……!」

 

知っている。沢渡シンゴは知っている。

この感覚を、肌を刺す痛みを伴った威圧を。

それはかつても此処で感じたもの。あの襲撃犯とのデュエル、あの‟反逆の牙”から感じたのと同じもの。

立体映像ではない、実体にしか発する事の出来ない圧倒的な力。

 

「――――あは」

 

そしてそれを従える少女、詠歌の口元が歪む。

まるで裂けるかのように、つり上がる。

 

「あはははははははははははははははははははははははは!」

 

天井を見上げた詠歌の口から壊れた人形のように際限なく笑い声が響く。

また思い出す、あの時感じたもの。

あの時、幻影の槍に貫かれかけた時に感じた、いやそれ以上に明確な、はっきりとした死の感覚を。

 

 

「アハ、アハハハハハハハハハハハ! ねえ見て、見てる!? ねえ、ねえ――‟お父さん”、‟お母さん”!」

 

 

死の感覚、即ち恐怖。

沢渡シンゴは今、目の前の少女に恐れを抱いている。

理解できない者に対する恐怖。良く知っているはずの少女が、別の誰かに、別の何かに見えてしまう程の恐怖。

 

「私はこんなに立派になったんだよ! 一人で、誰にも頼らないで! 邪魔するのも、バカにするのも全部全部壊せるくらいっ! だから見ててね! 私の事、私が全部全部壊す所を!」

 

 

ふいに、詠歌の笑い声が止まる。視線が、沢渡を捉える。

 

「ッ――!」

 

その瞬間、理解した。

沢渡が恐怖を抱いたもの、それは詠歌にではない。

この少女は自分の知る詠歌ではないのだと。

 

「だ、れだ……テメェ」

 

昏く澱んだその瞳に射抜かれながら、それでも沢渡シンゴは逃げない。

その瞳の奥に、目の前の少女の中に居る久守詠歌から沢渡シンゴは逃げ出さない。

 

「何なんだよ、テメェは!」

 

沢渡の叫びは、届かない。

 

 

 

「潰れちゃえ」

 

 

無慈悲で無邪気な少女の呟きが倉庫内で反響した。

巨大な銀の機殻の足が、振り上げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、ここまでかな」

 

次に聞こえて来たのは巨大な足が振り下ろされる破壊の音ではなく、聞きなれた声だった。

 

「速攻魔法、融合解除を発動。バイバイ、女神様」

 

その声と共に、倉庫内に充満していた重圧が霧散する。

 

「な――」

 

圧倒的な存在感を放っていた銀色の女神が消える。

 

そしてそれを成したのは、沢渡と詠歌の姿をした誰かの間に入り込んだ、ローブを纏った少女だった。

 

「っ、あ――」

 

続いて聞こえて来たのは詠歌が地面へと倒れる音と腕から外れたデュエルディスクが地面を滑る音。

 

「久守!」

 

状況は理解できていない。けれど、やるべき事は分かる。

沢渡は倒れ伏した詠歌に駆け寄り、その体を抱き起こした。

 

「おい久守!」

 

「うんうん、美しい恋愛ごっこってやつ?」

 

ローブの少女はそんな様子を見て、茶化すように笑った。

 

「テメェ、一体何なんだ……いきなり出て来やがって」

 

その笑い声は酷く沢渡の気に障った。

 

「そんな怖い顔しないでよ。何かが間違ってたら、その手に抱いてたのは僕かもしれないんだからさ」

「ああ……?」

 

苛立ちを隠そうともせず、沢渡はローブの少女を睨み付ける。

それに怯えるでもなく、やはり笑いながら少女は顔を隠していたフードを下した。

 

「……!?」

「でもまさか本当にあのお姉さんに聞いた通りだとは思わなかったよ。まさか、‟私”が、ねえ?」

 

「……榊遊矢のソックリの次は、久守のかよ……!」

 

その顔は、まさに今自分が抱き起こしている少女、詠歌と同じ顔をしていた。

 

「一応名乗っておこうかな、僕は逢歌。‟私”が随分世話になっているみたいだね、沢渡シンゴくん」

「……」

 

言葉が出て来ない。沢渡自身、酷く混乱している。

詠歌が詠歌でない誰かになったかと思えば、次は詠歌と同じ顔をした逢歌という少女が現れる。一体誰が誰の何なのか、頭の整理が追い付いて行かなかった。

 

「まあ色々言いたい事とかもあるかもしれないけど、今はそのまま黙ってなよ。答えてあげる気はないし」

「……何なんだ、テメェ」

 

結局、同じような台詞を繰り返す事しか沢渡には出来なかった。

 

「だから答えないって」

「ふざけた事言ってんじゃ――」

 

それでも尚、食い下がろうとする沢渡を止めたのは、腕に抱いた詠歌だった。

 

「――っあ、あっ、あっ……あぁッ!」

「ッ、おい久守!?」

 

震えていた。

何かに怯えるように己の肩を抱きしめる詠歌の身体が酷く、小さく思えた。

 

「おい一体どうした!?」

「ッ、うっ……」

 

意味のある言葉は詠歌の口からは出て来ない。ただこのままでいていいわけがない。それだけは分かる。

 

「待ってろ、すぐ病院に――」

「忠告しておくと、病院はやめたほうがいいよ。むしろ悪化するんじゃないかなあ」

「ああ!? 適当な事言ってんじゃねえよ!」

「本当の事さ。僕も‟私”も病院にろくな思い出がないからね」

 

逢歌と名乗った少女は軽い口調で言いながら、倉庫の端へと滑ったデュエルディスクへと歩み寄り、衝撃でばらまかれたカードを拾い集めていた。

 

「ふうん、これがペンデュラムカードか。綺麗なものだね、記念にもらっておこうかな。それぐらいしてもいいよね」

「おい何を勝手な事してやがる!」

 

「確か二枚ないと意味ないんだっけ。よし、なら一枚だけ残しておいてあげよう。僕って優しいっ」

 

座り込み、十枚ほどカードを拾い集めると逢歌は立ち上がり、沢渡に目を向ける事もなく倉庫の出口へと目を向ける。

 

「待ちやがれッ!」

「嫌だ。それより‟私”をどうにかした方がいいんじゃない?」

「っ……」

 

未だに詠歌は震え続け、何かに怯えていた。

 

「お勧めは自宅かな? 病院よりはマシだと思うけど。さっさと連れて行ってあげたら?」

「……クソ!」

 

悪態を吐き、それでも沢渡はプライドを捨て、逢歌の言葉に従う事を選んだ。詠歌を背負い、逢歌を追い越して倉庫の扉を潜り、外へと飛び出した。

 

「そうそう、それで正解。あ、そうだ。入って来る時男の子を三人くらいノシちゃったけど、気絶してるだけだから安心してよ――って聞いてないか」

 

あっという間に倉庫から姿を消した沢渡に呆れたように言うと、逢歌は落ちたデュエルディスクを拾った。

 

「しょうがない、サービスで救急車も呼んであげよう。ディスクと残りのデッキは……まあ外の彼らに持たせとけばいっか」

 

詠歌と逢歌。

二人の初めての遭遇は、言葉を交わすことなく終わりを告げた。

 

「せいぜい苦しんで苦しんで苦しみ抜いてよ、‟私”。どうせ本当の家にはもう、帰れないんだからさ。それでもやっぱり、あの白くて消毒液の臭いのする部屋に戻るよりマシでしょ? ほんの少し、だけどね」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「っはぁっ、はぁっ、はぁっ……くそ、何で俺がこんな事してんだ!」

 

走ってる内に僅かに冷静さを取り戻し、文句を言いながらも、沢渡は詠歌を背負い彼女のマンションの部屋の前まで辿り着いた。

 

「おい久守、部屋の鍵出せるか?」

「っ……あっ、くっ……」

 

問い掛けても返って来るのは震えと、弱弱しい吐息のような声だけ。

詠歌のポケットを漁るしかないか、と考えながらドアノブに手を掛けると、ノブは抵抗なく回った。

 

「一人暮らしの癖にどんだけ不用心なんだよ……! ったくッ入るぞ」

 

ドアを開き、玄関へと入る。立地の関係で玄関に陽は全く差さず、部屋の中は暗くて何も見えない。

手探りでライトのスイッチを探し出す。

 

「痛ッ、なんだ……?」

 

その最中、何か刺すような痛みが指先に走った。だがそれを気にしている場合でもない、そのまま手を動かすと漸くスイッチへと行き当たった。

僅かな時間差の後、部屋を光が照らした。

 

「…………なんだよ、これ」

 

呆然とした様子で沢渡は呟いた。

 

そして、その背で詠歌が漸く意味のある言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

「……わたしは、だれなの……?」

 

 

 

 

 

 




なんだか遊戯王っぽくない話。沢渡さんがもはやオリキャラと言われても仕方ない気もするので、早い所元に戻したいです。

でもここまで長かった。ようやくシェキナーガを登場させられました。これで残るエルシャドールは……

そして前回に増して露骨な前ふりプディンセス。一体何ア・ラ・モードになるんだ……

不完全燃焼に終わった再戦ですが、いずれ万全の状態で決着はつけます。

今回出たオリキャラですが、ストーリーをたたむにあたって主人公に明確なライバルキャラを用意する必要があり、執筆当初から予定していたキャラクターになります。
完結までのプロットは出来ていますが、アニメの進行に合わせてどの辺りで終了させるか考え中です。

主人公のごちゃごちゃな記憶とかマママインドについては次回。

※非OCGプレイヤーには分かりづらく、本文でも詳しい説明は出来ませんでしたが機殻の再星では鎌壱太刀たちの連続召喚効果と大刃禍是のバウンスは無効にできません。正確に言えば召喚された時、場合に発動出来る任意効果は無効化できません。
相変わらず遊戯王はリアル勝鬨くん状態になりそうなものが多い。

ちなみに演出上省略してありますが、シェキナーガを融合した時にネフィリムの効果で墓地からシャドール一枚は回収しています。


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久守詠歌という誰か

『烈風纏いし妖の長よ、荒ぶるその衣を解き放ち、大河を巻き上げ大地を抉れ! 出でよ、魔妖仙獣 大刃禍是!』

 

「――既に貸し与えたペンデュラムカードは完全に使いこなしているようだな」

「はい、まさか沢渡が此処まで実力をつけていたとは……」

「榊遊矢に敗れたとはいえ、彼の実力は決して低い物ではない。特にペンデュラム召喚をいち早く、そして抵抗なく受け入れる柔軟さは他のジュニアユースクラスの者以上だろう」

 

LDSデュエル管制室、そのメインモニターに映し出されるのは沢渡シンゴと久守詠歌、二人のデュエルの様子だ。

そしてそれを見定めるのは赤馬零児と中島。

 

「沢渡に渡したペンデュラムカードと違い、調整が不十分な試作品とはいえ久守詠歌のペンデュラムカードはより強力……相性もあるでしょうが、まさかここまでとは」

 

サブモニターに妖仙獣とクリフォートのペンデュラムカードのデータが表示される。試作品だからなのだろうか、クリフォートのものはデータに波があるらしく、数値は変動を続けていた。

 

『速攻魔法、神の写し身との接触を発動! ペンデュラムゾーンのクリフォートが手札に戻った今、この融合召喚を邪魔するものはない!』

 

「融合……召喚反応はどうだ」

「特筆すべきものはありません。他のスクール生たちと同等のものです」

「そのまま観測を続けるんだ」

「はっ。このデュエルであの時のエクシーズ召喚反応の正体が確かめられるでしょうか」

「それだけではない。彼女は融合、シンクロ、エクシーズ、三つの召喚方法を扱う。その為に彼女のシンクロモンスターにも調整を施し、新たな融合カードを渡したのだ。先日の暗黒寺ゲンとのデュエルではペンデュラムモンスターを素材にしたシンクロ召喚を成功させた。召喚反応こそ通常のものだったが……」

「この沢渡とのデュエルが彼女の力をさらに引き出す可能性がある、と。そういう意味では好都合だったのかもしれません、しかし何故――」

 

中島が何かを言い掛けた時、変化があった。

 

『――あんなもの、‟久守詠歌”には必要ない!』

 

それを聞いて妙な言い回しだ、そう中島は感じた。

 

『うるさい、うるさいっ、うるさいッ! 誰の指図も受けない、私は私だッ! 私の邪魔を、するなぁぁぁああああああああああッ!!』

 

癇癪を起こしたように、髪が乱れる事も気にせず右手で頭を押さえながら、詠歌が叫ぶ。

 

『装備魔法、魂写しの同化をウェンディゴに装備!』

 

「おおっ、あれは……!」

 

今会話に出た、新たな融合魔法。特殊な条件を持ったカードだが、それを詠歌は完全に使いこなしていた。

 

『光属性となったウェンディゴと手札のシャドール・ビーストを融合! 神の写し身よ、魂を捧げ、主たる巨人を呼び起こせ! 融合召喚! 現れろッ、エルシャドール・ネフィリム!』

 

「っ、召喚反応、先ほどよりも増大しています!」

 

管制室でデュエルをモニターしていた一人が驚きながら報告する。

 

「……まだだ、此処からだ」

 

赤馬零児はモニターを見つめ続ける。

 

『反逆の巨人よ、感情無き殺戮の機械を従え、舞台に、世界に終焉の幕を引け! 融合召喚! 現れろ――エルシャドール・シェキナーガ!』

 

そして、ついに三度目の融合召喚が成功された。

 

「極めて強力な融合召喚反応です! これは……スクール生のものとは明らかに違います!」

「……! まさか紫雲院素良と、アカデミアのデュエリストと同レベルの!?」

 

「見事だ、久守詠歌……!」

 

感嘆したように、赤馬零児は詠歌の名を呼んだ。

しかし、その時だった。モニターが突如暗転したのは。

 

「何だっ、どうした!」

「倉庫に設置した監視カメラが応答しません!」

「まさか今の召喚の影響か!?」

「分かりません! ですがこれでは映像は……」

 

……彼らは知らない。これがこの後現れる、逢歌という少女によるものだと。

そしてこの後、詠歌に何が起きたのかも。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「…………なんだよ、これ」

 

目の前に広がる光景に、沢渡は呆然とした。

 

電灯に照らされた部屋、そこに広がる惨状。

 

カーテンが閉め切られた部屋の中、家具は倒れ、様々な物が散乱している。

壊れた何かの破片が玄関近くまで転がっていた。

スイッチを探す時に指に走った痛み、それは壁に突き刺さったガラス片だった。

 

「……」

 

思わず、息を呑む。まるで知らない世界に踏み込んだような感覚。

此処は本当に、久守詠歌の住む部屋なのか?

そんな疑問が沢渡を支配する。

 

「……わたしは、だれなの……?」

 

それでも、背負った詠歌の震える声に気付き、沢渡は中に足を踏み入れた。

靴を脱げば歩く事もままならないと土足のまま、ゆっくりと。

 

「……」

 

せめて詠歌を寝かせられる場所を、そう思い廊下を進む。

キィ、と音を立てて扉が開いた。

バスルームに繋がる、洗面所の扉だった。

 

「っ……」

 

そこも酷い有様だった。

張られた鏡は完全に割れ、散乱している。

さらに一歩、足を進める。

廊下を進むにつれ、奥のダイニングの全容が露わになっていく。

中央に設置されていた椅子は倒れ、テーブルに惹かれたクロスは引き裂かれていた。

 

「……」

 

その中で唯一、一番奥に見えるキッチンだけはまるでそこだけが別の家のように綺麗な原型を保っていた。

その事に僅かながら安心を覚えた。同時に、疑問はさらに深くなる。

 

「泥棒が入ったってわけでもねえ、のか……」

 

ここまで荒らし回って、キッチンだけ手付かずという事はないだろう。

ならやはり、この惨状を作ったのは……

 

「……チッ」

 

舌打ちし、余計な考えを振り払う。

廊下を進み、二番目の扉に手を掛ける。

 

「……」

 

一瞬の躊躇いの後、開く。

 

「……はっ」

 

息が漏れる。安堵の息だった。

その部屋は整頓された、綺麗な部屋だった。

落ち着いた印象を与える色使い、中学生らしいとは言えないが、詠歌らしさを感じる部屋。

その中で少し浮いた、可愛らしいぬいぐるみがベッドの上や棚に設置されている。

 

いつだったか、自分がゲームセンターで取ってやった物だと気付く。

壁に吊るされたボードに、何枚かの写真が貼り付けられている。

その中に写っているのは詠歌と自分や、山部たち。それに刀堂刃や光津真澄、志島北斗と共に写っているもの、柊柚子や遊勝塾の生徒たちと写ったものもある。

そしてその近くの写真立てに飾られているのは自分と詠歌、二人だけが映った写真だ。

 

(これは、こいつがLDSに入った時の……)

 

――『これでお前も今日から此処の一員ってわけだ。ま、精々精進するこったな』

『はい、沢渡さん! あ、あのっ、記念に一緒に写真を撮ってくれませんか!?』

『あん? しょうがねえなあ』

 

LDSの門の前で一緒に写った、初めての写真だった。

 

懐かしみながら、沢渡は部屋の中へと入り、扉を閉めた。

この部屋を汚したくない、そう思って沢渡は詠歌を背負ったまま靴をどうにか脱ぎ捨てた。

そうしてから部屋に設置されたベッドへと詠歌を運ぶ。

ゆっくりと震え続ける詠歌の身体をベッドへと下ろし、その靴を脱がせた。

 

「……おい、大丈夫か、久守」

 

肩を抱きしめながら俯く詠歌の表情は見えない。

 

「ふっ、ふっ……ッ……此処、は」

「お前の部屋だ」

 

震える声だが、返事があった。それに僅かに安心する。

ベッドのそばに腰を下ろし、詠歌を無闇に刺激しないよう考えて普段からは想像できないような静かな優しげな声で返す。

 

「わたし、の……」

 

詠歌の視線が部屋を彷徨う。それがある一点を見た時、異常が起きた。

 

「……う、あっ……い、嫌……嫌だ……!」

「っ、久守ッ」

 

また詠歌の震えが激しくなる。目をきつく瞑り、首を振る。

 

「見ないで……見ないで……!」

「今のお前を放っておけるか……ッ」

「嫌だ……その目で、その顔で、私を見ないで……!」

 

自分の事を言っているのだと、最初はそう思った。

けれど違う、詠歌の症状が変わったのは自分を見たからではない。

 

「っ……!」

 

理由は分からない、これで合っているのかも分からない、けれど沢渡は動いた。

制服を脱ぎ、部屋の壁際、詠歌の視線の先にあった鏡を隠すようにそれを掛けた。

次に目に入ったのはその横、先ほど気付いたボードと写真立て。ボードを裏返し、写真立てを伏せる。

 

「……これで、大丈夫だろ」

 

正解かは分からない。それでも、少しでも詠歌が落ち着けるように沢渡は声をかける。

 

「……っ、う……」

 

ゆっくりと、恐る恐る、詠歌は閉じていた瞳を開いた。

 

「沢渡、さん……」

 

随分と懐かしく感じる呼び方だった。

そうだ、久守詠歌という少女はいつも自分の事をそう呼んでいた。山部たちと、他の取り巻きと同じように、自分を。

 

「……ああ」

 

間違いない、此処に居るのは久守詠歌だ。

自分が良く知る、いつも紅茶を淹れて待っている、大人びたように見えて、自分たちと同じ中学生の、久守詠歌だ。

 

「大丈夫か、久守」

「……」

 

もう一度、確かめるようにそう訊く。

 

「……我が儘を、言っていいですか」

「ああ」

「……手を、握ってほしいんです」

「んなっ……………………ほらよ」

 

想像もしていなかった我が儘に、一瞬体が跳ねた。

しかし、それでも沢渡は頷いた。右手をゴシゴシとズボンで拭くと、なんて事ない風を装って詠歌の手を取る。

 

「ありがとうございます……何も訊かないで、私の独り言を聞いてもらえますか」

「ああ」

 

二つ目の我が儘には何の躊躇いもなく、沢渡は頷く。

思えば、彼女は自分から自分自身の話をした事がなかった。

かつて一度だけ、刀堂刃たちの話を聞いて昔の事を尋ねた事があった。その時は、少し困ったように笑っていた。

けれど今の彼女に、笑顔はない。

 

 

今度のデュエルでは、彼女の笑顔を取り戻す事は出来なかった。

 

ゆっくりと口を開く彼女の手を握りながら、沢渡はそう思った。

 

 

 

 

 

……考えもしなかった、と言えばきっと嘘になる。

私はずっと目を逸らして来た。意識しないように、考えないように、沢渡さんの事を考えて、光津さんや柊さんたち、友達の事を考えて、ずっと。

 

そんな私がその事を直視したのは、あの日からだ。

襲撃犯に負け、赤馬社長にペンデュラムカードを受け取ったあの日から。

何がきっかけだったのかは分からない。

私がLDSに入った時から居た、‟黒咲さん”と比べてしまったからだろうか。分からない。分からないけれど、私は沢渡さんへの思いを、疑ってしまった。

 

――初めて見た時から私は沢渡さんへ今まで感じた事のない感情を向けていた。

最初は敵意にも似た、苛立ちだった。

自分勝手で傲慢な嫌な男だと、この世界を冷めた目で見ていたはずの私が、だ。

 

次第にその感情は憧れへと変わっていった。

必死な姿に、ひたむきな姿に、私は憧れた。

 

そしていつからかそれは、淡い恋心に変わった。

 

……でも、考えてしまった。それは結局弱くてひとりぼっちの私が勝手にした、勘違いなのではないかと。

疑ってしまった。全て嘘なのではないかと。

 

そう考えてしまった時、私はずっと目を逸らしていた事に向き合うことになった。

 

……この作り物の世界で沢渡さんを嘘にしたくない、それが私にこの世界で生きる決意をくれた。

そうやって生きる内に、光津さんたちと友人になって、柊さんたちと友人になって、この世界は作り物なんかじゃない、そう心から思えるようになった。

 

 

 

そう。この世界に生きている人たちは本物だ。

 

なら、わたしは?

 

久守詠歌という私は、一体なに?

 

両親を失い、舞網市で一人、暮らしている久守詠歌という少女。

それが久守詠歌。

 

 

 

人生の大半を病室で過ごして、色々な人たちと別れて、最期には一人で終わりを迎えた。

それが私。

 

 

沢渡さんの取り巻きで、光津さんや柊さんと友人で、ケーキ屋の常連で、毎日が楽しくて仕方ない。

そんな久守詠歌、私。

 

でも私は知らない。事故で亡くなったという両親の顔も、どうして中学生が一人暮らしているのかも、以前どうやって、何をして暮らしていたのかも。私は、知らない。

 

 

――私が久守詠歌になる前の、それまでの久守詠歌は、何処に行った?

 

 

……それが、私が目を逸らし続けて来た事。

かつて私は大切な人たちを奪った世界を恨んだ。けどそんな私が、一人の女の子の人生を奪った。

その事からずっと目を逸らして来た。

 

大会に出ようとしなかったのも、私ではないわたしを、久守詠歌という少女を知る誰かが居るのではないか、そんな恐れがあったからなのだろう。

 

私は両親を失って、一人ぼっちで、それでも生きていた少女の人生を奪ったんだ。

 

……許されるはずが、ない。

 

 

 

そうして向き合った時から、私の身の周りに変化が起きた。

 

初めは些細な違和感。

気付かない内に家具が動いている気がしたり、いつの間にか着替えていたり。

気のせいだと、疲れているだけだと、自分に言い聞かせた。

 

でも段々と変化は大きくなった。

いつの間にかノートが破れていたり、作ったはずの弁当をゴミ箱に捨てていたり。

 

そんな事が増えていった。

目が覚めて気付いた時には家具が壊れていた。気付いた時には服が引き裂かれていた。気付いた時にはナイフが壁に突き立っていた。気付いた時には、気付いた時には、気付いた時には、気付いた時には、気付いた時には、気付いた時には――

 

やがて、視線を感じるようになった。鏡に映るわたしが、私を見ている。窓ガラスに映るわたしが、私を見ている。わたしが、私を見ている。

 

わたしが、私の部屋を、世界を壊していく。今はもう、私の部屋は寝室と、紅茶を淹れる為のキッチンだけ。

カーテンを閉め切って、洗面所の鏡を割って、私は私の世界を守ろうとした。

 

でも、その結果がこれだ。

この部屋も壊されていく。鏡に映るわたしが、写真に写るわたしが、私を壊していく。

きっといつか、そう遠くないいつか、この部屋に居ても、外に飛び出しても、私は私ではいられなくなる。

 

私は、一体誰になるのだろう。今の私は、一体誰なのだろう。

 

 

 

 

 

 

「ねえ沢渡さん……私は誰なんですか……?」

 

掠れた声で少女はそう問いかけ、意識を手放した。

 

「……眠ったか」

 

寝息を立て始めた少女に静かに、片手で布団を掛け、沢渡は脱力してベッドの脚に背を預けた。

 

「何なんだよ、一体……」

 

彼女が何を言っているのか、その全てを理解する事は出来なかった。むしろほとんど理解できていないと言っていいだろう。支離滅裂な言葉で、妄言のような話で、だがそれでも苦しんでいる事だけが痛いほどに伝わって来る。

夢遊病、二重人格、何か精神疾患の一種なのか、理屈に当てはめようとして、やめた。

多分そういう事じゃない、たとえ彼女を苦しめる何かに名前を付けて、それ一言で説明がつくものだとしても、そういう問題じゃない。何も解決しないのだと気付いたからだ。

 

沢渡の記憶の中の少女はいつも笑顔だった。笑って、時々寂しそうな表情を見せて、でも最後には微笑んで、そんな記憶ばかりが浮かんで来る。

 

このデュエルで彼女を湧かせてやる、このデュエルで笑顔を取り戻してやる、そう思っていた。

けれど取り戻そうとしていた笑顔すら、本当の笑顔ではなかった。

彼女はこんな苦しみを、痛みを抱えて、それに耐えて、笑っていた。

 

「クソ……!」

 

届くと信じていた。あの時、センタコートでのデュエルの時のように。

ただ自分の想いを叫べば、デュエルに勝てば、それが彼女に届くと。

 

――『自分を慕い、嫌な顔一つせず付き従っていた私しか知らないあなたたちに、本当の私なんて分からない』

 

その通りだった。彼女自身が見失ったものが、沢渡たちに分かるはずもなかったのだ。

 

少女の手を握ったまま天井を仰ぎ、彼女と過ごした時間を思い返していく。けれどその全てが色褪せてしまったように感じた――そうして、やがて沢渡も肉体と精神の疲労から眠りへと落ちて行った。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

管制室、残り僅かとなった一回戦の試合を眺めていた赤馬零児に、中島が耳打ちする。

 

「社長、市内の病院にスクールの生徒……いつも沢渡と共に居る彼らが搬送されたそうです。大した怪我はなく、既に自宅へ戻ったようなのですが……」

「彼らもあの場所に居たはずだ。一体何があった?」

「倉庫の前で何者かに襲われたそうです。犯人の顔は誰も見ていない、と。もしや映像が途切れた事と関係があるのかもしれません」

「引き続き調査を続けろ」

「はっ」

「久守詠歌と沢渡シンゴとは連絡は取れたか?」

「いえ、まだ繋がりません。何処で何をしているのか……社長」

 

口にすべきか迷いながらも中島は零児に進言した。

 

「……やはり久守詠歌には不可解な点があります。ただのスクール生がエクシーズに続いて融合まであれ程の召喚反応を示すとは……」

「彼女は黒咲を含め、エクシーズ次元のデュエリスト二度交戦している。それにアカデミアの紫雲院素良とも関わりがある。それがきっかけとなったとしても不思議はない。それに彼女の素性ははっきりとしている」

「しかし倉庫内に新たに設置したカメラは大会の中継カメラとほぼ同じ性能の最新鋭の物、それがそう簡単に壊れるとも、突然不調を来たすとも思えません。何か細工を施した可能性も……それに何より、光津真澄たちの記憶の抹消は完璧だったのに、彼女だけが奇妙な結果になった事も気になります」

「……記憶の件は彼女と連絡が着き次第、もう一度調べろ。その点は私も気に掛かってはいる」

「はい。……どうして彼女の記憶だけが読み取れず、他の者と同じく‟黒咲に関しての記憶を植え付けただけ”にも関わらず、何故沢渡にあのような敵意を向けるようになったのか……結果としては社長の仰る通り、彼女の真の実力を確かめる手助けとなりましたが、ランサーズの一員となるならばその点については解明しなくてはなりません」

 

中島の言葉に頷き、零児は思考する。諸刃の剣と成りかねない久守詠歌という少女を御する方法を。

 

だが、沢渡からの依存を脱却した今の彼女と成長しようとしている沢渡シンゴならば、或いは自分が手を出すまでもなくその刃を研ぎ澄ますのではないか、そんな予感も彼は感じていた。

 

 

 

そんな中、モニターが中継する会場では次の試合が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「――――」

 

どれだけの時間が経ったのだろうか、沢渡は浅い眠りから目覚めた。微睡んだ意識を覚まそうと、目を擦る。

 

「ッ……!?」

 

そこで気付く、握っていたはずの手の感触がない事に。意識が一気に覚醒し、ベッドを振り向く。そこに少女の姿はない。

跳ね起き、部屋の中を見渡す。

 

「……」

 

陽が落ち、薄暗い部屋の壁際に少女は立っていた。

 

「久守……?」

 

その背に向かい、名前を呼ぶ。

ゆらりと、生気を感じさせない、幽鬼のような足取りで少女は振り向いた。

記憶の中の彼女からは想像もつかない顔だった。昏い感情の蟠った瞳が沢渡を映す。

あのデュエルの時に見たものと同じ、沢渡の知らない誰かの瞳だった。

 

嫌な感覚が襲って来る。それでも沢渡は逃げ出そうとは思わなかった。ゆっくりと立ち上がり、彼女から目を離さない。

 

「お前、それは……」

 

彼女が何かを持っている事に気付く。唯一飾られていた写真立てだった。

 

「ッ、おい!」

 

そうと認識するとほぼ同時、少女はそれを持った手を振り上げた。

 

「何しようとしてんだ……」

 

振り上げたまま、少女は止まる。

 

「部屋の外を‟ああ”したのもお前なんだな……」

 

もう勘違いなどではない、確信する。目の前の少女は、沢渡の知っていた少女ではない。

 

「やめろよ……それはテメェがどうこうして良いもんじゃねえ」

 

これ以上、壊させるわけにはいかない。沢渡の知っている久守詠歌の世界を荒らさせるわけには、絶対に。

 

「…………違う」

 

目の前の少女が重く、口を開く。あの時聞いたのと同じ、負の感情を孕んだ声。

 

「……こんなのは私じゃない」

「そうだ。それはテメェじゃねえ。分かってんなら、その手を下ろせ」

「……こんなの、私は知らない……! こんなもの、あっていいはずがない……!」

「テメェが知らなくても俺が知ってんだよ、久守が知ってんだよ……!」

「うる、さい……!」

 

少女が写真立てを握る手に力が込められる。叩き付ける為に――ではない。その逆に、それを止めようと力が込められている。

 

「っ……!」

 

瞳と唇をきつく閉じながら、少女は抗う。振り下ろされようとする手に、これだけは、と。

その一瞬の硬直で十分だった。

沢渡は少女へと近づき、写真立てを持つ手を掴んだ。

 

「ぁ……」

 

沢渡が掴んだ途端、少女から吐息が漏れ、力が抜ける。

少女の膝は折れ、床へと座り込む。

それを支えるように沢渡もまた、膝をつく。

 

「…………すいま、せん……」

 

弱弱しくも、それでも沢渡の知る声色だった。

 

「……謝んな」

 

その声を聴いて、沢渡も肩の力を抜く。

力の緩んだ少女の手からカツン、と僅かに音を立てて写真立てが床に落ちた。

 

「あ……」

 

写真立ては割れる事無く、ただ額縁が外れるだけだ。

 

「これは……」

 

外れた額縁、飾られていた写真の裏から何かが滑り落ちる。

沢渡は滑り落ちた内の一枚を手に取った。

 

「うっ、うぅ……!」

 

沢渡が手に取ったそれを見て、少女は嘆くように嗚咽を漏らす。

 

「……」

 

それはカードだ。少女が使っていた、大切なカード。

――金髪の少女が描かれた、お伽の国の光景を切り抜いた一枚のカード。

 

「……沢渡さん」

「ああ、どうした」

 

嗚咽交じりに少女は沢渡の名を呼ぶ。

 

「お願いが、あります」

「ああ」

 

少女の三度目の我が儘。

 

「……一人にして、もらえませんか」

「っ……」

 

聞きたくない、我が儘だった。

 

「今のお前を放っておけるかよ」

「こんな私だから、です……」

「今更なに言ってんだ」

「……大丈夫、ですから。少なくとも暫くは、きっと」

「……」

 

それが本当なのか、それとも沢渡を安心させる為の嘘なのか、判断はつかない。

 

「お願いです……我が儘でごめんなさい、でも、お願いだから……っ」

「……だから、謝るなよ」

 

そう言って、沢渡は立ち上がり、壁際の鏡に掛けた制服のポケットからハンカチを取り出した。

 

「外で待ってる。何かあったらすぐに呼べ」

 

ハンカチを手に握らせて、そう伝える。

少女は無言で頷いた。

沢渡の知っていた少女なら、自分を外で待たせるなんてさせなかっただろう。

やはり自分は何も知らなかったのだと、思い知らされた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

数時間前、舞網市内。

 

 

「お嬢様的にはどう? やっぱり外は珍しい?」

「……その呼び方はやめろと言ったはずだ」

 

舞網スタジアムの近く、大通りにローブで顔を隠して歩く三人の男女の姿があった。

 

「僕なりの親愛の表現なんだけどね」

「お前の情など必要ない」

 

先頭に立つ少女、それに付き従う男、そして茶化すような言葉で話しかける少女。

 

「……それより逢歌、標的は見つかったのか。索敵の為に単独行動を許したのだ」

「残念ながら。でも居そうな場所は分かったよ」

 

冷たく、威圧的な声で男が少女、逢歌に尋ね、それに怯えた様子もなく逢歌は答える。

 

「何処だっ」

 

もう一人の少女が逢歌の言葉に僅かに興奮したように声を上げた。

 

「今何も知らないでお嬢様が向かってる方向だよ。凄いね、デュエリストの本能ってやつかな」

 

逢歌が進んでいる方角に見える、巨大なスタジアムを指差す。

それが現在開催されている舞網チャンピオンシップ、そのメインスタジアムだった。

 

「あそこにエクシーズの残党が……」

「あくまで居る可能性があるだけ、だけどね。何でも今は大きな大会の真っ最中らしいよ」

「大会……?」

「バレットさんも興味ある? 優勝者にはきっと立派なトロフィーとかが贈られるだろうけど」

「……そんなもの、戦果を挙げて得られる勲章と比べれば何の価値もない」

「あはは、言うと思った」

 

バレットと呼ばれた男の言葉に、案の定といった反応を示しながら、逢歌はまたもう一人の少女に話しかける。

 

「というわけでまずはあそこに行ってみようか、セレナお嬢様」

「お前に言われるまでもない。このスタンダードで戦果を挙げ、プロフェッサーに私の有用性を示してみせる」

「僕も応援しておくよ」

「必要ない」

 

少女にも冷たく返され、それでも逢歌は笑う。

 

「あ、そうだ。あそこまで行ったら僕はまた抜けるね」

「何……? まずはあそこで情報を集めるべきだ。貴様が単独行動する必要性がない」

「いやぁ、こっちで出来た知り合いにまた行くって言っちゃったからさ。さっそく行って来る」

「貴様、此処に何をしに来たか分かっているのか?」

「ああ、ごめんなさい。えーと、敵情視察。この次元について色々と調べておきたいんだ。ほら、敵を知り己を知れば百戦危うからず、って言うでしょう?」

「……」

 

わざと言っているのか、ふざけた口調で言う逢歌にバレットはそれ以上何も言わなかった。

そしてセレナと呼ばれた少女は初めから逢歌の言葉に興味を示していなかった。

 

(あのお姉さん、‟私”の家は知ってるのかな。どうせすぐ連れ戻しに追手が来るだろうし、やっぱりその前に一度は‟私”に顔を合わせておかないとね。そうそう、拝借したペンデュラムカードって奴の使い方も訊いておかないと)

 

再び戦場に返り咲く為に付き従う軍人、バレット。

力を示し、戦士として前線に出る為に赴いた少女、セレナ。

そして詠歌と同じ顔を持つ、逢歌。

 

それぞれの目的を胸に秘め、三人のデュエリストが融合次元、アカデミアから舞網市に降り立った。

 

目的の違う彼ら。この街での結末も、それぞれが異なるものとなる。

一人は目的を果たすことなく敗走し、一人は目的を変える程の事実を知る事になる。

そしてもう一人もまた、二人とは違う結末を辿るのだろう――




色々と整理&説明回。
感想にて記憶操作の件で社長が外道呼ばわりされていましたが、今明かされる衝撃の真実ゥでした。



バレットさんに勲章と言わせたいがだけの話だった……


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逢歌と詠歌

今回もデュエルなし。


デュエルディスクが着信を告げる。履歴には中島の名前が並んでいた。またか、そう思いながら沢渡は着信を切ろうとディスクを操作する。今は構っている暇も、余裕もなかった。

 

「柿本……あいつらか……」

 

表示された名前を見て、ようやく彼らの事を思い出す。逢歌の言ったように、沢渡に彼女の言葉は届いていなかった。

 

「……俺だ」

『あ、沢渡さん!』

「どうした」

 

自ら置いてきた事も気にせず、沢渡は電話に応じる。

 

『今何処に居るんですか!?』

「あいつの……久守の家の前だ」

『久守の? なら丁度良かったっす! あいつのデュエルディスク、倉庫に置きっぱなしでしたよ』

「ん、ああ……そうだったな」

 

デュエルディスクの事も、完全に頭から抜け落ちていた。

 

『……』

 

電話越しに柿本も何かを感じ取ったのだろう、それ以上問い詰めるような事も、自分たちが何者かに襲われた事も告げなかった。大した怪我でもないし、今はそれよりも詠歌の事が気になった。

 

『久守の奴は……?』

「……」

 

沢渡は答えない。答える事が出来なかった。

 

『……そうだっ、大変なんすよ沢渡さん!』

 

その沈黙を聞いて、突然柿本は話題を変える。

 

「一体どうした」

『ジュニアユースの最後の試合、刀堂刃と梁山泊塾の勝鬨勇雄の試合なんですけど……』

「刀堂か……勝ったのか?」

 

柿本の気遣いと刃との以前のデュエルを思い出し、尋ねる。

 

『いいえ……今、LDSの医療施設で治療を受けてると思います』

「治療?」

『中継で見てたんですけど……酷かったっすよ、あれは。あんなデュエル、初めて見ました』

 

柿本の暗い声に、沢渡は顔を歪める。

自分の後に行われた試合、紫雲院素良と黒咲隼とのデュエル、彼が観戦する事はなかったが、それでも話は聞いていた。会場が静まり返る、戦争のようなデュエルだったと。

そして今度は刃と勝鬨のデュエル。それでもまた、会場が湧くことはなかった。

……まるで自分と詠歌のデュエルのようだ。そんな事を思ってしまった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

床に散らばったカードを一枚ずつ拾い集める。

割れ物を扱うように丁寧に、傷つく事がないように、ゆっくりと。

私自身の思い出たちを一枚一枚、集めていく。

 

私と共に来てくれたカードたち。私が私である証明、のはずだった。

それを手放して、目先の力に手を伸ばして、私は何をしていたのだろう。

光津さんにも酷い事を言って、柊さんたちを無視して、私は何をやっていたんだ。

 

「ごめん……ごめんね……っ」

 

カードを胸に抱き、懺悔するように謝罪の言葉を繰り返す。

 

「こんな私、見られたくなかった……」

 

この世界で生きていくと、過去を忘れずに、それでもこの世界で生きていく、そう決めた。

あの子がくれたカードもそんな私に力を貸してくれた。

……でもそんな資格、私にはなかった。

誰かを犠牲に生きるなんて許されるはずがない……!

 

この子たちと生きていたいと願う私の心と、強さを求める久守詠歌という少女の心。

沢渡さんへの思いを、生きていたいと願ったきっかけを、私は疑った。私の心は負けたんだ。

そして私はこの子たちを手放した。そして私は……

 

 

今も、悩んでいる。

簡単なはずなんだ、答えなんてもう出ているようなものなんだ。

でもそれを認められない。認めたく、ない。

 

「消えなくちゃならないのは、私なんだ……っ」

 

私はもう、生きているはずがないんだから。

でも、それでも……

写真を見つめる。そこに写る、彼の姿を。

 

好きなんだ。一度疑ってしまった、一度はもう一つの心に負けてしまった。でも、好きなんだ。

理由なんてない、理屈なんてない、ただこの気持ちだけは本物なんだ。

どれだけ迷っても、どれだけ間違えても、この想いだけは否定できない。

 

「沢渡さん……っ」

 

私は……死にたくない。

でもこの我が儘は許されない。許されるはずが、ない。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

詠歌のマンション、その部屋の前、扉に背を預け沢渡は座り込んでいた。

 

「沢渡さん!」

「……ああ」

 

そんな彼の下に、息を切らしながら走り寄る三人の少年たち。

 

「大丈夫っすか……?」

「別に、問題ねえよ」

 

彼らも大したものではなかったとはいえついさっきまで病院に居た怪我人だ。それでも、彼らは沢渡の方を案じていた。

自身を案じる言葉を掛ける大伴にそう返す。嘘だと分かり切った言葉だった。

 

「……これ、久守のデュエルディスクです」

「ああ」

 

山部からそれを受け取る。自分の物と同じ、緑色のデュエルディスク。

 

「……刀堂の奴は?」

「今も治療中みたいっす。光津真澄から連絡が来ました。久守には心配ないって伝えてくれ、って」

「そうか」

 

どんなデュエルだったのかは先ほど電話越しに聞いた。

一方的な、デュエルとはいえない何かだったと。

勝鬨勇雄。昨年のジュニアユース選手権の準優勝者、LDSに次ぐナンバー2のデュエル塾、梁山泊塾のエース。

そんなデュエリストがそんなデュエルをして、それが許されて……デュエルとは一体何だったのか。

自分が榊遊矢との試合で感じた観客の熱狂は、あの歓声は、あの拍手は、一体何だったのか。

 

「沢渡さん、久守の奴は……」

「……」

 

その問いに対する答えを沢渡は持っていなかった。

 

陽が落ちていく。沢渡たちに影を落としていく。

 

「……沢渡さん!」

「これ、差し入れっす! 食べて元気出して下さい!」

「本当はいつものケーキ屋のが良いかと思ったんですけど、閉まってたんでこれで勘弁してください!」

 

差し出されたコンビニの袋を受け取る。中身は沢渡が好みそうなスイーツと缶コーヒー。

 

「……おう」

 

顔を上げて、三人の顔を見る。笑顔だった。

榊遊矢とのデュエルで皆が見せたような、そんな笑顔。

 

「……」

 

このままでは終われない。

一度届かなかったぐらいで折れるような心を沢渡は持ち合わせていない。

 

「……はっ、安心しな! この俺があいつを笑顔にして連れ戻してやるよ!」

「それでこそ沢渡さんっす!」

「いやいや違うだろ?」

「ネオ・ニュー沢渡さん!」

 

「イエス! この俺に不可能はねえ!」

 

一度で駄目なら二度、二度で駄目なら三度。言葉が届くまで、笑顔を見るまで、沢渡シンゴは諦めない。

そんな選択肢、端からありはしない。

 

「あいつの事は俺に任せときな」

「「「はい!」」」

「大勢で此処に居ても邪魔だ。お前らは帰れ」

「分かりましたっ」

「無理はしないでくださいよ!」

「沢渡さん、一度決めたら周りが見えなくなるんだから」

「心配無用だ。何故なら俺は――」

 

大仰な手振り、いつもの彼のフリに、彼らは応える。

 

「ネオ!」

「ニュー!」

「沢渡さん!」

 

「そう! 俺は伝説を生む男……!」

 

 

 

 

 

三人を見送り、沢渡は再び扉に背を預けて座り込む。

受け取った袋から手始めにワッフルを取り出し、一口齧る。このまま何時間だって居座るつもりで。

 

「…………沢渡さん」

「んごふっ!? げほっ、ごほっごほっ!?」

 

その矢先、扉越しに掛けられた声に咽せ返る。

 

「だ、大丈夫、ですか……?」

「げほっ! ……あ、ああ」

 

慌ててコーヒーを飲んで、どうにか流し込む。

 

「……落ち着いたか?」

「……はい」

 

それはあなたの方では? そんな詠歌の心の声が聞こえた気がした。

 

「でも、ごめんなさい。今は顔を見せられません……酷い顔だと思いますから」

「んな事今更気にしねえよ」

 

扉を挟んで背中合わせに座りながら、二人は言葉を交わす。

 

「私が気にしますよ。女の子、ですから」

「そうか……なら、仕方ねえ。また前みたいに適当に顔拭ってねえだろうな?」

「はい……大丈夫です」

 

まだ掠れた声だが、もう涙は流していない。その事に少しだけ安心した。

 

「……扉越しに聞いてました。刀堂さんは……」

「ああ、負けたらしい」

「相手は梁山泊塾の勝鬨さん、でしたよね。でも治療中って……」

「聞いてたんだろ。心配ねえよ。刀堂の事より自分の心配しろ」

「はい……沢渡さんは優しいですね、いつだって」

「何を言ってやがる。これぐらい当たり前だろ」

 

そんな事を言われたのは初めてだった。

 

「いいえ。沢渡さんは優しいです。こんな私にとても良くしてくれて……沢渡さん、初めて会った時の事、覚えていますか?」

「ああ。お前がいきなり教室に乗り込んで来た」

「ずっと、直接会いたかったんです。いつも私は影に隠れてましたから……同じ学校に通えるようになって、我慢できなかったんです」

「そもそも何でパパに頼まれたからって隠れてたんだよ。隠れる必要ねえじゃねえか」

「そうですね……もっと早く、そうしておけば良かったです」

「まあいい。どうせこれから長い付き合いになるんだからな」

 

深い意味はない、無自覚な言葉だった。

けれど嘘にする気もない。これからも自分は詠歌や山部たちと過ごしていく。たとえ離れる事があっても、最後にはいつもの五人で色々な事を経験していく。

 

「……」

 

返事はない。

 

「……色々な事がありましたね。最初に会った時は、こんな風になるなんて思いもしませんでした。期待してなかったと言えば嘘になりますけど、すぐに同じLDSで学べるようになって、それどころか学校でも一緒に居られるようになって……」

「……デュエルを学ぶんだったらこの俺が居るLDSが一番だと思ったまでだ。それに学校だってお前が妙な遠慮してただけだろ」

「そうですね。……でも沢渡さんに誘われて、本当に嬉しかったんですよ。それから紅茶の淹れ方も勉強して、少しでも美味しくしようって」

「最初は酷い味だったな」

 

初めて飲んだ彼女の紅茶はお世辞にも美味しいとは言えないものだった。

 

「沢渡さんが紅茶を飲んでるのを見て、なら私が……って思って淹れたんですけどね。あの時はごめんなさい。気持ちばかり逸ってしまいました」

「ま、今は随分美味くなった。これからも精進するんだな」

「……」

 

答えはない。

 

「……沢渡さんが好きそうだと思って、ケーキ屋にも通うようになったんです。食べた事はあったけど、自分で行くのは初めてでした。ショーケースいっぱいにいろんなケーキやプティングが並んでいて、目移りしてしまいました」

「センスは悪くなかったな。どれも俺好みの味だ」

「店員さんとも仲良くなって、新しい商品に名前を付けたりもしたんですよ。まだまだ人気商品とは言えないみたいですけど、それでも色々な人が買って、食べて、笑顔になって……なんだか不思議な感覚です」

「あのプティングか。味はまだまだだが、あれを作った奴も将来有望だな」

「本人に言ってあげてください。きっと喜びます。沢渡さんの試合も一緒に見に行ってたんですよ。沢渡さんのファンになったみたいです」

「気が向いたらな。それに俺の実力はまだまだあんなもんじゃねえ。あれぐらいで満足されちゃあ困るね」

「はい。沢渡さんはもっともっと強くなっていくんですよね。ペンデュラムカードを手に入れて、それで終わりなんかじゃありませんよね」

「当たり前だ。お前も、こんな所で終わるような奴じゃねえだろ」

「……」

 

少女は、答えない。

 

「……何で黙ってる。いいのかよ、こんな所で終わって、それで。違えだろ? まだまだやりたい事もやれる事もあんだろうが」

「……ごめんなさい。今はまだ、答えられません」

「何だよそれ……! ただ一言じゃねえかッ、ただ、そうだって、それだけじゃねえかッ。何で答えられねえんだよ……!」

「……沢渡さんに、嘘は言えません。だからまだ、答えられないんです……!」

 

また少女の声は震えていた。

 

「でも必ず答えを出します……その時は、一番に聞いてください。私の答えを」

「……答えなんざ、一つじゃねえか……」

 

聞きたい言葉はそんなものじゃない。ただ一言、肯定してくれればそれだけで良かった。

けれどまだ、少女からその言葉は聞けなかった。

 

「……沢渡さん、私は、あなたの事が、本当に――」

 

少女が何かを告げようとした、その時だった。

沢渡のデュエルディスクが着信を告げる。

 

『沢渡! 貴様、何処で何をしている!?』

 

強制的に通話モードに移行し、中島の怒声が聞こえて来た。

 

『もうとっくにデュエルは終わったはずだ! すぐにLDSに戻れ!』

「今そんな事をしてる暇は――」

『ふざけるな! 今度こそ退学処分にしてもいいんだ!』

 

そんな事、知った事か。怒鳴り返そうとする沢渡を少女が止めた。

 

「……行って下さい、沢渡さん」

「ッ……」

「もし本当に退学になんてなったら、お父様が悲しみます。私は大丈夫ですから……」

「……約束だ。お前の出した答え、必ず聞かせろ」

「はい」

『久守詠歌も一緒かッ? 彼女とは全く連絡が取れない。もし一緒なら彼女も連れて――』

「違うよ、中島さん。俺一人だ。今から行くから待ってな」

『何を偉そうに――』

「それじゃ、バイバーイ」

『待っ――』

 

通話を切る。通話が終わってしまえば静かなものだった。

 

「用件が終わったらまた戻って来る」

 

立ち上がり、壁越しにそう告げる。

 

「無理はしないでください。私は大丈夫ですから」

「黙って言う事聞け。戻って来る」

「……はい」

「あいつらからの差し入れとお前のデュエルディスク、置いておく。中島さんが繋がらないって言ってたからひょっとすると落とした時にどっか壊れたのかもしれねえが、そっちの方が都合が良いだろ」

「ありがとう、ございます」

「ああ……後でな」

 

一歩、扉から離れる。離れるのは不安だ、それでも父親に迷惑を掛けたくない、少女に心配を掛けたくない。

すぐに戻って来る、そう決めて沢渡はまた一歩踏み出す。

 

「――沢渡さん」

 

背後で扉が開く音がした。

そして、自分の背に軽い衝撃。

 

少女が自分のシャツを掴み、頭を預けているのだと気付く。

 

「久守……?」

「振り向かないで、ください」

 

シャツ越しに少女の涙が流れるのを感じる。

 

「ごめんなさい……」

「言っただろ、謝るなって」

「……ありがとう、ございます」

 

感謝の言葉と共に、背から少女が離れた。

そして自分の肩に何かが掛けられる。部屋に置いて来た制服だった。

 

「このまま振り向かないで、行ってください」

「……」

「いってらっしゃい、沢渡さん。また、後で」

 

振り向かないでも分かる。少女は必死に、笑おうとしている。

きっと泣きはらした目で、赤くなってしまった瞳で、それでも笑顔を作ろうとしている。

 

「ああ。行ってくる」

 

バサリ、と制服に袖を通しながら、沢渡はそう返した。

少女の笑顔を無駄にしない為に、彼女が必死で向けてくれた笑顔が崩れる前に。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「……」

 

走り去って行く沢渡さんを見送る。

もう少し、後少しだけ、私が私でいられなくなるその時まで少しでもあの人を目に焼き付けておきたい。

 

「……お願い、後少しだけでいい……それ以上の我が儘は言わないから……っ」

 

答えはもう出ていた。

 

沢渡さんにさようならを言うまで、この世界の友達にさようならを伝えるまで、後少しだけ。

ほんの僅かな時間しか残されていないのだろう、何となく分かる。分かってしまう。

沢渡さんとのデュエルで何があったのか、私は覚えていない。

でもそれがきっかけとなっているのだろう、どんどんと私がわたしでなくなっていく、そんな感覚が絶えず私を襲っている。

気を抜けば今すぐにでも私は消えてしまうんじゃないか、そんな不安が離れない。

 

「後少しだけ……せめて別れの言葉だけは伝えさせて……」

 

こんな気持ちだったのだろうか。かつて私の前からいなくなったみんなも。

少しでも納得のいく別れを。……ううん、違う。納得なんて出来たはずない。納得できなくても、それでも別れるしかなかった。どれだけ生きていたいと願っても、それでも叶わなかった。

それと比べれば、私はなんて我が儘なんだろう。なんて……恵まれているんだろう。

 

「恵まれて……るんだ。なのに、こんな……!」

 

零れ落ちた涙がコンクリートの床に染みを作る。

私の記憶の中にあるみんなは涙を見せなかった。笑顔だった。

最期まで私の事を案じてくれていた。でも知ってるんだ。みんな、隠れて泣いていたことを。怖くて、でもどうしようもなくて、それでも最期まで私に笑顔を、笑顔の思い出をくれたんだ。

なのに私は……!

抑えきれなかった。流れる涙を隠せなかった。

 

「……せめて最期は、私も笑顔で……」

 

沢渡さんたちの最後の記憶に残る私は笑顔で。優しいこの世界の友人たちが少しでも悲しまないように。

私を思い出した時、笑顔を思い出してくれるように。

 

「笑顔で、さようならを……」

 

 

 

「――へえ、それが‟私”の答えか」

 

不意に声が聞こえた。

 

「誰……?」

 

顔を上げるといつの間にか、ローブで顔を隠した、同じ背格好の少女が立っていた。

 

「もっと苦しんで悩むと思ったんだけどな」

 

ゆっくりと、目の前の少女はローブを下ろす。

 

「……!」

 

隠された顔が露わになる。

それは、

 

「私……?」

 

私と同じ顔をしていた。

……いや、違う。その顔は私と同じなんじゃない。久守詠歌という少女と同じなんだ。

榊さんとあの襲撃犯と同じように、久守詠歌と同じ顔をした少女。

 

「あなたは……」

「僕は逢歌(あいか)。よろしくね、‟私”」

 

榊さんと同じように、久守詠歌という少女も何かに巻き込まれる運命なのか。

たとえ私が消えても、彼女に安息は訪れない。……けど、信じよう。久守詠歌という少女を。

両親を失っても必死で生きていたであろう私なんかよりも強い少女の事を。

 

「ああ、色々と考えてる? でも安心してよ、僕が用があるのは久守詠歌じゃないんだから」

「何を……?」

「僕も驚いたよ。ここまでそっくりさんだとはね」

 

……何か、違和感を感じる。この口ぶりではまるで久守詠歌ではなく、本当の私を知っているような――

 

「‟マドルチェ・プディンセス”、そんな名前を付ける人なんてそうそういるわけがない」

「……!? あなたは、一体……」

 

違う。彼女が言っているのは久守詠歌じゃない。その中に居る、私自身だ。

目の前の逢歌という少女は私があの名前に込めた想いを、知っている。

 

「言っただろう? 僕は逢歌。融合次元、アカデミアのデュエリストさ」

「違う! なら知ってるはずがないっ、私があの名前を付けた意味を、それに込めた想いを!」

「想いねえ……‟あの子”たちとの思い出の籠ったカードと同じ名前を付けて、それを誰かに繋いでいく、そんな所かな?」

「……!」

「いや良い話だと思うよ。きっと‟あの子”たちも喜んでるはずさ」

「……本当に、私、なんですか」

「さあ? まさか本当に同一人物だとは思ってないよ。たとえ同じ人生を歩んで、同じ結末を迎えたとしても、今の君はスタンダード次元の人間で、僕は融合次元の人間、そうして僕たちは向かい合ってる。その時点で別人だろう? ドッペルゲンガー、平行世界の自分、もう一人の僕、まあ色々言い表す言葉はあるだろうけどね」

 

彼女の言う通り、本当に私自身であるはずはない。

だけど、彼女は私と同じ道筋を辿って来た……あの人たちとの別れを経て、この世界の別次元へと。

一人だと思っていた。でも、違った。私と同じ境遇の人が居た……!

 

「あ、あなたは……」

 

声が震える。怯えや悲しみからではない。期待にだ。

考えてしまう。彼女がこうして立っているのなら、私も……私‟も”生きていて良いのではないか、そう思ってしまう。

それが許されるのではないかと。

 

「ん? あれ、もしかして‟私”さあ」

 

けれど、それは余りにも淡い期待で、傲慢な欲望だった。

 

「僕を見た途端に決意が鈍った? ひょっとして一度死んだ癖に生きていたいとか思っちゃった?」

「……!」

「駄目に決まってるじゃないか。え? いやだって死んでるんだよ? それなのに他人の体で生きようとか身勝手過ぎるよね?」

 

笑いながら逢歌は言う。私に顔を近づけ、囁くように。

 

「な、ならあなたは――」

「だから、言ってるだろう? 僕は逢歌。アカデミアのデュエリストだ。もうとっくに亡霊なんて消えたよ。‟私”みたいに身勝手に生にしがみ付く真似なんてせずにね。だから僕はボク。‟私”とは違うよ」

 

僅かに抱いた希望も、簡単に打ち砕かれた。

 

彼女の言葉が真実だと言うなら、私もいずれこうなるのか。

私が消えて、わたしになるのか。

……分かっていたはずなのに、それを受け入れようとしたはずなのに、許されるのかもしれないなんて、そんな身勝手な願いを抱いた。……どうしようもなく、愚かだ。

 

「……」

 

膝から力が抜ける。立っていられなかった。

 

「あはは、無様だね。でもこれなら必要なかったかな」

 

……受け入れよう。私はわたしになる。亡霊は消え、本来生きるべき者に体を返そう。目の前の少女のように。

それが本来の形なんだから。

 

「本当なら‟これ”を見せて絶望してもらうつもりだったんだけど。もう答えは出たみたいだね。まあ当然か、それが普通だよ」

「……?」

 

逢歌の手からひらひらと一枚のカードが私の手元に落ちた。

歪んだ視界でそれを捉える。

 

「ッ――!」

 

それは、

 

「生き別れた‟私”の双子のフリをして、悲劇的なストーリーを語ったら随分と親切にしてくれたよ」

 

それに描かれていたのは、

 

「良い人と出会えたんだね、‟私”。しかも素敵なボーイフレンドまで作って、一体どこで覚えたんだい? 男の人なんて病院で最初に会ったお兄さんぐらいとしか接点なかったはずだけど」

 

見知った顔、毎日のように会っていたはずの、今日も会話をして、私を送り出してくれた、

 

「でもそのお姉さん、‟私”の家までは知らなかったんだよね。まあたまたまあの男の子三人組を見つけて後を追って来たから簡単だったけどさ」

 

――あの女性だった。

 

「――お前ぇぇぇえええええええええええ!!」

 

無理矢理に立ち上がり、逢歌に掴みかかり、扉へと押し付ける。

これがただのカードであるはずがない。嫌でもそれが分かってしまう。

驚愕に歪んだ表情は決して作り物なんかじゃない……!

 

「何でっ、どうして!」

「……痛いなあ。何を怒ってるのさ? 関係ないだろ? だってこれは‟私”の知り合いでしょ? これから消える‟私”の知り合いがどうなろうと久守詠歌には関係ないじゃないか?」

「関係ない……? ふざけるな! この人は、私の友達だッ! まだ名前も聞いてないのに、それを……!」

 

何も考えられない、ただ怒りだけが私の心を支配している。

 

「……だからさあ、本来死んでるはずの‟私”が、友達を作ってる事自体可笑しいんだって」

 

冷たく、逢歌は言い捨てる。悪びれもしない態度に私の怒りはさらに高まる。

 

「だからってこの人は関係ない! 私を苦しめたいなら、私を直接襲えばいい! なんで関係ない人を巻き込んだ!」

「あはは、分かってないなあ」

「っ、ぐ……!」

 

力は一切抜いていないのに、体勢が反転し、今度は私が扉へと押し付けられる。

 

「ねえ‟私”。その体は‟私”のじゃない。久守詠歌って子のだろう? その体を苦しめても駄目なんだ、‟私”を苦しめるにはね。分かるかい? ‟私”、その体を張る行為も、その命を懸ける行為すら、賭け金になってないんだよ。だってそうだろう? ‟私”の操り人形のその体が砕けようと、命が尽きようと‟私”には関係ない。だってもう死んでるんだから」

「ッ……!」

 

逢歌の目が私と同じ瞳が私を見つめる。

 

「でも流石だね。デュエリストじゃないからこうやって暴力に走れるんだ。それもそうか、だって‟私”はそんなのとは無縁の所に居たんだものね。今は自由に動く、思い通りに操れる体があるんだ。気に入らないならこうして自分の手を使えばいいんだもんね。あはは」

「……!」

 

知っている。逢歌は私を苦しめる為の方法をとても良く。その言葉は私の神経を逆撫でする。

 

「分かったなら離してくれない?」

「ッ……」

「あれ、聞こえなかった? ――離せよ、‟私”。そんな綺麗な手で、僕に触れるな」

 

……ゆっくりとローブを掴んだ手を離すと、逢歌もまた私から手を離した。

 

「さてと」

 

女性が描かれたカードを拾い、逢歌は再びローブで顔を隠した。

 

「待て……! そのカードを、彼女をどうするつもり……!?」

「だから‟私”には関係ないって。もう答えは出たんだろう? ならさっさとお別れとやらを済ませて消えちゃいなよ。この人の事はその後で考えるさ。ま、僕のスタンダードでの戦果って事でお持ち帰りするつもりだけどね」

「ふざ、けるな……! そんな事許さない!」

「へえ? でも分かってる? 僕を敵に回すって事は融合次元そのものを相手にするって事だよ?」

「そんなの関係ない……! 誰が相手だろうと、その人は必ず取り戻す! 私の――」

 

命に代えても、そう口走ろうとして、止まる。

 

「そういう事。まあ良く考えなよ、‟私”。時間はあんまり残ってないんだろう?」

 

去っていく逢歌を、私はただ睨む事しか出来なかった。

 

 

私の命じゃ、ない。

私には懸けられる命なんて、ないんだ。

 

 

「ああ、そうそう。これは有効活用させてもらうね」

 

一度だけ、逢歌は振り返りあの女性が描かれたのとは別のカードを私に見せつけた。

 

「ペンデュラムカード……!?」

 

クリフォートの名を持つ、私が預かっていたペンデュラムカード。どうしてそれを……。

 

「‟私”が倉庫で子犬みたいに震えている間に拝借させてもらったよ。使い方も分かったし、スタンダードの侵略も時間の問題なんじゃないかな。まあプロフェッサーが何を考えているのかなんて知らないけど」

 

カードを眺めながらそう言って、今度こそ逢歌は去っていった。

 

 

 

 

「バイバイ、‟私”」

 

 

 

 

私はどうすればいいの……?

このまま消える事も、彼女を助ける事も出来ない。

一体どうすれば……私は、何なら許されるの……?

 

 

 

答えは出ないまま、五日間に及んだジュニアユース選手権、第一試合は全て終了した。

 

そしてその日、沢渡さんは戻って来なかった。




次回もデュエルなしの予定です。遊戯王SSとしてあるまじきデュエル率の少なさ。
そして沢渡さんをサブタイに出せない苦痛。


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『探し求める者たち』

「クソッ! 放しやがれ!」

「暴れないで!」

 

LDSの医療施設、そこに沢渡は居た。

 

「こんな事してる暇ねえんだよ!」

「どんな影響があるのか分からないんだ、君の為なんだぞ!」

 

医師や看護師たちに無理矢理ベッドに寝かされ、強制的に検査を進められている。

 

「ふざけやがって! クソッ、赤馬零児を連れて来い! これもあいつの指示なんだろ!? 一体何を知ってやがる!」

 

体に何か異常は出ていないか、その検査。考えられる理由は一つ、詠歌とのデュエル、リアルソリッドビジョンシステムのないあの倉庫でモンスターが実体化した事。

 

「それともまさかお前らが久守に何かしやがったのか!? ああ!?」

 

以前のデュエルはアクションデュエルだったが、それでもあれ程の重圧はなかった。何かがきっかけとなって発現した力。

今日、詠歌から聞いた彼女の抱える痛み。それを理解する事は出来なかった、突拍子もない話だった、というのも理由だが、それと別にもう一つ、大きな理由がある。

 

「あの黒咲とかいう奴は何なんだ! あんな野郎見た事ねえぞ!」

 

詠歌の口から出た黒咲という名前だ。まるでLDSに入った時から居たような風に詠歌は彼の事も話していた。そんな記憶、沢渡にはない。

 

「それだけじゃねえッ、あの逢歌とかいう奴の事も知ってんじゃねえのか!

「大人しくしなさい!」

 

 

 

 

 

「どうだ?」

「はっ、順調に進んでいます」

 

赤馬零児はLDS内にある研究室に居た。

そこで行われていたのは、デュエルディスクの解析だ。

エクシーズ次元のデュエルディスク、襲撃犯――ユートの遺したデュエルディスク。

 

「次元を超える機能を持ったデュエルディスク、これを解析すれば我々のディスクにもその機能が……」

 

隣に立つ中島が言う。

 

「それだけではない。リアルソリッドビジョンシステムを小型化し、デュエルディスクに組み込む。アクションカードはペンデュラム召喚と同じく我々にとって大きな武器だ」

「はい。ペンデュラムカードも量産化が進んでいます。後数日もすれば完成するでしょう」

 

零児は頷く。着々と準備は進んでいた。融合次元、アカデミア、そして赤馬零王に対抗する為の準備が。

 

「黒咲にはデュエルディスクの事を知られないよう注意しろ。仲間の身に何かが起きたと知れば、この大会に支障を来たすような行動に出る可能性が高い」

「了解しました。……沢渡はどういたしますか。どうやら医務室で暴れているようです」

「久守詠歌とのデュエルの結末については聞かねばならない。私が行こう」

「社長自らですかっ?」

「ああ。結果はどうあれ、これで沢渡はあのユートという男のデュエルと合わせて二度も生き残った……今の彼の話なら耳を傾ける価値がある」

「……分かりました。黒咲が邪魔をしないよう、監視しておきます」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

……どれだけ時間が経ったのだろう。分からない。

でももう関係ない。

どうせ私には何もできない。何も許されない。

 

……もう、笑えない。笑顔でお別れなんて、できない。

もう誰にも会いたくない。誰も私を知らない。

それにもしそれを逢歌に見られたら、彼女はきっと私を苦しめに来る。最も効果的な方法で、久守詠歌ではない私を痛めつける。

その理由は分からない……それとも理由なんてないのか。黒咲さんとの試合で紫雲院素良が語ったように、遊びでしかないのか。

 

「……」

 

私に出来るのは此処で終わりを待つ事だけ。

終わりの時を待ちながら、私が居た証を残すだけ。

 

「次は……遊勝塾のみんな」

 

もし叶うなら、この手紙が届きますように。

 

 

 

 

 

「……っ」

 

また、意識がなくなっていた。

今度はどれだけの時間、私はわたしでなくなっていたのだろう。

破り捨てられた手紙を見て、そう思った。

 

「ああ……もう一回、書かなくっちゃ……」

 

もう何度も繰り返した。書いては破れ、破れては書いて、何度も何度も。

時間も忘れ、私は繰り返す。

それぐらいしか私には出来ない。

終わりの見えない作業。けれど私の終わりは近い。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「答えろ赤馬零児! 何で久守の奴まであの襲撃犯みたいにモンスターが実体化する!? 黒咲隼とかいうあのデュエリストは誰だ!」

 

苛立ちと怒りを隠すことなく、沢渡は零児に叫ぶ。

 

「あの襲撃犯同様、久守詠歌もまたそれだけ強力なデュエリストへと成長したという事だ」

「ふざけんな! そんな理由で納得出来るか!」

「事実だ。彼女の召喚反応は彼や黒咲、紫雲院素良に匹敵する程の物となった」

「召喚反応……? そんなもんどうでもいい……! その黒咲ってのは何なんだ!」

「彼は我々と共通の敵と戦う同士。ランサーズの一員だ」

「久守の奴は昔から知ってるような口ぶりだった……だが俺はあんな奴知らねえ……お前、あいつに何をしやがった。あの逢歌とかいう久守と同じ顔をした女は何なんだよ!」

 

逢歌。その名前を聞いて、初めて零児は反応を見せた。

 

「久守詠歌と同じ顔だと……?」

「とぼけんじゃねえ! あの榊遊矢そっくりの襲撃犯と黒咲は似たような事を言ってた。鋼の意思だの刃の如き鋭さだのな! 久守と逢歌の事も知ってんだろ……! あいつも仲間だってのか!?」

「……」

 

眼鏡の奥、零児の瞳の鋭さが増す。

 

「沢渡シンゴ、一体あの久守詠歌とのデュエルで何があった」

 

 

 

 

 

「――私だ。すぐに市内の警戒を強化しろ。……そうだ、融合次元のデュエリストが侵入している可能性がある」

 

沢渡の話を聞き終え、零児は何処かに通信を入れた。短く命令を告げ、通信を切ると未だ興奮し自らを睨み付ける沢渡に向き直る。

 

「沢渡」

「ああ……!? まだシラを切るつもりじゃねえだろうな……!」

「これから話す事は全て事実だ」

 

真実を、異次元の存在を、そしてランサーズの事を告げる為に。

 

「君が会った逢歌という久守詠歌と同じ顔をした少女、彼女は別次元のデュエリストだ」

「何……? テメェ、これ以上ふざけた事を――」

「事実だと言ったはずだ。それに君も見たはずだ、我々LDSですら把握していなかった、エクシーズ召喚を扱うデュエリストを」

「……黒咲の事か」

「‟ランクアップ”、あれはこの次元には存在しない、異次元で生み出された特殊な魔法カードを用いた召喚方法だ」

 

紫雲院素良とのデュエルで見せた、二度のランクアップ。エクシーズコースの志島北斗でさえ知らなかったエクシーズ召喚。

 

「黒咲や君を襲った榊遊矢と同じ顔をしたデュエリスト、ユートはエクシーズ次元のデュエリストだ」

「エクシーズ次元だと……?」

「そして黒咲の対戦相手、紫雲院素良は融合次元のデュエリスト」

「紫雲院素良……確か試合の後、行方不明だとか言ってたな。ッ、あの逢歌とかいう奴もそうだってのか!?」

「まだ仮説の段階だ。断言は出来ない、だが別次元の人間である事は間違いないだろう」

「何を根拠に……」

 

逢歌が使ったのは融合解除という魔法カードだけ。融合に関するカードを使ったからといって、それだけでは何の根拠にもなりはしない。

 

「彼女の使っていたデュエルディスクを見たか? 恐らく、見た事のない形状の物だったはずだ。我々が使う物とも、ユートや黒咲の物とも違う」

「っ、それは……」

「可能性として最も高いのは紫雲院素良と同じ融合次元、アカデミアのデュエリスト」

「……その与太話が本当だとして、何で久守と同じ顔をしてんだ」

「それは分からない。彼女の目的もまだはっきりとはしていない、何故君を助けたのか、何故君に助言したのかも」

 

突如として零児の口から語られた別次元の存在。笑い飛ばすのは簡単だ、だがそれは出来なかった。そんな荒唐無稽な光景を自分は二度も目撃していたのだから。

 

「……なら、何で久守は黒咲の事を知ってる」

 

そしてそれが本当なら、確かめなければならない事がある。

 

「黒咲が別次元のデュエリストなら、なんで久守が知ってる」

「……彼女と光津真澄、志島北斗、刀堂刃の四人は以前、黒咲とデュエルをして敗れた」

「あいつとデュエルだと……? まさかパパを襲った襲撃犯は――!」

「黒咲だ。その後、私は彼と同盟を結んだ。そして大会に彼を参加させる為に――彼女たちの記憶を抹消し、操作したのだ」

「ッ――テメェ!」

 

耐え切れず、沢渡は零児に掴みかかる。

 

「抹消だと……? 操作だと!? ふざけやがって!」

「融合次元に対抗する為、この世界を守る為に必要だった」

 

掴みかかる沢渡の手を掴みながら冷たく、零児は言う。

 

「黒咲の記憶を操作し、彼を尊敬するような記憶へと書き換えた。大会に参加させる為、そして久守詠歌から君に対する依存心を取り除く為に」

「俺に依存だと……?」

「彼女はこの世界を守る槍と成り得るデュエリスト。だが君に対する盲目的な忠誠心は諸刃の剣になり兼ねない。君の為ならば彼女は君以外の全てを敵に回すことも厭わないだろう」

「ッ……」

 

ユートにデュエルを挑んだように、かつて沢渡を影から守り続けて来たように。詠歌は世界の為ではなく、沢渡の為に自分の力を振るうだろう。

だがもしも沢渡の身に何かあれば、もし沢渡が道を違える事があれば、その時詠歌はこの世界に牙を剥く可能性があった。

それを軽減する為に、この世界を守る為の槍とする為に、詠歌の記憶を書き換えた。

 

「だから俺の記憶も書き換えたのか……あいつを利用する為に! 俺を嫌わせて、ただの人形みてえに使う為に!」

 

それは違う。詠歌の、彼女の変化は彼女の中に眠るもう一つの心に依るもの。だが、零児は沢渡の勘違いを否定しなかった。

意図しないものだと説明しても沢渡は納得はしないだろう。ならば自分に敵意を向け、それで納得するならばそうした方が良いと判断したからだ。

 

「あんな別の人格まで植え付けて、それであいつがどんだけ苦しんでると思ってやがる!」

 

零児が否定しなかった事で沢渡の中で全てが繋がる。あの倉庫で現れた何か、あの部屋で現れた何か、その全ての原因は目の前の零児によるものだと。

 

「別の人格だと……?」

「自分で自分が分からなくなって、怯えて、苦しんで! あいつの部屋がどうなってるか知ってるか! 酷え有様だった、ぐちゃぐちゃで、人が住めるような所じゃねえ! そんなになるまであいつを利用して、世界を守るだと……? それが許されるとでも思ってんのか!?」

(……まさか、そこまで不安定な状態だったとは)

 

すれ違う。沢渡も、零児も見失う。

彼女の本当の苦しみを知る者はただ一人、敵である逢歌だけ。

――この世界に、本当の彼女を知る人間は居ない。

 

 

「私は管制室に戻る。融合次元のデュエリストが侵入した可能性がある以上、これまで以上に警戒を強めなければならない」

 

掴みかかられ、乱れた服を直しながら零児は沢渡に告げる。

 

「勝手にしろ……俺は行くぜ……!」

「久守詠歌の所にか」

「決まってるだろうが! 今のあいつを放っておけるか!」

「だがもしもまた、次は敵としてその逢歌という少女が現れたらどうする」

「俺が倒すだけだ!」

 

沢渡の怒りは収まらない。だが今はそれよりも一刻も早く詠歌の下に戻る、それが最も彼にとっては重要だった。

 

「ペンデュラムカードのない今の君に勝てるのか?」

「何だと……!」

「ペンデュラムカードを使いこなした君と榊遊矢とのデュエル、見事だった。だがもう君にはペンデュラムカードはない」

「ペンデュラムカードがあろうとなかろうと関係ねえ!」

「今融合次元のデュエリストと戦えば君は犬死にするだけだ」

「舐めた事言ってくれるじゃねえか……!」

 

今となっては沢渡は零児の描くランサーズの一員と成り得る可能性のあるデュエリストとなった。しかしそれはペンデュラム召喚をいち早く受け入れ、それを使いこなしてこそ。今の沢渡ではそれだけの力は発揮できない。

 

「後数日、第二試合が終わるまでにはペンデュラムカードの量産が完了する。君に貸し与えたものよりも安定したものが。それを君に預けよう」

「それまで此処で待ってろって言うのか!? ふざけんな!」

「もし君が死ねば今の不安定な久守詠歌はどうなる?」

「ッ……!」

 

沢渡を失うのは避けたい。そしてもう一つ、異次元の存在を知った今の沢渡を外に出すわけにはいかない。

もし彼がそれを吹聴すれば住民たちは困惑するだろう。彼は次期市長候補の息子、その父親の力は決して小さい物ではない。

 

「彼女の下にはLDSのチームを向かわせよう」

「信用するとでも思ってんのか……!」

「彼女を失いたくないのは我々も同じだ」

「……クソッ!」

 

悪態を吐きながら、沢渡はベッドに腰を下ろした。

 

「デュエルディスクも此方で預からせてもらう」

「……チッ、待て。あいつに伝えさせろ」

 

メールを打ち終えた沢渡からディスクを受け取り、零児は踵を返す。

沢渡はその背を睨みながら、ベッドに拳を振り下ろした。

 

 

 

 

 

久守詠歌のマンションの前、LDSのトップチーム、通称制服組の三人が訪れていた。

 

「此処か」

「すぐに回収を。いつ敵が来るか分からない」

 

零児の命令で詠歌を連れ戻す為に。

けれど、その命令が果たされる事はない。

 

「――そうそう。でももう遅いんだよね」

「ッ、誰だ!?」

 

自分たちの背後から突然掛けられた声に驚き、振り向く。

 

「久守詠歌……!」

 

其処に立っていたのは詠歌と同じ顔をした、しかし詠歌ではない少女。

 

「いや違う、こいつが社長の仰っていた……!」

「そう、僕は逢歌。‟私”を連れて行かれるのは困るなあ。今また苦しみ悩んでる所なんだ。その邪魔をしないでよ……‟私”にはもっと苦しんでもらわないと。君たちはLDSって所の先生かな? ……ねえ先生、僕にも授業してよ」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

翌日になっても詠歌がLDSに来る事はなかった。

詠歌のデュエルディスクにメールは届いただろうか。もしデュエルディスクが壊れ、届いていなかったのなら……そう考えた時、我慢は限界を迎えた。

 

「もう待ってられるか……!」

 

ペンデュラムカードがなかろうと関係ない。詠歌の下へ。

沢渡は病室を抜け出し、外へと向かう

 

しかし、それを阻む者が居た。

 

「何だテメェら、そこをどけよ」

 

外へと通じる扉の前に立ちはだかる、警備員だ。

 

「駄目だ。指示があるまで君には此処で待機してもらう」

「断る! 一日待った、だが久守は来ねえ! ならもう俺が直接行って連れて来てやる!」

「駄目なものは駄目だ!」

 

無理矢理に通ろうとする沢渡を羽交い絞めにするが、彼は止まらない。

力づくで大人しくさせるしかないか、そう警備員が思った時。

 

「相変わらずうるせえ奴だ……少しは静かに出来ねえのか、テメェは」

「テメェ……刀堂刃!」

 

現れたのは頭や腕に包帯が巻かれ、松葉杖をついた少年、刀堂刃だった。

 

「何があったのかは知らねえが、此処は医療施設だぞ。騒ぐなよ。馬鹿につける薬でももらったらどうだ?」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「……あははっ」

 

また意識が飛んでいた。思わず笑ってしまう。こんな状態でよく今まで無事だったものだ。

 

「紙がなくなってしまいましたね……」

 

切り刻まれ、部屋に散らかった紙を見下ろしながら言う。

 

「買いに行かなくっちゃ……」

 

もし外で意識を失って、それが道路の上だったらどうなるんだろう。そんな想像が過ぎった。

 

「ああ……でも大丈夫ですよね。あなたも、困りますもんね」

 

鏡に映る自分に向かって話しかける。当然、返事はない。

 

「もう死んでる私と違って、あなたは生きてるんですものね」

 

鏡に映る自分の瞳を覗き込む。その奥に映る自分の表情は変わらない。

 

「そうだ、ご飯も食べないといけません……私の体じゃないんですもんね。無理しちゃ迷惑ですよね……」

 

ボソボソと掠れた声で一人呟きながら、部屋を出る。

 

「……酷いですね。これじゃああなたも困るんじゃないですか?」

 

荒れ果てた廊下を進んでいく。

 

「何だか久しぶりですね、外に出るのは……」

 

外へと通じる扉を開く。

 

「沢渡さんはどうしたんでしょうか……何もなければいいんですが」

 

夕日が私を照らす。時間の感覚がないから今が何日なのかも分からない。沢渡さんが中島さんに呼ばれてからそれ程経っていないのか、それとももう何日も過ぎてしまったのか。

 

「……行きましょうか」

 

「――――久守!」

 

 

誰かの声が聞こえて――そしてまた、私の意識は途切れた。

 

 

 

次に意識が戻ったのは陽が沈む頃だった。

此処は市内の何処か……特に怪我もしていない……これなら別に外で意識が飛んでも問題なさそうですね。

 

『続いてデュエルニュースです』

 

見上げるとビルに設置されたモニターがニュースを告げていた。

 

『連日熱戦が繰り広げられている舞網チャンピオンシップ、ジュニアユースクラスでは今日で二回戦全ての試合が終了し、ベスト16が出揃いました』

 

もう二回戦が終わったようだ。なら今は大会が始まって七日目……一体誰が残ったのでしょうか。

ぼんやりとニュースを見つめる。紹介される選手の中には柊さんや榊さん、権現坂さん、それに黒咲さんの姿があった。

刀堂さんを破ったという勝鬨勇雄の姿はない。二回戦で榊さんに敗北したそうだ。

三回戦はどうなるのでしょう……それを見届ける事は出来ないだろうけれど。

 

ニュースから目を離し、周囲を見渡す。何処かで食事をしなければならない。食事が喉を通る気がしないけれど。

 

「あ……」

 

ようやく気付く、此処は……

すぐ近くに建つ、見慣れた建物。

いつも通っていた、ケーキ屋だった。

もう閉店時間なのだろう、此処から見えるショーケースにはほとんど商品が残っていなかった。

そしてそこにあの女性の姿はない。

 

「……私には何も、出来ない」

 

踵を返す。此処には居たくなかった。

これもあなたの嫌がらせなんですか……詠歌。

 

「――君」

「……」

 

歩き始めた私に掛かる声。億劫になりながら振り向く。

 

「……ああ、やっぱりそうだ」

「あなたは……」

 

見覚えのない男性だった。中島さんよりも歳は上だろうか。屈強な肉体と鋭い目つき、そしてそれに不似合いな制服を身に纏っていた。

その制服には見覚えがある。あの女性がいつも身に着けていた、あのお店の制服と同じデザインだ。

 

「いつもご利用ありがとうございます」

 

丁寧な口調で男性は頭を下げた。

 

「最近は表に立たずに中での作業ばかりだから知らないだろうが、怪しい者じゃない。あのお店の店長をやってる者だよ」

 

ケーキ屋を指差し、店長さんは笑う。

 

「……こちらこそ、お世話になっています」

「ふむ……少し時間はあるかい?」

「……はい、大丈夫です」

 

あの女性の事だろう。けれど答えられる事はない。カードにされた、なんて言っても信じてもらえるはずもない。

 

「立ち話もなんだ。お店に来なさい。食べてもらいたいものもあるからね」

「……はい」

 

店長さんに促されるまま、closeの看板が立てられたお店へと入る。

 

「少し掛けて待っていてくれ」

 

店内に設置された椅子に腰かける。店長さんは奥で何かを準備しているようだ。

 

「……」

 

いつも私を迎えてくれた女性の姿は何処にもない。いつも並んでいるケーキたちももう残っていない。

慣れ親しんだこの場所も、まるで知らない場所のようだ。

 

「待たせてしまったかな」

「いえ……」

 

暫くして、店長さんはトレイに何かを載せて戻って来た。

テーブルにトレイを置くと私の対面に腰掛ける。

 

「……」

「彼女から君の事は聞いているよ。仲良くしてくれているそうだね」

「いえ、私の方こそ……」

「彼女――ああ、名前は私から本人から直接聞いた方がいいだろう? 君も知ってるだろうがこれは彼女の二作目でね」

 

トレイに載っているのはあの黒いプティングだった。

 

「完成したら君に一番に食べてもらいたいと言っていたよ」

「……」

「だというのにやっと完成した、と思ったらいつの間にかいなくなってね。此処二日間連絡もない。困った子だよ」

 

苦笑しながら言う店長さんに私は答える言葉が見つからない。

 

「まあ毎年この大会中は暇でね。今の所問題はない。明日からは営業も出来ないからね」

「……」

「大会が終わる頃には戻って来るだろう。私も若い頃は時間も忘れてケーキ作りに打ち込んだものだよ……ああ、それは今もだった」

 

店長さんは慣れていなそうな笑顔で笑う。

 

「……食べてみてもらえるかい? これは私が作ったものだがね。サボっている罰だ、私が最初に感想を聞いておきたいんだ」

「……」

 

カップを手に取る。食欲はない。でも、これだけは食べなければいけない気がした。

 

「……やっぱり、私にはまだ早いです」

 

一口食べると広がるのは変わらない苦味。子供の私には早い、大人にはなれない私にはきっとこのプティングは合わないのだろう。

 

「飲んでみて」

 

次に差し出されたのはトレイに載っていたポッドと、それを注がれたカップ。嗅いだ事のない匂いだけど、これは……

 

「君も紅茶を嗜むんだろう? 私も好きでね。きっと合うと思うんだ」

「……いただきます」

 

苦味の広がる口に、一口。

今まで飲んだ事のない、優しい味。

 

「……美味しい」

 

自然とその言葉が零れた。

 

「君が淹れた紅茶を飲みながら、それを一緒に食べるのを楽しみにしていたんだ」

「……私なんて、まだまだです。こんな味は出せません」

「はははっ、私も苦労したんだ。君の歳で同じ物を出されたら自信をなくしてしまうよ」

 

紅茶をご馳走する、なんて言ってしまった。でも店長さんのような紅茶を飲んだ事がある彼女には私のものなんて……それに、彼女はもう。

 

「それに大切なのはそこじゃないさ。私たちは商売だが、君は違うだろう?」

「……」

「彼女が作ったそれと、君が淹れた紅茶ならきっともっと美味しいはずだよ」

「……」

 

もう枯れたと思ったのに、涙が出そうになる。

色々な感情が入り混じって、視界が歪む。

 

「何があったかは知らない。何かあったかどうかは一目見て分かったけどね」

「っ……」

「引き留めてすまなかった。それを食べたら帰って、ゆっくりと休みなさい」

 

優しい言葉。私を案じる言葉。

 

「君がこのプティングになんて名前をくれるのか、楽しみにしているよ」

「……ありがとう、ございます……っ」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「っ……?」

 

意識が戻る。また、そう思ったが違う。

目覚めたのはベッドの上だった。……そうだ、あの後私は此処に戻って来て、眠ってしまったんだ。

眠るのも随分と久しぶりに感じる。

 

「……」

 

目覚めてすぐ感じたのは空腹だった。現金なものだ、昨日までは食欲もなかったのに、優しい言葉を掛けられたらすぐに……結末は変わらないのに。

私はこのまま消えるしかないのに……。

 

時計を見ると時刻は正午を回っていた。もう三回戦は始まっているだろう。少しだけ気になり、中継を見ようとデュエルディスクに手を伸ばそうとして、気付く。

部屋の中央に置いてあるテーブルの上に何かが載っている。

 

「これは……?」

 

それはお皿の上に載ったソレは名状しがたい形状をしていた。強いて言うなら黒い、炭の塊のようなナニカ。こんなものを置いた覚えはない。

もしかして眠っている間にまた何かをしたのだろうか。そう考えながらも視線を彷徨わせる。他に異常はなかった。

 

「……?」

 

改めてデュエルディスクを取ると、それも奇妙だった。

操作していないのにも関わらず、デュエルディスクがデュエルモードで起動している。

……ああ、そういえば壊れているかもしれないと沢渡さんが言っていた。これでは中継も繋がらないかもしれない。

 

それでも試してみようとデュエルディスクに触れた時、ガタッ、と部屋の外から音が聞こえた。

……誰かが、居る。

沢渡さんかもしれない、そう思ったが玄関の鍵は閉めたはずだ。入れるはずがない。それに強引に入って来たのだとしても、それなら眠っていても音で気付くはず……一体誰……?

 

警戒しながら、ベッドから降りる。……泥棒? いやこの部屋以外は荒れ果てているんだ、泥棒だとしても此処に盗みに入ろうとは思わないだろう。

 

悩む私の耳に足音が聞こえて来た。間違いない、此方に向かって来ている。

泥棒でもないとすれば、まさか逢歌が? また私を苦しめる方法でも思いついたのか。そんな事をしなくてももうすぐ消える身なのに。

 

……うん、可能性として一番高いのは逢歌だろう。出来るなら会いたくはない。けれど今更どうする事も出来ない。

足音は部屋の前で止まり、ドアノブが回された。

 

開いていく扉を睨み付ける。……不思議だ。昨日まではもうそんな力も残っていなかったのに。

 

……しかし、私の警戒に反し、開かれた扉の前に立っていたのは、想像もしていなかった姿だった。

 

「……は?」

 

思わず、間抜けな声が漏れる。

其処に居たのは、

 

『……』

 

エプロン(私の)を身に着け、フライパンとお玉(私の)を持った、

 

『……』

 

――エルシャドール・ミドラーシュだった。

 

「……は? いや……は?」

 

目を擦り、もう一度扉の方を見る。

流石に見間違いだったのだろう、エプロンもフライパンもなかった……と思ったらその背後に脱ぎ捨て放り投げられているのが見えた。ってそんな事は今はいい、二度見してもミドラーシュは消えていなかった。

 

混乱する私を尻目に、ミドラーシュは部屋へと入ると手に持った杖を私に向けた後、今度はテーブルの上の名状しがたいナニカを指した。

そして何か言いたげな目で私を見る。

目を凝らして皿の上のナニカを見る。……さっきまでの格好、まさか、これは……食べ物、なのだろうか。

 

「……いやいや、ない。それは、ない」

 

やはり疲れているのだろう。そんな突拍子もない想像に至るなんて、どうかしている。

……けれど嫌な予感がする。もう一度ミドラーシュを見ると、無表情だけれど偉そうに胸を張り、私を見ていた。

 

「ッ!」

 

まさか、そう思って私はミドラーシュの横を走り抜け、部屋を飛び出した。

荒れ果てた廊下や壊れた椅子にくじけそうになりながらも、ダイニングの先、キッチンへと飛び込む。

 

「あ……ああ……!」

 

酷い惨状だった。

私の部屋と同じく、最後まで守り抜こうとしていたはずの聖域は、物が散乱し、何かが壁に飛び散り、見るも無残な変貌を遂げていた。

 

また足音が聞こえる、その足音の主、この惨状を作り出した下手人は私の背後で止まった。

 

「お前ぇぇぇえええええええええええ!!」

 

感情の赴くままに叫びながら振り返り、そこに立つミドラーシュに掴みかかる。

 

「ど、どどうしてくれるんですか!? 私が此処をどれだけ大事に使っていたか! 沢渡さんの為に色々と紅茶の勉強をして、今度はお弁当にもチャレンジしようとしていたのに! そ、それをこんな!」

 

前後に彼女の頭を揺らしても、彼女は相変わらず私を見つめたまま。

 

「こんな有様にして、これじゃあ料理なんて出来やしません!」

 

何を言うでもなく、私を見つめている。

 

「こんな……」

 

何も言わず、ただ。

 

「こん、な……」

 

力が自然と抜けていく。

 

「どうして……?」

『……』

「あなたは……シャドールたちは、久守詠歌のカードのはずです。私がこの世界にやって来た時、私が彼女から奪った……それなのに、なんで……」

 

……誰も久守詠歌ではない本当の私の事を知らないと思っていた。でも、違う。知っているんだ。私と共にやってきたマドルチェたちと、そして彼女たちを抜いてしまった後もデッキに残り続けた彼女たちは私がやって来た時からずっと、この私の事を。

でもどうして、そんな目で私を見るの……?

本当の持ち主でもない私を、そんな優しげな瞳で……。

 

『……』

 

彼女は答えない。でもその瞳も変わらない。

私を受け入れるような、優しい瞳。

 

「……どうしてこんな事」

『……』

「私はあなたたちの本当の持ち主じゃないんですよ……?」

『……』

「もう死んだはずの人間で、それなのにこの体を勝手に奪って……」

『……』

「……私を、許してくれるんですか」

『……』

 

静かに、彼女は頷いた。

 

「……あはは……そっか……」

 

……私は、何をしていたんだろう。

誓ったはずじゃなかったのか。約束したはずじゃなかったのか。

彼女に、あのデュエルで。

 

「……まだ答えは出ません。でも、約束しましたもんね……あなたのように、探し、求めるって」

 

答えが出ないなら探せばいい。

答えが欲しいなら求めればいい。

その為に動く体が、考える心が、今の私にはあるんだから。

 

「ごめんね、ミドラーシュ……。久守詠歌……私はまだ消えたくない。答えを見つけるまで、奪われた者を取り返すまで……それまであなたの力と体、それに名前も、まだ返せない」

 

たとえそれが許されない事だとしても、私は進む。

 

バサッと音を立てて、窓を隠していたカーテンが落ちた。

窓の外に広がっていたのは、見た事のない景色。

これは、アクションフィールド……? まさか街中にフィールドが展開している?

だからミドラーシュも実体化した……ううん、理由も理屈もどうだっていい。

ミドラーシュが、シャドールたちが示してくれた。私の道を、私の存在を肯定してくれた。

 

「――お願い、あなたたちの力を貸して」

 

初めて、ミドラーシュの表情が変わった気がした。

 

 

 

 

――御伽噺のようなこの世界で、魔法の解けた少女はようやく舞台に上がる。

 




暫く続いた暗めの話もとりあえずこれで終了。

時系列が若干分かり難いですが、沢渡さんサイドは前回から続いていて、二度目の主人公サイドからは二日後、丁度社長とバレットさんがデュエルしているぐらいの時間です。

制限解除だけでなく背景ストーリーでもミドラーシュに救いを……

ちなみに今回出て来た紅茶はスウィートホームという実在する紅茶のイメージ、少し好みが分かれそうな味。
シナモンは苦手だけどこれは好き。


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『もう一度』

久しぶりにデュエル有。


『行くの?』

 

久守詠歌が問い掛ける。

 

「行くよ」

 

私は答える。

 

『勝手に私の体を使って?』

「勝手にあなたの体を使って」

『カードにされちゃうかもしれないよ? 私の体』

「されちゃうかもしれませんね、あなたの体」

『あなたは良いかもしれない。でも私は嫌だよ』

「私も嫌ですよ。だから、戦います」

『戦わなければ危ない目にも会わないのに?』

「それでも行きます」

 

何を言われても、もう止まらない。

 

「止めたいなら、力づくで奪い返して下さい」

『……あははははは! そうする! 私の体だもん、私が取り戻すよ!』

「ええ。この戦いが終わったら、あなたともゆっくりと話がしたいですね」

『私はしたくないよ。だって私、あなたの事嫌いだもの」

「そう。残念です、私は嫌いじゃないですよ。私なんかよりもずっと強い、あなたの事」

『……何も知らない癖に』

 

「知らないから知りたいと思うんですよ」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

外に出ると、其処に広がっていたのは密林だった。

 

「セットされているフィールド魔法は……ワンダー・カルテット?」

 

部屋の窓から見えたのは遺跡のようなフィールドだった、名前から察するに4つの異なるエリアが同時に街に展開されているのだろう。

昨日、店長さんが言っていたお店を営業できないというのはこの為か。

けれどどうしてこんな大掛かりな事を? たしか調べた去年の大会では普通のトーナメント形式だったはず……何か理由があるのだろうか。

 

「逢歌の事もある……赤馬社長にその事を伝えたいですが」

 

それとも既に知っている? 確かめようにもデュエルディスクの通信機能は完全に壊れてしまっているらしく、何処にも通じない。

直接LDSに行きたい所だけど、このアクションフィールドの中じゃ何処に何があるのかすら分からない。

恐らくこれはバトルロイヤル方式のはず、制限時間内での勝利数を競うのか、それとも他の何かを競っているのかは分からないけれど……どちらにしても制限時間がどれだけあるのかも分からない。待っていても状況は好転しない。

それに、もう待つのは終わりだ。

私がやるべき、ううん、やりたい事は二つ。LDSに逢歌の、融合次元からの侵入者の存在を告げる事と、逢歌を探し出し、彼女を、私の大切な友人を取り戻す事。

前者に関して言えば後回しでも構わないだろう、逢歌の言葉を信じるなら、あの倉庫内で沢渡さんも逢歌と会っている、それなら沢渡さんが逢歌の事を伝えてくれているはずだ。社長ならその限られた情報からでも逢歌が何者なのか気付いてくれるだろう。それにきっと私と沢渡さんのデュエルも監視していたはずだ。

 

「……なら、まずは逢歌だ」

 

好き勝手言ってくれたお礼をしてあげましょう。

それに確かめたい事もある。

 

「――あれ?」

 

取るべき道は分かった。歩き始めた私に背後から声が掛かる。

振り返ると、そこに居たのは見覚えのある顔。

 

「君は……」

「確か……茂古田未知夫さん、でしたか」

「うん、そうだけど……君はバトルロイヤルの参加者、じゃないよね?」

「ええ」

 

やはり三回戦はバトルロイヤル形式のようだ。

 

「色々と事情があって、フィールド内に取り残されてしまったんです。私はLDSの久守詠歌」

「そうなんだ……確かに街中がこんな状態じゃ、何処に行ったらいいか分からないよね。あ、そうだ、それなら大会の運営に連絡してあげるよ」

「いえ、それには及びません。私は私でやる事があるので。お気遣い、ありがとうございます。ただ、いくつか訊きたい事が」

「何? 僕に答えられる事なら何でも聞いて」

 

爽やかな笑みを浮かべる茂古田さん。詳しくは知らないけれど、有名な料理人でもあったはずだ。こんな状況じゃなければ料理に関しても色々と訊きたい所ですが……

 

「このバトルロイヤルについて教えてもらえませんか? 制限時間やルールについて」

「うん、いいよ。えーと、このバトルロイヤルは今日のお昼、丁度正午から始まって、制限時間は24時間、明日の正午まで」

「正午……まだ始まってそれ程時間は経っていないんですね」

「そうだね。それからこのアクションフィールドの中には予めレオ・コーポレーション製のペンデュラムカードが隠してあって、それを二枚以上見つけてからじゃないとデュエルは出来ないんだ。僕も一枚は見つけて、今はそれを探している最中」

 

既にペンデュラムカードの量産は終わっていたようだ。……でもそのルールは少し厄介だ。既に私のデュエルディスクもこのアクションフィールドの影響下にある。逢歌を捜す前にペンデュラムカードを見つけなければデュエルする事も出来ないのか。融合次元のデュエルディスクを使っているであろう逢歌にそのルールは適用されないだろうけれど……。

 

「そしてデュエルはお互いのペンデュラムカードを賭ける事が条件で、制限時間内により多くのペンデュラムカードを手に入れた人の勝ちってわけ」

「成程……ありがとうございます」

「これくらい気にしないで。他に何か知りたい事はある?」

「……茂古田さんに聞いても分からないかもしれないんですが」

 

そう前置きしてもう一つ、個人的に気になっていた事を尋ねてみる。

 

「私と同じLDSの志島北斗さんがどうなったか知りませんか?」

 

光津さんと刀堂さんは一回戦で敗れてしまったのは知っているけれど、志島さんに関しては何も知らない。私の覚えている限り、一回戦の相手は志島さんならば苦も無く倒せる、そう思っていたのですが、昨日のニュースではベスト16には残っていなかった。という事は二回戦で敗退してしまったのだろうけど……。

 

「ああっ、彼なら僕の二回戦の対戦相手だったんだよ」

「……そうですか」

 

優勝候補筆頭とまで呼ばれた志島さんでさえ、二回戦敗退……やはり赤馬社長の狙い通り、この大会でランサーズの候補者を選定する事は間違いではなかった。

 

「ただ……僕の不戦勝だったんだ」

「不戦勝……?」

「ああ。時間になっても会場に現れなくてね。それが少し心残りだったんだ。その分、このバトルロイヤルではたくさんデュエルをするつもりだけどね」

「……」

 

嫌な、予感がする。あの志島さんが不戦敗だなんて……考えられない。

まさか彼女のように逢歌が……決めつけるのはまだ早い、でもこれでまた逢歌を捜す理由が増えた。

 

「彼とは知り合いなのかい?」

「はい。私の大切な友人です」

「そっか……」

 

茂古田さんが少し申し訳なさそうな表情を見せた。

 

「気になさらないで下さい。どんな結果であれ、これは大会。それは志島さんも分かっているはずですから」

 

けれどもし大会とは関係のないものに巻き込まれた結果なのだとしたら……。

 

「ありがとう。君は優しいね」

「その言葉、そのままお返ししますよ」

「そうかい? なら優しさついでにもう一つ」

「……?」

 

そう言って茂古田さんは何かを取り出した。

 

「ご飯はしっかり食べてる? 少し顔色が悪いよ?」

 

差し出されたのはサンドイッチだった。

 

「長丁場になると思ってね、一応作って来たんだ。良かったらどうぞ」

「い、いえ、それならあなたが。私は大会参加者ではありませんので」

「僕なら大丈夫。他にも材料は持ってきているからね。それに僕はクッキングデュエリスト、お腹を空かせた人が居るならそれを満たしてあげないとね」

「……ありがとうございます」

 

躊躇いながらもサンドイッチを受け取る。私が作る物より遥かに美味しそうなそれを見ていると、忘れかけていた空腹がぶり返して来た。

……ちなみにあの名状しがたいナニカは置いて来た。流石に無理です。やばいです。有り得ないです。

 

「さて、それじゃあ僕はこれで。君も気を付けてね。参加者じゃなくても此処はもうアクションフィールド、巻き込まれないとも限らないから」

「はい。お気遣いありがとうございます。大会、頑張ってください、茂古田さん」

「ありがとう。じゃあね」

 

最後まで微笑みを絶やさず、茂古田さんは去って行った。

 

「……やっぱり美味しい」

 

サンドイッチを口にすると、やはり私が作った物の何倍も美味しかった。相手はプロの料理人とはいえ……少し、ショックです。

でもこれで逢歌を捜す前にやらなければならないことが出来た。このフィールド内に隠されているというペンデュラムカード探し。まずはそれを見つけなくては。

 

「今となってはあまり気は進みませんが……」

 

一枚のカードを取り出し、ディスクにセットされたデッキへと入れる。

逢歌に奪われたクリフォートたちだが、何故か一枚だけは残されていた。正直これを使いたくはない。これは私にとって、昨日までの私を象徴するカードだ。マドルチェたちを捨て、ただ力を求めていた私を。

けれどこれもLDS製のペンデュラムカード、バトルロイヤルのルールは満たせるはず。残る一枚を探そう。とはいえクリフォートの効果のせいでペンデュラム召喚は使えないけれど。

 

「でも大丈夫。今の私には、みんなが居るもんね」

 

デッキを撫でる。この中には二つの人形たちが居る。私の大切な仲間たちが。

私と久守詠歌は別人だけど、何処か似ている。

久守詠歌もきっと、この人形たちに何か想いを込めているのだろう。私が人形たちに想いを込めたように。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「あれお嬢様、バレットさんは?」

 

バトルロイヤルが始まる少し前、逢歌とセレナは舞網市の路地裏で再会していた。

 

「アカデミアに帰った」

「あー……どうして? まさかホームシックってわけじゃないでしょ?」

「零児に敗れたからだ」

「……」

 

困ったように逢歌は頬をかいた。

 

「えーとその零児さんっていうのは?」

「このスタンダードのデュエリスト。プロフェッサーの息子だ」

「プロフェッサーの? って事はLDSって所の親玉か」

 

昨夜倒したLDSのチームたちを思い出して頷く。

 

「アカデミアに転移する直前、バレットは私たちの居場所をアカデミアに報せた」

「ふうん……って事は」

「ああ。すぐにでもアカデミアから追手がやって来る」

「ま、遅かれ早かれ分かってた事だもんね。それでお嬢様はどうするの?」

「プロフェッサーの追手が来るならば好都合だ。そいつらの目の前でエクシーズの残党を倒し、私の力を証明してみせる。そうすればプロフェッサーも私を認めるだろう」

「でもエクシーズの残党が何処に居るのかも分からないんでしょ?」

「間もなくこの街は戦場になる。その中に必ずエクシーズの残党も紛れているはずだ」

「戦場……えーと、つまり大会の会場になるって事? ああ、だから街に人が居ないんだ」

 

今朝から気になっていた疑問が氷解し、ポンと手の平を叩いた。

 

「……ん? このタイミングで街を会場にするって事はお嬢様、もしかしてその零児って人に追手が来るとか教えちゃったの?」

「ああ」

「……お嬢様ってやっぱり凄いよね。うん、凄い」

「それを証明する為に此処に来たのだ」

「あはは……ならその零児さんの狙いは大会に紛れて僕たちや追手の連中を倒す事かな。ざっと見た感じ、かなり広い範囲で人が居なかったし、これだけの広さなら部外者が混じっていても気付かれ難いしね」

「ならそれよりも早く私が倒す」

「いや追手も潰してくれるなら任せようよ……」

「お前はどうする。逃げ帰るなら好きにしろ。そもそも何故お前は私について来た」

「ええ……」

 

セレナの言葉に逢歌は思わず頭を抱えた。

 

「本当にお嬢様は一度決めたらそれに向かって一直線だよね。僕だって別に来たくて来たわけじゃないよ? ただお嬢様とバレットさんがスタンダードに行く話をしてる所にたまたま通りがかったら、バレットさんに捕まって、危うく気絶させられそうになったからついて来ただけで。だって「見られたからには仕方ない……」とか言って迫って来るんだもん」

「そうだったか」

「そうだったよ……まあ今となっては良かったけどね。僕もまだ残るよ。もし連れ戻されたら次はいつ来れるか分からないからね。……僕は紫雲院素良と違ってスタンダードに派遣されるような優秀な生徒でもないし」

 

紫雲院素良、逢歌がその名を呼ぶ時、僅かに昏い感情が含まれていた。

 

「お嬢様はそのまま真っ直ぐ自分のやりたい事をやってよ。僕も僕で、やりたい事をやるさ。……多分、‟私”もそろそろ答えを出しただろうからね。どんな答えを出したのかな。楽しみで仕方がないよ――っと?」

 

会話の最中、街中の景色が一変した。

 

「……へえ、これがアクションフィールドって奴?」

 

もう間もなく、バトルロイヤルが始まる。

 

「私は行く」

 

物珍しそうに周囲を見渡す逢歌とは裏腹に、セレナはただ一点を見つめていた。即ち、大会参加者たちがスタートするスタジアムの方を。

 

「うん、いってらっしゃい。……あ、ねえお嬢様」

 

その背に、逢歌は声を掛ける。

 

「お嬢様はさ、素直で影響されやすい良い子だから、一つ忠告」

「ふざけた事を言うな」

「ははは、まあ聞いてよ。うーんとそうだな……人に流されないようにね、誰かの影響を受けるのはいいよ。でも、自分を見失わないで。自分がやりたい事をやってよ。やるべき事とかじゃなくてさ」

「ふん、何を言うかと思えば……私はいつも私の考えで動いている」

「うん。ならいいんだ。頑張ってね、セレナお嬢様」

 

それ以上言葉を交わす事無く、セレナは去って行った。

一人残された逢歌は笑みを浮かべ、呟く。

 

「さあて、僕も僕でやりたい事をやりますか……やるべき事の為に、ね。問題はアカデミアの追手か。都合よくまた彼が来てくれればいいけど……まあいいさ。‟私”の方だけでも終わらせよう」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「ちくしょう、此処にも居ねえか……」

 

沢渡はバトルロイヤルの会場と化した舞網の街に居た。

その手に返却されたデュエルディスクと、新たなデッキを携えて。

昨日、時間は掛かってしまったが刀堂刃の手を借り、LDSの外へと脱出した沢渡を待ち受けていたのはアカデミアのデュエリスト、セレナとの再会を果たし、その護衛であるバレットを倒し、帰還した赤馬零児だった。

脱出した矢先、最悪のタイミングでの邂逅だったが、それは沢渡にとって幸運だった。

元よりもう止まる気などなかった沢渡だが、零児は沢渡の予想に反して彼を止める事も咎める事もせず、デュエルディスクと新たなペンデュラムカードを沢渡に与えた。

その理由は――

 

『沢渡、君に与えた任務を忘れるな』

「チッ、分かってるよ、中島さん。アカデミアとかいう連中をこのバトルロイヤルに紛れてぶっ倒しゃいいんだろ?」

 

デュエルディスクを介し、中島へと返答する。

零児が沢渡をこの街に放った理由、それはセレナを追いこの世界に現れるであろうアカデミアのデュエリストとの殲滅。

それは詠歌の下へと向かいたい沢渡と秘密裏にアカデミアを撃退したいLDSの目的の合致だ。

その為に沢渡は同様の任務を与えられたユースクラスのベスト8に先立ち、昨日からこの舞網の街を彷徨っていた。

 

「だけど忘れんな。まずはあいつを見つけんのが先だ。その邪魔になるならアカデミアだろうと参加者だろうとぶっ倒してやるよ」

『……まだアカデミアからの追手は現れていないようだが、昨日社長が倒した者ともう一人、セレナと共に侵入した者が居る。久守詠歌の保護に向かわせたチームと連絡が取れないのも恐らくは君が出会ったと言う久守詠歌そっくりのデュエリストの仕業だ』

「……それならまだいいさ」

 

昨日の夕方から詠歌を探し、既に半日近く。

真っ先に向かった詠歌のマンションで一度、沢渡は詠歌を見ている。

しかし、彼女は沢渡に見向きもせずに消えた。

 

(……あの時、またあの得体の知れない奴が出て来てやがった)

 

彼女を見つけ、呼びかけた時、詠歌は逃げるように去った。だが感じた、あの時倉庫で、あの時詠歌の部屋で感じたものと同じ気配。

彼女の中に居るもう一人の詠歌の存在を。

LDSのチームを倒したのもそのもう一人の詠歌なのではないか、そんな嫌な予想をしてしまう。

もっともそれは沢渡に杞憂ではあるが、唯一、詠歌とその中にいるもう一人の詠歌、そして逢歌、その全てを知る沢渡だからこそ容易に想像してしまうのだ。

あの詠歌ならばやりかねない、と。

 

『……沢渡』

「何さ? 小言はもう聞き飽きたぜ」

『違う。たった今、会場を中継するカメラが久守詠歌と思われる人物を捉えた』

「何? ……間違いねえのか? 逢歌とかいう奴の方じゃねえだろうな」

『服装は君と同じ中学の制服だ。それに逢歌の方だったとしても向かってもらう。ユースにも連絡する、共に彼女を捕えるんだ』

「必要ねえ……どっちだろうと俺一人で行く」

『また勝手な行動を……!』

「この広い会場の中で、事情を知ってるのは俺とユースの八人、それに黒咲を加えても十人だ。いつ他のアカデミアの連中が現れるかも分からねえのに一か所に集めれば他がカバーできなくなるだろうが」

『……』

 

沢渡の我が儘に、しかし理に適った言葉に中島は閉口する。

 

「場所は?」

『……B-32地区、密林エリアだ』

「反対方向かよ……しかも久守の家のそばじゃねえか。クソ、久守の奴、この俺を走り回らせやがって……!」

 

悪態を吐きながら沢渡は告げられた座標へと向かう。

それをカメラ越しに追いながら沢渡の合理的な考え方を聞いて、中島は思う。社長の言う通り、沢渡はランサーズ足り得るのかもしれない、と。

無論、それを口にする事はしない。彼にとって沢渡は自分を散々振り回して来た問題児、そんな彼を認めるような発言はしたくなかった。

 

――沢渡が詠歌の下へと向かう中、ついにアカデミアの追手がスタンダードへと降り立つ。

激突の時は近づいていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「……っと、やっと見つけた」

 

茂古田さんと別れて暫く、密林を抜けた先の遺跡のようなエリアでようやくペンデュラムカードを見つけた。随分と苦労した、恐らく他の参加者なのだろうけど、密林エリアではペンデュラムカードの隠されていそうな場所の悉くが荒らされた後で、中々見つからなかった。順位を決めるのはペンデュラムカードの所持数だから、デュエルを避けて隠されたカードを見つける事に集中する者もいるのだろう。

だけどこれで二枚、デュエルの条件は整った。

使う事の出来ないペンデュラムカードをデッキに入れるのには抵抗があるが、仕方ない。

そう思いながらも手に入れたカードを見る。

 

「……ふふっ」

 

それを見て、思わず笑みが零れた。

手に入れたペンデュラムカード、それは――妖仙獣 右鎌神柱。

私のデッキに一枚だけ残されていたクリフォート・ゲノムと合わせてこれで二枚。ペンデュラム召喚を行う事は出来ないが、貪欲な今の私にはピッタリの二枚だ。

 

「力を借りますね、沢渡さん」

 

沢渡さんが使っていたカード。それだけで私にとっては心強い。

さあ、これで準備は整った。

 

恐らくもう参加者たちはデュエルを始めているのだろう、さっきの密林エリアの中でも何処からか音が聞こえて来た。

この古代遺跡エリアでも始まっているはずだ、と言っても広いせいで他の参加者とはまだ会えていないが。

とにかく私も参加者たちに乗じて逢歌とデュエルを。

その為にもまずは逢歌を探し出さなくてはならない。彼女が何をしにこの世界へとやって来たのかは分からない、もしかすると既に融合次元へと戻った可能性もある……けれど、私はそうとは微塵も思わなかった。

必ず逢歌はまた私の前に姿を現す。彼女は私を追い詰め、苦しめる事に喜びを見出している。なら私が絶望に身を捩りながら消える様を見届けたいはずだ。だから、きっと彼女はまた現れる。けれど、私ももう彼女の思い通りになんてならない。

 

「――居たぞ!」

 

噂をすれば、そう思いながら私は振り向く。

しかし其処に立っていたのは逢歌ではなかった。

 

「間違いない、セレナ様と一緒に脱走した女だ」

「ああ。おいお前、確か逢歌とか言ったか」

 

それは青い制服らしき物と白い仮面を纏った二人組だった。

ナイトオブデュエルズが衣装替えした、というわけではないだろう。

それに今、私を見て逢歌と確かに言った。ならこいつらは……

 

「アカデミア……逢歌の他にも来ていたんですか」

 

いや、今脱走したと言ったか? なら彼らは逢歌を追って……?

どちらにせよ、話は聞かなくてはならないだろう。

 

「セレナ様は何処にいる。一緒ではないのか」

「セレナ……?」

 

初めて聞く名前だ。どうやら彼らの目的は逢歌というよりも逢歌と一緒に逃げたというセレナという人物らしい。

逃げたといっても逢歌の性格からして融合次元に嫌気が差して逃げ出したわけではないだろうが。

 

「残念ながら知りませんね。むしろ私が教えて欲しいですよ、逢歌が何処にいるのか」

 

デュエルディスクを構えながら言う。彼らが逢歌の居場所を知らないのは明白だが、見逃すわけにはいかない。

もし彼らを野放しにすればきっとあの女性のような被害者が出る。そんな事、許せるはずがない。

……まさか三回戦が街を舞台にしたバトルロイヤルとなったのは赤馬社長は彼らが来る事を知っていたから? 私が部屋に閉じ籠っている間に、何かあったのだろう……今更それを悔やんでも仕方ない、か。

 

「おい、あのデュエルディスクは……」

「融合次元の物ではない……? スタンダードのデュエリストか?」

 

一瞬戸惑いを見せた二人組だったが、すぐに仮面越しでも分かる下卑た笑みを浮かべた。

 

「スタンダードのデュエリストとの交戦は許可されている。邪魔立てするなら倒すしかないだろ?」

「ああ、そうだな。やむをえまい」

 

仕方なさそうに言いながら彼らもデュエルディスクを構えるが、喜びを隠し通せていない。……下種め。

 

「逢歌と戦う前のウォーミングアップと行きましょう……私も、この子たちもやる気は十分です」

 

ディスクにセットされたデッキを見ながら言い放つ。アカデミアの実態はまだ不透明だ。だけど、こいつらは敵だ。それだけははっきりと分かる。

 

「一応聞いておきましょう、お前たちは何者ですか」

「オベリスクフォース」

 

私の問いに、誇らしげに彼らは名乗った。

 

「……お前たちのような者が神の名を騙るなんて、烏滸がましい」

「ふん、スタンダードのデュエリストは良く吠える」

「最後に吠えるのはお前たちの方だ。ただし、負け犬の遠吠えですけどね」

「お前……!」

 

……少し口が悪くなった気がします。私の中の詠歌の影響でしょうか?

それとも、ううん、やっぱりあなたも許せないんですよね。こういう身勝手な奴らが。

 

「なら、やるよ。詠歌」

 

当然、返事はない。だけど胸の奥が僅かに熱を持った気がした。

 

「デュエル!」「「デュエル!」」

 

EIKA VS OBELISK FORCE1

OBERISK FORCE2

 

LP:4000

 

「速攻で終わらせてやる! 俺のターン!」

 

同じ融合次元の紫雲院素良――素良さんが使っていたのはファーニマルとエッジインプ、そしてデストーイ。彼らは一体何を使う? 勿論何であれ負けるつもりは、ない。

 

「俺は古代の機械猟犬(アンティーク・ギア・ハウンドドッグ)を召喚!」

 

古代の機械猟犬

レベル3

攻撃力 1000

 

古代の機械(アンティーク・ギア)……このカードは知らないけれど、その名を持つカードたちにはバトルする時、相手の魔法、罠カードの発動を封じる共通の効果を持っていたはずだ。となればアクションカードは使えない……少し厄介ですね。

 

「さらにカード一枚セットして、ターンエンドだ!」

「私の――」

「俺のターン、ドロー!」

「ッ!」

 

私がカードをドローするよりも早く、もう一人のオベリスクフォースがドローし、ターンを進めた。

 

「俺も古代の機械猟犬を召喚!」

 

古代の機械猟犬

レベル3

攻撃力 1000

 

「そして直接攻撃だ!」

「くっ――!」

「このモンスターがバトルする時、相手プレイヤーは魔法、罠カードを発動出来ない! アクションカードとやらを探しても無駄だ!」

 

やっぱりその効果を持っているのか……!

 

「きゃ……!」

 

EIKA LP:3000

 

防ぐ術もなく、私は機械仕掛けの猟犬の爪に斬り裂かれる。

警戒するべきだった……バトルロイヤルルールなら普通は全てのプレイヤーは一ターン目にはバトル出来ない、これもそうだと無意識に考えていたけれど……そういう手を使って来るんですね。

二人組で行動しているのもそのルールを強制的に適用する為か……姑息な手です。

 

「カードを二枚セットしてターンエンドだ。さあ、お前のターンだぜ」

「……私のターン、ドロー」

 

これはただのアクションデュエルじゃない。負ければ恐らく、カードへと封印されるのだろう。彼女のように。

さらに胸の奥が熱くなっていく……でも、渡しませんよ、詠歌。こいつらは私が倒します、私と、あなたの力を使って。

 

「――私はマドルチェ・シューバリエを召喚」

 

マドルチェ・シューバリエ

レベル4

攻撃力 1700

 

お伽の国の騎士は膝をついて。私の目の前に現れた。その表情は見えない。

 

「はっ、随分と軟弱そうなモンスターじゃないか」

 

オベリスクフォースの煽る言葉を無視し、私は騎士と同じく膝をつく。

 

「お願い、私に力を貸して」

 

ゆっくりと頭を上げた騎士の表情は、満面の笑みで彩られていた。

 

「ありがとう――いくよ!」

 

立ち上がった私の言葉と共に騎士も立ち上がり、剣を抜く。その表情もまた、騎士のそれへと変化していた。

 

「マドルチェ・シューバリエで古代の機械猟犬を攻撃!」

 

シューバリエの剣は、苦も無く機械仕掛けの猟犬を斬り裂いた。

 

OBERISK FORCE2 LP:3300

 

「軟弱なのはどちらでしょうね?」

 

凛として剣を向けるシューバリエの後ろで私は今まで見せた事のない、勝気な笑みを浮かべる。

 

お伽の国を守る騎士は、私の騎士は、決して軟弱なんかじゃない。

ううん、私の、私たちのデッキに眠る人形たちはみんな、誰にも負けない強さを持っている。

そうですよね、詠歌。

 

「そして手札から速攻魔法、神の写し身との接触(エルシャドール・フュージョン)を発動ッ、私が融合するのは手札のシャドール・ビーストとシャドール・ファルコン――影糸で繋がりし獣と隼よ、一つとなりて神の写し身となれ! 融合召喚!」

 

吹き荒れる風、その中から暗い光と共に現れ出でる神の写し身。

 

「ふん、スタンダードのデュエリストが融合か」

「おいで、探し求める者! エルシャドール・ミドラーシュ!」

 

エルシャドール・ミドラーシュ

レベル5

攻撃力 2200

 

緑色の髪を揺らし、竜の背で彼女が杖を一閃する。吹き荒れていた風がやみ、彼女の杖へと収束する。

相変わらず気が早いですね。

 

「融合素材として墓地に送られたビーストとファルコンの効果でカードを一枚ドローし、墓地から裏側守備表示でシャドール・ファルコンを特殊召喚する」

 

シャドール・ファルコン(セット)

レベル2

守備力 1400

 

「バトル! エルシャドール・ミドラーシュで直接攻撃! ミッシング・メモリー!」

「させるか! 永続罠、古代の機械蘇生(アンティーク・ギアリボーン)! そして古代の機械閃光弾(アンティーク・ギアスパークショット)! 墓地から古代の機械猟犬を攻撃力を200ポイントアップさせ、特殊召喚! さらに古代の機械閃光弾の効果でその攻撃力の半分のダメージを与える!」

 

古代の機械猟犬

レベル3

攻撃力 1000 → 1200

 

地面から出現した砲台が私へと弾丸を撃ち出し、アクションカードを探す暇もなく私へと着弾する。

けれど、私に恐怖なかった。

 

EIKA LP:2400

 

「……バトルは続行です。ミドラーシュで復活した古代の機械猟犬を攻撃」

 

弾丸はミドラーシュが、衝撃はシューバリエが、それぞれが私の目の前でそれを霧散させてくれた。

それに留まらず、ミドラーシュは機械の猟犬を再び破壊する。

 

OBWEILSK FORCE2 LP:2300

 

「私はカードを一枚セットし、ターンエンド」

「はっ……とっとと片付けるぞ! 俺のターン!」

 

ドローカードを見て、仮面から覗く口元が怪しく歪んだ。

 

「俺はもう一体古代の機械猟犬を召喚し、二体の古代の機械猟犬の効果を発動! 相手フィールドにモンスターが存在する時、相手に600ポイントのダメージを与える、二体でその二倍、1200のダメージを与える! ハウンド・フレイム!」

 

EIKA LP:1100

 

二体一だとバーンによるダメージも少し厄介……。

 

「さらに俺は古代の機械猟犬のもう一つの効果を発動! フィールドの古代の機械猟犬二体と手札にあるもう一枚の古代の機械猟犬を素材として融合召喚する! 古の魂受け継がれし機械仕掛けの猟犬たちよ、群れなして混じり合い、新たな力と生まれ変わらん! 融合召喚! 現れろ、古代の機械(アンティーク・ギア・)参頭猟犬(トリプルバイト・ハウンドドッグ)!」

 

古代の機械参頭猟犬

レベル7

攻撃力 1800

 

「スタンダードの融合など、俺たちの物と比べれば無力同然!」

 

三体の猟犬たちが融合し、現れた三つ首の猟犬。……けど、これにも恐怖は感じない。感覚が麻痺しているわけでも、やけになっているわけでもないけれど。

 

「まだ終わりじゃねえぜ、この瞬間、俺の永続罠、古代の機械蘇生の効果を発動し、融合素材として墓地に送られた古代の機械猟犬一体を攻撃力を200アップして特殊召喚! 古代の機械閃光弾の効果も発動! お前にさらに600ポイントのダメージだ!」

「ッ……」

 

古代の機械猟犬

レベル3

攻撃力 1000 → 1200

 

EIKA LP:500

 

ダメージを防ぐ術はない、しかし放たれた炎はミドラーシュによって散らされる。

 

「このまま一気に蹴りをつけてやるぜ! 古代の機械参頭猟犬でマドルチェ・シューバリエを攻撃! このカードがバトルする時、相手は魔法、罠カードを発動できない!」

「シューバリエ……!」

 

迫りくる機械の猟犬を剣で受け止め、私を見てシューバリエは微笑んだ。

 

「シューバリエの効果、このカードは相手によって破壊され墓地へ送られた時、デッキへと戻る!」

 

シューバリエが噛み砕かれる瞬間、彼の姿は光となって私のデッキへと戻った。

 

EIKA LP:400

 

「まだだ! 古代の機械参頭猟犬は一度のバトルフェイズに三回までモンスターに攻撃できる! セットされたシャドール・ファルコンを攻撃ィ!」

「ファルコンのリバース効果発動! 墓地のシャドール・ビーストを裏側守備表示で特殊召喚!」

 

シャドール・ビースト(セット)

レベル5

守備力 1700

 

「無駄な事を! そいつにも攻撃だ!」

「ビーストのリバース効果! デッキからカードを二枚ドローし、手札一枚を墓地に送る!」

 

シャドールたちが噛み砕かれる寸前、影糸がその体を包み込んで消えていく。

例え破壊されたとしても、こいつらにこの子たちの姿を壊させやしない。

 

「そしてビーストの効果で手札から墓地へ送られたシャドール・ドラゴンの効果を発動! 相手フィールドの魔法、罠カード一枚を破壊する! 私はお前の場の伏せカードを破壊する!」

「ふっ、無駄だ! 速攻魔法、瞬間融合を発――」

「――教えておいてあげます。ミドラーシュがフィールドに存在する限り、プレイヤーはそれぞれ一ターンに一度しか特殊召喚を行えない。私もお前たちも既にこのターン、特殊召喚を行っていますよね」

 

私は指を、ミドラーシュは杖を向け、言い放つ。

 

「さあ、どうしますか?」

「チッ……」

 

舌打ちと共に男は伏せカードを墓地に送った。

別に使わせても良かった。むしろ私にとっては使わせた方が有利だっただろう。けど、こんな奴らにそんな不意打ちでしか勝てないようなら、きっと私が欲しい答えなんて見つけられない。私が探し求めているのはそういう答えだ。

 

「……何笑ってるんですか」

 

ミドラーシュが私を見て、笑う。表情は変わらない。けど、それぐらい分かる。

何でもない、そう言うようにミドラーシュは首を振って肩を竦めた。

 

「俺はこれでターンエンド。だが次で終わりだな」

「俺のターン! ああ、終わりだ! 古代の機械の猟犬の効果発動! ハウンド・フレイムだ!」

「誰が終わるもんか……! 手札のエフェクト・ヴェーラーの効果発動! このカードを墓地に送り、古代の機械猟犬の効果をエンドフェイズまで無効にする!」

 

ビーストの効果で手札へと呼びこまれたエフェクト・ヴェーラ-。こうして効果を使うのは久しぶりだ。いつだったか、ドロー力がないなんて嘆いていたけれど……もう違う。こんな奴らに、負けやしない。

 

「チィ、悪足掻きを……! 俺はこれでターンエンド……!」

「その手札は飾りですか。……自分の力じゃない、デッキの力を信じない者にカードたちは力を貸してなんてくれない」

「はっ、たったライフ400で何を偉そうにほざいてやがる?」

「二体一で削り切れなかったお前たちが何を吠えているんですか?」

「ぐっ……」

「私のターン!」

 

ドローしたカードを見た瞬間、何かのビジョンが見えた。……僅かに躊躇う。

 

『……』

 

竜の背から降り、私の横でミドラーシュは全てを分かっているように頷いた。

……そうだね。

 

「私は手札から装備魔法、魂写しの同化(ネフェシャドール・フュージョン)をミドラーシュに装備!」

 

竜の力を借りず、ミドラーシュの体が宙に浮いて行く。それを受け入れ、ミドラーシュは瞳を閉じた。

 

「このカードは装備したモンスターの属性を宣言した属性に変更する! 私が宣言するのは風属性!」

 

ミドラーシュの姿が影糸に包まれていく。その姿が完全に包まれる刹那、彼女の姿がかつての、巫女の姿を取り戻した気がした。

 

「そしてこのカードを装備したミドラーシュと手札のマドルチェ・プディンセスを素材として融合召喚する!」

 

現れたプディンセスもまた、全てを汲んで微笑んだ。プディンセス、ミドラーシュ……そして詠歌、私は信じるよ。あなたたちを、あなたが見せたあの‟女神”の姿を。

胸の熱はこれ以上ないくらい高まっていた。それを今、解放する。

 

「――宿命砕きし反逆の女神よ、舞台に幕を、世界に栄光の弓を引け! 融合召喚!」

 

ミドラーシュとプディンセスを影糸がさらに包み込む。そしてその姿を変えていく。

 

「現れろ――エルシャドール・シェキナーガ!」

 

影糸が内側から破られる。まるで羽化するように、機殻の足を広げて反逆の女神がその姿を現す。

 

「これが……」

 

エルシャドール・シェキナーガ

レベル10

攻撃力 2600

 

今まで存在しなかったはずの、新たなエルシャドール。

シャドールとマドルチェの、私と詠歌の力。

 

「墓地に送られたミドラーシュの効果で墓地の神の写し身との接触を手札に戻し、さらに私は影依融合(シャドール・フュージョン)を発動! このカードは相手フィールドにエクストラデッキから特殊召喚されたモンスターが居る時、手札、フィールドに加えてデッキのモンスターを素材として融合召喚出来る!」

「また融合を、しかもデッキのモンスターで……!」

「私が融合するのはデッキのシャドール・ビーストとエフェクト・ヴェーラー! 人形を操る巨人よ、お伽の国に誘われた堕天使よ、新たな道を見出し、宿命を砕け! 融合召喚! エルシャドール・ネフィリム!」

 

それぞれ二枚目のビーストとヴェーラーを素材に、シャドールたちを総べる女王が降臨する。

シェキナーガと同じ姿を持つ、巨大な女王が。

 

エルシャドール・ネフィリム

レベル8

攻撃力 2800

 

「ビーストの効果でもう一度カードを一枚ドロー……さらにバトル! エルシャドール・シェキナーガで古代の機械参頭猟犬を攻撃! 撃ち抜け……! 反逆のファントム・クロス!」

「くっ……!」

 

シェキナーガが従えた機殻に、まるで弓を引き絞るように力が収束していく。

それが解放され、オベリスクフォースを撃ち抜いた。

 

OBERISK FORCE1 LP:3200

 

三体の人形を破壊した猟犬は、成す術もなく吹き飛んだ。

 

「まずはお前からッ。私の人形たちを壊そうとした罰、受けてみなさい……! エルシャドール・ネフィリムで直接攻撃!」

「ぐぁああああああ!」

 

OBERISK FORCE1 LP:400

 

「私はこれで、ターンエンド。……どんな手を使おうと、私はあなたたちには負けない。どんなに苦しくても、どんなに悩んでも、答えを探して進み続けてみせる……!」




・久しぶりにマドルチェ復活。主人公もほぼ完全復活。マドルチェの活躍はもう少し先。
・セレナのポンコツぶりは書いてて楽しい。

バトルロイヤルルールに関してですが、黒咲さんとLDS三人組のデュエルの際は全てのプレイヤーが最初のターンは攻撃できませんでしたが、オベリスクフォースたちは普通にバトルしてましたし、刃の口ぶりからしてその辺りのルールはプレイヤーが決めているようなので、恐らく多数決的にルール決めが行われていると思われます、ので今回は遊矢対オベリスクフォース同様の形になりました。

またオベリスクフォースの融合召喚ですが、状況的に双頭猟犬を召喚すべきなのですが、詠歌が融合を使ったために、それに対抗して三枚融合の切り札である参頭猟犬を召喚してしまうというプレイミス。


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沢渡さん、格好良すぎっすよ!

サブタイ。ただし出番は少ないです。


EIKA LP:400

OBERISK FORCE1 LP:400

OBERISK FORCE2 LP:2300

 

「スタンダードのデュエリスト如きに何を押されてるんだよ!」

「ぐっ……騒ぐな……! 所詮あいつのライフは残り400……俺のターン! ……クソ、俺はターンエンド! だがこれで!」

 

彼らの言う通り、私のライフは400、吹けば消えるような僅かな物だけど、決して消えさせはしない。

 

「あ、ああ! 俺のターン! 古代の機械猟犬の効果発動! 相手フィールドにモンスターが存在する時、相手プレイヤーに600ポイントのダメージを与える! ハウンド・フレイム!」

「させない! シェキナーガの効果発動! 相手フィールドの特殊召喚されたモンスターが効果を発動した時、その発動を無効にし、破壊する! オーバークロック・ダウン!」

 

シェキナーガの体に巻き付くように在る杖が光を放ち、放たれた炎と共に機械猟犬を破壊する。

 

「さらに手札のシャドール・カード一枚を墓地に送る……私が墓地に送るのはシャドール・リザード。そしてリザードの効果でデッキからファルコンを墓地に送り、効果を発動、再び裏側守備表示で特殊召喚する!」

 

シャドール・ファルコン(セット)

レベル2 チューナー

守備力 1400

 

「はっ、忘れたのか! 俺には二枚の永続罠がある! 古代の機械蘇生の効果発動! 一ターンに一度、自分フィールドにモンスターが居ない時、このターン墓地に送られた古代の機械猟犬を攻撃力を200ポイントアップさせて特殊召喚する!」

 

古代の機械猟犬

レベル3

攻撃力 1000 → 1200

 

「さらに古代の機械閃光弾の効果でお前に復活した古代の機械猟犬の攻撃力の半分、600のダメージを与える! そのモンスターの効果じゃ、罠によるダメージは防げまい!」

 

確かにシェキナーガで防げるのは特殊召喚されたモンスターの効果だけ。分かっていますよ。

でもシェキナーガを召喚した今なら、このカードを使える。

 

「カウンター罠、フュージョン・ガード! ダメージを与える効果が発動した時、その発動と効果を無効にし、エクストラデッキから融合モンスターをランダムに墓地へ送る……墓地へ送られたエルシャドール・エグリスタの効果発動! 墓地の影依融合を手札に戻す!」

「くっ、どうして削り切れない……! 俺は手札からモンスターを裏側守備表示でセットし、ターンエンド……!」

「私のターン、ドロー!」

 

セットされたモンスターがシャドールたちのようなリバースモンスターだったら今の私に防ぐ手はない。

 

「……それも古代の機械猟犬ですか。まるで、いえまさに馬鹿の一つ覚えですね」

「ぐっ、黙れ!」

 

……やっぱり少し性格が悪くなった気がします。いえ、元々こんな性格だったとかではなく。……ホントですよ?

今の彼らにブラフを行う余裕はない。これでリバースモンスターを警戒する必要はなくなった。

 

「シャドール・ファルコンを反転召喚し、効果発動! 墓地のシャドール一体を裏側守備表示で特殊召喚する! 私が特殊召喚するのはシャドール・ドラゴン!」

 

シャドール・ファルコン

守備力 1400 → 攻撃力 600

 

シャドール・ドラゴン(セット)

レベル4

守備力 0

 

……何やら墓地からミドラーシュの復活させろよという嘆きが聞こえた気がしないでもない。いやだってあなたリバースモンスターじゃないし……。

 

「そして手札からマドルチェ・マジョレーヌを通常召喚! さらにマジョレーヌが召喚に成功した時、デッキからマドルチェ一体を手札に加える! 私が手札に加えるのはマドルチェ・エンジェリー!」

 

箒に腰掛けた魔法使いが私の横で滞空する。楽しげに私にウインクする彼女を見て、私も笑みが零れる。

……何だか墓地のミドラーシュが同じ魔法使いとして対抗心を燃やしているような気がした。仲良くして下さい。というかそれを言ったらファルコンもドラゴンも魔法使い族なんですが。

これじゃあ少し申し訳なくなる。

 

「レベル4のマドルチェ・マジョレーヌにレベル2のシャドール・ファルコンをチューニング!」

 

勝ち誇ったような笑みを浮かべていたマジョレーヌは自分の周囲を取り巻き、光の輪へと姿を変えたファルコンを見て、驚いて私を見る。……すいません。

 

「魂を照らす太陽よ、お伽の国の頂に聖火を灯せ! シンクロ召喚!」

 

隼と魔法使いは光へと変わり、竜の依代となる。

彼女たちを依代に降臨するのは、私とこの世界の繋がりの象徴と言うべき、刀堂さんとの絆の証。

 

「人形たちを依代に降臨せよ! レベル6、メタファイズ・ホルス・ドラゴン!」

 

メタファイズ・ホルス・ドラゴン

レベル6

攻撃力 2300

 

「シンクロ召喚……!? こいつ、一体いくつの召喚方法を……!」

「メタファイズ・ホルス・ドラゴンはシンクロ召喚の素材となったチューナー以外のモンスターによって効果を変える! 素材となったマジョレーヌは効果モンスター、よってフィールドのカード一枚の効果を無効にする! 無効にするのは永続罠、古代の機械蘇生!」

「何!?」

 

これで二枚の罠のコンボによる効果ダメージも封じた。一気に決める!

 

「バトル! メタファイズ・ホルス・ドラゴンで古代の機械猟犬を攻撃! 降天のホルス・フレア!」

「ぐっ!」

 

OBERISK FORCE2 LP:1200

 

「さらにネフィリムで直接攻撃! オブジェクション・バインド!」

「っ、がぁぁああ!?」

 

OBERISK FORCE2 LP:0

 

「これで終わりです。シェキナーガで直接攻撃……!」

「ば、馬鹿なッ、スタンダードの奴に俺たちが――!?」

「撃ち抜けッ! 反逆のファントム・クロス!」

「うぁぁぁああああああ!?」

 

OBERISK FORCE1 LP:0

WIN EIKA

 

 

 

「……新しい情報は手に入りませんでしたね」

 

敗北したオベリスクフォースたちの姿が消えていく。融合次元へと転移したのだろう。

しかしこれでまた振り出し、逢歌が何処に居るのか見当もつかない。彼らオベリスクフォースが逢歌とセレナという人物を連れ戻そうとしているのなら、急がないと。

 

――――!

 

……その時、空に紫電が走った。

見上げた空に雷鳴と共に浮かび上がるドラゴン。

 

「あれは……ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン……」

 

その姿を忘れるはずがない。あの襲撃犯が使っていたエクシーズモンスター……やはり彼もまだこの街に居たのか。

デュエルの相手は誰? 私と同じオベリスクフォースか、それとも……他にアテはない。自分の目で確かめよう。

足場を頼りにどうにか上の遺跡へと向かう。

しかし、私の予想に反してそこで繰り広げられていたのは、あの襲撃犯のデュエルではなかった。

 

「――今一度揺れろ、魂のペンデュラム! 天空に描け、光のアーク! ペンデュラム召喚!」

 

「ペンデュラム……なら、榊さん……?」

 

榊さんと三人のオベリスクフォース。

足場が見つからず、デュエルが行われている橋の上には近づけない。

けど遠目だが榊さんの異変は分かる。あれは本当に榊さん……?

 

「出でよ、我が(しもべ)のモンスターよ!」

 

オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン

レベル7 ペンデュラム

攻撃力 2500

 

「対立を見定める相克の魔術師よ、その鋭利なる力で異なる星を一つにせよ! 相克の魔術師のペンデュラム効果ッ、一ターンに一度選択したエクシーズモンスターのランクと同じ数値のレベルをそのモンスターに与える……! 俺はランク4のダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンをレベル4にする!」

 

ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン

ランク4 → レベル4

 

エクシーズモンスターにレベルを……? けどそれに今、何の意味が……。

 

「和合を見定める相生の魔術師よ、その神秘なる力で天空高く星を掲げよ! 相生の魔術師のペンデュラム効果! 一ターンに一度、選択したモンスターのレベルを別のモンスターと同じにする……! 俺はダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンのレベルをオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンと同じ7にする!」

 

ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン

レベル4 → 7

 

魔術師から放たれた矢が二体のドラゴンのレベルを等しくした。

レベル7のモンスターが二体……まさか。

 

「俺はレベル7のオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンとダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンでオーバーレイ!」

 

エクシーズモンスターとペンデュラムモンスターのエクシーズ召喚……ペンデュラム融合に続いて、ペンデュラムエクシーズまで。

 

「二色の眼を持つ竜よ、その黒き逆鱗を震わせ、刃向う敵を殲滅せよ! エクシーズ召喚!」

 

二体のドラゴンが光の渦へと飲み込まれていく。

その渦から現れるのは、

 

「出でよ、ランク7! 怒りの眼輝けし竜! 覇王黒竜 オッドアイズ・リベリオン・ドラゴン!」

 

覇王黒竜 オッドアイズ・リベリオン・ドラゴン

ランク7

攻撃力 3000

ORU 2

 

禍々しい風が吹き荒れる。吹き飛ばされそうになりながらも、どうにか柱にしがみ付く。

違う、沢渡さんとのデュエルで見せたビーストアイズとは、まるで雰囲気が違う。

 

「オッドアイズ・リベリオン・ドラゴンはレベル7扱いのダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンを素材とした事で敵側のレベル7以下のモンスターを全て破壊し、その攻撃力分のダメージを与える」

 

OBERISK FORCE1 LP:1500

OBERISK FORCE2 LP:3000

OBERISK FORCE3 LP:3000

 

「さらにオッドアイズ・リベリオン・ドラゴンはオーバーレイユニットを一つ使い、このターンに破壊したモンスターの数だけ攻撃する事が出来るッ」

 

このターン破壊したのは召喚時に効果で破壊された3体の古代の機械猟犬、オベリスクフォースたちのフィールドに伏せカードはない。

……これで決まる。

 

「よって貴様ら全員に直接攻撃を加える! やれ! オッドアイズ・リベリオン・ドラゴン!」

 

覇王黒竜 オッドアイズ・リベリオン・ドラゴン

ORU 2 → 1

 

翼を広げ、オッドアイズ・リベリオン・ドラゴンが橋をその牙で抉りながら飛翔する。

 

「反旗の逆鱗、ストライク・ディスオベイ!」

 

「ぐぁぁあああ!?」

 

OBERISK FORCE1 LP:0

OBERISK FORCE2 LP:0

OBERISK FORCE3 LP:0

 

二色の眼を輝かせる覇王黒竜は、三人のオベリスクフォースを……殲滅した。

 

何故榊さんがダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンを所持しているのか、あれが本当に榊さんなのか、分からない事が多すぎる……でも間違いなく、榊さんはランサーズへと組み込まれるだろう。

それだけの力を、今彼は示した。

けど榊さん……それで、いいんですか?

あなたが目指すエンタメデュエルは、沢渡さんとのデュエルで見せたショーは……ううん、私が口を出す事じゃない。それにきっと、彼は取り戻すはずだ。

私でさえ見つけようと足掻いているのに、彼にそれが出来ないはずはない。そうですよね、私の知っている榊さんは、沢渡さんのライバルは、そういうデュエリストです。

 

とりあえず榊さんと合流してみよう。逢歌の事を知っているかもしれない――そう思った時、先程の覇王黒竜の攻撃の衝撃が此処まで及んでいたのか、私の立っていた足場が崩れた。

 

「ッ――!?」

 

他の足場に飛び移る暇もなく、私は落ちていく。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

ワンダー・カルテット 火山エリア、そこに逢歌は居た。

 

「それにしてもアクションフィールドってのは凄いね、こんな熱気まで再現出来るんだ。質量を持ったソリッドビジョンは伊達じゃないって事か」

 

崖の上に腰掛け、手でローブの下の顔を扇ぎながら眼下で繰り広げられる惨劇を見下ろす。

 

「オベリスクフォースか、期待外れだな。こんな雑兵ばかりじゃあねえ」

 

「――同じ効果でお前には3500のダメージだ!」

 

三人のオベリスクフォースとランサーズ候補、3人のユースクラスの選手。そのデュエルは今まさに終わりを告げようとしていた。

これで二人のユースはカードへと封印され、残る一人も――

 

「これで終わりだ! 魔導法皇ハイロンを攻撃!」

 

「さて、見つかる前に退散しようかな、と」

 

もしかしたら、とも思ったが此処に彼女のもう一人の目的は居なかった。ならばいつまでも此処に居る理由はない。捕まって連れ戻される前に詠歌の下へ、そう思い逢歌は腰を上げた。

 

「待てコラァァアアア!」

 

「ん……?」

 

そんな逢歌の耳に、男の声とバイクのエンジン音が届く。

もう一度眼下に目を向ければ、バイクを駆り、オベリスクフォースの前に躍り出る男の姿があった。

 

「バイク……いや、D・ホイールだっけ……? って事はシンクロ次元のデュエリスト……?」

 

「俺は手札からSR(スピードロイド)メンコートを特殊召喚!」

 

SRメンコート

レベル4

攻撃力 400

 

「その効果で相手モンスターを全て守備表示にする!」

 

「クソ、これじゃ……俺はターンエンド……!」

「お前、何者だ!?」

「俺は、ユーゴ」

 

バイクに乗った男は、そう名乗った。

 

「ユーゴー……? 仲間か?」

「ユーゴだっつってんだろうが!」

 

名前を間違われた怒りからか、ユーゴは荒々しくDホイールを走らせた。

 

「ユーゴ……大会参加者に居た‟遊”矢に、セレナお嬢様そっくりの柚子、それに僕と‟私”……ふうん、やっぱりそうなんだ。なら‟私”も後二人……楽しみが増えたな。スタンダードの‟私”はもう駄目そうだし、そっちには期待したいところだけど……」

 

「俺のターン! 俺は手札からSR三つ目のダイスを召喚!」

 

SR三つ目のダイス

レベル3 チューナー

攻撃力 300

 

「俺はレベル4のメンコートにレベル3の三つ目のダイスをチューニング!」

 

ビルの壁面をDホイールで走りながら、ユーゴは自身の切り札を呼び起こす。

 

「その美しくも雄々しき翼翻し、光の速さで敵を討て! シンクロ召喚! 現れろ、レベル7! クリアウィング・シンクロ・ドラゴン!」

 

クリアウィング・シンクロ・ドラゴン

レベル7

攻撃力 2500

 

「ッ……」

 

現れた白いドラゴンにオベリスクフォースは気圧される。

 

「だがっ、モンスターが召喚、特殊召喚された時、古代の機械(アンティーク・ギア・)双頭猟犬(ダブルバイト・ハウンドドッグ)の効果でそいつにギア・アシッドカウンターを一つ乗せる!」

「これでお前のドラゴンも奴らと同じ運命だ!」

 

「古代の機械双頭猟犬の効果でギア・アシッドカウンターが乗ったモンスターは戦闘時、ダメージ計算を行わずに破壊される……お手並み拝見かな」

 

自分にとっては何の問題にもならない効果、しかしその効果自体は強力だ。現にその効果と永続魔法のコンボによって二人のユースが敗北し、ユーゴが乱入しなければ残る一人もやられていた。

 

「そいつはどうかな?」

「何ッ?」

「クリアウィング・シンクロ・ドラゴンはレベル5以上のモンスターが効果を発動した時、それを無効にしてそのモンスターを破壊できるッ、ダイクロイック・ミラー!」

「なっ、ぐぁあああ!?」

 

OBERISK FORCE1 LP:1800

 

「自らのカードの効果で……!?」

 

「永続魔法、古代の破滅機械(アンティーク・ハルマゲドン・ギア)の効果はモンスターが破壊された時、そのモンスターのコントローラーに攻撃力分ダメージを与える……あーあ、逆手に取られちゃったよ。それも乱入者に」

 

楽しげに逢歌はデュエルを見つめる。

 

「そしてクリアウィング・シンクロ・ドラゴンは破壊したモンスターの攻撃力分、自分の攻撃力をアップする!」

 

クリアウィング・シンクロ・ドラゴン

攻撃力 2500 → 3900

 

「覚悟しな、これで終わりだッ。俺は手札から魔法カード、シンクロ・クラッカーを発動! クリアウィング・シンクロ・ドラゴンをエクストラデッキに戻し、その攻撃力以下のモンスターを全て破壊する! 自分のカードで自滅しやがれ!」

 

オベリスクフォースたちのモンスターが全て破壊され、再び古代の破滅機械の発動条件が満たされる。

 

「古代の破滅機械の効果! 破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを受けてもらうぜ!」

 

「ぐぁああああ!」

 

OBERISK FORCE1 LP:0

OBERISK FORCE2 LP:0

OBERISK FORCE3 LP:0

 

 

「おい、大丈夫か?」

「ひ、ひぃ……!」

 

SAKURAGI LP:0

 

オベリスクフォース、そして唯一残されたユース、桜木ユウのライフも巻き込んで0にして、ユーゴは完全にデュエルに勝利した。

 

「お、俺たちにはこんな戦い、無理だぁああ!」

「おい!? ……んだよ、助けてやったのに礼もなしかよ」

 

無様に逃げ出す桜木ユウに悪態を吐きながら、ユーゴは周囲を見渡す。倒したオベリスクフォースは既に消えていた。

 

「あっ、あいつらも居ねえし! クソ、本当に何処なんだよ、此処は……」

「どうしてシンクロ次元のデュエリストが、と思ったけどまさか迷子なのかい?」

「あん?」

 

そんなユーゴに、追手の居なくなった逢歌は姿を見せた。

 

「僕からは礼を言わせてもらうね。手間が省けたよ」

「何だオメェ?」

「隠れて見てたよ、ユーゴくん。凄いね。ありがとう」

「礼を言うんだったら顔を見せて言えよ、ったく氷山でいきなり襲って来た奴らといい、さっきの奴といい常識がねえ奴ばっかだぜ」

「ああ、ごめんごめん……これでいいかな。改めてお礼を――」

 

ローブを下ろし、顔を晒して逢歌がわざとらしく礼をしようとしたその時だった。

 

「その顔……まさかお前!?」

 

Dホイールから降り、ユーゴは逢歌の両肩を掴んだ。

 

「な、何かな……? 僕って‟私”と違って男性に免疫とかないんだけど……」

「やっぱり間違いねえ! 俺だ、ユーゴだ!」

「それはさっきの名乗りを聞いて知ってるけど……」

「デカくなってるけど間違えるわけがねえ! お前、‟彩歌”だろ!?」

 

逢歌を見て、ユーゴは詠歌とも違う名前を呼んだ。

 

「彩歌……ふうん?」

「お前がセキュリティに捕まってから、リンと一緒に何度行っても面会も出来なかった……! 無事で良かったぜ……! けど何でこんな所に居るんだ? まさか脱獄して来たのかッ?」

「残念だけど僕は、‟私”――彩歌じゃない。僕はアカデミアの逢歌だよ」

「アカデミア? 逢歌……? 何訳わかんねえ事言ってんだ?」

「事実だって……それにしてもシンクロなのにユーゴーだなんて面白い名前だね?」

 

肩を掴む手から逃れながら、逢歌はからかうように言った。

 

「んなっ、だから俺はユーゴだ! ……俺の名前を間違えるって事はお前、本当に彩歌じゃねえのか?」

「だからそう言ったよ」

「この前は俺にそっくりの奴が二人も居たのに、今度は彩歌のそっくりかよ……どうなってんだこの世界は」

「お礼ついでに教えておいてあげる。此処はスタンダード次元。今は大会の真っ最中で、此処はその会場。君の言ってた氷山もこの火山もアクションフィールドっていうフィールド魔法の中さ」

「何だって……?」

 

訝しがるユーゴに肩を竦めながら逢歌は言葉を続けた。

 

「クソ、リンを探してるってのに全然見つからねえし、彩歌かと思えばただのそっくりだしよ……どうすりゃいいんだ」

「リン……さっきも言ってたけど、君の大切な人なのかい?」

「……ああ」

「へえ、愛されてるんだねえ、その子」

「あ、愛!? い、いや愛とかそんなぁ……」

「……その反応は少し想定外かな」

 

照れたように身を捩らせるユーゴに若干引きながらも、逢歌は提案する。

 

「迷子なら少し付き合ってくれないかい? 僕も人を探しているんだ。ま、お互い右も左も分からない同士だけどね」

「はあ? お前、この次元の人間じゃねえのか?」

「違うよ。言ったでしょ? 僕はアカデミアの、融合次元の逢歌」

「融合……それってさっきの奴らの仲間か!」

「まあそうなるかな」

「ふざけんな! 俺はハートランドとかいう世界でオメェらが何をやってたか知ってんだ! さっきみてぇにこの世界でも同じことをするつもりかよ!」

「落ち着いてよ。確かに僕はアカデミアだけど、さっきの彼らに追われてる身なんだ」

「追われてるだと……? 一体何で」

「僕ともう二人の仲間は融合次元から飛び出して来たのさ。一人は向こうに戻る羽目になったみたいだけど、僕も奴らに捕まったらどうなることか。僕もそのもう一人も融合次元が大切にしている子の脱出を手引きした事になってるだろうし、ま、無事ではいられないだろうね」

「……」

 

ユーゴは考える。目の前の逢歌が厄介事を抱えているのは間違いない。さっきはハートランドでも見たオベリスクフォースが居た為に後先考えずに先走ったが、一番の目的はリンを連れ戻す事、彼女たちの問題に巻き込まれている暇はない……が、逢歌を見ているとどうしても自分の知る少女を思い出してしまう。

 

「ああ、安心してよ。別に君に守ってもらおうなんて考えてない。自分の身くらい自分で守るさ。ただこの広いフィールドを徒歩で歩き回るのは大変だから、ね」

 

ユーゴの乗っていたDホイールを指して、逢歌が笑う。

 

「……わーったよ。俺が地元に帰るまでは付き合ってやる」

「シンクロ次元に? 君、迷子みたいだけど帰れるのかい?」

「ああ、多分な」

 

言いながらユーゴはDホイールから一枚のカードを抜き取った。

 

「こいつが光るといつも見知らぬ場所に飛ばされる。今回もそうだった、またこいつが光れば戻れるはずだ」

「さっき使ってたドラゴン……? そんな力があるんだ。でも自由に使えるわけじゃないんだね?」

「ああ」

 

暫しクリアウィング・シンクロ・ドラゴンを見つめた後、カードを戻してDホイールを操作し、収納されていたもう一つのヘルメットを取り出した。

 

「ほら、被れ」

「……」

「んだよ? どうした」

「……いや。自由に動き回る所か、バイクの二人乗りまで経験するなんて、と思ってね」

「これはバイクじゃねえ、Dホイールだ」

「そう。安全運転で頼むよ?」

「……本当に別人なんだな」

 

後に続き、逢歌がDホイールの後ろに腰掛けると、ユーゴがしみじみと言った。

 

「?」

「彩歌がそんな事言うはずねえからな」

「……そうかい。さっきも捕まってるとか言ってたし、一体どうしてそんな風になったんだか。スタンダードの‟私”も、シンクロの‟私”も」

「じゃあ行くぞ」

「ああ――!?」

「とりあえず走り回ってみるしかねえからな! 舌噛むんじゃねえぞ!」

「ちょ、安全運転は――!?」

 

逢歌と詠歌。二人の邂逅が近付いていた。

 

 

 

「――待ってなよ、‟私”」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「……熱い……って此処は」

 

足場が崩れた後、衝撃を恐れて目を瞑っていた私は気付いたら火山らしきエリアに居た。……時刻を確認すると、もう夕刻、バトルロイヤルの半分が終了するところだった。

……落下していた時に感じた一瞬の浮遊感、またミドラーシュが私を助けてくれたのだろうか。

デュエル中でもないのにモンスターが召喚されるのはディスクの不調……で片付けるのは簡単だけど。

 

「……ありがとう」

 

そうじゃない、そう考えた方がきっと素敵だ。

でもどうしようか、これでまた手掛かりを失った。今榊さんが何処に居るのかも分からない。周囲でデュエルが行われている気配もない。近くに誰かが居れば良かったんだけど……。

 

「どうせなら人が居る所に連れてって欲しかったです」

 

そんな我が儘を言いながら、私は歩き始めた。

アテはない、でも立ち止まっている暇もない。

 

「――久守!」

「え――」

 

聞こえて来た声が、私の歩みを止めさせた。

 

「はぁっ、はぁ……」

「あ……」

 

振り返ると、其処には……

 

「ようやく見つけたぞ……ったく、手間掛けさせやがって……」

「沢渡、さん……」

 

息が上がっているのは、汗を流しているのは、火山エリアの熱気に当てられただけじゃない。

 

「ずっと私を捜して……?」

「当たり前だろうが! 勝手な事ばっかしやがって!」

「す、すいません」

「……もういい。結局俺もあの日、戻れなかったからな」

 

息を整えながら言う沢渡さんは――自惚れていいならば――安堵の表情を浮かべていた。

 

「……もう大丈夫なのか」

「――はい!」

「そうか。……何があったかは聞かねえ。お前が大丈夫なら、それでいい」

 

そう言って、沢渡さんは疲労の抜けきってない様子のまま……微笑んだ。

 

「……」

「んだよ? ……やっぱ無理してるんじゃねえだろうな」

「あ、いえ、その……今のはまずいです。やばいです。すごいです」

「はあ?」

 

えとえと大人びてるというか男前というかとにかく格好良すぎっすよ!?

 

「い、いえ! とにかく大丈夫です!」

 

え、えへへ、ちょっと破壊力が強すぎました……!

というか今冷静になって思い出してみると私を部屋に運んでもらったりとか手を握ってもらったりとか、あ、あまつさえ背中に頭を預けたりとか私って物凄い事をしたりしてもらったりしてました……!

 

「なんだそりゃ……まあいい。お前も知ってるだろうが、今この中にアカデミアとかいう連中が紛れこんでる」

「はい。……あれ? でもどうして私が知ってるって?」

「中島さんから聞いてんだよ。お前が密林エリアに居るって聞いて行ったら今度は遺跡エリアでアカデミアの連中と戦ってるって。その次は榊遊矢の所に居たと思ったら消えたとか言うしよ……中島さんからの連絡もなくなるし、俺がどんだけ苦労したと思ってんだ……!」

「すいません……」

「だから謝んな!」

「は、はい! ……あの、沢渡さん」

「何だよ」

「アカデミアの事は……」

「赤馬零児から聞いた。お前が俺に隠れてランサーズの候補者を探す手伝いをしてた事もな」

 

ランサーズの事も……予想は出来ていた。榊さんとのデュエル、負けはしたけど沢渡さんにランサーズとして選ばれる可能性が生まれたかもしれない、と。

赤馬社長が沢渡さんに伝えたという事は、つまりそうなんだろう。

 

「巻き込んだとか思ってんじゃねえだろうな」

「……」

「はっ、ランサーズなんてのは俺にとっちゃただの通過点だ。この世界を守った後、今度こそ榊遊矢と決着を着けてやる。この大会がランサーズを選ぶ為の場だったなら、アカデミアを追っ払って俺もランサーズ入りすりゃ、つまりは大会で勝ち残ったのと同じだからな」

 

……そろそろ、沢渡さんに対する思いに一つの決着を着けるべきなんだろう。

 

「……沢渡さん、私は前、沢渡さんを守らせてほしいって言いましたよね」

「それがどうした。お前が勝手に言ってただけだろ」

「ええ。だから、もうそんな思い上がりはやめにします。――沢渡さん、一緒に戦いましょう。一緒にアカデミアを追い返しましょう」

「……はっ」

 

沢渡さんは笑う。馬鹿にしたような、でも決してそうではない笑み。

 

「足手纏いになるなら置いてくぞ」

「ええ。私は決して強くはないけど、沢渡さんに手を引かれなきゃ立てないような、そんな弱い女じゃないですから!」

 

私も笑う。きっと、小生意気な笑みで。

 

「でも一つだけお願いです」

「何だ」

「彼女とは――逢歌とだけは、私に決着を着けさせて下さい。沢渡さんが榊さんとの決着を望むように、私も彼女とは決着を着けなくてはならないんです。私が答えを出す為にも」

「……好きにしろ。見届け人ぐらいならしてやる」

「はい!」

 

私の思いを汲んでくれたのだろう。僅かに言葉に不満を滲ませながら、しかし沢渡さんは頷いてくれた。

 

……やってみせる。友人を取り戻す事も、アカデミアを倒す事も、そして答えを見つける事も。

沢渡さんが見ていてくれるなら、私は大丈夫。

 

 

「……待ってなさい、逢歌」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「シンクロ次元のデュエリストと逢歌はまだ発見できないのかっ?」

 

管制室、中島が急かすように観測員たちに言う。

 

「はい、どうやらあのバイクのようなものでバトルロイヤルの会場を走り回っているようで……氷山エリアで二度、火山エリアでは三度、密林エリアで一度、古代席エリアで二度、カメラに捉えてはいるのですが……それ以降氷山エリアからの中継は完全に途絶えたままです」

「くっ、一体何があったんだ……」

「引き続き捜索を続けるんだ。榊遊矢はどうしている?」

 

中島とは裏腹に、あくまで冷静に零児は問いかけた。

 

「密林エリアで参加者の茂古田選手、大漁旗選手、権現坂選手、それに加えて一回戦で敗退した方中選手と共に休息を取っているようです」

「何故敗退した者がフィールドに居る……」

 

頭を押さえながら、中島が嘆く。

 

「社長、如何致しますか?」

「……黒咲はどうだ」

「現在も紫雲院素良と交戦中です」

「……紫雲院素良は黒咲が抑えている。ユースが一人を残して全滅した今、これ以上の増援を送っても被害が増えるだけだ。残るアカデミアからの侵入者はフィールドに残った彼らに託すしかない。中継カメラの復旧とシンクロ次元のデュエリストの捜索を急げ。彼が今も逢歌と行動を共にしてアカデミアと敵対しているならば、シンクロ次元は味方と成り得る」

「はっ」

 

……バトルロイヤルの制限時間は残り約半日、それまでに一体どれだけのデュエリストが残り、ランサーズに相応しい力を示すのか。

零児の立てる予想は決して甘いものではなかった。

 

(残る選手は十一人。それに加えて久守詠歌と沢渡シンゴ……その中でランサーズと成り得るのは恐らく半数程……)

 

既に彼の中ではランサーズのメンバーの選抜は決まりかけていた。

 

「沢渡と風魔忍者への指示は……沢渡は久守詠歌と合流した今、こちらの指示に従うでしょう。ユースがやられ、黒咲がデュエルしている以上、我々が動かせるのは沢渡と久守詠歌の二人と彼らだけです」

「……風魔忍者には引き続きセレナの監視を続けさせろ。沢渡と久守詠歌には逢歌とシンクロ次元のデュエリストを見つけ次第、接触するように伝えるんだ。セレナはアカデミアとの交渉に、逢歌に関してもみすみす追手に捉えさせるわけにはいかない。こちらで確保する。それ以外の行動は彼ら自身に任せる」

「分かりました。ですがセレナと違い逢歌は久守詠歌からペンデュラムカードを奪い、さらに恐らくはLDSのチームを……素直に従うとは思えません」

「それでいい。榊遊矢が紫雲院素良との接触でペンデュラム融合、そしてペンデュラムエクシーズに目覚めたように久守詠歌もまた彼女との接触でさらなる力に目覚める可能性がある。彼女に与えたペンデュラムを奪われた今ならば猶更だ」

 

――零児の言葉通り、詠歌の中でさらなる力が目覚めようとしていた。

それが逢歌との接触で目覚め始めたものなのか、それとも――

その力の根源を知るのは今、この世界には二人しかいない。

 

 




オベリスクフォースは三度死ぬ。
アニメと異なり、逢歌の分、追手であるオベリスクフォースの数も増えています。それが主人公とデュエルした二人です。


現在の状況(選手11人+ミエル、セレナ、ユーゴ、沢渡さん、詠歌、逢歌)
遊矢→ミエルの膝で眠ってる
みっちー、大漁旗、権現坂、ミエル→遊矢と一緒
柚子→ユーリと追いかけっこなう
セレナ→黒咲ドコー?
黒咲→素良とデュエルなう
日影&月影→セレナをストーカー中
デニス→オベリスクフォースに協力してセレナを探し中
梁山泊塾の二人→ユーゴに負けて氷山エリアで気絶中
詠歌&沢渡→ようやく合流
逢歌&ユーゴ→ライディングなう(迷子)

アニメと異なっているのは沢渡さんがアニメよりも早くバトルロイヤルの会場に乱入している事とユーゴが逢歌と行動を共にしている事ぐらいです。



取り巻きたち→観戦中(ただし中継カメラは調整中)


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『姫君』

ずっと、あれからずっと考えていた。

ううん、本当は私がこの世界にやって来てからずっと心の何処かで考えていたはずなんだ。

 

どうして私がこの世界にやって来たのか、その理由を。

 

満たされぬ魂を運ぶ方舟に揺られ、此処に来た。

でもそれだけじゃない。それは、私である理由にはならない。

 

みんな、生きたかったはずだ。

みんな、満たされてなんていなかったはずだ。

 

その理由はきっと――

 

 

 

 

「ん……?」

「……あ、おはようございます、沢渡さん」

「おう……寝ちまってたのか」

「一晩中探し回っていてくれたんですよね。疲れもするはずです」

 

火山エリアの端、熱気の弱まる岩場の影で一夜を明かした。

 

「バトルロイヤルは後、数時間で終わります。沢渡さんが眠った後、中島さんから連絡がありました。残っているアカデミアからの侵入者は素良さんを含めて四人、それに逢歌とセレナの二人です」

「そうか」

「はい。それとアカデミアとは別、シンクロ次元からのデュエリストが一人侵入しているそうです。目的は分かりませんが、敵ではないと」

「シンクロ……?」

「どうやら逢歌と共にこのフィールド中をバイクで走り回っているようです。彼らと接触するように、とも」

「逢歌はアカデミアなんだろ? 何でシンクロ次元の奴と一緒に」

「分かりません。彼女が何を考えているのか、シンクロ次元のデュエリストが何の目的で動いているのかも。でも、やる事は変わりません」

「……そうだな。行くか」

「はい」

 

不思議と心は落ち着いていた。戦場と化しているこのフィールドの中で、負ければカードにされてしまう、そんな異常な状況下で、私の心は静かだった。

 

「まずは氷山エリアに行ってみましょう。そこにはまだ行ってませんし」

「おう」

 

 

 

そして――

 

「ドラゴン……? でも見た事がない……あれがシンクロ次元の?」

 

氷山エリア、そこに君臨する禍々しい姿のドラゴン。

 

「此処からじゃ誰がデュエルしてんのか見えねえな」

「……行きましょう」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「ああ? もう朝かよ……」

「結局一晩中走り回ってたんだね……」

「しょうがねえだろうが、誰も居ねえんだから!」

「君についたのは失敗だったかなあ……」

 

古代遺跡エリア、Dホイールに跨る二人を朝日が照らす。

 

「うだうだ言ってねえで、もう一周行くぞ!」

「えぇ……分かったよ。ええと次は、また氷山エリアだっけ」

「どっちだ、それ?」

「何で何週もしてるのに忘れるのさ……向こうだよ」

 

遺跡の中でデュエルを続ける黒咲と紫雲院素良に気付くことなく、二人はまた走りだす。

 

 

 

そして――

 

「おい、あれ――」

「ドラゴン……ちょっと普通じゃなさそうだね」

「何でもいい、人が居るのは間違いねえんだ。行くぞッ」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

氷山エリア、そこに出現したドラゴンを目指し、彼女たちは集結する。

 

「――この辺りだったよな」

「……そうだね。近づいたら消えちゃったけど……」

 

荒々しいユーゴの運転に辟易しながら、逢歌が応える。

 

「とりあえず跳ぶぞッ」

「え――!?」

「――んっ?」

 

氷の崖を飛び越えながらユーゴは周囲を見渡す。そして見つける、一人の少女を。

 

「――リン!?」

「えっ――?」

 

Dホイールを停止させ、ユーゴは少女――柊柚子に駆け寄る。

 

「あ。やばい。これやばい。僕やばい……」

 

逢歌はよろよろと降りると、座り込んだ。最後のジャンプで彼女の体力は限界だった。

目まぐるしい運転のせいで揺れる視界の中、逢歌も柚子を視界に捉える。

 

「無事で良かった……っ、会いたかったぜ、リン……!」

「きゃ……!?」

 

「セレナお嬢様……じゃないんだよね、多分」

 

柚子を抱きしめるユーゴを見ながら、冷静にそう判断する。そう都合よくユーゴの探すリンという少女が居るとも思えず、自分の知るセレナならばいきなり抱き付かれるような真似はさせないだろう。

 

「って事は大会に出てた柊柚子って子か。どうしてセレナお嬢様の格好をしてるのかは分からないけど……」

 

「ちょ、ちょっと待って……! リンって――あなた、リンが誰なのか知ってるのッ?」

 

蚊帳の外となった逢歌は考える。セレナと柚子、そしてリン。同じ顔をした三人の少女たち。そして先程まで見えていたドラゴン、柚子がデュエルをしていた相手。

 

(大会参加者とのデュエルなら彼女が怯える理由にはならない。となると僕と同じアカデミア……オベリスクフォースのデッキにあんなドラゴンはない。……やっぱりセレナお嬢様もただの箱入り娘ってわけじゃないか。セレナお嬢様と同じ顔をした人間を集めてる……?)

 

そこまで考えて、逢歌は首を振って思考を霧散させた。自分が考える事ではない、と。

 

 

「……ダーリンに色目を使っておいて、わざわざ服を着替えて他の男と密会なんて――!」

 

 

「ん?」

 

思考から抜け出したからだろう、逢歌は自分たち、正確には柚子とユーゴを見つめる人影に気付いた。

 

「許せん……! ってきゃあああ!?」

 

「えぇ……」

 

が、気付くと同時にその人影の立っていた足場が崩れ、綺麗な回転を決めながら逢歌の目の前に落下した。

警戒するとか以前に、何もできないまま気絶した少女に近づく。

 

「バトルロイヤルの参加者じゃないよね……見た事ないし」

 

気絶した少女――方中ミエルを観察するが、見覚えはない。

 

「色々と乱入者が多くて面倒だな……僕は‟私”に会えればもうそれでいいのに」

 

頭をかきながら、再びユーゴたちの方に振り向こうとした時、待っていた声が聞こえた。

 

「――逢歌!」

 

見上げれば、そこに立っているのは待ちわびた少女、自分と同じ顔をした、久守詠歌の姿があった。

 

 

 

 

 

「――逢歌!」

 

ようやく見つけた……!

 

「やあ、‟私”」

 

以前と変わらない笑みを貼り付け私を見上げる、私と同じ顔をした、逢歌。

 

「――久守さん!?」

「あん?」

 

その向こうには誰かと向き合いながら私を見る柊さんが居た。柊さんの声に反応し、振り向く白いライダースーツを着た男。

 

「あれがシンクロ次元のデュエリストか。……また榊遊矢そっくりじゃねえか」

「沢渡まで!? それに……久守さんが二人!?」

 

私の背後から現れた沢渡さんを、そして私と逢歌を見て柊さんが叫ぶ。

 

「柊さん……逢歌、まさか柊さんまで……!」

「人聞きが悪いなあ。彼女が‟私”の知り合いだなんて知らなかったし、偶然出くわしただけだよ」

 

「一体何がどうなって……え!? また光って――!」

 

突然の事だった。柊さんの手のブレスレットが光を放った瞬間、二人の姿は消えていた。

 

「柊さん!」

「おいおい、一体何がどうなってんだ……」

「……やれやれ、ようやく会えたかと思ったらどんどん騒がしくなるなあ」

 

「柚子――!?」

 

二人が消えてすぐ、背後から聞こえてくる榊さんの声。

 

「榊遊矢……!」

「え、沢渡!? それに久守も……なんで二人が此処に……?」

「榊さん、事情は後で説明します。それより――」

 

運命に導かれるように、とでも言うのでしょうか。

逢歌を見つけた途端に他の参加者たちも此処に集ってきている。

榊さん、権現坂さん、それと……デニスさんと言ったでしょうか。

 

「ねえ‟私”」

 

「久守が二人……!?」

「ワオ、双子?」

「一体何がどうなって……」

 

「外野は黙っててよ。今、用があるのは‟私”だけなんだからさ」

「……すいません、皆さん、今は説明している暇はありません」

「そうそう。‟私”も僕に用があって来たんだろう?」

 

榊さんたちの事を一度意識から外す。逢歌の言う通りだ。私が逢歌を探していたのは、彼女を取り戻す為。

 

「この人の事で、ね」

「……!」

 

逢歌が取り出したカードには、やはりあの女性の姿が刻まれていた。

 

「ッ――! お前も、アカデミア……!」

「おっと怖い怖い、君が榊遊矢くんか。でもさ、言ったよね。外野は黙っててって」

「ふざけるな!」

「黙ってろ、榊遊矢」

「沢渡! これが黙って――」

「あいつに任せろ。あいつが俺に手を出すなとまで言ったんだ。なら、他の誰にも手は出させねえ」

 

大きく深呼吸する。目的を見失わない為に、今はただ、逢歌だけを見据えていればいい。

これが、此処が、私の戦うべき場所だ。

 

「――ええ、そうです。逢歌、私は彼女を取り戻す為に来た」

「へえ? でもさ、この人はもうカードになってるんだよ? 取り返した所で何が出来るのさ? こんなの死んでるのと同じじゃないか」

「いいえ、違う。その人は生きている。元に戻す方法は、あなたから取り戻した後で考える」

「負ければ‟私”も、久守詠歌もカードになるっていうのに? その体を巻き込んでいいと思ってるんだ?」

「良いわけありません。でも、もう決めた事です」

 

逢歌の言う事は正しい。けど、たとえ間違いだとしても私は――探し求め続ける。

本当に正しい答えを見つける為に。私の選ぶ道を見つける為に。

その本当が何なのか、今はまだ分からない。でも……諦めたら駄目なんだ。

 

 

 

「沢渡、一体何がどうなってるんだ……!? あの久守そっくりのデュエリストは誰なんだっ? それに柚子は!? この辺りに居るはずなんだ!」

「騒ぐなッ、俺だって分からねえよ。分かってるのはあいつが逢歌っていうアカデミアのデュエリストだって事と、柊柚子はお前らが来る直前に消えたって事だけだ。お前そっくりのバイクに乗った男とな」

「バイク……まさかユーゴ……!? それじゃあ柚子は……!」

 

遊矢の脳裏に過るのは、ユートの言葉。

 

――『融合の手先め』

 

「柚子は……アカデミアに……?」

 

遊矢の膝から力が抜ける。アカデミアに連れ去られ、もしかしたらカードに……そんな最悪の想像。

 

(バイクに乗った男!? それってユーリじゃない……? えぇ、一体何がどうなってるのさ……)

 

平静を装いつつも、LDSの留学生であり、アカデミアの人間であるデニスも混乱していた。

アカデミアのユーリに柚子を任せオベリスクフォースに協力していたが、ユーリが柚子を連れ去ったのではないとしたら、一体誰が? 全く予想できなかった展開に彼も最悪の想像をしていた。

 

「……榊さん、まだ私たちも柊さんや他の選手たちの状況を把握できていません」

「……ああ」

「だからお願いです。これ以上の被害を出さない為に、残りのアカデミアを……無理を言っているのは分かっています。でも、此処で立ち止まっていても事態は変わりません」

「なっ、待て久守! まさかお前、一人で戦うつもりかッ?」

「権現坂さん、彼女とは、逢歌とは私が決着をつけなければいけないんです」

「何故だッ、負ければカードにされるんだぞ!?」

「承知の上です。でもこれだけは絶対に譲れない戦いなんです」

「久守……」

 

こんな私の身を案じてくれる人が居る。けれど、それに甘んじていては私はいつまで経っても、乗り越えられない。

 

「こいつがそう言ってるんだ。お前らはさっさと行け。こいつのデュエルは俺が見届けてやる」

「沢渡……」

「こいつは頑固だからな。一度決めたらそう簡単には考えを変えやしねえよ」

「……分かった」

「遊矢!?」

「久守と沢渡がそう言うんだ。俺たちは俺たちに出来る事をしよう。これ以上、誰もカードになんてさせない為に……!」

「……分かった。この男権現坂、友を信じよう」

「……ありがとうございます」

「行こう、デニス」

「へっ!? あ、ああ、そうだね!」

 

 

「話は終わった? いやぁ、待ってあげるなんて僕って優しいっ」

「ええ。待たせてしまいましたね」

「別にいいよ。……そうそう、沢渡シンゴくん」

「……何だよ」

 

逢歌が沢渡さんを呼ぶ。沢渡さんにまで何かをしようというのだろうか。絶対にさせはしない。

 

「そんなに怖い顔しないでよ、ちょっとしたお願いだよ。見学するのはいいんだけどさ、ついでにこの子の事も見ておいてよ」

 

逢歌が僅かに立ち位置を変えた。そこに隠れるように一人の少女が倒れていた。たしか彼女は……

 

「方中さん……!?」

「おっと、勘違いしないでよ。この子には何にもしてないよ。何かいきなり現れて気絶しちゃっただけ。遊矢くんたちはオベリスクフォースとやり合うつもりみたいだし、彼らに預けるのは気が引けたからさ」

 

真偽は分からない、けど彼女を放っておくわけにもいかない。

 

「沢渡さん、お願いできますか」

「……わーったよ。頼まれてやる」

 

方中さんを運ぶ為,沢渡さんが逢歌へと近づく。私は逢歌から一瞬たりとも目を離さずに警戒を強める。

 

「ねえ沢渡くん」

「……んだよ」

 

方中さんを背負った沢渡さんに逢歌が何かを喋りかける。すぐにでも動けるよう、体勢を低くする。

 

「これが彼女との最期の別れになるかもしれないから、別れの言葉でも考えてた方がいいよ?」

「はっ、寝ぼけてんのか? んなもん考える必要ねえよ。久守は勝つ、この俺が見てるんだからな」

 

何を話しているのかまでは聞こえない。けれど、沢渡さんが笑みを浮かべているのだけは分かった。

 

「こいつの事は任せて、お前はやりたいようにやれ」

 

方中さんを背負い戻って来ると、沢渡さんはそう言って私の肩を叩いた。

 

「……はい!」

 

……もう憂いはない。準備は整った。

 

「随分と仲の良いご様子で、妬けちゃうなあ。……さて、それじゃあ見せてもらおうかな、‟私”の答えを」

 

逢歌がデュエルディスクを構える。鋭利な形状をした、まるで剣のようなディスクを。

 

「いいえ……これは答えを探す為のデュエルです」

 

私も同じように構える。けど今までとは違う。今私が戦うのは、沢渡さんを守る為じゃない。

友人を取り戻す為の、私自身の為の戦いだ。

沢渡さんが見ている前で、もう無様は晒さない……!

 

「いきますよ、逢歌」「来なよ、‟私”」

 

一瞬の静寂。その刹那に私の脳裏に過ぎる、数々の思い出。

あの女性との思い出、そして、かつての病室での思い出。

逢歌が笑い、そして私も笑った。

 

 

「デュエル!」「デュエル!」

 

 

逢歌と詠歌、同じ道を辿り、しかし正反対の立場で少女たちは相対する。

互いに譲れない者の為に。

 

EIKA VS AIKA

LP:4000

アクションフィールド:ワンダー・カルテット

 

「それじゃあ僕から行こうかな――! 僕のターン!」

 

逢歌のデッキにはクリフォートたちが入っているはずだ。その力は私も覚えている。

 

「僕はスケール1のクリフォート・ディスクとスケール9のクリフォート・シェルでペンデュラムスケールをセッティング……でいいんだよね?」

「ええ。それによってレベル2から8までのクリフォート・モンスターが同時に召喚可能になる」

 

だけど、乗り越えてみせる。

 

「親切にありがと。それじゃあいってみようか――ペンデュラム召喚! おいで、二体のクリフォート・アセンブラ!」

 

クリフォート・アセンブラ×2

レベル5 ペンデュラム

攻撃力 2400 → 2700

 

「へえ、本当に出来ちゃった。えーとクリフォート・ディスクのペンデュラム効果によってアセンブラの攻撃力は300ポイントアップする。すごいね、ペンデュラムって」

 

二体のアセンブラを従え、楽しげに逢歌が笑う。

 

「僕はターンエンド。さあ、楽しませてよ、‟私”。せっかくのゲームなんだ、たとえ結果が分かり切ってても過程を楽しまなきゃね?」

「言ってなさい……! 私のターン!」

 

逢歌の実力がどれだけ高くても、逢歌の使うカードがどれだけ強くても、決して負けはしない。

 

「私は手札から魔法カード、影依融合を発動! 手札のシャドール・ビーストとシャドール・ハウンドを融合! 影糸で繋がりし獣と猟犬よ、一つとなりて神の写し身となれ! 融合召喚!」

 

また、力を貸してもらいますよ。

 

「おいで、探し求める者! エルシャドール・ミドラーシュ!」

 

エルシャドール・ミドラーシュ

レベル5

攻撃力 2200 → 1900

 

暗い輝きを放つ渦から、ミドラーシュが降り立つ。私の意思が伝わっているのだろう、普段のように茶化す事もなく、彼女は敵を見据えていた。

 

「クリフォート・シェルのペンデュラム効果によって‟私”のフィールドのモンスターの攻撃力は300ポイントダウンする――やれやれ、アカデミアの僕がペンデュラムを使って、スタンダードの‟私”が融合か。どっちがどっちだか分からなくなっちゃうね?」

「スタンダード次元だとか、融合次元だとか、そんなのは関係ありません。今此処に立っているのは――詠歌と逢歌、私とあなた。ただそれだけです」

「……あ、話のスケールが違うっていうジョークかい? はは、面白いね」

 

私を挑発するように逢歌は渇いた笑い声を上げた。

 

「当然です。私はこの舞網市で一番のエンターテイナーの、取り巻きですから」

 

今更そんなもので心乱されたりはしない。一瞬だけ背後で見守ってくれている沢渡さんを見て、私も勝気な笑みを浮かべ、そう返した。

 

「……面白くないよ、‟私”。軽蔑しちゃうよ、他人の人生を奪っておいて、やってる事はそんな男の取り巻き? みっともない、情けない、くだらない。申し訳ないとは思わない? そんな軽薄そうな男に現を抜かして、自分だけが幸せになろうなんて」

 

明確な悪意の込められた言葉。その悉くが私に突き刺さる。

 

「そうですね。死人の私が必死に生にしがみ付くなんてみっともないです。そんな私が情けないです。自分勝手に幸せになろうなんて、申し訳なくて仕方がありません。でも、くだらなくなんてない。どれだけみっともなくても、情けなくても、それでもそうまでして抱いたこの想いは決してくだらなくなんて、ない」

 

けれど、どれだけ言葉の刃を私に突き立てようと、どれだけ私の心が傷つこうと、止まらない、倒れない。今の私を見守ってくれている人が居るから。支えてくれる人が居るから。

 

「そして何より、沢渡さんは軽薄な人なんかじゃない」

 

沢渡さんが、居るから。

 

「融合素材として墓地に送られたビーストとハウンドの効果発動! デッキからカードを一枚ドローし、さらに相手フィールドのモンスター一体の表示形式を変更する! クリフォート・アセンブラ一体を守備表示に変更!」

 

クリフォート・アセンブラ

攻撃力 2700 → 1000

 

「クリフォート・ディスクの効果で上がるのは攻撃力のみ。バトル! いくよ、ミドラーシュ! 守備表示に変更したクリフォート・アセンブラを攻撃! ミッシング・メモリー!」

 

竜を駆り、ミドラーシュはアセンブラへと肉薄する。竜は爪を突き立て、ミドラーシュは力強くその杖を振った。

ボロボロと風化したようにアセンブラが崩れ落ちていく。

 

「さらにモンスターをセットし、ターンエンド」

「破壊されたペンデュラムモンスターは墓地じゃなくエクストラデッキにいく――やれやれ、滑稽だよ。その彼にも、こんな遊びにも必死になって」

「素良さんも言ってましたね。あなたたちにとってデュエルは、エクシーズ次元への侵略は遊びだと、ハンティングゲームだと」

「……へえ、紫雲院素良を知ってるんだ?」

 

僅かに、初めて逢歌の感情が目に見えて揺れ動いた。

 

「知っていますよ。私にくもりん、なんてあだ名までつけてくれた、私の友人です」

「‟私”の友人、ねえ。あだ名なんて良く言うよ、それは‟私”のあだ名じゃないだろう? だって‟私”は自分の本当の名前も覚えてないじゃないか。自分があの病室であの子たちに何て呼ばれていたのか、それすらも覚えていない。自分の事なんてほとんど覚えてない、そうやって我が物顔で他人を騙って、結局‟私”は怖いだけなんだろう? この世界で誰でもない誰かになるのが。だから久守詠歌を騙ってるんだ。必死にしがみついて、久守詠歌に成り替わろうとしているんだ。醜いね。久守詠歌に依存して、沢渡シンゴに依存して、誰かに依存していなきゃ‟私”は立っていられないんだ。あの病室から抜け出したい、ずっとそう思っていたくせに、いざ抜け出したら頼る者を求める」

「良く回る口ですね」

「‟私”は口が回らないかい? 僕の言葉を否定する言葉が出て来ないかい? まあ当然だよね、全部事実なんだから」

「デュエルを進めたいだけですよ。……ただ、そうですね。あなたに調子に乗られるのも不愉快なので一つだけ否定しておきましょうか」

 

それは私が随分と前に悩み、苦しんだものだから。今、はっきりと言葉にしておこう。

 

「私のこの想いを、依存なんて言葉で片付けないで」

 

他人に何と言われようと、この気持ちはそんなもので片付けさせない。

この想いの答えなら、とっくに出ている。

 

「大切な人の傍に居たい、大切な人に喜んでもらいたい――好きな人をもっと好きになりたい……その気持ちは依存なんかじゃない」

 

沢渡さんには聞こえないように、逢歌にだけ聞こえるように小さく呟く。

この想いを告げるのはこんな状況ではなく、全部終わった後で、そう決めたから。

 

「さあ、あなたのターンです。アクションデュエルでは一分以上ターンを進行しなければ失格、そんな結末はあなたも嫌でしょう?」

「背中が痒くなりそうな話をありがとう。ま、彼への想いなんてどうでもいいさ……僕のターン、ドロー。僕はセッティング済みのクリフォート・ディスクとシェルのスケールでペンデュラム召喚を行う。さあ甦れ、クリフォート・アセンブラ!」

 

クリフォート・アセンブラ

レベル5 ペンデュラム

攻撃力 2400 → 2700

 

「まずはその人形から消えてもらおうかな。いい加減、人形遊びから卒業しなよ、‟私”! クリフォート・アセンブラでエルシャドール・ミドラーシュを攻撃!」

 

アセンブラの中心から、細い光が照射される。それに反応する事も出来ず、ミドラーシュの胸は貫かれた。

 

「ミドラーシュ……! ッ、ミドラーシュの効果発動! 彼女が墓地に送られた事で墓地の影依融合を手札に戻す!」

 

EIKA LP:3200

 

「次だ、もう一体のアセンブラでセットされたモンスターを攻撃!」

「セットモンスターはシャドール・ファルコン! ファルコンのリバース効果! 墓地のシャドールを裏側守備表示で特殊召喚する! 甦れ、ミドラーシュ!」

 

エルシャドール・ミドラーシュ(セット)

守備力 900

 

「ペンデュラムでもないのにしぶといなあ。でも本当に凄いねこの子たち、どうしてこれだけ強いカードを使っておいて、沢渡くんに勝てなかったのさ?」

「簡単な事です……沢渡さんが強くて、あの時の私は弱かった……ただ、それだけですッ」

「あの時? 違うでしょ? 今も、いいや、昔からずっと、の間違いだよ、‟私”。何にも変わってない、あの病室で一人カードを眺めていた時から、何もね」

「……知った風な口を叩くんですね」

「当然さ、僕にも同じ記憶があるからね、弱っちい女の子の記憶が。けど僕は違う、僕はアカデミアの逢歌、僕は、強い。だからこんな事も出来る、僕は永続魔法、次元の裂け目を発動」

 

……薄々、いやほとんど確信していたけれど、やっぱり彼女は――

 

「このカードが存在している限り、墓地へと送られるモンスターは全て墓地ではなく、ゲームから除外される。あはは、こうされると‟私”は困るよね? 沢渡くんとのデュエルと今ので大体分かったよ、シャドールたちはリバース効果ともう一つ、カード効果で墓地に送られた時に発動する効果を持っている、融合しながらさらにアドバンテージを得られるカードだ、だけど除外されたらその効果は使えない。そしてクリフォートたちの代わりに‟私”のデッキに入っているであろうもう一つの人形たちも、ね」

 

……既に私のデッキの弱点に気付いている。けれど、対抗策はある。

 

「私のターン! 手札からマドルチェ・ホーットケーキを召喚!」

 

マドルチェ・ホーットケーキ

レベル3

攻撃力 1500 → 1200

 

「ホーットケーキの効果発動! 墓地のシャドール・ファルコンを除外し、デッキからマドルチェ一体を特殊召喚する! おいで、マドルチェ・ピョコレート!」

 

マドルチェ・ピョコレート

レベル3

守備力 1500

 

「レベル3のホーットケーキとピョコレートでオーバーレイ! エクシーズ召喚! 現れろ、ランク3、虚空海竜リヴァイエール!」

 

二体の鳥たちが光となり、渦へと消えていく。そして現れる次元を揺蕩う海竜。

 

虚空海竜リヴァイエール

ランク3

攻撃力 1800 → 1500

ORU 2

 

「エクシーズ……アカデミアの僕の前で良くやるね?」

「リヴァイエールの効果発動! オーバーレイユニットを一つ使い、除外されているファルコンを特殊召喚する! 御伽の国の道標(ディメンション・コール)! オーバーレイユニットとなったカードはモンスターとしては扱わない、よってホーットケーキは除外されず、墓地へ!」

 

虚空海竜リヴァイエール

ORU 2 → 1

 

シャドール・ファルコン

レベル2 チューナー

守備力 1400

 

「手札から影依融合を発動! このカードは相手フィールドにエクストラデッキから特殊召喚されたモンスターが居る時、デッキのモンスターを素材とした融合召喚を行える! クリフォート・アセンブラはエクストラデッキからペンデュラム召喚されたモンスター! 私はデッキのシャドール・ヘッジホッグとエフェクト・ヴェーラ-を融合――人形を操る巨人よ、御伽の国に誘われた堕天使よ! 新たな道を見出し、宿命砕け! 融合召喚! おいで、エルシャドール・ネフィリム!」

 

エルシャドール・ネフィリム

レベル8

攻撃力 2800 → 2500

 

氷山を崩しながらネフィリムが降臨する。私の新たな道を見出す為に。

 

「ネフィリムの効果でデッキから影依の原核を墓地に送り、その効果で墓地の影依融合を再び手札に加える! そしてミドラーシュを反転召喚! ミドラーシュが表側表示になった事で、クリフォート・シェルのペンデュラム効果によりミドラーシュの攻撃力は300ポイントダウンする」

 

エルシャドール・ミドラーシュ

守備力 900 → 攻撃力 2200 → 1900

 

「……ミドラーシュ」

 

彼女の名を呼ぶ。今の私と同じ、偽りの名を。彼女は頷いた。たとえ偽りの名でも、今の私は詠歌で、彼女はミドラーシュだ。

けれどいつか本物に届くかもしれない、いつか偽りが真実になるかもしれない、そう信じて私たちは進むんだ。

 

「……カードとの絆って奴? 元は自分のカードでもないクセに」

「そうですね、ミドラーシュたちは譲り受けたわけでもなく、私が奪い取った子たちです。でも、それでも……! 彼女たちは私を許してくれた、私を信じてくれた、マドルチェたちと同じくらい大切なカードなんだ……! いくよ、ミドラーシュ! クリフォート・アセンブラに攻撃!」

「その大切なカードを自爆させるなんて、随分と薄情じゃないか、‟私”! 返り討ちだよ、クリフォート・アセンブラ!」

 

アセンブラの紫のクリスタルが明滅する。ミドラーシュを破壊しようと光と共に破壊の波が押し寄せて来るのが分かる。

 

「手札から速攻魔法、決闘融合―バトル・フュージョン―を発動! 融合モンスターがモンスターとバトルする時、自らの攻撃力に相手モンスターの攻撃力を加える! アセンブラの攻撃力は2700!」

 

エルシャドール・ミドラーシュ

攻撃力 1900 → 4600

 

ミドラーシュは竜の背を蹴り、自らの足で跳んだ。自らの力で飛翔する事の叶わないはずの彼女の体を、吹き荒れた風が運んでいく。

ミドラーシュの持つ杖に光が収束していく。暗い輝き放っていたはずのそれが、彼女の髪と同じ緑色の輝きを宿していく。

――吹き荒れる風の中で彼女の肩に見えた小鳥が幻影なのかは分からない。

 

「お願いミドラーシュ、打ち砕いて……! ミッシング・メモリー!」

 

私は祈りを捧げる、どうか彼女の手が、杖が、立ちはだかる機殻に届くようにと。

その祈りは、届いた。

 

「……まさか単なる力押しとはね、単純だけど僕の手札じゃどうにも出来ないや。次元の裂け目の効果で破壊されたアセンブラは除外される」

 

AIKA LP:2100

 

機殻のクリスタルは砕け、それに連動してアセンブラは崩壊し、風に流されていく。

降り立ったミドラーシュの肩に小鳥はいなかった。

 

エルシャドール・ミドラーシュ

攻撃力 4600 → 1900

 

「これで……! ネフィリムでアセンブラを攻撃!」

「おっと、バトルは終わりさ、アクションマジック、ブラインド・ブリザード! バトルフェイズを終了させる――これも便利なものだね、アクションカードか」

「っ、いつの間に……」

「‟私”の大切な人形が攻撃してくれた時に飛んできてね。質量を持ったこのフィールドならこういう事も起こるんだ。僕も気をつけないとね」

「……私はカードを一枚伏せてターンエンド」

 

決めきれなかった……でも、予想は出来ていた。逢歌が使っているのは未だに私から奪ったクリフォートたちだけ。彼女の使うカードの姿も見えないまま終わるなんて思っていない。

 

「僕のターン、ドロー……うーん、クリフォートたちに浮気したからカードに嫌われちゃったのかな」

 

言葉とは裏腹に逢歌は笑っている。

 

「僕は再びペンデュラム召喚、せっかく人形さんが倒してくれたのに無駄に終わっちゃったね、手札からクリフォート・アーカイブを召喚!」

 

クリフォート・アーカイブ

レベル4 ペンデュラム

攻撃力 1800

 

「特殊召喚されたアーカイブのレベルと攻撃力は下がった状態で召喚される――」

 

ペンデュラムモンスターであろうとも、次元の裂け目が発動している今、エクストラデッキには行かずに除外される……それは逢歌も理解している、それでも発動したのはシャドールたちを封じる為、だけなのだろうか。

 

「さて、クリフォートたちで攻撃……と言いたい所だけど、そのおっきな人形の効果は知ってるよ。特殊召喚されたモンスターじゃこっちが一方的にやられるだけだ――残念だったね、‟私”? もし沢渡くんとのデュエルで使ってなければ僕にはその効果を知る術はなかったのに。いやそれとも責めるべきは沢渡くんの方なのかな?」

 

私が彼女の真意を探る中、逢歌の言葉の刃の矛先が私から、沢渡さんへと変わった。

 

「ねえ沢渡くん、君は‟私”をデュエルで楽しませて、‟私”を湧かせてやる、なんて言ったけれど、その結果は知っての通りだ。君は楽しそうだったけれど、あのデュエルのせいで‟私”は勝機を失った。ああいや、それとも正気かな?」

 

楽しげに笑いながら、その刃を沢渡さんへと容赦なく放っていく。

……けれど私は、止めなかった。

沢渡さんを守りたい、その気持ちは今も変わらない。でも違う、私が沢渡さんを守るんじゃない、そして沢渡さんが私を守るわけでもない。

そして何より、私は信じている、知っている。沢渡さんは逢歌の言葉程度に惑わされるはずがないと。

 

「――はっ、その程度でお前に負けるようじゃランサーズになんてなれやしねえよ」

 

無言で私たちのデュエルを見守っていた沢渡さんが、口を開く。振り向く事はしない。ただこの背に、この耳に、その声が届けばそれで十分だ。

 

「それにわざわざこの俺が見ててやるんだ、そんな不意打ちみてえな勝ち方なんて許すわけねえだろ。この俺と一緒に戦いたいなら、お前程度の相手なら優雅かつ華麗な勝利を魅せてもらわなきゃな」

 

……やれやれ、本当に我が儘な人です。そんなハードルを上げるような事を言って……ますますやる気になっちゃうじゃありませんか。

 

「……やれやれ、本当にこんな男の何処がいいんだい? ああ、答えなくていいよ、興味ないし、聞きたくもないから」

「ええ、私もあなた相手に語るつもりはありませんよ。それに語るには時間が足りませんから」

「そういうのも聞きたくなかったな――ならやってみなよ、優雅かつ華麗な勝利って奴をさ! 僕はクリフォート・アセンブラとアーカイブをリリースし、アドバンス召喚!」

 

……アーカイブにはリリースされた時、発動する効果がある。

 

「おいで、クリフォート・アクセス!」

 

クリフォート・アクセス

レベル8 ペンデュラム

攻撃力 2800 → 3100

 

「アーカイブの効果発動! リリースされた時、モンスター一体を持ち主の手札に戻す! 選択するのはエルシャドール・ネフィリム。さようなら、人形さん!」

 

今の私に防ぐ手立てはない。

 

「……融合モンスターであるネフィリムは手札ではなくエクストラデッキに戻る」

 

ネフィリムが消えていく……けれど、彼女もまた私に繋いでくれた。

 

「さらにクリフォートをリリースしてアドバンス召喚されたアクセスの効果発動! 相手の墓地のモンスターの数が私より多い場合、その枚数×300、ライフを回復する。僕の墓地は0、‟私”の墓地にはモンスターが4枚、よって1200のライフを回復する」

 

AIKA LP:3300

 

「さらに回復した数値分、相手プレイヤーにダメージを与える! 振り回されて壊された人形たちと詠歌の恨みだと思いなよ、‟私”!」

 

EIKA LP:2000

 

「さて、これで邪魔な人形は消えた。これで終わり……にはして欲しくないけど――いくよ、バトル! クリフォート・アクセスで虚空海竜リヴァイエールを攻撃!」

「アクションマジック、奇跡! モンスターの破壊を無効にし、バトルダメージを半分にする!」

 

EIKA LP:1200

 

「……‟私”にもアクションカードが届いてた、ってわけ」

 

逢歌の言葉に頷く。ネフィリムが召喚され、氷山が崩れた時に私の下へと届いたアクションカード。無駄にはしない。

 

「いいよ、‟私”。これで終わったらつまらない……もっともっと苦しめてあげる……!」

「終わらせませんよ、終わるとしたらそれは、私の勝利でです……!」

「やってみなよ。――さて融合、エクシーズの次はシンクロかな? エフェクト・ヴェーラーもさっき使ってたもんね。でもどれだけ召喚方法を扱えた所で、それはメリットでもなんでもないよ? この世界は召喚方法によって次元が分かれているけれど、僕たちには関係ない。僕ももしアカデミアでなかったなら、‟私”のように全部の召喚方法も扱える。あの病室でお姉さんにみっちり教え込まれたもんね?」

 

シンクロを使う事も予想しているか。確かにファルコンが存在している今ならシンクロも選択肢にはある、でも今は使えない。

 

「ええ。そしてそれが、今の私に繋がっている」

「その繋がりも、僕が断ち切ってあげるよ。‟私”の未練と一緒に、終わらせてあげる」

「未練を断ち切るのにあなたの手は借りない」

「良く言うよ。断ち切る事なんて出来ない癖に。いつまでも抱いたまま、その体を借りて生き続ける。それが身勝手で醜い‟私”の願いなんだから――僕はターンエンド」

「私のターン……!」

 

ミドラーシュとネフィリムが繋いでくれたこのターン、無駄にするわけにはいかない。

 

「ドロー! ……ッ」

 

ドローしたのは魂写しの同化……影依融合が手札にある今、このカードを使うメリットはない。けれど次元の裂け目がある限り、シャドールたちは除外され、効果は発動できない……たとえシェキナーガを召喚しても、クリフォートたちが効果を発動するのは通常召喚またはリリースされた時……でも今は彼女を守備表示で召喚し、耐えるしかない……。

 

 

 

――昨日までの私なら、そうしただろう。

でも今は、信じたい。

私のデッキを、シャドールたちを、そしてマドルチェたちを。

この局面でこのカードを引かせてくれた、私のデッキを。

きっと意味があるはずなんだ。きっと何かがあるはずなんだ。

馬鹿な真似だとは分かっている。そんなプレイをしたら、あのお姉さんに怒られるであろう事も分かっている。

この大事なデュエルで、負けるわけにはいかないデュエルで、それでも私は……

 

 

――『君がこのプティングになんて名前をくれるのか、楽しみにしているよ』

――『どんな名前でも、お客さんが考えて下さっただけで!』

――『大事にしてあげてね。あたしとお姉ちゃんの思い出の証なんだからっ』

 

 

応えたい。信じたい。

皆の思いに。自分の力を。

 

「……逢歌」

「何? サレンダーしたいって言っても許してあげないよ? まあそんな真似は流石にしないだろうけどね」

「あの子の言葉、覚えていますか。マドルチェたちを受け取った時の、あの子のお願いを」

「……言ったはずだ、僕はアカデミアの逢歌。無様に生にしがみ付く‟私”とは違う。だから覚えているって表現は正しくない。知ってはいるけどね。えーと何だったかな。たしか――」

 

『「あたしとお姉ちゃん、お姉ちゃんと次の誰か、そうやってこの子たちを色々な人の思い出にして欲しいな」』

 

……そう。あの子はそう言っていた。

 

「その思い出を今、形にする。私がこの世界で繋いで来た思い出を、みんなと重ねて来た想いを! その証を此処で! ――私はシャドール・ファルコンをリリースし、アドバンス召喚! おいで、未来を担う次代の女王、マドルチェ・プディンセス!」

 

マドルチェ・プディンセス

レベル5

攻撃力 1000 → 700

 

プディンセスは優雅にスカートを翻しながら現れた。

 

「ッ――はっ、まさかこの状況でその子を呼び出すなんてね……感傷に浸るのは勝手だけど、愚かにも程があるよ! その感傷がどれだけの犠牲を払う事になるか分かってるのかい? ‟私”……!」

「犠牲なんて払わない。払わせない……! この子は私が受け取った、あの子の想いそのものなんだ! それを途切れさせるような真似はもう二度としない!」

 

手放さないと誓っておいて、私はこの子たちを手放した。そうやって何度も間違って、それでも私は繋ぐ!

 

「手札から装備魔法、魂写しの同化を発動し、ミドラーシュに装備!」

 

ミドラーシュの体が宙へと浮いていく。私とプディンセスを見下ろしながら、ミドラーシュが手を伸ばした。

 

「このカードはシャドール・モンスターにのみ装備でき、装備したモンスターの属性を宣言した属性に変更する! 私が宣言するのは――地属性!」

 

プディンセスが伸ばされたその手を掴んだ。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「詠歌」

『……』

「私は約束したんだ。あの子から受け取ったものを、あの子たちとの思い出を、次の誰かとの思い出にもするって」

『……』

「その誰かが、あなただったらいいって、私は思う」

『……』

「勝手にあなたの体に住み着いて、体やデッキまで奪って、あなたは私が嫌いだろうけど……それでも、あなたとも思い出を作りたいって、そう思ってます」

『……本当に自分勝手だね、あなたって。誰に似たの?』

「……憧れたんですよ。色々な人に。光津さんや刀堂さん、志島さん、柊さん、アユちゃん、山部に大伴に柿本……そして榊さんと、沢渡さんに。私がみんなと友達になれたように、榊さんと沢渡さんが見せてくれたあのデュエルのように、私とあなたも、きっと」

『死んだ人には何も出来ないよ』

「……そうですね。もしかしたら世界には死んだ人たちの言葉を聞いて、理解できる人が居るのかもしれない。死んでも何かを伝えられる人が居るのかもしれない……私にはそんな力はない。でも、私とあなたはこうして出会えてる。たとえこれが夢幻だったとしても、あなたと交わした言葉は、あなたの体で触れたものは、あなたの目で見たものは、全部本物だと思ってます。作り物になんてしたくない、嘘になんてしたくない……そう、思ってます」

『私はあなたが嫌い。大嫌い。あなたの言葉なんて全部嘘だと思ってる。信じたくなんてない……けど、このままカードにされるのは嫌だ』

 

詠歌の手を、私は掴んだ。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

――詠歌。あなたが私に反逆の女神の姿を見せてくれたように。私も見せてあげます。だから、見ていてください。

私のデュエルを……! 私とあなたの、思い出の証を!

 

「いくよ、ミドラーシュ、プディンセス!」

 

いくよ、詠歌、私。

私たちの魂の写し身とも言える二人の体が光へと変わる。

 

「また融合召喚、あの時の女神様か……けどそんなもの、僕が打ち砕いてあげる……!」

「私はレベル5のエルシャドール・ミドラーシュとマドルチェ・プディンセスで――オーバーレイ!」

 

他人である私たちは一つにはなれない。でもその力を重ねる事は出来る。想いを重ねる事は出来る……!

 

「二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築! ――人形たちと踊るお菓子の姫君よ、漆黒の衣装身に纏い、光で着飾れ、御伽の舞台の幕上げを! エクシーズ召喚!」

 

光を飲み込む闇の中で、光がはじけた。

 

 

「おいで――――マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モード!」

 

 

眩い光は二つの光球へと収束し、彼女の周囲を彩る。その光は夜を思わせるその大人びた黒衣に良く映えた。

 

マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モード

ランク5

攻撃力 2500

ORU 2

 




投稿当初には存在しなかったショコ・ア・ラ・モードですが、このカードのおかげで今回の話が出来ました。
現時点での主人公の集大成とも言える話です。


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『満たされぬ魂』

AIKA LP:3300

EIKA LP:1200

 

「おいで、マドルチェ・プディンセス――ショコ・ア・ラ・モード!」

 

マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モード

ランク5

攻撃力 2500 → 2200

ORU 2

 

白のドレス、白いティアラ、その全てを黒く染め、彼女は氷上に降り立った。

 

「……それが‟私”の答えなのかい」

「いいえ、違う。これは私の想い。答えを探す為の力、一緒に見つける為の姿。私はまだ見つけられてなんかいない」

「そんな迷いの中で生み出した力で、何が出来る? 僕が聞きたいのはそんな言葉じゃない……! もういい、迷っているならその迷い、僕が終わらせてあげる。迷う事も悩むこともない、今度こそ本当の終わりをあげる……!」

「あなたに終わらせたりなんかしない! 終わりの時は、私が自分で決める!」

 

いつか必ず来る終わり。私は既にそれを一度経験したはずだった。

それでも尚こうして立っている。ならせめて、今度の終わりは自分の意思で。後悔する事なんてないように、満ち足りた終わりを。

 

「罠カード、マドルチェ・マナー! このカードは墓地のマドルチェ一体をデッキへと戻し、プディンセスの攻撃力と守備力を800ポイントアップさせる! マドルチェ・ホーットケーキをデッキに戻す!」

 

マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モード

攻撃力 2200 → 3000

 

「それでもまだアクセスには届かない!」

「マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モードの効果発動! プディンセスをオーバーレイユニットとしたこのカードが存在し、マドルチェと名の付くカードが墓地からデッキへと戻った時、オーバーレイユニットを一つ使い、デッキからマドルチェ一体を特殊召喚する! おいで、マーマメイド!」

 

マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モード

ORU 2 → 1

 

マドルチェ・マーマメイド

レベル4

攻撃力 800 → 500

 

「ッ――また、マドルチェ……!」

「さらにマドルチェ・マナーのもう一つの効果により、墓地からシャドール・ビーストをデッキへと戻す!」

 

見せてあげます、私たちの舞台を。

 

「マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モードのもう一つの効果! 一ターンに一度、墓地のマドルチェと名の付くカードを一枚、デッキへと戻す! マドルチェ・マナーをデッキへと戻し、残るオーバーレイユニットを一つ使い、効果発動! おいで、バトラスク!」

 

マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モード

ORU 1 → 0

 

マドルチェ・バトラスク

レベル4

攻撃力 1500 → 1200

 

「レベル4のマドルチェが二体……!」

 

プディンセスの背後に、彼女を見守るように控える二人の従者。その二人もまた、光へと姿を変えた。

 

「レベル4のマーマメイドとバトラスクでオーバーレイ! エクシーズ召喚! 舞台を彩れ、お菓子の女王! クイーンマドルチェ・ティアラミス!」

 

クイーンマドルチェ・ティアラミス

ランク4

攻撃力 2200 → 1900

ORU 2

 

氷上に揃う、お菓子の女王と姫。これが今の私の全力。これが今まで紡いで来た思い出たち。

 

「ティアラミスの効果発動! オーバーレイユニットを一つ使い、墓地のマドルチェと名の付くカード2枚までデッキに戻し、さらに相手フィールドのカードを同じ数持ち主のデッキに戻す! 私はオーバーレイユニットとして墓地に送られたプディンセスとマーマメイドをデッキへ戻す。そして逢歌、あなたのフィールドのクリフォート・アクセスとペンデュラムゾーンのクリフォート・シェルをデッキへと戻す!」

 

クイーンマドルチェ・ティアラミス

ORU 2 → 1

 

「くッ……!」

「クリフォート・シェルがペンデュラムゾーンから離れた事により、私の場のモンスターの攻撃力は元に戻る!」

 

マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モード

攻撃力 3000 → 3300

 

クイーンマドルチェ・ティアラミス

攻撃力 1900 → 2200

 

虚空海竜リヴァイエール

攻撃力 1500 → 1800

 

「攻撃力、3300……!」

「逢歌、あなたも同じです。迷いながらでも答えを探す、その力を私たちは受け取ったはずだ!」

「ッ、知らない! 僕は逢歌、アカデミアの逢歌だ!」

「ならッ! ならなんで‟私”と呼ぶのッ? あなたが本当にアカデミアなら、どうして私を自分と重ねるの!」

「それは――」

「あなたは逃げているだけだ! 逢歌の体を奪い、二度目の生を受けてしまった、その罪悪感から! 私と同じ罪から!」

「ッ――!」

 

たとえ同じ記憶を持っていても、本当に彼女がアカデミアの人間なら、私と自分自身を重ねたりはしない。

それをしたのは私と同じように心があるからだ、詠歌と私のように、逢歌と彼女にも。

 

「たとえ体を奪い、名前を借りても私たちは他の誰かになんかなれはしない! それでも進むんだ! 私たちが私たちである限り、あの子との約束を嘘にしない為に!」

「うるさい……うるさいうるさいうるさい! ‟君”に何が分かる! 僕は君とは違う! 君なんかとは全然違う! 君はッ、‟私”なんかじゃない!」

「ええ、そうです! 私は私! 詠歌とも、あなたとも違う! たとえどれだけ姿形が同じでもっ、たとえ同じ記憶を持っていても、私たちは同じじゃない! あなたに何があったのかは知らない、どうしてこんな事になったのかも分からない! それでも! 私はあなたとも思い出を作りたい! この世界で、あの子たちを知る人と出会えた幸運に感謝してる!」

 

逢歌。あなたの存在が、私を肯定してくれた。あの子たちとの思い出を知る人が居て、あのプディングに込めた想いを知るあなたが居て、私は救われた。だから信じて進んでいける。あの子との約束を果たしていける……!

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「たとえ体を奪い、名前を借りても私たちは他の誰かになんかなれはしない! それでも進むんだ! 私たちが私たちである限り、あの子との約束を嘘にしない為に!」

 

詠歌と逢歌。その姿を借りた二人の少女たち。

その戦いを一人、彼は見守る。

 

「久守……」

 

以前、彼女の部屋で聞いた彼女の嘆き。

今、彼女がそれに一つの答えを見つけようとしている。

 

「うるさい……うるさいうるさいうるさいッ! ‟君”に何が分かる! 僕は君とは違うッ、君なんかとは全然違う! 君は――‟私”なんかじゃない!」

 

沢渡には彼女たちが苦しんでいる理由は理解できない。だからこそ歯痒い思いをした。だから悔しい思いをした。それは今も変わらない。

だが、彼もまた約束したのだ。

彼女の戦いを見届ける、と。

 

「俺が見てるんだ。勝ちやがれ……!」

 

デュエルにだけではない。自分自身を責め続けるジレンマに。

 

「ええ、そうです! 私は私! 詠歌とも、あなたとも違う! たとえどれだけ姿形が同じでもっ、たとえ同じ記憶を持っていても、同じ約束を交わしていても! 私たちは同じじゃない! あなたに何があったのかは知らない、どうしてこんな事になったのかも分からない! それでも! 私はあなたとも思い出を作りたい! この世界で、あの子たちを知る人と出会えた奇跡に感謝してる!」

「僕との思い出……? 有り得ないッ、君と僕の間にあるのは深い失望と怒りだけだ! どうしてこんなにも違う! どうしてそんな風に、自分勝手に生きていけるッ、君は!」

 

そして何より、彼女と同じ苦しみを抱いている逢歌に。

 

「勝て、久守……!」

 

「勝手に期待して、勝手に失望して、自分勝手なのはあなたも同じだ! 言葉にしなきゃ分からない! 抱えるのは勝手だ! けどそれを理由に他人を傷つけるな! 一人で抱え続ける強さなんてないんだったら!」

「強さならあるさ! 他人に縋り続ける君なんかより! それはこのデュエルで負けても何も変わらない! 僕はっ、アカデミアの逢歌だ! ――さあ、攻撃して来なよ! そして思い知ればいいッ、たとえ僕を倒しても君は何も出来ない! こんな遊びに何の意味もないって事を!」

「意味ならある……! それを今、証明してあげます! いくよ、プディンセス!」

 

以前、自分とのデュエルで見た時とは装いを変えたお菓子の姫が頷く。

ただデュエルの決着を着ける為だけではない。その先に在る何かを掴む為に。

 

「マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モードで攻撃――」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

証明してみせる。逢歌が何を抱えているのかは分からない。けれど同じだ、かつての私と。一人で勝手に抱え、最後にはそれを暴走させた私と。

だから分かる事がある。一度振り上げた拳は振り下ろすしかない。なら、思いっきり振り下ろせばいい。私にはその拳を受け止めてくれた人が居た。私を立ち上がらせてくれた人が居た。

今度は私が受け止める番だ。今度は私が、支えてあげる番だ。

 

「――鳴り響け!」

 

私にも、逢歌にも、一人で生きていく強さなんてない。ううん、きっと誰にもそんな強さなんてない。

だから縋って生きていくんだ。だから支え合って生きていくんだ。

友情、愛情、絆、呼び方は様々だけど――それは決して、弱さとは呼ばないはずだ。

 

「人形たちの組曲! スイーツ・アンサンブル!」

 

プディンセスはまるで指揮者のようにその指を振り上げた。それに呼応し、人形たちが踊る。歌う。響かせる。私たちの想いを届ける為に。

 

「――っは、あはははははは!」

 

私を嘲るように笑い声を上げる逢歌を包み込むように、人形たちは彼女へと手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

――けれど、その手は逢歌へは届かない。

 

「――!?」

 

それに驚愕したのは私ではなく、逢歌の方だった。

 

「……なんで……!」

 

笑みが消える。怒りと嘆きを孕んだ叫び。

 

「なんで……! なんでお前が出て来る!?」

 

私にはそれが、今にも泣きだしそうな、子供の声に聞こえた。

 

「違う……! 僕は違うっ、僕は、僕は!」

 

人形たちの手を遮る巨大な光の渦。そして其処から‟浮上”する――

 

「僕はッ――満たされぬ魂なんかじゃない!」

 

――S・H・Ark Knight(満たされぬ魂を運ぶ方舟)

 

「これが証明です、逢歌」

「ッ――!」

「負ければ何かが変わってしまう。それが嫌で、認めたくなくて、だから……」

 

ゆっくりと私たちの上空へと浮上した方舟を見上げ、言う。

 

『『ERROR』』

 

私と逢歌、二つのデュエルディスクが異常を起こし、デュエルが強制的に中断される。

 

「決着を着けましょう、逢歌」

 

私たちに相応しい方法で。

 

「一体何を……ッ!?」

 

私を睨む逢歌の体が光の粒子となって方舟へと昇って行く。

それを追うように私も一歩、方舟へと近づいた。

 

「おい、久守!」

 

それを沢渡さんが呼び止める。

 

「すいません沢渡さん、少し、行ってきます」

「行くって何処にだよ!? 何なんだ、それ!?」

 

リアルソリッドビジョンシステムで形成されたアクションフィールドの中でさえ、異常な存在感を放つ方舟を指さし、沢渡さんが言う。

 

「心配しないでください! 必ず戻ってきます! ――逢歌を連れて!」

 

逢歌と一緒に彼女が封印されたカードまで連れて行かれては困りますからね。

それにきっと、あそこには答えがあるはずなんだ。

 

「信じてください!」

「……」

「沢渡さんは他の人たちをお願いします! 多分、あそこに行けるのは私だけですから」

 

沢渡さんにはきっと、その資格がない。そしてこれからもその資格を得る事はない。きっと沢渡さんの未来は光に溢れているはずだから。

 

「だから、行ってきます!」

 

沢渡さんに一礼して、私はもう一歩を踏み込んだ。

体が光の粒子へとなっていく。恐怖はない。あるのはただ、彼女たちを連れ戻すという変わらない気持ちだけ。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「久守……!」

 

光となって方舟の中へと消えた少女の名を呼ぶ。けれど返事はない。そしてやがて、方舟も霧散するように消えた。

 

「……何がどうなってんだ……」

 

一人残された沢渡は呆然と立ち尽くすしかない。途方に暮れる沢渡の耳に、足音が聞こえた。

 

「――ねえ! 此処で何かあったのかい!?」

「ああ……?」

 

混乱したまま振り向くと、そこには二人の少年が立っていた。

 

「あれ? 君は確か、遊矢くんと一回戦で戦った……」

「沢渡とか何とか言う奴やないか。なんで負けた奴が此処におんねやっ?」

「……何だ、お前ら?」

 

何処かで見たような、しかし記憶には残っていない顔ぶれ。

 

「僕は茂古田未知夫、このバトルロイヤルの参加者だよ」

「……わいは大漁旗鉄平」

 

微笑みながら名乗る茂古田と、対照的に仏頂面で名乗る大漁旗。

その名を聞いて、ようやく彼らが大会参加者である事に気付く。

 

「今、アカデミアとかいう侵略者がこの会場に侵入してる。遊矢くんに話を聞いて、僕たちは柊柚子って子を探してるんだ」

「わいは別にそんなつもりはあらへんのに……」

「チッ、柊柚子なら此処には居ねえぜ。どっかに消えちまった」

 

苛立ちながらも沢渡が答えた。

 

「消えたっ?」

「なんやお前、それを黙って見てたんか?」

「事情も知らねえ奴は黙ってろ! ……とにかく此処に柚子は居ねえ。他を探すんだな。榊遊矢たちもそれを知って今はアカデミアの連中を探してる。アカデミアはまだ四人残ってるからな」

「後四人……」

「ちょお待てや! 何でそんな事を参加者でもない奴が知ってんのや? 実はお前もアカデミアとかいう連中の変装なんじゃないんか?」

「俺は赤馬零児の頼みを聞いてやって来てんだよ」

「赤馬零児の……? それじゃああの久守って子も……」

 

顎に手を当て、思案しながら茂古田が呟く。

 

「お前、久守を見たのか!? 何時、何処で!」

 

その名に反応し、沢渡は掴みかかるように問い詰めた。

 

「お、落ちついて! 僕が彼女と会ったのは大会が始まってすぐの頃だよ! 密林エリアでたまたま会って、それっきりだ!」

「クソ……!」

「君はあの子の知り合いなんだね? 彼女に何かあったのかい……?」

「……分からねえ」

 

絞り出すように沢渡は言う。未だに彼女の身に何が起きたのか、理解は出来ない。

 

「……とにかく他の人たちを探そうッ。アカデミアが何処に潜んでいるのか分からない以上、他の参加者にも伝えなきゃいけないし、柊さんや久守さんも探さないと!」

「だからなんでわいまで……」

 

茂古田の言葉に沢渡は沈黙する。

 

――『沢渡さんは他の人たちをお願いします!』

 

答えは決まっていた。

 

「……はっ、そんな面倒くせえ事やってられるかよ」

「ほらぁ! こいつもそう言ってるし、な?」

「残りのアカデミアをぶっ潰しゃ済む話じゃねえか!」

「そうそう残りのアカデミアをぶっ潰――ってなんでやねん!?」

「沢渡くん……うん、そうだね!」

 

茂古田は微笑み、力強く頷いた。

 

「さっさと行くぞ」

「うん!」

「おい、お前」

「へ? わい?」

 

一人ぶつぶつと呟いていた大漁旗を呼び、沢渡は自身の背後を指した。

 

「そこで寝てる奴を連れて来い」

 

即ち方中ミエルを。

 

「その子は?」

「良く分からねえがただ気絶してるだけだ。放っておくわけにもいかねえだろ」

「そうだね……鉄平くん、お願い出来る?」

「な、なんでわいが……」

 

がくりと肩を落としながら、渋々と言った様子で大漁旗はミエルを背負った。

このまま駄々を捏ねて一人置いて行かれるのも不安だからだろう。

 

「おら行くぞ! このLDS最強の男、沢渡シンゴが全部さくっと終わらせてやるよ」

「初戦敗退の癖に偉そうに……」

「何か言ったか!?」

「まあまあ……さ、行こう」

 

茂古田がいがみ合う二人を宥めながら、彼らは氷山エリアを跡にした。

 

「……」

 

その直前、沢渡は一度だけ背後を振り返る。少女が消えた場所を、方舟が浮かんでいた空を。

 

「……待ってるからさっさと戻って来い」

 

次の一歩にもう、迷いはなかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

――奇妙な浮遊感が終わる。静かに目を開く。

 

「此処は……」

 

目の前に広がっていたのは、見覚えのある景色だった。

白い天井に白い壁、白いベッド、そして鼻を刺す消毒液の独特な臭い。

忘れるはずのない、私の終わりに見た景色だった。

 

「……」

 

僅かに、心臓が嫌な高鳴りをする。

一度大きく息を吐き、それを抑えた。

そうする事で見えて来る。私の記憶とは違うものが。

 

「……」

 

私が使っていたベッド、その隣のベッドに腰掛ける少女の姿が。

 

「逢歌」

 

その背にそう声を掛ける。彼女は振り向かない。近づき、私が使っていたベッドへと腰掛ける。

 

「決着を着けましょう」

「そうだね……此処ならさっきみたいな事は起きない。何せ方舟の中だからね……逃げ場は、ない」

 

此方を振り向く事なく、彼女は口を開く。

彼女の言葉に呼応するように、その腕に光が集い、デュエルディスクが現れた。

 

「いいえ」

 

それを否定する。私たちに相応しい決着はデュエルじゃない。

 

「デュエルは遊び、そう言いましたね。あなたの言う通り、私たちにとってデュエルは遊びでした。大切な友達から教わった、大切な遊び。争いの道具でも、自分の意思を押し付ける為のものでもない」

 

だから、私たちの決着には相応しくない。

 

「……一つ、おはなしをしようか」

 

デュエルディスクが霧散して消える。

そう、私たちがするべきなのはデュエルじゃない。

――言葉を交わす事だ。

 

「昔、一人ぼっちの女の子がこの病室で生涯を終えた。それまで四人の同室の患者たちを看取った少女だけれど、彼女を看取る者は誰も居なかった」

「……」

 

ただ黙って彼女のおはなしに耳を傾ける。

 

「今際の際で少女の脳裏に過ぎるのはこの病室での思い出。小さい女の子、優しげなお兄さん、少し怖いお姉さん、朗らかなおじいさん、彼女たちとの思い出。彼女たちと遊んだ思い出。それを思い出しながら少女は永遠の眠りにつきました……おしまい」

「……でもそのおはなしには続きがあります。満たされる事なく眠りについた少女の魂は、方舟に乗って世界を渡った」

「続きなんてないよ」

 

そこで彼女が振り向く。髪に隠れ、その表情は窺えない。

 

「……続きなんて、あっちゃいけない。これで物語は終わり。誰の記憶からも薄れ、やがて完全に消えていく。それが結末であるべきなんだ」

 

髪の間から僅かに覗いた彼女の瞳は、酷く疲れているように見えた。

 

「……でも、私たちの物語は続いている」

「……終わっているはずだった。終わるべきだった。終わらなきゃおかしいんだよ」

 

暗い、昏い声。

 

「僕たちは一人ぼっちでこの病室で終わりを迎えた。でもそこに至るまでには色々な出来事があった。遊んで笑い、話して笑い、見て笑い……そんな笑顔になれるような出来事が。幸せな記憶が。それなのに満たされなかった……? ふざけるな……そんな勝手があっていいはずがない。僕は幸せだった。みんなと出会えた事に感謝している。満足していた。いいや、満足していなかったとしても、それは他のみんなも同じはずだ。僕一人だけが続きを望んで、それが叶えられていいはずがない」

「……そうですね」

 

決して不幸なだけの人生ではなかった。私は笑っていた。楽しい思い出も、幸せな思い出も、たくさんあった。

 

「他人の体を奪い、生きながらえるなんて耐えられない。そこで終わっていれば良かった……! 続かなくて良かった……! たとえ終わっても、次の新しい始まりがあればそれで良かったはずなんだ……!」

 

……そうですね。魂という概念があるならば、きっと終わりを迎えた魂は新たな始まりを迎える。新しい自分に宿り、新しい人生を歩むはずだ。

一人一人、誰もが物語の続きを願い、でも決して叶わずに新しい物語を始めていく。それが当然の摂理で、当たり前の原理だ。

その当たり前から外れてしまった理由、方舟に運ばれた理由。私が詠歌に、彼女が逢歌に宿ってしまった理由。

 

「……彼女たちもまた、願ったから。何故私なのかは分からない、何故あなたなのかは分からない。でも、私たちは同じ願いで繋がった……私と詠歌、あなたと逢歌――‟二つ”の満たされぬ魂を繋ぐ為、方舟は動いた」

 

……多分、それが理由。

誰もが願う中、私たちだけが運ばれた理由。

二つの満たされぬ魂が、方舟を動かした。

 

「そうだね……僕も愚かにも続きを求めた。終わりたくない、そう願った。だからこうして方舟がまた現れた……君はまだ見ていないんだね。この体の持ち主の記憶を」

 

彼女は自嘲の笑みを浮かべる。

 

「ええ。詠歌はまだ何も話してくれませんから」

「……僕は見たよ。逢歌の記憶を。彼女の絶望を」

 

そうして彼女は語り始めた。先程のおはなしよりも悲痛そうに、苦しそうに、今にも泣きだしそうに。

 

「アカデミア。そう呼ばれている場所に逢歌は所属していた。そこで教育され、逢歌は熱心に学んだよ。全ては誇り高き戦士になる為、自分たちの世界の為、自分も戦士として戦いたい、そう願って。……でも逢歌の願いは叶わなかった。どれだけ努力しても報われず、それでもめげずに頑張っても報われず……だけど僕には分かる、逢歌はただ運がなかっただけなんだ。きっといつか報われるはずだったんだ……それなのに、奴らは逢歌からそのいつかすらも奪った……!」

 

唇を噛み締め、拳を握り締め、彼女は続けた。

 

「無能な教師たちにクズと罵られ、無能な同級生たちに落ちこぼれと嘲られ、貶められ……逢歌は奴らに‟殺された”」

「……」

「直接手を下したわけじゃない、でも逢歌にそうさせたのは間違いなく奴らだ。逢歌を孤独と無力感で押し潰したのは奴らだ。……優しい人たちに囲まれていた僕なんかよりもずっと、逢歌は……!」

 

溢れ出る感情に耐え切れず、彼女はベッドに拳を打ち付けた。

 

「……そんな彼女の無念が、決して満たされる事のない魂の嘆きが、僕を呼んだ。僕と逢歌の二人の願いが方舟を動かした」

 

……詠歌、あなたもそうなんですか?

あなたもそんな孤独と無力感に押し潰されてしまったんですか?

 

――『何にも知らない癖に』

 

……その通りだ。私は何も知らなかった。さっきのデュエルまで、そんな事思いもしなかった。私なんかよりも強い、そう信じて疑わなかった。

でも……

 

「逢歌の想いを知った僕はずっと機会を待っていた。そしてその機会はやって来た。……紫雲院素良、逢歌とは正反対の、最優秀とまで言われた生徒の敗走と、それを知ったセレナお嬢様の暴走……チャンスだと思った。もし紫雲院素良が敗れたエクシーズの残党を倒せば、逢歌は認められる。それだけじゃない、紫雲院素良を倒すチャンスだとも。君を見て何の反応も示さなかったって事は、彼にとって逢歌は顔も覚えていない、眼中にもない生徒だったんだろう。そんな生徒が彼を倒せばエクシーズを見下している連中も逢歌を認めるはずだって……もっとも彼とは会えなかったけどね」

 

でも、とそこで彼女は言葉を切り、私を見た。

 

「……代わりに君を見つけた。驚いたよ、逢歌そっくりの君を追って入ったケーキ屋で、あのプティングを見た時は。君も僕と同じなんだって」

「……」

「それと同時にあのお姉さんの話を聞いて酷い怒りと苛立ちを覚えた。君と詠歌が僕と逢歌のように方舟で繋がったのなら、なんで君はのうのうと生きているのか」

「……だから、私を追い込むような真似をしたんですか」

「そうだね……でもそれ以上に知りたかった。どうして逢歌は僕から体を取り戻そうとしないのか、その理由を。僕は逢歌が望めばすぐにでもこの体を返して消えるのに……どうして僕に逢歌は何も言わないんだろう、って」

 

……それは、詠歌とは真逆だ。彼女は私から体を取り戻そうとしている。何度も私は詠歌に体を奪い返されている。

 

「僕と逢歌、君と詠歌、二人が一緒に生きていける方法なんてない。どちらか片方が消えるしかない。そして消えるべきなのは僕らの方だ。続くべきなのは彼女たちの方だ。そうだろう? 僕たちには幸せな記憶がある。あの子たちと出会えた幸福がある。でも逢歌には……ないんだ」

「……」

 

……それはきっと詠歌も同じなんだ。

両親を亡くした彼女を知る人間は誰も私の前に現れなかった。

孤独だったはずだ、私なんかよりもずっと辛かったはずだ。

 

「……ねえ、教えて。どうして逢歌は僕に何も言ってくれない? どうして詠歌は生きようとしているのに、逢歌は……君と僕で一体何が違うの……?」

 

逢歌の縋るような言葉にああ、と理解した。

私の生きたいという身勝手な願いは、決して無駄じゃなかった。

それを抱いたからこそ、詠歌は……。

 

「なら見つけに行きましょう」

 

――私の答えは出た。

 

「今度はあなたの探し求めるものを」

 

探し求めていたものに、ようやく出会えた。

 

「きっと今のあなたなら見つけられる」

 

アカデミアの逢歌という仮面を脱ぎ捨てた、今のあなたなら。

 

「きっと今なら、逢歌に希望を見せてあげられる」

 

私が詠歌に見せたように。

 

「……簡単に言ってくれるね」

「最初に答えを出した、勝者の特権って奴ですよ」

 

――こうして、私たちの戦いに決着が着いた。

 

ベッドから降り、彼女の前に回る。

 

「さあ行きましょう。今の私たちが居るべきなのは、この病室じゃない」

 

私は彼女に手を差し出した。沢渡さんが私にそうしてくれたように。

 

「……」

 

しかし、その手は払われる。

 

「……此処から出るのに、君の手は借りないよ。……この足で出ていくさ。今の僕には、自由に動く手足があるんだから」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

RCM(ロイヤル・クックメイト)の効果発動! 相手フィールド上にモンスターが召喚、特殊召喚された時、RCMを手札に戻す事で一体につき一体のモンスターを破壊できる!」

「ほなこの効果も上乗せや! 伝説のフィッシャーマン三世は除外したカードを全て相手墓地に送る事で相手プレイヤーに与えるダメージを二倍に出来る!」

「モンスターパイ・トークンは破壊された時、相手プレイヤーに1000ポイントのダメージを与える! つまりッ」

「ダメージは二倍、2000ポイントずつや!」

 

「ぐぁああああ!?」

 

OBERISK FORCE1 LP:2000

OBERISK FORCE2 LP:2000

OBERISK FORCE3 LP:2000

 

「はっ、ちったぁやるじゃねえかッ」

 

火山エリア。そこで繰り広げられる9人でのバトルロイヤル。

月影、セレナ、黒咲、乱入した茂古田、大漁旗、沢渡。それに相対する三人のオベリスクフォースたち。

乱入ペナルティによりライフの半分を削られながら、茂古田と大漁旗のコンビネーションにより、オベリスクフォースたちのライフを自分たちと同じにまで削り切った。

 

「僕たち、最高のコンビだねッ?」

「当たり前やがな、相棒ッ」

 

茂古田を利用し、苦も無くこのバトルロイヤルを突破しようとしていた大漁旗だが、彼にもデュエリストとしての誇りが残っていた。

人をカードにする、そんな非道を許せないという思いが。一人では立ち向かえなかっただろう、だが今は、バトルロイヤルで出会えた最高の相棒が隣に居る。

茂古田との出会いが、彼に失いかけていたデュエリストのプライドを取り戻させていた。

 

「――くっくく……!」

 

しかし、非情な現実というものは何処にでも転がっている。

 

「その最高のコンビとやらで自ら最低の終わりを導いたな」

「何!?」

 

不吉なオベリスクフォースの言葉に、二人は身構える。

 

「俺は伏せカードを全てオープン! 永続罠、古代の機械蘇生、古代の機械閃光弾、そして古代の機械増幅器を発動!」

 

発動される三枚の永続罠、それは即ち、オベリスクフォースの言う最低の終わりへの引き金だった。

 

「古代の機械蘇生の効果で攻撃力を200ポイントアップさせて古代の機械参頭猟犬を復活させる!」

 

古代の機械参頭猟犬

レベル7

攻撃力 1800 → 2000

 

「そして古代の機械閃光弾の効果で攻撃力の半分のダメージを与えるが、古代の機械増幅器の効果で効果ダメージを二倍にする! 2000ポイントのダメージを喰らえ!」

 

ペナルティにより乱入した三人のライフは2000、このダメージが通れば……

 

「これで終わりだ、乱入野郎共! アンティーク・リヴァイヴ・ハウリング!」

「ッ……!」

 

機械仕掛けの三つ首の猟犬の叫びが共鳴し、破壊の音となって茂古田へと迫る。

もう彼らにそれを防ぐ手はなかった――ただ一人を除いて。

 

「――アクションマジック、フレイム・ガード! 効果ダメージを無効にする!」

 

そう、ただ一人。

 

「勝手に終わらせてんじゃねえよ! 此処に居るのを誰だと思ってやがるんだ?」

 

沢渡シンゴを除いて。

 

「この俺がLDS最強の男だって事を証明してやるぜ!」

 

――僅かに、運命の歯車は狂い始めていた。

 




次回でバトルロイヤル編は終了です。逢歌の扱いも次回。

アニメとの差異
・沢渡さん乱入のタイミングがみっちーと釣り野郎と同じに
・それによりみっちー生存(釣り野郎のカード化フラグは健在)
・みっちーを助けた事により月影にカード化フラグ


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ランサーズ+2

バトルロイヤル終了


LDS デュエル管制室。

モニターに映し出された映像に、部屋は騒然としていた。

 

「なんだ……あれは……!?」

 

カメラが回復し、柊柚子とシンクロ次元のデュエリストが姿を消してすぐ、久守詠歌、沢渡シンゴ、逢歌は邂逅した。それを追うように榊遊矢たち参加者が集った――そこまでは想定の範囲内だった。

その後、詠歌と逢歌のデュエルの最中、それは現れた。

 

「召喚エネルギー、最大レベル!」

「一体どちらのデュエルディスクからだ?」

「これは……アカデミア、逢歌の方からです!」

 

零児の問いに答えた管制官だったが、報告した彼女を含む全員が信じられないといった表情を浮かべていた。

 

「馬鹿な!? どうして融合次元のデュエリストがこれほどまでのエクシーズの召喚反応を!?」

 

デュエルの勝敗が決しようとした瞬間に光の渦から浮上した方舟――S・H・Ark Knight(サイレント・オナーズ・アークナイト)

その力の巨大さからか、再び監視カメラからの映像が一瞬途切れた。

 

「――!? 消えた……?」

 

僅か数秒の遮断、しかしカメラが回復した時、其処にはもう逢歌の姿はなかった。

 

「なっ……!」

 

そして今度はカメラの目の前で、久守詠歌が光となって方舟に吸い込まれるように消え、方舟もまた消えた。

俄かには信じられない光景に、管制室は沈黙に包まれる。

 

「全てのカメラを探しても、二人の姿はありません……」

「馬鹿な……」

 

もう一度、中島は同じ台詞を口にした。

 

「……社長」

「……彼女たちの事は後だ。残る融合次元の追手は?」

「現在、風魔忍者日影と紫雲院素良が、黒咲、セレナ、月影が残る三人と交戦中です。榊遊矢、権現坂昇もすぐ傍に。さらに沢渡シンゴ、茂古田未知夫、大漁旗鉄平もこのまま進めば火山エリアに到達します」

「バトルロイヤル終了まで残り僅か……」

 

バトルロイヤルが始まって初めて、零児はその腰を上げた。

 

「彼らのデュエルの監視を続けろ。それと同時に久守詠歌と逢歌の捜索も行うんだ」

「了解しました!」

「社長、どちらへ?」

「万が一に備え火山エリアに向かう。そしてバトルロイヤルが終了し、参加者たちが戻り次第、予定通り全世界に向けてランサーズの結成を宣言する」

「……分かりました。お気をつけて」

 

万が一、とは言ったが零児は確信していた。自分が出るまでもなく、彼らはアカデミアの追手を倒すだろう、と。

それでも彼が向かうのは――

 

(……榊遊矢の力をこの目で確かめなくてはならない)

 

自らの予想を超えた、ペンデュラムエクシーズを会得した榊遊矢の力を確かめる為、

 

(そして久守詠歌たちの所在も……)

 

何処かへ消えた二人の姿、カメラの死角に入り込んでいるだけの可能性もある、勿論あの超常的な現象を見て、その可能性が低い事は承知している。

 

(久守詠歌それに逢歌……彼女たちは一体何者だ?)

 

デュエルの最中に交わされた二人の会話、そのどれもが理解できない、不可思議なものだった。彼女たちは自分の知らない何かを知っている、何かを背負って戦っている。ランサーズを束ねる者として、無視できるものではなかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

OBERISK FORCE1 LP:2000

OBERISK FORCE2 LP:2000

OBERISK FORCE3 LP:2000

 

 

「ちっ、それがアクションカードか……」

「はっ、残念だったなあ? この俺を敵に回した事を後悔しやがれ!」

「ありがとう、沢渡くん、助かったよ……」

「なんややるやんけ、お前……!」

 

永続罠によるコンボを沢渡がアクションマジックによって防ぎ、茂古田は危機を脱した。

その事に安堵し、三人は再び勝機を見出した。だが、

 

「油断するな! まだ終わってはいない!」

 

融合次元のデュエリストであるセレナ、風魔忍者である月影、そしてレジスタンスとして戦い抜いて来た黒咲たちは未だ安堵も油断もしていなかった。

そしてセレナの言葉の通り、まだ悪夢は終わらない。

 

「その通りだ! まだ俺たちのコンボは終わっていない! 二枚の永続罠、古代の機械蘇生、古代の機械増幅器を発動!」

「んなっ!?」

「そして既に発動中の古代の機械閃光弾の効果を合わせ、もう一度2000のダメージを喰らわせてやる!」

「もうアクションカードとやらも打ち止めだろう! 今度こそ終わりだ!」

 

オベリスクフォースの言う通り、手札に加えられるアクションカードは一枚のみ、それを使った今、沢渡の手にアクションカードはなく、そしてもう付近にもアクションカードはない。

 

「目障りなお前からだ……! 喰らえ、アンティーク・リヴァイヴ・ハウリング!」

「俺ぇ!?」

 

標的となったのは沢渡、再び三つ首の猟犬から破壊の音が発せられた。

 

「沢渡くんッ!」

「あ、アクションカード! どっかにアクションカードはないんか!?」

 

迫り来る光を前に、三人はどうする事も出来ない。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

意識が戻る。目を開けば其処に広がっていたのはあの病室ではなく、この世界にやって来てから私が過ごした、あの部屋だった。

これは現実ではないとすぐに分かった。これは彼女が見せる、夢と現実の狭間の意識だけの空間。

 

「……話をしてくれる気になったんですか」

 

本物とは違い、綺麗に整頓されたリビング、椅子に腰掛け、問い掛ける。

 

『変な勘違いされるのも不愉快だから』

 

返答はすぐにあった。対面の椅子に、彼女の姿が現れる。

 

「……詠歌、私は――」

『言ったでしょ? 私はあなたの言葉なんて信じない。だからこれは会話じゃない、ただの映像みたいなものだよ。あなたはそれをただ眺めるだけ』

「……それでも、構いません。私はあなたの事を知りたい」

『知ってどうにかなるものじゃないけどね。私も、あなたも。これも言ったはずだよ、死んだ人には何も出来ないって――私も、あなたも』

 

詠歌は椅子に背を預け、呆れたように言った。

 

『見てて何となく事情は理解した。私の体にあなたが入って来たのはあのカードのせいなんだね。満たされぬ魂を運ぶ方舟、か。これに関してはあの逢歌ってそっくりさんと同じでいい気分じゃない』

「私一人の思いだけじゃ、方舟は動かなかった。私一人じゃ世界を超える程の想いなんて、なかった」

 

どれだけ悲しくても、どれだけ望んでいたとしても、私一人の想いだけじゃ無理だった。世界には私なんかよりも理不尽で死んでいく人たちが居る。ううん、あの子たちでさえ、私と同じか、それ以上の想いを持っていたはずだ。それでも私が世界を超えた理由、それが、

 

『私も願ったから、か。……うん、思い出した。大体は思い出してたけど、今完全に思い出したよ』

「詠歌……」

 

『私は半年前、自分で命を断った』

 

「……やっぱり、そうなんですか」

 

先程聞いた逢歌の話、それと同じように、詠歌も……。

 

『お母さんとお父さんが死んで、私だけ残されて……随分長い間待ってたよ。最初の頃は毎日親戚だったり知り合いだったりが押しかけて来た。優しい言葉を、私を気に掛ける言葉を掛けてくれた』

「……」

『――それが本当に鬱陶しかった。だから待った。誰も私を気にしなくなるまで。平気な振りをして。……そしてようやく会いに行けると思ったのに』

 

そう言って、詠歌は忌々しげに私を睨んだ。

 

『それなのに私はまだ此処に居る。どうして? ずっと我慢してた、誰にも迷惑を掛けず、誰も悲しませる事無く、やっとお母さんたちに会いに行けると思ったのに……』

 

沈黙の後、詠歌は笑う。

 

『あはは、でもいいよ。一度で駄目ならもう一度。今度こそ私はお母さんたちに会いに行く。あなたから体を取り戻して、私は自分の意思でお母さんたちに会いに行く。もう私を邪魔するのはあなただけだもの。逢歌がああなった以上、もうカードにされる心配もない。今度こそ終わりにする』

「……私があなたの体に宿ったのは、あなたも続きを望んだからのはずです。ただ消えていくはずだった私の魂を、あなたの魂が呼び寄せた。あなたもきっと終わりなんて望んでない……そうでしょう?」

『運命とでも言うつもり?』

「その言葉は好きじゃありませんよ。あの子たちが亡くなったのも、あなたの両親が亡くなったのも、運命なんかじゃない。そんな言葉で片付けるつもりはありません。ただ、無意味なんかじゃない、そう思っているだけです」

『あはは、意味なんてないよ。偶然、ただの事故みたいなものでしょ。あなたと一つになっても何も意味なんてなかった。私はただ迷惑なだけだよ。生きたいと思ってるあなたにとってはそうじゃないのかもしれないけどね』

 

笑い続ける詠歌に、私は突き付ける。今の彼女には刃とも言える言葉を。

 

「私と一つなら、あなたも聞いていたはずです。だからなんでしょう?」

『何の事?』

「――‟泣きたい時は笑え”。あなたも榊さんのあの言葉を聞いていた、だから笑っているんでしょう。泣きたいのを我慢して、平気な振りをして、必死に」

『……』

「もう一つ言いましょうか。榊さんのような強さがない、弱い私が信じる、大切な言葉を」

『……』

「‟我が儘を押し通せ、弱いなら我慢するな、子供らしく駄々を捏ねろ”――詠歌、あなたも同じです」

『っ……ご高説ありがとう。でもいいの? 私にそんな事を言う前に、やらなきゃならない事があるんじゃない? アカデミアはまだ残ってる、その言葉を吐いた沢渡シンゴや榊遊矢は大丈夫? 私は彼らがどうなってもいいけど、あなたは違うでしょ? まああなたの支えの彼が消えれば、私は楽に体を取り戻せそうだし、構わないけれど――』

「大丈夫ですよ」

 

詠歌の誤魔化しの言葉を一蹴する。そんな心配、端からしていない。

 

「私の戦いは終わりました。言った通り、ゆっくりと話をしましょう、詠歌。あなたがずっと抱えていたものを、私がずっと抱えていたものを」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

(ふざけんな……! こんな所で終わってたまるかよ!)

 

アカデミアを倒し、自らがLDS最強である事を証明する為、そして何より、詠歌の帰りを待つ為に。

――諦められるはずがない。

それだけで十分だった。目前にまで光が迫り、それでも必死にアクションカードを探す彼の姿に、どんな時でも諦める事無く、必死で生きる姿に彼女は心惹かれたのだから。

だから、彼は十分に役目を全うしていた。その姿を、彼女に見せつけたのだから。

 

「……!」

 

目前へと迫った光が消え去る。

 

「アクションマジック、フレイム・ガード!」

 

先程と同じ、このコンボを破る為の一枚のアクションカードによって。

 

「何!?」

 

その驚愕の声は、オベリスクフォースのものだ。

だが声こそ上げずとも、皆の思いも同じだった。

光が霧散し、周囲が晴れる。

 

「……はっ、この俺を待たせるなんて随分偉くなったじゃねえか――久守!」

 

火山エリアの崖の上、そこに立つ一人の少女。

沢渡の窮地を救った、ローブを纏った少女。

 

「……ごめんね、あの子じゃなくってさ」

 

沢渡の言葉に、彼女はローブを脱ぎ捨てて答えた。

 

「……!? お前、逢歌……?」

 

セレナと同じ赤い制服に身を包む、詠歌と同じ顔をした、けれど詠歌ではない彼女。

――逢歌が其処には居た。

 

「逢歌……!? 何故お前が……」

 

沢渡に次いで反応を示したのは、セレナだった。

同じ融合次元、アカデミアに属するセレナだからこそ、疑問を抱いた。逢歌には沢渡を助ける理由などないのだから。

 

「お嬢様に言った通りだよ、僕も僕がやりたい事をやる。それだけだよ」

 

崖から逢歌はセレナたちの前に降り立つ。その腕にデュエルディスクを携え、手にカードを握り、オベリスクフォースへと相対する。

 

「僕のターン、ドロー!」

 

AIKA LP:4000

 

「天邪鬼だね、僕も、君たちもさ――! 僕は霊獣使いの長老を通常召喚し、効果発動! このカードが召喚に成功したターン、もう一度霊獣モンスターを召喚できる!」

 

霊獣使いの長老

レベル2

攻撃力 200

 

「僕は霊獣使いの長老の効果で手札から精霊獣 ペトルフィンを通常召喚!」

 

精霊獣 ペトルフィン

レベル4

攻撃力 0

 

「そのカードは……」

 

逢歌のフィールドに現れる、二体のモンスター。

それに沢渡は既視感を覚えた。長老の持つ杖と、精霊獣の姿に。

それは詠歌が使っていた人形たちの持つ物と同じ杖、同じ姿をしていた。

 

「ペトルフィンの効果発動! 手札の霊獣使い レラを除外し、相手フィールドのカード一枚を持ち主の手札に戻す! 古代の機械参頭猟犬を選択!」

 

イルカに似た姿をした精霊が空中を泳ぎ、巨大な猟犬へと触れた瞬間、その巨体が消えていく。

 

「チッ、お前も邪魔をするのか!」

「ああ、するよ。お前たちの片棒を担ぐのは御免だから、それが僕のやりたい事だから!」

「ならお前も一緒に葬ってやる! 回収を命じられたのはセレナ様だけだからな!」

 

オベリスクフォースは下卑た笑みを浮かべ、デュエルディスクに触れた。

 

「罠発動! 古代の機械(アンティーク・ギア・)再生融合(リバース・フュージョン)! 自分フィールドの古代の機械一体が相手のカード効果によってフィールドを離れた時、そのモンスターを素材に含む融合モンスターを融合召喚扱いで特殊召喚する! 現れ出でよ! レベル9、古代の機械(アンティーク・ギア・)究極猟犬(アルティメット・ハウンド・ドッグ)!」

 

古代の機械究極猟犬

レベル9

攻撃力 2800

 

「このカードの融合召喚に成功した時、全ての相手プレイヤーのライフを半分にする!」

「……!」

 

MICHIO LP:1000

TEPPEI LP:1000

SAWATARI LP:1000

TUKIKAGE LP:250

SERENA LP:1200

KUROSAKI LP:2000

AIKA LP:2000

 

「ッ、余計な真似を……!」

「ごめんね。今更虫のいい話だってのは分かってるんだ。君の責めは甘んじて受ける。でも今は、やらせてほしいんだ……!」

 

黒咲の舌打ちと共に発せられた威圧感に一瞬だけ彼を見て、逢歌は痛みに耐えて再びカードを握った。

 

「逢歌、お前は……」

「セレナお嬢様、此処に立ってるって事はきっと知ったんだろう? 僕たちアカデミアがエクシーズ次元で何をしたか」

「……お前は知っていたのか」

「僕はお嬢様と違って箱入りってわけじゃないからね。知ってたよ、お嬢様よりも少しだけだけど、アカデミアがどれだけ非道な組織なのか、外に対しても、内に対しても、ね。それを知って、僕は今まで何もして来なかった。自分に言い訳をして、ずっと目を反らしてきた。だからこうしてすぐに行動出来たお嬢様が少し羨ましいかな。けどいいさ、そうして間違え続けたからこそ、今僕は此処に立ってるんだから」

 

逢歌の瞳に映るのはオベリスクフォースと、借り物のカードたち。

 

「力を貸してよ、逢歌――! 僕はフィールドの霊獣使いの長老と精霊獣 ペトルフィンを除外する事で融合召喚を行う! 未来を見守る長よ、流れる水の精霊よ! 今一つとなりて杖を掲げよ! 融合召喚!」

 

光の渦へと二体のモンスターが消えていく。そしてその中から現れ出でる、新たな輝き。

 

「雷鳴轟かし、大空に羽ばたけ! 聖霊獣騎 カンナホーク!」

 

聖霊獣騎 カンナホーク

レベル6

攻撃力 1400

 

雷を纏い、光の渦より来たる一対の獣騎、大鷹と霊獣使いの長。

 

「攻撃力1400のモンスターで何が出来る!」

「いくよ、逢歌!」

 

オベリスクフォースの嘲りを無視し、少女は語り掛ける、自らの内に眠るもう一人の少女に。

 

「聖霊獣騎 カンナホークの効果発動! 一ターンに一度、除外されている霊獣と名の付くカード二枚を墓地へ戻し、デッキから霊獣カード一枚を手札に加える! 僕が選択するのは霊獣使いの長老と精霊獣 ペトルフィン」

 

掲げられた杖に雷が集い、新たな精霊を呼び覚ます。

 

「けどこの瞬間、カンナホークのもう一つの効果を発動! このカードをエクストラデッキに戻し、除外されている霊獣使いと精霊獣一体を守備表示で特殊召喚する! おいで、霊獣使い レラ! 精霊獣 ペトルフィン!」

「一体何を……!?」

 

雷鳴の中、二体のモンスターが姿を現す。

 

霊獣使い レラ

レベル1

守備力 2000

 

精霊獣 ペトルフィン

レベル4

守備力 2000

 

「そしてカンナホークの最初の効果、除外されている霊獣使いの長老一枚だけを墓地に戻し、デッキから速攻魔法、霊獣の相伴を手札に加える!」

 

逢歌のデッキは詠歌とは真逆だった。

除外に対し無力である詠歌のデッキと、除外されてこそ真価を発揮する逢歌のデッキ。正反対のデッキを扱う二人の少女たち、けれど今、彼女たちは同じ目的の為にその力を振るう。自らの意思で。

 

「いくら壁モンスターを並べた所で無駄だ!」

「壁? 違うよ、この子たちは繋げてくれる、僕たちの意思を、力に変えて! 速攻魔法、霊獣の相伴を発動! フィールドのレラとペトルフィンを除外し、エクストラデッキの霊獣モンスター一体を召喚条件を無視して特殊召喚する!」

 

デュエルディスクから一枚のカードが少女の手に収まる。それを見て、彼女は微笑んだ。

 

「風を操る担い手よ! 流れる水の精霊よ! 今一つとなりて天高く杖を掲げよ!」

 

風と水、霊獣使いと精霊獣、二体が触れ合った瞬間、生まれたのは光輝く炎だった。

 

「――騎乗せよ! 聖霊獣騎 ガイアペライオ!」

 

聖霊獣騎 ガイアペライオ

レベル10

攻撃力 3200

 

その姿は奇しくもオベリスクフォースに敗れたユースのデュエリストが使っていたモンスターに似ていた。

異なるのはその身に纏う聖なる炎と、それを駆る少女が居る事。

 

「攻撃力、3200……!」

「受けてみなよ、君たちが、アカデミアが落ちこぼれと罵り、嘲笑った逢歌の力を、僕たちの力を! 聖霊獣騎 ガイアペライオで古代の機械究極猟犬を攻撃! フレイム・ストライク!」

 

霊獣使いレラが杖を掲げた瞬間、ガイアペライオの鬣の炎が激しく燃え盛る。逢歌の言葉に呼応するように、聖霊獣騎、レラとガイアペライオは大地を蹴り、機械の猟犬へと迫る。

喉笛に喰らい付き、杖が振られ炎が機械の体を燃やし尽くす。

 

「ぐぅ……!」

 

OBERISK FORCE1 LP:1700

 

猟犬は燃え尽き、ガイアペライオは逢歌を守るように彼女の前に立ち塞がった。そしてその背の霊獣使いはこの時を待ちわびていたかのように、微笑んだ。

 

「……ごめんよ」

 

逢歌の小さな呟きは周囲には届かない、ただ霊獣使いの少女だけがその謝罪を聞き、笑みを深めた。

 

「くっ、たかが300のライフを削った程度でいい気になるな……!」

「そうだね、今の僕にはこれが精一杯だ。今まで散々間違えて、今更いきなり結果を出せるなんて思ってないさ――でも、僕もまた繋げた。僕も信じてみるよ、あの子が信じた、彼の力をね」

 

今までにない、逢歌の安らいだ笑み。その先に立つ、一人のデュエリスト。

 

「はっ、上出来だ。後はこの俺に任せておきな! 俺のターン!」

 

沢渡シンゴが、其処には居る。

 

「――俺はスケール1の魔界劇団―デビル・ヒールとスケール8の魔界劇団―ファンキー・コメディアンでペンデュラムスケールをセッティング!」

 

逢歌によって繋がれたものを、沢渡は無駄にはしない。彼の手には新たな力が、彼の探し求めていた力が握られている。

 

「これでレベル2から7のモンスターが同時に召喚可能! ペンデュラム召喚!」

 

天へと昇る二つの光の柱、その中心から現れ出でる、沢渡の新たなエース。

 

「現れろ、レベル7! 魔界劇団―ビッグ・スター!」

 

魔界劇団―ビッグ・スター

レベル7 ペンデュラム

攻撃力 2500

 

光と共に現れた魔界の演者、その手には台本。今、舞台の幕が上げられた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

氷山エリア。

シンクロ次元のデュエリスト、ユーゴに敗北し気絶した梁山泊塾の二人以外に誰も居ないはずの其処に、人影があった。

 

「……」

 

一人はLDS、そしてランサーズを束ねる者、赤馬零児。そして彼の視線の先、もう一人の人影――久守詠歌。

 

「……赤馬さん、ですか」

「――つい先程まで、君の姿をカメラで捉える事が出来なかった。……君は今まで何をしていた?」

「私からも一つ質問があります。……私の記憶を書き換えたのは、あなたですよね」

「……そうだ」

 

詠歌の問い掛けに僅かに眉を上げ、しかし心の内を悟らせる事無く零児は頷く。

 

「君にランサーズを選定してもらう為、そして黒咲を選手権に参加させる為、必要だからそうした。そしてもう間もなく、ランサーズが選ばれる。私のやり方を非道だと罵ってくれて構わない。だが、必要だった」

「そうですか。……理由は今となっては何でもいいんです。理由がどうあれ、それがきっかけとなって私は彼女と向き合う事が出来ましたから。だから今更それを責めるつもりはありません。むしろお礼を言いたいくらいですよ――ありがとうございます」

「っ――――」

 

詠歌の晴れやかな笑みと共に告げられた感謝の言葉に、零児は一瞬言葉を失った。計画を立て、予測を立て、彼はここまでやって来た。けれど詠歌のその言葉は、完全に想定の外の言葉だったからだ。

 

「次は私が質問に答える番ですが……でももうすぐバトルロイヤルが終わるんですよね。少し長い話になります、沢渡さんたちの所に向かいながらでいいでしょうか」

「ああ、構わない。私も向かう途中だ」

 

 

 

バトルロイヤル終了時刻が刻一刻と迫る中、私は赤馬社長と共に歩きながら、私の事を話した。融合次元やシンクロ次元の存在を以前から知っていたからだろう、赤馬社長は私の話を否定することなく、静かに聞いてくれた。

 

「――今、やっと見えたんです。私の答えと、終着点が」

 

私がかつて生きた世界の事、この世界で生きていた詠歌の事、そしてこれから私が成そうとしている事。その全てを語り終えた時、アクションフィールドが解けていった。

 

「私がお話し出来る事はこれで全てです。あなたが今の話を聞いてどうするのかは分かりません。でも、私のやる事は変わらない。もう……ううん、ようやく決めた事ですから」

「――話は理解した。だが今はその話は置いておこう」

「え?」

「私にも君にも、やるべき事があるだろう?」

 

そう言った赤馬社長の視線の先には、会いたいと願っていた人が居た。

 

「はい。でも違いますよ、赤馬社長。私のやる事はやるべき事じゃなく、私がやりたい事なんです。いつだって、そうだった」

 

そう伝え、私は走り出す。あの人の無事をこの目で、この手で確かめる為に。

 

 

「――沢渡さん!」

 

 

駆け寄り、怪我がない事を確認して安堵する。

 

「久守」

「良かった……」

「それはこっちの――まあいい。お前も無事だったんだな」

「はいっ、私はこの通り大丈夫です!」

「ならいい」

 

沢渡さんの無事を確かめ終え、ようやく橋の上に並んだ他の人たちに目が行く。権現坂さん、デニスさん、月影さん、黒咲さん、茂古田さん、大漁旗さん、方中さん、柊さんそっくりのセレナという少女と逢歌、そして……一人佇む榊さんの姿。

他の人たちがどうなったのかは分からない、けれど私が出会った人たちは皆無事……ただ喜ぶ事は出来ないけれど、それでも良かった。

 

「紫雲院さんは……?」

「彼ならアカデミアに戻ったよ。バトルロイヤルが終わってすぐにね」

 

私の問いに答えたのは逢歌だった。肩を竦め、残念そうに彼女は言う。

 

「逢歌……見つかりましたか、あなたの探しものは」

「さてね。それはこれから確かめていくさ。正しいのか間違っているのか、本当に求めていたものなのかそうでないのか……幸か不幸か、僕にはまだ時間が残されているみたいだからね」

 

一瞬躊躇った後、逢歌はそう続ける。彼女には気づかれているみたいですね。別人だとしても似た者同士に変わりはないって事でしょうか。

 

「あなたならきっと見つけられるはずです。私に見つけられたように」

「成程、それは説得力のある台詞だ」

 

逢歌が笑い、私も微かに笑った。

 

「――君たちのデュエル、見せてもらった」

 

そして聞こえてきた赤馬社長の声に皆の視線が集中する。

 

「っ、赤馬零児……!」

 

真っ先に反応したのは榊さんだった。

 

「随分とタイミングの良い事じゃねえか。……俺はお前が言った通り、アカデミアの連中を追っ払った。これで俺もランサーズの一員って訳だな?」

 

次に反応を示したのは沢渡さん。

 

「ランサーズ……? なんだそれは?」

 

沢渡さんの言葉に権現坂さんが疑問の声を上げる。

 

「はっ、このバトルロイヤル、いいや舞網チャンピオンシップそのものがデュエル戦士選抜の為の試験だったって事だよ」

「ちょ、ちょっと待ち!」

「大会そのものが試験って、それじゃあ……!」

 

僅かに嫌味を込めて言う沢渡さんに大漁旗さんと茂古田さん、そして榊さんが反応する。

 

「どういう事だよ、答えろ赤馬零児……! お前は融合次元の奴らが現れる事も最初から分かってたのか……!?」

 

当然の疑問。私も抱いていた疑問、その疑問の答えは先程、赤馬社長本人から聞いている。彼女、セレナを追ってアカデミアが侵入して来る事をセレナ本人から聞き、三回戦をバトルロイヤルに変更したのだ、と。

 

「どうしてプロやユースじゃなくて、まだジュニアユースの俺たちを……」

「ユースも戦ってたぜ。一人を残して全滅させられちまったらしいがな」

「全滅ッ……?」

 

沢渡さんの言葉を補足するように逢歌が言葉を発した。

 

「シンクロ次元のデュエリスト、ユーゴくんの乱入がなかったら残る一人もやられていたよ。決して弱くはなかったんだろうけれど、最近教え始めたっていう付け焼刃のシンクロやエクシーズはアカデミアには通用しなかった。……唯一、他の次元には存在しないペンデュラムを除いてはね」

 

……それも赤馬社長は分かっていたのだろうか。真に融合次元に対抗しうるのは、ペンデュラムを受け入れたジュニアユースクラスのデュエリストだと。

 

「私の見込み通り、君たちはアカデミアの撃退に成功した――まさに対アカデミアの為のデュエルの戦士、ランサーズの名に相応しい力を示したというわけだ」

 

わざとらしく、まるで榊さんたちを煽るように赤馬社長は称えた。

 

「ふざけるな! 何がランサーズだ……! そんな事の為に俺たち以外の参加者はカードにされて……! 柚子も……!」

 

怒りの声と共に、榊さんの瞳から涙が零れ落ちる。……柊さん。

シンクロ次元は敵ではない、そう赤馬さんは言っていた。けれど彼と消えた柊さんが本当に無事なのか、それを今確かめる術はない。

 

「お前のせいでみんなは……柚子はッ!」

 

私には榊さんを止める事は出来ない。今必要なのはアカデミアに対抗する為の力と、前へ進む希望。そしてそれを与える役目は私ではなく、赤馬社長が自らやろうとしている。

今となっては赤馬社長のやり方全てを肯定する事はできない。だけど、それを否定する事もまた、出来ない。

私は自分の進む道を見つけた。……同時に、その権利を失った。

僅かに、迷いが生じる。本当にこれでいいのかという迷い。

……榊さんの慟哭は私の心にも響いているから。

それでも、その迷いを振り切る。拳を握り、唇を噛み締め、私は迷いを消す。

 

「……」

「っ……」

 

そんな私の肩に手が置かれる。逢歌の手だった。

無言だけれど、その手の温もりが私に安らぎをくれた。

 

「……そもそもお前は何なんだ、それにこの柊柚子そっくりの女は? 俺もまだその説明は受けてねえぞ、赤馬零児」

 

それを見て、沢渡さんが問い掛ける。恐らく他の人たちも抱いている疑問を。

 

「――私はセレナ。アカデミアのデュエリストだ」

 

私から手を放し、逢歌はまた肩を竦めて答える。

 

「僕は逢歌。セレナお嬢様と同じくアカデミアのデュエリストだよ。……ま、元と言っていいけどね」

 

逢歌はセレナに視線を向けると、彼女も頷いた。

 

「セレナも逢歌も、彼女たちはアカデミアに追われている」

 

赤馬社長がそれを肯定するように言葉を繋ぐ。

 

「そうだ。オベリスクフォースは私を追って来た。……逢歌も柚子も私に巻き込まれたに過ぎない」

「っと、勘違いしないでよ。確かに僕はお嬢様に巻き込まれる形でこのスタンダードにやって来た。けど僕には僕の目的があっての事だ。まったく、一人だけ悪ぶるなんてズルいよ、お嬢様」

「目的だと?」

「ああ。僕は詠歌を、この子を苛めに来たのさ。追いつめて追い込んで、最後には――」

 

わざとらしい口調で言いながら、逢歌は一枚のカードを取り出した。

 

「こうやってカードにしてやる為にね」

 

……あの女性が封印されたカードを。

 

「――!」

 

それを見て、敵意が一気に逢歌へと集中する。事実とはいえ、悪ぶっているのはあなたも同じじゃないですか。

 

「ちょっと待って! そうだとしても、彼女は僕たちを助けてくれたんだ! 彼女がいなかったら僕や沢渡くんもやられて、あいつらにカードにされてたかもしれない!」

 

私が口を開くよりも早く、茂古田さんが逢歌を庇う言葉を紡ぐ。

 

「それは皆も見てただろう?」

 

……そうか、やっぱり逢歌が沢渡さんを助けてくれたんですね。詠歌にはああ言ったけれど、本当に良かった。

 

「どっちも事実には変わりない。君たちが僕をどう見ようと、どう責めようと弁解はしない。……それだけの事をしたって自覚はある」

 

俯きながらそう言った逢歌の手は、先程の私のように強く握りしめられていた。

 

「逢歌の事は今言った通りです。次はセレナさん、あなたの事を聞かせてもらえますか」

 

静かに逢歌の手を握り、私はセレナさんに先を促した。

頷き、セレナさんは柊さんとの間にあった事を話してくれた――

 

 

 

――セレナさんの話と、それに乗じた赤馬社長の言葉で始まった榊さんと赤馬社長のデュエルが終わった。

そしてそれは即ち、ランサーズの選抜が終了した、という事。

 

スタンダード、融合、エクシーズ、それぞれのデュエリストたちによる対アカデミアの為の組織、ランサーズの結成が成されたという事だった。

 

 

 

「……ねえ詠歌」

「なんですか、逢歌」

 

スタジアムへと戻る途中、他の人たちから少し離れ、逢歌が私に声を掛けてきた。

 

「……言葉にしておくよ。それで何か変わるわけでも、許されるわけでもないけれど」

「……?」

 

静かな、けれど決意の秘められた瞳。今まで見た事のない表情だった。

 

「……ごめんなさい。酷いことを言って。ごめんなさい。君の大切な人を奪ってしまって……ごめんなさい」

「……」

「関係のない人を巻き込んだ。……一人で抱え込む強さなんてないくせに我慢して、それでも耐え切れずに他人を傷つけた。自分に嘘をついて、言い訳を重ねて……あの子たちとの約束を裏切った」

「逢歌……」

「……僕も戦うよ。逢歌の名前を借りて、逢歌の体を借りて、逢歌の力と――あの子たちに受け取った、思い出と一緒に。それで罪が許されるわけじゃない、でもそれが僕の、やりたい事なんだ。だからお願いだ。僕にも……この人の為に戦わせてほしい」

 

逢歌は手にしたカードを見つめる。その瞳の中にあるのは決意と、確かな後悔と罪の意識だった。

 

「……一つだけ補足がありました」

「え……?」

「私とあなたは同じじゃない、別人です。でも――他人じゃない。きっと妹が居たら、こんな感じなんでしょうね」

「……」

 

私の言葉に呆気に取られ、一瞬沈黙した後、逢歌は笑った。もう見慣れたといってもいい、あの偉そうな笑みだ。

 

「姉の間違い、だろう?」

「あっはっは、言ってなさい」

 

榊さんと沢渡さんのように間違い、ぶつかり合った私たちは笑い合う。

たとえどんな出会いでも、どんな関係でも、そこからやり直せる。全てを0にしなくても、一度始まった関係はきっと色々な感情を足したり引いたりしながら、続いて行く。

 

「おーい、お前ら何してんだ、置いてくぞ!」

 

先を歩く沢渡さんが立ち止まって振り向き、私たちを急かす。他の人たちの姿がもう随分と遠くに見えた。

 

「行きましょう!」

「わっ……」

 

 

逢歌の手を引き、私は走り出す。左手に繋いだ手の温もりを、踏みしめる地面の感触を噛み締めながら。

そして。

残った右手にまた、あの人の温もりを感じたくて手を伸ばす――――。




アニメとの差異
・みっちーと鉄平が生き残る(前回立った月影さんのフラグは折れた)。
・詠歌、逢歌がランサーズに加入。
・柚子がカードになっていないことを現時点で遊矢が知っている(ただしユーゴが融合の手先疑惑があるので社長とのデュエルの流れは変わらず)

生き残った二人も合わせると+4ですが、二人の扱いは次回。
予定では後二話で完結、デュエルは後一回だけになります。



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『沢渡さんの取り巻き

「柚子は私にアカデミアの本当の姿を知るきっかけをくれた。……我らが正義を掲げながら、実際にはどれ程酷い事をしていたのか。――柚子がもしアカデミアに捕えられているのだとしたら、私は彼女を救い出す為に全力を尽くす。ランサーズの一員として、私もアカデミアと戦う」

 

……LDSの理事長、赤馬日美香さんによって大会の中止とランサーズの結成が宣言された後、セレナさんはそう榊さんに告げた。

 

「……榊くん、僕もお嬢様と同じだ。柊柚子や、カードにされた人たち……僕がカードにしてしまった人たちを元に戻す為に、アカデミアと戦う。きっとアカデミアの技術者たちならその方法を知っているはずだ。いや、たとえ知らなかったとしても、必ずその方法を見つけ出す」

 

そして逢歌もまた、榊さんにそう告げた。

 

「詠歌。……この男はお前の友人だったのだろう」

「ッ……!」

 

赤馬社長からカードを受け取り、セレナさんは私にそれを見せた。そこに描かれていたのは……二回戦で不戦敗となっていた、志島さんだった。

 

「この男をカードにしたのは私だ。スタンダードに来てすぐ、エクシーズの残党と疑ってデュエルし、そして……。すまない。彼を救う為にも、私もお前たちと共に戦う」

 

「セレナさん……」

 

セレナさんは私を見ながら、そう言った。

 

「……はい、お願いします」

 

力強い彼女の瞳と言葉に、私は頭を下げた。柊さんが信じた彼女を、私も信じたいと思った。

 

「久守詠歌」

「はい」

「明日の朝、LDSに来てもらおう」

「分かりました」

「……それまでにやりたい事は済ましておく事だ」

「ええ、お心遣い、感謝します」

 

赤馬社長にも頭を下げ、去っていく赤馬社長とセレナさんを見送った。

 

「……行こうか」

 

セレナさんから返された柊さんの服に視線を落として佇む榊さんに掛ける言葉が見つからないまま、私と逢歌もその場を跡にした。でも信じています、あなたがまた立ち上がり、笑顔を取り戻す事を。

 

 

 

逢歌と共にセンターコートの外に出る。既に観客たちは誘導され、自宅へと戻った。振り返ったセンターコートは大会中の熱狂が嘘のように静まり返り、夕日に照らされたその姿が酷く寂しく見えた。

 

「――よお」

 

暫くの間その場でセンターコートを見ていると、声が掛けられた。振り返った先に居たのは松葉杖をつく刀堂さんと、光津さんだった。

 

「大変な事になっていたみたいね。……どうしてあなたがバトルロイヤルの会場に居たのかは知らないけれど」

「光津さん……すいません」

「何で謝るのよ」

「……光津さんに無理はしないように言ったのに、また私が無茶な事をしてしまいましたから」

「分かってるじゃない。……あなたが私を助けようとしてくれたように、私もあなたを助けたいと思ってるのよ」

「俺も真澄も一回戦敗退で、沢渡の奴みてえに社長に声を掛けられた訳でもねえ……力不足だってのは分かってる」

「そんなこと……!」

 

刀堂さんの言葉に私は声を上げる。それは違う。光津さんも刀堂さんも、決して弱くなんてない。

 

「だから、先に行ってろ」

「え……?」

「私たちも必ず追いついてみせる。目的が変わっても、名前が変わっても、LDSはデュエルの腕を磨く場所に変わりはないわ。今よりも強くなって、私たちもランサーズになってみせる」

「光津さん、刀堂さん……」

 

同じ瞳だった。セレナさんと、或いは逢歌と。

 

「刀堂さん」

「んだよ」

「……私は結構本気で、あなたが兄みたいだって思ってたんですよ?」

「はあ?」

「ぶっきらぼうに見えてすごく優しくて、面倒見が良くて、私の紅茶を美味しいって言ってくれて……私に兄はいませんでしたが、刀堂さんみたいな人が兄だったら、って……本当に……」

 

突然の私の告白に、刀堂さんはそっぽを向いて、頬をかきながら口を開いた。

 

「あー……俺はお前の兄貴じゃねえし、お前を妹だと思った事もねえ……けど、それで何かが変わるわけじゃねえ。俺はこれからも変わらねえよ。お前の茶ならいくらだって飲んでやるし、美味かったら美味いって言う。優しいとか面倒見が良いとかは分かんねえけどな。それが当たり前だろ……ダチなんだからよ」

「刀堂さん……」

「いいか、俺よりも先にランサーズになったんだ、あの時みたいな無様なデュエルしたら承知しねえぞ!」

「はい!」

 

照れ臭そうに振り返り、竹刀を向け刀堂さんは八重歯を見せて笑った。

 

「光津さん」

「何よ、私にも何か言いたい事があるの?」

「はい。ずっと伝えたかった事です。光津さん……私に声を掛けてくれて、ありがとうございました。沢渡さん、あまりいい評判がありませんでしたから。LDSに入ったばかりの私が一緒に居るのを見て、心配してくれていたんですよね」

「……別にそんなんじゃないわよ。私はただ、強いデュエリストがあんな奴の取り巻きやってるのが我慢出来なかっただけ」

「光津さんが声を掛けてくれたから、私はLDSがもっと好きになりました。沢渡さんだけでなく、光津さんたちに会うのが楽しみで、毎日わくわくしながら通っていました。光津さんは私の世界を広げてくれた人なんです」

「……一つだけ訂正しておくわ」

「……? 何ですか?」

「今ならあなたたち、結構お似合いよ」

 

私は僅かに目を見開いて驚く。光津さんからこんな風に沢渡さんを素直に認める言葉を聞くのが初めてだったからだ。

 

「……ありがとうございます!」

「無駄だと思うけど、あんまり甘やかし過ぎない事ね。あいつはどこまでも付け上がるんだから。あなたがしっかりと手綱を握っておきなさい」

「えへへ、努力しますね!」

「はいはい」

 

呆れたように微笑む光津さん、刀堂さん。私たちは笑い合った。

 

「それとあなた」

「僕かい?」

「ええ。この子たちの事、頼んだわよ」

「……どうして初めて会った僕に? しかも詠歌のそっくりさんだ。怪しいとか思わないのかい?」

「この子よりもしっかりしてそうだからよ。この子、あいつが絡むと途端にアレだから」

「違いねえな。誰かが見とかないとならねえんだよ。俺も真澄も、それにあの取り巻きの奴らも暫く見てらんねえからな」

「あなたが誰なのか、なんて関係ない。……私の友達をよろしく」

「……分かったよ。任せてくれ」

 

逢歌は二人の言葉に頷き、笑った。

 

「さあて、まず俺は怪我を治さねえとな。そしたらすぐ特訓だ」

「ふふん、あんたがもたもたしてる間に私がランサーズになっちゃうかもね?」

「はっ、言ってろよ。こんな怪我すぐに治してやるからな」

「そう? だといいけど。――それじゃあね、頑張りなさい」

「じゃあな。頑張れよ」

 

なんてことないように、いつものお別れのように、二人は軽く手を上げた後、背を向けた。

 

「――真澄さん! 刃さん! ……また!」

 

私の叫びに二人は足を止め、もう一度だけ振り返った。

 

「おう! 行ってこい、詠歌!」

「いってらっしゃいっ、詠歌!」

「はい!」

 

そして今度こそ、二人は振り返る事なく去って行った。

 

「……良かったのかい、これで」

「ええ。あの二人も志島さん……北斗さんの事は気づいているはずですから」

「そうじゃないよ」

「……良かったんですよ。当たり前じゃないですか」

 

私は笑う。曇りのない笑みで。そう、これでいいんだ。

 

「さ、行きましょうか。私の部屋に泊まるんですよね?」

「そうだね。セレナお嬢様と違って僕に部屋は用意してくれなかったみたいだから」

「気を使ってくれたんじゃないですか? せっかくの姉妹水入らずですし。でも大変ですよ?」

「だから姉妹じゃないって……で、何がだい?」

「まずは人が住める環境に戻す所からですから。寝る場所は私の部屋で大丈夫でも、食事を作るキッチンが……あはは」

「……僕、スタンダードの外食ってしてみたいなあ」

「遠慮しないでいいんですよ。昔はお互い病院食ばかりでしたからね、これでも食にはうるさいんです。人に振舞う時は特に!」

「……っはあ、仕方ないな。付き合ってあげるよ」

 

 

 

――日が完全に暮れ、暫くした頃、私たちは食事を終えた。

 

「はい、どうぞ」

「ん、ありがとう」

 

食後の紅茶を淹れ、一息つく。

 

「どうでしたか?」

「美味しかったよ。やっぱり動いた後だからかな」

「手伝わせて悪いとは思っていますよ」

「嫌味で言っているわけじゃないよ。ただ、食事が美味しいなんて感じたのは随分と久しぶりだと思ってね。アカデミアではそんな事気にもしなかったし」

「ランサーズが向かうのは多分シンクロ次元でしょうけど、向こうでもしっかりと食べられるといいんですが」

「どうだろうね。一体どんな世界なのか、想像出来ないよ。エクシーズ次元……ハートランドもアカデミアによって滅ぼされた。僕たちが知識として知っている世界とは何処も違う」

「当然ですよ。此処は、現実なんですから」

「そうだね。それが当たり前だ……そして現実なら、自分たちの手で変える事が出来る」

「そういう事です」

 

紅茶に口をつけ、窓の外に広がる舞網の街を見下ろす。犠牲は多かった、けどそれでも、私たちが守った街。私の第二の故郷。……明日、此処に別れを告げる事になる。

 

「ねえ逢歌」

「なんだい」

「いつか、平和になってこの街に戻ってきたら、一緒に遊びましょう。ケーキを食べて、服を見たり、映画を見たり、今まで出来なかった事を、一緒にしましょう」

「……そうだね、それは素敵だ。あの子たちが見れなかったものを、あの子たちの分まで見に行こう」

 

叶うかも分からない夢を、しかし逢歌は否定しなかった。……必ず、叶えましょう。

 

「さて、と……行ってきなよ」

 

紅茶を飲みながら、逢歌は私を促す。

 

「僕に構ってくれるのはありがたいけど、そんな気遣いは無用だよ。たとえ二度目の生だとしても僕たちは子供なんだ。自分の欲望に正直になりなよ」

「……」

「その気持ちが依存なんかじゃないなら尚更ね。我慢なんてしないで、それに従えばいい。今の僕たちには自由に動く手足がある。気持ちを伝える為に動く口がある。君には心の内から溢れ出す想いがある。……そうだろう?」

「……ええ。そうですね」

 

紅茶を飲み干し、私は立ち上がる。

 

「朝帰りになってもいいよ?」

「まだ子供ですから!」

 

からかう逢歌に赤面しつつ言い返す。

 

「戸締りはして下さい! あ、後寝るならちゃんと歯を磨くんですよ!」

「分かったから早く行きなって……」

 

逢歌に注意してから、私は外へと続く扉を開いた。

 

「それじゃ、行ってきます!」

 

「はいはい、いってらっしゃい」

 

ひらひらと手を振る逢歌に見送られ、私は外へと飛び出した。

 

 

 

「……ねえ逢歌。こんな僕でもこんな風に生きれるんだ。君も、もう一度生きてみないかい?」

 

一人残された逢歌は内に眠る少女に語り掛ける。返答はなかった。

 

「まだ勇気が出ないか……でもいいよ。それならその勇気が出るまで、生きたいって思えるまで、僕が見せてあげる――未来への希望って奴をさ」

 

 

 

……一度外に出たらもう、止まれなかった。急に行って迷惑じゃないかとか、家族との別れを邪魔するんじゃないかとか、そんな不安や心配が過ぎっても、私の足は止まらなかった。

 

「はぁっ、はぁっ――きゃっ!」

 

息を切らして走る途中、曲がり角で人とぶつかり体勢を崩す。

跳ね返され、地面に腰を打ち付ける直前、私の手が引かれ、抱き起こされる。

 

「はぁはぁ……すい、ません。急いでいて……」

「ったく危なっかしい奴だな、お前は」

「すいませ――」

 

もう一度謝ろうとして気づく、この声は。

 

「また怪我して入院したいのかよ。明日には別次元に出発するってのに」

「沢渡さん……!」

 

まさに今、会いに行こうとしていた人が、目の前に居た。

 

「でも、どうして此処に……?」

「お前のデュエルディスクの通信機能が壊れてたのを忘れてたぜ。だからこの俺が直々に迎えに来てやったんだよ」

「迎え……?」

「パパがお前とも話したいって言うからな。本当は止めたいけど、お前は一度決めたら考えを変えないだろうから、せめて話をしておきたいんだってさ」

「お父様が……」

 

本当に、お父様には敵わない。私の事なんてお見通しなんですね。けどそれを分かった上でやらせてくれる。

 

「ほら、とっとと行くぞ」

「はいっ」

 

沢渡さんに手を引かれ、私たちは夜の舞網を歩き始める。以前、病院から連れ出された時と同じ。でも全然違う。

ああ、そっか。光津さんが言ってたのはこういう事だったんですね。

同じ学校の制服を着て、手を繋いで並んで歩く。それだけで私の胸はこれ以上ないくらい高鳴ってしまう。

街頭に照らされた私の頬が紅潮しているのが分かる。でも、それを隠す為に俯く事は出来なかった。

だって同じように街頭に照らされた沢渡さんの横顔も、私と同じように赤く染まっていたから。こんな光景から目を反らすなんて、出来るわけないじゃないですか。

 

「……ふふっ」

「何笑ってんだ……」

「何でもないです! さあ、行きましょう!」

 

手を強く握り、私たちは歩く。握り返された手の感触を胸に刻み込みながら。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「あーあ、またパパを泣かせちまったな」

「はい、でも泣きながら、笑ってくれました」

 

夜が更けた頃、私たちはまた舞網の街に居た。

 

「私たちが戻って来るまでにもっとこの街を良くして見せる……楽しみですね」

「はっ、当然だ。パパの手に掛かればすぐにでも今以上にこの街は発展する」

「そうですね。次に戻って来た時、どんな風に変わっているのか今から楽しみです。きっと今よりももっと笑顔が溢れる、そんな街になっているんですよね」

「ああ。まあそれでも笑顔になってねえ奴が居たら、この俺のエンタメで笑顔にしてやるがな」

 

お父様と同じ、自信に溢れた笑み。それを見ていると私も自然と勇気が湧いてくる。そうだ。私はこの笑みに惹かれたんだ。いつでも変わる事のないこの笑顔に。

 

「沢渡さん」

「何だ」

「少し寄り道していいですか?」

「おう」

 

こうやって送ってくれて、しかも明日には次元を越えるというのに、沢渡さんは私の我が儘に何の躊躇いもなく頷いてくれた。

 

「ありがとうございますっ」

 

沢渡さんの手を引き、私は帰り道を外れてとある場所に向かう。

 

「――此処か……」

 

暫く歩いて辿り着いたのは、あの倉庫。

ユートさんや私のデュエルで随分荒れてしまったこの場所。けどどんな姿になっても思い出の場所に変わりはない。

壊れた屋根から差す月明かりが倉庫内を照らしていた。

 

その中で未だ無事だったダーツボードを見つけ、地面に転がっていたダーツを拾う。

 

「……ふっ」

 

いつも見ていた沢渡さんの見様見真似で投げたダーツは、当然ボードには刺さらず、壁に突き刺さった。

 

「あはは、やっぱり真似だけじゃ上手くいきませんね」

「そりゃそうだ。そもそも真似も出来てねえんだよ」

 

同じように落ちていた二本のダーツを拾い、沢渡さんは私の横に並んだ。

 

「――シュッ」

 

投げられたダーツは当然のように的に突き刺さる。

 

「20のトリプルにダブルブル。ま、この俺に掛かればこんなもんだ」

「流石です沢渡さん!」

 

久しぶりに見た沢渡さんのダーツをする姿は、やはり華麗だ。

 

突き刺さった三本のダーツを取り、一本を私に手渡す。

 

「いいか、指はこうだ。そんで足を開いて――」

「こ、こうですか?」

「おう」

 

沢渡さんの直接フォームを矯正してもらう。近い、近いっすよ沢渡さん!

 

「良し、投げてみろ」

「は、はい……シュッ!」

 

沢渡さんの掛け声を真似し、もう一度ダーツを投げる。

 

「……おお」

 

先程と違い、ダーツは吸い込まれるようにボートに吸い込まれていった。

 

「19のシングル。まだまだだな」

「でも当たりましたよっ、ほら!」

「そうだな」

 

私の喜び様に呆れながら沢渡さんは笑う。

 

「むぅ……」

「ははっ、なんだよその顔」

 

頬を膨らませてむくれる私を見て、さらに笑い声が大きくなった。……女の子の顔を見て笑うなんて酷いです。

 

「……ふふっ」

 

そんな事を思う私も、笑っていた。

 

「沢渡さん」

 

ひとしきり笑い合った後、私は口を開いた。

 

「なんだ?」

「私、決めました」

 

約束を果たすために。

 

「……そうか」

「はい。私は――――」

「待ちな」

 

私が告げようとした瞬間、沢渡さんがそれを止める。

 

「お前の答えなら、こいつで聞く」

 

そして、沢渡さんはデュエルディスクを構えた。

 

「……はい!」

 

私も同じようにディスクを取り出し、構える。沢渡さんが相手ならば――デュエルで。

 

「以前は有耶無耶になってしまいましたからね……今度こそ決着を着けましょう」

「はっ、結果は分かり切ってるぜ。この俺を誰だと思ってやがる?」

「ふふっ、沢渡さんこそ、私を誰だと思ってるんですか。私はもう、あの時の私じゃありません!」

「言うようになったじゃねえか」

「だって私は、沢渡さんの取り巻きですから!」

 

これ以上ないくらい明確で説得力のある台詞に、私たちは笑う。

 

「いいぜ、相手になってやる! 喜べ久守ッ、これはこの俺直々の、お前の為だけのデュエルだ!」

「っ――光栄です! なら私もそれに相応しいデュエルで応えてみせます!」

 

デュエルディスクが展開する。この手が震える理由は前とは違う。恐怖からではなく、私の内から溢れ出る、抑え切れない様々な感情。

 

「――いきますよ、沢渡さん!」

「――来な、久守詠歌!」

 

「デュエル!」「デュエル!」

 

全ての想いをぶつける為、私はカードを引く。

そしてこのデュエルを、今までで最高のデュエルにする為に。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

翌日、日が完全に昇り切る前の早い時間に、私はLDSを訪れていた。

赤馬社長から話が通っていたのだろう、警備員さんが何も言わずに中へと通してくれた。

そしてその中で待っていたのは、中島さんだった。

 

「待っていたぞ、久守詠歌」

「おはようございます、中島さん。朝早くからお疲れ様です」

「なに、これから君たちに掛ける苦労に比べたらこれぐらい何てことはない」

 

中島さんの口ぶりから気付く。赤馬社長は中島さんに事情は話していないようだ。私を気遣ってくれたのだろう。

私は曖昧に笑い、中島さんの後に着いてエレベーターに乗った。

 

「私は此処までだ。社長から君と二人にするように言われているのでな」

「分かりました」

 

エレベーターから降り、社長室の前で中島さんは立ち止まった。私は頷き、社長室の扉に手を掛ける。

 

「……」

「どうした?」

 

しかし思い留まり、一度手を放して中島さんへと向き直る。

 

「中島さん、実は私、最初はあなたにあまり良い印象は持っていませんでした」

「それは私も同じだ。あの問題児の取り巻きだったからな。沢渡を利用した事で君に嫌われている事は知っていたよ」

「あはは、でも今となっては私もたくさん迷惑を掛けましたし、これでお相子です。だから……ありがとうございました」

 

そして深々と頭を下げ、驚いたように固まる中島さんを尻目に今度こそ扉を開いた。

 

「失礼します」

 

扉が閉まる。部屋は完全防音、外に話が漏れる事はない。別に漏れて困るような話をするつもりはありませんが、赤馬社長の気遣いと受け取っておきましょう。

 

「おはようございます、赤馬社長」

「ああ。朝早くにすまないな」

 

窓際に立ち、街を見渡していた社長が振り向き、互いに挨拶を交わす。

 

「ご用件は何でしょうか」

「その前に君には話しておこう、我々ランサーズが向かう目的地について」

 

本題に入る前に、赤馬社長はそう言って口を開いた。

 

「ランサーズは融合次元ではなく、まずシンクロ次元へと向かう」

「やはりそうですか」

「君には伝えていたな、シンクロは味方と成り得ると」

「ええ。昨日はデュエルがしたいという社長の頼みで榊さんには伝えませんでしたが……柊さんはシンクロ次元に居るんですね、あのユーゴという人と」

「その可能性が高い。我々の最大の目的はシンクロ次元との同盟だが、それを結ぶ過程で柊柚子を見つけ、取り戻す事も出来るだろう」

「それを最初に伝えておけば、榊さんもあそこまでの怒りをぶつける事はなかったはずです。それをしなかったのは、自分に全ての怒りをぶつけさせる為ですか?」

「いいや。私は単に彼の本当の力を知りたかっただけだ。それを引き出すにはああするべきだと判断したまで」

 

それが本心なのか私には分からない。けれど、赤馬社長から榊さんへのある種の信頼や期待のようなものを感じた。

 

「そしてシンクロ次元へと向かうメンバーだが」

「全員で向かうのではないんですか?」

「ああ。茂古田未知夫、そして大漁旗鉄平の二人にはこのスタンダードに残ってもらい、零羅を連れて行く」

「零羅くんの実力は試合でも見ていますが、何故二人を……?」

「今結成されているランサーズは先遣隊、言うなれば一番槍だ。昨日も母様……理事長が言った通り、LDSはその名前を変え、次なるランサーズの育成の為の修練の場所となる。だが講師たちは黒咲や逢歌に敗れ、ユースチームもオベリスクフォースに敗れた。今まで以上にデュエリストに力をつけてもらう為にも、実戦を経験したデュエリストの指導が必要だ」

「実戦……それじゃあ」

「ああ。今挙げた二人もオベリスクフォースと戦い、勝利している貴重な人材だ。そして君たちと同じくペンデュラム召喚を受け入れたジュニアユースクラス、彼らのような講師が居れば必ずデュエリストたちの成長へと繋がるだろう。彼らにも昨日の内に伝えてある」

「そうですか……」

 

赤馬社長や榊さん、沢渡さんたちが道を切り開き、茂古田さんと大漁旗さんが後に続く者たちを導く。そのどちらも、厳しい戦いになるだろう。

けれど大丈夫。昨日の戦いを乗り越えた皆なら、必ずその道を進んでいける。

 

「そして君を呼び出した本題だが……デュエルディスクは持って来ているな?」

「はい」

 

赤馬社長に言われ、デュエルディスクを取り出す。

 

「通信機能が壊れてしまっていますが、此処に」

「これを渡しておこう」

 

社長はデスクから私の使っているものと同じ、グリーンのデュエルディスクを取り出した。

 

「新たに開発した次元移動装置とリアルソリッドビジョンシステムを小型化し搭載したデュエルディスクだ」

「次元移動……ありがとうございます」

 

手に持ったディスクからデッキを取り出し、新たなディスクを受け取る。新たな装置を二つも組み込んであるというのに、重さはほとんど変わらない。むしろ軽くなっているような気すらする。

 

「そしてこれを」

 

次に社長が取り出したのは、カードだった。

 

「これは……?」

「君に預けていたペンデュラムカードのデータを分析し、開発したものだ。完成はまだ先になると思っていたが、君や融合次元の逢歌のデータのおかげで完成した」

 

昨日、逢歌から回収し、社長に返したクリフォート……まさかこんなにも早く新しいカードを完成させるなんて。私たちだけでなく、実戦の中で得られた他の参加者たちのデータの恩恵もあったのでしょうが、驚きです。

 

社長から受け取ったカードに視線を落とす――光の翼を持つ、二枚のカード。

 

「……」

 

しかし私はそれをデッキには加えず、仕舞った。

 

「赤馬社長、お願いがあります」

 

それを咎める事をせず、赤馬社長は私の話を聞いてくれた。

 

「このカードたちは私には相応しくありません。ですから代わりに――」

 

身勝手な頼みに社長は僅かに沈黙した後、頷いた。

 

「――いいだろう。君が望むなら、そうしよう」

「ありがとうございます……!」

 

これで準備は整った。後は、最後の決着を着けるだけ。

でも、その前に。

 

「それともう一つよろしいですか?」

「何だ」

「ランサーズの集合時間までまだ時間がありますよね。なら旅立つ前に、皆さんに紅茶を淹れさせてもらえませんか?」

 

図々しいと思いながら、最後の頼みを社長に告げる。

 

「……好きにしたまえ。設備なら下の給湯室を、何か必要なものがあれば用意させよう」

「ありがとうございます! あ、そうだ零羅くん、紅茶苦手だったりしませんかっ? 子供には紅茶の癖って苦手だったりすると思うんですが」

「……いや、零羅に好き嫌いはないはずだが。……だが念の為にジャムを用意した方がいいだろう」

「分かりました! 時間もありますし、お茶請けも用意しますね! えへへ、実は昨日の夜、いつものお店の店長さんに頼み込んでレシピを教えてもらったんです!」

「……そうか」

「はい! それでは失礼します! 楽しみにしていてくださいね!」

 

赤馬社長に一礼し、社長室を跡にする。ふふふっ、ついに私の手料理(スイーツ)を振舞う時が来ましたね! まだまだ練習中ですが、今日は今までで最高の物が出来る気がします!

鼻歌交じりに廊下を進んでいく。不安はある。でも、私の足取りは軽かった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「良し、終わり!」

 

やはりまだまだ修行が必要です。手間取ってしまい、完成したのは集合時間が大分近づいた頃だった。

でもデュエルディスクが新しくなって、通信機能が使えるようになったおかげで冷やしている間にメールも打てたし、問題ないという事にしておきましょう。

 

「まずはもう一度社長室に行ってみましょうか」

 

設備や道具を用意してもらいましたし、まずは社長に渡すのが筋でしょうし。

用意してもらったカートにポットとティーカップ、完成した菓子を乗せ、社長室へと向かう。

 

 

 

「失礼します」

 

ノックの後、社長室へと入室するとそこには変わらず赤馬社長が居た。そしてもう一人、その弟である零羅くんが。

 

「はじめまして、久守詠歌です」

「あ……」

 

フードをかぶり、クマのぬいぐるみを手に持った零羅くんに挨拶するが、俯かれてしまった。けれど今の私には秘策がある。

カップに赤馬社長と零羅くんの紅茶を注ぎ、デスクへと置く。

 

「口に合うか分かりませんが、社長も是非」

「……ああ。頂こう」

「零羅くんも、どうぞ。お近づきの印です」

「……」

 

微笑み、零羅くんにも勧めるが一瞬私を見上げ、しかし手を伸ばす事無く赤馬社長に視線を向けた。

 

「……」

 

零羅くんの視線に社長が無言で頷くと、恐る恐るといった様子で零羅くんがカップに手を伸ばす。

 

「こっちのは苺のジャムを使ったロシアンティーです。普通のものより飲みやすいと思うんです」

「……」

 

零羅くんは答えず、けれど紅茶に口をつけてくれた。うんうん、それだけで充分です。

 

「それからこっちは自信作です。是非一緒に食べてください!」

 

カップに入った‟プティング”を二つ、同じようにデスクへと並べる。

 

「そろそろ皆さんも集まり始めていますよね、慌てて飲んでもらうのも悲しいですし、もう行きますね!」

 

二人から感想を聞けないのは残念ですが、それも私が手間取ったせい、今回は諦めましょう。

 

 

 

「……どうだ、零羅」

「…………美味しい、です」

 

 

 

社長室から出て、集合場所となっているホールへと向かう。

 

「おはようございます!」

 

挨拶と共に扉を開けると、其処には既に過半数のメンバーが揃っていた。まだ来ていないのは沢渡さんと榊さん、それに権現坂さんの三人。

 

「グッドモーニング、久守さん」

「デニスさん、おはようございます!」

 

手を上げて挨拶を返してくれた。次に月影さんと目が合うと、目礼をしてくれる。

 

「おはようございます、月影さん」

 

私も少しだけ静かな声でそう返す。

 

「おはよ、詠歌」

「おはよう、逢歌」

「それにしても酷いな、行く時に起こしてくれてもよかったじゃないか」

「朝早くで、それに気持ちよさそうに寝てましたから。朝食を用意してる音でも起きてきませんでしたし」

「……僕、少し気を抜き過ぎかなぁ」

 

逢歌と軽口を交わし、その隣のセレナさんにも挨拶する。

 

「おはようございます、セレナさん」

「ああ」

 

素っ気ないようで、でもしっかりと目を合わせてくれた。

 

「ところでその押してるのは何?」

「ふふふ、まあ何も言わずにどうぞ」

 

近づいて来たデニスさんに紅茶を注ぎ、一緒にプティングを渡す。

 

「ワオ、ありがとう。いやぁ、朝の優雅なひと時だねえ」

 

次に月影さんに近づき、紅茶とプティングを差し出す。

 

「月影さんもよろしかったら」

「……かたじけない」

 

月影さんは私から受け取ったかと思うと、目にも止まらぬ速さでそれを空にして返してくれた。……マスクの下がどうなっているのか、少し気になっていたんですが、残念です。

 

「……美味でござった」

「ありがとうございます!」

 

しかしそれもその言葉ですぐに消える。

 

「黒咲さんも、おはようございます」

「……」

 

黒咲さんだけは私と目を合わせようともせず、無言を貫いていた。

 

「これ、黒咲さんもどうぞ」

「必要ない」

「あはは……置いておきますから、気が向いたらで構いません」

 

黒咲さんのそばにカップを置いておく。期待はしていませんでしたが、少し残念です。またいつか口にしてもらいたいものですね。

 

「逢歌とセレナさんもどうぞ」

「へえ、お菓子まで作れたんだ。こんなの食べるなんていつ以来かな」

「……」

「セレナさん?」

「私も必要ない。我らはこれから戦いに行くんだ、その直前に和んでいる暇など――」

「まあまあお嬢様。せっかく用意してくれたんだからさ。それに腹が減っては戦は出来ぬって言うじゃない?」

「私は腹など減っていない」

「それじゃあ戦いの前に英気を養うと思ってさ」

「……分かった」

 

逢歌に言い包められ、セレナさんも受け取ってくれた。

 

「ちなみにこれは何? ティラミス? あのプティングとは違うみたいだけど」

 

逢歌の問いに私は胸を張って答える。既にその名前を逢歌は知っているけれど。

 

「ふふふ、まだ未発売の新作、名付けて‟マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モード”です!」

「正直予想してたけど言うね。名前が長い。いっそティラミスにしてティアラミスの方がまだ座りが良くないかい?」

「これでいいんです!」

 

逢歌のツッコミを一蹴する。今更名前を変えるつもりなんてないんですから。

 

「言うと思った……でもま、いいんじゃないかな。美味しいよ、すっごくね」

「初めから素直に認めてください」

「……ああ、美味い」

「本当ですか!」

「僕と反応が違いすぎない……?」

 

セレナさんがポツリと零した呟きに反応すると、逢歌が納得いかなそうに愚痴を零す。

 

「でも本当に美味しいよ、これ。ちょっぴりビターな所が紅茶とマッチしてるね」

「そうなんですっ、これに一番合った組み合わせを考えて作りましたから!」

「ははは……これなら次元の先でもティータイムが期待出来そうだね」

 

デニスさんは私の勢いに少し引きながらそう言った。

 

「うーん、それはどうでしょうね……行ってみないと分からないこともありますから」

「それもそうか。残念だな」

 

「……」

「……逢歌?」

 

不自然に沈黙した逢歌を怪訝に思ったのか、セレナさんが逢歌を呼んだ。

 

「いや、何でもないよ。でも箱入り生活で舌の肥えたお嬢様の口にも合うなんて意外だな」

「アカデミアで食事を気にした事などない」

「ありゃ、それもそうか。お嬢様だもんねえ」

「どういう意味だ」

 

それぞれの反応を眺めて、私は微笑む。これからそれぞれの戦いが待ち受けているけれど、いつかまた、こうして穏やかな時間が過ごせたらいい、そう思う。

 

「――何だぁ? この俺を差し置いて随分と盛り上がってるじゃねえか」

 

「沢渡さん!」

 

扉が開かれ、聞こえてきた声に真っ先に反応し、駆け寄る。

 

「おはようございます、沢渡さん!」

「……おう――――‟詠歌”」

「はい! 沢渡さんも、どうぞ!」

「ああ。もらってやる」

 

沢渡さんが受け取ってくれたのを待ち、私も自分のカップを手に取る。

 

 

「……ねえ、ひょっとして彼女って」

「今更かい? 見ての通り彼にベタ惚れだよ」

「へえ、隅に置けないんだね、彼も」

「余計な茶々を入れないことを進めるよ」

「分かってるって。馬に蹴られたくないからね」

「馬だけじゃなく、僕も蹴り飛ばすからね」

「ワオ、こっちも彼女にベタ惚れってわけ?」

「ふんっ」

「痛い!?」

 

背後でデニスさんと逢歌が騒がしいですが、気になりません! ああ、昨日の沢渡さんも素敵でしたが、紅茶を優雅に飲んでプティングを食べる沢渡さんも素敵です! 沢渡さん、マジ格好良すぎっすよ!

 

「――っと」

 

沢渡さんに見惚れていると、その背後の扉が開き、榊さんと権現坂さんが姿を現した。

 

「おはようございます、榊さん、権現坂さん」

「ああ、おはよう久守」

「うむ、おはよう」

「けっ、随分と遅いじゃねえか。この俺を待たせるなんて十万年早えんだよ」

 

「彼も今来たばっかりなんだけどねえ」

「ああいう性格なんだよ」

 

「お二人もよかったらどうぞ」

「これは?」

「出発前に少しでも緊張が解れればと思って用意したんです」

「そっか、ありがとう。久守」

「ありがたく頂かせてもらおう」

「はいっ」

「はんっ、お前らにこいつの味が分かるのか?」

「いえ、お店で売られる予定のものですから、多少の好みはあっても誰にでも食べてもらえる味ですから」

 

沢渡さんの挑発の言葉をやんわりと濁し、榊さんと権現坂さんにカップを渡す。……ところで権現坂さんの顔の傷はどうしたんでしょうか。

 

「うん、美味いよ」

「ああ、この男権現坂、洋風の菓子を口にする事はあまりないが、それでもかなりの完成度だという事は分かる」

「ありがとうございます!」

「ふん、当然だな」

「なんで沢渡が偉そうなんだよ……」

「お前が作ったわけではないだろうが」

 

榊さんたちとのいがみ合いも、最初のような険悪なものではない。友人同士がじゃれ合うような、そんな微笑ましいものだった。

 

「――揃ったか」

 

……そして、ついに旅立ちの時がやって来た。

 

 

 

「このカードにはシンクロ次元の座標データが入力済みだ。各自ディスクにセットし、私の合図で発動せよ」

 

赤馬さんの指示に従い、配布されたカードを皆がディスクへとセットする。

 

「……」

「詠歌。……それじゃあ」

「ええ、それじゃあ」

 

逢歌に頷き、私もカードをセットする。……受け取った瞬間書き換わったカード(満たされぬ魂を運ぶ方舟)を。

 

「では出発するッ。シンクロ次元へ向けて、ディメンション・ムーバー発動!」

 

合図と共に皆の体が光となって消えていく。

 

「……いってらっしゃい、沢渡さん」

「……おう。お前も、いってこい詠歌」

 

発動し、私たちの体も光となっていく中、私は沢渡さんの手を握り締めた。

 

「沢渡さん、――――――――、です」

「な――」

 

そして、沢渡さんが完全に光となる瞬間、私はその思いを告げた。

 

ああ、駄目だな。私。最後の最後でこんなズルい真似をして。

 

 

「えへへ、ちゃんと笑えたか、分からないや……」

 

 

でもきっと笑えたはずだ。泣きながら、それでもきっと――笑顔でお別れ出来たはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

『沢渡さんの取り巻き

          -1』




次回最終回。……が文字数と話の切り的にエピローグは別になりそうです。

ここまで来て心残りなのは、アニメでの魔界劇団の出番が一度きりの為に沢渡さんとのデュエルが書けないことですね。
いつか追記したいです。


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『戦いの儀』

最後のデュエル。


人は死んだら何処に行くのだろう。

天国や地獄、冥界へと旅立つのか。それとも姿を変え、新たな生を得るのか。それは生きている誰にも分からない。

けれど一つだけ、間違いないのは――

 

「――死者が生者を押しのけ、世界に留まり続ける事は許されない」

 

だから、終わりにしよう。

 

「――そうですよね、詠歌」

「……そうだね。その通りだよ」

 

何もない、真っ白な空間。満たされぬ魂を運ぶ方舟の中、次元と次元の狭間。

其処で私と詠歌は相対していた。

 

「わたしは死んで、あなたも死んだ。けれどわたしの体は今、確かに鼓動を刻んでる。……体は一つ、魂は二つ」

「なら、それに宿る事の出来る魂は一つだけ。あなたか、私か」

「……わたしは自分で自分の命を断った。だからあなたが望むなら、わたしの体をあげてもいい、そう思ってた――でも今は違う。わたしは……生きていたい」

「……だったら、決めましょう。どちらが生きるのか、今――」

「――此処で」

 

互いの腕にデュエルディスクが装着される。言葉だけでは決められない。それを決めるのは、互いの全力と賭した戦いの中で。

 

「おいで、わたしのお人形さんたち」

 

詠歌が掌を上へと掲げた。それに呼応し、私のディスクに収められたデッキが光輝く。

そして現れる、この世界で共に戦ってきた人形たち。

 

『……』

「行って、ミドラーシュ、みんな。……今まで、ありがとう」

 

何も言わず、彼女たちは頷いた。光となって彼女たちは詠歌のデュエルディスクへと吸い込まれていく。在るべき場所へと還っていく。

 

「――お帰りなさい、みんな」

 

そして私の下に残ったのは、ずっと一緒に居てくれた、人形たち。

 

『……』

「いくよ、みんな」

 

彼女たちもまた光となって、私のデュエルディスクへと還っていく。

 

「準備は万端、さあ始めましょうか」

「そうだね。終わらせようよ」

 

長いようで短かった、この命を。

 

互いのデュエルディスクが展開する。後はただ一言、始まり(終わり)を告げる言葉を。

 

「デュエル!」「デュエル……!」

 

EIKA VS UNKNOWN

LP:4000

 

「先攻はわたし……! わたしのターン!」

 

私は詠歌のデッキと一緒に戦ってきた。詠歌は私のデュエルをずっと見てきた。

けれど今は、互いのデッキに残されたのはそれぞれの想いが込められた人形たち。今までとは、違う。

 

「わたしは手札からフィールド魔法、影牢の呪縛を発動!」

「フィールド魔法ッ……?」

 

それを現すかのように、詠歌が最初に発動したのは私の知らないカードだった。

白の空間が怪しげな影に包まれ、黒く染まっていく。

 

「このカードがある時、シャドールたちが効果で墓地に送られる度、一体につき一つ、魔石カウンターが生まれるっ。そしてわたしは手札から魔法カード、影依融合(シャドール・フュージョン)を発動! 手札のシャドール・ビーストとエフェクト・ヴェーラーを融合!」

 

来る……! 影人形たちを総べる女王が。

 

「落ちろ天幕、影の糸で世界を包め! 融合召喚! おいで神の写し身、人形たちを総べる影の女王、エルシャドール・ネフィリム!」

 

エルシャドール・ネフィリム

レベル8

攻撃力 2800

 

「ネフィリムの効果発動! このカードが特殊召喚された時、デッキからシャドールカードを一枚、墓地に送る! わたしが墓地に送るのはシャドール・リザード、さらにリザードの効果でデッキのシャドール・ヘッジホッグを墓地へ! そして融合素材として墓地へと送られたビーストと、ヘッジホッグの効果発動! カードを一枚ドローし、デッキからシャドール・ファルコンを手札に加える!」

 

こうして向き合って初めて分かる、ネフィリムの強大な力、全てを包み込む程の力。

 

「さらに三体のシャドールが墓地に送られた事で影牢の呪縛に魔石カウンターが三つ生まれる!」

 

魔石カウンター 0 → 3

 

「わたしはモンスターをセットし、カードを一枚伏せて、ターンエンド! さあ、あなたのターンだよ」

「私のターン、ドロー!」

 

ネフィリムは特殊召喚されたモンスターとバトルする時、ダメージ計算を行わずに破壊する効果がある……本当、厄介なカードたちですね。だからこそ私は此処まで来れたとも言えますが。

 

「私は手札からフィールド魔法、マドルチェ・シャトーを発動!」

 

広がり続ける影が、私と詠歌の間で浸食を止めた。そして私の背後の空間に、まるでお伽噺のようなお菓子の城がその姿を現す。

白い空間は黒い影と御伽の国、二つに分断され、染まる。

 

「無駄だよ、あなたになら分かるでしょう? この子がどれだけ強力か。だってこの子たちの力であなたは色々なデュエルに勝利してきた。でも今度は、あなたがこの子たちに敗北する番……!」

「詠歌こそ分かるはずです、私はシャドールたちだけじゃない。この子たちと一緒に戦ってきた! 私はマドルチェ・ミィルフィーヤを召喚!」

「影牢の呪縛の効果! 相手のターンの間、相手フィールドのモンスターの攻撃力は魔石カウンターの数×100ポイントダウンする!」

「マドルチェ・シャトーの効果! このカードが存在する限り、フィールドのマドルチェたちの攻撃力、守備力は500ポイントアップする!」

 

マドルチェ・ミィルフィーヤ

レベル3

攻撃力 500 → 200 → 700

 

召喚されたお菓子の子猫は影に縛られる、けれどその呪縛を自力で振り解く。

 

「知ってるよ。でもわたしの人形たちは、あなたの人形になんて負けない!」

「この子たちだって、あなたの人形たちには負けない! ミィルフィーヤの効果発動! このカードの召喚に成功した時、手札からマドルチェ一体を特殊召喚出来る! おいで、マドルチェ・メェプル!」

 

マドルチェ・メェプル

レベル3

攻撃力 0 → 500

 

「さらにメェプルの効果発動! フィールドの攻撃表示のマドルチェ一体と相手フィールドの攻撃表示のモンスター一体を守備表示に変更し、次の相手ターン終了時まで選択したモンスターたちは表示形式を変更できない! 私が選択するのはメェプルとネフィリム!」

 

マドルチェ・メェプル

攻撃力 500 → 守備力 2300

 

エルシャドール・ネフィリム

攻撃力 2800 → 守備力 2500

 

「守るだけじゃわたしには勝てない! それで良く今までデュエリストを名乗れたね……!」

「そう慌てないで下さいよ。まだデュエルは始まったばかりです……! 私はカードを一枚伏せて、ターンエンド!」

「すぐに終わらせてあげる、わたしとこの子たちが! わたしのターン!」

「この瞬間、影牢の呪縛の効果が終了し、ミィルフィーヤの攻撃力が変動する」

 

マドルチェ・ミィルフィーヤ

攻撃力 700 → 1000

 

「わたしはシャドール・ファルコンを反転召喚!」

 

シャドール・ファルコン

レベル2 チューナー

攻撃力 600

 

「そしてファルコンのリバース効果! 墓地のシャドール・ビーストを裏側守備表示で特殊召喚する!」

 

シャドール・ビースト(セット)

レベル5

守備力 1700

 

ビーストのリバース効果はカードを二枚ドローし、手札を一枚墓地に送る……シャドールカードが手札にあるなら、さらに魔石カウンターが置かれる事になる……。

 

「わたしのデッキにシンクロモンスターはいない、だから今のファルコンはただの攻撃力の低いモンスターでしかない……けど、これで終わりじゃないよ」

「分かっていますよ。あなたがそんなミスをするはずがない」

 

詠歌の手札は二枚。考えられるのはやはり融合……素材となるのはフィールドのファルコンとネフィリム、そして残る一枚。

ネフィリムは一枚しかないはず、だとすれば手札がシャドールなら召喚するのはミドラーシュ。特殊召喚を互いに一ターンに一度だけに封じる強力なカード……本当、厄介な子です。

 

「……ふふっ、わたしには分かるよ。あなたが何を考えているのか」

「っ……」

「でも残念だね、あなたの思い通りにはならない! わたしは手札から神の写し身との接触(エルシャドール・フュージョン)を発動!」

 

やっぱり融合、ミドラーシュ!

 

「この瞬間、影牢の呪縛のもう一つの効果発動! シャドールの融合モンスターを融合召喚するとき、魔石カウンターを三つ使い、相手フィールドのモンスター一体を融合素材に出来る!」

 

魔石カウンター 3 → 0

 

「――!」

 

私のモンスターで……マドルチェたちは地属性、なら召喚されるのは……!

 

「わたしが融合するのはシャドール・ファルコンとあなたのフィールドのマドルチェ・メェプル! 融合召喚! おいで、神の写し身、世界に弓引く反逆の女神! エルシャドール・シェキナーガ!」

 

エルシャドール・シェキナーガ

レベル10

攻撃力 2600

 

シェキナーガ……ッ!

 

「そしてシャドール・ファルコンが融合素材として墓地に送られたことで、魔石カウンターが一つ生まれる!」

 

リバース効果を使ったこのターン、融合素材として墓地に送られてもファルコンの効果は発動しない……。だけど既に十分な布陣は整えられた。

 

魔石カウンター 0 → 1

 

「この子はわたしだけでも、あなただけでも生まれなかった。あなたがわたしをもっと強くしてくれた……その点はお礼を言ってあげる」

「……それは違いますよ」

 

詠歌の言葉を、私は否定する。

 

「あなたは、元々それぐらい強かった」

「ッ……それはどうもありがとう! バトル! シェキナーガでマドルチェ・ミィルフィーヤを攻撃! 撃ち抜け、反逆のファントム・クロス!」

「罠発動、ガード・ブロック! このバトルでのダメージを0にして、デッキからカードを一枚ドローする!」

「でもモンスターは破壊される!」

 

シェキナーガから放たれた光にミィルフィーヤは成す術なく破壊される……でも!

 

「ミィルフィーヤの効果発動! 相手によって破壊され、墓地に送られた時、このカードはデッキへ戻る! さらにマドルチェ・シャトーの効果ッ、マドルチェたちの効果で墓地のモンスターがデッキに戻る時、デッキではなく手札に戻す!」

 

ミィルフィーヤが手札に戻り、さらにガード・ブロックの効果で私はカードをドローする。

 

「ターンエンド……真逆だね。やっぱりあなたとわたしは全然違う。墓地に送られる事でわたしに力を貸してくれるこの子たちと、あなたの下に戻る事であなたの力になるその子たち……正反対だ」

「でも、その子たちが一緒のデッキに居てくれたから、私は今まで戦って来れた」

「良く言うよ。その子たちを捨てて、あのペンデュラムカードを使ってた癖に」

「……そうですね。私は弱かった。今も、弱いままです」

「ッ……! やめて!」

 

私の弱音を詠歌は許さなかった。

 

「あなたが弱くて、わたしが強いなら、なんで……! なんであなたは笑えたの!? 見知らぬ世界で、誰も頼れる人なんていなくて、一人ぼっちだったのに! あなたは……! どうしてあんな暖かい場所を見つけられたの!?」

「詠歌……」

「わたしには出来なかった! お母さんたちが居なくなって、何も信じられなくて! 自分の殻に閉じ籠って、全部全部壊れれば良いと思った! 最後には一人ぼっちに耐えられなくて、わたしは……! ――わたしは死にたくなんてなかった! でも駄目なんだよっ、わたしは一人で立ち上がる事なんて出来なかった!」

 

強がりを投げ捨て、詠歌は本心を叫んだ。

 

「全部諦めて、お母さんたちに会いに行こうとした! 死ぬのは怖かった、でもひとりぼっちであの部屋に閉じ籠り続けるのはもっと嫌で! それに気付いた時にはもう、誰も……誰もっ、わたしの事を気にしてくれる人なんていなかった!」

「……」

「諦めようとした……諦めようとしたのにっ! それなのに……あんなの見せられたら、我慢なんて出来ないよ!」

「……それでいいんですよ」

「え……」

 

私は沢渡さんたちと出会い、光津さんたちと笑い合い、柊さんたちと一緒に、必死に戦って来た。

それを見て、詠歌は……希望を抱いてくれた。

まだ生きていたいと、自分も、私みたいに生きていたいって。

それだけで私のこの世界での生は、意味があった。自分勝手な欲望に、詠歌は理由をくれたんだ。

 

「私のターン!」

 

来た……!

 

「私は手札からマドルチェ・ミィルフィーヤを召喚し、さらにその効果で手札からマドルチェ・エンジェリーを召喚!」

 

マドルチェ・ミィルフィーヤ

レベル3

攻撃力 500 → 400 → 900

 

マドルチェ・エンジェリー

レベル4

攻撃力 1000 → 900 → 1400

 

「そして効果発動っ、エンジェリーをリリースし、デッキからマドルチェ一体を特殊召喚する!」

 

天使の歌声が、私のデッキで眠るお姫様を呼び起こす。

 

「おいで、御伽の国のお菓子の姫君! マドルチェ・プディンセス!」

 

マドルチェ・プディンセス

レベル5

攻撃力 1000 → 900 → 1400

 

天使に起こされたお姫様はフィールドの影の女王にも、女神にも怯むことなく毅然とした態度でフィールドに降り立つ。

 

「ッ、でもその子の攻撃力じゃわたしのモンスターは倒せない!」

「私に見栄を張ってシェキナーガを召喚したのは失敗でしたね。確かにシェキナーガは強力なモンスター、ネフィリムと合わせれば特殊召喚されたモンスター相手なら無敵……でも今のあなたの手札には恐らくシャドールはいない。シェキナーガの効果は使えない!」

 

シャドールのモンスターならさっきの融合で効果の発動しないファルコンよりもそのカードを素材としたはず。罠カードだったら伏せているはずだ。

勿論絶対の確信はない。攻撃力の低いファルコンを残すのを嫌っただけかもしれない。でも、私は不思議とそう確信していた。

 

詠歌の子供染みた見栄。私への対抗心。まったく、私と違って随分と可愛いものです、なんて、私も詠歌の事を言えませんが。

 

「くっ、でもプディンセスの効果は戦闘を行った時にわたしのフィールドのカード一枚を破壊する効果、それを使ってわたしのモンスターを倒しても、あなただって大きなダメージを受ける!」

「倒したりなんかしませんよ。私は手札から魔法カード、レベル・マイスターを発動! 手札のモンスター一体を墓地へ送り、自分フィールドのモンスターを二体まで選択し、そのモンスターのレベルを墓地へと送ったモンスターと同じにする! 私が墓地に送るのはマドルチェ・マジョレーヌ!」

 

さあ届けてマジョレーヌ、あなたの魔法を、御伽の国の住人たちへ。

 

「そして私のフィールドのプディンセスとミィルフィーヤのレベルはマジョレーヌと同じ4になる!」

 

マドルチェ・ミィルフィーヤ

レベル3 → 4

 

マドルチェ・プディンセス

レベル5 → 4

 

「レベル4のモンスターが二体……ッ!」

「私はレベル4となったミィルフィーヤとプディンセスでオーバーレイ! 人形たちを総べるお菓子の女王、御伽の国をこの場に築け! エクシーズ召喚! おいで、クイーンマドルチェ・ティアラミス!」

 

クイーンマドルチェ・ティアラミス

ランク4

攻撃力 2200 → 2100 → 2600

ORU 2

 

「お菓子の女王様……」

 

優雅に降り立つお菓子の女王、彼女もまたシャドールたちに怯むことはない、いつもと同じ、穏やかな笑みを浮かべ御伽の国へと姿を現す。

 

「ティアラミスの効果発動! 一ターンに一度、オーバーレイユニットを一つ使い、墓地のマドルチェと名の付くカードを二枚までデッキへと戻し、それと同じ枚数、相手フィールドのカードを持ち主のデッキへと戻す! 私はマドルチェ・エンジェリーとオーバーレイユニットして墓地に送られたマドルチェ・ミィルフィーヤを選択! さらにシャトーの効果でマドルチェたちは手札へ戻る! そしてあなたのフィールドのエルシャドール・ネフィリムをエクストラデッキへ、影牢の呪縛をデッキへ戻す!」

 

クイーンマドルチェ・ティアラミス

ORU 2 → 1

 

「エクストラデッキへと戻せば、ネフィリムたちの効果は発動せず、墓地の融合カードを回収する事は出来ない! お願い、ティアラミス! 女王の号令(クイーンズ・コール)!」

 

ティアラミスが掲げた杖が光輝き、影の女王と空間を覆う影を打ち払った。

 

「フィールド魔法、影牢の呪縛が消えた事でティアラミスの攻撃力が戻る」

 

クイーンマドルチェ・ティアラミス

攻撃力 2600 → 2700

 

「あ……」

「詠歌。私は何度だって言います。何度だって――あなたの強さを肯定する」

「わたしの、強さ……?」

「一度は折れた心を、立ち直らせるのはとても難しい。……私が暗く深い絶望に囚われたように。沢渡さんの言葉でさえ、私は立ち直る事が出来なかった。けどあなたは誰の言葉もなく、私の生き方に希望を見出し、一人で立ち上がろうとした。私を押し退け、もう一度生きようとした……そんなあなたは、間違いなく強い」

「違う、わたしは……」

「いいえ。だって私なんて、あなたの事が怖くてずっと目を反らして来た。私が私である為に、あなたやあなたの世界を見て見ぬふりをしてきた。でもあなたは違うでしょう? もしも私があなたに負けてあなたが再び体を取り戻していたら、そこに広がっているのは私の世界。光津さんや柊さん、沢渡さん……そんな見知らぬ人たちに囲まれて、それでも生きようなんて、本当に大した度胸ですよ」

 

わざとらしい私の言い方に、詠歌は顔を赤くした。

 

「違う! だってあなたの友達は皆優しかった! 皆優しくて、良い人で、わたしの事もきっと受け入れてくれる! そう、思って……」

 

しかし、その勢いはすぐに弱まる。

 

「……そっか。たとえわたしが生き返っても、あの人たちにとって久守詠歌はあなたなんだ……」

 

詠歌は気付く。たとえ体を取り戻しても、其処に広がるのは彼女にとっての理想の世界ではない事に。

そんな事に気付かない程、彼女は必死だった。必死でもう一度、生きようとしていた。

 

「ならやっぱり、わたしはひとりぼっちで……」

「諦めるんですか? 逢歌と一緒にあんなに私を追い込んだのに」

「……」

 

詠歌の手がゆっくりと落ちる。デュエルディスクを構える気力を失っていく。

 

「胸を張りなさい、久守詠歌!」

「っ!」

 

私の大声に、詠歌はビクリと肩を震わせた。

そして怯えた表情で私を見上げる。

 

「確かにあなたは自分で命を断ったのかもしれない。病室で生涯を終えた私のように、本来なら死に行く魂なのかもしれない! でもっ、私があなたの体を借りて作り上げたものは、出会えた人たちは! あなたが歩むかもしれなかった、あなたの未来なんだ! 一度欲しいと願ったなら、その我が儘を貫きなさい! 子供らしく駄々を捏ねろ! 泣いてしまいそうなら、笑って、その笑顔をいつか本当にして見せなさい!」

「で、でも……」

「でもじゃない! あなたも私もチャンスが与えられた! 本来なら一度きりの命をっ、もう一度やり直せるチャンスが! それを無駄にするな! 私は死んでいったあの子たち分まで生きたいと願った、あなたも亡くなった両親の分まで生きたいと願え! たとえそれがどれだけ辛く苦しくても逃げるな!」

「っ……」

「それが出来ないなら、いつまでもあなたはひとりぼっちのままだ! 一人で勝手に苦しんで、一人で勝手に怖がって、一人ぼっちで消えていくっ。誰も見つけてなんてくれない、誰もあなたを見てなんてくれない。みんな、あなたを無視して先に進んでいく!」

「……、だ」

「何にも変わらない、何も変えられない! 一人が辛いなら、苦しいなら、声を上げろ! 一人で居ても誰も助けてくれないんだ!」

「……や、だ」

「一人で立ち上がっても其処から動けないならっ、勇気を出して助けを求めろ! その強さがあなたにもあるはずだ! ――久守詠歌!」

「……いや、だ」

 

詠歌の手が握られる。瞳に涙を溜め、それでも詠歌が私を見上げる瞳に、強さが戻る。

 

「まったく、時間の無駄でしたね。あなたがこんな様子じゃ、デュエルするまでもない。今すぐにでもシンクロ次元へ行って、沢渡さんたちの力にならないといけません」

「――嫌だ!」

 

そして、その口が力強く叫びを上げた。

私の耳に、その叫びははっきりと届いた。

 

「嫌だ……! わたしは生きたい! お母さんたちの分まで生きたい! そして見せてあげたい! わたしは大丈夫だって、お母さんたちが居なくても、わたしは生きていけるって! 心配しないでって! あなたみたいな奴に負けないって、お母さんたちがくれた体は絶対に渡さないって、証明したい!」

「――はっ、我が儘ですね、あなたは」

「……あなただって、相当我が儘じゃない」

「否定出来ませんね。でも、叶う我が儘は一つだけ」

「あなたか、わたしか」

「そういう事です」

「ならわたしが叶えてみせる! あなたを倒して、わたしはお母さんたちの分まで……あなたの分まで生きる!」

「やってみなさい、久守詠歌!」

 

涙を拭いて、詠歌はデュエルディスクを再び構えた。

それでいい。それでこそ、このデュエルに意味がある!

 

「来なよ! たとえシェキナーガを破壊されても、今度はその女王様を倒してみせる! わたしの力で!」

「それは無理ですよ」

「ううん、無理じゃない! ネフィリムと影牢の呪縛を戻したのはミスだよ! これでシェキナーガが破壊されたら墓地の影依融合を手札に戻して、もう一度ネフィリムを呼び出せる!」

 

詠歌の強気な言葉に私はクスリと笑う。

 

「いいえ、無理です。だって‟この”女王様はお姫様に姿を変えるんですから!」

「……! そんな、だってあのカードはあなた一人の力じゃ、ミドラーシュがいないと……」

「それはどうでしょうね?」

 

詠歌、あなたが私のおかげで強くなったと言ってくれたように、私もあなたの力で強くなった。

 

「私はクイーンマドルチェ・ティアラミスでオーバーレイ! 一体のモンスターでオーバーレイネットワークを再構築!」

 

ティアラミスが光となり、渦へと消えていく。そしてその中から姿を現すのは、いずれ彼女からその称号を受け継ぐ、未来の担い手。

 

「人形たちと踊るお菓子の姫君よ、漆黒の衣装身に纏い、光で着飾れ、御伽の舞台の幕上げを! エクシーズ・チェンジ! おいで――マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モード!」

 

マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モード

ランク5

攻撃力 2500 → 3000

ORU 2

 

「黒のお姫様……!」

 

詠歌の声に応え、プディンセスは一礼した。

 

「マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モードはランク4以下のマドルチェを素材にエクシーズ召喚できる。この子は私だけでも、あなただけでも生まれなかった。感謝してますよ?」

「……あはは、やっぱりわたし、あなたが嫌い!」

「それは残念です! マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モードの効果発動! 一ターンに一度、墓地のマドルチェと名の付くカードをデッキへと戻す! さらにこのカードがマドルチェ・プディンセスをオーバーレイユニットとしている時、オーバーレイユニットを一つ使う事でデッキからマドルチェ一体を特殊召喚出来る!」

 

マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モード

ORU 2 → 1

 

「おいで、マドルチェ・ホーットケーキ!」

 

マドルチェ・ホーットケーキ

レベル3

攻撃力 1500 → 2000

 

「さらにホーットケーキの効果発動! オーバーレイユニットとして墓地に送られたクイーンマドルチェ・ティアラミスをゲームから除外し、デッキからマドルチェ一体を特殊召喚する! おいで、マドルチェ・クロワンサン!」

 

マドルチェ・クロワンサン

レベル3

攻撃力 1500 → 2000

 

プディンセスの声に応え、ホーットケーキがクロワンサンと共に御伽の国に姿を現した。

 

「クロワンサンの効果発動!フィールドのマドルチェと名の付くカード一枚を手札に戻し、レベルを一つ、攻撃力を300ポイントアップさせる! 私はマドルチェ・シャトーを手札に戻す!」

 

マドルチェ・クロワンサン

レベル3 → 4

攻撃力 2000 → 1500 → 1800

 

マドルチェ・ホーットケーキ

攻撃力 2000 → 1500

 

マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モード

攻撃力 3000 → 2500

 

「そして手札に戻ったマドルチェ・シャトーを再び発動!」

 

マドルチェ・クロワンサン

攻撃力 1800 → 2300

 

マドルチェ・ホーットケーキ

攻撃力 1500 → 2000

 

マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モード

攻撃力 2500 → 3000

 

「さらに魔法カード、二重召喚(デュアルサモン)を発動し、手札のマドルチェ・メェプルを通常召喚!」

 

マドルチェ・メェプル

レベル3

攻撃力 0 → 500

 

「そしてレベル3のマドルチェ・メェプルとホーットケーキでオーバーレイ! 黒金の鎧輝く傭兵よ、次元を越え、御伽の国を守る剣となれ! エクシーズ召喚、M.X (ミッシングエックス)―セイバー インヴォーカー!」

 

M.X―セイバー インヴォーカー

ランク3

攻撃力 1600

ORU 2

 

「マドルチェたちの剣……!」

「まだ終わりませんよ、詠歌! インヴォーカーの効果発動! 一ターンに一度、オーバーレイユニットを一つ使い、デッキからレベル4の戦士族、または獣戦士族の地属性モンスター一体を守備表示で特殊召喚する! おいで、マドルチェ・メッセンジェラート!」

 

M.X―セイバー インヴォーカー

ORU 2 → 1

 

マドルチェ・メッセンジェラート

レベル4

守備力 1000 → 1500

 

「さらにメッセンジェラートが特殊召喚された時、フィールドに獣族のマドルチェが居る場合、デッキからマドルチェと名の付く魔法、罠カードを一枚手札に加える事が出来る! 私はマドルチェ・ハッピーフェスタを手札に加える! そしてインヴォーカーの効果で特殊召喚されたメッセンジェラートはエンドフェイズに破壊される、でも!」

「っ、今のクロワンサンのレベルは4……!」

「そう! これでレベル4のマドルチェが二体! 私はレベル4となったクロワンサンとメッセンジェラートでオーバーレイ! エクシーズ召喚! もう一度舞台へ! クイーンマドルチェ・ティアラミス!」

 

クイーンマドルチェ・ティアラミス

ランク4

攻撃力 2200 → 2700

ORU 2

 

詠歌、私もこのデュエル、手を抜くつもりはない。私はあなたに勝つ。勝って、私は――!

 

「ティアラミスの効果発動! オーバーレイユニットを一つ使い、オーバーレイユニットとして墓地に送られたメッセンジェラートとホーットケーキをシャトーの効果で手札に戻し、さらにあなたのフィールドのシェキナーガと伏せカードをデッキに戻す! 女王の号令!」

「くっ……!」

「これであなたを守るのはセットされたシャドール・ビーストだけ……バトル! ティアラミスでシャドール・ビーストを攻撃!」

「ビーストの効果、発動……! デッキからカードを二枚ドローし、手札を一枚墓地に送る……! 私が墓地に送るのは影依の原核、その効果で墓地の影依融合を手札に戻す……」

 

伏せカードを戻すか、ビーストを戻すかは一種の賭けだった。賭けには勝てたようだ。

 

「残念ですが引けなかったようですね。ハウンドやファルコンを引くことが出来れば、まだ勝負は分からなかった。終わりです! マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モードで直接攻撃! 鳴り響け、スイーツ・アンサンブル!」

 

プディンセスとインヴォーカーの攻撃力の合計は4600、この総攻撃で詠歌のライフは0。私の勝ちです……!

 

「まだだよ! 速攻のかかしの効果発動! 直接攻撃を受けた時、このカードを捨てる事で攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させる!」

「――!」

 

……速攻のかかし、あなたもそのカードをデッキに入れていたんですね。

 

「焦らないでよ、まだ終わりには早い。まだまだこれからが盛り上がるんだから!」

「言いましたね、なら、見せてもらいましょう! 私はカードを一枚伏せてターンエンド!」

「終わらせない、こんな所で、絶対に……! わたしのターン、ドロー! ……ッ!」

 

ドローカードを見て、詠歌は笑った。

 

「ふふふっ、何だっけ、こういう時言う台詞があったよね――私ってカードに選ばれてる!」

「ッ、この、あなたが沢渡さんの台詞を言うんじゃないですよ!」

「だって言うななんて言われてないし。それともあなたが好きになった人はそんな事で目くじら立てるような心の狭い人なのかな?」

「なっ、そんな訳ないでしょう! くっ、やっぱり私もあなたが嫌いです!」

「あれ、前は好きだって言ってくれたのになあ?」

「……ふふふ、言いましたね。今の私は、かなり機嫌が悪いです!」

 

この小娘、もう一度泣かせてあげます!

 

「言いたくもなっちゃうよ。以前のわたしなら、こんな風にデッキが応えてくれるなんて思いもしなかったんだから。教えておいてあげるね、今ドローしたのはさっきあなたがティアラミスの効果でデッキへと戻した伏せカード。たった一枚しか入ってない、魔法カード」

「っ……読み違えましたか」

 

あの伏せカード、何かの罠だと思っていましたが……。

 

「わたしは魔法カード、ブラック・ホールを発動! 効果は説明するまでもないよね!」

「ッ!」

 

よりにもよって……! 私のマドルチェとはあまり相性が良くないから入れていなかったけれど、シャドールたちならばそのデメリットは関係ない、むしろメリットにさえなるカード、少し考えれば、入れていないはずはない。

 

「あなたのフィールドにモンスターはいない、よって破壊されるのは私のモンスターだけ……!」

 

たった一枚のカードによって、御伽の国の住人たちが吹き飛ばされていく。

……ふふっ。

 

「あははは……」

「ほら、やっぱりあなたも強いじゃない。泣きたい時にそうやって笑えるんだから」

 

勝ち誇ったように言う詠歌に、私は首を振る。

 

「あはは、違いますよ。泣きたいから笑っているんじゃありません。ただ楽しいから、素直に笑ってるんですよ」

「楽しい? せっかく召喚したお姫様や女王様たちが全部破壊されちゃったのに?」

「ええ、私は今すっごく楽しい……たった一枚で戦局が変わる、最後の最後までどうなるか分からない……だからデュエルは面白いんです!」

「あはっ、それは同感だよ! 少しだけあなたの事が好きになれそう!」

「私もですよ、詠歌! さあ、次は何を見せてくれるんですか! 私の期待に応えて見せてください!」

「言われなくたって! わたしは魔法カード、貪欲な壺を発動! 墓地のモンスター5体をデッキへと戻し、シャッフル! そしてカードを二枚ドローする! わたしはシャドールたちをデッキに戻す! お願い、もう一度力を貸して!」

 

マドルチェたちと同じように、シャドールたちが墓地から詠歌のデッキへと戻っていく。再び詠歌の力となる為に。

 

「……! そして手札から影依融合を発動! わたしが融合するのは手札のシャドール・ハウンドと――氷帝メビウス!」

「メビウス……!? どうしてあなたがそれを……!」

「一度はあなたを倒した人が使ってたカードだもん、入れていても不思議じゃないでしょ?」

「くっ、台詞だけでなくカードまで……!」

 

いや、驚愕すべきなのはそこじゃない。メビウスは水属性、シャドールに水属性の融合モンスターなんて……

 

「……あなたが教えてくれたんだよ。思い出は力になる。わたしも、あなたを通して見てきた。あの人の言葉を、あの人の姿を。わたしにも、勇気をくれた――だからわたしは、この思い出を力に変える! あなたがわたしとの思い出を力に変えたように、わたしも!」

 

……そうか。これは、詠歌の決意の証。

私が示したように、詠歌も示そうとしているんだ。

 

「ならやってみせなさい!」

「当たり前だよ! いくよ、みんな!」

 

詠歌の手に光が集う。暗く、けれど暖かい、シャドールの影糸と同じ光。

 

「御伽の国に夜の帳が降りた時、影に抱かれて新たな花よ! 咲き誇れ! 融合召喚!」

 

紫色の影の中、彼女は現れた。

まるで翼を広げるように、或いは花が咲き誇るように。

 

 

「おいで――エルシャドール・アノマリリス!」

 

 

エルシャドール・アノマリリス

レベル9

攻撃力 2700

 

その翼は、花は、氷で覆われていた。砕け、零れ落ちた氷が雪のように光輝く。

綺麗だと、素直にそう思えた。

 

「これが、新しいシャドール……詠歌の、力」

「ううん、これもわたしだけの力じゃない。あなたたちが教えてくれた、あなたたちが作ってくれた、わたしの思い出の結晶。これが砕ける事があったら、きっとわたしはその先の結末を受け入れられる。それがどんなものでも、逃げずに受け止められる」

「詠歌……」

「――さあ、いくよ! バトル! わたしはエルシャドール・アノマリリスで直接攻撃! 凍てつけ、インペリアル・ブリザード!」

「させないッ、罠発動! マドルチェ・ハッピーフェスタ! 手札のマドルチェを任意の数、特殊召喚する!」

「無駄だよ! アノマリリスが存在する限り、お互いのプレイヤーは魔法、罠カードの効果で手札、墓地からモンスターを特殊召喚出来ない!」

「ッ、ミドラーシュと同じ、特殊召喚封じ……!」

 

発動したハッピーフェスタは破壊され、アノマリリスの羽ばたきによって起こった氷の風が私へと襲い掛かる。

 

「くっ……!」

 

UNKOWN LP:1300

 

「ようやく一撃……! わたしはこれで、ターンエンド!」

「私の、ターン……!」

 

先程の風のせいで震える手でデッキへと手を置く。これが運命のドローになる。そんな気がする。

 

「……もうお終いだよ。お菓子の女王も、お姫様もあなたのデッキにはもういない」

「そうですね。でも私にはまだ、ライフは残っていますし、デッキも、手札もある。それでどうして終わりだなんて言えるんでしょうか」

「だってあなたと一緒に戦ってきたお姫様たちは、もういないんだよ!? わたしには分かる、あなたのデッキにはわたしと同じでアノマリリスを倒せるモンスターはいない! エクストラデッキにだって、もう……!」

 

いいや違う。たった一枚だけ、この状況を覆すカードが私のデッキには眠っている。

 

「諦めませんよ。詠歌、あなたは私を通してずっと見てきたはずでしょう。それともやっぱり、見ているだけじゃ分からないんでしょうかね……私はずっと、あの人の、沢渡さんの取り巻きをやっていたんだから!」

 

沢渡さんなら絶対に諦めない。ううん、諦める理由がない!

 

「私のターン――ドロー!」

 

そして諦めなければ、必ずカードは私を選んでくれる。

そうですよね――沢渡さん!

 

「……ははっ、詠歌。今しっかりと訂正しておきますね」

「……?」

「正確にはこう言うんですよ――私ってばカードに選ばれすぎぃ!」

 

笑う。沢渡さんのように自信に満ちた顔で。誰もが呆れてしまうような、そんな顔で。

 

「私は手札から二重召喚を発動! 通常召喚の回数を増やすこのカードなら、アノマリリスの効果で止める事は出来ない!」

「二枚目っ!?」

「シャドールたちがいない今、マドルチェたちを最大限に活かすカードを入れていて当然でしょう?」

「っ、でもモンスターを並べるだけじゃわたしには勝てない!」

「分かっていますよ! 私は手札からマドルチェ・ミィルフィーヤを召喚! さらに効果発動! 手札のマドルチェを特殊召喚する! マドルチェ・ホーットケーキを召喚!」

 

マドルチェ・ミィルフィーヤ

レベル3

攻撃力 500 → 1000

 

マドルチェ・ホーットケーキ

レベル3

攻撃力 1500 → 2000

 

「さらにホーットケーキの効果発動! 墓地のティアラミスを除外し、デッキからマドルチェ一体を特殊召喚する! おいで、マドルチェ・シューバリエ!」

 

マドルチェ・シューバリエ

レベル4

攻撃力 1700 → 2200

 

「これで準備は整いましたよ、詠歌」

「並んでもレベル3、チューナーでもないその子たちで一体――」

「あなたがネオ沢渡さんとの思い出を力に変えるなら、私はネオ・ニュー沢渡さんとの思い出を力に変えるまでです!」

「何を……っ! まさか!」

「力を貸してください、沢渡さん! 私はマドルチェ・ミィルフィーヤとホーットケーキをリリースし、アドバンス召喚!」

 

子猫と梟はじゃれ合いながら竜巻に包まれる。あのモンスターを呼び出す為、この子たちは力を貸してくれる。

 

 

「――烈風纏いし妖の長よ! 荒ぶるその衣を解き放ち、大河を巻き上げ大地を抉れ!」

 

烈風と共に現れ出でる、妖たちの長。妖仙獣を総べる獣。

 

「現れ出でよ……! 魔妖仙獣 大刃禍是!」

 

沢渡さんが私に見せてくれた、ペンデュラムモンスター!

 

魔妖仙獣 大刃禍是

レベル10 ペンデュラム

攻撃力 3000

 

「大刃禍是……あの人の、切り札……」

「いいえ、沢渡さんは常に先へと進んでいる。この子よりももっと先へ。まだまだ私も追いつけていませんよ。でも、いつか必ず、もう一度あの人の隣に立って見せる! 大刃禍是の効果発動!」

「ッ!」

「このカードが召喚に成功した時、フィールドのカードを二枚まで持ち主の手札に戻す! 詠歌! あなたの想いの結晶は砕けはしない! ただもう一度、花を開く時を待ってもらうだけです! お願い、大刃禍是!」

 

選択するのはアノマリリス一体。大刃禍是の咆哮と共に、その角から生み出された竜巻がアノマリリスを砕く事無く、詠歌のデッキへと運んでいく。

 

「あ……」

 

氷の欠片を残し、アノマリリスは消えた。詠歌は雪のように落ちてくるそれを見上げていた。

詠歌に残された手はもう、ない。

 

「……あはは、そっか。これで、お終い、かぁ。言った通りだね、たった一枚で戦局が変わる。だからデュエルは、面白いんだ……」

 

そして、泣きながら、私を見て笑った。

 

「――マドルチェ・シューバリエと大刃禍是で、プレイヤーへ直接攻撃」

 

EIKA LP:0

WIN UNKNWON

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

影も風も御伽の国も、その全てが消え、真っ白な空間へと戻った其処で、詠歌は倒れ、私は立っていた。

 

「私の勝ちです、詠歌」

「うん……わたしの負けだよ――詠歌」

「それはあなたの名前でしょう」

「これからはあなたの名前になるんだよ」

 

力なく笑いながら、詠歌が言う。

 

「どうしてミドラーシュを使わなかったんですか? 確かにあなたにもデメリットはあるとはいえ、融合召喚だけを使うあなたなら、エクシーズを使う私よりもそれは遥かに低かったはずです。結果も変わっていたかもしれない」

「そんなもしもの話をしても仕方ないじゃない。でも……だってあの子が一番、あなたに力を貸してたでしょ? あんな黒焦げのナニカまで作ってさ」

「あれはむしろ嫌がらせのレベルです」

「あはは……だからかな、あの子も戻って来てくれたけど、あなたと戦わせたら、きっとわたしは持ち主失格だと思って。そのおかげでアノマリリスだってわたしに力を貸してくれたんだと思うから」

「……そうですか。やっぱりあなたは強いですね、詠歌」

 

そして、優しい。

 

「だからそれはもう、あなたの名前だって」

「いいえ、違います。久守詠歌は、あなたです。あなた一人だけです」

「何を言って……」

「詠歌」

 

彼女を抱き起こし、その手を握る。

 

「生きてください。たとえどんな辛い事があっても、あなたとこの子たちなら乗り越えていける。それにあなたなら私が作ったよりももっと多くの人たちと友達になれる。みんなとも、仲良くなれる」

 

「……待って、よ。何なの、それ……!」

「だからお願いです。榊さんや沢渡さん、逢歌に力を貸してあげてください。あなたの世界を守る為に」

「待ってよ! なんでっ、勝ったのはあなたでしょ!? どうしてそんな事を言うの!?」

「そうですね。勝ったのは私です。だから、どうするかは私が決めます」

「あなたは生きたいんでしょ!? 生きたくて、世界を超えてまでわたしの体に宿った! それなのにどうして……!」

「なんでさっきよりも悲しそうなんですか、詠歌?」

 

先程よりもさらに大粒の涙を流しながら、詠歌は私の肩を掴む。

 

「だって、わたしにも分かるから……! あなたがどれだけ生きたかったのか、わたしには分かるから……! だから、どっちが勝っても、わたしはそれを受け入れるつもりだったのに……なのに何で……!」

 

振るえる彼女の体を抱き締める。

 

「ありがとう。私の為に泣いてくれるんですね」

「っ、く……だって、そんなの、おかしいよ……!」

「ううん。おかしくなんてない。だってこの世界の体はあなたのもの、久守詠歌はあなたの名前。あなたが生きるのは、当たり前の事です」

「そんな事……っ!」

「もし私があなたの体を自分の物にして、本当に生き返ったとしても、私は絶対にそれを後悔する。たとえどんなに嬉しい事があっても、絶対に幸せになんてなれない。あなたを犠牲に生きるなんて、私には出来ないよ」

「そんなの、わたしだって……!」

 

泣きじゃくる詠歌の頭を撫でながら、私は私の出した答えを告げる。

 

「だから私は誰も犠牲になんてしない。あなたも、そして私自身も」

 

それが私の答え。私の一番の我が儘。

 

「え……?」

「詠歌。私が‟戻って”来るまで、沢渡さんたちをお願いしますね」

「何を、言って……?」

「簡単な事ですよ。私がこうして此処に居る事で、魂ってものが本当にあるって分かりました。たとえ死んでも、魂は残る。そしてその魂はきっと、また新しい肉体に宿る」

 

他人の体ではなく、新しく生まれて来る命に、魂は転生していく。

 

「世界を超える事が出来たんです。私の魂は、この想いは、たとえどんな姿に生まれ変わっても変わらない。どんな壁も、世界も、乗り越えてみせる」

 

詠歌をゆっくりと寝かせ、私は立ち上がる。この魂の旅路の新たな航路を切る為に。

 

「それは……、待って……!」

「だから待ってて下さいね。‟私が私として”、もう一度この世界に来るのを」

「待ってよ! そんな簡単にいくわけ……!」

「出来ます。絶対に。だからその時まで、さようならです」

 

力が入らず、立ち上がる事の出来ない詠歌にそう告げ、私は舵を取る。

 

 

「さあ方舟よ! 私たちの魂が行くべき場所へ連れて行って! それぞれの魂が本来あるべき場所へ、新しい私の場所へ!」

 

 

「待ってよ、待って……!」

 

「――詠歌、私の事を覚えていてください。久守詠歌ではない、私の事を。それがきっと、私の道標になるから――」

 

 

――そして、私たちの意識は完全に白く染まった。

 

さようなら、沢渡さん、みんな。

必ずまた会いに来ます。

久守詠歌ではない、私として。

 

 

 

――人は死んだら何処に行くのだろう。

それは誰にも分からない、でも信じている。

きっとまたいつか、会えると。




次回エピローグで本編完結となります。


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『決闘者』

これで本編完結


「――その日が来るまで俺たちも頑張る、遊矢も頑張れ! 燃えろォ! 熱血だァァアア!」

 

遊勝塾前の河川敷、塾長の声が響く。

柚子お姉ちゃんを助ける為、遊矢お兄ちゃんたちはランサーズとして次元を越えて旅に出た。

遊矢お兄ちゃんのお母さんの洋子さんにも、柚子お姉ちゃんのお父さんの塾長にも見送りは許されなかった。

でもきっと、私たちの声は届いているはずだ。

 

「……さ、戻ろうか」

「そうですね。さあお前たち、今から俺の熱血指導だ!」

「よしっ、やってやるぜ!」

「うん! 遊矢お兄ちゃんたちが戻ってきたら、びっくりするぐらい強くならなきゃ! 零羅くんにリベンジする為にも!」

 

洋子さんの言葉に、塾長とフトシ君、タツヤ君が遊勝塾へと戻っていく。ニコ・スマイリーも最後に一礼して、去って行った。

私もそれに続いて歩き始めようとした、その時だった。

デュエルディスクがメールの着信を告げる。ディスクを取り出し、差出人を見ると――

 

「詠歌お姉ちゃんからだ……!」

 

詠歌お姉ちゃん。

初めて出会った時、遊矢お兄ちゃんからペンデュラムカードを奪う為に私たちを人質にして、柚子お姉ちゃんとデュエルをした、怖い人。そう思ってた。

沢渡の事になるとちょっと暴走しちゃう所もあるけど……今の私にとっては柚子お姉ちゃんと同じくらい大切で大好きな、もう一人のお姉ちゃん。

遊矢お兄ちゃんから詠歌お姉ちゃんもランサーズの一員として一緒に行くと聞いている。

舞網チャンピオンシップが始まってからのお姉ちゃんは前と雰囲気が変わって、すごく……苦しそうだった。襲撃犯に襲われて入院してた時よりも、もっと。

一度大会中に会った時は私たちを避けるようにして、それから一度も話せないままだった。それがすごく心残りで、心配で、だけどどうしようもなくて。

 

でも今、こうしてメールが届いた。どんな内容なんだろう、もう大丈夫なんだろうか、そんな期待と不安が入り混じった中、メールを開く。

 

「…………あははっ、変なお姉ちゃんっ」

 

メールの内容を見て、思わず笑ってしまった。でも、安心した。

お姉ちゃんも遊矢お兄ちゃんと同じで、もう大丈夫。

 

「これで良し!」

 

届かないと知っていて、それでも私はメールを打った。たとえメールが届かなくても、私たちの声は届くと信じているから。

送信する直前、思い直して最後に付け加える。お姉ちゃんと同じ一文を。

 

「私とデュエルする約束、必ず守ってね――――親愛なる友人より、と!」

 

堅苦しくて、子供らしくないメール。それがお姉ちゃんらしくて、私も真似をして。

 

「おーいアユー! どうしたんだー!?」

「塾長の抗議が始まるよ!」

「うんっ! 今行くー!」

 

フトシ君とタツヤ君に呼ばれ、私は走り出す。最後にもう一度だけ空を見上げて。

 

「――いってらっしゃい、詠歌お姉ちゃん!」

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「お、終わったぁ……」

「こっちも……」

「俺もだ……」

「お疲れ様。紅茶を淹れたから一度休憩しようか。暫くはお客さんも来ないだろうからね」

「うーっす……」

 

店長に呼ばれ、俺たちは脱力しながら裏の休憩スペースに座り込む。う、腕が痛え……。

 

「結構ハードだな……」

「ああ。けどこんだけの仕事を今までは二人でやってたんだもんなあ」

 

口々に一仕事を終えた感想を言い合う。不満はあるが、皆それなりに充実していた。

 

「お待たせ、さあどうぞ」

「「「ありがとうございまーす!」」」

 

店長が持ってきた紅茶と、午前中に売れ残ったケーキを受け取る。

 

「でも助かったよ。やってもらった通り、案外男手が必要な仕事でね」

「身に染みて分かりましたよ……」

「随分と助かってるよ。彼女が戻って来るまでのヘルプじゃなく、本格的にアルバイトとして雇いたいぐらいだ」

「はははっ、俺たちじゃ華がないっすよ」

「言えてる言えてる」

「俺なんてカウンターに立ってたらお店間違えましたか? って言われたしな」

「そりゃケーキ屋に入って女の子が一人も居なかったらなあ」

「しょうがねえだろ、適任の久守は行っちまったんだし」

 

――沢渡さんと久守がランサーズの一員として次元を越えた日。俺たちは何故か沢渡さんと久守お気に入りのケーキ屋で、アルバイトをしていた。

 

「ははっ、その内慣れるさ。君たちも、お客さんもね」

「そんなもんっすかねえ」

 

きっかけは今朝送られてきた久守からのメール。ランサーズとしてこの次元を離れる事と、このお店に行くようにと書かれた簡潔なメール。

別次元とかランサーズとか、痛い話だと思ってたけど、昨日の映像を見た後じゃそんな事も言えない。沢渡さんも久守も、無事にやれてるといいけど……久守はともかく、沢渡さんだし……それにあの二人が揃うと尚心配だ。まあ無事に帰って来るかどうかは心配してないけどさ。だって沢渡さんと久守だし。

 

「久守からもプレッシャー掛けられてるからなあ」

「ああ、帰って来た時、店に何かあったら俺たちの責任とか書いてたな」

「むしろそれしか書いてなかったようなもんだろ、あれ」

 

なんだかんだでそれなりの付き合いになってるけど、沢渡さんと比べて俺たちの扱いが酷すぎねえ? いやまあ沢渡さんと同じように接されても困るんだけど。というかあんな風に接されて平気な顔出来るのは沢渡さんぐらいだろ。そういう意味ではお似合いなんだけど……。

でもクラスの奴らとか、光津真澄とかには普通に接してるのに、なんで俺たちだけ呼び捨てで、こんな扱いなんだか。

 

「信頼されているんだね、あの子に」

「信頼っつーかこき使われてるだけのような……」

「僕も聞いてるよ。あの子、沢渡君や君たちの事を良く話していたようだからね」

「久守が? 沢渡さんの事はともかく、俺たちの事も?」

「ああ。気兼ねなく接せられる、悪友たちだってね」

「悪友ねえ……まあそれが一番しっくり来るよな」

「まあな。友達とか親友とか言われると何かむず痒いし」

 

気兼ねなく付き合ってるのは俺たちも同じだ。沢渡さん一筋の久守相手に妙な気を遣う必要も感じない。沢渡さんと久守がどうにかなったとしても、多分それはずっと変わらないんだろうな。あの調子じゃどうにかなるのかも分からねえけど。

 

「まあ、任せられたからには久守やバイトのお姉さんが戻って来るまでは手伝いますよ」

「悪友の頼みだからなあ、仕方ねえか」

「やっとかないと後が怖いからな……」

 

ほっぽりだしたら戻って来た時に何を言われるか……。ありありと想像が出来て、俺たちは笑った。

LDSもだけど、此処も久守と沢渡さんが帰って来る場所だからな。しっかりと守っておかねえと。

 

「うっし、やるかー!」

「それじゃあ山部君と柿本君は午前中と同じように、大伴くんは宅配を頼めるかい? 市議会議員の方から注文が入っててね」

「うっす!」「はーい!」「了解っす!」

 

留守番くらい、俺たちでやっておくさ。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「――いきなり危なかったなあ……さっそくリアルソリッドビジョンシステムが役に立ったよ」

 

埃の積もった部屋、倉庫か何かかな? 次元を越えたと思ったら空中に放り出されて、落っこちた先。デュエルディスクに組み込まれたリアルソリッドビジョンシステムでモンスターを実体化させたおかげで大きな怪我はない。

けど……

 

「僕一人、か。融合次元製のと違ってまだ精度とかが甘いのかな」

 

周囲に人影はない。他のランサーズは別の場所に転送されたようだ。もしかして何かの事故で僕だけがシンクロ次元に辿り着けなかったのかとも思ったけど、その心配は杞憂だとすぐに気付いた。

 

「D・ホイール……うん、間違いないみたいだね」

 

衝撃で舞い上がった埃が晴れると、僕が落ちた時に倒れたらしいD・ホイールが目に入った。何処かのガレージ? でも落ちる時に見えたのはドームみたいな場所だったし、スタジアムか何かなんだろうか?

とりあえず情報集めと、他のメンバーと合流しないと。そう思った時、建物中にサイレンの音が鳴り響いた。

 

「うわぁ……あんまり好ましくない状況みたい」

 

来て早々に問題を起こしてしまったようだ。やっぱり勝手に入っちゃまずい場所だったんだろうな。

僕の知識はあんまりアテには出来ないけど、セキュリティなんかが居たら厄介だ。問答無用で捕まりかねない。柊柚子や彼女たちを救う為に来たのに、僕が捕まるなんて笑えない。

とにかく此処を離れて、ひとまず身を潜めた方が良さそうだ。

そう考え、出口を探し始めた瞬間。

 

「――うげっ! 先回りされてた!?」

 

倒れたD・ホイールの向こうから焦ったような声が聞こえてきた。声の感じからしてセキュリティや警備員ではないようだけど――

さて、どうするか。そう思いながら様子を窺っていると、部屋に飛び込んできたのは見覚えのある顔だった。

 

「……成程ね。ある意味手間が省けたかな」

「お願いっ、見逃して! ……って、え?」

 

毎日鏡で見ていた顔。そして一足先に答えを見出して先へ進んだ子の顔。少し違うのはその頬に黄色いマーカーがついている事。

 

「――はじめまして、僕じゃない誰かさん」

「あんたは……あたし!?」

 

ああ、どうやらこの子も、僕たちと同じで中々愉快そうだ。

 

「人違いだよ。ところで今は脱走中かい?」

「え、ああ、うん。そうだけど……」

「ならもしかして探し物はこれ?」

「あっ、あたしのD・ホイール! やっぱり此処にあったのか!」

 

目を白黒させながらもD・ホイールに彼女が駆け寄る。遠くから無数の足音が聞こえる。出会いを祝っている暇はなさそうだ。

 

「ねえ、曲芸は得意?」

「は?」

「手伝うから僕も乗せてもらえないかい?」

 

此処で捕まって、逢歌の体にマーカーを刻ませるわけにはいかない。僕は彼女に提案する。

 

「手伝うって……」

「あそこに僕が落ちて来た時に空いた穴がある。そこから逃げよう」

「いや、流石にこの狭い倉庫じゃ助走が足りないって」

「助走が出来れば行けるんだ……なら大丈夫そうだね」

 

本来の使い方でなくて申し訳ないけど、なら方法はある。

 

「アクションフィールド、オン」

『フィールド魔法・クロス・オーバー』

 

デュエルディスクを操作し、リアルソリッドビジョンシステムを作動させる。同時に光の無数の足場が形成される。

 

「なんじゃこりゃあ……」

「さあ、行くよ! また捕まりたいわけじゃないだろう?」

「あっ、ああ!」

 

倒れたD・ホイールを起こし、その後ろに乗りながら彼女を急かす。彼女は頷き、D・ホイールに跨り、ハンドルを握った。

 

「整備なんてされてないだろうし……掛かって頂戴よ……!」

 

僕たちの祈りが届いたのか、D・ホイールの心臓は大きく唸りを上げた。

 

「良し! なら行くよっ、そっくりさん!」

 

思いきりアクセルを握り、僕たちを乗せたD・ホイールは形成されたアクションフィールドの足場へと飛んだ。

そのまま器用に足場を飛び移るように走りながら、天井の出口へと向かって行く。

 

「そっくりさんじゃない、僕は逢歌!」

「そう! ならしっかり捕まってなよ、逢歌!」

「ああ! 君の名前は!?」

 

彼女の腰に手を回し、エンジン音にかき消されないように叫ぶ。

この子がユーゴくんの言っていた彼女である事は今更疑いようがないけれど。

 

「あたし? あたしは――彩歌(さいか)! 見ての通りD・ホイーラーだよ!」

 

僕やあの子以上にこの世界に染まっている彼女の名乗りに、僕は苦笑する。

この次元でも、色々と苦労しそうだ。そしてそれ以上に、今まで見た事のない景色を見せてあげられそうだ、と。

 

――僕は戦うよ。逢歌やカードにしてしまった人たちを救う為に。それが僕のやるべき事で、僕のやりたい事だから。

そして待ってるよ、君が君として、僕が僕として再会出来るその時を。だから早く、帰っておいで。この世界が君の帰るべき場所だと言うのなら。

今度は自分の意思で次元も世界も越えて、好きな人に会いにおいでよ。

 

今は名前を呼ぶ事の出来ない親愛なる友人に、妹分に向かって、そう僕は呟いた。

 

 

「星の海より生まれし輝きよ! 希望の翼広げ、夜天に瞬け! ――シンクロ召喚! 現れろ、幻龍星―チョウホウ!」

「炎を操る担い手よ! 轟く雷の精霊よ! 今一つとなりて天高く杖を掲げよ! ――融合召喚! 騎乗せよ、聖霊獣騎 ガイアペライオ!」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

――意識が浮上する。風が肌に触れる、土煙の匂いが鼻に届く、遠くで誰かの声が聞こえる。

久しぶりの感覚。当たり前に感じていたはずの、懐かしい感触。

 

「……」

 

瞳を開く。明瞭な視界。手を握る。確かに動く、自分の手足。わたしの、体。

 

「……本当に、勝手なんだから……」

 

もう届かないと知っていて、悪態を吐く。……いいよ、もういい。あなたがそんな勝手なら、わたしも勝手にやらせてもらう。

あなたが仲良くなった人たちと、あなた以上に仲良くなってやる。あなたが戦ったデュエルよりも、もっと良いデュエルをやってやる。

あなたには二度と負けない。絶対に、負けてなんかやらない。

 

「だってわたしは、久守詠歌なんだから……!」

 

両親がくれた名前。あなたが名乗っていた名前。この名前を傷つけるような事は、絶対にしない。

それが何処だろうと、何処の次元だろうと。

 

 

「――俺を誰だと思ってやがる! 沢渡シンゴだッ!」

 

 

……けど一つだけ、勝てないものがある。勝ちたいとも思わないけど。

 

 

「デュエルやろうってのかあ!?」

 

 

あの人の隣に立てるのは、あなただけだ。たとえ頼まれたって、わたしはあの人の隣になんて立ってやらない。

たとえあなたがどれだけ彼と仲良くしていても、わたしは彼と仲良くなんてならない。なって、あげない。

 

「――次元を越えてすぐこれ? もっと落ち着きなよ、沢渡シンゴ」

 

わたしが目覚めた屋根の上、そのすぐ下には警察官のような集団に囲まれている彼と、セレナ、そして榊遊矢と赤馬零羅の姿があった。

 

「久守! よかった、お前も一緒に来れたんだな!」

「うん。今はどういう状況なの?」

 

飛び降り、榊遊矢の傍へと近づく。

 

「分からない、俺たちを誰かと勘違いしてるみたいで……」

「誰だろうと関係ない。デュエルを挑まれたなら応えるまでだ」

「待てってセレナ! まずは話し合いを……」

「なんだぁ? 怖じ気づいたのか、榊遊矢」

「だから沢渡も落ち着けって!」

 

思わず溜め息を吐いてしまいそうなチームワークに、顔を覆う。前途多難だ……。

でも、今回はわたしも賛成かな。

二人と同じようにデュエルディスクを構えた。

 

「久守まで!?」

「ごめんね、でも話し合い出来る雰囲気じゃないでしょ?」

 

嘘じゃない。でもそれは建前。本音は――

 

「……お前、やれんのか」

「冗談、わたしを誰だと思ってるのさ」

「誰だか分からねえから聞いてるんだろうが」

 

彼の言葉にわたしは笑う。

 

「わたしはわたし、あなたの大好きなあの子とは違う、久守詠歌だよ」

「……はっ、足手纏いになるんじゃねえぞ、‟久守”!」

「それはこっちの台詞! 情けないデュエルはしないでよ、沢渡シンゴ!」

 

わたしの力を、強さを証明する為。あなたに負けない為に、わたしは戦う。

いくよ、みんな。見せてあげよう、わたしたちの力を。沢渡シンゴに、そしてあの子に。

 

 

「おいで、神の写し身! 探し求める者、エルシャドール・ミドラーシュ!」

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

『うわぁぁあああ!?』

 

「うわぁぁああああ!?」

「ちょ、お姉ちゃんうるさい!」

 

テレビの中のあの人に負けない大声で叫ぶ私を女の子が叱る。

だ、だって……だって……!

 

「沢渡さんが……沢渡さんがワンキルされたんですよ!? あんまりじゃないですか! そりゃ叫びたくなります!」

「なら自分の家で叫んでよ! お見舞いに来てくれたと思ったらすぐにテレビつけて……もはや嫌がらせだよ!」

「だってもうお見舞いとか必要ないでしょう! 手術も成功してもうすぐ退院なんですから!」

「だからって病室で叫んでいい理由にはならないじゃん!」

「あー、もうお前ら二人ともうっさい!」

「「ごめんなさい!」」

 

口喧嘩する私たちを隣のベッドのお姉さんが怒鳴る。口を揃えて謝る私たちを見て、その隣のベッドのお兄さんとおじいさんが笑った。

 

「ああっ、沢渡さんがセキュリティに!?」

「だから……!」

 

それでも懲りずにテレビにかぶりつく私を呆れたように女の子が見る。けど気にしません!

 

「頑張って沢渡さん! お父様と私がついてます!」

「はぁ……」

 

溜め息を吐き、女の子は諦めた。ああ、沢渡さん……!

 

「毎週来てこれだもんなあ……」

「諦めろよ、こいつのこれはもう病気だ病気。通院してるんだよ」

「自分の家でならいくらやってもいいのに……必要なのは通院じゃなくて自宅療養だよ」

 

『何の為に俺がワンキルされたと思ってやがる!』

 

流石沢渡さん! 榊さんを助ける為にあえてワンキルされたんですね! 仲間の為になら敗北する事も辞さないなんて格好良すぎっすよ!

 

それから三十分、私は一人興奮し続けた。

 

 

 

「……ふぅ、今週も満足です……いえ、こんなんじゃ満足できません!」

「どっちなのさ……」

「来週も沢渡さんの活躍が楽しみです!」

「今の様子じゃ、活躍なんて出来そうにないけどね……」

「何か言いましたか!」

「ううん、何にも? お姉ちゃん、だーいすき」

「えへへ、何ですかいきなり。照れますね」

 

テレビから離れ、椅子に座り直す。

 

「それよりお姉ちゃん、アニメも終わったしさ」

「ええ、そうですね」

「お、今日もやるか?」

「当たり前です! 今日こそ勝ちます!」

「へへっ、あたしの連勝記録は何処まで伸びるかね」

 

お姉さんが、お兄さんが、おじいさんが、一つのベッドへと椅子を持って集まって来る。

私はバッグからデッキを取りだし、布団の上に置く。お姉さんも自分のデッキを持ち、それを置いた。

 

「お姉ちゃん、今日こそ勝ってね! 私のカードも入ってるんだから!」

「任せてください!」

「あたしのHEROデッキに勝てると思ってんのか?」

「どんなデッキだろうと勝つ確率はあります! そして何より私たち二人で組んだデッキが負けるはずありません!」

 

私たちは笑いながら、カードを引く。手札には可愛らしいイラストのお菓子のお姫様。ふふ、負ける気がしません!

 

「さあいきますよ!」

「今日も遊んでやるよ!」

 

そして私たちは声を揃えて言う。始まりを告げるあの台詞を。

 

 

「デュエル!」「デュエル!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――遊戯王。

それはモンスター、魔法、罠、三種類のカードからなるカードゲーム。

何千枚の中から選び抜いたカードで組んだ自分だけのデッキで戦うデュエルでみんなを笑顔にする

プレイヤーたちの事を人々は決闘者(デュエリスト)と呼んだ――。

 

 

 

 

 

沢渡さんの取り巻き+1 ‟完”

 




これにて本編完結となります。
アニメの一年目、スタンダード編終了という一区切りで終わらせる事が出来ました。
放送中の作品の二次創作ということでいつ矛盾や齟齬が出るかと恐れていましたが、予定通り、大きな変更もなく着地させる事が出来ました。
続けられるようにフラグは立てていますが、今の所続編の予定はありません。
残るはTFSPの番外編が二話の予定ですが、本編完結ということで作品は完結状態にさせていただきます。
ここまで閲覧いただき、ありがとうございました。
活動報告の方であとがき的なものを書かせてもらいましたので、長々としたものはそちらで。興味があれば覗いてください。


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シンクロ次元特別篇
4人の歌


シンクロ次元で妄想が捗ったので特別編を前後編で投稿。なおやっぱり続編は無理だと確信する。


シンクロ次元。

ランサーズがスタンダードと呼ばれる次元からこの地に降り立った。

とある者はシティで大道芸を、とある者は地下デュエル場で力を振るい、とある者はシティのトップと接触し、またある者はシティの片隅に身を隠していた。

散り散りになったランサーズは再会出来ぬまま、それでも彼女たちは自らの目的の為に戦っていた。

 

「ユーゴが指名手配って……どういう事だよ、先生!?」

「落ち着きなよ、彩歌。どういう事情かは分からないけど、まだ彼は無事なんだろう?」

 

高層ビルが立ち並ぶトップスの下層、コモンズたちの住居。両親を亡くしたコモンズたちが身を寄せ合う孤児院に二人の少女は居た。白のライダースジャケットを身に纏う少女と赤い制服に身を包む少女。服装はまるで違っていたが、その顔はまるで鏡写しのように瓜二つだった。

 

「これが落ち着いていられるか! リンは!? リンはどうしてるんだ!? あの子が居て、どうしてそんな事に……!」

「……彩歌さん、落ち着いて聞いてくれる?」

 

彩歌と呼ばれた少女が育った孤児院で、先生と呼ばれた女性が悲痛そうな顔をして口を開いた。

 

「リンさんは……行方不明なの。あなたがセキュリティに連れて行かれて、暫くしてから……今までずっと」

「行方、不明……? リンが……?」

「……」

 

信じられないという表情で呟く彩歌、そしてその隣で悲痛そうな表情でもう一人の少女、逢歌は沈黙していた。

 

「ユーゴくんの話では、誰かに攫われたって……」

「リンが……攫われた……糞っ、あたしが居ない間にそんな事に……!」

 

焦りと怒り、様々な感情に襲われながら、彩歌は拳を壁に打ち付けた。

 

「……ユーゴくんは昨日、トップスの居住区に不法侵入した罪とトップスの人間に危害を加えた罪で指名手配されているわ。追ってきたセキュリティとデュエルをして、その後どうなったかは分からない。でも彼女の言う通り、きっと無事のはずよ。それに近所の人が教えてくれたのっ、リンさんもユーゴくんと一緒だったって……!」

「……分かった。ありがとう、先生」

「あなたも大変だったでしょう? まずはシャワーを浴びて、ゆっくり休むといいわ」

「うん……あ、でもその前にちょっとこの子と話があるからさ。……本当、ありがとね」

 

笑顔を取り戻し、先生に礼を言うと彩歌は逢歌の手を引いた。

 

「あ、彩歌さん! その子は一体……」

「後で説明するー!」

 

強引に逢歌を連れ、彩歌は外へと飛び出す。

 

「……はぁ」

 

溜め息を零し、彩歌は孤児院の裏で背中を壁に預けた。

 

「……今の話を聞いて、いくつか分かった事がある。聞くかい?」

「ん……話して」

 

彩歌を気遣いながらも、逢歌は自らの知る情報と照らし合わせた結果、導き出された答えを告げる。

 

「攫われたっていうリンって子は、多分アカデミアに居る」

「アカデミアって……あんたの」

「そう。あの収容所から逃げ出した時に話したよね。僕は別の次元、スタンダードから来た。けれど元々の所属はアカデミア、融合次元にあるデュエル戦士養成所だ。つまり、リンを攫ったのは僕の居た組織って事」

「……あのさ」

「何だい。責めるなら責めてもいいよ」

「あたし、あんたのそういう悪ぶった所は好きになれないわ。あたしは確かに直情的だけど、そこまで馬鹿じゃない。だから代わりに責められようとか、そんな気遣いはいらないよ」

 

僅かに逢歌が目を見開く。見抜かれていた事に驚いたのだろう。だがすぐに微笑みを浮かべた。

 

「そう。余計なお世話だったみたいだね」

「まったくだ。続きをお願い」

「アカデミアはこのシンクロ次元のリンだけじゃなく、スタンダードの柚子、融合次元のセレナお嬢様、それにエクシーズ次元の瑠璃っていうリンと同じ顔をした少女たちを集めている。理由は分からないけど、それは間違いないはずだ。そしてスタンダードの柚子はユーゴくんと一緒に居る。さっきの先生が言っていたユーゴくんと一緒に居たリンは、柚子だ」

「……融合、シンクロ、エクシーズ……それにスタンダード……? 召喚方法で分かれてるって事?」

「ああ。スタンダードでは僅かにだけど融合、シンクロ、エクシーズを扱うデュエリストが居る。そしてもう一つ、ペンデュラムっていう新しい召喚方法も」

 

彩歌の反応にもう一つ、逢歌は確信する。

 

「融合とエクシーズを知っているって事は、君も覚えているんだね」

「……」

 

彩歌もまた自分や、‟彼女”と同じなのだと。

彩歌は無言で一枚のカードを取りだした。

 

「……覚えてるよ。忘れるなんて出来ない。あたしに勇気をくれた人たちの事、あたしに笑顔をくれた人たちの事、あたしにデュエルを教えてくれた人たちの事は……ずっと、ずっと覚えてる」

 

シンクロ次元には存在しないはずの、黒いカード。そこに描かれたお菓子の女王を彩歌は胸に抱いた。

 

「改めて聞くよ、あんたは一体何者なの?」

「……僕は逢歌。ランサーズの逢歌。今は、そうとしか答えられない。僕もまだ、答えを探している途中だから」

「……そっか」

「君は冷静なんだね。スタンダードに居た、僕たちと同じ立場のあの子は、取り乱して、悩んで苦しんでいたのに」

 

逢歌の頭に過ぎるのは今はもう、名前を呼ぶことも出来ない少女の事。姉のような、妹のような、大切な友人の事。

 

「……彩歌はさ、あたしにこの体を貸してくれてるこの子はさ、病気だったんだ。見て来た通り、この街はトップスとコモンズに分かれて、コモンズは毎日の生活も安心して送れないような人たちがいる。彩歌もそうだった。この孤児院にたどり着いた時にはもう体を壊して、自分でも長くないって分かってた。それでもこの孤児院での生活は暖かくて、幸せで……だからだろうね。自分が病気だって知られたら、他の子の幸せまで奪っちゃうって思って、それで無茶してわざとセキュリティに捕まったんだ」

 

少女が語り始める、彩歌という少女の人生。彩歌もまた、過酷な人生だった。逢歌や――詠歌と同じように。

 

「あたしが彩歌と出会ったのは捕まった先の収容所だった。ボロボロで、今にも死んじゃいそうな彩歌の中に、あたしがやって来た。あたしも彩歌も最初は混乱したよ。でもお互いの事を話して、彩歌はすぐにあたしに言った。もしも生きられるなら、自分の体を使ってあたしに生きて、ってさ」

「……」

「そう言ってすぐ、彩歌は眠った。今もまだ、あたしの中で眠ってる。不思議なもんでさ、あたしが彩歌に体を貰った途端、病気なんてウソみたいになくなったよ」

「……僕やスタンダードのあの子もそうだった。元々の体の持ち主の命が消えるのと同時にその体を奪って、今も僕は生きてる」

「……あたしは彩歌が目覚めるまで、あの子の分まで生きる。あの子が目覚めた時、もうあんな不幸な道を歩ませない為に。少しでもこのシティが彩歌たちに優しい世界になるようにする為に」

「――君は強いね。僕もあの子も、一人じゃそんな答えは出せなかった」

「彩歌がくれたんだよ、あたしのこの強さも。あたしだって、本当にあたし一人だったならきっと悩んで苦しんで、どうしようもなかったんだと思う」

 

微笑む彩歌は逢歌には眩しく映った。逢歌は――本当の逢歌は、まだ何も言ってはくれないから。けれどそれで立ち止まったりはしない。迷いながらでも進む力は、彼女にもあるから。

 

「さて、と。それじゃ行きますか」

「そうだね。これ以上此処に居て、迷惑は掛けられない。きっと君の中の彩歌もそれを望んではいない」

「そういう事。逃げてるユーゴと違って、あたしは一度は捕まった身だからね。此処に住んでた事もバレてる。それに落ち着いて考えてみれば、捕まらなきゃユーゴと再会する方法はあったし」

「? どうやって?」

「ユーゴとリンと、彩歌の夢で、約束だったんだよ。もうすぐ行われるフレンドシップカップに出場して、優勝するのがね。たとえリンと彩歌がいなくなっても、ユーゴはその約束を破るような奴じゃないから」

「成程ね。確かに、彼はそういう人なんだと思うよ」

 

短い間だったが、ユーゴと行動を共にしていた逢歌には分かる。ユーゴという男は一途で、とても優しい人だと。

 

「とりあえずは大会が始まるまでセキュリティから逃げて、始まり次第会場に乗り込む。まずはユーゴと再会しなくちゃね」

「……ところで彩歌」

「何さ?」

「君……ああいや、君たちってもしかしてユーゴくんの事を……」

 

言いづらそうに逢歌が言葉を濁して尋ねる。僅かに頬を赤らめながら。

 

「いや、それはない。あたしも彩歌も、それは、ない」

 

逢歌の曖昧な問いかけを彩歌はばっさりと切り捨てた。

 

「あたしも彩歌の記憶を教えてもらって、ユーゴの事も彩歌の事も良く知ってるけど、それはないなぁ……。良い友達だとは思うけど……それにリンが居るしねえ」

「ユーゴくんがユーゴくんなら、リンもリンってわけ」

「見てる分には楽しいけどね、あの二人は」

 

くすくすと彩歌は楽しそうに笑う。どうやら彼女は逢歌の知る‟彼女”のようにアレではないようで少し安心する。

 

「それで、あんたはどうするのさ。あたしと同じ顔をしている以上、セキュリティに追われる立場になるけど」

「二手に分かれてセキュリティを引き付けてもいいんだけど、生憎シンクロ次元に来たばかりで右も左も分からなくてね。一緒に来たランサーズの仲間も探さないといけないし……迷惑じゃなければ君と一緒に行こうと思うんだけど、いいかい?」

「ん、なら決まりだね。まだまだ積もる話もあるし、いいよ」

「ありがとう。僕も話したい事はまだまだあるよ。……次元を越えた先で、あの子たちを知る君に会えてよかった」

 

思い出は、この次元でもまだ繋がっている。そしてこれからも、もっともっと大きく、その繋がりを広げていく。それが嬉しくて、逢歌もまた笑った。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「これからどうするつもりですか、榊さん」

「まずはクロウを待とう。柚子がこの次元に居るのは間違いないんだ。もし焦ってセキュリティに捕まったら、会う事も出来なくなる。……今は待とう」

「そうですね。わたしも賛成です」

 

……少し安心した。思いのほか、彼は冷静でいてくれているようだ。それは多分、まだ幼い零羅くんが居るからというのもあるのでしょうが。

部屋の隅で怯えたように膝を抱える彼、赤馬零羅。

……別の世界からやってきた‟彼女”はそういうものだと自然に受け入れていましたが、いずれ来るアカデミアとの対決、それに彼のような幼い少年を引っ張り出すのは、普通では考えられない。この状況が異常で、わたしたちもまだジュニアユースクラスの子供だという事は分かっている。ましてやわたしの時間はほんの少し前まで止まっていた。そんな事を言うのもおかしな話だとは分かっていますが。

 

「随分と弱気じゃねえか、遊矢」

「沢渡……」

「何の考えもなしに動いて、またセキュリティにワンキルされたいんですか、あなたは」

「んぐっ、んだと!?」

 

次元を越えても相変わらずの彼の姿に溜め息と、僅かな安心感が毀れるがそれを口にすることはしない。

 

「ま、まあまあ二人とも落ち着けって……シンクロ次元に来てまで喧嘩してもしょうがないだろっ? これから力を合わせなきゃいけないって時なんだからっ」

「榊さんの言う通りです。和を乱すような言動は慎んでください。わたしは‟彼女”程、あなたに甘くするつもりはありませんから」

「はっ、誰がそんな事期待するかよっ。あの時負けたのは偶然だ。ランサーズに選ばれた、LDS最強のこの俺がそう何度もやられるかよ。アカデミアの連中だろうとセキュリティだろうと次は完膚なきまでに叩きのめしてやるよ」

「……同じLDSの‟彼女”にはあの夜、叩きのめされたようですけどね」

 

今となっては彼、沢渡シンゴとわたししか知らないあの夜のデュエル。‟彼女”のあの世界での最後のデュエル。わたしが唯一の観客だった、あのデュエル。

……もっとも、彼は負けはしたが、その実力を疑うつもりはない。言葉には決してしない。だけど、彼の姿に力を貰ったのはわたしも同じだから。

 

「ふん、次はまたこの俺が勝つ。それだけだ」

 

偉そうにふんぞり返り、彼は椅子に腰掛けた。

 

「とにかくまずはあのクロウという男を待つ。それは賛成だ。……だが、もし進展がないようならば私は動く」

「セレナ……」

 

……やれやれ。本当に大丈夫なんでしょうか。ランサーズは……。

いつか帰って来る、‟彼女”はそう言った。彼女が帰って来る頃には全て終わらせて、もう一度わたしもデュエルを。そう決めてわたしはもう一度自らの意思でデッキを手に取った。

だけどこの調子で大丈夫なんでしょうか……これは不安、というよりは不満ですが。まったく、‟彼女”や逢歌は良くこんな彼らを抑えていたものだと感心してしまう。

 

「ねえねえ、お姉ちゃんたちの話を聞かせてよ! お姉ちゃんたちもみんなデュエリストなんでしょ!?」

「……そうですね。ではわたしの知っている、生意気で、自分勝手で――けれどとっても強いデュエリストの話をしましょうか」

 

わたしたちを助けてくれたクロウという青年が世話をしている三人の子供たちにせがまれ、わたしは口を開いた。

わたしの目標で、最大のライバルと言える、とあるデュエリストの話をしようと。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

――ランサーズとは別にもう一人、とある少女が彼らに遅れてこの地へと降り立った。

ボロボロのマントを身に纏う、一人の少女。暗い路地から空を、そびえ立つビル群を見上げた。

 

「……此処がシンクロ次元、か」

 

大仰な素振りで手を広げ。少女は一人呟く。

 

「オレの知る空とは違う、オレの知る街とは違う。だが、オレが最期に見た景色よりは美しい。この景色もまた、オレの故郷のように戦乱に巻き込まれるというのなら、見過ごせねえよな」

 

誰に向けた言葉なのか、それを知るのは彼女ただ一人。だが路地裏とはいえ、ボロボロのマントという怪しげな風貌と怪しげな言動はセキュリティによって管理されたこの世界では目をつけられるには十分だった。

 

「おい貴様ッ、其処で何をしている!」

 

一夜にして三人もの犯罪者が野放しとなった今のシティには平時以上にセキュリティが動員され、警戒態勢にあった。案の定、少女は一人のセキュリティ、それもD・ホイールを操るエリート、デュエルチェイサーに目をつけられる。

 

「……やれやれ、無粋な奴だ」

「怪しい奴め……おい、そのフードを取れ!」

「ふぅ……」

 

溜め息交じりに、しかし少女は大人しくフードを下ろした。その下、少女の顔が初めてシンクロ次元の太陽の下に晒される。

 

「その顔……手配書の女か!」

「え、手配書? ……ごほんっ、誰の事を言っているのは知らねえが、オレはたった今ここに来たばかり。勘違いだ、他を当たれ」

「とぼけるな! 大人しく神妙にしろ! 抵抗するなら――」

 

デュエルチェイサーはD・ホイールにセットされていたデュエルディスクを取り外し、腕へと装着する。

 

「貴様をデュエルで拘束する!」

「凄い台詞ですねえ……私がおかしいわけじゃないっすよね……? って、ごほんっごほんっ! ふん、面白え。オレにデュエルで挑もうってのか。真の力を得たこのオレに」

「抵抗する気のようだな……ならば脱走囚、彩歌! 貴様を確保する!」

「いいや、違うな。オレは彩歌なんて名前じゃない」

 

マントに手をかけ、それを脱ぎ捨てる。その下に隠されていたのはやはり汚れ、所々が擦り切れた服だった。何処か制服のようにも見えるが、その面影はほとんど残っていない。

 

「オレの名は――舞歌(まいか)! いいぜ、オレの力を試す良い機会だ! 相手をしてやるぜ!」

 

やはり仰々しく、偉そうに舞歌と名乗った少女はデュエルディスクを構えた。このシンクロ次元には存在しない――黒咲隼と同じタイプのデュエルディスクを。

 

「デュエル!」「デュエル!」

 

MAIKA VS DC 077

 

「俺の先攻! 俺は手札からジュッテ・ロードを召喚!」

 

ジュッテ・ロード

レベル4

攻撃力 1600

 

「さらにジュッテ・ロードの効果により手札からチューナーモンスター、ジュッテ・ナイトを特殊召喚!」

 

ジュッテ・ナイト

レベル2 チューナー

攻撃力 700

 

「チューナーモンスター……」

「レベル4のジュッテ・ロードにレベル2のジュッテ・ナイトをチューニング! 出でよ、切り捨て御免の狩人! シンクロ召喚! 来い、レベル6! ゴヨウ・プレデター!」

 

ゴヨウ・プレデター

レベル6

攻撃力 2400

 

「俺はカードを一枚セットし、ターンエンド!」

「これがシンクロ召喚……っ、面白い! オレのターン! ドロー!」

 

相対するデュエルチェイサー077にも気づかれないほどの一瞬だったが、舞歌の表情に怯えが混じった。それを笑みで塗り消し、少女は己の信じるデッキに手を掛ける。

 

「――オレはギミック・パペット―ハンプティ・ダンプティを召喚! さらにハンプティ・ダンプティの効果発動! このカードの召喚、特殊召喚に成功した時、手札のギミック・パペット一体を特殊召喚出来る! 来い、ギミック・パペット―ボム・エッグ!」

 

ギミック・パペット―ハンプティ・ダンプティ

レベル4

攻撃力 0

 

ギミック・パペット―ボム・エッグ

レベル4

攻撃力 1600

 

舞歌が召喚したのはその名の通り、人形の姿をしたモンスターだった。だが、その姿は決して可愛らしいものではない。その逆、不気味な雰囲気を纏う、邪悪な人形。

 

「ふん、俺と同じように二体モンスターを召喚しても、チューナーでなければただの壁でしかない! しかも一体は攻撃力0だと? コモンズには似合いのカードだな!」

「ボム・エッグの効果発動! 一ターンに一度、手札のギミック・パペット一枚を墓地に送り、相手に800ポイントのダメージを与える! オレは手札のギミック・パペット―ネクロ・ドールを墓地に送る!」

 

不気味な笑みで踊りながら、ボム・エッグは破裂し、デュエルチェイサーへとダメージを与えた。

 

「くっ……! 小癪な真似を!」

 

DC 077 LP:3200

 

「オレはレベル4のギミック・パペット―ハンプティ・ダンプティとボム・エッグでオーバーレイ!」

 

ジュッテ・ナイトが光の輪へと姿を変えたように、二体の人形もその身を光の球へと姿を変え、暗闇の渦の中へと飲み込まれた。

 

「な、何だ!?」

「エクシーズ召喚! 出でよ、ランク4! 暗遷士 カンゴルゴーム!」

 

暗遷士 カンゴルゴーム

ランク4

攻撃力 2450

ORU 2

 

「エクシーズ、召喚……!? 何だそれは!? くっ、だがたとえどんなモンスターを呼び出そうと、犯罪者に勝利などない!」

「人を見下し、悪だと決めつけるような奴にこそ、勝利は訪れる事はねえ! バトル! カンゴルゴームでゴヨウ・プレデターを攻撃!」

「ぐぅ……!」

 

DC 077 LP:3150

 

「オレはこれでターンエンド。お前の力はこんなもんかよ?」

「ほざくな……! 俺のターン、ドロー! 俺は奴のような、227のような愚は決して冒さない! 全力で叩き潰す! 俺は切り込み隊長を召喚し、モンスター効果を発動! 手札のレベル4以下のモンスター一体を特殊召喚する! 来い、ダーク・リペアラー!」

 

切り込み隊長

レベル3

攻撃力 1200

 

ダーク・リペアラー

レベル2 チューナー

攻撃力 1000

 

「レベル3の切り込み隊長にレベル2のダーク・リペアラーをチューニング! シンクロ召喚! 現れろ、レベル5! ヘル・ツイン・コップ!」

 

ヘル・ツイン・コップ

レベル5

攻撃力 2200

 

「またシンクロ召喚……だがさっきよりレベルも攻撃力も低い、それじゃあカンゴルゴームには届かねえ!」

「まだだ! 手札から装備魔法、執念の剣をヘル・ツイン・コップに装備! このカードを装備したモンスターの攻撃力、守備力は500ポイントアップする!」

 

ヘル・ツイン・コップ

攻撃力 2200 → 2700

 

自らの手札を全て使い、デュエルチェイサーは舞歌のモンスターの攻撃力を上回るモンスターを生み出した。トップスへの、勝ち組である事のへの執念が成したものだった。

 

「っ……!」

「いけッ、ヘル・ツイン・コップ! カンゴルゴームを攻撃!」

 

MAIKA LP:3750

 

「ほんの僅かにライフを削っただけ、この程度では痛くも痒くもねえな!」

「はっ、此処からだ! ヘル・ツイン・コップの効果発動! バトルで相手モンスターを破壊し、墓地へ送った時、攻撃力を800ポイントアップしてもう一度攻撃が出来る!」

「ッ……!?」

 

ヘル・ツイン・コップ

攻撃力 2700 → 3500

 

「くらえ! ヘル・ツイン・コップで直接攻撃!」

「きゃああ!?」

 

MAIKA LP:250

 

尊大な口調ではなく、少女は見た目通りのか弱い悲鳴を上げた。

 

「見たか! これがトップスの、俺の力だ!」

「……っ、少しは出来るみてえだな」

「ふん、バトルフェイズ終了と共にヘル・ツイン・コップの攻撃力は元に戻る。俺はこれでターンエンドだ!」

 

ヘル・ツイン・コップ

攻撃力 3500 → 2700

 

「……オレのターン、ドロー……」

「はははっ、最初の威勢はどうした? 震えているじゃないか?」

 

デュエルチェイサーの言葉の通り、カードをドローした舞歌の手は微かに震えていた。

 

「……そうっすね。やっぱり‟今まで”の私はまだまだだったみたいです」

「何だと……?」

 

俯き、震える声で舞歌は言う。だがそこに絶望はない。

 

「だから私は逃げる事も、立ち向かう事も出来ずに囚われてたんすよ……でも、今はもう違う。私を助けてくれたあの子の為にも、私なんかを信じてくれたあの子の為にも……オレは負けられねえ! だからッ、使わせてもらうぞ!」

 

確固たる意志を持ち、力強く叫び、舞歌は顔を上げた。俯いたままではもう、いない。前を見て、上を見て、進んでいく。ただ一つの約束を果たす為に。

 

「オレは墓地のギミック・パペット―ネクロ・ドールの効果発動! ネクロ・ドール以外の墓地のギミック・パペットを除外し、このカードを特殊召喚する! ハンプティ・ダンプティを除外し、特殊召喚!」

 

ギミック・パペット―ネクロ・ドール

レベル8

攻撃力 0

 

「レベル8で攻撃力0だと……?」

「さらにギミック・パペット―ギア・チェンジャーを通常召喚!」

 

ギミック・パペット―ギア・チェンジャー

レベル1

攻撃力 100

 

「またそんな攻撃力のモンスターを並べて何になる! さっきのエクシーズ召喚とやらをしたところで、何度でも叩きのめすだけだ!」

「ふっ……残念だがエクシーズ召喚には同じレベルのモンスターが二体以上必要でな。このままじゃどうする事も出来ねえ……だから、ギア・アップだ。ギア・チェンジャー!」

 

ギミック・パペット―ギア・チェンジャー

レベル1 → レベル8

 

「何!?」

「ギア・チェンジャーは一ターンに一度だけ、自らのレベルフィールドの他のギミック・パペットと同じにする事ができる。……これで、準備は整った」

「ちっ……!」

「オレはレベル8となったギア・チェンジャーとネクロ・ドールでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

先程のエクシーズ召喚よりもさらに眩い光が周囲に満ちる。暗く、けれど暖かな光。

 

「現れろ――No.40! 運命を操る人形、ギミック・パペット―ヘブンズ・ストリングス!」

 

ギミック・パペット―ヘブンズ・ストリングス

ランク8

攻撃力 3000

ORU 2

 

「攻撃力、3000……!」

「いくぜ、バトルだ! ヘブンズ・ストリングスでヘル・ツイン・コップを攻撃! ヘブンズ・ブレード!」

 

DC 077 LP:2850

 

「ッ、罠カード、オープン! 時の機械―タイム・マシーン! バトルで破壊されたモンスターを持ち主のフィールドに特殊召喚する! 甦れ、ヘル・ツイン・コップ! さらに破壊され墓地へ送られた執念の剣の効果発動! このカードをデッキの一番上へと戻す!」

「はっ、モンスターを甦らせたのはいいが、その装備魔法の効果は邪魔だったみたいだな。次のターンでの望みも絶たれたってわけだ」

「まだだ……! 後一ターン、次のターンさえ乗り切れば勝利は必ず俺の手に……!」

「ああ?」

「俺はトップスだ、選ばれた、勝ち組なんだ! この俺が貴様なんぞに負けるはずがない!」

 

デュエルチェイサーの言葉はハッタリではなかった。……本気で彼は、自分が負けるはずはないと、そう信じていた。

 

「……めでてぇ野郎だ。自分に限って、なんて考え方が出来るんだからな。……私たちもそうだったよ。まさかこんな事あるはずがない、平和なあの世界ではそう思ってた……だけどな、そんな事じゃ駄目なんだ。まさか、とか、なんで、なんて考えるばかりじゃなく、立ち向かわなきゃいけなかったんだ。何が出来たかは分からねえ、だけど、それでも……! オレは立ち向かうべきだったんだ!」

 

自分自身に言い聞かせるように舞歌は叫んだ。後悔の叫び、嘆きの言葉。たとえ魂があの牢獄から解放されても、その気持ちから解放される事はない。

 

「だからお前にも見せてやるよ。今ならまだ遅くねえ。オレたちみてぇにいつか奴らの侵略を受けた時、後悔し続けない為に――お前にあるその僅かな希望を、今、オレが奪ってやる!」

「な、何を……」

「ヘブンズ・ストリングスの効果発動! オーバーレイユニットを一つ使い、このカード以外のフィールドの表側表示のモンスター全てにストリングカウンターを一つ置く。そして次のお前のターン終了と同時にストリングカウンターの乗ったモンスター全てを破壊し、破壊したモンスター一体につき500ポイントのダメージを与える!」

 

ギミック・パペット―ヘブンズ・ストリングス

ORU 2 → 1

 

「なっ……い、いやまだだ! たとえモンスターを破壊されても、俺が負けるはずがない! きっと、まだ俺は……!」

「いいや、お前は負ける。それもこのターンでな」

「何だと!?」

「オレは手札から――」

 

舞歌が一枚のカードを手にした時、空に雷鳴が轟いた。

 

「漆黒の翼翻し、雷鳴と共に奔れ、電光の斬撃!――シンクロ召喚!」

 

エンジン音と共に近づく、漆黒の翼。

 

「降り注げ! A BF(アサルト ブラックフェザー)―驟雨のライキリ!」

 

「何……!?」

「何だッ!?」

 

舞歌とデュエルチェイサーは驚きの声を上げる。何が起こったのかを理解する前に舞歌は突如現れたD・ホイーラーに手を掴まれ、強引に連れ去られる。

 

「ッ、何をしやがる!?」

「お前馬鹿か!? 待ってろって言っただろうが!?」

 

デュエルチェイサーが瞬く間に点になっていく。それを見ながらも舞歌が怒りの声を上げるが、D・ホイールを操る青年もまた怒りの声を上げた。

 

「ああ!? 一体何の話だ!」

「俺の話を聞いてなかったのかよ、お前は!」

「はあ!?」

 

噛み合わない話に舞歌は苛立ち、男の肩を叩く。

 

「とにかく下ろしやがれ! まだ決着が――」

 

言いかけた時、点となっていたデュエルチェイサーがグングンと近づいて来た。デュエルチェイサーの証とも言える、D・ホイールの赤いランプを明滅させて。

 

「其処のD・ホイール、止まれ!」

「チッ……捕まってろ! 強制執行される前に‟飛ぶ”ぞ!」

「一体何を――」

 

訳の分からないまま、言う事を無視ししようとした舞歌だったが、自らを乗せたD・ホイールがガードレールへと向けてさらなる加速をしている事に気付き、悲鳴に近い叫び声を上げた。

 

「お、お前、前見ろ前!」

「ッ――行け! ブラックバード!」

「んっ、なあああ!?」

 

ガードレールへと衝突する直前、そのD・ホイールは確かに空を飛んだ。

飛び越え、加速をそのままにコモンズの住居を突き進んでいく。今度こそ、完全にデュエルチェイサーは点となり、やがて見えなくなった。

 

「マジかよ……」

「撒いたか……」

 

それから暫く走り続けた後、ようやく舞歌を乗せたD・ホイールは止まった。

 

「言わんこっちゃねえ! 出てったら捕まるって言っただろうが!?」

「っ、だから何訳の分からねえ事を言ってやがる!? 大体誰だ、テメェ!?」

「はあ!?」

 

ヘルメットを脱ぎ、青年はD・ホイールから降りた舞歌に向き直った。

 

「恩人の顔をもう忘れやがったのかよ、お前は!」

「恩人だと……? って、まさか……」

 

青年――クロウ・ホーガンの言葉に舞歌は気付く。

 

「お前、オレと同じ顔をした奴を知ってるんだな?」

「はあ? お前、何を言って……」

「どっちだ? 逢歌か、それとも詠歌か?」

「だから詠歌ってお前が名乗ったんだろ……?」

 

やはりとんでもない奴を助けてしまったのか、とクロウは訝しがりながらそう答えた。

 

「ビンゴ! ツイてるじゃねえか」

 

クロウの言葉に笑みを浮かべ、舞歌は改めて名乗る。

 

「オレは舞歌。お前が助けてくれたっていう詠歌とは別人だ」

「……何だって?」

「お前が助けた詠歌は多分……この子と同じ格好をしてただろ」

「写真? ……ん、ああ。そうだ。遊矢と沢渡って奴も似たような恰好をしてたな」

 

舞歌が懐から大切そうに取りだしたのは――カードだった。儚げに微笑む、舞網第二中学校の制服を身に纏った、舞歌と同じ顔をした少女の描かれたカード。

 

「頼む。オレを詠歌たちの所に連れてってくれ。オレは約束を果たさなきゃならねえんだ」

「……」

 

決意の籠った瞳。それに見つめられ、クロウは溜め息を吐いた。

 

「分かった。分かったよ……ったく、今日は厄日か?」

 

クロウはそんな瞳をする者の頼みを無下に出来るような男ではなかった。



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二つの人形

後編です。


「酷いのはセキュリティだけじゃねえよ」

 

手に入れた食料を抱えながら、遊矢の仲間を探しに出ていたクロウは自らの住居へと帰還した。

クロウの住居に待っていたのは次元を越えて来たという4人のデュエリストと彼が世話する三人の子供たち。

このシンクロ次元で行われているライディングデュエルについて彼らは子供たちから話を聞いていたところだった。

悪態を吐きながら、クロウは今のシティの現状を吐露する。

 

「遊矢、お前も今外に出たらセキュリティに追い掛けられて実況中継されちまうぜ。恥を晒したくなかったら今はまだ動くな――お前もな」

 

遊矢と、そして最も気の強そうな少女、セレナへとクロウは釘を刺す。

 

「街はセキュリティだらけという事か。それで尻尾を巻いて戻って来たと」

「何だと?」

「っ、おい!」

「セレナさん、わたしたちは彼に救われた立場です。その態度は失礼です」

 

セレナの言葉に遊矢と詠歌は彼女を諫める。

 

「柚子の情報は何もないのか」

 

セレナは自らと同じ顔をした少女、柊柚子に恩を感じていた。アカデミアの真実を、自分たちがやって来た事の罪の重さを、彼女は教えてくれたから。

そんな彼女が行方不明となった事に、セレナは誰よりも責任を感じていた。だからこそ、そんな態度を取ってしまったのだろう。

 

「セレナっ、クロウだって俺たちの為に色々と――」

「努力しても結果が0では意味がない……っ」

 

そう言い捨て、セレナは出口へと向けて歩き出した。

 

「セレナ、何処へ――クロウ?」

 

彼女を止めようとする遊矢を制し、クロウは口を開いた。

 

「確かに柚子って奴の情報は何も得られなかった。けど、成果はあったぜ」

「……何?」

 

「――やれやれ、聞いてはいたが、とんだじゃじゃ馬だな。セレナってのは」

 

セレナが向かおうとしていた出口がゆっくりと開く。

 

「お前は――」

 

その扉の向こうに立っていたのは、

 

「逢歌……?」

 

詠歌と同じ顔をした少女。一番先に反応を示したのは、詠歌だった。

 

「……いや違う。誰だ、お前は」

 

しかし、セレナは詠歌の言葉を否定する。短い付き合いだが、共に次元を越えてスタンダードへとやって来たセレナには分かる。服装だけではない、彼女には逢歌とは別の感情を感じた。僅かに、しかし隠しきれない敵意が。

 

「まさか、この次元の……?」

 

逢歌ではない。ならば遊矢と同じ顔をしたユーゴと同じようにこの次元に存在しているであろう、もう一人の少女。逢歌が話していた、彩歌という少女。

 

「それも違うな。……オレは舞歌」

 

逢歌以上に見た目に似つかわしくない言葉遣いで少女はそう名乗った。

 

「お前たちアカデミアに蹂躙された、ハートランドの住人だよ」

「エクシーズ次元……!?」

 

詠歌が驚きの声を上げる。エクシーズ次元にも自分や逢歌と同じ立場の人間が居る事は予想していた。だが、このシンクロ次元で出会うとは思っていなかったからだ。

 

「エクシーズ次元の人間がどうして此処に居る。黒咲と同じレジスタンスか?」

 

セレナは警戒を隠す事無く、身構えたままそう問いかけた。

 

「いいや違う。オレはレジスタンスじゃない。そんなものが結成する前にオレは、アカデミアにやられちまったからな」

「何だと……? なら何故、無事でいられる?」

 

アカデミアに敗北したもの、戦う事すら出来ずに虐げられた者、それらは皆、カードへと封印された。

舞歌の言葉が真実ならば、それはあり得ない。

 

「……詠歌、それと――沢渡さん。お前たちに話がある」

 

外を差し、舞歌は二人を呼ぶ。

 

「んだと?」

「……聞きましょう」

「チッ……」

 

「あっ、おい、二人とも!?」

 

立ち上がった二人を遊矢が呼び止める。

 

「わたしも彼女に聞いておきたい事があります。大丈夫です」

 

詠歌にそう言われ、遊矢はそれを見送る事しかできなかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「……本当にそっくりなんだな、オレとお前は」

「舞歌、と言いましたか。あなたは……」

「ああ。お前たち二人には話しておかないといけないからな。それも、約束だからよ」

「こいつ……久守はともかく、俺にも話ってのは何だ」

 

偉そうに壁に背を預けながら、沢渡……さんはオレに先を促した。

聞いていた通りの性格みたいだな。

 

「お前たちは知ってるんだろ。お前の――詠歌の中に居た子の事」

「っ……!」

 

知っているはずだ。詠歌と沢渡さん、そして此処には居ないけれど、逢歌は――名前を呼ぶ事の出来ない少女の事を。

 

「お前――‟詠歌”を知ってんのか!?」

 

唯一、沢渡さんだけがあの子の事をそう呼んだ。

 

「……どうして、エクシーズ次元のあなたが‟彼女”の事を」

「会って、話をしたからだ」

「っ――! ”彼女”がエクシーズ次元に!? いつ、どうして!?」

 

そう告げると詠歌はオレに掴みかかるような勢いで問い詰めて来る。……告げなきゃならねえ。

 

「……」

 

オレは無言で一枚のカードを取り出し、詠歌へと手渡した。

 

「……?」

「なんだ、それ」

 

手渡されたカードを詠歌と沢渡さんが覗き込む。そしてそれが何であるかを理解した瞬間、二人の顔が驚愕に歪んだ。

 

「こ、これは……‟彼女”は……!」

「……おい、どういう事だ、これは」

 

それは、それに描かれているのは。目の前の詠歌と同じ格好をした、オレや詠歌と同じ顔をした、一人の少女。

 

「……それが、今のあの子だ」

「ッ――!」

 

僅かに、沢渡さんの方が早く動いた。オレの胸倉を掴み、睨みつける。

 

「どういう事だ、ああ!? 何で、どうしてあいつが――カードになってやがる!?」

「っ、あの子はッ、あの子は元の世界に帰ったはずです! わたしじゃない、彼女として! それなのにどうして!? どうしてこんな……!?」

「……」

「や、約束したんだ! わたしじゃないあの子として、もう一度再会するって! わたしを倒して、最後まで自分勝手に、一方的に約束をして、あの子は!」

 

震える口調で詠歌が叫ぶ。……ああ、そうだな。その話も、聞いてる。

 

「答えろ! お前、あいつに何をしやがった!?」

「……想像がつくんじゃないのか、詠歌。あの子と一緒に居たお前なら」

 

沢渡さんの力が強まる。抵抗はしない。彼の怒りは当たり前だと思うから。オレにはそれをこんな形で受け止める事しか出来ない。

 

「まさ、か……」

 

オレとカードを見て、詠歌は真実に辿り着く。あの子と一緒に居た詠歌なら、すぐに気付くと思っていた。

 

「今度は、あなたの中に……?」

「……ああ。そうだ」

「ああ!? どういう事だ、そりゃあ!」

「……オレはアカデミアにカードにされた。お前たちも見たんだろ、カードにされた連中を」

「っ、だったら何で詠歌がこうなってやがる!? お前じゃなく、どうしてあいつが!?」

 

さらに強くなる沢渡さんの腕を、詠歌が解いた。

 

「……カードに封印できるのは、一枚につき一人だけ。そういう事ですね」

「……ああ」

 

肯定する。詠歌の言う通りなのだろう。だからオレが、今此処に居る。自由に動く手足を持って、立っていられる。

 

「っ……馬鹿じゃないですか……? あなた、言ってたじゃないですか。わたしじゃないあなたとして、もう一度こっちの世界にやって来るって……それがどうして、そんな恰好で其処に居るんですか……っ」

 

あの子の封印されたカードを胸に抱いて、詠歌は崩れ落ちた。涙を流しながら、震えながら。

 

「あの子から伝言がある。お前らに会ったら伝えてくれって、そう頼まれた」

「……話してください」

「……まずは詠歌――」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

『逢歌の次は詠歌にですね……そうですねえ』

「……」

『再会は少しお預けです。私は直接手助けは出来ないけれど、ミドラーシュやあの子たちと、あなたの大切な人形(シャドール)たちと一緒に戦って。あなたの力で、あなたの意思で、あなたの為に戦って。一度は終わってしまった命を、今度こそ最後まで止めないで、生き続けて。もう二度と、満たされぬ魂なんて呼ばせないように――って、伝えてください」

「……うん」

「それから……沢渡さんですねっ。沢渡さんには……どうしましょう。伝えたい事が多すぎてやばいです。そ、そうですね……うーん……あっ、そ、そうだ! 返事! 返事は次に会った時に聞きますから! 絶対に誰にも言わないでくださいね!? わ、私はどんな答えでも受け入れますから! 絶対に、絶対に直接聞きに行きますから! だから待っててください! あ、それからシンクロ次元でもちゃんとご飯は食べてくださいね! でも甘いものばかり食べ過ぎちゃ駄目ですよ!? 私、あれでも色々とカロリーとか考えて選んでたんですから! う、うぅ……他にも色々伝えておきたい事がありますが……とにかく! 私、楽しみにしてます! 沢渡さんのエンタメ! 私とのデュエルで見せてくれた、沢渡劇場を! 私も今度はしんみりしたデュエルじゃなく、もっと盛り上がるデュエルにしますから! だから……だから! ネオ・ニュー沢渡さん、マジ最高っすよ! ……こんな感じ、ですかね』

「分かった。必ず伝えるから……!」

『あ、はい……何か改めると少し照れますね……それじゃあ、申し訳ないですが、お願いしますね……舞歌』

「うん、うん……っ」

『きっと、これから大変だと思います。でも大丈夫。詠歌が、逢歌が、沢渡さんが、ランサーズが、それにシンクロ次元の人たちがきっとあなたに力を貸してくれます。だからあなたの力を、ランサーズに貸してください。きっとその中であなたが無くしたものも取り戻せるはずです。詠歌のように、私なんかが入り込む余地がないくらいの――満ち足りた魂になれるはずですから』

「でも……私に出来るのかどうか……私は一度逃げ出して、それでも逃げきれなくてこんな……」

『それなら、あなたにプレゼントをあげます。私とも詠歌とも違う、人形たち。そしてそれを扱う、私の知っているとあるデュエリストの話を」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「……確かに伝えたよ」

「……」「……」

 

一字一句違える事無く、オレは二人に‟彼女”からの伝言を伝えた。

 

「……はっ、言われるまでもねえ。さらに進化したこの俺のデュエルを見せてやるぜ……!」

「……本当に、自分勝手なんですから。わたしと約束しておいて、こんな寄り道をして……」

 

……凄いな、あの子は。私に――オレに勇気をくれたように、言葉だけで、二人に力をくれた。

 

「オレはあの子と約束をした。その約束を果たす為にオレもランサーズに入れてくれ。それが多分、アカデミアをぶっ潰す近道だと思うからよ」

「……分かりました。赤馬社長と再会したら伝えましょう」

「ありがとよ」

「……それからこれは、彼女はあなたが持っていてください。……あなたも、それでいいですね?」

「好きにしな。誰が持っていようと関係ねえ。俺のエンタメは次元を越えて観客を湧かせるんだ。たとえカードになってようと見せつけてやるぜ」

「……いいのか?」

「ええ。多分、今のあなたには彼女が必要です。わたしはもう……満たされぬ魂なんかじゃないから。彼女が居なくても、わたしは戦える」

「……分かった」

 

詠歌からあの子が封印されたカードを受け取り、懐へと仕舞う。それだけで勇気が湧いてくる気がした。

 

「……一つ、お願いがあります」

「何だ?」

「沢渡シンゴ、榊さんたちには上手く言っておいてください」

「はあ? 一体何を――」

 

沢渡さんにそう告げると、詠歌はデュエルディスクを構えた。

 

「‟彼女”が選んだあなたの力を、わたしに見せてください。ランサーズに相応しいだけの力を、一度は封印されたあなたがアカデミアに立ち向かえる力と覚悟があるのか、わたしに」

 

……そういう事か。

 

「いいぜ、相手になってやる」

 

覚悟ならあるさ、詠歌。一度は逃げ出した私だけど、今のオレにはあの子がくれた力がある。あの子が教えてくれた、勇気がある。

同じようにオレもデュエルディスクを構えた。

 

「わたしたちランサーズがアカデミアに対抗する為の最大の武器はアクションフィールドとアクションカード。あなたもランサーズになるなら、それに慣れてください――アクションフィールド・オン」

『フィールド魔法、クロス・オーバー』

 

フィールドが展開され、アクションカードが周囲に散らばる。これがあの子の言っていたアクションフィールドか。

 

「上等じゃねえか。楽しませてもらうぜ!」

「いきますよ、舞歌!」

 

「デュエル!」「デュエル!」

 

EIKA VS MAIKA

LP:4000

 

「わたしの先攻! わたしは手札から速攻魔法、神の写し身との接触(エルシャドール・フュージョン)を発動! 融合するのは手札のシャドール・ビーストとシャドール・ヘッジホッグ! 影糸で繋がりし獣と鼠よ、一つとなりて神の写し身となれ! 融合召喚!」

「融合……!」

 

アカデミアと同じ、だけれど決して違う紫の光。詠歌のアカデミアと戦う為の力!

 

「おいで、神の写し身! 探し求める者、エルシャドール・ミドラーシュ!」

 

エルシャドール・ミドラーシュ

レベル5

攻撃力 2200

 

「……見せてあげよう、ミドラーシュ。カードなんかになっちゃったあの子に、わたしたちの力を」

 

無機質なはずの人形が、微笑んだような気がした。

 

「ミドラーシュが存在する限り、互いのプレイヤーは一ターンに一度しか特殊召喚出来ない」

「特殊召喚封じ……成程、厄介な人形だ」

「まだ終わりじゃないよ! 融合素材として墓地に送られたビーストとヘッジホッグの効果発動! カードを一枚ドローし、さらにデッキからシャドール・リザードを手札に加える! ――そして! 魔法カード、影依融合(シャドール・フュージョン)を発動!」

「いきなり二回の融合……!」

「わたしが融合するのは手札のシャドール・リザードとエフェクト・ヴェーラー! 落ちろ天幕! 影の糸で世界を包め! 融合召喚!」

 

今度の輝きは、先程よりも遥かに巨大だった。

 

「おいで、神の写し身、人形たちを総べる影の女王! エルシャドール・ネフィリム!」

 

現れたのは巨大な影の女王。人形たちを総べる者。

 

「……ふふっ、ありがと。ネフィリム」

「……?」

「この子は本当はもっともっと大きいの。でも今その大きさで現れたら、大騒ぎになっちゃう。だから少し小さい状態で現れてくれたんだよ」

「……」

 

デッキを信頼しているのだろう。詠歌は嬉しそうにネフィリムを見上げた。

 

「融合素材となったリザードの効果発動! デッキの影依の原核(シャドールーツ)を墓地へ送り、その効果で墓地から影依融合を手札に戻す! 影依融合は一ターンに一度しか発動できないけど……さらにネフィリムの効果発動、デッキから二枚目のシャドール・リザードを墓地に送る、リザードの効果も一ターンに一だけ、わたしはこれでターンエンド!」

「オレのターン、ドロー!」

 

デッキへの信頼。それはオレにもある。信頼していたからこそ、オレはずっと使い続けて来たんだ。たとえ一度だってデュエルに勝てなくても、そして信じてたからこそ、オレは出会えたんだ。あの子が出合わせてくれた……!

 

「オレはギミック・パペット―死の木馬(デス・トロイ)を召喚!」

 

ギミック・パペット―死の木馬

レベル4

攻撃力 1200

 

召喚されるのは人体模型のような人形たちで作られた木馬。これがオレの信じる、詠歌ともあの子とも違う、人形。

 

「ギミック・パペット……へえ、この子たちには負けるけど、あなたも中々良い人形さんたちを持っているんだね」

「そいつはありがとよ! ギミック・パペット―死の木馬の効果を発動! こいつがフィールドに表側表示で存在する時、一度だけフィールドのギミック・パペットを破壊する事ができる! オレはその効果で死の木馬自身を破壊する!」

「自らの効果で……?」

「死の木馬がフィールドから墓地へ送られた時、手札のギミック・パペットを二体まで特殊召喚出来る!」

「その為に……でももう忘れたの? ミドラーシュが居る限り、特殊召喚は一度しか出来ない!」

 

ドラゴンを駆る人形が杖を掲げ、胸を張る。覚えているさ。

 

「速攻魔法、禁じられた聖杯を発動! このカードの対象となったモンスターは攻撃力がエンドフェイズまで400ポイントアップする、だが! モンスター効果は無効となる! オレはエルシャドール・ミドラーシュを選択!」

 

エルシャドール・ミドラーシュ

攻撃力 2200 → 2600

 

「っ……」

「オレは手札からギミック・パペット―ネクロ・ドールとギミック・パペット―ナイトメアを特殊召喚!」

 

ギミック・パペット―ネクロ・ドール

レベル8

攻撃力 0

 

ギミック・パペット―ナイトメア

レベル8

攻撃力 1000

 

「レベル8……!?」

「そのデケェ女王様にぴったりの相手を用意してやるよ! オレはレベル8のネクロ・ドールとナイトメアでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

「エクシーズ……!」

「現れろ、No.15! 運命の糸を操る地獄からの使者! 闇の中より舞台の幕を開けろ! ギミック・パペット―ジャイアントキラー!」

 

No.15 ギミック・パペット―ジャイアントキラー

ランク8

攻撃力 1500

ORU 2

 

「ナンバーズ……あの方舟と、同じ……?」

「こいつはあの子から受け取ったカードの一枚、オレがアカデミアへと立ち向かう為の力……見せてやるぜ」

 

あの子の言うように沢渡さんがエンタメを見せるというのなら、オレは――!

 

「オレのファンサービスをな!」

「フ、ファンサービス?」

 

目を瞬き、詠歌が鸚鵡返しに繰り返す。……オレがあの子から教えてもらった、デュエリストのモットーらしいそれは、やはり他人には理解しがたいものらしい。

 

「良く分からないけど……でもどんなモンスターだろうとネフィリムは倒せない! ネフィリムは特殊召喚されたモンスターとバトルする時、ダメージ計算を行わずに破壊する!」

「へえ、そいつはスゲエ……だがそれはバトルの時だけなんだろ? ジャイアントキラーの効果発動! オーバーレイユニットを一つ使い、お前のフィールドの特殊召喚されたモンスター一体をぶっ潰す!」

 

No.15 ギミック・パペット―ジャイアントキラー

ORU 2 → 1

 

「ッ!」

「まずはその女王様からだ! やれ、ジャイアントキラー!」

 

影糸を操り、女王はジャイアントキラーの魔の手から逃れようとする。だが無駄だ。

その影糸の全てをジャイアントキラーの指から伸びた糸が断ち切り、女王を掴み、己の胸へと抱く。

 

「ネフィリム!」

 

ゆっくりと女王はジャイアントキラーの胸の中へと飲み込まれていく。嫌な音を響かせながら、胸のローラーへとやがてその巨体全てが砕かれ、飲み込まれた。

 

「次はそいつだ! 残るオーバーレイユニット一つを使い、効果発動!」

 

No.15 ギミック・パペット―ジャイアントキラー

ORU 1 → 0

 

「っ、ミドラーシュ!」

「無駄だァ!」

 

ドラゴンを駆り、空へと飛びあがったもう一体の人形の体をジャイアントキラーの糸が掴む。

 

「砕けろ!」

「させ、ない!」

 

ジワジワと糸が手繰り寄せられ、ミドラーシュが飲み込まれる直前、詠歌は走り、一枚のカードを手に取った。

 

「アクションマジック、透明! このターン、選択したモンスター一体はモンスター効果を受けない!」

 

ローラーに砕かれる運命だったはずのミドラーシュの姿がかき消える。

 

「それがアクションカードか……成程な」

「……中々やるようですね」

「褒めるにはまだ早いぜ?」

「褒めたわけじゃありません。ほんの少しだけ、侮っていたというだけです……破壊されたネフィリムの効果発動! 墓地の影依の原核を手札に加える!」

「はっ、言ってくれるじゃねえか。オレはカードを一枚伏せてターンエンド。この瞬間、禁じられた聖杯の効果は終了し、ミドラーシュの攻撃力と効果が戻る」

 

エルシャドール・ミドラーシュ

攻撃力 2600 → 2200

 

「わたしのターン、ドロー!」

 

詠歌は笑う。……なあ、見えるか? あんたが心配してた詠歌は、もう大丈夫みてえだよ。

 

「わたしは再び影依融合を発動!」

「また融合か……!」

「ええ、でもさっきとは少し違いますよ! このカードは相手フィールドにエクストラデッキから特殊召喚されたモンスターが居る時、デッキのモンスターを融合素材に出来る!」

「っ、何!?」

「私が融合するのはデッキのシャドール・ドラゴンと――地帝グランマーグ! 舞歌、あなたが開けた舞台の幕、わたしが下ろしてあげましょう! 融合召喚! おいで神の写し身、舞台に幕を、世界に弓引く反逆の女神! エルシャドール・シェキナーガ!」

 

エルシャドール・シェキナーガ

レベル10

攻撃力 2600

 

現れたのは先程破壊したネフィリムによく似たモンスター。ジャイアントキラーと同じ、機械の玉座に座する女神。

 

「融合素材となったシャドール・ドラゴンの効果発動、あなたの伏せカードを破壊! さあ、お礼をしてあげます! シェキナーガでジャイアントキラーを攻撃! 反逆のファントム・クロス!」

「ぐっ……! ジャイアントキラーが……!」

 

MAIKA LP:2900

 

「ミドラーシュで直接攻撃!」

「チッ!」

 

こういう時の為のアクションカードって事なんだろっ? シェキナーガの攻撃による風圧に吹き飛ばされそうになりながらも、目についたアクションカードに向けて走る。ミドラーシュの杖に風が収束していく、まだだ、まだ間に合う……!

 

「届け――!?」

 

指一本、そこまで迫ったアクションカードが不自然に風で飛ばされていく。

 

「っ、この野郎――!」

 

カードを追って顔を上げると、ついさっきまで詠歌の傍に居たはずのミドラーシュが上空に居た。不自然な風の正体、それはミドラーシュの操るドラゴンによるものだった。

ミドラーシュと目が合う、表情は変わらない。人形なんだ、それが当たり前だ。だがオレにも分かった。この野郎、間違いなく笑ってやがる……!

 

「ミッシング・メモリー!」

「っ、くぅ……!」

 

MAIKA LP:700

 

「惜しかったね、舞歌。でもそれで良い、そうやってアクションカードを使うのが、わたしたちのデュエル」

「それを邪魔するのも戦術ってわけかよ……!」

「モンスターで邪魔する、ってのは普通狙ってやるものじゃないけどね……この子はお転婆だから。わたしはカードを一枚セットして、ターンエンド」

「やってくれるぜ……! オレのターン!」

 

……今まで、オレは負け続けて来た。そして最後には負ける事からも逃げて、アカデミアにカードにされた。

そんなオレが、次元を越えて、アカデミアをぶっ潰そうなんて、大それた事を言ってるのは分かってる。ランサーズに入る、ってのもあの子の頼みではあるが、一人で戦うのが怖いからなのかもしれねえ。

だけど、それでも。オレはもう逃げねえ。勝負からも、アカデミアからも。

 

「墓地の罠カード、ブレイクスルー・スキルの効果発動! このカードを除外し、相手モンスター一体の効果をターン終了まで無効にする! ミドラーシュの効果を無効!」

「さっきドラゴンで破壊した伏せカード……! またエクシーズですか……!」

「ああ、その通りだぜ! オレは墓地のギミック・パペット―ネクロ・ドールの効果を発動! 墓地の死の木馬を除外し、ネクロ・ドールを甦らせる!」

 

ギミック・パペット―ネクロ・ドール

レベル8

守備力 0

 

地面が割れ、再び棺桶の中から不気味な人形が姿を現した。

 

「さらに手札からギミック・パペット―マグネ・ドールを特殊召喚! こいつは相手フィールドにモンスターが存在し、オレのフィールドのモンスターがギミック・パペットだけの時、手札から特殊召喚出来る!」

 

ギミック・パペット―マグネ・ドール

レベル8

守備力 1000

 

「またレベル8のモンスターが二体……!」

「オレはレベル8のネクロ・ドールとマグネ・ドールでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚! 現れろ――No.40! ギミック・パペット―ヘブンズ・ストリングス!」

 

No.40 ギミック・パペット―ヘブンズ・ストリングス

ランク8

攻撃力 3000

ORU 2

 

ヘブンズ・ストリングスの効果はオーバーレイユニットを使い、ストリングカウンターを全てのモンスターに置き、さらにストリングカウンターの置かれたモンスターを次の相手ターン終了時に全て破壊する効果。

 

『ミドラーシュが存在する限り、互いのプレイヤーは一ターンに一度しか‟特殊召喚”出来ない』

『ネフィリムは‟特殊召喚”されたモンスターとバトルする時、ダメージ計算を行わずに破壊する!』

 

オレの予想が正しいなら……。

 

「バトルだ! ヘブンズ・ストリングスでエルシャドール・シェキナーガを攻撃! ヘブンズ・ブレード!」

「ッ!」

「アクションカードを取らせる暇は与えねえ!」

「きゃああ!」

 

EIKA LP:3600

 

「シェキナーガの効果発動! 墓地の影依融合をもう一度手札に加える! くっ……エクシーズモンスターの真価は己の魂であるオーバーレイユニットを使い、相手を滅する事にあるって聞いていたけど、その子のは飾り?」

「いいや、なら見せてやるよ! ヘブンズ・ストリングスの効果発動! 一ターンに一度、オーバーレイユニットを一つ使い、このカード以外の表側表示になっているモンスター全てにストリングカウンターを置く!」

 

No.40 ギミック・パペット―ヘブンズ・ストリングス

ORU 2 → 1

 

「ストリングカウンターの置かれたモンスターは次のお前のターン終了時、破壊される!」

「成程……そういう効果だから、先に使わなかったんだ。もしも最初に使っていたなら、シェキナーガの効果で破壊できたのに」

「やっぱりな」

「……!」

「ミドラーシュもネフィリムも特殊召喚に関する効果を持っていた。ならさっきのシェキナーガも同じような効果を持ってると思ったぜ」

「予想していた……やるようですね。今度のこれは、褒め言葉ですよ」

「いいや、褒めるにはまだ早え。オレを認めるなら……オレの覚悟を見てからにしな」

 

これは、逃げ出したオレがもう一度立ち向かう為の一枚。

アカデミアに蹂躙され、滅びへと向かうハートランドの運命をぶっ壊す為の一枚。

 

「オレは手札から――RUM(ランクアップマジック)―アージェント・カオス・フォースを……発動!」

「ランクアップマジック……! 黒咲隼が使っていたものと同じ……!?」

「ぐっ……!」

 

言いようのない痛みがオレを襲う。あんたの言ってた通り、タダでは使えないって訳か。だがこれぐらいなら……!

 

「このカードはヘブンズ・ストリングスをランクアップさせ、新たなカオスナンバーズを生み出す! いくぞ! オレはランク8のヘブンズ・ストリングスでオーバーレイ! 一体のモンスターでオーバーレイネットワークを再構築!」

 

エクシーズ次元でも、スタンダードでもない、別の世界で生み出された、人類の切り札。オレに力を貸してくれ……!

 

「カオス・エクシーズ・チェンジ! 現れろ――CNo.40! 人類の叡智の結晶で、悪魔よ甦れ! ギミック・パペット―デビルズ・ストリングス!」

 

CNo.40 ギミック・パペット―デビルズ・ストリングス

ランク9

攻撃力 3300

ORU 2

 

「カオス、ナンバーズ……!? 違う……! これは、黒咲隼のランクアップとはまた別の……!?」

「デビルズ・ストリングスの効果発動! こいつが特殊召喚に成功した時、ストリングカウンターの置かれたモンスター全てを破壊する!」

「! ミドラーシュ!」

「今度は逃がさねえよ! 潰れろ、メロディー・オブ・マサカ!」

 

今度こそ、ミドラーシュは破壊される。

 

「どうだ……これがオレの覚悟で、オレの力だ……!」

 

煙が立ち込め、姿の見えなくなった詠歌にそう告げる。オレは勝つ、詠歌にも、アカデミアにも。

 

「そしてこの効果で破壊した攻撃力が最も高いのモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与え、さらにオレはカードを一枚ドローする!」

「っ……」

 

EIKA LP:1400

 

「オレはカードを一枚セットして、ターンエンド……!」

 

約束を果たさなきゃならねえ。どんな事をしても、どんな事があっても!

 

「……見せてもらいましたよ、あなたの力は。だけど、わたしも――ううん、わたしたちも見せつけてやらなきゃならない。あの子に! わたしのターン!」

「来やがれ……!」

「わたしは影依融合を発動! わたしが融合するのはデッキのシャドール・ファルコンと氷帝メビウス!」

「何だ……?」

 

煙は晴れた。だが、オレの視界に広がるのは漆黒の闇。

 

「御伽の国に夜の帳が降りた時、安寧なる影に抱かれて新たな花よ――咲き誇れ! 融合召喚! おいで、御伽の国の夜の番人! エルシャドール・アノマリリス!」

 

エルシャドール・アノマリリス

レベル9

攻撃力 2700

 

「あなたにも見せてあげる。わたしの、わたしたちの力を!」

「……ッ!」

 

 

同じ顔をした少女たちはぶつかり合う。憎しみからではなく、ただ見せつける為に。

一人は自らの覚悟を、一人は成長した自らの姿を。

カードの中で眠る、自分勝手で我が儘な少女へと。

 

 

――未だ、少女たちは気付かない。カードに描かれた少女の姿が、僅かにだが薄らいでいる事に。

ナンバーズとカオスの力、普通の人間には過ぎたその力、その代償を一体誰が払っているのかに。

 

 

けれどいつか、舞台の幕が上がるのだろう。

その題目はきっと――――眠り姫の救出。

 




妄想が再び爆発した特別編でしたが、やはりシンクロ次元編は厳しそう……。
クロウやジャック、アニメ本編でキャラが増えた事と続けるつもりがなかったので登場させた彩歌など、キャラが多く、それにプラスして今回の舞歌と、さばくのが難しいです。

今回書きたかったのはマドルチェ、シャドールに続くもう一つの人形テーマであるギミパぺですので、とりあえず満足。
沢渡さんの出番が少ないのは不満足。だけど続かせるつもりもないのに最後の最後で沢渡劇場を予告するという。


後、私事ですがシンクロ次元の妄想が捗りすぎて自分自身も大型二輪免許取ってきました。(しかし購入したバイクは中型)描写には活かされてないですが……。
実際に試したわけではないですがライディングデュエルは危険ですので皆さん真似しないようにしましょう。というか無理。


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『新たな舞台』

シンクロ次元特別篇第二弾。今回でとりあえず特別篇の更新は終了です。
そして今回は一枚ですがオリジナルのアクションカードが登場します。特別篇なんで勘弁してください。


フレンドシップカップ。トップスとコモンズの融和の為に開催されるこの大会。

しかし、両者が相容れる事は決してない。そしてもう一組、相容れる事のない二人の少女が居た。

 

『さあ大会一日目、最後の試合となります! デュエルチェイサー227と榊遊矢のデュエルの興奮冷めやらぬ中、一日目のトリを飾るのは今大会初となる、女性同士のデュエルです! 柊柚子やセレナに続く、痺れるデュエルに期待しましょう!』

 

メリッサ・クレールによる実況の中、二人の少女がデュエルパレスのサーキットへと姿を現す。

 

『両選手同時に入場! ええと……どっちがどっちなのぉ!? と、とにかく逢歌と舞歌の入場です! この二人もだけど、名前も似てるし……もしかして四つ子?』

 

彼女の混乱を他所に、二人の少女がスタートラインへと並ぶ。

 

「はじめましてだな、逢歌」

「……君は」

「オレは舞歌……この子に希望を託され、此処に来た」

「ッ――!」

 

舞歌は一枚のカードを逢歌へと見せる。‟彼女”の封じられたカードを。

 

「……訊きたい事は山ほどある。けど、そんな暇はないよね」

「ああ。けど二つ、言える事がある。オレはランサーズに入ったって事」

「もう一つは?」

「……オレはこのデュエル、負けるつもりはない。今、ランサーズに必要なのは勝利。この大会で優勝し、ジャック・アトラスに勝利して力を示す事だ」

「分かってるよ。でも僕も負けるつもりはない。どっちが勝っても恨みっこなしって事だ」

「はっ……恨みっこなし、ね」

 

逢歌の言葉に舞歌は笑う。……昏く、溢れ出る感情を抑え切れないように。

 

「そうだ。この子からお前に伝言がある」

「へえ。偉そうに旅立っていったあの子が、一体どんな言い訳があるのか教えてほしいな」

「『お願いです、逢歌。多分きっと、あなたたちにしか出来ない事だから』だとよ」

「……? 一体、どういう……」

「さあな。確かに伝えたぜ」

 

そう言って、舞歌は逢歌から視線を外した。

 

(……どういう意味かは分からないけど。やってあげるよ。妹分の頼みだからね)

 

逢歌もまた、正面へと視線を向けた。

 

『それじゃあいきましょう! アクションフィールド・オン! クロスオーバー・アクセル!』

 

カードがコースへと散らばり、戦いの舞台は整えられる。同時にカウントダウンが始まった。

 

『ライディングデュエル――アクセラレーション!』

 

「デュエル!」「デュエル!」

 

AIKA VS MAIKA

LP:4000

 

アクションフィールド:クロスオーバー・アクセル

 

「ッ……!」

「……!」

 

初めてのライディングデュエルに戸惑いながら、しかし先を行くのは逢歌だ。

 

「ユーゴくんでの経験が活きたかな……! 僕のターン!」

 

『第一コーナーを制し、先攻を取ったのは逢歌! さあ一体どんなデュエルを見せてくれるのでしょう! 二人とも頑張って!』

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

『僕は霊獣使いの長老を召喚! このカードの召喚に成功した時、霊獣モンスターをもう一度通常召喚できる! 僕は精霊獣 カンナホークを召喚!』

 

デュエルパレス、大会参加者たちに与えられた部屋の一つで、わたしは中継された映像をじっと見つめる。

 

「逢歌と舞歌……まさかいきなり潰し合う事になるなんて」

 

逢歌は舞歌の事を知らない。そしてわたしも彩歌の事を知らない。逢歌の事も、わたしは彼女の影で見ていただけだけど……でも逢歌もわたしと同じ気持ちのはずだ。わたしたちは敵じゃない。あの子が言っていたように、思い出を、絆を繋げる事が出来るはずだ。

でも……。

 

「舞歌……」

 

彼女とのデュエルで僅かに見えた、彼女の抱える闇。黒咲隼と同じ……アカデミアへの憎悪。わたしたちは子供だ。時間の止まっていた、幼い子供。

黒咲隼はランサーズとして、元アカデミアの逢歌やセレナと表面上は受け入れた。舞歌……あなたはどうなの?

 

『カンナホークの効果発動! デッキから精霊獣 ペトルフィンを除外する! 除外されたペトルフィンは二回後の僕のスタンバイフェイズに僕の手札に加わる! そして僕は霊獣使いの長老と精霊獣 カンナホークを除外する事で融合召喚を行う!』

 

逢歌……舞歌の事、頼みましたよ。彼女を怒りと憎悪の呪縛から解き放てるとしたら、それはきっとあなただから。あなたと――あなたの中で眠る逢歌だけだと思うから。

 

奇しくもそれは、‟彼女”と同じ願いだった。二人の少女の、共通の願いだった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「未来を見守る長よ、轟く雷の精霊よ! 今一つとなりて杖を掲げよ! 融合召喚!」

 

いくよ、逢歌――僕たちの力を舞歌に、そしてどういうわけかカードなんかになったあの子に、見せつけてあげよう。

 

「火炎を抱いて、大地を駆けろ! 聖霊獣騎 アぺライオ!」

 

聖霊獣騎 アぺライオ

レベル6

攻撃力 2600

 

「僕はカードを二枚伏せてターンエンド!」

 

『やはりまたもや融合召喚! やっぱこれが今時の女性のデュエルなの!? しかもしかも、今度は融合カードを使わずに融合モンスターを召喚しました!』

 

「さあ見せてよ、舞歌。君の力を!」

「言われなくてもたっぷり見せてやる……見せつけてやるよ、オレのデュエルを! オレのターン、ドロー!」

 

スタンダード次元の詠歌、融合次元の逢歌、シンクロ次元の彩歌……となれば当然舞歌は……。

 

「オレは手札からギミック・パペット―ボム・エッグを召喚!」

 

ギミック・パペット―ボム・エッグ

レベル4

攻撃力 1600

 

「ギミック・パペット……!?」

 

人形。魔導人形とも影人形とも違う、もう一つの人形。でも、だけどそれは……!

 

「ボム・エッグのモンスター効果、オレは手札のギミック・パペット―ネクロ・ドールを墓地に送る事でこいつのレベルを8に上げる!」

 

ギミック・パペット―ボム・エッグ

レベ4 → 8

 

「さらにギミック・パペット―マグネ・ドールを特殊召喚! こいつはオレのフィールドのモンスターがギミック・パペットのみで、相手フィールドにモンスターが存在する時、手札から特殊召喚出来る」

 

ギミック・パペット―マグネ・ドール

レベル8

攻撃力 1000

 

「レベル8のモンスターが二体……」

 

召喚出来るエクシーズモンスターのランクは8……ランク8のエクシーズモンスターは確かに存在する。ランクに見合った強力なモンスターたちが、確かに。

だけど、ギミック・パペットを使っているなら……!

 

「オレはレベル8となったボム・エッグとマグネ・ドールでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!」

 

『おおっとぉ!? これは私が以前お伝えしたデニスが使った物と同じ――』

 

「エクシーズ召喚! 現れろ――No.15! 地獄からの使者、運命の糸を操る人形……! ギミック・パペット―ジャイアントキラー!」

 

No.15 ギミック・パペット―ジャイアントキラー

ランク8

攻撃力 1500

ORU 2

 

「ナンバーズ……!」

 

『し、趣味悪ぅ……!』

 

どうして……何故ナンバーズを彼女が……! アレはこの世界には、4つの次元の何処にもないはずの物じゃなかったのか……? もう方舟は僕たちを置いて旅立った。なのにどうして……!

 

「こいつはオレがあの子から託されたカードの一枚……オレの運命を変えてくれた一枚……お前を……貴様らアカデミアをぶっ潰す為の力だ!」

「……!」

 

舞歌、君は……。

 

「ジャイアントキラーの効果発動! オーバーレイユニットを一つ使い、貴様のモンスターを叩き潰す! やれ!」

 

No.15 ギミック・パペット―ジャイアントキラー

ORU 2 → 1

 

「っ、聖霊獣騎 アぺライオの効果発動! このカードをエクストラデッキに戻し、除外されている霊獣使いと精霊獣を一体ずつ守備表示で特殊召喚する!」

 

霊獣使いの長老

レベル2

守備力 1000

 

精霊獣 ペトルフィン

レベル4

守備力 2000

 

「それで逃げたつもりか! ペトルフィンを破壊!」

「罠カード、霊獣の連契を発動! 僕のフィールドに存在する霊獣モンスターの数までフィールドのモンスターを破壊する! ジャイアントキラーを破壊!」

「速攻魔法、我が身を盾に! ライフを1500支払い、フィールドのモンスターを破壊する効果を無効にし、破壊する!」

「っ!」

 

MAIKA LP:2500

 

「貴様らはあの時もそうだった……! オレたちから希望を、全てを奪って行った……! だがな……! こいつは、オレがあの子から託されたこいつらは、絶対に奪わせねえ! 必ずオレは貴様らアカデミアをぶっ潰す! たとえこの身が果てようと、あの子に助けられたオレの全てを使ってでも、絶対に!」

「……成程ね。確かにこれは、僕たちにしか出来ない事だ。僕と逢歌にしか」

「何をごちゃごちゃ言ってやがる……! 残るオーバーレイユニットを一つ使い、もう一度だ、ジャイアントキラー!」

 

ギミック・パペット―ジャイアントキラー

ORU 1 → 0

 

「ペトルフィンを叩き潰せ!」

「……ジャイアントキラーの効果で破壊し、相手にダメージを与えるのは破壊されたモンスターがエクシーズモンスターだった場合のみ。僕のライフは削られない」

「チッ……ムカつくぜ、その何もかも分かったかのような態度がな……! バトルだ! ジャイアントキラーで霊獣使いの長老を攻撃! その老いぼれをぶちのめせ! ファイナル・ダンス!」

「霊獣使いの長老は守備表示、僕のライフは削れない」

「そんな事は分かってんだよ……! オレはターンエンド!」

「……」

 

……ねえ逢歌。このデュエル、僕だけじゃ駄目なんだ。勝っても負けても、僕一人じゃ、あの子からの頼みは果たせない。

逢歌、偉そうな事を言っておいて、僕はまだ君に希望を見せてあげる事なんて出来てない。だけど……!

このデュエルは僕たちで立ち向かわなきゃならないんだ。僕は僕として、君は君として……元アカデミアの逢歌として、君と僕で……!

 

「……希望なら、もう十分見せてもらったよ。後はそれを、自分自身の手で掴まなくちゃいけないんだ」

 

不意に、体の感覚が僕の意識から離れる。これは……。

 

 

「いくよ――‟ボク”のターン!」

 

 

……届いて、いたんだね。無駄じゃなかった……! 僕の声は、君に……!

 

「……うん、ずっと、ずっと聞こえてた。深い暗闇の中で、君の声が。一筋の光となって、ボクを照らしてくれていた……ボクはまだ、一人ではどうしようもない。一人で立ち向かう勇気なんてまだボクにはない、だから一緒に戦って……!」

 

……そう言ってくれるんだね、逢歌。自分勝手な僕なんかに。

ああ、いこう。舞歌の為にも、あの子の為にも、僕の為にも。そして、君がアカデミアと本当の意味で決別する為にも!

 

「リバースカードオープン! 霊獣の騎襲! 墓地の精霊獣 カンナホークと霊獣使いの長老を守備表示で特殊召喚する!」

 

精霊獣 カンナホーク

レベル4

守備力 600

 

霊獣使いの長老

レベル2

守備力 1000

 

「カンナホークの効果を発動し、デッキの霊獣使い レラを除外! そして、速攻魔法、霊獣の相絆を発動! 長老とカンナホークを除外し、エクストラデッキの霊獣モンスターを召喚条件を無視して特殊召喚する! お願いだ、もう一度ボクに力を貸してくれ!」

 

逢歌の願いに応えるように、ずっとずっと待ちわびていたように、エクストラデッキが光り輝いた。

 

「騎乗せよ、聖霊獣騎 ガイアペライオ!」

 

聖霊獣騎 ガイアペライオ

レベル10

攻撃力 3200

 

「攻撃力3200……!」

「……ごめんね。こんなに待たせて、こんなボクだけど……もう一度力を貸してくれるかい?」

 

獣と少女、その両方が大きく頷いた。少し、妬けちゃうかな。

 

「いくよ、舞歌……ボクにそんな資格があるのか分からない。ボクに偉そうな事を言う権利なんてないって事も分かってる。でも! 君の怒りを、憎悪を! ボクが、僕たちが受け止める! ガイアペライオでジャイアントキラーを攻撃! 聖光のフレイム・ストライク!」

「ぐっ……!」

 

MAIKA LP:800

 

「……オレの怒りを受け止めるだと……? ふざけやがって……!」

「ボクはこれで、ターンエンド」

「オレのターン! オレの怒りは、テメェ一人をぶっ潰した所で晴れやしねえ! アカデミアをぶっ潰すまで、オレたちの怒りは決して消えねえんだ!」

「っ……」

 

……逃げるな、逢歌。これは僕たちが受け止めなきゃいけないもの。僕たちが背負わなくちゃいけないものなんだ。

どんなに辛く苦しくても、それを受け入れなきゃ、希望を掴む事なんて出来ない!

 

「……分かってるよ。ボクは、逃げない。自分の罪から、自分の間違いから、自分の過去から……!」

「魔法カード、ジャンクパペットを発動! 墓地のジャイアントキラーを復活させる!」

 

No.15 ギミック・パペット―ジャイアントキラー

ランク8

攻撃力 1500

ORU 0

 

「どうしてオーバーレイユニットのないジャイアントキラーを……?」

 

……まさか、あのカードまで君は渡したのかい?

気をつけて、逢歌。僕の予想が正しいのなら、あの子はとんでもないものまで舞歌に託してくれたみたいだ……!

 

「オレはRUM―アージェント・カオス・フォースを発動!」

「ランクアップ……!」

 

ああ。黒咲隼が使っていたものと同じ、でも違う……!

 

「このカードはジャイアントキラーをランクアップさせ、新たなカオスエクシーズを特殊召喚する! オレはランク8のジャイアントキラーでオーバーレイ! 一体のモンスターでオーバーレイネットワークを再構築!」

 

感じる。あの方舟と同じ力と、さらにその先の力……カオスの力を。

 

「カオス・エクシーズ・チェンジ! ッ……現れろ! CNo.15! 人類の叡智の結晶が運命の糸を断ち切る使者を呼ぶ……! ギミック・パペット―シリアルキラー!」

 

CNo.15 ギミック・パペット―シリアルキラー

ランク9

攻撃力 2500

ORU 1

 

「カオス、ナンバーズ……!?」

 

やっぱりか……! だけどまだ理解できない。今感じるこの力、明らかに他のエクシーズモンスターとは違う、強大なカオスの力。ただのカードでは有り得ないこの感覚……それを、何の代償もなしに使えるなんて……。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「カオスナンバーズ……!? おいおい、どういう事だよ、これ……」

 

あたしたちをこの世界に運んだ方舟。この世界には存在しないはずのカード。

一体なんで……。

 

「……いいや。心配する必要なんてないよね」

 

確かにカオスナンバーズは強力で、画面越しにもその威圧感が伝わって来る。

でもあたしたちにだってそれに負けないだけの力がある。

あたしと彩歌、そしてあんたと逢歌。あたしたちはどんな時でも一人じゃない。二人一緒

なんだ。

それに彩歌だけじゃない。逢歌だけじゃない。あたしたちには、みんなから貰った力がある。

体を失っても、それでも決して手放さなかった力。こんなあたしたちを、見放さなかった子たちが、傍に居てくれる。

そうだよね、みんな――。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「いくぞ……シリアルキラーの効果発動! こいつはオーバーレイユニットを一つ使い、貴様のモンスターを叩き潰す!」

 

CNo.15 ギミック・パペット―シリアルキラー

ORU 1 → 0

 

「さらにッ、破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを貴様自身にぶち込む! これを喰らって、ほんの僅かでも知りやがれ、オレたちの痛みと憎悪を! エクスターミネーション・スラッシャー!」

「っ、くッ……!」

 

AIKA LP:800

 

「ガイアペライオ! レラ……!」

 

シリアルキラーから放たれた光輪がガイアペライオを斬り裂いた。そして逢歌自身にも放たれたソレを、霊獣使いの少女が己の身を使って受け止めた。

 

「これで終わりだぁ! シリアルキラーで直接攻撃! ジェノサイド・ガトリング・バースト!」

「終わらせ……ない! まだボクは、終われないんだ!」

 

必死に、今まで止まっていた時を取り戻す為に逢歌は跳んだ。

縋るようなその跳躍は、確かに未来を掴んだ。

 

「アクションマジック、回避! モンスター一体の攻撃を無効にする!」

「ちっ……カードを一枚伏せて、ターンエンド……お望み通りだぜ、少しは分かったか。オレたちの怒りが……!」

「……ああ。伝わったよ、‟僕”にも、逢歌にも」

 

……逢歌は舞歌の怒りを受け止めた。なら、僕は……!

 

「君の怒りも、憎悪も当然のものだ。でも……! 逢歌は受け止めた! その身で、心を引き裂かれそうになりながら、必死に! 逃げ出さずに! だから次は僕の番だ! 君のその怒りを、僕は否定する!」

 

そんな資格なんて僕にはないのかもしれない。でも、言わせてもらう。

 

「そのカードは、その力は、そんな事に使わせる為にあの子が託したものじゃない! 君もあの子から聞いたはずだ……! それを使うデュエリストの事を! 僕の知る彼は、大切な仲間を取り戻す為にその力を使った……! 運命を壊す為に! 憎悪でじゃない、友情と絆を取り戻す為の力として!」

「ッ……! うるさい……! テメェに何が分かる! アカデミアでも、ハートランドの人間でもない……いいや! この世界の人間ですらないテメェに! テメェには関係のない話だろうが……! なのになんで、まだ逢歌と一緒に居るんだよ!?」

「……あの子が君と一緒に居るのと、同じ理由なんだろうね、今は多分」

 

逢歌に僕の言葉は届いていた。希望を見せる事が出来た。だから今は……放っておけないから。知ってしまったから。この世界に生きる人たちの事を。

だから君も、大人しく帰らずに舞歌を助けにいったんだろう? ま、もしかしたら沢渡くんへの想いとか未練とかがそうさせてしまったのかもしれないけどね、君の事だから。

 

「……力を貸して、みんな……! 僕のターン、ドロー!」

 

僕は進む。みんなとの思い出を、新しい思い出を繋ぐ為に……!

逢歌は前へと進む力を取り戻した。だから、此処からは……!

 

視界の端、宙へと浮かぶアクションカード。あれが、僕の新しい道を示す一枚。

これは、僕の新しい道へと進む為の――飛翔。

 

「ッ――!」

 

D・ホイールの車体を蹴り、それを目指して手を伸ばす。借り物だけれど、自分の意思で、手を伸ばす。

 

「――アクションマジック、ニューステージ!」

 

これが僕の、新しい一歩だ。

 

「このカードはアクションフィールドを破壊し、僕のデッキから新たなフィールド魔法を発動させる!」

「何だと……?」

「僕が発動するのはフィールド魔法――マドルチェ・シャトー!」

 

アクションフィールド:クロスオーバー・アクセル → マドルチェ・シャトー

 

『な、何という事でしょう! デュエルパレスのサーキットがファンシーなお菓子の国に!?』

 

「お菓子の国だけど、そうじゃない。これは僕たちが希望を抱いた――御伽の国。かつてあの病室で夢見た、御伽の世界。いくよ、舞歌! 僕はマドルチェ・ミィルフィーヤを召喚! マドルチェ・シャトーの効果でフィールドのマドルチェたちの攻撃力、守備力は500ポイントアップ!」

 

マドルチェ・ミィルフィーヤ

レベル3

攻撃力 500 → 1000

 

「ミィルフィーヤの効果で手札からマドルチェ・ホーットケーキを特殊召喚!」

 

マドルチェ・ホーットケーキ

レベル3

攻撃力 1500 → 2000

 

「さらにホーットケーキの効果で墓地のガイアペライオを除外し、デッキからマドルチェを特殊召喚する!」

 

お願い。ホーットケーキ、霊獣たち。もう一度僕の下に、あの子たちを導いて。

 

「おいで、シューバリエ」

 

マドルチェ・シューバリエ

レベル4

攻撃力 1700 → 2200

 

「僕はレベル3のミィルフィーヤとホーットケーキでオーバーレイ! エクシーズ召喚!」

「エクシーズ召喚だと……!?」

「来て、M.X―セイバー インヴォーカー!」

 

M.X―セイバー インヴォーカー

ランク3

攻撃力 1600

ORU 2

 

「インヴォーカーの効果発動、オーバーレイユニットを一つ使い、デッキからマドルチェ・メッセンジェラートを守備表示で特殊召喚する!」

 

M.X―セイバー インヴォーカー

ORU 2 → 1

 

マドルチェ・メッセンジェラート

レベル4

守備力 1000 → 1500

 

僕たちの夢見た御伽の国に、住人たちが集っていく。そうだ、僕はずっと憧れていた。

こうして君たちと一緒に戦いたかった。あの子のように、君たちと肩を並べて。

 

「……いくよ! 僕はレベル4のシューバリエとメッセンジェラートでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!」

「っ、また……!」

「人形たちを総べるお菓子の女王、御伽の国をこの場に築け! エクシーズ召喚! おいで、クイーンマドルチェ・ティアラミス!」

 

クイーンマドルチェ・ティアラミス

ランク4

攻撃力 2200 → 2700

ORU 2

 

「なんでだ!? どうしてアカデミアの逢歌のデッキにエクシーズが……!」

「僕は逢歌じゃない。僕は僕だ……! この子たちは僕がみんなから受け取った、思い出の証! いくよ、ティアラミス!」

 

お菓子の女王は微笑む。霊獣使いの少女のように、そして、あの子に向けたものと同じ笑顔を。

 

「オーバーレイユニットを一つ使い、墓地のマドルチェを二枚まで手札に戻し、それと同じ枚数だけ相手フィールドのカードをデッキへと戻す! 女王の号令(クイーンズ・コール)!」

 

クイーンマドルチェ・ティアラミス

ORU 2 → 1

 

「眠ってて。もう一度、今度こそ運命の糸を断ち切るその時まで! シリアルキラーと伏せカードを選択!」

「シリアルキラー……っ!」

「……舞歌」

 

悲痛そうな表情で舞歌は光となって消えるシリアルキラーを見上げた。……ティアラミスと目が会うと、彼女は全てを汲み、頷いた。

……舞歌、そして逢歌。

 

「――いくよ! 僕はティアラミスでオーバーレイネットワークを再構築!」

 

これが今、僕に見せる事の出来る未来への希望。新たな一歩を踏み出す勇気。

あの子が僕に見せてくれた、答えを探す為の力。

 

「人形たちと踊るお菓子の姫君。漆黒の衣装身に纏い、光で着飾れ! この御伽の舞台の幕上げを――! エクシーズ・チェンジ! おいで、マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モード!」

 

マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モード

ランク5

攻撃力 2500 → 3000

ORU 2

 

お菓子の女王と入れ替わり、舞台へと上がるのは黒の姫君。

 

「……プディンセス。僕に力を貸して」

 

プディンセスは頷いてくれた。彼女たちを裏切り続けた僕を、もう一度信じてくれた。

 

お願い、プディンセス。この憎悪と悲しみに彩られた舞台に、幕を……!

 

「マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モードで直接攻撃……! 憎悪を、悲しみの声をかき消して――! 鳴り響け、スイーツ・アンサンブル!」

「ッ――!?」

 

MAIKA LP:0

WIN AIKA

 

『決まったァ! 逢歌と舞歌、姉妹対決を制したのは融合とエクシーズを華麗に使いこなした逢歌! やっぱり可愛い方が勝つのよね、うん!』

 

 

 

「……ありがとう、プディンセス」

 

ライフを失い、タイヤがロックされ暴走するD・ホイールから、プディンセスは舞歌を抱き抱え、静かに御伽の国の大地へと下ろした。その瞬間、ソリッドビジョンが解除され、周囲の景色が戻っていく。

 

「舞歌……」

「……分からねえ、分からねえよ! あの子はオレにカードを託してくれた! それを使ってランサーズの力になれって……アカデミアを倒せって、私に!」

「それは違う。あの子はきっと、そんな事は言わない。……酷な話だと思う、簡単な事じゃないと思う……でも、君に取り戻して欲しかったんじゃないかな。君が失ってしまったものを」

 

……そしてそれは、逢歌もまだ取り戻せてはいない。

次元戦争なんていうものに巻き込まれて、ランサーズとして戦わなくちゃいけない今、それを取り戻す事は難しいのかもしれない。

でも出来るはずだ。あの子が詠歌に取り戻させたように、舞歌にも、逢歌にもきっと。

 

「失ったもの……?」

 

僕や‟彼女”があの病室で教わったもの、その根底はこの世界でもきっと変わらないはずだ。

デュエルは……とても楽しいものだって。色々な人と繋がれる、僕たちを繋いでくれた、大切な遊び。

 

「それは君たち自身で取り戻すしかないんだ。それを取り戻すその時まで、僕や詠歌が示し続けるから……」

「取り、戻す……」

 

虚ろな表情で呟く舞歌に、大会の運営委員であろう二人の男が近づき、肩に手を伸ばす。

 

「……待てよ、女の子に汚い手で触るな」

 

その手を掴み、男たちを睨みつける。……今舞歌を連れ出しても、逃げ切る事は出来ない。今はシンクロ次元のルールに従うしかない。

 

「……分かってる。負けたら地下、だったな」

 

舞歌は静かに立ち上がり、男たちに言った。

 

「舞歌……」

「……分からねえよ。でも、分かってた……あの子がそんな事を頼むような奴じゃない、って……分かってたさ」

 

そうとだけ呟き、舞歌はサーキットから姿を消した。今、僕に出来るのは此処までだ。

……いや、もう一つだけあった。

 

「観客の皆さま、楽しんでもらえたかな?」

 

『面白かったぞォ!』『姉妹でも容赦ねえなあ嬢ちゃん!』『次も楽しみにしてるぜ!』『逢歌ちゃーん!』

 

「それは良かった。……でも覚えておくといい、こんな事を続けていたら、君たちに待っている未来には破滅しかないって事を」

 

この次元の未来を変えるには、僕たちランサーズの力じゃない。この次元の人たちの心が変わらなければ、アカデミアを倒してもきっと未来は変わらない。

 

僕の冷たい言葉に静まり返った会場。言いたい事を言ってほんの少しだけ晴れた気持ちで、僕は去った。

詠歌、彩歌、舞歌。たとえこの大会がどんな結末になっても、もう一度会おう。みんな笑顔で。

そして彩歌、僕たちもいつかは去ろう。笑顔で、新たな始まりに向かって。




今回でとりあえず書きたかった事は書けましたので、終了です。
前回から話が飛んでいますが、本当に好き勝手書いただけの話でした。
後残ってるとしたら彩歌対詠歌ですが……とりあえずここまでで。

今回ついに登場させてしまったオリカですが、これくらいは本編でもあっていいんじゃないかなあ……先攻ドロー廃止と一緒にフィールド魔法も改定されたわけですし、もっとアニメでも光が当たってもいいじゃないか。

さて、今後アニメが進んでまた妄想が膨らんだらひっそりと更新するかもしれませんが、此処まで読んでいただきありがとうございました!



マドルチェとシャドールの新規&禁止解除で、みんなに笑顔を……


デュエルもいいけど、もし本編で沢渡さんとセレナの関係に何かあれば……妄想がたぎりますね。


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TFSP番外編
『光焔ねねという少女』


※番外編です。本編とは関係のない話です。
 また、SS本編のネタバレが含まれます。


SS本編とは関係ない、TFSP記念番外編になります。時系列やここに至るまでの経緯も本編とは多少異なっていますが、あまり深く考えずに読んでいただければ。なお、TFキャラに関して一部オリ設定があります。
なお今回のメインは光焔ねねになります。詳しくはTFSP、またはデュエルカーニバルの両方をプレイすると幸せになれるかも。

未プレイの人の為の説明
光焔ねね
・TFSPでは舞網第二中学の生徒でLDSの生徒。TFSPでの沢渡さんの取り巻き(紅一点)。
・性格は臆病で卑屈。その性格から他の生徒には憂さ晴らしで良くデュエルの相手をさせられる。
・この番外編ではアニメ本編の取り巻きや久守が居るので取り巻きではありません。




「いくぜ、俺はギルティアで直接攻撃(ダイレクト・アタック)!」

 

NENE LP:0

 

 

「っ……」

「いやぁ勝った勝った! やっぱりデュエルはこうじゃねえとなあ!」

 

LDS デュエル場

 

解放されたコートの一角に、一人の少女と三人の男たちの姿があった。

 

「次は俺とだ!」

「え……でも……」

「相手してくれるよなあ? 光焔?」

「……は、い」

「さっさと決めてくれよ、その次は俺とだからな!」

「はははっ、任せとけよ、光焔相手なら5分もありゃ十分だっての」

 

光焔と呼ばれた少女に対し、入れ替わりで男たちはデュエルを挑んでいた。

だがそれは決して少女が絶えずデュエルを挑まれるような人気者、というわけではない。

これは男たちの憂さ晴らしだ。思う様に勝てなかったり、何かムシャクシャしたり、そんな時、彼らは決まって彼女にデュエルを挑んだ。

 

「サンダー・ドラゴンで直接攻撃!」

「きゃ……!」

 

NENE LP:0

 

 

「よし、次は俺~!」

「はい……」

 

彼女とのデュエルは彼らの心を晴らした。自らが描いた勝利を、そのまま形に出来る彼女とのデュエルは彼らにとって最高のストレス解消だった。

そして、今回のストレスの原因は――

 

 

「ったく、本当にイラつくぜ――‟沢渡”の奴!」

「次期市長の息子だがしらねえが、調子に乗ってるよな!」

「いつもいつもロビーを占領しやがって、邪魔なんだっての」

 

沢渡シンゴ。LDSにその人ありと言われる(と本人は思っている)男だった。

 

(……満足したなら、もう帰ってくれないかなあ)

 

口々に沢渡を非難する彼らを見ながら、少女はこの時間が早く終わればいいと願いながら、ただ黙って俯く。

こうしていればいい、デュエルで負けて、文句も言わずにいればこの時間は終わる。その時をただ黙って待ち続ける。

 

「あー! 沢渡の事思い出したらまたイラついてきた! よし、もう一度――」

 

もう一度、デュエルを。少女にとっては迷惑にもそう決めて、男たちは声を掛けようとした。その時だ。

 

 

「「おい」」

 

(え……)

 

少女の、光焔ねねの背後から彼らに向かって声が掛けられたのは。

 

「あん?」

 

「デュエルしろよ」

 

 

光焔ねねと男たちはその声に反応し、振り返る。そこに居たのは二人のデュエリスト。

 

「げっ……! お、お前らは!」

「――沢渡シンゴ!」

「それに――久守詠歌!」

 

件の沢渡シンゴとその取り巻きの一人、久守詠歌だった。

 

「全く人気者は辛いねえ、ただ其処に居るだけで嫉妬されちまうなんて」

「ですが沢渡さんに嫉妬するあなたたちは見苦しい限りです」

 

肩を竦める沢渡と、それに付き従うように半歩後ろで控えた詠歌は軽蔑の眼差しで男たち3人を見ていた。

 

「な、何だよ!」

「聞こえなかったんですか。私は、デュエルをしろと言ったんです。沢渡さんを前にして周囲が疎かになるのは仕方ありませんが」

「は、はあ? なんで俺達がお前らと……」

「沢渡さんに言いたい事があるんでしょう? 随分と楽しそうに話していましたから」

「だからこの俺が直々に相手してやるって言ってるんだ。遠慮する必要はないさ」

「デュエリストであるなら、デュエルを通した方が早いでしょう。それに、いくら沢渡さんが慈悲深く優しい方とはいえ、沢渡さんと直接デュエル出来るなんてその身に余る光栄です、今を逃したら次はないかもしれませんよ。……まあ、私がそうするんですが」

 

ボソリと最後の一言を誰にも聞こえないように詠歌が言ってから、沢渡はデュエルディスクを構えた。

 

「さあ、誰からだ?」

「うっ、く……」

 

さらに一歩前に出る沢渡に気圧されるように、男たちは一歩退く。

 

「……」

 

その様子を見て、詠歌は沢渡に提案をする。

 

「沢渡さん、やっぱり三人ずつ相手にしていたら沢渡さんの貴重な時間が無駄になってしまいます。ですから――」

「――成程ね、そりゃ手っ取り早い。おい、お前ら。俺はこいつとのタッグ、お前らは三人まとめてでいい。それとハンデだ、俺達のライフは共有、お前らは個別でいい。変則タッグデュエルだ」

「はあ!?」

「……沢渡、お前、いくらなんでも俺達を舐めすぎだぜ」

「いいぜ、やってやるよ! だがそこまで言ったんだ、俺達が勝ったらLDSから出てってもらおうか!」

「……最初に聞き捨てならない事を言っていたのはあなたたちの方ですがね」

「うぐっ……」

「ははっ、オーケーオーケー! LDSでも舞網市からでもいい、出てってやるよ。じゃあそうだな、俺が勝ったらお前らにはパパの宣伝を街中でして回ってもらおうか。そんな事しなくてもパパの当選は確実だが、少しでも多くの奴らにパパの名前と凄さを知ってもらいたいからな」

「ふん、決まりだな!」

 

3対2、それもライフのハンデもある。男たちは勢いづき、デュエルディスクを構えた。詠歌もディスクを構え、タッグモードを起動させる。

 

(……わ、私はどうすれば……)

 

その様子を背後で光焔ねねはおろおろと見ていた。

 

「「デュエル!」」「「「デュエル!!」」」

 

 

 

 

 

「俺は速攻魔法、帝王の烈旋を発動! お前のフィールドのアックス・レイダーをリリースし、アドバンス召喚! 現れろ、光帝クライス! そしてクライスの効果発動! こいつが召喚、特殊召喚に成功した時、フィールドのカードを二枚まで破壊し、破壊したカードの数、プレイヤーはカードをドローする。俺はお前らのフィールドの伏せカード一枚とトライホーン・ドラゴンを破壊する!」

「くっ……! だがこれでカードを二枚ドローできる……」

「罠カード、堕ち影の蠢きを発動。デッキからシャドールと名の付くカードを墓地に送ることで、フィールドの裏側守備表示のシャドール・モンスターを表側表示にする。私はデッキのシャドール・ドラゴンを墓地に送り、セットされたシャドール・ハウンドを表側表示に変更します。墓地に送られたドラゴンと、ハウンドのリバース効果を発動。あなたたちのフィールドの残る伏せカード一枚を破壊し、ハウンドの効果で墓地のシャドール・ビーストを手札に加えます」

 

(シャドール……)

 

結局、光焔ねねはその場に残る事を選んだ。もしここで逃げ出したら、また後でそれを理由に酷い事をされるかもしれない、という後ろ向きな理由からだが。

しかし今は沢渡と詠歌、二人のデュエルを食い入るように見つめていた。

 

「俺はカードを二枚ド――」

「さらに速攻魔法、マスク・チェンジ・セカンドを発動。手札一枚を墓地に送り、フィールドのシャドール・ハウンドと同じ属性で攻撃力の高いM・HEROをエクストラデッキから特殊召喚する――お伽の国から抜け出た猟犬よ、一夜限りの魔法で新たな姿を見せよ。M・HERO(マスクド・ヒーロー) ダーク・ロウ」

「融合召喚……噂は本当だったのかよ……くそ、俺はカードを二枚ドローする!」

「この瞬間、ダーク・ロウの効果発動。一ターンに一度、相手がドローフェイズ以外にドローした場合、相手の手札一枚をランダムに除外する」

「なっ!」

「相変わらず抜け目のない奴だな、お前は」

「沢渡さんとのタッグで無様な真似は出来ませんからっ。沢渡さん、お願いします!」

「おう。俺はクライスとダーク・ロウでプレイヤーに直接攻撃!」

 

 

 

流れるような動きで二人はデュエルを進めていく。

 

 

 

「シャドール・ビーストでアポイド・ドラゴンを攻撃! さらにクライスで直接攻撃!」

「くぅ……!」

「沢渡さん、お借りします!」

「ああ、好きにしろ」

「はい! 速攻魔法、神の写し身との接触(エルシャドール・フュージョン)を発動! シャドール・ビーストと光帝クライスを融合! 人形を操る巨人よ、お伽の国に誘われた堕天使よ! 新たな道を見出し、宿命を砕け! 融合召喚! エルシャドール・ネフィリム! ――直接攻撃!」

 

 

 

(……私も、あんな風にデュエルが出来れば)

 

それを見つめる光焔ねねは瞳は、羨望と嫉妬の色を帯びていた。

 

 

 

「エルシャドール・ネフィリムで真六武衆―ミズホを攻撃! そしてこれで最後だ、エルシャドール・ネフィリムをリリースし、アドバンス召喚! 来い、邪帝ガイウス! ガイウスの効果で俺たちのフィールドのシャドール・ファルコンを除外! 邪帝ガイウスの効果で除外されたカードが闇属性モンスターだった場合、相手に1000ポイントのダメージを与える!」

「う、うわああああ!!」

 

 

WIN SAWATARI&EIKA

 

 

「く、くそっ、覚えてろよ!」

 

ありきたりな捨て台詞を残し、走り去っていく三人には視線を向けずに二人はデュエルディスクを外した。

 

「お疲れ様でした、沢渡さん」

「おう」

「デュエル中に山部たちにケーキを買って来るように頼んでおきましたっ」

「気が利くじゃねえか。ならロビーに行くか」

「紅茶の準備も万全ですっ。ネオ沢渡さんに少しでも釣り合うよう、茶葉にも拘ってみたんです」

「良い心がけだ。せいぜい期待してやるよ」

「はいっ!」

 

三人だけでなく、背後のねねにも気づいた様子もなく、二人はデュエル場の出口へと向かっていく。沢渡の後ろをついて行く詠歌に何故か犬の尻尾を幻視しながら、ねねは二人を見送る事しか出来なかった。

 

「あ……どう、しよう。お礼、言った方が……でも、私の事なんて気付いてなかったし……」

 

沢渡シンゴと久守詠歌。その二人の事はねねも知っていた。悪評が目立つが、総合コースでも上位の腕前だという沢渡シンゴと、それを取り巻く4人組の一人、久守詠歌。融合コースの光津真澄も一目置く実力者だと聞いている。そして何より、それだけの実力がありながら沢渡シンゴを誰よりも尊敬し、付き従っていると。

 

(……帰ろう。どうせ私の事なんて、すぐに忘れる)

 

そしてまた、明日も学校では一人ぼっちで、LDSでは他の生徒たちにデュエルを挑まれる。そんな日常が始まる。お礼を言っても言わなくても、何も変わらない。

俯いたまま、ねねも出口へと向かう。今日はあの二人のおかげで少しだげ早く帰れる、そんな事を考えながら。

だからだろう、出口の前で腕を組み、立ちはだかっていた彼女に気付かなかったのは。

 

「きゃっ……」

 

案の定、ねねは彼女とぶつかり、尻もちを付くことになる。

 

「あっ、す、すいません……」

「謝る気があるなら、人の目を見て話したらどう。光焔ねね」

「す、すいませ――」

 

気の強そうな声で名前を呼ばれ、ビクリと肩を震わせ、恐る恐るぶつかってしまった相手を見上げる。

 

「光津、真澄、さん」

 

予想もしていなかった相手に、ねねの動きが一瞬止まるが、すぐに立ち上がり、慌てて頭を下げた。

 

「す、すいません、余所見をしてて、あの……本当に、すいません」

「まさかこんな事をしてたなんてね、見てられなかったわ」

 

ねねの謝罪を聞いているのか、真澄は無視して口を開いた。

 

「情けないわね、あんな連中のカモにされるなんて」

「っ……私は、光津さんみたいに優秀じゃない、ですから」

「だからそうやってされるがままにされてるわけ。自分は弱いから、仕方ないって」

「……そうです。私は、弱いから……それにデュエルをするだけ、ですから」

「デュエリストの言葉とは思えないわね。マルコ先生が聞いたら何て言うかしら」

「私の事なんて別に……」

 

卑屈なねねの言葉に、真澄は苛立つ。

 

(久守といい、どうしてこの子たちはこうなのかしら)

 

友人の姿を思い浮かべ、溜め息を吐いた。

 

「行くわよ」

「え……」

「あの子はそんなつもりはなかったでしょうけど、助けられたんでしょ。なら、礼の一つぐらい言いなさい。デュエリストじゃなくても、それぐらい当然の事よ」

 

踵を返し、デュエル場を出ていく真澄の背をねねは見つめる。

 

「さっさとする!」

「は、はいぃ!」

 

急かされ、今度こそ足を動かし真澄の後を追った。

 

(どうして今日に限って……うぅ)

 

涙目になりながらも真澄を追って、ねねはLDSの通路を進んでいく。真澄と一緒に居るからだろうか、注目されているような気がしてさらに俯いた。

 

「……光焔ねね」

 

暫く歩いた所で真澄が立ち止まり、ねねを呼んだ。

 

「は、はいっ?」

「あなたが前を歩きなさい」

「え、ええ……?」

「ほら、さっさとする。背を伸ばして、前を見て歩くっ」

「うぅ、はい……」

 

怒られ、というよりは叱られて渋々ねねは真澄の前に立ち、再び歩き始めた。

 

 

 

「ほら、居たわよ」

 

通路を抜け、LDSのロビーへと出ると真澄はすぐに目当ての人物を見つけた。

真澄の視線を追うと、奥のテーブルに座る沢渡とその傍でティーセットを用意する詠歌の後ろ姿が見えた。

普段から俯いて、周囲と目を合わせないようにしているねねは今まで気付かなかったが、先ほどの男たちが言っていた通り、ティーセットを広げて寛ぐ彼らは目立っていた。ロビーを占領する、という程ではないが。

 

「……」

「何してるのよ」

「……でも」

 

この距離からでも分かる。沢渡シンゴと久守詠歌。あの二人は楽しげに会話をしている。その中に割って入るには、とてつもない勇気が必要だった。

 

(邪魔になるだろうし、やっぱり……)

 

「はぁ」

 

背後で真澄が溜め息を吐いたのが分かる。呆れられている。いっそ見捨てて帰ってくれれば良いのに、と暗い感情が強くなる。

けれど、真澄が取った行動は真逆だった。

 

「行くわよ」

 

横に並ぶと、ねねの顔を見てそう言った。

 

「……はい」

 

有無を言わせぬ迫力を感じ取り、ねねは頷くことしかできない。重い足を動かし、真澄と共に沢渡たちが座る席へと向かった。

 

 

声を出せば耳に届くであろう距離まで近づいても、沢渡たちは二人に気付かない。真澄が目で合図を送る、声を掛けなさい、と。

 

「……あの」

 

あまりにも小さく、か細い声がねねの口から洩れる。これでも精一杯の勇気を振り絞った声量だった。

 

「――はい?」

 

けれどその声は彼女の耳に届き、少女、久守詠歌はねねの方へと振り返った。

その時、初めてねねは久守詠歌という少女をはっきりと視認した。

僅かに怪訝そうな表情と感情を紫色の瞳に宿らせ、長い黒髪を揺らして振り向いた久守詠歌を。

 

「何か御用ですか? ――光津さん」

 

しかし詠歌が見ていたのはねねではなく、その隣に立つ真澄の方だった。

 

「……私がそいつと一緒に居るあんたにわざわざ話し掛けると思う?」

「おいこら、それはどういう意味だ」

 

呆れを含んだ真澄の言葉に反応したのは沢渡だ。彼もまた、真澄の方を見ていた。

 

(やっぱり、さっきと同じで私なんて眼中にないんですね)

 

当然か、と自嘲する。真澄はこの二人と親交のある融合コースのエリート、自分は落ち零れの見ず知らずの生徒。二人の意識が真澄に集中するのは当たり前だ。

 

「そんなに気を遣わなくても……」

「私の気が滅入るのよ、あんたたち二人を一緒に相手にすると」

「……?」

 

意味が分からない、というように首を傾げた詠歌の瞳が俯いたねねを映す。

 

「では、そちらの方ですか?」

「え、あ……」

 

俯いていたねねが詠歌が自分の事を指しているのだと気付き、顔を上げると紫色の瞳に視線が交差する。咄嗟の事で意味のある言葉が紡げなかった。

 

「ええと、確か先ほどデュエル場に居た方、ですよね」

「あ……は、い」

 

頷くと、詠歌は何かに気付いて「あっ」、と声を上げた。

 

「申し訳ありません、もしかしてさっきの連中とデュエルをする所だったんでしょうか。だとしたら邪魔をしてしまいました」

 

連中、という言い方に毒を感じながらもねねは首を横に振った。

 

「気に、しないで下さい。……あの」

 

お礼を言わなくては、そう思いながらもどう切り出せばいいのか分からず、そこで言葉は途切れた。

 

「久守です。久守詠歌」

 

詠歌は自分の名前を知らないから言葉が途切れたのだろうと勘違いをして、微笑みながら名前を名乗った。

 

「……光焔ねね、です」

 

自己紹介をするのは久しぶりだ、とねねは思った。デュエルを挑んでくる生徒たちは皆、ねねの噂を聞いてやってくるねねが知りもせず、ねねを知ろうともしない生徒たちも多かったからだ。

 

「沢渡さん」

「好きにしろ」

「はいっ。――光焔さん、それに光津さんも如何ですか」

「え……」

 

そんな事を思っているなど知りもしない詠歌は沢渡の名を呼び、沢渡が頷いたのを見てケースから新しいカップを取り出すと、二人に問いかけた。

 

「……いただくわ」

 

そして真澄は一度ねねを見て、諦めたように瞳を閉じて頷いた。

 

 

 

「それで、まさかただあいつの茶を集りに来たわけじゃねえだろうな」

 

詠歌が新しい紅茶を用意する為に席を離れると、沢渡が真澄に対して偉そうに言った。

 

「失礼ね。あんたと一緒にしないでちょうだい」

「ふん、俺はあいつの茶を品評してやってるんだ。ま、お前には紅茶の違いなんて分からないだろうけどな。……んー、いい香りだ」

「知った風な事ばっか言って。あんたこそあの子の紅茶の味なんて分かってないんじゃないかしら。それにさっきの奴らとのデュエルだって、あの子が居なかったらどうなってたでしょうね」

「なんだ、見てたのか。この俺の華麗なるデュエルをっ」

「何が華麗よっ。あの子のサポートのお蔭でしょ」

「チッチッチ、分かってないなあ。あいつにも見せ場を作ってやったんだ。自分だけでなく相棒にも花を持たせてやる、それがこのネオ! 沢渡のタッグデュエルだ」

「本当に口が減らないわね……!」

 

二人の言い争いに耳を傾けながらねねは思う。

 

(……帰りたい)

 

そもそもただ一言礼を言うだけで良かったのに、何故紅茶をいただくことになっているのか。これではまたあの男たちのような連中に目をつけられる事になり兼ねない、いやでもあの状況で切り出せたかというとそれは……などと、ぐるぐると頭の中で考えが堂々巡りする。

 

(……この二人の間に入るのも無理です、大人しく久守さんが戻って来るのを待ちましょう……)

 

初めは沢渡と詠歌の間に入るのこそ無理だと考えていたねねだったが、この状況になってこの二人よりも詠歌の方が話しやすそうだ、と考えを改めた。

噂通り沢渡の事になると誰にも止められそうになかったが、彼が関わらなければ性格はこの二人よりも随分と自分に近い、大人しいタイプだった。彼女が戻ってきたら紅茶をいただいて、礼を言ってすぐに立ち去ろう。そう決めてテーブルを見つめて待ち続ける。

 

「そんなんだからあんな連中に好き勝手言われるのよ。ま、本当の事だけどね」

「ふん、持ってない奴らの嫉妬は見苦しいねえ。だが許そう、俺の心は広いからな」

 

(その割には容赦なく叩きのめしていましたけど……)

 

沢渡の言葉に先ほどのデュエルを思い返し、心の中でツッコミを入れる。

真澄はこう言っているが、先ほどのデュエルは決して詠歌だけでも、沢渡だけでもああはならなかっただろう。二人のそれぞれの実力と、何よりも息の合ったコンビネーションが生んだ結果だ。

 

「しっかし遅えな」

「遅いって今さっき用意しに行ったばかりじゃない。そんなにあの子がいないと落ち着かないのかしら?」

「何言ってんだ、お前。大伴たちの事だっつの」

 

嫌味たらしく言う真澄に呆れたように沢渡は返す。

 

(否定はしない、と考えるのは穿ちすぎかな……)

 

ベストパートナーにも見える二人のデュエルを見た後だからか、そんな事を考えてしまう。そんな事を考えても、自分には組む相手も居ないのに。

 

 

「――あいつらなら来ないよ。久守詠歌もね」

 

「……ああ? 何だ、お前」

 

突然ねねの背後から掛けられた声に、沢渡は不機嫌そうにその声の主を睨んだ。

 

「彼らにはちょっと痛い目を見てもらってるんだ」

「ちょっと、何よあんた。いきなり出てきて」

 

偉そうな物言いに真澄もまた不機嫌さを隠そうともせずに睨み付ける。

 

「おお怖い怖い、でも君に用はないんだ。僕があるのは……沢渡、お前だけだ」

「俺は用がねえ」

「君になくても僕にはあるんだよ。いや、僕たちにはね」

「そういう事だ」

「……っ」

 

いつの間にか現れたもう一人の男の姿を見て、僅かにねねの表情が強張った。

 

「好き勝手やってくれたみたいじゃねえか、沢渡。それに光焔」

「黒門、さん」

 

もう一人の男の名は黒門暗次、ねねをカモにデュエルを行っていた三人組が慕っている男だった。

 

「別にお前らに怨みはねえが、あいつらに泣きつかれてな。仇は討たせてもらうぜ。沢渡共々な」

「はっ、仇だぁ? それでまずはあいつらから、って訳か。やり口が小物だな」

「それをあんたが言う……?」

 

鼻で笑う沢渡を真澄がジト目で見るが、本人は気にした様子もない。以前自分がセンターコートで榊遊矢からペンデュラムカードを奪おうとしてやった事を忘れているのだろうか。

 

「それで? そっちの奴の言い分は分かった。逆恨みも良い所だけどな。けどお前は一体何の怨みがあって俺に喧嘩を売ってんだ」

「ッ……! 忘れたとは言わせないぞ、沢渡! お前の……お前の所の久守詠歌が僕にした事を!」

 

(こっちも逆恨みじゃないですか……)

 

「今度こそあいつの邪魔が入らない所で君を! 完膚無きまでに叩き潰してやる! この僕――鎌瀬ケンが!」

「……やれやれ、この俺に尻拭いをさせるとはな、偉くなったもんだぜ、あいつも」

 

呆れの混じった声と共に髪をかき上げ、白い歯を光らせながら沢渡は立ち上がる。

 

「いいだろう! この俺が二人まとめて相手を――「待ちなさい」俺に被らせるな!」

 

それを制して立ち上がったのは真澄だった。

 

「あんたを庇うみたいで癪だけど、あの子の紅茶に免じて許してあげる」

「はあ?」

「光津真澄……まさか君まで沢渡軍団に入ったと言うのか!?」

「何よその頭悪そうな集団は……そんな訳ないでしょ。ただこのままじゃいつまで経っても言い出しそうにないからよ」

「何を言ってるんだ……?」

 

(……すごく、嫌な予感が)

 

真澄の言葉に不吉な物を感じる。

 

「光焔ねね、手伝いなさい」

「……やっぱりぃ……」

 

名前を呼ばれ、涙目で真澄を見上げる。

 

「こうでもしないとあなたは何かと理由をつけて行動しないでしょ!」

 

(それは……そうかもしれませんが)

 

先程は詠歌が戻ってきたら、と決心したものの戻ってきたら戻って来たでまた新しい言い訳をしていたかもしれない、と自分を分析する。けれど、それでもこの展開は……。

 

「これでこの子の件はチャラ、あんたもそれでいいわねっ」

「何の事かは知らねえが、俺を抜きに話を進め――「い い わ ね」うぐっ……好きにしろ」

「……おいおい、まさかお前が俺の相手をするってのか? 光焔」

「ひっ……」

 

黒門の言葉にねねは怯えた声を上げる。下っ端とも言えるあの三人組にでさえ良いようにされていたのに、その上に立つ彼相手ではそれも仕方のない事だった。

 

「いいだろう、融合コースのエリートを倒したとなれば、家族も僕を認めてくれるだろうからね!」

「俺も構わねえよ。そいつにやる気があるならな」

「……」

「光焔ねね」

「……む、無理です。私なんて……」

 

視線が集中し、ねねはまた俯いた。

 

「ああ、もうっ! シャキッとしなさい! あなたはデュエリストでしょう! 言葉で語れないなら、デュエルで語りなさい!」

「うぅっ……」

 

真澄の言葉にねねは考える。デュエルをするのと、言葉でこの場を収め、その後で詠歌に礼を言う……どちらならやれるのか、悩みに悩んで、諦めと共に出た答えは。

 

「……分かり、ました。デュ、デュエルをするだけですよね……?」

 

「ええ。デュエルをして、勝つだけよ」

 

真澄は勝気な笑みを、ねねは卑屈な笑みを浮かべ、鎌瀬と黒門に対峙した。

 

「今からじゃコートは抑えられないからね、通常のデュエルでいいだろう。ついて来たまえ」

 

鎌瀬に先導され、二人は彼らを追ってロビーを跡にした。

そして、残された沢渡は――

 

「俺目当てだったくせに俺を無視すんな!」

 

一人、不満をぶちまけた。

 

 

 

 

 

LDS デュエル場

 

「僕の目的は沢渡だ。時間を掛けるのも勿体ない。タッグデュエルでいいかい?」

「奇遇ね、私もこんな事で時間を掛けたくなかったの」

「まあその方が楽しめるだろ、構わねえよ」

「……もう、好きにしてください」

 

諦めの境地へと至ったねねは頷き、デュエルディスクを構えた。

 

「決まりだね」

「足を引っ張らないでよ」

「頑張ります……」

 

「「デュエル!」」「「デュエル!!」」

 

KAMASE&ANZI VS MASUMI&NENE

 

LP:4000

 

「先行は僕だ! 僕はブラッド・ヴォルスを攻撃表示で召喚!」

 

ブラッド・ヴォルス

レベル4

攻撃力 1900

 

「さらにカードを一枚セットし、ターンエンド!」

「私のターン、ドロー! 私は手札からジェムナイト・フュージョンを発動! 手札のジェムナイト・エメラルとジェムナイト・アレキサンドを融合! 幸運を呼ぶ緑の輝きよ、昼と夜の顔を持つ魔石よ! 光渦巻きて、新たな輝きと共に一つとならん! 融合召喚! 現れ出でよ、幻惑の輝き! ジェムナイト・ジルコニア!」

 

ジェムナイト・ジルコニア

レベル8

攻撃力 2900

 

「いきなり融合召喚か……!」

「行くわよ! ジェムナイト・ジルコニアでブラッド・ヴォルスを攻撃!」

「させるか! 罠カード、オープン! 攻撃の無力化! モンスター一体の攻撃を無効にして、バトルフェイズを終了させる!」

「なら私は墓地のジェムナイト・フュージョンの効果を発動! 墓地に存在するジェムナイト・エメラルを除外する事で、ジェムナイト・フュージョンを再び手札に加える。さらにカードを一枚伏せて、ターンエンドよ。偉そうな態度の割に、伏せカードは随分弱気なのね」

「ふふ、好きに言うといいさ」

 

真澄の挑発には乗らず、鎌瀬は笑った。

 

「俺のターン、ドロー! 俺はカードを二枚セットし、チューナーモンスター、魔轟神オルトロを召喚!」

 

召喚されたのは歩行器に乗り、縫いぐるみを振り回して泣く赤子だった。

 

「チューナーモンスター……」

「シンクロを使うのはお前の仲良しの刀堂だけじゃねえんだよ! オルトロの効果発動! 手札を一枚捨て、手札からレベル3の魔轟神と名の付くモンスターを特殊召喚する! 来い、魔轟神獣ガナシア!」

 

魔轟神オルトロ

レベル2

攻撃力 800

 

魔轟神獣ガナシア

レベル3

攻撃力 1600

 

「さらに! 最初に伏せた魔法カード、死者転生を発動し、手札を一枚捨て、墓地のモンスターカードを手札に加える! 俺はオルトロの効果で墓地に送った魔轟神ミーズトージを手札に加え、たった今墓地に捨てた魔轟神獣キャシーの効果! フィールドで表側表示になっているカード一枚を破壊する! 破壊するのは当然、ジェムナイト・ジルコニア!」

「くっ……!」

「さあ、いくぜ! レベル3の魔轟神獣ガナシアにレベル2の魔轟神オルトロをチューニング! シンクロ召喚! 現れろレベル5、魔轟神レイジオン!」

 

魔轟神レイジオン

レベル5

攻撃力 2300

 

光が重なり、現れる新たな魔轟神。腕を組み、悪魔の翼を広げたその姿は見る者を威圧した。

 

「レイジオンの効果発動、こいつがシンクロ召喚に成功した時、手札が一枚以下なら二枚になるようにドローする! 俺の手札は1枚、よって一枚ドローする!」

「その為に最初にカードを伏せたのね……」

「魔轟神レイジオンで直接攻撃!」

 

壁となるモンスターは真澄たちのフィールドにはもう居ない、この攻撃が通れば一気に半分以上のライフを削られる。

 

「罠発動! 和睦の使者! このターン、相手モンスターから受ける戦闘ダメージは0になる!」

「防いだか。俺はこれでターンエンド」

「君こそ随分弱気なカードじゃないか」

「失礼ね、これも戦略よ」

 

お返しとばかりに投げかけられた言葉を意にも介さず言い放つ真澄。先程の沢渡の事を言えたものではないのかもしれない。

 

「さあ、次はあなたのターンよ、光焔ねね」

「は、はい……私のターン、ドロー……私はモンスターをセットして、カードを二枚伏せてターンエンド、です」

 

先行だった鎌瀬はともかく、他の二人と比べてあまりにも早過ぎるターンエンドだった。

 

「くっくく、その防戦一方なプレイングも戦略なのかい?」

 

馬鹿にしたように笑う鎌瀬に対してねねは卑屈な笑みを浮かべるだけで、真澄もまた何も答えなかった。

 

「僕のターン! ブラッド・ヴォルスをリリースし、アドバンス召喚! 現れろ、サイバティック・ワイバーン!」

 

サイバティック・ワイバーン

レベル5

攻撃力 2500

 

「バトル! サイバティック・ワイバーンで裏守備モンスターを攻撃!」

 

翼竜がその爪を振り上げ、セットモンスターを攻撃した。何の抵抗もなく破壊され、再び彼女たちのフィールドはがら空きとなる。

しかし、

 

「……セットモンスターはシャドール・リザード。リバース効果を発動、します。相手フィールドのモンスター一体を破壊する……魔轟神レイジオンを破壊、します」

 

爪に引き裂かれた蜥蜴は、影糸に操られるままレイジオンへと掴みかかり、道連れとした。

 

「シャドール、だって……!?」

「おい、俺のレイジオンがやられちまったじゃねえか!」

「馬鹿な、何で君がそのカードを……!」

「罠カード、影依の原核(シャドールーツ)を発動、モンスターとして守備表示で特殊召喚します」

 

影依の原核

レベル9

守備力 1950

 

不気味な輝きと瘴気を放つ原核ががら空きとなったフィールドへと現れる。だがそれだけでは終わらない。

それを真澄と、鎌瀬は知っていた。二人の予想は正しい。残された後一枚の伏せカード、それがある。

 

 

「速攻魔法、神の写し身との接触を発動。手札のシャドール・ドラゴンとフィールドの影依の原核を融合――」

 

 

鎌瀬は感じる。魔轟神に勝るとも劣らない威圧感を。思い出す。かつて感じた敗北感を。

 

 

「出でよ神の写し身……地上(じごく)に落ちてきた巨人……エルシャドール・ネフィリム」

 

 

エルシャドール・ネフィリム

レベル8

攻撃力 2800

 

二人のフィールドに降り立ったのは沢渡と詠歌のデュエルにも姿を現した、巨人だった。

 

(私にとって地獄とは……他人の事です)

 

 

――彼女の名は光焔ねね。

卑屈で臆病な――‟元”融合コースの生徒。

 




番外編について

・まさかの再登場の鎌瀬くん。
・真澄ちゃんは世話好きの姉御肌。
・本編でも傍から見た沢渡さんと久守はこんな感じです。

前書きでも書いたように、本編とは異なる設定ですので深く考えずに適当に脳内補完してくだされば。


冒頭のタッグデュエルの描写は不自然な所がありますが、アニメ的演出と捉えてください。

TFSPの発売がもっと早かったらねねちゃんが主人公になっていたでしょう。



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『久守詠歌という少女』

遅くなりましたがTFSP記念番外編の続きを投稿。
三話完結の短編のつもりでしたが、別のSSの息抜きに書いてたら妄想が膨らんだので予定を変更して、もう少し長くなります。

注意点
・沢渡さんの取り巻き+1本編に関するネタバレが含まれます。
・番外編という事で本編で課していた制約を取っ払い、好き勝手書いています。
・特に主人公であるねねはゲームのモブキャラという事で独自設定も含まれます。


KAMASE&ANZI

LP:4000

 

サイバネティック・ワイバーン

レベル5

攻撃力 2500

 

MASUMI&NENE

LP:4000

 

エルシャドール・ネフィリム

レベル8

攻撃力 2800

 

 

「馬鹿な……!? どうしてシャドールを、久守詠歌(あいつ)のカードを君が……!?」

 

全く予想していなかったモンスターの召喚に、鎌瀬の表情が驚愕に歪む。

ねねが召喚したモンスター、いやその召喚に使用した融合カード、素材、その全てが決して忘れる事など出来ないカードたちだったからだ。

 

「……あの、バトルは続行、しますか……?」

「くっ、バトルは中断だ! 答えるつもりはないという事か……!」

 

鎌瀬は忌々しげにネフィリムとそれを操るねねを睨みつけた。

その視線に脅えるねねを守るようにネフィリムの背から伸びる影糸が鎌瀬の視界からねねを覆い隠す。

 

「僕はカードを一枚セットして、ターンエンド!」

「私のターン、ドロー!」

 

ドローしたカードを見て、真澄は笑みを浮かべた。

 

「あんたたち相手に使うのは勿体ないけど、この子に見せつける為に使ってあげるわ」

(わ、私に……?)

「見てなさい、光焔ねね。あなたが融合コースを去った後、私がマルコ先生から教わり、見つけた私のデュエルを! 私は手札から永続魔法、ブリリアント・フュージョンを発動!」

 

真澄が掲げたカードはねねに続く融合カード。

先程手札に戻したジェムナイト・フュージョンとは違う、永続魔法の融合。

 

「このカードはジェムナイトの融合素材となるモンスターをデッキから墓地に送り、エクストラデッキからジェムナイト融合モンスターを融合召喚する!」

「デッキのモンスターで……!」

「融合召喚だと……!?」

(永続魔法でしかも相手に依存しないデッキ融合……)

 

ねねのデッキにももう一人のシャドール使い、久守詠歌と同様に影依融合(シャドール・フュージョン)は入っている。

だが影依融合でデッキ融合を行うには相手フィールド上にエクストラデッキから特殊召喚されたモンスターが存在している必要があり、シャドールの特性上、再利用が容易であるとはいえ使い捨ての通常魔法カードだ。

そのカードの強力さをこの場にいる全員が瞬時に理解した。

 

「私はデッキのジェムナイト・ラピスとジェムナイト・ラズリーを墓地に送る! 神秘の力秘めし碧き石よ。今光となりて現れよ!

融合召喚! レベル5、ジェムナイトレディ・ラピスラズリ!」

 

ジェムナイトレディ・ラピスラズリ

レベル5

攻撃力 0

 

「攻撃力0……?」

「ブリリアント・フュージョンの効果で融合召喚したモンスターの攻撃力、守備力はどちらも0となる。けど当然、このままじゃ終わらないわ! 私は手札のジェムナイト・フュージョンを墓地に送り、ブリリアント・フュージョンのさらなる効果を発動! 一ターンに一度、手札の魔法カードを墓地に送る事でこのカードの効果で融合召喚したモンスターの攻撃力、守備力を相手ターン終了時まで元々の数値分アップさせる!」

 

ジェムナイトレディ・ラピスラズリ

攻撃力 0 → 2400

 

(ネフィリムに似てる……?)

 

ラピスラズリは巨大なネフィリムの胸に体を預けるようにその両手を広げた。

体の大きさこそ掛け離れているが、二人の姿はまるで親子か姉妹のように見える。

 

 

「さらにジェムナイトレディ・ラピスラズリの効果発動! デッキからジェムナイト・クリスタを墓地に送り、フィールドの特殊召喚されたモンスターの数×500ポイントのダメージを相手に与える! フィールドに存在する特殊召喚されたモンスターはラピスラズリとエルシャドール・ネフィリム、よって1000ポイントのダメージを与える!」

「なっ、ぐぅ……!」

 

KAMASE&ANZI

LP:3000

 

「いくわよ、バトル! まずはエルシャドール・ネフィリムでサイバネティック・ワイバーンを攻撃! 光焔ねね!」

「え? あ、う、バインド・オブジェクション……!」

 

突然の真澄の号令に戸惑いながらもねねはネフィリムに攻撃を指示する。

影糸が伸びると機械の飛龍を包み込み、光の粒子となって消えていった。

 

KAMASE&ANZI

LP:2700

 

「ラピスラズリで直接攻撃!」

「ぐぁああ!?」

 

KAMASE&ANZI

LP:300

 

「っ、おい鎌瀬! 何やってやがる!?」

「あ、慌てるな! 僕は速攻魔法、非常食を発動! 伏せカード一枚を墓地に送り、1000ポイントのライフを回復する!」

 

KAMASE&ANZI

LP:1300

 

黒門に煽られ、焦ったように鎌瀬が発動した魔法カードにより一気に残り僅かにまで削られたライフが回復する。

だが、黒門はさらに表情を怒りに歪めた。

 

「ばっ、テメェ何を勝手に俺の伏せカードを!」

「う、うるさい! ライフが尽きれば負けるんだぞ!?」

「ライフが尽きなきゃ負けねえだろうが!?」

 

言い争いを始めた二人に呆れ、真澄は溜息を吐くとターンエンドを宣言する。

 

「私はこれでターンエンド」

「……こ、光津さんは言わないんですね……」

「あら、あなたも言い争いが希望なの?」

 

妙に辱められた気がして、恨めし気にねねは真澄を見るが、真澄は片目を閉じ、楽し気に笑ってそう言うのだった。

 

「うぅ……」

 

そんな返しをされればねねは情けなく唸るしかない。

 

「くそっ、俺のターンだ! ……良し! 俺は手札から魔法カード、死者蘇生を発動! 墓地の魔轟神獣キャシーを復活させる!」

 

魔轟神獣キャシー

レベル1 チューナー

守備力 800

 

「そしてキャシーをリリースして、アドバンス召喚! 来い、魔轟神ディアネイラ!

 

魔轟神ディアネイラ

レベル8

攻撃力 2800

 

「こいつは魔轟神と名の付くモンスターをリリースした時、一体のリリースでアドバンス召喚出来る!」

 

現れたのは黒い悪魔の翼を持つ、新たな魔轟神。

 

「シンクロモンスター以外にもそんなモンスターが居たなんてね」

 

ネフィリムと並ぶ攻撃力を持つディアネイラを前に、しかし真澄の余裕は消えない。

この程度は彼女の予想の範囲内だ。そもそも、彼女の実力であれば今のターンで決着を着ける事も出来た。それをしなかったのは彼女のお人好しと言える性格故。

このデュエルの決着を着けるのは光焔ねねでなくてはならないのだから。

 

「バトルだ! ディアネイラでジェムナイトレディ・ラピスラズリを攻撃!」

「っ……」

 

MASUMI&NENE

LP:3600

 

「……ターンエンド」

 

ラピスラズリが破壊され、残されたのはネフィリム一体。

伏せカードのない今、残り1300のライフを削り切るには単純明快、1300以上の攻撃力を持つモンスターを召喚すればいい。

追い詰められ、鎌瀬の表情に焦りが浮かぶが、エンド宣言をした黒門はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「私の、ターン……」

 

ねねがデッキからカードをドローしようとした瞬間、黒門が口を開いた。

 

「おい光焔」

「ひっ……は、はい……?」

「分かるよなあ?」

 

意味の通らない言葉。だがその言葉は、その視線は何よりもねねの心を穿つ。

ドローしようとする手が意思とは関係なく震え始める。

 

「っ、あんたねえ……!」

「おいおい、俺は別に何も言ってないぜ? ただ名前を呼んだだけ、そうだろ?」

 

黒門の言わんとしている事を察した真澄が怒りの表情で黒門を睨みつけるが、黒門は肩を竦めるだけだ。

苛立ちながら真澄は震えるねねへと視線を向ける。

 

「ちょっと光焔ねね! 馬鹿な事を考えるんじゃないわよ!?」

「っ……」

 

黒門と鎌瀬、そして真澄。

三人の視線がねねに集まる。それを自覚した時、ねねの震えはさらに強まる。

 

「あっ……」

 

ドローするはずの手が、思わずにデッキをディスクから取り落としてしまう程に。

 

『ERROR』

 

タッグフォースルールで起動していた四人のデュエルディスクが、予期せぬトラブルに同時にエラーを告げ、デュエルが強制的に中断される。

 

「っ……! あなた……!」

 

怒りに震えた声で真澄がねねを呼ぶ。

 

「おいおい、カードは大切にしろよ? けどまあ、中断しちまったもんは仕方ねえなあ?」

「あっ、ああ、そうだな! まあミスは誰にでもある、心の広い僕たちは許してあげようじゃないか!」

 

そんな捨て台詞を残し、鎌瀬と黒門はそそくさとデュエル場を去っていく。

普段の真澄ならばそれを見逃すような真似は決してしなかっただろうが、それを追う事も咎める事もせず、ねねから視線を逸らす事をせずに睨みつけていた。

 

「……」

「一体、何をしてるの……! デュエリストが、デッキを! デュエル中に取り落とすなんて!」

「す、すいませ――」

「謝罪の言葉が聞きたいんじゃない!」

 

真澄にとって、光焔ねねという生徒は決して仲が良い生徒ではなかった。融合コースに所属していた時でさえ、会話を交わしたのは数える程だ。だが、真澄にとってねねは共に恩師の下でデュエルを、融合を学ぶ大切な仲間だった。

融合コースを選択し、その生徒に選ばれながら自らコースを降りた時には憤りを感じた。多くの生徒や講師に対する裏切りであるとさえ感じた。

それでも今日、偶然見かけたねねを気に掛けたのは、彼女と同じ融合モンスターを使う少女との出会いが会ったから。

たとえ融合コースを去っても、それで強くなる事が出来るのなら、それで良いと思った。

けれどその結果がこれだった。

総合コースの生徒たちのカモにされ、あまつさえ自分と共に挑んだタッグデュエルをこんな形で終わらせられた。

自分のお節介が原因だと分かっていても、真澄は怒りを抑える事は出来なかった。

 

「どうして……? どうしてあなたはそうなの……! 光焔ねね!」

「っ……!」

 

悲痛にも聞こえる真澄の声に、ねねは大きく肩を震わせる。

 

「ごめんなさい……本当にごめんなさい……失礼、します……」

 

そして何も言い返す事無く、謝罪の言葉を残して真澄に背を向け、走り去っていく。

その背を追う事を、真澄はしなかった。

 

「……はぁ」

 

デュエル場に一人残された真澄は大きく溜め息を吐いた。

 

「どうしてこうなっちゃうのかしらね……」

 

ねねの性格は分かっているつもりだった。それでも抑えきれなかった自分の激情的な性格に対する溜め息だった。

 

「――光津さん?」

 

自己嫌悪と、でもやっぱりあの子も悪いわよね、という自己弁護に額を押さえる真澄に声が掛かる。

 

「どうかなさったんですか?」

「久守……」

「今、光焔さんが走って出ていくのが見えたんですが……」

 

不思議そうに小首を傾げ、真澄の様子を窺うのは久守詠歌、沢渡の取り巻きの少女だった。

 

「まあね……そういえばあなた、大丈夫だったの?」

 

デュエル前の鎌瀬の言葉を思い出し、真澄が問いかける。

詠歌や他の取り巻きたちにも何かを仕掛けているような口ぶりだったが、目の前の詠歌にそんな様子はまるでない。

 

「……? ああ、もしかしてさっきデュエルを挑まれた事ですか?」

「やっぱりあなたも絡まれてたのね。一応聞くけど、大丈夫だったの?」

「私、1ターン3キルって初めてしました」

「あ、そう」

 

こっちは心配するまでもなかったか、と真澄は苦笑した。

 

「それで、どうかしたんですか?」

「……そうね。聞いてもらった方が楽になるかしらね」

 

自分ともねねとも性格の違う詠歌になら、また違った意見が聞けるかもしれない。

そう考え、真澄は事情を説明するべく歩き出した。

この気持ちを落ち着ける為にも、どうせならこの子の淹れた紅茶を飲みながら、と考えて。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆  

 

 

 

 

 

……デュエルは嫌いじゃありません。

でも、デュエリスト(他人)は嫌いです。

……みんな、私を苛めるから。私を責めるから。

 

光津さんから逃げるように、いいえ、逃げ出して私はLDSを飛び出した。

家に帰る気にもなれず、舞網市の何処かの公園のベンチに座り、そこでようやく付けたままだったデュエルディスクを外した。

 

「うぅ……」

 

LDSに入れば、何かが変わると思っていました。

こんな卑屈で臆病で弱虫な自分が、そんな自分を虐げる世界が、変わってくれると。

でも……。

 

「何も、変わってない……」

 

融合コースに入れても、シャドールたちと出会えても、何も変わらなかった。

デュエルが強くなっても、私は何も変われませんでした。

さっきのタッグデュエルでも、私は……。

 

学校も、LDSも、何も楽しくない。

私にとってこの世界は……

 

「地獄と同じです……」

 

デッキからネフィリムを取り出し、それを見つめながら呟く。

地上に堕ちた天使をモチーフにした融合モンスター。

自分を天使だなんて思うつもりはないけど、この子も私と同じ。

こんな世界に堕ちてしまったのが不幸なんです。

けど……この子は光。

闇属性のシャドールの中で唯一、真逆の属性を持つモンスター。

地獄(ちじょう)に堕ちてもまだ、光で在り続けたモンスター。

私にはそんな強さすら、ない。

人に流されて、自分を押し殺して……自分の意思なんて、何もない。

シャドール以上の人形。それが、私……。

 

――こんな私も、こんな世界も、全部なくなっちゃえばいいのに。

 

昏い、光焔ねねの心の闇。

だがそれは誰しもが心に抱えているモノ。

不幸が重なり、今はそれが肥大化しているだけだ。

現にねねはそんな卑屈な感情を抱えながらも学校にもLDSにも通い続けた。

それは自分が変わらなければならないと知っていたから。

それはいつか、変われるかもしれないという希望を抱いていたから。

 

だからねねはこうして落ち込みながらも、この生活を続けていく――はずだった。

 

「え……」

 

カードを胸に抱き、瞳を閉じていたねねはその手にあるエルシャドール・ネフィリムのカードが怪しげな光を放っている事に気づいた。

突然の出来事に混乱しながら、一体何が、とカードを覗き込む。

邪悪な『光の波動』をその目で捉えてしまう。

 

「あ――」

 

意識が遠退いていくのを感じる。

不快な感覚に、しかし抗う事の出来ないまま飲み込まれていく。

 

「――光焔ねね!」

 

遠退く意識の中、最後に見たのはもう一度謝らなければ、と決めていた相手だった。

 

 

 

 

「今の光は一体何なの……?」

 

LDSで詠歌と別れ、ねねを探して公園を訪れた真澄。

眩しい光に目を覆っていた腕を離し、ベンチで項垂れるねねに尋ねる。

 

「……」

「ちょっと、大丈夫っ?」

 

反応のないねねに駆け寄り、心配そうに声を掛けるとねねはゆっくりとした動作で顔をあげた。

 

「っ……」

 

ねねと目が合った瞬間、思わず真澄は息を飲んだ。

 

(この子、なんて目を……)

 

かつて、真澄は久守詠歌や柊柚子以前にねねの事を指して、目がくすんでいると評した事がある。

必要以上に他人の表情を窺い、自分の意思を伝える事も出来ず、他人の悪意にばかり気を取られる彼女に苛立っての発言だった。

しかし、今のねねの瞳はそんな次元にはない。

今、ねねの瞳は真澄を映してはいない。それは拭って取れるようなくすみではなく、何もかもを塗りつぶすような澱みに満ちた瞳だった。

 

「あなたは……ああ、光津さん、でしたか」

 

ようやく、ねねは言葉を発した。

 

「え、ええ」

 

瞳だけではない、先程までとは明らかに様子の違うねねに戸惑いながら、真澄はそれでもねねを案じる言葉を発する。

 

「あなた、大丈夫……?」

「ふふっ……ええ、大丈夫ですよ、光津さん」

「それなら、良いんだけど……その、さっきは悪かったわ。私も言い過ぎたし、それにデュエルに巻き込んだのは私だったのに……」

 

詠歌と話して、冷静になった真澄は先程の件を謝罪する為にねねを探していた。

色々な人間がいる。それは自分以上の実力を持ちながら、沢渡シンゴという男の取り巻きに甘んじている詠歌もそうだし、元は融合コースでありながら、実力で遥かに劣る者たちに脅えるねねもそうだ。

デュエルの強さだけが全てではない、そんな事は詠歌の事でとっくに分かっていたはずなのに、と真澄は思い出した。

未だに話が長くなるのが分かり切っているので聞いた事のない詠歌と沢渡の事も、ねねがどうしてあそこまで他人に脅えているのかも真澄は知らない。

それに本気で口出しをしようとするなら、まずはそれを知らなくてはならない。

そう決めて、真澄はねねともう一度話をしようとしていた。

 

「いいえ。もう良いんですよ、光津さん」

 

だが、そんな真澄の決心を秘めた謝罪を、笑みを浮かべながらねねは受け流した。まるでどうでもいいと言わんばかりに。

 

「さっきのデュエル、私が悪かったんです」

「いや、元は私があなたを巻き込んだのが……」

「あんな雑魚相手に背を向けるなんて、本当に……私がいけなかったんです。あのデュエルも、それに今までも」

「え……?」

 

ねねが発したとは思えない、相手を貶めるような発言に真澄は自分の耳を疑った。

真澄の知る限り、ねねは決してそんな台詞を吐くような少女ではなかった。たとえどう思っていても、それを口に出せばさらに苛められてしまう、そう考えて自らの胸の内に怒りも悲しみも不安も、全て抱え込んでしまうような、そんな子だったはずだ。

 

「そうだ、光津さん。私とデュエルをしてくれませんか? それで証明します。私があんな雑魚に負けるはずなんてないって事を」

 

口角を釣り上げた攻撃的な笑みを浮かべ、ねねは立ち上がる。そしてデュエルディスクを構え、真澄へと相対した。

 

「ちょっと、いきなり何を……」

「いいから構えてください。それとも逃げるんですか? さっきの私のように」

「っ……!」

 

そこまで言われて、引き下がれる真澄ではない。

一体ねねにこの短時間で何があったのかは分からない、だがデュエルをするというならむしろ好都合だ。

ねねにその気があるのなら、真澄はデュエリスト。言葉を重ねるより、デュエルを通して語り合う方が性に合っている。

 

「いいわ、そこまで言うのなら付き合ってあげる! それだけの大口を叩ける今のあなたとなら、楽しめそうだもの!」

 

あのねねが、デュエルを挑んできている。今までデュエルをしても、他人と向き合おうとしていなかったねねが。

ならそれを受けない理由はない。

 

「それに都合よく此処にはリアルソリッドビジョンシステムもあるしね!」

 

真澄もデュエルディスクを構え、右腕を掲げた。

 

「アクションフィールド・オン!」

 

二人のデュエルディスクと連動し、公園内に設置されたリアルソリッドビジョンシステムが稼働を始める。

フィールド魔法の設定をランダムに任せると、デュエルディスクが瞬時にフィールド魔法の選定を終える。

 

『フィールド魔法 クリスタル・コリドー』

 

運を味方につけたのは真澄。無数にあるフィールド魔法の中から選ばれたのは、真澄の得意とするフィールド魔法。

真澄の記憶によれば、ねねは通常のデュエルよりも身体能力を要求されるアクションデュエル自体をあまり得意としてはいなかった。そんなねね相手に自分の得意なフィールドが選ばれた事に、僅かに罪悪感を感じながらも、真澄は全力で相手をする事を誓う。

 

「……」

 

ソリッドビジョンによって公園内がクリスタルによって装飾された回廊へと変貌していく様子を、ねねはまるで初めて見るかのように興味深げに見つめていた。

 

「このデュエル、面白そうですね」

「……?」

「……さあ、始めましょうか」

 

目を閉じ、記憶を探るかのように僅かに思案した後、ねねが言う。

 

「……いくわよ! 戦いの殿堂に集いしデュエリストたちが!」

「モンスターと共に地を蹴り、宙を舞い」

「フィールド内を駆け巡る!」

「見よ、これぞデュエルの最強進化形」

「アクション!」

「デュエル!」「デュエル!」

 

MASUMI VS NENE

LP:4000

アクションフィールド:クリスタル・コリドー

 

「先攻は私よ! 私は手札から魔法カード、吸光融合(アブソーブ・フュージョン)を発動!」

「……融合、か」

 

真澄が発動したカードを見て、ねねは意味ありげに呟いた。

今更、融合の事を何故? そう思いながらも真澄はデュエルを続ける。

 

「このカードを発動したターン、私はジェムナイト以外のモンスターを特殊召喚出来ない! けれどその代わり、デッキからジェムナイトと名の付くカードを一枚手札に加え、ジェムナイトモンスターを融合召喚できる! 私はデッキからジェムナイト・サフィアを手札に加え、手札のジェムナイト・サフィア、オブシディア、ガネットを融合!」

 

一ターン目から、真澄のエースとも言うべきカードが姿を現す。ジェムナイト三体融合によって現れる、至上の輝き。

 

「堅牢なる蒼き意思よ、鋭利な漆黒よ! 紅の真実と一つとなりて新たな光を生み出さん! 融合召喚! 現れよ、レベル9!」

 

最悪ともいえる展開だが、ねねは表情を変える事無くそれを見つめていた。

 

「全てを照らす至上の輝き、ジェムナイト・マスターダイヤ!」

 

ジェムナイト・マスターダイヤ

レベル9

攻撃力 2900 → 3200

 

「マスターダイヤの攻撃力は墓地のジェムと名の付くモンスター一体につき、100ポイントアップ!」

「それがあなたのフェイバリット・カード、という奴ですか」

「あら、そういえばあなたに見せるのは初めてだったわね。ええ、そうよ。このカードは私が初めて三体のモンスターを素材に融合召喚に成功したカード、マルコ先生の期待に沿えた、私の誇りのカード!」

 

LDS、融合コース。LDSの中でも歴史の浅い三つのコースでは、真澄と同レベルにまで融合を使う生徒は少ない。

基本となる『融合』のカードを用いたフィールドのモンスター二体での融合、手札での融合、さらには亜種の融合カードやデッキ融合、『融合』カードを用いない融合など、融合コースのカリキュラムは段階を分け、無数に存在している。

複数の融合カードとデッキ融合を操る詠歌でさえ、三体以上の融合召喚を行った事はない。その代わり、彼女はシンクロとエクシーズをも扱う類稀なデュエリストではあるが……。

 

(それでも、私にとって融合は誇り! マルコ先生から教わった、私のデュエル!)

 

元は同じ融合コースとはいえ、融合でねねに、いや他の誰にも負けるつもりは真澄にはない。

 

「私はカードを一枚伏せて、ターンエンド」

「私のターン、ドロー。……ふふっ、成程……これが今の私のデッキ」

 

ねねはドローカード、そして手札のカードを見て笑う。

まるで今になって自分のデッキを知ったような反応だった。

 

「あなた、やっぱり何かあったんじゃ……」

「私は手札から影依融合を発動!」

「っ、そのカードは……!」

 

影依融合。そのカードの効果は真澄も良く知っている。何故なら、それを扱うデュエリストを二人、知っているからだ。

 

「このカードは相手フィールドにエクストラデッキから特殊召喚されたモンスターがいる時、フィールド、手札に加えてデッキのモンスターを素材として融合召喚を行う事が出来る……私はデッキのシャドール・ドラゴンと――」

 

真澄の知る限り、シャドールの融合モンスターは三体。先程のデュエルでも姿を現したネフィリム、特殊召喚を封じるミドラーシュ、高い守備力を持つウェンディゴ。デッキのモンスターを素材とする以上、そのどれが現れても不思議はない。

だがこの状況で呼び出すならば……。

 

「デッキの光属性、アルカナフォース(ゼロ)THE FOOL(ザ・フール)を融合!」

「アルカナフォース……?」

 

それは確か、ランダムに選択されたカードの正逆の位置によって効果を変えるカードたちだったはずだ、と真澄は己の知識から探り当てる。

強力なカードだがギャンブル性の強い、ねねが好んで使うとは思えないカード。

 

「ふふふっ! 光が生んだ影に操られる哀れな人形よ、運命に翻弄される愚者と一つとなりて、新たな姿を現せ! 融合召喚! 現れろ、レベル8! 全てを滅ぼす光の現身(うつしみ)、エルシャドール・ネフィリム!」

 

エルシャドール・ネフィリム

レベル8

攻撃力 2800

 

真澄がリアルソリッドビジョンシステムの中でそのモンスターと相対するのは初めての経験だったが、しかしそれでもこの異常を察知した。

この強大な威圧感は、本当にリアルソリッドビジョンによるものだけなのか、と。

 

「エルシャドール・ネフィリムの効果発動! このカードが特殊召喚に成功した時、デッキからシャドールと名の付くカードを墓地に送る! 私はシャドール・ビーストを墓地へ送る! 墓地へと送られたシャドール・ドラゴン、ビーストの効果発動! フィールドの魔法、罠カードを一枚破壊し、カードを一枚ドローする!」

「くっ!」

 

シャドール・ドラゴンの効果で破壊されたのは罠カード、ブリリアント・スパーク。ジェムナイトが破壊された時、元々の攻撃力分のダメージを相手に与えるカード。だがダイヤよりも先に破壊されてしまってはその効果を発動する事は出来ない。

 

「さらに私はアルカナフォース(ワン)THE MAGICIAN(ザ・マジシャン)を召喚」

「またアルカナフォース……!?」

 

アルカナフォースⅠ―THE MAGICIAN

レベル4

攻撃力 1100

 

やはり妙だ、そう感じながらもデュエルは止まらない。

 

「THE MAGICIANの効果、このカードが召喚に成功した時、正逆の位置によって効果を得る。さあ回りなさい、運命のタロット!」

 

ねねの頭上に、ソリッドビジョンによってカードが浮かび上がり、それが回転を始める。

 

「この回転を止めるのはあなたです、光津さん」

「……ストップよ!」

 

ゆっくりと魔術師のカードがその回転を止める。その位置は――

 

「逆位置……よって、このカードが存在する限り、魔法カードが発動する度、相手は500のライフを回復する。どうやらまだ運命は私に傾ききってはいないようですね」

「ふっ、慣れないカードを使うからそうなるのよ!」

「さて、どうでしょうか……バトル! エルシャドール・ネフィリムで、ジェムナイト・マスターダイヤを攻撃!」

「させるもんですか!」

 

ねねの攻撃宣言と同時に真澄は背後にある柱の影へと走る。開始時に散らばるアクションカードの位置はランダム、だがそれでもある程度の傾向はある。

 

「あった……! アクションマジック、透明を発動!」

「……へえ」

「このターン、マスターダイヤは相手のカードの効果の対象にならず、効果も受け付けない! よってネフィリムの効果破壊は無効となり、通常のバトルとなる! 返り討ちよ、マスターダイヤ!」

 

ネフィリムの背から伸びる影糸を切り伏せ、マスターダイヤはネフィリムへと剣を振り下ろした。

微動だにする事無く、ネフィリムはその剣に貫かれ、破壊される。

 

NENE

LP:3600

 

「アクションマジックが発動、墓地に送られた事によって私はTHE MAGICIANの効果により、500ポイントのライフを回復する!」

 

MASUMI

LP:4500

 

「本当ならこうしてアクションカードを利用して自分のライフを回復する算段だったんでしょうけど、THE MAGICIANは逆位置、そのモンスターがいる限り、私のライフは回復するわ。さらに私もあなたも融合使い、シンクロ召喚やエクシーズ召喚と違って、強力なモンスターを呼び出すには融合カードが必要不可欠! 自分のカードが裏目に出たわね!」

 

このデュエル、運は、運命は真澄に味方している。

 

「ふふふっ……成程、どうやら運命は今、あなたに傾いているようですね」

 

それを肯定し、尚もねねの笑みは消えない。

 

「だがそれでも、あなたの運命は変わらない」

「私の運命……?」

「そう。あなたは理解していない。THE MAGICIANが逆位置で存在する限り、アクションマジックが発動する度、さらに融合魔法を使う度にあなたのライフは回復する……だがそれはあなたの運命の終焉を僅かに遅らせているだけ。いいや、むしろライフを回復すればする程、終焉へと至る道は長く険しくなるという事をあなたは理解していない」

「一体、何を言って……」

 

普段のねねからは考えられない台詞に真澄はますます眉を顰める。

だが真澄の違和感はさらに爆発する。……ねねの豹変によって。

 

「もう既に! 貴様の滅びの運命は決まっている! だが愚かな貴様の抵抗の意思が運命を引き寄せた! 安らかな滅びではなく、辛く苦しい滅びの運命を!」

「っ……!?」

「まだ私のバトルフェイズは継続している!」

「THE MAGICIANを自滅させて、ライフの回復を止めるつもり……っ? でもそんな事をすればあなたは大きなダメージを受けるわ!」

 

豹変したねね。それに立ち向かう真澄。

ねねの背後にある強大な『破滅の光』の存在を感じ取れる者はこの世界には存在しない。

それを止められる力を持つ者も――

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「……? っくしゅん!」

「んだぁ? 風邪でも引いたか? 久守」

「い、いえ! 少し寒気というか悪寒が……?」

 

突如として身を襲った嫌な感覚に詠歌は首を傾げた。

それでも沢渡に心配をかけまいと誤魔化すように首を振る。

 

「ちっ、光津真澄の奴といい、今日はロクな事がねえしな……もう帰るか」

「そんな! 気を使わないでください、沢渡さん!」

「バーカ、お前に気を使ってるわけじゃねえよ」

「は、はい……」

 

沢渡はそう言うが、詠歌にとっては沢渡と一緒に過ごす時間に勝るものはなく、渋々と言った様子で頷いた。

だがそれを後押しするように、詠歌の頭に声が響く。

 

『っていうか”わたし”の体なんだから、もっと大切にしてくれない?』

「いやいや! むしろ沢渡さんと離れた方が体調不良に発育不良、前後不覚に意気消沈ってもんですよ!」

 

その声に即座に反論するが、すぐにしまった、と気づく。

 

「あー……分かったから今日は帰るぞ」

「あ、いや違うんです沢渡さん! いや違くはないんですが……ああ、もう!」

『ヒューヒュー。見せつけてくれるよね。その男のどこがそんなに良いんだか』

 

自分の心の内に宿るもう一人の声が囃し立て、さらに詠歌の表情が赤く染まっていく。

言い訳を考えながらも、詠歌は既に席を立った沢渡を追いかけた。

 

(……でも、今の感覚は一体?)

 

それでも、一縷の不安は拭いきれなかった。

 

(……”詠歌”、あなたは何も感じなかったですか?)

『別に? さっきの光津真澄の愚痴のせいで、自分でもあの光焔ねねって子の事が心配になっただけじゃない?』

(そう、なんでしょうか……)

 

納得できないまま、詠歌は沢渡と並び、LDSを跡にした。

 

(光津さん、大丈夫でしょうか……)




一話投稿当初のプロットではもっとこじんまりとした幕間的な話にするつもりでしたが、番外編という事で一気に規模を大きく変えました。

それに伴い、SS本編とは全く違う内容に、という事で詠歌の設定を改変。
漫画ARC-Vの遊矢シリーズのように詠歌と和解済。アニメのユートやアストラル的ポジションとなっています。
SS本編では書けなかった、二人の詠歌が協力する話となっています。

完結済みのSSをいつまでも引っ張るのも何なので、出来るだけ早い番外編完結を目指します。


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『影と風』

沢渡と別れ、渋々といった様子で詠歌は帰路についた。

LDSで感じた悪寒の正体が気がかりだったものの、それを感じたのはあの一瞬だけ。

自宅のマンションに着く頃には気のせいだったのか、と考えるようになっていた。

 

「それにしても光焔ねねさん、ですか。私……いえ、”詠歌”以外にこの子たちを使うデュエリストがLDSに居るなんて知りませんでした。今日まで光津さんも何も仰っていませんでしたし」

 

紅茶を淹れ、椅子に座って一息つきながら詠歌はテーブルにデッキを並べ、そんな事を口にした。

 

 

『まあ故意に合わせない限り、カードのカテゴリーが被るなんて滅多にないしね。わたしも初めて聞いたよ、わたし以外にこの子たちを使う人を』

 

シャドール。詠歌のデッキに眠る二つの人形たちの一つであり、『もう一人の詠歌』とでも言うべき、一人の少女の肉体に宿る、もう一つの人格の愛用するカードたち。

『もう一人の詠歌』の存在が明らかになったのは、以前起きた沢渡シンゴと詠歌のデュエルの後だ。

時折感じていた、もう一人の自分の存在をはっきりと詠歌は認識した。その原因に関して互いにある程度の見当はついているが、それを口にする事はない。今はこの奇妙な共生関係ともいえる肉体の同居を互いに受け入れている。

 

「元とはいえLDSで融合を学んだ人がどうしてそんな事になっているんでしょうね」

 

真澄から聞いた、光焔ねねという少女の人物像。そしてほんの僅かにだが自身も会話をして、それが嘘ではない事は察しがつく。

 

『さあ。でも、あんまり好きになれそうにないかな。この子たちを使ってる癖に、負け続けなんて。しかもわたしと違ってキチンとデュエル塾に通ってたのに』

「そうは言いますが、私もシャドールだけでは光津さんに勝てませんでした。シャドールと、この子たちが居たから勝てたんです」

『ふふん、もしもわたしがデュエルをしてたら、シャドールだけで十分だったけどね』

「……言うじゃないですか」

 

そこまで言うならデュエルでシャドールとマドルチェ、どっちが強いか白黒はっきりさせてやりたい所だが、体が一つではデュエルは出来ない。いつか来るであろうその時まで、勝負はお預けだな、とどちらからともなく言って、詠歌は紅茶を含んだ。

 

『……わたし、その紅茶苦手なんだけど。酸っぱすぎない?』

「ふふん、まだまだ舌が子供ですね」

 

軽口を互いに叩きながら、二人の詠歌の一日がまた終わる……はずだった。

すっかり慣れてきた日常を崩すコールが、リビングに響き渡る。

 

「電話……志島さん?」

『へえ、浮気?』

「何言ってるんですか……」

 

電話の着信をデュエルディスクが告げ、画面を覗けば志島北斗の名前が映し出されている。番号は交換していたが、彼の方からかかって来るのは初めてだった。

 

「はい、久守ですが」

『ああ、もしもし、僕だが……』

「どうかしたんですか?」

『いや、真澄と一緒じゃないかと聞きたくてね』

「光津さんと? いえ、LDSで別れたきりですが……多分、今は光焔さんと一緒に居ると思いますよ?」

 

真澄は思い立ったら即行動するタイプの人間だ。きっと仲の良い北斗や刃にも告げず、あの後すぐにねねの下に向かったのだろうと察した詠歌はそう伝える。

 

『光焔?』

「私もまだ親しくはないんですが、元は光津さんと同じ融合コースの生徒だそうです」

『そう、か……いや、ならいいんだ』

「何か約束が?」

『僕と刃の講義の終わりがほとんど同じでね。真澄も少し早いだけなんだ。そういう時、いつもなら決まって三人でデュエルをしたりしてたんだが、今日は姿を見ないし、連絡しても出ないから気になってね。カリキュラムの予定表を見たら総合コースも似たような物だったから、てっきり君と居るんじゃないかと思っただけだよ』

「そうだったんですか」

『ああ。まあ特に約束をしていたわけじゃないし、こういう日もあるさ。すまない、邪魔をしたね』

「気にしないで下さい。私も今日はもう、沢渡さんたちと別れて家に戻っていますから」

『それなら良かった』

 

心底安心したような声色で北斗が言うので、相変わらず少し苦手意識を持たれているなあ、と詠歌は苦笑した。

 

『それじゃあまた、LDSで』

「はい。それでは」

 

通話を切り、ディスクをテーブルに置くと詠歌は手を唇に当てて考え込む。

 

「光津さんが光焔さんの事を気に掛けているのは明らかでしたが、それで志島さんと刀堂さんを無視するでしょうか……?」

 

もしデュエルをしているなら間違いなく着信には気づくはずだし、そうでないにしても落ち着けば北斗のように気にして連絡を入れるはずだ、と詠歌は考える。

 

『考えすぎのお節介だと思うけど?』

「……」

 

呆れの混じった『もう一人の詠歌』の言葉に、そうだろうか、と考え直そうとするが、久守詠歌という少女もまた、思いつけば中々それを忘れられないタイプの人間だった。

 

「……外食ついでです。少し、探してみましょう」

『はぁ……別にいいんだけど、そういうのが行き過ぎて沢渡シンゴのストーカーとかにならないでよ?』

「失礼な! 私が沢渡さんの迷惑になるような事をすると思いますか!?」

『あなたがどう思おうと、受け取り方はそれぞれだよ。……本当にやめてね?』

 

最後の声音がかなりマジなものだったので、気を付けよう、と内心で肝に銘じる詠歌だった。

 

「そうと決まれば……慌ただしくてすいませんが、また出かけてきます」

 

普段持ち歩くバッグは置いて、デュエルディスクだけを持つと詠歌はリビングの隅に正座して、一礼しながらそう伝える。

 

「行ってきます」

 

出かけの挨拶を終え、詠歌は再び部屋を飛び出した。

 

『行ってきます。お父さん、お母さん』

 

『もう一人の詠歌』もまた、穏やかな口調で両親の写真に向かってそう言った。

天涯孤独の身の上で、しかしそれでも一人で二人の少女に、かつて程の悲しさはなかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

MASUMI

LP:300

 

「私はアクションマジック、フレイム・ボールを発動。この効果により、相手に200ポイントのダメージを与える」

「くぅっ!」

 

MASUMI

LP:100

 

「そしてアクションマジックが発動した事により、あなたのライフはTHE MAGICIANの逆位置の効果によって、500ポイント回復する」

「っ……!」

 

MASUMI

LP:600

 

アクションマジックによって生じた炎により、真澄のライフは残り僅かにまで追い込まれるが、そしてすぐにモンスター効果によってライフが元へと戻る。

 

「はぁっ、はぁっ……!」

「おっと、今の爆風で”また”カードが私に運ばれて来ましたね」

 

まるで何かに導かれるように、ねねの手に再びアクションカードが運ばれていく。

モンスターと共に地を蹴り、宙を舞う。それがアクションデュエル。だが、デュエルが開始してからねねはまだ一歩もその場を動いてはいなかった。

 

「アクションデュエルでは一分以上デュエルを進行しなかった場合、プレイヤーは失格となりますが……こうしてアクションカードを発動すればその都度、カウントもリセットされる。さて、私が手にしたアクションカードは……ふふふっ、また同じですね」

「……!」

「アクションマジック、フレイム・ボールを発動。相手に200ポイントのダメージを与える」

「きゃあああ!」

 

MASUMI

LP:400

 

「そしてTHE MAGICIANの効果によって再び回復」

 

MASUMI

LP:1100

 

効果ダメージを与えるアクションカードがあれば、それを無効にするアクションカードもまたこのフィールドには存在する、

だが、それを探して手を伸ばす気力はもう、真澄には残っていなかった。

 

「っ、はぁっ、はぁっ……!」

 

立ち上がる事も満足に出来ず、ただ不気味に笑うねねを睨みつける事しかできない。

 

「おやおや、どうしたんですか、光津さん。あなたもデュエリストならば、最後の最後までデュエルは諦めない、必死に戦い続けるべきなんじゃないんですか?」

「あなたは……あんたは一体、誰なのよ!?」

「おかしな事を聞きますね。私は光焔ねねですよ」

 

肩を竦めて真澄の問いに答え、ねねは爆風によって足元へと飛んできた新たなアクションカードを拾い上げる。

 

「アクションマジック、ショットボムを発動。相手に1000ポイントのダメージを与える」

 

そして無慈悲にカード効果を読み上げ、それを発動した。

 

「きゃああああ!」

 

MASUMI

LP:100

 

「そして回復」

 

MASUMI

LP:600

 

「とはいえ、流石に私も飽きてきました」

 

再び足元へと運ばれてきたアクションカードを踏み潰し、ねねは口角を釣り上げる。

 

「そろそろ終わりにしましょうか、光津さん。あなたの完全な敗北で」

 

虚ろな目で真澄はねねを見上げた。

リアルソリッドビジョンによる衝撃だけではない。得体の知れない力がこのデュエルに働いている。

 

「いけ、我が僕――エルシャドール・シェキナーガで直接攻撃」

 

エルシャドール・シェキナーガ

レベル10

攻撃力 2600

 

機殻の玉座に座す女神、その銀の足が倒れ伏す真澄に無慈悲に振り下ろされる。

 

「っ……」

 

もう真澄にはアクションカードに走る気力は残されていない。

迫り来る敗北と、それだけではすまないだろうという確信を前にしても、真澄はただ瞳を閉じてその瞬間を待つ事しか出来なかった。

 

 

 

『『BATTLE ROYAL MODE JOINING』』

 

 

「――僕はアクションマジック、回避を発動! 攻撃を一度だけ無効にする!」

「何……?」

 

突然、フィールドに響く男の声と共に水晶で作られた回廊の天井が破砕音と共に崩れ落ちる。其処から姿を現したのは、二つの光球を纏う星の騎士。

乱入者に発動されたアクションカードによってシェキナーガが動きを止めた。

 

「誰だか知りませんが、邪魔をしないでもらいたいものですね……THE MAGICIANで再び直接攻撃」

「させるかよ! アクションマジック、大脱出を発動! バトルフェイズを終了させる!」

「っ!」

 

残された魔術師のアルカナが笑い声と共に真澄へと襲い掛かるが、また別の声がそれに待ったを掛ける。バトルフェイズが強制終了され、今度こそ真澄の身は守られた。

そして、星の騎士の後を追うように乱入者がねねと真澄の間に現れる。

 

「あなたたちは……さて、誰でしたか」

「それはこっちの台詞だよ、真澄をここまで追い詰めるなんて、君は何者だい?」

「その襟のバッジ、お前もLDSだな? 見覚えはねえが……」

 

真澄の窮地に駆け付けたのは、彼女の親友。

LDSエクシーズコースの志島北斗、シンクロコースの刀堂刃だった。

 

「ふふふっ、すぐに知る事になりますよ。私の名を。あなたたちだけじゃない。この街、この世界の人間全てが」

「はぁ? 何言ってやがるんだ、こいつ?」

「妄言を相手にするな、刃。おい真澄、大丈夫かい?」

「ぅ……」

 

ねねを睨みつけながら、北斗が真澄に声を掛けるが僅かに呻き声を上げるだけで反応はない。

 

「おい真澄!」

 

想像していたよりも緊迫した状況に刃が声を荒げてもう一度名前を呼ぶ。

 

「このまま相手をしてあげてもいいですが……”内から”も外からも邪魔が入って煩わしいですね」

 

ねねは構えていたデュエルディスクを下げると、忌々しそうに口にして踵を返した。

 

「くっ!」

 

仲間を、親友をここまでされて黙っていられるはずもない。北斗が後を追おうと駆け出すが、召喚されたままのエルシャドール・シェキナーガがねねの姿を隠すように立ち塞がった。

 

「プレアデスの効果発動! オーバーレイユニットを一つ使い、フィールドのモンスター一体を持ち主の手札に戻す!」

「シェキナーガの効果発動。手札のシャドールカードを墓地に送り、特殊召喚されたモンスターの効果の発動を無効にし、破壊する」

「ちぃっ……!」

 

星の騎士の輝きも、影の女神には届かない。

 

「またお会いしましょう、どうせあなたたちの運命ももう決まっていますがね」

「おい、待ちやがれ!」

 

シェキナーガの背にねねの姿が隠れて消える。やがてアクションフィールドと共にモンスターたちが消えた時にはもう、その姿は何所にもなかった。

 

 

 

――ねねはアクションフィールドの範囲外、公園の外へと抜け出し、一人呟く。

 

「……ちっ、この小娘もこの私に抵抗するつもりか……」

 

そう吐き捨てながらねねは舞網の街へとその姿を紛れさせ、そのまま何処かへと消えていく。

そしてその途中、一人の少女とすれ違った。

 

「はぁっはぁっ……っ!」

「……」

 

息を荒げながら何かを探す少女――詠歌に見向きもせず、ねねは人込みへと紛れていく。

だが、詠歌はすれ違ってすぐに足を止めた。

 

「はっ、はっ……今のは」

 

息が整わないまま、後ろを振り返る。今度は気のせいではない。先程感じたものと同じ、悪寒を確かに感じた。

 

『どうしたのさ?』

「また、感じた……」

『……わたしには分からないけど、今は光津真澄を探すのが先なんじゃないの?』

「そう、ですね……」

 

言いようのない不安に襲われながらも、詠歌は再び走り出す。

そして視線の先に見知った姿を見つけた。

 

『ねえ、あれ』

「! 志島さん、刀堂さん!」

 

公園の出口から並んで出て来たのは真澄の、そして詠歌の友人でもある二人。

さらに刃の背には――

 

「光津さん……!?」

「ん、ああ、久守か」

「君も真澄を探しに?」

「そうっ、です……っ」

 

乱れた呼吸のせいで途切れ途切れになりながらも詠歌が頷く。

 

「一体、何があったんです、か……?」

 

刃と北斗は視線を交わし、揃って首を横に振った。

 

「俺たちにも分からねえ。俺たちが見つけた時には知らねえ奴とデュエルをしてた」

「ただならない雰囲気を感じて咄嗟に乱入したんだが……少し遅かったみたいでね」

「そんなっ、光津さん……!」

 

刃の背の真澄に近づくが、真澄は短い呼吸を繰り返すばかりだ。

 

「心配はない。ただ疲れているだけだと思う」

「随分痛めつけられたみたいだからな」

「光津さん……」

 

心配そうに真澄の顔を覗き込むが、その目が開かれる事はない。

 

「相手は同じLDSの女だ」

「それと君や沢渡、榊遊矢たちと同じ制服を着ていた」

「私たちと同じ、舞網第二中学……まさか、光焔さん……?」

「やっぱり、あいつが君の言っていた光焔ねねか……」

 

怒りを含んだ声で北斗がねねの名を呼ぶ。それは刃も同じだった。

 

「で、ですが光津さんから聞いた限り、光焔さんがこんな事をするとは……」

「僕たちは光焔ねねを知らないし、君も真澄から話を少し聞いただけなんだろう? 僕らにとってはさっき見たあれが、光焔ねねの全てだ」

「でもっ!」

 

詠歌は真澄とねねのデュエルを見たわけではない。ねねと親しいわけでもない。

だが、真澄から聞いたねねという少女は、呆れた口調で、でも優し気に真澄が語ったねねという少女は、決してこんな事が出来る人ではなかった。

 

「とにかく、まずは真澄をLDSの医療施設に連れていく。話はその後だ」

「っ、分かり、ました……」

 

北斗の言葉に詠歌も同意し、三人はLDSへと向かって歩き始める。

 

 

「……刃、北斗……?」

 

その途中、真澄がか細い声で二人の名前を呼んだ。

 

「おう、気が付いたのか」

「今は休みたまえ」

「迷惑、かけるわね……久守も」

「光津さん……」

 

言葉を発するのも辛そうな真澄の様子に、詠歌は悲痛な表情を浮かべる。

 

「っ……あの子、普通じゃなかった……」

「君をそこまで追い詰めたんだ、そうだろうね」

「違う……の、あの子、は……」

「光津さんっ、今は無理をしないで下さい……っ」

 

幻影を追いかけるように虚空へと伸ばされた手を詠歌が握りしめる。

 

「……久守、お願い、あの子を……融合使いの、あなたが……あの子は、間違ってる……」

「っ、分かりました。分かりましたから……!」

 

今はもう、休んでほしい。その願いを込めて真澄の手を強く握りしめ、何度も頷く。

 

「気を、つけて……あの子は、あの……合……理……を……」

 

最後に何かを伝えようと呟くが、その声は小さく、聞き取る事は出来ない。

そして真澄は今度こそ、完全に意識を手放した。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

LDS 医療施設。

真澄を医師に預け、詠歌たち三人は中庭に集まっていた。

 

「クソッ、よくもこんな事を……!」

「LDSの講師が襲われてるって噂も、あいつの仕業なんじゃねえだろうな……!」

「待ってくださいっ、そうと決めるのは早すぎます!」

 

苛立つ北斗と刃を詠歌が止める。

 

「だが、真澄が光焔ねねにやられたのは確かだ! アクションデュエルとはいえ、あんなになるまで甚振ったんだ! 同じデュエリストとして許せるわけがない!」

「俺たちの気持ちも、お前になら分かるだろ、久守……!」

「それは……」

 

否定することは出来ない。詠歌もLDS襲撃犯に沢渡を襲われ、怒りに任せてデュエルを挑んだ事があるからだ。

 

「真澄は同じ融合を使う君に光焔ねねの事を託した。だが、僕たちも黙っているつもりはない」

「すぐにでもあいつを見つけ出して、叩きのめしてやらなきゃ気が済まねえ!」

「それを邪魔するなら、君が相手でも容赦はしない……!」

 

北斗と刃がデュエルディスクを構える。一触即発の空気が漂い始めるが、詠歌は友人である二人とこんな状態でデュエルをする事を望んではいない。

 

「落ち着いてください! お二人の気持ちは分かりますっ、でもだからといって……!?」

 

二人をどうにか言葉で止めようとする詠歌の心臓がドクン、と跳ねた。

 

『無駄だよ。あの時のあなたと同じ。言葉じゃこの二人は止まらない』

「”詠歌”……!?」

『あなたがやりたくないなら、わたしが代わってあげる』

「それは……待っ――」

 

自身の内に眠る『もう一人の詠歌』を止めようとするが、もう遅い。

普段こそ主導権を譲ってはいるが、既に二人の詠歌の力関係は『もう一人の詠歌』に、この肉体の本来の持ち主の方に傾いている。

 

「あなたは見てなよ。そして少しは反省するんだね。自分がやった事を」

『”詠歌”……!』

 

肉体が詠歌の体を離れ、詠歌は傍観者へと変わる。

”詠歌”は躊躇いもなくデュエルディスクをセットし、二人と相対した。

 

「何をごちゃごちゃ言ってるのかは知らねえが、いくぞ久守! まずは俺からだ!」

 

刃が一歩前に歩み出ると、もうこのデュエルを止める者はいなくなる。

止める者はいないが――

 

「おおっとぉ! だったら手っ取り早く一戦で決めようじゃねえか!」

 

争いをさらに加速させる、お調子者が一人、姿を現した。

 

「お前は……」

「沢渡……?」

「……一体、何をしに来たの……」

『沢渡さん!』

 

その声を聞いただけで始まった頭痛のする額を押さえ、呆れたように”詠歌”が口にする。

 

「ようやく赤馬零児と話を着けたと思ったら、この俺様を抜きに随分面白そうな事をやってるじゃねえか」

「あなたは一人で十分面白いから、引っ込んでて欲しいんだけど」

『ちょっと”詠歌”! 沢渡さんになんて口の利き方を……!』

「うぐっ、またいつぞやの可愛げのねえ方の久守か……」

 

辛辣な”詠歌”の言葉に一瞬怯む沢渡だが、その程度で引き下がるはずもない。

 

『そ、それって普段の私はか、可愛げがあるって事ですか……!』

 

自身の内で騒ぐ『もう一人の詠歌』にさらに頭痛が加速するが、残念ながら心の声までどうにかする術はない。

 

「新しいデッキの力試しに丁度いい。事情は知らねえが、タッグデュエルと行こうじゃねえか。その方がお前らも早くていいだろ?」

「部外者が口を挟まないで欲しいね、沢渡」

「……いや、いいぜ。癪だが沢渡の言う通り、その方が話は早い」

「おい、刃っ!」

「こんな所で時間を食ってる方が無駄だろ」

「……仕方ない」

 

渋々といった様子で北斗もデュエルディスクを構え、刃に並んだ。

 

「話はまとまったみてぇだな」

「わたしは納得してないけど」

『だったら私とチェンジを! 一日に二回も沢渡さんとタッグデュエルが出来るなんて……!』

「あなた、さっきまで嫌がってたでしょ?」

『うぐっ……それは、今でも嫌ですけど……でも、沢渡さんと一緒なら喧嘩のようなデュエルにはならないはずです!』

「はぁ……」

 

わざとらしく”詠歌”は溜息を吐くが、内心では同意していた。

確かに彼となら、禍根を残すようなデュエルにはならなそうだ、と。

 

「しょうがない。足手まといにならないでよ、沢渡シンゴ」

「はっ、違うなあ! 今の俺は! ネオ・ニュー沢渡だ!」

「名前の前に頭を新しくする事をお勧めするけど」

『だからまたそうやって沢渡さんにぃ!』

 

沢渡を小馬鹿にしながら、”詠歌”もデュエルディスクを改めて構える。

 

「二人まとめて速攻で片付けてやるぜ! いくぞ、北斗!」

「言われるまでもない。これも良い機会だ。あの時の雪辱、此処で果たさせてもらう!」

「上等だ! やれるもんならやってみやがれ!」

「「「お前じゃない」」」

 

三人からきっぱりと否定の言葉を吐かれても、沢渡は気にした様子もない。

それを気にするのは”詠歌”の中に居る『もう一人の詠歌』だけだった。

 

「もういいから、いくよ、沢渡シンゴ!」

 

「「デュエル!」」「「デュエル!」」

 

 

EIKA & SAWATARI VS HOKUTO & YAIBA

LP:4000

 

「僕のターン! 僕は手札からセイクリッド・グレディを召喚!」

 

セイクリッド・グレディ

レベル4

攻撃力 1600

 

「グレディの召喚に成功した時、手札からレベル4のセイクリッドモンスターを特殊召喚出来る! セイクリッド・カウストを特殊召喚!」

 

セイクリッド・カウスト

レベル4

攻撃力 1800

 

「これは……」

『やはり流石ですね、志島さん』

 

見覚えのあるモンスターたちに、”詠歌”が顔を顰め、『もう一人の詠歌』は感心したように呟いた。

 

「そして永続魔法、セイクリッドの星痕を発動! このカードが存在する限り、一ターンに一度、僕たちのフィールドにセイクリッドと名の付くエクシーズモンスターが特殊召喚される度、カードを一枚ドロー出来る! さらにセイクリッド・カウストのモンスター効果、発動! その効果でグレディとカウストのレベルを1上げる!」

 

セイクリッド・グレディ

レベル4 → 5

セイクリッド・カウスト

レベル4 → 5

 

「レベル5となったグレディとカウストでオーバーレイ! 星々の光よ、今大地を震わせ降臨せよ! エクシーズ召喚! ランク5、セイクリッド・プレアデス!」

 

セイクリッド・プレアデス

ランク5

攻撃力 2500

ORU 2

 

「この瞬間、セイクリッドの星痕の効果でカードをドローする! 僕はこれで、ターンエンド」

『”詠歌”、志島さんなら必ずまたすぐにエクシーズ召喚を行ってくるはずです。長引けば長引くほど、効いてきますよ』

「分かってるよ……わたしのターン、ドロー!」

「あっ、普通、次は俺のターンだろうが!」

 

喚く沢渡を無視し、”詠歌”はドローカードを見て微笑む。

 

「わたしは魔法カード、影依融合を発動! 相手のフィールドにエクストラデッキから特殊召喚されたモンスターが居る時、デッキのモンスターで融合召喚できる! デッキのシャドール・ハウンドとシャドール・ドラゴンを融合! おいで、エルシャドール・ミドラーシュ!」

「おっと! そのモンスターは僕にとっても刃にとっても非常に厄介だ。セイクリッド・プレアデスのモンスター効果発動! オーバーレイユニットを一つ使い、エルシャドール・ミドラーシュを君のエクストラデッキに戻す! 悪いが退場してもらうよ!」

 

セイクリッド・プレアデス

ORU 2 → 1

 

『これは……あの時と同じですね』

 

その言葉の通り、光の渦から飛び出ると同時、大地を踏みしめるよりも早くミドラーシュが再び光となって消えていった。

しかし、二人の詠歌は見た。消える直前、感情を宿さないはずのミドラーシュの瞳が非常に恨めしそうにこちらを見ているのを。

 

『……』

 

もしかして見えているのだろうか、と嫌な予感を感じるが、傍観者となっている彼女にはどうする事も出来ない。

しかし、”詠歌”はその視線を感じながらも笑っていた。

 

「安心してよ、わたしはあなたとは違うから。融合素材として墓地に送られたハウンドとドラゴンの効果発動! セイクリッド・プレアデスを守備表示に変更し、さらにセイクリッドの星痕を破壊する!」

 

セイクリッド・プレアデス

攻撃力 2500 → 守備力 1500

 

「くっ、相変わらずただではやられないか……!」

「まだ! わたしは手札から魔法カード、融合を発動! 手札のシャドール・ヘッジホッグとシャドール・ビーストを融合!」

「何だって!?」

「久守の奴、普通の融合カードも入れてやがったのか!」

 

自分たちと違い、三種類の召喚方法を操る詠歌はデッキを上手く操る為にシャドール専用の融合カードのみを使い、それを効果で使いまわす事で複数の融合を可能にしていた。だがそれ故に、一ターン目から複数の融合召喚を行うのを見た事がなかった。二人の驚愕はその為だ。

二人の、そして”詠歌”の言う通り、普段の久守詠歌のデッキならばこんな事は滅多に起こりえなかっただろう。だが今、彼らと相対しているのはシャドールたちの真の持ち主。独学で融合コースの生徒に匹敵する程の融合使いだ。

 

「さあアンコールだよっ。おいで、神の写し身! エルシャドール・ミドラーシュ!」

 

エルシャドール・ミドラーシュ

レベル5

攻撃力 2200

 

”詠歌”のアンコールに答えるように華々しくミドラーシュは再び舞台へと降臨……はせず、彼女が操るドラゴンが先に飛び出し、その後からいじけたようにそっぽを向きながらミドラーシュはのっそりと現れた。

 

「……絶対あなたのせいでしょ!? この子がこんなんになったの!」

『ええ!? いやいやいや! 最初からこんなんでしたよ、この子は!』

 

二人の主からこんなん呼ばわりされ、ミドラーシュはさらにいじけたように腕を組んで明後日の方角に視線をやった。

 

「絶対にいつか白黒はっきりつけてあげるんだから! 融合素材として墓地に送られたヘッジホッグの効果でデッキからシャドール・ファルコンを手札に加えて、さらにビーストの効果でカードを一枚ドロー!」

「さらに手札増強まで……!」

「……っていうかあいつ、大丈夫か? さっきから様子が変だが……」

「彼女が変なのは今に始まった事じゃない、それよりも来るぞ、刃!」

 

北斗の言葉が聞こえていなかったのは幸運だろう。それを聞けばどちらの詠歌も、きっと怒りの矛先を彼に向けていただろうから。

 

「もうっ、いくよミドラーシュ!」

『そうです! あなたも以前の雪辱を晴らす機会ですよ!』

 

二人の主の命令に、仕方ない、と言わんばかりに気怠げにミドラーシュは杖を構えた。

 

「セイクリッド・プレアデスに攻撃!」

『ミッシング・メモリー!』

 

いくら人間よりも人間らしく、子供のような彼女でも、二人の詠歌のデッキのエース(5割は自称)である事に変わりはない。

杖を構え、所在なさげにミドラーシュの頭上を飛び回っていたドラゴンを呼び戻すとその背に乗ってプレアデスへと特攻した。

 

「くっ……!」

「わたしはモンスターをセット、さらにカードを一枚伏せてターンエンド!」

「すまない刃、こちらのフィールドの方が奇麗にされてしまった」

「へっ、気にすんなよ。久守相手ならこんぐらい予想の範囲内だっつの! 俺のターン!」

(……そういえば、沢渡シンゴの方が静かだ)

 

普段ならば「俺を蚊帳の外にしてんじゃねえ!」などと文句を言ってそうなものだが、と”詠歌”がちらりと沢渡の方を見ると……。

 

「……へへっ」

 

自分の手札を見て、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。

 

『あの表情……流石沢渡さん! カードに選ばれてるんですね!』

「はぁ……別にいいけど」

 

諦めた様子で”詠歌”は視線をターンプレイヤーの刃へと戻した。

 

「俺は魔法カード、ワン・フォー・ワンを発動! 手札のXX(ダブルエックス)―セイバー パロムロを墓地に送り、手札かデッキからレベル1のモンスターを特殊召喚する! 俺はデッキから同じくXX―セイバー パロムロを特殊召喚!」

 

XX―セイバー パロムロ

レベル1 チューナー

攻撃力 200

 

「ミドラーシュのモンスター効果により、全てのプレイヤーは特殊召喚を一ターンに一度しか行う事が出来ない! ミドラーシュが居る限り、そう簡単にあなたたち得意のシンクロもエクシーズもさせない!」

「分かってるっつの! 俺はパロムロをリリースし、XX―セイバー ガルドストライクをアドバンス召喚!」

 

XX―セイバー ガルドストライク

レベル5

攻撃力 2100

 

「ガルドストライクじゃミドラーシュには届かない……俺はカードを三枚伏せて、ターンエンドだ!」

『刀堂さんはセットモンスターがファルコンである事を察しているようですね』

(自分のターンで特殊召喚をさせなければ、ミドラーシュの効果でわたしも特殊召喚出来るのは一度きりだもんね。でもわたしも、それぐらいは予想の範囲内)

 

気を取り直したのか、杖を地面に突き立てながら『誰だろうと特殊召喚は一ターンに一度まで!』とでも言いたげに目を光らせているミドラーシュを出来るだけ視界に入れないようにして”詠歌”は次のターンでの展開を考えるが、それは次の沢渡の出方次第だ、と沢渡の方に意識を向けた。

 

「ふっ、ようやく真打ち登場か……俺のターン!」

 

大仰な素振りでカードをドローする様は何処かのエンタメデュエリストの影響を感じさせるが、彼とて常にあんな風に大げさな身振りをしているわけではない。エンタメデュエリストとして、芸を見せる場面を弁えている。

 

「俺は永続魔法、修験の妖社を発動!」

『修験の妖社……? 私も見た事のないカードです……!』

 

一人期待に胸を膨らませている事を知ってか知らずか、沢渡は劇団員のようにデュエルを進めていく。

 

「このカードは妖仙獣が召喚、特殊召喚される毎に妖仙カウンターが一つ点灯する」

「妖仙獣……? 久守とデュエルした時に使ったデッキじゃないのか……?」

「だが忘れたのかよ、沢渡! 今フィールドには久守のエルシャドール・ミドラーシュが居る。そいつが居る限り、そうそうカウンターは溜まらないぜ」

 

刃の言う通りだ。一体いくつのカウンターが点灯する事でどのような効果が発動するのかは分からないが、ミドラーシュが居る今、通常なら一ターンに二度がせいぜい。『もう一人の詠歌』の二重召喚や沢渡の使っていたアドバンス・カーニバルなどを使えばさらに点灯させる事も可能だが……。

『もう一人の詠歌』が知らない以上、誰も今の沢渡のデッキは知らない。

刃たちと同様”詠歌”も沢渡のデッキがアドバンス召喚を主体とするデッキだと考え、特殊召喚を制限するミドラーシュを召喚したのだ。口ではああ言いながらも、協力する事を考えての事だったが、もしもデッキが特殊召喚を多用するものだとしたら、ミドラーシュの効果は沢渡にとっても脅威となってしまう。

 

「ちっちっち、俺が久守のデッキの事を把握してないとでも思ってんのか? その人形が出てくるのは想定の範囲内。俺は常に観客の予想の一歩先を行く……! 俺は妖仙獣 鎌弐太刀を召喚!」

 

妖仙獣 鎌弐太刀

レベル4

攻撃力 1800

 

「さらに鎌弐太刀の召喚に成功した時、手札から鎌弐太刀以外の妖仙獣を召喚できる! これは特殊召喚じゃあない。よってミドラーシュの制約も受けない! 来い来い来ぉい! 妖仙獣 鎌参太刀!」

 

妖仙獣 鎌参太刀

レベル4

攻撃力 1500

 

続け様に現れたのは和装を纏う人型の獣。以前のデッキとは全く装いの違うモンスターたち。

 

「さらに同じく鎌参太刀の効果で妖仙獣 辻斬風を召喚! これにより妖仙カウンターは三つ点灯!」

 

妖仙獣 辻斬風

レベル4

攻撃力 1000

 

修験の妖社

妖仙カウンター 0 → 3

 

自分の目の前でモンスターが続け様に現れ、またしてもミドラーシュがつまらなそうな表情に変わり、がっくりと肩を落とした。

 

「特殊召喚ではなく、通常召喚を増やすモンスターか……!」

 

ミドラーシュの特殊召喚封じの抜け穴。それには当然、北斗たちも気づいている。一度に複数のモンスターを召喚するペンデュラム召喚を行えない彼らにも出来る方法だが、それを沢渡に先んじられ、表情を歪めた。

 

「さあいくぜ、まずは辻斬風の効果! フィールドの妖仙獣の攻撃力をターンの終わりまで1000ポイントアップさせる! 俺は鎌弐太刀を選択!」

 

妖仙獣 鎌弐太刀

攻撃力 1800 → 2800

 

「ちっ、鼬野郎の攻撃力がガルドストライクを上回りやがった……!」

「このままガルドストライクを攻撃してもいいが……俺は鎌弐太刀の効果を発動! このカードは戦闘ダメージを半分にする事で直接攻撃が出来る! いけ、鎌弐太刀!」

「何っ……? くっ!」

 

HOKUTO & YAIBA

LP:2600

 

フィールドにモンスターを残せば、ミドラーシュが居てもそこからシンクロやエクシーズに繋げる事が出来る。それは沢渡にも分かっているはずだ。それでも直接攻撃する事を選択した意図が分からない。

 

「速攻魔法、セイバー・リフレクト! こいつは俺のフィールドにX―セイバーが存在し、ダメージを受けた時に発動する! 俺はダメージ分のライフを回復し、その数値分、相手にダメージを返す!」

「ちっ……」

 

HOKUTO & YAIBA

LP:4000

 

EIKA & SAWATARI

LP:2600

 

「さらにデッキから罠カード、ガトムズの緊急指令を手札に加える」

 

ライフを元に戻し、逆にダメージを与えた刃だったが、その表情は硬い。

 

(まさか、俺の伏せカードを読んでいやがったのか……?)

 

刃がディスクへと視線を向ける。そこに伏せられた残り二枚の内一枚は罠カード、身剣一体。発動後、Xセイバーの装備カードとなり攻撃力を800ポイントアップさせるカード。もしもガルドストライクを攻撃していれば、それによって返り討ちにしていた。

デッキが違えど、沢渡が強力なモンスターを呼び出すにはアドバンス召喚が必要不可欠。モンスターをフィールドに残したいのは沢渡も同じはず。それを予期して直接攻撃を選択したのだとすれば……。

 

(……沢渡はデッキは違くとも俺や北斗を倒した久守を正面から倒した奴だ。以前のように見縊って勝てる相手……じゃねえ。沢渡だけど)

 

それは北斗も同じだった。沢渡の人間性故か、どうしても見縊ってしまいそうになるが、既に沢渡の実力は決して低いものではない。むしろ相手の油断を誘う天性のスキルもあり、気を張らなければつい油断してしまいそうになる。

 

「だが鎌参太刀の効果は発動するぜ! 妖仙獣が相手に戦闘ダメージを与えた時、デッキから妖仙獣一体を手札に加える! 俺が手札に加えるのは、妖仙獣 右鎌神柱! さらに永続魔法、修験の妖社の効果! 妖仙カウンターを三つ取り除き、デッキからさらに妖仙獣一体を手札に加える!」

 

修験の妖社

妖仙カウンター 3 → 0

 

ソリッドビジョンが引き起こす風のエフェクトで沢渡の姿が消え、ただ沢渡の声だけが聞こえる。

風が止んだ時、沢渡はその手に握られたカードの名を高らかに読み上げた。

それは刃の予想を超える一枚。アドバンス召喚以外で唯一、沢渡が行った事のある特殊召喚の鍵。

 

「俺が加えるのは――ペンデュラムモンスター、魔妖仙獣 大刃禍是!」

 

「な――!?」

「ペンデュラムカード!?」

 

以前、デュエリストにあるまじき卑劣な手段を使ってまで沢渡が手に入れようとしたカード。

それが今、沢渡の手に握られている。その光景を見て北斗たちは驚愕の声を上げた。彼らが知る限り、そのカードを持つのはペンデュラムの創始者、榊遊矢とLDSのトップ、赤馬零児だけだ。それを何故、沢渡が持っているのか。

 

「彼が、ペンデュラムカードを――」

 

驚いているのは”詠歌”も同じだった。彼女も沢渡が引き起こした事件を心の内で傍観者として見ていた。

あんな真似をしたデュエリストに、カードは応えない。”詠歌”が『もう一人の詠歌』と違い、沢渡に辛辣な態度を取るのも、あの事件をすぐそばで見ていたからだ。たとえ利用されていたとしても、肯定できるような事ではなかった。

だが、沢渡はこうしてペンデュラムカードを手にしている。榊遊矢のEMとも、赤馬零児のDDDとも違うペンデュラムカードを。

そして、この中で誰よりもこの瞬間を待ち望み、そして誰よりもこの瞬間が訪れる事を信じていた少女は――

 

『沢渡さぁぁぁぁあああん!!!』

「うるさっ……!?」

 

”詠歌”の内で一人、歓喜の叫びを上げていた。

その歓喜の感情が”詠歌”にも伝わり、勝手に口元がニヤけそうになっていくのを感じ、慌てて口元を覆い隠す。ここまで影響が出るのだ、その喜びがどれだけのものなのか、想像するのは容易かった。

口元を覆い隠せば今度は目頭が熱くなってくる。一体どれだけ喜んでいるのだ、と呆れかえるばかりである。

 

『なんで!? いつの間に!? 流石沢渡さん! カードに選ばれすぎっすよ! すごいです! やばいです! 格好良すぎですっ!』

 

主導権は完全に”詠歌”の方に傾いているはずなのに、気を抜けば『もう一人の詠歌』の感情にシンクロして小躍りでも始めてしまいそうになり、必死に自身を自制する。

 

(そういや、出て来た時に赤馬零児と話が着いたとかって言ってたっけ……LDS絡みって事?)

 

平静を取り繕い、”詠歌”が思考を巡らせる中、沢渡はデュエルを進めていく。

 

「そして俺の手には既にもう一枚のペンデュラムカードも握られている……! 俺はスケール3の妖仙獣 左鎌神柱とスケール5の妖仙獣 右鎌神柱でペンデュラムスケールをセッティング!」

「これで……」

『レベル4のモンスターが同時に召喚可能っすよ! 沢渡さん!」

「いいや、ここからだ! 俺は右鎌神柱のペンデュラム効果を発動! もう片方のペンデュラムゾーンに妖仙獣が居る時、スケールは5から11になる!」

「何!? じゃあ――」

『つまり!』

「そう! これでレベル4から10のモンスターが同時に召喚可能! さあ喜べお前ら! これを見んのはお前らが初めてなんだからな! ペンデュラム召喚!」

 

天へと昇った二つの光柱から、一つの巨大な烈風が現れる。

 

「烈風の衣纏いし(あやかし)の長よ、荒ぶるその衣を解き放ち、大河を巻き上げ大地を抉れ!」

 

妖仙獣を統べる長。一角の獣。その風の名は――

 

「出でよ! 魔妖仙獣 大刃禍是!」

 

魔妖仙獣 大刃禍是

レベル10 ペンデュラム

攻撃力 3000

 

修験の妖社

妖仙カウンター 0 → 1

 

「攻撃力3000、レベル10のペンデュラムモンスター……!」

「だがもう君のバトルは終わってる! どうやって手に入れたかは知らないが、見せびらかしたいばかりにタイミングを誤ったな、沢渡!」

 

北斗の言う通り、バトルが終わった今、大刃禍是がどれだけ高い攻撃力を誇ろうと、攻撃を行う事は出来ない。

そして北斗も刃も、次のターンまでその巨体をのさばらせておくような真似はしない。

だが。

 

「それはどうかな! 確かにバトルは出来ねえが、大刃禍是の恐ろしさは攻撃力だけじゃねえ! 大刃禍是の効果発動! このカードの召喚、特殊召喚に成功した時、フィールドのカードを二枚まで持ち主の手札に戻す! 消えろ、ガルドストライク! そして伏せカードの片方にも消えてもらうぜ!」

「ぐっ……!」

 

大刃禍是の角から放たれた烈風が傭兵を、そして伏せられた罠を巻き上げた。

 

「俺はこれでターンエンド。同時に通常召喚された妖仙獣たちと特殊召喚された大刃禍是は自身の効果によって俺の手札に戻り、右鎌神柱のスケールも元に戻る」

「フィールドががら空きに……当然デメリットもあるってわけ。……タッグデュエルじゃなかったらどうするつもりだったのさ」

「はっ、俺の知ってる久守なら、この俺の期待に応えるだろうと予測してるのさ」

「……ふん。だってさ、久守さん」

 

減らない口に呆れたように『もう一人の詠歌』を呼ぶ。

 

『わー……』

 

しかし、呼ばれた方の詠歌は歓喜の感情が一周したのか、呆けた声を上げるだけだった。

 

「はぁ……言っておくけど、あなたの期待に応えるわけじゃない。タッグデュエルはライフとフィールドを共有する。わたしが勝つ為にするだけだから」

「はん、お前も口が減らねえな」

「その言葉、そのまま返すよ」

 

憎まれ口を叩きあう、普段では絶対に見られない二人の姿。けれど今の二人の姿も、本来在り得たかもしれない可能性の具現だった。

 

「このまま終わりはしない……! 僕のターン、ドロー!」

 

詠歌や沢渡のデッキがその思いに応えたように、北斗のデッキもまた彼に応える。

 

「僕はセイクリッド・ポルクスを召喚!」

 

セイクリッド・ポルクス

レベル4

攻撃力 1700

 

「ポルクスのモンスター効果により僕はもう一度セイクリッドモンスターを通常召喚できる! セイクリッド・ソンブレスを召喚!」

 

セイクリッド・ソンブレス

レベル4

攻撃力 1550

 

「セイクリッド・ソンブレスの効果発動! 墓地のセイクリッド・グレディを除外し、墓地からセイクリッド・カウストを手札に加える!」

「レベル4のモンスターが二体……!」

『いいえ、それだけじゃありません!』

 

呆けていた意識を回復した『もう一人の詠歌』がこの先の展開を予見した。

 

「セイクリッド・ポルクスとソンブレスでオーバーレイ! エクシーズ召喚! 現れろ、ランク4! セイクリッド・オメガ!」

 

セイクリッド・オメガ

ランク4

攻撃力 2400

ORU 2

 

現れたのは半人半馬の体を持つ神聖騎士。攻撃力こそプレアデスに劣るが、北斗の狙いはそこではない。

 

「セイクリッド・オメガのモンスター効果発動! オーバーレイユニットを一つ使い、このターン僕のフィールドのセイクリッドモンスターは魔法、罠カードの効果を受けない!」

 

セイクリッド・オメガ

ORU 2 → 1

 

「魔法、罠カード対策……」

『違いますっ、志島さんの狙いは……!』

 

”詠歌”の伏せカードは相手モンスターに効果を及ぼすものではない。貴重なオーバーレイユニットを無駄使いさせられた、と笑うが、それは間違いだ。

 

「まだソンブレスの効果は残っている! このターン、さらにもう一度セイクリッドモンスターを通常召喚する事が出来る! そしてソンブレスが墓地へ送られたターン、セイクリッドモンスターの召喚に必要なリリースを一体減らす事が出来る! 現れろ、レベル5! セイクリッド・エスカ!」

 

セイクリッド・エスカ

レベル5

攻撃力 2100

 

「その為にオーバーレイユニットを……!」

「んなっ、この俺に断りもなく真似しやがって!」

「いいや、真似じゃねえさ!」

「そうとも。僕は君の一歩先を行く!」

 

天秤を思わせるシルエットの新たなセイクリッド。沢渡と同じ、通常召喚回数を増やす事による連続召喚。しかし北斗はLDSのエリートクラス、エクシーズコースに属するデュエリスト。言葉通り、彼はさらにその先を行く。

 

「僕はセイクリッド・エスカの効果でデッキからセイクリッド・ハワーを手札に加える。これで準備は整った! 行け、セイクリッド・オメガ! エルシャドール・ミドラーシュを攻撃!」

「っ、ミドラーシュ!」

 

既に召喚されてしまったモンスターに対し、ミドラーシュの効果は無力。抵抗むなしく、ミドラーシュはセイクリッド・オメガの手から放たれた光球へと飲み込まれた。

 

EIKA & SAWATARI

LP:2400

 

「セイクリッド・エスカでセットモンスターに攻撃!」

「セットモンスター、シャドール・ファルコンのリバース効果! 墓地のシャドールを一体、裏側守備表示で特殊召喚する! もう一度お願い、ミドラーシュ!」

 

エルシャドール・ミドラーシュ(セット)

守備力 800

 

既に正体が分かっているからか、三度目となる特殊召喚で呼び戻され、セットされたミドラーシュはセットモンスター特有のソリッドビジョンではなく、自らの姿を隠す事無く露わにした。

 

「これでバトルは終了。だがミドラーシュが破壊された事でその制約も解かれた! 僕はランク4のセイクリッド・オメガを素材にエクシーズ召喚する! 眩き光もて、降り注げ! ランク6、セイクリッド・トレミスM7(メシエセブン)!」

 

セイクリッド・トレミスM7

ランク6

攻撃力 2700

ORU 2

 

しかし北斗の言う通りミドラーシュの制約を破り、ついに彼の切り札たる最強のセイクリッド、神星龍が降臨する。

 

「カードを一枚伏せてターンエンド」

「わたしのターン……ドロー!」

『”詠歌”、トレミスはプレアデスと違い、相手ターンではその効果を使う事は出来ません。攻めるなら今しかありませんよ』

「分かってる! わたしはミドラーシュを反転召喚!」

 

エルシャドール・ミドラーシュ

守備力 800 → 攻撃力 2200

 

はらはらとまるで姉のようにデュエルを見守る『もう一人の詠歌』に、うんざりした様子で”詠歌”は攻めへと転じようとしたが、それを見て二人が声を上げた。

 

「このタイミングで反転召喚か」

「どうやら今回はもう一つの人形には愛想をつかされたみてえだな、久守」

「……どういう意味?」

『あっ』

 

それが”詠歌”のとある感情を呼び起こすものだとも知らずに。

 

「今、僕たちが最も警戒しているのはあの『お菓子の女王』だった。だがミドラーシュを反転召喚した事で君もこのターン、特殊召喚を一度しか行えない」

「その上、あいつの効果を使うには墓地にもマドルチェのカードが一枚以上なくちゃならねえ。こっからあいつを呼び出して俺たちのフィールドからカードをなくす事は出来ねえだろ?」

「……ふーん、そう」

『志島さん、刀堂さん……』

「あいつら、やっちまったな……」

 

先程の沢渡のターンと違い、今度は『もう一人の詠歌』が頭を押さえる番となった。そして沢渡も若干口元がひくついていた。

 

「なら、見せてあげる。わたしは手札から装備魔法、魂写しの同化(ネフェシャドール・フュージョン)を発動、ミドラーシュに装備。そしてその効果でミドラーシュを地属性に変更し、手札の二枚目のシャドール・ファルコンを融合」

 

『あーあ』、とミドラーシュと『もう一人の詠歌』、そして沢渡の動きまでがシンクロした。

 

「舞台には終劇の幕を、世界に終焉の幕を! 玉座の上から裁きを振り下ろせ! 融合召喚! おいで、神の写し身、世界に弓引く反逆の女神! エルシャドール・シェキナーガ!」

 

エルシャドール・シェキナーガ

レベル10

攻撃力 2600

 

「こいつは……!」

「やっぱり君も持っていたのか、光焔ねねが真澄を倒した融合モンスター……!」

「一緒にしないで。この子はわたしのデッキの女神様。光焔ねねや、『お菓子の女王』とは比べ物にならないんだから!」

 

二人が呼び起こした”詠歌”の感情。即ち、負けず嫌いな少女生来の性格。特に『もう一人の詠歌』とその人形たちに対しては他の比ではないくらいにその感情は強いのだ。

 

「そしてミドラーシュとファルコンが融合素材として墓地に送られた事で効果が発動! 墓地から影依融合を手札に戻し、ファルコンを裏側守備表示で特殊召喚!」

 

シャドール・ファルコン(セット)

レベル2 チューナー

守備力 1400

 

「さらに手札に戻った影依融合を発動! デッキのシャドール・リザード、ビーストを融合!」

「って、おい! まさかお前!?」

 

刃の言葉を聞いて、『もう一人の詠歌』は自分も同じような言葉を言われたなあ、と思い返し、やはり自分に負けず劣らず、良い性格をしていると改めて確信する。

 

「もういっかい! 融合召喚、エルシャドール・ミドラーシュ!」

 

エルシャドール・ミドラーシュ

レベル5

攻撃力 2200

 

”詠歌”のエクストラデッキで眠っていた、もう一体のミドラーシュ。このデュエル、四度目の登場であった。

 

「シャドール・リザードの効果でデッキから神の写し身との接触(エルシャドール・フュージョン)を墓地に送って、ビーストの効果でカードをドローする!」

 

ドローカードを一瞬だけ見て、”詠歌”はもう迷うことなく自分の信じるデュエルを進めた。

 

「罠発動、堕ち影の蠢き! デッキから影依の原核を墓地に送って、ファルコンを表側守備表示に変更! さらに影依の原核の効果で墓地の神の写し身との接触を手札に!」

「だがファルコンの効果は一ターンに一度、リバース効果は発動しない!」

 

北斗の言葉通り、ファルコンはただその姿を現しただけで、効果を発動する事は出来ない。

 

『”詠歌”!? あなた、まさか……!?』

 

しかし『もう一人の詠歌』は気付いてしまう。

 

「シャドール・ハウンドを通常召喚!」

 

シャドール・ハウンド

レベル4

攻撃力 1600

 

「いや違う、久守の狙いはそこじゃねえ!」

 

一瞬遅れて、刃も広がる光景を見て、気付く。これで条件が揃った事に。

 

「……っ! まさか……!」

 

そして北斗もまた、思い出す。かつての『もう一人の詠歌』とのデュエルを。

あの時も詠歌のフィールドにはあの隼が存在していた事を。

 

「レベル4のシャドール・ハウンドにレベル2のシャドール・ファルコンをチューニング! シンクロ召喚!」 

 

猟犬が空を駆け、光へと姿を変え、隼と光の軌跡で繋がった。

 

「人形たちを依代に降臨せよ! メタファイズ・ホルス・ドラゴン!」

 

メタファイズ・ホルス・ドラゴン

レベル6

攻撃力 2300

 

幻惑的な輝きを放つ白竜。それは、かつて刀堂刃の手によって齎された、二人の詠歌が持つ、唯一のシンクロモンスター。

 

「久守の奴、味な真似をしやがる……!」

『ちょ、ちょっと”詠歌”!? よりにもよって刀堂さん相手に!? 恩を仇で返すような真似を!』

「見せてあげる。シャドールたちを、そしてこの子をわたしの方が上手に扱えるって所! メタファイズ・ホルス・ドラゴンの効果発動! チューナーモンスターと効果モンスターを素材にシンクロ召喚した時、フィールドの表側表示のカード一枚の効果を無効にする!」

 

白竜の体が神星龍に劣らぬ輝きを放つ。その光が向かう先は、それは。

 

「効果対象はわたしのエルシャドール・ミドラーシュ! エフェクトブレイカー・フレアライトニング!」

 

眩い光がミドラーシュを包み込み、そのドラゴンを繋いでいた影糸が光によって消滅した。

 

「バトル! エルシャドール・シェキナーガでセイクリッド・トレミスM7を攻撃! 反逆のファントム・クロス!」

「一体何を狙っているのか知らないが……罠発動、エクシーズ・ソウル! 墓地のプレアデスをエクストラデッキに戻し、フィールドのモンスターの攻撃力をこのターン、プレアデスのランク×200ポイントアップする! プレアデスのランクは5、よってトレミスの攻撃力が1000ポイントアップ!」

 

セイクリッド・トレミスM7

攻撃力 2700 → 3700

 

プレアデスの力を受け継ぎ、神星龍の輝きがさらに増していく。僅かだったシェキナーガとトレミスの攻撃力の差が一気に開く。

しかし、”詠歌”はもう止まらない。

 

「速攻魔法、決闘融合―バトル・フュージョン! 融合モンスターがバトルする時、相手モンスターの攻撃力を自身に加える!」

 

エルシャドール・シェキナーガ

攻撃力 2600 → 6300

 

「攻撃力6300……!」

 

機殻の足と組み合ったトレミスを、シェキナーガの本体を縛る影糸が解れ、その右腕を解き放つ。

 

「お願い、シェキナーガ!」

 

解き放たれた右腕は機殻の足がこじ開けたトレミスの胸元へと勢いよく突き刺さった。

 

「くっ……!」

 

HOKUTO & YAIBA

LP:2700

 

だが攻撃の爆風が晴れた時、トレミスは未だ健在だった。そしてライフポイントも不自然な数値で止まっている。

 

「刃……っ」

「罠カード、ハーフ・アンブレイク! このカードの対象となったモンスターはこのターン、戦闘では破壊されず、戦闘ダメージも半分になる」

「……すまない、助かった」

「礼を言うにはまだ早えよ」

 

刃の言う通り、まだ終わりではない。

 

「――速攻魔法、神の写し身との接触。メタファイズ・ホルス・ドラゴンとエルシャドール・シェキナーガを融合。エルシャドール・ネフィリムを召喚」

 

エルシャドール・ネフィリム

レベル8

攻撃力 2800

 

「ネフィリムでトレミスを攻撃! この瞬間、トレミスは戦闘ではなくネフィリムの効果で破壊される! よってハーフ・アンブレイクでは防げない!」

 

白竜と一つになる事で玉座を降りた女王により、ついに神星龍は斃れた。

 

「ミドラーシュで直接攻撃! ミッシング・メモリー!」

 

HOKUTO & YAIBA

LP:500

 

「わたしはこれでターンエンド」

「中々やるじゃねえか。まあ及第点って所だな」

「なんであなたがそんな偉そうなの……でも正直驚いちゃった。この子たちの攻撃に耐えるなんて」

 

沢渡の上から目線の評価に顔を顰めるが、それも一瞬。”詠歌”は目の前に立つ二人のデュエリストの評価を改める。

 

『”詠歌”、あなたは志島さんと刀堂さんを見縊り過ぎです。少なくとも私は、LDSでお二人に対抗出来るデュエリストを光津さんと沢渡さん以外に知りません』

 

そう窘められ、いつだったか光津真澄に似たような事を言っていたな、と”詠歌”は思い出す。無意識か、それとも『もう一人の詠歌』に勝てて、自分が勝てないはずがないと思っていたのか。おそらく後者なのだろう。

 

「俺たちも負けるわけにはいかねえんだよ。お前の融合モンスターと、俺が渡したあのカードを見て、猶更そう思った――いくぜ、俺のターン! 俺のフィールドにモンスターが存在せず、墓地にXセイバーが二体以上存在する時、手札のXX―セイバー ガルドストライクは特殊召喚出来る! 来い!」

 

XX―セイバー ガルドストライク

レベル5

攻撃力 2100

 

「けどそれじゃあ、ミドラーシュにも届かない!」

「だが! ミドラーシュの効果はメタファイズ・ホルス・ドラゴンが破壊された今もまだ、無効となっている! 俺はチューナーモンスター、X―セイバー パロムロを召喚!」

「三枚目……!?」

 

X―セイバー パロムロ

レベル1 チューナー

攻撃力 200

 

墓地に既に落ちている二枚、そしてデッキに眠っていた最後の一枚をこのタイミングで刃は引き当てた。

レベルの合計は6。刃の準備は整った。

 

「俺は以前、お前のエクシーズにやられた……けどこれで全部引き出してやったぜ……! そしてシンクロじゃあまだ、負けてやるわけにはいかねえな! レベル5のガルドストライクにレベル1のパロムロをチューニング! 赤きマント翻し、剣の舞で敵を討て! シンクロ召喚! レベル6、XX―セイバー ヒュンレイ!」

 

XX―セイバー ヒュンレイ

レベル6

攻撃力 2300

 

光と共に現れる、女傭兵。逆転の一手。

 

「ヒュンレイのシンクロ召喚に成功した時、フィールドの魔法、罠カードを三枚まで破壊できる! 俺が破壊するのはペンデュラムゾーンにセッティングされた、妖仙獣 左鎌神柱と右鎌神柱!」

「んなっ……! よくも俺のペンデュラムカードを……! フィールドに存在するペンデュラムカードが破壊された時、墓地ではなくエクストラデッキへ加わる!」

「ペンデュラムモンスターは何度でも蘇る、だが! それはペンデュラム召喚によってのみ!」

 

それは沢渡が以前使っていたデッキと同じ、最初のペンデュラム対策。

 

「そして当然、修験の妖社も破壊させてもらう!」

「ぐぬぬっ……!」

 

念願であったペンデュラムカードを僅か一回だけの使用で破壊され、尚且つ今のデッキのキーカードでもある永続魔法までもが沢渡のフィールドから消え去り、沢渡は地団駄を踏んだ。

 

「バトルだ! XX―セイバー ヒュンレイでエルシャドール・ミドラーシュを攻撃!」

「くっ……!」

 

どうにか対抗しようとミドラーシュが杖を振るうが、ヒュンレイの動きについてはいけず、その剣によってミドラーシュの駆るドラゴンは貫かれた。

 

EIKA & SAWATARI

LP:2300

 

「カードを二枚セットしてターンエンド! さあ沢渡、お前のターンだ! 俺たちのライフはたった500、けどお前に削り切れるか!」

「上等だ! 俺のターン!」

 

沢渡の手札には妖仙獣 鎌弐太刀が握られている。その効果による直接攻撃を伏せぐ手も、受けきるだけのライフも刃たちには残されてはいない。刃の煽るような言葉も、ブラフに過ぎない。

けれど刃も北斗も、そして二人の詠歌も、確信している。

 

『沢渡さんがそんな幕引きで満足するはずがありません。沢渡さんがやっと見つけた、デュエルの可能性。それがペンデュラムなんですから!』

 

真澄が、北斗が、刃が、そして二人の詠歌が、それぞれ誇りを持っている。それは召喚方法であったり、デッキの人形たちそのものであったり様々だ。その誇りが勝利を邪魔する事もあるだろう。だが、その誇りにこそ、カードたちは応えるのだ。

 

(沢渡シンゴ。他人のカードを奪った、最低なデュエリスト。……あなたに今、誇りはある?)

 

”詠歌”の誇り、影人形たちの総攻撃は二人のデュエリストの誇りによって防がれた。

このデュエルの勝敗は、運命は今、沢渡シンゴの手によって選択されようとしている。

 

「俺は妖仙獣 鎌弐太刀を召喚、さらに効果により続けて鎌参太刀を召喚! そしてその効果で、このデュエルのフィナーレを飾るのはこいつだ!」

 

妖仙獣 鎌弐太刀

レベル4

攻撃力 1800

 

妖仙獣 鎌参太刀

レベル4

攻撃力 1500

 

沢渡シンゴはやはり呆気ない幕切れを望んではいなかった。その手に握られる、デュエルのクライマックスを盛り上げるカード。

 

「いいやフィナーレにはまだ早ぇ! 罠発動! ガトムズの緊急指令、そして身剣一体! 身剣一体は発動後、ヒュンレイの装備カードとなり、攻撃力を800ポイントアップさせる! さらにガトムズの緊急指令の効果で墓地からガルドストライクとパロムロを守備表示で特殊召喚!」

 

XX―セイバー ガルドストライク

レベル5

守備力 1400

 

X―セイバー パロムロ

レベル1 チューナー

守備力 300

 

XX―セイバー ヒュンレイ

レベル6

攻撃力 2300 → 3100

 

「これでフィールドのモンスターは三体……!」

「たとえあのペンデュラムモンスターでも、抜く事は出来ない!」

 

やはり、真に誇りあるデュエリストに沢渡シンゴは届かないのか。

 

(でも……)

『私は信じています、そして知っています! 沢渡さんは、誰よりもカードに選ばれた人だと!』

 

「今、改めて訂正しておくぜ。今の俺の名は――ネオ・ニュー沢渡だ!」

 

ネオ・ニュー沢渡が頭上へと掲げていたカード。それに重なっていたもう一枚のカードが露わになる。

 

「速攻魔法、帝王の烈旋! アドバンス召喚に必要な素材を一体、相手フィールドのモンスターをリリースする事で代用出来る!」

 

風が、一際激しい烈風がフィールド内に巡る。

 

「俺は妖仙獣 鎌弐太刀とXX―セイバー ヒュンレイをリリースし、アドバンス召喚!」

 

その中心に立つ男。

 

「烈風の衣纏いし妖の長よ、荒ぶるその衣を解き放ち、大河を巻き上げ大地を抉れ! 現れろ、レベル10!」

 

その烈風を纏う妖仙が、傭兵たちを吹き飛ばし顕現する。

 

「魔妖仙獣 大刃禍是!」

 

魔妖仙獣 大刃禍是

レベル10 ペンデュラム

攻撃力 3000

 

「……ふっ」

 

その呟きにも似た笑い声は誰のものだったのか。

 

「大刃禍是でプレイヤーに直接攻撃!」

 

HOKUTO & YAIBA

LP:0

WIN EIKA & SAWATARI

 




中断なしのデュエルを入れたら大分長くなりました。
終盤、テンポ重視でカードの効果処理等を省略していますがご容赦ください。
ちなみに一カ所だけ台詞が『」になっている部分がありますが、誤字ではなく、途中から声に出てると解釈ください。

もう察しが着くでしょうが、GX成分多めとなってます。


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『光と牙』

(ほぼ)デュエルなし。


「くっ……」

 

タッグデュエルの勝敗が決し、北斗と刃が悔し気に膝を着いた。

 

「はっはっはーん! 見たか、このネオ・ニュー沢渡の力を!」

「ふん……後は好きにすれば」

 

高笑いを上げる沢渡を他所に”詠歌”はつまらなそうにそう言って、心の内へと戻った。

 

「……! 沢渡さん!」

 

肉体の主導権を再び譲り受けた詠歌はすぐさま沢渡へと駆け寄る。

 

「今のデュエル、私も見ていました! やっぱり沢渡さん、いいえ、ネオ・ニュー沢渡さん、最高っすよ!」

「当然だ。今の俺はLDS最強のデュエリストなんだからなあ」

 

新たなデッキで勝ち取った勝利と、それを際限なく褒め称える取り巻き。その二つが揃った事で沢渡のテンションは最高潮へと達する。

 

「まさか沢渡にやられるとはな……」

「ってかお前、どうやってペンデュラムカードを……」

「ふっ、赤馬零児直々に託されたのさ、LDSのペンデュラムカードを完璧に使いこなせるのはこの俺しかいないとな」

「赤馬社長に……流石です、沢渡さん!」

 

瞳を輝かせ、羨望の眼差しで沢渡を見上げる詠歌に、沢渡のペンデュラムカードの出所以上に、デュエルの時と雰囲気が一変している事に北斗と刃が顔を見合わせた。

 

『ちょっと、怪しまれてるよ』

「誰のせいですか……え、えーと」

「久守、お前もよくやった。この俺のペンデュラムを引き立てる、完璧なエンタメだったぜ」

「は、はい! 心苦しかったですが、沢渡さんのご期待に沿えて何よりです!」

 

沢渡のフォローに「そういう事か」と二人は納得する。それも平時の詠歌と沢渡を知ってるが故だろう。

 

(まさかその為に沢渡さんにあんな態度を取っていたなんて……!)

『いや全然違うから』

 

ただ一人、詠歌だけが内に眠る”詠歌”に驚愕していたが、呆れた口調で否定された。

 

「それで? お前らは何を揉めてやがったんだ?」

「はっ、そうでした!」

 

今のデュエルの本来の目的を思い出し、詠歌は二人へと向き直る。

 

「過程はどうあれ、デュエルを行って勝利したのは私たちです。……志島さん、刀堂さん、光焔さんの事は私に任せてもらえませんか……? 光津さんを傷つけられ、我慢ならない気持ちは百も承知です。ですが、私も光津さんに頼まれました。そして私も光焔さんを信じたいんです」

「……分かったよ」

「刃、いいのか?」

 

渋々、しかし頷く刃に北斗が尋ねる。

 

「久守の言う通り、沢渡の乱入があったとはいえ、先にデュエルで決着を着ける事を提案したのは俺たちだ。デュエルで決まった事に異論はねえよ」

「……そうだな。久守、光焔ねねの事は君に任せる」

「二人とも……!」

「だが、君に託す以上、必ず光焔ねねを僕たちの前に連れて来い。どんな事情があったとしても、真澄にした事の謝罪を聞くまでは彼女を許す事は出来ない」

「はい、必ず!」

 

光焔ねねに何かがあったのか、それとも真澄を甚振り笑う、あの尊大な態度こそがねねの本性なのか、それは誰にも分からない。

それでも詠歌は真澄に託された。融合使いとして、そして同じ人形たちを使うデュエリストとして、ねねの真意を解き明かすと誓った。

 

「だから結局、何があったんだよ……」

 

一人蚊帳の外となっていた沢渡がぼやくと、ついでと言わんばかりに沢渡を交えて、二人は自分たちが見た光景を詠歌に説明した。

今のデュエルでも姿を見せた女神と、アルカナたちの事を。

 

「アルカナフォース、ですか……?」

「ああ、その様子だと君も知っているようだな」

「ええ。ギャンブル性の高いカードたちですよね。少し意外です。そういったカードを使うようには見えませんでしたから」

「それと妙な事も言っていた」

 

――『すぐに知る事になりますよ。私の名を。あなたたちだけじゃない。この街、この世界の人間全てが』

 

ねねが言った言葉に、詠歌の表情が曇る。

 

「一体何をやろうしてるのかは分からねえが、ロクな事じゃないのは間違いねえ」

「いや単純にもうすぐ始まる舞網チャンピオンシップの事を言ってるんじゃないか?」

「何ぃ? この俺様を差し置いて大会で目立とうってのか?」

「……」

 

腹立つ沢渡の隣で、詠歌は静かに考え込んでいた。

 

(アルカナフォース……いえ、でもまさか……)

『何か心当たりがあるの?』

(……一人、それを使うデュエリストを知っています。でも彼はこの世界には存在しないはず……)

 

詠歌の脳裏に過ぎるのはかつて見た、とある物語。まだ彼女がこの世界に来る前の記憶。

 

『何の事かは分からないけど、そもそもあなただって本当ならこの世界には存在しない人なんだから、不思議はないんじゃない?』

(……そうかもしれません。だけど、もしそうなら……事態は深刻です)

 

詠歌の想像が真実ならば、自分一人でどうにか出来る問題なのか。

自分という異物に、彼を止めたあのデュエリストのような真似が出来るのか。

 

「久守? どうした、黙り込んで」

「い、いえ! とにかく、私は光焔さんを探します! 刀堂さんたちは光津さんをお願いします!」

「おう」

「沢渡さん、今度は私とデュエルしてくださいね!」

「ああ。お前も病み上がりなんだから無茶すんじゃねえぞ」

「はい、それではまた!」

 

詠歌は三人に別れを告げ、LDSを飛び出した。

 

『それで? 一体どうするつもりなのさ』

「とにかく光焔さんを探します。……私が感じていた嫌な気配、それが光焔さんに関係しているのだとしたら、絶対に止めなくちゃなりません」

『ふーん、そう』

「……止めないんですか?」

 

他人事のように言う”詠歌”に思わずそう尋ねる。

 

「危険が伴うかもしれません。それも、以前沢渡さんを襲った襲撃犯とのデュエル以上に」

『あれね。確かに酷い目に遭ったよ。あなたの恐怖がわたしにも伝わってきた。わたしの体に怪我までさせて、わたしの人形たちの事まで怖がって』

「……」

 

”詠歌”の言葉に暗い表情で沈み込む。あの時以上の危険があるかもしれない。もしもまた心が折れる事があれば今度こそもう二度と、立ち上がる事が出来なくなるかもしれない。

 

『でも、いいよ』

「えっ……?」

 

けれど、”詠歌”は何の躊躇いも気負いもなく、頷いた。

 

『あなたが望むなら、その通りにすればいい。もしもあの時のように無様に折れそうになったなら、その時はわたしが支えてあげる』

「どうして、そこまで……」

『さあ? わたしにも良く分からないや』

「……ふふっ、なんですか、それ」

 

どちらからともなく、二人の詠歌は笑い合う。

沢渡とも、他の取り巻きたちとも、友人たちとも違う、二人の詠歌の距離感。いつからかそれを二人は心地良いと感じていた。

 

「なら行きましょう。光焔さんを助けに、そして友達になりに!」

『ま、あなたの勝手な妄想で、光焔ねねがすっごく性格が悪いだけかもしれないけどね』

「それを言わないで下さいよ……私も少し、あの襲撃犯との件で考えすぎてる自覚はあるんですから……」

 

今回のこれも杞憂ならばそれで良い。だが、軽口を叩き合いながらも感じていた。あの嫌な感覚は考え過ぎなどではないと。

 

『でも勇んで飛び出したのは良いけど、アテはあるの? もうすっかり夜になってるけど』

「ええ、まあ。多分そろそろ……」

 

詠歌が何かを言おうとした瞬間、デュエルディスクが着信を告げる。

 

「来たみたいですね。はい、久守です」

『私だ』

 

通話が繋がり、通話口の向こうから男性の声が聞こえてくる。

 

「急な頼みで申し訳ありません、中島さん」

『まったくだ。君に依頼した襲撃犯――黒咲の件は解決したというのに、本来であればLDSの一生徒である君に情報を与えるのは好ましい事ではないが……社長の許可があっての事だ。感謝するように』

 

通話相手、中島はそう前置きして、会話を続けた。

 

『君に頼まれた、光焔ねねという生徒の居場所が分かった。F-28地区のカメラがそれと思しき姿を捉えた』

「F-28? 其処は確か……」

 

つい先日まで、詠歌は赤馬零児の依頼を受け、襲撃犯確保の為に行動していた。結果として詠歌は襲撃犯に敗れはしたが、赤馬零児が襲撃犯、黒咲隼と接触するまでの時間を稼ぐ事に成功し、依頼は完遂された。

その依頼の為にこの舞網市のマップを頭に叩き込んでおり、今中島から告げられた場所に思い当たる。

 

『ああ。我がLDSに次ぐナンバー2と呼ばれているデュエル塾、梁山泊塾の傍だ。光焔ねねが梁山泊塾から出てくる所を補足した』

「梁山泊塾で光焔さんは一体何を……」

『塾内部の様子までは監視出来ない。だが、捕捉する直前、かなり高い数値の融合召喚反応が検知された。最近になって梁山泊塾でも融合召喚反応が検知されてはいたが、それとは比較にはならない。恐らく光焔ねねによるものだろう』

「梁山泊塾でデュエルを……? 道場破りでもしているんでしょうか?」

『分からん。だが熟成同士ならばともかく、他の塾と勝手に諍いを起こすなど大問題だ。LDSとしても光焔ねねから話を聞く必要性が出て来た。社長は君に一任すると仰っている。必ず見つけ出し、LDSまで連れて来るように』

「分かりました。お手柔らかにお願いしますね?」

 

それから二、三言言葉を交わし、中島との通話は途切れた。デュエルディスクには監視カメラの情報と連動しているのだろう、舞網市のマップに赤いマーキングが施され、ねねの居場所を示していた。

 

『随分過激な事をやってるね?』

「ええ。やはり、今の光焔さんが自分の意思で行動しているようには思えません。直接確かめる為にも、急ぎましょう」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

梁山泊塾。LDSに次ぐナンバー2と評されるデュエル塾内は数分前まで騒然としていた。

だが今となっては言葉を発する者は二人しかいない。

 

 

「……この梁山泊に殴り込みとは恐れ入る。貴様、一体何者だ?」

 

その内の一人、梁山泊塾のエースにして舞網チャンピオンシップ、ジュニアユースクラス優勝候補と謳われる勝鬨勇雄は倒れ伏す塾生たちの中でただ一人、立って侵入者を睨みつけていた。

 

「あなたたちには理解できませんよ。この私の崇高な目的は」

 

常人であれば竦み上がってしまいそうな勝鬨の眼光を真っ正面から受けながら、それを意に介さずにねねは淡々と告げた。

 

「崇高な目的だと?」

「ええ。あなたたちには私の目的の為の駒となってもらいます。LDSとこの梁山泊塾を落とせばこの街は手中に収まったも同然。その後、手をさらに伸ばし、世界へと向ける為のね」

「ふん、世迷言をッ。貴様は此処で終わりだ!」

「終わるのはあなたの方です。あなたは此処で終わり、新たな始まりを迎えるのです」

「ほざけッ! LDSで融合を学び、のぼせ上がったのだろうが甘い! LDSの生温い融合など俺の敵ではない! 俺はフィールドの地翔星ハヤテと天昇星テンマを対象に、手札の魔法カード、融合を発動!」

 

勝鬨の叫びと共に一時停滞していたデュエルが動いた。

 

「天駆ける星、地を跳び、今一つとなって悠久の覇者たる星と輝け! 融合召喚! 来い、覇将星イダテン!」

 

KACHIDOKI

LP:2600

 

覇将星イダテン

レベル10

攻撃力 3000

 

NENE

LP:2200

 

エルシャドール・シェキナーガ

レベル10

攻撃力 2600

 

「バトルだ! イダテンでエルシャドール・シェキナーガを攻撃!」

 

中華風の武人。梁山泊のエース、勝鬨が持つに相応しい融合モンスター。

それに対するは影人形たちの女王を超えた女神。だが、その攻撃力ではイダテンには及ばない。

 

「イダテンの効果発動! イダテン以下のレベルを持つモンスターとバトルする場合、相手モンスターの攻撃力は0になる! 当然、レベル10同士でも効果は発動する! いけ、イダテン!」

 

その効果によって女神は成す術もなく破壊されるだけのはずだった。

 

「シェキナーガの効果発動。手札から影依融合を墓地に送り、特殊召喚されたモンスターの効果の発動を無効にし、破壊する」

「何ッ!?」

「もうあなたに手は残されていない……私のターン、シェキナーガで直接攻撃。カタストロフ・エンド……!」

「ぐぁぁぁぁぁあああ!?」

 

KACHIDOKI

LP:0

 

WIN NENE

 

振り下ろされた銀の機殻の足に吹き飛ばされ、勝鬨は壁へと叩きつけられる。

 

「ば、馬鹿な……アクションデュエルでもないのに、この衝撃は……!?」

「アクションデュエル、あれは中々に面白い遊戯でした。力を持たぬ者たちでも強大なモンスターを操り、破壊を齎す事が出来る……だが私にはそんな小細工などなくとも容易い事です」

「くっ……」

 

這い蹲る勝鬨の意識が遠退いていく。最後に見た光景は眼前へと迫った、ねねの澱みに満ちた瞳だった。

 

「こんな所ですか。後の一つ、LDSは蒔いた種が内から咲くのを待つだけ……ふふふふっ」

 

妖しく笑い、ねねは倒れ伏した梁山泊の塾生たちに目も向けず、梁山泊を後にした。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「はっはっ……はっ……! 前、からっ、思ってたんっ、です、けど!」

『何さ?』

「”詠歌”っ、あなたのっ、身体、貧弱っ、すぎますっ」

 

梁山泊塾を目指し、再び全力で走る詠歌が息も絶え絶えに訴えた。

 

『うるさいなっ。わたしの時はまだアクションデュエルだって今ほどメジャーじゃなかったし、やった事もなかったんだから仕方ないじゃないっ』

「だとしてもっ、これじゃあっ、昔の私と、大差ないですよっ」

 

手足は自由に動くが、残念ながら体力は常人以下しかなかった。涙目になりながらも詠歌は止まる事無く走り続ける。

落ち着いたら、将来の為にも体力づくりをしっかりしよう、と心に誓いながら。

 

『ほら、もうすぐじゃないのっ?』

「はぁっ、はぁっ、そうっ、ですね……この、辺りのはず、です……ふぅ、ふぅ……」

 

マップにマーキングされた地点の傍まで来ると立ち止まり、息を整えながら周囲を窺う。

周囲に明かりはほとんどなく、夜の闇が広がっている。

 

「おかしいですね、この近くに居るはずなのに……」

「誰を探しているんですか?」

「っ!?」

 

突然背後から掛けられた声に驚愕し、振り向く。

其処には探していた少女、ねねがいつの間にか立っていた。

 

「光焔さん……!」

『……成程ね。今ならわたしにも分かる。確かにこの子、普通じゃなさそう』

 

二人の詠歌は目の前に立つねねの発する異様な雰囲気を感じ取る。それは黒咲隼と同等、いやそれ以上に凶悪な意思の力だ。

 

「光焔さん……いえ、あなたは一体何者ですか」

「おかしな事を言うんですね、久守さん」

 

ねねは笑うが、纏う雰囲気が変わる事も、詠歌たちの警戒が解ける事もなかった。

 

「私が何者か、なんて。あなたと同じLDSで、同級生の光焔ねねですよ。もっとも、あなたにとって私はLDSでも学校でも眼中にない生徒だったんでしょうけど」

「っ、そうですね。私は今日まで、光焔さんの事を知りもしませんでした。でも今は違います! 私はほんの少しだけど、あなたと話しをしたっ、光津さんからあなたの話を聞いた! だから分かります、今のあなたは本当の光焔さんじゃない!」

「へえ? だったら私は誰だと言うんですか?」

 

他人を馬鹿にし、見下すねねの笑み。それは昼間見た、誰かに脅え卑屈な笑みを浮かべていたねねとは違う。

 

「猿芝居を……!」

「酷い言い草ですね。それにそんなに震えて、怖がる必要なんてないんですよ?」

「っ……」

 

ねねの言葉通り、詠歌の体は震えていた。ねねの背後に在る、強大な力。それを感じ、そしてそれを知っているが故の恐怖心。

もう詠歌の疑念は確信へと変わっている。やはり今のねねは――

 

『情けない姿を見せないでよ。今のあなたは久守詠歌なんだよ?』

「”詠歌”……」

『それにその子の言う通り、怖がる必要なんてない。あなたもわたしも、一人じゃないんだから』

「……そうでしたね。一人で塞ぎ込んでいた久守詠歌()はもういない。私はもう二度と、逃げ出したりしない! 自分の過去から、そして他人からも!」

 

詠歌の震えが止まる。彼女一人では駄目だった、目の前の恐怖に立ち向かう事は出来なかっただろう。

けれど、今の彼女は一人ではない。二人でならば恐怖に打ち勝つ事が出来る。互いの弱さを知っているからこそ、それを克服しようと努力できる。もう、弱いままでいたくはないから。

 

「光焔さん……いいえ、正体を現したらどうですか――『破滅の光』!」

 

あまりにも強大な力、宇宙すらも破滅へと導かんとする滅びの力、その名を詠歌はついに呼ぶ。

 

「……」

 

『破滅の光』。その名を呼ばれ、ねねは沈黙した。だが、それも一瞬。

 

「まさか、この宇宙に、この世界に我を知る者が居ようとは」

 

次にねねの口から発せられた声は、彼女の物ではなかった。

重苦しい重圧を秘めた声。未だかつて、聞いた事のない声だった。

 

「やはり、お前は……!」

「そう。我こそは破滅の光。この宇宙を滅ぼし、再生させる光の波動」

『破滅の、光……?』

 

”詠歌”が聞いた事のない単語に、しかしその大仰な名が伊達ではない事を理解して繰り返し呼んだ。

 

「ええ。私も詳しい事は分かりません。ただ分かるのは、このまま放っておけば世界は、宇宙は滅びてしまうという事だけです」

『それはまた……随分とスケールの大きい話だね』

「貴様は――いや、貴様らは何者だ。貴様の内からは別の魂を感じる。だがそれはあの忌まわしきN(ネオスペーシアン)共ではないな。この世界に奴らが存在しない事は既に分かっている」

(やっぱり、こいつは本来この世界には居ないはずの存在……そして『破滅の光』と戦い、勝利した”彼”やHEROたちもこの世界にはいない……)

 

ねねの背後に蜃気楼のように生じた『破滅の光』と相対し、背中に汗が伝うのを感じる。

覚悟はしていた。だが、本当にこの世界に”彼”はいない。今、『破滅の光』の存在を知っているのは二人の詠歌だけだった。

 

「見える……貴様の内に宿るもう一つの魂が。あの”男”とその内に宿った精霊のように、魂を一つにしたのか……いや違うな」

 

『破滅の光』は二人の詠歌の存在を認識している。超常的な存在であるが故に、未だ確信が持てないでいる二人の詠歌の関係性をも見抜いているのだろう。

 

「完全に一つとなっているのではない。異なる魂を闇の、カオスの力で一つの器へと注ぎ込んだのか」

『へえ、分かるんだ。わたしの事も』

「カオス……成程」

 

詠歌は『破滅の光』の言葉に納得を得ていた。

二人の詠歌が一つの体に宿った原因、それは『満たされぬ魂』となった二人の魂を繋いだ『方舟』によるもの。

そして元を辿れば『破滅の光』の言うようにそれはカオスの力だ。そしてそのカオスは人々に受け入れられた。かつて進化を求めて切り捨てられたカオスは認められ、正しさを得た。

即ち、

 

「『正しき闇の力』……なんて、こじつけ過ぎですかね」

 

自分にそこまでの器はない、と自嘲するように笑い、しかしそれでも詠歌に退く気はない。

 

『ちょっと、何一人で分かった気になってるのさ』

「ふふっ、いいえ。何にも分かりませんよ。ただまあ、そういう風に考えれば少しやる気も出るってものですよね」

『何を言ってるんだか……やらなきゃまずいんでしょ? なら、やるだけだよ』

「ええ、その通りです! 『破滅の光』、その体を、光焔さんを返してもらいましょう! そのついでに、この世界からも消えてもらいます!」

「愚かな……貴様らも否定しようと言うのか。宇宙は生まれ、やがて滅びる。破滅と再生、それは決して覆る事のない宇宙の真理、その崇高な営みを邪魔する事は何人にも出来はしない!」

 

『破滅の光』の神の如き言葉。事実、見ようによっては神に近い存在なのだろう。だが今の世界を生きる彼女たちにそれを受け入れる事は出来ない。

 

「宇宙の真理だとか、世界の成り立ちだなんて良く分かりません。私たちの生きてきた世界は狭く、そんな風に世界を見る事なんてできませんでした」

『でも今、わたしたちの世界は少しずつ広がってる』

 

二人の詠歌の脳裏に過ぎるのは、それぞれが過ごした牢獄のような部屋の光景。

一人が思い浮かべるのは無機質で純白の病室。

一人が思い浮かべるのは無価値で朽ちた部屋。

 

二人が今、思い描くのは可能性で満ちる、外の世界。

 

「だけど本心と肖りを込めて、こう返しましょう」

『だから本心と憤りをありったけ込めて、こう言うよ』

 

二人の詠歌は息を大きく吸い込んだ。たとえ神が相手だろうが、いいや、神が相手だからこそ、自分たちを救ってくれなかったという行き場のない身勝手な怒りの八つ当たりの相手に相応しい。

 

「――うるっせぇんですよ! せっかく与えられたチャンスを、この命を、今を!」

『お前みたいな奴に、終わらせられちゃたまらないのっ!』

 

「ほざけ! 貴様ら如き蛆虫のような存在に、我が行いを否定する権利などない! 否! 再生した後の世界を生きる資格すらない!」

 

「どうせその後また滅ぼす癖に、偉そうな事を言ってんじゃありません!」

『わたしたちが生きる資格はお前にもらうものじゃない! そんな資格、とっくにお母さんたちにもう貰ってるんだよ!』

「いきますよ、”詠歌”!」

『いくよ、詠歌!』

 

二人の詠歌は互いを鼓舞するように呼び合った。もしかしたら、こんな共闘はありえないものだったのかもしれない。

もしかしたら、最後の最期まで、彼女たちは分かり合えない。そんな関係だったのかもしれない。けれど今、二人の心は一つだった。

 

「神だろうと何だろうと、この世界に生きているなら、デュエルで決着を着けましょう!」

 

詠歌はデュエルディスクを腕に装着し、『破滅の光』へと向けた。

 

「ふ、ふふふふっ! この私とデュエル? 貴様ら如き、この私が直接手を下すまでもない。驕るなよ小娘共、多少の闇の力を持っていたところで、そんなものは光の前では影一つ残さず消え去るのみ。それを証明してやろう」

 

しかし『破滅の光』はデュエルディスクを構える事無く、その腕を天へと掲げ、指を一度鳴らした。

 

「……! この人たちは……」

 

その合図と共に、詠歌を無数の人影が取り囲んだ。それは詠歌たちの背後、梁山泊塾から湧き出るように躍り出た、塾生たち。

 

「既にこいつらは我が下僕。我が光を受けし者共。貴様らもその光を受け、我が忠実な僕となるが良い」

 

『破滅の光』とのデュエルに敗れ、その支配下に置かれた塾生たち。流石はナンバー2の塾といった所か、その数はあまりに多く、『破滅の光』とねねは塾生たちの影に隠れ、ただ声だけが響いてくる。

 

「『光の結社』の再結成という所ですか……」

「ほう、それも知っているのか。一体何所でそれを知ったのか、それも我が僕とした後で話してもらうとしよう」

「私も、お前がどうしてこの世界にいるのか、聞きたいですね。出来るなら一度、私も元の世界に戻って、みんなに報告しておきたいですし」

「ふん。ではまた会おう。その生意気な口を叩けなくなった後でな」

 

その声も、やがて遠ざかり、聞こえなくなっていった。

 

「っ、待て!」

『まずはこいつらをどうにかしないといけないみたいだね』

「そのようですね……」

 

既にデュエルディスクを構えた塾生たちはじりじりと詠歌を囲む輪を縮ませながら迫って来ている。彼らを無力化しなくては、追う事は出来ない。

 

「『破滅の光』が仲間を増やそうとしているなら、LDSも危険です。……それに多分、光津さんも既に……」

 

思わず詠歌は歯噛みした。ねねを操っているのが『破滅の光』だともっと早くに気づいていれば、真澄への対処も出来ていたはずなのに、と。

 

『それは心配しなくてもいいんじゃない? だって、あの子の事は志島北斗や刀堂刃……それに沢渡シンゴに任せたんでしょ?』

「……そうでしたね。なら今考えるべきは、どれだけ早く此処を突破するかだけです!」

『そういう事。いくよ!』

 

”詠歌”の叫びに呼応し、再び闘志をその瞳に宿した。

だがしかし、その闘志が此処で解放される事はない。

何故なら――

 

「――漆黒の闇より、愚鈍なる力に抗う反逆の牙! 今、降臨せよ!」

 

紫電と共に夜の闇を切り裂き、ソレがその姿を現したからだ。

 

「エクシーズ召喚! ランク4、ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン!」

 

詠歌の、塾生たちのさらに向こう側にその反逆の牙は現れた。

 

「これは……!?」

 

塾生たちは騒めき、背後を振り向いた。

黒竜を従える、黒マント。忘れるはずもない、その姿。

 

「あなたは……!」

 

詠歌の友人の一人、あの榊遊勝の息子にしてペンデュラムの始祖、榊遊矢と同じ顔を持つ、エクシーズ使い。

そして何より、沢渡シンゴを侮辱したあの男が、其処に立っていた。

 

「どうして、あなたが此処に……」

「……俺は以前、君の大切な人を侮辱した。そしてそれが原因で君を傷付けた。これで謝罪になるとは思ってはいない。これは俺の自己満足に過ぎない……行けッ」

「っ……!」

 

詠歌は言葉に詰まった。黒マントの男――ユートに対し、詠歌は複雑な感情を抱いている。

沢渡シンゴを侮辱した事、それは決して許せる事ではない。だが、その復讐のデュエルで詠歌はユートによって救われている。

もしもユートが詠歌を止めなければ、その振り下ろした拳を受け止めてくれなければ、癇癪を起こした子供のように暴れ、大切な友人すらも傷つけ、詠歌は取り返しのつかない事をしていた。

未だ彼の目的は分からない。ただ分かっているのは、今LDSに居るであろうもう一人の男、黒咲隼の仲間であると言う事だけ。

彼らが何をしようとしているのか、そこまでは赤馬零児から聞いてはいないのだ。黒咲と零児を引き合わせた時点で、詠歌に依頼された仕事は完遂されたのだから。

 

「くっ……」

 

故に、詠歌は言葉に詰まる。何と返せばいいのか分からなくなる。

 

『ああもう!』

 

そんな彼女を見かね、”詠歌”は苛立ちの声を上げた。

そして北斗と刃のデュエルでしたように、強引に肉体の主導権を奪い取る。

 

「お礼を言うよ! それと、沢渡シンゴの件は気にしないで! 元々最低な事をした奴だし、良い薬だったよ!」

『ちょっ、”詠歌”!? 何を勝手な事を! 確かに彼には借りはありますが、それとこれとは話が――!』

 

詠歌は非難の声を上げるが、それが取り合われることはない。

 

「……」

 

ユートは様子の一変した詠歌に僅かに目を細めるが、ドラゴンを従えて塾生たちへと向かっていく。詠歌の道が作られていく。

 

「君にもやるべき事があり、守りたい人たちが居るのだろう……なら必ず守り抜いてくれ。君自身も、仲間も。俺とのデュエルで見せたあの力を使ってでも」

「うん、必ず!」

 

”詠歌”は作り出された道を走り抜ける。

 

「俺の仲間を――隼を頼む。今の隼には、心を許せる仲間が必要だ」

 

すれ違い様、ユートはそう呟くように言った。

 

「わたしに出来るか分からないけど、覚えとく!」

 

”詠歌”はそう返し、振り向くことなく夜の舞網市を駆け抜けた。

 

「ふっ……」

 

残ったユートは”詠歌”の言葉に微笑む。

かつてのデュエル、大切な人の為に自らを犠牲にしてまで自分に立ち向かってきた少女。そんな彼女が、そう返してくれた。それだけで十分だ。

彼女ならきっと、大切な者を守り切る事が出来る。そしてその先の理想も叶えてくれるはずだ。

 

「デュエルで笑顔を……」

 

今の自分には、故郷を守り切る事の出来なかった自分には、その理想を謳う事しか出来ない。

けれど彼女や他の誰かなら、その理想を現実にしてくれる。

 

「『アカデミア』でない君たちに恨みはない。だが……たとえ操られていようとも、デュエルで誰かを傷つけようとしているのを見過ごすわけにいかない! 俺が相手だッ!」

 

漆黒の闇の中、どんな光にも決して消し去られる事のない反逆の牙が、咆哮を上げた。

 

 



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