BLACK PSYREN (どるき)
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影胤事件編
Call1.「黒いテレホンカード」


 東京エリアにある勾田大学病院。その地下に、かつては『四賢人』と呼称された天才外科医、室戸菫の居城がある。民警と呼ばれる民間警備を生業とする少年、里見蓮太郎はその主の数少ない生きた友人だった。

 友人と言っても菫は蓮太郎の社会的抹殺を目的とした風説の流布を趣味として主に蓮太郎の知人女性たちに振りまいているのだが、蓮太郎はそれを迷惑と思いこそすれ決別をするまでには至っていなかった。

 蓮太郎からすれば感謝してもしきれないほどの恩が菫にはあったこともその一因なのだろうか。

 この日の蓮太郎は、菫の方から上機嫌で呼びつけた結果この魔窟へと足を踏み入れていた。

 

「突然だけど、キミは超能力と言うものを知っているか?」

「スプーン曲げや念写みたいな、いわゆる人間技じゃない能力のことか? スプーンは役に立たなそうだけれど、念写や透視は使えたら便利そうだな」

「アッ、ハハハ」

「まるで『女湯を覗くには最適だぜ』と俺が考えていることを想像しているようだけれど、そういうつもりじゃ……」

 

 菫は上機嫌なのだろうか、蓮太郎の答えに腹を抱えて笑い声を上げる。それに対し、蓮太郎はまた悪評の種にする気かと菫に抗議する。この手の抗議が実を結ぶとは思えなくても、言わずにはいられない。

 

「さらに不幸そうな顔つきになったぞ、蓮太郎君。笑ったことが気に障ったのなら済まない。あまりにも古典的な回答だったもので、ついな」

「それじゃあ最新の正しい回答とはどんなものですかね」

「その前に一つ、キミは超能力の存在を信じているか?」

「ノー」

 

 蓮太郎は菫の問いにはっきりと答える。民警としてガストレアと戦うことを生業とする蓮太郎にとって、超能力などあったらいいなという空想の産物には思えないからだ。だいたい超能力者がいたらIP序列上位のプロモーターは超能力者ばかりで、それが有名になるだろうという理論武装も備えていた。

 菫は蓮太郎が相手では仕方がないとばかりに、呆れ顔で答えた。

 

「超能力とは人類が遥か昔に失ってしまった『思念の力』だ。そして超能力は実在する、これが正解だ」

「そういわれても……今まで超能力者の民警なんて見たことも聞いたことも無いぜ」

「それでも実在するのだよ。正確には『実在した』と言うべきかもしれないがね。

 キミが生まれる前の話だから信じられないだろうが、2009年頃にはワイズという超能力者のテロリストなんてものが実際に世間を騒がせたりもしたよ」

「そんな事件、初めて聞いたぞ」

「公にはガストレア戦争で、ワイズ事件の資料が紛失したとされているからね。それにガストレア戦争と比べれば被害も小さかったから、誰も事件を蒸し返そうなんて思わなかったよ」

 

 蓮太郎は菫の話を納得できない。蓮太郎にとってリアリティが感じられない上に、超能力の話を急に振られても反応に困るからだ。

―――つまり、何が言いたいのやら。

 

「ところで先生、超能力が実在するからと言って、それが何だというんだ?」

「そこで、コイツの出番と言うわけだ」

 

 菫はごみ溜めの上に積まれた、古い一冊の本を取り出す。表示の文字はかすれて認識できないが、何かの古い書物であろうか。

 

「これは『ブライス研究録』と呼ばれる、様々な超能力について書かれた百科事典みたいなものだ。著者のブライス自身もこの本の中で超能力者だったと書かれている」

 

 菫が嬉々揚々と取り出した一冊の本、蓮太郎にはそれは単なる古い本としか思えない。

 ブライス研究録の稀覯本としての価値を知らないが故に、蓮太郎にとっては興味のないエロゲーについて熱く語るヲタクの弁と大差がなかった。事実、本質は同じではあるが。

 

「私は前々から天童式戦闘術は単なる人間業にはとても思えなくてね。この稀覯本を偶然手に入れて読み進めるうちに思ったのだよ、実は超能力の一種なのではと」

「そんなバカな」

 

 菫の言い分どおりでは天童式戦闘術初段の自分も超能力者ということである。木更の使う天童式抜刀術ならまだしも、自分にはそのような自覚は無いため蓮太郎は否定する。

 それに、人間嫌いが高じて地下室の主となった彼女が、どうやって稀覯本を手に入れたのかと言うことも疑問である。

 

「それに偶然手に入れた? 引きこもりの先生がどうやって?」

「私を政府の胸糞悪い仕事に縛り付けようとした役人共に、『私を唸らせるだけのことが書かれた学術書』をもってきたら考えてやらんことは無いと言ったら、一週間後にこれをもってきたよ。当然、私はここを出て政府の犬になる気は毛頭無いがね」

 

 蓮太郎はあきれてものも言えないが、菫にまんまと利用された役人に対して『ザマアみろ』と内心喜んでいた。

 

「これによると、西洋の魔術や東洋の仙術と言ったオカルトは、後天的に超能力に目覚めようとした人々が積み上げたノウハウだと書かれている。天童式戦闘術が超能力に開眼した末に習得するものだとしたら、私の仮説にもスジが通ると思わないか?」

「確かに、そうかも知れないが―――」

 

 菫の仮説に、蓮太郎は木更の事を思い浮かべる。確かに剣の刃渡りより遠くを切断可能な天童式抜刀術の技は、カマイタチなどの理屈をつけるよりも超能力と呼んだ方がむしろ自然ですらある。師範である助喜代が齢百二十歳にしてなお健常なのも、そういった異能に目覚めているからかも知れない。

 だが、蓮太郎はそれを認めたくないという衝動に駆られた。

 

「俺は信じない。たとえ天童流が超能力であろうと、俺には関係が無いからな」

「それはそうだ。私の学術的興味に突き合わせてしまって悪かったね、蓮太郎君」

 

 そういうと、菫はブライス研究録を元のごみの上に置いた。

 

――――

 

 2018年7月、姉である夜科フブキの挙式に参列したアゲハは、引き出物の小荷物を整理していた。中身はボンレスハム、醤油、みりん、鯛の形をした砂糖細工などのよくある縁起物だったのだが、その中の一つに興味深いものが紛れ込んでいた。『PSYREN』と書かれた黒いテレホンカード、それはある一点除いて忘れることなど到底できないものに酷似していた。

 

「桜子」

 

 アゲハは傍らにいた雨宮桜子に声をかける。彼女とは恋仲となって既に8年近く経過していたが、姉のように夫婦の契りを交すまでの進展は無い。

 

「お前の荷物にもコレが入ってなかったか?」

 

 アゲハは桜子に件のテレホンカードを見せる。そのデザインに、桜子も言葉を失う。

 一種のノスタルジーに近い感情なのだろうか、アゲハは昔語りを始める。

 

「今振り返ると懐かしいとすら思えてくるけれど……サイレン世界でカイル達と再会したのが、ちょうど今頃だったよな」

「そうね、ドルキと遭遇したのが6月でその数週間後だから」

「ドルキか……あの時はカイル達が来てくれなければ俺達全滅していたよな」

 

 『サイレン』

 それは都市伝説を発端とした『この時代から見れば失われた未来と言う異世界』を舞台にした奇妙な冒険だった。サイレンを生き延びた末に今の平穏を勝ち取ったということを、アゲハは誇らしく思っていた。当然自分ひとりの成果でないことは重々承知してはいたが、サイレンに関わった結果、高校をまともに卒業できなかったことを、胸を張って後悔しない程度には大きな自身になっている。

 

「あった、これね」

 

 アゲハの一人語りをBGM代わりに荷物を解いた桜子も、その中にあるテレホンカードを発見してアゲハに見せる。色が赤地に黒文字から黒地に赤文字へと変更されていることを除けば、まさしくサイレン世界への道標だったあのテレホンカードに他ならない。

 

「こうやって額にカードをかざすと、度数と裏ルールが表示されたわよね」

 

 そういって桜子はカードを額にかざす。本物のカードはこうすることで、現在の度数と裏の情報が開かされる仕組みになっていたからだ。アゲハも興味本位でカードを額にかざし、しばらくして手元に戻す。

 

「おい……これって……」

 

 アゲハと桜子はその眼を疑った。カード表面左上に白い文字で『∞』と表示されていたからだ。そしてまさかと思いカードの裏面を確認すると、そこには文字が浮かびあがっていた。

 ・あなたはゲームの参加者(サイレンドリフト)になる

 ・サイレンドリフトはネメシスQの導きの元、未来に送られる

 ・カードは常に携帯すること

 ・サイレンドリフトの目的は二つ、ガストレアの殲滅とガストレアの起源を暴くこと

 ・ガストレアは強敵故、心して戦うこと

 ・ネメシスQと共に…時を飛び越え、未来を変える旅をするドリフト達に幸あれ

 その文言は、アゲハ達がかつて見たものとはいくつか異なっていた。特に『ガストレア』という単語は初耳である。ジョークにしては出来すぎているこのテレホンカードに、二人は疑いの目をかける。

 

「おい……まさかこれって?」

「本物かしら?」

 

 思い返せばサイレンのテレホンカードとは、今現在はアゲハ達に保護されて伊豆で悠悠自適の暮らしをする青い髪の女性―――かつて『グリゴリ07号』と呼ばれた彼女が時を超える手段として生み出したPSIプログラム『ネメシスQ』の一部である。今現在の07号がネメシスQを生み出したという話は聞いてはいないものの、未来の07号が何かしらの理由でネメシスQとサイレンのテレホンカードを生み出し、過去への干渉を試みたとしても不思議ではないのだ。

 そしてまるで図ったかのように、アゲハの携帯電話に着信が入る。番号非通知であるそれを、アゲハは恐る恐る受ける。

 

「久しいな、夜科アゲハ」

「アンタ……07号なのか?」

「そう、『2031年』のな。この電話が繋がったということは、言いたいことは解るだろう?」

「俺達を未来に呼び出そうって言うんだろ? でもどうして」

「今から十年前……2021年の話だ。世界各地に『ガストレア』と呼ばれる敵性生命体が出没した。人類は抵抗も虚しく敗北し、今では生き残りたちがガストレアに怯えながら暮らす日々さ」

 

 アゲハは耳を疑う。『転生の日』による世界滅亡を阻止して以降、再びそのような事態が起きるとは考えてもいなかったからだ。ましてや『サイレン世界における歴史』と違い、今はかの『W.I.S.E.(ワイズ)』も人類の味方に近い一団となっている。故に化け物が現れた程度で世界が滅亡すると言われても、にわかに信じがたい。

 

「信じたくはないだろうが、事実だ。なにしろガストレアの進行速度は異常ともいえるほど早かった。弟達やエルモアウッドは自分の周囲を守ることで今でも手一杯だよ。特にゾディアックと呼ばれる希少個体はエルモアウッドには太刀打ちする術などないほど強靭だ」

「フレデリカのパイロ・クイーンでもダメだっていうのか?」

「あの子の力でも焼き尽くせない。それは実際に試した末に得られた『結果』だ」

 

 パイロ・クイーン―――予知能力者、天樹院エルモアが生きる術を教えるために集めたサイキッカー集団であるエルモアウッド、その中でも攻撃能力で最強を誇っているのが、天樹院フレデリカのパイロ・クイーンである。いわゆる発火能力(パイロキネシス)と呼ばれる超能力ではあるが、フレデリカのそれはさながら人間ビーム兵器と呼べるほどの最大破壊力を持っていた。

 アゲハは自分が知る中で最強クラスの破壊力を有する、パイロ・クイーンですら通用しない化け物の存在に血の気が引く。正直に言えば人類に勝てる相手には思えない。

 

「私がお前たち二人に求めることは、十一体存在まで確認されているゾディアックガストレアの殲滅とガストレアの起源をたどることだ。出来ることならガストレア戦争と呼ばれた生存戦争を回避する術を持ち帰り、歴史を変えてほしい」

「解っているのか? もし俺達が目的を達成して歴史を変えることができたとしても……」

「新たな歴史に分岐し、こちらの私から見れば影響など無かろうともかまわない、お前がゾディアックを倒してくれさえすればな。そちらの時代で弟の夢が叶うのならば私は満足だ」

 

 07号の弟、かつての『グリゴリ06号』にしてW.I.S.E.の首謀者『天戯弥勒』。

 彼はアゲハとの戦いで考えを改め、サイキッカーの存在が日常となる世界を作るために奔走と続けている。だが、07号の口振りから推測すれば、それすら諦めざるを得ないほど、未来の様子は逼迫しているのだろうか。そう、アゲハは解釈する。

 

「そう言うことなら、俺だってそんな未来は嫌だ。力を貸すこともかまわない。だけど、何故『俺と桜子』なんだ?」

「ネメシスQによる時間旅行の限界だ。ネメシスQは未来の可能性を先決めすることで量子的に『対象が時を超えた』という仮定を生み出し、現実に変換することで時間旅行を可能にしている。故に前提条件といて『ガストレア出現以後の時代にて存在が観測されていない人間』でなければ時を超えることはできない。

 なおかつ信頼がおけて腕っ節も強いとなると……お前達二人以外に適任がいない。逆説的にいえば『2031年の私』が『2018年のお前達』の時間を超えさせたから、ガストレア戦争以降のお前達を見た人間がいないのかもしれないが」

「それじゃあ……ヒリューは? 朧は? みんなは無事なのか?」

「天樹の根で暮らす子供たちは無事だが、他のエリアで暮らす奴らについては断言できない」

 

 07号は飛龍たち天樹の根から離れて暮らす明々についてはあえて答えない。いや、正確には答えられない。

 彼女が住む伊豆周辺はいわゆる『未踏査領域』と呼ばれる人類に見捨てられた区画なのだ。他の地方で暮らす面々の動向を探る術は彼女には無い。

 

「そろそろ旅立ちの準備をしてくれ。東京周辺に転送するつもりではあるが、細かい調整までは難しい。できれば行ってすぐに戦える準備が望ましい」

 

 アゲハと桜子は07号に従い、準備を整える。非常食や替えの服をはじめとした消耗品の補充を済ませ、テーブルの上に『宿代十万円也』という書置きと札束の諭吉を十枚置き、準備は整った。

 桜子とアイコンタクトし、最後の確認は終えた。

 

「いいぜ、ネメシスQ! 俺達を連れて行ってくれ」

 

 こうして夜科アゲハと雨宮桜子の二人は13年後の未来へと旅立った。

 

 




考えていた内容が原作1巻の区切りまでたまったので
ジャンのほうを一時中断して投稿です


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Call.2「外周区」

 アゲハと桜子がネメシスQの力により送られた場所は、林の中だった。舗装路が通ってはいるが、放棄されて時間が経っているのか、いたるところに傷が目立っている。

 だが道路のコンディションなど気にならない程に、二人の鼻を充満する煙が襲っていた。

 

「この焦げた匂い……」

「近くで何かが燃えているようね」

 

 二人は匂いの元をたどり、火の手が上がる一台の車を発見する。山火事に発展するかもしれないと感じたアゲハは、車を暴王の月(メルゼズ・ドア)で炎ごと削り取る。地面がえぐれ、燃え盛る車が消滅すると、木陰に血まみれの青年が寄りかかっていることに気が付く。

 

「おい、アンタ。大丈夫か?」

「ああ……ころち……」

 

 青年の怪我は酷い。両手足は壊れた人形のように引きちぎれたりねじれたりしており、呂律も回っていない。傍らに高度な治療能力者(キュア使い)がいるわけでもないため、既に手遅れだというのがアゲハ達の判断である。

 せめて遺言くらいは聞いてあげるべきかと、桜子はPSIを発動させる。他人の精神に干渉するトランス系能力は桜子の十八番であり、生きてさえいれば言葉の通じない相手から記憶を引き出すことなど雑作もない。

 

「この人、自分を殺してくれと懇願しているわ」

「どうして? この傷じゃどのみち助からないだろうに」

 

 青年は自身のガストレアウィルス浸食率が限界点に達していることを悟っていた。2031年の常識では自害しなければ即座にガストレア化してしまうのだが、2018年から来たばかりである二人にはそのような知識は無い。

 桜子は理由を知るためとこの時代の知識を得ることを兼ねて、さらに深層まで精神ダイブを敢行した。だが、その目論見はガストレアによって阻まれる。

 突如青年の精神は混濁を始め、その身は異形の者へ変貌を始めたのだ。その形相は巨大化した黒い蜘蛛。モデルスパイダーのガストレアが此処に産声を上げた。

 

「避けろ、桜子!」

 

 アゲハの声に反応し、桜子は後ろに飛び退く。ステージⅠへの変態を終えたガストレアは、目の前の二人を格好の餌としか思っていない。初めての食事に対しての頂きますとでも言わんばかりに前足二本を合わせたのち、ガストレアは桜子に突進した。

 虫の因子をもつガストレアはスケールの法則を無視した『巨大化した昆虫』としての能力を持つことが多い。この時代の常識で言えば桜子は死に体だった。

 だがそれは桜子がただの人間ならば、という話に過ぎない。

 桜子は身体強化(ライズ)を発動させ、その高い身体能力をもって易々と突進を回避する。その手には愛刀『心鬼紅骨』が抜き身で握られている。すれ違いざまに刀を抜き、正面右側の脚四本を胴切りにて切り飛ばしたのだ。脚を失ったガストレアは当然、その場に横たわる。

 

「こいつはいったいなんなんだ。まさかこれがガストレアって奴なのか?」

「そのようね。さっき彼が『殺してくれ』と頼んでいたのは、こうなることを察していたから見たいね」

「人間を元に増えていく怪物か……確かに凄い進行速度になるわけだよ」

 

 アゲハはゾンビ映画を思い浮かべる。ゾンビにかまれた人間がゾンビになることを繰り返し、街中がゾンビであふれかえるというパニックホラーそのままの光景に、もし自分や桜子が怪物になってしまったらと思うと血の気が引いてしまう。

 そして横たわるガストレアを見て、さらにアゲハは生理的悪寒を感じざるを得なかった。

 

「コイツ……再生している?!」

「だったら!」

 

 ガストレアの脚の切断面が粟立ち、肉が盛り上がる。それが傷の再生プロセスであることは、過去に足を消失しキュアによる治療で復元してもらった経験があるアゲハには一目で理解ができた。

 桜子はブオンと横一閃に紅骨を振るって付着した体液を飛ばしたのち、まだ脚の再生が完了せず身動きが取れないガストレアの頭に唐竹の一太刀を放つ。音速を超え空気を易々と切り裂く一閃は、その衝撃力もありガストレアを真二つに切り開いた。

 高い再生能力を持つガストレアとはいえ、流石に頭と心臓は再生ができない。ガストレアの生命活動が停止し、ピクリとも動かなくなる。

 

「死んだのか?」

「流石に頭までは再生できないようね。でもこれだけの再生能力、禁人種(タブー)より厄介だわ」

 

 禁人種(タブー)とはサイレン世界においてW.I.S.E.が生み出し、運用していた異形の怪物である。ガストレア同様に大小様々な怪物であることには違いはないが、禁人種にはイルミナという明確な弱点が存在していた。弱点(イルミナ)を持たない以上、ガストレアが禁人種以上の脅威であることは自明の理であった。

 

――――

 

 ガストレアを倒したアゲハと桜子は、一路東京を目指して幹線道路を歩き始めた。桜子が青年の頭脳から引き出した情報により、東京へのルートが解ったことは大きな収穫である。

 桜子は青年の脳内優先順位にて東京に帰ることが上位にいたことに多少の疑問を感じていた。なぜ青年は危険を冒して東京を離れ、この森の中にいたのだろうかと。

 だが考えても始まらないと、このことは頭の片隅に片付ける。面倒を押し付けて『彼女』が不機嫌にならないかと少し思いつつ、自分自身に遠慮することは無いかと意識を切り替えた。

 二人はガストレアの強襲に備え、決して急がないまでもライズを発動させて早足で道路を駆け抜けていた。時速に直せば四十キロは出ていたであろうか、小一時間ほどで東京エリアの玄関口ともいえるモノリスの眼下にたどり着いた。

 二人がたどり着いた先は、東京エリア第三十九区という地区だった。そこはまるでワイズに破壊された都市のように廃墟が広がっていた。

 アゲハ達にとって一番欲しいこの時代の情報を得ようにも、誰一人いないのではどうしようもない。流石に都心部に行けば誰かはいるだろうと都心に向かって歩き始める。そして電車駅が見えるようになると、待望の人の気配が立ちはじめていた。

 不意にアゲハと一人の少女の目があったのだが、少女はアゲハを恐れるように踵を返す。釈然としない態度に、アゲハは大人気もなく後ろから驚かすという手段を取った。ライズによる身体能力の底上げがあれば、それくらい容易かった。

 

「お嬢ちゃん、どうして逃げるんだ?」

「きゃあ!」

 

 少女はアゲハの悪戯に驚き、尻餅をつく。

 

「やりすぎよ」

「悪い……驚かせて悪かったな」

 

 アゲハは少女の手を取り、起き上がらせた。服に付いた土埃を軽くたたき笑顔を見せる。

 少女は起き上がると、アゲハの後方を指さした。アゲハはその方向からカツンカツンと言う、いかにも成人男性が履きそうな革靴の足音を聞いた。彼女が逃げた原因はその足音の方であり、アゲハもそれを察した。

 足音の主はその歩みを止め、アゲハの真後ろに立った。

 

「警察だ。その浮浪児の身柄は我々が預かる」

「警察? その割には御一人なのね」

 

 桜子は自称警察の男性に疑いの目をかけていた。少女の反応もさることながら、通常ツーマンセルで行動することが多い警察官が一人で歩いているという時点で、どこか違和感を得ていたのだ。

 さらに警察制服と言うには布地が安っぽく、まるでコスプレ衣装にしか見えなかったのも疑いの目に拍車をかけた。

 

「偶然ですよ」

 

 人当りよさそうに応対していたが、男性は内心桜子の態度を邪魔に感じていた。

 男性の名は『保脇卓人』といい、その正体は聖天子付護衛官隊長、いわゆるロイヤルガードである。彼は偶の休日には警官の格好をして外周区を練り歩くことを趣味としていた。当然、健全な目的ではないが。

 

「この子が浮浪児って証拠もないし、第一アンタに渡す道理が何処にあるんだよ」

「黙れ! 邪魔をするなら公務執行妨害で……」

 

 保脇は権力を盾にアゲハ達を脅す。彼の認識では相手は若造、脅せば引くと思っていた。もし自分に弓を引いても問題がないほどの地位のプロモーターであろうとも、イニシエーターを連れていないのなら奇襲でどうとでもなる。そんな甘い考えで、保脇は二人に喧嘩を売ったのだ。

 

「ふうん……『呪われた子供たち』を嬲り殺しにしたいのに邪魔をする変な若造か」

 

 桜子の言葉に、保脇は驚く。それはまさに、今現在の自分の頭の中そのものだからだ。

 何故そのことが分かったのだと思うより先に、保脇は見抜かれたならば二人を巻き込めばいいと方針を変えた。相手とて『奪われた世代』であれば、『赤目』には嫌悪感を抱いていて当然だと、安易に考えたからだ。

 

「ど、どうだ? アンタたちもそこにいる『赤目』を打ち殺してスッキリしたくはないか? 大丈夫、戸籍がない子供を殺したって誰も罪に問いやしないさ」

「アンタ、サイテーね」

 

 保脇の提案は、一言で言えば下種。

 仮にアゲハ達がガストレアに深い憎しみを持ち、その因子を体に宿す『呪われた子供たち』へも同じ目を投げかける輩であれば、あるいは効果覿面なのかもしれない。

 だが、声をかけた相手が悪かった。相手には『奪われた世代』としての自覚もなければ共通認識もないのだから。

 

「その制服もフカシなんだろう? 本物の警察の厄介になりたいのか?」

「クソッ!」

「一昨日来やがれ」

 

 保脇はアゲハの眼光に気圧され、バツが悪そうにその場を立ち去った。

 保脇には無抵抗な子供を弄ることは出来ても、いざとなったら大人に危害を与えることは出来なかったからだ。彼は本質的に小悪党なのだ。

 

「なんだ? 今の奴」

「外国の貧困街で、時折ああいうやつを見かけたけれど……まさか日本で見るなんてね」

 

 二人はカルチャーショックの洗礼を受けていた。

 先ほどの偽警官(保脇)のような人間など、日本では滅多にいるものではないと思っていた。しかし、実際にはそうではない。07号が言っていたガストレア戦争が十数年で日本人の常識を変えてしまったのだと、肌で感じていた。




元気なころの保脇はこんな感じなんだろうなと


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Call.3「ライセンス」

 電車に乗って、二人は都心部を訪れていた。繁華街はガストレア戦争ののちでも、アゲハらが知る過去の栄華そのままの情勢で彼らを迎えた。

 彼らには知る由は無いのだが、ガストレア戦争敗戦による土地不足は高層ビル開発を加速させている。スカイツリーより高くそびえたつ高層ビルの群れは圧巻と言ってもいいくらいである。

 そんな街並みに対し、アゲハの顔は心なしか曇っていた。

 

「そんなに落ち込むことは無いわよ、アゲハ」

「でもよぅ……財布の中身がカラになったら俺達一文無しだぜ。こんなことならホテル代を置いてくるんじゃなかったぜ」

「うっかりしてたのは私も一緒だし、諦めて次の手を考えようよ」

 

 原因は財布の中身にあった。これまでは天樹院エルモアから受け取っている必要経費五百億を湯水のごとくつかえたため、金銭的な苦労と言うのは無縁の生活を送っていた。

 だが、ガストレア戦争の爪痕は時間旅行者であるアゲハらにも傷を残していた。

 アゲハ、桜子両名のメインバンクは愛知の地方銀行であるため、愛知県が未踏査領域と化した2031年現在ではあえなく廃行の憂いを受けていた。

 さらには熱海にある天樹院家も未踏査領域にある。状況から天樹の根に避難しているのは予想できるものの、通信網が断絶しているのか連絡が取れないのだ。

 直接取りに行くにしても、地図を見る限り徒歩で行くには到底無理なほどジャングル化が激しい。

 

「働くにしても、何をやろうか」

「そうね……」

「ちょっと、そこのお二人さん」

 

 アゲハらの会話を聞いていたのか、一人の男が声をかけてきた。簡単に話を限りでは、どうやら闇金の客引きのようである。男の風貌はヤクザの三下のようであった。その風貌を見て、アゲハはなじみ深いある男の事を思い出す。

 

「済まないが、アンタは雹藤影虎を知っているか?」

「雹藤? ちょっとこっちに来てもらおうか、お兄さん」

 

 影虎の名を聞いて、男の顔つきが変わる。こうなると、三下と見下すのは失礼と思えるほどである。男はアゲハらを彼らの事務所である光風ファイナンスまで連れ込む。

 事務所にいた阿部翔貴は、舎弟が連れてきた客人に茶をもてなす。

 

「私は阿部と申しやす。早速で悪いですが……お兄さんはあの雹藤影虎とどういったご関係で?」

「古い知り合いだよ」

「見たところだいぶお若いようですが……」

「それが?」

「いえ、雹藤影虎が消息を絶ってからだいぶ経ちやすからね」

「その話、詳しく教えてくれないか?」

「タダでと言うわけには。

 そうですね……ウチで百万ほど借りて頂ければサービスしやすよ。幸い別嬪さんを連れてやすから、五百までは融通できやすよ」

 

 阿部の生業は金貸しであり、金を貸せばそれだけ利子収入を得られることになる。桜子を担保にすれば無条件で五百万までは融資すると申し出るが、それは即ち泡姫として桜子を五百万で買うという意味でもある。阿部の申し出はアゲハには当然飲めない。

 

「アンタ、何ふざけたことを言っているんだ?」

「タダで情報を貰おうとしているお兄さんの方こそふざけてやすよ」

「いいや、お前の方だ!」

 

 桜子の事になるとアゲハの沸点は低い。アゲハの怒りに呼応して暴王(メルゼズ)が顔を出す。アゲハの眼前に現れた黒い球体に、阿部も驚きを隠せない。

 

「なんです? これは」

「さっきと同じことをもう一度言ってみろ! 俺も抑えきれるか知らねえぞ」

「アゲハ、落ち着いて」

 

 阿部の体に脂汗が流れる。この黒い球体は危険だと、本能が伝えているのだ。

 貫禄が売り物の男稼業としての意地と、生物的な本能がせめぎ合った結果、阿部の心は折れる。

 

「解りやした、教えやしょう。

 まず、最初に断わっておきやすが……あっし達『光風会』は関東衆英会、ひいては雹藤影虎には何度も煮え湯を飲まされてきた間柄でございやすから、そこはお忘れなく」

 

 阿部は『アゲハにイモを引いて口を割ったのではない』と自分に言い聞かせる為に、前置きを語ると茶を一息で飲み干す。先ほどのプレッシャーで喉が渇いていたのか、湯呑一杯の茶では喉の渇きは取れないが、貫禄の為に安易に二杯目を要求はせず深く息を吸った。

 

「続けて」

「ガストレア戦争の混乱期に生まれた新薬の中に『自分にとって都合のいい夢が見れる』クスリなんてものがございやしてね。光風会がそれを大々的に売りさばこうとしたことがあったんですよ。

 クスリを買い占めていざ売りさばこうとしたところで、雹藤影虎にその計画を潰されやした。あれが九年前の出来事で、その後オヤジが躍起になって雹藤探しをおこないやしたが音沙汰なしです。

 あっし個人の推測を言わせてもらうなら、生きていてもこの東京エリアにはいないだろうってことくらいでしょうか」

「それじゃあ、影虎さんは都内にはいないのか」

「そういうことになりやすね」

 

 阿部の情報は結論を言えば行方知れずであり、影虎がこの近隣にはいないという事実確認以外にならなかった。

 部下に注がせた茶のお代りを飲み干すと、阿部はアゲハに語る。

 

「まああの事件は光風会には痛手になりやしたが、クスリ嫌いのあっしからしたら頓挫してよかったと思ってやすよ。あんなクスリが出回っていたら世の中の為にならねえですから」

「アンタ、一本筋が通っているんだな」

「なんせそれが原因で闇金に左遷されたくらいなもんで。

 ところでお兄さん方は只者じゃなさそうですが、民警でございやすか?」

「民警?」

「ガストレア退治の専門家、民間警備会社のことですよ」

「ああ、あれね。そんなんじゃねえよ」

 

 アゲハは怪しまれないように相槌を打つが、当然民警の存在は知らない。

 

「民警には三十前後の腕自慢ってのも多いと聞きやすからね。ここの下で商売をしている天童民間警備会社なんて、社長とプロモーターが高校生ってんだから驚きですよ」

「へぇ、高校生でもなれるのか」

「質より量なんでしょうが、コロシさえやっていなければライセンスが取れるとは聞きますよ。そのせいで、可哀想な目に合うイニシエーターも跡が絶たないようですか」

「ねえ、そのライセンスってどうやれば取れるの?」

国際イニシエーター監督機構(IISO)がやっている研修を受ければとれやすよ。防衛省が窓口をやってやすから、明日にでも庁舎にいってみたらどうですか」

 

 影虎の情報はさほど有益ではなかったが、民警の存在はアゲハ達にとっては『そういうのもあるのか』と思い起こさせる情報だった。

 言われてみればガストレアなどと言う怪物が現れ、それでも都市生活が行われているのであれば、当然都市を守る守護者は必要である。ガストレア退治と路銀の調達という一石二鳥の存在である民警は、まさに渡りに船なのだ。

 プロモーターやイニシエーターがどのような役割なのかは知らぬまでも、サイキッカーである自身の能力は下手な軍隊よりもはるかに上なのは、身をもって経験済なのだ。アゲハと桜子が民警という職業に興味を持つことはさもありなん事である。

 こうして、二人は光風ファイナンスを後にした。

 

――――

 

 ラブホテルで一晩過ごした翌日、二人は防衛省庁舎を訪れていた。偶々宿泊したホテルにはネット設備が備え付けていたことが幸いし、庁舎の住所や民警についての基礎知識を予習できたことは大きい。

 この日、二人が申し込もうとしていたのは、十日間の合宿講習である。この講習がクリアできれば晴れてライセンスが授与されると、二人は張り切っていた。

 

「それじゃあ、雨宮桜子さんに、夜科アゲハさんですか……共に三十八歳、犯罪歴なし。書類はコレで大丈夫ですね。合宿は府中でやってますから、合格したらまた此処に来てください」

 

 受付の男性職員は申込書に事務的に判を押す。ここまで戸籍や住民票の確認などは一切ないが、過去の時代からの来訪者である二人にとっては、戸籍上の扱いが面倒そうである以上、都合がよかった。

 男性は書類と外見で年齢が大きく離れていることに小首を傾げつつも、単なる童顔だと疑問を飲み込む。一々気にしていたら、IISOのライセンス取得窓口などやっていられないのだ。

 

 翌日から府中にある合宿場で行われたのは、座学と実習の詰め合わせだった。最初の課題はバラニウムについて。バラニウムはその生産の多くを日本国内から賄われている黒色の磁気性金属である。ガストレア戦争以前はあまり見向きされていなかった素材だったのだが、その磁場がガストレアの生態に影響を与えることが判明し、今ではモノリスの材料として人類には欠かせない存在になっていた。

 講習において重点的に叩き込まれたのは、バラニウム製武器がガストレアやその因子を持つイニシエーターに与える影響度合いである。ガストレアの倒し方から始まり、バラニウム武器が与える再生阻害効果からメジャーなバラニウム武器の目録と扱い方について、講師はアゲハ達に叩き込む。

 特に拳銃や小銃の扱いについては、メジャーな装備と言うこともあり念入りに教え込まれる。アゲハと桜子は、これまでトラブルバスターとして世界中を駆け巡った経験から拳銃程度なら多少の心得を持っていたこともあり、講習は難なく突破した。

 次の課題はガストレアの生態について。ガストレアにはステージⅠからⅣまでの四段階と、特例個体としてステージⅤ『ゾディアック』が存在することを講師は語る。

 そして最後は様々な乗り物についての運転講習だった。流石に船舶と航空機はシミュレーター上の研修ではあったが、単車、自動車、戦車、ヘリコプター、ホバークラフト、ジャイロプレーン、クルーザー、小型ジェットと陸海空のメジャー処は網羅するラインナップだった。

 講習中、疑問に思ったアゲハはなぜ多種多様な乗り物について講習を行うのか訊ねたのだが、その回答は『ライセンスに運転免許証が付随するからだ』というものであった。

 こうしてアゲハと桜子は十日間の合宿講習を卒業した。思いのほか長くなったとはいえ、各種運転免許のオマケつきなら文句は言えないと思いつつ、二人は府中を出発したその足で防衛省庁舎に向かった。




ちょっとやんす言葉が怪しいですね
あとホテルといってもすけべな意図は一応ないのであしからず


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Call.4「仮面の怪人」

 アゲハと桜子はIISOへの書類提出のため防衛省を訪れていた。

 その日の庁舎は前回とは違い、殺気立っていた。なにせ幼い子供を連れた一行が何組も庁舎を訪れていたからだ。

 彼らは政府の要請で集められた都内に事務所を構える民間警備会社の代表であり、連れている子供はもれなく看板イニシエーターである。この日、政府は東京エリアにて法人として活動している民警のほぼ全てをこの場に集めていた。

 

「アンタ達は若々しいから覚えていたよ」

「サンキューな、おかげで手続きが楽だったぜ」

「ところで……」

 

 桜子は受付の男性に、訊ねる。

 後ろを闊歩する一団を見れば無理もあるまいと、男性は桜子がみなまで言う前に答える。

 

「今日は政府直々の依頼があるそうで、東京中の民警が呼び出しを受けているそうですよ。流石にフリーまでは呼んでいないようですけれど」

「その話、俺達も混じっちゃダメかな?」

「ダメですよ。アナタたちにはまだイニシエーターがいないんですから」

「大丈夫だって。どうせこれからすぐにドンパチを始めるわけじゃあるまいし」

「ダメったらダメです。それにこんな状況でフリーのアナタ達が紛れ込もうにも門前払いが関の山ですよ」

「そこを……ダメモトでなんとか」

 

 男性は必死に拒否する。これは事務手続きの体裁に固執する役人根性ではなく、無謀な挑戦をしようとしているアゲハ達に対しての老婆心である。

 だが男性の抵抗も虚しく、通りすがりの政府の役人は鶴の一声を上げる。

 

「―――命知らずだが結構じゃないか。人手は多いに越したことは無い。席は用意していないが構わないかね?」

「よし、早速初仕事だ」

 

 役人の後を上機嫌で歩いていくアゲハをしり目に、男性はまた一人、無駄死になると落胆し溜息をついた。

 

――――

 

 会議室に入ると、円卓には各民警の社名が書かれたネームプレートが置かれていた。呼び出された会社毎にその場所に着席して待てという意味である。ほとんどの会社は社長、プロモーター、イニシエーターの三人一組で、プロモーターとイニシエーターは社長の後ろに立って待機していた。

 アゲハと桜子は、飛び入りのフリーランサーであり席がないため、部屋の隅に立っていた。あたりを見渡すとスカーフをつけた男と学ラン風の男が言い争いをしていたが、特に問題が起きる前に争いは終息した。どうやらスカーフ男の上司がその場を宥めたようである。

 しばらくすると軍服、正確には自衛隊の制服を着た男が入室した。禿頭がきらりと光る、いかにも幹部と言った面持ちである。

 自衛官は事前説明として『政府直々の依頼であること』、『説明前の辞退は構わないが、説明後に辞退することは許可しない』と言うことを通告する。その仰々しい態度に、民警たちに緊張が走る。

 そして、満を持して聖女が姿を現す。銀髪の麗人、東京エリアの代表を務める聖天子が、モニターに映し出されたのだ。画面上の聖天子はリアルタイムの映像通信であり、その息遣いまで鮮明に映し出されていた。

 

「楽にしてくださいみなさん。私から説明します。

 と言っても依頼自体はとてもシンプルです。東京エリアに侵入した感染源ガストレアの排除です。もう一つは、このガストレアに取り込まれたケースを無傷で回収してください」

 

 ガストレア退治と言うものの、実態はガストレアに奪われた何かの回収任務である。

 当然、そのケースの中身を気にする者もいたが、聖天子は『プライバシー上の問題』として取り付く島もない。

 只々、その高額な依頼料からケースの中身がヤバいブツであろうと発想し、民警たちは緊張し口を閉ざしてしまう。

 その民警たちの姿をあざ笑うかのように、部屋の中に高笑いが響いた。

 

「フフフ……ハーハハハ!」

「誰です?」

 

 モニター越しの聖天子も、この不謹慎な声には苦言を呈せざるを得ない。

 声の主は先ほどまで欠席で空席となっていた席に座っており、おまけに机の上に足を投げ出している。シルクハットに燕尾服、それに覆面と言う、この場で最も奇抜な服装の男がそこにいた。

 

「私だ!」

 

 男は返答と共に卓上中央に立ち、モニターの聖天子と相対する。

 

「名乗りなさい」

「これは失礼、私は蛭子(ひるこ)……蛭子影胤(ひるこかげたね)という。お初にお目にかかるね、無能な国家元首殿」

 

 アゲハの目から見ても聖天子という女性は若い。おそらく二十歳にも満たないのだろうことは見て取れる。アゲハと桜子は聖天子という一族が現在の東京を統治しているということは知識として知ってこそいたが、詳しい経緯までは知らない。

 それゆえにこの怪人は若輩者の国家元首を毛嫌いし、喧嘩を売ろうとしているのかと推測する。

 

「端的に言うと、私はお前たちの敵だ」

「お、お前!」

 

 影胤の敵対宣言に対し、一人の若い男が拳銃を向ける。この男、里見蓮太郎は影胤と面識があったからだ。

 蓮太郎は先日の捕り物において、民間人を虐殺したことを堂々と白状する影胤と相対したことがある。眼前の相手を危険な殺人犯と知っているからこそ、その眼には緊張が走っていた。

 

「元気だったかい、里見君。わが新しき友よ」

「どっから入ってきやがった」

「正門から、堂々と。もっともうるさいハエは殺させてもらったがね」

 

 影胤の自白に、蓮太郎以外のプロモーター達も彼に拳銃を向ける。

 影胤は自分に向けられた拳銃などまるで気にしない様子で、娘の紹介をし始める。怪人の娘である小比奈ははにかむ様子で回りに自己紹介をするのだが、その手に持つバラニウムブラックの小太刀からは鮮血が滴っていた。

 蓮太郎は小比奈の小太刀に警戒しつつ距離を取り、影胤を怒鳴る。

 

「何の用だ!」

「なあに、私もこのレースにエントリーすることを伝えたくてね」

「エントリー?」

「七星の遺産は我らが頂くと言っているのだ」

 

 『七星の遺産』とは、まさに聖天子が回収依頼を出したケースの中身である。影胤の目的はその遺産であり、蓮太郎が目撃した猟奇殺人も遺産を得ようとした過程で起こした事件であった。

 影胤は今回の争奪戦をゲームに見立て、『キミたちの命を賭け金にどちらが先に遺産を手に入れるか競争しよう』などと言いだす。声からすればそれなりの年齢なのであろうが、その子供じみた提案に、アゲハは虫唾が走る。

 それは他のプロモーター達も同様のようであり、漆黒の大剣を抱えたスカーフ男、伊熊将監がその先陣を切った。

 

「ぶった切れろや!」

「さーんねん!」

 

 将監は影胤の懐に飛び込み、大剣による唐竹を放つ。突風を纏う竜巻の如き一閃は、空手では到底防ぎようがない攻撃であるが、影胤は虚空に壁を作り易々とはじき返す。

 反動で怯む将監が誰かの声に応じて身を引くと、他のプロモーター達は銃による一斉照射を敢行する。だがこれも影胤の生み出した壁に阻まれ、弾丸はあらぬ方向に飛び散る。

 着弾と共に青白い燐光を放つドーム状のバリアの存在は、プロモーター達の度胆をぬく。目の前で繰り広げられる超常現象に、序列千番台の高位序列者たちも固まってしまったのだ。

 その鳩が豆鉄砲を食ったような顔にご満悦と言った様子で、影胤は鷹揚に両手を広げる。

 

「斥力フィールドだ。私はイマジナリー・ギミックと呼んでいる」

「アンタ、サイキッカーか?」

 

 ここで、アゲハは口を開く。ただの人間にはこのようなバリアなど作ることは出来ないが、サイキッカーなら別だからだ。ガストレア退治では新米だが、サイキッカー相手のトラブルバスターなら約十年の経歴がある。

 影胤とはここで決着をつけなければいずれ脅威になると、アゲハは直感する。影胤をアゲハがかつて戦った相手に例えるのならば遊坂葵が近いであろうか。

 

「私のは種も仕掛けもない超能力ではなく、れっきとした手品だ。もっとも、これを発生させるために内蔵のほとんどを摘出して、バラニウム製の機械に置き換えているがね」

「機械?」

 

 アゲハにはこのような機械が存在することなど信じられなかった。世界各国を行脚した経験から言わせてもらうのならば、非合法的にサイキッカー研究をしていた研究所において、機械仕掛けでPSIを再現した研究など見たことが無かったからだ。

 だが影胤のPSIが機械仕掛けであろうとも今は問題ではない。アゲハは弓を引くようなポーズを取り、影胤に狙いを定める。アゲハの手元には漆黒の球体が出現していたのだが、角度の問題からか、それが見えるのは影胤と小比奈のみである。

 

「そちらの里見君なんかはまるで人の皮を被った化け物を見るような目をしているというのに、そんな言葉(サイキッカー)が即時に出てくるなんてなんと愉快な青年だ。

 キミの名を教えてもらってもいいかな?」

「夜科アゲハだ。アンタは危険だ、さっさと投降しろ」

「夜科か……では私もキミたちに名乗ろう!

 私は元陸上自衛隊東部方面隊第七八七機械化特殊部隊『新人類創造計画』蛭子影胤だ」

 

 影胤が名乗る『新人類創造計画』とは、都市伝説として闇に葬られた特殊部隊の事である。

 ガストレアと生身で戦うために、全身の何処かにバラニウム製の最先端技術を埋め込まれた殺戮機械(キリングマシーン)であると、影胤は言う。

 その態度はますます遊坂葵に似ていると、アゲハは感じていた。

 

「警告はした!」

 

 アゲハはこれ以上の対話は無意味であろうと、張り詰めた弦にかかった矢を射た。

 ホーミング機能を削除することで直射砲としての性能に特化させた対物用カスタマイズ版暴王の流星(メルゼズ・ランス)がライフル弾並の速度で射出される。

 影胤も即座に斥力フィールドを展開するが、黒い流星はそれを突き破り、影胤の腹に風穴を開けた。あらゆる物質、エネルギーを削り取る暴王の特性の前には、ステージⅣガストレアの攻撃すら防ぐ斥力フィールドも紙束同然なのだ。

 

「くはあ……ま、まさか……キミも……」

「一緒にするんじゃねえ!」

 

 流石に内臓を機械に置き換えたと豪語する影胤とて、この一撃は重症である。血反吐を吐いて悶絶したところを、アゲハと桜子は逃さない。

 だが二人は影胤に気を取られて小比奈の存在を失念していた。

 

「パパ、あの二人ヤバい」

「小比奈……アレを使ってくれ、撤退だ」

「わかった、パパ」

 

 小比奈は煙幕を張り、影胤を抱えて走り去る。ビルの窓ガラスをけり破る音から外に出たことは容易に想像がついたが、充満する煙はその後の足取りをうまく隠匿したのだ。

 まんまと一杯喰わされたことに、アゲハは拳をついて悔しがった。




警告はしたを言わせたい過ぎたかもしれないけどそれでいいのだで
弓の構えは命中補正用で


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Call.5「荒くれ者将監」

 騒動がひと段落すると、聖天子は報奨金をつり上げたのち、通信を終えた。

 各民警は追跡作業に移るため、個々に退席していったのだが、ノウハウがまるでないアゲハと桜子は、どうしたものかと動かずにいた。

 そんな彼らに、一人の男が声をかけた。

 

「確か……夜科さんと言いましたか?」

「アンタは?」

「こういうものです」

 

 男はアゲハに名刺を差し出す。

 名刺には『三ヶ島ロイヤルガーター 代表取締役 三ヶ島(みかじま)影似(かげもち)』と書かれている。先ほどの騒動でも先陣を切った伊熊将監が付き添っており、三ヶ島が彼の雇主であることが窺えた。

 

「失礼ながら見かけない顔のようですが、それにしてはお強いですね。他所のエリアから来たのですか?」

「いいや、俺達はライセンスを取り立ての新顔だぜ。偶然この場に居合わせただけで、どこかに所属しているわけじゃねえ」

「それは幸運だ。どうです、キミたちもウチで働いてみませんか?」

 

 三ヶ島の目的はアゲハの勧誘だった。自慢のプロモーターである将監が軽くあしらわれた相手に血反吐を吐かせたのだから無理はない。ただ、彼の後ろに待機する将監はあからさまに不機嫌な顔をしていた。

 

「せっかくだけど止めておくぜ。俺達とそこの兄ちゃんは気が合いそうに無いからな」

「黙っていれば調子に乗るんじゃねえぞこのクソガキが! さっきのはマグレだろうに」

「マグレだっていうのなら、相手になってやるぜ?」

「上等だ!」

 

 アゲハと将監はにらみ合い、その様子に部屋に残っていた民警たちも注目する。

 三ヶ島は将監を宥めるのに必死になるが、影胤にコケにされた件もありフラストレーションがたまっているのか、押さえが効かない。見かねた桜子が三ヶ島に提案する。

 

「それじゃあ、こうしましょう。模擬戦をしてそこの彼が勝ったら、私たちは三ヶ島社長のところで一か月間タダ働きする。代わりにアゲハが勝ったら、社長には依頼解決までの間、いろいろと協力してもらうわ」

「お嬢ちゃん、随分コレの事を買っているんだな。やろうぜ、三ヶ島さん。ガキは血祭り、女は蹂躙決定だ」

「私としては願ったり叶ったりです。ですが、将監はこの通り気性が荒い男でしてね。負けた場合の安全は保障できませんよ」

「大丈夫よ」

「よろしい、契約成立だ。早速弊社まで来てもらいましょう」

 

 こうして話の成り行きに任せ、アゲハと桜子は三ヶ島に連れられて、彼が経営する三ヶ島ロイヤルガーターの本社ビルに足を踏み入れる。地下にある社員用体育館の中央に、アゲハと将監の二人が対面した。

 模擬戦のルールは先に相手を降参させるか、口を効けなくすれば勝利というシンプルなものである。審判役を務める男性社員は一応の確認として銃弾や刀剣類は訓練用のゴム製品のみを使用することを説明する。

 アゲハは徒手空拳、将監は訓練用のゴム製バスタードソードを構える。

 

「死なねえように手加減はしてやるが、殺さない保証は出来ねえぞ? 勢い余って脊椎をコキャッとやっちまうかもしれねえからな。痛い思いをしたくなかったらさっさと降参しろ」

「誰が降参なんかするかよ、バーカ」

 

 勝負を見守る社員たちは、また荒くれ者の将監に若い男が潰されると思っていた。そんな中で、桜子のみがアゲハの勝利を確信していた。

 

「それでは模擬戦……開始!」

「速攻だ、うらぁ!」

 

 男性社員の宣言のもと、模擬戦が開始された。

 まずはやはりと言うべきであろうか、将監は得意の懐に飛び込むチャージからの一閃を放つ。今回は懐にて一瞬力をためたのちに放たれる逆胴である。ブオンという風切り音が周囲に響く。

 その一撃に目を背けるものも少なくはなかったが、技を受ける当人であるアゲハからすれば余裕だった。アゲハにとって近接戦闘の基本は雹藤影虎であり、百戦錬磨のプロモーターである将監であっても影虎のデタラメと言った方が正しいほどの暴力には匹敵しないからだ。

 将監の戦闘能力はアゲハの目から見ても充分に高いのだが、それはあくまでライズを使えない普通の人間を基準とした場合の話である。ライズさえ使ってしまえばアゲハの独壇場となるほど、その有無の差は大きい。

 アゲハはバックステップで一閃を躱した後、剣を振り切ったタイミングに合わせて前進して右のパンチを放つ。アゲハの拳は将監の頬を捕え、将監は衝撃で足元がふらつく。

 

「この……クソガキが!」

「お! 意外とタフだな」

「コケにしやがって!」

 

 アゲハから受けた一撃は将監の頭の血を更に沸騰させた。将監は再び突進する。

 将監は突風を纏う胴薙ぎを放ち、アゲハは身を引いて躱す。そして将監が剣を振り切ったところにアゲハのパンチと、先ほどの焼き直しに見える動きが繰り広げられる。

 だが、今回の将監は違っていた。脳味噌まで筋肉と揶揄される将監だからこそなのであろうか、本能に任せた攻撃の方が傍目には策略的だったのだ。自慢の剛力をもってして斬撃の遠心力で回転しながら間髪を置かない二撃目を放つ。

 アゲハは二撃目を目視するも差し出した拳を止めることは出来ない。将監の剣はアゲハの脇腹を捕え、バシンという大きな音を立てて弾き飛ばす。カウンターパンチへのカウンターがアゲハを襲った。

 その衝撃により、アゲハは横に三メートルほど吹き飛ばされる。

 

「そのまま死んでろ! クソガキが!」

「……ぺっ! これくらい屁でもねえぜ」

 

 それでもアゲハは立ち上がった。訓練用のゴム剣というのが幸いし、青痣がつくまでに留まったのだ。それでも並の人間であれば内臓破裂を起こしかねない衝撃力ではある。関東随一のライズ使いに鍛えられたアゲハの身体強化能力(ライズ)は伊達ではない。

 

「正直アンタの事を侮ってたぜ。だからコレで終わらせてやる」

「終わるのはテメー―――」

 

 アゲハの心には相手がサイキッカーではないという点から手加減の心が生まれていた。だがそれは、甘い考えだった。冷静に考えれば、上位序列者というのはガストレアという化け物を相手に戦って生き残ってきた連中である。サイキッカーでなくとも潜り抜けた死線は数知れないのだ。

 アゲハは脚力限界点突破(ライズ)にて将監に駆け寄り、アリゾナのケビン仕込みのラリア―トを将監の胸板をかち上げるように叩きつける。その衝撃により、将監は逆上がりのように空で三回転して背中から地面に叩きつけられた。

 

「―――だ……」

「よし! スカーフ男撃破だ」

 

 将監の気絶と言う結果で勝負に決着がつく。さながら全身を洗濯機のなかで掻き混ぜられたのに等しいのだ。将監が脳震盪を起こして失神するのも無理はない。

 勝負を見届けた三ヶ島は、冷や汗をかいていた。いかにアゲハを買っていたとはいえ、この結末は想定外だったからだ。いかにイニシエーター抜きの戦いとはいえ、見ず知らずのルーキーが序列千五百八十四位を圧倒したのだ。三ヶ島からすればやりすぎである。

 

「お、おめでとう……」

「どういたしまして」

「約束よ。今回の依頼では私たちにいろいろ手を貸してもらうわよ」

「そ、その前に一ついいかな?」

「約束を反故にするのでなければ」

「今回の事は他言無用でお願いするよ。漏らしたら損害賠償を請求しますよ」

「なんだ、そんなこと。安心しなさい、言いふらす気なんてないわ」

 

 アゲハ桜子コンビと三ヶ島の間での約定が交わされたのだが、その代償は主力プロモーターの戦線離脱と言う手痛い結果となった。

 

――――

 

 模擬戦の結果、将監は全治一週間の怪我を負った。

 三ヶ島は将監が復帰するまでの間の穴埋めと対蛭子影胤を想定した連携の事前準備を兼ねて、将監の相棒である千寿夏世と組んで活動することを提案した。

 

「―――と言うわけで、キミたちには彼女と組んで目的のガストレアを追ってもらいたいのだが、よろしいかな?」

「構わないわ。ちょうどいい機会だから、イニシエーターの力も見せてもらいたいし」

「よろしくお願いします」

 

 夏世は二人に頭を下げる。その時、偶然に彼女の腹の音が鳴る。時計を見れば三時を過ぎたころであり、小腹がすいても不思議はないと桜子は察した。

 

「ところで三ヶ島さん、実は私たちはこちらに来たばかりでお金も住むところもないのだけれど……」

「それならわが社の社員寮がある。夏世、後で案内してあげなさい」

「わかりました」

「それと雑費用はこのカードを使っていただければ」

 

 三ヶ島はアゲハと桜子に一枚のカードを手渡す。三ヶ島ロイヤルガーターの社名入りクレジットカードである。三ヶ島ロイヤルガーターでは諸経費の支払い用にカードを配っているのだ。

 

「これって何処でも使えるのか?」

「ユニバーサルタイプですからね。使えない場所なんて小さな駄菓子屋と屋台くらいなものですよ」

「ありがたく使わせてもらうわ。それじゃあ、これから腹ごしらえとしましょうか」

「ちょっと……仕事は?」

「仲間と親交を深めるのも仕事のうちさ。なあに、夜には戻るぜ」

 

 アゲハと桜子は夏世を連れて街に繰り出した。思えば飛び入りで会議に参加して以降、食事をとっていなかったからだ。それは夏世も同様であり、腹ペコ三人組の意見はまずは食事と一致していた。

 夏世は二人に訊ねる。

 

「お二人はガッツリとリッチだとどちらがお好みですか?」

「別にどちらでもいいけれど……あまり飾った店は性に合わないかな」

「私はアゲハに合わせるわ」

「でしたら」

 

 二人の意見を参考にして導き出した夏世のおすすめの店はラーメン屋だった。もやし、キャベツ、小麦粉は工場ビルによる人工光源水耕栽培が確立したことで食材供給が安定しており、庶民の台所事情を支えている。その三つを主原料とするタンメンは安い早い旨いの三拍子として人気である。

 

「へい、五楽タンメンお待ち!」

「ラーメンなんて久々だけど、これはうまそうだ」

「この店は私のお気に入りなんです。食べてみてください」

 

 三人は黙々とタンメンに箸をつける。

 桜子は空き腹にがっつくアゲハと夏世をほほえましく見つめていた。




今回は将監さんに出番が来る話
実際のところどれくらいの強さなんだろうか
片桐兄には相性勝ちしそうだけど


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Call.6「人間を超えた力」

 ラーメン屋での食事を終えたアゲハ達は腹ごなしを兼ねた都内見物をしていた。

 十歳の少女に大の大人が道案内を受けるというのはこそばゆいものではあったが、土地鑑のない二人にとっては背に腹が変えられない。

 一時間ほどが経過した頃、夏世のスマートホンに着信が入った。相手は三ヶ島ロイヤルガーターの通信士である。

 

「夏世ちゃん、ガストレアが出現したわ。今すぐこっちに戻って」

「場所は?」

「二十五区よ」

 

 この時、三人がいた場所は隣の二十四区、目と鼻の先である。

 

「戻ると時間の無駄です。こちらに武器を持ってきてはくれませんか?」

「え? いま何処に居るの?」

「二十四区、ちょうど二十五区との境界の近くです」

「解ったわ、車を手配するから駅前で待ってて」

 

 夏世の交渉により、三ヶ島ロイヤルガーターのスタッフと駅前で落ち合う事となった。事前の連絡としてメールされた出現ポイントは偶然にも三キロほど離れた位置であり、駅前に行くだけでも遠回りと言う位置であった。

 それを見たアゲハは、夏世に提案する。

 

「なあ、武器は待たないでこのまま行った方がよくないか?」

「ダメです。こちらの武器は私の拳銃一丁と雨宮さんの刀だけです。たとえステージⅠが一匹だけでも、件の感染源ガストレアを用心したらとても足りません」

「これから一時的だけれどもチームを組むんだから、一度俺達の実力を見てくれないか?」

「それは将監さんとの模擬戦を見ればわかります。正直、将監さんより強い人間なんて初めてです。ですがいくらなんでも素手と言うのは……」

「アイツにはできれば教えたくはないが、俺にはとっておきがある。それを見てくれ」

「夜科さんがそこまで仰るのなら……責任は取りませんよ?」

 

 夏世はアゲハの提案を受け入れ、ガストレアの出現ポイントに向かう。アゲハの言う言葉が妄言であるか確かめたい気持ちと、影胤のバリアを貫いた攻撃の正体を見せるであろう『とっておき』が何か知りたい気持ちが、準備不足からくる警戒心を上回ったからだ。

 子供とはいえ夏世もイニシエーターであり、力を引き出せば並の大人以上の脚力は発揮できる。夏世の道案内により、三人は十分もしないうちに現場に到着した。

 座標の位置には標的のガストレアは見当たらない。十分の間に移動いたのだろうかと三人はあたりを警戒し、夏世は三ヶ島ロイヤルガーターに電話を掛ける。

 

「事情が変わりました。ガストレアの現在位置を教えてください」

「さっきから動いていないわ。それに事情が変わったってまさか……」

「夜科さんの提案で現場に来ています。ですがガストレアがいません」

「おかしいわね……カメラの映像に切り替えるわ」

「お願いします」

 

 通信士が詳細情報を問い合わせする間に、夏世はアゲハに状況を伝える。観測データ上ではその場にいるはずのガストレアの姿はその場には無い。あるとすれば路地を囲むように周囲に点在する高層ビルくらいであろうか。

 

「なにこれ……夏世ちゃん、上よ!」

「上?」

 

 通信士の応答に、不意に夏世は上を見上げる。そこにはよく見れば、黒く大きい物体が空中に浮いていた。正確には浮いているのではなく、立っている。周囲のビルを囲むように張り巡らされた蜘蛛の巣の上に、ガストレアが立っているのだ。これでは攻撃が届かない。

 夏世はアゲハの判断が間違っていたのではないかと唇を噛む。

 

「夜科さん、逃げましょう。この装備では対抗できません。いったん立て直しを……」

「大丈夫、下がっていろ」

 

 状況にうろたえる夏世とは対照的に、アゲハの目には闘志が浮かぶ。左手を前に突き出し、弓を引くかのようなポーズを取った。

 

「着弾後に形状変化……行け、暴王の流星(メルゼズ・ランス)!」

 

 アゲハは即席で追加プログラムを組み込み、暴王の流星を発射する。アゲハの胸元から黒い球体が射出され、ガストレアに命中する。影胤のバリアを貫いたものと同じ暴王であるが、実際に目の前で放つところを見ても、夏世は現実のもののように感じられないでいた。

 追加プログラムは命中と共に作動する。着弾した暴王から一本の棘が長く伸び、ガストレアを貫く。そして伸びた棘は半円を描き、ガストレアを切り裂いた。

 この動きにより土台となっている蜘蛛の巣も断ち切られ、落下したガストレアは大きな音を立てて地面にめり込む。変態直後の未成熟なステージⅠだからであろうか、その衝撃で押しつぶされたガストレアは息の根を止めた。

 桜子は念のためにトランス線をガストレアに刺し、生体反応を確認したがその反応はない。

 

「倒したけれど、例のケース付ではないわね」

「おそらくこの近所で感染して生まれたガストレアですね。

 ―――それより、私には夜科さんの攻撃が信じられないのですが」

「今のが俺のPSI(サイ)……一言でいえば超能力だ」

 

 夏世はぽかんと口を開ける、この男は突然何を言い出すのかと。イルカ因子の恩恵によりIQ210の高知能少女であるがゆえに、常識がPSI(サイ)という非常識を受け入れる足かせになる。

 

「超能力だなんて信じられません。まさかアナタも蛭子影胤のようにバラニウム製の機械をその身に……」

「どうしてそういう解釈になるんだ」

「いいじゃない、『そういうもの』と認識してもらった方が、話が拗れないのなら。夏世、アゲハの能力は他言無用でお願いするね」

「解りました。他の民警から蛭子影胤の仲間扱いされたら困りますからね」

 

 桜子は夏世に口止めを頼む。ライセンス合宿で学んだ知識の中にはイニシエーターに対しての評判というのも含まれていたからだ。ガストレアと力の袂を同じとするイニシエーターへの恐怖心は、ガストレア戦争での敗戦故にワイズ事件直後のサイキッカー排斥運動の比ではないことは容易に考え付いたからだ。

 自身も奇異の目で見られることが多いイニシエーターやそれを相棒とするプロモーターに対してよりも、一般人への伝聞の方が桜子には不安だった。

 夏世は桜子の頼みに『その代り』と一つ条件を加える。

 

「―――これだけは確認させてください。

 蛭子影胤とはどういう関係なのですか? あなたも『新人類創造計画』と関係があるのでしょう?」

「すまねえ、ヤツとはあの時が初対面だし、俺の力は『新人類創造計画』とは無関係だ。だから『新人類創造計画』がどういうものかも知らない」

「そうですか……」

「だけど、昔からいろんなところで人間を超えた力の研究は行われてきた。『新人類創造計画』がそれらの同類だってのは察しがつくぜ」

「たとえば?」

「中東では大麻を使った洗脳で能力覚醒を促すなんてことをやっていたし、中国には超能力を道術と呼んで、荒行で体に教え込ませる秘密結社なんてものがあった」

「にわかには信じられません」

「証拠なんて持ち歩いてないけれど、全部俺達がこの目で見てきたことだ」

「確かに私も、『新人類創造計画』は実際に蛭子影胤を見るまで都市伝説としか思っていませんでした。これ以上の詮索はやめることにします」

 

 夏世の目から見てもアゲハの言葉に嘘が混じっているとは思えない。夏世はことの真偽の是非など無駄な考えなのだろうと、アゲハが暴王の月(メルゼズ・ドア)と呼ぶ攻撃を使えるという事実のみを飲み込むこととした。

 それから二回ほど感染者ガストレアと戦闘を行ったが、それぞれ桜子の剣技と夏世の射撃により倒したため、アゲハが暴王の月を披露することは無かった。

 三度目のガストレア退治を完了させた日の夕方、事務処理の為に三ヶ島ロイヤルガーターを訪れていたアゲハ達は、一人の女性に呼び止められた。

 

「アナタが夜科さんと雨宮さんですか? 伊熊さんの代理で夏世ちゃんとチームを組んでいる」

「アナタは?」

 

 彼女は自分が将監×夏世ペアの専任として働いている通信士であることを伝える。不在時は別の者が仕事を変わるとはいえ、出勤時は専任として働いているため事実上の三人目のチームメイトともいえる存在である。自分本位な将監は彼女を軽んじていたが、裏方役でもある夏世は彼女を重宝していた。

 

「それにしても一週間も経たないうちに三匹も撃退だなんて、記録的ですよ」

「そうなのか?」

「エリア内はモノリスのおかげでガストレアから守られているので数が少ないですからね。遠征しないで市街地だけでと言うのは驚異的なペースですよ、同業同士の奪い合いになることありますし」

「まあビギナーズラックね」

「そういえば、携帯電話は用意しましたか? 民警には必需品ですよ」

「ケータイ? 暫く使ってなかったな」

 

 女性に言われて、アゲハはポケットから携帯電話を取り出す。普段の癖で持ち歩いてこそいたが、2031年に来てからの約二週間、まるで使ってはこなかった。流石に実質十三年も放置してきた回線なだけあって、とうの昔に解約状態になっていたからだ。

 アゲハの折り畳み携帯電話を見て、女性も物珍しい顔をする。

 

「夜科さんの年齢にしては珍しい古い型ですね。ですが民警なら衛星通話機能付きのモノじゃないと……」

「衛星通話機能?」

「人工衛星を使って電話を掛けるシステムのことよ。世界中どこからでも電話ができるわ」

「今は人工衛星が少ないので、規制で一般人は使用禁止になっていますからね。ライセンスをとりたてなら知らなくても仕方がないですよ。でも合宿で衛星電話の事も説明を受けませんでしたか?」

「アゲハはこの通り機械音痴なので、衛星電話の話は居眠りをしていましたから」

「俺だってそんなに音痴ってわけじゃ……」

「フブキさんの結婚式だってそれで遅れそうになったじゃない!」

「ぐぬぬ―――」

「―――ねえ、夏世ちゃん? この二人って結婚しているわよね?」

「さあ、少なくとも恋人同士なのは間違いなさそうですが……」

 

 脱線しだした話が戻るまで、夏世たちは二人の夫婦喧嘩を傍観していた。

 翌日、アゲハと桜子は最新式の衛星機能付き携帯電話を買い求めた。




道術の話は小説版一巻から
大麻は有名なアサシンの語源から取ってますね


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Call.7「牙をむく影胤」

 アゲハが夏世と即席ペアを組んでから一週間、ついに件のガストレアが発見された。各社総出の奪い合いになったと聞いて、アゲハ達もヘリコプターで目的地である三十二区を目指した。

 アゲハ達が三十二区に到着した頃、他社を出し抜いて標的に一番乗りを決めた天童民間警備会社の蓮太郎×延珠ペアはガストレアを倒し終えていた。

 戦闘の流れで負傷した二人の前に、仮面の男が現れる。

 

「逃げろ! 延珠」

 

 蓮太郎ペアと蛭子親子の戦力差は歴然であった。

 延珠の戦闘能力は本来なら小比奈相手でもひけを取らないはずであったが、先の戦闘にて負傷し、その力を大きく落としていたからだ。一方で影胤の方は先日の怪我の影響など微塵も感じさせない。これでは互いの優劣は歴然であった。

 蓮太郎は自身が捨て駒になる覚悟で延珠を逃がし、増援を呼ぶように頼んだ。しぶしぶ延珠が撤退するのだが、その後の蓮太郎に待っているのは序列元百三十四位を誇った蛭子親子の暴力である。彼一人に太刀打ちできる相手では当然ない。

 蓮太郎が持つ、人として積み上げた天童式戦闘術だけでは人知を超えた力には届かない。イニシエーターとしての小比奈の戦闘能力にも、機械化兵士としての影胤の斥力フィールドにも。

 それでも多少の防戦は出来るだけに蓮太郎の力量も決して低くは無いのだが、人外の力を二つ同時に相手にするのは無謀であった。小比奈のチャージを廻し受けで振り払ったものの、それを囮として放たれた影胤の必殺技『マキシマム・ペイン』による衝撃波は、蓮太郎を一撃で戦闘不能にする。

 立ってこそいるが足元がおぼつかない蓮太郎に影胤は銃口を向ける。

 

おやすみ(グッドナイト)

 

 影胤は愛銃サイケデリック・ゴスペルを弾く。フルオート射撃によりけたたましいほど硝煙を纏って放たれる黒い銃弾の雨が蓮太郎の体を貫いた。

 

――――

 

 宛もなくローター音を頼りに林の中を駆け抜ける延珠は、今まさに着陸しようとするヘリコプターを一機発見した。アゲハ達三人が乗ってきた機体である。

 ロープを使ってホバリング中の機体から降りてきたアゲハに、延珠は飛びついた。

 

「お主達も民警であろう。蓮太郎が大変だ、ついてきてくれ!」

 

 状況が飲み込めないまでも、少女の逼迫した表情から一大事であることは察しが付く。アゲハ達三人は、自己紹介もなしに、延珠に連れられるがまま彼女が指す方向へ急行した。

 

「れ、蓮太郎!」

 

 延珠が連れてきた場所には血塗れの蓮太郎と、ガストレアの死骸が転がっていた。周囲には血と硝煙の匂いが立ち込めており、ここで戦闘が繰り広げられたであろうことは想像がつく。だがこの少年は何と戦ったのかとアゲハの頭をよぎる。

 

「お嬢ちゃん……ここでいったい何があった?」

「仮面の男に襲われた。妾は足を怪我して満足に戦えなくて……それで蓮太郎が妾を……」

「仮面の男? 蛭子って奴か」

 

 アゲハは口惜しさで唇を噛む。危惧していた通り、影胤の脅威が牙をむいたからだ。

 これ以上この場に留まる理由はないと、アゲハ達はヘリコプターに乗り込み、撤退する。大怪我をしていた蓮太郎はその足で集中治療室に運ばれた。

 関わってしまった以上バツが悪いと、先に夏世だけを三ヶ島ロイヤルガーターに戻し、アゲハと桜子は蓮太郎の手術に付き添っていた。無言で手術室の前で座して待つ三人だったが、桜子はふと忘れていたことを思い出した。

 

「―――そういえば、アナタの名前を聞いていなかったわね。私は雨宮桜子、こっちは夜科アゲハよ」

「妾は藍原延珠……」

「延珠ちゃんか。元気を出しなさい、あの子はきっと助かるわ」

「妾とて蓮太郎が死ぬわけはないと信じておるが、それでも不安で仕方がないのだ」

 

 延珠は押し殺してきた不安を爆発させたせいか、涙が堪え切れずに泣き出してしまう。その鳴き声に足音がかき消された中で、手術中の蓮太郎を案じるもう一人の少女が現れる。

 

「里見君……うそ……いやあ!」

 

 駆けつけた手術室の前で泣き出す延珠をみて、後から現れた天童木更に誤解をするなと言うほうが無理であった。その様子に蓮太郎が死んだと早とちりした木更は、その場で泣き崩れる。その姿に気付いた延珠は、無下に自分の涙は止まってしまった。

 

「木更、まだ泣くには早いぞ」

「嘘よ! だったらなんで延珠ちゃんは泣いているのよ」

「妾も心配しすぎてつい……」

「紛らわしいことをしないでよ!」

 

 涙目の延珠と木更がじゃれあっているうちに、手術室のランプが消える。扉が開くと、ストレッチャーに乗った蓮太郎と共に、お前達煩いぞついでにモテモテの里見蓮太郎が生き延びたのは実に残念だという顔をした室戸菫が立っていた。

 

「お二人方、残念ながら手術は成功だよ。まったくゴキブリなみにしぶとくて困る。これではミイラに出来ないじゃないか」

「せいこう?」

「やった! 蓮太郎は助かったぞ」

 

 手術成功の言葉を聞き、不安から解放された延珠と木更は喜びの抱擁をする。リア充爆発しろとでも言いたそうに、菫はアゲハと桜子の方に歩み寄る。

 

「キミたちのおかげで大事な患者が無事に帰ってきた、礼を言うよ」

「俺達は礼を言われるほどの事は何もしていないぜ」

「それにしても……キミは実に素晴らしい体つきだ。ミイラとして飾りたくなるほどだ」

 

 菫は桜子の胸元をみて言い放つ。

 

「それってどういう意味ですか?」

「女性の死体をミイラにする場合は、貧乳に限るのでね」

「え? え? え?」

 

 菫の言動に、初対面である桜子は動揺せざるを得ない。これが長年の付き合いである蓮太郎なら嫌味の一つでも返していたであろうが、桜子にそれを求めるのは酷である。

 

「気にしないでください。先生にはいつものことですから。ええと……」

「こっちが桜子で、むこうがアゲハだ」

「では改めて……気にしないでください、桜子さん」

「そう……」

 

 桜子は菫の行動を頭の片隅に追いやった。こういう時にもう一人の自分が心の中に住んでいるのは便利であるなと思いつつ。

 部屋で休むとその場を菫が離れると、蓮太郎生還の喜びから一息ついた木更が改まり、自身が天童民間警備会社の社長であることを二人に告げた。

 

「天童民間警備会社か……何処かで聞いた気がするな」

「何処だったかしら」

「この間のヤクザの事務所よ」

「そうだ! あのビルにあった会社だ。なんでも高校生で社長とプロモーターをやっているっていう」

 

 木更と延珠は気が付かなかったのだが、一瞬だけ桜子の後ろに褐色肌の少女が立っていた。短時間ながら桜子のもう一つの人格(アビス)が顔を出して正解を教える。桜子以外は誰もアビスが一瞬だけ口を出したことに気が付いた様子ではなかったため、桜子はあえてアビスの事を公言しなかった。

 

「ご存知でしたら光栄です」

「と言うことは、さっきのが高校生プロモーターか」

「彼……里見蓮太郎はうちの自慢のエースにして唯一の戦力です。

 ところでお二人はどちらの所属ですか? 申し訳ありませんが存じていませんので教えて頂ければ」

「俺達は先週ライセンスをとったばかりだ。今は暫定で千寿夏世って子とチームを組んでいるが、何処かに所属しているわけじゃねえ」

「千寿夏世? その子は確か伊熊将監のイニシエーターじゃ……」

「伊熊はちょっと入院中で、その代理だ。理由は他言無用なので言えないが」

「あの伊熊将監が入院したなんて」

 

 木更は先日会った際の印象から、プライドの高い将監も影胤に返り討ちにあったのかと邪推する。先日の俺様な態度から、そういった弱みは恥と考えるのも無理はないと。

 何故無所属であるアゲハ達がそんな有名ペアと接点を持っているかは、単なるめぐりあわせであろうと木更は気に留めなかった。

 

――――

 

 翌日、里見蓮太郎の敗北により七星の遺産が蛭子影胤に奪われたことを知った政府は、影胤討伐のために緊急招集を行った。集められたのは先日の回収任務と同じ面々である。

 政府は民警たちに七星の遺産がゾディアックを引き寄せる力を持つこと、そして影胤の目的が東京エリアをゾディアック召喚にて壊滅させることであろうと告げる。

 影胤討伐隊が編成されることとなり、民警たちは影胤が最後に目撃された未踏査領域千葉方面に派遣されることが決まる。アゲハ達も三ヶ島ロイヤルガーターの所属として参加することとなった。

 

「社長さん、本当に俺達だけでいいのか? 伊熊の奴もそろそろ退院じゃないのか?」

「将監さんはわが社の別のペアと、あとから合流する予定です。どうやらよほど夜科さんと同じチームを組みたくは無いようですので」

「それは俺からしても同意見だけど、我儘で相棒を放置するのは頂けないぜ」

「イデオチさんと海月(ミヅキ)のペアとはよくチームを組んでいますし、彼らは重火器を得意とするコンビですから……将監さんの戦闘スタイルを考えたらむしろ安心です」

「ふうん、まあ夏世がそこまで言うのなら心配は無用なんだろうな。だけどあの蛭子って奴は普通の人間が相手にするには強すぎる、伊熊のあの性格が災いしそうに思うぜ」

 

 アゲハの不安はぬぐいきれなかったが、討伐作戦はそれを待たない。作戦本部の指示により、アゲハ達は密林地帯に送り込まれた。

 アゲハと桜子はサイレン世界の経験にて荒野を進むことには慣れていたのだが、密林を進む経験は浅かった。慣れないジャングルを進むよりも得策であろうと、桜子も隠していた手札を切る。

 

「ピーピング・ラヴァー!」

 

 桜子は口紅型のトランス線を周囲に張り巡らせる。口紅がカメラの役割を果たし、周囲を観測することが可能となる覗き見用の能力である。

 

「雨宮さん、いったい何を?」

「夏世には言いそびれていたけれど、私もテレパス能力を持つサイキッカーなのよ。その力を使って、周囲の様子を探っているわ」

「さっきの小さなカメラみたいなものが、超能力だというのですか?」

「アナタ……見えていたの?」

「それってどういう意味ですか?」

 

 桜子と夏世は互いに質問に質問で返す。桜子からすればサイキッカーではない夏世に、ピーピング・ラヴァーを視認で来ていたとは思っていなかったし、夏世からすれば桜子が飛ばしたピーピング・ラヴァーの正体が何か解らないからだ。

 

「呪われた子供たちと言うのは体の構造が普通とは異なるから、無自覚的にPSIに目覚めていても不思議はないのかしら。

 でもそうね……小型カメラを飛ばして、このモニターで確認できる能力と言えばいいかしら」

 

 PSIの事を『新人類創造計画』の亜種によって生まれた機械仕掛けと勘違いしている節のある夏世は、桜子の説明に納得した様子であった。むろん桜子もまた機械化兵士だったのかと言う認識でだが。

 探索は一定範囲を移動したらピーピング・ラヴァーを使って周辺観測という流れで行われ、アゲハ達の担当区域はものの一時間ほどで見て回り終えた。観測した結果、周囲には休眠中のガストレアが多数潜んでこそいるが、蛭子親子の姿は無かった。

 それにしても千葉の南端がさながらアマゾンの奥地へと変質している様子には、アゲハ達も閉口せざるを得ない。今は眠っているとはいえ密林の中に眠るガストレアの数は計り知れない。この異様な光景とガストレアの巣となっているという客観的事実は、誰もが精神的消耗は避けられないのではないかという共通意識が芽生える。

 

「俺達の持ち場は探し終えた。とりあえず市街地に向かおう」

「そうですね。まともな人間が、ましてや深夜にこの森の中で活動するなんて思えません」

「それじゃあ、星を頼りに西を目指しましょうか。地図通りなら沿岸部は密林化していないはずだわ」

 

 三人は持ち場を離れ、街を目指して歩き出した。




副題は一部で有名な煽り文から
この回から原作一巻終盤の話に合流していきます。


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Call.8「トーチカの野営」

 沿岸部を目指す三人は、その道中で古いトーチカを発見した。ガストレア戦争の際に設営されたと思しきそれは、異質を放つ密林の中で数少ない文明の残り香を放っていた。たとえそれが戦乱の中で作られたものであっても、森の中にいるよりは気が休まるからだ。

 

「ちょうどいいわ、ここで休憩していきましょう」

「賛成だ」

 

 密林化の影響なのか、水分を含んだ空気は夜冷えによりアゲハ達には冷たい。携帯燃料と周囲から伐採した枝で暖をとり、三人は桜子が用意した菓子を頬張る。

 

「雨宮さん……なぜ全部羊羹なのですか?」

「腹持ちもいいし、甘くておいしいし、カロリーも高いからエネルギー食品としても充分よ」

「でも全部羊羹と言うのは。せめて軍用の携帯食料も……」

「この際、バリエーションなんてどうでもいいでしょ? それに塩羊羹もあるわ」

 

 アゲハはいつもの事と、桜子には口出ししない。携帯食料に羊羹というなはサイレン世界を旅していたころから続けていたため、アゲハにとってはむしろ懐かしいとも思えたからだ。

 羊羹を半分ほど食べ終えたころ、三人は足音に気付き体を緊張させる。音に反応してピーピング・ラヴァーを発動させた桜子は、拳銃を持った男と思しき姿を見つける。その顔には見覚えがあるが、相手が敵では無いと気付いているかとは別問題である。

 

「動くんじゃねえ!」

 

 トーチカに飛び込んだ男の目の前には、誰もいないのに燃え盛る焚火のみである。男からすれば最悪の想定が当たってしまったと恐怖せざるを得ない。

 

「落ち着け!」

 

 アゲハ達が消えたからくりはいとも簡単であった。トーチカの天井に張り付いていたのだ。天井から飛び降りたアゲハは男を羽交い絞めにする。

 

「誰だ! まさか影胤か?」

「蓮太郎! そのものたちは違う!」

「なん…だって?」

 

 男とは蓮太郎の事だった。蓮太郎は落ち着いて呼吸を整えると、上から降りてきた桜子と目が合う。それを見て蓮太郎は別の民警ペアかと安堵する。

 

「そのものたちは、昨日蓮太郎を助けてくれた恩人だ」

「なんだって? それじゃあアンタ達が……」

「あまりかしこまれるとこちらが困るぜ」

「それにお前……たしか伊熊将監の相棒だったよな。アイツはどうしたんだ?」

「将監さんは事情により他のペアと行動中です。今の私はこの二人と行動しています」

「いったいどうして」

「それは言えません。口止めされていますので」

 

 互いに状況を確認し合うと、蓮太郎ペアもまた沿岸部の市街地を目指しているとの事であった。改めて互いの自己紹介を終え、蓮太郎が桜子に貰った羊羹を食べ終えたころ、夏世の携帯電話に着信が入る。

 

「夏世、俺だ」

「将監さん、どうしましたか?」

「いいニュースがある、仮面野郎を見つけたぜ。いまは近くにいる民警たちと奇襲の算段をつけているところだ」

「何処ですか?」

「旧大貫の駅の近くだ。座標データは送る、あのクソガキを連れてさっさと合流しろ」

 

 電話は将監からの一報だった。別働隊として行動していた将監たちは、蛭子親子の居場所を突き止めることに成功したのだ。案の定、蛭子親子はジャングル化していない市街地に潜んでいた。

 夏世は将監から転送されてきた座標データを地図アプリに打ち込む。現在位置からの距離は五キロ程度であろうか。

 

「それじゃあそろそろ行こうぜ」

 

 五人は焚火の火を消して、トーチカを後にした。指定ポイントまで直線距離を進み小一時間、森を抜けて市街地にたどり着いた。

 丘の上は野営を行っていたと思しき草むらがあった。将監たちが食べ散らかしたであろう携帯食料の包み紙が散乱しており、その場所からふもとの方を見れば夜の闇の中で明るく光る教会が見て取れる。その教会が影胤の隠れ家であるのは状況から容易に察することができた。

 

「あそこに―――」

 

 蓮太郎の言葉をかき消すように、周囲に銃声が鳴り響いた。アゲハ達の到着を待つこともなく、将監たち民警チームは蛭子親子へ奇襲をかけたからだ。彼らからすれば前線タイプではないイニシエーターと無名のプロモーター二人など戦力としてハナから期待していない。

 五人の中で夏世だけは、将監と行動を共にするイデオチペアが回転式機関銃を愛用していることを知っている。回転式機関銃の銃声は、近所迷惑と比喩できるほどの大音量を奏で、約一キロも離れた丘の上にも轟いた。前線で影胤と戦うイデオチは、この行動が何を引き起こすかなど考えていない。

 

「シカァ!」

 

 銃声により叩き起こされた森の住民たちは怒り狂い、音源に向かって走り出す。当然、真っ先に迷惑を被るのは中間地点に位置するアゲハ達である。

 真っ先に飛び出した二匹のうち、鹿型ガストレアは夏世がその手に持ったショットガンを弾き迎撃する。もう一匹の犬型ガストレアは桜子が心鬼紅骨を抜き放ち、首を切り落とした。

 

「これは参ったな」

 

 アゲハはつい呟いてしまう。周囲に光る赤い瞳は優に二十匹分は超えていたであろうか。一匹でも通してしまえば影胤との戦いに影響を与えてしまう。こうなったら誰かが足止めをしなければならない。

 

「夏世は蓮太郎たちと一緒に伊熊と合流してくれ。ここは俺と桜子が引き受ける」

「無茶だ! イニシエーター抜きでこれだけの数、勝てるわけがない」

「一気にカタをつける。巻き添えになるからお前たちは先を急げ!」

 

 アゲハの狙いは完全版暴王の月(メルゼズ・ドア)による一網打尽である。流星しか見せていない夏世や、そもそもPSI自体を教えていない蓮太郎たちでは下手に前に出て巻き込まれるのではと言う危惧がアゲハにはあった。

 

「爆弾でも用意してあるのか? だったら全員で手分けして仕掛けたほうが……」

「コイツを使う。でも加減なんてできないからお前は先を急げ!」

 

 アゲハの右手には直径一メートルほどの巨大な球体が出現していた。新手として飛び出した鳥型ガストレアに向かってアゲハが右手を指し示すと、それに連動して球体が動きガストレアに触れる。

 球体に衝突したガストレアは、まるでグライダーに押し当てられたかのように削れ、慣性のまま前進するそれは瞬く間に消滅した。

 

「なんだよそれは」

「今はそんなのどうでもいいでしょ? 早くいきなさい」

「行くぞ、蓮太郎。あのものたちの邪魔をした方が危険だ」

 

 暴王の月(メルゼズ・ドア)を初めて見た延珠であったが、その力が危険なものであることは直感で理解できた。夏世と同様にイニシエーターであるが故に第六感が働くのであろう。

 蓮太郎はうしろめたさを残しつつ、延珠に手を引かれるがままその場を立ち去った。

 

「そろそろいいかしら」

 

 蓮太郎たちの姿が小さくなったことを確認して、アビスが顔を出す。知らない人間を相手に自己紹介をするのはややこしいことになると今までは隠れていたが、今はその必要はない。

 アビスは桜子のもう一つの人格であるが、その能力の一つに実体化がある。妖刀心鬼紅骨と桜子の成長がきっかけとなって得たこの能力は、雨宮桜子と言う存在にとっての大きな切り札である。第四の扉(ノヴァ)こそ使用していない状態では単純な実体化にとどまるものの、身体強化(ライズ)の総合力ではアゲハ以上である桜子が二人に増えるのだから、それだけで充分な戦力である。

 

「シャアアアアアア!」

 

 森から飛び出した野犬ガストレアの群れは十匹程、槍の穂先のように一直線に突き進む犬ガストレアに対し、アゲハは流星(ランス)の要領で暴王の月を射出する。

 先頭のガストレアに命中し、その身が削られていくのを確認すると、ガストレアもその危険性を察して左右に飛び退く。そうして逃げた獲物を狙う役目なのが二人の雨宮である。桜子は心鬼紅骨、アビスはバーストで生成した思念の大鎌で犬ガストレアの首をはねる。

 犬のガストレアはガストレアとしては小型のためか、一撃一殺で命を刈り取る。流石のガストレアも知恵があるようで、犬十匹の犠牲の末にアゲハ達三人への警戒を強めた。桜子がピーピング・ラヴァーで探りを入れる限りでは、残りのステージⅠガストレア二十匹に加えてステージⅡ以上の個体が二匹ほど潜んでいる。

 

「アイツら……俺達の隙を誘ってやがるな」

「私が支援するから、そこを狙って!」

 

 桜子はピーピング・ラヴァーを使って林の様子を把握している。桜子は有線トランスでアゲハの五感とピーピング・ラヴァーの視界を連結する。これにより、アゲハもその様子を鮮明に把握した。

 

暴王の流星(メルゼズ・ランス)!」

 

 アゲハはピーピング・ラヴァーの視界によって導き出した狙撃ポイントへ、通常より二回りほど大きな暴王の流星を打ち込む。木々の合間を縫って進む漆黒は林の中で静止する。

 

「半径十メートルでPSIホーミング開始!」

 

 静止後、流星は事前に組み込まれたプログラムに従って行動を開始する。今回アゲハが組み込んだプログラムは、半径十メートルを上限としたPSIホーミングである。本来の暴王の月は無秩序にPSIエネルギーを追尾し貪り食う特性であり、元々の流星もそのアンコントローラブルな性質を逆手にとって狙撃弾として昇華した技である。

 この場でアゲハ以外のサイキッカーは桜子しかいない。当然、ホーミング対象となるのは桜子のピーピング・ラヴァーである。流星から生える枝は事前に打ち込んであったピーピング・ラヴァーの端末めがけて伸びていく。この動作により、端末と流星との間に位置取りするガストレアのうち半数に流星の枝が突き刺さった。

 

「もう一発大きいのを打ち込む。そうしたら突撃だ」

「リョーカイ!」

 

 アゲハは自身のPSIエネルギーを体の周囲に張り巡らせる。エルモアウッドから教わったこのバーストストリームはいわばPSIを扱うための巨大なハンドルである。これにより、普段のバーストストリームなしと比べて大きな力を振るうことができるのだ。

 

「直進だ、暴王の月(メルゼズ・ドア)!」

 

 バーストストリーム状態で通常より一回り大きな暴王の月を作り、ホーミング特性を取り払って射出する。林に向かって突き進むそれは、限界を迎えるまで木々もガストレアも分け隔てなく削り取る。先の流星で動きを封じられたステージⅠガストレア六匹ほどはこの攻撃で消滅する。残りは手負いのステージⅠ十四匹にステージⅡ以上が二匹。

 三人は暴王の月の射線に沿って、林の中に突貫する。アゲハもその両の手に円盤状態(ディスクバージョン)の暴王を構える。手負いのステージⅠガストレアなどこの三人には物の数にも入らない。次々と首を切り落としていき、鳥、犬、鹿の混成十四匹は三分もかからずに息の根を止めた。

 

「残るはこいつらか」

 

 残る二匹は、『角のついた大蛇』と『鱗のついた怪鳥』である。この二匹は三下同然に扱っていたステージⅠ三十匹の死など気にも留めない。ただ目の前に久しぶりの人間がいることに生唾を飲むだけである。

 最初に大蛇が動く。自慢の角を突き立てて、桜子めがけて突進したのだ。その大きさもありさながらダンプカーの暴走のようであるが、桜子はそれを躱しつつ、すれ違い様に紅骨の刃を突き立てる。

 だがその首をはねるには至らない。大きな刀傷こそついたものの、巨大ガストレアの再生能力をもってすればその程度は大した怪我には入らないのだ。すぐさま傷口から肉が盛り上がり、傷がふさがる。再生の象徴ともいわれる蛇の因子を持つだけあり、高い再生能力を誇る。

 

「狙うのならアタマよ」

 

 今度は再生途中で動きを止めた隙をついてアビスが攻撃する。自慢のバーストの刃を大蛇の脳天に突き刺したのだ。渾身の力で突き立てた刃につながるバーストの縄を引き、大蛇の口を裂く。だがそれでもこの大蛇に死を与えるには至らない。縦に二つに割れた頭も、胴体の傷と同様に再生を始める。

 

「桜子! 鳥が来るぞ!」

 

 この様子に、怪鳥も動く。並び立つ二人の雨宮にめがけて嘴を開く。

 

「避けろ!」

 

 アゲハは咄嗟に直射型の暴王の流星を抜き打ちで放つ。牽制が目的のため怪鳥の事しか頭になかったのだが、狙撃のコースと大蛇が偶然重なりその過程で角に穴をあける。

 怪鳥は流星を難なく躱したが、大蛇の反応は予想外のモノであった。流星により開いた穴はふさがらず、大蛇自身も悶えだしたのだ。

 

「この蛇、角が感じるみたいね」

「私は右からいくから、アビスは左から!」

「言われなくてもわかってるわよ」

 

 桜子はアビスに指示を出すが、元よりアビスとは二人で一人の関係のため、口に出すより先に通じている。左右からの交叉攻撃が大蛇の角を二つに切り裂く。角の正体は異形化した鱗に包まれた大蛇の脳髄である。角を切り裂かれたことで大蛇の脳漿が飛び散り、残った胴体は腹を空かせた怪鳥が足で掴む。

 怪鳥は離れた位置に着地するとアゲハ達には思いもよらぬ行動をとる。

 

「こいつ……」

「共食い……」

「ワオ! スプラッターね」

 

 三人の感想としては見たくもないというのが共通意見だった。人間からすれば同じガストレアであっても、ガストレア同士からすれば別種の生き物である。当然、共食いというのも起こりうるのだ。空腹を満たした怪鳥は、食事で力をつけたと言わんばかりにアゲハ達に襲い掛かる。

 

「もう一度狙撃する。桜子は囮を作ってくれ!」

 

 アゲハは再びバーストストリームを展開し、イメージを集中する。巨大な怪鳥を一撃で仕留めうる巨大な暴王を作るために。

 桜子もまた、アゲハの為に集中する。桜子の得意とするトランスは物理的障害にとらわれない反面、動作速度には難がある。それを解消して暴王の為の囮を作る最適な方法が桜子には一つある。

 

「手伝って」

「トーゼン」

 

 アビスはバーストで長い縄を作り、その端を桜子に受け渡す。二人の桜子が怪鳥に迫るが、怪鳥も攻撃前の予備動作として上空に飛び立とうとする。桜子もアビスのリフトアップと自身のジャンプを組み合わせた大飛翔にて上昇中の怪鳥の上を取り、バーストの縄を首にかけた。

 バーストの縄はひっかけることを目的としているためアビスのイメージ次第で何処までも伸ばすことができる。アビスと着地した桜子は、攻撃に転じて怪鳥が落下することで縄が緩み、外れてしまわぬように互いに縄を引く。

 

「行けえ!」

 

 アゲハもバーストの縄が付いたことを確認して、暴王を発射する。怪鳥も攻撃のための落下を始めており、どのような攻撃であろうとその身を翻して攻撃を凌いだうえで嘴を突き立てれば、容易にアゲハを捕食できると思っていたであろう。

 だが射出後百メートル、怪鳥との距離が約二十メートルとなったところでPSIホーミングが発動した。事前に掛けたバーストの縄にめがけて暴王の軌道が修正され、怪鳥の考えを失敗に終わらせたのだ。胸元と首がごそりと削り取られ、脳と心臓から切り離された胴体は、空中でのバランスを崩し錐揉み状に落下する。

 ずどんと大きな音を立てて、怪鳥の遺体が地面に突き刺さった。どす黒い血液が飛び散り、木々の葉に当たってざざあと音を立てる。この音に反応して飛び出す新手のガストレアはいない。

 こうして、アゲハと二人の雨宮は三十匹強のガストレアを殲滅した。




サイキッカー大暴れの回
巨大鳥と大蛇はステージⅢくらいを想定してますね
語呂がなんだか遠近の野望みたいだ
あと今日はジャンの方も更新する予定です


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Call.9「鉾と盾」

 蓮太郎たちが教会まで駆けつけるまでの数分のうちに、戦闘によって発せられる音は止んでいた。静寂に転じたことで人気のない街並みは不気味な雰囲気を醸し出す。

 その静けさの中を怪しい声が通る。

 

「待っていたよ、里見君」

 

 蓮太郎には聞き覚えがある声である。しかも今まさに声の主と相対するためにこの場に来たのだ。だが昨日の敗北の記憶がフラッシュバックし腕が振るえてしまう。気丈にふるまおうとしても、手を握っていた延珠にはたちまち伝わり隠しきれない。

 

「大丈夫だ、蓮太郎。今回は妾がついている」

 

 延珠の声で手の震えが治まったことに気付き、蓮太郎は我ながら十歳児に度胸負けするのはいかがなものかと心の中で悪態をつく。自己の体調は万全には程遠いが、延珠が万全であるだけで蓮太郎には心強い。

 

「影胤! ケースを何処にやった!」

「知りたければ私を倒せ!」

 

 影胤は両手を広げ、余裕の態度を示す。一方で恐怖を振り払った蓮太郎には恐れなどない。相手の隙をついて一直線に駆け寄り、勢いのまま焔火扇を放つ。脚力を加えた拳打が仮面に当たろうとするも、影胤が張り巡らせたイマジナリー・ギミックの壁はそれを阻む。

 蓮太郎が鍛え上げた人間として放てる渾身の一撃が斥力フィールドと反発した結果、彼の右手を覆う人工表皮がこそぎ落ちた。表皮面の疑似痛覚神経が悲鳴を上げていたが、脳内麻薬が痛みを軽減していたのか、蓮太郎には蚊に刺された程度にしか感じていない。

 蓮太郎は脊椎反射的に痛覚機能を遮断し、一旦距離を取って百載無窮の構えを取る。影胤は攻防一体の構えよりも、その右手に見える漆黒の拳の方に興味を引かれていた。

 

「バラニウム製の義肢だと? まさか、キミも……」

 

 影胤は初対面から蓮太郎に抱いていた親近感の故を見つけ、歓喜する。嬉しさのあまり震える父の様子に、娘の小比奈の顔にも笑みが浮かぶ。

 

「俺も名乗るぞ、影胤!

 元陸上自衛隊東部方面隊第七八七機械化特殊部隊『新人類創造計画』里見蓮太郎!」

 

 蓮太郎が昨日の敗北から身をもって学んだことが一つあった。人間を超えた力を振るう暴徒を相手にするためには、自分がもつ力は何であれ忌諱するべきではないと。自分が持つ力に溺れることを恐れるあまりに、持ち腐れにして死ぬのは本末転倒なのだと。

 延珠もこの機械化兵士としての能力を蓮太郎自身が嫌っていることを知っているため心配そうに見つめるが、いいんだと延珠に呟き言い聞かせる。

 蓮太郎は左眼の義眼の機能を解放しており、黒目の内部が回転する。その瞳には幾何学的な文様が浮かび上がり、蓮太郎の体感時間は著しく遅くなりだす。

 影胤も相手が同じ機械化兵士ならば不足は無いと、愛銃二丁をホルスターから引き抜いて構えを取る。合わせて小比奈も小太刀で十字架を作る。これが彼女にとっての戦闘の構えであることは、滴り落ちる血液が物語っていた。

 

「解っているのかい? 里見君。序列元百三十四位のこの私に挑むということを」

「安心しろ、正しく理解しているよ、影胤!

 味方の援護は期待できないどころか、さっさとお前を倒して合流しなければいけないくらいだ。まったく願ってもない状況だ、クソ野郎!

 戦闘開始! これよりキサマを排除する!」

 

 蓮太郎の怒号に合わせ、延珠は小比奈に向かって駆け出し、夏世もグレネードランチャーを構える。こうして戦いの火ぶたは切って落とされた。

 開幕で夏世は影胤親子の双方にグレネード弾を放つが、影胤には斥力フィールドにて易々と防がれ、小比奈には避けられる。防がれることが前提の陽動であり、この反応は想定内である。横に躱した小比奈に対し、延珠は自慢の脚力で跳び蹴りを放った。小比奈は十字にした小太刀を盾代わりに受け止めるも、靴に仕込まれたバラニウムの礫による衝撃は、自慢の小太刀を刃毀れさせる。

 影胤もグレネードが噴煙による目晦まし目的であることは想定しており、その隙に蓮太郎か延珠が一直線に踏み込んでくるであろうと読み切ったうえで得意のマキシマムペインを放つ。一方で蓮太郎からすれば目的は力勝負である。相手がどれだけの壁を用意しようとも打ち破る決意を込めて、渾身一擲の轆轤鹿伏鬼で力勝負を仕掛ける。

 

「天童式戦闘術、一の型三番―――轆轤鹿伏鬼(ろくろかぶと)!」

 

 義肢に仕込まれたカートリッジが炸裂し、衝撃が技に連動して蓮太郎の拳打が加速する。爆速ともいえるその拳は、迎撃として放たれたマキシマムペインとの押し合いになる。追撃としてさらにカートリッジを二発消費し、斥力フィールドごと影胤を殴り飛ばす。衝撃波が影胤を襲い臓器に傷を与えた。

 

「フィールドがダメージを殺しきれなかった?

 ―――素晴らしきかな人生、はれるーや!」

 

 その痛みに影胤はフハハと高笑いする。痛みこそ生を実感するスパイスだと言いたいのであろう。父の声に反応して蓮太郎への反撃を試みようと小比奈がチャージを仕掛けるが、夏世のサブマシンガンがそれを阻む。

 左右にフェイントをかけながら二度、三度と突破を試みるも、そのすべてが夏世の射撃により阻まれ徒労に終わった。

 個々の実力でいえば延珠の上位互換と言ってもいいほどに特出した能力をもつ小比奈であり実際に先の民警集団はものの数分で返り討ちにするに至ったのだが、小比奈自信と匹敵しうる逸材との戦いにおいては数の差は優位に働いていた。

 この場では頭一つ劣る弱い存在であるはずの夏世が戦局を支配する状況に、小比奈は苛立つ。

 

「弱いくせに! 弱いくせに! 弱いくせに!」

 

 小比奈からすれば夏世に負けを認めるなど到底できない。父への援護をことごとく邪魔立てする夏世に対してたまり続けるヘイトは、小比奈の低い怒りの上限を易々と突破する。小比奈は延珠の蹴りを、左腕を犠牲にして受け流して脇を通り抜けて夏世の眼前に迫る。

 左腕は蹴りを弾いたときに骨が折れ、しばらく治りそうもない。それでも一対一に持ち込めれば、小比奈にとって夏世は片手で事足りる相手なのだ。

 

「邪魔……死んじゃえ!」

 

 小比奈の持つ小太刀が夏世の胸を貫いた。当然のごとくバラニウムの刀身であり、再生能力による自己治癒は期待できそうにない。万が一の蘇生にそなえ、痛みと失血で痙攣する夏世から小太刀を抜き取らず、おられた左腕に握られた方を右手に持ち代えた。

 

 

 

「哭け、ソドミー! 唄え、ゴスペル!」

 

 轆轤鹿伏鬼の衝撃により後ろに飛ばされた影胤は、距離の空いた蓮太郎に対して愛銃二丁による射撃を行う。フルオート射撃であり、常識で考えるならば狙いなどまともにつけることなど不可能に思えるのだが、影胤の照準能力は一般的な数値を大きく超えていた。

 蓮太郎は義眼の持つ支援能力を活用して弾丸の雨をしのぐものの、数発は体を掠め皮膚をえぐる。蓮太郎も負けじと拳銃で牽制するが、斥力フィールドによって届かない。それゆえ影胤の銃が弾切れとなり、銃弾が止んだタイミングを見計らって蓮太郎は追撃に移る。

 

「うおおおお!」

 

 脚部のカートリッジを炸裂させ、推進力による大きな一歩が蓮太郎を影胤の懐に誘う。影胤も咄嗟に斥力フィールドを展開して押し出そうと試みるが、今一歩遅い。

 

「一の型十五番―――雲嶺毘湖鯉鮒(うねびこうりゅう)!」

 

 カートリッジによる加速を加えられた拳が影胤を打ち上げる。直撃こそ避けられたものの、影胤は体の内側に響く衝撃と空に打ち上げられたことによる浮遊感を感じていた。

 空に舞う影胤を追い、蓮太郎も脚のカートリッジを使用して飛び上がる。

 空中にて再度カートリッジを炸裂させることでさながら空を地面にして踏ん張るように、天童式戦闘術の蹴り技を放つ。

 

陰禅(いんぜん)玄明窩(げんめいか)三点撃(バースト)!」

 

 空中からのカートリッジ加速頼みの回転蹴撃は、斥力フィールドに阻まれつつも命中し影胤を海中に押し飛ばした。いかに斥力フィールドによる防御力があろうともこれだけの攻撃を受けて無事では済まないだろうと、蓮太郎は一息をつく。

 念のため埠頭にたってマガジン一セットの銃弾を海中に打ち込む。撃ち尽くした後に延珠たちの状況を確認するために視線を移した蓮太郎の瞳に、小比奈の小太刀で夏世の胸が刺し貫かれる瞬間の光景が映っていた。

 

「夏世!」

 

 驚いた蓮太郎も駆け寄ろうとするが、足がもつれてへたり込む。流石に急激に力を使いすぎたからだ。一発使うだけでも相当の負担を強いる炸裂カートリッジを連続使用すること合計十発、元より蓮太郎の体は満身創痍である。

 

「まだだ、まだ終わっていないよ」

 

 膝に手をつき、立ち上がろうとする蓮太郎の足首を何かが掴む。

 その手の主は影胤である。ダメージで吐いた血で口元は染まっていたが、依然として戦意は失っていないのだ。

 突然の行動に蓮太郎は腰を抜かしてしまう。ただでさえカートリッジの反動で足元がおぼつかないのだ。全身の力が抜けていき、立つことさえままならない。

 

「この闘争は私の勝ちだ。今回も、そしてこれからも」

 

 実のところ影胤も這いつくばるのがやっとなのだが、たぐいまれなる闘争本能により肉体を精神で稼働させていた。へたり込む蓮太郎からマウントポジションを取り、蓮太郎の頭蓋に手を当てる。

 

「私の奥義でキミを葬ってあげよう。エンドレス……」

「蓮太郎!」

 

 蓮太郎の様子に延珠も気づき、うろたえる。延珠の脚力をもってすればあるいは影胤の攻撃を阻止しうるかもしれないが、それを小比奈が許さないのは百も承知である。前門の小比奈、後門の影胤により、延珠の精神が追い込まれる。

 影胤が使おうとしていた技はエンドレススクリームと言い、斥力フィールドの応用で力場の槍を形成する、影胤にとって最も殺傷能力が高い技である。

 

「―――ヒーローは、遅れてやってくるってなあ!」

 

 力場の槍が蓮太郎の頭蓋を貫こうとする寸前のところで、遠方より飛来した黒い流星が影胤を貫く。この一撃がトドメとなり、影胤のバラニウム製人工臓器へのダメージは限界を超える。斥力フィールド発生能力を使用することができなくなり、発生しかけた力場の槍は雲散霧消する。

 影胤は仰向けになって蓮太郎の腹の上で果てる。

 

「パパ……パパ!」

 

 この姿は小比奈にとってはショックである。延珠にまるで目もくれずに脇を駆け抜けた小比奈は、父影胤の体を回収してどこかへと立ち去って行った。




れんたろーvs影胤の話
今回の参考に原作とアニメ版を見比べてみると細かいところが違うなと
原作は影胤への恐れ描写、アニメは賭けに勝ったが印象深かったですね

そういえば玄明窩の三点撃って原作でありましたかね?


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Call.10「漆黒の超電磁砲」

 倒れ込む蓮太郎に延珠が駆け寄る。蓮太郎の体にある傷口が開き、血が流れ出していることに延珠も気が付く。

 

「待っておれ、今手当をしてやるぞ」

 

 延珠は見様見真似ながら、ポーチから取り出したフェブリン糊を吹き付ける。この時代の生体接着剤の性能向上は著しく、吹き付けるだけで傷の治りが数十倍に飛躍するほどである。当然糊である以上血止めの効果もあり、血液の流出も収まる。

 

「夏世……」

 

 ガストレアを殲滅し、合流したアゲハを待っていたのは、胸を小太刀で一突きにされた夏世の姿であった。僅か一週間の付き合いとはいえ、目の前で見知った子供が死んでいく姿などアゲハとて好ましくない。

 

「アゲハ! 早くその刀を抜くのだ。まだ助かるかもしれぬ」

 

 延珠は呆然と夏世を見つめるアゲハに伝える。まだ助かる見込みがあることを。もとより高い治癒能力をもつ呪われた子供たちは、常人なら死ぬような外傷に対しても高い生命力を発揮する。バラニウムによる傷は常人並みの脆弱性を見せるものの、心臓を刺されても生きている可能性があるとすればそれこそ呪われた子供たち特有の生命力の強さに他ならないからだ。

 アゲハが言われるがまま小太刀を引き抜くと、夏世はごほっと血を吐いたのち、息を吹き返す。

 

「大丈夫……なのか?」

 

 夏世の手がかすかに動き、アゲハの手を握る。がしりと強く握ったその手は、肯定の意味であろうか。アゲハは会話こそできないものの、夏世の意識があることを確認しする。

 

「桜子、トランスで通訳してくれ」

「任せて」

 

 桜子はお得意のトランスでアゲハと夏世の精神をつなぐ。テレパシーの応用で、口がきけなくても思念で会話できるように舞台を整えたのだ。

 

『ご心配をおかけしました。しばらく戦えませんが、私は大丈夫です』

『胸を一突きにされていたぜ。平気なのか?』

『幸い私は右胸心でして。左側を刺されても運よく心臓は逸れているようです。バラニウム製の武器による傷なので治りは遅いですが、これくらい応急手当をすれば平気です』

 

 アゲハと桜子は夏世の自己申告に安堵する。トランスによる思念だだもれのテレパス故に嘘ではないのは手に取るようにわかっているのも、その理由として大きい。

 

 ひとまず手負いの蓮太郎と夏世を教会に運ぶと、アゲハと桜子は生存者探しの為に外に出る。延珠は祭壇に置かれていた七星の遺産の監視と、ガストレアに蓮太郎たちが襲われた場合の保険として教会内に残った。

 三十分ほど探し回り、そろそろ生存者などいないだろうとアゲハ達が思った矢先に、桜子は怪しい死体のミルフィーユを発見する。

 

「これ……怪しいわね」

 

 死体が折り重なる姿に疑念を持った桜子は、その山を崩して死体を並べる。上に重なった二人分の死体を退けると、桜子の目に知った顔が映る。

 

「伊熊将監……」

 

 死体の山の最後にいたのは伊熊将監であった。桜子は彼もまた死体かと肩を落とそうとした瞬間、桜子は将監の息遣いに気が付く。

 

「―――生きているの?」

 

 確認のために有線トランスで思念を覗いて確認しても、正真正銘目の前の将監は生きていた。生き残ったことが奇跡的なのであろうか。

 桜子は将監を抱えて教会に戻り、夏世の隣に寝かせた。桜子の姿を見て、先ほどまで寝ていた蓮太郎が起きだす。

 

「その男……伊熊将監じゃないか」

「重症だけど生きているわ。アナタの方こそ、もう起きても平気なの?」

「傷は生体接着剤で塞いだし、足りない血は増血剤を打った。戦闘は無理だけどこれくらいはもう平気だ」

 

 蓮太郎の言うように、彼の顔色は良好である。二人で将監に応急処置を施したのち、しばらくしてアゲハが血相を変えて戻って来た。

 

「大変だ、外に来てくれ」

「どうしたの?」

「馬鹿でかいガストレアだ」

 

 アゲハに従って外に出ると、遠くに巨大な黒い影が見えた。桜子はライズで視力を強化して眺めると、驚くことにガストレアは遠くの海に立っていた。五十キロ程度は離れた位置でありながらその巨体さはライズなしでも姿を確認できるほどである。

 これが噂のゾディアックなのかとアゲハが考えていると、蓮太郎の携帯電話に着信が入る。

 電話の主は木更であり、簡潔に内容をまとめると現在位置から南東にある巨大超電磁砲モジュールを使用したステージⅤガストレア『スコーピオン』の狙撃作戦を行ってほしいということである。レールガンの近くにいる人間は蓮太郎周辺の人間のみであり、自衛隊の徹甲弾攻撃も効果を発揮しない以上、最後の希望はそれ以外にないと木更は告げる。

 木更の話により周囲にVXガスが散布されているとも知り、アゲハは切り札を切るに切れない状況であると口惜しむ。アゲハにとって暴王の月(メルゼズ・ドア)がゾディアックガストレアに通用するか否かは重要な問題であるというのに。

 アゲハは首を横に振って気合を入れなおすと、蓮太郎の手を引く。

 

「さっさと行こうぜ。アレを使えば倒せるんだろう?」

「でも、もし失敗したら……夜科アゲハ、アンタは怖くないのか?」

「失敗したときを考えたらそりゃあ怖いぜ。現にそれで救えなかった人だっている。だけど何もしなかったらそれまでだぜ」

「心配するな。蓮太郎、妾がいる」

 

 蓮太郎は頭をボリボリとかきむしり、また十歳児に励まされたと心の中で悪態をつく。

 アゲハは将監、桜子は夏世、延珠が蓮太郎を抱え、総勢六人の一団はレールガンモジュール『天の梯子』を目指す。外周壁を人間離れした跳躍力で駆け上がり内部に侵入すると、木更からのナビゲートに従い地下二階にあるコントロールルームにたどりついた。

 作戦本部からの遠隔操作によりめまぐるしく動くコンソールはさながらSF映画のようにアゲハの目に映る。

 

「準備は全部向こうからの遠隔操作、俺達は引き金を引くだけか」

「これなら外す心配はなさそうね」

 

 アゲハと桜子が設備を見て安堵していたのだが、本部の木更から悪い知らせが入る。

 

『大変よ、里見君。落ち着いて聞いて。チャンバー部にバラニウム徹甲弾が装填されていないわ』

「なんだって?」

 

 急いでチャンバー室に向かったアゲハ達は驚く。チャンバー室にはロボットアームによる自動装填システムがあったのだが、肝心の弾丸が存在していないのだ。

 蓮太郎は最後の手と言わんばかりに右腕を弄り、義手を外す。

 

「蓮太郎、まさかお主」

「ああ、俺の右腕を弾丸に使う。超バラニウム製だから問題は無いはずだ」

「なあ、バラニウム製なら何でもいいのか?」

「たぶん」

「だったら一発目はそれで試してみてくれ。俺はさっきの場所に戻って使えそうなものを探してくる」

「わかった」

 

 アゲハと桜子が天の梯子から外に出て、中には蓮太郎たち二人が取り残される。出来ることならこの一発で仕留めたいと思っていたのだが、事態は急変する。

 インジケーターが溜まり、いよいよファイルセイフロックを解除しようとする手前で、その進みが止まったのだ。

 

『こっちの遠隔操作を受け付けてくれなく……あとは……うで……』

「木更さん? どうしたんだ、おい!」

『里見君……世界を……』

 

 遂には木更との通話すら維持できなくなる。天の梯子が稼働したことによって発生した電磁波が影響し、外部との通信を遮断したからだ。

 いままで心配と言えば迎撃完了まで一発で足りるかという点だけであったが、本部からのサポートがなくなったことでここに手動で狙いをつけなければならないという不安要素が加わった。

 一応は標準のセミオート照準システムがガストレアを照準に収めてこそいたが、急に動いて外してしまったらと言う不安が蓮太郎の頭をよぎる。

 

「絶対に当たる。心配するな」

 

 突然延珠が蓮太郎の唇を奪う。何かの映画でみた景気付けの真似事であるが、元より延珠は蓮太郎を異性として意識しているためドサクサまぎれに念願をかなえたとでも言うべきであろうか。

 

「急に何を……」

「こういう時こそ互いの愛を確かめあうのだ」

「ドサクサに紛れてお前は……大体十歳のガキが愛を語るんじゃねえよ。互いの気持ち以前に法律が許してくれねえだろ」

「ホーリツ上は十六歳になれば蓮太郎のお嫁さんになってちゅっちゅしてもいいのだ。それまでに妾が蓮太郎を骨抜きにすれば問題はないぞ」

「いい加減にしろ、このマセガキ!」

「それじゃあ妾たちの未来の為に、あのガストレアを打ち抜くぞ。蓮太郎には朝飯前だろう?」

「確かにそうだな」

 

 延珠と他愛のない会話をしているうちに、自然と緊張がほぐれてきたことを蓮太郎も自覚する。これならいけると胸にこみ上げる自信を込めて、蓮太郎は狙いを定める。

 

「手を貸してくれ延珠。終わりにするぞ」

 

 二人の手によりトリガーはゆっくりと引かれ、レールガンモジュールは蓮太郎の漆黒の拳を亜光速で射出する。大それたロケットパンチはスコーピオンの頭を殴り飛ばし、衝撃波一撃でその息の根を止めた。

 教会の付近で将監が落としたと思しきバスタードソードを発見し引き抜いたアゲハは、崩れゆくスコーピオンの姿を見てこれで一体倒したかと呟いた。

 

「これは必要なかったか。ついでだ、あとでアイツに返してやるか」

 

 一時間後、本部から駆けつけたヘリコプターによりアゲハ達は回収された。重傷者である蓮太郎、将監、夏世の三人は勾田大学病院に搬送された。

 

――――

 

 後日、蓮太郎の回復を待って叙勲式が行われることとなった。影胤掃討作戦の生還者六人に対してのものであるが、蓮太郎が最後の引き金を引いたこととアゲハ、桜子両名はパートナー不在のため正式な序列が交付されていなかったため、事実上蓮太郎の為に行われる式典である。

 この場にイニシエーターである延珠は招かれなかったため、正装をしたアゲハ達三人は来賓したセレブラントたちに囲まれる。まるで見世物小屋のようだとイラつくアゲハを窘める桜子を他所に、蓮太郎はそれを反面教師として眺めつつ聖天子の美貌の前に背筋を伸ばしていた。

 気品にあふれる彼女を前にしてだらしない姿などできないという蓮太郎の態度の現れである。

 聖天子は大きく手を振って来賓の注目を集めたのち、厳かに声を発する。

 

「お集まりの皆様……ゾディアック『スコーピオン』の撃破、並びに元序列百三十四位の蛭子影胤、小比奈ペアの撃破をIISOと協議した結果、今回の戦果を『特一級戦果』と評価し、里見蓮太郎×藍原延珠ペアを序列千番台へ昇格させることをここに発表します。

 並びに協力者である伊熊将監×千寿夏世ペアを千百番台へ昇格、夜科アゲハ、雨宮桜子両名はペア結成時の最低序列として二万番台を保障することを付け加えます」

 

 来賓は三人にスタンディングオベーションでほめたたえる。流石にこれにはイラついていたアゲハも気を晴らす。こそばゆさを残す三人に、聖天子は言葉を重ねる。

 

「御三方、この決定を受けますか?」

「よろこんで」

 

 三人にはこれを拒否する理由は無かった。




スコーピオン狙撃作戦+叙勲式(さわりだけ)の話

今回スコーピオン戦で
①ノヴァゲハが倒して手柄をれんたろーにする
②将監の剣を射出して倒す
③原作通り
を考えましたが、
①はアゲハが英雄になりすぎて後のれんたろー出世が絡む流れを使えないため断念
②はれんたろーが射手をやる意味が消えるので断念
結果、予備の弾を探しに行くという理由でアゲハを不在にして③となりました

次回はその後の余談になります

そういえばwin標準のIMEがレールガンと入れたら超電磁砲と変換しやがる


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Call.11「影胤事件 後語り」

 遡ること前日、アゲハと桜子は叙勲式の打ち合わせのため、天童民間警備会社を訪れていた。時刻は三時を回った頃で、通学中の木更はまだ現れていない。蓮太郎は今回の企みを打ち合わせするには幸いかと思っていた。

 

「あの三輪車の事はどう切り出そうか」

「私のPSI(サイ)を使うわ」

「サイ?」

 

 サイと言う言葉に小首を傾げる蓮太郎に、桜子はPSIについて説明する。話の途中で先日菫が語っていた例の超能力のことを指しているのは理解したのだが、蓮太郎はあえて口は出さない。

 只々例の超能力者が目の前にいるという感心こそあったが、実際に目の前にしてみるとさほどの興味がわかなかったからだ。第一、先日の延珠と並走するアゲハと桜子の姿を見せられた後となると、それくらい出来ても不思議ではないかと考えていた。

 

「そのトランスを使えば、相手の頭の中を探れるって訳か」

「おまけにサイキッカーじゃなければまずバレないわ。心配なのはサイキッカーが警護についている可能性くらいかしら」

「逆にいえば明日はその隣まで接近できるチャンスだぜ。ゼロ距離でジャックすればバレやしないぜ」

「そうね、その手で行きましょうか」

 

 そして叙勲式当日、三人が秘密裏に打ち合わせた作戦を実行するチャンスが訪れる。

 「御三方、この決定を受けますか?」そういった聖天子は三人に手を差し伸べたのだ。さながら西洋の騎士が忠誠を誓う儀式のようにふるまう聖天子の行動は、桜子が有線ジャックを仕掛けるには最適のチャンスである。

 一人一人が聖天子の手を握り、膝をつく。三人目となった桜子は手を握るのに合わせて聖天子にWMJ(ワイアードマインドジャック)を強行した。

 桜子の精神は聖天子の意識の中に潜り込む。そして深層意識の中にある七星の遺産に関する記憶に手を触れようとした瞬間、聖天子の精神世界に警告が流れる。

 

『雨宮さん。それ以上はいけません』

『まさか……』

『それはこちらが言うべき言葉です。まさか雨宮さんがサイキッカーだとは思いもしませんでした。

 ……七星の遺産に関する情報が知りたいのならば、上を目指してください。序列十番以内にまで上り詰めればその情報も開示されるでしょう』

『じゃあ聖天子様、これだけは教えて。アナタもサイキッカーなの?』

『私にはPSIは使えません。ただ聖天子の一族として生まれた者の責務として、対トランス能力への訓練も積んでいるだけです。

 今でこそ少ないそうですが、大昔にはトランス能力を使った政争も珍しくはないと、ご先祖様がその脅威と対抗策を後世に残したが故に』

 

 三人の思惑はこうして失敗に終わる。失敗したことは有線トランスを通して即座にアゲハと蓮太郎にも伝わる。桜子のトランスを使っても無理だったと諦めるアゲハとは対照的に、蓮太郎は諦めない。

 

「ケースの中には壊れた三輪車が入っていた。見てしまったことは謝るが、それ以上に何故! 何故あんなものがステージⅤを呼び出す触媒になるんだ?

 いや、そもそも突如世界に現れた敵性生物ガストレアとは何なんだ? 十年前、この世界に何が起こったんだ。教えてくれ、聖天子」

 

 蓮太郎の声に周囲の空気が固まる。聖天子は蓮太郎の問いかけに対し、小声で雨宮さんにも言いましたがと呟いたのちに答える。

 

「七星の遺産は東京エリア外の未踏査領域に隠されていましたが、今回奪われたものはそのうちの一つです。ゾディアックは遺産を取り戻そうと行動する習性があるため、封印を解かれた七星の遺産はステージⅤ召喚の触媒になるのです。申し訳ありませんが、これ以上を今のあなた方に教えるわけにはいけません」

「お答えできませんって……」

「今は無理ですが、知っての通りIP序列には序列に応じた特典が与えられます。とりわけ機密情報のアクセスキーは全部でレベル十二まであり、千番台の里見さんの場合ではレベル三になります。藍原延珠と共に残る八体のゾディアックを倒し序列十番以内を目指してください。それによって与えられるレベル十二の権限があれば、その情報は開示されます」

「要するに、今の俺には教えられない……そういうわけか」

「私個人の希望を付け加えるのであれば、あなたにはすべてを知ってもらいたいと思っています。里見貴春と里見舞風優(まふゆ)の息子を名乗るのであれば、あなたには真実をしる義務がある」

「どうゆうことだよ! どうして父さんと母さんの名前がそこで出てくるんだ!」

「それはお伝えすることは出来ません。これ以上は不敬罪となりますので、謹んでください」

 

 聖天子の強弁な態度と、唐突に告げられた両親の名に、蓮太郎の頭には血が上っていた。さりげなくアゲハが押さえつけていたが、蓮太郎は今にも聖天子に襲い掛かろうとしていたのは誰の目にも明らかだった。

 程なくして聖天子は退席し、叙勲式をお開きとなる。実のある収穫を得られずに肩を落として、三人は聖居を後にした。

 

――――

 

 蓮太郎と別れたアゲハと桜子は、着替えたのち勾田大学病院に向かった。夏世とついでに将監を見舞うためである。二人は同じ病室に入院していたため、否が応でも将監とは顔を合わせることとなる。

 なんだかんだ先日の模擬戦以降顔を合わせていなかったことをバツが悪く思っていたアゲハであったが、気持ちに引きずらないように気を取り直し、病室のドアを開けた。

 

「具合はどうだ?」

「夜科さん……」

 

 病室に入ると、悲しげな顔をした夏世がいた。よく見ると病室には夏世しかおらず、将監の姿がない。

 

「……アイツは風呂か?」

「いえ……将監さんは姿を消しました」

「それってどういうこと? とても一人で動けるような怪我ではなかったのに」

「今朝私が目を覚ますと将監さんの姿が見えなくて……それでテーブルの上にこれが」

 

 夏世は一枚のメモ紙を見せる。

 

 お前とのコンビはここまでだ、あばよ夏世

 

「あばよって……あの男は何がしたいのかしら」

「私にもわかりません。ただ、看護師に聞いた話では外国人の紳士に連れられて、別の何処かに運ばれていったそうです」

 

 これまで付き合い続けていたこともあり、夏世の落胆ぶりは大きい。肩を落とす夏世に、アゲハは慰めの言葉をかける。

 

「だったら、アイツが帰ってくるまでは俺達がお前の面倒を見るぜ。そうすれば何処の馬の骨とも知らない連中のところに引き当てられたりはしないしな」

「大変喜ばしい申し出ですが、夜科さんはいいのですか? 延珠さんくらい強い相棒がいれば序列二桁も夢ではないでしょうに」

「子供におんぶされるなんて真似はできるか! だがとりあえずは暫定だから、あの野郎が正式にペア解消の申請をするまでは保留、それでいいな」

「はい、お願いします」

 

 夏世もアゲハとのコンビはまんざらではない様子であった。

 

――――

 

 ストレッチャーに乗せられた一人の男が都内某所にある闇施設に運ばれる。ここはかつて『新人類創造計画』の研究設備として使われていたが、計画凍結の際に廃棄された設備であった。

 患者の男は勾田大学病院から姿を消した伊熊将監であり、彼の前には白衣の男が立っていた。

 

「そろそろオペを始めよう。準備はいいかな? ミスター将監」

「思う存分やってくれ。どうせ俺は死んだも同然だ」

「念のためにもう一度だけ確認させてもらう。この手術を受ければ後戻りは許さない、よろしいかね?」

「だからいいと言っているじゃねえか。もったいぶらずにはやく始めろや」

「結構……それでは麻酔で眠りたまえ」

 

 先の影胤戦において将監が生き残ったのは奇跡に近かった。クラゲの因子を持ち、衝撃吸収能力に秀でていた海月というイニシエーターと、その相棒であるプロモーターイデオチの二人が偶然盾になったことで、影胤の攻撃から身を守ることができたのだ。

 それでも傷の具合は芳しくなく、左半身は潰れてその眼の視力すら失っていた。

 剛腕プロモーターとしての伊熊将監はまさに死んだも同然である。

 

「この天才である私が……他人が作った装備を応用して移植するというのは癪に障るが、彼は作品ではなくコマだ。それくらいの妥協はさもありなん」

 

 白衣の男はぶつぶつと愚痴をこぼしながら手術を続ける。失った左半身を補うための超バラニウム製義肢とバラニウム義眼はともに彼が作った作品ではないからだ。

 白衣の男は被験体がもう少し賢ければ、ブレイン・マシーン・インターフェイスの一つや二つは扱えたろうにと歯がゆく思っていた。




事件後の話
聖天子の対トランススキルは射場さんだって脳手術も込みとはいえできるんだから立場上やっててもおかしくないだろうなと言う推測と、後日談まどかちゃん同様のくちゅくちゅで情報抜き取ったら話が終わるというメタ理由もあったりしますね

今回までで一区切りなので、次回以降は単発一回をやるかどうか考え中ですがそれ以外はだいぶ間が開きそうです
夏世は生存、将監は機械の体をもらいに旅立ったというところでやや引き逃げ


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NEXT編
Call.12「戦闘訓練」


 叙勲式から数日、アゲハは蓮太郎の頼みで道場の門をたたいていた。

 

「訓練と言われてもなあ……俺は先生だなんてガラじゃねえぜ? しかも相手は延珠だろ?」

「アンタの身体能力を見込んでの頼みだ。単純に延珠と組み手をしてくれればいいぜ」

 

 蓮太郎の頼みとは、延珠と組み手稽古をしてほしいということだった。普段からゴム弾を使った戦闘訓練は行っているが、それでは先の蛭子小比奈のような相手との戦いを想定した訓練にはならない。

 それならPSIという人間を超えた力を持つアゲハに仮想敵として戦ってもらえば訓練になるだろうというのが、蓮太郎の思惑だった。

 それに蓮太郎自身、武辺者としてアゲハの戦闘能力に興味があったのも頼んだ理由である。

 

「へいへい―――それじゃあ延珠、かかってこいや!」

「そっちこそ先に手を出しても構わぬぞ」

 

 互いに相手の能力を過小評価しているのか、互いに先手を譲る。アゲハはならばと先手を取り、アリゾナ仕込みの居合抜きラリアットを延珠に放つ。

 

「遅いぞ、アゲハ」

 

 アゲハは身体強化(ライズ)により平均的なイニシエーター並の速度で間合いを詰めていたが、延珠にはそれでも遅い。拳銃弾の発射を見切るスピード特化型の動体視力は並ではなく、延珠はバク転で下がって軽々と躱す。

 ブオンという音を響いたのち、体を起こした延珠はうさぎ跳びの要領でアゲハに飛びつき、空中回し蹴りを放つ。

 

「おっと!」

 

 アゲハは延珠の蹴りを受け止める。体全体をクッションとし、爪先ではなく脛を肩に当たるように攻撃を受けることで、蹴りの威力を軽減した。

 蹴りの手ごたえがないことを察した延珠は、着地後にバックステップで後ろに下がり、間合いを取った。

 

「スピード自慢か」

 

 ここまでのやり取りで延珠の得手に当たりをつけたアゲハはライズの強度を上げて接近し、ボディブロー……いわゆる腹パンを放つ。だがそれもまたブンという音をたて空回りする。

 

「ていや!」

 

 延珠は後ろに飛んだ後、横を回り再び跳び蹴りをアゲハに放つ。先ほどのようにガードで凌がれぬように威力と速度が高いミサイルキックを放っており、たとえ防御が間に合ってもそのまま踏み抜いて押し倒せるという算段である。

 先ほどのような小手調べの一撃とは違い本腰を入れて放たれたそれは、延珠にも脇で見ていた蓮太郎にも完全に虚を突いた一撃に思えた。

 だが―――

 

「どうする?」

 

 延珠の脚は空を切っていた。そのまま着地してしゃがみの姿勢を取った延珠の頬に、アゲハの拳が触れる。アゲハは人間業とは思えない程の速さで蹴りを躱すと、着地に合わせて飛び掛かり拳を突き付けていたのだ。

 

「まだだ!」

 

 先ほどの応酬で速さ比べではアゲハの方が一枚上手だと示されても、延珠は諦めない。蓮太郎の為に強さを求める戦乙女に負けは許されないからだ。

 単純な速さで劣るのなら攪乱すればよいと、延珠はアゲハの周りをまわりだした。

 

「付け焼刃だけど、果たして通用するのか?」

 

 二人の戦いを見つめる蓮太郎はふと声を漏らしていた。いくつかの攻撃バリエーションを必殺技と自慢げに名付けていた延珠であったが、このような攪乱混じりの技はそれらには無かったからだ。

 元より今回の組み手自体、同格以上の身体スペックを持つ相手との戦闘経験を積ませたいという意図でマッチメイクしたものである。とはいえ、やはり蓮太郎からしてみれば可愛い相棒の勝利を願ってやまない。

 

「ぜぇ……ぜぇ…………まいった……」

 

 だがそんな願いも不安の通り露と消えた。

 アゲハが取った手段は実にシンプルである。攪乱の為に周回する延珠に並走したのだ。これでは只の追いかけっこにしかならず、延珠には攻撃に転じる隙を見せない攻撃を行うことなどできなかった。

 後は走りつかれた延珠の腹を軽くたたき、肺の空気を押し出せばそれだけで延珠をダウンさせる。心肺機能も常人よりも優れているとはいえそのアドバンテージが通用しない相手である以上、このような結末もあり得るのだ。

 

「―――それにしてもアゲハ、お主はいったい何者だ? よもや妾以上の身体能力とは思わなかったぞ」

「それは難しい話になるが……」

「構わぬ。妾が強くなるヒントになるかも知れぬからな」

 

 こうして、延珠は先日の蓮太郎と同じ説明をアゲハから受けた。

 

「超能力者が実在するとは」

「これはあくまで俺の勘だけど、イニシエーターの能力もPSIと何か関係があるのかもしれない。夏世はPSIの素養がないと見えないはずのトランスを視認していたからな」

「ということは、妾も超能力に目覚めるかも知れぬわけか。アゲハ、早速だがコツを教えてはくれぬか?」

 

 アゲハの言葉に目を輝かせる延珠であったが、アゲハは反応に困る。アゲハ自身、サイレン世界という特殊環境に身を置いたがゆえにPSIに覚醒したため、具体的な能力開発方法については詳しくないからだ。そのため教えられることは最低限、PSIに目覚めた人間への訓練方法に限られてしまう。

 そこで恩師の言葉を思い出し、延珠に送ることにした。

 

「使い方ならまだしもどうすれば目覚めるかなんて俺にはわからない……だから代わりに俺にライズを教えてくれた師匠の言葉を教えるぜ。

 ―――殴られて殴られて、殴られたその先に、見えてくるものだってあるんだぜ」

「どういうことだ?」

「要するに、場数を踏んで自分が持つ力の限界を超えろってことなんだろうぜ」

 

 実際にその言葉をアゲハにかけた雹藤影虎は、死線を越えるたびに力を増していった。

 影虎の言葉に、見学者として一歩引いた位置にいた蓮太郎も触発される。

 

「確かにそうだな。俺もこの間の事件で死にかけて痛いほど思い知ったよ。

 なあ、俺とも組み手をしてくれないか?」

「乗りかかった船だ。いいぜ、かかってきな」

 

 アゲハと対峙した蓮太郎は百載無窮の構えを取る。攻防一体の型を取った理由は汎用性の高さに他ならない。元より基礎的な身体能力で劣る以上、技術と見切りで上回るほかないからだ。

 

「拳法か?」

「天童式戦闘術……これでも初段なんでね」

 

 互いにお見合いの構図となっていたが、蓮太郎が先に仕掛ける。蓮太郎はアゲハの動きを見切るため左眼のバラニウム義眼を解放したのだ。

 

「全力で行くぞ!」

 

 先に蓮太郎が動き、突進技の焔火扇を放つ。先ほどの延寿の跳び廻し蹴りほどの速さは無いが、その体格と天童流の技術故に重さは一段上である。

 アゲハは単純に横に動いてカウンターを合わせようとするが、ここで義眼の能力が生きる。

 

「焔火扇!」

 

 蓮太郎は義眼による高速思考と行動予測を用いてアゲハの回避位置を先読みしていた。避けてから攻撃に移る起点へと打点を調整することで先手を取り、アゲハに拳をぶつける。

 さすがに調整故の限界から直撃にはいたらないが、バラニウム義眼でアゲハの動きを捕えられたことは蓮太郎にとって朗報である。

 

「やるじゃないか。その眼のおかげか?」

「ああ、コイツは俺の体感時間を遅くしてくれるんでな!」

 

 蓮太郎は回答と共に一の型五番、虎搏天成を放つ。密集状態での抜き打ちに適した必殺の突きがアゲハを襲うが、これもガードに阻まれる。だがここまでの二発がアゲハに当てることができたことで、蓮太郎は自信をつける。

 一旦後ろに飛んで距離を開けた蓮太郎は、アゲハに断りを入れる。

 

「俺から頼んだ組み手なのにこんなことを言ったら失礼にあたるが……アンタならたぶん無事だと思うから言っておく。ここからはカートリッジを使わせてもらうぜ」

「なんだそれ、その義手の機能か?」

「ああ……下手なガストレアなら簡単に殺せるほどの威力だ。それでもアンタを相手に試してみたい!」

「そうだよなぁ……殴られて殴られて殴られなければ見えてこないぜ!」

 

 この断りは、忌むべき力として自ら忌諱していた機械化兵士としての力を自らの正義を貫くための鉾として振るうことの決意表明も兼ねていた。

 嫌い嫌いと遠ざけるばかりではなく、慣れてその上で手綱を取らなければ持ち腐れになることは先の蛭子影胤事件で痛いほど思い知っている。

 

 宣言の通り切り札を切った蓮太郎の動きにはアゲハも舌を巻いた。突進し、カートリッジ炸裂と共に放たれた蹴り技『陰禅玄明禍(いんぜんげんめいか)』の鋭さは雹藤影虎のライズに匹敵するほどだったからだ。

 アゲハ自身、影虎の本気をまじまじと見たことは無いとはいえ、まともに喰らえば一撃で地に這いつくばることは容易にイメージできるほどである。蓮太郎の義肢が対ステージⅣガストレアを想定した対人兵器としてはオーバーキルの代物と知らないが故に、蹴りの威力を見た後では余計に蓮太郎を警戒せざるを得ない。

 それと同時に蛭子影胤を倒した際の技もこれであろうことは容易に結びついた。

 

「いてて……」

 

 両手で受け、防御時のバックステップで勢いを削いだとはいえ、その一撃はアゲハに響く。骨が折れたかと思うほどの大音響がアゲハの右腕をしびれさせる。

 アゲハは痛みで右手をぷらぷらと振る。

 

「こっちもガキに負けて恥をかくわけにはいかないぜ」

 

 アゲハは感覚機能強化(センス)を総動員させる。頭が沸騰しそうなほどめまぐるしくオーバークロックし、PSIの発現が活発になる。

 アゲハのライズ素養はバランス型であり、センスと呼ばれる感覚機能の強化も習得済である。ライズにより動体視力を限界突破させたアゲハは義眼を解放させた状態の蓮太郎と同様に、相手の動きを見切る。

 こうなれば互いに先の先を取り合う先読み合戦となる。センスとバラニウム義眼という二つの異なるオーバークロックは互いに調子に左右されるとはいえこの時の状態では互角だった。

 残りの比較材料を比べるのなら炸裂カートリッジによる加速と天童流という技術を持つ蓮太郎に軍配を上げても不自然ではないが、アゲハの喧嘩殺法とライズによる超身体能力はそれでもなお脅威である。

 いかに蓮太郎が強いとはいえ世間の常識ではイニシエーターへのインファイトは教本にご法度として記載されるほどの無謀な挑戦である。ましてやアゲハの身体能力が並のイニシエーター以上であることは延珠との組み手で実証済なのだ。

 返す蓮太郎はカートリッジ炸裂時に限ればアゲハ以上の腕力を発揮するとはいえ悪く言えば平均値はアゲハ未満である。特に脚力に関してはカートリッジ炸裂を含めても蓮太郎にはかなわない。たとえ蹴りの威力が勝っても、他の部分が劣っているからだ。

 

「いい勝負だったぜ」

 

 二人の超人による見切りの応酬は体感時間ではどれほど長くとも、実際の時間にすればものの数分で決着した。

 互いに相手の動きを読み合い攻撃を受け流し続けること十合、轆轤鹿伏鬼(ろくろかぶと)に打って出た蓮太郎の隙を突いたアゲハが、それにクロスカウンターを合わせたのだ。

 インパクト時に加減をしたため完全に威力を跳ね返されたわけではないとはいえ、蓮太郎の意識を一撃で刈り取るには充分の威力が、クロスカウンターには存在していた。

 

「……俺は、負けたのか?」

「ああ……大きいのを打つ前に隙が大きくなってたぜ。あそこでカウンターを合わせなきゃ俺の方が危なかった」

 

 負けを認めた蓮太郎は、延珠と共に打倒夜科アゲハの目標を掲げた。この日の組み手を境に、蓮太郎と延珠はアゲハとの仲を深めていく。

 

――――

 

 アゲハ達が道場で組み手稽古をしていたその頃、桜子は木更と共に勾田大学病院を訪れていた。

 内臓機能の問題から定期的な人工透析を必要とする木更なのだが、この日は稽古を始める前の段階で気分を悪くし、大事を取って透析を受けることにしていた。

 桜子がそれに同伴したのは表だって透析を受けに行くところを見られたくないという木更の気持ちを察したためである。

 

「気分はどう?」

「おかげさまで」

 

 透析を開始してから二時間ばかりが経過し、木更の顔色には生気が戻り始めていた。

 透析中は血液を機械に抜き取られ続けるため青ざめるわけだが、それでも体にたまった毒素の苦しみと比べれば幾分もマシである。

 木更が前回透析を受けてから三日半が経過していたこともあり、週三回合計十二時間を基本とする透析治療のインターバルとしてはだいぶ長い間をおいていた。

 

「さっき病院の看護師さんに聞いたわ。アナタ、透析を受けたがらないそうね」

「貴方には関係が無いことです」

 

 桜子の問いかけに対し、木更は冷たく突き放す。

 

「ゴメンなさい。アナタを見ているとまるで昔の自分を見ているようだったから、ついね」

「昔の?」

「そう、昔の―――」

 

 御節介から口にした桜子がいう昔とはサイレンゲームに参加したての頃である。アゲハが参加する以前、一人でなんでも背負い込んでいた頃を桜子は思い出していた。

 

「透析を受けたくない理由くらい解るわ。里見君たちにその姿を見せたくないんでしょう?」

「どうしてそう思ったのかしら? 私が単に医者嫌いだとか、ズボラだからとかは思わないの?」

「昔の私もそうだったけれど、自分が弱っている姿なんて大事な人には見られたくないからね。だからこそ今日だって、私が無理に連れ出した体裁をとってあげたんだから。

 それにアナタと里見君は幼馴染なんだそうじゃない。昔馴染みの仲なら余計に見られたくないわ」

「参ったわ……さすがは歳の功ね」

 

 桜子に白旗を上げた木更は、狸寝入りの意味も含めてそのまま治療が終わるまで眠りについた。

 それから二時間、透析が終了した木更はジュースで一息ついていた。透析が終了した時刻に照らし合わせるように、稽古を終えたアゲハ達が病院に合流した。

 

「よう、具合はどうだ?」

「大丈夫よ」

 

 アゲハの大雑把な問いかけは、透析治療を受けるほどの重病人として扱っている風ではないため木更には気が楽である。

 

「俺達は夏世の見舞いに行くが、アンタも来るか?」

「遠慮しておく……もう少しここで休ませてもらうわ」

「それじゃあ俺達もむこうに顔を出すから、木更さんはゆっくりしていてくれ」

「私に命令するなんて、里見君も偉くなったじゃない」

「そんなんじゃねーよ。心配しているだけだ」

 

 アゲハに付き添って夏世の見舞いに行く蓮太郎を見送ると、木更は再びベッドに寝そべった。他の患者がいない病室は、付添人がいなくなることで静かになっていた。

 一方で夏世の病室はアゲハ達三人の合流によりにぎやかになる。木更が寝入ったのちに夏世の病室に移っていた桜子も含めて四人の見舞い客が訪れたことで、同室だった伊熊将監がいた頃よりもだいぶにぎやかである。

 五人は一時間ばかりの談笑の後、夏世と別れた。




カガミガミ開始の前に更新したいということで事件前の区切りまでは一気に投下しようとした次第です。まだ最終決戦の運びを考えている最中ですが。
ここからしばらくは神算鬼謀の狙撃兵を原案に展開していく予定ですが、原作より短くなりそうです。


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Call.13「偽典の天使」

 夏世の見舞いの帰り道、アゲハと桜子は蓮太郎の勧めで病院の地下室の前にいた。

 蓮太郎と意気投合したアゲハは互いの目的のために互いの機密情報アクセスキーを共有することを思いついた。そこで蓮太郎は、彼がアクセスキーを預けている室戸菫に一元管理をしてもらう事が最良ではないかと提案したのだ。

 特に菫はその経歴故に知恵者であるため、アゲハが知る知識との組み合わせが政府によって隠された真実に自力でたどり着く糸口になるかもしれないとも、蓮太郎はそろばんをはじいていた。

 

「先生、入るぜ」

 

 ドアをノックした後に開けたその扉の向こうでは、菫が机に伏せ寝していた。よほど眠たいのか、菫は女性としては恥ずべきなのではと思うほどの大いびきを立てていた。

 見かねた蓮太郎は彼女を起こす。

 

「おい! 先生、起きてくれ」

「なんだ……私は今、とても眠たいんだぞ……それとも乱暴する気か? エロ同人みたいに」

「しねえよそんなこと」

 

 寝ぼけ半分だが相手を蓮太郎と認識していた菫は、お得意の逆セクハラ発言を繰り出す。エロ同人みたいに乱暴すると言う古い言い回しにエロ同人とは接点のない延珠は小首を傾げていたが、桜子はそんなことは知る必要がないと延珠の口をつぐむ。

 しばらく一種の漫談のように同様のやり取りを繰り返した後に、菫はようやく目を覚ました。

 

「今日はお客さんもいるようだね。一体何の用だ?」

「先生には俺が民警として知りえた機密情報を管理してもらっているだろう? それをこの二人に対してもやってほしいんだ」

「キミからの情報を管理するのはまだしも、この二人の分まで管理して何の得がある?」

「今はまだ機密情報アクセスキーを持っていないが、この二人は最低でも序列二万代を確約されたプロモーターだ。二人が出世したらそれによって得られた情報も先生に渡すよ。だからその代り、先生もこの二人に力を貸してあげてほしいんだ」

「力ねえ……とりあえず聞いておくが、キミ達の目的は何だ?

 わざわざ私の力を借りるくらいなら、どこぞのイニシエーターをとっかえひっかえして上を目指せばいいじゃないか。

 キミ達が影胤事件で蓮太郎君に勝るとも劣らない大立ち回りをしたって言うのは聞いてはいるが、それなら延珠ちゃん並の相棒を探せば蓮太郎君くらいの序列ならすぐに追い越せるだろうに」

「何もタダでとは言わねえよ。俺達がこれまで見聞きしたサイキッカー絡みの話もいくらか教える。先生はそういうのに興味があるって聞いているぜ」

 

 アゲハの提案に、菫のセンサーが反応する。ちょうど菫がブライス研究録を手に入れたのが一月ほど前であり、未だその熱は冷めていないからだ。

 

「サイキッカーに詳しくて蓮太郎君並に強いとなると……もしかして、キミ達もサイキッカーなのか?」

「機密の共有をしようっていうんだし、隠すつもりはねえぜ。お察しの通り、俺と桜子はサイキッカーだ」

「三大要素だとどれが得意なんだい?」

「俺は一応、バースト」

「私はトランスとライズね」

 

 目の前に生きたサイキッカーがいることに菫のテンションが上がる。これまで起きたとはいえ依然と眠い眼をこするようであった菫の意識は完全に覚醒していた。

 

「いいね……たまには面白い友人を見つけてくるじゃないか蓮太郎君」

「そりゃあどうも」

「それに夜科君はバーストが得意というが……オーソドックスなテレキネシスか?」

「いや……暴王の月(メルゼズ・ドア)だ。知っているか?」

「当然知っているよ、ブライス研究録は暗記して頭に入っているからね。

 かの研究録にて凶悪な能力として掲載され、ブライスが知り合った使い手自身も制御に失敗して自滅したというあの力の事だろう」

「驚いた。本当に物知りなのね」

 

 暴王の月を菫が知っていたことに桜子は驚く。これは口には出していないとはいえアゲハも同様である。

 

「これでも昔は四賢人なんて言われたほどだからね。私は一冊の本を読むように一棟の図書館を読み漁るのだよ」

「四賢人?」

 

 菫の自慢に、馴染みのある蓮太郎も小首を傾げる。菫が天才科学者だということをその身をもって知っている蓮太郎も四賢人については初耳だったからだ。

 

「ついでになるが蓮太郎君にも教えておくか。序列の階梯を駆け上がるうえで気を付けなければならないこと、それと私以外の三人の天才の事を」

「三人の天才?」

「そう……蓮太郎君は知っていることだが、私は日本最高の頭脳の持ち主にして『新人類創造計画』の元最高責任者だ。だがそれは日本以外にアメリカ、オーストラリア、ドイツを含めた四か国にて行われた機械化兵士計画、その日本支部での最高責任者ということに過ぎないんだ」

「なんだよそれ……初耳だぞ?」

 

 菫が切り出した話に、計画の当事者であるがゆえに蓮太郎が一番驚く。

 

「機械化兵士計画は日本の『新人類創造計画』以外にも、オーストラリアの『オベリスク』、アメリカの『NEXT』と三つのラインが存在していたんだ。

 私以外に『オベリスク』最高責任者のアーサー・ザナック教授、『NEXT』最高責任者のエイン・ランド教授、そして機械化兵士計画そのものを統括していたアルブレヒト・グリューネワルト教授の三人が責任者として計画に参加していた。以上我々四人が機械化兵士建造ノウハウを持っているわけだ」

「四人だから……四賢人というわけね」

「そういうことだ、シンプルだろう。

 だが四人の関係は複雑でね、互いに互いの才能に嫉妬したがゆえに協調することは一度もなかったよ。故に、我々四人は自己の研究を隠匿し、個々人が独自の機械化兵士技術を積み上げていったんだ」

「どうしてだ?」

 

 菫の話に疑問を持ち、延珠が質問する。アゲハや蓮太郎も内心では延珠と同じことを思っていた。

 

「よく考えてみたまえ。いままで世界一の天才だと天狗になっていたところで、いきなり自分より上かも知れない才能をもつ人間が三人も現れたんだ。それに他の三人がどうであれ、当時の私自身は恋人に死なれて周りが見えなくなっていた。そのため意固地になっていたんだよ。

 こうしてそれぞれが独自路線を突き進んだわけだが、各プロジェクトは戦後程なくして解散された……この理由くらいは解るだろう?」

「人類が呪われた子供たちの力に気が付いたから……」

「まあ、お察しと言うやつだな。

 莫大な金と時間をかけて機械化兵士をあれこれ開発するよりも、自然発生的にそれに勝るとも劣らない戦闘能力を秘めて生まれてくる呪われた子供たちを鍛えたほうが安上がりというわけだ。各国政府が機械化兵士なんていう金食い虫を切り捨てるのには格好の口実ができてしまったのさ。

 それと同時に民警システムが形成されたことで、あることが起こったわけだ―――」

「生き残った機械化兵士たちが続々と民警になったって訳か。戦うことにしか能がない奴は戦場を求めるというが、民警はそういうやつらにとっての新たな戦場になったってことだな」

「その通りだ、夜科アゲハ。政府は依頼と言う餌で民警システムを管理下に置いているつもりだが、それゆえに機械化兵士のプロモーターは強い駒として願ったり叶ったりと言うわけだ。

 こうして現在序列二桁以上の大半が、機械化兵士と最上級イニシエーターのペアだと言われている。キミ達が序列を上げようと望むなら、嫌でもこの化け物たちを押しの蹴らざるをえないんだよ。

 彼らの能力は我々の想像をはるかに超えた進化をしているかもしれない」

 

 菫の忠告をまとめるのならば、すべての情報が解禁される序列十位以内を目指すのならば、百人強の機械化兵士とその相棒を超えなければならないという意味である。

 多少青ざめた顔をする蓮太郎に、菫は慰めの言葉をかける。

 

「だが、そう卑見するな蓮太郎君。キミは既に、四賢人最高と謳われたグリューネワルト翁の機械化兵士を既に倒している」

「……まさか、蛭子影胤か」

 

 菫の言葉に、蓮太郎はあの仮面の怪人を思い浮かべる。元より蓮太郎は他の機械化兵士など影胤以外に今は知らない。

 

「そう……個人の研究室を持っていなかったグリューネワルト翁は各プロジェクトの一部に間借りする形で研究を行っていたわけだが、蛭子影胤はそのうち『新人類創造計画』セクション16にて施術を受けたわけだ。奴が使っていた斥力フィールドもグリューネワルト翁の発明と言うわけだ」

 

 菫の語る影胤の経歴に、アゲハはある疑問をぶつける。

 

「先生が言いたいことは大体わかったが……知ってたらでいいから教えてほしい。

 蛭子影胤が使っていた斥力フィールドがどんな仕組みのものなのか、アンタは知っているのか?」

「残念ながらそれは私も知らない。四賢人と言われれば実力が拮抗しているように見えるが、実際はそうではないんだ。

 確かに私を含めエインとアーサーの三人の間では実力差は少なかったが、グリューネワルト翁だけは別格だったんだ。私自身、一度グリューネワルト翁の設計図を盗み見たこともあるが、斥力フィールドを含めて一部には理解不能な技術の跡が多々みられたよ。

 だが今になってわかることもある。斥力フィールドもそうだが、彼はPSIを機械的に再現しようとしていたのかもしれないとな」

「そうなのか?」

「彼は私の作ったバラニウム義眼やエインのブレイン・マシーン・インターフェイス技術に関心を寄せていたし、主な発想も機械で武装するというより機械的に能力を付与する方向に研究を行っていたよ。

 当時の私はPSIなんて絵空事だと興味を示さなかったが……今頃になって過去の映像をみて思うよ、PSIと言うものがどれだけ下手な化学的兵器より恐ろしいものであったかを。

 もしかしたらグリューネワルト翁は自らの手でサイキッカーを生み出したかったのかも知れないな」

 

 菫の考察に、アゲハはある組織の事を思い出していた。グリゴリ機関と呼ばれる、かつて文部科学省の管轄下にあった政府直々のサイキッカー研究機関のことを。

 2009年前後に日本を震撼させたW.I.S.E.(ワイズ)……その首領である天戯弥勒と彼の右腕ともいうべき星将たちの約半数を生み出した組織こそ、何を隠そうこのグリゴリである。

 二回にわたって行われた計画はいずれも被験体の脱走とその際の報復行動により頓挫した。以前アゲハは、天戯弥勒を追う過程で放棄されたグリゴリ機関の研究施設に忍び込んだことがあるのだが、その際にあることを感じていた。

 壊すでもなく、治すでもなく。只々現状保存された施設の設備は、いずれ研究を再開したい、PSIの力を管理下に置きたいという野心の塊にアゲハには見えていた。

 一方で菫の言う過去の映像とは、霧崎塔二をはじめとした戦場カメラマンたちが撮影したW.I.S.E.による破壊活動の記録である。その虐殺ともいうべきサイキッカー達が自衛隊を蹂躙する姿は、世界最高峰のサイキッカーが持つ戦闘能力が2009年当時の軍事力から見て凄まじいほどのものであることを語っている。

 2031年現在では上位の民警ペアは世界の軍事バランスを容易に崩すとされているが、二十年も昔にそれを実際に覆す様が如実に映し出されていた。

 

「もう一ついいかしら……アナタは『グリゴリ機関』と言うものに心当たりは?」

「グリゴリ? たしか旧約聖書の一つ、エノク書に書かれた天使のことか。

 済まないが、心当たりはないよ」

「そう……アナタが日本一の頭脳だというのならもしやと思ったけれど……」

「いったいどんな組織なんだい?」

 

 桜子が訊ねた『グリゴリ機関』という言葉に、菫は興味を持つ。このような訊ね方をされたら興味を持つことは自然な流れである。

 

「文部科学省のサイキッカー研究機関よ。人工的なサイキッカーの創造や、素質のある子供に対しての能力覚醒を研究していたわ。私たちが知る限り二回実験が行われたけれど、いずれも被験体の暴走によって計画は頓挫しているわ。

 二度目の失敗の後、機関がどうなったのかは知らないけれど……もしかしたら彼らの生き残りがそのグリューネワルト教授に協力しているかも知れないわね」

「馬鹿な!」

 

 桜子の答えに菫は驚かざるをえない。今では枯れたようなものとはいえ、世界最高の頭脳としてのプライドは当然持ち続けているからだ。

 『新人類創造計画』においては人体実験に近い領域まで手を出した菫であったが、その成果はすべて独学で築いたものである。逆に言うなれば、実験の前段階における資料集めも菫自身が国の力を自身の手足のように借りて行っていた。

 桜子の言うグリゴリ機関の実験が本当ならば、その研究資料は菫がガストレア戦争時に国に請求した『国内外を問わずに行われた人体と科学技術に関する研究資料』から国が意図的に除外していたということになる。これを口外できない秘密ゆえと取るか侮辱と取るかは個人の気質次第であろうが、菫にとっては侮辱以外の何物でもない。

 

「その話し方……やけに計画に詳しいな。もしやキミ達自身がその被験体なのか?」

「いや……そうじゃねえ。俺達はグリゴリの元職員と知り合いだったんだ。グリゴリについては彼から聞いた話だ」

「では……その職員は?」

「死んだよ」

 

 アゲハ、桜子、菫の三人が交す話は飛躍していき、次第に蓮太郎の理解が追い付く領域を超えようとしていた。

 蓮太郎は自分の理解が追い付く範囲での質問をアゲハにぶつける。

 

「じゃあ……アンタ達はそのグリゴリの被験体って奴を知っているのか? もしかしたら有名なプロモーターかもしれないぜ」

 

 蓮太郎の問いかけに、アゲハは数秒考えて答えた。

 

「……天戯弥勒……知っているか?」

「いや? 誰だそれは」

「天戯……まさか、あのワイズの首領か?!」

「その驚き様、先生はよく知っているようね」

「蓮太郎君の世代ならまだしも、私のようにワイズ事件を知っている人間ならいやでも覚えているさ。

 そうか……国が私にグリゴリの事を隠したがるわけだよ。ガストレア戦争さえなければ日本近代史に輝いたであろうあの事件の首謀者を生んだのが国そのものだなんてスキャンダルが過ぎる。

 とりあえず、そのグリゴリについては私の方から国に探りを入れてみるよ。ガストレア戦争からだいぶ経って国も油断している頃だろうからな。もしかしたらグリューネワルト翁の思わぬしっぽが出るかもしれないと思うと、背中がゾクゾクしてくるよ」

 

 こうして菫の生きる目的の一つにグリゴリ機関についての調査が加わることとなった。




菫センセーとアゲハが仲良くなる話
作中の扱い的に大物っぽそうなグリューネワルド教授と小物なエインはイメージしやすいけど影も形もないアーサーはネタにも出来ねえ


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Call.14「民警殺しの黒色大剣」

『―――と言うわけだ。今度の三人目を首尾よく仕留められれば晴れてキミの性能試験は合格とさせてもらおう。そうなれば子供たちと同様に今後は報酬の高い仕事もキミに回してもよいぞ』

 

 顔を隠すような頭巾をかぶった男はスマートフォンを操作して電話を切る。

 電話の相手は高飛車な態度を取っていたが、今の彼にとっては逆らうことが出来ない間柄にあった。彼も元来は自己中心的な性分ではあるが、大病を患い治療を受けた間柄故に逆らうのは分が悪いからだ。

 

「顔見知りとはいえ前々から気に食わない野郎だから、前の二人よか気が楽だな」

 

 頭巾の男は独り言をつぶやきつつ駅へと向かっていった。

 

――――

 

 外周区、第十六号モノリス周囲に一匹のガストレアが現れた。

 モグラの因子を持つそれは、偶然にも地下をとおって東京エリアへの侵入に成功していた。外周区に駐屯する自衛隊への物資輸送に関わっていたプロモーターの朝河は偶然それに遭遇しそれを撃退した。

 

「モグラをうまい具合に叩けてラッキーだったな」

「そうですね、朝河さん」

 

 付き従う少女は当然イニシエーターであり、名をマナと言った。

 二人とも火器と刀剣を分け隔てなく、そつなく扱うことができるバランス型のコンビである。先の影胤掃討作戦ではお呼びがかからなかったとはいえIP序列では千二百二十一位とあの伊熊将監を上回っていた。

 朝河自身、将監とは顔見知りではあったのだが、お互いにあまりそりはあわない。そのため将監が失踪したことも一応は話に聞いていたが、三日で忘れていた。

 

「さて、そろそろ戻ろうか? マナ」

「……待てよ……」

 

 ガストレアを倒した朝河は、死骸の一部を検体調査に回すためのケースに入れてその場を立ち去ろうとしていた。だがそんな彼を、怪しい頭巾の男が呼び止める。

 

「お前は……誰だ?」

「こんな恰好じゃ解らないのも無理はないか……ええ?! 序列千二百位の朝河さんよお。

 アンタには特に恨みはないが、俺様のリハビリに付き合ってはくれないか?」

 

 リハビリと言い放つ頭巾の男の体をよく見れば、その左腕はバラニウム製と思われる漆黒の義肢が取り付けられていた。朝河はその義手の性能を試したいという意味で頭巾の男は言っているのかと感じていた。朝河とて、いきなり戦いを挑むような不審者の相手などする気は毛頭ない。

 

「いやだね。俺達はこれから帰るところだ。どうしてもと言うのなら、帰ってから模擬戦に付き合うくらいは考えるが」

「模擬戦だあ? 戦いを挑まれてそんなことをいう軟弱者とは思わなかったぜ」

 

 そういうと、頭巾の男は背負っていたバスタードソードを鞘から抜いた。その剣は柄から刀身まで全てバラニウムブラックであり、特徴的な鍔の突起がある。三ヶ島ロイヤルガーターが民警向けに一般販売しているモデルではあるのだが、朝河が知る限りその剣を使う男は一人しかいない。

 

「その剣は……お前……!!」

「お! やっと思い出したか」

「喧嘩っ早いお前でも一線は超えなかった。そのお前がこうして剣を抜いたってことは……まさか、本気なのか?」

「トーゼン! 本気でアンタを殺すつもりだぜ。こっちにもいろいろ事情はあるし、ついでに前々からアンタはいけ好かなかったんだ。丸腰の腑抜けを切っても何にもなりゃあしねえから、早く武器を持ちな」

 

 頭巾の男が放つ殺気を前に朝河もその手に汗を握る。朝河はマナと目配せをした後、両手で小太刀を構える。

 

「俺も本気で行かせてもらう。命を奪うことになっても恨むなよ」

「それはこっちのセリフだぜ。さあ、来いよ」

 

 頭巾の男は右手で手招きをする。朝河を誘っていることは明らかである。朝河は無言のまま頭巾の男に切りかかる。

 

「おせえ!」

 

 頭巾の男には朝河の行動はスローモーションのように見えていた。小型のガストレアなら一撃で切る伏せる朝河自慢の袈裟切りも、頭巾の男には子供の攻撃にしか感じられない。

 頭巾の男は斬撃の軌道にバラニウム製の左腕を置き、攻撃を軽々弾く。

 

「昔はもっと早く感じたんだけどなあ。この左眼はすごくよく見えるぜ」

「その眼……」

 

 切り結んだ朝河は、頭巾の男の言葉に反応して不意に見た彼の瞳に驚く。瞳には幾何学的な文様が浮かんでいたからだ。頭巾の男がつけている義眼は里見蓮太郎が付けている二十一式バラニウム義眼の模造品であり、本物同様に行動予測と思考速度の高速化を行う機能が実装されている。

 銃口の向きと引き金を引く筋肉の動きから弾道を予測することが可能な二十一式バラニウム義眼と同じ能力を持つ以上、袈裟切りの軌道を読むことなど朝飯前なのだ。

 

「じゃあ次は、俺からいくぜ」

 

 頭巾の男はバスタードソードを左腕一本で持ち、水平に振るう。ビュンという風切り音を立てる斬撃は寸前で身を引いた朝河の衣服にかすり、横一文字を刻む。

 距離を開けると、朝河はすかかず右腕で拳銃を抜き引き金を弾いた。だが、胸元を狙ったその二発を頭巾の男は剣を盾にして躱す。

 

「やっぱりだ。遅すぎて欠伸が出るぜ」

 

 義眼の持つ支援能力は朝河の動きを完全に見切っていた。拳銃を構えた時点で発射のタイミングからブレまで予測済なのだ。それに合わせて行動するだけで、頭巾の男が攻撃を受けることなどない。

 だが、朝河には相棒がいた。マナは吊り下げたアサルトライフルを頭巾の男に向けて、フルオート射撃を敢行したのだ。轟音と共に頭巾の男は鉛のシャワーを受ける。

 

「でかした、マナ」

「いつもの事です」

 

 朝河とマナが二人で取り決めていた鉄則の一つに、『敵に対して躊躇はしない、チャンスがあればいつでも引き金を引け』という取り決めがあった。この時点ですでに、頭巾の男は二人にとってまごうことなく敵である。

 アイコンタクトだけでの予告なしの奇襲は頭巾の男に通用したのだ。だが、頭巾の男はそれでも倒れなかった。

 

「すげえ痛いが、残念だったな。俺の体は金属繊維のコルセットで巻かれていてな、それくらいの銃弾じゃあ致命傷にはならないぜ」

 

 頭巾の男に与えた銃弾は、本来なら防弾着程度で無効化できるものではない。それが通用しないのだから、二人からすればステージⅢガストレアと同等以上の存在と言わざる他は無かった。

 

「そんなバカな……まさかお前、幽霊か?」

「残念だったな、俺はこの通り生きているぜ!」

 

 頭巾の男はそういうと、朝河の右肩に剣の切っ先を突き立てる。朝河はその痛みによって、目の前の相手がこの世の存在と認めざるをえなくなる。

 この時点で、朝河は頭巾の男に飲まれていた。気迫で完敗した以上、彼に勝ち目などまるでない。一方で朝河とは対照的に、頭巾の男は興ざめしていた。かつては目の上のたんこぶだった相手をいとも簡単に圧倒していたからだ。

 

「俺にビビってイモを引いた以上、アンタはもうリハビリ相手にもなりゃあしねえ。解ったらさっさと死んでくれ」

 

 戦意を失った朝河の首を、頭巾の男は一太刀で切り落とした。頭を失った首が血を噴水のように吹きあげ、その血がマナの顔にかかる。

 その光景はマナの恐怖心を煽り発狂させる。上位序列者として安定した仕事ぶりをしていた二人の時間が、ガストレアではなく人間によって壊されたのだ。元より覚悟していたガストレア相手に殺されるのとは違い、不意打ちに近いため精神的なダメージは大きい。

 

「喚いているところで悪いが、続きは死んでからにしてくれ」

 

 瞳に涙を貯め嘆き悲しむマナを、頭巾の男は無慈悲に切り裂いた。

 

――――

 

 最近の日課であるトレーニングの待ち合わせで天童民間警備会社を訪れていたアゲハは、新聞の二面を飾る民警殺しの被害にあった男の記事を眺めていた。曰く、プロモーター朝河辰彦とイニシエーター竜ヶ崎マナが外周区にて無残にも殺されていたという記事である。

 

「まったく、最近は物騒だな」

「また民警殺しですか」

 

 木更は相槌をいれつつ、アゲハに紅茶をふるまう。

 

「これで被害者は三組目だってな。全員が序列千五百番以内のいわゆる上位序列者だってのに……おまけに今回はイニシエーターも一緒だぜ?」

 

 これまで民警殺しが牙をむいた相手はすべてプロモーターであったのだが、三件目の今回はイニシエーターも被害にあっていた。これまでの事件は街中の人目が付かない場所で争っていたのだが、三件目は外周区と場所も違う。

 

「死体が見つかったのが外周区だって話だし、今までイニシエーターが被害にあわなかったのは偶々その場にいなかったからなのかも知れないぜ」

「つまり、犯人は民警ペアを相手に単独で撃破するほどの猛者であると?」

「単独犯かもわからない以上、断言なんてできねえけれど……そういう可能性もあるって話だ」

 

 死人が出たニュースではあるが、二人とも口では物騒といいつつも対岸の火事を眺めるつもりで語っていた。後に件の民警殺しと対面することになるなどつゆ知らずに。

 

 アゲハは新聞に目を通し終え、手持無沙汰にしていた。暇つぶしに四コマ漫画や連載小説を読み返していると、学校の授業が終わった蓮太郎が延珠と共に現れた。

 

「夜科さん、もう来ていたのか」

「桜子が菫先生と一緒で手持無沙汰だったからな」

 

 この日、桜子は菫と一緒に調べものの最中であり別行動中だった。普段通り二人一緒ならなにかしらの仕事があったのだが、一人になってしまうとどうしても手が空いてしまう。

 

「蓮太郎も来たことだし、道場に行くか」

「その前に、里見君に話があるの。夜科さんは外してもらってもいいかしら?」

「?」

 

 アゲハは木更の言うように席を外した。これからする話が何であるかはわからないが、プライベートにかかわる話であろうという気遣いである。

 

「里見君……明日からしばらく学校を休んでもらうわ。大きな仕事が入ったの」

「仕事? だったらなんで夜科さんを……」

「いくら親しい相手とはいえ、軽々と口外は出来ないわ。なにせ依頼人が依頼人だけに」

「誰だ?」

「聖天子様よ。依頼そのものは口外しても大丈夫でしょうけれど……」

「壁に耳あり障子に目ありってことか……わかった、細かいスケジュールは夜科さんたちがいないところで打ち合わせしよう。

 とりあえず今日はトレーニングが終わってから」

「よろしい。あと今日の打ち合わせは里見君の家でやるから、晩御飯の準備もお願いね」

 

 木更は貴重な千円札を蓮太郎に手渡す。これで夕飯の買い物をしろと言う意図なのは明白ではあるのだが、三人前のオカズをそろえるのには少々心許ない。それでもスッカラカンでいつもの如くもやし生活をするのと比べれば随分とマシである。

 木更の渡した食費千円は蓮太郎の料理好きとしてのやる気スイッチをつける。

 

「待たせたな。今日は特売に行かなきゃいけないから、はやく始めようぜ」

「今日は気合が入っているな。何かいいことがあったのか?」

「今晩は久しぶりのお肉なのだ」

「そりゃあご機嫌なこって」

 

 こうしてアゲハ、蓮太郎、延珠の三人はトレーニングのために道場に脚を運んだ。夕飯の肉に軽い脳内麻薬を絞り出す蓮太郎と延珠、そしてこの時代への慣れで緊張感が薄れはじめていたアゲハ。

 三人はのどかな日常の影に忍び寄る魔の手に気が付いていなかった。




朝河とマナは展開に合わせたオリゲストキャラで名前は当然チームミラクルドラゴンから
次回も同様に展開の都合でオリのゲストキャラが出る予定です


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Call.15「盗掘騒ぎ」

 筑波山朝日峠、かつて近隣の走り屋たちにメッカとして崇められた峠道である。

 だが2031年現在ではろくに舗装もされていない古びたアスファルトが広がりその面影はない。

 それでもここは未だにメッカと呼ばれていた。

 

「今週の筑波のあがりはどうだ?」

 

 あがりとはバラニウム鉱石の採掘量のことである。筑波山には国や大手企業が管理する採掘場は存在しないものの、やくざ者たちがその代わりに採掘を仕切っているのだ。

 名目上は盗掘場ではあるのだが、TX線路を改造した輸送経路が完備され縄張り同士での統率も取れており、半公認の採掘場となっていた。

 光風会も当然採掘の縄張りを持っており、本来ならば金貸しの身分に『堕ちた』立場である阿部翔貴は組の勘定役の一人として筑波採掘場の管理も任されていた。

 そんな筑波の採掘場にてここ三週間あまり、不可解な事件が起きていた。

 

「ダメです。今週もやられました」

「警戒は怠っていねえだろうな?」

「それはもう。ですが、今回は護衛の兵隊までも―――」

「何人やられた? 正直に言え」

「作業員が三人に兵隊が三人、合わせて六人です。全員に司馬の対ガストレア用アサルトライフルを持たせておいたのですが、歯が立たなかったようです」

「長物を持ちが三人もいてこの体たらくか。これは恥だのメンツだのといってられねえな」

 

 阿部は金庫にしまった電話帳を取り出し、それに記載された他の組に電話をかけた。

 

――――

 

 アゲハと桜子はいつものようにハッピービルディングの階段を昇る。

 だがこの日は天童民間警備会社ではなく、その上にある光風ファイナンスに用事があった。

 

「お久しぶりですね。お待ちしておりやしたよ」

 

 中に入った二人を阿部が出迎えた。

 この日、アゲハと桜子は木更の仲介の元、光風ファイナンスからの依頼を受けていた。詳しい内容については聞いてはいないが、鉱山での仕事と言う事だけは伝え聞いていた。

 

「それで、早速なんだけれど……」

「単刀直入にお願いしやす、犯人を捕まえてください」

 

 差し出された茶を一口啜り、本題に入ろうとした桜子に阿部は頭を下げた。

 以前のような気取った態度をイメージしていた二人はあっけにとられる。

 

「急に頭を下げて、いったい何を頼みたいんだよ。それに犯人って……」

「それはですね―――」

 

 阿部はこれまでの経緯を二人に説明する。

 曰く、作業員の他殺と思われる変死が目立っており、それが光風会の縄張りだけではなくその他の作業場でも起きているということである。

 阿部が調べた限りでは、直近三週間で襲撃回数は各組の作業場を合わせて十回に及んでいた。

 そのすべて事件において、被害者の遺体はまるで傷跡を隠蔽するためにも思える火傷の跡がつけられているという共通点であった。

 

「このままでは筑波の採掘場は全滅しやす」

「わかった、そんな殺人鬼は放っておけねえぜ」

 

 阿部の話を聞いたアゲハはトラブルバスターとしてのやる気に火をつけた。ちょうど蓮太郎たちとの訓練も蓮太郎側の仕事の都合で中断しており、アゲハも暇を持て余していたからだ。

 アゲハと桜子は荷物を整えると、早速筑波山に向かった。

 外周区から改造TXに乗ること四十五分、古びた筑波ロープウェイの残骸が立つ朝日峠採掘場に到着した。

 

「まずは犯人を捜さねえとな」

「阿部さんの話では、犯人は一度襲った作業場は連続では襲わないそうね」

「どれくらい持ち逃げするかは知らねえが、人を殺してまでもっていくなんて……」

「お金に目がくらんでの犯行なら、それも仕方がないわ。密輸して高値で売ればキロ十万円は固いみたいだし」

「一回で百キロ持ち逃げされたとして、それが十回だから……げげ、被害額が一億円を超えてやがる」

「敵が十人いたとしても一人頭で一回百万円。割を考えれば不思議じゃないわね」

 

 トラブル一件一万円で通していた高校時代のアゲハに換算すれば一万回の依頼料に相当する金額がかすめ取られていたことにアゲハは驚く。

 

「これまでの傾向から考えると、この作業場が襲われる可能性が高いみたいね」

 

 光風会が持つ作業場は大きく分けると三区画に分かれているのだが、そのうちの一つはまだ襲われていなかった。二人はその場所で作業員のフリをすることで襲撃者を待ち構えることとした。

 阿部に借りた削岩機を使っての採掘作業は振動による疲労もあり重労働である。当然のようにアゲハは桜子の体を気遣う。

 

「桜子、辛かったら掘っているフリで構わねえぜ?」

「何言っているのよ。ここで掘った分は依頼料に上乗せして換金してもらうんだから」

「それは男の仕事だぜ」

 

 桜子につらいガテン仕事はやらせまいとアゲハは張り切り、午前中の作業だけで鉱石六十キロ分を掘り起こしていた。通常の倍以上のペースに付き添いとして来ていた阿部も内心で驚いていた。

 そして時刻は午後三時を回り、採掘量が百十キロに届こうかという頃合いになると、遠方から照らされる光の筋がアゲハを襲った。

 

「なんだ?」

 

 アゲハは穴倉の中に迸る光と空気中の埃が焼け焦げる匂いを嗅ぎ、その方向に顔を向ける。するとその方向から、アゲハを狙うように一直線に光線が迸っていた。

 

「あぶねえ!」

 

 アゲハは咄嗟にその光を躱す。事前に気が付かなけばそのまま攻撃をうけていたかもしれない状況にアゲハは冷や汗をかく。

 

「誰だ? 出て来やがれ」

 

 アゲハは怒鳴る。この手のお決まりとして『叫んでも敵は雲隠れという状況』をアゲハは予想していたのではあるが、自信の現れなのであろうか敵は返事を消した。

 

「よく避けたね。俺の名はカンダル・アレクサンドロス、そのバラニウムを俺にくれないか?」

「嫌だと言ったら」

「キサマを殺して頂いていく!」

 

 カンダルは好戦的な性格のようで、まずは桜子に襲い掛かる。

 駆け寄っての単純な右ストレートではあるが、先ほどの攻撃のタネが解らない以上は危険だと考えた桜子は後ろに飛び退いて避ける。

 そのままダッシュの勢いのまま、今度はアゲハに駆け寄り右手で殴りつける。桜子と違いアゲハは鈍い拳打と侮ってガードをするが、それはカンダルの思うつぼであった。

 

「焼き付け!」

「ぐ!」

 

 アゲハの左腕を焼き鏝に押し付けられたような痛みが襲いとっさに拳を振り払う。燃えるような高熱を帯びたカンダルの右腕は焼き鏝と同じになっていたからだ。

 

「ジ、エンド!」

 

 カンダルはアゲハが怯んだすきを見逃さず、今度は左の掌をアゲハの腹めがけて突き出す。手袋に覆われた白い左手がアゲハを突き上げようとした寸前、『バシュン!』という独特の音が鳴り響いた。

 

「ぐあああ!」

 

 採掘場にアゲハが悶える声が響く。

 カンダルは掌底に見せかけて、その両腕に隠されたあるものを発射した。

 そのあるものこそが熱線レーザー砲という、バラニウムとルビーの触媒で電熱を増幅し、光線として照射する武器である。それは機械化兵士計画において『雑魚散し』と揶揄されたいわゆる一種のビームであった。

 ステージⅡ以下のガストレアの殲滅には効果的ではあるが、ステージⅢ以上を相手にするには力不足と言われた武器である。それでも逆にいうならば、人間や呪われた子供たちに対して振るうのであれば充分な殺傷能力を持っていた。

 そのビームがアゲハを襲ったのだ。

 

「なかなか喧嘩自慢のようだったが、俺のビームには流石に勝てるわけないぜ」

 

 カンダルは念のためにもう一発のビームを放つべく左手を突き出す。

 

「うらあ!」

 

 だがアゲハは息を吹き返し、咆哮と共に渾身の右ストレートを顔面にぶち当てた。ビームが命中したアゲハではあったが死んでなどはいなかったのだ。

 戦闘態勢に入っていたアゲハのライズはカンダルのビームにも耐えうるほどになっていた。流石に二発三発と受けるのは不味いとはいえ、一発だけなら火傷で済むほどにアゲハの体は強靭になっていた。

 アゲハの鉄拳はカンダルを五メートルほど突き飛ばす

 

「大事な一張羅をボロボロにしやがって。それに人をそんなふうに殺そうとできるアンタは危険だ、大人しくお縄につけ!」

「嫌だね、この死にぞこない」

 

 カンダルは両手のビームをグミ撃ちよろしく連射する。あと一、二発直撃すれば倒せるはずだという予想の上での攻撃である。確かにそれは間違いではないが、タネが開かされてしまった以上それは難しい相談であった。

 アゲハは閉鎖空間を利用して天上高く飛び上がり、そのまま天井を蹴ってカンダルの後ろに回り込んだ。ビームの乱射に気を取られるカンダルはそれに気づきもしない。

 

「まずはその腕をぶっ壊す!」

 

 アゲハは暴王の月円盤形態を成型し、カンダルの右肩に振り落す。暴王はまるで鋭利な丸鋸のようにカンダルの右腕を肩口から切り落とした。

 

「あーう!」

 

 カンダルは痛みによって後ろに回られたことを認識したが時すでに遅し。

 

「こっちもよ」

 

 アゲハに気を取られて周囲の状況を忘れていたカンダルは桜子への警戒が薄れていた。すきを突いた桜子はグミ撃ちの弾幕を掻い潜って接近し、その左腕を切り落とした。

 

「あうち! あーうち!」

「アウチアウチと……テメー、アメリカ人か? 目的は密輸か?」

「とりあえず……」

 

 桜子はカンダルが妙な真似をしないようにとWMJを仕掛ける。表層意識を読み取った桜子は背筋を凍らせる。

 

「危なかった……コイツ、自爆するところだったわ」

「自爆?」

「コイツは腹の中にあるビームの増幅装置を暴走させることで爆発を起こせるようね」

 

 アゲハとて自爆に巻き込まれていたらドルキの爆塵者(イクスプロジア)が直撃した時のように無事では済まなかったであろう。この場にヴァンやイアンのような最上級のキュア使いがいない以上、とりかえしのつかないほどの重傷を負うところだったという事実にアゲハはどっと疲れが表情に出る。

 

「尋問は後にして、今の所はトランスで自我を奪って簀巻きにしておきましょう」

 

 採掘場内の連続殺人事件の容疑者、カンダルはこうして捕獲された。

 ヤクザの縄張りで起きた事件と言うこともあり、この事件は被害者の存在も含めて公表されることは無かった。




密輸バラニウムの末端価格や日間採掘量については当然想像なのであしからず
両腕がビーム兵器マンについては狂言回しとして次回もちょっとだけ出番があります
とりあえずはここまでで区切って再開後は護衛任務について動いていく予定です

補足
ビーム撃つマンの本名は「アレクセイ・カンダル・アレクサンドロス」で
能力的にはマイナーなモチーフがあるキャラですが気が付く人はいるのだろうか


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Call.16「聖天子狙撃事件」

 夕方の戦いから時間が経った午後九時。東京に戻ったアゲハと桜子は阿部が見守る中、早速カンダルへの尋問を開始した。

 尋問といっても桜子がトランスを用いて相手の脳内を蹂躙するという至ってシンプルかつ一方的なものではあるのだが、二人は殺人鬼に情けをかけるような甘い人間ではない。

 

「何かわかったか?」

「とりあえず、コイツの素性から。名前はアレクセイ・カンダル・アレクサンドロス、アメリカ人。NEXTの改造人間で両腕のビーム砲はそこで取り付けられたもののようね」

「それじゃあコイツは蛭子影胤の同類って訳か」

「コイツの頭の中にはランドって男の事ばかりで埋め尽くされていて、ゲイと勘違いするほどだわ。おそらく作業員を殺してバラニウムを集めていたのもお金の為と言うよりランドの為と言った方が正しいわ」

「ランドって菫センセーが言っていた、あのランド教授か? 事情は知らないがそこまで妄信するなんて怖いぜ」

 

 菫が欲しがりそうな情報を求め、さらに意識の奥に精神ダイブを実行した桜子はカンダルが秘密にしていたある計画の記憶を見つけた。

 

「なにこれ……聖天子を暗殺?」

 

 それはエイン・ランドがとある組織を経由して請け負った依頼であった。

 エインを崇拝するが故に、カンダルは自分が泥棒紛いの仕事をしている影で、華々しい仕事をする後輩達を疎ましく思っていた。

 聖天子の暗殺計画もカンダルからすれば華々しい大きな仕事の一つである。

 

「暗殺だって?」

 

 アゲハがそれを聞いて驚くのも無理はない。民警仲間の蓮太郎が今まさに聖天子の護衛代行の任を受けているからだ。守秘義務があるため正確な行動スケジュールこそ聞いていないが、今まさに聖天子は蓮太郎の護衛の下に外出中である。賊が聖天子を狙うには格好の条件が整っていることに気が付かない二人ではない。

 

「とりあえず連絡してみましょう」

 

 桜子の提案でアゲハは蓮太郎の携帯電話をコールする。通話中のためつながらなかったのだが、五分ほど待つと蓮太郎から折り返しの電話がかかる。

 

『もしもし、夜科さんか? 今は立て込んでいるから、手短にお願いできるか?』

「無事か? オマエ……いや、聖天子に危険が迫っているぞ」

『無事じゃないから立て込んでいると言ったんだ。今まさにその聖天子が狙われたんだ』

「今どこにいる? すぐに向かう」

『その必要はないぜ。とりあえず今日の所は引いたみたいだからな。

 だが……もしかして夜科さんは何か知っているのか?』

「それは後で話す。今夜時間が取れるか?」

『今夜はたぶん無理だ。明日の朝にしよう』

「リョーカイだ」

 

 アゲハからの電話を受けていたその頃、蓮太郎はまさしく襲撃を受けた直後だった。

 遠方からの狙撃により破壊された装甲車は見る影もない姿に変わり燃え盛る。

 弾丸が飛来した方向には狙撃ポイントにうってつけな高層ビルが建っていたのだがその距離は一キロほどと離れていた。聖天子めがけて打ち込まれた弾丸は合計三発、ともに防御手段を取らねば直撃は免れない程に正確に打ち込まれていた。

 護衛官に連れられて狙撃されたショックから青ざめる聖天子とは対照的に、その驚異的ともいえる狙撃を行った敵の技量に蓮太郎は青ざめていた。

 

 翌朝、情報を整理する意味も兼ねて一同は菫の研究室に集まった。集まったのはアゲハ、桜子、蓮太郎の三人で延珠は木更と共に事務所で待機していた。

 蓮太郎は朝から機嫌を損ねていた。昨夜の襲撃の後、狙撃事件と言う現実を認められない護衛官たちの責任転嫁を受けて害した気分を引きずっていたからだ。

 無力無能な烏合の衆でありながら責任逃れだけは達者なのだから、蓮太郎が閉口するのも無理はない。特に保脇という護衛官は蓮太郎を嫌っているようで人当りが厳しく、拳銃を突き付けられたほどであり思い出すだけで腹が立つほどであった。

 

「―――どうやら、私が宮仕えを嫌う理由が少しわかったようだね?」

 

 そんな機嫌の悪さが蓮太郎の顔に出ており、それを察した菫はフォローを入れる。菫の悪態に蓮太郎は機嫌の悪さが表に出ていることに気が付き頭をボリボリとかく。

 第三者であるはずのアゲハに苛立ちをぶつけては世話がないと、蓮太郎は気を落ち着かせアゲハに問う。

 

「それで……夜科さんは何処で聖天子が狙われていることを知ったんだ?」

「俺達の受けた依頼で捕まえた鉱山襲撃の犯人から桜子が吐かせた情報だ。下手人の名はアレクセイ・カンダル・アレクサンドロス、元NEXTの機械化兵士だ」

 

 『NEXT』の名を聞いた蓮太郎の表情に緊張が走る。相手の素性や実力を知らぬまでも、同じ機械化兵士であるならば意識せざるを得ないからだ。

 

「どんな奴かまでは解らねえが、聖天子狙撃の犯人もNEXTなのは間違いはねえ。カンダルの頭の中にある情報の通りならな」

「ランドが元締めになってNEXTの連中が組織立って活動しているとなると、これは厄介なことになるぞ。狙撃犯だけでなく他にも仲間がいる可能性は充分にある」

 

 菫はランドが次の手段として『NEXT』の兵士を多数導入した物量戦の可能性を危惧した。たとえ『NEXT』の一人一人が蓮太郎より弱かろうとも、蓮太郎一人で相手に出来る人数には限りがあるからだ。

 菫は延珠を頭数に入れるとしても三人以上なら危険だと考えていたが、桜子は横から口を出す。

 

「それは心配なさそうだわ。カンダルから引き出した記憶ではランドは既に出国済みで、東京に残っているNEXTはあと二人のようだから」

「二人? それだけか、顔や名前はわかるのか?」

「狙撃に特化した子供と使い捨ての新顔と言うことはわかったけれど、それ以上の事は……」

「アイツの性格なら前者はぐうの音も出ない程に格上だから記憶から意図的に消していて、後者は本当によく憶えていないというところか」

 

 菫はカンダルとは面識があり、彼の性格を予想して推理する。カンダルは元々ランドの教え子に当たる人物であり、ガストレア戦争中にランドを庇って腕を失うほどの大怪我を負ったことで『NEXT』に志願した経歴をもっている。

 機械化兵士計画全体の中でも初期の段階で作られたモデルということや元が研究者畑の人間と言うことから四賢人の間でも顔を知られた存在なのだ。

 桜子の情報から残る相手は二人と聞いた蓮太郎は次の手を考える。

 

「とりあえず、俺は狙撃犯の足取りを追わせてもらう。幸いこっちには敵が使ってきた銃弾があるからな。これをウチの生徒会長に頼んで解析と追跡調査を行ってもらうことにする」

「生徒会長? 学校のか?」

 

 事情を知らないアゲハが驚くのも無理はないが、蓮太郎は説明も兼ねて話を続ける。

 

「司馬重工の社長令嬢で、俺と延珠のスポンサーでもあるぜ。二人もあってみるか?」

「いや、それはまた今度にするぜ。俺達はもう一人の新顔の方を追うぜ」

「わかった」

 

 互いの情報交換が終わると、蓮太郎は電話の着信を受けたのちそそくさとその場を後にした。蓮太郎が立ち去ったのを確認したところで桜子は次の話を菫に切り出す。

 

「ここからは私たちだけの話と行きましょうか―――

 さっきも話したNEXTの新顔が狙っている標的についてよ」

「わざわざ蓮太郎をハブるってことは、アイツには聞かれたらマズいのか?」

「トーゼン」

 

 桜子は一台のスマートフォンをポケットから取り出す。そしてメールソフト起動し、添付された画像を二人に見せた。

 

「これは……まさか蓮太郎君がランドに狙われるとはね」

 

 画像は蓮太郎の顔写真だった。添付されたメールの文章は英語であり桜子も文章のニュアンスからどうやら画像の相手を襲う算段について連絡する内容と判断するにとどまっていたのだが、菫は楽々と翻訳して読み上げる。

 

「なになに―――

 『コピーキャット』の次の標的は画像の男だ。勝てば私のアレンジを加えたコピーが、あの変態が作ったオリジナルを凌駕したことの証明になる。いままでの序列千番クラスとはわけが違う、念のためお前はサポートに回れ。いいか、『コピーキャット』が敗れた場合はお前が始末をつけろ。何が何でも仕留めろ、勝つのは私だ。

 ―――『コピーキャット』だと、笑わせてくれる」

「どういう意味なんだ?」

「直訳すると『模倣犯』だ。つまりアイツは文字通り蓮太郎君の模倣品を用意したという事だろう」

「模倣……彼の義眼や義手のコピーを装着しているってことかしら?」

「恐らくな。だがいかに同じ装備をそろえたところで蓮太郎君は彼一人だ。しょせんは不完全なコピーに過ぎないよ」

 

 菫は蓮太郎を自身の最高傑作だと自負しているが、それは単に彼に取り付けられた義眼義肢の性能を過信しての話ではない。里見蓮太郎と言う一個人のポテンシャルを加味した上で彼に太鼓判を押しているのだ。

 たとえ同じ装備を移植された人間がいるにしても、元となる個人のポテンシャルで蓮太郎が敗北する可能性はさほど高くはないだろうと菫はタカをくくっている。それこそ蓮太郎の兄弟子達のような達人を改造するか、『呪われた子供たち』を素体として外道の術を施しでもしない限り。

 

「とにかく俺達は蓮太郎を尾行して、あわよくば『コピーキャット』を捕まえることにしよう。ただでさえアイツは聖天子の護衛で頭がいっぱいだ、いまこのタイミングで襲われると危険だぜ」

「そうね―――」

 

 桜子はアゲハの言葉にうなずき、菫の顔を見て問う。

 

「先生も協力してくれるわよね?」

「それはまあ、断る理由はないよ。何より蓮太郎君にもしもの事があったら私が悲しい」

「善は急げ、早速俺は蓮太郎をつけるぜ」

 

 アゲハは蓮太郎を追って部屋の外に出る。

 筑波採掘場の強盗騒ぎに始まる『NEXT』との戦いの幕は次のステージに移行する。




聖天子狙撃事件について動き出す話
とりあえず今週は今回と次回までを一区切りに投下します
カンダルは狂言回しというよりイベントフラグとか道具って感じの方が正しいですかね?


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Call.17「木更襲撃」

 蓮太郎は生徒会長である司馬未織との待ち合わせの為に、休日の学校へと向かっていた。木更たっての要望から木更も合流していたのだが、仲が悪い相手と対峙するとはいえ完全武装をするその出で立ちに蓮太郎は身じろぎしていた。

 それは、敵をあぶりだすために二人を尾行するアゲハと桜子も同様だった。

 

「うへえ、天童社長のあの格好……サイレンゲームに参加していた頃の桜子より凄いんじゃないか?」

「刀にショットガンと拳銃……当時の私じゃ銃器なんて手に入らなかったとはいえ確かに凄い装備ねアレ」

 

 さすがに通学路にてその格好なのだから人目を引くのも仕方がないのだが、木更本人はまるで気に留める様子はない。

 アゲハ達は蓮太郎と木更が学校の敷地に入ったことを確認すると、学校の裏手に回り塀の内側に忍び込む。そして人目を盗んで屋上まで壁伝いにかけ上ると一息をつく。

 

「ここまでくれば流石に大丈夫かしらね」

「今日は授業もねえだろうしな」

 

 この日は土曜日と言うこともあり学校内の人影は少ない。心配があるとすれば部活動で登校している生徒が屋上にあがってくることくらいであろうか。だがそれから二時間ばかりが経過するも誰も屋上に来ることは無く、そんな心配も取りこし苦労に終わる。

 

「ふあ~―――

 おっと! どうやら話は終わったようだぜ」

「そのようね、尾行を再開しましょうか」

 

 二人は蓮太郎に気が付かれないように注意を払いつつ彼の尾行を再開した。学校を出て、路地の角で木更と別れたところでアゲハは不審な男に気が付く。

 

「桜子……」

 

 アゲハの呟きに桜子も反応し、すぐさまにテレパス用の有線トランスを行う。

 たとえ相手がサイキッカーであろうとも直接心を覗かない限り傍受は困難なこのトランス技術は街中での秘密話にも最適なのだ。

 

『気が付いているか? 後ろに殺気がビンビンな奴がいるぜ』

『トーゼン、あんな禁人種(タブー)みたいな雰囲気なんて街中ではとても目立つもの』

 

 二人は立ち止った女性とその様子を気にかける恋人のていでさりげなく殺気の放つ方向を確認する。するとそこには全身を覆うマントに顔を隠すスカーフのような布を纏った奇抜なファッションが歩いていた。

 体格から推測するとおそらく男であろうが、異様すぎるその様相から街を行く人々は意図的に認識しないように顔を反らしており、その男の周囲だけがぽっかりと開いていた。

 

『方向も一緒だしとりあえずアイツをつけてみよう。たとえNEXTとは別だとしても何か事件を起こすつもりなのはまるわかりだぜ』

 

 まるで暴力が服を重ね着しているかのような殺気の男はその後も蓮太郎の後ろをついて歩き続ける。蓮太郎も男に気が付いているのか、周囲を気に掛けるような行動が目立ち始める。

 おそらく蓮太郎なりのトラップなのであろうか、蓮太郎はあえて人気が少ない路地裏に足を運んだ。ここでなら戦いを挑まれても周囲に被害は出ないという事だろう。

 人気がなくなったところで男が動く。

 

「チッ!」

 

 だが右手を背中に当てようとしたところで、男は舌打ちをして右手をポケットに戻す。そして電話が入ったのか、取り出したスマートフォンのパネルを操作し電話を受ける。

 

『予定が変わった、今は待て』

「なんでだよ」

『ティナの仕事に影響するからだ。奴が天童の代わりに聖天子直々の命で護衛についていることが分かった。奴を襲うのは五日後、護衛中の奴をイニシエーターと分断すればティナの仕事が確実になる』

「だったら今のうちに仕留めても一緒じゃないのか?」

『それだと最悪の場合、聖天子が引きこもるかもしれん。それでは斎武大統領が訪問中に仕留めろと言うクライアントの要望に間に合わん』

「チッ! 気が小さいな。本当に世界一の天才なのかよオメーは」

『どうとでも言え。死にたいのならな』

 

 電話を切ると、男は殺気を引いて踵を返す。

 尾行中のアゲハと桜子はすれ違いざまにその背中に大きな突起を見ていた。

 思い過ごしか、それとも何かの事情で行動に移さなかったのか。その真相は二人にはわからなかった。

 

 

 それから四日ほど、二人は蓮太郎の後を尾行し続けた。

 蓮太郎は定期的に眠た眼をこする金髪幼女に呼び出されてはたこ焼きをタカられていたのだが、延珠に知られたら面倒なことになるなと二人は心のうちに伏せていた。

 この日は延珠と共に菫のもとに相談に来ており、先に話が終わったのか延珠だけを残して蓮太郎は病院を立ち去った。

 当然、尾行対象である蓮太郎を優先して二人は尾行を再開したのだが、その途中で電話を受けた蓮太郎が血相を変えて駆け出すとしばらくして桜子の携帯電話にも着信が入った。

 相手の名前は室戸菫である。

 

『落ち着いて聞いてくれ、大ボーンヘッドだ』

「先生? どうしたの」

『今さっき延珠ちゃんから聞いた話だが、聖天子の護衛計画はかなり漏洩が激しいようだ。おそらく天童民間警備の情報も漏れているだろう。私が襲撃者ならまずは木更ちゃんを襲って蓮太郎君の心を折る……嫌な予感がする、急いでくれ』

 

 菫の声は妙に上ずっており、それだけ菫が緊張しているのだということを物語っていた。だがたとえ一キロ弱の距離とはいえ、不安と慟哭で張り裂けんばかりに心臓が鼓動する蓮太郎を衝動のままに放置するのも心配だと二人は二手に分かれることにした。

 蓮太郎の尾行は桜子に任せてアゲハが先行することにしたのだ。これはアゲハならばたとえ相手が機関銃を持ち出そうとも暴王によって対処が可能だからと言う理由に他ならない。

 

「先生の取りこし苦労ならいいんだけどな」

 

 ビルの谷間を飛び跳ねてハッピービルディングを目指すアゲハであったが、ビルの前に仁王立ちする男にその期待は打ち砕かれる。

 頭巾にマント、そして背中から見える突起物とまさに先日の不審人物に他ならない男がハッピービルディングの階段前に立っていたのだ。

 

「―――邪魔をする気か?」

「言いがかりは止せよ、夜科」

「なんで俺の事を?」

「俺だ」

 

 アゲハを前にした男はその頭巾を取った。頭巾の下の顔はアゲハにも覚えがあるものだった。

 

「伊熊なのか」

「ああ、久しぶりだな」

「夏世をほったらかしておいて何故こんなところにいるんだ? それにオマエをとっちめて夏世の前に叩きだしたいのはやまやまだが、今はそれどころじゃ―――」

 

 突然現れた伊熊将監の姿に驚きつつも、アゲハはそれよりも先にとビルの階段を昇ろうとしていた。だが、突然の轟音がアゲハの言葉を遮る。

 

「お、始まったか。今頃中にいるお嬢ちゃんの手足はミンチになっているかもな。ああ、もったいねえ」

「この音……それに伊熊、オマエは何を言っているんだ」

 

 将監の言葉にアゲハは耳を疑う。失踪したはずの将監がなぜ木更を狙う襲撃者の事を知っているのか。答えは一つだがそれは夏世の事を考えると思いたくない発想である。

 

「だから天童社長だよ。あれだけのデカパイ女を殺すなんてもったいねえとは思わないか? おっと、オマエのコレはペチャパイだったな」

 

 将監はアゲハに軽口をたたく。ごく自然に木更を殺すという将監の挑発にアゲハも歯ぎしりを立てて睨む。

 

「怒ったか? まさかオマエ、あの女社長に鞍替えしたか。可愛い顔して浮気者だな」

「―――骨の一本や二本くらいどうでもいいわね」

 

 将監の桜子への侮蔑の言葉はちゃっかり届いていた。ハッピービルディングまであと五十メートルという距離を走る蓮太郎の後方二十メートル。合計七十メートルという距離を怒りに任せた全開のライズで駆け抜けた桜子は、ケースに入れていた木刀を取り出して将監に叩きつけた。

 鎖骨からの袈裟狩りの一閃はあまりの衝撃に一太刀にて木刀が砕けるほどである。

 その動きを眼前に見せられた蓮太郎は驚かざるを得ない。

 

「はあ……はあ……雨宮さんと、それに伊熊将監?! こんなところで何を」

「話は後だ! 天童社長が襲われている。俺は窓から飛び込むから、オマエは階段から行ってくれ」

 

 アゲハの怒鳴り声に再び木更を不安に思う慟哭に駆られた蓮太郎はアゲハの指示通りに階段を駆け上り社内に突入した。

 同様にアゲハも窓から飛び込む。先に突入した蓮太郎が開幕一番の焔火扇で襲撃者を殴ると、アゲハはコンビネーション攻撃として飛ばされた襲撃者をミドルキックで蹴り返す。

 よくよく室内を見渡せば機関銃によるものと思われる傷跡が生々しいが、襲撃者の手にあるソレは銃身が切り落とされてもはや鈍器と化していた。

 

「少女だとは聞いていたが、まさかここまで幼いとは驚いたぜ」

 

 アゲハは確認した襲撃者の姿に驚く。それもそのはず、年齢でいえば延珠や夏世と同じ十歳程度の子供なのだ。その眼は赤く輝いていたのだがアゲハは気が付いてはいない。

 

「嘘……嘘です……」

 

 蓮太郎の顔を見た少女は狼狽していた。不審に思ったアゲハもよくよく顔を確認し、その理由を察した。少女は蓮太郎を尾行中に見かけた金髪幼女その人だったからだ。

 

「ティナ……どうしてオマエが」

「暗殺の邪魔になるからです。天童社長を人質に出来れば護衛の手を緩めることができて暗殺が容易になる……そのはずだったのに」

「そうか、オマエがNEXTの……」

 

 状況判断でティナの事情を察した蓮太郎ではあったが、『親切なお兄さん』と『聖天子の護衛を務めるはぐれ天童の番犬』が同一人物であることを知らなかったティナはうろたえざるを得ない。

 まだ齢十歳の少女にそこまで冷徹になれと言うのも酷と言う事だろう。

 

「どうしてアナタが!!!」

 

 ショックで混乱したティナは銃身が壊れた機関銃のトリガーを引く。着火の衝撃で暴れまわる鋼鉄の鈍器は地面を叩き、先の戦闘による流れ弾と木更の放った『飛ぶ斬撃』によってもろくなった床を叩き壊す。

 舞い上がる噴煙を目隠しにしてティナは窓の外に飛び出した。

 

 アゲハが天童民間警備の社内に突入したその頃、桜子は突然現れた伊熊将監と相対していた。といっても、怒りに任せた桜子が先に手を挙げたのだから二人の間には緊張が走るのも当然である。

 

「おいおい、痛いじゃねえか雨宮ちゃん」

「アナタにちゃんづけされる筋合いはないわ」

「おお怖い。さっきのペチャパイってのはそこの天童社長との比較で言っただけだ。悪気はねえし俺はペチャパイも大好きだぜ」

「そうね、夏世ちゃんともよろしくやってたロリコンさん」

「テメー……」

 

 二人の舌戦に喧嘩早い将監は先に頭を沸騰させる。やはり口喧嘩では女が有利とはよく言ったものである。

 

「口喧嘩はこれくらいにして本題に入りましょうか。アナタ、何故ここに?」

「暫定だが新しい相棒が出来たもんでな。そのおもりだ」

「夏世ちゃんはどうする気なのよ」

「夏世は捨てた。何ならテメーが拾ってやれ」

 

 将監の口振りに桜子も怒る。

 

「今まで二人三脚でやって来た夏世ちゃんにそんな言い方をするなんて」

「俺にも他人のテメーには計り知れない事情があるんだぜ。ムカついた、予定外だがテメーは蹂躙決定だ!」

 

 それに対して逆上した将監は背中のバスタードソードを引き抜いて構える。

 心鬼紅骨の桜子とバスタードソードの将監、二人は互いに相手に一太刀を浴びせんとにらみ合う。

 単純にアゲハに軽く倒されたころの将監が相手なら殴り倒せば容易く決着がつくであろう。だが相手はおそらく『NEXT』の機械化兵士である。現に木刀をいくら桜子が力一杯に叩きつけたとはいえ骨よりも先に木刀が砕けるというのはなかなかに少ないだろう。

 その体験があるがゆえに桜子は警戒してまずは見の姿勢に出た。

 

「レディファーストだ、早く来いよ」

「急かすなんて罠を張っていますと言っているようなものよ。それにレディファーストの起源って知っている? 罠避けに使い捨ての侍女を先に行かせたことから来ているそうよ」

 

 将監はまさに義眼の機能をフル活用し後の先を取ろうと桜子を睨んでいた。

 桜子も気取られぬようにトランスのジャック端子をゆっくりと地面を這わせながら将監に接近させる。たとえ将監には見えていないとはいえ万が一を考えての慎重な動きである。

 だがそれを邪魔するように人影が間に飛び込んだ。天童民間警備の窓から飛び降りたティナである。

 

「この子……」

「しくじったか、このガキが!」

 

 将監は舌打ちをするとスモークを焚きティナを抱えて駆け出した。

 桜子も急いで追いかけようとしたものの、連鎖的に爆発を起こすハッピービルディングに気を取られた隙に逃がしてしまう。

 すぐに建物の中からアゲハ達も駆け出してきたが既に将監の姿は見失った後だった。




木更さんがょぅじょに襲われる話
あとついでにメタ視点ではバレバレとはいえ民警殺しの殺人犯が将監さんだとバレる話

襲撃に将監が関わっているのと同様に原作とは違い、木更は万全の状態で戦っていたとう展開です。描写は特にありませんが、五分の戦いの末にガトリングガン切断をしていることになります。
蓮太郎の焔火扇エントリー後に木更が平然としているのも持病の発作が起きていないからです。とっちらかるから木更の戦闘描写は結果に留めてカットしたのですが正直言うと文才の限界です。


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Call.18「決戦前夜」

 半壊したハッピービルディングを出た一行は司馬未織のもとに身を寄せることにした。未織とは不仲な木更は渋ったのもも、木更襲撃の件を菫に報告した際の助言もあり、背に腹は代えられないとそれを受け入れる。

 

「よう来たねえ里見ちゃん。それとそちらが噂の―――」

 

 一行を出迎えた未織はなめまわすようにアゲハと桜子を見つめる。未織は蓮太郎からアゲハ達の事を多少は窺ってはいたが、それにしては強い関心を引かれているとしか見えないほどに二人を注視する。

 

「な、なんだ?」

「いやあ、すみませんねえ。やけにお若いからこれは血筋なんかなと。

 ―――はじめして、司馬未織と申しやす」

 

 丁寧な挨拶に毒気を抜かれたアゲハと桜子はごく一般的な自己紹介をする。それが終わると蓮太郎は未織に本題を切り出す。

 

「お願いだ、力を貸してくれ」

「急にどうしたん? まさか例の狙撃犯とやり合うん?」

「ああ、出来れば俺と延珠だけでカタをつけたい。敵の出方について意見を求めたい」

 

 蓮太郎は作戦を立てるための前提条件として、聖天子護衛に関する資料を未織に見せる。本来なら守秘義務違反に触れかねない行為ではあるがそれを気にする余裕は今の蓮太郎には無い。

 資料は翌日夜に行われる料亭『鵜登呂(うとろ)亭』での会食についてのモノである。大きく分けると行き、帰り、会談中と三工程に分かれている。

 内容としては移動時のルートと会食中の持ち場の割り振りではあるが、稚拙すぎてお世辞にも優秀とは言えない組立である。なにせ移動中は防弾リムジンが攻撃を防ぎ、会談中の有事は里見蓮太郎の犠牲により賊は撃退される、以上とだけ書かれているのだ。

 鵜登呂亭内の配置表も隣り合う部屋を聖天子付護衛官たちが借り上げるだけで後は店のセキュリティ能力と蓮太郎任せなのだから、それを見た未織も言葉を失う。

 

「こ、これ……流石に延珠ちゃんが適当に書いたものとちがうん?」

「驚いただろ。俺もジジイ抜きの護衛官たちがここまで無能とは思ってなかったぜ」

「これを見せられても『無理デース』とおちゃらけるくらいしかできへんよ」

「それは大まかなタイムスケジュール表程度に思ってくれて構わない。問題は敵がこの資料を持っていることを踏まえてどうやって撃退するかだ」

 

 未織とてノウハウに欠ける聖天子付護衛官の要人警護能力については低く見積もっていたつもりではあったが、今回のこれは流石に予想の範囲を超えていた。よくも今まで暗殺者等に狙われなかったものだと思わざるを得ない。

 

「本来だったら護衛官は全員クビにして里見ちゃんの下にウチのSPを回した方がいいとは思うけど……護衛官は一応軍属で階級では里見ちゃんの疑似階級より上やから、彼らに無理強いは出来んよ。

 でもそうねえ、コネでもなんでも使って護衛官たちは脇にどけたほうがええのは確実よ」

「だったらその役目は私が引き受けるわ」

 

 護衛官が邪魔でしかないと断言する未織の言葉に桜子が手を上げる。

 

「ちょっと、疑似階級も交付されていないのにどうやって?」

「要するに、明日の夕方から夜にかけて護衛官たちには夢でも見てもらえばいいわけでしょ。それくらい簡単だわ」

「確かに護衛官なんて直接闘ったら民警の方が強いとは思うけど……」

「手荒な真似じゃないから心配する必要はないわ。手品みたいなものよ」

「雨宮さんが言うんだから心配はないはずだぜ。この二人がそういうことが出来るってのは俺が保障する」

「里見ちゃんがそういうんなら、とりあえずこの問題はクリアね」

 

 未織は桜子を信用する蓮太郎を信じて話を進めることにした。

 

「敵は一キロクラスの狙撃を行える狙撃手……だったら格好のポイントはここね」

 

 未織は聖天子の帰宅予定ルートにある曲がり角を指さす。ちょうど九百五十メートルほど離れた位置にある商業ビル『JS60』の屋上から一直線に狙撃可能になる通り道へと入る分岐点であり、次の信号を曲がるまでの約五百メートルがチャンスゾーンになっていた。

 

「恰好の位置取り過ぎて、本当にここから狙ってくるかが不安になるぜ」

「恰好といっても一キロ越えなんて馬鹿げた狙撃能力があってこそよ。それにこの狙撃ポイントからは鵜登呂亭の庭先も狙えるんよ。二キロ弱の距離になるけど」

 

 そういうと未織は立体ディスプレイに投影された地図モデルに曲線を引いた。直線距離にして千九百メートルも離れているとはいえ確かに屋上から鵜登呂亭を狙うことが可能な位置にJS60は建っていたのだ。

 二キロの狙撃など人間業とは思えない程であるが、相手が狙撃に特化した改造を受けた『NEXT』の機械化兵士であれば不可能と断言などできない。

 

「ところで……相手の素性は何かつかめたん? 敵を知り己を知れば百戦危うからずとも言うし」

「相手はおそらくイニシエーターだ。ティナ・スプラウトで照会してくれないか」

 

 蓮太郎はティナの素性はほぼ名前しか知らなかった。直接知人として付き合っていた間、彼女が『NEXT』だとは全く思ってもいなかったほどである。その異様な寝ぼけ体質もあって彼女が『呪われた子供たち』であると気が付くのはたやすいことではあったが、まさか機械化兵士であるとは想像もしていなかった。

 数分で席をはずしていた未織が戻ってくる。その顔は先ほどとはうって変り、青ざめている。

 

「里見ちゃん……本当に倒す気なん?」

「どうしたんだ未織、顔が青いぞ」

「どうもこうもないんよ」

 

 未織は皆にティナ・スプラウトに関する資料を見せる。そこには序列九十八位という輝かしいランクと共に『プロモーター:エイン・ランド』の文字が浮かんでいた。

 それを見てアゲハが驚いた声を上げる。

 

「ランドだって! 菫センセーみたいな科学者じゃないのか?」

「ウチも学者がわざわざ戦場に出るなんて想像できんよ。そう考えると、恐ろしいことにこのティナちゃんは自分一人の力で序列二桁ってことになるんよ」

 

 未織の言葉に今度は蓮太郎をはじめ他の一同が口を開ける。プロモーターとイニシエーターの二人一組で順位が決まるIP序列において単独で百位以内という成果を上げるということは、単純に考えれば同じく百番前後の他イニシエーターの倍近い戦闘能力と言うことになるからだ。

 

「悪いことは言わへん、依頼を全うするつもりにしても倒そうだなんて考えちゃだめよ」

「このままでは負けるのは百も承知だ。だから未織に頼んでいるだ」

「まったく、そこまで言わせたら女冥利に尽きるねえ」

 

 諦めを促す言葉に気持ちが萎えるどころか高ぶる蓮太郎の様子にしめしめと言わんばかりに未織の表情がにやける。

 

「射程一キロ強の狙撃能力に加えて呪われた子供たちの身体能力を兼ね備えたモンスターを退治しようだなんて。まったく、木更なんかに預けておくのがもったいないわ。

 とりあえず、みんなの今の力量を図っておきましょうか」

 

 未織はクスクスと笑いながら、どこぞに電話を掛けた。

 

 未織が電話を掛けてから三十分ほど経過すると、準備が整ったという未織に従って一同は司馬重工が自慢をもつある施設に移動した。本社ビル地下五階にあるVR特別訓練室という部屋である。

 この部屋は戦闘訓練用に製作されたいわゆる戦闘シミュレーターであり、外観どころか地形や肉体的ダメージまでもが再現可能という最先端科学の結晶である。

 

「相手が相手やし、コースは難関の『インポッシブル』でいくえ」

「わかった。俺達から行かせてもらうけどいいよな?」

「構わないぜ」

 

 先陣を切った蓮太郎×延珠ペアは難関コースを相手に鬼神の如き強さを発揮する。義眼のみを解放した状態でのガンファイトに徹しての戦いで一つ、また一つとターゲットを撃ちぬく。

 この場での延珠の役目は蓮太郎のサポートのみに徹しており、クロスレンジは蓮太郎が対応して、敵のロングレンジ攻撃は延珠が防衛するというパターンで応対する。

 SATの精鋭十人でも瞬殺されるこのステージを縦横無尽に駆け回る蓮太郎と延珠は、即ちSAT十人分を上回る戦闘能力を発揮していることになる。

 そして最後に残った狙撃兵を愛用のXDで撃ちぬいた蓮太郎は百載無窮の構えで残心しステージクリアの声を聴いた。

 

「次は俺達か」

「なあ里見ちゃん、この二人もインポッシブルでええん?」

「心配することはないぜ。なんせ延珠が稽古をつけてもらう立場だ」

「それ本当?」

「本当だ」

 

 アゲハと桜子の戦闘能力に自信たっぷりの蓮太郎を見て対抗意識が湧いた未織は、こういう時のために用意した、とっておきのステージをシミュレーターに打ち込んだ。

 

「お二人さんにはちょっとだけ違うステージに挑戦してもらうね。敵の数が多いんで気をつけてな」

「わかったぜ」

 

 未織がセットしたのは『インポッシブルX2』というマイナーチェンジ設定である。基本的には人数が倍になっただけではあるが、そこは司馬重工が自負する最新式シミュレーターである。敵の数が増えたことによる戦術バリエーションの増加を生かすことで、単に人数が倍になる以上の難易度に仕上がっている。

 マイナーチェンジとはいえ数段上の難関ステージを用意したのは、蓮太郎以上だという話を聞いたがゆえに対抗心を燃やした未織のちょっとした悪戯のつもりである。

 

 アゲハは暴王の月を使うことで高価な機械を壊しかねないことを危惧して、訓練室に備え付けになっていた刀と拳銃を使うことにした。

 

「それじゃあ、行くぜ!」

 

 アゲハの合図とともに未織はシミュレーションを開始した。

 開幕の攻撃は山なりの軌道を描くミサイルランチャーであり、陽炎の向こうにミサイルを積んだオフロードカーが見て取れる。

 ミサイルは照準線を放ち二人を捕えるが、ライズを発動させた二人の動きを追従することができないでいた。爆破の寸前で爆風の範囲外にまで易々と移動できる人間を想定した大破壊力のミサイルではないからだ。

 ミサイルの雨を突破した二人を待ち構える第二の関門はアサルトライフルを持った悪漢四十人なのだが、個々の戦闘能力は当然二人からすれば大きく劣る。悪漢も地形を生かしたあの手この手の陣形で攻め立てるものの、二人には傷一つ付けることも出来ない。

 

「いくら二人掛りとはいってもなんなんよこれ? まるでイニシエーターみたいよ」

「それも不思議ではないわ。夜科さんは延珠ちゃんよりもずっと強いし」

「そうなん?」

「それは俺が保障するぜ。最近よく夜科さんに稽古をつけてもらっているが、延珠も俺も組み手で一本取ることすらなかなか出来ねえ。一応、雨宮さんの方は戦っている姿は初めてみるけれど……夜科さんが言うには『武器を使った白兵戦なら自分よりも強い』らしいからなあ」

 

 正直なところ義眼の力を解放した蓮太郎を見た未織は、イニシエーターならまだしも(新人類創造計画の機械化兵士を含めるべきかという点は無視して)普通の人間でならこれ以上の実力者などそうたやすく現れないと思っていた。

 まして大のお気に入りである蓮太郎がそれなのだから誇らしくさえ思うほどだった。

 だが急に現れたイニシエーター並の化け物を目の当たりにした未織は憧れ以上に恐怖を感じて冷や汗をかいていた。

 

「あと二人」

 

 二人は瞬く間に敵を撃退し、残るは最奥に隠れる狙撃兵が二人だけとなった。

 神経を集中させてセンスの感度を引き上げることで周囲への警戒を強める。

 アゲハと桜子は互いに背中を預けることで、銃弾に対する迎撃態勢を整えた。その判断に二人が超身体能力を発揮可能なサイキッカーであることを知らない未織だけが驚く。

 

「あの二人、狙撃に対してあんな陣形なんて組んで……何をする気なん? 隠れたほうがええんじゃないん?」

「私には解るわ。おそらく狙撃兵を炙り出すつもりよ」

「シミュレーターだから滅多には死なんとはいえ無謀や。蜂の巣にされてしまう」

「俺は出来ると思うぜ。実際に延珠にだって出来たことだ」

「延珠ちゃんはイニシエーターとしても最上級やし、それくらい出来ても不思議じゃないけど……いくらあの二人が超人的身体能力と言ってもしょせんは人間、里見ちゃんが見せてくれた先読みとは訳が違うんよ」

「あの二人は超人的身体能力をもっているなんてもんじゃない、文字通り超人なんだ。だから延珠と同様に弾丸を打ち返すくらいは出来ると思うぜ」

「信じられへん」

 

 蓮太郎はサイキッカーの事を誤魔化すために、二人を超人だと説明する。未織は急に目の前の人間が超人だと説明されても突飛なものと捕えて話半分にしか信用しない。だがそれを受け入れざるを得ない状況が未織の目の前に迫っていた。

 先に桜子のメガネ目掛けて飛来したライフルの銃弾は心鬼紅骨の刃によって遮られ、真二つになって避けていく。対人戦を想定した鉛の弾丸(を想定したシミュレーター上で再現された衝撃波)は刃を的確にあてがうことで容易く切断される。

 続くようにアゲハの胸元にも弾丸が迫るが、こちらは力任せに振るった刃に弾き飛ばされ野球の要領で別方向に飛んでいった。

 

「ホンマ……ホンマに狙撃銃の弾丸を見切った」

 

 その動きに驚く未織を他所に、アゲハと桜子には残る二人の狙撃兵も居場所さえわかってしまえばもう脅威ではない。

 桜子は弾丸の飛来した方角に駆け寄り、姿を捕えた狙撃兵の両腕を切り落として排除する。アゲハも方角を確認してセンスを全開に目を凝らすと、そこに狙撃兵の姿を確認した。

 

「遠くを狙うときは姿勢を固定して心臓を止めろってな」

 

 左手に持った拳銃を狙撃兵のいる方角に向けたアゲハは狙いを定めたのち心臓を止め、固定された姿勢から軽く引き金を弾いた。発射された銃弾は吸い込まれるように狙撃兵のもつライフルのスコープを貫きそのまま頭を撃ちぬいた。




対決前にシミュレーターで小手調べな話。
原作だと延珠撃破後にやる話なのでアレンジが多いですが、特に菫センセーが平然と送り出しているのはティナvs延珠前衛×れんたろー後衛だと思っているからです。

未織は京訛りが難しいからあっているのか不安ですけど、キャラとしてはいじり方があると思うんですよね。
最初は親父殿登場とかも考えましたが、それは今後に保留します。

夜中に頭が冴えた結果、道筋がある程度たったので事件解決まで一気に行けそうですが、思い直して途中で休みをはさむかもしれません。


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Call.19「リザルト」

 四人の戦闘結果を集計した未織は、やや緊張に上ずった様子でそれを読み上げる。

 

「みんなの結果を発表するねえ。里見ちゃんたちが3600%、夜科さんたちが9900%や」

「パーセント? ポイントとかじゃないのか?」

 

 読み上げた結果に対し、アゲハが疑問をぶつける。

 

「一応ポイントもあるけれど、ステージ設定でランダム性があるから、サンプルデータとの比較結果をリザルトに使っているんよ。インポッシブルの場合は以前に里見ちゃんが義眼なしのソロで挑戦した三回の平均を100%としているねえ」

「ふうん。つまり、義眼を使った蓮太郎は使っていない時の30倍以上強いってことか」

「延珠ちゃんがいるかどうかの差がおおきいから、実際はもうちょっと落ちるけれどねえ。延珠ちゃんがいなかった場合はだいたい2200%くらいよ」

「約20倍か……蓮太郎、ついでになるけどカートリッジの方も使ったらどれくらいまで行くと思う?」

「だいたい三倍にはなるから、単純計算で6600%ってところか。そこに延珠の分を足しても8000%だから……それでも夜科さんたちには勝てねえぜ」

「そう皮肉をいわんでもええ、延珠ちゃん一人だったら以前に8600%を叩きだしているんよ。今回は延珠ちゃんがサポート一辺倒だったけれど、延珠ちゃんを前に出せば……」

「それじゃあ今回は意味がないんだ。それに、俺だってタイマンだったら延珠にだって簡単には負けねえぜ」

 

 蓮太郎は内心、シミュレーター上では多少上の相手でもタイマン前提でなら戦えると自負していた。蓮太郎は初段とはいえ武芸者として積み上げた天童流の技術には自信と誇りを持っているからだ。

 仮に延珠が相手でも、技術でその差を埋められると考えていた。

 自信満々の蓮太郎を他所にシミュレーターの性能に自信を持っているが故に、未織はこの結果に不安を感じていた。

 

「延珠ちゃんとでどっちが強いかは脇にどけるとして、明日なんやけど……本当にやる気なん? 正直言って戦闘は夜科さんたちに任せて、里見ちゃんたちは聖天子様のガードに徹した方がええんと違うの?

 ウチの推測だと―――」

「なに弱気になっているんだ未織、お前らしくもない」

「そうよ、そんな負け犬には里見君のスポンサーなんて無理よ。出すのは金だけにしなさい」

 

 珍しく見せる未織の弱音を前に木更も調子づく。むろん、軽口と日頃の鬱憤はらしの範疇ではあるが。

 

「IP序列だけじゃ正確には解らないとはいえ、序列二桁ということを加味したら延珠ちゃんより数段上を想定しておいた方がええ。そうなったら里見ちゃんが戦うよりも彼らが相手をする方が確実やない」

「大丈夫だって。たとえ向こうの方が延珠より強くても、その差は俺が埋めてやる。それにアイツとは、俺が決着をつけないといけないんだ……」

 

 アイツとは当然ティナの事である。敵同士であること認識した際の狼狽から、それと知らずに親交を深めたことは間違いないだろう。だからこそ蓮太郎は友人として自分で決着をつけるべきだと考えていた。

 今回のシミュレーターに延珠を後衛に回して挑戦した目的の趣旨も、出来ることなら延珠抜きで決着をつけられれば幸いだという蓮太郎の決意の現れでもある。

 それにもう一人の敵もまたアゲハと因縁がある相手である。そのため、そちらにも手出し無用だと考えていた。

 

「なんだと蓮太郎。そこまで言うのなら後で勝負だ」

「あとでな。今からやって怪我でもしたら洒落にならん」

 

 蓮太郎の言葉に延珠も触発されて虚勢を張る。延珠も成長の壁に突き当たり、その壁を乗り越えるべく人知れず次の手を模索していたわけであるが、蓮太郎の言葉に負けたくないという気持ちが触発された。

 

「約束だぞ。妾が勝ったら蓮太郎が敵の女に入れ込んでいる理由も洗いざらい吐いてもらうぞ」

「へいへい」

 

 自信満々の蓮太郎の様子に腹をくくった未織は、蓮太郎が自信を持つタイマンでの接近戦に持ち込みつつティナを倒す方法を模索した。

 対策会議は夜中の一時まで続き、その後は未織が用意した仮眠室で一夜を過ごした。

 

――――

 

 翌朝、未織が用意したモーニングセットで朝食を取った天童民間警備御一行は護衛のために聖居まで足を運んだ。

 蓮太郎を快く思っていない保脇は一行の姿を確認すると、早速、蓮太郎に難癖をつける。

 

「いつまでたっても護衛を降りないばかりか、今日は手下も連れ込んでお山の大将気取りか? ええ、里見蓮太郎」

 

 保脇の物言いは当然彼を知らないアゲハ、桜子、木更の三人の不評を買った。

 

「アンタは?」

「民警風情が図に乗るな」

 

 不躾に名を訊ねたアゲハに対し、保脇はメンチを切る。そして腰の拳銃をホルスターから引き抜いた。

 

「警告だ、里見蓮太郎。痛い目に逢いたくなければ、こいつらと一緒にさっさとここから出ていけ。聖天子様に見せる詫び状と共にな」

「ふうん、そんな態度をとってもいいんだ? 私はアンタの秘密を知っているっていうのに」

「な、なにを?!」

 

 天童民間警備を排斥しようと恫喝を試みた保脇であったが、脅した相手が悪かった。

 秘密を盾に脅し返す桜子の肌は黒く変色していた。そう、アビスの人格が表に出てきているのだ。

 

「オマエ、その肌……」

「そんなことはどうでもいいでしょ? それよりワタシ達、初対面じゃないわよね?」

「へ?」

 

 逆に脅し返される保脇だがアビスの言葉の意味が理解できずに頭に?マークを浮かべる。あきれたアビスは体の人格を桜子に戻し、トランスで過去にあった出来事を保脇に見せる。

 アゲハと桜子が初めて東京エリアに到着した日の外周区での出来事を。

 

「あ……あ……」

「流石に思い出したようね。まさかアナタがこんな立場にある人だなんて思ってもいなかったわ」

「だま……」

 

 保脇の秘密とは、外周区を偽警官の格好で練り歩き、隙あらば呪われた子供たちを虐待するという悪趣味のことである。この趣味は彼の護衛官仲間にとっては周知の事実ではあるのだが、流石に聖天子に密告されればエリート街道から外れるのは必須である。

 故にエリート街道喪失の恐怖から思わず引き金を弾こうとしたのだが、アビスに右腕を捩じりあげられて簡単に防がれた。

 

「邪魔さえしなければアナタの事は黙っていてあげるわ」

「わかった……わかったから」

 

 アビスのアームロックから解放された保脇は覚えてやがれと捨てセリフを吐いたのち、聖居にある詰所にそそくさと逃げて行った。

 

「それにしても助かったぜ。まさかこんな偶然があるなんてな」

「昔の人は『お天道様が見ている』と言ったけれど、あれって本当ね。聖天子には黙っていてあげるとして、偽警官として警察あたりに突き出しておこうかしら」

 

 護衛任務における内憂であった保脇はこうして排除された。

 

――――

 

 会談の時刻が迫り、木更以外の四人は聖天子と反保脇派の護衛官を引き連れて、鵜登呂亭へと出発した。カモフラージュである専用のリムジンはアゲハが運転し、本命の聖天子を乗せたバンは蓮太郎が運転する。

 鵜登呂亭までの移動では特に問題は発生せず、送り届けた先で聖天子と斉武大統領の会談が開始された。

 会談中の護衛は蓮太郎のみ、残る三人は料亭内と周囲の警戒に当たるが敵の姿は無い。そして事前の打ち合わせで最も警戒していた狙撃スポット『JS60』ビル屋上への斥候は、アビスが担当することとなった。

 これはアゲハと桜子が用いるPSIの中でもアビスの使う『副人格の実体化』が最も理解されにくいだろうとの推測の元でアゲハと桜子の二人が蓮太郎には黙って決めたことである。

 

「まずは屋上ね」

 

 JS60ビルに到着したアビスは、壁伝いにビルを昇る。中に入るのは万が一の罠と言う点で避けたいと思ったため、このような手段を取る。

 

「アレは?」

 

 ライズの脚力をもって壁を昇るアビスは出来るだけ周囲の人目を避けたつもりではあったのだが、遠方よりその姿は補足されていた。

 

「信じられません」

 

 アビスの姿を目撃したティナはその動きに驚いていた。見たところ大人の女性であろう謎の人物が、イニシエーターでも一握りの少女にしかできそうにない曲芸を披露しているからだ。

 ティナはJS60ビルとは別の場所にいた。JS60ビルは囮の一つとしており、十五件ほど離れた位置にある姉妹ビル『JS25』に潜み、本命であるJS60ビルへの攻撃と、針の穴を通すが如き精密射撃によってのみ可能となる鵜登呂亭正面玄関への狙撃をがティナの狙いである。

 

「邪魔をするのなら」

 

 ティナはアビスが上り切ったところを見計らい、彼女を狙撃することにした。なぜならJS60ビルには遠隔操作用の器具を取り付けたライフルを既に設置しているからだ。

 遠隔操作とティナが『NEXT』の機械化兵士として持っている機能を組み合わせることで、予備の狙撃ポイントとしても自身を守るための衛兵としてもJS60ビルを用いることができるように細工済なのだ。

 

 ティナはターゲット以外を極力殺したくはないのだが、謎の女に狙撃装置を除去されたら面倒になる、そのためなら多少痛い目に逢わせるのは仕方がないと心の中でつぶやく。

 

「……」

 

 ティナはアビスに狙いを定め、姿勢を固定する。

 

「これって……準備だけして逃げたのかしら」

 

 ビルの屋上に上ったアビスは、ティナが準備していたライフルを発見した。遠隔操作用の器具からライフルを取り外そうとするアビスに狙いをつけ、ティナは指を引いた。

 

「!!!」

 

 肩口を撃ち貫かれたアビスはうめく。その突然の激痛は桜子にも伝播し、急な激痛に桜子は吐き気をもよおす。

 分裂状態のアビスはあくまで思念体であり、万が一傷を負おうとも死ぬことはない。だがその代償として限界を超える傷や痛みは本体に当たる桜子に大きな負荷をかけてしまう。

 これがもし桜子自身も思念体と化す『ノヴァ』状態ならば桜子とアビスが同時に攻撃をされぬ限り問題がないのだが、ノヴァ無しの場合ではそこまで万能ではないのだ。

 

「アゲハ……」

「そうした?」

「アビスが撃たれた」

 

 桜子は脂汗を浮かべながらアゲハにアビスの状況を伝えた。

 桜子が激痛に悶えているころ、撃たれた当人であるアビスは逆上していた。痛みは桜子と同じモノを感じてはいるだが、アビスは興奮による影響でその痛みを無視していた。

 アビスは体を痛みの元が飛来した方角に捻りにらみつける。センスを全開にした眼光が暗闇の先にうごめくティナの姿を捕えたものの、既にアビスはティナの術中にはまっていた。

 

「方向調整……発射(ファイア)!」

 

 ティナは遠隔操作で別のビルに設置していたライフルを操作し、アビスを二方向から狙撃した。

 

『大丈夫……なわけないよね?』

『しくじったわ。JS60はオトリ、本命は近くのJS25よ』

 

 二人で一人であるアビスは、その特性にて桜子へ様子を伝える。ティナによる遠隔操作による追撃はビル風による突風と発砲音に反応してとった回避行動によってかすり傷で済んでいた。

 掠めたとはいえ先の直撃もあり、限界以上のダメージを負ったアビスは実体化の維持がつらくなる。気力ではまだまだ戦えるとはいえ、桜子側の負担を考えたらこれ以上の無理は出来ないからだ。

 

『ゴメン……そろそろ限界』

『それくらい体でわかるわよ。私たちは二人で一人なんだから』

 

 アビスは実体化を解除し、桜子の深層意識の中に帰って行った。アビスは傷を癒すための眠りについたため、しばらくはたとえ『ノヴァ』を発動しても実体化は出来ない。

 

「敵の居所がわかったわ。JS25ビルの屋上よ」

「よし、すぐに知らせてくるぜ」

 

 桜子からの伝言を受け取ったアゲハは蓮太郎の元に駆け出した。




前回の結果発表とアビスちゃんが狙撃される話。
延珠が一緒なので終始強気のれんたろーです。
聖天子護衛官の皆さんは最初は幻術でおねんねとも思いましたが、ちょうどいい感じに以前保脇を登場させておいたことですんなりどかせました。

ノヴァを使わないアビス実体化のダメージ設定は独自解釈ですが、それをいうとノヴァ状態でのダメージ無効化も詳細不明で同時に攻撃されなきゃ効かないと以前やったのも独自解釈という。


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Call.20「コピーキャット」

 斉武大統領との会談を終えた聖天子は、蓮太郎を伴ってリムジンに乗り込むべく庭先に居た。護衛役の蓮太郎も狙撃ポイントであるJS60ビルからの狙撃に備えてその方角への警戒を強める。

 一歩、二歩と庭を歩いていると、蓮太郎は不意に虫の羽音に似た振動音を感じ、周囲を見回した。

 

「なんだ? なあ延珠、なにか聞こえないか?」

「妾は……」

 

 音そのものは聞こえるものの発信源が解らないため、二人には不快な雑音として心に引っ掛かる。音の発信源に気を取られてあたりを見回したことが功を奏し、蓮太郎は無警戒だったビルの谷間からマルズフラッシュの光を偶然捕える。

 

「間に合え!」

 

 蓮太郎は咄嗟に足のカートリッジを炸裂させ、その爆発的推進力を用いて聖天子を強引に拐かす。JS25ビルから鵜登呂亭までの距離はおよそ700メートルであり、引き金を弾いてから着弾までの間は一秒にも満たない。

 その絶望的に短い時間から、蓮太郎は自らを黒い弾丸へと変貌させることで勝利を掴みとった。ティナの弾丸は聖天子を救い上げて通り去る蓮太郎の背中を掠める。

 ティナの用いた狙撃ポイントはビルの谷間を縫うことが前提のため、正面玄関しか狙うことが出来ない。聖天子を抱きかかえて横に十メートルほど移動したことで、聖天子は狙撃不可能なポイントまで移動していた。

 

「里見さん?」

「危なかった。今のは偶然だぜ」

「蓮太郎、大丈夫か?」

「無事だ」

 

 蓮太郎はお姫様だっこから聖天子を解放する。

 

「俺は狙撃手と戦わなければならない。だからここから先の護衛は、彼らに任せる」

「蓮太郎、ティナの位置がわかったぜ、JS25ビルだ。それに敵は他のビルから遠隔操作でも撃ってくる、JS60ビルもそのうちの一つだ」

「了解だ。行くぞ、延珠」

「おう」

 

 蓮太郎は聖天子とアゲハに対する勝利の誓の意味を込めて、左手でサブアップをしてティナの待つJS25ビルへと向かっていった。

 蓮太郎たちが場を離れたことで、鵜登呂亭の庭先には聖天子とアゲハが残される。

 そこに、我知らずという顔をした斉武大統領が庭先に出てきた。

 

「いったい何の騒ぎだ?」

「狙撃だ」

「なに、狙撃? 聖人君子と言われる聖天子様も刺客に狙われておるのですか。くわばらくわばら」

「その割には嬉しそうだな。アンタも敵の標的かも知れないってのに」

「キミ……穏やかじゃないことを言うね。もっとも大阪エリアの人間であるワシからすれば対岸の火事だ。悪いとは思いつつ、人の不幸をあざ笑う気持ちが全くないとは言えんな。それにワシからすれば命を狙われることなど日常茶飯事なのでな、今更どうということはない」

 

 初対面ながら、その狸めいた雰囲気にアゲハは狙撃に関わっているのではとカマをかける。だがそれは暖簾に腕押しに終わる。

 アゲハは斉武に軽く会釈をした後、聖天子をエスコートしようとする。しかし、それも簡単にはいかない。黒装束の男、伊熊将監が鵜登呂亭の正門を潜って来たからだ。

 

「なんだあのガキ、先走った挙句に失敗しているじゃねえか。それに里見の姿もねえぞ?」

「何しに来た伊熊、狙いは聖天子か?」

「まあな。俺が里見をひきつけている間に狙撃するって算段だったんだが、いやはやうまくいかねえぜ」

 

 上手くいかないのも当然である。将監の作戦ではJS60ビルから狙撃することになっていたのだが、ティナが独断でJS25から狙撃するようにプランを変えたからだ。

 知らぬは将監の方なのだが、彼に責は無い。

 

「この一か月でテメーに何があった。テメーとの付き合いなんて禄になかったが、快楽的に人を殺せるような奴だったのか? オマエ」

「快楽ってのは違うぜ。俺は欲望に忠実に生きているだけだ。そのために必要だったら、俺は誰だって殺すぜ」

「……たとえそれが、夏世でもか」

「夏世は関係ねぇだろうが!」

 

 将監の真意を確かめるべく問い詰めたアゲハは彼の地雷を踏んだ。アゲハに夏世のことは触れられたくないのか将監は逆上したのだ。

 将監とて本来は夏世との民警生活を続けていきたいという淡い願望は持ってはいたのだが、その願いは影胤によって戦うための体を奪われた時点で不可能なものに変わっていた。

 再び戦うべくして手に入れた半機械の体も、今後一生涯『NEXT』に依存せざるを得ないという大きな代償を残していた。

 いやが応もなく、既に伊熊将監という人間はエイン・ランドの駒に成り下がっているのだ。この檻から逃れるためには、エインから檻の主としての座を奪う以外にないと将監は考えていた。

 そのためにはどんな敵であろうとも撃退し、今はエインの機嫌を取ることが最善だというのが将監の筋肉でできた脳みそが導いた答えである。即ちアゲハの問いに対する答えは『YES』ではあるが、一個人としての意地がそれを口には出させない。

 本能的に口に出した瞬間に、将監は自分が『NEXT』という檻の縛りを解くことをあきらめることになると感じていたからだ。

 

「仕方がねえ、あのガキがやらねえのなら俺が聖天子を……」

「させるかよ!」

 

 開き直った将監はバスタードソードを鞘から抜き、聖天子へと切っ先を向けた構えをとる。対するアゲハはライズを併用したチャージにて獣のような瞬発力で将監に殴り掛かる。

 アゲハはいかに将監が改造人間として能力を底上げされていようとも、蓮太郎のような眼を持たない限りライズでの速さには追いつけないと踏んでいた。だがそれは悪手だった。

 

「見えてんだよ!」

 

 将監は構えを崩して左手を柄から離し、ショートアッパーでアゲハの右腕を打ち返した。姿勢を崩されたアゲハを待ち受けるのは右手一本での逆胴による追撃である。

 いつかの模擬戦とは違い今回は真剣である。重さと切れ味を兼ね備えた一撃は、当たれば腰を切り落とすことなど雑作もない。

 

「くっ!」

 

 アゲハは咄嗟に横に飛んで斬撃を躱した。アゲハは将監の『NEXT』としてのコードネームを思い出し、迂闊に攻めたことに冷や汗をかく。

 

「忘れていたぜ、オマエの装備が蓮太郎のコピーだってな。だったら当然、その眼ももっているんだよな」

「誰がコピーだ、誰が! 俺は伊熊将監だ、コラッ!」

 

 バスタードソードを上段に構えた将監は、義足による脚力を生かした一歩で間合いを詰める。

 将監の義肢は蓮太郎の物とは違い、炸裂カートリッジによる爆速爆撃の機能はない。その代り、モーター補助動力のオーバーロードと、骨格保護用のコルセットを使った全身への動力伝達による馬鹿力を発揮する機能が組み込まれている。

 持続可能な瞬発力と言う点では蓮太郎の物を上回る代物に仕上がっていた。

 脳天を狙う唐竹の一閃に、アゲハは暴王でガードしようとする。だがアゲハは寸前でそれを取りやめ、斬撃をバックステップで躱した。

 

「逃げるんなら遠慮なく聖天子の首をもらうぜ。ターゲットじゃなくて命拾いしたな、夜科」

「誰が逃げるか!」

 

 アゲハが防御を躊躇したのは理由がある。もし暴王の月(メルゼズ・ドア)にて斬撃を防いでいたら、容易く防御ができたとしてもバスタードソードを削り壊すことになるからだ。

 民警殺しの犯人である将監が、再び夏世とコンビを組んで民警活動をすることは絶望的である。ならば形見の一つでも残してやりたいという思いがアゲハの脳裏に雑念として浮かび、それが躊躇を生んでしまった。

 半端に事情に踏み込んでしまったことが迷いにつながったのだ。しかし、一方で将監はそのバスタードソードを、アゲハや聖天子を殺すべく振り回している。いくらなんでも素手でそれに立ち向かうのは、蓮太郎と同じ二十一式バラニウム義眼を持った相手には厳しい。

 アゲハは腹を決めるしかないと、気持ちを切り替えてポーズを取る。

 

「さあ、聖天子の首が欲しければ俺を倒してみろ」

 

 アゲハはカンフー映画でおなじみの手招きを将監に見せる。将監はそれが虚勢であろうとなんであろうと、挑発の意味を含んでいるのがわかる以上は乗らざるを得ない。

 半分機械の体になろうとも、やはり将監の脳みそは筋肉なのだ。逆にいえば筋肉にメカを混ぜたからこそ、ややこしい事情を抱えた将監がこの場にいるというほうが正しい。

 

「舐めるな!」

 

 将監は左腕一本でバスタードソードを持つと、そのままブーメランのように投げた。回転する巨大な刃がアゲハと、その後ろにいる聖天子を襲う。先ほどの躊躇が護衛対象を背にするという失態を呼んでしまう。

 

「(ぶっ壊すか?)」

 

 将監の右手には拳銃が握られている。このまま下手に避ければ聖天子を見殺しにする上に、聖天子を抱えて逃げようと思えばその隙を銃で狙うのは必然である。

 アゲハはいよいよバスタードソードを壊すしかないかと、右手に暴王の月を構えて停滞させる。円盤形態(ディスク)のプログラムにより瞬時にディスクカッター状に変化した暴王の月を盾として構えようとした瞬間、アゲハの脳内に声が響く。

 

『アゲハ、剣を蹴りあげて!』

 

 当然それは桜子のテレパスである。五分ばかりの休憩を終えて、桜子が庭先に駆けつけたのだ。将監の投擲を見て作戦を思いついた桜子はアゲハに指示を送る。

 

『わかったぜ!』

 

 アゲハは桜子の指示に従い感覚機能強化(センス)を全開にして眼を凝らし、バスタードソードの軌道を見切る。

 そして眼前までひきつけた上で身体機能強化(ストレングス)を全開にして、バスタードソードを蹴りあげた。

 

「どっせい!」

 

 蹴りあげられたバスタードソードの切っ先が天を向き、空をかけた。

 その光景をニヤリとした笑みを浮かべながら将監は左眼で眺める。そして引き金を弾いた。将監からすれば必殺の一撃である。

 

「終わりだ」

 

 三発の銃声が鵜登呂亭に響く。発射の瞬間に勝利を確信し笑みを浮かべた将監であったが、それは幻に終わった。

 バスタードソードを蹴り飛ばしたアゲハは蹴りの前に生成していた暴王の月を防壁にしたからだ。将監が放った銃弾はすべて暴王によって削られて消滅する。

 目の前で披露された超常現象に、将監の手痛い記憶がフラッシュバックする。

 

「なんだそりゃあ……まるで……あの仮面野郎の……」

「あんな奴と一緒にするな。あれは、今のオマエの同類だ」

 

 同類とは将監と影胤が共に外道に落ちた機械化兵士であるという意味である。

 

「うおおおおお! お前を殺して、小僧も殺して……あの仮面野郎も超える!」

 

 将監は脚部をオーバーロードさせ、全力の跳躍で空を舞うバスタードソードに飛びつく。空中で柄を掴んだ将監は、そのまま刀身をアゲハに振るう。

 

「りゅー! つい! せん!」

 

 将監は幼いころにテレビで見た技名を叫びつつ、アゲハに刃を振り落した。落下の重力を加えた一撃は暴王の月を真二つに切り裂き、アゲハの右腕まで切り落とす。

 

「アゲハ!」

 

 傍らから桜子の叫び声が聞こえたが、蛭子影胤の能力に似た黒い障壁を切り裂いたことで上機嫌となった将監にとっては、心地の良いBGMに過ぎない。

 

「じゃあな、ツレは種つけてから後を追わせてやるぜ!」

 

 勝利を確信した将監は、最後まで果敢に戦ったアゲハへの手向けとして、全力の一振りで命を絶つことを選んだ。高位序列者伊熊将監としての代名詞ともいえる疾風を纏う斬撃、その中でも最も得意とする逆胴である。

 義肢に組み込まれたオーバーロード機構と、その動力を生身にも伝達させるコルセットによる補助によって発揮される剛力。その力を充分に発揮した逆胴は音を置き去りにした。

 アゲハは回避行動をとる暇も無く腰から真二つに切り裂かれ、切断面から赤い血と臓物が噴出した。

 

「アゲハ!!!」

 

 目の前でのアゲハの死に泣き叫ぶ桜子、そして同様に惨殺光景を目の当たりにして言葉すら失う聖天子。絶望の淵に立たされた少女二人を前に、将監は下賤な考えに胸と股間を膨らます。

 

「よく考えたら、聖天子としての存在を殺せれば、実際に殺すことはねえか。これだけの上玉だ、殺すなんてもったいねえ」

「ぶ……無礼者!」

「無礼で結構。お楽しみはこれからだ。さあ、ヤサまで行くぜ」

 

 将監は恐怖におびえる聖天子の鳩尾を突き、気絶した彼女を抱える。

 ついでに意気消沈のすえに気絶した桜子も脇に抱えると、鵜登呂亭に止まっていた車を奪い隠れ家まで移動した。

 車に乗るとあっという間に隠れ家まで到着し、将監は桜子と聖天子をベッドの上に寝かせ、逃げないように手錠をかけた。

 

「さあて、どっちから頂こうかな」

 

 どちらにしようかなと迷い箸のすえ、将監は聖天子を選ぶことにした。ハサミで服を切り裂き、こぼれだす乳を軽くもんでから乳首を嘗め回す。

 

「うめえ……三ヶ島さんが連れてきた肉奴隷なんか、めじゃねえぜ」

 

 将監は、三ヶ島ロイヤルガーターに居たころに三ヶ島社長が紹介した上玉のコールガールとの一夜を思い出す。当時は天上の快楽と思っていたその夜のコールガールも、完璧な象徴として純粋培養された三代目聖天子の美貌には敵わない。

 充分な前戯の末にそそり立つ一物を挿入せんとしたその時、将監の耳にアゲハの声が聞こえた。

 

「いい夢、見れたかよ?」

 

 将監は幻聴かと思いあたりを見回す。すると、先ほどまでむさぼりついていた聖天子の顔がぐにぐにと変化する。夜科アゲハの顔へと変化したのだ。

 

「オマエ……さっき、俺が……どうなって……」

「私だけじゃなく聖天子まで犯そうとして、サイテーね」

 

 聖天子が体まで完全にアゲハへと変態を遂げると、周囲の空間すら書き換わっていた。

 ベットは消え、隠れ家ではなく先の戦闘が行われた鵜登呂亭の庭先に戻ってきていた。

 将監はバスタードソードを杖代わりにして立ち尽くしており、自分でもなぜこの姿勢なのか記憶にない。ただわかることと言えば、アゲハも桜子も聖天子も、傷一つ負っていないことである。

 

「さっきのは……夢?」

「夏世ちゃんの言う通り、脳みそまで筋肉なのね」

 

 将監には見えていないが、彼の頭には大鎌が突き刺さっていた。

 狂気の鎌(インサニティ・サイズ)と桜子が呼ぶ、思念の大鎌である。

 本来これは、対サイキッカー戦闘においてあえて相手に壊されることで、幻覚を見せつける幻覚爆弾である。

 将監はサイキッカーではないため破壊することは敵わないが、直接突き刺すことでも幻覚を見せることは可能なのだ。

 先ほどまで将監が見ていた光景は狂気の鎌による幻覚に過ぎなかった。

 

「いつから?」

「教えてあーげない」

 

 実際に将監が桜子の罠に落ちたのは、空に舞うバスタードソードを掴んだその時である。桜子は将監が脳みそまで筋肉と聞いていたことから、もしや蹴り飛ばせばジャンプして掴むのではと思い、アゲハにバスタードソードを蹴りあげるように指示を送ったのだ。

 狙い通り過ぎるほどのリアクションを示した将監に対して投擲した狂気の鎌を突き刺したが最後、暴王の月を一刀のもとに切り伏せた時点で幻覚はスタートしていた。

 将監が幻覚を見ている隙に、有線トランスによる次なる精神攻撃の準備は整っている。桜子は将監の戦闘能力を削ぐために、トランスによる眠りを与えた。

 『NEXT』のコードネーム『コピーキャット』、機械化兵士伊熊将監は聖天子の目の前で拘束され、駆けつけた警官隊により留置所に送られた。

 彼が持っていたバスタードソードは、そのままアゲハが預かった。




vsメカ将監の話
当初の予定では対人戦闘用に最適化されたサイボーグツヨイという予定だったのですがいつの間にかおちんこでることに。
逆にいうと桜子の手によって倒されたことで予定していたオーバークロックGENKAITOPPA死にはならずに済んで、再登場待ちになりましたが。


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Call.21「神算鬼謀/後語り」

 アゲハからの情報を元にJS25ビルを目指す蓮太郎と延珠は、狙撃を警戒して大通りを見つめていた。通りを渡り切ればJS25ビルはすぐ目の前なのだが、屋上から撃ち殺されたらひとたまりもないからだ。

 

「いっせーので行くぞ」

「うむ」

 

 延珠と蓮太郎は突撃の為の打ち合わせの末、通りに飛び出した。

 延珠はイニシエーターとしての力を全開にしたダッシュ、蓮太郎は脚部カートリッジを使用しての超加速にて通りを駆け抜けた。

 

「やりますね」

 

 屋上からその光景を観察していたティナは小言をこぼす。聖天子の狙撃に失敗し、逆に攻められる立場になったにも関わらず、ティナの態度は落ち着いていた。

 単独での序列九十八位という戦績もあり、いかに相手が機械化兵士であろうとも、人間である以上は負けることは無いとティナは思っている。不安なのは戦闘の結果、蓮太郎や延珠を殺してしまわないかと言う点である。

 昨日の戦闘ではショックで取り乱したとはいえ、一夜を開けたティナは蓮太郎を冷静に排除対象としてとらえている。本来のターゲットである聖天子は伊熊将監が足止めしている以上、今は敵の迎撃をするべしと判断していた。

 迎撃の切り札である遠隔狙撃装置三基をすべて、JS25ビルの屋上目掛けて調整し、蓮太郎が上ってくることを待つ。

 出来ることならば階段のトラップにてそのままリタイアしてくれないかと願いながら。

 

「出てきたら終わりです」

 

 ティナは屋上の出入り口を四つの銃口で狙っていた。だが―――

 

「雲嶺毘湖鯉鮒! ぶち抜けぇ!」

 

 屋上の足場が揺れ、ティナは混乱する。アメリカ出身と言うこともあり地震に不慣れとはいえ、これは揺れすぎだろうとティナは思っていた。

 そして鳴り響く轟音は、フクロウの因子を持つがゆえに敏感なティナの耳に響く。

 

「まさか!」

 

 ティナはもしやと思い、階段に配置していたシェンフィールドを移動させる。シェンフィールドのカメラが蓮太郎の姿を捕える。

 

「やってくれましたね」

 

 蓮太郎の行動は常軌を逸していた。JS25ビルは名前の通り25階立てなのだが、ビルに存在している天上25枚をすべてぶち抜こうという行動を蓮太郎たちは取っていた。

 ステージⅣガストレアすら殴り殺す、蓮太郎の義肢の力をもってすれば理屈の上では可能な行動である。だがいくら階段に設置したトラップを回避するためとはいえ、ここまでするのはティナには想定外である。

 

「ラスト!」

 

 ついに蓮太郎と延珠は最後の壁を打ち破り、ティナの前に立った。

 ティナは地面からせり出して来た蓮太郎目掛けて引き金を引くが、蓮太郎の作戦だろうか虚空を空振りするように蹴りを放つ延珠によって、銃弾ははじき返された。

 だが偶然のまぐれあたりにも程がある弾丸回避を目の当たりにしてもティナは動じない。冷静に心を殺し、バラニウムブラックのナイフを両手に構えて二人に飛び掛かる。

 徒手空拳とはいえ格闘戦では延珠の右に出るものは珍しく、たとえ序列九十八位が相手でも例外ではない。機械化兵士としての特性も狙撃に特化しているため、クロスレンジにおける戦闘能力は延珠同様に『優秀なイニシエーター』の域を出ないのだ。

 これならまだ延珠にも勝ち目がある。口元が苦虫をかじるように歪むティナではあったが、蓮太郎のハンドサインを見てさらに顔をこわばらせる。

 

「どうして?」

 

 ティナが驚くのも無理はない。蓮太郎は延珠に後退を指示していた。イニシエーターを相手にプロモーターが近接戦闘を挑むなど教習所でもご法度の行為なのだが、ティナにとってはむしろ痛い。

 

「ファイア!」

 

 試しに蓮太郎を狙ってJS60ビルから狙撃を行うが、延珠によって蹴り落とされてしまったのだ。これによりティナは、理由はどうであれ二人に自分の切り札が見抜かれていることを認識せざるを得ない。

 これはティナに苦痛をあびせられた二人の雨宮が掴んだ功績である。特にJS60ビルは発射ポイントがばれている。JS60ビルを攻撃に使ったことは気まぐれに過ぎないが、このことがティナに他の自動狙撃装置についても位置がばれているという錯覚を持たせる。

 これでは位置を狙うために思考を裂いた隙を狙われると、ティナは戦術を変えることとした。

 

「・・・」

 

 ティナは無言のまま回し蹴りを繰り出し、蓮太郎はそれを紙一重で躱す。反撃に出た蓮太郎は両手にXD二丁を構え、ガチャガチャと引き金を弾いて乱撃するが、ティナはそれをワンタッチ展開式のポリカーボネート製シールドで防ぐ。

 ティナはバックステップで距離を置いたのち、返す刀で焼夷手榴弾を投げつける。対して蓮太郎は、炎の壁をカートリッジにて加速された焔火扇で切り裂く。漆黒の拳がティナの眼前に迫ること残り六十センチ、ティナが用意した網に蓮太郎は捕えられた。

 

「トリプル!」

 

 ティナは事前に遠隔操作ユニットの照準位置を絞ったうえで、相手を誘い出したうえで三点から同時に狙撃したのだ。三つの軌道は三叉の鉾のように蓮太郎を襲う。たとえ延珠が蹴りで迎撃するにしても対応できるのは一発、残り二発は喰らわざるを得ない。

 希望的考えで、一発は義眼による見切りにて義手で防御できたとしても、最後の一発はどうしようもない。オーバークロックにより弾丸の軌道を確認した蓮太郎は走馬灯を垣間見るが、愛しい小さな体によりその幻を終わらせた。

 

「延珠!!」

 

 延珠が取った最後の手段、それは自分が身代わりとなって三発の銃弾を浴びることだった。肘に当たった銃弾は延珠のか細い右腕を千切り、腹に当たった銃弾は延珠の小さなおなかを駆け巡り内臓をえぐる。肩に当たった一発が最も軽微と言うほどに、延珠の当たり所は悪かった。

 ティナが使用していた銃弾はすべて普通の鉛玉であるが、もしこれがバラニウム弾なら蘇生する可能性はゼロだったであろう。それでなくてもこの戦場においては、リタイアなのは必須である。

 蓮太郎はうろたえる暇も、延珠の容体を確認する暇も無く後ろに飛び退く。遠隔操作式の狙撃銃と種こそ解っていても、延珠が戦線をリタイアした以上はそれ以外に対応手段がないからだ。

 

「勝つのだ……蓮太郎……」

 

 逃げの手を取る蓮太郎を脇目に、死にかけのか細い声で、延珠は閃光弾の缶をティナの足元に転がす。片手のためピンも抜き取られていないが、ティナの足元に転がる缶は甲高い音を響かせる。

 互いの信頼関係で蓮太郎は延珠の意図を組む。閃光弾の缶を拳銃で撃ちぬき、強引に起爆させるのだと。

 

「うおおおお!」

 

 蓮太郎は心臓を止め、左手に構えたXDで閃光弾の缶を撃ちぬいた。炸裂によりけたたましい轟音と膨大な光がティナを襲い、三半規管をかき乱して動きを止める。

 普通の人間でも至近距離で喰らえば、暫く動けない程の光である。ましてフクロウの因子を持つがゆえに、ティナにとっては弱点にも等しい。

 

「延珠がくれたチャンスだ、逃さねえ」

 

 蓮太郎自身は閃光を避けるために義眼の機能を一時的にカットしていた。そのため左眼は閃光の影響を受けていない。閃光が止むタイミングを見計らい、蓮太郎は義眼の機能を再び作動させる。左眼を見開いた蓮太郎は脚部のカートリッジを炸裂させて接近し、身動きを封じられたティナを襲う。

 

「轆轤鹿伏鬼! 雲嶺毘湖鯉鮒!」

 

 接近して飛び掛かった蓮太郎は轆轤鹿伏鬼でティナのほほを上から打ち下ろし、そのまま追撃のアッパーカット、雲嶺毘湖鯉鮒で顎をかち上げて空に打ち上げる。呪われた子供たちとしての再生能力のたまものか、攻撃を受けながらも視力を回復させたティナであったが空手で空に浮き上がったのでは取れる行動は少ない。この時点で死に体である。

 敗因は延珠が転がした閃光弾にあるのは明白である。『新人類創造計画』里見蓮太郎ではなく、『イニシエーター藍原延珠のプロモーター』里見蓮太郎に敗北したことを噛みしめ、蓮太郎の沙汰を受ける覚悟を決める。

 

陰禅(いんぜん)上下花迷子(しょうかはなめいし)三点撃(バースト)!」

 

 三発のカートリッジをつぎ込んだかかと落としは文字通り、暗殺者ティナ・スプラウトを断罪する鉄槌となった。

 ステージⅣガストレアすら殴り殺す連続打撃をうけたのだ。いかにティナがイニシエーターと機械化兵士のハイブリッドとはいえ虫の息である。

 

「蓮太郎さん……トドメを……」

 

 ティナは蓮太郎に介錯を頼んだ。もとより失敗したら死あるのみというのがエインとの取り決めである。ティナは今が死ぬ時だと思っていた。

 だが蓮太郎はそれを受け入れない。XDをホルスターに収納すると、ティナを抱きかかえて延珠の隣に寝かせる。

 

「どう、して……?」

「俺はお前を殺したくて戦ったわけじゃない。街で出会った友人として、暗殺者だなんて馬鹿げた行いを止めさせたかったからだ。

 それに延珠の事を知っていながらお前は鉛の銃弾を使ってきたし、木更さんも殺すつもりでは襲わなかった。ありがとうな。

 お前の処遇が悪くならないように掛け合ってやるよ」

「でも……私は負けたことですべてを失った。私自身が死を望まなくても、この状態じゃ『コピーキャット』に……」

「その心配はねぇぜ」

 

 ティナの言葉を遮ったのはアゲハであった。将監との決着の後、蓮太郎たちの援護のためにJS25ビルにやってきていたのだ。

 

「伊熊は俺達が倒した。それにランドの野郎は、今はアメリカに居るんだろう? 俺達で匿えば心配はねぇよ」

「でも……いずれ私以外の強化イニシエーターが……」

「その時は、俺と延珠で守ってやる。木更さんや夜科さん、雨宮さんもいるんだ……それくらい屁でもないぜ」

 

 蓮太郎は満面の笑みで見栄を切る。ティナはそれが強がりだろうと冷めた目で見る心と、羨望のまなざしで見る心とで葛藤するが、その笑顔に心を溶かされた。

 

「私を倒した責任、とってくださいね」

 

――――

 

 ティナ・スプラウト、伊熊将監の両名撃破によって終結した聖天子狙撃事件から、いくらかの時が過ぎた。

 重症で病院に運ばれた延珠とティナ、ついでにかねてより肺の傷で入院していた夏世はそろって勾田大学病院を退院した。

 退院するまでの期間、蓮太郎は無茶な戦い方をしたと菫にこっぴどく叱られたのだが、蓮太郎はそれが愛情の証であると内心ほっとしていた。

 

「トカゲのしっぽ切りか……」

 

 事件当初から依頼主を斉武大統領だと決めつけていた蓮太郎であったが、イニシエーターを欠いた期間に調べ上げた結果ではついにその足を突き止めることができなかった。

 ハッカーがよく使う踏み台に似た多重の依頼システムが、その足取りを消してしまったからだ。

 三人そろっての退院とはいえ、本来ならティナはそこに交わることは無い。聖天子を狙撃した重罪人だからだ。この状況の説明には事件の一週間後に遡る。

 

「非公式ながら序列九十八位ティナ・スプラウトの撃破、並びに護衛任務での功績を協議し、貴方にIP序列三百位を通達します」

 

 蓮太郎の元に、IISOからの通達書と一本のビデオレターが届いた。それは、今回の功績から蓮太郎×延珠ペアの序列を大幅に引き上げるという内容である。

 IISOの物とは別に書かれた聖天子の信書には、こう記されていた。

 

『ティナ・スプラウトに対し、先の事件はパートナー、エイン・ランドに強制されたモノとみなし、序列剥奪以外の処分を与えず』

 

 事実上、ティナに恩赦特例を与えることを信書は証明していた。この御免状のおかげで、ティナは東京エリアにおいては自由の身となった。

 幸いにもプロモーター資格を持ちながらパートナーがいなかった木更が、そのままティナを社員として雇うことで自分のイニシエーターとすることに決めた。

 恩赦そのものが特例のため正式な序列通達は行わるのはまだ先だが、こうしてティナは天童民間警備の一員に迎えられた。年齢が近いこともあり、今後は延珠と同様に蓮太郎が一緒に暮らして世話をすることになった。

 

 一方で、もう一人の襲撃犯には重い沙汰が下されていた。

 

「被告人、伊熊将監―――」

 

 逮捕された将監は、連続殺人事件の犯人『民警殺し』として処罰を受けることとなった。聖天子狙撃事件への関与はティナへの恩赦のおこぼれにより不問とされたものの、それ以外の事件での余罪が将監を無罪にすることを許さなかった。

 警察が民警殺しについて突き止めたのは匿名のリーク情報の賜物である。将監の体を技術的に盗まれても問題は無いと判断したエインが、将監が逮捕されたことを知り死刑に持ち込むべく余罪を密告したのだ。

 ティナと比べて、品行方正でも、善悪の区別がつく子供かという点でも、前科があるかという点でも、罪の重さは将監を許さなかった。元々力だけでのし上がったアウトロー崩れのため、民警でなければ真っ当な人生ではなかっただろうというほどに潔白から程遠いのだ。

 将監は略式裁判によるスピード判決により終身刑が言い渡されたが、スコーピオン撃退の功労者に対する刑罰が公表されれば社会的影響が大きいという判断から、マスコミ等へこの情報は秘匿された。

 カモフラージュとしてゾディアック討伐メンバーの一人、英雄伊熊将監の戦死を伝える一報が各方面に流されたが、それが有罪判決の暗示であることをしる人間は少ない。

 判決が言い渡された次の日、ズタ布の拘束服を身にまとい死んだ魚の眼をした将監に対して、一人の女性が面会に訪れた。

 

「初めましてだね。元気しているかい? 伊熊将監」

「誰だ?」

「これからキミの主治医となる室戸菫と言うものだ」

「主治医だと……」

「知っての通り、キミの体はあちこち機械が埋め込まれているのでね。誰かがメンテナンスをしないといずれキミはお陀仏と言う訳さ。そうさせないために私が来たのだよ」

「別にいらねえぜ。死んだらそれまでだ」

 

 人生に失望している将監は、菫に捨て鉢の弱音を吐く。

 

「キミの罪状は終身刑だが……ここだけの話、世間では既にキミは死んでいるのだよ」

 

 菫は偽装情報として流された戦死の一報を将監に教えた。

 

「そうか……ま、しゃあねえか。いつもそうだ、俺みたいなやつの安息は戦いの中にしかねぇ……」

「だから逆にいえば、この刑務所に押し込められたキミの扱いは罪人ではなく危険な猛獣なんだ。猛獣とはいえ飼いならせれば、団長の鞭に繰られて娑婆に顔を出しても許されるのさ。つまり、キミの行い次第でここから出られるかも知れないという事だ」

 

 人生に絶望していた将監だったが、菫の一言に一筋の光を見出す。

 

「だったら、何をすればいいんだよ。アンタの言う通り俺は猛獣だ。戦う事しか能がねえぞ?」

「キミは俺様系だからさぞエインの事は憎らしかったろうが、あいつがコピーキャットなんてコードネームでキミを弄ったことを幸運に思いたまえ。まずはキミの体を徹底的に調べさせてもらう、方針はそれからだ」

 

 菫の目的は、エインが将監の体に仕込んだギミックの技術解析と、蓮太郎用の強化装備開発の為のモルモットである。将監が脳みそまで筋肉と言う偶然と、エインが常人素体で室戸菫の最高傑作を破壊するという科学者同士の真っ向勝負を挑もうとしたという必然が折り重なったことで、将監の体は機械化兵士としては限りなく蓮太郎に近い存在になっていた。

 戦後も研究を継続していた他三人に遅れながらも、菫は将監と言う協力者の元に蓮太郎のアップデートを試みることにした。

 

「この感覚、久しぶりだよ……ゾクゾクしてくるね」

 

 久々の人体改造に、菫の心が躍っていた。引きこもりの身でありながら、刑務所まで足を運ぶほどに。




れんたろーコンビvsティナとその後の話
その後は半端な長さになったのでくっつけました。
コンセプトとしては延珠敗北戦でれんたろーがいて、遠隔狙撃もネタバレしていたらたら勝てたかも?なのですが、原作でマジ強いだったシェンフィールドが上手くいかせてないかもしれません。

と言うことでNEXT編はここまでです。


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ミラージュ編
Call.22「来訪者」


 東京、大阪、九州、北海道、そして仙台の五つに分断された2031年現在の日本において、対ガストレア用の武器をどれだけ保有しているかは各エリア共に死活問題となっている。東京の司馬重工をはじめとして各軍事関連企業の成長は、ガストレア戦争からの十年で飛躍的な進歩を遂げていた。

 仙台に拠点を構える『ミラージュインダストリィ』もまた、そのうちのひとつであった。ミラージュは元々、ある芸能人が引退後の余興として起こしたバイオケミカル企業が前身であり、単純な武器の技術力については競合他社のOEM頼りである。その代り、医薬系での技術と他社製品のOEMで仙台エリア内の需要と供給を賄える財力を併せ持つ巨大企業となっていた。

 2031年現在では会社の顔である序列三百六十位のプロモーターと共に、仙台エリアになくてはならない存在である。

 

 聖天子狙撃事件から十日程が経過し、天童菊之丞の帰国と保脇ら一部護衛官の刷新により聖居の護りがより一層強固なものに進化を遂げていた。奇しくも、先の事件で組織の癌が炙り出されたと言えば皮肉かもしれない。

 影胤事件以降、何かしら大きな事件に見舞われる東京エリアに、再び他所から大物が来訪することになった。

 

「ねえ、里見ちゃん? 明日なんだけど、ちょっと付き合ってくれへん」

 

 真面目に授業を受けるために登校してきていた蓮太郎は、昼休みに生徒会の強権により生徒会室に呼び出されていた。しぶしぶ駆けつけた蓮太郎に、未織は話を振る。

 

「付き合えって言われてもなあ……延珠もいないし護衛はこりごりだぜ」

「里見ちゃんはなんで、そういうつれない発想をするんかねえ。デートのお誘いとは思わんの?」

「だってニュースにもなっているぜ。仙台エリアの有名人がこっちに来ていて、しかも目的が司馬重工との交渉だっていうじゃないか」

「だったら話は早いねえ。明日はその誰かさんの歓迎パーティを家で開くんよ。

 そこで、里見ちゃんもそれに来ないかってお誘いなんよ。護衛の方は家のSPで間に合っているから、里見ちゃんはハメを外してもらってかまわへん。ご馳走もたっぷり用意しているよ」

 

 未織の話とはパーティのお誘いだった。聖天子護衛任務の期間中は、聖居で発注した仕出しの弁当を食べていたため飢えることは無かったが、民警風情と侮られたのかはたまた保脇の嫌がらせなのか、お世辞にも味がいい弁当ではなかった。

 そこにご馳走の話が舞い込んできたのだから蓮太郎は思わず喉を鳴らす。先日のティナとの決戦当日に頂いたモーニングセットがここ最近で、最も美味だったことを蓮太郎の下が覚えている。下手に料理好きの為か、未織が仕掛けた食の誘惑に蓮太郎の心が傾く。

 さすがに二つ返事と言うわけにはいかないため、蓮太郎は確認を入れる。

 

「俺だけご馳走になるのは木更さんに悪いし、木更さんも連れて行ってもいいか? あと入院中の延珠たちの分のお持たせも準備してくれると助かる」

「ウチとしては、木更はお邪魔なんやけど……建前上は天童民間警備御一行様として招待することになりそうやし、今回は仕方がないねえ。

 延珠ちゃんたちの分については最悪何かで埋め合わせさせてもらうから、気にせんでええよ」

「だったら木更さんの方には俺から連絡しておくぜ」

 

 未織との話が終わると、蓮太郎は教室に戻って行った。

 

――――

 

 翌日、司馬重工の本社ビルにあるレセプションホールに招待された蓮太郎は、その光景に気圧されていた。かつては天童菊之丞の養子としてこういうセレブが集まるパーティにもよく顔を出したものであるが、養父から学んだ仏像掘りのようにご無沙汰のため違和感を得ていた。

 一方で今でも、見栄で食事以外は名家の令嬢としての生活レベルを維持し続けている木更は、このような場の空気にも手慣れた様子を見せていた。

 両名ともに、ビュッフェを食いつくさんとするほどの勢いなのを除けば、形の上では様になっていた。

 パーティには司馬重工以外にもそのおこぼれにあずからんと、東京エリアの有名企業関係者が数多く出席しているため料理もそれなりの数が用意されていた。日頃のひもじい食事情の鬱憤を晴らさんと全品制覇を掲げていた蓮太郎は、人気の少ないテーブルを見つけた。

 テーブルの上には山盛りのメロンパンと肉厚の鉄板が用意されていたが、料理人が席をはずしているようで鉄板焼きにはありつけなさそうである。出席者たちもわざわざパーティでメロンパンを食べる気が起きないと言ったふうで、肉を焼かない鉄板に興味はなしと言った具合で避けているようであった。

 セレブリティとメロンパンという取りあわせに奇妙な印象を受けた蓮太郎は試しに一つ頂いて召し上がることにした。

 

「なんだこれ……本当にこれがメロンパンかよ」

 

 用意されたメロンパンは表面のクッキー皮はカリカリに焼き上げられて香ばしく、逆に中心はふっくらとやわらかに焼き上げられている。メロンパンの作り方をうろ覚えながら知っていた蓮太郎ではあったが、彼が知る一般的な調理法ではクッキー皮を香ばしくすれば中心がパサパサになり、中心をふっくらさせればクッキー皮の焼きが甘くなるという欠点があった。

 カリカリとふっくらが両立するメロンパンはそれに近いものこそ食べたことがあっても、この場でのメロンパンほどの完成度は初体験の味である。

 その味に驚いていた蓮太郎は、不意に脇から声をかけられた。

 

「キミもメロンパンが好きなのかい?」

 

 声をかけてきたのは長身長髪の男性で、モデルや俳優と言った面持ちである。いわゆる若いイケメンのようであるが、ただの若者には思えない面妖な雰囲気を醸し出していた。

 急に声をかけられたことで蓮太郎の表情が固まる。その理由をメロンパンの味の秘密のせいと勘違いした男性はおもむろに蓮太郎に語り始める。

 

「このメロンパンのおいしさの秘密は、おそらく外のクッキー生地を半生で焼いた後にパン生地と合体させて再度焼きあげる……言うなれば二度焼きをしていることにあるね。そうでなければこのカリカリともふもふの両立は出来ないよ」

 

 蓮太郎は内心「この男は急に出てきて何を言っているんだ?」と思っていたが、パーティという場をわきまえて男の薀蓄を聞き流す。そして、袖振り合うも多生の縁と名を訊ねる。

 

「アンタは?」

「僕は―――」

「ちょっと失礼!」

 

 蓮太郎に訊ねられた男性は名乗りをあげようとしたが、彼に用がある他の出席者たちの波に飲まれて消えていった。

 その様子を蓮太郎はあっけにとられた顔で眺めていると、生ハムメロンを皿に乗せた木更が現れた。

 

「どうしたの?」

「いや、なんでもねえよ」

 

 何でもないと蓮太郎は答えたが、先ほどの男性にどこか見覚えのようなものを感じて小首を傾げる。その後も他の出席者や壇上のスピーチになど目にもくれずに料理をむさぼった二人は、延珠たちへ持ち代える折詰まで用意させてご満悦のパーティとなった。

 一方で誘った側の未織は、司馬重工の顔役としてあれこれと挨拶回りに勤しんだ結果、蓮太郎との楽しいパーティを満喫できずに不機嫌を積らせていた。

 

「浮かない顔をしているね、お嬢さん。僕もこういうパーティは苦手だから気持ちはわかるよ」

「いえ、滅相な」

 

 未織は声をかけえてきた男性に驚き、社交辞令を返す。この男性こそがパーティの主役であるミラージュインダストリィの会長その人なのだから、緊張するのも当然である。

 

「そう身構えることは無いよ。今回は僕がキミ達のお世話になっている立場さ。僕が東京に来た理由はいくつかあるけど……特にキミが関わっているという新型爆弾については色々教えてもらいたいところだね、司馬未織さん」

「いやですわ。確かにウチは我が社の武器開発に関わっているけど、爆弾は専門外なんよ」

「専門外とはいっても、存在そのものは知っているんだろう? なんでも従来の爆撃用爆弾の二十倍近い威力があるとか」

「それは……まだ試作段階ですので欲しいと言われても無理や。OEM提供は出来んよ。

 どこで噂を聞きつけたのかは知りまへんが……アレは爆撃用の爆弾ではなくて対ガストレア用に攻撃範囲を絞った爆弾なので、使い道が狭いんよ。その分持ち運べるくらい小さいんやけど」

 

 男性が未織に訊ねた爆弾とは、司馬重工の研究室が開発中の新型爆弾の事である。エキピロティック・ボム―――通称『EP爆弾』と名付けられたこの爆弾は、爆破範囲を極小にとどめることで、手榴弾程度の大きさで爆撃用の五百ポンド級爆弾のおよそ二十倍と言う破壊力を秘めていた。

 

「素晴らしいじゃないか。掌サイズでその威力、ますます欲しくなるよ」

「でしたら、込み入った話は完成し次第と言うことで。ところで、どこでこの話を?」

「キミの所のSPに、先日のスコーピオン襲撃後に退職した男がいただろう。彼から聞いたのさ」

「あの初老の……まさか?!」

「その『まさか』さ。彼は産業スパイだったそうで、新型爆弾の情報を裏のルートで売りさばこうとしたみたいなんだ。幸い売りつけようとした先がミラージュの裏部門だったおかげで、僕の所で情報が止まったわけだけど」

「ありがとうございます」

「もっとも彼が売ろうとしたのは新型爆弾が存在するという情報だけさ。気にすることはないよ」

 

 男性は気にすることは無いと言っていたが、未織の方は冷や汗で背中が濡れていた。たとえEP爆弾が存在するという情報だけであっても、なまじ小範囲とはいえ従来の爆弾をはるかに超える威力を誇っているからだ。そのため、風説の流布が大きな問題を生みかねないと、男性の話を聞いて未織は思う。

 

「例ならこのメロンパンで充分さ。僕の好みに合わせて用意してくれたんだね、ありがとう」

 

 そういうと、男性は満面の笑みで去って行った。

 

――――

 

「思い出した。さっきの人、吸血鬼(ヴァンパイア)刑事(デカ)だ」

「急にどうしたの? 里見君」

 

 食後の紅茶を飲んでいた蓮太郎は、先ほどあった男性について、気になっていた記憶をふと思い出していた。

 

「メロンパンの所で知らない男に声をかけられたんだが、どこかで見た顔だなと思ってたんだ」

「私は知らないけれど、有名なの?」

「知らなくても無理はねえよ。吸血鬼(ヴァンパイア)刑事(デカ)ってのは、菫先生に見せられた懐かし特撮シリーズの一つで、二十年以上前に作られた作品だからな。アレを見た時も紅茶を飲みながらだったから、それで思い出したのかな?」

 

 蓮太郎は男性に、とある特撮番組の主演俳優の姿を重ねた。だが二十年前映像と件の男性の姿が酷似しすぎているため、ただのそっくりさんだとも思っていた。それでも菫への土産話にはなるかなと思いつつ、蓮太郎は飲みかけの紅茶にミルクを足した。




えんじゅ入院中の時系列でぱーちーな話
メロンパンはカリカリ派


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Call.23「朧」

 司馬重工の本社ビルにてパーティが開かれていたその頃、外周区には旋律が走っていた。

 

「なに……あれ……」

 

 外周区で暮らすストリートチルドレンたちは、月明かりに照らされる黒い物体を目撃していた。まるでプテラノドンに似た黒く大きな怪鳥三匹が、モノリス同士の中間を通り東京エリアに侵入していたからだ。

 少女たちはプテラノドンについては何も知らないが、上空を飛んでいく物体がなんなのかは当然知っている。

 

「ガストレア! ガストレアが飛んでいる!」

 

 少女はガストレアに恐怖し、穴倉に隠れて通り過ぎることを祈っていた。

 三匹のガストレアは地上の子供たちには目もくれず、一直線に空をかけていた。その行先には司馬重工の本社ビルがあるのだが、何故ガストレア達はその場所を目指すのかはわからない。

 それでも偶然であろうが必然であろうが、司馬重工がこれから襲われることには変わりはない。

 

「なんだ?」

 

 ビルの中に轟音が響き、その音に蓮太郎は気が付く。司馬重工のSPは聖天子護衛官と比べて数段上という未織の談はまさにその通りで、不測の事態に陥っても慌てず、冷静に出席者を避難誘導させる。

 嘘も方便と言うべきか、SPたちは「パーティの締めに催し物がある」と出席者たちを言いくるめてシェルター室に案内しているのだから、たいしたものである。

 その手際を脇目に、騒動の元にたどり着いた蓮太郎の目の前には、三匹のガストレアと一人の男がいた。

 

「キミ達……まさか僕の事を追ってここまで来たのかい? このあいだは逃げたくせに」

 

 男は人語を介さない化け物に語り掛ける。まるでペットをあやす様に。

 

「だったら……たまにはファンサービスをしてあげようかな」

 

 そして男はガストレアに名乗りを上げる。

 

「天才、望月朧……久しぶりの東京イベントの幕開けさ!」

 

 男の正体はミラージュインダストリィ、正確にはその前身となったバイオケミカル企業の創設者にして序列三百六十位を誇る仙台エリアの有名人、戦う名誉会長と異名される男であった。

 その名は望月朧……特撮俳優からスタートし、画家から企業経営者、そして民警へと華麗な転身を続ける天才児である。天才だから何でもありなのか、その外見は二十年前の俳優時代からほとんど変わっておらず、一部ではリアル吸血鬼とも異名されるほどである。

 朧には金の力にて封殺している、民警としてのある秘密がある。その秘密故に三匹のガストレアを前にイニシエーターも連れず、徒手空拳でありながら余裕の態度を取っているのだが、それを知らない蓮太郎には自殺行為にしか見えていない。

 

「アンタ……馬鹿な真似は止めて、さっさと逃げろ。ここは俺が時間を―――」

「天才の辞書に、無様な遁走は無い!」

 

 朧は蓮太郎の静止などどこ吹く風と言った態度で、ガストレアに飛び掛かる。壁を突き破り、ビルの中に飛び込んだが故に動きを封じられたガストレアには、朧の攻撃を防ぐ手立てはない。

 全身にオーラを纏った剛拳が頭部を一撃で吹き飛ばし、一匹のガストレアを容易く殲滅する。その光景は蓮太郎からすれば、眼前のガストレアに対して取ろうとした動きと一致していた。だが目の前の相手は炸裂カートリッジもなしにそれを実行したのだから、蓮太郎の度胆をぬくには充分である。

 その動きにちょっとした既視感があったのだが、気が動転した蓮太郎は思考と記憶がむすびつかずに既視感をスルーしていた。

 仲間の一匹が瞬く間に倒されたのを見て、恐れをなした残り二匹は外へと逃げ出す。どちらかと言えば今までは操られるように望月朧という個人が放つ生命波動に引き寄せられたのだから、酔いがさめたとも言うべきであろうか。

 

「飛んで逃げる気か……少年、ちょっとだけ眼をつぶっててくれないか?」

 

 朧は蓮太郎に眼をつぶるように頼むが、蓮太郎は無言で首を横に振った。近くにあと二匹のガストレアがいるのだから仕方がない。

 

「そうか……だったら少しの間、眠っててもらうよ」

 

 そして、蓮太郎の意識が途切れる。意識が途切れたのは数十秒間ではあったが、眼を覚ました蓮太郎が見たのは、上空で戦う三匹の化け物であった。薄暗くてはっきりとは見えないが、そのうちの一匹はまるで翼の生えた人間のようである。

 人間のような『何か』が組み技で二匹のガストレアから頭を引きちぎり、残った胴体が地面に突き刺さる。『何か』はガストレアを殲滅すると、上空へと消えていった。

 

「里見君、大丈夫?」

 

 目の前で繰り広げられた怪獣同士の戦闘にあっけにとられていた蓮太郎は、駆けつけた木更の呼びかけで正気に戻った。

 

「大丈夫だ」

「このガストレア、里見君が倒したの?」

「いや、違う。先に来ていた男が殴って倒したんだ。名前は……」

「望月朧やね」

 

 木更と蓮太郎に、未織も合流する。未織は朧の事を多少は知っているため、二人に彼が序列三百六十位のプロモーターであることを教える。

 

「序列三百代か……それにしても素手で殴り倒すなんて、まるで夜科さんたちみたいだ」

「流石に夜科さんや雨宮さんも武器を使っての話だし……素手でとなるとそれ以上ってことじゃ……」

「……キミ達、僕の噂をしているのかい?」

 

 三人の会話に、いつの間にか戻ってきていた朧が後ろから混じる。そこで蓮太郎は、先ほどの事について朧に訊ねる。

 

「アンタ、あのガストレアを倒した後、いったいどこに? それにさっき俺の意識が一瞬飛んだんだが、それもアンタの仕業か?」

「ゴメンね、眼を閉じてと言っても聞かなかったから」

「だからって気絶させるとかどういうつもりだよ。それに今までどこに行っていたんだ!」

「逃げたガストレアを追っていた」

「それじゃあ……逃げたガストレアを倒したのも?」

「それも僕がやったことだが、どうやって僕が飛んだのかは営業秘密だからね。気絶させたことは申し訳ない」

「はぁ~」

 

 朧は蓮太郎に悪びれた様子で謝る。蓮太郎は反省の色がない朧の態度がどこか菫に似ているなと感じ、言っても無駄かとあきらめて溜息をつく。

 それに残ったガストレアを倒したのが自分だと言われても、蓮太郎にはあの空を飛ぶ鳥人間のような存在が目の前の男と同一人物だとは信じられない。常識の範疇を逸脱しすぎているからだ。

 朧は蓮太郎にしたことなどどうでもいいという素振りで、自分が知りたいことを三人に訊ねる。

 

「ところで、夜科と雨宮と言うのはキミ達の知り合いかな? 夜科なんて苗字は珍しいけれど」

「夜科と雨宮は我が社の社員みたいなものです」

 

 朧の問いに木更が答える。厳密には社員ではないが、確かにあの二人は社員同然で天童民間警備に入り浸っているため間違いではない。

 

「そうか……もしかしてだけど『夜科アゲハ』と『雨宮桜子』と言う名じゃないよね?」

「知り合いなんですか?」

「驚いた、これは嬉しい偶然だね。アゲハ君は僕の親友だ」

 

 夜科アゲハの親友だと語る朧を前に、蓮太郎の頭の中でピースが繋がる。朧の戦いを見て感じたことと、アゲハの知り合いという情報が蓮太郎に答えを与える。

 蓮太郎は未織にはPSIの事を教えていないため、朧に小声で訊ねる。

 

「それじゃあ、アンタもサイキッカーなのか? あの空を飛ぶ羽も、超能力だっていうなら解らなくもない」

「まあね」

 

 朧は蓮太郎の問いに答える。自分もアゲハ同様にサイキッカーであると。

 蓮太郎たちが知らないのも当然だが、朧はかつてアゲハと共にサイレン世界で戦った戦士の一人である。身体機能強化(ストレングス)に優れており、アゲハや桜子がスピードを生かしたヒット&アウェイを主体とするバランス型とするならば、朧はパワーで障害を跳ね除けるストレングス偏重型と呼ばれるタイプである。

 朧はアゲハと違いバーストが特異なわけでもないため、身体機能強化(ストレングス)で底上げした筋力にバーストオーラを外郭として纏う強化戦闘を行うことができる。強化戦闘状態では只の拳打が必殺の一撃へと変貌するほどである。

 朧は蓮太郎へお返しを求めるように訊ねる。

 

「答えたかわりというか……アゲハ君と連絡を取りたいんだが……」

「夜科さんと? だったら俺のケータイに番号が入っているぜ」

「ありがとう」

 

 朧は蓮太郎の携帯電話を預かると、そのままアゲハに電話をかけた。

 

『もしもし』

「僕だよ。久しぶりだね」

『その声……朧か?』

 

 電話先のアゲハは驚き声が止まる。2031年の時代に飛ばされてから、かつての仲間と初めて再開したからだ。

 

『お前、今までどこにいたんだよ』

「つもる話はあとだ。これからどこかで落ち合おう」

 

 朧はアゲハとの約束を取り付けると、電話を切って蓮太郎にケータイを返した。

 

――――

 

 アゲハと桜子は、朧との待ち合わせで勾田の駅前にあるプールバー『ロマネスク』を訪れていた。プールバーと言うだけありビリヤード台が二台ほど置かれていたが、ビリヤードに興じる客はいない。初老のバーテンダーと、泥酔したサラリーマン風の男が一人いるだけである。二人はバーテンが注いだカクテルをたしなみながら、朧の到着を待っていた。

 

「お待たせ」

「久しぶりだな、朧」

「久しぶり? キミ達にとっては久しぶりなのかもしれないけれど、最後に会ったのは十三年前だよ」

「そうだったわね」

 

 バーに朧が到着し、十三年ぶりの再会を果たす。アゲハ達にとっては数か月前にあったばかりであるが、時間旅行者(新たなサイレンドリフト)ではない朧にとっては十三年の月日が過ぎていた。

 再開を喜び合った後、アゲハは朧から他の仲間たちの近況を訊ね、朧はそれに答える。

 

「朝河君とタツオ君は北海道で暮らしているよ。霧崎君は相変わらず戦場カメラマンとして、影虎さん夫婦は子連れの民警一家として全国を飛び回っている」

「みんなは散り散りか……って、子連れ? 影虎さんに子供が出来たのか。祭センセーと結婚したって聞いた時も驚いたけど」

「流石に何年も一緒に暮らせばね。姫野ちゃんって名前で、今年で十歳だ」

 

 朧は二人にスマートフォンを見せる。影虎から送られてきた家族写真の真ん中には、女の子が写っており、その子が件の姫野であろうことは明白である。

 

「この子が……でも何故先生たちは全国を?」

「ガストレア戦争で芸能に興じる人間が減ったとはいえ、八雲祭のピアニストとしての腕前と人気は未だに根強いからね。演奏旅行ついでに滞在先で、民警として腕を振るっているそうだ」

「祭センセーらしいや」

 

 相槌を入れたアゲハは、残っていたカクテルを飲み干す。アゲハは光風会の阿部の話もあり影虎の行方は気にかけていたのだが、取りこし苦労に終わり胸をなでおろす。

 一方で桜子は、まだ朧の口から語られていない面々の行方を気にかける。

 

「あとは……エルモアウッドのみんなは?」

「今でも伊豆でひっそり暮らしているよ。彼らにも彼らなりの事情があるようで、伊豆から離れたくはないらしい」

「確かに天樹の根なら長期間暮らすことも問題ねぇだろうが、不便じゃないのか?」

「なまじエルモアが有名なサイキッカーであるがゆえに、ガストレア戦争では酷い目にあったからね。異能を持った子供たちを守るには、俗世を離れて引きこもるのがベストと言うのが彼らの下した判断だ。幸い未踏査領域に足を運ぶ時点で相手だって普通じゃない、おかげで世間っていう敵からは難を逃れるには便利だと、この間シャオ君がぼやいていたよ」

「ただでさえ呪われた子供たちなんていう腫物扱いがいるご時世だ、言われてみればあそこのほうがある意味安心か」

 

 アゲハは朧から聞いた話に納得しあえてガストレア戦争当時に何があったかは聞かなかった。ワイズ事件当時でも危険分子として白眼視されたことで心苦しい思いをしたことを、彼らの育ての親である天樹院エルモアから聞いていたからだ。

 アゲハも桜子も、呪われた子供たちを取り巻く一部の否定的人間の行動が、生理的悪寒という言葉で片付けてよいものかと言うほどに非道であることをこの二か月でも充分に肌に感じていた。故に聞いても不愉快なだけであろうと、嫌な気分を洗うように二杯目の酒を流し込む。

 朧も二人に合わせて、バーテンダーに酒を注文する。カカオ風味のスピリッツに生クリームとチェリーをあしらった『エンジェル・ティップ』は彼のお気に入りである。

 

「それじゃあ、今度は僕の方だ。キミ達二人は、今まで何処で何を?」

 

 朧の質問に対して、二人は懐にしまっていた黒いテレホンカードを見せる。朧とてかつては時間旅行者(サイレンドリフト)の一人だっただけあり、それだけで状況を飲み込むには充分である。

 

「そうか……道理で十年以上も完全に音沙汰なしになるわけだ」

「こっちに来たのは二か月前、今は民警のライセンスをとってガストレア退治に勤しんでいるってわけさ」

「ライセンスを? 以前とは違って、現代と行き帰りをするわけじゃないみたいだね。ネメシスQの目的も、当然前回とは違うという事か」

「彼女の目的はガストレア戦争の回避よ。そしてその鍵を聖天子が握っている。だから私たちは序列をあげることに決めたのよ」

 

 ガストレア戦争を回避するという夢物語を語る桜子の声はバーテンダーや酔い潰れたサラリーマンには届かない。だが当然、朧には届き彼を奮い立たせる。

 

「いいね。この十年、刺激的な毎日だと思う反面どこか味気ないとは思っていたが……やはりアゲハ君がいないと僕の人生は欠けてしまうようだ。

 僕も出来る限り協力しよう、何をすればいい?」

「とりあえず、アナタも民警なのでしょう? 今の序列を教えて」

「三百六十位」

「惜しいわ……里見君がこの前の事件で三百位になっちゃったから、あまり差が無い」

「里見君?」

「お前がケータイを借りたヤツがいただろう? アイツだ」

「ただの少年としか思わなかったけれど、人は見かけに依らないというやつか」

 

 アゲハの言葉で蓮太郎の事を思い出した朧は、まさかあの時の少年が三百位という話に多少ながら驚く。元より朧にとっての民警活動は『戦えればそれでいい』という戦闘欲求が大半であり、三百六十位という現在のランクはオマケ程度にしか思っていない。それでも三百位という上位序列に列をなすことが一筋縄ではいかないことを、朧は身をもって思い知らされている。

 故に少年のうちに三百位と言う序列を得た少年の存在に興味を引かれるのも自然なことであった。

 

「ねえ、アゲハ君。その里見君を僕に紹介してくれないかな?」

「別にいいぜ」

 

 朧はアゲハに、蓮太郎と会うための約束を取り付けた。ちょうど明日の夕方は久しぶりに稽古をつける約束をしていたため、渡りに船である。




朧合流と近況報告の話
ミラクルドラゴンとエルモアウッドは老けた姿がイメージ出来ないから合流予定は現状ないです


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Call.24「天才vs新人類」

 朧との再会から一晩が過ぎ、アゲハ達三人は天童民間警備の仮事務所を訪れていた。要するに蓮太郎の自宅である。今は延珠たちが入院中のため、家主一人しかいない部屋は何処か寂しげな雰囲気を醸し出していた。

 元々アゲハとは約束があったとはいえ、昨日の今日で会ったばかりの朧までこの場にいることに蓮太郎は小首を傾げる。

 

「こっちの都合で悪いが、今日は朧も連れて来たぜ」

「そうはいってもだな……いったい何の用だよ?」

 

 初対面に近い男が眼前に居ることの違和感に、蓮太郎は目つきを悪くする。昨日の件もあってか蓮太郎は朧に好印象を持っていないこともその一因である。

 

「キミがその若さで序列三百位だと聞いてね。興味が湧いたんだよ」

「興味って……それに三百位と言っても正式な通達はまだだし、今の千番台だって運に恵まれたことと延珠のおかげだ。実力で三百六十位って序列を勝ち取ったアンタに自慢できるほどのもんじゃねえよ」

「僕に言わせれば、運や環境だって実力のウチさ。

 無論、僕だって序列は下でもキミに劣っているとはこれっぽっちも思っていない。ただ、キミが何かを持っている人間かどうかを見極めさせて欲しいのさ。今日はアゲハ君と特訓をするんだろう? 一つ、僕とも手合わせをお願いするよ」

 

 こうして半ば強引に、蓮太郎は朧と手合わせをすることになった。ルールはいつも通り、金的目潰し以外は何でもありのタイマン勝負である。

 道場に移動して運動着に着替えた後、蓮太郎と朧の二人は中央で対峙した。

 

「始める前に一応言っておくけど、怪我をしても知らねえぞ」

「心配ご無用!」

 

 蓮太郎が朧に投げた威嚇の声が、そのまま開始の合図になった。

 朧は意識の隙間を縫うダッシュにて懐に飛び込み、蓮太郎のみぞおちを突く。昨日はこの一撃で失神してしまった蓮太郎ではあるが、今回は義眼を解放していただけのことはあり一味違う。生身の右眼に対しては意識の隙間を縫うことが出来ていても、左眼に搭載されたプロセッサによる演算までは誤魔化せない。左眼が認識し脳が反射的に体を突き動かす。

 

虎搏天成(こはくてんせい)!」

 

 頑強な右腕で突きをガードした蓮太郎は返す刀で反撃を加える。左腕一本での抜き打ちの突きであるが、朧を吹き飛ばして体勢を崩すには充分な威力を誇る。のけ反る朧に蓮太郎は追撃を加えた。

 

焔火扇(ほむらかせん)!」

 

 蓮太郎の拳はノーガードな朧の胸板を貫いた。

 だが朧はその一撃に顔色一つ変えることなく、後ろに飛んで距離を取る。

 

「やるね。曲がりなりにも序列三百位だ」

「お世辞は結構!」

 

 ノーガードとはいえストレングスを全開にして攻撃を受けた朧には焔火扇の衝撃は届かない。武芸者としての経験から悔しくもそれを肌で感じているがゆえに、朧の評価はお世辞以外には聞こえない。余裕の態度を取る朧に一泡吹かせたいという思いが蓮太郎を突き動かす。

 道場にバシュンという炸裂音が響き、いよいよ切り札の炸裂カートリッジを解禁した蓮太郎は、脚部炸裂でのダッシュで間合いを詰めて勢いそのままに蹴りを放つ。

 

陰禅(いんぜん)黒点風(こくてんふう)!」

 

 朧は余裕の態度で受け止めるが、黒点風が体をカチあげる下からの角度で放たれた事で、朧の体が浮かび上がる。自分の意思ではなく相手の策で空に浮いたことで、朧に隙が生じた。

 

「一の型三番―――轆轤鹿伏鬼(ろくろかぶと)!」

 

 そのまま即座に飛び掛かった蓮太郎は、カートリッジの炸裂を込めた轆轤鹿伏鬼を朧に放つ。空中で斜め下に打ち付けられた朧が道場の床を跳ね、錐揉み状に転がって壁に打ち当る。

 

「だから言っただろう? 怪我をしても知らねえと」

 

 蓮太郎の技のキレは、聖天子護衛任務に就く以前に見たものとは一段上に成長していた。護衛任務以前の実力を知るアゲハは、今回の組み手に舌を巻いていた。目に見えて急成長を遂げた蓮太郎の動きは、何処となくライズによって底上げされた動きに感じられるほどである。

 

「こいつは驚いた。朧に勝っちまうなんて」

「アゲハ君……まだだよ……」

 

 二人の勝負を見届けたアゲハは蓮太郎に軍配をあげようとしたが、朧はそれを拒否した。バランス型のアゲハと異なり、パワーや頑丈さが売りのストレングス型である。たとえそれが炸裂カートリッジを使った剛腕であろうとも、朧にとっては耐えきれる攻撃なのだ。

 立ち上がった朧は、蓮太郎を見つめて不敵に笑う。

 

「面白いよ、里見君……今度はちょっと、僕の本気を見せてあげようか」

「まて朧! 今の勝負は蓮太郎の勝ちだ」

「勝敗なんてどうでもいいよ。だったら、第二ラウンド開始と行こうじゃないか」

「俺もそのつもりだぜ。アンタと戦えば強くなれる、そんな気がするんだ」

「それも当然さ。なにせ僕は天才だからね」

「仕方がねえな……それじゃあ、第二ラウンド開始だ!」

 

 朧の頼みもあり、そのまま組み手の第二ラウンドが始まる。朧は全身にバーストオーラを纏い、強化戦闘の体勢を取る。

 ストレングスにて強化された一歩で瞬く間に間合いを詰め、朧はそのままショートアッパーを蓮太郎に放つ。蓮太郎は上半身をのけぞらせて回避するが、掠めただけで脳が揺らされ目を回す。

 負けたくないという思いが義眼の演算速度を加速させ、その刺激で意識をつないだ蓮太郎は、体を起こして体当たりを決める。天童式戦闘術三の型九番、雨奇籠鳥(うきろうちょう)が朧の体に深く沈みこみ、腰を落とさせる。

 並の人間が相手ならこの一撃で悶絶したであろうが、相手は天才望月朧である。これで勝てるとは蓮太郎も思っていない。そのまま左裏拳をこめかみ目掛けて放ち、朧がガードするところを見越して体を正面に捻り、右腕のカートリッジを炸裂させる。

 

雲嶺毘湖鯉鮒(うねびこうりゅう)!」

 

 蓮太郎は得意のアッパーで朧を打ち上げる。これまで蛭子影胤やティナ・スプラウトとの勝負を決定づける一打となった懐に飛び込んでからの雲嶺毘湖鯉鮒は、いわば蓮太郎にとっての最大の決め技ともいえる。朧もまたこの一撃で空に舞いあがるが、今までとは違いここが屋内であることが蓮太郎の判断ミスとなる。

 さらに朧の上昇スピードは影胤やティナの時より数段早い。なぜなら朧は打ち上げられたのではなく、自ら望んで飛び上がったのだから。

 

空中殺法(エリアルコンボ)が得意なのはキミだけじゃない、僕もゲームで鍛えているからね」

 

 普通なら格闘ゲームの腕前が実際の格闘に反映されることはまずないが、朧に限ってはそうとも言い切れない。朧はPSIに重要なイメージ力をゲームの動きからでも見出せる芸達者であり、小手先の才能という意味でのセンスではアゲハや桜子の比ではないからだ。

 蓮太郎が脚部カートリッジを炸裂させて飛び上がるが朧には追いつくことが出来ず、天井を蹴った朧と交差する。咄嗟にカートリッジを使って蹴りを放つが、朧はそれを掻い潜り、すれ違い様に背中を叩く。

 

「ぐあ!」

 

 蓮太郎は背中の痛みで悶絶する。朧はその後、蓮太郎の服を掴んで組み付くとバスターの体勢で地面に落下する。

 落下の衝撃音と蓮太郎の関節がきしむ音が道場に響き、蓮太郎は口から血を吐く。

 

「滞空時間が足らないから、不恰好なキン肉バスターで決めさせてもらったよ」

「大丈夫か?」

「大丈夫、この程度なら治せる」

 

 組技を解いた朧は、蓮太郎を失神させたことなどまるで気にも留めず、冷静に怪我の具合を見る。肺の傷と腰骨のヒビで普通なら全治一か月程の怪我を負っているのだが、朧は『治せる』と豪語する。

 

「キミはまだまだ強くなれる。こんなところで終わるような人間じゃない」

「自分で痛めつけておいてよく言うぜ」

 

 朧は久々に治癒能力(キュア)を使い、蓮太郎に自分の生命力を分け与える。流石に脳と心臓以外は再生できるイアンやヴァンと比べれば劣るが、朧の場合は自身の生命力そのものが強いために下手なキュア使いよりも回復効果は高い。

 朧のキュアにより蓮太郎の怪我は外見上では回復し、一晩眠って体力を回復すれば完全回復するほどである。目を覚ました蓮太郎は、治りかけで痛む体を起こす。

 

「………」

「そう落ち込むことは無いさ。キミはやはり何かを持っているのが解ったからね。

 ただ、一つだけアドバイスさせてもらうとすれば、キミはその義肢に頼り過ぎている。カートリッジなしに今の動きが出来るようになれば、一皮むけると思うよ」

「それは……」

 

 朧の言葉は蓮太郎の耳には痛い。影胤との戦いを経て機械化兵士としての能力を受け入れた蓮太郎ではあったが、正直言って木更をはじめとした天童流の免許皆伝者に勝てるかと言われればその自信は無い。初段と免許皆伝では大きな隔たりがあり、機械化兵士としての力も言い換えるならその差を埋めるためのインチキに過ぎないからだ。むろん意地の上では負けるつもりはないとしても、勝てるとは言い切れない。

 

「だったら、何かアドバイスとかはあるか?」

「そうだね……キミは拳法使いだから、型の練習とイメージトレーニングをオススメするよ。あのカートリッジを使ったつもりで型を練習するんだ。漫画的に例えるなら、手足に気を貯め込んで一気に爆発させるイメージでね」

「それだけか」

「ああ、それだけだ。でも忘れちゃいけないのは『確固たるイメージ』をもってやらないと意味がない。それだけは覚えておいてくれ」

 

 その後、朧から受けたダメージが深いことからこの日の訓練はこれでお開きとなった。

 

――――

 

 蓮太郎と別れた後、朧が宿泊しているホテルに移動したアゲハ達三人は、夕食のルームサービスを食べていた。セレブ向けの高級ホテルだけあり、ルームサービスと言っても単なる出前の域を超えた美食の数々が並ぶ。

 

「流石にシャッチョサンなだけあるな」

「僕くらいになればこれくらい当然だよ」

「……ところで、今日のアレはやり過ぎだったんじゃないの?」

 

 桜子は食事に手を付ける前に、朧に昼間の事を切り出す。

 

「里見君のこと? いいじゃないか、怪我は僕が治したんだし」

「治せばいいってものでもないでしょ」

「それになあ……自分本位なお前にしては、蓮太郎のことは意識しすぎには感じたぜ」

「直感だよ」

「直感?」

 

 朧が急に持ち出した言葉に、アゲハと桜子は小首を傾げる。

 

「里見君は何かこの世界で重要な役割をもっている気がするんだ。僕やアゲハ君のようにね」

「たしかにアイツは機械化兵士なんていう普通じゃない生い立ちだけど……」

「それだけじゃない。彼という存在とガストレア、この二つには何か関係がある気がするんだ。根拠はないけれど」

 

 朧の言葉に、桜子は以前の叙勲式での出来事を思い出していた。あのとき聖天子が蓮太郎に対して投げかけた言葉は、言い返すならばそれだけ里見蓮太郎という個人の出生に秘密があると受け取ることができるからだ。

 桜子は、思い出したことを朧に伝える。

 

「そういえば……以前、聖天子が里見君の両親について意味深なことを言っていたわ。『里見貴春(たかはる)と里見舞風優(まふゆ)の息子を名乗るのであれば、あなたには真実をしる義務がある』と」

「里見貴春(たかはる)と里見舞風優(まふゆ)? 僕も知らない名前だが、後で松本さんに調べてもらうことにするよ」

「お願いするわ」

 

 この後、食事を終えたアゲハと桜子はアパートへ帰った。アゲハとのパジャマパーティでもしようかと思っていた朧は少し落ち込んだのだが、しばらくして不貞寝した。




れんたろーvs望月朧の話
天才だから耐えられると言っても痛くない訳では無い
クロス介入で原作での射撃スキル開眼話がことごとく折れそう(原作コピー展開以外で狙撃開眼のオチどころをイメージできない)ですので、そのかわりここのれんたろーには体術を鍛えてもらう方向です


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Call.25「空の型」

 鶏が鳴きそうなほどの早朝、天童流で所有している道場の中央に蓮太郎は一人で立っていた。精神を集中し、技のイメージを頭の中で練り上げる。昨日、望月朧に言われたことを蓮太郎は試していた。両手両足に気を練り込むイメージを固め、百載無窮の構えを取る。

 

「一の型八番―――焔火扇(ほむらかせん)!」

 

 脚の発気で体を加速させ、右の正拳を虚空に放つ。拳が空気を切り裂く音が人気のない道場に響き、蓮太郎は百載無窮の構えを取って残心する。そのまま深呼吸をして息を吐いたところで、蓮太郎は何者かに声をかけられる。

 

「その体たらくじゃあ、二段に上がるのもまだまだ先だな」

「まさか……助喜与(すけきよ)師範か?」

 

 天童流のトップに立つ、齢百二十歳の化け物が蓮太郎の前に姿を現す。蓮太郎としても直接会うのは久しぶりなこともあり緊張が走る。

 

「その顔……自分程度の相手にワシが声をかけるなんてどういう風の吹き回しだと言いたそうだな。ワシからすればおぬしの方がワシを避けているだけだろうに。木更が天童と袂を分けたことを気にして疎遠になったのはおぬしであろう?」

「仕方ないじゃねえか。俺も菊之丞から勘当された身だ。ここみたいに一般にも開放している道場以外はおいそれと脚を向けるわけにもいかねえよ」

「そうもあの木更に執着するとは……あの腐った剣の何処に魅力があるというのか」

「アンタに何が解る!」

 

 蓮太郎を挑発して高笑いをする助喜与に、蓮太郎は怒りをぶつける。

 

「解らんよ、色恋なんて百年近くも離れたからな。どれ、ワシにもわかるように拳で語ろうじゃないか」

「わかった……胸を借りるぜ!」

「ならば、かかってこい」

 

 蓮太郎は全身に血を巡らせて胆力を込めて百載無窮の構えを取る。そのまま脚に力を籠め、全力で地を踏みしめて間合いを詰めて懐に飛び込んだ。

 

「三の型九番―――雨奇籠鳥(うきろうちょう)!」

「遅い!」

 

 蓮太郎の体当たりに合わせて跳び箱の要領でとんだ助喜与は、ノーダメージで攻撃をやり過ごして後ろを取る。蓮太郎は咄嗟に裏拳で追撃をかけるが、苦し紛れの一撃など助喜与には躱すのも容易い拳打に過ぎない。

 軽々と躱した助喜与は、蓮太郎の頭を掌で突く。

 

「こんなものか。例えばこれが三打玉麒麟(さんだたまきりん)なら、おぬしの意識ものうなったろう」

「くっ!」

 

 蓮太郎は後ろに飛び退いて構えを取る。たった一合で実力の差を見せつけた助喜与に対して蓮太郎は冷や汗をかくが、ここでイモを引いたら修業にならないと自分に言い聞かせる。

 

「まだまだ!」

「流石に初段程度ではムキになってもその程度だ。どれ、まずはその眼を使って見せろ」

「……押忍!」

 

 蓮太郎は助喜与に言われるがまま義眼の能力を解放する。プロセッサの演算が体感時間を遅くさせ、助喜与の動きに脳が追従できるようになる。蓮太郎の呼吸を読んで細かいフェイントをかける姿を、二十一式バラニウム義眼の力でまじまじと見つめる蓮太郎は、これが天童流師範の実力かと心の中で驚く。

 

「見えるか? ワシが今、どれだけおぬしの虚を突いたか」

「ああ、一呼吸程度の間に七回もフェイントを入れたな? この眼を使ってなかったら、簡単に釣られて突っ込んでいたぜ」

 

 得意げに助喜与の動きを解説する蓮太郎ではあったが、助喜与がかけたフェイントが只の七回ではないことには気が付かない。百載無窮の構えから静止した助喜与は、まったく微動だにしないままに蓮太郎に飛び掛かった。

 

(キャ)の型四番―――(フェイ)!」

 

 一歩に全力を込めることで神速の歩法で間合いを詰める天童流の技でも、バラニウム義眼を用いれば多少の予備動作は見つけることが出来る。少なくとも蓮太郎はそう思っていた。だがたった今、助喜与が見せた動きには全くそれが無い。微動だにしない以上は間合いが詰まることが無いという常識と、相手に動きがないことが見えすぎる義眼の特性を利用することが第八のフェイントとして作用した。

 

(キャ)の型一番―――剄蘭(けいらん)!」

 

 神速とはいえ義眼の演算は微動だにしないままに接近する助喜与を途中で捕え、それに反応する蓮太郎は防御の姿勢を取る。しかしそれでも助喜与を止められない。

 掌に気を込めた掌底が×の形に組んだ両腕ごと顎を捕え、防御に触れるとともに放たれた衝撃波が蓮太郎の意識を刈り取った。気絶した蓮太郎に対して、助喜与はバケツに組んだ冷や水をかける。

 

「起きたか?」

「ああ……」

「おぬし、防御したのに失神したことが不思議で仕方がないようだな。だがそんなところで立ち止まっておったら、いよいよ初段から先なんて無理だぞ? いくらワシが義眼の力を使えといっても、それを利用されているようではな」

「利用?」

「おぬしが義眼を使って得意げに見抜いた虚、あれはその義眼で見破らせることそのものがワシの手よ。余計なところが見えすぎておるから、ワシの動きを追従出来なんだ。見切りの極意は相手の呼吸を読むこと、一挙手一投足を事細やかに把握することではないのだぞ」

 

 蓮太郎は言われて影胤事件以降の事を思い出す。機械化兵士としての力を肯定しようと、強者との戦いでは積極的に義眼や義肢の力を使ってきていた。たしかにその場の判断ではそれは正解なのであろう。しかし助喜与の言うようにその力に頼り過ぎていたのもまた事実である。義肢については朧に指摘されたばかりであるが、義眼も同様だったのである。

 アゲハとの模擬戦闘でサイキッカーという超人を相手に対等に渡り合うことを可能にする義眼の力も助喜与という達人を前にしてはおもちゃも同然なのだ。いかに強力であろうとも、通用しないとこうも脆いと蓮太郎はショックを受けざるを得ない。

 蓮太郎は脳震盪で揺れる視界を回復させながら、先ほどの組み手の流れを思い起こす。それこそ言葉一言も漏らさずに思い起こしていた蓮太郎は、助喜与が放ったある言葉を気にかけた。

 

「ひとつ聞いてもいいか?」

「言うてみい」

「キャの型ってなんだ? 今まで一言も聞いたことがねえぞ。天童流の型は三つじゃないのか?」

「当然だ、だれにも教えてないからな。(キャ)の型は、ワシが若いころに世話になった霊能力者が使っていた技を、ワシなりに改変したモノだ。厳密には天童流とは呼べぬ代物……故に他人に教えるつもりはない」

「だったらなんで、俺にその技を見せたんだ? さっきの攻撃だって、別に使う必要はなかったじゃねえか」

「教えるつもりがないというのはあくまで天童流としての話だ。ワシとしてはおぬしにだったら授けても構わんと思っている。天童と袂を分けたおぬしにならな。だから手本をみせたのだ」

「わざわざ出来の悪い弟子に気をかけてくれたと思ったら、秘密の必殺技まで教えてくれるつもりだなんて……何か裏があったりしねえよな?」

「なあに、大したことじゃない。このまま木更の狂気が行き過ぎることがあれば、おぬしがそれを鎮める役目を負うだろうからな。宿命を達成できるように手段の一つも授けようというワシの気まぐれよ」

「狂気? 俺には木更さんが狂っているようには……」

「おぬしは気付いていない……というより、意図的に目を反らしておると言うほうが正しいか。あやつは父母の復讐に憑かれておる。あれだけの剣の才能まで台無しにするほどにな」

「台無しだって? 現に師範も木更さんを認めて免許皆伝したんだろうに」

「皆伝を認めたことは事実でも、あやつの剣が腐っておるのもまた事実よ。おぬしにもいずれワシが言わんとしていることがわかる時が来る。その義眼に引きずられて限界を超えれば、見えてくる世界があるからのう」

 

 蓮太郎には助喜与がしきりに言う『木更の剣が腐っている』という意味が解らない。木更が内に秘める天童家に対する復讐心は知っているが、それが彼女の剣に多大な影響を与えていることなど想像もしていないからだ。

 無論、蓮太郎とて木更が復讐に取りつかれる姿など見たくはない。そういう意味では助喜与がいう『意図的に目を反らしている』という解釈は正しい。そして助喜与は目を反らすことを止めざる状況になるであろうと予感していた。

 

「とりあえずは口で語るか―――

 空の型は(けい)を込めた技を指す。一番『剄蘭(けいらん)』は掌底、二番『剄楓(けいふう)』は手刀、三番『剄櫻(けいおう)』は拳打で剄を込めた打撃を打つ。四番『(フェイ)』だけは剄を込めて地面を蹴る移動の技だから少し勝手が違う。

 この四番までが空の型だ」

「剄というと、中国武術みたいなものか? 八卦掌とかの」

「呼び方は霊能力者の受け売りだが、ワシは中国武術に習って剄とは呼んでおる。だがあくまで外部から打ち込んだ剄で相手を圧倒する技であり、相手の体を内側から無残に壊す技ではないことは肝に銘じておけ」

「それは解ったが……そもそも剄を込めるだなんてどうやってやれって言うんだよ」

「そんなもの自分で考えろ! そこまでは面倒が見れん」

 

 助喜与は急に冷たく蓮太郎を突き放すが、これには理由がある。この『剄を込める』という行為そのものが適正に左右されるからだ。天童流の歴史の中で、助喜与も過去何人かには口伝したことは遠い日に実はあったのだが、誰一人として開眼には至らなかった。

 その点でイニシエーターばかりでなくサイキッカーとも交流があり、自身も二十一式バラニウム義眼という機械仕掛けの異能を有する蓮太郎は、助喜与の見立てでは空の型への適性が人一倍高い。その才は復讐に憑かれる前の木更にも匹敵するほどである。

 助喜与は蓮太郎が空の型に目覚めることを後世に技を伝えるという観点で期待を寄せて道場を後にした。

 

「はあああ」

 

 助喜与が立ち去った後も、日差しが緩やかになり病院の見舞いの門限が近づく午後三時を回るまで蓮太郎は修業を続けた。流石に一日で空の型を開眼するには至らないが、朧のアドバイスとは違い、具体的な修行の到着点が見つかったことで蓮太郎の修業の熱も上がった。

 食事も取らずにヒートアップした結果、汗まみれになった胴着を脱いで手に持てば、ずしりと染みついた汗の重みが蓮太郎の手に食い込んだ。

 

「こりゃあ、見舞いの前に念入りにシャワーだな」

 

 あまりの汗の量に思わず匂いを嗅ぐが、その汗臭さは自画自賛できるほどに臭かった。蓮太郎は一度家に帰り、胴着を洗濯機に入れてシャワーで汗を流した後、延珠たちの見舞いに向かった。




れんたろー修行回
助喜代師範は特典系をノーチェックなのでアニメで一瞬映った小さいお爺さん程度の認識ですが、その代わりに正体不明なら正体不明な実力者にしてしまおうという発想で登場させました。
強い妖怪爺+空の梵術っぽい技を授けるお爺さんですが、あくまでステゴロ暴王禁止縛りならアゲハより強い流石師範はひとあじ違うというキャラ付けです。
オリ技の空の型は空の梵術にインスパイアされたそれっぽい技であくまで梵術じゃなくてPSYREN的には強化戦闘に近いモノとだけ


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Call.26「双魚の卵」

 司馬重工の本社ビルへのガストレア襲撃から五日、その時の損害は既に修復されていた。このビルの中では望月朧によって倒された襲撃ガストレアの遺伝子検査が行われていた。ガストレアに対する対策研究として広く行われている検査に過ぎないが、今回の検査は普段とは異なる結果が出ていた。

 

「この塩基パターンは……まさか双魚宮(ピスケス)か?」

「ピスケス? そんなわけないだろう、せいぜいステージⅡもあればいい方だぜ」

「馬鹿か、知らんのか!」

 

 遺伝子検査での塩基パターンに一人のメガネをかけた研究員がうろたえる。もう一人の研究員はその理由を知らずにとぼけた顔をしていたのだが、理由を聞いて青ざめる。

 

「ピスケスは卵を産むんだ。そこから生まれた子ガストレアの塩基パターンと類似点が多すぎるんだ、この検体は」

「卵? 冗談だよな……ガストレアが子供を産むなんて聞いたことが無いぞ」

「冗談なものか。ピスケスは単一生殖で卵を産んで、分身体を増やすんだよ! 卵から産まれたガストレアが見つかったということは、この近くにピスケスが迫っているってことなんだ。ピスケスから産まれたガストレアが固有塩基パターンを有する期間は約一か月、東京近郊にピスケスが隠れているのは間違いない!」

「マジ?」

「ふざけてこんなことを言えるか!」

 

 研究員が言うように、ゾディアックガストレア『ピスケス』には生殖能力がある。単一生殖による増殖能力により卵を産み、それによって自己を増やそうとする性質がピスケスには存在した。なぜこのような性質があるのかは不明なのだが、唯一の共通点としてピスケスの卵から産まれたガストレアは一か月間限定で特定の塩基パターンを有しているという点がある。この一か月と言う期間も、かつて九州エリアにて発見された卵の観察結果によって導き出された情報である。

 メガネの研究員は九州エリア出身で、九州在住当時にこのピスケスの卵が発見された際の騒動を知っている。ピスケスそのものはユーラシア大陸の方へと渡って行ったため九州に被害をもたらさなかったが、彼の弟は卵から産まれたガストレアに食い殺されている。そのためメガネの彼は復讐の念で頭に焼き付けたピスケスの事は忘れたくても忘れられない。

 

「すぐに上に知らせるぞ」

 

 メガネの研究員は資料をまとめ、社長室に駆け込んだ

 

――――

 

 研究部からの報告を受け、司馬重工は独自のピスケス捜索隊を編成した。戦力的には外部の民警を中心にした殲滅隊ではあるが、本来なら金の優位により司馬重工の私設部隊の元に統率されている。参加する民警は戦力としては上でも目下の存在に過ぎないのだが、今回に限っては司馬の私設部隊も下手に出ざるを得ない。

 

「みんな集まっているようだね」

 

 今回の作戦では序列三百六十位、望月朧が参加しているからだ。元々は別の要件で来訪していたのだが、報告の際に偶然社長室に居合わせたことがきっかけだった。刺激的なことが大好物の朧は当然のように今回の事件にも首を突っ込む。当然、一人で参加するような殊勝な人物ではない。

 

「俺達だけで人手は充分なのか? 他人がいると邪魔っていうのも解らなくもねえが、今回は山狩りをするんだろう?」

「人工衛星で目星をつけた場所の調査だし、僕たちとここの私設部隊がいれば充分だと思うよ。今回の捜索は大っぴらにはしないことになっているから余計に人を呼ぶのもよくない、ここは量より質でいこう」

 

 朧の意見でアゲハ達を動員したことで、今回の作戦ではアゲハ、桜子、朧の三人以外で参加する民警は一組だけとなった。それ以外は司馬重工の私設部隊から、隊長の菊池以下十人が参加する。菊池たち司馬重工の面々は、イニシエーターも連れずに参加するアゲハ達を面白くないという顔で眺める。

 バツが悪く感じたアゲハは、申し訳なさげな顔で初対面のペアに挨拶する。

 

「朧のせいでお前らまで睨まれちまって、悪いな」

「僕らはしょせん社会の爪弾き者、慣れてますから平気ですよ」

 

 今回アゲハ達と初対面となる民警ペアは、プロモーター『巳継(みつぎ)悠河(ゆうが)』とイニシエーター『久留米(くるめ)リカ』という二人組だった。朧をはじめとしてアゲハ達三人はイニシエーター不在の民警ペアと言う点をこの時代の常識から問題視した菊池の物言いで急遽雇い入れられた人員だった。

 特に菊池は警視庁の櫃間(ひつま)警視肝入りの民警ペアと言うこともあり、序列三百六十位の変人やその友人よりも悠河を買っていた。そのため菊池に睨まれていたのは実はアゲハ達だけなのだが、悠河はそれを承知で悪目立ちしないように返答していた。

 菊池らの態度から移動中のヘリコプターでは終始互いに干渉することもない。モノリスの外、旧古河市の自衛隊駐屯地跡地へと到着すると、菊池はアゲハ達を呼んでミーティングを始めた。

 

「ヘリはここに置いておく、幸いこの基地はかつての前線基地なだけあり、バラニウムによるガストレア対策は充分に取られている。

 人工衛星による事前調査でこの近辺にピスケスの卵らしきものが点在していることは解っている、旧古河市内を丸裸にするぞ!」

 

 菊池は作戦内容を説明すると、エイエイオウと士気向上を目的とした音戸を取る。アゲハ達は急に行動をとられたことからあっけにとられて呆然とその様子を眺めていたのだが、菊池はそれが不満なのか鋭い眼光を飛ばす。

 その目つきにアゲハは気に入らないとガンを飛ばし返したのだが、それがますます菊池の不満を買ったことは明白だった。

 菊池の先導の元、一行は第一の調査ポイントに向かった。ビーコンを使って位置を確認した場所にあったそれは、まさに大きな黒い球体であった。つるつるとした外観ではあるが、直径十メートルはゆうに超えるほどの大きさである。言われてみなければこれが卵であると察することは難しいほどである。

 

「サーモの用意だ!」

 

 菊池は部下にサーモグラフィーカメラを準備させた。この巨大な球体が目的の卵であるならば、その中にはガストレアが詰まっているはずだからだ。

 

「隊長……いきなりビンゴです」

「でかした!」

 

 発見した黒い物体をサーモにかけると、その中には三匹ほどの蝙蝠にも似た巨大生物の影が見て取れた。菊池はその影をガストレアの幼生体であると推測し、早速部下に指示を与える。

 

「総員、いきなりあたりが見つかったぞ。アレを撃ちぬけ!」

 

 菊池の号令で私設部隊の隊員たちは一斉にアサルトライフルを黒い物体に向ける。そして菊池はRPGを構えた。

 

「私の攻撃に合わせて一斉に行くぞ! 3……2……1……0……打ち方開始!」

 

 菊池はカウントゼロに合わせてRPGを発射し、部下たちは打ち方開始の号令に合わせて銃の引き金を引いた。総勢九人の一声発射は鼓膜を破かんほどの轟音を響かせ、黒い弾丸が黒い物体に打ち込まれる。卵のような外見だが表面は思いのほか固くないのか、黒い物体の殻は割れることは無い。

 

「打ち方止め!」

 

 菊池が再び終了のための号令を取ると、隊員たちは一斉に弾丸の発射を止めた。黒い物体には無数の穴が開き、中からどろりとした液体が漏れだす。

 

「マズい、あれじゃ銃弾が届いていない!」

 

 硝煙が晴れると、真っ先に黒い物体の状況に気が付いた悠河が声をあげた。無数の銃弾により穴だらけとなったはずの黒い物体からは粘り気のある液体が流出したということは、中のガストレアはその粘性によって銃弾を堪え切ったに他ならないと悠河は推測していた。

 卵の中で成熟途中だった三匹の未成熟な果実は、この攻撃により変貌した。

 

「隊長……中の……中の様子が……」

「なんだというのだ?」

「中にいたはずのガストレアの影が二つ消えました」

「それの何処に問題があるんだ」

「そのかわり……残った一匹が大きくなっています。合体したとしか思えない大きさです」

 

 卵の中を満たす粘液の中で、銃弾を浴びたガストレア三匹は命の危険を感じていた。元が一つの卵であるためか、生存本能は外敵への対抗策として融合して力を蓄えることを選択した。まるで人の胎内でミッシングツインが産まれる様子を早回しにするように三つのガストレアは一つになり、急速に体を成長させる。今までが人間に例えて胎児に当たるとすれば、融合したガストレアは幼児並の大きさになる。

 そしてついに卵の殻が破られる。粘性を帯びた体表と、退化して身を守るマントのように変質した翼をもつそれは、巨大な二足歩行の怪物と化していた。

 

「あの表面の……ヌルヌルして気味が悪いな」

「僕が先陣を切ります!」

 

 その様子にあっけにとられた菊池達を導くように、悠河は銃を構える。ショットガンに威力を重視したスラグ弾を込め、引き金を引く。悠河の勇姿に我に返った菊池も応戦し、無数の弾丸が巨人型ガストレアを襲う。

 RPG以外はすべてバラニウムの弾丸であり、流石にステージⅢクラスのガストレアでもひとたまりもないだろう。そう菊池達は思っていた。先陣を切った悠河も同様であり、リカの力を隠して難を逃れたことに胸をなでおろしていた。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 だが巨人は倒れなかった。傷つきこそすれども、息が残っていたガストレアは雄叫びをあげる。不死身にも錯覚するそのタフネスに、菊池以外の私設部隊員たちは腰が引けてしまう。

 

「なんで……なんでまだ生きているんだ!?」

「バラニウムが効かないのか? こんな奴に勝てるわけない」

「隊長、撤退の指示を!」

 

 隊員たちの狼狽え様と、実際に大量のバラニウム弾を浴びても平然とする巨人型ガストレアの姿に菊池も悩む。いくら櫃間お抱えの民警でも、ピスケスから産まれた変異ガストレアでは相手が悪いのかと。悠河も出来れば隠したかった自分たちの切り札を切るべきか悩む。

 巨人型ガストレアはそんな菊池達の様子など知った事かと言う態度で反撃の為に暴れはじめる。元より及び腰となっていた隊員たちは蜘蛛の子を散らすように林の中へ逃げ惑う。

 

「あ……」

 

 状況に思考が追い付かないでいた菊池はガストレアの動きへの反応が遅れ、気が付いたときには眼前に巨大な拳が迫っていた。死を実感するほどの恐怖は思考を加速させ、視界をゆっくりに錯覚させる。

 菊池は「櫃間警視に媚を売って、警察利権の甘い汁を吸いたかったな」と、妄想に浸りながら死を受け入れようとした。桜子は菊池の様子に気が付き、咄嗟のライズで加速して菊池を抱きかかえる。ガストレアの拳は空振りし、地面をえぐった土砂が周囲に巻き散らかされて煙が上がった。

 

「ボケっとして……アナタ死ぬ気?」

「す、すまん」

 

 命が助かった菊池は呆然と言われたことに反応して桜子に謝る。この時点で既に菊池にはアゲハ達を睨むような心の余裕はなくなっており、それは菊池に右へ倣えしていた他隊員たちも同様だった。

 土煙が上がると巨人型ガストレアはおもむろに木を一本引き抜き、鈍器のように振り回して林を突き進む。悠河や一部の隊員たちともはぐれてしまい、崩壊寸前となったチームの現状に爪弾きにされていたアゲハが重い腰を上げる。

 

「あれだけの攻撃を受けてピンピンしているなんてな……だがコイツはどうだ?」

 

 アゲハはバーストストリームを展開し、精神を集中する。周囲にバーストオーラがみなぎり、巨大なエネルギーが循環する。

 

「直進しろ、暴王の月(メルゼズ・ドア)!」

 

 アゲハは直射型の暴王の流星(メルゼズ・ランス)の要領で暴王の月を発射する。それに反応したガストレアも翼を盾のように構えて防御の姿勢を取る。その翼は拳銃弾程度ならはじき返すほどの硬度を誇っていたのだが、その程度で暴王を防ぐには心許ないことは桜子や朧には既知の事実である。

 暴王はガストレアの胴体を貫き大きな風穴を開ける。穴からどす黒い粘液が血のようにあふれだし周囲に飛び散る。人間ならば心臓が丸ごと抉られるほどの穴であり、死に至るべき傷ではあるが、変異ガストレアであるためか常識は通用しない。大穴が開いてもまだ息があるガストレアは粘液を垂らしながら傷をふさごうとする。

 朧は異様なタフネスを誇る巨人型ガストレアの謎を探ろうと、ガストレアに向かってバースト波動を照射する。稀代の治癒能力者(キュア使い)イアンが考案したイアン式ライズと呼ばれる生体レーダー技術を、朧は自己のセンスでそれと知らずに身につけている。それによってガストレアのバイタル状態を読み取った朧はその秘密に気が付く。

 

「そうか、アレはやはり三匹のガストレアなんだ」

「どうゆうこと?」

「三匹が一匹に合体したから、心臓も脳も三つあるんだ。それをすべて潰さないとおそらくアレは倒せない」

「なるほど! だったらチマチマ弱点を突くよりも一気に行くぜ、みんなは下がってろ!」

「了解した!」

 

 桜子と朧は菊池達を巻き添えにならないように誘導し、アゲハは一人で巨人型ガストレアと対峙する。バーストオーラを発露し、右手に黒い球体を構える。

 ガストレアも負けじと丸太で殴り掛かるが暴王の月でガードしたことで丸太の方が耐えられずに削り取られる。その様子に意地になったガストレアは左の拳で殴り掛かるが、拳が一直線になったところを見計らって発射された暴王により肩口からザックリと左腕が消失する。残る部位は頭、右腕、下半身。左腕が削られたことでガストレアに隙が産まれたことを見逃さないアゲハは、再びバーストストリームを発生させて力を貯める。

 

流星(ランス)!」

 

 かつて天戯弥勒との戦いで、ノヴァ状態で見せたのと同種の暴王の流星(ランス)の雨が巨人型ガストレアを襲う。十三本の黒い流星がガストレアに突き刺さり針の筵とも言うべき光景が広がる。

 

「ぶった切れろ!」

 

 アゲハはそのまま腕を力一杯振り下ろし、それに連動して十三本の流星が地面に突き刺さるように方向を転換する。その動きによって巨人型ガストレアは細切れになりついにその命を止めた。

 

「あの力……教授にも報告しないと」

 

 アゲハ達とはぐれていた悠河とリカは戦いの様子を物陰から眺めていた。この二人は本当は正規の民警ペアではなく、ピスケスの卵とそれから産まれたガストレアの遺伝子サンプルを回収するために潜り込んだエージェントである。巨人型ガストレアの強靭さには驚いていたのだが、それよりもサンプルとしての価値に二人は喜びを感じていた。

 その強さ故にこうして隠れて観察する機会があったことも二人には幸運である。

 そんな二人に何処からともなく現れた奇抜な男が声をかける。

 

「おやおや、グリューネワルト教授の秘蔵っ子じゃないか。こんなところで幼女を連れてピクニックかな?」

「アタシの事を知っててその言い方、喧嘩を売ってるのかしら」

「見た目通りに扱うほうが女性は喜ぶと思ったんだが……すまないねハミングバード」

「限度があるわよ」

 

 久留米リカもエージェントであり、呪われた子供たちではないばかりか幼女と呼ぶほどの年齢ですらない。ただ単に「イニシエーターがいたほうが信用されるから」という名目で参加しており、悠河がその力を隠したがったのもそのためである。

 リカも成功率百%を自負するエージェントであり戦闘能力も高いのだが、それはあくまでイニシエーターとしての物ではない以上はひけらかすわけにはいかない。

 

「そういうアナタは何用ですか? 蛭子さん」

「私もキミ達同様にアレの回収だよ。リハビリがてらとは思っていたが、以前九州に現れた卵の話よりも随分と過激だね。いやあ、ゾクゾクするよ」

「お生憎様。あの巨人のサンプルは僕たちがいただきます。他にも何個か卵があるはずですから、アナタはご自分で回収してください」

 

 悠河は言葉では当たり障りがない様子ではあったが、その顔は仕事を取られてたまるかと言う強い意志を宿していた。それを見た影胤も、クライアントが同じ悠河にちょっかいを出すことは無いと身を引くことにした。

 

「ではそうさせてもらうとしよう、行くぞ小比奈」

 

 影胤は小比奈を抱きかかえる。

 

「そうそう、立ち去る前に一つだけアドバイスをしよう。夜科君の事は教授には言わない方がいい」

「何故? あれだけの力、教授の研究サンプルとしては格好の獲物じゃないか」

「キミが教授の懐刀でいられるのは、『新世界創造計画』として上位の戦闘力を誇るからだろう? 私と同様に優秀なエージェントであることに徹しているハミングバードと違って、その優位性を失った時にキミの心が耐えられるのか心配だよ」

「それは言えているわね」

「黙れ、調子に乗るな二枚羽根風情が!」

「ハイハイ……御免なさいねダークストーカー」

 

 リカは悪びれた様子で謝り、悠河はそれに余計に怒る。影胤やリカが言うことは図星である。そんなことは起きることが無いという悠河の意地が、彼らのアゲハに負けて悠河の地位が地に落ちるかもしれないという嘲笑に、悠河はムキになって熱くなる。

 

「不愉快だ、早くいってくれ」

「御機嫌様」

 

 小比奈を抱えた影胤は斥力フィールドの応用で足元を弾き、瞬く間にその場を後にした。

 影胤が立ち去ったのち、飛び散った巨人型ガストレアの肉片と卵の殻、それに殻の中を満たしていた粘液を回収した悠河とリカは何食わぬ顔でアゲハ達に合流した。

 

「アンタ達、無事だったか」

「おかげさまで、あの攻撃でガストレアが倒せて助かりましたよ」

「アゲハのアレを見ていたの?」

「はい」

「あの力は他言無用でお願いね」

 

 この戦闘で司馬重工の私設部隊は総崩れとなってしまった。幸いなことに人的被害はなかったのだが、これ以上の戦闘続行は不可能と言う判断から、民警組による衛星画像の目視確認のみにとどめ、一行はその場を後にした。

 後日改めて捜索隊が編成されたのだが、二次調査では二つほど卵が消えていた。再び巨人型ガストレアが産まれることを危惧した結果、これらの卵は航空爆撃によって周囲の環境ごと爆撃により討伐された。




アゲハvs二足歩行ガストレアの話
巨人と言っても蝙蝠+猿(ベン)ですね
本編に出てこないゾディアックを想像しながら関東開戦以降の前振りてきな粉をまきたい


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Call.27「卵の行方」

 ピスケスの卵捜索から一週間が過ぎ、回収したサンプルの遺伝子解析によってピスケスの動向が推測された。

 卵の設置順から、北から南へと移動しているのは判明したのだが、肝心のピスケスは衛星写真には一向に写らない。何かの影に隠れながら移動しているのだろうか。

 二次調査の際に消えていた卵が二つあり、一つは蛭子影胤によって回収されたためではあるのだが、もう一つは自然に孵化したためであった。そして孵化したガストレアにはある恐ろしい能力が備わっていた。

 

『アゲハ君、先週の卵の事は覚えているだろう?』

「トーゼン。だがそれがどうかしたか」

『司馬重工のラボで解析してもらった結果なんだが、あの卵から産まれたガストレアはバラニウム磁場に対する耐性があるそうなんだ。流石にゾディアックのように完全に効かないわけではないらしいが、先日パーティ会場を襲った固体のようにこっちまでやってくる可能性は充分にある』

「わかった。今日は蓮太郎の稽古もなくて手持無沙汰だからな。俺と桜子も外周区を見回ってみるぜ」

 

 電話にて朧から話を聞いたアゲハは、桜子をつれて外周区に足を向けた。古河市の方からくると考えて茨城方面を重点的に調べるが、モノリスの壁を突破するガストレアは現れない。

 日が沈み始めて夕焼け空に浮かぶ月を眺めた後、アゲハと桜子は諦めてアパートに帰った。

 一方そのころ、退院後の延珠を受け入れる学校を探していた蓮太郎は影胤事件のおりに延珠が世話になった松崎氏の元を訪れていた。彼の頼みが青空教室の講師と言うこともあり、渡りに船と延珠の受け入れを要求した蓮太郎は、問題を一つクリアしてすがすがしい気分でアパートへと帰るため脚を運んでいた。

 この日は先に見舞いを終えており、時刻は夕焼け空に星のきらめきが増え始めるころである。後は帰って明日の支度をしようかと考えていた蓮太郎の頭上を、大きな三つの影が飛び越えていった。

 急に暗くなったことで不意に顔を見上げた蓮太郎の眼に、羽根の生えたガストレアの姿が映る。

 

「なんでこんなところに!」

 

 蓮太郎は驚いたものの、モノリス外からのガストレア襲撃はあり得ない話でもないと気を取り直してXDを構える。地面から頭上へと銃弾を発射するが、固い表皮は拳銃弾などものともしない。

 

「固い!」

 

 銃弾が効かず、蓮太郎はアゲハにでも救援を頼もうかと考えたのだが判断が遅れていた。銃弾を受けたガストレアは蓮太郎を格好の獲物と認識し頭上から降りてきたからだ。

 だが手の届く位置にまで来てくれたのなら蓮太郎にとっても好機である。敵はせいぜいステージⅡ程度、ステージⅣを想定した蓮太郎の義肢ならば防ぎようがないと経験からわかるからだ。

 

「延珠がいないのが心苦しいが、修業の成果を試させてもらうぜ」

 

 百載無窮の構えを取った蓮太郎は、義眼を解放して先陣を切るガストレアの動きを見る。助喜与のいう見切りの極意を噛みしめ、一挙手一投足ではなく動きそのものを見切るように。

 ガストレアの突撃に対してクロスカウンターのように右の拳打を加える。カートリッジ三発を使用した爆速の拳は先頭のガストレアの胸を貫き突き飛ばす。後続のガストレアもそれに遮られることで動きを止め、三匹目だけは咄嗟に空に逃げる。

 

「天童式戦闘術一の型八番―――焔火扇(ほむらかせん)

 

 二匹目のガストレアの動きが止まったことを蓮太郎は逃すことは無い。脚部カートリッジを使ったダッシュで飛び掛かり、爆速の正拳がガストレアの頭を消し飛ばす。

 残るガストレアは空に逃げた一匹、蓮太郎は牽制の為に再びXDを構えて引き金を弾くがやはり通用しない。皮膚が薄い翼を狙うがその部分でさえ穴が開かないのだ。

 

「やるしかないか……遠くを狙うときは姿勢を固定し、心臓を止めろか……」

 

 蓮太郎は残る狙いどころは眼しかないだろうと考えるが、空を舞う相手の眼を正確に撃ちぬく自信などない。それでも出来るかではなくやるしかない状況に、以前アゲハから聞いたコツを思い出して心を落ち着かせる。

 集中により義眼のプロセッサが加速して、それが蓮太郎の脳と連動することでガストレアの動く未来を読む。後はその予測位置に銃弾を撃ち込むだけ。

 

「……」

 

 蓮太郎は無言のままに引き金を二回弾いた。弾丸は吸い込まれるようにガストレアの両目を貫き、その痛みにガストレアは墜落する。脳にまで弾丸が届いているのかもがき苦しむガストレアに蓮太郎は飛び掛かる。

 

「天童式戦闘術一の型十二番―――閃空斂艶(せんくうれんえつ)

 

 蓮太郎はガストレアに飛び乗り頭蓋に右拳を当てると、そのまま密着させて零距離の拳打を放つ。轟音と共に衝撃がガストレアの頭を襲い、その頭蓋を砕いた。

 

「終わったか」

 

 三匹のガストレアを倒した蓮太郎は一息を着く。結果だけ見れば圧勝であろうとも、怪物と一人で戦うのはやはりストレスである。念のために生死を確認しようと足元の瓦礫を三匹のガストレアに投げつけるが反応はない。

 安心して気を許したその隙を、狡猾なガストレアは狙っていた。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオ」

 

 その雄叫びに振り向いたときには既にガストレアは間合いに入っていた。拳打によって胸を貫かれた最初の一匹はまだ息があったのだ。再生の過程で構造が歪み、蝙蝠の翼は羽ばたくものではなく鈍器と化していた。羽ばたけなくなった代わりに相手を殴ることに最適化した胸筋によって放たれる打撃が蓮太郎を襲う。

 

「ぐわあ!」

 

 咄嗟に右腕でガードしたが衝撃による激痛は蓮太郎を悶絶させる。ガストレアは仲間の仇を討つと言わん表情で、突き飛ばされた蓮太郎に歩み寄る。

 ズンズンとゆっくりとした足並みは怪獣映画のような恐怖を蓮太郎に与える。

 

「クソ……」

 

 起き上がり、迎撃の為にカートリッジの点火準備をした蓮太郎は思わず舌打ちした。先ほどの攻撃で義手の機構にゆがみが生じてしまったからだ。義眼に表示されたエマージェンシーは暴発の危険から使用するなと警告する。

 それでも弾丸すら通用しない相手に対して残された武器はこの体だけである。幸い脚のカートリッジは無事である。動きを止めることが出来れば、足技ならば使えるはずだと蓮太郎は思考を切り替える。

 

「シャア!」

 

 ガストレアは蓮太郎にジャンプして飛び掛かり、そのまま剣を振り下ろす様に右翼を振るう。蓮太郎が左に躱すと、ガストレアは追撃として左翼を横なぎに振るう。

 蓮太郎は動きを予測し、タイミングを計って飛び上がることで横なぎを回避し、そのまま翼を足蹴にして飛び立つ。

 脚部カートリッジの加速のみ、いつものような右腕の炸裂なしに渾身の一撃を蓮太郎は見舞う。

 

「一の型三番―――轆轤鹿伏鬼(ろくろかぶと)!」

 

 得意の打ち下ろす拳打に蓮太郎の気迫が乗り移り、それは意外な結果を呼んだ。

 

「ぐぎゃあ!」

 

 拳銃すら通用しない固さから、牽制程度にしかダメージを与えられないと思って放った轆轤鹿伏鬼は轟音と共にガストレアの固い表皮を貫き拳は深々と突き刺さり脳髄を潰す。思いもしない結末に蓮太郎は思わず呆気にとられる。

 

「今の手ごたえ……」

 

 その予想外の一撃を思い出す様に、横たわる他二匹のガストレアにも拳を突き立てる。だが先ほどの一撃はまぐれなのか、拳は弛緩して固さが和らいだ皮膚を破ることは出来ても、突き刺さることは無い。

 そこで、あの一撃は助喜与師範が言う『(キャ)の型』なのだろうかと蓮太郎は察する。

 

「とりあえず、先生に義手を直してもらわないとな」

 

 蓮太郎はガストレアの遺体を処理するためにIISOに電話で手続きを取ったのち、菫の待つ勾田大学病院の深淵へと向かった。

 

――――

 

 義手の不調から菫の研究室を訪れた蓮太郎は、菫に事情を放し終えると開口一番で雷を落とされた。

 

「キミはなんて無茶をしたんだ!」

「しかたねえじゃないか! 襲われちまったんだから」

「襲われたことに関してはキミ特有の不幸だから文句を言う資格なんてないさ。だがな、いくら私の義肢があるからと言っても飛行能力もち、しかも拳銃が効かないガストレアを三匹まとめて相手にしようというのは分が悪い。キミも武芸者の端くれだから知っているだろう? 人間の最大の死角を」

「頭上だろ」

「そうだ……言い換えれば頭上を取られるということはそれだけで不利なんだ。幸い遭遇した場所は人的被害に合いにくい外周区だ。拳銃で対抗できないことが分かった時点でキミは一時撤退するべきだったんだよ」

「それは……正面切って襲ってくる相手に下手に背中を見せられねえよ。俺だって逃げられるものなら一旦逃げて立て直す気だったんだ、おかげで肝を冷やしたぞ」

「そうか……わかっているみたいだが、一応大人として一言言わせてもらう。同じ失敗は繰り返すなよ。人間誰だって間違えることはある、それは仕方がないことだ。だが過ちを繰り返すことは悪だ。その違いがわからないような人間でもキミは無かろう?」

「ああ……」

 

 珍しく雷を落とされたことで蓮太郎は落ち込んでいた。その様子に言葉攻めのクスリが効いたと気を良くした菫は話題を切り替える。

 

「この話はキミが無事生還したことをもって不問としよう。

 ―――だが義手の故障についてはキミは運がいい」

「?」

 

 蓮太郎は何が渡りに船なのかが解らず小首を傾げる。

 

「というのも、キミ専用の新しい義肢を製作したものでね。マイナーチェンジに過ぎないが、応答性が一段上がっているぞ」

「新しい義肢? そんなものを作るなんて、どういう風の吹き回しだよ」

「伊熊将監を憶えているだろう? 彼に取り付けられていたエイン製の義肢を解析したのでな、奴のを参考にしてちょっとしたバージョンアップを施したのだよ」

「参考って……パクるなんて先生の趣味じゃなさそうなのに」

「参考と言ってもコピーではなくサンプリングだ。当然だろう? あんなヘタレの真似なんて死んでも御免だ」

 

 エインへの侮蔑と自画自賛とも取れる菫の態度に、蓮太郎は思わず吹き出す。

 

「試作段階だがマイナーチェンジだから一通りの動作は保障できる。完成予定は十日後、ちょうど延珠ちゃんたちの退院と一緒になるな。それまではカートリッジは使えないがそのまま今の義手を使っておいてくれ」

「わかった。それじゃあ新しい義肢を楽しみにさせてもらうよ」

 

 義肢の修理について目途が立ち、蓮太郎はそのまま病院を後にした。




れんたろーがちょっとコツを掴む話。
一応卵の設置順というのは年代測定的に時間がたった順で並べての話です。
そろそろ関東開戦はっじまるよーなので次回勝った三部完の予定です


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Call.28「闇蛍」

 外周区でのガストレア退治を行った翌日、この日も蓮太郎は朝稽古に勤しんでいた。昨日ガストレアを倒した最後の一撃を思い出す様に、虚空に正拳を放つ。

 

虎搏天成(こはくてんせい)!」

 

 左の正拳が空気を切り裂き、パアンという轟音を響かせる。

 

「いい音じゃが……音が出るのはまだまだ修行が足りんぞ」

 

 蓮太郎は後ろから声をかけられる。声の主は助喜与であり、顔を合わせるのは先日の組み手以来である。

 

「その様子……なにか掴んだようじゃな」

「おかげさまで、マグレだが一回だけ『(キャ)の型』を使えたよ」

「そうか。一月もかからずにたどり着くとはワシの眼に狂いはないか」

「随分と褒めるじゃねえか」

「さもありなん。ワシとて開眼まで半年以上もかかった技じゃ。それと比べれば何倍も速い」

 

 助喜与は蓮太郎の上達速度に感心していた。助喜与自身は空の型を身に着けるために半年以上もかかったということに嘘偽りはない。

 

「マグレでと言うことは、あと一息足りんと言う事か。どれ、今日も一本付き合ってやるぞ」

 

 助喜与はそういうと、百載無窮の構えを取る。蓮太郎も百載無窮の構えを取り、自然と二人は見つめあう。

 

「(呼吸を……呼吸を読むんだ)」

 

 蓮太郎は先日の助言を呟きながら助喜与を見つめる。今回はあえて義眼は使わない。修業の成果を見せるために、生身の五感を総動員して助喜与の動きを受け取る。

 助喜与が神速の歩法のために力を足に貯め、それに反応してわずかながら引き寄せられる空気の動きが蓮太郎の勘を働かせる。その緩やかな流れが止まった瞬間に、助喜与はついに動く。

 

「空の型四番―――(フェイ)

 

 飛と歩法の組み合わせにより高速で助喜与は間合いを詰める。下手すれば脚部カートリッジの炸裂よりも速いであろうそのダッシュは瞬く間に助喜与を蓮太郎の懐に導く。

 

「空の型一番―――剄蘭(けいらん)

 

 助喜与は剄を込めた掌底で蓮太郎の顎を狙うが、蓮太郎はそれを読み切って体を半身にして躱す。そのまま左拳を密着させると、中国武術の寸勁にも似たワンインチパンチを放つ。

 

「一の型十二番―――閃空斂艶(せんくうれんえん)

 

 渾身の一撃は闘気を纏う。飛を使ったサイドステップで寸前にて助喜与は攻撃を躱すが、空振りした拳は空気を震わす。

 

「言うだけの事はある。確かにちょろっとだけだが剄が込められておる」

「ちょろっとか……これじゃあまだまだ足りないか」

「そこまでだったら馬鹿でも修業を積めば出来るわ!」

 

 助喜与はこの程度で調子に乗るのではないと言わんばかりに再び駆け寄る。今回は飛を使わずに神速のみでのダッシュであるが、流石の師範である。剄を使おうとも使わざるともその動きはやはり速い。

 

「でえい!」

 

 蓮太郎は助喜与をボール、自らの右足をバットに捕えて回し蹴りを放つ。助喜与は手前で横に逃げたため蹴りは空振りに終わるが、剄の影響なのか蹴りによって切り裂かれた空気は助喜与の胴着を掠めて傷をつける。

 助喜与は追従するように方向を修正し、左拳に剄を練り込む。

 

「空の型三番―――剄櫻(けいおう)

 

 剄櫻(けいおう)によるフックが蓮太郎の右脇腹を襲う。蓮太郎は咄嗟に右腕右足を縮ませて防御の姿勢を取る。助喜与は剄を込めた拳打をその程度で防げるものかと拳を固く握りしめ、ガードの上から振りぬく。

 

「ぐう!」

「……やりおったか」

 

 助喜与は拳の手ごたえに不満を憶え、ひとまず蓮太郎との距離を取った。剄櫻によって蓮太郎が突き飛ばされたこともあり、六メートルほど距離が開く。

 

「剄を体に巡らせることによる防御の技か……満足に剄を込められない割にはよくもここまで出来たものよ」

「伊達に死線は潜り抜けてねえからな。ぶっつけ本番の思い付きだが、おかげで失神しないで済んだぜ」

「さもありなん。剄は魂の力とは、明神(みょうじん)の言葉じゃからな。ならばおぬしの防衛本能に答えることもあろう」

「明神? 空の型を教わったっていう……」

「……無駄口は後じゃ!」

 

 助喜与は三度蓮太郎に仕掛ける。あくまでこの組み手は蓮太郎に剄を扱うコツを教えるためのもの、ならば蓮太郎にぶつける技も剄を込めたものであるべきと助喜与は考える。助喜与は右手の手刀を左腰に構え、まるで居合のような構えを取る。右手に剄が集まっていき、空気の流れがそれを蓮太郎に知らせる。

 

「……」

 

 助喜与の動きを見切らんと集中したことが無意識に義眼を作動させ、プロセッサの演算が脳をオーバークロックさせる。だが極度の集中故に元よりオーバークロックにも似た状態になっていたことで、脳の新たな扉が開く。

 助喜与の右腕がまるで一振りの太刀のように煌めき、そして振るわれる。

 

「空の型二番―――剄楓(けいふう)

 

 助喜与は剄楓を刀代わりにして天童式抜刀術の技……一の型一番、滴水成氷(てきすいせいひょう)を放った。離れた位置をも切断する飛ぶ斬撃が蓮太郎に迫る。今までなら、木更の技を見学した時のように種も仕掛けも理解できないだろうが今は違う。オーバークロック状態の脳は飛ぶ斬撃の姿をしかと認識したからだ。助喜与の絶妙な手加減によるものなのか、斬撃と言っても打撃に近いようで鋭さは無い。

 

「見えた!」

 

 蓮太郎は飛来する滴水成氷を右腕義手で受け止め、廻し受けで受け流す。追撃を仕掛ける助喜与ではあるが、滴水成氷を飛ばした影響なのか体を覆う剄の量が少なくなっていたことを蓮太郎は逃さない。

 

「一の型五番―――虎搏天成(こはくてんせい)

 

 ついに左の突きが助喜与を捕える。剄が不足した助喜与は先の閃空斂艶を躱したときのように、(フェイ)による緊急回避をする余裕はない。咄嗟にガードをするも突き飛ばされる。

 体が空に浮いたということは絶好の好機である。この隙を逃す手は無い。

 

「ハア! 空の型三番―――剄櫻!」

 

 今まで意図的に成功したことは無い、それでも今は行けると確信を持ち、蓮太郎はその名と共に技を放つ。剄を込めた正拳、(キャ)の型三番、剄櫻の名を。

 蓮太郎は気付かなんだが、剄が集約した彼の右手はみえるひとが見れば魂の力によって煌めいていた。助喜与をも超える膨大な剄は、師範ですら到達できなかった梵術の境地に蓮太郎を誘う。

 

「ちとマズいのう」

 

 並の威力ではない剄櫻が眼前に迫り助喜与は焦る。いくら組み手とはいえ熱くなった未熟な弟子は、もうその拳を止めることができない。ならばもう、自力で切り抜けるよりほかはないと助喜与は頭を捻る。

 

「剄蘭!」

 

 助喜与は残る剄をすべてつぎ込んだ渾身の剄蘭を放つ。剄櫻のあまりの威力に相殺は叶わないが、威力を反らすクッションとしては充分であった。二人の剄が轟音と共にぶつかり道場を震え上がらせた。

 

「はあ……はあ……やったか?」

「ここまでじゃ。今のを忘れるでないぞ」

「押忍」

 

 蓮太郎は最後の攻防に手ごたえを感じていた。助喜与から教わった空の型を初めて自分の意思で放つことができたことに。

 

「今のは只の剄櫻ではなかったぞ。打突の瞬間に一気に炸裂させた剄の奔流、言うなれば闇夜に瞬く蛍の光じゃ」

「蛍?」

「名付けて空の型五番、剄華繚乱(けいかりょうらん)闇蛍(ヤミボタル)。ワシにも到達できなんだ技、使いこなしてみせい」

 

 助喜与は最後に蓮太郎が放った剄の技に名を与え、その場を立ち去った。助喜与の古き友人、明神が得意とした(キャ)の梵術にして助喜与が天童の技として模倣できなかった大技の名を。

 助喜与が立ち去った後、蓮太郎は一息ついて修業を再開した。先ほどの組み手で限界を超えて殻を破ったのか、(フェイ)以外の空の型は助喜与ほどではないにしても意識して放てるようになっていた。

 助喜与によって名付けられた空の型五番、闇蛍も先ほどのような炸裂カートリッジをも超えかねない威力ではないにしても身についた。

 まるで逆上がりを覚えた子供の用に剄を込めた演武を繰り返した蓮太郎は、望月朧の言葉を思い出す。

 

「一皮むけるか」

 

 以前の組み手のおりに、朧は『気を爆発させるイメージ』を練習しろと言っていた。結果として会得した『闇蛍』はまさに気……言い換えれば剄を爆発させる技である。漠然としたアドバイスだと思っていた朧の言葉が回りまわって自身を一回り成長させたことに蓮太郎は一人驚いていた。

 カートリッジに頼らない剄による炸裂、闇蛍は確かに里見蓮太郎を一つ上のステージに誘った。

 

――――

 

 延珠たちの退院の日、家路への途中で延珠は思い出したかのように蓮太郎に挑んだ。

 

「そういえば、あの約束を覚えておるか?」

「約束ってどんな?」

「あの未織が作った訓練室で言った話だ。妾と蓮太郎で、どちらが強いか勝負すると言ったであろう」

「あの話か。でもいいのか? お前は病み上がりだが、俺はその間に厳しい修業を積んだうえに義肢も新調したぜ。もうあのころの里見蓮太郎ではない」

 

 どこぞの通販番組でのビフォーアフターのようにビッグマウスを蓮太郎は口にする。その自信もさることながら、蓮太郎の成長はまごうことなく本物である。知らぬは入院していた延珠の方である。

 

「構わぬぞ。もし妾が負けるようなことがあれば、蓮太郎にはセキニンをとってもらうのでな」

「延珠さん、大胆ですね」

「右に同じく」

 

 延珠の発言にティナと夏世も同調した。元々は延珠が勝てば、蓮太郎がティナに目をかけていた理由を教えるというものだったのだが、いつの間にか蓮太郎が勝ったら責任を取るという賭けにすり替わっていた。

 ここでいう責任がいわゆる夫婦の契りであることに、他の二人と同様に蓮太郎も気が付かないわけはない。

 

「冗談はそれくらいにしてくれよ。それに勝負なら今日はナシだ。今日は退院祝いでご馳走だからな」

「う~……蓮太郎のイケず」

「イケずだなんて、俺だって知識でしか知らないくらい古い言い回しだぞ」

「夜中に看病に来てくれたドクターの入れ知恵ですよ。昭和の言い回しとか懐かし特撮シリーズとか、入院中に暇を持て余した私たちにいろいろ教えてくれたんです。特に吸血鬼刑事(ヴァンパイアデカ)が面白かったです」

 

 蓮太郎はティナの解説に、あの人なら吹き込みかねないと気疲れに肩を落とした。そしてティナの口から語られた番組名にあの男を思い浮かべる。

 

「吸血鬼刑事か……そういえば最近知り合った民警にそっくりさんがいたっけな」

「本当か? 蓮太郎」

 

 蓮太郎が何気なく振った話に延珠も飛びつく。どうやらティナ同様に、延珠も吸血鬼刑事が気に入っている様子である。

 

「夜科さんたちの知り合いで、望月朧って奴だ。仙台エリアでは大企業の会長にして序列三百六十位の民警として有名人だ」

「それは……そっくりさんではなくて本人ではないか。ゲーノー人と知り合いになるなんて凄いじゃないか」

「冗談言うなよ、あの作品は二十年近く前の奴だぜ。俺が言っている人はまだ二十代……多く見ても三十手前だ。計算が合わねえだろ」

「知らないのですか? 仙台エリアの勇士、望月朧はリアル吸血鬼刑事と呼ばれるくらい見た目が若いことで、ネットの一部界隈では有名なんですよ」

 

 はじめは延珠の勘違いだと思っていたのだが、ついに夏世までもが吸血鬼刑事の主演俳優と民警望月朧が同一人物であると言い出す。まさかと思い、以前交換した連絡先に蓮太郎は電話をかける。

 

『もしもし? どうしたんだい、里見君』

「不躾な質問で悪いんだが……アンタ、二十年くらい前に俳優をやっていた……なんてことは無いよな? 吸血鬼刑事シリーズの主演だったとか」

『二十年前か……あの頃はまだそっちの世界に居た頃だったかな。吸血鬼刑事はデビュー当時のドラマだからよく憶えているよ』

「え……冗談だよな? アンタ、大目に見てもまだ三十そこそこにしか見えないぜ。そんな昔から外見がほとんど変わっていないだなんてことは無いよな?」

『僕がそんなつまらない冗談を言う訳がないじゃないか。それに年齢で言えば僕ももう四十歳を超えているよ。あまり年寄扱いされたくはないけれどね』

 

 この後、延珠たちへのサインを書く約束をして蓮太郎は電話を切った。まるで自分だけが常識から外れているような感覚に愕然と肩を落とし、木更が退院祝いの準備をしている新生天童民間警備会社事務所へと歩き出した。




れんたろー改造編最後の話
せっかくの新技習得だが漫画版の迫力クオリティの前に実践でどう生かそうか考え中のまま三章を閉めようと思います。
逃亡者編は雨宮さん発言のネタありき、7巻以降は原作が停止なので次が山場になると思います。

PS
三章はょぅじょが出番少なかったなあ


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第三次関東開戦編
Call.29「八雲」


 東京エリアの玄関口となっている新東京国際空港に、旅行カバンを持った子供連れの夫婦が降り立った。夫婦の外見は三十歳程度に見えるが、注視すると細かい皺などでもう少し年齢を重ねていることが見て取れる。連れている子供は十歳ほどの女の子で、女の子は行儀よく両親に付き従っていた。

 

「さあて……講演まで時間があるし、とりあえず天童民間警備会社なるところに行ってみるとしますか」

「そうですね。ほら姫乃、今日はこれからパパとママの友達に会いに行くぞ」

「朧やカブトのおじちゃんみたいな?」

「ああ、そうだ」

 

 親子三人はタクシーを拾うと、勾田にあるハッピービルディングに向かうように運転手に注文した。

 

――――

 

 太平洋に浮かぶ小さな島『慰問島(いもんとう)』。ここはガストレアも寄せ付けない天然の結界に守られていた。この島で暮らすのは約五十人の呪われた子供たちと、百人程の異能の力を持った人間である。島を統治するリーダー天戯弥勒は、情報収集役として重宝している予知能力者(ヴィジョンズ)の青年、ジンからの報告に重い腰をあげようとしていた。

 

「……私の予知では、近々東京エリアに危機が訪れます。ゾディアックもピスケスとアクエリアス、二匹の襲来が予想されます。今回はいかがなさいますか?」

「前回のスコーピオンはキサマの予知にて倒されることまで含めて見通していたが、今回はどうだ?」

「それが……読めません。ですがゾディアックと共に大量のガストレアが東京エリアになだれ込むと私の『俯瞰的未来視(サイドエフェクト)』がそう言っています」

「つまり、東京エリアの未来は解らない……流石にゾディアックが二体同時に現れたら対処する術はないという事か。

 残るゾディアックはあと八匹、考えようによっては両方を打ち取ればゾディアック殲滅への道が大きく開く。

 今が打って出る時だ。シャイナ、何人使えそうだ?」

「星将以外で戦力になりそうなサイキッカーが約三十人、呪われた子供たちで訓練が修了している子供の数もほぼ同数……星将を一人一組、他は二人一組で考えて、我らの戦力は四十組と言うところでしょうか」

「わかった。シャイナ、お前はドルキと共に先行して東京の様子を探れ。今まで雲隠れしていたゾディアックどもが立て続けに東京に現れるのにはおそらく何か理由がある」

「わかりました」

 

 シャイナは島の訓練施設で子供たちに戦う術を教えていたドルキに声をかけ、事情を説明して東京エリアに向かった。彼が得意とする空間転移(テレポート)の力を使って。

 

――――

 

 延珠たちの退院から数日後、学校が終わって事務所に集まっていた蓮太郎に、一枚のビラを持った木更が意気揚々に現れた。

 

「見て見て、里見君」

「何のビラだ?」

「今年の幻庵祭(げんあんさい)に合わせてあの八雲祭が講演に来てくれるんだって」

「へえ……木更さん、大ファンだったよな」

「そうなのよ」

 

 木更のはしゃぎように、奥で天誅ガールズのDVDを見ていた延珠たちも話に加わった。

 

「大ファンって何の話だ?」

「八雲祭っていうピアニストだ。俺もお前くらいの年の頃に一回生演奏を聞かせてもらったが、あれは心に響いたな」

「そうそう。データで聞いても素晴らしいのだけれど、あの迫力はどうしても生じゃないと出ないのよね」

 

 期待に胸を躍らせていた木更と、その様子に引きずられていた明々はノックの音に気が付かない。音の主はコンコンと最初は軽く叩いていたのだが、中でははしゃいでいるのに無反応という状況にイラついたのか、次第にドアを激しく叩く。

 

「ドーン!」

 

 その轟音は天童民間警備だけではなく、上下のテナントまで驚かせる。特に上の階に事務所を開いている光風ファイナンスは、急なカチコミかと緊張して、拳銃を構えて玄関を注視するほどである。

 轟音に気が付いた蓮太郎は驚き、恐る恐るドアを開ける。

 

「お、やっと開いたか」

「どちらさまで?」

 

 ドアの前に立っていたのは短髪の、いかにもヤクザという強面だった。服の上からでも垣間見える傷だらけの体は、眼前の男が只者ではないと蓮太郎に告げる。思わず飛び退いて構えをとる蓮太郎に、男は声をかける。

 

「アゲハはいるか?」

「アゲハ? 夜科さんに何の用だよ」

 

 男の外見から刺客かなにかだと勘違いした蓮太郎は、警戒して男を睨む。

 

「……出てこねえってことは留守か。ここに入り浸っているって話は電話で聞いている。上がらせてもらうぜ」

「質問に答えろよ!」

 

 遂に蓮太郎は声を荒げて怒鳴る。その怒号に、男の後ろにいた女の子が怯えていたことに蓮太郎はハッと気が付く。

 

「俺達はアイツらの知り合いだよ。なんだ? 俺をどこぞのヤクザが雇ったヒットマンと勘違いでもしたか?」

「冗談はそれくらいにしろよ……ええ、雹藤(ひょうどう)影虎(かげとら)さんよお」

 

 蓮太郎が勘違いで警戒してしまったかと警戒を解いたのとは対照的に、上の階に住む住人が拳銃片手に現れた。ヤクザのフロント企業である光風ファイナンスを牛耳る金貸しに『堕ちた』ヤクザ、阿部翔貴が。

 阿部は一人で降りてきたのか、舎弟の姿は見えない。

 

「キサマの鼻も衰えたもんだな」

「ええと……確か光風会の阿部か。残念だが雹藤影虎ならここにはいないぜ、出直して来な」

「ふざけるな」

 

 眼前に現れた宿敵に阿部は興奮する。こうなると、目の前で繰り広げられる任侠映画のワンシーンさながらの光景に、蓮太郎はポカンと口を開けて傍観せざるを得ない。木更や延珠たち女性陣は、まるで映画をタダで見ている気分で彼らのやり取りを見つめるほどである。

 

「俺は結婚して籍をいれたからな。今は『八雲(やくも)』影虎なんだよ」

「詭弁を言うんじゃねえ! オヤジの所に連れていこうにも従うようなタマじゃねえのは承知している。大人しく死ねや!」

「ちょ、ちょっと……どういうことだよこれは」

「これは蓮太郎さん、あっしらのイザコザをみせちまってすみませんね。これから玄関先を汚してしまいやすが、すぐ片付けますんでご勘弁を」

「いやいや、人の家の前でコロシだなんて非常識すぎるだろ」

「ヤクザの世界ではこれくらい普通ですよ」

 

 突然の超展開に蓮太郎は頭を抱える。こうなったら影虎と呼ばれた男を助けてしまえばどうだろうかと思う反面、光風会の邪魔をして自分だけでなく木更まで危険にさらすわけにはいかないと蓮太郎は悩んでいた。

 だが悩みの種が唐突なら、そんな蓮太郎の悩みもまた唐突に解決してしまう。

 

「撃てよ! お前は弾く、そして雹藤影虎は死ぬ。これで光風会も満足するだろ?」

「随分とあきらめがいいな。雲隠れした九年間に丸くなったか?」

「俺はとっくに脚を洗っているんだぜ。むしろお前さんたちが固執しているんだろうよ」

「違いねえ。だがこれもオヤジの為だ。悪く思うな」

 

 そうして、阿部は言われるがままに引き金を弾いた。蓮太郎だけではなく、流石に木更たちもコロシの場面に驚いて眼を覆う。そしてしばらくして眼を開くと、冗談のような光景が眼前に合った。

 

「おい……なんで生きている……なんで死なねえんだ」

「何言っているんだ。お前さんはちゃんと雹藤影虎を殺したじゃねえか。ここにいるのは八雲影虎だ」

 

 影虎は着弾の衝撃で横に倒れたものの、すぐに起き上がり平然と頭をかく。拳銃で撃たれたこめかみは、虫刺されのように赤くはれるだけで血すら出ていない。

 

「ば……ばけもの!」

「このままじゃ可哀想だろう? 私が治療しといてやるよ」

「すまねえ、ママ」

 

 撃ち殺したと思った人間が平然としていることに驚いた阿部は、恥も外聞もなくイモをひいてしまう。そして「俺は確かに雹藤影虎を殺した」とぶつぶつつぶやく。影虎の後ろに控えていた婦人が何かをすると、阿部は夢遊病患者が徘徊するように、呆然とした態度で光風ファイナンスへと戻っていった。

 目の前の男が拳銃で撃たれても平然としていることに、驚くのは弾いた当人だけではない。その光景を見ていた蓮太郎たちもまた、驚いて思わず訊ねる。

 

「アンタ……今、拳銃で撃たれたよな?」

「俺は何度も死線を潜り抜けてきたからな。今では三十八口径くらいじゃ痛いで済むぜ」

「本当に人間かよ。男なのにイニシエーターなんじゃねえのか」

「冗談を言うなよ。イニシエーターだからってそこまで頑丈なわけないだろう」

 

 影虎は蓮太郎の言葉を冗談と捕え、ツボにはまったのか豪快に笑う。

 あきれた蓮太郎は、気を取り直して影虎たちの要件を訊ねることとした。

 

「それで、アンタ達は夜科さんに何の用があるんだよ?」

「なあに。このあいだ久々に電話で話をして、あいつらがこの天童民間警備会社を根城にして民警活動をやっていると聞いてな。俺達も幻庵祭のついでに東京に出てきたから、久々に会おうと思って顔を出したんだ」

「なるほどな……」

 

 蓮太郎は影虎が単純にアゲハ達の旧友だと知り、またこの人間離れをした人も望月朧のように馬鹿げた力を持ったサイキッカーなのだろうなと一人で納得する。

 一方で、後ろから見ていた木更は影虎が連れている婦人の顔を確認して驚き、思わず声をあげた。

 

「ちょっと! 里見君、後ろ……」

「え……あれ、まさか……」

「なんだ? 少年少女たち。私の顔に何かついているか?」

「失礼ですが……まさか、八雲祭さんですか? ピアニストの」

「ひょっとして私のファンか」

「やっぱり! 光栄です。サインをください」

「それくらいお安い御用だ」

 

 影虎の妻、正確には影虎を婿に迎えた女傑こそ、木更が大ファンであるピアニストの八雲祭その人であった。奇跡的幸運に浮かれてサインをねだった木更であったが、延珠たちイニシエーターズは望月朧に続いて有名らしいピアニストとも知り合いとは、思った以上にアゲハの顔は広いなと心の内で思う。

 天樹院エルモアが過去の人となった2031年現在では、アゲハの知人で有名人など残るは『必ず生還する戦場カメラマン』霧崎カブトくらいで打ち止めではあるが、確かにいわゆる一般人にしては著名な知り合いは多い。

 

「こんにちわだ子供たち……この子は娘の姫乃だ。見たところ同じくらいの年齢だから、仲良くしてくれよ」

「はじめまして、八雲姫乃です」

「妾は藍原延珠だ」

「ティナ・スプラウト……」

「千寿夏世です」

 

 年の頃が近いだけあり、姫乃も一時停止状態だった天誅ガールズのDVDに食いつき、すぐに子供たちは打ち解ける。姫乃は不人気キャラとして通っている天誅ヴァイオレットがお気に入りの様子で熱く語るが、延珠たちも子供の世界でも爪弾きにされがちなこともあり、ヴァイオレットを悪く言うことは無い。

 子供たちが仲良くしているところを眺めながら小一時間お茶をすすりながら、木更による質問攻めをのらりくらりと祭が受け流していると、アゲハと桜子も事務所に顔を出した。

 

「ちょっと急な用事が出来ちまって、遅れてスマンな」

「おう、邪魔しているぜ」

「か、影虎さん?! なんでここに」

「今度こっちで幻庵祭があるだろう? それに合わせてコンサートをやるから、その準備だ」

 

 影虎たちと再会したこともあり、この日は蓮太郎との訓練も中止にしてちょっとしたパーティを開くことになった。アゲハの計らいで朧もこの場に呼び、最近ハマった特撮ヒーローの主演俳優の登場に延珠たちイニシエーターズも喜び、姫乃も朧との久々の再開に喜んだ。




大決戦の前にいろいろキャラを投入する話
話のメインが大きくなってきてて一回一回だととっちらかる部分なので今日中にあと2,3まとめて投げる予定です


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Call.30「牡牛座の一等星」

 久々の東京見物にて街をぶらついていたドルキとシャイナは、ドサ周りの末にいくつかの情報を得ていた。

 

 ・スコーピオンを倒した民警『里見蓮太郎』なる人物が記録的なペースで昇格していること

 ・仙台エリアの有名人『望月朧』が東京エリアに来ていること

 ・確証はない噂に過ぎないが聖居と司馬重工がなにかを隠しているらしいということ

 

 幼女を食い物にして自堕落かつ嗜虐的な生活を送るアンダーグラウンドの民警たちの間で流れる僻みやっかみが混じった噂に過ぎないとはいえ、火のないところには煙は立たないと二人は噂の確認に奔走する。

 前者二つは二人にとっては大事ない情報である。問題は最後の噂、出所は斡旋所に司馬重工の私設部隊が民警の派遣を要請し、警視庁警視の肝いりペアが派遣されたという話が発端になっている。

 司馬重工がらみの仕事ならオアシがよろしいはずだとこの依頼に飛びついたアンダーグラウンドの民警も多かったそうで、何組かは斡旋の話が一度通っていたという事である。だがその素性を確認した司馬重工側が秘密保持を理由にして不採用とした。そのことを八つ当たりすると金一封の謝礼金で追い返されたというのだから、元より斡旋の話であぶれた民警たちからしたら宝くじに当たった人をうらやむように仲間内で僻む声が出ていた。

 アンダーグラウンドでは素性が悪い人間よりも警視と付き合いがある人間の方が信用されることは当然であり、警視の一声で採用が決まったことは仕方がないこととして扱われていた。逆に一度は採用の話が通ったものの追い返された面々が、タダで金を得た羨ましい奴として僻まれていた。そのため司馬重工が何かを隠そうとしていたことは噂においては誇張された尾ひれにすぎないが、ドルキはカンを働かせてこれを調べることにした。

 目撃情報から茨城方面に二回、司馬重工の航空機が飛んでいったことは確認したがそこから先は情報統制の賜物か掴むことができない。最後に司馬重工が大きく動いた目撃情報に合わせて外周区にて遺留品を調べるが、それも虚しく空振りに終わっていた。

 時刻は夜の九時を過ぎており、薄明かりに照らされてそびえたつ三十二号モノリスは不気味な雰囲気を醸し出していた。

 

「何も残ってねえな」

「だから僕は無駄じゃないかって言ったんですよ。どうせなら司馬重工から誰かを拉致して、トランスでいじくりまわした方が効率的ですよ」

「全員が情報を持っているとも限らねえし、第一拉致は犯罪だろう」

「今更そんなことを気にするとは思いませんでしたよ」

「気にはしねえが、一応これでもセーギのミカタなんだよ今の俺様は! 一般人を相手に危害を加えるのはおさまりが悪いぜ」

「ドルキさんってそういう縛りプレイが好きですよね。効率よりロマンの末に死を選ぶタイプでしょう?」

「うるせえ!」

 

 効率重視のシャイナはドルキの拘りにあきれてしまう。ドルキは持ち前の短気でシャイナを怒鳴るが、シャイナもこれで案外気が短い。にこやかな顔だが低く怒りを帯びた声でドルキを叱る。

 

「誰に対してそんな態度を取っているんですか? 嫌なら一生ここに放置して弥勒さんには事故で死んだと報告してもいいんですよ、『ドルキ第七星将』さん」

「……スマン、悪かったな」

 

 子供のまま大きくなったシャイナと違い子供のころの気持ちを忘れずに大人に成熟したドルキは、冷静になって自ら一歩引いた。このまま喧嘩を続けたら本当に置き去りにされるだろうことは長い付き合いで容易に想像できたからだ。

 ドルキはW.I.S.Eが自衛隊相手に小競り合いをしていた二十数年前に喧嘩をした際に、怒ったシャイナに戦車隊の正面にテレポートで飛ばされた時のことを思い出し、小さく「本当にやるからなあコイツは」と呟く。

 

「解ればいいんですよ。でも今日は遅いですし、とりあえず何処かで一息つきましょう。今後のことはそれから考えるということで」

「そうだな―――」

 

 二人は踵を返して繁華街に向かおうかと考えていた。シャイナのテレポートを使ってまずはスカイツリーの天辺にでも移動しようかと考えていた矢先に、周囲に響く轟音が二人の脚を止めた。

 

「なんですか?」

「アレをみろシャイナ! モノリスの上だ」

 

 ドルキが指示する方を見上げたシャイナも驚く。モノリスの上に一匹のガストレアが飛びつき、何やら液体を流し込んでいたからだ。その大きさは巨体、完全体と呼称されるステージⅣの姿がそこにあった。

 

「自分から苦手なバラニウム磁場を直に浴びるなんて、自殺願望ですかね?」

「それなら俺達で介錯してやろうじゃねえか」

「賛成です」

 

 目の前の完全体を相手にしてドルキとシャイナはテンションをあげる。二人は子供たちを相手にした戦闘訓練では得られない命の奪い合いと言う刺激を求めてガストレアに戦いを挑んだ。ライズを効かせて駆け寄りモノリスに近づくと、そこには自衛官たちの死体とそれに毒液を流し込むモデルアントのステージⅠガストレアが群れて姿を現す。

 

「まずは雑魚からか!」

 

 ドルキは指を鳴らす。

 それに合わせて周囲のガストレアの前に爆発が起き、次々とモデルアントたちは粉微塵に吹き飛ぶ。ドルキの使うPSI(サイ)能力『爆塵者(イクスプロジア)』による爆発がいともたやすくガストレアを爆殺したからだ。

 ドルキの周囲半径百五十メートルの任意座標に爆発を発生させる……自ら『バースト波動の極地』と自負する爆撃を前に並のガストレアではひとたまりもない。失われた未来(サイレン世界)にてアゲハ達サイレンドリフトを震え上がらせた攻撃的PSI能力はこの時代でも健在である。

 一方でテレポートという優秀な補助的PSIを持つシャイナはその半面で攻撃的な能力を持たない。ライズによる身体能力の底上げも対人戦闘ならまだしも対ガストレアでは心元ないと武器による戦いを選んでいた。テレポートを使って状況に応じたバラニウム製武器を切り替えながらの射撃戦闘は、ライズとテレポートの併用による高速移動もありステージⅠ程度が束になってもかなわない。

 結果として自衛官の死体から生まれた個体も含めて百匹以上は存在していたであろうモデルアントの群れはものの数分で殲滅した。

 

「いよいよ本丸か」

「先陣は僕が行きますよ。このままだとドルキさんに負けてしまいますので」

 

 ここまで約七十匹を倒したドルキに対してシャイナは四十匹弱と約半数ほどと少ない。流石に攻撃偏重型のドルキと数を競うには武闘派ではないシャイナにはむつかしい話ではあるが、星将としてのランクでは上の為にシャイナも意地になる。

 ならば眼前のステージⅣという首級をあげれば馬鹿にされることは無いとシャイナは考えていた。

 

「高度四千メートル……あの世への超特急ですよ。六方転晶系(ヘキサゴン・トランスファー・システム)

 

 テレポートでモノリス上空に移動したシャイナは、そのまま浮遊して自慢の能力を披露する。六角柱の形に切り取った空間座標を転送する六方転晶系でステージⅣを覆い、そのまま上空四千メートルまで転移させる。シャイナは直接相手を攻撃する術には欠けているがそのPSIの応用力は戦闘能力で勝るドルキを差し置いて第四星将の地位にあるだけに相応しい。

 

「相変わらずえげつねえ技だぜ」

 

 ドルキもその様子を傍観する。星将のような一握りを除いたら生きては帰れないであろう地獄への超特急がステージⅣガストレアを襲う。上空から落下するにつれて加速したそれは爆音とともに地面に突き刺さる。並のガストレアなら圧死して当然の衝撃に、二人はさすがに生きているとは思わずその場を立ち去ろうとした。

 

「終わったか。一応IISOに連絡しておくか?」

「そうですね。報奨金をせしめて何か美味しいものでも食べに行きましょう」

「それいいな。島の暮らしで牛肉が恋しいし、ジョジョ苑でも行こうぜ」

「ジョジョ苑って……昔は有名でしたけれど、まだやっているんですかね? あそこ」

「潰れていたら別の店で良いだろう。肉だ、肉を食うぞ!」

「それもそうか……それじゃあ今夜は焼き肉と言うことで」

 

 二人はIISOに電話すると、職員に自衛隊への引継ぎを指示された。元より応援要請を受けていた自衛隊の部隊はそれから十分ほどで到着し、ドルキとシャイナは現状を引き継いで報奨金の小切手を受け取ってその場を立ち去った。

 二人はそのまま焼肉屋へと直行したが、この日相手にしたステージⅣがこれから東京エリアを襲う危機の表舞台に立つ存在であることなど気が付かない。

 

 ドルキとシャイナが立ち去って十分ほどが経過すると、ガストレアによって組み付かれた三十二号モノリスと地面に突き刺さるガストレアの死体と思しきものを調べていた自衛官たちを恐怖が襲う。死体と思っていた一匹のガストレアは息を吹き返し、抵抗する自衛官たちを攻撃しながら後退を始めたからだ。

 バラニウム製の小銃やプラスチック爆弾による爆発を加えても効果は薄く、いかなる攻撃を受けてもものの数分で完治してしまう。むしろあの二人組はどのような手段にて、あそこまでこの怪物を痛めつけることができたのかと思い悩むが時すでに遅し。ガストレアの援軍による遠方射撃もあり、自衛隊の部隊は残念ながら全滅してしまった。

 周囲に巻き散らかされる水銀と血の跡は、ドルキとシャイナが築いたガストレアの死体よりもさらに濃く三十二号モノリス周囲を染め上げた。

 

 翌日、この結果をもとに聖居は目下のステージⅣガストレアを指定種『アルデバラン』と認識した。調査の結果、アルデバランによってバラニウム浸食液を注入されたため三十二号モノリスが崩壊するまで残り四日、対して代替モノリスの建造までかかる時間は一週間と絶望の三日間が訪れることを導き出していた。

 この時点で聖居は対アルデバランと三十二号モノリス崩壊への対応に追われ、これまで司馬重工との協力のもとに秘密裏に行っていたピスケスの調査は打ち切った。

 近視眼的に見れば決戦の時とでも言うべきこの三日間が、W.I.S.Eの予知能力者(ジン)が見た危機の序章に過ぎないことを知る人間はいなかった。




ドルキさん大爆殺の話
東京組はvsピスケスとvsアルデバランでうまくチーム分けできればいいんだがキャラが増えると考えることが増えてしまうな


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Call.31「宝瓶宮捕捉」

 未踏査領域の一つとなっている伊豆に寂れた病院が一棟あった。かつては世界有数の私設病院として地元でも有名だったそれは、今では人里離れて暮らす異能の力を持つ子供たちにとっての身寄りになっていた。

 天樹院(てんじゅいん)エルモア総合病院、そこは決して多いとは言えないもののバラニウムによる簡易結界が張られている。さらに居住区として発電と浄水の設備を備えた地下シェルター『天樹の根』を有する陸の孤島である。

 

「今日はサッパリ釣れないな」

 

 海辺で魚釣りをしていた褐色肌の男性、天樹院カイルがぼやく。海の魚はガストレアの影響こそあれども、人間による漁獲量の大幅減少もあり十年前と比べても遜色ない生育している。そのため磯辺での魚釣りでは日に十匹程度は釣れるのだが、この日は半日かけて一匹も釣れないでいた。

 その様子を不運に思い、ボヤキの一つが入っても無理はない。

 

「仕方がない、もう少し沖に出るか」

 

 カイルは場所を変えるために岩礁から海へと歩き出す。自らが持つ異能の力、空気を固めるPSI(サイ)……マテリアル・ハイで足場を作り、百メートルほど沖に出て魚釣りを再開した。

 再開してから二十分ほどで彼の釣り針に大物がかかる。

 

「コイツはデカいぞ」

 

 カイルは竿が壊れないように注意しながら獲物を引くが、まるで巨木に根がかりでもしたように相手は動かない。しびれを切らしたカイルは服を脱ぎ、海中に潜ることにした。服を足場の上に脱ぎ、竿を片手に海に飛び込む。

 息を止めながら糸に沿って潜るカイルは、針が刺さった獲物の姿をついに捕える。

 

「んんん!」

 

 だがカイルはその姿に驚き、水中ということも忘れて息を吐き出してしまう。思わず海面に出たカイルは息を荒げ、院内にいる仲間に向かってテレパスを飛ばす。

 

『クソデカいガストレアだ!』

 

 カイルが見つけた獲物はガストレアだった。その大きさは百メートルを超えており、保護色なのかその色合いは水中に潜らなければ見えないほど見つけにくい。それがゾディアックの一体であることはその異様ともいえる大きさが証明していた。

 カイルの発見から、天樹の根にて暮らす人々を束ねるエルモアウッドの面々は迎撃態勢を取る。以前、エルモアウッドはゾディアックの一体である天秤宮リブラと戦ったことがある。その際の結果は撃退こそ成功したものの殲滅には至らない痛み分けであった。

 リブラ最大の特徴である殺人ウィルスをエルモアウッドの最大火力である天樹院フレデリカによるパイロキネシス……『パイロクイーン・サラマンドラ』で焼き払うことにこそ成功したが、リブラ本体までは焼き尽くせなかったからだ。

 ましてや今回は炎とは相性が悪い水辺の戦いである。出来ることならやり過ごしたいというのが本音に近い。そこでエルモアウッドリーダーの天樹院マリーは、ガストレア戦争以後の十年間で連絡を取り合うようになった一団、W.I.S.E(ワイズ)に声をかけることにした。

 

「―――と言うわけで、天戯弥勒と連絡を取りたいのですが、頼めますか?」

「わかった。やってみよう」

 

 マリーは天樹の根で暮らす住人の一人である青い髪の女性に頼む。かつてグリゴリ07号と呼ばれた彼女は、W.I.S.Eの首領である天戯弥勒の双子の姉である。互いに高レベルのサイキッカーでもあるため、この二人は同調すれば長距離での無線テレパスで意思疎通が出来る。それを知っているからこそ、マリーは彼女にメッセンジャーを頼んだ。

 グリゴリ07号と天戯弥勒。二人の波長は一致し、数百キロの距離はゼロになる。

 

『奇遇だね、姉さん。俺も姉さんの様子が知りたかったところだ』

『それはちょうどよかった。簡単につながったのはそのためか……

 もっともお前に用があるのは私ではなくマリーの方だがな』

『マリー? エルモアウッドの女傑が何の用かな?』

『お久しぶりです、天戯さん。急なお願いになるのですが、力を貸してくれませんか』

『要件次第では構わない。だが俺達も立て込んでいる、期待に沿えるかは解らんぞ』

『それでは……三時間くらい前になるのですが、伊豆の海中にゾディアックと思われるガストレアが出現しました。今は水中に留まってお魚を食べているみたいですが、これが浮上してきた際の迎撃戦力を貸してほしいんです。出来ればグラナさんか天戯さん直々に』

『それは本当か?』

 

 弥勒は先日の会議を思い出す。予知により近々東京エリアに二匹のゾディアックが襲来することを察知していた弥勒は、伊豆に現れたゾディアックらしき何かはそのうちの一体に違いないだろうと予想する。

 

『……良いだろう。ジュナス、ウラヌス、カプリコをそちらに送る』

『ありがとうございます』

 

 今回の人選はウラヌスが凍結能力『氷碧眼(ディープ・フリーズ)』を使った足止め役、ジュナスがバーストオーラの剣『神切(かみきり)』によるアタッカーという布陣である。カプリコに関してはジュナスと別行動をさせると双方が僻むのと社交性に欠ける二人のサポートという理由以外が大きいが、イメージした怪物を実体化させる『創造主(クリエイター)』と揶揄される能力を持つことから、雑兵を付けない分の補てんとしての意味もある。

 弥勒はエルモアウッドの共闘により片方の討伐に必要な戦力が少なく済んだと心の中でそろばんをはじいた。

 

『例には及ばない。こちらとしても行方を追っていた獲物だ』

 

 弥勒は姉との交信を終えると、早速三人を呼び出して指示を与えた。三人は特に異を唱えることは無く、カプリコがイメージを具現化するPSI能力にて生み出した人面鳥(グーラ)にまたがり伊豆へと向かった。

 

 

「あと一匹か……そっちはお前に任せるとするか、グラナ」

「そういう弥勒はお留守番か? アンタだって戦いたいだろうに」

「構わんさ。星将全員が出払ったら島の護りが手薄になる」

「違いねえや」

 

 弥勒とグラナ、W.I.S.Eのツートップはシャイナたち三人を見送ると談笑にも近い打ち合わせを始めた。弥勒の言うように星将と三十組強のサイキッカーと呪われた子供たちのペアを送り出せば慰問島の護りが手薄になることは自明の理である。

 弥勒は一人で手薄になった慰問島を護るつもりであると、グラナに打ち明けているのだ。

 

「ミスラの時もそうだったが、俺は未来視ってやつはどうも信用できないタチでな。本当に東京エリアで戦力を動員する必要があるような襲撃が起きるのか?

 確かにゾディアック二体の出現は当たっているんだろうよ。だがゾディアックを相手に雑兵なんて禄に役には立たないぜ。それに撃破されたタウルス以外は群れでは行動しないらしいじゃねえか。雑魚が押し寄せるとしたらゾディアックに蹂躙された後の話になるんじゃないのか?」

「つまりジンが腹に一物を抱えていると言いたいわけか、ミスラのように。俺が戦力を東京エリアに向けるように仕向けていると」

 

 ミスラとはかつてW.I.S.Eにて参謀役を務めていた予知能力者の名である。彼女は最終的に弥勒を裏切り、牙をむいていた。その時は未来を知って眼前に現れた夜科アゲハ達の協力で難を逃れたが、グラナはその時の顛末故に未来視能力への不信感を持っていた。

 未来など予め決まっているものではないという主観を持つこともその一因であろうか。

 

「そういうつもりじゃないが用心は怠るなと言う話だ。俺だってガキの頃から育ててやった相手だ、ミスラとジンが違うことなど承知しているしアイツが裏切るとは思ってはいねえ。それでも予知を妄信するのは危険だと言いたいわけだ。未来は確定しているわけなんてないんだからな」

「ならばヴィーゴをここに残すか」

「それがいい。アイツは集団行動が苦手だからな」

 

 これからの方針が決まり、後は事が起きるのを待つばかりとなった。

 

――――

 

 人面鳥の羽搏きにより四時間ほどで伊豆に到着したジュナスたちは、エルモアウッドと合流していた。ジュナスとウラヌスは育ちのせいか人当りが悪い性格と言うこともあり、交渉役にはカプリコが買って出る。

 

「エルモアウッドのみんなも久しぶりね」

 

 ガストレア戦争以後の十年でそれなりに見知った間柄になったということもあり、簡単な挨拶を済ませると三人は天樹の根に招き入れられる。案内された会議室の円卓にはカイルが撮影してきたガストレアの写真が何枚も並べられていた。

 会議にはリーダーの天樹院マリーを含め、天樹院カイル、天樹院シャオ、天樹院フレデリカの三名も参加していた。

 カプリコは撮影された写真を見るなり、今まで蓄えてきたガストレアについての知識と照らし合わせてその正体を見極めた。

 

「これは……たぶんアクエリアスだね。体内に蓄えた水を巧みに操る厄介な相手よ。タクラマカン砂漠にオアシスを作るほどの水分を蓄えた水陸両用のガストレアだわ」

「水か……こりゃあフーのパイロクイーンとは相性が悪そうだぜ」

「フン! そもそも水中に引きこもられている時点で分が悪いわよ」

「オマエ達は脚を引っ張らなければそれでいい。ゾディアックと呼ばれてもしょせんは只の人間にだって倒せる相手だ。俺の神切とウラヌスの氷碧眼があれば充分だ」

 

 ジュナスが言う只の人間とはゾディアックの内の一体、タウルスを倒した民警の事である。実際にこの民警が只の人間かと言われれば限りなくその可能性は低いのだが、ジュナスの認識としては只の人間と言う話である。

 ジュナスはグリゴリの実験体であるがゆえに、人間社会の常識として化け物に相違ない『軍事バランスすら崩しかねないIP序列一位』という肩書もむしろ過小評価の対象となる項目なのだ。

 

「同感だ。俺達にとってゾディアックが厄介なのは隠密性だ。逆にいえば場所さえわかれば後は叩き潰すだけに過ぎない」

「僕たちもあなた方の実力は承知しています。ですが現にリブラにはフレデリカの炎が通用しなかった。正確にいえば倒しきれなかったというのが正しいのですが、あまり油断してかからない方がいいです」

 

 自信満々のジュナスとウラヌスに対してシャオが窘める。シャオとてリブラと実際に対峙するまではどちらかと言えばジュナスやウラヌスに近い意見を唱える立場にあった。ゾディアックガストレアが持つ耐熱能力が生物としての常識をはるかに超えていることが、シャオを筆頭にエルモアウッドの面々には大きな不安要素として挙がっていた。

 今回W.I.S.Eに応援要請を頼んだ最大の理由も、熱と言う自前の最大火力が通用しない以上はより強力な衝撃によるダメージでなければ倒せないだろうという過去の経験を踏まえた判断にある。

 

「パイロクイーンが通用しなかったのは、たぶん何かしらの防御手段を持っていたからだと思うよ。ガストレアだって突き詰めれば炭素の塊だから、極度の高熱には普通なら耐えられないはずなのよ」

 

 エルモアウッドの不安にカプリコが生物学的な見地を示した。

 

「たとえば体の表面から無数の泡を出し続けるなどして熱を遮断したのなら、耐えられても不思議じゃないわ」

「カプリコさんはそれがすべてのゾディアックに共通する能力だと?」

「それはやってみないことには……」

 

 シャオはカプリコに迫るが、流石のカプリコもデータが少ない事象については実験してみないことには答えられない。申し訳なさそうな顔をするカプリコを見かねたジュナスはエルモアウッドを威嚇する。

 

「とにかく、これ以上は時間の無駄だ! 俺達は移動の疲れもあるから休ませてもらう。お前はヤツの居所を見失わないように見張っていろ!」

 

 ジュナスに凄まれたシャオは気圧されてしまう。客室に向かうジュナスたちの背中を眺めながらマリーの前で情けない姿を見せてしまったと落ち込むシャオに、マリーはフォローを入れる。

 

「シャオ君は悪くないわ。ただ、ジュナスさんはカプリコさんが心配だから気が立っているだけよ」

「そんなことは解っているさ。それでも彼の思い上がりを正せずに言い返されたことが辛いんだ」

「シャオは真面目すぎるんだよ。それに浜辺までアクエリアスを引き寄せて戦うことになっても、追い返すまでなら俺達だけでも充分出来るのは前にもやったとおりだぜ。今回は援軍もいるんだから、大船に乗ったつもりでいようぜ」

「僕は時折、キミの明るさが羨ましいよカイル」

「俺はそのぶん馬鹿だからな。おばば様も言っていただろう、みんな誰しも足りないものがあるからこそ、人は協力するんだってな」

「そうでしたね」

 

 この日は打ち合わせの後、シャオがトランスによる楔をアクエリアスに打ち込み様子を見ることになった。時刻は夜の九時半、ちょうど東京ではドルキとシャイナがガストレアと交戦していた頃である。




エルモアウッド登場の話
合流させずに東京組と伊豆組をうまく整理できればいいんだが


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Call.32「稲生の差し金」

 アルデバラン確認から一夜を開け、状況を聞きつけたある人物から朧への伝令が走った。曰く、仙台エリアに帰投せよ。差出人は相手が望月朧であろうとも一歩も引かないばかりか人質まで取っていた。

 

「まったく……面白そうなイベントが目の前にあるというのに、どうして老人は水を差そうとするのかな」

「ですが、逆らえば松本社長や梨華お嬢様の安全は保障できません。首相はああ見えてやるときはえげつない人です。命まで奪うことは無いでしょうが、何をしてくるかは想像できませんよ」

「松本さんに危害を加えられるのも癪だし……さて、どうしようかな?」

 

 朧は部下から事の詳細を伝えられた。裏で糸を引いているのは仙台エリア首相の稲生紫麿(むらまろ)、流石にエリア代表の力をもってしても望月朧を御するには不足しているのだが、一か月も仙台を不在にしていたことで彼の手の者に付け入るスキを与えてしまっていた。稲生としては万が一にも望月朧が仙台に戻らなかった場合に被る軍事力の大幅低下を懸念しての指示であり、東京エリアに危害を加えようという意図ではない。それどころか常識で考えて、外遊先の危機など無視して逃げ帰ることが常識的な人間の行動とさえ思っているほどである。

 

「悩むのも時間の無駄か、直接話をしよう」

 

 そういうと、朧は携帯電話を取り出す。電話をした先は稲生のプライベートライン、かつて選挙のおりに一度交換していた番号である。

 

『そろそろかけてくると思っていたよ、望月君』

「その様子なら、要件も察しているようだね」

『キミの事だ、あのアルデバランと戦ってみたいのだろう? だがダメだ。万一キミが死んだら仙台エリアの護りはどうなる?』

「そういわれてもなあ……」

 

 稲生の正論に朧は困る。常識的には稲生の考えに分があるからだ。だが朧個人の考えを言うのであれば、戦いで自分が死ぬとは思っていないうえに万が一死んだとしても松本とその家族が無事であれば仙台と言う土地にはまるでこだわりは無い。ミラージュインダストリィという大企業すら捨てても構わないと思っているほどである。

 朧は稲生を説得するために彼に対案を提示する。

 

「だったらこういうのはどうだろう? 僕はあくまで仙台エリアの代表としてアルデバランとの戦いに参加しよう。僕の活躍で東京エリアに恩を売れば、仙台エリアのアドバンテージになると思うよ」

『それはワシとしては魅力的な提案じゃが……さっきも言った通り、もしもの時はどうするつもりだ?』

「そこは僕のツテがある。万が一の場合は序列千九百三十位の夜科アゲハと序列八百九十三位の八雲影虎の二人に僕の代わりを頼むことにするよ」

 

 朧は本人の承諾もなしにアゲハと影虎を交渉の材料にする。当然朧としては自分が死ぬ可能性などまるで考えていないからこそできる腹芸である。稲生も朧の魂胆は見抜いてこそいるが、朧が二人分の民警を用立てることが可能であるならば万が一の場合でのミラージュインダストリィ乗っ取りによる収入も含めて元が取れるかと暗算した。

 

『夜科某の事は知らぬが、キミが自信をもって進める人間と言うことは、あの元ヤクザと同様に序列以上の強さなのだろう。そこまで言うのなら、キミにはわが仙台エリアの広告塔になってもらおう』

 

 交渉の結果、朧への帰投命令は却下されることになった。しかし仙台エリアの代表として戦うということは、すなわち仙台を代表する小隊として戦いに参加するほかはない。朧はアジュヴァントシステムに則りメンバーを集めることになった。

 一先ずアゲハと影虎の了承を得たことで最低限の頭数こそ揃うのは容易い。だが仙台の代表がたった三組と言うのは見栄えが悪いと、メンバー集めに奔走することになった。メンバー集めの活動のためアゲハと桜子も朧に合流する。

 

「さて、まずは斡旋所にでも顔を出してみるか?」

「そうだね。里見君も入ってくれるのなら見栄えもよかったんだが、彼は聖天子直々にアジュバンドリーダーに任命されてしまったからね。むしろ僕たちが彼の小隊に参加できなくて申し訳ない立場だよ」

 

 三人は以前防衛省の役人に聞いた民警斡旋所に足を運ぶことにした。斡旋所はフリーランスの民警であふれており、バーカウンターも備えたちょっとしたバーになっていた。この歌舞伎町斡旋所は腕利きが集まるという話であるが、腕が立つがフリーランスということは即ち人格的に問題があり子飼いにならない社会不適格者が多いということに他ならない。いわゆるアンダーグラウンドの集まりである。

 

「命知らずの腕利きを十組ほど回してほしいんだけど」

「IISOを通さずにここに来るとは、お兄さんいい根性をしているね。ウチに集まるメンツは、腕は立つが扱いにくい人間も多いんよ。上から降りてきた仕事の仲介が多いんだよね。

 それで、何の仕事をするつもりだい?」

「僕のアジュヴァントに加えるメンバーを探している」

「今朝方発令された例のアレか……」

 

 アルデバラン出現の翌日であるこの時点では一般には公表されていないが、聖天子じきじきの命により斡旋所や民警各社にはアジュバンド結成の大号令が敷かれていた。民警たちのフットワークも軽く、既に三十二号モノリス近くには仮設キャンプの設置が始まっており多くの民警が集まりだしていた。

 戦いを前に血気盛んな民警の多くはそちらに向かっているほどである。

 

「でも残念だったな。やる気がある奴はみんなキャンプの方にいっちまったよ。いまここにいるのはヘタレと呑んだくれぐらいのものさ」

「そうか……だったら名義貸しでも構わないよ。半端な人間には僕についていけないだろうしね」

 

 朧と受付係員を兼ねたバーテンが交渉をしている間、手持無沙汰になったアゲハと桜子はソーダ水を片手に中にいる民警たちを物色していた。中には二人にちょっかいをかける人間もいたが、無法には無法というのかアゲハが鼻面を素早く突いて脳震盪させて黙らせながら奥に進む。

 バーカウンターの一番奥に進むと、タンクトップに銀髪と言う忘れられない顔がそこにあった。

 

「……まさか、ドルキか?」

「あん? 俺の事を知っているのか、小僧」

「W.I.S.Eの星将、ドルキさんだろう」

「本当に知っているようだが、俺はお前らの事なんか……いや、ちょっとまてよ。何処かで見たような……」

 

 アゲハに声をかけられたドルキは思考を巡らせる。これがサイレン世界のドルキであれば忘れるなどあり得ないが、この世界のドルキはサイレン世界とは違いアゲハとの面識は薄い。

 

「そうか、ミスラが裏切ったときにいたあの黒いバースト使いか」

「思い出してくれて助かるぜ」

 

 この日のドルキは眠気覚ましのカフェ代わりに斡旋所を利用していた。シャイナの方は昨夜の酒が抜け切れていないため安宿にて眠っており、一人で来ていた。

 

「ここにいるということは、アナタも民警をやっているの?」

「一応表向きはな」

「だったら俺達の仕事を手伝ってはくれないか? アンタの力ならこっちとしても心強いぜ」

 

 ドルキは最初の攻撃を退けた当事者でありながら、アルデバラン襲来による騒ぎをまだ知らなかった。アゲハと桜子から話を聞いたドルキは携帯電話を取り出して電話をかける。

 

「もしもし俺だ」

『ドルキか。なにかわかったことがあるのか?』

「東京のモノリスが一つ破壊された。もうすぐ磁力を失ってガストレアの軍勢が東京に押し寄せるぜ。ゾディアックの仕業ではないがどうする、動くか?」

『ゾディアック以外でモノリスを壊すか……どうやってだ』

「アルデバランとかいう完全体の仕業だ。バラニウム浸食液を流し込まれてじわじわとモノリスが腐る真っ最中だ。あと三日もあれば倒壊して磁場を失うぜ」

 

 ドルキからの報告により弥勒の中での疑問が晴れる。これまでジンが言っていた東京エリアの危機とはこのモノリス倒壊が引き金に相違ないと。それならジンの言うように東京エリアに多数のガストレアがなだれ込むことも容易に想像でき、予知の内容と合点がいくからだ。

 問題はW.I.S.Eが東京エリアを護る理由があるかという点である。

 電話の先で弥勒が判断をどう下すか考えていると、電話口から思いがけない声を聴いた。

 

「久しぶりだな、天戯弥勒。夜科アゲハだ」

『ドルキ、冗談は止せ』

「冗談ではないぜ。俺はドルキのケータイを借りてお前に話しかけている。

 俺達はいま、アルデバラン襲撃に備えて俺達は戦力を探している。W.I.S.Eの連中なら心強い、手を貸してくれねぇか?

 俺達は望月朧の配下として戦いに挑む予定だ。W.I.S.Eの名が表に出てしまう心配もねぇぜ」

 

 アゲハから舞い込んできた話に弥勒は運命めいたものを感じた。ジンが見た未来につながるように訪れた東京エリアの危機と、ゾディアック迎撃の為に戦力を整えている最中にあったW.I.S.Eにとっては渡りに船ともいえる存在を秘匿できる隠れ蓑に弥勒は乗ってみることにした。

 

『いいだろう。俺達の戦力をお前達に貸してやる。都合よく隠れ蓑として利用させてもらうぞ』

「望むところだ」

 

 協力を約束した弥勒はアゲハに雑兵三十三組と、指揮官としてドルキとシャイナをアジュヴァントに加えることを伝えて電話を切った。W.I.S.Eで正規の民警ライセンスを持っているのはドルキ一人ではあるが、朧を頭とした愚連隊にはそのような規則による縛りはない。そういう意味では朧の配下という地位を得たことはW.I.S.Eメンバーにとってのメリットは大きい。

 W.I.S.Eの了承が取れた後、ドルキはアゲハ達を連れてシャイナが待つホテルの部屋に戻った。シャイナに弥勒とアゲハの取引について伝え終わると、ドルキはアゲハに質問を切り出す。

 

「俺とシャイナは弥勒の指示に従うが、一つ訊ねてもいいか? 聖居と司馬重工が何かを隠しているという噂があるんだが、何か聞いたことは無いか」

「……」

 

 ドルキの言葉にアゲハは言葉が詰まる。ドルキはその一瞬の態度を見破りカマをかける。

 

「その様子だと何か知っているみてえじゃねえか。黙っているつもりならさっきの話はナシにさせてもらうぜ」

「いいんですか? 勝手にやって」

 

 ドルキの態度にシャイナは困った顔をするが、シャイナ個人の考えとしては東京エリアがゾディアックに蹂躙されて根城にされた方が探す手間やその他諸々の面倒が無くて都合がいいと思っているほどである。リーダーの意見に逆らう行動はしたくないという意味意外にない。

 アゲハは桜子と朧にアイコンタクトをして、確認の上で口を割る。

 

「実は……東京エリアの近くにゾディアックが一匹隠れているんだ。俺達も司馬重工とのツテで捜索に参加もしているが、まだ見つかってはいないぜ」

「見つけてはいないのにいるのは間違いがない……それって矛盾していませんか?」

「見つかったのはピスケスが産んだ卵だけだ。だから居るのは解っていても、その姿までは解らねえってことだ」

「なるほど」

 

 アゲハの話にシャイナは頷き、くすくすと小声で笑う。ドルキが連れてきた客人が思いがけずにピスケスの情報を提供したことが、まるで棚かぼた餅とも言うべき幸運に思えたからだ。

 ドルキとシャイナはこの情報をもって、一度慰問島に帰還することにした。

 

「俺達は明後日までにはこちらに戻ってくる。その時は仲間も連れてくるから、人数分の食事や弾薬も用意しておけよ」

「それは僕が引き受けた」

 

 ドルキとシャイナを見送った後、三十組超えの大所帯アジュヴァントとなったことを朧は電話で稲生に知らせる。その大人数に安心した稲生も電話の先で上機嫌になっていた。




アゲハとドルキさんが合流する話
ここからは仲間集めになるからしばらくコンパクトに行けそう


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Call.33「片桐兄妹と蜘蛛の糸」

 青空教室での授業の最中に聖天子に呼び出された蓮太郎は、翌日からアジュヴァントメンバーの捜索を開始した。頼みにしていたアゲハ達が別のチームを結成するため自分の小隊には加わることが出来ないと聞き、木更が用意した目星のリストを頼りに勧誘に向かう。

 この日は延珠を学校に残してティナと二人で回っていたのだが、どこの民警でも門前払いを喰らってしまう。

 

「どこも取り付く島もないですね、お兄さん」

「そうだな。本当に嫌になってくるぜ」

 

 民警各社が蓮太郎を拒絶した理由は一つである。要約すれば若造でありながら異例ともいえるペースで昇格した蓮太郎の実力に懐疑的だからだ。中には蓮太郎の経歴を調べて天童家ゆかりの人間だと気が付く人もいるわけであり、嫉妬の眼を向けることもさもありなんことである。

 

「最後はここか……」

 

 最後の頼みの綱として二人が訪れたのは、片桐民間警備会社という個人事務所に近い会社である。社長兼プロモーターの片桐玉樹(たまき)とその妹にしてイニシエーターの片桐弓月(ゆづき)の二人で運営しているいわゆるプロパーである。

 弓月に変態として罵られながら社長室に通された蓮太郎の前に、I am an America(私こそがアメリカ)などとプリントされたTシャツを着た金髪グラサンの男が現れた。彼こそが片桐玉樹である。

 日本人同士なら奇抜程度にしか思われないが、英語圏の人間には馬鹿にされること間違いなしのファッションに、アメリカ人であるティナは思わず目を覆う。

 

「久しぶりだな。要件は察しがつくぜ、当ててやろうか?」

「解るんなら何も言わずについてきてくれよ。その方が俺も気が楽だ」

「ガキが調子に乗るんじゃねえ。

 モノリス倒壊っていうファッキンなシナリオを前に、聖天子様直々のタスクで虎の子の序列三百位様であるお前をアジュヴァントリーダーに指定したってところだろう?

 ところがガキのお前についていく奴なんか人っ子一人いやしない……俺達は滑り止めの滑り止め、一番最後に残った味噌っかすのつもりで誘いに来た……だろう?」

「味噌っかすは余計だが、他は一字一句ぐうの音もでねえよ」

「まあ当然だろう。スコーピオンを倒すまでのお前さんは序列も十二万ちょっとって味噌っかす以下のクソだったし、ましてやまだ十六歳なんてガキだ。誰が好き好んでお前に命を預けるってんだ。たぶん日本中で嫌われているぞ、お前」

「言い過ぎだ。うっせえぞ」

「図星だからって調子に乗るなよ、この変態!」

 

 挑発に怒鳴り返す蓮太郎に弓月は蹴りを加える。当然本気ではなかったが、つい義足を蹴ってしまったことで、箪笥の角に小指をぶつけたかのように弓月はピョンピョンと悶えながら跳ねる。

 

「悪い……義足の方だったから痛かったか?」

「変態の情けはうけないよ」

「左様ですか」

 

 ティナは執拗に蓮太郎を変態扱いする弓月の事を疑問に思いながら見つめる。弓月の方はティナを変態が連れてきた幼女だと色眼鏡で見てろくに顔を合わせようとはしない。

 

「まあ聖天子直々ってところまで合っているんなら話くらいは聞いてやろうじゃないか。敵は何匹だ?」

「アルデバランとその他二千匹強だ」

「オーケー、ボーイ! 話は聞かせてもらった。向こうの出口から出て行ってくれ。弓月、お客様のお帰りだ」

「ちょっと待てよ! まだ話は―――」

「お前、本気でそんな大軍と戦うつもりか? 一応は他の民警もいるんだろうが、そういううのは自殺行為って奴だぜ」

「いいのかよ……そういって何もしなかったら東京エリアはおしまいなんだぞ?」

「モノリス倒壊の件はまだ一般には公表されていないし、俺達は今のうちに高跳びさせてもらうぜ。勝てない相手に喧嘩を売る馬鹿はいやしねえよ」

「だったら、お前はこの街の人々を見捨てるっていうのか。その蹂躙される様子を他所のエリアでビール片手に愉快に笑って見過ごせるのかよ。

 俺にはそんなことは出来ない……でも俺だけでは勝てる相手じゃないから、お前のような腕利きの力を借りたいんだよ、俺は。力を貸してくれ、片桐兄妹」

 

 蓮太郎の言葉に玉樹は椅子から立ち上がる。そしてサングラスをずらし、顔を近づけて生の瞳で蓮太郎の義眼をにらむ。

 

「俺達が仕事を受けるうえで最も重要視しているのはリスクがリターンを上回っていないかだ。ステージⅠが二千だけなら、他のアジュヴァントもいるから手を貸してやってもいい。

 だがアルデバランは別だ。政府が他にどんなメンツを集めるかまでは解らねえが、ゾディアック一歩手前のモンスターとやり合うのに見合う報酬があるとは思えねえぜ」

「序列の向上と報奨金は出るだろうな。多少は俺からも出せるし、何なら聖天子様に頼んで―――」

「解ってねえのか? ボーイ。カネの話じゃないんだよ。

 事は命だ。命を張らなきゃいけない相手と戦おうってのにカネだけじゃ、テンションも上がらねえって言っているんだよ。

 カネは命より重いって昔の漫画のセリフがあるだろう? アレは命をカネでやり取りできた平和な時代の理屈だ。いまどきカネの為に命を張るなんてナンセンスだね。ガストレアのご機嫌はカネでは買えないからな」

 

 玉樹の言葉に蓮太郎は気圧される。ここまで玉樹も含め、金や地位を条件に交渉をしていたが一様に金の問題じゃないという意図での追い返し文句は言われ続けていたからだ。無論蓮太郎本人も金で補てんできる話だとは思ってはいないが、交渉材料が他にない以上は仕方がないと思っていた。

 玉樹のガンをまじまじと見つめる蓮太郎は、彼の瞳には強い意志があるのだと感じ取りこれまで他の民警には言い出せなかった言葉を投げる。

 

「だったら、俺の為に戦ってはくれないか?」

 

 蓮太郎の突然の言葉に玉樹はきょとんとした顔になる。思いがけない一言が玉樹のハートに火とともす。

 

「そうかい、しばらく見ない間になかなか面白いことを言うようになったじゃねえか。ひとつ条件があるが、その話に乗ってもいい」

「本気か? 馬鹿兄貴」

「もちろん本気さマイスウィートシスター! ただし条件がある。お前が俺の上に立つって言うのなら、俺より強いことを証明して見せろ。それが出来ないようなら、俺と弓月は高跳び先でお前を呪いながらビールでも飲ませてもらうぜ」

 

 玉樹は条件付きでアジュヴァントへの参加を承諾した。条件は二対二の決闘で、兄弟二人を蓮太郎が倒すことである。当然弓月はイニシエーターであるため、弓月の相手はティナが務めることになる。

 四人は片桐民間警備会社の近くにある市民体育館を貸しきり、決闘を行うことにした。玉樹は先客の子供たちを威嚇して追い払おうとするが、流石にガキは強いというべきか、遊び場を取られた子供たちはプロレス見物のつもりで体育館にある観客席に移動して四人の戦いを見守る。

 物々しいチェーンが付いたガントレットを装着して玉樹は戦闘準備を整える。

 

「さあ、始めようじゃないか」

「名乗るわよ! 序列千八百五十位、モデルスパイダー片桐弓月!」

「同じく序列千八百五十位、片桐玉樹」

 

 片桐兄妹は決闘を前に名乗りを上げる。決闘と言う場をわきまえてお前も名乗れと言う意味なのは明白であり、蓮太郎たちもそれに応じる。

 

「名乗るぞ! 序列三百位、里見蓮太郎!」

「モデルオウル、ティナ・スプラウト。序列は訳あってありません」

 

 二人の名乗りに玉樹は指摘を入れる。蓮太郎と面識があるということで、当然延珠とも面識があるからだ。

 

「なんだ? 相棒のバニーガールじゃなくて、新人との即席ペアで挑もうって言うのか。舐められたものだな」

「すみません、序列剥奪中のもので。ですが勝たせていただきます」

 

 そういうと、ティナはあらかじめ用意していたシェンフィールドを周囲に展開した。

 

「コイツは驚いた。ルーキーじゃなくて剥奪者だとはな。何をやったんだよ?」

「それは言えません」

 

 公衆の面前でもあるため、ティナは当然それを明かせない。片桐兄妹はティナの異様な経歴と眼前のシェンフィールドに警戒して肌を粟立たせる。

 

「即席だからって侮るなよ、マイシスター」

「当然でしょう?」

「流石にわかっているか……さあ、踊ろうぜ!」

 

 玉樹の合図で決闘は開始された。開幕で弓月は蓮太郎を飛び越え、さらに周囲を跳躍しながら走り回る。蓮太郎は弓月の意味深長な行動の正体はティナに任せることにして、右拳に頸を集める。

 

「そのムード……三か月前のお前とは大違いだな。あの頃は本気を隠しながら戦うのはツレーって、チョーシくれた態度をしていたくせに」

「そんなつもりじゃねえ!」

 

 蓮太郎は玉樹の指摘を振り払い、自慢の拳を突き立てる。

 

「天童式戦闘術一の型八番―――焔火扇!」

 

 頸を込めた右の拳打を全力の歩法に乗せて放つ。拳は空気を切り裂き、蓮太郎を玉樹の元に誘う……はずだった。

 

「かかったわね」

 

 弓月はしめしめと言う態度で糸を手繰る。すると蓮太郎の体を覆うように蜘蛛の糸が地面からせり上がり彼の右腕をがんじがらめにする。これにより衝撃も打ち消され、焔火扇は玉樹の眼前で止まってしまった。

 

「右腕は確か義手だったよな? 遠慮なくイかせてもらうぜ」

 

 玉樹は身動きを封じられた蓮太郎に対してガントレットに取り付けられた動力装置のスイッチを入れる。けたたましい音と共にチェーンが回転し、それは見るにも痛ましい。玉樹は蓮太郎が神経が通った義手を使っていることをいいことに、起動させたチェーンソーで動かない右腕を弄る。

 

「ぐああ!」

 

 疑似神経を通して蓮太郎に激痛が舞い込み思わず痛覚機能を遮断する。これが生身であれば痛いだけではなくその傷も酷いことになったであろうことは蓮太郎も肌で感じている。玉樹は蓮太郎の表情を見て痛覚機能を遮断したことを確認すると、チェーンソーの動力を止めてトドメの準備に移る。

 

「あっけないぜ」

 

 玉樹は渾身の一撃を蓮太郎の腹に決めようとしたが―――

 

「虎搏天成!」

 

 蓮太郎は縛られていない左腕で玉樹の拳打を弾き飛ばした。さらに再び頸を集約し、その手を刃に代える技を披露する。

 

「空の型二番―――剄楓!」

 

 剄の力により左手の指先に刃を作り、軽く右腕をなぞって弓月の蜘蛛糸を切り払う。さらに次なる兄妹の一手に対抗するために、防御主体の型「金剛不破の構え」にて玉樹の次の手を読む。

 

「やるじゃねえか。それにその左手……いつの間にナイフみてえになっているんだよ。まさか全身サイボーグにでもなったのか?」

「俺の義肢は前にも言ったように右手右足だけだ。今のは天童流の技だぜ」

「マジかよ……マス・オオヤマの瓶切りじゃねえんだぞ」

 

 蓮太郎の能力を予想より高く見積もった玉樹はギアを一つ上げる。これまで加減していたガントレットのチェーンソーを起動させ、蓮太郎の五体満足などお構いなしの姿勢に移ったのだ。玉樹としては最初のやり取りであっけなく倒せるものと思っていたが、余力を残して勝てるとは限らないと気持ちを切り替えた。

 蓮太郎たちの戦いの横ではティナと弓月も戦闘中である。だが弓月は縦横無尽に飛び回るだけで戦おうという意思を見せない。先ほど蓮太郎を捕えたものと同じ蜘蛛の糸を仕込んでいる真っ最中だからだ。ティナもそれを見せられているため、二人の戦いは玉樹に加勢する弓月とそれを邪魔立てするティナといういたちごっこになっていた。

 蓮太郎の背面を通過した弓月は一瞬だけサングラスの蔓をクイッと上げる。当然それは準備完了の合図であり、玉樹も蓮太郎に仕掛ける。

 

「オラオラァ!」

 

 玉樹は一直線に間合いを詰めて胸元に右の正拳を放つ。当然チェーンソーはけたたましく回転しており、一撃を受けるだけでも大怪我必須である。金剛不破の構えから玉樹の動きを読みとった蓮太郎は左前の半身で拳打を躱して玉樹の腹に右腕をあてがう。

 

「天童式戦闘術一の型十二番―――」

 

 そのまま剄力一擲の閃空斂艶(せんくうれんえん)で逆王手をかけようとしたのだが、わずか一寸の距離も蓮太郎の右拳は動かない。

 

「(しまった!)」

 

 蓮太郎は心の中で思わず叫ぶ。玉樹が無防備ともいえる突進をかけた時点で既に片桐兄妹のチェックメイトは宣言されていたからだ。拳打を躱すために半身になった一瞬の隙をつき、弓月はあらかじめ仕掛けておいた蜘蛛の糸を手繰り寄せて右腕を絡めとる。背後の死角からとはいえ、手品めいた狡猾な罠に蓮太郎も脱帽である。

 

「これでツーアウトだ。今度こそこのままゲームセットだぜ」

 

 玉樹は動けない右脇腹を狙い、左の拳打を放つ。当然左もチェーンソーが回転しており喰らったら終わりである。

 

「死ねやこのやろおおお!」

「誰が死ぬか!」

 

 玉樹の攻撃に対抗して蓮太郎も切り札を切る。右腕右足のカートリッジを同時に炸裂させ、二発分の莫大な推進力をもって蜘蛛の糸を引きちぎったのだ。あまりの衝撃に糸を手繰る弓月も転ぶ。

 蓮太郎は左足を杭代わりにしたピックターンでラリアート一閃で拳打を弾き、いきおいそのまま一回転して新技を披露する。

 

「剄華繚乱・闇蛍」

 

 まだ慣れきれない咄嗟の頸放出であり剄量としては心許ないが、カートリッジの加速も加わり充分な威力が玉樹を襲う。衝撃の炸裂により玉樹はそのまま突き飛ばされ仰向けに倒れた。蓮太郎は百載無窮の構えで残心して、開眼後では実戦初の空の型に満足げな表情を浮かべた。

 玉樹は仰向けのまま蓮太郎に問いかける。

 

「あれだけ嫌っていた義手のアレをホイホイと使いやがて……俺を殺す気か?」

「逆だろ? お前の方こそ俺を殺す気だったじゃねえか」

「違いねえ」

 

 玉樹は負けを認めて笑みを浮かべたのち、表情を隠すためか顔をぐにぐにとさせてから起き上がった。

 

「ヘイボーイ。そろそろ向こうも終わりそうだぜ」

 

 玉樹がダウンしてから数分が経過し、これまでの二対二から一対一に移行したイニシエーター同士の戦いは新たな展開を迎えていた。玉樹を欠き標的をティナに切り替えた弓月は回避上等の突進を果敢に仕掛けていた。そのすべてはシェンフィールドを駆使した俯瞰的な視点にてティナが見切って躱していたが、弓月のそれは元より回避上等である。

 

「ティナが完全に見切っているな。そろそろ妹もへばるんじゃないか?」

「馬鹿、これをみろ」

 

 二人の間で意見が食い違うが、玉樹は自慢の妹が優勢である証拠として自分のサングラスを蓮太郎に渡す。その飴色の視界を通してみた二人の戦いは、裸眼の時とは異なっていた。一見攻撃を躱してペースをつかんでいるのはティナのように見えていたが、実際は逆である。弓月が攻撃を躱されながらも仕掛けた蜘蛛の糸がティナの逃げ場を隙間なく塞いでいた。蓮太郎も先ほど二度もこの糸には絡めとられているため、この糸が捕えられたら容易に脱出できるものではないと肌で理解していた。

 そしてついに蜘蛛糸はティナの退路を塞ぎ終えた。丁寧に織り込まれた蜘蛛の糸は一度弓月が糸を絞ればティナの動きを完全にふさぐようになっていた。

 

「アンタ、私の能力にもとっくに気付いているでしょう? 怪我したくなかったらさっさと降参しなさいよ」

 

 蜘蛛糸で天井に張り付いた弓月はティナに降参を進める。だがティナは無言のまま目をつぶり、弓月にはそれは目を閉じていてもあなたに勝てると挑発されているように感じて苛立ちを募らせる。

 

「そう……だったら怪我しても知らないよ!」

 

 弓月は仕掛けを起動させる一本の糸を手繰り、ティナをがんじがらめにする。身動き一つ取れないティナに、落下の加速を利用した必殺の突きを見舞う。

 だが弓月の攻撃は届かなかった。

 

「なによこれ……」

 

 自身が掌握していたはずの蜘蛛の糸がまるでティナを護るために形を変え、突きを決めようとした弓月を逆に捕えたからだ。

 

「まさか……ピアノ線でやったっていうの?」

 

 弓月は眼前のティナを観察して答えを探す。その手からはまるで人造の蜘蛛の糸のように細いワイヤーが飛び出していることに気が付いたが、既に死に体である。ティナの手がわかったところで手出しは出来ない。

 ティナは右手を伸ばし、指を弓月の両目に突き立てる。弓月の手刀は届かないがティナの指は届く位置と言うことは、死に体なのは弓月の方に他ならない。

 

「チェックメイトです」

「……負けたわ。でもどうやってワイヤーで私の糸を?」

「あやとりの応用です。逆トラップを仕掛けるために掌握する必要がある糸を探すのはさすがに骨が折れましたが」

「私もあやとりには自信があるけど……正直言って私でも出来ないわよこんな曲芸」

 

 玉樹に続き弓月もリタイアを勧告したことで、この戦いの勝者は蓮太郎とティナのコンビに決まる。そして戦いの結果に感服した兄妹は蓮太郎の配下につくことを承諾した。特に弓月は同性愛の気に目覚めそうなほどにティナに懐き、早くも友達になったようである。

 この戦いを見物していた子供たちも親や周りの差別的な目線を覚えているため、今までは呪われた子供たちをよく思っていなかった。だが手に汗握る戦いが気持ちを揺さぶったのか、子供たちは健闘した弓月とティナの二人の呪われた子供たちに自然と拍手を送っていた。




れんたろーvs片桐兄妹戦の話
大筋は変わってないけど特典の3カ月前話なんて知らないからわりと反応は独自解釈で
次回は前回の日曜同様に溜めてからになりそうです


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Call.34「キャンプ」

 東京湾に浮かぶメガフロート刑務所には思想犯アンドレイ・リトヴェンツェフを筆頭に多くの凶悪犯罪者が収容されている。四賢人と呼ばれた日本最高の頭脳はこの日もこの刑務所を訪れていた。

 普段は週に一回のペースなのだが今回は三日前にも訪れており、訪問相手も小首を傾げていた。

 

「どうしたんだ? ドクター。まだ一週間経っていないじゃねえか」

「状況が変わったのさ。これから期間限定だが、キミをここから連れ出すよ」

「なんだと」

 

 菫は檻の向こうに居る将監に状況を説明した。アルデバランの出現と、それによるモノリス破壊についてである。政府は藁をも掴む勢いで手駒集めに必死になっており、そのため極秘兵器扱いである伊熊将監にも出動の許可が下りたのだと。

 

「久しぶりに暴れられるわけか。だがな、俺の顔はそこそこ広まっているだろうがどう隠す気だ?」

「心配ご無用。キミにはしっとマスク二号として娑婆で行動してもらう」

 

 そういうと、菫はポケットから白い覆面を取り出す。目元の部分に焔の模様が描かれており、何処か異様な雰囲気を醸し出していた。

 

「これを俺につけろって言うのか」

「嫌ならキミは此処に置いていく。東京がガストレアの巣になって、食事の配給が無くなり飢え死ぬのを待つがいいさ」

「チッ! 仕方がねえ。その話、乗ってやるよ」

 

 将監はマスクを受け取り顔にかぶせると、菫に従って刑務所を後にした。まずは勾田大学病院に向かうのだが、その道中で将監は一つ菫に質問する。

 

「ところでよぉ、なんで『二号』なんだ?」

「簡単さ、一号は既にいるからだよ。普段は銭湯の番台をしているフリーランスの男なんだが、世代が近いからか結構私と気が合う男でね。そのマスクもアイツの予備を借りてきたものなんだよ」

「ちなみに序列は」

「たったの四万二十九位、40(しっと)()()()とキリがいいだろう」

「冗談みたいな野郎だな」

「まあ見た目は棍棒担いだプロレスラーだが、実力は生身時代のキミとも肉薄できるレベルだ。頼りになる男だよ」

 

 大学病院に到着すると、アゲハから預かっていたバスタードソードを含めた将監用の装備を整え、二人はキャンプに足を運んだ。キャンプに到着するとしっとマスク一号と合流し、菫は先に病院へと戻る。残された将監はしっとマスクに挨拶する。

 

「今日から暫く世話になる。伊熊―――」

「それ以上はいい、二号。キミの素性は室戸先生から聞いている」

「それは手が早いことで」

「立ち話もなんだ、とりあえずうどんでも食いに行こうじゃないか」

「それもそうだな」

 

 しっとマスクの提案で二人はうどんをつまみに行くことにした。その足取りの最中、一人の幼女が二人に声をかけた。赤髪のツインテールは将監には見覚えがある姿だった。

 

「お主たち、妾たちのアジュヴァントに入らぬか?」

 

 将監はさてどうしたものかと周囲を見回す。すると離れた位置に、なんであんな色物コンビに声をかけたんだと言わんばかりの表情をしている里見蓮太郎を見つける。里見も室戸菫の関係者だが、俺の格好の事を聞いていたらあんな表情にはならないだろうなと蓮太郎が事情を知らないだろうと察した将監は、小声でしっとマスクに判断を委ねる。

 

「どうする?」

「どうもこうもない」

 

 しっとマスクは小声で将監に答えたのち、眼前の藍原延珠に答える。

 

「申し訳ない、お嬢ちゃん。俺達は既に別のアジュヴァントに所属しているから、キミの所には参加できないんだよ」

「そうなのか……」

「戦場で顔を合わせたら協力は約束しよう」

「ならばその時は手助けを頼むぞ」

 

 しっとマスクは延珠に断りを入れる。延珠は残念そうな顔で蓮太郎の元に戻っていく。そのやり取りを見て、将監はしっとマスクに訊ねる。

 

「おいおい、既にどこかに所属しているのかよ」

「昼食の時に話そうとは思っていたんだが、この際だから今言おう。俺達は序列三百六十位、望月朧の配下でこの戦いに参加する」

「望月……あのいけ好かない大社長サマか」

「えり好みは良くないぞ。それにキミは本来なら序列を剥奪された身だ。さっきの子の所みたいに、普通のアジュヴァントにはそもそも参加することも出来ないんだから我慢しろよ」

「なんだと、聞いてねえぞ? わざわざ俺に声が掛ったんだから、そんな細かい手続きはとっくにクリアしているんじゃねえのかよ」

「だから、その解決方法が望月氏のアジュヴァントって訳だ。彼の所は非正規の民警を彼の豊富な資金を後ろ盾にした独断で取りこんでいる。彼の所なら、序列剥奪どころか戸籍すら抹消されたキミでも我が物顔でいられるという訳さ。それに彼の所にはキミの元相棒もいることだしな」

「夏世がいるっていうのか?」

「ああ、正確には夏世ちゃんを引き取った夜科アゲハがいる。夏世ちゃんにはキミのことは伏せているが……」

「やっと筋が通ったぜ。アンタも、望月朧も、ドクターも、みんなあの夜科のヤローと繋がってやがったのか」

「そういうことだ」

 

 二人のマスクマンは立ち話の後、うどんをつまんでから朧が待つテントに向かった。テントにはW.I.S.Eから参加した非正規のサイキッカー民警ペアたちが大勢集まっており、彼らからすれば多少腕が立つ程度の無能力者など奇抜なファッション一つじゃ気後れしない。

 

「俺の案内はここまでだ。今日は店の準備があるからここで失礼させてもらうよ」

「おい!」

 

 初対面の人の中に放り込まれた将監は最初は戸惑ってしまうが、彼の覆面に興味を示した子供たちに遊ばれたことで次第に打ち解けていった。なんだかんだ伊熊将監も子供には弱いようである。

 

――――

 

 アジュヴァントの人数合わせの為にキャンプに乗り込んだ蓮太郎たちだったが、思いの外メンバー集めに苦戦していた。しっとマスクをはじめとして既に別のアジュヴァントに参加済の人間も多く、未だ何処にも参加していない民警が見つからないからだ。

 そうこうして歩き回っていると、むさい男たちの垣根を蓮太郎は見つけた。

 

「何があった?」

「喧嘩だよ。あそこのトサカ頭とタンクトップにバイザーの兄ちゃんたちが口論になってな。そうしたらコートにバイザーの兄ちゃんが止めに入って、そのまま喧嘩勃発って訳さ」

 

 人垣の中央に居たのはくわえ煙草に日差し避けなのかアゲハらサイレンドリフトには見慣れたバイザーを付けたドルキ、コートにバイザーの男とその相棒の少女、モヒカンヘアに槍を持った男とその相棒の少女と合計五人の男女がいた。

 事の発端はモヒカン頭の不注意である。彼が背負っていた槍の穂先がドルキの眼前に当たりそうになり、思わずドルキが爆塵者(イクスプロジア)でモヒカン男を吹き飛ばしたからだ。ドルキは親切丁寧かつ阿修羅のような怒り顔で正論を述べてモヒカン男を説き伏せようとしたが、逆切れしたモヒカン男はそれを聞き入れなかった。いよいよぶちのめすしかないかと対峙していると、コートの男が仲裁に入り、そのままモヒカン男の怒りの矛先がねじ曲がって今に至っていた。

 多くの見物人は逆切れしたモヒカン男は何をしでかすかわからないため、コートの男も危ないのではと思っていた。だがそれを見物する蓮太郎はコートの男の勝利を確信していた。なぜなら彼の事を蓮太郎は知っているからだ。

 

「おい兄ちゃん。仲裁なんてムカつく真似をして、ぶっ殺しちまっても謝らねえぞ」

「貴様の方こそ無礼を通り越して野蛮だな。誰が見ても貴様に非があるのは明らかだった。むしろ俺が仲裁して穏便に済まそうとしたのがわからないのか? こちらの彼はいよいよ殺気立って貴様をぶちのめすつもりになっていたぞ」

「知るか馬鹿。そんなことより謝れや。二人して俺の槍の餌食にしてやるよ」

「そういう有り余った力はこれからの戦いに取っておくことも出来ないのか」

「いい加減詫びを入れろや!」

 

 モヒカン男の論理は破綻していた。自分の悦楽の為にバラニウムブラックの穂先を携え、多くのガストレアを指し殺して来た快楽者である。市井の人間に手を出さないから社会の歯車になりえただけで、平和な世の中なら三十路前に若い命を散らすヤクザの鉄砲玉が関の山の暴力のみの小男には、論理的思考が足りていないのだ。

 

「きええええ!」

 

 奇声をあげながら全力でコートの男の腹を狙い、モヒカン男は槍を突き立てる。異常者であっても身体能力はそこそこなのか、普通の人間としては鋭い一撃がコートの男を襲うが、彼には甘い。一流の拳法家の前にはこの程度の突きなど容易く見切れるからだ。

 左前の半身の姿勢で間合いを詰め、右腕を柄に当てるようにして回避しつつ槍をすべらせて内側に入り込むと、コートの男は一気に顎を捕える。

 

三陀玉麒麟(さんだたまきりん)!」

 

 掌底がモヒカン男の顎に決まり、一撃で男の意識を刈り取る。まさに瞬殺であり、その動きにはモヒカン男のパートナーも冷や汗をかく。それでも眼前の男を倒せば自分たちの勝利であり、そうなれば自分たちは正しいと少女は飛び上がって自分の槍を投げつける。

 

「ただの人間にこれが躱せるか!」

 

 少女の投擲は一直線にコートの男を狙い、心臓直撃の軌道を取る。時速二百キロの白銀の榴弾に多くの野次馬はコートの男が死んだかと目を覆うが、それでも男を倒すには至らない。

 コートの男は眼前に迫る槍の穂先を捕え、柄の先に右腕をあてがって廻し受ける。最小限の動作で槍は明後日の方向に飛んでいき、魔女のような帽子をかぶるコート男の相棒が服の下から伸ばした何かで槍を切り刻み周囲の野次馬に当たらないようにする。

 

「まだやる気か?」

 

 必殺の一撃を難なく止められたことで、いかにイニシエーターといえども少女はコートの男に恐れを抱く。負けを認めた彼女は相棒を抱えて軽い会釈の後にその場を立ち去った。

 

 勝負に決着がつきドルキが「じゃあな」と挨拶してその場を立ち去ると、蓮太郎はコートの男に声をかけた。二人は互いの事に気が付くと、右腕を交差させて再開を祝う。

 

「投槍に対する廻し受けに三陀玉麒麟、相変わらずすげえぜ彰磨(しょうま)兄ぃ」

「久しぶりだな、里見。噂は聞いているぞ」

 

 二人が知り合いと言うことを知らなかった延珠は急に親睦を始める二人に戸惑う。蓮太郎はそれに気が付き、延珠に彰磨のことを説明する。

 

「紹介するよ延珠。彼は薙沢(なぎさわ)彰磨(しょうま)、天童式戦闘術八段で俺の兄弟子だ」

「キミが里見の相棒か。聞いての通り俺は里見の兄弟子だ。それにコイツは俺の相棒の布施(ふせ)(みどり)、よろしくな」

「よろしくお願いします」

 

 初対面の二人にややはにかんだ態度を取る翠に対し、延珠は親睦を深めようと前に出る。

 

「彰磨に翠か。妾は蓮太郎の色々な意味でのパートナー、藍原延珠だ」

「パートナーか……年端もいかない少女に手を出しているとは、さては木更に捨てられて自棄を起こしたか?」

「彰磨兄ぃ……違う、そうじゃない!」

「冗談だ、わかっているよ。だがだいぶ仲が良いようじゃないか。安心したよ」

 

 彰磨の一言に蓮太郎は彰磨がまだ天童流の道場に通っていた頃を思い出す。当時の蓮太郎はバラニウム義肢の奇抜さもあり友人が少なく、同様に爪弾き者だった水原(すいばら)鬼八(きはち)をはじめとした数人しか友人がいなかったからだ。友達が少ないのは今でも変わらないとはいえ、幼い子供のコミュニティではその影響度合いは高校生である現在の比ではない。蓮太郎が動植物や昆虫に詳しくなったのも、そんな寂しい過去が影響しているのだが、彼にしてみればあまりえぐられたくない過去でもある。

 

「それにしても擦れ違いにならずにちょうどよかった。お前の事を探していたんだよ、里見」

「俺を?」

「俺達は今回の戦いでお前の元で戦わせてもらう。よろしくな、里見リーダー」

「本当か? 彰磨兄ぃがいてくれたら百人力だぜ」

「いいや、俺達に翠ちゃんも含めて二百人力だ」

 

 彰磨の提案に浮かれる蓮太郎だったが、さらに現れたもう一人の男は蓮太郎を驚かせる。

 

「もしかして……水原か?」

「もしかしても何もねえよ。久しぶりだな蓮太郎」

「何年も連絡も寄越さないでおいて、随分デカい態度じゃねえか」

「仕方がねえだろう。俺んちだってその日暮らしで精いっぱいで、そんな暇はなかったんだから」

「水原は先日一緒に仕事をした仲でな。俺の技を見て一目で天童流と見抜いた程だから、聞いてみたら里見の幼馴染だっていうじゃないか。そこで今回の大事件を前にお前の所に連れて来たって訳だ」

「と言うことは、お前も民警なのか?」

「ああ。いまは連れてきていないが相棒もいる。名は紅露(こうろ)火垂(ほたる)、目に入れても痛くないくらい可愛いんだぜ」

「お主、ゾッコンだな」

「トーゼン、俺達パートナーだからな」

「よいことを言う。妾もパートナーはちゅっちゅするのが筋だと思うぞ」

 

 再会の喜びより、しばらく見ない間に生粋のロリコンに目覚めたとしか思えない様子の鬼八の態度に蓮太郎は驚く。小声で彰磨に訊ねるが、「性的な意味ではなくプラトニックな関係だから問題なかろう」と大人と言えば聞こえがいいが悪く言うと実際ロリコンだと肯定する回答に蓮太郎は一戦を超えちまったかと思った。

 小学生時代の鬼八は大のシスコンであったが、今はその妹も死別していることを蓮太郎は知っている。故に当時のシスコン具合をこじらせて今の相棒である火垂に重ねているのなら犯罪的な意味で危ないと蓮太郎は不安になる。

 

「水原……歳の差カップルを否定する気はないが、これだけは言わせてくれ―――」

「皆まで言うな、蓮太郎。火垂は火垂、妹の代わりじゃねえのは理解しているよ」

「ならいいんだ」

 

 こうして里見リーダーの元に三組の仲間が加わり、最低人数である三組六人をクリアしたことで自衛隊からテントが支給された。蓮太郎たちはテントを組み上げる、後は開戦を待つばかりとなる。

 夜になり紅露火垂が合流して改めて互いの親交を深めていると、その輪にティナを引き連れた木更が顔を出した。その畏まった表情に思わず蓮太郎も緊張する。

 

「どうしたんだよ? 木更さん。そんな畏まった態度で」

「天童流剣士・プロモーター天童木更。NEXT強化人間・イニシエーターティナ・スプラウト。里見蓮太郎のアジュヴァントに加えて頂きたくここに推参しました」

「はあ?」

 

 突然の木更の告白に蓮太郎も戸惑う。確かにティナと木更はペアを組んでいるとはいえ、持病を抱える木更までが参加するとは思っていなかったからだ。

 

「待てよ! もしかして木更さんも戦うつもりか? 実力は充分承知しているけれど、大丈夫なのかよ、その……腎臓のほうは」

「お気遣いなく。今日の内に透析は済ませているし、戦闘中もちょくちょく透析をするつもりだわ」

「ダメだ! 少しは自分の体を考えてくれ。そんな勢いで戦うことが出来たら、アンタが事務職になることもなかったのは自覚しているだろう?」

「里見君はわたしの事が心配なんでしょう? でもそれはわたしも同じよ。どうして気付かないの。だからわたしをアジュヴァントに加えなさい。これは社長命令よ」

 

 木更の態度に押し込まれて蓮太郎も泣く泣く折れる。その様子を見ていた玉樹は突然現れた美人に心を奪われる。

 

「ヘイボゥイ、誰だこのプリティガールは?」

「天童木更さん。ウチの若社長様だ」

「それは失礼した。俺は片桐民間警備会社の社長兼プロモーター、片桐玉樹と言うものです。出来れば今後とも天童社長ともお付き合いいたしたく思います」

 

 急になれない丁寧語を語りだす玉樹に蓮太郎は面食らう。それどころかその言葉のニュアンスに裏を感じ取って噛みつかずにはいられない。

 

「ちょっと待て片桐兄、お付き合いってどういう意味だよ」

「だからお付き愛だって」

「里見君は黙っていて。これは社長同士の話よ」

「わかったら席を外してくれボゥイ」

 

 玉樹は木更の態度にうまくいったと内心にやけていたが、玉樹がお付き合いと称して男女交際に持ち込もうとしていることに気が付かない木更でもない。腹の黒さでは生き馬を抜く木更にわりと純情少年寄りな玉樹が勝てるわけがなく、都合のいいパシリに使われるのもさもありなん事であった。

 玉樹がパシリから戻った後、五組十人の男女はこれからの戦いに向けて自己紹介と目標を語り、星空の下で勝利を誓い合った。




民警キャンプで人集めの話
鬼八さんがここで合流していますが、この方が逃亡者編で都合がよさそうなので仲間入りさせておきました。
若干ガチのロリコンっぽいけどプラトニックな六歳歳の差なだけだから純愛だよね。
そして意味なくモヒカンに絡まれるドルキさんはしっとマスクが待つ大テント団に向かう途中でしたが、普段はヒーローなので割と大人しめに行動させています。
しっとマスクさんってFAQの怪盗レンタ王ってのもレンタローとかけたギャグだから本名不詳でしっとマスクとしか表現できなくて困ります。


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Call.35「長正の演説」

 第三次関東開戦に備えて集結した民警キャンプの一角、そこに百人規模の一大テント群が設立されていた。望月朧が率いるアジュヴァントのテントである。非公式にW.I.S.Eの構成員をメンバーに加えたことで、数の上では民警団の本隊とも言うべき序列二百七十五位、我堂(がどう)長正(ながまさ)隊以上の規模である。

 だがW.I.S.Eの面々は元々首領天戯弥勒の私兵であり、理由もなく関東開戦へと参加するつもりもない。彼らの目標は関東近辺に潜伏中のゾディアックガストレア『ピスケス』の討伐であり、アルデバランはついでに過ぎない。

 それを確認する意味も込めて、事前に朧側とW.I.S.E側での打ち合わせが行われていた。

 

「今回の作戦だが、俺達は独自の判断で動く。ここの部隊との連携なんて関係ないぜ」

「それは構わない。僕としても集団行動なんて苦手だから、キミ達の尻拭いはキミ達でやってくれて結構だよ」

「だが我堂のおっさんはどうする気だ? あのおっさんは勝手な行動をしたら軍法会議だとか言い出すぞ」

 

 ドルキも朧も、他と協調する気などまるでない。そんな中、我堂を知っているしっとマスクコンビだけはその様子を心配した。我堂長正は厳格な軍人気質であり、軍規違反には厳しい。実際のところドルキや朧が我堂に逆らったところで返り討ちにすることは充分可能ではあるが、将監にはそんな選択肢はない。人として心配するのが当然である。

 

「キミは僕を侮っているようだね、二号君。僕たちが仙台エリアの代表として参加することの意義はそこにあるんだよ」

「意義? 俺にはいぐ……二号が言っていることにも一理あると思うぜ。たとえ難癖をつけられたところで返り討ちにすればいいって言うのも考え物だぜ」

「だから、そこで僕たちの肩書が生きてくるんだよアゲハ君。僕たちは今回、東京エリアを護るために集められた民警集団の一つではなく、仙台エリアから派遣された援軍として参加することになっているんだ。普通なら合流先に従うのがスジなんだろうけど、そんなつまらない判断は僕にはいらない。指揮権を盾に好き勝手できるって寸法さ。まったく、老人の邪魔もたまには役にたつようだよ」

「本当に大丈夫なの?」

「一応、稲生首相と聖天子には許可を取っているからね。この傾奇御免状があれば問題なしさ」

 

 朧は証拠となる電子署名を皆に見せる。三代目聖天子と稲生紫麿の電子印鑑が捺印されており、それには望月朧以下の独断専行を許可すると記載されていた。

 

「なかなか下準備がいいじゃねえか」

「昨日の仕事は今日の仕事、今日の仕事は未来の仕事……芸能人時代の先輩に教えてもらった言葉だよ」

「俺達と関わる前から天邪鬼は変わらないって聞いてるぜ。よく言うよ」

 

 行き当たりばったりのライヴ感覚で生きていると思っていた朧の意外な行動にアゲハも舌を巻く。今回の戦いでは松本親子を人質にされているため、楽しむこととは別に絶対の勝利が必要なのである。そのためなら予め憂いを排除するための下ごしらえには事欠かない。そういう機転が利くこともまた、朧が天才と呼ばれる所以でもある。

 

「失礼」

 

 朧たちの話がまとまるのを外で待っていたのか、声が静まったタイミングを見計らい外にいた自衛官が現れる。

 

「作戦に参加するすべての民警は一九三○に、前線司令部に集まるよう我堂団長から号令がかかりました」

「ご苦労様。団長には了解したと伝えておいてくれ」

 

 自衛官は朧の返事に敬礼してその場を立ち去った。

 その頃、時を同じくして蓮太郎たちのテントにも同様に招集の連絡が入り、蓮太郎はそれに返事を返した。

 

 そして刻限になり、作戦に参加するすべての民権が前線司令部に集合した。流石にW.I.S.Eの面々はモグリだらけのためドルキのみが参加しており、噂の割には少ない望月朧隊の姿に他の民警たちは見下したような目線を送る。

 アゲハらサイキッカー集団はそんな目線などお構いなしに構えているが、集団に居る呪われた子供たちは千寿夏世ただ一人なのだからこの時代の常識で甘くみられるのも仕方がないことだった。

 だがそんな超人集団に混じっている改造人間伊熊将監だけは断じてそんなことなど出来ないと心の中で思っていた。自身も並の人間が裸足で逃げ出すほどの力を機械化兵士として改造されたことで得ていたのだが、それすらも異形の力にて打ち倒したのが彼らサイキッカーである。話を聞けば今回が初対面である朧、影虎、ドルキの三人は夜科アゲハらとほぼ同格という事であり、下手に逆らったら勝ち目がないと体で思い知っていた。

 

「よくぞ集ってくれた、勇者諸君!」

 

 今回の作戦の総大将である我堂長正は、壇上に上がると大声で演説を始めた。殲滅思考全開で極端ではあるが、集まった荒くれ者たちを勇者と称えて鼓舞する内容である。元々民警には伊熊将監がサンプルとして上がるほどならず者崩れが多いのだが、血の気が多い男たちにはこの手のやり口は心に響く。自分は必要悪ではなく正義の勇者だと肯定されたのだから、嫌とは言えないわけである。

 演説を聞きながら、将監はかつての自分ならこの演説でコロリと我堂長正のシンパになっていただろうなと思っていた。その感想は多数派であり、この演説で大半のフリーランサーは我堂派として統率される。

 しかし作戦の詳細の説明に移るとその空気は怪しくなる。作戦内容を要約すると、民警団は自衛隊本体よりもずっと後方に陣を取ることになっていた。最終防衛ラインと言えば聞こえがいいが、要するに閑職として前線から遠ざけられただけであった。自衛隊が立てた作戦に落胆するのは説明する我堂本人も同じようであり、逆に先の演説で皆の心を掴めていなければ民警団は瓦解の危機ともいえるほど、空気は冷め始めていた。

 

「何か質問は?」

 

 我堂は説明を終えると事務的に質問を集める。すると一人の青年が挙手した。彼の名は里見蓮太郎、掲げる右腕は漆黒の義手である。

 

「序列三百位の里見蓮太郎だ」

「ほう……キミが噂の。それで、何が聞きたい?」

「今回の作戦の陣だが、どうせなら回帰の炎記念碑まで下げたらどうだ? あそこなら天然の要塞だからゲリラ戦には最適だ。むしろ平野での集団行動に俺達民警が向いていないことなんてアンタも承知しているんだろう?」

「それはダメだ。言いたいことはわかるが、そこまで下がると自衛隊からの応援要請にこたえられなくなる」

「そんなもの、あると本気で思っているのか?」

 

 蓮太郎の煽りに長正は青筋を立てる。『知勇兼備の英傑』と呼ばれる長正ほどの男が蓮太郎のような少年が思いつく程度の事を考えに入れていないわけがない。だが大人としてのしがらみにとらわれている長正には蓮太郎のような若さゆえの英断などできない。民警団団長としての責務で言えば、少しでも勝率を上げることよりもしがらみによる自衛隊との不和を抑える方が重要なのだ。

 長正は無言のまま蓮太郎としばらくにらみ合い、しばらくすると急に明日の予定を語りだす。強引にこの話を打ち切ったことは言うまでもなかった。

 

 長正の招集が終わり、テントに戻ったアゲハ達は明日以降の作戦会議を始めた。

 

「なんだか見た目に反して弱腰な団長で驚いたぜ。だが俺達はどうするか……先行して自衛隊に混じって戦うのもアリと言えばアリなんだが……」

「それは止めておけ。自衛隊の連中はガストレアであろうと人間であろうと自分たち以外はお構いなしに撃ってくるだろうぜ」

「流石に自衛隊との戦闘経験がある人間は言うことが違うな」

「それは脇にどけるとして……俺達W.I.S.Eはあくまでこれに乗じてゾディアックが現れるという前提で動かせてもらう。だからシャイナだけを偵察に出して兵隊どもは回帰の炎で待機させてもらう」

「それじゃあ、アンタは?」

「俺はお前達に付き合ってやるよ。久々に化け物どもをぶち殺したくてウズウズしているし、ゾディアックの方はシャイナがいれば何とかなる」

 

 ドルキの言葉に桜子は一番驚く。サイレン世界においてイルミナにて強化されたシャイナを倒した経験から、シャイナがそこまでの武闘派という印象が無かったからだ。驚いてジロジロとシャイナを見る桜子の視線に、言わんとしていることに気が付いてシャイナは答える。

 

「お嬢さんは僕の実力に不安があるようだね」

「確かにアナタのテレポートは優秀だとは思うけれど、あなたは戦士ではないのでしょう?」

「これは痛いところを突かれた。もう十年若かったらキミを殺そうとしていたところだよ」

「てめぇ!」

「落ち着いて、冗談だって。ガストレアと言う化け物との戦いで直接的な戦闘においての力不足は通関してはいる。だけどそれでも僕にはテレポートがあるし、足りないものを補うために仲間がいるんだからね」

「そうか……最悪の場合、あんさんがテレポートで他の幹部を呼びに行くって寸法か」

「そういうことになるね」

 

 シャイナの言葉に桜子も納得した。眼前に居るシャイナはサイレン世界における冷徹なテレポーターのシャイナではないのだと。

 

「わかったわ。場合によっては私たちも援軍に向かうから、呼びにきてちょうだいよ」

「その機会があればですがね」

 

 開戦時のスターティングオーダーは、他民警と同様に待機部隊に加わるのがアゲハ、桜子、朧、影虎、ドルキ、しっとマスク一号二号、夏世の計八人。先行偵察はシャイナ一人、そして回帰の炎にて待機がW.I.S.E側ペア三十三組六十六人と決まった。

 決戦の開始予想は明日の夜。この日は最後の安息かもしれないと寝静まる他の民警たちと共に、アゲハらも床に入った。当然のように勝利する未来を信じて。

 

――――

 

 夜中の十二時を回ったころ、テントの中から一人の小さな影が現れた。望月朧隊では数少ないイニシエーター、千寿夏世である。彼女はアルデバランに物怖じしないアゲハらとは違い至って普通の感性であり、その恐ろしさに目が覚めてしまったのだ。もじもじとトイレを探して歩いていると、白い覆面の男とぶつかってしまう。

 

「ご、ごめんなさい」

「なんだ夏世か。小便垂れたら早く寝ろよ」

 

 男の反応に今はこの場にいないはずの元相棒のことを夏世は思い出す。死んだと聞かされたあの男のことを。

 

「あなたはたしか……しっとマスクさんでしたよね? 二号の方の」

「二号でいいぜ」

「では二号さん、失礼ですがどこかでお会いしたことがありましたでしょうか?」

 

 夏世は思い切って目の前の男に疑問をぶつける。死んだとは聞いていても直接確認したわけでは無いため、一縷の望とも言える。それは正解なのであるが、今の将監はそれに答えることはできない。

 

「さあな、人違いだろう」

「そう……ですよね」

 

 夏世は否定の言葉に肩を落とす。だが将監もそんな彼女を見過ごせるような男ではない。正体を明かせないまでもできる限りはフォローをしたいと思うのが彼なりの親心である。

 

「おまえは伊熊将監の元相棒だったんだよな。夜科から聞いているぜ」

「将監さんをご存じなのですか?」

「まあ、アイツが民警になる前だから、それなりに古い付き合いだぜ」

「それって不良仲間ってことで?」

「まあそんなところだ。俺は訳あって民警になったのは最近のことだし、最近のアイツのことは詳しくはない。だけどな、アイツは悪運が強いんだ。戦死したなんて信じられないぜ」

「もしかして慰めてくれているんですか」

「どうしてそう思うんだよ」

「だって……あなたの仕草が将監さんが嘘をつくときによく似ているから……」

 

 将監は指摘されてもそんなクセなど見に覚えがない。それもそのはずで、夏世が指摘したのは実は声色である。元から声がにている事に気がついていた夏世はカマをかけたのだ。

 将監はそれでも意地のために正体を頑なに隠そうとする。そのために急に別の話題を夏世に振る。

 

「そうだ、もうトイレはいいのか?」

「忘れていました。ですが、もういいんです」

 

 夏世はそう言うとそそくさとテントに戻った。将監は「バレちまったかな?」と思うもやぶ蛇になるのでこれ以上追求する気はない。

 

「生きていてくれたんですね、将監さん」

 

 夏世は将監との再開に胸を膨らませて床に入った。蓮太郎にとって延珠のように、夏世にとっては将監さえいれば百人力なのだ。




ガドー隊長の全体集会の話。
最初はドルキさんを噛みつかせてあの悪名高い相棒殺しか?!とやろうかなと思っていましたが話がこんがらがってシンプルに原作通りな感じにしました。
次回あたり初日の戦いを書ければいいな。


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Call.36「モノリス倒壊」

 我堂長正の全体集会から一夜明けた早朝、外周区三十九区にある青空教室には今日も子供たちが集まっていた。この日は特別講師の里見蓮太郎が来る予定であり、子供たちは彼を待っていた。そんな子供たちを丘の上から見下ろす集団がいた。

 

「おい見ろよ。今日も学校ゴッコをやっているぜ」

「アイツらがいるからこんな事態になったんだ。許せねえ」

「どうするにいちゃん、処す? 処す?」

「トーゼン処すに決まってるじゃねえか」

 

 男たちは正気ではなかった。地下シェルターの当選にあぶれ、東京脱出用の航空チケットも手に入らない。実際チケットについては普段であっても飛行機にはおいそれと乗れない底辺暮らしなだけではあるが、不平不満だけは一丁前である。

 彼らにとって眼前の呪われた子供たちは体のいいサンドバックに写っていた。

 

「コイツがあればあんな化け物、イチコロだぜ」

 

 男たちの中の一人、帽子の男が持ち出したのはお手製の爆弾であった。バラニウムを含む鉄くずを爆薬で弾き飛ばし、それによる裂傷を狙った非人道的なブツである。呪われた子供たちでなくても生身でこれを受ければ酷い怪我を負うことは必須であるが、とてもガストレア相手の攻撃手段としてはこけおどし程度にしかならない。人殺しの為だけに作られた危険物である。

 

「バラニウムも混ぜてあるから、アイツらくらいならこれでぶっ殺せるぜ」

「早速やっちまおうぜ」

 

 男たちは興奮し、息を荒くする。これから何の罪もない子供たちを殺そうというのにこの男たちにとってそれは正義の行いとなっていた。化け物を退治する俺達は正しいという一見まともなように見せて、実際はガストレアウイルス保菌者というただ一点だけをやり玉に弱いもの殺しを肯定しているに過ぎない。

 彼らの中にすでに良心など残っていない。末法の妄想に捕らわれた人間には慈悲などないのだ。爆弾は導火線を使った古典的な仕組みで炸裂するように作られている。導火線に火をつけて勢いよく投げようとしたその時、仏陀の施しのように子供たちを救わんとする黒い腕が現れた。

 

「お前達、そこで何をしている?」

 

 現れたのは朧の部下を務める黒服の一人、稲葉(いなば)は朧の指示で、蓮太郎と親交があるこの青空教室の監視を行っていた。目的は眼前の男たちのような狂人の排除、これも朧が今回の作戦の為に予測した憂いの一つであった。極限状態の愚民が起こす凶行は生半可ではないと朧は予測していた。そのため蓮太郎が懇意にしており、なおかつ呪われた子供たちが集うこの青空教室は朧にとっての護衛対象に含まれていた。

 

「チッ! どうせ東京は終わるんだ。だったら死ぬ前に化け物を殺して俺達もヒーローになりたいんだよ。なあ、アンタもスカした顔をして内心は俺達と一緒の考えなんだろ? 止めるなよ、むしろ一緒にやろうじゃないか」

「こんな馬鹿げた行いでヒーローなんかになれるか!」

 

 稲葉は民警ではないがそれなりに近接戦闘の心得がある。先ずは火のついた爆弾を処理するべく眼前にて先ほどからまくしたてる髭の男の右手を捻りあげて爆弾を奪った。いわゆるアームロックである。

 

「い! いってえ!」

「痛くしたんだから当たり前だ、寝ていろクズが」

 

 稲葉は腰に忍ばせていたテーザーガンを素早く引き抜き、髭の男に打ち込む。電気ショックを受けて髭の男は一撃で昏睡する。その手際の良さに残った男たちも怯え、爆弾を置いて蜘蛛の子を散らす。だが、爆弾の製作者である帽子の男は違った。仲間たちが置いていった爆弾にも火をともしたのだ。

 

「僕みたいなオタクがアンタのようなプロに勝てる気はしないよ。だけど僕だって爆弾で殺せれば誰でもいいんだ。なあ、僕と一緒に死んでくれないか?」

 

 稲葉は眼前の男が狂っていることに引いていた。この男は東京エリアの危機に自殺願望を患っており、さらにそれに無関係な人間を巻き込もうとしていることに。稲葉は仙台に残して来た妻子の姿を瞼に浮かべ、帽子の男の言いなりになどなるわけにはいかないと気合を入れる。だがそれも虚しい結果に終わってしまう。

 

「さあ、死のう」

 

 帽子の男はこの言葉を最後に、息を引き取った。なぜなら男は口の中に爆弾の起爆装置を仕込んでおり、この言葉を述べた後にスイッチを入れたからだ。これにより腹に仕込んだ隠し爆弾が爆発する。突然の爆発に稲葉は何も出来ない。ただ男が作った爆弾が飛ばす鉄くずのシャワーを浴びるだけである。さらには順次導火線を使った他の爆弾も爆発し、稲葉は暴力の渦に飲み込まれてしまった。

 

「大丈夫かい、稲葉君」

「か……会長……」

 

 稲葉が目を覚ますとそこは病院だった。全身は痛いを通り越して動かせない程だが、それは麻酔が効いているためで当然である。本来なら怪我を負ってすぐに意識が戻ることなど無い程に酷い怪我だったのだが、朧によるキュアがそれを可能にした。むしろキュアによる生命力の譲渡が無ければ命の危険もあったほどである。

 

「僕の為にこれほどの怪我を負わせてしまって申し訳ない」

「いいんです。私も妻子がいる身ですから、あの手の輩は許せないので」

 

 稲葉には一人娘がいるのだが、彼女もまた呪われた子供たちである。子宝に恵まれず四十手前で生まれた子供と言う事や、夫婦ともにガストレアショックによる精神障害を負っていないことから差別的な感情は持っていないためわが子を溺愛していた。

 本来なら稲葉の考えの方が人として正しいのであろうが、それを綺麗事に過ぎないと悪意が押し流す2031年のご時世である。稲葉はそんな自分に賛同する朧の元で雇われていなければ迫害の末に死を選ぶより他が無かっただろうと朧への感謝で忠誠を誓っているのだ。

 故に今回の大怪我もいのちが助かった以上は恨みなどまるでない。

 

「おじちゃん、ありがとう」

 

 彼が救った青空教室の生徒たちが彼を取り囲んでいた。連絡を受けた蓮太郎と延珠も病院に駆け付けたのはそれからしばらくの事であった。

 

――――

 

 今夜以降の作戦の為にアゲハ達は蓮太郎を探していた。それと言うのも部隊の中での非サイキッカーであるしっとマスクコンビと夏世を彼のアジュヴァントに合流させようという話である。能力的に出来れば目立ちたくはないアゲハやドルキに付き合って前に出過ぎるのには、非サイキッカーの三人には不向きとアゲハは考えていた。ならば作戦行動上では同じ非サイキッカーである蓮太郎たちと行動させたほうが、連携が取れるのではないかと言う考えである。この意見には当人たちも納得しており、特にアゲハにかつて敗れた将監は大いに賛成していた。

 

「天童社長、蓮太郎は?」

「彼なら病院です。望月さんも一緒のはずですけれど、聞いていませんでしたか?」

「いいや。今日は今朝からアイツとは顔を合わせていないし」

 

 蓮太郎が不在と言うことで、ならば上司である木更が適任かと思ったアゲハは先の件を彼女に伝えた。

 

「同行ですか……私としては構わないと思いますけれど、彼が納得するかしら。あんまり人数が増えると指揮官として管理が出来ないって言っていましたし」

「一応こいつらの面倒は影虎さんにも頼んでいる。直接の采配までは考える必要はないぜ」

「だったら単に肩を並べるだけなんですね」

 

 木更は納得して将監たちとの同行に同意した。そのままアゲハも里見隊のテントに残り、初対面である片桐兄妹をはじめとした面々に挨拶をする。特に蓮太郎の兄弟子である彰磨はアゲハに興味を示し、無事に生き残ったら手合わせをお願いしたいと申し出るほどであった。

 

――――

 

 稲葉の見舞いの為に病院にいた蓮太郎の元に木更からの電話が入る。病院と言う場をわきまえて屋上に上ってから折り返しの電話を入れた蓮太郎であるが、待ち受け中に見た遠くに見える噴煙に事態を察していた。

 

『里見君、モノリスを見て』

 

 木更が言うのも当然三十二号モノリスの事である。モノリスの方角には噴煙が上がっており、その姿は良く見えない。

 

『始まったわ。直ぐに戻ってきて』

 

 キャンプにいた木更は近くでその様子を見ていた。白色化が全体に広がり、風を浴びてパラパラと破片を落としていくモノリスはついに耐えきれなくなり崩壊を始めたのだ。モノリスはバラニウムの角材を積み上げた積木細工のようなものである。接合面の繋がりが白色化により失われてしまったことで風に煽られて容易に崩れた。

 政府の予想よりも崩壊が早い。だが吹き付ける強風を間近で感じる木更にとってはさもありなん事に感じていた。

 

「そんな馬鹿な……予定じゃ早くても日が沈む頃じゃ……」

『風が吹き付けているからよ。特に今日は狙ったかのような大荒れ、上空は地上よりももっと強いだろうから、それに煽られて耐えきれなかったんだと思うわ』

「チクショウ!」

 

 蓮太郎は電話を切ると、病室で待つ延珠と朧に声をかけてキャンプへと急いだ。




ちょっとショートですが鬱フラグクラッシャーとモノリスクラッシャーの話
ここでいったん区切って次回あたりは別サイドの動きに移ろうかなとは思います
ちなみに黒服のモブが稲葉なのは今日からヒットマン完結記念でトーキチをイメージしていたからです


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Call.37「双魚と宝瓶」

 伊豆近海に出没したゾディアックガストレア・アクエリアスの動向を監視していたエルモアウッドの面々は、その動きに多少の安堵をしていた。監視を開始してから数日、次第にアクエリアスは東京湾へと移動を始めたからだ。

 だがそれはエルモアウッドの都合に過ぎない。予知により東京への襲撃を想定しているW.I.S.Eからすれば予定通りの流れだからだ。このままピスケスと合流されれば厄介になるかも知れないと、過去のデータからカプリコは推測していた。

 

「ねえジュナス、私たちだけでもそろそろ襲撃をかけたほうがいいんじゃないかと思うの。相手の得意とする海辺で、なおかつピスケスとも合流されたらこちらとしては厄介だよ」

「カプリコの言うことは正解なのだろう……だが水中に隠れている以上はすぐに逃げられる。奴が起き上がってくるまでどうしようも出来ない」

 

 ジュナスは勝負するのは丘に上がってからだと考えていた。何より水中では自慢の神切も威力を削がれてしまう。半端な手傷を与えるだけで逃がしてしまうのは癪だという事である。

 

 そして夜が明けた。東京エリアではモノリスが今にも倒壊しそうになっている頃合いに二体のゾディアックにも動きが見られた。

 

「ついに見つけたぜ」

 

 単独で旧千葉茨城方面の捜索を行っていたグラナはついにピスケスを発見した。かつては夢の国と呼ばれたテーマパークがあった場所にて行水に勤しんでいた巨大な黒い魚が横たわっていた。魚には足がムカデのように複数生えており、陸上ではそれを蠢かせて移動するのであろうことはグラナの眼にも容易に想像できる。

 グラナは事後承諾ながら早々に決着をつけることが先決だと判断し、必殺の一撃の準備を始める。グラナが力を貯め込むと周囲に闇が広がっていく。この動きは事前に知っているものにしか理解できない。圧倒的ともいえるテレキネシストである天修羅グラナの力にて日の光が捻じ曲げられていることなど。

 

「日輪・天墜」

 

 戦略的奇襲が黒い魚を襲う。圧倒的熱量が降り注ぎ、木々は溶け、水は蒸発して煙を上げた。

 

 ゾディアック同士にはテレパスに似た感応能力でもあるのであろうか、ピスケスがグラナによってうたれた直後の時間にアクエリアスも動いた。水中から浮上したアクエリアスはジェット推進にも似た水流の渦を発生させて旧浦安市に向けて舵を取る。

 巨大な亀のような外見でありながら、亀であれば足や尾が収納されるであろう後ろの三点から噴出する水がしぶきをあげる。

 

「動いたか。追うぞ」

 

 アクエリアスの豹変は交代で目を凝らして観察していたジュナスたちもすぐに察し、アタッカーであるジュナスとウラヌスの二人は古びた大橋を使って追いかける。いかにゾディアックガストレアと言えども相手が悪く、最上位のライズ使いが疾走する速度にはかなわない。さきがけによるアドバンテージは瞬く間に消え失せてジュナスとウラヌスの二人はアクエリアスに追いついた。

 

「先に俺が仕掛ける、アンタは足止めをしてくれ」

「やれやれだ」

 

 ジュナスはバースト波動の光剣『神切』を逆手に構えてアクエリアスに飛び掛かった。刃はアクエリアスの頑強な表皮を貫き、出力の上昇によって伸び続ける神切の刃はアクエリアスを内側から食い破る。相手が単なる巨大生物であれば重篤なダメージであるのだが相手もまた普通ではない。盛り上がり再生する肉は神切を圧力で押しつぶして叩き折る。

 一方でジュナスの指示を受けたウラヌスは傍から見れば藪から棒にも見える氷弾の雨を降らせる。ジュナスには当たらないようにしているどころかそのほとんどはアクエリアスではなく海面に反れていく。海面に当たった氷は解けるでも沈むでもなく海面に留まり、急激に海の温度を引き下げていく。

 

「いいね、装甲を厚くすれば俺の神切を防げると思っているところがな」

 

 神切を打ち破るアクエリアスを口では褒めつつ、ジュナスは更なる追撃を加える。神切の刃を複数作成する毘沙門・(むら)がアクエリアスを囲み、それはすぐに爆ぜる。広範囲攻撃を得手とする砕かれたバースト波動の粉刃はアクエリアスの表皮を貫くが、今度は蚊に刺された程度にしか効果が無い。なにせ表皮をずたずたに引き裂いたところですぐに再生出来るからだ。神切の性能に対しての過信とゾディアックの生命力への侮りが如実に顔を出した。

 

「なんだと」

「失敗したな、ジュナス……俺の氷を使うのには邪魔だ、下がっていろ」

「ちい!」

 

 ジュナスは先の結果とウラヌスの言葉に一度距離を取ることを選択し、つい舌を打つ。入れ替わって前に出たウラヌスは氷の槍を作り全力をもって投げつける。ジュナスの毘沙門によって開いた孔を拡張するように的確に投げ込まれた槍は深く突き刺さるがそれでもまだ倒すには至らない。

 

「ご自慢の氷でも通用しないようだな」

「慌てるな。大気が凍り始めたところだ」

 

 氷の槍を中心にアクエリアス周囲の温度低下はピークを迎え、ついに空気さえ凍てついた。二人は平然としているがこれは二人の肉体がライズによって強靭になっている故にすぎない。氷点下の温度は海水をも凍り付かせ、アクエリアスの動きを止めた。

 

「火力ではオマエの方が上なんだ、今のうちにトドメを刺せ」

「わかっている」

 

 ジュナスはバースト波動を貯め込み、力を集中する。光剣『神切』最大の威力を誇る必殺の大太刀、阿修羅・(かい)の準備である。バースト粒子の振動により木々を蒸発させるほどの高熱を帯びた不定形かつ巨大な剣はゾディアックを丸ごと断ち切らんばかりの大きさを誇る。

 

「阿修羅・解!」

 

 ドーム状の表皮に突き立てられた刃はさっくりと食い込んだ。まるでスイカを包丁で断ち切るように阿修羅・解が深々と沈み、どす黒い体液が噴き出す。体液は飛び散るがままに阿修羅・解によって蒸発していくため、周囲に残るのは黒い煙だけである。

 本来ならば水面と言う不安定な場所であることとドーム状の表皮の滑らかさにより受け流していたはずであるが、ウラヌスの氷によって動きを封じられたことでアクエリアスにはそれを躱す手段が無かった。

 

「手こずらせやがって、クズが」

 

 振り切られた阿修羅・解は動きを封じていた氷をすべて蒸発させつつアクエリアスを真二つに切断した。海面に浮かぶ遺骸の切断面も焦げ付いており、焼き切ったというほうがただしいのであろうか。

 

「終わったか?」

「ああ、この状態ならクズ虫とて―――」

 

 二人はあっけなく撃退したことに拍子抜けになりつつも、仮にもサイキッカーでもない人間二人に倒せる相手ならばこの結末も当然かと思っていた。だがこの二人はアクエリアスが持つ『化外の心臓』がなくなっていることに気がついてはいなかった。そのことに気が付いたのはシャオと共に後を追っていたカプリコが合流してからの事である。

 

「―――おかしいわ。この死体には心臓と脳に当たる部分がないわ」

「どういうことだ?」

「つまりまだ、アクエリアスは生きているかもしれないってことよ。もしかしたらジュナスの攻撃で心臓と脳がごっそり蒸発してしまったのかもしれないけれど、この大きさの生物が持つ心臓と言うことを加味するとその可能性は低いわ」

「おい、ヤツの気配を追尾できるか?」

「やってみます」

 

 カプリコの分析に思わずジュナスはシャオをにらむ。その視線を見てシャオが風導八卦白蛇(ホワイトフーチ)を発動させると白蛇は浦安方面に向かって飛び去っていった。

 

「クズが! 死んだふりなんかしやがって」

「でもこれはチャンスよ。体の半分以上を失ったわけだから、アクエリアスも相当弱っているはずだし」

「そうだな」

 

 ジュナスは言葉が荒くなるものの、カプリコの言う事には従い再びの追跡を開始した。今度は水中深くを移動しているようで姿が見えないため、先行せずにシャオのナビゲートに従う。

 

「ここから陸に向かって五キロほどの位置にいるようです。ですが……」

「どうしたの?」

「近くにあと二つ何か大きな生命反応があります」

「もしや、ピスケスか?」

「片方はそうだろうな。だがもう一つは違う、これはアイツのプレッシャーだ」

『流石にウラヌスには解るか』

 

 シャオが捕えた新たな反応の内の一つはジュナスの問いに対して答えた。W.I.S.E星将の中でも最強を誇る元グリゴリ実験体01号、天修羅のグラナがそこにいた。日輪天墜による先制攻撃の後も手ごたえの違和感から東京湾界隈を空から捜索していたグラナは大橋を渡るジュナスたちの存在に気が付いて返事をする。

 

「グラナか、どうして此処に?」

『俺は俺でピスケスを探していたところだ。一度は見つけたんだが、まんまと体の一部だけを切り離して逃げたようだからな』

「俺達と一緒か……あのクズどもが」

『そうカッカすんなよ。要するにここで叩いちまえばいいんだろう?』

「そうだな……よし、どちらが先に仕留められるか勝負だ、グラナ」

『いいぜ、負けても恨むなよウラヌス』

 

 グラナはこれまでカンだけで追っていたため位置がつかめずにいたのだが、シャオがアクエリアスの正確な位置を捕捉したことで手出しを開始した。風導八卦白蛇が指し示す座標の海水をテレキネシスで押しのけて海底を露わにする。

 海底にあったのは直径三メートルほどの黒い球体であり、それ以外には何もいなかった。グラナの元に人面鳥に乗って合流したカプリコがその姿を確認し、球体の正体を暴いた。

 

「これは……まさか、卵?!」

「卵だと? 奴らは卵を産むというのか」

「普通は産まないわ。でもピスケスだけは別よ」

「卵を産もうとも関係ない。倒してしまえばいい」

「だけどあの卵はおそらくジュナスに傷つけられたアクエリアスごと、ピスケスが己を強化するために生み出した普通とは違う卵よ。そうなると訳が違ってくるの」

「どういうことだ?」

「ガストレアウイルスが持つ遺伝子書き換え能力をフルに発揮するための苗床があの卵なのだとしたら……元がステージⅤなのと合わせて大変なことになりそうだわ。一撃で葬ることが出来ればいいけれど、仕留めそこなったらきっとそれに対抗する何かをもって来るはずよ」

 

 ピスケスの卵を警戒するカプリコは冷や汗をかきながら説明した。彼女の理論は推測半分ではあるが、実際の例でもアゲハらが戦った卵が同様に強化型ガストレアを生み出したことがありその強さは並の火器では歯が立たない程であった。

 女の心配性とでも鼻で笑うウラヌスをしり目にジュナスはカプリコの言葉を重く受け止める。

 

「待てウラヌス、それにグラナも」

「なんだ? ジュナス。カプリコの言うように(ケン)だというのか」

「様子見をするわけじゃないが、ここはカプリコの言うように余計な手出しはするな。やるなら一撃必殺で行け」

「ホゥ」

 

 グラナは第一星将である自分を差し置いて話を進めるジュナスに相槌を入れる。

 

「俺達で最も火力がある攻撃は俺の神切だ。お前達は手出しをするな」

「カプリコは論外だしウラヌスも火力比べには確かに心許ないが……俺の日輪天墜だってあるぜ」

「よく天気を見て見ろ。このあたりは雲が濃くてあの技には適していない」

「雲なんてテレキネシスで退かせばいいが……まあお前がそこまで言うなら任せようじゃないか」

 

 ジュナスの意気込みにしぶしぶグラナは出番を譲った。グラナは事態の急変に備えていつでもテレキネシスで援護できるように身構えつつジュナスを見守る。

 

「神切……八星(やつほし)!」

 

 バーストオーラを貯め込んだジュナスはそれにより空に八本の大きな光の剣を作り出す。一見すると毘沙門・叢に似ているが数で攻める毘沙門・叢とは異なりその一つ一つが、人間が相手ならば一突きで体ごと消し飛ばすほどの規模である。

 無論、毘沙門・叢とて上級のサイキッカーでもなければ一太刀浴びれば命の危機に陥るほどの鋭利な攻撃ではあるが、相手が化け物である場合はその限りではないのは先に示した通りである。

 そういった化け物を相手にするための新しい技として密かに構想を練っていたのがこの八星なのだ。その技の名に当然のようにカプリコは反応する。

 

「八星……それって」

「そうだ。お前のかつての名だ、カプリコ。この技はお前の未来を切り開くための剣だ」

「ジュナス……」

「おうおう、お熱いことで」

「茶化すなよ」

「いいや、羨ましいんだ。俺達グリゴリ実験体の中でお前ほどそういう人間らしいところを取り戻した仲間はいないからな」

「同感だ」

 

 カプリコが抱き付いて愛情表現をしたことで他の二人は茶々を入れる。彼ら二人は口で言うようにジュナスを羨ましく思っている。仲間内で珍しい彼女もちだからと言う人間らしい理由ではなく、人間らしい一面そのものへの憧れである。

 彼ら自身もW.I.S.Eとして活動して二十年強の時を経て人間らしさをだいぶ取り戻してはいるとはいえ、男女の交わりと言う目に見えた部分があるジュナスと比べれば遅れているのも事実である。遺伝子研究により無から生み出された二人の先輩は人間らしさを生まれた時から知らないがゆえに、そういったものに憧れているのだ。

 

「危ないぞ、離れていろ」

「わかった」

 

 カプリコを後ろに下がらせたジュナスはそのまま攻撃に移った。その手に持つ神切の振るう先をめがけて八星は卵目掛けて飛んでいく。ジュナスのオーラにより伸び続ける神切が百メートル先の卵を二つに叩き割るのに合わせて八星が卵を貫いた。

 まるで砲弾の一斉発射のように順に飛び交う八星の剣は卵を次々と貫いていき、三本までで全体の八割を削り取り複数の破片に変える。残りの五本はそれら破片を順に突き貫いていき、ついに卵は一回の大技でこの世から塵ひとつ残さずに消えていった。

 さすがのジュナスも消耗が激しいようで、八星を出し終えるとその手の神切は雲散霧消して地面に膝をつく。

 

「ジュナス、大丈夫?」

「平気だ。疲れただけだ」

「これで終わったのですかね」

 

 これまで蚊帳の外となっていたシャオはここで口を開く。自分でも今さっき目の当たりにしたジュナスの技で消滅したと信じたいところである。それでも一抹の不安からこのような言葉がつい出てしまう。

 

「さあな。だが当面の危機って奴は去ったはずだぜ」

「確かにアクエリアスの反応は僕の風導八卦白蛇にも、もうありません。ですがグラナさんが追っていたピスケスの方は僕にははっきりとは……」

「そうだな。それでもこれで当面の危機は去ったはずだし、なによりお前達は伊豆に住んでるんだから、生き残ったピスケスのせいで東京エリアがヤバくなっても関係ないんだろう?」

「それはそうかもしれませんが……」

「どちらにしても一旦引いて状況を確認しましょう。何よりジュナスの消耗が激しいわ」

「そういうわけだ。それに慰問島に戻るより、お前達に世話になった方が早い。キュア使いの力を借りさせてもらうぞ」

 

 ジュナスの八星が卵を貫いたその頃、東京ではモノリスの倒壊が始まっていた。事を終えて携帯電話でシャイナに連絡を取ったグラナは、状況を説明したうえでその場を離れて伊豆で休息をとる判断をした。連絡を受けたシャイナは倒壊に合わせてアゲハらと先陣を切って戦おうとするドルキを除く全員にグラナからの連絡を伝えて回帰の炎での待機を続けることにした。

 シャオの一抹の不安はW.I.S.Eの面々には児戯に等しい。なぜならもしピスケスが生きているのであれば東京にて迎え撃てばいい話だからだ。既にそのために雑兵の準備も整っているほどである。

 

 東京湾の階梯にはアクエリアスの反応を持たない大きな卵が残り八個沈んでいた。日輪天墜による傷により深手を負った排卵のゾディアック・双魚宮ピスケスの魂は既にこの世にない。だが件の怪物が残した最後の落とし種は産声を上げる時間を水の中で待ち構えていた。

 




久々の更新ですが、今回は一気にゾディアック二体を倒す話。
割とあっけなく倒してしまいましたが、この二匹の息子が敵として出てくる予定ではあるのでサイキッカー大暴れ劇場はまだまだ続くよと言うことで。
折角れんたろーを強化したのに化け物相手だと披露する場が少なくて妙に困るなあと。


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Call.38「先行と閃光」

 モノリス倒壊から三時間が経過し夕闇が広がり始めたころ、前線で戦闘を行う自衛隊の陸戦部隊は次第に劣勢に立たされていた。当初は戦車隊による陣形射撃で優位を取っていたものの、次第に数の暴力により押され始めていた。百台の戦車に対してガストレアの数は二千匹を超えている。最初の千匹が捨石となることで戦車側の弾薬を枯渇させて陣形を崩すに至っていた。

 自衛隊の大きな誤算は航空戦力への過信である。本来の予定ならば半数を戦車隊が叩き、残りは航空爆撃により対応する手順となっていたのだが、それが出来ないのだから当然残された地上の戦車隊は孤立してしまう。

 航空戦力と言う理を生かしてガストレア集団の後方に移動していざ爆撃を行おうとした戦闘機は次々と銀色の光の前に墜落していく。

 

「なんだ?!」

 

 その光を見た自衛隊の人間はまさに『なんだ』としか言い現わせなかった。銀色の光は目にもとまらぬ速さで戦闘機の翼を切り裂き、揚力を失ったそれは錐揉み状に落下して自分の腹の中に抱える爆薬の前に散っていく。

 皮肉にも高性能な緊急脱出装置により命だけは無事に投げ出されたパイロットたちを待っているのは地獄だった。

 

「うわあぁ」

「や、やめろ」

 

 パラシュートでゆるりと降りる先に待ち構えるのは数えきれないほどのモデルアントの群れであり、必死にシートベルトを解いて飛び交い逃げようとする男たちの努力も虚しく次々と餌として捕まってしまう。モデルアントたちはこうして投げ出された人間の腕や足を軽くツマミでも口に入れるように捕食した後、ウイルスを注ぎ込んで自らの仲間に加えていく。

 

「馬鹿な、なんだ今のは」

「わかりません。ですがこのままだと……」

「そんな事などわかっている。後退だ!」

「ダメです。動きません」

 

 航空戦力の相次ぐ墜落に恐怖を覚えて撤退しようと判断したが既に遅く、弾薬の乏しい鉄の塊は多くのモデルアントの前にただ鉄の檻として籠城するための格子と化していた。だがそんな引きこもりをガストレアは許さない。先ほど航空戦力を落とした銀の閃光は矛先を戦車たちに変え、放たれた光は装甲を貫いて操縦席を露出させる。

 

「ば、化け物が!」

 

 気丈に振る舞う士官の左腕は振るえない。なにせ先ほどの光によって切断されて何処かに千切れて飛んでいったからだ。残る右腕で護身用にと持ち歩いていたバラニウムブラックの軍刀を構えるがカタカタと震えて、まして片腕とあればまともな一撃など放てるわけもない。

 

「ニィ!」

 

 士官はガストレアが広げた口がまるで悪魔がにやけて口を開けるかのように錯覚を覚えていた。震えながらのなまくらな一閃は刃先が滑って傷一つ与えることが出来ない。そうしているうちに光によって足を失い逃げる間もなかった眼前の部下たちは別のガストレアにより捕食され、周囲に生きている人間は自分ひとりとなる。

 

「グサリ」

 

 恐怖の前に動くことも声をあげることも出来ない一人の男は無慈悲にもガストレアに前足で胸を突き貫かれてその生涯に幕を閉じた。

 

――――

 

 自衛隊の部隊が全滅したことを受け、待機していた民警団に出動要請が下った。団長我堂長正を中心として小隊の陣が割り当てられたのだが、ある一つの隊だけはその命令を無視して独自に動いていた。

 

「望月朧は何処だ? あやつの隊はワシら本隊の盾となるように言っておいたはずなのだが」

「そ、それが……」

「それが? もったいぶらずに報告しろ」

「望月隊長は命令に従う義理も義務もないと真っ向から命令を無視して、少数を引き連れて先行しています」

「なんだと? では、あやつらは既に出発したというのか」

「そのはずです。おそらくこのあたりに居るものかと」

 

 報告する長正の部下が指し示す場所は現在地点から一キロほど離れた雑木林の中であり、ちょうど自衛隊が全滅した場所と、予定していた戦闘開始位置との間である。作戦が見事に崩れていく光景に軽い眩暈を覚えながらも、知勇兼備と言われるだけの事はあり長正は気持ちを切り替える。

 

「長正様、彼らの処分はいかかいたしましょう」

「沙汰はあやつらが生きて帰ってから考えればいい。それより予定変更だ。ワシら本隊を下げ、代わりに全体的に他の隊を前に押し上げる。伝令、急げよ」

「畏まりました」

 

 長正は先行する朧たちを切り捨てることを選択した。無謀ではあるが、単独で大きな戦果を挙げてくれるのならばそれでいいという考えである。

 

――――

 

 長正が本陣で気をもんでいた頃、先行する望月朧隊は雑木林に到着した。参加するのはアゲハ、桜子、アビス、朧、ドルキの精鋭五人、どれも一人一人が世界最高峰のサイキッカーとして選ばれるにふさわしい超人軍団である。

 出発前の情報を頼りにアゲハ達はモデルアントの群れを待ち構える。無数の群れは数えきれない程であり、その数にアゲハは数えることを止める。

 

「確か最初の予想だと二千匹だったよな……自衛隊が倒した分はガストレアにされた分でプラマイゼロと考えると俺達がアビスを入れて五人だから……一人頭四百匹倒せば俺達の勝利か」

「それくらい、俺様一人で充分だぜ」

「そう相手を甘く見るな。こういう時ほど伏兵って奴が怖いぜ」

「そうね……まさかモデルアントを数だけ揃えたところで戦車と戦闘機を使う自衛隊をこうも容易く倒せるわけないわ」

「それにアルデバランもいるから、完全体特有の巨体と再生能力には手を焼くだろうね」

「そんなもん、爆塵者(イクスプロジア)で塵にしてやるぜ」

 

 三十分ほどが経過すると遠目に怪物の影が映る。それを確認してアゲハが放った流星を合図に戦いが始まった。握り拳大の黒い流星は中央を行くモデルアントの頭を串刺しにして削り飛ばす。

 ついで放たれたドルキの爆塵者が敵陣先頭で炸裂すると、まばゆい光に紛れてライズ主体の残り三人が群れに飛び込んでいく。

 

「一撃一殺、確実に行くわよ」

「余計なお世話さ」

 

 先駆ける朧はまさに千切っては投げと言うにふさわしく、単なる拳打でガストレアを倒していく。狙うは常に蟻の頭であり、殴り飛ばされた巨大な頭蓋が積み重なっていく光景は昼間であれば嫌悪感を覚えるに容易いグロテスクな景色を作り出す。

 続いて二人の雨宮、そして合流したアゲハは刃で蟻を切り裂いていくのだが、流石の数の多さもあり築かれる死骸の山は視認性を悪くする。

 

「死骸になっても邪魔だぜ」

 

 他の四人が近接戦闘に切り替えてもなおドルキだけは己のバーストに自信を持ち容易に視認が出来る距離まで近づいては爆塵者による爆破を行う。作業効率の面では一撃で複数匹を消し飛ばせるドルキが最も効率が高いが、集団戦闘故の同士討ちを防ぐ気遣いもあり速度は一匹ずつ倒すのと変わらない。

 たったの五人は扇状のドミノを倒すかのようにモデルアントの陣形を崩していく。

 

「ちょっと待って、何かおかしいわ」

「おかしい? 予想よりガストレア共がふがいないだけじゃねえのか?」

「まだ千匹も倒していないわ。その割には数が少なすぎるのよ」

 

 一人百二十匹、約六百匹程を倒したところで桜子はガストレアの数が少ないことに気が付いた。予想では二千匹以上と言われていたはずであるが、その割には残ったガストレアを合わせても千匹にも届きそうにないからだ。いくら自衛隊が先に数を減らしていただろうとはいえ、ガストレア化した自衛隊員を考えたら少なすぎると桜子は思考を巡らせる。

 桜子の疑問から朧は答えに気が付く。

 

「やられた。このガストレアは足止めの囮だ」

「まさか、ガストレアが囮を使うほど頭がいいなんて聞いてねえぞ」

「いいや、あり得ない話じゃないわね。同じ昆虫でも蜜蜂なんかは雀蜂を相手にしたときには仲間を死なせることを前提にぶつけて相打ちをねらうそうだし、それと同じかも知れないわ」

 

 桜子は説明しながら眼前のモデルアントを切り殺す。説明に合わせてドルキが空を爆発させて灯りをともすと、その光が消えないうちに桜子は飛び上がり、周囲の様子を上から窺う。

 

「やっぱり残ってるのはせいぜい二百匹ってところだし、アルデバランの姿もないわ。私たちが倒したのがだいたい五六百匹として……半数以上が私たちを避けて先に進んだようね」

「向こうには二千人以上の民警が集まっているんだ、心配より先に今この場にいる奴らを早く倒しちまおうぜ」

「そうだね」

 

 終わりが見えたことで尻に火が付いたアビスはまとめて三匹のガストレアを大鎌で狩る。早くこの場を切り抜けて、アゲハと共にシャワーでも浴びて戦いの埃を落としたいと思いながら、アビスは鎌を大きく振るった。

 




独断先行の話
本業で時間が取れなくて2か月ぶりの更新です


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Call.39「光の槍」

 長正の指示の元、半月状に陣を組んだ民警団は平地にてガストレアとの交戦を開始した。ガストレア側の数が予想より少なかったことから数的優位が働き民警側は容易くガストレアを押し出していく。

 

「伝令、敵ガストレアの数は推定千二百、予想の半数強しか攻めてきません。罠の可能性もありますが、こちらとしては好機です」

「恐らくこれは味方の手柄だ。なるほど、どうやら伊達に姿を消したわけではないか望月朧」

 

 長正は敵の数が少ないことと望月朧の失踪から、彼らの部隊が敵の数を削いだのだと予想する。証拠は最後の目撃情報が敵陣に向かっていったという話だけに過ぎないが、知勇兼備の英雄と呼ばれる所以なのか英雄の匂いを嗅ぎ分ける力には目ざとい。

 当然のように罠の可能性も考慮しているが、数的優位により対トラップ除去に人員を割くことが出来た功績は大きく、ガストレア側の虎の子と言うべき落とし穴の数々を事前に除去できたことで陣形は乱れることなく半月は次第に円へと変わっていった。

 残り百匹余りになり民警団に安堵の空気が漂い始める。

 

「勝った、僕たちの勝利だ」

 

 数匹取り囲んだうちの最後の一匹をマスクマンが切り殺す姿を目の当たりにした一人のプロモーターが呟く。眼前の脅威は取り除かれたのだからそう錯覚するのも仕方がない。ガストレアは敵の気が緩む一瞬を狙いすまして次の一手を決める。

 

「あ?!」

 

 まさに声も上げることが出来なかった。男の記憶はこの瞬間で幕を閉じたのだから。

 

「今のは何だ?」

「飛び道具だ。飛び道具を使うガストレアがいるぞ!」

 

 突如銀色の流星が民警たちを襲た。その光に貫かれたが最後、喰らった箇所は削り取られ、生き延びたとしても傷を受けた男たちは激しい吐き気に身悶える。

 

「気ぃつけろ! 山の方から来る光に当たったらただじゃ済まねえ」

 

 影虎はアジュヴァントを組むしっとマスクコンビと、共闘する蓮太郎の隊に聞こえるように大声で叫ぶ。その声は周囲の他の民警にも届いており、彼らの背筋を凍らせる。

 

「光……?」

 

 そのうちの一人が声に反応して山間に視線を向けると、確かに暗闇の中に何かが光る様な輝きを確認した。咄嗟に横に動くと元居た場所に光が当たり、その光によって地面がえぐられた。

 

「お前ら、無事か?」

「俺達は無事だ。だが前方の奴らが何人かやられたみたいだ」

「クソッ! なんなんだこれは」

 

 影虎は次々と命を落としていく民警たちの事を案じ舌打ちをする。

 

「やばいぞ……おいみんな、撤退だ!」

「逃げる気か? 我らの勝利は目前だぞ」

「そうだ。自分一人で逃げるのなら好きにしろ。後で我堂団長に言いつけてやる」

「手柄は頂きます」

 

 蓮太郎は周囲の民警に撤退を呼びかけた。彼の意見に従う民警は三割ほどしかおらず、元から従うような人間は自己判断でとうに戦場から離脱しており、残っているのは長正の命令を第一と考える人間ばかりである。そういう人間ほど蓮太郎に対しての見下しも強いのか、まるで従う素振りなど無い。

 見かねた影虎は蓮太郎に助け舟を出す。

 

「手柄なんてもんは命あってのものだ。死に急ぐアンタらの方がどうかしているぜ」

「死ぬ? 百戦錬磨の俺達があんなもので死ぬわけないぜ」

「そうとも」

 

 影虎は蓮太郎への助け舟のつもりで反発する二組の民警を呼び止めたが、言葉は彼らには届かない。二組の民警は前方にて銀色の光にて開かれた退路に沿って後ずさりするモデルアントに飛び掛かり、波状攻撃でそのガストレアを一匹仕留める。

 

「ほらみろ」

「ざまあみたら……」

 

 ガストレアから目の光が失われたのを確認して勝利の余韻に浸り、アドレナリンを吹きだしながら、二組四人の命はここで途絶えた。

 

――――

 

 一連の破壊光線を、生き残った民警たちは『光の槍』と呼んだ。光の槍騒動により一気に形成が逆転したことで、生き残った民警たちは後方のキャンプまで陣を戻した。突然の状況に仮説本部にて指揮を送っていた長正はわなわなと刀を握る手を震わせる。

 

「何がどうなっている? 光の槍とはなんだ」

「敵ガストレアが飛ばして来たものなのは間違いないと思います」

「そんなことは解っておる!」

 

 長正が求めたのは光の槍とは何なのかと言う事なのだが、その答えを知る人間は周囲にはいなかった。ただ当たったら命はないという事のみを認識し、その本質を見極めようという考えがない。ゆえに調べようとしないのだ。

 

「ええい、誰ぞある! 光の槍について調べて報告をあげろ!」

「恐れながら長正様……下手に前線に戻ればたちまちあの光にやられてしまいます」

「この際、そんなことは気にしてはおれん。適任はおらんのか?」

「それでしたら―――」

 

 側近の一人が長正に耳打ちすると、長正の頬が少し緩む。その手があったかと言わんばかりにニヤリと笑い、パートナーである壬生朝霞に命じて墨と硯を持ち、命令書を二通したためた。

 

「これを望月朧と里見蓮太郎に渡せ」

「承知しました」

 

 手紙を受け取った側近はそそくさと部屋を出ていった。

 無線連絡にて所在を確認すると、蓮太郎を含めた何組かのアジュヴァントが休息を取っている廃ホテルに向かいオフロード用のバイクを走らせる。

 十分ほどで廃ホテルに到着すると、側近は蓮太郎の元へと向かい長正の手紙を渡した。また、行方が依然として解らない朧の名代として蓮太郎と行動を共にしていた影虎にも同じく手紙を渡すと「絶対に従うように」と念押しした上で仮説本部へと帰って行った。

 

「中身を検めさせる前に帰っちまうなんて、怪しいぜこの手紙」

「匂うな」

 

 影虎は手紙に染みついた汗の匂いをかぎ分け、汗染みが渇いた後からかすかに香る悪意の匂いに反応し顔を歪める。その様子を見ながら仕方なしに先に開けた蓮太郎はその文面を見て驚く。

 

「敵前逃亡の責任を取れだって? なんで俺達が」

「たぶんあんたへのイビリだろう。歳は若いのに序列が高いんだからな、僻まれてもおかしくなねぇ」

「イビリにしてもこれはやり過ぎだ。あの光の槍を俺達だけで何とかしろなんて」

「大方こっちの手紙も……チッ! やっぱりそうだ。俺達にも同じ命令が書いてあるぜ」

「どうして?」

「当然だろう、この手紙は望月朧宛だ。今だって勝手に動いてここにはいないんだし、我堂からしたらちょうどいい存在なんだアイツは」

 

 しっとマスク二号こと将監が横から話に混ざる。将監からすればやはりという気持ちが強いとはいえ、朧が見せびらかしていた御免状も役に立たないのかと失望する気持ちは大きい。

 

「どうすんだよコレ。流石に犬死は勘弁してほしいぜ」

「とりあえず俺は命令に従う。逆らったら何をされるかわからねえし」

「俺も付き合ってやるよ」

 

 命令に従うことを即決する蓮太郎と影虎の二人に将監は若干ながら及び腰になる。一度捨てた命とはいえ、犬死したくないという人間らしい感情が残っているためである。そんな恐怖心を見抜いた影虎はさりげなく彼をフォローする。

 

「二号、お前はここに残れ」

「なんでだ?」

「俺と里見がいなくなったらアジュヴァントの連携が乱れちまうからな。若い連中をまとめるのに一号だけじゃ骨が折れる。サポートしてやれ」

「俺からも頼む」

 

 影虎の提案に蓮太郎も将監へ頭を下げる。元より及び腰だったこともあるが、別の大事な仕事を与えられたことで向かわないことへの心苦しさもなく、将監は気持ちよく頼みを引き受ける。

 

「任せておけ」

 

 深夜零時、蓮太郎はアジュヴァントの皆に事情を説明して廃ホテルを出発した。夜中と言うこともあり延珠は眠っていたのだが起こさずに出発する。昼間の戦闘で疲弊していることはパートナーとして見抜いており、下手に連れ回して命の危険に脅かすべきではないという判断である。

 

「いいのか?」

「いいんだ。今はゆっくり休んでほしいし、無理をさせて『光の槍』の餌食になったらたまったもんじゃない。それに……」

「それに?」

「八雲さんも一緒だからな。下手なガストレアよりも頑丈なアナタが一緒なら奇襲するには充分さ」

「それは否定しねえや」

 

 影虎は若者に頼られていることにこそばゆくなり笑みを浮かべた。

 

 蓮太郎と影虎はガストレアの砲撃を避けるために雑木林を駆けて迂回しながら丘を目指す。先の戦闘の疲れもあり蓮太郎の顔色は優れないものの、気力と栄養剤で場をつないで先を急ぐ。

 道中に次第に動物の骨が散見されるようになり、それに気が付いた蓮太郎はジワリと汗をかく。

 

「気付いているか? さっきから動物の骨や爪痕がちらほらとあるのに」

「確かにこのあたりは臭いな。この獣臭さは犬か?」

「恐らく犬というよりオオカミだ。食い散らかされた骨の数が多いのは群れで行動しているからと考えないとありえない」

 

 個としての力が特出しているためか蓮太郎と違い影虎には焦りはない。

 

「そうか……そういや知っているか? 昔は日本のオオカミは絶滅危惧種と言われていたんだぜ。それが今ではガストレアとして野生にはびこって居やがる」

「一方でモノリスに囲まれたエリア以外では人間は生きることを許されない。完全に立場が逆転しているな」

「ほら、早速おいでなすった!」

 

 雑談する二人をつけていたガストレアの一匹はついにしびれを切らして襲い掛かった。雑木林の地を生かし、枝の上から上段を取って襲撃する。鋭い爪が影虎の心臓を狙うが、既に見抜いていたため奇襲にはならない。

 影虎は後ろを振り向いてオオカミガストレアの顔面を殴り飛ばした。引き締まり強靭さとしなやかさを兼ね備えたオオカミの首は蟻とは異なり千切れることはないが、脳髄が激しくかき回されたことで泡を吹いて横たわる。蓮太郎がXDでトドメを刺すと、発砲音を合図に群れとの戦いが始まる。

 

「結構多いな」

「確実に行こう。八雲さん、背中は任せた」

「そっちこそ」

 

 二人は背中合わせの陣形を取り、取り囲むオオカミの群れに対峙した。オオカミは二人を四方から襲い蓮太郎は前面の一匹に反応して引き金を弾く。残る三匹は阿修羅の如きフットワークを見せた影虎が三方向に振り向いて殴り飛ばす。

 一連の動きを見て影虎を警戒したオオカミたちは標的を蓮太郎に絞り、今度は蓮太郎の正面のみ三匹合計六匹で襲い掛かる。両手に構えたXDの引き金を素早く弾いて二匹を倒すが、ガチン音を立ててとスライドが伸び切ってしまう。

 

「しまった」

 

 弾切れについ声をあげてしまう蓮太郎だが、眼前のオオカミを前に唇を噛んで気持ちを切り替る。そのままグリップから右手を離し、下した拳を力一杯に振り上げる。頸の籠った拳は淀みなくオオカミの顎を捕え脳漿を散らす。

 

「大丈夫か?」

「平気だ。そっちこそ気を抜くなよ」

「言ってくれるぜ」

 

 蓮太郎は影虎に軽口を返しながらマガジンを交換してXDに弾を込め、今度は不意の弾切れにも落ち着いて対処できるように予備のマガジンを確認する。残りのマガジンは三本と、群れの数を三十から五十と仮定すれば充分足りる。現時点で十匹を迎撃したので大目に考えて四十匹ほどであろうか。

 実際に群れに残るオオカミは二十一匹だったのだが、二度の襲撃に警戒してオオカミたちは機会をうかがって舌なめずりをする。たかが人間二匹など武器が無ければ敵では無いと言ったふうではあるが、素手で既に六匹の仲間を殴り殺している影虎には警戒してあの陣形を崩すにはどうすればいいかと思考を巡らせる。

 テレパスにもにた感応で互いの意思を合わせたオオカミたちは全員でチャージをかけた。

 

「気張っていけ!」

「応!」

 

 眼前のオオカミたちの波を前に蓮太郎は左眼に火をつけた。クロックアップによって底上げされた反応速度でオオカミの波を見切り、自分の体に近い順番に狙いを定めて引き金を弾く。一ケース打ち切ったところで眼前のオオカミは残り五匹となり、蓮太郎はXDを捨てて格闘戦を仕掛ける。

 

「一の型八番―――焔火扇(ほむらかせん)!」

 

 波を切り裂く焔火扇が一匹のオオカミの頭蓋を飛ばし、蓮太郎はそのままオオカミを影虎の背中で挟む。影虎もチラリと後ろを見て状況を把握し、自身に襲い掛かるオオカミを独楽のような回転でさばきながら振り向く。残る四匹を二人は挟み撃ちにしてアイコンタクトをし、いざ襲い掛からんとしたのだが轟音がそれを遮る。

 

「エンドレススクリーム」

 

 二人はその声を聴かなかったが、木々が引き裂かれる音がそれに気づかせた。音の方に振り向くと白刃が二人の間を貫いていき四匹のオオカミを塵に変えた。

 

「なんだこれは?」

「まさか?」

 

 蓮太郎は白刃に見覚えを感じて直感する。かつて自分を窮地に追い込んだ最強の盾に似たこの力場に背中が汗ばむ。

 

「余計なお世話だったかな、里見君?」

「テメー……」

 

 白刃が掻き消えて後に現れた男を蓮太郎にらみつけた。影虎も男から漂う血の匂いに不快な表情を浮かべて共に睨む。

 

「久しぶりだね里見君。それに初めましてだ、雹藤影虎君」

「誰だ? テメー」

 

 いきなり現れた怪人に君付けで呼ばれたことで影虎の表情はさらに険しくなる。

 

「私か? 私は……そこの里見君の同類と言えばいいかな」

「どういう意味だ」

「まともに相手してはダメだ、八雲さん。コイツはただの悪党だ」

「つれないじゃないか、同じ新人類創造計画の仲間だろう」

「同じじゃねえ」

「オイオイ……話が良く見えねえが、随分と血生臭い野郎じゃないか。目的はなんだ? 邪魔をする気なら俺にも考えがあるぜ」

「邪魔? いいや、キミ達に協力しに来ただけだよ。私の目的もキミ達同様プレヤデスでね。あれの遺伝子サンプルを欲しいというクライアントがいるんだよ」

「プレヤデス?」

「光の槍を放つあのガストレアの事さ。確認されたばかりだというのに学者たちは早速検体名をつけているのだよ」

 

 プレヤデスの名を聞かされていなかった二人は小首を傾げたが、蓮太郎はその名づけの法則に合点がいってすぐに切り返す。

 

「二番星だからプレヤデスか」

「黄道十二星座、金牛宮タウルスを構成する第二の星……あれはその名をつけられたわけさ。まるで最強の盾である私と対になる最強の矛を持ったキミのようにね」

「いい加減にしろよ影胤」

 

 再度の同類認定に蓮太郎は声を荒げるが、影胤もこれ以上の挑発は時間の無駄と判断してピタリと止める。

 

「そうだね。今は里見君と遊んでいる暇はない、夜が明ける前にプレヤデスを倒しに行こうじゃないか」

「命令するな! というか、俺はテメーと一緒に行く気はないからな」

「なら私は私なりに勝手に行動させてもらうとしよう」

 

 蓮太郎が影胤の誘いを振り切った後、二人は休憩を挟んでプレヤデスの待ち構える丘への道を歩き出した。愛用のXDのうち先の戦闘で放ったものは見つからなかったが、予備のもう一丁があるため無理には探さない。空のマガジンに弾丸を込めてホルダーにセットして二人は出発したのだが、仮面の男はすやすやと眠る愛娘を抱えながらそのあとをつけて歩き出した。

 

「ついてくんな。テメーはテメーの都合があるんだし、先に行けよ」

「たまたま私の進行方向にキミがいるだけなんだがな」

「そうかい、くれぐれも後ろから刺すような真似だけはするなよ」

「それは承知しているよ。そもそもあの雹藤影虎の前でそんなことはできないさ」

「ひとつだけ聞いてもいいか? 何故俺の事を知っている?」

「私のクライアントから聞かされたのでね。なんでも生身の人間でありながら下手な機械化兵士より数段強い文字通りの超人なんだと」

「いけすかねえ野郎だな。そのクライアントの事は明かせないって言うのか」

「済まないね。これ以上は守秘義務違反になるので」

 

 四人は林を抜けて川沿いに上流を目指した。このまま川の上流にたどり着いてから、再び林を抜けて横からの奇襲を仕掛けるのが今回の作戦である。上流にたどり着いたところで蓮太郎は再度、手荷物の爆弾と予備弾薬を確認して影虎に確認を入れる。

 

「ここから先はまたさっきみたいなガストレアがいるかもしれねぇ。八雲さん、準備はいいか?」

「いつでもOKだ」

 

 林の中に入っていき出来るだけ音を立てないようにゆっくりと進む。音を立てないのはガストレアの中でも夜間には眠りを取る種がいるためであり、そういった種との余計な戦闘を避けるために慎重に進む。睡眠中の大型ガストレアをやり過ごして短い林を抜けると、その先には三匹の大型ガストレアがいびきをかいていた。

 

「これが……」

「そのようだな。早速爆弾を仕掛けちまおうじゃないか」

「お先に失礼」

 

 蓮太郎と影虎が倒し方を相談していると、これまで金魚のフンのように随伴していた影胤親子が動いた。ここに来るまでに充分な睡眠をとっており気力充分の小比奈は両手にバラニウムブラックの小太刀を抱えて十字を作り駆け出していく。

 

「行くぞ小比奈、アローフォーメーションだ」

「了解」

 

 影胤は先行する小比奈に追いつくために足元を斥力フィールドで弾いて加速させる。弾丸のように小比奈にぶつかろうとする影胤に対して小比奈もまた飛び上がり、影胤の追突を足で受ける。激突の寸前にて今度は前面に発露された斥力フィールドが小比奈の小さな足を捕えて再び弾いて前面に飛ばす。都合二回のフィールドの反発は体重の軽い小比奈を時速二百キロ以上に加速させて一筋の矢となった小比奈はプレヤデスのうちの一匹を貫いた。

 

「まずい、今ので起きだしちまった」

「悔やんでも仕方がねえ。こうなったら一気にぶちのめすぜ」

 

 突然の攻撃に蓮太郎が気付いたときには時すでに遅く、爆弾を仕掛けるよりも先に目覚めたプレヤデス三体は眼前の蓮太郎たちを標的と認識して口を向ける。槍のように細長い口は月明かりが反射して煌めいており、それが光の槍を発射するためのものであることは容易に想像がついた。

 

「天童流(キャ)の型、発頸!」

 

 蓮太郎は持てる力を総動員するべく気合を入れた。全身に駆け巡る頸は命の危機に反応して普段よりも多く、よどみなくみなぎる力は身体能力を向上させる。不完全ながら(フェイ)の要領で地面を駆る蓮太郎の足取りは光の槍を躱しながらプレヤデスに接近し自分の間合いに入る。

 

「空の型三番―――剄櫻(けいおう)三点撃(バースト)!」

 

 剄櫻に炸裂カートリッジの爆速を加算した拳は液体で満たされたプレヤデスの体に衝撃を伝え、伝達した衝撃は背面に大穴を開ける。穴からは血と水銀が滝のようにあふれだし、プレヤデスの気力を滅入らせる。

 

「トドメだ!」

 

 剄櫻によってグロッキーになった一匹の様子を影虎は見逃さず、十メートルはあろうというプレヤデスの顔面まで飛び上がった影虎はそのまま空中回し蹴りで首を刈り取った。残るは二匹、うち一匹は影胤親子の攻撃により手負いである。

 

「八雲さん!」

 

 空に飛んだ影虎は蓮太郎の声に反応してプレヤデスの首を蹴って方向を変えると、元居た位置に健常な一匹が放った光の槍が迸った。ガストレアにとっては同種であっても死んだらそれは只の肉塊であり、感傷などないのだろうか。

 

 一方で先に小比奈の攻撃を受けた一匹は、体内から小太刀でかきむしられる痛みにのたうち廻っていた。しばらくして腹の中から体液にまみれて汚れた天使が這い出ると、プレヤデスの息はもう細くなっており後は死を待つばかりである。

 

「エンドレススクリーム」

 

 影胤はトドメとしてプレヤデスの頭蓋を力場の槍で貫いて脳をひき潰した。

 

 これで残るはあと一匹、無傷のそれは眼前の四人に対してむき出しの敵意を向ける。敵意による状況に適応した変態なのか、光の槍を放つ口が形をかえて木の枝のような形になる。

 

「マズい!」

 

 蓮太郎はその形からプレヤデスの目的を察したが影虎に伝えるまでの間がない。無慈悲にも放たれた新生光の槍は距離こそ短いが複数の方向を無差別に同時に攻撃することが可能ないわば散弾銃のように蓮太郎たちを襲った。

 蓮太郎はクロックアップを駆使して無軌道ともいえる弾道を見切って攻撃を躱し、影虎もまたストレングスを全開にして硬さで光の散弾を受け止める。辛うじて光の槍による雨を防いだが、蓮太郎と影虎はこの一撃で疲弊してしまう。

 

「はあ……もうちっとだ、気合入れろ」

「わかってる」

 

 肉体的消耗を精神力で補おうにも一呼吸足りず、このまま再度同じ攻撃を受けたら今度こそ危ない。その危機感に汗を流す二人を仮面の怪人は涼しい顔で見つめていた。

 

「どうだね。キミが頼めば助けてあげてもいい」

「だれがテメーの助けなんか……」

 

 蓮太郎や影虎とは違い、斥力フィールドという防御を持つため影胤にとっては光の槍も恐れることは無い。むしろ範囲を重視した散弾の方が防ぎやすい程である。申し出を突っぱねる蓮太郎だが理性では手を借りるべきなのは承知している。背に腹は代えられないと頭を下げようかと思っていたところで、それを影虎が遮る。

 

「仮面野郎……調子に乗るのは勝手だが、娘から目を離すんじゃねえ」

「???……!!!」

 

 影胤は当初、影虎の言葉を理解できずに小首を傾げるが、数秒の後に気が付いた。先ほどの攻撃時には散弾の範囲外にいたはずの小比奈が、いつの間にか射線上に入っていることに。せめて自分の傍らに居るのなら容易く助けられるのだが、前に出られては斥力フィールドが届かない。

 

「小比奈! 危ないから下がるんだ」

「このくらいヘーキ」

 

 小比奈は運悪く目についたガストレアの体液をぬぐっていたため光の槍が散弾のように枝分かれすることを見ていない。小比奈の自信もこれまでの攻撃を前提にしているため、彼女の見立ても見当違いなのである。それを知っているからこそ影胤は余計に焦る。

 こうなったら斥力フィールドを応用した加速で前に出て小比奈を回収するしかないと影胤は考え、タイミング次第では防御を張るよりも早く攻撃されるかもしれない綱渡りに挑む。

 

「アンタも人の親なんだな。安心したぜ」

 

 影虎もまた一人娘を持つ一人の父親である。娘の危機に態度を豹変させる影胤の様子に一種の共通項を見つけて、彼の娘を救わんと脳を加速させる。活性化したPSIは肉体の回復を促進させ、先ほどまでの痛みは嘘のように引いていく。本来なら軽い水銀中毒もあり絶対安静ではあるのだが、自己再生が発揮された状態の影虎には不要である。水銀の毒素は体内で中和されて、青ざめた顔色も気力と怒りで紅潮して赤くなる。獣の如き咆哮を伴った影虎は小比奈を追い抜いて左脇に抱え、プレヤデスの反撃も許さぬ速さで右の拳を突き立てた。

 蓮太郎のお株を奪う人間弾丸は単純な腕力だけでステージⅣガストレアを撃破した。

 

「すげえ……あの人は本当に人間かよ」

 

 蓮太郎もアゲハとトレーニングを積んでいたためサイキッカーと呼ばれる人種の身体能力が人並み外れていることは知っていたつもりであった。だが彼とは方向が異なるライズ特化型サイキッカーである八雲影虎の能力は図り切れていなかった。言うなれば両手両足に回数無制限の炸裂カートリッジを内臓しているが如きその攻撃力は、自分の義肢すら過小評価してしまいそうになるほどである。

 

「大丈夫だったか、お嬢ちゃん」

「だいじょうぶ」

 

 小比奈も何が起こったのか頭の理解が追い付かずにただ片言で返事を返すだけであった。

 三体のプレヤデスを撃破した四人は道中に合った川を下り、他のガストレアによる追撃を逃れて陣へと戻った。寝ずの行軍の末、蓮太郎が本陣へと帰還したのは午前十一時、防衛線二日目への参戦はほぼ不可能である。




vsプレヤデスの話
前回の約三倍、普段の約二倍とちょっと長めになりました。
とりあえずここまでを一区切りにして次回から関東開戦二日目にしようと思います。
原作的には小比奈出生の秘密とかがここで語られるわけですが、その辺は原作呼んで察してくれで。


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Call.40「亀の化物」

 夜が明けて時間も九時を過ぎると、ガストレアは再度の進行を開始した。モノリスの外と言うこともあり野生のガストレアは数多く、アルデバランはプレヤデスを含めた戦力低下を、それらを従えることで補う。

 民警たちにはアルデバランがどのような手段でそれを実現しているのかまでは計りかねていたのだが、これまでモデルアントを主体としていた軍勢がオオカミ、鹿などを混成した一団に変わっていたのだからそう考えざるをえない。

 プレヤデス討伐に向かった蓮太郎と影虎はまだ戻らず、昨日独断専行した望月朧の一団もまた戻らない。ただ「プレヤデス撃破」の情報が民警団にとっての希望の光となっていた。

 

 前線の状況などどこ吹く風と言った様子で後方「回帰の炎記念碑」にて陣を取っていたW.I.S.Eメンバーは、前線の民警団が察知していない新たな敵に遭遇していた。始まりは一人のメンバーが朝食の買い出しから帰ってくる途中である。

 

「あれ? 昨日はこんなものあったかな」

 

 青年はふとモノリスの外を眺めた。朝日に照らされる黒いモニュメントを見て、昨日このようなものがあったかと小首を傾げる。二本足で直立する黒い亀に似たものが合計八体、怪獣映画のセットのようなそれを見て、青年はかつて見た映画を思い出す。

 

「小さい頃……ガストレアが現れる前は、こういう怪物も映画の中でしか見たことが無かったなあ」

 

 よく見ればモニュメントには瞳があり、ライズで視力を凝らせば潤っているようにも見えるほど精巧である。しばらく眺めていると、その精巧な瞳はギロリと動き、青年に視線を合わせた。

 

「動いた? まさか!」

 

 その動きに青年は驚き、咄嗟に周囲に思念を飛ばす。

 

『ガストレアだ!』

 

 青年がモニュメントを敵と認識するのに合わせて、モニュメントだと思われていたそれは動き出した。正体はジュナスらが取り逃したピスケスの卵から産まれた変異ガストレアであり、いわば量産型アクエリアスともいえる存在である。サイズ同様に性能も縮小された『化外の心臓』を備えた八体の亀は口から水を吐き出す。ウォータージェットの要領で歯の間から吹き出す水流は、三十メートルは離れていたであろう青年の元まで届き、手にしていた朝食用の食料を引き裂く。

 

「うぐぐ……ライズ!」

 

 青年は右肩を抑えながら、渾身のライズでその場を立ち去った。抑える左手は溢れる血に濡れる。荷物ごと削り飛ばされた右腕を回収する暇もなかった。

 八体の亀はモノリスの中にこそ入ろうとはしないが、磁場の影響範囲内でも余裕の態度で活動する。ゾディアック同様のバラニウム磁場耐性を備えているのは明白である。

 

 青年によるテレパスと帰還した本人の怪我の具合を見てシャイナは作戦を立てる。先ずは青年を慰問島のキュア使いの元に運び、残った雑兵たち一人一人にテレパスの線をつなぐ。

 

「僕が危ないと判断したらすぐに慰問島に送る。気兼ねなく戦ってくれたまえ」

「わかりました、シャイナ様」

 

 W.I.S.Eの雑兵六十五人はバラニウムの武器を片手にガストレアに襲い掛かった。距離を開けてアサルトライフルによる一斉掃射を仕掛けたが、固い表皮は弾丸を通さない。流石に頭部は皮膚が薄いのか腕を盾にして銃弾を防いでいるのだが、その大きさ故に突き出すだけで顔面は固く防御されてガードをすり抜けることが出来ないでいた。

 

「ミリィ、突撃だ!」

 

 雑兵の一人がパートナーのイニシエーターに声をかけて防御を抜くための攻撃を開始した。ライズを全開にして相棒を投げ飛ばす人間砲弾のような技であるが、近接戦闘に持ち込むには理にかなっていた。放物線を描いて頭に飛び乗り、その首に刃を突き立てると血飛沫が流れる。

 

「やった……あ、あれ?」

 

 刺さったことに喜ぶのも束の間、突き立てた刃は抜けなくなる。無理に引き抜こうと手間取っていると他のガストレアは一斉に彼女の事に気が付いて注目しだす。

 

「逃げろ!」

 

 少女を狙う一匹が仲間ごと水流で撃ち貫いた。口から放出されるウォーターカッターが散弾のように少女を襲う。咄嗟にシャイナは彼女をテレポートさせるが、元の位置にいたガストレアの首はズタズタに引き裂かれて血を吹き出し、それにより抜けたバラニウムの刃は音も小さく地面に刺さる。

 同士討ちとはいえ放っておけばこの程度の傷など回復してしまうのは自明の理であり、出来るだけ回復するよりも早く命を刈り取らなければならないのは明白である。

 

「強い……これがステージⅣって奴なのか?」

「しかも同型が八体も」

「俺達だけでやれるのか?」

 

 雑兵たちはガストレアの強さに恐怖していた。士気の低下にシャイナも焦り、仲間を呼ぶべきか悩む。ひとまずドルキを呼ぼうと、シャイナは雑兵の一人をドルキの元へ転送した。

 

 トランスの感応を頼りにシャイナによって転送された青年は林の中にいた。ガストレア側が用意した八百の囮を退けたドルキらは本陣には戻らずにそこで野営をしていたからだ。

 

「ドルキ様!」

 

 青年は近くにドルキがいるはずだと大声で叫ぶ。その声に反応してかガサガサと林の中に物音が響く。

 

「ド……」

 

 音に振りむいた青年は固まって声が詰まる。物音と共に現れたのはドルキではなく大蛇であり、身の丈ほども長いそれは大きな口を開けて牙を向けていたからだ。

 

「いえゃー!」

 

 青年は奇声をあげながら渾身のバースト弾を放った。不可視の衝撃波は大蛇の牙をへし折り喉に風穴を開けるも、その程度ではガストレア化した蛇の命は刈り取れない。

 

「なんだ?」

 

 物音に気が付いたドルキらが駆けつけると、引き裂かれた大蛇の死体とうずくまる青年の姿があった。

 

「トウマ、何故ここに?」

「大変です、ドルキ様。急いで回帰の炎へ……」

 

 青年は大蛇を倒した際に受けた傷から流し込まれた毒の影響だろうか、言葉の途中で倒れた。直ぐに桜子がトランスで残りの言葉を意識から引き出し、皆は状況を把握する。

 

「すぐに回帰の炎まで向かうとしても、コイツはどうする? ここに置き去りには出来ねえだろう」

「とりあえず僕のキュアで応急処置だけはしよう。向こうに着いたらW.I.S.Eの誰かに任せればいい」

「それでいい、急ぐぞ」

 

 一先ず青年は応急処置だけを済ませてそのまま連れていくことに決める。先頭を切るドルキはバースト使いとしてのポリシーも何のそのでライズを全開にして未踏査領域を駆ける。道中に立ちふさがる野良ガストレアはたちどころに爆塵者(イクスプロジア)で消し飛ばし、殺しきったか否かなど確認もしない。

 鬼気迫るドルキの表情は一行に緊張感を与え、何も語ることなく小一時間で回帰の炎周囲まで到着した。

 

「あれが例の……」

「ガキどもをこんなにしやがって、クソをクソほど浴びせてやる」

 

 周囲には戦闘の結果なのか地面はあれて硝煙の匂いが立ち込める。残っているW.I.S.Eの雑兵は数えるほどで、地面のぬかるみは誰のモノとも知らないまでも血糊によるものなのは想像に難くない。

 

爆塵者(イクスプロジア)爆撃機形態(フォートレス)!」

 

 劣勢を強いられる状況に怒るドルキはバーストストリームを展開し、怒りに任せた一撃を放つ。爆塵者十発分を一つの球体に留めたそれは、はじき返そうとしたガストレアの左腕に触れると一気に炸裂し腕ごと頭を吹き飛ばす。蒸発する血潮が赤い煙となり、その爆撃音はその場に残った雑兵たちに勇気を与える。

 

「あれはドルキ様の爆塵者!」

「これならいけるぞ」

『遅かったですね、ドルキさん』

 

 離れた位置にいたシャイナは肩で息をしながらトランスで呼びかける。これまで約五十人の雑兵たちを慰問島に転送しており、自分も仲間も死なないように注意を払い続けたことで精神をすり減らしていた。

 もう少し遅ければ一度全員撤退もやむなしと考えていたほどである。

 

『だいぶ追い詰められているじゃねえか。まさか殺られたヤツなんて出していねえよな?』

『そんなこと出来るわけないじゃないですか』

『それもそうだな。マジでヤバいならとっくに逃げるか直接誰かを呼びに言っているだろうお前なら』

『当然ですよ』

『よし、ここからは俺が引き受ける。お前が伝令に寄越したトウマのヤツも怪我をしているから、まとめて島まで帰って治療してやってくれ』

『お任せしますよ』

 

 ドルキと話をつけたシャイナは残った雑兵たちと共に慰問島まで帰った。残るガストレアはあと六匹、一匹は雑兵たちが必死になって倒しておりもう一匹は先ほどドルキが倒したそれである。

 時刻は朝の十時を回り、プレヤデスの撃破を確認した前線ではアルデバランとの決戦に向けて出発しようとしていた。幸か不幸か長正ら前線の司令官は回帰の炎に現れたガストレアの事は知らない。

 




WISEサイドの話
亀ガストレアは小さめのガメラをイメージしていただければ幸いです
この次はだいたい用意できていますが次々回が仕事が忙しくてまた時間がかかりそうです


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Call.41「欠けた器」

 蓮太郎と影虎の帰還を待たずに出発した木更たちは不安を隠しきれないでいた。特に延珠は、蓮太郎が寝ている最中に姿を消したということで彼の判断に憤りを感じていた。

 

「蓮太郎は何故勝手に行ってしまったのだ」

「仕方がないですよ。昨日の延珠さんはとてもお疲れでしたし」

 

 夏世はやんわりとフォローをするが、延珠も内心ではそれを理解しているため自分の不甲斐なさも含めて顔を膨らませていた。そんな延珠のむくれ顔を火垂は一歩先行く大人の態度で眺めつつ鬼八の腕に抱き付いていたが、移動の最中も鬼八は帰らぬ親友の事を考えていた。

 

 丘のふもとの位置まで到着すると、遠目にアルデバランの巨体が見え始める。後はあれを倒せば自分たちの勝利だと士気を高める民警団一行ではあるが、それを阻止せんとアルデバランもまた策を講じた。周囲に土着する野良ガストレア達をフェロモンで使役したアルデバランは統率のとれた集団を操り民警たちを襲いだした。

 横一列に押し寄せるオオカミの群れはまるで肉の津波のように戦闘の民警たちを襲う。ファランクスにも似た迎撃の弾幕も効果は薄く、手傷などお構いなしの攻撃に一人、また一人と戦士たちは倒れていく。

 

「マシンガンじゃダメだ、もっとストッピングパワーの高い銃をつかえ!」

 

 張り裂けた伝令の声に従って民警たちは適切な武器へと持ち変えるたが、この時点で5%近くの男たちが倒れた。オオカミはハーブかなにかを服用しているのか、足が千切れようとも動けさえすれば前を目指して押し寄せる。マシンガンによるバラニウムブラックの雨で追い返しきれなかったのもこの特異性によるものである。

 作戦の切り替えでオオカミを退けた民警団を前に、アルデバランは次の一手を講じる。今度は重さと硬さを兼ね備えた鹿や猪の集団をあてがい、当然これも麻薬による痛みどめは服用済みである。散弾銃の威力をもってしても抑えきれない巨体はまた前線の命を削っていく。

 

「ええい、今度は猪だと? 小癪な」

 

 伝令の報告で状況を把握した長正が吠える。あと一歩のところで押し返されて士気が下がる味方の状況を案じて自らが先陣となって戦場にたつ。

 

「いくぞ朝霞、我ら先駆けとなりて敵を討つ」

「御意」

 

 鎧型強化外骨格に身を包んだ二人の武人はバラニウムの刀を携えて部隊の先頭に向かった。最前線では仲間の死骸を防弾壁代わりに人間の首を狙う獣たちと、銃器を構えて応戦する民警たちがにらみ合っている。隙をついて近接型のイニシエーターが獣の首を刈り取ってはいるが、一匹倒せば一人が深手を負い最悪死に至るこの状況は精神的劣勢に民警たちを追い込んでいた。

 そこに現れた大将の姿が男たちに勇気を与えるのもさもありなん。

 

「長正様が来たぞ!」

「これなら!」

 

 民警たちは長正と朝霞に羨望のまなざしを向け、二人もそれに酔いしれて応えんと目に力を入れる。二人が抜刀する刀は当然バラニウムブラックであり、首を刈り取ればステージⅡ程度が再生できる道理はない。

 

「いやーっ!」

 

 朝霞は掛け声とともに突進し獣の群れに飛び込む。強化服による能力補正も込みとはいえ近接戦闘におけるパラメータ、特にパワーに関しては『優秀なイニシエーター』の標準点である延珠や小比奈をはるかに上回ってる。

 朝霞は自慢の膂力にて太刀を振りぬき、猪の分厚い肉と骨を叩きつぶす。額を砕かれてあとは生体電気が切れれば動きが止まるであろう猪の背にかけ上った朝霞は落下の勢いそのままにオオカミの背に刃を突き立てて腹を裂く。

 飛び散る臓物を素早く払いのけつつオオカミたちの腹を引き裂いていき弱ったオオカミの首は追いかける長正が断つ。朝霞の怪力は並の攻撃では倒しづらい猪に注力してオオカミは手傷に留めて仕上げは長正が狩るこのコンビネーションによりたった二人の突撃がアルデバランの用意した肉の波を切り裂いた。

 小銃を構えて後に続く民警たちの支援も加わり長正を先頭にして男たちは波を切り裂く。槍の穂先が結界を切り裂くように道を切り開くことで民警たちはアルデバランの眼前に迫った。

 

「グルォオオオオ!」

 

 状況の変化にアルデバランは次の作戦を伝えるかのように咆哮をあげた。アルデバランは眼前に迫る長正達を無視して後ろから続く後続部隊を叩くことに決めたのだ。押しのけられたガストレア達を導いて鶴翼の陣を形成すると、後続部隊に対して挟撃を仕掛けた。

 眼前しか見ていない長正達前線はそれに気が付かない。

 

「クソッ! 挟み撃ちだとぉ?」

「うわぁ」

 

 前線を苦しめた麻薬漬けのオオカミは後続の部隊にも当然有効である。長正をはじめとして戦力が前に集まったことが災いし、無痛覚の利を押し当てるオオカミの群れに対応できる人間は後続には少なかった。木更たちが後方にいたことは幸か不幸か。

 

「天童流抜刀術一の型一番―――滴水成氷!」

「天童流戦闘術一の型八番―――焔火扇!」

 

 二人の天童は無痛覚などお構いなしに一撃でガストレアを倒す。周囲の人間たちはこれまで若い男女と侮っていた木更と彰磨を見直して羨望のまなざしを向ける。

 

「フン!」

「フン!」

 

 強いのはこの二人だけではなく、いかつい武器を構えた二人のマスクマンもまた自慢の武器を振りぬいてオオカミを倒した。流石にしっとマスク一号だけは棍棒の一撃だけでは威力が足りないのだが棍棒と言う武器の利点もあり脳を揺らして怯ませるには充分である。パートナー不在のフラストレーションを晴らすかのように一号が撃ち漏らしたオオカミは延珠が飛び蹴りでひき潰し、残るティナ、夏世、弓月、翠、火垂、鬼八、玉樹の七人もツーマンセルにて撃退に当たって敵を倒す。

 五十人強の民警たちを震わせたオオカミのうち七匹を軽々と倒した若い男女は最後尾集団にとっての最後の砦なのは言うまでもない。

 

「今まで静かだった後方がこうも騒がしくなるとは。もしや前線で何かあったか?」

「いいえ、最前線はむしろこちらが優位です」

 

 状況の変化に前方での劣勢を予想した彰磨の疑問にティナが答える。予め前方に展開していたシェンフィールドの一機から得た情報により長正ペアの快進撃をティナは知っているからだ。

 

「ということは、奴らはアルデバランを囮に俺達を叩くつもりか?」

「たぶんそうだろう」

「つまり、ある意味こっちが最前線に早変わりってことだな」

 

 一号が言うこっちとは当然部隊の最後尾の事である。鶴翼の陣から挟撃を駆けるガストレアの群れは依然として多い。前線が楽に進軍する半面で敵側は戦力を後ろに回したのだからさもありなん。

 

 先ほどの挟撃に震え上がった男たちは木更の胆力に平伏し指示を待つばかりである。木更は進軍の脚を緩め、日差しの中にうっすらと見える赤い瞳たちの対応をすることを提案し、それに反論するものはいない。すでに反論するような人間は長正と共に最前線にいるか、あるいは死んでいるからである。

 

「みんな、武器の用意はいい?」

「そういう木更も気を抜くなよ」

 

 軽口をたたく彰磨は無手の使い手である。彰磨にとっては武器とは鍛えぬいた己の体だけでありその精神にも甘えは無い。

 

「来たぞ」

 

 誰かの声が周囲に響く。木更たちを含めて生存者は五十人強の一行をガストレアの群れが襲う。そのすべてがオオカミではあるが、中には親オオカミとも言うべき一回り大きい個体も混じる。

 先ほどは軽々とオオカミを倒した木更たちでもこの大型個体の相手は簡単にはいかない。攻撃を躱しつつ致命の一撃を当てんと奔走するが、その隙に一人、また一人と男たちは倒れていく。数分のうちに十人の命が奪われるが木更には彼らまで助ける余裕はない。

 大型個体をやっとのことで一匹倒すまでの間にこの状況なのだから、このままではじり貧になるのは目に見えていた。目に見える範囲にいるのはあと三匹とはいえ、これ以上増える可能性は高く、その見誤りは木更たちの死につながる。

 

「マズいぞ、デカい奴は見かけ以上に強い。このままじゃ押し切られる」

「どうする木更、後退するか?」

 

 周囲の期待を受けた木更は思考が割れる。死にゆく人々の姿に冷静な計算が出来なくなる。普段の木更なら後退を指示していたであろうが、冷静さの欠如はそれを口の中に留めさせる。こんなときに蓮太郎がいればと折れかける木更の心を、彼と同じ漆黒の腕が支える。

 

「ホラ、この場の大将はアンタだ。みんな頭ではわかっていても、アンタが言わなきゃ行動に移せねえよ」

「二号さん……」

「アンタ一人だけ戦う気なら俺も付き合うがそうじゃねえんだろう? そろそろ里見のヤツも帰ってくる時間だ、一足先にアンタも戻って待っててやりな。殿は俺が務める」

 

 肩を掴む黒い腕の温度に蓮太郎の右腕を思い出した木更は冷静さを取り戻す。このままでは全滅するかもしれない、ならば今は引くべきだと。

 

「わかったわ……みんな、後退よ!」

 

 木更の命令に生き残った男たちは後退を開始する。逃げるにしても一度身を引いてから挟み撃ちにするにしても今の状況は厳しい。先ずは逃げて距離をとり、追ってくるようなら囮になるし、先を行く民警を襲うのなら挟撃が出来る。只々挟み撃ちから弄られるのだけは不味い。

 本陣へと逃げていく木更たちを前にガストレア達は追いかけもせずにらみ合う。実はアルデバランによるフェロモン操作の限界範囲からあまり深くまで追うことが出来ないのが正解なのだが、数の暴力で攻めようとしないことは木更たちには都合がよかった




関東開戦二日目アルデバランサイドの話
眼前に迫る長政様と挟撃の過激さに善戦するも撤退やむなしな木更さんの話です
アゲハサイドと視点があっちこっちしますが11時にれんたろー帰還に合わせて朝十時台同一時刻の話になります


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Call.42「イミテーション・ステージⅤ」

 回帰の炎に到着した一行を待ち受けていたのは六体のステージⅣガストレアだった。すべてが同一型の二足で直立する亀である。

 

「全部同じ、しかもステージⅣか」

「これだけの被害を出した相手よ。油断せずに行きましょう」

 

 周囲の惨状をみて桜子は注意を促す。地面を濡らす血糊を見れば致し方ない。だが怒りに燃えるドルキにはその声は届いておらず、先ほど同様に先走った一撃を放つ。

 

「絶対に許さねえ」

 

 再度のバーストストリームでPSIを周囲に奔流させ、ドルキは渾身の爆塵者を放つ。通常の爆塵者十数発分の爆発エネルギーを秘めた可視の爆弾を三発矢継ぎ早に放ち、三対のガストレアに直撃させる。爆発はガストレアの肉をえぐり血煙をたてる。

 上半身が一撃で吹き飛ばされ、足のみが残る彫像が瞬く間に三つ出来上がる。

 

「俺達も一気に仕掛けるぜ」

 

 負けじとアゲハもバーストストリームを形成してPSIを貯める。

 ライズによる格闘戦を主体とする桜子と朧は気を静めて仕掛けるタイミングを計る。

 

暴王の月(メルゼズ・ドア)!」

 

 右手を突き出し、アゲハは直径二メートルの漆黒の球体を放つ。ガストレアは飛来するそれを手で払いのけようとするが効果は無く、その振りかざした手諸共に肉を削り取る。そのまま暴王は肉を貫き背後へと通過していくが、アゲハが突き出した右手を握り胸元に引くと暴王もそれにつられて反転する。右手の動きに合わせて縦横無尽に飛び交う暴王は貪るようにガストレアを捕食する。

 

(bang)!」

 

 ガストレア一体を削り取り終わると、アゲハはいつぞや八雲祭にされたように右手人差し指を突き出して拳銃を弾くポーズを取る。それは暴王が削り取れる容量限界を示しており、bangの発音と共に球体は割れて砕け散る。

 限界を迎えた暴王に破壊の力はない。その破片が地面へと降り注ぐのに合わせて待機していた二人も攻撃を始めた。

 

 風よりも早く駆けて間合いを詰め、桜子は居合でガストレアの腕を切り落とす。溢れる血飛沫は駆け抜けた桜子にはかからない。一方でむしろその血を化粧のように浴びた朧は右腕をバーストオーラで包んで、腕を亡くしたガストレアの腹を殴った。怪力は巨体を揺らして押し倒し、周囲には轟音が響く。

 これで残るはあと一体。サイキッカーを含むW.I.S.Eの部隊三十人強でも攻めあぐねたステージⅣであっても、彼らには物足りない相手なのか。

 

 一方でガストレアも残る一体になっても勝つことをあきらめない。体の節々から触手を伸ばし、それはアゲハらに葬られた兄弟の死骸を啄む。兄弟の血を吸ってさらに強くなる化外の心臓は血の涙を流してアゲハ達を襲う。

 

「URAAAA!」

 

 奇声を上げたガストレアは全身の肌の穴から体液を放った。水鉄砲の要領で発射されたそれは極細の水流カッターとなって襲い掛かる。細い蛇口のため射程は短いものの、全身から吹き出すためその射線の多さに逃げ場はない。

 

「しまっ……きゃあ!」

 

 アゲハ達の中で、不幸にも桜子がその間合いにたっていた。不幸中の幸いであろうか極細であるがゆえに当たり所が幸いして死には至らないまでも、きれいな柔肌には無数の刺し傷が広がり目にも痛々しい。

 

「桜子!」

「彼女は僕がなんとかする。アゲハ君はアレに集中して」

 

 朧は全身をオーラの鎧で包み込んで桜子の救助に向かう。近づいてきた朧の姿を見たガストレアは好機とばかりに二回目の攻撃を行う。水圧の貫通力は朧のバースト波動をも貫くが、深手には至らない。桜子を抱えたまま安全圏まで移動した朧はすぐに彼女の治療を開始する。

 

「仇は俺様が取ってやるよ!」

 

 次の攻撃の準備をしていたドルキはついに切り札を見せた。アゲハには失われた未来において見覚えがある、あの圧倒的姿を。

 

「爆塵者・星艦形態」

 

 全身が爆破の波動に包まれたドルキに死角は無くなる。浮遊しながら近づくドルキをガストレアも水流で迎撃しようとするが、そのすべては爆壁によって遮られる。

 

「これで終わりか」

 

 桜子の治療をしながらドルキを眺める朧はつぶやく。ステージⅣという面白そうな相手を前にしたことと言えば腹を一度殴った程度なのだから、彼の性分を考えたら当然ながら寂しげである。

 ガストレアは吸い上げる血も自身の血も次第に枯渇し始める。いくら攻撃してもドルキの爆壁を破ることが出来ず、意地になって攻撃を繰り返した結果、体液の生成が消費に追いつかなくなったからだ。だがそれはドルキも同様である、当人すら気づいてはいないが。

 

「トドメだ……」

 

 最後の一撃を放とうとしたところでドルキの体力は限界を迎えた。アドレナリンで過度の興奮により気が付いていなかったが、昨夜からの戦闘を合わせるといかにW.I.S.Eの第七星将といえども限界なのだ。糸の切れた凧のように星艦形態は解除され、ドルキは地面に墜落する。

 

「この……クソカスが……」

 

 這いつくばりながら最後の意地を見せようとするが体力が足らない。得意の爆塵者といえども体力の限界には勝てない。

 ドルキが倒れ、桜子が倒れ、朧は治療で手が離せない。

 互いに残ったのは一人だけと言う状況にアゲハは目を血走らせる。

 

「ドルキ……後は俺がケリをつける」

「行って来い、夜科アゲハ」

 

 アゲハは息切れした声でアゲハを押した。

 それを横目に仲間の死骸を貪るガストレアの触手は体液だけでは飽き足らずにその肉や皮までもジュースへ砕いて吸い始める。最初は只のポンプに過ぎなかった触手ももはや一つの武器である。行動不能に陥っていた彼の兄弟は生き残った最後の一匹によって捕食されその命を終えた。

 兄弟の血肉を喰らうとその栄養価で肉は盛り上がり強化された造血能力による血管の拡張で全身が一回り大きくなる。

 

「GAAAA!」

 

 ガラガラとうがいの様な濁音を響かせたのち、ガストレアは口から何かを吐いた。巨大な水滴は水鉄砲となってアゲハを襲う。このまま避けようにもドルキをはじめとして仲間たちに当たるためどうしようもない。

 

(ボルテクス)!」

 

 咄嗟に暴王の渦を形成したアゲハは正面から痰を防ぐ。周回するレールに沿う小型の暴王はアゲハに触れるよりも先に痰をかき消して削り取る。一撃を防ぐと今度はお返しとばかりにアゲハの反撃が始まる。

 

「攻撃形態、モードスプラッシュ!」

 

 アゲハは渦のレールを解放しガストレアに向かって暴王を解き放つ。飛び出した三機の暴王はガストレアの胸に穴を開けて体液を流させるが穴の口径が小さいため致命にはならない。

 ガストレアはこの程度の傷などものともしないという態度なのか、逆に筋肉を盛り上げて一度止血をしてから、逆に傷口から血を飛ばす。

 

「GUUUUU!」

円盤(ディスク)!」

 

 眼前に迫る血の水流を見て、咄嗟にアゲハは円盤状にした暴王を盾にそれを防ぐ。攻撃そのものは防ぐことが出来ても勢いまでは殺しきれず、アゲハは地に叩きつけられる。

 ガストレアはそれを見て得意げに触手をアゲハに向けて伸ばした。

 

「このヤロー!」

 

 アゲハは右手に構えた円盤で触手を削って防ぐ。鞭のようにしなる触手は左右から次々と襲い掛かり、一本でもそれに捕らわれたらたちどころにジュースにされるのは明白である。一撃でももらえない状況の中、神経をとがらせてアゲハは進む。

 一見すれば渦を展開してチャージすれば事足りるかもしれないが、アゲハにはかつてそれを過信して敗北した過去の記憶があるため用心してその手段はとらない。渦はその性質上、防御範囲が広い半面で防御力に欠けるからだ。

 

「そろそろ大丈夫だから、アゲハの援護を……」

「僕もそう思っていたところさ」

 

 朧は桜子の体力なら充分だと判断するまでの応急治療を終え、アゲハの援護に向かう。いかに攻撃防御の双方が強力と言えども暴王の月をまともに当てることさえできればこちらの勝ちである。問題はそれを遮る触手と水鉄砲による乱撃にある。ならば朧が取る手段は単純である。

 

「ストレングス全開!」

 

 右足に渾身の力を込めた朧は一直線にガストレアに向かって飛び掛かった。

 当然ながら両腕はバースト波動に包まれておりちょっとやそっとでは傷つかない。

 それに気が付いたガストレアも続けざまに三発の痰を放つが、朧は自身の加速も加わり威力を増したそれをガードで弾く。

 

「そろそろクライマックスだ。モンスターは棒立ちになる時間だよ!」

 

 全身を傷つきながら拳の間合いに入った朧はついに顔面へ一撃を加えた。ダメージの影響やガストレア自身の自己強化もあり一撃で行動不能に陥るほどではないにしても、この攻撃でアゲハを襲う触手の動きは止まる。

 

「ここだ! 暴王の月」

 

 その隙を逃さずアゲハは円盤のプログラムを書き換えて二発の暴王を発射した。頭と心臓を貫いたそれはガストレアの動きを沈黙させる。だがその体は死には至らずに再生しようと蠢く。アゲハもその再生力を侮らないため先ほどと同様に暴王を操作して追撃を入れる。

 

「やっちまえ」

「いけ!」

 

 それを見守る桜子やドルキもつい声を漏らす。

 二つの暴王は縦横無尽に飛び回りガストレアの体を削り壊した。

 アゲハらを苦しめた水鉄砲を生んだ心臓も、肉をもすり潰して吸い込む触手も削られたことでもうない。他のガストレアはすべて最後の一体により肉片ひとつ残らずに食い尽くされたためこの世にはもう存在しない。

 人知れず行われた回帰の炎周囲での戦闘は、人とガストレアによる血潮の痕だけを残して終息した。

 W.I.S.Eのジンが予見したステージⅤによる脅威はこうして消え去った。だがまだステージⅣアルデバランによる脅威は消え去っていなかった。




ドルキさんと愉快な仲間たちvsアクエリアスJr.の話
触手能力はお互いに見せ場が無いかと考えていたらこんな感じになりましたが、イメージとしてはジョジョの柱の男やナルトの神樹みたいな触れたらアウトなうねうねです


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Call.43「ピクニック」

 午前十一時を回り、蓮太郎と影虎は本陣に帰投した。予定ではアルデバランとの戦闘真っ最中であり人影は少ないと思っていたのだが、その予想は悪い方向で外れていた。

 

「なんだこれは」

「ひでえ……」

 

 本陣に居るとそこに待っていたのは傷を負って暗い顔をした人々であった。本陣にてふんぞり返っていると思っていた長正らの姿は無く人数も予想よりさらに少ない。

 困惑する二人を出迎えたのは、アルデバラン討伐の為に出発していると思っていた木更たちアジュヴァントの仲間であった。

 

「お帰りなさい、里見君」

「木更さん? 前線に出ているはずじゃ……」

「細かいことは俺が説明しよう」

 

 蓮太郎と影虎は彰磨から現状の説明を受けた。アルデバランが放ったガストレアの集団により分断された後続部隊は撤退を余儀なくされたこと、そして前線の部隊はアルデバラン自らが囮になる大胆な敵の策により深く踏み込み帰ってこないことを。

 

「それじゃあ今頃、我堂長正たちは……」

「犬死とは思いたくはないが、苦戦しているだろうな。助けに行くにしても敵の護りを突破するには俺達だけでは力不足、どうしようもない」

「そうだ! 自衛隊の威力征圧、あれなら……」

「それは無理ね。こっちに戻ってから聖天子様にも要請してはいるけれど、昨日の被害が大きすぎて動かせる戦力は無いそうなのよ」

「なんてことだ」

「だが放っておいたら奴らは人里まで降りてくるぜ。こうなったら俺達でやるしかねえ」

「でも無理だわ。とてもじゃないけど傷ついたみんなを引き連れていくことなんて出来ないわ」

「だったら俺達が力を貸すぜ」

 

 堂々巡りをする蓮太郎たちの前に、誰かが割り込む。傷ついて満身創痍ではありながら、心強い男たちの声が。

 

「夜科さん……」

「今すぐとはいかねえが、一晩あれば回復出来るぜ」

「戻ったか、アゲハ!」

 

 戻って来たアゲハに対して青色吐息の表情で影虎も声をかける。先のプレヤデス戦での疲労がピークに達して影虎の表情はアゲハ同様にすぐれない。

 

「そういう影虎さんは珍しく顔色が良くねえな。何かあったのか?」

「ちょっとな……これくらいもう少し休めばどうと言うことはねえぜ」

 

 アゲハ達もまた回帰の炎から本陣へと戻ってきていたがその消耗は激しかった。先ほどの巨大ガストレアとの戦闘によりアゲハと朧以外は休息が必要なのは明白なほど傷ついており、到着するや否や桜子とドルキはベットに伏せて目を覚まさない。

 キュア役の朧もキュアの疲れで動けない程であり、キュアのおかげで全治二日とはいえその間は絶対安静である。

 

 最前線にいる長正らの心配もあり、辛うじて動ける少数で小隊を組む。アゲハ、彰磨、翠、将監、夏世、玉樹、弓月、鬼八、火垂の五組九人を救助のための斥候部隊として編制し、念のため長正の携帯電話へ連絡を入れる。

 

「我堂長正か?」

『誰だ?』

「誰だっていいだろう? 今から援護に向かう、状況を教えてくれ」

『状況? 状況だと?! 来るな、援護する気があるのなら自衛隊の航空戦力を動かせ』

「何があった」

『ワシもいつまで持つかわからんからこれだけは伝えておく。アルデバランはバラニウムでも死なん、殺すなら塵ひとつ残らずに消し去る以外にない。だから……』

「おい……おい!」

 

 アゲハはまるで遺言のように語る長正に呼びかけるが、電話は途中で途切れてしまった。リダイアルしても連絡が取れない。まさか長正を含めて全滅したのかと気分が悪くなる。

 

「どこまでいけるかわからねえが……助けに行くぞ、みんな」

 

 アゲハは気分の悪さを払拭するかのように将監らを連れて丘へ向かった。場所は長正の携帯電話から割り出したGPS座標を目掛ける。その道中、野獣の群れが障害となるものの木更たちに撤退を余儀なくさせた大型オオカミの姿は無く難なく目的地まで足を運ぶ。

 到着した場所にはヘッドセットが落ちているだけであったが、長正はそこからそう離れていない穴の中にいた。前線に赴いた生き残りたちが掘った塹壕である。

 長正の前に現れたアゲハの姿に、長正も先ほどの男であることにすぐに気が付く。

 

「さっきの男か、何をしに来た」

「助けに来たに決まっているだろう」

「何故? ワシらの事は捨て置けと……」

「おっさんはそれで良くても俺は気に食わない、そういう生き物なんだ」

「生き方か……」

 

 アゲハはつい長正の体を揺らすが、顔に浮かぶ苦悶の表情をみてふと気が付く。長正の右足はすっぱりとなくなっており、巻かれた包帯に滲む血は痛々しい。

 

「おっさん……」

「ワシもしくじったわ。愛刀できゃつの心臓を刺し貫いたことで気をゆるみ過ぎた。まさかバラニウムで心臓を貫かれても生きているガストレアがいるとは思わなんだ」

「なんだって?」

「その様子じゃお主も知らぬか……ワシも知らなんだ事だ当然か。事実しか言わんからよく聞け、アルデバランは普通では倒せぬ。

 今にして思えばワシはまんまときゃつにおびき出されて後続部隊とも分断されてしまった……それだけきゃつは己の再生能力に自信を持っている」

「もう一度確認する。おっさんは心臓を確かに潰したんだよな?」

「ああ、もちろんだ。ワシがきゃつの心臓を潰し、朝霞がきゃつの脳を砕く。そこまでは完璧だった。だがきゃつはそれでもなお死なん……おそらくバラニウムの力でも再生を阻害しきれなんだろう」

 

 長正の話を聞いてアゲハは思う。もしかしたらアルデバランを倒すには暴王の月で塵ひとつ残らずに削り殺す以外にないのではないかと。たとえ完全体が相手であろうとも削り殺し切れることは先の大亀との戦いでも証明したも同然である。だが先の戦いでの疲弊は思うよりも大きく、あの亀三匹分はあろうかという巨体を削り切るには不安がある。

 

「まずは陣に戻ろうぜ」

 

 アゲハは悩んでも仕方がないと頭を切り替え、長正を促して陣に戻った。それからアルデバランの進撃もなく夜になり、陣には篝火がかけられる。

 薬で体調を持ち直した長正が中心となり、これからの作戦を立てるために生き残った民警たちがテントに集まる。その中には当然のようにアゲハや蓮太郎も含まれている。

 

「諸君、アルデバランについてだが……知っての通りきゃつは不死身だ。頭と心臓を潰しただけでは倒せん。その上で皆に問う、なにか倒す方法は思いつかないかと」

 

 長正の相談にアゲハは口を開きかける。ただこの場にはPSIなど信じていない人間も多いだろうことを考えると言葉に詰まる。そんなアゲハの心情を察しているのか朧はアゲハの肩を叩いてから口を開き、暴王の月以外の案を提示する。

 

「EP爆弾を使うというのはどうかな?」

「ん? なんだそれは」

「司馬重工が開発中の限定範囲で高威力を発揮する爆弾さ。試作段階とはいえ航空爆撃用の爆弾の二十倍もの威力がある。これならアルデバランと言えども倒せるはずさ」

「しかし……すぐに用意できるのか? 試作品ということはキミの会社では用意できなんだろう?」

「それは……そろそろ出てきてくれたまえ」

「まったく……里見ちゃんと望月社長の頼みなら断れないねえ」

 

 朧の呼び声に応じて奥から蓮太郎に手を引かれて長正の前に少女が現れる。司馬重工の令嬢、司馬未織の姿がそこにある。長正も司馬重工の装備を愛用しているお得意様ということや、和風趣味の原点が司馬家への魅了にあることから互いに知った中ではある。だが顎で使うように呼び出せるような相手とは思っていないため、この場に現れたことには驚愕以外にない。

 

「こんなところに御出でなされたのですか」

「せや……それで、さっそくだけどこのEP爆弾を使えば理論上は倒せるはずよ。ただし、これをアルデバランの体内で炸裂させることが出来ればね。アルデバランの体内で炸裂できれば爆縮反応が強くなって倒しきれる、これはウチの化学班が解析した計算結果よ」

「内部からの高威力爆撃か……確かにまともに喰らえばひとたまりもない」

 

 EP爆弾の話を聞いた彰磨は一人で納得した様子で相槌を打つ。彼なりに思うところがあっての発言ではあるが、その言葉の意味を周囲は知らない。

 

「でもどうやって爆弾を仕込むか……それが問題だな。一度アルデバランの腹を切り裂いて、その上で爆弾を放り込む必要がある」

「ワシがやったようにきゃつに切り込むことは不可能ではないが……一筋縄ではいかんぞ」

 

 長正は痛々しい亡くした足を見ながら言う。彼の言葉はアルデバランに風穴を開ける役を追った人間は無事では済まないことを意味している。

 蓮太郎の頭の中には既に未織や朧と相談して決めた考えがあるようでそれを周囲に伝える。

 

「それなら俺に考えがある。作戦は二段構え……第一段階は俺達が囮としてアルデバランを引き付けたうえでの対戦車ライフルを使った狙撃、これはティナにやってもらう。木更さんは一人になっちまうが、いいよな?」

「いいわ」

「第二段階は保険だが……ライフルでも傷が浅い場合は、俺自身が弾丸となってアルデバランに食い込む」

「ワシや朝霞のように強化外骨格を使うのか? 確かに司馬重工なら即座に新しい強化外骨格の用意など容易いだろうが、あれはワシと朝霞のコンビネーションがあって初めてできたことで……」

「俺にはコイツがある」

 

 蓮太郎が言うコイツとは当然―――

 

「ここで改めてこの場で名乗らせてもらう。元陸上自衛隊東部方面隊第七八七機械化特殊部隊『新人類創造計画』里見蓮太郎。要求スペックは『ガストレアステージⅣを単独撃破できる攻撃力』。つまり、理屈の上では俺の攻撃はアルデバランにも通用するはずだ」

「いやあ、素晴らしいね」

 

 蓮太郎の名乗りに対して誰かが茶々を入れる。その場にいないと思っていた男の声に対して、蓮太郎は凍り付きそうになる顔を堪えて冷静に言葉を返す。

 

「……何の用だ、蛭子影胤」

「用も何も、私もこの戦いに助力しようと思ったものでね。そこでこのベースに立ち寄ったんだが、偶然キミが堂々と新人類について名乗る場面に出くわしたところと言う訳さ」

「そうか……だったらアンタら親子も俺に命を預けてくれ。正直言うとアンタの力はこの場では心強い」

 

 蓮太郎の言葉に周囲にどよめきが走る。いくら強いことが知れ渡っているとはいえ、蛭子影胤は悪名高い殺人者でもあるからだ。一度は東京エリアを滅ぼそうとした男が今度は東京エリアを守護しようと言われても信用できない。蓮太郎の言うように心強いほどの戦闘能力者であるからこそ裏切られた場合を考えた不安も大きい。

 それはアゲハも同様である。アゲハにとっては力の過多よりもその精神構造の歪さを警戒しての事ではあるが。

 

「テメー、ノコノコと……」

「おや、夜科君もここにいたか。だが安心してくれたまえ、今回はキミとも争うつもりはない。ぶっちゃけると私のイマジナリーギミックにとって天敵に近いキミには、今の状態では勝てそうもないしね」

「夜科さんも引いてくれ。万が一コイツが不穏な動きを見せた場合の対応はアンタに任せる。だから……」

「わかったよ」

 

 蓮太郎の言葉にアゲハもしぶしぶながらしたがって矛を収める。その様子を仮面の下で笑いをこらえながら眺めている影胤の態度は癪ではあるが、蓮太郎の表情を見て彼の本気を組んだ結果なのだから仕方がない。アゲハとて生粋の殺人者でもなければ人並みに狂人への脅威を感じる人間である。その危機管理本能が告げる危険な人間が相手であろうとも、それの排斥を妨げるものが蓮太郎の眼には会った。

 

「それじゃあ明日の陣形を発表する。アタッカーが俺と延珠をリーダーに薙沢ペア、片桐ペア、蛭子ペア、天童木更、望月朧、夜科アゲハ、雹藤影虎の十二人。スナイパーがティナ・スプライトをリーダーに水原ペア、しっとマスク二号、千寿夏世の五人。残りは動ける人間は後方支援に回ってくれ。少数精鋭でアルデバランを叩く」

 

 いつの間にか蓮太郎が会議を仕切っていたが、長正を筆頭にそれをとがめるものはいなかった。それぞれの思いは別にして蓮太郎が立てた作戦への一蓮托生は皆同じだからだ。

 決戦開始の火ぶたはアルデバランが三十二号モノリス跡地を目指すその時、急ピッチで進む復旧作業が終わるのが先か決戦が始まるのが先か、膠着状態のまま夜は更けていった。

 

――――

 

 夜も更け十時を回ると、次の戦いに備えて動ける人間ほど早々に眠りについていた。逆に怪我で戦うことが出来ない人間ほど眠れない不安な夜を過ごす。民警団を束ねる頭目である我堂長正もその一人であった。

 長正は篝火の熱で適度な暖を取りながら、夜空の星を眺める。元は片足切断の大怪我を負っており痛みで眠れないからとはいえ、脂汗が流れる長正の肌は冷えた汗でひんやりと冷めていた。

 

「なあ、蓮太郎……しばらく会わない間に凄い奴になったな、お前」

「急にどうしたんだ? 水原」

 

 テントで横になっていた蓮太郎は隣で寝ている鬼八にふと声をかけられる。凄いと言われるのはなんだかんだ慣れ始めていたが、自分でも実感が持てないこともあり蓮太郎の反応は淡泊である。

 

「さっきの会議なんか後半は全部お前が仕切っていた。それにお前自らが先陣を切って突撃するんだろう? 俺と火垂を脇にどけて突撃するだなんて、まさか俺達だけでも生きろとかそういう訳じゃ……」

「それはお前にはティナの援護をしてほしかっただけだ。お前らはティナに似て火器を使うタイプだから適任だしな」

「それくらいわかっているよ。それに一応は俺達スナイパーが最初の大仕事をするのが今回の作戦だ。だが俺には狙撃でアルデバランに穴をあけるだなんて気休めの考えにしか思えない。狙撃で歯が立たないのなら当然お前がアルデバランに風穴を開ける役目になるんだが……蓮太郎、お前死ぬ気か?」

「そんな訳ねえだろう……アルデバランはいつ来るかわからねえんだ、余計なことは考えないで今のうちに寝ておけよ」

「だよな。すまねえ、変なことを聞いちまって」

「この状況じゃ無理もねえさ」

 

 不安で寝付けない気持ちの昂ぶりの中でも積み重なった疲労は自然と二人を眠りへといざなう。

 その頃アゲハは影虎と共に夜空の月を眺めていた。二人とも蓄積したダメージでコンディションは最悪に近いが、眠るよりも気持ちの整理をつけたいことを優先している。アゲハは民警としての先輩として影虎に問う。

 

「さっきの会議だが……あれでよかったのかな?」

「どうした? お前らしくもない」

「いくらアルデバランが強いと言っても、俺が暴王の月を使って突っ込めばみんなが危険な目に逢うことは無かったんじゃないかって思ってさ」

「気にするなよ。他の作戦が無いのに切り札を出し渋ったわけじゃねえんだから。それにその様子じゃ普通の暴王の月ならまだしもノヴァは無理だろう? また前みたいに半年も眠りっぱなしじゃ雨宮の嬢ちゃんにも悪いぜ」

 

 影虎はアゲハの体調を見抜いて彼を慰める。自分と同様にコンディションが悪いアゲハにノヴァと言う無茶を使わせるわけにはいかない。それに影虎としても共に死線を潜ったことで彼なりの蓮太郎への理解も示している。そんな少年が自信をもって立てた作戦なのだから、人生の先輩としては成功させて彼を無事に帰還させることが役目であるとも考えているほどである。

 

「すまねえ、弱音を吐いちまって」

「いいってことよ。ただ実戦で迷って力を出し渋らなけりゃそれでいいぜ」

「違いねえや」

 

 夜が明けると、仮眠と栄養補給によりアゲハの体調も万全と比較して五割ほどまで回復していた。流石に桜子とドルキはまだ動けないが、元よりフィジカルに秀でる影虎と朧も同様に戦闘に支障が無い程の回復は見せていた。とくに朧は秘密裏に何かをしてきたのか昨日の状態からは信じられない程の万全の体調である。

 朝日を浴びてアルデバランも動きを再開したのかゆっくりと三十二号モノリスを目指して進軍を始める。司馬重工の衛星がとらえた影は巨大なアルデバランを中心に大小合わせて二百ほどのガストレアであり、ステージⅠ~Ⅳまでの見本市となっている。

 進軍ルートの道中にある湖畔を最終防衛ラインと設定し、前線指揮を執る蓮太郎が陣形を決める。昨夜の会議の時と同じ陣形ではあるが、違いは蓮太郎たちアタッカーチームに壬生朝霞が参加していることである。

 

「私も行かせてください」

 

 朝霞の参加は彼女のたっての希望によるものである。闘志を組んだ蓮太郎が認めたことではあるが―――

 

「それは構わないが、我堂はいいのか?」

「構わん。動けないワシに構うよりも戦場で武功をあげてくれる方がワシとしても本望だ」

「だったらその命、俺に預けてくれ。預けたからには死んでもアルデバランを倒すぜ」

 

 長正もまた朝霞の戦いを望んでいた。このまま怪我人の世話をさせるのは忍びないし、長正の脚を奪ったアルデバランへの報復を朝霞が望んでいることを彼も察していたからだ。

 

 陣を出発したアタッカーとスナイパーの各チームは湖畔に到着すると二手に分かれる。太陽に照らされる湖を眺めながらの弁当はちょっとしたピクニック気分ではあるが、それは一時の安らぎに過ぎないことは全員承知の上である。

 遊び気分などまっぴらといった態度で弁当を取らずに木の上で遠方を眺めていた影胤親子は何かに気が付き蓮太郎にオペラグラスを投げる。

 

「向こうを見たまえ里見君。やっと来たようだよ」

 

 蓮太郎も言われるがまま、影胤が指す方角をオペラグラス越しに眺める。見えたのは黒くて大きな物体とそれに追従する小さな物体である。小さいと言っても中心が大きすぎる為であり、一個一個は小さいものでも蓮太郎より大きい。

 アルデバランの軍勢のお出ましである。

 

「ティナは狙撃体勢に移ってくれ。水原達はサポートを頼む」

『もうすでにやっているぜ。ティナも奴らを捕捉していたからな』

「だったらなんで連絡が遅れた?」

『奴らが来るまでに昼飯を喰うくらいの時間はあったからな。あの子なりの思いやりだ、ありがたく受け取っておけ』

「そうか……」

 

 ティナは既に動いていた。後はアルデバランが引き連れる軍勢を蹴散らしてEP爆弾を仕込むチャンスを探るだけである。蓮太郎は化粧も既に剥げて漆黒の地肌を晒す右腕を左手に突き立てて鼓舞する。

 

「みんな、ここが正念場だ。何度も言うが、俺に命を預けてくれ」

 

 蓮太郎が中心となりアタッカーチームは一丸となる。イニシエーターを除けば一番の若輩者である蓮太郎に危険人物である影胤までも従うのは彼の経歴によるカリスマ性よるものかもしれないが、今はそれを問う時ではない。

 

『援護射撃、いきます』

 

 ティナたちによる火力支援によるアンチマテリアル弾がガストレアの頭蓋を吹き飛ばし、戦いの火ぶたが落とされた。




決戦直前までの話
今回のアゲハは前回での消耗が大きいので本調子ではないです
前回の亀公を派手にしすぎて次回はあっさりいきそうです


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Call.44「鎮魂歌」

 スナイパーチームの援護射撃を契機に戦いは開始する。興奮するガストレアの軍勢の前に立ちはだかる十三人にはアルデバランを守護するステージⅠの雑魚は物の数ではない。

 一つ一つをあげればきりがないが、各々が得意とする必殺の一撃はガストレアを容易く打ち滅ぼす。意外なのは不安材料にも思えた影胤が的確なサポートで皆をガストレアからの攻撃から守っていることで、これにより弱いガストレアから確実に叩くことができ効率化につながっていた。

 影胤が持つイマジナリーギミックは『ガストレアステージⅣの攻撃からの防御』を想定した代物である以上、アルデバラン以外の攻撃など防ぐのも容易い。

 

『そろそろ行きます』

 

 護衛ガストレアの数が減ったところでティナは蓮太郎に連絡を入れたのち、アルデバランの胸を狙い撃った。間髪入れない精密射撃は一点を連続して撃ち貫く。

 

『やはり……』

 

 狙い通りの五連射を見せるがティナの顔色はすぐれない。得意の神業的スナイピングをもってしても傷が浅いからだ。シェンフィールドでまじまじと見たところでも弾丸は心臓の手前で止まっている。硬い表皮が影響しているのか、弾丸による狙撃は斬撃よりも通じにくいようでその力不足にティナは悔しくなる。

 

『失敗しました。私たちは援護に徹します。お兄さん、後は頼みました』

 

 ティナからの連絡を受けて蓮太郎は腹をくくる。一抹の狙撃だけで倒せるという望みが絶たれても蓮太郎に絶望は無い。むしろここからが本番と握る拳に力が入る。

 振り絞るは魂の力、籠めるは魂の煌めき、放つは魂の咆哮―――

 

「突っ込むぞ。影胤、防御は任せる」

「任された」

 

 二人の機械化兵士はツートップでの突貫を駆ける。アゲハたち他のメンツはその行く手を阻む障害を取り除く。

 

暴王の流星(メルゼズ・ランス)!」

雲嶺毘湖流星(うねびこりゅうせい)!」

 

 眼前に迫った二匹をアゲハと木更が遠距離攻撃で打ち倒し、蓮太郎と影胤はアルデバランの懐に入る。間合いに入られたアルデバランは巨体を生かしたプレスを仕掛けるが、影胤はそれを斥力の壁で受け止める。

 あまりの重量は内臓に負担をかけ影胤の血反吐を吐かせるが蓮太郎にとっては願ってもないチャンスである。頸を振り絞り、闇蛍と組み合わせて渾身の一打を放つ。

 

雲嶺毘湖鯉鮒(うねびこうりゅう)全弾炸裂(フルバースト)!」

 

 闇蛍と雲嶺毘湖鯉鮒を組み合わせた拳打は炸裂カートリッジの爆発エネルギーも加わりアルデバランの巨体を空に打ち上げる。巨体に打ち付けた反動で蓮太郎は地面に沈みそうになるが、脚のカートリッジも炸裂させることでそれを辛うじて相殺する。衝撃はアルデバランの巨体を砕き大穴を開け、内部の心臓もズタズタに破る。だがこれでもまだアルデバランは再生を止めない。横たわり身動きを止めてもなお肉は盛り上がり再生しようと蠢いている。

 

「これで終わりだ」

 

 蓮太郎はEP爆弾の時限装置となる目盛りを捻り、傷口に投げ込んだ。アルデバランの傷口が再生していき表皮が塞がってEP爆弾が外に飛び出さないことを確認した蓮太郎はそのまま後ろに飛んで距離を取り、後は爆弾の炸裂を待つだけである。セットした時間は五分後、あとは起爆を待ちつつ目の前の残ったガストレアを倒すのみである。

 

「よくやった。後は俺達に任せてお前は下がっていろ」

「そうさせてもらうぜ」

 

 蓮太郎はアゲハに言われるがままXDを構えながら後退し、陣形を組む片桐兄妹と背中を合わせる。

 

「やったなボゥイ、褒美にあとでディナーに招待してやる」

「それは嬉しいが、木更さんが来るかは知らねえぞ」

「そこはテメーが何としても連れてくるところだろうよ!」

 

 蓮太郎と玉樹は軽口を叩きながら襲い来るガストレアを仕留める。片桐兄妹の戦法は妹が蜘蛛糸で足止めしつつ兄がバラニウム武器で叩くというコンビネーションの為、先ほどの反動で体にかかった負荷で青色吐息の蓮太郎でも支援できる。

 彰磨が放った拳打でガストレアが爆発四散するのに合わせて炸裂五秒前を示すタイマーのアラームが鳴り響く。皆はアルデバランから距離を取り心の中で起爆までの5カウントを数えるが、それを過ぎてもアルデバランは四散しない。起爆が失敗したのだ。

 

「なんでだよ」

「爆弾が不発弾ってことはねえよな?」

「それは事前に確認済さ。おそらく圧力が強すぎて起爆装置が誤作動したんだ。強い衝撃さえ与えればきっと起爆する」

「だけどそれじゃあ、衝撃を与えた人間が巻き込まれて死ぬってことじゃ……」

『私に任せてください』

「ティナ?」

『残ったアンチマテリアル弾をすべて使って……』

 

 ティナのアイデアはライフルでアルデバランを撃つことで体内の爆弾を刺激することである。だがそれで通用するのなら最初の狙撃も成功しているはずだと彰磨は反発する。

 

「いや、それでは無理だ。ここは俺の外道の技を使う」

「外道? どういう事だよ彰磨兄ぃ」

「蓮太郎、俺はな……天童流を辞めたんじゃなくて破門されたんだ。俺が身に着けた内部から敵を破壊する打撃の極意、それが邪道だと助喜与師範に言われてな」

「なんだよ……それ……」

「人体破壊だけを目的にしたこの技は確かに邪道だよ。人間どころかガストレアですら容易く殺すほどなんだから。正直俺もこの技を初めて恐ろしいと思ったとき、助喜与師範が言おうとしたことに気が付いたよ」

「だからって……だからって死ぬ気かよ、彰磨兄ぃ」

「死ぬ気などない、逃げる時間が取れるように衝撃が時間差で伝わるように調整して放つつもりさ。だが……万が一の場合は翠を頼む」

 

 彰磨は自分が身に着けた技の恐ろしさを悔いていた。外道の技なら人外を相手に振るえばいいと言っても、バラニウム無しの素手での破壊力としては過ぎた力に恐れを持っていた。民警になり翠と出会ったのもこの技の恐ろしさがきっかけである。

 翠もまた猫耳などのガストレア因子の影響から受けた身体的特徴に悩んでおり、二人は互いに傷をなめ合う関係であった。だからこそ死を覚悟する彰磨を翠は放っておけずに行くのなら自分も一緒だと彰磨の袖をつかむ。

 だが彰磨と蓮太郎のやり取りをつまらないとばかりに朧は横槍を入れる。

 

「翠……お前は……」

「里見君、コントはそこまでさ。あとは僕が決める」

 

 朧はこれまで隠していた力を披露する。かつては禁人種を取りこみ己が力とする能力だったハーモニウスを改良し、今の朧はガストレアウイルスに浸食されるギリギリのラインでその血肉を一時的に取り込むことに成功していた。

 その力を使ってこれまで倒したガストレアの死肉を集めた朧の右腕はカートゥーンのように巨大になる。その巨大右腕が朧のバーストオーラに包み込まれ、そして無言のままその拳は天から振り下ろされた。

 EP爆弾が炸裂する音が周囲に轟き、蓮太郎たちは朧に文句の言葉をかける間もなく戦いに決着はついた。朧の右腕はEP爆弾の炸裂で消し飛んだが、それはあくまで死肉でできた仮の右腕であり生身は無事である。

 あっけなく爆発四散するアルデバランの残骸たる血煙を眺めつつ、蓮太郎はフェロモンによる統率を失ったことで恐れをなして逃げるガストレア達を見ていた。

 

――――

 

 EP爆弾によるアルデバランの爆発四散は事実上の第三次関東開戦の勝利を意味していた。残ったガストレアもフェロモンの支配を失った以上は生存本能を優先して苗床たる東京を目指すことよりも東京を守護する人間たちから逃げることを選択したからだ。

 アルデバラン撃破から数日の後に三十二号モノリスは復旧し、東京壊滅の危機は去った。事後処理のため朧は仙台に帰り、ドルキもまた用がなくなったとシャイナの迎えのもと慰問島へと帰っていく。

 あれだけの危機があったにも関わらず緊急事態が解除されると都内の混乱は自然と静まり、予定されていた幻庵祭(げんあんさい)も滞りなく行われることになった。今年は状況が状況だけに今回の死者の慰霊も兼ねて盛大な催しとなる。

 

「それでは世界的ピアニスト、八雲祭さんの演奏をお楽しみください」

 

 コンサート会場には蓮太郎をはじめとして今回の戦いで功績をあげた民警たちが最前列で陣取っていた。出来るだけ多くの人に聞いてもらいたいという祭の要望から野外コンサートへと変更されたため、生の音声が聞こえる前列は特等席である。

 

「ほら、起きなさいアゲハ」

「おっと、すまねえ」

 

 つい待っている間に居眠りをしていたアゲハは桜子に起こされる。祭が選んだ最初の曲はレクイエム、関東開戦で死んだ英霊たちを慰う魂の調べである。

 必死に生き延びた者、死に場所を求めて生き残ってしまった者、何もできずに震えていた者、各々の事情は異なるが八雲祭の音楽は等しく生き延びた人々の心を癒した。




関東開戦終了の話
原作では長政や翠の死、しょうまの爆発四散などがありましたが展開をだいぶ変えています
とりあえずここまでで一区切り予定です


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Ex.Call.1「余談 相棒殺し」

「マッチングを頼みたいのだが―――」

 

 一人の男がIISOへ電話を掛ける。場所は房総沖の断崖絶壁である。

 男が言うに、未踏査領域を移動中にガストレアに襲われ、相棒を失ったとのこと。この土井春樹と名乗る男は、民警ライセンスを取得してから述べ百五十回も同様の要請をしており、その回数の多さから一部では『相棒殺し』として名高いほどである。

 

「了解しました。出来るだけ早急にご用意いたします」

 

 IISOの職員はそういうと電話を切る。いかに相棒殺しと噂される男が相手でも、おいそれと彼を否定することは出来ないからだ。確かに相棒としてあてがわれた呪われた子供たちを弄るために民警ライセンスを取得するものもいるのだが、そういった一部の悪質な人間を基準に規定を厳しくしたのでは組織は回らないのだ。

 IISOとて度が過ぎた犯罪行為に対しては報復を行っており、蛭子影胤の例のような問題が発覚しない限りは手出しできない。

 

「今度の奴でちょうど百五十人目か。何か記念品でも用意するかな?」

 

 男は律儀にこれまでコンビを組んできた少女たちの事は頭に残していたが、一つ数え間違いが存在した。

 

「電話も終わったことですし、帰りましょうか。それに拒否した子と本当に死んだ子が合わせて十三人いますから、百五十人記念にはまだ早いですよ」

「そうだったか、スマン」

 

 こうして土井と名乗る男は、もう一人の別の男と共に埠頭から姿を消した。

 

――――

 

 この日、勾田大学病院にある室戸菫の研究室に千寿夏世が訪れていた。

 夏世からすれば興味本位に他ならないのだが、菫からすればほとんど初対面の幼女が突然来訪しても、気分がいいものではなかった。

 

「私はあまり生きている人間には興味がなんだけれどねえ。大人しく病室に戻ってくれないかな?」

「その前に一つ教えてくれませんか?

 私は里見さんが『新人類創造計画』の改造手術を受けた機械化兵士であるということを知っています。そしてアナタが里見さんの主治医と言うのも知っています。この二つの関係を教えてください」

「キミねえ……」

 

 菫は気怠い表情で頭をポリポリとかく。菫は目の前の少女が自分と『新人類創造計画』に何か関係があるとかぎつけているであろうことは、口ぶりから容易に想像できていた。

 菫はある程度裏を取っているのならば無意味であろうと観念して口を割った。

 

「仕方がない。見返りに面白い話の一つや二つ、教えてもらうことにするよ。

 ―――ご推察の通り、私は『新人類創造計画』とは関係が深い。なにせ『新人類創造計画』の研究主任だからな」

 

 夏世は耳を疑う。そのようなポストがなぜ一般の病院、しかも地下室に引きこもっているのかと。

 

「その開発主任がなぜこんなところに」

「平たくいえば、燃え尽きてしまったからかな。ガストレア戦争当時の私は、死んだ恋人をともらうために取りつかれていたのさ。それほど意気込んでいたプロジェクトが解散されて以降、人間と関わり合いを持つことに嫌気がさしたよ」

「でも、里見さんたちとはだいぶ仲がよろしいようですが?」

「蓮太郎君は別だよ。何と言っても私の患者だからな。彼以外でも過去に機械化兵士として施術したうちの何人かはいまでも連絡を取りあっているよ」

 

 『恋人』と言う言葉を発した時の愁いを帯びた瞳に、夏世はなにかを感じていた。室戸菫という女性にとって、蓮太郎たち少数の患者とその関係者を除くと大切な人と言うのはすべてすでに死んでいる人間なのではと夏世は思う。

 夏世はあらかじめ蓮太郎から菫が死体愛好家であることは聞いてはいたが、もしかしたら死んだ恋人への執念が彼女にそういう趣向をもたらしたのかと推測する。

 

「―――これで私の話はおしまいだ。次はキミの話を聞かせてくれないかな」

 

 菫の話が終わり次はキミの番だという態度を取られても、夏世は面白い話のネタなど持ち合わせていなかった。だが少し思い返し、将監と出会う前にあった変わり者のことを思い出した。

 

「そうですね……これは私が将監さんとペアを組む以前にあった話です。IISOからのマッチングで引き当てられたプロモーターに土井春樹という男がおりまして……」

「土井春樹?」

 

 菫はつい、その名を聞き返す。彼女には聞き覚えがあったからだ。

 

「ちょっと待った。キミはあの相棒殺しとペアを組んだことがあるのか? よくも生き延びたものだな」

「相棒殺しが何のことかはわかりませんが、私は結論から言えば土井春樹とはペアを組んではいません。彼は私にこういいました『同朋として楽園に来るか、それともクソカスの東京エリアに留まるか』と。私は彼の言っていることが夢物語のようだったので、詐欺ではないかとおもって拒否しました」

「ほう……ではその夢物語について教えてくれるのだな」

 

 菫は夏世の言う土井春樹と噂の相棒殺し土井春樹が同一人物かを判断するために、とりあえず彼女の話を大人しく聞くことにした。菫の知る限り土井春樹という名のプロモーターは一人しかいないのだが、他人かもしれないと言うことを視野に入れて。

 

「彼が言うには太平洋の南に孤島があり、そこでは彼と彼の仲間が集めた呪われた子供たちが集まって、自給自足の生活をしているそうです。そこは誰も呪われた子供たちであることを忌諱しない、私たちにとっては楽園であると」

「それが本当だとしたら、だいぶ驚かされるな」

「先生もそう思いますか。第一そんな孤島でどうやって武器や抑制薬を調達しているのか不思議です。

 ……ですが、最近はもしかしたら本当の話なのではと思うようになったんです」

「どうして?」

「私は夜科さんから超能力が実在するという話を聞きました。

 もしもの話ですが、東京エリアと件の島をテレポートでつないで行き来していたら、彼の言う楽園も作れたのかなと思うんです」

 

 菫は超能力と聞き、ゴミの山に積まれたブライス研究録を持ち出す。ページをめくり『テレポート』に関する記載を開く。

 

「この本では最長でも四十キロ程度とは書いてあるが……確かにブライスも出会えなかったほどの強力なサイキッカーなら、東京から沖ノ鳥島くらいならつなげることも可能なのかもしれないな。

 そういえばワイズ残党の報告資料には同等程度距離を瞬間移動したとしか思えない目撃例もあったな。仮に土井春樹とワイズが何か関係があると安直に考えるのであれば……

 そうか、相棒殺しとペアを組んで消えた子供たちはワイズの一員となったと考えられるのか」

 

 夏世は一人でヒートアップする菫の言葉において行かれ始める。夏世は土井春樹と言う名と相棒殺しの異名の関係性も知らなければ、ワイズという一団も知らないからだ。

 

「先生、私にもわかるように説明してくれませんか?」

「済まない、一人で熱くなってしまったようだ。まず相棒殺しと言うのは百人以上の子供たちとペアを組んで、そのすべてとごく短期間でペアを解消している悪名高いプロモーターだ。そしてその彼の名も『土井春樹』と言うんだよ」

「つまり、私が出会った彼が、その相棒殺しなんですか?」

「おそらくな……

 相棒殺しのペア解消理由の九割がイニシエーターの喪失とされているが、本当は喪失したのではなく合意のもとに新天地へと姿を消していたのであれば、すべて合点がいく。

 もう一つのワイズというのは過去に日本で暴れたサイキッカーテロ集団なのだが……彼らは後年、サイキッカー保護のために悪をなして巨悪を打つようなダークヒーローさながらの活動をしていたのだよ。

 もしワイズのメンバーが呪われた子供たちを保護するために偽名を使って民警ライセンスを取得していて、マッチングされた子供たちを件の孤島に集めているのだとしたら……目的と手段が一致するよ。

 彼らも元はその力を忌諱された存在だ。同様の境遇にある呪われた子供たちに同情してそのような活動を始めたとしてもおかしくはない」

 

 菫の推理を聞いて、夏世はふとあの時土井春樹についていったらどうなったのかと思う。だが将監やアゲハと出会うことは無かったであろうし、過去のもしもを考えてしまうのはナンセンスだと気持ちを切り替えた。

 だが二人にはその真相を知る由など無い。彼女たちの推理はあくまで飛躍した噂話でしかないのだ。

 

――――

 

 IISOへの申請から三日、相棒殺しのもとに折り返しの連絡が届く。その連絡に従い、相棒殺しとその付き添いの二名はIISOが運営するシェアハウスを訪れていた。銀髪オールバックにバイザーと、若白毛にサングラスという見方によってはかなりいかつい二人組である。

 

「これが№35……風待将子の経歴書です。ご要望通り、天涯孤独で両親については一切不明で、彼女自身知りません」

「上出来だな。ではこの子を貰っていくぜ」

 

 相棒殺しは35号室の鍵を受け取ると、そのままその部屋に向かう。部屋の中には囚人服と見まごうほど地味な白服を着た少女が大人しく座っていた。

 

「初めましてだな、お嬢ちゃん。単刀直入に言うぜ。お前は俺達の同朋として楽園に来るか、それともクソカスなこの東京エリアに留まるか、どちらがいい?」

「楽園? いったいどんなところですか?」

「お前達呪われた子供たちであっても一人の人間として扱い、迫害するものなど誰もいない南の島だ」

 

 将子は過去にリンチを受けた経験があり、そのことを心の傷として引きずっていた。だがその半面でリンチから救ってくれた名前も知らないプロモーターへの感謝から、プロモーターという職業に過度に期待するきらいがある。

 

「ついていきます。よろこんで」

 

 彼女は相棒殺しの甘言を二つ返事でOKした。相棒殺しと将子が施設を出ると、先に外に出て待っていた白髪の男が声をかける。

 

「早かったですね、ドルキさん」

「このおじさんは?」

「紹介するぜ。俺達の仲間のシャイナだ。それについでだから今言うが、俺の事はドルキと呼べ」

「あれ? 土井春樹さんじゃないのですか?」

「アレはただの偽名だ、民警として活動するためのな」

「そうなんですか」

 

 将子は普通の人間は嘘をつくがプロモーターはつかないという価値観を持っていた。そのためドルキの言葉も簡単に信用している。その様子に、シャイナは今回すんなり勧誘できたのはこういう子だからかと思い、二人を見つめる。

 

「これから楽園に戻ったら色々と教えることがあるぜ。年長の仲間も多いから、ちゃんと言うことを聞きやがれよ」

 

 三人は人通りの少ない路地に入ると、誰の目にも触れることなく姿を消した。付添人であるシャイナの持つテレポート能力を使って、一瞬のうちに彼らの拠点、慰問島へと移動したからだ。

 

 土井春樹ことドルキがこれまで組んだイニシエーターは総勢百五十人。確かに彼は組んだイニシエーターのほとんどを相棒としての存在価値でいうならば殺していた。これが相棒殺しと呼ばれる男の真相である。




第二章を書いた際に四章の前振りとして考えた話の蔵出しです。
ドルキさんの偽名は次の五章を書くときに使う予定なのでうまく生かせれば良いのですが。


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Call.45「祭の後、後の祭」

 幻庵祭のメインステージで行われたコンサートも小一時間が経過し、いよいよ最後の演目が差し掛かった。演奏する曲目は『夕焼け空に浮かぶ月』。祭がまだ現役のサイレンドリフトだったころ、演奏家仲間だったバイオリニストが得意とした演目である。

 このバイオリニストは若くして病に倒れ一線から身を引いたのだが、後年病床が安定した頃に詫び状としてこの曲の楽譜が送られてきたことがあった。祭が演奏しているのはその時にもらった楽譜に書かれたピアノアレンジである。

 生きる勇気と抱く未来を彷彿させる調べに祭が放つトランス波動が音と共に響き渡り、聞く者の心を震わせる。この曲が持つ力でこの日の演奏で積み重ねたものを濁流に変え、祭は最後の扉を開く。

 

「なんで……」

 

 これまで演奏を聴くことで泣くなど思ったこともない延珠でさえもその頬には涙が伝っていた。トランス波動で直接心を揺さぶっているのだからインチキ半分ではあるが、世界でも一握りの領域に居る演奏家と言うのは元よりこのような超能力じみた力を持っている。それはかのバイオリニストも一緒である。

 延珠は溢れた涙をハンカチでぬぐい、感動の余韻に浸った。涙を流すのは自分だけではないようで、特等席に居た民警たちの多くは直に揺さぶられて泣きじゃくる人々で溢れていた。

 

 演奏が終わり、メインステージが解散されると、アゲハら祭ゆかりの人間たちが一か所に集まっていた。サインをねだる人間も多いようでちょっとしたサイン会会場になってしまうがアゲハと桜子は戦友のためとしぶしぶ付き合う。

 そんな様子を蓮太郎と木更は遠くから眺めていた。折角なのでサインを貰おうと思っていたのだが、人込みの山に臆してしまったからだ。アゲハに話を通してもらえば後でももらえるだろうと遠慮した二人は他の友人らの輪から消えていった。

 

「あれ? 蓮太郎と木更は何処だ?」

 

 延珠が気付いたときには時すでに遅かった。当初、鬼八や玉樹らを含めた大所帯だったはずなのだが、一行から二人の姿が消えていたのだ。曲の余韻に浸って呆然としていたのが災いしたようである。

 鬼八だけは二人が良い雰囲気のままどこかに隠れるように抜け出したのに気が付いていたため、内心にやけながら「頑張れよ」とエールを送っていた。

 延珠と玉樹が抜け駆けされたことに吠えているのをしり目に、火垂と手をつなぎながら。

 

――――

 

 一行から抜け出した蓮太郎と木更は出店で買った綿あめを片手に歩いていた。出店が道に沿って続いており、射的や金魚すくい、型抜きにいたるまで様々な縁日ゲームが顔を並べる。

 浴衣に身を包んだ二人は手をつなぐこともなく、ただし今にも肌が触れ合いそうなほど近くに寄って歩いていた。

 誘ったのは木更の方であり、祭の演奏を聞いて無性に「二人きりになりたい」という衝動に駆られていた。

 先の関東開戦にて秘められた戦犯である兄和光との決着をつけるべきと意気込んでいたのだが、祭の演奏はその決意を鈍らせる。いくら自分の方が強いと自信を持っていても、相手も天童流の手練れである。首尾よく決闘に誘い込んだとしても万が一返り討ちに合うという可能性は充分ある。

 生きたいという願いを込めた魂の調べは、木更が抱えていた復讐の為に我があるという歪な精神性に干渉したのだ。

 

「(どういう風の吹き回しだ?)」

 

 黙って木更に付き添う蓮太郎は彼女の真意に気付かない。ただ、たまにはこうして二人きりで羽根を伸ばすのも悪くないと、久しぶりに安らいだ気持ちになっていた。よくよく見れば木更が浴衣姿になるというのも珍しい。恥ずかしながら、ちらちらと目線は彼女の胸元に寄ってしまうほどである。

 腕を組めばその上に乗っかるほどに大きい木更の乳は浴衣の上からでもはっきりわかる。流石にブラジャーをつけているようではあるが、それゆえに整った乳房は不自然な丘を浴衣に作る。

 演奏中も玉樹がちらちら見ていたのに気が付いて少しイライラしていたのだが、二人っきりになればもうこれを見るのは自分だけである。そう思うと蓮太郎の鼻の舌はつい伸びていた。

 普段は張り詰めてなかなかこういう色恋に没頭できないとはいえ、本来の彼はまだ十六歳の童貞少年なのだから。

 

「(やだ、里見君……)」

 

 木更も彼の視線に気が付いたようで、顔を赤らめた。復讐に捕らわれたことで何処か彼とは一線を引いていた面があるが、本来彼女は彼に心を奪われている。祭の演奏は思春期の乙女が内に秘めていた気持ちも表に炙り出す。

 黙って歩いているだけでも二人は緊張し、胸が高鳴る。

 宛もなく、何処までも、気が向くままに二人は歩く。

 気が付くと二人は、人気が少ない一本松が生えた広場にたどり着いていた。ちょうどよく誰も座っていないベンチと自動販売機があり、喉が渇いたとお茶を買って二人は腰かける。

 

「良い風が吹いているわね」

「そうだな」

 

 さわやかな風は歩き疲れて火照った体を冷やす。

 

「木更さん!」

「里見君!」

 

 二人は同時に声を掛け合ってしまい、口ごもる。傍目にはその初々しさにヤジが飛びかねない程ではあるが、ドキドキと興奮する二人にはそんなヤジは耳に入らないだろう。

 

「里見君からどうぞ」

「それじゃあ……大した話じゃないが、俺もっと頑張るよ」

「頑張る?」

「不謹慎ながら今回の関東開戦で成果をあげたし、きっと俺の序列も上がる。だからこの調子で、木更さんが楽できるまで昇格を目指そうと思ってさ」

「そっちの事か」

 

 木更は帰って来た答えが期待外れと言った様子で少しだけ肩を落とす。本当はキミが好きだとサカリ出して抱き付いてくれてもいいのにと思いながら、彼なりの決意表明はそれは別でうれしいので落としたのはほんの少しだけである。

 

「そっち?」

「いいえ、何でもないわ」

 

 邪推されないように突き放すように呟きを誤魔化す。そしてこの一瞬で木更の思考は高速で蠢き気付いてしまう。自分はさて何を言おうとしたのかと。

 本心によるならば愛の告白をしてラブロマンスに発展したいという気持ちはあるが、そんなことは恥ずかしくて出来ない。先ほど先行していたら勢いに任せて告白していたかもしれないが、この間が勇気をかき消してしまっていた。

 少し考えて、木更は別の事を切り出す。先ほどまで祭の調べで心の奥に押し込められていた黒い感情を噴出しながら。不器用であるがゆえに、恋のチャンスを自ら棒に振っていることなど気が付かないまま。

 

「この間の資料の事、おぼえているわよね」

「それって、三十二号モノリスの事か?」

「そう……和光お兄様がモノリスに混ぜものをしていた件」

 

 先の関東開戦には隠された一つのゴシップがある。いくらアルデバランが完全体とはいえ、モノリスに突貫を仕掛ける要因に三十二号モノリスの欠陥工事が存在していた。木更の兄である和光が金儲けを優先して粗悪な材料を混ぜ込んだ偽装工事を行っており、その結果微弱ながら磁場が弱くなっていたことが、アルデバランが三十二号モノリスを狙う原因になっていた。

 このことを知る人間は一握りではあるが、和光は叩けば埃がでるのか探偵を使って調べれば数日で洗い出された事だった。むしろこの件が大事になる火種となったのは今回が最初だからこそ、よくある汚職事件としてだれも気に留めるものがいなかったのだろうか。

 

「あの件で和光お兄様を問いただして、今度決闘することになったのよ。だからそれの立会人をお願いしたいの」

「決闘? なんだってそんな」

「復讐よ」

「まさか、決闘に乗じて和光義兄さんを殺す気なのか」

「当然よ」

 

 先ほどまでのストロベリーな雰囲気は露に消えていた。

 後日、木更は有言実行のまま蓮太郎の立会いの下に決闘を行い、そして兄をその手にかけた。狂った笑みを浮かべる木更の表情が蓮太郎に、いつか助喜与師範が言っていた『木更の剣が腐っている』という言葉の意味を気が付かせながら。




幻庵祭でいい雰囲気になったけど奥手が災いして天誅モードで棒に振る話。
もう少しストロベリーさを出せればいいんだが難しいですね。


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逮捕なんてどうでもいいでしょ?編
Call.46「五芒星」


 第三次関東開戦、そして幻庵祭も終わり普段の様相に移り変わる東京エリアには夏の暑さが舞い込んできていた。

 水原鬼八は懇意にしているガストレア解剖医、駿見彩芽から呼び出されて一人で歯朶尾(しだお)大学病院に向かった。

 駿見医師が待つ研究室に到着すると、挨拶も簡単に彼女はドアの鍵を閉める。この部屋にはいま二人しかいないのだが他人に聞かれたくない話でもあるのかと鬼八は緊張してしまう。この日この場に火垂を連れてきていないのも彼女の指示によるものでありなおさらである。

 

「先日水原君がもってきてくれた検体なんだが、どうも怪しいんだ」

 

 駿見医師の口振りはおかしい。怪しいとは言いつつもったいぶった言い方をしているのだから聞かずにはいられない。

 

「怪しい?」

「検体からトリヒュドラジンが検出されているんだ。いささか怪しいとは思わないか?」

「確かに変だな」

 

 トリヒュドラジンは元々抗ガストレアウイルス剤として開発された薬物である。しかし効果は一時しのぎにしかならず、更に薬物投与者を強力な催眠状態に陥れる副作用が判明した曰くつきの薬物である。その副作用故に違法ドラックとして闇のマーケットで取引されている。

 そんな人工の薬物を野生生物であるはずのガストレアが体内に宿しているのは異様だった。

 

「キミが持ってきた検体だけなら感染者が発症前に飲んだ可能性もあるから偶然で済むが、それが他にも何件か見つかっているんだ。しかもよくよく調べてみればトリヒュドラジンが検出された検体には二つの共通点まであると来たものだ」

「共通点?」

「一つは塩基配列。こうやって各検体の塩基パターンを重ねるとだな……このように、特定の固有パターンが存在するんだ」

「それが何だっていうんだ? 生き物なんだからそれくらいは不思議でもないんじゃ?」

「それが問題があるんだ。これはゾディアックガストレア、ピスケスが産んだ子ガストレアが持つ固有塩基パターンと全く同じなんだ」

「なんだって? それじゃあ、東京エリア近郊にピスケスがいるっていうのか」

「その可能性は否定できないね。だが……もう一つの共通点が更に不可解なんだ。このパターンを持つ検体全てが何処かに五芒星のマークが刻まれているんだ。ここまでくるとピスケスの仕業と言うよりも人為的なものにしか思えない」

 

 駿見医師の推理は要するに誰かがピスケスが産んだ子ガストレアをクローニングして実験を行っているというものだった。鬼八には与太話にしか思えないが駿見医師の眼は真剣だった。

 

「取りあえずこの話は俺と先生だけの秘密にしておこう」

「そうしてくると助かる。私もキミにしか話していなんだ」

 

 その日はこれで別れたのだが、その後の一か月は激動になっていった。

 徐々に増えていくガストレアの出現率と集まる五芒星ガストレアの検体はこの事実を知ってしまった二人を悩ませていく。

 最初は信用していなかった鬼八も次第に駿見医師の元に集まる怪しい検体の数々をみて信用せざるを得ない。

 それに伴って自分を心配する火垂にこのことを隠すことが鬼八には辛くなってくる。

 いつまで隠し通せるかと思う反面で、彼女に知らせるには荷が多いと鬼八は悩む。

 秘密を隠すうちに鬼八は一人でフラフラと出歩くことが増えた。ふとハッピービルディングの前を通りかかった鬼八は蓮太郎にこの悩みを打ち明けてみようと思った。なにせ彼は先の開戦で序列二百十位と大躍進をして顔が広い。彼ならばこの悩みを晴らしてくれるかと期待して天童民間警備の門を叩く。

 

「ごめんよ」

「はい……って、水原か。久しぶりだな」

 

 事務所の中にいたのは蓮太郎一人だけでおあつらえ向きだった。

 鬼八は早速彼に秘密を打ち明けることにした。

 

「ちょうどよかった。今日はお前に話があるんだ。その前に念のために聞いておくが、この部屋には盗聴器とか仕掛けられていないよな?」

「そんなものは無いと思うが……盗聴を気にするって何の話をする気なんだよ。まさか火垂と結婚するのに条例違反になるからお上に知られたくないとか?」

「そんなんじゃねえよ」

 

 真剣な鬼八と違って状況を飲めていない蓮太郎は彼を茶化す。否定する鬼八の声は荒く、蓮太郎も何事かときょとんとした顔をする。

 

「落ち着けって」

「スマン。でもこれからする話はガチだ。聞いたら後戻りできないかもしれないが、いいか?」

「どういうことだよ」

「ここ一か月で掴んだ……いや、掴んじまったヤバいネタだ。蓮太郎、お前は『新世界創造計画』と『ブラックスワン・プロジェクト』と言う言葉に聞き覚えは無いか?」

 

 『新世界創造計画』そして『ブラックスワン・プロジェクト』

 この二つはここ一か月の間に駿見医師が調べ出したキーワードだった。

 正確な内容そのものは鬼八も掴んでいないが、彼らが関わってしまった五芒星ガストレアと関係した内容なのは間違いがない。

 

「いいや、知らないな」

「そうか……新人類創造計画と似ているからもしやと思ったんだが。だったら……お前は聖天子様や天童菊之丞閣下と顔が効くだろう? 直接彼らを俺と会わせてくれないか」

「ちょっと待てよ、いきなり無茶を言うな。いくら顔見知りと言っても聖天子様は隣近所くらいの仲じゃねえし、菊之丞とは絶縁状態だ。どちらも気軽にお前のことを紹介できるほど親しい訳じゃねえよ」

「でもこのネタを放っておいたらマズい。下手したら東京エリア壊滅の危機になるぞ」

「そこまで言うなら聖天子様にはダメ元で掛け合ってみるぜ。だがその前に、直接会って何を伝えるつもりなのか教えてくれないか?」

「ここではダメだ。上や下に筒抜けてそこから情報が洩れるかもしれない。万が一を考えて建築途中の勾田市役所工事現場で落ち合おう」

「そこまでするほどなのか?」

「ああ」

「だったら念の為に先にここに電話してくれ」

 

 過剰に情報漏洩を心配する鬼八に蓮太郎はある男の電話番号を教えた。

 先の開戦にて共闘した大富豪のプライベートラインを。

 

「これは?」

「仙台エリア、望月朧の連絡先だ。彼なら力になってくれると思う」

「あの人か……出来るだけ大物には声をかけた方がよさそうだしな。判った、早速かけてみるぜ。お前に話すのはそれからにしよう」

「なら明日の三時に工事現場で落ち合おう」

「了解だ」

 

 蓮太郎と話をつけた鬼八は天童民間警備の事務所を後にした。

 




逃亡者編序章の話
大筋は変わらなくても詳細は結構変わりそうです
しばらく話の区切りの関係で3000字程度の短めなのが続きます


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Call.47「見合話」

 鬼八が事務所を出ると入れ違いのように木更達が帰ってきた。傍らには延珠、ティナの他に珍しい客人を伴っていた。

 

「久しぶりだな蓮太郎」

「紫垣さんか、今日はどういう要件だよ」

 

 連れていたのは紫垣仙一という老人である。天童菊之丞の元付き人であり、今は実業家として活躍すると共に書類上では天童民間警備の経営者をしている。

 そんな頭が上がらない老紳士は何用でここに来たのか蓮太郎も驚いて当然である。

 

「何って見合いだよ」

「誰の?」

「木更に決まっておるだろう、この馬鹿者が」

 

 木更が見合いをすると聞いて蓮太郎は腰を抜かした。確かに彼女は政略結婚当たり前の世界で生きてきたお嬢様である。でもだからと言って今は天童を出奔した身であり蓮太郎も小首を傾げた。

 

「何でだよ? それに何時?」

「明日の昼からだ。当然お前も出席するんだぞ」

「待ってくれ、明日は三時から用事が―――」

「見合いは正午からだ。三時なら見合いの後で充分間に合う」

「それにもう一度言うが理由はなんだよ。木更さんだって今更政略結婚なんて立場じゃねぇだろう?」

「相手は元婚約者の櫃間篤郎だ。先方たっての希望だしこれを機に木更も身を固めても良いと思ってな」

 

 蓮太郎もその名くらいは聞き覚えがある。

 風の噂では警視としてキャリアを着実に積んでいるらしい櫃間は確かに玉の輿には格好の相手である。

 彼と木更が一緒になれば天童民間警備の資金難も一気に楽になるだろうなと蓮太郎も納得しかける。

 ただ蓮太郎個人の意見を言えばそんな木更を見たくは無い。

 

「いくら元婚約者だからって……木更さんは良いのかよ?」

「相手が相手だしむげには出来ないわ。それに見合いをしたら即結婚なんてわけないんだし、先ずは会うだけよ」

「木更もああ言っているんだ。ガキじゃないんだからそうダダをこねるんじゃない」

 

 蓮太郎は紫垣に言いくるめられて反論できない。木更も同様なのか、それとも乗り気なのか蓮太郎には計りきれないが反対しようとしない。

 イニシエーターズに至っては「タダで良い物が食べられる」と完全に物に吊られた様子で喜んでいる程である。

 この場で見合いに反対するのは一人だけという疎外感に蓮太郎も折れる。

 

「ったく、わかったよ」

 

 蓮太郎が了承したのを確認すると紫垣は帰って行った。

 口では了承しても嫌々な態度があからさまな蓮太郎は無言でXDを取り出してクリーニングを始める。

 

「里見君、もしかして妬いてる?」

「そんなわけねぇだろ」

「だったら里見君は私が櫃間さんと結婚しても構わないんだ」

「そこまで言ってねぇだろう。まさか木更さん、櫃間の玉の輿に乗る気まんまんなのか?」

「……この、お馬鹿!」

 

 蓮太郎には突然の癇癪にしか思えなかった。木更が自分の地雷を踏み抜いているとしか思わずに、この口論が彼女の地雷を踏んでいたことなど気付かない。

 木更も本音を言えば見合いなんてしたくない。紫垣の手前で断れなかっただけである。でもたとえ冗談でも『玉の輿狙いの売女』扱いを、しかも一番好きな人にされたことに深く傷ついた。

 繊細な年ごろの木更と同様に蓮太郎もまた子供である。フラストレーションの火花は引火して互いに飛び火する。

 

「お馬鹿はそっちだぜ。嫌ならちゃんと断れば良かったじゃねぇか」

「それが出来たら苦労しないわよ」

「だったら紫垣さんをぶん殴ってでも破談にすればよかったのか?」

「そこまで言っていないでしょうお馬鹿!」

 

『リリリ!』

 

 口論をする二人を遮るように電話が一本入った。

 木更が受けると緊急の出動要請で、なんでも東京タワーに多数のガストレアが出現したとの事である。

 

「みんなすぐに行って」

 

 木更の指示で蓮太郎は延珠とティナを連れて現場に向かった。

 現場に到着するとそこには見知った顔も見知らぬ顔も集まっており、十匹のガストレアが赤い鉄塔を占拠していた。数的には民警側が有利でも容易に壊すことも出来ない高い塔という地の利を得たガストレアに苦戦するのは当然であろう。

 

「遅かったなボゥイ」

「金がないからチャリで来たんだ。これでも全速力で来たんだぜ」

「おうおう、それは夏なのにお寒いことで」

 

 蓮太郎は自転車に縛っていたティナ用のライフルを荷解きして彼女に渡す。

 銃を手にしたティナは早速自慢のシェンフィールドを展開し頭上に銃を構える。

 

「皆さん準備してください。あぶり出します」

 

 ティナはそういうと、ライフルに特殊な弾丸をセットして引き金を弾いた。

 ガストレアは鉄塔の骨組みの裏に隠れていたのだがティナはわざと骨組みを狙っていた。

 特殊な弾丸とは跳弾しやすいように加工された特殊フルジャケット弾頭で、骨組みで弾かれた弾丸はビリヤードのように跳ねてガストレアを貫いていく。

 跳弾した弾丸のため威力は不十分だが傷を負ったガストレアたちはあぶり出されて地上に待ち構える人間たちに襲い掛かる。

 

「出てくればこっちのもんだぜ」

 

 玉樹が先陣を切りそれに民警達は続く。こうなれば後は蹂躙するだけである。

 チェーンソーナックルがガストレアを削る。

 礫入りの踵を打ち付ける飛び蹴りがガストレアを潰す。

 そして頸がこもった鋼の拳がガストレアを爆ぜさせた。

 膠着状態になっていた戦場は三人の加勢により一気に解決してしまう。

 

「報酬は山分けでいいよな?」

「もちろんだ」

 

 集まった民警達は各々が撃破の証として検体サンプルを回収して立ち去っていった。

 蓮太郎もいつものようにサンプルを回収してIISOから来た処理班に現場を預け終わると勾田大学病院に向かう。

 蓮太郎の指示でイニシエーターズは先に帰宅し菫の元に足を運んだのは彼一人だった。

 戦いの最中は考える余裕などないが平時に戻ればやはり先ほどの喧嘩が尾を引いてしまうのも当然である。

 そんな悩みを抱えた顔を菫は一目で見抜いた。

 

「おやおや、今日はずいぶんと不幸そうな顔をしているな、蓮太郎君」

「放っておいてくれ。とりあえずこれは今日倒したガストレアの検体だ」

「その割には『構ってほしい』『悩みを聞いてほしい』って顔をしているのはなぜかな?」

「先生……」

「私も大人だからな、キミが自分で解決するというのなら私は手を貸さないでおくさ。ただキミがそんな風に悩むとしたら木更のことだとは思うが」

 

 図星を突かれた蓮太郎の顔は歪む。

 この目の前の変人は自分からしたられっきとした大人なのは間違いがない。

 ふとこの女傑になら打ち明けてもいいのではと蓮太郎も気が緩んだ。

 

「実は……明日急に、木更さんが見合いをすることになったんだ。そのことで木更さんと喧嘩しちまってな」

「木更が見合いねぇ……相手は誰だ?」

「警視庁の櫃間という男だ。しかも木更さんが天童家にいたころは許婚だった男だよ」

「天童家の娘とそんな関係だったということは、さぞかしエリートなんだろうなその男は。キミよりよっぽど木更の婿には相応しそうだ」

 

 木更の見合いの話を聞いた菫は笑う。

 しがない民警の少年と警視庁のキャリアでは雲泥の差なのは当然であり、もし木更が櫃間になびいたらと考えると蓮太郎は勝ち目がないと顔を下にしてしまう。

 

「ただな蓮太郎君……あの子には見合いなんかよりも恋愛の方が効果がある。身近にいるキミが襲い掛かって既成事実を作ってしまえば、木更はキミのものになる。キミが嫁にしてしまえば見合いなんてどうでもいいだろう?」

「そんなことをしたら犯罪じゃねぇか」

「私としては暴行罪で逮捕されてもレイプから始まる恋で結婚までこぎつけても、どちらでも面白いがな」

 

 相変わらずの無茶な意見だが、不思議と蓮太郎の気は紛れていた。

 明日は見合いと言っても会ってみるだけ、すぐに結婚するわけではない。

 レイプはまだしも告白するほどの勇気がないが蓮太郎が木更に恋をしているのは幼いころからの事実である。

 

「ありがとう先生。なんだか気が紛れたぜ」

「私はキミの主治医だが、カウンセラーではないのだがね」

「偶にはサービスしてくれてもいいじゃねぇか」

「まったく……」

 

 悩みを聞いてもらい顔から不幸さが消えた蓮太郎は事務所に戻る。

 この日は帰って早々に蓮太郎は木更に昼間の口論について誤って丸く収まった。

 収まるついでに木更の口から「見合いは断れなかっただけで乗り気ではない」と回答を聞いた蓮太郎は心の中で拳を握って喜んでいた。




見合い前日の話
原作だとれんたろーが紫垣と会うのが当日だったり見合い中終始もんもんだったのが前日に解消してたりと結構変えています
先生ェにブラックスワンについて聞く事も削っていますし


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Call.48「逮捕」

 天童民間警備の事務所を後にした鬼八は朧に電話を入れて待ち合わせの場所に向かっていた。

 都合よく朧も東京エリアに着ていたそうで、彼が指定してきたバー『ロマネスク』まで向かう。

 その道中、人気が少ない路地に入ったところで鬼八は見知らぬ少女に声をかけられた。

 

「ちょっとそこのお兄さん」

「俺?」

 

 後ろから声をかけられた鬼八が振り返ると少女はいきなりナイフで鬼八の腹を刺した。

 突然の出来事に何が起きたのかわからないといった表情を浮かべたのち、鬼八は痛みに顔を歪ませる。

 

「キミは……」

「これから死ぬアナタには知る必要はないわ」

 

 少女はそういうともう一本のナイフ取り出して心臓につきたてた。

 呪われた子供たちならまだしもただの人間にこの傷から生還するすべなどない。

 まだ辛うじて息がある鬼八を回収するために部下に連絡して少女は立ち去った。

 

 翌日、そんな事件など知らない蓮太郎は木更の見合いに出席していた。

 挨拶と食事を済ませると櫃間は木更を連れ出して二人きりになる。

 二人が何を話しているのか蓮太郎も気になるが、紫垣に引き離されたことで二人には近づけない。

 そうこうしているうちに鬼八と約束した時間が近づいてきたため蓮太郎は紫垣と別れた。

 

 待ち合わせの市役所工事現場に到着するとそこには人だかりができていた。

 鬼八が人気が少ないだろうと指定してきた場所なのにこの様子はおかしいと蓮太郎は野次馬をかき分ける。

 中に入るとイエローテープで区切られた区画の内側に警察官が集まっていた。

 蓮太郎はその中にいた顔見知りの多田島警部に声をかけた。

 

「いったい何があったんだ?」

「殺しだよ。ホトケは顔も潰れて酷い状態だ。しかも殺されたのは民警ときたもんだ」

「民警? まさか、水原鬼八って男じゃねぇよな」

「なんで知っているんだ?」

 

 多田島の言葉に蓮太郎は驚く。

 

「水原は俺の友達だ。今日、ここで待ち合わせをしていたんだよ」

「ちょっとまて、それは本当か?」

「ああ」

「だったら暑まで来てくれ。いろいろと話がある」

 

 蓮太郎は多田島に言われるがまま勾田暑に向かう。

 最初に見せられたのは水原の死体で、顔と胸がつぶれて酷い有様に吐き気を催す。

 それを必死に我慢していると今度は取り調べ室に招き入れられた。

 この待遇に蓮太郎は疑問を持たなかったのだが、次第に雲行きが怪しくなりだす。

 

「お前、昨日の午後は何をしていた?」

「東京タワーでガストレアと戦って、そのあとは検体を届けたり手続きしたりと仕事をしていたぜ。それがどうした?」

「水原の死亡推定時刻は十六時から十八時の間だ。その間のアリバイはあるのか、念のため確認しておきたい」

「まるで俺が水原を殺したみたいな言い方だな」

「仕事柄こういう確認は必要なんだ」

 

 蓮太郎は昨日の出来事を根掘り葉掘り聞きだされた。

 場所が取調室だからなのか、次第に「目の前の男は俺を犯人と疑っているのでは?」と蓮太郎も気分が悪くなる。ただでさえ友人が死んだのに、挙句その犯人扱いされて気分が悪くならないわけがない。

 そんな中、蓮太郎にとっては最悪と言っていいほどの知らせが舞い込む。

 

「警部、ちょっと―――」

「どうした」

 

 多田島は後から入ってきた鑑識の人間とゴニョゴニョと秘密の打ち合わせをする。それが終わるとおもむろに懐に手を入れて、多田島は蓮太郎の腕を掴む。

 

「悪いな……容疑者確保!」

 

 多田島が懐から出したのは手錠だった。急に手錠をはめられた蓮太郎は困惑する。

 

「容疑者? どういうことだよ」

「ホトケの体内から見つかった銃弾についた線条痕がお前の銃のものと一致したんだ。俺だって信じたくないが、残念だよ」

「待ってくれ!」

「それにな……あんなふうに顔や胸を潰すのは普通の人間には無理だ。だがお前さんならできるだろう? 状況証拠に物的証拠、ここまでそろったら俺もお前を見過ごせない」

 

 蓮太郎は最初から疑われていた。

 第一に死体にあった顔や拳の潰れ具合は、常人には不可能でも新人類創造計画によってもたらされた義肢を持つ蓮太郎なら可能な傷である。

 第二に「犯人は現場に現れる」という鉄則に当てはめれば蓮太郎の行動は正に死体が発見された後の様子を観察しにきた犯人のようであった。

 そして第三、これまでの状況証拠とは違う銃弾という物的証拠は疑いようもない。

 一つ否定的な意見をあげるならば顔や胸の傷一つで即死しているであろう被害者になぜ銃弾を撃ち込んだという点が疑問として残るが、銃弾が存在するという事実にあらがうほどではない。

 このまま蓮太郎はなされるがまま逮捕されて拘置所に送られてしまった。

 

 翌日から蓮太郎の身近な人間たちに聞き込みが開始された。

 誰もが蓮太郎がそんなことをするとは思えないと容疑を否定した。

 蓮太郎とは馴染みがある夜科アゲハもその一人なのだが、警察は彼にだけはなぜか警戒していた。

 任意同行を求められたアゲハは勾田暑の取調室に連れてこられた。

 

「多田島だ。初めまして……いや、久しぶりと言った方がいいかな」

「??」

 

 取り調べを行う多田島はアゲハに変わった言い方をする。アゲハは彼と面識がないと思っていたがそうではないらしい。

 

「俺とアンタは初対面だろ?」

「偶然って言うのも怖いがな……夜科さん、あんたは二十年以上前にあった『望月朧失踪事件』で取り調べを受けたことがあったよな。実は俺もあの時に白滝署にいたんだよ」

「へぇ……じゃあアンタも愛知の出身なんか」

「まあな……そこで世話になった武智って先輩が、妙にキミのことを警戒していたのはおぼえているよ」

「そうなのか……でもいいじゃねえか、朧だって無事に帰って来てるし今では立派な社長サマなんだぜ」

「ところがそうもいかないんだな、これが。実は昨日から望月さんも行方不明になっていてね、手がかりはキミしかいないんだよ」

「仙台エリアに帰ったはずだろ? 向こうのことまでは判らないぜ」

「それが昨日の時点で東京エリアに来ていたらしくてな」

「そんなことを言われても……関東開戦以来しばらく会っていないぜ」

 

 かつての武智とアゲハのやり取りを知っている多田島は異様にアゲハを警戒していた。

 武智が「普通じゃない」と評価したことを当時は漠然と鵜呑みにしていたが今なら判る。

 確かに直接対面した夜科アゲハという男は普通とは違う雰囲気を醸し出していた。

 警戒した多田島は水原の死亡推定時刻以降の事をしつこく訪ね、それがアゲハを関係者であると疑っているのは明らかな態度だった。

 アゲハも否定するが刑事としての経験則で普通じゃないと感じている多田島は疑いの目を解かない。

 

「―――このくらいにしよう。今日のところは帰ってもいいが、首を洗って待っていろよ」

「ケッ! 一昨日来やがれ」

 

 あからさまに疑われたアゲハは悪態をついて勾田暑を後にした。

 移り変わる様相は真夏なのに背中が冷たく感じるほどの冷や汗を流させていた。




れんたろー逮捕の話
主に多田島警部を同郷キャラにしてみたかった感じがつよいですが


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Call.49「暗躍」

 高級ホテルの一室で二人の男が食事をしていた。一人は三十前後の働き盛りといった風貌でブランド品に囲まれた青年で、もう一人は二十歳にも満たない少年である。

 

「まさか四枚羽根の方に協力していただけるとは思いませんでしたよ」

「僕としても目的がありますのでね」

「ほう?」

「里見蓮太郎と夜科アゲハの二人です」

「理由を聞いてもいいかな?」

「里見君は僕の同類ですからね。単純に勝ちたいだけです。腑抜けた彼に勝っても虚しいかもしれませんが、こうでもしないと彼を殺したら面倒な事態になりますから」

「では夜科アゲハは?」

「彼は教授に捧げるサンプルです。これ以上はあなたが知る必要がない話なので割愛しますが」

「教授がですか……でしたら何かの罪をでっち上げて逮捕しますか? 里見君のように」

「それは難しいでしょう。里見君はこちらの都合に丁度良いエサがいましたが、彼にはそのような人間などいませんから」

「一応資料を調べてみたが、彼と親交が深い望月朧が失踪状態の今ならつけいる隙があると思いますがね」

「あなたの方こそ彼らを見くびりすぎです。僕のカンでは水原の死体を持ち逃げしたのは望月朧です。なにせ水原が最後に電話をした人間ですからね。彼が証拠を握っている以上、迂闊な行動は致命的な失敗に繫がりますよ」

「では、あなたのカンが正しいとしたら何故望月氏は姿を消したのだと? 私には死体を隠したところで死体遺棄の罪になるだけとしか思えませんが」

「その方が面白いからでしょうね」

「?」

「当初の計画通りに死体を盗まれなければこのような事態にはなっていなかったのですが……ミラージュインダストリィの力なら死体を新鮮な状態で保存していてもおかしくありません。的確なタイミングで本物の死体を持ち出せば逮捕の証拠が偽物である以上、里見君は釈放される可能もありますからね。警察と我々のメンツを潰す最高のタイミングを図っているのでしょう」

「だがそれでも、今警察にある死体は里見君が殺人を犯した証拠には相違ないのでは?」

「単純に考えれば警察が被害者を間違えただけの話になりますが……あなたの指示で碌にDNAや歯形の鑑定をせずに『あの死体が水原鬼八である』とごり押ししてしまった手前、その前提が崩れればそれだけでスキャンダルですよ」

「そうなってしまったら私の計画が―――」

「だからこそ、あなたは我々の手の中にある里見君と天童木更に狙いを搾るんです。既に水原を筆頭に『ブラックスワン・プロジェクト』を嗅ぎ付けた連中の口は封じ終えた以上、余計な欲を見せたら姫を逃がしますよ。あとは既成事実を作るだけで良いんです。それさえ出来れば里見君の冤罪が証明されようとも後の祭ですから。それにどうせ里見君は僕が殺しますからそれまで望月朧をけん制出来れば充分です」

「そういうことか……ならば私も急がないとな、動揺で彼女の気持ちが揺れている今のうちに」

「僕もそうさせて貰いますよ。里見君が檻の中にいて手が空いている今のうちに夜科アゲハを捕らえます。それが終わればいよいよメインディッシュとさせてもらいますよ」

「では我々の勝利を祈願して……改めて、乾杯」

「僕はジュースですけれどね」

 

 二人の密談はしばらく続いた。

 

 夜が明けて里見蓮太郎の逮捕から二度目の朝を迎えた。

 朝一番に木更は蓮太郎に面会に訪れた。

 何やら神妙な顔をして。

 

「里見君……今日は大事な話があって来たの」

「なんだよ? もしかしてクビとかそういう話か」

 

 朝の時点でまだ蓮太郎は気丈に振る舞っていた。

 自分はやっていないという自信を持っていることもその元気の源泉でもある。

 

「話は二つ。一つはIISOからライセンスと序列を剥奪するって通達が来たわ。執行はまだ先だけど、このままだと二百十位って今の順位はパーになるわ」

「スコーピオンの事件まで十二万代のぺーぺーだったんだぜ? またやり直せばいいじゃないか」

「問題はここから。例え冤罪を晴らして復帰しても、延珠ちゃんと別れるしかないのよ」

「どういうことだよ」

「ちょっと妙な話なんだけれど、執行に先立ってと無理矢理に延珠ちゃんの身柄を引き渡す様に言ってきたのよ。私も反対したんだけれど……ごめん」

「もしかしてもう延珠は―――」

「今朝押しかけて来た職員に連れていかれたわ」

「俺はアイツのパートナーだって言うのに……ちくしょう!」

 

 蓮太郎は口惜しさのあまり手をテーブルに叩きつけた。まさかこんな別れが来ようとは思いもしなかっただけショックは大きい。

 

「それともう一つ……IISOから延珠ちゃんを取り返す事と里見君の冤罪証明に協力してくれるって言う人が現れたの」

「本当か?」

 

 どん底に突き落とされた気分の蓮太郎に対してすぐに舞い込む救いの話は彼の顔を明るくする。だが彼もそんな美味い話があるわけないとすぐに思い知らされる。

 

「この前見合いした櫃間さんがね……いろいろ協力してくれるっていうの」

「あの人が? やったじゃねえか」

「でもその条件が―――」

「なんだって言うんだよ?」

「私が彼の嫁になることなのよ。要するに結婚よ」

「え……」

 

 突然結婚と言われて蓮太郎の顔は凍り付く。

 

「彼の話では名家の女を娶れば警視庁内の地位も向上するからその力で里見君を救えるって言うの。うまくいけば延珠ちゃんも取り返せるわ」

「なんだよそれ―――」

「悪い話じゃないでしょう? それに櫃間さんも復讐に手を貸してくれるって約束してくれたわ。里見君も延珠ちゃんも帰ってきて、おまけに復讐を手伝ってくれるパトロンまで現れて……一石三鳥の吉報でしょ」

「―――木更さんはいいのかよ?」

「……」

 

 明るく振る舞う木更だが、蓮太郎に「いいのかよ?」と言われてうっすらと涙を貯めていた。

 本当は嫌だが彼女がこの事件で急速に瓦解の危機にある天童民間警備をまとめるためには櫃間の力に頼るしかないのもまた事実である。

 現実と願望を天秤にかけて櫃間の話を飲むしかないと考えている木更は表情以上に心の中で泣いていた。

 

「ごめん」

 

 木更は我慢できなくなってその場を立ち去った。

 恐らく物陰で涙を流しているのだろうと蓮太郎も察する。

 だがそれよりも木更の決断はいわゆる人身御供である。

 蓮太郎は申し訳ない気持ちとやるせなさに苦しみ顔は覇気をなくす。

 木更が去って三十分ほど経過したころ、取り調べを受けたことで蓮太郎の逮捕を知ったアゲハと桜子は拘置所に顔を出した。

 面会に現れた蓮太郎の顔はやつれていた。

 

「オマエも散々な目にあったな」

「……」

 

 アゲハの呼びかけに蓮太郎は応えない。目の光りもなくよほど腑抜けているのだろう。

 桜子は事情を知るために無理やりWMJに捉えて心を探る。

 桜子が見たのは蓮太郎と鬼八の最後の記憶である。

 『ブラックスワン・プロジェクト』『新世界創造計画』と物騒に思える怪しいワードを口にして異様に身の回りを警戒する鬼八の様子は桜子には異様に見えた。

 

『黙ってないで答えなさい。これはどういうことなの?』

「どうって―――」

 

 桜子のテレパスにやっと口を開けた蓮太郎は「俺にはどうしようもない」と言いたそうに答えた。

 このとき蓮太郎の心を支配していたのは先ほどの木更との話である。

 桜子も木更の事はこのとき知ったが、今はそれよりも鬼八との事が大事だと判断していた。

 

「ここからは頭に念じて答えなさい」

 

 桜子は盗聴を警戒してテレパスでの会話に絞る。

 

『水原君が言っていた言葉に、本当に思い当たりはないの?』

『そっちか……全くないぜ』

『でも望月朧に連絡をするように勧めたのでしょう?』

『俺の記憶を覗いたのならわかるだろうが、水原の様子は普通じゃなかったからな。なにせ聖天子様に会わせろとまで言うくらいだ。すぐにコンタクトを取れそうな大物っていったら他に居ないじゃねぇか』

『キミは知らないだろうけれど……いま望月朧も姿を消しているのよ。私たちも連絡を入れたけど電話も通じないわ』

『なんだって?』

『彼が殺されるとは思わないけれど、姿を消したことと今回の事件はきっと関係がある。それだけ水原君が言っていた言葉の裏には重大な秘密が隠されているのよ。私が思うにアナタの逮捕もきっとその絡みよ』

『俺は水原からなにも聞いていねぇけどな。それに俺は塀の中だぜ? 何ができるって言うんだ』

『私たちがここから連れ出してあげるわ』

『それじゃあアンタらが……』

『この際、逮捕なんてどうでもいいでしょ?』

 

 テレパスなので周囲の人間には聞こえていないとはいえ物騒なことを言いだす桜子に蓮太郎も驚く。

 

「冗談だろ?」

「冗談なわけないでしょう」

 

 思わず口を開いた蓮太郎に対して桜子も口で返し続きはテレパスに戻す。

 

『すぐに逃げた方が身のためだと思うけれど……力尽くで今すぐだとアシが付くわ。決行は後にしましょう』

『そんなこと言われても俺には何も出来ないぜ? それにそんな暇があるのなら先に延珠を助けてやってくれ。アイツは今、IISOに連れてかれちまっているんだ』

『それは私たちのツテを頼ってみるわ。夜になったら迎えに来る、それまでに体調を整えておきなさい』

 

 テレパスを終えた桜子は最後の一言を口で伝える。

 

「お大事にね」

「ああ、そっちこそ」

 

 桜子主導で思念通話による物騒な打ち合わせを終えるとアゲハと共に桜子は拘置所を後にした。

 つい了承してしまった蓮太郎も実のところ悩む。冤罪なのは自分が良く知っているとはいえこのまま逃げてもいいのかと。

 だがアゲハと桜子が首尾よく延珠を確保してくれるのなら脱獄して己が手で無実を証明し、そして木更を人身御供にしなくて済むかもしれないと考える。

 希望の灯は死にかけた彼の心をよみがえらせた。




この際どうでもいいでしょの話
原作五巻にあった帰納法でいえばここで一区切りですが次も用意してあります


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Call.50「キャパシティダウン」

 拘置所を出たアゲハと桜子は防衛省の庁舎に向かった。目的はもちろんIISOに延珠の事を問いただすためである。庁舎に到着すると窓口にいたいつぞやのおじさんに桜子は声をかけた。

 

「IISOに連絡を取りたいんだけれど」

「おや、いつぞやの。マッチングかな?」

「まあ似たようなものね。IISO預かりになっている藍原延珠って子と連絡を取りたいのよ」

「知り合いか?」

「そう……事情があってペアが解散になった途端にIISOが連れて行ったのよ、私が引き取る予定だったのに」

「行き違いか……だったらむこうにかけてみよう」

 

 桜子の方便を鵜呑みにしたおじさんはIISOに問い合わせる。だがIISOからの回答は既に新しいパートナーが見つかっているため他のプロモーターには会わせられないという事だった。

 

「どうやら引き取り手が既に決まっていて、会わせられないそうだ」

「それって誰だか判る?」

「土井春樹という男だ。一部では『相棒殺し』なんて言われている悪名高い男だよ」

「なんてこと……その男の住所とか判るかしら」

 

 相棒殺しなどと言う物騒な二つ名に桜子も驚く。

 だがアゲハは思い出す。先日の関東開戦の最中で夏世がしていた雑談の中で聞いた名であることを。

 

「待てよ……おじさん、そいつは本当に『土井春樹』で間違いないんだな?」

「ああ、そうだよ」

「わかった、ありがとうな。行こう、桜子」

「ちょっと、アゲハ」

 

 アゲハは土井春樹の事を確認すると桜子を連れてその場を立ち去った。

 困惑する桜子にアゲハは近くのファストフード店に入って席を確保してから答える。

 

「ラッキーだったぜ」

「どういう事よ、説明してよ」

「さっき言っていた土井春樹ってのはドルキが使っている偽名だ。それに相棒殺しって言うのもアイツの異名らしい」

「本当なの?」

「この間の戦いで参加したW.I.S.Eのイニシエーターはドルキが殺されたと偽ってアジトに集めていた子供たちなんだと。夏世も伊熊と組む前に誘われたって言っていたぜ。ちょっと電話してみよう、このまえ借りたときの番号は控えてあるぜ」

 

 アゲハはそういうと控えていたドルキの電話にコールを入れる。

 

「もしもし、夜科アゲハだ」

『なんだ……何の用だよ』

「今度お前の所に藍原延珠って子がマッチングされると聞いたんだが、その子を俺達に渡してもらえないか? そいつは知り合いなんだ」

『別に構わねぇが……その前にIISOが押し付けてきたガキの事をなんでテメーが知っているんだ」

「だから知り合いだって言っただろう。無理やりIISOに横取りされたから後を辿ったらオマエに行きついたんだよ」

『チッ! しち面倒な予感がするぜ。IISOとは今日の夕方四時半に引き取りに行くって話になっている。折角だから待ち合わせしようぜ』

「わかった」

 

 こうしてドルキと待ち合わせすることになった。

 夕方四時を過ぎてドルキとの待ち合わせ時間となる。

 待ち合わせ場所の防衛省庁舎前には三人組が現れた。

 関東開戦以来となるドルキとシャイナ、そして赤髪の男がそこにいる。

 

「久しぶりだな」

「電話では話したが、直接会うのは二十年くらいぶりになるな、天戯弥勒」

 

 今回はW.I.S.Eの首領である弥勒もこの場に来ていた。

 モノのついでにアゲハの顔を見ておこうという気まぐれであるが、アラフォーにしては若々しい様相に弥勒も小首を傾げる。

 

「若いな」

「おかげさまでな」

 

 アゲハはわざわざPSYRENのテレホンカードの事は言わなくてもよいかと彼に告げなかった。

 そのまま五人の大所帯でIISOが管理するシェアハウスに向かうと職員を名乗る青年が延珠を連れてきた。

 うつむいた表情の延珠だが、アゲハの顔を見てすぐに明るくなる。

 

「アゲハに桜子じゃないか」

「一週間も会わないうちに大変なことになったな」

「まったくだ」

 

 延珠と談笑するアゲハを青年は見つめる。

 まるで青年は予定より早く好機が訪れたと言わんばかりに拳を握りそして不意を突いた。

 だが殺気に気が付いたアゲハは後ろに飛び退いてそれを躱す。

 

「いきなり何するんだよ」

「失敬……まさかかの相棒殺しとアナタが顔見知りとは思わなくて」

「理由になっていねえぜ?」

「それに相棒殺しの正体がまさかW.I.S.Eとは……偶然とはいえ僕はついている」

「御託を並べる暇があるなら!」

 

 怪しい青年に桜子は先制のWMJを放った。だがトランス線の先端は頭に突き刺さろうとしたところで雲散霧消してダイブに失敗してしまう。かつて経験した射場とのやり取りに似たものを桜子は感じた。

 

「どうやら対トランス手術を受けているようだな」

「ご名答。キミ達は僕達のモルモットになっていただきますよ」

 

 青年は懐から小型の機械を取り出すとそれのスイッチを入れた。

 周囲に電光が迸り目をくらませる。頭をガツンと叩かれたかのような刺激は痛くないが痛みを感じる不思議な不快感をアゲハ達に与えた。

 

「何をした!」

「僕達が開発した対サイキッカー兵器です。名付けてキャパシティダウンとでも言いましょうか。頭が痺れてうまくPSIが使えないでしょう?」

「ふざけるな!」

 

 アゲハは怒りに任せて青年に殴り掛かるが、彼は易々とアゲハの拳を掴み腕を捻りあげる。ライズによる強化が行われていないにしてもその反応は並の相手ではない。

 

「キミ達にはこの超合金の手錠をはめて僕についてきてもらいますよ」

「一ついいかしら。アナタは最初から私たちを狙っていたの?」

「W.I.S.Eの皆さんについては偶然ですよ。夜科アゲハさんについては最初から狙っていましたが」

 

 アゲハらを手錠にかけながら青年は桜子の問いに答えた。

 PSIを妨害されたアゲハらは青年に手も足も出なかった。

 イニシエーターである延珠でさえそうなのだから、アゲハ達PSIを奪われたサイキッカーにはなすすべもない。

 

「藍原延珠を相棒殺しに引き渡したらキミ達の所に行く予定だったんです。だからこんな小道具も準備していたんですよ」

「随分と運がいいわね。それに私たちを誘拐して何がしたいのかしら」

「折角だから一つだけ教えてあげましょう。キミ達のPSIを研究材料にしたいのです。だから悪いようにはしませんよ」

「欺瞞だな。その手の連中が悪いようにしない訳がない」

「流石は元グリゴリ06号だ」

 

 かつて恐れられた最上位サイキッカーを征服した優越感に浸る青年は異様なテンションになっていた。

 この青年、巳継悠河はグリューネワルド教授の懐刀にして教授の信者である。

 教授への最高の貢物を手に入れたのだから興奮せずにはいられない。

 アゲハ達はトラックに載せてアジトに運ぶ最中、PSIによる反撃を警戒してキャパシティダウンの電光を浴びせ続ける。この装置は視覚から電気的刺激を脳に与え、まるで夢路春彦のショッカーで一時的な麻痺を受けた時のようにPSI出力を著しく低下させる機械である。本来はPSIを覚醒させることを目指した装置だったが、逆に対サイキッカー兵器として産み落とされた偶然の産物を悠河は振りかざす。

 だが悠河の愉悦は三十分ほどの短い時間で終わってしまう。

 

「そろそろ遺言でも残しておけよガキが」

「なんですか相棒殺し……いや、ドルキ第七星将と呼べばいいですかね?」

「テメーはあの機械で俺達を封じた気になっているが、一つ見落としているぜ」

「見落とし? ハッタリは―――」

「この程度でバースト波動の極地を防ごうなんて百年早ぇんだよ!」

 

 悠河はドルキの言葉を挑発に過ぎないと返そうとしたのだがその前に爆発が起きた。

 キャパシティダウンが破裂したのだ。

 

「これでしばらくしたら全員のPSIが回復するぜ」

 

 ドルキは捕まってからずっと目をつぶりキャパシティダウンによる刺激を最小に抑えていた。

 これにより完全にPSIを奪われずに済んだドルキは最小の力でキャパシティダウンを爆撃した。

 窮地を脱してしたり顔のドルキを弥勒はやれやれと言いたそうな顔をして肩を叩く。

 

「まったく……折角だからこいつらの根城をぶっ壊そうという俺の作戦を台無しにして」

「え?」

「あんな機械など俺には通じん。まあアジトに着くまでコイツの調子にのった顔を眺めるのも不愉快だったからこれでも構わないがな」

「いいんですか? 弥勒さん」

「いいさ」

「流石にリーダーは懐が深いぜ」

 

 実のところ己の体を一種の思念体に変質させていた弥勒にはキャパシティダウンなど通じていなかった。

 自らを囮にして悠河の親玉を叩くために効いたふりをしていただけだった。

 だがドルキの反撃でこれ以上の潜伏は無理と判断した弥勒は生命の樹の力で生命力を他の四人に分け与えて急速に回復させる。

 

「サンキュー、弥勒」

「報酬はこいつ等に命で払ってもらうさ」

「同感だぜ……よくもやってくれたな」

 

 全員が手錠を引きちぎり、ついでに延珠の手錠もドルキが爆塵者で爆ぜ切って開放する。

 桜子も愛刀心鬼紅骨を取り返して準備は万全となる。

 トラックのコンテナと言う密集空間で六対一という状況は悠河には不利でしかない。

 

「テメーの事、洗いざらい吐いてもらうぜ」

 

 アゲハは弓を引く構えで悠河を警告した。

 その手には握り拳大の暴王があり、回答次第で放つ準備は万端である。

 

「くっ!」

 

 悠河は悔しいのか床を叩く。すると轟音と共に荷台が砕けてアゲハらが乗る後部がトラックから引き離されておいていかれる。直ぐに脱出したが、大惨事の混乱に乗じて悠河を乗せたトラックは逃げてしまった。

 事故現場から離れてビルの裏路地に入ったところでアゲハは壁を思わず殴った。

 

「ちくしょう! ムカつくぜ」

「既に種は植えてある」

「種?」

「トラックの運転手の方にな。奴らの行先は手に取る様に判る」

「よし、追おうぜ」

 

 弥勒が仕掛けた生命の樹の種に従ってアゲハらは悠河の後を追う。

 だがその先に会ったのは壊れたトラックと運転手と思しき男の死体だけであった。

 行きついた場所は第十三モノリスの近くであり、一人ガストレアの因子を持つ延珠は気分を悪くしたのか口元にタオルを当てている。

 その様子を見て桜子も気遣いをかけるが延珠は気丈に振る舞っていた。

 

「あの男は逃げちまったみたいだな」

「半端に反撃したのがまずかったみたいですよ、ドルキさん」

「なんだよシャイナ、俺が悪いっていうのか?」

「だってそうでしょう」

「それくらいにしろ。今でもグリゴリ機関みたいな連中が生き残っていることが確認できただけで充分としよう」

「そうですか」

 

 弥勒はドルキに軽口をたたくシャイナをあやした。その経歴から悠河のような『サイキッカーを実験動物扱いする人間』の事を毛嫌いする弥勒であるが、ここは一度身を引くことに決める。

 闇雲に探しても手がかりが無いのなら無理に攻めることも無いという判断である。

 

「そろそろ俺達は島に帰らせてもらう。さっきの連中についてわかったことがあれば連絡しろ」

「わかったぜ」

 

 弥勒はそういうとシャイナのテレポートを使って根城である慰問島へと帰って行った。

 時刻は夜の七時を回る。

 

「そろそろ一旦家に帰るか」

「そうしましょう。延珠ちゃんも行くわよ」

 

 一度アゲハ達は家に帰ることにした。

 昼間に蓮太郎に「助けに行く」とは伝えたが、延珠を連れていくわけにもいかないし七時では深夜には遠い。

 まずは夕食を取って延珠を寝かせることが第一と桜子も考えていた。

 

「今日は久しぶりに手料理を振る舞ってあげるわ」

「味噌汁なら裸エプロンで―――」

「夏世ちゃんに延珠ちゃんもいるんだからそんなことするわけないでしょう!」

「……ゴメン」

 

 手料理を振る舞うと言う桜子にふとサイレンドリフト時代に見た夢の内容を口走ってしまったアゲハは桜子に怒られてビンタされた。頬が赤くはれるが桜子も特に怒っているわけでもなくアゲハ自身もむしろその痛みが心地よかった。

 自分を誘拐してモルモットにしようとした青年の存在は気がかりだが、一服の清涼剤は二人の心の疲れを癒した。




相棒殺しが転じてえんじゅを保護する話
装置の名前は余所から取ってきましたが効果はだいぶ変えました
とりあえずここまでで1/3って感覚で一区切りです


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Call.51「誘拐」

 夜七時を回った頃、捕らわれの身となっていた蓮太郎は聖居に連れてこられた。今回の事件を受けて聖天子直々の話があるとのことで、後ろ手に拘束された姿で聖女と謁見した。

 話の内容と言うのは民警ライセンスの剥奪よりも先に自主的に返納してほしいとのことで、このまま剥奪が執行されて事件が公になれば、なまじ蓮太郎が東京エリアを代表する高位序列者である以上は影響が大きいという判断である。

 特に蓮太郎は聖天子肝いりの民警のため彼女にも任命責任が降りかかるという大人の事情を孕んでいるのは言うまでもない。

 

「―――そういう事なら返納は構わない。だけど一つだけ確認させてくれ。IISOが延珠を連れて行ったのは、俺にこの話を承諾させるためにアンタか菊之丞が手を回した事なのか?」

「弁えろ! 聖天子様がそのような謀略をすると思うか?」

「でもアンタは聖天子様のためならそういう事を平気でやれるよな?」

「今回は手を出してはおらん。キサマ如きを御するのに小細工など要らぬからな」

「そうかよ」

 

 返納を承諾しつつ延珠の件を問う蓮太郎に傍らに控えていた菊之丞は吠えた。

 彼の談を信用する限りIISOの動向は聖居側の工作ではないようである。

 返納の承諾が取られて民警ライセンスが聖天子の元にわたったことで話はここまでと蓮太郎は聖居を後にした。

 

 再び拘置所まで帰るまでの道に不穏な小さな影が潜んでいた。道中には雑木林となっている区画があったのだが、そこに入ってしばらくすると蓮太郎を乗せたワゴン車の前に人影が現れたのだ。

 運転手は影に驚いて急ブレーキを踏むが間に合わない。引いてしまうと恐怖して必死に躱そうとハンドルを切ったのだが、影はハンドルの動きとは逆に飛び退いて無事に衝突を避ける。だがワゴン車は無事ではなかった。火薬が爆ぜる轟音が轟きワゴン車が横転したからだ。

 影はワゴン車を避けると側面からショットガンで車を撃ちぬいていた。使う弾頭は対人征圧用の十字ゴム弾だが火薬が増量された特注品である。元は暴徒化した呪われた子供たちを殺すことも辞さずに制圧するために作られたものだが、数倍の威力とハンドルを切ったことによる慣性力を組み合わせれば容易に横転させることが出来たのだ。

 運転手や蓮太郎を監視していた護衛は横転の衝撃で頭を打って気絶していたが、蓮太郎は辛うじて護衛がクッションになって気を失っていなかった。

 そんな蓮太郎の前に影は顔を出して拳銃を突き立てた。

 

「ついて来なさい」

 

 影はそういうと蓮太郎を誘拐していった。

 その頃、延珠を連れて帰宅したアゲハと桜子は夏世に出迎えられた。この日の夏世は菫の手伝いで彼女の元に出向いており夕方に帰宅していた。本来ならアゲハが勾田大学病院に迎えに行く予定だったが、先ほどの戦闘があったことから先に帰ってきていた。

 

「夕飯は私が用意するから少し待っていてね」

「雨宮さんの手料理ですか?」

「大したものじゃないけれどね」

 

 三十分ほどかけて桜子は夕飯を用意した。

 香ばしく赤い色をしたスパゲティが食卓に並ぶ。

 外食や出来合いの弁当が多いためこの日も米を炊いていたわけではないためこのような麺料理は捗る。

 

「赤いパスタなんて初めてです」

「夏世、お主はナポリタンを知らぬのか?」

「今までパスタと言えば塩とバターだけかデスペラードくらいの貧乏飯くらいしか食べたことありません」

「確かに伊熊のヤローはそういうので腹ごなしして『喰えればいいんだよ』とか言いそうだぜ」

 

 桜子が作ったのは変哲の無いナポリタンと味噌汁だけだったが、客人の延珠よりも夏世の方が食いついていた。

 初めて見るナポリタンがよほど気に入ったようで、アゲハは初めて夏世がおかわりを要求する姿を見た。

 食事を終えて食休みをしてから桜子は延珠と夏世を風呂に入れる。そのまま十時ごろになると子供二人は流石に眠くなったようでそのまま寝室に寝かせる。

 

 深夜十一時を回る頃になると、この『蓮太郎誘拐』情報は木更の元にも届いた。櫃間から直接聞いた木更はもし予想が当たっていた場合を考慮して櫃間が帰って行ってから電話をかける。

 電話を受けたアゲハはまさに拘置所襲撃の準備をしている最中だった。

 

『もしもし夜科さん、今どこにいますか?』

「天童社長か。どこって言われても自宅だぜ」

『一応念のために質問しますが……里見君と一緒にいたりしませんよね?』

「そんなわけないだろう、アイツは塀の中だぜ」

『嘘じゃないですよね』

「しつこいなぁ……まさか蓮太郎が脱獄した訳じゃあるまいし」

『そのまさかですよ―――』

 

 アゲハはこれからまさに蓮太郎を脱獄させようとしていたのを脇に、冗談めかして答える。だが木更が言うにそれは本当のようで、なんでも謎の襲撃者が聖天使と謁見するために一時的に外出した蓮太郎を誘拐していったとの事である。

 木更は自分と蓮太郎共通の知り合いでそのような行動を起こしそうな人間など他に知らなかった。

 連絡を取ろうにも蓮太郎自身の携帯電話はライセンスと共に聖天使に返納されているため連絡がつかない。

 そこでアゲハに電話をした次第である。

 事情を聴いたアゲハは電話を切ってから桜子にそのことを伝え、プランを変えることにした。

 

「面倒なことになっちまったが、蓮太郎が誘拐されたそうだ。これから向かっても無駄になっちまったぜ。さて、どうする?」

「これって私たちの予想している『里見君の逮捕を画策した黒幕』がやった事……なわけはなさそうね。黒幕がやった事ならこのタイミングって言うのも少し変だし。あえて逃がすことで里見君を強引に殺す方便を立てた可能性もあるとはいえ、回りくどすぎるわ」

 

 とりあえずこの話を自分たちの間に留めて夢の中にいる夏世と延珠には知らせるべきではないと二人は示し合せる。さてこれから現場に向かうべきかと相談していると、今度はおっさんの一団が家に押しかけて来た。

 

「警察だ、入らせてもらうぜ」

「子供が寝ているんだ、静かにしてくれよ」

 

 やって来たのは多田島とその部下数名だった。襲撃現場の検証を終えたその足で多田島はアゲハらが住むアパートまで車を走らせた。もちろんアゲハが誘拐犯なのではと疑って。

 

「出来るだけ静かにやるが、部屋の中を調べさせてもらってもいいかな?」

「寝室は子供が寝ているから明日にしてくれ。それ以外ならどこを調べてもいいぜ」

「寝室? だったらそこは入念に調べないとな。なあに、子供は起こさんようにするさ」

 

 多田島はアゲハの頼みなど聞く耳持たずに家中を調べ歩いた。

 子供たちが目を覚まさなかったことは幸いだが、睨んでいた蓮太郎の姿が全くないため多田島は苦虫を噛む思いをする。

 刑事の勘でいえばアゲハが蓮太郎を誘拐もとい救出してもおかしくないと睨んでいたし、実際にそのような行動に移す予定だったのは正解ではある。だが決行前に第三者が獲物を横取りしたのだからこの家に蓮太郎がいるわけなど無かった。

 二時間ほど調べると諦めて多田島は帰って行った。




ハミングバード戦シリーズ一回目
ここからだいぶ変えてしまってとりあえずハミングバードとの戦いまで四回分出来ましたがこの後は最終戦の運びでまた時間がかかりそうです


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Call.52「ほたる」

 トラックの運転手を囮にして逃げ延びた悠河は汗だらけの姿でアジトに戻った。

 到着するなりおもむろにエナジードリンクを一本飲み干した悠河はひどく疲れていた。

 アジトにいたコートの男、ソードテールは心配して彼に話しかける。

 

「お前にしては珍しいな」

「ソードテール……僕を嘲うつもりか?」

「そんなつもりではない。ただお前が画策していた『里見蓮太郎撃破』に動きがあったのでな。その様子でやれるか体調を心配しただけだ」

「動き?」

「里見蓮太郎は今、聖居に呼び出されている。格好の機会だからお前の名を使ってコマを動かしたと言うわけだ。お前の予想より早かったがな」

「何を勝手にやっているんだ、僕に断りも無しに!」

「怒るな、全ては教授の御意向だ。俺はこれからコマのサポートに向かうがお前には教授から伝言がある。俺が出て行ったらこのビデオを回せ」

「ちょっと!」

「もう一度言うがこれは教授の御意向だ。俺からはしくじるなとしか言えん」

 

 ソードテールは悠河を残して出かけていった。

 悠河は彼が言うようにビデオデータを再生するとそこには敬愛するグリューネワルド教授の姿が映る。

 

「いきなりだが失望したぞ。まさかワイズの首領に勝てる気でいたとは」

 

 再生すると開口一番で教授は悠河の失態をなじった。教授は義眼に仕組まれた監視機能で悠河の動向を把握しているため当然ながら先程の失敗も存じていた。

 悠河がアゲハを捕まえようとしていたことも黙認していたがアゲハ一人ならまだしも天戯弥勒はさすがに今の悠河ではキャパシティダウンを使っても勝てないと教授は読んでいた。

 教授としては弥勒の姿を見たら決行を取りやめて日を改めるなりして当初の予定通りにアゲハに狙いを絞って欲しかったわけである。

 悠河も返答しないビデオに言い訳を告げるが通じることは当然無い。

 

「これ以上の深追いはするな。今は室戸菫の機械化兵士に勝利することだけを考えろ」

 

 教授は一方的に悠河を諌めてビデオメールを終えた。

 この内容は蓮太郎との戦いをもししくじれば容赦なく彼を切り捨てるという意図を含んだものであり、それを悠河自身も察していた。

 最高傑作を自負するうえでは避けられない戦いはすぐそこに迫っていた。

 

――――

 

 拳銃を突き立てられた蓮太郎は場末のホテルに連れてこられた。

 管理も全自動とずさんなラブホテルの一室で、前回利用者からろくに掃除もしていないのかシーツも乱れて汚れている。

 利用客もまばらでこの時間では居たとしても誘拐されてレイプされた少女くらいのものでこの日は他にだれもいなかった。

 そもそも相手は十歳ほどの幼女であり本来ならこんなところに男女二人で足を踏み込んだ時点で犯罪なのだが咎めるものがいないのもまたこのホテルのずさんさであろうか。

 

「それで……どういうつもりだ紅露火垂」

「それは自分の胸に聞いてみなさいよ」

 

 蓮太郎を誘拐した犯人は鬼八のパートナー、紅露火垂だった。

 彼女は冷たい目で終始蓮太郎を睨んでおり、鬼八が殺されたことを踏まえると犯人を蓮太郎であると思っていることは明白だった。

 彼女が彼に向ける視線は殺気である。

 だが事件の犯人として蓮太郎が逮捕されたことを知るのはまだ一部の人間のはずである。そのことが蓮太郎の脳裏に引っ掛かる。

 

「……水原の事なら俺じゃない。被害者遺族として警察から聞いたのかも知らないが、本当に俺はやっていないんだ」

「だったら証拠はあるのかしら? こっちにはアナタの銃弾が鬼八さんに打ち込まれたっていう証拠があるのだけれど」

「俺達は先の関東開戦を戦った戦友だろう? それに水原は俺にとっては幼馴染だ。ましてや俺には動機もない」

「動機? それこそいくらでもあるじゃない。些細な口論から殺意が芽生えても不思議じゃないわ」

 

 蓮太郎を犯人と決めつけてかかる火垂には何を言っても暖簾に腕押しである。

 平行線の口論のまま十二時を過ぎたころ、ホテルに来客が訪れる。

 歳は蓮太郎と同じ十代後半らしき青年は部屋に入るなり火垂と同様に拳銃を突き立てた。

 

「遅かったじゃない、巳継さん」

「少し野暮用があってね。でも僕が言うように彼は『俺はやってない』と言うだけだったろう?」

「ええ。鬼八さんを殺したことなどどこ吹く風と言った感じだわ」

「ちょっといいか……この男は誰だ?」

 

 蓮太郎はやって来た男の事を火垂に訊ねた。

 

「警視庁に顔が利く巳継悠河っていう民警よ。何度か仕事で組んだことがある仲で、今は暫定ながら私のパートナー代理もしてもらっているわ」

「初めましてだね、里見蓮太郎君。いや、東京エリアの英雄さんと言えばいいかな」

 

 悠河の態度は一見すると柔らかいが蓮太郎にはどこか気色が悪く感じられた。

 火垂は彼を信用している様子だが、どうにも違和感がぬぐえない。

 それに警察に顔が利くと言われてもだからと言ってこの火垂への協力ぶりは不自然に感じられた。

 

「―――なあ、火垂に俺を誘拐するチャンスを教えたのもアンタでいいんだよな?」

「当然」

「じゃあ、そういうアンタは何処から俺があの場所を車で通ると知ったんだ? 当の本人でさえ直前まで知らなかったんだぜ」

「櫃間警視の差し金ですよ。天童社長から聞いていませんか?」

「だったらおかしいよな? アイツは俺の『冤罪』を晴らす協力をしてくれるって話だったぜ。冤罪を晴らすことと誘拐することはかみ合わない。それに火垂は俺を殺す気で誘拐したんだ、矛盾していないか?」

「一々細かい人だ」

 

 悠河は少し額に青筋を立てるとおもむろに構えた拳銃を火垂に向けて弾いた。

 部屋の中に銃声が響いて額を貫かれた火垂は瞳孔を見開いたまま倒れる。

 

「何をするんだ!」

「いいじゃないですか、キミを殺そうとしたガキが死んだところで」

「コイツは……火垂は勘違いしていただけだ。誤解さえ解けばきっと―――」

「僕もそうですが、信じる誰かを思う気持ちと言うのはそう簡単には緩みませんよ。例えば水原君を殺した犯人を彼女の前に突き出してみじめに殺しでもしなければ彼女は止まらなかったでしょう」

「それは火垂を殺していい理由なんかじゃない!」

「生きていたら僕の邪魔になる。理由なんてそれで充分ですよ」

 

 火垂が撃たれたことを怒る蓮太郎とは対照的に悠河はまるで悪びれない。

 彼にとって火垂はこの場をセッティングするための道具としてしか見ていない。

 だから死んだところでなんの感想もない。

 悠河は無言のまま拳銃を蓮太郎に向けて引き金を引く。

 冷や汗を出しながら眼光を鋭くする蓮太郎は左眼の機能を発動させて射線を見切って横に躱す。

 左足を蹴って右に飛びのき、そのまま着地に合わせて右足の頸を炸裂させて加速する蹴撃は悠河の胴を狙う。

 

「―――陰禅(いんぜん)玄明窩(げんめいか)!」

 

 鋭い飛び廻し蹴りが悠河を襲う。普通の人間ならカウンターKO必至の一撃だが悠河は動じない。

 両の眼を怪しく光らせた悠河は蹴りの軌道にショートアッパーを合わせて弾く。

 

「うわぁ!」

 

 元の勢いが強いがゆえに飛び跳ねた蓮太郎は壁に打ち付けられる。

 起き上がろうとする蓮太郎に眼を光らせる悠河はゆっくりと歩み寄る。

 

「先輩と呼べばいいですかね」

「その眼……」

 

 悠河の眼光に蓮太郎も気づく。

 彼の両目に浮かぶ幾何学模様はなじみ深い。

 

「なんでお前が?」

「冥途の土産に教えてあげます。僕は新人類創造計画のアップデート版、『新世界創造計画』の巳継悠河です。僕の力を証明するためにキミには犠牲になってもらいますよ」

 

 駆け寄る悠河の拳は二十一式バラニウム義眼の世界から見れば遅い。

 お返しとばかりにぬるい拳打を弾いて反撃を企てようとした蓮太郎だがそれは失敗に終わる。

 拳打を受ける左手から伝わる衝撃は内臓を撃ち貫かれたような鈍い痛みを全身に響かせたからだ。

 蓮太郎は『新世界創造計画』を知らないがゆえに悠河の術中に陥っていた。

 

「あががが」

「その防ぎ方は不正解だったね。もっとも、小手調べのけん制だからキミもその程度で済んだわけだけど」

「ぎぎぎ!」

 

 蓮太郎は痛みを食いしばる歯の刺激で耐えると再び悠河に挑む。

 ここからの組み合いはさながら空手の乱取りのようにギャラリーがいたら見惚れるような攻防が続く。

 互いに打撃を反らしながら次の一手を打ち合う平行線の並び。

 一つ違いを言うならば冷や汗がにじむ蓮太郎とは対照的に悠河は余裕の表情ということだろうか。

 彼とて先ほどまで様々なトラブルを突き付けられて青色吐息になっていた。

 そんな悠河も先ほどのやり取りで蓮太郎を格下とみなして心の余裕ができたことで上から目線で攻め立てていた。

 焦りは蓮太郎をますます追い込んでいく。

 

「お遊びはここまでです」

 

 そう言うと悠河はこれまで拳銃を握ったままでいた右手を解禁する。至近距離から放たれた銃弾は蓮太郎の義手接合部当たって衝撃が体を駆けめぐる。

 言葉とは裏腹に悠河は蓮太郎を嬲っていた。

 圧倒的力の差を教授に見せつけて、そして室戸菫最高傑作をこの手で壊す、そのために。

 

「(このままじゃマズい。何か手はないか?)」

 

 幸いにも二十一式バラニウム義眼によるオーバークロックで思考を巡らせた蓮太郎が冷静になるまでの時間は現実の時間と比べれば早い。痛みで限界まで思考を加速させた蓮太郎はこのまま互角の戦いをしてもこちらは素手で相手は拳銃と腕に仕込んだ何かを持っているので不利だと気付く。

 気付いても成す術がないのだから仕方がないのだが、思い付き半分で一か八かの賭けに出ることにした。

 

「天童式戦闘術―――」

「何をするかは知りませんが、キミの拳法なんて僕には通用しませんよ」

 

 眼を光らせる悠河は余裕の表情を浮かべる。

 蓮太郎渾身の奥義を捌いたうえで必殺の一撃を御見舞しフィナーレとしようと少しばかり頬も緩んでいる。

 師の教えである『視る』ことでそれを見抜いた蓮太郎は拳にありったけの頸を籠め、そして下から突き上げるように顎を狙った掌底を放つ。

 

「空の型三番、剄蘭(けいらん)三打玉麒麟(さんだたまきりん)!」

 

 悠河は蓮太郎の掌底を義眼で見切って紙一重で躱す。

 そして涼しい顔でカウンターに振動拳を打ち込んで勝負を終わらせる「ハズ」だった。

 

「……ぐ!」

「さっきのお返しだぜ」

 

 渾身の剄蘭で蓮太郎も限界に近い。

 眼に見える範囲では確かに悠河は紙一重で回避したが、目に見えていなかった剄蘭による頸の打ち込みは顎を捕えていた。

 クリーンヒットとまではいかないが剄による一撃を受けた悠河は酩酊したかのように足をふらつかせる。

 だが蓮太郎もこれまでのダメージで踏み込むことが出来ずトドメを刺せない。

 二人は動きたくても動けないままにらみ合う。

 

『ドカン!』

 

 その緊張を爆発音が破った。部屋の四方で爆弾が破裂したのだ。

 誰が仕掛けたのかわからないまでも、蓮太郎どころか悠河まで驚いているので消去法で火垂以外にいない。

 噴煙に紛れた蓮太郎は手を引く誰かに導かれて崩れゆくホテルの窓から飛び降りて、地面に置いてあった安いスプリングベッドに打ち付けられた。

 

「いてて……なんだったんだ? それにこの手は誰だ?」

「私よ。それに重いんだけどどいてくれないかしら」

「火垂?!」

「まるで死人が生き帰ったみたいな顔をしないでちょうだい。単純にあの程度ならまだ生きていられただけよ」

「でも額を……」

「さあね。運が良かっただけじゃないかしら」

 

 火垂は何かを隠している様子だったが蓮太郎の詮索を受け付ける素振りは無かった。

 そのままホテルから離れた二人は火垂によって脅されるように夜の街に消えていく。

 

「―――誰かはわかりませんが、やってくれましたね……」

 

 まさかの横槍による失敗に悠河は怒り狂う。

 瓦礫を両腕の振動兵器で砕くことで難を逃れホテルから脱出した悠河は青筋を立てて闇夜に吠える。

 

「今すぐ探して殺してあげますよ、里見蓮太郎!」

 

 悠河は何処かに逃げた蓮太郎を探すために櫃間の元を目指す。

 彼が管理する監視システムを使えば東京エリアの何処に居ようともすぐに探せることを悠河は知っていたからだ。




悠河初戦の話
シティホテルがラブホテルになっちまったの巻
火垂と鬼八が常連なのかどうかはご想像で


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Call.53「トリの歌」

 荒くれ者の集う歌舞伎町斡旋所の庇を借りて一夜を過ごした蓮太郎はまだ癒えきらない体を起こしてコーヒーを嗜む。

 当たり前だが投獄中の身でありながら誘拐されただけあって無一文である。先の戦いでもやつれたその身一つで準備万端で同じ眼と同種の切り札を持つ敵を相手に殺されなかったのは幸運としか言えない。

 火垂はしぶしぶ彼に食事を奢っており、自分もまたコーヒーと菓子パンで腹ごしらえをしていた。

 

「一応アナタの家から持ってきたけれどこれでいいのかしら」

「サンキュー」

 

 昨夜の蓮太郎は斡旋所に着くなり気を失って眠ってしまっていた。火垂は顔見知りのプロモーターに彼の見張りを頼み、気絶する前に蓮太郎から頼まれた『新人類創造計画の個人兵装の備品』を回収してきた次第である。

 火垂も完全に蓮太郎を信用したわけではないが、悠河のことを考慮すればいまは手駒として利用した方が良いと考えていた。

 

「メシまで奢ってもらってすまないな」

「別にいいわよ、これから私のために働いてくれれば。ねえ、『新世界創造計画』って一体何の話よ」

 

 火垂は目覚めた蓮太郎に問いかけた。

 蓮太郎もハッキリと知っているわけでは無いが、義肢のカートリッジを装填しながら知る限りのことを彼女に伝える。

 曰く、それは『新人類創造計画』のアップデート版であることを。

 曰く、それは死ぬ寸前の鬼八が知った『東京エリアの危機』に関係していることを。

 

「―――それは本当なの? 鬼八さんが新世界創造計画なんてモノに関わってしまったばかりに殺されたって」

「半分は憶測だがおそらく」

「だったら……だったらなんでアナタは鬼八さんを見捨てたのよ!」

「見捨てるわけがないだろう」

「だってアナタが……アナタが鬼八さんに協力していたらこんなことにはならなかった訳じゃない!」

 

 蓮太郎の判断が鬼八の悲劇の遠因なのは否定できないため蓮太郎も顔を下に向けてしまう。

 火垂は一目も気にせずに泣き蓮太郎に八つ当たりをして、彼もまたそれを甘んじて受け入れる。

 友の死と巳継悠河が関係しており自分はその悠河に敗北している。

 だからこそ今は目の前の少女の咎めから逃げてはいけないと思っていた。

 

「―――気が済んだか?」

 

 トントンと叩く火垂の手が止まる。昨夜から蓮太郎を監視するために不眠不休を貫いた彼女の電池が切れたことをその反応は表していた。

 蓮太郎は火垂にタオルを掛けると斡旋所のマスターに頼む。

 

「電話を貸してくれないか?」

「別に構わないが、やめておいた方が良いんじゃねぇかな」

「何故?」

「だってアンタ……お尋ね者だろう? 警察を相手にするんなら電話は辞めておいた方がいいと思うぜ。ヤツらはその気になれば声紋一つで居場所くらい探れるぜ」

「本当かよ」

「まだ試験段階の監視システムとは聞いているがな。ここは斡旋所の中でも荒くれ者の揃いだからアンタみたいなお尋ね者のプロモーターが来ることも多いんだが……そう言う奴は十中八九電話から場所を探られちまうんだ」

 

 マスターが言っているシステムは櫃間の管轄の元、今まさに悠河が使おうとしていたシステムだった。

 東京エリア全ての監視カメラと電話の情報を一カ所に集めて管理下に置くこのシステムは、試験運用で一定の成果をあげていた。

 一つ問題があるとすれば、犯罪者を取り締まることに重きを置いているせいかプライバシー保護の観点が考慮されていないことと、衛星通信電話まではカバーしていないことだろうか。

 

「ちくしょう……先ずは夜科さんたちと合流したかったんだが―――」

 

 今頃脱走の報告を受けて、夜襲をかけると言っていたアゲハらが困っているだろうなと蓮太郎は考えていた。

 手がかりの一つである『巳継悠河』の存在から黒幕を追えば、きっと冤罪を晴らして鬼八の仇を討てると考えながら熱いコーヒーのおかわりを飲んだ。

 

――――

 

 警視庁が所有する東京エリア監視システムの中枢ユニットで、依然として見つからない蓮太郎の姿を探して悠河は苛立っていた。

 逃げ込んだ先が歌舞伎町斡旋だったことが幸運だったようで蓮太郎は監視網に引っかかっていなかった。

 

「私達は独自に里見蓮太郎探しをさせて貰うわ」

「そうしていろ。やれるものならそのまま仕留めたって構わないさ」

「了解。最近のアナタは失敗続きだし、このまま私がアナタの地位を奪っちゃうかも知れないけれどね」

「……二枚羽根風情が調子に乗るなよ?」

「ハイハイ。冗談よ、ダークストーカー。さあ行きましょうか、ソードテール」

「心配するな、見つけ次第お前にも連絡する。お前はここで待機していれば良い」

 

 ハミングバードこと久留米リカとソードテールはそう言って部屋を出て行った。

 彼らは連続して失態を演じるダークストーカーこと巳継悠河に成り代わるチャンスだと口では言っているが本気では無い。

 だがこの二人はグリューネワルド教授から直々の指令を受けていた。

 今回の失敗で教授は悠河を見限り始めていたのだ。それも能力では無く素養を問題にして。

 

「教授の言うことも最もね。ダークストーカーは確かに優秀な兵士だし、熱心な教授の信奉者だわ。でも彼はそれだけの男なのよ」

「そうは言うがな、ハミングバード。俺は教授の言っていることがよくわかっていないんだ。優秀な兵士であることの何処がいけない? そのための機械化兵士だろうに」

「教授の研究テーマの先にあるモノはこんな機械化兵士なんかよりもずっと進んでいるってことよ。例えば私のネクロポリス・ストライダーなんかはわかりやすいわね。今は機械仕掛けだけど最終的には鉄の塊そのものを遠隔操作したいのよ、教授は」

「まるでテレキネシスだな」

「昨日ダークストーカーが取り逃したサンプルのように教授がサイキッカーを欲しがっている事はアナタも知っているでしょう? これくらいすぐ思い付くわよ。むしろアナタの鈍さに私は驚かされたわ」

「言われてみればその通りだが……俺には超能力なんてアニメや漫画の中にしか無いものだ。教授の下でエージェントとして精を出す今になってもな」

 

 教授は機械化兵士として優秀な悠河の限界を感じ始めていた。いくら優秀でも悠河はしょせん一介の機械化兵士に過ぎないからだ。

 確かに悠河は機械化兵士としては最高傑作である。だが人造の異能力者としては失敗作でしかなかった。

 教授もその優秀さからこの欠点には目をつぶっていたが、実際に連続して超能力者を相手に失態を演じる姿には落胆せざるをえない。

 しかも同じ眼を持つ室戸菫の機械化兵士までも力の目覚めを感じさせる謎の掌底を放ったのだから、教授にとっては菫に一歩先を超されたようにしか思えない。

 ハミングバード、ソードテールの両名に命じた司令というのも悠河より先に蓮太郎と交戦し、彼の能力を測れというものである。

 アゲハのように確実なサイキッカーではないし、何よりライバルの技術など真似たくないのでサンプルとして拉致する気はない。だが様々な状況に追い込むことで『二十一式バラニウム義眼装着者に見られる超能力発露』を検査してみたかった。

 コントロールルームでただ発見を待つ悠河と違い、教授には蓮太郎の居場所が想定できていた。

 監視システムの網に掛からないのなら網の最も薄い部分にいるだろうと教授は読んでおり、更におあつらえ向きの場所として歌舞伎町が件のホテルの近くにある。

 歌舞伎町は治安の悪さから独自のネットワークが出来ている地区のため監視システムに繋がらない監視カメラの方が多いのだ。

 

「さすがは教授の読みだ。里見蓮太郎は斡旋所にいたぞ」

「ご苦労さま。私が仕掛けるから、アナタは十五分たったらダークストーカーを呼びなさい」

 

 光学ステルスで身を隠したソードテールは歌舞伎町斡旋所の様子を探っていた。コーヒーを飲み体を休めていた蓮太郎の姿は隙だらけに見えたが、このまま殺しても教授の意向に逆らうとソードテールはこらえる。

 雑居ビルの屋上で殺人機械のエンジンを入れたリカはソードテールからの連絡を受けてげひた笑みを浮かべる。さあ、殺人の宴が始まると。




ハミングバード戦前振りの話
原作におけるするみ教授を訪ねて云々はれんたろーサイドの話からは切り離しています


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Call.54「トリに愛が語れるか」

 『死滅都市(ネクロポリス)()徘徊者(ストライダー)

 それは機械化兵士ハミングバードが操るBMI兵器である。

 一見するとフリスビーを一回り大きくしたようなタイヤ型円盤であるが、小さな本体に動力ユニット、遠隔操作ユニット、攻撃用武装を詰め込んだグリューネワルド教授の傑作である。

 BMI技術そのものはNEXTのエイン・ランドに先を超されたとは言えそれは教授にとっては手をつけてないで放っていた分野で先に手を出されて、エインに大きな顔をされただけに過ぎない。教授自らが腰を入れれば脳波コントロールによって単独での作戦行動が可能な悪魔の兵器へと生まれ変わる。

 ティナ・スプラウトのシェンフィールドはあくまで彼女自身が持つ狙撃手としての力を高める補助具であるがネクロポリス・ストライダーはそれ単体が一つの殺戮兵器である。

 高度なカラクリを仕込んでいるため要求される脳波コントロールの難易度も高いが、ハミングバードはそれをクリアしていた。

 彼女は教授の思惑通りに微小ながらトランス系PSIの適正を示している。その力は単独では『よほど強い意志を露わにする相手の心を感じ取る』程度であるが、ネクロポリス・ストライダーと連動することで、兵装を積むために最低限にそぎ落としたセンサー類の機能を補っていた。

 

「なんだ?」

 

 斡旋所にいた一人の男がそれに気づく。

 入り口からコロコロと転がってきた謎の円盤を男は興味本位で拾おうとしたのだが、円盤は手に持った男に牙を突き立てた。

 跳ねる円盤は男を突き倒してそのまま無警戒の蓮太郎を襲う。謎の飛行物体に驚く蓮太郎とマスターだが、マスターは反射的なのかエプロンから拳銃を取り出すと慣れた手際で三発の銃弾を放つ。

 人力での連射能力は蓮太郎も驚くほどに早いが、飛行物体は力場を形成して弾丸の直撃を避けて壊れない。

 見覚えがある青白いスパークに蓮太郎は状況を察する。

 

「今のはまさか、斥力フィールドか? しかもこれはまるでティナの―――」

「知り合いか?」

「まさか。だが今のバリアみたいなのには見覚えがあるだけだぜ。それ以上にマスターこそ何者なんだよ? 妙に拳銃に慣れ過ぎていないか」

「ちょいと育ての親みたいな人に教わってな。その前に……来るぜ。奴さん俺達を殺す気のようだ」

 

 蓮太郎の質問を流したマスターは円盤の事を言う。円盤はタイヤから痛々しいスパイクをむき出して、このまま体当たりされれば大怪我は必須である。

 蓮太郎たちは知らないが、このネクロポリス・ストライダーは推進エンジンによる運動エネルギーを低出力ながら小型化して搭載した斥力フィールドによってベクトル操作して制御している。先ほどマスターが弾いた弾丸を防いだのもその応用である。

 そして最先端科学の粋は従来の常識では計れない駆動能力をこのネクロポリス・ストライダーに与えていた。

 

「当てられるものなら当ててみなさい」

 

 そういっているかのようにストライダーは空を舞い間合いを詰める。

 

「坊主! 二十秒でいい、時間を稼いでくれ」

「どうする気だ?」

「いいから行け!」

「チィッ!」

 

 マスターにどやされた蓮太郎は仕方なく切り込む。もとより自分一人で対応する気だったのでむしろマスターが余計な横槍を入れることの方を不安に思いながら前に出た。

 体調は七割ほどだが炸裂カートリッジを含めて補給は充分、殺人機械には負けるつもりも無い。

 

「天童流戦闘術一の型八番―――焔火扇」

 

 頸を込めた焔火扇のチャージが円盤を襲う。

 ストライダーはUFOさながらの駆動で身を翻して蓮太郎の右肩をえぐるが、義肢部分のため服と皮膚を削っただけで大事は無い。

 そのまま身を翻した蓮太郎は下からアッパーカットを振るうのだがまたしても羽根のようにストライダーは直撃を避けた。

 

「当たるわけがないでしょう、お馬鹿さん」

 

 そう言っているかのような雰囲気に蓮太郎は少し苛ついてストライダーを睨む。タイミングを変えるようにカートリッジを炸裂させた蹴擊を放つが斥力フィールドに受け流されて通用しない。

 普通なら触りたくも無い殺人機械だが漆黒の義肢を持つ蓮太郎にはその限りでは無い。叩き壊せるだけの膂力もある。

 それでも倒せないこの円盤は厄介な相手と蓮太郎は冷や汗をかいてしまう。

 そして約束の二十秒が訪れる。

 

「三歩下がって準備しろ!」

 

 蓮太郎は咄嗟に言われるがままに準備した。下手に我を通せば巻き込まれそうだという理由であるが。

 蓮太郎の背でマスターはライフルを持ち出して円盤を狙っていた。大口径の狙撃銃でありティナが使用している対戦車ライフルを彷彿させる大業物である。

 マスターは蓮太郎が身を引いたことを確認すると引き金を弾いた。轟音と共に音速を超えて飛来する礫は円盤の淵に当たる。

 

「あらあら、そんな物騒な物を持ち出しても効かなくて残念ね」

 

 ストライダーを遠隔操作しながらそうほくそ笑むリカの思惑を超えた一投がこのとき行われていた。リカは問題なしと思っていたストライダーの身動きを封じる一瞬の間、この間が命取りになる。衝撃を殺しきれずに空中で回るストライダーは一瞬だけ動きが固まったのだ。

 

「―――轆轤鹿伏鬼!」

 

 マスターが作った隙を突いた蓮太郎の轆轤鹿伏鬼がストライダーを貫く。リカのこめかみにはストライダーの大破を知らせる頭痛が響き、トランスでつながっていた視界が途絶える。マスターは当初蓮太郎を囮にしてストライダーを自慢のライフル『バレッドイーグル』で打ち貫くつもりだったが、彼の炸裂する義肢の轟音を聞いて徹甲弾よりも威力が高いと判断して彼に任せることにした。

 連携による直撃に簡易な斥力フィールドなどものの役にも立たなかった。爆発四散するストライダーを残心しながら見つめる蓮太郎は気を緩めない。

 

「やったな坊主」

「いや、まだだ!」

「ん?」

「今のが俺が知っているのと同じモノならまだ同じ奴がいると思った方がいい。アレはそういうモノだ」

「マジか……」

「マジだ」

 

 蓮太郎は一目見てシェンフィールドと同様のBMI兵装であると想定し見抜いていた。先の悠河が自分と同じ二十一式バラニウム義眼をもっていたこともその推測に行きつく切っ掛けである。

 ティナの場合は同時に四機のシェンフィールドを操作する能力を持っていることから大目に見て合計五機はいるだろうと読んでいた。実際には深読みで数を多く見積もっているが、油断が無い以上は不意はつけない。

 蓮太郎の目つきを潜ませた別のストライダーから読み取って油断が無いことを確認しているリカは攻め手に欠ける現状に苛立つ。約束の時間まであと三分、このままタイムアップで悠河にバトンを渡すのはシャクである。

 

「ふふふ……だったら直接やってやろうじゃない」

 

 見た目は十歳程度の幼女に近いリカとて成功率百パーセントを誇るエージェントである。当然、プライドの為に今回の襲撃も失敗するつもりなど無い。教授の要望は彼を様々な状況に追い込み、データ取りのサンプルにしたうえで始末すること。ならば得意技も見舞うのは当然だとリカは先走った。

 

「こんにちは。さっきの物音はなんですか?」

 

 一機目の爆発四散から数分後、ビルの屋上から移動し終えたリカは轟音を聞きつけた近所の幼女を装って斡旋所に踏み込んだ。部屋に入って周囲を見渡すと、ソファーに横になる火垂の姿が目に付く。

 

「(死体をこんなところに持ち込んでいるってわけ?)」

 

 リカは悠河の報告で火垂は死んだものだと思っていた。だから彼女がただ単に寝ているだけなのは気付いていない。火垂の遺体を持ち込んでいる蓮太郎は相当なバカなのだろうとしか思っていない。

 

「お嬢ちゃん……危ない、伏せろ!」

 

 マスターはリカの背面から転がってくる二機のストライダーに反応して伏せるように怒鳴り、そしてバレッドイーグルの引き金を弾いた。連射する二発の弾丸はストラーダ―の軌道を反らしてリカをそれから救う。

 ここまではリカが無関係な一般人を装うために行ったフェイク。なのでリカはわざとらしく身を低くして、弾丸も跳弾に注意して斥力フィールドで受け止める。先ほどと違って異様に吹き飛ぶ様子に蓮太郎は小首を傾げていた。

 

「急になんですか?」

「危ないから早くこっちに来るんだ!」

 

 リカは言われるがままマスターに駆け寄って足にしがみついた。あくまで自分はストライダーとは無関係であると装うために吹き飛ばされた二機の稼働を再開して蓮太郎を襲わせる。

 左右から弧を描いて挟むように飛来するフライングソーサーは激しく回り、飛び出た刃は鋸のように痛々しい。蓮太郎はあえて前に出て右側から来るストライダーを迎え撃って漆黒の義肢で手刀を繰り出す。

 

「空の型三番―――剄楓!」

 

 頸を籠めた手刀は太刀のように鋭く斥力フィールドを断つ。

 ギンという鈍い音が室内に響いて推進エンジンを故障させたことで二機目のストライダーは沈黙する。

 そのまま後を追って軌道を変えた左のフライングソーサーが空中の蓮太郎を狙うが、脚部カートリッジを使って爆発の推進で地面に戻る蓮太郎はそれを躱す。

 

「(さっきより鈍い?)」

 

 一機目の羽根のように舞う姿を見せられたあとという事もあり蓮太郎は動きが鈍いと錯覚していた。

 それもそのはずでリカは演技をしながら、蓮太郎の気が緩む瞬間を狙いつつ二機のストライダーを操作していたからだ。安全地帯から一機だけを操作したときと比べれば割ける思考のリソースは当然少なく、それが如実に動きに現れていた。

 残りが一機になったことで振ることが出来るようになったリソースを振りなおす暇も無い。蓮太郎は着地するとそのまま息つく暇も無く飛び上がって雲嶺毘湖鯉鮒の拳打にて叩き壊したのだから。

 

「すごい……」

 

 あくまで演技ではあるがリカの呟きは本心である。

 いくら他の事に気を取られていたからとはいえ、動きが鈍っただけで苦も無くストライダーを破壊する様子は人間業には思えないからだ。

 その気になれば悠河でさえ平伏すと思っていたストライダーの敗北に唖然とせざるを得ない。

 だがストライダーだけが成功率百パーセントを誇る久留米リカの武器ではない。

 むしろストライダーはオマケである。

 最後にして最大の武器、三機目を破壊して気が緩んだ今こそその時だ。

 

「お兄さんすごい!」

 

 胸に抱えるぬいぐるみの後ろにはナイフが隠れる。

 その状態でぬいぐるみを持ちながら蓮太郎に駆け寄るリカは自分でもよく化けていると自画自賛するほどである。

 

「下手に動くな!」

 

 蓮太郎はあくまで他にもまだストライダーが残っていると仮定してリカに注意を呼びかけた。

 だがリカはそれを聞かない。そもそもストライダーの奏者なのだから危険など全くない。あるのは蓮太郎を不意打ちで殺そうという意図だけである。

 横から見ればナイフを構えていることなど丸わかりだが、蓮太郎もマスターも前後から彼女を見ている。故に気付かないしそれも作戦の内である。

 約束の時間から十分ほどオーバーしたのでそろそろ悠河が駆けつけてもおかしくない頃合いである。彼の目の前でお目当ての里見蓮太郎を刺し殺すのも面白いかと思っていたリカはあと一メートルほどの位置に到達した。

 

「……しん……」

 

 「死んで」と言おうとしたその声を銃声が遮った。

 華奢な体は拳銃弾の衝撃で押し倒されて隠し持ったナイフが床にカランと音を立てて転がる。

 唖然とした顔をする蓮太郎とマスターのことなどお構いなしと言った様子で、目覚めた火垂はベレッタの引き金を引いていた。

 三機目の爆発で眼を覚ました火垂が振り向くとナイフで蓮太郎を狙う女の姿が目についたのだ。リカの演技など知らない火垂にとってはあからさまな敵でしかない。火垂が生きているとは知らないでいたリカは初めての失敗を犯したのだ。

 

「なんだぁ? いまの」

「火垂?! それにこの子……」

「寝起きだったけど当てられてよかったわ。まったく、危ないじゃない」

「ナイフを隠しもって……まさか、この子が敵なのか?」

「信じたくはないでしょうけれど、明確にアナタを刺し殺す気で襲い掛かったんだからそういう事でしょう」

「……こう…ろ……ほ…たる……あな…た…いきて……」

 

 うわごとにように火垂の事を呟くリカは不運だった。火垂が放った寝起きの弾丸は当たり所が悪く、内臓を食い破って彼女を死へと一気に近づかせていた。

 幼女の見た目とはいえレディであるリカは当然ながらイニシエーターではない。この傷は致命傷である。

 

「ほら。私が死んだと思っていたという事は、この子は巳継悠河の仲間なのよ」

「あの…よ…で……男と……なか…よく……して…れば……よか…った…のに……」

「そんなこと出来る訳ないでしょう。復讐を遂げなければあの人が浮かばれないわ」

「おばかさん……ふくしゅう……なん…か……して……」

「アナタ、他人を愛したことがないのね。人って愛する人を奪われたら仕返ししなければ気が済まないものよ」

「なわけ……あるか……」

 

 復讐することは愛ではないというリカの言い分も間違いではないが、この場では火垂の愛がもととなる復讐心を察していない時点で間違っていた。ストライダーの増援を警戒して気を張る蓮太郎と打って変わって火垂は瀕死のリカを尋問する。尋問しながら医療キットを広げて見様見真似の弾丸摘出術などに挑戦するが進みは悪い。

 火垂は敵であるとみなしたリカを助ける気などないが、出来ることなら尋問するために命を取り留めておきたい。それが失敗しそうな状況に冷や汗をかきつつも治療を進めた。

 開いた扉からはリカの赤い髪が見える。

 

「トリに愛が語れるものか。僕を出し抜こうとするなんて名前だけじゃ無く頭の中もトリだったんだな」

 

 リカを見下す何者かがそうつぶやいてライフルの引き金を引いた。遠くからその赤い髪をした頭を目掛けて鉛玉が飛来したのは火垂が治療を開始してから一分半が過ぎたころだった。

 着弾する鉛玉の衝撃でリカの首は激しく揺れて砕けた頭から赤い血が流れる。脳がぐちゃぐちゃになって心臓が止まり、久留米リカはグロテスクな死体に変わってしまった。

 

「狙撃か?!」

 

 驚く蓮太郎は更に警戒を強める。特に狙撃があった入り口の射線からは身を引いて逃れる。

 数秒の後に斡旋所の固定電話に着信が入り、固唾をのむ一同などお構いなしに呼び鈴を鳴らした。

 マスターは電話を受けると相手に言われるがまま受話器を蓮太郎に渡す。

 

「坊主、アンタに用があるらしい」

「俺に?」

『―――もしもし』

「その声……まさか巳継悠河か?」

『正解だ。ひとまずハミングバードの撃退おめでとうと言っておこうか。流石に僕の前から逃げ延びただけのことはある』

「ハミングバード?」

『そこに転がっている女の事だよ。それにこれは次はキミの頭がああなるって意味でもあるよ』

「だったら何故、今すぐ襲ってこない」

『そんなことをしても僕がキミを凌駕したことの証明にならないからね。出来るだけフェアに接してあげる気はあるんだよ僕は。だからキミに一つアドバイスをあげよう。その円盤型の機械……死都の徘徊者はハミングバードが操っていたものだ。これ以上の増援はない』

「じゃあ……だったらお前がここにくるのか?」

『今日の夕方六時、勾田市役所工事現場で待っている。誰にも言わず、キミとそこにいるガキの二人で来るんだ。逆らえば……キミの大切な人達を順番に始末してあげるよ』

「わかった。そっちこそ逃げないよな?」

『キミこそ逃げるなよ』

 

 悠河の要求を蓮太郎は飲んだ。むしろ追い回されるより一気にケリをつけられるのだから格好のチャンスだと拳を握る。

 それに下手に逆らえば木更や延寿が危ないのだから逆らえない。勝てるかどうかは判らないが、昨日よりは勝機はある。

 

「同じ眼を持つ相手だろうと負けるわけにはいかないな」

 

 身を流す激流に終止符を打つべく蓮太郎は拳を握って気合いを入れた。




ハミングバード戦の話
生存するかはどうしようかと考えましたが転の要素で挨拶代わりでお亡くなりになることに
タイトルの台詞をだれかに言わせようがコンセプトでしたが書いているウチにしゃべる人がいなくなって悠河のセリフになってしまいました
愛の意味が変わっている気もしますが
ひとまずここで一区切りです

2016/03/21追記
ランド教授の名前が間違えてました
あとついでですがストライダーのスペック原作と全然違うのここに書いてなかったですね
この話は独自設定が多いです


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Call.55「黒い白鳥」

 少年は目覚める。彼自身は気付いていないが二日ぶりの目覚めである。

 傍らには見知らぬ外国人とおぼしき男性が座って自分を見ている。

 飲み込めない状況に少年は混乱していた。

 

「やっと目覚めたようだね」

「アンタは……望月朧か」

「記憶はハッキリしているかい? 普通なら死んでいるほどの重傷だったんだよ」

「記憶?」

 

 少年には自分が大怪我をしたという記憶が無い。

 体にはどこにも傷はなく言われても信じられない。

 

「僕のCUREで応急処置をしてから急いでここまで運んで、ヴァン君と交代してやっと一命を取り留めたんだ。まったく、世間的には死んだのに生きているなんて運がいいね」

 

 少年の名は水原鬼八。世間的には死んだことになっていた人間である。まだ犯人が東京エリアの英雄であると報道こそされていないが、その死は東京エリアの報道機関をにぎわせていた。

 

「ここは何処なんだ?」

「伊豆にある『天樹の根(ルート)』と呼ばれるシェルターさ。ここは異能を持った子供たちが俗世を離れて暮らすためのまさにシェルターなんだ」

 

 朧は簡単ながら天樹の根とここに住むエルモアウッドについて説明をする。

 関東開戦の際にサイキッカーの事は一応聞いてはいたが、そのサイキッカーのおかげで生きていられると聞いても鬼八には実感がなかった。

 だが朧らにみせられる情報からこの場所がかつては観光地と呼ばれていた未踏査領域、伊豆にあるシェルターだという事は飲み込むことが出来た。残る心配は傍らにいない相方、紅露火垂の事だけになる。

 

「なあ、火垂はどうなったんだ? 無事なんだよな?」

「それは僕にもわからない。とりあえず状況を整理しよう」

 

 目覚めた鬼八に朧は状況の整理を求める。元を辿れば鬼八が呼び出したのがきっかけで彼の生死の境に立ち会ったのだから当然と言えば当然の要求である。

 

「どこから話そうかな……」

 

 こうして鬼八は『新世界創造計画』そして『ブラックスワン・プロジェクト』について知る限りのことを朧に語った。『新世界創造計画』についてはほぼ名前しか知らない程ではあるが、一方の『ブラックスワン・プロジェクト』については大方の事を掴んでいた。

 ゾディアックガストレア『双魚宮ピスケス』に関連するバラニウム磁場耐性を備えた変異ガストレアを人工的に培養し、なおかつ薬物で挙動を操作することにより東京エリアを襲撃するように修正付けすることによって人為的に東京を壊滅させる計画である。

 計画者たちにとって東京エリアは無くなって欲しいモノのようで、鬼八はこの計画から東京エリアを潰すこと以外の目的を見いだせなかった。ただ話を聞いた朧は「面白いことが起きた」と言いたげににやけた表情を浮かべる。

 

「―――なあ……アンタは嬉しそうな顔をしているが、東京エリアが壊滅してもいいのかよ?」

「そんな訳はないだろう。ただこの状況に興奮しているのは否定しないよ。やはり今の時代は刺激に満ち溢れている」

 

 朧の答えに鬼八は彼が狂っているとしか思えなかった。

 確かに一般論で言えば望月朧は狂人そのものである。刺激を求めて危険を好むスリラー体質はいわゆるキチガイなのは間違いない。たが彼は混沌を好むだけで悪人ではない。世界など滅んでも構わないが、自分の世界を構成するピースを壊されることには人並みの正義感を振るう。

 

「面白い状況だけど、東京エリアが壊滅したら面倒だからね。さてどこから調べようか」

 

 蓮太郎が塀の中でうなだれていた頃、遠く離れた伊豆では渦中の人が動き出していた。

 その動きが翌日になって実る。朝になり子供たちと朝食のパンを焼いて齧っていたアゲハの元に一通のメールが入ったのだ。差出人は三日間の雲隠れから開けた望月朧なのだからアゲハも驚く。

 

 協力して欲しいことがある

 黒いトリの駆除に協力して欲しい

 

「やっと連絡がついたと思ったら……黒いトリってなんのことだ?」

「黒にトリ……そうか、これは恐らくアレの事よ」

 

 メールの意味に気付いた桜子は子供たちに知られないように机の下からトランス線を伸ばして思念会話に切り替える。

 

『ブラックスワン・プロジェクトの事よ。ほら、スワンって白鳥の事じゃない』

『だからと言って回りくどいな。それに何故朧がブラックスワン・プロジェクトの事を知っているんだ?』

『もしかしたら……ちょっと電話してみるわ』

 

 そういうと桜子はアゲハから電話を借りて朧にコールを入れる。子供たちに会話の内容を聞かれないように台所に移動してからと念の入れようである。

 

「もしもし」

『アゲハ君かと思ったら雨宮さんか。電話をくれたという事はメールは見てくれたようだね』

「ええ。単刀直入に言うわ。アナタ、もしかして水原君と一緒にいるんじゃないの? それにここ三日間連絡が付かなかったのもその絡みなんでしょう?」

『察しがいいね。だったら話が早くて助かる。とりあえずブラックスワン・プロジェクトの事は里見君から聞いているかい?』

「聞いたというより聞き出した感じだけれどね。それよりその言い方だと里見君の現状は知らないみたいね。一体どこに居るのよ」

『伊豆さ。彼の傷が深かったので応急処置だけ済ませて急いで運んだんだ。流石に未踏査領域を人間を抱きかかえて走り抜けるのは骨が折れたね』

「それじゃあ仕方がないわね。いま里見君は水原君を殺した容疑がかかっていて投獄中なのよ」

『それは災難だ。だがキミの事だから既に強奪して横にいるとか言い出しそうだけれど』

「それがそうもいかなくてね。詳しくは後で話すから割愛するけれど」

『それじゃあ詳しくは僕たちがそっちに戻ってからにしよう。それまでの間にあることを調べてもらいたい。トリヒュドラジンという薬物の流通について詳しい人間を探してくれないか。恐らく手がかりになる』

「どういう意味よ?」

『ブラックスワン・プロジェクトに必要な薬だからさ。今では主に新興麻薬の一種として出回っているからアングラ方面から調査をお願いしたいんだ。本来なら薬ということで僕の会社の領分とはいえ、末端の事など製造元は把握しきれないからね』

「わかったわ」

 

 桜子は朧らの東京帰還は後日になることを確認して電話を終えた。

 桜子とてブラックスワン・プロジェクトと蓮太郎の投獄には何か関係があると踏んでいる。誘拐によって行方がわからなくなった蓮太郎の後を闇雲に追うよりも朧が示した道標から黒幕に行き着く方が早いと読む。

 桜子は知らないのだが警察の監視システムには電話も対称に含まれている。もしこれが衛星通信電話でなかったならば周囲に危険が押し寄せていたのだがそこは幸運と言うべきだろう。

 

「朧はなんだって?」

「ご飯を済ませたら出かけるわよ。夏世ちゃんと延珠ちゃんは菫先生のお手伝い、私とアゲハは先生との用事を済ませたら望月朧からの依頼の調査よ」

「なに? 仕事だったら妾も手伝うぞ」

「ダメよ。この仕事はガストレア退治じゃないわ。子供連れでは出来ない仕事なのよ」

「う~」

「そう腐らないでください。先生のお手伝いは私たちじゃないと出来ない仕事ですから」

「そうなのか?」

「今日は延珠さんも一緒だからなんだか楽しみです」

「そこまで言うなら妾は夏世を手伝ってやろう。アゲハに桜子も気をつけるんだぞ」

「そっちこそヘマするなよ」

「言われるまでもない」

 

 軽口を叩き合ってから仕度を整えた四人は勾田大学病院にある菫の研究室に向かう。菫の手伝いと言うのは主に雑用で実質的には菫に子供たちを預けている状態と言って間違いない。

 アゲハらに託児所扱いされることに辟易しながらも、預かる子供も顔見知りという事もあり菫もそれを承諾していた。

 子供たちを遠ざけたところで二人はトリヒュドラジンのことを訊ねる。もちろん前置きとしてブラックスワン・プロジェクトの事と蓮太郎の逮捕がそれに関係した陰謀であることを加えて。

 

「―――って言うわけなのだけど、先生はなにか知らないかしら?」

「私もそんなに詳しくはないのだけれどねえ……そういう事なら彼らに聞くのが早いと思うよ」

「彼ら?」

「いわゆるヤクザさ。クスリが彼らの資金源なんてことは半ば常識だろう」

「それもそうね。ここらなら光風会に聞けばいいのかしら」

「そういう事だ」

 

 菫が言うにやくざ者に聞けば早いとのことで、アゲハも桜子もすぐにそれには納得した。灯台下暗しと言うべきか、元ヤクザの影虎ら『クスリを稼業にしないヤクザ』になれていたせいで二人はそれに気づいていなかった。

 一つの道を示したところで逆に菫が二人に切り出す。

 

「ところでだ。延珠ちゃんはIISOに連れていかれたと聞いたぞ? どうなっているんだ」

「話すと長くなるから今は掻い摘んで説明するが……一言で言えば別のプロモーターにマッチングされたあとで俺達が引き取ったんだ」

「お役所仕事の割には気が利いているじゃないか」

「まあ、その別のプロモーターってのも知り合いだから出来たことだけどな」

「そうか。とりあえず延珠ちゃんも無事でよかった。あとは……」

「里見君ね。大丈夫、きっと彼は無事に帰ってくるわ。それにブラックスワン・プロジェクトを潰すことが出来たら冤罪だって晴らせるわ」

「そうだな。私がここまで惚れこんだ少年だ。帰ってこなかったら承知しないぞ」

 

 蓮太郎のことを心配する菫の眼は憂いを帯びていた。

 そんな菫の憂いを晴らすことも目的の一つと気合を入れて、アゲハと桜子は光風会との接点である光風ファイナンスへと向かった。




半年ぶりですが逃亡者編の最終ピリオドです
もう少しシーソーゲーム風にしたかったのですが難しい


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Call.56「櫃間」

 勾田大学病院を出たアゲハらは光風ファイナンスがあるハッピービルディングに到着した。

 ハッピービルディングには当然天童民間警備も入っており、窓からは微かに光が漏れていた。

 その光に気付いたアゲハは桜子に提案する。

 

「灯りが付いているし、天童社長もいるみたいだな。クスリの事を聞きに行く前によっていかないか?」

「そうね。延珠ちゃんのこともあるし」

 

 二人はクスリの件を聞きだす前にと天童民間警備の扉を開けた。

 中には委縮しているのか、それとも落ち込んでいるのか大人しくしているティナと、煌びやかな白のドレスに身を包んだ木更がいた。

 

「こんちわ! そんな恰好をしてどうしたんだ?」

「これはですね……その……」

 

 受け応えたティナの口調はどこか違和感がありこの格好に不満があるのは暗い表情から容易に想像がついた。木更も作り笑いなのか表情が硬い。

 そんな二人を嘲笑うかのように、にこやかな男性が物陰から現れる。

 白のスーツに身を包む警察官僚櫃間篤郎は調子に乗っていた。

 

「やあ、お客さんかな?」

「そういうアンタこそ誰だよ」

「これは失敬。私はこういうものです」

 

 櫃間は胸元から警察手帳を取り出して二人に見せる。中には警視・櫃間篤郎と書かれており、二人にも彼が刑事なのだろうことを知らせる。

 だが浮かない顔をした少女二人と浮かれ過ぎな中年男性という構図は不審に思わざるを得ない。

 

「わかっていただけたかな? 今日は忙しいから木更に用があるなら後日にしてくれないかな。もしティナだけに用があるなら連れて行ってくれて構わない。木更のパートナーだから同席を許しているが、どうも彼女は懐いてくれなくてね」

「うるせーぞ! だいたいそのふざけた格好はなんだよ? まるで今から結婚式でもやるみたいじゃねぇか」

「みたい? 違いますね、これは衣装合わせです」

「どういうことよ」

「今朝方やっと彼女も心を決めて見てくれたところでしてね。気が変わらないうちに挙式をあげるんですよ。だから『みたい』ではなく『そのもの』なんですよ」

「本当なの?」

「仕方がないじゃない。こうでもしないとみんながバラバラになってしまうじゃない」

「おや、木更は嫌なのですか?」

「ごめんなさい。言葉のアヤで……」

「クズね」

 

 必死に涙をこらえて作り笑いで答える木更の表情に桜子は怒る。つい『クズ』と呼んでしまい櫃間の眉間に青筋が立つ。桜子は怒りに任せて手を出そうかと拳を握るが、それより先にアゲハは動いていた。

 頬を穿つ拳は櫃間を突き飛ばし、地面で擦ったスーツは汚れる。

 

「なにをする!」

 

 櫃間は立ち上がると怒髪天を突くというにふさわしく激昂してアゲハに手錠をかけた。

 一応は刑事であるということか、結婚式の衣装であっても警察手帳と会わせて手錠と拳銃は手放さない様子である。

 さらに拳銃をホルスターから抜くと、銃口をアゲハの額に押し当てて彼を(なじ)る。

 

「私は寛大だから一度くらいなら許してもいい。だから答えろ、何故私を殴った?」

「反吐が出るぜ!」

 

 アゲハは挑発の意味も込めて櫃間に唾を吐きかけた。頬の擦り傷に付いた唾はひりひりと痛む傷に不快感を与え、そこに見知らぬ男に殴られただけではなく唾までかけられたという精神的侮辱が合わさっていよいよ怒りは頂点を超える。

 ぐりぐりと銃口を押し当てて今にも発射させると言わんばかりに脅す。こうでもすれば死にたくなければ平謝りするだろうと櫃間は思っていた。

 

「冗談はそれくらいにしろよ。逮捕どころか死にたいのか?」

「やめてください! 私からも謝りますから」

「木更は黙っていてください。これは彼らと私の問題だ。おいそこの女! 逮捕されたくなかったらこの男と一緒に謝れ」

「謝るわけないでしょう。アナタの事は里見君から聞いているわ、櫃間篤郎さん。首尾よく木更を手籠めに出来たからって調子に乗り過ぎよ」

「なにか誤解があるようだな。嫉妬した彼が吹き込んだのかもしれないが、手籠めだなんて人聞きが悪い」

「そう? だったらこのティナちゃんの委縮っぷりはおかしいわよ。それに下種の心なんて気持ち悪くて読みたくないけれど、シラを切るなら仕方がないわ」

 

 桜子には櫃間は下劣な男にしか見えなかった。本来ならばもっと真っ当な場面もあるのかもしれないが、桜子は木更と婚約して有頂天になる彼の様子しか知らないのだから仕方がない。

 それに曇った顔をした二人の顔を見たら桜子には櫃間が悪者にしか見えないのは当然である。

 櫃間はこれでも警察官僚なのだから黒そうな腹を探れば何か今回の事件に関わりのある情報の一つでも奪えそうだなと思いながら桜子はWMJを敢行する。掌から伸びるトランスの端子を櫃間の額に突き刺そうとするが、ここで一つ問題が起きる。差し込もうとすると端子が雲散霧消してしまうのだ。

 

「これは……対トランス手術を受けているの?」

「トランス? 何のことだ」

「桜子! とりあえず伸ばしちまえ」

「ハァ!」

 

 トランスが失敗して少し桜子は惚けてしまうが、アゲハの呼び声に反応して気を入れ替える。

 そのまま飛びついた桜子は櫃間の頬を太ももで挟んで首をひねる。

 骨折しかねないほどの衝撃は一発で櫃間を失神させて脱力した右手からは拳銃が抜ける。

 人呼んで『桃源落とし』が見事に決まり悪漢櫃間は気絶した。

 櫃間の気絶を確認したアゲハはもういいだろうと力を込めて手錠を力ずくで引きちぎり、懐からくすねた鍵で輪を外す。

 

「下種には過ぎた技ね。それに今のはいったい……」

「まあいいじゃねえか。とりあえず簀巻きにして奥の部屋にでも入れておこうぜ」

「そうね」

 

 桜子は言われるがままに櫃間を布団で簀巻きにすると身動きが取れない状態のまま隣の部屋に押し込んだ。

 櫃間からの威圧が無くなった木更とティナの顔にも次第に明るさが戻り始めて、木更は桜子の薄い胸に飛びついて泣き出す。

 

「なんてことをしてくれたのよ。彼が協力してくれなかったら、里見君は犯罪者のまま殺されちゃうわ!」

「大丈夫よ」

「大丈夫なんかじゃないわ! それに延珠ちゃんのことだって……」

「今日はその延珠ちゃんのことで来たのよ。安心して、彼女は私たちが預かっているわ」

「え?」

「それは本当ですか?」

「本当よ。嘘だと思うなら菫先生の所にいってみなさい。それにとりあえず私たちが掴んでいる現状の情報も伝えるわ」

 

 桜子は木更を落ち着かせてから二人に自分たちが知る事件の裏側を語った。

 具体的にはブラックスワン・プロジェクトの事、そしてそれに関係してトリヒュドラジンの流通を追っていること、そして鬼八が実は生きていることである。

 鬼八が生きている時点で警察も信用できない存在であり、桜子は避難の意味も込めて菫の所に隠れたほうがいいと二人に進める。特に口では蓮太郎の冤罪を晴らすのに協力すると言っていた櫃間の言動は怪しかった。いくら木更の首を縦に振らせたからとはいえ浮かれ過ぎているし、なにより蓮太郎が逃亡したという本来なら遊んでいる暇などなさそうな不測の事態にあっても浮かれて遊び惚けているのだから余程の大人物でなければ何か腹の内側に隠しているとしか桜子には見えなかった。

 それに結果論とはいえ対トランス手術を受けていたことが露呈したのは決定的だった。聖天子の例から考えて聖居関係者ならもしかしたらという思いが桜子にもあるとはいえ、単なる警察関係者が受けたにしては過ぎた手術に思えたからだ。

 それに櫃間のリアクションはどう見てもトランス線を見えていなかったとしか思えない。ならば本人も知らないうちにこのような手術を受けていたことになるが、そう考えると高度な人体改造に精通した人間がバックに居ることになる。昨日にも同じ手術を受けたエージェントと遭遇しているのだから桜子がその二つを結びつけることは当然であろう。

 

「それにね……昨日戦った男が櫃間と同じ対トランス手術を受けていたのよ。私にはこの二つが無関係とは思えないわ」

「その男は里見君の事件とは何か関係があるのですか?」

「確定したわけじゃないけれど、私はあると思うわね。彼は延珠ちゃんを相棒殺しに引き渡そうとしていたわ。そもそも延珠ちゃんがIISOに連れていかれた時点できな臭かったわけだし、わざわざ職員を名乗って延珠ちゃんの引き渡しをしていた時点でその男は怪しいと思うわ」

「雨宮さん、こうなったら私も協力します。追い込まれてどうかしていました。この程度の状況すら打破できなければ私の目的だって達成出来っこないのに目の前の誘惑に負けてしまって」

「……目的ってのが何かは別にして、だったらアナタには彼の帰る場所を護ってもらうわ」

「それって?」

「アナタ自身だけではなく、ティナちゃんや延珠ちゃん、それに菫先生も……今回のイザコザで何かあれば里見君も帰って来たときに辛いじゃない」

「わかりました。ところで、彼は……」

 

 桜子の提案を了承した木更はチラっと簀巻きにされて気絶する櫃間を見る。

 そのまま連れていくわけにもいかない、かといって放置も出来ない彼の存在を心配するのは致し方が無い。

 

「私が責任をとって尋問するわ。アナタは先に先生の所でまっていなさい」

「そうですか」

 

 少ししぶしぶながら了承した木更はティナを連れて勾田大学病院に向かう。

 アゲハは光風ファイナンスに向かい、残った桜子は肌を褐色に染めながら櫃間を見つめた。




櫃間をとっちめる話
原作での時計の件もなく木更の悲壮感も減らしています


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Call.57「不可視の尖兵」

 光風ファイナンスの門を叩いたアゲハは早速主に声をかけられた。

 

「おや、アンタは」

「元気そうじゃねぇか。この前は影虎さんに返り討ちに合ってガクブルしてたって聞いたぜ」

「そのこと……いや、もうアイツの名前は出さないでくれやせんか」

「スマンな」

 

 出迎えたのは光風ファイナンスを束ねる阿部だった。

 アゲハに茶化されてあからさまに嫌な顔をしたことからも判る通り、先日の影虎との一件は阿部の中ではトラウマになっていた。

 

「それで、どういった要件で?」

「トリヒュドラジンについて聞きたいことがある」

「まさか……アンタがクスリに手を出すとは思えませんが、トリヒュドラジンの何が知りたいんで」

「最近デカい取引をした相手を知りたい。俺達が追っている相手の手がかりになりそうなんだ」

「ほう。ですがこっちにも仁義ってもんがありやすからね、簡単に口を割るわけにはいきやせんよ」

 

 阿部はそういうと懐から取り出した煙草に火をつける。

 これまでの付き合いで暴力に訴えられればどうにもならない相手と理解してこそいるが貫禄稼業に生きるだけのことはある。残ったカードは見栄以外にない。

 だがアゲハも当然ながらそれくらいでは引かない。

 

「タダでとは言わねぇぜ。この件は朧も噛んでいるからアイツに報酬は用意させる。もしかしたらアンタらの大口顧客を潰すことになるかもしれねぇが、損だけはさせないぜ」

「朧……あの望月朧ですか。たしかにあの会社から金を引き出せるのなら損はしませんね」

「それにアンタ個人はクスリは好きじゃないんだろう?」

「……そこまで言うなら協力しましょう」

 

 あくまでアゲハに頼まれて動いたという形を作った阿部は離席するとクスリを取り扱っている光風会の仲間に連絡して情報を集め始める。

 アゲハは振る舞われた茶をすすりながら情報が集まるのを待っていた。

 

 アゲハが茶を飲んでいる頃、一人の男が天童民間警備の前で立ち往生していた。

 男は光学ステルスにより身を隠していたのだが、このままではどうもこうもないと攻めあぐねる。

 その正体はコードネーム『ソードテール』。

 グリューネワルド教授が生み出した光学ステルス型の機械化兵士である。

 

「相手はサイキッカー、しかもトランスが得意と来ればどうもこうもないな」

 

 ソードテールの目的は無様を晒した櫃間の回収なのだが、桜子の作る結界の前にたじろいでいた。褐色の肌になった桜子が張り巡らせるバーストの結界はソードテールの眼にも写っており、さらに教授から渡されたトランス波動の検知器には感知の罠があるとアラームが伝わる。

 踏み込んだところで不可視とはいえすぐ見つかってしまうとソードテールは気付いていた。

 優秀故に網にかからないソードテールはそれゆえにどうもこうもないとその場を立ち去らざるを得ない。

 だがこのまま逃げてもよくて叱責、最悪の場合は処刑が待っているのは明白であり逃げるわけにはいかない。

 ならどうするべきか、考えた結果思いついたのは一人の少女の誘拐だった。

 

「天童木更を使うか」

 

 彼は櫃間との人質交換の為に木更を襲うことにした。

 そのためには櫃間が目を覚まし、拷問されてすべてが水泡に帰す前にやらねばならない。

 脚部の動力ユニットを全開にしてソードテールは木更の後を追う。行先は勾田大学病院だと櫃間に仕掛けた盗聴器から聞いている。まだあの女は移動中だとソードテールは急いだ。

 一方で木更はティナと共に徒歩で勾田大学病院に向かっていた。まさか追手がいるとは知らないだけあって武器の類は最低限しか持ち合わせていない。だが剣士として『殺人刀・雪影』は手放さないし、それだけあれば彼女には充分である。

 路地を抜ければ目の前は病院となったところで異変に気付いた木更はティナに小言で伝える。

 

「ティナちゃん、先に行って武器を取ってきて」

「どういうことですか?」

「いいから早く」

「……了解です」

 

 ティナはその態度から何かがあると気付いて先に駆け出す。

 木更はティナを背にして振り向くと、太刀袋から雪影を取り出して構えた。

 

「出てきなさい。無視するのならこちらから行きますよ」

 

 木更の声には誰も返事をしない。虚空に問う彼女の声は建物の壁に反響するだけである。

 だがその声をもしやと思いながら聞いている男がいた。

 急ぎ足で後を追ってきた不可視の男、ソードテールその人である。

 

「天童流抜刀術一の型一番―――滴水成氷!」

 

 虚空に向かって木更は刀を振り抜いた。居合の基本に忠実ともいえる手首の返しは見る人が見れば見とれるほどに美しい。

 だがその一振りは単なる横一文字ではない。ごく自然に練り上げられた剄が刃音に乗って飛来し空を裂いていく。

 ソードテールは里見蓮太郎に関する資料の一環として天童流の事もある程度聞いてはいたがこのようなサイキックじみた技があることまでは聞いていない。だからこそ無防備にその『飛ぶ斬撃』を受けてしまう。

 加減をしているので切れることは無いが斬撃はソードテールの眼には映らず、その衝撃でコートがはだける。

 

「ぐうっ!」

「そこだけ風の流れが違っていましたが、やはり隠れていましたか。アナタは何者ですか? なぜ私達を付け狙うのよ」

「大人しくしてもらう」

 

 滴水成氷を受けて一時的に見せた姿を再び隠したソードテールは景色に溶け込む。

 獲物に対して名乗る名など無いという事かと敵の態度に納得した木更は再び雪影を鞘に戻して居合で構える。

 単に戦闘態勢を取るだけならばわざわざ鞘に納める必要などないのだがこれには木更なりの考えがある。いっぽうでソードテールはその様子を何かのポーズに過ぎないかと懐から拳銃を取り出して木更を狙う。

 

「眠れ!」

 

 ソードテールは心の中でつぶやく。

 麻酔弾を籠めた拳銃を木更に向けて撃ち放つと風を切って弾丸は木更を目指す。

 流石に弾道まではステルス技術で隠せないが人間の反射神経ではたとえ見えてもその時には無様に貫かれるとソードテールも思っていた。ただ相手は只の人間ではなく剣の達人、元序列百三十四位の高位イニシエーターですら恐れるほどの力を只の人間でありながら持ち得たサイキッカーとは別方向での超人なのだ。

 

「そこ!」

 

 神経を集中させて敵の動きを探っていた木更は反射的に麻酔弾の発射によって起きた音の鳴る方へ滴水成氷を放つ。飛ぶ斬撃は麻酔弾を切り払って射手たるソードテールの手元までを切る。

 思わず落とした拳銃が地面に落ちて音が鳴り響き、木更の追撃がソードテールを掠めてステルススーツを破く。

 もしソードテールが機械化兵士でなければボディアーマーでもカバーしきれない右腕がズタズタになっていたほどの傷を受けており血の代わりに義手のオイルがぽたぽたと地面に滴る。

 もうこれ以上隠れることなど出来ない。そして容易い相手と思っていた天童木更の強さと自分の見通しの甘さにソードテールは血の気が引く。

 

「強いな」

「あら、やっと姿をみせたのね。さあ、アナタの目的を教えなさい」

「俺はエージェントだ。それは口が裂けても言えないよ」

「それでもアナタには口を割ってもらうわ!」

 

 (フェイ)に似た踏み込みで木更は一気に間合いを詰めて袈裟に切り捨てようと振りかぶる。

 その口ぶりから本気ではないのだろうとはいえ喰らえば戦闘不能は免れないとソードテールは読む。

 こうなれば逃げる以外に手はないが彼女の脚力は半分機械の自分より速い。ならばどうするか、ソードテールが取れる手段は一つだけだった。

 

「一緒に来てもらう」

 

 あえて無防備に袈裟を受けたソードテールは血を飛び散らせながら木更に抱き付いた。

 玉砕覚悟のハグは木更の身動きを止めてきていた制服を赤黒く染める。

 

「やめ、離して」

「いやだね」

 

 体中の血液が抜けていくのがわかるし、このまま体力がアジトまで持つのかは微妙だろうなとソードテールは思う。ただそれでもこの女を仲間に渡して後に託すくらいは出来るだろうと思っていた。

 クロロホルムをしみ込ませたハンカチで口をふさいで眠らせるとソードテールは携帯電話を取り出して悠河に連絡を入れる。直ぐにはつながらないようで待ち受けの応答音がぷるぷると鳴り響き、早くしろと心で念じるソードテールの耳と手を痛みが襲う。

 がしゃんと轟音を立てながら飛来した何かが彼の右手ごと携帯電話を砕いたのだ。

 

「ぐわあ! 何事だ」

「そこまでです」

「観念するのだ」

 

 ソードテールの前に現れたのは二人の女児だった。

 その顔は彼にも見覚えがある。悠河が取り逃がした里見蓮太郎のイニシエーター『藍原延珠』と夜科アゲハのイニシエーター『千寿夏世』である。ただ一方は無手で一方は拳銃であり、我が自慢の鋼鉄義手を砕いたとは到底思えない。

 ならば残る可能性は先に行った天童木更のイニシエーター『ティナ・スプラウト』の狙撃かと消去法で導いた。

 捨て身の覚悟で木更の身柄を確保したとはいえ既に手遅れ、死にかけのカラダで三対一など勝ち目はない。

 

「しくじったか。後は任せたぞダークストーカー」

「なんだ?」

 

 ソードテールはその一言を最後にこの世から旅立った。

 余計な情報を漏らすくらいならと自害の為のスイッチを自分で入れたのだ。

 心臓が停止してそのシグナルはグリューネワルド教授や悠河にも伝わる。

 

「こやつ、死んでおるぞ」

「まだ息を吹き返すかもしれません。とりあえずドクターのところに」

「そうだな。妾はこのデカブツを運ぶから、お主は寝ている木更の方を何とかしてくれ」

「お願いします」

 

 延珠はソードテールを抱えると菫の元に向かった。

 当然ながら自害したソードテールが再び息を取り戻すことなど無かったのだが、こうして木更を狙った敵の手は一先ず緩んだ。

 

「ソードテール……まさか彼が死ぬなんて」

 

 そしてシグナルからソードテールの死を知った悠河は少し落ち込んでいた。

 なんだかんだでリカよりも馬が合う仲間だったソードテールの死、そして彼が自ら命を絶つほどの出来事が何なのかということに。

 少しして悠河の元にグリューネワルド教授からメールが届く。

 

 櫃間がしくじり、それをもみ消すのに失敗したソードテールは死んだ

 お前が里見蓮太郎と戦うことは知っているが、これを最後に奴らには関わるな

 今回はお前の手には余る相手だった

 

 教授は今夜の戦いを最後に手を引けと命じたが実のところ降格通知のようなものだった。

 ただでさえ既に二人の機械化兵士を失っているわけであり、これ以上は文字通り手に余ると判断したのだ。

 例え悠河が蓮太郎を圧倒しようともこのままアゲハ、桜子、木更と言った蓮太郎の仲間と戦えば負けは必須と悟ったのだ。

 本物の能力者にはしょせんはまがい物の力など歯が立たない、これならまだ機械仕掛けのサイキッカーとしての傑作の方が上手だと認めざるを得ない。

 

「教授……僕は……」

 

 そんな教授の真意を察したからこそ悠河は自然と涙を流していた。

 時刻は午後三時、決闘の時間は着々と近づいていた。




木更vsソードテールの話
よく考えると居合で帯無しってちょっとしたナメプかも


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Call.58「飼育箱」

 アゲハが光風ファイナンスを訪れてから小一時間ほどが経過すると、依頼したトリヒュドラジンについての報告がまとまった。阿部がまとめた情報によると一番の大口顧客は十三号モノリス近辺を受け取り場所に指定して、毎週所定の場所に置かれたコンテナに入れているという。

 鍵のついた堅牢な箱の中身を奪えるものは無く、例えジャンキーが盗もうとも光風会としては知った事かというスタンスでこのやり方に従っていた。

 櫃間の事を桜子に任せたアゲハは斥候として件のコンテナの元に向かう。近くにそびえたつモノリスが放つ磁場はアゲハでもなんとなく感じ取れるほどで、バラニウムを弱点とするイニシエーターが浴びれば気分を悪くしそうだなと思うほどである。

 言われた場所にあったのは巨大で堅牢な箱で、五メートル四方の大きさは確かに盗むのは難しそうである。

 ガッチリと打ち付けられた楔に極太の南京錠が付いているため、それなりの道具が無ければ開けられないだろう。重機があれば力尽くで奪うことも叶うかもしれないが、そもそもが人気が無い人界と異界の境界線上である。東京エリアに入ろうと迷い込んだガストレアの死骸がいくつか転がっているほどのこの場所にわざわざ泥棒にくる方がイカれている。

 一見不用心のようでその実とても安心な取引場所がそこにはあった。

 

「さて、とりあえず調べてみるか」

 

 アゲハは周囲の捜索を開始した。こんな辺鄙な場所でクスリの受け取りをしているのは違法取引の安全性よりも手間の簡素化の方が大きいとアゲハ達は推測したからだ。本当なら桜子の方が向いた仕事だが彼女は櫃間の見張りと尋問という仕事が残っているので仕方がない。今日の所は見つけられれば大金星、本番は明日のつもりだった。

 

「なんだ?」

 

 ここで偶然がアゲハに味方する。コンテナの内側から僅かながら音が響いたのだ。ドンという何かが叩きつけられるような音が聞こえ、アゲハは借りてきた鍵で錠を外してコンテナを開ける。

 音は地面の下から響いており衝撃によるモノなのかバタバタと揺れる箇所がある。ライトを灯すとそこにはおあつらえ向きのマンホールがあり、ここから出入りしているのは容易に想像できる程である。

 

「深追いは禁物だが……少し見てくるか」

 

 下水道に降りたアゲハはそのまま奥を目指した。

 深追いする気はないし危険だと思ったら後に引くつもりである。しかし今日は一人と言うこともあり張りつめるアゲハのパーソナルスペースは広くなる。

 サイレン世界で培ったこの勘の良さはこれまで数々の修羅場で役立っている。その勘が奥に何かがあると告げている。

 入り組んだ下水道を音が鳴る方角に向かってアゲハは進む。迷路のように迷いそうな道程を左周りにしらみ潰す。

 

「コイツか」

 

 十分ほど歩いた末にアゲハはついに音源にたどり着いた。黒く大きな蜘蛛型のガストレアが檻に五匹ほど蠢いていたのだ。

 暴れているのはそのうちの一匹で他は大人しく眠っている。ガストレアが苦手とするバラニウム磁場がビリビリ響くこのような場所で平然としているのならば間違いない。コイツらが件の変異ガストレアだとアゲハにもすぐに判った。

 アゲハは誰かいないかとあたりを見回すがパソコンが置いてあるだけで誰もいない。端末は当然のようにロックがかかっており机の上の資料を見てもアゲハには意味がわからない。

 

「お前達は危険だ」

 

 アゲハはとりあえず目の前にいる五匹を殺し、資料を持ち出して別の場所に移動した。

 その光景は監視カメラにはっきりと映っていたがその動きを見て手を出せる相手はいない。グリューネワルド教授は今回の件でアゲハを含めた里見蓮太郎関係者への関与を取りやめたからだ。

 悠河もいくらキャパシティダウンがあるとは言え墓穴を掘ってなるモノかとアゲハを感知していても無視する。数匹殺されたところでいくらでも補充が出来るモノなど気にするほどではないからだ。

 あくまで東京エリアにあるこの地下研究所はいわゆる出張所にすぎず、教授の頭脳さえあればそこが我々の本拠地なのだからと。だがブラックスワン・プロジェクト自体は当面は凍結せざるを得ない程に今回の進撃は痛手である。悠河としては苦虫を噛む思いなのは変わらない。

 

 時刻はもうすぐ六時、もぬけの殻となった地下研究所を歩き回ったアゲハは総勢で三十匹ほどの変異ガストレアを狩り殺した。ブラックスワン・プロジェクトの検体としてこの施設で飼育されていた数は総勢五十匹ほどなので半数以上がアゲハ一人に狩り殺されたことになる。

 いくら檻の中とはいえ短時間に倒せたのはひとえに暴王の月が凶悪な攻撃能力だからに他ならない。常人が焼き討ちで倒そうものならまだ準備に奔走していることであろう。

 

「そろそろ本命か?」

 

 奥に進んでいったアゲハはいかにもな怪しい扉を発見した。

 髑髏と交差した大腿骨のマーキングはいかにも危険立ち入り禁止と言っているのだが、こんな地下にあるには場違いとしか思えない。アゲハが分厚い鋼鉄の扉をこじ開けると、その先にはまさかの人物がいた。

 白い仮面を被り、口元の隙間に流し込んだコーヒーをたしなむスーツ姿の男性。奇抜と言うよりも場違いなこの男の顔は簡単には忘れられない。

 

「……テメェ」

「おや、ようやく来たか。遅かったじゃないか」

 

 まるで知人が訪ねてきたかのように受け応える奇術師。

 IP序列元百三十四位、悪名高い殺人者、蛭子影胤がそこにいた。

 

「何故ここにいる?」

「ここは私の家みたいなものだからね。むしろキミが訪ねてきたことの方が驚きだよ夜科君」

「家……じゃあ娘もいるのか?」

「我が最愛の天使なら奥で寝ているよ」

 

 影胤が指さす方をライズで眼を凝らすと、確かに小比奈がベットの上で眠っていた。無邪気に眠る少女の顔は穏やかで、眼前の男と共に快楽殺人者として跋扈しているときの姿とは似つかわないほどである。

 だが子供と違って眼前の男は危険だとアゲハの脳は理解している。だからアゲハは警戒を解かない。

 

「そんなに身構えることはないじゃないか。私が敵意をもっているのなら呑気にコーヒなんて飲んでいないさ」

「なにがコーヒだ。それよりもここが家だということは、お前もブラックスワン・プロジェクトと関係あるってことでいいんだよな?」

「ブラックスワン……ああ、あれか。確かに私も関与しているがキミが望むような立場にはいないさ。この計画の元になったのは双魚宮の産んだ卵だからね。あれの回収を依頼された程度さ」

「双魚宮……ということは、お前ら親子がアレをここに連れてきたって言うのか!」

「そう、キミ達も目にしたあの『バラニウム磁場への耐性を備えたガストレア』をね」

 

 アゲハの顔は赤くなっていた。

 何が目的かは知らないし知りたくもないが、人類を滅ぼさんとする魔獣の卵を培養した馬鹿がいてその仲間が眼前に居るという事実には怒りしかない。

 思い浮かべるのはサイレン世界という失われた時代において姉の思念体を傷つけておきながら姉への想いを語った時の天戯弥勒の姿である。「お前は何を言っているんだ」。アゲハはそういいたくてならない。

 

「お前……いや、お前達は何を言って……」

「簡単なことだよ。この変異ガストレアが量産された暁には、コレを使って東京エリアを潰すんだよ。もっとも、キミがサンプルを殺しまわったことで計画はお流れだけどね」

「お流れ? 馬鹿を言うな、反吐が出る計画だぜ。前にも思ったが……お前は東京エリアを潰して何がしたいんだ」

「愚問だね。要らないから……だから無くなっても構わないと思っているだけさ。潰すのは目的ではなくて手段、だから潰すことには不要だからという感情以外は別にないのさ。キミだって例えば瀕死になった恋人の命をガストレア一匹を殺すことで救うと言われたら、喜んで害獣の命を奪うだろう? 私にとってはこの東京と言う街にはその程度の価値しかないというわけだ」

「イカれてるぜ」

「そっくりそのままお返しするよ。調べさせてもらったが、キミの方こそ出身は旧愛知県だしこの街に来たのはここ最近だ。住み着いてから知り合った友人知人もいるだろうが、この街そのものに固執する理由はないと思うがね。それでも正義感を振りかざすつもりか? まるでガストレアが世界を滅ぼす前のキレイゴトのように」

「俺は救えるものなら出来るだけ救いたいだけだ」

「傲慢だね」

「お前が言うな」

 

 二人の会話は平行線で噛みあう気配はない。

 睨むアゲハと仮面の下を窺わせない影胤では対照的だが互いに相手を理解できない存在だと理解しているのは同じだった。

 

「―――この場所も潮時のようだ。そろそろ小比奈も目を覚ます、そうしたらここから出て行かせてもらおう。あわよくばキミのことを理解できればと思っていたが、どうやら気が合いそうにない」

「理解だぁ? 俺はアンタと仲良くする気はないぜ」

「だから『あわよくば』と言ったのだが……まあそれは別にいいか。こうして同じ空気を共有して察したことだが、キミとは反りが合いそうにない。ある人がキミのことを欲しいと漏らしていたのだが私には仲介役など無理だね」

「もったいぶっているがどうせここの親玉のことだろう? ケッ! 実験動物扱いしようとしている奴のところになんか誰が行くか」

「そういうと思ったよ」

「……パパ」

「おや、起きたようだね」

 

 小比奈が目覚めると影胤は彼女の元に向かって肩に抱きかかえる。寝起きで虚ろな目をした小比奈は年相応に見えてアゲハにも愛らしく映る。

 敵意をむけず背を晒す影胤はまさに無防備で、たとえあの妙な力で壁を作ろうともアゲハには無いも同然なのは互いの共通認識である。それでも無防備な姿にアゲハも流石に攻撃する気など起きない。

 

「それでは私たちは失礼させてもらうよ。そうだな……次に会う時はキミに勝つ算段をつけたときにさせてもらう。それとこの場を収める駄賃代わりに机の上のパソコンはキミにあげよう。なあに、持ち歩くには不便なデスクトップ型だから気にすることは無い。パスワードは『MYENGEL』だ」

 

 一方的にアゲハにパソコンを差し出した影胤は、小比奈を抱きかかえてもう一つある出入り口から部屋を後にした。アゲハとしては影胤を放置したくはないが、ブラックスワン・プロジェクトという売られた喧嘩を無視して固執するほどの相手でもないので彼を見逃してパソコンを開く。

 言われた通りのパスワードで開くと中には施設の見取り図や備品の帳簿に保管先と言った資料がまとめられており、これだけあればこの地下研究所を潰すには充分だった。

 

「あと二十匹か」

 

 資料を印刷したアゲハは地図に沿って地下施設を進み、残りの変異ガストレアを刈り取った。

 すべてを終えてブラックスワン・プロジェクトを頓挫に追い込んだのは実に夜八時を回る頃となる。

 影胤の気まぐれなのか彼が残したメールはすべて自分のアドレスに転送しておりプリントアウトもしているので証拠としては確かな状態にある。この『櫃間』『教授』『ダークストーカー』のやり取りさえあれば警察も蓮太郎の冤罪を認めざるを得ないだろうとアゲハも確信していた。

 後は目下逃亡中の蓮太郎と連絡が付きさえすればの話であるが。




地下研究所を潰す話
ひとまずこれでブラックスワン・プロジェクトは凍結です


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Call.59「新人類vs新世界」

 夕方六時を目前にして蓮太郎は指定された勾田区役所建設現場を訪れていた。

 悠河の指示に従って火垂も同行こそしているが蓮太郎には彼女を戦わせるつもりはない。火垂の方はやる気充分とはいえ万が一を考えたら戦わせたくないと思うのも当然だった。

 

「待たせたかな」

 

 蓮太郎らから遅れて悠河は飄々とした態度で現れた。実際は心中様々な感情が渦巻いている。それを気取らせないために仮面を被る悠河の目的はもう蓮太郎を凌駕し殺すこと以外にない。

 態度こそ軽々しいが鋭い眼光は二人を睨んでおり、態度とは裏腹ではらわた煮えくり返るほど怒りを帯びていることなど蓮太郎には一目瞭然だった。

 

「待っていないぜ。そういうアンタの方こそ余裕が無いみたいじゃないか。追い詰められたのは俺の方だって言うのに拍子抜けだぜ」

「うるさい!」

 

 図星を突かれた悠河は顔を赤くした。

 悠河から仕掛けた戦いでありながらこの様子ではと、意外と勝機は高いのではと蓮太郎が思うのも無理はない。

 

「だがアンタがその調子ならこっちとしては好都合だ。火垂……伏兵がいるかもしれないから援護を頼む」

「わかったわ」

「伏兵だと? 僕を甘く見るな!」

 

 悠河は二人を倒すのに伏兵など必要ないと言わんばかりに先手を打った。単調な正面からの突撃で一見すると無防備である。

 ルールなど決めていなかったとはいえこれまでの敵の態度を考えれば当然だろう。蓮太郎はXDをホルスターから抜いて構える。

 

「遅い!」

 

 悠河は蓮太郎の動きを見てから何かを指先から打ち出した。何かは銃身に当たってXDを弾き飛ばし、地面に落ちたXDの音が鳴り響く。正体は俗に指弾と呼ばれる暗器、厳密にはパチンコ玉サイズの超重量ベアリングである。一発五十グラムと通常の約十倍の重さは生身に当たれば充分に効果の高い武器となる。

 蓮太郎も痛みに合わせて義眼の機能を開放すると続く指弾は右腕で防いでいく。いくら生身には痛手の攻撃とはいえ鋼鉄の義肢にはその限りではない。だが三発弾くころにはもう悠河は蓮太郎の懐に飛び込んでいた。

 

「クソ!」

 

 いくらメンタル的に最悪な状態であっても流石は兵士としての最高傑作であろうか、悠河の動きには隙はない。

 蓮太郎は咄嗟に身を翻して掌底を躱すが掠めた空気の振動が痛い。例の痺れる攻撃を早速使っているのだろう。

 そのまま脚のカートリッジを炸裂させて月面宙返りの要領で蹴りつけながら蓮太郎は距離を取る。それがなければ腹に当たっていたであろう悠河の正拳が虚空を貫く。

 

「そこ!」

 

 距離が開いたのを見て銃を構えながら傍観していた火垂が戦いに介入し始める。拳銃を二発弾くが左腕で防がれて当たらない。

 悠河はそのままただ邪魔な障害を排除するため、無言のまま火垂への対処行動を取る。腰のポーチから取り出した手裏剣を三枚ほど一斉に投げつけた。

 

「あっつ!」

「火垂!」

 

 手裏剣は火垂の手に深々と刺さり左の掌など刃が貫通していて遠目にも痛々しい。

 滴り落ちる火垂の血を見ながら悠河は口を開いた。

 

「邪魔をするな」

「お前こそ!」

 

 蓮太郎もこの火垂が作った隙を逃さずに自分から前に出る。火垂への視線を遮る様に放たれた轆轤鹿伏鬼が悠河を穿つ。

 

「轆轤鹿伏鬼!」

 

 回避行動が間に合わずに顔面を殴られた悠河はそのまま地面を転がってボロボロになった。服は汚れてところどころが擦り切れて手足の義肢がむき出しになる。起き上がった悠河は口内に溜まった血反吐を吐きだすと手をワキワキと動かしながら蓮太郎を見つめた。

 

「やってくれたね。紅露火垂……先に死にたいみたいだな」

「させないぜ!」

「何故だ? キミにとっては逆恨みで命を狙ってきたガキに過ぎないじゃないか」

「これでも今では暫定パートナー、しかも元は友人の相棒なんだ。無下にできるか」

「友人……その友人とやらももういないだろう? 僕が同じところに連れて行ってやろうじゃないか」

 

 悠河は両手で手裏剣を投げるとそのまま正面から近づいた。

 投げた刃は明後日の方向に飛んでいき一見すると脅威はない。だが計算され、かつ高度な技術によって投擲された手裏剣はその限りではない。投げた手裏剣は手裏剣同士が反射して蓮太郎を襲う。そのため手裏剣がおかしな方に飛ぶのを見て正面の対処を優先した蓮太郎は悪手である。悠河の正拳を義肢で受け流そうとしたところで『ギン』と金属音が鳴り響いて反射した手裏剣が左肩を貫いたからだ。

 怯んで受け流しに失敗した蓮太郎はそのまま左肩に拳の直撃を受けてしまった。

 激痛に苦悶の表情を浮かべ額には一斉に脂汗が滲んで垂れる。

 

「うがぁ!」

「こんなものか。やはりキミより僕の方が上のようだね」

「アンタ……何を言っているんだ?」

「だからキミは僕には勝ち目がない、それがハッキリわかったと言うだけだよ。これ以上は無益だ。さあ、そろそろトドメを刺してあげよう」

「ふざけるな! 俺にとっては『新人類』も『新世界』も関係ねえ。ただアンタが俺達の平穏を乱す敵だから戦っているだけだ。なのにアンタの方は……まさか『新世界』が『新人類』より上だと証明したいから戦っているっていうのか? そんなふざけた理由で喧嘩を売られてたまるか」

「キミの言い分は持っている者の意見に過ぎませんよ。僕にとっては大事なこと……そう、僕にはこれ以外の存在価値はないのだから」

「だから……だから水原を殺したっていうのか? アンタが俺よりも上だと証明するために」

「それは偶然です。彼は僕らの計画の邪魔をしたから消されただけ……それに殺したのは僕ではなくハミングバードですよ。僕は何もしていない」

「だったらなんで俺に罪をかぶせた!」

「そっちはその方が都合がよかったからですよ。こうしてキミを犯罪者として仕立て上げれば合法的に殺せますから」

 

 苦悶の表情を浮かべつつもがなる蓮太郎に対して悠河はベラベラと問いに答える。どうせこれから死ぬ相手だからと口が緩くなっていたのだが負けるつもりなどない蓮太郎にとっては好都合である。

 蓮太郎にとってはこれまで証拠を提示できなかった己の無実が晴らされ故に彼の口元には笑みが浮かぶ。

 一方の悠河はいくら兵士としての機能は傑作でも精神面はその限りでは無いのは最初に見せた怒りの通りである。悠河は時折口が軽いのだ。人を超えた機械として至高であっても、人を超えた人としてはイマイチというグリューネワルド教授のマイナス評価はここでも気付かないまま墓穴を掘っていた。

 

「……そういう事か。聞いたか火垂、これで俺の無実はわかっただろう」

「そうね。それにやっぱり、私はコイツを許せない」

「その手では足手まといになる、お前は隠れていろ。これから俺が水原の仇を討つ」

「仇ならもう討っているじゃないですか。彼を殺したハミングバードはもういない」

「アンタも同罪だって言っているんだよ」

「それならわかりますよね? 僕にだってキミ達を生かしておく理由はない!」

 

 悠河は力一杯に踏み込んだ。

 二歩も近づけば殴れる間合いでのそれは地面を揺らす。

 いわゆる震脚によって足を取られた蓮太郎は固まってしまい、そこに悠河の追撃となるミドルキックが左わき腹を襲った。当然ながら鋼鉄製の脚は硬く重い質量兵器である。しかも振動兵器は脚にもついているのでその威力は生身を相手にすれば一撃必殺と言っていいモノだった。

 

「なに……」

 

 轟音と共に悠河の蹴りは弾け、光と共に蓮太郎は飛ばされた。

 悠河は怪現象など気付かずに手ごたえににんまりとした笑みを浮かべたが傍観していた火垂には違って見えていた。

 悠河には火垂が見た光など見えていないのだから当然であろう。人体構造が異能者寄りの呪われた子供たちだからこそ垣間見えた蓮太郎のいのちの輝き、死んでたまるかという意地が生み出した産物を。

 

「次はキミだ。頭を撃たれた程度では死なないようだからじっくりといたぶってあげるよ」

「アナタ……気を抜かない方がいいわよ」

「その手で何が出来る」

「こういう事かしらね!」

 

 火垂は刺さった手裏剣を引き抜くとそれを悠河に投げた。既に血は止まっておりあとは引き抜くだけで傷も癒える段階だったこともあり火垂の投擲に狂いはない。

 だがこの程度ならまだ悠河にも予想の範疇である。付け焼刃のスローイングナイフなど銃弾すら見切る眼を持つ悠河には怖くもなんともない。

 悠河は実力を見せつける為か飛来する手裏剣を掴むと勢いを殺さずにそのまま投げ返す。火垂の両肩を貫いたそれは彼女の服を赤く染める。

 

「その程度で僕をやろうだなんて見くびったな」

 

 手をコキコキと動かす悠河の行動はまさに舌なめずりのようだった。

 だから先ほどの火垂が言った言葉にも気付かない。

 

「―――剄蘭!」

 

 悠河の背後で立ち上がった蓮太郎はそのままカートリッジを使わずに駆け寄ると渾身の剄蘭を放った。

 背中から突如襲う激しい痛み。痛いという以上に苦しい一撃に悠河の顔には苦悶の表情が浮かぶ。

 

「ぐ……まさか……」

「チクショウ……頸を使い過ぎたか」

「ダメじゃないか!」

 

 振り向いた悠河は怒りに任せた拳打を放った。咄嗟の一撃だが火垂を弄るために振動兵器は発動済なので威力は充分に高い。その一撃を蓮太郎は右のアッパーで跳ね上げるとすかかず左ジャブで顎を撃ちぬいた。

 背中と顎の二打で悠河の足元は震えておりダメージは深い。しかも殺したつもりだった蓮太郎が立ち上がったのだから心の傷も相当である。

 

「動きが鈍っているぜ『新世界』!」

「キミこそ死んだはずだぞ『新人類』!」

「俺はこの程度で死ぬわけにはいかねえんだよ!」

 

 蓮太郎は再び、今度は右の拳で悠河の顎を砕いた。

 兵士として完璧なだけあって骨が砕けるまでにはいかないまでも脳のダメージはかなり深いはずである。

 それでも悠河もまた教授に認められたい一心で立ち上がって蓮太郎の腹を殴った。

 こうなるともはや泥仕合、義眼の見切りなど関係のない意地の張り合いである。

 

「(何故だ? この僕が押されている?!)」

 

 悠河の頭は混乱していた。本来なら先ほどの蹴りで勝負はついたはずなのだから。それに仮にあの蹴りで無事だろうともこう何度も殴り合いで振動兵器にさらされて無事な人間などいるわけがない。だから目の前の蓮太郎がまるでゾンビのように悠河には見えていた。

 

「いい加減にしろ!」

 

 悠河の渾身のアッパーで蓮太郎が飛ばされて二人の間合いが開いた。

 お互いに顔面が腫れて口から血が滲んでいる。

 

「何故立っていられる?! 既に骨も砕けてぐちゃぐちゃのはずだ!」

「そうじゃねえからに決まっているだろ!」

 

 蓮太郎は再び駆け寄って渾身の剄櫻で悠河を殴った。気合で絞り出した頸のほとんどを振動兵器からの致命を避けるための防御に回しているため威力はさほど高くない。だが微量であっても魂の力が込められているせいか拳は悠河の魂を疲弊させた。

 義肢であるためありえないはずの虚脱感、体に力が入らず義眼で見切ったとおりの受け流しをしようにも避けきれない。

 

「陰禅・玄明窩(げんめいか)!」

 

 剄櫻によろけた頭に蓮太郎は最後の一撃を与える。

 カートリッジを炸裂させての玄明窩、これまでのダメージも含めると結果はどうあれこれが最後になる。

 

「…………」

 

 悠河は側面から襲い掛かる脚に反応できないまま無防備にそれを喰らった。

 その一撃で悠河の意識はぷつりと途絶え、膝から崩れ落ちたまま立ち上がれない。

 

「へへ……勝ったぜ……」

 

 蓮太郎もまた勝ち誇った表情で横に倒れた。




れんたろーvs悠河の話
悠河は単純な人の形をした機械としては強くても人間としてはむしろ弱い→人間としての強さでれんたろーに負けるという流れです
原作みたいなリミテッド零オーバーと違う殴り合いになりましたが


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Call.60「戦い終えて」

 地下施設のガストレアを殲滅したアゲハが外に出るとすっかり日も落ちていた。携帯電話を確認すると不在着信が入っている。地下なので電波の通りが悪かったのだろう。

 アゲハは早速桜子に電話を折り返した。

 

「もしもし……悪い、電波が届かなかったみたいだ」

「だいぶ時間がかかったみたいだけれど、なにか収穫があったの?」

「地下で変異ガストレアの飼育をやっていやがった。ここにいたガストレアはすべて処理しておいたから当面の心配はないだろうけど。それより桜子の方から電話してきたってことは櫃間の方も上手く尋問できたってことか?」

「そっちは全然ダメね。嬲ろうにも一向に目覚めないし。その代りに緊急のニュースが一つあるわ。里見君が見つかったの」

「なんだって。捕まったのか?」

「いえ……火垂ちゃんって憶えてる? 水原君のパートナーだった。あの子が勾田署に彼を担ぎこんできたのよ。衰弱していたからとりあえずの処置で菫先生の所に搬送されてきたってわけ」

「だったらすぐに戻るぜ。冤罪を証明するメールも見つけたからな」

「わかった。でも焦る必要はないって菫先生が言ってたわ。火垂ちゃんが持ってたICレコーダーに事件の顛末について証言した音声が録音されていたのよ」

「なるほどな。だったら何か弁当でも買って帰るぜ。桜子も見張りで動けなかったから腹が減っただろうし」

「なら私と子供達の分を。天童社長のは要らないわ」

「なんで?」

「あの子も倒れて検査入院だって。心配は要らないとは聞いているけれど、そのかわりティナちゃんも預かることになったからそのぶんを忘れないでね」

「りょーかい」

 

 電話を終えたアゲハは売れ残りの弁当を求めて繁華街を目指した。買い物と移動の時間もあり、皆が集まっているハッピービルディングにたどり着く頃には九時を回っていた。

 ちょうどよく売れ残りの半額品だがステーキ弁当と書いてあり元の値段はそれなりである。貧乏飯をよくぼやいている延珠あたりは喜びそうだなと思いながらアゲハは戸を開けた。

 

「ただいま」

「遅かったではないかアゲハ」

「わりいわりい。その代りに今日はステーキをご馳走してやるぞ」

「おお、これは勾田駅前の弁当屋で売っているステーキ弁当ではないか。千五百円もするやつだぞ、太っ腹だな」

「半額の見切り品だけどな。これくらい屁でもないぜ」

 

 この街に来た頃と違って今のアゲハには金銭的余裕があった。

 流石にエルモアの援助を受けていたドリフト以前ほどではないが、この時代での真っ当な方法で稼いだお金なので後ろめたさはない。

 それにたまには年下に奢るのも大人の務めと思うとまさに屁でもない。むしろ料理屋に連れて行ってあげられなくて少し申し訳なく感じるほどである。

 

「弁当のわりには結構いい肉だな」

「そうなのだ。この店はステーキ弁当にだけは拘っておるからな。半額セールまで残っていること自体がまれなんだぞ」

「そうなのか?」

「私も何度かタイムセールを狙って見に行きましたが、いつもセール前に売り切れていますね」

「そう言われるとなんか薄気味悪いぜ」

「れんたろーなんかは金が無い時に限って出くわすと言っておったから、まったくない訳ではないらしいがな」

 

 延珠とティナの講釈を聞きながらアゲハ達は弁当を食べ終えた。

 食事を終えると既に風呂を済ませていた子供たちは寝巻に着替え、仮眠室できゃっきゃうふふとおしゃべりを始めた。

 アゲハと桜子はお茶を片手に事務室に残り、この日の出来事をトランスを使ってこっそりまとめる。

 

『蓮太郎も帰って来たし、ブラックスワン・プロジェクトはぶっ潰せたし、とりあえずはコレで一件落着か』

『一先ずはそうね。でも今回の事は少し腑に落ちないわ』

『ん?』

『だって考えてみてよ。計画を嗅ぎつけた水原君が襲われるのは理解できるけれど、里見君にわざわざ冤罪を擦り付けたことの意味が解らないのよ』

『そりゃあ……櫃間の差し金じゃねえか? 女を追い込んで手篭めにしようだなんて気に入らねえが』

『それならばもっと別の方法があったんじゃないかと思えてね。そもそも冤罪が無くても木更と櫃間はお見合いをするくらいには仲が悪くないわ。木更にとっても利だけで考えたら櫃間との縁談は悪い話ではないのだし、彼女を精神的に追い込む必要性なんてなかったのよ。それに櫃間は里見君の状況を好機とは思っても、仕込みなしでも自分の求婚に木更が首を縦に振ると思っていたフシがあったし……』

『つまり桜子はこう言いたいわけか……蓮太郎たちの周囲に『木更をモノにするなら蓮太郎を排除する必要がある』と教えた裏切者がいると』

 

 アゲハの推理に桜子は頷いた。

 

『それにブラックスワン・プロジェクトと昨日の男との関係がまだわからないからね。もしかしたら取りこし苦労かもしれないけれど』

『どっちにしても火の粉は振り払えても火元はまだ燃えているんだったな。俺達の目的……ゾディアックガストレアの秘密を暴くのには回り道だけれど、すこし調べてみるか』

 

 二人の間で今後の方針が決まった。ガストレア退治にはあまり関係が無さそうだが、ブラックスワン・プロジェクト及びアゲハを狙った集団について今後も追うことにしたのだ。

 IP序列を上げるためには無駄な行為だろうが、特にブラックスワン・プロジェクトの方は変異ガストレアを培養するくらいである。聖居とは別に彼らが隠すガストレアの秘密を知っているかもしれない。

 アゲハと桜子はそんな打算も込みで彼らとは敵対することに決める。アゲハが回収したメールを洗えば気付くであろうが、この二つが実は同じものだという事もまだ知らぬうちに。

 

――――

 

 死んだはずの友がいた。

 彼は死んだと聞いていたはずなのに傍らに居るという事は、ここはあの世なのだろうか。

 蓮太郎は目覚めたばかりの頭でそう捕えていた。

 

「起きたのか蓮太郎、ちょうどよかった」

「水……原?」

「おうよ。迷惑かけちまったな」

「別にいいぜ。もう済んだことだ」

「そういってくれると俺も気が楽だぜ。金欠のお前にいくらたかられるか気が気でなかったんだよ」

「冗談きついぜ。あの世で金勘定なんて。それにたかる気なんてねえぜ」

「いや……そりゃあ俺のせいで冤罪逮捕までされたと聞いたらな」

「それもそうか。そういや水原、あの世でも眠気はあるんだな。死んでいるのに眠いなんて不思議だぜ」

「キミは何を寝ぼけているんだ? 蓮太郎君」

「先生も来たのか……って、なんでアンタまでここに? ついに変なものでも食って死んでしまったのか」

「そんなわけねーだろう」

 

 水原は蓮太郎の頭を軽く叩いた。その痛みで蓮太郎の目もハッキリとしてくる。

 部屋の隅にはテレビがあり、ニュースでは夏のレジャー特集をやっていてみんなでいったら楽しそうだと思えて来る。

 よく見ればこの部屋は勾田大学病院の個室病棟で蓮太郎も見慣れた天上である。

 まさかと自分の勘違いに気が付いた蓮太郎はつい赤面してしまう。

 

「……」

「気付いたか? この寝坊助。まあここだけの秘密にしておいてやるよ。そのかわり今回の依頼料はナシだ」

「ふざけるなよ水原! 俺がどれだけ苦労したと……」

「あら、やっと起きたのね」

 

 蓮太郎が抗議する脇で売店の袋を持った火垂が部屋に入ってくる。中にはジュースが三本、おそらく菫らが飲むためのモノだろう。

 

「おうよ。コイツったら寝ぼけてココがあの世だと思ったらしいぜ」

「仕方が無いわよ。私も急に倒れて死んだと思ったし」

「そういえば火垂……あれからどうなったんだ? なんで俺はベッドの上で寝ていたんだよ」

「そんなのアナタがぶっ倒れたからに決まっているじゃない。まあ憶えていないのなら仕方が無いわね」

 

 火垂は蓮太郎の要求する空白期間のことを簡単に説明した。悠河との戦いを決着に導いた一撃、それを放って蓮太郎が気絶してからの事である。

 曰く、火垂は気絶した悠河を柱にロープで縛り付けるとそのまま蓮太郎を担いで勾田署に駆け込んだ。指名手配犯の登場とその冤罪を証明する自白の音声データに警察は大慌てになり蓮太郎はこの勾田大学病院に運ばれたとの事である。

 警察が市役所工事現場に踏み込んだ時点で既に悠河の姿は無く、警察の方も櫃間警視の違法捜査スキャンダルへのマスコミや警視庁内での対応もあって彼の捜索は進んでいないらしい。

 櫃間の件は水原らが掴んだことで、彼もまた『ブラックスワン・プロジェクト』に関わっていて蓮太郎の逮捕を主導したのも彼だという。蓮太郎が見た水原の死体を手配したのもこの男、しかもその口で自分達を騙してあげく木更を嫁にすると言っていたとわかると蓮太郎の怒りは収まらない。

 

「ちくしょう! アイツが敵だったなんて」

「警察のお偉いさんだし気付かなくても仕方がねえよ。だが今後は警察だからと行っても信用出来ないのは頭の片隅に残しておかねえとな」

「それに……木更さんは無事なのか? まさか既に……」

「おや、キミはもしかして木更の貞操の心配でもしているのか? スケベだな」

「なんでわか! いや、でも」

「冗談だったが図星か。でもまあ安心したまえ蓮太郎君、木更ならまだ清い体のママだ。櫃間は既成事実を作ろうと急かしていたようだがヤツの裏を我々が掴んだ方が先だったのでな。今回はあとで彼らに礼を言っておくと良い」

「彼ら?」

「夜科アゲハと雨宮桜子、それに望月朧の三人だよ。他にいないだろう」

 

 菫はこの場にいない三人の事を話題に出した。菫の言うように今回の事件で木更の暴走した自己犠牲を止めたのはアゲハと桜子だし、水原が生存したのは朧のおかげである。

 それに生き別れになるはずだった延珠を引き留めたのもアゲハのお手柄と聞いて蓮太郎はどう埋め合わせようかと不安になるほどだった。

 おそらく彼らはこの程度のことなど謝礼は要らないと言いそうだろう。だがそれでは自分が納得できない。蓮太郎はそう思った。

 

 更に一週間が経過し、退院した蓮太郎の体はすっかり調子を取り戻した。合計十日も寝ていただけあって体のキレが悪いが背に腹はかえられない。

 この日の蓮太郎は延珠を木更に預けて聖居に向かっていた。聖天使の呼び出しで、おそらくライセンスの返還が行われるだろう事はすぐに察しがつく。

 

「よく来ましたね。それに今回はアナタを守護れず申し訳ない」

「聖天使様は何も悪くない。だからアンタが頭を下げる必要なんてねえよ」

「当たり前のことを言うな蓮太郎。これは聖天使様の慈悲、有難く受け取れ」

「口が過ぎますよ菊之丞さん」

「これは失礼」

「菊之丞の失礼ついでに一つ頼みたい事があるんだが、いいか?」

「図に乗るな!」

「許可します」

 

 威圧を諫しめられて一度は下がった菊之丞だったがそれをダシに要求を申し出る蓮太郎にはさすがに怒った。聖天使は菊之丞を再び下げて蓮太郎の要求を聞く。

 

「今回の事件で世話になった人たちがいる。彼らの序列を上げてやってはもらえないか」

「それはもしかして夜科さんたちの事では? 彼らは表沙汰に出来ない情報をもたらしてくれましたから、それなりの見返りを渡していますよ」

「そうなのか」

「この場で何を与えたかは言えませんがね。言えることは『ブラックスワン・プロジェクト』を未然に防いだことくらいですね」

「なるほど。ところでその……『ブラックスワン・プロジェクト』とは結局どんな計画だったんだ?」

「一言で言えば変異ガストレアを使った東京エリア襲撃計画です。夜科さんたちのおかげでガストレアを飼育していた巣は壊滅できましたし敵の研究データも得られました」

 

 それから蓮太郎は『ブラックスワン・プロジェクト』に関係する変異ガストレア、バラニウム磁場への耐性を持った個体について話をきいた。彼にとっては信じたくないその能力に「マジかよ」と呟くことしかできなかった。

 

 結果オーライとはいえ最終的に元のさやに戻ったことを蓮太郎は幸せとして噛みしめた。

 入院中に聞いた話では木更も戦闘に巻きこまれて傷ついていたという。自分の前では平静を装っていたがきっと心に傷を負ったのだろう。蓮太郎はそう思い、なけなしの自腹を切って土産を買い事務所に向かう。

 

「木更さんはいるか」

「戻って来たか蓮太郎、何事もないか?」

「予想の通りライセンスの返却だけでなにもねえよ。だがこれで晴れて俺達も仕事に復帰できるぞ」

「やったではないか。ガシガシ稼いで美味しいものを食べに行くのだ」

「そうしたいところだ」

「ところで、その小包は……もしかしてケーキじゃない!」

「一応木更さんには今度の事で心配かけたしそのお詫びだぜ」

「妾にはないのか?」

「勘弁してくれよ、俺だってこれを買うだけで精いっぱいだったんだ。これで我慢してくれ」

 

 蓮太郎はビニール袋から焼き菓子を取り出した。

 ケーキ屋で売っている余り素材を使ったクッキーで小ぶりだが味はいい。

 ケーキは高くて買えなくてもこれなら他のみんなの分を用意できると蓮太郎苦肉の策である。

 

「ちゃんとあるではないか。妾としてはケーキのほうが好みだが、今日の所は我慢しておいてやるぞ」

「聞き訳が良くて助かる。一応それでティナと夏世の分も込みだから全部食うなよ」

「わかっておる」

 

 延珠は蓮太郎からもらったクッキーを大事そうにゆっくりと頬張った。

 事務所に集まる延珠たちの無邪気な笑顔に、蓮太郎は取り戻した日常の尊さを感じていた。




一応は逃亡者編の〆になります
単発で何本かこの後の話を考えて、それが終わったらまた充電期間です
原作そろそろ再開しないと完全オリジナルで〆に向かわないといけませんね


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Ex.Call.2「天童流バトル」

 短い期間ではあるが感覚としては長く感じた一連の『ブラックスワン・プロジェクト』絡み騒動から数日が経過し、蓮太郎もすっかり元の生活に戻っていた。

 日曜の朝、いつものように朝稽古に勤しんでいるとそこに彼女が現れた。

 

「おはよう、里見君」

「おはようございます」

 

 蓮太郎はつい丁寧にあいさつしてしまった。

 現れたのは袴姿の木更で長い髪をリボンで結んで束ねていた。

 

「木更さんが木刀も持ってくるなんて珍しいな。いつもは雪影しか持ってこないのに」

「素振りと試斬にはそれで充分だからね。でも今日は使わないと流石に危ないし」

「危ないって何をするんだ? まさか新しい技を考えるのに万が一の事故を考えてとか?」

 

 蓮太郎は免許皆伝を受けている木更が新技の開発を許されているのを知っているため、そのように茶化す。

 

「お馬鹿、そんなんじゃないわ」

「だったら……例えば誰かと組み手するとか? でも俺以外には誰もいないから剣の練習ならむしろ俺が教わる立場だし……」

「あのね里見君……」

 

 木更は少し言いにくそうにもじもじしてから蓮太郎にお願いする。

 

「私と勝負してもらえないかしら」

「勝負?!」

 

 蓮太郎は急に勝負と言われて困惑した。

 

「なんでまた?」

「私も今回の件で気を引き締めないといけないと実感したわ。それに……今の里見君の本気も気になるし」

 

 木更は先日のソードテールとの戦いを悔いていた。単純な戦闘としては自分が圧勝したとはいえ、もしティナの保険が無ければあのまま拉致されていたであろう事実に。

 それに蓮太郎が逮捕されて以降のしどろもどろな自分の行動も悔しい。当座の目標である天童家を打倒するためにはこの程度の陰謀に根を上げているようではとても及ばないことなどわかっていたはずなのにと。

 顔には出さないまでも思いつめる木更の様子に蓮太郎は気付いていないが謙遜して答える。

 

「俺の本気なんて木更さんの足元にも及ばねえよ。持ち上げ過ぎだぜ」

「それは過小評価よ。里見君がどう思っているかは別として、事実アナタは蛭子影胤やティナちゃんという機械化兵士を相手に勝利しているわ。私はあなたと戦うことでその心の強さを学びたいのよ」

「そんな必要ないと思うけどな。俺からすれば木更さんは充分……いや、俺なんかよりもずっと強いぜ」

「……お馬鹿。とにかく、やると言ったらやるんだから!」

「ハイハイ、わかりましたよ」

 

 木更の態度に根負けした蓮太郎は彼女の挑戦を受けることにした。

 道場の中央で互いに向かい合い、木更は木刀、蓮太郎は徒手空拳で構えを取る。

 向かい合うだけで気を抜いたら体が二つになりそうなプレッシャー。その張り詰めた空気に蓮太郎は脂汗を滲ませる。

 

「こっちから行くわ!」

 

 開始の宣言をした木更はそのまま前に出た。

 木刀は左腰に構えていて居合の体制である。滴水成氷のことを考えれば最初の一太刀に間合いなどというモノはない。故に蓮太郎はあえて先手を取らせる。

 

「天童流抜刀術一の型一番───滴水成氷!」

 

 木更の飛ぶ斬撃を誘った蓮太郎はそれを飛び越える。

 どうせ後ろに引けない技なら上に躱せば良いという判断である。

 そのまま勢いをつけて蓮太郎はがら空きの上体を狙った。

 

「陰禅・上下花迷子!」

 

 肩を蹴飛ばして後の先を取り、そのまま側頭を狙う。

 組み手とはいえ彼女を蹴り飛ばすのは少し気が引けるとはいえ、狙ったとおりのカウンターに蓮太郎も顔が緩む。

 しかしそれくらいの反撃を考えていないようでは免許皆伝など到底先の話になる。つまりこれくらい、木更にとっては予想通りであった。

 

「!?」

 

 蓮太郎は蹴りの手応えのなさに驚く。

 当然であろう、木更の右肩は体重移動で沈み込み、上下花迷子の狙いを外したからだ。

 空振って着地した蓮太郎の背中を木更はそのまま切り捨てた。

 

「里見君、私に手加減していない? そんなんじゃ練習にならないわ」

「そんなつもりは」

「滴水成氷を飛び越えての蹴りなんて、天童流抜刀術を知っていればすぐに思いつく動きよ。私がそんな反撃も想像できていないわけないじゃない」

「それはそうだが……」

「次は私も里見君を本気で切るわ。だからアナタも本気で向かってきて」

 

 ビュンと振るう木刀は空気を切り裂いていた。

 例え木刀であろうとも斬撃を飛ばすことが出来る天童流抜刀術ならば人を切ることも可能だろう。

 頭を冷やしてよくよく木更を視てみれば漂う剄はどす黒く濁っていく。その様子に以前助喜代に言われた言葉を蓮太郎は思い出した。

 木更の剣は腐っている。

 その剄の濁りは和光との決闘を思い出してくる程である。まさか本気で自分を斬るとは蓮太郎も思っていないが、このまま濁り続ければいずれは誰であろうと斬り捨てる狂気の剣になってしまうのではと心配になる。

 この勝負を言いだしたのが木更である以上、彼女の言葉通り何かを自分と戦うことで見出したいのは想像に易い。ならば自分は木更に光を見せるべきであると、自分の全てを彼女にぶつける事に決めた。

 

「わかったぜ。木更さんも何を焦っているのかは知らないが、その迷いを晴らせるのなら俺も全力で行かせてもらう。二本目、お願いするぜ」

 

 再び二人は向かい合い、二本目の勝負が始まった。

 今度の先攻は蓮太郎が取ったが彼は動かない。その場に足を止めて剄を練り上げ始めたのだ。

 剄を感覚だけで操っている木更にも知覚できるほどに蓮太郎は煌びやかな光の剄を貯め込んでいく。そのプレッシャーに木更も迂闊に攻め入れない。

 一分ほど二人は向かい合うがこのままでは千日手である。膠着を破ったのは最初に膠着を産んだ蓮太郎だった。

 

「空の型四番───」

 

 事前に溜めておいたため呼吸の必要はない。

 そう言わんばかりの全力の飛で蓮太郎は間合いを詰めた。

 

「ん!」

 

 居合に構えていた木更は木刀を抜くと拳打を放つ直前の小手を狙う。

 蓮太郎それを左に飛んで躱し、木更の右脇腹まで飛び込んだ。木更も負けじと左足を大きく踏み出して反転して攻守を逆転させ、そのまま肩を狙う。

 

「剄楓!」

 

 蓮太郎が手刀で斬撃を受け止めたことでギンという鈍い音が道場に響いた。

 蓮太郎の右腕が鋼鉄の義肢であるから出来る受け方……というほど都合が良いものでもこれはない。

 例え義肢に匹敵する丈夫な拵えの籠手をつけていたとしても骨が折れていたからだ。中国武術における浸透剄似た骨切りの秘剣に単純な防御では機械化兵士の義肢であっても動作不良は免れないモノだった。

 それを免れたのは宣言通り全力を出して剄楓で受けた蓮太郎の選択によるものだった。

 

「剄櫻・閃空斂艶!」

 

 そして密着した状態ならば木更は手出しできなくても徒手空拳の自分にはその限りではない。貯め込んでいた剄の全てを左手に籠めて蓮太郎決めに行った。

 

「(まさか? でも、負けたくない!)」

 

 先の骨切りで詰めたと思っていた木更は木刀を打ち返して閃空斂艶を放つ蓮太郎に驚いていた。

 これはこのままではやられてしまう。

 木更の脳裏に敗北の文字が浮かぶ。

 だが木更も負けたくない。単純な勝ち負け以上に彼に敗北すると言うことは彼に弱い姿を見せることに他ならないからだ。

 純粋な乙女の願いには復讐に燃えるどす黒い色はない。自然と漂う剄は清らかになる。

 その清らかな剄の影響か、一時的に止まっていたはずの臓器の動きが一気にうごめく。血潮が駆け巡って体が熱くなり、前進にいのちの力が駆けめぐる。

 

「せいや!」

 

 木更は夢中で木刀を投げ捨てて、蓮太郎の肩を掴んで押し倒していた。そのままアームロックで組み伏せて、一瞬のうちに決着が付く。

 

「いたた、そんなのアリかよ」

「剣を捨てて素手で倒すなんて私もまだまだ未熟ね。それに今の感覚……」

「なにか掴めたのか? 確かに今の一瞬はいつも以上の動きだったが」

「私にもわからないわよ。でも、今のを狙って出せれば心強いわね。

 少し休んだら次に行くわよ」

「望むところだ」

 

 疲労の蓄積で先程より蓮太郎の剄が少ないせいか、それとも木更が先ほどの境地に到れなかったからか。

 その双方の理由でこの日先程の力を木更が発揮することはなかった。

 だが二人は互いに全力を出してぶつかることで、自分の殻を破るヒントを相手から獲ていた。




ひとまず書きかけになっていた木更とれんたろーの組み手を書き上げました。
今後の動きは原作次第です


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