Wizard of the World of Stand (泡醤油)
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スターダストクルセイダース
01


初めまして、ハーメルン初投稿の泡醤油です。名前に深い意味はありません。
結構前に考えていた設定のデータが出て来たので軽い気持ちで書き始めちゃいました。拙い文章ですが、どうか温かく見守ってやってください。

三部から始まり、今のところ七部辺りまで流れが出来上がっているのですがどこまで書けるかは不明です。
不定期更新になると思いますが、よろしくお願いします。


尋常ではない暑さにカルミアは目を覚ました。服が汗を含みぐっしょりと湿っていてとても気持ちが悪い。

手を動かすとザラザラとした砂の感触があった。その砂も熱を持ち非常に熱い。

 

「あっちー……」

 

呟きながら起き上がると、一面に広がる砂の世界に首を傾げた。上を見ると、まだ高い位置にある太陽。

カルミアは暑さに耐え切れず、マフラーとローブを脱いだ。中には学校指定のセーターも着ていたが、ローブを脱いだだけでも随分とマシになった為とりあえずセーターは着たままにしておく。

 

確か、自分は教師に頼まれて友人と講義で使ったビニールハウスの後片付けをしていた。季節は冬だったし、その日最後の講義だった為日は完全に沈んでいたはずだ。

その場に立ち上がったカルミアは顎に手を当ててそんなことを考えてもう一度首を傾げた。

 

「あ、そうだアルバスは……」

 

一緒にいたはずの友人が近くにいないのかと周囲を見回してみるが、残念ながら砂の山と空しか見えるものはない。

落胆したように肩を落とし、仕方が無いと呟きながらローブを探り、ローブのポケットの中から取り出したモークトカゲの革製巾着袋の口を開いて無理矢理マフラーとローブをその中に突っ込む。袋にそこまで大きさは無かったのだが、それは全てを収めてしまい膨らむ様子すら見せなかった。

もともときちんと締めていなかったネクタイを更に緩めボタンを一つ外す。

 

「魔法使うかぁ……」

 

現在地が分からぬまま無闇に動くことは躊躇われ、成す術もなくその場に立ち尽くしていたカルミアはため息と共にそう吐き出した。未成年であるカルミアには『臭い』がついており、魔法を使えば魔法省に知らせが入りすぐに捕獲されるだろう。この状況は自分が望んだものではないのだし、危険性のない魔法を使えば魔法省も頭ごなしな処置を行えないだろう。

 

胸ポケットへ手を伸ばしかけたところでふと手を止める。

パラパラと上の方から音がする。それはだんだんと大きくなってきているように感じ、カルミアは頬を引きつらせて懐から杖を取り出しながら上を見上げる。

 

「プロテゴ!!」

 

咄嗟に杖を振って叫ぶと、頭を守るように腕を頭の上で交差させしゃがみ込んだ。

大きな衝突音と共に腕に襲い掛かる痛み。音が止むのを待って顔をあげると、ヘリコプターと言う名だったとカルミアが記憶している鉄の塊がすぐ近くに墜落していた。

痛みを感じた腕を見てみると、防御魔法で防ぎきれなかった破片が掠ったのか切り傷がいくつもできていた。握ったままだった杖は無事だったので安堵の息を吐く。

 

「ギャアアアアアア!!」

 

腕の傷をどうにかしようとカルミアは杖を腕に向けるが、呪文を唱える前にヘリコプターの方から叫び声が聞こえ応急手当どころではなくなった。

杖を構え警戒を解かずに声の方へ近づこうと一歩踏み出したところで、車の走る音が聞こえヘリコプターの影に身を隠す。

 

「こっこれはッ! ヘリコプターだ…!」

 

まず聞こえたのは老人の声、その人物は声こそ年齢を感じさせるがその話し方を聞いている限りかなり元気なようだ。

マグルなのか魔法使いなのか、相手がどちらかなのか分かるだけでこちらの出方も決まってくると、カルミアは息を潜めて様子を伺う。

 

「気をつけろッ! 敵スタンドの攻撃の可能性が大きい!」

「見ろ、パイロットだ」

 

どうやら、パイロットとやらが死んでいるようだ。あれだけ派手に墜落すればマグルなら死ぬよな、と頭の隅で考えながら話を聞き流す。

それにしても、スタンドとは何のことだろうとカルミアは内心首を傾げる。マグルだけが使う言葉なのか、魔法界でも使われるものなのか、何かの隠語なのか。

考え事をしているうちに、あちらでは何やら事件が起こったようだ。老人が危惧していたように、敵スタンドとやらの攻撃らしい。

 

自分の近くで死人が増えるのは気分が良くない。今はマグルとか魔法使いとか闇の連中だとかは関係なしに、とりあえず目の前の襲撃者を何とかしてしまおう。話はその後だ。

 

「アッ! かっ、花京院!」

 

もたもたしているうちにまた一人犠牲者が出てしまったようだ。カルミアはヘリコプターの影から急いで姿を現すと、花京院と呼ばれた緑色の学生服を着た男を襲ったらしい物体に杖を向けた。

 

「ステューピファイ!」

 

花京院の隣で狼狽えている様子の特徴的な髪型をした銀髪の男に攻撃が行く前に失神の呪文を唱える。その場にいた数人の男達(一人も女がいない為暑苦しい絵面である)が驚いたように見てくるが、今のカルミアにそれを気にしている余裕はない。

捉えきれていなかったのか、手の形をした物体はカルミアの方を向くと物凄い速さで距離を詰めてきた。

小さく舌打ちをすると、後ろに少し下がりながら杖を振る。

 

「ディフィンド! デューロッ!!」

 

二つの呪文を半ば叫ぶように唱える。追いかけてくる物体は真っ二つに裂けた後、石のように固まって動かなくなった。

安堵の息を一つ吐くと、カルミアをきょとんと見つめる男達の方へ歩いて行く。

 

「あれは一時凌ぎで、長くはもちません。逃げるなら今の内に早く!」

 

危険の伴う戦いなど初めてだった為、焦って少々雑に呪文をかけてしまったと思ったのか、カルミアは男達にそんな言葉をかける。

大股で男に担がれた花京院に近づくと、顔を覗き込んで怪我の状態を確認する。男は両目の瞼を縦に裂かれており、傷は目にもついてしまっているようだ。詳しくは分からないが、素人目にこのままでは失明の危険もあると見て、カルミアは男の目に杖を向ける。

 

「お、おい! 何をッ!?」

「動かさないで!」

 

焦った様子でカルミアから離れようとする男に思わず叫ぶように言う。迫力に押されたのか、短く唸って動きを止めた男を横目で見て、一回呼吸をする。応急処置でしかないが、目だけはなんとか失明しない程度に治しておきたい。

 

「エピスキー、癒えよ」

 

両の目に呪文を掛ける。傷口から垂れる血は止まり、目玉からは目立った傷が消える。瞼の傷は消えないが、これで何とかなるだろう。

カルミアは深く息を吐いて汗を拭った。暑さのせいもあり気が散って完全には治療出来なかったが、失明の危険は免れただろう。

 

「応急処置だけなので、専門の医者に診てもらうことをおすすめします」

「嘘だろ……完璧とまでは言わねぇが、傷が治ってやがる!」

「何じゃと!?」

「…………」

 

カルミアは先程乱暴に黙らせてしまったことの罪悪感を払拭しようと笑みを浮かべると、走り寄って来た男達に押し潰されてしまう前に数歩後ろへと下がった。傷が癒えたことに驚き男達が緑の服の男を覗き込む姿を横目に、カルミアは手に持った杖をまずは花京院を担ぐ男に向けた。

 

今の反応で、ここにいる者がマグルだということは分かった。傷を治すなど余計なことをしてしまったかもしれないが、その前に既に魔法で奇怪な生き物と戦っていたのをばっちり目撃されていたのだし、あまり気にすることではないだろう。

 

どうせ、ここにいる者達はすぐに今見た出来事を忘れてしまうのだから。

 

「オブリーー」

「何してやがる」

 

幸いカルミアの魔法を見てしまった者は皆集まっている。魔法省が後で処理するよりも、今やってしまった方が確実だろうと忘却術をかけようとした彼の腕を大きな手が掴んだ。

驚いて視線を上げると、花京院に意識が行っていたはずの一人が視線で威殺さんばかりの殺気をカルミアに向けていた。二メートルに届くかどうかといった身長の男は、アップルグリーンの瞳にカルミアを捉えて離さない。

 

「いや…何でも……」

 

手早く忘却術をかけて一旦この場を離れてしまおうと思っていたカルミアは、その計画が潰されてしまったことに内心舌打ちをしながら目を伏せた。下手に動くよりも、魔法省が保護してくれるのを待って本業の人達に任せた方がよさそうだ。



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02

「お前、スタンド使いか?」

「スタンド? ああ、さっき言ってましたね。俺が固めたあれがそうなら、俺はあれを使役していませんが」

 

スタンド使いかと聞かれても、スタンドというものが何なのか理解出来ていない為自分が使役しているのかも分からず、軽く首を傾げながらカルミアは言葉を返す。掴まれたままの腕を軽く振り、離して欲しいという意を伝えてみるが、男はカルミアに疑わしげな視線を送っただけで手を離すつもりはないらしい。

 

「スタンド使いじゃあないなら、何者だ」

 

警戒するように目を細めて言った男に、カルミアは何と答えようか少し考え込むように眉根を寄せた。

 

魔法使いだと言ってしまってもいい、どうせここにいるマグル達は後で魔法省の魔法使いに記憶を消されてしまうのだから。しかし、問題は目の前のマグルがその答えに満足するのかというところにあった。

マグルは自分達が魔法を使えないことや、魔法界側が必要以上の関わりを避けていたことが原因で、魔法の存在を知らぬ者がほとんどであり、魔法などそれこそ絵本等の創作世界の物だと認識している。

 

魔法の存在など現実に意識もしていなかったマグルに「私は魔法使いです」等と言ったところで病院に行って頭を診てもらえと言われてしまうだろう。

しかし、他に答えようがない。スタンドとやらを手も触れずに固めて身動きを封じ、目の怪我まで一瞬で治してしまった。今の状況であれば、カルミアが一般人を主張するほど男の疑いは濃くなっていくだろう。

 

「………い」

「あァ?」

「魔法使い。俺はスタンドとやらは使えないけど、魔法なら使える……です」

 

怪しくなってしまった敬語を必死に取り繕いながら、カルミアは尻窄みに答えた。自然と伏せてしまった目を恐る恐る上げると、ポカンと口を半開きにして男は固まっていた。先ほどから睨まれっぱなしだった為、こんな顔も出来るのかとカルミアは感心したようにその顔を見つめる。

 

「っぷ……ま、まあ、魔法使いなら納得だな」

「あッ! てめ、今笑っただろ!?」

「ちょっと、その姿で魔法使いってのが似合わなくてな」

 

予想はしていたが、笑われたことに若干の苛立ちを覚えついには敬語を意識せず掴みかかる。身長差的に子供が大人に捕まっているようにしか見えないところがいただけないが。

掴みかかられた男は、カルミアの学生服なのだと思われるセーターやその綺麗な金の髪、少々目つきが悪いがさぞや女子に好かれるだろう端正な顔立ちを見て堪えていた笑いが込み上げてくる。

 

自分達がスタンドという普通では理解出来ない能力を使っている為、魔法使いだと名乗るカルミアの言葉を否定することは出来なかった。

しかし、男の抱く魔法使いの図とは自分の探している吸血鬼のような邪悪さを持ち合わせ、どんな時も黒いローブを羽織っていて鍔の広い三角帽子を被っているというものだ。間違っても、こんな将来ホストにでもなりそうな少年ではない。

 

「まあ、呪文が解けないうちに逃げろ……ッガ!?」

「……ッ!!」

 

どこか腑に落ちない様子で拗ねたように唇を尖らせつつも男へ忠告してやろうとするカルミアだが、言い終わらぬ内に背中に衝撃を受け思わず前へバランスを崩す。痛みが襲ってくるが耐えられない程でもない痛みで少し安心した。例えるなら、クィディッチの試合では日常茶飯事なくらいの痛みだ。

しかし、嫌な予感がして背中に手をやると、カルミアの背中が一部分だけ制服ごと切れていることが分かった。

 

「てめぇ……新種の魔法生物か何なのか知らねぇけどな。制服に傷つけてんじゃねぇよ!!」

 

驚いた拍子に離された男の手を振りほどき、振り向き様に無言魔法で失神の呪文を向けると、今度は当たったようで大きく揺れたそれはその場に水溜りを作って消えた。正体は水だったようだ。

 

「あー……制服の言い訳どうしよう。先週マルフォイの奴と喧嘩して買い換えたばっかなのに」

 

頭を抱えてぶつぶつと何事か呟くカルミアは、笑顔で静かに怒りを表現する母イヴリンの姿を思い浮かべて思わず身震いした。

 

「危ねぇッ!!」

 

言い訳を考えていたカルミアは、後ろから聞こえた男の声に顔を上げた。失神したはずの手が再びカルミアの近くに迫って来ていたのだ。

水に失神は無理があったかと内心舌打ちしながら杖を構えようとするも、呪文を唱える前に攻撃されてしまうのは目に見えている。

 

予想される痛みに身構えたところで、ピピピピという電子音が響き渡った。

ピタリと動きを止めた手は方向を変えて死体の腕を攻撃した。電子音は死体がつけていた腕時計から鳴っていたようで、音が完全に止まっている。

 

「い…一体なんだ……パイロットの死体を攻撃したぞ!」

「いや違う、死体ではない。時計だ……時計のアラームを攻撃したんだ」

「音だ。音で探知して攻撃しているんだ!」

 

男達が色々と言うのを聞いて、察しが良すぎだろと内心突っ込みを入れる。

全員の位置を把握しようとカルミアは物音を立てないように辺りを見回す。先ほどまでの混乱に乗じて老人と黒人の男が車の用意をしているのが見えた。男達は車で逃げるだろうと、カルミアは胸ポケットへ手を伸ばす。

しかし、その手がポケットに届く前に何かに掴まれ、強引に上へ引っ張られて体が浮く。肩に担ぎ上げられ、腹の圧迫感に思わず潰れたカエルのような声が出た。

 

「落とされたくなけりゃ、しっかり捕まってな」

「いや、俺一人でも逃げられるんだけど!?」

 

男はカルミアの訴えを無視して車の方へ走っていく。なぜか荷台に乗り込んだ二人の後ろで、花京院を抱えていた銀髪の男が若干足を切られて棘のある触手に引き上げられていたが、カルミアは杖が折れていないかと確認するのに忙しかった。

このたまに加減が効かなくなる厄介者の杖はカルミアにとってはこの上なく相性が良い。他にも媒体はあるが、この杖が折れてしまうという事態は避けたかった。

 

「じ……地面に染み込んだ」

「敵は音を探知して動くわけだから、我々に姿を見せないで土の中を自由に移動できる。地面から、我々が気づく前に背後からでも足の裏からでも攻撃が可能! しかも本体は遠くにいることができる!」

 

無駄に丁寧な説明をしてくれた老人を横目に、カルミアは誰も乗っていない様子の後部座席を覗いた。ヨダレを垂らして寝ている犬がなぜか後部座席のシートを陣取っていた。まあ、こんなヨダレ塗れのシートに座りたくはないよな、と納得して一人頷くカルミア。

こんな狭い所で攻撃されては杖が折れてしまうかもしれないと、とりあえず杖を懐にしまう。そして、巾着袋を取り出すとその中から真っ直ぐな薄茶色の杖を取り出した。カルミアの知り合いが昔使っていた物を譲ってもらった物だ。勿論杖の所有権はカルミアに移っている。

巾着袋を懐にしまい杖を軽く振るカルミアは、こんなもんかと呟く。その様子を信じられないものを見るような目で見てくる銀髪の男は、隣にいる男の服を引っ張った。

 

「な、なあ。あいつ、一体何なんだよ……」

「さぁ? 本人は魔法使いとか言ってたが」

「魔法使いぃ!?」

 

丸聞こえな会話を黙って聞いていたが、直接的なことは言っていないものの銀髪の男の声音が何だか馬鹿にしているような気がして、文句の一つでも言ってやろうかとカルミアが顔をそちらに向けた瞬間。車が前方に傾き、カルミアはバランスを崩して男の方へ倒れ込む。

 

「わ、ぶっ!?」

「タイヤが水の中に! や…やばい……引きずり込まれる!」

 

胸元に飛び込んでしまい、すぐに離れようと男の胸を押すカルミアの背中に腕が回り更に密着してしまう。

落ちないようにという気遣いなのだろうが、自分よりゴツい男と密着するくらいなら車から飛び降りて敵の的になった方がましだと、カルミアは内心ため息を吐く。

 

「う、うおおっ」

「す…滑り落ちるぞッ!」

「もっと車の後ろの方へ移動しろッ!」

 

だんだん地面と直角に近い角度になって沈んでいく前方を見て、カルミアは嫌な予感を覚えた。

もし、この車の前がいきなり持ち上がったら……と。

慌てて顔を上げると、腕を叩いて男の注意を引いた。

 

「おい、これって敵の思う壺……」

 

言い切る前に、二回大きく車が揺れた。車の前方を見ると、前輪が二つとも切断されている。

 

「な…なんて切れ味じゃッ! 前輪を切断しやが……」

 

こんな時までよく口が回る、と半ば呆れながら老人を見たが、すぐにカルミアの顔は再び男の胸元に押し付けられた。

焦って力の加減を忘れているのか、力一杯押し付けられていて息が出来ない。腕や背中を叩いて力を緩めて欲しいことを訴えるが、何を勘違いしたのか男は更に力を加えた。

敵に殺される前にこの男に殺されるかも、と無駄に抵抗をしたせいで酸欠気味になったカルミアは諦め混じりの光を目に宿して思う。

 

「うわあああああーーーーッ!!」

「し、しまったあああッ!」

 

地面へと落ちる車に、遅れてくる浮遊感。酸欠も相まって、カルミアを激しい吐き気が襲った。

吐き気をなんとか堪えていると、次に来たのは地面へ落ちた衝撃ではなく、男の胸元に更に顔が押し付けられる痛みだった。これならまだ普通に落ちた方がましだった、とどこか遠い目をしたカルミアは思う。

折れてはいないだろうが鼻が物凄く痛い。この時だけは、父親譲りの高い鼻が恨めしかった。

 

「"魔術師の赤(マジシャンズレッド)"!」

 

酸欠と痛みで遠のいて行く意識の中、誰かが叫ぶ声が聞こえる。どうやら、男達の誰かが敵と戦闘を始めたらしい。

カルミアが意識を手放しかけたその時、不意に男が拘束を解いて離れて行った。反射的に思いっきり空気を吸い込み噎せてしまうが、それでも酸欠で死ぬよりかはましだった。

 

「じょ…承太郎!」

「ば…馬鹿なことをッ! 承太郎が走り出した、なんてことを!」

 

相変わらず口のよく回る老人は何かを叫んでいたが、カルミアはそれを最後まで聞き取る前に今まで何とか保っていた意識を手放していた。



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03

カルミアの視界に映ったのは白だった。頭が完全に覚醒しきっていないせいで、数秒遅れて今自分は真っ白な天井を見上げているのだと気付く。

白い天井と言えば、まず思い浮かぶのは学校の医務室である。クィディッチのビーターの座についてここ数年、練習や試合の際に気絶して医務室に運ばれるという体験は珍しいことではなくなった。スリザリン寮がコートに立てばその試合で必ず一人は意識を失う。

 

なんだかやけに現実味溢れる夢を見ていたせいで、どこまでが夢の出来事なのか区別がつかない。

砂漠のど真ん中でむさ苦しいマグル集団に出会ったのは夢だとして、友人と温室の片付けをしていたのはどちらなのだろうか。もしかしたら、温室で自分の知識にない植物に触ったか何かして気絶してしまったのかもしれない。

 

「ってぇ〜〜ッ!」

 

勢いよく起き上がろうとすると背中に激痛が走り、カルミアは思わず叫び声を上げながらお世辞にも寝心地がいいとは言えないベッドへ倒れ込んだ。そこで今度は背中を押し付けてしまい声にならない悲鳴を上げて背中を丸めた。

痛みのせいで涙目になりながら、耐えるように体を抱いて蹲っていると、慌ただしい足音と共にカーテンが勢いよく開かれる音が響いた。

 

「アルバスか…? ちょっと、マダム呼んで来てくれ。何だか知らねえけど傷が治ってねえみたいなんだ」

「そりゃあそうじゃろう。背中を縦一直線に深ァく切られとるんじゃからのう」

「……は?」

 

マダム・ポンフリーは父の世代からいる自称まだまだ現役の校医だ。実際はもう結構な歳なのだが、本人はまだ校医の座を譲る気はないらしい。

歳と言っても腕は確かなもので、ポンフリーの手にかかれば今回のカルミアの傷など一瞬で治してしまうことだろう。しかし、カルミアには未だに激痛が襲いかかっている。

 

わけが分からずポンフリーを呼ぶよう頼んだところ、予想外な言葉が返って来たことにカルミアは間の抜けた声を上げながら声の主を見上げた。

ヘアバンドを取られたのか、視界を遮ってくる長い前髪を掻き上げると、そこには夢の中で出会ったと思っていた老人が立っていた。髪こそ白髪だが、年齢を感じさせない若々しい立ち姿にその詳しい歳が予想出来ない。

 

「嘘だろ……ここもしかしてマグルの病院かよ…」

 

そりゃあ痛みが残るはずだ、とカルミアは頭を抱えた。傷をすぐ治してしまえる魔法を使うことの出来ないマグルは、カルミアが「この程度」と思える傷でも完治に数週間かかることがあるのだと、聞いたことがあった。

 

ポンフリーほどではないが、カルミアも治癒魔法くらいは使える。というか、全てが夢でないとすれば花京院とかいう男を完全でないにしろ問題なく治療出来ていたはずだ。

完治といかないまでも痛みが多少は和らぐだろうと思い、カルミアは懐に手を差し入れた。しかし、そこにいつものシャツや杖の感触はなく、カルミアは改めて自分の今の格好を見ることとなった。

白く薄い見るからに簡素な、しかしカルミアには詳しい構造の分からない服を着せられており、その胸元からは大袈裟に巻かれた包帯が痛々しく覗いていた。

 

「つ、杖…杖はどこやった!?」

 

着替えさせられている、ということよりも杖がないことに焦りを感じたカルミアは傷口が開くことも気にせずに目の前の老人に縋るように掴みかかった。魔法使い、しかも未成年の彼にとって杖は命と同じくらい大切な物だ。あれがなければ魔法を上手く使える自信がない。

 

「まさか、傷つけたりしてないだろうな!?」

「ちょ、ちょっと落ち着けッ! お前さん服にまで血が滲んで来ておるぞ!」

「そんなことより、杖は!!」

「持ってくる! すぐ持ってくるから大人しく寝てくれ…ッ!」

 

鬼気迫る表情で老人に詰め寄っていたカルミアは、老人の言葉に安堵の息を吐くと体から力が抜けるのを感じズルズルとベッドの上に座り込んだ。

すかさず老人が、やけに手慣れた動作でカルミアをベッドに寝かしつける。いつの間にか近くに来ていた銀髪の男に何か囁くと、男は二、三度頷いて病室を出て行った。

 

少しして、カルミアの持ち物を抱えた(大体はカルミア自身が巾着袋にしまった為、持ち物と言っても杖や服だが)男が病室に戻って来て、抱えた物をカルミアのベッド脇にあるテーブルへ置いた。

思わずベッドから起き上がろうとしたカルミアを老人が青い顔をして止めるのを、男は眉根を寄せながら見守っていた。

 

「ほれ、杖じゃ。これが心配だったんじゃろ?」

「あ、ありがとうございます……」

 

カルミアを安心させるように穏やかな笑みを浮かべながら、老人が彼に杖を差し出す。それを受け取りながら、相棒の無事な姿に安堵したカルミアはぎこちなく礼を口にしながら笑顔を見せた。

杖の感触を確かめるように手の中でいじっていたが、少し体を起こすと杖の先を背中に当てカルミアは目を閉じた。男は、わけが分からないといった様子でその行動を見つめる。

 

「エピスキー、癒えよ」

 

呪文を唱えると同時に、杖の先から白の光が現れカルミアの傷を覆うように背中に纏わりついた。しばらく動かずにじっとしていたカルミアだが、杖を横に置くと起き上がって体の感触を確かめるように腕を動かし始めた。

 

「うーん、ちょっと違和感はあるけど痛くはないな」

「お、おいおい、そんなに動くと傷口がまた開いちまうぜ?」

 

布団を引っ剥がし、立ち上がろうとするカルミアを男は慌てて止めに入る。その病衣の背中にはまだ赤い血が鮮やかに残っており、自分の背中が見えないカルミアは平気だろうが、見ている側としては痛々しくて仕方がない。

カルミアの肩を押さえながら、男はふと不思議に思って内心首を傾げた。先ほどはあんなにも少年を止めようとしていた老人が今は黙って見ているだけなのだ、どう考えてもおかしいだろう。

 

「おい、ジョースターさん! 見てねぇで何とか言ってやれよ!」

「ポルナレフ、その少年の傷はもう治っておるぞ」

「……はい?」

 

何も言わない老人に焦れて叫ぶように声を上げた男は、老人の言葉を聞いて器用に片眉だけを上げて見せた。何を言っているのか理解出来ないという風に首を傾げる。

 

「え〜〜っとォ。俺の聞き間違いじゃあなきゃ、今『治ってる』って言ったか?」

 

片手をまだカルミアの肩に置いたまま、もう一方の手を耳に当てて間延びした声で老人に問い返す。カルミアには見えないが、老人は男の言葉に確かに頷いて見せた。

男はポカンと口を開けたまま固まっていたが、「治ってる」と小さな声で数回繰り返した後やっと老人の言いたいことが分かったようでカルミアの病衣に手をかけた。

 

「んなわけねぇだろッ! 医者が数日かかるって言ってんだ、今の一瞬で治るなんてどんな魔法……」

 

カルミアには理解出来ない構造をした病衣をまるでオレンジの皮を剥くかのように脱がして行く男を、少々癪だがカルミアは黙ってされるがままに見つめていた。

男は意外と筋肉のついたカルミアの体に驚いたようで一瞬手を止めたが、病衣の次は包帯をしゅるしゅると解いていく。包帯を取ったら開いた傷口が現れて医者を呼ぶ羽目になるだろうと考えながら、口からは頭で考える前に言葉が零れ落ちる。

 

しかし、男の声はカルミアの背中を見た瞬間嘘のように止まりその場が静かになった。その背中は先ほど開いた傷のせいで血がついているものの、血のほとんどを包帯や服に吸われ白人特有の白い肌の上、項の下から真下に伸びるほとんど治りかけた傷跡が残るのみであった。

 

「嘘……だろ…」

「ポルナレフ、花京院の傷を治したところも見ただろう。その少年は魔法使いじゃ。一般人……マグルだったかの、そのワシらには普通無縁の存在なのだ」

「さっきからおじいさん、魔法を知ってるみたいな言い草ですが、身内に魔法使いでもいらっしゃるのですか?」

 

信じられないという風な表情のまま動かなくなった男を押しのけて立ち上がると、カルミアは目の前で魔法を使って見せたというのにまるで驚く様子のない老人に素直な疑問を投げかけた。スタンドと戦った時に見せていた為慣れたのかとも思ったが、老人の言葉を聞いている限りこのマグルはどうやら魔法の存在を認識しているらしい。

いつまでも胸元を晒しているわけにもいかず、男に脱がされた病衣を着直そうとするが、構造が分からず困ったように眉根を寄せた後諦めたように息を吐きながら病衣をベッドへ脱ぎ捨て杖を振った。テーブルの上の巾着袋が独りでに口を開き、中から服が出て来てカルミアの目の前で止まった。

 

目の前で次々に起こるファンタジー味溢れる出来事(自分達の使うスタンドもファンタジーと言えばそうなのだが)について行けず、男は頭を抱えてフラフラと近くの椅子に座り込んだ。

そんな男を横目に、老人はラフな格好に着替えるカルミア向き直る。

 

「身内に魔法使いがいると言う表現は間違いじゃな」

「へぇ? では、友人?」

「そうじゃ。ワシはカルミア・ノスワージーという名の魔法使いと、十代の頃知り合い戦友となった」

 

老人の言葉に、カルミアは目を細めた。警戒するように杖を持ち直したが、老人はそれに気付いているのかいないのか更に言葉を続けた。

 

「君、カルミア・ノスワージーなんじゃろう?」



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04

ポルナレフの髪がなぜか白設定になってしまっていたので、全て銀髪に書き直しておきました。直し忘れがあったらすみません。

トリップ初日がなかなか終わってくれない。


病室のベッドを挟み、少年と老人が睨み合う。いや、正確には少年の方が相手を警戒して一方的に睨み付けているのであり、老人はその強い視線ごと受け止めるようにじっと少年を見つめる。

 

「ジョースターさん何言ってんだ!? ジョースターさんが十代の頃っつったらどう考えてもこのガキは生まれてねぇだろうが!」

「助けて貰った恩はあるが、ちょっとその頭の中見せてもらう必要がありそうだな」

 

いつの間にか立ち上がっていた男が、二人の間に割って入り正論を言っているが、それはマグルの常識だ。魔法界には逆転時計などの時に関連する魔法具や呪文が既に存在しており、そんな常識は通用しない。

間にあるベッドを飛び越えん勢いでカルミアが老人に迫ろうとすると、焦ったように老人が両手を前に突き出して横に振る。

 

「まだ話の途中じゃ! 物騒なこと言わんでくれ!」

 

じっと老人の目を見つめた後、渋々といった風に杖を懐にしまったカルミアは、一応老人の話を聞く気はあるらしい。先ほどまでの態度とは打って変わり、腕を組んで先を促すように目を細める。

 

「まず、ワシの出会ったカルミアは十七歳じゃった。ワシのことを知っておるようで、ジョースターの戦いに巻き込まれたのは二度目だと語っておった。

そして、カルミアは年老いたワシが再び戦いに出向く時、自分よりも若い自分がまたワシの目の前に現れると言っておったわい」

「そして、俺が現れたってわけか。……無闇にあり得ないとは切り捨てられない話だな」

「カルミア、ワシはお前さんに一つ確認せねばならぬことがある」

 

左手の人差し指を立てて、妙に芝居掛かった口調で半ば食い気味に老人が話す。

何だ、と言いたげな顔でカルミアは首を傾げて続く言葉を待つ。男はもう理解がついていけないらしく、ポカンと口を開けて固まっていたが少しすると難しい顔をしてぶつぶつと小さな声で何かを呟き始めた。

 

「ここに来る時の年はいつだった?」

「は? 2006年だけど、それがどうした?」

「今は、1987年じゃよ。お前さんがいた年から三十年ほど前になるな」

 

顔をしかめたことにより、カルミアの元々悪い目つきが更に主張される。証拠とでも言うように老人は鞄から新聞をいくつか取り出してカルミアに差し出す。

 

「何だこれ、写真が止まってるぞ」

「写真は動かねぇだろ」

「……マグル製の写真は味気ないな」

 

受け取りながら不思議そうに漏らした言葉に、頭の整理がやっとついたらしい男がツッコミを入れる。カルミアは納得したように小さく頷くと、その日付を確認してみる。

西暦1987年、老人が言った通りの年代が書かれている。顔を近付けると真新しいインクの匂いがするので、どうやら印刷されてあまり時間が経っていないらしい。準備が良すぎる、と思いつつもカルミアは楽しげに口角を上げる。

 

「よくこんなに手の込んだ物を用意したな」

「残念ながら、それは街の売店で販売されている物じゃ」

 

カルミアは老人の目をじっと見つめた。その顔はだんだんと自信のないものになっていき、視線も縋るようなものに変わっていく。

 

「マジで?」

「マジだ」

「嘘だろ。三十年……どうやって戻ればいいんだよ……」

 

手の中で新聞を握り潰しながら、カルミアは力が抜けその場に座り込んだ。俯いたせいで、髪が顔にかかるがそのことも気にならないようであった。

 

いくら逆転時計でもそこまでの時間を遡ることは出来ない。そんなことが出来てしまえば今頃金持ちはこぞって逆転時計を買い占め、時間を自分の物として過去に戻り未来を改変していくだろう。

 

これが冗談であればどんなに良いかと考えてみてはみるものの、魔法を乱発したにも関わらず魔法省の者が現れる気配すらない現状では、老人が言うように三十年前に来たと考えるのが一番納得出来る答えではあった。

しかし、三十年……その月日は逆転時計で遡った時のように待っていれば元に戻れるなどと呑気なことを言えるようなものではない。カルミア本人は魔法使いと言えど生身の人間なのだ、三十年も経てば当たり前に年老いる。元に戻ることなど出来るはずがない。

 

「そこで、ワシからの提案なんじゃが……」

 

いつの間にかベッドから回り込んでカルミアのすぐそばに立っていた老人は、座り込むカルミアの視線に合わせるように膝を折り、その大きな手を肩に優しく置く。

困り果てたように眉を下げたカルミアは、縋る思いで老人の視線を受け止めて見つめ返す。にこりと柔らかい笑顔を浮かべられても、それに微笑み返すような心の余裕は今のカルミアにはない。

 

「ワシらと一緒に旅をせんかね」

「……旅?」

「うむ。ワシの知っとるカルミアが一度だけ話してくれたのじゃが、彼が初めて戦いに巻き込まれた時はジョースターの因縁の相手に辿り着くまで帰ることが出来なかったらしい」

 

老人は、カルミアを見ているようでその実は彼の黄色の瞳を通して別の誰かを見ているようであった。昔を懐かしむように目を細めた老人の脳内には、若かりし頃の自分と談笑する"カルミア"の姿が思い出されているのだろう。

 

「今、ワシらはその因縁の相手にかなり近い位置におる。かつての彼と今の君の状況が同じならば、奴の元に辿り着くことで、君はどういった方法かは分からんが元の年代に帰ることが出来るじゃろう」

「因縁の相手……」

「百年は優に生きておる吸血鬼の男じゃ。ワシらはその吸血鬼を倒す為旅をしておる」

「吸血鬼…?」

 

吸血鬼、という言葉に反応して、それまで相槌を打ちながら大人しく話を聞いていたカルミアは再び顔をしかめた。

カルミアの暮らす時代の吸血鬼と言えば、かつて夜の王と恐れられていたというだけの存在だ。以前はそりゃあ魔法界を恐怖に震わせるほどの力を持っていたかもしれないが、住処を追いやられて光の当たらぬ洞窟でひっそりと暮らす様は何とも情けない姿であった。

 

しかし、マグルが相手にするにはさすがに強すぎる生物だ。魔法使いが仲間になるとしても、それが成人済みの魔法使いならともかくカルミアはまだ未成年だ。父に魔法を習いその学年では使えるはずもないような呪文を扱えるような魔法使いでも、発展途上の少年には色々と限りがある。

吸血鬼と戦うなど、自殺行為にも等しい行動をどう言って止めようかと考えたが、カルミアは老人に再び視線を向けてその考えを頭から消し去った。老人の目には、勝利を確信している、そんな意思を感じる光が宿っていたのだ。

 

「俺、実戦なんてさっきのが初めてで、足手まといになるかもしれませんよ」

「無理に、とは言わん……」

 

考え込むように視線を逸らした末、カルミアが老人にだけ聞こえるような声で呟いた言葉をどういう意味に捉えたのか、老人もまたカルミアにしか聞こえないような声で言葉をかける。

提案に乗る勇気も、断る理由も持ち合わせていないカルミアは、両の拳を固く握り締める。片方の手の中で、握ったままだった新聞がもう一度小さな音を立てた。

 

「しかし」

 

間を置いて発せられた老人の言葉に、カルミアは救いを求めるように視線を上げた。

 

「君が来てくれるならば、ワシらには今までなかった可能性も導きだせるじゃろう。足手まといにならんとは言い切れんが、幸いワシの仲間は皆支え合うことが出来る奴らじゃ」

 

老人の右手が、カルミアの目の前に差し出される。まるで、長年時を共にした友に向けるかのような柔らかい笑みを浮かべた老人が、カルミアをしっかりとその目に捉えていた。

 

「一緒に、来てくれないか?」

 

考えるより先に体が動いていた。

差し出された右手をしっかりと握り返したカルミアは、呼吸を一つして老人の目を見つめ返すと、その問いに答える二文字の言葉を口にして少し恥ずかしそうな笑顔を浮かべた。

一瞬驚いたように目を見開いた老人は、カルミアの手に左手の義手を重ねて彼の笑顔に釣られるよう目元を和らげた。



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05

お気に入り登録してくださった方ありがとうございます!
気付いた時にはニヤニヤしてしまいました。

これでやっと初日は終了です。書いてて長かった……。
ペース遅めですが、エタる気はないので気長に待っていただけると嬉しいです。


診察室の扉を閉めたカルミアは深く息を吐いて腕を軽く回して肩の筋肉を解した。

普段学校で世話になっている医務室の担当は教師というより祖母のような存在な為、病院に勤める医師と接するとなんだか無駄に緊張して疲れてしまう。

 

世界有数の金持ちが数十年前に設立したというSPW財団の息がかかった医師は、カルミアを旅の仲間に招いた張本人であるジョセフ・ジョースターからある程度の説明を聞いていたようで、傷がほとんど治っていることに驚きはしたものの深く追求してくるようなことはなかった。ただ、カルミアが子供ということもあってか極力無理をして戦わないようにと釘を刺されてしまったが。

SPW財団の話が出て来たところで、なぜそんなに大きな組織が関わっているのだろうと疑問に思ったが、ジョセフの話では財団の創始者がDIOや吸血鬼に深い因縁があるとかないとか。話の途中DIOの奴因縁つけられすぎだろう、とカルミアが呆れ気味にそう思ったのはここだけの話である。

 

石仮面やら波紋やらと意味の分からない単語を並べていたが、カルミアが全てを理解するにはしばらく時間がかかりそうだ。

あまりにも話が複雑なもので、昼食後に行われる座学の授業中のように眠りかけたカルミアをジョセフが何回起こしたのか、途中までは数えていたがそのうち面倒になって数えることをやめた。

 

「よッ、お疲れさん」

 

特に行く宛もなくぼんやりと院内の案内図を眺めていたカルミアに、後ろから妙に明るい声がかかった。

振り返ると、数分ほど前カルミアに「自分はジャン・ピエール・ポルナレフだ」と名乗っていた銀髪の男が歯を見せて笑っている。すぐ近くまで来るとカルミアの頭に手を乗せ無遠慮に髪の毛を掻き混ぜる。子供扱いされているようで頭にきたカルミアは(そう思う時点で充分子供だと本人も一応自覚してはいる)、ポルナレフの手を払いのけると腕を組んで高くセットされた髪の毛を入れると二十センチ近くは身長差のある彼を見上げる。

 

「お前、女性にモテないだろ」

「ハァ〜? 何でいきなりそんな話になるんだよ」

「出会い頭に髪の毛を弄るような奴は嫌われるぞ」

 

言いながら自分の今のぐしゃぐしゃな髪を思い出して面倒臭そうに軽く手櫛で直す。そんなカルミアの姿にポルナレフは彼の言いたいことを理解したのか、軽い調子で謝りながら頭を掻いた。

 

「で、どうかしたのか? カキョーインの所で様子を見てるって聞いてたけど」

「ああ! そうそう、その花京院が目ぇ覚ましたからお前呼んで来るように言われたんだった!!」

 

ジョセフの言葉を思い出しながら尋ねると、一連の流れですっかり用件を忘れていたのかポルナレフが思い出したように手を打った。その声があまりにも大きかったもので、慌てたカルミアの手によって口が塞がれてしまった。

もごもごと何か言いたそうに手の下で動く口にくすぐったさを覚えて耐えるように眉根を寄せたカルミアは、声を抑えるようにジェスチャーで指示しながら手をポルナレフの口から離した。

 

マグルの病院のことなどほとんど知らないカルミアでさえあまり騒いではいけない場所なのだと直感的に感じ取っているというのに、カルミアより遥かに病院を利用する頻度が高いであろうポルナレフがマナーを守らないとはどういうことか、年下の子供に密かに呆れられていたということを彼は気付くはずもなかった。

 

「まあ、別に急ぎってわけでもねぇから用があるなら済ませちまって構わねーぜ」

「用事? 何かあるのか?」

「何って……俺が話しかけるまで真剣な顔してそれ見てたじゃあねぇか」

 

それ、と言いながら指差したのは病院の案内図だった。本人としては真剣だったわけではないのだが、元々の目つきのせいかぼんやり眺めているつもりでも周りから見ればそうは見えないらしい。

 

「大丈夫、特にこれといった用事はないから」

「そうかァ~? それならいいけどよォ……」

 

強いて言うならば小腹が空いたから何か軽く食べたいと思うくらいか、などと考えていると、どこか納得のいかない表情のポルナレフが首を傾げた。そこまで不審がられるほど真剣に見えたのだろうか、とカルミアも内心ポルナレフのように首を傾げる。

 

「連れて来たぜ~」

 

ポルナレフがそう言いながらノックもなしに扉を開けたのは、四人用の病室だった。

入院患者の名前が書かれているプレートには花京院のものともう一つ男の名前があった。この病室はカルミアと花京院の二人しか利用していないと記憶しているので、恐らくカルミアの名前が分からないといった理由で適当な偽名でも使ったのだろう。

ジョン・スミスというどこかで聞いたことがあるようなないような、一般的すぎて偽名としてもよく使用されている名前を横目に、カルミアも病室の中へ入って行った。

四つ並んだベッドの内、右の窓際に三人の体格の良い男達がベッドを囲むように立っており、正直見ているだけで暑苦しい。ちなみに、カルミアの使用していたベッドはその向かいであり、すでに看護師が片付けを終えた後のようで綺麗にベッドメイキングされていた。

 

「ジョセフさん。プレートの名前、考えたの貴方ですよね?」

「ああ、一応名前は必要だと言われてのう。その時あの名前がビビッと来たんじゃよ!」

「俺ァ止めたんだぜ…?」

 

得意気に鼻を鳴らして胸を逸らしたジョセフの姿に、黒の学生服を着た男が「やれやれ」と呟いて帽子の鍔を下げた。砂漠でカルミアの忘却呪文を止めた男だ。

もう一人、黒人の男はポルナレフが余っているベッドに腰掛けようとしているのを注意して全く関係のない口喧嘩に発展していたが、皆それを止める気はないらしい。ヒートアップしている二人の横を通り、上体を起こした花京院がいるベッドへ近寄る。

 

「君が、僕を助けてくれたノスワージーさん?」

 

人の気配が近付いて来たのを察したのか、目元に包帯を巻いた痛々しい姿の花京院が見当違いな方向に顔を向けながら尋ねてきた。近くに立つ学生服の男に耳打ちされ、恥ずかしそうに苦笑しながらカルミアの方へと顔の向きを変える。

その姿にカルミアは思わず視線を伏せる。目の傷は癒したと思っていたが、その包帯が自分の力不足を示しているようで込み上げてくる悔しさを強く拳を握ることで我慢する。

 

「何て顔しとるんじゃ。お前さんのお陰で花京院は失明せずに済んだのだから自信を持てばいいだろう?」

「……え?」

 

ベッドを挟んだ向かい側から、ジョセフが歯を見せて笑っているのをカルミアはポカンとした表情で見返した。ジョセフの言っている意味が分からずに瞬きを繰り返す。

 

「まあ、瞼の傷が完全に治ってねぇから数日は包帯を巻いたままだがな」

「瞼の方はぱっくりいってるらしいからな」

 

相変わらずの無表情のまま花京院を見た男に、花京院は口元に笑みを浮かべて肩を竦めた。

完全に固まってしまったカルミアに目を向けると、男はつばの下から覗く目を細めて意地が悪そうに口角を上げる。初対面の人物がこの顔を見たら財布ごと渡して一目散に逃げ出しそうな笑顔だったが、今のカルミアに恐怖を感じる余裕はない。

 

「何だ。もしかして、自分が失敗したとでも思ってたのか?」

「いや、だって包帯……」

「花京院は失明しちゃあいねぇぜ」

 

言いながら男はカルミアの頭を乱暴に撫でた。驚いて視線を上げると、先ほどの悪役のような笑顔とは打って変わり、口元は笑っていないものの目元を和らげてカルミアを見下ろしていた。これは、彼なりに勘違いした自分を励ましてくれているのだろうか。カルミアが男を見上げながらぼんやり考えていると男は視線から逃れるように鍔を下げた。

不器用な奴だ、と吹き出しそうになったが見るからに柄の悪い男を笑うなどさすがのカルミアでも出来そうになかった。口元を押さえてなんとかやり過ごす。

 

「ノスワージーさん、本当にありがとうございます」

「その呼び方は何だか変な感じがするんでカルミアって呼んでください」

「ふふ、カルミアさんが旅に同行してくれると聞いてとても頼もしいです」

 

何だか他人行儀(本人達は初めて会話をするのだからこれが普通なのだろうが)な会話に、ジョセフがたまらず吹き出した。突然掴みかかられた彼としてはカルミアがここまで大人しいのがおかしいのだろう。

 

「さて、そろそろ本題に移るかの。二人共喧嘩は後にしてこっちに来るんじゃ!」

 

不思議そうにジョセフに顔を向けた学生服の二人と軽く睨み付けるカルミアの視線から逃れるように咳払いをしたジョセフは、わざと大きな声を出してそれぞれの背後にゴーストのようなものを出していたポルナレフと黒人の男に呼びかけた。その声の大きさに、意外と常識人だった学生服の男がジョセフを後で叱っていたのはここだけの話である。



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06

あけましておめでとうございます。今年もゆったりと更新していきます。
……てことで、お待たせしました!(待ってねぇよというツッコミは無しの方向で)

ポルナレフ・承太郎組と絡ませるとやり取りが無駄に長くなってしまい削るのが大変でした。


現在地のエジプトアスワンから目的地であるカイロまで北上する為、一行は船を用意してナイル河を渡ることに決めたらしい。船に乗るのはジョースター一行の他には誰もおらず、SPW財団の力を使えば船員の一人や二人連れて来られるのでは、とカルミアが提案した所何やら苦い思い出があるらしく皆揃って微妙な表情を浮かべていた。

幸いジョセフと黒人の男、アブドゥルが操縦を出来るということでカルミアもそれ以上その話を掘り下げることはしなかった。帽子の鍔を下げた承太郎の目が死んでいたというのは、ちょうどその時近くにいたカルミア以外に知る者はいるまい。

 

一晩休んだ一行は朝のうちにアスワンを出発するらしく、カルミアは見送りの為承太郎達と共に、用意された船の所まで先導するジョセフについて行った。

 

一緒に出発、ではなく見送りというのは、前日の内に話し合った結果しばらく視界の奪われた花京院を一人残しておくのは不安だということで、誰かが残ることになったのだ。

そこで自分から立候補したのがカルミアであり、彼の能力を信用しているらしいジョセフの後押しによって渋る他のメンバーを何とか納得させ、今日から花京院と共に一行と別行動を取ることとなった。花京院の怪我について責任を感じているカルミアを一人(正確には二人だが)で放っておくと背負いすぎてしまわないか、と表には見せないが内心では心配している承太郎は最後まで首を縦に振ろうとはしなかったが、多数決で負けてしまえばどうしようもなかった。

 

メンバーの中では一番戦闘歴の浅い……いや、ないと言ってもいいカルミアが心配でないわけではないのだが、DIOとその手下は確実に自分達に近付いて来る方を優先して排除しようとするだろう、というのがジョセフの考えであった。それでも花京院が襲われないという保証はない為、敵が来た時の作戦を念入りに立てて打ち合わせをしておいた。

 

「本当に大丈夫か」

 

隣に並んで歩く承太郎は、カルミアに一瞬視線をやるだけでぶっきら棒に声をかけた。承太郎を見上げて器用に片眉だけ上げて見せたカルミアは、承太郎が自分の歩幅に合わせて歩いているということに気付いていない。

 

「俺じゃあそんなに不安か? ノリアキがいいって言ってるんだ、諦めろよ」

「そーそー、あんまりしつけぇと嫌われるぜェ〜?」

 

いつの間にか承太郎とは逆隣を歩いていたポルナレフが、からかうように笑いながら一方的にカルミアの肩を組んだ。体重をかけられて若干前のめりになりつつも、表面上は何とか平常を装ってカルミアは足を踏ん張る。

そのまま歩くものだから、半ば引きずられるような状態になったカルミアは苦笑を浮かべるしかない。

 

「魔法がありゃあ何かあっても大丈夫だろ」

「敵が襲って来ても、昨日のポルナレフみたいにしてやるぜ」

「ポルナレフみたいな奴が何人もいればいいけどな」

「ちょっと承太郎!? それどういう意味だよッ!」

 

昨晩、スタンド使いと戦う為の練習としてカルミアはポルナレフと一度戦い、武装解除と失神の呪文に手加減を忘れたせいでポルナレフが数メートルほど先に吹っ飛ばされてしまう事態となった。開始数分も経たず決着がついてしまったのは、ポルナレフがふざけて挑発を仕掛けていたのが一番の原因なのだが……。

 

勢いでポルナレフが承太郎の方へ体を傾けた為カルミアにかかる重みが増え、カルミアは苛つきを隠すことなくポルナレフの右足を左の踵で踏みつけた。予想以上に力が入っていたのか痛みのあまりうずくまって低く唸り声を上げるポルナレフに追い打ちをかけるように、近くにいたイギーが前足でポルナレフの右足を軽く蹴った。

 

「ッてぇ〜〜!? カルミア、イギー! てめぇら覚えとけよ!!」

「ごめんごめん。イラッときてつい」

「アギッ!」

 

悪びれた様子もなく腹を抱えて笑うカルミアと、偉そうに鼻を鳴らしてさっさと先に行ってしまう妙に人間臭い表情のイギー。

起き上がったポルナレフとカルミアが言い合いを始め、承太郎がまたかと言いたげな顔で二人を眺めている。三人がついて来ないことに気付いたジョセフによってようやく歩き出したが、その間も二人は承太郎の横で小突き合いを続けていた。

 

最後まで心配性を発揮していた承太郎を強引に船へ乗せ見送った後、カルミアは花京院の待つ病院へやって来た。

余談だが、アスワンにいる間、カルミア達には財団員の人物が二人着くことになり、身の回りの補助をしてくれるそうだ。病院へ向かう時も、早速迷子にならないようにとカルミアと共に行動していた。

 

「ノリアキ? 起きてるか?」

 

声をかけながらカーテンを開く。財団員の二人は気を利かせて病院の待合室で待機している為部屋にいるのは二人だけだ。

ベッド脇には緑の学生服を着た花京院が座っていて、カルミアの方へ顔を向けると嬉しそうに口元を緩めた。その背後には彼のスタンドが上半身だけで浮いており、腹から下は触手のような幾つもの管に分かれて床を這い回っていた。その様子は、ハグリッドのペットコレクションを色々と見て来たカルミアでも思わず引いてしまうものなのだから、相当酷い絵面である。

 

「な、何してるんだ…?」

「ハイエロファントの触手を張り巡らせて物体の感覚を掴むことで視界がない分を補えないかな、と思って試してた所だよ」

「……面白い考えだけど、今は中断してもらえると嬉しいな。…ヒッ!?」

 

足元から若干這い上がってきた触手に驚いて足を引くと、眉を下げて肩を竦めた花京院は素直にスタンドを引っ込めた。

一般人にはスタンドが見えないから特に視覚的問題はないだろうが、見える者と一緒の時にその方法を取るのはやめていただきたい、とカルミアは遠い目をしながら思った。今自分の足を這い上がってきたように、女性の体に触手が巻き付く姿など一部のそういう趣味の人が喜びそうな絵になってしまうだろう。年齢制限がつくような場面などはっきり言って目の毒だ。

 

「あれ、荷物は? まだ用意出来てなかったか?」

 

上手く平衡感覚が掴めない花京院に手を貸して立ち上がらせてからカルミアは周りを見渡して首を傾げた。

準備万端、という風に堂々としていた為既に病院を出る準備は出来ているものだと思っていたが、彼の近くにそれらしい荷物はない。もしかすると他人に私物を扱われるのが嫌で、知り合いの枠には入っているであろうカルミアが来るのを待っていたのかもしれない。

立たせてしまったが今から準備をするならばもう一度座ってもらった方がいいかと考えていると、花京院が否定の声を上げた。

 

「いや、僕の荷物は全て身に付けているから大丈夫だよ」

 

花京院曰く、いつ戦闘の起こるか分からない旅なので必要最低限の物だけ持ち歩いているのだとか。それが財布とパスポートや細々したポケットに収まるような物らしいが、流石に少なすぎないかとカルミアは目を丸めた。

下着や肌着は現地調達かSPW財団経由で届けてもらい、使用後は荷物を極力減らす為に大体は捨ててしまっているのだとか。ふと、今朝出発した四人も荷物らしい荷物を持っていたのはポルナレフだけだったことを思い出し、他のメンバーも花京院と同じように身に付けられる物だけしか持っていないのかもしれないと考える。

困ったことがあればSPW財団に連絡すれば何とかなるそうで、SPW財団がなければ一体この旅はどうなっていたのかとため息を吐きそうになった。

 

花京院を支えながら病室を出ると、ちょうど見回りをしていたらしい看護師と出会い、今からホテルの方へ移る旨を伝えておいた。昨日の内にジョセフが話をつけていた為、看護師は明日からの予定を軽く確認しただけで先ほどまで花京院がいた病室へ入って行った。次の患者を受け入れる準備でもするのだろう。部屋がなかったとはいえ四人部屋を占領してしまっていたことを申し訳なく思う。

 

待合室にいた二人と合流し、てっきり顔見知りだと思っていたがカルミアの予想に反して初対面だったらしい三人がそれぞれ挨拶を交わすと、四人で病院を後にする。カルミアが自分の役目に感じる責任から深い息を吐き出すのを、花京院は少々複雑な気持ちで聞いていた。



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07

ホテルに着くと、自分の部屋に花京院を連れて戻ろうとしていたカルミアは例の財団員二人に引き留められた。ロビーで待機してほしいという言葉に従って花京院と無駄に座り心地のいいソファに並んで腰掛けると、受付カウンターに目をやった。

二人は受付に立つ女性と話していたが、少しすると奥から初老の男性が出て来て女性の代わりに応対をし始めた。

 

「何してんだろ。ノリアキはどう思う?」

「さあ……人数が増えたから部屋の調節でもしてるんじゃあないかな?」

「スイートルームとかにグレードアップしたりして」

「まさか」

 

スイートルームというのはないだろうが、部屋がワンランク上の物になったりはするかもしれない。花京院には苦笑されてしまったが、カルミアは期待を捨てられずに二人の背中を見つめる。

 

花京院は、暇を持て余したように隣で落ち着きなく動くカルミアの気配を感じて、年相応にはしゃぐ彼に安堵の笑みを漏らした。

 

花京院の護衛を名乗り出た時からカルミアは若干気を張っているような雰囲気があった。視界のない自分が感じ取るほどなので勘のいい承太郎辺りは敏感に察していただろう。

それであれほどの過保護っぷりだったのだが、今こんな様子なのを見る(と言うより感じ取る、だが)限り少しは肩の力が抜けたのだろう。危険があるのは事実なのだが、四六時中気を張っていたら疲労が必要以上に溜まってしまうことは目に見えているので、それでいざと言う時に自分の身すら守れなくては元も子もない。

 

少しずつ掴めてきた感覚を頼りに手を伸ばすと、丸い物に掌が当たり力加減に気を付けながら軽く撫でてやる。ポルナレフに頭を弄られる度に文句を言っていたので髪型を崩されるのが嫌なのだろう。

 

「……ノリアキはモテそうだな」

「…うん?」

 

ポルナレフが事あるごとに触りたくなるのも頷けるサラサラなそれを、カルミアが拒否反応を示さないのをいいことに花京院は梳くように撫でる。

相手を気遣うように撫でる花京院と乱暴なポルナレフを比較しながら、カルミアは何の気なしに呟いたが、花京院はどうして突然その話題になったのかと不思議そうに首を傾げた。

 

 

花京院がまさか、と言った言葉が事実になるとは口に出したカルミア本人でさえも予想にしていなかった。あれは紛れもない冗談であり、"まさか"この四人でスイートルームを利用するなどとは思いもしなかった。

だから、驚いたようにカルミアの方に顔を向けた花京院には、見えないのだがこちらも驚いたような顔を返すしかなかった。

 

部屋に入ると既にホテル従業員の手によってカルミアの荷物(巾着袋を使っている為ないに等しい)はこちらに移されており、見栄え良く大きなテーブルに並べられていた。

いつもならばはしゃいでベッドに飛び込むようなことはするかもしれないが、カルミアはその気持ちを抑えて財団員の一人と部屋の点検を優先する。

シンガポールのホテルではポルナレフの部屋の冷蔵庫に敵が潜んでいた、などという話を事前に聞いていたので、慎重に隅々まで調べていった。

 

「ベッドルームはカルミアと花京院さんが一緒の方がいいですよね?」

「そうだなァ……戦えない二人が固まるのは不安だけど、保護呪文でもかけておけばなんとか……」

 

最後の部屋を見て回り、敵が潜んでいないことを確認すると、財団員のアレンがカルミアに話しかけた。途中いくつかの会話を挟んでいた二人の距離は少しは縮まり、フレンドリーなカルミアの性格もあってかほとんど自然体で話せるくらいにはなっていた。数日間共に過ごすのだから仲良くなることに越したことはない。

 

ベッドルームが二つもあるという、スイートルームでもかなりランクの高い部屋(カルミアの勝手な推測だが)だと分かり、どう分かれるかと二人は話し合う。

一つの部屋に纏まっていた方が護衛としては楽なのだが、一番細い体型のカルミアでさえ年齢の割にはガタイがいい。正直な所、四人で一つのベッドルームを使うというのは気が進まない。

 

「じゃあ、俺とノリアキがこっち、アレンとシルヴィオがあっちのベッドルームな」

 

リビングに戻ってソファに座っていた二人に意見を求めたが、なんでもいいという一番困る返答が返ってきた為、カルミアは適当にリビングに隣接するベッドルームの扉をそれぞれ指差して言った。花京院には見えていないが頷いているので良しとしよう。

ちなみに、シルヴィオというのはもう一人の財団員の名前である。彼はイタリア人なのだが、カルミアが偏見混じりに抱いていたイタリア人のイメージに全く合わず、無口で固い印象のある男だ。本人に失礼だが、アレンがイタリア人だと言われた方がよほどしっくりくるというものだ。

 

財団員の二人が部屋に荷物を入れているのを横目に、カルミアは巾着袋にしまっていた杖を取り出して軽く振る。

手に馴染ませてから、保護呪文を部屋にかけていく。魔法使いが攻撃に来ることはほとんど(全くとは言い切れはしないが)ないだろうし、敵を警戒するものだけを使用するが、それでもなんとか全体に呪文が行き渡る程度だ。カルミアは、自分の非力さに意識せず苦笑を漏らした。

 

「いやァ〜、助かりましたよ」

 

スイートルーム全体を覆うほど広範囲に呪文を掛けたのは初めてだったカルミアは、疲労が襲って来た為ソファに寝転んで体を休めていた。そんなカルミアの元に部屋の整理を終えたらしいアレンが近寄って来て、何の脈絡もなく頭を掻きながら言ってくるものだから、カルミアはそのままの体制で首を傾げた。

話をするのに寝ているのもどうかと思い、体を起こしてアレンを見上げると、視線だけで疑問を投げかける。

 

「カルミアの部屋、ワイドダブルしかなかったじゃあないですか。いい年した男が二人同じベッドってのは、さすがに…ねェ?」

「あ〜…そういうことか」

 

二部屋あるベッドルームの内、一部屋はワイドダブルベッドのみで、もう一部屋はシングルベッドが二つ置いてあった。カルミアと花京院の年齢ならば修学旅行で布団を並べているようなものだ、という程度で済むが大人はそうはいかないのだろう。

納得したように頷きながら、カルミアはふとアレンとシルヴィオが同じベッドで並んで寝ている所を想像してしまい、堪えきれずに吹き出した。そういう趣味の人達には喜ばれるかもしれない。

 

その後に行った数分の話し合いの結果、今日はとりあえず花京院が部屋に慣れるまで外には出掛けないでおこう、ということになり昼食と夕食はルームサービスを利用した。

この数日の間に一回はホテルのレストランで食事をしてみたいな、とのん気に考えるカルミアは保護呪文をかけたからか、すっかり周りへの警戒を解いていた。ちなみに、昨晩は病院の帰りがけに外食、朝は早かった為それぞれでルームサービスを頼んで済ませた。

 

 

途中暇だとカルミアが嘆いてはいたものの、過ぎてしまえば時間は意外と短く、気が付くと空には月が昇っていた。その頃には花京院も部屋の中ならば好きに動けるようになり、うっかり壁に激突する以外は視界が無いとは思えないほど普通に過ごしていた。

 

カルミアがリビングの窓からぼんやりと空を見上げて「ジョータロー達は今頃どこかのホテルで寝ているんだろうか」などと考えていると、花京院がシャワー室から顔を覗かせてきた。ソファに座るよう促してから、既にパジャマを着込んで髪まで乾かした花京院の目元に新しい包帯を巻いてやる。

ドアの隙間から一瞬見えた緑の触手のせいで、どうやって視界の無い中一人で着替えまで終わらせたのかが容易に想像出来てしまい、カルミアは少々複雑な心境に陥った。



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08

二ヶ月以上間が空いてしまいすみません!
もうここまできたら一気に三話くらいの同時更新しちゃおうかな、とか考えてましたが結局次がなかなか書けなくてとりあえず一話だけ更新です。
英雄ハリーまじ便利。


「インセンディオ!」

 

大理石の床に置かれた数枚の紙が燃え上がる。数秒それを眺めていたカルミアは首を傾げながら反対呪文で水を出し消火を試みた。

どうやら加減を間違えてしまったらしく、水をかければ火はすぐに消え燃えカスだけが床に残った。

 

闇払いの父によく呪文を教えてもらい親友と一緒に練習していたのだが、いざ一人で練習するとなると勝手が分からない。少しは自立した気でいたが、こういう状況に陥って初めて自分はまだまだ親に頼りきっていたのだと自覚した。

どうでもいいことだが、父との練習は未成年魔法使いでも魔法を使ってもいいように法的な手続きを済ませている敷地で行っている為違法にはなっていない。手続きの際ハリー達の名前を出すと二つ返事で許可が降りたそうだ。英雄の友人というのは実に得な立場である。

 

「エバネスコ、消えよ」

 

カルミアが一番得意とするのはこの呪文である。言いながら一振りすると、床に転がっていた燃えカスが跡形もなく消え去った。

昔、マルフォイに地味な特技だなと鼻で笑われたが、全くその通りだ。便利と言えば便利なので特に不満はないのだが。

 

「カルミア、そろそろ時間ですよ」

「あれ、もうそんなに経った?」

 

離れた所にある椅子に座っていたアレンは、カルミアに声を掛けながら立ち上がった。懐に杖を直しながらアレンに駆け寄ると、彼が愛用している古い懐中時計を突き付けられる。

時計の針が示す時刻はとっくに昼を過ぎており、カルミアは苦笑を浮かべる。

 

二人は建物の外へ出ると、まず太陽の光の眩しさに目を細めた。室内は外からの光を遮断しているので、慣れない内は外に出ると必ずと言っていいほど皆同じ反応を示す。

先程までカルミア達が入っていた二階建ての建物は、SPW財団が昔何らかの研究をする為に建てた物だ。エジプト支部の更にまたその支部なので、簡易な内装で広さもそこそこである。

今は使われていないそれを、アスワンに滞在する間自由に使用していいとのことなので、カルミアは戦いに備えて魔法を練習する場として使っている。

昔誰かに貰った(多分くれたのはロンおじさん辺りだろうが)「これでアナタも負け知らず! 格闘魔法図解」という本を巾着袋に入れっ放しにしていたのがこんな所で役に立つとは思っていなかったが、カルミアはこれのおかげで初戦の時に比べてかなり実力がついていた。

 

露店が並ぶ通りを抜け、大通りへと出る。途中でアレンにチャイを勧められたが、ニヤニヤと笑みを浮かべるアレンを軽く睨んで丁重にお断りした。

昨日辺りアレンに奢って貰ったチャイは砂糖三割増しだったのだが、知らずに飲んだカルミアは、客観的に見ればかなり面白いリアクションを取って驚いていた。それからカルミアの中ではチャイはそういうものだと間違った認識が植え付けられ、苦手意識まであるようだ。

 

「今日の経過次第で包帯の取れる日が決まるんだっけ」

 

病院が見えてきた頃、カルミアはふと思い出して尋ねるわけでもなくそう声に出した。

 

「そうですね。昨日は思ったより治りが早いとか言ってたので、ジョースターさん達がDIOの館に辿り着く前に追いつけそうですね」

 

ジョースターさん、その言葉に皆怪我はしていないだろうかと不安になる。居場所は把握しているが、それ以外の連絡はさっぱりな為大怪我はしていないと思うのだが、やはり心配なものは心配だ。

花京院のことも心配だと言えば心配だが、カルミアは日頃彼の飲み物に治癒の効果を持つ薬を混ぜているので経過についての心配はしていない。喧嘩の生傷が絶えないカルミアを心配したネビルが持たせてくれた薬だ。マグルに服用しても大丈夫だと信じている。

そんなことを全く知らないアレン達は花京院の怪我の治りの速さに目を丸めているが、今のところカルミアが事実を話す予定はない。

 

「うおッ!?」

 

突然腰に何かが激突して来た為、カルミアは思わず声を上げながら歩みを止め後ろに仰け反った。倒れないように何とか足に力を入れ、隣にいるアレンの肩を掴んで体制を立て直す。

こんな生易しいものが敵の攻撃なわけがないのだろうが、一応警戒しながらすぐ後ろに目を遣ると、真っ青な顔をした少年が冷や汗を流しながらカルミアを見上げていた。余所見をしていたのか何なのか、この少年がぶつかってきただけのようだ。

安心させてやろうと頭を撫でようとしたが、頭の上で纏めてある髪に癖がありすぎてアフロのように広がっている為どこに触れていいのか分からないので、とりあえず目線を合わせてから肩を優しく叩いた。余程臆病なのかそれだけで肩を跳ねさせ目を泳がせる少年に苦笑が漏れた。

 

「ご、ごごッご、ごめ、……ごめん、なさ…い」

「大丈夫だからそんなに怯えるなって。怪我はねェか?」

 

一冊の本を大事そうに抱える少年は、俯き加減だがそれでもカルミアの質問に頷いて肯定を示した。

怪我はないようだが、今にも泣き出してしまいそうなほど目を潤ませている少年を放っておくことが出来ず、カルミアはあーとかうーとか小さく唸ってから怖がらせないよう笑顔を作りながら顔を覗き込む。

 

「えっと……病院に用があるのか?」

 

ここはもう病院の敷地内だ。答えが分かりきっている質問を投げかけると、案の定少年は首を縦に振った。その動きに合わせるように数滴涙が落ちてしまっているが、少年はそれ以上泣いてしまわないようにか目を見開いて固まっている。

困ったように眉を下げたカルミアは、ふと何か思いついたのか懐を探って例の巾着袋を取り出した。

地味な色のそれを少年の前で振って見せ、興味を引いてみる。

 

「見た所君は悪い所が無さそうだし、知り合いが入院してるのかな?」

「お、お兄ちゃん…が……」

「そうかそうか。じゃあ、見舞いの品を用意しないとな」

 

言葉の意図が分からずキョトンとカルミアを見上げる少年に、やっとこちらを見たとカルミアは歯を見せて笑った。

巾着袋を手で潰してみて何も入ってない、なんてことを言うと少年はカルミアと巾着袋を交互に見て頭上に疑問符を浮かべる。目に溜まっていた涙が少し引いてきているようだ。

 

「この袋は魔法の袋だ。今は何も入っていないが、こう……二回叩いてやると……」

 

昔ハーマイオニーおばさんが持っていたテレビとやらで見た、マグル界の手品というものを真似た手順で言いながら袋を叩く。別に叩いたからと言って物が増えるわけではないが、ワンクッション置いてやらなければそれっぽく見えないだろう。

袋の中に手を突っ込んで適当な物を探す。奥に引っ込んでいたせいで少し手間取ったが、まあ初めてにしてはスムーズに出来ただろう。

虹のような七色に輝く棒付きの飴を五つ袋から取り出すと、少年は驚いて目を見開き飴を凝視した後、輝く目でカルミアを見つめてきた。

 

「す、すす、すご、い…ッ!」

「だろう? よし、これを見舞いに持って行け。お兄ちゃんと仲良く食べな」

 

五つ共手渡してからアフロのようになっている髪を軽く撫でてやると先程までの涙はどこへやら、満面の笑みで礼を言ってくる。まだオドオドとした口調は抜けていないが、それは元からの性格なのだろう。

 

「おまけに、その飴にも魔法をかけてやろう」

 

適当にそれっぽいデタラメな呪文を唱えて手を翳す。一つで色んな味が楽しめる魔法の飴になった、と言ってやれば飛び跳ねて喜び礼を言いながら走って行った。大事そうに本と飴を抱える姿に思わず頬が緩む。

正直な所、元から味が七色に変わる飴なのだが、この時代には数種類に味の変わる菓子などマグル界にはないらしいので子供ならばこれで納得してくれるだろう。本物の蛙のように飛び回る蛙チョコよりはマシだ。

 

「マグルの子供は純粋でいいな」

「騙したような気がしなくもないので複雑ですが……」

 

眩しいものを見つめるように目を細めた二人だが、ふと我に帰ったように顔を見合わせると花京院達を待たせていることを思い出し、少し急ぎ足で病院へ歩き出した。



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09

お久しぶりです。前回投稿から随分間が空いてしまってすみません。今回から月一更新!と、いうことでまたがんばっていこうと思います。
そして、大したことでもないのですが。
これからWWSはハーメルンと自サイトで同時更新していくことにしました。夢がお好みの方は自サイトの方で名前変更して読めます。リンクは私のマイページにありますので、よろしければどうぞ。

長くなってすみません。今回あまり動きがないですが、久々の更新ということで大目に見てやってください。


早朝、車の中でカルミアは大きな欠伸をしていた。口元に当てた手とは反対の手は隣に座る花京院によってしっかりと掴まれている。

昨日少年と別れた後、花京院達と合流したカルミアとアレンは予想以上に花京院の傷が回復している為翌日にでも包帯を取ることが出来るだろうという医師の話を聞かされた。さすがにそこまで劇的な効果が出ているとは知らず、カルミアでさえも驚いて数秒ほど間の抜けた表情を晒していた。

どうせ包帯が取れたからといってもすぐに出発出来るわけでもなく、しばらく視界が塞がっていたので今度は視界が戻った状態で慣らさなければいけない。早く承太郎達に合流したい花京院は出来るだけ早く包帯を取ってくれ、と交渉しその結果朝一で病院に行くことになったのだ。

 

病院に行くだけなので別に手を繋ぐ必要など全くないのだが、いくら言っても聞く耳を持たない花京院にカルミアが先に折れて好きなようにさせている。

人肌に触れると落ち着くのだと聞いたことがあるし、多分平気な顔をしていても少しは不安があるのだろう。傷のつく以前の状態に視界がきちんと戻っているのかは包帯を取って確かめてみなければ分からないのだから。

安心させてやろうと花京院の手を握り返すカルミアに、驚いたように顔を向けた花京院は嬉しそうに口元を綻ばせた。体格も性格も違うのに、親友のアルバスがそこにいるような、そんな気がした。

 

「カルミアはきっと人の良さそうな顔をしているんだろうね」

「変な期待すんなよ。あと、俺は目つき悪いぞ」

 

まだ病院までは数分はある。花京院に初めて見られる顔が欠伸をしている間抜け面になってしまわぬよう、少し寝ておこうとカルミアは窓の方へ体を預けた。

目を閉じて意識が現実と夢の境目を行き来していると、シートと肩の間に手が差し込まれ体を反対側に傾けさせられる。服越しに僅かに感じ取れる体温が心地良く、少し身じろいで寝やすい位置を探した後そのまま眠りについた。

 

起こされる前に目を覚まし、カルミアは斜めに凭れかかる体制から体を起こして凝った首を回した。あんなに短い時間でも少しは深く眠ることが出来たらしく頭はすっきりとしていた。

 

「おはよう」

「おはよ。重くなかった?」

 

返事が返ってくる代わりに繋がれた手を一瞬強く握られた。文句を言わないってことは大丈夫だったのだろう。気を遣ったのに自分の方へ倒したのは花京院なのでカルミアが文句を言われることはないのだろうが。

あることに気付きカルミアは内心首を傾げる。眠りにつく間手を離された感覚はなかったが、体の向きを変えてきた手のようなものは背中から入り込んできた。辿り着く答えは自然と一つしかなくなるのだが、カルミアはこれ以上考えないことにした。触手は勘弁願いたい。

 

医師の手によって、ゆっくりと包帯が取り払われていく。その様子をぼんやりと見つめていたカルミアは、睫毛長いよな、などと場違いなことを今更ながらに考えた。

いよいよ目を開く、という時になって医師が「近くに来てあげていいですよ」と言ってくれた為その言葉に甘えてカルミアは花京院のそばに寄り、膝の上に置かれた彼の手を握った。少しでも安心出来ればいいのだが、と思っての行動に花京院は応えるようにカルミアの手を握り返した。

医師に促されて、僅かに震えた瞼がゆっくりと持ち上がる。部屋を薄暗くしている為眩しくはないようだが、しばらく視界を失っていたせいでやはり違和感があるのか少し目を開けたところで瞬きを繰り返している。

 

「何本に見える?」

 

時間をかけて目をしっかり開いた花京院に、医師は指の本数を数えさせたり色がきちんと識別出来るか確認したり、と異常がないか色々と質問する。最後に部屋の明かりを通常通りに戻しても大丈夫か確認して、典明の目は無事完治ということになった。

なんとなく、ずっと繋いでいた手に視線を落とすと、カルミアの髪を梳くように大きな手が撫でた。カルミアのよく知る、丁寧なその撫で方は間違えようもなく花京院のものだった。

 

「綺麗な髪だね」

「ノリアキの目も綺麗だな」

 

照れる様子もなく笑みを浮かべながら綺麗だと言葉を交わす二人を見て、アレンはどこのバカップルだと大声でツッコミを入れたくなった。シルヴィオは相変わらずの無表情で何を考えているか全く分からない。

 

カルミアのパーツを確かめるように髪を撫でていた手を顔に移し、耳や首筋をなぞっていた花京院だったが、医師の咳払いに、悪いことをしていたわけでもなかったのだが思わず大袈裟にビクリと肩を震わせる。

どうやら、ここが病院だということをすっかり忘れていたようだった。

 

 

「明日、か」

 

病院からの帰り道、少々落ち込んだ様子で花京院はポツリと呟いた。今にも二人の空間を作り出してしまいそうな彼らの行動を咎めるように咳払いをした医師は、「明日の朝もう一度診察をして問題がなければジョースターさん達を追いかけてもいいだろう」と言っていたのだ。

視界がある状態で慣れる為に時間が必要だと分かっていても、仲間達は今も敵と戦っているのだと思うと花京院の気持ちも分からないでもない。しかし、今万全の状態でない彼は、仲間に追いついたとしてもはっきり言って足手まといになってしまうだろう。そうならない為にやはりもう少し時間は必要だ。

頭が悪いわけではない。むしろ、良すぎる花京院はそのことを分かっているが、意識せずに漏れるため息はどうしようもない。

 

「安心しろ。明日の昼にはジョータロー達に追いついてやるから」

 

元気づける為かわざと明るい声でそう言ったカルミアは、花京院の髪を少々雑に掻き回した。幸いカルミアが触った部分の髪は短かったので、そこまで彼の髪が乱れることはなかった。少し別の方向へ跳ねてしまった程度だ。

 

ジョセフ達でさえ二日はかかって辿り着いたというのに、一体どんなショートカットをすれば半日でカイロに着くのか。そもそもDIOの館を探して動き回っている彼らの居場所がすぐに分かるのか。花京院の脳内にはいくつもの疑問が浮かび、一体どこから聞いていいのか分からなくなる。

 

「まあ、それは明日のお楽しみってことで」

 

分かりやすく疑問が顔に出ていたらしい花京院の顔を見て笑いを堪え切れなかったカルミアが、口元に手を当てながら悪戯っ子のように口角を上げた。つり目の彼の口が弧を描くのを見て、いつかテレビで見た不思議の国の物語に出てくる猫のようだと花京院は思う。

縞模様の猫は用が済むとくるくると模様で円を描き体の先から消えて行ってしまう。そんな曖昧な場面だけを思い起こして、カルミアが突然消えることはないと頭では思っていても、言い表せない不安が襲って来る。

 

「お手をどうぞ?」

 

いつの間にかホテルまで着いていたようで、カルミアに続いて降りようとした花京院にカルミアは少々茶化して手を差し出した。それは彼なりに気を遣ってのことだろうが、冗談っぽく言ってしまうのが彼らしい。

笑いながら手を取ると、釣られるように笑いながら手を引かれる。目の包帯は取れているのに、ここ数日と同じく当たり前のように繋がれたままの手に、アレンとシルヴィオが突っ込むことはない。アレンの内心はどうか分からないが。

 

「……ッ」

 

車内で変なことを考えていたせいか、ほんの一瞬、カルミアが透けたように見えた。

命を救ってもらった恩なのか、数日世話を焼いてもらい共に過ごしたせいで湧いた情なのか、それとも別の何かなのかは分からないが、花京院はカルミアには少なからず好意を持ってしまった。そんな彼が消えると思った瞬間に感じたのは、恐怖。

 

「ん? どうかした?」

「いや……何でもない」

 

繋いだ手を離さないように力を入れると、カルミアは不思議そうに首を傾げて花京院を見上げる。何でもない、その言葉をどう捉えたのかカルミアは花京院の目をじっと見つめた後少々速度を落として再び歩き始めた。

そんな気遣いに気付いた花京院は、いつかカルミアが元の場所に戻る未来を想像して、喜ばしいことなのに、胸が締め付けられた。



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10

ことの始まりは、花京院のたった一言だった。

無理だと理解していて、半分冗談のつもりで「戦う練習がしたい」と調子を尋ねてきたカルミアへ返した言葉の端につけただけ。しかしそれは、連日一人で魔法の練習をしていたカルミアにありがたい誘い文句として受け入れられた。

 

「本当にいいのかい?」

「ああ、全力でいいぜ。その代わり手加減出来るか保証は出来ないから自分の身は守れよ」

 

カルミアがいつも練習を行っているSPW財団の元研究所。地下一階の一番奥に位置する大部屋でカルミアと花京院は向かい合っていた。普段使用されることのない核シェルターのような頑丈な造りの実験場は、無機物に魔法をぶつけるだけだったカルミアも入るのは初めてだ。大急ぎで準備をしていたアレンとシルヴィオは今頃上の階にある観察部屋へと移動しているだろう。

ここへ通されたということは、花京院のスタンドの威力もそうだが、カルミアの本気の魔法がただの屋内で使用されるには危険だと判断されたからだろう。少なくとも、カルミアの練習に付き合ってその魔法を見ていたアレンは迷いなく二人をここへ通すことを決めた。

 

貰い物の杖ではなく、魔法学校入学からの相棒であるトネリコの杖を巾着袋から取り出す。薄茶色のそれは持ち手側が大きくしなり、端は巻貝のように渦巻いている。

初めて目にする魔法使いの杖に、花京院は無意識に喉を鳴らした。ファンタジーやメルヘンでしかないと思っていた存在が今そこに存在するということに、僅かでも胸が高鳴るのを抑えきれない。

 

「では…お手合わせ願います」

 

若干芝居掛かった動作で深々と頭を下げたカルミアに釣られて頭を下げた花京院は、瞬きをすると同時に自分の分身とも言えるスタンド"法皇の緑(ハイエロファントグリーン)"を発現させた。

相手は魔法使いの決闘のルールを知らないマグル。背を向けて距離を開けることはしないが、杖を顔の前に翳してからそのまま三歩後ろに下がる。花京院のスタンドを真っ直ぐに見据えカルミアは杖を構えた。

 

「エクスペリアームス!!」

「"法皇の緑(ハイエロファントグリーン)"!!」

 

カルミアが呪文を口にするのと"法皇の緑(ハイエロファントグリーン)"が帯状に解けたのはほとんど同時だった。攻撃を回避したかのように見えた"法皇の緑(ハイエロファントグリーン)"だったが、若干掠ったのか本体である花京院が僅かに体を揺らし後ずさる。

長距離タイプのスタンドはその間も触手を床に張り巡らせ徐々にカルミアへと近付いて行く。足を絡め取ろうとするスタンドを後ろへ飛ぶことで躱し、カルミアは障害物として置かれている岩に似たコンクリの塊に杖を向ける。

 

「レダクトッ!」

 

粉々に砕けた岩の欠片が飛び散るが、それを軽く避け触手は蠢く。更に一歩後ろへ飛びながら、宙を舞った岩の欠片へとカルミアは狙いを定める。

 

「コンフリンゴ、爆発せよ!」

 

カルミアが狙いを定めた欠片は、やや小さいながらも確かな威力を持って爆発した。驚いたように一瞬動きを止めた花京院の隙をつき、続けて二三個爆発させる。

流石に腕で顔を守った花京院のスタンドの動きが止まったのを見て、次は足元の触手に杖を向けた。今、この状況で、花京院のスタンドを止めるのに一番適している魔法は……。カルミアは数本も伸びる触手に集中して口を開く。

 

「フェルーラ」

 

どこからか現れた真っ白な包帯が触手達に絡まり、それらを纏め上げる。抵抗するように蠢く緑の触手には未だ慣れておらず、カルミアの背筋にぞくりと悪寒が走った。

思わず腕をさすりながら後ろへ下がるが、その背中に壁が当たりそれ以上後退りは出来なくなった。スタンドの触手から逃げるうちに壁際まで追い詰められていたらしい。花京院の方を見ると意味ありげに口元に弧を描く姿が見えた。

 

「……チッ。余裕じゃあねーか」

 

カルミアは舌打ちしながら胸ポケットを探ると、中から一枚の羽根を取り出した。芯の部分が異様に太いそれは全体的に白いが所々黒が混ざっている。一見すると鳩の羽根のようだが、光に晒すとまるでそれ自体が光を発しているかのような光沢が生まれるそれは明らかに魔法生物のものだ。

これは出来るだけ使いたくなかった、と内心でも舌打ちする。しかし、追い詰められてしまったのだから仕方ない。大怪我をさせないようにとしかルールを決めていない為、何をしようが基本的には咎められないはずだ。

 

「エンゴージオ」

 

魔法をかけられた羽根はカルミアの手の中で大きくなっていき、ついには彼と頭一つ分しか変わらないほどになってしまった。

ただの羽根にしか見えなかったそれに文字や模様が描かれていることには、そこまで大きくなってから気付くことが出来た。一体何に使うのか……花京院は触手に絡みつく包帯を振りほどきながら、カルミアの動きを見逃さないようにと瞬きも忘れてじっと見つめる。

 

「じゃあ、スピード比べといこうか」

 

羽根の端に付けられた銀の装飾部分に足をかけたカルミアは、そのまま真上へと上昇した。ある程度上がったところで器用に体を操り羽根の上に跨る。その姿はまさに箒に跨って空を飛ぶ魔法使いそのものだ。なぜ箒ではなく羽根なのかが気にかかるが。

流石に空を飛ぶとは思っていなかったのだろう。花京院が一瞬ぽかんと見上げてきたのをカルミアは見逃さなかった。先ほど足をかけていた部分に再び足をかけると、からかうように花京院の上空をクルクルと高速で回る。

 

「エメラルド・スプラッシュ!」

「うおッ!? ディセンド!!」

 

カルミアが少々遊んでいるうちに包帯を完全に振りほどいた"法皇の緑(ハイエロファントグリーン)"が、カルミア目掛けてビジョンを撃ち込んだ。

花京院の攻撃法を触手だけだと思い込んでいたカルミアは短く声を上げると慌てて呪文をかけるが、一つを地面に叩き落としたところで数が多すぎて話にならない。即座に片手で羽根の芯を掴み直し無言魔法を幾つも掛け直撃だけを避けると、擦り傷ができるのも気にせず体を前に倒して加速し、花京院が"法皇の緑(ハイエロファントグリーン)"を近くまで呼び戻す前に彼の目の前まで落ちるように飛んだ。構えたままの杖を花京院の額に突き付け、カルミアは考え込むように眉根を寄せながら口を開く。

 

「ペトリフィカス・トタルス」

 

それまでの叫ぶような呪文とは違い囁くように唱えたそれは、カルミアが避けた攻撃を受けた壁が立てた音に掻き消された。花京院は後ろへ下がろうとした体勢でまるで石にでもなってしまったかのように固まり、"法皇の緑(ハイエロファントグリーン)"はカルミアに衝突しそうになる数歩手前で姿を消した。

 

「はぁ〜〜ッ焦ったー」

 

羽根から地面へと降りたカルミアは伸びをしながら長く息を吐く。短く呪文を唱え羽根を掌に収まる大きさへと縮め、胸ポケットにしまうと服についた埃を払った。

 

「おお、見事に固まってンな」

「花京院さんどうしたんですか!」

 

呑気に花京院の肩をポンポンと叩いても反応が無いことをカルミアが楽しんでいたところに、動く様子のない花京院を心配して慌てて上から下りてきたのだろうアレンが部屋に飛び込んで来た。瞬きもせずこんなに中途半端な状態で固まった人間などマグルは余程のことがない限り見たこともないだろうし、花京院はつい数時間前まで包帯を巻かれていた病人なのだ、そりゃあ心配にもなるだろう。

大丈夫大丈夫、と笑って手を振ったカルミアは自分が魔法で花京院を一時的に固めたのだと簡単に説明した。その言葉を聞いてもなお不安そうな表情のままであるアレンの後ろからはシルヴィオも顔を覗かせている。

 

「すぐに解くから大丈夫だって。フィニーッが……!!?」

「え……ッ、カルミア!?」

 

花京院にかけた全身金縛り術を解除しようと呪文を唱えている最中に、カルミアはガンッと重い音を立てて床に沈んだ。

カルミアの頭に直撃した物の破片がパラパラと床に落ちていく。先ほど彼の避けたスタンド攻撃を受けた天井の一部が落ちてきたのだ。呪文のかけ方が甘かったのか、解除されずとも呪文の効果が切れた花京院は突然自由になった体を少しよろめかせる。

 

アレンとシルヴィオ、それと金縛りの解けた花京院は状況が理解出来ないようにぽかんとめり込むほどの勢いで床に倒れ込んだカルミアをただ見つめていたが、呻き声一つ上げないカルミアに気付き慌てて彼に駆け寄った。



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