殺人鬼は何を斬るのか (勇者あああああ)
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スレイヤー

皆さんの作品を見ていて、自分も書きたい!という思いで制作しましたので、至らない点などもあると思いますが、指摘やアドバイスよろしくお願いします。


帝国。その国はまるで末期の癌が体を転移して行くように腐っていった。腐敗政治は杜撰を極め、数パーセントの富裕層が肉を喰らい、酒を煽る。一方、地方では重税や圧政に苦しむ。

 

その帝国を打倒せんと立ち上がった戦士達を革命軍と呼び、その中でも帝都を震え上がらせる殺し屋集団ナイトレイド。帝国は着々と変化しつつあった。

 

△▽△▽

 

帝都 市街

 

人々が賑わいを見せ、あたかも活気のある良い国のように見える歓楽街。その雰囲気に似つかわしくない1人の男が歩いていた。その男から発せられる雰囲気はどこか1歩引かせてしまう。しかし、それは恐怖や畏怖の類いではない。不気味という理由がしっくり来る。男は自分が浮いてる事などお構い無く人盛りの多い街道を歩く。まるで注目を浴びるように。

 

そして男は待ちに待った気配を感じ取った。それは自分に向けられる明確な殺意。それを感じ、口許を歪ませる。手頃な裏路地を誘惑するように入っていく。街道の賑やかさが消え、じめじめとした空気が覆っている。そして獲物は罠に掛かった。

 

「お前、手配書のレインだな?」

 

男は獲物の声に振り向く。5人程の男が視界に入り、色が抜けたような白色の髪が深く被ったフードからするりと出てきた。レインと呼ばれた男はフードをおもむろに取ると、髪色に負けず劣らずの白い肌が姿を現す。だがその肌は美とは程遠く、不健康としか言えない。反して、整った目鼻立ちは見た人に美しさを感じさせる。そんなアンバランスさで体を成す男は僅かに気を落とした。

 

「てっきり帝国軍が釣れると思ったんだけどな」

 

言葉とは裏腹にレインの声に落胆の色はない。少し低い声という印象しか持てない声に、表情すら特にない。その不思議さを身に纏ったような男は着ていたローブを襲撃者に投げ付ける。視界を奪われた襲撃者はローブを斬るが、既にレインは宙に姿を消していた。ローブを斬った男の頭から刃を入れ、真っ二つに切断しながら着地を成功させると、残りの男が狼狽えながらも声を出す。

 

「い、一気に囲んじまえ!」

 

だが、男の声には力強さは感じられなかった。立ち向かおうが、退却しようが殺されることを感じたのか、半ば決死隊のような思いでその言葉を吐いたのだろう。現に男達の目は死の宣告を受けた死刑囚のそれと変わらなかった。繰り出される刃を打ち返し、最良の一閃を打ち込んでいく。最後の1人は両腕を失い、切断面からは止め処なく鮮血が漏れ出している。男の絶叫が裏路地を反響する。街道の市民が裏路地へ駆けつけ、惨状を見ると、瞬く間に悲鳴の波紋が広がっていく。男に止めを刺すと、大通りへ戻る。

 

「これで少しは戦いやすくなったか」

 

人が居なくなり、物寂しくなった大通りで、1人刀をぶら下げているレインは呟いていると、警邏していた3人の帝国軍がやってくる。

 

「ゲームスタートだ…」

 

明確な口調で発せられた言葉は言葉通り試合開始のコングとなった。斬り込んでくる一手を軽く弾くと、流れるような所作で首を落とす。立ち尽くす死体を楯に懐へ入り込み、敵に死体をぶつけると、死体ごと腹部に刃を貫通させる。刀を抜き、振り向き様に打ち込まれる一撃を受け止めると鍔迫り合いになり、刀の鍔を相手の顎に目掛けて打つ。生まれた隙に前蹴りを放つと、くの字になりながらも耐えたが、次の瞬間には心臓を貫いていた。

 

刀に付着した血液を払うべく一振し、腰の鞘に銀閃を放つ刃を納めていく。すると大勢の足音が耳を打つ。相手しきれないと判断すると裏路地へと身を投げた。

 

△▽△▽

 

「情報通りだな」

 

レインは事前に聞いていた普段から人通りの少ないルートを全力で駆ける。案の定、敵に見つかることもなく帝都の中心にある宮殿付近へと近付けた。ここでレインは回転するように動かし続けていた足を止める。人が切り株に欠伸をしながら腰掛けていた。その人物が逃げ遅れた市民に見えるほどレインの目は曇ってはいない。

 

「何者だ!」

 

顔を守るように柳の構えを取り、問いただす。次第に不明瞭だった人物はフォルムが浮かび上がり、レインの目に動揺が現れる。

 

「お前…クラウか…!」

 

その男は切り株から腰を上げると、小さな笑いを見せ、無精髭を触る。刀を構えるレインに対しても臆することもなく近付く。

 

「久しぶりだな、スレイヤー(殺人鬼)?」

 

旧友との再会にレインは構えを解く。

 

「それは…俺の名じゃない」

 

歯切れ悪く返答するレインはどこか後ろめたさを感じているように見える。対照的にクラウは吐き出すように笑うと、肩を竦めて見せる。

 

「まぁいい、それよりも今更何しに来た?」

 

クラウはヘラヘラとした調子を消し、目線と気配を鋭くさせる。レインとは正反対の短い黒髪を靡かせると、刀を勢いよく中段で構え、切っ先をレインに向ける。

 

「俺はあの男と大臣を…殺しに来た」

 

クラウは耐えきれないように笑い出す。

 

「革命宣言と復讐宣言か?格好いいじゃないか、さすがはスレイヤーだ」

 

レインは反論することもなく、無言で刀を元の構え方に戻す。互いに間合いをはかり、足裏を接地させたまま摺るようにして、来るべき時を待つ。精神を落ち着かせ、気を高め、最後は戦士として信じる勘が、体を打ち出すように前へと疾駆させる。そして、相対する敵とタイミングが偶合する。

 

「気が合うな」

 

クラウは斬り込む刹那にそう呟いた。そしてお互いの狙いもまた、右肩から左脇腹にかけての袈裟斬りと偶然にも一致する。一致するが故の激突は鍔迫り合いとなって現れた。レインは力で押し切る形で相手を仰け反らせると、1歩踏み込み、必中の間合いで心臓に突きを放つ。

 

「詰めが甘い」

 

クラウは余裕の表情を浮かべる。予備動作を起こすことなく、突発的に半身へと体勢を移行し、突きを不自然に躱す。突くために前に出した力を引き戻せる筈もなく、隙だらけで敵の懐に突っ込んだことになる。クラウは絶好のチャンスに強烈な膝蹴りを鳩尾に叩き込む、皮や筋肉を越え、臓器へと直接痛みが走る。

 

ーー動け…!

 

レインは強くそう思い、脳からは筋肉に信号を送り続けるが、体はまるで動こうとしない。クラウは膝蹴りに使った足を地面に戻さず、体を1度旋回させると、頭部に回し蹴りを打った。レインの体は派手に飛ばされる。

 

「どうしたレイン?その程度か?」

 

地面に伏し、痛みに悶えながらも立ち上がり、刀を構え直す。クラウは楽しそうな笑みを浮かべると、刀で地面を抉りながら一直線に走ってくる。レインも体に鞭を打ち、走る。裂帛の気合いと共に激しい打ち合いが開始する。斬れなければ狙いを変え、攻撃を流すように避け、文字通り火花を散らす。クラウはレインの刀を頭より上へと弾き上げる。そのまま大きく振りかぶり、力のままにレインに刀を振り抜く。なんとかレインはその衝撃を刀で受けると、大きすぎる衝撃に踏ん張るが、地面を滑るように流される。

 

死と隣り合わせの攻防にレインは額に汗が滲み出ていた。それに引き替え、クラウはまるでその生死の境目を楽しむように薄い笑みを張り付けている。

 

「なぜだ…!」

 

昔はクラウよりも実力は上位に位置していたレインは驚きを隠せずにいた。

 

「人は日々成長する、当たり前のことだろ?レイン」

 

クラウの刀の鞘の形状が通常と異なることに気がついた。鞘に引き金のようなものがついているのだ。

 

「帝具か?」

 

通常の武器や兵器を越えた兵器、それが帝具。帝国を築いた始皇帝が、金と人材を注ぎ込み、実に48個も造り上げた超兵器。だが、強力であるがため、体力と精神力を大幅に削られるという欠点もある。

 

「よく気がついたな、でもこいつはそこまで強力な帝具じゃない」

 

「帝具の中では…だろ?」

 

クラウは嫌味な笑みを浮かべる。額の汗を拭うと刀を構え、戦意が萎えていないことを見せる。

 

「帝具と聞いてまだやるのか?」

 

そもそも単独で帝国へと攻め入るという、正気ではない作戦を決行したのは他でもない、二大将軍の片割れエスデス将軍の不在、この一点に尽きる。

 

「もう俺には時間が残されていない、今がチャンスなんだ…!」

 

歯を食いしばり、闘志を燃やす。

 

「どの道ブドー将軍だっているだろ?」

 

帝国の切り札である男の名に体が強張る。あの男と相対出来るかさえ怪しい、どこか考えないようにしていたのかもしれない。事実、動揺したのがいい証拠だ。

 

「2人相手にするよりはマシだ…」

 

レインは精一杯の強がりを口にし、大地を蹴り、駆け出す。全てを終わらせるために。

 

「OK、お前の気持ちは伝わった」

 

クラウが口を開ける最中もレインは疾走する。

 

「その上で叩き斬る!」

 

この戦いで1番の殺気を噴出する。その重圧に気圧されるが、レインは速度も戦意も衰えを見せない。クラウは刀を腰の鞘へとしまう。まるで降参の図だが、獰猛な獣が発するような殺気は未だ健在だ。

 

間合いは約2歩。クラウの頭に狙いを付け、叩き割るように振り下ろす。

 

そして、体全体が前へと進んでいたにも関わらず、体に強い衝撃を受け、よろよろと後ずさる。クラウは刀を抜き終わっており、切っ先が天に向いている。するとレインは唐突にバランスを崩し、尻餅をつく。まるで何か足りない、そんな感覚に浸っていると、視界に自分の刀がない。その不思議に右腕に目をやると、自分の身に何が起きたのか分かった。

 

「えっ?…あ…っ…え?」

 

右肘から先がないのだ。壊れたスプリンクラーのように赤い液体が噴射し続ける。不思議にも痛みはない。アドレナリンの影響か、はたまた既に死んでしまったのか。唯、途方もない恐怖に脳が蹂躙され、何が何か分からないまま気が遠くなる。感覚器官も徐々に機能を停止していく中、小さな破裂音が立て続けに鼓膜を刺激したが、レインの体はその刺激も感じなくなり、目を閉じた。




この小説はオリジナル小説を書きながらの投稿になりますので、亀更新になると思います。

追記

スラッシャーからスレイヤーに変更しました。他のものと混ざって間違えました。変更前に読んだ方すみませんでしたm(__)m


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レインの過去

オリジナル小説が詰まってしまい、速めの投稿。今回戦闘なしです。


レインが帝国の闇を知ったのは10歳の時だった。当時ストリートチルドレン等の身寄りのない子供を誘拐し、とある実験を施していた。

 

帝具との相性は帝具への第一印象で左右する。ならば第一印象を持てないほどに判断力を鈍らせればどうなる、その危険な思想を抱いた研究者たちは子供をまるでモルモットのように集めた。

 

まずは子供達に殺し合いをさせた。例え、帝具を扱えたとしても、使用者が弱ければ意味を成さない。更に技術面だけではなく、人の命を奪うということに抵抗のない人材にも目を光らせ、優秀な人殺しの人材を集めた。生き残った11人の中にレインは入っていたが、同年代の子供の殺害や死体はレインの脳に凄惨な記憶として刻まれた。

 

次に待っていたのは薬と拷問、明くる日も明くる日も死なない程度の拷問、そして配給される食物には薬が混ぜられている。食べたものを吐き出したり、食べること自体を拒否したり、と抵抗しても軍人数人がかりで無理矢理食べさせられ、吐いたとしても1度胃に入れば、薬が欲しくなる。やがて皆が薬にすがるように薬物入りの食物を口にし続けた。

 

壊れ始めた子供達は拷問にうんとすんとも言わなくなった。一見使い物にならないようにも見えるが、それこそ研究者達の目指した姿であり、ついに帝具を使用する実験を行った。だが結果は11人全員が帝具を使用できなかった。帝具に対して無感情に接しても、帝具からは何の恩恵も授かれないことが判明したのだ。

 

次に何が起きるかは、帝国の闇を見てきた子供達には容易に想像できた。

 

処分。処分。処分。

 

帝国は子供をモルモットとしてしか見ていない。ならば、実験が終わったモルモットは処分するには限る。それを恐れたレインは1人で逃亡を図った。迫り来る帝国軍を殺して。

 

そして、翌日9人の子供が見せしめ処刑されることになった。

 

△▽△▽

 

革命軍 本部

 

忘れたくとも忘れ難い惨憺たる記憶が夢として現れ、逃げるように目を覚ます。勿論清々しい目覚めではない、全身にはじっとりとした脂汗が滲んでいる。そして、また何か足りないという感覚がやってくる。右肘から先が何も無く、幾重もの包帯に包まれている。

 

ーー助かったのか…。

 

よく見渡すと拷問室という雰囲気ではない。

 

「よう、大丈夫か?」

 

褐色の肌にドレッドヘアーがトレードマークの陽気な男が手を上げてやってくる。

 

「ケインか」

 

久しく邪気のない声を掛けられ、心を落ち着かせた。友の声を聞けるということは、ここは革命軍の本部らしい。

 

「全く革命軍(ここ)の人間は無茶しやがるぜ、あんたは特にな」

 

これ以上は無茶をするな、と釘を刺すような言い方に顔を背ける。

 

「だから言っただろう、焦りすぎだと」

 

ケインの言葉は真面目に心配してくれているのは分かるが、レインには焦らなければいけない理由もある。

 

「俺も言った筈だ、俺の命はもう…残り僅かだと」

 

生きていることを実感するように左手を握り締める。

 

「薬の影響…だな?」

 

ああ、と空返事を返す。腕の確かな医者に見せたところ、帝国軍の実験で服用し続けた薬には廃人にする以外にも、生殖機能の剥奪、寿命の低下の効果があり、長生きして30歳だと診断された。

 

「残り1年と少し…」

 

レインの表情は戦士というよりは、病に蝕まれた少女のような儚いものへと変化していく、それに10年の付き合いのケインは気がつかない訳がない。それに耐え兼ね、言葉を挟む。

 

「診断が全てじゃないだろ!他にも医者を…」

 

部屋を出ようとするケインの肩に左手を置き、首を横に振る。ケインは俯くと取り乱した自分を窘める。

 

「どの医者が見ても同じだ、薬の欲求から解放されただけマシだ、たまにフラッシュバックはあるけどな」

 

レインは珍しく顔に柔らかい表情が浮かんでいる。ケインは自分が慰められてることに気づくと、無償に情けなさを感じていた。だが、ケインの表情が一転する。

 

「朗報もあるぞ!その腕もなんだが、機械の専門家に来てもらうことになったんだ!」

 

レインはそんなにはしゃぐことか、と感じていたが、ケインの言い方からは他にも何かあるらしい。

 

「何か知らんが楽しみにしておこう」

 

「ああ!明日には来るはずだから、それまで無茶するなよ」

 

再度釘を刺されることにさすがにうんざりした。それが顔に出たのか。前科があるんだぞ、と付け足し部屋を出ていく。

 

ーーだが、良い友を持った…。

 

心底思った。薬からの脱却も手伝ってくれた、何より壊れた心を修復したのはケインと言っても過言ではない。

 

ーー今日位は言うことを聞いてやるか。

 

どこまでも上から目線なのは直りそうにないな、と諦観する。毛布の暖かみに包まれながら二度寝へ洒落込んだ。

 

△▽△▽

 

レインは朝食をとりながら、先日の右腕が切断された後の経緯をケインに聞いていた。

 

「レインが無茶な作戦を強引に決行しちまったから、俺で5人程集めて、密かに護衛をやらせていたんだ」

 

意識が遠くなる中で聞いた破裂音は銃声だったらしい。それよりも5人に尾行()けられて気配の1つも感じられない程に冷静じゃなかったのか、そう思うと腕の1本で助かったのは不幸中の幸いだろう。しかし、無謀は承知で帝国まで行ったが、ブドー将軍どころか番犬1匹に返り討ちという結果だ。

 

「おっと、来たみたいだぜ」

 

ケインの窓を親指で差すと、外には馬車が見える。朝食を口に流し込むと、席を立った。入り口に迎えに上がると、爽やかな眼鏡を掛けた青年にしか見えない人物が真ん中に立ち、屈強なガードマンに囲まれている。

 

「彼が?」

 

隣にいるケインに訊くと、ああ、と言葉を返す。続いて歓迎の声を掛けると、医務室へと足を運んだ。

 

「うわっ!すごい綺麗に切れてるね!」

 

レインは右腕に巻かれた包帯を外し、刺激の強い切断面を空気に晒していた。晒すと言ってもレイン本人もケインも目を逸らしている。ただ1人クラント博士という眼鏡を掛けた好青年は目を輝かせ、切断面を調べている。

 

「でも結構治ってきてるのかな?若干筋肉組織が…」

 

興奮しているのか、言葉を止めることなく紡ぎ続け、あまつさえ説明しようとする。レインは言葉を遮るように1つ咳をする。その咳の意味を正しく理解したクラントは謝罪を入れる。

 

「すいません、つい楽しくなっちゃって」

 

頭に手を当て、照れ笑いをする姿も映えてしまうのは好青年な外見の特権だろう。中身は猟奇的なのかも知れないが。

 

「あんたが機械の専門家?」

 

人間の体に興味を示した為、レインは疑いの声を上げる。

 

「実は私、一応医者でもありまして」

 

妙に謙った話し方は性分なのか、常に相手を敬う姿勢で応対されてはむず痒く感じる。とは言え、悪い気がするわけではないので取り留めなかった。

 

「義手についてはバランスをとるために腕のサイズ、握力、腕力等を計って選びますので採寸を」

 

クラントは満面の笑顔でメジャーや測定機具を取り出す。レインはモヤモヤとした不安を感じたが、上着を脱いだ。

 

「クラント、医者でもあるって言ったよな?」

 

壁に凭れていたケインは何か閃いたように問い掛ける。

 

「一応…」

 

クラントは不思議そうな顔で答える。その答えを聞くとケインはレインに親指を立てる。レインはケインの考えを理解すると、頭を抑え、溜息を漏らす。

 

△▽△▽

 

「ほう、悪くない」

 

レインは幾日ぶりに右手の確かな感覚を得られ、薄い感嘆を漏らした。外観を捨てて、性能に特化した義手は右肘から鉄の色が広がっている。動きも自分の右腕と遜色はない。

 

「科学の勝利ですね!」

 

後ろでは好青年は他の義手を仕舞いながらそう言った。ケインもクラントの肩を叩くと労いの声を掛ける。

 

「だがそれ、目立ち過ぎやしないか?」

 

見た目は鉄が手の形をしてあるだけであり、ケインの指摘はもっともだった。

 

「安心してください、もっと目立つようになりますから」

 

1人クスクスと笑うクラントに、レインとケインはただただ疑問符を浮かべた。

 

「あともう1つケインさんの言っていた、レインさんの生殖機能や寿命についてですが、完全に専門外で…分からないと言うのが本音ですね」

 

クラントの医療技術は素人よりは覚えはあるが、専門的な知識までは得ていないそうだ。

 

「ですが、薬を長い期間摂取し続ければ体に支障が出ても仕方ないですよ、それに加え重度のPTSD(心的外傷後ストレス障害)、常人を保てるだけ幸いだと思いますよ」

 

クラントは必死の慰めの言葉を掛けるが、レインには気休めにしかならない。

 

「ありがとう、博士」

 

それだけ言い残すと自分の部屋へと帰っていく。レインのいなくなった医務室は空気が重かった。初めて会ったばかりのクラントでさえ、酷い現状に同情の念が沸くほどに

 

△▽△▽

 

耳が痛い。眠りから覚めたレインは大きな声が耳に届く。それが友人ケインの声だと段々分かり、寝惚けながら、どうした、と聞いてみる。

 

「とりあえず来てみろって!」

 

ケインは急かすように手でジェスチャーを送ってくる。使い始めて1日しか経たない義手にも既に慣れ、自分の体のように操っている。その義手に全体重を掛け、ベッドから立ち上がる。

 

「あ、おはようございます!右手の感覚どうです?痛覚とか?」

 

クラントは顔を会わせるや否や義手について矢継ぎ早に質問する。

 

「ああ、しっかりとあるよ」

 

義手にはセンサーが取り付けられ、脳と連動することで触った感覚や痛覚を鮮明に感じることが出来る。

 

「それは良かった、それからやっと届きましたよ」

 

クラントが手を翳す方へと目を向けると、普段は表情の薄いレインが目を見開いた。

 

「こいつは驚いた」

 

鉄で造られた四肢に胴体、それらが織り成す形はまさしく人だった。

 

機械人間(アンドロイド)?」

 

「いや、これ自体は動きません。着るのです」

 

確かに頭部のパーツは見当たらない。レインとケインは最新技術とクラントの発言に眉を顰める。

 

「どういうことだ?」

 

強化外装骨格(パワードスーツ)と呼ぶ方が適切でしょう」

 

クラント曰く、それを纏った者は超人的な身体能力、膂力を獲得し、耐熱防弾と防御面においても抜かりはない代物、だそうだ。

 

強化外装骨格(パワードスーツ)……こりゃすげぇな」

 

ケインは素直に最先端技術に驚くが、レインは不安な要素が1つあった。

 

「何のリスクもないのか?」

 

鉄の胴体を触りながら訊いた。

 

「メリットもデメリットもありますね。デメリットを上げるなら使用時間です」

 

レインは腕のパーツや脚のパーツを入念にチェックしながら耳をクラントの声に傾ける。

 

「1日以上の使用は体に負荷をかけてしまうのと、見て分かると思いますが頭部のパーツが無いので、頭は完全な生身になります」

 

「確かに完璧な防御を誇るって言われちゃ油断しちまいそうだな」

 

ケインは定位置の壁に凭れ掛かり、意見を述べるが、レインは呆れた物言いでケインに反論する。

 

「俺が油断するとでも?」

 

ケインは肩を竦め、首を振り、降参の意図を伝える。

 

「あと、メリットを言うなら帝具に並ぶ性能を発揮じすが、精神力や体力の消耗がないことですかね」

 

クラントは眼鏡の位置を直し、大きなメリットを告げた。それにレインが、ほう、と食い付く。

 

「詳しい性能についてはまた話しますよ」

 

クラントは1度話を切り上げ、調整があると言って部屋に籠った。

 

「なぁ、例のスーツの性能テストといかないか?」

 

ケインはクリップで纏められた紙でレインの肩を叩く。仕事か、とレインは返す。

 

「療養の後にやってくれとの話だ」

 

人使いの荒い、そう言うレインだが顔には悪人さながらの笑みを見せている。その理由を本人が口にする。

「だが、丁度良い。試し斬りさせて貰おう…」

 

1人また1人、彼は人を斬っていく。殺人鬼としての自分を否定しながら、人を殺していく。殺人鬼に終着駅はない、際限のない殺しを繰り返す。




次はアカメが斬る!の1話位になると思います。多分ナイトレイドも出せると思います。


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新装備とトラウマ

やっぱり亀更新になっちゃいました。


「スッゲーッ!これが帝都か!」

 

そう誰かが叫んだ。聞いた者は皆一概に同じことを思う。帝都に魅せられ、ロマンを抱いた田舎者だ、と。それに目を付けた者や無視した者、哀れむ者まで様々いるが、その声を聞いたレインはその叫び声よりも目立っている。燦々と照りつける日射しにも関わらず、肌を一切見せないロングコートに黒革の手袋、深々としたブーツはどう考えても変な格好と言わざるを得ない。極めつけは胸元から黒色のメタリックなカラーがこちらを覗く。ブーツの中からはカツカツ、と人体では発生しないだろう音を鳴らしながら踵を浮かしては地面に下ろす。

 

ーー……落ち着かない…。

 

色の抜けたような白髪はすっかり黒色に染色され、サングラスを掛けている姿は全くの別人である。前は手配書に似ていると言う理由で視線を集めていたが、今は季節感のない変人として視線を集めていた。前者の理由ならば、視線を送ると言っても一瞬で逸らすが、相手が害のない変人と知れば視線を向け続けられることもある。

 

慣れない自分に、慣れない環境。はぁ、と今日何度目か分からない溜息を吐いた。待ち人が来てくれるまでは人の視線が集まる大通りを離れることは出来ない。

 

何か別のことを考えようと、先刻の叫び声を上げた少年を人盛りの中から探す。少年は帝都の全てが、新鮮で、魅力的で、好奇心をそそられるものなのだろう、目を忙しなく動かし続けている。視界から外れていくと、追うのを止め、自分の置かれた環境を再確認させられた。

 

肩を軽く叩かれる。さすがに変人と言うだけの理由で喧嘩は売られないだろう。後ろを振り向くと、手入れが行き渡ったドレッドヘアーという、こちらも視線を集めるだろう人物だ。

 

「遅いぞ、ケイン」

 

これでも急いだんだ、そう言って悪びれない友人を咎めるのも筋違いに感じ、場所を変えることをケインに促すと了承を得て、人目の少ない場所へと移動を始めた。

 

△▽△▽

 

路地裏にまで街の賑やかさは伝わってくる。しかし、人目は皆無に等しい。

 

「これが仕事内容だ」

 

とある富裕層の人物の情報が羅列した紙に目を通していく、文字を読むに連れてレインの周囲の温度が低下していく。

 

「裏付けは取れてるんだな?」

 

その目には怒りが充填され、どこか威圧的に感じる。その威圧にも負けることなく、ケインは自然体で返した。

 

「それをさっき取ってきたんだ、やっぱり気に食わないか?」

 

紙に書かれている情報を見れば、レインでなくとも、まともな神経の持ち主なら本能的に嫌悪感を覚えてしまうだろう。

 

「表では気の良い商人として通ってるが、裏では子供を拉致、もしくは買い取っては死ぬまで暴行し、死体を愛する」

 

死体を愛するという妙な表現にレインは更に目を細めていく。

 

死体性愛(ネクロフィリア)か…他人の癖に文句を付ける気は無いが、さすがに共感は出来ないな」

 

「確かに性癖なんて人それぞれだが、社会的に認められないだろうな。それに犠牲になってるのが子供って所だろ?レインが気に食わないのは」

 

ああ、と小さな怒気が含まれた声音で答える。ケインはその重い雰囲気を壊すように、手を頭の後ろに組みながら軽口を口にする。

 

「俺の仕事は終わったし、久々の帝都だ、ビールを片手にキレイな女の子に声でも掛けさせてもらうよ」

 

懲りない奴だ、内心はそう思ったが、適当に応援の声を掛ける。

 

「俺はこいつを休ませないといけないからな」

 

人工の右腕が人工のパワードスーツをコート越しに撫でる。適当な宿を取る必要が出てきて、脳には周辺に宿があったか記憶の引き出しを開け続けていく。

 

適当に宿を取ることに成功し、ベッドに体を預ける。

 

ーー予習でもしてみるか。

 

クラントがパワードスーツについて説明していたことを思い出す。

 

△▽△▽

 

6時間前

 

「調整とやらは終ったのか?」

 

クラントを見掛けたレインは尋ねる。眼窩には僅かな隈を作っている。ええ、と笑って答えを返すが、疲れているのか弱い笑い声になっている。

 

「俺もあとちょっとで仕事になる、出来ればあのスーツについての説明が欲しいんだが」

 

自分の装備する品の性能も分からないんでは話にならない。

 

「朝食摂りながらにしません?」

 

それなら、と了承の旨を伝え、食堂へと向かう。

 

「それでスーツについてだけど……とりあえず…運動能力と防御面の向上については……話しましたよね?」

 

「とりあえず食べ終えてから喋ってくれ」

 

食べながら喋るという器用な行為を窘め、レイン自身も目の前に広がる料理を平らげていく。

 

「さて、じゃあ話していくよ」

 

お互いに腹の虫を黙らせ、話が出来る環境を作る。

 

「前に言っていた帝具ではないが帝具に近いってのはどういうことだ?」

 

レインはまず気になったところを摘んでおこうと説明が始まる前に口にする。

 

「あのスーツには奥の手になるものは無いんです」

 

レインはそれだけのことか、そう思ったが、付け足す形でクラントは言葉を紡ぐ。

 

「帝具には運動能力や技術だけではどうにもならない物もあります。それは分かりますよね?」

 

帝具には超級危険種等が素材として使われ、その超級危険種の力を引き継いだ帝具も存在する。

 

「ああ……分かってる」

 

渋々と吐き出すように答える。

 

「だから、くれぐれも帝具持ちとの戦闘は避けてもらいたいんです」

ーー全く…。

 

レインは周りの人間が心配性しか居ないことに疲れ始めていた。

 

「スーツについては人間工学に基づいて製作し、人間の柔軟な動きに対応出来るようになっています。イメージとしては柔軟で硬い皮膚と言ったところでしょう」

 

そこで区切り、コーヒーカップを口許へ傾ける。レインは不意に仕組みについて気になった。まどろっこしいことが苦手なレインは直接訊いてみる。

 

「仕組みですか?専門的な事になりますので分かりやすく説明すると、人間の脳から命令として流す電気的刺激を受けることでスーツが連動する仕組みです、これでいいですかね?」

 

説明の不備を気にするクラントに大丈夫と伝えると、クラントは安堵の表情を浮かべていた。

 

「ありがとう、博士」

感情の籠らない声は礼を告げ、過ぎ去っていく。

 

△▽△▽

 

宿にて

 

小さいとも広いとも言えないサイズの部屋では風を切る小気味の良い音が鳴っていた。レインが刀の素振りに蹴りや突きを放っていた音だ。

 

クラントの柔軟で硬い皮膚、という喩えはあながち間違ってもいなかった。スーツを着る前と動きに変わりはなく、スーツから軋むような音もなく隠密行動にも問題は生じない。

 

地を照らしていた太陽も仕事を終え、傾いていき徐々に夜の帳が降りていく。それを確認し、手袋とブーツを外す。

 

指先から伸びる鉄の爪は肉食獣を連想させる鋭いデザインとなっており、人の皮膚程度ならば裂いてしまうだろう。背中には通常の刀よりも短く、短刀よりも長い、定義の曖昧な刀を背負っている。その凶悪な外観を隠すようにコートを羽織る。勿論、手足までは隠せないが、夜の闇に溶けられるように胴体同様黒色で仕上げられている。

 

そして獣は夜の帝都で狩りを行う。

 

△▽△▽

 

ターゲットの商人の家は豪邸と言うに相応しいサイズを誇っていて、入り口の門には2人の雇われ兵が立っているが、主人を守ろうと必死な様子はない。まさに雇われ兵で、金だけの主従関係は警備も雑になっている。片や目を擦り、睡魔に襲われている。片や酒が入っているのか、壁を頼りに立っている。

 

これならば多少派手に襲っても問題はない、そう判断し、コートの首もとから出ている刀の柄を握り、人外の脚力で空高く飛び上がる。警備の2人はそれが人だと思うこともなく、鳥か何かだと思っていた。

 

そして、その鳥が2人の間に着地する。そこで異変を感じたが、既に遅い。睡魔に襲われていた警備の男はレインの刀により永遠の眠りへと就いた。その光景に酔いから完全に覚めた警備兵は、声を出す間もなく首根っこを掴み上げられる。反撃とばかりに足をばたつかせ、腹部へ何度も蹴りを入れるが、ダメージを受けてるとは思えない。レインは顔めがけて刀を真横に振ると、下顎と上顎が別れる。その様子を一瞥すると、高い塀を1度のジャンプで登り、庭にあたる場所には警備が1人も居ないことを目視すると、敵地への侵入を成功させる。

 

広い豪邸には地下室が設けられており、そこに子供達を収容すると同時に拷問室も併設されている。屋敷内に居た警備の兵士達を静かに殺していくと、地下に続くと思われる階段を発見した。中からは鞭が皮膚を叩く音と下卑た叫び声が聞こえる。

 

△▽△▽

 

「ヒヒヒ!この時が至福よ!!」

 

そんな叫び声は血飛沫の音と共に拷問室から聞こえてくる。地下室に足を付けた瞬間、怒りを爆発させようとしたが、子供を人質に取られては敵わない。

 

部屋の入り口の影に身を潜める。拷問室からは咽せ返すような血の匂いが充満しているが、商人はそれを気にすることもなく、己の趣味に没頭し、こちらには背中を向けている。最早怒りを抑える必要はない、背後までゆっくりと近付き、腰の入った蹴りを脇腹に叩き込む。数倍へと跳ね上がった力から繰り出される蹴りは骨をいとも簡単に砕く。拷問器具をばらまきながら飛んでいき、壁に激突する。拷問を受けていた少年は鎖で無理矢理立たされている。鎖を刀で断ち切り、受け止めると、身体中にみみず腫が走っていて、顔は殴られた形跡がある。息をするのがやっとのようで、喋ることは出来なさそうに見える。

 

商人の方へと振り向くと、逃げようと体を這わせている。その商人の肩を軽く蹴り、仰向けにさせる。肩を踏み、怒りをその瞳に宿し、問い掛ける。

 

「子供を殺したのは…お前か?」

 

顔は情報と一致している。後は本人に聞くのみだ。この状況でNOと言わせるつもりもないが、

 

「だ、だったら何なんだよぉぉぉ!ああぁぁぁ!」

 

肋骨が折れていることを忘れて叫んだことにより、痛みが走ったのか、悲痛の叫び声を上げる。それでもなお罵声を上げる。

 

「あ、あいつら全員す、ストリートキッズなんだよ!行く宛もなく路頭に迷って、社会にも貢献できないゴミなんだよ!俺に拾ってもらっただけありがたく思ってほしいぜ!ハャハハハッ!アァァァ!」

 

狂気的な叫びと痛みによる叫びが混ざる。だが、肝心なのはこの商人がクズであることを確信したこと。これで殺す大義名分が得られた。相手がクズならば殺すのに躊躇しなくて済む。ある種、危険な思想を持っているレインは笑うでもなく、怒るでもない、ただただ、無。己の中にある全てを空にした。そうして別の問い掛けを始めた。

 

「子供達はどこから買った?」

 

無の問い掛け。目の前に居るのは人なのか、そんな疑問を商人は浮かべていた。コートの隙間からは確かに機械のようなものが見えるが、それは装備だろう。そんな話ではない。目の前の男はあまりに無機質だった。これならば鬼の形相で問い詰められた方がまだマシだった。

 

等間隔でひたすら問い続けられ、答えなければ体に刀傷が追加されていく。

 

数分後、目の前には切り刻まれた男が横たわっている。レインは自身でやったことも覚えている。だが、罪悪感はさほど感じていない。それよりも根絶すべき悪が草の根程存在する盗賊だったことに頭を悩ませていた。これでは見つかってないのと同じだ。

 

他に情報を得ようとしたが、先程解放した少年や収容された子供達は全員等しく死体となっていた。

 

△▽△▽

 

レインは止まない頭痛に右手を頭に当て、左手は壁を頼りにしている。そんな状態で敵地とも言える帝都を歩くのは危険だが、子供の死屍累々はレインのトラウマを容赦なく呼び起こし、歩調を下げる一方だった。

 

息遣いも荒くなり、頭痛も一層酷くなっていく。その頭痛の痛みを加速させるように悲鳴が頭の中に響き渡る。小さい女の子位の声だ、それが更にレインを煽った。

 

ーー次は…次は…!

 

先程までよろよろと歩くのが精一杯だったレインはパワードスーツの性能を最大限に発揮し、超人的な速度で動いた。

△▽△▽

 

「俺が斬る!」

 

帝都の表面上に魅せられていた少年は今、帝都の闇を見せつけられ、躊躇することもせず友人の仇を討った。

 

そばに居た金髪の野性的な美女も感嘆の声を上げていた。更に隣には手配書にも名を連ねている黒髪赤眼の女性、アカメ。

 

幼い女の子を斬った少年、タツミの眼は後悔にも腐敗にも汚染されてはいない。斬り伏せた少女に救われ、友人の探索も申し出てくれ、一時は心の底から感謝していた。だが、友人はその少女の趣味である拷問に掛けられ、今まさに目の前で死んだ。タツミは腐りきった帝都の現状に嘆く中、何かが着地する。

 

アカメと金髪の女性、レオーネ達はその何かに警戒レベルを上げる。それに対し、手足で見事な四点着地を成功させた男は頭をゆっくりと上げる。所々に血で彩られたコートを着用し、肌が見える筈の部位からは暗闇と同じ黒色の鉄で覆われている。それが見えるとアカメとレオーネは更に警戒レベルを上げ、各々の帝具の準備を整える。

 

△▽△▽

 

レインは高いジャンプで声の元へと辿り着く。既に事切れていた。声の主は腰を境に分断されていた。金髪の癖っ毛が目立つ少女だ。

 

見渡すと昼に叫んでいた少年、そして2人の女性、その内1人は悪名高いアカメ。

 

つまりはナイトレイドに、“革命軍に殺されなければならない理由”があったと言うことだ。どちらが正しいかを求めるのはナンセンスだ。レインの戦意も失せ、この場を去ろうとした時、

 

「くっ…!」

 

頭には電気のように瞬間的な痛みが襲う。次は足にも力が入らず、幻聴や幻覚がレインの正気を揺らがせる。薬物のフラッシュバックには長年苦しまされ、最近では頻度が落ちてきていたのだが、タイミング悪く再発症する。

 

「どうして?どうして殺したの?」

 

目の前の真っ二つと化した金髪の少女はそう問い掛けてくる。違う、そう反論するがあまりに弱々しい声だった。異変を感じ取ったレオーネは近付こうとするが、身を凍らせるように止まった。喉を抑え、息はヒューヒュー、と酸素を求めるように必死だが、その目はどこか虚ろで常態でないことを物語っている。

 

「どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?………殺したの?」

 

幻に体を乗っ取られ、周囲の状況など知る由もないレインは唯、違う、と否定し続けた。認めてしまえば心身共にスレイヤー(殺人鬼)へと変貌してしまうからだ。いずれ気は遠くなっていく、幻の終焉だ。それだけを願い、拒む。声にならない声で。

 

 




やっぱりロボットとかサイボーグとかは良いですね。ちなみにレインはナイトレイドには入りません。


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ナイトレイド

話の進む速度が遅い気がしてならないのは気のせいなのか、今度は話のテンポを良くしたいです。


この感覚は夢か、はたまた幻覚か。だが、あの悪夢のような幻は姿を消し、痛みも引いている。瞼を開けようと思ったが重い。体の肉が鉛に変換されたように体は重く、全身の筋肉は悲鳴を上げる。筋肉痛に関してはあのスーツの弊害だろう。筋肉が未だ嘗て経験し得ない負荷に対して慣れていないのだ。

 

なんとか視界を確保すると、見知らぬ部屋が写る。記憶をなるべく鮮明に思い出そうとしたが、思い出すのはおぞましい幻覚だ。

 

「っ!」

 

声にならない呻き声を上げる。頭痛までもが鮮明に甦る。それを忘れようと頭を振り、ナイトレイドが一緒に居たことを思い出す。ならばここはナイトレイドのアジトだろうか、そう予想付ける。

 

体が重くなったことで忘れていたが、パワードスーツの中に着ていた服だけが身を包んでいることに気が付いた。更に刀もない。幼少の頃に経験した薬物を切らし始めた時に似ている。自己防衛の精神が染み付いたレインにとっては順当な焦燥感に駆られ、落ち着かない状況なのだ。

 

無理にでも動こうかと迷っていると、ドアノブが回る音がし、反射的に警戒の姿勢を取る。ナイトレイドのアジトは想定した状況の1つに過ぎない、あのまま打ち捨てられ帝都に連行された可能性もある。それにしてはVIP待遇にも程があるのだが、

 

「あんたは確か、アカメと居た女…」

 

入ってきた人間には見覚えがあった。

 

「そだよ~、美人のお姉さんだ」

 

皮肉ならば得意分野だが、ジョークやギャグには疎いレインはどこまでが真意なのか、結論が出せず、疑念の視線を送る。

 

レオーネは冗談の通じない相手に空気を読み間違えたことを感じ取り、わざとらしく咳を吐いてみせる。

 

「お兄さんをここまで持って帰ってきたのは私なんだから、そんな冷やかな視線を向けない」

 

冷やかな視線というのは恐らく生まれついての目付きなのだろうが、訂正することもなく、1つ安堵の溜息を吐いた。

 

「そうか、それはすまなかった。それよりも俺の装備はどこにある?」

 

レインからは常人が聞けば詰問にも感じる程の気迫が漏れているが、レオーネもまた殺し屋である。殺意や敵意等に晒されて生きてきたレオーネにとっては微々たるものであった。それ故に自然体を貫き通す。

 

「お兄さんも根っからの戦士みたいだね、その自己保全の意識は分からなくも無いけどさ」

 

肩を竦め、同意してしまったのは似た職業柄だからなのか、もしくは本能レベルで似ているのか。それについては保留にし、もう1つの気になる事を解決しようと口を動かす。

 

「装備についてはボスに聞いてみることにして、1つ聞きたいことがあるだけど、いいかな?」

 

レオーネの纏う雰囲気が変わったことに気付くと、何か核心を突くような質問が来るのだろう。

 

「答えられたらな」

 

真剣になったレオーネに対して、それを飄々とした態度で対応する。そして暫しの沈黙が訪れる。沈黙は長ければ長い程に空気が張り詰め、比例して破るのも難しくなる。だが、レオーネは空気を簡単に引き裂いていく。

 

「お兄さんが気を失う前に“何か”に喋り続けてたんだけど、覚えてるかな?」

 

スラム出身のレオーネにはその光景は見覚えがあったのだ。富裕層の人間が女を薬漬けにして、“商品”とするのを見てきた、顔見知りだって存在した。そして、女達は薬による快楽の代償として幻覚や幻聴に苦しむ。その酸鼻な記憶が質問を促した訳ではないが、気にしてしまったのだ。

 

ーー…我ながら馬鹿らしい。

 

例え、彼が薬物中毒者だとして、何が出来ると言うのだ。

 

「さぁ、覚えてないな」

 

レインにとっては触れられては欲しくない所だ、そう易々と答えるわけにはいかない。それを察したレオーネも掘り下げることはなかった。

 

「そっか、じゃあ装備はボスに聞いてくるから。あ、名前聞いてなかったな、私はレオーネ、お兄さんは?」

 

本名か偽名か、一瞬迷ったが、同じ革命軍ならば害は無いだろうと名を名乗る。

 

「へぇ、レイン…ね。どっかで聞いたことあるんだけどな」

 

記憶を漁っても、特にめぼしい情報はなかった。レオーネは更に頭の奥深くへと意識を持っていこうとするが、本人の声によって妨げられる。

 

「忘れたままの方が良い」

 

そう言われると気になってしまうのが人間の性だろう。だが、自分で思い出すなと言うんだ、恐らく悪い意味で有名なのだろう。自分勝手な予測にレオーネは一先ず満足することにした。

 

「じゃあ、ちょっと待っててね」

 

部屋には1人になる。自然と沈黙が部屋を支配していく。 その静寂は数分間続き、それを破ったのはどこからか聞こえる叫び声。まだ幼さ残る少年の声だ。プロの殺し屋が集うナイトレイドの一員には思えない。すると、必然的に残るのはあの場に居た少年になる。唐突な扉の開閉音が思考を遮った。

 

「はい、これ刀。あとあの鉄の鎧みたいなのは隣の部屋にあるから。あ、もしよかったら他のメンバーも紹介するよ」

 

レインは刀を受け取ると、1つ異変を感じ取った。なぜここまで手厚く歓迎するのか。ナイトレイドは誰1人としてレインが革命軍だとは知らない筈だ。そもそも、手配書の記す特徴とは多少異なっている。

 

「随分歓迎されてるようだが、俺が何者か知っているのか?」

レオーネは1つ考える素振りを見せ、纏まった考えを言葉にする。

 

「あの少年は筋や度胸があると思ったからこのアジトに連れてきたけど、お兄さんからは感じたんだよね」

 

あの少年は実力を見込まれた、レインは彼女の人を見る目の網に掛かったそうだ。一見嬉しいことにも思えるが、レインは人知れず冷や汗を流していた。殺し屋である彼女が感じたのは、一体どんな自分なのか。知られたくは無い所を知られたのではないか、切迫感を感じながら続きを促した。

 

「お兄さんからは帝都を憎む心を感じたんだよね、同じ帝都を憎む者として」

 

事実ではあるが、その答えに胸を撫で下ろしていた。レインに潜む暗い本性は何とか見破られなかった。落ち着いた途端に切羽詰まった声が耳朶を打った。

 

「姐さん、襲撃だ!」

 

緑の髪とゴーグルが特徴的な青年は扉を勢いよく開け、それだけ告げるとゴーグルの青年は別の仕事を全うすべく、次の現場へと足を速めた。

 

「っと、お兄さんはどうする…って言っても無理っぽいね。じゃあ大人しくしといてね!」

 

レオーネは言うが早いか部屋を飛び出していく。段々心配する人間を裏切ることに耐性が生まれたレインはレオーネの言葉を気にすることもなく、即座に行動を開始した。

 

△▽△▽

 

スーツの着脱が可能なのは中々に優れた利点であった。パーツ分けを行うならば腕と脚、そして胴体の3つに別れるだろう。所々に人工の筋肉が姿を見せ、その上から鉄が覆われたこのパワードスーツはレインの体を一回り大きく見せている。

 

置き手紙代わりに机にナイフで『悪い、世話になった』そう彫る。無口な男は口数の少なさもさることながら手紙すら一文で終わってしまう。不器用な男は器用にナイフをしまう。

 

ナイトレイドのアジトは周囲は森で囲まれ、窓から顔を出した程度では、自分の居場所が不明瞭なままだった。

 

ーー…まずは近場の町なり村を探すか。

 

仕事柄様々な土地を旅したお陰で地理は詳しくなった。人の住む場所にさえ出られれば問題はない。

 

アジト内は人が出払い、静まり返っていた。寧ろ、筋肉の痛みに漏らす声が響く程だ。腕を抑えすぎ、コートには皺が入っている。痛々しい体を動かしながら、アジトを出る。道はコンパスの示す北を頼りに決めた。

 

森では不意な遭遇戦に対応出来るように鞘を左手に持っていた。しかし、持ってるだけでは意味がない、遭遇戦で求められるのは迅速な判断と決心。聡明な判断だとしても一手二手、と遅れれば遅れる程に暗愚な判断へと成り下がってしまう。かと言って、闇雲に刀を振れば良いと言うわけでもない。いつもの戦場とは一味違う緊張感に、主張を続ける筋肉を更に強張らせる。

 

緊張感に痺れを切らしたのか左腕が激しい痛みを伴う。その姿を狩人は既に獲物として捕捉していた。プロの斥候(スカウト)のストーキング技術は常人のそれを逸脱している。身を隠すことも重要だが、それ以上に重要なのは置かれた環境との調和。周囲に流れる空気や波紋、それらに自分を限り無く近付けることで完璧に世界へと溶け込む。それに斥候は異民族であり、軍人では習得することは出来ない技術等を持ち合わせる民族もある。

 

斥候に関してプロでないレインが気づける筈もない。だが、魔の手はゆっくりとレインの首に伸ばしつつあった。その事を知ることもなく、レインは増す痛みに到頭膝を突いた。

 

狩人はここぞとばかりに飛び出した。数は4人。ここまで来ればレインも気付くが、反撃に転じるのは不可能と判断を下し、聡明な判断を迅速に行えたのが奏功した。狩人の攻撃範囲を転がるように避けると、筋肉の痛みはどこ吹く風と言わんばかりに刀を抜く。

 

普段なら油断さえしなければ問題ない相手だが、数的有利を生かしたコンビネーションは傷付いたレインには充分過ぎる敵だった。

 

斬撃を捌く度に斬撃の重みが痛みとなってレインを襲う。無理には攻めない、そんな斥候の戦闘スタイルはカウンターすら許さない。

 

「こいつ、本当にあのナイトレイドか?この調子なら俺らだけでも全然殺れるぜ」

 

ーー舐められたもんだ…。

 

痛む右手から刀を左手に持ち変える。そして、1歩引いた斥候達は慎重な一手を打ち込んでくる。受け止められたなら下がる、その下がる斥候にすかさずナイフを投げ込む。そしてナイフは額のど真ん中へと吸い込まれる。

 

1人の死に、斥候達に一瞬の動揺が生まれる。だが、レインが精神的優位に立つのには充分の揺らぎだった。その動揺にも関わらず、斥候達の判断能力は鈍らなかった。選択したのは弔い合戦ではない。迅速な退却であった。追う体力等残ってる訳もなく、後はナイトレイドにでも任せるか、1人そうごちる。

 

その後も激しい筋肉痛と格闘しつつ、周囲に気を張り巡らせる。神経を磨り減らす作業を淡々とこなしていった。

 

△▽△▽

 

最寄りの村から自分の位置を把握し、革命軍本部まで無事帰還した。

 

「たくっ、今度はどんな無茶をしたんだ?」

 

露骨な当てこすりを始めるケインに休ませてくれ、と鉄の装備を外す。服から見えた、右肘から手首は紫色に変色している姿は健康体には程遠い。

 

「どうやら、最新鋭の装備に俺の体が適応してないらしい」

 

変色した皮膚を優しく撫でる。見るだけで目を伏せたくなる思いだった。

 

「右腕だけじゃないですね」

 

いつの間にか入ってきたクラントは眼鏡を掛け直し、眼鏡の奥から覗かれる達眼はレインの怪我を容易く見抜いた。

 

「まぁな」

 

ここまで来て、全てを明かそうとはしない。どこまでも強がりで意地っ張りな男、それが彼らの感じていたレインという男だ。帝都に1人で立ち向かおうと、手配書が出回り、凶悪な殺人鬼と評されても、思いの外ちっぽけな男なのだ。

 

「とりあえず、診察するので医務室に来てくださいね」

 

その強がりな男は面倒そうに答えを返した。

 

「で、例の商人はどうだった?」

 

本来の目的からかなり遠回りしたせいで忘れていたが、子供達の事を思い出すとその怒りはまた蒸し返してくる。

「盗賊から買い取った、そう言っていた」

 

商人は絶対的に避けられない死の前に、情報を喋りだしたのは覚えている。

 

「盗賊…か。星の数ほど居る中から探すのは難しいな」

 

ケインは現状の厳しさに手詰まりだと感じていた。しかし、レインの眼はまだ諦めていない。

 

「俺達が諦めたら、子供達は売られ続ける。今後は子供を拉致する盗賊に目的を絞る」

 

基本的にレインの行動は感情的なものだ。復讐の為に革命軍へと入り、見ず知らずの子供も同情だけで助ける。レインの行動方針が決定し、ケインもその意思を汲み取ることにした。

 

「分かった。それとは別件なんだが話がある」

 

「どうした?」

 

ケインの情報網の広さは革命軍の中でも有名だ、その彼がどこか陰鬱な表情をして見せた。少なくとも、朗報ではなさそうだ。

 

「例の男、クラウの所在を掴んだ」

 

予想に反する結果にレインは眉を顰めた。

 

「見つけたのは良いんだが、どうやら面倒な事になってる」

 

やはり朗報ではないらしい、顔は更に影を濃くする。

 

「脅威査定委員会、それがクラウの所属する組織だ」

 

聞き慣れない組織名に訝しげな視線を送る。

 

「脅威査定委員会、帝都内に存在する危険分子を見つけては、文字通り脅威を調べ、暗殺から尾行なんかを行う。委員会なんぞと名乗っちゃいるが部隊並みの精鋭が揃えられている、その中心はクラウだ」

 

これによって打撃を受けるのはケインだ。帝国軍内部でも帝都から離反せず、レジスタンスを結成し、密かに革命軍の人間に情報を提供する。ケインの情報網は主にそのレジスタンスとコネクションを築いている。それを考えれば、陰鬱になるのは頷ける。

 

「その内、俺の手配書が回りそうだな」

 

笑えないな、互いにそう思う。ケインもレインも陰気な気分が晴れない。レインは気分転換にクラントの診察を受けることにした。

 

歩みを止め、ふと思った。忘れ物に気付いた時のように突発的に。なぜ戦い続けるのだろう、と。先日は右腕を失った。これまでも傷を何度も負った。それでも尚、戦い続けるのはなぜだ、復讐、同情、革命。本当にそんな感情だけで戦い続けてるのだろうか。

 

趣向を変えてみる。ではクラウは一体何の為に戦っているのか、なぜ憎い帝都に従属するのか。答えは当然出ない、自分のことすらまともに分かっていないのだ、他人を理解するのはやはり難儀な話だ。

 

ーーだが、今は迷っていられない。子供達の為にも…。

 

決意を改め、前へと進む。




ナイトレイドというサブタイトルなのに登場は姐さん1人という失態。初めてボスを見た時スペンサーだと思ったのは俺だけじゃないはず、スペンサーさんには某格闘ゲームでお世話になりました。


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動き出す事件

楕円形の大きなテーブルは部屋の中央を陣取り、回りには幾つもの椅子が均等に並べられ、会議室としての体裁を整えてある室内。その1つの椅子に座る男性的な顔立ちをした男は左手で無精髭を撫で、右手で1枚の写真を持ち、実に10分程にらめっこをしている。

 

黒い髪に異常な程に白い肌、鉄の鎧に身を包み。顔は半分も見えないが、ある男と似ている。残酷な幼少期を共に過ごした友人に似ているのだ。友人と言っても先日右腕を斬り落とした、そんな奇妙な間柄の男だが、刀は右腕で所持している。

 

ーーやはり、直接確かめるのが一番確実だな…。

 

口許を僅かに歪める。近くに立っていた兵士は不気味さからそそくさと立ち去る。椅子に立て掛けて置いた帝具『私怨憤怒・リベンジ』刀を模して造られた帝具であるため使いやすさに優れているが、鞘の上部には銃の引き金を連想させる機構が備えられていて、特殊な刀であるのは間違いない。

 

帝具を腰辺りに差し、別の会議室へと向かった。

 

△▽△▽

 

「遅い」

 

「悪い悪い、時間にはルーズなもんでね」

 

脅威査定委員会が組織されて約1週間、既に奇人として名を知られた無精髭の男、クラウ。それを咎めた長い金髪を持つ女性、ソラは不機嫌そうに溜息を吐いた。これが組織の上位2名となる。部下の大半は不安を大きくするばかりだが、実力を知る者はどこか緊張していた。

 

「で、何するんだ?」

 

あたかも今知らされたような顔のクラウにソラは頭に手を当て、苛立ちを何とか抑えていた。

 

「昨日、資料を渡した筈だけど?」

 

特徴的なつり目を覆っていた手が離れ、姿を現したときには鋭さが増していた。クラウはお手上げとばかりに体を仰け反る。

 

「レジスタンスを探る為の作戦立案会議よ」

 

棘の強い言い方に心中で溜息を吐くが、頭を使うのが苦手なクラウにとっては邪魔になるだけだと思い、

 

「それについてはお前に任せる、標的が定まったら俺を呼んでくれ」

 

手をヒラヒラと振り会議室から消えていく。残されたソラは頭を抱える思いだったが、居たら居たで苛立ちが増すだけだ。彼女は切り替え、立案会議を進めた。

 

△▽△▽

 

帝都から少し離れた丘に啜り泣く1人の女。夫を殺害され、子を奪われ、生き残ってしまったという罪悪感に苛まれていた。子供の拉致事件は女の村で頻発していた。帝都へ報告しても対応は素っ気ないもので、頼ったのが民の為に動く革命軍。そして事件内容に食いついたのがレインだった。

 

レインは木に凭れ掛かり、女の怨嗟の言葉を聞き続ける。ケインも慰めの言葉が見つからず、目を伏せている。復讐という思念は払拭しない限り、心の中で蟠りとなって残ってしまう。同じものを心に抱える身であるレインには少しばかり理解出来る話である。

 

「安心しろ、子供ならまだ生きてる筈だ」

 

子供を売るのが目的である盗賊は傷つけることはないだろう。その言葉で女の眼に希望の色が滲み出る。そして、レインもまた手掛かりに辿り着き、淡い期待を持っていた。

 

「その盗賊達はどこに?」

 

△▽△▽

 

ケインの心配を振り切り、やって来たのは廃れた工場。既に使われていないのか、閑寂としている。そんな廃工場は裏取引などで絶好の場として利用される。今もまた、表の市場では売れない品物が扱われている。

 

レインは息を殺し、気配を極限まで消す。先日の斥候のようにはいかないが、警戒を怠っている連中に勘づかれる事も無く、2階へと侵入する。鉄の通路からは落下防止用の柵が設置され、それに身を隠す。

 

取引相手を待つ中、異常な程の静けさが工場を取り囲む。数年に渡り手入れを受けていない工場は雨風に曝され、老朽化していた。それが起因しているのか、風が吹く度に腐食した鉄は犇めき合い、ゴシックホラーのような恐怖を演出するが、レインも盗賊も明確な目的の前に、そんなことを気にしてはいなかった。

 

1つのノックが工場内全員の目を集中させた。これまでの鉄の不協和音とは違う、人為的に生み出された音に盗賊達を仕事モードに切り替えさせる。レインも鉄の柵と柵の間から目を光らせる。

 

入ってきたのは同じ盗賊らしき集団だが、子供の姿は見えない。代わりに袋には薬のような物が見える。粉状や粒状、と形だけなら様々あるが、どれも真っ当な薬ではなさそうだ。注意深い観察からもう1つの特徴を見つけた。蛇のタトゥーがトレードマークのように盗賊全員の体にあしらわれている。

 

「なぁ、ガキは扱っちゃいないか?」

 

長い長い交渉の末、待ち望んだ情報にレインは脳を覚醒させる。

 

「実はうちの大事な顧客に子供を売れって煩い奴が居てよ、至急よろしくとの事なんだ」

 

「こっちだって帝都に回す分で一杯一杯なんだ、他当たれ!」

 

ーー帝都…?

 

ーー……まさか!?

 

嫌な予感が背筋を凍らせていき、あの地獄のような日々を明瞭に思い出していく。神経質になって気配を絶っていたが意識が外れ、気付いた盗賊は荒々しい声を上げる。

 

「誰だぁ!」

 

盗賊と視線が合うと、言葉と共に銃弾が飛んでくる。体を捻り、1階へと軽々着地する。

 

「ちっ、妙なモン使いがって」

 

盗賊は撃ち尽くした銃から空の弾倉を抜き、咄嗟にリロードを行う。だが、レインはナイフを構え、既に銃よりナイフの方が有利な間合いまで詰めていた。それでも銃口を向けるが、案の定手で抑えられ、足や腹に打撃を受けて昏倒する。倒れていく盗賊の銃を奪い遮蔽物へと転がり込む。

 

レインの身を隠す遮蔽物には銃弾が叩き込まれる。それも1人がリロードに入れば味方がカバーし、レインにとっては一方的に撃ち込まれることになる。合間を縫っては銃口のみを遮蔽物から出して撃ち返すが、とてもじゃないが応戦してるとは言えない。愈々弾も底を突き、軽い舌打ち共々銃を投げ捨てる。

 

だが、銃を捨てたことで迷いを断ち切り、刀を抜く。元より得意の間合いは近接戦(インファイト)。なるべく無傷で任務を達成したい心が、接近するという選択肢を無意識の内に消していたのだ。肉を切らせて骨を断つ、頑強なスーツあっての戦法だ。スーツに感謝を捧げ、地面を蹴った。

 

盗賊達は2人でひたすらに敵を抑え続ける。それがリーダーからの命令だった。文字通り相手は壁から出てくることは出来ず、心の中は余裕綽々たるものだったが、敵は銃弾の嵐に姿を現した。絶好の標的、そう思った矢先に視界から消える。その一瞬で余裕は全て打ち砕かれ、まともな判断力を失いながらも必死に目を動かすが成果は得られない。

 

その時、1つ音がした。肉、骨、筋繊維等色々な組織を一刀両断する音だ。気づけば自分の左腕は遠くへ飛ばされ、足許には男が着地している。その男は宙を舞い、降ってきたのだ。その後の光景は茫然と見ていることしか出来なかった。生きているのか、死んでいるのかも曖昧な境地で。

 

レインが足止めを食らっている間に大半は散っていた。負ったダメージを分析し、追跡を開始した。

 

△▽△▽

 

「クソッ!どうなってんだよ!あの男は何モンだよ!」

 

取引の場を襲撃され、頭に血をのぼらせていくリーダーと思わしき人物は木に蹴りを入れていた。周りにいる盗賊達も不安な思いを募らせていた。

 

「リーダーが取り乱すとそれは伝染する。お前はリーダー失格だ」

 

蹴った大木の枝に悠々たる面持ちで立つ男が1人。それは紛れもなく盗賊達の怒りの中心にいる人物、レインである。

 

「たくっ、忙しい時期に邪魔してくれやがったな!」

 

先程までの怒りは消え、凶悪な笑みを浮かべている。それに続き、盗賊達は各々の得物を取り出し、

 

「どうした来ねぇのか!?」

 

シンプルな挑発にレインも乗った。コートを靡かせながら、容易に踏み込めない空隙を開けて着地する。口から吐き出すような笑いを見せ、刀の切っ先を敵に向けて構える。複数相手にも膂力がスーツにより増幅し、レインの能力は人を越える、その姿はまさに帝具使いと遜色はない。盗賊達はただただ圧倒的な力で蹂躙された。

 

「言っただろう、リーダー失格だと」

 

急所を外され、生かされた盗賊達のリーダーは傷を抑えて藻掻いていた。

 

「子供を帝都に回すと言っていたが、どういうことだ」

 

男はひたすら呻き声を上げるが、質問には答える気が無いらしい。刀が皮膚に沈んでいく、その副産物として上がる嘆声は耳を裂かんとばかりに辺り一帯に響くが、最も近くに立っているレインは何の変化もない。五感のセンサーをOFFにしているのかと感じたが、人間の体にはそんな機能を有していない。

 

男は分かりやすい単純な恐怖に脳を掻き回されていた。拷問を受けるという恐怖は勿論のこと、何より目の前の存在だ。先程まで刀を交えた男からは本来あるべき人間性が欠片も感じられないのだ。拷問官に人間性を求めるのが間違いなのかも知れないが、この男は人を傷つけることを明らかに楽しんでいる。笑ったり、にやついたり、感情が表に出ている訳ではないが、あまりに慈悲がない。男は希望を捨て、絶望を受け入れた。唯、早い死だけを祈って。

 

「ハァハァ…」

 

レインは珍しく息を上げていた。肉体的な疲労と言うよりは精神面から来る疲労だろう。目の前には穴の開いたチーズを思わせる死体が1つある。先程、拷問していた男の死体。それよりも驚いたのは、何も喋らなかったことだ。プロの拷問官ではないレインには肉体を責める方法しか知らない。付け加えるなら、過去に受けた拷問を“無意識”に真似てるのかも知れない。

 

そんなはずはない、そう捨て吐く。だが、情報が得られなかったのはかなりの痛手だ。苛立ちを押し込め、月光が射し込む森を抜けていく。

 

△▽△▽

 

依頼女性の村に迎えられ、宿を依頼の報酬代わりに無料で借りていた。

 

「どうだった?」

 

「悪い、喋る前に殺してしまった」

 

ケインは1度黙り込む。レインも視線を落とし、逡巡する。あ、と何かを思い出すように口から漏れる。

 

「どうした?」

 

「蛇だ。蛇のタトゥーを見た」

 

ケインは今まで得た莫大な量の情報から蛇のタトゥーというフレーズで絞り込むが、まるで見当がつかない。

 

「それに子供が帝都に売られている、とも言っていた」

 

レインの過去にも似た状況は快く思うはずもない。レインの中にはドロドロとした負の感情が生まれてきている。

 

「今日はもう休めレイン。まずこの村の人から情報を集めて見るからよ」

 

レインの心境を読み取り、気遣うように言った。

 

「そうさせてもらうよ」

 

部屋に戻り、スーツを外すと右腕には痛々しい痣が見える。ゆっくりと優しく触る。右腕を庇い、左腕を中心的に使っていたせいで、左腕にも薄く痣が見えた。筋肉痛が引いたおかげで移動には問題ないが、刀を振れなくなるのは問題だ。クラントに大丈夫と言った手前、頼るわけにもいかない。

 

ーーどうしたものか…。

 

素人でも分かるのはアイシング程度だが、アイシングでは時間が掛かる。時々、痛みが頭を突き抜け、思考を中断させられる。痛みにうなされながらも眠りに就いた。

 

△▽△▽

 

起きて早々、ケインに朗報だと上ずった声で報告され、なすがまま連れてこられたのが村の医療施設だった。施設と言っても外観は小屋と言った所だが、ケインが言うには名医が居るそうだ。半信半疑のまま、軋む木の扉を開けた。

 

「先生、こっちのが昨日話したレインです」

 

「おお、君が拉致事件を担当している人かい」

 

壮年の男性はパイプ椅子に腰掛け柔和な笑みを浮かべる。ああ、と返すとその笑みにどこか影が出来る。

 

「私の孫も先日誘拐されまして…」

 

医師は拳を固くしている。呪いの言葉を吐きたい気持ちは職業柄堪えているのだろう。

 

「腕を頼みたい。この腕が使い物になれば、あんたの孫を救える確率も上がる」

 

服を捲ると大きな痣が見える。医師もケインも思わず唾を飲む。

 

「これはかなり酷いですね、恐らく筋断裂を起こしています」

 

「どの程度?」

 

「そうですね、通常なら完治に2週間は掛かるでしょうが、別の方法ならば…」

 

別の方法はお勧め出来ないのか、言い辛そうに口を噤む。それを察して尚、問い掛ける。

 

「別の方法ならば?」

 

「2日から3日で完治します」

 

おいしい話には裏がある。その理屈が正しいならば、何かしらリスクがあるのだろう。その予想は正しく、医師は言葉を付け足す。

 

「ですが、かなり荒療治なので痛いですよ」

 

「安心してくれ、痛みには慣れてる」

 

わかりました、医師はそう言って治療に取り掛かった。

 

△▽△▽

 

「随分げっそりしてるじゃないか?」

 

過去に受けた拷問に比べたら問題ないと高を括っていたが、荒い治療と言うだけはあった。

 

「ああ、昔の拷問を思い出すな」

 

「フラッシュバックしなくて良かったな」

 

どこか忠告のような響きなのは、味方殺しの前例があるからだろう。思い返して見れば、過去の大半はトラウマで埋め尽くされてる。未来に微かな希望を見出だそうとするが、この先まともな思い出が作れるとも思えない。甘い意見を否定した所で溜息が零れる。

 

「蛇のタトゥーについての情報は?」

 

別のことを考えようとケインに話題を振った。だが、答えは首を横に振ることで返ってきた。

 

「帝都と取引してるなら、帝都側から調べられないのか?」

 

「俺の情報網的にもそれが1番なんだが、そうなると帝都まで出向かなきゃならない。それに脅威査定委員会のこともある。問題は山積みだ」

 

互いに現状の厳しさを深く理解し、吐こうとした溜息を飲み込んだ。物事を否定的に捉えていては何の打開策も生まれない。とは言え明るい話題等、手の痛みが引いたことぐらいだ。

 

「とりあえず本部に戻って、帝都に向かうことにしよう。時間は掛かるが、腕の療養だと思えばいいしな」

 

そうしよう、珍しく自身を労る発言をしたレインにケインは満足げに頷いた。

 

また1つ血に塗られた思い出を増やしに行こう。ニヒルな笑みをこっそりと浮かべていた。




小さい事件ですが大きく発展しそうな予感。次回か次々回位にはヒロイン出せると思います。ストック無いから年内最後の更新になるかな?とりあえず年末っぽい挨拶しときます。

よいお年を~


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新メンバー

明けましておめでとうございます!


村から本部までの道のりは腕を休めるのに丁度良かった。時折、出会す危険種にはリハビリに一役買ってもらい、そのお陰で腕の痛みも和らいでいった。腕の調子を伺いながらも本部へと辿り着いた。

 

「準備したらさっそく帝都だ」

 

焦ってるのは言葉を聞かなくても分かっていた。ケインも子供達を救いたい気持ちはあるが、慎重に進まなければ成功するものも成功しない。

 

「焦りは禁物だ。スーツだって傷付いてるだろう?」

 

基本的にはロングコートに包まれている鉛色の装備も、足許までは隠されていない。ふくらはぎ辺りには弾痕が残されている。他にも数箇所、色が変わっている所がある。問題はないだろうが用心に越したことはない。

 

渋々ながらケインの意見を認め、クラントにスーツのメンテナンスを頼み、寛いでいた。心身ともに休まる筈の一時も、心中はやはり焦りを感じていた。レインに施された非人道的な実験の数々、更にレインの実験以降は帝具に拘らず、子供達に暗殺の技術を仕込み、暗殺部隊を結成したという話も聞いた。今、買われた子供達は更に酷い環境に置かれている可能性も考えられる。

 

眠れる訳もなく、ひたすら夜風に当たり続けた。ひんやりとした風の冷たさがレインの頭を冷やした。代わりに口からは熱い吐息が夜風に溶けていった。朝焼けが空を染めていく頃には頭も心も冷静さを取り戻していた。

 

△▽△▽

 

一夜明け。

 

焦りの色を薄め、無表情のレインに、どこか浮わついているケイン。異常な程白い肌に、健康的な褐色肌。中性的な顔立ちに、精悍な顔立ち。テーブル1つを境界線に真逆にも見える男が2人対面している。

 

その対照的な2人も10年来の親友だったりする。だが、普通の友人関係とは少々違う。腐りきった国を変えようと奮起する革命軍の同志である。

 

その2人の敵地である帝都への潜入経験は非常に豊富であるが、レインは手配書が出回り、動きが大きく制限される。それでも強行するのがレインの恐ろしい所だろう。唯の馬鹿と捉えるのも正しいかもしれない。

 

「帝都へはいつ発つんだ?」

 

やはり手配されている人間の発言とは思えない。本当に手配されていることを覚えているのだろうか、いつもの如く、相棒を心配する。

 

「まぁ、慌てるな。それに“人を待たなきゃな”」

 

ーー………?

 

ーー……待つ?

 

クラントは帝都へは同行しない。となると、レインには他に思い当たる節がない。ナイトレイドのようにチームを組んでいるわけではない。それに友人と言える人物もいない。焦れったくなり、聞いてみることにする。

 

「待つって、誰をだ?」

 

ケインは楽しそうに笑って見せる。浮わついてる原因はそこにありそうだ。ケインは言えば反対されるのを知っているので、レインにはフィルターを掛けて話を進めていた。

 

ケインが何を考えていても、誰かと戦場に立つのは“あれ”以来考えたくもない。

 

「安心しろ、帝具使いだ。何より実績もあるぞ?」

 

「実力が問題なんじゃない、俺の問題だ」

 

「それに…美少女だぞ!」

 

「…話にならないな……」

 

露骨に頭を抑えた。浮わついていた理由も増員ではなく。増員される者の容姿だったということを含めれば、一層溜息が濃くなる。

 

「ケイン……勘弁してくれ」

 

珍しく弱々しい声で願うように呟くが、

 

「そろそろ、来る時間だな」

 

止めを刺された。

 

「最初にお前から会わしてやるからよ」

 

「本当に勘弁してくれ…」

 

そう言って項垂れていく。だが、ぞんざいな扱いをするのも考えものだ。レインは良心の呵責に負け、面接という形で引き受けることにした。圧迫面接と間違われないだろうか、そんな不安を抱いていた。

 

△▽△▽

 

扉の一歩手前で深く深呼吸をする。戦場とは打って変わった緊張感に身を固くしていた。自分は面接官、自分は面接官。そう言い聞かせ、体を解していく。意を決してドアノブを捻る。

 

「俺の方が早かったか…」

 

木目の鮮やかな家具が目立つ部屋は他には誰もいない。椅子に座ると自然と落ち着きを持ち直せた。今思えば、なぜあそこまで緊張していたのか分からない。

 

狭まっていた視界を広げていくと、視界の隅に四足歩行の小さな生物を捉える。サイズ的には危険種の子供と言った所だが、人を恐れる気配が全くない。

 

「迷い込んだのか」

 

自然の中で育ったとは思えないほど上品な狐色の毛並みを人肌である左手で撫でていく。

 

「ニー」

 

気持ち良さそうに鳴くその様から、人を襲う獰猛な獣へ成長するとは驚きだった。だが、少なくとも今は無害だ。

 

「見つかる前に帰るといい」

 

通じる筈もない言葉で語りかけ、撫でていた手で突き放すように逃がす。

 

「ニー…」

 

返事とばかりに小さな鳴き声を鳴らし、机の下をトボトボとした歩みで窓へと向かう。本来の目的を思い出し、遅刻をどう咎めるかを考えていると、唐突に小さな爆発が起こる。それも先程の危険種を逃がした方向から。懐に所持していたナイフに手が掛かる。

 

「ふぅ~、案外普通な人だったな」

 

煙の中からは女性の声がする。言葉は棘があるように感じるが、その声色には蔑みは感じない。寧ろ、安心してるとも言える。徐々に煙が晴れていき、

 

「初めましてだね、レイン」

 

明るい笑顔を振り撒く女性。見覚えはないが、向こうはあるらしい。それらを踏まえて考えると、

 

「君がチェルシー?暗殺者には見えないな」

 

性別と名前しか聞いていないレインには当たっているか怪しかったが、

 

「それどういうこと?」

 

チェルシーは言外に正解だと伝えた。だが、暗殺者として一流の仕事をしてきたチェルシーにとって、信用されていないことが遺憾とばかりに聞き返す。

 

「予想以上に女性的だったからな」

 

チェルシーは意外そうな顔をして、口を手で覆う。

 

「あの有名な殺人鬼に口説かれちゃった?」

 

ケインからではなく、手配書から情報を得ていたのか、それに気付くと溜息を吐き、 目を逸らす。キツい皮肉に心を痛てめながらも話題を変ようと先程のマジックのタネを訊く。

 

「…さっきのは君の帝具か?」

 

「そ、ガイアファンデーション。何にでも変身できる優れものよ。相手が噂に名高いレインだって聞いてたから、まずは試してたの」

 

ミイラ取りがミイラになるとはこの事だ。今、自分は非常に滑稽に見えてることだろう。自分を客観視するのが怖くなり、チェルシーからの印象を聞いてみる。

 

「で、何が分かったんだ?」

 

「そうだね~、意外にフランクだったかな。だって普通話しかける?…ッハハハ!」

 

人を小馬鹿にした笑い方に性格の悪さが如実に現れている。彼女が一流の暗殺者だということを確信したレインは、腹を抱えて笑っているチェルシーに言葉を掛ける。

 

「全く…どんな印象を持ってたんだ?」

 

レインの声は呆れたような響きとなって空気に消えていく。肝心のチェルシー本人は会話が出来る状況ではなく、目尻には涙すら浮かべている。

 

数分経っても尚、肩を大きく揺らし、過呼吸を繰り返している。

 

「もう大丈夫か?」

 

「うん、もう大丈夫だよ」

 

依然、呆れたままのレインが問い掛ける。

 

「手配書の情報を丸々信じていたのか?」

 

「信じてた訳じゃないけど、“血に飢えた殺人鬼”なんて呼ばれてるあなたが危険種の子供に話しかけるなんて…さすがに笑っちゃうでしょ?フランクと言うよりもロマンチスト?」

 

おどけたような問い掛けに真面目な回答を返す。

 

「生憎、夢は見たことない」

 

そうなんだ、と素っ気ない返事に会話が途切れる。異性に対して、特別慣れているわけでもないレインは今回のことについて訊いた。

 

「何で俺と組まされる羽目に?」

 

皮肉られたことを思い出し、自虐で切り返していく。また、心の中でも自虐的な笑みが広がっていた。

 

「前に組んでたチームはね、帰ってきたら全滅してたの…」

 

ーータイミング間違えたな…。

 

どうも間の悪い自分に目を伏せながら窘める。だが次の瞬間、視線を上げた時のチェルシーの表情は印象的だった。触れれば簡単に崩れてしまいそうな程に脆く、そして儚い。目を離せず、一種の膠着状態が続いたが、咄嗟に頭を切り替えた。

 

「似たようなトラウマを持った者同士、仲良く出来そうだ」

 

手を差し伸べた。助けようなんて高尚な目的ではない。言葉通り、似た過去を持っているからなのか、もしくは別の何かなのか。それは分からないが、珍しく人を深く知りたいと思った。レインは自分の理解を越えた感覚に不思議と不快感はない。それどころか、安らぎすら感じていた。それが手を差し伸べるという動作へと導いた。

 

「何、慰めてくれるの?」

 

彼女の華奢な腕がレインの左手を弱い力で掴む。やはり、暗殺者には思えない。こんなに弱い力で人を何十人と殺してきた。逆説的に彼女は実力者なのだろう。

 

「同情みたいなものだ、気にするな」

 

彼女を認めた同時に力を込めると、彼女はまたも驚いた顔をする。

 

「あなたって血も涙も無いような冷酷な人だと思ってた」

 

帝国の手配書を鵜呑みにすれば、冷酷と解釈されても仕方はない。

 

「互いに偏見を持っていたらしい。これからの付き合いで理解を深めることにしよう」

 

「それが良いわね」

 

暗殺者2人は束の間の平穏を楽しんだ。

 

△▽△▽

 

新たに加わった協力者チェルシーと共に帝国の内通者の元へとやって来た。レインの主目的が復讐でも所属しているのは革命軍であり、指令が下ることも当然ある。

 

今回は民を弾圧している太守の暗殺なのだが、ケインは何かを察したのか、にたつくと2人で行ってこいと背中を押された。ケインは護衛を引き連れて、子供達の情報を収集するため動いた。

 

「ねぇ、それって帝具なの?」

 

レインを纏う鉄のスーツを好奇の眼差しで指差す。コートの袖からはみ出ている手首には鉄のプレートが覆われ、プレートとプレートの間には人間の筋肉のように収縮する素材が見える。

 

「いや、現代の技術で造られた物だ。君の帝具ほど特殊な物じゃない」

 

へ~、と物珍しそうに言葉を零し、棒付きの飴を咥え直す。物静かな森の中での2人の会話は予期せぬ敵を引き寄せた。

 

猛々しい雄叫びが森を轟かせ耳を劈く。両手で耳を覆うが、それを越えて鼓膜を鳴動させる。太陽光さえ遮ってしまう程に高い木々と肩を並べる飛竜が、発達した後ろ足のみで巨体を支えて舞い降りた。

 

「お手並み拝見ね」

 

突風にスカートの裾を抑えながら、他人事のように言ってみせる。チェルシーの帝具の性能を考慮すれば、正面からの殴り合いは圧倒的に不利なのは火を見るより明らかだ。

 

「仕方ない…下がってろ!」

 

眼前の敵を見据えると、飛竜の体には幾つもの古傷が走っている。それは歴戦の戦士が負った名誉の負傷のように雄大さを感じさせる。狩人に狙われながらも数々の勝利を収めてきたに違いない。手を抜いてはあっさりと殺されるだろう。

 

コートを腰辺りまで翻し、敏捷な獣のように打ち出される。膨大な風速を巻き起こした片翼が大木を薙ぎ倒し、地面へと叩き付ける。

 

空に逃れることで翼の攻撃を避ける。巻き起こる暴風にバランスを崩すこともなく、姿勢を完全に制御し、翼に着地する。更にそこから本体へと距離を詰め、翼の付け根が見えてくると飛び上がる。体を回転させ、肉厚な皮膚に刀を振り下ろす。切断とまではいかないが、ダメージを与えたのは確実だろう。

 

だが、着地して振り向いた時に見た光景は想像とは違った。

 

「化物が…」

 

思わず呟いてしまう程の異常さだった。右の翼からは巨体に相応しい大量の血液が流れ出す。にも関わらず、それに比例するように迫力は増していく。そしてその迫力を示すように耳を破壊するような咆哮が大地を揺るがす。

 

唯の危険種ではない。帝具の素材に使われるような危険種と同等ではないのか、と疑ったが相手は考える時間を与えてはくれない。

 

口を空へと向け、レインへと狙いを付ける。そして口からは火炎が吐き出される。距離と速度を考え、範囲は最大限に狭まれているが、躱すのは容易ではない。それは常人ならば避けることの出来ない一撃だろうが、レインの装備は常識を覆すような動きを見せる。

 

自身の体を天高く持ち上げる脚力は避けるのにも役立った。地を蹴り、横へと飛ぶと戦場を離脱し、森に隠れる。

 

見逃した小さな標的を見つけるにはこの森は余りに大きすぎる。レインはそれを利用し、森を駆け抜ける。そして飛竜の視界に入った時には桁外れの大きさを誇る後ろ足へと入り込んでいる。

 

最後の抵抗に隆々とした筋肉を使い、片足を持ち上げ、押し潰そうと地面を踏みつける。ところが、レインの血は流れない。ギリギリの所でスライディングするように体を地面に滑らせた。

 

巨体故の弱点である、動きから生まれる隙の長さはレインにとっては千載一遇の好機。そして、滑っていた体を止め、逆立ちのような構えを取る。脚力同様に強化された腕力で体を高く持ち上げ、切断しきれなかった翼を逆側からもう一度斬る。

 

斬り落とされた翼は地面を落下の衝撃で大きく揺らす。止めを刺す為、体へと飛び移り、頭を目指した。虫の息となった飛竜は抵抗がない。いっそのこと殺せ、と言ってるようにも見える。片翼を失った飛竜の首に刃を入れると勢いよく引き、斬り落とした。

 

「迫力ある戦いだったね」

 

死んだのではないか、と心配していたが、恐れているようには見えない。

 

「安心した。逃げ足も速いらしい」

 

「やっぱり、私の実力疑ってるでしょ?」

 

レインの言葉を侮辱と捉えたチェルシーは目を薄く開き、粘りついた視線を向けてくる。

 

「太守暗殺で見返してやるんだから」

 

膨れっ面になり、そう宣言する。

 

「是非そうしてくれ。目的地はもう少し先だが、あの飛竜が暴れてくれたお陰でよく見えるようになった」

 

目的の隠れ家が小さな点のようなサイズだが見えてくる。それを確認し、刀を鞘へと戻していく。

 

「いつまで膨れてるつもりだ?もう行くぞ」

 

「膨れてない!」

 

ケインの時とは違った疲労感を感じたが、新鮮な気分で決して悪くはない。

 

「でも、これはどうするの?」

 

いつの間にか態度の戻ったチェルシーは倒れた飛竜を一瞥してそう言った。

 

「持って帰るつもりか?」

 

運ぶには何百人という人員に専用の装置でも使わなければ無理だろう。

 

「確かに無理そうね」

 

食物連鎖の頂点に君臨した飛竜も最新技術の粋を集めた装備を持つレインには敵わなかった。その骸は自然の中で土に還るのが摂理と言うものだ。

 

帝国軍がやって来る可能性を考え、歩みを速めた。




レインの刀がどんどん強化されてる気がする…。帝具ではないって設定を思い出して書いていこうと思います。


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腐った街

いつもより長めです。


森を抜けたレイン達は目的地である小屋へと辿り着いた。辺りに住み着く危険種のレベルが高い所為か、闃然としていて人の気配はない。それだからこそ見つかりにくい訳だが、それにしても酷い目にあった。

 

小屋の薄い扉は風が吹けば倒れそうな程に脆そうに見え、壊さないためにも弱い力でノックする。

 

「……フラッシュ」

 

小さく細い男の声が聞こえる。チェルシーは不思議そうな顔をするなり、声を掛けてくる。

 

「フラッシュって何?」

 

知らなければ不思議に思うのは当然の話だ。そもそもこの言葉の意味を簡単に知られては困る。

 

「使い捨ての合言葉だ」

 

感嘆の声を零すチェルシーを余所に、予めケインから聞いていた合言葉を返す。

 

「サンダー」

 

合言葉を聞くと鍵の開く音が響く、入れと言うことだろう。入ると外観から感じた脆さは無い、カモフラージュの為にわざと加工していたのかもしれない。

 

「お待ちしておりました」

 

中年男性は腰を折り、慇懃な態度を取る。風貌からはとてもじゃないが行動的には見えない。だが、そんな消極的な民ですら行動を起こすほど帝国は腐っているということだ。

 

「それで仕事については?」

 

「こちらです」

 

男は人の身長程ある棚を開けるともう1つ扉が見える。そこに掛けられた鍵を外すと地下まで階段が伸びている。何重にも偽装することにより、確立された安全の場は密会には適しているだろう。

 

降りていくと小さい部屋には質素な椅子と机のみが並んでいる。椅子へと腰を掛けると、男は慇懃な態度を崩さずに現状を話し始める。

 

「モハルという太守なのですが、重税や圧政は勿論。奴隷や罪人、大きな借金を抱えた者には危険種と戦わせて、それを観戦する趣味があるんです。私の友人もその戦いに駆り出されて、亡くなりました…」

 

戦闘の訓練も受けていない素人が危険種に挑めばどうなるかは想像に難くない、つまり人が死んでいくのを観て、楽しんでいる。

 

「モハルだな、分かった。革命軍がその仕事を引き受けよう」

 

その後、大まかな宮殿内部の地図や逃走に向いている経路を書いた地図を渡された。土地勘の無い2人にとっては有益な情報だ。

 

「今、出発すれば夜には街に着けます。ご武運を」

 

陽は真上に位置しているが、また危険種に襲われる可能性はある。夜になればその可能性は飛躍的に上がる。今、出発するのを逃せば、次は明日になる。一刻も早く子供達の案件に取り掛かりたいレインは今すぐ発つことを提案し、チェルシーも意見に反対はなかった。

 

△▽△▽

 

レジスタンスの男が言った通り、陽が落ちる頃には街が見えてきた。街は帝都からさして離れていないため、手配書が出回っている。街に近付くとフードを深く被る。街の入り口には検問が1つ存在し、そこで通行を許可されなければ、街へは行けない。迂回も考えたが、街は壁に囲まれ、入り口は1つしかない。

 

「どうするの?」

 

手配書は出回っていないチェルシーだが、同行者が捕まれば自分にも疑念の目が向けられる。他人事ではなくなり、面の割れている相棒を真摯に心配する。

 

「うまくやるさ」

 

戦闘力とは違うスキルが試されるが、彼に話術のスキルまであるとは思えない。どちらかと言えば口数は少なく、力で事を進めるタイプの人間、それがチェルシーの観察の結果に生まれたレインの人物像だ。

 

疑問を抱えたまま検問がやって来る。チェルシーは愛想の良い笑顔で通過していき、レインもそれに続いた。

 

「兄ちゃん、ちょい待ち」

 

軍服を来た男は顔を隠した来訪者を手放しで歓迎はしなかった。

 

「ほら、最近はナイトレイドだのレジスタンスだのが動き出してるだろう?せめて手配書が回ってる連中は逃がすわけにはいかないからな」

 

軍の男は喋りながら、手配書を探し持ってきた。そして、フードを外すように促す。

 

「すまない、火傷跡が酷くてな見せられる顔じゃないんだ」

 

軍の男からはレインの顔は鼻がギリギリ見える位だった。流石に手配書と見比べられては髪色を変えた程度では誤魔化せない。決して見られるわけにはいかないが、

 

「大丈夫だ、俺がちょいと見るだけさ」

 

レインの言い訳はあっさりと砕かれる。妙にしつこい軍人に内心で舌打ちをするが、無情にも指がフードへと伸びていく。しかし、これ以上渋れば怪しまれる。頭の中では様々な策を練っていると、慌てるような足音が近付いてくる。

 

「おい、もう試合始まるってよ!」

 

「本当かよ!さっさと行きな!」

 

伸びてきた指は同僚の誘いの声に引いていき、紙にペンを走らせる。

 

「ありがとう」

 

急ぐ男に感謝の言葉を掛ける。チェルシーも胸を撫で下ろし、レインも運の良さに一息吐いた。

 

「なんか偶々って感じがするんだけど?」

 

胡散臭い者を見る目で覗き込んで来る。

 

「運だって実力の内だろ?」

 

開き直るように言うと、チェルシーは否定も肯定も出来ずに渋々納得した。実際、何事にも運は付き物だろう。

 

夜の街を暗殺者が闊歩していると、女性からチラシを渡される。チラシには危険種vs人間と見出しがあり、街中央の闘技場で開催と書かれている。先刻の軍人が言っていた試合とはこの事だろう。

 

「これが太守の趣味ね。酷い」

 

チェルシーは不愉快さを露骨に顔に出す。

 

「これくらいは日常茶飯事なんだろう。だが、それも今日までだ」

 

「うん、私がきっちり終わらせる」

 

冷静を保ってはいるが、闘志はメラメラと燃えている。今までの穏やかな雰囲気は微塵も感じられない。

 

「暗殺は任せる。俺はその闘技場で君の仕事ぶりを見てることにする」

 

チェルシーはピリピリとした雰囲気を消すと得意気な表情で言葉を紡ぐ。

 

「私の技は速いから余所見は禁物よ」

 

了解、そう答えると二手に別れた。

 

△▽△▽

 

闘技場では熱気と狂気が渦巻いていた。

 

「レディィィスアンドジェントルメェェェェン!!」

 

司会兼DJのような風体の男は腹から出した声がマイクを通して、何百人という観客の喧騒を制した。それはその男が毎度お馴染みになっている人気のDJという理由も勿論だが、まるで嵐の前の静けさのようにも感じる。

 

「今宵も狂乱の祭典がやって来たぜ!生粋のクズ共がパワフルでデンジャラスな化物に1on1だ!!」

 

DJの男の叫びに共鳴するように会場が一体となって叫ぶ。その一体感はまるで1つの生き物だと錯覚させる。DJは調子を落とすことなく、危険種と参加する選手の名前を紹介していき、ゴングを打ち鳴らす。

 

結果は危険種の一方的な勝利。死体はその場で危険種が喰らう。レインはその光景に果てしない嫌悪感を感じ、意外に周りからも親指を地面へと向け、ブーイングの嵐となる。だが、観客のブーイングの矛先はその卑劣な行為にではない。

 

「死ぬの速すぎだろ!もっと頑張れよ!!」

 

「マジつまんなーい」

 

言ってることは千差万別だが、意味することは死んでいった者の呆気なさにだった。死に対して醜く粘る姿こそ、彼らには嗤いのツボなのだろう。

 

これはもう太守だけの問題ではない、とレインは感じた。太守が規範であり、それは“絶対的正しさ”になっている。力の無い者、意志の弱い者はその正しさに流され、その正しさに同調することで自分が正しいと勘違いを起こす。太守の広めた毒は徐々に街を腐らせていったのだ。まともな太守に変わったとしても、元に戻せるかは難しい。

 

レインが酷い有り様を目の当たりにしている中でも試合は進んでいき、益々ヒートアップしていく観客達に深い憐れみを覚えた。

 

別の事を考えようとすると、脳裏にはチェルシーの言葉が過る。観客席よりも更に高い場所で高みの見物を決め込む男が1人。それが標的のモハル。遠目ということもあり、細かい事までは分からないが、酒瓶を片手に持ちしっかりと生きていることは分かった。

 

DJの観客の熱気を煽るような言葉の数々を耳に入れていると、巨大な四足歩行の生物が会場の中央に鎮座する。昼に見た飛竜に比べたら小さいものだが、それでもかなりの大きさだろう。

 

「みんなそろそろメインディッシュが見たいんだろ?分かってる分かってるって、今日は特別な奴を用意したぜ。最近流行りのレジスタンスだぁぁぁぁぁ!!」

 

その言葉に嫌な予感を感じながらも視線をゆっくりと下げていく。そこには昼に会ったレジスタンスの中年男性。抵抗しようとしているが、軍人数人に闘技場へ放り込まれる。そして、絶望の塊のような危険種が嫌でも目に入る。

 

「こいつは密かに革命軍へと情報を流していたクソ畜生だ!そいつには立派すぎる処刑の舞台を整えてやった。さぁ、みんな最高に盛り上がってくれぇ!!」

 

ゴングの鋭く響く音を皮切りに危険種の筋肉は爆音を轟かせ、獲物に飛び掛かる。

 

次の瞬間、瞬きすら許さない程の瞬間的な速さで銀閃を放つ物体が危険種の目を強襲した。

 

△▽△▽

 

会場で1つのハプニングが発生する少し前、チェルシーは自分の持つ最大の武器であり、防具であるガイアファンデーションの使い所を探っていた。誰に変化すれば怪しまれないか、その人選をミスすれば一巻の終わり。前情報は宮殿内の地図のみだが、闘技場とは連絡橋1本で繋がっている。外からはその程度の情報しかない。それだからこそ、成功すれば半信半疑だったあの男も実力を認めるだろう。

 

ーー帰ったらギャフンと言わせてやる。

 

「よし!」

 

気合いを入れ直すと潜入を開始した。

 

闘技場に人員を割いてるおかげで宮殿内の警備は予想に反して空っぽだった。しかし、問題なのは連絡橋にいる歩哨をどう欺くかだった。関係者でなければ、つまみ出されるのがオチだ。頭を働かせながら連絡橋を観察して数分した頃、メイド服の女性が酒や肉を運び、連絡橋を渡っていった。

 

ーーこれだ…。

 

警備の目をすり抜けられる穴を見つけ、給仕が居るだろう厨房に向かうと、1人で準備に当たる給仕を背後から麻酔針で深い眠りへと誘う。

 

ここまでは成功への布石、あとは悟られずに太守へと接近する。いつも通りやれば問題はない、そう言い聞かせ、己を鼓舞する。レインのような力技は持ち合わせてはいないが、力だけが戦いのアドバンテージではないことを証明する。

 

先程、連絡橋を渡った給仕にも帰ってくると同じ手段で無力化を図る。そして、帝具ガイアファンデーションを使用し、その姿は誰が見てもチェルシーとは気付かないだろう。

 

△▽△▽

 

チェルシーは敵陣地の真っ只中にも限らず堂々としていた。それは彼女がもうチェルシーではないからだ。太守に雇われたメイドという役だ。ガイアファンデーションを有効に使うには自分を殺す必要がある。化けた相手の立場を考え、常を守り、役割を演じる。そして最後の最後に自分の役割を果たす。それが彼女の戦いだ。

 

それは今も例外ではない。

 

「おい、少し早くないか?」

 

警備の男は時間の間隔に違和感を払拭しきれず、メイドに問う。メイドと兵士どちらが地位が高いかは言うまでもない。ならば、自ずと言葉使いも変えねばならない。

 

「早めにと聞いております」

 

警備の感じていた違和感を巧く消してやると、

 

「分かった、行け」

 

頭を下げると闘技場へと潜入を成功させる。闘技場では観衆の熱狂的な声が石造りの壁を反響させる。ここからは警備の数も増える。気を入れ直し、床の感触を確かめるように慎重に最上階へと向かう。

 

最上階を目指して、螺旋階段を上がる。横をすれ違う兵士にも悟られることなく、最上階へは容易に到達する。扉を警備する2名の兵士は入室を許可すると、一層大きくなる歓声が耳を劈く。

 

「お待たせしました」

 

豪勢な椅子の横には小さなテーブルがあり、既に幾つものボトルが開けられている。そのボトルを回収し、新たな酒に料理を提供する。これでメイドの役割は果たした。次はチェルシーの役割を果たす。隠し持っていた細い針を1本取り出す。これは通常の針だが、狙いは首の後ろにある頚椎と呼ばれる急所、的確に攻撃すれば針でも即死させられる。

 

タイミングを計っていると、モハルは勢いよく立ち上がる。それに反応し、針を仕舞い、そしてメイドに戻る。

 

「どうなされました?」

 

モハルは微動だにしない、何かに驚いてるのか口は半開きになっている。気になり、モハルの視線を追い掛ける。

 

ーー嘘でしょ…。

 

あろうことか危険種の前には、身を隠すような長いコートに、人工の黒色に染め上げられた髪を風に吹かせる男。仕事のパートナーで間違いはなかった。

 

△▽△▽

 

闘技場を支配していた熱気は数段増して、絶叫のような声も聞こえる。その声を悠長に聞いているレインだが、レインこそがその絶叫を起こしていた。今まで喋りっぱなしだったDJも掛けていたサングラスを掛け直していた。

 

「こ、こいつは!なんとレジスタンスの男を助けに入ったのは有名な最高のクソッタレ、レインだぁぁぁぁぁ!」

 

DJは一瞬素になったが、すぐに仕事へと切り替え、観客を盛り上げさせる。今までは危険種の勝ちが揺るぎないお陰で成り立たなかった賭博が闘技場の各所で起こっていた。

 

だが、そんな闘技場の状況はレインの脳には1ミリたりとも刻まれていない。目の前の犬にも似た危険種がこちらを殺さんとばかりに睨み付けてくる現状の方がよっぽど問題だからだ。

 

ーー後でチェルシーから文句が飛んできそうだな。

 

予想した未来に少々憂鬱になるが、目の前の危険種はそれに構いなく仕掛けてくる。巨大な前足の一撃は普通ならば潰されてしまうだろうが、レインは受け止める。

 

「こんな光景は流石に俺も初めてだ!」

 

DJは興奮を表しつつも実況を続けている。軍の人間は暴れる危険種と、それに拮抗する力を持つレインの戦いに巻き込まれる恐れを考え、外で待機を余儀なくされていた。

 

「ハァ!」

 

地面が蜘蛛の巣状に割れると強靭な前足を押し返す。それには危険種も驚きを見せて硬直する。

 

「かかって来な……ワンちゃん」

 

抜刀すると構え、戦闘の姿勢を取る。

 

上からそれを眺めていたチェルシーは唖然としたが、全ての目がレインに向いている今ならば、と針を取り出す。そして、トスッ、と軽い音が耳に入る。1つの命が散ったにしては小さい音だが、モハルには相応しい最期だ。死んだモハルを一瞥することもなく、闘技場脱出に動いた。

 

チェルシーの仕事ぶりを見逃したレインは目の前の危険種と対峙していた。だが、動かない的を相手に戦ってきた危険種は素早いレインを捉えられずにいた。前足を振り下ろすだけの単調な攻撃はレインに退屈さえ覚えさせる。

 

1つの攻撃を避けると、レインは攻撃へと転じる。懐に入り込み、内蔵に届くほど深く差し込む。危険種の動きが鈍り、後ろ足まで疾駆すると、後ろ足を踏み台に背中へと跳躍し、着地と同時に尾の付け根に刀を突き刺す。

 

痛みで暴れるが、刀を離さずにバランスを保つ。揺れる背中を刀と共に頭まで疾走し、背中から夥しい量の血液が地を濡らす。飛び上がると、凶悪な顔面の前を通過する。身の丈程の犬歯からも勢いは感じられず、額から顎にかけて刃を下ろす。

 

「行くぞ!」

 

始末した危険種を気にすることもなく、レジスタンスの男へと駆け寄るが、腰が抜けてるらしく上手く立てずにいた。気付くと軍の人間が流れ込んで来る。男を肩に抱え、大の大人二人が高い壁を飛び越え、観客席へと足を付けた。観客は瞳を恐怖に支配され、声を上げ、本能的に道を開ける。開けられた道を通り、闘技場を逃げ出す。

 

△▽△▽

 

「ねぇ、何やってるの?」

 

「文句なら後で聞く。それよりもルートCだ」

 

チェルシーの言いたいことは百も承知だった。追手は撒いたが、警備体制は厳重になってしまった。しかし、地下ならば敵も予想はしていない。そして、ルートCは使われなくなった下水道を使う。

 

「あった!」

 

男一人を抱えたレインの代わりに、チェルシーは早速円形の蓋を持ち上げる。開くとレインが飛び下り、チェルシーもそれに続いた。

 

「酷い臭いね」

 

チェルシーは鼻を手で覆い、悪態を吐く。汚染された水が管理すらされずに放置されてるのだ。悪臭は鼻を通り越し、軽い頭痛を引き起こす。

 

「で、何であんな意味もない行動を取ったのかしら?」

 

「連中のやり方に我慢ならなかっただけだ」

 

チェルシーもその気持ちは理解できた。だが、仕事に私情を持ち込むのは果たしてプロと言えるのか、そんな小さな葛藤の中、“それ”は突如やって来た。

 

端的に言えば、殺意の塊。殺意の奔流が下水道に流れてきた。水を伝って、空気を伝って、肌を静電気が走ったような感覚は一般の兵士から感じるものとは違う。

 

「まずいな、走るぞ!」

 

その殺意は走るレイン達に刻一刻と迫ってくる。そして次の瞬間、心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われ、レインもチェルシーも次の一歩を踏み出せなかった。何を隠そうその殺意の持ち主が目の前に現れたからだ。

 

「よう、レイン」

 

その殺意の持ち主は右腕の借りがある男だった。




テンポの改善ならず……。一つのシーンに対して、描写が長い気がするので、短くしっかりと伝わる文を書きたいですね。とりあえず最後までの構想はあるので完走を目指します。


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再会

お気に入り20突破しました!これを励みに頑張ります!


目の前には軍服に身を包み、特殊な機巧を持つ刀を腰に差している男は、確かな殺気を漂わせたクラウだ

 

「知り合い?」

 

「ちょっとした縁があってな、チェルシーこいつを任せる」

 

担いでいた男をチェルシーへと預ける。

 

「あいつのご指名はどうせ俺だ。そいつを連れて、先に行け」

 

チェルシーは一つ頷くと、下水道を進んでいく。見送ると刀を構え、鋭い視線がぶつかり合う。

 

「やる気満々だな」

 

「右腕の借りは返す……!」

 

互いの刀が交錯する。火花を散らし、尖った音が下水道内を響かせ、更に高い音へと昇華していく。相互ともに弾くと、一歩二歩と間合いを作る。

 

「それ、帝具じゃないだろ?」

 

クラウはレインの装備を品定めでもするかのように眺めるが、帝具ではないと絶対の自信を持っていた。

 

「帝具は大きく精神力を削る。だが、お前は既に“別”に精神力を使ってる。そのお陰で帝具は使えないんだろ?」

 

レイン自身しか知らない弱味を淡々と述べていく。それも不気味なのだが、それより数段増した膂力に互角と言うのが腑に落ちない。

 

「お前こそ、何か妙なものを使ってるな?」

 

クラウはよくぞ聞いてくれた、と言わんばかりに豪快に笑う。

 

「まぁ、ちょっとしたマジックをな」

 

そう言って、手を柄に掛ける。すぐさま脳内に警鐘を鳴らす。注意はしていたが、その注意深さを凌駕する事態が発生する。

 

「くっ!」

 

刀の柄頭がレインの腹部へと一直線に飛んできた。しかも速度は弾丸と然程変わらない。生身にダメージは無いといえ、衝撃が半端なものではない。倒れそうになるところで片膝を突くが、クラウは休ませる気はない。距離を詰めると顔面への容赦ない蹴りを繰り出す。寸でのところで顔を反らし、流れるように後方へ回転することで、距離を取る。

 

「驚いたか?」

 

クラウの鞘からは薄く煙が立ち上っている。見た目通り、拳銃のように刀を射出しているようだ。

 

「こいつには耐火性能の高い素材が使われてる」

 

クラウは刀を拾うと、付着した水滴を振り払う。

 

「そして、こいつには危険種の爆発を引き起こす器官が使われてる」

 

愛でるように鞘に触れると、刀身をしまっていく。右腕を斬られた時も弾丸と同じ速度の居合いが飛んできた訳だ。だが、常人の腕力で制御出来るものではない。やはり、何か良からぬものを使用してるに違いない。

 

レインは腰を低くし、一気に仕掛ける。ただ、策も無く突っ込めば、右腕の二の舞になる。刀を抜かせた後に接近する必要がある。レインは懐からナイフをクラウに目掛けて、素早く投擲する。

 

クラウは引き金を引くこと無く、刀でナイフを弾き返す。既にお互いの間合いに入り込んでいる、ならば必然的に起こるのは常識はずれの斬り合い。火花を散らし、何十、何百という鉄のぶつかり合いにレインの刀は赤く熱されていく。

 

斬り合いの最中、一瞬の鍔迫り合いが起きる。そこでレインは膝に強い衝撃が走り、膝を折るように怯む。クラウが隙を作る為に蹴りを入れたのだ。

 

クラウはその瞬きすら許さない状況の中、絶対的な勝機を掴んでいた。納刀する、それこそがクラウの放つ不可避の一撃へと繋がる。

 

ーーまずいッ!

 

そう思った時には引き金が引かれている。咄嗟に胴体を守るように刀を構えた。

 

引き金が引かれたことにより、文字通り、爆発的な推進力で刀が押し出される。その限界を越えた速度に切れ味も増していき、刃はレインを捉える。

 

そして、避けられぬ必殺がレインに訪れる。

 

構えていた刀は叩き折られ、レインを守る最後の砦であるパワードスーツごと、レインの胴体を斬っていく。

 

「ッ……!」

 

吹き飛ばされ、鮮血が辺り一帯に噴出する。血が流れ、水に溶け出していく。

 

「致命傷は逃れたか……」

 

クラウの呟き通り、致命傷は避けているが、それでも大怪我に違いはない。クラウは止めを刺そうと、歩み寄る。たが、突如として下水道内が大きく揺れる。それは倒れ伏すレインにも伝わった。

 

「なん……だ?」

 

「チッ、連中ここを埋める気か?」

 

クラウは馬鹿げた作戦に辟易とする。そして、隠密に動いているのが裏目に出たことにも、溜息を吐き出した。

 

「悪いが俺は埋められたくないんでね」

 

クラウは刀を納め、退いていく。待て、と手を伸ばすが、クラウに言葉も腕も届くことはない。薄れていく意識の中、死ぬわけにはいかない、という生存本能により、体に生気が戻る。そして、チェルシーを追うように動いた。

 

△▽△▽

 

クラウは地下から地上に戻ると、一人の女性が出迎える。上質な絹糸のような金髪を持つ女性、ソラだ。

 

「どうだった?彼は死んだ?」

 

自身の副官に当たる人物の筈だが、委員会の殆どを彼女に任せているので立場の強弱はほぼ無いと言える。

 

「ソラか?珍しいな迎えに来るなんて」

 

大型の狙撃銃を所持し、吊り上がった目は軟弱な男に比べれば、強い恐怖を覚える。クラウはそれらを気にすること無く、不敵に笑いながら問いに答えた。

 

「奴はそう簡単に死なんだろうな」

 

それを聞くとソラは地図を広げる。それも“レジスタンスがレインに渡した物と同じ物を”

 

全ての情報は脅威査定委員に筒抜けだったのでレインを追うことも出来たが、帝国が人間一人の命の為に街一つを崩壊させるとまで予想していなかった。

 

ソラは地図から最適な逃走ルートを割り出し、地図をしまう。

 

「追いかけるなら止めとけ」

 

「手負いでしょ?討つなら今を置いて他にないわ」

 

ソラは至極真っ当な意見を言ったつもりだが、クラウもふざけて言っている訳ではない。

 

「俺達はとりあえず撤退だ、ここには非公式で来てる。見つかっても問題にはならないだろうが、面倒になるのに違いはない」

 

「分かったわ」

 

仕方ない、と言いたげに頷いた。

 

△▽△▽

 

チェルシーは大人を一人抱えたままの所為もあって、逃走ルートを思うように進めていなかった。それに先程から揺れて、更に進まない。

 

自分の心配もあるが、レインはどうなったのか、それも頭の半分を埋めている。あの男と一瞬対峙しただけで実力の差を感じた。

 

揺れが一層激しくなり、レインの事を心配してる余裕が無くなり出した。歩行速度を上げようとするが揺れの激しさに耐えられなくなった天井が崩れ、自身に降り掛かる。

 

「嘘……」

 

言葉を吐いたときには、眼前に壁の塊がやって来る。だが、それは鉄の腕により止まる。人が造った筋肉が自分よりも一回りも二回りも大きな塊を持ち上げる。それを出来る人間は、

 

「はぁ……無事か?」

 

「レイン!」

 

レインは持ち上げた壁を投げ飛ばすと、体に付いた埃を手で払っていく。だが、チェルシーが喜びを感じられたのは、ほんの一瞬だった。

 

「その傷……」

 

普段から来ているコートは真っ赤に染め上げられ、鉄のスーツからは中身が見えていた。

 

「痛手を受けてな。安心しろまだ動ける。それよりここを埋めるつもりらしい」

 

チェルシーから預けた男を回収すると、チェルシーは驚きながら走った。

 

「埋めるって……街ごと?」

 

「それだけの犠牲を支払ってでも俺を殺したいらしい」

 

走る内に揺れは無くなり、脅威は去った。ここから先は街の外に繋がってるお陰で追跡は及ばなかった。入るときにも使いたかったが、不審者扱いを受けるのは目に見えてる。

 

「上手く逃げれたかな?」

 

チェルシーは不安げに崩れた瓦礫の山を見つめる。

 

「俺達の死体でも探すんだろう、速く離れた方がいい……ッ!」

 

傷の痛みを軽口で誤魔化すが、傷が焼かれてるように熱い。そんな強がりに、チェルシーは気付かぬまま進んだ。

 

△▽△▽

 

レイン達が逃げ果せた頃、黒幕達は会合にて顔を合わせていた。

 

「また派手にやらかしたそうじゃないか?大臣よ」

 

壮年の男性が二人、他にも同席する者が数名いるが、二人に圧倒されて口は開かない。

 

「あなたが手を打たないからでしょう?影の将軍さん」

 

将軍と呼ばれた男は老いから生まれた白髪に、両目は不自然に閉じられている。

 

「あの男はもう少し泳がせておく。それにいずれは私を殺しに来る、その時は私が相手する。それで問題はないだろう?」

 

「いずれでは遅いのですよ、いずれでは」

 

大臣の不穏な因子を速めに片付けたい思いとは裏腹に、その因子を生んだ張本人は呑気に構えている。彼に実力が無ければ、即刻抹殺を命じているところだ。

 

「それにあなたが養子に迎えた……確かクラウでしたか?勝手に部隊を編成して…… 」

 

「部隊については私から言っておいた、兵も私が貸し出した。それにクラウもあの男には多少因縁がある、クラウが始末してくれるかも知れんぞ?」

 

将軍は腕を組み、高らかに笑う。それは父か祖父のように見えるが、殺しの技術で親族を誇る人間はまともな家系ではないだろう。

 

「それについてはもういいです。それより、あなたは地下に籠って何をやってるんです? 」

 

その言葉を聞くなり、掌を顔の前まで持っていき、

 

「過去の栄光を取り戻す!……それだけだ」

 

力を込める。そして強く握られた拳を払うと、老体とは思えない程に力強い歩みで部屋を出ていく。

 

「過去の栄光ですか、確かに“両目を失わなければ”今頃はブドー大将軍と同格か……それ以上だったかもしれませんね。ですが、まさかそんなものに未練があったとは……」

 

大臣は顎髭を整えながら背中を見送り、何か目的が別にあると予想した。彼すら不穏な影が見え隠れし、

 

「全く敵も味方もあったもんじゃないですね……」

 

大臣は今日も悩む。

 

△▽△▽

 

「これで大丈夫ですかね」

 

クラントは帰還したレインの傷の現状を把握して、最良の手を尽くした。麻酔があるだけ幸いだが、麻酔も医療用だからこそ合法であり、一歩間違えれば麻薬指定を受ける。それがレインの嫌悪感を煽った。痛みに耐え続ける事も考えたが、それこそ拷問になり、昔を思い出して暴れ出すという最悪の結末になりかねない。

 

「無茶すると傷が開きますから二日は安静ですよ。スーツについても修復に時間掛かりますから」

 

報告を終えると自分の作業へと戻っていく。縫合された傷に手を当て、仕事の一部を思い出していた。助けに入るなんてことをしなければ、余計な傷を負うこともなかったかも知れない。

 

それにクラウがなぜ逃走ルートを知っていたのか、やはり情報が漏れているとしか考えられない。委員会は殺しだけではなく、泳がせてレジスタンスと接触を図る者を炙り出している。頭の良いやり方だ。

 

麻酔が切れると激しい痛みに襲われたが、なんとか落ち着きを取り戻した。

 

「はぁ……」

 

息をゆっくりと吐き出すと、ドレッドヘアーがトレードマークの友人がカップを二つ持ち、どこか楽しそうに部屋に入ってくる。

 

「仕事はどうだった?」

 

一つカップを渡され、いつも通りの事務的な会話から始まる。

 

「問題は……多少あったが傷一つで解決した」

 

腹部を見せると、驚きの声を上げている。

 

「珍しいな?」

 

「クラウだ」

 

ケインも納得したように頷く。すると、ケインは楽しそうな表情を戻す。

「で、チェルシーちゃんとはどうなった?」

 

ケインは一体何を期待してるのか、ある程度は分かる。彼女の事は気に入ってるのは事実だが、それが恋愛的な意味を含んでいるのだろうか、レインには解けない謎だ。

 

「多分、お前の期待してる展開はないと思うぞ?」

 

ケインはコーヒーを一口啜り、

「そうか?……あ、そう言えば、チェルシーちゃんぶつぶつ言ってたな」

 

レインには心当たりがあった。

 

「それは後が怖そうだ」

 

意味が分からないケインは頭を捻った。コーヒーカップを机に置くと立ち上がる。

 

「どうした?」

 

「文句を聞いてくる」

 

△▽△▽

 

気分を変えようと外に出ると、燦々と降り注ぐ太陽光を手で遮り、ベンチに腰を掛ける。

 

ーー……恋愛か。

 

恋愛の経験どころか、人に対して好意を向けることすら珍しいレインにとっては思春期男子のような思いに更けていた。

 

「やっと見つけた」

 

声の主は鬱憤の溜まってるだろうチェルシーだ。それは既に声音に表れていた。

 

「こんなところで何やってるの?反省?」

 

遠回しに反省しろと言ってるようだ。うんざりする心境を悟られないように言葉を返す。

 

「俺がミスして、俺が怪我をした。そのくせ君が一番拘るのはなぜだ?」

 

「それは私も巻き込まれたし、次は両方死ぬかも知れないじゃない?」

 

一人での仕事が多い所為で、迷惑を掛けるという意識が薄いレインは自分に非があるのを認めた。それでもまだ質問が続く。

 

「何であんなことを?とても冷静な判断だとは思えない」

 

プロの暗殺者であるチェルシーは仕事に私情を持ち込むことはNGだと考えている。それは長い間生き残ってきたレインにも理解出来てるものだと思っていたが、

 

「俺は……もう嫌なんだよ。弱者が権力や暴力で歪められる世界を見てるのは」

 

革命軍らしい大義を語り、虚空を見つめるその瞳には最大限の嘲りが込められ、飽々としている。それを見て、チェルシーはどこかホッとしていた。

 

「呆れた人……でも、あなたはやっぱり快楽の為に人を殺すような人じゃない」

 

チェルシーは呆れたことも事実だが、それ以上に彼への信頼を確信できた。彼には無闇に人を殺すような狂気的な面は見えない。

 

「人を殺した事には変わりない」

 

口ではそう言ったが、悪意ある罵詈雑言を浴びて生きてきたレインにとっては励まされる言葉である。

 

「でも、次から勝手な行動はやめてね。……もう仲間を失うのはごめんだから」

 

初めて会ったときは頼むから死なないでくれ、そんな懇願のようなものすら感じたが、今はそんな感じは一切ない。レインの実力を知り、簡単に死ぬ男ではないと理解したのだ。努めるまでもなく、自然と笑顔を浮かべている。

 

「善処させてもらう」

 

二人の会話を遠くから見ていたケインは、

 

「あれって、いい感じ……なんだよな?」

 

一人自問自答していた。会話の内容を聞いたわけではないが、互いに優しい笑みを浮かべている。クラントに意見を仰ごうとも思ったが、彼もどちらかと言えばレイン寄りの人間だ。

 

「何で俺の周りには朴念仁しかいないんだ……」

 

男として異性を求める自分が間違ってるのか、そんな思いに駆られていた。




次回は日常回やりつつザンクの話に入れるかと…。オリジナルが長引いたのでかなり遅れました。遅れを取り戻せるよう執筆速度を上げます。


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首斬りザンク

今回はちょっと短めです。


久しく優しい世界を覗いたレインは現実へと目を向ける。武器を失い、防具は損壊、傷まで負って帰ってきた。まずは装備品の調達から始めた。

 

「ケイン、革命軍の備品に銃ってあるか?」

 

レインが普段は使わない武器の名前を出したことに首を捻るが、武器庫を漁れば出てくることには出てくる筈だ。レインに了承の旨を伝える。

 

「刀は爺さんの所で仕入れてくる」

 

「はいはーい!買い物なら私も行くよ」

 

チェルシーは既に準備万端のお陰で非常に暇だった。そうとは言え、刀を新調するをどう聞けば買い物になるのか、チェルシーの発想に頭を悩ませる。

 

「でも、装備なしで大丈夫なの?」

 

「仕事で助けた事のある村だから問題ない」

 

納得するチェルシーを尻目に必要な資金等の準備を終え、

 

「……行くぞ」

 

ローブを羽織るレインの後をチェルシーが追い掛ける。

 

「ありゃエスコートとは言わないな。まだまだだなレイン」

 

書類を両手に持ったケインは親友を見送ったが、ぶっきら棒な所はいつになれば直るのだろうか。友の背を見つめ、溜息を吐き出した。

 

△▽△▽

 

緑が広がるその村は農作で自給自足を行っている。とは言え、天候によって左右される農作では安定は難しい。この村も飢饉に襲われるのは時間の問題だ、レインは最初見たときからそう思っていたが、それに反して村人は活気を保ち続けている。

 

「良い村だね」

 

チェルシーは村の現状をその瞳に写し、健やかな笑みを浮かべる。

 

「だが、この村も帝国の重税に苦しんでいる。他の村と同じだ」

 

帝国の影がこの村を覆い、取り込んでしまうのはそう遠くない。罪の無い人々を“守れる”人が守らないと、チェルシーは再度決意を改めた。

 

小さい村ながら様々な住人に出会い、煙突から黒煙が漏れ出す大きな鍛造場を見つける。村でも一際大きな施設だ。

 

「爺さん!爺さん!」

 

場内では鉄を叩く音が一定のリズムを刻んでいる。それに負けじとレインは珍しく声を張り上げ、鍛造場の主に呼び掛ける。

 

「お?おお!坊主か」

 

「三十手前を坊主って呼ぶな」

 

好々爺といった男は鍛造用のハンマーを片手に汗を拭う。

 

「この前来たばかりだろう?」

 

布に包まれている折れた刀を見せる。それだけで事態を理解する。刀を受け取り、切断面などを一頻り観察し終え、

 

「随分スパッとやられてるな、相手は帝具か?」

 

まぁな、と返すと、

 

「無茶する奴じゃのう」

 

呆れたように言い、鍛冶屋の主人は暫し考え込む。無言のまま、店の奥へと戻っていく。そして、一本の刀を手渡された。刀を抜くと刀身全てが白く彩られた、異色の刀。

 

「これは?」

 

「危険種の牙や爪やらを素材に使った刀だ。耐久性や切れ味なら前の刀より優れてる筈だ」

 

レインは片手で刀を素振りする。しっくりと来たのか一つ頷く。

 

「綺麗な刀ね」

 

磨きあげられた白い刃は振る度に輝きを見せる。デザインが見事なのは事実だが鑑賞用ではない。レインが確かめているのは刀のスペックだった。

 

「重過ぎず軽過ぎない、重さも丁度良い」

 

白刃を鞘に戻していく。懐から袋を一つ取り出し、

 

「爺さん、これで足りるか?」

 

袋からは金貨が姿を見せている。レインは仕事をするが、無趣味な男故に金の使い道がない。その為、金が貯まるのだ。

 

「十分だ、あとこれはサービス」

 

ナイフが二本差し出される。受け取り、

 

「ありがとう」

 

懐にしまう。鉄の協奏曲が響く鍛造場を出ると、

 

「次はどこに行くの?」

 

チェルシーは次の目的を問う。

 

「何を言ってる?もう用は無いぞ?」

 

それを聞くとありえない、とでも言いたげに声を上げる。

 

「折角の休日なのに商売道具を買うだけって」

 

「変か?俺はいつもそんな感じだけどな」

 

チェルシーは深い溜息を零す。

 

「ちょっと付いてきて!」

 

「待て、俺は――」

 

「いいから!」

 

チェルシーの迫力に気圧され、半ば強引に手を引かれた。

 

高齢者が半数を占める村では男女が手を繋ぐ光景は珍しく、その姿は目立つことこの上ない。

 

「どこに行くんだ?」

 

諦めたレインはチェルシーへ目的地を問うが、答えは返ってこない。恐らく機嫌を損ねたようだ。金が残ってる事を確認すると少しホッとする。見えてきたのは青い暖簾が掛かった木造の建物。

 

「茶屋か」

 

「そう、しかもここグルメ雑誌にも載ってるの!知らない?」

 

レインには理解できない話だが、どうにも機嫌は良くなったようだ。

 

「知らないな。で、着いたわけだがまだ手は繋ぐのか?」

 

義手ならば鉄の冷たさで気付くだろうが、生身の左手を取ったために気付かなかったのだろう。手を弾くように離すと頬を紅潮させる。

 

「い、いいから行くの!」

 

「はいはい」

 

そっぽ向くと茶屋へと入っていく。それに続く形でレインも入っていく。

 

「ん~!おいしい!」

 

チェルシーは今までの事をすべて忘れて、団子を食べていた。女性は甘いものが好きと言うが、チェルシーはそれの典型らしい。

 

「雑誌に載るだけはあるな」

 

甘さ控えめの売り文句で販売されてる団子とお茶は抜群の相性を見せた。団子に舌鼓を打っていると背後から声が掛かる。

 

「あの~、レインさんですよね?」

 

服装から見るに、茶屋で働く若い娘だろう。黒髪を布で纏めたその女性は質問の答えを待っている。

 

「そうだが」

 

「ちょ、レイン?」

 

手配書の人物か真偽を問われ、あっさりと認めてしまった。 レインの常人ならざる感覚にチェルシーは口を挟むが、

 

「やっぱり!じゃあ村を救って下さった英雄様ですよね!」

 

最初の奥手な質問からは感じられない天真爛漫さが見受けられた。こちらが本性なのだろう。チェルシーは頭に疑問符を浮かべ、レインはレインでばつが悪そうにしている。

 

「英雄か……殺人鬼よりは響きが良いな」

 

実際は英雄を名乗れるほどの事はしていないが、少なくとも村の人々はそう思ってるらしい。

 

レインの自嘲の言葉に少女は顔を暗くし、

 

「あの手配書って帝国が嘘書いてるんですよね?レインさんは殺人鬼なんかじゃないですね?」

 

少女の無垢な瞳がレインを射抜いた。真っ当な人間と話すたびにレインは自身の異常性を目の当たりにしてきた。それがこれほどに直球で聞かれ、苦笑してしまう。その瞳が自分を見抜いてしまうのでは、と恐怖したからだ。

 

「そうだな……君が信じたい方を信じれば良い」

 

あまりに曖昧な答えに少女は数瞬、困惑する様子を見せるが、すぐに元来持っている明るさを取り戻す。

 

「そうですよね、レインさんは何の理由も無く人を殺すような人じゃないですよね!あ、団子サービスしますね!」

 

ーー理由も無く……か。

 

ーー理由があれば人を殺せる俺は……。

 

レインの葛藤を知る由もなく、少女はスキップしながら裏の厨房へと戻っていく。

 

「よかったの?」

 

チェルシーが心配そうに覗き込んでくる。

 

「俺を歓迎する場所なんてこの村ぐらいなものだ。ここでの俺は殺人鬼じゃないんだろうな」

 

サービスの団子を食し、代金は当たり前のようにレイン持ちだったのは言うまでもない。

 

△▽△▽

 

その夜、帝都は獣の狩場と化していた。それは何かに取り憑かれたように、人の首を執拗に切断していった。あまつさえ、斬り落とした首に話し掛ける。その常軌を逸した行為もそれの中では当たり前だった。なんせ、それは既に人として壊れてしまったからだ。

 

「んー、愉快愉快」

 

切断した首から流れ出す悪臭を肺一杯に吸い込み、一人の男はワインの香りを楽しむように呟いた。背丈があり、鍛えられた体は軍人崩れと推測できる。元は刑場の処刑人を勤めていたのだが、国が腐っていくに連れ、処刑する人数も膨らんでいった。そして、いつか声が聞こえるようになった。この時、男はその声に気付かされた。

 

ーー自分は罪の無い人間を処刑してきたのか……。

 

男に罪悪感という波が押し寄せた。それは津波と言っても言い程に大きく、耐え難いものだった。薬物を使用した時期もあったが声が止む気配はない。男はとうとう自我の崩壊を招いた。抗うことを止め、獣になった。人間だった頃によく斬った首を斬る獣に。

 

△▽△▽

 

「首斬りザンク、それが連続通り魔の犯人だとよ」

 

ケインは資料に目を通し、鬱陶しげにそれだけ口にした。それもその筈、ザンクは帝具を所持してるとの情報も入ってるからだ。

 

「帝具使いか」

 

レインは普段以上に食い付いた。クラウも帝具使いなのだ、嫌でも帝具使いとは戦うことになる。ならばここで腕試しでも、そんな考えはケインに容易く見破られ、

 

「もしかして、行くつもりか?」

 

「ああ、これから先に備えてな」

 

新調した刀を手に取り、椅子から腰を上げる。

 

「もう止めねぇよ。あとナイトレイドもザンクを仕留めようとしてる。競争になるぞ」

 

ナイトレイドの名を聞き、思い出したのはレオーネと呼ばれる女性、それ以外の戦力は手配書に載ってる人物しか知らない。

 

「会ったなら会ったで話すこともあるだろう。チェルシーは?」

 

「彼女なら仕事だよ。随分張り切ってたけどな」

 

思い当たる節はないが、

 

「死ななければそれでいいさ」

 

ケインは目を点にすると大きく笑い始めた。レインは意味も分からず、頭を捻る。

 

「変わったな、レイン」

 

「そうか?」

 

自身では大した変化は感じないが、周囲は変化を感じ取っているようだ。

 

「とりあえず出てくる」

 

ブーツの底で床を鳴らしながら、革命軍本部を出た。

 

△▽△▽

 

帝都の検問は人の往来が激しい為、思いの外警備は緩かったりする。その代わりに帝都の警備体制は厳しい。更に首斬りザンクの件が警備体制の厳しさに拍車を掛けている。帝都ではまともに顔を出すことさえ出来ない。

 

比較的盛んな帝都の夜も今日ばかりはその喧騒を消している。首斬りが街を徘徊しているのだ、誰も首を失いたくはない。その首斬り職人も今夜は極上の首を求めて選定していた。距離で言えば、人間の視力では到底見えない場所でも男には関係ない。

 

額に光る翡翠色の宝玉は五つの能力が備わっている。その一つに遠視と呼ばれる能力により、どれだけ離れていても姿を捉えることが出来る。

 

「ナイトレイドに……殺人鬼。帝都は随分と危険な所になったな」

 

楽しそうに顔を歪め、一人一人品定めしていく。そして、二人に絞った。

 

「正義感の強そうな少年、それから俺の同類。ん~悩むね。……よし決めた!まずは同類の首から刈り取ることにしよう」

 

翡翠色の帝具は月明かりを反射させ、街を駆け出した。首を求める獣となって。




次回はナイトレイドと絡ませられる……はず。全員は無理だと思いますが、タツミ、アカメ、レオーネ位はいけると思います。あと、日常とか甘い感じは書くの難しいですね。また勉強しておきます。



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首斬り魔と殺人鬼

暗闇が支配する帝都でレオーネはラバックと組み、首斬りザンクの討伐に当たっていた。ザンクの影響で街行く人は帝都警備隊が殆どを占めている。その目を掻い潜りながらザンクを探すが、痕跡も気配も掴めずにいた。

 

「やっぱ、帝具使うかな」

 

左右の拳を正面に合わせる。レオーネの帝具は百獣王化・ライオネル。身体を獣に変化させ、身体能力と感覚器官の機能を大幅に向上させる。戦闘力だけでなく、鋭敏になった嗅覚や聴覚による追跡もまさに野生の獣のようになる。何よりレオーネのざっくばらんとした性格と非常に噛み合っている。

 

「でも姐さん、見つけた時に体力切れてたらどうするの?俺が前に出るってことになるんだけど?」

 

ナイトレイド内ではラバの愛称で親しまれているラバック、彼は自分の役割を理解しているつもりだ。男としては情けないが、後衛を担当することが多い。それがインファイターのレオーネと組まされれば、男や女関係無く自分が後衛だろう。前衛の役割もこなせるが、後衛でこそ真価を発揮すると自負している。

 

「それもそうなんだよなー」

 

レオーネは何の気なしに目線を左右へ泳がせていると手配書が目に入る。ナイトレイドの面々に加え、帝都を騒がすレインの名も入っている。先日、タツミと共にアジトへと運んだが姿を消した男もレインと名乗っていた。後に同一人物と判明し、加えて革命軍所属という情報も手に入った。

 

しかし、良い情報ばかりではなかった。レインは過去に味方を殺した経歴を持っていた。薬物による一時的な錯乱状態だったことで追放されることはなかったが、軍の中でも厄介者というレッテルが貼られていた。

 

視線を上げ、気付けば月が雲に隠れていた。

 

△▽△▽

 

月が隠れた。レインは気を張っていた為に気付かなかったが、レインにとっては唯一の光源だったとも言える。次に光源の役割を果たすのは星の煌めく光だ。先程よりは頼りないが、完全な暗闇でないだけ文句は言えない。

 

更に明かりのない路地裏では左手を壁に沿わせて、右手には即座に対応できるようにナイフが握り込まれている。全ての感覚を研ぎ澄ませ、周囲の変化を見逃さない環境を作り上げる。

 

ポタッ、と水滴の垂れる音がレインの聴覚を刺激した。左手は壁から離さずに背中を壁へと密着させる。左右を確認したが人影はない。続いて、嗅覚が異変を感じ取る。垂れた水滴の匂いだ。それが唯の水でないことと垂れた場所が自分の肩であることに気付いた瞬間、その場を跳び退いた。気配を断つ為の労力は死ぬことに比べたら簡単に切り捨てられた。

 

「ん~残念残念バレてしまった」

 

男の白々しい発言は建物の屋根から聞こえてくる。そして、見せつけるように人の生首を投げ捨てる。肉の潰れる不快な音が静謐な街に響く。

 

ナイフから白い刃へと持ち替える。その白さは暗闇でも浮く程だ。その白い光に導かれるように舞い降りるザンク。

 

ーー透視!

 

ザンクの持つ五視万能・スペクテッドの能力の二つ目、透視は壁などの障害物や衣服さえも見透かすことが出来る。

 

「隠し武器はナイフが3本、それに右腕は義手なのか」

 

ザンクは楽しそうにレインを見抜いていく。レインの外見は鉄を纏っている、義手を見抜いた所を見ると帝具の能力ということになる。視る能力から関連付けると眼球型の帝具と予想したが、額にもエメラルドグリーンの光を放つ目らしき物が装着されている。

 

「額の目が帝具か」

 

「大正解!五視万能・スペクテッド!お前を見抜く五つの能力がある!」

 

目は血走り、筋肉は服を裂こうと張り詰めている。人の姿を留めた獣だ。

 

服の袖からは今まで多くの首を斬ってきただろう刃が手の甲を滑り、手の先へと伸びていく。その刃をカチカチと鳴らし、

 

「さぁ、恐怖しろ!そして首を差し出せぇぇぇ!」

 

咆哮を上げた。帝都を騒がす殺人鬼達は本能に、意思に従い火花を散らす。

 

何度も鉄と鉄を打ち付け合う。不毛とも思えるやり取りの中、レインは違和感を感じていた。不意を衝いたり、隙を的確に攻めても悉く防がれる。ザンクの言葉が脳で反芻する。

 

ーーお前を見抜く五つの能力がある!

 

ーー五つ……これもその内の一つか……。

 

「クッ!」

 

首を掠める一撃を背中を反らして躱すと距離が出来る。レインは荒れた呼吸を長く吸ったり、小刻みに吐き出したりする。そんな特殊な呼吸術で呼吸を整える。

 

「妙なリズムだな?」

 

レインの呼吸術にザンクは疑問を持った。それもその筈、レインが幼い頃に受けていた拷問に耐える為に独学で作り出したもので、どんな流派にも、どんな文献にも残されていない。

 

「癖みたいなもんだ、こうすると落ち着くんだ」

 

更に言えば、痛みを和らげる効果もある。勿論、本当に傷が癒えてる訳ではない為、一種の自己暗示の様なものだが、

 

「痛みも抑制出来るのか……中々便利だな」

 

ザンクはわざとらしくそう言った。レインが違和感を感じていたことも、斬撃の軌道も含めて頭の中の事が全てザンクに伝わっていたのだ。

 

「やはり思考を読んでいるのか」

 

「そう、洞視!お前の表情の変化から思考を読み取る。究極の観察眼と言ったところか」

 

斬り合いの最中に感じた違和感の正体は突き止めたが、まだ幾つか能力が残っている。そのことは一旦忘れ、どう攻撃を当てるかを探っていた。それは心を読まれてる以上は、至難の業となる。ならば、もう考える必要はない。力強く駆け出す。

 

「先ずは脇腹への突き、そして刃を返して横一文字。更に刃を返し、腕を狙った斬り上げ、から前蹴り!」

 

最終段の前蹴りを体を回転させて避け、その回転力が乗った蹴りがカウンターとしてこめかみを襲う。レインは軽々と飛ばされ、壁に埋もれていく。

 

「悪くない連携だ、心が読めなければどれかに当たっていただろう。にしてもその防具は厄介だよな、防御力だけでないなんて」

 

斬り合うことでレインの底上げされた膂力にザンクも気が付いていた。

 

「あんたの帝具程じゃないさ」

 

瓦礫から這い出てくるなり、地を蹴った。次の攻撃が分かっても避けられない攻撃は、見えない程速いか、防いではいけない攻撃のどちらか。

 

見えない程速いの条件を満たせるのはレインが知る限り、クラウの居合いしかない。だが、あれを再現するのはまず不可能。しかし、防いではいけない攻撃ならレインにも出来る。

 

レインは鍔迫り合いに持ち込むとザンクを数倍上回る腕力で抑える。そして、左手をザンクの首へと伸ばす。間一髪のところをバックステップでレインの腕から逃れる。

 

だが、ザンクはその時戦慄した。銃口がこちらを向いているのだ。全身の毛が逆立つという現象は相手に与える側だったのが突如、自身の身に降りかかったのだ。それに強く慴れた。

 

レインはザンクが腕を避けた瞬間、既に右手は刀を捨て、大腿のホルスターにある拳銃に手を掛けていた。ザンクの能力を使えば、引き金を引くタイミングを読み、弾丸を躱すことも可能だろう。ところが今、ザンクの脚は宙にある。つまり今は“分かっていても避けられない”ということになる。

 

トリガーを引き、撃針が薬莢の雷管を叩く。薬室内では火薬が燃焼し、弾頭が回転しながら安定性と貫通力を高めていく。射出された弾丸はザンクの左肩へと一直線に飛んでいき、ジャケットを、肩パットを、服を、そして肉を運動エネルギーの塊が引き裂いていく。弾は貫通し、遥か彼方へと飛んでいった。

 

「あがッ!がぁぁぁ!!」

 

血が漏れ出す肩を手で押さえると裏路地へと身を翻す。左手で刀を拾い、後を追った。

 

△▽△▽

 

銃声やら奇声やらが聞こえた現場にはレオーネとラバックが到着していた。血痕や崩れた塀などから戦闘があったことは容易に想像できたが、誰が誰と戦ったのかが分からない。

 

「銃声がしたからマインちゃんかと思ったけど、銃声が小さすぎる」

 

マインの帝具浪漫砲台・パンプキンは使用者の精神エネルギーを弾丸として撃ち出す。また、使用者の優勢、劣勢で威力が増減する。例え、優勢だったとしても狙撃銃と変わらぬサイズのパンプキンの銃声にしては小さすぎる。

 

ラバックは現場を見渡し推測するがレオーネは帝具を使用し、周囲の匂いから探っていた。

 

ーーこの匂い……。

 

レインとは一度しか会っていないが忘れてはいない。確実にザンクの騒動に一枚噛んでいる。その匂いを追って走り出した。

 

「えっ、ちょっ、姐さんッ!」

 

ラバックもレオーネの背を追い掛けた。

 

△▽△▽

 

レオーネが匂いを頼りにレインを追跡していた頃、レインは既にザンクを視界に捕捉していた。ザンクが止まった場所は帝都が一望できる高所で、特にオブジェらしいオブジェはない広い空間が広がっている。

 

「終わりだな」

 

銃と刀という遠近の戦闘をこなすことが出来る優秀ながら不整な二刀流はザンクを絶望の淵へと追い込んだ。それでもザンクは冷静を保っていた。それは切り札をまだ残しているからだ。

 

ーー幻視!

 

対象の最も愛する者の幻を見せる能力。これは相手の力量を一切無視することすら出来る。何せ、愛する者をその手に掛けられる人物など居はしないのだ。それ故にスペクテッド最強の能力。

 

この能力により勝ち取った勝負も多く、それだけに絶対の信頼を置いている。そして、満を持して駆け出した。

 

「愛する者の幻を拝んで死んでいけ!レイィィンッ!」

 

動かない左手をぶら下げ、右手のみを高く上げて振り下ろす。

 

ザンクは一つ大きな勘違いをしてしまった。ザンクのレインへの見解は獣になりきれない人間という哀れな存在として、揶揄すらしていた。だが、その見解には幾つか間違いがあった。人間性など捨てようと思えばいつでも捨てられるのだ。レインにとって常人を保とうとすることは戦闘において邪魔以外のなにものでもない。だからこそ、時々頼ってしまう。レインが最も恐れるもう一つの人格に。

 

ザンクはこの戦いで二度目の戦慄を覚えた。今回は説明の付かない恐怖に駆られていた。言うなれば、雰囲気の質が一気に変わったのだ。それは人から大きく外れた存在。

 

それはザンクの右手が振り下ろされる前に右脇腹から左肩まで斬り裂いていく。ザンクは絶叫し、地面を転がっていく。

 

「なぜだ……。なぜだ……!なぜだッ!なぜ愛する者をそんな簡単に――」

 

「……」

 

レインには“何にも見えなかった”。一つの疑問が湧いてきた。ではチェルシーに抱いたあの感情は一体なんなんだ、そんな根本的な自問は考えないようにした。答えを知ってしまえば、自分の中の何かが崩れ去ってしまう、そんな悪い予感がしたからだ。

 

「死んでたまるかぁぁぁ!」

 

ザンクは痛みすら支配し、銃創に切創を負っている左手すら攻撃に参加させる。

 

ーー俺には相手の考えが読める、まだ俺が有利!畳み掛ければ――

 

ザンクはまたもや信じられないものを見てしまった。

 

ーー殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す

 

ザンクに対する多大な殺意が思考も感情も全てを覆い隠す。膨大な殺意の塊を内包したレインが目を赤く烔々とさせ、迫ってくる。心臓を鷲掴みにされた思いだった。だが、

 

ーーまだ未来視がある!

 

相手の筋肉の機微から次の行動を予測する未来視。レインが別物へと変貌しようと身体的な能力が上がる訳ではない。普段は封印してある残忍さが表へと姿を現したのだ。それは同種であるザンクにはよく分かることだった。ならば、未来視で問題なく次の行動が分かる。

 

レインは鋭く抉るように突きを放った。それを予測していたザンクはいち早く防御に回っていた。

 

ーー次に反撃の一手を……ぁあ?

 

今度こそザンクは絶望の底へと叩き落とされた。防御に回した刃は、威力が一点集中される突きにより、砕けたのだ。それに続き、ザンクの胴体の中心の皮膚を突き破っていく。

 

「うぅ……ゲホッ!」

 

突いた刀を捻るとザンクは勢いよく吐血する。これでまず助かることはなくなった。ザンクはゆっくりと後ろに倒れ、刀の血を払い鞘口で残った血を削ぐように取る。刀を納めると同時に血のように赤かった瞳は正常に戻っていた。

 

△▽△▽

 

ザンクは浅い呼吸を繰り返していた。内臓を破壊した影響で何度か喀血もしている。

 

「……やっとだ……やっと消えた」

 

瀕死の重症にも関わらず、薄く笑っている。まるで憑き物が取れたようだ。レインは歩み寄っていく。

 

「お前にも……声が聞こえるだろう?」

 

ザンクは漠然とそんなことを訊いた。

 

「声?」

 

レインは当然、困惑し聞き返した。それにザンクは躊躇なく答えていく。

 

「俺達みたいな人間には……聞こえる筈だ、死者の声が」

 

レインは薬物の影響で声どころか、幻覚すら見ていた。ザンクの言うところの声に何年も苦しんできた。苦虫を噛み潰したように顔を歪める。

 

「どうやら……お前にも同じ……経験があるな?ククッ……俺は喋って誤魔化したが……お前はどう……する?」

 

ザンクは言葉を発することも儘ならなくなり、言葉が不自然に途切れていく。

 

「誤魔化す訳にはいかない。罪からは、過去からは逃げられないからな」

 

「そう……か、それが……俺と……お前の違いか。ハハ……最後の……相手に不足は……なかった。……愉快…………愉……快――」

 

ザンクは事切れ、急速に体温が奪われていった。ザンクの死を確認すると、先に逝けたザンクをどこか羨望する自分を感じていた。いっそ死んでしまった方が楽なのかも知れない。

 

「まだやり残した事がある。死ぬのはその後だ」

 

自分を言い聞かせるように独言する。子供達のことや、まだ見えぬ仇敵のこともある。やはり、死ぬには早すぎる。

 

月を隠していた雲、月そのものも既に役目を終えていた。地平線の彼方からは暖かな光が体を包み、日の出を一瞥すると早朝の帝都を駆け出した。




ザンクさんが生存する小説が見てみたい。でも、ザンクさん生存して……どうすればいいんだ?考えましたがザンクさん生存ルートは無かったですね。

次話の冒頭にナイトレイドは出します。もう少し出番を増やせると良いのだが。



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殺人鬼とナイトレイド

投稿が遅れたのは妖怪のせい(適当)……ではなく、歯が痛いせいです。虫歯を完全になめてました。


建物を伝って移動しているレインは複数の気配を感じ、立ち止まって背の刀に手を掛ける。突如、空気を貫くように細い音が周りで巻き起こり、差し込む朝日がそれに反射してレインの目を襲った。何に反射したのか見ると糸だ。それも鉄で出来た鋭い切れ味を誇る厄介な品。レインの中では嫌な予感が脳を駆け巡った。そして、仕掛けた張本人はそれを助長するようにこう言った。動けば死ぬ、と。

 

まだ少年と言っても差し支えない程の青年は左手に糸のような物を巻き付け現れる。

 

「こりゃ、おっかないな。これが殺人鬼レインか」

 

緑色の髪にゴーグルを掛けた青年は自分の優勢を鼻にかけることもなく、寧ろ、お手上げと言わんばかりにそう言った。鉄の糸で動きが制限されたレインはそれを帝具と予想付けた。

 

「お仲間さんも居るんだろ?」

 

声に反応し、一斉に現れる。鎧を纏った人物、チャイナ服の女、それからいつぞやの少年にレオーネ。フルメンバーかどうかは分からないが、目視できるだけで五人が自身を囲んでいる。

 

「随分ピリピリしてるな、俺の暗殺依頼でもあったのか?」

 

自嘲的な発言などお構いなしで、皆一様に品定めでもするように上から下まで視線が流れる。その視線を不愉快に感じながらも、糸に軽く触れてみる。ピンと張られて、人間の肌程度ならば容易くその糸を赤く染めるだろう。

 

「殺人鬼と聞いてたけど以外に大人しいな」

 

鎧の人物はくぐもった男の声でそう言った。そして、レオーネは満足げに頷き、口を開けた。

 

「やっぱり、ナイトレイドに来い!」

 

ーー……そういうことか。

 

粘っこい視線は仲間にしても良いかどうか、もし、本当に殺人鬼なら殺してしまおう。

 

ーーそういう魂胆か。

 

レインは一つ嘆息する。

 

ーー心底――不愉快だ。

 

ーー俺は関わらぬように気を付けているのに……。

ーーなぜ近づいてくる?……そうか……そういうことか……。

 

レインは独りでに納得すると目の色を変える。これは比喩表現ではない。正真正銘目の色が赤くなっていく。タツミの実践経験は浅いが他のメンバーは猛者が揃っている。それだけにレインの精神的な変化にさえ気付いた。

 

ーー……本性を見れば、勧誘する気も失せるだろう。

 

ザンク戦でほんの数秒だけしか出られなかったそれは満たせなかった欲求を満たそうと簡単に姿を現した。

 

レインは周囲に張り巡らされた糸を数本集めて掴むと、見せ付けるように引き千切る。その糸の持つ切れ味がスーツに深い傷を入れる。

 

「マジかよ……」

 

帝具千変万化・クローステール。それを操る持ち主は驚愕の声を上げ、次の策を練ろうとするや否や、目の前にはレインが立ちはだかる。レインの周りには決して少ないとは言えない量の糸を仕込んでいた。それも一本一本が強固な物だった。

 

ーー防御も……間に合わねぇッ!

 

千変万化。文字通り、攻撃も防御もこなせるが、盾を作成しようにも時間が足りない。それに皆は一瞬の怯みから復帰できずにいる。レインの血に満ちたようにも見える赤い目と合い、刀は下ろされる。

 

その結果、生じたのは鉄と鉄が織り成す不協和音。皆がレインに気圧されても、一人動ける者がいた。それはレインの変化に気付くことがなかったタツミだ。タツミとて怖くない訳ではない。その怖れすら制御して飛び出したのだ。

 

「そんなに人を傷付けて何が楽しいんだよッ!」

 

タツミには目の前の人物が殺人鬼だろうがなんだろうが、仲間の命を狙った時点でタツミにとっては少なからず敵になる。語気の強まりに合わせて弾き返そうと試みるが、動く気配はない。理不尽とさえ感じる程の腕力の差はタツミの勢い付いた気力を容赦なく削ぎ落としていった。

 

「お前に……何が分かる?」

 

あまりに淡々とした怒声はタツミを更に追撃していく。タツミは必死に堪えていると腹部に物理的な反撃を喰らい、ゴーグルの少年と共に吹き飛んでいった。その隙に鎧の男とレオーネはレインの両サイドを陣取っている。鎧の男は槍で一撃を狙うがレインに刀で受け止められ、レオーネのストレートは手首を掴み止める。

 

「さっきまでとは別物だな」

 

鎧の男はレインの殺気を間近で感じ、鎧の中でじっとりとした汗を流していた。レインは鎧の男を無視するとレオーネに焦点に合わせる。

 

「女らしい腕だ。戦士にしては……柔すぎる」

 

レインの発した言葉は口説き文句に聞こえなくもないが、それならば“骨を折る”という残虐行為に至ってはいないだろう。

 

レオーネは喉を壊す勢いで叫んだ。それで注意の逸れた鎧の男はレオーネの骨を折った腕力を顔面に受け、屋上の隅まで追いやられる。だが、ただでやられるだけのレオーネではない。

 

レインは唐突に体勢を崩され、浮遊感を感じた。

 

「舐めんな」

 

足払いを掛けられ、そう吐き捨てられる。レオーネは骨折の痛みで汗を滲ませてはいるが、その瞳は痛みに屈してはいない。レインも空いている片手で体を支えるが、数の暴力はレインに一瞬の休憩さえ与えない。

 

「すみません」

 

逆転した視界の中、眼鏡を掛けたチャイナ服の女は巨大な鋏を手に迫ってくる。そして、その両刃がレインの腰回りを捉えたが、

 

ーー殺すのに謝る意味が分からないな……。

 

意外にも冷静を保てている自分に感心し、殺し合いに特化した状態のレインは迫り来る死に対して、最適な判断を下す。

 

帝具万物両断・エクスタスはどんなものでも真っ二つにする。それはスーツも例外ではない。その二対の刃がレインを二つに分けようとした刹那、レインはチャイナ服の女の手首を逆立ちのまま蹴るという荒技をやってのけ、蹴りを受けた手首は関節が外れ、重力に従いぶら下がっている。

 

帝具と言えど鋏は鋏、二枚の刃が無くてはその切れ味は発揮されない。勿論、レインのスーツが切断されることも無い。鉄の擦れ合う不快な音だけが鳴り渡る。そのまま片手の腕力だけで距離を取ったが、

 

「――葬る」

 

背後から掛かるその声には聞き覚えがあった。同時にこの戦闘で初めて命が危機に晒されたと感じ、全身に悪寒のような震えが生じた。

 

「そう言えば、お前も居たな。忘れてたよアカメ」

 

レインの首を狙った一閃は白い刃によって防がれる。アカメの帝具一斬必殺・村雨はどんなかすり傷でも傷口から毒を流し込み、即死に至らせる。振り向く時間など与えられなかったが、逆にその能力を考えれば防御は容易かった。首から上だけに絞れば傷付くことはない。

 

銃を取り出し、自分の首から後ろにいるアカメに銃口を突き付け、引き金を絞る。アカメはその弾丸を横に流れながら躱す。

 

その直後、アカメの攻撃を防いだ手をクローステールによって縛り上げられる。先程同様千切ろうとするが、

 

「界断糸。今度は逃がさないぜ」

 

通常の糸より強度の高い界断糸はレインの腕力でも何ともなら無い。そして、銃を握る手は鎧の男によって握り潰すように抑えられる。片手の使えないレオーネはクローステールで縛り上げられた腕の前に立ち、鎧の男とレオーネの拳がレインの腹部にめり込んだ。呼吸も儘ならない中、鉄の冊を破壊しながら建物からレインは落下していった。

 

「レオーネ、今回はハズレだ。諦めろ」

 

鎧を纏った男はその装備を解除する。整えられたリーゼントがトレードマークの男、ブラートは険しい表情でそう言った。そのブラートを尻目にレオーネは妙な違和感を感じていた。雰囲気が変わったと言うよりは、

 

ーー……“二人目”。

 

レオーネは違和感をそう解釈した。ブラートも似た言葉を漏らす。

 

「最初大人しかったのは“一人目”だ。そして、目が赤くなったのが“二人目”だ。レインという男は二人居る」

 

レオーネとブラートの考えが一致した。レオーネがスカウトしたのは一人目に当たる人物だ。ブラートは壊れた鉄冊を握り、

 

「あれは確かに実力者だ。一方で精神的に危うい部分や不安定な所が目立つ、チームに引き入れたら確実に壊滅の道を進むことになる」

 

建物から見下ろしながらレインを評価した。レインが落下した場所には地面が割れた形跡こそあるが、既にレインは遁走していた。

 

△▽△▽

ケインは蜘蛛のタトゥー連中の資料を鼻歌混じりに作成していると部屋の扉が開いた。

 

「ケイン……首斬りザンク討伐成功だ」

 

どこか気怠げなレインは一直線にソファに向かい、鉄と相俟って重量の増した体をソファに沈めた。

「帝具使いに勝ったのか?」

 

レインは息をゆっくりと全て吐き出す。ケインはその長い溜息が何を意味するのか問う。

 

「勝ったと言ってもスポーツじゃないんだ。殺し合いの勝利なんて虚しいだけだ。なによりも……」

 

そこで忌々しげに顔を歪める。まるで禁忌を犯したようなその表情でケインは悟ったが、レインは罪を自白するように呟いた。

 

「また、“あいつ”が出てきた」

 

ケインは腕を組み、神妙な面持ちになる。こればっかりはレインの問題であり。誰かが手伝えるわけではない。自身で克服するしかないのだ。

 

「それにナイトレイドとも一戦交えた」

 

衝撃の告白にケインは頭を抑えた。レインという人物に出会ってから、どれだけこの所作を繰り返したことか、

 

「おいおい、ナイトレイドは革命軍の主力だぞ?上からなんて言われるか――」

 

「安心しろ、誰も殺してない。寧ろ、いいパンチをもらった」

 

腹部の装甲は二つの拳の形で凹んでいる。それを手で翳し、歪んだ鉄に自身の指を埋めていった。

 

「博士にメンテナンスを頼んでくる」

 

ケインは少し安堵していたが、結局ナイトレイドとは疎遠になったのは確かだろう。

 

△▽△▽

 

「任務完了~」

 

どこか腑抜けた声を出したのはチェルシーと呼ばれる暗殺者だ。外見こそ可憐な少女だが、帝具の所有や暗殺者として持つべき胆力を兼ね備えた強かな女性である。今の帝国の環境を生き抜けているのがいい証拠だろう。

 

「今月で四件目っと……チェルシーちゃん随分と頑張ってるが……その、大丈夫か?」

 

チェルシーの職業は暗殺者、つまりは人の命を奪うことになる。それが短期間に四件も続いたとなれば、心配にもなる。

 

「大丈夫、精神衛生は常に保ってるから」

 

チェルシーの口から得意気に出たその言葉を掻き消すようにカチッと小さな音が部屋に響いた。チェルシーは音源に視線を向けた。異常な程白い肌と端整な目鼻立ちだが、周囲は攻撃的な品物がずらりと並んでいる。そして、音源はその人物の手に握られていた。人を殺すためだけに製造された鉄の塊、武骨なフォルムの自動拳銃。

 

「動作確認するなら言ってくれよな、怖ぇから」

 

特に表情を作ることもなく、謝罪の言葉を入れた男はソファに全身を預けながら天井に向かって引き金を引いている。勿論、弾丸もマガジンも入っていない。

 

「帰ってきてたんだ。ザンクはどうだったの?」

 

名前と実力以外はチェルシーにとっても謎の多い男。レインはあくまで無表情を貫き、

 

「何の問題もなく始末した」

 

ーー嘘つけ……。

 

ケインは内心、口を尖らせたが、チェルシーはへぇ~と嘆声を漏らす。

 

「それよりも明日の大仕事だ」

チェルシーのスケジュールには明日は大きな仕事はなかった筈だ。疑問が浮かぶ中、それを解決する言葉がケインから出てくる。

 

「盗賊団と帝国で子供の人身売買が行われてた。それの阻止と子供達を使って何をしてるかの調査だな」

 

「なにそれ?聞かされてないよ?」

 

レインは己の軽はずみな言動を後悔してる側でチェルシーは抗議の声を上げている。

 

「来るのは勝手だが、足を引っ張るようなら構わず切り捨てるぞ」

 

ケインはレインの以外な反応に驚いていた。いつもなら突き放すのがいいところだ。レインは抗議の声を一刀両断すると、もう一挺の拳銃を簡易的に分解する。大まかに分けられたパーツを手にし、メンテナンスを続ける。

 

「あ、良いんだ」

 

チェルシーもどこか拍子抜けしたように呟いた。レインはブラシや潤滑油などを手際よく持ち替えながらパーツ一つ一つを磨いていく。

 

「来るなって言っても来るだろう」

 

全てが洗浄され、パーツを組み立てる。鉄同士が円滑に動くかどうかの動作確認を終え、二挺の拳銃をホルスターにしまう。

 

「来るならケインから情報を聞いておけよ」

 

チェルシーに向き直り、それだけ告げると盛大な欠伸と関節を鳴らす音を部屋に染み込ませ、部屋を出ていく。

 

「ケイン、聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

 

ケインは仕事の情報かと思ったがチェルシーは真剣見を帯びていた。仕事の話ではなさそうだ。質問の内容によっては答えられないこともある。迷った末、

 

「答えられるものならいいぜ」

 

という月並みの台詞が紡がれる。じゃあ、とチェルシーは一つ間を置いて、

 

「さっきの人身売買の話でレインが凄い怖い目をしてたんだけど、何か知ってる?」

 

レインは自分の話をするのが好きではない。特に過去の話になると、目に見えて機嫌が悪くなる。これは答えるべきではないと判断したケインは上手くはぐらかそうと、

 

「そりゃ、子供が人身売買されてるなんて話、聞かされたら誰だって不愉快に――」

 

「不愉快とか嫌悪感とかじゃなくて、憎しみとか恨みに似た感じだった。ケインだったら何か分かるかなと思ったんだけど」

 

ーーこれが女の勘って奴か……。

 

チェルシーは困ったように頬を掻く、ケインは知っているだけに複雑な気持ちが芽生えた。その鬱屈な気分を取り払う為、一つ助言する。

「結論から言うと知ってるが答えられない、だな。そういうことはやっぱり本人から聞いた方がいい、何より俺の口からは話せないしな」

 

チェルシーはその意見に反論する点が見つからず、納得したのか本来の無邪気な笑顔を浮かべる。

 

「じゃあ、レインを口説かないとね」

 

上機嫌で退室したチェルシーを見送り、ケインはポツリと呟いた。

 

「羨ましい」

 

△▽△▽

 

同時刻

 

下世話な話題が一切ない帝都近郊では、夜の冷たい風と張り詰めた緊張感が合わさって、分厚い軍服に身を包んだ兵士でさえ、心身ともに冷えていた。その兵士達の先頭には無精髭を生やした男が立っている。その男が上長の位を持っているのだが、本人はその手のことが苦手で仕方ない。

 

月の光と同色の髪を持つ女性兵士は、その男の仕事を無理矢理引き継ぐことになった。もう溜息を吐き出すのも面倒になり、いつもより目を鋭くさせて部隊を纏めた。

 

男は腰に固定させた特殊な刀の柄を愛でるように弄っていた。その刀の名は私怨憤怒・リベンジと呼ばれ、有名なブドー大将軍の帝具、雷神憤怒・アドラメレクと名が似ていると一時期騒がれたものだ。造った者が一緒だとか語り継がれる内に間違ったなど諸説あるが、意外にも造った人物(作者)の怠惰だったりするのかもしれない。

 

閑話休題。

 

その男にとっては名の由来はどうでもいい話だ。その刀に込められた吐き気のするような呪いの数々に比べれば。

 

その刀は名の通り、恨み、憎しみ、復讐、そう言った人間の負の感情を糧に斬れ味を増していく。それ故に歴代の使い手は皆、復讐に人生を振り回された者達ばかりだ。中には復讐を恐れ、ターゲットの親族や知人全てを殺した狂人も居たそうだ。そんな恨み恨まれる世界に身を置いていた刀がどうして自分を選んだかが不思議でならなかった。本来なら復讐しなくてはならない相手も今や義理の父となっている。

 

男は憂鬱の混じった息を吐き出した。外は冷えてる所為か息は白くなっていく。父のファミリーネームを受け継ぎ、クラウ=リッチウェイとなっている。だが、クラウにはそれを屈辱に思うことも誇りに思うこともない。まるで興味が無かった。クラウの運命は本当ならば“二十年も昔に終わっている筈だったのだから”、その運命の歯車を変えた男。巷を騒がす殺人鬼、その男だけがクラウの人生の目的――否。人生を賭けた標的なのだ。




最後の方にメタネタが入ってましたが、あれはザンクの帝具をネットで調べてる時、ついでに全部見ておこうと思ったら、雷神憤怒・アドラメレク……えぇっ!みたいになりましたね。完全に忘れてて、やり直すのも変だなと思い、ネタにしました。重要な帝具なんですがね……。


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三つ巴

今回は各勢力の状況をサラッと書いた感じなので短いです。


帝都近郊では依然として、冷たい突風とその冷たさを忘れさせる緊張感が支配している。緊張の渦の中心に立ちながらも自然体の男が一人。その男が緊張感を生み出しているのだから、自然体なのは当然と言えば当然な話だ。

 

「シャドー将軍、準備が整いました」

 

将軍直属部隊の隊長は敬礼と報告を兼ねて行う。シャドー将軍と呼ばれた壮年の男は両目を閉じていた。と言うよりは、瞼を開けたところで本来役割を果たす筈の眼球は失ってしまっている。人間が情報を受けとるのに約九割は視覚に頼ると言われているが、その男は杖を持っている訳でも、付き添いの人物が居る訳でもない。それでも、その歩みからは不安は感じられない。その堂々たる姿が緊張感を生み出しているのだ。

 

そもそも、このような僻地に二つの部隊が招集されているのか、それを知ることになるのはこれから数時間後に来る一つの盗賊団だった。

 

△▽△▽

 

深い洞窟には一定の間隔でライトのような物が配置され、お陰で視界を確保することが出来ている。その洞窟の最深部では人で形成された一群が存在した。皆、思い思いの箇所に“蜘蛛のタトゥー”があしらわれている。その一群は自らを『バードイーター』と名乗っていた。蜘蛛関係ないだろ、とツッコミをいれた人もいるかも知れないが、実は少しばかり接点がある。

 

蜘蛛は基本的に糸で巣を作り、その巣に掛かった昆虫に消化液を流し込み、それを捕食する。その一般論を覆す蜘蛛が存在する。それこそがバードイーターと通称される種だ。それは鳥を捕食するのだ。そんな伝説めいた種を信じたのか、危険種と考えたのかは定かでないが、その存在が由来ではある。

 

今はただの蜘蛛でも、いつかは鳥を食べる蜘蛛のように、良い酒を飲み、良い女を抱く、その理想を夢見ていた。少なくとも『バードイーター』の創設者はそう思っていた。だが、チームは創設者の思わぬ形へと変貌していく。

 

初めは盗賊団と名乗るには些か真面目な組織だった。殺しも盗みもしない。帝都へ出世したい、そんな願望を持つ者の集まりだった。しかし、不況という状況下で特に優れた技能を身に付けていない者達が出世する方法は皆無と言えた。段々と不貞腐れていったメンバー、まるで効き目の遅い毒が組織という体に回り出したのだ。

 

そして、創設者が気付いた頃には、組織はその辺にいる盗賊団となんら変わらなかった。怖くなった創設者は姿を眩ませた。それからというもの『バードイーター』の名は創設者の意にそぐわぬ形で名を馳せた。

 

そして、今や子供を拉致するまでに堕ちてしまったのだ。

 

「ボス、マジで子供連れていったら帝都に入れてくれるんすかね?」

 

一群の中でも下っ端と思わしき人物が、ナイフを片手に軽い調子で尋ねる。創設者に為り変わってボスとして仕切っている男もまた軽薄な調子で言葉を返す。

 

「あいつら、必死になって子供を集めてるらしいし、問題ないだろう。それにいざって時は殺っちまえばいい」

 

薄い笑みを張り付けるが、相手が交渉の仲介人だけだと思い込んでいたのだ。“部隊二つが待ち構えてる”とは夢にも思わなかった。

 

▽△▽△

 

帝都の近郊だが、周りには特に何もない。簡単に言うと田舎という事になる。そんな辺鄙な場所である交渉が行われる。そして、それを追う存在もまた、用意に取り掛かっていた。

 

レインはコートを羽織り、その上からショルダーホルスターに腕を通す。両脇には銃を納めるホルスターがあり、背中には刀を固定できるスペースが設けられている。自動拳銃に鉛弾がたっぷりと詰まったマガジンを差し込む。その二挺を両脇のホルスターにしまい、刀を背負う。先日、凹まされた装甲は元通りに修理され、割れた腹筋のようなデザインが鉄で再現されている。隣には化粧箱を手にした少女。チェルシーはいつも通り、棒付きキャンディを口にしていた。

 

「本当に付いてくるのか?これは革命軍の仕事じゃないんだぞ?」

 

チェルシーに再度確認を取った。ここから先は変革を望む戦いではない、一人の男の復讐劇だ。その私情に巻き込むのはやはり気分の良いものではない。出来ることなら、チェルシーには考えを改めてほしい。そんなレインの思いとは裏腹にチェルシーの瞳が揺らぐことはなかった。

 

「勿論、付いてくよ。人身売買だって帝国の腐敗した部分でしょ?それにレインって危なっかしい所あるしね」

 

「お目付け役ということか」

 

うんざりした表情を見せると、ここぞとばかりにケインも参加した。

 

「レインは極端に視野が狭いからな」

 

軽く笑って二人の肩を叩く。これから戦場に向かう者の武運を祈るように。

 

「行ってこい!」

 

複雑に絡み合う三つの勢力。各々がそれぞれの思惑を抱いて、それぞれのトラブルへと足を踏み入れていく。

 

 

▽△▽△

 

この腐敗した国のトップ、もとい操り人形である皇帝。その隣では肉をその口一杯に頬張る巨漢の男、その男こそが皇帝の手綱を握り、国を腐らせていく元凶。オネスト大臣。

 

「首斬りザンクは始末され、帝具も回収されました」

 

その報告を聞いた大臣は肉を食いちぎり、怒りや悔しさのせいで絶叫している。なんとか落ち着きを取り戻すと、

 

「またナイトレイドですか……」

 

呪うのように一つの組織名を呟いたが、報告はまだ続いた。

 

「実行犯は殺人鬼レインかと思われます」

 

その言葉に更に激昂し、消えていく肉達。とてもではないが健康を考えてるとは思えない。

 

「だからあの男は早く始末した方が良いと言ったのだ 」

 

忌々しき両目のない男を頭に浮かべたが、すぐに掻き消すと対策を模索した。それに立て続いての被害も考えた。

 

「帝国にはブドー大将軍がおられます!」

 

必死になる大臣を見て、側近はそう言ったが、

 

「プライドの高い将軍が賊狩りなどするわけもないでしょう」

 

とは言え、これ以上の損害は許すわけにはいかない。大臣は一つの決断に辿り着いた。帝国最狂にして、大臣の切り札となる存在。

 

「……エスデス将軍を連れ戻します」

 

その名を聞いた者の約半数は背筋が凍りついたように動かない。エスデスと聞いて、皆が何を思い出したかは分からないが、血が出てきたことには違いない。

 

そして、現在も血に囲まれていた。

 

▽△▽△

 

辺り一帯は帝具により一掃され凍てついた死体や串刺しにされた死体、共通点はエスデスという絶望を敵に回した者が等しく皆死んでいるということだ。その中にも生きている者が一人居るが、エスデスに対抗出来ている訳ではない。生かされている状態だ。

 

「……つまらん、北の勇者とはこの程度か」

 

エスデスは鎖の先に首を繋げてある男を冷たい視線で見下ろす。エスデスは北方異民族の征伐に向かう前から北の勇者と呼ばれる異民族の王子ヌマ・セイカの存在は知っていた。手練れと聞いてどこか心踊る所もあった。それだけに今の勇者の姿は見るに耐えないものだった。王子の風格など木端微塵に砕け、ただの奴隷と化していた。それも仕方ない話だ、目の前で守るべき民が拷問を受け、次々に生き埋めにされていく。その一部始終を見させられたのだ。それも何十万人も。その結果、ヌマ・セイカの心は壊れた。そして、

 

「くだらん……死ね」

 

格闘家よろしく、エスデスがそのしなやかな脚を鞭のように撓らせ、ヌマ・セイカの頭部を吹き飛ばした。氷の女は氷を連想させる水色の長い髪を靡かせ、口許を歪める。

 

「私を楽しませてくれる相手は居ないものだろうか」

 

エスデスは俗に戦闘狂と呼ばれるカテゴリーに存在する。出自は危険種を狩る狩猟民族であり、その環境でのルール、父が一つの本質を教えた。

 

ーー強い奴が生き残って、弱い奴が死ぬんだよ。

 

弱肉強食。この世界を言葉で表せば、この言葉がしっくりと来るだろう。権力、財力、暴力、これらが強い者が生き残っていく。幼き頃のエスデスはその幼さ故か、あまりに真っ直ぐその言葉を受け取ってしまった。それからは日々危険種を狩り、それに必要な知識や技術を磨き続けた。

 

決して努力だけがエスデスを強くした訳ではない。エスデスには才能が宿っていた。殺す事に禁忌感を抱かないレインの殺人鬼としての才能と同系統と言える才能と同時に、狩人として必要な才能でもある。それは容赦の無いことだ。弱った相手も最初から自分より弱い相手にも、そして、父の教えがこの才能を躍進させた。例え、腕を引き千切ろうが、目を抉ろうが、命を奪おうが、エスデスの骨の髄にまで染みついた弱肉強食の定理が自身を正当化させる。

 

その父も今は敵対していた部族の手に掛かり帰らぬ人となった。エスデスの中では亡くなった父でさえ、弱者としてカテゴライズされている。弱かったのだから仕方ないと。恐らくは自分が死ぬときもそう思うことだろう。

 

「フッ、それはないか」

 

自分は常に蹂躙する側だ、どこまでも真面目にエスデスはそう思い、周囲もまたそう思っている。異民族の征伐を終えたエスデスは帝都へと帰還するが、帝都へ帰ろうがエスデスのすることは変わらない。弱者を隅々まで蹂躙することだ。

 

エスデスが帰還するまであと……

 

…………

 

……

 

 

△▽△▽

 

ナイトレイドのアジトでは重苦しい雰囲気が存在した。仲間の一人が敵の手により亡くなったのだ。シェーレと呼ばれる天然な所があったが、優しい女性だった。タツミは親友を失って間もなかった為、激昂したり、ブラートがそれを悲しみに震える拳でみっともないと叱咤したり、色々とあった。シェーレのパートナーとして仕事をしていたマインは内心、タツミよりも激昂していたし、自責の念もあった。だが、同時に誰よりも確固たる強い思いが生まれていた。

 

ーーセリュー・ユビキタス……私が絶対に撃ち抜く……!

 

折れた腕から送られてくる痛みはその思いを益々強くさせた。

 

シェーレを失った悲しみは当然、皆感じていた。レオーネもいつもの陽気な雰囲気ではなかった。レインの件もあってか、落ち込み具合は前例がないほどだ。逸材だと思った男は手が付けられないほどのトラブルメーカーで、共に戦ってきた大切な仲間は殺された。踏んだり蹴ったりだ、そんな悪態を吐き、グラスに酒を足していく。

 

「大丈夫か、レオーネ」

 

赤い目が特徴的な親友、アカメは慰めの言葉を探しながら声を掛けてきた。元々口数が少ない彼女から喋り掛けてくることは少ない。そのアカメから話し掛けてきたということは周りが見ると相当弱ってるように見えるらしい。

 

「大丈夫だよ、これ飲んで明日になったらいつも通りさ」

 

グラスをアカメの方へと傾けるが、首を横へと振る。アカメは調理場に戻り、冷蔵庫から様々な食材を取り出しては胃袋へと放り込まれる。親友の大食漢ぶりに乾いた笑いを零す。

 

ーーやけ酒ならぬやけ食い、か。

 

アカメも表面上は冷静を保ってるが腹の中ではどこまでショックを受けてるかは分からない。だが、いつまでも悲しみに暮れてる暇はない。そんなことでは次の被害者が出るだけだ。それはシェーレの望む所ではないだろう。

 

「こんな酒はこれっきりだ」

 

グラスの酒を飲み干すと赤らめた頬を自身の腕に沈めていき、意識を手放した。これで明日からは元通りだ。

 

その日の夜、タツミも仲間の死を乗り越えると共にアカメに誓った。絶対死なないから、お前を悲しませないから、どれもこれも小っ恥ずかしい台詞の数々だが、互いに恋愛に疎い面が見られるからこそ色めき立つこともなく、会話が成り立ったのだろう。

 

シェーレの死を経てナイトレイドの面々は思う所はあったが、組織としてまた一つ強固なものになっていった。

 

 




鳥を食べる蜘蛛は本当にいるらしいんですが、虫の苦手な作者は画像を見ることが出来ずにいますね。サイズが大人の手よりでかいとか、でもこの作品では恐らく瞬殺される……かな。

ではでは、また次のお話で


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激動の邂逅

かなり遅れましたね。それこれもテストのせいだ…。新しい小説の構想なんかもしてましたが、とりあえずはこの作品を完成させてからのことです。

では本編


木々に囲まれた寂れた土地は誰に使われることなく、危険種達の食物連鎖が日々行われている。その危険種も今日ばかりは顔を見せていなかった。今宵、危険種よりもよっぽど危険な人物達の交渉の舞台となるからだ。

 

その中でも比較的拓けた空間は人の集団二つが陣取っていた。帝国の内部を嗅ぎ回る脅威査定委員会、それにシャドー将軍率いる私兵部隊、それらが誰一人乱すことなく隊列を組んでいる。その枠組みから外れている者が数人いる。一人はシャドー将軍、とその隣に二人、そして脅威査定委員会のクラウ=リッチウェイ、ソラの二名だ。

 

それを遠巻きから二人の男女が監視していた。その片割れのレインは染色された黒い髪を冷たい風に踊らせながら単眼鏡を覗き込んでいる。綺麗に並んだ兵達の先頭には旧友の姿があった。レンズに写し出される旧友を見ると複雑な気持ちが湧いてくる。討たなければならないのは理解していても、戦場で非情になりきれるのかが不安だった。自分の中に眠るあいつなら問答無用で叩っ斬れるのだろうか、レインは心の中の靄が払えないでいた。また、頼ろうとしている自分が居る。あの凄惨を極めた己の姿、殺しを厭わない非道な精神、何より恐ろしいのはそれを放任している自分なのかもしれない。だが、殺し合いにおいてあれ以上の存在はないのもまた事実だ。

 

ーーん?

 

思い耽るレインの意識が再び視界に戻った。三つ目の勢力であるバードイーターの影を捉えたからだ。

 

「来た」

 

合図代わりに小さく呟き、共に監視していたチェルシーとギリギリまで接近した。単眼鏡が無くても姿を捉えることが出来る程に近距離な為、息を殺し続ける必要がある。二人は気配を断つことに集中しながら交渉現場の盗み聞きを続けた。

 

視界を確保することの出来ない男はやって来る一群に真っ先に気が付いていた。

 

ーー数は……約四十といったところか。

 

土を踏み締める足音から大方の人数を割り出すことが出来る男の技は常人の成せるものではない。失ったものを他の部分で補おうとする人間の機能と視覚を除く感覚を研ぎ澄まし続けることでやっとの思いで体得し、全感覚で視覚をカバーしているのだ。

 

男も歩み寄るように足を運び、並んでいる者も隊列から外れている者もその背中に視線を送るのみで付いて行こうとすらしない。バードイーターのメンバーは予想を遥かに越える人数と威圧感に面喰らっていた。

 

「では、交渉を始めようではないか」

 

その男が話の出来る距離まで来たときにはバードイーターは完全に尻込みし、ここに来るまでの軽い調子は消えていた。

 

「子供二十人に対しての対価は帝国での地位の確保、だったかな?」

 

手紙でのやり取りをそのまま口にしていき、バードイーター達の顔に生気が戻っていく。

 

ーーあれ?もしかして真面目に交渉してくれるのか!

 

帝国の腐敗具合を知らない田舎者の集まりであるバードイーター達はそう思い胸を撫で下ろしたが、次にその男が吐き出した言葉に困惑した。

 

「我々は実に運が良い。“六十人を越える実験体を確保出来るのだから”」

 

ーーガキなんて二十人しか連れて来てないぞ……。

 

またしても、シンクロするように皆がそう思った。ここで不思議だったのは自分達を計算に入れなかったことだ。実際には理解できない者が半数、残り半数は納得出来ない者だ。証拠に納得出来なくとも理解出来た者はその顔を青ざめさせていく。そして、何かの合図なのか、男はその手を軽く上げる。すると、バードイーター達は首に強い衝撃を受け、地に伏せていく。男の優秀な私兵部隊が周囲の森から跳び出し、気絶させていったのだ。理解出来ない者も納得出来ない者も皆平等に。

 

その一連の動きを見ていたレインは指揮官らしき合図を送った人物を単眼鏡で確認してみた。どこか見覚えがあったのだ。その不確定要素を確認しようと単眼鏡を覗きその顔を拝むことに成功したが、それはレインから冷静というものを急速に失わせた。殺し続けた息は途端に激しくなる。理性はなんとか保ったが、それもいつまで続くかレインにも分からない。レインをそれほどに動揺させる相手は一人しか居なかった。レインから過去と未来を奪い、殺人鬼(スレイヤー)という人格を植え付けた張本人。レインが人生を捧げてでも殺すと決めた人物が今、目の前に平然と立っている。

 

レインは抑えがきかなくなり、全身が小刻みに震える。チェルシーがレインの異変に気が付いた時には既に震えではなくなっていた。それは胎動だった。その身に宿す膿のような負の感情がレインの理性という鎖を破壊しようとのたうち回っているのだ。そして、限界を迎えたのか、レインは立ち上がってしまう。復讐に燃える瞳はレインの心の禍を忠実に再現していた。

 

「レイン!待って!」

 

レインが何を見たかは分からないが、今のレインは冷静ではない。チェルシーは小声ながらその声を確実にレインの耳に届けた。だが、その程度の制止の声は届くことはない。ずかずか、と怒りの化身と化したレインは森を這い出た。

 

バードイーターを捕らえることに成功したシャドー将軍だが、浮き足立つこともなく、センサーのような正確性の高い聴覚が物音を聞きつけた。森から細かな枝をへし折る音も聞こえてくる。周りへの配慮を怠っている所を考えるとプロではない。以外にも、その正体は簡単に姿を見せた。病かと疑ってしまう程に白い肌、コントラストをつけるように黒い髪。それらの特徴を目視することは叶わないシャドーだが、その殺気はシャドーが若かりし頃に出会った少年の名残を感じ、すぐに誰か分かった。同時に、この出会いは好都合だと笑った。

 

「久しいな……レイン」

 

その名を聞いた途端に皆がたじろぎ、得物を向けた。クラウもその存在を確認すると目を細めた。

 

「どうするの?」

 

「様子見だ」

 

委員会のトップである二人は妥当な判断を下し、部下もそれに異論はなく、冷静に状況の把握に努めた。レインの脳にはクラウの存在は片隅にも残っておらず、憎しみに埋め尽くされた思考回路はまともな判断が出来なくなっている。

 

「ずっとあんたを探し続けてきた」

 

レインの瞳は直視するだけでそのグロテスクな運命の一端を感じさせる。私兵部隊の何人かはその瞳に圧されて、戦意を損失させている者も居た。

 

それは目の見えないシャドーにも殺気として伝わったが、心地良いとばかりに受け流す。昔と変わらんな、とシャドーは心の底から喜んだ。

 

「ずっと殺したくて殺したくて堪らなかった。あんたを殺せば俺は解放される」

 

シャドーに対する言葉を恨み綴っていく。レインの惆悵するさまは実に滑稽だった。憎しみを宿す瞳から、盲信する信者のように疑うことを知らぬ瞳へと変貌していく。極端に狭まった視野では目の前を見ることは出来たとしても、未来を見据えることは出来ない。信じるということを誤って解釈した哀れな男だが、殺しても何も変わらないと理解していた。“レイン”では人を殺せない。ただ、相応の“理由付け”はもう完了していた

 

「レイン……お前では無理だ」

 

その言葉はレインの闘志に油を注ぎ、単純な挑発でレインはアクセルを全開にした。地を蹴る音を聞いて、レインが跳び掛かってくることを予知し、手を軽く上げて呟いた。

 

「……その刃では……」

 

シャドーの私兵達は戦闘態勢を解いていく。その不可思議な光景にレインは現実へと一気に引き戻され、上空から飛来する存在に気付いたがもう手遅れだった。前傾姿勢を取っていたレインの背中を踏み潰すように着地した男、その隣にゆったりと着地する男。シャドーはその後に言葉の続きを口にした。

 

「届かない」

 

強烈な衝撃にレインは体を循環する酸素を全て奪われたように感じ、言葉を聞き取る余裕など無かった。

 

「ボス、こいつはどうします?捻っちゃいましょうか?」

 

「貴方はまた、血の入った水風船が破裂したような現場を目撃したいのですか?汚いので止めてください」

 

「ギンは気にしすぎなんだよ。血の一リットルや二リットル」

 

「血の一リットルや二リットルが流れるような酷い現場を処理する方々の気持ちを考えたことがありますか?」

 

その異常な会話をさも日常のように話す二人組は、周囲の怪奇の目を終始気にすることは無かった。だが、目のない男の目は気にしていた。

 

「キン、ギン。その男が例の男だ。間違っても殺すな」

 

キンと呼ばれる筋肉質に恵まれた男らしさの塊の様な人物は片手で総重量が百キロは越えるレインを軽々持ち上げる。それも、

 

ーーパワー勝負で勝てない!?

 

抵抗するレインを封じ込めた上でだった。それを見て、溜息を漏らすのはギンと呼ばれた知的な紳士といった様相の男で、服に付いた埃を払っていた。直後、砂の粉塵が舞い上がり、服へと砂が付着していく。静かな怒りがギンの肌身を纏っていき、キンを睨み付ける。そこには地面に埋まるレインと押さえつけるキン、分かりやすい敗者と勝者の図が完成していた。

 

「彼、死んでいませんよね?死んでいるなら貴方が責任を取って『ハラキリ』なるものを試してみてはいかがですか?」

 

「なんだハラキリって?」

 

「文献によれば異国の地では失態や不始末は腹を切って責任を取ってたようです」

 

「へぇーよくわかんねぇけど、それって痛くね?」

「安心しなさい、苦しかったら『カイシャク』は私がしましょう」

 

「おお!そいつは頼もしい!」

 

血生臭く、酷く非常識な会話はレインの朦朧とする意識の最後に耳にしたものだった。聴覚をはじめとする様々な感覚器官はシャットダウンしていき、意識も消えていく。志半ばではあったが、その瞳は最後まで殺意にまみれていた。

 

その瞳をじっと見つめる別の瞳が一つ。それはシャドーの私兵部隊の一人だったが、もう一つの身分を持っている。

 

ーーまた勝手な行動してるし。今度は問い詰めてやるんだから。

 

革命軍に所属するチェルシーと呼ばれる暗殺者、それが本当の素性だった。自慢の変化により、潜入に成功していたのだ。隊員が一人増えたことには気が付く事もないまま帰還していく帝国の大部隊。チェルシーにとっては少々横暴な潜入となった。

 

△▽△▽

 

「意外とあっさり捕まったわね」

 

「仕方ない話だ。レインにとっちゃ刺し違えてでも殺したい相手だ。冷静じゃなかっただけさ」

 

「あなたも彼と同じ実験を受けたんでしょう?何とも思わないの?」

 

「なんとも。寧ろ、目の前で宙吊りにされてるこいつに用がある」

 

「じゃあ残念ね。それともあなたが止めを刺す?」

 

「こんなとこで死ぬようならそれまでって話だな。どうやらお目覚めみたいだな。」

 

意識を取り戻したレインは鈍器で殴られたような頭痛と血の臭いのお陰で最悪の目覚めとなった。更には頭には被せ物がされていて、視界が悪い。それから他にも浮遊感、手を縛り上げられている感覚、これ以上にない位の状況の悪さだが、経験が無いわけではない。幼少の頃の血生臭い日常が頭に蘇る。勢いよく被せ物を外され、一斉に光を取り込んだ目は反射的に瞼を閉じた。そして、旧友の姿が視界に映る。これもまた反射的に目付きが悪くなる。

 

「体調悪そうだな」

 

「おかげさまでな」

 

鋭い視線が交わる。互いに憎しみ合っている訳ではない。敵対する組織に属している、それだけでここまで剣呑とした雰囲気を醸し出すことが出来るのか、第三者であるソラは唯ならぬ因縁があるのだろうと思った。

 

その空気を何の躊躇もなしに断ち切った人物はその場を無意識に悪化させていった。

 

「クッ……!」

 

レインは歯を軋ませ、腹の空いた肉食獣のように今にも飛び掛かろうと全身の筋肉を強張らせる。レインの怨敵であるシャドーは声音を上擦らせる。

 

「レイン……懐かしいシチュエーションだろう?」

 

血の色で赤みの強くなった天井に仰々しく両手を翳す。どうにか冷静さを引き戻したレインは状況どころか、この空間さえレインにとって馴染みのある場所だった。思い出したくない記憶が頭の中を駆け巡り、取り戻したばかりの冷静は過去の記憶によって一切合切流されていった。自身の叫び声、仲間の叫び声、それを嬉々として見る軍人達。全ての罵詈雑言が頭に雪崩れ込む。耳を閉じようにも手首は縛られ、吊るされている身。その体を捩らせ、自分の唸り声で掻き消していくしかなかった。壊れていくレインを見つめながらシャドーは義理の息子に指示を出す。

 

「どうやらネズミが入り込んだ。処理は任せる」

 

「……了解。親父殿」

 

皮肉混じりに答えたつもりだったのだが、レインの事で頭が一杯なのだろう、特に気にする気配はない。例え、まともに取り合っていたとしても皮肉とは受け取らないのがシャドーという男だ。やれやれ、そんな風に思う気持ちを腹の中へと押し返して、相棒であるリベンジを軽く撫でる。血の充満した不愉快きわまりない拷問室を出ると、たった壁一つでここまで空気が違うものか、そう痛感させられるほどに空気が滑らかに喉を通っていく。先刻の拷問室が異常なだけなのだが、それすら慣れたクラウにとってはどちらが異常なのか判別がつかない。ただ、一仕事する前に新鮮な空気を吸えたことに感謝し、新しい心持ちで調査へと出向いた。




長い期間書いておらず、ただでさえ低い文章力が落ちた気が……。それに良い機会だと一話から見直すと、これまた黒歴史になりそうな予感がしますが、処女作ならこんなところでしょうか。

ではまた次の話で!


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始まりの三人

レインは目の前の仇敵に何をされるのか、何を聞かれるのか、そんなことを考えることはしなかった。頭を稼働させるには状況が酷であり、精神的にも肉体的にも完全に疲弊しきっていた。

 

「レイン……聞きたいことは一つだ。クラント博士を知っているな?」

 

「……なぜ……その名前を?」

 

「やはり、あの装備は博士の発明品か」

 

レインは途切れながらも返答した。既に裏付けされているようで、質問ではなく確認であったからだ。そして、これからが本題なのだろう。だが、レインとて口を割るつもりは毛頭ない。自慢ではないが痛みによる拷問は眼前の男により、みっちりと経験している。現状の打開は不可能であっても、起こりうることが分かっているなら準備や覚悟は出来る。歯を食いしばるレインとは対照的にシャドーは熟考から返ってくる気配がない。レインは出鼻を挫かれた思いだった。

 

目とはただ光を受け取る受光器官ではない。目は口ほどに物を言う、そんな諺があるようにコミュニケーションにおいても重要な役割を果たしている。視線、瞳孔、瞬き、少なからずそれらから相手の心理を読み取ることも可能だ。それを踏まえれば、目がない相手と言うのは何を考えているのかが今ひとつ掴めない。

 

気が削がれ始めた頃、拷問室唯一のドアが開く。

 

「シャドー将軍、オネスト大臣がお呼びです」

 

「クッ!あの狸爺め、早速嗅ぎ付けてきたか……すぐに向かう」

 

悪態を吐くなり、その頬を綻ばせる。

 

「まぁいいさ、ではなレイン」

 

最悪の事態は回避することが出来たことに安堵していると、シャドーは報告に来た兵に指示を出す。指示をだされた兵はレインに近付き、小銃のグリップでレインの意識を根刮ぎ奪っていった。

 

△▽△▽

 

「大臣!何のようだ!」

 

謁見の間の入り口から大声を張り上げるのはシャドー将軍。

 

「まぁまぁ、少し長くなります。焦らず、入ってください」

 

いつもより数段機嫌の良いオネスト大臣は丁寧な言葉遣いでシャドーを招き入れる。反して、一刻も早くレインから情報を引き出したいシャドーは露骨に態度を悪くしながらも、定位置である入り口の側の壁に背を預ける。

 

それに続いて、ヒールが地面を一定のテンポで叩く音が謁見の間に届く。その音にオネスト大臣は頬を緩ませていく。待ち望んだ人物の凱旋、その人物のこれからの活躍、それら全ては大臣にとって都合の良いことだらけだった。

 

その人物は扉を開ける。毅然とした態度、周りに畏怖や尊敬を抱かせるオーラは女性ながら帝国を生き残り、将軍にまで登り詰めた証とでも言うべき産物だろう。ただ、それは所詮凡人の着眼点、シャドーはそう思わずにはいられなかった。同じ将軍という肩書きだからこそ分かる。オーラや立ち振舞い等は帝国の狂気に簡単に押し潰されてしまう。将軍にまで登り詰めようと思えばそれこそ必要なのは才能や血筋、もしくは帝国に負けないほどの狂気、自分の良心を如何に殺せるかになってくる。上官に上がれば上がるほど、帝国の吐き気を催すような闇を目の当たりにすることになる。その時、その闇を許容できるか否か、もし許せずに大臣の敵に回ってしまったら最後、利用され捨てられる。要は柔軟性が大事ということだ。その環境下でも己のスタイルを維持し続けられるのが、その女の怖い所である。

 

謁見の間にて軍帽を手で抱えている女将軍、エスデスの腹の底に沈められている狂気は普通ではない。本来、禁忌感や不快感を感じずにはいられないことを平気でやってのける。レインと似ている、シャドーは個人的にそう感じていた。もし、レインが“あの日”、帝国を逃げるような真似をしなければ、確実に将軍まで登り詰められただろう。レインの面影をエスデスに重ねていると時間が随分経っていたようで、皇帝とエスデスは既に話終えていた。

 

「地下に籠るのはもう飽きたか?」

 

エスデスがシャドーの隣に並び、流し目でそう問い掛ける。少なくともエスデスが知る限り、征伐で北方に出向く前は地下から出てくる気配すらなかった。

 

「少々事情が変わってな、お前の方こそ随分と早い帰還だな?」

 

北方異民族には帝国も手を焼いていた。だからこそ切り札であるエスデス将軍を投入した。エスデスと言えど、征伐に一年は掛かると予想されたが、その予想を裏切り、半年という早さで制圧したのだ。シャドーはオネスト大臣の上機嫌の理由の一つはこれだろうと感じていた。

 

「全く、誰なんだ、あれを勇者と呼んだのは?期待外れもいいところだ」

 

エスデスは至極つまらないという様子を見せた。この世でこの女を満足させられる者が果たして居るのだろうか、数々の強者を目にしてきたシャドーであるが思い当たる者はない。レインならば可能性はあるが、下手に人間的に成長したレインは戦士としては不出来であり、エスデスの下位互換程度に収まってしまった。

 

「誰しも前を向くには希望や可能性が必要だ。お前さんの殺したその勇者は異民族達にとっては帝国を倒せるかもしれないという小さい希望だったのだろう」

 

「あの程度が望みとはな……」

 

その瞳にも声色にも深い嘲りの感情が込められている。それを取っ払うと薄い笑みを張り付け、

 

「ではな、影の(シャドー)将軍」

 

シャドー、それは親の名付けた名ではない。まだシャドーに目があった頃、加えるなら、まだ、まともだった頃、シャドーは既に将軍という地位を明確なものにしていた。身を粉にして、帝国に尽くし、武勇も数えきれない程持っていた。だからこそ、帝国の非道な行いの数々を許せずにいた。当時、悪の元凶はオネスト大臣とは別の男だった。三十年も昔の為、現皇帝やエスデスは生まれてもいない。ブドー大将軍もその頭角を現す少し前の話だ。

 

▽△▽△

 

三十年前、時は違えど、帝国は今と然程変わってはいない。権力や財力のある者は更に裕福に、何も持たぬ者は更にどん底に落とされていく。そんな弱肉強食のルールは変わってはいない。帝国の腐敗政治だって、大した差はない。その環境でも心を汚すことなく、将軍まで成り上がった男、キューテ=リッチウェイ。後にシャドー将軍と呼ばれる男だ。兎に角、腕っ節が強く、単細胞と称されることもあったが、その真っ直ぐさが作用したのか、段々と周囲から認められていった。

 

キューテを倒せる者はいない、全盛期のキューテはそう噂される程までに強くなった。自分の力が認められ、称賛される度に快感を感じていた。自分が多くの者の目に触れている。その事実が彼の支えでもあった。そして、民の悲痛の声に応えるべく、帝国内部に蔓延る害虫の駆除に乗り出した。民を苦しめる者を消して回る日々は更に民からの支持を得ていった。それが結果的にキューテの首を絞めることになるとも知らずに。

 

いつもと変わらない。キューテはその日をそう感じていた。いつも通り、部隊を引き連れ、一人のターゲットを始末した。民を助けるとは言え、人を殺して気分の良い者などそうはいない。短い黙祷を捧げ、その場を去ろうと振り向いた瞬間の出来事だった。顔に鋭い痛みが走り、この一瞬で光を失った。何が起きたのかを理解しようと懸命に努めたが理解できることは少なかった。分かったのは両目を斬られた事位なものだった。

 

「あなたは調子に乗りすぎた……」

 

裏切った部下達は冷酷に告げた。理解が追い付かない、得た情報は正しく処理されることはなく、頭の中を何度も反芻する。結局、理解には及ばなかった。殺されることはなかったが、適度に痛め付けられ、視力を失ったキューテはこの時を以て表舞台を降りることとなった。

 

後日、部下の中でも特に信頼していたディロンとナム、両名が報告を兼ねて病室へと参りに来た。当然、信じられる訳がない。部下に裏切られた挙げ句、その目を奪い去られた。民から期待される将軍でも、精神は二十代前後の青年だ。心が折れていてもおかしくはない。

 

「なら、俺達が目になりますよ!」

 

「私とディロンは貴方に憧れて、軍に志願したんですよ」

 

彼等の必死さは声に乗ってキューテの耳にも届いた。だが、信用はできない。心の奥底では何を考えてるかは分からない。前までは部下を疑うなど有り得ない話だったのが、今では一番信頼していた二人を疑う始末だ。

 

「話だけでも聞いて頂けますか?」

 

「…………ああ」

 

キューテ=リッチウェイ、その男は帝国の象徴と言っても過言ではない程に民から慕われていた。同時に帝国にとっては恐れる存在へとなっていた。ましてや、民を想う良心すら持っている為、利用すら出来ない。それに戦で負けなし、暗殺するとなると難しい。ならば、彼の死角から、予想だにしない所から仕掛ける必要があった。

 

そして、目を付けたのが忠臣だった。忠臣の中から金に困る者、手段を選ばない者、様々な穴を突き、信頼の厚い忠臣を崩した。そして、あの事件が起きたのだ。殺さなかったのは単純に戦で負けなしのキューテが戦死した、では民が納得しない。弱体化を図ることで将軍という地位を時間を掛けて、ゆっくりと引きずり下ろしていく。それが帝国の目論見であり、キューテが生き残った理由だ。

 

ーー忠義は!?恩義は!?

 

声にして叫びたかった。光を受け取ることの出来なくなった瞳からは涙が零れ、医療用の眼帯に染み込ませていく。部下一人一人を家族のように接して得た信頼は金で買収出来てしまうものなのか、利益を促す甘言で奪い去られていくものなのか、裏切られたことがキューテの純白な心に黒い染みを作った。国の策略によって嵌められたことが、その染みを飛躍的に増殖させた。

 

帝国の予期せぬ変化がキューテの身に起きていた。キューテ=リッチウェイはここで緩やかに落ちていくというのが帝国の当初の筋書きだった。逆に復讐に出たならば、国に仇名した悪漢として葬り去ればいいだけの話だ。キューテは諦めも感じたし、やりきれない思いもあったが、変わり行く心境の中で感じたのは狂気。自身の中で渦巻く巨大な狂気の禍を感じる一方、その隣では平気な顔をした自分が居る。白でも黒でもない境地へと至ったのだ。後にその精神的な変化は身体的変化をももたらすことになる。

 

「……ディロン……ナム……」

 

ディロンとナムも目の前の人物の変化に気がついた。その現象に唖然としていて、遅れて返事を返すと、

 

「俺の目になると言ったな?」

 

ナムは息を飲んだ。信用を取り返すためなら、自分の眼を抉り出すことも厭わないと思い、この病室を訪れた。恐怖で小刻みに震える人差し指と親指を眼へと持っていこうとした時、

 

「妙な事はやめろ」

 

キューテの言葉で我に帰った。全身から夥しい量の汗が流れ、それを拭っていると、

 

ーーなぜ、分かった?

 

額から鼻まで痛々しい傷は白い包帯で包まれ、視力を失った目は眼帯で覆われている。キューテはナムが感じる疑問に淡々とした口調で答えていく。

 

「お前達がどれだけ俺を思っているかは知っている。それに俺は目が見えない身だ。誰かに頼らなくてはならない」

 

言葉を切り、両手をディロンとナムが居るだろう場所に差し出す。

 

「お前達を頼っていいか?」

 

先程までの疑問など吹き飛び、ディロンとナムは自分達が泣いている事さえ気付かなかった。凛々しく、分け隔てない良心を持つヒーローのような存在であり、それに憧れた。その人物が自分を頼ってくれる。自分の力が役に立つ。忠臣である二人は拒否の意は微塵もなかった。そこに衝撃の一言を口走った。これからの行動方針とも言える一言を。

 

「──────」

 

ディロンとナムは言葉を失った。その壮大な考えもそうだが、その心が完全に堕ちてしまったことだった。先程、手を向けられた優しい雰囲気は遥か彼方へと消え、怒りと狂気が混濁した雰囲気はキューテと同じ身の上にならなければ理解することは不可能だと感じた。良心と隣り合わせに存在する狂気はある意味では二重人格とも思えた。それでも、ディロンとナムの心は揺れることはない。

 

「付いていきますよ、最後まで」

 

「俺も同意見ですよ、ボス」

 

それから三人は名を変えた。ディロンとナムはキンとギンへと。そして、キューテ=リッチウェイはシャドー(影の)将軍と名を改めた。光の当たらない影へと押しやった者達を忘れないように、と。

 

▽△▽△

 

怒りにも似た感傷が胸を過る。それを煽るようにオネスト大臣は現れた。

 

「例の殺人鬼を捕らえたと耳にしましたが?」

 

シャドーは汚れ仕事を他人に押し付け、それにより甘い蜜を啜る輩が得意ではない。殺意が湧くほどに。

 

「事情聴取の途中だ、用が終わり次第こちらで処理する」

 

沸々とした殺意を出さぬように注意を払い、言葉を吐き出した。

 

「そうですか、そうですか。それは良かった!」

 

オネスト大臣の頭はお花畑状態なのだろう。鼻歌と共に去っていく。その背中を幾度となく襲撃しようと考えた。だが、まだ帝国の殻が必要だ。将軍というポストのお陰である程度は自由に出来るからだ。まだ我慢だ、そう自身に言い付ける。クラント博士の身柄を確保した暁には自軍の戦力が跳ね上がるのだ。悲願の成就はもうすぐそこだ。レインの元へと帰る足を速めた。

 

 

 



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脱獄の糸口

バイトが始まり、新学期が始まり、合間合間にしか書けないので投稿が予定より遅れました。次はもう少し速く投稿したいですね。


レインの意図的に刈り取られた意識は、バケツ一杯の水により強制的な目覚めを迎えた。半裸のレインは頭から水を被ったことで体を震わせた。意識が戻り周囲に目を遣るが意識を奪われる前と変わらず、壁の至る所に付着した血糊が見えるだけだった。

 

「では、質問の続きだ。クラント博士の所在は?」

 

視界を声の発生源に向ける。両目の見えない老人が一人。老いを微塵も感じさせないその立ち振舞いは幼少の頃と同じだった。レインは蒸し返したくない思い出が脳裏に甦っては塗り潰した。何度も、何度も。軽く放心状態になっているレインは言葉に反応しなかった。それを見たシャドーは部下に顎で指示を出した。部下は折檻棒を骨が折れない程度の力でレインの胴体に叩きつけた。その衝撃に吊るされた身を揺らし、失った酸素を求め胸部は収縮と拡張を繰り返す。

 

「レイン、私は下らないことに時間を使っている暇はない。それにお前はすぐに始末される。苦しみながら死にたくはないだろう?」

 

レインは酸素を十分に取り込むと闇も光も灯さず現実だけを映す瞳をシャドーに向けた。鏡のような瞳にも奥底には強い意志が健在していた。憎しみから生まれた殺意か、逃げ出すという決心か、はたまた喋らないと腹を括ったか、どれにしろ強い気迫にシャドーは一筋縄ではいかないなと感じていた。

 

「革命軍はお前にとって忠義を尽くすような組織か?それにクラント博士とは出会って間もない筈だ。なぜ、黙り続ける」

 

折檻棒が十回目の唸りを上げた。レインは文字通り、体に直接問われる。痛みが我慢の限界値を振り切ったのか、低い呻き声が漏れる。乱れた呼吸は独特のテンポで落ち着かせた。折檻棒を持つ付き添いの拷問官は発狂の前兆かと思ったがシャドーは知っている。レインが幼少の頃の拷問を耐えるために身に付けた自己暗示のような呼吸法だと言うことを。

 

不気味な息遣いが拷問室を反響する中、数時間に及ぶ拷問は保留という形で幕を閉じた。情報を漏らすことはなかったが、その体に残る傷の数々はどれも見るに耐えないものだった。

 

「中々強情な奴になったものだ。そう育てたのは私だがな」

 

冷たい鉄格子の中で横たわるレインを一瞥してそう言い捨てる。レインは薄っすらと残る意識で鉄格子を握り絞り出すように声を出した。

 

「子供達は……どうなる?」

 

膝で立っているレインに目線を合わせるようにシャドーはしゃがみ込み、

 

「お前達の時は研究だったが、今回は暗殺者の育成だ。無作為に殺されることはない。全員お前と同じ道を辿ることになるだろう」

 

腕の力が抜けていき、スルスルと鉄格子を滑り体が冷たい地面に落ちていく。

 

「鬼畜が……」

 

心底恨めしそうに呟いた。自分と同じ道を歩むことになる数多くの子供達を救えない無力な自分も恨んだ。拳は握ると激痛を伴い、怒りの声を上げようにも腹に力が入らない。

 

「化け物に勝つには化け物になるしかないのさ」

 

そんな惨めな姿を見下ろすように立ち上がり姿を消した。

 

「まだチャンスはあるかもな」

 

クラウは去り行くシャドーの背中を目で追い、去ったことを確認すると近寄り言葉を漏らした。鈍痛に目を細めながらも疑問を口にした。

 

「どういう……ことだ?」

 

「お前の連れなんじゃないか、お前を拐った時ぐらいから妙な気配があってな」

 

細めていた目をピクリと動かした。潜入と暗殺の腕ならレインを軽く凌駕してしまう人物、それに大きな心当たりがある。それもパートナーとして連れてきていた。今の今まで怒りと痛みで遥か彼方へと記憶が飛んでいたが。

 

「普通は……血眼になって……探すんじゃないのか?」

 

壁を頼りに身を起こそうと試みるが膝の力が抜けて立つどころではなかった。世の常識を言うレインをクラウは笑い飛ばして言い放った。

 

「俺達が普通なもんか。それに逃げたら狩り出す楽しみが増えるだけだしな」

 

確かにこれは普通ではないな、そう思わせる言い様にレインは擦り切れそうな声で失笑した。

 

「まぁ、せいぜい頑張ることだな」

 

手をヒラヒラと振りまた一人去っていった。これで部屋に残ったのは二人の見張り兵のみとなった。このどちらかがチェルシーなのか、目を凝らして観察するがその程度で見破れるような変装なら今まで生き残ってはいないだろう。となると、後はチェルシーに頼るしかない。縋る思いを胸に目を瞑った。

 

△▽△▽

 

収容所を後にしたクラウであったがやることは特になかった。シャドーに任されていた仕事は既に“方が付いていた”。それに作戦の立案から指揮まで全てをソラに任せっきりの為、部隊が何をしているのかを把握していないのだ。部隊を纏める位階の人物とは思えないがそれがクラウのスタイルであり、戦闘では先陣を切ってばったばったと薙ぎ倒していく様は大将より鉄砲玉の方がよく似合っている。それでも、鉄砲玉とは違い帰ってくるのがクラウの実力の現れだろう。

 

自分の客観的な姿などに微塵の興味もないが、クラウは地上行きの貨物エレベーターに乗り合わせた人物に興味を示した。

 

「何しに上へ?」

 

上とは即ち王の居所である宮殿へと繋がっているが、地下の殆どはシャドーのものである。そして、自分と同じくシャドーに呼ばれていたソラが乗り合わせた人物だった。いつも通り常態化したつり目には苛立ちも混ぜられていた。だが、ほんの数秒で苛立ちの念は消え手摺に腰を掛ける。

 

「装備を整えに戻るの」

 

少なくとも今日は戦闘の類いの仕事はないと記憶している。疑問を抱きながらクラウも手近の手摺に腰を掛けた。その疑問を見通したようにソラが一言告げた。

 

「仕事じゃないわ。使えない上司の尻拭い、かしら」

 

互いに目は当たり前として顔すら合わせていないが、その目はマゾでもない限りは自分の罪悪感を痛いほどに責める目だろう。

 

「随分辛辣な言葉を使うようになったな。使えないとは」

 

ソラは先程までの皮肉げな笑みの一切を消して、上司の咎められるべき罪を告白した。

 

「侵入者を逃がしたの貴方でしょう?」

 

「滅多なこと言うもんじゃない、誰かに聞かれたら斬首刑に掛けられちまう」

 

そうは言ったが、貨物を運ぶことが主目的のエレベーターのサイズは異常な程に広く、それを確認できる位置にいるクラウの視界には何も映らない。つまりはソラとクラウの二人。

 

「それは愉快な光景ね」

 

これまた無表情で残酷な一言を浴びせる。それにやれやれとクラウは首を動かした。逃がした者が脳裏を過っていた。特徴のない、否他人の特徴を借りる存在を。

 

△▽△▽

 

遡ること数時間前。

 

シャドーから言い渡された任務は侵入者を狩り出すことだ。どう考えても自分に不向きな任務であったが、少し見方を変えることにしてみた。レインにここで死なれては困る。やはり、自分の手で斬りたい。“あの日”の決着を付けたい。ならば、自分次第で侵入者を手引きする事も出来るのではないだろうか、その案にはいくつかの危険性が孕んでいる。帝国への裏切り行為ではあることは勿論のこと、侵入者が自分を信用するかどうかは分からない。

 

「さて、どうしたもんか」

 

知らぬ間に癖付いた口髭を触る仕草を目に映る人物を観察し繰り返していると、ふと、目が止まった。いつもと違う、そう感じた。確固たる証拠はないがこういった違和感を感じ取る能力こそ第六感と言われている。蓄積された経験や記憶は感じたものから差異を見つけ出す感覚器官として役に立つのだ。それを分かって観察していた訳ではなかったが、偶然とは常に突然やって来るものだ。

 

感じた違和感とは歩き方にあった。同じ軍で同じ訓練を受けて育った兵達には自然と統一性がある。その一つが歩き方だ。一人の兵からはズレを感じられる。間抜けな侵入者め、と嘲るには少々難易度の高いことだ。寧ろ、パッと見で見分けが付かないレベルに順応していることを称えるべきだろう。その優秀な侵入者に賭けてみることにした。

 

その後の追跡で自分の直感が当たっていることに気が付いた。本来は警備が居ない筈の地域まで踏み込んでいるのだ。しかし、また妙な違和感が頭を過った。今回は第六感のような不確定な要素ではない。よく考えれば当たり前の話だが──人が居ない。

 

ーー嵌められたか……。

 

少なからずしていた作業の音や小声は消えていて、微細な足音でさえ、騒がしく聞こえてしまう。そんな孤独感が増す空間の中、腰に据えてあるリベンジの柄に手を掛ける。向こうもこちらのことに気が付いたのか、冷静を装ってはいるが静かな闘志が感じられた。これも戦士特有の勘の鋭さで感じ取ったものだが一抹も不安には思わない。何せ、その勘に幾度と助けられ、戦場を駆け巡ってきた。今更信じられなくなる程安いものではない。

 

ーーさて……いつ来る?

 

△▽△▽

 

チェルシーは自らの存在が悟られたことを知ったのは目的達成を目前に控えた時だった。警備の増員はレインを重要視したのだろうと思ったが、警備兵の口々から漏れる言葉で自分の存在が悟られていることに気付かされた。そして、自分を尾行()けている存在にも気が付いた。追う者と追われる者の放つ独特の空気感は四方から空気が迫ってくるように重い。

 

ーー反撃に出るには……。

 

静かに一撃で止めを刺す必要がある。細い通路は横の幅が少なく奇襲に反応しても躱すのは困難だろう。考えに考え、細い通路に差し掛かり相手も射程圏内に入った所で勝負に出た。ここで初めてチェルシーは相手にしている人物をその目に映した。その相手に愕然とした。その相手は依然、下水道でレインに重傷を負わせた男だ。自分では勝てないと防御本能がそう知らしめた奴を相手取っているのだ。だが、もう止まらない。致死性の毒を塗った針は少し前に手から離れてしまっている。最悪だ、それが第一感想と同時に頭の中では助かる未来が想像出来なかった。そして、その想像は半ば当たっていた。

 

ーーッ……ヤバい!

 

針を刀で弾かれ、そう思ったのも束の間、殺気を感じることはなかった。それは男が刀をゆっくりと納めていたからだ。

 

ーー……どういうこと?

 

「大丈夫だ、殺すつもりはない」

 

その男がどんな意図で発した言葉なのかは分からない。現時点で一番高い可能性は捕虜ということになるが、

 

「信じると思うの?」

 

そう紡がれた言葉が恰幅のいい男兵士から吐き出された為、クラウは一瞬どうしようもない嫌悪感に襲われたが別の可能性を感じていた。例えば、見た目をそっくりそのまま別の誰かになれるような帝具があってもおかしくはない。それが事実であれば、潜入に気付けなくとも仕方ない。自分の持つ帝具よりは強力だな、と自虐的な笑みを浮かべた。そんなクラウを不気味に思ってか、チェルシーは一歩二歩と後ずさる。

 

「レインの連れか?あいつが人と仲良くしてる所なんて想像もつかないが」

 

まるでレインが人とは違うような物言いに下腹部が熱くなった。違う、レインは立派な人間だ。人生で激昂した事など皆無に等しいチェルシーが誰かの為に声を張り上げようとした。一呼吸整え、冷静になると激昂を秘めた小声を吐き出した。

 

「あなたに何が──」

 

「じゃあ、お前は何を知ってる?」

 

チェルシーは言葉を詰まらせた。推測だが、目の前の男はレインと旧知の間柄なのだろう。それがどう転べば殺し合うようになるのかは分からないが問題はそこではない。自分はレインの事など何も知ってはいない。にも関わらず、何を断言しようと言うのか。そもそも名前も偽名を使っている可能性は十分にある。年も二十代後半という事だけで正確な数字は知らない。

 

「下手な同情は傷口を開くだけだ。それにあいつとお前じゃ住む世界が違う」

 

この言葉でチェルシーの心にピキッと罅が入った。クラウは一面の氷張りに石を投げ込んだようなものだ。割れなかったのはレイン本人の言葉ではなかったからだろう。

 

「とりあえずはレインを逃がす。まずはそこからだ」

 

チェルシーはぽっかり空いた穴にやらなければならないことを詰め込み、仕事モードへと切り替えた。

 

△▽△▽

 

レインは目を開けると全身に鈍痛が走った。その痛みが寝起きであやふやな記憶と意識をはっきりとさせた。レインは無理を承知で立ち上がると大きな痛みは引いていた。動くのに支障はないだろう。

 

ーーどうにか逃げ出さないと。

 

周囲は冬でもないのに冷たくなった鉄だらけで自力での逃亡は絶望的だった。他にも情報を得ようと鉄格子に近付くと鼻腔を刺激する異臭が漂っていた。反射的に鼻を摘まんだ。腐臭だ。あちらこちらから死体の腐った臭いが嗅覚をこれでもかと刺激する。

 

「捕虜収容所と言うよりは死体置き場だな」

 

相席しなかったのが不幸中の幸いと考え、少しでも前向きにしようと心掛けた。臭いを我慢しながらも外の様子を鉄格子に張り付いて部屋の把握に努めた。部屋のサイズは広いが仕切るものがなく、入り口からは部屋全体を見渡されるような構造となっている。そして、チャンスと呼べる数少ない隙は三十分に一回訪れる警備の交代位なものだ。やはり、レインが動いてどうこう出来るものではない。

 

大人しくしているとドアが開いた。それは警備の交代の時間であることを示している。だが、今回はレインに救いの手を差し伸べる人物が収容所に足を踏み入れていた。一緒に入った運の悪い警備の兵やレインにさえ気付かれることなく。

 

レインはと言うと大きな物音で意識をそちらにずらした所だった。レインの蒼然たる視界には影が一つ、それに伴い足音が一つ。もう一方の人物に何があったかは先程の物音と合わせて考えれば、ある程度の予想は付いた。そして、それが正しいなら、シルエットから浮かび上がる人物は──

 

「レイン……助けに来たよ」




かなり早足で書いたので誤字脱字があるかも知れません。報告を受け次第直しますのでよろしくお願いします。


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伏兵

レインは忍び寄ってくる黒い人影から特定の人物への確信を得た。灯りの届かないこの牢だが鉄格子の中を覗き込もうと近くなった顔は平均を優に越える顔立ちだ。そして、それを飾り付けるのは赤いリボンの付いたヘッドホン、それから棒の付いた飴玉であった。

 

「チェルシー……っ!」

 

歓喜の声を上げようとするが腹部に鋭い痛みが流れる。蹲るレインを尻目にチェルシーは入り口に掛かっている蝋燭に火を点けた。先程よりは良好な視界を手に入れたがそれが仇となった。

 

「……酷い」

 

レインの全身に痣が広がっているの見て目を伏せた。左手の指先は肉が抉れ、白い何かがこちらを覗く。チェルシーに医学的知識は然して無いが、それが見えてはならないものだと分かった。それを裏付けるようにレインはその患部を苦しそうに抑えている。

 

「問い詰めるのは後にしてくれ」

 

「……その方が良さそうね」

 

チェルシーも弱ったレインを責め立てる程鬼ではない。それにチェルシーは闇雲にレインを助けようとしていただけではない。地下の区画を調べ、外へと繋がる搬出口も見つけてある。そして、脱出の妙案も用意している。それら全てをレインに伝えた。

 

「そいつは……上出来だな」

 

痛みに引き攣らせているのか、笑みを浮かべているのか、判断の付かない表情をしている。恐らくは前者なのだが、チェルシーはそれを気にすることもなく、

 

ーーよし!

 

レインの言葉に内心ガッツポーズしていた。やっと認めさせた、と。ただ、喜んだのはほんの寸刻だ。レインの顔を見て先程突き付けられた言葉を思い出す。

 

答えることの出来なかった問い掛けに体を硬直させたのを覚えている。喉が蓋をされたように言葉が出ず怒りで火照った体が一気に冷めていく感覚も思い出せる。幸いにも警備が入れ替わる時間まで計画は進められない為、時間自体にはゆとりがある。チェルシーは意を決し、話を切り出そうとした時、

 

「何か話をしてくれないか。そうだな……君の事を話してくれ」

 

唐突な注文にチェルシーはあたふたと驚いた。暇を持て余しているのはどうやらレインも同じらしい。まさに今、会話を振ろうとしていて、自分の事を聞かれるという想定はない。レインは元来より自ら口を開けることは殆どない人間だ。それほど弱っていると言うことなのだろう。

 

「え、私の話?特に面白い話なんてないよ?」

 

チェルシーは人差し指を自身に向け、少し申し訳なさそうに答えた。取り立てて話すような事はないように思えたチェルシーだったが、レインにとって面白味は重視していないらしい。単に気を紛らわしいたいだけのようだ。

 

「なぜ、暗殺者に?」

 

困っているチェルシーを見て、レインは抽象的な質問をより具体的にした。チェルシーは躊躇していた口を開けた。

 

「地方の役所勤めをしている内に色々見てね」

 

果たして“色々”とはどれだけ凄惨な光景だったのか、レインにとって想像するのは容易かった。レインもそういった光景の一部だったからだ。

 

「そして、これを見つけたの」

 

チェルシーはガイヤファンデーションを手に取り、更に言葉を続ける。

 

「その時、殺した太守が初めての暗殺……だったかな。次に来た太守は思いやりのある人だったから国は平和を取り戻したの」

 

「それから革命軍に?」

 

「革命というよりは自分の力で救える人が居るなら、自分の力で平和を取り戻せるなら、と思って志願したの」

 

チェルシーは自身のキャラから外れた発言に悶々としたものを覚えていた。それとは正反対にレインの瞳は尊敬や羨望を織り交ぜた様な崇高な者を見る目をしている。

 

「立派な事じゃないか。その信念が有る限り道を踏み外すことは無いだろう」

 

レインは戦場に身を置いて長いが、ここまで他人を思える暗殺者は少ない。殺害が及ぼす精神的ショックは心に傷を負い、一生心を閉ざしてしまうケースもある。例えそれが誰かの為の殺しでもだ。そんな稼業でも心を壊さないのはチェルシーの精神的支柱がしっかりと根を張りチェルシーをブレさせないようにしている証拠だろう。決して訳もなく人を殺めないように。

 

チェルシーは正面から褒められることへの耐性が薄いのか、髪を弄ったり、必要以上に飴を舐めたりしている。不安定な行動を取っていると肝心のレインの事が一切聞けていないのを思い出し、動きを止めて少し震えた声で問いを投げ掛ける。

 

「じゃあ、レインは?」

 

表情こそ変えないものの露骨に嫌というのが見受けられた。レインの過去に壮絶な事があったのは知っているが、チェルシーも答えたのだからレインも答えるのが筋と言うものだろう。それでも渋るのでレイン同様に具体的な質問に切り替える。

 

「名前は?両親から貰った名前」

 

チェルシーは本名を聞きたがっているらしい。レインも答えたいのは山々だが、当の本人も知る由はなかった。レインという名の名付け親は他でもないレインなのだ。それを隠すわけでもなく、

 

「名前も両親も知らない。名前は自分で付けたし、自分の面倒は自分で見た」

 

レインは抑揚のない沈着とした調子で語っていく。傷に響かないように配慮したのだろうが、話の内容が内容なだけにチェルシーの寂寥感を煽った。それでもチェルシーは質問を続ける。少しでもレインを知るために。

 

いくつかの質問を経ても曖昧な答えばかりでチェルシーの中に迷いが生じる。心を人から遠ざけてしまったレインをどうすれば救えるのか。そもそも、何がレインにとっての救済になるのだろうか、それすら分からない。それでも、諦めは生まれなかった。己の精神的な大黒柱は人を救うことにあり、それはレインも例外ではない。ここで諦めたら誰がレインと向き合うのだ。殺人鬼と恐れられ、蔑まれてしまうレインと誰が向き合うだろう。

 

「何を吹き込まれた?」

 

レインは質問攻めに合うのはいい加減うんざりだ、とでも言いたげに項垂れた様子で言葉を吐いた。今までの機械的な淡々とした口調よりも、面倒そうながらも感情の込められた声は人間であることを示している。

 

「別に何も、ただ知りたいって思っただけ。それじゃあダメかな?」

 

可愛らしく首を傾げて見せるが、レインは疑念の目を寄越すのみだ。それにタイムリミットも既に迫っていた。それらを踏まえてチェルシーは言葉を紡いだ。

 

「じゃあ、最後の質問いいかな?」

 

レインは苦痛に顔を瞬間的に顰めたが、これで解放されるなら、と質問を促した。

 

「レインは迷ったりしたらどうするの?」

 

レインは目をチェルシーへと向けた。今までの質問とは方向性が大きく変わり、過去を掘り起こす事ではなく、友への相談のように伺えた。チェルシーから目を離すと考えるような素振りを見せ、

 

「戦場では迷った奴から死んでいく。生き残ろうと戦っていると迷うことはなくなる」

 

レインは三十手前という若さだが、既に幾つもの修羅場を潜り抜け長年戦い続けてきた。その歴戦の戦士特有の感覚故常人から理解は得られないが、戦いを愛して止まない戦士はそう語る。チェルシーも全てを理解できた訳ではないが迷ったら死ぬというのは理解した。

 

「そうだね……分かった」

 

チェルシーは心中で一段落を付けることが出来た。心の切り替えも済み、チェルシーは行動を開始した。酸化して赤黒くなった血にコーティングされた壁掛け時計に目を遣る。後数分もすれば見張りの交代になる。チェルシーは独房の機械仕掛けの錠を解錠する。鉄の擦れる音を出し、後続して牢の開閉音が響く。久しく解放されたレインは徐に立ち上がり、のっそりと牢を出た。体の関節からは音が鳴り、体の調子を確認した。

 

全身に広がる打撲痕はどれも軽傷と呼べるだろう。それでも動きに支障を来すのは免れないが、左指の問題に比べれば些細なものだ。肉が欠損し骨が露出してしまっているのは芳しくない状況だ。放っておくと病の併発も考えられる。

 

チェルシーはその身を一人の兵士へと変貌させるとパックバックから包帯ではないが布切れを差し出す。無いよりはマシだろう程度に思いながらそれを指へと巻き付ける。惰性で断続的に流れる血が布へ染み込んでいく。

 

後はチェルシーと共に入ってきた見張りの一人から兵装を奪い去るだけだ。倒れた兵士に近付くと殺されてはいない、気絶もしくは寝ていると判断した。血に濡れていてはさすがに疑念の目を向けられるだろう。勿論チェルシーはこれを見越して無力化という選択をしたのだ。

 

軍服を身に纏い装備していた近距離戦闘用の突撃銃を借りることで完璧な変装を実現した。チェルシーの物に比べると少々出来は悪いが正しい振る舞いをすれば簡単に見つかることはないはずだ。出血しているせいで血の臭いはあるがその程度なら誤魔化しは効くだろう。気絶した兵は手足に口を縛り独房に放り込み施錠する。

 

チェルシーはナイフを数本こちらに手渡す。必要に迫られて殺す場合はこれを使えということだ。そして、ナイフは早速役目を果たす時が来た。交代の時間がやって来たのだ。入り口の蝋燭の火を消し、銃床を握る手にナイフを隠し持つ。チェルシーも同様の準備を整えると扉が開いた。入れ替わりの兵とすれ違い一秒にも満たない時、二人は振り返り兵の口を抑え、隠していたナイフを首許へと深々と差し込む。筋肉と骨の頑強な鎧を突き破り、神経の束を断ち切っていく。口からは痛みを訴える叫び声の代わりに生暖かい息だけが漏れだし、首からは酸素を含んだ動脈血が壁一面を上塗りしていった。

 

腕力で物を言わせたレインに対し、チェルシーは骨と骨の僅かな隙間に一突きした。説明すると簡単に見えてしまうが体表の上から骨と骨の合間など見えるはずもない、その時点で難易度の高さは見て取れる。加えて言えば、骨と骨の隙間は本当に針一本と言える。正しく針を穴に通す繊細な作業を振り向き様にやってのけるのはチェルシーが優秀な暗殺者であることが分かる。倒れた男もいつ死んだのかも分からないのか、無機質な瞳は虚空を見つめている。

 

全ての地金を血液で多い尽くしたナイフを捨て、何も無かったように歩みを進めた。

 

△▽△▽

 

レインは敵に扮装した姿で単独行動に移していた。そもそも、施設内には人が多いこともあり警備兵を二人一組(ツーマンセル)にする習慣はない。それだけに二人での行動は不審に思われかねない。更に互いに作業をこなせば時間の短縮にも繋がる。レインのやるべきことは自分の装備を取り返すことにあるのだが、今までレインの命を守り続けた鉄のアーマーはどこにあるかが不明であった。

 

ーー回収されたか。

 

あれだけの性能を発揮する防具は帝具と同等の扱いを受けていてもおかしくはない。となれば、既に解体し中に詰まっている技術の解明に手を掛けている頃だろう。強い閉塞感に苛まれ、苛立ちは更にエスカレートしていった。

 

居心地の悪さに息苦しさすら覚えていた時、目当ての部屋を見つけた。武器管理を行うその区画には不用心にも扉のロックはない。出来るだけ自然体を維持した。まるで実家の扉を開くのと同じくらい緊張感のない手付きで扉を開けた。すると驚いたことに哨戒兵もいない。寧ろ、トラップすら疑い始めたがそれを気にしてはキリがない。最低限の注意だけ払い、装備を取り返した。だが、またしても問題が発生した。拳銃ならば懐に仕舞えばいいのだが、刀はどうしようもなかった。上手い言い訳を付けようにも声を発すると存在が悟られる可能性がある。捨てるか迷ったが、チェルシーの記した地図によると出口までの距離は近い。手放すのも惜しいのでなるべく自然に運ぶことにした。

 

哨戒兵をやり過ごしやって来たのは、出口と呼ぶにはサイズの大きい搬出口と表示されている地上へのルートだ。一体何に使うんだと思いながら見上げていると等間隔に響く足音。ここには哨戒兵はいないとすると残るは相棒のみだ。

 

「どうだった?」

 

「問題はない。が、やはりアーマーまでは見つからなかった」

 

そこは端から予想済みなので仕方がないと割り切り長い通路を進んだ。幅もトラック数台分はあろうかと言ったところで、実際に両端は壁より最初にトラックが並んでいる。

 

それを観察しながら扉に辿り着くと扉の開閉を管理する電子ロックを見つける。こういう時、クラントならば難なく開錠してしまうのだろう。だが、生憎にもレインは機械の類いが得意ではない。どうしたものかと悩んでいるとチェルシーが自信ありげに歩み出た。

 

 

「分かるのか?」

 

チェルシーは勿論と答えて見せた。事前に調べ上げた訳ではなく、手引きした男に聞いたパスワード故にあまり自慢げにもできないし合ってるのかも怪しいが、そこは信じるしかない。

 

巨大な扉はそのサイズに見合った音が発生する。ここまで来れば感付かれようが既に遅い。脱出を目の前にしてレインはここまで上手く行くものだろうかと不審に思っていた。警備が緩かった訳ではない。チェルシーの持つ帝具と潜入のスキルは折り紙付きだ。それでも何か胸騒ぎのようなどうしようもない不安感を煽られる。

 

ふと、背後を見渡すと歩んできた長い通路と陳列したトラックなどだけが視界を埋め尽くす。差異はあるが殆どが鉛色で構成される中、一つ輝いた。流れ星のように一瞬で何かは分からなかったが、レインの勘あるいは経験が警鐘を全力で鳴らした。それに従いチェルシーの体を強く押し自身も後方へと跳び退ける。その判断が少し遅ければ、目の前を通過した弾丸の餌食になっていた頃だろう。互いに左右のトラックへと身を隠した。

 

「狙撃か……」

 

レインが目にしたのはスコープに反射した光のようだ。今もなお扉の開閉は続き、あと一歩で自由の身だったと言うのに。眉の辺りに苦渋の線を彫り、突破口を探すべく頭を回転させた。

 




アカメが斬るの!の世界観が崩壊しつつありますね。トラックとか電子ロックとか出てきましたし……。

今後もこの程度の投稿ペースになりますが悪しからず。


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狙撃は寝て待て

ソラと呼ばれる女性は優秀な狙撃手(スナイパー)であった。ましてや数百メートルの距離で外すなど有り得ないほどに。

 

ソラは初弾を外した苛立ちを舌打ちとして現した。使い終わった薬莢を排出し新たな薬莢を装填する。着弾まで1秒程度の高速でやってくる物体をどう躱したのか、という謎だけが残った。まず、今のは外したのではなく躱されたと言うべきだろう。だからと言って、銃声を聞いてから避けたと言うなら最早こちらに打つ手はない。だが、それはまず無理だろう。そんなことが可能な身体能力なら捕まることはなかったはずだ。直感というのも些か納得のいかない見解である。なら答えは一つだ。隣に立つ上司兼観測手(スポッター)の男に原因がある。スコープから目を離すことができないソラだが概ね確信していた。そして、事実隣に立っているクラウの覗いているスコープは光を反射させこちらの位置を知らせることに努めていた。

 

やはり連れてくるべきではなかった、そう後悔しているソラだった。そもそも、狙撃に関しては素人同然のクラウに観測手(スポッター)を任せようと思った自分が悪い、諦めて一人での狙撃を実行しようとグリップを握り直した。狙撃手(スナイパー)は基本的に二人一組(ツーマンセル)、もしくは三人一組(スリーマンセル)で動くことが多いが今はそこまで厳戒態勢になる必要はない。なぜなら、こちらが断然有利なのだ。それに餌はもう撒かれている。その餌に食い付けば、人間には反応できない速度で相手の射程外から一方的に弾丸を叩き込めばいい。餌を前にじっと耐えるなら、もうすぐ駆け付ける増援の物量で押し潰せばいいだけの話だ。それにクラウには下がってて、と叱咤済みだ。もう幸運が訪れることはない。

 

ーーさぁ、出てきなさい。

 

後は待つだけだ。いつものように、動くこともなく、ただひたすらに待つだけだ。

 

△▽△▽

 

レインはまともに動くことも出来なかった。迂闊にトラックから飛び出せば、頭は西瓜を割ったような光景になるだろう。出口は目の前だというのに。餌を前に待てを続ける犬とはこのように耐え難い心境なのか、と感じていた。チェルシーも変装の必要性を感じなくなったのか元に戻っている。そして、向こうも為す術がないと言った苦悶の表情を浮かべている。

 

レインは嫌な汗が全身から流れていることに気が付いた。死に近い体験をしたせいか、全身に夥しい量の汗が流れている。変装に使った目出し帽を外し、手元にある物を再確認する。刀にナイフは言うまでもなく使い物にならない。自動拳銃と突撃銃があるがどちらも近距離戦闘には適している。だが、狙撃戦では話にならない。射程は高々十~二十メートル程度なのだ。物によれば二キロ先に赤い花を咲かせることの出来る狙撃銃とは不利有利を論じるのも馬鹿らしい。なにより最もこちらが不利を被っている要素は位置の悪さだ。向こうは視界の良い高台を見つけており、そこからいつでもこちらを狙い打ち出来るのだろう。狙撃手(スナイパー)は位置取りで勝負が決まるというのは冗談ではなかったらしい。これでは完全に詰みである。

 

チェルシーも打開策を模索してはいるが状況が悪すぎる。こうなれば一か八か──

 

ーー駄目だ、駄目だ!

 

頭を振り強く歯軋りすることで、なんとか痺れを切らさずに済んだ。向こうはこういった無茶な動きを待っているのだ。危うく敵の術中に嵌まりかけたチェルシーだが、このまま黙っていても始まらない。先程から永遠に無茶な策と一旦落ち着けという自分の声がループする。始めからあの男を信じるべきではなかったのだ。全く、最近詰めが甘くなったなと思う機会が増えた。恐らくはレインに感化された部分もあるだろう。ここ数ヶ月ぬるま湯に浸かり続けたツケを払わされる時が来たのだ。

 

ーーごめん、助けにきたつもりだったのに……。

 

そう思いながらレインに目を遣ると行動を起こしていた。その男の顔は危機に脅かされて動いている顔ではない、確かな希望の糸を掴み這い上がる顔だった。

 

レインは隠れていたトラックを漁っていた。どうやら兵員を輸送するトラックらしく、中にはまだ武器の類いが残されている。

 

ーーこの最悪な状況を打破できる物は……。

 

銃はあるがやはりどれも近距離戦や中距離戦を想定されたもので都合よく狙撃銃などは放置されてはいない。仮に狙撃銃があったとしても、先述した通り位置の悪さがある。加えて狙撃手としての腕の差が出てしまうだろう。レインは刀や銃に埋もれた中に手を突っ込んだ。キラリと光る鉄が見えたのだ。掴むと片手で持ち上げるのが困難な程に重い筒だ。ただ中には人ならば木端微塵にすることが出来る砲弾が内包されている。

 

ーーこれなら、可能性自体はある……か。

 

考えたがやはり怪しい所だ。それでも相手に届く武器が手に入った。これを上手く使うしか希望はない。なにより、チェルシーをこんな地獄に招いたのは自分が原因だ。彼女だけでも逃す、そう決意し策を組み立てていく。

 

△▽△▽

 

ーーそろそろ痺れを切らすか。

 

ソラはこれまでの経験上耐える訓練を受けていない相手なら半刻と持つ者は居なかった。あの男もまた、こちらの様子でも伺おう等と愚かな選択を取るのだろうか、どこか物悲しげな目でスコープを覗いていた。

 

△▽△▽

 

ソラは男という生き物に対して強い偏見を持っていた。それは過去の悲惨な経験からきている。まだ少女の時分であった頃、一家は盗賊に襲われた。父は数人殺したが弱っていたところを殺された。母と少女は抵抗したところで特に結果は変わらなかった。適度に痛め付けられ、反抗しないのを確認すると目の色が変わった。非常に下卑た目だった。少女は理解出来ず母は何かを察したのか怯え始め、その体を震わせた。

 

絶望だった。獣欲に突き動かされた盗賊達は女を消耗品としてしか見ていなかった。人間性、それはここまでの事が出来るのか、少女は絶望と苦痛の中で幼い心が変わっていくのに気付くことはなかった。

 

少女の一家は一つの小さな集落に属していた。そして、その集落の家畜小屋には女が詰められていた。お前達は家畜だ、俺達に飼われなければ生きることも儘ならない、そう洗脳するように放置され、飯と称して家畜のエサが出された。

 

数日経つと逃げ出す者も現れたが、発砲音とバタっと何かの倒れる音だけが聞こえ奴等が入ってきた。お前達の責任だ、そう怒鳴り付けて穴だらけの死体を家畜小屋で磔にした。それは紛れもなく先刻逃げ出した者だった。違うのは穴だらけになり、死臭を纏っていたことだ。

 

翌日、家畜小屋は死臭と集る蠅で埋め尽くされていた。それに充てられて吐き出された嘔吐物の臭いも混濁し、正気を保つのも難しい空間だった。地獄の片鱗を味わった少女は憔悴しきっていた。その心を蝕む“声”があった。それは殺せ、殺せ、と呟き続けた。犯されたくないなら刃を突き立てろ、蹂躙されるのが嫌なら銃を取れ、死にたくないなら殺せばいい、少女の幼く脆い心に生まれたばかりの自制心が崩壊するのに時間は掛からなかった。

 

その日の夜、数人の女が呼び出された。男達のお楽しみには必要だからだ。少女も呼ばれた一人だった。随分従順になったな、磔の効果が出たかと男達は油断していた。その状況で“声”はまたしても言葉を紡ぐ。凶器は転がってるぞ、好きなのを取れ、と。その言葉通り周囲には男達の装備が疎らに落ちている。男の隙を突いて、咄嗟にナイフを背中に隠した。ナイフを持った瞬間、少女の小さな脳に多量の情報が流れ込む。持ち方、力の入れ方、振るい方、少女は混乱も覚えたが目の前に迫る男を見て、防衛本能と新しい知識が相俟って刺した。それも少女の力で致命傷を与えられる柔らかい眼球に。男は予想していない反撃に対応も出来ずに叫んで転げ回っている。

 

「おいおい、どんだけ激しい……あぁ?」

 

男は連れをからかおうとしたところで視界が狭まったのに気付いた。男は薬でハイになっていたこともあってすぐには気付かなかった。目に何か入った、そう思い手を目に持っていくと大きな鉄があった。それも鉄塊ではなく、人の手で綺麗に形作られた、人を傷付けるための物だと気付いた瞬間、左の眼球が爆発したように熱を持った。その爆発に伴い男は膝から叫び声と共に崩れ落ちる。

 

部屋の残り二人の男も異様な雰囲気に目を遣ると脳天に高速で何かが飛んできた。だが、それが何かを考える為の脳は高速で飛んできた何かによってぐちゃぐちゃにかき混ぜられた後だった。

 

少女の手には男達の所持していた拳銃がすっぽりと収まっていた。勿論少女は銃を握るなど初めてだ。ナイフを手にした時と同じ現象が銃を手に取った時にも訪れた。使い方を一瞬で理解したのだ。少女は硝煙が漂う銃口を死体へと下ろし、更に数弾打ち込んでいく。確実に止めを刺すためか、恨みが爆発したのかは分からないが漠然と引き金を引き続ける。そして、マガジンに詰められた鉄が無くなり幾分か軽くなった拳銃を放り投げる。少女を除く女性達は状況を理解出来ず、ポカンとしている。それは少女が悪役の笑顔を無理矢理張り付けたように歪な笑みを浮かべていたからだ。

 

それから少女は母を助けるでもなく、父を弔うわけでもなかった。ナイフと銃を両手に集落を出たのであった。少女に変化をもたらした“声”も最初から居なかったように消えていた。それからは“声”によって得た禍々しい狂気と少女らしからぬ技術で各地を転々とし、帝国軍にスカウトされた。ここならば男尊女卑などの下らない思想はない、実力主義者の聖地とも言えた。ここで自分を活かせる場所を探した。それが狙撃手(スナイパー)だった。時にヘドロや下水の通る溝に這いつくばり、時に虫やら雑草を食し、時に糞尿を垂れ漏らしながらも射撃態勢を維持する。いつ現れるかも分からぬ標的を待つために。そんな不快な環境下でも耐える事が出来るのは生きることが彼女にとってのプライドとも言えたからだ。その忍耐力を買われ、帝国で一二を争う狙撃手(スナイパー)へとなったのだ。

 

△▽△▽

 

ソラは我慢強く耐え続ける標的をスコープで監視し、昔懐かしい思い出と一緒に待っていた。今となって考えれば、あの“声”は消えたのではなく自身の中に溶け込んだのだろう、技術として、また意識として。その“声”が久しく叫んだ気がした。来るぞ、とあの時の盗賊連中に襲われた時よりも大きな声で警告する。スコープから見える光景は数分ぶりに変化を見せた。標的の男は布を巻き付けた左手のみを地面に着けて射線に現れた。アクロバティックな動きではあったが正確無比なソラの射撃技術から逃れる程の速さも意外性もない。だが、右肩に担ぐ黒光りする筒の危険性はソラの心臓を跳ね上げさせた。それが起因し、レティクルが僅かにずれた後に引き金を引いた。ボルトアクション方式のスナイパーライフルは面倒な動作を必要とし連射性能を捨てるが、精密性と弾道直進性は他の銃の比ではないのだ。つまり外せば致命的なミスになる。放たれた弾丸はレティクルの示す位置へと着弾した。

 

△▽△▽

 

行け、レインはそう叫ぶと同時に痛々しい左手を酷使して飛び出した。自分の命を優先するなら、こんな無謀な策は取らなかっただろう。レインは自分の荷を未来ある若者に背負わせるのが腹立たしくてならないのだ。チェルシーは一瞬躊躇ったがレインの意を汲み取るように駆け出した。

 

本来なら狙いを付ける優先順位は帝具を持つチェルシーが高いのだが、今、レインの右肩に担ぐ切り札がレインの優先順位を引き上げている。もし、チェルシーを撃つなら、筒が火を噴き上げ砲弾が直撃するか、直撃せずとも圧倒的な熱量に肌を舐め回される。どちらにしろ無事では済まない。

 

そんな考えの下に跳び出したレインだが、敵方の狙撃手(スナイパー)は始めに男から殺すことを決めている。レインの深読みも虚しく、一発目の銃声が地下空間に轟く。だが、着弾した位置は急所ではない。レインの唯一地面に接地していた左手の手首だ。その痛みは今までの痛みに比べれば、耐えられないものではない。しかし、手首であっても侮ることは出来ない。着弾の衝撃が血管を逆流し、心臓を止めることもある。レインの体が小柄でないのでそうはならなかったが。

 

宙で体勢を崩したレインは左肩から転ぶように右肩へ滑り、器用に足をあるべき地面へと戻した。左腕の痛覚がもたらせる最大限の痛み、銃弾がいつ自分のこめかみに穴を開けるのかという恐怖を同時に脳で捌きながらも砲身の如く太い筒を狙撃手(スナイパー)の位置する高台目掛けて引き金を引いた。

 

レインが引き金を引く数秒前、ソラはコマ送りの世界を体験していた。排莢する慣れた手付きも遅く、スコープから見えるのは男の精悍で高潔な目とこちらに向けられた砲口だ。標的を優先するか、自身の命を優先するか、ソラにとっては迷うべき事項だった。標的は男だ。男に抱いてきたのはどれも平等な殺意だった。だが、なんだあの男の目は、ゆったりと流れる時の中で男に対して迷いが生じた。あの時の盗賊のような獣欲にまみれた目でもなければ、オネスト大臣のようにおぞましく底の見えない悪意も宿していない。男に対して初めて持つ感情、純粋な戦意だった。どちらが戦士として優れているのかを試したくて仕方がない。

 

ここまで奇異な体験をしておいて、それがどうでもよくなるような感情がソラの中で萌芽した。戦意の赴くまま戦うのもよかったが、男が手負いであってもらっては勝とうがこの戦意を収められる自信がない。仕方ない、レティクルを射出された砲弾に向け引き金を絞る。丁度レインとソラの中間点で中に詰まっていた熱量が炸裂した。ソラは顔を覆い、レインは筒を手放したが圧倒的なエネルギーの塊をどうすることも出来ずに受け止め、搬出口を大きく飛び越え搬出路まで飛ばされた。黒い煙が場に立ち込め、狙撃は難しくなった。それでも満足げな笑みを浮かべた。

 

ライフルを大まかなパーツに分けていき、ケースへとしまう。その顔には普段からは想像も付かない程の笑みが浮かべられている。こんなに健やかに笑ったのはソラも初めてだった。元から整っている顔の為、それは大層映えるのだが、普段を知る者には不気味にしか感じない。

 

よく思い返せば、ソラは周りに不思議な男が多いなと感じた。身近で言えば隣にいるクラウもその一人だ。感情の豊かな男ではあるが、一度も目に感情を宿したところを見たことがない。まるで死者とも言えるだろう。己が死んだことを理解できないで現実世界をさまよう哀れな亡霊のような。そんなことはありえない、と下らない考えを頭の隅へと追いやった。それよりも初めて明確に出来た敵に喜びを覚えていた。

 

ーーレイン……飢えた殺人鬼か。

 

ーー簡単に死ぬなよ。

 

僅かな微笑と共に一人の狙撃手は力強い歩みで去っていく。




レイン君はモテますね、男からも女からも。このままチェルシーをナイトレイドに行かせるか行かせないかの思案中です。多分、行かせると思いますが。

ではまた次回


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