デルタへといたる道 (natsuki)
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第一部:デルタへといたる道
プロローグ






 

「チャンピオンである僕が負けるとはね……さすがだ、ユウキくん! 君は本当に素晴らしいポケモントレーナーだよ!」

 

 

 

「おめでとう! 君のポケモンを思う気持ち、そしてその気持ちに応えるため全力を尽したポケモン、それらが合わさってひとつとなり、さらに大きな力を生み出した。だからこそこうして君が勝利をつかんだ! 君こそホウエン地方の新しい……」

 

 

 

 

「ユウキくん! チャンピオンに挑戦する前にアドバイス! チャンピオンが使うポケモンは……ってあれ? あれれ? ユウキくん、ひょっとして、もう終わっちゃった?」

 

 

 

 

「だから、言っただろう! ユウキくんなら心配ない、と!」

 

 

 

 

「ユウキくん。いや……新しいチャンピオン! 僕についてきなよ」

 

 

 

「申し訳ないけど……ここから先はチャンピオンになったトレーナーだけが入れる場所! 君はそこで博士と一緒に待っていてくれないか」

 

 

 

 

「ガーン……! なんてね、いいよ。そういう決まりだもんね」

 

 

 

 

「ユウキくん、ほんとうにおめでとう!!」

 

 

 

 

「ここは……激しい戦いを勝ち抜いたポケモンを記録する場所。リーグチャンピオンの栄光を称えるための部屋! さぁ! ポケモンリーグを勝ち抜いた君の名前と共に戦った君のパートナーをこのマシンに記録しよう!」

 

 

 

 

 そこまでは覚えている。

 俺はホウエン地方のチャンピオンであるダイゴさんを倒して……ポケモンリーグチャンピオンになった。

 だけれど……ここはいったいどこだ?

 そこは確かにホウエン地方だった。

 でも知らないモノがあった。

 メガシンカ。それにゲンシカイキ。

 二つの単語は密接に繋がっているらしいが、俺の居た世界ではそんなものなんて無かった。

 ここはほんとうにホウエン地方なのか?

 

「……やあ、ぐっすりと眠っていたようだね」

 

 声が聞こえた。

 どうやら俺は眠っていたらしい。

 そこに居たのはぼろ布のマントをつけた黒いシャツを着た女――ヒガナだった。目つきは悪いが、笑みを浮かべると少し可愛い。彼女に擦り寄るようにゴニョニョのシガナもいる。

 

「それじゃ、始めようか。儀式を」

 

 そう。

 彼女がはじめるのは儀式だ。

 大いなる、儀式。

 この世界を救うための儀式。

 そうだと彼女から聞いていたが……それでも実感というものがわかない。

 それは、この世界の住民じゃない俺が深く関わっているからなのだろうか?

 ……解らない。今、ここで考えてみても解るはずも無かった。

 

 

 

 ……ここで、物語を戻そう。

 どうして俺がこんな目に合っているのか、少しずつ語っていくことにしよう。



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第一話

 ベッドから起き上がり、机に置いてあるモンスターボールを確認する。

 それが俺の日課だ。モンスターボールからポケモンのテンションとか体調などを確認することで、休ませるなどの行動をするのが俺の大切な役目。

 思えばその時から異変は始まっていたのかもしれない。

 

「……ん? 何だ、これは」

 

 ポケモンが違う。

 いや、正確にはポケモンはほぼ同じだ。

 問題はポケモンが持っている七色に輝く石。

 

「ラティアスなんて持っていたか……?」

 

 モンスターボールに入っているラティアスは俺の顔を見て微笑む。

 俺、ラティアスを捕まえた覚えが無いのだが……。まあ、四百体近い全国図鑑をほぼ埋めたのだから、少しくらい捕まえたタイミングを忘れていてもおかしくはない。

 

「……ん、何だ?」

 

 そこにあった、リングを見るまでは。

 リングにはポケモンが持っているもの同様七色に輝く石が埋め込まれていた。

 

「これはいったい……?」

 

 ……っと、そんなこと考えている暇は無かったな。

 そう思うと、着替えてモンスターボールを腰に装着して、準備万端。これで冒険の準備は完璧だ。……忘れてはいけないものがあった。帽子も被らないといけないな。

 階下に降りると父さんと母さんが談笑していた。

 父さんはトウカジムのジムリーダー。

 だからいつもは家にいない。

 

「あれ、父さん。珍しいね。家に帰っているなんて」

「休みだったからな」

「知らなかったよ、事前に連絡してくれてもいいんじゃない?」

「急にとれたものでな。済まない」

 

 父さんは頭を下げる。

 母さんが笑みを浮かべ、近づく。

 

「そういえば、あなたに渡したいものがあるのよ」

「俺に?」

 

 母さんはチケットを俺に手渡した。それも二枚。

 チケットを見て俺はその文章を読み上げる。

 

「トクサネ宇宙ショー 特別招待券……?」

「ほんとうは母さんと行く予定だったのだがね、私がジムの仕事が入ってしまったんだよ」

 

 答えたのは父さんだった。

 

「それで? 俺に渡しても相手なんて……」

「何言っているんだ。お隣のハルカちゃんが居るじゃないか。彼女と一緒に行ってきたらどうだ?」

 

 ハルカ。

 そうだ。憎きライバル、ハルカ。

 橋の下で待ち伏せしていることもあった。天気研究所の事件を終わらせたのを見計らって登場することもあった。どちらにせよ、いつも俺の一歩先を進んでいたあいつ。

 はっきり言って、あいつは大嫌いだ。

 そんなやつと天体ショーを見に行く? 何を言っているんだ、父さんは。

 

「さあ、行ってこい。たまにはバトルをせずにこういうイベントをするのもありだぞ。父さんも若い頃は母さんと天体ショーを見たものだよ。えーと……シシコ座流星群だったかな? それを見に行ったものだよ」

「何言っているの、あなた。シシコ座流星群は今回のイベントで見ることが出来るものよ」

「おお、そうだったか。これは失敬。それじゃ、私はジムにもどるよ」

 

 そう言って父さんは足早に去っていった。

 

「……まったく、ほんとうに父さんは仕事人間なんだから」

 

 そう言った母さんの顔は緩んでいた。ラブラブってやつだ。

 ……ここで、違和を覚えた。

 そもそも天体ショーを見る施設がホウエンにあっただろうか? トクサネと書いてあったがあそこは宇宙センターしかない街だったはず。そんなものが見ることの出来る会場なんて……。

 

「気は進まないが、とりあえずハルカの元に行くしかないのか……」

 

 溜息を吐いて、俺は家を出た。

 



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第二話

 ハルカと俺の家は隣同士だ。というか、ミシロタウン自体がそれくらいしか家がない。とても長閑な田舎町になる。

 というか、あまり会いたくないのが現状。

 ずっと一歩先を行っていたくせに、「私は私のやることがあるから」などと抜かしてさっさと居なくなってしまった。

 俺にとっては侮辱と言ってもいい。だから、会いたくないのだ。

 

「……でもなあ」

 

 父さんの言うことを断るわけにはいかなかった。断ったが最後、ケッキングの猛攻をくらうのは確かだ。……となると、

 

「やっぱり行くしかない、というわけか」

 

 そんなつぶやきをして、俺はハルカの家へと向かう。

 

「やあ、おはよう」

 

 ……そんな時だった。

 目の前に、薄汚いマントをつけた少女が立っていた。

 傍らにはゴニョニョも居る。

 

「いやあ、いい場所だね。ミシロタウン。空気も綺麗だし!」

 

 俺のことばを挟むことなく、その少女は言った。

 

「……誰だ、おまえ?」

「私かい? 私の名前はヒガナ。まあ、きっとまた会うことになると思うよ。……それにしてもここはいいところだね」

 

 ずい、と一歩前へ動くヒガナ。

 ヒガナは耳元で囁くように言った。

 

「この世界と別の世界がある……そう言われたら、あなたは信じる? 信じない?」

 それを聞いた俺に、衝撃が走る。

 

「おい、それはいったい――!」

 

「それじゃ、またねー」

 

 

 ――俺の問いかけを最後まで聞くことのなく、ヒガナという少女はどこかへと消えていった。

 

 

 それにしても、あのヒガナが言った最後の言葉が引っかかる。

 

 

 ――この世界と別の世界がある

 

 

 それはつまり、俺が居た世界と今の世界を表現しているのではないだろうか?

 ふと俺は無意識に装着したリングを見る。リングに填められた石が鈍く光を放っている。

 この世界はいったい、何が起きた世界だというのか?

 俺がチャンピオンになった世界とは――どう違うというのか。

 俺はそれが知りたかった。

 生憎、ラティアスを持っている。空を飛ぶポケモンだ。

 先ずはホウエンを空から見るのも悪くない。そう思うと、俺はラティアスをモンスターボールから出した。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 上空からホウエンを眺めると、その光景は僅かに俺の知るホウエンとは違っていた。

 一番の変化といえば、キンセツシティ。

 俺の記憶が正しければキンセツシティはただの街だったはず。それが城塞都市のように壁に囲まれている。

 

「……先ずはあそこに向かってみるとしよう」

 

 もしかしたら何か手がかりが掴めるかもしれない――そんなのぞみをもって、俺はキンセツシティへ降り立った。

 



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第三話

 キンセツシティ。

 

「……なんじゃこりゃ」

 

 俺はポケモンセンターの前に降り立って、最初に得た感想がそれだ。

 今まで俺が歩いてきたキンセツシティとは違う。

 今まで俺が理解しているキンセツシティと違う。

 まさに別世界がそこに広がっていた。

 

「これっていったい……どういうことなんだよ……!」

 

 俺はそう思うと、ある場所へと向かった。

 キンセツシティの改造を計画していた人物。それは俺の知っているキンセツシティにも居た。電気タイプのジムリーダーでいつも笑っている、最年長ジムリーダー。

 その名前は、テッセンという男だ。

 

 

 

 ジムにいくとテッセンはおらず、代わりにキンセツヒルズなるマンションの二階へ向かって欲しいとジムの人間に言われた。

 キンセツヒルズとは高級マンションの一つで、マンションの住民による許可が無いと入ることが出来ないらしい。俺がキンセツヒルズに入れるのかどうか解らなかったが、入ることが出来た。

 キンセツヒルズの床はゴミ一つなく綺麗だった。

 廊下を進み、テッセンの家へと向かう。

 ふと、目をやるとそこに表札があった。

 ――力のない男の家。

 

「力の無い男……?」

 

 興味をそそられ、インターホンを鳴らす。

 

「どうしたんだ。俺は何の力も無い男。わざわざ俺に話しかけてくるなんて、君も変わった人間だね」

 

 インターホンから聞こえてきたのは、小さい声だった。声のトーンからして、男だろう。

 俺は訊ねる。

 

「表札を見て少し気になったものでね……。なぜ力の無い男なんてわざわざ書いているんだ?」

「当たり前だ。俺には力が無い。だからそれを自己表現しているんだよ。そうすればあのときだって……俺に力があればシーキンセツの皆を救えたかもしれなかったんだよ……」

「シーキンセツ?」

 

 聞いたことのない単語だ。

 

「聞いたことは無いか? 今はもう寂れてしまったが、自然保護区として有名な場所だ。かつてはムゲンダイエナジーというものを採掘していた。だが俺は……いいや、もう終わった話だ。それに俺は何の力も無い。君、誰だか知らないが、つまらない話を聞かせてしまったね。どこへ向かうのか知らないが、早く向かうがいい」

 

 ……それ以降、その『力の無い男』は話さなくなった。

 取り敢えず、目的は別だ。

 俺はそう呟くとテッセンの居る家へと向かった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ところ変わって、ここはマグマ団アジト。

 マツブサがメガメガネを外して、休憩をしているところだった。

 

「リーダーマツブサ、いかがなさいましたか?」

「……ああ、ホムラか。突然呼んで済まないな」

 

 そこに立っていたのはマクノシタみたいな体型をした男だった。男はマツブサの言葉を聞いて、頷く。

 

「私はサブリーダーですから、問題ありません。ですが、リーダーマツブサ。いったいどんなご用件でしょうか?」

「我々マグマ団がかつて実施していたプロジェクト……プロジェクトAzothのことを覚えているか」

 

 それを聞いてホムラは頷く。

 プロジェクトAzoth。グラードンのゲンシカイキ、その可能性を調査したことにより浮上したプロジェクトのことである。

 ゲンシカイキはメガシンカと異なる進化の形態を辿り、中でもグラードンのゲンシカイキは自然エネルギーを取り込むことで行われる。メガシンカは人間との絆で行われるが、ゲンシカイキはそうではない――そこに着目したプロジェクトだった。

 

「……プロジェクトAzothは3000年前の最終戦争に用いられたポケモンの生体エネルギー。これを応用することから始められた。そのために、おまえが必要だった」

 

 再び頷くホムラ。

 



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第四話

「3000年前の最終戦争はキーとなった。トリガーとなった。我々の世界にメガシンカという概念が生まれたのもこのためだといえよう。最終戦争によって得られた結果は人間やポケモンに変化を与えたと言ってもいい」

「……確かにそうです。ですが、それがどうかいたしましたか。それはAzothの報告書に上がっている内容です。それ以上でもそれ以下でもありませんが」

「そうだ。だが、最近その伝承に間違いが見られた。遠いカロスという地方でもメガシンカが確認されたのは知っているな?」

「ええ……。確かプラターヌという博士が発表した論文にありましたね。シンオウのナナカマドという学者がポケモンの九割は進化するなんてことを言っていましたが、それが現実味を帯びてきたとも言えるでしょう」

 

 ホムラの言葉は正しかった。

 だからこそホムラは何故このような常識めいたことを訊ねられているのか、解らなかった。

 

「そうだ。だからこそ我々は進化の可能性を考えた。そしてゲンシカイキをすることができる存在……『グラードン』に目をつけた」

 

 グラードンは大地を支配するポケモンだ。かつてカイオーガと戦ったとされるポケモンで、ともにゲンシカイキをして戦った。

 

「……グラードンはゲンシカイキの力を手にすることによって、昔の、超古代ポケモンのバトルの時の戦闘をするであろう。それによって世界はハジマリへと戻される……。我々はそれを考えていた。違うか?」

 

 マツブサの言葉にホムラは頷く。

 

「我々は間違っていたのかもしれない。そして舐めていた。超古代ポケモンの力を。ゲンシカイキの力を」

「今更……それをどうこう言う必要もありませんよ」

 

 ホムラはいった。

 

「私たちが壊してしまったものは、私たちが直していくしかありません。幾ら時間がかかろうとも」

「……ホムラ、お前ならそう言ってくれると思っていた。ありがとう」

 

 それを聞いてホムラは驚いた。なぜならマツブサはそう簡単に感謝の意を伝えない人間だ。伝えたとしてもそれは言葉だけ。上辺のものに過ぎない。だからこういうほんとうに気持ちをこめたものを、聞くことは無かった。

 だからホムラは一瞬意識が会話から抜けていた。当然かもしれない。今までそんなことが無かったのだから。

 

「さて、話は変わるがホムラ。……カガリはどこへ消えた?」

 

 それを聞いてホムラは現実へと回帰させられる。

 今アジトにカガリの姿はない。単独行動をとっているためだ。しかしそれをどうにかホムラが呼び止めようと画策しているため、マツブサへは言っていなかったのだ。

 冷や汗が顔を伝う。

 

「……リーダーマツブサ、実はカガリ……単独行動を取っておりまして……」

 

 もう、言うしかない。凡てをマツブサに発言するほかない。

 ホムラはそう思った。

 



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第五話

「主人ですか? 主人は今留守にしていまして……申し訳ありません」

 

 さてどうしたものか。

 テッセンから情報を得ようと思ってこのテッセンの家に向かったが……テッセンは出かけたらしい。なんとタイミングが悪いのか。

 

「仕方無い……。あとジムリーダーで事情を理解してくれそうなのは……」

 

 俺はポケナビを開く。ポケナビ――ポケモンナビゲーターの略称だ。これでマップを見ることができる。

 

「トクサネシティジム、ジムリーダー……」

 

 ――フウとランの場所へ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 トクサネ宇宙センター。

 

「ソライシ博士。これは即ち……どういうことなのですか!」

「私にも解らない。ただ、これだけは言えるだろう……」

 

 ソライシと呼ばれた博士と助手はある画面を見ていた。

 そのモニターにはあるものが写し出されていた。それは直径十キロメートルはあると思われる隕石だった。隕石はまっすぐこの星に向かっていた。

 

「隕石の軌道計算をします……。このままだとホウエン地方に落ちる模様!」

「なんだと……! 冗談じゃない! ホウエンに落ちたら何が起きるか……。ええい! 至急、デボンコーポレーションに連絡を入れるんだ!」

 

 そうして宇宙センターに喧騒が広がったが、階下ではそんなことが起きているなどさも知らず、観光客で賑わっているのだった――。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 トクサネシティ。

 

「ここも久しぶりだな……。でもなんというか変わっているな。少なくとも、あんなロケット見たことないぞ」

 

 ロケットがあんな立派になっていただろうか。いや、無い。

 

「そんなことよりフウとランの場所へ……」

「あれれ、トレーナーさん? どうしたのかな?」

 

 声が聞こえた。

 振り返るとそこに立っていたのは二人の少年少女。背格好もほぼ似ていて、殆ど区別がつかない。要するに一組の双子が立っていた。

 

「フウとラン……だったよな? ジムリーダーの」

「ええ、そうですよ?」

 

 答えたのは……ランだった。二人ってほんとうに区別がつかないな。

 

「ちょうど良かった。実は聞きたいことがあるんだ。お前たちって――」

「――思い出したよ」

 

 背後から声が聞こえた。

 それは俺も聞き覚えのある声だった。

 バサ、バサ、と重い翼がはためく音。

 フウとランは背後の敵――その強さを感じ取って、モンスターボールを構えていた。

 そこに立っていたのは――ヒガナだった。

 ヒガナはボーマンダに乗って、俺に対して笑みを浮かべていた。

 

「やあ、ユウキくん。また会ったね。ここで再会するとは思わなかったけれど……もしかして私と君には何か『絆』みたいなもので繋がっていたりするのかな?」

「さあ、どうだろうね」

 

 俺は腰につけたモンスターボールに手をかける。何かあった時は、ポケモンバトルだって考えている。

 じりじりと一歩近づく。

 一歩、また一歩と。俺とヒガナの距離が近づいていく。

 

「……まあ、今回は何も無いよ。ただ、あそこへ行こうと思ったの」

 

 ヒガナが指差した方向にあったものは――宇宙センターだった。

 

「宇宙センター?」

 

 頷くヒガナ。

 

「宇宙センターは科学、血、汗……その他諸々の結晶だよね。まあ、私がそれについて言及することはないのだけれど。問題はそれじゃないよ。これは私たちの問題でもあり、あなたの問題でもあり、この世界の人間の問題でもある。この世界にとっての絶望はある世界にとっての希望でもあるんだよ」

 

 ヒガナの言葉が俺には理解できなかった。

 だがヒガナは俺の意見を聞くこともなく、俺の手を取る。

 

「ちょ、お前……!」

「君も宇宙センターへ向かおう。どうせ君もこれに関わることになるのだろうから」

「どういうことだよ! お前はいったい何がしたいんだ!?」

「それは言えないなあ」

 

 ヒガナの脇にいるゴニョニョも、ヒガナの表情を見て笑う。ちくしょう、どうやらヒガナの指示に従うほかないようだ。

 そして俺は、ヒガナに連れられ宇宙センターへと向かった――。

 



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第六話

 宇宙センターではツワブキダイゴという青年が、博士とともにモニターを確認していた。

 

「……隕石、ですか」

「ええ。それも十キロメートル級の隕石です。過去に隕石が落ちてきたのは、あなたも聞いたことはありますでしょう? あなたもストーン・ゲッターとして有名ですからね」

「成る程。流星の滝、ですね?」

 

 博士は頷く。

 流星の滝はハジツゲタウン南西にある鍾乳洞である。洞窟の外にはかつて隕石が落下したクレーターが残っている。

 隕石の調査結果によれば千年前に落ちてきたものらしく、その隕石からは特殊な赤外線が出ているという。しかしまだまだ研究する必要があるのもまた、事実だ。

 

「ところで……ダイゴさん。チャンピオンとやらは……」

「ああ。彼にエントリーコールをかけているんだが……、どうも繋がらないようでね。もう一度かけてみることにしようか」

「おー、ここが宇宙センターか」

 

 声が、二人の会話を遮った。

 

 

◇◇◇

 

 

 宇宙センターに二階があるなんて知らなかった。というか階段ってあったか?

 俺はヒガナに引っ張られそこまでやってきた。そこに居たのはダイゴさんと……ああ、隕石を採集している博士だったか。確か名前は……。

 

「何なんだ、君はいったい。……おや、ユウキくんじゃないか。ちょうどいいところにやってきたね」

「ということはあれか」

 

 ヒガナは笑みを浮かべる。

 

「はじめまして、元チャンプ。そしてソライシタカオ。……宇宙を見ることが大好きだった少年が、今やここまでになるんだね。いやあ、勉強の力って、夢の力って偉大だなあ!」

「何が言いたいんだ。君はさっきから勝手に……」

「勝手に? 別に勝手に言ったつもりではないよ。ただ観光がてら来ただけ。……どうせまた、あのエネルギーを使って隕石を破壊しようと考えているんだろうからさ」

「どういうことだ? 君はなぜ、∞エナジーのことを知っている?」

 

 ダイゴさんが目をひそめる。

 

「お、おい。隕石ってどういうことだよ? それに∞エナジーって?」

 

 これ以上していると話についていけない……そう思った俺は訊ねる。

 

「∞エナジーはデボンコーポレーションが開発したエネルギーだよ。無限に近いエネルギーを得ることが出来る。だから、ムゲンダイエナジーと呼ぶ……」

「ダメだね。具体的なところを言わないと。綺麗事ばかりじゃやっていけないよ」

 

 ヒガナがダイゴさんの言葉を否定する。

 ダイゴさんが歯ぎしりし、言った。

 

「だから、君はさっきからなにを勝手に……! 観光客というのなら、さっさとお帰り願おうか」

「別に構わないけれど、それは私が許さないんだよねえ。だって∞エナジーはポケモンの生命エネルギーを使っているんだから、さ」

 

 それを聞いてダイゴさんは目を細める。

 序でにソライシ博士も、だ。

 ヒガナの話は続く。

 

「流石に知らなかった、とは言わせないよ。∞エナジーは三千年前の最終戦争、その時に使われた最終兵器、それから得られたエネルギーなのだから。そのエネルギーの源はポケモンの生命エネルギーだ。ホウエンに生きとし生けるポケモンのエネルギーを、勝手に使っていいと思っているのかい?」

 



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第七話

 生きとし生けるポケモンの生命エネルギー……だって?

 

 そんなこと聞いたことないし、有り得なかった。だってそんなエネルギー、俺の住んでいたホウエン地方には無かったからだ。

 

 もう一つ、気になることがある。

 

 それはヒガナが言った、三千年前の『最終戦争』。

 

 戦争というキーワードは、聞いただけでぞわりと悪寒がする。当然だ、戦うのだから。新年を抱いた相手同士が、互いの信念をぶつけ合うのだから。

 

「最終戦争で使われた兵器。それは生命を生み出すエネルギーであり、生命を破壊するエネルギーであった。それを使った王は後悔し、その副作用で得られた不老不死の命を使っていると聞いたが……。まあ、それはあくまでも昔話の類だ。だから、エネルギーはあくまでもエネルギーに過ぎない」

 

 ダイゴさんはそう言って、解らなかった俺に対し補足した。

 

 しかし、ヒガナはまだ笑みを浮かべていた。

 

「それでも、∞エナジーがポケモンの生命エネルギーを使っていることは紛れもない事実。そうして人間の命、世界を救うのもまた……事実なのかな?」

 

「何が言いたい。君はさっきから。突然現れて持論をただ述べているだけじゃないか。根拠は無いのかい?」

 

「無いよ。唯一あるものといえば、」

 

 ヒガナは自らの目を指差した。

 

「私のこの目で見てきた光景……くらいかな」

 

「巫山戯てる」

 

 ダイゴさんはそう言って溜息を吐いた。

 

「エネルギーが増大するとそれによりブラックホールが形成される……それがあなたたちの考えるプランだったかな。そのプランで、ブラックホールの出口がどこに形成されるかは考えていないの?」

 

「……何?」

 

「だから」

 

 ヒガナは一歩前に近づく。

 

「この世界とは少しだけ違う世界にその隕石が落ちてしまう可能性だって考えられるんじゃないか、って話。……例えばそう、メガシンカがない世界。三千年前の最終戦争が怒らなかった世界、とか」

 

「おい、それってもしかして……!」

 

 俺はある仮説を立てた。それは考えたくない、嫌な仮説だった。

 

 もしかして俺は……。

 

「うん? どうかしたかい、ユウキ。いや、今はチャンピオンとでも言えばいいだろうか。君は何かアイデアが無いかい? こんなくだらない大人たちよりも、何かいいアイデアを」

 

「おい、流石に僕も黙ってはいられないぞ」

 

 ダイゴさんも一歩前に進む。

 

 ちょうどお互い二人共睨みつけるような感じになった。

 

「結局誰も考えつかないわけだ」

 

 ヒガナは言った。

 

 歩いて、モニターを眺める。

 

「別の世界に隕石が落ちる可能性を、このブラックホールを使う手段の時に誰も考えなかったのだとしたら、それは……想像力が足りないよ」

 

 首を振って、ヒガナはそう言った。

 

 その瞳はとても悲しそうにも見えた。諦観、というよりも悲観。そっちのほうが近いかもしれない。

 



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第八話

「想像力が足りない、か。君がどれほどのものを見てきたのか、僕には解らない」

 

 ダイゴさんは呟いた。

 

「だが、生きている時間が長いのはこちらだ。対して君はユウキくんと未だ変わらないくらいの年齢に見える。そんな人間の言葉を、誰が信じる? 少なくとも僕は信じられないね」

 

「信じる、信じないという問題じゃない。現に世界は選択を見誤ることで滅びの時を迎える。それをして欲しくないからこそ、私は今ここにいる」

 

「選択を見誤る? そんなこと、実際には解らないじゃないか。にもかかわらず、そんなことを言うなんて正直おかしいとは思えないかい?」

 

「信用できない。まあ、その事実は理解していた。……これ程までに人間は愚かで、同じ道を歩み続けるのかということについて議論を重ねておきたいくらいに」

 

「何が言いたいんだ!」

 

 拳を握り、ダイゴさんは激昂。

 

「私はただ一つの提案をしているんだよ、元チャンプ」

 

 ヒガナはゆっくりと俺のもとへ戻ってきた。

 

「条件は二つ。一つは、∞エナジーなどと巫山戯たことをやめること。もう一つは、メガシンカに必要なメガストーンを私に寄越しなさい」

 

「……言っている意味が解らないな。第一、見ず知らずの女性にメガストーンを渡す、だと? 絆のつながりを持つメガストーンを渡すことが、ポケモンの絆を裏切ることになるくらい、君だって理解できるんじゃないのか? そこにある……キーストーンらしきものを装備している、君ならば」

 

 冷静にダイゴさんは足元につけている石に目をつけた。

 

 ……しかしメガストーンやらキーストーンやら言われるが、それはいったい何なのだろう?

 

 聞きたくても、とてもこのタイミングでは聞くことが出来ない。

 

「メガストーンをたくさん手に入れなければ、目を覚ますことはできない。呼ぶことができない」

 

「目を覚ます? 呼ぶ? ……いったい君は何を呼び出そうとしているんだ」

 

「レックウザ」

 

 彼女の言葉に、空間が支配された。

 

 レックウザ。何億年もオゾン層の中に生き続けていると言われているポケモンだ。夜空に飛ぶその姿は流星に見えると聞く。

 

 何故その伝説のポケモンの名前を……?

 

「伝説では、レックウザはグラードンとカイオーガの争いが起きた時に降り立つと言われている。何億年もオゾン層にいるからこそ、自分の住む場所が脅かされる危険性が出てくるからこそ、やってくる」

 

「カイオーガとグラードンの争いは僕たちが収めたばかりだ。それにその時レックウザは降り立ってこなかったじゃないか」

 

「降り立ってこなかったのではない。降り立とうと判断する前に解決してしまったのよ。元チャンプであるあなたと、現チャンピオンが」

 

「つまり君は、カイオーガとグラードンの争いによってホウエンが滅んでも良かったというのか!?」

 

「世界が救われるなら、安いものよ。メガシンカの無い世界に飛ばす可能性を残している、ブラックホール計画を用いるよりマシ」

 

 ヒガナの言葉は一方的だった。自分の考えていることをただ相手に告げるだけ。それに意見を求めてすらいない。まさに自己中心的な人間だった。

 

 そんな人間と俺は、どうして行動する必要があるのだろうか?

 

 俺はそんなことをふと考えてしまうのであった。

 



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第九話

「レックウザを呼び出すためにカイオーガとグラードンの戦いを再現した……。それはなんて恐ろしいことなんだ……!」

 

 ダイゴさんは狼狽える。確かにカイオーガとグラードンの争いは酷いものだった。それは、俺自身も実感していた。

 

 それを実現したのがヒガナだというのか?

 

 ヒガナの話は続く。

 

「私は別にあなたたちの考えを否定するつもりはないんだ ……ただね、きちんと考えてほしいんだよ。必要な犠牲と、不必要な犠牲……そのふたつがあるということを。……やるせないな、ここは宇宙センターだろう? これだけの知恵と技術を持つ人たちが集まっているのに。0から1を生み出さず、考えなしに過去の過ちを繰り返し……その結果、新たな過ちさえも 犯そうとしている。その事実にどうして気付こうとしないの? どうして目を背けようとしているの?」

 

「……何を」

 

 ダイゴさんはヒガナを睨みつける。

 

「ここが宇宙センター……ふうん、オモチロイことになっているんだなあ♪」

 

 声が聞こえた。甘だるいような、狂ったような、声だった。

 

「君は……確か!」

 

 ダイゴさんは見たことがあるらしい。

 

「元チャンピオンに……博士に……君は見たことないけれど、その後ろにいるのは……ああ♪ まさかここで出会うなんてネ」

 

 紫色の髪をしたタイトスカートを履いた女性だった。その格好は特徴的なフード、全体的に赤く、その格好をしている人間等たった一つしか見受けられなかった。

 

 マグマ団。まさかこの世界でも活動しているとは、知らなかった。まあ、グラードンとカイオーガが復活したということは、マグマ団がいるということは確定事項だったけれど。

 

「オモチロイ、オモチロイ♪ まさかこんなトコロで会えるなんて思わなかった。こんなところでリーダーマツブサの復讐ができるなんて思えなかった♪」

 

 笑みを浮かべて俺に近づいてくるマグマ団団員。

 

 ……あいつはいったい誰なんだ?

 

「そうか、そういえば幹部のカガリとやらもメガストーンを持っていたね。……だったらそれも使ってしまうのが一番、だね!」

 

 ヒガナは腰につけていたモンスターボールを手に取ると、それを投げた。

 

 そこから姿を現したのは、ボーマンダだった。

 

「ボーマンダ!?」

 

「……………………アナライズ、します」

 

 対してカガリ――ほんとうにカガリなのか? 俺の世界で見たカガリとはまったく別人に見えるのだが……――もそう言って、モンスターボールを投げた。

 

 出てきたポケモンはバクーダだった。

 

 そしてお互いにキーストーンに触れる。

 

「メガ……シンカッ!!」

 

 バクーダとボーマンダが七色の眩い光に包まれる――!

 

 

 

 

「これが……『メガシンカ』……?」

 

 俺は思わずそう呟いていた。

 

 ヒガナのボーマンダの翼が違っている。強いて言うなら、『メガボーマンダ』か。

 

 カガリのバクーダも身体が倍近く膨れ上がっているようになった。強いて言うなら、『メガバクーダ』といえばいいだろうか。

 

 お互い、メガシンカした姿は、メガシンカ前の姿とは別のものとなっていた。

 



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第十話

 ヒガナとカガリのバトルは、簡単に言えば一撃必殺だった。

 

 ヒガナのメガボーマンダが放った『りゅうのはどう』を食らったメガバクーダが一発で戦闘不能に陥ってしまったのだ。

 

「なんっ……で……!」

 

 カガリは怒りを募らせていた。怒っていたのだ。

 

「さて……と」

 

 ヒガナはカガリのもとへ向かった。目と鼻の距離まで近づいて、ヒガナはじっとカガリを見つめる。

 

「…………………………何?」

 

 瞬間、ヒガナがカガリの腹を殴った。腹パンという奴だ。

 

「うぇぇ……」

 

「これでなんとかなる、かな」

 

「君、メガストーンを奪って何をするつもりだ!」

 

 ダイゴさんは言った。

 

「別に私がテロリストのメガストーンを奪っても問題ないんじゃない? それに、あなたたちが考えているブラックホール構想よりももっといい構想だよ。そのためにはチャンピオンである彼が必要不可欠だからね」

 

「ユウキくんが……必要不可欠?」

 

「失礼します、警察です!」

 

 階段を登ってきたのは警察の人間だった。

 

「………………エスケープします」

 

 カガリは腹を抱えながら逃げていった。名残惜しそうに思っていたのは、恐らくメガストーンを盗まれたことについてだろう。

 

「警察の方がどうしてこちらへ……。もしかしてマグマ団を追って?」

 

「いいえ。実はこちらに窃盗及び傷害罪を犯した人間が逃げ込んだと言われておりまして……」

 

「もしかしてそれって……」

 

「ええ。そちらにいらっしゃる人です。ミシロタウンのハルカさんへの傷害罪及び窃盗罪が問われています。さらにはトウカシティのミツルさんへの窃盗罪を働いたということも」

 

「……それっていったい、どういうことだよ?」

 

 俺はヒガナに訊ねる。

 

 しかしヒガナは答えない。

 

「……私は一つの役目を終えるためだけに、その行動をとっている。それを否定されても、私は何もいうことはない。ただ役目を忠実に行うだけのこと」

 

「だからと言っても、それは犯罪だ! 犯罪を無視しては、流石にまずいことくらい解るだろう!?」

 

「犯罪を無視して世界を守ることと、犯罪を無視しない結果世界が滅ぶのだったら、前者の方が断然いいとは思わない?」

 

 それは極論じみていた。間違いではないが、かといって正しい行為でも無い。自分のエゴを追求するために生まれた行動と言ってもいい。にもかかわらずそれを実行したのは、彼女も考えなかったのだろうか? それが間違いだとは思わなかったのだろうか。

 

「……取り敢えず、面倒なことになってきたな。ここで捕まるわけにはいかないし……」

 

 ヒガナは笑みを浮かべるとあるものを投げた。

 

 それはボールだった。

 

 ボールが開くとそこから黒い煙が出てきた。それは次第に部屋を覆っていく。

 

「よし、逃げるよ」

 

 ヒガナはボーマンダに乗り込む。俺も引っ張られていき強引に載せられた。

 

「おい! どうして俺を載せるんだ!」

 

「乗りたくないなら別にいいけど。世界も滅んで、あなたは私と一緒にいたからということで事情聴取を受けるだろうね」

 

 何だよ、それ。脅迫か。

 

 俺は舌打ちして、そのままボーマンダに乗ることにした。

 

「物分りが良くて助かるよ。……おっと、忘れていた」

 

 ヒガナは研究員の近くの机に置かれていたものを取り出した。それは何かの機器のようだった。

 

 それを持つとヒガナは再びボーマンダに乗り込んだ。

 

「……それは?」

 

「今話す時間もないし、またあとで話すことにするよ。それじゃ」

 

 ボーマンダがゆっくりと翼をはためかせ始めた。

 

 そして窓を突き破り、俺たちはトクサネ宇宙センターを強引に出て行った。

 

 そして、決して優雅とは言えない空の旅へ。

 



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第十一話

「……なあ、ヒガナ。そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか」

 

 空の旅を続ける俺たちだったが、気になることはまだぬぐい切れていなかった。

 だから、俺は訊ねた。聞いてもいい事実なのかどうかは解らなかったが、それでも気になる気持ちを消し去ることも出来ない。

 

「いいよ、普通なら嫌だけれど……。君なら素直に話してもいいかもしれないね。それに、私のことを話してもいい相手だと思うし」

「それっていったい……」

「私がどんな存在であるか、どれくらいまで知っているかな。……いや、それは意地悪な質問だったね。だって君は私について何も知らないのだから」

「確かに俺はヒガナのことを何も知らない。……お前はいったい何者なんだ?」

「私はヒガナ。流星の民であり、その伝承を継承する存在。レックウザを来るべき事態に備えるために呼び覚ます……それが私の仕事。そしてそれをする理由は簡単なこと、私はこの世界を救う必要があるから」

「この世界を救うのは……、もちろん君がこの世界を愛しているからなのだろう……。それは僕だって理解できるよ。しかし問題はここから、どうして君はパラレルワールドの存在を知っているんだ? もしかしてあれは、君の考えた空想であり妄想だったのではないか?」

「……疑問に思うのは当然かもしれない。でも私とあなたの境遇は非常に近しいものだとわかれば、きっと君は協力するはず」

 

 その言葉に俺は首を傾げる。

 

「協力するはず、とは随分と言い切ったな」

「この世界はパラレルワールド。確かに私はそう言った。そこまで言い切る理由は私がこの世界イコールパラレルワールドであるという確固たる証拠を得ているから。……当然よね、それくらいしなくちゃ、無理に決まっているというのに」

「パラレルワールド。そうだ、そこは俺も気になった。……嘘では無いんだよな?」

「嘘なわけがない。そんな本物めいた嘘を吐くことが出来ると思っているの? ……まあ、今はそれについて議論している場合じゃないのは確か。だからといって、私がそれについて間違いを是正するつもりは無いけれどね」

 

 ボーマンダに指示を出したヒガナ。そしてそれを聞いたボーマンダは滑空する。

 

「お、おい……! いったい、どこへ向かう気だ!」

「話を空の上でしてもいいんだけれど、そう長い話でもないし。取りあえずあの小島にでもいこうかな、って。私の秘密基地があるからね!」

「秘密……基地?」

 

 秘密基地。

 その単語を知らないわけではなかった。むしろよく知っているといってもいい。秘密基地はトレーナーにとっての第二の家だ。『ひみつのちから』という技マシンを使って、その技を覚えさせたポケモンに、ある場所でその技を使わせると秘密基地をつくることが出来る……というものだ。

 その、秘密基地へ向かうと?

 

「秘密基地を知らない、なんてことはないでしょう? 私が暮していた場所だからね。防犯性も富んでいるから、そこで話をするのがベストというわけ。さ、ボーマンダ。急いでそこへ向かって」

 

 一啼きして、ボーマンダはその場所へと向かった。

 



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第十二話

 ところ変わってトクサネ宇宙センターではダイゴとソライシ博士が話をしていた。

 

「あれはいったいどういうことなんですか! チャンピオンであるユウキくんが、この宇宙センターに突如やってきた人間と一緒にいて! そしてその人間は各地でメガストーンを盗んでいるではないですか!」

 

「ソライシ博士がお怒りになる気持ちも解ります。……ですが、まだ解りません。彼はどうして彼女とともに行動しているのか……。もしかしたら何か裏があるのかも」

 

「まだそんなことをおっしゃっているんですか! そんなこと言っていると被害はさらに拡大しますよ。何だったのですか、彼女が言ったあの言葉の数々は! まるで我々の知らないことを悠々と語っていきましたよ! 自分が世界のすべてを知っているとでも……本気で思っているんでしょうかね!?」

 

 ダイゴは考えていた。悩み、苦しんでいた。そんなわけはないと思っていた。

 

 ユウキとダイゴはかつてチャンピオンの座をかけて戦った。だからこそ、二人はお互いのことをよく知っているつもりだった。

 

 知っているつもりだったからこそ、今回の事態についてひどく動揺した。どうして彼がそんな罪を犯した人間と一緒にいるのか、解らなかった。

 

(ユウキくん、君はいったい何を考えて……)

 

 ダイゴは虚空を見上げる。しかし、彼の考えはユウキに届くことなどなかった。

 

 

 

 

「さー、ここが秘密基地だよ。入った、入った」

 

 ヒガナの言葉を聞いて、俺は半ば強引に秘密基地へと入らされた。その秘密基地の広さは俺の持っている秘密基地よりも広い。もしかしたらグッズが置かれていないから広く感じただけなのかもしれないが……まあ、今はそんなことどうだっていい。

 

 とにかく今はヒガナから話を聞きたかった。どんなことでもいい。俺が居た世界へ戻る手段があるのなら、少しでも手がかりがあるのなら。

 

「……まず一つだけ言わせてもらうと、私はあなたが元の世界へ戻る手段を知っているわけではない。明確な手段を知らないというだけで、私もその手段を欲している……とでもいえばいいかな」

 

「欲している? ……平行世界へ飛ぶ手段を、か?」

 

「うん」

 

 ヒガナは笑顔で頷く。そういえばあまりこうやって顔を見たことがないが、言動以外は普通に可愛いんだよなあ……。言動さえ無ければ。いや、少しだけ違う。言動さえ正してくれれば。

 

「私はこの世界の住民じゃないんだよ、チャンピオン。そういえば君も正確にいえばもとはこの世界の住民ではないはずだ。この世界に住んでいたユウキという少年が消えた。その代わりに君は飛ばされたんだと思う」

 

 端的に述べられたその言葉を、俺はすぐに嘘だと思った。

 

 いや、嘘だと思いたかった。

 

 俺が――正確にはこの世界に居たという『俺』が、消えた? 死んだとかそういうわけでもなく、ただ消えたというのか?

 

 その事実を俺は理解できなかった。理解したくなかった。きっとヒガナが俺に吐いた嘘なのだろう……俺はそう思うことしかできなかった。

 

「事実だよ、それは残念なことにね。……正確にいえば、ユウキという少年は煙突山の火口に落ちて死んだよ。だけれど、その情報を知っている人間は少ないから、君が死んだという事実は世界的に公表されていないけれどね」

 



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第十三話

「俺が……死んだ?」

「正確にはこの世界の『ユウキ』という存在がね。それを知っているのは数少ない。本当に数少ないよ」

「それをどうしてお前が知っているんだ。……まさかお前が」

 

 俺の言葉にヒガナは首を横に振った。

 

「まさか。いくらなんでもチャンピオンだよ? そう簡単に倒すことなんて出来やしない」

 

 それもそうだった。自負しているつもりではないが、チャンピオンがそう簡単に破れてもらっては困る。チャンピオンは人々の憧れであり、目指すべき存在であり、人々を守るべき立ち位置にある人間なのだから。

 

「あなたが疑問に思い、そして疑うのは当然のこと。私だってその事実は信じられないし信じたくない。ただ、正確にいえばあなたは殺された。それだけは言える。そしてそれは私ではない、ほかの誰かということも……」

 

 汗が額を伝う。聞いていて、とても気持ち悪かった。

 一体全体、どういうことだというのか。俺には、まったくもって理解出来なかった。理解したくなかった。

 ヒガナの話は続く。

 

「あなたが狼狽えていることは十分理解できる。だって仕方がないことだもの。あなたがそう思うのは当然のこと。当然なのだから」

「……俺を殺したのは誰だ、誰なんだ」

 

 正確にいえば俺は生きているから、この世界の俺だということになるのだが。

 

「考えれば容易に想像出来るんじゃない? 誰が犯人なのか。明らかに君のことを恨んでいる人間がいたでしょう?」

「……カガリ、か?」

「ご名答」

 

 短い拍手を送るヒガナ。

 いや、うれしくない。それよりも疑問が生じる。

 

「何か不服かい?」

「不服というより、気になっていることなんだが……。お前が言うには、カガリが俺を煙突山に突き落とした」

「突き落としたというか、結果的にそうなったってことだね」

「なぜお前はそれを知っている?」

「……まあ、いろいろあったんだよ。それに正確にいえば、マグマ団には各幹部の一派が存在する。カガリだってそうだ。もう一人の……ほむほむとか呼ばれている幹部だって、一派を持っている。その規模はどれくらいかはわからないけれど、カガリの一派はそれなりに巨大だった。そして彼らは許せなかった。カガリからその立場を奪った人間を」

「そして俺を殺した……と? それじゃカガリは殺してないのか?」

「まあ、そういうことになるかな。指示を出したのは彼女だよ」

「でも『まさかここで会えるとは』……って言っていたぞ。まるで煙突山での結果を聞いていないようだった」

「……たぶん、まだ生きていると思ったんじゃないかな。ポケモンはその気になればマグマでも無事なものだってつくりかねない。君だって知っているでしょう? ポケモンが齎す、その超自然的エネルギーを」

 

 ああ、知っているとも。俺だってチャンピオンになったんだ。

 ポケモンのことを知らないで、チャンピオンになれるものか。

 



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第十四話

「……次に私の話を始めよう。なに、そんな長い話にはならないよ。ただ、少しばかり話が長くなるだけ。そう長くならないように努めるけれどね」

 

 ヒガナはそう長い前置きをして、話を始めた。

 

「だが、まずその前に、シガナについて話をしなくちゃいけないね」

 

 シガナ? 突然登場したキャラクター名に俺はどよめいたが、すぐにそれが何なのか理解した。

 ヒガナの足許に一匹のゴニョニョが居たからだ。おそらくそのポケモンがシガナなのだろう。

 

「おー、シガナ。私のことがやっぱり好きなのかー?」

 

 ヒガナはシガナの頭をなでる。それはまるで娘に愛情を注ぐ母親のようだった。

 俺がじっと見ているのをヒガナも理解していたらしく、しばらく頭を撫でていたが、それをやめ、俺のほうを向いた。

 

「……君はシガナを見て、何だと思っている?」

「何だと……って、そりゃポケモンだろ。ゴニョニョ。生息地は……カナシダトンネルだったかな」

「そうだ。普通の人間はそう答えるんだよ。このポケモンはゴニョニョで、カナシダトンネルを生息地にしている。かすかな音でも聞き取れるために、工事用機械が搬入できないとか言って、騒ぎになっていたっけね」

 

 そういえばそんなこともあった気がする。

 だが、それがどうしたというのだ。

 それとヒガナに……何か関係があるのだろうか。

 

「あなたは信じる? ……ポケモンだけが暮らす、まさに理想郷のような場所を」

 

 唐突だった。突然にそう告げられ、俺は何も言えなかった。ただ、ヒガナの話をゆっくりと噛み砕いて理解するしかなかった。

 ……ポケモンだけが暮す、理想郷?

 そんな場所、そんな世界がそんざいするのだろうか。いや、もしかしたら人間に開拓されていない未開の地ならば、あり得ることかもしれないが。

 

「シガナはそんな世界に居たゴニョニョ。……正確には、私の娘と言ってもいい」

 

 ……娘?

 

「娘と思えるほど、愛情を注いでいるということだよ。……シガナは人間だ。ポケモンじゃない。今はこんな姿をしているけれど……実際、彼女は人間なんだよ」

「……すまん、話の流れについていけないんだが……。それってどういうことだ?」

「『じくうのさけび』」

 

 ヒガナはある単語を呟いた。

 聞いたことのない単語だった。

 

「時空を超えるときに突然そういう現象が起きるらしいんだよ。小さいものだったら持っていた荷物が姿を消したり逆に増えていたり……場合によっては、人間がポケモンになってしまうことだってあり得る。そしてその『じくうのさけび』を経験した、ポケモンになった人間は必ずその現象に基づいたある能力を手に入れることが出来る」

「……能力?」

 

 ヒガナはずい、と一歩前進する。

 

「未来予知、あるいは過去のことを知ることが出来る、サイコメトリーめいた現象のことだよ。私はポケモンになってしまったシガナと再会し、その能力を得たシガナと会話して、そして……今回の『災害』が起きることを知ったというわけだ」

 



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第十五話

 俺はヒガナの言っている言葉の意味が理解出来なかった。そこにいるポケモン――ゴニョニョのシガナは人間だと言う。そんなことが実際に有り得るのだろうか?

 

「有り得ない……そう思ってしまうのも当然なことかもしれない。それでも、私はこれを真実だと明言出来る。……だって私はシガナを信じているから」

 

 信じている、と言われてもなあ。

 やはりそう簡単に信じることなど出来ない。あまりにもすっとんきょう過ぎるからだ。百歩譲ってポケモンたちの楽園かあるとしても、シガナが人間だったということについては……。

 

「理解出来ない。或いは受け入れることが出来ない……って顔をしているね?」

「……済まない。言っている感じは本気なんだろうが、俺にはどうにも理解することが難しいようだ……」

 

 ヒガナに見透かされた俺の心は、きっとどす黒く汚れていたに違いない。彼女が『メガストーンなるものを奪った』というだけで、彼女の言葉を受け入れようとしなかったのだから。

 ヒガナの話は続く。俺が狼狽えていても別に構わない……そんな風にも取ることが出来た。

 

「まぁ、仕方無いことだよ。最初は信じることなんて出来やしない。だが、出来ることならば早いうちに信じて貰いたい」

「何故だ」

 

 俺は短く訊ねる。

 

「その時が直ぐそこまで迫っているからよ!」

「その時……って宇宙センターで言っていた、隕石のことか?」

 

 ヒガナは頷く。即ちヒガナは今までその隕石による被害を食い止めるために動いていた……ということだ。

 ただし、気になることが未だある。

 

「なぁ、質問しても構わないか?」

 

 ヒガナは柔和な表情で頷く。

 

「私が答えられることには限りがあると思うけれど。それでもあなたのために凡て教えてあげる」

「一つじゃなくて何個かあるんだが……先ず一つ目、∞エナジーとは何だ?」

「私が知っている限りの情報を言うと、三千年前にあったと言われている最終戦争で使われたエネルギーのことだよ。そのエネルギーの源は、ほかならないポケモンの生命エネルギーだよ。それを使い凡てを破壊しつくそうという組織もいた……。だが、これは人間が扱いきれるものじゃないんだ」

「∞エナジーはどこで手に入るんだ?」

 

 その言葉を言った途端、ヒガナは眉をひそめる。もしかしたら聞かれたくなった言葉だったのかもしれない。なら、悪いことをしたな……。

 

「あまり言いたくないのなら、言わなくて構わない。……悪いことを訊いてしまったみたいだな」

「∞エナジーは海中に沈んでいるよ」

 

 しかしあっさりと、ヒガナは俺の質問に答えてくれた。

 さらに話は続く。

 

「ホウエンを取り囲むように海中に∞エナジーは沈んでいる。それも莫大な量。それをスプーン一杯分用意しただけでも小さな街の電力を一週間は持つ……それくらいのエネルギーを持つ。そんなものを良く使おうと思う人間も居れば、悪く使おうとする人間だってこまんと居る。そしてそのエネルギーはポケモンの生命エネルギーから出来ている。即ち、多数のポケモンの命を元に、私たちは『便利』を手に入れた……ということになる」

 



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第十六話

 

「∞エナジーはそれ程に大変なものだったのか……」

 

 俺はヒガナの話を聞いて、少なからず絶望していた。俺の世界になかったもの、その代名詞ともいえる一つ、∞エナジーはそれ程までに重要かつ危険なものだった。

 

「そう。∞エナジーはポケモンの生命エネルギーに依るもの。だからこそ私は危惧していた。それによって多くのポケモンの命が使われることを解ってほしかった。理解してほしかったのよ」

 

 ヒガナの言葉は強いものだったが、しかし言っていることは純粋に真実だと思えた。

 

「……シガナについて信じてもらえるとは思っていない。むしろ、疑って当然だと思っている。でも私は信じている。それだけは理解してほしい」

 

 状況を整理しよう。

 ヒガナ――この世界の人間ではなく、別の世界に渡る方法を欲している。

 シガナ――もともと人間だったが、『じくうのさけび』なる現象に遭遇しポケモンになってしまった。そのあと、サイコメトリーめいた能力を手に入れ、ヒガナに今回の災害について教えた。

 ……そして、この世界での俺は死んだ。マグマ団によって。

 ……待てよ、マグマ団?

 

「そうだ、ヒガナ。気になることがある。……アクア団はどうしたんだ? マグマ団ばかりが登場して、少しばかり気になっているんだが」

「アクア団はマグマ団と同様の可能性をはらんでいた。要するに、アクア団もまた海を欲し、人間を滅ぼす可能性だって考えられたわけだ。超古代ポケモン、カイオーガを目覚めさせることでそれが実現してしまうからね。ただ、あいにくこの世界ではグラードンをマグマ団が復活させようとして、それによってカイオーガも目覚めた……ただ、それだけのことになったようだよ」

「結果を聞きたいんじゃない。アクア団がどうなっているのか、それを聞きたいんだ」

「アクア団は解散したよ。マグマ団と同様の思想を持っていることから、騒動後マスメディアに大きく取り上げられた。この世界での彼らはただの環境保全団体だったのにね。……まあ、それを今更言っても仕方ないことだけれど」

 

 アクア団が解散した。

 マグマ団はまだ復活の狼煙をあげようとしている……ということなのか?

 

「いいや? マグマ団はそんなつもり毛頭無いよ。そもそもリーダーであるマツブサがそのやる気を削がれているからね」

 

 ……何だと?

 マツブサは生きているのか。てっきり死んでいたのかと思った。だから恨みを持たれたのかと思った。

 しかしそうでないとするなら――ほんとうにマグマ団をつぶされたことがいやだった、ということなのか。

 

「マグマ団も独自に∞エナジーを研究していたらしい。通信ケーブルを知っているかい?」

「ああ。図鑑を通してポケモンを交換する際、必要とするケーブルのことだな。……どうやらこの世界ではそれを不要としているらしいが」

「そう。無線通信で交換を行っている。便利な世界だろう? それもまた、三千年前に最終戦争があったか無かったかで別れる。『じくうのさけび』も恐らくはそれに依るものだろうね」

「……『じくうのさけび』は世界的に関係ないんじゃないのか?」

 

 俺の言葉にヒガナは指を振る。

 

「ところが違うんだよね。確かに同じ世界から分岐したものとは到底思えない。だけれど、こうは考えられないかな? もともと同じ世界だったからこそ、この世界からあの世界へ渡ることが出来た……と」

 

 三千年前にあったとされる『最終戦争』。それが俺の世界をつくり、この世界をつくり、最終的にポケモンたちの楽園まで作り上げてしまった。……なんというか、頭がついていかない。

 

「そう思うのも仕方ないことだろう。しょうがないと思っている。だけれど……たとえ、世界から『間違っている』と言われようとも、私はこの世界を守りたい」

 

 ヒガナのその言葉は、とても力強く、俺の心に届いた。

 



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第十七話

 ヒガナの言葉は俺の心に強く響いた。

 それは彼女に特別な思いを抱いているからだろうか? ……否、そうではないだろう。

 俺はヒガナに特別な思いを抱いていたとしても、抱いていないとしても、俺はヒガナを助けるだろう。

 

「……解った」

 

 俺はうなずいた。

 ヒガナは俺を見つめる。

 というか、顔が近くないか。どちらかというと、ここまで近づいてくるのはどうかと……。

 

「俺は、世界を救う」

 

 ヒガナの言葉を入れず、俺はさらに続ける。

 

「俺は、ヒガナと一緒にレックウザを呼び出す」

 

 ――ヒガナの表情が綻んだのは、言うまでもない。

 ああっ、くそ、なんだかかわいいな。

 こういう状況で会いたくなかった気がするよ。

 ともあれ俺はこれからヒガナ同様追われる身だ。……だが、それもレックウザを呼び出し、隕石を破壊すればすべて終わることだろう。

 

「さあ、行くぞ。……というか、俺はどこに行けばいいんだ?」

 

 俺の言葉に、ヒガナはあるものを取り出した。

 それは宇宙センターで手に入れた機器だった。

 

「そういえば質問したかったんだが……それは?」

「かつてレックウザを制御する実験をしていたのを、聞いたことはあるかい? 第三の超古代ポケモン、レックウザ。ポケモン協会の権威は失墜しつつある。そのポケモン協会が手っ取り早く権威を取り戻すためには、ある方法を取るしかなかった」

「……それは?」

「翠色の宝珠……。聞いたことはないかもしれないね。なにせ、そこまでの話は都市伝説めいて語られるくらいだからね」

 聞いたこともなかった。

 藍色の宝珠、紅色の宝珠の別色なのだろうが、しかしそれは聞いたこともない。都市伝説であったとしても、少々出来過ぎているようにも思える。

 

「翠色の宝珠はレックウザを制御するために人工的に生成されたものだよ。……どうやらこの世界の人間はレックウザを制御して隕石を破壊する方法も考え付いていたようだね。しかし非現実過ぎて廃止されたのかもしれない。まあ、いずれにせよ、あの宇宙センターにそれがあったのは好都合だったよ」

「ちょっと待て! ポケモン協会がレックウザを制御することで、何をしようとしていたんだ!? まさかあの災害を予測して……」

「ああ、その通りだ」

 

 俺が考えている最悪のシナリオを、ヒガナはあっさりと告げた。

 

「ポケモン協会はカイオーガ・グラードンによる災害を予見していた。だからこそ、第三の超古代ポケモンであるレックウザを、ポケモン協会が制御しようと考えたわけだ。……そして、開発されたのが、これ。『宝珠』とは言うけれど、これじゃただの機械よね」

 

 そう言って、ヒガナはその機械を一瞥した。

 

「……まだ時間がある。少しだけ話をしよう。それは、マグマ団の書庫に残されていた、ある計画の一ページであり、ポケモン協会もその計画を断片的に再現しようとしていた、ものだよ」

「その計画の名前は?」

「プロジェクトAzoth。その計画によって終わりは始まりとなり、始まりは終わりを生む。人間が考えた、最低で最悪で、下らない計画のことだよ」

 



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第十八話

 プロジェクトAzoth。

 それについて俺は聞いたことなんて無かった。別に語られることでも無かったからかもしれない。しかしながらそれについて何も知らないまま、物語が進むのもおかしな話だ。

 

「プロジェクトAzothは、ポケモン協会とマグマ団が再現しようとしていた、ある計画のこと。ああ、勿論それぞれは別々に行動していた。お互いがお互いにそのような計画を進めているなど知る由もなかっただろうね」

 

 ヒガナの話は続く。

 

「プロジェクトAzothはレックウザを呼び出し、世界を一度リセットさせるということ。グラードンでもカイオーガでもよかった。レックウザが出てくるくらい暴れてくれればよかったのだから。それさえしてくれれば、あとはどうだってよかった。勝手にレックウザが粛清の彷徨を放ち、グラードンとカイオーガが暴れつくしたところで解散する。そして、残されたのは破壊された地方のみ。……まあ、問題はその後だけれどね」

「その後?」

「考えてもみなよ。そのあとに開拓するのは誰になる? ポケモン協会かもしれないし、マグマ団かもしれない。アクア団の可能性だって考えられる。それに乗じて世界を乗っ取ることだって不可能じゃないはずだ」

「でも……それ程の災害が起こった時、人々はどこへ避難する!?」

「ニューキンセツに行ったことはあるか? この世界のニューキンセツは閉鎖されている。計画が失敗したから、とね。しかし実際は違う。実際には地下にニューキンセツは実在している。ホウエンの全人類を入れても余裕で間に合うくらいの……ね。もっとも、ポケモン協会が考えていたのはさらに上を行くものだったけれど」

「さらに……上を行く?」

 

 俺はもうヒガナの話を聞くだけで精一杯だった。

 ヒガナが何を言っているか解らなかったが、理解するよりもまず話を聞き終えることを選んだためだ。

 プロジェクトAzothについて聞いて、理解せねばならないのは確かだが。

 

「ポケモン協会は世界の現状にほとほと困り果てていたそうだよ。特にポケモンマフィアであるロケット団の台頭から世界は狂い始めたと語っている。それもそうだよね、ポケモンマフィアである彼らはポケモンを道具として扱う。それによって、ポケモンはいい金儲けの道具に変換されてしまうわけだ。今まで野生でのびのびと過ごしていた彼らも、ロケット団に捕まってしまえば何千円の価値でしかない。そうでしか扱われなくなる」

 

 ロケット団。噂には聞いたことがある。カント―地方を中心に活動していたポケモンマフィアで、確か数年前に一人の少年によって壊滅させられたと聞いたが……。

 

「そう。ポケモンマフィアは数年前にレッドという名前の少年に壊滅させられた。確かにそれは君の考えている通りだよ」

 

 ヒガナは俺の心を読んでいた。

 

「……ならば関係ないんじゃないのか? ポケモンマフィアが壊滅したというのなら、彼らによる犯罪が消え去ったんだろ?」

「そうなるほど、世界は甘くない」

 

 ヒガナの言葉は冷たいものだった。

 



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第十九話

 

「ポケモンマフィアが台頭したことで、世界は大きく変わってしまった。……正確にいえば、この世界がひどくなってしまった理由ともいえるだろう。ポケモンマフィアのおかげで、ポケモンを悪事に使おうと考える組織が増えたと言ってもいい」

「ま、待てよ。それってほんとうに関係があるのか? ただのこじ付けじゃ……」

「でも実際にそうなった。そして、ロケット団に『正義』が執行された」

 

 正義。

 この言葉がこれほどまでに重く感じるとは。

 ヒガナは微笑みながら、なおも話を続ける。

 

「ロケット団は正義の執行により壊滅した。そこまででしておけばよかったものを……ポケモン協会は自らの力に酔ってしまった。自分たちならば、どんな組織をも倒すことが出来る……。そう錯覚してしまった。それによって、さまざまな被害を負ったのも事実。そうして、世界の批判は次第にポケモン協会へと集中していった……。当然のことだよね。だって当たり前だもの。結果としていいことをしたかもしれない。でも、その結果が伴わなければ、それは正しいことだときちんと言えなくなってしまう。人間というのはそういう、恐ろしい存在なのよ」

「ポケモン協会が粛清を考えたのは……」

「そのころね。オゾン層に住む第三の超古代ポケモンを見つけたのは。そして、そのポケモンが放つエネルギーは人間をも滅ぼすことが出来るだろうとも言われているということも」

 

 人間をも滅ぼす。

 きっとそれは具体的にいわないだけだが、人間にその攻撃をぶつけるということなのだろうか。

 だとしたら、外道と言って差し支えない。

 

「その通り。外道よ。ポケモン協会は完全なる外道。だって自らの批判を避けるために、この世界を滅ぼそうとしたのだもん。……まあ、結果としてそれは失敗に終わってしまったけれど。この不完全めいた翠色の宝珠がいい例だよ」

 

 改めてヒガナはその機械を見つめる。

 レックウザを制御する宝珠が、今彼女の手に握られているのだというが、俺はそれをにわかに信じられなかった。

 ヒガナはうなずくと、それをポケットにしまう。

 

「さあ、行きましょう。ユウキ」

「行くって……どこへ?」

 ヒガナは外に出ながら、言った。

「レックウザの住む場所へとたどり着く唯一の場所で、私たち流星の民の伝説が記されている……『空の柱』よ」

 

 

 

 

 

 そのころ。

 ダイゴはとある人物に電話をかけていた。

 

「もしもし」

『何だ。君から電話をかけるなんて珍しい。……ということは、何か只ならぬ事態が発生しているということかな?』

 

 声の主は言った。上から目線で物事を語っているようにも聞こえるが、これが彼の普通だった。

 

「申し訳ないが、今長々と話している場合ではない。僕の勘が正しければ、彼……ユウキくんはある場所へと向かっているはずなんだ」

『それはルネシティジムリーダーである私に頼んでいること、ということかな?』

 

 ダイゴは首を横に振る。

 

「いいや、これは「ルネの民」である君に頼んでいることだ」

 

 それを聞いた電話の相手は、笑ったようにも聞こえた。

 

『成る程……。だいたい事態は把握した。そして、私は空の柱へ向かえばいいんだね?』

「ああ。僕もすぐそちらに向かうつもりだ」

『どうしてだい?』

「……元チャンプと言われちゃ、引き下がってもいられないからね」

 

 そしてダイゴは電話を切った。

 



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第二十話

「さて、向かうことにするか」

 

 ヒガナは翠色の宝珠を持って、うなずいた。

 俺はどうすればいいのか解らなかったから、とりあえずヒガナのボーマンダに乗り込んだ。

 

「これから向かうのは、空の柱。間違っていないよな?」

「うん。正しいよ。空の柱に向かえば、そこにはレックウザが目覚める準備をしている。そこへ向かえばいい」

「向かえばいい……とはいうけれど、俺は何をすればいい? だって、何も見つからないんだぜ。何も持っていないと思うんだけれど……」

「それは問題ない。すでにこちらで用意している。あなたが元の世界へ戻るにはレックウザによりこっちの世界で隕石を破壊しなくてはならない。だから、あなたもレックウザの場所に居るほうがいいってこと」

「……そうか」

 

 俺はすぐにヒガナが何かを隠しているのではないかと思った。

 しかしそんなことよりも、この世界を救うべきだと思った。

 たとえそのあとに何かあろうとも――それは世界の選択だ。

 そして俺とヒガナはボーマンダに乗り込み、空の柱へと向かった。

 

 

 

 

 

 そのころ。

 

「ルチア、来てくれたのか」

 

 空の柱の前に立つミクリの前に、ある少女がやってきた。

 ルチア。

 コンテストアイドルと言われる彼女は毎日多忙の生活を送っている。

 そんな彼女が今悩んでいるのは、盗まれたキーストーンのありかだった。

 

「おじさま、キーストーンを持った犯人はほんとうにやってくるんですか?」

「ああ、確実だ。だが……ルネの民として、違和感を覚えるのだよ。ヒガナと呼ばれる少女は何のためにこの空の柱へとやってくるのか? この場所を選んだのか? きっとダイゴもそれを理解しているのだろうね」

「それって……」

 

 ルチアもルネの民である。

 知らないわけではない――ルネの民に課せられた役目を。

 ルネの民はメガシンカの仕組みについて詳しい。ルネに落ちた隕石のことについて、レックウザについて、そして『デルタ』について知っている。

 

「すなわちここがデルタへと至る道、その序章となるわけだよ」

 

 ルチアは首を傾げる。

 

「おじさまはすべてを知っているのかもしれませんが……私は、ルチアはあまりそれを理解していません。だって、ほんとうに起きたかどうかも……」

「もしこれが落ちてこなかったら、もしメガシンカが無かったら、この世界はどうなっていたのだろうね。このような事態になった時、彼らはどのように解決するのだろうね」

 

 ミクリの言葉に、ルチアは頷く。

 

「私たちの問題は私たちで解決する……ということですよね?」

「ああ、そうだ。通信ケーブルで別の場所に飛ばすことを、ダイゴもまだいいものとは思っていないらしい。やはり彼も良心が痛むのだろうね。確かにそうだ。もし別の人間が住む惑星があったら、そしてその惑星が隕石の問題を解決できるほどの科学力をもっていなかったとしたら……ひやひやするよ。この世界だって考えられたことだからね」

 



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第二十一話

 ダイゴもミクリも、自分の立場をよく理解している人間である。

 だからこそ、自分の立ち位置で何をすることが出来るのか、よく解っている。これをせねばならない、あれをせねばならないという、比較的自分のことを客観的に見ることが出来る。

 

 そうでなければ、二人ともそれぞれチャンピオンとジムリーダーに上り詰めることは出来なかっただろう。

 

「でも、おじさま? これからどうするの? このままだとやってくる二人に向かい打つことしかできない、ってことになるのだけれど」

「そうだよ、ルチア。その通りだ。このまま僕たちはここで彼らを迎え撃つ。……ただし、完全に倒すのではない。彼らを試す、と言ったほうがいいかもしれないね。それによって世界の運命がどうなるのか決まると言っても過言では無いけれど」

 

 ミクリは飄々とした様子で言った。

 しかし彼女は解っていた。それはとても難しいことであると。

 ヒガナとユウキも、どちらも強い人間であることは彼女も知っていた。特にヒガナからはキーストーンが盗まれたということもあり、どうにかその敵を討ちたかった。

 そしてミクリからの呼び出しだ。彼女はキーストーン……メガシンカするための『絆』を示すもの、を取り戻すためにここにやってきたということだ。

 

「……怖いのかい?」

 

 ミクリは言った。

 ルチアは首を横に振る。

 しかし、彼女は怖かった。ヒガナとの戦闘を思い出したからだ。あの圧倒的戦力差にどう立ち向かえばいいのか――彼女は解らなかった。

 だからこそ、ルチアはキーストーンを取り戻したかった。それと同時に自分が常日頃どれ程メガシンカをバトルの比重で重きを置いていたかを実感させられた。

 キーストーンは返してもらう。けれど、自分はメガシンカに頼らない戦闘をしていかなくてはならない――それが彼女の決意でもあった。

 

「あとはダイゴさえ来ればいいのだけれど……まだかなあ。彼は最近というか、前からというか、時間にルーズなのだよね。昔から彼と友達の僕だから言えるけれど、もう少し時間をきちんと守ってほしいものだよ」

 

 ルチアはその言葉を聞いて、心の中で微笑んだ。

 ああは言っているが、ミクリとダイゴはとても仲良しである。かつてミクリがポケモンリーグを制覇したとき、ダイゴはその強さを認めた。ダイゴを倒したミクリもまた、彼の強さを認めていた。

 それから彼らはともにポケモンバトルの修行をする程の仲にまで成長していったのだ。

 

「ダイゴさんとは、いったいいつからの仲でしたっけ?」

 

 ルチアは悪戯っぽく笑みを浮かべて、ミクリに訊ねる。これを訊ねるのははじめてのことではない。しかしまだ時間があるということもあり、彼女は昔話を聞く感覚で(実際にそうなのだが)彼に訊ねたのだった。

 ミクリは何も言わず微笑むと、話を始めた。

 まだ彼がルネシティジムリーダーとなる前の話。

 そしてダイゴがポケモンリーグチャンピオンとなる前の話だ。

 



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第二十二話

 

「……おや、どうやらその話をする前に来てしまったようだね」

 

 ミクリの声を聴いて、ルチアは上を向く。

 空にはダイゴが乗るボーマンダの姿があった。

 そして、ボーマンダはその空の柱の前へと着陸した。

 

「待たせてしまって申し訳ない。ちょっと手間取ってしまって」

「別に構わないよ。私も疑問に思っていたところだったからね。あのヒガナという少女……聞いた話だと、隕石をどうにかして破壊しようとしているのだろう? それも三千年前に生み出されたというエネルギーではなく、また別の可能性を考えているとのことだ」

 

 それを聞いてダイゴは頷く。

 

「そこまで解っているのならば、話は早い。……ミクリ、一つ相談がある」

「どうした、ダイゴ。そこまで畏まる仲でも無いだろ? 私にできることならなんでも言ってくれ」

 

 それを聞いて、ダイゴは微笑む。

 

「その言葉が聞きたかったんだ。ありがとう、ミクリ。……それじゃ、ルチアちゃん。少し話をするから、ちょっと離れていてもらってもいいかな? 大事な話になるから、ね」

 

 ルチアはそれについて何か気になった様子だったが、ダイゴの望みならばそれをかなえてあげるべきだ。そう思ったルチアは頷いて、二人から離れていった。

 

 

 

 

 空の柱はすぐそこだ。

 ヒガナからそういわれた俺は、その場所を見た。

 三角形になっている、古い塔。

 それが空の柱だった。俺が知っている空の柱とは様相が異なるようだが……やはりこれも世界線が違っているからなのだろうか。

 

「ここから入るんだ」

「空から入ることは?」

「無理だよ。何せ、乱気流が塔を覆っている。とてもじゃないけど、空からレックウザの場所へ向かうのは不可能と言ってもいい」

 

 そう言うのなら仕方ない。

 俺はそう思うと、空の柱の入り口へと降り立つため急降下したボーマンダから振り落とされないよう必死にしがみついた。

 

「待っていたよ、ヒガナ。それにユウキくん」

 

 そこに居たのは三人だった。ダイゴさんと……あとの二人は誰だ?

 

「まさかここに全員お揃いとはね。元チャンプにルネの民、ジムリーダーであるミクリ、それにコンテストアイドルまでいる。勢揃いというレベルじゃない。こんなに歓迎を受けるとはうれしいね」

 

 ヒガナがさりげなく俺に説明をしてくれた。成る程、あそこの風を感じそうなファッションをしているのはミクリだったか。あの世界と比べるとひどい変わりようだ。

 

「ユウキくん」

 

 ミクリはヒガナではなく、俺に訊ねる。

 

「君はほんとうに彼女とともに行動していくつもりかい? この先に何が待ち受けているのか、解っているのか」

「ああ、解っているよ。レックウザだろう? レックウザを呼び出し、隕石を破壊してもらう。いたってシンプルな方法だ」

「君はそれでいいと思っているのか?」

「それしか無いのなら……しょうがないだろう」

 

 俺は言った。

 ヒガナはそれを聞いて笑っているようだった。

 

「ほらほら、チャンピオンもこう言っているよ? その意志を君たち無視するつもり?」

「……まさかこういう形で再び戦うことになるとは思わなかったよ」

 

 ミクリはモンスターボールを手に取った。

 やはり、そうするしかないというのか。

 

「残念なことにここに入ることが出来るのはルネの民に認められた人間だけとなっていてね……。そのルネの民は私になっている。だから、私を倒さないと中に入ることは許されないんだよ」

「まあ、しょうがないよね。戦うしかないって」

 

 対するヒガナもモンスターボールを手に取る。

 解ったよ。戦うしかないのなら。

 俺もモンスターボールを手に取り、戦う準備をするほかない。

 

「ユウキくん……ルネの民であるこの私が、全力をもって、君と戦う! 君がこの空の柱に入るのがふさわしいのか、見極めるために!」

 

 それを合図に、ミクリとダイゴ、ヒガナと俺は同時にモンスターボールを空へと投げ上げた。

 



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第二十三話

 

 ミクリが出したのは、ミロカロス。

 ダイゴが出したのは、メタグロス。

 ヒガナが出したのは、ボーマンダ。

 そして俺は、サーナイトを繰り出した。

 四人はそれぞれ別のポケモンを繰り出し、各々を見た。

 

「……成る程、やはりみんないい感じではあるね。いいよ、いい感じだよ」

 

 ヒガナは言った。それを聞いて、ミクリは舌打ちする。

 

「ミロカロス、『みずのはどう』!」

「サーナイト、『10まんボルト』!」

「ボーマンダ、『りゅうのはどう』!」

「メタグロス、『コメットパンチ』!」

 

 四種四様の技を繰り出した。サーナイトが繰り出した電撃は、寸分の狂いもなくミロカロスへと命中させ、ボーマンダの放った彷徨はメタグロスへと命中させる。それぞれ急所に命中させた。

 

「……さすがだね」

 

 ミクリの言葉を俺は聞き逃さなかった。

 ミクリは突然、モンスターボールにポケモンを戻した。それはミクリだけではない。ダイゴも一緒だった。

 

「……どうして?」

 

 俺は疑問に思い、訊ねた。

 ダイゴは言った。

 

「僕たちは、ヒガナの行動を見て最初は最低の人間だと思っていた。言動もなっていなかったし、僕としても協力するべきではないと思っていた」

「ならばどうして……」

「話は最後まで聞くものだよ、ユウキくん。僕たちは流星の民について調べた。ヒガナ、君を調べた結果たどり着いた一つのキーワードだった。そして僕はその民が住むハジツゲタウンへと向かった……。ハジツゲタウンに住む流星の民という方に話を聞くことが出来たよ。そして、少しだけ僕も君のことを解ることが出来た」

「やめろ」

 

 ヒガナは短く否定する。

 それ程言われたくないことがあるのだろうか。

 あれ程俺に話をしたというのに。

 

「……君はある時ハジツゲにやってきて流星の民である彼女を欺いたようだね。『別の世界からやってきた』などと低俗な嘘を吐いて。誰にだって解る嘘を吐いて、ね」

「何を言っているんだか、全然解らないよ。少なくとも私は流星の民であることには間違いない。別の世界からやってきたというのも確か。そのために私はマグマ団にグラードンを復活させようとしたのだから」

「たとえ別の世界からやってきたのだとしても、そうであったとしても……言うべきことがあったのではないかな」

 

 ダイゴはゆっくりと近づく。

 そして、

 ヒガナの頬を思い切り引っ叩いた。

 

「な、何を……」

 

 ヒガナは叩かれた頬を抑えながら、ダイゴの顔を見た。

 ダイゴは泣いていた。

 見たことのない彼の表情を見て、俺は何も言えなかった。

 

「もしそうだとするなら、なぜ僕に相談しようとしなかった。すべてを言ってくれればまだ何とかなったかもしれない。なのに、どうして、ここまで何も言わなかった。言う機会は幾度と無くあったというのに!」

 



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第二十四話

「……確かに話す機会は幾度と無くあったかもしれない。けれど、私はあなたに話すことは出来ない……」

「どうしてだ! 私たちを信じることが出来ない……そう言いたいのか!」

「……」

 

 ヒガナは答えない。今の状況は彼女にとって圧倒的不利だ。

 

「隕石が落ちてくるのが解っていたなら、どうしてそれを私たちに伝えようとしなかった! 一言くらい……せめて一言くらい伝えてくれれば! 私たちだって何か考える時間もあったというのに!!」

 

 確かにその通りだ。

 むしろここまで二人でやってこられたのが不思議なくらいなのだから。

 

「……それは申し訳なかった」

 

 そして、

 ヒガナはようやく――頭を下げた。

 

「でも、ここから先は私とユウキだけにやらせてもらうよ。ここから先はもう……流星の民である私の役目だ」

「レックウザを呼び出すということが……か。噂によれば、エネルギーはキーストーンに埋め込まれているのだったか?」

 

 ヒガナは頷く。

 それを聞いてダイゴは目を瞑る。

 

「……解った。ミクリ、彼女を通してやってくれ」

「いいのか?」

 

 ミクリの言葉に頷く。

 

「ミクリ、君も聞いただろう。彼女の決意は固い。きっとここで止めようとしても無駄だ。ただ、これだけは約束してほしい。……ヒガナ、必ずこれが終わったら、迷惑をかけた人間に誤ってほしい。君の行為は正しいものなのかもしれない。まだ結果がでていないから解らないけれどね。結果がどうであれ、君が多数の人間に迷惑をかけたのは事実だ。だから、それについての謝罪をしてほしい」

「……解った」

 

 ヒガナの言葉に頷き、ダイゴとミクリ、それに……誰だろう? 派手な格好をしたアイドルのような少女は去って行った。

 

「さてと、これから向かいましょうか」

「……なあ、ヒガナ。一つ聞きたいことがある」

 

 先ほどの会話で違和感を覚えた。

 どうして、俺を必要とするのか――ということについてだ。

 それをヒガナに訊ねるとヒガナは悲しげな表情を浮かべ――ただ、こう言った。

 

「この世界での歴史を書き換えてしまったとき……私とシガナ、それにあなたはどうなるのだろうね?」

 

 衝撃だった。

 それは聞きたくなかった言葉かもしれない。

 いや、もしかしたら今聞いておいて正解だったかもしれない。

 いずれにせよ、その言葉を聞いて――俺は一瞬理解を失った。

 

「まあ、聞いたら驚くのは当然だよね。いつ言うか悩んでいたのだけれど……このタイミングで言うしか、もう無いんだよね。ごめんね、言う機会がいっぱいあっただろうに、こんなギリギリで伝えることになって」

「……それはほんとうなのか?」

「何が?」

「だから、この世界の歴史を書き換えると――」

「――私たちは消えてしまうだろうねえ。きれいさっぱり。記憶は未だ覚えているかもしれないけれど、それでも、私たちが別の世界に行ってしまったなんて解る人は少ないだろうね。流星の民……その中でもばば様くらいしか解らないかもしれない。もともとこの世界は隕石をほかの世界に飛ばす予定だったのだから」

「ほかの世界……それが、俺のもともといた世界だということか」

 

 ヒガナはそれにゆっくりと頷いた。

 そして歩き出す。

 

「……積もる話もある。まずは、空の柱に描かれた壁画……レックウザの伝承についてだ。それから話すことにしよう」

 

 ここまで来て、俺は否定することなど無い。

 ヒガナの指示に従い、俺たちは空の柱へと入っていった。

 



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第二十五話

 空の柱へ俺とヒガナはやってきた。

 空の柱は俺が思っている以上に古びた造りになっていた。俺が訪れた記憶のある空の柱は崩れる床があった程度であとは塔の形を保っていたのに……。

 今はその形を保っているのがやっとで、中身はボロボロだった。

 

「これが……空の柱? 何だよ、ボロボロじゃないか」

「これがこの世界の空の柱だよ。崩壊しつつある世界のなれの果てだ。……レックウザの伝承の記憶が人々から薄れつつあるのが原因かもしれないね」

 

 レックウザの伝承。

 それはヒガナから語られたあのことなのだろうか。それともそれ以上の何か……なのか。

 ヒガナの話は続く。

 

「レックウザの伝承についてはまだまだ謎が多い。だけれど、私たち流星の民は空の柱に描かれている壁画……それに残されたものを、レックウザの伝承として取り扱っている」

 

 レックウザの伝承、か。

 聞いたことが無くてもレックウザというポケモンの名前くらいは誰もがきいたことがあるかもしれない。第三の超古代ポケモンにして、グラードンとカイオーガが太古の昔に暴れたときにそれを苛めた存在とも言われている。

 その強さは中立を保っているものの、グラードンやカイオーガを凌ぐ。

 そしてレックウザの伝承……。それを守るヒガナ以下流星の民。

 

「それじゃ、さくっと話しちゃおうかな。まずはこちらの壁画をご覧下さあい」

 

 バスガイドよろしくヒガナは壁を指さした。俺はそれを目で追った。

 ――そこにあったのは、巨大な壁画だった。人々が何かを崇めているようにも見えた。その崇めている対象は……隕石?

 

「三千年前、ちょうどここがまだホウエン地方と呼ばれる、はるか昔のこと。このあたり近辺……今でいえばルネシティのところに隕石が落下した。それは巨大な隕石だった。隕石が落下した島は大きく窪み、そこに雨水がたまって湖が出来た。そしていつしかその湖は海と繋がり……気づけば一つの町を作り上げていた。それがルネシティの始まりだと言われている」

「ルネシティは休火山にできた町では無かったのか?」

 

 少なくとも俺の世界で言われている『ルネシティ』はそうだった。

 俺の言葉にヒガナは首を横に振った。

 

「確かにその通り。そう呼ばれているのはあなたの住んでいた地方。そして、私の住んでいた地方でもある。隕石が落下しなかった世界。そして……メガシンカが発見されなかった世界でもある」

「メガシンカが発見されなかった?」

 

 俺は反応してみせたが、それに対して特段気にしているわけではなかった。だってそもそもがメガシンカのない世界で暮らしていたわけであって、メガシンカに対する意味も殆ど無い。それに俺はメガシンカの条件を満たしていないのか、一度もメガシンカが出来なかった。

 ヒガナは笑みを浮かべ、俺の言葉に反応する。

 

「別にわざとらしく反応しなくてもいいよ。……だって、あなたがそこまで反応する程メガシンカに関わっているわけではないもの。さあ、行きましょう、伝承の続きは次の階で教えてあげる」

 

 その言葉を残し、ヒガナは次の階へと進む階段があるほうへと向かっていった。

 俺はそれに少しだけ躊躇して――ヒガナの後を追った。



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第二十六話

 

 二階。

 そこではヒガナがすでに待ち構えていて、話をしてくれた。

 ルネという町は隕石が落下して出来たこと。

 そして、その石はとても強いエネルギーに満ち満ちていたこと。

 そして三階。

 

「巨大隕石に続いて、人々を更なる災厄が襲った。それは何だと思う?」

「……何だろうな。隕石が落下して地面が割れたとか?」

 

 俺の話を聞いてヒガナは指を弾いた。

 

「ご名答。その通りだよ。隕石の直撃によって、ホウエンの大地はひび割れ、奥底に溜まっていた自然のエネルギーがあふれ出した……。そのエネルギーは途轍もないものだったそうだよ。そして、そのエネルギーを求めてゲンシグラードンとゲンシカイオーガが目覚めてしまった」

「ちょうどこのときのようなことが起きた……ということか」

 

 頷くヒガナ。

 

「そうさ。そして、レックウザは人々の祈りに反応して、地上へ降り立った。そして、さらなる力を求め……、祈りをささげた。それによってなのかはわからない。ただ、祈りと七色の石……これは隕石のことだね。それと反応して姿を変えたレックウザは今までと違う、生命力に満ち溢れていたようだよ。人々の祈りと七色の石に反応して姿を変えた、レックウザ。祈りとは、目に見えない不確かなものだ。人とポケモンが祈りによって結ばれポケモンの姿が変化する。これは、ある行為に似ているんだよ」

「それが……メガシンカ、ってことか」

 

 そう、とヒガナは頷く。

 

 

 

 四階。

 ここでもヒガナは話をしてくれた。

 ゲンシグラードンとゲンシカイオーガの争いをレックウザが鎮めたこと。

 レックウザはその後元の姿に戻り、天空へと帰って行ったとのこと。

 

「この光景を目のあたりにした背の高い異国の男はこう言った。

『世の揺らぎより生まれしもの、即ちデルタ。……人の祈りと石の絆にて、世界に生まれし揺らぎを平らかにする』……と」

 

 その言葉が、俺の心に残る。

 そしてこの塔が、流星の民によって、過去二回の危機を救ったレックウザを称えるために、作られた。

 それをヒガナから聞いて、合点がいった。ヒガナがどうしてこの塔を知っているのか、これですべて納得がいったからだ。

 

 

 

 

 五階。

 ヒガナが最上階――すなわち屋上へと進む階段の前で立ち止まった。

 ヒガナは俺を見つめて、言った。

 

「いよいよ最終回。……あの時から、千年もの平和な時が流れた。人々は世界の危機をレックウザが救ったことなんてすっかり忘れてしまっていた。流星の民は今までの隕石から、今回の隕石は過去の二回よりも巨大なものだと予測した。そして、それを知った人間たちは科学技術でそれを『別世界』へと飛ばした。その先が、メガシンカの可能性が無かった世界に飛ばされたことなど知らずに――ね」

「メガシンカの可能性が無くても、レックウザが居たのならどうにかなったんじゃないのか?」

「隕石は世界の危機……とも言われているけれど、結局は違う。隕石にはあるポケモンが付着していたんだ。隕石はホウエン地方を破壊した後、そのまま沈む……。だが、その直前にポケモンは脱出していた。脱出したポケモンはカント―地方ナナシマにある、とある島に逃げ込んだそうだよ」

「隕石にポケモンが……?」

「そう。はっきり言って隕石が破壊するのはホウエン地方だけなのさ。確かその直前、ホウエン地方のポケモン預かりシステムが進化して、時空を操るシステムを開発したんだっけ。藍色の宝珠と紅色の宝珠から放たれるエネルギーによって時空が歪み……結果として、カントー地方のシステムと繋がったらしい。あいにくその世界とホウエン地方は地方差が大きくなかった。だから、通信システムがうまくいったそうだよ」

「隕石が落下する直前のホウエンと、隕石が落下した後のカントーがつながった……ということか?」

「ご名答。その通りだ。カントー地方はホウエンの災厄に悲しんでいたが、通信交換だけはホウエンと繋がっていた。それが唯一の手段だったともいえる」

「だったら、だったら……その時伝えることも出来たんじゃないのか? ホウエンに隕石が落下することも……」

「伝えることが出来たとして、どうなる?」

 

 ヒガナの回答は冷たかった。

 



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第二十七話

「伝えることが出来ても、彼らに……いや、正確にはそのころの私たちに絶望を与えるだけだよ。逃げることのできない、かといって抗うことも出来ない、最悪の災厄から」

 

 ヒガナは嘘など言っていなかった。ただ冷酷に事実を告げただけ。

 だけれど、俺はそれが嫌だった。

 

「……そろそろ上に向かおうか」

「上……」

 

 この上は最上階、屋上だ。

 この先に何が待ち構えているのか。

 今の俺には、何も解らなかった。

 

 

 

 

 もう夜になっていた。

 空にはシシコ座流星群の時期で、流星が何度も空を走っていく。

 

「…………ほら、シガナ。見たいって言っていたよね、シシコ座流星群。空に輝くたくさんの星が、これから降り始めるんだよ」

 

 屋上は、祭壇のようになっていた。

 しかしこう見てみると……この塔は三角形をしているんだな。ほんとうに。

 まるで――

 

「デルタ、だろう?」

 

 ヒガナが俺の心を読んだように、そう言った。

 

「ここがデルタへと至る道……その終点、竜召の祭壇だよ。もう私が何をしようとしているのか、解ってもらえたよね」

 

 その言葉に、俺は小さく頷く。

 

「レックウザを現世に召喚し、ここホウエンめがけてやってくる隕石をなんとか破壊する。それが私たち……流星の民の使命。そして、私が生まれた世界を救うための、私の使命でもある」

 

 それはすなわち。

 それが終わるとヒガナも俺も消えてしまう――そういうことなのだ。

 それがこの世界にとっても、俺の世界にとっても、ハッピーエンドなんだ――。

 

「……小さい頃から空を見上げるようにしているんだ。不安が いっぱいで心が押し潰されそうな気がしてさ。悲しくて、寂しくて、心が折れそうなときも、絶対、涙を流さないように……。ユウキ、君はそういうときってある?」

「そりゃ人間だからな。それくらいあるさ」

 

 それを聞いたヒガナは笑みを浮かべる。

 太陽のように輝いた笑顔だった。

 

「ありがとう。そう言ってくれるのはもはや君くらいだよ。まあ、それは私が全部悪いんだけれどね……。すべてあの世界を救うために、私がした行為。それはいつかすべて私に跳ね返ってくるのは解っている。でも、私はあの世界を救わなくてはならない」

 

 俺は答えない。

 

「こうやってよく星を見ていた……シガナとも。楽しいときも、悲しいときも、いつも一緒だった……。大好きだった。心から 愛していた。でもいなくなっちゃった……」

「戻ってきたら、ポケモンになってしまっていた……ってことか」

 

 ヒガナは頷く。

 彼女は気持ちがあふれてしまって、涙が出そうになっていた。

 

「そう、シガナはゴニョニョになってしまった。でも、シガナはシガナなんだよ。私はもとのシガナに戻したい。もとのシガナと一緒に暮したい。……そのためにも、私は隕石を……」

「それも、シガナの『じくうのさけび』にあったのか?」

「そうだよ。そして、シガナはこの未来以降、何も見えなくなった。それはすなわち、これによって私たちは行動しなくてはならないということなんだよ。元の世界を救うために、この世界で隕石を破壊するということを」

「……ヒガナがそうするのなら、俺は別に構わないよ。俺もその選択をする」

 

 俺の決意はそれだけだった。

 だがヒガナにはそれだけで充分だった。

 

「ありがとう、ユウキ。君のおかげでここまでやってこられたよ。……儀式は明日行う。だから、まずは眠っていいよ。君にももしかしたら手伝ってもらうかもしれないし」

 

 俺はその好意に甘えることにした。それを断ることが出来ないくらい眠気があったからだ。

 俺は横になり、携帯していた毛布をかける。

 

 

 ――眠る直前、俺はヒガナが空を見て泣いているのを見た。

 

 

 シガナに関することを呟きながら、泣いていた。

 俺はそれを見なかったふりをして――目を瞑った。

 



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第二十八話

「……やあ、ぐっすりと眠っていたようだね」

 

 声が聞こえた。

 どうやら俺は眠っていたらしい。

 そこに居たのはヒガナだった。彼女はあまり眠れていないのか、目つきは悪い。しかし、俺の表情に気付き、笑みを浮かべると、それが少し可愛い。そして、彼女に擦り寄るようにゴニョニョのシガナもいる。

 

「それじゃ、始めようか。儀式を」

 

 そう。

 彼女がはじめるのは儀式だ。

 大いなる、儀式。

 この世界を救うための儀式。

 そうだと彼女から聞いていたが……それでも実感というものがわかない。

 それは、この世界の住民じゃない俺が深く関わっているからなのだろうか?

 ……解らない。今、ここで考えてみても解るはずも無かった。

 この世界で隕石を破壊したとしても、俺は元の世界にも戻れなければ、この世界で生きていくことも許されない。

 それは悲しくて仕方ないことだった。どうして俺がこんな目に合ってしまったのだろうかと思った。

 でも、ここまで来たらやるしかない。

 

「いろいろごめんだったね」

「お前は最後まで軽いんだな、ヒガナ」

「軽い感じで話さないとやっていられないよ。それはユウキだって解っているだろう?」

「それもそうだ」

 

 ユウキの言葉にヒガナは目を瞑る。

 

「……よし」

 

 そして、ヒガナは祭壇の中心に立ち――キーストーンを持ち祈った。

 

「数多の人の御霊を込めし宝玉に―――我が御霊をも込め申す……!」

 

 刹那、ヒガナを中心として風が吹き荒れる。

 

「ヒガナ!」

 

 俺は声をかけたが、ヒガナは集中しているらしく、詠唱を続けている。

 シガナが俺の足を掴む。その表情はどこか悲しげだ。

 俺はただ、ヒガナの詠唱を見つめるしかなかった。

 

「我が願いを、何卒、何と……ぞっ、叶え賜え……っ……! 叶えろ、レックウザぁぁぁ!」

 

 雷が、祭壇の中心に落下した。

 俺は急いでヒガナの元へ駆けつける。

 ヒガナはもろに雷を受けていたが、何とか無事だったようだ。

 息も絶え絶えで、立ち上がる。

 

「私なら……問題ない。大丈夫」

 

 しかしその様子は、見るに堪えない。

 空から――緑色の光が輝いたのは、その時だった。

 そして、レックウザが、祭壇に降臨した。

 

「……やった。レックウザが……。これで世界が救われる! あとは私の祈りを……レックウザに届かせるのみ! ねえ、レックウザ、メガシンカして。そして、その力で隕石を破壊して!」

 

 

 ――ヒガナのキーストーンは反応を示さない。

 

 

「 ……!? ど……どういうこと!? あなたの力に耐えうるだけのキーストーンを集めた。そして、あなたは降臨した……なのにっ! なぜっ!?」

 

 

 ――ヒガナのキーストーンは反応しない。

 

 徐々に口調が荒くなっていく。焦っているのだろう。

 

 

「ねえ! してよ! メガシンカしなさいよ! なんで!! なんで……!」

 

 

 ヒガナはそのまま、膝から崩れ落ちた。

 レックウザを呼び出したことによる精神力で、どうにか起きていたのだ。

 

「もしかしたら……翠色の宝珠に惹かれただけ? でも、それは完全にコントロールは出来ないって言われていたはずなのに……」

「エネルギーが……足りていない、ってことか……!」

 

 俺は、その事実を。

 理解してしまった。

 頼みの綱であるレックウザが、エネルギー不足。

 こんなこと、地上で待機しているダイゴとミクリに言えるはずがない。

 むしろ、言えると思っているのか!

 そう思っていた――その時だった。

 

『どうやら、私とお前では「絆」が足りぬようだな』

 

 声が聞こえた。耳を通して、ではなく、直接心に伝わった。テレパシーのようなものだった。

 それを聞いて、俺は即座に直感した。

 

「まさか……レックウザがテレパシーで話している、というのか!?」

『然様』

 

 レックウザは頷く。

 

「絆が足りない……ならばどうすればいい? 絆がメガシンカのポイントなのだろう?」

『絆というよりも、友好と言えばいいだろうか。要するに、「愛」だよ。どれだけの愛情を注いできたか。逆に、ポケモンからしてみれば、このトレーナーなら自分の命を任せることが出来る……そういう「関係」がメガシンカを生み出すのだよ』

「ヒガナとレックウザじゃ……それにみたしていないってことか」

『はっきり言って、このやり方じゃ強引過ぎる。現に私は今のポケモンたちが持つ「メガストーン」をもっていない。力の源であるそれさえあれば……ん?』

 

 俺の持つリュックが光を帯びていた。

 それをレックウザも感じ取ったらしい。

 恐る恐る取り出すと、それは隕石だった。見覚えがある。これは煙突山の隕石だ。

 

「きっと彼が……ユウキが、疑問を浮かべていたのかもしれない」

 

 ヒガナの声に俺は耳を傾ける。ユウキとはきっと前の世界――いや、この世界のユウキのことだろう。

 



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第二十九話

「ユウキは解っていたんだ……。あの隕石が、煙突山の火山活動を止める程のエネルギーを持っているのならば、何かあるのではないか、と……」

 

 ヒガナはゆっくりと話を始める。

 それは俺には理解できなかった。

 つまり、この世界のユウキは予見していたということか?

 

『その隕石は宇宙のエネルギーを秘めたもの。もっと言うのならば、二千年程前にルネシティ……だったか、あそこに落下した隕石と同じ物質だろう』

「レックウザが、何か言っているのかい?」

 

 ヒガナが俺に訊ねる。どうやらヒガナはレックウザの言葉が聞こえないらしい。

 俺はヒガナの言葉に頷いた。

 ヒガナは頷くと、

 

「レックウザが隕石のことについて疑問を浮かべているのならば、それは正しいと思うよ。隕石はもともとルネシティに落下したものだった。それを流星の民が流星の滝へと持ってきたんだ。ソライシという博士が隕石を採掘していたが、それが見つからず、最終的に流星の民であるばば様に連絡を取って、それを研究のために譲り受けた。……その時、まさかそれがこんな重要な役目を果たしているとは思わなかったけれどね。それはきっと、レックウザのメガストーンだよ。レックウザのメガストーンが体内に蓄えられ、その力によりメガシンカを行う……。それを、レックウザに献上するんだ。そうして、メガシンカを行うはずだよ」

『その娘の言う通りだ。恥ずかしいことではあるが、今私にはメガシンカの力が無い。メガシンカをするための力が無い。だからこそ、その隕石を食らうことで……そのエネルギーを蓄えることが出来る』

 

 そうか。

 そうならば話が早い。

 俺はレックウザにその隕石を献上する。

 両手を掲げ、隕石をレックウザに捧げる。

 そしてレックウザはそれを――食べた。

 レックウザの体内から、眩い光が溢れ出す――!

 

 

 

 

 そしてレックウザは見たことも無い姿へと変貌していた。

 緑の皮膚はエメラルドに似た質感で輝いていた。

 長い顎と金色に輝く細長い髭。

 神聖にも思える、そのオーラ。

 

「……これが、メガレックウザ……!」

『然様。人間はこれをメガシンカと呼ぶ。私とお前の絆は、どうやらメガシンカをするほど有用だったらしいな』

「これで準備は整った……。そして、ありがとう」

 

 ヒガナは俺に頭を下げる。

 俺はそれを見て少しだけこそばゆかった。

 

「歴史が……、レックウザが選んだのが私ではなく……ユウキだったって事実は……うまく言葉に出来ないけれど、わかるような気もしているよ。……あなたは新たなる歴史の継承者になった、ということね。レックウザが真の姿になるための最後の カギを伝えるわ……」

 

 ヒガナは落雷による怪我で歩くのもやっとだった。

 にもかかわらず、俺のそばまで行って、小さく囁いた。

 

「ガリョウテンセイ――その言葉がカギとなる。レックウザが覚えている最強の技。……君がレックウザの制御が出来る、すでに心を交わしているということは、君は新たなる歴史の継承者……いや、途轍も無い力を持ったトレーナーなのだろうね。ユウキ、私は君が羨ましいよ。レックウザに選ばれて。ガリョウテンセイという技を使えば、きっと、隕石も破壊されると思う。さあ、急いで――そこへ向かおう」

「……向かおう、って……、どこへ?」

 

 決まっているじゃないか、とヒガナは言って上空を指さした。

 

「――宇宙だよ」

 




次回、「デルタへといたる道」最終話となります。

ぜひ、最後までお楽しみいただければ幸いです。


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最終話

いつもの三倍くらいあります。
長いです。




「宇宙――か」

「そうだよ、宇宙だ。嫌いかい?」

「いや、そもそも宇宙には空気が……」

 

 それ以外にもどうやって宇宙に向かうのか、ということもあるが。

 

『それには問題ないだろう』

 

 言ったのはレックウザだった。

 

『長い髭から粒子が出てきていてね。これは空気をも生み出すことが出来る。これを応用すれば私の周りに空気の膜を作り出すのも容易に出来る』

「そうか……。それならば問題ない。……って、え? 俺はレックウザにのって宇宙へ飛び立つってことか?」

「それ以外に何かあるの?」

 

 ヒガナは訊ねる。

 いや、確かにそれ以外の方法なんて思いつかないけれど。

 

『行くぞ、ユウキ。――隕石を破壊するために、な』

 

 レックウザは唸りながら、蜷局を巻いている。

 俺はそれを見ながら、レックウザに乗り込んだ。

 

『――確り、捕まえていろよ!』

 

 そしてレックウザは、宇宙へと飛び立っていった。

 

 

 

 

「ユウキは無事レックウザの伝承者になれたようだね……」

 

 ヒガナはそれを見送って、ゆっくりと地面に倒れこんだ。シガナが慌てた様子で彼女に寄り添う。

 

「私もこれまでかなあ……。ハハハ、まさか雷に打たれるとは思いもしなかったよ。それだけポケモンに嫌われている、ってことなのだろうね。当然だよね……人からポケモンとの絆の象徴でもあるキーストーンを無理に奪ったのだから」

 

 ヒガナは空を見上げる。

 もうレックウザは空高く飛び上がり、見えなくなっていた。

 

「そもそも、私のキーストーンが反応するかどうかは未知数だった。ばば様も言っていたっけなあ……。この世界の人間でも無いのに、メガシンカを使いこなすことが出来るかも解らない。だからこれは完全に賭け、だって」

 

 ヒガナの独白は続く。

 

「でも、ユウキは使うことが出来た。彼もまた、この世界の人間じゃなかった……って言うのに」

 

 ヒガナの身体が光に包まれる。

 それを見て彼女は――自らの限界を悟った。

 

「ああ、もう終わるのか……。そういえば、彼に一つだけ嘘を吐いてしまったね……。その嘘はほんとうに申し訳ないことだった。彼は戻ってくることも無いだろうし、仮に戻ってきても、私が耐えうることも出来ないだろうし」

 

 彼女はモンスターボールを開けて、ボーマンダを繰り出した。

 ボーマンダも彼女の異変に気付き、彼女に近づく。

 

「ボーマンダ……。この手紙をどうか、地上に居るだろうチャンピオンに渡してくれないか。ツワブキダイゴという名前だよ。あと、これも。このメガストーンは『彼』に渡してくれ」

 

 彼女は手紙とともに、七色に輝く石を渡した。

 キーストーンとメガストーンだった。

 

「私の吐いた嘘は『彼』を守るためだった。それは誰にも言うことが出来なかった。だから……ごめんね」

 

 ヒガナは涙を流す。一滴一滴が、地面へと零れ落ちる。

 

「お疲れ様、ヒガナ」

 

 彼女の見上げる空に、一人の影が浮かび上がった。

 それはおぼろに見えたが、しかし、それが誰なのか彼女はすぐ理解した。

 

「シガナ……。戻ったのね、人間に!」

 

 ヒガナは立ち上がる。痛みが無い。驚くぐらい身体が軽い。

 

「さあ、行きましょう。あなたは頑張ったよ。もう頑張らなくていいんだ。私と一緒に、恒久の時を過ごそう」

「シガナ、シガナ……! 会いたかった……!」

 

 そして二人は空へと昇り――消えた。

 ボーマンダもそれを見送って、そして、祭壇から後にした。

 最後に残されたのは、小さな一枚の手紙だけだった。

 

 

 

 

 もうすっかり俺とレックウザは宇宙空間に居た。

 はっきり言ってすでに隕石を破壊しており、あとは戻ればハッピーエンド……のはずだった。

 だが、違った。

 目の前にあるのは、小さな三角形だった。赤黒いそれは、宇宙空間に浮かんでいる。

 

「あれは……いったい何なんだ?」

『来るぞ。世界に語られることのないであろう、最終決戦の幕開けだ』

 

 レックウザとの会話も少し慣れてきた。

 そして――三角形が変化し始める。

 三角形から、触手とも思える腕が突出した。

 

「……あれは!?」

 

 俺の言葉を無視して、さらに変化を続ける三角形。

 そして、三角形は気付けば一匹のポケモンへと姿を変えていた。

 胸には紫色の水晶体がある。……これが心臓の役割を成しているのだろうか?

 赤と緑でつくられた触手のような手足。

 それは普通にいるポケモンとは違うことを、見ていて思い知らされる。

 

『――デオキシス。宇宙からやってきたポケモン、か。果たしてここまで来るのなら、ポケモンの定義とはどうなるのか解らなくなるな。ポケモンはどこへ向かっていき、何を目指しているのか……そんなことを研究している学究の徒もいるらしいが、それは永遠と解らないのだろうな』

 

 デオキシスはただこちらを見つめているだけだった。

 ……敵意は無いのだろうか?

 

「なあ、レックウザ。敵意は無いように見えるか?」

『それは私もそう思える。しかしデオキシスは隕石をここまで連れてきた可能性も大いにあり得る』

「連れてきた……だって?」

『私がポケモン協会なる組織に研究されていたころの話だ……。私を自由に操ることのできるものと同時に、ある研究が為されていた。それは、宇宙からやってきたポケモンの解析だった。ポケルスという言葉を聞いたことがあるだろう?』

 

 ポケルス。

 それはポケモンのみが感染するウイルスのことだ。それに感染することでポケモンのステータスが向上するなど言われている。一説には宇宙からやってきたのではないか――とも言われている。

 

「まさかポケルスが宇宙からやってきた……なんて言わないよな?」

『あくまでも可能性の一つだ。だが、ポケモン協会はそれを本気で信じていたらしい。カントー地方に落ちた隕石に付着したウイルスを解析したところ……それがポケモンだと判明した。そしてそのポケモンは、宇宙からやってきたポケモンだと断定して、こう命名した。――デオキシス、と』

「デオキシス……」

 

 再び、俺はデオキシスを見やる。

 デオキシスはどこか悲しげな表情を浮かべているようにも見えた。

 

「ただデオキシスは家族に会いに来ただけ……ってことか?」

『それも、可能性の一つだ。だが、それが正しいのかどうかは誰にも解らないがね。それが事実かどうかは解らない。だが、デオキシスが二体いることは確実だ』

 

 デオキシスは俺たちを横目に――俺たちの星に向かって飛び立っていった。

 それを俺は、止めることが出来なかった。

 

『止めなくていいのか?』

「家族に会いに行くのに、倒さなくちゃいけない理由でもあるのか?」

 

 俺の言葉にレックウザは頷く。

 

「戻ろう――俺たちが救った世界へ」

 

 

 

 

 祭壇に到着した俺はレックウザと対面した。

 

『これでお別れとなる……か。「ガリョウテンセイ」を打ち込むことが無かったのは、少々残念なことではあったが』

「バトルが無かったのはいいことだよ。だろう、レックウザ」

 

 祭壇にはヒガナもシガナもいなかった。二人(正確には一匹と一人)はどこに消えてしまったのだろうか?

 ……と俺が辺りを見渡していたら、手紙を見つけた。

 

「何だ、この手紙……」

 

 手紙を拾い、その内容を見る。

 

 

 

 

 

 ――あなたがこの手紙を読んでいるころには、私はもうこの世界にはいないでしょう。そして、あなたがレックウザによって隕石を破壊して、この世界を救った頃だと思います。

 ――私は『世界の改変』により消えました。そしてそれはあなたにも考えられることになろうと思います。

 ――すべてが終わったことは、とてもうれしく思います。だって、私たちがもともと暮していた世界にも、この世界にも平和が訪れたのだから。

 ――ただ、残念なことに私たちはこの世界で暮らしていくことは出来ません。かといって元の世界に戻れる保証があるかと言われると微妙なところです。元の世界は改変されてしまい、あなたとは違うあなたが暮しているのですから。もし戻ることが出来たとするならば、あなたがこの世界で過ごした記憶は消えているかもしれません。無論、あなたと過ごした私の記憶も。

 ――こんなことに巻き込んでごめんなさい。

 ――あなたはきっとレックウザに選ばれるために、この世界を救うためにここに来たのだと思う。けれど、結果としてあなたが消えてしまうのも事実。感謝してもし尽せないし、謝罪してもあなたが許してくれるとは思えない。

 ――だけれど、私は何度だってあなたに謝りたい。

 ――ありがとう。ごめんなさい。

 ――そして、お疲れ様。

 ――それじゃ、ね。

 

 

 

 

 手紙の最後にはヒガナの名前が書かれていた。

 この手紙から類するに、ヒガナは消えてしまったのだろう。

 ほんとうに、消えてしまったのだ。

 そして、俺も――。

 

『お別れのときが、来たようだな』

 

 気付けば俺の身体は光に包まれていた。

 

「そのようだな」

 

 涙を拭って、俺は言った。

 

『会う機会も無いかもしれない。だが、この世界を救ったのは紛れも無く君だ。それだけは言えるだろう』

「……ありがとう」

『礼を言うのはこちらのほうだ。いや、むしろこの世界のすべての存在から代表して、お礼を言わせてくれ。ほんとうに、ありがとう。この世界を救ったのは、ユウキ――君だ』

 

 光の輝きがどんどん増していく。

 俺は消えてしまうのか。

 そう思うと、涙が止まらなかった。

 

「さようなら――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 俺の姿は、完全に消失した。

 



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エピローグ

 俺は目を覚ました。

 何だろう、とても長い夢を見ていた気がする。

 俺は自分の机に置いてあるモンスターボール――その中で佇んでいるポケモンの姿を確認する。こうしてポケモンの健康を確認するのが俺の毎日の日課となっている。

 

 

 

 

 長い夢を見ていた気がするが、俺にはそれが何だったのか、思い出せない。

 

「なんだったっけ、ラグラージ」

 

 俺は相棒のラグラージに訊ねる。だが、ラグラージは何も答えなかった。

 そりゃそうだよな、俺の夢なのに。

 ポケモンに聞いたって――解らないよな。

 

「今日も修行頑張るか……っと」

 

 俺はチャンピオンになった今でも修行を欠かすことは出来ない。

 

「今日は寒いな……。半袖じゃ不味かったか?」

 

 俺は呟きながら、街を歩いていた。

 これから向かうのはヒワマキシティの西――天気研究所の辺りだ。あそこは自然のアスレティックになっており、ポケモンのみならずトレーナーも身体を鍛えることが出来る。

 そして俺はそこまでやってきた。

 そこに、誰かが居た。

 俺以外、この場所を知っている人間は居ないというのに。

 

「誰だ?」

 

 俺は訊ねる。

 そこに居たのは、黒いシャツを着た少女だった。

 少女の隣には白い髪をした女性も立っている。

 黒いシャツを着た少女は俺の言葉に気が付くと、振り向いた。

 

「やー、済まなかったね。別にここを荒らそうって訳じゃないよ。何というか……ここに来たかったんだよね。何故だろうね? シガナ」

「何故でしょうね?」

 

 シガナと呼ばれた女性は、もう一人の女性の言葉を聞いて頷いた。

 そして二人は微笑みながら、立ち去っていった。

 

「……何だったんだろう、さっきの人は」

 

 俺はそう言いながら、ラグラージを見やった。

 見覚えがあるようにも見えたその黒いシャツを着た少女もまた、振り返ることなくその場を去っていった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 すべてが終わって、ボーマンダがダイゴのもとへやってきた。

 

「ボーマンダ……だけ? ヒガナとユウキくんは? 彼女たちはどうなったんだ?」

 

 しかしボーマンダは人間の言葉を話すことは無い。

 

「ダイゴ。ボーマンダにそんなことを言っても無駄だ。ポケモンはポケモンの言葉しか話すことは無い。人間が理解できる言語を話すことは出来ないんだ」

「何を言っているんだ! メガシンカは人間とポケモンとの絆をもとにやっているのだろう!? 人間とポケモンが思想を理解できないで、ポケモンの言葉を理解できないで、何が絆だ」

 

 ダイゴは言葉だけ吐き捨てて、ボーマンダから手紙を受け取った。

 そこにはダイゴに対する謝罪を延々と記していた。

 そして最後には、こう書いてあった。

 

 

 

 

 ――この世界には、私もユウキももう居ないことだろう。だからこそ、今の世界のあなたたちが作ってほしい。

 

 

 

「ユウキが死んでしまった……と書いてある」

 

 ダイゴはぽつり、呟いた。

 ミクリもそれを聞いて俯いた。ルチアも同様だ。

 

「……待てよ。手紙には続きがあるぞ。二枚目がうまい形でくっ付いている。どういうことだ?」

 

 

 

 

 

 ――追伸

 ――ユウキが死んでしまった。

 ――そう書いたが、はっきり言ってそれは嘘だ。彼は生きている。彼はある方法を使って、死んだ風に見せかけただけだ。

 

 

 

 

 

 

「死んでいない……だって?」

「『みがわり』を使ったと言いたいのか? ポケモンにしか使えない技だぞ」

「それくらい解っているが……。まだ続きがある」

 

 

 

 

 

 ――ユウキはある場所に居る。今頃、彼はラティアスとともに過ごしていることだろう。彼は危険な目にあっている。彼を今、失ってはならない。

 ――以下に、彼が住んでいる場所を記す。

 ――これは、元チャンピオンであるツワブキダイゴが、この情報を提供するに信頼できる人間だと思ったため、記した。

 ――彼を、世界を、よろしく。

 

 

 

 

 ヒガナの手紙は、こう締めくくられていた。

 



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第一部:外伝
南の孤島


 pixiv版に先行掲載した短編となります。
 ORAS世界のユウキとラティ兄妹の話。基本、公式イベント準拠。


 

 南の孤島という島がある。

 ホウエン地方の南に突如出現する小さな島のことだ。そこに行くにはむげんのチケットというものが必要となる。そしてカイナシティ或いはミナモシティから出るタイドリップ号に乗り込めばよい――。

 

「それにしてもこの島、暑すぎやしませんか。ダイゴさん?」

 

 俺は隣に居るダイゴさんに訊ねる。ダイゴさんは石の洞窟で出会ったストーン・ゲッター。バトルが強い感じは雰囲気だけでも感じ取ることが出来る。

 俺がダイゴさんとともにここにやってきたのは――あるポケモンに誘われたからだった。

 ラティオス。

 それは見たものや感じたものを映像として映し出すことのできる、とても知能の高いポケモンだ。噂によれば、人間の言葉を理解することが出来るし、未来予知もある程度出来るのだという。ほんとうにそうなのかどうかは、解らないが。

 また体毛が光を反射させる特殊なもので出来ているらしく、自由自在に変身しているように見える――らしい。見ていないから眉唾物ではあるが。

 ラティオスは言った。

 

「ダイゴ……だったな。かつて私たちのことを守ると言った、強者たる存在」

 

 ラティオスの声は深いものだった。落ち着いたものとも聞こえるが、それには少し焦りも見られる。

 

「確かに僕は言ったよ。……君たちは単独で活動する存在では無かったはずだ。いったい何があったんだ?」

「今ここで詳しく語る余裕はない。頼むから急いできてくれないか。話は南の孤島へ向かう、その最中とさせてくれ」

「……それもそうだね。解った。急いで向かうことにしよう」

 

 ダイゴさんの言葉に、俺は否定することなんてしなかった。

 そして俺とダイゴさんはラティオスに乗り込み――南の孤島へと向かった。

 

 

 

 

 

「南の孤島は私たち兄妹の楽園ともいえる場所だ。そこに住むのは私たちしかいない。あとは豊富な木の実だけだろうか。……ともかく、私たちにとっては楽園と言える場所であることは間違いない」

「そうだ。確かに僕も以前訪れたとき、これほど前に完成された『楽園』があるのか、と驚いたほどだよ」

 

 南の孤島へ向かうにはまだ幾分時間があるらしく、ラティオスから俺たちは話を聞いていた。どうやらダイゴさんは以前南の孤島に訪れたことがあるらしく、時折相槌を打っていた。

 

「そこがマグマ団によって見つけられた」

 

 それを聞いて、俺は眉をひそめた。

 マグマ団。陸を増やそうと活動している団体のことだ。

 彼らがどうしてラティオスを狙うのだろうか?

 

「違うぞ、人間。私だけを狙っているのではない。ラティアスも狙われているのだ」

 

 どうやら考えていることを理解できるらしい――それは出来ることならばしてほしくないのだが――。

 

「ラティアス?」

「ラティオスの妹だよ。同じ個体に見えるが性別が違うように見える」

「そうだ。なぜマグマ団が私たちを狙っているのか解らないが……このままでは私たちはマグマ団に捕らわれてしまう」

「それは不味いね。マグマ団にポケモンを奪われるわけにはいかない。もしかしたら彼らの目的はそれ以上、メガシンカになるのかもしれないけれど」

 

 メガシンカ、か。

 ということはラティアスとラティオスもメガシンカするということなのだろうか?

 

「まもなく、着くぞ」

 

 それを聞いて、俺とダイゴさんは見下ろした。

 そこには小さな島があった。そこが南の孤島なのだろう。

 そして俺たちはそこへ降り立った。

 

 

 

 南の孤島は緑が生い茂っていた。これほどまでに完成された場所があるのか――と疑ってしまうくらいだ。

 

「この奥にラティアスはいる。……頼む、妹を救ってくれ」

 

 ラティオスの言葉に、俺は頷いた。

 

 

 

 

 

 

 ラティアスの前には一人の女性が立っていた。因みにダイゴさんはラティオスを守るためにその場に待機している。

 赤い。ただ赤い。

 タイトスカートを履き、ピンクの髪をしている。

 

「…………あなた、誰?」

 

 踵を返し、女性は言った。

 

「ラティアスを渡すわけにはいかない」

 

 俺はその問いに答えず、ただ自分の理念を言った。

 

「…………とりあえず、消えて。このポケモンが持っているメガストーン…………、それが私たちマグマ団の求める物なのだから」

 

 やはりマグマ団はメガストーンを求めていた。

 だからといって、引き下がるわけにはいかない。

 

「…………消えるつもりはないようね」

 

 女性は言った。

 

「…………それじゃあ、デリートします」

 

 そう言って女性はモンスターボールを投げた。

 繰り出されたのはバクーダ。

 俺も即座にポケモンを出す。

 俺が出したのは、タイプ相性から考えて、ヌマクローしかあり得なかった。

 

「…………バクーダ、『ふんえん』」

「ヌマクロー、『マッドショット』!」

 

 バクーダの『ふんえん』が当たるよりも早く、ヌマクローのマッドショットがバクーダに命中する。バクーダに効果は抜群だ。

 そして一発でバクーダは倒れた。……あれ、思ったより弱い?

 それを見た女性は、呆気にとられた表情だった。

 

「…………予想外」

 

 女性はゆっくりと歩き出す。俺に向かって、ゆっくりと歩き出した。

 女性は俺の目の前に立って、言った。

 

「…………私の名前は、カガリ。…………マグマ団の幹部であり、研究者」

「俺の名前はユウキだ」

 

 そして再び歩き出す。

 森を出ていく最後、立ち止まるカガリ。

 

「…………君、ターゲットロック、したから」

「は?」

「…………エクスペリメントするから、ずっと、君を」

 

 そしてカガリは姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 ダイゴさんとラティオスがそれからやってきた。

 ラティアス――赤いポケモンだ――を確認して、ラティオスはほっと安堵の溜息を吐いた。余程心配していたようだった。

 

「ありがとう、人間。君が居なければ、何も解決しなかったことだろう」

「人間じゃない、ユウキだ」

 

 それを聞いて、ラティオスは目を瞑る。

 そして、すぐに目を開けた。

 

「それは済まなかった、ユウキ。私たちはこのまま南の孤島に住む。ただ、もし君に何かあった時……私たちが君のことを助けよう。たとえ、君に死の危機が降りかかろうとしても」

「ありがとう、ラティオス」

 

 そして、俺たちはラティオスとラティアスに別れを告げ、南の孤島を後にした。

 

 

 

 

 ――ラティオスに出会うのは、それから暫く経ってからのことだった。

 ――その時、俺がまさかあんな目にあうなど、解りもしなかった。

 

 

 

 

 



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To the next Adventure.
---


 ホウエン地方のとある倉庫。

 一人の少年が本棚を見つめていた。

 取り出したのはとある一冊。

 

「かつて、ホウエン地方には超自然的エネルギーがあった。しかし、いつかはこの超自然的エネルギーも消えてしまう。伝説のポケモンがこのホウエンに垣間見えるようになったのも、これが原因だったのか……?」

 

 そこに記されていたのは光輪を持つポケモンだった。

 

「フー……パ? 聞いたことないポケモンだ。こんなポケモンが居れば、どんなものだって取り寄せてしまう。きっと……あのポケモンだって」

『あら、ここにいたの』

 

 声が聞こえた。

 メイド服を着た若い女性だった。赤い髪はツインテールのようにしている。

 

「だってここに居るって言っただろう? 俺はいつもここにいるよ」

『もう少しだけ……時間がかかるかもしれない。けれど、ごめんね。きっといつか彼らも忘れていくはずだから……』

「ほんとうならば、俺も出ていきたいところなのだけれどね。さっきまでだと出ていたら捕まってしまうと、いろいろと問題があったけれど……。なあ、まだ俺は外に出ることを許されないのか?」

『ごめんなさい。多分未だ……終わっていないから』

 

 音が聞こえた。

 女性が何かを感じ取った。

 

『ちょっと出てくるわね』

「ああ」

 

 女性は少年と別れて、玄関へと向かった。

 

 

 

 

 

 玄関に居たのはボーマンダだった。

 

『ボーマンダ!』

『遅れてしまって済まなかった。……彼女から渡されたものを届けに来たよ』

『ということは……彼女は元の世界に戻ることが出来たのだね』

『そういうことになるな』

 

 頷くボーマンダ。

 それを聞いて、リンゴを差し出す女性。

 

『それじゃあなたも、ここで過ごすことになるのよね?』

『まあ、そういうことになるだろうな。彼女がああなってしまったからには、私も主を探さねばなるまい』

『だったらここに……』

「ボーマンダじゃないか。どうしてこんなところに?」

 

 声を聴いて女性は振り返る。

 そこに居たのは少年だった。

 

『よう、久しぶりだな!』

「ああ、久しぶりだな。……ヒガナは?」

『……彼女は帰ったよ』

 

 それを聞いて、少年は俯いた。

 

「……そうか。それなら、仕方がないよな」

『ボーマンダが渡したいものがある、と。そして、あなたとともに活動したい……そう言っています』

「つまり、仲間になりたいってことか? 俺は別に構わないよ。それで……渡すものとは?」

 

 ボーマンダが差し出す。

 それは、七色に輝く石――ボーマンダのメガストーンだった。

 

「これは……ボーマンダナイト……」

 

 ボーマンダナイト。

 それを持つことでボーマンダがメガシンカすることのできる石だった。

 

「ヒガナがこれを俺に託した、ということは……。彼女はもう、これを使うことが無い、ってことか……」

 

 少年は考える。

 そして、少年は少しして、うなずいた。

 

「解った、ヒガナ。俺はお前の意志を継ぐ。お前に助けられた命――、そして、ラティオスに救われた命――、決して無駄にしない」

 

 少年の名前はユウキ。かつてホウエン地方を制覇したチャンピオンの名前だ。

 そして彼女の名前はラティアス。

 今の彼女は人間の姿だが、これは兄であるラティオスと流星の民であるヒガナから指示を受け、ユウキの補佐を行っているポケモンが、ガラスのような羽毛で光を屈折させ変化しているように見せかけている姿だった。

 

 

 




To the next adventure...


第二部「光輪の魔神」へつづく。


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第一部設定

少しだけ公開します。


ユウキ(RS)

 

 もともとはRS世界で暮らしていたが、隕石が落下したことにより「何者か」がその元凶となったORAS世界へと飛ばす。ヒガナと出会った後、意味も解らず彼女の任務を助けていたが、最終的に自らの手でレックウザに乗り込み、隕石を破壊。デオキシスと邂逅したが、敵意は無いと判断し見逃すことに。

 情に厚いトレーナーとして知られており、RS世界ではファンも多かった。RS世界に戻ってからも鍛錬を怠らない。ハルカとはうまくいっていないようだ。

 

 

ユウキ(ORAS)

 

 煙突山にてマグマ団の下っ端に殺されたと思われていたが、「協力者」によって救われる。協力者は命を落としてしまった。その後ヒガナと出会いこの世界の真実について語られる。ユウキもまた、「あるポケモン」を求めていたことからヒガナと協力することを決意。ひとまず表舞台から去ることにした。

 RS世界のユウキ同様情に厚い。それ以上にポケモンを育てることが好きで、その実力はダイゴもバトルシャトレーヌたちも認めている程だ。中でもラニュイはユウキに教えを乞う程だとも言われている。

 第二部では、「あるポケモン」を探すために再び自らの足でホウエンを回ろうと決意する。

 

 

ラティアス

 

 ユウキのポケモン。RS世界でも彼のポケモンとなっているが、ORAS世界ではあくまでも「友達」という役割で、ユウキとともに居ることは無かった。しかしユウキ(ORAS)とヒガナの計画に賛同することで、彼とともに暮らしていくことを決意。現在は彼とともにある倉庫で過ごしている。

 

 

ラティオス

 

 ラティアスとともに南の孤島に居たポケモン。南の孤島で危機をユウキに救われてから彼に恩義を働こうと決意した。

 

 

ヒガナ

 

 RS世界ではナナシマに暮していた。ジョウト地方竜の里(フスベシティ)の出身。しかし同じ竜の里出身であるジムリーダーとチャンピオンとは面識が無い。隕石が落下し、自らの環境が大きく変化したことでヒガナは、よりいっそう自分が流星の民であることを自覚する。ORAS世界に転移したあと流星の滝に向かい「ばば様」と出会う。そこでこれから起こることを話し、協力を依頼した。

 RS世界では元の姿に戻ったシガナとともにヒワマキシティのツリーハウスで暮らしている。

 

 

シガナ

 

 ヒガナの幼馴染。彼女はある時行方不明となっていたが、ヒガナがORAS世界に転移したときにゴニョニョの姿となって再会した。

 実は彼女は「じくうのさけび」なる能力を手に入れていた。じくうのさけびによって予知能力的なものを手に入れた彼女はそれをヒガナに伝え、この世界に隕石が落下しないよう、そして、自分たちが元に戻るために動き始める。

 RS世界では無事元の姿に戻ったが、ヒガナとともにナナシマへ戻ることはせずホウエンで暮らしていくことにした。

 

 

 

流星の民

 RS世界では何の意味も持たないただの一族だった。そのため、自らが流星の民であることを知らない人間も多くいた。ヒガナは小さいころから母親に自らが流星の民であることを知らされていたため、それを知っている。

 RS世界では、そもそも隕石の規模が小さかったこともあり、流星の民が危機感を抱くことも無かった。また、レックウザのメガストーンに関する昔話も当然無かった。

 ORAS世界ではレックウザに関する昔話を語る一族となり、さらに流星の民近辺に村をつくった。これがハジツゲタウンの始まりとも言われているが、それを知る人間は少ない。

 




第二部、2015年1月23日より連載開始!


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第二部:光輪の魔神
第一話


第二部、思ったより早く書けましたので、早くスタートします。
だって、お待たせするより早く始めたほうが……断然いいですものね。




 かつてのチャンピオン、ユウキがレックウザによって世界を救って一ヶ月――。

 人々はユウキによって世界が救われた事実を、徐々に忘れつつあった。

 だが、そんなこと無く、未だ風化しない場所があった。

 ミシロタウン。

 そこに住むハルカという少女は、ポケモン研究の権威であるオダマキ博士の娘である。

 彼女はオダマキ博士と同様フィールドワークをすることで、一帯のポケモンを調査している。

 

「103番道路のポケモンはこのくらいかな……」

 

 特にグラードン、正確には隕石落下未遂からポケモンの生態系は再び大きく変化した。

 

「あ、こんなところにいたのか」

 

 声を聴いて、ハルカは即座に振り向いた。

 彼の面影があったから――。

 

「ユウキ!?」

「……違う。僕はツワブキダイゴ。名目上、元チャンピオンと呼ばれている人間だよ」

 

 それを見てハルカは溜息を吐く。

 彼女がユウキだと思ったからだろうか?

 

「……騙したつもりは無いが、もしそう思ったのならば、済まないことをした。だが、どうしても話さなくてはならないことがあってね」

「話さなくてはならないこと?」

「ああ。取りあえず、君の家へ向かわないか? ここではいつどこで聞かれるか解ったものじゃない」

 

 その言葉に、ハルカは頷いた。

 

 

 

 

 ハルカの家。

 ダイゴはハルカの母親からもらったお茶を一口。

 

「申し訳ありませんね、急に押しかけてしまって……」

「いえ……。別に問題ありません。それよりも……どうしたのですか、急に」

 

 ハルカの母親はダイゴに訊ねる。

 ダイゴも特に時間稼ぎをする必要も無いと思い――告げた。

 

「ハルカちゃん、もしユウキくんが生きているとしたら、どうする?」

 

 衝撃だった。

 だってそれはずっと考えていたことだが、あり得ないと思っていたことだからだ。

 

「あり得ない……そう思っているかもしれない。だが、それはあり得ることだ。この手紙を見てほしい」

 

 そういってダイゴはあるものをとりだした。

 それは手紙だった。

 

「ヒガナという少女のことは覚えているね?」

 

 ハルカは頷く。忘れるわけがない。ハルカからキーストーンを奪った相手だ。のちにダイゴからキーストーンを返却してもらったが、彼女自身は消えてしまったため、未だ彼女はヒガナに対して怒りを募らせていたのだ。

 

「この手紙にこう書かれている。『ユウキは今、別の場所に居る』、と」

「それじゃ……レックウザで戦ったユウキは生きているということですか?」

「話すと長くなるのだが……ユウキくんはレックウザとともに隕石を破壊していない。そのユウキくんはヒガナとともにこの世界にやってきた、すなわち、別の世界のユウキくんだ」

「……パラレルワールド、ということですか」

 

 ダイゴは頷く。

 

「僕ははっきり言って半信半疑だったよ。だが、ついに情報を掴んだ。彼が生きているという情報を」

「どうしてですか?」

「こころのしずくというものを知っているかい? これはラティアスの心を映したものらしくてね。かつて、ラティアスから何かあった時に、と譲り受けたのだが……それを通して『彼女』から交信があった。そしてその交信で……こう語られた」

「ユウキくんが、新たな巨悪からあるポケモンを守るために旅に出た、と……」

「新たな巨悪……」

「それについては教えてくれなかった。だが、今ユウキくんは再び戦っている。どうだい、彼に会おうとは思わないか?」

 

 その言葉に、ハルカは頷いた。

 その選択しか、彼女には残されていなかった。

 

 

 

 

 

 そして、ダイゴとハルカの、ユウキを探す旅が始まった――!

 

 



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第二話

「でも、これからどうするんですか?」

 

 ハルカの言葉にダイゴは首を傾げる。

 

「そこが問題でね……。実は未だ情報を仕入れきっていないんだよ。何処かの倉庫だということは聞いたが、それがどこであるかはさっぱり……」

「それじゃ、手がかりも何一つ無いんですか?」

 

 ハルカの言葉にダイゴは首を横に振り、あるものを取り出した。それはトレーナーならば誰もが持っているものだった。

 ポケモンマルチナビ。

 通称ポケナビ。地図やコンディションなどポケモンのありとあらゆる情報を観測することが出来るマシンのことだ。

 

「ポケモンマルチナビ……ですよね? これがいったい、何だと言うんです?」

「ハルカちゃんは手厳しいなぁ。何をするのかと言えば簡単なことだよ。これで情報を持っている人間と連絡を取る」

「取る……って、ポケモンマルチナビにそのような機能がついていたんですか?」

「バージョンアップ、ってところかな。それによってポケモンマルチナビは新たな機能を手に入れたこととなる。……その機能の名前は『エントリーコール』。何と一度記録さえしておけば半永久的に登録が残るというわけだ」

「成る程、エントリーコール……ですか? 因みに……ですけれど、ユウキに連絡を取ることは出来ないですよね?」

 

 それは藁をもすがる思いだったかもしれない。

 何れにせよ彼女はユウキの手がかりを僅かでも見つけたかった。ダイゴなら連絡帳に登録しているのではないか……そう考えたのだ。

 でも、それは甘かった。そもそもの話、もし登録されているならばとっくに連絡を取っているはずだから。

 

「残念ながら彼は今、ナビの電源を切っているらしい。切っていない、或いは電波の届く場所に居るのであれば、一目でそれが解るはずだからね」

 

 そう言ってダイゴは、彼女にポケモンマルチナビの画面を見せた。

 そこにはエントリーコールの連絡帳があった。そして先頭に――彼女が一番知っている人間の名前が書いてあった。

 ユウキの名前は灰色に塗られていた。ほかの人間は緑色になっていたり黄色になっていたりと、割かし様々なバリエーションとなっている。

 

「この灰色の状態は通信に出ることが出来ない状況を指している。その理由がどうなのかは解らないが……結果、こうなっているのは確かだよ」

「そう……ですか」

 

 ハルカは落胆する。彼女が落ち込むのも当然かもしれない。それは彼女にとって一婁の希望となりかけていたのだから。

 ダイゴはそれを解っていた。なるべく傷を付けないように嘘を吐くことだって考えた。

 だが、嘘を吐くのは彼女のためにならないとも思った。だからこそ、正直にそれを言うのが、彼女にとって、一番であろうと思った。

 

「……というわけで、僕は今から連絡を取る。これでもそれなりに情報は集まってきているからね。そして……これから訊ねる『彼女への質問』の解答によっては……彼の居た場所が明らかだと言うことだ」

 

 ダイゴはそう言ってエントリーコールを経由して、誰かに電話をかけた。その人物が誰であるのか、少なくとも今の彼女には解らない。

 



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第三話

 ヒワマキシティ。

 ツリーハウスが立ち並び、緑が生い茂る町だ。

 そこにハルカとダイゴはやってきた。

 

「ヒワマキに誰か居るんですか?」

 

 ハルカの問いにダイゴは答えない。

 ハルカは少しだけ不機嫌になりながら、彼の跡をついていく。

 

「ここだ」

 

 彼が立ち止まった――その先にあるのは、ヒワマキジムだった。

 

「ここって……ヒワマキジムですよね? どうしてここに?」

「それは見ればわかるよ。彼女に会いに行くんだ」

 

 そしてダイゴはジムの中へと入って行った。

 

 

 

 

 ヒワマキジム内部では、一人の女性が待ち構えていた。

 

「待ち草臥れたぞ、チャンピオン」

 

 その言葉を聞いてダイゴは笑みを浮かべる。その皮肉交じりの言葉も、そう珍しいものではないのだろう。

 

「すまなかったね、ナギ」

 

 ヒワマキジムジムリーダー、ナギ。

 彼女は飛行タイプのジムリーダーであり、彼女自身空を飛ぶ。……勿論風に乗って、ポケモンとともに、であるが。

 

「今回チャンピオンに伝えるべき情報はこれだ。まったく、骨が折れたよ」

 

 そういってナギはある紙を手渡した。

 それを見たダイゴは――驚愕の表情を浮かべる。

 

「おい……。これはいったい……」

「一番つらいのはチャンピオンである君かもしれないね。でも、これは事実。……あら、ハルカちゃんも来ているの」

 

 ようやくここでナギはハルカの存在に気が付いたらしい。ハルカはそれを聞いて頭をさげる。

 

「……どういうことだよ、これは」

「どうしたんですか、ダイゴさん?」

「第三の超古代ポケモン、レックウザについて知識はどれくらいある?」

 

 突然ダイゴはハルカに訊ねた。

 ハルカは首を傾げつつも、自らの知識を示した。

 

「レックウザは空の柱にいるポケモンです。大気層の中に住んでいて……ということくらいしか解りません。あくまでもポケモン図鑑の中に書かれていることだけになりますけれど」

「そう。それだけで充分だ。……ここに書かれていることを要約すると、新しい巨悪が蔓延っているらしい。それも、陸と海ではない、別の存在」

「それは……」

「空、だ。陸も海も関係ない。自分たちは空に生きるのだと。そして、そのために……大地を、海を、破壊する……。そういう組織が居るらしい」

「その、組織の名前は?」

「その名前は……スカイ団」

 

 ダイゴは重々しく、そう呟いた。

 

 

 

 

 バトルリゾート。

 高級リゾート地であるここにはバトルハウスがあり、名前の通りバトルを追い求める人間たちが集まる場所である。

 その、とある家。

 

「……まさか、君が私の元を訪れるとはね」

 

 その男はかけている眼鏡を上げて、小さく溜息を吐く。

 

「かつては人類の幸福を追い求めるために、大地を増やそうと考えていた。だが、大人には次の世代を受け継ぐ義務がある。だからマグマ団を再編して、今はバトルリゾートでバトルの腕を鍛えている……だったよな? マツブサ」

 

 少年は笑う。

 かつて、彼は問うたことがある。

 ポケモンとは――少年にとってポケモンとは何か、と。

 少年は一寸の迷いも無く、言った。

 

 

 ――仲間、だと。

 

 

 仲間とともに、自分は強くなれたのだと。

 それを聞いてマツブサは変わろうと思った。再び自分がトレーナーとしてポケモンと接しても構わないのであれば、今度は少年のようにポケモンを道具と思わず仲間と思おう、と。

 少年を見て、マツブサは笑みを零す。

 

「それで? 何のために君はここまでやってきた? 君が私を訊ねるということは、相当重要な問題が起きていると思うのだが」

「ああ、その通りだ」

 

 少年は頷く。

 そして少年の口から、言葉が紡がれる。

 

「……俺と同盟を組んでくれないか、マツブサ」

 



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第四話

 

 同盟。

 それを聞いてマツブサは耳を疑った。

 かつて戦った……いわば敵だった少年が、同盟を組んでくれないか、と提案する? そんなことがあり得るのだろうか?

 

「もちろん、突然言われて驚いているかもしれない。俺はこの間のレックウザ騒動では何もしなかった。はっきり言って、最低な人間だよ」

 

 少年の名前はユウキ。

 かつてカイオーガ・グラードン事件を解決した少年だ。また、隕石騒動においても解決し、その後消息不明となった――そういわれていた。

 だが、彼はいまマツブサの前に立っている。

 それがマツブサにとって驚愕でもあり、興味がわいた。どうして彼が生きているのか、ではない。今の言葉について――気になることしか浮かばないからだ。

 

「レックウザ騒動では何もしなかった……? 馬鹿な、何を言っている。隕石を破壊したのはお前がメガレックウザの力を使っている、と……」

「俺であって、俺じゃない。正確には、別の世界の俺だったんだよ」

「……残念ながら、言葉が理解できないのだが……」

 

 マツブサは顔を顰める。

 それを当然だという目で見るユウキは、話を続ける。

 

「確かにそう思うのが当然かもしれない。だが、これは紛れもない事実だ。別の世界にいた俺が、この世界にやってきて俺の代わりにレックウザで隕石を破壊した。それ以上でもそれ以下でもない」

「……つまり、お前は二人居たということか? あの報道は、ほんとうにお前が死んでしまったわけではなく、別の世界からやってきたお前がメガレックウザの力を使って隕石を破壊し、そのお前は消えてしまった、と……」

「確証は掴めないが、おそらく元の世界に戻った、と思われる。多分だが」

「……そうか。ならば、いいんだが……。ところで、その元の世界について説明してくれるというのは無いのか?」

「して欲しいのか?」

「そりゃあまあ……」

 

 その言葉にユウキは微笑む。

 

「これは、ある少女が残した記録だ。多分俺に残したメッセージだと思う。そしてこれは……この世界を救う、たった一つの方法ともいえるだろう」

 

 そしてユウキは話を始めた。

 

 

 

 

 いつかの時代、どこかの場所。

 とある森に、一つの輪が浮かんでいた。

 その輪は金色に輝き、輪の中は真っ暗だった。

 

『おでまし~!』

 

 その言葉と同時に輪の中からきたのは、一匹のポケモンだった。

 金のリングをつけた精霊のようなポケモン。

 そんなポケモンが笑いながら浮いていた。

 

「……?」

 

 そんなポケモンの目の前には一人の少年が居た。

 そしてパートナーと思われる、一匹のラグラージ。

 すぐに少年はポケモン図鑑を確認する。そのポケモン図鑑は古いタイプのものだ。

 そして、ポケモン図鑑はすぐにエラーを吐き出す。当然だ。そのポケモンは『この時空上』に存在してはいけないのだから。

 

「何だ……このポケモンは?」

 

 だから、彼にはそのポケモンが解らない。

 得体の知らない生き物だ――そう思うしかなかった。

 

「現れたのですね、フーパ」

 

 少年の後ろには、一人の女性が立っていた。

 その女性は白い髪をしていた。

 

「あなたは……確か」

「今はここでどうこう言っている場合じゃありません。彼女も連れてきました。先ずはフーパに従いましょう。話はそれから」

「ちょっと待ってくれ……。全然話が呑み込めないのだが」

「呑み込めなくても結構。とにかく、行きますよ。フーパ、構いませんね?」

『おまかせ~!』

 

 フーパと呼ばれたポケモンは笑いながら言った。

 ポケモンの声を聴き、理解し、話すことが出来る――?

 少年は女性とフーパの会話を見て、そう思った。

 女性は踵を返す。既に全員集まっていた。

 

「さあ、行きましょう。既に行先へと続くリングはフーパが用意しています。あとは意を決し飛び込むだけです」

「あんた……いったい」

 

 少年は呟くと、女性は微笑んだ。

 

「話は後にしましょう。……それに、あなたが知らない世界ではないのは確かですよ? ユウキくん」

 

 そして女性はユウキともう一人の女性の手を握り、そのまま強引にフーパが作った輪の中に入って行った。

 それを確認して、フーパも輪の中へ入って行った。

 輪は小さくなって、そして、消えた。

 



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第五話

 

 輪の中を潜り抜け、彼らがやってきたのは、緑の生い茂った草原だった。

 その時間僅か数秒。だからユウキはほんとうに輪を潜っただけにしか思っていなかった。

 

「……ただの輪じゃないか。ほんとうにどこかへ移動したというのか?」

 

 ユウキの言葉に女性は頷く。

 

「ええ。気になるのであればポケナビを起動してみてください」

「ポケナビ?」

「そう。ポケナビです」

 

 それを聞いたユウキは、疑問を浮かべつつも、ポケナビの入っているポケットを弄った。

 

 

 ――はずなのに、ポケナビはそのポケットに入っていなかった。

 

 

「……は?」

 

 ユウキは冷や汗をかいた。これはいったいどういうことなのか……。

 そして彼は頭を抱える。突然、頭痛が襲いかかったからだ。

 

「……こ、これは……?」

「あなたはこの世界に来たことがあります。そしてあなたはこの世界を救いました。それは誰も知らないことではありません。むしろ、あなたが世界を救ったのに、あなたではない、別の人間が世界を救ったことになっているのです」

「……ここは俺たちが暮していた世界じゃない、ってことか?」

「少し、話をしましょう。ちょうどこのあたりで、構わないでしょう。長くなりますけれど、いいですか?」

「……まあ、いいですけど。シガナさん、あなたはいったい何を知っているんですか?」

 

 その言葉に女性――シガナは微笑む。

 

「私は知っている事しか知りませんよ」

 

 そしてシガナは話を始めた――。

 

 

 

 

 

 今から十二年前のことです。

 ホウエン地方に隕石が落下しました。

 ホウエン地方に落下した隕石はどうして落ちたのかは解りませんでした。まるでそこに隕石がテレポートしたかのように、突然落ちてきたのです。

 十二年前? そんなの聞いたことが無いぞ、と言いたげですね。

 ええ、その通りです。だって、その十二年前というのはあなたたちが過ごすはずだった世界なのですから。

 どういうことか、って?

 それはあなたが世界を変えたからでしょう。ヒガナとともに世界を変えた。そしてその代償にあなたたちは記憶を失った。正確にはその世界を救ったことに対する記憶を、です。もともとこの世界は幾重にも線がありました。その線は一つの世界を形成しています。……そうですね、世界線とでも言えばいいでしょうか。

 その世界線の一つの世界で、隕石が落ち、そして通信ケーブルによって別の世界線へと飛ばしたのです。

 

 

 

 

 

「……ちょっと待ってくれ。全然話が理解できないのだが……」

「いいえ、あなたは理解したくないだけです。理解しようとしたくないだけです。もっと、話を聞けば顛末を理解できるはずです」

 

 そしてシガナの話は続く。

 

「……通信ケーブルによって隕石を飛ばそうとしたこの世界。そしてそれが成功すると、別の世界へとそれが飛ばされます。しかし、時代は十二年後……。はっきり言ってそこに飛ばされるのなら、十二年前に隕石が飛ばされる理由が解らない。普通ならばそう思うはずなのです。ですが、ワープホールは開いてしまった。隕石は落ちてしまった。……人間の技術って皮肉なものよね。自分たちの世界を救うために使用した技術が、結局役に立たなかったのだから」

 



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第六話

「役立たなかった……? つまり、隕石をワープさせるのは失敗した、ってことか?」

「失敗した、ということになりますね。人間は自然に淘汰されるほかありませんでした。結局は、人間は自然に敵うことなんて無かったのですよ」

 

 シガナの話は続く。

 その話の意味のほとんどを、彼は理解できなかったが、しかし話を聞こうという意志はあった。

 

「……一つ、聞かせてくれ」

「なんでしょう」

「なぜ……俺をここに連れてきた? フーパというポケモンを使ってまで連れてきたのだから……何か理由があるのだろう?」

 

 その言葉にシガナは頷く。

 

「ええ、その通りです。あなたには再び、この世界を救ってほしいのです。この世界にはすでにあなたと同じ名前の……正確にはこの世界であなたの存在と一致する人間が居ます。彼と協力して、この世界を救う必要があるわけです」

「掛け値なしに、ってことか? いくら俺がお人よしでも別の世界を救うためにわざわざ時空を超えるなんて……」

「そんな悠長なことではないのです。それはあなたもすぐに解ると思いますが……。つまりは簡単なことです。あなたがそう考える前に、もう物語は動き始めているのですよ。そう、すぐそこまで……」

 

 

 

 

 

 ある場所にて。

 

「首領。ついに発見しました」

 

 跪いて報告をする男性の前にある椅子、それに腰かけている眼鏡をかけた、普通に見れば科学者かと見間違えてしまう風貌の男は、その言葉を聞いて笑みを浮かべた。

 

「そうですか。ついに発見しましたか。それは手柄ですね。褒めて差し上げましょう」

「ありがとうございます」

 

 それを聞いて頭を下げる男。

 科学者めいた男は立ち上がり、窓から外を眺める。

 外は雲海が広がっていた。

 

「そして、それは?」

 

 科学者めいた男がそれを聞くと、跪いていた男は立ち上がりそれを差し出す。

 それは箱型の機械にも思えた。空の柱という場所に落ちていたそれは、平和になった今必要ないとして回収を怠ったのである。

 そして、それは今彼の目の前にある。

 

「翠色の宝珠……、噂話程度でしか聞くことのない代物が、私の目の前にある……! うう、とてもうれしい!」

 

 科学者は高笑いしながら、その箱を眺めた。

 

「ソウジュ様、宝珠を手に入れたとお聞きしました」

 

 ノックもせずに(そもそもノックする扉が無いのだが)入ってきたのは白衣を着た女性だった。風貌からすればソウジュと呼ばれた男に近い恰好をしている。

 ソウジュはそれを聞いて頷く。

 

「ミソラか。そうだよ。その通りだ。とうとう宝珠を見つけた。あとはこれを使ってレックウザを制御するのみ。それによって、あのポケモンは姿を現すはずだ……」

 

 そう言って、ソウジュは笑みを浮かべた。

 これから起こることを、予見しているかのように。

 



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第七話

 

 マツブサはユウキから聞かされた言葉を理解して、しかしそれが真実とは思えなかった。なぜなら今まで彼が話していたことは、紛れも無く、真実だった。

 

「……そんなこと、ほんとうに有り得るのか」

 

 マツブサは眼鏡をずり上げて、言った。

 ユウキが嘘を吐いているようには、彼には見えなかった。

 だからこそ、それが信じられなかったのである。ほんとうにそんなことがあったのだろうか、と。

 

「確かに信じられないと思うのも解る。現に俺だってこれについては理解できなかった。だが、ヒガナは俺に記録を残してくれたよ。そして、彼女はついに隕石を破壊した。……彼女の役目は終わった」

「ならばどうして今になってそれを蒸し返す?」

「彼女は『いくつもの平行世界を行き来することが出来た』……俺はそう言ったな?」

 

 そう。

 マツブサが理解できないのはそこだった。

 ユウキの言葉によればヒガナという少女は、いくつもの平行世界を行き来することが出来たという。それは凡て、隕石を破壊するためだった。

 それが自由に出来なかった……のだとしても、もしそれが可能だったら……。

 

「その手段を聞き出す輩が出てきてもおかしくはない、な」

 

 マツブサの言葉にユウキは頷く。

 

「その通りだ。ここにきて正解だったよ」

 

 ユウキはそう言って微笑む。

 

「その手段はいったい何なのだ? それについては、私も教えてもらうことは出来ないだろうか」

「もともとそれを教えるために来たんだ。そうじゃなかったら、同盟を組もうなんて言うわけがないだろ? ……ええとね、ヒガナが残した資料にはこう書いてある」

 

 

 ――光輪を持つ魔術師めいたポケモン。そのポケモンによって私は世界を行き来した。

 ――そのポケモンの名前はフーパ。いつか私が隕石を破壊し、記憶を失ってしまったとしたら、このポケモンの記憶も失ってしまうのだろうか……。

 

 

 ユウキはそれに該当する部分を読み上げ、マツブサの表情を窺った。

 マツブサは考え事をしているのか、俯いていた。

 ユウキが見ているのに気が付いて、すぐに顔を上げたマツブサは、笑みを浮かべる。

 

「いや、済まなかったな。何というか、まだぴんと来ないものでね。……それにしても、そのヒガナという少女がフーパの情報を知っていればいいのだが、その資料からすると記憶を失ってしまったのだろう。だとするならば、難しい話だ」

「記憶を失っただけではない。隕石を破壊したことで、別世界に隕石が落ちた事実が無くなる。要するに彼女がこの世界に来た目的が失われるというわけなんだ。さっき、十二年前の話をしただろう? それはつまり、そういうことになるんだよ」

 

 突然マツブサは立ち上がり、テーブルに置かれたモンスターボールを見る。

 そのモンスターボールにはバクーダが入っていた。バクーダは七色に輝く石――メガストーンを持っていた。

 そのバクーダの目を――真っ直ぐにマツブサを見ていた目を、見て、彼は頷いた。

 踵を返し、ユウキに告げる。

 

「君の仲間になろう」

 

 短い返答だったが、ユウキはそれがうれしかった。

 そしてユウキとマツブサは固い握手で結ばれた。

 



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第八話

「あなたたちがこれからどうするか、身の振り方を考えなくてはなりません」

 

 シガナは告げた。

 しかしながら、そもそもの話、ユウキとヒガナはこの世界がどんな世界なのか理解もしていないのである。そんな状況で「身の振り方を考えろ」など出来るわけもない。

 

「……確かにあなたたちは、この世界に来たばかりである……そう認識しているかもしれません。しかし、事実として、あなたたちはこの世界に一度来たことがあるのです。それ以上でもそれ以下でもありません」

「ちょっと待ってよ、シガナ。私、全然意味が理解できないんだけれどさ……」

 

 シガナの言葉にヒガナが水を差す。

 そう思うのも当然だろう。シガナの話は完全に彼女たちの常識から逸脱している。

 

「ですから、申しあげたとおり、この世界で生きていくためには、あなたたちも身の振り方を考えなければならないということです」

「いやいや、だからそういうことじゃなくてさ」

 

 ヒガナは溜息を吐いて、シガナに苦言を呈す。

 

「どうして私たちがここに呼び出されてしまったのか、それについて問い質したいのだけれど」

「それについては簡単です。あなたたちが残したこと……それが何者かに知れ渡り、レックウザを手に入れようとしたのですよ。まあ、最終的にレックウザではない別の存在を手に入れようとしていますが、それについてはまだその組織以外知りません。プロジェクトAzothなんてものもありましたが、それ以上に被害が拡大するといっても過言ではありません」

「……いったいシガナはどこまでその情報を知っているというの?」

「世界の凡て……ですかね」

 

 シガナは呟いた。

 その言葉の意味を――二人は理解することなど、出来るはずも無かった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 スカイ団アジト。

 ソウジュという男が宝珠を見ながら、歩いていた。

 ソウジュ――スカイ団首領を務める彼は、科学者だった。

 

「これでレックウザを自由に操ることが出来る。その先にあるものも、手に入れることが出来る――」

「ほんとうなのですか?」

 

 ソウジュと一緒に歩く女性、ミソラはソウジュの部下であった。ソウジュもミソラの腕を見込み、彼女を右腕として使っているのである。

 ミソラの言葉に頷き、話を続ける。

 

「ああ、そうだ。レックウザを呼び覚まし、宝珠を使うことでレックウザを操る。その力を用いて、『あいつ』を呼び出す。お調子者な性格であるから、呼び出すのは大変苦労するかもしれないが、しかしこれが一番効率のいいやり方と言えるだろう」

「位相空間を中和することで、強引にあの空間から引きずり出すということですね?」

 

 その言葉にソウジュは頷く。

 

「レックウザには思う存分暴れてもらう。そのための宝珠なのだから。そして宝珠を使って暴れたその先に――位相空間の破壊を行う。正確には、時間の流れがこの世界と違う空間と、この世界を強引に接続すると言えばいいか。そこに、あいつは居る。『マジシャン』と謳われるポケモン、フーパは」

 



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第九話

 シガナの話は続く。

 

「そもそも。プロジェクトAzothの真実を、殆どの人間が知らないままでした。そのままに実行しようとしたのですから、人間というのはつまらない存在と言えるでしょう」

「プロジェクトAzothは何のための計画だったんだい?」

「確定ではありませんが……おそらくは、『別世界への干渉』が含まれていると思われます」

「別世界への干渉……?」

 

 ええ、と言ってシガナは話を続ける。

 

「そもそも、プロジェクトAzothはこの世界を破壊するためのものにすぎません。問題はその先。魔神と謳われるポケモンが別世界のゲートを開くまではいいのですが、その後……別世界へどうするかが大事でした。プロジェクトAzothも考えるのが大変だったのでしょう。それに関しては詳細が述べられることはありませんでした」

「……なら、どうすればいい? どうやって解決していけばいい? このまま闇雲に突入しても無駄だと思うけれど」

 

 ヒガナの言葉に頷くシガナ。

 

「ようやく考え始めるようになってくれましたか。そうです、そういうことなのですよ。そういうことで我々が考えた結果……私たちはある場所へ向かうことを決断しました。そこで私たちの『仲間』と出会うことになっています」

「仲間?」

「それはあとで話すことにしましょう」

 

 気付けばヒガナのボーマンダがモンスターボールの外に出ていた。

 驚くヒガナだったが、シガナはボーマンダの頭を撫でる。

 

「ボーマンダ、私たちをある場所へ連れていってくれませんか?」

 

 嬉しそうに笑みを浮かべながら頷くボーマンダ。

 それを見たヒガナは訊ねる。

 

「……いったい、どこへ向かおうって言うんだい?」

「かつてダイキンセツホールディングスという巨大企業がありました。その企業は世界をよりよくしていくために力を尽くしていましたが……ある時、とある力を見つけたことで、騒ぎになりました」

「ある力?」

「ムゲンダイエナジーという言葉を、聞いたことはありませんか? きっと、有名な話なのですが……。まあ、聞いたことも無いでしょう。あの世界では、ムゲンダイエナジーが生まれなかったのですから」

「あの世界、だと? それじゃまるで……俺たちがもともと暮していた世界が正史では無いような言いぐさだな」

「ええ。間違っていませんよ。あの世界はいずれ滅びゆく世界でした。隕石によって。ですが救われた。ムゲンダイエナジーによる転移装置を使うことなく、この世界とあの世界……二つの世界を救ったのですよ、あなたの手によって」

 

 そう言ってシガナはユウキの顔を指差した。

 それを聞いて彼は思わず吹き出した。

 

「俺が? そんなこと出来るとでも?」

「出来るのではなく、やったのです。実際に」

 




お久しぶりの更新となりました。
ペースが遅いことと、展開が遅いことにつきましては大変申し訳ございません。お詫びのしようがございません。
さて、第二部の更新ですが、なるべく隔日ペースで更新していく所存です。
XYと交互に更新していく考えですので、どうぞよろしくお願いします。


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第十話

 

 バトルリゾート。

 この世界にもともと存在していたユウキは、ある場所へと向かっていた。その情報をもとに向かっているので、実際に居るかどうか危うかった。

 

「……あなたが、海岸に投げ出されていた記憶喪失者、ですか?」

「いかにも。と言っても、そう胸を張ることも出来ないがね」

 

 海を眺めていた、コートを着た男は、ユウキの言葉を聞いて踵を返す。

 凛々しい眉の男は、かつて国際警察という場所に勤務している男だった。

 だが、今はその記憶すら持っていない。ただの男となり下がってしまっている。

 

「……かつては、何か重大な任務についていたのかもしれない。だが、今の私にはなにもできない。なぜなら何も覚えていないからだ。私はなんの力も無い男だ……」

「果たして、そうでしょうか?」

 

 ユウキはその男にあるものを見せた。

 それは紙切れだった。その紙切れにはあるものが描かれていた。

 

「……それは?」

「ここにはあるポケモンが描かれている。そのポケモンを、きっと見たことがあると思う。なぜならば、おそらくあなたもまた、このポケモンの被害者なのだから」

 

 知ったような口調で、ユウキは言った。

 

「あなたは……いったい何を知っている? 私の知らない私を知っているというのか?」

「ああ、知っているよ。チャンピオンというのは独自のネットワークで繋がっていてね。各地方のチャンピオンがそれぞれ繋がっている。ただ――一つだけ伝えてはならないことがある。だから、記憶を消去しているのだとすれば?」

「何だと……?」

「メガシンカ。それはポケモンの進化の可能性。まあ、勿論『あなたの住んでいる地方』には存在するはずもないのだが」

「どういうことだ?」

「当初はオダマキ博士もメガシンカという概念を見つけてすぐに全世界に公表しようとしたらしい。人間とポケモンの絆が織りなす新たな進化の可能性。それだけで大発見だ。……だが、発表はしなかった。そして、ネットワークによればカロスではメガシンカの研究を進めている科学者が居るらしい。恐らく彼が発表することになるだろう。遠く離れた地方まで、彼らの影響が及ぼされることはないだろうから」

「……いったい何が言いたいんだ。頭が混乱してきたぞ」

 

 男は頭を抱える。

 それを見てユウキは首を振る。

 

「まあ、気にする必要は無い。けれど、これは可能性の問題だ。間違っているかもしれない。もしかしたら、というだけのことだ。今、ホウエン地方に何が起きているか知っているか?」

「いいや、まったく解らん」

「エネルギーの飽和現象だ」

「……は?」

 

 今度こそ。

 今度こそコートを着ていた男は何も言えなかった。

 

「カイオーガとグラードンがメガシンカした。二匹のポケモンは封印に成功したが……二匹がため込んでいた莫大なエネルギーが飽和状態にある、ということだ」

「……まったくもって、何が言いたいのかさっぱりわからないのだが」

「エネルギーの飽和によって、ホウエンの気候が大きく変化することとなった。具体的に言えば、他地方のポケモンが住むようになった。それによって、得られたものも大きかったが……それと同時に恐れるようになった」

「何を、だ?」

 

 男は訊ねる。

 ユウキはその質問に大きく頷いて、答えた。

 

「メガシンカというものの、可能性に……だ」

 



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第十一話

 ユウキの話は続く。

 

「メガシンカというのは、確かに、科学者にとっては素晴らしいものだ。ポケモントレーナーにとってもそれは等しいものかもしれないな。実際問題、それによってバトルの幅は大きく広がるのだから。それがたとえ、『ポケモンと絆を深めた者』しか与えられない特権であったとしても」

「……済まない。さっきから何を言っているのか、さっぱりわからないのだが」

 

 今度こそ。

 今度こそ、男はユウキに反論をする。

 

「だが――もう時間も遅い。もう、隠し通せる時間も無くなってしまった。このままいけば、あと半年もすればカロス地方の研究者が『メガシンカ』を発表する。だから、もう隠すことをしなくてもいい、ということだ。問題として、ホウエンのポケモン協会が危惧していることも凡て無碍になるということなのだから」

 

 そして。

 ユウキは真実を告げる。

 

「この紙に描かれているのは『フーパ』というポケモンでね、このポケモンには特殊な力がある。――曰く、『このポケモンには時間と空間を超える力を持つ』って」

「時間と空間……?」

「そう。特殊なリングだよ。この輪を使って、時間と空間を超えることが出来るらしい。それは、フーパの力だからこそできる、特殊な力だ」

 

 ユウキの言葉を聞いても、男は何を言いたいのか解らなかった。

 

「あなたは、正義感の強い人間だ。だから、きっと今回も何らかの事件に巻き込まれたのだろう――。そして、あなたはこの時間、この世界へと足を踏み入れた。『記憶喪失』だと思いこまされた状態でね」

「ちょっと待ってくれ。記憶喪失だと思いこまされている? ……つまり、この記憶は」

「偽りだよ。ムウマージというポケモンを知っているかな?」

 

 言って、ユウキはモンスターボールからムウマージを繰り出す。

 

「呪文で相手を苦しめる効果を持つものも扱うことが出来る……図鑑にはそう書いてある。そして、オカルトマニアの話によれば、強い催眠術を行使することも、レベルを高めれば可能である――そう言っていたよ」

 

 そしてムウマージはゆっくりと男に近付いていく。

 

「やめろ……何をするつもりだ」

「簡単なこと。あなたにかかっている催眠術を解く。強い催眠術ではあるが、解けないはずはない。だから、こうやって――ムウマージ『さいみんじゅつ』!」

 

 そして、ムウマージは目を瞑って――強く念じた。

 強い光が、男を包み込む――。

 

 

 

 

 

 光が収束し、男は目を開ける。

 

「……ぬお!? 私は確かフレア団の調査をしていたはずなのに、どうしてこんな場所に……!」

「どうやら、記憶を取り戻したようだね」

「ぬ? ……おお、ありがとう、少年! 名前も知らないのに、よく助けてくれたよ! 恩に着る!」

「そうだね。まあ、僕は知っていたけれど。君の名前は国際警察に所属している……ええと、確か、コードネームはハンサム……だったかな?」

 

 それを聞いて目を丸くするハンサム。

 

「……どこかで会ったことがあったかな?」

「いいや、ただ遠くの地方のチャンピオンからあなたの話は聞いていてね。もしかしたら……と思ったものだから」

「遠くの地方……ほうほう、成る程。解った! 彼を知っているのならば、私も君に同意だ」

「未だ何をして欲しいか話していないのだが」

「解る! 解るぞ! きっと、とんでもない事件があるのだろう! 起きるのだろう! その事件、国際警察のハンサムが解決してみせようではないか!」

 

 それを聞いてユウキは溜息を吐く。ひとまず目的は達成できたからいいのだが、彼にとってハンサムという存在は、彼が事前に仕入れていた情報以上に熱い人間なのだと思い知らされたからであった。

 

「ところで、君の名前を教えてくれないか?」

「僕か。僕の名前は……ユウキ。一応、ホウエン地方のチャンピオンを務めている。よろしく」

 

 右手を差し出すユウキ。

 それを見てハンサムも右手を差し出し、二人は固い握手を交わした。

 



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第十二話

 一方その頃。

 

「いったいカガリはどこにいったというのか」

 

 オオスバメで空を飛んでいるのはホムラだった。

 ホムラはなぜ空を飛んでカガリを探しているのか。

 理由は単純明快。ポケギアで連絡があったためだ。

 カガリ曰く、「面白いものを……見つけたから」とのこと。

 

「こんな時に呼びつけるだなんて……。しかも我々は今や慈善団体! そう簡単に動くことも出来ないってことを、カガリは解っているのでしょうか?」

 

 いや、解っていたらこのような独断で行動は無い。

 

「カガリはいったい何を考えているのでしょう? マグマ団は、もうあの時のような活動指針では活動していないというのに。このままではテレビ局に目を付けられて今度こそ解散もあり得ますよ……」

 

 そうぶつぶつと話しているうちにカガリが指定した島へと到着する。

 降り立って、ホムラは辺りを見わたす。

 

「カガリ、到着しましたよ!」

 

 ホムラは叫ぶ。

 だが、その声はむなしく響くだけだった。

 小さく舌打ちをして、目の前にある森の中に入っていくホムラ。

 

「私はこんなことをしている暇は無いというのに……」

 

 どんどん先に進んでいくホムラ。

 そしてホムラは一つの洞穴を見つける。

 

「これは……」

「待っていたよ…………ホムラ」

 

 カガリの声を聞いてホムラは振り返る。

 そこに居たのは、カガリだった。

 しかし正確に言えば――それ以外にももう一人いた。

 

「お前は……!」

「アタシのこと、お前なんて言うのはどうかと思うわよ? マグマ団幹部ホムラ?」

 

 そこに立っていたのは褐色の肌、ストレートパーマの髪――そして青を基調とした服を身に付けている女性だった。

 アクア団幹部イズミ。

 それが彼女の名前だった。

 

「アクア団は我々とともに本来の目的を終えたはずでは無かったのか……!」

「そう。けれど、それを一旦停止せざるを得ない事態が発生したの。これは由々しき事態、ってことでね」

「そう。…………我々と同じように、あるものを支配しようとしている組織が……………………いる」

「あるものを支配? それはいったい何だというのですか、カガリ」

 

 カガリは上を指差す。

 最初、それの意味が理解できなかったが――すぐにそれを理解した。

 

「まさか――」

「そう。…………………………マグマ団が大地、アクア団が海を支配しようとしたのと同じように……………………空を支配しようとしている組織が居る。その名前は………………………………スカイ団」

「スカイ団……」

「そう。そして、ワタシたちはかつて敵同士だったけれど、協力してそいつらを何とかしようって話にもってきているわけ」

「なぜですか、カガリ。リーダーも今やバトルリゾートで修行をすると言って殆どマグマ団の運営には関与していません。今我々が運営をしっかりせねばマグマ団は――」

「お堅いねえ。考えてみなさいよ、スカイ団が伝説のポケモンを使って何かしてみたらどうなる? またアクア団とマグマ団が何かするのではないか、って思われるのがオチ。だったらそんなことを起こされない前にこっちから叩いたほうがいい。ワタシたちはそう考えているわけ」

 



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第十三話

「成る程……。とどのつまりあなたたちは先回りを考えているというわけなのですね?」

 

 ホムラの言葉にカガリは頷く。

 

「そういうことだよ、ホムラ。リーダーは何を考えているか知らないけれど……、少なくとも私はそれを許せなかった」

 

「私もそう思っていたのだけれどね、そしたらこの子も同じことを考えているというじゃないか。だったらタッグを組んだほうがいい……。そう思ったわけだよ」

 

「この子、って。私とあなたは同い年のはずだけれど?」

 

「身長差がまったく違うじゃないか。少なくとも、君と私じゃ全然違う。そりゃ年齢違うと言われてもおかしくない話だろう? ……ま、ここでへんな雰囲気になっても意味はないからあまり話はしないけれど」

 

「取り敢えず今のところはこれくらいかな。情報整理も全然うまくいっていないし。リーダーには私から話しておくから、あなたも協力してくれる?」

 

「……仕方ないですね。マグマ団の不利益になることを、みすみす放っておくわけにもいきません。話を聞くことにしましょう」

 

「ありがとう、ホムラ。……きっとあなたはそう言ってくれると……思っていた」

 

 そしてホムラはカガリたちのほうへと向かった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「それじゃ、先ずは状況確認と行こうじゃないか。簡単なことだが、今スカイ団はあるポケモンを呼び出そうとしている。そのポケモンは空に住むポケモン。カイオーガとグラードンの戦いのとき、それを鎮めようとして現れたポケモンのことだ」

 

「それは、どういうことだ。イズミ。陸と海と……空?」

 

「普通に考えればわかる話なんじゃないかい? まあ、それはおいておいて。やつらは空を支配するつもりらしいが、それ以上に、さらにあるものを手に入れようとしているらしい。それは小さなツボだ。名前は確か……『いましめのツボ』というらしい。それを使うことでどうなるのか、それははっきり言って解らない。けれど、それとフーパというポケモンが関係することは判明している」

 

「フーパ……?」

 

「フーパというポケモンはどんなポケモンも『呼び寄せる』ことが出来る。それこそ次元を超えて、空間を超えて。だからそのポケモンを使うことにより、最悪、世界を征服することだってできるでしょうね」

 

「そんなポケモンがスカイ団の手に渡れば……」

 

 ホムラの言葉を聞いて、カガリとイズミは頷いた。

 

「そう。何を仕出かすか解らない連中にそのような夢のような能力を持つポケモンを確保されてしまえば、それこそ何が起きるかわからない。だからそれよりも先に、私たちが何とかしようと――そう思っているというわけ」

 



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第十四話

 

「そんなことが……本当に考えられることなのか?」

 

 ホムラはいまだに半信半疑だった。当然と言えば当然かもしれない。簡単に敵と繋がったという一言を信じることは、出来ないことだ。それがもし出来るとするならば、それはきっと、相当相手のことを信頼していることだろう。

 

「……ええ、残念ながら、これは確実なことなのよ。スカイ団は確実に、レックウザを使って何かしでかす。それよりも先に、私たちがどうにかしてレックウザを何とかしないといけない」

「レックウザだけじゃない。フーパも、よ」

「そうだ。フーパも。フーパもどうにかしないといけない」

「むしろ、フーパのほうが危ないけれどね。フーパを奪われてしまったら、それこそ最後。あるいはフーパをうまく使って、過去のカイオーガ・グラードン事件を巻き起こす危険性だってある」

「それだけなら、まだかわいいほうかもしれないぞ」

 

 ホムラの言葉を聞いて、カガリは首を傾げる。

 

「別に伝説のポケモンはホウエンだけじゃない。色んな地方に色んな伝説は居る。その数は四十匹近いとも言われているし、その中にはカイオーガやグラードン以上の『脅威』だって居る。そんなポケモンを呼び出されてみろ。それこそ、ホウエンの最後だ」

 

 ホウエンの最後。

 そう聞いた彼女は、肩を震わせた。

 武者震いとは、正しくこのことを言うのだろう。

 

「……残念ながら、我らがリーダーはどこかに消えてしまったのだ。だから、ほんとうならばマグマ団のリーダーと我らがリーダーとが手を取り合ってこの事態を解決すべく活動してくれれば何ら問題は無いのだが……」

「リーダー……アオギリが行方不明、だと?」

 

 こくり、と頷くイズミ。

 イズミの話は続く。

 

「思えばこの前の隕石騒動から様子がおかしかった。でも私はそれに気づけなかった。それが何かの予兆だったかもしれないというのに!」

「……まあまあ、それがいったい何であるのか、まずは話してもらえないか? 悲しむ気持ちも解らないではないが、それでは何も進まない。前に進むためにはどうすればいいのか、それを考えなくてはならないのだから」

「……わかった。それじゃ、話を始めよう。一体全体、リーダーはどうしてしまったのかということについて」

 

 そうして、イズミは話を始めた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ハンサムとマツブサ、それにユウキは対面する。

 場所はバトルリゾート、ポケモンセンター。

 

「……私は国際警察の人間だ、それは理解しているよな、ユウキ?」

「ああ、それがどうかしたか。……もしかして、マツブサの心配をしているのか? だったら安心してくれ。もう、彼は罪を犯さないよ」

 

 その言葉に静かに頷くマツブサ。

 それを聞いてしまえば、ハンサムはそれを信じて頷くしかなかった。

 

「まあ、そういわれてしまえばそれまでなのだが……。ところで、ユウキくん。我々はこれからどうすればいい? 先ずは指標を立てない限り、何も進まないと思うのだが」

「実はもう、すでに敵の場所は掴んでいる」

 

 そう言って、ユウキは頭上を指さした。

 

「……頭上? いったい、どこのことを言っているのだ?」

 

 マツブサの問いに、ユウキは答える。

 

「空だよ」

 

 そう答えて、さらに話を続ける。

 

「スカイ団のアジトは空だ。空に浮かぶ飛空艇、それが彼らのアジトで、彼らのボスもそこに居る。だから、そこへ向かわねばならない」

 



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第十五話

 ホウエン地方、ミナモシティ。

 ユウキとマツブサ、それにハンサムはこの場所に到着していた。

 ユウキに連れられて、ある人物と出会う為だった。

 

「……なあ、ユウキ? いったいどうしてここに来たんだ。何か目的があって、ここに来た……のだとは思うが、空に向かうなら『そらをとぶ』を使えば……」

「いいや、それじゃ出来ない。出来ないのだよ。……あの空中要塞にはバリアが出来ているのだと聞いたことがある。そして、そのバリアをどのように破るか……そのためには三人では心細い」

「仲間を見つける必要がある、と?」

 

 こくり、ユウキは頷いた。

 そして彼らはある場所へ到着した。

 旅館モナミ。

 そこに入り、二階の和室へ。

 

「失礼します」

 

 丁寧に一言告げて、中に入った。

 

「そんな畏まる必要は無いよ。僕たちと君たちはともに世界を救うために行動している。そして、今、団結するときが来たのだから」

「お兄ちゃんに言われたときは、何があったかと思ったけれど……キョウヘイくんから話を聞いて納得。どうやらこの地方も、大変なことになっているらしいね」

 

 二人の少年少女の声が聞こえて、ユウキは頷いた。

 そしてユウキはマツブサとハンサムのほうを向いて、

 

「紹介しよう。彼らは遠いイッシュからやってきたトレーナーだ。名前はキョウヘイとメイ。お互い、強いトレーナーだから、今回の事件にともに戦ってくれることになった」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 シーキンセツ。

 かつてダイキンセツホールディングスがホウエンの豊富な海底資源を採掘するために開発した拠点である。

 

「……ここに来た意味は?」

「無いわけではありませんよ、ヒガナ。そんな慌てることではありません。……まあ、正確に言えばもう少し慌てるべきなのかもしれませんが。ただ、残念なことに私たちは別の世界からやってきた人間です。そんな我々がむやみやたらにこの世界の人間と接触してはなりません」

「なぜだ?」

「この世界では、すでに我々という存在があります。しかし、この世界の我々と邂逅するようなことがあってはならない、ということです」

「……シガナ、たまにあなたが何を言っているか解らなくなるよ」

「それは別にどうだっていい。一つの疑問を、一つの謎を解決できるのであれば。そして、それを解決するためには……」

「科学を知る人間に頼る、ということかね?」

 

 声が聞こえた。

 そこに居たのは一人の青年だった。髪形が独特だったが、白衣を着ているところを見ると科学者か何かの類なのだろうか。

 読んでいた本をもとの本棚に仕舞い、踵を返す。

 そうして科学者は笑みを浮かべて、ユウキたちに言った。

 

「まずは私から自己紹介をすべきかな。私の名前はアクロマ。かつてプラズマ団に所属し、その科学技術のすべてを開発しましたが……それも今は昔。今はただ興味本位で科学を研究している、ただの学徒ですよ」

 



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第十六話

 ミナモシティ。

 そこにハルカとダイゴも到着していた。

 はっきり言って、ユウキに対する手がかりは皆無だった。にもかかわらず、とりあえず船に乗りある場所を目指そうという話になった。

 

「バトルリゾート……ですか?」

「そう。そこにはバトルシャトレーヌという四人組の女性がいる。彼女たちはもともとこのホウエンの生まれなのだよ。だから、彼女たちに救援を求める。そうして……スカイ団の情報も彼女たちなら知っているかもしれない」

「……というのは?」

「彼女たちは遠い地方、カロスでも活動を予定しているらしい。というのも、バトルリゾートを運営している団体が遠いカロス地方でも運営を行う予定だと言っていてね。それに関して僕も招待されたのだけれど……、これなら行くのは難しいかもしれない」

 

 そうして、彼女たちが民宿モナミを通り過ぎる――ちょうどそのタイミングだった。

 民宿モナミから出る一人の男――ハルカとダイゴの目はその人間を捉えていた。

 そして、ハルカはその人間を知っていた。

 その名前を――彼女ははっきりと述べた。

 

「……ユウキ……くん?」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ハルカ……?」

 

 正直なところ、マズイタイミングで出会った――彼はそう思っていた。

 マツブサとハンサム、キョウヘイとメイ。

 その四人の説明について、彼は十分な説明が出来る状態では無かった。

 だからこそ――。

 

「ユウキくん! 会いたかった……。会いたかったよ!」

 

 ハルカは笑顔で、彼に抱き着いた。

 

「ええと……僕たちは邪魔だったかな?」

 

 キョウヘイが頬をかきながら言う。

 

「いいや、それは無いと思うぞ。問題ない。ほんとうは説明するまでにそれなりの時間をかけてから……と思っていたのだけれど、こうなってしまったからには仕方ない」

「ユウキくん、いったいどういうことだ? もしかして、また何かおかしなことに巻き込まれたのかい?」

「おかしなこと……ですか。ダイゴさん、俺はただ、救いたいだけなんですよ」

 

 彼はダイゴのほうに目を向けて、言った。

 

「一度助けてくれた彼たちを、今度は俺が助ける番なんですよ」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……確か、スカイ団とやらのアジトは空に浮かんでいる、という話でしたね」

 

 アクロマの話を聞いて、はじめに頷いたのはシガナだった。

 

「つまり、この世界を滅ぼそうとしている……と。はっきり言ってつまらないですねえ。科学を解っていない。科学の可能性を解っていない」

「解っていないからこそ、あなたもまた闇に染まったのではなくて? アクロマ」

「……あれは、失敗だった。私とポケモンの研究がうまく重なる場だと思っていたのですよ。Nという絶対的リーダーが居なくなったあの組織を、私が統括しようと思えばきっと出来たでしょうね。まあ、私はそれをしたくなかったからこそ、今もここで科学者をしているのですが」

 



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第十七話

 科学者アクロマ。

 かつて遠いイッシュ地方でポケモンに関する研究をしてきた、その界隈では有名な人間だった。しかしながら彼は、研究の道に進みすぎた故、道を踏み違えてしまった。

 彼が進んだ道は、かつてその地方でポケモン解放を訴えた組織『プラズマ団』。

 彼はそこでポケモンの力を操作するための研究を進めるようになった。彼がもともとしたかった研究ではあったものの、それは正義か悪かといわれると、一目瞭然だった。

 

「……彼に打ち砕かれて、面倒になったのですよ。あの組織で研究を進めていくには、非常に肩身が狭くなってきてしまった。だから、私は一路ホウエンにやってきたというわけです。まだこの地方ならば私の悪名は轟いていないでしょうからね」

 

 アクロマはそう言って、ゆっくりと歩き始める。

 ユウキとヒガナは警戒しているようだったが、それに対してシガナは冷静に頷くと、

 

「あなたの昔語りはどうだっていいのですよ、アクロマ。問題は一つ。空に浮かぶあの砦に向かう術があるか否か? 研究者であるあなたに声をかけたのはそのためでもあるのですから」

 

 それを聞いたアクロマはシガナの発言を鼻で笑った。

 

「何を言っているのですか、あなたは? まるで私が何も出来ないと言っているようではないですか。悲しいですねえ、まるで私が何もできないと言いたい雰囲気ではありませんか。はっきり言って、そんなことはあり得ませんよ?」

 

 そう言ってアクロマはどこかへと向かった。

 

「アクロマ、どこへ――!」

「ついてきてください。既にもう、用意が出来ています」

 

 その言葉を、シガナたちは信じることしか出来なかった。

 だから彼女たちはアクロマの後を追うことしか出来ないのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ホウエンの海上をクルーザーが進んでいた。

 甲板で近づいてくるホウエン地方を眺める、一人の少女が居た。シルクハットにドレスといういで立ちはどこかマジシャンのような雰囲気を放っている。手首まである手袋をつけた黄色い髪の少女は、ホウエン地方を眺めたまま、溜息を吐いた。

 

「ラニュイ、なんばしよっと、こぎゃんところで」

 

 言ったのは、彼女の背後に立っていた、同じような恰好の女性だった。緑色のドリルめいた髪型をしている彼女は、ラニュイと呼んだ少女よりも大人びて見える。

 女性はラニュイの隣に立ち、彼女を見つめた。

 

「……心配なんは解る。ばってん、今は身体ば休めたほうがよか」

 

 女性の言葉を聞いて、ラニュイはただ頷くことしか出来なかった。

 

「あんがとう、姉さま。だけん……あいつのことが心配やけん。気になってしゃーないんよ」



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第十八話

「そう思うんはしゃーない。だけん、休んだほうがよかっち思うんちゃ」

 

 それだけを言って女性は消えていった。

 ラニュイはまだ、海の向こうにあるホウエン地方を眺めるだけ。

 

「ユウキ……」

 

 ラニュイはそう言って、再び海を眺めるのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「助けてくれた相手を……もう一度助ける、か。成る程、確かに君らしい考えではあるかな。けれども、実際の話はまだ難しいよ。僕の推測が正しければ……きっと彼らは、もうこの世界には居ないだろうから」

 

 ユウキの言葉にそう答えたのはダイゴだった。

 それを聞いてユウキはダイゴを一瞥する。

 

「……ダイゴさん、なぜそんなことがいえるのですか」

「なぜ言えるのか、簡単なことだよ。僕の予想が正しければ……、彼らはもうこの世界にはいない」

「どういうことだ? それってつまり……」

「彼らは別の世界からやってきた人間だと思うよ。それに、『彼ら』と言ったのはレックウザを呼び出したヒガナ……あの流星の民も、ね」

 

 それを聞いたユウキは、ダイゴが何を言っているのかさっぱり理解できなかった。ダイゴが言った言葉、それは即ち、彼の探している人間はこの世界には居なくて、物理的に探すことが出来ない――ということを意味していた。

 結局のところ――ユウキもそれを理解していた。理解していたからこそ、それを否定したかった。

 

「……まあ、とにかく君たちに出会えて良かった。正直なところ、君の力を借りたかったんだよ、ユウキくん」

 

 ダイゴは溜息を吐いて、そう言った。

 それを聞いたユウキは首を傾げ、

 

「いったいどういうことですか?」

「それはつまり――」

 

 ダイゴがそう言った、ちょうどその時だった。

 ゴゴゴゴゴ、という地響きが聞こえた。

 いや、正確にはそれは地響きでは無かった。空に巨大な建造物が蠢いているような、そんな音だった。

 

「何の音だ――!」

「君はいつホウエンに戻ってきたのか解らないが、秘密裡に暗躍している組織があった。マグマ団が陸、アクア団が海ならば、第三の領域である空を支配する組織があると言えるだろう。そして、その組織の名前は――」

 

 ダイゴはポケットから緑色のピンバッジを取り出した。

 それはレックウザを象ったような竜の形をしたピンバッジだった。

 

「――『スカイ団』。レックウザの力を使って空を統べようとする組織のことだ。そして彼らは、また別の目的を持っているらしい。そして頭上に蠢く建造物こそ、スカイ団のアジトである城塞『スカイ・キャッスル』だ」

 

 ユウキの頭上に、巨大な建造物が姿を現した。

 



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第十九話

 

「スカイ・キャッスル……」

 

 ユウキはその建造物を見て、何も言えなかった。

 

 ホウエンの空に、そのような建造物があるとは思いもしなかったからだ。

 

 そして、ダイゴの話は続く。

 

「……きっと、君たちは未だ理解出来ていないかもしれないけれど、この建造物にはスカイ団が居る。そしてスカイ団はレックウザを手に入れて、空を統べようとしている。フーパにボルケニオンといった未知のポケモンもいて、さらに、スカイ団はそのポケモンも狙っているといわれている。そのポケモンたちを守らねばならない。それが、僕たちの目的だ」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 スカイ・キャッスル五階会議室。

 

 そこには一人の女性が腰かけていた。

 

 白いワンピースのような衣装に身を包んだ女性は、ただ誰かを待っていた。

 

 そして扉が開かれたタイミングで、女性は立ち上がる。女性は笑みを浮かべたまま、その相手を見つめた。

 

「はじめまして、ソウジュ博士。お会いできて光栄ですよ」

 

 そうして、女性とソウジュは固い握手を交わした。

 

 女性の名前はルザミーネ。ポケモンの保護を訴える団体『エーテル財団』の首領と呼ばれている女性だった。

 

「それにしても、ルザミーネさん。どうしてこのような場所に?」

 

「レックウザを使って、空を統べようとしている。そうお聞きしたので」

 

 会議室が沈黙で満たされた。

 

 数舜の時を置いて、それを破ったのはソウジュだった。

 

「……単刀直入に物事をおっしゃいますね」

 

「ええ。時は金なり……。昔の人もそうおっしゃっていましたからね。ところで、どうなのですか。実際のところ、レックウザを使っている計画とは?」

 

「ええ、ほんとうですよ」

 

 ソウジュは頷く。

 

 ルザミーネは不敵な笑みを浮かべて、話を続けた。

 

「ならば話は早い。……レックウザ計画を行っていくうちに、ある隕石を見つけたそうですが、」

 

「ええ。未知のポケモンの遺伝子、ですか。それがどうかしましたか?」

 

「その隕石……是非とも我がエーテル財団に寄付していただきたい」

 

 ルザミーネはその直後、紙切れをソウジュに差し出した。

 

 それは小切手のようだった。金額は書かれていない。それは即ち――。

 

「あなたが望む金額を、記載していただいて構いませんよ。まあ、もちろん限りはありますが」

 

 それを聞いたソウジュは、さすがに違和感を抱いたのか、首を傾げる。

 

「……お聞きしたい。その隕石を、正確に言えば、その隕石に付着した遺伝子を使って、何をするつもりなのか。エーテル財団は仮にもポケモンの保護を目的とした団体のはず。はっきり言って、我々のような組織と繋がりを持つのは不味いのでは無いかね」

 



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第二十話

「それは心配無用ですよ。……我々エーテル財団はポケモンの保護もそうですが、別のプランも考えておりますから」

 

 ルザミーネは足を組み替えて、

 

「いずれにせよ、あなたたちはこの世界をどうしようとしているのか。それについてお考えをお聞きしたい」

 

「……世界をどうするか? 簡単なことだよ。空のポケモンを手始めに手に入れること。そうして、我々は空を管轄する。ポケモンのためでもあり、人のためでもあるのだよ」

 

「……ぬるい」

 

 ルザミーネは低く声を出した。

 

 それをソウジュは聞き逃さなかった。

 

「何だと?」

 

「手ぬるい、と言っているのですよ、それでは。あなたはいったい何を考えてそれを口にしているのですか? この世界は、様々なポケモンを保護する必要があり、そして、そのためにはあるポケモン……と言えばいいのかしらね。あるいは、違う存在かもしれないけれど。いずれにせよ、それを呼び出す必要があるのですよ」

 

「……あるポケモン、ですか。それは興味深いですね。私もこれでも学徒ですから。そのような情報は是非仕入れておきたいものですからね」

 

「ウルトラビースト」

 

 端的に。

 

 或いは単純に。

 

 ルザミーネはその名前を口にした。

 

「ほう……。聞いたことがありませんね、そのポケモンかどうかも解らない存在は、いったいどういう存在なのでしょうか?」

 

「さあ? そこまではエーテル財団にも解りません。解っている情報とすれば、ウルトラビーストが居る場所……ウルトラスペースには何らかの手段を用いないと入ることが出来ない。そして、そのウルトラスペースに入ることで何らかの副作用をもたらす。……噂によれば、別の時系列の、別の世界に繋がっているとも言われているのですよ。そして、私がホウエンにやってきた理由はたった一つ。あるポケモンを捕獲するため。すべては、ウルトラビーストのために」

 

 そこまで聞いて、ソウジュはどこか彼女の考えが恐ろしく感じてきた。聞いてきた内容は純粋無垢な少女が夢を語っているように軽やかな口調で語られるものではない。しかしながら、今のルザミーネはまさにそれだった。

 

 純粋無垢な少女の夢。

 

 ルザミーネが語ったそれは、そのような口調で語られていた。

 

「……して、そのポケモンとは? 我々もあなたに資金を提供していただいておりますから、ある程度の協力は出来るかと思いますが」

 

「フーパ」

 

 ルザミーネはまたも端的に告げた。

 

「別世界との空間を簡単に作り出すことの出来る、フーパと呼ばれるポケモンを探しています。それを使うことで、もしかしたらウルトラスペースへと行くことが出来るかもしれない。いや、或いはウルトラビーストがこの世界にやってくる出入り口となるかもしれない……。私は、そう考えているのです」

 



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第二十一話

 

 ソウジュはそれを聞いて、内心ひやひやしていた。

 

 遠いアローラ地方からやってきたと言っていた、ポケモン保護団体のエーテル財団は、スカイ団と同じフーパを追い求めていたという事実。

 

 ソウジュは考えた。

 

 もし自分たちもフーパを追い求めていると知ったら、どのような顔を示すのだろうか、と。もしかしたら最初からフーパを追い求めていることを知っているとすれば? 謎は深まるばかりだった。

 

「……ソウジュさん。あなたには充分お世話になりました。この遺伝子が付着した隕石をお渡ししていただけるということで」

 

 ルザミーネは立ち上がり、テーブルに置かれていた隕石をひょいと持ち上げる。

 

 それを見ていたソウジュは慌てて声を出す。

 

「ちょっと待っていただきたい。私はまだ何も……」

 

「拒否権などありませんよ」

 

 気付けば、ソウジュの目の前には一体のポケモンが立っていた。

 

 明らかに形状の異なる前足と後ろ足を持つポケモンだった。いや、それだけではない。その頭には顔を覆ってしまう程の――いわゆるフルフェイスマスクを被っていた。

 

 そのポケモンは異様な存在感を放っており、彼の前に牙を剥いていた。

 

 そのポケモンだけではない。気付けば、多くのスカイ団関係者の傍に白い服装のエーテル財団職員が立っている。

 

 ルザミーネは笑みを浮かべて、

 

「あなたにはもう拒否権なんて無いんですよ。……グラジオ、そいつやってしまっていいわよ」

 

「……はい、代表」

 

 ポケモンの背後には一人の少年が立っていた。前髪で右目を隠している少年だった。エーテル財団職員と同じ服装をしているが、その表情はどこか暗い。

 

 そして、グラジオと呼ばれた少年は、告げる。

 

「……タイプ:ヌル、『ダブルアタック』」

 

 そして、タイプ:ヌルはそのままソウジュに向けて技を繰り出した――。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 その異変をいち早く感じ取ったのはダイゴだった。

 

「何だ……、スカイ・キャッスルから煙が……?」

 

 ダイゴたちはポケモンを使って浮遊するスカイ・キャッスルを目指していた。

 

 そんなスカイ・キャッスルから煙が確認されたのは、ちょうどその時だった。

 

「どうして、スカイ・キャッスルから煙が……? 中でいったい何が」

 

 ハルカの質問に首を振るダイゴ。

 

 正直、そんなことを質問されたところで彼にもその答えは解らないままだった。

 

「解らない……。でもスカイ・キャッスルで何かあったのは確かだろう……!」

 

 そうして、彼らはスカイ・キャッスルへと向かうのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 スカイ・キャッスルへと向かっているのは、彼らだけではない。

 

 飛空艇、ミニプラズマフリゲート号。

 

 かつてプラズマ団で使用されたといわれている飛空艇を改造したミニ飛空艇だった。

 

 自動操縦となっているため、アクロマたちはミーティングルームと称された大きな部屋、その窓からスカイ・キャッスルの姿を確認していた。

 

「……おかしいですね。スカイ・キャッスルがどんどん高度を落としているように見えます」

 

 そして、その異変は彼らも感じていた。

 



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第二十二話

「……スカイ・キャッスルで何か起きたのかもしれない。もしかしたら、内紛とか」

 

 そう言ったのはヒガナだった。ヒガナはこの時でも冷静であった。しかしながらそれは彼らにとってとても救いであったこともまた、紛れもない事実だった。

 

 そして、アクロマはユウキに向けて微笑む。

 

「何が起きているかは解りませんが……、このまま向かう形で問題ありませんね?」

 

「何を今さら。どうなるかってことは、最初から解っている。たとえこの身がどうなろうとも……」

 

 そうしてユウキたちを載せたミニプラズマフリゲート号は、スカイ・キャッスルへと向かうのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ところ変わって、この世界のユウキたちは一足早くスカイ・キャッスルへと足を踏み入れていた。

 

「これが……スカイ・キャッスル……」

 

 スカイ・キャッスルの中は迷路のように入り組んでいて、簡単に進めるような状況では無かった。

 

「注意したほうがいいよ、ユウキ。ここはもう敵の本拠地だ。いつ敵が襲ってくるか解ったものじゃない」

 

「それくらい知っていますよ、ダイゴさん。しかし……あまりにも静かすぎる」

 

 ダイゴもそれを知っていた。

 

 だからこそ、違和感を抱いていた。

 

 静か――というよりも、生命が居る気配を感じない。

 

 まるでもともと誰かが居たのに、排除させられたかのように。

 

「ううむ……。これはいったいどういうことなのか」

 

 そう言ったのはハンサムだった。ハンサムは所々あたりを見渡しているように見えた。

 

 しかしながら、それでも異変を感じることは無い。

 

 今の彼らには、ただ前に進むしかなかった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「――弱い」

 

 ルザミーネはボロボロになってしまったソウジュたちスカイ団のポケモンを見て、そう言葉を吐き捨てた。

 

 踵を返し、ソウジュたちに背を向ける。

 

「やはり――、ポケモンはあなたたちに相応しいものでは無かった、ということですね。わたしのコレクションに追加したい、と思うポケモンも居ませんでしたから。ほんとうに、ほんとうに残念ね」

 

「代表。どうすれば?」

 

 グラジオと呼ばれた少年は、ルザミーネに問いかける。

 

 ルザミーネは怪しげな笑みを浮かべたのち、再びソウジュたちのほうを向いた。

 

「ここには用はないわ。……完膚なきまでに叩きつぶしてしまいましょう。フーパが居ないのは、ほんとうに残念だったけれど」

 

 そこから始まったのは、残虐と殺戮だった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 スカイ・キャッスルが大きく揺れ始める。

 

 それは、外に居たミニプラズマフリゲート号ですらも解るくらいだった。

 

「不味いですね……。あの様子を見ていると、どうもあのまま墜落してしまいそうだ」

 

 冷静に分析するアクロマを見て、苛立ちを隠せないユウキは舌打ちを一つして、

 

「じゃあ、どうすればいいんだ。なあ、シガナとやら。あそこに居るスカイ団を倒さないと何にもならないんだよな?!」

 

「ええ……。正確に言えば、そのスカイ団と取引をしている組織、ですが」

 

「そいつは初耳だな」

 

 ユウキはシガナに目線を合わせる。

 

「ねえ、シガナ。どうしてあなたはそこまで知っているの?」

 

 そう質問をしたのは、ヒガナだった。

 

 普通に考えれば、ヒガナがそう質問をするのも当然のことだった。ヒガナとシガナは長年の仲であり、そのようなことはヒガナも知らなかった。ヒガナが知らなかったことをシガナが知っているから、ヒガナは疑問を抱いているのだ。

 

「……タイミングもいいことですし、話してもいいかもしれませんね」

 

 シガナはそう溜息を吐いて、告げる。

 

「――私はシガナ。国際警察の一員にして、『ウルトラビースト』の謎を追うためにフーパを利用して世界を行き来している存在ですよ。国際警察のナンバーに則れば……No.457とでも言えばいいでしょうか」

 



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第二十三話

 

「簡単に説明しましょうか」

 

 シガナの話は続く。

 

 それはヒガナやユウキたちが、そのことをほんとうに理解しているかどうかを確認する間もなく。

 

「国際警察は早くからウルトラビーストの存在に目をつけていました。ウルトラホールを見つけ、ウルトラビーストの存在を証明した論文を執筆した、モーン博士と早期に接触したのも我々です」

 

「ウルトラビーストが発見されたのは、いつ頃……なんだ?」

 

 ユウキはシガナに問いかける。

 

「十年前です」

 

 シガナはユウキの質問に、よどみなく答えた。

 

「十年前、その論文はポケモン学会では噴飯物であると言われていました。ポケモン以外の存在が居るなんてことは有り得ない、と。しかし我々はあるポケモンに目をつけて、ウルトラビーストの存在を証明しようと考えたわけです」

 

「そのポケモンが……フーパだったわけか」

 

 ユウキの言葉に頷くシガナ。

 

 シガナは自らの掌を見つめ、

 

「私がウルトラビースト対策課に入ったのもちょうどその頃でした。フーパを追い求め、旅を進めるうちに、やがてある一族のもとへ辿り着きました。フーパこそ居ないものの、伝承を信じている一族でした。私は彼らに近づくべく、潜入したのです」

 

「まさか……」

 

 いち早く反応したのは、ヒガナだった。

 

 ユウキもヒガナの反応を見て――ゆっくりと頷いた。

 

「それが、竜の民だった、と」

 

「ええ。彼らはレックウザを崇敬し、レックウザによって救われると信じていました。しかしながら、私はそこで見つけたのです。……異世界へと通ずる扉を管理するポケモンが祀られているのを」

 

「……シガナ、そんなものが、あの里に?」

 

「私は、あなたの前任者でした。そういえば、解りますね? 私は正式な後継者として信頼されて、その祠へと足を踏み入れることが出来たのですよ。まあ、そのあとはどうなったか語るに落ちるのですが」

 

「……何があったんだよ、教えてくれよ。俺は知らないんだぞ」

 

「まあ、いいでしょう。簡単に説明してあげましょう。異世界へと通ずる扉を管理するポケモン……お察しの通り、そのポケモンはフーパです。フーパによって私はポケモンだらけの世界に飛ばされました。私自身もポケモンのゴニョニョに姿を変えて……。今思えば、それはフーパの『いたずら』だったのですよ。フーパはいたずら好きのポケモンだということを最初から理解していればある程度こちらだって考えていたのですが……」

 

「ダメだ。話がさっぱり見えてこない。どういうことだ……?」

 

「そこで私は『じくうのさけび』という力を手に入れました」

 

 シガナは悩むユウキを無視して、話を続ける。

 

「自分でタイミングこそ選べませんでしたが、未来を見ることの出来る力はとても有難いことでした。しかしながら、直ぐに元の世界へ戻ることは出来ず……、いろいろな寄り道をしてしまいました。元に戻っても、私の身体がもとに戻ることはありませんでした。フーパは私の目をじっと見つめて……まるで何かを託しているかのようでした。そして、ヒガナ、あなたとポケモンになってしまった私が出会ったのも、ちょうどその時だったのですよ」

 



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第二十四話

 

 さらに、シガナの話は続いた。

 

「……あなたがポケモンの言葉を聞くことが出来たのは、嬉しい誤算でしたよ、ヒガナ。まあ、直ぐにそれは私の声しか聞こえないということに気付いたのですが」

 

「それは……私にも解らなかったけれど、」

 

 ヒガナは俯きながらも、ただそう答えることしかできなかった。

 

「そして、あなたを何とかしてフーパに連れて行った。フーパはもしかしたら最初からこうさせようと思っていたのかもしれません。だから、あなたはこのホウエン地方に……メガシンカの存在する世界にやってきた。私とヒガナ、そしてあなたはこの世界に蔓延る悪を……、隕石衝突の危機を回避した、というわけですよ」

 

「ふむ……。それでは、あなたがすべて情報を知っているのは、その『じくうのさけび』が影響していると?」

 

 アクロマの言葉にゆっくりと頷いたシガナ。

 

「ええ、その通りですよ。……もっとも、フーパがこの世界に一緒にやってきたのは、フーパ自身の意志によるものだと思いますがね」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ユウキやハンサムたちはスカイ・キャッスルから脱出していた。

 

「……あのまま墜落すれば、きっとスカイ団は助からないだろう。あとは地上に居る警察に任せよう。僕たちが出る幕では無い。ユウキくんも、疲れているようだからね」

 

 ユウキは久しぶりに動いたからか、どこか疲れているようだった。体力が落ちていたのかもしれない。

 

 それを見たハンサムが敬礼をして、

 

「では、私はここで失礼する。地上で、残党が居るやもしれないからな!」

 

 そう言ってハンサムを載せたムクバードは地上へと降りていった。

 

「ユウキくん」

 

 ハルカの言葉を聞いて、ユウキはそちらを向いた。

 

「すべて、すべて終わったんだよ。……あとは、ゆっくり休もう? それくらい、今のあなたには必要なことだよ……」

 

 その言葉に、ユウキは頷くことしかできなかった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 すでに残骸となったスカイ・キャッスルが海に浮かんでいた。生憎海の上に落ちたためか、地上の被害は少ないようだった。

 

「それにしても、これは酷いな……」

 

 ハンサムは空からその景色を眺めていた。

 

「うむ……? あれはいったい……」

 

 ハンサムは遠くから高速船がやってくるのが目に入った。

 

 それは白を基調とした船だった。船体には金であしらわれたその団体のロゴのようなものが描かれている。

 

 そしてその船はスカイ・キャッスルの残骸にぴったりとくっつけて泊まった。

 

 船の中から出てきたのは、一人の女性だった。

 

 女性は躊躇うことなく、その残骸へと足を踏み入れていった。

 

(いったい何を企んでいるんだ……? このような残骸に躊躇うことなく入っていくとは……。はっきり言って、怪しすぎる)

 

「ムクバード、まずはあそこへ向かうぞ!」

 

 ハンサムのムクバードは彼の指示に従って、そちらへ向かうことにした。

 

 そして、その船を見かけたのは彼だけではない。

 

「……見つけた……!」

 

 窓からその景色を眺めていたシガナは目の色を変えて、アクロマに近づく。

 

「アクロマさん……でしたね! 急いで、あの船へと向かってください! きっと、今ならまだ間に合う!」

 

「ええ」

 

 よどみなく答えるアクロマ。

 

 意味が解らないユウキたちはそれについて質問しようとしたが――それよりも早く、ミニプラズマフリゲート号は急速なスピードで下降を開始したため、どこかに捕まることを早急に考えることしかできなくなったのだった。

 




次回、最終回。


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最終話

 

「代表、お待ちしておりました」

 

 女性はルザミーネたちエーテル財団の人間を出迎えてそう言った。

 

「ピッケ。早かったわね」

 

「いえいえ、代表がそろそろことを終わらせると思っておりましたから」

 

「終わった……ね。正確に言えば終わってはいないわ。ただ、候補を潰しただけ、かしら」

 

「それでは、まだあのポケモンは姿を見せない……ということですか。非常に残念ですね」

 

「ええ、ほんとうに……」

 

「待て、そこのお前たち!」

 

 ピッケとルザミーネの会話に強引に介入したのは、ハンサムだった。

 

 ハンサムを見て、ルザミーネは首を傾げる。

 

「あら、あなたは?」

 

「私は国際警察のハンサムだ! なにゆえスカイ団のアジトに居るのか、事情を聞かせてもらうぞ!」

 

「ピッケ。邪魔者は排除しておいて、と言ったわよね?」

 

 ルザミーネの言葉に首を垂れるピッケ。

 

「申し訳ございません。まさか、我々の侵入を見ていた人間が居たとは……」

 

「まあ、いいでしょう。グラジオ、やっておしまい」

 

「……解りました、代表」

 

 そうして、グラジオは再びタイプ:ヌルを繰り出した。

 

「むむむ、行け! グレッグル!」

 

 そして、ハンサムとグラジオの戦いが幕を開けた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 戦いは一瞬で決まった。タイプ:ヌルの繰り出したダブルアタックが急所に当たり、グレッグルはそのまま倒れこんでしまった。

 

「……あら、国際警察といった割には弱いのね。まあ、いいわ。グラジオ、とどめを刺しなさい」

 

「……でも、」

 

「でも、ではありませんよ。グラジオ。あなたは今、誰に口答えをしているのですか?」

 

 グラジオは動揺していたが――直ぐに気持ちを切り替えた。

 

 そして、グラジオはタイプ:ヌルに命令を出す。

 

「タイプ:ヌル……、そのグレッグルの息の根を……止めろ」

 

 タイプ:ヌルはグラジオを見たが、グラジオはただ突き刺さるような視線をタイプ:ヌルに送るだけだった。

 

 一瞬悲しそうな表情を見せたタイプ:ヌルだったが、グラジオの命令に従って――タイプ:ヌルはその鋭い爪をグレッグルの首に突き立てる。

 

「やめろ」

 

 ハンサムは一言、ぽつりと呟いていた。それは無意識にそう呟いていたのかもしれない。いずれにせよ、普段の彼からはあまり考えられないような、言葉だった。

 

 しかし、ルザミーネはそんな懇願の言葉を聞いてもなお、笑みを浮かべるだけだった。

 

「あなたは、我々を追いかけるべきでは無かったのですよ。それを後悔して、目の前であなたのポケモンの死を見つめなさい」

 

 そうして、タイプ:ヌルは――一思いに、グレッグルの首を掻っ切った。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ユウキたちが到着したときは、すでにグレッグルの首から溢れるほどの血がしたたり落ちていた。トレンチコートは真っ赤に染まっていて、男の目からは涙が溢れていた。

 

「……遅かったか……!」

 

 シガナは小さく舌打ちする。

 

 そして、それを聞いてハンサムはそちらを向いた。

 

「……何をしに来た」

 

「あなたと同じようにあの組織……エーテル財団を止めようとしていたのですよ。しかしながら、もう遅かったようですが」

 

「エーテル財団……。ふむ、聞いたことがある。ポケモンの保護を目的とした団体だと。まさか、あのような裏の顔を持ち合わせていたとはな」

 

 ハンサムはグレッグルを持ったまま、ゆっくりと立ち上がる。

 

「そのグレッグル……、かなりひどい怪我をしていますね。今ならポケモンセンターに連れていけば未だ……」

 

「いいや、もう無理だ」

 

 シガナの言葉を、ハンサムは明確に否定した。

 

 ハンサムは見つめていた。それは、グレッグルが優しげな表情を浮かべて目を瞑っている姿だった。

 

「もう――死んでいるよ」

 

「ねえ……。このタイミングで発言するのはどうかと思うのだけれど」

 

 ヒガナの言葉を聞いて、シガナはそちらを向く。

 

 首を傾げたシガナを見つめてヒガナは言った。

 

「アクロマとフーパ……スカイ・キャッスルに入ってから姿を見ていないのだけれど……、いったいどこに消えてしまったのかしら?」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「代表。こちらに近づいてくる影を確認しました」

 

 ピッケの言葉に、ルザミーネは首を傾げる。

 

「あのハンサムとやらは心を叩き潰したように見えたけれど……、それにあのポケモンは命が潰えたはず。まさか、自らの『正義』を貫くために、戦うポケモンが居ないのに……という話だとすれば、とんでもなく愚かな話だけれど」

 

「どうも。はじめまして……のほうがよろしいでしょうか。エーテル財団代表、ルザミーネさん」

 

 気付くと、船の上にジバコイルが浮いていた。

 

 ジバコイルの上には一人の科学者――アクロマが立っていた。

 

「あら、あなたは……。確か、アクロマだったかしら? かつて、プラズマ団を導いたと言われる」

 

「それは昔の話です。今はただのしがない科学者ですよ」

 

「そう……。それで? どうしてあなたが私の船に?」

 

「そう。それなのですよ」

 

 そう言って、アクロマはにっこりと笑みを浮かべて、あるボールを差し出した。

 

 黒を基調としたボールだった。それに触れるだけで黒いオーラが移ってきそうな、そんな雰囲気すら感じさせる。

 

「……このボールは?」

 

「ああ、触れても害はありませんよ。ご心配なく。この名前は……しいて言えばその特徴から『DPボール』とでも名付ければいいでしょうか。遠い地方で開発されたボールでしてね、ダーク・ポケモンを作り出す技術をこのモンスターボールに封じ込めた、と言われています。何せ試作品ですから、個数も少ないですが。いやあ、いいタイミングで頂けましたよ。たまには知り合いの縁を頼ってみるものですね」

 

「……それで、そのボールと私、どのような関係があるのでしょうか」

 

「このボールにはフーパといわれるポケモンが入っています。……とでも言えば、解りますでしょうか」

 

 それを聞いて、ルザミーネの表情が瞬間にして変わった。

 

 アクロマの話は続く。

 

「交換条件と行きませんか。正確に言えば協力関係を築きましょう。私はこのフーパ入りDPボールを差し出す。あなたはその対価としてエーテル財団の施設を利用する許可を私に差し出す。……どうですか、とても有意義な取引とは思いませんか?」

 

「あなた、いったい何を……。いや、いいでしょう。きっとそれはあなたにも私にも有意義な取引になるでしょうから。それにあなたは組織を裏切らない。それはプラズマ団のころからそうだったのでしょう。部下の一人がかつてイッシュ地方に居ましたから、それくらい知っていますのよ」

 

 科学者と財団の取引は成立。

 

 そうしてそれは、さらに別の物語へと紡がれていく。

 

 しかし、それを語るには――まだ時間がかかることになるだろう。

 



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エピローグ

 これにて「デルタへといたる道」から続くシリーズは完結となります。
 ありがとうございました。


 ミナモシティ、民宿モナミではユウキが見つかったことについて祝宴会が開かれていた。

 

「そいにしてもちょー遅かったね。ましゃか着いた頃にはもうどいでんが解決しよったなんて!」

 

 ラニュイがユウキに抱き着きながら、そんなことを言っていた。

 

「いや……。でもいいことだよ。やっぱり色々と解決したことについては」

 

 ラニュイの言葉にそう答えたのはダイゴだ。

 

 そして何も言わずにその光景を睨みつけているのは、ハルカ。

 

 そしてユウキは愛想笑いを浮かべるばかりで、何も答えることは無かった。

 

 まるで、心ここにあらず――そう言った感じだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ユウキはベランダで空を眺めていた。

 

 星空に月がとても綺麗に見えていた。

 

「ユウキくん」

 

「ダイゴさん……それに、ハルカも」

 

 振り返ると、そこにはダイゴとハルカが立っていた。

 

「何か、祝宴会の間ずっと考え込んでいるように見えたからね。……もしかして、『助けてもらった人に恩返し出来ていないことについて』とかかな?」

 

「何故、それを?」

 

「解るさ。それくらい」

 

「ユウキくん……。私だって、ほんとうはもうあんな危険なことに入ってほしくない。けれど、あなたは、そのことを成し遂げたいんだよね。……それをダイゴさんから聞いたの。それで、私、決意した」

 

「決意……って?」

 

「遠いアローラという地方には、君が見たことの無いポケモンがたくさんいるだろう。……もしかしたら、世界を旅すればその人間の情報も掴めるかもしれない。僕はそう思ったんだ」

 

 そう言って、ダイゴは封筒を差し出す。

 

 その封筒を開けると、そこには船のチケットが入っていた。

 

「これは……」

 

「アローラ地方メレメレ島行きのチケットだよ。そこへ向かうのをお勧めするよ。あの地方はいいところだ。僕も昔行ったことがあるけれど、リゾート地としては格別の場所だ。もちろん、ホウエンもいいところだけれどね」

 

「ほんとうはね。私も行きたかったんだよ」

 

 ダイゴの言葉に割り入るように、ハルカは言った。

 

「けれど、思ったんだ。ユウキくんと居sh祖に旅をするよりも、ここで修業を積んで、ユウキくんがピンチになったときに、今度は私が助けられるようになりたい、って。だから、ユウキくん。その時はもっと私を頼ってもいいのよ?」

 

 そして、ユウキは――そのチケットを受け取った。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ところ変わって。

 

 ハンサムはキンセツシティの公衆電話にて、国際警察への報告を済ませていた。

 

「それにしても、信じられんな。……まさか、君たちがウルトラホールを通ってこの世界にやってきた、とは。上司は信じてくれたそうだが……」

 

「私たちはウルトラビーストを追い求める為、ある場所へ向かう必要があるのですね?」

 

 シガナの言葉にハンサムは頷く。

 

「うむ。私は別の事件を解決せねばならないから、一度カロスへ戻らねばなるまい。カロスのあの家も随分と空けてしまっていた。それもこれも、フレア団が何か小細工をしていったからだろう。報告によれば、そのフレア団もボスの死亡をもって解散したらしいが……。まだ何か残っているようだ」

 

「それじゃ、その場所には私とユウキ、それに……」

 

 シガナの目線は自然にヒガナへと向かっていた。

 

「ええ? 私も行くの?」

 

「ダメですか?」

 

「私は、いいかな。そういう重苦しいのは苦手だよ。それよりも、龍神様に会いに行こうかな、って思っているんだよね」

 

「龍神様? ……レックウザに、ですか?」

 

「うん。龍神様に会って、今度こそ認めてもらう。私が、ほんとうの継承者だ、って。それがどれくらいかかるか解らないけれど……」

 

「……そうですか」

 

 深い溜息を吐いたのち、シガナはヒガナに笑顔を向けた。

 

「だとすれば、あなたと私はこれでお別れですね。もちろん、フーパを取り戻すことが出来れば……、きっとまた元の世界に戻ることは出来ますが」

 

「うん。だから、それまでのお別れ」

 

 ヒガナは笑みを浮かべてゆっくりと立ち上がると、そのまま歩き始める。

 

 そして少し離れた位置で立ち止まると、踵を返した。

 

「こういう時は、さよなら、じゃないんだっけ。そうだよね、また会えるはずだから。だからさ、こういう時は、こう言って別れよっか」

 

 ヒガナは両手に手をまわして、あふれだしそうになっていた涙を拭った。

 

「またね。シガナ、そしてユウキ」

 

 そして再び踵を返すと――今度こそヒガナはその場所から姿を消した。

 

 その姿を、ユウキたちはヒガナの姿が見えなくなるまで見つめていたのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……話の腰を折って済まないが、目的地について教えておこう。そして、君たちがその場所で暮らす住まいについても」

 

 ハンサムがそう言ったので、ユウキとシガナはハンサムのほうを向いた。

 

 ハンサムは封筒を差し出した。

 

 封筒には地図とチケットが三枚入っていた。

 

「ヒガナくんも向かうと思っていたのか、三枚のチケットが入っている。まあ、それについては無視してくれ。あとは、場所だが……」

 

 チケットの行き先を見たユウキは首を傾げた。

 

「……アローラ地方?」

 

「そうだ」

 

 ハンサムはユウキの疑問に頷く。

 

「その場所はアローラ地方。人とポケモンがともに暮らし、ともに同じ関係を築く地方。そしてその地方はほかの地方とは少々風変りな因習がたくさんあって……、そしてエーテル財団の本拠地でもある。君たちはそこに向かって、エーテル財団とウルトラビーストの関係性を掴んでもらいたい。そして、君たちが追い求めるポケモン、フーパもきっとそこに居るはずだ」

 




光輪の魔神 完

「南の島の大冒険!! -Alola Generation-」へ続く。


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