TACLDETACH3.3――海上保安庁第三管区第三執行班 (オーバードライヴ/ドクタークレフ)
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PREFLOP
#001 HOLY NIGHT


野分実装で勢い余って書いた。
反省はしている。後悔はしてない。
あと舞風は俺の妹。舞風かわいいよ舞風。


はい、新規連載始めます。
作品タイトルはタクルデタッチ・スリー・ポイント・スリーとでも読んでください。

初回なので注意事項です。

・艦これのキャラクターが出てくる何かです。ゲームシステムとか何それ美味しいの状態。
・PSYCHO-PASSタグ付けている通りサイコパスのキャラクター含めて登場します。艦これメインですがご留意ください。
・ほとんど陽炎型しか出てこないと思われます。たぶん
・こちらはサブ更新なので月1回くらい更新があればいいなってテンポになるかと思います。亀更新。たぶん



そんな作品ですが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。



それでは、状況開始。


 

 

 

Say not the struggle naught availeth,

 The labour and the wounds are vain,

The enemy faints not, nor faileth

 And as things have been, things remain.

 

If hopes were dupes, fears may be liars;

 It may be, in yon smoke concealed

Your comrades chase e'en now the fliers,

 And, but for you, posses the field.

 

For while the tired waves, vainly breaking

 Seem here no painful inch to gain

Far back through the creeks and inlets making

 Came, silent, flooding in, the main,

 

And not by eastern windows only

 When daylight comes, comes in the light

In front the sun climbs slow, how slowly,

 But westward, look, the land is bright.

 

 

――――――'Say Not the Struggle Naught Availeth', A.H.Clough

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聖夜だってのに忙しいな、状況は?」

「52分前に大島沖北西10キロを北北西に航行中やったばら積み貨物船【あとらす号】が乗っ取られたわ。現在12ノットで航行中。あと12分で浦賀水道に差し掛かるところやで」

 

 黒いコートを脱ぎながら男は報告を耳にする。その横を背の低い少女が速足で追いかける。

 

「積み荷は?」

「鉄鉱石。乗員は22名、うち船員22名」

「犯行声明は?」

「24分前、深海旅団を名乗る集団からテキストメッセージ。読み上げます?」

「どうせ戦争に負けてないから云々だろ?」

「ご名答や」

「EEEI」

「収集中。初めて聞く集団やから情報が少ないんよ」

「報道管制」

「パターン16Bをうちで実行中や」

「上空進入許可」

「取得済みや。最優先で飛べるで」

 

 その答えを聞いてから、男は軽く笑った。

 

「部隊の配置は?」

「第三執行班だけに出動命令が出とる。ビーグルチームとサルーキチームは“うみわし1号”に複合型ゴムボート(RHIB)積んで前進待機済み。バセットのみんなも暖気済みの“しらさぎ2号”で待機済みや。班長はんが乗ったらすぐ飛べるように用意できとる」

「それは僥倖」

 

 プロテクターなどが詰まったダッフルバックを担ぐ。そのまま外へと向かう。

 

「それにしても災難だったな。みんなでクリスマスパーティの最中だったんだろ?」

「班長はんも来ればよかったのになー。付き合い悪いで。かわいこちゃんが13人も揃っててなんで帰るかな」

 

 武装管理区画で右手をかざす。男の生体反応を読み取って、彼の武器収められたアタッシュケースが飛び出してくる。それを受けとりながら彼は笑った。

 

「敬虔なキリスト教徒だから家で静かに家族と過ごすのさ」

「独り身なんに?」

「やかましい」

 

 ドアを開けると航空基地のエプロンに出る。冬の快晴の夜は一気に冷え込む。息が白く曇り、ランプを照らすオレンジの明かりに溶けていく。

 

「それじゃ、行ってくる。サポート頼むよ黒潮特務執行官。九々龍(くぐりゅう)監察官にもよろしく」

「ほな、頑張ってな。神薙和寿(かんなぎかずひさ)監察官。終わったらデブリーフィングの後でパーティやで?」

 

 黒潮と呼ばれた少女が笑って敬礼を送ってくる。男はラフに敬礼を返すとローターが回っているヘリコプターに駆け込んだ。

 

「すまない、遅くなった。第三管区第三執行班(TACLDETACH3.3)、出動するぞ」

 

 ヘリのサイドドアを思いっきり閉めるとメインローターの回転数が上がる。ふわりと浮きあがったヘリは黒く沈む東京湾を眼下に夜闇に溶けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひ、ひぃぃ」

「ホラ、サッサト歩ケ」

 

 どこか合成音声のような声を発する船長に一等航海士は顔を青くした。海から上がってきた“それ”のせいで、皮膚は青白く、所々硬質な黒に変色していた。

 

「せ、船長、な、なんで、どうして……!」

「モウコノ船長ハ我々ノ船長ダ。ナンナラ貴様モ我々ノ同志二ナレバイイ。歓迎スルワヨ」

「ば、化け物……!」

「アラヒドイ。私達ト貴様達ハホトンド変ワラナイトイウノニ」

 

 一等航海士は後ろに下がろうとするが艦の舵輪にぶち当たって動けなくなる。

 

「サア、私達ノ仲間ニナリナサイ……」

「嫌だ、いやだぁあああああああっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あとらす号はパナマックス型ばら積み貨物船だ。全長294メーター、総トン数6万5,700トン、積み荷は鉄鉱石で東京港に今晩入港予定だった。船長は京塚幸一52歳、船員は日本人とタイ人が代替半分ずつだ」

 

 送られてきた船員データと船の様子を確認しつつ神薙和寿はプロテクターを装着していく。濃紺の作業着はそのまま突入用の室内迷彩となる。その上に黒のプロテクターを身に着けていく。

 

「犯行グループは“深海の旅団”を名乗っている。あとらす号からのSOSも出ないままいきなり犯行声明となると、かなり高度に訓練された犯人が複数乗り込まれたと見て間違いないだろう」

 

 神薙の言葉を部下の4人の少女は静かに聞いていた。

 

「今回の任務はあとらす号乗員の安全確保及び犯行グループの無力化だ。ビーグルとサルーキは海上から突入、俺たちバセットは事前警告の後ファストロープ降下で直接甲板に乗り込む。質問は?」

 

 スポーツグラスのような透明なアイウエアを付けながら神薙が顔を上げると正面に座る少女が手を上げる。ピンク色にも淡い紫にも見える髪を後ろでポニーテールにまとめた彼女は無表情とも見える目を神薙に向けた。

 

「班長、船員の情報はわかりますか?」

「最高齢が55歳、最年少が21で心臓病などの疾患持ち無し。音響手榴弾も閃光弾も大いに使っていいだろう。脅威指数が上昇している場合の対処もいつも通りだ。TACLESの指示通りに対処しろ」

 

 神薙はそういうとわずかに笑う。そのどことなく皮肉な笑みを照らすように月明かりが機内に差し込んだ。ヘリが旋回して進路を変えたのだ。

 

「バセットの副リーダーはいつも通り陽炎、行けるか?」

「もっちろん! あたしの出番ってわけね。不知火のフォローも任せて」

「どちらかというと不知火は陽炎のフォローをしていることの方が多いと思うのですが」

 

 赤毛の髪をツインテールにまとめた少女が笑えば、先ほどのピンク色の髪の少女は無表情ながら不満そうだ。不知火と呼ばれた少女は隣の陽炎にわずかにそんな視線を送ると視線を神薙に戻した。

 

「それにしても、クリスマスだというのに相手も忙しいですね」

「だな。せっかくみんなでクリスマスだってのに」

「そういう班長は来なかったじゃないですか」

「そんな目で俺を見るなよ野分。俺は敬虔なキリスト教徒で、クリスマスは家族と過ごすことにしてるんだ」

 

 そうおどけて見せると陽炎がうわーと言いたそうな顔をした。

 

「ほんとのキリスト教徒に殺されますよ。無神論者がそんなこと言うと」

「こんなでかい口叩いて未だに生きてるってことが神のいない証拠なんじゃない? 神は人を救わない。いつの時代だって、ときとひとが人を救い、癒してきたんだ」

「本当に懲りませんね、神薙班長」

「よく言われるよ」

 

 銀の髪を揺らす野分にそう言われ、神薙はどこか困ったように笑った。ヘリは再度転進、月の光入り方が変わる。ゆっくりとヘリのキャビンを撫ぜるように光が移ろっていく。

 

「……」

 

 月の光がどこか俯いたまま、黙りこくっている少女を照らして止まる。一番ドアに近い位置で座って俯いている彼女は月の光に照らされたことにも気がついていないのだろう。ピクリとも動かなかった。金色のポニーテールが銀の光に照らされる。

 

 神薙は軽く笑って席を立つ。そのまま彼女の前にくると無理矢理横に割り込むようにして座った。

 

「まーいかぜ?」

「ちょ、神薙班長狭いです!」

 

 舞風と呼ばれた少女が驚きで肩を跳ねあげた。横に座っていた野分の声は黙殺した。

 

「……な、なんでしょう? 神薙班長」

「いや、元気ないなぁと思ってさ。怖い?」

 

 プリーツスカートに白いシャツに黒のベスト、神薙は舞風と呼んだ少女の方を見てそう笑った。彼女は答えない。

 

「……そりゃ怖いよな。なにせ、初めての実戦なんだから」

「……はぃ」

 

 消え入りそうな声をきいて神薙は噴き出すように笑った。

 

「よかったよかった。これで怖くないですとか言われたらどうしようかと思ったよ」

「神薙班長、いくらなんでも失礼じゃないですか?」

「悪い悪い。仲間がいてよかったと思ってね」

「なかま?」

 

 舞風がそういうと神薙は笑った。

 

「そう。仲間。―――――俺今すごいビビってる。めちゃくちゃ怖い」

「……まったくそんな風に見えないところが班長らしいわね」

「いうなよ陽炎。気にしてんだから」

 

 どうだか、と陽炎は笑う。それに苦笑いで答えて航暉は舞風の前に回り込んだ。膝をつくようにして彼女と視線を合わせる。

 

「怖いってことはちゃんと状況がわかってるってことだ。状況がわかってるってことはちゃんと次にすることが考えられるってことだ。次にすることが考えられるってことは成功するための条件が揃ってるってことだ。だから怖いってことは間違いじゃないぜ? 舞風」

 

 神薙はそう言って彼女の手を取った。

 

「ずっと訓練してきたし仲間がサポートに回る。後方支援の黒潮たちを含めればたくさんの仲間が参加する。だからミスしても大丈夫だ」

 

 月明かりの中で舞風の瞳がピントを合わせるように神薙の目を捉えた。

 

「でも、怖いもんは怖いから。基本のおさらいだけしておこうか」

 

 舞風にそう言って神薙は僅かに横にずれた。

 

「TACLESを起動してみよう。艤装は格納状態で」

 

 舞風は頷いて右手を前に出した。左手首に巻かれた端末がほの青く光り、右手にメカニカルな銃を模したユニット――――――TACLESが現れた。

 

乙種戦術法執行システム(TACLES-β)、正常に起動しました。ユーザー認証、生体反応照合、舞風特務執行官、正規登録ユーザーです。執行モード、ノンリーサル、パラライザー〉

 

 舞風は音にならない声を聴く。網膜には電探による周囲の情報、手に持ったTACLESの照準に連動したダットなどが表示された。

 

「TACLESは相手の脅威指数を計測する特殊な兵装だ。相手の脅威指数を自動的に読み取り、それが高い場合にのみセーフティが解除される」

 

 神薙の右手にも同じ形の銃が納まっている。クリアーのサングラスの奥の眼が明るい青に光る。

 

「脅威指数は相手が犯罪行為に手を染めている、もしくはこれから染めようとしている時に高く表示される。だからTACLESがロックを解除し、その引き金を舞風が引いたとしても舞風が罪に問われることはない。万が一間違ったとしてもその責任は担当監察官である俺が負う」

 

 だから安心しろというのは論理が破綻していることを神薙は知っていた。舞風にとってそれが慰めにならないことも。

 

「大丈夫だ舞風、舞風が間違いそうになったら、周りが止めてくれる。勿論俺も全力で止める。間違ってもそれは俺のせいだ」

 

 神薙はTACLESを腰のホルスターに戻すと舞風のそばに改めて寄った。

 

「俺たちは誰かを守るために、法の傘を着て誰かの自由を奪う。そういう組織だ。攻撃的で危険な組織だ。怖くて当然。だから無理に怖くなくなろうなんてするなよ」

 

 神薙はそう言って舞風の左手に触れた。舞風のブレスレットが青く光る。

 

〈監察官権限により執行モードを解除します〉

 

 舞風の右手からTACLESが消える――――――正確には収納されたのだが、消えたようにしか見えなかった。

 

「怖くなくなった時、法執行を楽しんで行うようになってしまった時はお前の脅威指数が跳ね上がるだろう。そうしたらお前を撃たなきゃいけなくなるだろう、だから無理して怖くなくなろうなんてするなよ」

 

 そう言って神薙は舞風の頭をくしゃくしゃと撫でた。こそばゆそうな表情を浮かべる舞風を見て神薙が笑う。

 

「さて、そろそろ本番かな? 気を引き締めていこうか」

 

 その言葉に皆の空気が鋭くなる。それに気圧されたのか、舞風がビクッと震えた。

 

「陽炎、野分、臨時で悪いがバディを組んでくれ。不知火はヘリからサポート。長距離ユニットの使用を許可する」

「了解」

 

 その答えを聞いて舞風は不安げに神薙を見上げた。

 

「舞風は俺と来い。大丈夫だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《こちらは海上保安庁です。あとらす号は速やかに停船して下さい》

 

 通信が入る。それを聞いて船長は笑みを深めた。

 

「軍スラ動カナイカ、舐メラレタモノダナ……」

「ドウシマス?」

「コノママ突ッ込メ。我等ガ部隊ノ洗礼ヲ見ルガイイサ」

 

 艦橋でそういうと部下から通信が入った。

 暗くて見えないがどうやらヘリが出てきたらしい。どうするかと聞かれたので姿を見せたら撃ち落として良しと伝える。

 

「サテ、話ヲ聞イテクレルカシラネ……」

 

 “彼女”は笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「警告意味なし、当然っちゃ当然か」

 

 暗い部屋で煙草をくゆらせると、横に座った小柄な少女が笑った。

 

「ほな、そろそろ本番かいな」

「黒潮、バセットのサポート任せていいかしら」

「ってことは九々龍(くぐりゅう)はんがビーグルとサルーキを担当ってことやね」

「そ。航空ホロとか頼んだよ」

 

 九々龍と呼ばれた女性は真っ赤なルージュを煙草に刻みながら笑った。灰皿に煙草を押し当てるとすぐに別の煙草に火をつけた。

 

「カンちゃん、みんな、聞こえてる?」

《九々龍か、用意はできたか?》

 

「あとらす号の航行コンピュータにアクセスできたわ。結構ザルね。スーパーリンカーを使うまでもなかった」

 

 赤いシャツに白衣という海上保安官らしからぬ服装をした彼女、九々龍佳織(くぐりゅうかおり)はキーボードを叩きデータを参加者全員に送る。

 

「航行システムはオート、最終地点は最終目的地の東京港第7埠頭、航行システム自体には干渉されてないようね」

《船内の監視カメラは?》

「積み荷監視用は生きてるけど他は物理的に潰されてるわね。わかるのは最低でも5体の深海棲艦が乗り込んでるってことと、船長はもう第三段階まで浸食されてるってことぐらいかしら」

《第三段階まで、か》

 

 通信の奥の声は憂いのような色が見える。

 

《やることは変わらない。強行臨検を開始する》

「りょーかい。黒潮」

「ヘリにホロかけるで! 音までは消せんから気を付けてな!」

《わかってる。助かるよ》

 

 正面のスクリーンにいくつもの情報が表示される。あとらす号に向かってヘリが接近していく。海上には複合型ゴムボート(RHIB)のマーカーとその周囲に散開する特務執行官のマーカーが二組。上空には神薙たちが乗り込むしらさぎ2号のマーカーがある。それが一気にあとらす号に向けて急速に距離を詰めていく。

 

「状況開始、ね」

 

 九々龍が静かにつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「舞風、いけるかい?」

 

 神薙にそう言われて舞風はゆっくりと立ち上がった。すでにサイドドアは開かれ、ホログラムフィルム越しに空と海が見えていた。爆音と飛び込む冷気の中で神薙は笑う。すでに装備を身に着け後は降下するだけになっていた。左手で天井近くの安全バーを掴んでキャビンぎりぎりに立つ。

 

「ホワイトクリスマスとはいかなかったが、こんな夜もいいだろう」

 

 神薙はそういうと舞風を手で招きよせた。

 

「今日はスーパームーンだそうだ。月がいつもよりも大きく見える」

 

 落ちるなよ、と舞風を支えながら神薙は月を振り返る。肩越しにはぽっかりと満月が浮かび、柔らかな銀光を下ろしている。それを見て舞風は息をのんだ。

 

「なにも月を見るのが初めてでもないだろうに」

 

 神薙は笑うが舞風は月を食い入るように眺めた。ほのかな黄色に光る月は影もくっきりと写す。それほどに強い光が空を照らしていた。ホログラム越しにわずかに世界が揺れている。

 

「昔から月には魔力があるって言われてる。アムリタっていう薬は聖別された月の光に当てることで不老不死になれる効力を発揮するし、オオカミ男は月夜に現れる」

 

 そういうと神薙は笑った。それを聞いているのか聞いていないのか舞風は空を眺めていた。

 

「それに今夜はクリスマス、聖なる夜だ。なんだか特別な気分だな」

 

 ヘリが高度を落とす。目標のあとらす号が見えてきた。

 

「さて、舞風」

「は、はいっ!」

 

 慌てた様子の舞風に軽く笑う。キャビンの反対側では同じように待機している陽炎も野分も笑っていた。

 

「踊るのは好きかい?」

「へ? えっと……」

「あ、すまん。“舞”風ってことで洒落たつもりなんだ。真面目に答えなくても大丈夫だよ。こんなにきれいな月夜の晩だ。アルテミスにソーマにツクヨミに……後何がいたっけ? まあいいや。ともかく月を司る神々に感謝して、舞を奉納仕るとしよう。それではお嬢さん、お手をどうぞ」

 

 そういうと舞風の方に右手を差し出した。ちょうど真下にあとらす号が見えてくる。

 舞風がぼうっと神薙を見たまま手を取った。直後に神薙は舞風を強引に引き寄せる。

 

「きゃっ!」

「――――Let’s dance」

 

 わざと崩したバランスのまま神薙は空中に身を躍らせた。右手で舞風を抱きかかえ、ホログラムを突き破る。驚いて見開いた視線の先で舞風は本当の月の色を知る。想像以上に冷たい色だった。その色が神薙の笑みを染める。落下のもたらす無重力の中で彼はどこか笑っていた。

 

 無重力のような感覚は一瞬で収まる。神薙の左手にはロープが握られ、制動がかかったのだ。すぐに冷たい鉄の甲板にたどり着きロープから離れるように舷側へと走る。直後にハイテンポな破裂音が響き、足元を追うように火花が散った。

 

「やっぱり持ってたね。対人兵器。ブリッジ左ウィングからか、30口径か?黒潮」

 

 巨大な積み下ろし用ハッチの影に隠れて神薙はそういった。右手にはTACLESが握られている。左手で舞風の頭を押し込んだ。姿勢が高いと注意する。

 

《解析終了や。IMIガリルのカスタムみたいやな。ウィングに二人。ガリルを持ってるんは船員や。無理矢理持たされた感じやなぁ》

「不知火」

《了解》

 

 銃撃から逃げるように飛び退いていたヘリコプターから青白い放電が飛んだ。そこにヘリがあるとわかったのは放電が過った瞬間にホログラムが乱れたからだ。そうでもしなきゃわからないほど巧妙に姿を消していた。

不知火が握る長距離執行用ユニットから放たれた放電は過たず射手に吸い込まれると、その射手は白目をむいて膝をつく。

 

 射撃が止んだタイミングを計って神薙がTACLESを艦橋に向ける。

 

〈脅威指数176、執行モード、ノンリーサル・パラライザー〉

 

 基準値を超えたため、トリガーロック解除。わずかなショックと共に撃ちだされた電撃は青白く尾を曳いて左ウィングに立っていたもうひとりに吸い込まれる。パラライザーなら極度に心臓が悪いとかではない限り死ぬことはない。数時間動けず、数日動きづらい程度の電撃弾だ。

 

《ヒット。お見事です、班長》

「不知火もな」

 

 神薙は振り返り反対側の舷側で同じように隠れていた陽炎に合図を出す。このまま突入。

 海から飛び上るように何かが飛び出してくる。空中で弾けると周囲は白い煙に包まれていく。

 

「サルーキとビーグル、タイミングばっちり」

 

 別働隊が打ち上げたスモーク弾だ。それをみて神薙は僅かに笑った。

 

「舞風、走るぞ」

「はいっ」

 

 白い煙が充満する中をかけだしていく。

 

《艦橋の入り口まであと35歩や。そのまま直進。バセットチームはそのまま艦橋に突入してもサルーキとビーグルが退路確保できるで》

「わかった」

 

 舞風は必死に前の男の後を追った。白い霧の中ではシルエットのように映る背中は速く、急がないと置いていかれてしまう。その背中が急に止まる。舞風も急減速。前につんのめりそうになりながらも激突するのは回避できた。

 

 神薙がドアを示した、人差し指と中指をそろえた指鉄砲だ。舞風にも意味がわかる。ドアブリーチ、ドアを破って突入するつもりだ。

 

 舞風はTACLESを握った右手を前に。左手首のブレスレットが反応する。

 

〈艤装を展開します。執行モード・デストロイ、ディスポーザー〉

 

 背中に背負う形で武装ユニットが現れる。差し出した右手に持ったTACLESが展張され砲と呼んで差支えない凶暴なシルエットになった。

 

〈ディスポーザーを使用します。慎重に狙いを定め対象を排除してください〉

 

 TACLESの合成音声がそう告げて主砲弾を吐きだした。ドアを吹き飛ばすと同時に神薙が中に突入。その後について舞風が走る。

 

「黒潮!」

《内部センサーは掌握済み。そのまま12歩、左手にラッタル。トラップかもしれんけどルートはそこしか使えなさそうや》

「信じるぞそれ!」

《まかしとき!》

 

 黒潮の答えを聞きながら神薙は駆けていく。ラッタルの足元まで来ると一度立ち止まった。舞風が艤装を背負ったまま追いついていく。

 

「4フロア上がるぞ、遅れるな」

 

 神薙が先頭でラッタルを上がる。顔だけ上のフロアに出して状況を確認すると一気に駆け上がる。敵はブリッジに集中しているのか妨害は無い。不気味なほどに静かだ。あっという間にブリッジまでたどり着く。ヘリから降りて147秒。

 

 反対側から上がってきた陽炎たちとかち合った。ハンドサインでタイミングを合わせ船橋両脇にある扉から同時に突入する。

 

「動くな!」

 

 TACLESを構えながらブリッジになだれ込む。船長席に影を認める。

 

「アラ、手厚イ歓迎」

 

 船長席からそんな声が聞こえる。影の形は男だがだが聞こえるのは不自然な発音のアルト。

 

〈対象の脅威判定が更新されました。脅威指数256、第三種深海棲艦反応検知、執行モード・イレイズ、パニッシャー。対象を完全排除します〉

 

 神薙のTACLESがカラクリのように動き、対深海棲艦モードへと移行する。神薙の斜め後ろから船長席の影に砲を向けた舞風のTACLESも対深海棲艦モードに移行する。

 

「スグ撃タナイノネ」

「お祈りの時間ぐらいは待つさ。それに理由ぐらい聞いておくのが筋ってもんだろう?」

「優シイノネ。私ハメッセンジャーダカラ助カルケド」

 

 船長の影は神薙の方を見て笑った。少なくとも笑ったように見えた。

 

「メッセンジャー?」

「ソウ、私ハ伝書鳩ヨ」

 

 船長はそういうと立ちあがる。野分が警告するように一歩踏み込んだ。

 

「私達ヲ問答無用デ殺シタ国ノ軍隊ト同ジジャナイミタイ」

「俺たちは軍隊じゃなくて海上保安庁だからな。問答無用で殺せないのさ」

 

 軽口を叩く神薙のインカムに通信が入る。

 

《ビーグルチームが機関室で制圧。乗員19名を保護、サルーキチームが船首側を制圧完了! あとはブリッジだけや! そいつを仕留めれば終了やで!》

 

 その通信には一度空電を送り了解を伝える。

 

「で? 深海旅団なんぞ立ち上げて何をしたいわけで?」

「ワカリキッテイルデショウ?」

 

 船長の影はゆっくりと振り向き、舞風を“見た”。

 

「深海棲艦ドウシデ殺シ合イヲサセテ、漁夫ノ利ヲ得タ人間共ニ鉄槌ヲ。私達深海旅団ハアノ条約ヲ認メ無イ」

「認めようと認めまいと停戦条約は10年も前に発効した。互いのトップがサインをした。どんなに下が喚こうとその効力が発揮されている以上、あんたがやってるのは戦争行為とは認められない。ただの薄汚れた犯罪行為だ」

「ナラ、同族殺シヲサセル貴方達モ犯罪者ネ」

「よく言う。誰のせいでこうなったと思ってる」

「少ナクトモ私ノセイジャナサソウネ。ソウデモシナイト勝テナイ人間ノセイ」

「人間なしでは生きられないのにでかい口を叩くか」

 

 そんな会話を聞きつつ舞風は自分の中で何かが跳ねるのを感じた

 

「同族……殺し……?」

 

 それがまずい状況だとどこか理解しているのに跳ねるのが止まらない。

 

「ソウ。貴女モ、ソウデショ?」

〈警告 対象の脅威指数上昇中、脅威指数310.速やかに執行し、対象を完全排除してください〉

 

 舞風のTACLESが警告を発した。舞風の手が震える。

 

「違う。私は……」

「貴女モ私達ト一緒ヨ。殺シ合ウ必要モ無イノ。敵ヲ憐レム裏切リ者デモ、私達ハ歓迎スルワ」

「私は……っ!」

 

 直後、舞風の網膜に警告文が投影された。

 

 

〈警告 警告 舞風特務執行官の脅威指数が注意域に到達しました。オーバー180。TACLESリンク率異常上昇中〉

 

 

「わたし……は……っ!」

「深海棲艦ヨ、貴方ハ。ダカr――――――」

 

 直後船長の影の姿が掻き消えた。一瞬それは膨張したように見え、次の瞬間には水風船を割るように液体だけが残った。赤と透明のマーブル模様が残る。

 

「――――鎮圧終了」

〈対象の脅威判定が更新されました。執行対象ではありません。トリガーをロックします。警告 TACLESリンク率異常上昇中〉

 

 深海棲艦が消えたことでトリガーがロックされた。それでも舞風は前にTACLESを向け続けている。

 

「……舞風、よく耐えた」

〈監察官権限により執行モード解除します〉

 

 舞風のTACLESを解除すると、彼女は呆然と立ち尽くした。神薙は彼女を支えるように立ち、目の前の水溜りを眺める。

 

「私……は……」

「お前は舞風だ。俺の部下だ」

 

 そう言って肩を叩くとTACLESを振った。

 

「脅威指数の上昇があったみたいだから、測るぞ」

 

 そういうと舞風は力なく頷く。神薙は彼女の足にTACLESを向ける。

 

〈脅威指数、138。舞風特務執行官、任意執行対象です。第一種―――――〉

「大丈夫だ。この様子なら明日には十分下がる」

 

 神薙はそう言って笑って見せた。

 

「バセットリーダーより全チーム。状況報告」

《サルーキ、甲板及び船倉制圧完了。4体執行、事故員なし》

《ビーグル、艦橋下層部制圧完了、2体執行、船員19名保護、事故員なし》

「バセット、艦橋上層部制圧完了。船員2名をパラライザーで鎮圧、保護。浸食第三段階まで進んでいた京塚幸一船長を執行。事故員なし――――――状況終了。後続の特警隊に引き継ぎの後、撤収する」

 

 

 

 

 

 舞風の肩をもう一度労うように叩いて神薙は窓の外に目を向けた。

 

 月はぎりぎり視えなかった。





艦これで特殊部隊ものやりたい! ついでに自分で書いてる小説で憂き目を見ている陽炎型を活躍させたい!
……そんなこと思って勢いに任せたらこの惨事だよ!

脳内鎮守府の設定を丸写しして時間を戦後にしたらこうなりました。
提督も艦娘と一緒に活躍させたいと思ったらこうなるよね。……なるよね?

冒頭の引用は1800年代の英国詩人、アーサー・ヒュー・クラフの「Say Not the Struggle Naught Availeth(苦闘を無駄と呼んではならぬ)」です。チャーチルが第二次世界大戦中にこれを引用してイギリス国民を激励したので知っている方もいらっしゃると思います。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回は近いうちに公開できればいいなと思います(めど立ってない)。

状況終了。それでは#002でお会いしましょう。


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#002 PAPER MOON

陽炎型みんなを描写できるのはいつになるやら。
とりあえず世界観ぐらいは上げときたかったのでできた感じで更新。

それでは、状況開始。


 

 

 

 海上保安庁第三管区羽田航空基地。

 

 舞風たちが基地に帰ってきて一息つけたのは夜も大分遅くなってからのことだった。これでもヘリで撤収した舞風たちバセットチームは早い方である。ゴムボートを使った残りの2チームはふつうに航行して帰ってくるため時間がずれている。

 班の談話室に入ると出動前までやっていたクリスマスパーティのセットがほぼそのまま残っていた。黒潮がぱたぱたと動いて片づけに奔走している。

 

「ほな、夜も遅いしケーキだけにしとこか。クリスマスのご馳走は明日の昼か夜にチンして食べればええよ」

 

 胃にもたれてもアレやしね、と言って黒潮が料理にラップをかけていく。陽炎たち同僚は不満そうな顔をしていたが、舞風にとっては少しありがたかった。今ローストチキンとかフライドポテトとかのアブラギッシュなモノを食べる気にはなれなかったのだ。

 

「舞風ー!」

 

 黒潮を手伝っていると後ろから舞風に衝突するようにだれかが抱きついてきた。時津風だ。深い紫がかった瞳が舞風を見上げる。複合型ゴムボート(RHIB)組が到着したようだ。

 

「脅威指数上がっちゃったって聞いたけど、大丈夫?」

「こ、こら時津風! すぐ人に突進しないの!」

 

 後ろから慌てた感じの初風が追いかけてきた。青い髪は遠目でも目立つ。初風は苦笑いしながら舞風から時津風を引き剥がすと時津風のおでこにデコピンを入れた。

 

「痛っ、暴力よくない! よくないなぁ」

「あんたの突進の方が暴力よ。まったく」

「心配してただけなのにな~」

 

 時津風が膨れて抗議するが初風は涼しい顔だ。

 

「はいはい、で、舞風。大丈夫?」

「はい、もう大丈夫です、初風さん」

「姉妹艦でしょ? 初風でいいって前から言ってるじゃない」

 

 初風はそう言ってわずかに眉をしかめる。その反応が怖くて「さん」を付けちゃうとは言えなかった。

 

「最初の出撃なんてミスだらけになるのは当然だし、神薙さんに不意打ちで降下させられたんでしょ? ペース崩されたら慣れてる子でもミスるわ。あんまり気にしなくていいわよ」

 

 そんな風に言って初風は舞風の頭を軽く撫でた。

 

「初風姉さんのデレが見れるなんて早めに帰ってきてよかったなぁ」

 

 関西弁とも違うアクセントのその声に初風が弾かれたように振り返った。初風よりもさらに青みの強い髪の色、真っ白なセーラーハットを手に至極嬉しそうにしている。

 

「う、浦風っ! そんなんじゃ……!」

「はいはい、わかっとるよ。初風姉さんが優しいのはうちも知っとるけぇね」

「アンタは! 何にも! わかってない!」

「ほぅかいね?」

 

 一方的に突っかかる初風にニコニコ顔の浦風。それがどこかほほえましいと思うのは後輩として失礼だろうかと考えてしまう。

 

「舞風も時津風もお疲れさんやね。時津風は大活躍だったんだって?」

「そうそうそーなの! 機関室に閉じ込められてた船員の人たちを助けて、深海棲艦も執行したんだよ! 初風も天津風も、もちろん雪風も頑張ってたし、ビーグルチームは大活躍さ!」

「それはすごいのぉ、サルーキチームはいつも通り谷風が暴走したぐらいかのう。舞風も無事に帰ってこられてなによりじゃ。最初からうまくいく人なんておらんけぇ、参戦して帰ってこれただけで初戦は十分じゃけぇ。上手くいかなかったことを自分で責めなさんな」

 

 舞風が頷いたタイミングで後ろからわらわらと同僚がやってくる。浦風曰く暴走したらしい谷風はしゅんと俯いていた。それを見て初風は溜息をついた。

 

「あー、あれは帯刀(たてわき)副班長に結構絞られた様子ね」

「わかる? あればっかりはどうにもならんなぁ、前進しすぎて逆包囲されて孤立したんよ。で、孤立したのをみんなで救い出そうとしてる間に制圧完了……なかなか面白いのはたしかなんやけどなぁ」

「ビーグルチームも結構似たようなもんよ。時津風・雪風の子犬(パピー)バディが突進して私と天津風でそれの援護。朝桐副班長が“歩く規則”だから何とかなってるだけね」

 

 浦風と初風が互いのチームを憂いていると時津風が舞風の袖を引っ張った。

 

「バセットチームはどうなの?」

「わ、私は付いていっただけだから……あんまりわかんなかったかな」

「バセットはバランスいいでしょ? 前衛型の陽炎姉さんにオールラウンダーの不知火姉さん、野分も最近は援護役が身についてきたしね。ラぺリングの安定度でもバセットチームがダントツだし、場数も踏んでる」

 

 初風の言葉に舞風は僅かに視線を落とした。

 

「大丈夫だって、舞風。ブリーチングうまくできたんでしょ? それに神薙班長についていけるだけで相当なものよ?」

「みんなー。ケーキ冷えてるでー。食べよ食べよー」

 

 ケーキを持って黒潮が登場したので場が一気に明るくなっていく。浦風が軽くウィンクした。

 

「黒潮姉さん、美味しいからって食べ過ぎんようになー?」

「ほんまそれ。この時間の甘味はTACLESよりも響くでー」

「それ響きすぎと違う?」

 

 そんな会話をしてるとケーキを見つけた谷風が飛び込んできたり、ちゃっかり不知火がケーキをカットし一番大きいのを持って行ったりといつも通りの空気になる。いつの間にか流れに押し流されケーキの前に座らされると、大き目のケーキがよそわれた。いちごが乗ったショートケーキは甘酸っぱく、疲れた体に沁みた。

 

「舞風、調子悪い?」

 

 ぼうっとしながらケーキを食べていると横に座った野分にそう聞かれた。それに驚いて「へあっ」と変な声を上げてしまう。

 

「ううん、大丈夫……」

「無茶だけはしないでね」

「せやせや」

 

 黒潮がケーキを口に運びながらそう言った。

 

「無理するのは体に毒や。特務執行官は体が資本やからな」

「体を使わない情報解析室勤務の黒潮が言ってもねぇ……」

「はへほうへぇはん、ふひはふほーふぁふぁから」

「何言ってるかわかんないわよ」

 

 ごんごんと口いっぱいのケーキを咀嚼する黒潮に陽炎は頭を抱えた。何とか飲み込んだ後にうちは頭脳派だからと言い直す。

 

「舞風ー、ケーキいらないならもらうよ?」

「こら、谷風、なにゆっとるん!」

 

 浦風が怒るが舞風は笑ってケーキをフォークで半分にした。

 

「ほら、半分いいよ」

「キタ! これで勝つる!」

「甘やかさんでねー、谷風、ちゃんとお礼言うんよ」

「おぅ、粋な計らいありがとな!」

「 ち ゃ ん と お れ い い う ん よ ? 」

「あ、ありがとうございます、です」

 

 口調の変わり具合にドッと笑いがわく。その空気がなぜか遠くに感じてしまう。

 

「ごちそうさまでした。ごめんなさい、ちょっと疲れたから早めに寝ます」

「そう? 初任務お疲れさま。ゆっくり休んでね」

 

 陽炎がそういうと舞風は頷いて談話室を出ていく。

 

 

 

 

 

 

「――――あれ、相当来てるわね」

 

 それを確認して陽炎が溜息をついた。

 

「だいじょーぶでしょうか……?」

 

 どこか不安げな声を上げるのは雪風だ。横の時津風はケーキを頬張りながら首をかしげる。

 

「そこまで落ち込むことあるかなぁ……初任務で執行ありのハードモードだってのはわかるけど……」

「まだ特務執行官としての任務にもTACLESにも慣れてないから仕方のないことだと思いますよ。舞風が大丈夫かどうかは舞風自身が決めるでしょう。私達ができるのはそれをサポートするだけです」

 

 口の周りをティッシュペーパーでぬぐいながら不知火がそういった。それを聞いて野分が立ち上がる。

 

「舞風の様子見てきます」

「寝てたらそっとしてあげるんよ」

 

 浦風の声を聴きながら野分も走って出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カンちゃんお疲れ」

 

 神薙がドアを開けた部屋にはもう全員が詰めていた。軽い態度でそう声をかけてきたのは、地毛だという茶髪が襟に触れる直前という規定ぎりぎりの髪をした帯刀朝実(たてわきあさみ)副隊長だ。それに軽く答えて中に入る。

 

「お疲れ様ね、黒潮が神薙班長は人使いが荒いって嘆いてたわよ」

「開口一番がそれか、九々龍? 黒潮には悪かったって伝えてくれ」

 

 染めたと一発でわかる金髪に赤い襟付きシャツ。煙草の煙で燻された白衣を着た九々龍が笑う。そんなことを放しながらどこかの払下げのものだろうと思える古い応接セットのソファ――――帯刀の隣しか空いてなかった――――に腰掛ける。部屋の主がくつくつと笑いながら口を開く。

 

「大変だったそうだな。神薙」

 

 正面のデスクにがっつりと腰掛けている男は顔の前で手を組んだ。デスクのプレーとには特殊警備対策室羽田分室長と記され。

 

「大変だったが無事終えてきたさ。で、報告書も提出しないうちに何の用だ?」

「何度も言ってますが、上官にむかってのその口調は改めたほうがよろしいかと、神薙和寿監察官」

 

 そうさらっと行ったのは神薙の斜め向かいに座った朝桐知恵(あさぎりともえ)だ。冷たいアルトでそう言われ、神薙は肩を竦める。それを見てひとりデスクに向かう男が笑い声をあげる。

 

「訓示をするわけじゃないしほとんどオフレコだ。そうカリカリせんでも大丈夫だぞ」

 

 そういうと男は立ち上がりデスクに体重を預けるようにした。

 

「で、通信会議でもなくチームリーダーをこの夜中にわざわざ集めた理由を聞かせてくれないか、菱川分室長」

 

 菱川と呼ばれた男は小さく笑い声を漏らした。

 

「変わらないなぁ、神薙は。まぁ確かに時間を潰すのもなんだ。本題に入ろう」

 

 菱川がデスクのコンソールをいじると部屋の電気が落とされた。応接セットのデスク部分にホログラムが立ち上がる。

 

「今回の出動、ご苦労だった。事故員ゼロで終わったことは非常に喜ばしいと思う、京塚船長の浸食が止められなかったのは残念だが、九々龍監察官が提出した戦術レポート及びTACLESのログを見る限り、最善の結果だったと言い切ってよかろう」

 

 菱川がタッチペン型のホログラムコントローラを取り出し、立体ホロの中に突っ込む。それにかき回されたように映像が浮かぶ。青地に羅針盤(コンパス)マーク、海上保安庁の庁旗だ。その後に書類のようなものが浮かび上がる。

 

「あとらす号乗っ取り事件は明朝0900付で本庁特殊警備対策室の管轄に移管されることが決定した」

「なんだ、本庁が動くのがやけに早いっすね」

 

 だらしなくソファに腰掛けた帯刀がそういう。向かいの朝桐も頷いた

 

「初動捜査から本庁管轄とは確かに珍しいですね」

「それだけ緊張状態にあるのさ。今年で終戦10周年、今サンフランシスコでは停戦条約の更新審議の真っ最中だ。その更新内容によっては暴動状態に陥る可能性がある。その中で深海棲艦の“伝書鳩(メッセンジャー)”発言ときたもんだ。連続テロ事件の幕開けとなる可能性もあるってことで本庁が動き出した」

「深海棲艦の監視体制を緩和しなければ深海棲艦が暴れ、緩和したら緩和したで人間サマが大暴れってわけね」

「九々龍、少し口を慎めよ。仮にも俺たちゃ公人だ。首が飛んでも知らんぞ」

「あら、ごめんなさいね」

 

 九々龍がそう笑う。朝桐がそれを聞いて溜息をつく。

 

「で、本庁がしっかり動いてくれるなら楽になってくれていいじゃねぇか」

「そうも言ってられないんだよ、神薙。お前が受けた30口径(ガリル)での攻撃、あの武器の出どころが割れた」

「早いな」

「感謝しなさいよ? 不知火のTACLESのログから銃のロットを読み取ったの」

「ガンカメラ恐るべしだよねー」

 

 九々龍の声に帯刀がへらっと笑う。

 

「で、何が問題だ?」

「銃の所有者が海保関係者だった、などですか?」

 

 朝桐の声に菱川が頭を掻いた。

 

「似たようなもんだ。日本陸上自衛軍、二五五歩兵中隊の支援火器だ。紛失したという記録もなし」

「読み取りミスでは?」

「あたしの腕を疑う気?」

 

 九々龍が煙草に火をつけながらそう言うと朝桐が静かに口を開く。

 

「疑うわけではありませんが、軍が兵器紛失の隠蔽をする確立と、夜闇の揺れる船をホログラム越し200メートルの距離をあけて新聞の活字並みのサイズのロットナンバーを見間違える確率なら、後者の方がありえるかと」

「あたし朝桐ちゃんのそーゆー頭の固いところきらーい」

「好かれたくてやってるわけじゃありませんので」

 

 そのやり取りに帯刀が笑った。

 

「で、どっちにしてもまずいわけだ。というよりその銃はどこに?」

「もう本庁だ」

 

 菱川の答えに帯刀は笑った。

 

「あーらら、こりゃ隠蔽する気満々?」

「で、公になった時は君たち第三管区第三執行班(TACLDETACH3.3)に責任が回ってくる、と。正確にはその指揮をとった神薙、お前にお鉢が回るぞ」

「そこは分室長で食い止められない? カンちゃんの部隊は動きやすくて助かるんだけど」

 

 煙草の灰をガラス製の灰皿に落としつつ九々龍が笑う。

 

「努力はするが俺の首が飛びそうになったら容赦なく神薙に回すからな」

「へいへいっと。話はそれだけか?」

 

 神薙が立ち上がると菱川が、もう一つと声を上げた。

 

「明朝0830時までに引き継ぎ書類を提出しろ。“敵が使ったよくわからない支援火器”については別に記載しておけ」

「了解だ」

「勿論口外厳禁、特務執行官にも話すなよ。解散」

 

 その声に朝桐はかちっと、残りがラフに敬礼。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんなんだろうなぁ」

 

 舞風はひとり窓の外をながめていた。階段室の小さな窓からは通信用のアンテナなどが並んだ屋上が見え、その向こうではジェット機が翼端灯を煌々と輝かせながら下りてきていた。

 疲れているのにどこか寝られなかった。野分たち同僚は心配してくれた。生きて帰ってきたんだしそれでいいよと言ってくれた。皆が口を揃えていうのだからその通りなのかもしれない。そんな風に考えていると少し前に聞いた音がリフレインする。

 

〈警告 対象の脅威指数上昇中、脅威指数310.速やかに執行し、対象を完全排除してください〉

 

 引き金が、引けなかった。引き金を引かなければならない場面だったのだろう。あれは。

 

「……ほんと、なんなんだろ」

 

 舞風は窓に触れる。わずかにガラスに映る姿はとても情けなく見えた。

 

〈警告 警告 舞風特務執行官の脅威指数が注意域に到達しました。オーバー180。TACLESリンク率異常上昇中〉

 

 リフレイン。

 なにも、できなかったのだ。

 

 

 

 

「――――――隙だらけ」

 

 

 

 

 いきなり頬を押され驚いて飛び上る。

 

「きにゃっ!……神薙班長ぉ?」

「こんな夜中にどうした? もう日付が変わるよ」

「ごめんなさい! 外に出ようとしたわけじゃなくて……!」

 

 そうかい? と神薙が笑う。そのまま左手首の端末をドアのセンサーにかざす。

 

〈神薙和寿監察官、監察官権限でロックを解除します〉

 

「俺は出るけど、舞風はどうする?」

「あ……」

 

 ドアを開けると冷気が入ってくる。駐機場のオレンジの明かりが彼の顔を照らした。

 

「一緒に行ってもいいですか?」

「相手が俺でよければ」

 

 そういうと神薙はもう一度ブレスレットをセンサーにかざす。舞風がドアを通ると電子音が鳴る。舞風が身に着けているTACLESの端末が建物外に出たことを通知する電子音だった。

 

「さすがに外は冷えるな。寒くない?」

「はい、大丈夫です」

 

 神薙はそのまま屋上の端まで行く、転落防止の柵の所まで行って、まばらになった旅客機の群れを遠くに眺めた。

 

「……お疲れさん」

「私は……なにも……」

 

 策のそばまでやってきた舞風に声をかければ、どこか戸惑ったような声が返ってくる。

 

「何もじゃないさ。ドアブリーチをちゃんと決めた。初陣で銃撃に晒されながらちゃんと俺についてきた。それは十分によくやったと思うよ」

 

 神薙はそういうと胸ポケットに手を伸ばしかけ、やめた。

 

「作戦に参加して、どうだった」

 

 舞風は俯いていたが天頂を過ぎた月を見て呟いた。

 

 

 

「私って……深海棲艦なんですか?」

 

 

 

 質問に質問で帰ってきて、神薙はそれでも言葉を待った。

 

「あの船長さんは、ううん、あの深海棲艦は私のことを同族だって言いました。それを聞いて、実際に班長が執行しているのを見て……なんなんだろうなって思うんです」

 

 神薙は舞風の方を見なかった。正確には見ることが躊躇われた。

 

「……わかってるんですよ? 私は舞風になった。だからこうなんだってわかってるんですよ。脅威指数がひとより高くて、社会じゃ生きられないから隔離されて、そのままそこで過ごすか、艦娘になるかを選べって言われて……。自分が選んだ結果なんだってわかってるんです」

 

 声の揺れは、泣いているのだろうか?

 

「月を見たくて屋上に出るのにも……許可がいるんですね。ここは」

「……後悔してるかい?」

「わかんないです。でも……私が、どこか化け物になっちゃったみたいで、怖いんです」

 

 その答えを聞いて神薙は小さく笑った。

 

「怖くて当たり前だ、舞風」

 

 くるりと横を向いて神薙が右手を振った。目が翡翠色に輝き、右手には銃のような執行ユニット――――TACLESが手品のように現れた。

 

「舞風、君は君自身が言った通り艦娘だ。全洋戦争が終結し、軍用兵装をダウングレードして法執行機関用に調整された第2世代、Tactical Law Enforcement System――――戦術法執行システムの担い手だ。だから――――」

 

 トリガーから指を外したまま神薙はTACLESを舞風に向けた。

 

〈脅威指数128、舞風特務執行官。任意執行対象です。第一種深海棲艦反応検知。執行モード、ノンリーサル・パラライザー〉

 

 合成音声が状況を告げる。

 

「TACLES自体に深海棲艦を取り込んでその力を借りて水上航行や砲撃、雷撃などの高出力な攻撃を可能にしている以上、舞風が深海棲艦であると言うことは完全に否定することは不可能だ」

 

 舞風は神薙の構えるTACLESの銃口を見つめていたその銃口越しに青く光る眼を見る。

 

「艦娘たる特務執行官に求められるのは強固な意志と感情制御だ。法執行の現場には今日みたいに凄惨なものもある。それらに触れてもなお正気を保つ必要がある。それを放棄した時、それを楽しむようになった時、脅威指数は跳ね上がり、同時にTACLESに搭載された深海棲艦が君自身を侵食する。そうなったら本当に深海棲艦だ。その時は誰かに危害を及ぼす前に執行しなければならない。そのために、深海棲艦を取り込んでいないTinny-TACLESを使用する監察官が同行する」

 

 神薙がTACLESを切ると、目の色がどこか紫がかった黒に戻る。優しく笑った。

 

「深海棲艦に飲み込まれるかもしれない。そう思うのは当然のことだ。そしてそれを恐れなければならない」

 

 神薙はそういうと柵のそばから離れ階段室の方に寄っていく。

 

「その恐れを持っている限り、そうならないために努力をすることができるはずだ」

 

 そう言って振り返る。舞風は柵のそばで神薙を見ていた。

 

「それに、その悩みを持つのは舞風一人じゃない。先輩たちに聞いてみろ。気にしないって言うやつもいるだろう。折り合いをつけたって言うやつもいるだろう。まだ悩んでいるやつもいるはずだ」

 

 神薙はそういうと思いっきり階段室のドアを開け放った。

 

「うわはっ!?」

「変な悲鳴ありがとう、陽炎不知火黒潮野分。お前らそこで何やってる? あと帯刀、幇助するならちゃんとやれ。部下が許可なく屋上に出ようとしていますって通知がひっきりなしなんだよ」

「いや悪い悪い、なんか映画みたいなシチュだって黒潮が言うもんだからさぁ見ようとしたらセンサーからずれちゃって」

「うちのせいかいな、帯刀はん」

 

 団子になって積み重なる部下を見て神薙は苦笑いを浮かべた。「ちょ、早く降りなさい不知火!」「不知火に落ち度でも」「言う前に下りろ、ぬい」と起き上がるだけでも大騒ぎな面子から後ろを振り返る。

 

「騒がしいのが玉に瑕だが、きっと相談にのってくれるぜ?」

「そうそう。お姉ちゃんにまっかせなさーい!」

「助けになれるかはわかりませんが不知火にできることなら協力しますよ」

「そう言うのも監察官の仕事だしねー」

「タコパとかしながらわいわい話すだけでもなんとかなるもんやで?」

 

 そんなことを言っているメンバーをよそ目に舞風のところに銀の髪をなびかせて野分が駆けてくる。そのまま手を取った。

 

「これからは私がバディだし、何でも相談して! 頼りないかもしれないけど、私、頑張るから!」

 

 それを聞いて目じりに水滴が浮かんだのを見て神薙が笑う。

 

「舞風、改めてようこそ。第三管区第三執行班(TACLDETACH3.3)へ」

 

 

 

 

 




この作品の世界観説明回でした。

感想の方で少し言われたのでこちらでも少し。

これと並行して艦これのファンフィクションとして『艦隊これくしょん―啓開の鏑矢―』という作品を投稿しているのですが、そっちの世界と少し共有する設定があります。
ですがそっちの世界とは直接つながっていません。産業構造とか国の設定とかを共有しているのでその世界のIFの話ってところでしょうか。
深海棲艦登場後の世界状況や侵攻具合、深海棲艦のシステムなどについてはかなり変えてあります。なのでこちらの深海棲艦の解釈と『啓開の鏑矢』の深海棲艦の解釈は異なります。両方読まれてる方はご留意ください。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回はほのぼのできればいいなぁ……

状況終了。それでは次回お会いしましょう。


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#003 WRITTEN ORACLE

12月に入ったばかりで新年ねた書いてる俺って何?

でも思いついたものはしょうがないです。
年賀状書かなきゃなぁと思いつつ、いっつも年末でひーひー言いながら書いてます……

今年こそは余裕をもってやりたいと思います。

そんなこんなで、状況開始。


 

 

 

 

「あけましておめでとーっ!」

 

 日付が変わったと同時にジュースで宴会モードのメンツに神薙は頭を抱えた。

 

「お前ら一日オフだからってハメ外し過ぎるなよ?」

「わかってますって神薙班長~。ほらほら、ワインどうぞ―、葡萄ジュースですけど」

 

 そう言ってグラスを渡してくるのは陽炎だ。その横では不知火がすごい勢いでおせちを食べている。

 

「なんでこのクソ真夜中から宴会モードなんだお前ら」

「だってバセットは一日オフですしー」

「サルーキもあんな感じですしいいじゃないですかぁ……」

 

 酔っ払いの如く絡んでくる陽炎が指さすテーブルを見ると谷風が青くなってぶっ倒れていた。帯刀副班長が介抱しているがその緩んだ頬をどうにかしろ。

 

「何あったんだ、あれ?」

「浦風の作った栗きんとんに一つだけ磯風謹製栗きんとんを突っ込んだロシアンルーレットだって」

「それを本人の前でやるのもアレだが、あの破壊力なんだよ」

「磯風の料理は最終兵器だからねー。最近少し上達して見かけじゃわからない地雷料理が増えたの」

「……任務前12時間はあいつに包丁持たせるなよ、差支える」

「わかってるって」

 

 陽炎が手をひらひらと振った。

 

「よぉーし、みんな!」

 

 陽炎が手をパンパンと叩くと陽炎たちバセットチームと浦風他サルーキチームの面々が注目した。

 

「一通り飲み食いしたら待機中のビーグルチームの待機室に乗り込むわよ。状況開始は0100、班長、許可を」

「アルコール及び磯風の料理を持ち込まないことを条件に許可する」

 

 神薙の声に浦風が苦笑いを浮かべた。磯風が自作の料理を神薙に食べさせようとにじり寄る。

 

「それじゃ、新年初日くらいは楽しむわよ!」

 

 神薙の危機を一切無視して陽炎が宣言すれば、神薙と磯風以外の返事が揃った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あい、外出許可申請、承認来てるわよ、同行は神薙班長ね。初詣?」

「はい、バセットチームみんなで行こうって班長が誘ってくれたんです」

 

 野分がそう言うと煙草を吹かした九々龍が書類を四枚まとめて渡した、書類にはハンコが二つ、特殊警備対策室羽田分室長の菱川の印と野分たちの上官である第三執行班班長の神薙の印だ。

 

「カンちゃんが知ってるから大丈夫だと思うけど、呼び出しから75分以内にここに戻れる範囲、実質的に東京インナーシティーだけしか行けないわよ。あと特務執行官の単独行動は厳禁、いいわね?」

「大丈夫です。九々龍監察官」

「ん、いい返事。じゃあ行っといで、島の外を楽しんでおいで」

「はい!」

 

 煙草で燻された白衣を揺らして九々龍がラフに答礼を返す。出ていった彼女を見てゆっくりと煙草を吹かした。タールの強い刺激をゆっくりと感じながら煙を吐く。そうしていると部屋の自動ドアがスライドした。

 

「なんやぁ? のわっちがいい笑顔で出てったけどなんかあったん?」

 

 この部屋―――――特殊警備情報解析室の同僚が帰ってきたところだ。青いリボンタイを締めた彼女もどこか笑顔だ。

 

「バセットはこれからみんなで初詣だってさー。のわっちも明るくなったなぁ……。舞風効果か」

「たぶんそうやなぁ。バディ訓練も一緒な訳やし」

 

 黒潮はそう言うと九々龍の隣のデスクに腰掛ける。

 

「あーぁ、うちも行けばよかったかなぁ」

「先に解析室の増員が欲しいわねぇ、ホロまともに使えるのがこの二人だとなかなか休めもしない」

「普段から煙草吹かしてソファで横になってる九々龍はんが言っても説得力ないわぁ」

「黙れ似非関西人」

「え、似非やないっ!」

 

 黒潮が飛びかかろうとするのを九々龍は左腕をつっかえ棒にして抑える。ゆっくりと紫煙を吸い込むと九々龍は改めて笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「班長遅ーい!」

「お前らが早すぎんだよ、まだ集合5分前だろうが」

 

 神薙はジャケットにモッズコートという私服姿で基地の職員用通用口に向かうと苦笑いで肩を竦めた。ロビーではバセットチームと呼ばれる舞風、野分、陽炎、不知火が揃っていた。彼女たちは普段の制服であるグレーのプリーツスカートに同色のジャケット、冬用の長袖のシャツである。みな防寒着のコートなどを手に下げている。

 

「ねー班長、早くいきましょう?」

「わかったわかった。ちゃちゃっと済ませるぞ」

 

 神薙は頭を掻きながら端末に左手首のブレスレットをかざす。

 

〈神薙和寿監視官、外出許可申請認可確認、Tinny-TACLES、システムアクティベート〉

 

 合成音声がそう告げる中、神薙は目の前に並ぶ部下を見る。

 

「法執行員たる自覚を持ち、法を厳守した節度ある行動をすること。位置通報などの課された義務を滞りなく遂行すること。違反時には自らが法施行の対象となることを理解したうえで外出に同意するか?」

 

 四人の声が揃う。

 

「陽炎特務執行官、不知火特務執行官、野分特務執行官、舞風特務執行官、以上4名の外出を認める。外出組はTACLESをスタンバイに変更した後、ロック。バディでロックを確認、かかれ」

 

 陽炎と不知火、舞風と野分のバディに分かれてお互いのブレスレット型の端末を確認していく。TACLESの機能がロックされてしまえば、4人の左手首の端末はただの身分証明用の端末と変わらなくなる。それぞれが確実にロックを確認し、神薙がうなづく。

 

「ドアのロック解除――――――それじゃ、いこうか」

「はいっ!」

 

 4人を先に通してから神薙が後ろについた。

 

「それにしても面倒よね~、この外出手順。班長と分室長に許可もらって、監察官の同行付きで、外出るたびに毎回宣誓してTACLESロックして……」

「嫌ならやめるか?」

「あ、冗談です冗談です! いやー、陽炎外出楽しみだなぁ~」

 

 そういいながら手に持ったコートを羽織っていく。厚手の紺のダッフルに袖を通す。グレーの色違いを着た不知火は騒ぎなどわれ関せずとすまし顔だ。

 

「ほら、舞風。いくよ」

「うんっ!」

 

 水色のピーコートを羽織った野分に手をひかれるように舞風も歩き出す。若草色のマフラーが揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はわ~っ、すごい人!」

「そりゃ元旦だからな。浅草寺は有名どころ、特にそうなる」

 

 舞風が目を回しそうになっているのを確認しつつ神薙はゆっくりと人の流れにそって進む。

 

「陽炎、小銭はちゃんと崩してきましたか?」

「当然。って不知火は心配性ねぇ」

「肝心なところで陽炎は抜けてますから」

「あによ、ケンカ売ってるの?」

「さて、何のことやら」

 

 目の前では少々姦しく騒ぐ陽炎と不知火が財布を取り出していた。

 

「あ……5円玉、あれ?」

「舞風、もしかして小銭ない?」

「10円玉ならあるんだけどなぁ……」

 

 小銭入れをのぞき込む舞風の横で野分が5円玉を取り出した。

 

「……ほらっ!」

「え、いやいいよ」

「遠慮しない。小銭が財布の中でじゃらじゃらしてるの嫌なの! だからほら」

 

 なんだか恐縮している舞風の肩を神薙がぽんと叩いた。

 

「先輩の顔を立てるのも後輩の役目だぞ?」

「そうそう、班長たまにはいいこと言いますね」

「たまにか?」

「たまに、です。クリスマスの時に舞風をヘリから不意打ちファストロープ降下させたときは、こいつ部下を殺す気かと思いましたし」

「ちゃんとできる自信がなきゃ実戦じゃやらねぇから安心しろ」

 

 野分の言葉にそう返して神薙も財布から5円玉を取り出した。もう目の前には賽銭箱――――というよりも賽銭投入スペースが近づいて来ている。

 

「バセットはお参り終わったら右手に抜けろよ~」

「はーい」

 

 一同の返事を聞いて神薙も賽銭を投げいれて手を合わせる。願いは決めてあったのですぐに終わった。長居しても後続が詰まるのでそそくさと退散人ごみを外れたところで残りのメンツを待つ。

 

「……あーもう人多すぎです!」

 

 人ごみでもみくちゃにされて目を回した舞風の手をひいて野分がやってきた。その後ろでは赤みの強いツインテールが揺れているから陽炎たちもいるんだろう。

 

「はんちょー! おみくじ引きましょう、おみくじ!」

 

 人ごみから押し出されるようにして飛び出した陽炎が神薙に飛びついた。後ろでは不知火が冷めた目で陽炎と神薙を見る。

 

「はいはい、言われんでもそのつもりだよ。ほら、行くぞ。おみくじの方もかなり並んでるんだ。さっさと終わらせて人ごみから外れるとしよう」

 

 神薙の後ろに引っ付くようにして舞風が歩く。少なくとも神薙を盾にしてきっちり

後ろをついていけば押し合いへし合いしなくていい。

 

「くじ代ぐらいは出してやる。ここのおみくじは辛口らしいから気を付けろ?」

 

 神薙がイヤーな笑みを浮かべてそういえば、舞風がどこか不安そうな顔をする。神薙はそれをみて一通り満足すると百円玉5枚をおみくじの賽銭箱に突っ込んだ。

 

「ほれ、舞風から」

「うぅ……緊張するなぁ……」

 

 六角柱状のおみくじ箱を全力で振る舞風、飛び出してきた木の棒を確認する。

 

「59……?」

 

 その番号を見た舞風が壁のおみくじ棚を見る。

 

「その番号の棚を開けろよー、ほれ、次野分」

 

 ぱぱっとくじを引いて。それぞれがそれぞれのおみくじを手に入れる。神薙と野分吉、異様にキラキラしている不知火が大吉、陽炎が珍しい末小吉を引いて複雑そうな表情を浮かべていた。で、一人膝から崩れ落ちたのが舞風だ。

 

 

「き、凶……」

「浅草寺のおみくじは3割が凶って言われるくらいだからなぁ。5人で引けば一人は当たると思ってたが……そんなに落ち込むなよ」

「き、凶……」

 

 野分が舞風の手からおみくじを引き抜くと内容を見てうわー、と言いたげな口をした。

 

「どれどれ……失せ物・でず、待ち人・来ず、病気・胃腸に注意? 人に騙されること多しって散々だねこれ」

「あ、でも商売は吉だってさ」

「海上保安官なんて公務員が商売はじめたら袋叩きに合うがな」

「それでも新しいことを始めるにはよろし、とあります。舞風は特務執行官を始めたばかりですし、いいこともありますよ」

 

 不知火のフォローに舞風は弱く頷く。野分がどんどん読み進めていく。

 

「安産だって。今関係ないけど、えっと……山岳の様に不動の理想を肚の中に据えて下さい。目の光、身近なものは大抵横雲である……」

「自分の信念を貫けってさ」

 

 舞風を立たせた神薙が笑う。

 

「凶ってのはこれ以上悪くなることがない証拠。陰陽道では『陽極まれば陰生ず、陰極まれば陽生ず』とも言ってね、自らの行動を見直ししっかりと行動していけばいい方向に変わるんだ。大吉だって慢心すればあっという間に災いが降りかかる」

「し、不知火は慢心なんてしないから大丈夫です」

「それが慢心よ」

 

 陽炎が不知火の肩を叩く。二人が押し合いになっているのを見て神薙は噴き出した。

 

「舞風は公共の場であんなことをしない様に、あの調子だとすぐ災いが降ってくるかもしれん。おーい、姉貴二人が騒ぐな、末っ子が見てんだからさ」

 

 神薙の言葉に顔を真っ赤にする陽炎と不知火を見て野分が溜息をついた。

 

「まぁ、私達は見慣れてますけどね……それで、神薙班長、次はどこに?」

「仲見世商店街でみんなにお土産揃えてその後は適当にふらつく。どこ行きたい?」

「はい! 本屋!」

「不知火は洋服を買えればと」

「できれば電気屋に……」

「正月関係ねぇなお前ら」

 

 神薙が突っ込むと再起動した舞風がどこか恐縮しながら右手を上げた。

 

「わ、私はどこでも……」

「遠慮はしなくていいぞ、姉たちもこんなんだし」

「むー。最近班長の舞風びいきが過ぎると思いまーす」

「新入りで慣れてないんだ。年長者がフォローするのは当然」

 

 陽炎の声を一蹴した神薙が親指で後ろを指さした。

 

「とりあえずは舞風のおみくじ結んでお土産探しだ、その後でどっかデパートにでもいこう」

「はーい」

 

 仲見世通りも混み合っていたがなんとかあたりを見て回る。浅草海苔や雷おこし、芋羊羹などを買い込んでさっさとお土産を選んでしまう。

 

「班長買い物早いです。もっとゆっくり見て回りましょう」

 

 野分がそういったが、神薙は苦笑いで却下した。手にはアツアツの揚げまんじゅうを持ち、行儀が悪いが食べながら歩く。

 

「女の買い物が長いんだ」

「そういう班長が短すぎるんです」

「こんな人ごみだとなにがあるかわかったもんじゃ――――――」

 

 神薙の声が途切れる。すぐ近くで悲鳴が響いたからだ。一瞬で“仕事”の顔になる。

 

「そこの泥棒、とまれ―――――――――っ!」

 

 野太い声がする。声の方を向くと何かを抱えた男が全力疾走してくるところだった。

 

「どけぇええええええ!」

 

 泥棒らしい男が突っ込んでくる。とっさに動いたのは神薙だ。お土産ものを手放し、右手を振るとTACLESが現れる。

 

「警察だ! 止まりなさい!」

 

 舞風たちも続こうとしたがTACLESが起動しないことに気がつく。上官権限でロックされているためだ。

 

〈脅威指数144、執行対象です。執行モード・ノンリーサル、パラライザー〉

 

 TACLESの合成音声が告げる。そのわずかなタイムラグの間に男は距離を詰め、少女を盾に取ろうとした。

 

「あ」

「そ、そっちこそ動くな! さもないとこいつを……!」

 

 少女の足元に食べかけの揚げまんじゅうが落ちる。

 

「どうするの?」

 

 真顔で聞き返した、陽炎に犯人は一瞬呆けた。

 

「え、どうするっておめぇ……」

「――――――――――――わね」

 

 犯人が首下で動きを封じ込めていたと思っていた少女がひっくい声を出した。犯人の目線では少女の珍しいピンク色がちな髪しか見えない。

 

 

 

 

「――――不知火を怒らせたわね」

 

 

 

 

 神薙は早くもTACLESをしまった。それと同時に犯人の男の上下が反転する。くるりと投げ飛ばされた犯人は舞風たちが一般人を遠のけて作ったスペースに“着弾”する。

 

「女を盾にしようとするなど男が廃りますよ。それよりも、食べ物を粗末にさせるとは言語道断の行為です」

「あ、そっちが上なんだ」

 

 投げ飛ばした張本人は白い手袋についた埃を落とすようにパンパンと手を叩いた。

 

「あー、相手が悪かったなこりゃ。お疲れさん。1月1日13時47分、脅威指数120オーバーにより公安局に通達のうえ、暴行罪の容疑で現行犯逮捕だ」

 

 神薙がウェストポーチから取り出した指錠で気絶した相手を拘束する。左手首の端末が通信ありを告げる。相手は九々龍だ。

 

《カンちゃん、TACLES使ったって通知来たけどどうしたの?》

「万引き犯らしき男と遭遇、脅威指数を計測した、その際に男は不知火を人質に取ろうとした」

《うわ、怪我大丈夫?》

「不知火は無傷だ」

《違う、その犯人、半殺しとかになってないでしょうね?》

「気絶した犯人に今野分が活を入れてる」

《ん、大体把握した、警察にこっちからも通報しとくね》

「了解、頼む」

 

 通信が終わって振り向くと目が覚めた犯人がガクガクと震えながら不知火の目線で動きを止められていた。

 

「ぬい、手は出すなよ」

「わかってます、不知火がそんなに喧嘩早く見えますか」

「うん」

 

 答えた陽炎が不知火の殺気で飛び退いた。余波を喰らった男が震えあがる。

 

「……新年早々これか、これで厄が落ちてくれればいいがな」

 

 神薙の言葉に凶を引いた舞風は深く頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーぁ、結局あんまり休めなかったなぁ」

「仕方ありません、治安維持は私達の仕事です。海も陸も年始も変わりません」

 

 笑う陽炎に不知火はコートを脱ぎつつそう言った。

 

「まぁそうだけどね~。不知火、あんたよかったの? 時間なかったとはいえ服屋いかなかったわけだし」

「構いません。舞風も本屋に行きたかったみたいですし」

「あ、あのごめんなさい」

「舞風が謝る必要はないですよ。不知火の用事はまたいつか班長に連れて行ってもらえばいいだけです」

「あ、ずるい。バディの私もついていかせてもらうわよ」

 

 陽炎がコートを腕にかけつつ前に進む。羽田基地の建物は暖房も効いていてコートは暑い。

 

「そういえば舞風、舞風も本買ってたけど何買ったの?」

「えっと……これです」

 

 ビニールの手提げ袋から取り出されたのは雑誌サイズの厚手の本だった。

 

「……バレエの教則本?」

「おみくじで新しいことを始めるといいってあったから……バレエとかダンスとかはじめてみようかなって……野分も一緒にやろうっていってくれて」

「いいんじゃない? 今度誘ってよ。お腹周りとか引き締めたいしさぁ」

「不知火もぜひご一緒しますよ」

「じゃぁ、今度バセットのみんなでやりましょう! 楽しみだなぁ」

「そうね~」

 

 凶のおみくじは今浅草で夜風に揺れていることだろう。

 

 

 舞風は少し上向きになった運気を感じながら自分の部屋に向かうのだった。

 

 

 




九々龍監察官の吸っている煙草の銘柄はハイライトという割とどうでもいい設定があります。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回はたぶんシリアス回になるんじゃないかと、完全に予定は未定ですが。

状況終了。それでは次回お会いしましょう。


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#004 SWALLOW PAINS

うーん、どんどん艦これから離れていくこの作品。いいのかこれは。

とりあえず、状況開始!

(PSYCHO-PASSのキャラクターが登場します。ご注意ください)


 

 

 

「痛い痛い痛い痛い痛いっ!」

 

 海上保安庁第三管区羽田基地。そこに設置されていたトレーニングルームの一角に少女の悲鳴が響いた。

 

「うー……股関節が……外れる……っ!」

 

 フローリングの床にへたり込んだのはスパッツに体操着という格好の陽炎だった。

 

「だから不知火は毎日柔軟体操をしろといってるんです」

 

 その横できっちりバーに足を掛け上体をすらりと伸ばすのは不知火だ。

 

「自分の体がここまで硬いとは思わなかった……」

「陽炎姉さん、気を落とさずに……」

 

 野分はそう言って足を下ろした。その横では足を下ろすときにバランスを崩した舞風がよろけていた。

 

「バレエって……結構大変ね」

「陽炎はバレエ以前に体が硬すぎます」

「不知火。そのドヤ顔すぐに仕舞わないと殴るわよ」

 

 陽炎が睨めば不知火は涼しい顔で笑って見せる。それを見て苦笑いを浮かべるのは野分だ。

 

「舞風、不知火姉さんに柔軟のコツ教わったら? 舞風も結構硬いわよ?」

「う~。言われなくてもわかってるぅ」

 

 舞風がバレエの教則本を買ってきたのに触発されて始まった、バセットチームのバレエ練習会。その第一回目がこれなのだが。舞風と陽炎の体の硬さが露呈した。

 

「とりあえず毎日柔軟運動をするしかないでしょう。陽炎は不知火が手伝いますので手を抜かない様に」

「うげ」

「何がうげですか。一番体が硬いのは陽炎だと言うことがわかりましたので本気でいかせてもらいます。不知火のバディですからこれぐらいできてもらわないと」

「何を偉そうにと言いたいところだけど、不知火の場合ホントにできるから反論できない!」

 

 陽炎がうがー! と手を振るがそれ以上の行動はできなかった。

 

「しばらくは柔軟を高めていきましょう」

「はーい」

 

 完全に場は不知火にペースを握られていた。その中で4人の左手首にはめられた端末が電子音を鳴らした。

 

「なんだろ」

「コード“エコーオスカー”ですから、出動ですね。急ぎましょう」

 

 不知火はそう言うとトレーニングルームの脇の女性更衣室に飛び込んだ。ぱぱっと制服に着替え、ブリーフィングルームに駆ける。

 

「全員そろったな。状況を説明する」

 

 バセットチームの面々がブリーフィングルームに飛び込むとすでに残りのメンバーが揃っていた。神薙が前に立ち、最前列には帯刀副班長と朝桐副班長、その後ろには浦風達サルーキチームと初風達ビーグルチームが揃っていた。

 

「今から35分前、東京港晴海旅客ターミナルが占拠された。23分前に犯行声明あり。要求は深海棲艦への制裁措置の解除だ」

 

 それぞれの端末に状況を示したデータが送られてくる。

 

「人質となっているのは民間人85名、内港湾職員42名。犯人の人数及び配置は不明。深海棲艦が関わっているかどうかも現状不明だ」

 

 ターミナルビルは基本2階建ての一部6階建て、2階に発着ロビーがありそこから船に乗り込むためのボーディングブリッジが設置された一般的なつくりと言える。

 

「豪華客船“スカイクロラ号”の入港直前で人が集まっていたところを襲撃された。人質の中数人がすでに解放されており公安局に保護されている」

 

 それを言うと神薙は顔を上げた。

 

「こちらは第三管区第三執行班(TACLDETACH3.3)全員で向かうことになる。報道が騒ぐ前に片づけてほしいとの要望だ。サルーキは複合ゴムボート(RHIB)で海上から、残りは機動車を使って陸路で向かう。各員気を引き締めろ。出動用意!」

「はいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 機動車とはよく言ったものだと思う。

 

「どちらかといえば護送車よね、これ」

 

 窓のないトラックの壁際に椅子を設置したような車に乗っていると陽炎がそう呟いた。

 

「しゃーないやろ。うちらは外に出たら深海棲艦に取り付かれた犯罪者予備軍扱いやからな。TACLESを起動したままだと」

 

 黒潮の声に陽炎が溜息をついた。現場での管制支援と言うことで今回は一緒に出動と相成った。すでに情報収集を開始しているのかカシャカシャとキーを叩いている。

 

「まったく、好きでやってるわけじゃないっての」

「特務執行官は志願制ですよ、陽炎」

「それはそうだけどさー。潜在犯がまともな日常生活送るにはこれぐらいしか方法ないじゃん」

 

 陽炎の声に不知火が澄ました顔で指摘すると、陽炎は不満そうだ。横で少し暗い顔をしているのは舞風である。

 

「舞風、大丈夫?」

「うん。……やっぱり、ううん。少し怖い」

「そっか。大丈夫、いざとなったら私が守るから」

「なんやぁ? ここで告白タイム~? 大胆やなぁ」

「か、からかわないでください黒潮姉さん!」

 

 野分が真っ赤になってそう言うと陽炎と黒潮が笑う。

 

「な、なんで笑うんですか!?」

《なんだか楽しそうにやってるなぁ》

 

 スピーカーがそう告げると同時に車内につけられたディスプレイが起動した。運転席でハンドルを握る神薙の姿が映る。

 

「班長も何をいってるんですか! これが楽しそうに見えますか!?」

《うん》

 

 神薙に即答され、野分が真っ赤になって撃沈。それを見た黒潮がさらに笑みを深くした。

 

「ほんで、班長はん。通信繋げてどうしたん?」

《状況が変わってきた。対深海棲艦政策特命担当大臣の更迭を求めてきた。30分に一人ずつ殺害すると言ってきている。これを受けて公安局刑事課がこちらに“協力”してくださるそうだ》

「公安局……かぁ。変な縄張り争いはかんにんしてほしいなぁ」

 

 黒潮がそう言って苦笑いを浮かべた。それには神薙も苦笑いだ。

 

《残念ながらその可能性も出てくるが……後ろには気を付けろよ。公安局は俺たち監察官と同じ“Tinny-TACLES”……向こうの言い方だとドミネーターだな、それを持ってる。お前らを“執行”することも可能な立場になる。勝手な行動は特に慎むように》

「班長、30分ごとに一人と言うことは事前訓練もなく一発勝負ですか?」

《その通りだ不知火、到着とほぼ同時に動くことになる》

「ほんまに急やなぁ。とりあえずターミナル内の感圧板は全部無効化したで。監視カメラの映像からしておそらく相手は10人前後。どうする気や?」

《九々龍、監視カメラの解析は?》

《そうねぇ、セーフティゲートを無事に通過できてるところからして火薬系は無し。持っててもナイフ系がメインよ》

 

 その答えを聞いて質問を上げたのは不知火だ。

 

「ガスとかの可能性は?」

《そっちは不安要素が一つ。犯行35分前、介護医療用の純酸素ボンベを持ち込んでいる人が一名。で、中身の検査で空気だってのはわかってるけど高圧ガスには間違いないわ》

《圧縮空気による空気銃って可能性もありか。……台帳ネットの検索は?》

 

 神薙の質問を想定していたのかノータイムで答えが帰ってくる。

 

《宮内禄朗、58歳。呼吸器疾患を持ってて介護用のボンベを使っててもおかしくない人物ね。でもどうも怪しいわよ?》

「というと?」

 

 そう聞いたのは陽炎だ。

 

《今パパッと調べてみたけど、ここ数年介護施設からの外出記録がないのよ。その人がいきなり出てくるかね。調べることも出来るけどとりあえずセキュリティ系落としにかかってるから後で調べるつもりだったけど、こっち優先しようか?》

《いや、ターミナルのセキュリティ掌握を優先してくれ。……こっちも到着する。バセットは屋上から2階フェリー待合室窓、ビーグルが一階ドアから公安局の部隊と一緒に、サルーキは海側レストランよりダイナミックエントリー。九々龍と黒潮の解析班は光学ホロの用意を頼む》

「了解や」

《ホロは黒潮に任せるわ。……部屋ごとの電気消費量と人質の数からして2階待合室に犯人グループの本隊があるわね》

 

 九々龍の声がしたタイミングで車が停止しバックドアが開く。太陽光に照らされた公園のようなものが見える。

 

「行くわよ」

 

 陽炎が立ち上がる。機動車の中での仕事になる黒潮が手を振った。

 

「気ぃつけてな」

「誰に言ってるの? あんたらの姉貴分よ」

「わかってても心配になるもん。これぐらいはいわせてぇな」

「わかってるわよ。行ってくる」

「いってらっしゃい、無事に帰っておいで」

 

 黒潮の声に陽炎が背を向ける。二人の顔には笑みが残ってた。それぞれが背中を向け成すべきことを成すために動き出した。

 

「あ、コゥにぃ!」

 

 機動車から降りた舞風たちの目の前で先に下りていたらしいビーグルチームの時津風の声がした。その方を見るとスーツ姿の男性に時津風が飛びつくところだった。

 

「おっ、とき坊か」

「そうそう、久しぶり~」

 

 漆黒といっていい髪色の男性は時津風の頭を撫でながらどこか優しい笑みを浮かべた。

 

「えっと……あの人達って……」

 

 舞風が戸惑っていると野分が小声で耳打ちしてくれた。

 

「法務省公安局の刑事課一係の人達で時津風が飛びついたのはそこの狡噛慎也執行官」

「へー」

「こら、時津風。会う人会う人に飛びつくなといっつも言ってるだろ。狡噛執行官も毎度毎度すいません」

 

 突入用の黒い室内迷彩服――――正確には戦闘服ではなく第二種作業服なのだが――――を着た神薙が苦笑いで近づいてラフに敬礼の姿勢を取った。狡噛執行官と呼ばれた男性は敬礼には答えず、どこか野性味あふれる笑みを浮かべた。

 

「いえ、気にせんでください。神薙監察官」

「そう言ってくれると助かります。―――――っと、宜野座監視官」

 

 そんな狡噛と彼に飛びついた姿勢のままの時津風を見て不機嫌に男性が咳払いをした。黒い長めの髪の奥に光るシルバーフレームの眼鏡が顔を引き締める。濃い青のレイドジャケットをスーツの上から羽織っており、でかでかと公安局を示すマークがしるされていた。それを見た舞い風は一瞬「うわっ、なんか厳しそう」と思ったが口に出しかけてやめた。

 

「悠長に話してる時間もないと思いますが、神薙和寿二正」

「そうですね、では手短に。一応港湾内の事件ですので我々海上保安庁が指揮をとらせていただきますが、よろしいですね?」

 

 神薙の姿勢も心なしか若干硬化しているように見える。

 

「構わないが、不必要な執行は避けたい。安易な攻撃指示は慎んでもらいたいが」

「要は“いつの通り”でしょう」

 

 神薙がそう言って笑えば宜野座の顔が心なしか不満そうに歪んだ。

 

「海保組の突入は私とバセットが屋上か二階待合室に、ビーグルが一階エントランスから、海側からはサルーキがアクセスします。側面の通用口からの突入を刑事課の皆さんにお任せしたいと思います。データは……」

 

 神薙が左手のブレスレットを差し出した。宜野座は仏頂面を崩さないままそこに彼の左手首のブレスレットをかざす。データの送受信が行われ、その内容を閲覧していく。

 

「大体把握した。……常守監視官」

 

 宜野座と同じ色のジャケットを着た女性が慌てて背中を伸ばした。

 

「狡噛と征陸の両執行官を連れて海保の部隊に同行しろ。縢と六合塚は俺と通用口から回る」

「はいっ!」

「お、新人さんですか」

「……不満か?」

「まったく」

 

 そう聞き返されて神薙が肩を竦めた。そのまま常守監視官と呼ばれた女性の前に歩み寄る。

 

「海上保安庁特殊警備対策室、第三管区第三執行班班長、監察官の神薙和寿二等海上保安正です」

「公安局刑事課一係の常守朱監視官です」

「よろしく頼みます。今回の突入では私の部下の朝桐がともに突入します。場合によっては頼ってください」

「わかりました」

 

 その答えを聞いて神薙は微笑んで踵を返す。

 

「突入の用意に入る。全員死ぬなよ」

 

 それを言って去っていく。それを横目に宜野座が常守に近づく。

 

「海保の特務執行官を同じ人間と思うな」

「それはどういう……」

 

 神薙はそれを背中に聞きながら笑った。この声量は聞かせるために言っているとわかる。

 

「執行官が獣を狩るための獣なら、特務執行官は化物を狩るための化物だ。同じ人間と思っていたら喰われるぞ」

 

 それを聞いて明らかにムッとした表情を浮かべる不知火を神薙は目で制した。今は何も言うな。

 

「海保の第三管区第三執行班は猟犬部隊(ハウンド・スコード)、正真正銘の化物部隊だ」

 

 それを聞いて神薙は笑みをさらに深める。

 

「さて、行こう。バセット・ビーグル、突入準備(プリパレーション)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの……本当に大丈夫なの、あなたたち」

「え? 何が?」

 

 常守朱は自分の前で伸びをしている少女……たしか狡噛からはとき坊と呼ばれていた少女に声をかけた。常守の半分ぐらいしかない背丈の少女は首を傾げて聞き返す。

 

「なにがって……子どもが現場に……」

「その子たちは特別な子だ、監視官。こういう事態は俺たち並か下手したら俺たち以上に慣れてる」

 

 狡噛がそう言うと時津風がクルリと体ごと振り向いた。

 

「もしかして心配してくれた? うれしーうれしー!」

「えっと……」

「でも大丈夫。時津風も、そこの雪風も……あ、雪風は髪がショートの方ね。青い髪が初風で、シルバーの吹流し付きツインテが天津風。みーんな歴戦の特務執行官だから大丈夫だよ? コゥにぃは知ってるよね?」

「まぁな、で。今回は落ち着いてくれよ?」

「わかってるわかってるぅ!」

 

 その反応に逆に不安になっていると横で溜息をつく気配がした。

 

「時津風、あなたは少し落ち着きなさい」

 

 黒のベリィショートの髪を揺らして溜息をつくのは朝桐知恵監察官だ。

 

「仕事をこなすから多少は見逃してますが周りの連携をとれないのは困ります」

「えー? でもちゃんと雪風はついてきてるし、初風たちの支援が届く範囲にいるよー? 大丈夫大丈夫ぅ!」

「大丈夫じゃないことがあるから言っているんです。――――――狡噛執行官も征陸執行官もうちの特務執行官が申し訳ありません」

「いやなに、若い者は元気が一番さね」

 

 カカカと笑うのは征陸智己執行官だ。

 

「それでも嬢ちゃんたち、年寄りを置いていかれるのは困るよ」

「だな、この子たちからしたら俺たち全員年寄りだからな」

 

 狡噛がそれに乗ると雪風がくすくすと笑った。

 

「狡噛執行官はそこまで年いってないと思いますっ」

「おう、ユキ坊いいこと言うじゃねぇか」

 

 狡噛が笑う頃にはエントランスホールの入り口が見えてくる。

 

「黒潮特務官、ホロの用意を」

《ほいな。監察官と特務執行官にホロかけるで》

 

 その声に合わせて海保陣営の姿が掻き消えた。直後に誰かが走る気配がする。

 

「監視官、壁際に寄れ」

 

 狡噛がそう言って常守の肩を押した。右手に提げたドミネーターを気にしながら走る。その先で海保組が一度ホログラムを解除した。壁の横に張り付くようにして突入の用意を進めている。……ホロは後続の公安局の人員にここにいるぞと示すため一度解除したらしい。

 

「ビーグルは雪時のパピーバディが先行突入、最短で二階へ。そのバックアップと万が一の時の退路確保を天津風と初風で行います。一階エントランスホールは吹き抜けのため上方からの攻撃を特に警戒。質問は?」

「なし」

 

 即答したのは初風だ。天津風や雪風たちも頷く。

 

「ビーグルチーム総員TACLESの起動を承認します」

「TACELS起動、りょうかーい」

 

 時津風が軽いテンションでそう言うと彼女は右手を振る。それに反応してまるで魔法のように右手にTACLESの大振りな拳銃型の執行ユニットが現れた。それと同時に時津風たちの眼の色が変わる。

 

「……っ!」

「こちらビーグル、レディ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《こちらビーグル、レディ》

 

 ノイズ交じりのその声を聴いて神薙はビルの外を覗いた。

 

「ビーグルレディ了解。そのまま待機。……舞風、野分、焦らなくていいぞ」

「はいっ……!」

 

 ハーネスを頼りに壁を歩くように降下していく舞風と野分を見下ろしながら神薙はロープの確認を急ぐ。アンカーが撃ち込まれ、それぞれにロープが確保(ビレイ)されている。どれか一本が抜けても誰かが落ちることのないように複数のアンカーに荷重を分散させることも忘れない。ビルの端でロープが摩擦で擦り切れないように保護具を噛ませておく。

 

「バセット2、3と俺は4と5が窓を割ると同時にエントリー。犯人グループを確保する。スピード勝負だ。人質に手が伸びる前に抑えろ」

「了解」

 

 陽炎と不知火が同時に返答した。それを聞いて神薙は双眼鏡を手に取った。

 

「サルーキ、状況は?」

《サルーキ1、今待機場所についた。いつでも》

「黒潮」

《警報装置は全て抑えたで、いつでもオッケーや》

「了解。ハウンドよりTACLET3、突入用意完了」

 

 羽田の本部にいるはずの部隊のボス、菱川に連絡を取る。

 

《こちら、菱川、突入を許可。急げ。軍が介入したがっている。今、合田室長が押さえにかかっているが長くはもたん》

「軍が?……さっきの無線のノイズはそれか。了解、突入する」

 

 神薙は陽炎と不知火を連れてビルの端につく。

 

「各チーム、レディ。プリカウント、マイナスファイブ」

 

 足元のさらに下ではTACLESを窓に向けて静止している舞風と野分が見える。体の前を真下に向けて両手でTACLESを構え窓に狙いを付けている。中からはホログラムで視えないはずだ。

 

「マイナスフォー」

 

 ロープを投下。降下用意。

 

「マイナススリー、ツー、ワン……」

 

 先行して陽炎と不知火が勢いよく壁の縁を蹴り込んだ。

 

「GO!!」

 

 窓枠を舞風と野分が吹き飛ばし窓ガラスが白く曇ると同時、フェリーターミナルの全電源が落ちた。白くヒビが入ってもろくなったガラスを陽炎が突き破る。そこに数瞬の差で不知火が、さらにワンテンポ遅れて神薙が飛び込んだ。それを確認して野分と舞風も頷き合って体の向きを入れ替える。戦闘降下と呼ばれる姿勢のまま突入することは難しいのだ。体の前後……地面の向きからしたら上下だが……を入れ替えて神薙たちがしたようなハング降下の姿勢でエントリーしないと頭から床に突っ込むなんて間抜けなことになりかねない。

 

「海上保安庁だ! 動くな!」

 

 中からそんな怒号が響く。この声は間違いなく神薙の声だ。姿勢を入れかえて突入する。割れた窓に気を付けながら中に入れば神薙が強烈な勢いで誰かに体当たりをかけていた。それを見つつ舞風はラぺリングのロープを外す。同時にTACLESを構えた。顔をバンダナで覆った人が神薙の方に何かを向ける。

 

「―――――ッ!」

―――――脅威判定が更新されました。脅威指数185、執行対象です。モード、ノンリーサル・パラライザー

 

 舞風の視界に照準用のドットが浮かぶ。そのドットを相手の中心線に合わせ、引き金を引く。衝撃。青白い閃光が走る。

 相手が吹き飛ばされたようにどうと倒れる、その向こうから何かが飛び出した。あれは――――――時津風だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴーサインが出ると同時、時津風と雪風が弾かれたように飛び出した。ドアはすでに開いている、そこに迷うことなく突っ込む。

 

「まっ……あぶな――――――!」

 

 常守が焦ったように声を上げるが意に介さずに突っ込む二人を追うように初風、天津風組も突入。ドアの横で上方の警戒にあたる。それに間髪入れずに狡噛が、その後ろを征陸が固める。

 

「どうした監視官、置いてかれるぞ」

 

 狡噛の声にハッとする。呆けてていい場合じゃない。

 

飛べ(・・)!」

 

 朝桐監察官の声に先頭を切る雪風と時津風が左手を振り上げた。その手にあるのは、ワイヤーの射出機。

 吹き抜けの天井にワイヤーが突き刺さる。直後に二人の体が空中に舞う。

 

「―――――とき坊、また置いていきやがった!」

 

 狡噛がそう言って横の階段に飛び込んだ。その顔にはどこか笑みが残る。

 

「初風はここで退路の確保、二階のパピーバディは神薙班長に任せます。天津風は私と監視室を押さえます」

「了解」

 

 そう言うと海保組がそれぞれの行動に移る。それを見てやれやれと言った様子で征陸が肩を竦めた。

 

「どうするねお嬢ちゃん。早くしないと海保に全て持ってかれるぞ?」

「……わかりました。狡噛さんを追いかけて二階に上がります」

「了解だ」

 

 常守と征陸が階段室に入ったころ、二階では狡噛が物陰から飛び出したところだった。二階には既に七人が突入している、いくつも閃光が光る。

 犯人の一人が狡噛に気がついた。銃口のようなものが彼に向く、左へキックすると同時にパン!という音が響く。狡噛の真横を何かが突き抜けた。

 

事前充填(プリチャージ)式の空気銃か!)

――――犯罪係数285、執行モード、ノンリーサル・パラライザー

 

 狡噛の持つドミネーターが相手の指数を計り、セーフティを解除した。ほとばしる閃光。

 

「う、動くなっ!」

 

 動揺したような声。そちらにドミネーターを振れば拳銃型の自作の空気銃らしいものを向けながら立つ男がいた。人質の女性を盾にするように立たせながら叫ぶ。

 

「我々は使者を継ぐもの! 我々が死んでも我々の意志を継ぐ者が現れ、この聖戦を遂行するっ!」

――――対象の脅威判定が更新されました。犯罪係数342、執行モード、リーサル・エリミネーター

 

 手にしたドミネーターが形態を変える。それは一つの死刑宣告に等しい。海保チームの獲物も次々に向けられ同じように形態を変えていく。

 

「やめて、ママを放して!」

 

 小さな幼い声、狡噛の射線に被る様に小さな女の子が飛び出してくる。動く犯人の銃口。

 

「くそっ!」

 

 狡噛が前に跳ぶ。……それよりも早くその子の前に動く影が一つ。圧縮空気が解放される音が響き、飛翔体が発射された。それは幼子の目の前に飛び込んだ―――――舞風に向かう。

 

「―――――っ!」

 

 空気が揺れた。何かに反響するように甲高い音が響く。舞風の左手に弾かれた飛翔体(プロジェクタイル)が明後日の方向に弾き飛ばされる。

 犯人の顔が驚愕に歪んだ。当然だ。音速に近い速度の金属を生身の人間が弾くと言うことは常識ならあり得ないのだから。だが、その常識を特務執行官――――艦娘は覆す。

 舞風は背中の艤装を展開し、幼子を守るように立っていた。彼女は受けた衝撃に顔を歪めながらも傷一つなく立っている。それに驚く犯人の後ろにひゅっと影が割り込んだ。―――――神薙だ。そのまま相手の銃を叩き落とし相手を地面にねじ伏せる。人質になっていた女性が後ろから抑えていた犯人がいなくなったことで自由になり弾かれたように舞風の後ろに隠れた少女に駆け寄った。

 

「ぬい! 電脳錠(ホチキス)!」

 

 地面に押さえつけられながらも暴れる犯人を確保しながら神薙が叫ぶ。不知火が駆け寄り犯人の首筋に手のひらサイズの機械を押し付けた。犯人は僅かに痙攣するように震えた後、おとなしくなる。

 

「――――――二階ホール、クリア」

《一階ロビー、クリア》

《海側レストラン、クリア》

《一階警備室、クリア》

《警報システム再始動、残党は確認できへんな》

 

 黒潮の声に神薙が頷く。

 

「正面玄関に人質になってた方々を誘導する。用意を」

《了解》

 

 そのやりとりを小声で済ますと神薙が笑顔で皆に聞こえる声量で努めて朗らかに言った。

 

「もう大丈夫です。ご安心ください。正面玄関に皆さんをご案内します」

「―――――大丈夫じゃないだろ!」

 

 それに激昂したような声が帰ってくる。声を上げたスーツの中年男性が神薙に駆け寄ってその胸倉を掴んだ。

 

「妻と娘が殺されかけたんだぞ! どこが大丈夫だこの給料泥棒!」

 

 中年男にガンガンと頭を揺らされながら神薙が申し訳なさそうな顔をした。

 

「そこは私たちの力が及ばなかったところです。申し訳ありません」

「何が申し訳ないだ!」

 

 男が神薙を突き飛ばす。神薙は数歩よろけるだけでとどまった。とっさに動こうとした不知火を陽炎が止める。周りの全員が神薙と男のやり取りを見守っている。

 

「土下座しろ! 今ここで謝れ!」

 

 そう言われ、神薙は両膝を突く。ヘルメットを外し横に置き、そのまま両手を地面につき頭を下げる。それこそ地面に額をつけるようにして。

 

「大変、申し訳ございませんでした」

 

 そのまま頭を下げ続けると何かを言おうとして引っ込めるような嗚咽に似た声が響いた。

 

「―――――全く、化物に守られるなんて薄気味が悪いね」

 

 そう言って男は踵を返す。それを見て神薙が頭をあげると階段の入り口で呆然としていた常守が征陸に肘で小突かれて避難誘導を始めるところだった。

 

「……お船のお姉ちゃん?」

 

 まだ艤装を展開したままの舞風を幼子が見上げていた。舞風はゆっくりとしゃがみ込み視線を合わせる。

 

「大丈夫だった?」

「うん……お船のお姉ちゃんは痛くない?」

「全然、大丈夫だよ? ほら、痛いところどこにもないでしょ?」

 

 舞風は左手を振って見せる。そこには白い肌が見えるだけだ。

 

「ゆうっ! そんな化物に構ってないで帰るぞ!」

 

 先ほどの男が子どもに声をかける。それにどこかびくりとしながら少女は振り返った。

 

「えっと、あの……ありがとーございました」

 

 それだけ言って走り去る女の子。舞風はそれを小さく笑って見送った

 

「どういたしまして」

 

 その横に神薙が立つ。

 

「大丈夫か、舞風」

「……艤装でダメージ肩代わりできるとはいえ、少し痛いですね」

「よく耐えた。偉かったな、お船のお姉ちゃん」

 

 神薙が少々乱雑に頭を撫でる。

 

「犯人グループの拘束を再確認しろ。問題なければ現場を保存。引継ぎ要員がきたら撤収準備だ」

 

 神薙の声に臨戦態勢を解く特務執行官の面々。とりあえずは死者が出なくてホッとしたという雰囲気になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、終わった終わった」

 

 撤収に入った時津風が伸びをする。

 

「今回はバセットしか活躍できなかったから少しなー」

「俺たちが活躍しないのがいいんだよ、ほんとはな」

 

 神薙の言葉に朝桐が頷く。すでに日は傾き、夕暮れの気配を感じさせていた。

 

「とりあえずはお疲れ様でした、今後の調査で何度か行き来はあると思いますがその時はよろしくお願いします」

 

 神薙の敬礼に宜野座が目礼を返す。

 

「それじゃ、行きと同じように分乗してくれ」

 

 神薙が急かすと時津風は狡噛にじゃぁねーコゥにぃと言いながらブンブンと手を振る。それを見てクスリと笑う神薙。

 

「あの……神薙班長」

「ん? どうした舞風」

「あのとき、どうして何も言わずに土下座したんですか?」

 

 それを聞いた神薙は一瞬真顔になった、それを隠すようにすぐ元の笑顔に戻る。

 

「どうしてそれを聞く?」

「だって、神薙班長に落ち度は……」

「俺になくても、そこの警備に失敗し、突入時に人質をとられた。それだけで十分だろう、土下座するには」

 

 神薙は笑っていった。

 

「海上保安庁や公安局がもっとしっかり取り締まっていれば防げた可能性もある。そこは変わらない。そして俺たちは海上保安庁の制服を着て、給料をもらってるんだ。あの場に立つ俺たちはあの場にいる人にとっては組織の代表であり、そこに物を申すのは当然だろ? 組織として防げなかった事態だから、組織として謝る。あそこでこじれても相手の脅威指数が跳ね上がるだけだからな」

 

 そう言って神薙は肩を竦めた。

 

「それにしても、よくあそこで飛び出せたな」

「いえ……私は……」

「謙遜しなくていいぞ。とりあえず一仕事終えたんだ。第二班とかに後は任せてとりあえず休もうぜ」

 

 神薙がそう言って舞風の肩を叩く。彼の顔に影が過った気がするのは……気のせいだっただろうか。

 

 舞風はその答えを見つけられないまま、機動車に乗り込んだ。

 

 

 

 




こんなん、艦これじゃないだろ! という方、すいません。
ですがこのまま参ります。
うーん……今更ながら戦闘描写苦手です。ここ、修正入れるかもしれませんね。

次回は早めに投稿できたらいいなぁ……。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回は日常回の予定、あくまで予定。早めに更新できるといいなぁ……。

状況終了、それでは次回お会いしましょう。


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