fate/stay night ~no life king~ (おかえり伯爵)
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運命、宿命、必然

闇が、ただ闇だけが支配する夜の世界は月の存在すら容認することなく黒一色に染まっている。その中に一人の少女はかすかに笑みを浮かべて闇を見つめる。一歩また一歩と足を進めるたびに闇は少女を避けるようにだが逃すまいと周りを埋め尽くす。ふと長く黒い艶やかな髪が風によって揺れると立ち止まってやはり微かな笑みを浮かべて靴のつま先で地を叩く。すると波紋が広がるように闇は晴れて行き、空には神々しく輝く月が雲を貫き現れた。月の明かりに照らされた服の上からでも分かる豊かな肢体、誰もが羨む年齢離れした美貌。その貌が僅かに歪み目を細める。視界には満天の月。

 

「そうですか・・・始まるんですね、やっぱり」

 

少女の独り言は誰に聞かれるわけでもない。虚へと消えるばかりである。だが、少女は満足気に頷き止めていた足を再び動かして道を歩く。月明かりに照らされるアスファルトに引かれた白線。それに沿って真っ直ぐ帰路を急ぐ。

 

「--」

 

「ええ、私も参加しますよーー聖杯戦争に」

 

鞄を両手に持ち直してくるっと一周回り髪を靡かせる。これから始まる出来事が楽しみで仕方が無いと言わんばかりに。無論依然として少女の会話相手の姿は無い。しかし街燈に彩られた坂を上り始めた頃にそれは徐々に闇より這い出る。紅い帽子、紅いコート、黒いパンツ。サングラスの奥には真紅の瞳。人間ではない本物の化け物ーー吸血鬼アーカードが尖った犬歯を剥き出しにして嗤う。

 

「貴方にも手伝って頂きますからそのつもりでお願いしますね」

 

「承認した。だが私は問わねばならない。何故意味も無く闘争の中へ飛び込もうとするのかを」

 

「解っているのにわざわざ訊く癖を直してくださいね、まったく。もちろんこの手の甲に令呪を授かったからですよ」

 

「令呪の出現と参加はイコールではないはずだが?」

 

「ええ、でも許せないんです。あんな物のせいで私も雁夜さんも幸せだった日々を失ったんですから」

 

「復讐か?」

 

男のその言葉に少女は口を閉ざす。復讐は10年前に為されたはずだった。理解はしている。だというのに少女の中では未だ消えぬ傷として残っていた。

 

「それも・・・ありますがそれだけではありません。私はーーこんなくだらない戦いを終わらせたいんです」

 

「ほう・・・つまり聖杯を破壊すると?」

 

「はい。聖杯を壊してようやく私は私の復讐を本当の意味で終わらせることができると思います」

 

聖杯戦争。

数十年に一度ここ冬木市で行われる儀式。ルールは簡単。聖杯を求める七人のマスターと呼ばれる魔術師達が七騎のサーヴァントを呼び出し殺し合う。サーヴァントとは過去未来現在に存在していた、あるいは存在していたかもしれない英霊たちのこと。その彼ら彼女らをそのまま呼び出すことは不可能である為魔術師たちはクラスという枠に嵌めて使い魔として召喚する。クラスは、セイバー、ランサー、アーチャー、ライダー、キャスター、バーサーカー、アサシンの七つ存在する。これらを使役し最後の一人となった者が聖杯を手にし願いを叶えることができる。

 

そしてこれらの仕組みを作り上げたのが遠坂、マキリ、アインツベルンの御三家。少女はその御三家の遠坂で産まれその後マキリ(現在では間桐)に養子として引き取られた。少女の不幸はそこから始まった。養子として引き取られた少女に待っていたのは語るのもおぞましい虐待あるいは調教の日々。女性として人間としての尊厳を踏みにじられ心身共に崩壊を続けた。泣くことも許されない暗闇の世界が終わったのは皮肉にも前回の第4次聖杯戦争が開始されてからだった。当時彼女の養叔父にあたる間桐雁夜は間桐に引き取られた少女を助けるために己を犠牲にサーヴァントを召喚した。その後少女は養叔父から令呪を受け取り闘争の世界へと身を投じた。

 

あれから10年。再び少女ーー間桐桜は身の丈に合わない願いを求める者たちの欲望によって平穏を失おうとしている。

 

「でも今回の聖杯戦争はちょっと楽しみなんですよ。だって姉さんが参加するんですから」

 

「ああ、あのうっかりツインテールか。なるほど確かにあの人間(ヒューマン)は面白い。私を見たときのあのマヌケ面は婦警のようだった」

 

「ふふふ、そうですね。・・・あ、もう家に着いちゃいましたね、」

 

桜がそういったときには既にアーカードは傍には居らず、桜も気に留めず玄関のドアを開ける。洋風な造りの内外装のこの邸宅は薄気味悪い雰囲気を出しつつも富裕層の家であることを感じさせる造りになっている。

 

「ただいま帰りました」

 

桜が少し大きめな声で言うと奥の部屋から一人の男性がエプロン姿で迎えた。間桐雁夜。自己犠牲の末に髪は白く顔は醜く歪んでしまっていたが10年前に吸血鬼化し姿を取り戻した。吸血鬼にしては珍しく吸血衝動があまり強くないので定期的に桜の血液を貰って衝動を抑えている。忌まわしき吸血蟲を始末した後家の権利を放棄して海外へと逃亡した兄に代わって家を相続し、現在はこの家の主である。

 

 

手に御玉を持っているので料理中なのだろう。似合わないピンクのエプロンの中心には赤色のハートマークが描かれハートマークの中に桜と雁夜の名前が刺繍されている。ほうれい線がクッキリと見える顔だが表情は柔らかい。

 

「お帰り桜。今ご飯作ってるから着替えておいで」

 

「はい。後で手伝いにいきますね」

 

「はははっ、大丈夫だよ。結構慣れてきたからねーーうわっ煙が!!」

 

慌てて部屋の中へ戻っていった雁夜。桜は口元を隠して笑った。先ほどまでとは違う花が開いたような本当の笑顔。

 

ーーああ、幸せだなぁ。

 

聖杯戦争の影響か桜と雁夜の二人は互いを意識するようになり10年の同棲の結果晴れて結婚を果たした。とはいえ二人は書類上親族になる為、彼女の先輩の養母に頼んで別の戸籍を用意するなど手間取ったのは言うまでもない。式こそまだだが桜が学校を卒業したその暁には式を挙げることを約束している。結ばれてからそれほど時が経っていないのに初々しさがあまり見られないのは10年間の同棲生活の賜物か。

 

桜は自室に戻ると制服を脱ぎ全身が写る大きな鏡の前で下着だけの状態で己の全身を見つめる。とある奇跡によって戻った自身の肉体。桜は手を体に這わせて感触を確かめる。手は胸の中心で止まり心臓の鼓動が伝わってくる。

 

ーー生きてる。

 

生きているのが辛いと思考をやめたあの頃を思い出すことはもはやない。過去に囚われて今を大切にしない生き方など今の桜には許容できるはずがない。桜は胸の前で手をぎゅっと握り締めてキリッと顔を引き締める。

 

ーー私は許さない。だから全部終わらせて雁夜さんと一緒に始めるんだ。

 

普段着に着替えて雁夜の待つ部屋に向かう。桜の背後にはアーカードの姿があった。

 

「どうしたんですか、アーカード?」

 

「今、アーチャーのサーヴァントが召喚された。名はヘラクレス。ギリシャの大英雄だ」

 

「ヘラクレス・・・ですか。アインツベルンも恐ろしいものを呼び出すものですね。解りましたやはりサーヴァントを召喚するしかないみたいですね」

 

「ヘラクレスは半神半人のギリシャの大英雄。しかも化け物退治の伝説を持つ正真正銘の戦士だ。私と言えどもどうなるかは分からない。それが懸命な判断だ」

 

「貴方に毎日輸血パックで我慢してもらっているのは申し訳なく思っています」

 

「勘違いするな皮肉で言ったわけではない。私は時間まで眠る。残り僅かだが普通の生活を楽しむと良い」

 

「はい」

 

桜はドアを開けて部屋に入る。テーブルの上には頑張って作ったであろう男料理がずらりと並べられていた。チャーハン、焼きそば、お好み焼き、ナポリタン、野菜炒めなどなど。一品一品は量が少ないがとにかく種類が多い。そしてそのほとんどが炭水化物なのでどれか一つで良かったと桜は内心ため息をつく。不満ではないがこの量をどうやって消費するつもりなのか。

 

「楽しくてつい作りすぎちゃったよ。残ったら明日の弁当にでもしよう」

 

照れる雁夜。

 

ーーああ、やっぱりこの人を選んでよかった。

 

口を開けば夫の惚気話。桜の所属している弓道部の主将の言葉である。

 

二人揃って頂きますと手を合わせる。テレビの無いこの部屋では二人の声を遮るものはない。会話を切り出すのはいつも決まって桜からだ。主に学校での話がメインで雁夜は相槌をするだけだが二人の間には確かな絆が垣間見える。桜が一通り話し終え、洗いものを済ませたところで雁夜は意を決して胸のうちを打ち明けた。

 

「俺はもう桜ちゃんに戦って欲しくない。・・・逃げないか?」

 

「・・・」

 

「桜ちゃんだって戦いたくなんてないんだろう?聖杯なんてもの俺たちには必要ないんだ。令呪は監督役に渡して離脱しよう」

 

「ごめんなさい雁夜さん。私は終わらせなくちゃならないんです。でないと私はーー」

 

「考え直してはくれないんだね?」

 

「・・・ごめんなさい」

 

桜の体は小刻みに震えている。桜とて雁夜の言い分が正しいことくらい理解している。実際そうしようとも考えた。しかし、聖杯が存在している限り桜が巻き込まれないとも限らない。彼女は御三家の一人であり令呪は御三家に優先的に配られてしまうのだから。ここで憂いを経たなければ子孫達が巻き込まれてしまう可能性もある。桜にとってそれは許せない。親の過ちでこどもが不幸になって良いはずがない。

 

桜の気持ちを知っている雁夜からすれば逃げようというのは苦痛の選択だ。幸せな今を護るために逃げ出し未来に怯えるか、それとも未来を取るために今危険を冒すか。雁夜個人としては桜に幸せになって欲しい、それだけだ。故に逃げ出したい気持ちのほうが勝っている。だが、桜が戦うと決心している。ならば雁夜の行動は唯一つ。

 

「ふぅ、桜ちゃんの度胸には敵わないな。オーケー、一緒に戦おう。これでも一応吸血鬼になったんだから桜ちゃんの盾くらいにはなれる」

 

「雁夜おじさん・・・ありがとう」

 

桜の頬に涙がそっと零れ落ちる。桜が見上げると雁夜の瞳から大粒の涙が止め処なく流れ落ちていた。吸血鬼と訊けば大抵の人が化け物と呼ぶだろう。人類を超越した五感に加えて人を簡単に貫ける腕力。血を吸い命とし一度殺した程度では死なぬ耐久力。蝙蝠に姿を変えさらには液状になることさえ可能な変身能力。どれを取っても人類では到達できない境地だ。だからこそ人はそれを恐れ化け物と呼ぶ。だが桜にとって化け物とは誰よりも純粋で犯しがたいモノである。人でいることに耐え切れなかったあまりに可愛そうで美しいモノ。

 

長い抱擁が終わり二人は見つめあう。すると時間を知らせる時計の音が鳴り響く。自然と二人の距離は離れていく。

 

ーー終わってしまった。

 

「鳴っちゃったか」

 

「・・・はい」

 

距離の離れた二人の間にゆらりとアーカードが割り込む。

 

「時間だ。召喚の儀式を始めるぞ」

 

「行きましょう雁夜さん」

 

「ああ」

 

先ほどまでの甘い空気が一変、張り詰めた空気へ。部屋を出て扉を開け階段を下りていくと大きな空間へとたどり着く。中央には大きな魔方陣。血で描かれたそれは暗い空間の中でも異彩を放っている。桜は魔方陣の前に立つと大きく息を吸う。そして様々な思いと共に吐き出す。

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には我が大師シュバインオーグ。

  降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

魔方陣は徐々に光を放ち始める。妖しげに光る魔方陣をアーカードは喜悦の表情で眺める。雁夜は過去の自身を思い浮かべているのか表情は硬い。

 

「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。

  繰り返すつどに五度。

  ただ、満たされる刻を破却する」

 

桜は願う。

 

「――――告げる。

  汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

  聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

二人を引き裂くモノを排除する力をーーと。

 

「誓いを此処に。

  我は常世総ての善と成る者、

  我は常世総ての悪を敷く者。

 

  されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――。

 

  汝三大の言霊を纏う七天」

 

あらゆるモノに屈さぬ絶対的な力をーーと。

 

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

視界を埋め尽くす刹那の閃光。奪われた視界を取り戻すとそこには頭(こうべ)を垂れる黒い甲冑の無精ひげを生やした男。腰には身の丈ほどの大剣(クレイモア)を携え、マントが重力に従って地へ落ちる。

 

「貴方が・・・私の召喚したサーヴァントですか?・・・でもアーカードの気配が貴方からします」

 

「ふ・・・ふふふっ。フハハハハハハハハッ!!なるほど、よほど聖杯は私のことがお気に入りらしい」

 

「その声・・・まさか」

 

「その通りだ桜。サーヴァント、バーサーカー。契約に応じ参上した。問おう、お前が私のマスターか?」

 

必然と偶然は繰り返す。時を越え世界を越えて主従は2度目の戦争へと身を投じる。

 

その先にあるのが例え望まぬものであったとしてもーー。

 

 

 

 

 

 

某所。

 

「始まる・・・始まるぞっ!!」

 

「何が始まるんです?」

 

「戦争だよ。戦争が始まるっ!!」

 

「はぁ・・・どこでですか?最近の各国の動きは把握していますが戦争をするなんて情報はありませんでしたが」

 

「まぁ観たまえ。・・・シュレディンガー准尉、ずれてるから直して。うんうんそれで良い」

 

「観たことのない場所ですね。・・・シュレディンガー准尉、そこはどこかね?」

 

「はぁーい。現在冬木市のとあるビルの上から実況していまーす」

 

「冬木市?・・・で、ここで戦争が?特に兵器らしき物もなさそうな場所ですが」

 

「この戦争には参加資格が必要なのだよ。残念ながら人間である私にはその資格がないのだがね」

 

「化け物たちの戦争というわけですか」

 

「そう、化け物どもの戦争だよ。そしてモニターの向こうの世界にアイツがーーアーカードがいる」

 

「えっ!!どうやって!?」

 

「化け物に理論や理屈は通用しない。ただそこにあるのだ」

 

「やっぱり、欲しいなアーカード」

 

「何か言ったかね?」

 

「いえ」

 

「世界が変わろうともお前は死を呼ぶのだろう。私はこちらで待っているぞアーカード。例え既に私との戦争を終えていようとも必ず私はお前とやりあう。必ずな」

 

某所 終了。

 

 




諸君、私は伝えにきたぞ
桜ルートが映画化することを
諸君、私と志を同じくする精鋭諸君
私は帰ってきたぞ
この懐かしき戦場に
ならばすることは一つ
愛も憎しみも喜びも哀しみも全てを飲み込む混沌を
一心不乱な桜ルートを!!
さぁ、地獄(二次創作)を創るぞ


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再会

召喚の儀式を終え一同はリビングへと場所を移した。アーカードは甲冑からいつもの紅いコートへと服装を戻し、優雅に椅子へと腰掛ける。その様はどこか高貴さを感じさせる。雁夜は困惑気味ではあるが警戒することなくアーカードの向かいの席に腰掛けた。桜は雁夜の隣に座った。どう切り出すべきかと考える雁夜を尻目に桜は取り合えず確認の意味合いも込めて問いかける。

 

「えっと、私たちの知っているアーカードで良いんですよね?」

 

「ああ。間違いなく私はお前が知っている吸血鬼だ」

 

アーカードは肘掛に肘を乗せて頬杖にして組んでいた足を組みかえる。前髪の隙間から覗く紅い眼が桜を捕らえる。

 

「でも私はサーヴァントを召喚したはずです。貴方がアーカードなら私が呼び出したサーヴァントはどこへ行ってしまったんですか?」

 

「お前は私を無意識の内に触媒とし私を召喚した。従って紛れも無く私はお前が今回召喚したサーヴァントだ。しかし向こうの世界での私の時が随分と進んでいるようだ。お陰で私の命のストックは前回の聖杯戦争の頃

のそれを上回っている」

 

「理屈は分かりましたが・・・それだと貴方が二人存在してしまいます」

 

「同一の存在が二つもあれば世界の歪みは許容できる範囲を超えてしまう。故に私という殻に中身を流し込んだようだ。知らないはずの記憶まで流れ込んでいるがな」

 

アーカードを別の何かで例えるならばそれは国。命を際限なく溜め込むその城そのものがアーカードであり、城内の命もまたアーカードなのだ。だからこそ城を媒介にサーヴァントを召喚すれば当然城内の命が召喚される。

 

これを聴いた桜と雁夜は開いた口が塞がらない。この吸血鬼を殺せるモノなどこの世界にありえるのか。ようやく数えるほどになったアーカードの命が万、億かそれ以上になってしまった。もはや神の悪戯があったと言われても納得してしまう。

 

「ほんと何でもありだな聖杯は。・・・まてよ。戻ったのは命だけか?」

 

「フッ気が付いたか。宝具も元に戻っている」

 

「ってことはーー」

 

「来い婦警。いやセラス・ヴィクトリア」

 

アーカードと桜たちの間に円状の光が現われ円で囲われた中央から金色の髪がおっかなびっくり姿を見せた。次に紅い瞳、紅い服、最後に茶色の長い革靴。10年前に消失したアーカードの片割れが舞い戻った。

 

「遅いぞセラス」

 

「すみませんマスター。少し大変だったもので」

 

元人間現吸血鬼(ドラキュリーナ)である彼女は人間だった頃の癖が抜けないのか後頭部に手を当てて軽く会釈をするセラス。

 

「ふ、けいさん?」

 

「ただいま戻りました我が主桜。・・・あれ、なんか凄く成長してませんか?」

 

可愛らしく首をひねるセラスに桜は思わず笑みが、涙と一緒に零れ落ちる。ずっと後悔していた。10年前にセイバーの足止めなど頼まなければ彼女は消えずに済んだ。

 

「ええぇぇっ!!な、泣かないでください。マスター、なんで笑ってるんですかっ!?」

 

「やはりお前など婦警で十分だ」

 

「酷いっ!!」

 

いつしかこの場にいる皆が声を上げて笑いだした。まるで今までずっと共に過ごして来たかのように。

 

「吸血鬼(ドラキュリーナ)になってしまったんですね婦警さん」

 

「・・・はい」

 

桜の視線の先にはセラスの左腕。セラスの左腕は形を成しておらずユラユラと蠢く。瞳もサファイアブルーからルビーレッドに変わってしまっている。雰囲気も昔と比べ落ち着いている。彼女が元の世界で体験したであろう過酷な日々を想像して桜は内心落ち込んでいた。助けられるばかりで助けられない自分に自己嫌悪しつつ、努めて笑顔を絶やさない。桜にはそれしか出来ない。その様子を察してかセラスの左腕が桜の髪を撫でる。当の本人はしまったと慌てて腕を引っ込めた。

 

『おいおい、せっかくの美人さんが貼り付けた笑顔を見せるなんてもったいないねぇ』

 

「今、男性の声がーー」

 

音の発信源はセラスの左腕。腕からほのかにタバコの香りが漂い、セラスは苦笑する。

 

「勝手に腕を動かさないでください隊長!!・・・紹介します。こちらベルナドット隊長です。えっと・・・以上です」

 

『おいおい嬢ちゃん。そりゃないぜ。ごほんっ。俺はベルナドット。元傭兵で今は嬢ちゃんの相談役ってとこだな。美しいレディに会えてうれしいぜ』

 

「は、はぁ・・・。こちらこそよろしくお願いします」

 

「腕が喋った・・・俺もあんなことできるのか」

 

「あのぉ、私の時と態度が違いません?」

 

『当然だろ?嬢ちゃんは嬢ちゃんでレディはレディだ』

 

仲良く喧嘩するセラスとその腕。完全におかしなシーンだが本人たちは至って真面目だ。喧嘩をするほど仲が良いとはこのことかと桜は隣の雁夜の肩に頭を乗せて目を閉じる。雁夜はそっと桜の髪を撫でて彼らを見る。吸血鬼と人間の共存は可能か否か。その答えの一例が目の前にある。互いに触れ合えなくても幸せそうな二人。心で繋がる二人が羨ましく、切ない。

 

「雁夜さん。二人で探していきましょう」

 

「そう、だな」

 

『おーっとそうだそうだ。これから戦争するんだったな。んで、相手の情報とかもうわかってるんですかい?』

 

「露骨に話を逸らしましたね・・・」

 

「今のところはアインツベルンがヘラクレスをアーチャーとして召喚したという情報しか」

 

『ヘラクレスってあの?あちゃあ、こりゃ面倒なこって』

 

サーヴァントは召喚される際に予め召喚される時代の知識を聖杯から与えられる。セラスとベルナドットはアーカードの宝具として召喚されたが知識は同様に与えられている。その知識から解るのは絶望の一言に尽きる。

 

サーヴァントの宝具は英雄たちが持っていた或いは生前に為したとされるものを再現するもの。アーサー王のエクスカリバーがその良い例で、その数はサーヴァントによって変化する。ヘラクレスは数々の偉業を成し遂げた半神半人の大英雄である。必然、彼の持つ宝具は複数になる。

 

また、サーヴァントは呼び出される地の知名度や認知度にステータスを左右されるがヘラクレスはこの冬木では知らぬものの方が少ない。つまり最高補正の可能性が高い。

 

「最低でもヒュドラの毒矢、馬鹿げた身体能力、ネメアの獅子の衣は宝具として持っている可能性が高い」

 

「えっとぉ、ケルベロスとかは・・・?」

 

『嬢ちゃん・・・。ケルベロスを使うならライダーのクラスだろ』

 

「あっ、そうですね」

 

「やはりマスターを狙っていくのが無難、か」

 

マスターからの魔力供給がなければ霊体のサーヴァントは限界し続けられない。サーヴァントで劣っているならば供給源を断つしかない。

 

「それは・・・最後の手段にします。まだ相手の情報がはっきりと掴めていませんから。それにアーチャーなら単独行動のランクによってはマスターなしでも戦えますからね」

 

サーヴァントにはそれぞれクラススキルが付加される。セイバーなら対魔力と騎乗。ランサーなら対魔力。アーチャーなら対魔力と単独行動。ライダーなら対魔力と騎乗。キャスターなら陣地作成と道具作成。アサシンなら気配遮断。バーサーカーなら狂化。これらは召喚されたサーヴァントが精通しているかどうかでランクが変わる。

 

アーチャーの単独行動スキルはランクが高いものであればマスターなしでも聖杯戦争中は限界できる場合もあるため迂闊にマスター狙いをすると別のマスターと契約して2対1になりかねない。

 

「アーカードの使い魔たちも全て潰されてしまいましたし」

 

「あの巨体であの機動力。神を肯定した化け物なだけはある」

 

「神を否定した貴方が言うと説得力がありますね」

 

全騎が揃ってから聖杯戦争を始めるのでは遅い。始まる前に可能な限りマスターやサーヴァントについて調べ上げ対策を練ってこそ相手の一歩先を行ける。物理的な戦いではなく情報戦。聖杯戦争は既に始まっている。

 

「取り合えず今日はこれでお開きにしましょう。明日は学校もありますし」

 

「そうだな・・・って、学校には凛ちゃんがいるけど大丈夫なのか?」

 

「姉さんなら問題ありません。直接命を狙うほど堕ちてはいないはずですから」

 

「でも心配だなぁ」

 

「あ、なら私がいきます!!」

 

「婦警さん、おねがいしますね」

 

「お任せを!!」

 

『レディのエスコートなら任せな』

 

軽口を叩き合う二人に部屋を用意して雁夜と桜は寝室のベッドの上に体を預ける。互いに会話はないが握った手は離れることはない。温もりと優しさが手のひらから腕へ心臓へ伝わり鼓動が早まる。

 

ーーこの優しい愛おしい手だけは離さない。

 

 

 

 

某所。

 

 

赤色と茶色の混じった短髪の少年がゆっくりと扉を開く。正面には十字架。十字架の前には大勢の信徒達が静寂を聖歌に祈りを捧げている。胸の十字架を握り締める者、両手を合わせて祈る者。彼らに共通するのは神への祈り。少年が扉を開けた音すらこの静寂を乱すものではないのは少年も知っている様で迷わず十字架へと向かう。少年は信徒たちの祈りの間を確かな足取りで進み主祭壇に立つ神父の前で足を止めた。神父は主祭壇から少年を見つめてーー嗤った。

 

「ほう、どうやら準備が整ったようだな」

 

「はい、先生。今回も短い滞在になってしまいましたが、良い経験になりました」

 

「吸血鬼狩りを良い経験になったという輩はここに集まった馬鹿どもだけだと思っていたが・・・お前も馬鹿やろうだったわけだ」

 

「そこまで言わなくても良いじゃないですか・・・」

 

「わざわざ死にに行くやつを馬鹿と呼ばずしてなんと言う?」

 

神父は主祭壇から降りて少年の前に立つ。二人の距離は僅か数十センチ。神父の丸眼鏡が妖しく光を反射する。刈り上げた金髪に浅黒い肌。戦士を思わせる岩のような肉体。その場にいる信徒達が息を呑む光景。しかし、少年の表情は緊張も恐れも感じさせない。

 

「せ、先生・・・近いんですけど」

 

「ぷ・・・ぷははははははっ!!これは素晴らしいっ!!我らイスカリオテを前にしてこの豪胆ぶり!!無信教の島国には惜しい男だ!!」

 

「いや、まぁ神様を否定するわけじゃないですけど・・・俺には目標があるので」

 

「目標ーー正義の味方だったか。寄る辺の無い正義を振りかざしてお前は一体どこを目指す?」

 

神父の問いかけに少年は凛とした面持ちで答える。

 

「恒久的世界平和です。俺は親父の目指したものを叶えてやりたい、いや叶えないといけないんです。だから行ってきますーー冬木へ」

 

決意を語る少年に差し込むステンドグラスを通した光。神話の英雄たちが神託を受けた時のような絵になる光景に神父は息を漏らす。そして懐から黒い箱を取り出して放り投げる。箱は少年の手の中に納まり、少年が見上げると神父は既に背を向けていた。

 

「餞別だもっていけ」

 

「・・・ありがとうございます」

 

少年は一礼して背を向ける。扉の閉まった音がした頃に神父はポツリと呟いた。

 

「死しても尚残存する呪いか・・・。迷える子羊に救いをーーエイメン」

 

 

某所終了。

 

 

 

聖杯戦争。

現在の参加者2名。

候補4名。

正義の味方見習い1名。

戦いの狼煙はまだ上がらない。

 

 

サーヴァント紹介

 

 

 

name アーカード(ヴラド・ツェペシュ、ヴラド・ドラキュラ)

クラス バーサーカー

筋力B+ 魔力E 耐久D 幸運E 敏捷B+ 宝具D+~EX

 

宝具

 

454カスールカスタムオートマチック ランクD+ 吸血鬼に対しては補正

 

13mm拳銃ジャッカル ランクC+ 吸血鬼に対しては補正

 

セラス・ヴィクトリア(覚醒ver)ランクA++ セラス・ヴィクトリアを単独行動スキルA+保有の状態で召喚できる。またセラス保有の武器も再現される。

 

拘束術式開放第1~3号 ランクC~A ほぼありとあらゆる姿に変形変身できる。幻想種などは不可

 

拘束術式開放第零号(死の河) ランクEX 全てを飲み込む死の河。ストックされた命全てをサーヴァントとして召喚する。これらはランクC程度の単独行動スキルを持つ。結界系ではないので街をそのまま飲み込む。範囲の設定は出来ない。また、吸収した命を全て放出するため、本体が殺されれば本体ごと全て消滅する。

 

保有スキル

 

同化A 物や風景や生物と同化、すり抜けなどができる。日が出ていると制限されるものがある。

 

狂化B バーサーカー固有のスキル。吸血鬼であるため狂化しても言語を話すことができる。

 

命の通貨EX 血を吸った相手の命を自分のものとしてストックできる。吸った命の分だけ死んでも蘇生する。ストックがとてつもない為ほぼ死なない。不死殺しの概念をもった武器でも殺せない(不死ではなくストックが膨大にあるだけなので)。ただし、直死の魔眼の場合は例外なく消滅する。

 

魅惑の魔眼E 目を合わせた人間を従わせる。魔術師やサーヴァントには効果がない。

 

吸血鬼 日の当たる場所だと身体能力全般が1ランク下がる。逆に満月だとワンランクアップ。また自身の姿を自由に変えることが可能。

 

カリスマE 戦闘における統率・士気を司る天性の能力。吸血鬼化によってほとんど失われてしまったためほぼ無意味。一人か二人を上手く統率できる程度の能力。

 

千里眼C 吸血鬼化による副産物。夜であれば更にワンランクアップ。

 

直感A 人類を超えた感覚から生まれたもの。未来予知に近い。

 

説明

 

15世紀のワラキア公国の君主。オスマン帝国からルーマニアを守った英雄。

別名 悪魔 吸血鬼 ドラキュラ ノーライフキング 伯爵 ナイトウォーカー 

 

 



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遠坂と老紳士の日常

「お嬢様、朝でございます」

 

「後、五分・・・」

 

午前6時30分。部活の無い学生でもそろそろ目を覚ます頃、少女はだらしなく布団に包まっていた。その彼女の寝台の側で険しい顔をしている老紳士。このやり取りはかれこれ30分続いている。痺れを切らせた老紳士は指を僅かに動かすと腕を真上へと振り上げた。それだけで少女を包んでいた布団は宙を舞い、包まっていた少女もまた宙を舞い、ベッドから落ちた。顔から落ちた少女は鼻を押さえて、般若のような表情で老紳士を睨む。老紳士は慣れた表情でニコやかに朝の挨拶をする。

 

「おはようございます。ようやくお目覚めのようですね。朝食の準備が整っておりますのでお早く御越しください」

 

「・・・貴方はまず謝ることから始めるべきだわ」

 

学園一の美少女で文武両道の高嶺の花。遠坂凛は低血圧の影響でまるでゾンビのように呻きながらそう呟いた。絹にすら勝る黒く美しい髪を床に横たえ、前髪から覗く蒼い瞳は宝石に例えられても不思議ではないが、この状態では恐怖を煽るものでしかない。凛はゆらりと立ち上がってベッドの横にあるリボンを手に取ると老紳士を無視して部屋を出た。老紳士はその後を追う。

 

レトロな洋館である遠坂邸は世間から隔絶されていると思われがちだが、凛の母の葵の性格からか近所付き合いは悪くない。また、この広い洋館を一人で管理している老紳士の努力により5年前の近寄りがたい雰囲気から一変して明るくなった。

 

遠坂邸を生まれ変わらせたこの老紳士は凛が生まれる前に凛の父遠坂時臣の窮地を救った人物らしく、偶然父の書斎にあったメモから葵が連絡を取るとあっさりと遠坂の家で執事として働くことを快諾した。当時の凛もこれには驚いた。が、老紳士は完璧な執事でありながら戦闘もこなす事も分かり、その戦闘力は父をも上回っていたらしい。時臣は純粋な魔術師だったので戦闘に関して言えばそこまで強いわけではないが普通の人間が魔術師に勝つのはやはり難しい。父への尊敬もあって凛は老紳士に弟子入りを申し込んだ。これが凛とウォルター・C・ドルネーズの最初の邂逅だった。以降ウォルターは凛をお嬢様と呼び、凛はウォルターを師と呼んでいる。あくまで訓練中だけではあるが。

 

「ウォルター、今日の朝食は何かしら?」

 

「本日はスクランブルエッグとトースト、アッサムのストレートでございます」

 

「そう、いつもありがとう」

 

「感謝の極み」

 

凛は朝食を食べない。5年前まではそうだった。しかしウォルターの必死の説得の末凛は朝食を食べるようになった。もちろんカロリー計算は完璧で、バランスも考えて作られている。その結果、凛の主に胸部は年々大きくなり始め現在はB82W56H78という奇跡のプロポーションを維持している。

 

「ふぅ、私もそろそろサーヴァントを呼ばないとね」

 

「まだ5クラスも残っておりますので焦る必要はないかと。もしサーヴァントに襲われても凛お嬢様でしたら逃げるのは容易いでしょうな」

 

「ええ、伊達に貴方の弟子をしているわけではないわ」

 

サラリと髪を靡かせてウォルターにウインクをする。が、凛の視界に車椅子の女性が映ると凛の表情は険しくなった。

 

「あら、やっと起きたのね。遅刻するわよ。・・・ごめんなさいねウォルター、こんな娘で」

 

「母さん・・・いつも言ってるけどそれ止めてよね」

 

遠坂葵。凛の母で大和撫子を体現したような柔らかい物腰の女性で10年前の聖杯戦争によって幼馴染の雁夜は吸血種になり、夫は亡くなり、両足を失った。義足をつけているので服の上からではわかりずらいが車椅子に乗っているので足が不自由なのは一目瞭然だ。凛の魔術では無くなった足の再生などできず歯がゆい思いをしている。直すにはそれこそ魔法かそれに近い奇跡が必要になる。

 

「止めてほしいなら時臣さんみたいに常に余裕をもって優雅たれをもっと意識なさい」

 

「・・・はぁい」

 

「まぁまぁ奥様。お嬢様は低血圧なのですから多めに見て頂けませんか」

 

「ウォルター・・・貴方は凛に甘すぎるのよ。遠坂のーーー」

 

「行くわよウォルター・・・もう話が長いのよ」

 

「畏まりました」

 

いつものお説教のパターンを察知した凛はウォルターを連れてその場を離れた。

 

「年をとるとどうしてああなっちゃうのかなぁ」

 

「我々英国人は老いすら楽しむものですが、この国では老いが罪になっているようで若者からそう言われるとやるせ無いですな」

 

「年よりが段々と増えて子供が減っている影響かもね。人間って数が少ないものを大切にするから」

 

「なるほど、そうかもしれませんな」

 

凛はこの朝も普段と変わらず朝食をとって化粧台の前で唸ってからお気に入りの赤いコートを学園指定の服の上に羽織って家を出たーーリボンも忘れずに髪の両端につけて。外気は冬の訪れを告げるように肌を冷たく乾燥させる。凛は思わず「寒っ」と呟いて左右を確認。

 

「誰もいないわね」

 

万が一にもだらしない格好を見せるわけにはいかない。頬を軽く叩いて凛は澄ました顔で門を開け通学路を歩き始めた。

 

 

凛の通う穂群原学園は地元ではそこそこ名前の知られている私立高校で偏差値は大体57程度の学園である。部活は全国レベルのものはほとんど無いが毎日学生たちが練習している姿が見られる。頭髪や服装に関しても緩いところがあり、多少髪を染めても注意されることは無い。

 

凛が道行く生徒たちに紛れていると前方に見知った少女。かつて妹だった凛の半身が可憐なオーラを漂わせながら空を見つめていた。凛もつられて見上げると曇天の空が気分を沈ませるだけだった。

 

「何を見てるんですか、遠坂先輩?」

 

「--ッ!?」

 

先ほどまで前方にいたはずの桜が隣にならんでいたのに驚いた凛は持っていた鞄を落としてしまった。留め金がしっかりとはまっていなかったらしくその中身が周辺に散らばって他の生徒たちの視線を集める。

 

「大丈夫ですか、遠坂先輩。すみません突然声をかけてしまって」

 

「・・・いいえ、私の不注意ですから気にしないで間桐さん」

 

さっと教科書を拾って服の汚れを払う。

 

「あの、よろしければ一緒に登校しませんか?」

 

「・・・喜んで」

 

遠坂から間桐へ養子にだされた桜に負い目がある凛は桜の頼みを断ることなどできない。彼女が間桐でどんな仕打ちを受けていたかも知っているし前回の聖杯戦争に参加し最後まで生き残ったことも知っているからだ。父時臣を殺したのも桜だと葵は凛に伝えていたが実は違うと検討をつけている。なぜなら桜は凛があげたリボンをまだつけているからだ。

 

「寒くなってきたわね」

 

「はい、朝起きるのが大変で・・・」

 

「・・・同意するわ。それで、最近旦那さんの様子はどう?」

 

「調子が良いので夜はそれはもう激しくて」

 

「あー、もう良いわ」

 

凛はこの冬木市の管理者(セカンドオーナー)であるのでこの地の魔術師をもぐりや許可なしを除いて全て把握している。桜の結婚や雁夜の吸血鬼化に度肝を抜かれた凛を待っていたのは桜の惚気。今では会うたびに生々しい話をする桜に辟易している。

 

「んでーー参加するのかしら?」

 

「はい」

 

それっきり会話も無く校門前で別れた姉妹。凛はため息を吐いて額を手で押さえる。

 

「・・・何やってんのよ私」

 

靴を履き替えて校舎内へと入る。目指すのは二年A組。階段を一段一段あがって3階に到着すると廊下に海鮮物がユラユラと漂っている。

 

「あれ、遠坂じゃないか」

 

「・・・おはようございます、間桐くん」

 

海鮮物ーーの髪型をした間桐慎二は陽気に凛に話しかけた。

 

「今日は早いんですね」

 

「うん、まぁね。早起きは三文の得って言うけど本当だったみたいだ。だって、こうして遠坂と逢えたんだから」

 

「・・・」

 

彼の父は10年前にどこかへ蒸発してしまった。間桐の家にいながら魔術には一切関わっていない彼が間桐の家に残れるはずもないので市内のアパートに一人暮らしをしている。父に捨てられたのを気にしている彼は人一倍努力を重ねて現在では学校中から「困ったときは慎二に」と言われるほど頼られる存在になった。最近では同じ弓道部の主将との仲を噂されているが本人たちは断固として否定的だ。何故なら慎二が好きなのは遠坂凛なのだから。

 

「あ、ごめん。遠坂はこういうの嫌いだったね。それじゃあ僕はこれで失礼するよ。・・・また話しかけても良いかな?」

 

「ええ」

 

凛がそう答えると慎二は嬉しそうな顔でクラスへと戻っていった。凛はそれを見送って思案する。彼は悪い人間でもダメな人間でもない。だが魔術師でもないのだ。魔術師の家系に生まれはしたが魔術の才能も知識もない彼の好意を受けるのは心が痛む。いっその事はっきりと言えれば楽なのだがそれが出来ればこうして悩むはずもない。

 

「・・・心の贅肉が溜まる一方ね。ダイエットしないと駄目かな」

 

「それ以上痩せてどうするつもりなのさ?」

 

「痛ッ!!」

 

凛の呟きを聴いた彼女の親友美綴綾子は冗談交じりにわき腹を抓って挨拶をした。ボーイッシュな彼女の雰囲気に合った茶色のショートヘアが活発に揺れる。

 

「おはよう、遠坂。部活もやってないのに今日は早いねぇ。普通だったらあと20分は寝られるのに」

 

「そういう美綴さんも今日は部活もないのに早いんですね・・・もしかして間桐くん目当てだったりして?」

 

「な、なにいってんだよ!?」

 

仕返しの一発が綾子の余裕を奪った。分かりやすすぎる彼女のリアクションに凛は思わず噴出す。本人の前だと更に分かりやすいはずなのだが慎二は全く気づいていない。恋する乙女と男は盲目なのだろうか。

 

「はいはい」

 

「いつか絶対にアンタを泣かせてやるっ」

 

「期待しないで待っていますね」

 

綾子は授業が始まるまで弁解を続けたがそれが却って周囲の注目を集める結果になり、泣き寝入りするしかなかった。

 

始業のチャイムが鳴り、教師が出席を確認する。凛にとって学業とは無駄にならないがなくてもそこまで困らない程度のものだ。だからと言って疎かにすることはあってはならない。普通の学業も魔術も両立してこその遠坂凛であり、その在り方を彼女も気に入っていた。同じことを繰り返し行うのも大事ではあるが違う観点からアプローチをすると同じものも違って見えてくる。昔の考えと現代の考えを併せ持つ器量。魔術師でありながら実戦を想定した技術を学ぶのもその辺りが一因している。

 

平和な学園生活も終わり慣れた家路を辿る。凛の表情は魔術師のそれに変わっていた。消えかけの太陽が名残惜しそうにアスファルトを照らす。

 

「さてと、学生は堪能したし今夜にでも召喚しないとね」

 

午前の時点ではアーチャーとバーサーカーが召喚されていた。残るクラスは五つ。狙うクラスは最良と名高いセイバー。本来であれば凛が一番実力を発揮できる日、時間に召喚するのが好ましいがそれでは万が一セイバーが召喚されてしまった場合取り返しがつかない。父から譲り受けた宝石を売り払ってまで手に入れた聖遺物がガラクタになってしまう。

 

「失敗できないのよ」

 

意識せず小石を蹴飛ばしていた凛は小石を軌跡をぼんやりと眺める。石は結構な勢いで転がり続け、やがて石に影が覆いかぶさる。凛が目線をあげると一人の男性が紺色のロングコートのポケットに両手を入れて転がってきた小石を足で止める。そして彼は人懐っこい笑みを浮かべて片手を挙げた。

 

「久しぶりだな遠坂」

 

赤色と茶色の混じった短髪の少年。身長は170センチにも満たないが服の上からでも彼が一般人からかけ離れた強者であると感じられる。少年の手の甲には赤いタトゥ。凛はそれを視認して理解してしまった。彼もまた自身の敵であるとーー。

 

「ええ、久しぶりね。衛宮家当主ーー衛宮士郎君」

 

嘗て友達だった二人はこうして望まぬ邂逅を遂げる。サーヴァント召喚の前にこのイレギュラー。頭が痛くなってくるのを必死に顔に出さぬようにして凛は静かに溜息を吐いた。

 

 

 

 

マスター紹介

 

 

name 間桐桜

マスター(バーサーカー)

 

原作と異なり髪の色は黒でストレートのロング。イメージカラーは藍色。悲劇のヒロインで病んデレで後輩で巨乳で虫で聖杯で黒くて可愛い。作者が二次小説を書く原因にもなった少女。多くの著者様が救いの手を差し伸べてくださるお陰でいろいろな桜ちゃんが見れるので嬉しい限りです。本作では魔術は一切使えません。また、雁夜一筋なので士郎に興味がありません。はやく映画化してくださいお願いします。

 

 

 

name 遠坂凛

マスター(現在は権利のみ)

 

黒いツインテール。イメージカラーは赤。赤い悪魔などとよばれることがある。聖杯戦争を骨子を組み上げた御三家の一角の後継者で先祖には魔法使いの弟子がいたらしい。かつての栄光を取り戻すべく聖杯戦争に挑む家系の生まれだが本人は「そんなものに頼らず自分の力で」という性格なので参戦の理由は家系として求めていたし、どうせなら貰っとく程度である。スレンダーな体系ではあったが本作ではウォルターの完璧な栄養管理によって胸囲が増した。また、原作と異なり言峰綺礼が死亡しているため体術ではなく糸を用いた殺人術を習得。原作士郎(初期状態)なら瞬殺が可能。ウォルターと違い魔術によって糸を強化できるので技術では劣るが破壊力では勝る。糸の製造にかなりのコストがかかっているので宝石魔術は相対的に弱くなっている。

 

 

name イリヤスフィール・フォン・アインツベルン

マスター(アーチャー)

 

永遠の合法ロリ。たまにブルマになって道場に現れる。原作桜トゥルーエンドの彼女が眩しすぎて泣いた。本作ではバーサーカーではなくアーチャーを召喚。最強のマスターに最強のサーヴァント・・・勝てる気がしない。ギルガメッシュも退場しているので勝つのは極めて困難。

 

 



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雪の国のお姫様

雪がーー雪が降っている。

 

雪に覆われたとある森の中の城。その城の窓から少女は憂鬱気に外の世界を観察していた。自身の髪の色と同じ白銀の雪が降り続いている光景は何とも表現しにくい気分にさせていた。室内は暖が取られているがこの雪の中では不足しているのか少女の小さな唇から漏れる吐息が白く煙となって吐き出される。

 

「あーあ、早くやまないかなぁ」

 

小さな体をベッドに預けて目を閉じる。この城に居を移してから数日経ったが予定よりも早く冬木市に到着してしまったのでやることがない。連れてきたのも2人のメイドだけなので外で遊ぶくらいしかやることがない。しかし少女が待てども待てども雪は止まない。到着した日はやんでいたのに翌日からこの調子。お陰で少女は暇を持て余していた。

 

ーーこれも全部、アーチャーのせいよ。

 

 

 

 

冬木に居を移す前少女は海外のとある場所でサーヴァントの召喚を行った。アインツベルンという御三家に生まれ魔術的に改造されてきた少女は最強の魔術師であると自負していたし周りもそうなるようにと手を尽くしてきた。結果、思惑通りに稀有な魔術回路の質、数を持ち、魔力のタンクとも呼べる最高のマスターとして仕上げられた。今回こそ必ず聖杯を。彼女の祖父は妄執に取り付かれもはや最初の目的など覚えてなどいないだろう。妄執の塊である祖父は最強のマスターには最強のサーヴァントをと言ってとある触媒を取り寄せた。かつてギリシャにおいて数々の試練を乗り越え最後は神の座にまで上り詰めた最強の戦士。その彼を奉る神殿の支柱となっていた斧剣を取り寄せた。だが、彼をそのまま召喚すると一つ問題が発生する。彼の逸話に自分の子供を呪いのせいで殺してしまったというものがある。つまり、理性のある状態ではアインツベルンを裏切る可能性がある。第四次聖杯戦争で衛宮切嗣に裏切られたアインツベルンとしては僅かでも可能性が残ってはならない。そこで理性を奪えるクラス、バーサーカーで召喚するようにと少女に伝えた。

 

召喚当日。祖父立会いの下少女ーーイリヤスフィール・フォン・アインツベルンは召喚の儀を行った。紡ぎ出される詩(うた)。出だしは完璧だった。異変は中盤で起こった。本来バーサーカーの召喚に挟むはずの一句が詠まれず省略されたのだ。慌てて止めようとしたが既に遅く、陣からは目当てのサーヴァント、最強の戦士ヘラクレスがその姿を現した。2mを容易に越す浅黒い巨体に盛り上がる筋肉。瞳は鋭くどれだけの苦境を乗り越えてきたのかを想像させる。上半身はヘソを隠すように衣を巻きつけている。彼は恭しく一礼して眼前の少女を見る。か弱い、小さき者。イリヤは巨大で強大なサーヴァントを前に怯まず礼には礼をとスカートを僅かに両手で持ち上げて一礼。

 

「貴方が私を呼んだマスターですね、πριγκιπισσα(プリンキピサ)」

 

「ええ、そうですわ。ギリシャの大英雄ヘラクレス様」

 

「ふふ、こんな可憐な方がマスターとは私も運が良い。ですが、私に畏まる必要はありません。どうぞいつもの貴方のまま接してください、姫」

 

ヘラクレスは思わず微笑んで雪のように儚いイリヤを片手でそっと肩に乗せる。ここでヘラクレスはイリヤの体重が異常に軽いのに疑問を感じた。イリヤの表情もどこか憂いを感じさせまるで人形を抱いているようだった。

 

「残念ですがそれはできません。祖父様に怒られてしまいますもの。現にこの後お叱りを受けるでしょう」

 

「それは何故でしょう?」

 

「本来、私たちアインツベルンは貴方様をバーサーカーのクラスでお呼びするつもりでした。ですが私の間違いで他のクラスで召喚してしまいました」

 

「この身はアーチャーで現界致しましたが出来るだけ方針には従うつもりです。バーサーカーでなくとも必ずや聖杯を姫に献上致しますのでご心配には及びません」

 

「御身は最強の戦士。元より心配などしておりませんわ。・・・と、言っても既に聖杯を肩に乗せておりますが」

 

イリヤは軽い冗談のつもりでヘラクレスにそういった。彼女なりの軽いジョークだったので笑ってくれるとそう思っていた。ーーヘラクレスの恐ろしい形相を見るまでは。

 

「姫、それはどういう意味でしょうか?」

 

「あの・・・えっと、今回の聖杯の器は私なのです。聖杯戦争を勝ち抜けば私は聖杯となり奇跡を起こす装置となるでしょう」

 

ヘラクレスの顔は更に怒りの、鬼の形相へと変わっていく。イリヤを遠巻きに見ていた関係者達が恐怖のあまり腰を抜かした。その中イリヤの祖父だけは毅然とした態度で立っている。

 

「貴様らに問う。何のために聖杯を望む?」

 

ヘラクレスの問いに失笑を交えて答える。

 

「魔術師の目的など唯一つ。根源へのーー」

 

彼は最後まで言うことが出来なかった。何故なら既に首と胴が繋がっていなかったのだから。飛び散る鮮血と鉄の匂い。誰もが理解するのに数秒掛かった。そして理解した頃にはイリヤを除くその場の生命は息絶えた。たった一日。たった一日で500年以上の歴史を誇るアインツベルンは党首を失った。

 

 

 

 

 

「で、暇な私をどうやって楽しませてくれるのかしらアーチャー?」

 

「ううむ・・・昨日はネメアの獅子についてでしたから今日はヒュドラについてお話しましょう」

 

「うーん、それも良いけど今日は竪琴(ハープ)が聴きたいわ」

 

「お任せを」

 

ヘラクレスが手を出すと、竪琴が出現する。角の部分が赤色に染まっているのは師であるリノスを撲殺した跡なのだろう。ゴツゴツした指が滑らかに踊り音を奏で、イリヤも足をばたばたと動かす。神代の歌は現代では神秘の塊であるため特別な効果をもたらすものが多い。ヘラクレスの演奏する歌にも本来であれば癒しの効果があるのだがヘラクレスの技量では効果が発揮されることなどない。

 

「これだけ上手に弾けるのにどうして貴方の師匠は貴方をしかったのかしら」

 

「あの頃の私は愛など信じていませんでした。父の浮気で生まれ、ヘラ様の嫉妬に晒された私は自分しか信じられなかった。強く、誰よりも強くと望んだ私をリノスは叱ってくれましたが押さえつけられるのを嫌った私は彼を・・・。子を持ち、試練を越えて初めて愛の大切さに気づきました」

 

「ふーん。やっぱりアーチャーは強いね。体も心も」

 

「そんなことはありません。未練と後悔しか残っていない私など・・・。聖杯に望む願いも犠牲になってしまった全ての者に謝罪したい。それが私の望みです」

 

「きっと叶うわ。だってヘラクレスは最強のサーヴァントだもの」

 

「ははは、照れますな。ところで気になっているのですが・・・何故召喚の詠唱を間違えたのですか?イリヤであればあの程度の詠唱を間違えるなどありえないと思いますが」

 

「うーん、最初はそのまま詠唱しようと思ったんだけど・・・きっと切嗣のせいね」

 

「イリヤの父君がどう関係してくるのですか?」

 

イリヤは悪戯っ子な笑みで部屋に飾った写真立てを見る。イリヤの右側に切嗣、左側に母アイリスフィールが楽しそうにピースをして写っている。ずるばかりしていたどうしようもない父だったがその愛だけは紛れもないものだったとイリヤは今でも感じている。祖父は切嗣が裏切ったと常々言っていたがそんなものは極秘に届けられた手紙の前では無意味に等しかった。

 

「切嗣がアインツベルンから離れた後に誰だか知らないけど手紙を届けてくれた人がいてね。それで聖杯のこととかお母様のこととか書いてあって、最後に書いてあったんだーーこの身が無くなろうとも心は永遠にイリヤの傍にいるよって。お母様も同じことを言ってたからそのとき思ったんだ。私の両親はいつでも傍にいて私を見守ってくれてるんだって。だからかな。アインツベルンじゃなく私として家族の義弟を護らなきゃって。それでサーヴァントであってもちゃんと心のある家族としていたいなんて欲が出ちゃったのかもね」

 

「さぞご立派なご両親だったのでしょうね。・・・ではこうしましょう。私が義父として貴方を護ります。ですから貴方は義弟をお護りください」

 

「ヘラクレスが私のお義父さん?・・・うん良いかも。なら切嗣が嫉妬するくらいの親子になろうね」

 

甘えるようにイリヤはバーサーカーの足に抱きつく。純粋で純白なイリヤを見ているだけでヘラクレスは心が清められるようだった。

 

「あ、そうだ。ヘラクレスが私のお義父さんならセラとリズにとってもお義父さんね。ちょっと待ってて今呼ぶわ」

 

テーブルに置かれた2本のベルを同時に鳴らすと少しして扉がノックされた。

 

「入って良いわ二人とも」

 

「失礼致します」

 

「・・・失礼致します」

 

ガチャリとノブを回して入ってきたのはイリヤの侍女と護衛役のセラとリーゼリットだった。並んでいると分かるが二人は足りない部分を補っているように対照的でそれは雰囲気や性格だけでなく役割も当てはまる。口うるさく慇懃無礼なセラが家庭教師をしているのに対してリーゼリットは寡黙で護衛を主に請け負い、類似しているのは白い髪と赤い瞳くらいだろう。二人は呼ばれた理由が分からず黙って主の指示を待っている。それを確認してイリヤは無い胸を張って自慢気に言った。

 

「今日から貴方たちのお義父さんになるヘラクレスよ。何かあればお義父さんに頼ると良いわ」

 

「・・・」

 

「・・・お義父さん?」

 

セラは口を半開きのまま硬直しリーゼリットは首を傾げてヘラクレスを見た。反応が無いのが悔しかったイリヤは面白くなさそうだ。ヘラクレスにいたっては目を閉じて嘆息していた。

 

「なによ、何か反応してくれないと困るんだけど」

 

イリヤは硬直したセラの顔の前で手のひらを左右に動かす。はっ!っと意識を取り戻したセラは今度は烈火の如く怒り始めた。

 

「お嬢様!!お言葉ではありますが我々の父は鋳造主たるユーブスタクハイト・フォン・アインツベルン様御一人のみです!!」

 

「セラ、お爺様はお亡くなりになったのよ。お爺様のいないアインツベルンなどもはや意味を成さないわ。いい加減その古い考えを捨ててほしいわ」

 

「・・・しかし。・・・分かりました、お嬢様の命に従います。ですがそれは表面上だけであるとお思いくださいませ」

 

「・・・私はイリヤに従うだけだから。お父さん、よろしく」

 

「う、うむ」

 

「まぁ、良いわ。無理強いするものでもないし」

 

一気に3人も娘が出来てしまったヘラクレスは戸惑いを隠せない。だがそこは英雄としての器量か、話している内に慣れてしまった。セラやリーズリットとしても主人を護るサーヴァントの機嫌を損ねる訳にもいかないため会話だけであれば不満はない。むしろヘラクレスのあり方を考えれば好ましい部類に入る。共にイリヤを護るという親近感もそれを後押ししていた。

 

「さて、今日はこのくらいにしましょう。セラ、食事の準備はできているの?」

 

「・・・あっ」

 

「・・・もしかして出来てないの。呼んだのは私だし今から作ってくれる?」

 

セラの視線が彷徨う。全く準備をしていなくても今から作れば良いと言っているのに動こうともしない。重大なことを忘れていたという表情だ。不審に思ったイリヤはセラの頬を両手で固定して視線を無理矢理合わせる。

 

「セラ?」

 

「・・・申し訳ございません。実は・・・食材がないのです」

 

「・・・えっ」

 

「何分逃げるようにアインツベルンを出てきましたのでお金も食材もないのです」

 

党首が殺害されたアインツベルンはイリヤを包囲するべく行動を始めた。逃げるには包囲が完了してしまうまでに逃げなければならなかった。お金を持ち出す時間も余裕もなかったのである。こればっかりはセラを攻められない。イリヤが気まぐれを起こさなければ済んだ話なのだから。

 

「・・・セラは悪くない。悪いのは私。・・・でもどうしようかな。聖杯戦争中もその後も絶食してたら死んじゃうしなぁ」

 

「でしたら私が獲物を獲ってきましょう。これだけの森であれば猪の一頭くらいいましょう」

 

「・・・頑張って、お義父さん」

 

 

 

その日、歴史ある名門アインツベルンの食卓に猪と熊が並べられた。

ヘラクレスは調理せず丸かじりだったのは言うまでもない。

余談ではあるがセラは翌日から日雇いのバイトを始めるのだった。

 

 

 

 

 

サーヴァント紹介

 

 

 

name ヘラクレス

クラス アーチャー

筋力A 魔力B 耐久A 幸運C 敏捷A 宝具B~A++

 

宝具

 

『射殺す百頭(ナインライブス)』

ランク:A++

流派ナインライブス。ヘラクレスの持つ万能攻撃宝具。

生前の偉業ヒュドラの討伐で使った弓を元に、彼の持つ武技を宝具の域にまで昇華させたもの。

状況・対象に応じて攻撃方法が変化する上、様々な武器はおろか防具である盾でさえも使用可能。

弓であれば対幻想種用の九連撃ドラゴンホーミングレーザーを放つ宝具となる。

とりあえず強い。

 

 

『金色の獅子皮(ネメア)』

ランク:A

刃や鏃など武器に対して効果が高く、武具ならばAランクの宝具を用いてもこの護りを突破することは不可能である。但しあくまで獅子皮が硬いだけでありそれ以外のところには普通にダメージが通る。また身に着けている場所がへそから下である(移動可能)。

 

『十二の試練(ゴッド・ハンド)』

ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:1人

Bランク以下の攻撃を無効化するとともに、死亡しても自動的に蘇生(レイズ)がかかる。

蘇生と攻撃の無効。このふたつの効果を持つ十二の試練は、さらに3番目として一度受けた攻撃が二度と効かないようにする。蘇生のストック数は11個。つまりヘラクレスは12回倒されなければ消滅しない。一応命のストックは魔力供給で回復できる。また、Bランク以上の攻撃であれば一瞬でストックが複数溶けてしまうことがある。原作でも士郎の投影したカリバーンで7個?の命が一瞬で失われた。

 

保有スキル

 

神性:A

神霊適性を持つかどうか。高いほどより物質的な神霊との混血とされる。

主神ゼウスの息子であり、死後神に迎えられたヘラクレスの神霊適性は最高クラスと言えるだろう。

 

戦闘続行:A

生還能力。

瀕死の傷でも戦闘を可能とし、決定的な致命傷を受けない限り生き延びる。

ただしヒュドラの猛毒は該当しない。

 

心眼(偽):B

直感・第六感による危険回避。

12の試練で培った経験により、幻獣・魔獣属性を持つ相手と戦闘を行う場合、このスキルはランクアップする。

 

勇猛:A+

威圧・混乱・幻惑といった精神干渉を無効化し、格闘ダメージを向上させる。

さらにヘラクレスが生前幾度も戦ったような幻獣・魔獣属性を持つ相手と戦闘を行う場合、

筋力・耐久・敏捷のパラメーターをランクアップさせる。

ヘラクレスの強大な精神力は、時としてマスターの絶対的切り札である令呪すらレジストしてしまう。

 

単独行動A+

マスター無しでも聖杯戦争中は現界可能。

 

説明

 

ギリシャ神話最大の英雄。ゼウスとアルクメネの子。腕力だけで山脈や大陸を破壊したり銀河が散りばめられた天空を持ち上げるなど無茶苦茶な怪力を誇る。ゼウスの妻ヘラから恨みを一方的にかったため常に不幸な人生を歩んだが最終的にオリュンポスの神々の一員になった。

 

fateでは中ボス程度に描かれている。クーフーリンを含めて大英雄なのに不遇なのはやはり男性キャラだからなのだろうか。それとも聖杯戦争の仕組みが悪いのだろうか。謎は深まるばかりである。



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提案と対価

「それで、用件は?」

 

一般家庭にはない華美な客間のイスに座る凛と士郎。凛の傍にはウォルターが控えている。凛はさっさとしろと腕を組んで士郎を睨む。魔術使い衛宮。魔術の神秘を秘匿せず魔術師以外の人の前で躊躇いもなく魔術を行使するイレギュラーにして最悪の敵。全魔術師に嫌われているが同時にその利便性から魔術協会、聖堂教会から便宜を受けている。故に誰も手を出せない。手を出せば協会か教会からペナルティを受ける。なんだかんだ言って自ら率先して封印指定を受けた魔術師、または死徒、吸血鬼相手に挑む貴重な戦力として見なされているのだ。学者気質の強い魔術師達がやらないことを率先してやる汚れ仕事専門。衛宮を知らぬ魔術師はよほどの弱小魔術師くらいなものだ。凛には目の前の男がそうであるとは到底思えない。昔なじみというのもあるがそれ以前に彼は優しすぎる。人を助けるのを至上の喜びとしている彼のあり方を知っては便利屋と割り切って付き合うのは難しい。乾いた唇を紅茶で潤わせて凛は視線を士郎に向けた。士郎は相変わらずだなと苦笑して背筋をのばした。

 

「この聖杯戦争・・・組まないか?」

 

「同盟・・・ね」

 

「俺の目的は聖杯戦争の早期終了と世界平和だ」

 

「ぶっ!!・・・世界平和ってアンタね。良い?世界平和なんて叶いっこないって昔言ったはずだけど・・・まだ切嗣さんの夢を捨てきれないのかしら。切嗣さんもおっしゃっていたでしょう・・・冬木の聖杯ではそれは叶わないって」

 

「ああ・・・でも関係ない。例え汚染された聖杯でも汚染を取り除けば良いんだから」

 

「どういうこと?」

 

凛は怪訝そうな顔で士郎に問いかける。第4次聖杯戦争を勝ち抜いた衛宮切嗣は聖杯の泥を受けてその本質を見抜いていた。『あれは聖杯なんかじゃない。人の願いを破壊をもって叶える大量破壊兵器だ』と切嗣は苦しげに呟いていたのを凛と士郎は幼い頃に聞いていた。経緯は分からないが本来無色である聖杯が染まってしまったのは嘘ではないだろうと凛は予想を立てていた。

 

ーー聖杯から汚れを取り除くなんて出来るの?

 

大聖杯に干渉できるのは今では宝石翁くらいだ。御三家は衰退を続けているし衛宮程度ではどうにも出来ない。なのに目の前の男は簡単にそれを言う。凛には侮辱されたようにしか感じられなかった。ティーカップをソーサー置いてテーブルに音を立てないように置く。

 

「信じられないだろうから証拠を見せる。これを見てくれ」

 

士郎は傍らに置いていたバッグからあるものを取り出す。それは特殊な保存をされた文献だった。そうとう古いもので触れるのすらおこがましい神秘。凛はこれが普通のものでないと瞬間で気づいた。魔術師の性なのか目が離せない。

 

「これって、聖遺物よね」

 

「ああ・・・コルキスにあったメディア縁(ゆかり)の文献だ」

 

「--っ!!」

 

「これでコルキアスの魔女『メディア』を召喚する」

 

「あ、アンタ分かってんのっ!!私が同盟を断ったらアンタの手の内全部解ったまま敵になるのよ!?」

 

「分かってる・・・でも仕方ないだろ?メディアだったら十中八九キャスターのクラスで召喚される。キャス

 

ター単体で聖杯戦争に勝とうだなんて未熟な俺じゃ無理だ。だったら俺がキャスター、遠坂がセイバーを召喚して貰って同盟を組むのが最善だ」

 

聖杯戦争においてサーヴァントの真名がバレるというのは相手に弱点を教えているに等しい。士郎は敵になるかもしれない凛にそれを教えた。この聖杯戦争にかける想いかそれとも凛への信頼か。凛にはその判別が付かない。

 

「決定事項みたいに言うけど私がセイバーを呼び出せる保障はないわよ?」

 

サーヴァントの触媒一つ持っていない凛はランダムでサーヴァントを召喚するしかない。残るクラスが何にせよ確実にセイバーを引けるとは限らない。しかし士郎はそんなことかと胸に手をやる。すると黄金の輝きを放ってそれは現われた。かつてブリテンの王が所持し最後は盗まれた持ち主に不老と不死を与える伝説の鞘。

 

「え、エクスカリバーの鞘よね・・・これ」

 

「これを触媒に使えばアーサー王を召喚できる。しかも鞘つきでな」

 

「アンタと話してるとおかしくなりそうだわ。・・・あぁああああああ、もうっ!!」

 

髪を掻き毟ってウォルターを見る。ウォルターは愉しそうに目を伏せるだけで助言を与えることはしない。凛にしては珍しく貧乏ゆすりをして忙しなく人差し指で米神をトントンと叩く。幾通りの仮定推定を脳内で構築して判別、決定を繰り返して一本の正解を導き出す。凛の導き出した答えは是。断る理由がない。アーサー王なら最高ランクの知名度、宝具、ステータスが見込める。また伝説通りなら性格も騎士らしい厳格なものであるしセカンドオーナーが忌避するような行為は行わないだろう。しかし、解せないことがある。その最優のサーヴァントを提供する目的である。

 

「アンタがその二つを持ってる理由は聞かないけど一つ質問。アンタがセイバーで私がキャスターじゃ駄目な理由は?」

 

そう、最優ならば自分で使うのがセオリー。敵対するかもしれない奴に渡す意味が判明しない限り同盟は承諾できない。

 

「親父のサーヴァントだったのがアーサー王だったって言えば分かるか?」

 

「なるほどね。最後に裏切った相手の子供じゃ指示に従うか微妙ね。アーサー王とメディアか・・・その組み合わせだと二人とも裏切りそうで怖いわ」

 

「そのための令呪だろ?それにアーサー王は俺ーー衛宮が嫌いなだけで騎士の鏡みたいな奴らしいし大丈夫だ。義母さんも言ってたしな。むしろメディアが怖いな。なまじ優秀過ぎる魔術師だから寝首をかかれそうだ。だからいざとなったら一人でも戦える俺をキャスター担当にした」

 

「おっけー、おっけー。私は聖杯に託す願いなんてないから譲ってあげるわよ。・・・昔、約束したしね」

 

満天の月の下、直ったばかりの橋から河を眺めて誓った約束。『私がアンタを幸せにしてあげるだから私も幸せにしなさい』と指切りをした初めての契約。これを子供の遊びととらないところが凛らしい。

 

「助かるよ。一応これで俺の話は終わりかな」

 

「そう、なんだか疲れちゃったわ。ウォルター、おかわり」

 

「畏まりました」

 

「んで、今までなにやってたの?連絡もろくに入れないし」

 

凛の鋭い眼光にたじろぐ士郎。頬を掻いて刺激しないように話し始めた。

 

「えーと、実は教会のイスカリオテってとこにいたんだけどーー」

 

「ーーっあああああんた、馬鹿じゃないのっ!!!」

 

士郎は持ち前の反射神経で耳を塞いで鼓膜を護った。もし遅れていればどうなっていたことか。

 

「銃剣(バヨネット)、殺し屋、聖堂騎士(パラディン)、再生者(リジェネーター)、首切り判事、天使の塵(エンジェルダスト)。これだけ物騒な名前を持ってる絶滅主義者のいるイスカリオテに居たって正気とは思えないわ!!」

 

「・・・手っ取り早く力を手に入れるにはそれしか方法がなかったんだよ」

 

拗ねる士郎に凛は容赦なく責める。

 

「力を手にしたって死んだら終わりなの!!誰かを助けたいって思うのは良いけどもっと自分を大切にしなさい!!」

 

「誰かを助けるために自分を犠牲にするのが間違ってるなんて思えない。だけど、ありがとう遠坂」

 

「・・・絶対に幸せにしてやるんだから覚悟なさいっ」

 

あの月の夜。切嗣と士郎の最後の語らいを凛は片隅から見ていた。凛の父はこの男に破れ死んだのかもしれない。だがこの瞬間だけは憎めなかった。亡き凛の父時臣の財産の管理と重症の母の入院手続き、更に凛の魔術の講師を紹介し、その様子を常に見守っていた切嗣はいつも後悔していますという顔をしていた。凛はそれが堪らなく嫌いだったのに士郎に微笑む顔があまりにも眩しすぎて。凛も父を亡くしてから初めて泣いた。その時誓ったのだ。切嗣が正義の味方を託していくなら、私が正義の味方を助けるのだと。無鉄砲で笑わないこの幼馴染を助けてあげるのだと。小さな胸に刻んで。

 

「そりゃ怖いな」

 

いつものぎこちない表情。凛はこれを見るたび心が締め付けられる。両親が亡くなり、義父も亡くなり残るは義母のみ。義母はお世辞にも感情豊かとは言えない。故に誰も彼の心に光を与えられない。

 

「そっちは何してたんだ?」

 

「私はウォルターと訓練したり魔術の訓練をしたり学校に通ってたわよ。アンタ留年でしょう?桜も怒ってたわよ」

 

「桜・・・か。まだ先輩って呼んでくれるのかな」

 

「桜も聖杯戦争に参加するみたいよ。あの娘があんなに歪んだのも遠坂のせい。だから私が引導を渡すわ」

 

気丈に振舞う凛の唇は震えている。実の妹を手にかけるところを想像して、ぎゅっと下唇を噛む。

 

「桜にはアーカードの他にもう一体サーヴァントがつく可能性が高い。積極的に行動すると思うからその隙に桜を倒すしかないぞ」

 

「アーカードの能力がもっとしょぼかったらサーヴァント撃破で終わったのに・・・ままならないわね」

 

「数十から数百まで命のストックが減ったとは言え吸血鬼は危険だ。今は義母さんが用意した輸血パックで凌いでいるけどこれからは分からない。この戦争で桜、雁夜、アーカードは確実に葬らないとな」

 

「幼馴染に手をかけるのに不安とか葛藤とかないわけ?」

 

「正義を為すのにそれはあっちゃいけないものだよ。桜に料理を教えていたのだってアーカードの情報を聞き出すためだ。それ以上でも以下でもない」

 

士郎は辛辣な言葉で淡々と語るが表情は苦しげだ。非情になりきれていない。凛の突き刺さる視線もかわすのが精一杯だ。

 

「・・・はぁ、駄目ね。楽しい話をしようとしても結局暗いジメジメした話になっちゃう。聖杯戦争って幸せを投げ出してまでやらなきゃいけないのかしら」

 

「遠坂家党首の言うことじゃないな」

 

「ふふっ、そうね。でも考えちゃうのよ。この世界にファンタジー小説みたいなものがなかったら今頃どうな

 

ってるんだろうって。お父様も士郎の両親も生きてて、桜とも一緒に幸せに暮らしてるんじゃないかって」

 

「・・・悪い、俺帰るよ」

 

「・・・ええ」

 

士郎に用意された紅茶は一度も口にされていない。凛はウォルターからミルクを貰いゆっくりと紅茶に混ぜていく。渦巻き状に広がっていくミルク。

 

「ほんと・・・なにやってんだか、私」

 

テーブルに置かれたエクスカリバーの鞘。その輝きに曇りなどない。

 

「案外似たもの同士なのかもね私達」

 

夜は明ける。この日より始まる戦争。勝ち残るのは果たして誰か。

 

ーーー答えはまだ誰も知らない。

 

 

 

 

某所。

 

「戦争の準備は整ったぞ。幾千幾万の人が死にこの地域は焼土と化すだろう。狂えっ、踊れっ、ここが戦場だっ!!ここが終着点だ!!聖杯の導きに誘われて集ったハイエナどもよ!!楽しもうではないか!!」

 

「興奮してるね少佐」

 

「こら、少佐の邪魔をするんじゃありません」

 

「あ、危ないよ、少佐っ。銃の扱いは下手なんだから引き金から手を離してっ」

 

「それは出来ない相談だっ!!・・・当たらん」

 

「・・・」

 

某所終了。

 

 

 

 

name 衛宮士郎

マスター(仮)(キャスター)

 

 

原作とは若干性格が異なったIFの士郎。衛宮切嗣だけでなく久宇舞弥も彼の養母として存在するため切嗣の願いに対する考え方が変化している。具体的には原作では『可能な限り善人を救い、悪人でも改善の余地があるなら救いたい』と思っているが本作では『可能な限り救いたいが多少の犠牲は仕方ないし、悪人は全て裁かれるべきだ』と切嗣よりの考え方になっています。舞弥の教育の甲斐あって暗殺術や銃の使い方、その他兵器の使用方法などを学んでいる。イスカリオテとの親交によって投影魔術を既に習得しており結界なども行使できる。アヴァロンについては舞弥から聴いていたのでイメージも容易かった。切嗣死後は彼の魔術刻印を受け継いで固有時制御を手にした。拒絶反応は当然起こったがアヴァロンのお陰で事なきを得て現在はリジェネレイトによって使用時のみ激痛を感じる程度まで落ち着いた。そして何よりも依頼をこなす代わりに協会(イスカリオテではない)の幾人の女性と関係を結んで一方通行のラインを通してあるので原作の彼よりも行使できる魔術量が格段に上がっている。

 

 

name アレクサンド・アンデルセン

イスカリオテ

 

 

「エ゛ェェイ゛ィメン゛ッッ!」

でお馴染みの神父様。「暴力を振るって良い相手は悪魔共 (バケモノドモ)と異教徒共だけ」という教育理念を掲げ恐ろしい人間ではあるが孤児院の子供達には優しい。またリジェネレイトという技術を自身に使っているので銃で眉間を撃たれても再生する。また聖書を使った移動も可能。アーカードからは宿敵と呼ばれている。

 

 



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教会との因縁

「珍しいですね、貴方がついてくるなんて」

 

「フッ、今回の聖杯戦争の監視役を確認しておきたいだけだ」

 

第五次聖杯戦争からの新ルールでサーヴァントを召喚した場合中立の立場にある教会に報告しなければならないことになっている。言峰綺礼、言峰璃正の両名がなくなったことから聖堂教会も参加者の情報を出来るだけ収集しておきたいということだろう。外様の魔術師ならともかく御三家である間桐がそれを破ると余計なペナルティを課される場合がある。例えば間桐家だけが報告しなかった場合、残る6人のマスター達が一斉に襲い掛かってくるなどだ。教会で間桐雁夜と遠坂葵との間に一悶着あった桜としてはこんな胡散臭い場所には近寄りたくなかった。教会は中立を謳ってはいるものの戦争そのものに介入することもあり迷惑な存在であるのは周知の事実である。今回も既に衛宮家を贔屓にしているとかで文句の一つも言いたいと桜は憤りを隠せない。だが、教会を取り仕切っていた言峰家は前回の聖杯戦争で二人とも亡くなっているため、問題を追及できない。名前も『言峰教会』から正式名称の『冬木教会』へと名称が変わった。だからといって何が変わるわけでもない。相変わらずどんよりとした異様な佇まい。

 

「確認するのは構いませんが中まで入ってくるつもりですか?」

 

「ああ、無論だ」

 

「教会に吸血鬼とはふざけてますね。教会の意味って実はないんじゃないんですか?」

 

「教会の建物自体に大した効力は求められないが教会は化け物の情報を集め、信者の信仰を集めるのに最適な場所だ。この聖杯戦争の監督役にも適している・・・グルでなければな」

 

「グルなのが一番不味いんですけどね」

 

「それだけではない。冬木に建てれば魔術協会への牽制にもなる。そして霊脈の流れている場所に建てたのはもしものときに参加するためだろう」

 

「こんなところに霊脈が流れているんですか。もったいないですね・・・私には関係ありませんけど」

 

冬木市には霊脈があり、第一位が柳洞寺と呼ばれる円蔵山中腹に立つ寺院で開山以来住職は代々柳洞家の人間が勤めてきている。現在は多くの修行僧が生活しているらしい。第二位が遠坂邸。第三位がここ冬木教会である。元は間桐家の居があった場所だが一族と霊脈の相性が悪かった為教会に譲り渡したというエピソードを持つ曰くつきの教会なので妖しげな地下が存在する。語るまでもないが地下は蟲蔵だったのだろう。間桐の魔術は蟲の使役だったのだから。

 

「約束の時間を30分も過ぎてるのに連絡もしないなんて酷い方ですね」

 

「いや、時間丁度にいたさ。そうだろう?」

 

アーカードが視線をやった先に男はいた。褐色の肌、刈り上げられた金髪、丸い眼鏡の奥で嗤う碧眼。貌は獲物を見つけた獣のようで手には聖書と思わしき本を持っている。桜は呼吸を忘れその男から眼を離せない。離せばあの男は殺しに来る。初対面でここまで危機感を感じる相手は久々だった。それ故男の背後から差し込む月明かりに一瞬眼を閉じてしまった。桜の全身から汗が噴出す。いや、それは現実ではなくそう思い込んだだけかもしれない。

 

 

 

なぜなら、男は目を開けた瞬間桜の咽元に銃剣を当てていたのだから。

 

 

 

「ほう、唯のお嬢ちゃんかと思えば中々に気丈だ。操られているわけでも自分を失っているわけでもないようだ」

 

「いきなり命を狙ったのを謝罪するべきではありませんか?」

 

「化け物と異教徒に謝罪など不要。むしろいくら死のうとも構わない・・・そうは思わないか?」

 

「意見の相違ですね。私は化け物であろうと謝罪しますし、愛しますが」

 

アンデルセンの持つ銃剣の冷たい感触。咽元が動くたびに咽を切り裂いてしまいそうな恐怖。普通の高校生なら声を上げて助けてと叫ぶか逆に動けずに震えるのだろう。しかし桜はその素振りすらなく毅然と立っている。何故なら彼女には力があるのだから。

 

「そこまでだ神父ーーアンデルセン」

 

アンデルセンの米神に当てられる冷たい感触。奇しくも桜と同じ状況。

 

「・・・名乗った覚えはないが?」

 

尚も銃剣を放さないアンデルセン。使っていない手を懐に入れて機を待つ。

 

「名乗らずとも分かるさ我が宿敵よ。生憎だがお前はマスターを殺す前に倒れる」

 

アーカードが言い終わると同時に乾いた銃声音が教会内に響き渡る。首元の銃剣は桜の咽元を離れ後部で人が倒れる音が響く。椅子から立ち上がって後ろを見ると桜を狙った男ーーアンデルセンが米神に銃を撃ち込まれて倒れていた。宝具で撃たれたこの神父はもう動くことなどないだろう。せめて十字を切ってやろうと桜が手を持ち上げたその時アーカードによって桜は投げ飛ばされた。宙を舞う桜を影から現われたセラスが受け止める。

 

「な、なにが・・・」

 

「まだ死んでいません。あの神父があの程度で死ぬわけがないんです」

 

セラスは嬉しそうにそう言った。

 

「宝具で撃たれてまだ生きてるんですか?」

 

「ええ、あのとおり」

 

「・・・人間ですか、ほんとうに?」

 

再生者(リジェネレーター)。人類が化け物を倒すにはどうしても種としてのポテンシャルが低すぎる。直ぐに傷つき直ぐに死んでしまう。この常識を覆すため教会はとある被験者を実験台に生み出したのがこの技術だ。被験者のモノとは違い完全に死んでしまえば蘇ることはできないが一瞬でも意識が残っていれば魔力によって再生する。加えてアンデルセンは魔術によって膜を作り銃弾の勢いを落としていた。

 

故に。

 

ゆらりと立ち上がるカトリックの男。アーカードも銃を構えて狙いを定める。お互いに同種の笑みを浮かべて睨みあうこと数秒。アーカードが引き金を引いた。アンデルセンは疾走しながら両手をクロスさせ、それを弾いた。服に特殊な細工がされているのか銃弾によってもたらされるはずの痕がない。血も出ていないことから服の機能だけで宝具を防いだらしい。アンデルセンは勢いのままアーカードに接近し銃剣を振り下ろす。アーカードの両腕は血飛沫をあげてポトリと落ちた。その隙を逃さずアンデルセンは何処からか取り出した銃剣を十数本投げつけた。壁に縫い付けられたアーカード。アーカードの全身から力が抜けたところに止めと言わんばかりにアーカードの首を刈り取る。

 

「ククククッ・・・こんなものが吸血鬼だとっ?まるでお話にならない。とんだ茶番だ。だから魔術師どものやることはーー」

 

「ク、クククククッ・・・どうしたアンデルセン。どうしたんだ?あの日のお前はーーあの夜のお前はこんなものでなかったぞ?」

 

切り離された首、両腕、胴体が溶けて交じり合い形を成していく。やがてそれはアーカードとなり銃を再びアンデルセンへと向けた。

 

「・・・なるほど、これでは殺しきれん。用件を早く言え」

 

殺しきれないとみるやアンデルセンは殺気を沈め桜に向き直る。桜に敵意がないのを察したらしい。桜も面倒なのはこりごりだったので用件をさっさと伝える。

 

「バーサーカーのマスターとして登録をお願いします。用件はこれだけです。・・・教会側から呼び出しておいてとんだ目に会いました」

 

「マスター?・・・教会側からだと?」

 

アンデルセンは教会の奥に向かって銃剣を投げつけた。すると奥から銀色の髪の少女が無表情のまま出てきた。

 

「アンデルセン神父、問題ですか?」

 

「これはどういうことだカレン・オルテンシア。吸血鬼を連れた敵対者だと聞いていたが?」

 

「いえ、間違ってなどいません。彼は吸血鬼でそれを従える彼女は私達の敵対する魔術師ではありませんか。現にほら、私の体を魔が食い殺そうとしています」

 

カレン・オルテンシアは被虐霊媒体質と呼ばれる異能を持っている。被虐霊媒体質は悪魔などに反応し悪魔が近くに存在すると身体に傷を負う。アーカードは吸血鬼。悪魔ではなくとも身体に僅かながら傷を負っているようだ。この体質のせいで常に生傷が絶えず右目の視力は既にない。走ることも味覚すら曖昧。純潔も悪魔祓いのために散らせている。

 

「ふんっ、お前の体質は知っているがサーヴァントと戦わせるのであればそう言え。準備不足で仕留め切れん」

 

「ふふ、申し訳ありません」

 

「盛り上がってるとこすいませんが私達はこれで失礼しますね」

 

「待ってください。今、お茶をご用意します」

 

「結構です」

 

「まあまあ落ち着いてください」

 

桜の腕に赤い布が巻きついた。マグダラの聖骸布。「男性を拘束する」という特性を持った聖遺物だ。男性でない桜を拘束することはできない。桜は布を解いて溜息を吐く。

 

「・・・少しだけですよ?」

 

「感謝致します」

 

「私は帰って寝る」

 

闇に紛れるアーカード。

 

「・・・街へ行く。後は好きにしろ」

 

アンデルセンは我関せずと教会から出て行った。その後姿を恍惚の笑みを浮かべて見送るシスター。聖職者のやることとは思えない。しかし、病的なほど線の細い体つきをしているせいかどこか憎めない。また、紺色を基調とした修道服が少女を虚弱な聖女へと昇華させているようだった。銀色の髪も神聖さを醸し出している。

 

「どうぞ御掛けください」

 

「失礼します」

 

応接室は燭台に立てられた蝋燭の明かりのみで照らされており桜からもカレンからも相手の顔は見えない。これは一種の心理戦なのかもしれないと桜は身構える。

 

「そう固くならないでください。本日は前監督役の言峰綺礼についてお聞きしたかっただけですので」

 

「言峰神父・・・ですか。私がお話できることはあまりありませんよ」

 

「普段の行動などは関係者から教えていただきました。私がお聞きしたかったのは言峰綺礼の最後です」

 

カレンのこの言葉に桜は息を呑む。前回の最終戦。桜は言峰綺礼を殺した。正確にはアーカードと言峰綺礼の戦闘の末アーカードが勝利した。その情報を持っているのは当事者と衛宮切嗣だけのはず。

 

ーー先制攻撃のつもりですか。

 

言峰綺礼は参加者ではあったが、表向きでは序盤に敗退し教会に保護されていた。その彼をサーヴァントを使って殺害したとなれば教会への宣戦布告にも取られかねない。情報源は衛宮士郎以外ありえない。サーヴァントを使わずに先制攻撃する手腕。さすがは衛宮家を嗣ぐ者。使えるものはなんでも使う。手段は選ばない。魔術師殺しの名は伊達ではない。

 

「残念ですが私は言峰神父の最後を知りませんのでお答えはできません」

 

「そんなはずはありません。貴女は聖杯戦争の生き残りで勝者ではありませんか」

 

「前提から間違えていますよ。言峰神父は序盤でサーヴァントを失って教会に保護されていたはずです。どなたからの情報かは知りませんが他の方・・・衛宮先輩にお聞きするのが良いと思います。先輩のお父様は前回の聖杯戦争の聖杯の器の旦那様だったんですから何でも知っているはずですよ」

 

桜が言い終えると同時に影からセラスがヌルリと現われて桜に耳打ちをする。

 

「やはり盗聴器が仕掛けられていました。喋っていたら危なかったですね」

 

セラス・ヴィクトリアは吸血鬼である。その能力は多岐にわたるがその中の同化を使用すれば家丸ごとをセラスの領域として支配できる。当然発信機など直ぐに感知、破壊できてしまう。担当しているベルナドットの口笛が聴こえる。彼には簡単すぎる仕事だったらしい。

 

ーーやはり教会と衛宮家はグルになっているみたいですね。

 

「衛宮士郎が貴方なら知っていると言っていたのですが・・・。まぁ良いでしょう。真実は闇の中。あの男らしい最後だったのでしょう」

 

「言峰神父と親交があったんですか?」

 

「いえ。ですが何故か気になってしまったものですから」

 

声色こそ変わっていないがカレンの纏う雰囲気が揺るいだ。桜には判らないがセラスには感じ取れる、それほど判りづらいものだが。

 

「・・・ではこれ以上お話することもありませんね。最後に一つだけ言っておきます。興味半分に介入するのはやめてくださいね。でないと・・・死んじゃいますよ?」

 

そう言い残して桜は教会を出て行った。見送るカレンは無表情だった。

 

 

 

 

name カレン・オルテンシア

聖堂教会・イスカリオテ臨時隊員

 

ヨーロッパ南部の共和国で生を受けるが、生後一年で両親を失う。母親は自殺で、父親は愉悦神父。「他人の幸福を潰したい」という迷惑なサディスト。毒舌で人遣いも荒い。また「被虐霊媒体質」と呼ばれる異能の持ち主で、「悪魔」に反応し、その被憑依者と同じ霊障を体現する。今作では途中、アンデルセンに拾われたので原作ほど教会に使い倒されていない。士郎とは少し話す程度でお互いに親交はほぼない。



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遠坂家のそれぞれの闘い

「サーヴァント・セイバー。召喚に従い参上した」

 

工房に嵐が吹き荒れる。嵐の起点には青いドレスに銀の甲冑の少女。15歳ほどの外見に目を引く金色の髪。幼くも凛々しい碧眼に赤い少女が写る。

 

「問おう。貴女が私のマスターか?」

 

「ーー」

 

凛は少女の姿に唖然としていた。

 

ーー予想外にもほどがある。

 

セイバーを召喚するつもりであったし外見も美しく名乗りも堂々としているので凛の理想に近い。ここで問題なのはアヴァロンを使用して召喚したサーヴァントが少女だということだ。アヴァロンを触媒に召喚できるのはアーサー王くらいなものでアーサー王と言えば男のはず。であればこの少女は一体なんなのだろうか。凛は思考に忙しく少女の問いに答えられないでいた。無視された少女は出鼻を挫かれたせいかムッとして凛を睨む。

 

「他に魔術師もいないようですし、貴女がマスターであるのは間違いないようだ。ですが、短い期間であっても名前の交換くらいはさせてほしい。会話が不要だとしてもそれぐらいは構わないでしょう?」

 

「・・・あはは、つい考え事をしちゃったわ。私は遠坂凛。貴女のマスターよ。・・・貴女って、アーサー王であってるのよね?」

 

「はい。・・・もしや私の性別が女だからといって期待できないと思っていませんか?」

 

「期待はしているわ。ステータスも完璧だしスキル、宝具も伝承通りなら負け知らずだろうし。ただ、アーサー王が女だったことに驚いただけよ」

 

エクスカリバーで日本でも馴染み深い人物なだけに凛も興奮していたのだが少女であれば話が違ってくる。あれだけの悲劇を迎えた王が15歳の少女であったなど笑い話にもならない。あの時代においてこの少女が王を選定する剣を抜くときどのような気持ちだったのか。計りしれない葛藤と後悔が彼女を押しつぶそうとしたはずだ。それでも彼女は最後までやり遂げた。王として民の希望であり続けた。凛とて魔術師の家系に生まれ常人とは隔絶した世界で生きてきた。苦しいことも悲しいことも必死に乗り越えてきた。しかし、セイバーと比較すればどれほど小さなものか。己のために探求してきたことを恥じるわけではない。凛は生粋の魔術師であり同時に人間としての甘さも持ってしまった。それ故にセイバーを羨ましくも哀れに感じてしまう。

 

「確かに私は性別を偽ってきましたが選定の剣を抜いたその日から私は人ではなく王になりました。性別など些末なものです」

 

「・・・そうね。気分を害してしまったなら謝るわ。改めてよろしくねセイバー。私のことは好きに呼んで頂戴」

 

「では、凛と」

 

凛に差し出された手を固く握ってセイバーは頷いた。

 

「自己紹介も済んだしお茶にしましょう。作戦も伝えておかないといけないから」

 

「いえ、今日はもう休みましょう。召喚したばかりで凛も疲れが溜まっているはずです」

 

「・・・ありがと」

 

ふらりと凛の身体が傾く。セイバーは凛を抱きとめて持ち上げる。曰く、お姫様抱っこの格好で工房を出る。

 

凛はすやすやと眠っている。起きていればこの少女の男らしさに顔を真っ赤にしていたに違いない。

 

「今回のマスターは遠坂ですか。会話が出来るとこんなにも嬉しいものなのですね。暗殺をする心配もないでしょうから良きマスターに出会えました。・・・今度こそ聖杯を手に入れます」

 

独白するセイバー。凛の部屋が分からずウロウロしていると近くの部屋から車椅子の女性が見ていた。灯りを落とした屋敷内で車椅子の女性がいるのは一種のホラーだ。セイバーでなかったら悲鳴を上げていてもおかしくは無い。女性はセイバーの手の中の凛を見て察したらしく手招きをして車椅子を走らせた。

 

「凛のご家族の方でしょうか?」

 

「はい、母の遠坂葵と申します。貴女がサーヴァントなのね。もっと怖いイメージがあったわ」

 

「セイバーとおよびください。凛にも申し上げましたがサーヴァントは外見では測れません。奥方も出来るだけサーヴァントとは関わらない方が良い」

 

「・・・そうね、私もそう思うわ。夫もサーヴァントを呼んで戦いに身を投げて亡くなったわ。聖杯戦争なんてもうこりごりなのにこの娘は夫を目指して殺し合いに参加したいんですって。・・・残される私はどうすれば良いのよ、まったく」

 

「ご安心を。私が必ず凛を勝者にしてみせます。ーー騎士の誇りにかけて」

 

「娘を・・・お願いします」

 

車椅子に乗ったまま頭だけ下げる葵。震える身体がセイバーに想いの強さを感じさせた。

 

「ここが娘の部屋です」

 

凛をベッドに寝かせて布団をかける。横から葵が凛の髪を撫でて微笑む。慈愛に満ちた母の顔。娘に愛を与え守ろうとする強い意志。娘に何もしてやれなかったセイバーは心を締め付けられる思いだった。自分で産んだ子供でも望まれて生まれた子供でもなかった。だが、たとえ王の器でない娘であっても愛される権利はあった。それを与えてやれなかった。

 

ーー円卓の崩壊を招いたのは愛するのを止めてしまった私のせいだ。

 

『王には人の心が分からない』

 

誰よりも完璧な忠臣はそう言った。

 

『無欲な王など飾り物にも劣るわい』

 

大陸を征服し続け民を魅せ続けた漢はそう言った。

 

「・・・私は」

 

「悩むのは大切なこと。逃げちゃ駄目よ。一回でも逃げちゃえばもう先には進めないの」

 

葵はセイバーの手を握った。伝わってくる母の温もり。

 

「すみません、まだ迷いがあったようです」

 

「良いのよ。サーヴァントだって人間だったんだから。・・・ごめんなさい、偉そうなことを言っちゃって」

 

「謝らないでください。奥方のお陰で少し楽になりました」

 

セイバーは空いた手を凛の頬に優しく当てる。

 

「奥様、そろそろお部屋にお戻りください」

 

部屋の外から声が聴こえる。セイバーは警戒を強めた。直感スキルを持つセイバーが声をかけられるまで気配を感じなかった。只者ではない。葵は知っている人物なのか声を返す。

 

「入ってきてウォルター」

 

「失礼致します」

 

「紹介するわ。ウォルター・c・ドルネーズよ。家の執事をしてもらってるの」

 

「ウォルター・c・ドルネーズと申します。貴女様がサーヴァントですね。なるほど、私では大変そうですな」

 

「セイバーとお呼びくださいウォルター。貴方も相当な実力者のようだ。動きに無駄がない。卓越した技能と経験をお持ちらしい。これなら奥方を安心してお任せ出来る」

 

「英霊に褒められるとは光栄ですな」

 

セイバーが見る限りウォルターには一部の隙もない。今斬りかかれば確実に止められるだろう。無論、そんなことはしないが。

 

「--おや、こんな時間にお客様ですか。丁重におもてなしをしなければなりませんな」

 

ウォルターが呟いた直後遠坂邸に張られた結界が侵入者を知らせた。信じている直感が鈍っているのかセイバーは悔しそうな表情をしている。

 

「屋敷内まで侵入を許すとは・・・。暗殺に特化した方のようだ」

 

「おそらくアサシンでしょう。凛が疲弊している今であれば私を討ち取れる可能性がありますから」

 

セイバーの召喚で魔力をほとんど持っていかれた凛。魔力供給の少ない今ならセイバーも宝具を使えまいと判断したらしい。もっともセイバーが最初から内包する魔力量であれば宝具を一回撃つくらいはできる。撃った後は動けなくなるのでそれが狙いなのかもしれない。どの道ここまで侵入されては撃退するか逃げるかの二択。セイバーに逃走の選択肢はない。敵が来たなら迎え撃つ。

 

「私が撃退しますのでウォルターは奥方を」

 

「いやいや、ここは私にお任せを。屋敷に侵入したお客人は執事がおもてなしするのが自然でございます」

 

ポケットからグローブを取り出してウォルターはドアを開ける。

 

「ま、待ってください。人間がサーヴァントに挑むなど無謀ですっ!!」

 

「無茶も無謀も昔はよくやったものです。お美しい女性に引き止められるシチュエーションも悪くありませんな。年甲斐も無く燃え上がってしまう」

 

ウォルターの眼鏡が月明かりを反射する。セイバーには彼の眼が嗤っているように思えた。

 

「奥様、行って参ります」

 

人間とは思えぬ速さで駆け出す。飛来する短刀を躱し指をクイッっと曲げる。ウォルターを襲った短刀はベクトルを変え逆に投擲された方向へと投げ返される。投げたらしい黒装束の侵入者はそれを難なく受け止めてウォルターと正面から向き合う。その間5メートル。侵入者からすれば一足で懐に入り込める。

 

「ほう、流石はサーヴァント。視えているようだ」

 

張り巡らされた糸。下手に動けば絡めとられ息の根を止められる。アサシンにはそれが容易に理解できた。暗殺を得意とするアサシン。様々なトラップ、暗器に通じている彼だからこそこの糸の危険性を看破できたといえる。そしてタネが明かされればアサシンの脅威ではない。軟体動物のように糸をかいくぐりウォルターに短刀ダークを投げつける。ウォルターは糸を密集させてそれを弾くもアサシンはウォルターの後ろに周ってもう一本の短刀をウォルター目掛けて突き出していた。幸い身体を前に投げ出して躱すことに成功したウォルター。完全に躱せなかった為腹部を僅かに血で濡らす。

 

「他愛なし」

 

アサシンは得意気に仮面の奥で口を歪ませる。もはや負ける要素がない。一気に終わらせるーーはずだった。

 

「・・・」

 

腕も脚も何かに固定されている。アサシンは逃れようと必死だが更に絡まっていく。

 

「危なかった。もう数年遅ければやられていました。やはり昔のようにはいかないものだ」

 

ウォルターは自嘲して糸を引く。

 

「last(レスト)」

 

通常の糸ではサーヴァントを倒せない。そこでウォルターと凛が研究の末開発したのがこの糸。遠坂の魔術を使い糸にあらかじめ魔力を持たせる。攻撃の瞬間だけ呪文を用いることで破格の威力を実現できる。ランクにしてB+。数秒間しか効果をもたらさないので実践で外すと後が無い。その為予備を何本も用意しなければならなかった。執事としての給金が全てその代金に当てられているのは言うまでもない。

 

アサシンに絡む糸が肉を裂く。13分割されたアサシンの成れの果てをウォルターは見下ろす。アサシンはこんなにも弱いものなのだろうか。老いたウォルターですら倒せるサーヴァントなどを生贄にして奇跡を起こすなど信じられない。

 

「なんらかの方法で弱体化していたのか」

 

アサシンの肉片が消滅していく。英霊の消滅の瞬間とはあっけないものだとウォルターが踵を返そうとしたときありえないものを見た。肉片の心臓部から紙が巻きつけられた短刀が現われたのだ。読めない文字で書かれているが魔術的なものだろう。これを使ってこのサーヴァントもどきを操っていたらしい。

 

「キャスターのサーヴァントの仕業か?いや、衛宮と遠坂は同盟を結んだ。裏切るなら聖杯戦争の終盤のはず。つまりこれは他の5つのクラスのサーヴァントの宝具かスキル」

 

遠隔操作してこの精度。隠密スキルまでついているとは恐れ入ったとウォルターは眼鏡をくいっと定位置に戻す。これがサーヴァント。これが聖杯戦争。まさに人類を越えた者達が集う究極のバトルロワイアル。

 

ウォルターはグローブをポケットにしまって腹部を摩る。服に穴が開いてしまったとウォルターは肩を落とす。ハンカチで出血箇所を抑えてセイバー達が待つ部屋を開ける。

 

「怪我をしたのですか!?」

 

「お恥ずかしい限りです。奥様、申し訳ございませんがお部屋へはセイバー様に押してもらってください。私はここで止血を致します」

 

「大丈夫なの!?」

 

「かすり傷でございます。ご心配には及びません」

 

「良かった。ゆっくり休んでね」

 

これだけの騒ぎでも目を覚まさない凛。心なしか顔色は良くなっている。ウォルターも安堵して処置を始めた。

 

「老いすら愉しむはずだったのですがね」

 

疲れた様子のウォルターの声に眠る凛の瞼がピクリと反応した気がした。

 

 

 

 

 

 

name遠坂葵

 

賛否両論ある女性で貞淑なのか責任放棄なのか分からない人。魔術師だから仕方ない、夫の言うことだから仕

 

方ないと実に時臣の妻らしい一面を見せる。今作では脚に後遺症が残り車椅子生活ではあるものの精神状態は

 

良好。雁夜との確執は未だ残るものの桜との一軒以来考えないようにしている。桜に負い目があるせいで間桐

 

と聴くだけで怯える。

 

name アルトリア・ペンドラゴン

クラス セイバー

筋力A 魔力A 耐久B 幸運A+ 敏捷B 宝具C、A++~EX

 

宝具

 

風王結界(インビジブル・エア) ランクC 対人 レンジ1~2

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー) ランクA++ 対軍 レンジ1~99

 

全て遠き理想郷(アヴァロン) ランクEX 結界 対象一人

 

スキル

 

直感A 戦闘時、未来予知に近い形で危険を察知する能力。

 

魔力放出A 身体や武器に魔力を纏わせて強化して戦う技能。

 

カリスマB 戦闘における統率・士気を司る天性の能力。一国の王としては充分すぎるカリスマ。

 

対魔力A A以下の魔術は無効化。事実上、現代の魔術で彼女を傷つけることは不可能。

 

騎乗B 大抵の動物を乗りこなしてしまう技能。幻想種(魔獣・聖獣)を乗りこなすことはできない。

 

 

説明

 

ブリテンの伝説的君主・アーサー王その人である。15歳で選定の剣を引き抜き、不老の王となった。

王となった彼女は騎士達が望むような「完璧な王」として振る舞うが、彼女の合理主義的な決断(一つの村を

 

干上がらせ、物資を調達し軍備を整えるなど)は理想論的な騎士道精神を掲げる騎士達と相容れることはなく

 

やがて円卓の中で孤立していくこととなる。 (wiki参照)

第四次聖杯戦争にランスロットが参加していないせいでほぼ4次の性格のままである。騎士道を重んじ悪しき

 

を憎む善人。今度こそ清々堂々と戦いたいと思っている。聖杯に願う望みは変わらないがセラスを犠牲にして

 

しまったせいで妄執には取り付かれていない。

 

腹ペコ王万歳。

 



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予期せぬ出会い

ーータッタッタッ。

 

閑静な住宅街を必死に走る少年。時刻は朝の1時過ぎ。終電も終わり帰宅する人影も見られない。少年の息は途絶え途絶えでなりふり構わず逃げ回っていることが容易に理解できる。実際、アスファルトの上を走っている自身の足音すら煩いと感じてしまうくらいに少年は追い詰められていた。

 

「クソッ!!」

 

少年は横の茂みに飛び込む。その直後彼がいた場所に大きなクレーターができ、そこには一本の矢が刺さっていた。通常の矢ではコンクリートを砕くことなど不可能に近い。出来たとしても機械を使用してようやくといったところだ。しかし、日本の住宅街にそんな物騒なものは存在しない。ならば答えは一つ。

 

ーーサーヴァントだ。

 

少年の名を間桐慎二と言う。魔術師の家系であった彼だが魔術回路と呼ばれる魔術を使用する上で必要最低限のものすら開花できず一般人同然に育ってきた。彼は一般人の中では優秀な部類に入る。学校でも先生方の信頼も厚く、クラスメートだけでなく学校中から愛されている。だが、それだけでは足りないと思うようになってしまった。彼の高いプライドがそれを許さなかった。あの日、間桐家から追い出される時の桜の顔が脳裏から離れなかったのだ。興味の無い人間に向ける凍えるような表情。以来彼は人を助ける行動を続けた。あの日の桜から逃れるために。己の無聊を慰めるために。

 

「ちくしょうっ!!僕は・・・天才なんだ!!」

 

外面を外した彼の内面は自己賛美と虚栄に満ちている。そうでなければ正気など保てなかった。祖父や父を奪われ、叔父に哀れみの目を桜に間桐家を奪われた。残ったのは才能ある自分のみ。そうやって彼は自分を高め、結果を出し続けた。

 

「おかしいじゃないか!!こんなの間違ってる!!」

 

頑張ったのに報われない。スタートラインにすら立てない。

 

ーーお爺様の遺産でマスターの資格を手に入れたのに。

 

「案外脚が早いのね。サーヴァント相手にここまで逃げられるなんて凄いわ」

 

それは隕石の落下を彷彿させる轟音と烈風と共に慎二を見下ろす。彼を殺すであろう脅威は驚くほど可憐で美しい。見た目は10歳にしか見えないがきっともっと上に違いない。少女の後ろに佇む巨漢は巌の如き肉体を晒し、その手には岩を削った斧を持っている。

 

ーーああ・・・死ぬのか。

 

慎二は死神を前にした罪人はきっとこんな気持ちなんだろうと目を閉じた。これでチェックメイト。

 

ーーせっかく令呪を手に入れたのにホント・・・僕って運がないな。

 

「でも鬼ごっこはおしまい。貴方を殺さないと士郎のところにいけないもの。だから・・・さようなら」

 

巨漢の盛り上がった筋肉で振り下ろされる石斧は間桐慎二を崩れた豆腐のようにグチャグチャに破壊する。それが彼の運命。覆せるモノなど存在しない。たとえ分厚い金属の盾でもこの一撃は耐えられまい。

 

ーーどうすれば。

 

彼の人生が走馬灯となって脳裏を駆け巡る。

 

ーー知っている。

 

間桐慎二は過去に対処法を聴いた。

 

ーー無いものは他から持ってくる。

 

『魔術師になりたいなら覚えておけ』

 

慎二の父はそう言って慎二を海外に送り出し、失踪した。

 

ーー方法は分かった。後は実行するだけっ!!

 

「誰でも良い、僕を助けろっ!!ばかやろぉぉぉぉぉおおおおおお!!」

 

慎二に刻まれた令呪が輝き次の瞬間、目前まで迫った死が跳ね除けられた。

 

「へっ?」

 

巨漢が少女を抱きかかえ後方へと距離をとった。慎二と巨漢の間に立つのは一人の女性。その手には石斧を跳ね除けた紅槍。慎二は一瞬で心を奪われた。その女性の外見にではない、その在り様にだ。

 

「全く、いきなりとは無粋な奴だ。女性のエスコートがなってないな」

 

女性の第一声は冗談混じりの非難だった。口元が笑っていることから彼女はこの状況を楽しんでいると推測できる。巨漢に抱えられた銀髪の少女は面白いものを見つけたと嫌な笑みを浮かべた。

 

「まさか貴方がマスターだったなんてね。てっきり一般人かと思ったわ。貴方のサーヴァントは槍を持ってるからランサー?」

 

「そっちは・・・セイバー?って柄でもなさそうだ。バーサーカーにしては理性がある。ってことはアーチャーか?」

 

「アサシンかもしれんぞ」

 

「腕力だけじゃなくユーモアのセンスもあるのか。でも残念、筋肉の付き方が違う。これでもワタシはいろんな戦士を見てきたからそのくらい分かるさ」

 

槍をクルクルと回して動きを確認しながらランサーはキリッとした表情を緩ませ、アーチャーもつられて頬を緩ませる。マスターの少女はそれを咎めアーチャーは苦笑して謝った。先程までの出来事が嘘のようだ。慎二も立ち上がって緊張で固まった身体をほぐす。ランサーは振り向き様慎二の額を軽く小突いた。ランサーの槍の石突は尖っており僅かだが額から血が流れてきた。

 

「痛っ!!」

 

「う~ん、まぁまぁか。おい、喜べ。お前をマスターとして認めてやる。その代わり後で血を寄こせ」

 

「うぇ?僕の血なんて何に使うんだよ?」

 

「魔術回路を創る道具を作る。お前魔術を使えないだろ。お陰でこっちに魔力が送られてこない。この戦闘くらいは耐えられるがそれ以降は難しいからな。早めに処置させてもらう」

 

「ぼ、僕に魔術回路が・・・」

 

「分かったら黙って待て。追い払うから」

 

黒い肩まである髪をうっとうし気に手で払う。紅槍の穂先がアーチャーを指す。アーチャーも律儀に待っていたらしく少女を下がらせて己が武器を強く握る。両者の表情に緊張はない。あるのは自信と信頼。こいつなら全てを受け止めてくれる。互いにそれを感じ始めていた。

 

「ーーはっ」

 

ランサーは肉食獣の構えに似た低い体勢で槍を構え一瞬で槍の届く距離まで踏み込むと槍をアーチャーの脚へと突き出す。アーチャーはまるで知っていたかのように狙われていない脚を軸にして狙われた脚を槍の魔の手から逃した。脚はそのまま軸を中心に円を描きランサーの顔の側面を狙う。恐ろしい速度で繰り出される回し蹴り。ランサーはその一撃にタイミングを合わせて高跳びの要領でかわすと空中で槍を一息で十二回繰り出した。アーチャーもこれには驚いたのか石斧を盾にして防ぐ。十二の内の一突きがアーチャーに刺さったと思われたが槍はアーチャーの肉体を貫けず、変わらずアーチャーは無傷だ。

 

「驚いた・・・貴方の身体は岩で出来ているらしい」

 

「我が肉体は槍程度では貫けぬ」

 

「ほう・・・この槍を侮辱するとはな。ーー死んでおくか?」

 

アーチャーの挑発にランサーの眼の鋭さが増す。ランサーの持つ槍は愛弟子との絆であり誇りでもある。それを貶されて黙っていられるランサーではない。より早く鋭く何度も何度も攻め立てる。アーチャーも致命傷になりそうな場所を護りつつカウンターを狙う。

 

ーー相手はアーチャーだというのに攻めきれない。

 

アーチャーとは中距離から遠距離で弓などの狙撃武器を使用して攻撃するクラスのことで近距離ではどうしてもセイバーやランサーに劣ってしまう。ランサーの敏捷はA。アーチャーがついてこれる速さではないはず。しかし、このアーチャーはランサーの速さに十分に渡り合う。この時点でこのアーチャーの候補が絞り込める。弓を使用した伝承を持ち、且つ近接戦闘や武器を使わず体術を修めている英雄。ここまでくれば数えるほどしかいない。ランサーにはおおよそ検討がついていた。

 

「伝承通り化け物じみた力と肉体だ」

 

「ほう、我が真名に至ったと?」

 

「強靭な肉体、弓兵でありながら近接戦闘を好み、腰に巻いた獅子の毛皮。これだけ揃えば十分だ。有名すぎるのも考え物だな・・・ギリシャの大英雄ヘラクレスよ。貴方ほどの大英雄であれば私の槍を馬鹿にされても文句は言えないな」

 

「謙遜しても意味はない。紅い槍、女性、そして私の力に匹敵できる腕力を齎すルーン魔術。この地では知らぬ者も多いが、私は貴女を尊敬している。影の国の女王ーースカサハ殿。貴女の育てた戦士は皆大成し、神話に名を残した。偉大なる指導者である貴女は我が師ケイローンを思い出させる」

 

「かの賢者を引き合いに出されるとは嬉しい限りだ」

 

会話の最中も手を止めることはない。刺し、薙ぎ、砕く。傷こそどちらもないがその差は徐々に現われ始めた。

 

「どうした、動きが鈍っているぞ?」

 

ランサーの速さにアーチャーが反応しきれなくなってきたのだ。ルーンの全てを極めたランサーの魔術はキャスタークラスに相当する。ランサークラスの速度にキャスタークラスの魔術が合わさればセイバークラスのステータスを優に越え、アーチャーでも反応しきれないものとなっていた。

 

「スピードでは叶わぬか・・・。だが、ルーン魔術の常時使用は消滅を早めるぞ」

 

「大きなお世話だ」

 

一進一退。当てられないアーチャー、貫けないランサー。一発当てれば良いアーチャーと攻撃が通用しないランサー。この差は大きい。

 

「このままではジリ貧か・・・止む終えまい」

 

ランサーの槍から禍々しい呪詛が漏れ出す。素人の慎二でも感じ取れる呪いの塊がアーチャーに伸びていく。アーチャーは保有スキルの心眼(偽)からかその気配を読み取り連続で斧を奮う。ランサーは軽いステップでアーチャーの猛攻を躱し槍に力を集中させていく。

 

「さあ、防げるものなら防いでみろ!!」

 

ランサーの紅槍の先に呪いが集まる。

 

「Dun Scaith Nathair(影に潜む勇者殺しの蛇)!!」

 

そして、呪いの塊が蛇のようにうねりアーチャー目掛けて放たれる。アーチャーは石斧で払おうとしたがすり抜けアーチャーの心臓に喰らいついた。

 

「ぐあぁぁぁああああああああ!!」

 

アーチャーの心臓に直接喰らいつき呪いという毒を注入する対人宝具。かつて多くの勇者達を死に貶めた影の国の蛇の毒はヒュドラの毒ほどではないが英雄を死に至らしめるには十分な毒だ。

 

「苦しかろう、その毒は死ぬまでお前を呪い続ける」

 

「アーチャーっ!!」

 

イリヤスフィールが焦りながらアーチャーに駆け寄る。胸を押さえ蹲るアーチャー。勝負あったかと慎二もランサーに駆け寄る。

 

「さ、さすが僕のサーヴァントだ。褒めてやっても良いんだぜ?」

 

「はぁ、お前は後で矯正してやるから覚悟しておけ」

 

ランサーも多少力を抜いて慎二の言動に獰猛にそう答えた。一人脱落。残り6人。そうなるーーはずだった。

 

「・・・ん?」

 

静かだ。静か過ぎる。アーチャーの苦悶の声もない。死んだように固まっているアーチャー。

 

「・・・まさか」

 

ランサーの嫌な予感は当たった。アーチャーは立ち上がったのだ。何事もなかったかのように。平然と立ち上がった。ランサーは慎二を茂みに投げ捨てて槍を構えた。

 

ーーこれほどとは。

 

十二の試練。十二の功業を成し遂げたヘラクレスを象徴する宝具。肉体そのものが宝具であり、Bランク以下の攻撃を無効化し死亡しても自動的に蘇生魔術がかかる。さらに一度受けた攻撃は二度とヘラクレスには効かず、蘇生のストックは11個。ギリシャ神話を代表する大英雄にふさわしい反則級の宝具の前に呪いはその効力を発揮できない。

 

「蛇では私は殺せん」

 

「・・・不死身の英雄。初戦で当たるとは運が無い」

 

「私も本調子の貴女と戦いたかったがこれも運命(さだめ)」

 

「戦争をやっているんだ。本調子なんて求めてはいない。ただ最高の闘いを楽しむだけだ」

 

二人の英霊は呼吸を整え構える。一触即発。その大事な場面でアーチャーの腰の毛皮が引っ張られた。アーチャーのマスター、イリヤスフィールだ。

 

「・・・貴方には申し訳ないけどこれでおしまいよアーチャー。時間も遅いし今日はお城に帰りましょう」

 

「チャンスを棒にふるのか?」

 

「見逃してあげるって言ってるのよ。さ、いきましょうアーチャー」

 

「了解した。スカサハ殿、次は本調子の貴女と戦いたいものだ」

 

「・・・そちらに弓を抜かせられるよう頑張るとしよう」

 

アーチャーの撤退を確認してランサーは慎二を投げ捨てた茂みに入る。案の定慎二は意識を失っていた。ランサーは慎二を槍に引っ掛けて住宅の屋根から屋根へと飛び移る。その顔は獰猛に笑っていた。

 

 

 

 

name スカサハ

クラス ランサー

マスター 間桐慎二

筋力C+魔力A耐久C+敏捷A幸運B宝具B~A+

 

宝具

 

必殺す女王の槍(ゲイ・ボルク)ランクA 対人 レンジ1人

スカサハ・オリジナルのゲイボルク。一度放てば必ず相手の心臓を貫きその後無数に枝分かれして心臓を串刺しにする。因果の逆転の呪いを利用して当たったという結果を先に生じさせるため余程の運や防壁が必要となる。

 

 

死散する三十の棘(ゲイ・ボルク)ランクB+ 対軍 レンジ1~30

ゲイ・ボルクを投擲することで敵を追尾する三十本の鏃となって襲い掛かる。この鏃は一本一本がランクB相当であり、この攻撃で傷ついた相手は敏捷が1ランク低下する。

 

 

影の国(アルバ)ランクA+ 対国宝具 レンジ1~99

影の国の女王スカサハの世界。固有結界でありその中には底なし沼、蛇や魔物が生息しており侵入者達を苦しめる。魔物や蛇はそれぞれサーヴァント扱いでありスカサハはそれらから魔力を吸い取ることが出来る。吸い取りすぎると固有結界そのものが使用できなくなる。また、この中では他者によって齎されたスキルは使用できない。キャスターのクラスで呼び出されていれば他者から受け取った宝具の使用も禁止される。

 

スキル

 

ルーンA+ 

 

軍略D

 

英雄教育EX 英雄に育てる能力。彼女に教えを受けたものは神話に名を残す。

 

心眼(真)A 幾多の人、神、亡霊を屠ってきたことで培われた戦闘理論。

 

 

説明

 

影の国の女王で女神。今回は女神ではなく英雄としての側面から召喚された。彼女はケルトのヘラクレスーークーフーリンを育て、ゲイ・ボルクを与えた。ルーン魔術や呪術を使用でき、オイフェというライバルがいた。獰猛だが理性的で弟子には優しい(厳しい)。イメージとしては空の境界の眼鏡を外した橙子とエクストラのライダーを足して二で割った性格。一人称はワタシ。ランサーなのに幸運がBと高め。

 

 



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淑女の御持て成し

「作戦開始」

 

合図に合わせて魔力が集約していく。紫色に見えるその魔力は塊となって圧縮と膨張を繰り返しながら球の形をとって大砲の弾ほどの大きさになった力の奔流は流れを造り始め球の中を運動し始めた。

 

「ーー」

 

それは如何なる呪文か。ローブの奥から聴こえたその一言で球は射出され膨大なエネルギーを纏って音速の壁をぶち破る。しかし、音速を超えた時に生じる衝撃波や爆音はない。完全な無音。目視すれば誰もが危険だと分かるというのにその魔力の塊はあまりにも静かすぎた。進む先には今は誰も使っていない洋館。このまま着弾すれば洋館は木端微塵となって地図から消えるだろう。しかし、目的もなく無人のはずの洋館に攻撃をするはずはなかった。

 

「宣戦布告もなしに攻撃とは穏やかじゃない。キャスターらしい姑息さだ」

 

いつの間にか現れた男は不快そうな顔を隠そうともせずそう呟いた。彼はイヌ科らしき巨大な獣の背に乗っており手には手綱を握っている。それを少し引くと獣は勢いよく飛び上がり魔力球をボールをキャッチするように口で咥え、噛み千切った。

 

「自分一人では何も出来ないライダーにだけは言われたくないわね」

 

「騎乗兵が乗り物を使うのは当たり前だ。お前とて魔術がなければ何もできまい」

 

「他力本願なのが気に入らないのよ」

 

「ならば他のサーヴァントにも言ってやれ。英雄なんぞ武器や生まれのおかげで成れるもんだからな。本人の努力なんてほとんど関係ない。でなければ努力した人間が英雄に成れないわけがない」

 

「屁理屈ね。つまらない男」

 

「ネチネチと喧しい女だ。どうせ男に捨てられたんだろう?お前のような女は何人も見てきた」

 

「・・・死にたいようね」

 

「図星をつかれて逆上か?これだから女は面倒なんだ」

 

「ーー」

 

耐えきれなかったキャスターはライダーの頭上に氷の塊を発生させ落下させる。空を覆い尽くす1tの氷の塊を一瞬で発生させるキャスターの能力に関心を抱きつつ手綱を操り紙一重で抜け出す。キャスターはタイミングを合わせて大魔術を展開するがライダーの駆る獣に食い破られ慌てて空へと飛び上がりそのまま空で浮遊を始めた。

 

「魔術師としては一流か。だがそれ故考えが読みやすい。おとなしく籠城でもしていろ。でなければここで消えるぞ」

 

「くっ、やっかいな狗ね。魔力を食べる狗なんてそうはいないけれど・・・聖杯で呼べるものかしら」

 

思い浮かべたのは北欧の神喰い狼。あんなものを呼ばれれば勝ち目など万に一つも許されないだろう。

 

「俺の真名に辿り着くのは至難の業だぞ?」

 

獣が地を疾走し、キャスター目掛けて飛び上がる。キャスターは軽く手を振って小型の魔術30を波状に展開して逃げ場を与えない。波状攻撃の中に同じ魔術は存在せず、雷、火、氷など属性も規模もバラバラで速度も統一ではない。そこに付け入る隙があるはずではあるが、キャスターには空中というアドバンテージがあり、地を駆ける狗では空中で方向転換が出来ない。だからこそ速度を合わせる波状攻撃よりもどの属性が一番効果的かを調べるためワザとバラバラな属性で仕掛けたのだ。キャスターの予想通り狗はキャスターの魔術を弾くことも躱すこともままならず主人の盾となって地面に叩き付けられた。

 

「あら、呆気ないのね。対魔力も牙だけのようだし、期待外れだわ」

 

「君を見くびっていたようだ。正直肝が冷えた」

 

「ご自慢の子犬ちゃんは再起不能だけれど次があるの?」

 

そう。ライダーが乗っていたのは小さな子犬。宝具の影響を受けて巨大化しキャスターの魔術を食い破るまでに強化されただけで宝具の影響下から抜ければ子犬に戻るだけ。息がまだあるとはいえ長くはもたない。ライダーも見捨てる気はないらしく忌々しげにキャスターを睨む。

 

「期待されては仕方ない。次を用意しよう」

 

ライダーは足元の木の枝を拾って綱を巻き付ける。すると木はみるみる姿を変え巨大な木製のゴーレムとなった。これにはキャスターも驚きを隠せない。相手はライダーであってキャスターではない。キャスターでもこのサイズのゴーレムを造るのには時間を要する。それをライダーは数秒で完成させたのだ。

 

「面白い宝具ね。実体のあるモノに使うとそれがなんであれ宝具になるってとこかしら。支配、変化、強化、投影の応用か・・・魔術師に喧嘩を売ってるわ」

 

「貰い物に文句を言われてもな」

 

「・・・ほんとつまらない男」

 

ゴーレムの拳をキャスターはヒラリと躱しゴーレムの肩に乗っているライダーに火の矢を飛ばす。矢はゴーレムの手に阻まれたがキャスターの狙いは直接攻撃ではなくゴーレムへの様子見。ライダーのクラスが騎乗するものには少なからず神秘が宿っているもので対魔力持ちの幻獣やゴーレムなども珍しくない。いくらその辺の枝を使った急造ゴーレムであっても宝具を使っている以上油断は許されない。唯の犬が巨大な狼となりキャスターの魔術を食い破った。このゴーレムが対魔力を持つ可能性は否定できない。幸いキャスターのマスターは聖杯戦争の備えをしていたため魔力に関してはアドバンテージがある。急ぐ必要も無理をする必要もない。情報のないサーヴァントを調べるのが目的であって倒すのはまだ早い。彼女はマスターを嫌っているが方針に逆らうほどでもない。足りないものを補うのは魔術師として間違っていないしキャスターもそうしたことがある。利用してその見返りとして聖遺物のコピーなどを与えているからギブ&テイクで等価交換も守っている。ただ少し気に入らないだけ。

 

「火がつかない」

 

「生木は燃えにくいんだ。そんなことも知らないのか?」

 

「・・・どう見ても枯れ木だったはずだけれど?」

 

「成長して動くのなら生木であっているだろう?」

 

「・・・」

 

今の会話からこのライダーは神代か紀元前の生まれだとキャスターは推測した。ライダーの先の言葉に冗談は混じっていなかった。彼にしてみれば木が動くのは普通らしい。それがファンタジーだとしらないのだ。キャスターの視線がライダーの手綱を捉える。宝具にしては神秘が薄い。また、長さが対象によって伸縮している。ライダーのクラスは他のクラスより真名の判別が容易のはずだがこのライダーは見当がつかない。枝で戦ったランスロットは有名でも枝を使ってゴーレムにするなんて伝説は聞いたことがないからだ。

 

「ん、魔力切れか?」

 

「いいえ、まだまだ余裕はあるけれど今日はここまでにしておくわ。貴方のマスターが無事だと良いわね」

 

「マスターなら問題ない。丁度いま戦闘が終わって、君のマスターを返り討ちにしたとこだ」

 

「・・・なんですって?」

 

「信じるも信じないもお前次第だ」

 

キャスターはローブを翻して虚空へと消えた。と同時にゴーレムは崩れた。

 

「・・・危なかった。次はもっと強い触媒を集めないとな」

 

子犬を拾ってライダーは屋敷に戻った。彼のただいまという言葉に彼のマスターはおかえりなさいと微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

キャスター襲撃に合わせて衛宮士郎は屋敷に潜り込んだ。キャスターの張った結界のおかげでライダーにも気付かれてはいない。囮にしたキャスターへのサポートが出来ないので早期に事を終わらせなければならない。足音を消して一階を調べたが人影はない。二階へ続く階段を上り愛用のトンプソン・コンテンダーを握り締め屋敷の主を探す。が、見つからない。そこまできて士郎は自分が相手の胃袋の中にいると悟った。開いた左手で黒鍵を投影し窓に投擲する。

 

「・・・クソッ、騙されたな」

 

窓は黒鍵を飲み込み亀裂の一つもつけられない。この空間はある意味異界と化しているようだった。

 

「騙すのは貴方の特権ではなくてよ?招待状を渡したのはわたくしですが物騒なものをもってきたのですから当然ですわよね」

 

「・・・エーデルフェルト」

 

天工が魂を注ぎ込んだとしか思えぬ美貌。金色の巻髪と青いドレスが彼女を一層引き立てまるで有名な舞台女優のような優雅さと美しさ。纏うオーラは獅子のようで生来のカリスマも感じさせる。

 

「ええ、わたくしはルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。エーデルフェルト家・現当主にしてエルメロイ教室の首席候補とまで言われているーー貴方はご存知でしたわね」

 

「君には参加しないようエルメロイ先生に頼んだはずだ」

 

「ええ、言われましたわ」

 

「なら、何故?」

 

「貴方とミス遠坂の事が気に入らない、ではいけませんか?」

 

「とてもフィンランドに居を構える宝石魔術の大家とは思えない発言だ」

 

「わたくし、力のない人間に指図されるのが嫌いでして。ご理解頂けましたか?」

 

彼女は宝石を見せつけて姿勢を落とした。彼女は言外にこう言っているのだ。『止めたければ力を示せ』と。

 

「はぁぁぁああああ!!」

 

プロレス技の一つにスピアーという技がある。これは助走をつけてラグビーやアメフトのタックルのように低い体勢で相手の腹部へ肩、頭からぶつかっていく体当たりで一般的にテイクダウン技である。しかしそれは常識の範囲での話でこれに魔術が加わると劇的な変化をもたらす。

 

「美しくっ!!」

 

両足に仕込んであった宝石を惜しげもなく解放し、肉体、特に頭を強化して亜音速で50メートルほどの距離を移動する。ランサーのサーヴァントの速度にも届くその一撃を士郎は反応しきれず腕で受けた。

 

「ーーカハッ!!」

 

士郎は重力など無視した水平方向に飛ばされ壁に埋まる勢いでぶつかり結果、士郎の腕、肋骨は軋みを上げてそのまま折れた。ルヴィアはフンッと鼻を鳴らして胸元からデザートイーグルを取り出して士郎に向けて全弾発砲した。士郎の体に44マグナム弾がその威力を発揮し士郎を破壊ーーすることはなかった。

 

「タイムアルター・・・ダブルアクセル」

 

一瞬で士郎は射線上から逃れ物陰に隠れる。

 

固有時制御。自身の時間流を加速・減速させる魔術で高速戦闘やバイオリズム停滞などによる隠行を可能とさせる魔術で亡き養父切嗣の形見でもある。

 

「ぐあぁああ」

 

いかに形見であっても魔術は等価交換。2倍の速度で動けば反動も大きい。正統な衛宮の魔術師でない士郎は使用はできても反動は切嗣のそれより大きい。眩暈と吐き気、全身の痛み。切嗣の魔術は士郎の体を蝕んでいく。

 

「・・・これが正義の重みなんだよな、爺さん」

 

「骨は確実に折った手ごたえがありましたのに丈夫ですのね、貴方」

 

「普通なら死んでたぞ・・・。あと、魔術師が銃なんて使って怒られないのか?」

 

「呼吸も安定してますわね。治癒系魔術なんて習得してましたの?」

 

「会話のキャッチボールって知ってるか?」

 

「もちろんですわ。互いにボールを投げあってどちらが先に倒れるか競う遊びですわ」

 

「・・・」

 

「冗談ですわ。それに淑女を質問攻めにするのは趣味が悪くてよ」

 

「淑女がタックルかましてくるわけないだろっ!!」

 

物陰からトンプソンをルヴィアに撃って弾かれる音で場所を特定した士郎はトンプソンを腰のホルダーに入れて無手で身を乗り出す。届かぬ距離ではないが圧倒的に銃のほうが早い。そう考えて身を乗り出した士郎を迎えたのは指で銃の形を作ったルヴィアだった。その人差し指は士郎に向けられている。

 

ーーやばい!!

 

銃ならばいくらでも弾き様はあった。着ている服は銃弾でも通さないし、この距離ならば勝てるという自信があった。それもあくまで相手が銃で応戦する場合のみ。

 

「ガンド」

 

シングルアクションで迫りくる呪いは防げない。フィンの一撃に例えられる彼女のガンドは銃弾より強力で質が悪い。掠りでもすればその部位は呪われ行動が制限されることだろう。

 

「タイムアルター・・・ダブルアクセル!!」

 

目の前を通り過ぎるガンド。固有時制御を一旦解除し、倒れたくなるのを必死に堪えて士郎は投影を開始する。創造するのは祝福儀礼済みのバヨネット。師にあたる神父の好む武器。

 

「トレース・オン」

 

口から血が流れても士郎は戦いを止めない。

 

「遅い!!」

 

ガンドから既に構えを変えていたルヴィアは士郎の剣を躱して周り込み背後から腕を回して士郎を持ち上げて勢いのままアーチを作る。プロレスで言うジャーマンスープレックスが決まった。士郎の頭部は床に埋まり、士郎の活動も止まった。

 

「タフなのは好きですが、しつこいのは嫌いですわ。早く持って帰ってくださらない?」

 

転移魔術で虚空から現れたキャスターにそう言ったルヴィアは胡乱気に肩を竦めた。

 

「・・・今お嬢さんを始末してあげましょうか?」

 

「出来もしないことを口にしてはいけませんわ」

 

「ふふ、そうね。ここは結界の中。差し詰め能力減退ってとこね。ライダーが戻るまで時間がないし」

 

「流石はキャスター。種類まで当てるなんて。敵にすると恐ろしいですわね」

 

「褒め言葉として受け取っておくわ。また会いましょう、お嬢さん」

 

「御機嫌よう、キャスター。そこの貴方も芝居など止めて真剣に勝負なさい。次は本気でいきますわよ」

 

闇夜に紫蝶が舞い風は吹き抜けていった。

 

 

 

 

 

 

name ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト

マスター(ライダー)

BWH 不明 体重49kg

物腰優雅で白鳥の美貌、気品溢れる言葉遣いのお嬢様。遠坂凛とは犬猿の仲。趣味はプロレスが好きで自身もプロレスを嗜む。特徴的な青いドレスは腕の部分が取り外せるようになっており、ドレスのまま戦闘ができるように改造されている。お嬢様口調に金髪縦ロールは私の大好物です。

ルヴィアの参戦理由も追々書いていくつもりですので生暖かい目で見守ってくださると幸いです。ちなみに私はucでルヴィアが持ちキャラです。

 

 

 



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間桐家の一日

赤い朱い紅い。

 

大地も、人も、空さえもアカイ。

 

ーー皆、死んだぞ。

 

農奴がいた、騎士がいた、信徒がいた、男がいた、女がいた、老人がいた、子どもがいた。共通点は皆一様にアカク染まり、皆等しく死んだということだけ。

 

ーーお前を信じた者たちは皆、死んだぞ。

 

あるものは手足を、あるものは心臓を、あるものは頭を。貫かれ、吊し上げられ、死んだ。

 

襲いくる敵は全て串刺しにした。逆らう臣民も串刺しにした。愛する者も串刺しにした。単(ひとえ)に神への信仰のために。

 

百人の為に一人が死ね。千人の為に十人死ね。万人の為に百人死ね。闘争という祈りと祈りと祈りの果てに神は降りてくる、天上から。

 

ーーそれで降りてきたかね?神は・・・楽園(イェルサレム)は。

 

哀れで惨めな私の元に馬の群れのように神は降りてくる。降りてこなければおかしいのだ。

 

ーー答えろよ王様。狂った王様。

 

何故。

 

ーー皆死んだぞ。

 

楽園は降りてこない。

 

ーーお前の為に、お前の信じるモノの為に、お前の楽園の為に、お前の祈りの為に。

 

神は降りてこない。

 

ーー皆、死んでしまった。

 

広がる視界。一面の荒野。アカク染まった広大な荒野。手足には枷。首に着けられた金属の首輪から伸びる鎖を引かれ、地に倒れこむ。切りそろえられていない長く傷んだ黒髪が砂を被って白く色をつける。

 

大きめの岩を削っただけの簡素な断頭台。そこへ無理やり押さえつけられ痩せ細った体が軋みをあげた。

 

ーーほら、見ろよ。これがお前の最後だ。

 

赤い朱い紅い。血のように鮮やかで美しい。だからこそおぞましく恐怖する。恐怖して、後悔して、神に懺悔をして死ぬ。

 

「あ、ああ・・・」

 

許されて良いはずがない。神によって罰されるならば納得もできる。だが結局は人間によって罰せられる。神はどこにいる、どうすれば会えるのだと男は天を見つめる。すると、彼の脳に直接語り掛ける声がした。

 

『さぁ、血を舐めろ』

 

天使の囁きでも神のお告げでもない。地の底かもっと深いところからの怨嗟にも似た声。男は瞬時にこの声を理解した。これは醜く愚かな人類への悪魔からの誘いの声なのだ。

 

『さぁ、血を飲み干せ』

 

次第に大きくなっていく声。天から地へと視線を落とすと血が男の元へとにじり寄って来ていた。不覚にも男にはこの血がどんな奇跡よりも美しく、儚く感じた。

 

「執行せよ」

 

下される、人間による裁き。神に祈りを捧げ続けた男の一生はあまりにも呆気なく、彼が積み重ねてきた悪行の重みも本来のそれではない。

 

男は死の来訪を伏して願うだけのはずだった。

 

だが、彼には選択肢が与えられてしまった。死ぬ間際彼が何を思ったかは分からない。そして彼の思いなど誰も分からないだろう。この狂おしいほどの感情を理解できる人間などいないから。

 

死を運ぶ断頭の斧が男の首目掛けて風を切る。

 

男は迷わず地を流れる死を飲み干した。

 

 

 

 

 

「夢、ですか」

 

日も上がらないというのに夢より醒めてしまった桜は窓を開けて風を浴びる。桜の汗で濡れたシャツがひんやりとして身体を程よく冷やす。目覚めが悪かったせいで頭が回っていない桜は無意識に寝台の横の水を探す。

 

「・・・あれ?」

 

水がない。寝台の横に水を常備する習慣がある桜だが昨夜に限って用意するのを忘れていたらしい。桜は首を捻ってから何かを思い出したかのようにうなずいた。

 

「そっか、昨日は雁夜さんと別々に寝たんですよね」

 

10年間の二人の生活の中で共に寝ない日など滅多になかったせいで気が動転していたのだろう。水を忘れたのも地獄のような夢もそのせいに違いないと結論付けて着替えを始めた。

 

「・・・また大きくなっちゃった」

 

半年前に買ったばかりの下着が桜の胸部を圧迫する。これ以上大きくなると凝ったデザインのものが選択できず、シンプルなものしか着用できなくなる。雁夜は下着に執着など全くないが、好きな男性に少しでも美しく見てもらいたい、桜の乙女心が妥協を許さない。

 

「むむむ」

 

両手で持ち上げるとずっしりと重い塊。夢がつまったその袋は今や桜の悩みの種でしかない。大は小を兼ねるというが、度が過ぎれば害となる。

 

女性らしい身体的特徴とはなにかと男性に聞けば大半が胸と答えるだろうが身長に比例していなければ着る服によって太って見える。かといって体のラインがはっきりとわかる服装にすれば視線が集まり男性からは劣情を、女性からは嫉妬を集めてしまう。

 

「・・・困ったなぁ」

 

桜は次の休みの日に下着を見に行こうと心に決めて学校指定の制服をクローゼットから取り出す。こちらは着ているうちに少し大きくなる生地なのでまだ少しだけ余裕がある。そのことに安堵して袖を通していく。

 

「リボンをつけて・・・うん、大丈夫です」

 

「おはようございます。今日は早起きですけど、どうしたんですか?」

 

「あ、婦警さん」

 

壁から顔だけを出してセラスは桜に軽く挨拶をした。朝の何気ない挨拶のようだが生首に挨拶される経験などあるのは桜くらいなものだ。

 

「・・・嫌な夢を見ちゃいまして、目が覚めちゃいました」

 

「あー・・・マスターの夢。どんな夢かは大体分かります。朝から災難でしたね」

 

たははっと苦笑するセラス。壁から顔だけが出ているのでシュールな絵面でしかない。

 

「嬢ちゃん、設置終わったぜ」

 

「お疲れ様です、ベルナドットさん。起動スイッチはベルナドットさんが持っててください」

 

「了解。でも桜ちゃんに内緒で設置して良かったのか?」

 

「・・・マスターの指示には逆らえません」

 

「・・・旦那だもんなぁ」

 

「聞こえているんですけど」

 

「あー・・・事後で申し訳ないのですが、間桐の結界が弱いので勝手に強化させて貰いました」

 

間桐の結界は元頭首臓硯死後、侵入者を感知し警報を鳴らす程度のものとなり下がり自衛できる機能がなかった。雁夜は魔術を本格的に習ったわけでもなく、桜も習いはしたが結界などは教えてもらえなかった。アーカードが戻ってきてからは結界のことなどすっかり忘れていたので今の今まで結界はノータッチだったのだ。改めて考えれば聖杯戦争前には結界の見直しをすべきだったと桜は己の危機感の無さに内心自嘲した。

 

「すみません、本来なら私がやるべきだったのに」

 

「いえ、お気になさらず。ベルナドットさんはこういうの得意ですから」

 

「得意っつーか、覚えていかなきゃ生き残れなかっただけだ」

 

「へぇ、ベルナドットさんは魔術が使えたんですね」

 

「いや、魔術なんて使えないぜ」

 

「・・・結界を強化してくれたんですよね?」

 

「結界を強化したんじゃなくて、結界が弱いから結界代わりに別のもんで強化したってのが正直なとこだ」

 

魔術が使えなくても結界を張れなくても自衛の方法はいくらでもある。自立型の使い魔だったり、自動迎撃できる宝具だったり多種多様ある内のいづれかをベルナドットは所持しているらしい。ならば下手な結界を魔術師が張るよりも強力で効果のあるものなのだろうと桜は思案する。

 

「・・・期待させといて悪いんだけどよ、設置したのはボールベアリングのクレイモア地雷60個だ」

 

「・・・えっ?」

 

兵器には疎い桜でも地雷くらいは知ってる。それは戦争などで使われる踏んだら爆発する爆発物だったはず。それを敷地内に設置したと言ったベルナドット。万が一、敵ではなく家族が誤って作動させてしまえばその命は例外なく散ることだろう。地雷の威力を過大評価しているかもしれないが、手練れの傭兵が態々設置するくらいだ。中途半端な威力ではないと桜は身震いする。

 

ーー自分のテリトリーに自爆覚悟で設置するなんて。

 

「もちろん屋敷には飛んでこないから安心しな」

 

それなら安心だ・・・とは言えない。敵マスターが直接乗り込んでくる馬鹿ならそれでも効果はあるだろう。しかし、サーヴァント相手では地雷など路傍の石に等しい。神秘の宿らない武器ではサーヴァントを倒せないからだ。むしろ、誤って桜や雁夜が踏んでしまうリスクのほうが高い。

 

「地雷でサーヴァントが倒せるんですか?」

 

「倒せます」

 

セラスの自信満々の言葉に桜は耳を疑った。初参加のベルナドットはともかくセラスはサーヴァントについての知識はあるはず。つまり普通の地雷ではないということ。

 

「簡単なことだ。地雷に俺らーー吸血鬼の血をかけてやれば良い。そうすりゃあ神秘?とやらが宿ってサーヴァントにも有効だって寸法さ」

 

「神秘はより強い神秘にかき消されるはずですよね?」

 

「まぁ、サーヴァント相手に地雷ってのはイメージ湧かないかもな。桜ちゃんの言う通り吸血鬼の血を吸った地雷じゃサーヴァントを木端微塵にはできねぇ。でもな、ボールベアリングのクレイモア地雷は自動、手動の両方で操作できるし、無数の金属球が面で飛び散るから避けられねぇ。いくらサーヴァントでも吸血鬼をぶっ殺せる兵器が60個もありゃくたばるだろ・・・旦那じゃなければな」

 

「核兵器でも死にそうにありませんからね・・・」

 

「だな。あと、幸いサーヴァントの血は魔力の塊だから人間の血みたいにべたべたしねぇ。血で地雷が動かねぇなんてこともねぇしサーヴァント様様だぜ。なんで誰もやらねぇんだろうな」

 

「魔術師ですからね」

 

魔術師は思考が制限されている。現代科学を否定しあくまで魔術に拘る。だから殺し合いになってもそのプライドを捨てられない。サーヴァントに翻弄され魔術の使える魔力タンクとなってしまう。サーヴァントと同じ土俵に上がって勝てないのは当たり前。聖杯戦争でマスターがやることはサーヴァントにできないこと。そもそもサーヴァントよりも魔術師が優れているなら聖杯戦争は成り立たない。単純に考えれば誰でも行き着く答えなのに魔術師はなんであれ曲解して難しく考えようとする。典型的な学者肌な彼らは自分こそが選ばれた者だと勘違いしているのだ。

 

「ま、戦場を知らねぇ引きこもりどもじゃ思いつかねぇか。頭が硬いっつーか一周廻って阿保だな」

 

「学者や求道者なんて全部そんなものです。考え過ぎなんですよね」

 

「嬢ちゃんが言うと説得力あるわ」

 

「・・・どういう意味ですか?」

 

セラスとベルナドットは追いかけっこをするように桜の部屋の壁を動き回りそのまま出て行った。

 

「桜ー!!もう時間だぞー!!」

 

「いけない、もうこんな時間!!」

 

桜は鞄を持って一階へと降りて行った。

 

 

 

 

 

 

 

「アインツベルンのホムンクルス、監視に気付いたか?」

 

「気配遮断のスキルをもつ人形でも午前中は目立つ。貴方の宝具は便利ですが弱すぎる」

 

「人形でも見習い魔術師くらいは殺せる。サーヴァント相手では監視くらいにしか使えないがね」

 

「貴方のステータスも一部を除いてCかDくらいしかない。もっと早く連絡があればランサーとして大英雄が呼び出せたものをーー」

 

「アサシンは暗殺者のクラスだ。漁夫の利を狙うに徹するさ」

 

「・・・好きにしてください。こっちはこっちで勝手にやらせてもらいます」

 

「理解あるマスターで良かった」

 

「ふん、気に入らないサーヴァントだ」

 

「おや、人形が破壊されたか。10キロは距離があったはずなんだが、かの大英雄には関係がないらしい」

 

「新しい人形で監視をさせてください。・・・今度は20キロで」

 

「・・・善処はする」

 

「結構。予定通りここは引き払い、例のホテルに居を移します。何かあれば連絡を」

 

「忙しいマスターだ」

 

「貴方はだらけ過ぎです」

 

「気を張っていても疲れる」

 

「・・・では」

 

「ああ、忘れていた」

 

「ん?」

 

「ここは監視されている。誰だか知らないが相当離れた場所からのようだ」

 

「忘れていたではありません!!さっさと人形で監視して私の護衛に就きなさい!!」

 

「そう怒るな。人形が尽く壊されてしまってな。相手の素性が分かるまで報告を控えていただけだ」

 

「壊されたというなら攻撃手段は分かっているのですよね?」

 

「遠距離の狙撃なのはわかっている」

 

「狙撃?アーチャーは判明していますから・・・キャスターでしょうか」

 

「キャスターでもないな。あれは純粋な魔術師だ。狙撃なんて器用なマネできんよ」

 

「セイバー、ランサー、ライダーも狙撃タイプには見えませんでした。なら、バーサーカーでしょうか。資料にも銃を使うとありますから」

 

「串刺し公は正面から堂々と攻めてくるさ。姿を隠す必要がない。狙撃してきた奴は姿を確認できない位置から武器の隠ぺいまで徹底している」

 

「なら一体誰が・・・」

 

「第八のサーヴァント」

 

「なっ!!」

 

「今回、バーサーカーの召喚がイレギュラーだった。サーヴァントではなく中身だけ召喚された。結果、本来7体必要なサーヴァントが実質6体半になってしまった。これでは聖杯が完成しない。ヘラクレスは2体分の霊格があると考えてもヘラクレスが残ってしまえば完成しないからな。そこで聖杯は足りない分を補うために第八のサーヴァントを用意した。・・・どうだ、筋は通っているだろう?」

 

「・・・確かに。ですが、マスターは急造になるでしょうし、脅威ではありませんね。サーヴァントによってはマスターを必要としない場合もありますから一概には言えませんけど」

 

「いずれにしろ敵なら倒すさ」

 

「ええ。頼りにしてますよ、アサシン」

 

「壁としてだろう?」

 

「当然です」

 

「・・・了解だ」

 

 

 

 

 

 

 



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特訓?

「起きろワカメ」

 

バケツ一杯の水をバケツごと投げつける美女。投げられた慎二は踏みつぶされたカエルのごとく伸びており受け取ることなどできはしない。狙ってやったのかは分からないが、バケツは慎二の頭に丁度ハマり、中の水が慎二を濡らした。水も滴る良い男とはいかないが少なくとも意識を取り戻すことには一躍かったようで、慎二は呻き声を洩らして重たい瞼を開いた。青いバケツの内側は当然青い小さな空間となっており、慎二はバケツを外して息を吸う。そして、慎二の眼球は美女に焦点を合わせ、脳内にその映像を送る。

 

人間には危険から身を護るために『反射』という自己防衛機能が備わっている。咄嗟に起こる身体の動きなどがそのよい例でこれを克服するのは困難だといわれている。慎二にとっての危険はまさにこの美しい女性の挙動一つ一つ。いくら無手で美しく立っているだけだと認識しても彼の体は否応なしに危険だと判断したらしい。

 

慎二はコロコロと転がり、美女の射程圏外だと思うところまで離れた。

 

「ほぉ、戦士としての自覚が芽生えたようで何よりだ。意識が戻ったところでさっそく続きと行こうか」

 

「お、お前、僕を殺す気かッ!!魔術回路を造ってくれるって言うから早起きしたのにーーこれじゃ詐欺だ!!」

 

「戯け。お前のような屑に魔術回路など与えたところで碌なことにならん。まずはその腐った根性を叩きのめし、矯正する。その後、擬似魔術帰路をお前に植え付ける」

 

「植え付けるたって・・・どうやって?」

 

「お前が知る必要はない。ただ私に従い私の糧に成れ。そうすれば聖杯のお零れくらいはくれてやる」

 

「ふざけんなーーああああ!!」

 

「何か言ったか、ワカメ?」

 

「はひほひっへはへふ」

 

顔面蒼白で両手をあげる慎二を鼻で笑って、慎二に向けた槍を収めたスカサハはコンビニの袋からソーダ味の棒つきアイスの包みを開けて口に含む。シャリっとした口当たりが好感触だったのかあっという間に平らげ、慎二の分のアイスの包みを開けて口に咥えた。食べ終わったアイスの棒は捨てずに親指と人差し指でつまんで慎二の額を突く。

 

「・・・?外れの棒で僕を突かないでくれない?べたべたするんだけど」

 

「今の一撃でお前は死んでいた。常に気を緩めるな。お前の知っている安全なものが凶器になるとイメージしろ。これから私はお前をこの棒一本で叩きのめす」

 

「僕を馬鹿にしすぎじゃない?そのくらい楽勝ーーひぃぃぃぃ!!」

 

ランサーは最速のサーヴァントが選ばれるクラス。数グラムの質量しかないどこにでもありそうなものでもそこに速さが加わればどんなものでも凶器になりうる。今の一撃は慎二の右眼を狙っていた。慎二がもし平凡な男子高校生であれば眼球を貫き脳にまで達していたかもしれない。幸い彼は人間の中では優秀な部類にはいるので身体を反らせて回避に成功した。

 

「殺す気かぁああ!!」

 

「同じことを言わせるな。そら、次だ」

 

「うぇえええ!!」

 

単なる木の棒。それもアイスの棒に命の危機を感じる異常事態。慎二にとってそれは未知との遭遇であり、嬉しくない出会いだった。人間知らないほうが良いことなどたくさんあれどアイスの棒が危険だと実際に体感したのは彼くらいなものだろう。

 

やがて体力的にも限界が訪れた慎二はバランスを崩して尻餅をついた。砂利の硬く鋭い痛み。

 

アイスの棒は慎二の隙を見逃さず眉間に吸い込まれていく。奇跡と呼ぶにはチープなものだが慎二の諦めの悪さが幸いしたらしく咄嗟に両手でアイスの棒を白羽どりすることに成功した。

 

「よし、合格だ」

 

「・・・合格?」

 

「戦士に大事なことは強さだ。お前は生き残る強さのなんたるかを感じ取った。無様でも最後まで生き残ればそれは勝ちに等しい。それを忘れるな」

 

「・・・」

 

スカサハに師事された戦士は皆神話に名を残したとされる。スカサハの教え方が上手かったという単純なものだと思っていた慎二はスカサハのあまりにも優しい笑みを見てこれを改めた。彼女の教え方が上手いだけではなく彼女のこの笑みを見るためにかつての戦士たちは死にもの狂いになったのではないか。そして自分もまたこの笑みのためなら厳しい特訓にもついていけそうな予感があった。

 

「・・・なにを呆けている?戦場で立ち止まるとは死を意味する。立ち止まるな、走り続けろ。休むのは敵を倒してからだ」

 

「分かった。やってやるよーーひあぁあああ!!」

 

「その意気だ!!私についてこれるか!?」

 

特訓は日が沈むまで続いた。慎二はボロボロになりながらも生き残った。途中からアイスの棒二刀流になり慎二はアイスの棒で突かれた跡が痣となりいたるところに浮かんでいた。

 

「だらしない。私に師事を申し出た輩は最初から自分の持ち味を発揮して楽しませてくれたというのに・・・。」

 

「いつの時代だ!!今時お前とまともにやりあえる奴なんているかよ!!」

 

封印指定の魔術師や代行者といった特殊な者たちでもなければサーヴァントとまともにやりあうなど自殺行為でしかない。ましてや彼女は神話でも上位に位置する影の国の女王。劣化コピーだとしてもその能力は現代の人間とは比べものにならない。彼女を前に裸足で逃げ出しても恥ではない。

 

「時代など関係あるものか。魔法がほとんど失われてしまった現代でも魔法がまだ残っているように探せばいるものだ。お前が弱すぎるだけだ」

 

「・・・僕だって、強くなりたいさ。強くなりたかったんだ」

 

「で、お前は強くなる手段を探したのか?どうせ魔術が出来ないと嘆いて悲観して諦めたのだろう?」

 

「魔術師の家系に生まれたのに魔術回路がないんだ。・・・諦めるしかないだろう?」

 

「魔術なんぞなくてもどうにでもなるさ。お前が馬鹿なだけだ」

 

「武術でも習えってか。魔術師は魔術でオリンピック選手以上の力が出せるんだぜ?」

 

スカサハは少し悩むような様子を見せる。理解できないと言われているようで慎二は苛立ちを隠せなくなっていた。

 

「最初からなんでも持ってる奴が持ってない奴の気持ちがわかってたまるか」

 

「ふむ。ならば問おう。何故お前は人間に拘る?」

 

「えっ?」

 

慎二の頭の中が真っ白になった。現代社会において人間とは支配者である。他の動植物を支配し、気に入らなければ消す。そして知らんふりできるのだ。人間以上の生き物などない。現に吸血鬼もドラゴンも神ですら人間から逃げ出した。事実上この地球を支配しているのは人間。拘って何がいけないのか。慎二には想像もできない。

 

「・・・はぁ、駄目だなお前は。人間はこの地球を支配しているがそれは物を作り操ることができたからだ。肉体的にはどうやっても勝てない化け物に向かっていくのは無謀。武器も効かないとなれば別の手段を考えるしかない。そこで人間は魔術という道具を使い始めた。では魔術が使えない人間はどうやって化け物に向かっていく?」

 

「罠とか弱点を探すとか?」

 

「それも正解だが、確実ではない」

 

「じゃあなんだって言うんだよ」

 

「簡単だ。--同じ化け物になるんだ」

 

「・・・はぁ?それじゃあ本末転倒だろ。化け物倒すために化け物になったって今度はそいつが狙われるだけだ」

 

「だから化け物は人間と違って増えないし、無暗に殺さないのさ。化け物ってのは心が優しい奴がなるものだからな」

 

何も持たないからこそ代償を払って力を手にする。優しすぎるがゆえに。そもそも人間を一番殺しているのは人間だ。人間はそんなことすら知らず生きている。

 

「お前にはその覚悟すらないわけだ。人間に拘って、周りの言葉に右往左往して周りのせいにして自己弁護ばかり。だからお前はワカメなんだ」

 

「なんだよそれ」

 

「案ずるな、私がお前をワカメから人間にしてやる」

 

「僕は最初からワカメじゃなくて人間だ!!・・・こんなサーヴァント召喚するんじゃなかった」

 

「召喚当時から気になっていたんだがお前どうやって私を召喚した?魔法陣もなく、魔術回路すらない。聖杯に選ばれる要素がゼロだ」

 

「お爺様の遺産だよ。僕が間桐の家から追い出される直前に確保しておいた。人間やめてる爺さんだったけどコネとか伝手は結構あったみたいなんだ。で、聖遺物なんかも大量に持ってたからそれを使って少しづつ魔力を溜めていったんだよ。令呪は僕が間桐だからとしか言えないね。桜も間桐だけど頭首ではないし、僕が間桐の血を継いでいるから聖杯は僕を選んだのさ」

 

「ワカメ、その聖遺物は今どこにある?」

 

魔力を溜めておける聖遺物は未熟な慎二を補助する強力なアイテムだ。スカサハとしては是非ともそれを使って戦力の補強をしたいと考えていた。問われた慎二は視線を泳がせ目を合わせない。

 

「まさか・・・無くしたのか?」

 

「お前に投げられた拍子に落ちたんだろうな」

 

「とことん使えん奴だ。なら他の聖遺物は?」

 

「・・・桜に取り上げられた。たぶん、もう売り払われたんじゃないかな」

 

「フナムシが」

 

「向こうにはサーヴァントがいたんだぜ!?勝てっこないだろ!!」

 

「ほう、初耳だ。前回の勝者か。どんなサーヴァントだ?」

 

「アーカードとかいう吸血鬼。そのくせ拳銃もってるとか卑怯だろ。壁とかすり抜けるし離れられて清々したね」

 

大袈裟に腕を広げる慎二。スカサハはアーカードという名に相手のヒントがあると地面にスペルを書き記す。

 

「書くまでもなかったか。アーカード・・・安直すぎて笑えてくる。隠す気がないのだろうな、あの狂った男は。カニバリズムを好み、戦場では串刺しをするさまからオスマン帝国に恐れられた人間。・・・人間だった、か。真祖の吸血鬼が相手とは英雄冥利に尽きるな。ちっぽけな戦争だとばかり思っていたが下手をすればそこいらの戦争より感じさせてくれそうだ」

 

「盛るのは結構だけどあのさぁ、僕の魔術回路の話はどうなったわけ?」

 

「・・・ああ、そうだったな。お前に与えるのはもったいないんだが仕方ない」

 

スカサハの手に紅槍が握られる。

 

「えっ」

 

慎二は自分の身体に違和感を覚え、次いで口から血を吐き出した。

 

「え、えっ?」

 

「死ぬぎりぎりまで血を抜くから我慢しろ。死なせはせん」

 

「か、かはっ」

 

血が止まらない。死にゆく己が身を慎二は必死に繋ぎ止めようと奥歯を噛み締める。

 

「このくらいだな。ほら、これを飲め」

 

口内に硬い感触。慎二は朦朧としながらそれを飲み込んだ。すると、胸に開いた穴がみるみる塞がり、傷一つない状態まで回復していった。

 

「第二段階はクリア。第三段階はもっときついから特別に眠らせてやる」

 

スカサハの手が光り慎二の額にかざす。それだけで糸の切れた人形のように慎二は倒れた。

 

「寝ている間にこいつを埋め込むか」

 

翡翠色の宝石にびっしりと刻まれたルーン文字。現代のルーン使いでは解読できないであろうそれをスカサハは慎二の胸に当てる。すると抵抗もなくするりと体内に吸収され心臓の中に溶けていく。

 

「これでお前の心臓は体力を魔力につくりかえる器官になった。お前の血はその魔力を運ぶ回路となる」

 

血を琥珀の宝石に垂らす。宝石は血を零すことなく吸収し、スカサハはそれを翡翠の宝石と同じように胸に当てる。慎二に血の気が戻り、呼吸も安定を見せたのを確認してスカサハは結界を解いて慎二をベンチに寝かせる。

 

「安らかに眠れ、ワカメ。お前の心臓、貰い受ける」

 

スカサハは紅槍を胸に抱いて瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

某所。

 

「脱落者0、戦死者0、街への損害0・・・平和ですな、少佐」

 

「ドク、戦争とは徐々に激化していくもの。とはいえ、きっかけがなければ小競り合いの繰り返しになってしまう。ならば、我々が石を投げ込むしかあるまい」

 

「もう動かれるのですか?」

 

「遅すぎたくらいだ。シュレディンガー准尉ーー」

 

「了解であります、少佐殿」

 

「シュレディンガー准尉、少佐殿のお言葉を遮るなど!!」

 

「よい、准尉は役目をわかっているのだ」

 

「はぁ・・・」

 

「諸君、戦争をしよう。この平和ボケした国の連中に我々の軍靴の音を思い出させてやろう。目につくものは片端から壊し、喰らえ。この冬木市は諸君らの晩飯となるのだ」

 

「「「「うおおおおおおぉおおおお!!」」」」

 

「さぁ、地獄を創るぞ」

 

 

 

 

 

name 少佐

クラス ???

 

筋力ー 魔力- 耐久ー 幸運ー 敏捷ー 宝具ー~EX

 

 

宝具

 

最後の大隊(ラスト・バタリオン)

ランクEX

1000人の武装吸血鬼大隊を召喚する。それぞれは少佐の魔力によって限界しており単独行動スキルは持たない。いわば少佐ののサーヴァント。それぞれはEランク程度のステータス。ゾーリン、アルハンブラ、リップヴァーン、大尉などは含まれない。ただし、ドクは含まれる。

 

ルガー P08

ランクー

ただの拳銃。神秘を持たない。少佐の手で打つと9割9分外れる。

 

 



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理想を継ぐもの達

「子供のころ・・・僕は正義の味方に憧れていた」

 

虫の鳴き声がやけに煩い夜だった。縁側に腰かける男は年齢よりも遥かに年老いていて、何かに疲れているようだった。士郎は正義の味方であるこの男のそんな姿は見たくなかった。一人分開けて座る男と士郎。大きく逞しい男の背中はいつの間にか小さく寂しくなり、小さいながらも士郎はこの男がどこか遠くへ行ってしまうのだろうと思った。

 

「・・・何だよそれ。憧れてたって・・・諦めたのかよ?」

 

少年は不満そうに呟く。男は少年の言葉に混じる失望に胸を痛めながらも受けとめた。

 

「うん・・・残念ながらね。ヒーローは期間限定で、大人になると名乗るのが難しくなるんだ。そんなこと・・・もっと早くに気付けばよかった」

 

男は自分を許せない。口にする全てが贖罪であり、士郎を助けたこともせめての償いをしようという自己満足でしかない。初恋の少女との約束も守れず、妻も犠牲にして男には何も残らなかった。男は振り返ることだけはできなかった。途中でやめていれば妻だけでも救えたかもしれない。だが、振り返ることができなかった。あの時、こうしていれば、こんなふうだったら。考えるだけでも震えてしまう己の弱い心を知るのが怖くて逃げ続けた。そうして犠牲にしてきた全てが無駄であり、歩んできた道が間違いだと思い知った。そして廃人同然の隠居生活が板についてきた男はついに諦めた。

 

「そっか・・・それじゃあしょうがないな」

 

「そうだね・・・本当にしょうがない」

 

男が呟くたび生気が失われていく。溜めに溜めた自らに課した呪いが言葉に乗って吐き出される。空に輝く月。それを眺めて男は感嘆する。

 

「ああ・・・本当に良い月だ」

 

綺麗なものを素直に綺麗だと感じられなくなったのはいつからだったろうか。男は月を眺めて思いに耽る。

 

ーーケリィはどんな大人になりたいの?

 

男の耳に今も残るあの声。

 

ーーああ、そうだったね。

 

約束の夜。あの日が最後だった。

 

不意に、士郎の口が開く。それは男にとって予想外のものだった。

 

「うん、しょうがないから俺が代わりになってやるよ」

 

「ん?」

 

「じいさんは大人だからもう無理だけど俺なら大丈夫だろ」

 

ーー継ぐ?

 

「任せろって。じいさんの夢は俺が叶えてやるよ」

 

ーー切って嗣いだだけのバラバラの僕の夢をつないでくれると言うのか。

 

子どものころから同じ夢を見続けてきた。争いのない世界。誰も涙しない世界。それを、その夢を継いでくれる。偶然助けた小さな子供が、代わってくれるというその一言に男から漏れ出していた呪いが止めどなく溢れ流れる。欠けていたパズルがハマっていく。

 

「ああ」

 

子を育て、夢を継いでもらう喜び。

 

ーーこんなところに・・・僕の求めていた幸せが転がっていたんだね。僕はいつもいつも・・・気付くのが遅すぎる。

 

男を戦士として育てた女がいた。あの時、地獄から態々自分を救ってくれた女の気持ちが今の切嗣には分かった。

 

「・・・安心した」

 

ゆっくりと閉じられる瞳。こんな幸せの中で死んでいける罪をどうか許してほしいと亡き妻に微笑み、男は長い悪夢から解放された。

 

衛宮切嗣。享年34歳。早すぎる死だった。

 

「おい、じいさん?」

 

士郎は養父を呼ぶ。呼んでも動かない養父に触ろうとしたとき間に女性が割って入る。士郎の養母になった舞弥だった。普段から感情の起伏のない養母が泣いている。士郎にはそれが意外で目を丸くした。

 

「士郎・・・切嗣はとても傷ついて、とても苦しんだの。だから休ませてあげて」

 

「義母さん」

 

二人を強く抱きしめる優しく細い腕。初めて抱きしめられた養母の女性特有の柔らかな香り。士郎はごちゃごちゃになった感情を持て余し、養母につられて涙を流した。

 

「よかったね切嗣。やっとあの人の元に行けるね。・・・行ってらっしゃい。士郎は私に任せて」

 

眠ってしまった切嗣の顔は子供のように安らかな笑顔だった。

 

 

 

 

 

あの夜から約5年が過ぎようとしていた。衛宮切嗣なき衛宮の武家屋敷は変わらぬ状態を維持し今日にいたる。士郎は久しぶりの我が家の玄関のチャイムを鳴らす。しばらくして玄関の戸が開けられ、

妙齢の女性が無表情で出迎えた。肩まで切りそろえられた黒髪に感情の読み取れない切れ目。士郎の養母、衛宮舞弥である。

 

「ただいま、義母さん」

 

「おかえりなさい、士郎」

 

簡素に挨拶を済ませて居間まで無言で並び歩く。開けっぱなしの居間の中央に置かれたコタツのテーブルを挟んで二人は座った。座布団の一つもない簡素な部屋。もちろんこの部屋だけではなく、すべての部屋にまともな家具などない。趣味も生きがいもない舞弥はただこの家で寝ているだけ。無駄を完全に排除した彼女らしさが前面に押し出されている。

 

「調子はどう?」

 

「まぁまぁかな」

 

「そう。薬で抑えられる範疇を超えているから異常があったら言いなさい。貴方の体はもう貴方だけのものじゃないんだから」

 

「了解。義母さんは心配症だなぁ」

 

「息子を心配するのは養母親として当然でしょう?」

 

「真顔で言われても説得力ないぞ」

 

「これならどう?」

 

指で口の端を持ち上げて士郎に問う。お世辞にも笑顔にはほど遠いが士郎には伝わったらしい。昔からの付き合いのためか士郎には養母の喜怒哀楽が分かる。現に士郎の前でだけ舞弥は人間らしさを表に出すのだ。切嗣に残されたもの同士、理解し合える部分があるのだろうと凛や桜は納得していたが、士郎からすれば勘違いも甚だしい。養母が感情を見せるのはいつだって養父の前だけなのだ。

 

「腕を」

 

「ほら」

 

「--おかえりなさい、切嗣」

 

士郎の右腕を愛おしそうに撫でる舞弥。長袖を捲り露わにすると士郎の肌の色とは微かに違う肌の色が晒された。

 

5年前、衛宮切嗣の亡骸は一部を除き処分された。封印指定級の魔術を行使できた切嗣の遺体を狙う魔術師たちに墓を荒らされるのを嫌った二人は切嗣の体を火葬し、柳洞寺へ納めた。では、亡骸の一部はどうなったか。その答えが士郎の右腕。衛宮切嗣の起源は切って嗣ぐというもの。士郎はその起源を活かして己の腕の皮膚と取り換えたのだ。しかし、いかに取り換えたとはいっても人体はそうやすやすと異物を認めるはずはない。生死を彷徨い薬漬けの毎日。切嗣が士郎にエクスカリバーの鞘を渡していたとはいえ苦痛からは逃れられない。教会からリジェネレイトの技術を提供されるまで続いた苦痛は士郎の精神を鍛え、本来血族以外には意味のない魔術刻印は切嗣の起源もあって一種の礼装に変化した。切嗣の起源、士郎の中にあったアーサー王の鞘、リジェネレイトがなければ実現しなかった偶然。否、もはや運命だろうか。

 

「そろそろいいだろう。ご飯にしよう」

 

「・・・そう、ね。配膳の手伝いをしてくれるかしら」

 

名残惜しそうに手を放して舞弥はいつもの無感情な目に戻る。

 

「今日は特別にケーキも作ってみたのよ」

 

「義母さん、ケーキはご飯の後にしてくれよ。ご飯が食べられなくなっちゃうだろ」

 

「レンジで温めたご飯とスーパーで買ったお惣菜がそんなに食べたいの?」

 

「・・・聴きたくなかった」

 

舞弥は甘味以外のものはファストフードで済ませてしまうほど料理に興味がない。美味い、不味いは理解できてもそれが必要だと思えない。

 

「ケーキは私が焼いたのよ」

 

甘味になると話は別で、ケーキバイキングや有名店の甘味などは余すことなくチェックし、材料、料理法などを模倣して自分で改良してしまう。女性らしい一面ではあるが、甘いものは別腹ではなく甘いものが主食となってしまい、食バランスは言うまでもなく最悪だ。これで体系も美貌も5年前と変わらぬままというのだから恐ろしいと彼女を知る女性たちは言う。

 

「普通、逆だよ」

 

賑やかな食卓には程遠い衛宮家の食卓。テレビを点けることもなく質問しては二、三返事をして会話が途切れると、黙々と食べる二人。腹を痛めて産んだ子供ではないし、見た目も似ていない。同性でもないし、友達でもない。それでも二人のちょっとした仕草は似ていた。

 

「勝機はどれくらいかしら?」

 

「正直、三割ってとこかな。アインツベルンのヘラクレスと間桐のアーカードが厄介だ。なにせ命を複数持ってるくせに基礎能力も高い。筋書はできているけど多少のズレは覚悟しないと」

 

当初はアーカード打倒の計画だけだったものがアインツベルンのおかげで練り直しになった。切嗣をだましたアインツベルンを嫌う舞弥は毒を吐く。

 

「アインツベルンはいつまでたっても邪魔ね。・・・まぁ、頭首を失って没落寸前だからもうじきなくなるけどね」

 

「なあ義母さん。イリヤは・・・親父の娘は聖杯の器なんだよな」

 

「そうね」

 

「なら、俺は切嗣に怒られるかな。だって、切嗣の娘を犠牲にして切嗣の夢を叶えるんだ。あの世で切嗣に撃ち殺されても仕方ない」

 

「切嗣なら喜ぶはずよ。あの人は家族よりも夢を優先させる強い人だもの。士郎を褒めてくれるはずだわ」

 

「・・・」

 

舞弥が語る衛宮切嗣は人を区別なく救い、少数の救えないモノを無感情に切り捨てる機械のような男。感情に左右されない屈強な精神と冷静さを兼ね揃えた人類にとっての正義の味方だったらしい。しかし、アインツベルンとの出会いで変わってしまった。屈強だった精神は家族を持つことで失い、冷静さは長きにわたる活動の休止によって忘れてしまっていた。切嗣は堕落したのだ。舞弥が久しぶりにあった彼を見たときヒシヒシとそれを感じた。元に戻そうとしたこともあったが、最後の最後で切嗣は堕落した彼に戻ってしまった。舞弥は切嗣という装置の部品として育てられたというのに切嗣は最後まで彼女を受け入れはしなかった。故に彼女は壊れ、過去に縋って過去の切嗣のことしか覚えていない。弱くなった彼の記憶がごっそり抜け落ちている。その結果、彼女は切嗣を交えたものしか考えられず、日常会話にも多少の支障をきたしている。士郎が彼女と会話が成立するのは切嗣の腕のおかげともいえる。ここまでおかしくなっても仕事などはミスなくこなすあたり切嗣の教育は常軌を逸していたらしい。

 

「士郎、貴方は何も心配しなくても良いの。その罪悪感も全部義母さんが背負ってあげる」

 

舞弥は士郎を胸に抱き、頭を撫でる。5年ぶりとなる義母の抱擁に士郎の緊張が解けていく。

 

「切嗣をーー切嗣の夢を救ってあげて。貴方は正義の味方なんだから」

 

「・・・じいさんの夢は俺が叶えてやるよ。ほんと、駄目オヤジだったから。俺が頑張らないといけないよな」

 

コタツを挟んで抱擁を交わす二人。けれども、二人は家族のような信頼を確かめ合っているようだった。

 

 

 

 

 

 

とあるビルの屋上。ビルの明かりが街を彩る時間帯に赤い外装の男が街を見下ろしていた。

 

「変わらないなここも」

 

鷹のような眼には悲哀が込められ、拳は硬く握られている。

 

「・・・感傷か。私らしくもない、か」

 

皮肉気に口元を歪め、やれやれと肩の力を抜く。

 

「運命とやらは私に味方をしてくれているようだ。これまで散々働いた私を労おうとでもいうのか。・・・ふっ、馬鹿馬鹿しい。守護者の私がやることなど決まっている。だが、今回だけは真面目に取り組んでやろう。その過程で誰が死のうとお前には関係ないのだろうからな」

 

ーーI am the bone of my sword.(我が骨子は捻じれ狂う)

 

彼には才能がなかった。剣の才能があれば愛した彼女の役に立てたかもしれない。魔術の才能があれば師だった彼女の役に立てたかもしれない。勝てない相手にどうやったら勝てるか。出来ないことをどうやったらできるようになるか。そうして凡人でしかなかった彼は想像を重ねた。積み重なる想像はやがて創造へと変わり、凡人は辿り着いた。彼が強敵に勝てる世界に。

 

紡がれる男だけの世界の詩(うた)。理想と現実の狭間でもがき苦しんだ男に残された最後の詩。

 

男の手には存在しなかったはずの弓と特殊な形状の矢。矢は剣を連想させる形状をしており、男はそれを弓に番える。ギリギリと弓を引き、鋭い眼がさらに細められる。

 

「さて、何人残るのやら」

 

そして、男は矢を持つ手を離した。

 

 

 

 

 

 

name ???

クラス ガーディアン

筋力C 魔力B+ 耐久C 幸運E 敏捷C+ 宝具E~A++

 

宝具

 

固有結界“無限の剣製”(アンリミテッド・ブレイド・ワークス)

ランクE~A++

 

一度見た刀剣などを複製し貯蔵する彼だけの世界。

 

 

 

保有スキル

 

千里眼:C

純粋な視力の良さ。遠距離視や動体視力の向上。

高いランクの同技能は透視・未来視すら可能にするという。

 

魔術:C-

得意な魔術は不明だがオーソドックスな術を取得している。

 

心眼(真):B

修行・鍛錬において養われた戦闘を有利に進めるための洞察力。

わずかな勝率が存在すればそれを生かすための機会を手繰り寄せる事ができる。

 

 

説明

 

かつて正義の味方を目指した男の成れの果て。死後を売り渡し世界と契約。守護者という人類の護り手となるも想像からかけ離れたものであり、彼は絶望した。

今作では人類を護るために抑止力によって召喚された。憑代は大聖杯。

 



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横槍

「こんばんわ、遠坂凛さん」

 

「こんばんわ、間桐桜さん」

 

新都と旧都を結ぶ冬木橋。その両端に立つ二人の少女。髪を両端で結ぶツインテールにしている少女はその手に宝石を煌めかせ橋の中央を目指す。もう一方の少女は腰まである黒髪を靡かせ、微笑みながら無手で中央に歩を進める。10年前に架けなおされたこの橋に取り付けられた真新しい明かりが二人を映し出し、彼女たちが中央へ到達すると彼女たちを護るように空から、影からそれらは戦いのステージへと登った。明かりを反射する白銀の鎧を纏った騎士は凛々しい顔で見えない何かを構え、闇を纏う漆黒のモノは紅いコートの内より2丁の拳銃を取り出して構える。髪の色以外、すべてが正反対の少女二人。それを二人は承知の上で敢えてそうしているのかもしれない。深層心理に根づいた二人の決別はもはや修復するのも馬鹿らしいくらいに捻じれ拗れている。

 

「こんな夜中に散歩していると怖い化け物に襲われてしまいますよ」

 

「その言葉、そっくりそのままお返しするわ。貴方みたいに余計な贅肉がついていると走るのも大変でしょうしね」

 

「ふふ、僻みですか?骨と皮だけの遠坂先輩」

 

「ちゃんと胸はあるわよ!?時代はバランスを求めているの!!大きいだけの桜には分からないでしょうけどね、垂乳」

 

「た、垂乳じゃありません!!張りだって十分あります!!」

 

言い合う二人の表情は言質とは異なり旧友と会った時のそれに似ている。この他愛のない罵り合いがスキンシップの一環であり、最後の別れ。姉妹という二人の縁を完全に断ち切るための最後通告なのだ。

 

「・・・私たち、良い姉妹になれたかな?」

 

「きっとなれました」

 

「喧嘩して、仲直りして、奪い合って、譲り合って・・・でも仲が良い姉妹になれたかな?」

 

「きっと、なれました」

 

「そっか・・・なら」

 

「ええ」

 

「今日でお別れね」

 

「はい、お別れです」

 

二人は揃って数歩下がりお互いの瞳を見る。双方に移る瞳の奥には迷いはない。

 

「桜、お前の眼前にはかつての姉がいる。だが今は敵となった。敵となってしまった。ーーならばどうする?どうするんだ?」

 

吸血鬼は嗤う。10年前のあの日のように。試すように。

 

「私は殺せる。微塵の躊躇いもなく。一片の後悔もなく鏖殺できる。何故なら私は化け物だからだ。ではお前はどうだ、桜。銃は私が構えよう。照準も私が定めよう。弾を断層に入れ、スライドを引き、安全装置も私が外そう。だが殺すのはお前の殺意だ。さあどうする?命令(オーダー)を!!」

 

「・・・私は既に命令を下しています。あの日から・・・十年前のあの日から命令は変わりません」

 

「ほう?」

 

「私たちの行く手を拒むものは全て倒しなさい!!踏みつけ、貫き、粉砕しなさい!!」

 

「・・・認証した、マイマスター。・・・ああ、本当に良い夜だ」

 

血まみれの鬼は愉悦を全身に感じながら鋭く尖った犬歯をチラつかせる。化け物としての本能を抑えきれないのか震え、歓喜の雄たけびをあげる。

 

「貴方とは10年ぶりとなるのだろうか?」

 

「その通りだ、ブリテンの騎士王よ。記憶があるということは私と同じく何かを諦めたのだろう?」

 

「諦めてなど・・・いない」

 

「奇跡に頼り果たした願いなど脆く崩れていくものだぞ?」

 

「実体験に基づいた助言なのだろうが、ブリテンは奇跡なくして救うことなどできはしない。それによって私が奇跡に飲み込まれるというなら喜んで奇跡に飲み込まれましょう」

 

「・・・理想の国家、理想の王か」

 

「王ならば国に尽くし、常に正しい選択をしていくことが必要なのです。貴方の言い方には棘がありますが、奇跡により国を護れるのであればそうするのが自然です。もっとも、自ら国を滅ぼした貴方には言ったところで無意味でしょうが」

 

セイバーの周りに風が吹き荒れる。舞い上がった土煙に桜は目を腕で隠した。

 

「はぁあああ!!!」

 

「フンッ!!」

 

土煙の中をものともせず両者の剣と銃が交差する。凛や桜には辛うじて、最優と誉れ高いセイバーの一刀がアーカードの右

 

腕を切り離し、アーカードの銃弾がセイバーの頬をかすめるところが見えた。

 

「流石は騎士王。剣技においても最優のようだ」

 

「十年前もそうでしたが貴方の存在は到底認められるものではないな、バーサーカー」

 

アーカードの腕が再生していきその手には落としたはずの銃が握られている。セイバーはその再生が終わった刹那にできる隙を見逃さず踏み込んでアーカードの首を斬り落とした。だが、セイバーに油断はない。首を落としただけでなく両腕、両足を立て続けに斬りつけ凛の近くに後退する。透明の剣は血で塗られ刀身の長さが露わになるが、すぐさま風で吹き飛ばし剣を隠す。

 

見るも無残な姿のアーカードを桜は微笑みを浮かべて見つめる。彼女は知っているのだ。化け物である彼を倒せるのはいつだってーー。

 

「・・・化け物を倒すのはいつだって人間だ。--人間でなければいけないのだ」

 

「やっぱり、死なないか」

 

「狗では私は倒せない」

 

アーカードのその言葉に反応したのはセイバーでも凛でもなく、空から飛来した一本の槍だった。槍はまっすぐアーカードを捉え、心臓に吸い込まれていく。アーカードはその文字通りの横槍を受けて大量の血を流す。

 

轟音に紛れて着地をしたのは形容の仕様がないほど美しい女神。ランサーことスカサハだった。顔中に青筋を浮かべ歯ぎしりをさせている。

 

「--狗、といったか貴様」

 

「ちっ、新手のサーヴァント!?」

 

「アレを狗と呼んで良いのはワタシだけだ。他の誰にも呼ばせはしない!!」

 

「ランサー!!別にお前のお気に入りのやつのことを言ってるんじゃないんだから態々出て行かなくてもよかったじゃない

 

か!!放っておけば一騎脱落したかもしれないってのに!!」

 

「駄目だ。狗と言った奴は例外なくぶち殺さなければ気が済まない」

 

「無茶苦茶だ!!」

 

慎二も観戦していたらしく、橋から少し離れた物陰から叫び声をあげた。

 

「セイバーだな?このムカつく奴をぶちのめすまでは協力しよう」

 

「ま、待ちなさい。誰がそんな許可したのよ!!」

 

「ワタシだ」

 

「・・・凛、ここは提案を受け入れましょう。バーサーカー相手では貴方を護りながらの戦闘は厳しい」

 

バーサーカーの得物は銃。セイバーだけに向けられるのであればセイバーは容易く銃弾を掻い潜ることができる。しかし、凛を護りながらではそれも難しい。ランサーであれば実力は申し分ないし、マスターらしき間桐慎二の人となりは知っているつもりという冷静な判断から凛は渋々頷いた。バーサーカーを倒すには独りでも多く仲間がいたほうが良い。なにせ相手は首を落としても再生する吸血鬼なのだから。

 

「それにどうやら覗き見している輩がまだいるようです」

 

「ーー覗き見ではありませんわ。私は最初からここにいるんですもの」

 

「アンタ、ルヴィア!!」

 

「ええ、お久しぶりですわね、ミス遠坂」

 

橋の鉄骨の上で仁王立ちするルヴィア。傍らのライダーは額を押さえている。

 

「ーーじゃあ私もご挨拶をしないとね」

 

巨人に乗ったイリヤスフィールが橋の下からコンクリートを突き破って登場した。大英雄ヘラクレスの登場に全員の視線がそちらへ向く。

 

「・・・素晴らしいリングインですわ」

 

「・・・」

 

サーヴァントが5体も集まる摩訶不思議な拮抗状態。けれども十年前の記憶を持つセイバーはつい苦笑する。

 

ーーこれでは、十年前のやり直しのようではありませんか。

 

「大体揃いましたねー」

 

セイバーの気が緩んだその刹那。背後からの声にセイバーは剣をもって応対した。手ごたえを感じ視線をやるとそこには何もない。セイバーの手にはたしかに人を斬ったときの鈍い感触があった。マスターである凛も困惑気味のようだった。

 

「いきなり斬りつけるなんて酷いなぁ~。僕じゃなかったら訴訟ものだね、きっと」

 

その声の主はいつの間にかそこにいた。誰一人として気を抜いていたわけではない。だというのに高ランクの直感スキルをもつセイバーですら気づけなかった。アーカードを除くすべてのサーヴァントはマスターの近くで警戒する。

 

「あれれ~、驚かしちゃいました?ごめんなさい」

 

猫耳をつけた少年はにこやかに笑って頭を下げた。

 

「・・・アサシン?」

 

「いくら気配遮断のスキルを持っていてもこれだけ近づかれれば気付くだろう。稀有なスキルか宝具持ちなのか?」

 

「残念でした。僕はアサシンじゃないよ。僕はどこにでもいるし、どこにもいない。あと、僕は連絡係であって戦いにきたんじゃないんだ」

 

「連絡係?」

 

「うん、我らが指揮官、少佐からでーす。でもその前にーーそこのお兄さん、いい加減降りてきてくれないかな?2度も説明するのは面倒だからね」

 

空に浮かぶ二つの影。衛宮士郎とキャスターはやれやれと空から地表へと舞い降りた。キャスターは物珍しい生き物に好奇心を揺り動かされたのかローブの奥で目を見開き、士郎はなんでさとつぶやいた。

 

「珍しい生き物が出てきたわね」

 

「厄介ごとばっかりだ」

 

サーヴァントが揃ったのを確認した少年は小型の無線機を路面に置きスイッチを入れた。無線機からノイズが聞こえ、やがて声が聞こえてきた。歓喜を抑えきれない子どものような、しかし狂気に満ちた声。

 

「英霊、魔術師諸君。直接の対談とはいかないが今回は声だけで失礼する」

 

「あんた、誰よ」

 

「おお、貴女は御三家の一角である遠坂家の現当主ではありませんか、お初にお目にかかる」

 

「誰かって聞いてるのよ。わざわざ集まったところにご登場したんだから目的があるんでしょう?」

 

「せっかちなフロイラインだ。亡きお父上は悲しんでおられるだろうな」

 

「っ!!」

 

「凛、抑えてください」

 

「ほぉ、流石は騎士王。大変理性的でいらっしゃる。あなたのような方と戦争ができるとはとても光栄なことだ」

 

馬鹿にされているのを我慢ならない凛は手に持った宝石を投げつけようとして手が止まった。無線機の向こう側で叫び声が聞こえてくる。助けを乞い、咽び泣く人間の声だ。

 

「おい、そっちで人の声がするぞ」

 

「ん?ああ、これかね。面倒ごとになる前に片付けているだけだ。諸君ら魔術師が日ごろからやっていることの一つを我々が代わりにおこなっているのだよ」

 

「頼む、誰にも言わない!!助けてくれ!!助けてくれ!!」

 

「やれ」

 

銃声とともに声は途切れそれっきり聞こえてこない。映像が無い分、想像力をかき立てられ集まった魔術師たち全員が凍りつく。

 

「すっきりした、実に良い気分だ」

 

「ふざけてんじゃねーぞ、てめぇ!!」

 

「我々の目的の話だったか。極論しまうならばフロイライン。我々には目的など存在しないのだよ」

 

「目的がないのにわたくし達を煽ろうというのですか?」

 

「知っておくといい。この世には手段のためなら目的を選ばないどうしようもない連中も存在するのだと」

 

「狂ってる!!」

 

「君が狂気を口にするとはね、衛宮士郎。十人のために一人を殺す君と、千人のために百人を殺す我々の一体どこが違うと

 

いうのかね?」

 

「ーーっ!?」

 

衛宮士郎のやっていることは自体の早期収拾にすぎない。十人のために一人を犠牲にしていった先は千人の喜びのために百人を殺すことと変わりはしない。

 

「私たちの狂気は君の正義が保証してくれるわけだ。だが、君の正義はどこの誰が保障してくれるというのかね?」

 

「私が保証するわ」

 

「なら、私も」

 

「私も」

 

「僕も」

 

「・・・クククッ、よろしい結構だ。ならば私を止めてみせろ自称健常者諸君。君らが最後の一人となるまで私は殺し続ける。早くしなければこの島国だけでなく世界から人間が消えてしまうぞ」

 

その言葉を最後に無線機も少年も跡形もなく消滅した。だからといってこの状況は変わらない。計六騎のサーヴァントが集まる中、不穏な動きを見せればやられる。そういった空気が立ち込めている。

 

「・・・闘争の空気ではないな」

 

「そのようだな」

 

アーカードの言葉に、ヘラクレスも同意する。セイバーだけは剣を収めず睨む。そして、凛に耳打ちをした。

 

「先ほどから嫌な予感がします。合図をしたら令呪で離脱してください」

 

「・・・了解」

 

セイバーの様子から感づいた士郎はいち早くキャスターと離脱。ヘラクレスもありえない距離を跳躍して路肩に駐車していた車を横に倒してイリヤスフィールを後ろに隠す。

 

「・・・なんか飛んでくるぞ!?」

 

「死にたくなければしがみ付けワカメ!!」

 

「うあぁああああ」

 

「ライダー」

 

「・・・やれやれ」

 

そうして各サーヴァントが橋から離れた後、橋は轟音を撒き散らすドーム状の爆発によって跡形もなく消えた。

 

 

 



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密会

 

「・・・外したか。流石は英霊。私のような例外とは違って誰もかれもが化け物のようだ」

 

構えた弓を下して口角を皮肉気に上げる。男の鷹のような眼には先の攻撃によってもたらされた橋のクレーターと塵々に撤退していく魔術師たちの姿が見えていた。

 

「直にこの場所も特定されてしまう、か。やれやれ、元より誇りなどに興味はないが、ヒット&アウェイせざるを得ない状況とは情けない限りだ。・・・悪いがその提案には乗れないな。私は私の目的のために君たちと手を組んでいるだけだ。馴れ合いは他所でやってもらおうか」

 

男はビルからビルへと飛び移りながらもそこにはいない誰かと話を続ける。だがそれも長くは続かない。

 

「つけられているな、いや・・・回り込まれたか」

 

飛び移ったビルに魔力を感じ男は咄嗟にその位置から少し後退する。すると、その位置から黒い影がぬるりと人の形を成して現れた。サーヴァントではないがサーヴァントによるものだろう。サーヴァント同士であればそれを感知できるはず。出来なかったということはこの影は宝具または魔術的に作られたものであると予測できる。しかし、考えるべきは影のことではない。影を送ってきた敵サーヴァントの目的だ。暗殺であれば警戒している今ではなく時間を置いてからが基本。功を焦ったとしても大した脅威にもならない影一体でサーヴァントを相手取るなど魔力の無駄でしかない。

 

よってここから導き出される答えはーつきり。

 

「ごきげんよう、招かれざるサーヴァントさん」

 

影からの声は甘い女の声。耳を蕩けさせる誘惑に満ちた声。男はそれを鼻で嗤って腕を組む。警戒は決して解かない。その証拠に男の視線はまっすぐ影を見据えている。

 

「あら、話を聞いてくれるのね」

 

先の妖艶な声とは打って変わって意外そうな声色で呟く。

 

「どのみち、どこまでも追いかけてくるのだろう。微かすぎて気が付かなかったがこの一帯に魔力を感じる。よくもまあここまでやったものだ。これだけあれば不意をついて敵マスターをねらっていけるだろうに、なぜ私に晒した?お前のマスターも許しはしないはずだが」

 

サーヴァントの移動距離を把握しきった間隔に転移陣を配置し、いつどこからでも奇襲をかけられるというのはこの聖杯戦争においてかなりのアドバンテージになる。例えばサーヴァント同士が戦いに夢中になっている隙に漁夫の利をを狙って敵マスターを狙ったり、もし攻撃の的になった時に一瞬で距離をあけられる。キャスターでありながらアサシンのようなマネも、ライダーのような機動力も疑似的に行えるこのサーヴァントの戦術的利点は大きい。だが、相手はそれを晒した。

 

「ええ、私はマスターから命令は受けていないわ。だからこれは私の独断ということになるわね」

 

影は、さも可笑しいと言わんばかりに口元を手で隠した。マスターに従わないサーヴァントなど星の数ほどいるが裏切り行為を平然とやってのける英霊は案外少ない。男は相手を反英雄かもしれないと目星をつけて会話を進める。

 

「命令もなしに勝手なことをして大丈夫なのかね?もし令呪で絶対服従などど命令されれば厄介なことになるぞ」

 

「令呪は命令の範囲が狭ければ狭いほど効力を発揮するもの。遠く離れていても来いと令呪で呼べば空間を跳躍して一瞬で呼ぶことも可能とするけれど、絶対服従なんて範囲が広すぎてサーヴァントを律するどころか反感を招くだけ。聖杯戦争で生き残るならこれくらいは知っていなければお話にならないわ。令呪でそんな馬鹿げた命令をする愚鈍なマスターならいっそ殺してあげるわ」

 

「・・・フッ、いやまったくその通りだ」

 

令呪とはサーヴァントを律する三つの命令権。サーヴァントがマスターに逆らわないようにと作られた令呪はどんな理不尽な命令でも実行させられる。しかし、何ものも万能ではない。効果範囲が広ければ広いほど効力が薄まる。私の命令にすべて従えなどといったものは基本的にサーヴァントには効果がないのだ。もちろん、令呪を扱うマスターの資質にも左右されるためそれも絶対ではないが効果があるかどうかも怪しいものに大事な令呪を使用する愚かなマスターは生き残れない。

 

ーーもっとも、例外は存在するのだが。

 

「情報収集はここまででよろしいかしら。私も隠れて行動している以上あまり時間がないの」

 

心なしか影の声に焦りが混じる。マスターに隠れて行動するということは謀反を起こしますというのと同意。マスターに知られるようなことがあればその時点で良くて行動制限、最悪自害を命じられてもおかしくはない。

 

「それには賛成だな。私もむやみに姿を曝してはいけない身でね。要件を聴こうか」

 

「要件は簡単よ。貴方ーー私のモノにならない?」

 

「魔術師のサーヴァントがマスターの真似事でもしようというのかね。戦力を集めたいのは分かるが今の君では不十分だ」

 

キャスターのサーヴァント一騎だけでは籠城戦が精一杯。相手にもよるが三騎士のような対魔力を持つサーヴァントの前では猛獣除けの鈴程度にしかならない。さらに、サーヴァントがマスターの真似事などすれば他のマスターが結託して討伐に乗り出すことだろう。

 

「どう足掻いても私と君ではアーチャーやバーサーカーには勝てまい。せめてもう一人手にしてから誘ってくれ」

 

「見立て通り冷静な判断をくだせるようね。ここで考えもなしに仲間になると言っていれば即座に消そうと思っていたけれど杞憂でよかったわ」

 

クスクスと笑う影の主。言葉から察するにこの主は姿も見えぬ遠距離からかなり高等な魔術を使用できるらしい。男はそう考察して相手の真名にあたりをつける。

 

ーー厄介なものに気に入られてしまったものだ。

 

裏切りの魔女メディア。その所業は恐ろしいの一言に尽きる。だが彼女ほどの魔術師は他にいないだろう。勝つためには手段を選んではいけない。それは男が生前から今に至るまでに学んだ戦場での真理。今日の味方は明日の敵。そんな状況など何度も経験してきたからこそ彼女の誘いを断らずに保留とする。勝ち目がでるそのギリギリのラインで味方になればリスクを最小限に抑えられる。メディアが途中敗退したところで損はなく、その他の戦力、宝具を計ることもできるだろう。

 

「それで、ほかにあてはあるのかね?セイバーは騎士道を重んじるタイプで己がマスターを裏切りはしないし、アーチャー、バーサーカーは論外。ランサーはマスターに不満の一つはあるだろうがそれもどこか微笑ましく見ているようだ。となるとライダーか姿を見せないアサシンになるが」

 

「視野が狭いわ。その鋭い目つきは見た目だけなのかしら?」

 

「・・・そこまで明かして良いのかね?」

 

「その程度構わないわ。手段までは分からないでしょうしね」

 

彼女が言っているのはこの聖杯戦争をひっくり返しかねない反則級の技。説得による同盟ではなく強制的にマスター権を奪うという荒業。彼女はできるのだ。いかなる方法かはわからないが彼女はできる。彼女は焦りでもなく、怒りでもなく、全て計算した上で男の前に姿を見せ、技の一つを晒した。大英雄でも、女王でも、騎士王でもなくイレギュラーに。

 

「なるほど、私に余計なことをするなと釘を刺したいわけか」

 

「ええ。だって貴方の目的が分からないんですもの。ルーラーでもなさそうですし、先ほどの弓も矢も本来貴方のものではないでしょう?イレギュラーな貴方には極力場を乱してほしくないの」

 

「そう言っておきながら私を排除しようとしないのは何故かな?先ほどの一撃の中に君もいたはずだが」

 

「そうね、あの渦中にいたからこそ貴方が欲しいのよ。あの一撃はBランク相当のものだった。貴方の切り札がその程度であれば私も誘ったりはしないわ。・・・あるんでしょう?あれを上回る第二の矢が」

 

「買いかぶりではないかね?」

 

「私はそうは思わないわ。貴方は常に最善を尽くそうと努力するタイプ。その貴方がこんな序盤で切り札を切っていくはずがない。さしずめあれは戦線布告。さっさと始めろと伝えたかったんでしょう?」

 

確信めいた言い様だが、あながち外れてもいない。彼の目的はあくまで聖杯戦争による被害を最小限にとどめるということ。そのためであればどんな手段もとる。

 

「・・・っち、まずいわね。残念だけれどお話はこれでおしまいね。有意義な話になってよかったわ。だけど覚えておきなさい。私は欲しいものを手にするためなら手段を選ばないわ、覚えておきなさい。・・・また会いましょう」

 

一方的に告げて影は消えた。男は周囲を観察したがサーヴァントらしき気配を感じなかった。

 

「遠見の魔術でこの街を俯瞰しているのか。まったく、息をつく暇もないな」

 

今も監視されている可能性を否定できない以上、彼女が不信に思うような行動はとりずらい。それに、男の監視に熱中するあまり他の勢力が疎かになってもらっては困る。男の背後には巧妙に隠れたこの世界の大悪が爪を研ぎながら歓喜しているのだから。

 

「戦争狂め」

 

男は知っている。戦争の恐ろしさを、無意味さを。だが、終わらない。ここは平和でもあそこは戦争をしている。それが当たり前の世界。戦争の引き金など些細なものだ。アイツが嫌い、アイツより優れていると証明したい、アイツが言うことを聞かない。そんな個人の感情が周りに伝染し、広まる。一種の伝染病。広まったら最後、どちらかが負けを認めるまで続ける。愚かしい、腹ただしい。

 

「終わらない連鎖を終わらせるか・・・」

 

無論、人では不可能。国でも無理だ。ならば人外のモノで達成する。理屈はわかる。奇跡に縋りたくなるのもわかる。しかし、考えてもみてほしい。人が戦争をやめるとき、それは果たして人間なのだろうかと。衝突を避け、笑みを消して動く様はプログラムされた機械ではないだろうかと。それらにについて男の心中に答えはない。

 

ーーそれでも、私は答えを得た。

 

後悔があっても、やり直しなど認めない。そう言った自分があったのだから。

 

「何を求めようと貴様の勝手だがその果てに私が立ちはだかるだろう。衛宮士郎、この世界のお前は何を思い描いている?」

 

独白はまだ見通せぬ暗闇のなかへ。

 

 

 

 

 

 

穢れている。どうしようもなく醜く、恐ろしい。それに目も鼻も無く耳も口も無く、それはそこにあるだけだった。生まれた瞬間から悪だったそれは生まれた瞬間に全てを奪われた。故に全てを奪えるものになった。渦巻く人の悪を象ったそれは死後も悪の象徴として崇められる。

 

この世全ての悪。

 

それは再び産まれようとしている。この冬木で。一般感覚ならば生まれる前に処理してしまうのだろうがそれを眺める男にその意思はない。ドロドロと漏れ出す泥で大地を犯すそれを愛おしいとさえ感じている。

 

「素晴らしいと思わないか、ドク。我々はこの半世紀世界最悪と呼ばれてきた。だが、あれは3世紀初頭からこれまでこの世界全ての悪と呼ばれてきた。いや、下手をすればもっと前からかもしれん。であれば我々の先達というわけだ。それが鼓動を始めた。産まれようとしている。産まれればきっと素敵なことが起こる。きっと楽しいぞ」

 

「はい、あれは素晴らしい。劣化コピーとはいえ過去の人間を甦らせます。完全に解明できれば死なない兵士すらも造れるでしょう。聖杯、まさしく神の奇跡ですな」

 

「その奇跡は我々を選んだ。ならば手助けしてやらねばいかんな」

 

「私にお任せください、少佐」

 

「頼むぞドク。ところで、今日のディナーの準備は終わっているのか?」

 

「もちろんですとも。今日は私が作ったサワークラウトを使用しております」

 

「ほぅ!ドク自家製のものは私の好みに合っているから楽しみだ!さっそく用意してくれたまえ」

 

「こちらでお召し上がりですか?」

 

「当然だろう?絶望を眺めながらの食事は良いものだ」

 

「了解しました」

 

聖杯は鼓動を続ける己が産まれるその時を夢みて。



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主従の語らい

 

ーー俺は罪を犯した。

 

男は兄弟のベレロスを殺した。憎んでいたわけでも、操られてもいない。事故といってしまえばそうなのだろう。誰も彼を責めはしなかった。だが彼はその罪を自分のものとした。生来の名を捨て、彼は人殺しの名を背負った。それは相当に覚悟のいることだっただろう。罪人に優しく微笑む人間などいない。最初は許していた人々も次第に彼を責め始め、彼は村を追放された。

 

罪の重みに押しつぶされそうになった彼はとある王の元で罪を清めるべく善行を積み重ね、王も彼を認め始めていた。

 

ある日、彼は王の妃に好意を寄せられるが罪を自ら背負うほど真面目な彼はそれを拒んだ。王妃は彼を恨み、王に彼が必要に迫ってくると嘘の言葉を囁き、王は激怒。王は手紙を持たせると王妃の父の元へ行かせた。王妃の父もまた王であり、手紙を受け取った王妃の父は彼にキマイラの討伐を命じた。

 

キマイラとは頭がライオン、胴体が山羊、尻尾が蛇の怪物。城の兵士たちが束になっても勝てない恐ろしい化け物。王に渡された手紙の中には彼を殺すようにと書かれていたのだ。

 

直接手をくだすのを嫌った王なりの死刑宣告だったのだが彼はこれを引き受けた。

 

彼は引き受けた後どうすればキマイラを倒せるかを考えたが見当もつかない。そこで藁にも縋る思いで彼は占い師を訪ねると、ペガサスを手に入れれば勝てると教えられた。

 

ペガサスは伝説の存在であって見たことも、どこにいるかも分からない。彼は次に女神アテナの神殿を訪れて祈った。村々を襲う化け物キマイラをどうすれば討伐できるのかと。女神アテナは彼の誠実さと勇気に心打たれ黄金の鞍と轡を与えた。そしてペガサスの居場所を伝えた。

 

彼は女神に導かれるままにペガサスを見つけ、黄金の鞍と轡でペガサスを見事手懐けた。

 

手懐けたペガサスを自由自在に操れるようになった彼は難なく火を吐くキマイラを討伐。次々と武功をあげ、国に勝利をもたらし続けた。次第に彼の力を恐れた王は暗殺を試みるが返り討ちにあい、ついには諦め、和解を申し出た。

 

ここまでが彼の栄華。

 

ここから先は彼の転落の話。

 

誰もが彼をもてはやし、彼は謙虚さを忘れ慢心するようになっていった。

 

これだけの武功をあげたのだから神々の中に加わる資格があると思い始めたのだ。

 

共に苦楽を乗り越えてきたペガサスに跨り彼は神々のいる天へ上ろうとした時、主神ゼウスは彼の驕りに怒り一匹の虻を送りペガサスを一刺しさせた。刺されたペガサスは傷みに暴れ狂い、背に乗る彼を振り落とした。

 

彼は空から放り出され、地に落ち命は助かったものの一生癒えない傷を負って乞食のような惨めな終わりを迎えた。

 

名を捨てた彼は結局罪人の名を背負ったまま生涯を終え後世に語り継がれる。

 

その名はベレロスを殺した者ーーベレロポーン。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうした、そんな顔をして」

 

「起きたばかりの淑女の顔をジロジロと見るものではありませんわよ」

 

不機嫌そうなルヴィアの非難を軽く流してライダーは堂々と来賓用のソファーに寝転がる。いつの時代もこの手のものはゴテゴテしていて彼の好みではなかったが安物よりは寝心地が良い。生前、何度も寝込みを襲われた彼は寝れるときに寝る主義らしく、今もこうして寝転がっている。サーヴァントに睡眠は必要ないはずなのだが英霊にしては人間臭い彼のその行動をルヴィアは咎める事はしない。他の英霊には劣るかもしれないが彼もまた英霊。何かを成し遂げた英雄は誰もが尊敬に値する。実力主義の彼女らしい持論。むしろ余裕をみせるその行動に頼もしさすら感じていた。

 

「淑女を名乗るなら野蛮な趣味はやめるべきだな。たしか・・・レスリングだったか?肉体一つで相手にぶつかる競技は男だけのものだったのだが、これが時代の流れというやつか」

 

「華々しくリングを飾ることに男も女もありはしませんわ。今の時代、女も強くなくては」

 

「むしろ女の方が優遇されているように思えてならないな。死人の俺には関係のないことだが」

 

「その自虐めいた発言はお止めなさい。朝の清々しい気分が台無しですわ」

 

「失礼」

 

心にもない謝罪など不要とばかりにルヴィアは軽く髪を撫でて太々しい態度の下僕を見下ろす。ライダーは契約時に名前を名乗らなかった。英霊にとって自分の名は自分の人生、功績を表している。言いたくないということはそれなりに意味があってのことだろうと深く聞くことはしなかった。しかし昨晩、ルヴィアはこの下僕の過去を観た。観てしまった。

 

ーーなるほど、言いたくないのもわかりますわね。

 

成し遂げた功績によって得られたものは、兄弟殺しの忌み名のみ。誰がそんなものを誇れるだろうか。会ったばかりの人間に語るにはあまりにも陳腐で馬鹿馬鹿しい。彼が劣等感から真名を明かせなかったのも頷ける。

 

「昨夜の衝突で各サーヴァントは確認できた。もちろん、8人目のサーヴァントもな」

 

「それで、勝てるのですか?」

 

「勝てない」

 

「・・・はぁ。貴方も英霊ならば任せておけくらいは言ってほしいものですわね」

 

「無茶を言うな。ヘラクレスにアーサー王、スカサハにヴラド三世。知名度でも、自力でも成した偉業でも負けているんだ。冷静に考えれば勝てないのは明白だろうに」

 

議論にすらならんとばかりにライダーはルヴィアに背を向けるように大勢を変えた。

 

「私が言っているのは気持ちの問題のことです。始めから負けるつもりで戦いに挑むなどあってはならないことですわ」

 

「根性論で覆せる戦力差ではないのだがな。マスターの命令には従うさ。突撃しろと命令されれば突撃しよう。ただし、9割負けるがね」

 

ルヴィアの嫌いな根性の曲がった物言いに彼女は頭を押さえる。彼女の怒りの沸点に今にも届きそうになりながらもギリギリのところで超えないような言い方がライダーのやり方と理解していてもいつか一度は怒鳴ってやろうとルヴィアは心に決める。

 

「・・・もういいですわ。もっと生産的な話をしましょう」

 

「うむ、そうだな。まず、勝ちたいのであれば正面からではなく共闘による強敵の撃破が望ましいな。より強いほうを倒し、弱いほうを残す。そうしていけば楽ができる」

 

「却下ですわ。美しくありません」

 

「ならどうするんだ?」

 

「簡単なことです。貴方がサーヴァントを抑え、私がマスターを倒します。時間稼ぎくらいはできるのでしょう?」

 

「逃げ回るのは得意だ」

 

「そこだけ自信満々に仰られても困りますわ・・・」

 

機動力においてライダークラスの右に出るものなどいない。人間も英霊も乗り物にはどうあっても早さで追いつけないからだ。そしてライダーが保有する乗り物は一級品。例え現代最速の乗り物であっても引けはとらない。とはいえ、ライダーはその一級品の乗り物に乗ろうとはしない。過去の経緯を鑑みれば信頼できないと考えてもおかしくはないが、この戦いは出し惜しみをした人間から死んでいく。いざとなれば令呪でもって強制するしかない。ルヴィアはそう考えて、ライダーを見る。叱られて拗ねている子供のようにも、疲れ果て今にも消えてしまいそうな老人にも見える男の背は驚くほど小さい。とても神話に刻まれた英霊には見えない。

 

「ライダー」

 

「・・・どうした?」

 

「貴方の真名、いつか教えてくださると信じていますから」

 

「・・・ああ、いつか、な」

 

 

 

 

 

 

 

「凛、その話は本当ですか?」

 

「なによ、セイバーは不服なわけ?」

 

「当然です。聖杯は一組の主従にのみ願いを叶えます。最後には必ず裏切るとわかっていて何故手を組もうなどと。貴方は年齢こそ若いが才能に溢れる優秀なマスターです。今からでも遅くはありません。どうか再考を」

 

厳しい顔で凜を見つめるセイバーに余裕は感じられない。騎士王とまで呼ばれた彼女がこうも反対するとは思っていなかった凜はどうしようかと思案を巡らせていた。

 

アーサー王の最後は有名だ。故に彼女が聖杯に求めていることもわかる。王の選定のやり直し、あるいは過去へ遡り未来を変えること。凜はセイバーを召喚してから聖杯への望みを聴いたことも、聴かれたこともない。ビジネスライクというか、割り切った関係をセイバーは望んでいるようで、凜もあえて聴こうとはしない。セイバーにもし聴かれたとしても答えられないからだ。凜の願いは衛宮士郎を幸せにすること。それは聖杯を使って成し遂げるものではなく凜が自身でやらなければならない。つまり、凜は聖杯など必要としていない。セイバーはそんな凜を見限ることだろう。夢を見る者は夢を見ない者と

価値観を共有できない。そのすれ違いが誤解を生み、間違いが起これば前回の聖杯戦争の二の舞になる。セイバーはそれを恐れている。

 

「悪いけど拒否はさせないわ。・・・わかったわよ、説明するわ。座って」

 

促されたセイバーは客間の椅子に腰かけて凜を見つめた。

 

「私がなんで衛宮くん・・・キャスターと組むのかっていうと、現在聖杯が汚染されているからなの」

 

「汚染、ですか?」

 

「そうよ。なんでも第三次聖杯戦争でトラブルが起きたみたいでね。セイバーも前回の聖杯戦争で気が付かなかった?本来召喚されるべきでない反英雄が召喚されていることに」

 

「・・・前回のキャスター、バーサーカーのことですね。彼らが呼び出されるならば全盛期、精神が反転する前でないとおかしい」

 

「ええ、でも反英雄の姿で現界した。聖杯が正常であればそんなミスは起こらない」

 

「辻褄は会います。では何故手を組むのですか?」

 

「キャスターなら汚染された聖杯を浄化できるかもしれないからよ」

 

セイバーは苦虫を潰したような顔で頷いた。事の深刻さも理解できたようで、セイバーは再び凜に問いかけた。

 

「私は浄化できるキャスターを守りながら戦う必要があるわけですね。しかし、守り抜いた後はどうするのです?キャスターがもし私を排除すれば願いを叶えてやると言ってきた場合どうするのです?」

 

「断るわよ。セイバーが消えた後私も殺されちゃうかもしれないしね。いざとなったら衛宮君の腕を切り落として令呪を奪っちゃえば良いわけだし」

 

「凜は聡明ですね。貴方を試したこと、謝罪します」

 

「謝ってもらうようなことじゃないわ。セイバーの信用が得られるならいくらでも試してちょうだい」

 

「感謝します」

 

はにかむセイバーは破壊的なまでの可憐さで、凜はウッっとよろける。天然なのかはわからないがセイバーがたまに見せるこうした仕草は普段の凛々しい姿とは打って変わって容姿相応の少女のように見える。凜の心に良心という名の棘が突き刺さる。

 

ーーなんで私ばっかりこんな苦労しなきゃならないのよ!!

 

ここで心の内を晒してしまってはいけない。夢のためにセイバーを利用する。凜はそう決めていたというのにセイバーへの罪悪感で押しつぶされそうになっている。心労で倒れてしまいたいのを堪えて凜はセイバーに微笑みかける。自分に嘘をつくように。

 

「それじゃ、さっそく衛宮くんの家に行きましょうか」

 

「わかりました」

 

「そんな顔しないで、まるで敵の陣地に攻め込む前みたいよ」

 

「一時的な協力関係である以上気を抜いてはいけません。裏切りなどどのタイミングでも起こりうるのですから」

 

「オッケー、注意するわ」

 

凜は立ち上がって客間の扉を開ける。セイバーはそれに続いた。

 

「頼りにしてるわよ、私の騎士(ナイト)様」

 

「お任せください我が(マスター)

 

今宵が最後の語らいの日。

 

これより先は地獄の始まり。

 

それを知るモノは化け物どものみ。

 

 

 

 

 

 

 

name ベレロポーン

クラス ライダー

筋力C 耐久B 敏捷B 魔力C 幸運B 宝具A~A++

 

保有スキル

 

対魔力:D

 魔術に対する守り。無効化は出来ず、ダメージ数値を多少削減する。

 

騎乗:A+

 騎乗の才能。獣であるのならば幻獣・神獣のものまで乗りこなせる。ただし、竜種は該当しない。

 

神性:B

 神霊適性を持つかどうか。高いほどより物質的な神霊との混血とされる。

 海神ポセイドンが父であるとされる。

 

仕切り直し:C

 戦闘から離脱する能力。

 

宝具

 

『黄金の手綱(ポリュエイドス)』

ランク:A 種別:騎乗宝具 レンジ:1 最大捕捉:1騎

 アテナ神から授かった手綱。

 騎乗したものに幻想種(魔獣)としての属性を与え、強化する。

 幻想種に対し使用した場合、そのランクを一つ引き上げる。

 この宝具は、生物以外を対象にすることもできる。

 更にライダーと対象をレイラインで繋げることができる

 

 

『------------------』

ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:2~50 最大捕捉:300人

ライダーのかつての友。条件が満たされていないため現状は使用できない。

 




誤字、脱字は時間があるときに編集します。

皆様のカルデアに沖田(オルタ)が召喚されますように。


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