SAMULION ~まじっくナイトはご機嫌ナナメ☆~ (Croissant)
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プロローグ ~或いは未来のお話~

 初めまして。或いはお久しぶりです。

 シリアスなフリしたギャグであり、ギャクのフリしたシリアス。
 オポンチなヒロイン出まくりで、原作も崩壊します。

 が、アンチはしません。下手ですからw
 アンチやヘイトの“フリ”はしますが……


 ともあれ――
 時代劇風でアニメ的なおはなし、はじまります。

  


 まず感じたのは氣の圧力(プレッシャー)だった。

 

 接近を察知させられ(、、、、、、)る事により(、、、、、)思い知らされた存在感。

 

 真剣勝負。

 刃を交えていた最中だったというのに、愚かにも気をとられずにはいられなかった。

 

 

 「な、何故(なにゆえ)こちらに?」

 

 

 先程まで対峙していた相手も何時の間にか剣を下ろし、呆然とした表情でそれ(、、)に問い掛けている。

 

 その台詞(セリフ)から解るが、見知った相手……それも目上なのであろう。

 現にその言の葉にも敬いが感じられる。

 

 

 何合と剣を打ち合ったから解るが、相手はかなりの使い手。

 

 負けるつもりは更々無いが、それでも気を抜くような愚行を犯せば刹那に打ち倒されてしまうだろう程。

 

 

 そんな“彼女”が、敬っている。

 

 そして途轍もない存在感をこちらに放っている。

 

 

 

 

      ヲォヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ………

 

 

 

 

 低く、それが唸る様な声を漏らした。

 

 たったそれだけの事で周囲の空気が震える。 

 

 その声の圧力によって周辺の土煙が吹き飛び、その巨躯が露となった。

 

 

 「な……っ!?」

 

 

 じわりと剣を握る手に汗が滲んだ。

 

 

 緊張等といったレベルではない。

 

 おぼろげな記憶の所為で確かとは言えないが、それでも己が人生で感じた事がないほどの“恐怖”が胸の奥から湧いてきているのだ。

 

 

 自分が身に着けている鎧は頑丈さに定評のある騎士甲冑(バリア・ジャケット)

 それも守護騎士として纏っているものであるから特殊なものだ。

 

 だが、そんな護りもあれを相手にするのなら紙くずのようなものだろう。

 

 

 直感がそう訴え続けているのだ。

 

 あれを相手にするのなら、死ぬか(むくろ)かの二つしか道は無いと。

 

 

 しかし――

 

 

 「シャマル……ッ」

 

 

 その強大なる者の足元には仲間がいた。

 

 

 意識を失い、うつ伏せに倒れ伏しており、四肢にも力は無い。

 しかしぴくりとも動きを見せてくれないものの息はあるようだ。

 だからと言って無事だという根拠にはならないのだが。

 

 何せ生きていて欲しいという願望混じり。その確率が高いとは言えない。

 

 

 ならば尚更――背中を見せる事は出来ない。

 

 

 そう不退転の覚悟を決めると、剣に意識を落としてそれを睨みすえた。

 

 

 

 

    ヲ ォ オ オ オ オ オ オ オ オ……

 

 

 

 

 自分より一回り以上大きいその身体。

 

 漆黒の甲冑。

 

 目の部分には闘気が篭っている赤い輝き。

 

 

 ――正に、黒騎士。

 

 

 幾百戦という剣林を超え、数多(あまた)の敵を屠ってきた強者だけが持つ気配を放つそれ、

 

 長らく生きた自分を圧倒するそれ(、、)は、漆黒の守護甲冑を纏った黒鉄の騎士だったのである。 

 

 

 感じられる魔力こそ低いが、そんなもの何の目安にもならない。

 

 伝わると言うよりは、叩き付けられるように感じる気がそれを物語っている。

 

 

 「……キサマ、一体何者だ?」

 

 

 まるで自分を奮い立たせているようだ。

 

 そう自覚しつつも、彼女はそう問うた。

 

 

 「な…っ 無礼なっ!!」

 

 

 しかし反応したのは先程まで自分が戦っていた相手。

 

 ほとんど八つ当たりのような理由で襲撃をかけてみれば、その容姿(、、)に驚かされ、

 その非礼にもかかわらず刃の交わりを快諾してくれた剣士。

 

 直ぐに容姿への驚きよりその技量に驚かされたものでったが……

 

 

 「こちらにおわす方を何方と心得る!!」

 

 

 やはりこの騎士と知り合い――いや? どうも主従関係のようだ。

 あの顔と声で(......)そう言われるのは複雑な気分であるが、そうも言っていられないし、何より目が離せない。

 

 あれにはそんな刹那の隙という長い時間があれば十分なのだから。

 

 

 「このお方こそ誰あろう、神代の時代より受け継がれた最高峰の剣槍の使い手!!

 

  比類なき強さと見通すこともままならぬ大きな器を持つ我が主!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   やぁやぁ 別時空の(遠からん)者は音にも聞け

   近くば寄ってしかと見よ

 

 

   真の武士 真の強者 天上天下に比類なし

 

 

   剣槍持ちいて数多を薙ぎ

 

 

   呪力用いて破邪を成す

 

 

 

   弱者に御手を 悪業には滅を

 

   勇と優とを力に変えて、彼方から此方へと進撃を成すその御方

 

 

   御名を聞いて(ほまれ)とせよ

  

 

 

          その名も―――!!!

 

    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――これは偶然が生み出したおとぎ話。

 

    一人の奇運な青年が手にした力が巻き起こす、不幸を打ち壊す物語――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                 -SAMULION-

 

               ~まじっくナイトはご機嫌ナナメ☆~

  

 

 

 

 

 

 

 

 



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始まりの段
巻の壱






 

 「……ヘンな夢見た」

 

 

 目覚めて一番に零してしまった言葉がこれだ。

 独り言というのも物悲しいが、その上 見た夢の事なのだから更に物悲しい。

 一人ぼっちは独り言が増えるというけどホントだなぁ…等と納得してみたり。

 

 

 溜息を吐きつつ布団をたたみ、着替えて顔を洗いにゆく。

 

 ニート一歩手前となってしまいはしたけど、流石にニートもヒッキーも御免だし、働かざる者食うべからずの精神はイヤッ ヤメテッ!! お願い堪忍してっ!! ってほど叩き込まれているので家でじっとしてられない。

 

 ……つっても、バイトはできないし、食べられる物がエラい限られてるから食材買って自分で作るっちゅーだけなんだけどネ。

 

 

 はぁ…と溜息を吐き、特性のトルマリン壷から漬物を出して刻み、魚に塩ふって焼き、大根おろしを副えておひたしも作る。

 卵が目玉焼きなのが献立としては不揃いでナニなんだけど、ちょっと疲れてる事もあって朝っぱらから厚焼き玉子を作る気力が出ないから仕方がない。

 

 手作り豆腐に酒屋さんから回してもらった添加物ゼロの醤油をちょいと垂らし、炊き立てご飯をよそって出来上がり。

 

 おうっ 良い出来だ。何時でもお婿さんに行けるぜ。相手いないけどなっっ!!

 

 

 さびしーなぁ……ドチクショーめ。

 ……兎も角 食おっと。 

 

 板の間に年季の入ったちゃぶ台を置き、適温にした湯を急須に注ぎ、蒸らしている間に料理を並べる。

 並べ終わったらようやく座布団の上にどっかと腰をおろし、ぱんっと手を合わせて、

 

 

 「頂きます……」

 

 

 ようやく朝ごはんにありつくのだった。

 

 ここまで丁寧にしなくともいいのに。長年の習性がもの悲しい。

 

 

 

 コッソリ二階(その実、ほぼ屋根裏部屋)があるのだけど、外観からして日本家屋っっという築うン百年というふざけた古い家。

 

 そこに、オレ 鈴木 太一郎は一人で住んでいる。

 

 オレの他に家族はいない――

 

 

 

 

 

 ……んだけど、別に死んじゃった訳じゃない。つーか、死ぬシーンが想像できない。

 

 とーさんは見た目ごく普通のサラリーマンだけど、空手と柔道と合気道と剣道と手裏剣術と長刀と弓道で段持ってて、冗談ふっ飛ばしてつおい。強いじゃない。つおい(、、、)、ね? ホントシャレになんないんだから。

 

 かーさんも、見た目はそこらにいるパートのオバさんなんだけど、お茶とお花と書道と日舞の師範で、どういう訳か強い。

 かーさん曰く、師範なんだから、猪や虎くらい倒すほどの戦闘力がないと…だそうだ。

 話聞くまで知らなかったヨ。お茶の師範ってそんなに戦闘力高いんだ……

 

 そんな夫婦は何故か今ブラジルに移住してしまっている。

 何でも超うめ―コーヒーの豆作るんだそーで……実際、ある程度以上の成果が挙がってるらしいから怖いんだけど。

 時々、テロリストが来るから暇潰せてよいそーだ。何がなんだか……

 

 で、あと一人っつーか、二人? いるのがおじーちゃん夫婦。

 

 こっちはどこにいるのかサッパリ解らない。

 

 とーさん達が移住した際、ふらりと旅に出たっきり。

 去年、旅先から一枚絵ハガキがきてああ生きてるんだと解ったくらい。

 

 ……ただ、その絵ハガキ。ものごっつ若い外人の女の子と腕組んだ写真だったりする。

 

 

 結婚しました(はぁと)

 

 

 ナニかましやがんですか このジジイは?

 

 知らない内に金髪ハイティーンのお義婆ちゃんが爆誕してたよ。勘弁して……

 

 

 こんなエキセントリックな家族らと別れ、オレは一人さびしく日本で生活し続けているのだ。

 

 

 「ごちそうさま……」

 

 

 我ながら表情のない声でそう言い、食べ終えた食器を片づける。

 

 囲炉裏まである古式ゆかしい日本の台所の横にデデーンと鎮座している最新式のシンク(母の気遣い)で食器を洗い、乾燥機に入れて終了。

 ものぐさっポイけど、色々と助かるので文句なんかないし。

 

 ぐぉ~んとくぐもったヒーター音を後ろに聞きつつ、今日はこれからどうしようかと思い立つ。

 

 

 ぶっちゃけ自分は将来の定まっていない今時の大学生。

 

 今日は講義ないし、時間だけがありやがる。

 

 何せこちとら進路も未来もビジョンが浮かばず、かといって趣味らしい趣味もない為にやりたい事もないという物悲しいオトコ。

 末はニートかヒッキーか…ってか? 勘弁してほしい。

 両親からドシドシ生活費が振り込まれてくるんだけど、流石にそのまま脛齧りを続ける気はないぞ?

 

 とは言うものの、バイトすら見つけられないアホタレなのだよなー……いや、体質が体質だからしょーがないんだけど。

 

 

 オレを困らせている体質の一つが、添加物アレルギー。

 

 何だか知らないけど、化学調味料を全然受け付けられない体なのだ。

 

 よって外食なんか夢また夢。寿司とかなら高い店だったら大丈夫だろうけど、回転寿司はダメ(醤油でひっかかる)。お金はあるのだけど、無理に豪勢な食事がしたい訳じゃないから行きたくない。

 で、結局は自炊。

 

 腕上がったぞ? 何時でも家庭料理店出せるほどになぁ。どーせ客なんて来ないだろーけど。ちくしょーめ……

 

 

 二つ目の困った体質(?)が、オレの顔。つーか表情。

 

 殆ど表情が変わらず、怯えさせるに任せている。

 感情が顔に出せなくなっているんだよなー コレが……

 

 

 おもいっきり怯えられるしー

 

 女の子にも泣かれるのが普通だし―

 

 どっかのおかーさんなんかオレ見た瞬間、怯えた顔で自分の子供庇うんだぜ? 泣けるったって泣けるったって……

 

 幸い、近所の人は慣れてくれてたから良かったけどさー……

 

 

 こんな(ダブル)体質の所為で友達なんて殆どいなかったし、彼女なんて……うう……

 

 級友がカッポーになったのを報告されたのが一番最近の色恋沙汰なのさ。ふふ…鈴木家はオレの代でオシマイかなー あははのはー

 

 

 ドチクショーめ……

 

 

 ついでだから洗濯をする事にして、服やらシーツやらを洗って干す。

 真っ白になったシーツをパンっと広げた時、何か妙な達成感を感じてしまう。

 

 こんな事で充実感を感じちゃう自分が悲し過ぎる。

 

 

 ちくしょーっっ みーんなお前が悪いんだ―っっっ!!

 

 八つ当たり気味にぎろりと母屋の側らにある蔵を睨みつけるオレ。

 いや ある意味、八つ当たりでも何でもない事実だったりするんだけどな。

 

 

 

 その昔……

 

 正確に言うところの十年前。

 

 一人家で留守番をしていたオレは、暇にあかして蔵に忍び込んだのだ。

 

 まー感覚的にいえば宝探しっヤツ。ガキ時分、一度はやってしまう恥ずかしいアレだ。

 

 中の暗さもなんのその。

 

 色々と珍しい置物やら何だかよく解らない掛け軸やらをいじったりして遊んでいた訳だ。

 

 

 ――その時、床に微かな光を見つけてしまった。

 

 

 何だろうと近寄ってみたら、床に取っ手があってその横に小皿くらいの大きさの円と三角が重なったヘンなものが光りながらゆっくりと回っているではないか。

 

 ガキのオレは思ったね。

 

 

 まさか、この下に○の槍が!? ……と。

 

 

 いや だってさ、蔵の床に地下への扉があって、見るからに不思議な力が働いてるんだよ?

 当時のオレの知識からすれば、当然ながら思い浮かぶのはあの槍と とらしかないじゃん?

 

 今だったらンなモン見つけたら、見なかった事にして埋めちまうけど、当時のオレはおもっきしガキ。

 うわっ 何だこれっ!? って不用心に近寄って触りやがったんだ。

 

 

 瞬間、床がぱかーんと開き、オレは地下に落っこちた。

 

 

 いや痛かった。

 どれくらい高かったか知んないけど、あちこち打っ付けて痛くて泣いたよ。マジ泣きだ。

 そこっ 情けない言うな!! マンガだったら兎も角、実際に落っこちたガキなんてそんなもんなの!!

 

 と、兎も角、しばらく しくしく泣いて、いい加減落ち着いてから顔をあげたら――

 

 

 そこに光る鎧があった。

 

 

 そりゃびっくりした。落っこちた事も痛さも吹っ飛ぶってもんだ。

 で、オレは元から考えなしだし、ガキだった事もあって、すっげっ かっけー と近寄っちまった。

 

 

 マンガ的にもホラー映画的にもやっちゃいけない行為であるにも拘らず、だ。

 

 

 瞬間、その鎧はパカーンと縦に割れた。

 それだけだったらまだ良かったのだけど、次の瞬間、ものすごい衝撃がオレの胸を打った。

 

 そりゃ当然だろう。何せオレの胸にはぶっとい釘(杭?)が突き刺さっていたのだから。

 確認できてしまった(、、、、、、、)瞬間、脳に伝わったその感覚。痛み。

 

 今までの人生でこれだけの痛みを感じた事があっただろうか? いや無い!!

 

 そう反語で返してしまうほどの激痛が走り、オレはあまりの痛みに粗相までしちゃって意識を飛ばした。

 

 

 とらかと思ったら まさかの石喰い……

 

 

 等という感想を最後に。

 今思えば余裕あんな。当時のオレ……

 

 で、帰宅した両親とおじーちゃんが見つけたオレは、何故か蔵の前(、、、)に寝っ転がっていたらしい。自力で出たのか、誰かが出してくれたのかサッパリだけど。

 

 まぁ、あの時は『死んDA!!』と思ったし、生きてたんだからそれはそれで良かった(ズボンとパンツ濡れてたけど)と思ったんだけど……

 

 

 何故かその時から感情を顔に出すと胸に激痛が走るようになってしまっていた。

 

 痛いなんてもんじゃない。あまりの痛みで呼吸不全になり、その所為で苦しさまで付加されるのだ。

 

 それだけじゃなく、添加物アレルギーまで発症したもんだからさぁ大変。

 

 ハンバーグだの、カレーだの好物をレストランとかファミレスで食べられなくなったと知った時の絶望ったらもぉ……

 おまけに喜んだり泣いたりもできなくなってるわと、正しく地獄のような日々が始まったのだ。

 

 

 尤も、かーさんがド器用だったおかげで食生活に不便はなかった。

 

 化学調味料が駄目なら、使わなきゃいいんでね? とナチュラリストに転身。カレーもスパイスから自分で混ぜて作り始めたし、ハンバーグも調味料やスパイス、そして肉の素性がはっきりしてりゃ困る事なんてなかった。

 

 ただ、学校は変わらざるをえなかったんだけどネ……

 だって給食が食べられなくなったし、友達が離れちゃったから居心地が悪過ぎてさ……

 

 

 いやだって、感情が顔に出ないオコサマだよ? フツーなら怖くて近寄んないって。

 だからかなり距離を置かれるのも当然さ。先生にも距離置かれたからごっつ辛かったけどネ……

 

 

 で、学校の態度にぶちキレたとーさんとおじーちゃんはイキナリ弁当持参の学校に転校させてくれた。

 ちょっぴり別れるはの嫌だったけど、親しかった人間のああいう態度をこれ以上見てしまうのも嫌だったから、喜んで転校したよ。

 

 まぁ、行ったトコでもやっぱりあんまり友達できなかったけどネ。しょーがないちゃあ、しょーがないと腹くくってたからダメージはあんま無かったし。

 それでも付き合いの良いのが何人か出来てくれたしね。

 

 友達も中学、高校に上がるにつれて一人二人と増えたし、もー感謝の気持ち以外持てないアルよ。いや、ホントに。

 

 

 で、オレが手がかからなくなったって事で両親とも海外に夢を追って飛び、それに合わせておじいちゃんも旅立った。

 

 散々世話になったし(現在進行形でまだ世話になってるけど)、やりたい事やってほしかったから当然元気に見送ったよ。

 当然、最初は誘われてるけど、コミュニケーションの再構築ができない(めんどーだ)し、仕事上でトラブル生みかねないから残ったけどね。

 

 そんなこんなで悠々自適な一人暮らしってわけさ!!

 

 

 あはははは……実際は さびしーけどネー……

 

 

 どちくしょーめっ

 

 再度ジロリと蔵を睨む。

 街中じゃできないけど無機物ならできる。

 前に街中でウッカリ思い出し怒り(、、、、、、)かましてしまい、居合わせたヤクザ屋さんの若い男の人が失禁しつつ泣いて謝ったのは黒歴史。

 

 そんな凶眼を向けた蔵は平然と佇んでやがる。

 

 あの後、おじいちゃんに床の事言ったんだけど、そんなドアなんか知らないというし、実際に行ってみたら影も形もなかった。

 全て悪夢だっと言わんばかりに……

 

 だからどこにどう怒りを向ければよいのかサッパリ解らない。蔵そのものに罪はないだろうし。

 

 

 せめてあの石喰い(仮称)の鎧があれば八つ当たりが出来たのにっっ

 

 どちくしょーっっ!!! オレに普通をよこしやがれ―っっっっっっっ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

             あの鎧があれば――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、

 

 キンッと澄んだ音が耳を打った。

 

 

 「……ム?」

 

 

 オレを中心にして音が消えてゆく。

 

 何故か知らないがそれが解る。

 

 

 ――いや? オレを中心にして……じゃない?!

 

 オレの、オレの胸の奥から――?

 

 

 

         ― 呪力集束終了 ―

 

         ― 呪力充填……終了 呪式構築開始 ―

 

 

 

 何だ!?

 

 何が起こった?!

 

 

 

         ― 第壱式構築終了 確立展開 ―

 

         ― “前鬼” 鬼動 ―

 

 

 

 唐突に頭の中に響く声。

 

 その声に合わせて、胸の奥で渦を巻いていた何かが……

 

 

 オレの胸から光を伴って、目の前に――!!!???

 

 

 

 

 

 

 

 現れたのは人の姿をとった何か。

 

 完全な人でありながら、全く別のモノ。

 

 

 「――拙者 主殿の御身を守護するモノ也。

  数多(あまた)の害悪を討ち、矛となり盾となりて共に進まん」

 

 

 ポーテイルにまとめられた長く見事な赤い髪。

 

 涼しげで切れ長の目には青い…いや蒼い瞳が輝いている。

 

 戦国時代の甲冑と西洋鎧を足して割ったような鎧に身を包み、刃幅が通常の倍はあるだろう野太刀と思わしき刀を手にしている。

 

 

 その女性……いや、少女と言ってもよいかもしれない若い女は、太一郎の前で恭しく頭を垂れた。

 

 

 「我は呪装武士(もののふ)

  我が主よ我が殿よ。願わくばこの身に名を与え、共に()くる事を――」

  

 

 

 

 

 

 

 その日、奇運の青年は生涯の相棒と出会い、力を手にする。

 

 

 求めたモノのベクトルは大きく違えど、得た力は計り知れず。

 

 歪み切った世に出でて、その刃光にて道を斬り拓く事となるのであるが……

 

 

 

 

 

 ――な、なんぞコレ~~~~???!!!!

 

 

 

 

 

 今はまだ、遠く理解の彼方であった。

 

 

 

 

 



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巻の弐

 まとめ投稿その三。


 

 「式……か」

 

 「はっ」

 

 

 思わずそう呟くとその人は即座に相槌を打った。

 

 うららかな昼下がり。

 家屋は古式ゆかしい日本邸宅であるが、時は既に新世紀。

 遠くにビルが見えるわ、電線は見えるわ、空には飛行機雲はあるわで、まるで出来の悪い時代劇みたいだ。

 

 ただでさえ場違い感バリバリだっつーのに、唐突に声が聞こえて胸が光り、その中から女の人が現れる……なんていうファンタジー現象に慌てない訳がない。つーか慌てふためきましたよ。ええ。

 

 実際、今だって完全には落ちちゅけ…もとい、落ち着けてない。

 ……噛んだのは気の所為だ。

 

 

 つっても、何時もの事だろーけど表には出ていない。てか出せない。

 

 感情を顔に出しにくくなって十余年。つまりあの石喰い(仮)と対面して杭刺の刑を受けてからそれだけ経っている。

 鍛えられてなってしまった鉄面皮っちゅーのもあるのだけど、何を隠そうこのオレには特殊なスキルがあり、そのお陰でパッと目には落ち着きかえった人間に見えるよーになっているのだ。

 

 実はあの日(、、、)から思考を分割できるヘンな特技が着いていたりする。

 

 それを使って頭の中で喧々諤々と罵り合い何だか相談なんだかよく解らない会話をしまくり、大騒ぎをした結果、今のこの心境があるのだ。

 要は騒ぎまくって力尽きたダケなんだけどな……

 まぁ、そのお陰で動揺しまくるという赤っ恥を掻かずに済んだ事が不幸中の幸いか。

 

 え? メンツが保てただけじゃねーかって?

 

 悪いかっ?!

 

 如何にオレがお腹ならぬ胸を痛めて(?)生んだ(?)式神とはいっても、おもっきり美人さんだなんだぞ?!

 誰だって美人には見栄張りたいだろ?!

 自慢じゃねーけど、恐れの眼差し以外の目で視られる事は殆どねーんだ!!

 こんなに歳の近い女の子に好意的な目で見られるなんて、かーさん以外では二度目。おまけにそのもう一人は同級生の彼女とキたもんだ!

 

 ぶっちゃけ、彼女いない歴=年齢だっ!! 悪いかバカヤローっっっっ!!!

 

 

 「……っ!」

 

 「 殿?」

 

 「……何でもない」

 

 

 痛゛っっ 痛゛だだだだだ……

 わ、忘れてたぜ……今でも興奮し過ぎたらしたらこの様だった。やっぱり心臓に釘が刺さるような痛みがががが……

 何時に無く感情的になりまくってるなぁ。オチケツ…じゃない、落ち着けオレ。

 そ、そうだ、ナイス神父さまに(あやか)って素数でも数え……って、もう片方の思考がとっくに数え始めてる!?

 

 あ、そうかっ!! 思考分割ができるって事は、数えながら別の事考えられるって事じゃん!! 十余年目にして弱点が明らかに!!

 う゛う゛……今まで言い訳考えてる時しか使ってなかったからなぁ……

 

 

 ど、どうすべぇ?

 

 つか会った瞬間、その人の名付け親ってナニ!?

 何ぞこの状況!!??

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「(ふむ……今生の主殿は中々の胆力をお持ちのようでござるな)」

 

 

 俯いたまま彼女はそう感心していた。

 

 この主は無口な方なのだろう、まだ殆ど言葉を交わしてはいないのであるが、しっかと式神である自分を受け止めている。

 期待した通り…いやそれ以上の人物であるようだ。

 

 この肉体(からだ)にしても、本来ならば長くとも半年程度で確立させるものを十年にも及ぶ時間をかけて生み出している。

 その手間と根気は想像を絶する。何せその間中、法力は殆ど空となって地力のみで戦い続けてきた事となるのだから、

 

 しかしこんな覇気を持つ御仁が、今日まで戦いを知らずにいたとは考え難い。

 

 生まれて直の式ではあっても解る。

 自分の主は只者ではない。

 

 大体、もし仮にそれ以外の方法で練り続けたのであれば、戦いとはまるで関係のない、日向でまどろむ子猫が如く静かで穏やかな日々を送るしかないのだ。

 この主の眼光、眼力を見るにそんな日々を送っていられる訳がない。世の中はそんなに甘くないのである。

 

 今までの主同様……いや、下手をするとそれ以上に、得体も知らぬモノとの戦いの日々を送ってきたのだろう。

 その中で培ってきたものに相違ない。

 

 でなければこの落ち着きは持てはせぬ。

 

 

 

 『(しかし何ぞこの娘?! 式神!? ナニそのファンタジー!! つか、プロポーションすげぇ)」

 

  (落ち着けオレ。エロに(はや)るなこのタワケ。

   大体、ウチにも石喰いがいたんだろう?

   今更、オンミョージのアレがいたところで特におかしい事は……)

 

  (いやその理屈はおかしい)』

 

 

 

 ……等といった問答がある事など知る由もないし。

 

 

 兎も角、彼女は座して彼の言葉を待った。

 真の関係は名乗りから始まるのだから――

 

 

 

 

 

 

 

 さて、

 何が何だかサッパリサッパリなんだけど、どーも彼女に名前をつけなきゃいけないようだ。

 

 ふと目を向けるとまだ面を上げずにオレの言葉を待っている彼女の姿。

 彼女彼女と言い続けるのもナニだし、『おまえ』とか言うのもアレだ。そうだとすると名前をつけるのは至極当然の流れ。

 ……何だか間すっ飛ばしてるよーな気がしないでもないけど、とりあえず名前をつける事から始めよう。

 

 えーと……

 

 んと……

 

 

 

 ……待てよ? そー言えば、オレってネーミングセンスが壊滅的に無かったよーな……

 

 おおっ、そーだ無かった!! おまけに後になってそれにウッカリ気付いてしまうタイプ!!

 更に、厨二的なセンスはないけど一般センスにも届かないという困ったおまけも付いてるとキた。幼少期から何度シーツに丸まって泣いた事か。

 

 いかん…いかんぞ!!

 

 

 解るぞ!? どーせオレの事だ、式神だから式子とか? いや、美少女だから式美? 等と仏段に供えたくなるよーな名前を思い浮かべるに違いない。

 つか、実際に今浮かんでるし、

 

 おまけにこの娘、何だか知らないけどご褒美を待つワンコみたく期待に満ち満ちてるじゃない? わぁい ドすげぇプレッシャーだぁ。

 どんなに素晴らしいカッコイイー名前にしてくれるのかな? かな? と、口に出さずともそんな期待感が伝わってくるじゃないの。

 

 だけど、持ってねーモンはどーしよーもない。

 

 ああっ 犬を点滴マスクと名付けたり、猫にイモ太郎侍、大きく育ち過ぎたミドリガメにシルバー⑨と名付けた過去が蘇るっっ

 このままでは涙なしには語れない命名物語が出来てしまいそうだ。

 

 我が家で(比較的)センスの良かった母よ!!

 い、いや、この際誰でもいい!! 誰かっ 誰かセンスorアイデアをくれぇえええええーっっっ!!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、自分に向けられている主の眼差しに迷いのようなものが浮かんでいる事に気付いた。

 

 ひょっとすると自分の実力を視ているのやもしれない。

 

 

 古来より、民に仇成す魔と戦う為に己を磨き続けている者達がいた。

 その血を引く者が主であり、自分をこれだけはっきりと確立させられたのだから直系に相違ないだろう。

 

 剣持て槍持て呪を放ち禍咎(まがとが)を狩りぬ-

 

 等と陽の陰にて戦い続けるのがその定めであった。

 そしてその直系たるや武神の化身のような者達だと記憶している。

 

 この若さで跡を継ぎ、自分を生み出したのだ。それは想像を絶する鍛練を送り己を高めて来たに違いない。

 

 自分には解る。主は正に武王だ。

 

 これはいかぬ。

 

 紛いなりにも女の身、はしたなき事とは思うが力の程くらいは示さねばならぬだろう。

 

 そう思い立ち、面を上げたその瞬間、

 

 

 「……雷」

 

 「はっ?」

 

 「(いかづち)……というはどうか?」

 

 

 その名を口に出され、彼女は凍りついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 我ながら挙動不審に思うんだけど、きょときょとして首を振って名前ネタを探す。

 当ったり前だけど、ンな簡単に見付かったら世話はない。

 

 何せここは庭に面した縁側。ンなところにそんな都合の良いものある訳ゃない。

 日当たりが良好なんで、本なんか置いといたら あっという間に日焼けしちゃうし。

 

 かと言って、席を立って捜しに行く事もできない。

 ……ぶっちゃけ足痺れてたりする。

 正座はやらされ慣れてるから平気なんだけど、ウッカリ胡坐かいちゃったもんだから即効で痺れてるのだ。

 

 初対面の女の人(それも美人)を相手にイキナリ正座して話するのは流石に悲しすぎるけど、足を痺れさせてるのを見せるのもイヤ過ぎる。

 

 しまった進退窮まってる? 

 手持ちのカード(記憶)だけで名付けろと申すか!?

 

 あばばばばばばばばばば……ど、どーせぇと!!??

 

 えと、ええと、えっとぉ~~!!!???

 

 あ゛ーっっ 持ちネタが狭過ぎるっ

 ひょっとして、真面目に名前考えるのって人生初めてじゃね?

 

 小学校の時、クラスで育ててたデメキンには二秒でプリン巾着って名付けたのは良い思い出だ。

 ついでにそのデメキンが死んじゃったから丁寧に埋葬したのに、皆には食ったと思われたのは黒歴史だチクショーめ。

 

 って、ンな話はどーでもええがな!! この娘の名前ぇーっっっ

 

 ネタったって、まさか車の名前とかにする訳にいかんしっ 戦闘機のはカッコイイけど何か違うしっ

 

 えと、えと、だったら戦車!?

 だめだぁーっっ 日本の戦車は数字ばっかだーっっ つか日本の戦車しかしらねぇーっっ

 

 そ、そうだ戦艦があった!!

 

 何か守ってくれるとか何とか言ってる気がするしっっ!! 護衛艦…いや、巡洋艦とか、そっち系のだったら……

 

 

 

 「……いかづち」

 

 

 思わず口に出しちゃったのはその名前だった。

 

 

 「雷……というのはどうかな?」

 

 

 言っちゃってから何だけど、よりによって何故に駆逐艦、吹雪型駆逐艦の いかづちなのか?

 そりゃまぁ、戦争中に大活躍した艦だよ? 結局 最後には沈められたけど。

 他にもっと女の子っポイのあったんでね? という気がしないでもないし、大空のサムライ的に零とか紫電とかでも良かったんじゃ……という若干の後悔もあったりなかったりするけど、言っちゃったものはどうしようもない。

 

 

 え、と……? 何か黙っちゃってるけど……も、もしかして怒った?!

 

 ダメなのか?! やっぱりオレごときのセンスではお気に召さんのか!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼がその名を口に出したとき、言葉がずんっと胸に響いた。

 

 彼女には、先程から向けられている主の眼差しに不思議な色が感じられている。

 

 憐憫のような悲しみのような、複雑な感情が混ざっているそれは、恐らく彼女には想像も出来ないものがあるのだろう。でなければあのような表情を浮かべるはずがない。

 先程も何かしら痛みに耐えるような顔をしていた気もする。その原因である何か(、、)を思い出していたのだろう。

 

 しかし、如何なる悲しみや想いや記憶があるのに違いはなかろうが、そんな記憶があるのだろう名を汲み出してくれている。

 

 視線を彼の目に戻せば、やはり自分に向けられている悲しげな眼差し。

 

 これは、失ったものを自分に見ている……?

 

 

 ――いや? そんな女々しさは感じられない。どちらかと言うと自分を責めている者のそれだ。

 自分の責任を決して他者に押し付けようとしない、己だけで背負い込む者のそれ。

 

 別に己は式であるのだから、身代わりを求められようも文句はない。それが主の望みであるのなら当然だ。

 だが、彼が自分に向けている想いには、役割と言うより個に重きを置いたそれが感じられる。

 

 つまり……

 

 

 「(拙者に与えられたこの名には、決意が含まれているでござるな。

   それも、拙者を召喚するに値するだけの……)」

 

 

 元より不満はない。

 このような強者、武士(もののふ)の式となれる事に何の文句があろうか。

 

 彼が静か発したその名…言霊を噛み締め、じわりと自分に染み込ませてゆく。

 

 

 主の言葉で驚いたのは、自分が使っている退魔の技は木気…それも雷寄りの技である事を悟られていた事だ。

 

 何しろ髪の色は紅。

 異人(、、)を体現する為にそういう設定にされたとも言われているのだが 紅く、軽甲冑に編みこんだ術式の印も相俟って、火気のモノとしか見られる事はまずない。

 実際には火防の為の印であるが、それでも刃を交えない限り火気としか感じられないようにとの思惑もある。

 

 だが、彼は見抜いた。

 

 ただ見据えただけで見抜いたのだ。

 何たる眼力であろう。

 

 しかし視抜かれた故か、よほど相性が良かったのか、その言霊()は忽ち身体に馴染んでゆく。

 

 如何に高度な呪式で紡がれた式神であろうと、名を持たずしてしっかりとした我は保てない。

 名を置いてもらい、初めて其れが其れとなるのだ。

 

 無論、不満なぞ浮かぶ事もあるはずもない。

 ……いや、式そのものが木気なので魂の名に近いのだから当然なのだろう。

 

 

 「護りの名として考えたのだが……気に入ってもらえか?」

 

 「はっ」

 

 

 気に入ったどころではない。身に余る光栄だ。

 この身、この心に染み入る素晴らしい個の名(、、、)である。

 

 

 「身に余る光栄。正に感動に打ち震えてしまったでござる。

 

  我、この身今生より(いかづち)と成らん。

  我、前に立ちし式《前鬼》にして共に戦う式《戦鬼》也。

  この身が砕け灰塵と化そうとも主の刃と成りて戦う事を誓わん」

 

 

 ゆっくり、そして強く与えられたその名を噛み締め、心からその名を受け入れて自分の呪式に練り込ませてゆく。

 嗚呼…と感動に打ち震えた。

 

 半分繋がっただけで解る。

 有象無象の力自慢のそれではない。研磨し更に研磨して必要最小の法力のみで戦い続けた者のそれを感じるのだ。

 

 無論、力の器の大きさは歴代でも小さい方だろう。

 普通人より多少はある程度と称しても言い過ぎではないだろう。

 

 だが、単純に力が足りない…のでない。

 

 力を使っていないのだ。

 途轍もない効率の高さで呪式を編み、それを使っているに相違ない。

 でなければ、自分を編み出す事など不可能なのだから。

 

 ほんの微かに残っている自分の先人の記憶の中でも、自分ほど細かく式を編まれた者はいない。

 言わば、先人らは藁束(わらたば)で編んだ茣蓙(ござ)のようなもの。彼女らに比べれば自分は絹糸で織られた反物だ。

 人との差異が殆どないくらいなのだから。

 

 

 「主よ。

  偉大なりし我が殿の御名をお教えくださらぬか?」

 

 

 

 

 

 

 

 さっきから気になってるんだけど、殿ってナニよ。

 殿ってアンタ……オレは別に軍団作ったり映画監督する気はないよ?

 

 あ、でも良く考えてみたら自己紹介とかやってないじゃん。どんだけ慌ててたのよオレ。

 まぁ 普通に考えたら家宅侵入されたよーなもんだし、この娘…って、雷か。雷って不審者そのものなんだけどね。イキナリ謎の出現したし。

 でもオレが生み出したっポイし。理由解んないけどさ。

 あー……これもやっぱあの杭の所為かなー 胸の奥から声したしなー

 

 ん? あれ? ひょっとして杭を打ち込まれて生んだって事だから……レイープされたってコト?!

 

 ぎゃぁああっっっ!!?? 気付かなきゃ良かったぁああああーっっっ!!!

 

 サクランボ失う前に菊が散ったってか!!?? 勘弁してよっっ わぁあああああああああんっっ

 

 って、落ち着けオレ! 今の状況に何のカンケーもないわぁっ!!

 

 

 「……殿?」

 

 

 はっ

 

 いかんいかん イロイロあり過ぎて我を失ってたヨ。

 と、兎も角別の事に集中するんだ。目から出た汁は心が冷や汗掻いただけだっ コンチクショーッッッッ

 

 

 「太一郎。

 

  鈴木 太一郎だ」

 

 

 やけっぱちのままそう名乗ると、雷はオレの名を噛み締めるように小さく呟き、

 

 

 「御名を御教え下さり、名を手向けて下さり感謝の極みでござる。

 

  我 雷。主が為にこの身この命果てるまで、その全てを捧げ尽くす事を誓わん」

 

 

 そう、聞き捨てならないとんでもないセリフを言っちゃってくださった。

 ……って、オイオイ!!!?? ナニ言っちゃってくれちゃうの!!??

 ナニその重々なセリフは!?

 

 と、やっぱり顔に出せないまま、慌てふためいて問い詰めようと腰を浮かせた正にその時、

 

 

 

 -呪式契約 終了-

 

 -太一郎,雷 間、径路開放-

 

 -侍従呪式……固定完了-

 

 -魂魄経路 構築終了-

 

 -前鬼“雷”登録-

 

 

 - 呪 式 儀 全 行 程 終 了 -

 

 

 

 胸の奥からこんな声(音?)が辺りに響き、彼女のオレの間に一本の光る糸みたいなモンが出現し、瞬いたかと思った瞬間、それは目に見えなくなった。

 

 

 ……ひょっとして……ナニか取り返しの付かないコトが起こっちゃった?

 

 

 アレ? 何か詰んだ気がすんだけど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――まぁ、兎も角。

 

 

 「殿?」

 

 「……いや、何でもない。

  それより上がってくれ。跪かせて話をする趣味はない」

 

 「御意」

 

 

 そんなこんなで混乱しつつもオレと雷との共同生活が始まったのだ。

 

 

 

 べ、別に家族が増えたからって、特に喜んだりしてないからね!?

 

 

 

 

 

 




 読みやすさ重視の為、一つ一つを短めにしてます。
 ご容赦ください。


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巻の参

 テンプレです。


 

 テンプレートと言えば何を思うだろう?

 

 

 マウスピースの仲間で、歯のかみ合わせと調整して脳の感度を変化させ全身疾患や愁訴の改善そして新しい歯のかみ合わせを見つける装置の事?

 それもまぁ、正しい。

 

 鋳型、雛型という意味の英単語。何かの元になる定型こと?

 うんそれも正しい。

 

 だけど、昨今のテンプレの意味は、型にハマり切った一定の状況とかに使われる事が多い。

 

 例を挙げるなら――

 

 ああ、目の前にトラックが(ry

 おぎゃー(なんじゃこり(ry

 

 というヤツだろう。ウン。オレもネット小説とかで良く見た。

 

 

 

 

 しかし……

 まさか目の前でテンプレを見る羽目になるとは思いもよらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぬぅっ!? この様な箱に人の姿。

  更にこれは違う土地の光景……何と面妖な。

 

  ……いや?

  フッ 解ってしまったでござるよ殿。

  実はこの箱の中に小型の式を入れて寸劇を行なっているでござるな?

  如何に拙者でも手妻(所謂、手品)ぐらい存じておるでござる。

  見破るなど造作も……

 

  ぬ ぉ っ !? 板塀が如く薄いとな!?

  ならばこれは……と、殿ぉーっっ!! これは如何なる術でござるかーっっ!!」

 

 

 (薄型だけど)テレビにビビる時代錯誤な甲冑娘……

 

 使い古された行動ではあるのだけど、まさかそれをナマで見てしまう日が来るとは思わなかった。

 

 

 

 

 

 つか……

 どーしてこうなった?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 

 雷はオレの法力(?)とかで生まれたそうだけど、様々な知識はきちんと持って誕生している。

 

 ただ、どうも一番新しいデータでも江戸後期の手前くらいで、後はおもいっきり古くて大して役に立たない。

 歴史的な価値はすんごいものがあるんだろーけど、事実と真実は違うっていう見本のような話がてんこ盛りで、人に言ったって信用なんかされないだろうからあんまり意味ないけどネ。

 

 いや、九尾の狐がマジにいたとか、それを退治した後に封じた殺生石から更に力奪って完全封印したとか知ったって嬉しくも何ともない。○の槍もどっかにある可能性も出来たけど、石喰いの実在率が上がっただけじゃんっ マジ怖いわっっ

 どんだけ石喰いトラウマってるんだ…ちゅー説もあるけど、十余年も痛い目に遭わされ続けてるんだからしょーがないだろ?

 

 兎も角、『ぬぅ?! 牛も馬も無く車が走るとは面妖な!!』とか、電気点けて驚かれたり、冷蔵庫で目を見張られたり、エアコンで声を上げたりと本当に忙しかった。

 テンプレっちゃあ テンプレなんだけど、実際にその場に居合わせるとホントにタイヘンなんだと思い知らされたぜよ。フォローでヘトヘトになったし。

 デジタル時計だけでも驚くんだもんなぁ……

 

 ま、まぁ、幸いにしてオレは和食が得意だからそっちではそんなに大変じゃなかったのは救いか。

 甘いって驚いてたけどネ……そーいえば昔は砂糖の味がすごいカルチャーショックだったって聞いた事あったなぁ。

 

 兎も角、この一週間は現代の常識を教えるのに明け暮れたよ。と言っても、大学まで付いて来ようとしたのを我慢させる方が大変だったり……

 

 確かに物騒な世の中だけど、この辺りはこの娘が護衛に来なきゃならないほど物騒じゃないし、何より大学にはものごっつ強いのがいるからそんなに心配しなくていい。

 因みにその強いのってのは、オレの事…じゃなく、数少ないオレの友達の事だったりする。

 

 その男は高校時代からの腐れ縁。

 ずっと剣術を学んできたという腕前は凄いらしく、おじーちゃんのお墨付き。

 何か知らんけど、ヤツのパパさんも昔はボディーガードとかしてたっつーから納得したもんだ。

 一時期は膝とかヤっちゃってたけど、おじーちゃんが治したから全然OK。全く無問題で運動できるらしい。あぁ、言い忘れてたけど、おじーちゃんは鍼灸医の真似事が出来る。ヤツのパパさんも治したとか言ってたし、腕は良いっポイ。無免許だけど……

 兎も角、そんな奴がいるので安心なんだヨ。負けるトコ想像できんし。

 

 ……それにしても神様は何て不平等なんだろう。

 両親も二人の妹達もイケメンor美女美少女というムカつくご家庭で、当人も高校時代からモテモテだったし、学校でも一二を争う美少女と付き合いだして現在は婚約なんてしてやがる。

 オイオイ。大卒後は金持ち一家に婿養子に入ってウハウハ生活ですか? ドチクショーめ神様はなんて不平等なんだ。

 天は二物も三物も与えていやがる。ひがんでやる。ふーんだっっ

 

 ……あ、話がそれた。

 だ、だから、そんな訳でキミは一般常識くらいは覚えてよーね? でないと外に連れ出すのも難しいアル。そう説得して何とか引き止め、色々と勉強させてきたのデスよ。

 

 まぁ、直に苦労は報われて近所に買い物に行く程度はできるよーになってくれたけどさ。

 

 

 雷と暮らし初めて解った事だけど、この娘って文明のギャップは酷かったものの、物覚えそのものはものすごく良かった。

 

 何せ現代のものや社会構成等を見聞きした時、初見こそ驚いたりショックを受けたりしたものの、キチンと教えたらあっという間にその知識を吸収してゆくのだから。

 

 テレビの事だって、最初こそテンプレ通り驚きかえっていたんだけど、今ではすっかり慣れたもの。

 別に断りなんかいらないから勝手に見ていいよって言ったら、ホントに勝手に見るようになっていた。

 まぁ、自分以外からも現代社会の情報を仕入れて欲しいって意味もあるんだけどね。

 

 もちろんPCの使用も許可しておいた。

 古いヤツを勝手に使って良いとプレゼントしてあげたし。五体当地して感激された時はどうしようかと……

 一応はそれなりに早いけど、OSが古くてサポート受けられないんだよね。ううっ スクラップ押し付けたようで良心が痛い。

 ま、まぁ、証拠隠め…じゃない、Cドライブを綺麗にしてるからそれなりに容量はあるはずだから勘弁してください。たのんます。

 

 兎も角。そういった訳で思ってた以上のスピードで現代に馴染みつつあった。

 

 

 「ふむ…殿。昨晩のないたーはまたもタイタンズが勝ったようでござるぞ。

  真に忌々しい事でござる」

 

 「落ち着け」

 

 「如何なる軍でも構わんでござるが、彼奴等(きゃつら)めをぎゃふんと言わせてもらいたいものでござるよ。

  無論、殿が出陣なされば一人で片が付く事は承知でござる。殿以外の何者かが力づくで……」

 

 「……だから落ち着けと。

  それに野球は一人ではできん」

 

 「ぬぅっ これはウッカリ」

 

 

 とまぁ、こんな感じに。

 

 

 そしてオレの朝は、野球談義で始まるようになったのである。

 

 ……何ぞこれ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昔は寺だったという、主の家は結構広い。

 そしてその庭も元は境内だった事もあってか結構広く、そこに様々な作物が育てられていて農家のようだ。

 尤も、玄関まで続く道の周囲はきちんと草も刈られていて住人の清潔さが伝わってくる。

 

 そんな家の庭先――畑と縁側の空間に散らばる葉を竹箒で掃きながら、ふとその手を止めてしまう。

 

 

 自分が鬼動し(おき)てから七日…一週間の時が経った。

 

 無論、ただ無駄に日を送っていた訳ではない。如何に血臭の混ざらぬ平和な空気が漂っていようとも、平時にこそ様々な準備を整えねばならぬもの。

 流石に主はその事を思い知っているのだろう、こちらが恐縮してしまうほど現在世界の常識等を教えていただいている。

 

 主本人も付きっ切りで指導してくださったし、自分も申し訳なさからしっかりと学んだので思っていたより早く馴染めたと思う。

 

 尤も、残念ながら完全に付きっ切りだった訳ではない。

 何せ主は文武両道という言葉を体現なさっているお方。学び舎が開かれている時はしっかりと出かけて勉学に励まれ、帰ってからも復習に勤しまれるのだから。

 

 恐らくそれは、人生の全ては学ぶ事だと身をもって教えてくださっているのだろう。

 何せ高が式である自分に情報端末とやらまで与えてくださった程なのだから。

 

 この扱い、式としては破格である。いや、考えられないと言った方が良い。

 とは言っても、金剛の様な意志の力を持つ主が練りに練った呪力によって編まれたこの身は人間そのもの。下手をすると月のもの(、、、、)まで起こってしまいそうなほど。

 

 だから人として接して下っているのかもしれない。

 

 しかし、仮にそうであったとしても主のその人柄と器の大きさに心が震える。

 

 一昨日の事だが、主が湯に浸かるというのでせめて背でも流そうと思い立ち、衣服を脱いで垢掻(あかか)()の真似事をしようとした。

 尤も、直に はしたないと窘められて追い出されたのであるが…その際に目にしたその背中。引っ掻き傷や切られ傷、刺し傷等。それらが至る所に見られたのである。

 これにより、一厘程あった平穏な生活を送っていたという可能性は消滅。恐るべき戦いの渦中にあったと思われる。何せ鉄砲傷と思われる物もあったのだから。

 

 そんな過酷な戦いの中にあっても気遣いを忘れず、意志を持っているというだけのモノに過ぎない自分を受け入れる器を持つ今生の主。

 

 この自分(、、、、)の記憶には無いが、以前の前鬼(じぶん)達は武器として得物として作られていたという記録がある。

 それなりに(、、、、、)は遣えたようではあるが、はたしてこの主ほどの人物であったかと問われると首を傾げざるを得ないのだ。

 

 言い方は悪いが、当たりを引いた(、、、、、、、)と思わざるを得ない。

 

 

 しかし、不満が無いと言えば嘘になる。

 いや不満が無いという事が不満と言うか、何と言うか……

 

 何せこの主、料理は得意だわ縫い物は上手いわ掃除も得意だわで自分がやる事が殆ど無いのだ。

 この身になって食物を美味いと感じられるようになったのは嬉しいが、主に作っていただくというのは(いささ)か……いや、かなり申し訳が立たない。

 九分九厘 人の女性(にょしょう)となった身からすれば、女の沽券に関わる事でもあるし。

 

 尤も、件の主はその道に進んだ職人のような危なげない手つきで(うお)を捌く。

 三枚におろす際にも包丁の刃が骨に当たる音を立てないし、自家製の干し椎茸を戻した水と昆布、荒節で出汁をとって醤油で整えた汁物も美味いという言葉しか出せないものである。

 

 進歩している世には“いんすたんと”なる汁物もあるようなので、一度試させてもらったのだが不純物の味しかせず、我ながら贅沢だとは思うが食えたものではなかった。

 いや主の味に慣れ過ぎたという事なのか。

 

 主曰く――

 

 

 「食品を長持ちさせたり色を整えたりする為、食品添加物というものが入っている」

 

 

 との事。

 それが不味いと感じられる理由らしい。

 実際に身体に悪い物が入っているのだが、世間の多くはその不味さを美味いと感じてしまうのでどうしようもないと言う。

 

 成る程。世の見た目を綺麗に取り繕う為にそう言う弊害が起こっているのか。まぁ、平安の世からあったような事であるから別に不思議ではない。

 不思議では無いが……

 

 我が主はその歪みに逆らって天然自然を取り込み続けてきた。

 自分でも食物を取り込んでみて解った事であるが、天然自然から遠いものを取り込み続ければ呪力が落ちる。

 天然自然と違うものが血肉に混じってゆくのだから当然だ。

 

 だから主はそうやって天然自然ばかりを取り込んで血肉とし、更にその血肉を鍛える事によって大地からの気脈を全身に通し続けてきたのだろう。

 

 禅の心を持つ武士(もののふ)――

 

 この方が、

 この方が自分の主……

 

 

 恵まれ過ぎた生まれと状況に、言い様のない感激を一人噛み締める雷だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウチの娘がまた箒を握り締めたまま感激してるんですけど……

 

 いや、世間に色んなものが増えまくってるから、多少はギャップでフリーズするとは思ったけどこんなに多いとは思わなかったヨ。

 

 この娘って異様に物覚えがいいから教えたら面白いんだけど、その記憶力ってコンピューターと一緒で間違えてるデータ教えたらそのまんま覚えちゃう。

 そして基本が間違えてるから、末端まで間違え切った知識が出来がってしまう。それに気付いた時はかなり遅かったけどね……お陰で某球団をアンチするのが正しいと思ってる節が……

 

 ま、まぁ、それでも何とか上手くやってる。と思う。多分。きっと……

 しかし、彼女って戦闘メインの式神らしいんだけど、犯罪者に出会う率が途轍もなく低いここ海鳴市でナニと戦おうと言うのか? 不良とか? マンガじゃないんだから、悪の犯罪結社みたいな不良学生集団なんか滅多にいないぞ。

 つーか学園戦闘モノのラノベじゃないんだし、何より厨二は卒業済みだ。ノートなんか燃やしたぞ? 眼帯と一緒に……

 

 そーいえばこの娘、この間も風呂に突撃してきたなぁ。

 いや、時代劇とかだったら夜伽に誘うとかのパターンもあるだろーけど、こっちは初心者(チェリー)。できる訳ゃない。悲しーなぁ もぉ……

 

 まぁ、そのスんばらしィお肌を目にできた事はご褒美だと思っておく。実にごっちゃんでした!!! 誘えない自分の弱さにドチクショーっっ!!!

 

 お肌白くてキレーなのな。

 例えれば洋食的? 日本人と西洋人のイイトコ取りなプロポーションと風貌で、美人と美少女の中間位置の年齢で整えられてる。

 そんな娘が何してもいいですよ? な場所にいるってのに指一本伸ばせないオレって……草食系にも程がある。

 

 ああ、だから彼女できなかったのか……彼女作ろうにも肉食系でなきゃ無理だろーネ。

 ……って、何か食い荒らされて捨てられるイメージしか湧かねー……

 

 仮に雷に彼女役頼んだって、この娘エラい美少女だから隣に立ったら釣り合いが取れないしね。

 オレってどんだけダメダメなんだ……

 

 やたら目つき悪りぃし、笑えねぇし、マンガのドジっ娘もびっくりなウッカリ者だし。

 庭でゴミ焼いた時、瓶とか電池を混ぜて爆発させた事あったしね。それも何度も……

 お陰で体に刺さりまくってタイヘンタイヘン。

 

 『動物は怪我をしたら二度と同じミスをしないが、バカは何度もやる』

 

 そうおじーちゃんに言われてたけど……ウン。言い返せない。

 

 小学校の時、学校の玄関先ですっ転んでガラスドアを割った挙句、背中をズバブシューって切っちゃった事あるしネ。

 先生にさえ おっちょこちょいと言う言葉はお前の為にあるとまで言われたよ。チクショーっっ

 

 缶を開けてて何故か足の甲を切ったり、

 プラモ作ってる時、蚊に刺されたから引っ掻いたら手にカッター持ってるの忘れてて腿をズバっと切ってしまったり、

 転んだらそこに釘があったり、

 包丁を初めて持った時、ウッカリ手が滑って御手玉してしまい腕に刺さった、等々……

 

 まぁ、包丁に関しては怪我しまくった分それなりに上手く使えるようになったんだけどね。それ以外は自業自得っつーより、運の悪さも手伝ってると思うんだ。

 

 運は悪いわ、傷だらけだわ、添加物アレルギーあるわ、アレ? オレって物凄いハンデもってね?

 

 そりゃあモテ期がない訳だよ。はっはっはっ……ドチクショーっっっ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 奇妙な気配を感じ、ハッとしてその方向に顔を向ければ主の姿。

 睨むような目で遠くを見つめておられる。

 自分も主に続いて目を向けてみるが、やはり拙いこの眼力では何も捉えられない。

 

 常に先を見つめておいでの主。

 その瞳は何を捉えておいでか。

 

 無論、悔む間があれば鍛錬に勤しむのが正道だろう。だが作務を放り出してまで鍛練に入るというのは不忠にも程がある。主への忠義より我欲を取るという事なのだから。

 この主の事であるから咎めようとはしないだろうが、それに甘んじるという事等あってはならない不忠だ。

 

 この方の式であるという悦びは今更語るまでも無いのだが、この方の式であるからこそ自分の力不足が悔まれてならない。

 何と(まま)ならぬものか。

 

 いや、主に作り頂いたこの身は主の式として十全であろう。

 足らぬのではなく、至らぬ(、、、)と言う事か。

 

 

 「雷」

 

 「は… ハハッ!!」

 

 

 いかん!!

 主に呼ばれても即座に反応できぬとは……この雷 一生の不覚!!

 

 

 「殿 お呼びで?」

 

 「……ああ」

 

 

 やや作法に欠けるが、竹箒を後ろ手に置き、縁側に立つ主の前に跪いて言葉を待つ。

 

 本日の学業はお休みというので長くいられた事に甘んじてしまった。

 何という失態続き。反省の多い我が身を叱咤する。

  

 

 「買い物に出かける。付いてきてくれ」

 

 「はは 何処なりとも」

 

 

 と答えてから気付く。何かしらの異変にお気付きになられたご様子なのに、買い物とは是如何に――

 いや――? 主の事、何かしらのお考えあっての事であろう。

 

 

 「雷が来てくれないと話にならんからな……

  自分のセンスは当てにならん」

 

 「ははぁ……?」

 

 

 扇子?

 ……あ、せんす。確か常識とか感性とかを意味する現代語だったか。

 何故にそれが必要なのか?

 

 いや何故に自分が…‥

 

 

 「? 雷の服を買うのだから当然だろう?」

 

 「え゛?」

 

 

 

 

 

 

 

 いやぁ……ハトが豆鉄砲食らった顔ってこんなのを言うんだ……

 と、思わず感心してしまう程の驚いた顔を曝してくれた雷。

 

 で、なんでンな事言い出したのかというと、彼女の着ているものがその理由。

 

 この娘、式で作った紺色の作務衣(さむえ)を羽織っているのだ。

 それも襦袢(じゅばん)とか着けず……

 

 正に、眼福っっ!!

 じゃなかった、目の毒だ!!

 

 だってちょっと腕とか動かすだけで見えそうになっちゃうんだよ? 勘弁してくれっ 初心者マークには刺激がキツ過ぎるんだよーっっ!!

 

 ウチにも着物あるから着せても良かったんだけど、実は彼女 中身がおもっきり和風なくせに着物を着慣れていなかったりする。鎧甲冑は着られるのにね。

 勿論、単に着る事はできるんだけど帯が留められない。ネットで調べても結び方が途中から良く解らなくなるし、式で着物を作り出すという手もダメ。何せ胸が大き過ぎて着物が似合わんのよ。

 例に見せてもらったら風俗のおねーさんにしか見えなかったヨ……いや行った事ないけどネ。

 

 式でフツーの服 作れんのか!? と思ったんだけど、一度現物を知らないと式は編めないんだそーだ。

 となると結局は現物を手に入れなきゃならない。まぁ、そんなに欲しいものもないし使わないからお金余ってるんでいくら買っても全然OKだしね。

 

 寧ろ問題は……――

 

 

 「な、何と恐れ多い!!!」

 

 

 この反応だよなぁ……

 

 

 「拙者、確かにこの身は女なれど殿の式でござる!

  その拙者が主の懐を煩わす等……言・語・道・断っ!!」

 

 「その程度で負担なんぞ……」

 

 「否! 例え一文であろうと主に出させるなどあってはならぬ事。

  拙者のような者なぞ式符の紛い物で上等!!

  でなければ素肌で放置すればよろしかろう!!」

 

 

 え゛? 裸でも全然OKって?

 

 あ……っっ アホかぁーい!!!!!!

 オレが堪らんよーになってまうわーっっっっ!!!!

 

 つか、

 

 

 「それだと単にオレが外道な男だと言われるだけだと思うが……?」

 

 

 ウン。露出プレイ好きのヘンタイとしてタイーホされかねん。

 いや逮捕されずとも、周囲には白い目で見られる事 請け合いだ。これ以上の悪名は勘弁してつかぁさい……

 

 

 「ぬぅっ!? た、確かに……

  この雷 一生の不覚!!!」

 

 

 いやいや言う事を重く見過ぎ。

 単にフツーの服着て欲しいってだけの願いなのに許されないというのか。

 

 

 「必要な事だから買いに行くのだ。

  ……それだけの事なんだがな」

 

 「そ、それは……!? な、成る程……」

 

 

 あ、納得してくれたかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 必要な事だから買いに行く?

 自分の衣装を整える事が……?

 

 無論、昔の術師には人形が如く式を着飾る趣味を持った者もいたようだが、主がそんな趣味を持っているとは思えない。いや考えられない。

 となると、それなり以上の深い理由あっての事だと思われる。

 

 今、虚空を見て卦を読み思いついた買い物。

 そして式で編んだ――つまり、呪式で生み出した物が駄目である理由……

 

 

 ハッ!?

 

 

 『成る程。ようやく理解したでござるよ』

 

 

 虚空を、卦を見て始まりを予感したのではないだろうか?

 そして何かしらの脅威に対して呪式の衣を纏ったままでいるという事は、それらに向けて ここに術師がいると高言しているようなものではないか。

 

 つまり余計な戦いを何処で始めてしまうか解らなくなるのだ。

 自分らに直接向ってくるような低俗なものであればまだしも、それなりに知識を持つ輩ならば不必要に用心させて無辜なる民を巻き込む可能性もある。いや、その可能性は決して低くは無いし、何より陰に潜まれてしまわないとも限らない。そうなった場合は更に厄介な事になるだろう。

 

 それらを防ぐ為の準備と言う事か。

 

 

 「そ、それは……!? な、成る程……」

 

 「解ってくれたようだな……助かる」

 

 

 やはりそうであったか!!

 この雷 一生の不覚!!! 主よ。その深き配慮に気付けずにいたこの虚け者をお許しくだされ!!!

 

 

 「……兎も角、直に出よう」

 

 「承知!!」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――とまぁ、こんな感じに二人でデパートに買い物に行くというイベントが発動したのだった。

 わぁ…女の子と二人でお出かけなんて初めてーっっ

 

 ……自分で言ってて寂しぃーっっっ

 

 

 



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巻の肆 <陰の章>

 微妙にとらハ3成分が混ざっておりますのでご注意ください。


 出会いはそのものは入学式。

 

 同じクラスになった日。

 だけど彼そのもの(、、、、、)を知ったのはもっと後。

 

 自分の血族により、あの人(、、、)との距離を測りかねていた時だった。

 

 

 

 あの大きな背中は――忘れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハンドルを握るメイドの後ろで、その女性は後部座席のドアに腕を掛けて外を眺めていた。

 

 当人が美人であるから目立つのだが、やたら目元も口元も弛ませている。

 

 それは幸せである事をあふれ出させている女のそれ。

 車窓から入る陽射しすら(くすぐ)ったそうに感じるほどの嬉しげな顔。

 

 だがその主の幸せはそのメイドの幸せ。

 

 それに主従を越えて姉妹の様に信頼し合った間柄なのだ。幸せそうな彼女の表情ほど嬉しく楽しい事は無い。

 

 

 ついこの間まで下らない諍いの渦中にあり、血で血を洗うような戦いの中に引きずり込まれていた。

 そいつらの攻撃によってメイド本人もしばらく休眠を強いられていたほどで、今のこんな二人を見ても想像すら出来ないだろう戦いを演じていた。

 

 幸いにも主の恋人の活躍もあって、どうにか一応の決着を迎えており、そんな苦難を乗り越えた二人は絆を深めて結婚の約束まで結んでいる。

 

 その青年は主の後援者にしてもメイド本人もかなり好意を持っている事もあって、反対する理由など全くなし。

 青年と主両方の妹たちも同級生となり友情を育んでおり、家同士の仲も良好で正に順風満帆。目元口元が弛むのも当然と言うものだろう。

 

 今日も大学の講義を共にした後、家まで送っていった。今はその帰りである。

 

 何時もならもっと一緒にいる二人であるが、今日は店の手が足りないから手伝わねばならないのと、妹の修業に付き合う日というので帰ってきたのだ。

 単に店の手伝いだけなら自分も付き合えるだけの腕になっているのだけど、流石に剣の修業にまでは付き合えない。

 いや、血統的に鍛練に付き合えるだけの力はある。能力的にはその恋人の男性より勝っていると言って良い程。

 

 だがその後が大変である。副作用的に(、、、、、)付き合えないのだ。

 

 無論、あの青年の体力ならば不可能ではなかろうが、流石に二日続きで泊まらせるのは気が引けた。 

 

 その件でからかった事を思い出しているのだろう。くすくすと思い出し笑いまでしている。

 

 メイドもつられてくすりと笑みを零し、言われた通りの道へと車を走らせていた。

 

 

 ――と。

 

 

 「あ、お嬢様。太一郎様が」

 

 「え、ふぇ?」

 

 

 急に話しかけられたからか、珍しく呆けた声で返してしまうがそれには気付かない。

 

 いや、気付けない。それどころではなかったのだから。

 

 

 「太一郎様が女性の方と歩いてらっしゃいます」

 

 

 「へぇ? アイツがねぇ…………………………………………………………って、

 

  ええっ!!?? え゛え゛ーっっ??!! 女連れぇええっっ!!!???」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       巻の肆 <陰の章>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 横を走り抜けてゆく車に、もう(いかづち)は驚いたりしない。

 

 通り過ぎた車は所謂 高級車というヤツでだったので、エンジン音も静かだという理由もあるのだが、それでもどれだけ主に迷惑をかけたか……

 最初の頃は馬も牛も無いのに爆音を立てて走り抜けてゆく箱には大層驚いたものであるが、先に述べたように主の努力と情報収集によって今は何とか平気となっている。

 だからだろう、今でも雷は驚いて間合いをとっていた当時を思い赤面してしまう。

 

 そんな失敗例を思い浮かべていると、その通り過ぎた車が前方で急停車。何とぎゅおおおんと音を立てて急バックしてきたではないか。

 

 何時の間にか雷は主の前に立っている。

 直にでも主を庇えるような位置に極自然に移動していた。

 

 無論、主は全く緊張していない。流石である。

 

 その高級車(後で知ったが、ベンツというらしい)は自分らの直横に止まると、う゛ーとくぐもった音を立てて窓を開けた。

 

 

 「ちょっと、太一郎君!?」

 

 

 顔を出したのは珍しい紫色の長い髪を湛えた美女。

 年齢的には主と同じくらいだろうが、日本人形の美しさと西洋人形の愛らしさを足して割ったような、不思議な魅力を持った女性である。

 

 まぁ、このように魅力に満ちた主なのだから様々な女性に知られていても不思議ではない。

 やや面白くない気がしないでもないが、主がもてるというのは一種 誇りすら感じられるのだから。

 

 

 しかし、相手の事が全く気にならない訳はない。

 

 この歳でこのような車に乗っている、というのもそこそこの大店(おおだな)か、家が武家ならばありえなくもないだろう。

 今の時代にどれだけの力があるのかは知らないが、少なくとも自分の知る時代であればかなりの無茶も出来ていたのであるし。

 だから所作やら家柄等は気にならない。

 

 主とて気にもすまい。主が気にしないのであれば、当然ながら自分だって気にもしない。

 

 だが、それより何より雷の気にかかる事が一つあった。

 

 

 この車を操っている者(女中?)も、そしてこの女性も、完全な人間では……――

 

 

 「雷」

 

 「は?

  ……ははっ!!」

 

 

 そんな雷に、

 主の盾となるような位置に立つ彼女に、当の主が声を掛けてきた。

 

 まるで、勇む彼女を引き止めるかのように。

 

 

 

 「彼女は月村 忍。

 

  オレの高校時代の同級生で、大学の同期。

 

  そしてオレの――友達だ」

 

 

 

 主の言葉にハッとして振り返る。

 

 案の定というか、やはり彼の眼差しはじっと自分に注がれていた。

 

 

 責めるでもなく、諌めるでもなく、

 

 ただ静かに、友人を紹介しているだけという空気を纏い。

 

 

 「それは、真で?」

 

 「ああ」

 

 

 知らぬ訳が無い。気付かぬ訳が無い。

 

 闇に沈み、潜むモノ達と一人戦い続けてきた主。

 

 そんな主の眼力が二人の違和感に気付けぬ訳が無い。

 

 枝葉を歩く羽虫の足音すら聞き分けかねない主である。

 

 

 だが彼は友達と言った。

 

 高校時代からずっと付き合いのある友人だと説明している。

 

 

 そして――

 

 

 「――だから、そう身構える必要は無い。

 

  敵とそうでない者との区別くらいはしてもらえんか?」

 

 

 目を見張った。

 

 思わずその目を車の女性たちに戻すと、やや寂しげな色を感じなくも無いが、嬉しげな光を浮かべて自分らを見ているではないか。

 

 

 ――ああ、自分は何という未熟なのであろうか。

 

 昔からそうではないか。

 (あやかし)にしても、霊にしても、存在自体が悪ではなく、行動や属性によって闇に区分されたモノが悪ではないか。

 

 退魔の者とて達人ともなると全てを狩ろうとはしないもの。

 何故なら自分らと同じく天然自然から生まれしモノだと理解しているのだから。

 

 嗚呼、彼女らは生まれが人の陰というだけで悪ではない。

 

 それを説いてくださっているのだ。

 

 

 「……失礼仕った。

  この雷 一生の不覚。この過ちをお許しくだされ」

 

 

 全く……この慮外者はどれだけ失態を演じればよいのだろうか。

 

 

 「理解してくれたのならいい……

  お前も自己紹介して手打としてくれ」

 

 

 そんな不甲斐無き自分に優しい声を掛けてくださる主。

 

 何という懐の大きさか。

 改めて心中で感涙しつつ、顔を女性らに戻し今度こそ丁寧に(こうべ)を下ろした。

 

 

 「お初にお目にかかります。

  (それがし)、鈴木 太一郎が家臣、(いかづち)と申す者にございます。

  度重なる無礼な所業、平にご容赦を……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この女性、月村 忍殿とその従者である のえる・綺堂(きどう)・えーありかひと殿は主の同級生とその従者であり、ある一件で主に裏から支えてもらい続け、最後には逃走した強敵を倒してもらった恩があるのだという。

 

 何でも実家が大きな家であったが為か財産狙いのお家騒動が起こり、その挙句 奸物どもの襲撃を受けたのだそうだ。

 

 幸いにもこの女性の現恋人であり許婚の青年とこの従者の活躍で事なきを得たようであるが、最後の戦いの際にとてつもない強敵が現れたという。

 この三人がかりでも撃退が精一杯で、従者(ノエル)に至っては行動不能にまで追い込まれた強敵。

 

 しかし、件の敵は撃退こそ成功したものの、暴走状態のままで逃走したものだから一般市民に害を成す可能性が大だった。

 

 だから動く事もできなくなった彼女(ノエル)を家に残し、二人は決死の覚悟で追っていったというのだが……

 

 

 大きな音を耳にし、慌てて駆けつけた二人が目にしたもの。

 それは……右腕を引き千切られ、頚骨を直角にへし折られた強敵の姿。

 

 二人が駆けつける僅かの間に、どう見ても無手で倒されたあの恐るべき襲撃者の成れの果て――

 

 

 そして――

 悠然と夜の帳の中へ消えてゆく()の人物が後姿……

 

 

 それが我が主、鈴木 太一郎の力を初めて垣間見れた一件だったという。 

 

 

 

 

 

 「流石にチューブは無理ですね」

 

 「ポロリがほぼ確実よ? ナニよこのエロっちいプロポーションバランス。なめてんの?

  ぱるぱる言っちゃうわよ?」

 

 「意味が判らんでござるよ!?

  というか、こんなはしたない恰好は……」

 

 「さっき着てたのよかマシじゃない。

  ナニよ地肌に作務服って。どんなサービス業の娘かと思ったわよ」

 

 

 ――そんな二人に百貨店なる城の如く巨大な建物に引きずり込まれて早半時。

 女二人とは言っても意外なほど力強い上、善意から来る行動であったので逃げる事も叶わない。

 

 ともあれ、こうまで様々な衣装を着せかえられまくりと精神的に疲れが出始めてくるのも必然して当然であった。

 

 何せこの時代の下帯…いや、下着は、単に襦袢を羽織れば良いという訳ではないらしく、乳当て(ブラ)一つにしても付け方を習わねばならないという始末。

 いや確かに着心地という点ではかなり良いものなのであるが、どうも感触的に頼りないのが困りもの。

 

 

 「こう前で止めて背中側に回した方が早いのではござらぬか?」

 

 「駄目よ! やっちゃあいけない付け方なの。

  女足る者、奇麗な付け方と外し方(、、、)を学ばなきゃ、男を悩殺出来ないわよ?」

 

 「ぬ、ぬぅ……いと深きものにござるな」

 兎も角、何がどうだか知らないが、この時代の女子(おなご)としての衣体(えたい)等を教えてもらっているのだった。

 

 無論、流石に主込みでは女性(にょしょう)専用下着の売り場に入る事は出来ぬので、外に待っていただいている。

 申し訳ないとは思うものの、やはり自分が着用する下帯…いや、しょーつとやらを見られるのは羞恥を感じてしまう。よって出てもらえた事に感謝を募らせている。

 

 

 「あら? 一緒に入らないの?

  折角、雷ちゃん着せ替えーショーといこうって思ってたのに」

 

 「許してやってくれ」

 

 「今ならノエルの着替えショーもサービスするけど?」

 

 「ちょっ!? おじょーさま!?」

 

 「あぁ、ファリンに悪いわね。ごめんごめん」

 

 「……」

 

 「ああ、殿が無言で出て行かれたでござる」

 

 「……チッ ヘタレが」

 

 

 ――等といったやり取りもあったりなかったり……ま、まぁ、忘れるとしよう。

 

 どーもこの忍という女性は冗談が行き過ぎて困る人間のようだ。

 悪い方では無いとは理解できるのであるが。

 

 

 そんなこんなで、どうにか下着も……布の広さに難のある下着ばかり重点的に選ばれたような気もするが……選び終え、ようやく婦人服売り場へと連れられたのだった。

 

 待っているだけで主もかなりお疲れのご様子で心苦しかったのであるが、

 

 

 「ホラホラ、男のあんたがそんなんじゃ困るでしょ?

  ちゃっちゃと立って付いて来るっ

  折角、雷ちゃんに似合うストライプのも選んであげてるんだから」

 

 

 し、忍殿、柄を明かすのはお止めくだされ。

 

 

 

 

 

 

 

 変わって婦人服の売り場。

 この百貨店(デパート)というのは、一つの建物に様々な(たな)が入ってるので、階を移動するだけで専門の店が犇く売り場に出られるのは便利極まりない。

 

 尤も、その為にかなり広い空間が必要となり、自分は良いとしても、必然的に主までもかなりの距離を引き摺り回してしまう事になってしまう。

 

 申し訳なく思うのだが、

 

 

 「……気にするな。良い運動だ」 

 

 

 と言われれば言葉を引っ込めるしかない。

 流石に御好意を断る事は礼を欠き過ぎるのだから。

 

 とは言え――

 

 

 「うーん スタイルが良過ぎるのも考え物ねぇ……」

 

 「可愛い系は全て合いませんし。

  似合う事は似合うのですが、胸が目立つ分どこか風俗じみますし……」

 

 「何やらエラい言われようをされている気が……」

 

 

 こうも着せ替え人形にされ続けるのは、如何に式の身ではあっても疲労してくるというもの。

 嗚呼、洒落気とは斯様(かよう)にも気疲れするものなのでござるなぁ……

 

 

 

 そうこう選んでいる間に、また主が離れられた。

 

 まぁ、主のような凛々しき殿方がか弱き女子の中に混ざるのは心苦しいのだろう。

 

 岩塊が叩き付けられようともびくともしないような躯体を誇る主に、草花のようなか弱き女性がぶつかりでもすればただでは済むない。それを懸念されているのだろう。

 自分が着飾る物を選ぶ、という気恥ずかしき場を見られないの事は安堵できるのであるが、出て行かせたようで何やら申し訳なく思ってしまうのだ。

 

 そのように落ち込みを見せていると、

 

 

 「雷様。あまりお気になさらない方がよろしいですよ?」

 

 

 女中…いや、めいど(、、、) とやらのノエルが話しかけてきた。

 

 

 「のえる殿、か」 

 

 「殿、はいらないんですけどね」

 

 

 そうころころと愛らしく微笑む。

 

 彼女と自分は似て異なる…というか異なるが似ている(、、、、、、、、)といった感じが合う気がする。

 だからなのか、彼女の主である忍よりも先に打ち解けていた。

 

 まぁ、彼女()の場合は微妙に下卑たものを感じるので苦手意識が出てしまっているだけなのであるが……女が女に対してそういう目を持つのは如何なものかと思ってならない。

 

 

 「いやいや、我が殿(との)の御友人を呼び捨てにするなど」

 

 「その気持ちは解りますが…私としてはちょっと寂しいですね」

 

 

 う、うーむ。と思わず唸ってしまう。

 こんな憂いげな顔をされるとこちらとしても心苦しいのだ。

 

 礼を重んじ臣を逸するのは愚かであるが、臣を持って礼を欠くのもまた無礼。

 ではどう呼べと?

 

 

 「呼び捨てで良いじゃない。

  私のコトを忍って呼んで、この娘をノエルって」

 

 「え゛? い、いやいやいやいや。それは更に無礼でござろう?!」

 

 

 余りに気安すぎる相手の主の言葉に慌てふためくのだが、この女傑は からからと笑うばかり。

 なれどそんなやり取りの中にも我らより良好な主従関係を感じられる。

 

 それは羨ましい限りなのであるが……何となく嬉しくも思う。

 

 この女主()従者(のえる)の二人の間には、主従を超えた信頼というか、絆を感じられるのだ。

 こういった仲を目にすると、我が事の様に嬉しかったりもする。

 

 ……これもまた我が主が与えている影響なのか? とすれば更に嬉しいのだけれど。

 そう思わず笑みが零ぼしていた自分に、向こうの主(忍殿)が微笑みかけてきた。

 

 

 「雷ちゃんて、ホントに太一郎君のコト好きなのねー」

 

 「い゛ぃ゛?!」

 

 

 唐突な問いに声が裏返ってしまう。それを見て余計に笑われる自分。う゛う゛…恥ずかしい。

 

 

 「い、いや、、いやいや拙者にあるのは敬愛でござるよ?!

  無論、その、し、信頼やら忠義もござるが、その、そういった(たぐい)のものでは……っ」

 

 

 自分でも何を言っているのか良く解らない。

 というより、何を焦っているのか理解できていないと言う方が正しいのだろう。

 

 理屈やら理論やらの向こう側にある感情が暴走しているというのは解るのであるが……

 

 

 「いえ、私なら解りますよ?

  私にとっての主はお嬢様ですが、今やもう一人の主として恭也様が登録されております。

 

  自動人形(、、、、)としてお嬢様に仕える気持ちと、友人として見ている自分。

  同じく恭也様に対して仕える気持ちと、女としての見ている自分が……」

 

 

 そう笑顔で秘密(、、)を語る彼女……ノエル。

 

 面と向ってあっさりとそんな事を言われるとどうしようもなく照れが深まる訳で――

 と同時に、そんな彼女よりずっと女として劣っている証拠でもあるので何だか悔しくもある。

 

 そうまできっちりと自分を分析し、感情まで受け入れているのだから負けて当然なのであるが。やはり経験不足を見せ付けられている訳であるから。

 自分を式だとして距離を置いているのも間違いではないのだが、彼女の様に作り物であると理解している上で、主の気持ちも理解して受け入れる事はまだ(、、)出来ていないのだ。

 

 しかし流石は主。

 このような心優しき二人を友人として持っているのだから、友人知人にも恵まれている御様子。

 ――いや? 数少ないと説明してくれた記憶もあるので、選んだ結果そこまで減ったと見るべきだろう。どちらにせよ主の慧眼は疑いようも無いという事であるのだが。

 

 しかしその科白にあった単語により、やっと確信する事ができた。

 

 

 「自動人形……

  確か夜の民――今世の呼び名知らぬでござるが、その一族が従者として連れていた人形(ひとがた)でござったな?」

 

 「ハイ。やはり御存知でしたか」

 

 

 いや御存知も何も、そういった類のもの(、、、、、、、、、)との間に立つのが主の一族である。

 当然ながら主の式である自分が知らないはずが無い。

 

 

 「そっか……流石は鐘伽(しょうき)の一族って事ね」

 

 

 おや? 自分らの正式な名称まで御存知であったか。

 となると、この月村という姓を持っているのだからこの地の管理をも兼任しているということか。

 

 ――真流陰陽本道分派符撃一族、鐘伽(しょうき)衆。

 

 これが我らの派閥だ。

 名前の元は不明であるが、『闇の首につける鈴』或いは『(あやかし)に警鐘を成す者』という意味があったと聞く。

 京に本拠を置く陰陽寮のそれとは別に、牙持たぬ民が為だけにその力を振るい、陰が消えるや鞘に戻し去るという真裏にのみ生きる退魔衆だ。

 

 権威や位等に全く興味が無く、内部には派閥も無かったらしく表に出てくるような隙も無かったが為、関係書物はおろか記録すら残っていない。

 それでも知っているというのだから、流石は夜の民という事か。

 

 尤も、その戦い方までは流石に知る由も無かろうが。

 

 何しろ退魔としての方法はその時の党首によって変貌し、決まった形が無いのだから。

 自分の中に残っている記録(記憶)によれば、圧倒的な法撃による殲滅や、退魔剣術による調伏もあったようであるが、そのように区々(まちまち)で一貫性が無い。

 

 残念ながら今の主の戦いは直に見る機会は与えられていないのであるが、直属の式である自分には解る。

 ()かと目にした訳ではないのであるが、この主の事だ。凄まじい技量をお持ちの事だろう。

 これは勘だが…法撃と剣術の双方を会得しているに違いない。そして恐らくはその双方で最上級であろう。

 

 つまり、あの御方は歴代最強の存在……我が事ながら何とも主に恵まれたものよ。

 

 

 「良く御存知で。

  果てし無く無名である筈の我が流派を知っておられるのか?」

 

 

 物の(つい)でに問い掛けてみると、めいど(ノエル)が妙に申し訳なさそうな顔をして、

 

 

 「いえ……

  申し訳ありませんがマイナー…つまり仰られるように果てし無く無名ですので。

  流派の名とその家系…太一郎様の鈴木家がそうである事としか……」

 

 

 等と謝ってくる。

 謝罪する必要は無いと言うのに、だ。この事からも礼節を持った方々だと知れる。

 

 いや、名が知られていない事はやや残念な事であるが、幸せな事なのだ。

 つまりは早々表立って行動する必要が無かった、という事であり、それだけ絶望に遠かったという証拠でもある。

 

 

 「だからそんな顔は不要にござるよ。

  拙者らが不必要である事こそ世の(さいわ)いにござる故」

 

 

 その表情をウッカリ不憫に思ってしまい、そう言い切ってやった。

 自分達が死力を尽くして戦わねばならぬというのなら、それは太平の終わりを意味する。騒乱動乱はあってはならないのだから。

 

 すると彼女らは一瞬呆気にとられたような顔をし、次にまたくすくすと笑い出す。

 

 

 「ホント、太一郎君とソックリ。

  良いの? 衝動が薄いとは言っても私はこれでも吸血鬼。仮にも“鬼”にあたるのよ?」

 

 「それこそ何を言わんかやでござるよ。

  大体、そこの のえる殿がもう一人の主…きょうや様と口にしていたでござる。

  つまりは既に相方がいらっしゃられるのでござろう? ならば理解しあえる連れ合いがいるという事。

  ならばその心は安定しているはず。

 

  更にその方も我が殿の御友人。

  御二人に直に接し、拙者の全感覚が悪の気を見られなかった。

  そして我が殿が『友人』だと言い切られたでござる。

 

  そんな方々が世間に、罪無き民に害を成す等考えられぬでござるよ」

 

 

 そもそも衝動(、、)という難点(、、)があるだけでこの御仁は悪ではない。

 

 自分らが爪を研ぎ牙を突き立てるのは悪のみ。

 

 -人難を見て悪と見做すは愚の骨頂-なのだから。

 

 そう返した言葉にぽかんとした顔を浮かべた彼女ら…忍殿らであったのだが、ようやくこちらの本意が伝わったのだろう満面の笑顔を浮かべてくれた。

 

 確かに、前の主に仕えた自分()ならば敵になる可能性を見て刃を向けたやも知れぬ。

 だが天眼といえる眼力を持った今世の主が友と呼ぶ者達が害を成す等……天が地に降り注ごうとありえまい。

 よって彼女()の問い掛けは愚申と言っても過言ではないのだ。

 

 

 「そう言ってくれてありがとう。そして……ゴメンね?」

 

 「なんの…

  拙者の衣体を選んでくださった返礼でござるよ」

 

 

 そう言葉を交わして笑い合う。

 やがてノエル殿…いや、ノエル(、、、)も混ざって服を選びつつ談笑へと変わって行った。

 

 

 同年代の女として、

 

 そして初めて出来た知人としての語り合いは、式の身とはいえ身に染み入るような温かみを感じられる素晴らしきもの。

 

 

 この太平こそ護るべきなのだ。  

 

 

 

 流石にここまでくると鈍い自分……そして恐らくはこの二人も気が付いていた。

 

 あの方がこの三人だけにして席を離れている理由。

 

 初対面なのに女三人だけに話をさせている理由は――

 

 

 ――嗚呼、そうか。

 この自分を二人に教え、自分にはこの二人の人となりを、

 

 そして護るべき人の繋がりを直に見せる為だったのだ――と……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 買い物と軽食を楽しみ、他愛無い冗談で締めくくって別れ、妹の待つ家に戻った忍であったが、一つだけしこり(、、、)が心に残っていた。

 

 

 陰から世を護る退魔の家系が、

 

 災害レベルのモノと戦い続けていたあの一族の者が、

 

 兵器と言っても差し支えの無い暴走自動人形(イレイン)を無傷で倒したあの(、、)鈴木 太一郎が、

 

 

 

 一体 何を危惧して戦闘用の式を召喚したというのか?

 

 一体この地に何が起こるのかという疑問が……

 

 

 

  




 陰の話です。つまり他人視点でした。

 とらハ3の話では、イレイン戦でノエルが大破。約一年休眠状態という事でした。
 こちらはイレインが逃走に成功。太一郎に瞬殺されてます。ホントに? さぁw?

 因みに、恭也と士郎さんはシリアス剣士ですが、雷はモモ太郎侍で太一郎は さむらいますたー(笑)です。念の為。


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巻の肆 <陽の章>

 出会いはそのものは入学式。

 

 同じクラスになった日。

 青紫という奇天烈すぎる色の髪をした美少女だった。

 

 だけどまぁ、その時にはこんなに長く付き合う事になるとは思いもよらなかったなぁ……

 

 

 

 つか、

 今も時々 罪悪感が……うう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 友達になってくれてからずっとなんだけど、この月村 忍という人間はホントーに世話焼きで優しい人だと思う。

 

 本人もすっげー美人さんだし、突拍子も無く頭が良いし、運動能力も高い。家も大きいお(ぜう)さま。絵に描いたよーな高嶺の花。それが彼女だ。

 そんなに人柄が良いもんだから誰とでも気さくに話かけたりするから言うまでもなくすっげー人気があった。

 ……尤も、当時はお家騒動とかがあったらしく、皆と絶妙に距離置いてたけどネ。それでもそーゆー気遣いができるんだから大したもんだ。

 オレみたく怖がられて近寄ってもくれないのと大違いだ。コンチクショー

 

 だけど……

 だけど何だかよく解んないんだけど、彼女はオレ達との間に壁みたいなもんを挟んでるような気がしてた。

 

 後になって聞いたんだけどさ、何かオレが思ってた以上にお家がゴタゴタしてたらしいのよ。

 それに巻き込みたくないから、そういう距離を置かせてたって事だったんだろう。

 

 まーそーだろーなーとは納得してたけどネ。

 あんな大きいお家だし。旧家だし。おじょーさまだし。跡取り娘だし。

 

 落ち着いてから一応の説明はしてもらえたけど、よく解んなかったんだよな。

 記憶の切れっ端を繋ぎ合わせると、テレビドラマ宜しくの悪漢が『げっへっへっ お嬢ちゃん遺産よこしな』って感じか? 多分。

 ああ、やっぱ金持ちってそんな事もあるんだーってヘンな感心したもんさ。

 

 だけどそん時に何でか恭也が居合わせてワルモノどもをやっつけて事無きを得た…と。まぁ、そんな展開があったらしい。

 ナニそのヒーローっぷり?

 おまけにそれが縁でお付き合いを始めて、なんとびっくり今や婚約者だ。

 

 うぬれ~~…… やっぱ『天は二物を与えず』っつーのは凡人に対する気休めの言葉でしかないのか!!

 

 いや、オレなんかの友達になってくれた恭也にゃあ感謝してるけど、コイツってばチート野郎なんだぜ?

 お父さんに教えられてて剣術強くて、理数はナニだけど全体的に見れば悪い成績でもないし、

 両親揃って美形で、二人の妹さんも美少女。

 それだけでも妬ましいと言うのに、御金持ちのお嬢さんに見初められて婚約者だぁ!? お付のメイドさんはできたわ、可愛い義妹はできたわ……って、順風満帆じゃねーかバカヤロウ。

 ナニこの格差社会。泣くぞコラ。実際 泣けたけど。

 

 あの月村さんにしても、恭也と付き合いだして落ち着いた感じが増えて余計に魅力的になりやがる。

 そんな美人さんを増した彼女の口から出てくるのは恭也の惚気ばっか。クラスで…いや、学校で何人の男子生徒がハンカチ噛み締めて悶えたと思ってやがる。オレもそーだけどさぁっ!!

 

 ふぅ……でもまぁ、恭也だからいいやって納得してる自分もいる。

 何だかんだ言って数少ない友達だし、けっこう気ぃ使ってくれるし。

 

 あ、やっぱ勝ってるトコねーよ…… か、悲しくないもんネ!!

 

 確かかーさんが恭也のお母さん…桃子さんとあんまり歳変わらないだっけ。ああ、見た目の若さだけだったら かーさんが勝ってるよな。実際、中身もけっこう若いけど……って、それだけか? ウチのかーさんは『自慢じゃないけど、高校にはあんたの離乳食作ってから行ってたんだよ』とか言いやがったから(ホントに自慢にならん)。

 オレって兄弟もいねーしな。頼んだらできるかもしんねーけど、生々し過ぎてイヤだ。

 

 ――兎も角(それはいいとして)

 

 恭也はそんなチートな男なんだが、クラスメイトになって三年。大学入れて+一年。短いけど、それなりに仲良くやしてくれてるもんだから文句も言えねー

 

 こちとらこんなパンピーだぜ? 特典もなんもねーってのにさー……

 

 

 ………って、アレ? このオレに向けられてる呆れ返ったよーな眼はナニ?

 

 オレ、何かヘンなこと言った? ねえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       巻の肆 <陽の章>

 

 

 

 

 

 

 

 

 「流石にチューブは無理ですね」

 

 「ポロリがほぼ確実よ? ナニよこのプロポーションバランス。なめてんの?

  ぱるぱる言っちゃうわよ?」

 

 「意味が判らんでござるよ!?

  というか、こんなはしたない恰好は……」

 

 「さっき着てたのよかマシじゃない。

  ナニよ地肌に作務服って。どんなサービス業の娘かと思ったわよ」

 

 

 ちょいと向こうの売り場では綺麗ドコ三人がきゃいきゃいと下着を選んでる。

 いや、会話だけ聞いてたら服選んでるよーにしか聞こえないんだけど、選んでるのは下着だ。

 

 よく解んないけど、どういった下着を着けるかで選ぶ服が変わるんだと。

 だから着る服とか想像しつつ下着選ぶんだそーだ。知んねーけど。今言ったのだって、月村さんが雷に説明してたのを聞いただけだし。

 

 いや確かに助かるよ?

 女の子の下着とか解る訳無いし、下手に『どんなのが良いでござる?』なんて聞かれたら、ウッカリとどっかの⑨氷妖精のみたいな水色ストライプなんか選んじゃいそーだし。言うまでも無いけど、別に⑨に性的な興味なんて持ってないからネ? ホントだよ? 男だからストライプにロマン感じてるだけなんだからね!?

 

 

 ……と、(わ、)兎も角(わすれて!!)

 

 

 下着を詰め込んだであろう紙袋四つを持って出てきた雷らと合流。

 ニソニソする月村さんの視線に気付かぬフリをして出ようとしたら、「どこ行くのよ。次は服に決まってるじゃない」と引っ張られてしまった。

 

 いやまぁ、考えてみたら下着しか買ってないんだから当然なんだけど、こんなカラフルな色彩の布地溢れる店になんか入れる訳ないじゃないか~っっ!!

 

 

 「ホラホラ、男のあんたがそんなんじゃ困るでしょ?

  ちゃっちゃと立って付いて来るっ

  折角、雷ちゃんに似合うストライプのも選んであげてるんだから」

 

 

 何で漢のロマンが解るのさ!?

 

 それじゃあ逃げようがないじゃないのっっ!! 悔しいぃっ

 

 

 といっても、実のところ逆らう気は全くない。

 

 何だかんだで話し相手が出来ている雷を見れるのが嬉しんだもん。

 やっぱさ、女の子って笑っててナンボだよなぁ。

 

 だから、申し訳無さそうにしゅんとしてる雷に、

 

 

 「……気にするな。良い運動だ」 

 

 

 って言っちゃったのさ。

 

 甘いって? ほっといてよね!?

 何となく、スラックスとか穿いてる雷とか想像しただけでGJって言いそうになったんだもんっ

 

 

 ……てっ、ゲフンゲフンっ

 と、兎に角、スカートとか選んでるのを遠目にしつつ、オレはカジュアル系の売り場から距離を置き、近くにあった託児スペースのある こども広場に足を向け……たら、遊んでた子供達が涙目になったから止めて、そのまま広場をに背を向けた。

 か、悲しくないもん……っ ぐすん

 

 仕方ないから、心配されないように三人からも見えるだろう喫煙スペースのソファに腰を下ろし、そこで暇をつぶす事に。ああ、さっきの広場で売ってるポップコーンとか食べられたらなぁ……ぜってー混ざりモン入ってるから食べらいないんだよなー

 それにしても、途中でどっかのおじさん達が怯えた顔でそそくさと出てったのは……気の所為だよね? チクショウ。

 

 しっかし……

 向こうからは見えるだろうけど、ちょっと離れ過ぎたか?

 

 まぁ、ガールズトークに耳を傾けたってノリについて行けないだろーから聞こえなくったって別にいいんだけどさ。暇だなぁ……

 オレってば、ぼーっとしてたらすぐに寝ちゃうから気をつけないと……

 

 

 

 そう――自慢じゃないが、オレは寝つきが良い。

 

 何せバスに乗って寝過ごしたのは一度や二度じゃないのだ。

 

 そしてその所為でオレは月村さんに罪悪感を持つ事件を起こしてしまったのである。

 

 

 高校三年のあの日……本屋に行った帰りのバス。

 

 乗ったのが遅かったから眠気もピーク。その上今さっき言ったよーに寝つきがいいもんだからおもっきり寝過ごしてしまい、はっと気が付けば何と隣町だった。

 運悪くその時は定期も持ってなかったから隣町から歩いて帰る破目に陥ったんだけど……

 

 いや、もうチョット早く帰られるはずだったんだけどネ。計算ミスった。

 何せ近道だーっと脇道に入ったら道に迷っちゃったんだもん。

 ……知ってるかい? モノホンの方向音痴って鳥瞰(ちょうかん)図を頭の中に描けないんだぜ?

 だから道の繋がりを想像できないって事さ。フフ 解ってた筈なのにねー……

 

 でだ、

 

 街灯の明かりだけを頼りに、どこかで見た事あるよーな道を探してフラフラ歩いたのさ。

 

 真っ暗だしさー 誰もいないしさー

 事故かなんか知んないけど遠くでどーんとか大きな音とかしてたしー 心細いったって心細いったって……もぅ半泣き。

 

 その時、スナネズミが如く臆病なオレの耳は何かが走って来る音を感じ取った。

 

 

 この世の中 HGSなんつー超能力な病気もあるから物騒なのよ。不良に襲われちゃうかもしれないし。

 ただでさえオレはビビリだってぇのに。

 

 すわ何事っ!? って身構えたね。別に強くもないけどさ。

 

 

 

 

 ……で、即行で大後悔。

 

 何か知らんけど、木の上に目を爛々と輝かせたヘンな人がいるんだもん。

 

 

 

 ま、まさか高機能性遺伝子障害(HGS)の暴走患者!?

 いや、暴走ったって名前くらいしかしんないけど多分それっポイ。

 尤も世間じゃこの病気って名前すら知られてないんだけど、オレの知り合いにHGSのヒトいるから知っている。

 

 それにしても……知り合いの皆は安定してるから何も気にもならなかったけど、考えてみたらアレにかかってる人って所謂エスパーになるんだよね。

 

 つまり暴走したエスパーがオレを見下ろしてるって事で………

 

 

 あれ? ひょっとしてオレ、危なくない?

 

 

 って、ヤバ過ぎるじゃなーいっっ!!??

 

 オレvsエスパーなんて一輪車で第七艦隊とガチバトルするくらい無謀な話じゃねーか!!

 言うまでもなく一輪車のドライバーはオレな!! ルナティック過ぎるわ!!!

 

 そんなオレの戦闘力理解して嘲笑ったのだろう、そのエスパーはたっぷりと余裕見せて跳躍。問答無用で襲い掛かってきた。

 

 あ゛ーっっっ もーだめだーっっ と叫びまくるオレの分割思考。

 その他の意見も、オーノーとか、My Godとかしか言えねーでやんの。

 言うなればオレは、ゴルゴさんの一メートル前に置いた(まと)のよーなもん。

 ボードゲームで百面ダイス振って100が出ない限り狙撃が成功するゴルゴさん相手に対応できるわきゃない。

 

 

 「……っ」

 

 

 と悲鳴を上げられただけでも上等だろう。

 因みに↑のは悲鳴ね? 普通の人のに直したら「きゃあああっっ」って感じの。

 

 だが死を目前にしたオレは良い意味で諦めが悪かった。

 こんな事で死んでたまるかっと足掻いた訳だ。

 

 とは言ってもオレは超草食系人間。

 戦う術もないし、逃げようにも相手はエスパー。仁丹を顔にぶつけてテレポートされるかもしれん。

 そうなるとこのオレには古来より培われてきた人間の英知……即ち礼儀戦法しか残されていない。

 

 それはつまり――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すんません!! お許しくださいっっっ!!!

 

 

 ――そう、大謝罪土下座であった。

 

 

 しかしナニがどう転ぶか解ったもんじゃない。頭を下げた事で頭部を狙ってた腕の一振りを回避できたんだから。

 で、急に身体を倒した所為(と言うかお陰)で目標を見失ったその怪人は、腕を空振ってオレの背中に乗っ掛かってしまい、そのまま滑り落ちてしまった。

 

 真後ろで聞こえる ぐしゃっ べぎぃ と鈍い音。

 そして、がしゃんと倒れる重い音が現実逃避を許してくれない。

 

 

 恐る恐る振り返ったオレの目に入ったものは……

 

 腕を大きく十字に組んでしまって受身も取れず、首を見上げ過ぎにも程がある角度にしてしまった女の人が一人………

 

 

 

 

 

     き、きゃあ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっ!!

 

 

 

 

 と悲鳴を上げてしまうオレ。

 もちろんまた胸が痛んだから声にはならなかったけど。

 

 あわあわあわと生きてるかどーか脈をとってみたら……ないっ!?

 

 あ、あ゛~~~~~~~~~っっっ 死なせてしまったぁあああっっ!!??

 どうしよう!? どうしようっ!!??  

 

 そう慌てふためいて悶えてたら、追い討ちをかけるように、

 

 

   ぼぎっ ぼとっ

 

 

 何とその手に取った腕が千切れてしまった。

 

 

 うっぎゃあああああっっっ 更に死体損壊!?

 懲役何十年~~~~っっっっ!!!???

 

 分割思考のまま大騒ぎだ。

 

 あ゛~~っっ 千切れた腕から大出血…の代わりに火花が散ってて痛そうだぁーっっ

 首からも火花散ってるし、オイルみたいなもんも出てるし、

 オ、オレはなんて事をしてしまったんだぁああああっっ

 

 

 ………って、ん?

 

 

 そう混乱しつつ警察に電話しようとしたオレであったが、その時になってようやく気がついた。

 

 ……アレ? 傷から血が出てない?

 

 つーか、突き出てるコレって明らかに骨じゃないよね??

 血管じゃなくてコード見えてるし……

 

 段々と落ち着いてきたオレはもう一度その人をよく見る事にした。

 チョット怖かったけど首のトコとか、千切れた腕のトコとか……よく見たら何かあちこち裂けてたり穴空いてたりするし。

 

 

 何んつーか……人間じゃなくロボットっぽくね? このヒト。

 

 

 ものごっつい人間っぽいけど、中身機械だよこの人。いや、ロボットに人っつーのもナニだけど。

 

 ああ、首が折れてるのも、目標を見失って受身を取り損ねたからかも。

 そんで滑り落ちた時、首にこの重たそうな身体の全重量がかかってポッキリいった……って感じか。

 

 街灯の灯りだからよくわかんないけど、腕がとれたのも骨(フレーム?)が金属疲労起したからって気ががする。だってナニしてたか知らないけど、ズタボロだし。

 

 落ち着いて考えてみたら、暗闇で目を赤く光らせる人なんている訳ゃなかったんだよね。

 

 

 

 …………て事は……オレ、ヒト殺してない?

 

 

 

 あ゛……

 

 焦ったぁああ~~~……

 

 一時は人殺しの仲間入りかと……ふぃいいい~~~……

 その場でヘタりこんで冷や汗を拭き拭き。ウム、ベットリだ。オレノ人生で(当時)1,2を争う驚愕だったのだから当然だろう。

 

 落ち着くと言うか気が抜けたというか、手を濡らす汗をハンカチで拭いつつ、それにしてもとロボ()ちゃんに目を向ける。

 以前なんかの番組で見たどっかの大学教授に似せたロボット何ぞ足元にも及ばない、人間と寸分だがわぬ出来具合。

 何という匠の技術。見事すぎる。

 

 ううむ…誰が作ったか知らないけど、流石は技術先進国ジャパン。ナニ作っちゃうやら解ったもんじゃないな。

 いやロボONE(二足歩行ロボの競技会)くらいは知ってるけどさぁ……オレが呑気に飯食ってる間に世間はここまで進んでいたとは……恐るべし技術革新。

 

 ――そうへたり込んだまま唸っていたオレだったが、その時別の事に気が付いてしまった。

 

 

 この娘がロボットなのは良いとして、それだったら作った人、或いは持ち主は何者――?

 

 

 ざぁ……と血の気が引くオレ。

 

 状況が状況だから壊したのはオレと思われちゃうかもしれない。

 いや、思われるだろう。

 そう思われる可能性は低くないと断言できちゃうし。

 

 慌てて立ち上がり、周囲をキョロキョロと見回す。

 それっぽい姿はないけど、何かが森ン中を走ってきてる感じがする。

 

 うぉっ!? 拙いっっ!!

 

 幸いにも痴漢に間違われた件数はゼロだけど、目つきの悪さから器物破損で疑われた件数はけっこう多いオレ。この状況は最悪だ。

 

 壊したなっ!? お前だろ!! 間違いない!! もう決めたし!! ハイ決定!! とか言われかねん。

 

 となると……もはや兵法にある走為上(そういじょう)を使わざるを得ないだろう。

 

 走為上。

 それは()ぐるを(じょう)()す という兵法三十六計の最後の計。

 勝ち目がないならば、戦わずに全力で逃走して損害を避けるというもの。

 

 即ち……

 

 

 逃げるに()かずぅうううっっっ

 

 

 そう、オレは偉大な騎士サー・ロビンが如く、後方に向かって雄々しく逃げた。

 勇敢にケツまくって雄々しく逃げ出したのだ。

 

 ……ただ無理な体勢で必殺技の大謝罪土下座を行った為に両足挫いてたから精々競歩くらいの速度だったけどネ。

 

 まぁ、それでも企業の追っ手みたいなのはかかっていなったようで、何とか家にたどり着く事に成功。どこをどう走ったかはサッパリ覚えてないし、声すらかかってなかったんだから御の字か?

 

 ああ良かった良かった。肝冷えたぁああ~~………

 

 

 

 

 

 

 で、その次の日。

 

 何故か恭也と月村さんがガッコを休み、他に話をしてくれるヤツなんていなかった(赤星とゆー恭也繋がりの知人もいるが、何故か口利いてくんねーしよ)から暇だったのだけど……

 オレはこの二人が休んだ事で“ある可能性”を思い出し、ずっとガクブルしていた。

 

 というのも、昨日ナゾの襲撃を受けた場所って月村さんのお家の近くだった気がするんだよね。

 

 まぁ、女の子情報少ないから良く解んないんだけどネ(泣)。

 

 いやそれ以前に、あんな精巧且つ趣味とロマンがつまったロボットなんて開発できるトコ、この街じゃあ『月村』が関わってるとしか思えなかっただよ。

 

 

 そう思い至った瞬間、オラの身体に電気が走る!!

 

 ひょっとして、あそこで開発中のメイドロボとかを間接的とはいえオラが壊してしまったって事でねーべか!? 

 

 

 ああ、もしあの娘がプロトタイプのメイドロボだっていうのならなんか納得できるかも!?

 恐らく搭載している回路…良心回路ならぬドジっ娘回路とかが暴走し、走り回ってコケまくり傷だらけになっていたのだろう。

 そーに違いない。ドジっ娘要素のないメイドロボなんて麺のないラーメンみたいなもんだし。

 

 よく思い出してみれば、襲われた(と思った)際にも『はわわわ~ 落ちるぅ~』という声を聞いた気がしないでもないではないか。

 いや、仮にもメンドロボなんだからそう言っていたに間違いない。多分…っ!!

 

 ドジなメイドってどーよ!? と思わなくもないし、実際いたら腹立つ気がするけど、ロボっ娘ならアリだ。つか狙って作ったのなら誰だって許しちゃうだろう。

 うむ、TUKIMURZのドジメイド。流石未来に生きてる。

 

 しかしあれだけの完成度だ。そりゃあ自信も満々だったんだろーなー

 それが物理的にポンコツになったんだ。そりゃショックで学校も休むだろう。

 

 恭也が休んだのもそんな彼女を看病する為なんだろう。なんか最近仲良いし。 

 

 あー……そー言えば逃げる時にあの二人の声聞いた気がするなー……

 ひょっとして、バレてる? オレの所為だって知られてたりする?

 

 

 あれ? 考えてたみたら、オレって器物損壊犯じゃね?

 ひょっとしてオレ破産?

 

 TUKIMURAの新製品であるメイドロボ(ドジっ娘回路装備版)。

 販売前だからその相場なんか知らないけど、数十万では済むまい。

 いやあれだけ人間と見分けが付かないレベルなんだ。百万とかいうレベルかも……?

 

 となると、高層ビルの間で鉄骨渡りでもしないと得られないほどの借金が出来たっちゅー事なのか!?

 

 その怯えからだろう、オレは一日中 ざわ ざわ…してて授業も身に入らなかったのだった。ギャース!!

 

 

 更にその翌々日――

 

 

 

 「あ、おはよう太一郎君」

 「おはよう」

 

 「ああ、二人ともようやく来たか(びくびく)」

 

 「あー……やっぱ気にされてたみたいね。

  昨日までは その、解ってるとは思うけどまだ回復しきれなくってさ……

  今もまだ本調子じゃないし」

 

 「……だろうな(そんなにショックが大きかった!?)」

 

 「(やはり太一郎が……)」

 

 「だが、その様子なら恭也が上手くやったようだな」

 

 「……ま、ね」

 「すまんな」 

 

 「オレに言われても…な(謝罪するのはこっちだし)」

 「そっか。そうだよね(月村(ウチ)の問題だし)」

 

 「お前も…気にしてくれていたようだな」

 

 「……当たり前だろ(示談的に)?」

 

 「ホント気を使わせちゃったみたいね。ありがと」

 

 「礼なら恭也に言え。

  どうせ支え続けたんだろう?」

 

 「……むっ」

 「あは、敵わないなぁ……」

 

 「それよりも気になる事があるんだが……」

 

 「何だ?」

 「何?」

 「ああ、その……あのメイドロボ(イレイン)は……(ぼそぼそ)」

 

 「?」

 「メ、メイドロボ…?! ああっ! あの娘(ノエル)の事ね? 一応無事よ。

  直に元通り元気になるわ」

 

 「そ、そうなのか…良かった……(思ってたより壊れてなくて)」

 

 「太一郎……」

 「(うわぁ…笑顔なんて初めて見た)ホント、色々気を使わせちゃってたみたいね……

  ウン、大丈夫よ。ちょっと時間かかるかもしれないけどあの娘(ノエル)は大丈夫だから。

  ありがとう。あなたのお陰よ」

 

 (……? どゆ事? 意味わかんないんスけど……?

  ハっ?! そうか暴走してた訳だから、他の人の目に付いたら困るんだ!!

  壊しちゃった訳だけど、機密が護れて丁度良かったのか。怪我の功名というか……)

 

 「……ならいい。オレの所為でもあるからな。

  それよりきちんと直してやってくれあの子(イレイン)には可哀想な事をしてしまったからな」

 

 「!? お前……(やはりこちらの様子を……)」

 「……うん、解ってる。任せといて。

  ゴメンネ。そんな気遣い(、、、、、、)させちゃって……」

 

 

 ――とまあ、こんな感じ。

 何ともかんとも。結局は月村さんの御厚意で有耶無耶にしてもらえたのだ。

 

 軽自動車一台分はしたであろう損害をチャラにしてくれるなんて……お金持ちの余裕と言うべきか、得難い恩義だと平伏すればよいやら……

 そんな訳で、未だ彼女には罪悪感が湧くのだよ。あうぅ~~

 でもまぁ……どーも、あの一件で恭也と表立った(ねんご)ろの仲になった訳だから、下手すると彼女には損がないんじゃあ……とか思ってみたりする。

 

 もちろん自己弁護だけどネ……

 ああそうやって自分の罪を軽く考えようとするとは何てオレは浅ましいんだ。

 

 

 ま、まぁ、それは兎も角。

 

 

 そんな月村さんとノエルさんに遊ばれる形でオレと雷はからかわれ続け、そのデパートの上の階にある飲食店街(当然ながらヘンな混ざりモン使ってない高い店)に誘われてお茶をおごってもらえたのはまだ良いとしても、その店の中でも遊ばれ続けてしまったのは……ウン もー泣かない。

 

 幸い、昼食後すぐに解放してもらえたんだけど、二人して くたくたになってたりする。

 だけどオレなんか飲み食いできるモンが限られるから、口に入れられたのはコーヒーばっか。クリームもヤバイと直感が訴えてたからブラックオンリーだチクショーめ。だから腹も減って余計に疲れたぞ。くそーっ

 

 

 

 だけど、まー……

 

 

 

 「殿」

 

 「ん?」

 

 「良き……

  真に良き御友人をお持ちでござるな」

 

 「……だろ?」

 

 

 気疲れはしたけど、悪い時間を過ごした訳じゃない。

 

 『ヒモのとストライプの、きっちり選んで買っておいたから楽しみにしててよね』――て、いらん事言われもしたけどさ。

 

 なんつーもん買わせるの!?

 つか、どうしてオレのシュミにストライクなん!?

 ナニが『いいでしょ? ファリンとおそろいよ♪』だ!! なんでそこでファリンちゃん出てくるん?! 思わず想像してもーたやん!!

 いや可愛いけど、想像上ストライクだったけど!

 余計なお世話って言葉知ってる?! どーもありがとございますっ!!

 

 

 ぜぇっぜぇっぜぇっ……

 ツッコミ疲れっつーか気疲れっつーのもナニなんだけどさ。

 

 

 でもさ、

 

 

 月村さんも、恭也も、

 

 

 貴重で大切な、オ レ の 友 達 なんだよねー 

 

 

 ホント、ありがたいなぁ……

 

 

 

 

 その晩。

 気疲れしたのに、なんか ほっこりとしたオレは、何か生温かいまなざしを送る雷におやすみと言い、早めに床に着いたのだった。

 

 

 

 ――ああ、今晩は良い夢が見れそーだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       -誰か

 

 

 

         -誰か、僕の声を聞いて……

 

 

 

   -力を貸して……

 

 

 

 

 

 

          -魔法の、力を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……何ぞコレ? 

 

 

  




 連続投稿させていただき申し訳ありませんでした。
 というかお疲れ様です。

 これにて序章終了。
 次からは無印編となります。

 この流れ……いいの? という展開です。
 ご容赦ください。
 ではまた。


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奇石の段
巻の伍


 「……っ!?」

 

 

 その声が聞こえた瞬間、雷は夜着が乱れるのもかまわず飛び起きてしまった。

 

 瞬く間も置かず剣を出現させて素早く身構え、周囲の氣を窺うが反応はなし。

 前後左右に天と地。どの方向にも何かしらの気配はない。少なくともこの家の中にある気配は自分と主の二つのみだ。

 

 それでも隙なくゆっくりとかまえを解いてゆくのは流石。

 気を抜く瞬間を突かれる事を懸念しているのか。

 

 数秒の時を置き、屋外の草葉の音が伝わる頃になってようやく息を吐いて完全にかまえを解いた。

 

 

 いや、単に声が聞こえただけであればこうまで慌てたりしないだろう。

 山彦の術を始めとして声を飛ばす術は様々ある。術専門ではないとはいえそれらを(そら)んじている雷なのだから早々慌てるものではないのだ。

 

 だが、この声(、、、)は彼女の知る術ではない。

 

 

 というのも、声が伝わってきたのは法輪…東洋における第四チャクラ…の部分。その直下という不思議な位置だからだ。

 確かに鳩尾の上、心の臓の直下辺りには彼女の霊核があり、それを介して術を行使する訳であるのだが、そこに直接念が伝わってきたのだから流石の彼女も驚いた。

 

 だからこその緊張であり、だからこその用心だった。

 尤も、その様子見によって念が伝わってきた方位確認を逸していたのは頂けない。

 

 

 「あ、殿…っ」

 

 

 怪異あらば追う者である主を失念していたのもまた頂けない。

 兎も角、衣体を整えつつも急ぎ主の部屋に駈けつける雷。

 

 これほどの異様な気配。

 これに気付けぬ魯鈍な方では無い。そんな事は解りきっている。だからこそ、共をすべく駆けつけたのであるが……

 

 

 「不覚……」

 

 

 既に床は(もぬけ)のから。

 当たり前である。民に脅威が掛かる可能性あらば即座に駆けつけるがその役目。

 

 若くしてその任に就いているかの御方だ。自分の様に突然の事柄で慌てふためくような愚者ではないのだから。

 

 それに、今思えばあの念の内容は救いを求めるものであった気もする。

 であるならあの心優しい主が電光の如く飛び出して行ったとしても頷けるというもの。

 

 助勢する為に出でたというのに無様しか曝せぬ己が腹立たしい。

 

 ともあれ、愚図愚図している訳にはいかない。

 外の様子が気になっている事もあって、雷は焦りを隠しもせず主の部屋を出て縁側の戸を開けて庭に飛び出した。

 

 

 と――

 

 

 「ぬっ!!??」

 

 

 (くう)が、

        何と虚空が裂けていた。

 

 

 屋敷の遥か前方の空。

 ずっと向こうの夜の空に亀裂が走っていたのだ。

 

 闇よりも尚暗く、深淵よりも更に深く、

 微かに見える黒を這う稲妻にも似た輝きも禍々しいそれ。

 一瞬、冥府の門を想像させられてしまった程。

 

 流石の雷もそのおぞましさに息を呑み、ただただ見つめ続ける事しか出来ないでいた。

 

 一時間、数分、いやひょっとすると数秒の間だったかもしれないが、彼女がそうしている内のその亀裂は塞がって行き、やがて天の傷痕の様になり、赤い稲妻のようなものを一瞬見せてから何事もなかったかのように消え去っていった。

 

 

 雷には

 

 

 

 

 「……あ、あそこは確か……」

 

 

 

 

 その稲妻が

 

 

 

 

 「殿がずっと注意してなさった方位……

 

 

  ま、まさかこれが、これが 災 禍 で ご ざ る か!?」

 

 

 

 

 

 夜空の痕を舐める忌まわしい蛇に見えていた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

                  SAMLION 

                    巻の伍

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャ~ ゴボゴボゴボ……

 バタン

 

 はぁ~……すっとした。

 アレ? 縁側の戸が開いてるぞ。なんで?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

                  奇石の段

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 主より大きく出遅れた自分が その後を追って外に出、結局は何一つ異変を見つける事が出来ず家に戻ったのは明け方――

 いや、陽が山から覗いた時間だった。

 

 案の定、既に主は戻っており開け放った雨戸の側で身を休めている。

 

 何故ここに?! と驚いてしまったのだが、良く考えてみれば当然の事。

 恐らくこんなに時間はかかるとは思ってもいなかったのだろうし、お優しい主のことだ。自分が帰り着くまで持っておられたに違いない。

 だから戸を閉め切る事をしなかった主は、ギヤマン…もとい、硝子戸を閉めただけで待っておられたのだろう。

 

 ――嗚呼、自分は何たる不忠者であろうか。

 

 

 「この雷、一生の不覚。

  真に申し訳ござらん」

 

 

 かくなる上はこの腹掻っ捌いて…とまで思い詰め、そう進み出たのであるが。

 

 

 「……無事に戻ってきてくれて安心した。

 

  これからは探して見付からないと判断するのは早めに、

  或いはもう少し考えてから出てくれ」

 

 

 と、優しく諭すだけ。

 そう…心底労わってくれているのである。

 

 思わず涙が出そうになった事は言うまでもない。

 

 

 「申し訳ござらぬ。

  殿の大海が如き器に甘んじる拙者をお許しくだされ。

 

  ならばこの雷。

  このような無様な態は二度と起さぬと我が命を賭して誓うでござる」

 

 

 そう頭を垂れる自分の言葉を主は微かな苦笑で持って返すと、

 

 

 ――信じてるよ

 

 

 と呟いて朝餉の支度に掛かって行った。

 

 

 

 失態を犯した自分に対して何たる寛容な、

 そしてそれでも斯様(かよう)な信を置いて下されるか。

 

 まだまだ主の力足りえぬ存在であるが、その信に応えるべく更なる精進を重ねねば……

 

 台所へと向う主の背に向け、そう決意を新たに固めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 「ぬぉっ!? し、しまったでござる!!」

 

 

 直後、朝餉の手伝いをすっかり忘れて焦って駆けつけ、やはり苦笑で迎えてくれた主に赤面してしまったのは……忘れたい記憶である。

 

 

 ぬ、ぬぅ…この雷、一生の不覚!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや、いいんだけどさー……

 

 何だか平伏してる雷に対してオレは気にしてないから、早く戻ってきてよね? という意味の言葉を伝えたんだけど……意味、合ってるよね? 雷も解ってくれたよね?

 

 

 どーせ彼女の事だ。

 オレがトイレに行っている間に部屋の様子を見に来て、勘違いして外まで捜しに出たってトコだろう。そんでもって帰り道に迷ったってトコか?

 ふ、色々と勘違いしてくれてる彼女の事だからハッキリ解っちゃうぞ。おっちょこちょいだなー はっはっはっ

 いやまぁ、笑い事じゃないんだけどネ……

 

 待ってる間に夜が明けちゃって今も寝不足だし。

 まぁ、無事に戻ってくれたから。ヨカッタヨカッタ。

 

 この娘、変なところがオポンチだから心配なんだよね。

 顔は良いし、プロポーション良いから人目惹くんだよなー だから変な男に騙されそーでさぁ……

 

 流石に一緒に暮らしてたら親心みたいなモンで出来てくるしネ。

 何か知らないけど、オレから生まれたっポイし。

 

 

 「殿?」

 

 「……いや、何でもない」

 

 

 とと…

 料理をしながら考え事に集中してしまっていたらしい。怪訝そうな顔で雷がこっちを見てた。

 

 で魚は……良かったあんまし焦げてない。

 

 魚はもらいものの石鯛。釣り難い上、調理がちょっと面倒くさいというお魚だ。腸も食べられるから便利なんだけどね。 

 

 鯖とか足が速い(痛み易い)魚だけど、そういった魚ほど美味しかったりする。

 昔は痛み易さや寄生虫の所為で酢に漬けたりする事が多かったらしいんだけど、保存方法が発達した今じゃあ新鮮な鯖を塩焼きにする事もできるようになっているから大助かり。いや、現代に生まれてよかった。

 もちろん、朝っぱらから鯖の切り身なんて手に入らないからどーしよーもないけどね。

 

 だから昨日もらった石鯛を塩焼きにしてる。

 ちょこっと量焼いて、朝食に食べるのとは別のを冷蔵庫で冷やして、身を締めておく。これは晩御飯のおかずだ。

 

 朝はこの温かいのを食べる。

 朝と晩が同じかい!? という問題があったりなかったり。献立の整え方としては減点だよねー

 

 もちろん、朝のは大きめなのを三枚におろして塩焼き。晩用のは小さいのを丸ごとだけどさ。

 それでもなー 手抜きだよなー

 

 

 「拙者、塩焼きは大好物でござる」

 

 

 と、語尾に音符が見えるほど喜んでくれているのが救いか。

 

 アレルギーがあるから手作りオンリーなんだけど、かーさんに一通り以上習ってて良かったと思う一幕だ。ブートキャンプ式だったから、死ぬほどキツかったけどさ……

 

 お陰で無駄が少ないし、美味しいトコまで食べられるからやっぱウレシイ。

 三枚に下ろした中骨部分とかは焼いて出汁にできるし、頭は頭で出汁にも料理にも使える。ホントに重宝してます。ハイ。

 

 汁は大根とワカメを具にして、削り鰹と戻し椎茸とメザシで出汁をとった味噌汁。

 味噌汁の味噌も実は手作りだったり。ちょっと自慢。麹さえ手に入ったら簡単だしなー

 

 浅漬けはトルマリンの壷で早漬けしたモノ。壷は高かったけど、簡単に素早く漬かるので重宝してる。

 

 後は生卵と、圧力釜で作った昆布豆だ。

 

 茶を煎れ、それらを卓袱台に並べ、十分に蒸らしたご飯を茶碗に盛り、二人向かい合わせで、

 

 

 「「いただきます」」

 

 

 と手を合わせた。

 

 

 とーさん達がいなくなってから一人だったから、実はけっこー言い合えるのは嬉しかったりする……

 

 

 

 

 

 

 「で、本日は如何なさるので?」

 

 主と共に(こしら)えた朝餉を食しつつ、そう問い掛けた。

 

 ううむ…毎日口にしているというのに飽きの来ぬ旨さ。

 毎度の事とはいえ、魚を捌き、汁を取り、香の物まで人に頼らずきちんと整えられる主には感心しきりだ。

 

 それらを共に拵え、共に食せるというのは何とも……

 

 

 

 ――はっ!?

 

 

 

 い、いや、そんな事考えてる場合ではござらんっ

 

 

 「と、殿?」

 

 

 声が上擦ってしまった事は気の所為だ。

 

 

 「うむ…」

 

 

 主は何時もの凛々しい顔で思案したのち、

 

 

 「オレは回るところがある。

  雷はその間、近くを回って土地勘を付けておいてくれ」

 

 

 そう口にした。

 

 何と?! 拙者を連れて行ってはくれぬのでござるか!!?? と、かなり衝撃を受けてしまった事は言うまでもない。

 事実上の戦力外通知なのだから。

 

 嗚呼、言付けすら守れぬ無能な拙者では殿の隣に立てぬと仰るか!? それは御無体な。

 

 思わず涙ぐみ、ヨヨヨと縋るように主の目を見る。

 

 

 ――刹那。その涼やかな眼差しを見、愚考は消え失せた。

 

 

 主のその目にあったのは、自分をそのように距離を置かせるものではなく この身が按ずるものがはっきりと見えているではないか。

 

 となると話は簡単。

 この愚か者が安易に結論付けた意図なんぞ殿の頭には全く無く、自分を戦力の一つとして頼りにしてくださっているのである。

 

 つまりはこうだ。

 

 主が言ってくださっているのは、先に土地を知り、地の利を身に着けておけ。

 今の内に戦術をものとしておけ――そういう事なのだ。

 

 おお、主は背中を護らせて頂けというのか?

 ぬぅ……何という光栄。正に感無量。

 最早勝ったも同然ではござらぬか。はっはっはっ

 

 ……って、いやいやいや 勝ち名乗りも上がっておらぬ内から気を弛ませて何とする。

 

 兎も角、この主から賜った機会を十二分に活用せねば……

 

 

 「は……

  この雷、全力を持ってこの地を這うように廻り、地の利を知り尽くしまする!!」

 

 

 その覚悟をしっかりと受けてくださった主は、やはり何時もの微かな笑みでもって、

 

 

 「……ああ、頑張ってくれ」

 

 

 と期待の言葉を掛けて下さったのだった。

 

 むぅ この期待に応えずして何とする。

 

 主の名にかけて、

 

 そしてこの身今生の全てを賭けて応えて見せましょうと心に誓うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 な、何かエラい気合入ってるけど……やっぱり方向音痴を気にしてたのかな?

 

 一緒に食器を片付ける様子からは想像も出来ないけど、この娘ってオレに匹敵するほど方向音痴なんだよね。

 

 この間、月村さんに引き摺られるよーに買い物に行ったんだけど、彼女らと会うまでの道中もひょこひょこ迷ってたんだ。

 

 流石に何度も往復してるから商店街には行き来できるけど、間違いなくこの娘も方向音痴。

 まぁ、オレから生まれたんだから当然か。

 

 さっき思ったとおり、朝帰りになったのも帰り道に迷ったのがホントのトコなんだろーなー

 

 

 「……得手不得手はあるものだ。

  不器用なオレ達はそうやってコツコツとやっていくしかない」

 

 

 そう言ってあげると、ぽろりと何かを目から落としつつまた平伏する雷。

 この激情家つーか、感激家をどーすればいいのやら……まぁ、今後の課題だよなー

 

 後頭部を流れるでっかい汗を感じつつ、コッソリ溜息を吐くオレだった。

 

 

 実のところ、オレは今日 大学に行かなきゃならんとです。

 

 いや、どーも大学で財布落としてたみたいでさー 拾って事務所に届けてくれた奇特な人がいるらしいのよ。

 で、事務の方から連絡が入ったのさ。

 

 正直 恥ずかしながらあまりの事に泣けてたりする。

 

 何せチョーシこいて手持ちのお金で雷の生活必需品買いまくってたからかなり厳しかったのだよ。

 幸い、財布の中のカードとかが無事だったみたいなので帰り道で銀行から下ろせるしね。 

 

 流石にこの為に雷を連れていく訳にもいかんし。

 

 ……え? 何故だって?

 

 HAHAHA 何を言ってくれやがりますか。

 雷は見てのとーリ美人さんでプロポーションも抜群。その上見事な赤毛…それも地毛なので不自然さが無いとキたもんだから目立つのよ。

 そんな娘つれて大学行けと?

 ンな事したら、まーた悪い噂立っちゃうでしょ!?

 ただでさえ、大学で法学学んで悪事に使うつもりなんだって言われてるのよ?! ドコのホワイトドラゴン(白竜)だっつーのっ!!

 ンなトコにこーんな美女連れてったら、また悪口雑言増えちゃうでしょーに!! オレのHPはゼロどころかマイナスよ?!

 

 それに、この娘ってエラいオレに気使ってるから、自分の所為で散財し、その所為で貯金を下ろす破目に…何て思われたら切腹(HARAKIRI)されかねん。

 いや、アホみたいな額の貯金あるから苦痛でも何でもないのに……

 

 

 と、兎に角 さっさと行くとしよう。

 

 

 「……では、行くか」

 

 「御意」

 

 

 戸をピシャンと閉めて外に出たのだけど、何だかさー……雷がすっげー気合入ってるのよ。

 ズシャア…ってな感じに。

 何でさ?

 

 顔つきも何かキリっとしてるし。

 

 

 「……なら、オレは遠方を回ってくる」

 

 「はっ」

 

 「恐らく遅くなると思うが、雷はゆっくりと周囲を回ってくれば良い」

 

 「ははっ」

 

 

 不安だなー

 何か言う度に感心する顔するしなー その考えは無かった…て感じに。  

 

 ま、まぁ、大丈夫だよね?

 何か強いみたいだし……って、そー言えば最初に前鬼とか言ってたっけ。

 

 なら大丈夫か……だよね?

 

 

 「……では行ってくる」

 

 「ははっ 口が過ぎるとは思いまするが、お気をつけくだされ」

 

 

 その大げさ過ぎる言い様に苦笑しつつ、石段を下りて左右に分かれていった。

 

 さぁ、またバスの中で眠気との戦いだ……

 

 

 

 

 

 

 何て……のんきな事考えてたけどさー

 

 

 

 この日、雷の件でぶっ壊されたオレの常識が、更に更にぶっ壊される事となるなんて思いもよらなかったんだよねー………

 

 




 悩んだのは無表情の理由。
 人と付き合いのできないコミュ障害から……は流石にアレですので。
 そのお陰で勘違いキャラとなりました。

 なんというプロットの順番。


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巻の陸

 ありがたや。ありがたや と思わず天を仰いでしまう。

 

 事務所で受け取ったオレの黒い皮財布。

 じーちゃんが旅行土産で買ってきてくれたヤツで、黒光りするニクいヤツ。

 何だかドラマとかでヤクザ屋さんが使ってるワニ革のサイフっポイけど気にしない。

 

 お金もバッチリ残ってたし、カードとかもそのまま残ってる。

 何という幸運。勝った! 正に第三部 完!! だ。

 

 もちろん、この世知辛い世の中で親切にも届けてくださった恩人の方には感謝感激雨あられ。

 これは是非ともお礼を…と思ったんだけど、奥ゆかしい方なのか丁寧に断られてしまった。

 

 うーん 懐を寒風が吹き荒んでた分、人の親切が身に染みるなぁ……ありがとう!! ありがとう誰か!!

 

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ そ の 誰 か ~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 クロコダイルっぽいワニ皮の黒光りするサイフに、万札とよくわかんねーカードがぎっしり入ってんだぞ!?

 おまけに一枚は高額者用の黒カードだったし。どー見てもヤクザのサイフじゃねーか。怖くて使えるか!!

 ま、まぁ、最初はネコババしようかな~と思わなくも無かったけど、念の為にと中をあさったオレを褒めてやりたい。それでも学生証を見つけちまった時、心臓が止まったかと思ったけど。

 

 コイツってウチの大学どころか近隣でも名の知れたヤクザじゃねぇか!!! 黙って持ってるのも、捨てるのも怖いわっっ!!

 

 こういう時は真っ正直に届けるのが○。警察よか情報網持ってるヤクザに見付からない訳が無い。だから事務の方に届けた訳なんだが……本人と会って理解できた。ヤレはやっぱり正しかった!!

 マジだ。やっぱコイツはマジのスジ者だ!!

 こいつぜってーマジに何人かぶっ殺してる!! 何かこー握撃とかしそうな眼してたし!!

 

 『…間に合った』とか何とか言ってたから、取引なんかに使うモノが入ってるに違いない。

 冗談じゃねーっっ!! お礼もクソも、何で稼いだかもわかんねー金なんぞ受け取れるかぁーっっ!!!

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 いやぁ……商店街のポイントカードって使用期限が今日までなんだよね。

 500Pだから、500円分かぁ……ちょっと得した気分だ。

 

 自慢じゃないけど、オレの財布はカードでパンパンの主婦財布。

 行く店行く店のポイント会員になっちゃうし、レンタルビデオのカードもあるからそりゃあ財布もパンパンだよ。何か主夫っぽくて笑ってしまうけど。

 

 

 ――さて、

 まだ日は高いけど用心して直に帰る事にするオレ。何せ帰りもバスなんだから。

 

 そうだ。偶にお土産買って帰るのもいいかも。雷も女の子だから菓子とか好きだろうし。

 オレは和菓子だったら作れるんだけど、流石に毎日オレの手料理ばっかだったら食べ飽きるだろうし、今は良い葛がないから人様に出せるようなものは作れない。

 だったら恭也ンとこ寄ってお土産に買うのも手ではなかろうか?

 

 士郎さんトコの店は変なもの混ぜないから食べられるんだよねー コーヒーも良い豆焙煎してるしー

 そうと決まれば……

 

 大学前のバス停に行き、バスを待ってる他の人たちがさっさと離れてゆくのを目の端に入れて涙ぐみつつ、今日の予定を変更するオレ。

 雷が来てから色々あって、一週間ぶりとなる翠屋。おじーちゃんの伝もあって色々と相談に乗ってくれてる士郎さんに雷の事を聞いてみたいし。

 いやあの娘ってみょーに責任感強いから、自分が大学行ってる間は、何か仕事がしたいとか言ってたんだよね。

 

 働かざる者食うべからずって意識をきちんと持ってるのは超感心だけど、正直そこまでしなくてもなーと思わなくも無い。

 

 だけど、彼女のやりたいっていう意思は尊重してあげたいしね。

 オレの式という立場で生まれたとはいえ、感情も個性もきちんと持ってる以上は一人の女の子として接したい。

 つーか接してるつもりなんだけど……うーむ……

 

 問題はあの主従観念。

 オレ=殿。自分=下僕という意識が完成しちゃってて動かないんだ。

 

 まぁ、最初の時よりは大分ゆるくはなったんだけどさー……

 

 だからアルバイト的なものをやらせて世間を教えてやりたい。

 いろんな人に接する事で、オレだけの意見じゃなく、他者の意見も尊重できるようになってほしい。

 丁度、月村さんと接した時みたいに……

 

 オレとは思えないコト考えてるけど、雷は言うなれば娘か妹みたいなもん。

 老婆心つーか、親心? が湧いてくるのもしょうがないじゃないか。

 

 

 等と考えつつ、人影が無くなってしまったバス停に止まったバスに乗り、見知った運転手の人じゃないから若干引かれて落ち込みつつシートに腰を下ろす。

 後は目的地である公園近くのバス停まで乗ってるだけ。

 なんだけど…なぁ……

 

 

 問題は、バスの中で起きてられるか、だ――

 

 

 

 ――嗚呼。

 オレ、翠屋行ったらマンデリン飲みつつショコラケーキ食べるんだ……

 

 

 

 ナニこの負けフラグ。

 そう気付いたツッコミ入れた時には、瞼は鉛の様に重くなって――………

 

 

 

 

 

 

 

        巻の陸

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……現実は厳しい」

 

 

 案の定というか、予想通りというか……やっぱりオレは寝過ごしてしまったのだった。

 しくしくしく…運転手さんも起してくれたらいいのに……

 

 結局夕方になってもたーっっ 今日もまた遅いやーんっっ

 ああ、雷が家で 早くきてー早くきてーと泣いてるやも……ないか?

 

 「ふむ…」

 

 このまま道路沿いに歩けば半時間は掛かるだろう。

 そして右側を見れば脇道……

 

 ……うん。フラグだ。解ってるヨ。何時ものパターンでこの脇道に入れば道に迷う事は必至。

 ちょっとくらい…なんて思ったら運の尽き。というのがオレのデフォなんだ。参ったか。

 

 フ…そう何度も何度も二の轍を踏むオレじゃないんだぜ?

 

 古人曰く。急がば回れ――だ。

 このまま道路沿いに歩き、途中の公園を突っ切るというやや遠回りっぽいショートカットがベターなのだよ。知ってる公園だし。

 

 財布も帰ってきたし、今日はツいてるのだ!!

 腹を空かせて泣いているであろう雷よ。待ってろ!! 今帰るからなーっっ

 

 万感の想いを胸に、オレは勝利への道を爆走するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………等とチョーシこいてた時期もありましたとさ。

 

 何ぞこれぇーっっっ!!!??

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず屋敷を中心にゆっくりと見回っていたのであるが、やはり感覚にピンとくるものがなく空振りで夕暮れとなってしまっていた。

 確かに、何も起こらないに越した事はないのであるが、先に異変らしきものが起こってからなのだからそうも言ってられない。

 何かか今世に現れた事に間違いは無いのだから。

 

 念の為に昨夜 怪異があった空間の真下に行ってみたのだが、何かしらのモノが戦っていたような跡はあったのだか、何も落ちていなかったし何の反応も残っていなかった。

 一体何が起こったというのか? と首を傾げたものである。

 

 と、ここでふとある事に気付く。

 昨晩は自分より早く怪異を察知した主は外へと飛び出していた。となると、ここで戦っていたのはひょっとすると主だった可能性も……

 

 「はっ!?

  考えてみれば昨晩 殿が何処(いずこ)に出陣なされていたかも聞いておらんでござる!!??」

 

 この雷、一生の不覚!!

 主に気を使われて足が地に付いておらなんだ事が原因か!?

 

 

 と、兎も角、

 ここは主が怪異と戦って討ち取ったとしよう。うむ。

 そう考えるのが現実的だ。

 

 幸い不快な臭いも気配もないので場を清める必要も無かろう。

 ……と、主が戦われたのならそれくらいは行なっておられるか。いかんいかん。

 

 こうなると仕方もない。

 日も暮れるし、逢魔が刻を過ぎれは闇の者達の時間。察知し辛くなる。

 念の為に式を二,三放っておくくらいか。

 

 霊 宿 鳥の三の文字をしたためた紙で鶴を折り、言霊を乗せて放つ。

 すると単なる紙切れだったそれに命令が宿り、折鶴は恰も小鳥の様に羽ばたいて夜の闇に紛れて行った。

 自分のそれはかなり拙いものであるが、無いよりはましであろう。

 

 やれやれ…と、無駄足で終わらせてしまった事に肩を落としつつ、帰途に着こうとした瞬間――

 

 

 

 

 -きゃああああああっっ

 

 

 

 

 女性(にょしょう)のものと思われる小さな悲鳴を耳にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕焼けに染まる広場。

 

 外で遊ぶ子供が多いこの鳴海の町では珍しく既に人影は無い。

 

 しかしその珍しい事柄は、幸いであったと言えよう。

 

 -Gyooooooooooooooooooooo……

 

 叫び声。

 或いは唸り声であろう()を口から噴き零す化獣がそこにいたのだから。

 

 -Gyu Gyu Gyu Fuuuuuuuuuuu……

 

 何やらしゃくり上げる様な、えづく(、、、)ような音を漏らしつつ、足元に転がるモノ……若い女性ににじり寄って行くそれ――

 

 滑って見える粘質の黒い体。

 辛うじて足であろうと解る、頼りなげにバランスをとる四本の柱。

 そして目の位置にはカメレオンを思わされるよう、目が突き出ていた。

 口中は赤黒く、そこから伸び出てのたうっている血の色をした触手のようなものは舌であろうか。

 宝石のような蒼く輝く眼と、その口と舌だけがハッキリしており、身体のあやふやさもあって正に悪夢である。

 

 -Gyurururururu……

 

 その口から滴る紅い唾液を巻き込む(、、、、)ような音を漏らしつつ、女性ににじり寄って行く。

 

 気を失っているままなのか、女性は何の反応も示さない。

 その女性の手には、細いベルトのようなものが握られており、その先端には引き千切られた皮ベルトがある。

 

 

 ――嗚呼、誰が想像できるであろう。このバケモノが彼女のペットだった等。

 

 

 彼女が飼っている柴犬。それがこのバケモノの正体なのだ。

 

 何故、かは解らない。どうして、かも解らない。

 この元犬にしても、何がどうなってしまったのか理解できておらぬだろう。

 

 ただ飼い主とずっと一緒にいたかった。

 そして守れる程強く大きくなりたいと感じていた。

 それだけなのだ。

 

 嗚呼、それだけなのに。

 他愛無い、単なる小さな望みだった筈なのに。どうしてこうも湾曲しているのだろうか。

 

 どうしてこの歪に巨大化したこの身(、、、、、、、、、、)で主を食べれば一緒に(、、、、、、、、、、)いられる事になるのか(、、、、、、、、、、)

 

 そしてそれが正しいと確信しているのか。

 

 

 じゅるり、じゅるりと唾液が滴り、足の裏だけで這うように近寄ってゆくそれ。

 

 完全なる間違いであるというのに正しい。

 間違いなく正しいという穿き違いに気付ける事もなく、大切で大好きな飼い主に向けて口を開ける。

 

 その紅い口中には歯に該当するものは無かったのだが、食むというこの時になって唐突に牙が生え揃った。

 尤もそれは鬼下ろしのようにギザギザした突起が口内粘膜に立ち並ぶというおぞましい物。強いて言うのなら蝸牛の消化器官が近いだろうか。

 

 そのようなものに噛まれれば人の身体なんぞ一たまりも無い。

 

 愛しい飼い主の柔肉を齧り取らんとその顎を更に大きく開ける元犬。

 象ほどにまで成長したその身の半ばまでがガパッと音を立てて裂け、ありえない異形さを更に増長させる。

 

 

 ――怪異。正に怪異。

 

 

 こんな事が現実では起こり得ない筈である。

 だからこそ何者も立ち向かえず、何者も現実だと理解し得ないのだ。

 

 しかし、

 

 「……っっっ!!!」

 

 その大き過ぎる(あぎと)が女性に覆いかぶさろうとした正にその瞬間、

 風の様に迫ってきた影が彼女の身体を掻っ攫い、顎は空振って地面を抉った。

 

 -GyuGa……?

 

 「か、間一髪でござった」

 

 雷である。

 

 悲鳴を聞いて駆けつけ、公園で起こりかかった惨劇に介入したのだ。

 

 「(あやかし)? いや、霊気が違うでござるな。

  となると……何かしらの怪異に巻き込まれた獣…でござるか」

 

 公園の木の根方にその女性を寝かせつつそう分析する雷。

 これが物質であるのなら、強大な妖気や霊気によっての一時的な九十九神化とも考えられるのだが、このバケモノからは何やら生き物の精気らしきものを感じられる。

 

 基本的にあらゆる生きモノ確固とした霊気を持ち合わせているのでそう簡単に妖物化したりしない。その霊波が抵抗するからだ。

 もし生き物を素早く妖物化させるのなら、途轍もない妖気、或いは霊気を感じてしまうはずなので、雷が気付かない筈が無い。

 

 となると例の怪異が齎した災害と考えた方が無難である。

 

 「罪無きモノに刃を向けるのは気が引けるが已むを得ん」

 

 主である太一郎も相当に穏やかな(ヘタレともいうが)性格であるが、雷も争い事が好きな訳ではない。

 鍛練や修業といったものは兎も角として、無益な戦いや殺生は大嫌いなのだ。

 

 しかし、せざるを得ない瞬間に戸惑うほど愚かではない。

 

 「-(ひと)(ふた)()()(いつ)()(なな)()(ここの)(たり)

   いざや布都御魂(ふつのみたま) 是に御身を写し奉らん」

 

 そう呪を結びながら法輪(東洋で言う第四チャクラ)に意識を傾け、左掌に右剣印をぱんっと打ち据える。

 

 と、掌から離した右手には何時の間にか黒い柄が握られており、そのまま振り抜くとまるで見えない鞘から引き抜いたかの様に一振りの太刀が出現した。

 その刀身は反ってはいるのだが、刃に向けて下向きに…所謂“逆刃”。(こしら)えもどこか古めかしい古刀だ。

 柄をぐっと握り締める同時に雷の衣服は昨日購入した洋服から、どこか戦国時代の甲冑に似たデザインのプロテクターのような軽鎧へと変化。

 足は脚絆に似たブーツに、腕も手甲の様なグローブ。頭部も鉢がね(、、、)が巻かれており、正に戦装束と切り替わっている。

 

 普段のボケさ加減も失せたその表情は正に武士。

 

 この世で唯一。

 鈴木 太一郎の(めい)の為、

 

 そして牙持たぬ民草が為に刃持ちて戦う武の式。

 

 

 「鐘伽流(しょうきりゅう)戦部式(いくさべがしき)、前鬼 (いかづち)

  参る――」

 

 

 これこそが彼女の本質であり本領なのだ。 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女に気圧されたか、異形の怪物は捕食より先に障害を排さんと丸太のような足を振り上げて襲い掛かる。

 当然、雷が棒立ちであろう筈もなく、巨大な(きね)を思わせる足を羽毛の様にふわりと避けた。

 

 いや避けただけではない、すり抜けざまにその黒い異形の足に刃を押し当て、刃を流すように振って抜いた。

 

 -GYoOooooooooooooohoooo!!!!

 

 地が震えるような異形の鳴き声。或いは悲鳴か。

 しかし雷は毛ほども油断を見せず、己が得物の剣先に意識を乗せたまま怪物を見据えて構えを直す。

 

 案の定というか、その黒い丸太に半身は食い込んだはずの刃の痕は無く、また何かしらの血潮が流れ出た様子も無い。

 痛み…? は、あるように見えるのだが怪我らしきものは無かったのだ。

 

 「ム……?」

 

 手ごたえからして解っていた事ではあるが、この様子は解せない。

 如何に出来損ない(、、、、、)であろうと、彼女の刃で斬られたのであればどうやっても痛みが伴う。例え完全に限界仕切っていない怪異であろうとだ。

 確かにこれ(、、)は痛がっているし、悲鳴も上げている。その(いなな)きは本物だと解る。

 

 が、その身体は痛みを訴えていない。

 

 出来損ないの身体は痛みを感じていないのに、意識は痛みを受けているという事なのか?

 

 強いて称すなら“ちぐはぐ”。

 感じられる欲望と力と能力と身体が上手くかみ合っていない。

 だからこそ付け入る隙もあろうが、それでも首を傾げざるを得ないのだ。

 だからこそ正にちぐはぐ(、、、、)が適当であろうこの怪物。

 こんなモノを生み出せる力とは一体何なのか?

 

 何しろ怪物から感じられるのは妖気ではなく、霊気でもない。

 何かしら見知っている力のような気もするのだが、不可思議なる未知の力。

 

 それらが相俟って、長い退魔の歴史記録を持つ彼女であるが、今までなかった怪異である為、戸惑いが大きいのだ。

 

 -Gyo Gyo Gyooooooooooooッッ!!!!!

 

 その刹那の隙を狙った訳ではなかろうが、怪物はその紅色の口を大きく開き、何と舌の先から槍のようなものを射出した。

 

 「ぬ…っ」

 

 対する雷、それでも臆する事無く前に半歩進み出て、やや上段に構えた刀身で脇に受け流す。

 ぎゃりりり…と鋼を擦り合わせるような音が響くが眉一つ動かさないのは流石。

 

 怪物もそれだけに留まらず、舌先だけで槍の連打を繰り返す。

 その歴代の槍使いも()くや。正に槍林。突いては引き、引いては突くの単調なる繰り返しではあるが豪雨の様。

 

 しかし雷は並の剣者ではない。

 その突きの度に踏み込み、流し、引きの度に合わせて踏み込んでゆく。

 じりじりとした蝸牛が如くの踏み込みであるが、その槍捌きが激しい分、それに合わせている彼女はどんどん間合いを詰めて行く。

 

 もう間近。

 顔の直前といった所にまで踏み込まれた怪物は、慌てたようにおもいっきり槍を突き出した。

 

 「喝ッ!!」

 

 と、伸ばしきったタイミングに合わて舌の根元を白刃が薙ぐ。 

 何の抵抗もなくすぱっと斬り取られ、赤黒いそれは宙を舞う。

 

 -GoOoOOOoooooooooッッッ!!!!??

 

 流石にこれは堪えたか、その巨体を弓の様に反らせて叫ぶ怪物。

 しかし目の前には太刀を持つ少女。その隙を逃す筈も無い。

 

 その腹部に向って下から上に刃を上げながら踏み込みつつ突き刺す。

 

 怪物が気付いた時にはもう遅い。

 

 雷はそのまま胸筋の動きだけで刃を跳ね上げ、怪物の腹を大きく割った。

 物体として実在している物の怪であるが、中身(、、)までは届いていなかったのか、切り口はまるで黒い粘土を裂いたかのよう。

 しかしてその奥には確固とした物体としか思えない紅い球が輝いていた。

 

 ―― あれか!?

 

 それが霊核だと悟った雷は、素早く懐に手を入れて札…いや、符を一枚引き抜く。

 彼女は器用にも片手で小柄を符に刺しつつその核に投げ打った。

 

 「木氣 霊動ヲ禁ズ!」

 

 見たままのそれは出来の悪い粘土細工であるが、感じられる氣は獣のそれ。

 何かしらの怪異によって変えられたのなら、と思っての行動であったのであるが……

 

 「!!」

 

 ぱんっ と破裂音と共に弾け飛ぶ紅い球。

 

 何がどうだと思考するより早く、反射的に刀身で身を守りつつばっと後ろに飛んで距離を空けたのは流石と言える。

 しかし当人はそれより何よりも驚きを隠せないでいた。

 

 「???

  何でござるかこの呆気無さ。

  今のが霊核で合っていたと…?」

 

 いや確かに霊核を打たれればそれで終わりである事は多い。

 無論、物体として確立させている大本なのだから当然といえば当然であろう。

 

 だが相手は怪異なのだ。

 例え式モドキだとしても僅かでも抵抗くらいはあるはずなのである。

 しかしこれ(、、)は霊核(?)にダメージを入れただけで消滅し、その後には……

 

 「犬、でござるか?

  ……むぅ、生きている様でござるな。重畳重畳」

 

 気を失っている女性が飼っていたであろう黒い子犬が横たわっており、その近くに恐らく元凶であると思われる石が一つ。

 

 「これは……?」

 

 見た目は青いギヤマン(ガラスの事)。

 宝石の様にカットされた材質不明の透明な石なのであるが()にあらず。

 この石、雷が知る五行に属す氣が感じられないというのに、やたら大きな力だけ(、、)放ち続けているのだ。

 

 「何と面妖な……

  力だけで方向性が無いとは迷惑にも程があるでござる」

 

 何かしらの思惑が絡めば使う事も可能であろうが、これだけ大きな力の方向付けをする術なぞ聞いた事もないし、できるとも思えない。

 

 恐らく力を引き出す為の引き金は簡単に引けるだろうが後が続かないだろう。

 例えるなら巨大な溜め池の堰を任意に開けるようなもの。するのは簡単であるがその後は制御なんぞできる訳がないのだ。

 いやこれだけ大きな力だと残留思念だけでも力が動き出しかねない。

 

 「これは洒落にもならんでござる。

  存在するだけで災害。使われれば大災害でござるな」

 

 何か起こるやら想像も出来ないが、碌な事にはならないだろう。思わず背筋が寒くなる。

 

 しかし、眺めているだけでは何の解決にもならない。

 どうにかしてこれを封じなければ災いにしかならないのだから。

 と言っても、迂闊に触れる事も出来ないのであるが。

 

 「いっそこの石に永久封印でも願うでござるか……」

 

 等と本末転倒な事を考えてみたり。

 無論、直に頭を振ってそんな馬鹿な考えを霧散させる。

 何しろコントロールできないと思って直の愚考なのだから。

 

 それにオチも読めていた。

 どうせこんな石の事だ。祈願した者と周囲の土地込みで永久結界みたいなものに閉じ込められるに決まってる。

 

 確かにこんな物騒なものを封印するのだから自分程度の犠牲で出来れば命なんぞ惜しくもないが、これで怪異の全てが終わりとなるのかも不明であるし、何より主の命に先んじて勝手にこの身を粗末にするなどあってはならぬ事であるし不忠の極みだ。

 しかしやはり放って置けるものではないし…と、首を捻っていた雷であったが、その頭に閃くものがあった。

 

 即ち、この石に似たようなものはなかったか? と言う事だ。

 

 「……そう言えば拙者の記録にある殺生石に似てるでござるな」

 

 彼の大妖怪。九尾の狐の欠片であり、自身からも毒素を放つという妖気の塊のような石――殺生石。

 あれと違うのは力の大きさと毒素がない事であるが、周囲に怪異を振り撒く事だけは共通している。

 

 無論、言うまでもないが雷の中に残されている記録の殺生石は、所謂観光地のあるそれではなく本物の妖の欠片。霊的に周囲を蝕む霊的汚染物質である。

 裏の(、、)記録によると、その厄介さを逆手に取り 霊力を奪って闇に対する呪具を生み出して残りカスはしっかり封印してから廃棄したとなっていた。

 となると、その封印法を応用すればどうにかできるかもしれない。

 

 「……ふむ?」

 

 取りあえず転がっている石の周囲に串を刺して小結界を作り、意識の波が影響を与えないようにしてから懐から細い注連縄を取り出した。

 これは先人(前の(、、)雷ら)が殺生石で封じた時に使用したものと同質のもので、強靭な結界というより意思の伝達を完全に防ぐ代物である。

 

 今でこそバケモノを確立させる為に力を消費して落ち着いているようであるが、それも一時の事であろう。

 やがてまた意思に同調して暴れだす事は間違いない。

 しかし、周辺にある何かしらの思念に同調するのであればこれを封じれば取りあえずと処置にはなる筈だ。

 

 そう思い至り、石に注連縄を撒きつけ封じようとしたその時、

 

 

 -GyuGhoooooooooo!!!!

 

 「何と!?」

 

 背後にもう一体別の怪異体が出現したではないか。

 

 今しがたのものと違い、ずんぐりとした毛玉のようなその身体に、やはりそこだけ紅い口。そして二本の突き出た白い牙。

 牙の形から鼠か何かが元だとは思うのであるが、そこしか共通点がないのでどうとも言えない。

 

 だが敵意がある事に間違いは無いらしく、その身体の黒い体毛を逆立てて吠え狂う。

 

 「ええい…次から次へと」

 

 そう舌を打つも仕方もなし。

 このようなバケモノがこちらの都合に合わせてくれるはずもないのだ。

 

 取りあえず、剣を構え直しつつ転がっている石から距離を離す。

 幸いにして石よりこちらに対する敵意が強いのか無視してくれている。不幸中の幸いというやつか。

 そんなに強くなさそうなのは救いであるが、近くに一般人がいるので全力が出せないのがちと痛い。それでも負けるとは思えないが。

 

 しかし、饅頭というかグミというか、そんな毛の塊の一部がばっくりと大きく裂けて血の様な色の口中を曝しているのは気色が悪い。

 

 眺めていて楽しいものではないので先程の相手同様、とっとと片をつけようと一歩踏み出したその瞬間。

 

 -GyaAaaaaaaaaaaッ!!!!!

 

 咆哮と共に、その毛が周囲一体に射出されたではないか。 

 

 「く…っ!?」

 

 毛とはいえ、一本一本が畳針ほどもあり尚且つ矢のような速度だ。当たれば只では済まない

 慌てて刀身で弾きつつ身を伏せてそれらをやり過ごす。

 地に伏せた雷の真上を風を切って飛んで行ったそれは、背後の木々に当たってドガガガと重い音を立てて太い幹を抉って引き倒していった。

 

 正に間一髪。回避を選んでいなければ怪我という程度では終わらなかっただろう。

 

 ずしんと地響きを立てて木が倒れるのを背後に感じつつ、自分の選択に安堵する雷であったが――

 

 「!?」

 

 次の瞬間、血の気が引いた。

 

 それも当然。

 仮に掠めたとしても彼女自身はどうにでもなろうが、生憎とこの場にいるのは彼女だけではなかったのだから。

 

 ――そう。先の出来事に巻き込まれた女性がいるのだ。

 

 確かに標的になって件の女性から目を逸らせる事には成功している。

 それらが怪我を負わないように行動するのは力持つ者として当然の行為なのだから。

 後はもっと引き付けて速やかに退治すれば良かったのだが……

 

 「不覚!!」

 

 先程戦っていたモノと違い、毛針とはいえそこそこの射程を持つ射出武器を持っているバケモノだと気付けていなかった。

 更にその毛針は全周囲に無指向性で放たれているときている。

 これではどうやっても巻き込まれている筈。

 

 毛玉のバケモノに注意しつつ慌てて身を起こし、件の女性の安否を確認すべく彼女が倒れていたところに目を向けるた。

 

 すると……

 

 

 

 「と、殿!?」

 

 

 

 倒れていた女性を庇いつつ、毛玉と対峙する猛き者。

 

 

 雷の主であり、現代に生きる侍。

 

 

 

 鈴木 太一郎が――そこに、いた。

 

 

 

 




 御閲覧、お疲れさまでした。
 作中で雷が唱えているのは、祝詞と呪言のハイブリッドです。数え唄(唱)になっているのにも理由があのますが、それは後ほど。
 彼女が使用している刀は、黒鞘黒柄で刀身が逆に沿っている逆刃の刀で、本当にある刀です。ほっぺに十字の傷のあるアレじゃないですよーw


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巻の漆

 何ぞこれぇえええ――っっっ??!!

 と、それ(、、)を見てしまった時に心の中で叫んだオレは悪くない。

 

 いやね、足取り軽く元気よく公園まで入ったのは良かったさ。

 まだ明るいってのに、何時もよりなんか人影少ないしさ、空気が何か重いっつーか息苦しいっつーか、みょーになってたしさぁ。

 

 え? だったらとっとと出れば良いのにって?

 ああ、そう思うよね。うんオレだって思うよ。

 わぁい 厄介事? って気付いたんだから出るさ。

 君子危うきに近寄らずっていうしネ。

 

 だけどさぁ……

 

 

 -きゃああああああっっ

 

 

 なんて悲鳴聞いちゃったらフツー行くでしょ?

 女の人が悲鳴上げてんだよ? 事件に巻き込まれてるかもしんないじゃない。

 

 うん。行ったよ。行ったさ。

 

 そしたらね……

 

 

 -GYoOooooooooooooohoooo!!!!

 

 

 なんて叫ぶ怪獣がいやがんのよ。

 

 どう思う? この状況。

 

 

 

 

 

            -巻の漆-

 

 

 

 

 

 

 さて困った。こりゃ困った。そりゃ困った。

 どないもこないも現実かコレ?

 思わず頬を抓ったさ。ちょー痛かっただけぜよ。

 

 ……って、 マ ジ か お ぉ お お お ? ? ! !

 

 思わずやる夫語になったのもしょうがないだろうjk。

 

 逃げようにも、その怪獣の足元には倒れてる女の人が一人。

 何てこったい!! 逃げられねーっっっ

 

 い、いや、ここに留まったって戦える訳ねーけど!! おじーちゃんにも『お前は才能が全くない』って言われてるくらいだし!!

 だけど見捨てる訳にゃいかんでしょーっっ!!!???

 

 どーしよっ どーしよっっ と、木の陰で某スーパースターのゾンビダンスが如くオロオロしてたんだけど、そんなアホタレかましてても情況が好転する訳もない。

 つーか非現実的過ぎるショックで何も思い浮かばない。

 

 ぎ、玉砕覚悟で特攻して掻っ攫って逃げるしかないのか?! と、半泣きでテンパってたその時。

 

 

 ズバァッて電柱みたいに太くて真っ黒い足の一本が横薙ぎに叩っ斬られた。

 

 

 切断された…って程じゃないけど、間違いなく半分まではぶった切られている。

 振り回させた足がそこらの木々をへし折ってるから、とんでもないくらい硬そーで頑丈そーなそれがズバァッて斬られた。

 

 うぉぉおおっ!? なんじゃあっっ!!?? と茂みの隙間から覗いてみると……

 

 「(雷!?)」

 

 (自称)式神である、ウチの雷がいたではありませんか。

 

 その姿は凛々しいの一言。

 初めてあった時に着てた鎧と、何かヘンな反り方してる刀を持って怪獣と相対していた。

 

 何時ものオポンチさはスッカリ身を沈めて、正に女武者、女武芸者。美少女侍といった感じに臆す事無く立っている。

 おお、何か強っぽい気がすると思ってたけど、ホントに強そうじゃありませんか。実際、隙ってもの感じないし。

 

 ウン。改めて見たらホンモノだよ。この娘。

 モノホンの美少女剣士ってヤツだ。すっげー……

 

 となるとこれは……出しゃばるのは愚の骨頂と見た。

 戦いは本職にお任せするのが正しい。どんくさいオレはぜってー邪魔だし。

 プロに任せた方が良いよネ? ウン。

 

 いや、情けないとは思いマスヨ? ええホントに。

 だけどね、戦う能力もってねーヤツがでしゃばったって良い事ないっておもくそ言われ続けてるのよ。ボク。いやホントに。

 オレTUEEEEEEなんてコト出来るのはゲームの中だけなのさ。フフフ……

 

 と、兎も角、餅は餅屋って言うじゃない?

 戦い方を弁えてる彼女の任せるのは至極当然の話でしょー

 

 てな訳で、ヨワヨワのオレは物陰からコッソリと応援するのだった。

 わー ガンバレー

 

 

 -Gyo Gyo Gyooooooooooooッッ!!!!!

 

 

 ……それにつけてもこの怪獣、キモくて怖い。

 鳳仙花(ホウセンカ)みたいにバックリ開いた口ン中は血の色してるし、何と舌の先から槍みたいなもん出てるし。物体Xっぽいのがイヤ過ぎる。トラウマだし。

 

 ――って?!

 

 その槍を振り上げたと思ったら、直後にドドドってスゲェ音立てて怒涛の突きが繰り出された。ナニアレーっ!?

 ラッシュとか、ピストンとか、ンなチャチなもんじゃねー

 そんな遅い速度(、、、、)じゃない。一回が十数回って感じの猛攻。

 実は槍付きの舌の数は数十本でした。と言われても納得しちゃうくらい。残像が残ってて訳解ンなくなるほどの猛烈な突きが雷に襲い掛かっている。

 

 だけど彼女も只者じゃなかった。

 

 そんな猛烈な突きに驚きも見せず、受けたりかわしたりしつつ、少しづつ少しづつ前に進んでゆく。

 

 確かに前に進む速度は遅いかもしれない。

 怪獣の攻撃に押されてるようにも見えるかもしれない。

 

 だけど雷は焦りもせず、恐れもせず、ゆっくりとそして着実に前に前にと進んでゆく。

 

 「(すっげぇ……)」

 

 オレはその凛々しさにただ見惚れるだけ。

 

 ウン。本人美人だし。

 凛々しいし、強いし。普段とのギャップがあるから余計に……ね?

 

 つっても、彼女はオレの娘みたいなもんだから、そういう意味よ?

 ポッとかしないぞ?! ンなの近親相姦みたいなもんじゃねーか。

 ねーぞ? そんな属性。

 

 だけどまぁ、何だ……

 鳶が鷹産むってよく言うけど、オレ達だったらドードー(どんくさくて絶滅した鳥)がドラゴン産んだようなもんでね?

 なんてこったい。立場が全然ねーよ。

 あ、元からか?

 

 

 -GoOoOOOoooooooooッッッ!!!!??

 

 

 オレが落ち込んでる間にも何か状況は進んでる。

 知らない内におもっきし踏み込んでた雷は、更に踏み込んで下腹部から上に向って刀で斬り上げた。

 

 ざじゅっ、と何か粘土でも裂くような重ったるい音が聞こえる。

 キモいという感も無きにしも非ずだけど、それより何より下腹部から斬り上げられたのがウッカリ見えてしまった事がとってもイヤン。

 ぶっちゃけ、自分が股間切られた気分になって内股になった。いや、男ってそんなもんだし。

 

 「木氣 霊動ヲ禁ズ!」

 

 間髪いれずそんな言葉(呪文?)が聞こえたと思った次の瞬間、

 何と怪獣の大きな身体がゴム風船が爆ぜたかのように ぱん…っ という音とともに破裂してしまったじゃありませんか。

 

 

 ……呆気に取られた事は言うまでもない。

 

 

 いやだってさ、あの巨体だよ?

 少なく見積もっても十メートル近くあったのよ?

 それが風船みたく ぱんっなんて爆ぜたら、そりゃ驚きもするでしょー?

 

 ポルポルレベルの怪異だよ? いやマジに。

 それともあの怪獣の正体は風船だったとか……は、ないか。流石に。

 

 

 …………ま、まぁ、世界は広いんだ。

 そういう事もあるかもしれない。

 

 ウン多分。きっと…(←現実逃避)

 

 考えてみたらウチの雷だって魔法だか術だかしんないけど、ナゾの出現したんだ。

 だいたい、人をエスパーにする病気かあるくらいなんだから、あんな紙風船的怪獣がいたって不思議じゃないだろう。多分。

 ボロゾーキンや杯から生まれる妖怪だってあるんだしネ。

 ウン。もーそれでいいじゃないか。オレの心の安定の為にも…さ。

 

 これが夢だったコレで良いんだし、映画だったらエンドロール見えるトコだ。

 

 あー怖かった で終わってくれるんだけど……

 現実って結構KYなのよネ……これが、現実……ヒト倒れてるし。

 

 気が抜けたのかしんないけど、雷もボーっとしてる。

 まぁ、真剣勝負やりゃあそんなもんかも……

 

 念の為に辺りの様子も見ておこう。

 ウン……も、もういないよね?

 弱々なオレはそうビクビクと周囲を再度見渡すけど、他には何もいない。

 

 木とかがベキベニ折れてて、地面もボコボコ。

 あ゛あ゛……魚屋のおばーちゃんたちがゲートボールとか、マレットゴルフとかやってる芝生もズタボロに……なんてこったい。

 

 後は――

 雷が移動させた女の人が木の根方で気を失ったままで、あの人の持ち物? ウエストポーチと何か知んないけど青い石が二つ(、、)転がってて、

 ペットなのか? 豆柴が一匹寝っ転がってて……

 

 

 っ て ! ? ワ ン ワ ン ! ? (←注:犬好き)

 

 

 考えるより先に駆けつけ、抱き上げて調べるオレ。

 大丈夫? どっか痛くない!? 気分どう!? と調べるけど起きてくんない。

 

 兎も角モチツケ ひっひっふー

 おーいっ 飼い主さんっっ あなたの可愛い家族が気絶してますよーっっ!!

 

 ゆっさゆっさ

 

 思わず揺すっちゃったけど、頭打ってたら不味い事に気付いたから中止。

 声を掛けて起こす事に。

 

 いやだって、ここの公園ってさ、食べ物に困らないトコだからヘンな野生動物とかいるんだよ。ンなトコにキャワイイ豆柴ほったらかしにしたら物理的に食べられちゃうかもしんないじゃない。マジおっきいネズミとかいるし。

 え? あ、うん。もちろん このお姉さんも心配ですよ? 変質者だっているかもしんないし。

 前に出たコトあるし。小学生の女の子が誘拐されてうっひっひっなコトされかかってるし(、、、、、、、、)

 おじーちゃんと かーさんにゴミクズにされたらしいけど。『うん。二度とくだらない事考えられないようにしてきたよ』って、とーさんまでドスゲェ笑顔で言ってたし……

 

 閑話休題(それはいいとして)

 

 ……うん。一応、このお姉さんも無事っぽい。

 幸い雨とか降ってないから泥とかも着いてないし、衣服とかも破れてない。ヨカッタヨカッタ。

 

 この服からしてウォーキングのついでにこの子の散歩に出て巻き込まれたってトコかな?

 うむ。我ながら見事な推理だ。

 後は救急車や警察なりに連絡入れて、念の為に救急隊員とかに彼女の説明を…せつめ……

 

 う、う~む………

 

 

 『怪獣が出ました。

 

  だけどウチの式神が倒してくれたから安心です。

 

  え? その怪獣ですか? やっつけたら消えましたが何か?』

 

 

 こ、これは流石に信じてくれる気がしない……

 非現実的過ぎて信じてくれる訳ねーよママン!!

 

 何時ものパターンなら、『情欲に駆られて襲い掛かったけど抵抗されたからカッときて殴って気絶させてしまい、怖くなって警察に連絡入れた』とか思われるに違いない。

 仮に上手くいったとしてもオレが救急車に乗せられかねん。

 

 ドちくしょーっっ 目つき悪いのと無表情なのはしょーがねーんだよっっ!!

 胸の痛みに耐えてたらこーなっちゃったんだから!!!

 

 だ、だけど、うーん…疑われるのが常だしなぁ~……

 もちろん放ってもおけないし。

 

 ムムムムムムムムムム……あ(ぽんっ)

 

 ―― そーか。だったら雷に連絡入れさせればいいじゃん。

 

 美少女だし、話し方に難があるけど、人当たり良いからヘンな先入観持たれないだろうし。

 少なくともオレと違って被疑者って疑われるよーなコトないだろーしネ。はっはっはっ ちくしょー 羨ましくなんかないぞ。

 

 ともあれ、そんなナイスアイデアが浮かんだので彼女に声掛けようと振り返ってみると……

 

 

 -G y u G h o o o o o o o o o o ! ! ! !

 

 

 おや? 何でか目の前に“土転び”が……

 

 

 ……って、オ ィ イ イ イ イ イ ―――― ッッ ! ! ? ?

 

 

 「ええい…次から次へと」

 

 そう舌を打ってまた剣を構えなおす我が式神様。

 だけど雷サーン その気持ちには超☆同意するけど、こっちは切羽詰まってますよーっっ!?

 アナタと違って無手ですよーっ! 更にオレは戦力ゼロですよーっ!?

 

 ええいっ 怪獣だか妖怪だか知んないけど、もっとこっちの都合に合わせてくれてもいいのにーっっ!!!

 

 と、ともかく逃げるのが吉。つかそれしかない。

 戦いは任せて、この女の人と豆柴を抱き上げ――

 

 ず り っ

 

 ……て逃げようとして、足を滑らせてしまった。

 

 ア゛――ッッとなったけど、取りあえずはお姉さんと豆柴ちゃんは無事。

 やや押し倒しかかりかけたけど、のし掛かったりはしなかったった。セ~フ……ミスってのし掛かってたらぜってーに言い逃れできなかっただヨ。

 

 ふぅ~……ヤレヤレと身を起こして様子を見ようと振り返れば、

 

 

 

 「と、殿!?」

 

 

 

 雷が目を見張ってこちらを見、

 

 その視線に気付いてこっちに振り返った土転びが………

 

 

 

 

 

 た、太一郎ちゃん 大ぴーんちっっっっ!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 流石にこのタイミングで主が登場するとは思っていなかった。

 

 しかしよく考えてみれば我が主の事。そのような礼儀に欠ける愚行を犯す訳がない。

 先程の化生にしても雑兵という程度のモノ。梃子摺るほどのモノではない。そんな相手に割り込みをかけるような無粋さなどあるはずもないのだ。

 

 だが、流石に民草が巻き込まれるとなると話は別。

 止むを得ず割り込んでしまったのであろう。

 嗚呼、何という様を主に曝してしまったのだろうか。折角の気遣いをふいにさせてしまった。この雷、一生の不覚。

 

 -J h u u u u u u u u uッッ!!!

 

 そんな主にやっと気付いたか、第二の化生は奇妙な叫び声を上げた。

 

 ……成る程。このようなモノでも主の底知れなさを感じるのだろう、振り返って注意を払っている。

 得物を持つ自分に背を向けて……だ。

 

 件の主は引く事も無くじっと化生を見つめたまま。

 ウム。如何なる雑魚であろうと油断はせぬという事か。流石は主。

 まるで彫像の様に動かないのは出方をまっているのだろうか。

 バケモノも蛇に睨まれた(かわず)が如く動けない。まぁ、当然であろう。

 

 ……だが、こうなると自分が割り込んで良いものかどうか。

 

 いや、化生を退治するのは当然として、主が割り込みを許してくれるかが不明なのだ。

 

 自分が負ける相手ではないので、当然ながら主も負けるはずが無かろう。

 何せそういったものを主から欠片も感じられないからだ。

 

 

 しかし……何という無色さであろうか。

 

 

 主の氣には“攻”の物も“護”の物もない。

 よって対峙したものは次の手が打てないのだ。

 

 剣の道の突端に行き着いたものだけが持つ無色さがあれなのだろう。

 未だ未熟な自分は、ただただ感嘆するのみである。

 

 

 -G y u J h u u u u u u u u u u u ッッ ! !

 

 

 だが、流石は下等なる化生。主の氣の異質さに負けて(いなな)きを上げた。

 同時に勘が避けろと囁いたので、それに逆らわず自分は後に飛ぶ。

 

 ――次の瞬間、足元を何かが薙いだ。

 

 それはどうやら彼奴めの尾のようだった。

 あの巨体の下に巻き込んで(、、、、、)隠していたのだろう。

 しかし尾とはいえその太さは人の腿ほどもある為、当たればただでは済むまい。

 無論、当たれば(、、、、)、の話だ。自分が避けられたのだから主が当たろう筈もないだろう。

 そう確信していたのであるが……

 

 ドガッという重い音がし、主の身体が宙を飛ぶ。

 

 「殿!?」

 

 何故にそのような…と絶句してしまう。

 

 ありえない筈の光景で、現実とは思えない衝撃。

 何故あの程度の薙ぎに……と驚愕してしまったのだが、考えてみれば当然の事だ。

 

 何しろ主の背後には護るべき民がいる。

 迂闊な回避はそんな民草の危機を意味する。そんな道を選ぶ筈がないではないか。

 何という迂闊な事か!!

 

 慌てて体勢を整えて駆け出す。あれだけ御身体に力を入れていないのだから“浮身”は完璧に出来ているであろうが、幹に叩き付けられたらただでは済まない。

 そう思っての行動だったのだが……

 

 

 やはり自分はまだまだ未熟だったようだ。

 

 

 流石は当代の主――

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 かなり残念な認識反射を持つ太一郎は、それが迫っている事に全く気付けていなかった。

 つか、元より視認できない速度で迫ってくるのだからどうしようもないのだ。

 

 普通そんな速度でそんな太いものを叩きつけられればただでは済まない。

 

 その迫ってくる化生の尾はゴムの様な弾力を持っていた。

 直径30cm近くあるそんな丸太でぶん殴られる事を想像して欲しい。おまけにそれは相当な速度と遠心力を持っている。

 

 運が悪ければ衝撃によって死亡。

 骨折で済めば御の字。それでも複雑骨折で入院コースは間違いないのであるが。

 それほどのものだった。

 

 彼に運があったのは、バケモノに吠え掛かられて頭が真っ白になり、身体の力が抜けきっていた事。

 無意識に腕で頭部を庇った事。

 

 

 そして――

 

 

       -緊急・始動-

 

 

 

   -障壁・展開-

 

 

 

 太一郎に衝撃が届く前に、胸の奥から力が湧き、不可視の壁が出現。

 

 

           -精神・弛緩-

 

 

 と同時に、意識に麻酔がかかり瞳孔が開く。

 

 

      -自動活動呪式・起動-

 

 

 意識を失った太一郎だが、達人のような体捌きで空中で身を翻し、ふわりと大地に降り立った。

 

 

    -非常用法力・開放-

 

 

  -戦甲冑――展開!!-

 

 

 目を見開く雷の目の前で、太一郎の胸に光が溢れる。

 

 怯んでいたバケモノであったが、その変化に更に恐れをなして毛針を前方に集中して乱射。

 その得体の知れないモノを打ち払おうと必死になっていた。

 

 だが、一足遅い。

 

 それらが到達するより早く、彼の足元に輝く魔法陣が出現してそれらを全て弾き落とした。

 

 「おぉ!?」

 

 当然、雷はそれを見知っている。

 三角を基準にした丸い方円。見様によっては二つの別の魔法陣(、、、、、、、、)を重ねただけにも(、、、、、、、、)思えるそれ(、、、、、)は、彼女ら鐘伽流が使っているそれなのだから。

 

 

 その輝く陣の中、

 

 

 雷の主 太一郎は――

 

 

 全く別のモノ(、、、、、、)へと転身していた(、、、、、、、、)

 

 

 

 

 直間近でキン…ッと甲高い金属音。

 

 雷の眼を持ってしても何が起こったのか認識できなかった。

 

 だが、今の今までその存在を訴えていた土転び(バケモノ)の姿が掻き消されてゆく事から大体の想像がつく。

 

 

 「な、何と……」

 

 

 絶句するのはしょうがない。

 息を呑むのも当然だ。

 

 踏み込む“入り”も、

 

 駆け抜けた“抜き”も全く知覚できず、

 

 出現したそのままに彼女のすぐ側にたどり着いていたのだから。

 

 

 ブシュゥウウ……ッッ!!

 

 

 その身体のあちこちから蒸気が噴出す。

 

 見様によっては禍々しく感じられるやも知れぬ外見のスマートな鎧甲冑。

 

 されど放たれている氣は清水が如く。

 

 そしてその覇気は獅子をも超える。

 

 その迫力故か時間感覚が狂っていたのだろう、今頃になって“抜き”によって生じた旋風を雷は感じていた。

 

 

 彼女は見た。

 

 肌で感じていた。

 

 何者をも圧倒する主のその気配が、辺りの瘴気を洗い流すのを――

 

 

 オ ヲ ヲ ヲ……!!

 

 

 雷が知る由もないが、唸り声の正体は完全内包型の戦甲冑(バリアジャケット)の内部で魔力(、、)のシリンダーが高速回転している音。

 

 周囲から無理矢理掻き集められた魔素が収束装填されているそれが、力の無い者の上限を無理矢理引き上げている音。

 

 無論、外からは見えまいが、鎧の中ではそれが高速回転されて唸りを上げ続けている。

 

 しかしそれは傍目には太一郎の雄叫びのよう。

 

 

 

 そんな舞台裏は兎も角、傍から見えるそれは余人のそれではない。

 

 一瞬の間に転身し、雑魚とはいえバケモノを瞬殺。

 

 

 「こ、これが……」

 

 

 その力の源であろう件の青い石を手に握り締め、雄々しく立つその姿。

 

 

 「これが殿の…」

 

 

 正に黒い戦甲冑に身を包んだ歴戦の戦丈夫。

 

 

 現代に蘇りし退魔の超剣士。

 

 百鬼を斬り、千鬼を屠り、万鬼を退ける雷光のサムライ――

 

 

 

 「これが、殿の本気――」 

 

 

 

 

 

 

   ヲ ォ オ オ オ オ オ オ オ オ オッッ! ! !

 

 

 

 

 

 

 

 

      鈴木 太一郎の戦いは 

 

 

 

 

                今ここに……始まる!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「(……あ、あれ? 一体何が?)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

             ―― 当の本人がじぇんじぇん知らない内に。

 

 

 

 

 

 

 

 



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巻の捌

 雑魚とはいえ、瞬く間も置かず化生を一蹴した太一郎だったが、戦鎧を解いても周囲への警戒を怠ってはいなかった。

 雷でも直に存在確認の終了を終えたというのに、数十秒もかけて周囲の氣を探っている。

 

 ――成る程……流石は殿でござる。これが常在戦場の心得というものでござるな。

 

 等と感心してしまうほどに。

 

 

 無論、当の本人は誰かに見られてやしないだろうかとビクついていただけなのだが。

 

 

 

 件の青い石は今、彼女が預かっている。

 

 あの怪異が始まった晩に落ちてきたのであろう奇石。

 意思に従って発動し、その出力故か歪んで力を解放するという迷惑極まりない代物。

 式である彼女ですらウッカリと意思を伝えてしまいかねないそれである。

 

 そんな物騒な石を、太一郎は無造作に彼女に手渡し、自分はさっさと事件に巻き込まれた女性の様子を見にいってしまった。

 

 よくもまぁこのような禍々しいものを素手で触れるものだと主の胆力には感嘆したものだ。

 

 

 言うまでも無いだろうが、知らないから出来た(、、、、、、、、、)というだけであり、彼女に手渡したのも扱いに困っただけ。

 女性の元に向ったのも、単にこの怪奇な石の近くにいたくないだけである。

 まぁ、雷がもう一つの石を処置していたので任せるに限ると考えた事も間違いなのだけど……

 

 そんなズレに気付く事も無く、雷は任されたという信頼に感激しつつ、問題の石を細注連縄(しめなわ)でグルグル撒きにする。それは恰も毛糸球が如く。

 更に念を入れてその上から『封』という文字がででーんと大きく書かれた札をペタリ。

 これで一応は安全だろう。無論、念を入れたとは言っても応急処置の範囲であるが。

 

 太一郎なんか、そこまで念を入れているのを見て『え? そんなに危ないものなの?』と、やっと冷や汗が出てきたくらいだ。何ともボケボケした男である。

 まぁ、それでも『ああまでしないと爆発くらいしちゃうのかも?』という程度であるが。

 

 

 兎も角、今回の状況だけは終了している。

 

 最初の化生…豆柴が大好きな主の為に強くなろうとして願いを歪まされたモノは雷が倒しているし、

 あの土転びモドキは太一郎が倒した。

 

 彼が倒したものの正体はネズミ。

 ドブネズミほど大きいものではなく、家ネズミほど小さくもない、所謂、山野に住む木ネズミといったやつだった。

 

 恐らく、何かしらの獣に追われたネズミが豆柴の思念暴走体に出くわした結果、アレを生み出したのだろう。

 ネズミの事とはいえ何とも運のない話である。

 尤も、本体は無傷なので運が良かったとも言えるのだが。

 

 何しろ子犬にしてもネズミにしても傷一つ無く、疲労で気を失っているだけ。

 場の沈静化が確認できた折、太一郎もそれを見つけてつんつん突付けば即座に目覚めたほどなのだ。

 

 その際、太一郎を見て飛び上がって逃げてしまったのでちょっとばっかり傷付いてたりするが…気にしてはいけない。

 

 幸いにして女性の方も無事。

 飼い犬がバケモノになるわ、近くにいたネズミもバケモノになるわとエラい不運であるが、ショックは受けても被害はゼロだったのでマシではなかろうか?

 

 とりあえず事件を有耶無耶にする為に雷と相談し、案を出し合って行動を決める。

 

 呪術が大っぴらに行なわれていた平安時代ならいざ知らず、今現在はこういった裏の事柄は秘匿せねばならない。

 

 灯りが少なかった昔より、寝るのに困るほど夜が明るい今現在は、考えられないくらい光に頼り切っている。

 何せ電灯にしたってスイッチを押すだけで光が点くというのに、手元コントローラーまで作ったくらいなのだ。その事からもどれだけ人が闇に恐れを抱いているか解るというもの。

 つまり闇が遠くなっただけ、その分 闇に対する強さをなくしているのだ。

 

 

 それは人が闇に魅入られ易くなっている事を示している。

 

 

 だからこそ、闇に対する情報は人々から遠ざけなければならないのだ――

 

 

 

 まず豆柴を起す。

 

 「きゃいんっ!!」

 

 「……」

 

 案の定、彼を見て豆柴は泣いた(鳴いた(、、、)、ではない)。

 落ち込む太一郎。

 

 そして彼が物陰に隠れてから女性を雷が起した。

 

 「あ、あれ?」

 

 がばっと身を起こして周りをキョロキョロと見回す。

 膝の上で震えている子犬に気付くと、ぎゅっと抱きしめて同じように震えを見せた。

 

 「大丈夫でござるか? 如何なされた」

 

 と、そんな彼女に雷が声を掛ける。

 

 何事も無かったかのような自然さと、優しさで声を掛けられたのだから逆に対応に困る女性。

 

 「いや、ここに通りかかってみれば貴女が倒れていてでござる。

  顔色が悪いでござるな。貧血でござるか?」

 

 「貧、血…?」

 

 言われてみればそうだったかもしれない。

 その間に見た悪夢があれ(、、)だったと思えば納得も出来てしまう。

 

 

 ――そう。あんな事(、、、)ある筈がないのだ。

 

 

 自分の膝の上で震えているこの子が大きなバケモノになった等……

 

 「くぅん…」

 

 「あ、ゴメン。ゴメンね」

 

 やっぱり何かを怖がっている豆柴をぎゅっと抱きしめ、小さな頭を撫でて慰める。

 まるでそうする事によって自分をも慰めるかのように。

 

 首輪もちゃんとあるし、リードも手に持ってる。

 そう言えば仕事でストレスと疲労が溜まってて、気晴らしにこの子の散歩に出たんだった。

 

 貧血で意識を失って悪夢を見た。成る程、姿形もはっきりとしないバケモノだった筈だ。何せ悪夢なんだから。

 

 「本当に大丈夫でござるか?」

 

 「あ、ハイ。大丈夫です」

 

 そう立ち上がって土埃を掃う。

 ややフラッとしたからやはり貧血だったのだろう。

 変な喋り方をする女性(女の子?)の家まで送ろうかとの申し出を断り、子犬を抱きしめてその温かさを噛み締めつつ、

 今度は体調を気遣って慎重にゆっくりと歩いて戻ってゆくのだった。

 

 

 非日常から日常の中へ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 

 怯えられたショックから立ち直れず、orzしたままの青年に気付かぬまま――

 

 

 

 

 

 

 

  -巻の捌-

 

 

 

 

 

 

 

 つーか……一体ナニが起こったのさ。

 

 

 すっかり日が暮れてしまった夜道を、雷と二人でテクテク歩く。

 

 いやぁ…買い忘れとかした時に、一人で夜の道を往復してた時代が夢のよーだ。

 彼女との関係は親娘みたいなもんだけど、あの灰色の時代から言えばリア充状態。また一歩恭也に近付いた。果てし無くゴールは遠いけど。ついでにコースも見えないけど……クスン。

 

 

 ま、まぁ、それは横に置いといて……今の問題は彼女が持ってる石の事。

 

 何か知らないけど、あの石つーか宝石の所為でモンスターが出た事は解ったし、何か信じられないけど、倒したらまた石に戻ったって事も聞いた。

 

 メデタシメデタシじゃん。

 

 ぶっちゃけイミフだけどね……

 だけどナニさ 願いを叶えるけど願い通りにはならないって欠陥品は。

 かの有名な『猿の手』だってもっとリスク少ないぞ。アレだって等価には程遠いけどさぁ……

 

 え? 使う気は無いのかって?

 ンな気が起きる訳ないじゃん。そんな物騒なの。

 

 オチも読めてるぞ?

 この胸が痛まないようにしてほしいっっ とか願ったら、死んじゃったり無痛症になったりするに決まってるんだっ

 そーゆー星の元に生まれてるもんネ。ちくしょーめ……

 

 ああ、そー言ゃあ雷にも同じコト聞かれたっけ。

 同じコト答えたら何故か涙ぐまれたんだけど……そんなに哀れに思われたんだろーか?

 Ouchっ 娘のよーな式っ子に同情されちゃうオレって。

 

 そー言えばあの二匹目の怪獣も雷が倒したんだよね? 気が付いたら(、、、、、、)いなかったし(、、、、、、)

 

 ナニコレ。オレってヒモ?

 まぁ、女の子だって強い人は強いし、弱い男は弱い。オレ、弱い見本(涙)。

 

 じーちゃんもかーさんも、荒事は専門に任せるのが一番周りに被害を出さない事だってつくづく言ってたしなー

 オレみたく弱者代表みたいなナマクラ(つーか折ったカッターの刃?)がでしゃばったって邪魔なだけだし、下手したらフォローさせたりして本末転倒になりかねん。

 

 女の子に守られる殿っていったい……

 フツー逆でね? ギャルゲ的にも。

 

 ……泣いてイイヨネ?

 

 

 

 

 

 遠くを見つめる主のその眼差し。

 それは月光の様に冷ややかに感じられるが、式である自分の目は誤魔化せない。その奥には溶岩のような怒りを押さえ込んでおられる。

 正に頭は冷たく、心は熱く…か。素晴らしい。

 

 確かに主からすれば雑魚も雑魚。

 雑草のような相手であっただろうが、それでも注意を怠らず周囲の確認をしつつ事件に巻き込まれた女性を気遣い続けていた。

 

 あの子犬やネズミに対しても同様だ。その性根の優しさや思いやりには頭が下がる。

 無論それ故に危ういという気がしないでもないのだが。

 

 実際、あの石の事で問うた時も、主は冗談めかせて――

 

 

 「この胸の痛みを止められたら……」

 

 

 と小さく呟いておられた。

 

 

 それはとても小さな言葉であり、とても大きな願いであったに違いない。

 思わず言葉として零してしまったほどなのだ。ずっとずっと胸にしまっていた想いなのだろう。

 

 流石に問い掛けるような愚行は犯さなかったが、せめてその一片たりとも自分に背負わせて欲しい。

 一人で背負っていても辛いだけではないか。

 そんな想いをしてまで戦わなくとも、進まなくとも良いではないか。そう思ってならない。

 

 だけど――

 

 

 「……どうせ死ぬ事か痛みを感じなくなるのが関の山か」

 

 

 そんな諦めにも似た言葉を零されたのだった。

 

 

 そうでもしないと癒せぬ痛みをお持ちだというのか?

 どのような苦難の道を進まれてこられたのだ?

 

 そしてどれほどのものを失くされてきたと……

 

 

 何という無力。

 

 泣く事しかできなかった自分は何と無能なのだろうか。

 

 そしてそんな自分を何とか慰めようとしてくださった主は、どれほど器が大きいのか……

 

 

 無論、直に泣き止む事は出来たのであるが、それでも気恥ずかしさだけはどうしようもなかった。

 うう 気恥ずかしい……

 

 主は心遣いに長けたお方なので、ぐしぐしと情けなく涙を拭う際に手ぬぐ…はんけち(、、、、)を貸して下さった後は見て見ぬふりを決め込んでられたのでそれ以上の恥は掻かなかったのであるが……

 はて? 気遣いをさせた時点で恥を掻いているような気が……

 

 

 ま、まぁ、それは兎も角っっ

 

 

 件の魔石をどうするのかと話を逸らすと、主は事も無げに屋敷に持ち帰ると仰られた。

 

 こんなものを持ち帰りなるとは正気でござるか!? と思わず大声を出してしまいそうになったのであるが、よく考えてみればそれしか手は無い。

 

 何せこの地域には<禍狐>を封じた過去がある。

 

 いや、狐そのものに罪は無かったのであるが、それを生んだ経緯が最悪だった。

 その経緯故に災厄を生んだ土地という謂れが微かではあるが残っているのである。

 

 -影は陰に入り、闇に至る-

 

 だからこそ、おいそれとそこらに封じる事は出来ないのだ。

 

 

 だが、屋敷なら――

 

 あの(、、)鈴木家の敷地なら話は別だ。

 

 ぱっと見は小高い丘の上にある旧家であるが然にあらず。

 背後の山一帯はブナの木と杉の配置によって奇門遁甲の陣が敷かれ、正門の道以外で侵入は不可能となっており、

 その正面の位置も生垣に紛れている呪式によって様々な制約を課されてゆく。

 無論、屋敷そのものも柱一本一本に至るまで凶悪強靭な強化が成されており、岩砦を鼻先で笑うほどの頑強さが与えられている。

 

 恐らくこの町で一番の安全地帯であろう。

 “ねっと”や“てれび”で見た“かく兵器”とやらのがあの程度(、、、、)なら間違いない。

 

 当然ながら庭にも様々な空間があるのでそこを使えば良いだろう。

 

 しかし…流石は主。

 単純且つ手堅い方法を仰られた。

 

 

 「栗の木の下に埋めればよいだろう?」

 

 

 その場所は周囲に何もない上、血で汚れた過去も穢れた事も無い驚くほど清浄な場所。

 小さな獣の死すら起こっておらず、栗としては破格に長い年月を生き、ずっとこの家と町を見守り続けていてその気性も穏やかで強い念を持っていない。

 

 成る程。確かに最適の場だ。

 

 清浄な土地にただ埋めるだけ。

 それだけであらゆるモノを封じられる。

 

 流石は我が主。

 このような禍石を敷地に入れる事を提案なさった度量も違えば着眼点も違う。

 

 尚且つ、御自分でなさられた方が確実であろうのに、その儀を自分に任せてくださった。

 

 これは……

 この強い信用に応えるべく、普段以上に気を引き締めて掛らねばならぬだろう。うむ。

 何しろここの処 不覚をとりまくっているのだから…な………

 

 

 ……………何だか切腹したくなってきた。

 

 

 ええいっ これで汚名挽回すれば良いのだ!!

 

 

 拙者の本気、お見せいたしますぞ!! 殿ぉおっっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……挽回してどうする?」

 

 と、思わず口に出してしまった訳だけど、何なの? エラい気合入ってるんですけど……

 

 すっげー張り切ってる雷には悪いけど、訳わかんないから丸投げしただけなのになぁ。

 

 だってさぁ、この石ってテキトーに人の願い事聞いて、てきとーに叶えるんだろ?

 じゃあそこらに捨てたら凄ェ不味いじゃん。

 

 子犬やネズミの願いだってテキトーに叶うバグアイテムなんだヨ?

 人間のエローイ願いだったら大災害が起きかねんでしょー?

 ひょっこり散歩に出たヘンタイさんの念が伝わって大人のオモチャとかが百鬼夜行したらどーしてくれるんだ。

 

 だからウチの庭に埋めとけって言ったんだけど……何かすっげー感心されてしまったぞ。ナゼだ?

 

 流石に家の中に入れるのは勘弁してほしかったから、庭の中で一番近寄らない…つーか秋以外あんまり行く理由の無い栗の木のトコにしただけだったのに……

 

 アレか? あの石って栗の木と相性がいいのか?

 赤松でしか松茸が生えないよーなもんか?

 前に樹医さんが『この木って樹齢が半端ない。にも拘らず衰える気配が無い。信じられねー』とか言ってたから、それが関係してるのかしらん。

 

 兎も角、雷が背中から不動明王が如くやる気の炎を上げてるから、それはお任せるとして……オレはどーしよう?

 

 

 レポート仕上げとこか………

 

 

 

 

 

 

 

 

 雷が儀を成功させる為、しっかりと思念遮断の陣を敷いてから地の中に二個の石を封じたのはそれから数時間後の事。

 

 太一郎はどーせ理解できないからとただレポートを仕上げていたのであるが……彼女からすれば自分に万全の信頼を置いて勉学に励んでいるとしか思えないので感激されてたりする。

 

 

 だが、件の魔石の事件を二つ片付けた後であり、まさか…という想いもあったのだろう。

 万全の遮断結界陣を敷いていたお陰で――

 

 

 

 

 

                    -聴こえますか……?

 

 

 

 

 

        -僕の声が、聴こえますか……?

 

 

 

 

 

    -聴いてください……僕の声が聴こえるあなた

 

 

 

 

 

              -おねがいです、僕に少しだけ力を貸してください

 

 

 

 

 

          -おねがい、僕のところへ……

 

 

 

 

 

                  -時間が…… 危険が…… もう………

 

 

 

 

 

 

 ――といった、誰かを求める念話が届かず もう一つの事件に関われなかった、等……

 

 

 

 「ぬぅ……っ

  殿の夕餉の手伝いも忘れ儀に集中してしまうとはっっ!

  (あまつさ)え風呂の湯を沸かしっぱなしにしてしまったでござる!!」

 

 「……気にするな。シャワーがある」

 

 「うぉおっっ 殿の負担(水道代)を増やしてしまうとは……っ

  この雷、一生の不覚!!」

 

 「………」

 

 

 

 

 知る由も無かった――

 

 

 

 



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巻の玖

 

 『――では次のニュースです。

  昨夜、海鳴市で爆発事件が発生しました』

 

 ちょっと行儀に欠けるけど、テレビを付けたまま朝ごはんの準備を整えてゆく。

 

 厚焼き玉子と大根おろし。五目豆とキュウリの浅漬け。お(ひつ)で蒸らしたご飯。

 そして赤出汁の味噌汁。具はワカメ。

 うん。よくある朝食だなぁ。つか、こんなのしかできないんだけどネ。

 

 『……の付近にあった動物病院の壁を破壊し、電柱が倒壊するなどの被害が』

 

 まぁ、幸いにして雷も和食の方が好きっぽいから丁度いいんだけさ。

 ……もちろん洋食が嫌いって訳じゃないだろーから、いずれ作ってあげたいなーとか思ってみたり。

 

 『……幸い、入院していた動物の被害は出ていなかったものの、原因は未だ不明で、

  破壊の爪痕は海鳴公園まで続いており』

 

 あ、そろそろ起きてくるかな?

 ん~…だけど、何か夕べの儀式が終わってから遅くまでなんかゴソゴソやってたみたいだから起きれなかったりして。

 

 念のため様子見に行ってみようかな?

 ご飯冷めちゃうし。

 

 お~い 雷ぃ~

 

 

 

 

 

 『その現場で黒い服を着た少女(、、、、、、、、)の姿が確認されており、

 

  警察では事件に何らかの関係があるものとして情報を――』

 

 

 

 

 

 

 

   -巻の玖-

 

 

 

 

 

 

 

 「うぼぉあ……

  ま、また殿の手を煩わせてしまったでござる」

 

 ……何というか自分の駄目っぷりに切腹したい。

 

 主は、

 

 「昨夜任せっきりだったし、別にかまわん」

 

 と仰ってくださるのだが、やはり立つ瀬が無いし遣る瀬無い。

 本当にお役に立てているのやら…我が事ながら疑わしいにも程がある。

 

 涙を滲ませつつ主が(こしら)えて下さった朝餉をとる。

 嗚呼 美味しい。

 

 この料理にせよ、剣にせよ、知識にせよ、本当に非の打ち所の無いお方だ。

 

 涼しげな眼差し。落ち着いた所作。

 武士(もののふ)としても、一人の男性としても、本当に素晴らしいお方である(ウットリ)。

 

 尤も主は女性(にょしょう)に興味をお持ちでない御様子。

 それに世の多くの女性は哀れにも主のその魅力に気付けぬようで、買い物等で出られた際にもやたらと距離を置かれてしまう。

 尚且つ、彼の方の放つ氣は諸人はおろかその辺りの動物にも荷が重過ぎるのだ。

 

 「や これは良い茶でござるな」

 

 「……夕べ遅くまで儀式やらせたからな。

  これくらいでしか礼ができん」

 

 「何と!? 身に余る褒美でござるよ」

 

 「どちらかというと“()び”だがな……」

 

 ――本人がこれだけ御優しい方だというのに何と難儀な話であろうか。

 尤も、そのお陰で独り占め状態なのであまり文句も……あぁ、いや、御労しい事である。

 

 しかしあっさりとお許しになった下さった事とはいえ、この失態は如何ともし難い。

 とは言え、悲しいかな過ぎてしまった過去の話なのでどうしようもない。

 不覚と情けなさに涙しそうになりながら、明日の朝餉…いやせめて今日の夕餉こそは…っっ と心に誓いつつ、折角の主が作りし料理を全てを腹に片した。

 

 かなり簡易の食時(じきじ)作法だが、飯碗を茶で洗って飲み干して手を合わせ、

 

 「ごちそうさまでした」

 

 と礼をする。まぁ、本当に御馳走だった訳であるし。

 それだけでやや照れてくださる主を見て顔が火照りそうになるが……何とか耐える事に成功する。ウムこれが萌えというやつか。

 

 ともあれ、仕度の手伝いが叶わなかったのだから片付けくらいはしっかりと手伝わなければ。

 

 「それで今日はどうする?」

 

 台所の流し(“しんく”と言うらしい?)に重ねた皿を持って行った際、主がそう問うてきた。

 

 ふむ…と腕を組んで考えてみる。

 今世の怪異があの二つで終わればよいのであるが、そうである確証は全く無い。

 となれば見回るのは当然の流れであるというのに何故このような問いを向けてくるのか? それが解らぬ主ではなかろうに……

 

 

 

 ハっ!?

 

 

 

 その瞬間、この鈍い頭に電気が走る。

 

 そう、気付かない訳がないのなら、気付いているからこそ問い掛けてきたという事。

 つまりは今回の失態を払拭する機会を示してくださっているという事――

 

 おお…何という心の広さであろうか。

 過分なるその気遣いを中々理解できなかった自分が恥ずかしい!!

 

 「ぬぅっ!! 申し訳ござらぬ!!」

 

 「……」

 

 昨晩は主の手を煩わせてしまう失態を演じた自分であるが、二の轍を踏むほど無能ではない……と、思うっ

 

 つまりっ、この機会を持って示せば良いのだ!!

 

 「この雷、昨夜のような不覚はとらぬでござるよ!!

  御安心めされよっ 殿は学び舎にて勉学に励まれるが宜しかろう!!

  殿の不在でも拙者がしっかりと見回っておくでござる故、鯨船に乗った気でいてくだされ!!」 

 

 信用と信頼を置いてくださるからには其れに応えるのは当然にして必然。

 

 「……ああ、しっかりな」

 

 「御意!!!」

 

 耳にも心にも心地良い主の御言葉を聞けば勇気百倍。

 

 気持ちから溢れ出た火炎と鋼の決意を胸に、そう力強く返事を返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ナニこの娘の気合。

 つか、鯨船って凄い快速の小船だから早くて攻撃力が高いだけなんでね? そんなん乗せられた気でいても怖いだけじゃん。

 

 いや事件は終わったみたいだからどうするの? って意味だったんだけど……上手く伝わってない?

 

 そりゃ落せない講義あるけど、一応 成績はそこそこ良いし単位も足りてるんですけど。

 だから近所を見て回るのに付き合えない事もないんだけど~……

 なんか知んないけど、いきなり謝られたし、近所の散策にみょーに気合入れてるしでどう反応して良いやら困ってしまうヨ。

 

 そりゃまぁ、道に迷ったら恥ずかしいと思うし、この娘には携帯持たせてないから迷ったらどーしよーもないよ?

 だけど雷くらい美人さんだったら、誰に聞いてもホイホイ教えてくれそーなもんなのに……

 

 あ、あれか? 聞くは一生の恥って感じ? 武士的に。

 何か違う気もしないでもないけど。

 

 兎も角、訳ワカメながらがんばってと言うしかなかったんだけどさー……

 

 「御意!!!」

 

 ――更に気合入れられちゃったヨ。どーしよー この娘。

 若干の不安が残るけど、まぁ、信じてるよ? ホントに。

 

 

 

 何も起きないと良いんだけど…………起きないよネ?

 

 頼むよホント。

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 ひっ、じょ~~~~~~~~~~~~~に申し訳ない話であるが、又しても主に弁当を(こしら)えていただいた。

 

 本来なれば自分が拵えて捧げるのが筋であるし、是が非でもせねばならぬ事であるのだが、悲しいかな自分の腕は主以下。

 お世辞にも美味いという物を作り上げる事が出来ない。

 

 無論、最初の日からずっと習い続けてはいるのだが、やはり一朝一夕にはいかぬもので せいぜい根深汁が塩辛くなくなった程度。

 料理に使用する道具そのものは昔に比べて格段の進歩を遂げており、(かまど)も付きっ切りでいる必要はなくなったのだが、それでも美味いという味にするには腕がいる。

 自分にはそれらを使う知識等が基本から欠けているのだ。

 

 嗚呼、優秀過ぎる主を持つという事は、斯様(かよう)に鼻が高く、肩身が狭いものだったか……

 

 

 それでも我を信じて任せてくださったのだ。

 其れに応えるのが式というもの。頑張らねば。

 

 主も学び舎に出立なさったし、拭き掃除も終わらせた。

 城砦も()くやといった呪式結界が敷かれた屋敷であるが、念には念を入れて窓や戸の鍵を確認。

 しっかりと掛かっている事を再確認した後、主から賜った鍵を玄関に掛け、ようやく屋敷を後にするのだった。

 

 願わくば、昨晩の石だけで怪異が終わりますよう――

 

 

 

 

 

 

 

 

 取りあえず昨晩の現場から調べようと歩いていた雷であったが、彼女が預かり知らぬ間に現場は立ち入り禁止となっていた。

 いやまぁ、現在の法治国家的に考えてみれば当然の事なのであるが、こういった現場を鑑識が調べるという事すら知らなかった彼女はけっこう面食らっていて戸惑いを隠せなかったりする。

 何しろあちこちで道路が爆ぜたり、木々が爆発してたりするというのに原因が不明なのだ。そりゃまぁ警察だって躍起になるだろう。

 当たり前であるがKEEP OUTのテープが張られていてどうにもならなかった。

 

 無論、周辺地域での聞き込みも行なっている訳で、言うまでもなく雷も質問を受ける羽目に。

 民草の守護が任務とはいえ、表立ってのそれも今は昔。現在社会では呪術等は秘匿とされている。

 よって公務員とはいえ一般警察にも説明はできないのだ。

 

 しかしそこは一級の式。

 昨晩のやり取りでも解るように、誤魔化しの演技も完璧なのだ。

 

 「いや、拙者もここに来て初めて知った次第で。

  何か事件でござるか?」

 

 「(いや、“拙者”って……それに語尾が“ござる”?)」

 

 まぁ、喋り方だけはどうしようもないようであるが……

 

 それでも雷はやや職務質問っぽくなったものの、簡単なやりとりで開放されている。

 念の為に仕事を聞かれたが、

 

 「家事手伝いでござる!」

 

 と胸を張って答えた上、坂の上の鈴木家で厄介になっていると話すと、何だかニガウリを丸齧りしたかのような顔をしつつウンウン頷いて去っていってしまったのはどういう事であろうか?

 

 しかしそれでも念には念を入れ、そこらの野次馬宜しく中を気にしてチラ見する演技をしてからその場を後にする雷であった。

 

 

 

 

 

 

 「坂の上の鈴木家って事は、あの(、、)(たけし)じーさんトコだろ?

  おまけにあの娘の雇い主は孫の凶眼ってか?

  勘弁してくれ。係わり合いになりたくないぞ」

 

 「……一応、課長に報告しておきますか?」

 

 「止めてやれ。

  鈴木家の話なんかしたら、また課長の胃に風穴開くぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて困った。

 

 昔のお上なんぞ比べ物にならないほど細かく細部にわたって現場を調べている事はぱっと見でも解るのだが、悲しいかな怪異にはおもいきり不向き。

 確かに土地の成分を調べる事に間違いはないのであるが、あれでは土地の経歴は解っても因縁に至るには程遠い。

 

 かといって呪術を説明する訳にもいかぬ。何とも厄介な世になったものだ。

 

 主が申されていたのだが、様々な調査には学者連中が関わっているのだが、怪異などは前例が無ければ信用してくれないとの事。

 いや、こちらには生きた前例が山の様にある訳だが、学者から言えば非現実らしく、その前例を証明する前例と、証明する前例を説明できる前例等を矢継ぎ早にどんどん問い掛けてきて、仮にそれらを説明し切ったところで色んな場所を(たらい)回しにされて、下手すると年単位で隔離されかねないとの事。

 

 何が何だか解らないのだが、今の学者の大半は自分らが納得できなければそれは存在しないという狭量にも程がある愚者なんだそうだ。

 

 まったく……血の巡りというか、知恵の廻りが悪いにも程がある。

 

 我が主の爪の垢でも煎じて飲めばよいものを……

 いや、慧眼且つ聡明な主の爪の垢など、愚者どもには勿体無さ過ぎるか。 

 

 まぁ そんな愚者集団の事なんぞどうでも良い。

 秘匿せねばならない訳だから彼らには悪いが勝手に原因の石を探すとしよう。

 

 

 

 あの黄色い(たすき)みたいなものに沿って歩いてゆくと、そのまま道路に出た。

 

 流石に町の中であるから野次馬も増え、やたら邪魔でよく現場が見えなくなっているが、霊・動・観の字を紡いだ紙で折り鶴を作り、それを式として飛ばして様子を窺ってみる。

 

 誰の目にも折り鶴なのであるが、呪を込めているのでスズメかハトのように感じられているはず。

 無論、そう感じているだけなので、実際に意識を向ければ直に折り鶴だと解ってしまう。

 それでも周囲の認識がズレているし、風景に混じっているので気付かれる確率はかなり低い。

 

 兎も角、折り鶴は不器用に羽ばたいて抉れた道路に寄って行く。

 見た目には手抜きであるが、視覚を繋げているので中の様子は目の前の様に見て取れるので便利だ。

 欠点としては術を行使している間、自分は動けない事か。

 

 「ふむ……?」

 

 それでも気付かれずに要所の様子を窺えるという利点は大きい。

 

 今、雷の目には抉れたアスファルトと大穴の開いている建物……動物病院が見えているのだから。

 だからその結果……

 

 「(道路の抉れ方とその幅、建物の穴の穿(うが)ち方。

   これは昨夜のあれとは――)」

 

 違う。という事が解った。

 

 “こんくりーと”の壁の強度はまだ知らないが、崩れた部分と音を聞けば大凡の見当はつく。

 それと直に足で踏んでみた感触で“あすふぁると”の硬さも解る。

 だからこれらを見れば、ここで暴れた怪異の突進力、破壊力も理解できるというもの。

 

 少なくとも、昨晩のアレあれではない。

 

 道路に空いた踏み込みの痕や、二の足の位置からすれば、成る程確かに昨夜のものより足は速かろう。

 踏み変え(、、、、)の位置からして、方向転換もそして突進力は猪以上だろう。

 

 だが、その代わりに破壊力はあの二匹(、、、、)に比べてやや低いのだ。

 

 最初の子犬の化生は機動力こそ無かったがあの力強い頭(?)と舌の攻撃による破壊力はここの比ではないし、二匹目の毛針攻撃と尾による一撃は半端ではないが移動力はこれまた低い。

 

 つまり、ここで暴れたものは別物という事となり、即ち……

 

 「(まだ石が他にもある可能性が上がったでござるな。

   そして――)」

 

 何か(、、)、或いは誰か(、、)がそれを倒し、石を持ち帰った事を意味している。

 

 「(拙者とは別の術師、或いは事を行なった下手人でござるか?)」

 

 今の情報ではこの程度の事か解らない。

 何もかも手探り状態なのはきついのたのが、まだ怪我人が出ていないのは不幸中の幸いか。

 

 念の為に建物の中にも入って様子を見たのだが、ここの医師らしい女性と警察との会話から患者ならぬ患畜にも被害は出ていないらしい。まぁ、一匹ほど行方不明らしいが、血痕が見られないし臭いも無いので恐らく逃走したのだろう。希望的観測と言えなくも無いが……

 主は動物好きなので報告すればお喜びになられるだろう。ひょっとしたら褒めていただけるやもしれん。うむ♪

 

 さて……そうとなればこれ以上ここにいる必要は無い。

 とっとと探索に戻るとしよう。

 

 式との繋がりを立ち、式を燃して証拠を隠滅。

 “観”の意識をこちらに戻して移動する事にした。

 

 無論、気を引き締めて掛かる事は言うまでも無い。

 下手をすると石はまだまだあるかもしれないのだから……

 

 

 

 

 

 「わぁっ いきなり火が出た!?」

 

 「何だぁ!? ゴラァっ鑑識ぃっ!! 見落としあんじゃねぇか!!」

 

 「う、うそっ 燃えた灰が塵になって消えた!?」

 

 「跡形も無いなんて……そんな馬鹿な!!」

 

 

 

 

 

 

 何か騒がしいけどキニシナイ。

 

 天下泰平の為、

 ()いては主が為に振り返らないで進まねばならぬのだ。

 

 そう、決してやってしまったでござるっという気がしたから逃走している訳ではない。

 

 

 で、であるからして……

 この場は一先ず、御免――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人の少女が泣きそうな顔をし、街外れをうろうろ彷徨っていた。

 

 その視線は常に下向き――地面に向けられており、塵一つ見逃さんと言わんばかりに隅から隅までを視線を這わせている。

 

 

 この辺りの人間は結構 情があり、そういった少女がいれば普通は声を掛けるものなのであるが、よほど間が悪いのか或いは運が悪いのか周囲に人の影は無い。

 

 だが、当の彼女にしても誰かを頼ろうとする様子は見られない。

 

 ただ一人道路をあちこちふらふらと移動しつつ必死に何かを捜し求めていた。

 

 ――いや?

 どちらかというと人に頼るという考えに及ばない。及べない(、、、、)のかもしれない。

 

 現に塵ほども人影を探していないのだから。

 

 

 しかし、少女の眼の真剣さはただ事ではない。

 

 まるで己が身体の一部……いや、半身を失くしたかのようなのだ。

 

 

 

 「どうかしたのか?」

 

 

 

 そんな少女に声を掛けた者が一人。

 

 集中し過ぎていたのだろう、彼女は唐突に掛けられた声に驚き身を竦ませる。

 

 しかし藁にも縋る想いがあったからか、おそるおそるとその声の主がいるであろう方向に顔を向けた。

 

 

 「落し物か?」

 

 

 その声は低く、静か。

 

 敵意など微塵も含まず、情を知らぬ少女ですら声音に柔らかさを感じたほど。

 

 

 だがその声の主は只者ではない。

 

 

 背が高く、無駄な脂肪も筋肉もない鍛え上げられた鋼を思わせられる。

 

 確かに敵意こそ皆無であるが、その眼差しは鉄塊すら射抜きかねない鋭さがあった。

 

 

 嗚呼しかし――

 この場において誰が解り得たであろうか?

 

 この土地においてお人好しは数多くあれど、とびきりのお人好しの部類に含まれ、

 その飛び切りのお人好しの部類の中で、泣く子供に気付く事にかけては最強の人間。

 それこそがこの青年である事など……

 

 

 「……ア、アナタハ?」

 

 「……気にするな。

  通りすがりの大学生だ」

 

 

 

 そしてこの出会いこそが後の奇跡であった事など――

 

 

 



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巻の壱拾

 午後一発目の講義が終わると、今日はもう帰る事が出来る。

 

 人気がない訳じゃないけど、ちょっち厳しいからこの教授の時間をとる人間はそんなに多くない。

 といっても廊下側と窓側の席はぎっちり埋まってる。まぁ、オレの周囲に人がいないからだけどね。ふふん……

 

 おまけに何か知らないけど恭也が来てねーでやんの。

 おかげでただでさえ寂しい環境が冬の荒野のよう。泣いてイイよネ?

 

 アイツの合わせて講義とってる月村さんによると、寝不足で出られないんだそーだ。

 なんでも、夜中に恭也の妹さんがどこかへと飛び出して行ったんだそうな。

 で、アイツは寝てられる訳もなく、心配でずっと待っていた……と。

 

 恭也の妹って事は美由希ちゃんか?

 なのはちゃんはまだ小学校二,三年だから夜出かけたりする訳ないし。

 

 そりゃ年頃の女の子が夜中に出てったら心配するだろーからしょうがない…か? 若干、シスコン入ってる気がしないでもないけど。

 モチロンオレだって美由希ちゃんの理由がどうあれ感心しないけどネ。その晩にあんな事あったわけだし。

 

 

 だけど……何かタイミングが良すぎる気もするんだよネ。

 

 

 恭也のあの通りトラブルメーカーだし、じーちゃん達によると高町家は色々と訳あり一家っぽい。

 何せあの士郎さんにしても、あそこで店を構える前はナゾの仕事してたらしいし。

 そー言えば かーさんも士郎さんは強いって言ってたしなぁ……あの(、、)かーさんが……

 

 確かあそこの実家からして旧家だからややこしくてトラブルに巻き込まれ易いとか何とか言ってたし、そーゆー一族(トラブルメーカー)なのかもしれないなぁ。

 

 

 となると、まさか美由希ちゃん昨晩のアレに巻き込まれてた……とか?

 

 

 だったらアイツが来てないのも納得できるし、ややこしいから月村さんに説明できなくてはぐらかしてる可能性も。

 だから彼女も軽く考えて大学に来たものの、女の勘ってヤツで気にはなってると。

 

 恭也ってどうしようもないフラグ建築士だし、そーゆー事なら納得できなくも……

 

 あー……無い、か。

 

 雷によると、昨晩のアレとかは霊的な攻撃じゃないとどうしようもないんだとか。

 恭也はチョー強いけど雷みたいな力はないっポイし、それだったら勝てたとしてもただでは済まないハズ。だったら勘の良い月村さんが気付かない訳がない。

 ツンドロっつーか、ドロデレっつーか、恭也にべったべたの月村さんが、アイツが悩んでたり困ったりしてたら暢気に一人で大学に来るわきゃないんだ。

 

 今日だって、終わったらさっさと帰っちゃったけど、彼女にとってどーしても外せない講義だった訳じゃないしネ。

 別に焦って帰る風もなかったから、恭也が怪我してるとかじゃないだろう。

 どーせ何時もの理由。恭也がいないからこれ以上いる理由なんてないってとこだろうし。ははは…モゲロ。

 

 ま、まぁ 兎も角、美由希ちゃんが無事で何よりだ。

 やっぱ知り合いが怪我したりするのは嫌だしナ。念の為に後で確認の電話でもいれとこ。

 

 

 知らなかったから大学に行ったけど、そーゆー事だったらアイツんちに行ってたぞ。

 

 これでも一応は単位足りてるんだ。うん。

 だけどアホのように講義を取ってるから、アホみたく出なきゃならないだけ。

 

 自業自得で講義に出まくってるだけだから、知り合いの安否云々が関わったら無視するのは当然。

 

 後で教授に土下座してひたすら謝ってレポート書けばどーにでもなるわい。

 じーちゃんに鍛えられた土下座の技は百八式あるぞ。チクショーめ。

 

 

 兎も角、そんな訳で何時ものよーに何時もの道を歩いてお家に向うのでした。

 

 アイツも心配だけど、切羽詰ったモンがないなら電話で済むし。家帰ンないと電話番号わかんないし……

 

 え? 携帯にナンバー登録してないのかって?

 してねーよ悪かったな!! オレは普段、不携帯電話のヒトなんだよ!!

 どーせナンバー交換しよ♪ なんて言ってくれる女の子なんているわけないしナ。HaHaHaHaHaHaHa……

 

 いかん 泣けてきた。

 

 

 真に持っていつものとーりで甚だ情けないが、やっぱりちょっと道に迷ってしまった。

 やっぱりアレだな。こっち行ったら近道じゃね? と思っちゃうのもフラグなら、その考えをナイスだと思ってしまうのもフラグなんだな。

 幸い一時間未満のロスで済んだけど、時間約束したら泣いてしまうところだったヨ。

 

 『オレ、早く帰れたら翠屋にケーキ買いに行くんだ……』

 

 何て思っちまったのも悪いのか?

 折角、雷にあの味を教えてあげようと思ったのに……こんな時間に買って帰ったら夕飯が入らないじゃないか。

 

 仕方ねー 次の機会にしよっと。

 

 

 そう溜息を吐き、四時という微妙な時間をぽてぽてと家に向かって歩いていた訳なんだけど……

 

 

 何だろネ。ホント。

 

 あーゆーのウッカリ目に入れちゃうのってさ。

 

 

 

 

 

 

           -巻の壱拾-

 

 

 

 

 

 

 足元にばかり目が行っていた所為か、彼女はその人物の接近に気付けずにいた。

 普段の状態であったならそんなミスは犯さなかっただろうが、何しろ今はそれどころではない。

 

 目元は何時の間にか滲み出た涙で濡れ、その顔色も何時もの白さを青くしている。

 要はそれほど必死だったのだ。

 

 

 「落し物か?」

 

 

 意外なほど静かで、落ち着いた声だった。

 しかし外見的な歳はまだ若く、子供以上大人手前といったところだろうか。

 それでもその眼差しは針の様に鋭く、相当鍛えているのだろうその体躯にも無駄な脂肪どころか無駄な筋肉も無い。

 

 ――恰も、鍛え上げられた豪剣が如く。

 

 

 だが少女は身構える事もなくその目を見返していた。

 

 人ならば誰もが恐れるような青年のそれをものともせず、まっすぐ視線を返している。

 彼が纏っている気配も尋常ではなく、僅かな隙を見せれば首を()ねられかねない。

 そんな緊張感を漂わせているにも拘らず、だ。

 

 いや、その理由は簡単である。

 この男、敵意を全く持っていないのだ。

 

 少女に…自分が向けられている眼差しには敵意も害意も全くゼロ。皆無である。

 

 外見的な不気味さや怖気の走る容貌に慣れ過ぎている(、、、、、、、)彼女にとって、この青年が纏っているフィルターは用を成さないので穏やかな好青年に過ぎない。

 だからなのか、或いは虚を突かれたからかは知らないが、彼女は青年の問いにコクリと頷きで返していた。

 

 彼女自身、驚いていたのかもしれない。

 

 その答えを聞き、フム…と顎に手をやって考え事をしている青年に気付く事もなく戸惑っていたのだから。

 

 「それで……何を落したんだ?」

 

 「……エ?」

 

 そして、次に出た彼の言葉によって更に戸惑う事となる。

 

 

 「いや……

 

  探そうにも落し物が何なのか解らなくては探す事もできんからな」

 

 

 

 

 

 

 

 それは貴重な出会いなの――

 

 

 何て思わずヘンなセリフを浮かべてしまったけど、ホントに貴重な体験だ。

 

 だってさ、この娘ってオレ見て怯えないんだぜ?

 

 視線ズラしたりもしないし、目を真っ直ぐ見返してくるし、泣かないし……って、イロイロと思い出してたらオレが泣きそうになったヨ……

 

 

 そ、それは兎も角、

 なんか知んないけど、落し物に気付いて必死こいて探してるんだけどそれが見付からなくて半泣きになってるって事でFAだよね?

 

 だからナニ落したのかって聞いたんだけど……

 

 

 「………」

 

 

 何で目が点になってんのかね、この娘。

 

 聞いたのが悪かった?

 つか、こんな怖いヤツ(涙)に問い詰められた事はやっぱり怖かったとか(泣)?

 それともそれを先に拾って脅迫するとか思われてる?!

 

 泣いていい?

 

 

 

 「……ドうしテ…そンな事聞くノ?」

 

 

 

 あ、反応した。

 

 つーかやっぱ疑われてる?

 

 「いや――

  手伝うからには形状くらい聞いておかないと…な」

 

 お財布かもしれないしネ。

 あ、女の子だからハンカチかもしれないなぁ。

 ひょっとしたらペンダントかもしれないし、キーホルダーかもしんない。だから聞いておこうと思ったんだけど……伝わってない?

 

 「何デ…」

 

 「――む?」

 

 

 

 「……何デ、手伝ッてくれルの?」

 

 

 

 …………は?

 

 いや、何でって聞かれても超困るんですけど。

 

 だって深い理由なんてある訳無いんだし。

 

 勢いに任せてやっちゃった…ちゅー事もあるけど、

 何時ものよーに勝手に体が動いちゃった、というのもある。

 

 脊髄反射っちゅーか、梯子状神経的反応っちゅーか……とーさん達に『お前は考え無しに行動しすぎるよ』って、何時も何時も言われてはいたんだけどねー

 

 でもしょうがないんだ。

 

 だって泣きそうな子がいたんだから。

 

 何か大切なものを探してるって感じの子が目に入っちゃったんだから。

 

 普段だったらねー 近所のおじさんとかがいて必ず声かけてたんだろーけど、タイミングが悪いのか誰もいないでやんの。

 

 つーか夕方になってないのに人っ子一人いないってどーよ。

 

 

 他に誰もいなくて、オレが見つけちゃって、この娘が半泣きで何か探してる。

 

 だったら……

 

 

 「困ってる子供の手伝いをするのに理由なんかいるのか?」

 

 

 ――って事なんだよねー

 無視なんてできる訳ないじゃん。

 

 ねぇ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 呆気に取られてしまった事もあり、気が抜けたという事も手伝ったか、意外なほどあっさりとその少女は落し物の形状を述べた。

 

 最初、それを教えられた時には流石にこの青年……太一郎も面食らっていたようであるが、そこは彼。顔に全く動揺を浮かべず『解った』と、しゃがみ込んで捜索を開始した。

 恰も警察の鑑識が如く。

 

 立ったままでは見付け難いという事もあるが、少女の落し物を探す為にここまでできる。

 

 その美点を知らぬ者からすれば目を疑う光景であろうが、彼を良く知る者からすれば然程のものでもない。実際、太一郎の家族であれば『然も有りなん』と納得している事だろう。

 厳ついにも程があり、気を抜いたら縊り殺されかねない雰囲気を持っている彼であるが、その中身はとことんお人好しなのである。

 

 兎も角、何とか再起動を果たした少女と共に、這い蹲るようにしながらも捜索の輪を広げていった。

 

 何しろそれ(、、)はそんなに大きいものではないが、見失うほど小さくも無い。

 

 ではどうやって落したのか? という疑問が無い訳ではないが、相手は少女とはいえ女の子であるし口下手という事もあって太一郎も聞くに聞けない。

 

 「この辺りに落したのか?」

 

 「……ウん。

  ここ周辺域、約15m内のハズ」

 

 「具体的だな……」

 

 十五メートル範囲内。

 そう教えてもらいはしたが、半径なのか直径なのかどこを基点にしてなのかも不明。

 せめてそれくらいは知っておきたいとも思ったのだが、前述の通り聞くに聞けないのが痛ましい。

 

 結局、ローラー作戦で調べてゆくしかなかった。

 

 「(考えてみたら けっこう広くね?)」

 

 そう思っても後の祭りである。

 まぁ、文句を言うつもりも無い訳だが。

 

 

 ちらり、と少女に目を向けると、やはり無言で探し続けている。

 

 彼が腰を落して探しているのを見てそれに倣ったのか、彼女も這い蹲るように捜していた。

 

 黒いタンクトップと黒いミニスカートに黒ニーハイ。そして黒ブーツ。

 狙っていた訳ではないが、捲れ上がった見えてしまった下着まで黒。

 お陰でいっそう肌の白さが目立つ。

 

 見たところ、友人である恭也の下の妹と同年齢であろう。

 その下の妹である高町なのは も愛らしい少女であるが、この少女は纏っている空気からその年齢よりは年上に感じられてしまう。

 

 いや、年上に見えてしまう(、、、、、、)何か(、、)を背負っている。そう思えてならない。

 

 だからこそ余計に放っておけないのであるが。

 

   

 しかし、あれだけ少女が必死になって探し、まだ見付かっていないのだからこの捜索には相当の困難が予想される。

 だからといって『無理』の一言を太一郎が口に出すとは思えないのだが。

 

 家族の教育によって――だけではなく、彼自身の本質がそれを認めず、そして想像の端にも入れないのだから。

 

 

 二手に分かれて探し始めたからだろうか、じわじわと捜索の輪は広がってゆく。

 何せ一人で探している場合は起点の設定がし難い為、無意識に後戻りをしてしまったり、同じところを回ったりして余計に手間がかかったりしてしまうものなのだ。

 

 人数が増えれば、一方の位置を見て行動する事が出来るので、自然と調査の進み具合は良くなってくる。

 部屋の片付けが一人では進みにくいのと同じような理屈である。

 

 それでも三十分ほどかけても見付かっていないのであるが……

 

 「(またヘンなピック……何でこんなモンばっか)」

 

 見つけられるのは奇妙な形のピックばかり。

 

 普通、ギターの絃を弾くピックは角の無い三角形をしているものであるが、これは緩い菱型。ファンタジーに出てくる盾の形に近い。

 色はやや毒々しいがエメラルドグリーンで、アルミがプラスチック製なのかとても軽いものだ。

 

 ぶっちゃければ材質不明であるが、技術革新というものは奇跡の様に早いのでこのくらいの物質が生み出されていてもおかしくない。だろう、多分。

 何かでっかい鱗(、、、、、)に見えなくもないが、そんな巨大生物がいる訳ゃないのでやっぱピックだろう。

 こんなデザインなのも、デスメタルかなんかに使ってるからと思われる。

 

 いっぱい落ちているのも、コンサートの度にギターぶっ壊す輩もいるんだから、ピックだって多量に持ってないといけない筈。

 ピック飛ばす殺し屋のマンガもあった気がするし、演出で使うのに練習しまくったのかもしれない。

 或いは箱ごと落したか?。どちらにせよ大変だろうなぁ……等と他人事ながら心配してしまう太一郎だった。

 

 「(おっといけない。今はあの娘の落し物探してるんだ)」

 

 何となく疑問が湧きかけたのだが、流石に真剣に落し物を探している女の子に失礼だ。

 そう思考を切り捨てて彼も捜索を再開させた。

 

 しかし、だからと言ってそう簡単に見付かったりすれば苦労は無い。

 

 目に留まるのは、真っ二つに割れたポリバケツや、電柱に突き刺さってる例のピック。

 自治会が伐採したのだろう、切断された街路樹。

 工事中なのか抉られるように大きく穴が空いている道路とかばかり。

 

 今更ながら人っ子一人いないのは工事をしているからだと思いつく太一郎であった。

 

 「(……考えてみればどう落したか聞けば良かったんでね?)」

 

 少女が落したというそれ(、、)の事を聞いて若干ショックを受けていた為かウッカリ聞き忘れていたではないか。

 何か自分の式と同じようなミスをしているのだがキニシナイ。

 

 捜索効率の更なる向上の為に、ウッカリミスは頭の端においてその時の状況を聞かんと一度立ち上がった。

 

 

 と――?

 

 

 「……おや?」

 

 這い蹲っていた時には気付かなかったが、例の工事穴の側にもう一つ窪みがあり、その中に何かキラリと光るものがあるではないか。

 

 もしやと思い中をあさってみると……

 

 「……あった」

 

 アスファルトにあった直径約三十cm、深さ十cmほどの窪みの中に、二人が捜し求めていたそれ(、、)はあった。

 

 彼の声を聞き、慌てて駆け寄ってくる少女。

 しゃがみ込んでいたからか、思いっきりスカートが捲れ上がっているのだが全く気にならない様子。

 

 太一郎の手から慌ててそれをひったくって状態を調べている間に、彼は無言で裾を直してやった。

 これもまたエチケットだろう。

 

 「それで……いいか?」

 

 しばし確認作業を続けていた少女であったが、あからさまにホッとしたのを見て彼がやっとそう問い掛けると、太一郎をほったらかしにしていた事に気付いたのだろう、ややばつが悪そうにしながらも、

 

 「あ、あノ……

 

  あリがトう……」

 

 と礼の言葉を口にした。

 

 照れているのか、恥じているのか解らないが、それでもキチンと礼を言えるのは感心だ。

 当然ながら彼も『良い子だなー』と感心してるし。

 

 だが、

 

 「しかし……ホントにそれでいいのか?」

 

 という疑問がどうしても残る。

 その形状から残ってしまうのだ。

 

 「? これデいイけど……何かヘン?」

 

 「いや……」

 

 無垢な目で問い返されるとトテモ困ってしまう。

 

 彼女が探していたのは、まぁ 確かにアクセサリーかもしれない。

 もうちょっと時と場所を変えるとかなり危ないものという欠点はあるのだけど。

 

 親から貰ったものだと聞いてはいたが、どういう趣味というかセンスをしてるんだと膝付き合わせて問い詰めたい気もしないでもないが。

 

 「まぁ、君が納得しているのならいいか……」

 

 「? ウん」

 

 それ(、、)は大雑把に言うと革ベルトだった。

 

 そしてそれは着用しているというだけでインモラル臭が漂っていた。

 

 アクセサリーというには余りに無骨なものであった。

 

 「しかし……」

 

 普通それは、特殊な性癖のある者が着ける物だった。

 

 

 「まさか……本当に首輪だったとは……」

 

 

 大型犬用の革製の首輪(当然、色は黒)だったのである――

 

 

 

 

 

 

 

 いやまぁ、親が音楽やってたんならぶっ飛んだセンスしてる可能性はあるよネ?

 

 ロックの本場ならもっとぶっ飛んだセンスで飾られた子もいるよーだし。

 この娘も何か目が青いし、ハーフなのかな? この町もハーフの娘多いし。

 確かなのはちゃんのお友達にもいたなぁ……

 

 だけど首輪かぁ……首輪、なぁ……アレな性癖を大っぴらに曝け出してる御家族とか?

 

 流石にこの娘にアレな性癖があるとは思えないけど……ないよネ?

 

 ま、まぁ、見栄えはアレだけどチョーカーかもしれないし。

 ホントにでっかいワンコが着けてそーな首輪以外に見えないけどさ。チョーカー……だよね?

 

 でも首輪(チョーカー)ってのはアレだけど、ぶっ飛んでても(一応は)アクセサリーでよかった……いや、ホントに。

 親の趣味がもっとアレだったら、下手するともっとマニアックだったかもしれないし、モヒカンとかだった可能性も……想像するのもイタ過ぎる。

 

 ただ……あんな細くて小柄な娘(…なのはちゃんくらいの歳か?)にあんな大きい首輪着けさせるってどーよ?

 いくらオシャレだからって、ものごっつ背徳感にまみれてるじゃないの。

 放たれてるインモラル臭で鼻が曲がりそーだヨ。

 

 がんばって『違う』って思い込まないとホント首輪にしか見えないし……首が隠れるほど幅の広いベルトなんだよネ。コレ……

 

 唯一の救いは高級品っポイことか?

 いやブランドとかは知んないけどさ、ぱっと見で解るほど良さげなモノなんだよね。

 

 バックルの部分が金の模様がついてる凝ったつくりしてるし、宝石っぽい青い石もついててオシャレだ。

 これで首輪じゃなけりゃあなぁ……今更か。

 

 

 だけどま、どうでもいいや。

 

 

 「……見つかって良かったな」

 

 「ウん。アりがトう」

 

 この娘、こんなに嬉しそうなんだし。

 水差すのも野暮ってもんだしネ。

 

 「もう落さないようにな」

 

 「うン」

 

 おおぅっ スッゲェいい笑顔。

 何だかドスゲェ報われた気分っ

 

 あれ? 考えたみたら面と向ってお話できたのって超久しぶりでね?

 

 怯えず怖がらずお話してくれるのって、なのはちゃん達くらい。

 後は逃げられるか泣かれるか、酷いと腰抜かされてたっけ……ぐすん

 

 

 いいもんっ

 

 今回の事で希望持てたもんっっ

 

 いつかきっとオレと面と向って話せる女の子が現れてくれるんだ。

 

 ウン。

 信じるのは自由だモンね……

 

 

 やっぱり(何時ものように)泣けてきたけど、微かな希望を見た気がする。

 

 そんな夢を見せてもくれた彼女は、急ぎ足で帰ってゆく。

 

 オレはせめてものお礼にと、彼女の背が見えなくなるまで手を振るのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ファスキス-」

 

 『-Aye』

 

 「どうシて勝手ニ離れテいッたノ?

  心配しタ」

 

 『-Sorry.

  I wanted to try.』

 

 「試ス? 何を……」

 

 『-Please do not care.』

 

 「……ワかッた。

  だケど封印がマだ。

  スぐにJSを封印しナいと」

 

 『-It understood.

  Then, let's begin.』

 

 

 太一郎と別れた少女は、独り言を呟きつつすぐに住宅地の中にポツンとある空き地に入っていった。

 

 百坪もないその空き地。そこにはよくある長閑な空間はなく、あるのは瓦礫と大きな窪み。

 

 しかしそこには異常が……

 

 

 ――いや、クレーター(、、、、、)があった。

 

 

 周辺の家壁を巻き込んだ、直径十メートルはあるだろうクレーター。

 そんなものがこの町のど真ん中に穿かれているのだ。

 

 しかし誰も気付けない。

 

 誰一人気にもしていない。

 

 いや、ここには彼女ら以外の人影が全くなかった。

 

 クレーターより何より、この町のこの周辺域に人の気配が皆無。それこそが異常だったのである。

 

 

 そしてその中央。

 

 

 そこに転がっているのは首と胴が斬り飛ばされた蛇…恐らく青大将の死骸。

 そして、青く光る石が一つ。

 

 

 その石の輝きを見つめつつ、少女は首輪(チョーカー)に手をやり、そして――

 

 

 

 

 「-Set Up」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「わっ 何だアイツ急に出てきたぞ!?」

 

 「ママ 怖いぃ~っ」

 「ほ、ほら、こっちにいらっしゃいっ!!」

 

 「ゲゲェッ!? あれは風芽丘の凶眼!?」

 

 「何!? あ、あいつがあの人喰い太一郎……」

 

 「ひ、ひぃい…っ!!」

 

 

 

 あ、あれ?

 何か急に人が出てきたような……

 

 つか何故にオレがオバケ的扱い!? 

 なじぇっ!!??

 

 

 




 今回はここまで。
 流石に連投し過ぎかも……
 だったらスミマセン。


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巻の壱拾壱

 

 今世に()でてより、自分の事をウッカリ者ウッカリ者だと思ってはいた。

 

 「……」

 

 武の者としても目を見張る御力を持ち、凛々しく男らしく心優しく(中略)他者に対してのお気遣いを欠かさないお心を持たれておられる我が主であるが、その実力は家事においても抜きん出ておられる。

 

 何せ式に過ぎない我の為に昼餉に使えと弁当を拵えてくださっているのだ。

 流石に異変調査での弁当であるので五味五色五法とはいかなかったようだが、俵握りになされた飯に五色の色と五味が整えられており、その味付けの濃淡も我が好みに合わせてくださっていた。

 

 味付けは当然であるが、その心遣いに感涙しつつ食したものだ。

 

 何と心憎いお方であろうか。これでは恩義が溜まる一方。

 こうなっては夜伽等で返す他あるまいが……自分の貧相な身体では主を満足させられまい。かと言って主と御釣合が取れるほどの女性(にょしょう)がおられるかどうか……超一級の武士なだけにこれは難しい。

 

 それに御心の優しい殿の事。相手の事をお考えになられて良い返事はなさらぬだろう。

 

 せめて某がそれなりの容貌であり、魅力的な肢体をもっていれば御奉仕の限りを尽くせるだろうのに……

 嗚呼……貧相なこの身が恨めしい。

 

 

 (※注:雷の感想はあくまで彼女の主観ですので騙されたりしないように)

 

 

 ――で、

 

 前置きが異様に長くなってしまったのだが本題である。

 

 その御優しい主のお心遣いがドっぷり篭った御弁当を食した訳であるが、そのお陰をもって身も心もでっぷりと満たされてしまった事は言うまでもないだろう。

 

 そして、身も心も満たされてしまった者がどうなってしまうのかというと……これまた言うまでもなかろう。

 木陰で休憩しつつ食事を行なっていた自分は、すっかり満たされてしまっておもいきり仮眠をとってしまったのである。

 

 

 いやぁよく寝た…というヤツで……

 

 まぁ、何というか……今の時間は又しても夜。

 

 

 余りの心地良さに何と調査をほっぽり出し、昼から夜まで眠り呆けてしまったのだ。

 

 

 

 こ、この雷、一生の不覚ぅっ!!!

 

 

 

 

 

 

 

        -巻の壱拾壱-

 

 

 

 

 

 

 

 雷という女性の術式概念が生まれた時代はかなり古い。

 少なくとも百年単位の過去の事だ。

 だと言うのに、外見的な特徴は近年の外国人女性のそれをしている。

 

 赤い…というか紅い髪をポニーテイルに纏め、胸は大きく腰は細くてプロポーションが良く、手足もバランスよく長い。

 それでいて見た目には解らないだろうが、退魔剣術に必要な筋肉を必要十分以上内包している。

 おまけに容貌もやや童顔気味ではあるが確実に美形の範疇だ。

 

 前にも述べたが、こんな美女が歩いていればそれは目立ちまくるだろう。

 

 

 実際、木陰で休んでいたのも騒動から逃げ…いや、調査を再開した後も人目を避けていたからだ。

 

 凛とした物腰も相俟って、近年あまり見られないに古式ゆかしい女性らしさは洋服で無理に押し込んでいる分やたら目立つ。

 外見が外国人であるのだから尚更だ。

 

 

 が、だからと言ってそのまま夜まで昼寝に没頭するのは頂けない。

 

 

 「あ゛、あ゛あ゛~~~っっ

  拙者という(オンナ)は何という(うつ)けでござろうっっ!!」

 

 頭を抱えて身悶えしつつゴロゴロ転がってはいるのだが……まぁ、美人には違いない。

 

 だから目立つ。

 今が夜でホントに良かった。

 

 

 

 等とオポンチ極まりない行動をかましていた雷であったが、

 

 「……む?」

 

 突如そのアホ行為をピタリと止めてその身を起こした。

 

 彼女は退魔戦闘用の式であるから感応値のそれは人のそれを大きく上回る。

 

 だからこそ、駆けて来る何かにすぐさま気が付いたのだ。

 

 「何だ?

  何かが物凄い速度で近寄ってくるでござる」

 

 秒を待たずして響いてくる駆け足の音。

 何か途轍もない重さのものが全速力で走っているのだ。

 

 おまけに――

 

 「あの化生と同様の妖力とも法力ともつかぬ怪しげな力も感じるでござるな……」

 

 となると、やはり怪異なのであろう。

 

 主の勘が当たっていたという事か。

 

 うむ! 流石は我が殿…と、また主褒めで我を失いかけたが、地響きを足で感じたお陰で事なき(武士の恥)を曝さずに済んだ。

 

 断続的、そしてリズミカルに伝わってくる振動。

 

 それは何か…恐らく二本足のものが駆けているそれだろう。

 

 となると人の形をした怪異、という事か――

 

 「早い…方でござるな。

  人の早駆け程度……ふむ」

 

 念の為に呪式を組みはしているが刀は抜かず、身構えるだけ。

 万が一という事もあるので警戒しているのだ。

 

 何せ不覚を取りまくっているのでこれ以上の失態は簡便なのだから。

 

 ずしんずしんずしん、とほぼ間隔を置かない地響きが大きくなってきた。

 

 彼女ほどの武人となると、音を聞くだけで大凡の事が感じ取れる。

 それは、これは大きいのではなく単純に重いのでござろうな、と当りも着くほど。

 

 となるとそれ相応の対応をせねばならんな、と腰を落し気味にして刃を現界させようとした正にその瞬間、

 

 「んなっ!!??」

 

 雷の表情が凍りつく。

 

 「これは…まさか結界?! それも恐ろしく広い。

  こんなものを瞬時に張り巡らせるだと!!??」

 

 対象が近寄ってきたと思った瞬間、いきなり周囲を結界に包まれてしまったのである。

 おまけに範囲が異様なほど広い。少なく見てもこの町一帯の広さがあり、任意のもの以外が全てはじき出されていた。

 人払いのそれではなく、退魔のそれでもない、地域の相異をずらされた別空間と言った方が良いだろう。

 そんな隔離空間を一瞬で生み出すなど、大妖怪クラスのものでなければできるものではない。

 

 「力量を見誤ったか……っっ」

 

 と悔んでも後の祭り。

 その怪異は直そこにまで迫っていた。

 

 「来る!!」

 

 組んでいた呪式を急速展開。

 言霊が形を結ぶと彼女の左掌から剣の柄が飛び出し、それをやや乱暴に引っつかんで愛刀を引き抜いた。

 

 

 

 それ(、、)と相対したのは、彼女が刀を手に取ったと同時であった。

 

 

 

 

 

 

 

 「ぬ? (わらし)?」

 

 何と現れ出でたのは、やたら大きい高下駄で駆けて来る少年。

 

 それも今や珍しい着物姿の勤労少年(、、、、)だったのである。

 

 「この少年が化生!?」

 

 やや呆けかかったものの、慌てて刀を握りなおす雷。

 理由どうあれこれほどの事を成す怪異であれば止めねばならないからだ。

 

 さあ来いっとばかりに剣を構えた彼女であったが、当の少年はそんな雷に目もくれない。

 というより手に持った本から目を放さないので気付いていない節がある。

 

 そのまま踏まれる訳にはいかない雷はやや大きめに距離をとって回避。

 少年はやはり目もくれず、高下駄(?)の音も高らかにそのまま前を通り過ぎてゆく。

 

 その呆れた脚力と、完全無視状態の少年に呆然としていた彼女であったが、直に復帰。

 駆けてゆくその子供の背と、周囲の状況を見てキョトキョトするばかり。

 

 それも当然だろう、意味が解らないのだから。

 

 「あの(わらし)ではなかったか?

  となると……」

 

 何せ謎が謎を呼んで謎ばかりが残っているのだ。それは彼女でなくとも首を傾げるだろう。

 

 兎も角、話だけでも聞いてみるかと判断し、少年を追おうとした雷の背に、

 

 

 「す、すみませんっ!!

  この辺に二宮金次郎が走ってきませんでしたか!?」

 

 

 という子供の声が掛けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 「むっ!?」

 

 その気配に気付けなかった事も驚いたが、掛けられた声が空中であった事にも驚いた。

 おまけに声の主は年端もいかない少女。

 

 驚きの理由には事欠かない。 

 

 「ぬっ!? 怪奇空飛ぶ少女。

  何と最近の少女は空も飛べるでござるか。時代は進んだものでござるな……

  なるほどこれが所謂飛行少女というものでござるな」

 

 また一つ今の時代を知る事が出来たという事か。

 術者は減ったが、それらを補うに余るほど技術が進んだという事なのだろう。

 

 「ち、違いますっ

  これには深い理由が……って、あれぇ? 何でお姉さんは結界の中にいるの?」

 

 「ぬ?」

 

 何故 結界の中にいるのかとは不思議な問いかけ。一体如何なる理由が。

 

 いや、いやいやいや、違うぞ。

 よくよく考えてみると……

 

 「ぬぉっ!?

  カラクリも手妻もなく宙に浮くとはひょっとして術の行使でござるか!?」

 

 「え? 今更!?」

 

 「驚くのは当然でござろう!?

  そなたのような歳若い娘子が術師とは思わんでござるよ!! 常識的に考えて」

 

 「遠まわしに非常識って言われたの……」

 

 そう言いかえすと何だかズズンと落ち込む娘子。

 発せられている波動からして、その小さな身体にはとてつもない力を内包しているだろうが、精神は歳相応に脆いようだ。

 

 しかしこの娘子の言動が正しければこの途轍もない結界を張ったのはこの少女という事に……

 

 となると……

 

 

 「よぉーし、解ったでござる。

  この怪異の元凶はそなたでござるな?」

 

 「え゛?」

 

 

 ふ……そのような可愛い顔をしていようと拙者の眼は誤魔化されぬわ。

 

 その発せられている非常識な内包力、

 

 密教の秘術級である飛行呪を楽々と行使し、露ほども披露を見せず維持し続けている技量、

 

 更にはその飛行呪と結界術とを並行使用していると言うのにそれを露ほども見せていない。

 

 おまけに足に翼まであるではないか。

 

 つまりは彼女が何かしらの怪異という事。

 

 ウム。一分の隙もない推理だ。

 

 

 「という訳で大人しく縛に付くでござる!!」

 

 「な、何が何だか解らないの!!」

 

 

 隠し事がばれてしまったからだろう、覿面にうろたえる少女…いや怪異飛行娘。

 

 だが逃がす訳にはいかない。

 

 事があの石が起したものであるのなら、如何なる災害が起こるか解ったものではないからだ。

 

 流石に主のような優れた眼力を持っている訳ではないので、取り憑かれたものであるか生霊なのだか見取る事は出来ない上、事が事なので始末する訳には行かない。

 だから取りあえず自由を奪ってから調べるとしよう。

 

 「縛っ!!」

 

 「え? きゃあっ!!」

 

 懐から細注連縄(しめなわ)を取り出し、呪を紡いで放つ。

 すると力が篭った細注連縄は蛇の様に身をくねらせつつ少女に襲い掛かる。

 

 当然ながら少女は慌てて回避する。

 まぁ鳥だって回避くらいはするので避けるのも当然だ。

 

 

 しかし、直線的に避けるのは浅はか。

 

 

 小鳥が鷹から逃げる際には小さく避け続ける訳だが、速度に劣る小鳥が助かるにはそれしかない。

 

 そうやって避け続ければ、襲い掛かる方の旋回範囲が広い為に体力を余計に使う鷹の方がきつくなるからだ。

 

 しかしこの場合、式としての呪も組み込んだ細注連縄なので旋回範囲もやたらと狭い。

 

 確かに避ける様を見れば少女の速度は恐ろしく速く、矢と同じ速度で飛ぶ細注連縄でも追い切れていないようだ。

 

 だが直線的に追う必要は全くなく、尚且つ彼女の行動を牽制しつつ追えば良いし、そもそも注連縄には体力がないので疲れない。

 

 「来ないで!!」

 

 そう言いつつも回避行動を続けられるのは見事の一言。

 

 だが悲しいかな彼女には武の才が無いのだろう、速度そのものは目を見張るものがあるのだが、次の行動までに半拍の間が見えてしまう。

 

 素人なら兎も角、主や自分のような退魔剣士を相手にするには半拍という長い時間は命取りだ。

 

 何そしてより――

 

 「次にどこにどう避けるか丸解りでござるよ」

 

 しばらく眺めていたから少女の体捌きは見切れた。

 身体の沈め方でどこにどれくらいの勢いで移動するのか全て読み取れてしまったのだ。

 

 よってこの一枚の符を彼女の上空に放つと……

 

 「シッ!!」

 

 「え!? あ……」

 

 と、このように反射的に身を竦めるので細注連縄が追いつくという訳である。

 

 

 ともあれ、悪く思わんでくれよ。

 

 これも世の為人の為。

 すぐその歪みから開放してやるから――……

 

 

 

 『なのは!!』

 

 

 

 

 ――は?

 

 

 

 

 

 

 

 その小さな闖入者が割り込んできたと思った瞬間、少女と縄との間に光る障壁が出現し、封縛の呪が退けられてしまった。

 

 「ユ、ユーノくん!!」

 

 『大丈夫!?』

 

 何とその勇敢なるモノは小さな獣。

 

 流暢な人語を話すところをみると(あやかし)か使い魔といったところか。

 

 「む……っ管狐か?」

 

 と雷も一瞬そう判断したほどに。

 だが確かに色は真白く細き獣であるが、その頭部は(イタチ)と思われるそれ。

 

 おまけに自分の封縛を障壁で遮ったのであるからそれなり以上の力を持つモノに相違ない。

 となると管狐のランクでは済むまい。

 

 「白き身体に人語を解する鼬。

  そして斯様にも身に余る力。

  まさか、伝説の白鼬であるノロ……」 

 

 『僕はイタチじゃないよ!!』

 「なんの話なの!?」

 

 二人(?)の剣幕にむぅっと口を(つぐ)む雷。

 

 それに、てっきり冒険鼠らに退治されたという伝説の白鼬かと思ったのだが、何か声が可愛いから違うっぽい。

 にしても、鼬なのに鼬ではないとはこれ如何に?

 

 そう首を傾げまくる彼女に対し、息を整えた少女とイタチ(?)が対峙する。

 

 「いきなり何をするの!?」

 

 ……それも何だか怒っている風だ。

 まぁ、いきなり拘束されかかったら当然の事であるのだが、雷はおや? と腑に落ちない。

 

 「何をするも何も…杖を手に空を飛ぶ怪しげな少女を見れば何事かと思うのが普通でござろう?

  この町を守護する者としては、捉えようとするのは当然でござるよ」

 

 「え?」

 

 言われた少女もちょっと驚く。

 彼女からすれば変わった恰好をしている魔法少女のつもりだったのだ。

 

 しかし言われてみれば確かに怪しい。

 

 何せその衣装(バリアジャケット)のデザインベースはというと、実は少女が通っている小学校の制服。

 小学校の制服来た女の子が杖を片手に空飛んでやって来て、二宮金次郎の事なんか問い掛けたら自分だってナニコレと思うだろう。つーか不審者以前に異常者だ。

 今更ながらトンチキな行動だった事に気付き、落ち込んでいたり。

 

 『町の…守護?

  貴女はこの世界の魔導師なんですか?』

 

 そして別の事に驚いていたのは例の白鼬だ。

 入念とはいかないものの、それなりにこの世界(、、、、)の事を調べており、魔法という存在がなかった事だけは解っていた。

 だからこそ『管理外』だと思っていたのであるが……

 

 今さっきこの女性が行使していたのは形は違えどバインドの魔法だ。

 とすると半管理世界なのか、固有の魔法なのか知っておく必要が出きてしまった。

 

 のだが……

 

 

 「まどーし? 何でござるかそれは?」

 

 

 『は?』

 

 

 少女の方は兎も角、この小動物(フェレット?)の方はそう返されると対応に困る。

 

 しかしある意味当然ともいえる。

 何しろ彼(?)からしてみれば完全に異世界である訳で、どうしようもない文化文明の差異だってある。最悪 常識のあり方からして違う。

 

 一応は生活圏外の別世界を知ってはいたのであるが、それが管理外ともなると話は別。

 今一緒にいる少女と出会って何とか情報を集め始め、それでようやく魔法が無い世界だと知れたぐらいのだから。

 

 尤もこの少女は体内にある魔法の核といえる物……リンカーコアが、自分のいた世界でも有数の大きさを持っていた事もかなり影響を与えている。

 魔法文明の発達が遅れているという感覚でいた可能性だってある。だからこそ目の前の女性によって齎されたショックが大きいのであるが。

 

 兎も角、この女性は魔法(バインド)を使えるのに魔法を知らないという事だけは何とか受け止められた。

 

 『え、えと……

  要するに魔法が使える人間の事ですけど……』

 

 とまぁ、これだけ掻い摘んで言えば理解してもらえるだろう。

 というよりゲームとかを知っていたら解ってもらえそうなレベルの事だ。

 

 せめて冗談とかそういう段階ででも受け止めてもらえたら取っ掛かりになるだろう。そういう淡い期待もあった。

 

 だが――

 

 

 「何!? 魔法を使うと申したでござるか!?

  つまりは悪!!」

 

 

 「『え゛?』」

 

 

 相手がちょっと悪かった。

 

 

 

 

 

 戦国の時代。

 この日の本の国にも海外からヤソ教を広めに宣教師が渡来するようになっていた。

 僧侶等は良い顔はしなかったが、別に他宗派を弾圧する訳ではないし、鎮守の神々を蔑ろにしないのであれば文句を言うつもりもなかったし、海外のそれに比べてかなり友好的に広めていった事もあってそう気にするものでもなかったのであるが、問題はその中に混ざっていたものにあった。

 ヤソ教をこの日の本に持ち込んだ伴天連(バテレン)の中に()天連という厄介者が混ざっていて、邪教を広め始めたのである。

 そして至極真っ当な吉利支丹(キリシタン)達に混じって、読みが似てその実全く異なる切死丹《キリシタン》(or鬼理死丹)というとんでもない邪教集団が出来上がっていったのだ

 

 こやつらは悪魔を崇める悪魔教団で、ヤソ教に混ざって日本にその手を伸ばしてきたのである。

 

 その被害の大きさは筆舌に表せぬ。

 何せ僧侶も多大な被害受けるわ、後の世でもまるで無関係な農民たちが矢面に立たされて処刑されまくるわで途轍もない傷痕を残していったものである。

 

 無論、我らも影に日向に戦い続けてはいたが、身代りに罪を押しつけまくって逃げに徹していたので凄まじく手古摺ったという。

 そんな鬼畜どもを殲滅する事に成功のは江戸の世も半ばを過ぎる事になっていた。

 

 その際に異国より齎され、この地に邪法として残ってしまった術が《魔法》。

 忌まわしき悪魔の力である。

 

 この目の前の者達はその魔の法を使える者を知っているようだ。

 

 「数百年前、この日の本を混乱に導いた忌まわしき悪魔の力!

  その悪の力を行使する者を知っていると申すか!?」

 

 『え゛? え゛?』

 

 尚且つ、このケモノは『この世界の(、、、、、)』と申していたではないか。

 

 つまりは外界から襲来した魔の一味と言う事か。

 外観の小動物的な可愛さにウッカリ騙されるところであった。

 

 ふ……この雷、そう何度も轍を踏まぬでござるよ。

 

 

 (※注2:雷の知識は勘違いによってとても偏りが大きいので惑わされないでください)

 

 

 「と い う 訳 で 大 人 し く す る で ご ざ る ! !」

 

 『何でさ!?』

 

 

 

 

 

 

 

 唐突に始まってしまった謎の諍い。

 主の側と違って何と殺伐としたものであろうか。

 

 御互いの情報のズレというか、ギャップにより全く持って無駄にも程がある追いかけっこ。

 

 一人と一匹(?)がおっ始めたそのアホな争いは、怪異をほったらかしにして続けられるのであるが、

 その所為で七不思議的な怪異が被害を広げる事となる。

 

 

 しかし……

 

 

 

 

 「ゆくぞノ○イ!!」

 

 『○ロイって何さ?!

  ってゆーか、僕はイタチじゃないぞ!!』

 

 

 「あ、あの……金次郎さんの像を……」

 

 

 

 

 ――三人が落ち着くまで まだもうしばらくかかるようであった。

 

 

 

 

 

 



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巻の壱拾弐

 「で、反省したの?」

 

 

 ドンッという擬音が響き渡りそうな迫力の前に、この二人(?)は無力だった。

 

 

 

 「『申し訳(ござらん)ありません』」

 

 

 

 The.土下座。これ一択しかなかった。

 

 

 「なのはね、一人で一生懸命頑張ってたの。

 

  一 人 で 、

 

  ……ねぇ、なのは の言ってる事解るよね?

 

  わたしが一人にやらせて二人は仲良く喧嘩なの?

 

  ねぇ……なのはが怒ってるのって変なのかな? 変な事言ってるかな?」

 

 

 何時しか、少女の背後から ずごごご…とゴツげなオーラが噴出していた。

 

 彼女の可愛らしさも相俟ってごっつ怖い。何か知らないけど斧持ったハムスターのビジョンが見えてるし。

 

 そんな少女の背後にはあちこちクレーターが出来ており、プスプスと焦げ臭い煙も上がっている。

 

 その中でとりわけ大きい(直径約十メートル)クレーターの中には、バラバラになったブロンズ像の残骸……皆知ってる二宮さんだ。

 そこそこの学校なら置いてあるだろう二宮さんのブロンズ像。

 そのポピュラーな像は今や見る影もなく不可思議な力によって木っ端微塵となっていた。

 

 無論、この少女の仕業である。

 

 

 「あ゛?」

 

 

 ――失敬。この少女の奮闘のお陰(、、、、、)である。

 

 

 事の始まりは、少女らの探索の網にとある公立小学校が引っかかった事だ。

 

 彼女らが探しているJS(ジュエルシード)と称される魔法の宝石。

 周囲の思考等によって勝手に起動し、暴走体と呼ばれる怪奇現象物を発生させる厄介な代物である。

 

 とある事情によってそれらを回収している彼女であったが、この日もまたそれの反応を察知し、学校に駆けつけていた。

 

 で、件の小学校で起こっていた怪奇現象は、既に数個を集めている彼女であったが、流石に夜の校舎等というオカルトの定番である場は無かったし、何よりちょっと怖い。

 

 そんな恐怖を押さえ込みつつ校舎内を調べてゆく一人と一匹の前に現れ出でたのは元気バリバリに駆けて来る人体模型やら骨格標本。目からビームを放つベートーベンの肖像画やら所謂 学校の怪談というか七不思議。

 怖がっている場所で怖いものが出てきたもんだから慌てたの何の。きゃーきゃー泣いて走り回って逃げ回ったものである。

 暴走体は平気だったというのに、こんなちゃっちいものに怯えるとは訳が解らないのだが、『どうしても下り切れない階段』によって追い詰められた彼女はついにキレてしまい、得意の射撃魔法Divine(デヴァイン) Buster(バスター)を乱射。結界内の紛い物の校舎とはいえ半壊させてしまったのである。

 

 しかし何が転ぶか解ったものではなく、そのお陰でJSが取り憑いていた本体…先々代校長の銅像が吹っ飛び、彼女を追いかけていた怪奇現象らも沈黙させられたのだった。

 

 それによってようやく気を抜く事が出来、へたり込んだ二人だったのだが、その隙を狙うかのように七不思議の最後の一つ『夜歩く二宮金次郎像』にJSが再度取り憑き、台座ごと(、、、、)動き出して学校から駆け出してしまったのである。

 

 只でさえ銅像が駆け出すという異様な光景であるのに、バックリと縦に二つに裂けた台座を恰も高下駄のように足にくっ付けたまま凄い速度で駆けて行く光景は出来の悪い冗談か嫌過ぎる悪夢。

 

 本を読みつつ、薪を背負子(しょいこ)って、鉄下駄ならぬ高下駄で走りまくるアクティブ過ぎるにも程がある勤労少年。

 そりゃ呆気に取られもするだろう。

 

 兎も角、何とか再起動を果たした一人と一匹は、押っ取り刀で追跡を始めて……雷と出会ったのだ。

 

 

 『あ、あの、なのは? JSは……』

 「とっくに封印したの。 ユ ー ノ く ん が お 話 し て る 間 に 」

 『あう……』

 

 -HeyHeyHey former.master

  What is considered?

  Is the head decoration? Uh-huh?

 

 『う゛う゛……言い返せない』

 

 何だか知らないが、少女の持つ(デバイス)にすらボロクソに言われている白イタチ。

 自業自得とはいえ哀れである。

 

 「(うぅむ 一見ひ若い(、、、)娘子であるというのに何たる覇気。

   まるで戦国の世の第六天魔王を髣髴(ほうふつ)とさせられるでござるな)」

 

 「何 か 失 礼 な 事 考 え て ま せ ん ?」

 

 「いえ! 滅相も無いでござるよ!?」

 

 まぁ、事の始まりは雷の思い込みとウッカリなので、諸悪の根源といえるかもしれない。

 

 何せ彼女とユーノと呼ばれているイタチが言い合いをしている間に遠くまで逃げていたはずの二宮像が『ボクを無視するの?』と言わんばかりに駆け戻り、二人の言い合いに挟まれてわたわたしている なのはを見、まるで八つ当たりの様に襲い掛かってきたのである。

 

 「怖かったんだよ? 怖かったんだよ!?

  手に本を持ったままの像が足技使って来たんだよ?!

  “くらっくしゅーと”とか“すぴにんぐばーどきっく”なんてしてきたんだよ!?

  ビックリして避けられなかったんだからね?!」

 

 「い、いやそんな事を拙者に言われても……」

 

 「おまけに足から“べのむ”飛ばすんだよ!?

  何なの!? 格ゲークロスなの!?

  GGクロスしてなくてありがとうございますなの!!」

 

 『な、なのは、ほら落ち着こうよ。ね?』

 

 兎も角、そんな感じにまたしても七不思議に追われる形となった なのはだったが、ふと相棒(ユーノ)の事が気になってそこに目を向けると……

 やっぱり仲良く言い合いを続けている一人と一匹の姿が――

 

 

 

      ぷ ち っ

 

 

 

 ……とまぁ、こんな風にキれてしまってもしょうがないよね?

 

 その結果、射撃魔法ディバインバスターの雨が降り注ぐ事となり、哀れ二宮金次郎象は木っ端微塵コになってしまったのだった。

 

 

 後に雷はその時の光景を雷はこう称している。

 

 

 「戦場(いくさば)を剣林弾雨の中と申すが……

  死の閃光が正に雨霰と降り注ぐ光景は地獄としか……』

 

 

 くわばらくわばら。

 

 そう呟く事しか出来ない雷であった。

 

 

 「おねーさん、聞いてるの!?」

 「ひゃっ、ひゃいでござる!!」

 

 

 

 

 

 

        -巻の壱拾弐-

 

 

 

 

 

 

 戦いが終わり、ゆーの とやらが結界を解くと周囲の風景は一瞬で塗り戻された(、、、、、、)

 表現としてはかなり妙な物とになってしまうのだが、実際にそんな感じなのだからどうしようもない。

 

 「ううむ……見事なものでござるな」

 

 だから素直にそう感嘆してしまう。

 

 『い、いえ、それほどのものでは……』

 

 しかし当のノロ…いや、ゆーの はそう謙遜して見せる。

 

 それを見て思ったのだが、我が主と同様に自己評価が低いのではないだろうか?

 

 自分とこの少女の間に割り込みをかけて障壁を張った手並みといい、この超広範囲の結界を瞬時に張った力量といい、この年齢としては……いやそれどころか、そこらの術者なぞ足元にも及ばないのではなかろうか?

 

 「ユーノくんは なのはの魔法の先生なの!」

 

 「ほほぅ? 成る程、納得の理由でござるな」

 

 『な、なのは……』

 

 一度(ひとたび)落ち着いてみればこの少女も可愛らしく礼儀正しい娘で、他者を褒めるという点も微笑ましい。

 ただ、その身から発せられている駄々漏れの法力はどうにかして欲しいものであるが……

 

 

 何というか……大きいにも程があるだろう?

 

 

 記録に残っている陰陽寮の全員を集めてもこれだけの量には至らぬとおもう。

 

 桁が違うというか、世界が違う。

 それだけの差、他者を圧倒する壁を既に持ってしまっているではないか。

 何ともはや……末の事を考えると心配でならぬ。

 

 『そ、そんな事より貴女はどうしてここに?

  さっき町の守護とか言ってましたけど』

 

 そんな思考をオコジョ…ではなかった、ゆーのが遮った。

 まぁ、先の事を考えても鬼が横腹を痛めるだけなのでそれは置いておくとして、この小動物の下手な話の逸らし方に乗ってやるとしよう。

 確かに説明も必要な事であるし。

 

 「申し遅れた。

 

  (それがし)、日の本が退魔衆の一派 鐘伽(しょうき)流退魔術が家系に受け継がれしモノ。

 

  戦術式神にして前鬼、名を雷と申す」

 

 無論、自己紹介の中に主の名は伏す。

 同じ術師とはいえ、流石に秘匿の心得まで外す訳にはいかないのだ。

 

 まぁ、言うまでも無いが主の式として恥を掻く事は出来ぬので、正装である戦甲冑でもってびしっと極めている。

 

 ふ……完璧でござろう。

 如何かな? 童子(わらし)達よ

 

 

 「あ、あの……」

 

 「む 何でござるかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 「『さっぱり解らないんですけど……』」

 

 

 

 ぎゃふんっ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『え~と、要は貴女は僕達の世界で言うところの魔導師にみたいなもので、

  式っていうのは使い魔みたいなものだと』

 「ま~ そーゆー事でござるよー」

 「“おんみょうりょう”っていうのは、ユーノくんが言ってた管理局みたいなものなの?」

 「そー言われても せっしゃは“かんりきょく”なるものを知らんでござるよー」

 『う、うーん……

  魔法陣と形式はミッドのそれにちょっと似てる部分も……

  あ、だけど使ってる文字とかが全然違う……』

 「ここの部分は漢字だよ。わたしたちが使ってる文字の。

  後は……ちょっとわかんない」

 『魔道プログラムの形式は似てるのに、繋げ方のパターンが解らない。

  途中で引っかかってくる三角の陣が台無しにしてるとしか……でも完全に構築されて起動してる。

  う~~~ん?』

 

 「もー いいでごさるかー?」

 『あ、ハイ』

 

 

 自己紹介に失敗したからか、雷のやりとりはかなり投げやりだ(平仮名が多めになってるし)。

 反対にユーノの方は、彼女が使っている呪式がかなり琴線に触れたのだろう、ガン見していた。

 なのはと言えば、自分の知るミッド式のそれ以外にもまだまだ呪式があったのかと興味深げに見つめている。

 

 そんな二人のテンションとは反比例し、やたらローテンションな雷は二人に見せる為に展開していた呪式に力を送り、清め術を起動させた。

 

 次の瞬間、結界解除によって燻っていた戦いの場の空気が完全に洗い流され、爽やかな公園のそれへと塗り替えられる。

 

 空気清浄とかいったそれではなく、何というか場の雰囲気が変わったという感のある術で、珍しいのか或いは目にした事がないのか余計にユーノの興味を引いた。

 

 「何だろ? 空気が美味しくなったきがするの」

 「言いえて妙でござるな」

 

 可愛らしい なのはの言を聞いてようやく苦笑する事が出来た雷。気を取り直したというところだろう。

 実際、この少女の年齢は十にも満たないものであるし、歳相応ならこんなものか。

 

 尤も、そんな童女相手に 恰好付けに失敗したからといって何時までも燻っているのは沽券に関わる――という事もあるかもしれないが。

 

 「兎も角、拙者らは基本的に剣を使って退魔を行う者。

  これはそういった事後に場を清める為の術でござる。

 

  何しろ妖怪や魔物は人の心の闇から湧き出すものでござるからな。

  場の空気をきちんと清めておかねばすぐにまた事件が起こるでござる」

 

 「……よ、妖怪」

 『ま、魔物……う~ん……』

 

 しかし、悲しいかなこの二人(?)にとっては荒唐無稽(ふぁんたじー)と言った具合。

 意外というか何というか、魔法使いなるファンタジーそのものを行使するくせに、こういった事に受け入れ難いらしい。

 

 尤も仕方のない事と言えなくもない。

 

 というのも、なのはとユーノが使用していた魔法は言うなれば『発展し過ぎた科学』。

 魔力素を集める器官……リンカーコアというものを持っている者を魔導師と呼び、集めた魔力をデバイスという“機械”を通して魔法という現象を起こす。

 要は人が電源となって装置(魔法)を動かしているようなものなのである。

 

 それでもまぁ、魔力素という世界に満ちているモノを共鳴させている訳であるから、発動させられる力を途轍もなく大きい。

 この十に満たない少女を見ればよく解る。何せ内包できる魔力の途轍もない大きさから戦闘機の機動力と巡洋艦クラスの火力を持ち合わせているのだから。

 

 ユーノが言うには、彼がいた世界でもここまで馬鹿魔力を持った人間は珍しいというのだが…それだけが救いか?

 

 「馬鹿魔力って……そんな言い方は無いと思うの!!」

 『い、いや、Aランク以上の魔力持ちって管理世界でも少ないんだよ?

  特に なのはその歳でA+かAAはあるんだからホントに珍しいんだからね?』

 「う゛~……」

 

 対して雷の方は術という概念から発達したものであるし、無自覚であるが魔力素を介して使用してはいるが本人の霊力が基本なのでどうしても話の共通点が減ってしまうのだ。

 物理から発達したようなものである魔導師と、オカルトから発達した退魔師なのだからしょうがないとも言えるのであるが。

 

 尤も、<鐘伽(しょうき)流>は魔導師のそれに共通する点も多いのであるが……

 

 「そ、それでお姉さんはどうしてここに?」

 「お?」

 

 言葉の意味はサッパリであったのだが、事が異世界技術の話であるので興味津々で聞いていた雷に、唐突になのはが問い掛けた。

 ぶっちゃけ少女が話を逸らしただけだが気にしてはいけない。

 まぁ、それ以前に雷は気にもして無いし。

 

 「いや 先程も申したが、我らはこの町を護るのが任でござる。

  一般衆生、民草に危機が訪れぬよう見回るのは当然でござろう?」

 

 人々の為に動くのは当たり前。

 

 何を言ってるのかという目でそう答える彼女を見、ユーノはようやく完全に警戒を解いた。

 

 何しろこの地にたどり着くまでの経緯(、、)によって彼も多少は警戒心を高めている。

 

 といっても、悲しいかなJSの暴走体は彼が思っていたよりもずっと強い。自分がやらなきゃと決めた途端に戦ったのであるが一体が限度。おまけに行動に支障が出るほどの傷を受けてしまった。

 

 なのはという協力者を得る事ができた今でも、魔法という存在がこの世界に無い以上は自分らだけで…という想いが固まっていたのだ。

 しかし雷が語ったものには、力ある者は力の無い者の為にだけに動くという理念が感じられる。

 ……まぁ、ちょっと変なヒト(?)ではあるけど、それでも人柄的には信用の置ける女性だと感じた。

 

 だからこそ警戒を解いたのである。

 

 「ふむ。しかし ゆーのが申す“じゅえるしーど”?

  そんな恐るべきモノが二十余りもこの世界に……ううむ」

 「見た目は大きなサファイアみたいな宝石で、中に数字が書いてあるの。

  あの、見たことありませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 「数字の書いてある さふぁいあ? でござるか?

  何でござるかそれは」

 

 一瞬、あの石の事かと思ったが少女と“ゆーの”が言うには全ての宝石には数字が書いてあるとの事。

 となるとあれ(、、)ではないだろう。

 あれには釘のような模様(、、、、、、、)はあったが、数字は書いてなかった。直にこの手で封印した時に目を皿にして見ていたのだから間違いない。

 

 となると別件であったか……?

 

 「……お姉さん?」

 

 ――と、いかんいかん。

 

 「ああ、申し訳ない。

  その力の厄介さに頭を痛めていただけでござるよ」

 

 只でさえ“じゅえるしーど”なる代物で難儀している二人に、同じような特性を持つあの殺生石モドキの話なんぞすれば更なる不安に駆られてしまう事だろう。

 よってこちらの事はこちらで始末をつけるとしよう。

 

 気遣い…というにはおこがましいが、主も自分も大人の部類。

 この身は設定された年恰好ではあっても、大人である事に違いはない。

 大人は子供の害となってはいけないのだ。

 

 「そう…ですか」 

 『……』

 

 取りあえずそう誤魔化したのであるが、その言葉を聞いて なのはは元より ゆーのが目に解るほどの落ち込みを見せた。何かしらの情報が掴めなかった為の落胆といったところか。

 

 それにしても、傍目からも解るほどその落ち込みの度合いは大きい。

 

 聞けば彼は部族で発掘を生業といていたそうで、件の宝石を発見したのも彼本人だそうだ。

 そしてそれを輸送中に何者かに襲われ、この地にばらまかれてしまった――と。

 その事に責任を感じているのだそうだ。

 あんなものを見つけさえしていなければと。

 

 ふむふむ成る程。

 それはまた難儀な話で……………………

 

 

 

 って、何故にそれで彼が悪い事になるのだ?

 

 

 

 「いや、いやいやいや、

  そなたが申すに襲撃されたのであろう? それでどうしてそなたが悪い事になるでござる?」

 『で、でも、

  僕があんなものを見つけなければ……』

 「でももラッキョもないでござる。

  そんな遺跡が無ければ良かった、そこにそんな宝石が無ければ良かったとか、

  突き詰めればそんな事をしている自分の部族が悪い、とかになるでござるよ?」

 「そうだよ。なのはもずっと言ってるでしょ?

  ユーノくんの言うとおりだったら、泥棒より盗られる家がある方が悪い事になるよって」

 

 おお、言いえて妙だ。

 歳若いが中々目の付け所が違う。

 

 それに こやつが一々こんな事で落ち込んだりすれば一生懸命に手伝っているこの少女(なのは)が馬鹿みたいではないか。

 自分ならば殴っているところだ。ぷんすか怒っている少女の気持ちも良く解る。

 

 『うん…ごめんね』

 

 そう言って頭を上げる小動物。

 何やら後ろ向きの思考を持っているようだが、こう身近で接してみればそれは責任感の強さなのだろうと感じられる。

 

 この獣がどのような動物世界の生き物であるか知る由も無いので当然ながらその年齢も不明であるが、聞こえてくる声音からすると男女の区別が付け辛い子供のそれ。

 恐らくこの少女と同年代くらいなのだろう。

 その歳でこれだけの責任感を持つとは中々感心できる話ではないか。

 

 ……まぁ、飽く迄も人間の歳に換算すれば、の話であるが。

 

 「ま、後悔なんぞする暇があるのなら、集める努力をした方がマシという事でござるよ。

  先程申した通り、拙者はこの町を守護する者。よって手を貸すのもまた至極当然の事。

  そなたらの捜査の網の目を縫う事もできるでござるよ」

 「そーだよ。なのはももっとがんばるから」

 『うん…うんっ

  ありがとう』

 

 二人がかりで励ますと、また顔を伏せてしまう ゆーの。

 何やら目が潤んでいる気がしないでもないが……まぁ、これは武士の情けというヤツで何も言うまい。

 相棒である少女が頭を撫でているし、自分は割り込む必要も無いだろう。

 

 「ま、詳しい話はまた後日行なうとしよう。

  何せもうこんな時間でござるよ」

 

 無粋とは思うが、何時までもこんな時間こんな場所にいるのもなんだ。

 主から頂いた便利な道具、腕時計を見せて現実に戻してやった。

 

 「ふぇ……?」

 

 と、いきなり突きつけられたモノを見てキョトンとする少女。

 この辺は歳相応の少女だなぁ と苦笑が湧いたのであるが……

 

 「あ、ああっっ!!??

  すっかり忘れてたの!!!!」

 

 どうやらこの時間はちょっと不味かったようだ。

 

 「ご、ごめんなさいお姉さん!!

  詳しい話はまた今度に……ほら、急ごうユーノくん!!!」

 『え?

  あ、でも、この次ってどぉおおおおおおおおおおおっっっ!!!???』

 

 びゅおおっっと風を巻くようにすっ飛んでゆく少女。

 尻尾をむんずと掴まれ、そのまま引っ張って行かれる ゆーの。いと哀れ也。

 

 考えてみれば子供は寝ていなければならぬ時間。

 今の世の常識は知らぬが、それでもこんなところはそんなに変わっていないだろうし。

 

 

 ――それにしても……思わぬ事態となったものだ。

 

 

 異世界から来訪した獣の術使い。

 そんな彼から奪われたという、例の魔石と似た特性を持つ魔法の宝石。

 そしてその獣によって見出された術師……いや、魔導師だったか。

 

 ふむ……

 何やらきな臭いものを感じなくもないが……状況は進みだしているようだ。

 

 無論、自分らがするべき事は変わらぬのであるが。

 

 

 「人の世を護るは我らが任。

 

  粉骨砕身の覚悟は不変也」

 

 

 なのだから――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……は、良いのだが……

  彼女らはどうやって拙者に連絡をするつもりだったのでござろう?」

 

 というか、二人の名前しか聞いておらぬではないか。

 

 いや、聞かなかったこちらにも非が無い訳ではないが、時間すら忘れて話を続け、あまつさえ符丁すら決めず立ち去るとはまだまだ修業が足りぬな。

 同じようなものを探しているのだから、縁があればまた会えるだろうがそれでも落ち着きの足りなさは如何ともし難い。

 

 まぁ、確かに時間も遅いし、両親にも要らぬ心配を掛けてしまうだろう。

 急ぎ帰る気持ちも解らんでもないのであるが……

 

 「そこらの補助は拙者らの責務でござろうなぁ」

 

 子供を守る事、そして導き支えるのは大人の使命なのだから。

 

 

 思わぬ事で情報を得た事により新展開を見せた此度(こたび)の怪異。

 最悪、我が主がお出ましになっていただかねばならぬやもしれぬ。

 

 その特異性と不可思議さ、そしてその重さに不甲斐無くも軽く身震いをしてしまう私であった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――って!! こんな時間!!??」

 

 

 少女らを諭したというのに、自分もスッカリ時間を忘れていた事に今更ながら気付き、すわ一大事と泡食って飛んで帰ったのであるが……

 

 

 「……遅かったな」

 

 「も、申し訳ござらん!!!」

 

 「心配したぞ」

 

 「はぅ…っ!?」

 

 「夕飯も冷めてしまった……」

 

 「平に、

  平に御容赦をーっっっ!!!!!」

 

 

 案の定、心配を掛け捲っていた。

 

 お陰で頭の中は真っ白け。

 何かしら伝えねばならぬ事柄があったやも知れぬが、詫び方を考えるのに必死で すこーんと頭から吹っ飛んでしまっていた。

 

 ま、まぁ、事情が事情なので仕方のない話であろう。ウン。多分きっと……

 

 

 

 

 く ぅ う う ~~~ っっっ

 

 こ、この雷、一生の不覚ぅうーっっっ!!!!!

 

 

 

 



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巻の壱拾参

 切腹騒動があった――

 

 

 いやイキナリ何言うの? と思われるだろーけど、あったものはしょうがない。

 

 誰が? なんで? どーして? と疑問も尽きないだろう。唐突だし。

 

 ……だけどまぁ、なんだ。

 起こるべくして起こったというか、オレが起しちゃったというか……想像付いちゃうだろうけど、ウン。雷なんだなぁ、コレが。

 

 

 「か、斯くなる上はこの腹かっ捌いて」

 「待て。何故そうなる」

 「止めてくださるな我が殿よっ」

 「餅…いや、落ち着け」

 「このうつけ者に御慈悲をーっっっ!!!」

 

 

 ……ウン。大変だった。

 

 オレの言いつけを守れなかった&心配をかけた&迷惑を掛けたというトリプル役満で心のキャパがハコテンになった彼女は、最終手段HARAKIRIに出たという事なんだネ。HAHAHA……勘弁してくれ……

 

 思い出してみれば、この娘の骨子が生まれた時は武家社会だった筈。

 自分の失態は主の恥となるので死んで詫びるのはそんなに珍しい事じゃなかったとは思う。

 いや、時代劇とかで見てた時はピンと来なかったけど、実際に身近で起こったらシャレにならない風習だった……肝冷えたっつーか、チビリそーだったヨ。

 

 あ、もちろん止めたよ? 当たり前だけど。

 今朝はもー落ち着いてくれてて、オレの横で一緒にご飯作ってるし。鮭焼いてくれてるし。

 片時も目を離さず、睨みつけるよーに切り身を凝視してるけどネ……

 

 そういうトコ見ても、真面目なのはいいけど、度が過ぎてるのが解る。いやいい娘ではあるんだけどね。踏み止まって欲しいのよ。ウン。

 どっちにしてもシャレにならんのだけどネ。

 

 あん時はホント大変だったなぁ……(遠い目)

 

 

 「やめろ。オレはそんな事を望んではいない」

 「な、なれど拙者は」

 「この程度の事で死を選ぶな。馬鹿者が」

 「殿……」

 「大体、お前はオレの式なのだろう? 違うのか?」

 「ち、違わないでござるよ!?

  拙者は殿の(モノ)でござる!!」

 

 「だったらオレが命じる筈もない事を勝手にするな。

  お前はオレの式なんだろう? オレが死を選ばせるような事を言うはずかないだろう。

  オレが主だというなら、オレに全て任せろ」

 「せ、拙者の全てを任せるでござるか……(ゴクリ)」

 「(ホっ 止まってくれた)だから安易に死を選ぶな。

  オレの式ならば……解るな?」

 

 「は…ははーッッ!! 肝に銘じるでござる!!

  拙者、雷は主である鈴木 太一郎様の(モノ)!!

  この身も心も殿のモノ故、その全てを殿にお任せし捧げ尽くすでござる!!」

 

 

 

 

 ……とまぁ、そんな感じに何とか踏み止まってくれた訳さ。

 テンパってたから会話内容はよく覚えてないんだけどネ。

 

 なんか致命的な失敗をかましたよーな気がしないでもないけど……

 

 「殿、鮭の焼き具合はこのくらいで宜しいでござるか?」

 「……うん。皮が丁度良く焦げているな。

  その皮の焦げが美味いんだ」

 「おお、そうでござったか」

 「流石は雷。優秀だ」

 「せ、世辞はよいでござるよ」

 「家事の覚えが早いのがその証拠だ。雷は良い嫁になれるな」

 

 「……っっ!!??」

 

 

 気の所為……だよネ?

 オレ、何も失敗なんかしてないよネ?

 

 

 おや? 雷の顔が赤い。

 風邪でもひいたのかな?

 

 

 

 

 

 

        -巻の壱拾参-

 

 

 

 

 

 

 ――あっ という間に時間が過ぎたけど、講義が終わった。

 

 ナニのんきに大学行ってんの!? と思われるかもしれないが、ウッカリ講義とってるんだからしょうがない。我ながら多過ぎかな~と思わなくもないんだけど今更だし

 

 昨日、雷が遅くなったのは実は騒動に巻き込まれていたから、というのは既に聞いてる。

 つーか言い訳混じりの上、矢継ぎ早だったからよく解んなかったんだけど、何とかシードという呪われた石がこの町に二十数個ばら撒かれたとの事。

 

 おいおい…最悪じゃないの。

 一昨日のあの石…猿の手モドキと同じ特性じゃん。

 

 で、異次元から呪いの白イタチがそれを追ってこの地に、女の子の姿をした白い大六天魔王と共にやって来た、と……

 

 もう何が何やら。

 

 奇天烈な話にも程がある。

 良くてホラ話。悪くて正気を失ったナニな人の戯言だ。

 

 アレ? SAN値無くなったの? 熱出た? と思わなくもないけど、泣きながらホントでござるーっと喚いていた雷の目にウソはない。と思う。多分。

 とすると、そのぶっとんだファンタジーストーリーはホントの話という事に……

 

 

 TS織田信長とその使い魔である伝説の白イタチのコンビか……

 現実って怖ぇ~……

 

 

 と、兎も角、そんな物騒過ぎるケダモノと御対面するのはゴメン蒙るし、何より可により自分じゃあ役者不足。

 そんな訳で雷は今日も探索に出てもらってるのさ。

 

 それに実際、ンなモンが後二十個もあるんだったら怖くってしょうがないしネ。

 危ないから止めたいけど、オレに口出す権利ないし。

 

 何せオレは戦う才能なんぞからっきし。

 

 とーさんにも、じーちゃんにも太鼓判押されたほどだし。

 何か嬉しそうに言われたのは傷付いたけどさ……

 

 だから仕方なく雷と…え~と、白イタチ&白魔王達? に任せるっきゃないのよネ。聞いただけでも強そーだし。

 あーヤレヤレ。

 

 え? 何もしないのかって?

 何するも何も……体が無意味に丈夫なだけのドン臭い男がしゃしゃり出てどーしろと?

 餅は餅屋。現場はプロに、だ。トーシロは引っ込んでた方が良いのだよ。

 

 だってオレ、技術も経験もないんだよ?

 例え何かしらの力を貰ったとしても邪魔にしかなんないし。

 ゲームやライトノベルの主人公みたく、イキナリ手に入れた力で無双なんて無理無理。

 力なんかあったって、技術も経験もなし使い切れる訳ないじゃん。

 

 

 そんな訳で、才能無しのオレは今日も大学行ってキッチリ講義受けてたのさ。 

 

 ただ帰り道はちょっと遠回りしてみたりしてるけど。

 べ、別に石が落ちてたら困るから一応探してるなんて事ないんだからね?!

 

 それでも近道はしないぞ? もうフラグは立てなくないしな。

 

 「いらっしゃいま……お、鈴木君か。

  久しぶりだね」

 

 「どうも、お久しぶりです。士郎さん」

 

 ウン。雷に任せっきりだからね。遠回りのついでにご褒美買って帰ろうと思ったのさ。

 

 ここ翠屋は一流ホテル並の本格ケーキデザートが楽しめるこの町のお勧めスポット。

 添加物無しの品も多いから、オレも超お勧め。常連とまでは行かないけど、贔屓にしてたりする。

 

 まぁ、恭也の実家だっつー訳もあるんだけどさ。

 

 

 ……え? フラグ乙?

 ケーキ買いに来ただけで何でそんなコト言われなきゃなんないの?

 

 

 

 

 

 

 

 カラン…とドアベルを鳴らして客が入ってきた。

 

 何時もの営業スマイルで出迎えたのだけど、入ってきたのは見知った顔。まぁ、だからと言って笑顔を消す相手でもない。

 営業ではないスマイルでもって出迎えるだけ。

 

 「どうも、お久しぶりです。士郎さん」

 

 切れ長の三白眼。

 うちの息子同様の、同じ年齢の若者のそれとはかけ離れた眼差しが、やや手入れを怠っている漆黒の髪の隙間から覗いている。

 

 長身であり、無駄肉も無駄な筋肉もない見事過ぎる肉体は、流石はあの鈴木の御大のお孫さんだと納得させられてしまう。

 その身体つきや身に纏っている氣質、そして感情を感じ難い表情が相俟って、初対面の人間なら誰しも圧倒されてしまうだろう。事実、息子の恭也も最初はかなり気圧されていたと聞くし。

 

 確かに気をつけてないと気付けないが、あらゆる所作に隙がみられない……いや、“無い”。

 

 しかしだからといって攻の気を漂わせている訳でもない。

 

 日常行動の全てが自然であり、極一般的なそれであるにも拘らず所作の全てに隙がないのだ。

 おまけにこちらの所作にも刹那の間も置かず対応できるよう適度に脱力しているのだから恐れ入る。

 あの爺さんにしてこの孫ありと思い知らされるではないか。

 

 といっても、家系的にもこの青年の人柄的にも警戒する必要は皆無なのだけど。

 

 「良いタイミングだったね。今日は良い豆はいってるよ」

 「……それは運が良い。

  マスターにお任せしよう」

 「はは 期待しておいてくれよ?」

 

 裏社会で恐れられている武闘流派に、永全不動八門というものがある。

 その一派に御神真刀流という剣術があるのだが、その中に剣速特化の派がある。

 自分はそれを修めており、恥ずかしながらそこそこ名が知られていたりする。

 

 主に何かしらの害悪から他を守る為に生まれた流派で、その性質上 重要人物の警護や犯罪組織の抑制なども任に含まれている。

 

 そしてその仕事の達成率の高さ故、当然のように裏社会でも恐れられたり憎まれたりしていた。

 何せ以前に本家が襲撃を受けるという事件も起こったくらいなのだ。

 まぁ、未遂で済んでい(、、、、、、、)るのだけど(、、、、、)

 

 集会の日を知られその本拠地の情報まで知られ、挙句 隠密に特化した筈の拠点に侵入までされている。

 となると、襲撃側も本気であるしそれなり以上の手勢でカチコミをかけてきたのだから、本当ならこちらもただでは済まないはずだった。

 あってはならない事だけど、自分らの能力に対する自信から生まれた油断もあったし虚を突かれたのだからそうあって然るべき…であったのだけど、相手に不幸だったのは襲撃事件の際に爆薬の除去やら襲撃者の対応やらを一手に引き受け、獅子奮迅の大活躍をした人物がたまたま(、、、、)混ざっていた(、、、、、、)事だろう。

 

 生きる伝説。

 ウチの本家の者の口をもって『剣神』,『大怪銃』等とまで称されている超人。

 

 その人物こそ、鐘伽(しょうき)弐武(にぶ)一刀流 右派の最強の使い手にして鈴木太一郎君の祖父、鈴木 猛。

 齢、七十を超えているというのに、体力持久力腕力集中力全てにおいてオレが勝てないバケモノ爺さんだ。

 

 何しろこの御老人、どんな武器でどんな数でどう戦っても当たらないわ効かないわ止まらないわ、挙句 目で追えないわ見えないわでムチャクチャなのである。

 仮に怪我したりしても寿司でも食ったら治るわっ とか言ってたし。何だかなぁ……

 

 

 ゆっくり挽いた豆を入れ、ポットのを少量注いで蒸らしてからまた湯を注ぎ入れる。 

 豆によっては量も温度も変えたりしているのは拘りだ。

 彼はその動作を興味深げにじっと見つめている。

 

 実のところ太一郎君は意外なほど料理が上手い。

 当然の様にコーヒーの淹れ方もだ。

 長期の休みに入った時なんかに手伝ってもらえてるからよく知っている。

 (きざし)さん…彼のお母さんがみっちり教えたとの事だけど……ホントに多芸な青年である。

 

 猛さんは彼の事を『歴代最低の才能なし』と言ってるけど、恭也と桃子によると怒ると途轍もなく怖いという。

 月村さんのところのゴダゴタに影から介入し、恭也ですら仕留め切れなかった刺客を、無傷で苦もなく一蹴して帰ったというし……

 

 それに――

 

 

 『子供を泣かせて、

  子供の痛みに耳を傾けず自分の事に掛かりきりか?

 

  大人がしなきゃならない痩せ我慢を子供に強いる奴に何が守れる!!!』

 

 

 ――怒り狂った時は相当怖いらしい。

 それを思い知らされたって二人して言ってたしなぁ……何気に嬉しそうだったけど。

 

 そんな彼をボンクラ扱いなんだから、あの一族の底は知れない。

 

 尤も、自分の孫を才能なしと言い、自分の息子を戦いの場で役に立たないと言っていたあの一家だけど……皆して嬉しげに言ってたのはどういう事なんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 もしオレに尻尾があったら音速で振られてる事だろう。だって超良い香りなんだもん。

 

 士郎さんの淹れてくれるコーヒーって美味いんだよね。

 生豆からキッチリ選んでローストしてくれてるしさー

 

 え? どれくらい美味いかって?

 このオレが とーさんの口利きでここの店手伝わせてもらっちゃった程。

 

 それにここって添加物ほとんど使わねーの。楽ったって楽たって。

 普通の店なら添加物で死ぬトコだけど、この店なら大丈夫なんだよネ。

 

 最近の人間の舌は添加物慣れし過ぎ出るから逆に使わないと物足りなく感じるらしい。

 だけどこの翠屋、桃子さんの腕がその足りない点をカバーし切ってるから大丈夫なのだ。

 

 実際、御昼時は満員御礼。

 士郎さんがイケメンだから目当てに来る人も多いんだけどネ……オレ? こんな怖がられ男がフロア担当になれる訳ないじゃない。仮に店内に出られたとしても良くて鬼瓦の代わりダヨ。HaHaHaHa………なんか悲しくなってきた。

 

 「どうかしたのかい?」

 

 そんなオレの前にコトリと置かれるソーサーに乗ったコーヒーカップ。

 それと……ガトーショコラか。甘さ抑え目の奴と見た。

 

 ううむ。コーヒーの深い香りとケーキの甘い香りが陰鬱さを吹っ飛ばしてくれたゾ。

 素晴らしい。ハラショーだ。

 我ながら単純な男だと思うけどネ……

 

 当然ながら砂糖とミルクは無し。

 コーヒー自体の香りと味わいをどうぞ、という事だな。流石は士郎さんだ。

 

 だけど……ん~? 何の豆か聞いてないなぁ。

 何だろ?

 

 色は黒のそれじゃなくて、おもいっきりダークなブラウン。

 つっても、淹れる人によっては色合い変わるから当てにならない。

 

 だから香りと味で……

 凄く香り高いけど、酸味はうすいなぁ。どっちかって言ったらマイルドに甘いつーか。

 

 つっても普通のモノだったら、こんなに楽しそうな目で淹れてくれる訳ないし。

 となると珍しい? 或いは手に入り辛いとか……

 んん゛~……?

 

 

 「ひょっとして……神山?」

 

 「おっ 流石だね。当たりだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 流石に鋭い舌をしているなぁ。

 

 神山(しんざん)。インドネシアの豆。

 酸味よりコクの方が深く、ファンもけっこういるけど残念ながらメジャーじゃない。

 芳醇な香りと飲み易さからコーヒー初心者にはお勧めなんだけどね。

 

 尤も、今はモカと同様にちょっとばかり手に入れ辛い。

 輸入面での衛生関係で問題が起きてちょっとややこしくなったからなぁ……不可能って訳じゃないけど。

 

 因みにこの豆のコーヒー、甘い菓子に合うからケーキに良い。

 

 だから太一郎君も舌鼓を打ってくれているのだろう。

 

 うん。何というか……背筋をピンと伸ばし、小さくケーキを分けて一口づつ口に運ぶ様は茶会の席にいる若武者のようだ。

 あのジジ…いや、猛さんの躾のお陰が、はたまた兆さんの教えか、何時もながら彼の食事作法は完璧だなぁ。この辺りだけでも美由希も見習って欲しいと思う。

 まぁ、ここまでできなくともいいんだけど。ホントに茶席みたいだし。

 

 一番良いのは美由希とくっ付いてくれる事なんだけど……そうなったら すずかちゃんとかが確実に怒るだろうなぁ。

 それは面白…いや、困るし。いや確かファリンさんもそんな空気を纏ってた気がする。成る程。そこに一石を投じるのもまた……イヤイヤ。

 

 等と取り止めも無い事を考えながらカップを拭き直してゆく。

 いや何せピークを過ぎた事もあって、洗い物も終えているからカウンターを磨くくらいしかやる事がない。

 

 要は暇だからそんな事ばかり考えてしまうんだろうけど。

 

 「あ……」

 「ん?」

 

 どこか楽しげにカップを傾けていた彼が、珍しく声を出した。

 

 「すみません。ケーキを三つ四つ見繕ってくれませんか?

  今日の目的はそれだったもので……」

 「おやおや」

 

 という事はコーヒーの香りに目的を忘れてくしまったという事かな?

 ふふふ 彼にしては珍しいけど、マスターとしては喜ばしいね。

 

 だけど……

 

 「個人用としてはちょっと多いね。

  誰かお客様かな?」

 

 猛さん達が海外に行ってから一人暮らし。

 人格性格的に全く問題のない人間である彼だけど誤解が多い為に人付き合いはうちの恭也より薄い。

 だから来客があるというだけでけっこう驚きだ。

 

 「いえ……

 

  同居人に食べさせてやりたいと思いまして」

 

 

 ……………え゛?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何だか知らないけど、妙に呆けた顔をした士郎さんに見送られつつ翠屋を後にした。

 ホント、なんだったんだろ?

 

 まぁ、いいや。

 想定していたよか時間掛かっちゃったけど、昨日よかマシだ。

 とっとと帰って冷蔵庫に入れとこう。

 

 因みに見繕ってもらったのはガトーショコラとフルーツタルト、モンブランにイチゴショート。

 色とりどりで見てるだけでも楽しくなってくる。

 オレも甘いもの嫌いじゃないしネ。

 単に食べられないものが多いだけなのよ。添加物的に……

 

 さてさて。

 昨日あれだけ説教した訳だからオレが遅くなる訳にはいかない。

 とっとと帰らなきゃ。ウン。

 

 もちろん、近道なんかやんないよ?

 『急いで帰ろうか。よし近道しよう』なんてフラグは踏まないゾ。

 

 それで昨日は遅くなったんだし。

 ……実は結果的に遠回りになっちゃって雷よりに三十分くらい早いだけだったのはナイショである。

 昨日の晩ご飯の下ごしらえ、朝の内に仕込みしておいてホントに良かった……

 

 

 兎も角、

 思わぬ時間をとってしまったのだから急いで帰らねばならない。

 

 そしでもって近道をするようなポカをしてはいけない。ぜってー遅くなるだろうし。近道をした方が遅くなるとはこれ如何に。

 となると、表通りを真っ直ぐ進み、家の近所まで小道に入らず歩いてゆくのが吉っっ

 

 だけど歩きまくりだヨ。行程考えただけで疲れるわ~

 自転車にでも乗ってくれば良かったか……あ、乗り潰してから買ってないんだっけ。

 それにどーせケーキひっくり返すオチがつくだろーしネ。ヤレヤレ。

 

 だが、伊達に負けフラグと失敗フラグを乱立させてはいない。

 無難無事に家にたどり着くルートと方法を見つけ出す事などお茶の子さいさいなのだよ。

 

 はっはっはっはっ……

 

 

 

 

 

 

 負けフラグだったよ おじーちゃん……

 

 

 

 「よろしいのですか?」

 「いいって。係わり合いになったら後が面倒くさい」

 「ですが……」

 「ですがもクソもねーよ。

  お前まで課長の胃に風穴開ける気か?

  あいつだよ、風芽丘の凶眼ってのは」

 「な……っっ!? あ、あいつがあの人喰い……」

 

 

 エラいこと言われてる気がするけどキニシナイっっ

 まさか職質受けるとは思わなかったアルよ。しくしくしく……

 

 結局遅くなっちゃったじゃないかーっっ なんぞこれーっ!!??

 

 不幸中の幸いっつーか、泣きっ面に蜂って気がしないでもないけど、警察のおにーさん達の中に知ってる刑事さん(主に職質…)がいたので早めに終わってくれはしたんだけど、それでもオレのハートは傷だらけ。

 背中に突き刺さる視線もイタイイタイ。

 

 泣いてはいないけど泣きの涙でその場を後にするオレだけど、ぜってー遠巻きに見てた人の中には勘違いかましてくださってる方もいらっしゃる筈。

 嗚呼、またしても七十五日我慢しなきゃいけないのか……慣れたけどネ。ふふふ……(涙)

 

 くすん…

 この大通りを真っ直ぐ進めばすぐ帰られる筈だったのに……

 

 大体、何で道路があんなになってんのーっ!!??

 

 

 

 どっかんと抉られた道路に、でっけードリルか何かにガリガリ削られたよーになってるビル。

 でっけーモグラかトレ○ーズが大暴れしたらこんな感じ? 勘弁してくれいっ

 

 いや、まぁ、心当たりが全くない訳じゃないけどさ。

 一昨日のアレとか、イロイロとね。

 知ってて嬉しい訳ないし、イヤ過ぎるけど。

 

 そー言えばテレビでなんかそーゆーコト言ってた気がしないでもないけどさぁ……

 

 食事中はテレビに集中しないよーに かーさんにキツク躾けられてるから話半分未満しか覚えてないんだよぉ。

 

 まー あーだこーだ言っても言い訳に過ぎないんだけどサ。

 ヤレヤレ……

 

 だけどこのままじゃあ間違いなく遅くなるから恰好つかない。

 昨日の今日でこれじゃあなぁ……

 

 兎も角、家に連絡入れとくかな。

 先に言っとけば心配なんか(あんまり)しなだろーしネ。

 

 え~と…………

 

 

 

 

 ……おや? 携帯が無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うん。馬鹿だった。

 

 つーか馬鹿だ。

 

 百歩譲って、普段使ってない不携帯電話状態だから持って行くのを忘れたのは由としよう。

 

 だから公衆電話を探し始めたのは仕方ないとしよう。

 

 だけど……

 あそこら辺にあったはずだと確信して裏通りに潜り込み、ウッカリ道に迷うってどーよ!!??

 

 あんぎゃあーっっ!! 結局 遅くなった上、更に迷子やないかい!!!

 昨晩怒った手前立場無いやないかーっっ!!!

 ここどこやねーん!!?? つか、なんで関西弁になっとんじゃーっっ!!??

 

 ぜぇぜぇ……

 

 見渡すも周囲にあるのは薄暗い道路と茂みくらい。

 既に知ってる角なんかありゃしない。

 

 つーか、ここに住んで十年以上になるのに知らない通りがあるってどーよ!?

 

 こんなにチョー簡単に道に迷っちゃうだなんて……

 うう… 一般社会人になれる日は遠いのぉ……

 

 と、兎も角、お家に帰るor電話連絡をいれるかしなければ。

 ムズいけどネ。

 

 何せオレは方向音痴。ナメてはいけない。

 

 方向音痴の最大の難点は、頭の中で鳥瞰図が描き辛い事が挙げられる。

 要は、道と道の繋がりを想像し難いのだよ。方向音痴じゃない人には理解し辛いかもしんないけどネ。

 だから道を覚えるのは風景のみ。知ってる看板やら光景やらを点として覚えて、それを繋げて移動するのだよ。

 

 つまりネ、知らない風景の中に来たらどーしよーもないの。

 

 せ、せめて誰かが通りかかったら道聞くのにぃーっっっ

 

 え? いや、いくらオレだって道くらい聞けるぞ?

 モシモシ、誰カイマセンカ…? じゃなかった、大通りに出るにはどう進めばよいですか? って。

 

 幾ら目つき悪かろーと、声が低かろーと、夜道ならよく見えないから難とでも誤魔化せる。はず!! 多分。きっと。

 

 ……デイバックを背負い、片手にケーキの箱をもった目つき悪ぃ男に夜道で道聞かれる……

 う゛、う゛~む……

 

 い、いやいや、やる前から恐れてどうする!!

 後悔先に立たずジャマイカ!!

 

 男は度胸だ!!

 現に士郎さんもそうだし、ゼミの連中も解ってくれてるじゃないか。

 だから多分きっと、イキナリ怯えられたりしないでいてくれる人だっていてくれるに違いない。

 

 第一印象は知んないけどさ……

 

 え、ええいっっ ポジティブだ!! 前向きに考えるんだ!!

 例え怯えられても聞かぬは一生の恥じゃないか。聞いて一時の恥は掻き捨てれば……

 

 

 『……?』

 

 

 と、自分で自分を鼓舞してるのやら落ち込ませているのやら判断が難しい事をしつつトボトボと歩いていたオレの背に誰かが声を飛ばしてきた。

 

 何と先手を打たれた?! これは負けか!?

 じゃない、声を掛けてくれたって事じゃないか! お人好しキタ! これで勝つるっ

 

 正直な話、何だかんだで諦め入りかかってたしから喜びも一入っ

 何とも嬉しい話じゃないの。話しかけられるのはかなり珍しい(涙)からネ。

 職質は多いけどな!!

 

 『……モ…モシ』

 

 あーハイハイ。

 ありがとう、優しい人。

 

 実はですねぇ……

 

 

 

 

 

 

 そう振り返ったオレの前に――

 

 

 

 『モシモシ 誰カイマセンカ?』

 

 

 

 体長二メートルはあるだろう、緑の体の憎いアンチクショウがいやがった。

 

 

 

 

 『バラバラ ニシテ喰ッテヤル!!』

 

 

 

 

 あんぎゃあーっっっ!!??

 

 

 なじぇにSuper Mutantぉーっっ!!??

 

 

 

 

 

 




 てな訳で、“向こう”での掲載分を全て移動させました。
 お付き合い、ありがとうございます。

 次からは新規ですw いやぁ、長いブランクでした。

 兎も角、他のも移動させようと思いますのでもうちょっとお待ちください。
 今日はもう寝ます(リアル時間、PM 21:11)。
 ではまた……


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