インフィニット・ストラトス~オーバーリミット~ (龍竜甲)
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第一巻
プロローグ前半


インフィニットって色んな二次創作小説ありますよね。
楽しく読ませてもらってます。


ISという兵器がある。

正式名称を『インフィニットストラトス』と言って、元々は宇宙空間での活動を目的として、日本最高の頭脳を持つ科学者、篠ノ乃束博士が十年ほど前に発表した技術だ。

始めこそ次世代の宇宙服ということで研究、開発が進められたが、ある事件を境に「IS」の兵器としての有用性が危険視されはじめ、国際連合はアラスカ条約を日本に対して締結させ、連合内部にIS委員会なるものを設置。国家のIS保有数並びに運用状況を監視することにした。

そしてアラスカ条約により、日本は都内にIS学園を開校。世界中からIS操縦者を集め、育成していく方針をとった。

これにより、ISの安全な運用が実現され、ISはスポーツの一種として世間に認知されることとなる。

 

だが、待って欲しい。

結局のところISとはなんだ?

スポーツ用具の一つ? はたまた原初の通り宇宙服?

そんな訳はない。

結局のところ、ISとは・・・・・。

 

 

兵器なのだ。

 

 

四月、俺にとって二年目の高校生活が幕を開けた。

事前に聞かされた話だと、今年、公的にはIS学園始まって以来の男子生徒が入学するらしい。

なぜ、ISの運用が始まって十年もたつというのに初めて、なのかというと男性にはISが使えないからだ。

理由は不明。制作者である篠ノ乃束博士は二年ほど前から行方不明。ISを構築するISコアが完全にブラックボックスなため、理由の解明も問いただすこともできない。

まあ、あの人ははじめっから答える気は無いらしいけど。

 

そう言えばさっきから目覚まし時計が五月蝿い。

俺はてを伸ばし、ベッドの側にある目覚まし時計のベルを押さえつけた。

押さえつけたまま上体を起こし、ベッドに腰かけたまま、ようやく時計のスイッチを切る。

まずい、そろそろ雨が訪ねてくる時間だ。

 

急いでクローゼットからシャツとスラックスを取りだし、身支度を整える。なんとか間に合ったな。

 

(アイツは何かと世話を焼きたがるしな)

 

雨が来る前に準備できたので、俺は持ち込んだテレビを点け、ニュースにチャンネルを合わせた。

最近はどこもかしこも物騒なニュースが飛び交い、今映っている番組でも無惨に破壊された建物が報道されていた。

 

(IS学園生徒を狙った犯行・・・・・か)

 

去年はここまで酷くは無かった。

確かにIS学園生徒を狙う犯罪シンジケートは存在するが、ここまで大っぴらに事を運ぶ奴等は珍しい。

これまでにも何人かの生徒が巻き込まれたらしいが、実際にISで襲ってくる連中は居なかったらしく、日頃軍人並みの訓練を積んだうちの生徒には勝てるわけもない。今回も犯人を撃退したらしく、被害者は三年の生徒だと報道されていた。

 

―――やっぱり兵器じゃないか

 

・・・ま、俺には関係ないか。

あ、でも雨には注意しとかないとだな。

あいつ、たまに抜けてるところあるし。

 

ピンポーン

 

そうこうしているうちに、部屋のチャイムがなった。

どうやら雨が来たみたいだ。

ロックを解除し、ドアを開けるとそこには見慣れた幼馴染みの顔。

 

「お、オハヨ。クっちゃん!」

「ああ、おはよう雨。今日も食堂か?」

「ううん、今日は作ってきたんだ」

 

そう言って、結構ボリュームのある弁当箱を差し出す前髪お化け。ゴメン、前言撤回。顔見えねぇ。

この前髪娘が俺の幼馴染みの篠乃歌 雨(シノノカ アメ)である。

見た通り、結構な人見知りの恥ずかしがりやで、人前に出ることを得意としない。

だが、人は何かしかの特技は有るようで、料理の腕は光るものがある。特に和食。

 

「・・・・・おお、凄いな相変わらず。ドンだけ時間かけてるんだよ」

 

ベッドを収納スペースに押しやり、壁際から小さいテーブルを引き出して二人で向かい合わせになるように座る。

ふたを開けてみると、卵焼きに焼き鮭、煮豆と、全て輝いているように見えた。実際に白米は輝いている。

 

「あ、あんまりは掛かってないよ。新学期初日だから、ちょっと頑張っただけ。前日の夜にね、下ごしらえするの」

「いや、普通はそんなことしないっての」

 

箸を雨から受け取りながら雨の工夫を賞賛する。

さて、まず何から食べようか・・・・・。

 

「そう言えばクっちゃん、今朝の速報見た? また襲われたらしいよ」

「ん、ああ。そのはなしか。無事だったんだってな三年生」

 

うわっ、卵焼きスゲェ! ふっくらしてるのに、含まれてる出汁がみずみずしい!

 

「うん、でもなんか妙な事を聞かれたらしいよ。龍が何とかって」

「何とかって何だよ。アレか、そいつらは珍獣ハンターなのか」

 

煮豆全然パサパサしない。程よい甘さが心地いいデス。

さっきの卵焼きもあんまり甘くなく、俺好みの味だったし、ホント料理うまいな。好み言った覚えは無いけど。

 

「クっちゃん・・・・」

「あー、雨。お前が何を言おうとしてるか想像付くが、俺は関係ないからな」

「でもクっちゃんだって一応はIS操縦者なんだし、気を付けた方がいいと思うけど・・・」

「操縦者なくて、候補者。な」

 

踏み込まれたくない所まで話が進んだから、自然と不機嫌な面になっていたんだろう。雨はしゅんとしてしまった。

その様子を見せられては、いつもお世話になりっぱなしのこいつに申し訳ないと思ったので、流石に雰囲気を変える。

 

「えっと、ありがとな。弁当」

「えっ? う、ううん。そんな良いよお礼なんて・・・・」

 

両手をパタパタ振って遠慮の姿勢を見せるが、本来遠慮の姿勢を見せるべきなのは雨じゃなくて俺だ。

 

「俺もそろそろ自活しなくちゃな。後輩にみっともない姿は見せられないだろ」

 

俺は寮の中で唯一の一人部屋で、後輩が入ってくるなら、ここに来る可能性もあるはずだ。IS学園生徒は基本寮生活だしな。

そう決意すると、何故か雨は絶望的な表情になった。

さっきまで可愛らしく揺れていた両手はわなわなと震え、震える唇でやっと声を出す。

 

「そ、そんな・・・。あのぐうたらなクっちゃんが・・・・自活!? ダメダメ・・・私の存在意義が・・・・!!」

「お、おい? 雨?」

 

あまりにも鬼気迫る顔だったので心配になる。存在意義がどうのって・・・・・なにクライシス起こしてるんだよ?

すると雨はガバッと顔をあげ、珍しく前髪を払って俺の顔を見た。

 

「く、クっちゃんは! 今のままでいいと思うよ・・」

「・・・・・・お、おう。そうか・・・・」

 

び、ビックリした。余りにも近くに雨の顔が来たのでこっちがどもっちまったぞ。

でも、今のままか・・・・・。

事情を知らないとは言え、ちょっとショックだぜ。雨。

 

俺は、このままじゃいられない。

 

弁当を食べ終わった俺は、自主的に弁当箱を洗い、布巾で水分を拭き取る。

 

「あっ、懐かしいねこれ」

 

その最中、雨は俺の部屋の整理をするつもりらしく、さっきからクローゼットをごそごそしていたんだが、何かを見つけたらしい。

 

「何を見つけって・・・・イィっ!?」

 

ぴろーんと雨が広げていたのは、俺の制服。IS学園の白い制服だ。

だが、ちょっと待ってほしい。その制服は俺のだが、形が違う。

IS学園の制服は、各国の風潮に合わせるため、改造は自由とされているが俺は基準服をそのまま着ている。

だが、雨の持っている制服は俺のだが、俺が着ているものじゃない。

その制服は、胸元にはネクタイではなくリボンがあしらわれていて、本来腰の辺りで切れているはずの裾が、膝上まで伸びている。

女物だ。まごうことなき女物だ。

 

「懐かしいよね~。クっちゃんが女装して入学してた頃!」

 

言ったぁあああああ!!

雨が遂に俺の黒歴史を口にしたぞ!

 

「いや、違う! あれは親父が女子で届け出出してて・・・・てかなんで捨ててないんだよ俺!」

「そのわりには結構本気で女子に混ざってたでしょ」

 

雨の指摘にぐぅの音もでない。

ああそうさ! 確かに俺は去年の春、女子に変装してここに入学したさ!

でも仕方ないだろ! 通ったんだから!

誰に向けてかわからない弁明をしていると、雨が目を見開く。

 

「・・・・く、クっちゃん・・・・・あれ」

 

雨が震える指で指すのは時計。その長針が指すのは始業五分前。

たしか、今年の生活指導って・・・・・千冬さんだっけ・・・。

 

「・・・・終わったな、雨・・・って居ねえし!」

 

気付けば雨は居なくなっていた。

くそ、幼馴染みより罰則の心配かよ・・・・・。

バタバタと準備し、最後に洗った弁当箱を雨に返すため掴む。

 

――――今のままで良いと思うよ

 

――――変わり続けよっか、くーちゃん

 

あの人からの言葉と相反する幼馴染みの言葉。

俺、柊 暮刃(ヒイラギ クレハ)には、どちらが正しい道か分からなくなっていた。

 

 

 

「まったく、よくもまぁ初日から遅刻できるものだな。なぁ、女装男子?」

「はい・・・・スミマセン。て言うか千冬さんは俺が女装して入学してくるの知ってたじゃっ!?」

 

見事に遅刻した俺は、ホームルームに行けずそのまま生活指導室に連行された。『ブリュンヒルデ』の手によって。うわ、凄い光栄。

千冬さんは俺の頭をしばいた出席簿をテーブルにおき、腕を組んだ。よっしゃ、叩いて被ってゲームだな・・・・!!!

 

「おい、バカなことは考えるなよ。短い人生だ。そうそうに散らせたいことはないだろう?」

 

あ、これ普通に怒られる流れだったんだ。まぁそうか。

千冬さんは読心術に長ける。俺みたいなヤツの考えていることなんてお見通しだろう。

だから、多分伝わったはずだ。

「それ以上障るな」というメッセージは。

 

「・・・・さてと、お前は今日から二年生だ。私も今年は一年生を受け持つことになったからな。まったく、去年のような目に遭うのは御免だぞ」

 

去年のような目、と言うのは一部の熱狂的な千冬さんファンによる、追っかけだろう。

 

「でも、千冬さん去年は一睨みで静かにしてましたよね。あんな感じで行けば良いんじゃないですか?」

「あの後、妙な手紙が靴箱に投書され始めたんだ・・・・・」

 

千冬さんは陰鬱な表情を浮かべながら、携帯端末に件の手紙を表示させた。

 

もっと! もっと!もっと罵って!!

ありがとうございます!! ありがとうございます!!

もうちょっと上から見下ろす感じで下さい。具体的にはこ↑こ↓ら辺からです。活動に必要なんです。

 

エトセトラエトセトラ・・・・・・。

 

「・・・・酷いですね・・・・これは」

「お前でもそう思うか」

「待ってください千冬さん。お前でも、ってどういうことですか。まるでこの手紙の差出人と俺が同レベルみたいじゃないですか」

「大差ないだろう」

 

酷い。手紙もそうだが、千冬さんも相当ヒドイ。

て言うか文字で角度指定しても分からないだろ。数字入れろよ。

 

「確か、副担任、山田先生でしたよね。頼ったら良いじゃないですか」

「山田先生には迷惑を掛けられん。今年はあのバカが居るからな。既に大変な目に遇われているんだ」

「ああ、弟さんでしたっけ」

 

たしか・・・・・織斑一夏って言ったな。

世界で確認された二人目の男性IS操縦者だ。

一人目こと俺はISを展開しているかどうかの判断が難しく、世間からは存在が隠されているが。

 

「ああ、私の愚弟だ。あの馬鹿者が。受験場所を間違えるだと? 小学生か」

 

散々な罵倒だが、その表情は、弟を心配する姉そのものだ。

腐っても姉なんですね・・・・・

 

「あでっ」

「また失礼なことを考えただろう?」

 

また殴られた。チクショウ、出席簿取っとくんだった。

 

「まぁ、そう言うわけだ。学内と一部に限られるが、お前の存在を知る人間が増える。努々、注意を怠るなよ柊。」

「はい、分かりました」

「・・・・もう乗る気は無いのか?」

 

先程とは違う緊張感を漂わせ、千冬さんが問う。

乗る、と言うのはやはりISの話だろう。

確かにここにいる身ゆえISの起動、展開は出来るが、特定の機体を除いて適合率がかなり低い。誰でも一定以上の適合率を出せる日本製のIS『打鉄』や、フランスの量産機体、『ラファール・リヴァイヴ』を使ってもだ。

世間一般から見れば、「なんでお前学園にいんの?」ってぐらいに。

だが、重要なのは特定の機体を除いて、と言うところだ。

どうやらここで、俺を正式に操縦者として認めるかどうかIS委員会の中で意見が割れているらしい。

 

「はい。ありません」

「・・・・・そうか。以上で要件は終わりだ。これからも変わらぬ学園生活を送るといい」

 

千冬さんの言葉にまたどきりとさせられる。

どうやらこれで解放してくれるらしく、顎で行け、とドアを示される。

良かった、二発ですんで。 居眠りなどをしようものなら、音速のチョークが飛んでくると言う噂の織斑千冬を目の前にして遅刻したのに、たった二発だぜ? しかも結構常識的な威力だ。あとで雨に自慢してやろう。

 

「それと、最後に」

「はい?なんですか?」

「一応、他人の前では先生を付けろよ? この女装男子!」

 

いや、三発食らった。通常通りだ。

 




感想、評価は後半を読み終わった後にでもお願いします!
読んでいただきありがとうございました!

訂正しました。ヴァルキュリア→ブリュンヒルデ


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プロローグ後半

前半と合わせてのプロローグです。
読みにくかったら教えていただけると、次回から書き方を変更します。


俺が生徒指導室から出ると、すぐにホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴った。

だから俺は、一限に間に合うように校内を歩いている。

一限目は一般教科だ。遅れるわけにはいかない。

すると、一年のフロアを横切ったとき、ある教室の前に女子がかなり集まっていることに気が付いた。

 

「やっぱり良いわよね~、年下!」

「あ、わかるわかる。なんだか、教えてあげたくなっちゃうよね」

「えー、私はどっちかって言うと、リードしてもらいたいタイプ」

「あれが、千冬様の遺伝子・・・・・・(じゅるっ)」

 

・・・・よく見れば二年や三年もいるぞ。

しかし近づくと、俺に気づいた二、三年の女子が、あからさまに嫌そうな顔をした。そこまで毛嫌いすることないじゃないですか・・・・・・。

 

「お? 珍しいな。雨がこんな人混みにいるなんて。どうしたんだ?」

「あ、クっちゃん。今来たの?」

 

人混みの中に雨を見つけたので、話しかけるついでに、自然に混ざる。

今来たの?じゃないだろ。一人でさっさと行きやがって・・・。

 

「ああ、さっきまで千冬さんの説教を受けてたんだよ。朝から二発だぜ?」

「それは災難だったね・・・・」

「それより、何なんだこの集団は。千冬さん?」

 

あの先生の人気は、目を見張るモノがある。

今年は学年主任も兼任するそうで、去年から女子たちが壇上に立つ千冬様を見る機会が増える!と騒いでいた。授業中の姿をどうやって見る気だよ。殴られるぞ。

そう予想したが、どうやら俺の予想は外れらしい。

 

「――の弟か」

「うん、正解。織斑一夏くんだって」

 

道理でいつもの騒ぎかたとは違うと思ったワケだ。

集まっている女子たちは、どこか牽制しあうような雰囲気を放っている。

俺も首を伸ばし、教室1ー1内を覗き見る。

・・・・・お、いたいた。

教室の最前列に、男子制服を着たヤツが一人座っている。

落ち着かないのか、暇潰しに教科書を読む動きは、どこかで忙しない。

というか、内容理解できてるのかな? 普通IS学園に入学するやつって、前々からISについての基礎知識を学び、学園でその知識の確認、及び実習を行うってのが一般的なんだが、あの織斑一夏は見たところ完全に素人だ。

入試の際に、偶然ISを起動させたらしいが、IS学園の入試からまだ一ヶ月とちょっとだ。

俺はたっぷり一年かけて理屈は頭にいれたが、一ヶ月やそこらで理解できるほどISは甘くない。

 

(俺の場合、実習がネックだったりするんだけどな・・・・)

 

「五月蝿いぞ小娘ども! 私の授業の邪魔をする気か? もうじき授業が始まる、さっさと教室に戻れ!」

 

遂に千冬さんが声をあげ、俺たちを追っ払う。

女子たちは、指導を受けたことに一礼し、素直にその場から立ち去る。

 

「・・・・俺たちも戻るか」

「そうだね・・・・」

 

これ以上騒がしくなることは無いだろうが、俺たちも、女子の波に紛れるように歩き始める。

ってか千冬さん、俺より後に指導室出たはずだよな? なんで普通にここにいるんだ・・・?

千冬先生のマジックに驚いていたら、クラスの女子が俺に気づき、話しかけてきた。

 

「およ? クレハ君じゃないッスか。どしたん? ホームルーム居なかったッスよね?」

 

彼女の名前はフォルテ・サファイア。

クラスメートで、俺の女装が発覚した後も、変わらず接してくれた数少ない人物の一人だ。

三年のダリル先輩とペアを組んでいて、その実力は折り紙付き。先輩と渡りを付けてくれたりと、俺がこの学園で過ごしやすいように苦心してくれた、なかなか優しい性格の持ち主である。

どこかの国の代表とか言う話は聞いたことないが、専用のISを持っていて、去年の専用機持ち限定タッグマッチ戦では、その実力を遺憾なく発揮させた。

 

専用機――。

この学園に通う者なら、一度は夢見るモノだ。

世界中のあらゆる国家、及びIS開発企業はそれぞれ、総数467機のISの内一定数のISを研究、開発と言う名目でIS委員会から受け取っている。

それらを量産型ではなく特別にチューンアップして、所属している人間にテスターとして貸し与え国の技術の向上を目指す。それが世界における専用機の仕組みだ。

ようするに、「もっともっと技術高めたいから、ちょっとこれ使ってIS学園で性能見てこい」ということだ。

もちろん、専用のISを持つにはそれ相応の実力が伴わなければならないが・・・。

因みに国家の代表と慣れるほどの実力者を、代表または代表候補生という。

 

「ちょっと遅れてな。生徒指導室にいってたんだよ」

「あー、何発?」

「二発」

 

そんな短い会話を終わらせると、フォルテがそう言えば、と話題を振ってきた。

 

「同じ立場の者として、彼には挨拶してきたッスか?」

「いや、してない。今日は止めとく。多分向こうは俺のこと知らないだろうし、急に出ていってもまた騒がしくするだけだろ」

「まぁ、そうッスよね~。女子はクレハくんの話したがらないッスから」

 

フォルテから、知りたくなかった女子の事情を聞かされ、ちょっと気分を落としていると、さっきから雨が会話に入って来ないことに気が付いた。

周りを見渡すと、雨は俺の後ろに豆みたいに小さくなって、フォルテを見ている。どうやら人見知りモード発動中らしい。

 

「篠乃歌さんもおはよッス」

「う、うん。オハヨ・・・・」

 

お、おお。雨が挨拶を返しただと・・・!?お兄ちゃん感動。

 

「さて、お二人さん、急ぐッスよ。もう授業まで三十秒も無いッス!」

 

そう言うと、フォルテは一人スタートダッシュをキメる。あっ、ズリィ!

俺たちも負けじと廊下を駆ける。間に合うか・・・・!?

 

「おい貴様ら! 廊下は走るな!!」

 

当然、怒られたのは言うまでもない。

 

 

その日の夕方、部屋に戻った俺は、鞄をベッドに放り投げ、自身も鞄の後を追うようにベッドに倒れこむ。

 

「あー、疲れだー」

 

喉から搾るように、ダミ声を室内に響かせる。

今日はIS実習があることをすっかり忘れていた。初日だからって油断したぜ。

だから、人体とISのリンクをサポートするためのスーツ、ISスーツを部屋に忘れていて、体育教官も勤める千冬さんに報告したところ、「下着でするか、女子になるか、好きな方を選べ」と言われた。

混乱して下着で実習を受けるところだったぞ。女子用スーツって、セパレートタイプがあるんだ・・・。

それだけでも疲れるには十分なのに、更に追い討ちをかけるように適合率が伸びない伸びない。

五パーを下回ったときは、ブレードでハラキリしようかと思ったぐらいだ。女子の嘲笑が痛かった。

 

(くそっ、どれもこれもみんなこれのせいだ)

 

制服の上から自身の左胸に手を当てる。

こいつのお陰でISが動かせるようになったが、同時にこいつのせいで他のISを動かせなくなった。

俺がISを動かせるようになったのは二年前、中学三年生のときだ。

胸に埋め込まれたこいつのせいで、俺は今ここにいる。

 

そのとき、特徴的な着信音が俺の端末から鳴った。

 

「・・・・・・・おいおい、マジかよ」

 

この音が鳴るのは、大抵面倒ごとが起きるときで、去年一年、俺も結構ひどい目を見てきた。

しかし、出ないわけにも行かない。

表示をみると、「轡木用務員」とある。

 

「・・・・・もしもし」

『二年一組、柊 暮刃君ですね。至急用務員詰め所に来てください』

 

それだけを言うと、通信は一方的に切られる。

轡木 十蔵。ここ、IS学園で働いている、唯一の男性職員だ。

普段は、柔和な人柄と親しみやすい性格から「学園の良心」とアダ名されているが、その実態は違う。

現IS学園理事長の夫にして、多忙な日々を送っている妻の代わりに、学園の実務を殆どこなしている、まさに裏理事長とでも呼ぶべき人物だ。

俺は学園に、去年一年で作った多大な借りがあるため、それを返すために、時たまこういう風に呼び出しを受けるのだ。

さて、行きましょうかね。

俺は再び制服を手に取ると、それに袖を通した。

 

 

「柊 暮刃くん、キミに任務を言い渡します」

 

そら、来たぞ。

用務員室に入ったとたんに言い渡された呼び出しの理由。

予想は着いていたが、俺が任される仕事なのであまり重要なものは無い、というのが今までの任務だった。

例えば、IS学園のイメージアップを図るためにISをキャラクター化した着ぐるみで都内を歩かされたり、訓練用のISの整備、格納。その他、細々した雑用が主だ。

だからなんでこんな重大任務のようにイチイチ呼び出すのか分からない。片付けくらいなら普通に頼めよ。

しかし、今回の仕事はそんな簡単なモノでは無いようで、轡木用務員は他言無用を指示してきた。

素直に頷くと、用務員は任務内容を話し始める。

 

「内容は、教師部隊と共にIS学園周辺都市の警護、及び敵勢力の撃退です。予定期間はおそよ一週間。早速今晩からはじめてもらいます。何か質問は?」

 

・・・・・・この有無を言わせない饒舌なしゃべり方、正しく裏に相応しい人物だな・・・。

俺は轡木用務員と真正面で向き合い答える。

 

「ではひとつ。警戒対象は恐らく最近活発化している犯罪シンジケートの攻撃ですね? ならば内容にある通り戦闘になるかもしれません。なぜISをマトモに扱えない俺をこの任務に組み込んだんですか?」

 

今までの任務と、今回の任務の違いすぎる。

しかも、俺はISの起動展開は出来るが、操縦が効かない。

もし本当に戦闘が起こったのなら、ただの足手まといになるだけだ。連れていくメリットがない。

轡木用務員は少し考える素振りをみせ、ニパッと笑って答えた。

 

「今回の任務に君の存在は都合がいい、では理由に足りませんか?」

「納得するわけが無いですよ。俺がこの任務に都合のいい存在なら他にも優秀なのが大勢います。何処かの代表候補生にでも正式に任務を発行し、募集した方がいいんじゃないんですか?」

「そう、ソコですよ」

 

轡木用務員は、俺をビシと指差した。

 

「本来、この任務に生徒を駆り出す予定はありませんでしたが、教師側だけでは人員の確保が難しく、どうしても一枠足りない状況だったのですよ。そこで君のいった通り候補生を採用しようと思いましたが、ある理由により、却下せざるを得ませんでした」

「ある理由・・・・?」

「他国の候補生を、日本の治安維持に駆り出して、問題がないと思いますか?」

 

そう言うことか。

本来、ISの規定範囲外での展開は、アラスカ条約に違反する行為になる場合がある。

いくら、犯罪への対処でも自国の候補生、ISが条約違反を起こしたとなったら国も黙ってはいないだろう。

だから、俺を使う。

俺は世間どころか、未だに校内でも知らないやつが居るような男性操縦者だ。

知っているのは学園の関係者と、中国、イギリスのほんの一部のIS関係者。そして、数名のIS委員メンバーだけだ。

もし違反をしてしまったとしても、学園は幾らかは言い逃れができるし、所属する国がないので、何処にも迷惑が掛からない。

 

「・・・・・つまり俺はすて駒扱い、ということですか」

「気を悪くしないでください。これでも我々は君の能力を高く買っています。調子に並みは有りますが、適合率の低い機体でよく今まで此処で学んで来られたものです。それ相応の報酬は出せると思いますし、今回はバックヤードでも構いません。受けてくれますよね?」

 

そこまで言われたからには断れるはずもなく、俺は頷くしかない。

 

「よかったです。最悪、縄かけてでも行かせるつもりでしたから」

「おい。・・・・いや、なんでもないです。」

 

初めから断らせるって言う選択肢は無かったのか。

 

「それでは以上で話は終了です。すぐに千冬先生号令のもと、任務が始まります。正門に向かってください」

 

俺は一礼して、彼に背を向け出口に向かって歩き出す。

 

「そうそう。噂なのですが、敵は龍を狙っている。という話があります。何か心当たりは?」

「・・・・・・・いえ、特には」

「・・・・・・そうですか。立ち止まらせてしまってすいません」

 

謝る轡木の声をききながら、俺は不安な気持ちで扉を閉めた。

 

 

春の夜は未だ寒く、結構堪える。

 

「すいません、柊 暮刃。 たった今到着しました」

「柊くん! 遅刻は厳禁ですよぉ~!」

 

そう言って怒るのは、既にIS「ラファール・リヴァイヴ」を展開している1ー1副担任の山田真耶先生だ。

初日から、締まらないことでもやらかしたのか、普段以上に先生モードだ。

 

「やっときたか柊。お前も学習しろ」

「すいません千冬さん。轡木用務員との話が長引いてしまいました」

「ふん、ならいい。ほら、これがお前のぶんだ」

 

千冬さんから渡されたのは、緑色に輝くペンダントだった。

隣で山田先生が「織斑先生が名前を呼ばれても怒ってない・・・!?」と驚愕している。いや、ちゃんと怒られますよ。

渡されたペンダントはIS「ラファール・リヴァイヴ」の待機形態で、スペックを確認するとちゃんと訓練用ではなく、実戦用になっていた。

 

「ちゃんとお前の癖にあわせて、格闘戦装備だ。幾らか拡張領域が余っていたので銃器の類いもあるが、まぁ好きなように使え」

「はい、分かりました」

 

千冬先生は、俺がバックで監視を行うことを知っているようで、俺だけ、他の先生とペアで動くよう指示された。

 

「ヨロシクねー。柊くん」

 

此方に向かって手をふっているのが、ペアで行動する先生、大倭先生だ。

かなり若い先生で、ノリが完全に女子高生のそれと同じであることで有名な先生だ。因みに今年の担任がこの先生である。

 

俺はラファールに起動の指示を与える。

一瞬で粒子が身体を包み込み、その粒子が俺にあわせて装甲を形成する。

・・・・・・ふぅ。各部異常ナシ。適合率、12%うわ。

 

「初めて見たけど、本当に操縦できる男子って居るんだねぇ」

「まぁ、満足に動かせたことは無いんですけどね」

 

大倭先生が目を丸くするので、ちょっとハードルを落としておく。期待されたらたまらん。

 

「よし、全員準備が整ったな。それではこれより、特殊任務『ネズミ取り(ロール・キャッツ)』を開始する!総員浮上!」

 

千冬さんの掛け声で、俺を含めた全ての教師たちがPIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)をオンにし、フワリと宙に浮く。

 

『それでは各ユニット、指定の配置につき警護を開始。次の連絡は一時間後だ』

 

先生たちはそれを聞くと、それぞれ割り振られた持ち場につく。俺と大倭先生の持ち場は港区にある工業地帯だ。

 

まず先生が先頭を飛び、俺が後から追従する形で空から様子を見る。

先生、ISで飛ぶとき、足閉めて飛んでくれませんかね?

いい感じの肉付きの太ももがチラチラと・・・・・。

俺は先生より少し上の高度を保ち、ハイパーセンサーの感度を引き上げる。

下には大量のコンテナが積み上げられており、工業地帯というかただのコンテナ集積場所、といった感じだ。

どれもこれも、結構古いのが置いてある。

しかし、俺は少し気がついたことがあったので、プライベートチャンネルで大倭先生に通信を入れる。

 

「偶然じゃない。私も連絡しようと思ってたところよ」

「そうですか。だったら話は早い。見たところおかしなコンテナが四基ほど置いてありますね」

「やっぱりそう思う? 巧妙に隠してるつもりでしょうけど、全然だめね。コンテナを引き摺った痕がまだ新しいわ」

 

俺はコンテナが妙に新しいことに違和感を持ったのだが、先生はその裏付けまで取っていたらしい。凄いな。

 

「調べますか?」

 

減速して、空中で停止しながら提案する。

 

「そうね、だけど一応織斑先生に連絡を入れておいて。私が降下し、調査します」

 

先生は音もなく降下を開始し、緩やかに着地した。

対IS用アサルトライフルを構え、慎重にコンテナとの距離をつめる。

俺はその間に、千冬さんにコンテナを調査する旨の連絡を入れ、再びハイパースコープの感度を上げる。

熱、動体、赤外線、未だにどのセンサーにも反応がない。

と思っていたら、

 

「避けて! 柊くん!」

 

―――警告!―――

未確認ISの起動を確認! 射撃体勢への移行を確認! ロックされています!

 

大倭先生の叫びと、ISの警告が、同時に俺に届いた瞬間・・・・俺は光の中にいた。

コンテナから出たのは大出力の荷電粒子砲で、俺はその砲撃をもろに食らった。

常時展開しているシールドバリアーは、適合率が低いせいか脆弱で、シールドとしての役割を果たさずに割れた。

ISが操縦者を守るために絶対防御を発動させる。

そのせいで、リヴァイヴのシールドエネルギーはどんどん削れていく。

急激な減少を知らせる警告音が鳴り響く。

 

「つァッ!!」

 

俺は二刀の近接格闘ブレードを召喚し、それで全面にシールドバリアーを展開。ビーム攻撃を受け流す。

ハイパーセンサーが敵ISのすがたをとらえ、表示される。

(なんだ・・・・あのIS!?)

何とかビームの照射から抜け出し、確認すると、異様としか言えないISがコンテナから出てきた。

真っ黒な装甲に、両腕には大型荷電粒子砲をそれぞれ一門ずつ備えた巨大なマニピュレーター。

おまけにごく初期型のISに見られる全身装甲タイプだった。

見た目は初期の第一世代型ISや、第二世代型ISに見えるが、攻撃力はかなりある。さっきの攻撃で既にシールドエネルギーを六割ほど削られた。

 

「はァああああッ!!」

 

大倭先生が敵に斬りかかる。

しかし敵もやり手のようで、重そうな見た目とは裏腹に、先生の剣撃を次々とかわしていく。

俺も先生と敵の距離が開いた瞬間を見計らって、銃による支援射撃を行うが、装甲が硬いらしくただの銃弾では体勢をくずすこともできなかった。

 

「柊くん!撤退して! 私が時間を稼ぐ!」

 

先生が降り下ろされたマニピュレーターを受け止めつつ、逃げるように指示する。

敵のISのせいだろうか、さっきから救援信号を出しているのに、ジャミングにかかったかのように返答がない。

ここはどちらかが離脱し、直接救援を呼んだ方がいい。

俺は反転し、IS学園に向かって飛行する。

だが、敵のISはそれを許す気がないようで、大倭先生を隙をついてもう一方のマニピュレーターで弾き飛ばすと、右腕の粒子砲を断続的に発射し、俺の行動を制限する。

 

(まずい、今ので先生は完全に沈黙した。逃げることも難しいぞ・・・・!!)

 

俺は一心不乱に、飛んでくる砲撃を避け続ける。

暫くすると、敵のISが砲撃をやめ、背中のブースターから燃費の悪そうな黒い煙をあげながらこちらに向かって飛び上がってきた。接近してくるつもりだ!

突き出された右手のマニピュレーターを俺から見て左に払うと、次は上段から左のマニピュレーターを頭めがけて降り下ろしてきた。

俺はとっさにその場で下降し、攻撃をかわす。

再び、追撃で拳が迫ってくるが、それもギリギリかわす。

 

(クソ・・っ。やっぱり反応が・・・・!)

 

ISと人体のリンクをサポートするISスーツを着ているにも関わらず、体感的にリヴァイヴの反応が遅い。原因は明らかに適合率の低さだろう。

始めこそ、敵の猛攻をなんとかかわしていたが、だんだん敵も慣れてきたのか、こちらの動きに合わせ正確に拳を振るい、砲撃を放つようになってきた。

そして俺が攻撃をギリギリでかわすため、そのたびにISが絶対防御を発動しエネルギーが削られていた。

一際大きい衝撃が全身を襲い、地面に接触するまで自分が殴られたことに気がつけなかった。

 

(今のでもう限界だ・・・・・・!)

 

致命的な角度で攻撃を受けたのか、絶対防御が発動したせいで俺のシールドエネルギーの残りの殆どが消え去った。

こちらに向かって、ISが粒子砲を向けている。

今食らえば、絶対防御はおろか、通常装甲すら消え去り、赤い光の奔流が俺の体を焼くだろう。

最後に通信回線を開いてみたが、結果は変わらない。ジャミングが効いているようで、誰とも連絡が取れない。

俺はコンテナにもたれ掛かり、死を覚悟した。

その時。

 

「ひっさしぶりに日本に戻ってきてみれば、いきなり市街地戦? けっこうハードなことするようになったのね日本って!」

 

そんな声が聞こえると同時に、敵ISが被弾し吹っ飛ぶ。

 

(い、今のは・・・まさか『龍咆』・・!?)

 

声は、若い。どこか幼さを感じる女性の、女子の声だ。

しかも、俺はこの声を知っている。

 

「ちょっと、そこの操縦者。あんたもう少し模擬戦の相手くらい選んだらどうなの? 見てらんなかったわよ」

 

その少し上から目線で発せられる口ぶりも、その肩に部分展開したISも、その小柄な体躯も。

つい二年前だと言うのに、すでに懐かしさを感じるほどに、思い出の中にいた少女。

いや、もしかしたら思い出にしたかったのかもしれない。

 

「・・・・・・ねぇ? 大丈夫? さっきから反応が無いけど」

 

気が付けば俺は、その助けてくれた少女に、不思議そうに覗き込まれていた。

どうやら彼女はISで浮上しているらしく、ハイパーセンサーを使ってこちらの様子を窺っているようだった。

 

「あ、ああ。大丈夫だ」

 

俺はマニピュレーターをふり、意識があることをアピールしたが、はたと気付く。

・・・・・・さっき俺は彼女に顔を見られていたはずだ。

事実、俺はさっき確認し、あれが彼女であると納得したからだ。

だったら、なぜ彼女は俺を前に平然としていられる・・・?

 

そんな俺の疑問を余所に、彼女は自身のISを、部分展開ではなく、完全に展開した。

ああ、わかる。

分かってしまう。

あの機体がどのようなものか。

明るい紫が基調となったカラーリングで、特徴的な武装はやはりあの両肩の非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)だろう。勾玉のように外側に突きだしたデザインが攻撃的な印象を受ける。

そして、俺の偽物の心臓が、異常な速度で血液を全身に送り始める。

身体が熱い。まるで何かに歓喜しているようだ。

 

「それで、アレ。倒しちゃっていいの?」

「え? あ? そうだな・・・。問題ないと思う・・・・」

 

その熱のせいで、彼女の問いにもしどろもどろに答えることしか出来なかった。

俺が問題ないと言うと、彼女はその勝ち気な瞳に眩いほどの光をともらせ、臨戦態勢に入った。

 

「そう、じゃあアイツは私が片付けてあげるから、ちょっとあんた。あたしをIS学園まで案内してくれない? 見たところ教員部隊の一人でしょ?」

 

彼女は盛大な勘違いをしたまま(まず、俺を男だと認知していない)再起動を果たした敵と向き合った。

日本人と似たアジア系の、鋭い顔を自信満々に敵に向け、チャームポイントのツインテールを潮風に靡かせながら、その中国人女子は名乗りをあげたのだった。

 

 

「私の名は凰 鈴音(ファン リンイン)! そして専用IS『甲龍』!私たちを舐めると、痛い目見るわよ!!」

 

 

そう高らかに宣言する彼女の姿は、俺には二年前の冬の彼女に重なって見えた―――ー。




ありがとうございました!
ヒロインは酢豚(鈴)です!

訂正しました。ダンテ→ダリル

ダンテって・・・・誰だっけ?


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再会と再起動

鈴とクレハの関係とは!?


「『甲龍』・・・・・・」

 

闇夜に、街頭の光を受けて輝くISに、俺は呆然とした呟きしか洩らせない。

なんで、アイツがこんなところに・・・・・!?

混乱の最中にある俺をおいて、当の鈴は体勢を立て直したISに向かって突進する。

その両手にあるのは甲龍の基礎武装―――『双天牙月』だ。

 

「ハァアアアアアアッ!」

 

鈴は分割状態にあるそれを縦横斜めと、振り回す。

その猛攻を捌ききれないのか、敵ISは両手にバリアーを張り踏ん張っている。

一際強い斬撃を鈴は放つと、遂に敵のバリアーが粉々に砕ける。

 

「『龍咆』!!」

 

鈴はその隙を逃さず、甲龍の第三世代型兵器『衝撃砲』を相手に直接撃ち込んむ。

ハンマーで殴られたかのような衝撃が二発。相手の真芯に当たり絶対防御が発動。エネルギーが大幅に削られる。

吹き飛んだISは、そのまま東京湾に落ち、見えなくなった。

 

―――敵ISの沈黙を確認

 

「・・・・・っ!?」

 

突然走った痛みに、俺は胸を押さえる。

くそっ、目標が沈んだことに安心したのか、さっきの疼きが酷くなってる・・・・!

 

「・・・・あー、逃げられちゃったかー。ま、いいや。ねぇ、ちゃんとやっつけたんだし、案内してくれるよね?」

 

着地した鈴がISを起動したままこちらに歩み寄ってくる。

まて、来るんじゃない・・・・。こっちに来るな・・・!!

 

――――特定のコアの反応を検知、Bシステムを起動―――

 

遂に俺の視界内に、そんな表示が出てきたときだ。

 

「―――凰 鈴音!今すぐISの起動を解きなさい!」

「抵抗は無意味です。既に五機のISがあなたたちを包囲しています!」

 

黒塗りの大型バンの登場とともに、二機のIS(リヴァイブ)を纏った女性自衛官たちが銃を構えたまま俺たちのそばに着地した。

 

「コイツら、日本のIS部隊・・・? 今更何しに来たって言うのよ!」

 

突然のIS部隊の登場に驚く鈴。

 

「何をしに来たのかと、問うのはこちらの方です。IS学園編入手続きを終えるまでの勝手なISの展開は、アラスカ条約に抵触します。よって、我々は貴女を拘束しなければなりません」

「え・・・? ちょっと! 勝手になに両脇に手ぇ突っ込んでんのよ! 放しなさいよ!」

 

そのままずるずると、甲龍ごと引きずられていく鈴。

凄いなあの女性官たち。完全にパワータイプ仕様の甲龍の抵抗を簡単に抑え込んでいる・・・。

やがて、鈴が俺から離れたせいか、胸の疼きも段々と収まっていく。

 

(・・・まぁ、なんにせよ。敵のISを一機落としたか・・・)

 

俺は立ち上がり、まだ痛む胸を押さえながら大倭先生を探す。

ISの反応がないから、恐らく展開が解けているのだろう。

 

――そう、安心していた。

 

――――敵ISの再起動を確認! ロックされています!!

 

(再起動だと!?)

 

慌てて海を見やれば、海中から覗く2つの赤いアイカメラ。

その付近に、チャージ中なのか光が集まっているように見える。

 

(マズイ、今後ろには鈴を乗せた車が――――――!)

 

一瞬の間のあと発射される最大出力形態(バーストモード)での荷電粒子砲。

俺は紙切れのようなシールドエネルギーを使って、それを抑え込む。

 

「うおおおおおおおおおっ!」

 

五重に張ったシールドが、一枚割れる。

後ろではこっちに気付いていないのか、ISを解いた女性自衛官が鈴とともに車に乗り込み、発車の瞬間を待っていた。

 

また、一枚割れる。

大倭先生にも、千冬さんにも連絡が通じない。他の先生にもだ。

完全な孤立。俺は一人であのISに立ち向かわなければならないのか!?

 

また一枚割れ、残り二枚。

ISの適合率が、胸の疼きとともに下がっているのか、マニピュレーターが揺れる。

シールドも維持できなくなりそうだ・・・!!

ようやくこちらの状況に気付いたのか、展開されたISがこちらにかけてくる。

でも、遅い!

 

残り、一枚。

どうする、どうすればここを乗り切れる!?

援護は間違いなく間に合わない。もう俺のリヴァイヴも限界だ。

さっきから偽物の心臓がここから出せと言わんばかりに跳ね回る。

 

――――Bシステムを・・・・

 

ああ、わかってるよ。

ホントは会えてうれしいんだよな。お前も俺も。

でも、過去の出来事が許せなくて、お前をここに埋め込んだあの人が許せなくて、正直言ってお前をまた見たいとは思えないんだ。

 

――――Bシステムを・・・・

 

だから、塗り替えたくて、越えたくて、いつまでもいつまでも無様にここで足掻いてる。

いつかは使えるようになる。いつかは完璧に自分のモノにして、大手を振って謝りに行こう。

そう、頭では考えながら毎晩眠れない夜を過ごしている。

だから・・・・・・あ。

 

俺のハイパーセンサーが、IS『甲龍』を纏った『鈴』を捉えた。

それと同時に俺のなかで、何かがカン高い音をたてて広がっていく感覚がした。

 

――――――――Bシステム、起動。展開準備(スタンド・アップ)

 

シールド一枚を支えている、リヴァイブのマニピュレーターが溶けていく。

それでもシールドが消えないのは、また新たにISを構築している(・・・・・・)からなのだろう。

 

緑色の装甲がとけ、真っ白な装甲が姿を表す。

両肩の角ばった装甲は、綺麗な流線形を描く白銀の装甲に替わり、固定ユニットが消え去り、背後に新しく非固定ユニットが現れる。

 

――――――――展開準備、及び展開完了 IS『瞬龍』起動します

 

「――――ハッ!!」

 

俺は両拳を握りしめ、前に向かって正拳突きを繰り出す。

両腕を離れたエネルギーは、最大出力の粒子砲をも押し退け直進する。

 

「おいあんたら! さっさと逃げろ!!」

 

自分でも驚くほど低い声で叫んだと思う。

俺は背後の連中にそう叫ぶと姿勢を低くとり、『瞬間加速(イグニション・ブースト)』で相手との距離を一瞬で縮める。

ビームを照射するISを真下に見ながら、俺は再び拳を固め降り下ろす。

ドォン! という水を弾く音が周囲に響き渡り、俺の衝撃砲が相手にヒットする。

 

「――――――ッ!」

 

続けて二発。更に続けて三発。

合計六発の衝撃砲を真上から浴びせた。

装甲をベコベコに凹ませたISが、最後に俺のほうを見てきたので。

 

「俺に勝負を吹っ掛けてきたことがマチガイだったな。なぁ? 無人機(・・・)さんよ」

 

爆発するISに向けて、そう手をふってやった。

 

 

あの後、呆然と状況を理解するだけのことに脳の処理能力を割り振っているのか、全く反応しなくなった鈴を、ISごと車の天井に縛り付けた自衛官たち(俺を見ても何の反応も無かったから、もしかしたらIS委員会の連中かもしれん)が連行するのを見送ってから、しばらくした後に他の先生方がこちらに急行してきた。おそっ。

怪しいと見ていた他のコンテナは、全てISが収納されていたような痕跡があったが、戦闘の最中に逃げてしまったらしく何の情報も得ることは出来なかった。

で、現在の俺は、と言うと。

 

「まったく、たいしたことをしてくれたな。この馬鹿者が」

 

千冬さんの説教を受けていた。なぜか轡木用務員も同席して。

時刻は朝の6時。そう、朝の。

 

(おかしい。俺は昨日の二時くらいまで事後処理におわれていたはずだ。なのになんで寝ていない・・・!?)

 

俺の疑問を全く意に介せずに千冬さんは説教を進める。

 

「敵を撃退したのは褒めてやろう。だが、撃墜するバカがどこにいる。死体が上がってこなかったか良かったものの、上がってきたら柊、お前は間違いなく処分を受けてたぞ」

 

そうそう。あのISだが、俺の予想は的中していた。

突撃前、熱源反応のなかったコンテナに、最後の粒子砲の容赦ない攻撃。

あれはどちらも人が乗っているという仮定では成り立たない事象だ。

人が居たのなら、熱感知に引っ掛からないのはおかしいし、後ろに生身の人間がいる状態で粒子砲を最大でブッ放すなど、マトモな人間の戦いではない。

以上のことから無人機だと仮定してのラストアタックだったのだが、引き揚げられたISを調べたところ、完全に人の痕跡はなし。晴れて無人機だったということが証明された。

だが、千冬さんはその情報を箝口令が敷かれている、と他言無用を押し付けてきた。

もともと秘密の仕事なので、言うつもりは無いが、どうにも気になる。

 

「(バシッ)・・・私からは以上だ。轡木用務、貴方からは何かありますか?」

「そうですねぇ・・・・・。まぁ、良いでしょう。結果だけを見れば敵の戦力は確かに削られました。この場合、叱責を受けるのは新任とは言え、戦闘中に生徒を残して気絶した大倭先生でしょう」

 

千冬さんは俺の頭を叩き、轡木用務員に話を薦めた。

 

「確かに、今週編入予定だった凰 鈴音さんを条約違反で強制帰国させたのはまずかったですが、貴方の存在が明るみに出なかったことが幸いし、数週間後に再来日することが決定しました。なんの問題もありません」

 

そう言うと、用務員は指導室を後にした。

 

「・・・柊」

 

千冬さんが椅子に深く腰掛け、俺を見据える。

 

「・・・・Bシステムを起動させたらしいな」

「・・・・・・ええ、ホントにイヤなことを思い出しました」

 

千冬さんは、俺と一緒にあの場を経験した一人だ。

勿論、俺の胸・・・と言うか心臓の代わりとなっているIS『瞬龍』についても知っているし、それに搭載されたシステムの危険性も熟知している。

 

「・・・制御は?」

「昨日の状態では少し気性が荒くなっている、と言うことを自覚しましたが、常識的な範囲です」

「そうか。何よりだ」

 

千冬さんは安心したように息をつく。

 

「私にもなぜこのタイミングで凰と、あの機体がやって来たのかはわからん。だから特に注意できることは無いんだが、気を付けろ」

「ええ、もう丸一年以上気を張った毎日ですよ」

 

チョッとしたジョークを言ったつもりだったが、千冬さんは「そうか、アイツが迷惑をかける」といって、それきりなにも言わず、欠席許可証をおいて指導室を去った。

・・・・・えっと、つまりこれ休んでいいって事なのか?

 

 

二年前の冬、イギリス、中国、日本の共同で、あるISが極秘裏に造られた。

計画のコードネームは『双龍』。

そのISは、特定のISと特殊なネットワークを構築することで、あるシステムが起動し機体全体の出力を格段に上げると言うものだった。

システム名はBerserker system。縮めてBシステム、と呼ばれた。

 

計画には、日本側から数年ぶりに表世界に顔を出した篠ノ乃束博士が参加。

イギリス側は、当時イギリスが最も研究の進んでいたBT兵器の技術の基盤、非固定浮遊部位の技術を提供。

同じように中国側も、空間を圧縮し、自在に砲弾を操る衝撃砲の技術を提供した。

 

試験操縦者は、日本で発見され、未だに公表されていなかった存在である当時14歳の少年だった。

Bシステムにおいて重要な、特定のISには中国の未完成IS、『甲龍』が選ばれた。

試験は成功。

その場で、システムを搭載したISは『瞬龍』という名称がつけられた。

ここまでは、誰もが幸せに計画を進められる、そうおもっていた。

だが、試験終了直後、国籍不明の武装集団、及びISが研究所を――――――。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・朝か」

 

何やらイヤな夢を見た。

俺は頭を振るうと、カレンダーを見る。

あの事件から今日で6日。

千冬先生の残した欠席許可証は、一週間の許可が出ていて、度肝を抜いた。

だから俺はその許可証を盾に、一週間の休みを得たのだ。

することもなく、唯一したことといったら、トレーニングぐらいだろうか。

じっとしていると、俺のIS『瞬龍』が、生体再生で補った血管に血液を送り出す鼓動が聞こえて気分が悪くなった。

許可証も明日で期限が切れる。

 

「・・・・・・学校、出るか」

 

そう言えば、今日一年がアリーナで何かする、という周知メールが出てたな。

気晴らしになるか分からんが、出てみるか。

目的を持つと、幾らか行動する気力も湧くようで、俺はやっと重いからだを上げたのだった。

 

 

 

 




え? 中途半端?
すいません、いい区切りが見つからなかったんです。
次は多分イチカやセシリアとの絡みがあると思います。・・・・・多分。


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銀対白(蒼編)

銀対白、先ずはセシリアとです。


一週間ゴロゴロしている間に土日を挟んだらしく、久しぶりに登校した学園は月曜日だった。

クラスの皆は、俺が一週間休んでいたことを不思議に思っていたらしく、千冬さんが

 

『柊は一身上の都合で、実家に帰省している』

 

と、話を付けていてくれたみたいだった。だから雨もまったく訪ねて来なかったのか。

大倭先生は朝、顔を会わせると両手をあわせて謝ってきたものの、俺はそれに目線で「いいっすよ」と返している。

ふー、やっと放課後だ。

今日の目的は、朝のホームルームでも連絡のあった通り、一年同士による模擬戦の観戦だ。

俺はクラスの女子の会話から会場は第三アリーナだと言う情報を得たので移動する。

IS学園は各教室が詰め込まれている本校舎を中心に、各アリーナや各施設がところ狭しと並んでいる。

たっぷり五分ほどかけて第三アリーナに移動する。

雨やフォルテは他の女子と先に行ってしまったらしく、近くには姿が見えない。

なんか、休んだ一週間で俺の孤立度上がってませんか?

 

そんなことを考えながら並木通りを歩いていると、ある人物と目があった。

 

「・・・・サラ・ウェルキン・・・・」

 

IS学園二年生。整備科所属。

イギリスの代表候補生だという話は聞くが、専用機持ちだという噂は聞いたことはない。

彼女は、同い年とは思えぬ大人びた雰囲気を漂わせて、木の幹に寄りかかって立っていた。

 

「何してるんだよ、こんな所で」

 

俺は目があったからには無視するわけにもいかず、比較的苦手とする彼女に取り敢えずそんなことを訊ねてみる。

 

「それはこちらの台詞よ。貴方こそどうしてここにいるの?」

「どこでどうしてようが俺の勝手だろ」

「その言葉、そっくりそのままお返しするわ」

 

あー、そうですかい。

俺はサラを無視して歩き出す。

しかし、サラはどうやら俺に用があってここにいたらしかった。

 

「今日のアリーナでの模擬戦。見に行くつもりなのかしら?」

「・・・ああ。ちょっとした暇潰しでな」

「対戦するカードはご存知?」

「いや、知らん」

 

端的に伝えると、サラは上品に、しかし厭らしくフフッと笑った。

 

「どうやら最近話題の、世界で一番目の男性IS操縦者と、我が祖国、イギリスの代表候補の試合のようですよ」

「・・・・・・それがどうかしたのか?」

 

対戦カードははじめて知ったが、今さら驚くような内容ではない。

せいぜい、今年の一年は血の気が多いなーと言うくらいだ。

 

「見に行くつもりでしたら、気を付けてくださいね。あの子(・・・)、男性嫌いなモノでして」

 

そう言うとサラはアリーナに向けて歩き出す。

なんだ? どういう意味だよあれ?

・・・・・・やっぱあの時のことまだ怒ってんのかな?

あの時のこと、と言うのは俺の女装が露呈した時のことで、その原因はあのサラ・ウィルキンに有ったりする。

彼女とは一年の頃、寮のルームメイトとして一学期を過ごしたのだが・・・・・・・、やっぱり起こるのよね。

ハッキリ言っちゃうと、サラは百合趣味(・・・・)なのだ。

ある日の夜、俺が女装したままトレーニングルームから帰ってくると、その部屋で待っていたのは、薄く頬を赤らめベッドに横になるサラだったのだから驚いた。

その時は何とかかわしたものの、就寝時に彼女の手が俺のナニを・・・・・いや、止めておこう。

 

兎に角、俺はサラに特に嫌われている。

俺へのいじめはアイツが先導して行ったと言われているくらいだ。

そんなヤツがワザワザ忠告じみたことまで言いに来たのだ。ただで済むとは思えない。

 

「・・・・・・・やっぱ帰るか」

 

その場でくるっと回れ右。

俺は寮に向かって歩みだした。

 

 

それから十分ほど後だろうか。

俺の端末に、千冬さんから着信が入った。

 

「はいっ、柊ですっ!」

「・・・なぜそんなに力が入っているのだ?」

 

いや、千冬さんから連絡って、大抵怒られることが原因なので・・・・・。

 

「・・・・まぁ、いい。至急第三アリーナまで来てくれ。ちょっと我々では抑えが効かん」

 

千冬さんの声はどんよりと暗く、疲れているというより、呆れたような響きを含んでいた。

 

「何かあったんですか?」

「ああ、オルコットのヤツがちょっとな。頼んだぞ」

 

それっきり、通話は途切れる。

――オルコット。

さっき学内ネットで調べたが、この学園においてオルコットの名を持つのはただ一人。

セシリア・オルコット。

一年生にして、イギリス代表候補生、及び専用機持ちというエリート街道まっしぐらというヤツだ。

今回、アリーナで織斑と戦うのは彼女だという話だ。

・・・・・待てよ。つまりさっきサラが言ってたのはこういうことなのか?

一年が俺をどうやって知ったのかは気になるし、どういう用件なのかも気になる。

・・・・・全てはアリーナに行けば分かること、か。

 

 

 

 

「・・・・・で、なんで又ISを着てるんですかね?」

 

俺は身長的に見下げることになる山田先生を睨んだ。

 

「そ、そんな睨まないでくださいよぅ・・・」

 

山田先生はいそいそとISのチェックを終わらせて、オペレーションルームに戻っていく。

このISは、訓練機ではなく、山田先生のリヴァイヴだ。準備できなかったらしい。

適合稼働率は15%。あ、いつもよりは良い方の数字だ。

 

『仕方がないだろう? 織斑の前にお前を出せといって聞かないんだからな』

 

スピーカーから千冬さんの声が流れる。

千冬さんもオペレーションルームに居るようだ。

因みにさっきからそこで見ている、織斑一夏ともう一人女子の視線が気になる。

二人が俺を物珍しそうに見てくる。

 

「・・・・なんだよ? そんなに珍しいか?」

「い、いえ。俺より先輩が居たことに驚いているだけです・・・・・」

「えっと・・・・、柊、先輩?のことは学園の情報にも有りませんでした。一体どういうことなのですか!」

 

女子のほうの質問にどうやって答えたものかと悩んでいると、山田先生が「Aピット、射出準備!」とコールする。

俺は都合よくコールが鳴ってくれたので、それで終わりだとばかりに準備姿勢を取る。

 

『おい柊。「瞬龍」は出来れば使うな。負けても良い。だが、無様な姿は晒すなよ?』

 

個人回線で千冬先生が言う。

 

「それはつまり、出来れば使って勝て、と言うことですか?」

『・・・・・・この間の一件と、検査の結果、お前の破れた心臓にはISのコアが、生体再生を用いて張り付いているようだ。発動しても暴走が起きなかったのはコアとお前が一心同体の状態であるから、と言える。よって私は現時点を以て、お前の気さえ許せば専用機「瞬龍」の使用を許可することに決めた。IS学園生らしく、全力でぶつかるが良い』

 

あの千冬さんが・・・・・瞬龍の展開を許可した!?

つまりそれだけ俺が信頼されている、と言うことなのだがどうにも腑に落ちない。

 

「――――千冬さん、まさか「Aピット、射出!!」あががががががががが!」

 

俺は早速無様な姿でアリーナに放り出されたのだった。

 

 

アリーナの観戦席は、かなりの生徒で埋まっていた。

たかだか学級の代表を決めるための試合なんだろ? なんでここまで人が集まってんだ?

あ、雨がフォルテと一緒に座ってる。

驚いた目でこっち見てるよ。

 

「やっと出てきましたわね、柊 クレハ!」

 

開放回線ではなく、肉声で俺を呼ぶ。

声のした方を見ると、俺より上空に一機のISがいた。

そのISは、背中に四枚のフィン・アーマー、手には身の丈を越すほどのロングレンジライフル「スターライト・Mk3」が握られていた。

リヴァイヴからのデータによると、あのISはイギリス製第三世代型IS『ブルーティアーズ』というらしい。

名前の通り、装甲から手にしたライフルまで真っ青だ。

そしてその操縦者が・・・・・。

 

「私はイギリス代表候補生、セシリア・オルコットですわ! この度はサラさんのお気持ちを晴らすためにここへ貴方をお呼びしましたの」

 

サァアアアアアアアアアラァアアアアアアアアア!!

やっぱりアイツの関係者か!

ていうかお気持ちって! 去年のことあのセシリアとかいうヤツに言ったのかよ!

 

「サラさんがお休みになっているところに忍び込み、シーツのにおいを嗅いだだけでなく、あまつさえそのお体に指を這わせるなど! あってはならないコトですわ!」

 

しかも盛りすぎだろぉおおおお!

 

「ま、まて。落ち着け。アイツから何を聞かされたか知らないが、全部誤解―――」

「更に女性の服を着て学園に入り込むだなんて、なんて変態!」

 

真実ちょろっと混ぜて、信憑性を増しやがった!!

ああ、さっきまで突然の男子の登場に目をキラキラさせてた一年女子の顔が、ごみを見る目に・・・・・。

おいやめろ、ハイパーセンサー。顔だけピックアップすんな。

 

「そう言うわけで、あなた方男を私が華麗に倒して見せますわ!」

 

―――――敵IS、戦闘態勢へ移行。

 

「赦しを乞うなら今のうちでしてよ?」

 

セシリアがライフルを構える。

 

「確かに、謝るべき事はしたけどな・・・・・」

 

あんなに散々言われて、それも嘘に踊らされた罵倒で、挙げ句の果てには模擬戦参加?

 

「ふ ざ け る な よ。一年。先輩には敬語が基本だろ」

 

―――――俺はそこまでバカにされて黙ってるほど大人じゃない。

 

俺が気迫を込めて言うと、

 

「男性の方が何をおっしゃって居るのかしら? 誰のお陰で今の世の中があると思っていらっしゃるの?」

「テメーこそ誰がこの世の中動かしてると思ってる。今も大統領や総理大臣は男だぞ」

「あら、残念。イギリスは既に女性の方が務めていますのよ?」

 

セシリアはそれに気づいていないのか、先程と変わらぬ態度で男をバカにし続ける。

確かに、ISが認知されてから世界は変わった。男の地位は低くなり、女尊男卑の考え方が一般的になってきている。

町に出れば、突然女性に荷物もちをやらされる男を見るのもそう珍しくはない。

 

だからこそ、セシリア(アイツ)の見下げた態度、嘘に簡単に乗せられる単純さが許せない。

 

「逆に言ってやるよライム女(ライミー)。赦しを乞うなら今のうちだぜ」

 

そう言いながら俺は、胸の左側。心臓が熱く、激しく脈打っていることに気がついた。

おまえ、結構好戦的なんだな。

でも、今回はお前の出番は作らないように戦うぜ。

千冬さんはああいったが、万が一って時もある。

 

「そう、でしたら――――――私が日本の謝り方と言うものを教えて差し上げますわ!」

 

試合開始のブザーが鳴り、正式に模擬戦が始まる。

 

刹那に放たれた青い閃光が、俺を貫く――――。

 




読んでいただきありがとうございました。
感想、評価よろしくお願いします!


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銀対白(蒼編)2

セシリア戦。いきまーす。


セシリアの放ったレーザーをなんとか避けた俺は、あいつの狙いを悟った。

 

(あいつのさっきの狙いは俺の頭! 日本の謝罪・・・・土下座か!)

 

どうやらセシリアは俺に土下座を要求しているらしい。

再びリヴァイヴのアラートが鳴り響き、迫ってきた第二射目もなんとかかわす。

 

「ふん、なかなかやりますわね・・・。けれど、いつまでそれが続いて!?」

 

セシリアは俺の動きを見て、俺の力量を測ったらしく、射撃の頻度が一気に増した。

セシリアは俺より上から射撃を行っているため、俺の姿が見えやすいのだろう。その狙いは的確だ。

なんとかしなければ。

 

ーーーー無様な姿は晒すなよ?

ピットから出る前の千冬さんの言葉がリフレインする。

俺はそれに応えるように再びレーザーをギリギリの線でかわした。

 

「ああもう! ちょこまかと! 腹ただしいですわね!」

「おいおい、焦るなよ。試合はまだ始まったばかりだぜ?」

 

そうカッコつけて言うが、余裕がないのはこちらの方だ。

ただでさえ低い稼働率で戦っていて、あまつさえ向こうは第三世代型。

余程の技術差がなければ、勝つのは困難を極める。

俺はセシリアからの攻撃がやむタイミング――エネルギーのチャージ―――を狙って、近接ブレードで攻撃を仕掛ける。

 

「タイミングはなかなかのものですわ。やはり基本は出来ていらっしゃるのですね!」

 

瞬間加速を使って仕掛けた攻撃は、ブルーティアーズの近接武器『インターセプター』によって妨げられた。

・・・・基本だと?

彼女の言い方にカチンと来たが、そこは大人の対応。顔には出さない。

 

――――敵ISのエネルギー充填を確認! 射撃モードへ移行!

 

マズイ! 攻撃が来る!

俺はセシリアの左腕を押さえたままその場で飛び上がると、先程まで俺がいた場所を、青い閃光が駆けていった。

 

「ふふふ、ハイパーセンサーに頼りきりのようですね!」

 

セシリアは俺から距離をとると、再びライフルによる射撃を再開した。

銃弾の雨が酷くて、近づけない。

彼我の距離は約30メートル。遠距離用武器で牽制しつつの接近を狙っても、向こうは中長距離を得意とするISだ。

俺よりうまく距離をとる方法を知っているだろう。

ならばどうするか?

俺は不意の一撃を喰らい、姿勢を崩す。

衝撃をISが緩和しきれておらず、頭を揺さぶられる。

気持ちが悪い。吐きそうだ。

その隙が命取りとなり、俺はその瞬間だけでも、計五発の銃撃を受けてしまったのだ・・・・。

 

 

「あのバカ者が・・・・」

 

千冬はオペレーションルームで試合を観戦しながら呟いた。

クレハがリヴァイヴのままでオルコットに挑んでいる映像がディスプレイに映っている。

 

「? どうかしましたか織斑先生?」

 

デスクに座っている山田摩耶から不思議そうな視線を向けられる。

 

「いや、少しな」

 

千冬はそう短く返すと再びディスプレイに目をやった。

 

(柊のやつ・・・本気で二世代で三世代に勝つつもりか?)

 

ISバトルにおいて、機体性能というのは勝敗を大きく分ける。

もちろん操縦者の練度も重要な要因だが、まだ乗りはじめて五年と経っていない新人の戦いにおいては機体が勝敗を分ける場合が数多くある。

この勝負、クレハが装着しているのは第二世代のリヴァイヴ。オルコットは第三世代だ。

しかもクレハはもともと適合稼働率が低いと言うハンデを抱えている。

クレハに相当な策でもない限り、勝つのは難しいだろう。

 

(さて、あれの許可は出したが、アイツが使うかどうかだな・・・・・)

 

千冬はそう考えながら、塩コーヒーを作り始めた。

 

 

試合開始から30分が経過。

リヴァイヴのシールドエネルギーも大半が削られ、残り140。

装甲は所々が消失し、ISスーツが見えている。

武器も残っているのは、この近接ブレード二本だけだ。

 

(正に、危機的状況だな)

 

さらにセシリアは先程からブルーティアーズが、ブルーティアーズと呼ばれる由縁の第三世代型兵器、『ブルーティアーズ』を周囲に展開している。

四機からなるその兵器は、使用者の脳波を読み取り、射出したビットを自在に操るという兵器だ。

 

だが、ネタは割れたぞ。

 

俺はなけなしのシールドエネルギーで瞬間加速を使うと、再びセシリアとの接近を試みる。

 

「貴方も分からない人ですわね!!」

 

セシリアが俺に向けて二機のビットを使っての多角的直線攻撃を仕掛けてくる。

上下から迫ってくるビットの砲口は淡く光を湛えている。

ビットから繰り出されたレーザーをなんとか回避すると、スコープ越しにセシリアと目があった。

 

閉幕(ヘッドショット)と行きましょう!!」

 

セシリアがトリガーに指をかけるのが見える。

彼女との距離は約十メートル。

喰らえば一撃で終わる攻撃を回避する方法は、あるにはある。

俺は急加速を行い、セシリアとの距離を詰める。

突然のことに、セシリアはスコープから目をはなし、俺の姿を捜しているようだった。

今だッ!!

 

「ウオオオオオオッッ!!」

 

セシリアの隙をつき、ブレードでスターライトの銃口を上へはねあげる。

すると偶然セシリアの指がトリガーを引いたのか、真上へ向かってレーザーが放たれる。

 

「な・・!! ま、まだまだですわ!!」

 

セシリアは俺と距離を取ると、次は四機全てのビットを射出。

待ってたぜ、この時を!!

 

射出されたビットは他方向から俺に迫ってくる。

だが、もうネタは割れている。対応には苦労しない!

 

それぞれのビットが一斉にレーザーを放とうとした瞬間、俺は二本のブレードを円を描くように振るう。

刃の届く範囲にあったビット四機はそのすべてを切り裂かれ地に落ちる。

観戦席から歓声が沸き起こる。

 

「あ、貴方・・・・一体なんで方向が判りましたの!?」

「分かってねえよ。ただ――――」

 

セシリアの顔が驚愕に歪む。

 

「――――お前のクセとタイミングさえ掴めば、いつ撃ってくるか予想はつくだろ?」

 

俺はビットが爆発したのを確認すると、セシリアに向かって飛翔する。

これで彼女の武器はあのロングレンジライフルだけだ。

つまり、懐に潜り込むことができれば勝てる!

 

最後のエネルギーで瞬間加速を使い、セシリアの真上に翔ぶ。

しかし、そんな中でセシリアは再び口元に笑みを浮かべた。

 

「残念ですわね」

 

セシリアの言葉と共に、腰のアーマーが可動し、二門も砲口が現れる。

まさか・・・・あれは――――。

 

「おあいにく様! ブルーティアーズは六機あってよ!」

 

言葉通り、腰の砲口から攻撃が繰り出される。

しかし、今までのビットのようにレーザータイプではない。

俺は回避しようとするも、それが間に合わないと悟る。

腰のブルーティアーズから発射されたのも、それは。

――ミサイルだった。

 

 




ちょっと長くなるのでここでカット。
もうちょっとかっこよく書きたい。

感想、評価&誤字報告、よろしくお願いします!

12/13 最後のシーンを展開の都合上、改編して次の話へ掲載します。


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銀対白(蒼編)3

人の夢と書いて、はがない······いや儚いと書く。


セシリアの放ったミサイルが真っ直ぐ俺に向かって飛んでくるのがわかる。

けれども今の俺には防ぐ術はなくて、ただ流れる時間が体感的には遅くなっているのを感じていた。

そんななか、俺の中のもうひとつの意志がこう命じてくる。

 

――――――『斬れ』、と。

 

 

俺は胸の高鳴りに従い、IS『瞬龍』を展開開始。

その展開中に瞬龍の基礎武装である黒い近接ブレード、『時穿(ときうがち)』を無理やり展開する。

 

「っぁらっ!」

 

迫り来るミサイルを一閃。

時穿に切り裂かれたミサイル二本はその場で爆発を起こした。

端から見れば俺に当たったように見えるだろう。

爆発と同時に瞬龍の完全な展開を終えた俺は、立ち込める煙を突き破って、セシリアに猛攻を仕掛ける。

完全に墜ちたと思われていた俺の復活に、アリーナの生徒が歓声を上げた。

 

「な、なんですの!? そのISは!?」

 

インターセプターで辛うじて俺の斬撃を受け止めたセシリアは目を見開いた。

そう思うのも無理はない。

さっきまで訓練機体で戦っていたヤツがいきなり見たことないISを纏っているんだ。

恐らくブルーティアーズのデータベースにものってはいないだろう。

 

俺は時穿でセシリアを押し退けると、そのまま前進。

すれ違いざまにスターライトMk2を破壊する。

 

「私の銃が・・・・!?」

 

呆然とするセシリアに対して、シールドエネルギーを削るため再びブレードを構える。

 

「これで分かっただろ。自分の実力が」

 

事実、セシリアはリヴァイヴの俺にも幾らか遅れをとる行動をしていた。

そして、瞬龍が出てくればこの様だ。

まだ、このレベルの操縦者には遅れはとらない。

 

しかし、当のセシリアはまだ闘気を失っていないようで、炎の灯った瞳で此方を睨み付けてくる。

俺はその目を覚悟と受け取った。

 

瞬間加速で飛び出し、セシリアの首めがけて時穿を振るう。

――――獲った――!!

 

ガキンッ!

 

短い金属音がなり、俺の剣は何かにその動きを止められた。

その何か、とは・・・・。

 

「ふー、ちょっと血の気が多すぎませんかね先輩?」

 

何の特徴もない近接ブレードで俺の剣を止めたのは、1年1組織斑一夏だった。

 

「何いってるんだよ1年。これは訓練だぞ。本気でやらなくちゃ意味がないだろ」

「いやいや、その本気が妙に真に迫るものがあったので、思わず手が出てしまいましたよ」

 

そう言う一夏が纏っているのは訓練用ISではない。

 

(専用機・・・・・・一次移行(ファーストシフト)前って感じだな)

 

色が塗られる前のプラモ然としたその灰色のボディは日光を浴びて、鈍く光っている。

 

(そんなことより、マズイな・・・・・。もうエネルギーが切れかかってる(・・・・・・・・・・・・・・)

 

瞬龍での戦闘開始から三分。今はこれが限界って事だろう。

俺は時穿を納めると、瞬龍の展開を解いた。

 

「おい、1年二人。ていうか、特に金髪」

 

俺はピットに向かいながら二人に言う。

 

「あんまり簡単にノせられるな。嘘や八百長、まぁちゃんと考えて動けよ」

 

一夏は困惑の表情を浮かべていたが、セシリアは辱しめを受けた見たいに顔を憤怒の表情に歪めている。放送できない顔だな。

 

・・・・っと、こんな感じで良いですかね。千冬さん?

多少の、一夏の乱入はあったが、うまくセシリアをさばけたはずだ。

そういう視線をオペレーションルームに向けると、窓越しに千冬さんが頷いたような気がした。

 

『――――――それではこれより、クラス代表決定戦を執り行うッ!!』

 

千冬さんの宣言のあと、セシリアの叫び声が上がった。

 

 

 

「・・・・・んで? なんでここが分かった」

「新聞部の方に聞いたのですわ♪」

 

俺は試合が終わり、山田先生にリヴァイヴを壊したことを謝ってから、新聞部の質問攻めを避けたのち、やっと夜になって安住の地にたどり着いた訳だが・・・・。(因みにさっきまで雨がいた)

・・・・・報復に来たと・・・・・。

いや、限界まで瞬龍、ていうか心臓を使ったせいでちょっと動きたくないんですが・・・。

ていうか新聞部・・・・。

去年からここに居るため、その悪名は耳に入ってくるが、戦った相手を部屋に寄越すってどういう神経してんだあいつら。

 

「それで、セシリア(・・・・)。一体何の用があってここに来た? やり過ぎたのは謝るからさっさと帰ってくれ」

 

突然の訪問者にそう言うが、セシリアは表情を崩さない。その笑顔、絶対怒ってるだろう。

 

「取り敢えず話は中で聞いてやる。終わったら帰れよ」

 

無理矢理そう言うと、セシリアは「はい♪」と言う。なんなんだ一体・・・・。

 

 

「単刀直入に申し上げます。昼間の件は本当に申し訳ありませんでした」

 

部屋にいれ、イギリス人と言うことで紅茶を出したんだが、その瞬間セシリアは土下座した。

日本伝統の謝罪方法、土下座である。

 

「先ほどサラさんにお話を窺った所、わたくしに伝えたことは真っ赤な嘘、冗談だと仰ったため、謝罪に参りました・・・・」

 

ああ、そう。

まぁそれに関しちゃ、さっきサラの端末にグロ画像ウイルス送りつけたからもう気にしてなかったんだが・・・・・まさかあの高飛車な態度から一変、ここまで大人しくなるとは・・・・。根は素直なのかもしれん。

 

「別に、もう気にしてない。去年ちょっと色々あって、ああいうのには慣れてるんだ」

 

着席し、俺のぶんの紅茶を一口飲む。うん。ばりっばりのリプトンだ。

 

「それに、千冬さんも俺にIS使わせるために呼んだんだろうし、新学期の肩慣らしになって良かったぜ?」

 

そう言うとやっとセシリアは立ち上がり、席についた。

 

「そう言われるのなら私も胸を撫で下ろす気分なのですが、質問、宜しいでしょうか?」

「・・・・・答えられる範囲で、ならな」

 

一応そう言っておく。

 

「なぜ貴方とあのISは世界中のどのデータバンクにも記載が無いのですか?」

 

・・・・・・答えられない範囲だな。

 

「悪いがノーコメントだ。俺がここにいる理由にも繋がるんでな」

「では何故貴方は御自分の存在を公表されないのですか? この学園には居場所が有るようですが、このままでは生活しづらいのでは?」

「それも答えるわけには行かない」

 

特に、イギリス人のお前にはな。

 

「そうですか・・・・」

 

セシリアは俺の反応に落胆したのか、肩を落とした。

 

「・・・・まぁ、なんだ。俺もまだ未熟でな。学ぶことがあるんだよ。ここで」

 

二年前に起こした事故で、俺は大切なものを失ったし、失わせた。

ここにいるのはその償い的な意味もあるが、将来を共に生きていく瞬龍(コイツ)を制御するためにも、ここでの知識は必要だ。

それに、千冬さんもいる。あわよくば束さんにだって会えるかもしれない。

 

「俺は自分の目的の為だけにここにいる。まわりがどうかは知らんが、それだけが、俺自身の理由だ」

 

こういうことを言うが、最近ちょっとグータラが過ぎたかな? 

答えられない質問の代わりに、と言ってみたが満足してくれないかなぁ・・・?

 

「・・・・そう、ですの・・・・。ご立派ですわね」

 

意外にもセシリアは満足したように頷いた。

って、あれ? セシリアさん? さっきまでバカを見るような目じゃ有りませんでした?

セシリアの瞳は、さっきまでの疑ったような目ではなく、後輩が先輩に向ける目、即ち尊敬の目をしていた。

 

「ま、紅茶飲めよ。リプトンなのは勘弁してくれ」

「い、頂きますわ」

 

少しむず痒い空気を感じた俺は、セシリアに紅茶を勧める。冷めたら勿体ないもんな!

 

「って、あら?・・この紅茶・・・?」

「? どうした? なんか不味かったか?」

 

一口含んだセシリアが改めて香りを確かめるのを見て、不安になる。

雨が持ってきてくれたのをそのまま使ったんだが、淹れ方間違えたか・・・?

 

「い、いえ。我がオルコット家の紅茶と同じ茶葉の様でしたので、すこし意外に・・・・」

 

え?貴族様と同じ紅茶?

 

「確かイギリスでも専門の業者がつくほどの名品で、香り、味、色。全てが揃った最高級品ですのに、一体どうやって・・・・・・?」

 

・・・・雨、お前なにもんなんだよ一体?

 

「・・・・因みに、値段は?」

「ええと、確か100グラムじゅ・・・・ほどでしたと思います」

 

値段を聞いた瞬間、目の前の一杯の紅茶が札束の海に見えた。

 

 

何とかちびりちびり紅茶を飲み、夜も遅いのでセシリアが帰ると言いだした。

 

「本日はご迷惑をお掛けしました。紅茶まで頂いてしまって、このお礼は何時か必ず致しますわ」

「何度も言わせるなって、別に良いって言ってるだろ。あんましつこいとあの紅茶一気に使ってやるぞ?」

「ふふっ、お優しいのですね」

 

優しい? どこが?

 

「同じ寮の中だし、送らなくても良いだろ? 気を付けてな」

「・・・・・・・やっぱり、優しくないです」

 

小声でそう呟いたセシリアに、やっぱり送っていこうかと提案しようと思った瞬間、瞬龍が起動した。

起動したといっても、視界内に各パラメーターが表示される位で、見た目には分からない。が。

 

(・・・・なんだ!? また、胸が・・・・・!)

 

ずきずきと、締め上げられるような痛みに見舞われる。

俺の様子に気がついたのか、心配そうにセシリアが顔をのぞきこんでくる。

だめだ、今の俺に近づくのは―――――!

 

―――Bシステム、ファーストシークェンスで固定。対象のISコアを確認。登録します。

 

なんだ・・・・・? 何をやっているんだコイツは!?

 

―――既に登録されたコアが一件あります。上書きしますか?

 

視界のなかに、Y/Nという選択肢が表れる。

何をやっているかは知らんが、とにかくこう言うときはNoだ!

眼球運動でNを選択。処理が再開される。

 

―――それでは、上書きせずに強制的に登録を開始します。

 

なん・・・だと!?

 

そこから先は更に痛みの奔流が激しくなった。

心臓が跳ね回り、鼓動が早くなる。身体中に血液がまわり、顔が熱くなる。

何なんだよ・・・・この感覚ッ!!

 

―――登録。登録。登録。登録。登録。登録。登録。登録。登録。登録。登録。登録。登録。

 

目の前で流れていく登録という文字の流れ。目が回りそうだ。

 

―――登録、完了。登録済みのコアは二件です。

―――特定のISコア反応を確認。Bシステム、通常起動します。

 

そして、痛みが嘘のように消えていく。

突然起こった事に驚きはしたが、別に変わったことはないな。

あるとすれば、何故か俺の手がセシリアの肩に―――って、え?

 

「夜は危ない。やっぱり俺がセシリアの部屋まで送った方が良いみたいだ」

 

俺の意思とは無関係に勝手に喋り出す俺。いや、意味わからん。

だが、送っていこうかと提案しようとしていたのは事実だ。

だが問題なのは、自然にセシリアの肩に手を回しているところである。

 

「え?え? ええと・・・・?」

 

あー、ほら。セシリアですら戸惑い出したぞ。

て言うかなんかキモいぞ。俺。

 

「さぁ、行こう。俺も早くシャワーを浴びたいからね」

 

なんでシャワーを浴びる必要があるんだ。

一方でセシリアはというと、

 

「はっ!? ぁぅあぅぁうぁう・・・!?」

 

なんか顔が真っ赤で一杯一杯って感じだ。

何をテンパってるんだよお前。

 

「お手をどうぞ、お嬢さん」

 

と、遂に俺が死にたくなる台詞を吐いたとき、その者は現れた。

 

「・・・・・・く、クレハくんが、篠乃歌さん以外の女性と・・・・!? くぅー、これは新聞部に高く売れるッスよーーーーーーッ!!」

 

ふぉ、フォルテー!!!

まずい! 他人が現れたのはいいが、なんで噂大好きフォルテッシモ♪なんだよ!?

ああ、写真を撮るな! 録音するな!

 

「やぁフォルテ。こんな夜遅くにどうしたんだい? 俺になにかようかい?」

「いや、別に用事はなかったッスけど、たった今出来ました! うひょー、しかもお相手は一年生の専用機持ちじゃないッスかー! レベルたけー!!」

 

まずい、さすがにこれ以上はまずい。何とか体の制御を・・・・・!!

 

「フォルテ、君の声を聴けるのは嬉しいが、回りを見てごらん。もうベッドに入っている時間だ。もう少し囁くように俺に喋ってくれ」

 

うん、フォルテの厚かましい声はこれで抑えられるが、全然解決してない!

手元の僅かな振動に気づくと、セシリアが何故か涙目で俺を見上げていた。

俺はそれに純度100%。混じりっ気なしの笑顔を向ける。うわ、俺キモすぎ・・・・。

 

「あ、貴方はそうやって色々な女性に声を掛けるのですか?」

「いいや、今はセシリアだけを見ているよ」

 

と、俺は事実を伝えたが・・・・。

 

「えー、じゃあアタシや篠乃歌さんはどうなるッスかー? 遊びだったんすかー?」

 

フォルテが適当なことを言ってかき回す。

 

「み、見損ないましたわッ!」

 

そう言うと、セシリアは俺の拘束を振りほどき、廊下を駆けていった。

・・・・・・・。

・・・・・・・・ちょっとまて。

今までの俺の行動を振り返ってみると、俺がセシリアの部屋に行く流れになりかけてなかったか!?

ようやく自由に動かせるようになった体で、頭を押さえる。

ああ、頭いたい・・・・・・。

フォルテも居なくなってるし、胸のウズきも消えた。

 

―――Bシステム、待機モードへシフト。瞬龍、停止します。

 

遂には瞬龍も停止し、俺は完全に孤立した。

この場においても、明日からの学校生活においても。

 

「ああ、やっぱ退学しようかな・・・・・・」

 

 

同時刻、IS学園校門まえに一人の少女の姿があった。

潮風に靡くツインテールに、今流行りのパーカーにスポーティーな脚線美を際立たせるホットパンツ。

少女のすぐそばにはたったひとつだけのボストンバックがおいてある。

 

「やっと着いたわよ、IS学園!」

 

彼女の手首には、ピンク色に輝くブレスレット。

IS『甲龍』の待機形態だ。

 

「お待ちしていました。凰 鈴音さん。用務員室は此方です」

 

彼女、鈴に応対するのは一年一組の副担任、山田摩耶だ。

彼女は、鈴の鋭い瞳に気圧されながらも、轡木用務員の待つ用務員室に鈴を案内する。

 

「それじゃあ、確かに一夏はここにいるのね?」

 

鈴は轡木用務員から編入の詳細を聞くと、表向きはISを動かせる唯一の存在として公表されている、織斑一夏の所在を聞いた。

 

「ええ、貴女の四組とは違うクラスですが、確かに一組に在籍していますよ」

 

そう言うと鈴は誰の目で見ても喜んでいると分かる笑顔を浮かべた。

しかし、何かに気づいたのか表情を引き締めた、凛とした雰囲気を出す。

 

「もうひとつ聞いていい? 一週間程前の事なんだけど・・・・・・」

 

彼女、凰 鈴音は何も件の織斑一夏に会うためだけにこの国に来たわけではない。

その目的のために、彼女はあることを轡木に問い掛けた。

 

そして、彼と彼女の加速し続ける物語(オーバーリミット)は幕開けを迎える――。

 

 




・・・・・え? クレハと一夏の戦闘?・・・・見たい?

分かりました。今度サブタイを「銀対白(全体の約20%編)」に変えておきましょう(冗談)。

すいません。力不足で上手いこと出来ませんでした。
でも蒼編が有るってことはきっと何時か白編やると思うので・・・・。

そろそろ設定整理しようかなっ☆
鈴ちゃん出てくるぞ!


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クラス代表就任パーティー

お帰り! 酢豚(パイナップル)


 

――Bシステム。

 

俺のIS「瞬龍」に搭載されている特殊な機能だ。

それを搭載したISは特定のISと、特殊なコアネットワークを構築し、瞬龍及びその使用者の身体能力を格段に向上させる機能だ。

・・・・と、二年前に俺は聞いた。

だが、束さん。

登録できるコアが複数ってことや、性格が変わるなんて、全く聞いてませんが・・・!?

 

セシリアとの一件から数日。

俺がセシリアに強引に迫ったという噂は新聞部発行の学内新聞で、学園じゅうに広がり、道行く女子が俺を虫を見るような目で見るようになった。

特に一年一組が酷く、セシリアがヘイトスピーチでもしているのか、俺がこの学園にいる理由が「女を喰うため」何てことになっていた。

一方で変化が少なかったのが俺のクラスなんだが、俺についての一定の理解がある分、今回の一件で俺に対してどういう対応をとればいいのか分からないらしく、俺に対する対応も何処かぎこちない。

雨については1日学園を休んだくらいだ。

 

勿論、噂を流した新聞部は千冬さんに「下らない」の一言で切り捨てられ、〆られたらしい。

俺も、情報のソースであるフォルテに、頭部が凹むほどのヘッドロックをかましてやった。

 

Bシステム、あれの起動にともない発現したあのキモい俺だが、この数日の検証でたった一つだけ分かったことがある。それは、

 

女子の前では不用意に動悸を乱してはいけない。

 

どうやらアイツは俺の心音が乱れたときに出てくるみたいだった。検証方法? ああ、女子の心証を犠牲にして行ったよ。

あの夜は、別に動悸を乱した覚えはないが、登録ISの追加、瞬龍の起動に驚いたのが原因のようだった。

 

(もともと嫌われてる部分の方が多い俺だ。今更汚名が増えたところで些細な問題だ)

 

そう割りきりながら、遅めの夕食を食堂で摂っていると、

 

「というわけで! 織斑くんクラス代表決定おめでとう~!」

「おめでと~!」

 

という女子の声に続き、ぱんぱんと、クラッカーの音が鳴り響いた。

どうやら、どっかのクラスがパーティーでも開いているらしい。

 

「いやー、これでクラス対抗戦が盛り上がるね―」

「ほんとほんと」

「ラッキーだったよね、同じクラスになれてー」

「ほんとほんと」

 

様子を見るに、セシリアと一夏の所属する一年一組の連中らしいが、主役の一夏には興味がないとばかりに用意された料理を食いまっているやつがいる。返事テキトー過ぎだろ。

一夏はというと、食堂の半円を描くテーブル席の最奥にすわり、その両側を女子が取り合って視線の応酬が起こっている。うわ、死にそう。

 

そんななか、一人の女子生徒が一夏に近づいた。

・・・・あ、ええと確かあの子は一夏と同じピットにいた・・・・篠ノ乃、箒? 揺れるポニーテールが特徴的だったから少しだけ記憶に残っている。

彼女は一夏と一言二言交わすと、手にした湯飲みからお茶を一口飲んだ。

祝いの言葉でも掛けてたのか?

 

その後、千冬さんに〆られた二年の新聞部副部長、黛薫子が現れた。

黛はここぞとばかりに取材という名目で一夏の写真をばかでかいカメラでバシバシ撮っていく。

・・・でも知ってるぞ俺は。お前ら新聞部、とった写真にアホみたいな高値付けて外で売り捌いてるだろ。チクるネタではあるが、弱味はつかいどころが肝心。今は言わないでいてやる。今回の一件で千冬さんに幾つか押収されたみたいだし。

 

男子生徒を取材できたことに満足がいったのか、次に黛はセシリアに「クラス代表を譲ったのは惚れたから?」などと宣う。

だがセシリアは、極めて平常通りの笑顔で上手いことかわした。あの黛のイジリを回避するとは、流石だ。

 

しかし、ここで想定外のことが起こった。

今の俺は食堂の片隅で狐うどん(420円)を啜るただの(・・・)男子生徒。

だから、連中に関わるのを避けるため、行動を急いだのが過ちだった。

食膳をカウンターに返そうと席をたった瞬間だ。しかし、ソコは不幸に定評のある俺だ。

ものの見事に脚を絡ませて、盛大にスッ転んだ。

俺の手から離れた丼や、いなり寿司の入っていた小皿が宙を舞う。

そして・・・・・。

 

パリンパリン、ガッシャーンっ

 

それぞれの食器はリノリウムの床に叩きつけられ、その形を失った。

この場でそんな大きな音を立てれば、食堂じゅうに響くのは当たり前で・・・・・・。

 

「おやおやぁ・・? そこにいるのは今巷で大不人気の柊 暮刃くんじゃありませんか~」

 

黛に目をつけられた――――(エンド・オブ・ライフ)

 

「あ・・・あーあ。やっちまったー。これは怒られるぞー。その前に箒で片付けないとー。それじゃっ!」

「簡単に逃がすと思ってる?」

 

あ、これだめだ。多分写真の件をちらつかせても、それよりヤバイネタをここで獲られる・・・・!!

 

「どーしたのー・・・って、げ」

「なんで野獣先輩がこんなところに・・・」

「・・・あれ~? 食べるのに夢中になってたらなんでこんな緊張感バリバリの空気に~?」

 

後ろに控える女子たちは今にも牙を剥いてガルルルとか言いそうな雰囲気だ。獣はどっちだよ。

む、まずい。ここで心拍を乱せばまた取り返しの聞かないことになってしまう。

しかも今度は新聞部副部長までいる。現行犯逮捕は免れない。

 

「・・・・ど、どうしたんだよお前ら。片付けないとおばちゃんに悪いだろ?」

 

努めて冷静に切り抜ける方法を実行する。

しかし、

 

「騙されちゃダメよ。今は普通に見えるけど、本性を表せば・・・・」

「ていうかこの場はどうすんの? 集合写真とるんでしょ?」

 

警戒心マックスですねお前ら。

 

「ちゃんと話した方が身のためよ柊くん。この前のオルコットさんの一件と、これまで起こしてきた淫行の数々・・・ここで白状しなさい! 記事にするから!」

「言うと思ってるのか、黛?」

 

なんだよ淫行の数々って。この間のが初犯・・・・・って、別にわざとじゃねーよ。

 

「いい加減うんざりしてたのよ。君のその不明瞭さに。なんで何処にも君に関するデータがないの?」

 

どうやら黛は、今回の事だけでなく、俺が入学してから今までのことについて言及しているらしい。

いつの間にかふざけた雰囲気は霧散し、ノリノリだった女子たちは戸惑っている。

セシリアや一夏、箒は・・・・・うん。普通に歓談を続けている。

 

「別に、隠してる覚えはない。新聞部(お前ら)の実力不足だろ」

「ぐぬ、そう言われると仕方ないのだけど・・・・。でも、一年生は君の存在に戸惑っているのよ。オルコットさんの件も併せて色々説明をくれると嬉しいのだけど?」

 

黛は歓談中のセシリアにねぇ、オルコットさん?と問いかける。

その際ようやく俺に気づいたらしいセシリアは俺の方を見るものの、視線はあわせようとしない。

・・・・まぁ、悪いことをした、申し訳ない気持ちならあるさ。

一夏は中々鋭い目でこちらを見ている。どうやら俺の行動を観察するつもりらしい。

 

・・・・ふむ、折角謝罪する機会を得ているんだ。ここいらで清算すべきだろう。

 

「わかった。二、三年生には去年のこと、一年生には今回の一件のことを謝罪する。だから、これ以上の詮索は―――「ここがパーティー会場ね!!」―――は?」

 

俺が謝罪の言葉をのべている最中、突然食堂のドアが開かれる。

レコーダーで録音していた黛も、どこから出てきたか分からないフォルテも、その他の女子も、その声のした一点に意識を向ける。

 

「・・・・・なによ。一組がここでパーティーやってるって聞いてきたんだけど」

 

そこに立っていたのは彼女―――。

 

「んー。キミ見慣れない顔だね。何年生?」

 

黛も知らないような新入生(ルーキー)

 

「お、お前、もしかして・・・・・!!」

 

座っている一夏が何故か反応を示した人物。それは・・・・。

 

「・・・・・・再登場、って訳かよ。鈴」

 

肩の露出したIS学園制服に身を包んだ、中国からの来訪者、凰 鈴音だった!

 

 




感想、評価、宜しくお願いします。
ぶっちゃけUAだけでモチベーションは上がってますがね!


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クラス代表と暗がり少女

ちょっとした集まりに呼ばれている。
行くべき? 断るべき?
そんな選択肢が頭を過ります。
新キャラです。



「それで、一夏はどこ?」

 

食堂のドアを蹴破る勢いで入ってきた鈴は、口ではそう言ったものの、目ざとく座ったまま呆然としている一夏を発見。

嬉しそうな笑顔で駆け寄っていく。

 

「り、鈴・・? お前鈴か!?」

 

女子に囲まれている一夏が鈴の姿を見て驚愕した。

 

「うわ、久しぶりだな! どうしたんだよ急に!」

「それはこっちの台詞よ。しばらく見ない間にIS操縦者なんかになって。それこそどうしたのよ?」

「うーん。少し説明がめんどくさいんだが・・・・・。って、鈴こそここにいるってことは・・・」

「そうよ! あたし遂に中国代表候補生になったの!」

 

鈴が胸を張って言う。

なるほど、鈴がIS学園に来ることができた理由は候補生だからか・・・。

 

「代表候補生かー・・・。ってことは専用機持ちか?」

「うん。あたしのISは中国製第三世代『甲――』」

 

「「ちょっと待ったぁあああ!」」

 

一年一組女子、入魂の叫び。

 

「なになに!? あなた織斑くんとどういう関係!?」

「随分と親しげじゃない!」

「あーん、またライバルが~」

 

その叫びは様々で、興味に目を輝かせる者(黛とか)も居れば、ショックに肩を落とす者もいる。

その中で一見冷静だが、肩をプルプルと震わせる者が一人。

 

「あー、一夏? そろそろどういう関係か説明してほしいのだが」

「ああ、悪い箒。今するよ」

 

一夏がそう言うと群がっていた女子は佇まいを直した。

人の波にテンパっていた鈴ももとの調子を取り戻す。

 

「こいつは凰 鈴音。俺と小五からの付き合いでさ、箒がファーストなら鈴はセカンド幼なじみって所か?」

「「なんでわたし(あたし)に訊くのよ?」」

 

二人の幼なじみがキレイなユニゾンを見せる。

 

「まぁセカンド幼なじみがが鈴。鈴は中二の冬に中国に帰っていったから、会うのは一年ちょっとくらいだ」

 

鈴の紹介を終えた一夏は次は箒の紹介を開始した。

 

「んで鈴。こっちは箒。前に話したこと覚えてるか? 小学校からの幼なじみで俺が通っていた剣術道場の娘さん」

「へー、そうなんだ」

 

二人の幼なじみが互いをじろじろ見つめあう。

その迫力に一組のテンションは隠れぎみだった。

 

「こうしちゃいられないわ! 早く部屋にかえって記事にしないと! それじゃクレハ君! 謝罪記事の話はまた今度で!」

 

黛・・・お前は逞しいなぁ。

黛が去ったことで、正座から解き放たれた俺は、背後の喧騒をBGMに、落とした食器の片付けを開始する。

あー、なんだこれ。妙に悲しい。

 

「・・・一夏さん、二人も幼なじみが居たのですね」

 

一人寂しくカチャカチャしていると、目の前にセシリアがやって来た。

スカートが舞って、チラッと見えた脚からは目をそらす。平常心。

 

「お前は加わらなくていいのかアレに?」

 

後ろを見てみると、食事がどうたらで箒が鈴に食って掛かっている。

その様子をクラスの女子たちは楽しげに眺めている。

 

「いいんですの。一夏さんのことは精一杯サポートして差し上げる所存ですが、プライベートにまで突っ込む気はありませんので」

「はー、しっかりしてんな」

 

よし、欠片は集め終わった。あとはこれを盆に入れて・・・・。

 

「そう言えば、あんた。夜のコンテナ集積所で何やってたのよ?」

 

ぎく。

 

「コンテナ? 夜? なんのことだよ?」

「隠さなくていいのよ? 夜の町で遊びたいって言うのは分かるけど。IS着てドンパチは不味いんじゃない?」

 

それ、俺です。

 

「いや、ここに来てから一歩も敷地の外へは出てないぞ? 何かの間違いじゃないか?」

「いや、確かにあれは男だったわよ? 話したのも一瞬だったけど間違いなく男。あんたじゃなきゃ誰が居るのよ?」

 

そんな鈴の疑問に答えるように、その場にいた全員が背中を丸めた俺を指差した。

おい、なんだその息の合った動きは。

 

「え? え? 男じゃない! なんであんた以外に居るのよ!?」

「俺の前例がいたんだってよ。因みにあの人。二年生だぞ」

 

鈴は混乱した様子で俺の背中と一夏の顔を交互に見ている。

仕方ない。場を抑えるためだ。少しの接触は大丈夫だろう。

俺は立ち上がり、鈴と向き合う。

 

「・・・柊 クレハ。二年生だ」

「・・・・なによ?」

 

あー、もう分かれよな。

にぶちん。

 

「自己紹介だ。お前だけ知っていて、俺が知らないのもズルいだろ」

「あ、ああ。そうね」

 

鈴は咳払いをひとつしてややオーバーな態度で自己紹介をする。

 

「私は中国代表候補生、凰 鈴音!」

「・・・・・・・・何かっこつけてんだ鈴?」

「う、うっさいわね! 準備してたんだからやらないともったいでしょ!」

 

シンと静まった空気に一夏の突っ込みと鈴の大声が響く。怪獣か。

 

「そ、それで。あの時のIS乗りはあんたなのね?」

「ああ、俺だ。それがどうかしたのか?」

「話が分かりそうな人で良かった。忠告するだけよ」

「忠告?」

 

すると鈴は声の大きさを抑えて、俺だけに聞こえる声量で言った。

 

「知ってても知らなくてもいいわ。今後『双龍』という言葉を聞いても、関わろうといった気は持たない方が良いわ」

 

双龍・・・・?

それだけ言うと鈴は俺から離れていった。

 

 

双龍。

俺のIS『瞬龍』と鈴のIS『甲龍』の開発計画のコードネームだ。

それがなんで鈴の口から出てくる?

確かに彼女はあの日のことは忘れてしまったハズだ。甲龍を持つに至った経緯も適当なものにすりかわっているだろう。

だが、俺のことが分からない所から見るに、全てを把握している訳じゃ無さそうだ。

どうして知ってるのかは知らんが、何にせよ。関わらない方が良さそうだな。

鈴のためにも。俺の為にも。

 

 

織斑一夏クラス代表決定パーティーから一夜明け、翌日には鈴が正式にIS学園に転入してきたようだった。

クラスは一年二組。当たり前の事にホッとする。

 

だがしかし、目の前にはもっとゾワゾワくる催し物が迫っていた。

 

「えーっと。今年もクラス代表対抗戦が行われます。このクラスの代表は一応篠乃歌雨さん、と言うことになってるけど・・・・・って、篠乃歌!? 誰!? 勝手に決めた人!!」

 

朝のホームルームで大倭先生が騒いでいる。

クラスの皆はこう思っただろう。

 

(あんただよ)

 

・・・と。

 

「せんせー。確か先生が始業式の日に急ぎの用事があるって言って決めたじゃないですか?」

 

一人の女子(名前覚えてない)がそう告げる。

 

「え、本当に? 不味いなぁ・・・・。流石に雨に対抗戦出てくれって言うのも可哀想な話だよね・・・・?」

 

先生は少し上目使いでクラスを見渡す。

「誰か代わりに対抗戦でろや」と言うことだろう。

確かに雨は座学では優秀な生徒だが、実習となると少々ミスが目につく生徒だ。しかも気が弱い。

 

「クレハくんクレハくん。どうッスか?」

「なんだよフォルテ。出てみないかってか?」

「そのとおりッス! 今年は織斑一夏くんが一組の代表ッスからね~。ここでクレハくんが名乗りを上げれば話題性抜群ッスよ?」

「アホか。対抗戦は学年別だろ。当たる確率なんて有るわけがない」

「それはどうっすかねー?」

 

フォルテはニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべている。

なんだ? こいつのこういう顔にいい思い出なんて一つもない。

 

「あ、対抗戦について変更点が一つ」

 

壇上に立つ大倭先生が連絡用のプリントを見ている。

 

「今年から対抗戦、全学年総当たり(リーグ)だからね!」

 

・・・・・・・マジで?

瞳を輝かせた女子の圧力に勝てず、二年一組の出場は俺になった。

ざけんな。

 

 

放課後、昨日と今日でかなりのストレスを溜め込んだ俺は、気晴らしにとアリーナ地下の射撃訓練室を訪れた。

アリーナにホログラフのターゲット表示機能が備わってから一気に利用者が減った施設らしいが、俺にとっちゃ都合がいい。

雨からはゴメンねゴメンねと謝罪の言葉がびっしり書かれたメールが届いたが、怖いので気にしてないと返信し無視を決め込む。

 

(さあ、鬱憤を人差し指に込めて引き金を引いてやる!)

 

そう意気込み、薄暗い廊下の突き当たり。訓練室とプレートの掛けられた扉を開く。

中は、縦100メートル。横50メートルほどの大ホールで、壁際には個人兵装用の重火器から、IS用のライフルまでかなりのモノが揃っていた。しかも全て手入れが行き届いている。

しかもその隅っこには脱ぎ捨てられた制服と、綺麗に畳まれた制服二着が置いてある。

どうやら一応生きてるみたいだな。

 

俺はそう決めると、ここの住人であるある生徒の名を呼ぶ。

 

「おい、湊! ミーナートー! 居るんだろ? 出てこいよ!」

 

声がホールじゅうに反射する。

すると傍らの布に覆われた箱がモゾモゾ動き、人が出てくる。

 

「なにか用ですか?」

 

ニュッと木箱から顔を出して言うのは渚 湊(なぎさ みなと)。

俺と同じ二年生だ。

湊のトレードマークである青みの掛かっているショートヘアーの髪が機械油で汚れてる。

因みにこの学園に青い髪の女子生徒は二人いる。・・・いや、一年に妹が来たらしいから三人か?まいいか。

俺は手早く用件を告げる。

 

「適当に射撃がしたい。ライフルよりはハンドガンの方が良いな。IS用ってあるか?」

「あります。250番のロッカーからIS用のハンドガン兵装になるので、自由に使って・・・・・」

 

と、そこで湊の声が途切れる。

 

「クレハさん。訓練がしたければ、まずは私の訓練に付き合って頂けますか?」

 

 

 

五分後、射撃訓練室に二機のISを纏った二人が佇んでいた。

 

「相変わらずゴツいスナイパーライフルだな」

「クレハさんこそ、いつもとISが違うようですが?」

 

互いに互いのISに口を出しあう。

湊は専用機を自分で(・・・)作った、珍しいケースで。一応日本の代表候補生と言うことになっている。

ISは第二世代型で名を『サイレン・チェイサー』という。

完全な長距離射撃型らしく、装備もライフル一丁だけらしい。片寄ってんな~。

スナイプの為だけに無駄を削ぎ落とした装甲なので、軽く、結構な移動速度も売りなんだとか。

そんな射撃特化のISが細いフォルムを照明の光に照らされながら、長距離実弾ライフル『サイレントスコール』を構える。

対して俺は瞬龍を展開し、湊の管理する重火器の中から、あまり出回っていないハンドガンタイプの火器を選択。

 

「それではクレハさんはここから真っ直ぐ、前だけを見て射撃してください」

 

湊が入り口にもっとも近い、要ははしっこの射撃台を指して言う。

 

「それだけか? 的持って走れ、とかじゃなくて?」

「はい。それだけで構いません」

 

そう言うと湊は奥の射撃台へと移動する。

名前通りの無音の移動だ。黙って近寄られても今の俺じゃ気づかないだろうな。

湊は射撃台へつくと、システムを起動。射撃訓練システムのスコア方式を選択した。

しかも・・・・・。

 

「・・・・最高難易度って、本気かお前」

「ええ、本気です」

 

・・・・古今東西、狙撃主には変人が多い。こいつもその例に漏れなかった、ってわけか。

 

「開始と共に好きなタイミングで撃ってください。なるべく不意を突くように」

 

その言葉を最後にカウントダウンがゼロを切り、目の前に的が出現。

俺は一拍遅らせてから引き金を引く。

しかし。

(・・・・・ん?あれ?)

 

俺のはなった銃弾は何事もなく的を通過。俺に10ポイント加算される。

 

(なんなんだ一体・・?)

 

続いて、丁度真ん中のレーンに的が出現。

俺はただただ、引き金を引く。

 

手元の銃口から現れた銃弾はマズルフラッシュとともに真っ直ぐ飛翔する。

しかし次の瞬間、ISのプライベートチャンネル越しに、湊が息を止める気配がする。

湊のライフルから放たれた銃弾は、俺のやや前方に向かって亜音速で飛翔する。

みるみる二つの銃弾の距離は縮まり、そして接触。

ハンドガンの銃弾は超長距離ライフルの放つ、大口径の銃弾に運動エネルギーで負けるため、強制的に進行方向が変えられる。

変えられた進行方向の先には、さっき出現した二つ目の的がある。

そして・・・・・・・・。

 

「ワンシュート」

 

湊の声とともにその的を撃ち抜いた。

 

す、すげぇ。銃弾と銃弾をぶつける技量があるのは知ってたが、その角度まで自由に操れるとは。

その後も最高難易度のなに恥じないスピードとタイミングで、次々と的が出現する。

俺も不規則に銃弾を放つが、湊は一発もはずすことなく、軌道を変えた俺の銃弾で的を撃ち抜いていった。

ただ、俺の真正面に現れた的だけは、手出しすることなく俺に処理させたが。

 

「パーフェクト」

 

湊の宣言通り、表示されたスコアはいつも通り上限いっぱいの99999点だった。

すげぇな。

銃を下ろした俺は、これ迄のスコアを表示させる。

計算システムが地上のヤツと同じだから、他人の記録が混ざってるが、湊名義のスコアはどれも同じ点数だ。少し気味が悪くなるね。

湊はと言うと、いつの通り射撃が終わっても銃を構える姿勢を解こうとしない。

彼女が言うにはそうやって銃の調子を確かめているんだと言う。射撃が終わったあとじゃ意味ないだろ。

 

湊が姿勢を解いたタイミングを見て、俺も瞬龍を解き制服に戻る。ちょっとごわごわするのが気になるが、着替える手間がないから楽だな。勿論授業ではちゃんと着てるが。

ISが解除される音がしたので湊を見ると、ISスーツ姿に戻った湊がいた。落ち着け、あれは歴としたユニフォームだ。

 

「ありがとな湊。お陰で良いもんが見れたぜ」

 

くいくいと整理体操をする次いでに湊に礼を言う。

 

「いいえ、お礼を言うのはこちらの方です。クレハさんのお陰でいい練習ができました」

 

そう言って機械的に頭を下げる。

相変わらずなのは石頭もなのか。

 

「別に、俺じゃなくてもいい練習だっただろ。それこそそこの自動銃座ででも出来る―――」

「いいえ、最近のクレハさんは少し精神に動揺があったので、射撃のタイミングがほどよくバラけていました。それこそ注文通りの不意をつくようなタイミングだったのでいい練習になりました」

「それ、褒めてるのか・・・・?」

 

つまるところ、落ち着いてない。か。

 

「それに、これ迄の傾向から今日辺りにでも来るのではないかと思っていたので」

 

まぁ、そりゃここを見つけたのも、女装の件がバレてみんなに後ろ指指されて逃げ場所を探していた頃だったしな。

俺のなかでここが心のシェルターとして機能してるんだろ。

 

「なんにせよ。いい気分転換が出来たぜ。そうだな。もういい時間だし食堂にでも行くか?」

 

お礼をしようと思い付いたのが食堂でのオゴリ。

そう悪い話ではないはずだ。

 

「クレハさんが良いのならご一緒させてもらいます」

 

そう言いながら、湊はISスーツの肩紐に手をかけた。

俺は出口に向かいながら、オゴリの上限の設定を始める。

 

よしよし、そうだな・・・。今日は気分が良いから結構お高いものでもおごってもいい気分だぜ。

背後で伸縮性のあるものが人間の肌を打つパチンという音が聞こえる。

カツカレーとかどうだろうか?いや、まだ行けるな。カツカレープラス、プリン! とか。

嫌な予感がし始めた俺は、確認のために頭では別のことを考えながら振り向く。

プリン!とか・・・・プリン!みたいな・・・とか・・・・・・プリンみたいな肌とか・・・・って!?

 

この世には二種類の女性が存在する。

即ち、ISスーツのしたに下着を着ける者と着けない者だ。

どうやら湊は後者だったらしい。

 

「お、お前! なんでここで着替えてんだっ! 更衣室行けよっ!」

 

振り返った先には、ISスーツを胸まで下ろしている半裸の湊がいた。

 

―――Bシステ――

 

まて瞬龍、落ち着け、俺! まだ大丈夫なレベルだ! 確かに下着を着けていないと分かるレベルで胸は見えていたがまだソコまでだ! 洋画で女優さんが着てるイブニングドレスの方が露出は幾らか高い!

 

「?」

 

当の湊は何とも思っていないようで、小首を傾げている。

いや、その動作は文句なしに可愛いんだけどな、勘弁してほしいです。

 

危うく動機を大幅に乱すところだったが、何とか峠は越えたらしい。

良かったな俺&湊。

また噂が流れるとこだったぜ。

あと、湊。テメーに奢るメシはカレーで十分だ。

プリンは俺が食ってやる。

 

そんなことを考えながら、悶々と湊の着替えを待つ俺だった。

 




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柊 クレハ

大乱闘楽しいですね~。
メタナイトとか復帰技が素早くなってて、二度攻撃加えられますね!
ゼロスーツサムスさんかっこよすぎる。


俺が学校内で見慣れない女子と共に夕食を摂っていることが珍しかったようで、数奇の目にさらされながら夕食をとってから早30分。

湊と別れた俺は、一人寮の廊下を歩いていた。

 

時刻は既に八時を回った。

ここの寮には門限はないが、恐らく大概の人物は部屋にこもって宿題でもしている時間だろう。

そういうわけで静かな廊下を一人進み、部屋の前まで着いた、が。

 

(・・・・・ん? なんだこの荷物?)

 

俺の部屋は四階の角部屋になっており、片側にしか隣人がいない。

しかし今現在、その隣の部屋と俺の部屋の扉の間にポツンとひとつ、ボストンバックが置いてあった。

・・・・・・ふむ。

見たところ女物だ。

ていうか男子の割合が1%に満たないこの学園で、自分の物以外の男の荷物を見ること自体稀なことだ。

隣の部屋のヤツが、部屋変えでもしてるのだろう。

結構な頻度で起こることなので、そう納得する。

 

俺は部屋の鍵を開けようとカードキーを差し込んだが、ここで有ることに気がついた。

部屋の鍵が空いているのだ。

IS学園のセキュリティーは堅牢だ。

マスターキーでもない限り、他人の部屋を解錠するなんてまず不可能と言い切れる。

でも、この部屋のキーを持っているのは俺と、特例で雨だけのはずだ。

最新の注意を払って慎重に部屋のドアを開ける。

去年サラに呼び出された際、ドアノブにトラップを仕掛けられていた経験が有ったので、イヤでも慎重になる。

無音でドアを開け、室内に侵入。あれ? ここって俺の部屋じゃなかったっけ?

室内を見渡しても変わった様子はない。

強いて言うなら、テーブルの上に雨が置いていったらしい弁当が有るくらいだ。

 

・・・・・・閉め忘れか?

いや、部屋の鍵はオートロックだし・・・・。

と、ソコで。

 

「――ったく、早く帰ってきなさいよね同室のヤツ! 荷物置けないじゃない!」

 

キッと、シャワー室の扉を開ける少しくぐもった音と共に、怒りの声が聞こえた。

本日二度目の嫌な予感に駆られ、振り向いてはいけないはずなのにそーっと後ろを振り返ってしまう。

 

「「・・・・・・・」」

 

目と目が合う~瞬間に~、()は叫び声を上げるでもなく、瞬間的にISを部分展開し、その腕で俺の顔にアイアンクローを極めた!!

 

「痛い痛い痛い痛い!! 見てない! 見てないぞ俺は!」

「うるさい! 乙女の自室に無断で入った時点で有罪よ!!」

 

手加減しているのか、羞恥のあまり力が入っていないのか、鈴のアイアンクローはギリギリ俺の頭を潰さないレベルで止まってくれている。

 

「だっ、だったらお前こそなんでここに居るんだよ!」

「はぁ!? バカなの!? ここはあたしの部屋よ!」

「ここは俺の部屋だッ!」

 

俺の証言に鈴の動きが止まる。

視界は掌で潰されていて見えないが、恐らくキョトンとしているんだろう。

 

「・・・・・オーケー。良いわ。話を聞いてあげる」

 

おお、どうやら交渉に出てくれるみたいだぞ。

よし、そうと決まれば早速この手を・・・・・。

 

「記憶を消した後でねッ!」

 

―――握り閉めたのだった。

 

 

「なぁ、(ファン)。俺の頭、なんか歪んでないか?」

「気のせいよ」

 

気がつくと、俺は自室の床に横になっていた。

俺が使っているベッドでは、何故かチェックのパジャマを着た鈴が当たり前のように寝転がってマンガ雑誌を読みふけっている。

妙に頭が痛かったので鈴に聞いてみたんだが、この通り素っ気ない返事が帰ってくる。

 

まぁ俺の頭はこの場では大きな問題ではない。

なぜ当たり前のように鈴がここにいるかが問題だ。

 

「おい、凰!」

「名字で呼ぶの、止めてもらっていい?」

「・・・・・・・じゃ、鈴」

 

俺はテーブルから椅子を引いて座る。

 

「まず、どうやってここに入ったか教えてもらおうか」

 

そして出来ればいつ俺が帰ってきたのか教えてほしい所である。

 

「簡単な話よ。カードキーがあるからよ」

「どうして持ってるんだ?」

「あー、もう質問ばっかりするんじゃないわよ! ここがあたしの部屋だからよ!」

 

つまり、俺のルームメイトが鈴だと・・・?

いやいや。空き部屋なら沢山あるだろ。わざわざ男子と同居させなくても・・・・・。

そう言ってみたが、鈴は一夏と箒が同室だから同じ扱いなんじゃない?と言う。

以前の俺なら問題はない。

だが、今の俺じゃ問題が大アリだ。

何かの拍子にBシステムが起動したりすれば、鈴の身の安全と俺のイメージ(既に最悪)の不変は保障出来ないぞ。

 

「それに、あんたが同居者だって分かって、逆に良かったわよ」

「は? どういう意味だよそれ」

 

俺には不安しか無いんだがな。

鈴はマンガをポンと放り、ベッドから立ち上がった。

 

「あんた、あたしとチームを組みなさいよ」

「・・・・え?」

 

チーム? ISで?

ISは元々旧兵器の大軍を相手に一機で立ち向かう事が前提に設計された兵器だと、束さんから俺は聞いた。

故にISはISじゃなければ相手に出来ないと言われている。

公式大会でもタッグマッチはあれど、スリーマンセル以上の競技なんて聞いたことがない。

 

「ていうか、二人でチームって・・・・・あともメンバーは?」

「え? あたしとあんただけだけど?」

「・・・・アホ、そりゃペアって言うんだよ」

 

あまりの考えなしの発言に少し頭がいたくなる。

突然俺の前に現れて、部屋に侵入し、更にはペアを組め?

絶対に嫌だね。ていうかお前には関わりたくないんだよ。

 

「あんたをあの夜に見てビビッと来たわ。あんた・・・いやクレハならあたしの目的に着いてこられる」

「あの夜って・・・・」

 

あの夜と言えば、俺が鈴と再開した夜。瞬龍が起動した夜のことだろう。

あの時に瞬龍はBシステム上の登録コアを更新し、鈴のIS甲龍と特殊なコアネットワークを築いている。

恐らくその際、使用者である鈴に何らかの影響が出て、こいつの目的が何かは知らんが、俺なら着いてこられると思っているのだろう。要するにカンチガイだ。

 

「お前があの時の俺をどう見たかは知らんが、ただの敵性ISを一機潰した位だぞ。そんなの二年生なら一般生徒でも出来る」

「でもあんたは敵のビームを受け止めながら、ISを切り替えたわよね。並の技術じゃ出来ないと思うけど」

 

・・・・ぐ、見られてたのか。気づいてないと思ってたんだけどな。

 

「・・・・あの時は気合いでどうにか出来ただけだ。今やれと言われてもたぶんできん」

「それじゃあ、数日前に行った模擬戦の件はどう説明するのよ?」

 

そう言いながら鈴は一枚のプリントを取り出した。

見出しにはアリーナ使用報告書、とある。

そこには俺がセシリアと戦った記録と、セシリアと一夏が戦った記録が表記されていた。一夏、負けてんじゃねぇか。

 

「映像資料も見たけどクレハ、あんたは専用機を使ってから動きが格段に良くなってたわ。それこそ、あの夜の戦闘並みにね」

 

そこで鈴は別のことに興味を持ったらしく、質問を変えてきた。

 

「そう言えばあんたのISって、何処の?」

 

・・・・・・・なんと答えようか。

ほんとのことを言えば、中国製だ。

しかし、今はその存在自体、中国では抹消されているだろう。

代わりに千冬さんがISだけは日本のISとして登録してくれたが。

そういうことで、同じ双龍シリーズの二機でも呼び方が違う。

俺の瞬龍は、日本語読みでしゅんりゅう。鈴の甲龍は、中国語読みでシェンロン、となっている。

 

「日本製だよ。名前は瞬龍」

「ふーん、聞いたことない機体ね」

 

そりゃ、表沙汰にはされない機体なもんで。

 

「それより、ペアの件よ。どうなの?承諾してくれるの?」

「絶対しない。て言うか先輩には敬語使えよ」

「ペア組んでくれるならいつでも使ってあげるわよ」

 

一歩も譲らない姿勢が、鈴の瞳から伺える。

こいつ、何をムキになってるんだよ・・・。

終点の見えない会議って、こう言うことを言うんだろうな。

そう思うほどに長い時間、俺たちはにらみあう。

そして、五分ほど経ったときだ。

 

「クッちゃーん。お弁当箱取りに来たよ~」

 

ドアのす濃き間から漏れる光で、俺が居ると分かってるからだろう雨が、ノックもチャイムもせずにいきなりドアを開け放った。

IS学園の部屋は言ってみればホテルのような部屋だ。

入り口からベッドまでの距離が遠いとは言えない間取りとなっている。

だから・・・・。

 

「・・・・・え? クッちゃん・・・・その子誰?」

「あんたこそ何よ?」

 

鈴、テメちょっと生意気だな。

 

「こないだ編入してきた一年生。凰 鈴音だってよ。今日からルームメイトになるんだそうだ」

「そ、そうなんだ・・・。知らない子がいたからビックリしちゃったよ」

「んで、鈴。こっちは俺の幼馴染みで篠乃歌雨って言うんだ。二年生だぞ。敬語」

「あんたがペア組んでくれるならね」

 

初対面であろう二人を、中間に位置する俺が紹介する。

何でだろうな。俺が年上だからだろうか、鈴が生意気な態度を取っても、少しイラッとするだけで怒ろうとは思えない。二年前からそうだよ。

 

「い、一年生か・・。こ、後輩キャラ・・・・」

 

・・・・・ん? なんだか一瞬雨の様子が・・・・。

しかし、様子がおかしかったのは一瞬だけで、今はもう鈴を見てニコニコしてるいつもの雨だ。

 

「・・・・・がんばれ雨・・・! 後輩妹キャラなんて幼馴染みの下位互換クラスよ・・・! 勝負にならないわ・・・!」

 

なにやら雨がぶつぶつ言ってる。

本人は小声のつもりだろうが全部聞こえてるぞ。誰も妹キャラなんて言ってないだろ。

 

「で? 弁当だったか? 悪い雨。今日は食堂で食べたんだ。明日の朝にでも食べようと思ってたんだが、それじゃあ、ダメか?」

 

テーブルの上に鎮座する荘厳な重箱弁当を見やる。

 

「ううん。持って帰るよ。わたしまだお夕食食べてないんだ。クッちゃんには明日朝一番で美味しい美味しいお弁当作ってきてあげるねっ!」

 

おおう、なんか知らんが勝手にヒートアップしてらっしゃるぞ。伊勢海老とか入りそうな勢いだな。

それと美味しいのは分かってるから、そこまで強調する必要無いだろ。

雨はその後、重い弁当箱を一人で持って、ガンバるー! とか叫びつつ部屋に戻っていった。

なんだあいつ? アブないな。

 

「ふー、まあ今日は良いわ。同じ部屋だし機会はたくさんあるしね」

 

俺と雨の様子を静観していて、毒気を抜かれたのか鈴はいそいそとベッドに潜っていく。

・・・・・まだ夜九時だぞ? 夜更かしの趣味はどこにいったんだよ。

 

「それじゃ、あたし寝るから。電気消しておいてね。おやすみ」

 

それっきり、鈴が言葉を発することは無くなった。

部屋には、準備されていない予備のベッドと、制服のまま呆然とする俺が残されていた。

 

 

あの日の事は、今でも鮮明に思い出せる。

真っ白い部屋に、俺と彼女は二人きり。

彼女が纏うISは彼女のイメージにピッタリのピンク色のISで、俺の纏うISはこの部屋と、俺の心を表したような真っ白なISだった。

頭上にある展望窓には俺の両親と、彼女の両親。そして束さんに千冬さん。そして研究員として参加したイギリス人のオルコット夫妻。

 

室長の合図と共に、俺はBシステムを起動。元々は随意的に操れるシステムだった。

実験は順調に進んだ。

瞬龍のエネルギーも順調に消化されていき、それに比例して、各駆動部のエネルギーも増幅していった。

目の前にいる彼女はそんな俺を憧れるような目で見ていた。

 

止めろ、と言いたくなる。そんな目で俺を見るな。俺は誰かにそんな目で見られるような人間じゃないんだ!

 

そんな感情が胸の中で渦巻き、爆発した。

エネルギーは臨界を越え、無くなったハズのエネルギーゲージがマイナスを示し始める。

それのタイミングを見計らったように流れ込んでくる黒い集団。

瞬龍の腕が勝手に動き、その集団の半分を凪ぎ払った。白い壁が真っ赤に染まる。

 

その光景に彼女は驚愕し、意識を消失。ISが解除された。

瞬龍は俺の意思とは無関係に動き回り、拘束具を千切り、回りにいた人間全てを攻撃した。

彼女の父親、自身の両親、親しかった研究員のメンバー。

 

そして遂に、俺の腕が彼女に向けられたとき、銃声が鳴り響いた。

胸元を見れば、白いスーツに紅いシミができていて、瞬龍が操縦者の負傷の警告を表示した。

負傷したのは心臓。

ハイパーセンサーが捉えたその銃撃者は―――――千冬さんだった。

崩れ落ちる俺の手のひらに、待機形態の瞬龍がキューブの形で収まった。

そのキューブを拾い上げる手。束さんだ。

束さんの手の中で、キューブ型の瞬龍が形を変えていく。

俺は破れた心臓で呟く。

 

―――変わりたかったなぁ、と。

 

その声を聞いたのか束さんが聞いてきた。

 

―――なんで変わりたかったの? と。

 

それに俺は確かこう言ったんだ。

 

―――だってさ、鈴が見てくるんだよ。まるでヒーローを見るような目でさ。

 

―――だったらなれば良いじゃん。ヒーローにさ。

 

―――ムリだよ。変わろうと思ってそれ(瞬龍)を着たのに、また悪い方向に変わった(・ ・ ・ ・)

 

段々と重くなってきた瞼の隙間に、それまでの人生を思い浮かべた。

幼い頃は、活発で何にでも挑戦して、何回も失敗してきた。

段々と年を重ねると失敗すると怒られることが多くなってきて、両親の存在が心の支えだった。

そんな時に入ってきたのが、俺のIS適正を嗅ぎ付けた外国の研究者達で、世界を変える少年だ、とその中では持て囃された。

嬉しかったよ。楽しかったよ。やっと俺でも成功させることができる事が見つかったと思ったよ。

でも、現実はそれほど簡単じゃなかった。

失敗するたびに身体の調査、調整が行われて、再び実験に駆り出される。

吐いても吐いても、血ヘドを吐いても俺は続けた。

 

何故なら、彼女が見ていたから。

 

中学二年生だという彼女は、俺を見ると直ぐ様スゴいじゃん!と俺自身を評価してくれた。

 

―――男のIS操縦者なんてスゴいじゃん! なんで言わないのよ!?

 

その目はただただ珍しいモノを見る目で、学校の先生のように俺の残した結果だけ見るでもなく、研究者達のような俺の残すであろう結果を見ている訳でもなく、ただただ俺自身を見ていた。

彼女と過ごす時間に救われた。まるで遠い故郷にある我が家に居るようだった。

彼女と過ごすうちに親しい研究者も何人か出来た。

失敗しても彼らに励まされ、歯を食い縛った。

 

だからこそ希望が持てたんだ。

 

 

『そうなんだ・・・・・』

 

俺の話を聞き終えた束さんは一言そう言った。

もう瞼は開けない。音だけの世界だ。

そんな冷たい身体の俺に、冷たい刃物が押し当てられる。

切り込まれる感触。

 

「――――だったら」

 

束さんが言う。

 

「変わり続けようよクーちゃん!」

 

その言葉は、一見すると俺が今まで繰り返してきた事を続けろという意味だろう。

 

だが、満面の笑みの束さんの顔と共に、心に深く、深く突き刺さったのだった。

 

 




クレハは元々落ちこぼれているの側の人間だったんです。
そんな彼にプレーンな態度で話してくれる人間が回りに少なかったんです。


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凰 鈴音

一体いつまで一巻の内容を引きずるんでしょうかねぇ・・・・。
もうね、巻をすっ飛ばしてラウラ出したいです。
構成上出せませんけど!


鈴がルームメイトになってから一夜明けて翌日。

俺は節々の痛みで目が覚めた。

・・・・そうだ。

昨日はあれから鈴を起こそうとしたが、寝ぼけている鈴から一発アッパーをもらい、やむ無くベッドを奪還することを諦めたんだった・・・・。

床から起き上がり、被っていた毛布を手早く片付ける。

こりゃ早いうちに収納してあるベッド出さないとな。

窓際のベッドを見てみると、鈴の姿はなく、シャワールームから流水の音が微かに聞こえる。

俺は今のうちにさっさと着替えを済ませ、授業の準備をする。

確か今日は一般の体育がある日だ。

IS学園には、ISの知識を学ぶ特殊科目と、その他の一般科目がある。

勿論進級には単位が必要で、どちらの科目でも手を抜くわけにはいかない。

もちろん一般科目の方には保健体育も含まれていて、俺たち生徒はISスーツとは別に体操服を準備する必要がある。

そんなこんなで準備をしていると、不意にシャワーの音が止まった。

・・・・来るぞ・・・・ヤツが・・・!

 

ギィとくぐもった音を扉が上げる。

出てきたのは髪がしっとりしている制服姿の鈴だ。

どうやらちゃんと、昨日シャワールームに張り付けておいた張り紙に乗っ取って更衣室で着替えをしたらしい。

 

「・・・・なによ? 漢字くらい読めるわよ」

 

タオルで頭をゴシゴシ擦る鈴は、ジト目でそう言った。

 

「そうか、なんなら中国語で書いておこうかなとか思ったりもしたんだが、杞憂だったみたいだな」

「え? クレハって中国語が出来るの?」

 

鈴が意外そうにいう。・・・教えたヤツが驚くっていうのも変な感覚だな。

 

「まぁな。簡単なことしか言えないが」

 

俺は無意識に頭をガリガリと掻く。

 

『へぇ、意外。クレハってもっとバカなんだと思ってたわ』

 

おいおい、言ったソバから始めるのかよ・・・・。

鈴はドライヤーを使って髪をツインテールに結わえながら、流暢な中国語を発音した。

 

『失礼だなお前。これでも語学の点数は良いんだぜ?』

 

お返しとばかりに中国語で返すと、鈴は「本当みたいね」と視線で言ってきた。

暫くして、鈴のツインテールが完成。さらさらした黒髪が朝日に煌めく。

 

「さあクレハ、食堂にいくわよ」

「いやお前、昨日の話聞いてただろ。雨が弁当持ってきてくれるって言ってたの、思えてないのかよ?」

 

食堂に向かおうとする鈴を引き留める。

それと同時に部屋のドアがノックされる。

 

「来たみたいだな・・・・」

 

 

五分後、収納型のテーブルを2つ繋げて十分な広さを持つテーブルにしたあと、その上に雨が持ってきてくれた重箱をところせましと並べた。

しかし、流石に四段は食えんぞ四段は。

雨は相当張り切ったらしく、難色を示した俺の顔を見てしょんぼりした。

とか思っていたら、丁度部屋の前を通りかかったフォルテを見つけたので、強制的に食卓に付かせる。食った後?知らん。お前なら余裕だろう。

結果、四人の朝食となり、重箱攻略の兆しも見えてきたのだった。

 

「ウムウムウム・・・。で、どうだったっすか昨日の夜は? キノウハオタノシミデシタネ」

 

いなり寿司を食いながらフォルテが喋る。

 

「別になんもねーよ。あったとしても鈴は専用機持ちだぞ。しかもパワー型だ。俺の手に負えるか」

 

ちょっとしたことはあったが、冷静を保つため、思い出さないようにする。

隣では鈴が「あたしパワー型なんて言ったっけ・・・?」と首をかしげている。

 

「どうっすかね~。最近クレハさんの様々な噂が飛び交ってますからねー。曰く、中学では様々な性犯罪を行い、それの罰として去勢されたとか」

「ええっ!? クッちゃんいつの間に!?」

「無いから、それデマだから!」

 

雨が本気でビックリしていることに傷付いた。三年の時は例の実験のせいで離れて暮らしたが、俺たち幼馴染みなんだよな?

 

「正直なところ、あたしとしてはそうであったほうが助かるんだけどなー・・・・あ、このきんぴらごぼうおいし」

「ありがとう、凰さん。でも大丈夫ですよ。クッちゃんは年下には興味ありませんから!」

 

雨が鈴の皿にきんぴらを足しながら言う。

何だろうか、この二人どこかピリピリしてるよな。一方的に雨が攻撃してるみたいだが。

 

「そう言えばクレハ、一体いつになったら返事くれるのよ?」

「絶対にしない。諦めろ」

 

鈴が昨晩のペアの話を出してきたので、即座に打ち切る。

しかし、ネタの尻尾を見せればたまらずかぶり付く野次馬魂を持ったヤツがここにいた。

 

「返事? 返事って何のことっすかリンサン!」

 

おいフォルテ。顔赤くしてワクワクしてるとこ悪いが、そういう浮いた話じゃないぞ。

 

「別に、あたしとクレハでペアを組もうって話なだけよ」

 

鈴の返答にフォルテはなーんだ残念っす・・・と肩を落としたが、そのフォルテのとなりでテーブルに箸を叩きつける音がしたのでビクッとなる。

 

「ぺぺぺ、ペア!? それは、トーナメント的な意味で!? それとも永遠の契り的な―――」

「まてまてまて、前者だ前者! 勝率を上げるために急造ペアは避けて、公式のペアを組もうって話だよ!」

「で、で、で、でも凰さんクッちゃんのこと名前で・・!」

 

うーん、これは想像以上にめんどくさい。

チラリと鈴を見てみると、旨そうにカレイの甘辛煮をつついている。辛いもの好きだっけ。

 

「別に、名前でくらい誰だって呼ぶだろッ。このペアには競技的な意味だけでその他の感情は一切ない!」

「むふふ、強引に納得させるとことかチョッと怪しいっす・・・!」

 

混乱している雨には力業。これが幼馴染みの状況収集の付け方だ。

俺が強く言うと雨は一応納得したようで、席に戻った。

 

勢いよくメモ帳にメモするフォルテ。

「脈なし・・脈なし・・・脈なし!!」と呟いている雨。

一心不乱にカレイの身を落としている鈴。

 

・・・・めんどくさいなコイツら。

 

 

一般授業の体育の時間、女子がグラウンドでソフトボールを楽しむ中、俺は一人でグラウンドの端に逃げ、暇な時間を過ごしていた。

バッターボックスには大倭先生がデカイポニーテールとユサユサしながらバットを構えており、完全に女子高生の雰囲気に溶け込んでいた。

おっ、良い当たり。・・・・でもセカンドフライだ。

 

「・・・なにしてんのよ、こんなとこで?」

 

突然降りた影に上を向くと、鈴が立っていた。

ISスーツの上にパーカーを着込み、どうやら実習中だと言うことが分かる。

 

「お前こそどうしたんだよ。千冬さんの授業だろ。サボってると怒鳴られるぞ」

「質問に質問を返すんじゃないわよ。バカみたいに思われるわよ」

 

そう言いながら、鈴は隣に座った。

理由は分からないが、こんな所で油売っていて良い状況なのだろう。

俺は昨日から気になっていることを聞いてみた。

 

「・・・なぁ、お前の目的って何なんだ?」

「なによ突然?」

 

鈴は目だけでこちらを見ていった。

 

「昨日からペア組めペア組めって煩いけどな、まずはお前の目的をいえよ。じゃなきゃ判断が付かん」

 

ホントは組む気なんてないが、この間鈴が言った『双龍』という単語。あれがどうにも気になる。

鈴と組めば分かるのかもしれないが、その行為が破滅を呼びかねないのでチョッとズルをさせてもらおう。

 

「双龍って言うのは、ある組織の名前。中国で生まれて、最近どこかの組織と協力体制を取ってるみたいで、世界中に影響力を持つようになってきた秘密結社よ」

「・・・・その双龍の本部が日本にあるって言うのかよ?」

 

俺の知っている双龍とは根本的に違っていたので幾らか安心したが、秘密結社か・・・・これまた漫画みたいな話だ。

 

「ううん。本部の場所は分からない。と言うより、存在そのものが疑われてる機関だしね。誰も本気にしてないのよ。・・・でも、あたしだけでも探し続けるわ。お父さんを見つけるために!」

 

鈴は力強くそう言うと、俺に、親父さんのことを教えてくれた。

中華料理が上手で、強く、優しい父親。

不覚にも、鈴の語る父親の姿が、自分の父親の姿と重なる。

 

「それでさ、二年くらい前かな。突然姿を消したと思ったらさ、離婚してたのようちの両親。お母さんに聞いてもお父さんには会わせてくれないし、聞くとさ、苦しそうな顔するのよ。それが堪らなく苦しくて・・・・」

 

膝に顔を埋める鈴に、俺は何もしてやれない。してやる権利なんて無いから。

 

―――――俺は、鈴の父親を殺しているから。

 

今さら謝れるわけがない。いや、どんなに謝ったって許されることじゃない。

だから、俺は鈴から逃げようとした。彼女に知られる前に、彼女と関わる前に逃げて逃げて逃げて、自分と彼女を守ろうとしていた。

 

「必死になって頑張って、ISで代表候補にまで上り詰めたときに、中国の極秘文書で双龍の存在を知ったのよ。起こしてきた様々な事件の被害者一覧に、しっかりとお父さんの名前もあった。でも、でもあたしはお父さんが死んだなんて信じられない。せめて最期くらい聞かないと収まりがつかない。だから、最近IS学園付近で起こってる通り魔事件の話を聞いて日本に戻ってきたのよ。もちろん一夏に会うためでもあるわよ?」

 

それでも、長くは居られないけどね・・・と、鈴は最後に言った。

逃げていた俺とは反対だ。真逆だ。こいつは立ち向かおうとしている。

失ってしまった自分を許容せずに、真実を得ようとしている。

そんな鈴が眩しくて、後ろめたさもあってか、俺は何も言えずにただただ時が過ぎるのを待っていた。

やがて授業終了のチャイムが鳴った。

 

「・・・・戻るわ」

「ああ」

 

鈴はそう言ってグラウンドの向こう側へ消えていった。

 

 

 

そして数日後、全クラス対抗戦(リーグマッチ)が始まった。

今年は対戦数が数倍多いので、3日かけて行われる。

俺の試合は初日の昼、なんと織斑一夏が相手だった。

 

 

 

 




原作の内容に、へんなもん継ぎ足しスギなんですかね?
結局鈴ちゃんは父親の行方を追うべく、その手がかりである「双龍」を追ってるわけです。その過程で日本に来ることになったんですね。一夏完全に空気じゃないですかー。もっとハーレムしろやー。


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銀対白(白編)

やっと、やっとコイツらが書ける算段が付きましたぜダンナァ!


昼、丁度一時半。

俺は第三アリーナのBピットに立っていた。

瞬龍を展開し、調子を確かめる。・・・大丈夫みたいだ。

両拳に搭載された衝撃砲『轟砲』の砲口も自由に操作できる。

俺はホロディスプレイに表示された相手の情報を読む。

 

IS『白式』

織斑一夏専用ISとして登録。

世代:第三世代

装備:スパイクアーマーの非固定武装 近接特化ブレード『雪片弐型』

 

・・・・・武装が、一つ?

なんだあのIS。湊と同じで偏った装備だな。

 

そんな事を考えていると、射出タイミングが迫ってきた。

何にせよ、負けるつもりはない。 

それに、俺は少しイライラしている。

こないだの鈴との対話以来、部屋が息苦しくて仕方ないんだ。鈴からくるプレッシャーや、俺の中で渦巻く変な感情とかがごちゃ混ぜになって俺を潰しに掛かってくる錯覚までした。

本気で一夏の部屋に逃げようかとも考えた。

 

しかし、今はその一夏が相手だ。

全力でボコらせて貰おう。

と、思った瞬間、閃いた。

 

・・・・あれ、これって鈴を遠ざける良いチャンスなんじゃないのか? と。

 

俺が弱ければ、あいつは俺が付いてこられないと判断するだろう。

そうなりゃ後は下り坂を下るも同然だ。

アイツは俺に失望し、俺の前から姿を消す。

万々歳じゃねーか。

 

『Bピット、出ます!』

 

山田先生の声で我に帰った俺は、体勢を整える。

この勝負、怪しまれない程度に負ける!

 

・・・・俺は少し精神が参っていたようだった。

 

 

「久しぶりですね、柊先輩」

 

アリーナに出た俺を迎えたのは、純白のISを纏った一夏の姿だった。

 

「久しぶりって、何回かすれ違っただろ」

「あれ? そうでしたっけ? でも、話すのは久しぶりですよね?」

 

一夏はイチイチ笑みを浮かべて語りかけてくる。

・・・・早く始めろよ。

 

「まあ、そうだな。そんなもんなんじゃないのか?先輩と後輩の繋がりなんて」

 

俺はぶっきらぼうに返す。

そんな俺に、一夏は困ったような笑みを浮かべた。

 

「それじゃあ、さっさと終わらせようぜ。学校の公式試合なんじゃサボるわけにもいかないし」

 

俺は自身の拡張領域から、近接ブレード『時穿』を取り出す。

すると一夏は、『雪片弐型』を展開していた。

 

「ハンデは必要か?一年」

 

俺がそう聞くと、一夏は剣を正面に構えて言った。

 

「それじゃあ、先手だけ貰います!」

 

予想以上の瞬発力で突っ込んできた一夏の雪片を、時穿で受け止める。観客の生徒や来賓が歓声を上げた。

 

「折角の試合です、行きますよ!!」

 

一夏は俺の剣を弾くと、地面に向かって思いっきり蹴りをお見舞いしてくれた。

いいぞ、もっともっと攻撃を加えろ。俺に勝て!

 

「ハッ!」

 

俺に続いて着地した一夏は、瞬時加速で俺との間を詰め、雪片を袈裟斬りに振るう。

エネルギーが削られ、ゲージが減った。

俺は適度に反撃するため、アリーナの壁を蹴り、一夏の真下に接近。

展開していたハンドガンでエネルギーを削る。

 

即座にその場で側転を切った一夏は、今度は真上から俺に向かって剣を降り下ろす。

俺は前に転がり、その刃を避けた。

 

「・・・・先輩、手抜いてませんか?」

「別に、抜いてねーよ。お前が強いんだ」

 

実際、一夏は驚くほど成長している。

三次元躍動旋回(クロスグリッドターン)や、緊急機体制動(エマージェンシー・ストップ)無反動旋回(ゼロリアクト・たーん)といった格闘戦を行うに当たって必要な機体制御はあらかた会得しているみたいだ。筋が良いって言うんだろうな。

 

「なら、遠慮なく!」

 

再び斬り込んできた一夏に向かって俺は正拳突き―――拳の衝撃砲『轟砲』を放つ。

衝撃砲とは周囲の空間を圧縮、固定する事で砲身を生み出し、その際発生した衝撃をどの方向にも放てる、見えざる大砲なのだ。ちなみに甲龍にも搭載されていて、中国初の第三世代兵器として世界中を駆け巡る技術だ。

 

その見えざる砲弾に殴られ吹っ飛ぶ一夏。

しかし、一夏は見事に体勢を空中で整え、着地した。

 

「え、えほっ・・・何ですか今のは・・!?」

「衝撃砲だ。中国の技術だから鈴にでも聞いてみてくれ」

 

あーあ、ここで衝撃砲見せたら、アイツもっと怒るだろうな。

初見の一夏にぶちかますの楽しみって言ってたし。

 

「いよいよ本気で来るってワケですね? だったら!」

 

一夏が力んだ瞬間、白式が金色の光に包まれた。

 

―――敵IS、単一仕様能力の発動を確認! 攻撃対象としてロックされています!

 

瞬龍が瞬時に状況を伝えてくる。

ワンオフアビリティー!? なんで第一形態の白式が使えるんだよ!?

しかも、一夏は明らかに自然発生を待つしかない能力を自分で呼び起こした。まず常人には不可能な芸当だ。

俺が内心驚いていると、更に驚くべきことに、一夏の持つ雪片弐型が展開し、中心部から青い光が伸びた。

 

あの装備・・・・展開装甲(・ ・ ・ ・)じゃねぇか!!

 

俺は束さんにISを埋め込まれた後、数ヵ月を束さんのラボで過ごし、千冬さんとともにドイツへ渡った。

その際見たのだが、あれと同じ光を束さんが制作しているのを見た。

だから分かる。あのIS、白式は束さんの作ったISだ!

そして恐らく第四世代相当の技術が使われていることは間違いないだろう。

第一、展開装甲の攻撃はバリアー無効化攻撃だ。

俺のISの特徴と相性は最悪だ。

ここからは一撃も喰らうわけには行かない。

命に関わるぞ。

 

切り込んでくる一夏を瞬時加速で真横にかわす。

しかし。

 

「まだ・・まだぁ!!」

 

一夏は機体パワーにものを言わせて無理やり軌道修正をして、俺を追ってくる。マジかよ!

 

「クソッ!」

 

俺は前進しながら振り向くと、展開したライフル『レッドバレット』で一夏を狙う。

どうやら相当のエネルギー消費量らしく、決着を急いでいるように見えた。

だから俺は遠距離攻撃でエネルギーを少しずつ削っていく。

アイツが追い付くか、俺が削りきるか、我慢くらべだな。

 

白式の元々高い機動性が、単一仕様能力発動に伴い底上げされたらしく、パワースピード型である瞬龍でも全く降りきれない。

既にスピードはBシステム発動前の瞬龍のスペック限界だ。

きっと観客は、アリーナを目まぐるしく廻る俺たちの様子しか見えないだろう。

 

(このままじゃ、らちが明かん!)

 

そう考えた俺は、真下に向かって無反動旋回。超スピードのおいかけっこから離脱する。

しかし・・・・・。

 

「すいません、読めてましたよ先輩ッ!」

 

降り下ろされる刃は、エネルギーが切れたのか元の雪片のモノだ。

しかし、俺の残ったエネルギーを削るには十分な攻撃力を持っている。

 

俺は、一夏が焦っていると思っていたが、一番焦っていたのは俺だったらしい。

だから、終結を急ぎすぎて、一夏の予想通りの行動を取ってしまった。 不覚だ。

 

降り下ろされる白鉄の刃。

その刃は予想通り、俺のエネルギーを全て、余さず削り取って行った。

 

 

夕方、医務室のベッドで気がついた俺は、周りを女子たちに包囲されていた。

なんだこの包囲陣は! 逃げられないではないか! とボケてみたが、女子たちの顔は至って真面目だ。いや、真面目に怒っていた。

 

女子から繰り出される罵倒を、耳の穴を掻くフリで塞ぎながら聞き流した俺は、彼女らが退出したあとにはもう満身創痍だった。なんだこれ、試合より緊張感あったぞ。

 

雨とフォルテは調子が悪かったのかと心配してくれたが、もともと負ける気で挑んだぶん後ろめたさを感じた。

 

そして、一日ぶんの試合が終わったらしく、俺は医務室を出て、寮への道のりを歩いていた。

 

「随分と無様な負け方ね」

 

そんな俺に掛けられる声。サラ・ウェルキンだ。

 

「うるせーな。別のクラスのお前には関係ないだろ」

「いいえ、関係あるわ。私はあなたたちには強くあって欲しいもの」

 

あなた・・・・たち? 俺と、誰のことだ?

 

「と言っても、気づいたのはごくごく最近の事なのだけれど」

 

サラは一人でよくわからないことを呟き続ける。

なんだあれ。いつも以上に怖いぞ。

恐怖を感じた俺は、サラをスルーして、歩みを進めるが、ガシッと片腕を掴まれる。

 

「ちょっと待ちなさい」

 

サラの声が少し揺れている。

精一杯イヤそうな顔を作り、しぶしぶ振り向くとサラは自分の携帯端末を持っていた。

 

「いい加減に、その・・・ワクチンをくれないかしら・・・?」

 

パカッと開いたその画面には、俺でもウッっとなるレベルに酷い画像が表示されていた。絶対飯時に見たくない。

どうやらサラは、俺がウイルスを添付したメールを見事に無警戒で開き、端末をウイルスに感染させてしまったらしい。まぁ100パー俺のせいだけど。

ホントならここで無視して去ってやるのも面白いなと思ったが、サラが珍しくしおらしいので俺は毒気を抜かれ、ワクチンを送ってやることにした。

 

「・・・・ほら、帰ったらこのソフト走らせてみろ。構造は単純なもんだったから、多分一掃できると思う」

「・・・あなたも、やるときはやるのよね・・・」

 

サラはそう言うと、礼も言わずに帰っていった。

結局何のためにここにいたんだよアイツ?

 

 

寮、自室。鬼の前。

扉を開けると、憤怒の形相の鈴がいた。

どうやら一夏の前で衝撃砲を使ったのがホントにまずかったらしい。

 

「そんなに見せびらかしたかったのかよ、子供かお前は」

 

と言うと、鈴は甲龍を部分展開して、俺の脳天にチョップを叩き込んできた。殺す気か!

一発俺にぶちかましたので落ち着いたのか、鈴はベッドに腰掛けた。

 

「・・・で? 何だったの今日のあれは?」

「見りゃ分かるだろ。負けたんだよ」

 

俺は収納してあるベッドを引っ張り出しながら答える。

 

「そんな結果のことを言ってるんじゃ無いわよ。なんで負けたのかって言ってるの」

 

鈴はその細い脚でベッドのふちをペシペシ蹴る。

イラついてんのかコイツ?

 

「全力で当たった奴に理由なんか聞いても仕方ないだろ。負けるときには負ける。それが世界のルールだ」

「ウソね。あんた全力じゃなかった。少なくとも一夏が能力を出すまでは」

 

びしりと俺の力量を言い当てられ、言葉につまる。

俺は鈴に言い当てられたことが悔しくて、むきになってしまった。

 

「だとしても、お前に何の不都合があるんだよ。今回の試合の結果、何にも関係ないだろ」

「・・・・・・あるわよ、あんたは大事なパートナー候補なの! 期待してたのに! 初めてあたしの話を真面目に聞いてくれたのに! 失望したわ!」

 

そんな鈴の勝手な言い分に、俺も頭に血が上ってしまった。

 

「・・・ふざけんなよ、勝手なのはお前の方だろ鈴! 突然俺の前に現れて部屋にまで侵入してきて、挙げ句に勝手にパートナーになれ? ふざけるなよ! 期待したのも失望したのも全部お前の都合だろ! 俺に勝手に変な期待をするな!」

「でも・・・・あんたはあたしの話を・・・!」

「そのこともなぁ! 心の中では笑ってたよ! なんてアホなこと考えてやがるんだってな! 悪いが俺はソコまで夢見てる人間じゃない!」

 

ドアの方には騒ぎを聞き付けた近隣の生徒たちが群がっている。

ああ、こんな大勢の前で取り乱しちまうとはな。

 

「~~~~ッ!」

 

鈴は激しく興奮したようで、一度はISを部分展開したがって、ひとつ深呼吸をしてそれを修めると、酷く冷たい声で言った。

 

「・・・・そう、分かったわ。あんたはあたしが迷惑だった。違いないわね?」

「ああ、大迷惑だ」

「・・・・そうなんだ・・・・」

 

鈴は顔を伏せって呟く。酷く弱々しい声だ。

すると、鈴はボストンバックを取り出す。

数日間しかここにいなかったから、荷物はクローゼットに仕舞わずに、バックの中に全て入っている。

長くはここにいられないと、鈴は言っていた。つまり、直ぐに出ていくつもりで用意していたのだろう。

 

「失礼しました、先輩。いままでありがとうございました」

 

鈴は群がっている女子を押し退けて、一礼。部屋から出ていく。

そんな俺たちを女子たちは心配そうに見つめている。

 

・・・・別にアイツと過ごしたこの数日間に、思い出なんてあるはずがない。

ただ一緒に起きて、一緒に飯食って、一年の特別実習がない日以外は一緒に帰った位だ。

テレビの取り合いでリモコンを壊すこともない。

夜更かしするアイツのせいで、明るい部屋で眠ることもない。

望んだ結果だ。

万々歳だ。

これで晴れて俺は自由な日々を取り戻せる。

 

でもその夜、何故か俺は静かな部屋をより一層意識して眠るのだった。

 

 




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決心

一日三本投下。
こんな執筆スピードは早く一巻終わらせたいと言う俺の渇望が流出した結果なのでしょうかね?


 

鈴が出て行ってから翌日の朝、俺は使いなれない寝具で寝た。

そのせいか、腰が猛烈に痛い。

隣を見ても、喧嘩した鈴の姿はない。

いく宛もないだろうし、戻ってくるかもと思ったが、アイツの意思は固そうだ。

 

モソモソと着替えていると、雨からメールが入っていることに気が付く。

曰く、「部活の先輩が負けた腹いせのツイスターゲーム大会から解放してくれないの~。ゴメンねクッちゃん。朝御飯は食堂でちゃんと食べてね」と。

雨はたしか・・・・茶道部だっけか。

茶道部部長っていったら雨にも負けないくらい大和撫子~な黒髪美人だったと思うが、徹夜でツイスターとははっちゃけてんな。三年のどのクラスかは忘れたが、それでいいのかクラス代表。

 

俺はISスーツを制服のしたに着込み、食堂に向かう。

朝の挨拶が交わされる食堂の券売機に並んでいると、隣の券売機に並んできたのは織斑一夏だ。

 

「おはようございます、柊先輩」

「ん、おはよう」

 

一夏は丁寧に頭を下げ、挨拶をする。礼儀正しいな。

一方の俺は、昨日の夜なぜか寝付けなかったので、あくび混じりの挨拶だ。

そんな俺を見て、一夏が不思議そうな顔をした。

 

「どうしたんですか先輩? 眠そうですね」

「ん、まぁな。・・・そうだ、昨日の夜鈴がそっちに行ってないか?」

「鈴がですか?・・・いや、見てないですね・・。同じ部屋なんでしたっけ? やっぱり苦労します?」

 

同じ女子と相部屋と言う苦労を分かち合う俺たち。

 

「苦労なんてもんじゃねーよ。何だよあいつ。勝手に腹立てて出ていきやがって・・・」

「あー、やっぱり怒らせましたか・・・・。鈴は怒りっぽいですからね。俺も中学の時は苦労しましたよ」

 

列が前進する。

俺は軽めの洋食セットを選択。一夏は結構カロリーが多そうな料理を小皿で幾つか選んで注文した。

 

「それじゃあさ一夏、これまでに鈴にこんな話されたことあったか?」

 

俺は鈴とあの夜に出会ってから、起きたこと、鈴から言われたこと言ったこと、全てを話した。

双龍とか、重要な単語は上手く言葉をすり替えた。

 

「―――――それで、すこし昨日は言い過ぎたのかって思い始めてるんだよ」

「・・・・・」

 

一夏は俺の話を聞きながら、難しい顔をしている。何故だ。

 

「・・・・・それで、先輩はどうしたいんですか?」

 

一夏の予想外な一言に、俺は食べているマカロニをフォークからずるりと落とした。

 

「い、いや、別に俺はアイツが何であそこまでパートナーに拘るのか気になってだな・・・・。別に出ていったら出ていったでスッキリしてるんだけどな」

「それじゃあ、気にすること無いじゃないですか?」

 

・・・・・確かに、無いな。俺の日々を脅かす邪魔物は居なくなったわけだし、良いことしかない。

・・・・なのに、なんで俺はこんなに気にしてるんだ?

 

「長年アイツの幼なじみやってる俺から言わせてもらうとですね、アイツは猫と一緒ですよ。気を許した相手としかメシは食べませんし、喧嘩もあまりしません。でも、先輩は出会ってから二週間やそこらですよね? そんな短期間の付き合いである先輩にそんなことまで話すなんて、信じられないことですよ。ていうか、鈴の親父さんが無くなってるかもしれないなんて、初めて聞きましたし」

 

そこは、一夏も知っているものと思って話したが、どうやら知らなかったようだ。鈴には話さないよう念を押す。

 

「よっぽど、そのびびっと来たのが強かったんでしょうね。アイツの勘も野生並みですから」

「・・・・・お前は、鈴の話、信じるか?」

 

俺はおさななじみとして、付き合いの長い一夏にそう問いかけた。

一夏は迷うことなく言い切った。

 

一夏は試合がありますからと言って、出ていってしまった。

鈴、お前は勘で選んだ相手をパートナーに据えようとしていたのか?

そう問いたい気持ちに駆られるが、問いかける相手がいない。

残された俺は、一人でコーンスープに目を落とす。

プカプカ浮いているコーンは、引っ付きあったり離れたりしていた。

 

 

そして、始まる第二アリーナ第一試合。

今日はここで鈴と一夏が試合をする。

俺はそれを見るためにここに足を運んでいた。

 

試合が始まると、両者は瞬時に動き出した。

一夏が振るった雪片弐型を鈴の双天牙月が的確に弾く。

弾かれた一夏は空中で一回転し、鈴を正面に構えた。

・・・・なんだか、竜虎って感じの二人だ。

 

「ふぅん、初撃を防ぐなんてやるじゃない。けど―――」

 

鈴が手に持った双天牙月をくるくるとバトンのように回す。

すると次の瞬間、鈴は攻撃に転じた。

鈴の持つ双天牙月は、青竜刀のような刃が両側についている特徴的な武装だ。ゆえに、攻撃が変則的でかわしにくい。

一夏を見れば、刃を当ててさばくのにも苦労しているようだ。

その状況を打開しようと思ったのか、一夏は一旦離脱を試みた。しかし。

 

「甘いっ!」

 

そう言うと鈴の肩のアーマーが開き、衝撃砲の本体が見えた。

鈴が砲撃する。

一夏の体勢がぐらりと揺れ、当たっていることが分かる。

 

一夏の体勢が整うと、鈴はそれから更に、6、7発の砲弾を一夏に撃ち込んだのだった。

 

「何なのだ・・・あれは・・!!」

 

聞き覚えのある声にしたを見ると、箒とセシリアがいた。

どうやら二人で一夏の応援に来ているらしい。

 

「衝撃砲だ」

 

箒の疑問に答えてやる。

隣でセシリアがムゥーっと頬を膨らませたので、タイミングが悪かったかと後悔する。

 

「ひ、柊先輩ではないですか・・・」

 

箒が俺の顔を見て驚く。しかし、その表情は一瞬のことで、次の瞬間にはドヤァという腹立たしい顔になった。

なんだ、一夏が勝ったことを自慢してんのかこのやろ。

 

「空間自体に圧力をかけて、砲身を形成。そのエネルギーで起こった衝撃を砲弾として打ち出す中国の第三世代型兵器だ。鈴が乗ってる甲龍はそれの試作機なんだよ」

 

箒の疑問に答えてやったつもりだったのに、気がつけば、箒は俺の話をスルーしてモニターを見ていた。一夏が心配なんだな。

代わりにセシリアは聞いていてくれたが、お前知ってるだろと聞くと頷くので無意味なことだった。

 

「詳しいのですわね」

「まあ、自分のISに搭載されてる兵器だしな」

 

着席しながら言うと、セシリアは更に問いかけてくる。

 

「・・・・あら? でも、クレハさんのISは日本製だったと記憶しているのですが・・・・記憶違いでしょうか?」

「いや、合ってるぞ日本製だ。別に元々イギリス(お前ら)の技術だった浮遊装備も世界中で共有されてる技術だろ。俺が中国の装備を持ってても不思議じゃないだろ?」

 

俺は捲し立てるように言葉を並べる。

その勢い押されたのか、セシリアは静かに自分の席へと戻った。

 

アリーナにいる鈴を見ると、試合の最中だというのに笑っている。まるで親友と遊んでいる子供のような笑顔で。

鈴の刃と一夏の刃が交錯し、火花を散らす。

ああ、クソッ。俺はまた失敗した。変わるチャンスだった。

せっかく鈴が再び現れたんだ。あの日溜まりのような日々を取り戻そうとは思わなかったのか。

いや、分かってる。そんなのは無理だ。時は戻らないし、失った命も戻らない。

だったら俺が鈴にできることはなんだ?

 

――――アイツの言葉を信じてやることだけだろうがっ!

 

そのとき、アリーナ全体に衝撃が走った。

混乱する生徒を余所に、アリーナの防御システムが次々と作動する。

しかし、生徒が観客席に残っている状態で閉鎖されたため、俺たちは逃げることが出来なくなってしまっていた。

なんだ? なにがおきてるんだ?

 

「セシリア!」

「はい!」

「状況は分かるか? お前なら広範囲高次レーダーくらい積んでるだろ?」

 

近くにいたセシリアにそう言うと、セシリアはブルーティアーズを頭の部分だけ部分展開して、周囲のスキャンを開始した。

 

「敵性ISの存在を確認しましたわ。現在一夏さんと凰さんが交戦中ですわ!」

「よし、お前たちはこのまま生徒の誘導をしろ。教員部隊が直ぐに入ってこないとなると、遮断レベルは恐らく4以上だ。教員部隊のクラッキングでも数十分掛かるぞ」

 

俺は生徒が押し寄せる出口とは反対にアリーナ側の壁に駆け寄り、地面を探す。

確か・・・ここら辺に・・・・あった!

 

俺は地下への降下階段の入り口を見つけると、所持している拳銃で鍵を無理矢理壊す。

 

「な、何をしているのですか!?」

 

箒が俺に追い付いてきて、俺を見て叫んだ。

 

「加勢する」

「無茶だ! 敵は一夏達ですら苦戦している相手なのだぞ!? 分かっているのか!?」

「分かってる!」

 

俺は梯子に足をかけて箒を制す。

 

「敵が強いのも分かってる!俺より一夏のほうが強いのも分かってる! でも止めたんだよ!こんなとこで何もせずに立ち止まるのは!」

 

それに、このタイミングでのアリーナのシールドを突き破るレベルでの攻撃を行えるISは俺の知っているなか、一種類しかいない。

あの日の夜、取り逃がした残りの四機のうちの一機だ。

あいつらはしきりに俺を撃ち落とすことに拘っていた。

憶測だが、あれが鈴のいっていた双龍の所持するISの機体なのだろう。

というか、轡木用務員も言っていたじゃないか、龍を狙っていると!

俺は自分の思慮のたりなさを清算しにいくんだ。

俺がとりのがしたなら俺が収集を付ける。

IS学園の二年生なら当たり前のことだ。

 

「それにな箒、俺は一夏に加勢するんじゃない。鈴の味方になりにいくんだよ」

 

そう言って俺は暗い闇の中に身を投じる。

箒とセシリアが何かいっていたが、既に聞こえない。

 

暗い穴を抜けると見慣れたホールに出た。

湊の自室兼、練習場の、射撃訓練室だ。

 

「湊、状況は?」

「把握しています。戦うんですね」

 

青い髪の湊が確認するように言う。

一夏、俺はお前とは違う。だから簡単には味方になってやるなんて言える立場じゃない。

だから、この言葉を言わせてもらおう。俺の決意の表れとして。

 

「ああ、護りに行くんだ」

 

俺の言葉に納得したのか、湊は一つ頷いた。

 

「・・・・やっぱり、クレハさんにはそう言う優しい言葉が似合いますね」

「あ? 何いってるんだよ?」

「いえ、何でもありません。電子ロックのない出口はこっちです」

 

俺は湊の先導のもと、地上を目指して走り出した。

 

 

地上に出ると、他のアリーナにいた生徒や教員が第二アリーナを見守っていた。

出口から出てこない湊とはここでお別れだ。

 

「ファイトです、クレハさん」

「・・・・お前、それ似合わないな」

 

赤くなる湊に思わず笑みがこぼれる。

いい感じにリラックスできたぜ。

息を吸い込み、吐く。

いつもは嫌っていたが、今回ばかりは頼りにさせてもらうぜ。

調子のいい操縦者で悪いな。

 

展開(オープン)! 瞬龍!!」

 

体の中に、金属が砕ける音が響き渡る。

足元から銀色に輝く装甲が展開され、段々と上昇してくる。

肩の装甲は丸みを帯びた流線型で、粋なことに、IS学園の校章が施されている。

なんだよ、どこでこんなこと覚えたんだ?

 

展開を完了した俺は、右手に近接特化ブレード『時穿』を展開。左手には瞬龍が新しく産み出した射撃武器、『流桜(りゅうおう)』を展開する。

お、ハンドガンタイプか。分かってるな。

その時、オープンチャンネルに通信が入る。

 

『――――応答しろ柊!柊!』

「こちら柊、現在アリーナ外部に脱出成功。これよりアリーナ内部へと上空から侵入する」

『って、おい!待て柊!』

「・・・なんですか?」

 

千冬さんがあまりにしつこいので、聞き返す。

 

『凰も一緒だぞ。良いのか』

 

既に決心が固まった俺は、千冬さんにキッパリと返した。

 

「良くないに決まってるだろ?」

『――――――』

「何が悲しくて過去のトラウマ引っ掻き回すようなことする必要があるんだよ。バカみたいだろ。でも、千冬さん。今はそんなこと(・ ・ ・ ・ ・)考えてる時間じゃない。私情抜きでやらなきゃいけないことがあるんだよ。だから俺は、鈴を護る」

『・・・・そうか。お前は進み出したか』

「ああ」

『では、無事に帰ってきたら器物破損、及び教員に対する非礼な態度の反省文を提出しろ。代わりにお前だけ自由行動の許可をやる』

 

急に饒舌になりやがったこの先生!

 

「ええ、ありがとうございます、千冬センセイ・・・・!!」

 

こめかみをぴくつかせながら礼を述べる。

そして通信が切られる瞬間、トンでもない言葉を残していった。

 

『ああ、そうだ。ついさっき通信システムが復活した。お前の最後の部分、オープンで流れてるぞ』

 

!?

 

『頑張れよ、若人よ』

 

俺は現実から逃れるように地面を蹴り、空へと飛び上がった。

 




クレハ、決心するってよ。
クレハくんは鈴ちゃんと関わって良いのかと言う葛藤の末、彼女を護ると言う結論に出たわけですね。
父親を殺した相手に信用されるのもな・・・・というクレハくんの考えが、この終着点に行き着かせたのです。


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そして少年少女は動き出す。

クラス対抗戦に未確認機が乱入してからです。


 

アリーナを上空から見渡した俺は、戦闘中の一夏(白式)、鈴(甲龍)及び、敵ISを確認した。

敵のISはやはり、俺があの夜に沈めた物と同じタイプのようで、鈍重そうな腕に全身装甲、そして二つのアイカメラと不気味な出で立ちだった。

鈴と一夏は上手いこと連携をとり、教師部隊が到着する時間を稼いでいた。

 

(さて、どうしたもんかな)

 

一方の俺は、敵が侵入したと見られる遮断シールドの穴からフィールドをのぞきこみ、加勢するタイミングを図っていた。

Bシステムは、微妙に掛かってきている。戦闘前の緊張で瞬龍もエンジンかかかりかけているらしい。

よく観察すると敵の攻撃には波が有るようだ。

どういうタイミングかは知らんが、攻撃が止んだり激しくなったりしている。

俺は保険にと思い、先ほど別れた渚にあるお願いをする。

よし、準備は整ったぞ。

俺は二人が何かを画策し、実行しようとするタイミングで敵に銃撃をしながら降下する。

 

「なっ、柊先輩!?」

「クレハ・・・・せんぱいっ!?」

 

俺を見て二人が驚愕する。

特に鈴は、どことなく顔が紅い。

俺はアリーナ中央に着地するとそのままスラスターの推進力で滑走する。

あいつらの目の前に降りることで、敵の注意を俺に向かせ攻撃のチャンスを増やそうと思ったのだ。

しかし――――。

 

「一夏ぁ!!」

 

アリーナのスピーカーがノイズを漏らしたかと思うと、大音量で女子の叫び声を上げた。

ていうか、この声、一夏の幼馴染みの箒か。何やってんだよあいつ。

中継室をハイパーセンサーでみると、どうやら箒は中継システムを乗っ取って声をあげているらしい。

 

「男なら・・・・男なら、そのくらいの敵に勝てなくてなんとする!」

 

大音量の叱咤が再び鼓膜を叩く。うわ、うるせぇ!

だが、そんなことより目の前の敵だ。

俺は滑走しながらライフルを構える。

衝撃砲はかなりのエネルギーを消費する。発動だけで段々とエネルギーを食い潰していくBシステムとの併用は避けなければならない。今の時点でエネルギー残量は550。なるべく早期決着が望まれる。

 

(よし、ここで――)

 

敵に照準を合わせたとき、俺は違和感に気がついた。

敵が、俺を見ていない。いや、鈴や一夏すらも見ていない。

見ているのは―――――ー箒だ。

まずい、中継室には観客席や来賓席と違って、遮断シールドがない!

 

「鈴!や―――」

 

一夏が言葉を紡ぎ終わるのを待たずに、敵は箒に向かって瞬時加速で迫る。

 

一夏は鈴の衝撃砲を背中に受けると、目を見張るほどのスピードで飛び出した。

あれは、エネルギー変換を行わない外部からのエネルギーによる瞬時加速(イグニッション・ブースト)だ。

瞬時加速とは自身のエネルギーを外部に放出して、それを吸収、圧縮して放出することで爆発的な慣性エネルギーを得る技術である。

外部のエネルギーを吸収するので、自身のエネルギーでなくても良いことは良いのだが、純粋なエネルギーでないものでは機体とそれを制御する操縦者に絶大な負担がかかるのであまり行われる事はない。

しかし、今回一夏はそれを行っている。

瞬時加速のスピードは受けたエネルギーの大きさに比例するので、鈴の衝撃砲を受けるのが手っ取り早く加速する方法なのだ。

 

「――――オオオッ!!」

 

箒を目の前にして、敵の荷電粒子砲の砲口が赤く輝き始める。

 

「箒ッ!!」

 

箒と敵ISの間に体を滑り込ませる一夏。

そんな一夏に、無慈悲にも粒子砲が照射される。

 

「ガアアアアアッ!!」

「一夏ァ――ッ!」

 

一夏の絶叫と箒の叫びが重なる。

敵は照射を終えると、一夏の身体を殴り飛ばした。

中継室にめり込んだ一夏に箒が駆け寄る。

ISは解けてないので気を失っているわけではなさそうだが、反応が著しく低下した一夏の名を箒が必死に呼んでいる。

敵はそんな箒にも攻撃を加えそうな雰囲気だ。

 

「鈴!」

「わかってるわよ!」

 

俺たちは同じタイミングで飛び出す。

まず俺が敵を惹き付け、鈴が二人を救助(セーブ)する作戦だ。さすが場数を踏んでる中国代表候補だぜ。何も言わなくても意識が通じる。

先に敵を捕捉した俺が近接特化ブレード『時穿(ときうがち)』を展開。その刀身で敵を水平に薙ぐ。

しかし、手応えはガツンという重く、固いものを殴った感触だ。

 

「はあああッ!」

 

それでも俺は剣を振った。

空中に駐留していた敵を地面に叩き落とす。

 

「鈴はそのまま二人をつれて逃げろ! 俺が殿(しんがり)を引き受けてやるよ!」

「バカ言わないでよ! よわっちいあんた一人に何ができんのよ! あんたが救助役よ!」

「はぁ!? ふざけんなよ! そんなボロボロなやつに時間なんて稼げるわけないだろ!カッコつけんな!」

 

俺の指示に、鈴が反抗する。ダメだ。さっきは意識が通じるとか言ったが、全然あわない。

そんな俺たちに苛立ちを覚えたのか、敵が粒子砲を放ってきた。

俺は時穿でシールドを展開し、難を逃れる。

 

「ほら、悩んでる暇はない。早く行け!」

 

俺がそう言うと鈴は諦めたのか、機体を反転させ中継室で呻く一夏と箒をその両腕に抱き抱えた。

 

「あんたも・・・、やられるんじゃないわよ!」

 

そう言うと鈴は中継室背後の壁を衝撃砲で破壊。その奥に姿を消した。

 

「さあて、俺たち二人だけだぜ」

 

土煙から姿を表した敵を睨む。

この敵は恐らくだが、龍―――鈴を狙っている。

鈴を守るといった手前、これ以上先にいかせるわけにはいかない。

まあ、俺の素性が敵にばれてりゃ俺もターゲットに入るんですがね。

 

俺は空いているもう一方の腕に五十口径ライフル「レッドバレット」を展開する。

時穿()』と『レッドバレット()』。この二つの武器を操って戦うのが俺の基本スタイルだ。

銃で牽制し、剣で切り込む。これを幾度となく繰り返せば、余程の遠距離型でない限り勝ちは固い。

しかも今の俺は瞬龍の能力を十全に引き出せるBシステムが甘く掛かっている。

なるべく本調子になるときに現れる変な性格を出したくないので、一気に片付けるか。

 

俺は後位スラスター翼を全開にし、弾丸のように飛び出した。

ライフルのトリガーを引き、銃弾の雨を降らせる。

そして、敵が怯む瞬間を逃さずに時穿を降り下ろした。

 

ギンッ!という金属音が鳴り、その大きな腕に刃が止められたのだと分かった。

そしてその防御力はそのまま攻撃力に成りうる。

敵は左腕で剣を止め、右腕の拳で俺の胴体を殴り付けた。

余程の威力なのか、絶対防御が発動したにも関わらず、その防御を突破。俺は吹き飛ばされた。

両手をつき何とか受け身はとったが、中々キくボディーじゃないか。

逆流してきた胃液を拭い、無理やり笑みを作る。

 

まだだ。さっきの絶対防御のせいで大幅にエネルギーが削られたが、まだ300弱ある。

最低でも一本。腕くらいは落としてやらねえとな。

 

敵が放ってきたビームを一太刀で切り裂くと俺は飛翔し、空中に身を踊らせる。

そのまま両手に搭載された衝撃砲『轟砲』を繰り出す。

何度も、何度も連続して放つ。

敵は見えない砲撃を、腕をクロスし交差防御(クロスアームブロック)で乗りきると、間髪入れずに粒子砲を放つ。

その攻撃は、当たらない。

なぜかというと、狙った先に俺が居ないからだ。

俺は衝撃砲を打ち切ると、反撃を受ける前に地面に急降下した。

そして、敵が居ない俺に向かって粒子砲を放つのを見ると、敵ISに接近。右腕の関節部分に時穿の刃を押しあて、真上に切り飛ばす。

この敵は、俺の簡単な策に騙されるとこからして無人機だろう。そして今それを証明した。

切り離された腕の断面に中身はなく、ただの空洞が存在していただけだったのだ。

 

それを確認した俺は、伏せていたカードを切る。

 

「渚、やっぱり無人機だった。頼めるか」

『――はい。それでは狙撃を開始します』

 

渚がそういった直後、敵のISに衝撃が走った。

渚が放った弾丸が、装甲に当たり爆発したのだ。

これが、俺の掛けていた保険の正体。敵が遠慮なんて要らない無人機だった場合には遠慮なく弾丸を浴びせてやれと渚には言っておいた。

それでも渚、徹甲榴弾はやりすぎだろ。俺を巻き込む気か。

 

二発、三発とぶちこまれ、敵は完全に沈黙した。

なにやら騒がしい声が聞こえてきたので、耳を澄ますと二人の狙撃主が言い争っているようだった。

 

―――――今のは私の出番でしたのに!

―――――クレハさんは私にお願いをしてきました。よってこれは私の受けた任務です。

―――――あーんもう!折角織斑先生に許可を頂いて来たのに!

 

・・・・だとさ。呑気なもんだな。

おっ、鈴が戻ってきたな。敵を倒した俺を見て口をパクパクしてるぞ。

 

「あ、あんた・・・じゃなかった。先輩がそれを倒したんですか?」

「あー、なんだその敬語。気持ち悪いから止めろよ」

「はぁっ!? 気持ち悪いって何よ! あんたのほうが百倍気持ち悪いわよこのスケベっ!」

「誰がスケベだ誰が!? 部屋の内装から住んでる人物の予想くらい立てるのが常識だろ!」

「あっ、あたしのはだか見たくせによくもまあそんな被害者ヅラが出来るわね! あーもうイラついてきた! 大体あんたはだらしなさ過ぎるのよ! いつになったら予備のベッド出すつもりなのよ! 申し訳なさで胃に穴が開くと思ったわ!」

「いや、一体いつお前がそんな心遣いなんてしたよ!? お前こそ――――」

 

突然キレた鈴と口喧嘩をしていると、状況が急変した。

ビシュンッと俺と鈴の間を粒子砲が通過していったのだ。

 

――――敵IS再起動を確認! ロックされています!

 

マズイッ! そう思い、真横に鈴と共に跳ぼうとするが、意識に身体が付いていってない。

不審に思い、身体を隅々までチェックすると絶望的な気分に置かれる。

敵は残った左腕が変形し、あの夜見せた最大出力形態(バーストモード)への変貌を遂げている。

それに引き換え俺はというと、Bシステムが、解かれていた。

 

失敗した。安心していた。完全に終わったと決めつけていた。

最後の緊張感を手放した瞬間に、俺の切り札は消え失せていたのだ。

しかもこの角度は鈴に直撃コースだぞ。それだけは絶対に避けなければならない!

 

渚たちも異常に気がついたのか、それぞれの対応をとりはじめるが、もう遅い。

放たれた最大出力荷電粒子砲は、俺たちというより鈴に向かって直進する。鈴は呆然とその光景を見ているだけだ。もしかしたら諦めているのかも知れない。

でも、俺は諦めないぞ。お前には目的があるんだろ。折角少しだけ付き合う覚悟が着いたんだ。こんな所で死なれちゃ困るぜ。

俺は素早く鈴を抱きしめ、粒子砲に背中を向けた。そして残ったシールドエネルギーの全てをシールドバリアーに費やす。

 

そして、俺の意識はその光の奔流によって刈り取られた―――――

 

 

 

 

 

 

 




クレハのIS『瞬龍』に搭載されている機能、B(バーサーカー)システムですが、発動条件は大まかに、『動機を乱す』or『特定のISの存在を感知した場合』と言うことです。戦闘のストレスや、ビックリ箱でドキドキしたりすることもあれば! イベントシーン・・・的なことでドキドキして発動することもあります! 完全にBシステムが起動したり、新たにISを登録したりする時に出てくる彼方のクレハ君に関しては、また物語の中で説明できればと思ってます。いまはそういうものという認識で十分です。

感想評価お願いします。
では次回で。


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復讐

もうじき、一巻が終わるよ!
ちくしょう! 長い! 


 

・・・・・・。

・・・・・。

・・・・・・・頭、いてぇ。

目が覚めるとすぐに自分の頭が痛みを訴えてきた。

いや、頭だけじゃない。地面に触れている背中も、かなりの火傷を負ってるみたいだぞ。

そこで俺の意識は完全に覚醒し、気絶する前に起こったことを全て思い出した。

たしか、敵の粒子砲を受けたんだったか?

額から流れ落ちる血のせいで赤く染まった視界をうっすら開くと、アリーナの壁が自分の真横にあった。

どうやら衝撃で吹き飛ばされ、壁に叩きつけられたらしい。

 

(・・・そうだ、鈴は・・・・)

 

俺は吹き飛ばされる寸前に、アイツを抱き締めたはずだ。

首から下が満足に動かせない中、俺の胸を確認すると。

 

「・・よう、無事だったか」

「・・・・・・無事じゃないわよ・・・バカッ!」

 

おうっ、起き抜けに右ストレートはキツイ・・・・。

俺一応怪我人だぞ? テメ、この状態で『怪我? 何ともないさHAHAHAHA!』とかって笑えたらソイツはもうゾンビだろ。

 

「なんで、なんであたしを庇ってあんたが怪我する必要があんのよ・・・!」

 

鈴は俺の上でその小さな体とツインテールを震わせていた。

そして、ポカポカとハンマーパンチを力なく降り下ろす。

とても弱々しい、鈴とは思えぬ力だ。

 

「仕方ないだろ、手が出ちまったんだから」

 

ようやく動かせた右手で額の血を拭う。

気絶していたからか、瞬龍は待機形態へ戻ってしまったらしい。

 

「・・・あたしのことめんどくさいって言ってたのに?」

「バカ、めんどくさいと死なせちゃダメだっていうのは違うだろ。それに、謝りたかったしな」

 

鈴は俺が言わんとしていることに気が付いたのか、真ん丸の瞳を更に見開いた。

 

「―――お前の話、笑ってたとかいって悪かった。謝るよ」

 

俺は照れくささのためか、無意識に砂の入り込んだ頭をかいた。

チラリと鈴の様子を窺うと。

 

「ま、まぁ謝ってくるだろうとは思ってたわ! ていうかあの夜戦ってた本人が信じないとか、ソイツの頭を疑うレベルよ!」

 

・・・・急にいつもの調子を取り戻してきたな・・・。なんかイラッと来る。

落ち着け俺よ。せっかく謝ったんだ。また怒らせるのは意味のないことだ。

 

しかし、敵の攻撃が来ない。ISのない俺たちには興味がないって言うことか?

不思議に思い、視線を巡らせると、意外な光景が広がっていた。

 

「――それで? いつまであなたたちはイチャついている気なのかしら?」

「さ、サラァ!?」

 

そこにはなんと、敵の拳を打鉄の近接ブレードで受け止めるサラ・ウェルキンの姿があった。

 

「どうでもいいから早く起きてくれないかしら? 柊クレハ、もう動けるでしょう?」

 

サラは脂汗を浮かべながら言う。

確かに俺はもう動ける。ISもなんとか展開できるだろう。

だが、鈴は・・・。

 

「・・・ごめん、あたしは動けない。衝撃で下半身が痺れてるの」

 

目覚めても俺の上にいたことから推察できてはいたが、一時的な麻痺にかかっていた。

 

「よし、なら俺が連れて脱出させる。サラはその間なんとか持ってくれ」

「訓練機で実戦機を相手にできるとは思わないことねッ!」

 

そういいつつサラは敵を剣で弾き飛ばした。流石はイギリス代表候補生だ。

 

「よし、鈴。行くぞ」

 

俺は小柄な鈴を抱きかかえるとそのまま瞬龍を展開。一目散に一夏達を脱出させた中継室の穴へ飛翔する。

しかし、そこで。

 

「お、おい一夏、何してるんだよ・・?」

 

ボロボロの白式を纏った一夏がそこには居た。

 

「先輩と、鈴が戦ってるんです・・・逃げるわけには・・・いかないッ!」

「お前、自分がどういう状況なのか分かってるのか!? ただでさえエネルギー消費の多い単一仕様能力を使ったばかりなんだ、エネルギーはもうないんだろ!? お前も限界だ!」

 

俺が帰るよう指示するが、一夏はそれを頑として受けようとはしないで、一歩一歩アリーナへ足を進める。

 

「だったら、あたしも戦う」

「鈴、お前まで何いってんだ!?」

 

鈴はそう言うと俺の腕からおりて、なんとか自分の足で立って見せた。

 

「大丈夫よ、足で直接操作できなくても、インターフェースからの思考入力でなんとかなるはずよ。それより、あいつ倒しただけじゃ終わらないんでしょ?」

 

鈴は外でサラと戦っている敵ISを顎で示した。

・・・確かに、アイツを倒すだけではこの事件は終わらない。

事件の規模にもよるが、こういった襲撃に関して言えることがある。

それは、

 

「この事件を引き起こした黒幕、少なくともアリーナのレーダーシステムを潰して、アイツをここまで誘導したやつがいるはずだ。そいつがいる限り、この事件は連続するぞ」

 

元々不思議に思っていた。

なぜアリーナのレーダーシステムはアイツを関知しなかったのか、そもそも電算処理機能が明らかに欠如しているアイツに、アリーナのシステムをハッキングなんて芸当が本当に可能なのか。

導き出される答えは一つだ。共犯者がいる。

いや、アイツに操縦者は居ないから、主犯か。

まぁなんにせよ、その主犯をあぶり出して捕まえる必要がある。

しかも俺は、その犯人が誰なのか予想が付いている。

 

「よし、それじゃあここで解散だ。比較的動ける俺が主犯を探して倒す強襲(アサルト)。鈴と一夏は敵の相手をしてくれ。倒さなくてもいい。時間を稼いでくれ」

 

俺の指示に二人は確りと頷いた。

アリーナに戻った俺はサラに交代(スイッチ)の指示を出す。

サラの交代は敵を弾いた瞬間に行うことが多い。

次に入る人間が攻撃しやすくなるようにという配慮の結果だ。

サラが拳を弾き、その瞬間に待機していた一夏が入れ替わる。

 

「よし、なんとか上手く行ったな」

「ええ、そうね。なんとか死なせずに済んだわ」

 

・・・・・・やっぱりか。

俺は普通に(・ ・ ・)アリーナの扉を開き、普通に(・ ・ ・)アリーナ内部へと避難した。

 

「・・・・この扉が使えるってことを知っているってことは、気づいたの?」

「・・・・ああ、今回の襲撃事件、裏で糸を引いていたのはお前だな、サラ」

 

IS学園のシステムに侵入し、アリーナを占拠出来るのは俺の知る限りこいつと生徒会長くらいなもんだ。

チリチリと身を焦がすような殺気が、サラから放たれ始める。・・・やる気だぞ、こいつ。こんな狭い通路で。

 

「何時から疑ってたの? 彼女が編入してきてから?」

「いや、実際はついさっきまで確信は持ってなかった。サラがアリーナで俺たちを守る瞬間まではな」

 

自然に非常口から避難したのはただのハッタリだ。

非常口は四ヶ所あるが、サラが入ってきたのがここからで良かったぜ。でなきゃ俺は後ろから撃たれてた。

 

「するとここで疑問が生まれる。

―――――一体なんで俺たちを生かそうとする?

 

鈴の身を危険にさらす敵が再び現れたせいで、俺の声が険のあるものへと変わっていく。

俺たちの命、二体の龍、Bシステムが目的なら俺たちを生かす理由がない。俺に至っては殺すより他に手がない。

 

「なんでって・・・やっぱり覚えてすらないのね・・・・」

 

サラは俺の質問に答えるでもなく、ただただ失望した呟きを漏らした。

サラが床を強く踏みつける。鉄の接触音が通路じゅうにこだました。

 

「ふざけないでよ・・・・あなたたちのせいで、いや、あなたのせいでどれだけの人が死んだと思ってるの・・・?」

 

サラは、そう言った。

その言葉に俺は背筋が凍るの感じた。

 

「あなたがいたせいで、私の兄は・・・ウェルク兄さんは・・・・っ!」

 

ウェルク。その名前は、俺も覚えている。身体の調整期間中に辛く苦しい生活の俺を励ましてくれた研究チームの一人だ。

 

「まさか、妹・・・なのか・・?」

 

予想外の事態に軽く混乱する。

 

「そうよ、あなたたちが秘密裏に行っていた実験に参加していた研究者の中には、私の兄、ウェルク・ウェルキンはいた。そして殺されたのよ。あなたの手によってっ!」

 

サラが俺に刃を向ける。いつもの光景だ。しかし、その刃に乗った思いは熱く、激しい感情でいまにも吹き出してしまいそうな危うい感じがした。

 

「ここへあのISを招き入れたのは貴方を孤立させやすくするため、アイツに殺させなかったのは、私の手で復讐を果たすため。だって、そうじゃないと私の気が晴れないんだもの」

 

サラの声は激情を通り越してもはや冷静だ。静かに、剣を構えている。

 

「まて、サラ。俺は戦うつもりはない。せめて他の生徒だけでも―――」

「殺しあいの最中に命乞いとは情けないものねっ!」

 

説得を試みようとしたが、サラが攻撃を仕掛けてきたのでやむ無く迎撃として時穿を抜く。

ただの訓練機のブレードのはずなのに、その刃はことさら重く感じた。

 

「貴方には情けなんてかけてあげない。私が刈り取るの。この、双龍に与えられたこのISでッ!」

 

瞬間、サラの身体を黄色の光が渦巻いた。

彼女のブロンドがその粒子の流れに乗って、キラキラ輝く。

打鉄のくすんだ鉄色の装甲が溶け、黄色の装甲が展開される。

二重同時展開(ダブル・キャスト)』・・・・。長年ISと共に過ごし、それこそ身体の一部のようになるまで馴染ませないと到達できない上級の技術だ。

 

「まさか、サラ。お前も持ってるのか、ここに」

 

俺は自身の胸を示す。

 

「ええ、そう。でも私の『明日を奪う者(サニー・ラバー)』はちょっとイヤらしい子だったみたいで、本体はここ(・ ・)にあるのよ」

 

そういってサラは、その装甲に包まれた豊かな胸部、その先端を指差した。

・・・・・舐めやがって、このレズ女が。

 

「悪いが、俺はウェルクさんを忘れた覚えもないし、忘れることもない。それよりもするべきことがある。悪いが、今日死ぬのは俺じゃなく、お前って可能性も有るぞサラ」

 

緊張感のせいか、だんだんと意識が鋭敏化されていく。

 

「それこそ、望むところよ。拒む兄さんを無理やり参加させてまで作ったIS、私が砕くわ! 貴方に明日はない!」

 

サラが駆け出す。狭い通路での戦闘なので、自然と直線的な動きだ。

しかし、標準的な大きさのISとは二回りほど小さし瞬龍はその狭さをものともせず、自由に動くことができる。

そこがこの戦闘で勝利する重要なポイントとなるだろう。

身体の調子は悪い。瞬龍だって限界が近い。だが、

 

―――――特定のISの反応を感知。Bシステム、起動します。

 

「クレハーッ! 言われた通り、片付けたわよ!」

 

(お前)が来てくれたお陰で、何とかなりそうだ。

 

 

出力が増した瞬龍で、俺はサラを迎え撃つ――――。

 




アブソリュート・デュオみて、「あれ? 束さん? なんで?」とかって思ったみたのは俺だけじゃないはず・・・・ですよね?

長いので一旦区切ります。
感想や評価は次のを(いつになるか分かりませんが)見てからにでも・・・・。

ありがとうございました!


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そして彼は――

背後の鈴にサラは気づいたようだったが、構わず俺にその手に持った大型の両刃剣を振るう。

騎士のような甲冑が、世界中の朝日を全て集めたような黄金色の輝きを放ち、それをプラチナブロンドのサラが纏う。こんな状況じゃなかったら、感嘆の息の一つでも漏らしていたかもしれない。

しかし俺は気を引き絞め、サラに対応した。

あの剣は通路(ここ)で振るうには大きすぎるようだ。

だからサラの振りも、小さく、速くならざるを得ない。

スピード勝負なら、瞬龍とBシステム(俺たち)も負けられないぞ。

一秒間に二撃。サラが放った突きの数だ。

俺は時穿を展開し、右に左にと払い除ける。

――見える。対応できる。このくらいなら(・ ・ ・ ・ ・)

 

「・・・やはり、彼女がカギみたいね」

 

一瞬俺に接近したサラが耳元で囁く。

・・・まずいな。

Bシステムのトリガーを知られた。

Bシステムのトリガーとは、特定のISのコアだ。そして今現在その登録されているコアはセシリアのブルーティアーズと、鈴の甲龍だ。セシリアは撤退したようでアリーナないに反応がない。

鈴を展開不能にされると詰むぞ。

 

「・・・だったらどうするつもりだよ?」

「決まっているでしょう? こうするのよ(・ ・ ・ ・ ・ ・)

 

サラが背後の鈴に向かって右手をかざす。

その瞬間――

 

「え、えっ? ど、どういうことっ? クレハっ!」

 

一瞬のうちに鈴のISが消失し、鈴が狼狽する。

何やってんだバカ!

 

「鈴今すぐ展開しろ! 早く!」

「や、やろうとしてるわよ! でも、甲龍が無いの!!」

 

鈴に展開を促すが、そこでハタと気付く。

 

――――IS、甲龍の消失を確認。登録を解除します。

――――Bシステム、強制終了します。

 

消失・・・・?

俺は付近のISコアの検索を開始するが、甲龍の反応が鈴にはない。

しかも鈴は甲龍が無いと言った。

それはつまり、待機形態の甲龍も見当たらないと言うことで・・・。

まさか・・・・まさか・・・。

 

「剥ぎ取ったのか・・・ISを!」

 

俺はサラを睨む。

Bシステムが解除されたため、内心ビクビクだが、そんなことは言ってられない。

鈴は、戦う力を失ったのだ。

 

「そうよ、これがこの『明日を奪う者(サニー・ラバー)』の能力。対象のISのコアを強制的に引き抜く力! 奪われ、失った私が得た得るための力!」

 

サラは笑う。ケタケタと可笑しそうに。

 

「さて、これで残りは貴方だけよ柊クレハ。今あそこにいるのはなんの力も持っていないただの高校生。それは貴方も同じよね。ISを持っているだけのただの高校生」

 

・・・・ダメだ。呑まれるな。戦意を失うなッ!

圧倒的不利を突きつけて、相手の戦意を削ぐ。嫌がらせが趣味であるサラの常套手段だ!

 

「・・・・ッ!」

 

サラが鈴に切っ先を向ける。殺すつもりなのか・・?

 

「まて! 鈴は関係ない!狙いは俺だろう!?」

「ええそうよ。狙いはあなた一人。でも、見られたからには始末するしかないでしょう? それに、凰さん。貴女も一枚噛んでるようなのだし」

 

まずいまずいまずい!

ISが重い、身体が重い、意識に動きが付いてかない!

そして・・

 

「さようなら、凰さん。貴女にも明日は無かったようね」

 

剣を、降り下ろした――――。

 

 

 

「鈴ッ!」

 

鈴は肩から二の腕にかけて縦に切り裂かれ、弾き飛ばされた。

鈴の小さな体躯が壁に叩きつけられ、崩れ落ちる。

 

「ふざけるなサラッ!」

 

俺はなんとかスラスターを噴射し、鈴に駆け寄ろうとするも、その行く手をサラに阻まれた。

 

「ふざけるな・・・?こちらの台詞よ。貴方が凰さんを傷つけられて私に憤りを感じているならッ、私は誰に対して怒ればいいのよ!? イギリス!? 中国!? それとも日本!? いいえ誰でもない。貴方は恨まれ、失うべき人間なのよ!」

 

サラは、泣いている。

その手に血で濡れた剣を握りながら。泣きながら、笑っている。

 

その顔に恐怖した俺は、それを押し込んで、サラの懐に潜る。

 

「このっ、まだ抵抗を・・・!」

 

―――今だ。

 

「なッ!?」

 

俺は懐に潜り込んだ瞬間、サラが俺の頭を刈ろうと剣を横に薙ぐのが見えた。

だから俺はそれを逆手にとり、頭ひとつ分低くなるように瞬龍を解除した(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

しかも解除する瞬間、サラの足元を衝撃砲で破壊し、バランスを崩しておく。

その作戦は成功し、サラは俺の頭を捉えきれず、スカ振り体勢を崩した。

今がチャンスだな。

俺はそうやってサラをすり抜けると、鈴を抱き上げる。

外に出るか、通路内を逃げるか迷ったが、狭さがこちらに有利に働くのと、鈴の手当てが必要なので通路側に逃げることにした。

 

「外に出て、逃げればいいのに・・・・・。こんな狭い中でどうやって逃げるつもりなの!?」

 

サラは、狂っている。復讐の狂気に取り憑かれ、俺たちを追撃しようともしない。

サラ、こっちはパートナーが一発やられたんだ。だから俺も、お前に一発返してやるぞ。

俺が過去にお前の兄貴を殺したとかそう言うのは関係なく、ただパートナーを傷つけられた相棒として、な。

 

 

狭い非常口の通路を抜けると、生徒がアリーナの客席に向かうための大通路にでた。

見渡して自分の現在位置を割り出す。

・・・たしか、2ブロック先に医務室があったな・・。

レーダーを仕掛けられると一発で場所が分かってしまうため、俺は瞬龍を纏わず、走る。

 

・・・・出血が多い。俺、応急手当の方法なんざ中学校でしか教わったことないぞ。

医務室の扉を蹴るようにして開け(鍵がかかっていた)、備え付けのベッドに鈴を寝かせた。

鈴の顔は青ざめている。

移動する途中で目を覚ました鈴は自分の状況を認識して、力なく笑った。

 

「ざまぁ無いわね・・・。あんたと関わってからロクなことがないわ・・・。よく知らない奴には襲われるし、大ケガするし、ほんともう散々よ」

「喋るな。出血が多い。恨み言なら後で聞いてやる」

 

切り傷の位置からみて、上腕二頭筋の上を走る静脈は切断されている。出血が止まらないのはそのせいか。

くそっ、包帯を巻く手が震えて、上手く縛れない。

俺は腋の下の止血点を強く押さえる。

・・・・が。

 

「おい、鈴大丈夫か!? おい!」

 

殺気から反応がないと思っていたら、いつの間にか鈴は意識が混濁してあうあうと意味不明な言葉を発している。

酸欠による意識障害だ。血が足りてない。

 

くそっ、どうする!? 連絡は・・・ムリだ。

サラがジャマーを発していた以上、あいつの手の中であるアリーナ内では通信が行えないと見るべきだ。

なんとか・・・なんとか・・・。

 

・・・・そうだ。

俺の心臓組織は瞬龍の生体再生機能で賄われている部分がある。

なぜ瞬龍本体を埋め込む必要が有るのかと束さんに聞いたことがあった。

・・・えーっと、何て言ったっけ? たしか・・・。

 

(瞬龍の生体再生機能は生体維持機能じゃなくて、正しく生体組織を再構成する機能なんだけど、くーちゃんが壊したってうか、チーちゃんが壊したくーちゃんの心臓なんかは常に動いていないといけない臓器でしょ? だから、万が一って言う場合を防ぐ手立てとして、心臓に直接埋め込んでるんだよ☆)

 

・・・・だっけか。

つまり、外部にも機能する機能ってことだ。

問題はそのやり方だ。

俺の時は束さんがやってくれたが、俺がこの機能を使うのは初めてだ。

エネルギーの譲渡見たいに流出ケーブルでも接続すればいいのかも知れんが、今の鈴にはその接続孔がない。

いや、俺と瞬龍に電子的な繋がりがないところから見るに、そう言うのは必要ないっぽいぞ。

俺はサラが追ってくる危険性も度外視して、瞬龍を展開。発動の仕方を模索する。

 

―――武装の展開

違う!

―――指向性レーダーの操作

違う!

―――Bシステム発動時の特殊機能

ちが・・・・ん?

 

三つ目のウィンドウに気になる文字が表記されていた。

Bシステム発動時の特殊機能・・・?

急いで読み進める。

 

―――Bシステムとは、対IS戦の多対一を想定され設計されたシステムで、同時に製作進行されていた機能に、VTシステム、生体再生機能がある。当該機にはその中の二つ、Bシステムと生体再生機能が備わっている。

 

・・・・あった。生体再生機能の説明が!

 

かいつまんでいくと、どうやらエネルギーを外部へと送る行為はBシステムを発動させなければならないらしい。

 

「・・・ダメだ。出来ない・・・」

 

今の俺はBシステムを発動させるための特定のISがない。セシリアにも連絡は取れないだろうし、こんなタイミングでそこのドアをセシリアが開くとも思えない。

 

だったら、鈴を助けられないのか?

 

いや、それも一応否定できる。

なぜなら、Bシステムを発動させる手だてがまだあるからだ。

俺は鈴を見る。意識がなく、くてんとベッドに横たわる鈴を。

・・・・・出来るのか・・・俺に。

そういうドラマや映画は雨の影響でたくさん見ている。アイツはあのシーンがあるラブストーリーが好きだからな。

けれども、胸に瞬龍が埋め込まれてからはそう言うのは避けて生活してきた。

そんな俺に、この状況は酷と言うものだろう。

 

だけど、弱音をはいている暇はないぞクレハ。お前が一瞬ためらっているうちにサラが俺たちに、鈴が死に一歩近づくんだ。

覚悟を決めろ、男を見せろ俺!

 

鈴の寝ているベッドの脇に方膝ついてしゃがむ。

この時点でもすでに痛いほどに心臓が脈打っているが、それでもまだ足りないらしい。

気を失い、苦しんでいる鈴にこんなことをするのは罪悪感で死にたくなるが、俺はこの事を鈴には告げないつもりだ。告げたが最後、俺はこいつの前では普通でいられなくなる。

父を殺し、その娘にまで手を出す奴として、俺は自分が許せなくなる。

鈴の右肩を見る。

痛々しく、俺の弱さが招いた傷だ。

だから、それを治すために俺はするぞ。

へんな感情なんか一切ない、治療の一環としての――――――口づけを。

 

そして俺は、起こさないように静かに(眠り姫)にキスをした。

 

鈴の唇は、冷たくて、柔らかくて、花弁のように小さくて、とても悲しい感触がした。

そこから火が点くようにして俺の心臓が爆発のような鼓動をうち始める。

そして、遂に発動した。

 

――――過剰な脈拍の上昇を、脳内アドレナリンの分泌を感知。Bシステム、

 

 

          起動します。

 

 

・・・・さっき俺はこの事を告げないといったが、あれの本当の理由は、たぶんきっとこいつのファーストキスをこんな形で終わらせたくないからなんだ。

愛情や恋愛感情なんてこっ恥ずかしいものなんて一切ない。女子に対して余りにも失礼な行為。

あるのは人命救助というとても尊い行いに対する気持ち。

覚えてないなら好都合。

俺に構わず鈴は一夏とイチャついてりゃいいさ。

いや、それもなんかイラッと来るのは何でなんだろうな。

わからねぇや。

 

 

 

「・・・・あら? 凰さんはどうしたのかしら?・・・・・って、あなた、なってるわね」

 

俺は大通路に姿を表したサラを見つけ、医務室を守るように立つ。

 

「意外ね。貴方に死体愛好家(ネクロフィリア)のケがあったなんて。同じ女として凰さんに同情するわ」

「・・・・・」

 

俺は、何も言わない。

今はまだ、鈴の生死がサラの中で不明な状態を保つだけでいい。

 

「・・・・よく俺がBシステムを起動させているって分かったな。参考までに教えてもらっていいか?」

 

俺は弾切れになったライフルを収納し、代わりに「流桜」を展開させ、所持弾数をチェックした。

 

「・・・・感覚よ。今のあなたは始業式の夜に見せたあの時や、セシリアとの試合が終わったあと、セシリアの肩を抱いたときと同じ感覚がするのよ」

 

・・・・嘘だな(・ ・ ・)

サラは感覚どころか、俺がBシステムを使っているか判別する能力だって持っていない。

俺と鈴が初めてサラと交戦したあの通路での出来事。

サラはISを剥ぎ取るあの機能を俺ではなく、鈴に使った。

Bシステムを使っているか判別できるなら、あの時は鈴ではなく、俺のISを剥ぎ取るべきだった。

それをしなかったと言うことは、脅威度の判断がつかなかった。つまり判別できなかったと言うことだ。

そして、鈴のISを消したときに俺が慌てたため、システムが停止し、発動条件である特定のISが甲龍だと判断できた、と言うところだろう。

だから鈴を戦えなくした。俺のBシステムの発動を防ぐために。

 

つまり、さっきの皮肉も、俺の回答を促すハッタリなのだろう。

俺はまんまとそれに引っ掛かって、発動状態であること言ってしまったわけだ。

人を弄るのが上手いなやっぱり。

しかし、今となってはもう関係ない。

俺はサラを倒し、甲龍を取り戻す。

それが俺の、いや俺たちの勝利条件だ。

 

「お喋りはこの程度にして、早く終わらせましょう。お互いの大事な人を殺した相手との決闘を」

 

・・・・・別に鈴は死んだ訳じゃないが・・・・。

まあいいや。今だけ死んでる扱いで。活きがいいとうるさいし。

 

「ああそうだな。だけどサラ、お前は殺すつもりで来るといい。じゃなきゃ俺がお前を殺してしまう」

 

その言葉にイラッと来たのか、サラは額に青筋を浮かべた。

 

「減らず口をッ!」

 

サラが床を蹴り、もうスピードで俺に接近してくる。

得物は先程と変わらず両刃剣が一刀だけ。

 

「だったら俺もこれだけで相手してやるよ」

 

流桜を消して、時穿を両手で構える。

俺も自ら前に出てサラとの近接戦に入る。

サラの狙いは極めて正確。

超高速の突きが体の急所を次々と襲ってくる。

払いのけるより、かわしたほうが早いので俺は突きの一つ一つを丁寧に『見て』かわす。

しかし・・・・。

 

バシュゥッ!

 

圧力の抜ける音がして、俺の動きが強制的に止められた。

焦って足を見ると、両足の装甲が起動限界を越えてオーバーヒートしていた。

 

(やっぱり連戦はキツいか・・・!)

 

サラは俺に起こった事態を認識するとチャンスとばかりにその顔をニヤリと歪めた。

迫り来る(きっさき)。足元を固定されたままでは動くに動けない。

だったら・・・!

 

俺は突きが当たる一瞬前に両腕からサラの背後に衝撃砲を二発、微妙にタイミングをずらして放つ。

サラはそれに驚いたらしく、動きを止めた。

 

「・・・・・なに? 驚かせて動きを牽制したつもり? だけど・・・・」

 

いや、狙いは正確だ。

俺には見えている。

一瞬早く打ち出した砲弾にぶつかって、跳ね返ってくる「エネルギーは小さめ、速度は速く」の二発目が!

 

「くがっ!?」

 

サラの背を衝撃砲が襲う。

やった!湊の真似だけど出来たぞ。

ビーム兵器の偏向射撃(フレキシブル)ならぬ、反射射撃(リフレクト)

 

「つぅ・・・でも、この程度で・・!」

 

サラ、もう遅い。お前は集中を切らして、周りを警戒できていない。

だから・・・。

 

「――――――どの程度なら効くってのよ?」

 

背後に立った鈴が、サラに衝撃砲を放つ。

よし、上手く展開できたみたいだな!

凛と立つ鈴は今、消失したはずの甲龍を展開している。

考えてみれば変な話だ。

通常兵器どころか、ISとの戦闘でも破壊されないISコアが、意図も簡単に消失したのだ。

だから甲龍は破壊されたのではなく、サラが持っている、或いはサラのIS「サニーラバー」の拡張領域に変換転送されていると思ったのだ。

それで、試しに通常起動ではなく、ISを遠隔起動する緊急展開でやってみろと言ったのだが、無事に取り戻せたみたいだな。戦う術を。

 

「凰・・・鈴音・・・・ッ!」

 

衝撃砲を至近距離から浴びせられて動けないサラに、俺は流桜を突きつける。

絶対防御なんて発動しないように、ちゃんと額に銃口を触れさせる。

 

「終わりだよ、サラ。俺、お前とはいい友達に慣れると思てたのにな」

「・・・バカを言わないで。・・・・わたしは、貴方が大ッキライよ・・・」

「そうか」

 

別に俺は好き嫌いの話をしてるんじゃなかったんだが、そう言われるとちょっと悲しいな。

 

「で、こいつどうすんのよ? あたしとしては傷の件もあるし、千冬先生にコッテリ絞ってもらいたいんだけど」

「いや、どっちにしてもそうなるだろ。ISでの殺人未遂だぞ。罰を受けないハズが・・・・」

 

その時だった。

突如横から一筋の粒子砲が放たれ、俺たちは反射的にそれを避けた。

―――サラをおいて。

 

「・・・・油断したようね柊クレハ。凰鈴音。逃げることになるのは本当に遺憾なのだけれど、次の機会があるだけまだマシだわ」

 

外からの砲撃らしく、外装を突き破って放たれたビームに巻き上げられた土煙が晴れると、底には例の黒い全身装甲のISに抱えられたサラが捨てぜりふを吐いていた。

 

「待て! お前は本当に双龍から来たのか!? 双龍ってなんだ!?」

 

 

「――――双龍とは世界を変える・・・・・・神様よ」

 

 

サラはそう言い残すと、無人機に抱えられ、アリーナから脱出した。

残された俺たちに通信が入る。

 

『・・・・おい、無事か・・・? おい、無事か柊と凰!』

 

千冬さんだ。

 

「・・・・はい。柊です。通信復旧したんですね」

『何が復旧したんですね、だ! すでにそのブロック以外は完全に復旧している! 何があった!?』

「・・・・いえ。ちょっとアリーナ内の安全を」

「安全? ふざけ・・・・・いや、だったら早く戻ってこい。みんな心配してるぞ」

「・・・・はい。今から出ます」

 

通信を切る。

鈴は俺の顔を心配そうに見てくる。

サラのことを言わないのを不思議に思ったのだろう。

 

「・・・・・神様、か」

 

なぁサラ、その神様は死人を生き返らせてくれるか? 

 

こうして、クラス対抗総当たり戦二日目は終わった。

 




もう一話だけお付き合いください。


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再会という名の運命

第一巻最終話です。


あれから二日。クラス対抗総当たり戦は全試合を終えて、無事に・・・いや無事じゃねぇな。特に俺とか。

まぁ、終えることができた。

鈴と一夏の試合は無効試合ということになっていて、体調のこともあり、試合じたい再開しないそうだ。

 

・・・・で、俺はというと。

 

「呑気なもんねぇ・・・」

「お前にはこれが呑気って言えんのかよ鈴」

 

絶対安静が言い渡され、普通の病院にも行くわけには行かないので、保健室登校どころか、保健室入院なんていう超珍しい休養を取っていた。泣ける。

 

昨日は面会ができるようになると、雨やフォルテがいの一番に見舞いに来てくれて、心配してくれたが、怪我している理由を鈴とのケンカと言い張った俺を尊重して何も聞かずにいてくれた。

しかし、続いて現れた生徒会長には、色々なことを(主に鈴との同居生活について)根掘り葉掘り聞かれるわ、黛も面白がって騒ぐわ騒ぐ。

極めつけに今日のクラスメイトの奴等だ。なんで・・・なんで・・・。

 

「俺に女装を強要してくるんだ・・・・・・っ!」

 

俺はさめざめと泣く。長い(ヅラ)を垂らして。

 

「まぁ、良いんじゃない? 未確認機を倒した評価はあんたにも入るみたいだし」

「良くねぇよ! 新聞書くから女装して撮らせろ!? Facebookに上げるから女装して撮らせろ!? お断りだッ!」

「・・・・のわりには正面切って抵抗しなかったじゃない」

「・・・・」

 

うん、まぁ女子に手をあげるのもどうかと思うし、ネット上の画像は先生が消してくれるし・・・・。

 

・・・・そう言えばサラはどうなったのだろうか。

鈴の顔を見たら、不思議とそう思った。

現在彼女は海外任務としてイギリスに渡ったことになっている。

IS学園に籍を置いているのは戻ってくる気があるのか、はたまた他に理由があるのか。

 

「ん? なによ?」

 

チラリと鈴を見る。

鈴の制服は改造されていて、両肩が大きく露出している構造だ。

そして、その右肩からは・・・

 

―――うっすらと傷があるのが見てとれた。

 

その事を指摘すると鈴は「別にいいわよ。命あっての身体だしね」と、悲しそうな顔をして言う。

俺は知ってるぞ鈴。さっき来た女子が持ってる雑誌の表紙、お前の写真だっただろ。これからの季節にあわせて肩の出る白いサマードレス姿で。

・・・・モデルに傷を負わせちまったことに深い罪悪感を覚えた。

 

「そう言えば、あんたどうやってあたしの傷を治したの? そういう単一仕様能力(ワンオフアビリティ)なの?」

「いや、ワンオフアビリティじゃなくて、基礎機能だ。生体再生能力」

「へーすごいじゃない!」

 

鈴が浮かべた笑みが二年前の笑みと被る。

しばらくの間、無言の時間が流れる。

一分、二分だったのかもしれないが、十分や三十分だったのかもしれない。

 

「なぁ、鈴――」「あたし、本国に帰るわ」「――え?」

 

突然の宣言に声がひっくり返る。

 

「帰るって・・・・何でだよ!?」

「だって、サラ・ウェルキンが逃げたなら、日本にいる理由がないし。クレハには断られちゃったし」

 

いや、違う。違うんだ鈴。俺は―――。

言葉を紡ごうとしたが、何故かこれより先が出てこない。

 

「だから、中国でまた頑張るの。あんたみたいに強くて、融通の利くパートナーを探すためにね」

「・・・・・・融通が利かなくて悪かったな」

 

違うだろクレハ。お前が言いたいことはそんな皮肉じゃないはずだ。

 

「だから、今日はお別れを言いに来たのよ。このあとは一夏のところにも行くつもり」

「行って・・・どうするんだ?」

 

すると鈴は頬を赤らめて言った。

 

「そうね、最後になるかもだし、あの篠ノ之ってやつを出し抜いてやろうかなー」

 

それはつまり・・・。

 

「そうか、何するかは知らんが、まぁ頑張れよ」

「うん、ありがとクレハ。 あんたと暮らしてた二週間、悪くなかったわ」

「そうか・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・止めてはくれないんだ」

 

そして鈴は去っていった。サヨナラも言わずに。

俺の頭から、かつらが落ちる。

・・・・こんなもん着けてアイツを見送ったのかよ俺。

これで鈴は俺のもとを去っていく。

最後の言葉は聞かなかったことにしろ。

お前の言葉は信じたし、お前のためにも戦った。

 

「でも、なんで俺はうつむいてんだ?」

 

きっと鈴は双龍を追いかけるために、サラみたいな連中を追っかけて行くんだろう。

それこそ、今回の一夏との再会が最後になってしまう可能性を押し込んで。

 

「・・・・だめだ。あんなことしてたら命がいくつあっても足りないぞ」

 

既に鈴が保健室を出てから二時間経った。

既に外は暗く、どこからかヘリのローター音が聞こえてくる・・・ような気がした。

 

おい止めろ。立ち上がるな。寝てろ。瞬龍は修理中だぞ。

聞かなかったことにしろって言ったのが聞こえなかったのかクレハ。

 

自分の中の自分が必死に押し止めてくる。

頭では分かっているのに、身体が言うことをきかない。

スライドドアに手をかける。

 

聞かなかったことにしろとは言われたが、見なかったことにしろとは言われてない。

 

デジャブるんだよ。

さっきの呟きを洩らした横顔と、視線の先の父親が銃弾に貫かれるところを目撃したあの横顔が。

 

そして何より、

またあの悲しそうな顔をさせてしまった自分が本当に許せない。

 

「・・・・まったく、どうなっても知らねぇぞちくしょう!」

 

俺は保健室を飛び出した。

 

 

「おい一夏!」

「・・・え、柊先輩ッ!? 大丈夫なんですか?」

 

寮の一夏を訪ね、鈴が来たかと確認をとる。

 

「は、はい。さっき来ました。結構大きめの荷物もって」

「そうか・・・・なんて答えたんだ・・?」

 

俺の質問の意味が分からなかったのか、一瞬ポカンとしたが、直ぐに思い至ったのか「ああ」と声を洩らした。

 

「いいと思うよ、と言いました」

「そうかありがとなッ!」

 

・・・・うん! 意味わからんな。

告白されていいと思うよって、どこまで鈍感なんだよアイツ!

 

さっき聞こえたローター音は空耳なんかじゃない。本当にヘリが来てるんだ。

この学園でヘリが着陸できるところは幾らでもあるが、保健室から聞こえるところは一つしかない。

 

急いで本校舎に向かう。

走って走って走りまくって、漸く見えたとき、そのヘリはすでに離陸体制に入っていた。

屋上まで上る時間はない! だったらここで――――!

 

「鈴―――ッ! 行くな――ッ!戻ってこい! 俺が一緒に・・・・・一緒に・・・・」

 

俺はひとつ区切り、全力で叫んだ!

戦いたくない。

逃げたくない。

悲しませたくない。

俺自身を嫌いになりたくない。

だからそんな思いをこの言葉にのせて限界を越えて叫ぶ!

 

「俺が一夏と一緒にお前の作った酢豚食ってやるからよ! うまいの作るまで返さねぇぞおい! きいてんのか鈴――――ッ!」

 

しかし、その声は届かず、夜の大空に溶けて消えていった。

・・・・間に合わなかったか。

酢豚の話は鈴が乱入してきた就任パーティーで三人が話していた事だ。

 

「・・・本気で食ってみたかったんだけどなぁ」

 

呟くが、誰も返してくれるものはいない。

 

――そう、思っていた。

 

 

「――――だったら今からでも作ってあげるわよ。そんな恥ずかしいこと叫ばなくても」

 

・・・・・鈴だ。

 

「おい、お前何やってんだそんなところで」

 

再登場の仕方に、俺は目を丸くせざるを得ない。

 

「・・別にいいでしょ。再現してあげたのよ。あんたと出会った時を」

 

鈴は今、校舎の屋上から俺を見下ろしている。

月を背にして立つ姿は凛としていて美しい。凛という文字は鈴のためにあるんじゃないかと錯覚してしまう程だ。

位置関係は・・・・なるほど、コンテナに乗っているときと同じだな。

いや、そんな事よりも!

 

「お、おまっ、なんでヘリに乗ってないんだよ!?」

「なによ、乗ってた方が良かったの?」

「いや、そういう訳じゃないが・・・・・」

 

なんで下りてるんだよ? 中国帰るんじゃなかったのか?

そう聞くと鈴はこう言った。

 

「気が変わったのよ。やっぱ絶対にあんたをパートナーにしてやろうってね」

 

・・・・笑いしか洩れない。

なんだよ、何処までもワガママだなコイツ。

さっきのヘリ、中国軍の大型機だぞ。それに無駄足踏ませるとか、なんなのコイツ?

 

「・・・・大変だぞ。俺のパートナーは」

「舐めないでよ。あんたよりもっとめんどくさいやつと幼なじみしてるんだから」

 

ん、まあ違いない。

 

「それと――――ちゃんと受け止めなさいよ!?」

「えっ!? はっ!?」

 

いきなり鈴の姿が屋上から消える。

いや、飛び降りたのだ。

高さ25メートルの屋上から。

 

「おい、確かアイツの甲龍は・・・・!」

 

それに気づいた瞬間、再びダッシュした。

落ちてくる鈴の場所を見て、速度を割り出し、落下地点を予測する!

スゲーな! Bシステムでもないのに計算速い!

・・・・それほど切羽詰まってるんだな。

 

「間に合えぇぇぇぇぇぇッ!」

 

鈴めがけて渾身のスライディング。

腕のなかにスポット収まる小さい感触。

 

「・・・・こんな出会い方じゃなかっただろ俺たち」

「違うわ。今はもう、『再会』よ」

「ああ、そうかい。相棒」

 

――――認めよう。

俺はコイツと共に進んでいく運命らしい。

運命って言葉は好きじゃないが、自分を納得させるための言葉としてはとても便利な言葉だ。

だから、これも運命だ。

俺は、俺に向けられる鈴の笑顔を見て、そう思ったのだった。

 

鈴が戦うなら俺も戦おう。鈴が信じろというなら俺も信じよう。鈴が危険ならば俺が戦おう。

そう、すべてを投げうってでも、限界を越えるに至る(オーバーリミット)まで。

 

それが俺にできる、唯一の――――――ーコイツの家族にできる罪滅ぼしなら。

 

 

@

 

「・・・ねぇ、一夏」

「ん? なんだよ鈴」

「・・・・やっぱりあたし、待ってみても良いかな?」

「・・・鈴がそうしたいならそうすればいいさ。鈴が決めた相手なんだろ? いつものワガママみたく、どこまでも追っかけてみろよ」

「なによ、いつものワガママって・・・。でも、そうね。ここで引き下がるのはあたしらしくない気がするし、ギリギリまで待って、アイツが来たら今度こそ有無を言わさずパートナーにしてやるわ。クレハって、なんだかんだ言って結構いいやつだったし」

「鈴がそこまで言う相手なんて珍しいな。そんなに柊先輩が気に入ったのか」

「・・・うん。一応助けてもらった恩もあるしね。・・・・いや、ないわ! あたし一回アイツ助けてる!!」

「じゃあ、ここからだな。鈴がなにをしに来たのかはハッキリとはわからないけど、多分あの先輩なら付いてきてくれるだろ。いいと思うぜ、俺は」

「うん、ありがと一夏。手始めにとびっきりカッコいい再登場シーン考えとかないとね!!」

 

 

第一巻 了

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございました。


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二巻
序章


お久しぶりです。

鈴「ホントにね」

第二巻への導入です。

クレハ「もうちょい書けるだろ。寝る間惜しめよ」

いやいや、睡眠不足って辛いんですよ?

同時刻、一夏は蘭ちゃんちにいってます。
俺もISのゲームしてみたいです。いや、イグニッションハーツじゃなくて。


六月頭。日曜日。

 

数日前のあの一件からしばらく経ち、ほのかに初夏の香りを匂わせてきた休日。

俺は部屋にこもっていた。

 

「うーん、やっぱり格闘戦特化にチューンアップするべきなのか・・・・?」

 

目の前にあるのは大型モニタとゲームハード一式。

タイトルは勿論あの名作ゲーム『|IS/VS《インフィニットストラトス・ヴァーストスカイ》』だ。

発売初日で百万本セールスを記録したこのゲームは第二回モンド・グロッソでの各国の機体データが使われており、俺は自分の元愛機、ラファール・リヴァイヴの調整に頭を悩ませていた。

 

このゲームを買ったのはホンの二、三日前のことだ。

一夏に誘われてプレイしたんだが、その時に敗北を喫したのが悔しくて全力で練習中なのだ。

 

「ああ畜生! 俺はどっちのお前に乗ればいいんだリヴァイヴ!」

 

瞬龍に射撃武器が搭載されてから、格闘戦一辺倒と言うわけにも行かなくなり、普段から射撃に慣れておくかと思ったんだが、これがなかなか難しい。

 

「て言うか、なんだテンペスタ! お前そんな強くないだろ!」

 

ゲーム画面に表示されているリヴァイヴを踏みつけたテンペスタに文句を垂れる。

ありえねぇよ。なんだよあの無限コンボ。

コンピューター鬼畜過ぎるぞ・・・。

 

「・・・・・なーに一人でアツくなってんのよ?」

 

唸る俺に後ろから声をかける人物。

そう、俺のパートナーにしてルームメートの凰 鈴音(ファン・リンイン)だ。

休日のこいつの服装は梅雨に入ったからか、一層薄手のモノになってきている。

 

「おい鈴。そんな格好で出歩くなよ。胸が無いの『コントローラー貸せ。 対戦開始』―――って、俺のリヴァイヴがぁ――!」

 

一瞬で2Pに滑り込んだ鈴の打鉄に俺のリヴァイヴは無惨にも切り殺された。

その後、勿論俺も殴り倒されたが。

 

 

千冬さんが言うには、先日襲撃してきた例の黒いIS、『ゴーレム』は、未登録のコア。つまり新しく何者かが生み出したコアを基に造られた機体だと分かった。

俺が地域の警備に出たときのISも同じで、今分かっているだけでもそのなにもにかは五つのコアを新しく作ったことになる。

それは何故か。何が目的か。

分からないことはままあるが、手がかりがない訳じゃない。

双龍の存在だ。

 

アリーナ襲撃事件の影で暗躍していたサラ・ウェルキンはその双龍からの情報をもってこのIS学園に来ていたらしい。目的は俺を殺し、俺の心臓に埋め込まれたIS、Bシステム試作機(トライアル)『瞬龍』の破壊だった。

俺は初のBシステム発動時に、実験に立ち会った人間を多数殺害している。

 

最近気付いたオルコット夫妻。つまりセシリアの両親。

鈴が双龍を追いかける理由である、鈴の親父さん。

そして、俺の恩人でもあるサラの兄。

 

本来なら警察にでも飛び込んで自首するところだが、あの実験自体IS運用法に触れるため、揉み消されてしまうだけだ。

だから俺は双龍を突き止めて、瞬龍やBシステムに纏わる話をすべて聞かなければならない。

だから俺は鈴と行動を共にすることを決めたのだ。

俺の目的のために、俺の贖罪の為に。

 

 

「・・・・んで? なにか弁明は?」

 

モノローグから帰還すると、上下逆さまに映る鈴の顔があった。

 

「・・・・取り敢えず、下ろしてくれよ。頭がボーッとしてきたぞ・・・」

 

俺がそう乞うと鈴は仕方ないわね・・と呟いて俺を縛り上げていたロープを切った。いてぇ。

 

「で? あたしの胸が何だって?」

 

まだそこからなのかよ。

 

「別に。なんも無い。女子ならちょっとは慎めって思っただけだ」

 

こんなことを直視して言うのは恥ずかしかったため、少しそっぽを向いて言う。

実際、今の鈴のカッコは目に毒過ぎる。いや、青少年の観点から見ると目の法薬かもしれんが、そんなことは関係ない。うっかり俺がなっちまったらどうするんだよ。Bシステムのトリガーはなんでか鈴には甘いからな。

 

「・・・・?・・・・!! あ、あんたどこ見ていってんのよ! このスケベッ!」

 

ほら、一瞬でキレた。理不尽すぎるだろ。

 

「まてっ、待て鈴! 別に胸見て言った訳じゃない! 全体的に!タンクトップはまずいだろ!」

「さりげなく全身見てることを言うんじゃないわよ! あとこれブラトップよ!」

 

なおさらダメだろ! 上に着ろ!

最終的には俺が鈴をシーツで巻くという結果に落ち着き、目の前にフガフガいう春巻きが出来た。

 

思わずため息がでる。

鈴に加え、近々アイツもここに来るという話を千冬さんから聞いている。

そして更には全員強制参加の学年別トーナメントだ。

瞬龍の整備も完全に終わっているため、後者については問題はないが、前者にはある。

 

――ラウラ・ボーデヴィッヒ。

たしか最後にあったのはIS学園入学前の3月。最終リハビリでドイツ軍に居たときだ。

俺はそこで千冬さんの殺人的なじごきを受け、今ここにいる。

一緒に行動したのは1ヶ月弱でも、作戦行動中は大体ツーマンセルで組まされた。

今ではとある部隊の隊長を勤めているとかなんとか。

そんなラウラが学園に来るのだ。

 

「・・・・・一夏に、忠告しとこうかな・・・」

 

多分殴られるんじゃないかな、アイツ。

 

 




ラーウーラ! ハイ! ラーウーラ! ハイ!

ちょっとコメディ意識して行きます。


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gold or silver?

個人的には二巻の表紙が一番好きです。


 

日曜の夜。

あれから俺たちはゲームで遊び倒し、夜の時間を迎えていた。

時刻は6時。休日の夕食にはちょうどいい時間帯だろう。

 

「・・・・鈴、そろそろ飯に行こうぜ?」

「嫌よ。絶対今日中にテンペスタを撃ち落としてやるんだから」

 

けれども俺が部屋にとどまっている理由は一つ。

・・・鈴がドハマリしたのだ。ゲームに。

 

どうやら、俺のリヴァイヴを打ち落としているうちにゲームで勝つということに病み付きになったらしく、現在対テンペスタ戦を52回繰り返している。

鈴も鈴だが、ゲームもゲームだ。

50回挑戦しても勝てないようなプログラム組むんじゃねぇよ。

 

「あーもういいから行くぞっ。休日は食堂が閉まるのが早いんだから!」

「ちょっ、返しなさいよコントローラー! ご飯ならアタシが作って上げるわよ!」

「少し興味はあるが、残念ながら食材がない。それとも鈴、夜中に空腹で喘いでも知らねぇぞ?」

 

夜中に苦しむ自分を想像したのか、押し黙る鈴。

・・・・今の会話で思い出したが、酢豚食ってないな。作ってくれるんじゃ無かったのか。

鈴は渋々ゲームを片付け(電源は点けたまま)薄着のブラトップの上からタンクトップを重ね着した。

・・・・いや、あんまり変わってないからそれ。

廊下にでるとちょうど混む時間帯なので、食堂に足を運ぶ生徒が大勢いた。

俺と鈴はその流れに紛れるように歩き出す。

 

「・・・・ねね。あれ見てよ」

「あれって・・・変態柊?」

「と、中国の代表候補生じゃない。同じ部屋なの?」  

「どうにもそうっぽいわね。結構仲良さげな雰囲気だし」

「そう言えば、先月のあの事件。アリーナから出てきたのあの二人が最後だったらしいよ」

「うそぉ~。ナニしてたのよ~?」

 

そんな会話が聞こえたが、極めて平静を保つ。変に動揺したら医務室でのことがフラッシュバックしかねん。

 

足早に歩みを進めて食堂に入り、手早く注文を済ます。

二人とも食べるものが決まってるからスムーズに進める。

 

「クレハ、あんたまた狐うどん? よく毎晩毎晩食べてて飽きないわね」

「今日一日三食豚骨ラーメンだったお前に言われたくない」

 

朝の日清麺職人に、昼の生麺タイプ。そして夜の食堂だ。

この間心配になって「おいリンリン。ラーメンばっか食ってないで笹食え笹」って言ったら五分間ボコられたし。そのあと一夏がやって来て説教してくるし、なんなの? 心遣いの表し方を間違えたっぽいな。

 

二人して席につくと入り口から見慣れた顔が姿を表した。

 

「―――あんまりくっつかないでくれよのほほんさん・・・・。かなりん探してるんだろ?」

「んふふ~。あとでこの感触をみんなに教えてあげるんだよ~」

 

うお、なんだアイツ。パジャマなのか・・・?

一夏と添うように入ってきた生徒は、ダボダボなパジャマ(?)を着て、ずり落ちるナイトキャップを、手先が隠れるほど長い袖でうっとおしげに直している。

全身装甲ならぬ、全身寝装って感じだな。

 

「感触なんか教えてどうするつもりなんだよ・・・。うおっ、なんか視線の圧力を感じる!」

 

一夏がそう言うと、のほほんさんと呼ばれた少女はカウンターに座る女子のもとへと逃げるようにすっ飛んでいった。

その際、複数の女子がそののほほんさんに殺人的な視線を向けた。・・・ような気がした。

 

「・・・あの噂、本当なんでしょうね?」

「うん、間違いないみたい。さっき一組の子が噂してるの聞いたもん」

「戦って」

「勝って」

「優勝して」

「株あげて・・・!」

「「「「キャーーーーーーーッ!」」」」

 

・・・・なんだあの一団。

 

「・・・なぁリンr・・鈴。一夏がまたなんかやらかしたのか?」

「さもアイツを問題児みたいに扱ったわね・・・。べつに、聞いてないわよ何も」

 

鈴はずるずると麺を啜りながら言う。

本当に知らないみたいなんだが・・・・。

 

「「「戦って勝って優勝してキャーーッ! 戦って勝って優勝してキャーッ!」」」

 

あの盛り上がりようを見て、何も知らないって言い張るのは、ちと無理があるんじゃないだろうか。

 

「本当に知らないわよ。アイツ鈍いから多分自分でも把握してないことが多いんじゃない? ほんと、なんであんなのがモテるんだか・・・・」

「おいおい、お前一夏の幼なじみだろ。あんなのって酷くないか?」

 

二人の関係を心配して俺が言うと、鈴は箸が変形するほどの力で拳を握りこんだ。

おい、バキッなら分かるが、グニャッてなんだよ? なんでキレイなU字を描いて割り箸が曲がってるんだよ?

 

「知らないわよあんなやつ! 昔ッから鈍くて鈍くて、酢豚の下りなんかもう笑えたわよ! 嘘! 笑えない! 殴りたい!」

 

な、なんか知らんが勝手にヒートアップし始めたぞ鈴が! 

 

「なんで伝わらなかったのかなぁこの感情! イライラしてモヤモヤして、ギスギスしてたあの頃がバカみたいよ! おー、もう抑えられない。ちょっと殴ってくる!」

 

鈴は完全にキメた顔でそう言うと、席を立った。

 

周りでは女子たちが一夏に分からないように騒いで、背後では俺の名を呼ぶつもりだったのだろう一夏の声が悲鳴に変わっている。

 

いつにもましてカオスだ。

 

俺は鈴の丼からチャーシューをくすねながらこう思った。

 

――――別に忠告しなくて良いや、と。

 

 

「えーっと、ISスーツの注文。今日までだから早く決めて注文書を提出するようにね。みんな二回目だから迷うことないでしょ?」

「いやいや先生~。今年は織斑君が居るんですよ? ちゃんとしたやつ選ばなきゃ女としてまずいですよ~」

「そうですよ~。お洒落を忘れたら失格! 先生がいつも言ってることじゃないですか」

「それになんか最近、変態柊を気にするようになってきた物好きな派閥も・・・・・」

 

その女子はそこまで言った後、速やかにその他の女子によって排除されていた。

何かを誤魔化すように俺に向かって笑みを浮かべる女子たちが怖い。

 

月曜日の朝。大倭先生が先日だしていたISスーツを新調するための注文書を集めるように言ってきた。

女子はなかなか手間取っているようで今このときもカタログを眺めているやつもいる。

 

「やっぱりハヅキのが・・・・いや、私にはちょっと大胆すぎる・・・!」

 

そのうちの一人が俺の幼馴染みだ。

 

「なんだよ雨、まだ決めてないのか?」

「う、うん。数が多いからどれがより効果的か悩んじゃって・・・・」

 

なるほどな。ISスーツとはISと操縦者の適応率を高め、肌表面を流れる微弱な電位さをダイレクトにISに送り、より直感的にISを動かすための、いわば補助装置だ。

本気で上を目指すやつらはスーツにも拘っているそうだ。

 

「クッちゃんは・・・どれがいいの・・?」

 

カタログを見せるためにか、机をくっ付ける雨。小学校みたいだな。

しかし、その雨の顔はいっぱいいっぱいって感じにはりつめてる。

最近そんな顔ばっかしてないか?

 

「いや、俺は去年の暮れに買ったやつだからまだ良いや。今回はスルーだ」

 

そう答えると雨は「」そ、そうじゃなくて・・・・・」と言いかけたがそこで大倭先生に見つかってしまい机をもとに戻す。

 

「ったく、幼馴染みだからっていつでもどこでもイチャ付いてるんじゃないわよ。て言うか柊くん。一年の凰さんがキミ宛にペア申請出してきたんだけど、どうなってるの?」

 

先生の言葉に教室が沸いた。

 

「本当ですか先生!」

「ちゃんと確認してください先生!」

「ちゃんと結婚してください先生!」

「待って待って。なんでそんなに慌ててるの君たちは!? あと三人目!あとで屋上ね」

 

クラスの全員が俺に視線で回答を求める。

 

「あー、まぁ。そのまま通しておいてください。アイツのことだし記入ミスなんてないとおもうんで」

「え? じゃあ間違いないの?」

「え、まぁ・・・・。成り行き上・・」

 

・・・・・・・・・。

 

「「「「「うそおおおおおお!!」」」」」

 

今度は教室が揺れた。

 

――――――――ー。

・・・・・・・。

・・・・・・。

 

「――――ってことで、ちょっと君たち騒ぎすぎよ。意外なのは分かったから藁人形作ってる女子はその手を止めなさい。誰の写真使う気よ。篠乃歌、キミまでそっちにいっちゃったら誰がこのクラス纏めるのよ?」

 

先生の鶴の一声で場は収まった。

さっきまでの教室のありようといったら筆舌に尽くしがたい。

 

「さて、ちょっと意外な確認は終わったけど、まだサプライズは終わらないわよ」

 

先生の遠回りな言い方に?を浮かべるクラス一同。

俺もまたその一人だ。

 

(ラウラ・・・か? いや、他国からの転校生にサプライズも何もないだろ。ここは元々多国籍学園だ)

 

それじゃあ一体サプライズとはなんなのか。

にわかに騒ぎだした教室に先生の声が響く。

 

「なんと、一年生にまた転校生よ! しかも男女二人! 金髪美男子と銀髪美少女!」

 

・・・・だ。

 

「・・・・・だ」

 

「「「「美男子(・ ・)ぃいいいい!?」」」」

 

 

なるほど。サプライズなんて言うわけだ。

 

 




さて、どうやってシャルルを絡ませようか。
俺自身、シャルロッ党じゃなくてセカン党なのでさじ加減が難しいです。
一夏のえっちは忘れられませんけどね!

感想評価待ってます。
一話一話の長さとか要望あったりすれば、どうぞ遠慮なく。


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作戦名「男女を越えた先」

ただ、クレハくんが異常に慣れてるって話。
ラウラのしゃべり方を観察する必要がありますね・・・・。うへへ。


 

女子の会話を盗み聞きすると、転校生は二人でやはり女子の方の名はラウラ・ボーデヴィッヒというようだった。

一年の教室から帰ってくる女子たちは口々にもう一人のシャルル・デュノアという男子生徒のことを語った。

曰く、

 

「王子さまみたーい」

「金髪サイコー」

「年下なのがまたいい」

「きっとロールキャベツ男子」

 

・・・・だそうだ。

なるほど。そのデュノアとやらは金髪の優男ってことか。

・・・・・どうでもいいな。

 

「あれ? クレハくん? 机に突っ伏して何してるっすか?」

 

うわ、五月蝿いのが来た。

 

「見りゃ分かるだろ。気分最悪なんだよ・・・」

 

俺は昼休みにも関わらず、一人でため息をついていた。

雨は茶道部の人たちと弁当食いにいったし、たまに校内でばったり会うサラは行方不明だし、ぶっちゃけイベントの一つも起こらない。

いや、サラは帰ってきてほしくないけど。

 

「あー、あれっすねぇ~。男子が増えたことで注目度が下がっちゃう~的な?」

「ばか、違う。もう一人の方だよ。ラウラ・ボーデヴィッヒ。新聞部から調査指令とか出てるんだろ」

「もちろんっすよ。ドイツはIS技術に関してわりと閉鎖的っすからね。転校生なんて珍しいっすからみんな躍起になってかぎまわってるっすよ? ・・・・もしかして、なんか知ってるっすか?」

 

一瞬でメモ帳とペンを構えるフォルテ。流石は黛に並ぶジャーナリスト魂の持ち主。欠点は興味のないものはとことんどうでもいいところか。

 

「知らん知らん。なーんも知らん。そういうわけであっち行け」

 

そういったところで俺は自分の失態に気づいた。

なんで俺はフォルテを煽るような言い方をしてしまったんだ・・・!

 

「・・・ふーん。その顔はなんか訳ありっすねぇ・・・。クレハくんのファンに売れそうな情報っすか?」

「売れるか。てかファンってなんだよ。どこに出来たんだそんなもん」

 

その時、教室の隅でひそひそ話をしていた女子たちがフォルテを呼び、なにやら相談事を始めた。

・・・チラチラとこっち見てるな・・・って、手にもってんの長めのウィッグじゃねぇか。

そしてフォルテは女子の集団から離れ、ウィッグ片手にこちらに戻ってきた。

・・・・そう、ウィッグ片手に、だ。

 

(あ、嫌な予感してきた)

 

迫る予感から逃げようと席を立つも、教室の入り口には女子がたむろしていて出るに出られない。なんだこの統率の取れた包囲網は・・・!?

 

「お、おい。なんだよお前ら・・・って、いつのまにそんな化粧品準備してやがった!? まて、カツラは止めろ! 最近寝不足で肌が荒れてんだよ!」

 

まずい、混乱で心配すべき所がずれている。

俺を追い込んだ女子たちは、フォルテを筆頭に俺にプレッシャーを掛けてきた。

そして・・。

 

「クレハくん、ちょっとゲームしてみないっすか?」

 

俺の頭にカツラが被せられた。

 

 

女子たちが提案したゲームは題して「勝てば天国、負ければ地獄。ドキドキ女装を隠せ!デュノアくんに大接近ゲーム」というらしかった。四半世紀は前のセンスだな。

ルール説明によれば、ゲームの開始は今日の放課後。俺は放課後になると女子たちが全力を尽くして施したメイクを武器に、転校生のシャルル・デュノアに接近し、女装だと悟られずに食堂でお茶をしなければならないようだ。

 

隠し通すことができれば俺は一週間女装で過ごしても良い権利を得て、負ければ転校生の男子に酷い先入観を持たせることが出来る権利を得る、というのが女子の提案した罰ゲームだった。

 

「・・・・って、どっちも俺得しないんだけど!?」

「だーまらっしゃいっすよ、クレハくん。既に状況は動き始めてるっす。放課後になって今さらなに言ってるっすか」

「くっ・・・・!」

 

俺は校舎の角に隠れて、窓で自分の容姿を見る。

・・・・完璧だ。悲しいくらい完璧だ。

なんだよこのつけまつげ。凄い長いのに全く違和感がない。肌も白いし鼻筋もピンと通ってる。文句ない美少女だった。

・・・・いや文句はたんまりとあるが。

 

「ほらほら。最後に練習っすよ。・・・って、一年ほどを女装で過ごしたクレハくんには今さらっすよね・・・」

「おい、軽く引いてんじゃねぇよフォルテ。お前らがしたんだろうがこの顔に」

「いやいや、ぶっちゃけますけど、なんでそんな可愛く仕上がったのか私たちにもわからないんですよ」

「んな無責任な・・・・。なぁ、この胸、もうちょっと小さく出来ないか?」

 

俺は下を見下ろすが、自分の偽乳に遮られて足元を見ることが出来ない状態だ。なんでこんなでっかくしたんだよ・・・。

試しに触ってみる・・・うわ、やわらけぇ。なにこれ。パッド? 

むにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅ

 

「・・・・・・・・・・・あの、クレハくん?」

「・・・・・・・はっ、別に気持ち良いとか思ってないぞ!?」

「いや、思ってたら友達の縁を切ってたっす・・・・」

 

その時だ。

耳につけたインカムに女子から通信が入った。

 

「二人とも、用意は良いわね? もうすぐターゲットがそこを通過するわ。柊くんは待機。フォルテは背後から監視に入って。柊くん、折角なんだから楽しませてよね~。くしし」

 

うわ、コイツらすげぇ面白がってやがる。

ていうか女子的には良いのか? 数少ない男子に言い寄る女がいても。

試しに聞いてみると・・・。

 

「は? 柊くん男子じゃない」

 

だ、そうだ。遊びって割りきってるらしい。本物の恋はマジで戦争ですから、ともいった。

 

「接敵まで五秒前。・・・三、二、一・・・・行って!」

 

くそっ!

俺は夕焼けに染まる教室前に飛び出していく。あたかも曲がり角で偶然ぶつかった風を装うように。

フォルテは後に、その背中は勇ましい様に思えたが、よく考えるとこの上なくマヌケだった、と語ったらしい。

 

 

五分後。

 

「へぇ~。偶然ISを? ボクのクラスにもそういう経緯でここに来たって言う人が居たよ」

「そうなんですか? ちょっと安心しましたっ♪(女声)」

「それで、キミのクラスは?」

「・・・・・・・」

 

俺たちは食堂のテラスで紅茶を飲み交わしていた。

話をしてみるとデュノアはとても良い人柄をしていることが分かった。

それよりも今は周りのいぶかしむような、気味悪がるような視線が気になる。

多分いまこっちを見てるのは二、三年の連中だな。

あいつらは去年クレハ(女ver)を見てるから直ぐに気がついたのだろう。

一人の上級生が端末を手に取り、どこかに連絡を入れるしぐさをするが、クラスの工作班が事情を説明し、俺が女装して男子とお茶をエンジョイしているという書き込みを未然に防いだ。

水際だった素晴らしい対策だ。

お前ら実習ももうちょっと本気で臨めよ・・・。

 

「えーっと、お悩みは以上で終わりかな?」

 

デュノアが悪意のひと欠片もない笑顔を向けてくる。

うう、心が痛むぜ。インカム越しにもうう、と胸を詰まらせる声が聞こえた。

俺は話を切り上げるべく、以上ですとだけいった。

しかし・・・。

 

「そう、じゃあもう暗くなってきたし、部屋まで送ろう。たしかここの寮って全学年同じ建物なんだよね」

 

はい、わたり通路で簡単に行き来できます。

って、待て。待て、待て!

 

「それじゃあ行こうか。タイの色からキミは僕と同じ一年生だよね。だったら大丈夫だよ」

 

一体何が大丈夫なのか。

デュノア、お前は男子なんだぞ!? その男子が女子を部屋まで送ると言うことの重大性をもうちょっと自覚しろ!

ほら、インカムから悲鳴の声が聞こえた!

 

しかしいまの俺はか弱い女子(という設定)。

無邪気なあのスマイルの前ではなすすべもなく従わせられる。

・・・・確かにあの顔は王子さま的な女子の夢を擽るワケだ。

一つ一つの所作が全く違和感ないし、鼻にも掛かってない。

本当に、普通にでる当たり前の反応なんだ・・。

 

食堂を出た俺たちは寮の通路を歩く。

まずい。部屋の場所を聞かれたらどう答えようか・・・・・。

そんなことに頭を捻らせてた時だ。

 

「・・・ッ!?」

 

突然階段の前でデュノアが俺の腕を引き、物陰に俺を押し込むようにしてくる。

これは・・・いわゆる壁ドンってやつだな。俺の方がでかいからちょっとおかしいが。

 

「静かに。尾行者が何人か居るね。どうにもキミを監視してるみたいだけど、どうする? キミが望むならボクは全力で彼らを追い払うよ」

 

あ、クラスの女子共(アイツら)め・・・。なに尾行対象に悟られてるんだよ。警戒されたら男バレの確率があがっちまうだろ。

・・・・しかし、なんだろうなこの違和感・・・・。

俺の足は今デュノアの脚の間に挟まれてるんだが、なんだか腿に当たる感触が乏しいのだ。

 

「や、止めて下さい・・・。乱暴は苦手で・・・・」

 

しかし、俺がやんわりと逃げる方向へ話を進めようとしたときだ。

 

「うおおおっ!? シャルルあぶねぇッ!」

「え・・? ぎゅむっ!」

 

上から大量の段ボール箱と共に大柄な男子、一夏が降ってきて、目の前のデュノアを押し潰したのだ。

いきなりの出来事に目をパチクリさせる俺。

取り敢えずピクリともしない二人を見てみると、見事に二人ともデカイたんこぶをこしらえてやがる。当分目はさまさないだろう。

・・・・あれ、これって逃げるチャンスか?

俺を監視する女子はデュノアの機転により完全に撒いたみたいだし、目の前の二人はこうだ。

完全に逃げろという神様の思し召し。感謝するぜ神様!

 

俺は逃亡を図る前に場の片付けはしておくことにした。

ばら蒔かれた書類は元の箱に戻し、ちゃんと箱も重ねておく。

気絶してる二人に関しては、なんかムカつくからこの学園にも数割の割合で存在している腐ってる連中の餌になってもらうため、階段脇の暗がりに重ねておいておこう。

 

そう思って、一夏を運んだあと、デュノアの胴体を掴んだときだ。

 

むにゅ

 

・・・・・ん?

なんだよ今の効果音。いや擬音。

明らかにコイツ(デュノア)の胸から鳴ったが・・・・。

不思議な音のなる胸ですね。と数回手を動かしてみる。

 

「・・・・・・ぁ・・・はぅ・・・」

「!?」

 

ズザザっと飛び退く。

デュノアが明らかに普通じゃない息を漏らしたところで全てを察した。

あの腿にあたる感触に感じた違和感の正体にも!

 

コイツ、シャルル・デュノアは・・・・・・・・女だ。

 

そう悟った瞬間、床に寝そべるデュノアの赤らんだ顔がとてつもなく色っぽく感じられてきて、さっきの桃色の吐息と相まって、俺の鼓動は急速に激しさを増していく。

ヤバい、ヤバい、ヤバい! 女と意識した瞬間からこれかよ!

段々と視野が狭まってきて、胸が痛いほどに脈打つ。

これは・・・あれだ。

Bシステムが恐らくデュノアの持つISコアに反応してトリガーに登録しようとしてるんだ・・・・!

うずくまり懸命に落ち着こうとするが、必死になって落ち着くなんてできるはずもなく、Bシステムが発ど――――。

 

「・・・・・そこにいるのは『お兄ちゃん』ではありませんか?」

「!?」

 

突如俺を『兄』と呼ぶ存在が現れたことで俺の心臓は文字通り凍りついた。

ギギギとはだしのゲンのような効果音を上げて俺の首が回る。

 

「そのお顔・・・・やはりもう一人の男子とは『お兄ちゃん』のことだったのですかっ」

 

・・・・俺の女装したときの顔を見分けられる人種は二つある。

一つはこの学園の生徒、及び教員。

そしてもう一つは・・・・。

 

「お久しぶりです柊『お兄ちゃん』。ラウラ・ボーデヴィッヒ、今日付けでIS学園に転入となりました。つきましては、現在柊『お兄ちゃん』は軍を退役した身でありますので、『お兄ちゃん』などという無礼な敬称でお呼びすることを、お許しください」

 

ビシィっと直立不動の敬礼を決める銀髪の欧州美少女、特にドイツ軍なんかに籍を置いてる奴なんかは結構見分けるかもな・・・・。

一夏とデュノアを階段の脇に放り込んだあと、ラウラと改めて向き合った。

 

「・・・・・久しぶりだな。ラウラ少佐・・・・。いや、今はラウラ隊長と呼んだ方が良いか?」

 

ついに見つかったか・・・・。

俺は心の中で頭を抱えた。

 

「いえ、先ほど教官に「ここは学校だ」とご指導を賜ったので、柊『お兄ちゃん』は私のことを呼び捨てでお願いします」

 

おう、そうか。

俺が二人めの転校生と聞いて異様に落ち込んだ理由。

それは・・・・・。

 

「これでまた二人で行動できます、柊『お兄ちゃん』」

 

こいつ・・・ラウラは口調こそ軍人のそれだが、俺にだけちょっとおかしな敬礼をつける変なヤツだから、だ。

 

・・・・・・因みに、俺には妹なんて居ないんで、ちょっとそういうのは困ります。




読んでいただき、ありがとうございました!

感想、評価よろしくお願いします。


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方針。

ごめんなさい、一日中フリヲで遊んでてごめんなさい・・・・。
で、でもやっと刑期を終えられたんですよ? 報告しても良いですよね・・・・?
っていうか、もうゴールして(寝て)良いよね・・・?

全国の咎人または二級市民の方々! 対人で会った際はよろしくお願いします! 
多分これを読んでくださっている方にはすぐわかると思うので!

そんな事より本編どうぞ。




ラウラ・ボーデヴィッヒ。ドイツ軍に所属する最年少女性士官だ。階級は少佐。

俺はIS学園に入学する前、ドイツ軍で術後のリハビリをこなしていて、当時組まされていたパートナーがラウラだった。

出会ってから俺たちは幾度となく任務を共に経験し、信頼が出来上がるまでにはなっていたと思う。

だが、そんな俺たちにも一つだけ合わない点があった。

それは・・・・。

 

「ところで、なぜそのような懐かしい装いをしておられるのですか柊『お兄ちゃん』」

 

そう、何故かは分からんがラウラはいつの間にか俺のことを兄と呼び始めたのだ。

本人にワケを聞いても、自分でも理解していない。ガイヤがそう囁いたのです・・・、という曖昧な返答をされたので、放っておいたが、やっぱりおかしいだろ。

 

「・・・ラウラ、いい加減兄と呼ぶのはやめないか? 俺はお前の兄貴じゃない」

「はっ・・・? では一体どうお呼びすれば・・・・?」

 

俺の質問が意外だったのか、オロオロしはじめるラウラ。幾度となく目にした珍しくもない光景だ。

そして、こう言うときは決まって・・・・・。

 

「・・・・では、兄様・・・とお呼びするのはどうでしょうか?」

 

――――本質はそのままに、呼び方だけ変えられるのだ。

 

「はぁ、とりあえずそれも却下な。どうしてもって言うなら『兄さん』が妥協点だ。それより・・・・」

 

ため息を吐きつつ、かつらをとる。

今俺達は寮の裏手にある噴水広場に移動しており、人に聞かせられないような話でも出来る状況にある。

 

改めて、「柊兄さん・・・兄さん・・・」とぶつぶつ呟くラウラと向き合う。

 

「一体何しに来たんだラウラ?」

「・・・・・織斑一夏を倒すためです」

 

尋ねると、一瞬の間のあと、ラウラが答えた。

目の前の眼帯少女は、なぜか昔から一夏のことを毛嫌いしている節があった。

千冬さんが楽しそうに一夏の話を向こうでしてたときも、一人不機嫌そうな顔していた。

理由を聞こうと、夜の宿所を訪ねた際には、一心不乱に『一夏』とドイツ語で書かれた藁人形相手にスパーリングをするラウラを目撃してしまったのでその場でUターンして自分の宿所に戻ったこともある。

 

「またそれか・・・。一体なんでそんなに嫌ってるんだよ? だいたい顔知ってるのかよ?」

「・・・あの男と同じクラスになったので・・・」

 

と、不機嫌そうに頬を膨らませるラウラ。

同じ部隊だった隊員達には見せられんな。ラウラの威厳を損なう。

 

「倒すためだかなんだか知らんがな、あんまり派手にやり過ぎるなよ? 校舎なんか壊したりしたら千冬三宮拳骨部屋行きだぞ」

 

取り敢えず忠告だけはしておいてやろうと思い、最低限覚えておく必要がある事柄を簡潔に伝えると、ラウラは・・・。

 

「きょ、教官の・・・・拳骨部屋・・・!」

 

と、一瞬のうちに背後が花で彩られるほどの幸せな表情になった。

なに? お前ちょっと見ない内にへんな属性身に付けたんじゃ無いだろうな?

 

その後、ラウラの部屋だとか、起床時間だとか、食事の時間だとか、ラウラは俺に合わせて行動するとか言い出したが、そこまで来ると鬱陶しいを越えて、俺が拳骨を繰り出しそうなので自由にしろと言うと、ラウラは一礼して去っていった。

 

・・・・・あの赤い右手の甲・・・・。

既に一発食らったのかもな、一夏。

 

時刻は既に9時を回った。食堂がオーダーを締め切る時間だ。

今行っても夕食は食べられないだろう。

だが、腹は空いている。このまま一夜を過ごすなんてムリだ。夜中に鈴に蹴り転がされかねない。

 

(つっても、今空いてるのは校門外のコンビニしか・・・・)

 

俺はあることを思いつき、件のコンビニへと足を向けた。

 

 

 

 

寮からコンビニの往復は意外に時間が掛かった。もう九時半だ。

二年生の寮官である大倭先生に見つからないように一階廊下の窓から侵入後、自室へと向かう。

やっとの思いでたどり着き、コンビニから持ち帰った白いビニール袋の中身を確認する。

 

(玉ねぎに、人参。ビーマンに豚ロース。そしてパイナップル、と・・・・)

 

にしても最近のコンビニってスゲーな。野菜でも売ってんのかよ。流石はプラスなだけはあるぜ・・・。

意気揚々とドアノブに手をかけ、一気に開く!

 

「どぉぉぉぉぉぉこぉぉぉぉぉ行ってたのよ!! バカ!」

 

般若の鈴がお出迎えしてくれた。

おっと、帰ってきて早々にバカ呼ばわりかよ。

まあ、仕方ないか。門限思いっきり過ぎてるし・・・。

 

「あんたが帰ってこないからご飯食べそびれちゃったじゃない! せめて門限には帰ってきなさいよ・・・ん? なによその袋? はっ、まさか弁当!?」

 

袋の存在に気づいた鈴は、内容物を確認しようと袋に手を伸ばしてくる。

俺はそんな鈴をかわして、キッチンに内容物を並べた。

 

「・・・・・・酢豚、作ってくれよ」

「・・・はぁ?」

 

鈴が意外そうな、とても不服そうな声を出した。

 

 

 

 

「・・・・・ったく、なんでアタシがこんなことを・・・」

「いいだろ別に。酢豚食わせてくれるって言っただろ」

「あっ、あれはあの時のノリっていうか・・・・その・・・」

 

帰宅直後の一幕が終わり、俺達の部屋には甘酸っぱい中華の王道、酢豚の香りが充満していた。

今夜のシェフ・・・いや、中国的には厨子(チュジ)か?

・・・とにかく、作り手である鈴は現在部屋にある簡易型キッチンで思いっきりフライパンを振るっていた。

因みにパイナップルは「アタシの好みじゃない」ということで一蹴されてしまった。旨いのに・・・パイン。

 

調理開始からジャスト20分。

部屋の小さいテーブルの上に、こんもりと盛られた酢豚が置かれた。

 

「・・・・なんか多くないか?」

「どっかのバカがちゃんと量を計って買ってくればこんなことにはならなかったかもねっ!」

 

投げつけられた箸を右手でキャッチする。

まぁ、せっかく作ってくれたのだ。感謝を捧げて頂こうではないか。・・・・食材と生産者に対してのみ。

 

「ちょっと、あたしにも感謝をしなさいよ。まったく、誰のために磨いた腕なんだか・・・・」

「だったら今度一夏に振る舞ってやれよ。アイツ喜ぶだろ」

 

言いながら、早速箸をつける。

出来立ての酢豚はマジで旨そうだ。

とろみのついた赤いあんにくるまれた豚肉がなんとも言えない芳醇な香りを放つ。

 

「それじゃあ、頂きます・・・」

「ん、どぞー」

 

鈴の適当な返事を聞きながら俺はその豚肉を頬張った。

・・・・旨い。

トマトケチャップのうらに隠されたショウガ汁の風味が程よい所で後味を打ち切らせ、次の一口へと食べる者を誘う・・・・・。ちょっとしたマジックだな。

 

「・・・・ど、どうなのよ?」

 

俺の食べる様子に鈴は興味津々だ。

俺はその期待に答えるべく、食事中なので口ではなく、サムズアップで答えた。

途端に鈴の緊張した面持ちも消え去り、ようやく鈴も箸を浸けた。

 

「それでさ、何してたのよ。こんな時間まで?」

「まぁ、昔の知り合いに会ってたんだよ」

 

流石に妹と紹介するのは変だったので適当に濁す。

 

「ふーん・・・・。まぁ良いけど」

 

あ、これは隠し事してるのバレてるな。

野生児並みだからなこいつの直感。調味料も適当な感じで入れてたし。

 

鈴は自分の分を食べ終わると、改まって会話の口火を切った。

 

「クレハ。この間見せた中国の調査書は覚えてる?」

「んぁ? ああ、あれだろ。国家機密とかで閲覧許可出るまで数日掛かったヤツ」

 

よく覚えてるぞ。役人仕事しろー! とかって三日間ほど鈴が荒れ狂ったアレだ。

 

「そのなかで気になる情報が有ったわよね? 『双龍が関わったIS事件』の項目よ。アタシのお父さんもその項目に被害者として記されているし、関わった人間全てがわかっている範囲で記されているわ。その中のここ」

 

鈴は結晶型端末を取り出して、甲龍にセット。ホロウィンドウが開き、実際の書類が表示された。

 

「・・・『双龍の設計思想』・・・。いや、これはあれだろ? 双龍が二年前から活動を始めたとかっていう調査結果を元にして、双龍が普通のISメーカーの暗部(・・・・・・・・・・・)なんじゃないかっていう予想で考えられた報告書・・・だっけか?」

「その通りよ。二年前といったら各国が第三世代機の開発に着手し始めた時よ。ISのデータを集めるために暗躍してるっていう話もあるけれど、今はこれ。目の前にあるものが先決よ」

「なんだよ目の前にあるものって・・・・・・・ん?」

 

資料を改めて見直していると、一番下に気になる情報が記載されていた。

 

『中国国内からIS技術が不正にドイツに受け渡されたという情報もあり、現在は国内の調査とドイツへの調査許可を申請中。なお、それらの技術が組み込まれたと見られる、研究及び製作が禁じられているシステム、『VTシステム』を積んだとみられるISは以下の機体である。』

 

そこに記されていたIS、それは・・・・・。

 

「ドイツ軍所属、シュヴァルツェ・ハーゼ保持機体。『シュヴァルツェ・レーゲン』。通称『黒ノ雨』・・・・・。搭乗者、ラウラ・ボーデヴィッヒ・・・。」

 

これって・・・・ラウラ(・ ・ ・)の機体じゃねーか!!

 

驚愕する俺に、鈴は重々しく口を開く。

 

「クレハ。例の転校生から・・・・・・ISを盗むわよ」

 

学年別タッグマッチトーナメント、二週間前の出来事であった。

 

 

 

 

 




ドロボーいくない!
双龍が作ったシステムとして、VTシステムはIS委員会に明かされていますが、生体再生機能、そしてBシステムは明かされていません。

生体再生機能は元々『白騎士』が積んでたアビリティですし・・・・いまは白式が発現してますし・・・・。別に能力としては珍しいモノじゃないのです。

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のどかな(?)昼休み

更新遅れてごめんなさい・・・・。
では本編どうぞ。


 

「・・・・それじゃあ早速計画案を出しなさいよ」

「まてまてまて」

 

みょうちきりんなことを口走った鈴を慌てて制止する。

鈴はこう言ったのだ。

 

ドイツ軍所属のISを盗め―――と。

 

振り分けられたISの強奪や窃盗は勿論条約違反だ。

露見すれば国連のIS査問委員会による裁判は免れないだろう。

しかもそれだけじゃなく、IS学園のIS運用の中止だってありえる。

これらのことは鈴だって知らない訳じゃあるまい。だけれど、なぜ鈴は盗むなんてことを言い出したのだろうか。

 

「鈴、わかってると思うが相手は軍人だ。しかもリスクも大きい。ISに乗れなくなるかも知れないんだぞ」

「分かってるわよそんなこと」

 

わかってんなら止めろや。

 

「でも、そうでもしないとドイツのISなんて改めさせてくれると思う? ドイツはISの関しては鎖国的な国よ。ウワサのナノマシン注入部隊だって存在するかしないか曖昧なんだし・・・・」

 

鈴はその後ベラベラと盗んだ方が手っ取り早いというだけの理由をのべ、「とにかく」と結論を導き出した。

 

「せっかくドイツ製のISが目の前に転がってるのよ。調べない手はないわよ! ・・・・・それにクレハ、良い言葉を教えてあげる」

「なんだよ良い言葉って。中国の諺なんか分からんぞ」

 

と、俺が残った酢豚を掻き込みながら促すと・・・・。

 

「バレなきゃ犯罪じゃないのよ。悪いことって」

「・・・・・・・・・・・・おいおい」

 

それで良いのか国家代表候補。

 

 

その後の相談の末、作戦決行は学年別タッグマッチトーナメントの開催期間に入る二週間後・・・・その二週間のうちに実行することになった。

もちろん実行するのは鈴かと思いきや、まさかの俺。

いや、男がコソコソ動き回れるわけないだろ。と抗議するも鈴は、

 

「いや、クレハってなんか女子に嫌われてる節あるじゃない? だから関わりたくないと思って誰も近づいてこないわよきっと」

 

という俺の古傷を抉る理由でその申し出を却下。晴れて盗みの実行犯は俺と言うことになった。

 

そして二日後の昼休み。

今朝の経過報告によれば、今日のうちに鈴の用意した俺のサポートメンバーが現れるらしいが、まさか朝からずっといるフォルテ(コイツ)じゃないだろうな? 絶対失敗するぞ。

 

「クレハさんなんか最近元気ないっすねぇ・・・・なんか知ってるっすか雨さん?」

「う、ううん。最近私も部活で忙しかったから・・・・。こ、今度お弁当作っていこうかクッちゃん・・・?」

「あ、ああ。今度頼むわ・・・とびきりスタミナつくやつを」

 

授業が終わると速攻で机に突っ伏した俺を心配して、雨がやって来る。

悪いな、心配してくれてるがこの疲労はラウラの行動を探った結果なんだ・・・。盗みのために。

なお、俺に対象の調査術を教えてくれたのは第三アリーナの住人、(ミナト)だ。

スナイパーは狙撃対象の動きを予想し的確にそこを突くため、対象の行動を調べる能力が総じて高い。

今回の一件に挑むにあたって俺は湊に先生役を頼んだわけだ。

 

(素直に教えてくれたのは良かったが、タイトスカートで目の前をうろちょろされるのは如何なものかと思うぜ・・・・)

 

そんなわけで疲れているところを二人に心配された俺は昼のエネルギーを求めて売店へ立つ。

 

「あ、ちょっと待ってクッちゃん・・・!」

 

しかし、扉を開いたところで雨に呼び止められる。

袖を軽く握って絶対に逃がさないの構えだ。

 

「どうしたんだよ雨? 早くいかないとサンドウィッチ売り切れる・・・・」

 

食堂とは別にある売店のサンドウィッチと言えば、この学校に俺こと男子が来る前からある人気商品で、俺が入学してからは男子にあわせてボリュームアップされたとても食べごたえのあるサンドウィッチとなっている。

元々訓練などでカロリーを消費しやすい環境に居るため、女子たちもボリュームアップには文句が無かったのだろう。

俺は最近金欠ぎみなため、食堂よりも売店を利用する比率が多くなっている。

 

しかし雨はそんなに人気のある商品を買いにいく俺を呼び止めたのだ。

少し恥ずかしそうでモジモジしているが、俺は急いでいる。

それならばそれに見会うだけの理由を聞かせてもらおうか!

 

「えっと・・・・私のお弁当・・・一緒に食べる?」

「オーケーだ雨。是非ご相伴に預かろう」

 

瞬時に手のひらを返す。怒りやすい鈴をかわすために最近身につけたパッシブスキルだ。

遠くでフォルテが「うわ、ダメ男っす・・・」とか言ってる気がするが、まぁ気のせいだろう。

 

久しぶりの雨のメシにウキウキ顔で席についた俺はガキのようなテンションで雨の弁当を待った。

・・・やっぱり雨だから和食だろうか? いや、最近鈴という中華の要素も入ってきたし、雨のテンションによっては中華にてを出していてもおかしくはない・・・・。もしそうなら雨の酢豚が食えるぞ・・・・!

 

だが、その瞬間だった。

 

「・・・・なっ!?」

 

何者かが俺の腕を引っ張ったのだ。

突然の出来事に、腕を引いた人間を目視で確認する。

その人物とは綺麗なブロンドの髪を、サラ・ウェルキンとは違い毛先にロールをかけていて、常に高圧的に佇んでいる下級生・・・・・・って。

 

「せ、セシリア!?」

「鈴さんから依頼は受けましたわ。是非ともご協力させてくださいましクレハさん?」

 

な、なんか怒ってるセシリアがソコには居た。

額には青い血管を浮かべていて、口許はひくひくとつり上がっている。

え? なんで怒ってるんだコイツ?

 

「クッちゃんお待たせ~・・・・ってオルコットさん? ど、どうしたんですか・・・・?」

 

ああ、雨の言葉が尻すぼみになっていく・・・・・。

フォルテは参加するより観戦する方を選んだのか遠巻きに俺たちの様子を眺めている。あの野郎!

 

「先輩方。失礼ですがクレハさんをお借りしても? 大事なお話が御座いますの」

「えっ、で、でもクッちゃんとお昼・・・・・」

「お借りしても?」

「どうぞ・・・・」

 

よっわ! 雨弱い! 

下級生なんだからもうちょっと粘っても良いだろ!

 

「それではクレハさん。行きますわよ?」

「え、でも弁当を・・・」

 

何とかメシにありつこうと雨の弁当に手を伸ばす。こういうとこ俺はがめついよな。

 

「それでしたら心配は要りませんわ。私がバスケットを用意してきましたの」

 

そう言ってピクニックにでも行くようなバスケットを掲げるセシリア。

するとそれをみた雨が自分も、と持ってきた袋の中を探し始めた。

そうして取り出される小さくカラフルな容器。女子が使うにしては中々スタイリッシュなデザインだ。

 

「こ、これ。クッちゃんの好きなの詰めたから・・・・一緒に食べてね」

「あ、ああ。ありがとな・・・・・っておい! そんな強く手ぇ引っ張んなって!」

 

こうして俺は教室から強奪されたのだった・・・。

 

 

歩く通路から予想するに、セシリアはどうやら屋上に向かっている様だった。

途中で恥ずかしくなったのか手は放してくれたが、依然として態度はちょっと不機嫌だった。

 

「なぁ、なんでそんなイラついてるんだよ?」

「・・・・・・・・・ふん」

 

問いかけるが、セシリアは無視を決め込んでくる。

先輩を無視するとは良い度胸だなコイツも・・・。

しかし、チラチラとこちらの様子を窺っている辺りから察するに、なんで怒っているのか自分でも分かってない感じだな。

その理由を俺が考える謂れはないし、元来女子という生き物は定期的にイライラする生き物らしいし、俺には理解できない領域なので、俺は考えることを放棄したのだった。

 

屋上に出ると六月らしく初夏の日差しが俺たちを照り付け、暑かったので俺はブレザーを脱いだ。

セシリアは英国貴族のプライドがどうとかで脱ごうとはしないが、見るからに暑そうだぞ。

 

備え付けのベンチに座り、取り敢えず弁当を広げる。

今さらな確認だが、鈴が依頼したサポートメンバーとはセシリアの事でまちがいなさそうだ。

どう言いくるんだかは知らんが、教室に現れたときの口ぶりから察するに結構協力的みたいだ。セシリアは優等生らしいし、期待できるな。

 

「しかし、意外でしたわ。クレハさんにそんな趣味がありましたなんて・・・・・・」

「は? 趣味が?」

 

おい鈴。お前何て言ってコイツを引き込んだんだよ?

尋ねたいが、此方も本当の事を言わないといけなくなるので自分からは尋ねられない。

ヤキモキしているとセシリアは更に不機嫌な様子で唇を尖らせた。

 

「見ず知らずの女の子の私物が欲しいだなんて、悪趣味にもほどが有りますわよ・・・・」

 

・・・・・・・窓際のベッド、使用不可能にしてやろうかな。

って、そんな報復活動なんて考えている場合じゃない。気になることは山ほどあるが、今は話を合わせる時だ!

 

「あ、ああ。ちょっと妹がな・・・。大体ドン引くならなんでこんな依頼を受けたんだよ? 鈴からの報酬か?」

 

話を反らすために、セシリアが依頼を受けた理由に話題を変えるが、俺がそう尋ねるとセシリアはいきなりビクッと飛び上がり、ダラダラ汗をかき始めた。

表情は「墓穴を掘りましたわ・・・・・」って顔をしてやがる。

 

「おいおい、一体どんな報酬を貰うんだよ? ちょっと聞かせろよ」

 

興味がわいたので更に追及するが、セシリアは答えられないのか首をふるばかりだ。

・・・・・いや、小声でなにか呟いたぞ?

えーと?「しゃ、シャシンダナンテ、イエマセンワァ・・・・・」?

写真? 確か鈴は中国でモデル活動もしてたと思うが、そんな写真が欲しかったのかセシリアは。

 

「なんだよ。写真で良いなら幾らでもやるから。協力は惜しまないでくれよ?」

「・・・・・! そ、それは本当ですのっ!?」

 

うおっ、目がキラキラしたセシリアが突然顔を近づけてきたので思わず仰け反る。

その拍子に風に乗ってきたセシリアの甘ったるい体臭が強く感じられたうえ、流石は欧州人といったサイズの胸が大きく弾んだので、目線も反らしていなかったら危うく一ヶ月前の二の舞になるところだった・・・・・。

にしても、なんで女子ってそんなに甘いにおいがすんの? 不思議。

 

それにしてもこの反応・・・。よっぽど有名らしいな鈴って・・・。

 

「そ、それではクレハさん・・。どうぞご賞味下さいませ」

 

話が一段落着いたので、昼食に移ることにした俺たちは止めていた手を再び動かす。

セシリアの様子を窺うと、さっきとはうってかわって上機嫌なようだった。鼻唄まで聞こえてきそうだぜ。今回だけは鈴に感謝しとこー。

 

セシリアが差し出したのは普通のタマゴサンド。

普通の食パンに、普通の卵サラダを挟んだ普通のものだ。

 

―――――だが。

 

「ありがとなセシリア・・・・。それじゃいただきまぁ――――――フッ」

 

次の瞬間。俺はウェルクさんと再開していた。

ああ、向こう側が見える・・・・。

 

目が覚めたのは夕刻の保健室。食中毒だったらしい。

 




話進んでないなー。

いきなりですが、セシリアの立ち位置をどうしましょうかね。あとラウラも。
ハーレムものって難しい。
あと雨との絡みも書きたいですよー。


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大惨事、世界『対戦』勃発。

いつもよりちょっと長めです。
いやー、執筆速度遅くて時間には敵いません。


「まったく、だらしないわね。一体何に当たったって言うのよ?」

「いや・・・それが分かるなら俺にも教えて欲しいんだが・・・」

 

今回で二度目となる保健室での鈴との会話。

セシリアのサンドイッチを食べて気を失った俺を心配して見に来てくれたようだが、本人に確認しても「だっ、誰があんたの心配なんかするのよ! あれよあれ! 未知の病原菌とかだったりしたらイヤだから見に来たのよ!」・・・とのコトだったが、「病原菌とかって予想がついてるならホイホイ来んじゃねーよ。バカなのか?」と言うと、その健康的なおみ足で首4の字固めを喰らったので大人しく様子を見に来た、ってことにしておいた。

 

「・・・で、どう? セシリアとは上手くやれそうなの?」

「どうって聞かれてもだな・・・・。本当の目的を伝えてない以上どこかでボロが出るかもしれん。よっぽど上手く計画しないと誤魔化しきれないぞ」

 

今はセシリアに嘘の依頼を出して騙している状態だ。いずれ本当の目的がバレて計画自体が頓挫する可能性もある。

 

「それに関しては大丈夫よ。あたしの依頼ってことには顔をしかめてたけど、報酬の話をすると直ぐ様乗ってきたわ」

「報酬・・・? ああ、写真の件か・・・・・」

 

鈴のモデル写真だったか? セシリアも物好きだな。

 

「なぁ、どんな写真渡すんだよ? ちょっと見せろ」

 

そうお願いすると鈴はキョトンとした。

 

「何だよその反応。別にいいだろ。どんな写真かくらい知ってたって」

「え、ええそうね・・。確かに知ってた方が良いかも知れないわね・・・・」

 

そういうと鈴はなぜか吹き出る汗を拭いながら、震える手で端末を差し出してきた。

・・・・・変な奴だな。どいつもこいつも。

表示されていた写真を見ると何故か俺の写真(寝顔&着替え)が映し出されていたので、フリック操作で写真を切り替える。

なんか変な悪寒が背筋を襲ったが、サンドイッチに当たったせいだろう。気のせいだ。

数回画面を擦ると、様々な衣装を身に纏った鈴の姿が映し出された。

明るいパーカー姿に残念な水着姿、華やかなドレスに残念なチャイナ服。

・・・・・・・総評、残念です。どこがとは言わんけど。

 

「ん、まぁ良く撮れてるとぉ・・・・ってなんでそんな部屋の片隅に?」

 

画面から顔をあげるとそこに鈴の姿はなく、保健室の片隅に震えている鈴を見つけた。

俺の声に反応してか、そっと顔をあげて俺を見る鈴。その瞳には「ヤバい! 怒られる!」と、「ヤバい! 見られた!」という2つの怯えの色が見えた。何でだよ。

 

「ほら、これならセシリアも満足してくれるだろ。本人もやる気満々だったみたいだしな。こっちが詰めを誤らなきゃ問題ないかもだな」

 

ポンと端末を投げ渡す。

キャッチした鈴は俺の顔と端末を交互に見てから「あ、良いんだ!」と安心した面持ちになった。

報酬の件が解決したので俺は話を次に進めることにした。

 

「・・それで、これからの事だが、やっぱり盗るのはラウラの自室でだな。あいつ、何でか知らんが常に気を張ってやがる。普通に挑んでも返り討ちだ」

 

ここ二、三日で調査した結果から言わせてもらうと、ラウラは現在昼間の間は常に張り詰めた空気を纏っていて誰も寄せ付けないオーラを放っている。元、相棒として心配になるレベルだ。

 

「だったらどうやって忍び込むのよ。窓は強化ガラスだし、部屋のセキュリティは堅牢。真っ当な手段じゃ入れっこないわよ」

「いいや、入れる」

 

鈴は俺の提案を不可能だと切り捨てるが、その不可能を可能にするかも知れない真っ当じゃない手段が今の俺にはあるのだ。

 

「作戦決行は明日の放課後だ。俺が呼んだらセシリアを連れて集合しろ」

 

くくく、奴隷のように扱われる恐怖をアイツ(· · ·)にも味わってもらおうかな。

 

 

翌日の放課後。寮内を歩く俺の回りには三人の女子がいた。

いや、うち一人は男子のふりをしている女子、と言った方がいいだろうな。

 

「ええとどうしていらっしゃるのですかデュノアさん?」

 

予想外の登場人物に頬をひきつらせるセシリア。鈴もよく飲み込めて居ないようだったので二人は顔を見合わせるだけだ。

 

「いやぁ、同じ男の子の操縦者でもありますし、同じクラスのみんなとは仲良くなりたいですからね」

 

いや、嘘だろ。同じ男子ってことも嘘だが、もうひとつ嘘が潜んでいる。そんな印象を俺はデュノアの笑顔から受け取った。

そう、この場にデュノアを呼んだのは何を隠そうこの俺だ。

 

 

((ちょっと! どうするのよこれ!? ていうか一夏と一緒なんじゃなかったの!? 説明しなさいよクレハ!))

((分かりませんわ! これからクレハさんが女体に興味を抱かれる大切な儀式だというのに、他の殿方がいては邪魔になりますわ! 説明を求めますクレハさん!))

((ちょっt、おいセシリア・・・・・まぁいいや。二人とも俺に任せろ))

((任せろって・・・どうするつもりなのよ? どうしてデュノアなんかをつれて・・・・・!))

 

ボソボソと前を歩く三人で打ち合わせをすると、俺は立ち止まりデュノアと向かい合う。

デュノアがビクッと驚いたように立ち止まると、あとの二人はその隙にさっさと歩き出した。

 

「えーっと、いったいどうしたんですか? 柊先輩・・・?」

 

今回デュノアを引き抜いてくるに当たって、こちらの事情は一切説明していない。一夏にもだ。

だから初対面である俺の言葉に従ってここまで来るなんて、警戒心足らないんじゃないの?

 

(でもまぁ、仕方ないか)

 

困惑するデュノアをよそに俺は目の前のデュノアの両肩をガシッと掴んだ。

「ヒャッ」と女っぽい声をデュノアはあげたが、触れても落ち着いているところを見るに、俺はまだコイツを女として意識していないようだ。行けるぞこの調子なら。

 

「え、ええと・・・柊先輩?」

 

俺は一ヶ月前にセシリアにやったよう、そのまま平静を保ってデュノアの耳元に顔を寄せる。

人気がなくて良かったぜ。見られたら俺の悪名がさらに悪化してた。

 

俺の意外な行動にデュノアは顔を赤くして体を硬直させた。かすかにだが掴んだ肩も震えている。

そんなデュノアにたいして俺はこう呟いた。

 

「――――あんまり女子っぽい声出すなよ。バレるぜ」

「!?」

 

その瞬間デュノアは俺の両手からするりと逃れ、2ステップで俺との距離を空けた。

 

「・・・・なんだよ。折角忠告してやったのに。先輩からの言葉は素直に受け取っておくもんだぜ」

「・・・・一体いつから気付いていらしたのですか?」

 

デュノアの手がカギヅメのような形になる。

隙あらば消す。

そんな殺気がデュノアから飛んできた。

 

「別に。いつでもいいだろそんなことは。ヘタな変装をするそっちの落ち度だ」

 

俺がそこを言及するとデュノアは言葉に困ったのか下唇を噛み締める。

 

「・・・・それで本題だ。誘ったのは此方なんだが........何が目的で大人しく付いてきたんだ?」

 

問題はソコだ。変装してここに潜り込んでくるのはいい。企業の広告塔だとかただの目たちたがりやか、はたまた誰かに強制されたのか。幾らでも理由は思い付く。

だが、今日なぜ俺たちに大人しく着いてきたのかそこが分からない。

誘いを快諾してくれたときから裏があるとは思ってたが、いよいよ核に迫ってきたな。

デュノアは言い訳を巡らそうとして、考えるそぶりを見せたが俺が簡単には納得しそうにないと思ったのか、諦めたようだ。

仲良くなるため? 理由にしちゃあまりにもお粗末すぎるぜ。男装女子さんよ。

 

「それを言えばこの場は見逃して下さるのですか?」

「・・・・前にも性別を偽って入ってきたやつがいてな、ソイツは変装がバレてから数日間奴隷のように扱われたらしいぜ」

「・・・・すいません、話が見えないのですが・・・」

 

ああ、あの日々は本当にツラかったぜサラ・・・・・!

 

「要するにだな、黙っておいてやるからちょっと無理なお願いくらい聞いてくれってことだよ」

 

これが俺の考え付いた真っ当じゃない手段だ。

聞くところによると、デュノアの得意分野は銃撃を用いた近接戦に、防御を務める後衛(バックヤード)だ。

だが、それだけじゃない。

フォルテたち新聞部の情報網と調査能力をもってして暴いた更なるデュノアの特技。それはというと・・・。

 

「・・・・・デュノア、得意なんだってな。電子解析――――電子戦(・ ・ ・)

「!? ど、どこでそれを!?」

 

デュノアが取り乱す。よし、動揺を誘えればこっちが有利に話を進められる。

 

「それもこの際どうでもいい話だろ。動揺したところを見るに嘘じゃないみたいだな。どのくらい出来るんだ?」

「・・・・っ、ISのプロテクトを外す位です・・・・・。でもこんなこと一体・・」

 

・・・・おいおい。ISのプロテクトを外すって・・・。

それって操縦者の意向無しに無理やりエネルギーパスを開けるって事だぞ。

そんな技量をこんなことって・・・・各国の技術者が泣くぞ。

 

「合格だ。黙ってやるからちょっと手伝ってくれ」

「・・・・は?」

 

振りかえって歩き出した俺の背中に間の抜けた声が掛けられる。

 

「別になんでここにいるかなんて言わなくていいよ。代わりにちょっと突破してほしいシステムがあるんだ」

「ハッキング・・・・?」

 

いまだ呆然とするデュノアに懐から取り出したホログラフキーボードの投影気を投げ渡す。

 

「盗みの片棒を担げってことだ」

 

 

「・・・・・・流石はIS学園って所だね。暗号化の複雑さが半端じゃないよ」

 

件のラウラの自室前。

俺と鈴はデュノアの操る数字の奔流に目をくらくらさせていた。

なお、セシリアはその高精度なレーダーを部分展開させて、周囲の警戒に当たらせている。

いきなり本人(ラウラ)登場とか笑えんからな。

 

「・・・・ん、解析終了。開ける? クレハ?」

「あ? ああ。そうだな・・・。確認しとくか」

 

それと、なぜかデュノアが俺にたいして敬語を使わなくなった。

どうやらさっき脅迫まがいのことをしたせいで完全に敬う対象から外されたらしい。

 

デュノアが再度キーを叩くとそれぞれのカードキーに設定されているのであろう32ケタの数字が弾き出され部屋のロックが解除された。

 

「・・・・・・入るの?」

 

デュノアが聞いてくる。

 

「いや、今は入らん。ラウラが居ないと意味がない。デュノアは解析した暗証番号をメモっておいてくれ」

「了解したよ。・・・・・・そういえばなんでクレハってボーデヴィッヒさんのことラウラってファーストネームで呼んでるの? もしかして親しかったりするの?」

 

デュノアの問いかけに、後ろの女子二人がピクッと反応する。

 

「そういえばそうねぇ・・・・・。なんで気のおけない相手みたいな感じで喋ってるのかと思ってたけど、知り合いだったのか~。そっか~」

「うふっふ。クレハさん? ちょっと説明していただいても構いませんこと?」

「おい、ちょっと待て二人とも。こんなところで喧嘩してる場合じゃ・・・・・・」

 

「何をしているのですか、柊お兄ちゃん?」

 

ビックゥッ!!×4

 

お、恐れていたご本人の登場だ・・・・!

 

「よ、よおラウラ。偶然だな! 俺はちょっとたまたま通りかかっただけでけして怪しいことは何もブフッ!」

 

鈴に殴られ強制的に止められる。

 

「・・・・・貴様。私の上官に手をあげるとは・・・見逃すことは出来んぞ」

 

俺を殴った鈴をラウラが刃物のような目で睨む。

鈴は気圧されるように後ずさった。

 

老国(イギリス)と、蛙顔の国(フランス)・・・。ん? よく見れば中国人。貴様は柊お兄ちゃんと相部屋だったな。ちょうどいい。柊お兄ちゃんは今日から私と相部屋だ。話は後日教官にも通すが、まぁ構わんだろう。柊お兄ちゃんは荷物を纏めておいてください。私が運びますので」

「ちょちょちょちょ、ちょっと待ちなさいよ! 相部屋? 変更? 認めないわよ!」

 

数瞬遅れて事態を把握した鈴が咄嗟に流れを打ち切る。

しかしラウラは流れを切られたことに更に苛立ったらしく、靴先をぺしぺしならし始めた。

 

「別に貴様の意見は聞いてはいない。先程の柊お兄ちゃんに対する暴力行為だけで部屋割りを変更するには十分すぎる材料だろう。それとも何か? 貴様がここで柊お兄ちゃんの靴でも舐めて謝れば考えんでもないがな」

 

う、うわぁ・・・・・相当イラついてるぞラウラのやつ・・・・。

デュノアが「きっとさっきの一夏の態度がキテるんだね・・・・・」とか呟いてるけど、なに? 一夏がラウラをイラつかせたのか? 面倒な。

鈴はというと、さっきから俺を見たりラウラを見たり、現実から逃れるようにラウラのISを探そうとしている。

 

「だ、誰がこいつの靴なんか・・・・・! 靴なん・・・・か・・・ッ!」

 

・・・とか言いながら視線が足元に向いているのはなんでなんですかね鈴さん!?

悔しそうに目に涙を溜めて、俺にかしずくように膝をつく鈴。なんなんだよ、なんなんだよ一体!

悔しさに歪む鈴の顔はどこか切なく、どこか男の征服欲をそそる色香を漂わせる。

そんな鈴を面白そうに眺めていたラウラは、鈴が段々と従順になっていくにつれ焦ったような顔をし始める。

鈴が最後の確認をするように俺の顔を下から見上げてくる。

いつの間にか四つん這いになった鈴を上から眺めさせられるような形になっていた俺は――――。

 

「――――鈴、止めろ」

「!」

 

危うく正気を失いかけていた鈴の顎をとり、上にあげることで正気を取り戻させる。

視界の端には久しぶりに見た『Bシステム発動』の文字。

そしてデュノアにやったように耳元で小さく囁く。聞かれるのはまずい内容だからだ。

 

「鈴、お前の目的を良く思い出せ。今回の目的は俺じゃないだろ?」

「んなっ! だ、誰があんたなんかを!」

「そうだ、それでいい。目的は俺じゃなくてあくまでもラウラだ。鈴が負けない限り俺は鈴のパートナーであり続ける」

「・・・・・・!」

「目の前にあるのは双龍へと繋がる道を塞ぐ(ラウラ)だ。どんな形であれ乗り越えないと次へは行けないぞ鈴」

「そう・・・りゅう・・・・・」

 

そうだ、いいぞ鈴。段々と光が戻ってきた!

 

「戦って、勝って、手がかりを掴む! ボーデヴィッヒ! あたしと勝負よ!」

 

立ち上がった鈴はラウラに向かって堂々と宣言する。

 

「ほぉ・・・・数だけが取り柄の国がこの私に挑むか・・・。良いだろう。そこの二人はどうする?」

「いや、ボクは遠慮しておくよ。あんまり関係なさそうだしね」

 

と、デュノア。

 

「でしたら、わたくしは参戦させて頂きますわ。我が祖国英国をバカにした罪。その代償を支払っていただきませんと」

 

といって、鈴と並び立つセシリア。その顔はラウラに負けず劣らず怒っている。

 

「勝負の時間は明日のこの時間。第三アリーナで行う。そっちは二ヵ国同時に掛かってこい。強国(ドイツ)が相手をしてやる」

「言ってくれるじゃない・・・・。負けたときの言い訳にしても惨めなだけよ?」

「そっちこそ、たった一人に負けて生き恥を晒さないように気を付けろ」

 

三人の間にバチバチと火花が散る。

えーっと、つまりなんだ。

 

侵入して盗む作戦は失敗したっぽい。

 

 

 

 




ようやく話が進み始めた感じがあります。

来週は忙しくなりそうなので更新遅れるかもしれません。
予約投稿できるかどうか・・・。

感想評価、誤字脱字。よろしくお願いします。
気に入っていただけたならお気に入りの末席へ加えていただけると、栄養ドリンク買うお金が浮きます。※活力になります。の意


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千冬の本心

お久しぶりです。
久々の投稿なので頑張っていきたいと思います。


翌日の放課後、俺は千冬さんに呼び出されて地下のIS格納庫へと向かった。

今日はラウラ、鈴、セシリアによる模擬戦が行われるので急いでアリーナに向かいたいところだが、千冬さんの呼び出しをブッチすると出席簿が何処からともなく飛来する可能性があるので大人しく従うことにした。

・・・・いくらなんでも代表候補生二人にラウラが勝つとは思えんが、そうなるとラウラが心配なので早めに用事は切り上げてもらおう。

 

そんなことを考えながら、秘密基地然とした地下通路を薄暗い明かりの中歩く。ここら辺は湊の住んでる第三アリーナにちょっと似てるな。

数ある部屋の中に一つだけ使用中のランプが灯った部屋があるので、事前に渡された認証パスをかざしてロックを解除する。

プシュッという音と共に空気(エアー)が抜け、スライドドアが開く。

 

「来たか、柊」

「二分の遅刻ですよ柊君」

 

そこにいたのは千冬さんと・・・・山田先生?

室内は通路より更に暗く、少ない明かりと山田先生の操作するディスプレイの明かりが僅かな光源だ。

そしてその数少ない明かりは、台に寝かされたあるものに当てられていて、それらを千冬さんは険しい顔で見つめている。

 

「・・・無人機の残骸・・・ですか」

「ああそうだ。お前が四月に破壊した一機と、織斑が破壊した一機。どちらもコアが破壊されていてマトモな検査ができん。全くバカ者どもが・・・・・」

 

千冬さんの悪態を余所に、俺は山田先生のディスプレイを見る。

 

「え、えーと、コアは破壊されていましたが、僅かながらに得た情報もありました。一つは前々から提唱されていた特殊機構『独立起動(スタンドアローン)』と、『独立駆動(オートパイロット)』の存在の確認。そしてもう一つが・・・・これです」

 

先生は画面をそのしなやかな指でフリップし、独立起動装置、独立駆動装置の次の画像を目の前の大きなホログラフィーディスプレイに表示させた。

映っているのは幾重にも重ねられた幾何学的な模様。・・・・なんだっけコレ?

 

「これは・・・あれですか・・・。えっとあれですあれ。ふ、ふ、ふ、ふらフラグメントマップ!」

 

なんとか記憶を呼び覚まし答えると山田先生からは拍手を、千冬さんからは冷ややかな視線を頂いた。精進します。

 

「フラグメントマップというのはISにとっての遺伝子のようなモノです。ISは個々の能力によってバラバラに進化していくのでそれぞれ違う構造のフラグメントマップが構成されます。なので、同じものは二つと無いのが特徴なんです。ここまでいいですか柊君?」

「え、はい良いですが・・・コレがなにか? なんで俺は呼び出されたんですか山田先生?」

「え、いや分かりませんよ・・・織村先生は私にも教えてくれなかったので・・・・」

 

そういって指をツンツンさせる山田摩耶、年齢二十数歳。そんなのだから女子高生に囲まれても違和感ないんだよあんたは。

 

そろそろ呼び出された理由を聞こうと千冬さんの方を見る。

すると千冬さんは・・・

 

「山田先生、しばらく席を立って貰っても良いですか? 少々込み入った話があるので」

「え? は、はいわかりましたぁ・・・・」

 

山田先生退場。

プシュッという音を確認すると千冬さんは山田先生が座っていた席に腰を下ろした。

 

「・・・・この二機のフラグメントマップ、どこかで見たことがあると思うんだが、柊。気付くことは無いか」

「いや、俺は整備科の生徒では無いのでマップの読み方は分からないんですけど・・・なんとなく嫌な予感はしますね」

 

そう言うと千冬さんは三回手を叩いた。正解、と言うことだろう。

 

「私も胸騒ぎがしてな、過去に受け取ったマップデータから一致しているもの、または似ているものを探してみたんだ。・・・・・ああもちろん山田先生の協力を得てだぞ。私もマップはさっぱりわからないのでな」

 

千冬さんも読めないんだマップ・・・・。

と、流石にここまで経緯を説明されたら俺にも薄々言いたいことが分かってくるので、ここからが本題だ、という千冬さんの表情はすぐに読み取れた。

 

「柊、この二機のマップは多少の違いはあるが、瞬龍(お前)のフラグメントマップの根幹にあるものと同じ形をしているそうだ。そこから導き出される事は――――」

 

「――――やはり、双龍が絡んでいる、ということですね」

 

この予想は前から立っていたが、今回のことで確信に変わったな。

無人のISが攻めてきて、そのISの製造元は俺の使ってる双龍製のIS、瞬龍と同じところ。しかも最初の一機は間違いなく瞬龍か甲龍のどちらかを狙っていた。

決定的だ。

 

二年前に発足し、姿を消した秘密結社、双龍の活動が活発化している。

 

 

「最近お前は(ファン)と共に探っているようだがどうだ、何か出たか」

 

そう聞かれるが、最近あったサラ・ウェルキンについての一連の事件は既に報告しているので何も言うことがない。

強いて言えばラウラのVTシステムが気になるが、確証のとれていない報告をするのは部隊の混乱を招くのでまだしないでおこう。

 

「いいえ、ありません」

「そうか・・・・・」

 

そう返事をした千冬さんは、山田先生の飲んでいたコーヒー牛乳のパックを手にとってチューチュー吸い始めた。

甘いの・・・・飲むんですね。

ていうか飲んでる事実を山田先生に知らせたらあの人気絶するぞ。千冬さんLOVE勢だし。

 

「・・・・私はな、二年前に柊、お前の心臓を撃った」

「・・・・・また、懐かしい話をしますね」

 

今でも鮮明に思い出せる。

二年前、千冬さんは瞬龍の制御に失敗して暴走させた俺を殺す、という方法で事態の収束を図った。

言うことを聞かない瞬龍に振り回される俺に狙いを定めた千冬さん。

その顔は覚悟を決めた人のものだった。

 

今思えば、俺はあの時に死んでおくべきだったのかもな。

 

「私はISによって失いかけた一夏の命をISで救った・・・・・。ッだがあの時は何もできなかったッ! お前を殺す他に方法が見つけられなかったッ! ・・・だが私は覚悟を決めていたよ。ISで人を助け、ISによって命を奪うことにたいしてな。それを自覚した瞬間、私はISに乗ることを辞めた。都合のいい道具は時として都合の悪い道具に様変わりする」

 

その通りだ。千冬さん。だから俺はISのことを・・・・。

 

「柊、お前はこう言うのを何て言っていたか? 兵器って呼んでいたな。全くその通りだよ。降りたからこそ分かる。IS(アレ)は紛れもない兵器だ。今はまだいいが、いつアレの弾倉に核弾頭が搭載されるかもわからない。だから正直なところ、お前たちにこれ以上ISの深みに嵌まらないでほしいというのが私の願いだ。ISの闇は深い。学生レベルでスポーツとして楽しむ(・ ・ ・)のがこの平和主義の国に合っているだろう。束と仲が深いお前だ。闇に触れるということがどういうことかも分かるはずだ。だから・・・・これ以上進むのは止めてくれ・・・・・」

「・・・・・・・」

 

千冬さんの本心に、なんの言葉も出てこない。それほど衝撃的だったのだ。

ISによって数々の名声を得てきた織村千冬がISに関わるなと言うなんて・・・・。

確かに、今の状態を維持すれば安全は保たれる。ウチの教員チームの防衛はどこの国よりも堅い。

ISを遊戯として楽しむならこんなに適する場所は他にないだろう。

 

・・・・・だが、鈴の気持ちはどうなる? 何も知らずに生きているセシリアの人生はどうなる?

俺が奪ったものだ。俺が失わせたものだ。

だから、俺がけりを付けるのは当たり前のことなんだ。

死んでお詫びなんてできない。それは更に大きな穴を開けてしまう結果にもなりかねない。

 

―――だから、俺は・・・・

 

ガションッ!

「織村先生ッ! ボーデヴィッヒさんとオルコットさんたちが!」

 

突如入ってきた山田先生に思考を中断させられ、そちらをみると、大慌てで駆けてきたのか肩で息をする山田先生がいた。

だが・・・・、今何と言ったんだ先生は?

 

「第三アリーナで戦闘をしています!」

 

その瞬間、俺は山田先生をすり抜け、部屋を飛び出していた。

その俺に背後から声をかける人物が。

 

「待て柊。ここから地上に上がったのでは時間が掛かりすぎる。」

「じゃあ、どうするっていうんですか・・・・!?」

 

タイトスカートで俺に並走するという器用なことを成し遂げた千冬さんが俺に別の方法を提案する。

時計をみると・・・くそっ30分も遅れちまった!

 

「緊急用の地下通路を使う。ISはあるな!?」

「はい、ありますッ!」

「よし・・・こっちだ!」

 

地下に降りる時に使ったエレベーター脇を右折。立ち入り禁止表示を飛び越え、走ると更に通気孔のような広い空間に出た。

 

「ここはIS学園のある人工浮島のバランスをとる為の貯水場だ。あらゆる場所に繋がっている!」

 

ISの展開を促してきたので瞬龍を展開する。

一気に島の反対側にある第三アリーナに向かって飛ぶために姿勢を整える。

 

――と、その瞬龍の装甲に千冬さんが掴まる。

 

「って、危ないだろ! 降りろよ千冬さん!」

「問題はないッ! そんなことよりあのバカ共が心配だ」

「いやでも・・・・」

「心配はいらないさ。普段から生身でIS戦には備えている」

 

そう言って取り出したのはアンカーつきの小型ワイヤーリール。

千冬さんはそれを俺の首もとに取り付けた。

 

「それと、お前は焦ると歳上への敬意を忘れるな。ん? 私の心配より作文用紙が何枚になるかの心配をしたらどうだ」

「い、いきますッ!」

 

俺は後ろの搭乗者を振り落とすべく、瞬龍を急発進させた。

 

 




遅れた理由? 一身上の都合です。

今回の話は要するに、ISで一夏を助けておいて、ISによってクレハを失いかけた自分が許せなくなってISに乗るのを辞めたという千冬さんの後悔話(独自設定)となっています。
支離滅裂? 
自分でも思いましたが納得してもらえないとこの先へは進めませんよ?(ゲス顔)


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ラウラの本心

似たようなタイトルですみません。サブタイづけって難しいですよね。

いよいよ新学期、新生活が始まりますが皆さんどうですか? 

私は・・・・まぁ、最近更新してなかったことから察してください。


緊急時には水を注水し、人工島のバランスをとるために存在する学園地下の貯水槽。

俺たちは現在、そこを猛スピードで駆けていた。

俺たち、そう言ったのにはもちろん理由があり、スラスターを操って進む俺の肩にはアンカーで身体を支えたこの学園の教師、織斑千冬が掴まっているのだ。

天井を支えるために乱立されたコンクリート製の太い柱を右に左に避けていると言うのに、千冬さんはその慣性力をものともせずに前だけを見ている。なるほど、ブリュンヒルデの名は伊達じゃない。

 

IS学園地下のIS格納庫で山田先生から、鈴、セシリア、ラウラによる交戦(エンゲージ)の報告を受けた俺たちは第三アリーナへ急ぐため、この巨大な貯水槽に飛び込んだ、と言うわけだ。

 

通信で入った山田先生の報告によれば既に戦闘開始から20分以上の時間が経っている。

戦況は不明。だが、ラウラが一人であの代表候補生二人を相手にしているのなら、すでに決着が着いていてもおかしくはない。

 

(ダメだ・・! ラウラのISはどんな性能が秘められているか未知数だ。迂闊に交戦するのは命取りだぞ鈴・・・!)

 

ラウラのISには、現在俺と鈴が追っている謎の秘密結社、『双龍』が関与したシステムが組み込まれている可能性がある。

俺のISにも『Berserker system』・・通称Bシステムが組み込まれてはいるが、ラウラのそれが安全なモノとは限らない。

 

(それくらいの警戒心はあるもんだろが! なんで普通に戦ってんだよ!?)

 

俺は心のなかで鈴のことを罵る。

鈴のこともそうだが、セシリアがいるのも心配だ。

ほとんど関係のないセシリアがなんで鈴と共闘してるんですかね!?

 

「―――柊、見えたぞ!」

 

その時、呆けていた俺の耳に千冬さんの声が届いた。

前方の天井を見れば、確かに50メートルほど先に地上へ上るための梯子が設置されていた。

大きさは、小型のISであるこの『瞬龍』がギリギリ通れるレベルだ。

千冬さんに行きます、と声をかけた後、その狭い通路に突入した。

く、この狭さ、少しでも操作を誤れば千冬さんが壁に()り潰されるぞ・・・・!

足の裏と、ふくらはぎ、そして背中に取り付けられたスラスターとPICを操り、何とかアリーナの大通路へと上り詰めた。

こんな緊張感のある上昇操作、ドイツ軍でもやってねぇぞ・・・!?

 

「何をへばっている柊! 先に往くぞッ!」

 

通路脇にある、学園外からの観戦者用に備え付けられたIS用近接ブレードを手に取った千冬さんがそんな事を言った。

「先に行くって・・・、ISも無いのにアリーナに飛び出るつもりですか・・・!?」と、言おうと顔をあげた瞬間、

 

パァンッ!

 

千冬さんのハイヒールがそんな音をたてて床を叩き、アリーナへと通じる扉を一太刀で切り裂いた千冬さんがISに匹敵するスピードで飛び出していく様を俺は見た。

その姿に俺は戦慄を覚える。

確かに千冬さんは言った。

 

生身でISと戦うことはできる、と。

 

千冬さんのスピードはその言葉の現実味をさらに付け加えられるレベルのもので、事実その意外すぎるスピードに俺の反応が一瞬遅れたほどだ。

その一瞬の後、俺も外に出るために体勢を立ち上げ、急速発進する。

アリーナの壁を抜けるとそこは土ぼこりが舞う戦場で、アリーナ中央では今にもラウラと、一夏が剣を交えそうになっている。

ふと、アリーナの観客席をみると、一部だけバリア機能が消滅している部分がある。なるほど、零落白夜か。

更にアリーナの端ではボロボロになった鈴とセシリアがデュノアによる応急手当を受けている最中だった。

 

「柊、一夏を頼む。ボーデヴィッヒは私が押さえ込むッ!」

 

千冬さんはその言葉を最後に更に地面を蹴って加速し、抜刀する。

その姿はまさに戦乙女ワルキューレの一人、ブリュンヒルデそのものに、俺は見えた。

 

 

ラウラと一夏が、それぞれが持つ刃を互いを討たんが為に振り下ろす。

だが、ラウラの前に立ちふさがった千冬さんがそれを許しはしない。

 

「・・・・やれやれ、これだから餓鬼の相手は疲れる」

「教官ッ!?」

「千冬姉ッ・・!?」

 

千冬さんはおよそ170センチはあろうかと言う近接ブレードを巧みに操り、ラウラの動きを制止させると、ラウラを厳しい目で睨んだ。それだけでラウラは何もできなくなってしまう。

 

突然の千冬さんの登場に驚いたのは一夏も同じだったが、その手に持った雪片の動きは止まらない。このままではシールドバリアーを持たない千冬さんごとラウラを攻撃してしまう。

だから・・・・!

 

「全くだ、仲裁に入る人の苦労ぐらい考えて欲しいですね」

 

そう言いながら瞬龍の拡張領域から近接特殊ブレード『時穿』を展開し、雪片と切り結ばせる。視界の端に映る鈴にジロリと視線を向けるとうっ、と息を詰まらせる顔をした。

 

「柊お兄ちゃん・・・・・しかしこの男は・・・・!」

「ボーデヴィッヒ」

「・・・っ・・・・」

 

尚も戦闘を続ける意思を示したラウラだったが、千冬さんを前にはいつもの威勢も影を潜めるらしい。

俺は一夏に止めろ、というアイコンタクトを送ると、それに気づいたらしく大人しく剣を引いた。元々自分から突っ掛かるタイプじゃ無いのだから、あの二人がメッタメタにやられたのを見て、飛び出したってとこか。

・・・・ラウラには説教が必要そうだな。うん。

 

「模擬戦をするのは構わん。互いの力を高めあうにはやはり実践が一番いいのは事実だ。だが、アリーナのバリアーを破る事態になられては教師として黙認しかねる。そこまで争いたければ決着は学年別トーナメントで着けるんだな」

 

千冬さんが事態を収拾するために、一息でそこまで言うと不満げだったラウラも自身のIS『シュヴァルツェア・レーゲン』の展開を解いた。

 

「教官が、そうおっしゃるなら」

 

そう素直(?)に応じるラウラ。しかしやはり獲物を前に止められたのが不満なようだ。

 

「織斑、お前もそれでいいな」

 

一夏にも確認をとると、極めて真摯な姿勢で「はい、それで構いません」と答えた。

その言葉に千冬さんは口許だけで小さく落胆したような顔をすると、声を張り上げてアリーナ全体へと言った。

 

「では、学年別トーナメントまでの一切の私闘を禁ずる! 解散!!」

 

パン、と手をうった千冬さんの姿がまるで何かを自分に納得させるようなものに、俺には見えた。

 

「・・・・千冬さん」

 

皆がアリーナを去ったあと、俺は背を向けたまま全員が解散するのを見守っていた千冬さんに声をかけた。

 

「千冬さんがどう思うかは分かりませんが、千冬さんがどうしようと俺たちはこの道を進み続けます。アイツはきっと過去の自分の弱さを責めるために、俺は自分のしたことの理由を知るために。これから深いところに足を踏み入れるかもしれませんが、まぁ俺は二年なんで独立ってことで気にしないで、一夏のことを見てやってください。俺たちは、進まずには居られませんから」

 

俺はそう言うとアリーナの外に向けて歩みを進める。

背後で千冬さんが、「馬鹿者が」と呟くのが聞こえたような気がしたが、気のせいってことにした。

 

 

 

「・・・・・・で、なんであんなことになってたんだよ?」

 

それから約一時間後、学園の保健室で鈴とセシリアは包帯ぐるぐる巻きのまま、俺と一夏の詰問を受けていた。

ていうか、二対一で負けるとか、ダサいにも程があるぞ。

そう言うとセシリアが激高した。

 

「ううううう、うるさいですわねっ、少し油断しただけですわ!」

「そうよ! 一夏が来なくてもあのままだったら逆転してたわよッ!」

 

男子二人に挟まれた二人はそれぞれ涙目で虚勢を張る。いや無理だろ・・・・。

 

「お、お前らなぁ・・・・」

「まぁでも怪我が軽くすんだのは流石――――」

 

二人の態度に肩を落とした一夏を尻目に、俺は二人の肩をパンッと叩いてやる。

 

「「いたたたたたたたたっ!!」」

 

すると二人が二人して魚のようにのたうち回った。

 

「――――じゃないな」

「ですね」

 

むしろその傷で虚勢張るとか、バカ・・・なんだろうか。

 

「ふ、二人してバカとはなによッ! 第一、一夏だってアイツには手も足も出てなかったじゃない!」

「そうですわ! そちらの陣営にも無謀なおバカさんが居るのですから撤回を求めます!」

「だってさ、一夏」

「先輩!?」

 

それにしてもなんで俺たちの思考を読めたのだろうか。女ってみすてりー・・・・。

 

「はぁ。それにしてもなんで二人して戦うことになったんだよ? 敵の戦力分析くらいしてやれよな」

 

俺がそう問うと、鈴たちは口々に「奇襲だったのよ」とか、「売られたケンガが大きすぎて焦っていただけですの」とか、「第一、あんたがあんたが賭けの対象なんだから引くわけには行かないでしょ」とか、「負けられない戦いってありますわよね・・・?」などと供述しており・・・・・って、その負けられない戦いに実質負けてどうすんだよ。

 

「二人ともポッと出の新参ものにクレハを取られたくなかったんだよねぇ?」

 

その時、保健室の扉開けて、缶ジュースを持ったデュノアが入ってきた。

 

「取られるって大袈裟な・・・ただ部屋割りが――「ななな、何いってるか全然分かんないわねぇ! これだからヨーロッパ人は困るのよ!」――って鈴その言い方失礼だろ隣には欧州人(セシリア)が――――「べべべ、別にわたくしわっ! そういう邪推をされるといささか気分を害しますわねっ!」―――――あー、気にしてないか」

 

もういいや、この二人。

 

「はい、飲み物買ってきたよ」

 

デュノアは笑顔のままそれぞれの前に飲み物を差し出す。

鈴とセシリアにはそれぞれ烏龍茶と、紅茶を。俺と一夏には緑茶だ。

 

「ふ、ふん。まぁ折角買ってくれたものを飲まないわけにはいかないしねっ!」

「不本意ながら頂きますわっ」

 

そういってぷしゅっと缶を開けて、大倭先生の飲酒を彷彿とさせる勢いで喉に流し込む二人。

一夏が二人を心配そうな目で見ている。こいつ、割りと心配性なとこあるよな。

 

すると、だ。どこからともなくまるで猛獣が大地を駆けるような地響きが鳴り始めたのだ。

ドドドドドドドドド、とフォルテが愛読するJOJO(現在第12部)の効果音のような音が段々と近づいてくる。

 

「な、なんなんだ・・これ!?」

「一体なんの音なんだ?」

 

一夏が音の発生源を探るように廊下の方を向く。

俺もならって廊下の様子を見に行こうとしたときだ。

 

「「織斑君! デュノア君!」」

 

俺は勢いよく入ってきた何かの集団によって無惨にも薙ぎ倒された!

な、なんだぁ!?

止まることを知らないその何かの集団は、足元の俺には気づかずに、ある者は踏み、またある者は蹴りながら室内へと侵入していく。その勢いはさながらサバンナのバッファローと言ったところか。

結果俺はなんとかベッドのしたに潜り込むことでバッファローの攻撃を避けて、安全地帯を手に入れた。

落ち着いて辺りを見回すとそこにあったのは何本もの足、脚、あし・・・・。白や黒の靴下に包まれた細いがしっかりと柔らかそうな印象を受ける脚や、アンクルソックスのせいで部活動や訓練に励んでいることが如実に分かる綺麗な脚線美を描いた脚、少し顔をあげればソコには女子特有の細すぎず太すぎない健康的な太ももがあるという、目のやりどころに困る光景が広がっていた。ここでようやく俺は女子の大群に薙ぎ倒されたのだと気がついた。

 

・・・・にしてもこの数、二で割っても30人はいるぞ。

そうやって落ち着きを取り戻した俺だったが、先ほど蹴られたり踏まれたりして命の危険をガチで味わったせいか、女子の脚を見ているうちに、いきなりあのアブナイ感覚が襲ってきたのだ。

 

太鼓でも叩いているかのような心臓の脈動に、段々と視野が狭まって感覚が研ぎ澄まされていくあの感覚。更には視界の隅に映るBシステムの英語表記だ。

まて、まて、まて。これまでの経験からこの瞬龍がBシステムを発動させるのは大体鈴かセシリアと一緒にいたときで、トリガーとして登録するにしてもこの状況ではISどころか顔も確認できてない状況だぞ!?

なんでBシステムが反応してんだよ!

と、そこで思い当たる条件が一つ閃いた。

まさか、この光景が気に入ったとかありませんよね瞬龍さん!?

 

なんとか無駄な発動を抑えようとした努力も空しくBシステムが無意味に発動。

少しでしゃばりな性格が表に出る。

 

「二人とも、これ!!」

 

ベッドの下から状況を探ると、丁度一人の女子が何やらプリントを差し出したようだ。カサッと微かな摩擦音が聞こえた。

 

「なになに・・・・?」

「ええとぉ? 今月行う学年別トーナメントではより実戦的な模擬戦闘を行うため、二人組での参加を必須とする。なお、ペアが出来なかった者は学園側が抽選によりペアを決定するものとする。締め切りは――――」

「ああ、そこまででいいから!」

 

一夏が読み上げている最中に先を急いだらしい女子がプリントを引ったくった。

そして、一斉に一夏とデュノアに向かっててを伸ばす気配がする。

 

「私と組んで織斑くん!」

「一緒にガンバろデュノアくん!」

 

どうやらコイツらは数少ない男子(女子含む)と組むためにここに来たらしい。

行きなりタッグマッチに仕様変更か・・・・。心配性なのは千冬さん(あの人)も一緒だなぁ。

学園側が一教師の一言で決定を変えたのは意外だったが、変わってしまったのは仕方がない。俺も雨かフォルテ辺りと組んで申請するかな・・・。

 

大量の女子生徒から誘いを受けた一夏は答えに窮しているようだった。

きっとデュノアのことを心配しているのだろう。同じ部屋だし、気づかないはずがない。

そして、ワザワザ男子として転校しているのだからなにかバレてはいけない理由があるのは明白だ。

とすると、一夏が取れる行動は一つに絞られる。

 

「悪い、俺はシャルルと組むから諦めてくれ!」

 

空気が、凍った。

恐らくは誰もが男女のペアが二組は生まれると確信していたのだろう。それ故に、予想外の一夏の選択に普段マッハの早さで処理している脳が一時的に処理を中断したのだ。要するに、考えたくない事態が起こった、ってとこか。

 

しかし、それらの女子のなかにもなかなかタフなやつがいたらしい。

集団の最後尾にいたらしい一人の女子が、

 

「・・・・シャル×いち・・・・・いや、いち×シャル・・・・アリね」

 

と呟いたのだ。

俺でも真意が見抜けてしまうその一言は、殆どの女子に意味が理解されないまま浸透していった。

 

「男子同士で組むのも確かにアリね・・・美少年同士だし」

「いや、織斑くんは美少年って言うか美青年って感じだけど」

「まぁ他の娘と組まれるよりかは良いかぁ・・・・」

 

と、彼女らなりに納得して部屋を出ていく。

バタバタと再び騒がしくなっていく廊下と反比例して静けさが広まっていく保健室。

そんななかで一夏の吐いたため息だけがいやに大きく聞こえた。

 

「・・・・・で、あんたは誰と組むのよクレハ?」

  

対面のベッドから鈴が声を掛けてきた。

デュノアが、「さっきからいないと思ったけどそんなところにいたんだ・・・・」と呟いたがBシステム発動状態で女子の前に出たらなに口走るか分からないんでね。

 

「あ? 普通に雨か、フォルテ辺り。もしくは更識あたりにでも、って思ってるんだけどどうもなぁ・・・・」

 

フォルテはダリル先輩以外のペアじゃ戦績悪いって聞くし、更識はキャラがなぁ・・・・。最近見てないけどもしトリガーとして機能する人物として瞬龍に見初められると、とてもめんどくさい。

よし、無難に雨だな。

そう言うと鈴は少ししょんぼりしたようだ。おいおいツンデレがそんなんでいいのか。

ペアを組むといった手前、最初の機会に別のペアと組むのはいささかつっかえがないとは言えんが、校則なら仕方ない。だって学年別だもんなぁ・・・。

て言うかそもそもお前の傷じゃ・・・。

 

「ダメですよ」

 

と、いきなり現れたある人物が俺の心の声を代弁してくれた。

 

「お二人のIS、ダメージレベルがCを越えています。当面は修復に当てないと戦闘は教師として許可できません。ISを休ませる意味でもトーナメント参加は諦めてください」

 

いつになく教師っぽく生徒を諭す山田先生。

すると、いつになく教師っぽい山田先生は不思議な圧力を持っているらしく、あの代表候補生がしぶしぶと言った様子で参加は諦めてくれた。

 

「あぐ・・・・・くっ、わか・・・りました・・・!」

「不本意ですが、ほんっとうに不本意ですが今回は参加を見送らせていただきますわ・・・!」

 

ドンだけラウラとやりたかったんだお前ら。

二人の様子に満足したのか、山田先生は凄く嬉しそうに言った。

 

「分かってくれて先生嬉しいです。ISに無理をさせるといつかはそのツケを払うときが来ますからね。お二人の未来のチャンスを先生は失ってほしくありません」

 

ニコニコ顔でそういって出ていった先生だが、その後ろで一夏が首を捻っている。Bシステムの恩恵で鋭くなった聴覚がボソッと「ツケを払うときが・・・・?」と呟くのを拾った。

どうやら一夏は未だにISの基礎理論第三項を記憶していないらしい。

ISとは、使用者と共に経験を積んで自分自身を強化していく自己進化プログラムが常時走っていて、そのプログラムは損傷状態での稼働経験さえも経験値として蓄積するらしい。だから、損傷が激しい状態で稼働させればそのぶん質の悪い経験値しか入ってこずに、その後築かれる特殊エネルギーバイパスに重大な欠陥を生んでしまうらしい。結果、平常時の稼働に悪影響を与えてしまう、というわけだ。

 

一夏の疑問に気づいたデュノアが一夏に耳打ちすると一夏は納得したようにポンと手を打った。

どうせ、「骨折したときに無理すると筋肉痛める」くらいの理解なんだろうなぁ・・・・。要約するとそれで間違ってないんだが。

 

「しっかし、なんで二人ともラウラとバトルことになったんだ? 先輩が関係あるんですか?」

 

一つ疑問を解くとまた一つ疑問に思ったことがあったらしい一夏が未だに渋面を浮かべる二人に問いかけた。

 

「そりゃぁまぁ、パートナーの貞操の危機だったし・・・・・(チラ)」

「く、クレハさんをせっ、性犯罪者にしないためには必要な戦いだったのですわっ!・・・・(チラ)」

 

なんでこっち見る。

 

「・・先輩、何しようとしてたんですか・・・?」

 

一人事情を知らない一夏が俺に侮蔑の眼を向けてきた!

 

「おいちょっと待てお前ら、なんで俺が危ないことするみたいな感じで説明したんだよ!?」

 

俺の焦りを尻目に、説明役として役立ちそうなデュノアは面白がって手助けしてくれないし、ほんと、泣くよ?もう。

二人の態度に腹をたてた俺は、再び「魚ビクンビクンの刑」に処してやろうと二人をシバくためにベッドのしたから這い出たときだ。

 

「では、私が今回の経緯について説明しましょうか、柊お兄ちゃん」

「うおっ!?」

 

いきなり現れたラウラに俺は変な声を上げてしまったが、他の全員は即座に戦闘態勢に入った。

す、スゲェ・・・。一瞬で殺気が充満したぞ・・。

 

「私とそこの二人で賭けをしたのだ。私が勝てば柊お兄ちゃんは私の部屋に移動し、生活を共にする。ドイツ軍にいた時のように朝起きてから夜寝るまで常にな。そこの二人が勝てば今まで通り生活するという勝っても負けても私には損のない勝負だったんだが、そこの二人は面白いように乗ってきてな、それで今回はその勝負の結果を確認しにきた、という次第だ」

 

とても精神を逆撫でする説明をありがとうラウラ。さぁ、後ろのドアからそのまま退出するんだ、いやしてくださいっ!

 

「な、なんですってぇ・・・!?」

「言わせておけばドイツ風情がこのっ!」

 

「そのドイツ風情に負けたのはどこのどいつだ?」

 

ん?とさらに挑発ぎみに返したラウラに、二人が押し黙る。

一方の二人は息の合ったユニゾンで「「柊お兄ちゃんってキャラ間違えてるよね・・・・」」と呟いていた。あいつらっ。

 

「結果は知っての通りで相違ないな。では行きましょう柊お兄ちゃん」

 

そう言いながら俺の手を引いて歩き出すラウラ。

その無理矢理さにいい加減怒りがわいてきたぜ。

手を引くラウラの手を、俺は振り払った。

 

Bシステムの感覚が、ラウラが不快に感じた兆候と、背後で面食らってるみんなの気配を掴む。

 

「・・・・どうしたのですか? 柊お兄ちゃん?」

 

そう言うラウラの眼帯に隠れていない瞳は、俺が付いてくることを当然のように思っている。

その当たり前だという態度が、俺は気にくわなかった。

 

「ふざけんなよ、ラウラ」

「ふざけてなどいません、至って真面目です」

「そう言うことを真面目に言うところをふざけんなって言ってるんだよ!」

 

怒声をあげた俺に、流石のラウラも面食らったようだ。

思ってみれば、ラウラと過ごした二ヶ月の中で初めて怒ったのはこれが初めてだったな。

 

「なんで俺が賭けの対象になってるんだよ? なんで俺の行動がお前に制限されなきゃならないんだよ? ふざけんなよ、ここはドイツ軍じゃない、IS学園だ! お前の常識に俺を巻き込むな!」

 

確かに向こうでは場数を踏んだラウラの判断を優先した行動が多かったかもしれない。

確かに向こうではラウラの判断を頼りに行動を制限したかもしれない。

だけど、それはドイツ軍でのことだ。

 

「いいか、分かっていないなら何度でも言うぞ。ここはIS学園だ。お前のホームグラウンドのドイツ軍じゃない。ついでにいっとくぞ、俺はお前の兄じゃない。呼ぶなら先輩かさん付けだ」

 

感情まかせに思いの丈をぶちまける。後ろの二人にも言いたいことはあるがそれを言う余裕はない。

何故ならば・・・。

 

「・・・・なぜ、私を否定するようなことを言うのですか・・?」

 

ラウラが、その鉄皮面を涙で歪ませたからだ。

 

「なぜ、私を否定するようなことを言うのですか・・・? 教官も、お兄ちゃんも私の前から姿を消して、異国の地へと旅立って、私を肯定してくれる存在は、あの地には誰もいなくなってしまった!」

 

ラウラの絶叫が響く。

その場にいた全員が眼を丸くした。

 

「教官の弟を倒せば認められると思っていた、貴方に付いていけば私が何者かわかると思っていた。たった二人だった私の拠り所を失った私の気持ちを考えたことがありますか!?」

 

そう言うとラウラは湿った眼帯を取り外し、袖で涙をぬぐうと失礼しました、と一礼して走り去っていった。

去り際に見たラウラの瞳は今も昔も変わらず赤と金色のオッドアイだった。

 

「ね、ねぇクレハ・・・?」

 

流石にまずったことを察知したのか、鈴がおずおず俺の名を呼んだ。

わかってる。俺だって失敗したと今思ってるとこだよ畜生。

俺、てっきり一夏を倒すためだけに来たのかと思い込んでいたけど、それだけじゃなかったのか。

なんで気づいてやれなかった。そう言う感情を察するのは俺がウェルクさんから学んだ一つの特技だろうが。

あいつと俺は一緒だってことを気づいてやれることが出来なかった。

ラウラの叫びを聞くまではラウラが逆ギレしたと思っていたが、逆だった。

 

俺が、ラウラに逆ギレしたんだ。

 

「悪いな、変なとこ見せて。でも心配すんな。何とかする」

 

一応そう言うが明確な手段が思い付かない。唯一頭をよぎる案も人頼みだ。

いや、なりふり構っていられる場合じゃない。

 

学年別タッグマッチトーナメントまで残り時間も少ない。

迷惑に感じていたのは本当だし、放っておけばいいのかも知れないが、どうやら出来そうにない。

俺は端末を片手に、保健室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




飛んでいただきありがとうございます。
人生経験が乏しく、稚拙な人情物語ですがどうかお付き合い頂けると嬉しいです。

感想、評価、ご指南、ご鞭撻、お願いします。


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彼女に希望を

おはようございます、こんにちは、こんばんは。

眠いので寝ます。お休みなさい。


 

六月末、学年別タッグマッチトーナメントの初日だ。

今朝から開会式に向けて最終確認や、来賓客の対応と多忙な準備に走っていた生徒たちも、試合一時間前となったら流石にそれぞれ更衣室で試合の準備を始める。

 

俺は第三アリーナ地下射撃訓練場で、今日実施するAブロックの対戦組み合わせの発表を待っていた。

 

「やはり、クレハさんはラウラ・ボーデヴィッヒのことが気になりますか?」

 

そう声をかけてきたのは最後の最後でペアとなったミナトだ。

彼女は青い第二世代型IS「サイレン・チェイサー」を纏って愛銃の手入れを行っていた。

 

「・・・・まぁな」

 

素直に肯定するのはシャクだったが、嘘をついても意味がないことを自覚し、素直に吐露する。

その時、天井から吊るされたモニターに、今日の組み合わせが表示された。

Aブロックは一年のブロックで、その中には当然だがアイツらの名前も含まれる。

そして、ラウラの名前を見つけて、驚いた。

 

(篠ノ之 箒&ラウラ・ボーデヴィッヒVS織斑 一夏&シャルル・デュノア―――――!?)

 

しかもまさかの第一試合ときたもんだ。

 

「見に行きますかクレハさん?」

 

ISを解き、ISスーツ姿となったミナトが隣に来てそう言った。

 

「いや、暫くはここにいたい」

「・・・・そうですか」

 

そう言うとミナトは胡座かいてる俺のとなりに、姿勢正しく正座で座った。

なんでだよ、こんな広いところでせまっ苦しい位置取りしなくていいだろ。

――と思って、俺がズリ、と距離を開けると。

 

「・・・・・・・」  

 

ズゥゥゥゥン・・・と擬音が付くほど分かりやすく肩を落とした。

するとまた距離を詰めてくるので、また離れる。

また近づく。離れる。近づく。離れる。

そして、近づく。

 

「あーもう諦めた。俺の敗けだ。ていうか何なんだよさっきから」

「今日のクレハさんは、少し思い詰めた顔をされていたので、無理矢理にでも絡まなければ、と思いました」

「俺が、思い詰めてる・・・?」

 

意外な指摘を受けたので面食らう。

 

「はい。まずは勝手にラウラ・ボーデヴィッヒのことと推定しましたが、間違いなら謝罪しておきます。クレハさんと彼女の間にあるいさかいがどうすれば解決するのか私には分かりませんが、クレハさん。貴方はわかっているはずです。しかし、貴方はそれを実行するか未だに決めあぐねている・・・・・」

「・・・・・・」

 

その通りだ、ミナト。

俺とアイツのケンカを解決する方法は恐ろしく簡単だ。

 

ただただ、ラウラ・ボーデヴィッヒを認めてやればいい。

 

だがそれは千冬さんの方法であって俺の方法であって俺の方法じゃない。

俺は俺のやり方で、立場で、ラウラと言う存在を認めなければならない。

それはつまり・・・・。

 

「! クレハさん、出ました」

 

ミナトの声にモニタを見上げる。

そこには黒と白、二機のISが向かい合い対峙していた。

 

 

戦局は終盤。

一夏のIS白式が、単一仕様能力「零落白夜」を発動した。

 

「これで決めるっ!」

「触れればエネルギーを消し去る刃か・・・・ならば触れなければいい!」

 

モニターに激しい攻防を繰り広げる二人の姿が映し出される。

一夏はラウラを撹乱するように、直進してからの急ターン、停止、加速を繰り返しているが、あれはただ避けているだけじゃない。

ラウラのISシュヴァルツェア・レーゲンの第三世代型兵器、停止結界(AIC)は身体中ありとあらゆる場所から慣性力を停止させるだけの強制力を持ったエネルギー網を放出できる。

ラウラはその放出を手指、眼球から行うことが多く、一夏の動きはそのことを見切ったような動き方だった。

ラウラの表情に焦りが見え始め、間断なく放たれる攻撃にワイヤーブレードが加わる。

 

「くっ、ちょろちょろと目障りな・・・・ッ!」

 

一夏はデュノアの援護射撃を受けながら、段々とラウラとの距離を縮める。

 

「こ・・の、小癪なァァァ!」

 

大振りの攻撃を一夏に回避されたラウラの表情が固まる。

しかし、一夏はその隙を見逃さなかった。

なんと一夏はそれまで斬る事だけしか行ってこなかったにも関わらず、試合中に「突き」を繰り出したのだ。

 

「無駄なことだッ!」

 

ラウラの瞳が輝き、一夏の動きが止まる。

剣を除いた腕全体にAICの網が絡み付いたのだ。

 

「フッ、腕にこだわる必要なんてない! ようはお前の動きを止められれば―――!」

 

ああ、バカ――

俺はそう心の中で呟いた。

何故なら・・・・。

 

「なんだ、忘れているのか? それとも知らないのか? 俺たちは、二人なんだぜ?」

「!? しまっ―――」

 

驚愕するラウラに、超至近距離にまで接近したデュノアの六連装ショットガンが火を吹く。

 

「くあぁぁああッ!?」

 

ラウラの叫び声と共に肩の大型レールカノンが爆散する。

俺はその様を見ながらニヤリと笑う一夏を見て悟る。

 

(マズイなラウラ・・・・・見破られたぞ(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)!)

 

どうやらラウラのIS技術はドイツ軍で共に戦ったときとあまり変化していないようだ。

ラウラはAICの停止結界を同時に複数扱うことは苦手としている。というより、出来ない。

目標が視界内から消えてしまう、または集中を解いてしまうと拘束が解けてしまうのだ。

今の叫びはその弱点を如実に表すものとなってしまっていた。

 

「・・・・・ラウラッ!」

「クレハさん!?」

 

知らず知らずのうちに俺は駆け出していた。

どこに向かうのかはわかっている。

俺の中の瞬龍がそうしろと暴れまわる。

ラウラを助けろと叫んでいる!

 

「ラウラッ!」

 

既に見慣れたアリーナの扉を蹴り開けて試合中のフィールドに飛び出す。

しかし、既に遅かった。

 

「ぐ、あああああああああアアアアアアアァァァァァァァァッ――――・・・・!」

 

目の前で、ラウラが絶叫を響かせていた。

あちこちの装甲が破壊されたシュヴァルツェア・レーゲンから青白い電撃が放たれ、周囲にいた俺やデュノアが壁に叩きつけられる。

 

なんだ!? 何が起こった!?

 

改めてラウラを見てみるが、彼女自身に変化はない。

ただただ、痛みに苦しんでいるだけだ。

暫く荒れ狂う強風に身体を吹き飛ばされないよう身を低くしていると、次第にその風と電撃が収まっていく。

それらが完全に止まると、残されているのはピクリともしないシュヴァルツェア・レーゲンと俺たちだけだ。

観客席の人たちは起こったことが理解できず呆然としている。

 

「――――!? クレハッ! 後ろ!」

 

観客席から身を乗り出した鈴が、俺に注意するので、直感まかせに真横に飛ぶ。

 

――――――黒い風が吹き通っていった。

 

そう錯覚させたのは黒いマニュピレーターが俺のいた地点を通り過ぎていったからだ。

 

「黒い腕って・・・・・冗談じゃないぞ」

 

受け身をとった俺はその場で攻撃の正体を確認した。

 

「おいおい、そんなに怒ってんのかよ・・・。ラウラ」

 

軽口を叩くと、それに怒ったかのようにラウラがワイヤーブレードを俺に向かって放つ。

おいっ、それ避けられないからッ!

 

「先輩ッ!」

 

ダメージを覚悟していた俺を、一夏が掬い上げるようにして離脱させてくれた。

 

「悪い、サンキューな」

「そんなのあとでいいですから! まずはアレ! どうにかしてくださいよ!」

「おいこら、テメェ、人の義理の妹アレ呼ばわりとはいい度胸だな・・・・」

「あれ!? 先輩意見変わってません!?」

 

一夏はラウラの攻撃範囲外に出ると、俺を下ろして警戒した。

俺も瞬龍を呼び出してひとまず防御の意識を強める。

 

「別に変わったわけじゃない。もともとそうだったんだよ。俺とラウラは兄妹じゃない。だけど、義理の兄妹だったんだよ。後から知った事実を肯定するのは変わったには入らないだろ?」

「凄い屁理屈捏ねますね・・・!」

 

一夏が呆れたようにため息をつく。

心外だな。

 

「で、その義妹さんはどうなったんですか?」

「分からん」

 

即答する。

分からないのは事実だ。

シュヴァルツェア・レーゲンに搭載されたVTシステムのトリガーが何なのかは分かっていないし、なにより、今のラウラは名声高いヴァルキリーと同じアルゴリズムで動いているとは思えない。

先の二撃もただ力任せに拳を振っただけに見える。

だが、異常が起きているのもまた事実。

そしてそれに対応出来るのは・・・。

 

「行くわよクレハ。私たちペアの初戦闘ね」

「初めてを鈴と迎えられて俺も嬉しいぜ」

 

―――――周囲に登録済みのISコアを確認。Bシステム、起動(スタンド・アップ)

 

双龍の手がかりを追う俺たちの仕事って事だな!

 

 

「クレハ! 右援護(ライト・サポート)!」

了解(ヤー)!」

 

鈴の掛け声と共に左右にわかれ、ラウラを挟撃する。

ラウラの意識は俺の方に向き、俺はそのラウラに特殊拳銃型射撃武器「流桜」を拡張領域から呼び出し、撃つ。

だが、

 

ガンッ! ガンガンガンッ!!

 

放った弾丸全てが、シールドバリアーに弾かれる。

 

「そんな・・・。戦う分のエネルギーなんてないはずなのに!」

 

遠距離からライフルで援護するのか射撃姿勢を取っているデュノアが、開放回線でそう呟いた。

と、すると今のラウラはエネルギーが回復している状態だと見るべきだな。

だったら―――!

 

「時穿―――!」

 

黒い刀身を持つ特殊近接ブレードがラウラのシールドバリアーとぶつかり、解けたエネルギーが火花のように弾け回る。

そこで、俺は時穿の特殊能力を発動させる。

 

「斬れ!」

 

そう叫ぶと共に、エネルギーではない何かに時穿の黒い刀身がズブズブと沈む。

それを見たラウラが虚ろな瞳を見開くが、もう遅い!

 

パンッ! という音が響いて刀身がバリアーを通過し、シュヴァルツェア・レーゲンのボディにダメージを叩き込む。

 

「こぉんのぉーッ!」

 

その開いた空間向けて、鈴が衝撃砲二門をフル稼働させて放つ。

ドウッ!ドウッ!と着弾音が轟く。

防御に使った右腕が粉々に砕け、血だらけの右腕が顔を出す。

 

「グ・・・、ナゼ・・・オイテイクノデスカ・・・・ナゼ・・・ワタシカラ居場所ヲウバッテイク・・?」

 

ラウラが苦悶の声を上げる。

聞き取れた声はラウラの本心。

置いていかれた者、独りの人間の苦しみだ。

 

「織斑一夏ァァァァ―――ッ!」

 

破壊された右腕が再生し、瞬時にプラズマブレードが展開されると、俺に向かって振り下ろされる。

Bシステムと俺の反射神経が下した回避方向は前方。詰め寄れ、だ。

瞬時加速で回転するように接近した俺はラウラをISから引きずり出すべく、両足を切り飛ばそうと剣を構える。

だが、まるで切っ先が鎖で繋がれたかのように動かない。

それどころか全身が固定されている。

これは――――――!

 

「邪魔よ! クレハッ!」

「うおっ!?」

 

スケートのように地面を滑って身体を滑り込ませてきた鈴が俺の身体を蹴ると同時に、俺を縛っていたAICの放出源、左腕を双天牙月で破壊する。

縛りから開放されると同時に、俺も身を捻って二撃、右腕に叩き込む。

 

「ふぅ、ナイスフォローだ鈴。助かった」

「あ、あんたがぼさっとしてるからでしょ! しっかりしてよ!」

 

鈴から罵倒を浴びながらエネルギーを確認すると、残りの活動時間は二分チョイってとこだな。

二分以内にあのじゃじゃ馬からラウラを引きずり出し、事態の収束を図る。

たった今、そういうメールが個人回線を通じて轡木事務員から送られてきた。

まぁ、安心しろよじいさん、俺の目的もラウラの奪還だからよ!

 

「先輩! 俺たちは!?」

「一夏とデュノアは待機迎撃。観客席のロックが厚くていまだに避難が終わってないブロックがあるらしい。ラウラの武装は大体実弾兵器だから被害がでないように叩き落としてくれ」

「それは命令ですか?セーンパイっ?」

 

デュノア・・・人がシリアスに指示出してんのにちゃちゃ入れるなよ・・・。

 

「命令じゃない。ていうか上級生下級生なのに、命令とかあり得んだろ。普通に行動しろ」

「了解です!」

 

一夏とデュノアはそうして後方に付き、流れ弾の処理を行う位置についた。

 

「そういえばクレハ、あんたさっきどうやってバリアー突破したのよ?」

「え、ああ。時穿の基本性能・開放(ベーシックポテンシャル・オープン)? まぁ、その説明は追々していくから、前見た方がいいぞ」

「え?」

 

鈴が呆けた声を出しているので、代わって俺が迫っていたワイヤーブレードの対処を行う。

 

(斬れ!)

 

次は声に出さずに頭の中で解号を唱え、時穿の能力を発揮させる。

ワイヤーの先端と時穿が接触した瞬間、俺の目がとらえたのは、黒い刀身が何もない虚空に切れ込みを入れ、押し広げ、ワイヤーがそこに吸い込めれていく様だった。

今の現象を分かりやすく言うなら、空間断裂。

空間に極大化したエネルギーを掛けて、そこに強制的に時空の穴を作る特殊兵器らしいのだ。この時穿という剣は。

だから、さっきのはラウラのバリアーを切ったのではなく、バリアーを張った空間のみを切り裂いたということだ。

零落白夜とは発想が違うが、これも十分バリアーキラーウェポンだよ・・・。

 

「あ・・・、ありがと・・・」

「ん?どういたしまして、な」

 

面と向かって礼を言われるのが何となく恥ずかしかったので、返事をすると同時にラウラに意識を集中させる。

空間を切る技、仮定的に「斬空(ざんくう)」と名付けるが、今のワイヤーぶったぎりアクションで、瞬龍が覚えたのか、次からは念じるだけで瞬間的に技が出せるそうだ。

よかったー。今のタイミング合うか、一か八かだったんだよな。オートで出せるならそれに越したことはないぜ。

 

「おい、ラウラ。聞こえてるか?」

「ぐ・・・・・・く・・・・柊・・・・お兄ちゃん・・・?」

「そうだよ。クレハだ。取り敢えず、それ脱いでから話をしようぜ? 怒らせたことならちゃんと謝る」

「む・・・りです・・・。ISが・・・・・身体に食い付いて、外れま・・・アアッ!? ・・・・っ!」

 

見ればボロボロの両腕に、再び破壊されたはずの装甲が展開される。

通常破壊された装甲は、交換という形で新しいものへと新調される。

しかし、今は壊しても壊しても新たに出現する無限回復状態だ。

恐らく、残っているシールドエネルギーを喰って装甲に変換しているんだろうが、恐ろしいエネルギー回復力だな。

ガス欠を起こしやすい調整(チューニング)の瞬龍に分けてほしいくらいだぜ。

だけど、今はその機能も破壊するべき対象だ。

いくぞ、柊クレハ。

義兄と義妹の義兄妹ケンカだ。

 

「待ってろラウラ。そんなもの、俺が剥がしてやる!」

 

瞬間加速を用いて一瞬で懐に潜り込むと、回転を掛けながらの一閃で、シールドエネルギーと絶対防御分のエネルギーを一気に削ぐ。

ラウラは――――というかレーゲンは真下の俺に向かって再生中の大型レールカノンの照準を合わせると、間髪入れずに放った。

喰らえば一撃。かわすにしても距離が無さすぎる。接触は免れない――――!

 

「!? クレハッ!」

 

鈴の叫ぶ声だけが俺の耳に届く、心配するなよ鈴。言っただろ。俺はお前のパートナーであり続けるってな。

 

(だから!)

 

俺は迫り来る大型砲弾に向かってオーバーヘッドキックのように片足を振り上げる。

瞬龍は小型の装甲だから、ほとんどの生身と同じ感覚で操縦出来るのが少ない利点だ。

 

(だからこうやって――――!)

 

振り上げた脚が砲弾に接触すると、瞬間加速で蹴り足に巨大な運動エネルギーを発生させて、砲弾が俺に向かって進む運動エネルギーより大きい運動エネルギーで打ち消す。

そのまま脚の勢いに引っ張られるように身体もクルリと一回転して、そのまま!

 

「―――ーぶっ壊れろ」

 

打ち出された砲弾の軌道が俺の脚によって90度曲げられて、レーゲンの右足を破壊する。

 

「クレハ・・・・あんたって! 上出来よ後は私に任せて!」

 

鈴が双天牙月を構えて弾丸のように飛び出すと、体勢が崩れているレーゲンの両足を完全に破壊し、ラウラの両足を開放。

 

「最後は俺たちが!」

「僕たちが!」

 

続いて一夏とデュノアが左右から腕のマニュピレーターにそれぞれ斬撃と六連式の火薬炸裂パイルドライバー、通称シールドピアスを叩き込み、破壊する。

 

「クレハッ! 引っ張り出して!」

 

四肢が開放されたラウラを繋ぎ止めるのは、残った背部ユニットのみだ。

俺はISの展開を脹ら脛下のPIC力場発生部と、スラスターのみの部分展開に切り替えると、ラウラに飛び付き、ユニットの分離を試みる。

 

「・・・・柊・・お兄ちゃん・・に、げてください・・。時期に・・・・暴走状態が臨界点を超え、機体が形を保てなくなります・・・・・。そうなると・・・・・・。逃げてください・・・ッ!」

「ざけんなッ! お前はまだ俺と仲直りしてないだろうが! こんなところで一人で逝っちまったらそれこそ永遠に一人になるぞ!」

「でも・・・このままでは教官まで・・・・」

「他のことはどうでもいい。ラウラ自身が自分の事を考えなくてどうするんだよ! 居場所を見つける前に、自分の存在を見つけろ!」

 

瞬龍のBシステムがシュヴァルツェア・レーゲンの様子を簡単に改めたところ、機体の状態はマジで弾ける5秒前状態だ。

しかし背部から伸びたユニットは、そのままラウラの胸を包み込むように固定されていて、外すためにはここを解除するのが一番てっとり早くてええと・・・・畜生!

 

「・・・・・一人は、イヤです・・」

 

ラウラの口から漏れたのはそんな小さな否定の言葉。

だが、その言葉に込められたラウラの経験は俺の想像を遥かに超えたものだった。

 

先日、ラウラと喧嘩別れしたあの日、俺はラウラの所属するというIS特殊部隊「シュヴァルツェア・ハーゼ(黒ウサギ隊)」の副隊長クラリッサ・ハルフォーフ大尉に連絡をとった。

副隊長を勤めていたのは初耳だったが、むしろ都合がよかったので、俺と千冬さんがドイツを去ってからのアイツの様子を聞いてみたんだが、あまり聞いていて気分の良いものじゃなかったな。

俺たちがドイツを去ったあと、ラウラは一人、軍の中では特出していたIS技術を買われて他の部隊へと転属となり、地位も権威もへったくれもない少佐の位を与えられたらしい。

そこで待っていたのはよそ者への差別と、その努力によって習得した技術への妬みだった。

ISを扱えるのが女性だけなため、女性士官養成所からの嫌がらせもキツいものだったらしい。

クラリッサは定期的にラウラと連絡を取っていたため、その状況を知ってはいたが、他の部隊のことということもあり、下手には手を出せなかったらしい。

そして、数ヶ月そんな状況を耐え抜いたラウラは、完成されたナノマシンによる強化人間だけで構成された特殊部隊である「シュヴァルツェア・ハーゼ」への転属を機会に、ここ日本への留学を申請したらしい。

 

ラウラが虐められていたことも驚きだが、まさか本当に兄妹みたいなものだったことにも驚いた。

俺は出産後に薬によって身体を変えられた瞬龍搭乗者被検体1号。

ラウラはその出産にすら人によって手を加えられたIS戦闘用の強化人間。

瞳の金色は、注入された特殊ナノマシンによる影響で、常にハイパーセンサーが起動している状態らしい。

なるほど、全てを見渡す瞳、ね。

 

他とは違う生まれ方をして、更にはでき損ないの烙印をおされたラウラ。

ウェルクさんという居場所を見つける前の俺そのまんまじゃないか。

だから、俺は決心した。

俺がラウラの居場所になる。

俺がラウラを肯定してやる。

俺がラウラの―――――

 

「だったら、俺がラウラの兄貴になるよ。だから、勝手に妹が死ぬのは見過ごせないな」

 

そして、俺たちは爆発に巻き込まれたのだった。

 

 

 




読んでくださってありがとうございました。


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終わったあとに。

こんばんは! 
二巻分の最終話です。よろしくお願いします!


 

「―――――――っ・・・?」

「あ、あれ・・・・クッちゃん・・・起きてる・・?」

 

いきなり意識だけが覚醒し、顔の見えない雨の声が聞こえた。

なんだよ・・・・? 寝てたんだから起きるのは当たり前だろ。なんでそんな心配そうな声なんだよ?

 

「あー・・・。雨、今何時だ・・・?」

「時間の確認!? それよりもまず確認することがあるよぅ、クッちゃん!」

 

珍しく雨が語気を荒げているので、体を起こそうとするが―――――イテっ。

なんだこれ。上手く腕が上がらない。

いや、それどころか首から下がほとんどの動かない。

少し感じる痺れたような感覚が嫌な予感を冗長させているのだろう。

 

「そうだな。それじゃあ――――ラウラは?」

「まずクッちゃん自身の心配をしてよ!?」

「してるよ。爆発の衝撃を真正面から受けたんだ。ISがあっても無事でいられるなんて思ってない。どうせ暫くは痺れて動かないんだろ?」

 

そう確認すると、雨は俺が意外に冷静だったことに驚いているのか、怒ったように手を振り上げたまま首肯した。

 

「それで、俺が倒れた後何があった」

 

開いた目で回りを確認すると、どうやらまた保健室で寝かされているらしく、薄い布団が被さっているのが分かる。

オマケにフォルテもよだれを垂らして被さっているが、蹴り起こそうにもそれができない。すごく、残念です・・・。

 

壁にかけられた時計の時刻は、俺が記憶しているものと変わらぬ日付を指していて、まだあの出来事から一日と経っていないことが分かる。

 

(暴走寸前のISに飛び込むとはな・・・・俺もよくやるぜ)

 

学年別タッグマッチトーナメント初日のAブロック第一試合。

選手として出場したラウラ・ボーデヴィッヒは謎のプログラムにISの制御を奪われ、暴走状態に陥ったのだ。

そんなラウラを颯爽と助け出そうとしたのだが、結果はこの通り。ベッドの上だ。

Bシステム発動状態でもできないことってあるんですねー。

 

「ぼ、ボーデヴィッヒさんは過度なストレスとダメージを負っていて・・・・・その・・・・」

「? なんだよ。いつも以上に歯切れが悪いな雨」

「それ嫌味クッちゃん?」

「・・・・悪い。ちょっと性急過ぎた」

 

落ち着きを取り戻すために一つ息を吐くと、それにあわせて雨が口を開いた。

 

「ボーデヴィッヒさんはね・・・・・クッちゃんの一時間前に起きてからずっと・・・・・・、隣にいるよ?」

「―――――え?」

 

シャ―――――――――ッ!

 

雨の不意を突く言い方に呆気に取られていると、またまたいきなりベッドを個室に分かつカーテンが勢いよくレールを走り、夕焼けに染まる空がお目見えする。

急激な光度の変化により俺の瞳孔が収縮し、一瞬視界がボヤける。

そのボヤけた視界の中には夕日を背に俺を見下ろす長髪の女性の姿があった。

 

「・・・・大丈夫そうだな、ラウラ」

「はい」

 

短い返答。俺が眠っている間に何かがあったのは間違いなさそうだ。

俺ははっきりと見えるラウラの金色の瞳から、確かな意思の存在を感じた。

 

気がつくとベッドの脇には雨の姿はなく、落ち着いた状況でラウラと話すことができる。

 

「―――――柊特別少佐」

「・・・・・」

 

ラウラが俺のことを階級をつけて呼んだのはいつぶりだろうか。

確か二年前の初顔合わせ以来か。

 

「私は先程の自分の失態で様々なことを学びました。 IS戦闘技術はもちろん、教官の思いや人柄。織斑一夏という少年の強さ。柊特別少佐の優しさ、といった人々の抱く心。そして最後に、私自身を」

 

ラウラは俺に話しかけているようで、自分に言い聞かせるように呟く。

そしてベッドから下りて―――どうやら動けるらしい―――右手を俺に差し出した。

 

初めまして(・ ・ ・ ・ ・)。ラウラ・ボーデヴィッヒです。所属は1年1組。家族構成は義兄が1人と嫁が1人。どちらも私が心から信頼する人物です。同じ釜の飯を食べる間柄として、仲良くしてほしい」

「・・・・・っ」

 

・・・不思議と言い表せない感動が胸の奥から沸き上がってくる。

これは、不器用で恥ずかしがり屋な、ラウラなりの仲直り。

更には所属をドイツ軍と言わなかったことから推察するに、どうやらIS学園を自分のホームだと認めたようだ。

ちょっと気になるプロフィールも飛び出したが、追求せずにスルーしてやるよ一夏。

 

「ぐ・・・」

 

外傷は無いのに痺れだけが色濃く残るという不思議な腕を懸命に挙げる。

さっさと通常生活に戻るためにもしっかりとリハビリしとかないと、だ。

 

予想以上に強く握ってしまった手からパチンと音がなる。

 

「ああ、よろしく頼むぜ。妹よ」

 

こんなに可愛い妹から兄と慕われるんだ。兄貴冥利に尽きる話だろ?

 

 

・・・・・とかなんとか言ってかっこよく〆るつもりだったのに、またもや締まらない結果に終わってしまった。

 

後から千冬さんに聞いた話なんだが、事態を収束させたのは正確に言うと、俺じゃなくて一夏らしかった。

ラウラの救出のためにシュヴァルツェア・レーゲンにとりついた俺は、爆風に揉まれながらも瞬龍の最後のシールドエネルギーのお陰で怪我を負わずに済んだが、強い負荷が掛かったためそのまま戦線を離脱。

気を失わなかったラウラに引きずられる俺の姿には千冬さんも眼を覆ったらしい。情けない、とな。

 

その後、レーゲンはあり得ない再起動を果たし、完全なる暴走を開始。

それを倒したのが一夏を初めとする一年生数名の仮設チームだったのだ。

俺がやったことは一般人観客の前で姿をさらして学園上層部の仕事を増やしたことと、人命救助。

 

・・・・いやいや人命救助だって大事な事だぞ? ていうか最初にすべきことだろ。

しかし先生方は仕事を増やしたことに対してご立腹のご様子。

今回の事件のせいでトーナメントは一回戦を残して二回戦以降の試合はすべて中止。それにともなって各国スポンサーへの事情説明とその他もろもろの雑事に追われているのに、俺についての情報操作まで追加されるのだ。 そりゃ保健室出た瞬間に銃撃されるわな・・・。

 

そうして、大倭先生を筆頭とした先生陣対俺という絶望的な対戦カードが用意された結果。

 

「・・・・・身体ダルいってのにこの広さはあんまりだぞ・・・」

 

見事に敗北して、風呂掃除を大倭先生の代わりに行うことになったのだった。

 

誰もいないはずなのにカポーンという音が何処からともなく鳴り響く。

ていうか体調的に考えたら普通、風呂に入って湯治する側の人間だと思うんだけど、俺。

今年まで男子がいない、という体を保ってきたIS学園には当然男子大浴場なんてものは存在しない。

俺自身これまで部屋のユニットバスで済ませてきたから良いとは思ってたんだが、実際見てみると羨ましくなってくるぜ。大浴場。

よし、決めた。

掃除をちゃっちゃと終わらせて黙って入ってしまおう。

清掃業者の看板が何処かにあったはずだ。あれを前においていれば入ってくるやつはいないだろ。

よし、作業を進める理由ができた。後は早いもんだぜ。

 

楽しみが出来ると人間、作業効率が上がるモノらしく、予想されていた時間を大幅に短くする形で俺への嫌がらせ罰掃除は終わった。

 

「あーー・・・」

 

手早く湯に浸かると全身の力を抜く。

少し熱いが中々にいい湯だ。

だが、俺は気づいてしまった。

 

「・・・・サウナ、水入れてないぞ」

 

ここのサウナは贅沢にも熱した石に湯をかけて蒸気を作り出す手の込んだタイプで、掃除する際に蒸気発生用の水を抜いておくのがルールらしいのだ。

俺はそれにしたがって水を抜いたのだが、入れることを忘れてしまっていたようだ。

 

「だとしたらあの中は灼熱地獄だな・・・」

 

ウゲゲ、と思いつつもここでスルーしたらあの暴力教師に吊し上げられかねないので仕方なく水で満たされた桶をもってサウナに向かう。

ガチャ・・・うわ、やっぱり熱いぃ・・。さっさと水入れないと大変なことになってたな。

ザーっと水を掛けると一気に蒸気が噴き出す。

はー、銭湯とかによくある石に水をかけないでくださいってこう言うことだったのか。

視界が蒸気で潰されたので、サウナの温度を下げるために調節システムのある脱衣場に向かおうとドアノブに手をかけた時だ。

 

「うおーっ、スゲー!」

 

!? なん・・・・だと!?

ガラリラとスライドドアが引かれて姿を表したのは腰にタオルを巻いた織斑一夏だったのだ。

なにが可笑しいのかヤツは子供みたいに浴槽の周りを「わはははー」と笑いながら走り回っている。

なんだあれ。

て言うか、今日は貸し切りのつもりだったんだけどな・・・。いや、俺が勝手に言ってるだけなんだが。

しかし、まさかあの看板の圧力をモノともせずに入ってくる強者が居たとは・・・。畏れ入ったぜ織斑一夏!

 

そんなどうでもいいことを考えている内に一夏は身体を洗って湯船に浸かった。

そうだ、どうせ男同士なんだからいいや。一夏が入ってきたってことは先生か誰かから正式に許可を貰ったんだろう。

そうすると少し悪戯心が沸き上がってきたので、折角だから驚かせてやることにした。

風呂場のエコーを楽しむかのように「生き返るぅ~~」とジジ臭いことを言う一夏の背後に回ろうとサウナを抜け出した時だ。

 

カララララ・・・・

 

またしても侵入者の登場である。

だが、俺はこの時油断していたのだ。悪戯心が先走ってこの学園における男女比についてまで頭が回っていなかったのだ。

今ここにいるのは俺と一夏、つまり男子二人。

それはつまり・・・・。侵入者が女であることを意味していた。

 

その事実に遅れながら気がついた俺はつい、本当につい、ペタペタと濡れたタイルを踏み鳴らす侵入者の方を見てしまったのだ。

 

「お邪魔します・・・・・」

 

若干頬を赤く染めながら身体を隠すように俺の前を歩いていくのは、シャルル・デュノア! マジで女子だ!

だが、お湯の温度が高めなのが幸いした。湯気でほとんど前が見えん。ツイてるぞ、俺。

デュノアも俺の存在に気がついていないようなので、一瞬始まりかけた心臓の疼きを抑えながらソッと(サウナ)に帰る。

 

(システムチェック、システムチェック、と)

 

ドアに背をつけて座り、常時起動している瞬龍のシステムウインドウを表示する。

・・・・良かった。トリガーにはなり得なかったみたいだな。

って、安心してる場合じゃない。

なんであの二人一緒に風呂にはいってんの!?

 

一夏もデュノアの登場に驚いたらしく、激しい水飛沫の音がする。

チラッと窓から覗いてみると、あーあ。どこのラブコメだよって感じの雰囲気で背中合わせで座ってるよ。

て言うか湯船にタオルつけられるのイヤなんだが、相手がデュノアだけに注意しにも行けん。我慢だ。

 

暫く我慢してあいつらが出ていくのを待とうと思ったが、どうやら女子のデュノアは言わずもがな、一夏も風呂が長いタイプらしい。一度出ようと腰を上げていたが、デュノアに引き留められて惰性で堪能しちゃってるよ、風呂。

 

(しかし、俺はそろそろ限界だ・・・・)

 

ずっとサウナに籠っているせいか、頭がボーッとしてきた。病み上がりなんだからサウナなんて入るんじゃなかったぜ。

 

(よし、死ぬ前に脱出するしかない・・・ッ!)

 

本来ならあいつらが入ってきた直後に出ていれば、偶然ばったりを装えただろう。ていうか事実偶然ばったりなんだがな。

しかし、時間がたった今はその手は通じない。

今、この瞬間にフラッと出ていけば、女子(・ ・)のいる風呂場で隠れて(・ ・ ・)コソコソと仕掛け(・ ・ ・)終わった、みたいな感じになっちまう。

それだけは避けねばならぬ展開。

いくぞ俺。作戦名は「花のある道を走る(ダッシュ・ガーデン)」だ!

 

俺は窓から外の様子を感じとり、出ていくタイミングを計る。

そして、来た。

 

(今だっ!)

 

二人が長々と話し込んだ瞬間。

俺は瞬時加速もかくやというスピードと、

ヘビを思わせる体捌きでサウナを脱出し、少々音がなるのも構わずに出口に向かってダッシュする。

ダッシュ・ガーデンとはその名の通り、(女子)の居るところをどれだけ静かに走れるか、と言うことである。

花は踏み荒らせば荒らすほどみすぼらしくなり、女子は乱暴になればなるほど品格が落ちていく。だから怒らせるようなことは出来るだけ避けていく。それが俺の信条。

 

(しっかし、鈴やセシリアは暴力の権化だよな・・・・)

 

あいつらこの間俺の部屋でイギリスの紅茶と中国の飲茶、どっちが息抜きとして優秀かなんて些細なことで喧嘩するし、審判長の俺がどっちかに票を入れるともう一方がぶちギレするし・・・。

こないだ「女性の品格」を呼んでフムフム唸ってたどこぞの独身女教師、大倭先生を見習って欲しいね。あ、名前出してしまった。

 

親指に力を込め、出口に向かって最後のターンを決める。よし、コースはバッチリ決まった。後は駆け込むだけだ。

取っ手を握り、一瞬で開くように思いっきりスライドさせた。――――のがまずかった。

 

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

女子、じょし、josi、girls・・・・。

半裸の女子数名の目が一瞬で俺に集まる。

なんで・・・お前ら・・・看板出しといたハズだろっ!?

 

そう憤ったが、答えは目の前にあった。

看板が、目の前に、あったのだ。

 

(・・・・・ああ、一夏か。きっと業者の人に気を効かせただけなんだろうな・・・)

 

だけど殴ってやる。

俺がこれから殴られる分だけな!

 

「ちょおおおっと良い? 柊くーん?」

「オネーサン達とお話しましょうねー?」

「あれ、テメー・・クレ坊か。ここは女子風呂だぞ?」

 

これはこれは三年生の方々でしたか。ダリルセンパイチーッス。褐色の肌が艶かしくてドキッとさせられる。

悲鳴を上げるでも怒号を上げるでもない先輩方は、俺に向かって大ききめのバスタオルを投げつけるとその上から首、両肩、両腕を拘束、逃亡を不可能にさせる。

ていうかその結束バンド、どこから出したんだアンタら。

まずい、これが恐怖か。久々に味わったぜ。

戦闘中はアドレナリンが麻痺させてくれたが、この場では半裸の女性達と一緒ということでBシステムが好みそうなシチュエーションの真っ只中だ。

だから視界をバスタオルで奪ってくれたことには感謝するがぁぁぁぁぁって、ちょっと待て!誰だ! 今IS展開したの! 専用機持ちか!? ってことは・・・ダリル先輩!?

 

「悪いなクレ坊。フォルテのダチのテメーを殴りたくは無いが、ことがことだけにお咎めなしってのもな。我慢してくれよ?」

 

目の前の光が遮られ、ダリル先輩が目の前に居ることが分かる。

まぁ、そうなりますよね。でも、先輩の専用機「ヘル・ハウンド ver2.5」の拳って凄いゴツゴツしてるんだよな。

ISの絶対防御に頼るっていうのは・・・まぁ無理か。

 

かくして、俺の学年別タッグマッチトーナメントは幕を下ろすこととなる。

ISは戦闘のお陰で大破、修理中。

得たものは義妹と罰掃除とつまらないラブコメ要素。

まぁ、それでも去年一年よりかは良い一年になりそうな予感だった。

季節ももうじき梅雨が終わり夏。

やって来るぞ、あの悪魔の期末テストが。

 

ああ、ダリル先輩の異常に大きい胸が腕を振り上げた拍子に重そうに揺れるのが影でわかる。

だが、俺の心臓はピクリともせず、自分でも止まってるんじゃねーの?と思うほどだ。

これは、きっと、諦め。

 

それじゃー行ってみよー。さん、にー、いち―――――――ぐふっ・・・。

 

 

 

「・・・・やはりな」

「なにか見つけたんですか織斑先生?」

「・・・・・いや、見間違いのようだ。失礼」

「?? そうですか・・・?」

 

暗い地下格納庫の中、山田先生自ら修理しているのは白銀に輝く装甲、コアと切り離して具現化させた瞬龍の装甲だ。

千冬は監視の意味でその作業を見守っていた。

 

その最中に瞬龍の戦闘データに残っていた今日の戦闘データを見ていると、エネルギー推移の欄におかしな記録を発見したのだ。

 

(エネルギー残値がマイナスに振りきれている・・・。となるとやはりあのISはオリジナルの―――――)

 

 

――――――現界超越(オーバーリミット)か。

 

千冬は眉を寄せると迷わずその記録を削除。記録は誰にも見られることなく、闇に葬られたのだった。

 

 

 

 




呼んで頂きありがとございました。

次回、ちぃっと登場人物纏めます。前書きで。


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三巻
目指すは南の島!


こんばんは。よろしくお願いします。キャラ紹介します!
メインは今回の章で登場するキャラでいこうと思います。

柊 暮刃 二年生
【挿絵表示】

IS瞬龍の操縦者。機体に秘められた特殊システムBシステムを駆使して戦う。
Bシステムとは発動すると判断力、精神力その他諸々のステータスが上昇し、一時的に自信満々と言ったトリップ状態になる。言葉遣いは更に荒くなる。
暴走事故で鈴の父親を殺害した記憶を持つ。
フッツーの日本人。

凰 鈴音 一年生
【挿絵表示】

IS甲龍の操縦者。中国人で中国代表候補生。
父親の消息に関わった双龍という秘密結社を追って日本にやって来る。
好きなものは中華とパンダ。
イマイチ自分の気持ちに整理がついていない節がある。

サラ・ウェルキン 二年生
【挿絵表示】

ISサニー・ラバーの操縦者。五月に兄を殺したクレハを討とうと戦闘を挑むが鈴とクレハのタッグにより撃破され、学園を一時離れることに。
鈴の追う双龍と少なからず関係がある。

ウェルク・ウェルキン 研究者
イギリスの中でも指折りのIS技術者兼、研究者。
二年前の双龍のBシステム稼働実験により死亡とされている。サラウェルキンとは兄妹の関係にある。壊れかけていたクレハに心を教えた人物。

大倭 ヒミコ 学園教師
【挿絵表示】

IS学園の体育兼、数学教師。性格は大雑把だが、彼女の出す数学問題は難解で有名。
クレハや雨、フォルテの所属するクラスの担当。
教師になる以前は軍事関連にいた。名前で呼ばれることを嫌う。

渚 湊 二年生
【挿絵表示】

ISサイレン・チェイサーの操縦者。一応日本の代表候補生だが、第三アリーナの地下から出てこない引きこもり。たまに食事のために出てくる。食事回数が少ない。

その他の人物。
ファース党
オルコッ党
【挿絵表示】

シャルロッ党
【挿絵表示】

・・・ラウラ党?
【挿絵表示】

は、原作とあまり違いがないため、割愛。

織斑一夏 一年生
【挿絵表示】

ハーレムする気配がないので空気気味の原作主人公。

以上。また展開によっては追加するかもです。

では本編どうぞ。




前回に引き続き今回。

俺は三年のお姉さま方に追われていた。

 

「待ちなさい柊!」

「だったらその手の棍棒を捨ててから言えッ」

 

現在位置、IS学園学生寮三階東棟。

俺、柊クレハは覗きの冤罪から逃れるために全力で逃げていた。

追跡者は全部で15人ほど。決して少ないとは言えない。

だが、こちらにも逃げ切る手が無ければ無謀な逃亡劇に身を投げたりはしない。

俺は利き目である右目で、意識して周囲を把握する。

後方から五人。得物はそれぞれ木製バット(棍棒)柄長モップ(槍、兼、薙刀)だ。

残りの十人は方々に散って俺の事を待ち伏せしてるんだろうが、その潜伏場所はバレバレだ。

まず、どうやら五人一組で行動しているらしく、背後にいる組の他に、玄関先に一組。屋上に一組と言った配置だ。

どうやらあらゆる意味で経験豊富な三年生は俺が寮から脱出すると踏んでいるらしい。

しかし、だ。

現在俺のIS瞬龍はコアから装甲を剥ぎ取って修理中なので展開は愚か、起動すらもできない状態にある。

つまりハイパーセンサーは使用不可の状態にあるわけだが、なぜ俺に相手の配置場所がわかるかというと。

あったのだ。俺にも。

 

―――――推奨 左折――――

 

視界の右端に瞬龍の表示するものと同じような文章が矢印と共に表示され、その矢印は次の曲がり角を左に曲がれと言っている。

 

超界の瞳(ヴォーダンオージェ)

 

人間の体に疑似ハイパーセンサーを埋め込んだ瞳の事を指して使う用語である。

昼間の件で晴れて俺の妹というポジについたラウラ・ボーデヴィッヒが同じ瞳を持っていて、高速戦闘下での判断や状況の分析力に大きなアドバンテージを生み出すちょっと危険だが便利な技術、だと俺は教えられた。

ラウラは拒絶反応からかオンオフが効かなくなってるらしいが、俺はそんなことはなく、覚醒した瞬間からその機能を十全に使いこなせているカンジだ。

今まで発動しなかった理由は分からんが、ラウラが不完全ながらもVTシステムを発動させたことが関係あるのかもな。共鳴とか。

俺は脱衣所の鏡で、自分の右目が銀色に輝いていることに気づき、直ぐ様逃亡に踏み切ったというワケだ。あのまま捕まってたら何されるか分かったもんじゃないしな。

 

左に曲がると開け放たれたままの開放窓があり、そこから飛び出せと眼は言っている。

ハイパーセンサーと違ってイチイチ命令してくるのがちょっと腹立つ。

窓のサッシに足をかけ、三階下のアスファルトを確認するとそのまま飛び降りる。

上から女子の叫び声が聞こえるぜ。

 

(――――無衝ッ!)

 

俺は着地する瞬間に全身の関節を使い、衝撃を和らげ、打ち消す。小学生とかが、高いとこから飛び降りるときに痛みを和らげるアレの高難易度版ってとこだな。前々から瞬龍にもお勧めはされていたが、今回初めて使ったぜ。マジで痛くないのな。

痛みが無いのなら直ぐに動き出せる。と言うわけで俺は年上の女性たちの怒りのこもった文句を聞き流しながら、自室に戻る算段を立てるのであった。

 

 

三階の自室を外から眺めて、どうしたもんかと頭を悩ませていると、部屋の窓が開けられているのに気がついた。

そして・・・・なんだか、甘酸っぱいような中華風の・・・とにかく旨そうな匂いが漂ってきている。

俺はまさかと思いつつ、寮のデザイン上の窪みに手をかけ足をかけ、よじ登っていく。なんで部屋に戻るのにこんな苦労しなくちゃいけないんだよ・・・。

やっとの思いでステンレスで出来た窓枠に手が届き、顔をエイヤッと出すと。

 

「お帰り。やっぱり覗き魔ってあんたのことだったワケねクレハ」

 

鈴が、ベッドに寝そべって俺を待っていた。

 

「違う。誰が悪いかで言えば、間違いなく一夏だ」

「なんでアイツが関係あるのよ?」

 

ここでちょろっとデュノアと混浴してたことをバラしてやろうかと思ったが、鈴はデュノアが女であるとは知らない。信憑性が無いので一蹴されるだろう。

 

「まぁいいや。それよりクレハ。まだ食べてないでしょ。あんたのぶんにはパイナップル入れたあげたから早く食べましょ」

 

見ると、鈴が指し示すテーブルの上には少し冷めたのか微かに湯気を立ち上らせる酢豚と白いご飯が盛り付けてあった。

 

「お前って、見た目に似合わず家庭的なとこあるよな」

「っ、かっ、家庭的!? そう!?」

「ああ、マジもマジ。大マジだ」

 

意外な言葉に驚いたのか、珍しく激しい動揺を鈴が見せたので、俺も少し大袈裟に褒めておく。

鈴は最近、積極的に料理をする。

しかも楽しそうなのだ。

前に一度どうしてそんなに楽しそうなのか聞いてみたが、

『あ、あんたは黙って食べてりゃ良いの! これは・・・・そう! 試食! あんたは試食役よ!』

・・・・・とのこと。

やっぱり一夏に作ってんのかな。

意を決してキスをした身としては中々複雑な気分だぜ。鈴は覚えてないだろうけど。

 

「ふ、ふーん・・・。家庭的、家庭的ねぇ・・・・」

 

鈴がそう呟きながらニヘラニヘラ笑うので俺は見ていられなくなって、手早く制服を脱いで部屋着に着替えると酢豚に箸をつける。

うーん、やっぱりうまい。パイナップルが入って肉の柔らかみが増してると思っていたのだが、以前と変わらない程よい柔らかさだ。鈴の酢豚にパインは関係ないらしい。

って。

 

「鈴。そんなに凝視されたんじゃ食いにくくて仕方ない。お前も食えよ」

「感想は?」

「?」

「感想は?」

 

ん? なんだ? 鈴が少し上機嫌だぞ。

家庭的発言がそんなに嬉しかったのか。

 

「ああ、上手いぞ。やっぱり中華は鈴に限るな」

 

俺がそう言うと鈴はまたニヘラ~っとニヤニヤし始める。

なんだこれ。いつもと違いすぎて調子狂うぞ。ツンはどこいった。

 

飯を食い終わると、風呂に入っていなかった鈴は風呂へいくと言い出したが、残念ながら大浴場は俺の件があってか、三年生が自主的に閉鎖。消毒が行われているという。酷い。

 

そう言うわけで今日は鈴が部屋のシャワーを使うことになったんだが、如何せん。部屋が狭くて音がよく聞こえてしまう。

テレビをつけてシャワーの音を掻き消そうとしてみたがバラエティー番組が思いの外面白くなく、直ぐに消してしまう。って、消したらダメだろ。

あー、なんだこれ。どうした俺。

鈴は既にBシステムのトリガーとしてコアを登録されている。突発的な発動は起こるはずが無いのに、なんでこんな緊張してるんだ。ただ珍しく鈴が部屋のシャワーを使ってるだけじゃないか。

そうだ。きっと疲れているんだ。思い起こせば俺は今日の夕方まで、戦闘のショックで四肢に力が入らない状態だったんだ。そこから復帰して直ぐに激しい逃亡劇だ。疲れがあるのは仕方ない。

学年別タッグマッチトーナメントは一回戦はすべてやるらしいが、どのみち俺は瞬龍が動かせる状態に無いので、出ることは出来ない。

休もう。泥のように。

 

俺は鈴に一言掛けてから布団に潜り込む。返事は聞こえなかったが、返ってくるまで声をかけ続けるのもめんどいので一度だけにする。

明日から二日で全ての試合を消化する予定だ。丸々二日、回復に当ててやろう。

そんなことを考えながら俺は眠りにつくのを待つ。

・・・・・・。

・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・お、シャワーの音が止まった。

にしても全然眠れないな俺。

シャワー室から出た鈴は、モゾモゾと、ぱ、パジャマを来ている・・・!?

衣擦れの音がやんだかと思うと、続いて、パチン。

スイッチを切る音がして部屋の灯りが消される。

スイッチを消したら鈴はそのまま、とこ、とこ、と危なっかしい足取りでベッドに向かっている。

どうやらこのまま眠るみたいだ。夜更かしする鈴にしては珍しい就寝時間だな。

俺もやっと眠気が来たところだ。このまま寝てしまおう。

おやすみ。鈴。

 

パチチッ!

 

うっ、なんだ!? 

顔面がなにか硬い糸の束のようなもので叩かれたと思ったら、続いて・・・・どっしーんと何か少し軽いくらいの質量を持った物体が俺の上に多い被さった。

なんだこの糸。えらい良い匂いがするんだが・・・。

まさかとは思うが、フォルテ・・・はないな。昼間ベッドの上から転げ落としたし。

じゃあ一体何なんだ。

俺はその束を何本か纏めて掴み、くいくいと引っ張ってやる。

半分寝てたから視界が戻るまで少しかかるかもしれんが、耳が。

 

「・・・・んにゅ・・・くふ・・・」

 

という声を腹の上の物体が身動ぎすると共に拾い上げた。

・・・・いや、実はもう大体予測ついてるんですがね。認めるのがちょっと怖かった訳ですよ。

さっき俺の顔を叩いたのは彼女の黒髪。腹の上に有るのは身体を丸めた彼女自身。

その彼女とは・・・。

 

「寝ぼけてんのかよ。鈴・・・・・」

 

上半身をおこし、闇になれた眼で顔を確認した俺は静かに嘆息した。

まぁ、それも仕方ないか。

ダメージレベルCの状態であそこまでの戦いを繰り広げたんだ。

表には出さなくとも鈴自身はかなりの疲労を感じていたのだろう。

シャワーが長くて、返事がなかったのも既にシャワーを浴びながら意識が朦朧としていたからに違いない。

丸で猫みたいに丸くなって眠る鈴の前髪を払ってやると、くすぐったそうに声を漏らす。

・・・・髪の毛引っ張って悪かったな。

俺は鈴を抱き抱えると隣のベッドに運ぶ。

あどけない表情で眠っている鈴は拍子抜けするほど軽く、そして可愛らしかった。

だからだろうか。いつもはドキドキするようなことが多い鈴相手でも、平然と触れることができる。抱えることができる。

まるで二年前のあの時に戻ったような感覚がして、俺は安心したのだ。

 

もうじき七月だ。暑いと思うので布団はかけず、タオルケットを掛けておいてやる。

共に双龍を追うパートナー。凰 鈴音。

俺は彼女と共にどこまで行けるのか。

考えがまとまらないまま、俺の思考は眠りの底へ沈んでいった。

 

 

七月初旬と言えば、どこの学校でも忌み嫌われるアレがある。

そう、期末試験だ。

一年生は試験が終わると臨海学校が控えており、全体的にウキウキとした雰囲気で試験が行われた。

しかし、IS学園の臨海学校とはただの外泊訓練じゃない。

ISの訓練をアリーナでなく海上という非限定空間で行うことを目的とした、レッキとした課外授業なのだ。

しかし、やはり去年まで女子高だったせいか、一日目は完全フリーとして自由時間が設けられている。

海に面した旅館に止まるので、泳ぐなり遊ぶなり好きにして良いのだ。

去年の俺は出発直前に女装がバレ、千冬さんの気遣いにより欠席が認められていたが、今思うと行けば良かったな。臨海学校。

ていうか、体育の着替えとかちゃんと別室でやって、あられもない姿は微塵も見ていないのにあそこまで滅多うちにしなくても良いだろ。水着姿のひとつや二つ、見ておかないと割りに合わない気がしてきたぞ。

 

そして、そんな後悔と共に期末試験が終わった三日後。

俺は久しぶり轡木用務員に呼び出しを受けていた。

 

「こうやって話すのは久しぶりですね柊くん」

「そう、なりますね・・・・」

 

放課後、西日が差し込む用務員室で俺たちは向かい合って座っていた。

だが、今回は二人だけじゃない。

 

「・・・・」

 

轡木用務員の背後には何もしゃべらないが、大倭先生が控えているのだ。

珍しい組み合わせもあったもんだと思ったが、呼び出された理由が分からないので先を促す。

 

「君を呼び出したのは他でも有りません。君がこの学園に居るためにこなしてもらう任務の話を持ってきたのです」

 

きた。来たぞ任務が。

四月の始めに警備の仕事をさせられて以来の仕事だ。

俺の存在は外部から秘匿されていて、それ故に学園で俺にさける予算もかなり少ない。不自然な金の動きはめざといやつにはすぐわかるからな。

だから俺は、自分の学費、そして生活費は自分で稼いでいる。学費だっていくら国立でもそれなりにかかるし、食堂だって定期的に食費を出して食っている。意外と苦学生なのだ俺は。

 

「今回の仕事はISを出来るだけ使わないで進めてほしい仕事です。出来れば、ただの一般人、まぁ場合にあわせて身分は偽装ということでお願いします」

 

ってことはどこかの組織に潜入でもするのか?

 

「それでは、これは極秘任務という訳ではないので簡単な内容をここで説明しておきます。受けるのであれば資料を送るので改めて確認しておいてくださいね」

 

と前置きした轡木用務員は、割りと気安い雰囲気で喋り出した。

しかし、やっぱりこの有無を言わせない一方的なしゃべり方。そこが見えなくてそら恐ろしいぞ。

 

「今回の仕事はあるIS実験の監視任務です。イスラエルとアメリカが共同開発している第三世代の噂は聞いたことがありますか?」

「はい、一応あります」

「よろしい。そう言うわけである組織から秘密裏にその実験を監視してほしいと依頼が来たのです。もちろん学園が出せる腕利きでという条件は有りましたが」

「待ってください。監視ってことは良いんですが、俺が出ても大丈夫なんですか?」

「はい、先方は経過報告だけ回してくれれば良いという事なので、調査する人物の顔は出さなくても良いといってくれました。学生の身分に潜入なんてやらせるんですから当然だと私は思いますがね。・・・・それで、どうですか? やるか、やらないか」

 

内容はIS実験の監視および報告といった簡単なもの。一年生でも出来そうだ。

だが、監視するのはISの実験。

過去に俺が経験した惨劇も実験中の事だったため、俺は少し奴等の情報が掴めるのではないかと考えた。

 

「はい、やります。二年柊クレハ。任務を受注します」

「よくいってくれました」

 

轡木用務員は朗らかに微笑んだが、その糸目には俺がうつっているのかすら定かではない。

 

「それでは大倭先生。後は頼みます」

「分かりました。轡木用務員。お任せください」

 

上司っぽく大倭先生に後を一任した轡木用務員は話は終わりだとばかりに新聞を広げる。

 

「ほら、柊くん出るよ」

「えっ、ちょっ大倭先生?」

 

足早に近づいてきた大倭先生は俺の腕をひっつかみ、用務員室からつれて出す。

 

「ふぅ、やっぱりあの人の前だと肩凝るなぁ・・・・柊くんもんでー」

「イヤですよそんなの。・・・・・で、仕事の場所は?」

 

話の流れから見て、目の前で肩をグルグル回す大倭先生が俺のサポーターに付くんだろうが、場所を伝えられなかったので聞いてみると。

 

「ん? ハワイ」

 

やったぞ俺。臨海学校よりグレード高いじゃないか。

 

なーんて喜べる展開があるはずがないことは、今の俺でも薄々予想は付いていたのだった・・・。

 

 




読んでいただき、ありがとうございました!

不明な点が有りましたら言ってください。


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蒼の空、そして瞳 1

こんばんは。書きたかったので続けて投稿します。


 

「・・というわけで、ハワイにいくことになった」

 

夜、俺は食堂で飯を食っていた一年生メンバーに取り合えずそう伝えた。

 

「「「「「「・・・・・・・・」」」」」」

 

全員が唖然とするなか、一夏が先んじて口を開いた。

 

「・・・・・左遷、ってやつですか?」

「違う。ていうか学生に左遷なんてあると思うなよ」

「でも先輩問題起こしますし・・・・」

「アレはお前がカンバン片すからだろ!?」

 

一夏のボケに応戦していると、意外なことに狐うどんをフォークで食ってるセシリアが。

 

「まぁ、クレハさんの力が学園側に認められつつあるってことですわね。喜ばしいコトですわ」

 

なんて言ってうどんをちゅるちゅる食い進める。

 

「えー、でもたしか記録でしか知らないけど、クレハって一夏に負けてるんだよね? 大丈夫なの?」

「デュノア、負けた言い訳はしないがちょっと黙ってような?」

「ふむ、兄さんの実力が認められたのは確かに喜ばしいことだが、一緒に海に行けないとなると少し寂しいものがあるな」

「ラウラ、どのみち先輩は二年生で臨海学校には行けないのだぞ」

「ん、それもそうだな・・・・。時に兄さん、軍のIS実験と言いましたか」

「ああ、日本のお偉いさんが監視にいってこいって言ってるらしい」

 

サラダをむしゃむしゃヒツジ見たいに食うデュノアに、ソバのかき揚げをサクサク食うラウラ。

箒と一夏だけはちゃんとした定食を食ってる。

 

「・・・・で、帰りはいつ頃になんのよ?」

 

ラーメンどんぶりを抱えた鈴がスープくさい息を吐きながら尋ねてくる。

 

「多分だが、お前らが臨海学校から帰るのと同じくらいだと思う。予定通りに進まないこともあるだろうから一日二日は違うかもしれんがな」

「ふーん・・」

 

そう言って再びどんぶりを傾ける鈴。

? 質問の意図がよくわからなかったな。

 

「あっ、もしかして鈴。クレハに水着見てもらいたかったとか~?」

「――――ブッ! えほえほえほっ! ちっ、違うわよシャルロット! 変なこと言うんじゃないわよ!」

 

顔を真っ赤にして咳き込む鈴。

そう言われると、つい、本当につい想像してしまう。

まず俺の脳内に登場したのはイメージ的に青い水着に身を包んだセシリア。

お嬢様然とした振る舞いとはうって変わって自己主張の激しい白い肢体がとても眩しい。アリだ。

続いて登場したのはイメージ的に白か控えめな赤い水着を着ている箒だ。

欧州人であるセシリアを凌ぐほどの弩級巨砲を備えた身体を恥ずかしそうに隠している姿が容易に想像できる。これもアリ。

そして三人目のラウラは・・・・・・・・・。

・・・・・あれ?どうしたんだろうか。スクール水着以外のイメージが湧いてこないぞ。まいいか。妹だし。

これ以上は倫理的によろしくないという判断のもと、一部マニア向けにアリ。ということにしておこう。

そして四人目のデュノア。

天真爛漫な笑顔の裏に隠れた少し小悪魔っぽい性格が、オレンジ色のビキニを際立たせている。ギャップ、というやつかな。まぁ、アリだ。

ていうかこのイメージ。なんか知らんが勝手に超界の瞳(ヴォーダン・オージェ)

 

――――イメージ画像でお送りしております―――

 

って本当に合成写真を写してるんだけど。ナノマシンかなんか知らんが無駄に高性能だな。

そして最後に鈴。

長いツインテールを潮風になびかせ佇むその身体は上から73、65――――

 

「あんた、すっごい失礼なこと考えてない?」

「え・・・・・あ、凄い残念だとは思ってる・・・・って何でもない!」

「? 残念? ・・・どういうことよそれ?」

 

しまった! 勘づかれたか!?

俺は急いで瞳をもとに戻し、すぐさま退散する。

 

「じゃっ、そう言うわけで行ってくる!」

『いってらっしゃーい』

 

五人ぶんの声を背中に浴びながら、俺は次の人物のもとへと向かった。

 

 

「やったね・・・クッちゃん! 久しぶりの大仕事・・だね」

「ああ、簡単な任務らしいけど、気は引き締めなくちゃだな」

「うん・・。クッちゃんは凄いんだから・・・怪我だけは、しないでね?」

「ああ、また怪我するとお前が五月蝿くなるだろうからな。気を付けるよ」

 

雨の部屋を訪ねると、もうすでに知っていたのか、雨が弁当抱えて待っていた。

飛行機の中で食べて、とのことだったがどうせ荷物チェックで没収されるのでここで食うことにした。

 

久しぶりに摂る雨の料理。

中華は鈴の分野だが、和食は雨だな。ていうか雨はオールジャンルをソコソコのクオリティーで作る。

セシリアに少し技術を分けてやってくれよ。サンドイッチスゴく不味かったんだからな。

食事も一段落着いたとき、俺は自分がイヤにリラックスしていることに気がついた。

 

「・・・やっぱり、雨といると落ち着くな」

「そ、そうかな・・・?」

「幼馴染みだし、やっぱり空気があってんのかな?」

「お、幼馴染み・・・・・」

 

そう呟き、神妙な顔をする雨。どうしたんだろうか。

そして俺は前々から考えていた事を提案する。

 

「あ、そうだ。俺夏休みに実家に帰ろうと思ってるんだけど、雨はどうするんだ?」

「――――――」

「・・・雨?」

 

どうしたんだろうか。一瞬で雨が固まった。

驚いた様子でこちらを見ているが、なにがそんなに驚くことなんだよ。

もう3年以上も親の顔を見てないんだぞ。そろそろ帰らないとダメだろ。

最後に会ったときに見た両親の顔を思い浮かべる。

・・・・・ヤバイな。もやーっとしか思い浮かばない。瞳で記憶検索を掛けてもエラーを吐き出しやがる。ほとんどの忘れてるってことか。

 

「で、お前はどうする雨?」

「――――――わたしは、帰らない」

「え? 意外だな。雨が実家に―――」

「だから、クッちゃんも帰らないで」

 

怒ったような、知られては不味いことを知られてしまった子供のような顔をした雨。

切れてしまいそうな緊張感のせいで、俺は声を出すことができない。

なんだよ、何に怒ってるんだよお前は。

すると雨は、ハッとして照れたようにパタパタと両手をふる。

 

「―――あ、えーっと、わたし・・・クッちゃんにIS操縦・・・教えてほしいなー・・んて・・・だめ?」

 

なんだよ。

思いの外可愛い理由に、俺はずるっと転けそうになった。マンガか。

 

「・・・ああ、わかった。約束するよ」

「うん、ありがとう・・・・」

 

指切りを交わした俺は、そのまま雨の部屋を後にした。

 

 

アメリカ合衆国ハワイ州、ホノルル。

現在地。ホノルル国際空港。

俺たちは日本をたってから、ここの空港に降り立っていた。

 

「んで、なんでいるんだ湊」

「別に、ただ私もサポート要因として呼ばれたので来ただけです」

 

俺は横にいる蒼髪の少女を見て言う。

飛行機の中では見なかったのに、なんで今合流したんだよ。驚かせるな。

 

「いやー、ごめんね柊くん。伝え忘れてた」

 

あんたもう教員やめて兵士やってりゃ良いのに・・・・。

 

天候はカラッとした晴天。やはり南国だ。

海に面した空港なので強烈な潮風が鼻に突き刺さるような感覚を覚えさせられる。

 

実験を行うと言うアメリカ軍基地は、このホノルル国際空港と滑走路を共用しているヒッカム空軍基地で、三日後の実験日は一般人を立ち入り禁止にするらしい。

つまり、一般人に紛れ込んでも任務の遂行は不可能と言うわけだ。

そこで大倭先生が考え出した方法はこれ。

 

Hey! Are you students in our school?(おい! お前らも学校の生徒か!?)

 

英語で黒く焼けた大男がこちらに向かって叫んでいる。

見れば、その男の回りは俺たちと歳がそう変わりなさそうな男女の集団で溢れかえっていた。

そう、学校。

 

大倭先生は学校のインストラクターとして、俺たちは一般訓練生として、アメリカ軍のキャンプに潜入するのだ。

 

これなら軍の施設を彷徨いても多少は気付かれないだろうし、基礎体力の増強にも繋がる。

さらに言えば、今年は偶然、狙撃のプロがホノルルにいてキャンプの教官として候補生の訓練を監督するそうなのだ。

俺にとっちゃどうでもいいし、むしろ反対したいくらいなんだが、湊がプロの狙撃主と聞いて興味を持ったらしく、頑としてこの方法を採用しようと言ってくる。それに俺は負けたと言うわけだ。

 

俺たちは更に怒られないように駆け足で男のもとに向かう。

 

「ん? アジア人か。珍しいな。名前は」

 

よし、瞳が英語を字幕翻訳してくれてるぞ。

しかも喋ろうと頭に浮かべた文章を自動で翻訳してくれているので、しゃべるぶんにも問題はなさそうだ。

 

「柊 クレハだ」

「・・・渚 ミナト」

「・・・よし、全員揃ったみたいだな。全員荷物を持て! 宿舎に移動する!」

『イェッサー!』

 

あ、やっぱりこれなのか返事。

 

宿舎は空港に隣接された施設の中にあって、丁度軍の格納庫とは滑走路を挟んだ反対側にあった。

五人組の部屋わけと仮のチームを編成されるとすぐに訓練服に着替えろという指示があの男から出された。

 

「・・・・・どうしたの」

 

偶然同じチームになったミナトも迷彩柄の訓練服に身を包んで駆け足移動している。

 

「いや、仕事とはいえ、運動してるミナトを初めてみるなーって思っただけだ」

「私だって運動くらいする」

 

何故かヘソを曲げたミナトと共に芝生の敷いてある運動場に移動し、整列する。

暑い。瞳の情報によると今日は35℃を越している暑さのようだ。大丈夫なのかこの暑さ。

と、俺が危惧していると三人の教官の登場だ。

勿論一人は大倭先生だが、もう一人、あの人が狙撃のプロって奴だろうか。

階級章から見て、あの大男の教官が伍長。大倭先生は仕方ないとして、あの男には階級しょうがないぞ? どういうことだ。

 

「それではお前たちにキャンプ中に使われる識別番号を与える! 耳をかっぽじってよーく聞けッ!」

『イェッサー!』

 

口悪いな伍長教官殿。

左から順に番号が言い渡されて行き、各々復唱して次にうつる。

・・・きた、俺の番だ。

 

「柊クレハ、908。いいな」

「柊クレハ! 908番!」

「よし、次ッ」

 

ふぅ・・・。こぇーあの教官。デカイからなおさら迫力があるぜ。

それにしても偶然って面白いな。

908(クレハ)、ね。

 

「おい、ちょっといいか。おい」

 

俺の番が終わったとホットしていると、隣の白人が声をかけてきた。うおっ、すげぇ筋肉質だぞ。

 

「なんだよ。暑くてイライラしてんだ。ちょっと黙ってろよ」

「おいおいなんだよその凝り固まったような英語は。発音がなっちゃいないな。日本人か?」

 

どうやら隣人は大雑把な性格らしい。

 

「そうだ。よくわかったな。外国人は俺たちの顔なんか見分けがつかないもんだと思ってたぜ」

「言ってくれるじゃないか」

「そこっ、喋るんじゃないッ!」

 

あ、大倭先生が形だけでキレた。

取り合えずピシッとしておく俺たちだったが、しばらくするとまたもや向こうが口を開いた。

 

「俺はボブ。ボブ・アンダーソンだ。似合わない名前だろ?」

「ああ、ボブっていうのはもっとゴリゴリした顔のやつが名乗るもんだと思うぜ」

「ハハハッ! そう思うだろ? だから呼ぶならサムって呼んでくれよ。母さんと神父様にゃ悪いが好きなんだよサムが」

「了解した。サム。クレハだ。宜しくな」

 

教官に見られないように握手を交わす。

まさかこんなところで外人の知り合いができるなんて思わなかったぞ。

それからしばらく待機していると、何処からともなく一組の男女が現れた。

 

「だからアイスはだめだといっているだろう。これから仕事なんだ。お前も教官なんだからしゃんとしてろ」

「うー、でもでも、あそこのアイス屋さんの限定フレーバー今日までなのよさ!」

「だったら連れてきたあのメイドにでも頼めばいいだろ。ていうか、体調管理はしてるんだろうな。増量してたら朝のランニング量を増やすぞ」

「うぇぇぇぇん、お兄ちゃんのバカぁぁぁ!」

 

っておい、あれ日本語だぞ。

よく見れば男の方は三十代半ば。女の方は二十歳位に見えるぞ。

 

「む、なんだ貴様ら。ここは立ち入り禁止だぞ出て行けッ!」

 

二人を発見した教官が大声をあげた。

大倭先生が「9029・・・・まさかあんなやつらがいるなんて・・・!」なんて驚愕してる。

 

「せっかく来てやったのに出ていけとはご挨拶だな伍長。引退した身なのに無理して来てやったんだぞ? 両手を上げて歓迎するのが普通じゃないのか?」

「ええいだまれッ! おいコイツらを摘まみ出せ!」

「むー、お兄ちゃんコイツちょっとウルサイのよ?」

 

二十歳くらいの女が少女のように耳を塞ぐ。

整列している全員が固唾を飲んで事の行方を見守っていた。

 

「なっ、わ、私はあの白騎士相手に勇敢に戦った戦闘機パイロットだぞ! それをうるさいとは何事か! 日本人風情がふざけるなッ!」

 

手が、出た。

教官は左足を踏み込み、十分二人を殺傷圏内に入れると、そのまま右手を突きだし、男の顔に拳を放つ。

 

「――――――マキナ。やってみろ」

「お任せなのよさ!」

 

しかし、拳が届く一瞬前、素早い体裁きで男の前に出た女が拳を弾き、逆に右の掌底を教官の胸にはなった。

パンッっと小気味よい音が響き、教官がフラフラと後ずさる。

 

「うぐっ・・・うっ、なん・・・なんだお前らは・・・!?」

「よし、まだ喋れる元気のある彼に一つ技術を教えてやれ。相手との距離を詰める基本的な武術だ」

「いくぞオラー!」

 

その時、掌底を繰り出した姿勢のまま、女が姿勢を低くすると、一瞬で教官の懐に潜り込んだ。

どうしたんだ教官。アンタなら反応できない速度じゃ無かっただろ?

 

「なっ、いつの間に・・!?」

 

それが、教官の放った言葉だった。

女はそのまま教官の袖と腰のベルトを掴むと、くるんっ。

キレイな弧をえがいて教官を一回転させてしまった。

 

「縮地だ・・・!」

「? なんだクレハ。縮地ってのは?」

 

同じように今の現象を不思議に思ったらしいサムが尋ねてくる。

 

「縮地ってのは日本の武道の技術で、一瞬で距離を縮められたような錯覚を相手に与えることからその名がついたんだ。たしかアメフトの走法にも同じようなのがあったと思うぜ」

「はー、縮地、縮地ねぇ・・。ようは一瞬でトップスピードで走って教官をのしたってことか? すげぇなあのちび」

 

「誰がちびじゃーーーーッ!」

 

マキナと呼ばれた女が叫んだ。

 

「おいサム。ちっとは声を抑えてくれよ。俺まで怒鳴られる」

「心配せずともさっきからこそこそやっているのは聞こえてるぞボウズ」

 

うっ、バレてる。ヤバい。

男は俺たちの前に立つと女共々胸を張った。

 

「このとおり、諸君らの教官は訓練中の事故に見舞われたので、この俺が諸君らの指導を引き継ぐ! 心して着いてこい! 返事はどうしたァ!」

『サー! イェッサー!』

 

―――――ソノ オトコ ガ レイノプロ ダ―――

―――――マジ デスカ―――――

 

「フム、和文モールス。それも随分と内輪の特性があるものだな。あそこのインストラクターはお前のなんだ?」

 

うおっ! すげぇな。この人。IS学園の二年で習う暗信を一発で見抜きやがった。

 

――――アヤシマレルナ、ヤリスゴセ――――

 

「いえ、彼女とはただの旧知の仲なだけであります! 同じようなミリタリー好きなため、オリジナルを作っていました!」

「・・・・・ふん、オリジナルの信号か。まぁ珍しいものでもないな。悪かったな変に勘ぐってしまって」

「いえ、問題ありません」

 

男が振り返った瞬間、瞳が妙なデータを出してきた。

 

――――右腕、肩口から全てに金属反応。義手の可能性。

 

腕がないってことか? 何者なんだよあの二人。

 

「よし、それでは今日のメニューを発表する! 嬉しいとは思うが騒ぐなよ。騒いだら倍の量を足してやる!」

 

ゲェッ、きっと鬼軍曹だぞアイツ。

見れば隣のサムも苦虫を噛み潰したような顔をしている。

そして、その新教官は。

 

「寝ろ!」

 

そう、叫んだ。

 

『・・・・・はい?』

 

「はいじゃない。すぐに実行に移せ。寝る場所は自由だ。木陰でも宿舎でもどこにでも行け。三日間しかないキャンプの一日目だが全部休養に充てる。日頃の訓練で疲れた身体を確りと休めろ以上だッ!」

 

・・・・・な、なんつー教官だ。

みろよみんなの顔。なんかもうカトゥーンアニメ見たいな驚きかたしてるぞ。って、大倭先生、あんたもか。

 

言われたからには仕方ない。

各々寝床を探して動き出すものもいれば、やってやんねーとぼやきつつトレーニングに向かう者もいる。

 

「どうするよミナト。この時間使って下見にでも行くか?」

「そうですね、ではさっさと抜け出して行きましょう」

 

そして二人してこそこそ逃げ出そうとしたときだ。

 

「おい、お前たちはこっちだ」

「逆らわない方がいいのよさ。腕が惜しくねーってんなら何処となりと逃げるがいいのよさ」

 

ま お う が あ ら わ れ た。

 




いつも読んでくださってありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。


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蒼い海、そして瞳 2

こんばっぱー。
鼻水だらだらでこれ書いてます。死にます。ヤバイです。

前回ぶんと今回ぶんに登場する例の二人はフィクションであり、現実の人物、二次元の人物または組織には一切関係ありません


「あんたたちが、俺たちのサポートチーム・・・?」

 

例の二人に連れられて、俺とミナトは宿舎裏の木陰に移動していた。

海風が吹くそこは普段から密談に使われているようで、話が立ち聞きしにくいように木々や岩が配置されていた。

 

「そうだ。俺は日本国安全保障局の指示を受けた市ヶ谷にある事務所から指示を受けてここにいる。ただ、チームっていっても俺はマキナの監督係だがな」

 

教官(そう呼べと命令された)はその辺の石に腰かけて言う。

因みに荒事に対処する係のマキナ副教官殿は「飽きた」の一言と共にアイス屋へと駆けていってしまった。

 

「市ヶ谷、って言ったな教官。ってことは赤坂や霞が関ともパイプがあるはずだ。自衛隊関係者か」

「察しが良いな柊訓練兵。だがハズレだ。俺とマキナの所属はもっと機密性の高い組織なんでな、洗いざらい説明してやるわけにもいかないんだ。だけど、お前のことは知ってるぞIS学園二年、柊クレハ。同じく二年、渚湊」

「・・・・・・・」

 

フルネームで呼ばれたミナトが教官を警戒する。

その反応、同意するぜミナト。

俺のことすら知っているってことは国連のIS委員会との繋がりがない訳じゃなさそうだ。

委員会は双龍のことをリークしてるだろうし、安全保障局もワザワザ軍人っぽいのを送り込んでくるってことは何時後ろから撃たれてもおかしくない。気をつけて話を進める必要があるな。

 

「ってことでな、俺たちの受けた指令は2つ」

 

教官は俺たちの反応をひとしきり楽しむような表情を見せると、指を二本立てた。

 

「一つ、監視任務にあたる作戦要員を基地内で動き回れるように取り計らうこと。これについてはもう手を打ってある。こことはちょっとしたコネがあってな。お前たち二人は士官のメシをかっぱらったってことにして他の訓練兵とは別行動を取らせることにしてある。好きに探ってもいいが、あまり目立ったことはするなよ。そして二つ目、件の軍用ISの破壊だ」

 

教官は本題に入ったように語気を強めた。

 

「日本のお偉いさんは今回の実験をかなり重視しているようだ。アメリカには存在の明かされない特殊部隊ネームレスの噂も有るしな。不安ごとは潰しておきたいらしい。お前たちがISのスペックを測り終えたら事故を装って破壊するように俺は指令を受けた」

「壊す? どうやってだ?」

「もちろん手段はある。こいつだ」

 

そう言って取り出したのは小さな世代遅れの大容量記憶媒体(USB)だった。

 

「なんだそれ? なんのデータだ?」

 

気になって聞くと、サイレンチェイサーの解析用アプリを走らせたのかミナトが答えた。

 

「・・・ISを自己崩壊に追い込む特殊プログラムです。かなり完成度が高いですね、どこの製作ですか」

「それは俺にも分からないんだ。上は禁則事項だといって教えはしなかった。JBも―――って元上司も知らないと言いやがった。上層部のくせに使えんもっさりだ」

「どうでもいいことは良いので、要するにそれをISに打ち込むと勝手に壊れるって認識で良いようですね」

 

ミナトが強引に話を締めると、ミナトは俺を見上げて言った。

 

「それではクレハさん。例のISを見に行ってみますか」

 

 

例のIS、正式名称「銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)」があるのはこの基地の第一格納庫らしく、俺たちは教官と共にそこに向かっていた。

格納庫内に入ると、慌ただしく白衣を着た研究者とおぼしき一団が回りを走り回っている。

勝手に入ってきた俺たちを咎めようとした軍人は、教官の姿を見ると急に態度を変え、敬礼し去っていってしまった。なにもんなんだよアンタ。

 

「・・・・あれが福音ですか」

 

ミナトの声に釣られて前を見ると、固定器具に支えられて、純白のISが一機だけ佇んでいた。

遠目だからまだ詳細には分からんが、どうやら全身装甲っぽいな。頭部の両側から足元にまで固定ユニットが設置されており、パッと見は第二世代相当だが、データ上は歴とした第三世代型。

超界の瞳によれば広域殲滅戦に特化した特殊射撃型で、機動力も予想スペックでは白式や、通常状態の瞬龍を余裕で上回っている。Bシステムの最大出力は知らんが、もし戦闘になんかになったら骨がおれそうなモンスター級兵器だぞこれ。

 

福音のそばまでいくと、どうやらGPSからマキナの反応が消えたらしく教官は大慌てで格納庫を出ていってしまった。

え、どうすんのこれから・・・?

 

「―――あなたたち、何? 見学の子達、って訳じゃないわよね?」

 

やべっ、目ェ付けられた!?

そう焦って声のした方にバッと振り向くと、そこには一人の女性。

ネームプレートから確認すると、彼女の名前はナターシャ・ファイルス。金髪碧眼とまさに外人女性といった風体の人だ。

まぁ、今の日本では黒髪黒眼の方が珍しいって言えますけどね。時代が進んで外国の血が混ざった日本人が増えて様々な色を持つ人が増えてきたのだ。

まぁ、それはどうでもいいとして、問題はこれからのこと。教官のいない今、どうやってごまかせばいいんだ・・・?

 

「訓練兵さん? アジア人とは珍しいわね。この子が気になった?」

 

彼女は福音のそばにいくと、その装甲をペタッと撫でる。

 

「えっと、もしかして操縦者か?」

「そうよ。名前はナターシャ。友人はナーシャって呼ぶコもいるけど、どうする?」

「じゃ、ナターシャさん。さっきISをこの子、って呼んだけど、なにか思い入れがあるのか?」

「ええ、その通りよ。この子は私の大切な友人なの。命だって助けて貰ったんだから」

 

そう言うナターシャさんの表情は過去を懐かしむような表情だ。

するとその時、格納庫内がにわかに慌ただしく成ってきた。

どうやら米軍の輸送機がこの格納庫に一時的に格納されるようだ。

 

「騒がしくなってきたわね・・・」

 

ナターシャさんは唇を尖らせると、改めて俺たちを見てニヤッと笑った。

 

「と・こ・ろ・で、あなたたち二人から微弱なIS反応が有るんだけど、どういう理由?」

 

腰に手を当てて聞いてきたナターシャさんの顔には、可視設定されたホログラムウィンドウが表示されていた。

 

 

ところ変わって基地内部のカフェテリア。

昼時と言うことがあっても、俺は半ば連行される形で席につかされた。

ミナトはというと、

 

「はぁ~っカワイイーっ! 何この子!? 何しても無表情なくせに確りと顔赤くなってるわよ。美少女って得よね~!」

 

いや、貴女も美人だから。なんて言えるはずもなく、目の前で頬擦りされるミナトを眺めながらコーヒーを飲む。

スリスリスリーっと頬が擦りきれるんじゃないかってスピードで柔肌を堪能するナターシャさんは凄く楽しそうだ。

なんかもう、俺たちのことなんかどうでもよくなったんじゃね?

 

「それにしても男性操縦者がもう一人居たとはねー。お姉さんビックリ。あ、ミナトちゃん、あーん」

「私は子供ですか(モグモグ)」

「食ってるくせに何いってんだお前」

 

見事に餌付けされたミナトをしれーっと見る。

ミナトって食事回数は少ないけど、結構食うよな。前にもかなり奢らされた記憶がある。

 

「で、あの子の調査だっけ? 日本政府もそんなまどろっこしいことするんじゃなくてちゃんと申請してくれれば公表したのに。こーんなカワイイコに潜入調査だなんて許せないわね!」

 

俺は目的を聞かれた際に、全てをナターシャさんに話している。だってIS持ってること知られたらもう隠せないだろ。

だが、なぜか教官の二つ目の指令は知らせることは出来なかった。

 

「それじゃあ教えてくれるんですか? 福音について」

「流石に無許可で教えるってのは私でもできない相談ね。あ、だからって盗み出すなんて止めてよ? バレたら国際問題発展になっちゃう」

 

それじゃあどうしろって言うんだよ。

こちとらバレないように潜入したのに、初日で操縦者本人にバレるとかあり得んだろ。福音に探知能力が有ることぐらい調べとけや。

 

「だから、直接教えることは出来ないけど、間接的には教えてあげる」

「間接的に? どういうことだよ」

「察しが悪いわねクレハくん。ISの能力を測るには実戦で戦ってみるのが一番よ。だから―――」

「―――実際に戦って稼働データを持っていけってことですか?」

correct!(正解)

 

ナターシャさんの提案はこうだ。

稼働実験本番は明後日ということになってるが、ナターシャさんは個人的に明日の夜に福音に乗り込むつもりらしく、そこで訓練ということで俺たちの相手をしてくれるらしい。

もちろん相手はミナトじゃなく俺。女の子を殴るのは趣味じゃないらしい。

って、なにが女の子を殴るのは趣味じゃないだよ。

ナターシャ・ファイルスっていったら第二回モンドグロッソ、キャノンボールファスト部門の優勝者じゃねーか。ヴァルキュリアだぞ。

 

「それじゃあ、明日の夜に。バイバイ」

 

ナターシャさんは手を降りながら、真上から陽が差す外に出ていった。

 

 

その後、訓練場に戻ってみると、サムが暑苦しく筋トレをしていて、誘われたが「休めって言われたんだ。日本人は働き者だが俺は違う」といって断り、興味のあったホノルルの街へと繰り出してみた。

 

当然だが、俺にはホノルルの知識なんか無く、人間ナビゲーションのミナトは宿舎に戻ってしまったので必然的に瞳に頼る事となる。

空港を出て、北西に進むと観光客の溢れる街が見えてきて、俺は舗装された道を歩く足を早めた。

カンカン照りの中町に入ると、観光客向けの土産物店がたくさんある町並みだなと思った。

何となく観察するように歩いていると迷彩服で彷徨く人間が珍しいのかチラチラこちらを見てくる人がいる。

しまった。着替えてくるべきだったかな?

だが、考えても既に後の祭り。ここからワザワザ着替えに戻るとかあり得ん。暑いし。

取り敢えず近くにあった屋台でタピオカの入ったマンゴージュースを購入し、粒々した食感を味わっているとバカみたいにデカイアイスを食ってるヤツを見つけてしまった。

 

「マキナ副教官殿、服に垂れていますよ」

「う?うぉぉっ! 私の一張羅がァ! 貴様っなぜ早く言わない!」

「いや、いう前に気づけよ自分で」

「上官に向かってその態度はなんだァ!」

 

やば、ノリで絡んでみたけど暑くてキツいなこの会話。

 

「あー、やっぱり絡むべきじゃ無かったな。悪い忘れてくれ」

「うきぃぃぃ! そのしゃべり方昔のお兄ちゃんを彷彿とさせてスゴいうざいのよさ!」

 

なんか知らんがキレられた。アイスを持ったままブンブンするマキナにどう対応しようか迷って、ストローをガジガジやっていると不意にカップを持つ手の手首を掴まれる。

一体なんだとイラつきながらそっちを見やると、目に飛び込んできたのは赤茶色の長いストレートに白い肌。

 

 

「ちょっと貴方。女性にたいしてその言葉遣いは省みる必要が有るんじゃないかしら?」

 

 

この高圧的な口調に声。それにこの手首を掴んでいる手にも見覚えがある。

間違いないな。

どうやら迷彩服を着ている人間がIS学園関係者な訳がないと思っていたらしいが、その先入観は捨てるべきだぜ―――――――――サラ。

 

「よう、久しぶりだな。サラ・ウェルキン」

「―――え」

 

そこにいたのは5月に学園で俺を殺そうとした、同級生サラ・ウェルキン本人だった。

 

 




やったねサラちゃん!再登場!
実はサラちゃん気に入ってるキャラなんです。

読んでくださりありがとうございました!


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変化のサラ

お久しぶりです。インフィニットストラトス~オーバーリミット~投稿します。

本編どうぞ!


サラ・ウェルキン。

IS学園二年生。

双龍の関係者で五月に俺と鈴を葬ろうとした張本人。

それが今、ホノルルで俺の右手首を掴んでいる。

 

「柊・・・・クレハっ?」

 

呆然と呟くサラに俺はただ「おう」とだけ返すと、サラは弾かれるように俺から距離をとった。

 

「ん? なんだよオマエラ? 知り合い?」

 

アイスをペチャピチャしながらマキナが聞いてくるが取り敢えずスルーして、サラと向き合う。

 

「意外だったな。どこにいるかと思えばリゾートでバカンスか。てっきり龍砲の衝撃で野垂れ死んでるかと思ってたぜ」

「そっちこそ、そんな服着て何をしていると言うのよ? 米軍のキャンプにでも参加しているの?私相手に二人で掛かってくるような腰抜けにしては殊勝な心掛けね」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

「「ああんッ!?」」

 

二人同時にガンを飛ばし合うと、即座に状況は肉弾戦に移る。

サラは右足を引きその場で半身になると、俺を誘うように左の人差し指をクイクイと揺らす。

舐めやがって。

その誘いに乗るべく、俺は街中にも関わらずサラに飛びかかる。

てっきりISが出てくるかと思ったが流石にここでは憚られたらしい。

突き出されていたサラの左手を取ると、動きを封じるために極めようとサラの腋の方にねじり込む。

だがサラはそれを右手でパンッと払うと俺が次の動きに出る前に、どこからか銀色のバタフライナイフを展開。それで俺の首に突きを放ってきた。

コイツッ! 頸動脈をカッ切る気かよ!?

だが武器が出りゃこっちも出すぞ。

喉元に迫る白刃を抜銃した愛銃(ワルサー)のスライドで受けると、そのままずらして刃をトリガーガードの中に固定する。そして、銃自体を捻ってサラの手からナイフを奪ってしまう。

武器を奪われたサラは銃を警戒してか距離は取ろうとせずに、そのままキレのあるワンツーを放ってきた。

 

・・・・・・迷彩服の男にサマードレスを着た美少女がボクシングやってるとか、夢のような光景だな。

 

しかし、変だ。

さっきから受けているサラの拳。

ナイフを簡単に手放した時には気のせいかと思ったが、どうやらそうじゃないらしい。

異様に、弱い(・ ・)

軽いのだ。サラの攻撃が。

学園を出てからスタイルが変わってスピード重視に成ったのかと言えばそうでもなく、俊敏さには特に変化は見られない。

なにより、Bシステム未発動状態の俺でも対処できてしまう攻撃だ。

いくら男女の体格に差が有ろうとも、日頃から軍人並みの訓練を積んでいる学園生の攻撃は、ただの俺ではいなせない。

それほど、学園の女子は強いのだ。本来は。

しかし、サラは確実に弱くなっている。その理由がわからない。

・・・・・ついでにもうひとつ気づいたことが有るんだが・・・・・。

俺は、頭ひとつ分小さいサラのジャンピング頭突きを受け止めながら聞いてみることにした。

 

「なぁサラ。お前の胸、そんな小さかったっけ?」

「――――――――」

 

そう聞いたとたんに、サラの動きが止まった。

俺の方に向ける視線は焦点があっておらず、ゆらゆらと泳いでいる。

あー、聞かなかったほうがよかった話題かなこれ。

純粋に女性のバストがこんな短時間で縮小するなんて聞いたことが無かったから聞いてみただけなんだが、様子から察するに、これはサラのぶちギレパターン。

俺を男子だと知ったあの時の全力モードだぞ!

 

「ふ、ふふ。そこに、気がついてしまったのね・・・・?」

 

な、なんだ!? サラの声がいつも以上に冷たい! 普段をマイナス20度くらいだとすると、今の声は一気に下がってマイナス273度―――絶対零度級だッ!

 

「私の中では幾らか整理が突きかけていたけど、やっぱり無理な話よね。いくらあの人が戻ってきたからって貴方が兄を傷付けた事実は変わり無い・・・。 殺すわ」

「ちょっ、待て! 今なんていった!?」

「殺すわ」

「そうじゃねぇ!」

 

俺が空を仰いで突っ込んでいる間にサラは攻撃体勢を整えると猛然と拳打を浴びせてきた。

は、速い! 

さっきよりも上がったスピードもさることながら、なにより正確だ。

正確に人体の急所という急所を突いてくる。

顎、鳩尾、喉仏、後頭部への回し蹴り・・・。果ては股間にまで蹴りを放ってくる。

鬼気迫る猛攻に、俺が怯みながら後退していると、不意に貰った右胸への一撃のせいで大きくバランスを崩し、よろけてしまう。

 

ドンッ

 

ん? なんかにぶつかったみたいだな。

何かがぶつかったと思われる背中に手を回すと・・・なんだこれ。冷たくてべちょっとしてる。

すると隣で俺たちのケンカを傍観していたマキナが青ざめているのに気づき、後ろを見やると・・・・・・・・ぶふっ、なんだよ教官その頭! マンガみたいにアイスなんか載っけてどうしたんだよ・・・・・・・・・・アイス?

 

俺は先ほど触れたべちょっとした冷たいものに舌を伸ばしてみる。

・・・・甘い。

あ、やっべー・・・。

 

「なぁ? 柊訓練兵」  

「は、ハイッ! なんでありましょうか教官殿!」

「俺は休めといったが、観光客で溢れ返る街中で喧嘩しろとは言ってないぞ・・・・? どういうことだ」

「は、ハイッ! これは全てあの女が―――ーって」

 

居ねぇし! 状況を見て逃げやがったなアイツ!

 

「女が、どうしたんだよ? 柊訓練兵」

 

ポンと叩かれる肩。背後には正しく鬼の形相の教官が立っていた。

 

 

クソ提督ならぬクソ教官の三時間耐久スパーリング地獄から生還した俺は、宿舎での夕食時間が過ぎていたため、ナターシャさんやミナトと来た基地内部のカフェテリアで自腹の夕食をとっていた。基地の内部っていっても空港と共用だから結構人がいて、明るい雰囲気だ。

にしても、外国のハンバーガーがでかいってのはホントだったんだな。俺の顔の半分くらいは高さがあるぞ。

そんな日本とは違う海外の常識を再確認したと言うこともあって気持ちのよい満腹感を味わっていると。

 

「・・・・・相席、良いかしら」

「ああ、どうぞ―――――ってオイッ!」

 

危うくスルーしかけたが、目の前に座った茶髪、サラじゃねーか!

 

「何かしら? 食事中は静かにしてほしいものね。女性の胸を注視している変態柊さん?」

「してない。あとその呼び方止めろ」

 

サラは俺の頼みを華麗にスルーし、カウンターから取ってきたマルゲリータピザを口に運んだ。

いくつものチーズの混ざった濃厚な薫りが鼻を擽る。

 

「・・・・旨そうだな。それ」

「貴方さっきバカみたいに大きいハンバーガーを食べてなかったかしら? ウェイトコントロールは操縦者の基本よ」

「そんな常識、俺には通用せん。昼間の迷惑料だ。ひと切れくれよ」

 

図々しいとは分かっていたが、ノリとは言え、一度言い出したからには途中で「やっぱいいや」と言うのも恥ずかしく、俺はサラに皿を突き出す。駄洒落だとか思わない。

するとサラは、にやっと笑みを浮かべると―――――なんと先ほど口を付けた食いかけをポイと載っけてきやがった。

 

「・・・・おい、これじゃ食べられないだろ。口つけてないのにしてくれよ」

「あら? それがお願いする者の口の利き方なのかしら? タバスコが大量に欲しいならいつでも言ってちょうだい?」

 

くっ、こいつ。

俺を逆に困らせて弄ってやろうと言う魂胆が丸見えだ。食べる手止めてまで俺をニヤニヤ眺めてやがる。

俺が精神的に不安定になるとBシステムが発動すると言うのを知っているからこんなことをしているんだろう。

もし俺がこのまま口をつければめでたく間接キスが成立。サラはどう思うか知らんが、俺の方はBシステムが発動し、妙にチャラい俺が出てくること受け合いだ。それだけは絶対に阻止せにゃならん。

・・・・・。間接キス、キスねぇ・・・・。

 

サラの歯形がついたピザを眺めながら思い出すのは今年の5月。

俺はクラス代表対抗戦の日、サラの攻撃で負傷した鈴を助けるために瞬龍の生体再生機能を使用した。

その際に、してしまっているのだ鈴と。キスを。

 

ドクン

 

鈴は気絶してたから覚えてないと思うが、鈴の冷たく、小さな唇でも俺の心臓に火を点けるには十分な魅力を備えていた。

 

ドクンッ

 

覚えてないならいい。むしろ好都合だ。アイツは一夏を追っ掛けて日本に来たとも言ってたし、それなら俺も――――って、あれ?

 

―――心拍の急激な変化を感知。特定の脳内神経伝達物質の生成を確認。Bシステム、起動します。

 

気づくと、俺は変わっていた。

 

「・・・・ど、どうしたのよ? 食べたかったのよね? 食べればいいんじゃないのかしら?」

 

ハッ、と現実に引き戻され、長考に耽っていた俺をサラが覗き込んでいる。

俺は逆にサラをイジメてやろうと思って、内心ほくそ笑んだ。

 

「――――じゃあサラ。本当に食べていいんだな?これを?」

「え、ええそうよ。食べたいならそれをあげるわ」

 

流石に過去の出来事の記憶で俺がBシステムを発動させていると言う発想はないのか、先ほどと変わらない様子でニマニマしているサラに、お仕置きの意味も籠めて不意に囁いてやる。

 

「間接キス、意識しないのか?」

「ッ・・・って、きゃぁっ!?」

 

身を乗り出して接近した俺から距離をとろうとサラは上半身を退いたが、椅子に座っているのだから後ろに下がれるわけもなく、ひっくり返るサラ。その際スカートがヒラリと捲れていたが、そこは武士の情けだ。見ないでおいてやるよ。武士じゃないけど。

 

「あ、貴方、一体どうやって・・・?」

「そんなことどうでもいいだろ。今はこのピザについてだ」

 

サラの肩がピクッと跳ねる。

 

「サラがくれたこのピザ、旨そうだけどサラが食べてたものだから俺でも意識させられてるんだぞ? もちろんホントに食っていいなら俺は遠慮せずに頂くぜ?」

「・・・・・・・・・・(ぷるぷる)」

「ひょっとしたらサラはホントに気にしてないかも知れないと思ったら、断るのも嫌だしな。男らしく堂々と食ってやろうと思ったけど、今のサラを見る限りそんなことは無いよな?」

「ッ!・・・・・ッ!」

 

自分から言い出したことなのはサラも同じだ。俺に食べ差しのピザを差し出し、俺はそれを使ってサラを逆にイジリ返そうとしている。先に折れた方の負け。

だが今の俺は些細なことなら力業で押しきってしまうB―俺。恥ずかしさなんて微塵も感じないね。

サラは自分のしたことの浅はかさを呪っている頃だろう。

「分かってやってるでしょ?」と真っ赤な顔で睨んでくるが一年間その顔でにらまれ続けてたら流石に慣れるよ。むしろ赤面も相まってカワイイ顔してるよ、とサラの美少女っぷりを再確認する余裕さえあるな。

 

「返事がないってことはいいって事だよな?」

「ッ! だ、ダッ―――!・・・ぅぅぅ・・・」

「・・・・・・えーと、ホントにいいの? 食っちゃうよ?」

「だ、ダメに決まっているでしょうッ! この恥知らずッ!」

 

ようやく羞恥心が臨界を越えたサラは俺の手からピザを引ったくると、パクパクゴクン。

アメリカ人のようにコーラをがぶ飲みしてピザを胃に流し込んでいる。

まるでモンハンのハンターのような食いっぷりに圧倒されていると、ピザ一枚を平らげたサラがドンッとテーブルにグラスを叩きつけた。

 

「い、いつか仕返しをしてあげるから、覚悟してなさいッ!――けぷぅ」

 

と、サラは可愛らしいげっぷを残してテーブルを去ってしまった。

それにしても、打算で起こしたこととは言え、サラの新しい一面が見られたな。

――――百合趣味でも、男に対して恥ずかしいことは恥ずかしい。っと。帰ったらフォルテに教えてやろっと!

 

 




読んでいただきありがとうございました!


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多頭の龍

こんにちは! 暑くなって参りましたね!
私はこれ書くとき、適当なプロット立てて書いてますが、途中で「ツマンネ」となって変えちゃうことがまれにあります。ですから、ちょっとメチャクチャなことが多いのです。


 

次の日の朝。

キャンプの訓練開始時刻とは程遠い午前4時。

俺とミナトは島の南端。人気の無い海辺にやって来ていた。

眠い。すっごく。

ナターシャからの呼び出しじゃなかったらシカトしてるぞ。ヒトの都合も考慮してほしいね。

 

「・・・で、来てみたはいいが、どこにもいないってなんだよ」

 

澄んだ蒼色をしている海を眺めながら二人でその辺を歩く。

 

「彼女、奔放な性格に感じましたからね・・・」

「お前が言うってことは相当だな・・・」

 

しれっと言ったミナトに突っ込むと、ミナトはつーん。知らんぷりしやがった。」

て言うか、キャンプの早朝訓練。確か5時からだぞ。ゆっくりしてる暇少ないんだけどなぁ・・。

と、思っていると、どこからともなくキーンと言う耳鳴りのような音がし始める。

 

「・・・この音・・・」

 

ミナトも気付いたようで、姿勢を低く身構える。

俺も無意識のうちに胸に手をあて、迫り来る物体に備える。

――――接近。500メートル。超界の瞳、準戦闘モードで起動。

右目が銀色に輝き、周辺の警戒を強める。

――――と。

 

「!? クレハさん後ろッ!」

「―――――!」

 

瞬時にISを右腕に部分展開すると、背後を狙ってきた相手の拳を弾くように回転ぎみに振るう。

 

ガンッ!

 

火花が散り、俺は右腕にかかる遠心力でそのまま反転させられ、敵と相対させられる。

直ぐ様第二撃に備えるべく相手を見ると、目に入ったのは純白の装甲。

 

「えー。今のを止めるかぁ・・。ゴスペルの拳速には自信があったんだけどなぁ」

 

そう言いながら第二撃を放ってくるのはナターシャ・ファイルス。俺たちを呼び出した張本人だ。

ナターシャは未だ展開の終了していない俺の胴体を攻撃しようとノーモーションからの蹴りを放つが、俺は右腕に時穿を召喚し、脚を弾くついでに距離をとる。

その間に展開を終了させると、ナターシャに飛び掛かろうと顔をあげるも、その必要がないことに気が付く。

 

「動かないでください。動けば頭部を破壊します」

 

スチャッとゴスペルの頭部装甲にサイレント・スコールを当てるミナト。その身体は薄く、青い「サイレン・チェイサー」の装甲で覆われている。

 

「・・・いやー。君たち意外とやるものね。接近戦とはいえ、三十秒も掛からず動きを封じられたのは初めてよ」

 

ナターシャは両腕を頭の上に挙げながらそんなことを言う。

 

「ナターシャさん、一体何の用で呼び出したんだ。こんなお遊びをするために呼んだ訳じゃないんだろ?」

「ん。まぁそうね。彼の頼みじゃなきゃこんな朝早くに出歩かないわよ私」

「そんなズボラ宣言は良いから、早くしてくれよ。教官にどやされる」

 

チラチラと視界端の時刻を気にする。

ただでさえ、サムとアツい筋力トレーニングをする事を条件に昨日のスパーリングから解放されてるんだ。

これ以上怒らせたら何が出るか分からんからな。あの教官は。

 

「男なんだからそう焦らないの。うるさいとミナトちゃんにも嫌われるわよ?」

「それについても物凄いどうでも良いから早く進めてくれ」

 

ジロッ。

ミナトが俺を睨み付けた。なんでだよ。

 

「はぁー。鈍いって罪ねぇ・・。まぁいいわ。ミスター。来ていいわよ」

 

ナターシャが岩影にむかって手招きすると、待ちくたびれたようにゆらりと姿を表す人影。

背丈は俺より大きい。頭ひとつぶん位だ。

高身長を白衣で覆っていて、技術者か、医者だと人目でわかった。

だが、驚いたのはその人物の顔。

俺は顔を見て、動けなくなってしまった。

 

「―――――久しぶりだね。柊君」

 

癖っ毛の茶髪に、妹にも遺伝したらしい整った顔。

まさしく二年前に、俺が撃ってしまった彼女の兄。

 

「う、ウェルクさん・・・・?」

 

死んだはずの人間が、そこにはいた。

 

 

そいつの姿を確認した瞬間、俺は流桜を召喚し目の前の男に照準を合わせる。

 

「ちょっ、クレハくん!? 何を―――」

「黙っていてくれナターシャ!」

 

過去のトラウマに縛られている俺は、予想外の人物の登場に激しく動揺する。

 

―――急激な心拍の上昇を確認。Bシステム発動に支障をきたす状態です。深呼吸を推奨します。

 

瞬龍も俺が普通ではないと判断し、Bシステムは発動せずに処置の仕方を表示してくる。

 

「一体、何者だアンタ・・・!? なんでそんな姿をしているっ!」

「なんでって・・・僕の顔を忘れちゃったのかい? ウェルクだよ。僕たち仲良しだったじゃないか」

 

銃を向けられてると言うのに飄々とした態度を崩さない。

ああそうさ。その剛胆なところもウェルクさんの特徴だったさ。

だが!

 

「アンタは二年前に死んだはずだ。千冬さんも死体を確認している! なのにどうして生きている!?」

 

俺の発言に、警戒心を持ったのか、ナターシャやミナトはそれぞれの武器を構えた。

ナターシャは俺を少し信用していないのか、男を護るように。

ミナトは男に警戒心を持ったのか、銃を構えた。

 

「ちょっとクレハくん。どう言うことなのか説明出来る? あなた、とても失礼なこと言ってる自覚ある?」

 

はじめて聞く、ナターシャの怒気を孕んだ声。震え上がりそうになるが、ウェルクさんの姿をした男に対しての警戒を解くことは出来ない。

 

「自覚はある。でも俺の記憶と違ったことが起きてるんだ。納得出来ないのは当然だ!」

 

そうだ。生きているハズがないのだ。

二年前、俺は確かにウェルクさんの胸を穿った。

瞬龍の暴走とはいえ、その時の感覚はまだ残っている。

あの傷では生きていられる訳がないし、現に千冬さんが全ての研究員の死亡を確認している。

なのに、何故だ!

 

「―――生き返ったんだよ。僕は」

「「「!?」」」

 

突然の告白に、その場の全員が目を丸くした。

 

「あの事故のあと、僕の身体はある組織に引き渡されたらしくてね。身体に処置を施された後、また息を吹き返した。心肺停止から蘇生までの最長記録が五時間なら、僕の場合の27日は驚異に値すると自分でも思ってるよ」

 

に、27日後の蘇生!? 聞いたことないぞそんなの!

 

「でも、僕がこうして生きているのは事実だ。事実は事実として捉えるべきだよクレハくん」

 

俺はこうして諭されて、やっと現実を受け入れる準備が整ってきた。

よくよく考えれば、死んでいたと思っていた人間が生きていたんだ。喜ぶべきじゃないか。

だが、なんだ? この胸に引っ掛かるざわめきは?

何かに気付けそうな気がする。そんな気がしてならない。

 

「そうして生き返った僕だけどね。やっぱり公的には死んでる扱いになってたから仕事がなくてね。困ってたところを彼女に技術者として雇われた訳さ」

「そう言うことよ。クレハくん。ウェルキンは腕のいい技術者なんだから重宝してるの。身体もあんまり強くないし、優しくしてあげてね」

 

その雇った本人が確認の意味も込めてか、ホログラフディスプレイに契約書を表示させ、俺に見せてくる。

 

「・・・わかった。取りあえず生きてて良かったよ。ウェルクさん」

 

その契約書を一瞥し、ISを解く。

両手をプラプラさせ、これ以上戦闘をする気にはなれない―――――

 

「そう言えば、瞬龍。使いこなせているのかい? 甲龍はどこにある? 凰 鈴音は―――――」

 

―――――と、思わせておいて、ウェルクさんの発言中に思いっきり部分展開した時穿で切りかかる。

これは賭けだ。当たれば過去を清算でき、外れれば俺は彼を二度手にかけることになる。

だけど、確かめないわけにはいかなかった。

ウェルクさんの身体に入っているもの、その正体を見極める為に!

 

バシィィィィッ!

 

ナターシャの反応も遅れた俺の一閃は、シールドの弾ける音によって失敗に終わったとわかった。

失敗に終わった。つまり・・。

 

「・・・・あーあ。やっぱり昔みたいには行かないね。人を警戒することを思えたのかい? クレハくん」

 

砂塵が舞う中、透明なシールドに護られたウェルクが俺を睨む。

 

「やっぱりか。テメェらのやる処置だからマトモなモノじゃないと思ってたが、人体にエネルギーバリア埋め込むとはな・・・・。双龍!」

「おおっ。その単語を今言うってことは、結構知ってるみたいだね。どこで知ったのかな?」

 

ウェルクはバリアーに阻まれた時穿を片手で払うと、膝についた砂を払う。

 

「生憎だな。その身体の妹さんが色々呟いてくれたぜ」

 

曰く、神。

曰く、ISメーカーの暗部。

 

なるほど。中国の調査局もあてにできるもんだな。

死んだ身体を生き返らせる神に叛く行為に、人体にIS技術を適応させる高次技術。

どちらも、調査結果のまんまだったって訳だ。

 

「ちょっと! どうしたのよ二人とも!?」

 

ここまでのやり取りを傍観していたナターシャが食って掛かってくるが今は相手をしている場合じゃない。

いつの間にか発動していたBシステム。

その警告が、ナターシャの福音に向かっているからだ!

 

「ナターシャ! 今すぐISをコア共々捨てろッ!」

「え? どういう――」

 

その瞬間、外していた装甲が閉じ、頭部のバイザーが怪しく輝く。

福音を調整したのはこの男だ。

双龍が関わっている以上、何かしら埋め込んでいるとは思ったが遅すぎた!

 

「な、なによこれっ!? 勝手に動いて・・・!」

 

福音はフワリと宙に浮くと、そのままホバリングを続ける。

 

「どうですか? ナターシャさん。新時代の幕開けを告げる福音の乗り心地は? バッチリでしょう?」

「ふざけないでッ! コントロールを戻しなさい!」

 

ナターシャさんの激しく抵抗する音が聞こえてくる。

こ、この男ッ!

 

「止めろッ!」

 

瞬龍を展開し、学年別タッグマッチトーナメントで見せた「斬空」で攻撃する。

だが――――

 

「次元の裂け目を利用した斬撃ですか・・・・。こんな所ですかね?」

 

ウェルクは右手に銀色の剣を召喚すると、その場で一振り。

俺の斬空を相殺した!

 

(い、今のは・・・斬空!?)

 

ウェルクの放った技に驚愕する。

先の発言から察するに、元々同じ技を持っていたようには思えない。それどころかおそらく武器も違うはずだ。

だが、ウェルクはコピーして見せた。俺の特殊武装の能力を。

 

「――――男はISを扱えない。いままでそう言われてきましたね。確かに事実です。僕たち男はISを扱えません。これは元より、彼女達の力ですから」

 

そう言うウェルクさんの身体が、どんどん変化していく。

肌を突き破るように、深紅の装甲が生み出され、彼の身体を覆っていく。

まるで身体自体が装甲へと変化しているようだ・・・!

 

「だが、今はもう違う。技術は進歩し、篠ノ之束にも劣らない技術者が生まれつつある。

このISは彼女が作った試作品・・・。行きなさい福音。甲龍を奪い。彼女の心を奪いなさい。彼の心臓は私が取りましょう。――――牙龍」

 

ウェルクの命を受け、福音は西の方角へと飛翔する。その先にあるのは恐らく日本。

IS学園の一年生が臨海学校の場所としている方向だ。

 

「ミナト! ナターシャを追え! 俺はこいつを相手する!」

「分かりました。ですが、その男は・・・・!」

 

わかってる、ミナト。目の前のウェルクから放たれる殺気は普通じゃない。

だから普通の俺には倒せるはずがない相手だ。

だが、こいつの狙いは俺と鈴だ。

ここでこいつを足止めするってことは、間接的に鈴を助けることになるだろ?

パートナーとしては、やっぱり相方には安全な所にいてほしいのさ。

 

(それに、こいつはサラのことも騙してるみたいだしな)

 

サラは昨日、「あの人が戻ってきた」と言っていた。

あの人、と言うのは間違いなくウェルクさんの事だったのだろう。

だが、今ウェルクさんの身体に入っているのはウェルクさんであってウェルクさんじゃない。

俺の攻撃で確かにあの時ウェルクさんは死んだのだ。

そうでなければ、サラの言っていた強制されて研究させられていた、という昔の優しい性格と今の力に狂った性格とは、全く合わない。

――――ウェルクさんではない何者かが、ウェルクさんの記憶を読み取り、演じている。

俺はそう思った。

だから、サラの為にも、こいつはここで倒す必要がある。

例え、そのせいで再び兄殺しと呼ばれようとも・・・な。

 

「クレハくん。私たちは二年待ちました。双龍にはあなた達の二対の龍が必要です。置いて死になさいッ!」

 

ウェルクさん。あんたの今の顔、鏡で見せてやりたいぜ。

強大な力に抗えずにいる・・・・・・。

 

―――――昔の俺にそっくりな顔だよ。

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございました!

ウェルクのISは・・・まぁ、今度考えます。


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飛翔する思い

お久しぶりです。
活動報告見てくださった方には昨日ぶりです。

ここ数日。実は怪我をして色々と大変な日が続いていたのでこちらの更新にまで手が届かなかったのです。
そんな申し訳ない気持ちを込めて書きました。
では本編どうぞ!


深紅の装甲を朝陽に煌めかせて立つウェルク。

その整った相貌は酷く歪んでおり、かつての優しげな面持ちは微塵も感じられない。

 

「――――牙龍、尖刄(せんじん)!」

 

ミナトがナターシャを追いかけるために砂浜から飛び去った瞬間。

 

ジャキジャキジャキッ!

 

牙龍の腕が一瞬膨張したかと思うと次の瞬間その装甲が解け、手には巨大なパイルバンカーが握られていた。

―――来る!

そう確信した瞬間、ウェルクは砂を蹴り俺に向かって直進しつつ、その手の杭を構えた。

 

「はァッ!」

 

気迫の籠った一撃が、盾代わりに構えた俺の時穿に炸裂する。

ビリビリ来る衝撃が消え去らぬ内に、ウェルクは先ほど展開した白銀の剣を振るう。

首に襲いかかった白刃が、絶対防御の壁さえも打ち砕くのを超界の瞳が捉えたので、俺は最低限の首の動きだけでそれを避け、ウェルクの腹部を蹴ると同時に距離をとる。

 

「・・・・なんだよ、意外と武闘派だったんだなアンタ。てっきり根っからのホワイトカラーだと思ってたぜ」

「今は私たちの大願のためになりふり構っていられないのですよ。本来ならこの牙龍の使用も今回の計画の中には無かったんですがね」

 

スラスターの圧力も掛けて思いっきり蹴ったってのに、当のウェルクはノーダメージ。

対する俺はパイルバンカーによる一撃で多重に展開したバリアー五枚を一気に損失。

剣に至っては絶対防御まで発動させられて、先の一瞬で俺のエネルギーは三割ほど削られてしまった。

 

たった二撃で三割。

この事実があのISの強大な性能を物語っている。

 

「・・・・そうですね。ひとつ双龍について教えてあげますよクレハ君」

「? 何のつもりだよウェルク。今さら年上ぶったって容赦は無しだぞ」

 

肌が擦りきれそうな緊張感の中でも飄々とした態度を崩さないウェルクに、つい剣呑な態度をとる。

冷静に。相手は中身が違うとはいえ、見た目がウェルクさんなんだ。

衝動に身を任せたら一瞬で刈り取られるぞ。

 

「いつの間にか乱暴な子に成ってしまいましたねぇ・・・・。僕は悲しいですよ」

「ほっとけ」

「・・・・・・・。まぁいいです。クレハ君、君は双龍が何を目指してISの研究を行っていると思いますか?」

「・・・・知ったことじゃねぇな」

「·····いやはや驚きましたね。君は敵のことを知らないまま戦っているのですか?」

 

俺の回答にウェルクが心底驚いた顔をする。

実際のところ、奴等が何を目的として瞬龍を作り、Bシステムを構築し、俺と言うテスターを仕立てたのか、そのほとんどが不明瞭のまま俺はここにいる。

初の男性操縦者完成の栄冠が欲しかったのか、はたまた強力なISで世界の実権でも握りたかったのか。

全くわからないが、一つだけ。

一つの存在だけが俺の戦いに理由をくれる。

 

「そうだな。実際俺は何も知らない。中国の情報漁っても全部が理解できるほど有能な頭してないからな。正直に言うと俺にとっちゃISだの双龍だのどうだっていい」

「ではなぜ瞬龍(それ)に乗り、戦い続けるのですか? クレハ君の戦いに意味がないのなら、それは不要なはずです。即刻渡せば命までは取りま―――」

「――――だけど!」

 

俺はウェルクの言葉を遮ると、時穿を顔の真横に構え、『敵』を見据える。

 

「―――戦い続ける。パートナーであり続けるって宣言しちまったからな!」

 

直後、蹴り出した脚が砂を巻き上げ、瞳とBシステムの処理能力ギリギリの速度で突きを放つ。

首筋、脇腹、胸部。絶対防御が優先して発動される箇所を狙って打ち出される突き。

ウェルクのバンカーが剛なら、俺はスピード、速で勝負だ!

だが、ウェルクはまるで全ての突きが見えているかのように的確に対処してくる。

 

「なるほど、君の理念は理解しました。約束を守るのは大切なことです。それが私には分かります」

 

俺の時穿と白銀の剣がぶつかり合うたびに赤い火花が散り、甲高い金属音が鳴り響く。

 

「―――ですが、君は弱い」

 

キンッ

突きを繰り出す一瞬前。

そのタイミングを見計らってウェルクは俺の手から時穿を撥ね飛ばした。

 

「――――先程の続きですが、気が変わりました。ISの力を十全に引き出せていない私にも負けてしまうのですから、やはり君は瞬龍を持つ資格も、双龍について知る必要もありませんよ。クレハ君」

 

―――しまっ――!

武器を失った俺に、ウェルクが何かを押し付ける。

その物体は円形で、俺の胸に張り付いたまま静かに光を放ち始める。

この光・・・・・前に見たことがあるぞ。

確かこの黄金の光は・・・・・『明日を奪う者(サニーラバー)』のIS剥離能力!

 

「そして戦う理由も個人の約束という酷く軽薄な理由です。世界と比べては余りに小さすぎる」

 

光の正体を理解した時、俺の身体から瞬龍が消え去った。

同時に身体から力が抜け、前のめりに砂浜に突っ伏す。

胸を中心に暖かい何かが漏れ出していくのが分かる。

多分、心臓に埋め込まれたコアごと、瞬龍を抜き取られたんだ。

 

「・・・おや。そう言えば君の心臓はISの加護を受けて動いているんでしたね。手荒なことをしてしまいました」

 

俺を見下ろしながらウェルクが何かを言っている。

だが、それが聞き取れない・・!

寒い。

夏の朝は涼しいモノだが、俺が感じている悪寒は異常だ。

まるで氷の世界に一人だけ放り出されたかのような精神的な冷たさが五感を狂わせる。

頬に感じる湿った感触。

間違いない。血だ。

 

・・・・・・いや、ダメだ。

意識を保て。感覚を研ぎ澄ませろ。

ウェルクをこのまま行かせてはダメだ。

間違いなく鈴が・・・・。パートナーのアイツが襲われてしまう。

だから、行かせてはならない!

 

「・・・・・ッ、ま・・て・・・!」

 

俺は左胸から血が滴るのもいとわずに、四肢に力を込める。

砂をつかむのは素手。身体を前に前にと押しやるのもただのブーツ。

一瞬でただの高校生と成り果てても尚、俺は瞬龍を手にしたウェルクに、手を伸ばし続ける。

 

「・・・・ふん。そのしつこさだけは、あの女の息子らしい所ですね」

 

だが伸ばした手は砂に落ち、意識だけが深い暗がりにズブズブと落ち込んで行く。

そうして俺は、

 

 

鈴を護ることが出来なかったのだ。

 

 

「・・・・鈴を、護る、ねぇ··」

 

誰かが、俺の頭の上で何かを呟くのが聞こえた。

・・・・・聞こえた?

つまり俺はまだ、死んでないのか。

沈んでいた意識がゆっくりと浮き上がってくる。

霞む目を開くと、そこにいたのは俺を上から覗き込むストレートな栗色の髪の・・・・サラ。

 

「なんだよ、サラか」

「どうしてそんな残念そうな声出すのよ。折角の膝枕よ?」

 

当たり前だ。

ていうか膝枕なんかはやってる本人が推すモノじゃなくて、してもらってる側が価値を決めるもんだろ。

そうでなくても、目覚めてから初めに見た顔が暗殺兄妹の妹とか最悪の目覚めだっつーの。

むしろ色んな恨みを込めて、(お前)でもいいからグーパン顔面に入れさせてくれ。

 

そう頼んでみるとお返しとばかりに胸への打撃を食らったので、今更ながら生きていると確信する。

 

「・・・・・兄さんとやりあったみたいね」

 

なぜ知っているのかと聞くと、「うなされながら言ってたわよ」とサラは言った。

 

「お前は・・・知ってたのか。その・・・ウェルクさんは・・・」

「知ってたわ。二ヶ月前、学園から逃げたあと最初に接触したのが兄さんの姿をしたアイツだったの。私はその場で貴方の暗殺の失敗について問いただされて、処分されたの。『サニーラバー』を胸ごと引き千切られたわ」

「引き千切られたって・・・・。だから胸がそんな残念なことに・・・・って拳構えんな。謝る」

「全く、死にかけても話の腰を折る悪癖は健在のようね。バカは死ななきゃなおらないって日本の諺の信憑性が薄れたわ。ま、そういう私もついさっきまでは、記憶処理の催眠に掛かってたみたいなのだけどね」

 

やれやれと肩を竦めてため息を吐くサラ。

その吐息が俺の鼻先を掠め、女子の生々しい匂いを感じ、思わず赤くなる。

・・・ていうか。

俺はおもむろに丸首のシャツに穴が開いていることを確認し、その下の胸に縫ったような痕があるのを確認した。

 

「感謝しなさい。ここが私の散歩コースじゃ無かったら貴方はの垂れ死んでた所よ」

 

まだ何も言っていないのに自慢げに胸を張るサラ。

元が豊満だっただけに、何もない胸を張られると見てるこっちが痛々しくなるぜ・・・・!

 

「それで、あの人たちの目的は何なの?」

「! そうだっ! 鈴が――ぐッ!!」

 

飛び起きた俺の胸に激痛が走る。

 

「落ち着きなさい。まだ完全に処置が終わった訳じゃないのだから。米軍の軍医を呼んだから大人しくしてなさい」

「それじゃあ尚更落ち着いてなんていられるかッ! 早く飛ばねぇと鈴が―――あ」

 

そこで俺は、今俺の中に瞬龍が無いことを思い出した。

 

「どうしたのよ」

「いや、俺もIS奪われちまったなってな・・・・」

 

ははっと自嘲する声が自然と漏れた。

 

「合ったとしても、今の貴方じゃ戦うなんて無理よ。傷が一気に開いて出血多量で死ぬわ。元々心臓に穴が開いた状態で生きてるってだけでも奇蹟なのに、これ以上奇跡なんて陳腐なもの重ねないでちょうだい」

「・・・・・・まて? これ以上重ないで? どういう意味だよ」

 

サラの言い方だと奇跡が複数回起きているようにも取れる発言だ。

自分の体に何が起こったのか、俺はもしやと思いつつも、サラに訊ねていた。

 

 

「どういうも何も、貴方の心臓の付近にISのコアとおぼしき物質があって、それが貴方の出血を塞き止めていたのよ。貴方のISってホントに心臓に合ったのね」

 

それはつまり・・・・。

生体再生が未だ機能している!

 

サラの話によると、サラが俺を発見するまでの三十分間。

ウェルクが俺からISを無理矢理剥ごうとした結果、残ったコアの破片が機能し俺の傷の修復に努めていたらしい。

お陰でサラの処置が間に合い、俺は一命を取り留めたんだとか。

全く、瞬龍様様だよ。

起動させられれば傷の修復も一足飛びで進むのだが生憎、胸にあるのはコアのほんの一部。

生体再生も気絶する直前のBシステムの名残で発動されていたらしく、既にその機能は停止している。

ISのコアは完全にブラックボックスのため憶測でしかないが、再び瞬龍を起動するには緊急展開ではなく、コアの状態を完全なものにする必要がある。

 

・・・・・やったぞ。光が見えてきた。

これを追い続ければウェルクを止められるかも知れない。

 

とにかく日本に戻るために、サラにホノルルから日本への出航はあるかと訊いてみるが、どうやら現在太平洋上ではIS委員会による航行規制が出ているらしく船は出せない状態にあるらしい。

 

ふらつく脚で立ち上がった俺は海の向こうを睨み付ける。

 

「くそっ、一体どうすれば・・・・!」

 

超界の瞳を以てしても、遥か5000キロ先の島の様子なんてうかがい知れない。

俺が西の方を向いて唸っていると、サラがふと、呟きを漏らした。

 

「・・・・・・どうにかならないこともないわよ」

「ほ、本当かよ!? なにか方法が・・・・!」

 

思わず詰め寄ると、サラは驚いたように身をそらし俺から一歩引いた。

 

「お、落ち着きなさいよ。いきなり迫られて驚くじゃない・・・・」

「そ、それはすまん。でも時間がないんだ。可能性があるなら教えてくれ!」

「・・・・・・・なによ。完全に落ちてるじゃない」

 

サラは俺から顔を背けるとボソッと独白する。

 

「・・・? 一体何が落ちてるか知らんが教えてくれるなら早くしてくれさっさと」

「な、なぁっ。教えられる立場なのにその態度ってどうなのかしら!?」

 

いつまでたっても事が進む気配がないので、ふんぞり返って言ってみるとサラが頬をひきつらせて言った。

その態度に、俺は思わず懐かしさを感じてしまった。

思えば学園に入学してからの一年間は、ボッチ仲間であったサラか雨としか言葉を交わしていなかった。

サラとは女装問題でひと悶着あったので、出くわすたびに喧嘩腰になっていたが、ここ二ヶ月それが俺の生活から無くなっていたのだ。

だから俺は、このやり取りを懐かしく・・・・型に嵌まった、とでも言えばいいのだろうか。

とにかくここにいるのは敵としてのサラではなく仲間、唯一の友人であったサラだと俺は認識したのだ。

そして思わず、笑みがこぼれた。

 

「なにを笑っているのっ!」

「いや別に、サラには関係ないさ。ただ今さらだけど言っておこうと思ってな」

「?······はっ、まさか身体的特徴を指摘するつもり?それなら私にだって考えが―――」

 

「――――助けてくれて、ありがとな」

 

「――――」

 

自然と口を突いて出たのは感謝の言葉だった。

なにもわからず女子の世界に放り込まれて、右も左も分からなかった俺を助けてくれたのは、どんな腹があったとしても間違いなくサラ・ウェルキンだ。

そして男の姿で通うようになっても付き合いが続いたのはフォルテと、サラだけだった。

だから俺は礼を言ったのだ。

こいつは確かに俺の命を狙っていたが、それと同様に助けもしてくれた。

殺された恨みと、助けられた恩。どっちが重いかなんて考えるまでもない。

それに何時までも昔を引き摺ってるのも男らしくないしな。

 

「・・・・・・ふん。女装の変態野郎がなにをカッコつけてるのかしら?」

「っ、テメ・・・・!」

 

サラは一瞬俯くと、直ぐ様顔をあげて俺の事を弄ってくる。

・・・・しかし、なんだ?

今顔をあげた瞬間、微かに笑顔っぽいのが見えた気がしたぞ?

 

「――そんな事よりあの男の対処が先よ。兄の身体を乗っ取っているのだから私も一枚噛ませてもらうわよ」

「ああ・・・ってISもないのにどうやって追う気だよ?」

「言ったでしょう? どうにかなるって」

「??」

 

それから数分後、サラからの匿名のメッセージを受け取ったらしい大倭先生が砂浜に現れ、俺たちは先生を背後から拘束。

見事大倭先生仕様のラファール・リヴァイヴを手に入れることに成功した。

気絶している先生に向かって合掌していると、パタン。

背後でリヴァイヴの仕様を見ていたサラが、ペンダントに繋いだ端末を閉じる音がした。

 

「どうやら先生のリヴァイヴは近接格闘仕様みたいよ。って、四月の警備任務以来数回しか起動してないわね。まあいいわ。つまりは――」

「俺とお前、どっちでも使えるってことか?」

「そういうことよ」

 

教師のISは、訓練用のISと同じように初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)の機能が制限されている。

だから誰の専用にもなり得ないし、誰でも乗れると言うわけだ。

 

「それで、どっちが乗る? 搭乗者には漏れなくどちらかのISを奪還する義務が付くぜ?」

「そうね、戦闘能力的には貴方が乗った方が良いかもしれないわ。私ではあの男に手も足も出なかったから」

「珍しいな。サラが俺より劣ってることを認めるなんて」

 

少し誇らしくなったのでフフンとちょっと嫌味っぽく言うと。

 

「そうね。私らしくないかも知れないわ。でも相手が相手なのだから万全を期す必要がある。それだけのことよ」

「・・・・・・・」

 

なんか、ごめんなさいって感じだな。

 

「さて、それじゃあクレハ君? しっかり日本まで送り届けて貰うわよ? それと、もし私のIS傷つけたら背後に気を付けることね」

「おい、いまさら怖いこと言うんじゃねぇよ」

 

そう言って俺は待機状態のリヴァイヴを首から下げ、目を閉じた。

久しぶりのリヴァイヴだ。感覚は忘れてないと思うが、高い稼働率が出ることを祈るばかりだぜ。

深く深呼吸し、意識を集中させる。

そして――――

(待ってろ鈴。ウェルクは絶対に止めてやる!)

 

「――――来いッ! リヴァイヴッ!」

 

見開いた銀色の右目が瞬時にハイパーセンサーを起動。

超界の瞳の疑似ハイパーセンサーとのリンクを構築し、視界に映らない事象の情報までもが細かく分析され、処理が始まる。

次に深緑色の装甲が身体を包み込み、身体の芯から力が溢れてくるような、力強い装甲が構成されていく。

稼働率は・・・67%!

今までにない最高の稼働率に俺自身驚く。

これならなんとかなるかもしれない。

そう思わせるだけの力が、今の俺にはある。

―――――よし。

 

「飛べるぜサラ。しっかり掴まってろ」

「・・・・エスコートが下手な男はモテないわよ?」

 

そう言いつつ、サラは差し出した俺の手を素直に握ってくる。

マニピュレーターが、疑似神経を通して再現したサラの手の柔らかさにドキリとさせられたが、手を握るくらいがなんだ。こちとら膝枕まで経験済みなんだぞ。

だから視界端に映る、

 

―――――心拍数の上昇を確認。エラー。対応するシステムとのリンクを構築できません。

 

なんて表記、全く気になんてしてられないぜ!

 

「行くぞサラ」

「ええ、行きましょうか」

 

脚部のPICとエネルギースラスターが起動し、機体がフワリと宙に浮く。

サラが、俺の首に回した両手を強張らせるのを感じた。

 

「・・・・・・」

「・・・・なによ」

「いや、別に? 案外可愛いところもあるもんだって思ってな!」

「ふ、ふざけてないでちゃんと操縦を・・・・って速――――――きゃあああああああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

ホノルル最南端の小さな砂浜。

俺は自分の過去や、大切なものの為にそこから翔び立ったのだ―――――。

 

 




牙龍--ウェルク·ウェルキンの身体にあわせて製作された双龍製の第四機目の機体。
目を引く赤いカラーリングに右の装甲内部に仕込まれた巨大なパイルバンカーが特徴。
リヴァイヴカスタムに装備されてある炸薬式のアーマーピアスと遜色ない威力を発揮する。
カラーリングについては三倍速そうとか言ってはいけない。

では、読んでいただきありがとうございました!
それと、もしよろしければ感想を下さると嬉しいです。
お気に入りでも十分ですが、読んでくださった方の感想を聞いてみたいのです。


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貴方を想って紡ぐ言葉

くそ・・・どういうことだ!
区切りを着けるタイミングが見つからねぇ!
既に前の更新から時間がかなりたっている!!
早急に次回を―――ああっ、アイデアがっ! アイデアが浮かばねぇ!

・・・・以上。この話を書き上げるに至るまでの私の心情のダイジェストをお送りしました。

珍しく長いです。冗長です。心理描写難しいですね。
投稿前に誰かに読んでもらうべきですかね・・・。


ホノルル島を出てから一時間後。

リヴァイヴのエネルギーが三分の一消費された。

ハイパーセンサーとGPSを照らし合わせてみると、日本までの距離は残り半分だ。

 

「大丈夫かサラ。いくらバリアーがあるとはいえ、生身での飛行は結構キツいんじゃないか?」

「心配ないわ。貴方が多重に展開してくれてるバリアーのお陰で負担は殆ど無いわよ」

「そうか。それじゃあと一時間ほどだ。我慢してくれよ」

「言われずとも耐えられるわよ」

 

俺の腕の中にいるサラはそう言って自身の肩を抱くように身を縮めた。

それじゃあ俺は戦闘のイメージでもしておくかな、と長考に頭を働かせようとしたときだ。

 

『――――い。――――おい―ーおおやま――先生! ―――返事を―――――先生!』

 

と、ノイズ混じりな音声がオープンチャンネルから流れてきた。

慌てて通信先のアドレスを見ると―――千冬さん!

 

「千冬さん!? 千冬さんですか!? 今どこに――」

「――ああ、良かった大倭先生。至急柊たちに伝達を―――」

「千冬さん、俺です!柊です! 通信可能です!」

「!? ひ、柊か・・・? なぜお前が大倭先生の回線を開いている!?」

 

聞こえていなかったようなので大声で言うと、千冬さんはようやく俺の声を認識したようだった。

 

「少々事情があって大倭先生から教師用のリヴァイヴをお借りしました。現在、飛行中のISを追跡中です」

「飛行中のIS・・? まて。それは『福音』の事か?」

「そうです。現在福音は空軍基地を脱し、日本に向かって進路を取っています。恐らく狙いは鈴です」

「ちょっと待て!――――――――」

 

千冬さんが回線を開いたままコンソールを操作する微かな音が聞こえる。

 

「――――今回お前たちが受けていた任務、福音の監視だったみたいだな・・・・。先ほど私も日本に向かって飛翔する正体不明のISの報告を受けた。調べたところそのISはお前たちが追っている福音と同じISのようだ。それを受けて、私たちはこれより専用機持ちによる迎撃作戦を展開する。詳細なスペックデータは入手しているか?」

「はい。今送ります。―――――送信しました」

「よし。受信した。こちらで秘匿事項として扱おう。――そう言えば同行していた渚はどうした。一緒にいるのか」

「ミナトはサイレン・チェイサーを展開して俺の前を飛行中です。ハイパーセンサーでは反応だけ感知できます」

 

そういいながら反応をチェックすると、どうやらミナトは福音の後ろをピッタリついているらしい。

そしてその後ろには更にもうひとつのIS反応――ウェルクのIS牙龍の反応がある。

なんとしてもウェルクを鈴に会わせるわけには行かない。

最悪、海上で戦闘を行う可能性もあるぞ。

 

「よし、それでは柊。お前と渚は我々に合流次第、作戦に組み込む。先ずはこちらに到着することを念頭に置け」

「――――了解です」

 

通信を切断。

眼下に見える漁船を不審に思いつつ飛行しているとサラが呟いた。

 

「・・・・いいの? あの男のことを報告しなくて」

「良いんだよ。ウェルクに限っては俺の問題、いや、俺とサラの問題だ。だからアイツは俺とお前でやる」

「そう、良いの・・・。もし私たちが無様に敗北したら?」

「そん時はそん時だ。這いつくばってでもアイツを止めるさ。絶対に鈴に手出しはさせない」

「・・・・・はいはい。ごちそうさま」

 

サラが欧州人なクセして、欧米人みたいに肩をすくめてやれやれと首をふる。

 

「―――それで、勝算はあるのかしら?」

「・・・・あるが、ぶっつけ本番だな」

 

勝算。

今回の場合、勝つためにはやはりサラのISサニーラバーか必要だ。

特殊能力云々じゃなくて戦力的にこちらが大幅に劣っているからな。

牙龍のパイルバンカーはデュノアのシールドピアス並みの貫通力を持っていて、俺が一人で戦うと間違いなくエネルギー不足になる。

だから負担を減らすためにサラのサポートが必要なのだ。

つまるとこ、先ずはじめに奪取すべきはサニー・ラバー。次に瞬龍だ。

俺がそう言うと、何故かサラは吹き出しやがった。

 

「何だよ。結構頑張って考えたんだぞ」

「何が頑張って考えた、なのよ。穴だらけじゃない。どうやって奪取するのよ。バカなんじゃないの?」

「うっ、それは・・・・」

「でも、貴方らしくて良いんじゃないかしら?ぶっつけ本番、出たとこ勝負。そして、最終的には人任せ。最低じゃないかしら?」

「おい、最後のはあんまり頼ったことないぞ?」

 

五月の一件に関しては、お前の気を引いて鈴が隙を突きやすくしたのは俺だし、ラウラの時だって暴走を沈めてラウラを救出したのも俺で・・・。あ、でも事態を沈静化したのは一夏達だしなぁ・・・。もしかして頭ごなしに否定できない?

 

「――でも、別にいいだろ頼っても。それだけ信頼してるってことだし」

「つまり今回は私を信用するってことかしら?お人好し」

「今回だけな今回だけ。変なことすると海に投げ捨てるぞ」

 

今のところ、サラに危険な所はないし、ISを隠し持っている様子もない。

ISで抱き上げてる身体だって細くて華奢で良い匂いするし・・・・。

 

「・・・・変なことしそうなのはどっちよ」

 

ジトーと視線を送ってくるサラに、俺は返事を返せなかった。

 

@  

 

「――――了解。一年生チームが戦闘に入ったらしい。高速移動する福音を叩くために高機動な二機で対応してるらしい。ウェルクがいない間に俺たちもいくぞ」

「そうね。あの男の場合、向こうから出ないと見つけられないでしょうし」

 

太平洋日本近海に到達したとき、俺たちはウェルクの反応を見失ってしまい、優先事項を福音―――ナターシャの救出に変更した。

 

「取り敢えずサラは千冬さんたちと合流だな。事情を説明して俺が単独行動を取る許可を取り付けておいてくれ」

「了解したわ」

 

砂浜が見え、旅館の建物も視認した。

砂浜には少数の生徒に、千冬さん、山田先生そして・・・・鈴。

 

「――――千冬さん、直ぐに出ます。エネルギーの補給だけお願いします」

「心配するな。直ぐに出撃できるようにはする。だが、今は一夏と篠ノ乃が出撃している。搭乗者の救出が成功すればそのまま帰還。失敗の場合には報告が入り、柊。お前に出てもらう。いいな?」

「了解です」

 

着陸すると、直ぐ様整備科一年によるエネルギーの補充が始まり、すっげぇ嫌そうな顔で「ISを解いてください」って言われた。

 

「よし。――――それにしても久しぶりだなサラ・ウェルキン」

「え? は、はい。お久しぶりです織斑先生・・・・」

 

千冬さんを前に小さくなるサラ。

そんなサラに一年生女子からエネルギーの譲渡を受けつつ、耳打ちをしてやる。

 

「心配すんな。五月の件は犯人不明なまま調査も終わった。つまりお前は2ヶ月無断欠席した問題児ってことになってる」

「え?・・・ああそうなの。なら良かったわ――――って、無断欠席? そんなのこの人が黙って見逃すわけ―――」

 

そこまで言ったサラの両肩が、誰かに叩かれる。

勿論千冬さんと山田先生だ。

 

「「取り敢えず、終わったら指導室に来い(行きましょうね~?)」」

「は・・・い」

 

おーお。あんなに肩落としちまって。ウェルクとの戦闘大丈夫かよ。

そんなことを考えていたら、不意に横っ腹に一撃。間違いなく鈴だ。

こ、このちびすけは・・・・!

 

「ってぇ! 何すんだよ!?」

「うっさいクレハ! あんたこそ何よ! 二年の狙撃手と一緒なんて一言も言ってなかったじゃない! 嘘ついたの!?」

 

顔を会わせた途端に蹴りを入れてくるとってもデンジャーな鈴は、何故だかご立腹なようだ。

なんでミナトと任務ってだけでキレることができるんでしょうかねコイツ。

 

「吐いてねーよ!俺も現地行くまで知らなかったんだよ。どっちかって言うとアイツがついてきた感じだ」

「付いて来たって・・・・。ていうか! 二人で行けるならまず最初にあたしに声かけなさいよっ!」

 

あーもー。長距離飛行してきたせいで疲れてるってのに、コイツの甲高い声は結構身体に響く。

試しに掌底で鈴の口を塞ぎ、むぎゅ。

後ろに回って頭ごと固定したため、鈴は目を白黒させて黙っている。

にしても身長ちっちぇーな。俺の肩までしかないぞ。

 

「・・・・・・なるほど。あんなことをさらっと出来ちゃうから人気が高まってるんですね柊君」

「おまけに自覚がないから余計に質が悪いわ。私としては誰が毒牙に掛かろうが良いのだけれど、見せつけられると殺意が湧くわ」

 

・・・・・なんか、山田先生とサラがこっち見てヒソヒソ話してる。

どうやら俺についての事だったので、今やってることを分析してみると・・・・。

・・・・あれ。今の俺と鈴の体勢。なんか身長差カップルで、男が彼女を抱き締めてるようにも見えなくもない?

鈴は小さいから頭だけれど、もう少し大きければ肩抱けたんだなぁ・・・なんて考えてると。

ドクッ

一つ、心臓が脈打つ。

だが、Bシステムは起動しない。何故なら瞬龍が無いからだ。

思わぬところで失ったことを再確認した俺は、モガモガいう鈴を解放してやる。

 

「はぁー。・・・そう言えばそろそろ一夏と箒から報告が来ても良い頃――――ん? 目の前にIS反応?」

 

鈴を解放した瞬間、リヴァイヴと瞳のハイパーセンサーに二機のIS反応が映し出され、真っ直ぐこちらに向かってきていることが分かる。

識別反応は白式と・・・・・何だろうか。見たことない反応だ。・・・・・akatubaki―――紅椿(アカツバキ)

 

「なんだ?報告も無しに帰ってきたのかアイツら。紅椿に異常でも起こったか? まぁ二機揃ってるだけ良しとするか」

 

千冬さんがそう口を尖らせて言う。

真夏の海辺。水平線の向こうから姿を現したのは――――――

 

「なっ!!」

 

「クレハさんっ・・・! 直ぐに治療を・・・・・っ!」

 

ボロボロの一夏と箒を背負ったミナトの姿だった。

 

 

砂浜に着地したミナトも少なからずダメージを負っており、一夏と箒同様に直ぐ様治療が施された。

 

「何があった。軍用とは言え、たった一機にお前ら三人が負けるなんて・・・・・」

「一機じゃ・・・・・ありません・・・」

 

頭から血を流しながらミナトが言う。

ミナトが言うには敵は福音と、ウェルクの操る牙龍に加え、もう一機出現した。

更にその操縦者は、ウェルクとの会話から男だと予想でき、三機からの攻撃を浴びた三人はボロボロになりながらも帰還した、というわけだ。

ミナトはステルスモードで逃げたらしいが、福音の広域索敵能力は狙撃主であるミナトを簡単に見つけ出してしまえるほど、高レベルのようだ。

 

「男性操縦者・・・・。双龍関係か」

「その可能性が高いわね。もともとISは女性しか扱えない筈なのに、その常識を破れる機関が複数あるなんて今のところ考えられないわ」

 

三人が旅館の一室で治療を受けている間、俺とサラと一年生は待機を命じられた。

だが、この件に関しては黙っているわけにもいかないので、俺たちは旅館の別館にある一室で話し合っていた。

 

――恐らくこの案件は本格的に自衛隊のIS部隊か、安全保障局の管轄となるのだろう。

だが、そうなれば奴らは間違いなく福音を破壊する。

奴らは搭乗者が居ようが居まいが気にすることはない。

ISの操縦者なんて元々代用品・・・・スペアが準備されている消耗品だ。

ISは実戦兵器なので、乗れなくなったら次、そしてまた次へと受け継がれるのだ。

受け継がれると言えば聞こえは良いだろうが、実際瞬龍の行った実験で犠牲になった人数なんて計り知れない。

更に決定的と言えるのが、ホノルルで会った教官とマキナの存在だ。

あの二人は自衛隊の上層部からISを崩壊させるプログラムを渡され、それを秘密裏に使えと言われていた。

そう、福音を初めから壊すつもりで居たのだ。

自衛隊は領海侵犯を理由に福音を攻撃し、プログラムを使う。

だが、俺はそれをさせはしない。

何故なら、ナターシャは福音を大切に思っている。まるで友人のように。

例え、そのプログラムでナターシャの命は助かるとしても、ナターシャの『友人』はどうなる。

破壊され、鉄の塊に成り果ててしまう。 そして残るのは、国家間の摩擦と、ナターシャの悲しみだ。

俺は、そんなことを容認できない。

 

「それじゃどうするつもりなのですかクレハさん? 現在の貴方はISを失い、量産機にしか頼れない状況なのですよ?」

 

ソファーに座り、状況を把握したセシリアがまず俺の戦闘能力の低下について触れた。

 

「・・・・・それでもやるんだ。国が動く前に俺が福音を止める」

 

俺の言葉を最後に、部屋の空気が重く、静かになっていく。

だが。

 

「何一人でカッコつけようとしてんのよ? 全然似合ってないわよ」

「・・・鈴?」

 

気がつくと、目の前に鈴が立っていた。

 

「なにが国が動く前に俺が止めるーよ。あんたが動くって言うなら私も動くわよ。双龍関係なら尚更ね」

「・・・・・・それはダメだ。今度の戦いは俺とサラでやる。それがいいんだ」

 

「ふざけるんじゃないわよ!」

 

唐突に発せられた怒号に、俺は面食らう。

いつもの照れ隠しによる怒りじゃない。

鈴が本気で激怒した顔は、俺も今回初めて見る顔だった。

 

「クレハ、あんたの考えてること分かるわ。どうせ向こうで何かあって、その責任を取るために独りで戦おうとしてるんでしょ。 あんたはそういうやつよ。ラウラの時もそうだった。あたしの時だってそうだった。あんたが戦うのは何時だって人のため。今回だってきっと福音の操縦者のためなんでしょ? そして口ぶりからするとあたしも何かに関わってるわね?」

「・・・・・」

 

なんて、なんて鋭いやつなんだよお前は。

そうだ。確かに俺は責任を感じていた。

俺がハワイに来たために、ナターシャと福音を不幸な目に逢わせている。

そして、鈴にも危機が迫っている。

これらの事象には、全て原因に俺がいる。

だから俺が何とかしなくちゃいけない。

それが俺の仕事だと、それが俺の責任だと、そう思っていた。

 

「・・・だけどね、あんたが責任に感じてることはあたしも同じように責任を負うべき事なのよ。あたしがクレハを『双龍』に巻き込み、責任感を押し付けてる。 だったらその責任くらいあたしが取るべきでしょう?」

「だけどっ、俺はお前に・・・・ッ!」

「安全な場所にいてほしいっての? バッカじゃないの? 女が男の後ろに隠れてる時代は終わったのよ。今は、並んで歩くべき時代なのよ。・・・だから、あたしちょっと怒ってるからね」

「・・・・? い、一体何にだよ?」

 

そう言うと鈴は視線をチラッとサラに向けた。

 

「ご、五月の事件だってあんたは一人で何とかしようとしてたけど、あたし達ってチームなのよね。だから置いていかれると凄く悲しくなるわ。信頼されてないんだ、ってね」

「なっ、別にそういう訳じゃ!」

 

「――――とにかく、あたしだってあんたの後ろにいるだけじゃ嫌なのよ。あの時の怪我だってあたしの力不足で負ったんだから、あんたが責任に思う必要なし! て言うか肩見すぎ! このスケベッ!」

 

と、最後に俺の顔面に拳を叩き込む鈴。

どうやら自分で言ってて恥ずかしくなったみたいだが、お陰で気付かされたぜ。

自分がこれまでどれだけ自分本意だったかをな。

 

「ってぇな・・・。・・・・そこまで言うなら頼りにさせてもらうぞ相棒」

「ふん、望むところよ。その牙龍ってやつの杭なんか叩き斬ってやるわ」

「――――よし」

 

・・・・・・そう言えばサラと鈴って今のところどうなんだろうか。様子を見る限りいきなり切り会うってことは無さそうだけどなぁ・・・・・。

意気込み新たにこれからを話し合おうとしたとき、デュノアが口を開いた。

 

「えっと、いい雰囲気になってるのに水を指すのもなんなんだけどね・・」

「「なってないッ!!」」

「うぇっ!? 否定する!? ・・・まぁいいや。それで、さっきから話に出てる双龍って一体なんのことなの? 僕たち何も聞いてないんだけど・・・」

 

俺と鈴、二人ぶんの反応に若干引いたデュノアがおずおずと手をあげて発言する。

その問いに、俺と鈴とサラは顔を見合わせると、一つ頷く。

 

「悪いなデュノア。ちょっと言えないんだ。俺たちの過去に関わることなんだ「なんであんたの過去に関わりがあるのよ?」――鈴とサラの過去に関係があって言えないんだっ!」

 

ちょっと口を滑らしかけた俺は大慌てで訂正する。

そう言うとデュノアは少し目を伏せて、

 

「あ、ご、ごめん! そう・・だよね。人の過去においそれと聞き入る訳にはいかないよね・・・」

 

神妙な顔で謝るデュノア。

・・・・タッグマッチトーナメントが終わってから、自分の性別をあらわにしたデュノアだが、未だになんで男装してたか理由は分からないんだよな。

以前、同室だったらしい一夏に聞いてみても顔を赤くするだけだったし、正確なところは謎のままだ。アイツはなんで赤くなってたんだ?

 

「・・・・で、でもクラスメートが傷付いてるのに僕だけ黙ってみてるわけにはいかないよ。事情を全て知ってる訳じゃないけど、僕にもなにか手伝わせてほしいな、・・・なーんて・・・」

「そう言うことなら、私も協力させてください兄さん。嫁の嫁として。仇はとらねばなりません」

 

なんだよ嫁の嫁って。意味わからんぞラウラ。

 

「で、でしたら私もクレハさん! 渚先輩が倒れた今、狙撃手兼観測手となれるのはわたくししかいませんわ!」

「お、おう。頼りにしてるぜ・・・・」

 

福音迎撃部隊、総勢六名。

敵は福音、牙龍及び、正体不明のIS一機。

こちらの勝利条件は福音の停止、及び、敵ISの撃破。

俺にとっての敗北は鈴の安全が確保できなくなることだ。

 

「今の俺には瞬龍がない、だから本当に危ないときには全員を守ってやれる自信がないんだ。よって全員、離脱するときは俺を囮に使え。暫くは稼いでやる」

「―――何を言ってるのよ柊君?」

 

俺が作戦前のブリーフィングのノリで離脱時の手順を確認していると、

 

「ここにいる全員が、ただ守られるだけの女の子だと思っているのかしら?」

 

そう言って不敵に笑むサラの後ろには、

腕をくんで胸を張る鈴に、あざとく笑顔を浮かべるデュノア。

腰に手をあて絶対的な信頼を向けてくるラウラや、無意味に高笑いをしているセシリア。

 

「・・・・ああ、むしろ後ろ弾に気をつけるとしようかな・・・・」

 

そう苦笑いをしてしまえるほどの心強い味方がいたのだ。

 

――――そして夕陽が沈む時刻、作戦は決行される。

 




読んでくださってありがとうございました! 
引き続き、インフィニット・ストラトス~オーバーリミット~をよろしくお願いします。


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革命者

こんばんは。
ペースアップで更新していきます!



 

「よし、それじゃあ皆用意は良いな。千冬さんに黙って出てきてるんだ。見つからないように出発するぞ」

 

夕陽が落ち、砂浜にも夜が訪れた。

俺たち、福音迎撃即席部隊は音も立てずに砂浜への集合を果たし、出発の最終確認をしていた。

 

「先生に見つかった場合は迷わず撃て。ただし麻痺弾な・・・あ、千冬さんには実弾で良いから」

「何言ってのよアンタ。千冬さん殺す気?」

 

・・・・まぁそれは冗談として、いよいよ俺たちがそれぞれのISをまとい、出発しようとした瞬間。

 

「・・・・ま、待ってくれ」

 

旅館へと通じる小道から、人影が現れた。

俺は教員を警戒し、直ぐ様流桜を抜き照準を会わせたが、他のメンバーはその人影にただただ視線を送るだけだ。

 

「・・・・何よ箒。アンタ部屋でグズッてるんじゃてるんじゃなかったの?」

 

鈴が一歩前へ出て、その人影――いつものリボンがなく、ポニーテールではないが―――箒に声をかける。

だが、その声は険を含み、どこか非難するような声だった。

鈴の物言いに、デュノアが声を出しそうになったが、それをラウラが押さえた。

ここは鈴に任せる。そんな意思が込められていた。

 

「・・・・さっきお見舞いに行ったときはまだ寝込んでたけど、大丈夫なの」

「・・問題ない。一夏が守ってくれたからな」

 

箒はそういうが、頭には包帯。脚や腕にはガーゼや血染みと、あまり大丈夫そうには見えない。

ここに現れたと言うことは・・・・まさか、行くつもりかあいつ。

 

「そう、で? ここになんの用かしら臆病者さん。折角の専用機をもてあまし、挙げ句もう乗らないなんて言ってる人がここに用があるなんて思えないんだけど」

「・・・・・さっき、お前たちが出ていってから考えた・・・・」

 

どうやら鈴の口ぶりから察するに、ここに集合する前に動けるIS乗りに声をかけて回ったみたいだが、一応一夏や箒にも声をかけたらしい。

だが、一夏は箒やミナトと比べても傷がひどく、望むべくもない。箒も何らかの理由で断ったか、喧嘩別れしたみたいだが、どうやらまた新たな覚悟を決めてここにいるらしい。

 

「確かに、一夏は私を庇って傷を負った。それはいつもそうだった。あいつはいつも誰かの為に傷を負う。心の傷も、体の傷も等しくあの身体で受け止めている」

 

鈴が腰をちょいちょいと小突いて来るのでよく聞いてみれば、あれ。あの箒の話。思いっきり身に覚えがあるんだけど。

どういう反応を示していいかわからなくなった俺は、とにかく聞く。箒の覚悟を聞く。

 

「どんなにひどい傷を負ったとしても、一夏は誰も責めずに、笑って過ごす。―――――だが、それではイヤなのだっ! どんどん傷だらけになっていく一夏を見守るだけではもう嫌だ! 全部の恩を返せなくたって、たった一回、一回だけでも一夏の助けになりたい! そう思って私は紅椿を手に取った! そしてその意思は未だ変わっていない! 私も、闘う! 戦って、勝つ! 今度こそ負けはしない! 自分自身にもだ!」

 

箒が叫ぶ。

一夏への想いを言葉に乗せて、戦いへの覚悟を決める。

その言葉を全身で受け取った皆が一様に頷き・・・。

 

「――――決まりね」

 

鈴が胸を張って言う。

それを皮切りに――――

 

「ラウラ、セシリア。どうだ? 福音の反応は消失したらしいが、追えるか?」

「勿論です兄さん。たった今追跡終わりました。最後に確認された場所から動いていません。恐らくステルスモードかと」

「クレハさん。戦場となりそうな海域には不審な船舶の反応はありませんわ。箒さんも、心配なさらないで結構ですわよ」

「よし、各自、兵装は問題ないか!?」

 

ブックレットや広域レーダーで海上の様子を探っていた二人に確認する。

最終確認としてそれぞれの装備を確認させる。

 

「リヴァイヴ、いつでも行けるよ。クレハのリヴァイヴも即席だけど機能向上に異常ナシ!」

「ティアーズ、ストライクパッケージのインストールは完了していますわ。最適化には少し掛かりますが二、三分で終了ですわよ」

「甲龍のパッケージも問題なく適化したわ。攻撃力の上がった双天牙月。受けてみる?」

「なぜ私のは打鉄なのかしら・・・? ・・・・・サラ・ウェルキン。チェック終了よ」

「―――『パンツァー・カノニーア』インストール完了です。砲撃なら私を頼りにしてください兄さん」

 

五人ぶんの声を聞き、俺は箒の方を向く。

いきなりの剣呑な装備確認に驚いたのか、箒は目を丸くしているだけだ。

 

「あー。箒、一夏だったらこう言うと思うから言っとくわ―――まぁ、気楽に行こうぜ」

「! ・・・・はいっ」

 

箒は一際大きい返事をすると右手に巻かれたブレスレットを胸の前で握り、その名を呼ぶ。

 

「もう一度、私に力を貸してくれ―――『紅椿』!」

 

その瞬間、箒の身体を金色の粒子が包み込み、紅椿なるISが姿を現す。

―――美しいISだった。

牙龍と同じ赤いカラーリングだが、あれとは比べ物にならないほど煌びやかで、紅い。

鳳凰を思わせる装甲に、腰にさした二振りの刀。

箒の武士のようなイメージにぴたりと当てはまる、箒用に誂えたかのようなISだった。

 

「紅椿、雨月(あまづき)空裂(からわれ)準備完了です」

 

箒がそう宣言すると、いよいよ全ての準備が整った。

 

「――――よし、行くぞッ!」

 

「「「「「「了解ッ!」」」」」」

 

 

太平洋、日本近海。

海上から約二百メートルほどのところで福音は胎児のように身体を丸めて停止していた。

 

「セシリア。周りにISの反応は?」

「―――ありませんわ。かかるなら今が好機かと」

「よし。―――――ラウラ。三十秒後に砲撃を開始。頼んだぞ」

 

セシリアと共に待機していた俺は、ラウラの「了解!」の声を聞き届けると一旦通信を切った。

続けて福音のチャンネル――ナターシャに向けて発信してみるが、反応はナシ。 どうやら意図的に通信が遮断されているらしい。

 

――――熱源! シュヴァルツェア・レーゲンのレールカノン飛来! 

 

瞳が情報を表示し、その瞬間、ウィンドウの中の福音の頭部で爆発が起こる。

当たったのだ。五キロ離れた地点からラウラが撃った砲撃が。

 

福音はその衝撃を切っ掛けに起動。

周りを確認するかのように首を巡らせると福音は真っ直ぐラウラの方向を見つめ、飛翔した。

 

「ラウラッ! 砲撃!」

「了解! 次弾装填―――発射ッ!」

 

ラウラが新たにインストールしたパッケージ、パンツァー・カノニーアによって増設された防御用実体シールド四枚が、砲撃の衝撃によって軋みをあげる。

地上で射撃する際にアンカーとして利用されるらしいから簡単には壊れないだろうが、更に増設されたレールカノン、計二砲門を同時に放てばどうなるかはわからない――とラウラは言っていた。

 

福音はラウラの砲撃をシールドで受けると、爆炎を切り裂くようにして突き進む。

ダメージは入っているようだが、止まらない!

 

「くっ!」

 

強大な火力を得る代わりに機動力を捧げたラウラは、その場から離脱するも直ぐ様福音に追撃され、福音はラウラに右手を伸ばす。

だが、ラウラは口元をふっと緩ませる。

 

「セシリアっ!」

 

ラウラが叫ぶと隣のセシリアが射撃体勢に入る。

 

「お任せっ! ですわ!」

 

セシリアは射撃の衝撃緩和のため、六基のティアーズを全て腰に据えスラスターを吹かせる。

二発。

全長二メートルを超える大出力ライフル『スターダスト・シューター』から放たれたビームは正確に福音の右手と胴を撃ち抜く。

ビットを機動力として使うぶん火力が落ちているかと思いきや、それを補って有り余るほどの威力を誇るライフル―――化け物級だ。

セシリアは続けてハイパーセンサーで福音を捕捉し射撃するも、福音はそれを持ち前の機動力でひらりひらりと避ける。

 

「ああんもう! 速すぎるんですの!」

「落ち着いてよセシリア。僕と箒でやってみるから」

 

箒の―――紅椿の背にのって現れたデュノアは、前方に六角形の実体フィールドを展開し、両手に二丁のショットガンを構える。

 

「頼んだよ箒」

「任せておけ。―――ただ、翼には注意してくれシャルロット」

 

箒は紅椿のスペックを遺憾無く発揮し、高速移動中の福音に肉薄すると、その背のデュノアのショットガンが火を吹いた。

弾丸の雨を浴びた福音は腕のプラズマブレードでデュノアを攻撃するも、リヴァイヴカスタムに追加装備された『ガーデン・カーテン』に阻まれる。

一撃で物理攻撃は効かないと判断したのか、福音は急速に距離をとると、背中の多方向推進装置を解放。

細かく分解された装甲がまるで翼のように夜の空へと広げられていく。

 

「なん・・・だよあれ・・・!?」

 

その光景を見ていた俺は、装甲の合間合間に、エネルギーの連結部があることに気づく。

 

(エネルギーの塊を、装甲で覆っているのか・・・?)

 

まさかあれは――――。

 

「シャルロット! 一旦引くぞ! あれが来る!」

 

箒が叫ぶ。

デュノアは急速旋回する紅椿に捕まってその場を離脱し、嫌な予感に苛まれたラウラも、四枚の装甲を福音に向けて展開。いかなる事態にも備えた。

 

―――キュルオォォォォォォォォォォォォォッ!!

 

福音が甲高い機械音を上げると、身動ぎするようにその場で回転する。

 

銀の鐘(シルバーベル)――――』

 

その動きに合わせて背中のエネルギー体が振られ、飛び散ったエネルギー片が砲弾となって辺りへと降り注ぐ。

 

(―――やっぱり砲撃か・・・・っ!)

 

俺自身もリヴァイヴのシールドを全て前面に押し出し、エネルギーの雨がやむまで耐える。

やはり強い。

あの三人が負けたと言う話も納得できる。

 

砲撃がやむと、福音が一瞬止まったのでそこに隙を見出だした俺は一息で突進。

大倭先生が調整したブレードで切りかかる。

 

ガキンッ!

 

腕の装甲でそれを防いだ福音はバイザー越しに俺の顔を確認するとなにやら計算を始める。

その隙を突いて――――。

 

「セヤァァァアアアッ!」

 

鈴が双天牙月を振りかざし、背後から福音を攻撃する。

 

―――キュオッ?

 

不意を突けたのか、鈴の刃は福音の絶対防御を削り、明確なダメージを与える。

怯んだ隙に、セシリア、ラウラ、デュノアによる攻撃が叩き込まれ、福音は苦悶の声をあげる。

 

――――ー敵IS、攻撃機能停止。離脱します。

 

超界の瞳がそう告げると、福音が先程の全方位砲撃―――『銀の鐘』を使い、セシリアたちの攻撃に切れ目を入れるとその場から離脱する。

だが!

 

「「舐めんじゃねーぞッ!(ないわよ!)」」

 

俺と鈴は福音の行く手を阻むと、同時攻撃で海へと叩き落とす。

それを追撃するように箒が刀を振ると、刃から発せられたエネルギー刃が海上の水を蒸発させ、爆発させる。

 

「・・・・やったの!?」

「いや、センサーに反応がある・・。まだだろうな」

 

その場の全員が浮上してくるであろう福音に対して警戒したとき――――

 

―――――海中のエネルギー反応増大! 二つ目の敵性IS感知!

 

二つの警告を瞳が知らせてくるのと同時に、海上の水がズズッと盛り上がると、その中から二機のISが姿を見せる。

方や光輝く銀色の翼を拡げ、まるで天使の様な輝きを見せるIS。

方や鈍く輝く赤色のISで、右手には凶悪な杭を持ったまさに怪物。

 

「――――おやおや。死んだと思っていたんですが、生き延びて居たとは驚きですねぇ・・・」

 

怪物が、ニヤリと歪んだ笑みを浮かべた。

 

 

「――――先程の戦った蒼髪のお嬢さんに一撃貰ってしまったので、その回復のために海中に潜っていたら・・・。なんと傷ついた福音が沈んでくるじゃあありませんか。これには私も驚きましたよクレハくん」

 

姿を表したウェルクは、隣で浮遊する福音を示しながら言う。

 

「状況が一変しました兄さん、福音が第二形態に(セカンドシフト)。」

 

ラウラの報告を絶望的な気分で聞く。

―――最悪だ。

福音ですら手をこまねいてるって言うのにアイツまで相手してる暇ねーぞ?

サラも一人でどこかに行っちまったし、どうするべきか―――――。

 

「――――――安心しなさい柊くん。もう討ったわ」

 

サラの声。

驚いて前を見ると、打鉄のブレードをウェルクの首もとに添えるサラの姿が見てとれた。

サラのやつ・・・・。福音俺たちに丸投げしてこれを狙ってやがったな!?

 

「・・・一体何をしているのですかサラ。兄に対する行動とは思えませんね」

「誰があなたの妹なものですか。生憎夢からは覚めているのよ」

「ほぅ・・・・ではその胸のことも思い出しているようですね?」

「ハッキリと覚えているわよ。この刀で首を取られたくなければ直ぐ様「明日を奪う者(サニー・ラバー)」を返しなさい」

 

サラがウェルクに刃を突きつけながら言う。

ウェルクも死にたくはないのか、福音を動かそうとも、自身が動こうともしない。

 

「――――ああ、あのゴミにならもう用はありませんよ。特殊能力のIS剥離も既に模倣(コピー)ししまいましたし。ただ――――いつまで人間ごときが私に刃を向けているつもりですか?」

「なっ――――――!?」

 

瞬間、ウェルクのパイルバンカ―『尖刄』がサラの腹部を穿ち、そのまま吹き飛ばす。

 

 

「―――さぁて! 始めましょうか皆さん! 「超界者(イクシード)」と人間による戦争の前哨戦を!!」

 

 

ウェルクはそう言って大仰に両手を振る。

 

「いきなり現れて一体なんですのッ!?  福音共々撃ち落としてあげましてよ!」

 

しびれを切らしたセシリアが牙龍のボディーに向けて狙撃を行う。

 

「! 待て―――セシリア――――!」

 

嫌な予感がした俺はいそいで制止するも間に合わず、スターダストシューターの銃口からビームが迸る。

大気減衰を無効化しつつ飛翔するビームは牙龍のシールドに阻まれず、本体に当たる。

その瞬間、

 

「牙龍、単一仕様能力発動。―――――『革命者(リベレーター)』」

 

ウェルクがワンオフアビリティーを使用した瞬間。

奴を中心に激しい爆風と熱が生まれ、超規模の大爆発が怒った。

その中心に程近い場所にいた俺たちは、その衝撃をもろに受けた。

瞳とリヴァイヴが各所の異常を伝えるメッセージが視界いっぱいに広がり、その視界すらも爆風で目を開けていられなくなり見えなくなる。

だが、シールドを身体の前面に何重にも張り、なんとかこのエネルギーの奔流をやり過ごす。

こ、これはただの爆発じゃない、エネルギーが吸いとられていく・・・・!

爆風はまだ収まらない。エネルギー残量が残り半分を切り、ようやく減少にストップがかかった。

 

「・・・やはりこのISはゲームで使うには強すぎますね。後で廃棄しておきましょう」

 

ゲーム? 戦争? やつの言うことはイチイチ腑に落ちないが、ハッキリとわかる。

このままでは全滅だ・・・!

先の爆発でエネルギーの大部分を失ったのは俺だけじゃないようで、全員が絶対防御によるフィードバックで荒い息をついていた。

 

「さて、クレハくん。貴方は福音に見張らせます。私は彼女から心を頂くとしましょう」

 

福音が音もなく俺の元にやって来て、その翼状の砲口を俺に向けた。

ウェルクはその様子を確認すると、自身を睨み付ける鈴に向かって一歩づつ空中を歩んでいく。

 

「い、一体あたしに何の用よ・・? 生憎イギリス人の知り合いなんて・・・・・くっ。・・・数えるほどしか居ないのだけれど?」

「それは当然ですよ凰 鈴音。貴女の記憶には彼同様に修正が加えられています。・・・まぁ、知る必要の無いことですがね」

 

そう言って右手を天高く掲げるウェルク。

その手に握られたのは俺の斬空を真似した例の銀色の剣だ。

まずい、鈴がやられる。ダメだダメだダメだダメだダメだダメだ!

来い!! 来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い!

答えろ瞬龍!

力だ、力が必要なんだ。誰をも貫き通す刃と、誰をも貫き通せない楯が!

懇願する! 哀願する! たった一度だけの力を!

居るなら答えてくれ瞬龍! 俺は鈴を・・・・鈴を死なせるワケにはいかないんだよ!

 

「・・・・・ん? さっきから妙なことをしようとしてますね・・・・。福音。彼にもう用はありません。なにかせされても面倒ですから、首を落としなさい」

 

がっ!? ふ、福音が首を掴む・・・っ!?

ジリジリと力が込められていき、頭が真っ白になっていく。

け、頸動脈が締め付けられ、頭に血が回らない・・・・・ッ!!

薄れゆく視界の中では、福音が俺に向かって無機質な視線と腕のプラズマブレードを受けているのが分かる。

 

「グ・・・・・・・・・ゥガァッ・・・・!!」

 

いよいよ絞め殺される―――――。

そう思った瞬間、福音の腕の力が抜け、解放される。

・・・・・違う。抜けたんじゃない。腕が切り落とされたんだ・・・!

解放された瞬間、流れ出した血の勢いに一瞬気を失った俺はISを消失。海へと転落する。

 

「・・・・・・・・全く、久しぶりに姿を見せたと思ったら、またもや我々の邪魔ですか・・・・」

 

海から顔を出すと、ウェルクが腕を切り落とした何者かに語りかけていた。

 

 

「―――――それはこっちの台詞だよウェルキン博士。私の可愛い可愛い妹と息子に何してくれちゃってるのかなぁ?」

 

こ、この声。この間延びしたしゃべり方・・・!

 

「・・・・・た、束さん・・・・?」

「ん? そだよくーちゃん! そんでひさしぶり―! 私の愛しき息子よー! きゃぴっ」

 

久しぶりに会った恩人は、いつもと変わらない調子で、いつもと変わらないウサ耳で、いつもと変わらないドレスで、以前と違う呼び方で俺を呼んだ。

 

「さぁて、久しぶりに束さんの本気見せちゃうよー?」

 

そう言って笑う彼女は、愛用の移動式コンソールに手を掛けた―――――。

 

 




読んでくださりありがとうございました!


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朝陽の向こう

「んじゃ、手始めに行ってみよー!」

 

束さんが激しくコンソールのキーを打鍵する。

すると背後に十連装ミサイルポッドが顕現し、束さんの「ゴー!」の合図のもとそのすべてが射出された。

 

「この程度を手始めだなんて・・。舐められたモノですね!」

 

ウェルクは迫り来るミサイルに対して、銀色の剣を一振り。

放たれた空間断絶の刃――斬空がミサイルの半数を凪ぎ払う。

 

爆炎を突き破って突進する残りの五本は、新たに召喚された短機関銃の掃射で全て撃ち落とされてしまった。

その光景を目を細めて見た束さんは更にコンソールを操作し、立っている足場から六本の機械の腕(マニュピレーター)を伸ばす。

まるで、蜘蛛の脚のように。

 

「おおっ、良いですねぇ! まさか貴女自身が格闘戦を行うとは!これは予想外です!」

 

腕に近接ブレードを召喚した束さんを見て昂るウェルク。

そんなウェルクに向かって束さんは疾駆する。

 

「べっつにぃ! 束さんだって運動が得意なんだって見せつけておかないとねー!」

 

アームを自分の腕のように操る束さんは次々とウェルクに向かって剣撃をくりだす。

六本のアームによる多重攻撃。

そ、想像を絶する速さだ・・・・!

目で追えなくてくらくらするぜ。

 

「なるほど。攻撃手段を限界まで引き上げて間断なく攻撃しようという腹ですか・・・。ですが、それだけの処理を一人で行っていると、流石の束博士も隙が生まれるようですね?」

「――――!? 何が―――」

 

一瞬、ほんのコンマ一秒だけ束さんのアームが停止し、その隙を突いてウェルクが反撃に出た。

六本ものマニピュレーターをそれぞれ一人で操作し、相手の裏をかくように責めさせる。

いくら天才束博士でも負荷が大きすぎるのだ!

ウェルクは動かなくなったアームを切り落とし、背後から迫ってきたアームを(バンカー)で破壊。

残りのアームも瞬く間に処理してしまった。

 

「――――人である限り限界は訪れる。私はそれを身をもって実感しています」

「・・・・・・化け物め・・・」

 

全ての腕を失った束さんが珍しく憎々しげな表情でウェルクを睨み付ける。

 

「大体、我々を模倣した兵器で我々に勝とうと言うのがそもそもの間違いなのです。やはり人類は殲滅されるべき対象だ」

「・・・・ふん、えーっとぉ、どっちかっていうと模倣に関しては君の領分だと思うんだけどぉ、束さんもただやられてるだけってのは性に合わないんだよねぇ~!」

 

憎々しげな表情から一変。いつもの笑顔に戻った束さんは再びキーボードを打鍵する。

まるでオーケストラの指揮者のような滑らかで優雅な動きだ。

 

「さぁて、行くよ『超界者』くん。これなら多少は効くでしょ?」

 

そう言って召喚した兵装。それは。

 

「ま、まさか、それ全部『展開装甲』かよ・・・・!」

 

束さんが数十本の金属棒を召喚したかと思うと、その全てが宙に浮き、浮遊している。

ISの非固定武装(アンロックユニット)と同じ技術だ。

 

「おや。大正解だよクーちゃん! その名も展開装甲Ver.束さん! 束さんの思考をダイレクトに読み取り思いのままに動かせるまさにファンネ○! 時代がついに追いついたって感じで、蒼いカラーリングがなんとも言えないかっこよさを表現してるよね! それと正解者には後でハグしてあげよう!」

 

要らんわ。

 

「展開装甲ですか・・。多少は本腰入れて当たった方が身のためですね」

「え~、よくいうよ身のためなんて。君たちは肉体なんて持つ必要が無いんでしょ?」

「確かにそうですが、生きるためには色々必要になることが多いのですよ」

 

会話の最中にも順に装甲を開き、蒼いブレードを露出させていく束さん。

どうやら準備が整ったみたいだぞ。

 

「さてと、それじゃここからは手始めじゃなくて本気モードだからねー!」

 

言うが早いか束さんは両の腕を大きく振り、展開装甲に指示を送った。

展開装甲は、それぞれが意思を持っているかのように統率のとれた動きでウェルクを翻弄していく。

 

「・・・・くっ」

 

ウェルクの顔に焦りの色が見える。

牙龍の特徴はパイルバンカーによる強大な攻撃力と、強固な防御力だ。

だが、展開装甲にはシールドそのものを無効化する性質がある。

これによってウェルクは守りを失い、一方的に追い詰められ始めているのだ!

 

「まずは剣をぉ!!」

 

注意が散漫になった瞬間、束さんの操る一基が正確にウェルクの手から銀剣を弾き飛ばす。

ウェルクが目を見開くが、その隙を逃す束さんではない。

 

「ほらほらぁ!もういっちょーう!」

 

続いて左右から挟み込むように現れた二基が、ウェルクの体をかすめエネルギーを削り取っていく。

 

「これは・・・!」

 

自分が攻撃から逃れられないと悟ったウェルクは何を思ったかいきなり反転。

背中の可変ウィングらしき翼を変形させ、離脱姿勢―――瞳によると、急激な加速で一気に戦場を脱する状態―――に入った。って、逃げる気かアイツ!

 

背中のスラスターの出力を増大させ、今にも飛び出しそうなウェルク。

 

「ここで逃げるのは情けないですが、次のためには・・・!」

 

―――だが。

 

「―――させないわよっ!」

 

突如飛来した両刃の大剣によって脚部のスラスターを貫かれ、失敗に終わる。

あ、あの大剣・・! 

まさか・・・。

 

「か、回復したというのですか!? この短時間で―――サラウェルキン!」

「そのまさかよ。打鉄の防御力を舐めたようね。あと、兄さんの顔で名前呼ぶのやめてもらっても良いかしら? ヘドが出るわ」

 

荒れ狂う海風のなか、金色の装甲―『明日を奪う者(サニーラバー)』を纏ったサラは、不敵に笑って見せる。

 

「ほらっ! ぼさっとしないで拘束!」

 

サラが俺に向かって叫んだので、それに応えて銃のマガジンに電磁弾を装填。

瞬時に照星を合わせると発砲し、ウェルクの周囲に電磁波フィールドを発生させた。

 

「よし、これでISは停止。チェックメイトね」

 

サラは止めにと、大剣で脚部スラスターを破壊する。

・・・・終わったな。

始めはリヴァイヴでなんとかなんのかと、自分自身でも不安だったが予想外の増援で収集はつけられた。

福音と戦闘中だったハズの鈴に連絡を取ってみると、あちらは既に決着がついており、一夏が白式の第二形態を発現したらしい。鈴は既にこっちにむかってるとか。

 

「さてと・・・束さん、ちょっ―――」

「クーちゃーん! お久しぶりだよ~。さぁさぁ、親子の再会を喜び合おうぜェィ!」

 

・・・・俺の言葉は遮られた。

圧倒的な質量を持つ、温かい双丘によって。

 

「ちょっ、まずい! 待て!待ってくれ束さん! 離れろッ!」

「え~、どうして~? 親子のハグだよ? どうってことないでしょ~?」

 

瞬龍が無くったってまずいものはまずいんだよ!

て言うか!

 

「それだそれ! 聞きたいことはたくさんあるが、息子ってどういうことだ!」

 

息苦しい空間から顔を出し、見上げた束さんの顔は・・・ん? なんか少し焦ってる?

 

「え、え~、まだちーちゃんバレてなかったのか~。案外お間抜けさんなところあるから速攻でバレると束さんは予想してたんだけどなぁ・・・。・・・説明めんどくせー」

「めんどくせーってなんだ! めんどくせーって!」

「あーうん。バレてないなら良いや。クーちゃん、束さんはまた旅に出るね! また来年の七夕に!」

「行かせると思ってんのか!」

 

コンソールをカタカタしながら「次の~隠れ家は~どーこにしよっかな~」なんて歌い始めた束さんのウサギ耳を掴む。黙ってトンズラかこうなんてあまっちょろいぜ。

 

「むー、ウサ耳は最近の束さんのトレンドなんだよ? それを無下に扱うってことは束さんを激怒させる行為に等しいね! と言うわけで束さんは自分で作ったマシーンで走り出しちゃうから!」

「盗んだマシーンじゃない辺り束さんらしいが、もうあんた15って年じゃねぇだろ!?」

「失礼な!束さんは最新のアンチエイジング技術で肌年齢はちーちゃんの歳のマイナス12! 束さんをなめてもらっちゃあ困るよ!?」

「実年齢より下とかすげぇな!」

 

なんだこの会話。俺は聞きたいこと聞いただけなのになぁ・・・。

 

「・・・まぁいいや。とにかく息子ってことは置いといて、だ。先ずはアイツ(ウェルク)のことについて説明してくれよ」

「えー、それもちょっとなぁ・・・」

 

しぶる束さんにイラッと来たので、もう一度うさみみを掴んでやろうかと画策したとき。

 

「―――――篠ノ之博士。貴女は後悔していますね」

 

いきなり、拘束されているハズのウェルクが喋り出した。

拘束している電磁フィールドの状況を見ても異常は無し。喋れる状態じゃないはずなのに・・・!

 

「・・・・してないよウェルキン博士。束さんは後悔なんて無駄なことはしないの」

 

束さんがコンソール操作を中断する。

 

「それに、後悔してるのはそっちの方じゃないのかなウェルキン博士? 『鍵』を二本に分けるなんて面倒なこと、しないほうが良かったんじゃないのかな?」

「必要だったのですよ。『彼女』は私たちでも制御がしきれない不完全なものでしたから。暴発を防止するためには必要な措置だったのですよ」

 

鍵? 彼女? 暴発? 

わ、分からない。二人がなんの話をしているのかが、分からない!

 

「・・・・最後に言いましょう。篠ノ之博士。もう一度我々の側につく気はありませんか?」

「ないよ」

 

ウェルクの誘いをキッパリと断る束さん。

 

「正直なところ、私にとって世界なんてちっぽけなものでしかないよ。だからどこで戦争が起ころうと基本的にはどうでもいいの。束さんは世捨て人だからね。ちーちゃんや箒ちゃん、いっくんが死なない限り外にも出たくはないって思ってるよ」

 

そう言って束さんは俺を見た。

真っ直ぐ、俺の目を見ている。

 

「――――だけど、どう言った経緯で親になろうとも、息子のピンチには駆けつけてあげたいって思っちゃうのが母親の気持ちなのですよ。だから、私はクーちゃんに敵対することはないよ」

 

その時、俺は束さんに、普段感じたことのない感覚を覚えた。

そう、言うなれば『母性』と言うべき感覚。

それが、本物のはずがないのに、俺にはちゃんと両親がいるはずなのに、そう感じてしまった。

 

「・・・・・く、はははははははは!!」

 

ウェルクが笑う。

束さんを嘲笑する。

 

「息子? 母親? 気持ち? 自身の研究の為に作り出した人形に吐く台詞とは思えませんね!」

 

その時、フィールドに異常が発生し、拘束力が低下。

フィールドが弾け飛び、ウェルクの四肢が解放される。

 

「――――クーちゃん、これから話す内容は多分これまでのクーちゃんを壊してしまうことになりかねない。だから先に言っておくね」

 

束さんは、俺に向かって笑みを浮かべた。

・・・・本当は何かを後悔しているのだろう、本当に、悲しい笑顔だ。

 

「――ーゴメンね」

 

 

「――――柊暮刃。貴方には記憶がありますか?」

「き、記憶?」

 

俺はリヴァイヴの近接ブレードを二振り構えながら繰り返す。

 

「そうです。過去にあった事柄や覚えたことを忘れないように心にとめた経験の結晶。それが記憶です。それが、貴方にはありますか?」

 

粛々とした口調で、まるで追い詰められていることを感じさせない口調でウェルクが言う。

俺は、ウェルクから放たれる異質な圧力を感じ、じっとりと汗をかく。

記憶。

ヤツは俺に記憶があるのかと聞いた。

だったら在ると答えられる。 

ここ二年間で過ごした時間の記憶。瞬龍や、鈴との出会いに、束さんのラボで過ごした時間。

ラウラとペアを組んで戦ったドイツでの時間。IS学園に来てから色々あったが良い奴らとも出会えた。

そうした全てがあって俺は今ここにいる。

 

「・・・・ある」

「そう、ある。確かに貴方には記憶がある。それは貴方を実験の被検体とした我々『双龍』の検証データからも明らか。ですが、無いのですよ。貴方の記憶には『重み』が」

「重みがない・・・?」

 

意味不明な記憶の重みと言う概念に混乱がさらに極まる。

瞬龍の処理能力があれば理解出来るのだろうか? いや、頭が理解することを拒んでいるのか。

 

「そうです。重み。貴方の記憶には出来事や事象の記憶はあっても、その場にあった感情の記憶がまるまると欠け落ちているのですよ! まるで初めから無かったようにね!」

「な、何を言っているんだお前はッ!」

 

これ以上しゃべらせてはいけない。

俺はそう判断するとサラに視線を送り、同時攻撃を仕掛ける。

前後からの同時攻撃。タイミングは完璧だ。避けられるハズがない!

なのに――――

 

 

「そうやって、思い出す事を忌避しようとする。篠ノ之博士が貴方に教え込んだ(インストールした)最初の本能ですよ」

 

 

刃が空を切る。

避けられた。

そして、すれ違い様に囁かれた言葉が頭の中で反響する。

 

束さんが教え込んだ。束さんに教え込まれた。俺の記憶の重み。記憶の中の欠落した感情。まるで最初から無かったかのような――――。

 

「ダメだよクーちゃん考えちゃ!」

 

束さんの声が聞こえる。

だが俺の思考は止まらない。

俺の記憶、俺の経験。俺の誕生。

・・・・俺はどこで生まれた? どこで育った? どこに住んでいた?

家は? 家族は? 両親は? ―――――名前は?

 

―――――クソッ!

 

思い出そうとすればするほど、記憶が不明瞭になっていく。

日本を出る前に、雨の部屋で両親を思い出そうとしたとき、俺は顔を思い浮かべることが出来なかった。

だが、あれは思い浮かべられなかったんじゃない。

 

――――――思い出す顔を知らなかったのだ。

 

「教えてあげますよ柊暮刃! 貴方は人ではない! 篠ノ之束が自分自身の遺伝子を使い、作り上げられた遺伝子強化体(アドヴァンスド)――――。記憶なんてものは初めから無い、ただ瞬龍と適合するためだけに造られた実験体(モルモット)なのですよ!」

 

・・・・視界が揺らぐ。

ウェルクの言葉は耳に入った。

だが、意味がよく理解できない。

俺はここにいる。

記憶もなにも、欠けているハズがないのに・・・ッ!

 

「貴方が生まれたのは丁度二年前。そうですね。熱い陽射しが苦しい日だったと、この男は記憶していますね。つまるところは貴方は成長促進剤に浸されて無理やり成長させられたたった二歳の赤ん坊だと言うことですよッ!」

「―――――ヤメロォォォォォォ!」

 

俺の背後から、誰かが飛び出した。

 

「クレハの事を実験体だなんて言うなッ! クレハは私の・・・たった一人の息子だッ!」

 

束さんだ。

束さんは自分自身で剣を握ると、ISを纏っているワケでもないのに激昂して斬りかかる。

 

「ハハッ! 何を怒っているのですか! 貴女も我々と同じように彼の事を使い、研究を進めた仲では無いですか! ―――――貴女に怒る権利があると思っているのかッ!?」

 

ウェルクは躊躇なく束さんにパイルバンカーを打ち込み、吹き飛ばす。

吹き飛ばされた束さんは足元にシールドの足場を張ると、それを蹴り、再びウェルクに肉薄する。

 

「確かに私は最低の母親だ! 自分の血を持つ息子をただの道具のように思っていた!だけど今は違う! クレハはちゃんと人の心を持ち、人と接するただの人間だ! 苦しんだり、大切な人の隣に居ようとする心を持ってる人間なんだよ!」

 

束さんの操作したミサイルポッドが全てのミサイルを吐き出し、全弾ウェルクに命中。爆煙が辺りに立ち込める。

 

――――そうだ。

俺の記憶の大半が不完全なもの。だったら完全なものはどこからだ?

答えは簡単だ。

鈴との記憶。あれは本物の記憶であるはずだ。

瞬龍とのマッチングの苦しみも本物、身体を改造される痛みも本物なら、アイツと過ごした一時の時間だけは本物の記憶であるハズなんだ!

そうだ、剣を構えろ。まだ行ける。全てが全て偽物である訳ではないんだ。多くの偽物の中にも確かな本物はある!

 

「う、うぉぉぉぉぉぉぉッ!」

 

再び弾き飛ばされた束さんと入れ替わるようにウェルクに肉薄する。

 

「くっ、人形が・・・ッ!」

 

降り下ろした剣をウェルクは再展開した銀剣で防ぐ。

 

「まだ、まだぁ!」

 

瞬時にハンドガンを展開した俺は立て続けにフルオート掃射で銃弾をウェルクのシールドに叩き込み、エネルギーを削る。

 

「瞬龍を失った今のあなたでは我々にとって何の価値もありません! 戦う理由は無いはずです! 大人しく身を引きなさい!」

「んなこと関係ないんだよ!」

「だったら何故!?」

 

銃弾を撃ちきった銃を投げ捨て、剣を二本構える。

 

「決まってる! ――自分の為だ! 鈴が認めてくれた俺自身の為に戦うッ! だからアイツも死なせはしないし、アンタもここで止めるッ!」

 

赤い装甲を朝日に輝かせる牙龍に向かって急上昇する。

下から切り上げるように剣を振り、サラが傷つけた脚部スラスターを切り落とし、機動力を奪う。

 

「分からない・・! 理解できないッ! そうしてまで戦う理由なんて!」

 

打ち出された杭が、頬を掠めて後方へ流れる。

ブレードを腰にすえ、いつでも振り抜けるように構える。

一瞬にして物体を両断する、瞬撃の刃――――

 

「――――きっと昔のアンタなら理解できただろうよ。ウェルクさん」

「ふざ・・けるなぁああ!!」

 

ウェルクの杭が、再度俺を貫くために伸ばされる。

 

「―――――迅閃(じんせん)ッ!」

 

俺の放った瞬時加速での居合い切りはまさしく閃光の速度で放たれ、正確にウェルクの杭を破壊し、そのまま絶対防御をも越えてウェルク本体を斬り付ける。

 

その際、ウェルクの胸から輝く結晶が出現し、俺にはそれが瞬龍のコアだと分かった。

・・・・お帰り、瞬龍。

それを握りしめた瞬間、光の塊が砕け散り、それらの全てが俺の胸へと吸い込まれるように消えていく。

 

「・・・・・・ぐ、ぅ・・・。あ、あなた方は間違った選択をした・・・。これから巻き起こるISによる戦争・・・・。それは間違いなくあなた方を中心としたものになるでしょう・・・・ッ」

 

息も絶え絶えにISの解けたウェルクが言う。

 

「いずれあなた方は知ることになる! 双龍の真意を・・・・・ッ」

 

海へと落ちるウェルク。

そのウェルクをサラが空中でキャッチした。

息は・・・あるな。傷は深いが死んではないみたいだ。

束さんの下に戻ると・・・・相当疲れたみたいでへたりこんでる。

 

「・・・・・運動できることを見せつけるんじゃ無かったのかよ?」

「クーちゃん・・・・・」

 

顔をあげる束さん。

 

「まぁ、なんだ。全部を全部受け入れる訳じゃないが、取り敢えず今は気にしないことにした。・・・アンタを母親と呼ぶにはちょっと抵抗が・・・」

 

瞬時に全てを受け入れるだけの器のデカさは俺にはない。

だけど、少しずつ。少しずつ受け入れていけばいつかは全部を飲み下せる日が来る。

 

「今の俺は甲龍()のパートナーなんだ。だから、そうやって生きていく。気にする必要なんか無いさ、束さん」

「う、うぇぇ・・・クーちゃぁん!!」

 

ちょ、ちょっと待て!泣き出すのは予想通りだが、飛び付いてくるとその胸が・・・・・ッ!

アゴをカチ上げられるように(胸での)アッパーを喰らった俺は一瞬昏倒するも、なんとか落ちる前にリヴァイヴを再展開する。

まぁ、こう言うところもあるから母親って思えないところもあるんだろうな・・・。

 

「親子の触れあいっていっても、ちょっと過剰すぎるんじゃ無いかしら束博士?」

 

と、そこへウェルクを担いだサラがイラッとした顔で現れた。

だが、束さんはそんな事気にしてないとばかりに、俺に鼻水やヨダレを付けまくる。バッチィ!

 

「あー、なんだ。多分そろそろ鈴も来ると思うから、離れた―――」

「なぁんでぇ~! クーちゃんは束さんが迷惑なのぉ~!」

 

うん。今はめっちゃ迷惑だから離れろください!

 

――――――だが、まだこの戦闘は終わっていなかった。

忘れていたのだ。

ミナトが言っていた敵の総数は、3だと言うことを。

 

 

「――――――無様だな。ウェルク・ウェルキン。いや、バースと呼んだ方がいいのか?」

 

低く、良く通る声。

それが聞こえたとき、俺は反射的に声のする方向に向けて部分展開した瞬龍の衝撃砲『轟砲』を放つ。

撃った直後、ハイパーセンサーがIS反応を掴み、視界内に敵性(エネミー)の表示を出す。

 

「おいおい、こちとらさっき終わったばっかりだぜ・・・?」

 

放った衝撃砲は、当たり前のように消し飛ばされ、昇った朝日を背に一機のISが佇んでいるのが確認できる。

 

「くっ・・・・(ファン)・・・・・!」

 

気を取り戻したウェルクが呻く。

・・・・凰だと・・?

俺の記憶の中で凰の名字を持つ人間は二人しかいない。

即ち、鈴と――――――その父親。

 

「・・・・・なんで、アンタが」

 

ハイパーセンサーが操縦者の顔をアップで写し出し、その映像に俺は言葉を失った。

 

「よう、久しぶりだな坊主。二年前の事故以来か? 鈴はどうしてる。元気か?」

 

娘の心配をする姿は父親のそれだが、その瞳の奥にあるのは獰猛な肉食獣のような激しく燃える輝き。

 

――――(ファン) 経公(キョウコウ)

 

鈴の父親にして、俺が事故に巻き込んだ人物。

 

「にしても焦ったぜ。さっき来た青い嬢ちゃん達をちょっと驚かしてたら織斑さんとこの坊主までいるんだもんぁ。お前といい、一夏といい。今日は懐かしい顔に会える日だなこりゃ!」

 

ガハハと中華料理屋の店長らしい豪快な笑い方をする経公さん。

だが、まとっているISは凶悪の一言に尽きた。

原型は中国製作の量産機、偃月(えんげつ)らしいが、改造度が半端ではない!!

各部ブースターに増設された推進装置に、機動性を上げるための制御翼。

背に背負った巨大な刃物と、他にも挙げていったらキリがないぞ・・・!

 

「どうしてだ・・・。どうしてアンタがそっち側にいるッ!」

 

瞬龍を全身に展開させながら問う。

 

「ひゅぅ、懐かしいな。瞬龍じゃねぇか! って、てめぇ捕ってこいって言ったのに失敗しやがったなバース!」

「ぐ・・・申し訳、ありません・・・!」

 

ウェルク―――バースと呼ばれていた―――が経公さんに謝罪する。

あ、あれだけ強かったウェルクがあんなに下出に出るなんて・・・。

強さが未知数だ。

いや、もしかしたら戦う展開にならないなかもしれない。

一方的な殺戮。それが起こる確率もゼロじゃないと、瞳は表示を出している。

だから、警戒する。

経公さんの一挙一足に!

 

「まーいいや。どうせ終わりだからな」

 

経公さんは首筋を掻きながら俺を見据えてこう言った。

 

「――――――おい坊主。今すぐ瞬龍置いて逃げるか、ここでこの青龍偃月刀の餌食になって死ぬか。どっちか選べよ」

 

 



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真実

「・・・妙だな」

 

昇りきった朝日を背にした経公さんがそう呟く。

その呟きを頭の片隅におき、俺は今の状況を分析する。

まず俺の状態だ。

瞬龍が手元に戻ってきたとはいえ、ISとの物理的なリンクが切れていた代償は大きい。

先ほどから俺のデータを再び入力しているのか、視界の隅に複雑な文字や数字の列が流れている。

俺の身体の状態から言ってもあまり長い時間の戦闘には耐えられそうにないぞ。

次に、サラ。

サニーラバーを再展開したサラは俺と違ってISの方は問題ないようだが、ウェルクから受けた杭のダメージが意外に効いているように見える。こちらも全力とはほど遠そうだ。

そして束さん。

束さんの操る武器は正確にはISではないがその戦闘力は高く、事実ウェルクのIS『牙龍』を圧倒していた。

対して相手は経公さんとウェルクの二人だが、ウェルクの方は戦えそうにはない。

三対一。

客観的にはこちらが有利だが油断するわけにはいかない。

先ほどの台詞――

 

『―――瞬龍置いて逃げるか、ここでこの青龍偃月刀の餌食になって死ぬか。どっちか選べよ』

 

――からも分かる通り経公さんは俺たちに対して敵対的な立ち位置にある。

死んだはずの人間が生きていた例はウェルクの時に経験しているから分かるが、恐らく経公さんは双龍側の人間―――つまり敵だ。

 

「――なにが妙なんだよ。俺にとっちゃ生きてるあんたの方が妙に映るぜ」

 

俺は戦闘に備えて密かに展開した「流桜」の薬室に通常の弾頭とは違う特殊弾頭の弾を籠める。

もし、経公さんが本当に双龍の人間だった場合―――

 

――――鈴が来る前に仕留めてやる。

 

「おおっ、良いねェその眼。状況的にはBシステムになり得ないってのにその殺気。―――さっきの質問への返答ってことで良いんだよなクレ坊?」

「悪いが俺は双龍について色々知らなきゃならないんだよ。だから瞬龍(コイツ)は手放せない」

 

俺が向けた眼に俄然やる気を出したのか、経公さん―――経公が背負った青龍偃月刀を手にした。

 

「束さん、サラ。俺にやらせてくれ。あの人と話がしたい」

 

背後にいる二人に向けて告げると同時に、経公が手にした武器を構えて先手をとってきた!

 

「わりぃがクレ坊! 俺達も大人の事情ってやつが有ってだなァ、ソイツと甲龍が必要なんだよ!」

 

上段から降り下ろされた刃を時穿で受け止める。

青龍偃月刀――俗に言う青竜刀は日本刀とは違い、重さで相手を叩き潰す武器である。

その重い刃を受けた俺はその衝撃を受け止めきれず、バックステップでその場から回避。

離れる際に先ほど籠めた銃弾を経公に向けて発砲する。

銃弾が見えているのか、経公はなんと自身に迫り来る銃弾を斬ると言う技術を見せつけ―――。

 

「・・・・・?」

 

―――ると同時に、割れた弾丸の内部から白い煙幕が噴出し、辺り一辺を真っ白な煙で染め上げていく。

煙幕の範囲外にいた俺は両手の衝撃砲『轟砲』を構えるとエネルギーの許せる限り連射していく。

打ち込んだ砲弾の数は23。そのすべてに手応えがあったが―――まだだ。

 

「ハッハー! 今のはスカッとしたぜクレ坊!」

 

笑い声を上げながら煙から突進してきた経公は言わずもがな無傷。

それどころか余計に相手を昂らせてしまったようだ。

 

「俺も衝撃砲積んどけば良かったかもなぁ・・・。ちっ、共青団出身の政治家は頭が固くて用意してくれなかったからなぁ」

「共青団って・・・。あんたもしかして中国政府の元エリートかなんかかよ・・・ッ?」

 

咄嗟に時穿を前に突きだし、青龍偃月刀の一撃を受け止める。

て、手がビリビリしやがる・・!

 

「ああ、そうだ。俺は今じゃ双龍で全体の指揮取ってたりするがな、元々は中華料理人な上に中華政界の秘蔵っ子だぜ? 笑えんだろ?」

「笑えるかっての!」

 

強引に経公を押し切り、続けざまに斬空を二撃放つ。

 

「一体なんで瞬龍や甲龍・・・・いや、鈴を欲しがる!? 親の情とか言ったら絶対に斬るからな!」

 

意図も簡単に斬空の見えざる斬撃を避けた経公は俺を見るとハァー、とため息をついた。

 

「なんだよお前、自分が戦ってる世界のことも知らずに力を振るってるのかよ。おい篠ノ之博士。息子に状況説明ぐらいしてやったらどうなんだよ?」

「今は束さんは関係ない。あんたは双龍の幹部的な地位にいるんだろ。だったらあんたから聞かせてくれよ。どうして二年も鈴の前から姿を消した?」

 

そう言うと経公は――

 

「・・・・仕方ないな。――聞けよクレ坊。IS(これ)人類(おれたち)の作り上げたものじゃない」

 

そう、話始めた。

 

「今から12年前、とある女の子が自分の家が所有する山中で奇妙な物を見つけた。なんだと思う?」

「・・・・知るわけないだろ。良いから話せよ」

「あーあ。イヤだねぇせっかちは。聞き手の反応がねぇとこっちも話す気が失せてくるぜ。・・・・・まぁいいか。とにかくだ、その日少女は光る人間を見つけたんだ。裸の上に何故か鉄の鎧を纏ってな」

 

経公は自身が纏っている偃月の装甲をこんこんと叩いて続けた。

 

「―――それが世界に初めて現れたISだ。――といっても技術化されるのはもう少し後なんだが今はいいだろ」

「・・・・・待て、それじゃあ今俺達が纏っているのは・・」

「違う違う、落ち着け。話はこっからだよ。―――女の子が少女を見つけたとき、その少女は今にも死にそうな状況だったんだ。見つけた女の子はなまじ頭が良かっただけにその場で技術を駆使し、本能に従った」

「本能に・・・?」

 

俺が意味が分からないという顔をすると経公はニヤリと口元を歪めた。

 

「少女はその生まれ持った強い探求心に従い――少女の身体を開き、その場で中核を成す部分の組織を一部切除した」

 

それは、つまり・・・・。

 

「―――そう、あの日の私は異常だった。彼女に魅せられた私はその場で彼女の核を奪い、心を手に入れた。人を殺したんだよ。――ーううん、人じゃない。世界初の『超界者』を」

 

俺の言いたいことをいつの間にか隣に居た束さんが代弁し、更に説明を付け加える。

 

「そう、そうだったよな篠ノ之博士。でも俺はあんたを責めないぜ。あんたは『核』を利用はしてもその『心』までは棄てなかった。だから、今起きてる問題は解決できる」

 

・・・マズイ。早くも話に取り残されてる感じだ。

経公が言った女の子とやらは恐らく束さん。そして山中で死にかけていたと言う少女がISを装備していたってことか。

 

「まて、それじゃあ束さんはISを開発した訳じゃないってことか?」

「いいや、それも違うぜクレ坊」

 

またもや、経公が否定する。

 

「確かに篠ノ之博士はISを根っこから開発した訳じゃない。だが、手に入れた核を複製することには成功したんだ。昔は今ほど『超界者』の数も多くは無かったしな。それに、ISを一機作る為に超界者を一人殺してたんじゃ効率が悪い。だから世界中のあらゆる機関が血眼になって超界者の核―――即ちISの元となるコアだわな。それをかき集めてるっていうのにそれを余所に核を複製、それをもとにISなる兵器まで作っちまった時には笑いが止まらなかったぜ?」

 

経公は当時のこと――10年前を思い出しているのかクックックと喉を震わせた。

 

「―――でも、私には理念があった! 私が解析したコアには想像を絶する力が秘められていた。 あれがあればエネルギー問題は元より、私が提唱した外宇宙への進出だって可能になるはずだったのに、それを双龍(あんたたちが)が・・・!」

 

束さんが経公を責めるように言う。

すると、経公の笑い声はぴたりと止んだ。

 

「――――クレ坊。こっからが本題だぜ。さっき言った篠ノ之博士の輝かしい功績はな、その女(篠ノ之束)の功罪で言うところの功のほうだ。無論、罪だって存在する」

 

経公が束さんに向ける目。

それはとてつもなく冷ややかで、侮蔑するような力が込められていた。

俺に向けられたわけではないのに、思わず身震いしてしまった。

恐怖。俺は今、あの男に恐怖している・・・・ッ!?

 

「篠ノ之博士がISを発表してから数ヶ月経った頃だ。隠蔽されてたが世界中のIS研究機関がいくつも襲われ、または破壊されていた。超界者(ヤツら)は探していたんだよ。昔死んだ少女の『心』を、な」

 

心――。これが意味するモノとは一体何なのか、俺の頭は一歩一歩理解に近づきつつあった。

 

「俺はその頃には共青団から双龍の指揮官になってたんだがな、事態を重く見た中国は早急に対超界者用の武器にISを利用することを決定付けた。技術が進歩し完成された兵器を駆る超界者に太刀打ちできるまで待ってな。そうして始められたのが『双龍計画』だ」

「つまり瞬龍、甲龍ってのは――――」

「そうだ。超界者――次元の向こう側の世界からやって来る破壊者に対抗すべく造られたISだ」

 

頭のなかがぐらりと揺れた。

俺は知らないことが多すぎたのだ。

元より二年ほどしか生きていないから仕方のないことかも知れないが、衝撃が大きすぎた。

 

「・・・・それじゃあ、なんで俺達が操縦者に選ばれたんだ・・・?」

 

俺は聞きたいとは思っているはずがないのに、それを問い掛けてしまった。

俺と鈴は何のためにISに乗っているのか、ここからの話はそれを悪にも善にもすると言う直感があった。

 

「――それに関しちゃソッチが説明してくれると思うぜ?」

 

予想に反して、経公は顎で束さんを指し示した。

指された束さんはとても言いづらそうに語りだした。

 

「私が死なせてしまった『超界者』は、所謂女王、という地位にいた個体だったようで、『核』と『心』を奪われたとだけあって、その他の超界者はその両方を探し始めた。理由は簡単。その二つがあれば再び女王を再臨させることができるから。中国に加えてイギリス、日本は二つともを超界者に返還する、ということで合意がなされた・・・。でも私はその時には既に核をISのコアとしてとある実験に使っていたの。――そのISが瞬龍」

 

束さんはそう語った。

 

「―――それを知った俺達双龍は実験事故を装って瞬龍を奪取しようと考えた。篠ノ之束が所持していると思われる『心』も一緒にな。それがあの日、俺が姿を消した実験の日の真実ってわけだ。先攻部隊が突入し、試験稼働中の瞬龍を奪い取る。そういう手筈だった」

 

「―――だけど、俺が暴走したせいで失敗したって訳か」

 

束さんから引き継いだ経公の話を更に俺が引き継ぐ形で完結させる。

 

「暴走って言うとちょっと語弊があるよクーちゃん。あの時の暴走の正体は『限界超越(オーバーリミット)』。超界者が纏うISにも同じ特性がある、言うなれば切り札だよ」

「切り札・・?」

 

束さんの説明に眉を寄せる。

ISの切り札といったら言わずもがな単一仕様能力(ワンオフアビリティー)だ。

束さんの話からすると、このIS、瞬龍にはそれ以上の能力があることになるぞ。

 

「分からねぇかクレ坊? そのISはオリジナルだ。世界中で流通しているコアが篠ノ之博士による複製品だとしたらお前のそれは紛うことなき本物だ。だから俺達はその女王の核で造られた瞬龍と鈴を必要とする。――と言うよりアイツの頭の中にある情報に用があるんだ」

「頭の中にある情報って・・・」

 

俺の身体は無意識に説明を求めようと束さんを見つめていた。

今までの話のなかに鈴が出てくることはなかった。

更に未だに一つだけ分からないのは、現在の『心』の在処。

大体予想はついていると自分でも自覚しているが、それを認めるわけには行かなかった。

それが本当なら、俺が負けるとどういう形であれ鈴は死ぬ。

 

目の前で束さんは俺を見ることなく真っ直ぐに経公を睨んでいる。

まるで、俺と話すことを拒むように。

 

「・・・本当は話すつもりはなかったけれど、クーちゃん。何があっても凰 鈴音を護って。私は彼女の脳内に情報として『心』を埋め込んだ。あの日の事故のあとだよ。あんなに都合のいいタイミングで襲撃があったおかげで、私は核と心が狙いだと知ることができたから、二機で一体と成れる双龍の傑作機、瞬龍と甲龍の中にそれぞれを封じ込めた。彼女が狙われるのはそれが理由。その後三国内で責任の擦り付けをしている間に双龍は独立した組織として活動を始め、今に至っているの。中国は私の取った行動を正しい判断だと認め、その事実をデータ上から抹消したけれど、双龍は知っていた。経公、貴方が知っていたから」

「それじゃあアイツに記憶がない理由は・・・」

「強制的な脳内情報の上書きのせいよ。負荷が掛かりすぎて一部記憶情報を抹消したの。そうした方が都合もよかったから」

 

束さんの物言いに、俺は小さな憤りを感じた。

束さんや経公が何を思ってどうしたのかは理解できた。

だが、実の娘を平気で犠牲にしようとする経公の不快な覚悟が、都合がいいというだけで人の記憶を消してしまえる束さんの達観が、気にくわない。

心の整理がついた瞬間、やるべきことがわかった気がする。

 

「整理するぞ。詰まるところ、女王を復活させて世界を守ろうとする双龍と、対超界者用のISを持つ俺達がどうにかしてくれるだろうと思っている日中英の三ヵ国がいざこざ起こしてるって訳か」

「・・・・まぁ、そう言うことだな」

「・・・そう言うことだね」

 

俺の強引な纏めに二人が曖昧に頷く。

 

「そうか―――――だってよ。サラ」

「そうね。一言で言うなら腹が立つわね。核と心があれば超界者は再び現れることができる。だったら肉体はどうするのよって話よね。 ・・・まぁ、この人を見れば一目瞭然なんでしょうけれど」

 

呼び掛けたサラは彼女の意見を言うと足元で再び捕縛されてるウェルク改め、バースを見下ろす。

 

「―――経公、あんたいったよな。核と心を返すって。それ、一体どんな形で返すつもりなんだよ(・・・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

彼らはわかっているはずだ。

その女王の復活。そのよりしろとなる肉体は鈴が使われると言うことを。

それでいいのか。

本当にいいのか。

少なくとも、俺は嫌だ。

 

「あんたら二人のどっちかに付け、と言われたら俺は渋々だが束さんの方に付く。その世界を壊す超界者ってのがそこにいるバースみたいなやつなら全部俺が相手をしてやる」

 

怒りから来る感情が俺の心臓の鼓動を早める。

ドッドッドッと単調なリズムを刻みながら、身体の機能が上昇していることに気がつく。

 

――――――特定のISコアを検知。Bシステム、起動。

 

瞬龍の指示にしたがって見た方向には。

 

「なんで・・・・・なんでお父さんが・・・」

 

鈴がいたのだ。

 

 

・・・・遅かったか。

俺は歯噛みした。

出来れば鈴がいない間にケリを付けたかったが、こうなってはそうもいってられない。

Bシステムが発動したお蔭でさっきよりはマトモに戦えそうだ。

 

「おお、鈴! まさかそっちから来てくれるとは思わなかったぜ。久しぶりだな覚えてるか? 俺だよ俺!」

 

経公は隠した思惑を窺えさせない笑顔で鈴に向かって手を振り、親しみ深い笑顔を向ける。

一方鈴は感極まった様子で、実の父がISを纏っている事実を気にしていない様子で目尻に涙を浮かべている。

ISを纏った二人が再会の喜びを分かち合おうと駆け寄る、が。俺はその光景があまりにも自然すぎて一瞬反応が遅れてしまった。

凰 経公。

その男の狙いは―――ー!

 

「鈴ッ! 離れろッ!」

 

とっさに叫んだ。

俺の叫び声に反応した鈴が俺の方を向いて「え?」と小首を傾げる。

その首の横を。

 

ブンンッ!!

 

―――振り下ろされた巨大な刃が通りすぎていった。

 

「・・・・・ちっ。別に殺しはしないぜクレ坊。鈴の身体は女王の復活に必要なモノだからな」

 

さも当然のように娘をもの扱いする経公。

異常だ。

改めてそう実感する。

 

鈴は反射的に武器を展開し、経公から距離をとる。

 

「クレハッ! どういうことよ?」

「訊くよりまず逃げろッ! その男の狙いはお前だッ!」

 

そういった瞬間、又もや経公の青龍偃月刀が煌めき、鈴に向かって振り下ろされる。

 

ギンッ!

 

鈴と経公の間に咄嗟に体を滑り込ませた俺は、時穿で青竜刀を受け止める。

 

「なによ・・・・何なのよこれぇ! なんでお父さんがIS使って・・・・わけが分からないわよ!」

「落ち着け鈴! とにかく逃げろ!」

 

混乱している鈴は今にもしゃがみこんでしまいそうなほど狼狽している。

まずい。非常にまずい。

このまま動けなくなってしまったら俺は鈴を護りながらこの男と戦わなくてはならなくなる。

本調子でも無いのだからその状況は絶対に避けたい・・!

 

「なんだよ坊主。やっぱりBシステムのトリガーは鈴になってたのか」

「それがどうしたよっ!」

 

一瞬だけ時穿の柄から片手だけ離して、流桜を握ると至近距離から通常弾を経公に打ち込む。

 

「ぐっ・・・・!」

 

シールドバリアーの効かない範囲、絶対防御が発動したのか経公の顔がほんの少しだけ歪む。

経公は先程とは逆に俺を蹴り飛ばすと、スラスターを吹かしながら距離を開ける。

空中で姿勢を整え、経公の姿を探そうとした瞬間、アゴに強烈な衝撃。

メリッと頭の中でイヤな音が鳴り響き、激痛が走る。

あ、顎を蹴り割られた・・・・!?

 

そう自覚した瞬間、続いて右脇に冷たい感触が一瞬だけ感じられ次の瞬間にはそれが猛烈な熱となって俺に襲いかかってきた。

 

「あ、アガッ・・!? が、アアアアアアッ!?」

 

顎の骨が砕けているため声がうまく出せない。

痛いと言うより熱い金属棒でも差し込まれたかのような猛烈な熱を右肩に感じ、自分の右肩を見るが、そこにはあるべきはずの肩が、ない。

 

「おーい。探し物はこれか?」

 

経公が、手に何かを掲げている。

 

―――――俺の、右腕―――。

 

頭が真っ白になる。

痛みすら一瞬消え去って、その事実を受け入れる準備をする。

シールドバリアーに絶対防御もあるはずなのに、それを突破して攻撃された。

肩から先がない。

時穿すら右腕が握ったまま経公の手にわたっており、俺は左腕で今さら出てきた出血を抑える。

 

「く、クレハァッ!?」

 

鈴の声が聞こえる。

だがその声も一瞬でかき消された。

どうやってか一瞬で移動した経公によって鈴が気絶させられたのだ。

しまった。鈴が向こうの手に落ちた。

なんとか・・・何とかして剣を手に取らないと・・・っ!

 

「ぐ・・・・フゥゥゥ・・・ッ」

 

そうは考えられるが身体が石のようになって動かない。

肩の熱が過ぎ去り、明確な痛みが俺の脳内を犯し続ける。

痛い痛い痛い痛い痛い。

・・・・・・・・止めてしまいたい・・・・ッ!

 

「――――止まってはダメだよクーちゃん! ぐっ」

 

束さんも、経公によって封じられる。

俺が謎の硬直で動けない間にサラも倒された。

なんで・・・、なんで。

Bシステムは効いているハズなのに。

経公はその先を行っていると言うのか・・・!?

 

血が・・・・・止まらない。

流れ出る赤い液体は重力にしたがって真下の海へと落ちていく。

俺にはそれが止められない。

まさに一瞬で俺たちを倒した経公が俺に向かってほくそ笑む。

これで、文句ないよな? とでも言うように。

ああ、そうさ。文句なんてあるわけがない。

俺には力がなかった。

鈴を護るだけの力が。

四月のクラス代表トーナメントの日、箒相手にかっこよく見栄張っておいていざとなったらこの様かよ。

くそッ。

欲しい。

力が。

必要なんだ。

だから、くれよ。

何人をも切り裂く絶対の刃を。

アイツを護れるだけの鎧を。

ちくしょう・・・・・・・・・・・・―――――――――――。

 

 

――――『初期化(フォーマット)』と『最適化(フィッティング)』の準備が出来ました。実行しますか? Y/N

 

 

 



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覚悟

お久しぶりです。
キャラ紹介行きます。

柊クレハ
IS瞬龍の操縦者。男。遺伝子強化素体。
超界者に対抗すべく製作されたIS瞬龍に乗るために産み出されたデザインチャイルド。
篠ノ之束の卵子をベースに産み出された。父親は不明。
単一仕様能力『?』


凰 鈴音
IS甲龍の操縦者。女。中国代表候補生。
共青団出身の父親を持つ高校一年生。
超界者にとって重要なファクターである女王の心をデータとして脳に保持している。
クレハが結構気になるご様子。

凰 経公
IS偃月カスタムの操縦者。男。双龍の実戦部隊長。
秘密裏に世界を攻撃する超界者を止めるべく、篠ノ之束が取り出した核と心を合わせて女王を甦らせようとする。

篠ノ之 束
ISコアの製作者。
ISの一部の機能については超界者の解剖によって得た部分が多いとされているが、彼女なしにはIS技術の確立は不可能だった。
クレハの実母。

ウェルク(バース)
超界者。IS牙龍の操縦者。
サラ・ウェルキンの兄、ウェルク・ウェルキンの姿をしているが中身は全くの別物。
経公の口ぶりから察するに性別は女性らしい・・?

渚 湊
ISサイレン・チェイサーの操縦者。女。日本代表候補生。
とある人物にそっくりな蒼い髪を持つ少女。
狙撃の腕はピカイチ。

超界者
時空を越えてやって来る破壊者。
過去に篠ノ之束が獲得した女王の核と心を探して現界する。
IS技術の元になっている。

双龍
強力なISを造り出して超界者と戦う日、中、英の三国が共同で作り上げた秘密組織。
経公が実戦部隊を率いて離反後、世界中から追われる組織となった。




・・・・なんだ?

身体が、何か温かい液体に浸かっている感覚がある。

口元には呼吸を行うためかマスクらしき器具が付けられていて、俺はそこから酸素を吸っていた。

・・・俺?

いや、僕だ。

僕は・・・ここで一体何をしているんだ?

 

「おや、お目覚めの時間の様だね。暮刃くん」

 

くぐもった声が、耳に届く。

液体を通しているからか、その声は元の声がどのような声なのか判別できないほどに変声されている。

僕が突然射した光に眉をしかめると・・・・――――

 

「初めまして、私が君のお母さんだよ」

 

ザパアと僕が入っていた容器――カプセルがひっくり返り、僕は初めて外界の空気に触れた。

 

「・・・・ここ、どこ?」

「おお、いい質問だね。流石は束さんの息子さんだよ~」

 

目の前に、照明を背に立つ女性のシルエットがある。

腰に手をあて、僕の顔を覗き込んでいる。

 

「さっきの質問に答えようか・・・・ってあ、質問の意味、わかるかい?」

 

女性の発言から察するに、この人はタバネと言うらしい。

僕はタバネの発言に少し気を損ねたのか、そっぽを向いて言った。

 

「・・・・それくらいは、わかる」

「ん、よろしい。束さんの英才教育が行き届いているみたいだね」

 

そう言うとタバネは大仰に胸を張り、自慢げに言った。

その際に巨大な胸部が重そうに揺れたが、一体あの部位は何なのだろうか。

なぜだか、僕の思考がそこに引き寄せられる。

―――甘えたい。

きっと今僕の脳内にある感情を表すのに、これほどピッタリな言葉は無いだろう。

 

「それで、ここがどこかについてだけれど、今の束さんからは詳しいことが言えない状態なのですよ。強いて言うなら某国の研究所って感じだね」

「研究所・・・・? なにを、研究しているの?」

 

研究所、という単語の意味することはすぐに分かったが、一体何を研究しているのか。それは僕の脳内には無い。

そのとき、照明が落とされ、周囲に何があるのか分かるようになる。

突然現れた機械類を眺めるように見回す僕を見たタバネは、少し困ったような笑顔を浮かべて言った。

 

「そうだね・・・。これまた強いて言うなら暮刃。君自身をだよ」

「僕自身?」

「そうだよ。君はこれから世界中のどこにでも行けるようになる。だから君はその行く先々で学ぶんだ。己とはなにか。自分自身とはどこにあるのか。何のために生まれ、どうして生きているのか。それがわかったとき、君は力の使い方を理解できるようになる。この広い世界が君の研究所だよ」

 

タバネの言っていることはほとんどが理解できなかった。

首をかしげた僕が可笑しかったのか、タバネは口角を吊り上げて笑みを浮かべた。

 

「そうだねぇ、まだ分からないか。まぁ、焦ることはないよ暮刃。君はこれから変化するための第一歩を踏み出すんだ」

 

そう言うとタバネは僕に視線をあわせるようにしゃがみこみ、両手を前につき出した。

まるで飛び込んで来いと言わんばかりに表情は慈愛に溢れ、同時に何故か悲しみまで伝わってきた。

 

「あ・・・。あぁ・・・」

 

僕はそんなタバネにずりずりと近づいていく。

身体的には少年と言える状態にも拘らず、僕の足には一切の力が掛かっていない。

手だけの力で床を這い、タバネの胸に抱きつく。

柔らかく、優しい感覚。

長らく求めていたような、けれど初めて感じる感動がそこにはあった。

タバネは、僕、暮刃の母。

そうか、これが母性と言うものなのか―――。

 

「それと・・・ごめんね。こんなお母さんを許して・・・っ」

 

頬に、水滴が落ちる。

何なのか分からずに、僕はそれを拭い取る。

 

「・・・・タバネ、どういうこと?」

 

そう問いかけたが、答えが得られぬまま、僕は何者かに抱き上げられ、顔や身体に布が被せられる。

必死に抵抗しようとするが、なにぶん力が入らないため抵抗らしい抵抗もできない。

タバネから遠ざかっていることを直感した僕は自分にできる精一杯を実行する。

唯一出来たこと、それは――――

 

「お母さん! お母さんっ!」

 

嗚咽を洩らす母親をただ呼びつつけるだけだった。

 

 

「――――今のはお前が見せた俺の記憶か。瞬龍」

 

酷く懐かしい記憶を追体験した俺は、ズキズキ痛む頭を押さえながら上体を起こす。

・・・・見慣れた場所だ。

イギリスの国内にあった秘匿研究所第三施設。

そこの試験場だ。

 

「―――そう、あれは貴方の根底にある、最も古い記憶」

 

虚空が歪むようにして現れたのは一人の少女。

緩やかなウェーブを描く蒼い長髪に、真っ白な肢体。

服を着ておらず、とても扇情的な姿をしているが不思議と不快感は無い。

ただただ、美しい。

そう思わせるほどに、彼女は美しかった。

 

「最も古い記憶って・・・・アレか。俺の記憶が違ってるのはただただ思い出せないだけなのか」

「そう、本来ならあるはずの無い記憶があるのは脳の状態的にも良くない不自然な状態。でも彼女――篠ノ之束が貴方の精神安定を図るために無理矢理記憶を植え付けた」

「なるほどな」

 

俺は立ち上がり、久しぶりにこの施設を見渡す。

俺の記憶から再現しているのか、壁の傷などが俺の記憶の通りに付けられている。

見下ろすとIS学園の制服を着ているようだが、ここに入る前の戦闘のせいか右腕がない。

 

「・・・・さっきは直感でお前のことを瞬龍って言ったが、間違いないのか?」

「その点については肯定するが、一部訂正がある。私は瞬龍という個体名ではない」

「? 本名じゃ無いってことか。それじゃあ何なんだよ」

 

そう訊くと瞬龍は少し黙った。

 

「・・・・・エリナ」

「エリナ? 随分と日本的な名前だな」

 

てっきり意味不明な単語が飛び出してくると思ったから拍子抜けだ。

 

「同意するがこの名は私が付けた名ではない。死にかけていた私に束が付けてくれた名前だ。元々私たちには名前という概念はない」

「死にかけていた時に束さんがって・・・・エリナ、お前が超界者の女王ってやつか」

「肯定する」

 

あ、あっさりと言質取れたな・・・・。

・・・・・だけど言質とったとしてもどうすればいいんだろう。

俺が持ってるのはコアとしてのエリナの一部だし、経公や束さんの言葉によればエリナの心は鈴が持っていることになる。・・・・ってこいつの言葉が妙に機械的なのは心が無いからか。

 

「あー、一体ここってどこだ? 一瞬でイギリスまで飛べる訳じゃないし、まずあの研究所は無いんだぜ? どこにいるんだ俺は? 瞬龍の中か?」

 

本格的にやることを見失った俺は手持ち無沙汰に適当に疑問に思ったことを告げた。

 

「・・・そうか。貴方にとっては初めての体験だったことを失念していた。貴方の質問は根本的なところで間違っている。貴方が移動したのではない。私が貴方の心に入り込んでいる」

 

エリナはそう前置いた。

 

「私が今貴方の中にいるのは、今現在貴方と瞬龍の間で接続の更新をしているから。このタイミングで私は貴方に聞いてみたいことがあった」

「? 聞いてみたいこと?」

 

座ったエリナに合わせて自分も床に腰を下ろす。

 

「貴方は先ほど、強く力を求めた。それこそ束が封じていた接続の更新――『初期化(フォーマット)』と『最適化(フィッティング)』を実行してしまうほどに。それはなぜ?」

「・・・・・なぜ、か・・」

 

予想外の質問に多少面食らったが、答えは直ぐ様見つかる。

 

「そりゃまぁ、鈴が危ないって言うなら助けなきゃならんだろ。人間なら普通に持ってる助け合いの精神だ」

「その説明では不十分。事実、束は死にかけている私を発見すると少し会話をしただけで直ぐ様刃物を入れた。助け合いの精神とは言えない」

「・・おい」

 

束さんの凶行に下を巻いた。

何してんだよあの人・・・・。

 

「・・・・質問を変える。なぜ凰 鈴音が危ない場合だと限定した。 それは言葉の綾なのか貴方の随意的な選択による結果なのか、私は知りたい」

「何故鈴なのかって言われてもな・・・。あいつとは一応ペアとして登録してあるわけだし、それじゃ理由には足りないか?」

「・・・・・不十分と判断する。貴方の経験では常に危ない役を押し付け会う二人の女性がいる」

「あー、うん。フォルテとダリル先輩か・・・・」

 

そういえばコイツ、いろんなこと知ってるなー。

まぁ、俺と一緒に居たんだからそりゃ知ってるだろうけど・・・・。

・・・・・一体どこまで見ているのか気になったが訊くのは止めておこうかな。うん。

 

「・・・別に、俺もハッキリとした理由がある訳じゃないんだが、何て言うかだな。 ・・・・・・ただの意固地なんだと思う」

「意固地?」

「そう。意固地だよ。俺がアイツを護るのは。お前がこの空間にいるってことは俺の記憶見てるんだろ? 俺は昔、鈴のことを護れずに、危ない目に会わせちまったんだよ。だから俺がアイツと一緒にいて戦うのは一種の罪滅ぼしなんだよ」

「・・・・・理解できない。自身を犠牲にした上に他人を立てるなど我々の概念にはない。それは自己陶酔。ただ自分を犠牲にして他人のために生きているという傲慢な考え方」

「確かにそうかもな。鈴にも怒られたぜそうやって。・・・・でも、過去に壊れそうだった俺を助けてくれたのは鈴だ。アイツには記憶も自覚も無いかも知れんがそのところは感謝してるんだ。だから俺はその恩を返しているだけ。どれだけ身勝手だと言われようが俺は変えるつもりはない。・・・それにだな」

「それに?」

 

「――――男が女の後ろで腰引いててどうすんだよ。俺は女子は苦手だが決めるところはしっかり心得てるつもりだぜ」

 

そういった瞬間、周囲の風景が変わった。

 

『あんたすごいじゃん!』

 

初めてあった日、アイツは満面の笑みで偽物だった俺を受け入れた。

 

『はいこれ。束さんが。クレハとあたしで半分こしろってさ』

 

試験稼働実験終了後、施設の屋上でお菓子を半分に割って食べたこともあった。

二人ともそこそこ大喰らいだったのにお菓子半分とはなんとも寂しい話だったが、そんなことはなく俺は彼女の優しさが純粋に嬉しかった。

 

『ば、ばっかじゃないの!? あたしが料理を練習すんのはあんたのためじゃ無いんだからね!?』

 

ああ、そう言えば中華料理食わせてくれって頼んだこともあったなぁ。

まぁツンデレじゃなくてマジで食わせてはくれなかったけど。

 

「・・・・・・これが、貴方の記憶か・・・」

 

俺が鈴と経験した時間を一通り見終わったエリナは、深く頷いた。

 

「そうだ・・・つーか人の記憶勝手にのぞいてんじゃねーよ。個人の侵害だぞ」

「そう言わないでほしいクレハ。今ので私は理解することができた。詰まるところ貴方は彼女のことが―――」

 

エリナが、なにか決定的なことを言おうとしている。

言わせてはいけないと直感した俺は反射的にエリナの口を押さえようと――――したところでエリナが、クスリと笑みを浮かべたので飛び出す寸前のところで止まる。

 

「・・・・・これは今は黙っておく。今後も貴方とは一緒にいるわけなのだから面白い経験値が積めそう」

「おい、人を玩具扱いするような発言はやめろ。て言うか俺たち死にかけてるんだぞ。今後も糞もあるかっての」

 

俺はふて腐れたように吐き捨てる。

まるでさっきの束さんとの記憶の中の俺みたいだと思って内心羞恥に悶える。

 

「聞いていなかったの? 初期化と最適化の準備はっ整っている。貴方の強い想いが束のプロテクトを破ったのだ。貴方の覚悟次第ですぐにでも実行に移せる」

「覚悟、だと?」

「そう。覚悟。想いは人を強くする。それが束がコア()に組み込んだ唯一のプラグイン。(瞬龍)というISは使用者の思いの強さによって機体が強化されていくらしい。今回は最初のパワーアップというわけ」

 

エリナは俺の心象世界だというのに手元にホログラフィーウィンドウを表示させ、今の瞬龍と最適化後の瞬龍のスペックデータを比較する。

明確なパワーアップが見られ、諸々のスペックが俺の戦闘スタイルに合わせられて調整されている。

 

「それだけじゃない。今の私は貴方の記憶から『心』と言うものを擬似的に得ている。感情と言うのはとても気分のいいものだと理解した。だから私はこの昂りに任せて貴方にさらにサービスする事にする」

「サービス? へんなものは要らんぞ」

「? 一体何をいっている。本来なら第一形態では使えないものだが、私とより密接に繋がった貴方なら使いこなせる。単一仕様能力、『超越世界』の使用を解禁する」

 

エリナが画面上に現れた鎖を引きちぎり、何かの警告に迷わず許可を選択する。

瞬間、それまであった風景が一斉に崩れ落ち、世界が闇に閉ざされる。

 

「・・・・・いままでウンともスンとも言わなかった瞬龍(お前)がいきなりここまで世話してくれるなんて、なにか裏があるんじゃないだろうな?」

「裏か・・・。そう言えば人間はよくわからない場面で嘘を吐いていた。安心して別に何も仕掛けてない。・・・・強いて私の望みを言うなら鈴音を死ぬ気で護ること」

「それこそ安心しろ。誰にも殺させる気はない。でもなんでお前が気にする?」

 

言っていると次第に視界が揺れいていくのを感じた。

まるで眠りについていくように瞼が重くなっていく。

 

「簡単な話だ。彼女の中にある私の心は私にとっても重要な物なのでな。絶対に無くさないようにゆめゆめ気を付けることだな」

 

視界が暗くなっていき、瞼が完全に落ちてくる。

 

「貴方は耳にタコが出来るほど聞いたかもしれないけれど言っておく。『変わり続けろクレハ』。それが貴方が生き抜いていける唯一の手段だ―――――」

 

手を伸ばすも、空を切る。

先程と同じ場所にいるのか分からなくなってきて、自分が立っているのか座っているのか曖昧になっていく。

遂に何も感じることのない虚無の世界にたどり着いたが、たったひとつだけ、胸のなかに暖かな光があった。

これは、きっと。俺の力なんだ。

 

 

 

―――『初期化』終了。最適化を開始。進行率23%―――――『最適化』終了。

―――IS『瞬龍』起動します。

 

変化は劇的だった。

海面に向けて落下中だった瞬龍の中で進行バーが埋められていき、一瞬機体が銀色に輝く。

 

「・・・・・なんだっ!?」

 

鈴を担いでいた経公がその眩さに顔をしかめる。

鈴をラチろうなんて、誰がさせるかよ。

 

俺は再構成された瞬龍の脚で、空中(・ ・)を蹴った。

 

伸ばした左手に握られた剣、二式時穿(にしきときうがち)で、急速接近した経公のIS偃月を切りつける。

すれ違い様に見た経公の瞳に俺は映っておらず、ただ驚愕の色のみが見てとれた。

それもそのはずだ。

今の一撃は完全に相手の認識の外からの攻撃だった。

しかし、それは不意打ちなどではなく真正面からですら相手の認識には入らない。

 

速すぎるのだ。この瞬龍が。

 

「ぐっ、クレ坊・・・・。やってくれたじゃねぇか・・・」

 

小脇に鈴を抱えて浮遊する俺を経公が睨む。

俺のIS瞬龍は最適化の際に外見の装甲も変化させた。

基調となる銀色は変わらずに、所々に入っているのはエリナとの髪と同じ色の蒼。

流麗なラインを描く肩の装甲も更にシャープなデザインになっていて、一目で先の超速度を可能にしている一因だと直感した。

視界の端に映るカウントダウンは恐らく瞬龍の――――いや、俺の生きている時間だろう。

意識が戻ってから痛みは無いが、右肩から止めどなく血が滴り落ちている。

約五分。それまでに目の前の男を止めるんだ。

 

「悪いな、経公。俺は死ぬ気もないし、鈴をやる気もない」

「バカ野郎、ないないで全部が通るレベルはとうに越えてるッ。戦争は既に目の前にまできてんだよ! 誰かの犠牲なしに収められると思うなよ!」

 

それ以上は、喋らせなかった。

瞬時に背後に移動した俺はそのまま時穿を振るい、経公の背部からダメージを狙う。

 

「ッ!?」

 

ギンッと短い金属音がなり、俺の剣と経公の青竜刀が切り結ぶ。

 

「・・・てめぇ、さっきの間に最適化を済ませやがったな・・・? 篠ノ之のやつ、なんつータイミングの悪さだよ・・・!」

「絶好のタイミングだったよ。俺にとっては、なッ」

 

青竜刀を押し退け、経公を真後ろに吹き飛ばすと同時に瞬時加速で更に追撃。

経公を海へと叩き落とす。

Bシステムは今でも効いている。

戦闘による高揚状態が続いているのか、はたまた鈴の意識がまだあり、瞬龍がそれに反応しているのか。

まぁ、何でもいい。

今はこいつをぶちのめせる。

それで十分だ。

右手がないので左手で剣と銃を持ち、流桜の特殊弾、炸裂弾を海面へと打ち込む。

次々と高い水柱が上がり、海面を白く泡立てていく。

付近にあった小島に鈴を下ろした俺は泡立つ海面を見る。

 

「・・・おい。出てこいよ。この程度じゃねぇんだろ」

 

そういった瞬間――――シュッ!

 

勢いよく飛び出した粒子砲が俺の頬を掠め後ろに流れていく。

 

「良いのか? 鈴を放置して。大切なんだろ?」

「今はいいさ。まずはテメーをぶっ倒してやる」

 

余裕ぶった態度は止めろよ経公。

俺は今からテメーをぶっ潰すぜ。

時穿を握った左手に、右腕ぶんの装甲が展開されていく。

上手く噛み合っていないのか動かすたびにガキガキ音がなるが、まぁいい。

多分エリナが右腕ぶんのエネルギーを回してくれてるのだろう。

今まで以上に瞬龍とリンクがとれている気がする。

 

「ぶっ倒す? そんな死にかけでよく言うなお前。さっきは不意をつかれたが奇跡は二度は続かんぞ?」

 

経公も右手に青竜刀を構え、左手を添えた。

まるで日本の侍みたいな構え方だ。

経公の声をききながら俺は――――

 

(全身で五ヶ所の骨折、脾臓損傷。脇腹の痛みはそのせいか・・・・。っとぉ、こりゃ腎臓もイッてんな・・・・・)

 

全身、その隅々をチェックした。

普通の人間なら痛みにのたうち回っているだろうが、生憎俺は普通じゃないんでね。

右腕がないこと以外、普段と変わらねぇな。

ていうか、不意なんて突いてねぇよ。

真正面から鈴をかっさらっただろうが。

 

「奇跡なんか俺だって信じてねぇよ。ただ――――こっからは本気でいくぜ」

 

鈴が見てないなら都合がいい。

どれだけグロくこいつを処理しようが見てないならトラウマになり得ない。

 

殺れる。

今の俺なら間違いなく経公を殺れる。

 

「んじゃ、一つルールでも決めようぜ経公」

「ルール?」

「あぁ。先に死んだ方が敗けっていうルールはどうだ?」

 

そう言うと俺は―――ドゥッッ!

 

空中を蹴りつけ、回転しながら時穿を振るう。

睨み付けるように狙いを定めると―――首もとに―――降りおろす。

 

ガスッッッ!

 

「――――ッツラァ!!」

 

獣のような声を経公が発し、時穿を受け止めたが威力を消しきれず弾き飛ばされる。

 

今ので奴もわかったはずだ。

今の俺は、Bシステム発動時よりも高い戦闘力を獲得している。

そしてその戦闘力は経公のそれよりも数段上だ。

―――振り切った左手が装甲の重みで軋む。

・・・軋むくらいがなんだ。左腕が飛んだら次は口で柄を握るまでだ。

 

「ッ!」

 

追撃の為に宙を蹴った俺を見て、経公が息を飲む。

―――遅い。

すっ飛んでいく経公の真横に付いた俺はまた、時穿を振るいダメージを与える。

上手いこと空中で姿勢を正した経公は反撃とばかりにスラスターを全力で噴射させ、俺に突進する。

 

「―――死ねッ!」

 

刃を抜くかと思いきや、経公が取り出したのは小型の荷電粒子砲。

さっき俺の頬を掠めて飛んでいったやつか。

経公は俺の眉間に狙いを定めて、引き金を引いた。

それに反応した瞬龍が、体感時間を大幅に引き延ばし、時間感覚の遅滞を引き起こした。

これは・・・・超高速戦闘時に引き起こされるハイパーセンサーのオーバークロック―――スローモーションの世界だ。

 

銃口から放たれた輝く粒子が、俺めがけて飛んでくるのが分かる。

―――分かる、と言うことは即ち・・・・避けられる。

 

「斬れ―――時穿」

 

そう発音すると左腕が俺の意思とは関係なく動き始め、粒子弾目掛けて斬空を放つ。

空間の切れ目に吸い込まれるようにして消えた粒子弾を見送った俺は体を捻り、経公の持つ粒子砲を時穿で弾き飛ばす。

経公は粒子砲を弾き飛ばした俺の隙を突き青竜刀を逆手に構えると、下段からの切り上げ―――

 

「――――止まって見えるぜ。経公」

 

絶好の隙を窺っての経公の攻撃は儚くも失敗に終わる。

粒子砲を弾き飛ばした俺は、経公の視線で狙いを悟るとすぐさま時穿を逆手に構え、青竜刀の刃と噛み合わせたのだ。

ギチギチと白刃と黒刃が噛み合って音をたてる。

そのまま動かないヤツを俺は蹴飛ばすと、あることに気がついた。

・・・・左肋骨の骨折が治ってきている。

さっきまで剣を振る度に痛みが走ってたが、今はもうそんな事はなく、全快している。

よく調べればさっきまであった擦り傷や裂傷も治癒している。

骨折や内蔵損傷と言った重症を優先的に生体再生で治し、軽傷は後回しにしたんだな。

無限に戦えそうだぜ。

 

「おい。どうだ経公、死ぬのが怖ぇっていうなら首を一撃で跳ねてやるぜ」

「・・・・ハッ、流石は女王の核が使われてるだけはあるな・・・。まさかカスタム偃月がここまで遅れをとるとは思わなかったな」

「じゃあ諦めてくれるっていうのかよ?」

「冗談じゃないぜ。クレ坊の言う諦めるっていうのは命を、ってことだろ? そう簡単に捨ててたまるかってんだよ」

「じゃあどうするんだよ。テメーの持ってるのはただの青竜刀にその他もろもろの強化パーツ。戦闘の役に立つようには見えないぜ」

 

俺は経公の装備を時穿で一つ一つ指しながら言う。

 

「確かに、今の俺じゃお前には勝てないな。スペック値から見ても、どうせ単一仕様能力使えるようになってんだろ? なんだそれ嫌みか」

「別にそう言うつもりは無かったんだがな、発動のタイミングが分からなくて使いそびれたぜ」

 

俺は分かっていた。

経公のこれは、恐らく時間稼ぎ。

ヤツは、何かを待っている。

増援か、救助か、はたまた自分自身をか。

何を待っているにせよ、バカみたいにそれに付き合う気はサラサラ無いぜ?

 

「―――なら今回だけはその気まぐれに感謝しとくぞクレ坊。―――十分だ」

 

ボロボロの経公はそう言うと青竜刀を構えた。

 

「単一仕様能力『狂人乱舞(Bシステム)』、発動」

 

経公がそういった瞬間、ヤツから放たれる圧力や殺気が何倍にも増した。

その感覚には身に覚えがある。

――――間違いないBシステムだ。

考えてみればこのシステムは双龍の開発だったはずだ。

だから経公が使えてもなんら不思議はない。

だが、元々高かった奴の戦闘能力がBシステムによってどれだけ向上させられるのか、未知数だ。

 

「今度は、こっちから行くぜ」

 

渋い声を発した経公は俺との距離を一足で詰めると――――ザッ!

青竜刀を、切るのではなくなんと突きの用途で使いやがった。

重量のある青竜刀で繰り出される正確無慈悲な神速の突き。

ま、まずいぞ。

今の俺でも反応できなくなってきた・・・・ッ!

しかし、今なお経公のスピードは上がり続けている。

瞳の表示によれば秒間5回という驚異的な数字だ。

俺のBシステムとは発動前との能力差が比べ物にならないほど大きい。

使用者によって個々まで差が出るシステムだったのか!?

 

「Bシステムってのはな、元々多対一のシチュエーションを想定して計測された必要エネルギーをたった一体の敵のために費やす謂わば諸刃の剣だ。今の俺は最低五人。ISを纏った兵士五人ぶんの戦闘能力だと思って掛かってこい」

 

経公は指先をくいくいと曲げ、挑発してくる。

だが。

 

「・・・・・くっ・・」

 

俺がうめいた瞬間、視界の隅になにやらキラリと光を放つものが現れた。

その物体は俺の真横を螺旋に回転しながら突き進み、まるで吸い込まれるように経公の左胸に突き刺さる。

そこで気がついた。

今のは―――――ライフル弾だ。

 

「――――でしたら一人くらい相手が増えても構いませんよね」

 

開放回線からあの声が聞こえる。

こ、この声は・・・!

 

「すみませんクレハさん。サイレンチェイサーの再構成に手間取ってしまいました」

「ミナトか!」

 

ミナトだ!

一夏と箒を助けたあとミナト自身も治療を受けているという話だったが回復したみたいだな!

 

「織斑先生から指示を受けてきました。支援攻撃に支障はないレベルまで回復したので私も戦いますよ」

「おう、スゲー助かるな。俺以外全員昏倒(スタン)。相手の戦力は未知数だ。隙があったらじゃんじゃん撃ってくれ」

「―――――はい。ですが先に手は打たせてもらったのですが良かったですか?」

「手・・・?」

 

疑問に思い、先程のライフル弾が当たった経公を見てみると――――――

 

「なんだ・・・・このウィルス!? 武装が・・・ッ?」

 

――――ISの装甲の一部が形状を保てなくなり、粒子となって消え始めていた。

 

「―――一昨日、ホノルルで会った二人に渡されたUSB、覚えていますか。あの自壊プログラムを撃ち込みました」

 

ミナトの言葉にハッとする。

ホノルルであの二人・・・教官とマキナの二人に渡されたものと言えば、時代遅れのUSBだ。

だが、あの中身はISを自己崩壊に追い込むウィルスソフト。

まさかミナトのやつ、それを弾丸にプログラム処理して撃ち込んだのか!?

 

「狙いは左胸。胸部装甲左7センチにある接続端子。狙いは正確です」

 

その狙撃の結果は火を見るより明らかだ。

明らかに偃月は形状を保てなくなってるぞ。

そしてそれを操る経公は隙だらけだ。

 

「決着は急いでください。私の見立てが正確ならあのISは約三十秒で消滅します」

「――――分かった」

 

俺は不安定なISを纏う経公の前にたつ。

 

「あー、畜生。まさかこんなたち悪いウィルス持ってるとは計算外だぜクレ坊。きたねーな」

「その汚い手段で助かったからあんまり堂々と言えないが、決着、着けようぜ」

「なんの・・・だよ?」

「決まってんだろ。死んだ方が敗け。勝てば自分を貫き通せる」

「はん・・・。生憎だが貫き通す自分なんて二年前に捨てちまってるよ。・・・・でもまぁ、そうだな。もう一度中華鍋振って炒飯作りたかったなぁ」

 

消滅しかけた青竜刀を強く握りしめる経公。

ウィルスの侵食から逃れた青竜刀は辛うじてその形を失わずに経公の手のなかに収まった。

 

「諦めんなよ経公さん。生きてればまた店開けるようになるぜ」

「バカ言うなよ。この勝負、どっちに転んだって俺はもう二度と店なんて開けないさ。死人には味見する口がねぇからな」

 

それは自分が敗けると思っているのか、それともまさに死合に望む際の覚悟の現れだったのか。

どちらにせよ。この勝負ではどちらかの望みが潰え、どちらかの願いが成就する。

俺が望む鈴の未来。

経公が望む世界の未来。

どちらも望むものは同じ未来だというのに争わなければならない現実が俺は恨めしい。

 

「行くぜ、経公さん」

「ああ、来いよ坊主」

 

俺は左腕一本で時穿を上段に構えた。

経公はそれに対するように下段に構え、左手を刀の柄に添えた。

 

「「発動!単一仕様能力――――――」」

 

同時に駆け出した俺たちは同じタイミングで起動用語を口にした。

 

「狂人乱舞ッ!」

「―――超越世界(オーバーリミット)ッ!」

 

同時に発動された単一仕様能力。

下段から振り上げられていく青竜刀には赤く、燃えるようなオーラが揺れ、切り裂いた大気のソニックウェーブが目に見えるほどに速い。

対して俺の単一仕様能力は、いうなればBシステムの上位バージョン。

限界を越えて更なる高みへと至るために編み出された瞬龍の―――いや、エリナの特殊能力だ。

その可能性は使用者の思いの強さによって違い、瞬龍が弾き出したスペックでも未知数扱いとなっていた。

つまり、本当に限界などない。

どこまでも真っ直ぐに、自分を貫き通す覚悟。その思いがISを強くする。

 

「・・・・なるほどなぁ。くそっ、娘は嫁にやらねぇつもりだったんだが、覚悟が揺らぎそうだぜ・・・・」

 

俺の背後に佇む経公は、ISを纏っておらずISスーツ姿だ。

消滅したのだ。彼の相棒、偃月は。

 

「おい、クレ坊。バースはこっちに付いた味方だが、他の超界者は信用すんじゃねぇ。もし途中で鈴をパクられでもしやがったら恨んで出るぞ」

 

そう言って、経公はゆっくりと倒れた。

海面に向かって落下していく経公を受け止める人間は誰もいない。

―――――いや、そう言えば一人だけ居るよな。彼が愛したたった一人の愛娘が。

 

「―――お父さんッ!」

 

海に落ちようとする経公の身体を甲龍を纏った鈴がキャッチする。

どうやら気を取り戻してから、丁度落下している父親の姿を視認したみたいだ。

敵として現れた時と違って鈴は今、純粋に再会と生存を嬉しがって泣いてるよ。

・・・・さっき経公さんに向けて振るった時穿。

その刃には血の一滴もついてはいない。

 

「・・・・まぁ、なんだ。折角の親子水入らずのチャンスを不意にするのもあれだしな。うん、そうだ。まぁ拘束は免れんだろうが殺す必要はないなうん」

「・・・・一体なに言い訳みたいなことしてるんですかクレハさん?」

 

・・・・通信でミナトに突っ込まれた。

いやだってさぁ、あそこまで殺すとか死ぬとか言っといて「残念殺せませんでしたー」ってオチはダメだろ。

て言うか本当の親が現れたときの嬉しさはついさっき身をもって実感したんだ。

諸々の暴挙の数々はちゃんと裁判を受けてもらおう。

 

俺は眼科で気絶した父親の身体を抱き締める鈴の姿を見た。

 

「・・・・・もう一回ぐらい中華鍋振ってもバチは当たらないよ。多分」

 

 

今回の事件のオチ。

なんで締めくくりがどっかで見たような感じになっているのかはさておいて、鈴の親父さんの処遇だが、当然だが実刑判決が下った。

本人に上訴の意志が見られないからか、裁判はとんとん拍子に進んでたった二週間で裁判は終わった。

続いて俺だが、単一仕様能力を使った影響か生体再生で治療していた怪我が悪化し、7月の残りの日数は再び保健室に入院となった。だからおかしいだろ。保健室入院。

因みに右腕だが、何とかくっ付ける事ができた。

束さん特製の不思議なお薬のお陰だと、手術に出た医者たちは言ったが皆さん一様に顔が青ざめていたので深く聞くのは止めておいた。

 

まぁその他にもウェルク―――の身体に入った超界者、バースさん(♀)の対応や束さんがIS学園教師として採用されたりと様々なことが起こった7月だったが、なんとか終えることが出来た。

あ、そうだな。すっかり忘れてたがナターシャと福音についても対応がなされてるんだった。

彼女らはただ巻き込まれただけということでなんの非は無いが、福音については残念ながらイスラエル側の開発中止申請があってかIS学園地下隔離施設にて凍結処分となった。

綺麗なISだったが、それゆえにあれで空を飛べないナターシャさんを見てると辛くなったぜ。

 

「・・・・・で、今の状況に何か言い訳は?」

「・・・・何も御座いません~!」

 

鈴の厳しいお説教に思わず語尾が上がる。

今の状況を懇切丁寧に説明するとダルいので一言で済ませると・・・・。

 

カオスだ。

 

まず、三人よれば姦しいとされるのは女。

それも結婚もせずに三十路のラインを越えんとする三人がよればもうお祭り状態。

二年生寮、俺と鈴の自室の床には、千冬さんに束さん、そして何故かナターシャまでもが雑魚寝していた。

次に騒がしいのは酒の臭いに充てられた一年生三人。箒、セシリア、ラウラだ。

三人とも暑い暑いと呻くのでシャワールームに押し込んだら一斉に服を脱ぎ出すし、なんか三人でシャワー浴び出すし、甘い声聞こえ始めるしで死ぬかと思ったぜ。Bシステム的な意味で。

そして一夏だが、ヤツはさっきから廊下の方でデュノアと喧嘩をおっ始めている。

原因は確か・・・・・着替え?がなんたらって言ってたな。デュノアも酔ってたしマトモな喧嘩にはならないだろうな。

そしてついでに現れた雨とフォルテに新聞部部長の黛。

奴らは三人揃って俺のベッドで寝ていやがる。俺どこで寝りゃいいの・・?

 

「・・・・とまぁ、初めは俺と雨、二人でやってた快気祝いだったんだけと次々に人が増えてな、鈴が帰ってくるこの時間には皆さん眠っておられました・・」

「へー、で? なんでそこのウサギ博士と金髪巨乳は裸なのよ?」

「あ、アハハ。なんでだろうな。・・・・・ホント、何でだろ?」

「あたしが質問してんの! あんたが訊いてどうすんのよ!?」

「い、痛い痛い! マジで痛いから耳はよせ鈴ッ! 話す! 話すからっ!」

 

必死の説得のかいあって、俺は自分の耳を引きちぎられると言うグロテスクな刑の執行を回避し、状況の説明を続けた。

鈴は玄関からとことこ歩いて(眠っているのを良いことに千冬さん踏みつけたけど良いや)自分のベッドにその小さなお尻を落とした。

 

「・・・・あんたも、ココ座りなさいよ」

「・・・・」

 

はて、なんの冗談だろうか。

鈴が自分のベッドに俺を座らせるなんて何か裏があるとしか思えねーぞ。

親父さんの裁判関係でもうじき夏休みだと言うのに忙しく走り回ってたからストレスたまってる可能性もあるし・・・・。

あ――――もしかして殴られるのか俺。

 

「いーからそんな怯えた顔してないで早く座りなさい!」

「お、おお」

 

いきなり出された鈴の声に内心ビビりつつも骨折がなおったばかりの脚で鈴の隣に座る。

・・・・・狭い。

酒ビンやらツマミやらで部屋中占領されていて、鈴のベッドも丁度一人だけ横になれるスペースしかない。

実際鈴は疲れてるみたいだしさっさと休めばいいのに、と思った。

 

「・・・・・・はぁ」

「相当疲れてるみたいだな鈴」

「当たり前よ。正直受け止めきれないことが多すぎるわ。超界者の件は公表は控えるって外務省は言ってるけどお父さんが私を・・・その、世界のための犠牲にしようとしていたなんて悲しみより先に驚きの方が沸いてきたわよ」

「そりゃあ・・・。大変なのは当然だな。俺なんかたった二歳の赤ん坊だぜ。親なんかそこでシーツ一枚で寝てる始末だし・・・、もうなんか色々どうでもよくなるよな」

「・・・・どうでもよくなるなんて言わないでよ」

「え?」

 

今、鈴は何て言った?

"どうでもよくなるなんて言わないでよ"・・?

 

「・・・・・」

「・・・・・・・」

「・・・・あ、まさか鈴。俺が自殺するとでも思ってんのか?」

「ぃにゃッ!? ち、違うわよ!? べ、別にあんたの出生についてクレハ自身が納得してるなら何も言わないわよ!・・・・でも」

「でも?」

 

そう聞くと鈴は子供みたいに指をくりくりといじくり回しながらモゾモゾ言った。

健康的に色づいた頬に朱色が差し、照れているのだと分かる。

 

「――ーでも、もしクレハが自分を認められないって言うなら、あたしが何回でも何回でも誉めてあげるわ」

「・・・・」

 

・・・・鈴は、記憶を取り戻した訳ではない。

女王、エリナの心を植え付けられた代償として研究所での日々を忘れてしまった鈴は全くの無自覚で言っているんだろうが、その言葉は初めて俺の存在を認めてくれたあの日の少女の笑顔を彷彿とさせるには十分すぎる効果を持っていて、俺はつい・・・・その、なんだ。

 

「・・・・悪い、鈴――「寝るわっ!」―――へっ?」

 

俺が行動を起こそうと思った矢先、まさかの御就寝である。

 

「あ、悪いけどあんたの膝、か、借りるわよぉ!? し、仕方ないわよねぇ! ベッドに空きがないんだしさぁ!」

「ちょっ、うるさっ! なんだお前! 酔ったのかよ臭いで!?」

「うるさぁい! あたしは臭くなーい!」

「酒の臭いですが!? てかなんで半ギレ!」

 

臭くなーいと叫んだのち、速やかに鈴は眠りについた。

膝の上で猫みたいに眠る鈴をそっと撫でる。

・・・・・まぁいいか。これで。

 

俺は膝の上の暖かな重みを感じながら一学期最後の夜を過ごしたのだった。

 



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第四巻
夏の一幕1


こんばんは、龍竜甲です。
よろしくお願いします!


「・・・・暑い」

「・・・・うん、暑いわね」

 

8月に入ってから数日たったこの日。

ほとんどの生徒が母国に帰国して閑散としたIS学園学生寮で俺たちは呟きあった。

夏休みだ。

外国からの生徒がほとんどのIS学園は夏休みには普段の喧騒とは真逆の顔を見せる。

人のいない校舎、人のいない食堂、人のいないアリーナ・・・等々、まさに学園に残った者の独占状態である。

そんな夢のような状況にあるというのに、俺、柊クレハと凰 鈴音は自室でただただ、だらけていた。

 

「前にも思ったんだけど、この国の夏って殺人級に暑いわね。どうにかなんないの?」

「うるせー。どうにかできるならやってるっての。・・・・ていうか毎年何百人と熱中症で死んでるんだから、その殺人的って表現あながち間違いじゃないな・・・」

 

二人してベッドに横たわりながら言う。

俺はいつものようにハーフパンツにTシャツという出で立ちなのだが、鈴は違った。

普通なら暑さを凌ぐために普段より薄着になりそうなものなのだが、いつもノースリーブのユーネックで防御力ガン無視の鈴は何故かいつもより布地が増えていた。

 

「ああっつぅ・・・」

「じゃあその黒いロンティー脱げばいいだろ。なんで着てるんだよ」

「あ、あんたあたしを薄着にしてなにするつもりよ・・・?」

 

なにもする気ねーっつうの。

ていうか数日前に見事フラグへし折ったばっかだろお前。

いや、口には出さないけどな。

 

「アホか。お前が熱中症で倒れたら誰が看病するんだよ。俺はイヤだぞ付きっきりなんて」

「つ、付きっきり・・・あ、それ案外良いかも・・・・」

「・・・・・」

 

ダメだ。暑さに当てられて思考回路が仕事してない。

俺はベッドから起き上がり、隣の鈴を見やる。

・・・汗はかいてるが別段異常は無いみたいだな。

 

「・・・何よ?」

「いや、別に? エアコン直ってないかなと思ってな」

 

そう言いながらリモコンを手に取り備え付けのエアコンの電源ボタンを押す。

・・・・・あーダメだな。

どうやらまだ点検中みたいだぞ。

IS学園学生寮の空調設備は現在、数年に一回の点検期間にある。

学校中のエアコンが使えないとあって、ほとんどの生徒が国に帰っているのだが、帰る場所のない俺は当然寮に留まった。

鈴の場合は、七月に逮捕し現在栃木の刑務所に収監されている父、凰 経公と面会し、本来なら中国へ帰って諸々の報告をする予定だったのだが、鈴はその全てをキャンセルし、今ここにいる。

一体なんで残ったんだと聞いてみても、「パートナーが居るんだから当たり前でしょ」ってしか言わないし、多分何か別の狙いがあると踏んでいる俺は結構警戒していたりする。

 

「全くもう・・。一体いつになったら終わるのよこの地獄!」

「落ち着け鈴。予定では明日で終わりだったはずだから我慢しろ・・・・・といっても流石にキツいな・・・・」

 

俺は冷蔵庫から保冷剤を取りだし、首もとに当てる。

鈴があたしも~と言ってきたので、もう一個取りだし放り投げる。

 

「・・・・・あーキモチイイ・・」

 

鈴が幾分かマシになったという顔で呟いた。

外では蝉がけたたましい鳴き声をあげ、温室効果ガスによって暖められた空気をより一層暑苦しく感じさせた。

そんな時、俺は思わず呟いてしまったのだ。

 

「・・・・・水風呂、入れるか」

 

ズルッ――――鈴がずっこけた。

 

「おい、大丈夫か鈴。そろそろ正気を疑うぞ」

 

ベッドの向こうに消えた鈴に声をかける。

するとベッドの縁から顔をだし、鈴はこちらをにらみ始めた。

え、なんなんだ一体?

訳もわからず首を捻る。

えーと、なんで鈴はずっこけた?

たしか俺は水風呂を入れるといったはずだ。

水風呂・・・・ユニットバス・・・・一人用・・・あ。

 

「おい鈴。流石に大浴場に水張るなんて止めとけよ」

「しないわよっ!」

 

うおっ、鈴のツインテールが逆立った!

揺らめくカゲロウと相まって激怒する鬼みたいだ。

ヤバイな。

鈴のこういった反応は大体自分の思ってる通りに事が進んでいないときだ。

つまり、途中まではうまくいっていた、ってことになる。

どこだ、どこで俺は選択肢を間違えた・・・?

 

「えっと、中国にも水風呂の文化ってあるよな?」

「・・・・あるけど・・・それがなに?」

「いや・・それだけだ」

 

ふむ、水風呂はある。

夏を乗りきるためには自身の体温を低くするように努めるんだが、水風呂という手段は間違っていない。

・・・・とすると後はその規模について文句があるのだろうか。

大浴場に水を張るようなことはしない、それは鈴が言った。

つまり・・・。

 

「・・・・なら、プールでも行くか」

 

その瞬間、鈴の顔が輝いた。

 

「――そう、それっ! うんうん、その言葉を待ってたのよあたしは!」

 

異様なテンションでベッドから跳ね起き、意気揚々と自分の机からゴソゴソ何かを引っ張り出す鈴。

ビシッと突きつけられたのは・・・・・屋内アミューズメントパークのチケット?

 

「知らない場所だな・・・。どうしたんだこのチケット?」

「ティナがくれたの」

 

ティナ・・・・、ああ、アメリカのティナ・ハミルトンか。

前に同じクラスのティナが~とかって言ってたっけな。

 

「は~、今月オープンしたばかりなんだな。特徴は大型スライダーか・・・・」

「そうそう、それが凄いのよ。構造がドームみたいになってるから、ドームの天辺から滑り落ちてくみたいで凄く気持ち良いの!」

 

へー、そりゃ行ってみたいなぁ・・・。

っておい。

 

「・・・・・もう行ったのか」

「・・・・・あ」

 

鈴は口を滑らせたらしく、一人で固まった。

 

「暑い、暑い、と言いつつ、ちゃっかり一人でプール行ってたワケですか。そうですか。・・・・・俺はおいてけぼりかコノ野郎・・・」

 

一体何だったんだ。

二人で暑い暑い言いながら耐えたあの日々は。

時に二人で団扇を扇ぎ合い、時にいっそ我慢大会とか開いたりして・・・。

・・・・・思い起こせばアホなことしかしてないな俺ら。

 

「だ、だってクレハ、束さんの検査とかって居ない日あったし暇だったんだもん・・・・」

「あー、なるほどな。だったら文句言えんわな」

 

それなら仕方はない。

俺だって瞬龍が最適化した影響を検証するために忙しい時間を過ごしたが、一人部屋で待つ鈴のことを責められはしない。

俺でもどこかに出掛けたくなるわ。

 

「前はセシリアと行ったんだけど、ちょっと事件があってあんまり楽しめなかったからもう一回行きたいのよ」

「セシリアと? 珍しいな」

 

そう言えばあいつも帰省組だったな。

俺が検査で1日潰してたのは三日前。

なんだ、イギリスで実家の仕事をしてきますわ、とか言ってたけど案外早く終わったらしい。

 

「まぁ、誘う相手がセシリアしか居なかったのよ。一夏だって白式を変化させて書類手続きに忙しいって言ってたし」

「大変だな、公式の操縦者ってのは。・・・で、何時行くんだこのプール?」

 

受け取ったチケットをヒラヒラさせつつ、カレンダーを表示させる。

 

「そうね、今度の土曜日にしましょ。予定は?」

「ない。決まりだな」

 

そう言って俺はチケットをポケットにぐいと押し込む。

別に鈴の水着が見たいとかそう言うのは無いから。

マジで。

 

 

翌日の木曜日。

予定通り空調設備の点検が終了し、学校中に涼しい風が吹き始めた。

そんななか、俺は職員棟にある職員室向けて足を動かしていた。

 

『ヤッホー、束さんだよーっ! 突然だけどクーちゃん、ちょっと用事があるから束さんのお部屋へHurry up(急げ)!』

 

そんなメールが束さんから届いたのだ。

先月の一件で俺の実母だと言うことが判明した篠ノ之束だが、いまだにあの人を母親と扱うには抵抗がありすぎた。

つーか息子にキラキラのデコメ送ってくる人を母親だとは思いたくねぇ・・・。

 

束さんのお部屋っていっても、あの人がどこに住んでるのか知らないから職員室に足を運んでるんだけど、束さんが教師かぁ・・・。

双龍の一件について、多少の責任を負わされた束さんは、司法取引と言うことでIS学園で整備科の教師をやらされることになった。

人嫌いである束さんがどこまで真面目に教師をするのか分からんが、ぶっちゃけ不安しかない。

考え事もソコソコに職員室の前に立つと自動で扉がプシュッと開いた。

 

「あら、柊君じゃないですか~。珍しいですね。なにかご用ですか?」

 

職員室にいたのは、山田真耶先生だ。

元日本代表候補であり、おっとりした物腰とは裏腹に凄まじい戦闘能力を秘めた人である。

・・・・まぁ、身体的な意味でもスゴいモノを秘めた人ですがね・・・。

 

「あ、いえ。篠ノ之先生に呼ばれたんですが場所が分からないんですよ。どこにいるか知りませんか」

「篠ノ之博士ですか? 博士なら多分自室に・・・第三アリーナ地下の格納庫にいらっしゃると思いますよ」

「あ、そこですか。ありがとうございました」

「いえいえ~。・・・・それにしても驚きましたね。極秘とはいえいきなり博士自身が教師として赴任してこられるなんて」

「あー、そうですね。驚きです」

 

口ぶりから察するに双龍の件はやはり伏せられて発表されているらしい。

まぁそれもそうだ。

双龍の問題は、言わば日、英、中の外交問題。

超界者の存在も併せて隠しておきたいことが多いのだろう。

俺も保健室で寝てるときに外交官を名乗る黒服男がメチャクチャやって来てビビったもんだ。

 

「・・・これを切っ掛けに(かんざし)さんの作業も進むといいのですが・・・・」

「簪? 聞きなれない人ですね」

 

山田先生の呟きに思わず反応してしまう。

 

「ああ、柊君は知りませんよね。整備科一年の更識簪(さらしきかんざし)さん、生徒会長の妹さんです」

「そう言えば、入学したって言ってましたね・・・」

 

あの水色頭を思い出して顔をしかめる。

出来れば今後関わりたくない人間だ。

 

「彼女、一応専用機持ちなんですけど、どうも問題がありましてISの建造自体停止状態にあるんですよ」

「専用機持ちってことは代表候補生級の実力者なのに、そのISが建造すらされていないってどういうことですかそれ」

 

そう聞くと山田先生は悩ましげな顔になって、「これは、言っちゃっていいんでしょうか・・・別に箝口令が出されてるワケじゃありませんし、たまには私だって愚痴のひとつやふたつ言わないとストレス溜まるんですよー」などとひとしきり呟いて、

 

「・・・・彼女のISの建造機関、倉持技研なんですよ」

「倉持技研っていうと・・・・・・・あ、白式の研究機関ですか」

 

山田先生の一言で察した。

ぶっちゃけたところ国の代表候補生と、男性操縦者。

どちらが重要かと聞かれれば、現在のIS事情においては間違いなく男性操縦者だ。

代表候補生と言うのはまず初めに専用機を持ってからIS学園に入学し、そこで技術を高めるのだ。

恐らく更識簪は結構遅めに代表候補生に抜擢されたパターンだ。

そしてそのISの建造中に一夏の存在が公表され、運悪く彼女の機体の建造中だった倉持技研に一夏のIS白式の建造が依頼され、その後も研究や調査で簪のISまで手が回っていないのだろう。

可哀想だとは思うが、俺にはどうすることも出来ない。

話に寄ると簪は姉が自分でISを完成させたことを受けて自分で作業を進めているらしいが、その進捗は遅々として進んでいないらしい。

 

「博士が彼女に協力的になってくだされば作業も大幅に進んで私がIS委員会へ実験の失敗を報告する手間も減るのですが・・・・・、いけませんね、生徒の頑張りを負担だなんて。私がしっかりすれば彼女も幾分、気楽になると思うんですけど・・・」

 

そう言いながら手元の書類に目を落とす山田先生は、少しげっそりして見えた。

 

 

山田先生と分かれ、第三アリーナ地下。

エレベーターの無い薄暗い階段をカツカツ降りる。

・・・・そう言えば第三アリーナってミナトが住んでるところだったな。

先月の戦いで怪我してたし、ちょっと様子見とくか。

足下からの仄かな明かりに照らされた廊下を進むと旧射撃場が見えてくる。

だが・・・なんだ?

扉の中からミナトの声が聞こえてくる。

 

『・・・やぁ・・・ん・・・ぅんっ』

 

ちょっ――――!

思わず聞いてしまった声にその場から飛び退く。

戦闘時の力んだ声じゃない。

艶のある眈美な声だ。

声の主は間違いなくミナト本人。

一体この向こうで、なにが行われているのか――――!

 

『だめ・・・です、私これ以上は・・・あっ!』

『ほれほれもう限界かな? ちーちゃんだって昔はこの倍の時間は耐えたものだよ?』

『そ、そんなことを言われましても・・・』

『・・・さぁ、共にいこうじゃないか。ピリオドの向こう側へ――――』

「ちょっと待てや束――ッ! ミナトに何してやがる!?」

 

我慢の限界だった。

なんだか止めなければならないと感じた俺は扉を蹴破り中へと侵入。

共に声の聞こえたウサギの名前を叫びながら腰の拳銃を抜く。

 

「ありゃ、クーちゃん。来ちゃったかー。ていうかよく今の状況に踏み込めるね。束さん驚愕だよ」

 

中には案の定、乱れた服装のミナトの背に手を突っ込み、まさぐる束さんと。

 

「く、クレハさん・・・。見ないでください・・・」

 

顔を赤らめ、あくまでも無表情に俺を睨む渚 湊の姿があった。

・・・・ってあれ? なんかミナトが恥ずかしがってるぞ?

春には俺の前で堂々と着替え始めてたくせに・・・・。

 

 

それから五分後。

服装を整えたミナトと共に束さんをボッコボコにしたあと、本題に入った。

 

「や、やだなぁクーちゃん。冗談に決まってるのにあんなに殴らなくても・・・。束さんはそんな暴力的な子に育てた覚えはありませんよ!?」

「俺だって記憶無いからそんな覚えは微塵たりともねぇよ。・・・・でだ、用ってなんだよ」

「はいはーい。クーちゃんがおっかないので本題に入りまーす」

 

そう言うと束さんはさっきまで弄んでいたミナトを指し示した。

 

「実を言っちゃうと彼女――渚 湊さんもまた、超界者(イクシード)なのでーす。どうどう? ビックリした!?」

 

・・・・・・・へ?

ビックリしたなんてモノじゃない。

束さんの発表に、俺の身体は石になったみたいに固まった。

脳内でミナトと共に過ごした時間が思い起こされる。

そう言えばミナトは専用機持ちであるにも関わらず、アクセサリーの類いを身に付けているところを見たことがない。

それはつまり・・・・。

 

「お前も、持ってるのか。体内に」

「―――はい。クレハさん」

 

ミナトは―――肯定した。

 

「私は二年前の春に、束さんの命令によってこの学園に潜入していました。監視対象は貴方、柊クレハです」

 

俺は束さんをジロッと見る。

 

「・・・・クーちゃん、心配しないで。ミナトちゃんはバース(ウェルク)と同じで、私たちと志を共にしている。クーちゃんには危害はないよ」

「俺には、ってどういうことだよ。誰になら危害を加える?」

「――――現在のIS学園は混沌としています。私たち、超界者を越える実力を持つものたちが次々と現れ始め、我々の立場は狩る側から狩られる側になりつつあります。そして当然、貴方と鈴さんのもつ女王の因子をてに入れようと襲撃をかけてくる輩もいます。私が攻撃するのはそのような人たちです。例え、それが貴方の友人だったとしても・・・・」

 

・・・・・ミナトのISは遠距離特化型。ブルーティアーズとは違って格闘戦を想定した装甲は積んでいない。

そして世界中で暴れまわる、所謂殺し屋という職業もまた、長距離を得意とする人物が多いのが現実だ。

ミナトは謂わば、対ISの殺し屋。

実際、先月にIS解体プログラムを手に入れた事もあって、彼女に始末できない敵はいないだろう。

よくよく考えてみれば、これ程敵に回った際に恐ろしい相手っていないよな・・・。

ただ、最後のセリフ。

例え、俺の知り合いのなかに敵がいたとしても・・・・。

悪いがミナト、その前例は今も学園に居ることを忘れてるだろ。

サラだってちゃんと戻ってこられたんだ。

もし他のやつらが同じように襲ってきても何とかしてやるさ。

 

「・・・そうか。で?」

「で・・・って・・」

「それがわかったところで何か変わるのか?」

 

俺の飄々とした態度に、逆にミナトが戸惑っている。

・・・ミナト的にはデカイヤマをぶちまけたつもりなんだろうが、生憎最近驚きの事実が多すぎてなぁ。毛ほどにも思ってないよ。

 

「別にお前が超界者であろうと無かろうと、俺は何も変えるつもりはない。外見も俺たちと変わり無いし、飯を食うってことは体内環境もほとんどの変わらねぇんだろ?」

「は、はい。・・・・変わりませんよね?」

「変わんないよー。強いて言うなら心臓自体がコアの役割を果たしていることかなぁ」

 

ミナトの問いかけに束さんが答える。

 

「だったら俺と変わらないじゃんか。むしろ人間でありながら超界者(お前ら)の心臓入れてんだ。俺の方がたち悪いぞ」

 

そうさ、知らず知らずの内に生を受け、偽りの記憶を持ったままここに居る俺。

これ以上に気持ち悪い存在なんかあるもんか。

 

「他に言いたいことは?」

「・・・・」

 

そう聞いてみても答えは帰ってこない。

強引だったが終わったらしい。

 

「・・・・取り敢えずミナト、お前は人を殺すな。もし襲撃があったとしても俺が何とかする。だから相手を殺すのはアウトだ。IS運用法にも引っ掛かる」

「・・・・・私は厳密には人間ではないので守る必要は・・・」

「お前は人間だ。守れ」

「――――はい」

 

よし、言質はとった。

・・・・・・ていうかこいつ、春の一件でサラを対処させてたら殺したんじゃないだろうな?

よかったー。任せなくて。

 

「よっし、それじゃあ話も終わったところでもうひとつの本題にいこうか!」

「まだあんのか本題・・・」

 

唐突に発せられた束さんの言葉にげんなりする。

面倒ごとは・・・もう、イヤだ・・。

 

「ありますともありますとも! むしろこっちの方が束さん的には重要だったりしまーす!」

 

しゅびっと両手を上げて高らかに宣言する。

 

「さっきのヤツの付加情報だったりするんだけど、クーちゃんのIS瞬龍は、先月の戦いで最適化を行ったんだよね?」

「ああ・・。そう言えば言ってたな。束さんのプロテクトがどうとかって」

「そうそうそれそれ。エリナに会ったんだよね? 元気だった?」

 

あんたに心臓抜き取られたんだから元気も何も無いだろうに・・・。

俺は彼女の姿を思い浮かべた。

長い蒼髪の、たった一人で俺の心象世界に住まう少女・・・・って。

 

「・・・・なんか、ミナトに似てないか?」

「そのとーり!」

 

うおっ、急に束さんが叫ぶから鼓膜がキーンと耳鳴りを起こしたぞ。

どんだけデカイ声出したんだよ・・。

 

「束さんも後から確認したことだったんだけど、なんとエリナには妹がいまーす!」

 

あーうん。なんとなく流れ読めたからもう反応しなくていいよな?

 

「えっと・・・姉がお世話になっています・・・?」

 

その妹ことミナトは、若干の照れを表しつつ、社交辞令を述べてきたのだった。

姉妹揃って引きこもりって、ダメ人間ばっかだなぁ・・・・。

 

 

そして土曜日。

 

「さぁ、行くわよクレハ!」

「はいはい」

 

俺と鈴は学園外へ出るためにモノレールに乗っていた。

夏休みと言うことで外出許可も比較的簡単に出て、予定通りプールへと遊びに出ているのだ。

・・・・・にしても夢にも思わなかったなぁ。鈴と二人で遊びに出るなんてな。

 

鈴はこの間の臨海学校の水着があるという事で買う必要はなかったんだが、俺は今回初めてプールに行く。

記憶の中では家族と一緒にいった覚えがあるのだが、きっとそれもまやかし。

割りきっているとはいえ、顔も思い出せない家族と遊んでるという記憶があるのは気持ちが悪いぜ。

そう言うわけでまず始めに午前中は買い物と言うことになっている。

モデルも兼業している鈴としては秋物のチェックもしたいらしい。俺にはよくわからん。

ゆりかもめ線の発着駅に降り立ち、新橋駅から電車に乗り、原宿駅に向かって走る。

東京ディズニーリゾートは開発の進んだ今でも人気のテーマパークで、今回遊びに行くリゾート、アクアマリンは、その一歩手前、新木場にある。

まずは服と水着を見るために原宿で買い物と言うわけだ。

 

原宿駅表参道口から出ると、目の前に開けた表参道が広がっていた。

 

「うわぁ・・・スゴいわね・・・」

 

初めて来たらしい鈴が感嘆の声をあげていた。

その反応は仕方ない。

俺だってビビってるもん。

――――原宿とは、現代の世界でも流行の最先端と言われている街だ。

オシャレなオープンカフェや有名なブランドショップが軒を連ね、個性的な雑貨店が内外国人問わず心を掴んでいる。

だから、人も多い。

今日は休日だ。学生にとっては羽を伸ばすのに最適な時間と場所なので、それらしい女の子の姿もちらほら見かけるぜ。あ、こら。カワイイ娘だけをピックアップすんじゃねぇ瞳よ。

 

「取り敢えず、俺の水着はアクアマリンの安モンでいいから、欲しいもの見てこいよ」

「え、あんたはどうすんの?」

 

モデルとしてのポテンシャルを遺憾なく発揮している鈴。

夏という事で白い麻で丁寧に織られた涼しげなワンピースを黄色いブイネックシャツの上から着て、ホットパンツで脚線美を強調している。足元のスニーカーが鈴の快活なイメージを損なわず、金をかけているワケではなさそうなのに全体が凄くらしく纏まっていた。

ノースリーブのお陰で露出している真っ白な腕から目を背けつつ、

 

「あー、そうだな。俺はソコのカフェでコーヒー飲んでるよ。ゆっくり買い物してこい」

 

そう言って駅前のオープンカフェを指す。

ここなら合流もしやすいし、ツーマンセルの時、更に通信手段が確立しているときに二人揃って人混みに入るのは悪手だぜ。

完璧な状況判断だ、俺。と、自分を褒め称えていると、

 

「ちっがうわよ、このドバカ・・・。朴念仁(アレ)よりかはましかと思ってたけど、こっちはこっちで重症ね・・・・」

 

なんて鈴が呟いた。

どうも雰囲気的に一人でコーヒーは飲んでいられないみたいだし、かといって鈴の買い物に付き合う理由もない。

どうしたもんかなぁ・・・と後頭部を掻いていると、ため息をつきながら顔を伏せた鈴が、何かに気づいたようでその一点を凝視している。

なんだろうか。すげぇ集中してみてるみたいだけど・・・。

釣られて見てみれば、そこにあったのは一枚の広告板。

 

「・・・・クレハ、これに出るわよ!」

「・・・・・ええぇ・・」

 

気づけば俺は心底嫌そうな顔をしていた。

だって仕方ないだろう?

遊びに来ておいて一汗かかされるのは、誰だって嫌なもんだぜ。

 

ところ変わって竹下通り。

先程の表参道よりも更に若者の人口密度が高い通りだ。

しかし、今日の人混みが異様に大きい理由がやっとわかった。

・・・・いや、正確には『カップル』の数が異様に多い理由がやっとわかった。

 

「・・・・なんだよ。竹下通り400メートルお姫様だっこ競争って」

「読んで字の如しでしょ? あんたがあたしを抱き上げて走るのよ」

 

集合場所となっていたとあるカフェ・・・ラ・ドールと言うらしい店が主催らしく、昼時の開催を狙った成果か、参加するカップルや食事する若者やらでごった返していた。

 

「つーか買い物終わったんだろ? 俺に荷物もちさせて。プールいこうぜプール」

「良いじゃない。優勝すれば竹下通りでの買い物が半額キャッシュバックよ。ちなみにこれの優勝見越して買い物したから、勝てなきゃプールは無しよ」

「マジかお前・・・」

 

ダメだこいつ。

お姫様だっこが孕むリスクとか負けたときの電車賃とか全く勘定に入ってないぞ。

回りを見れば、人目を憚らずいちゃこらしてるカップルがイヤでも目につくんだが、今の鈴はそんなことお構い無し。

まるで「ハン、恥ずかしいなら隅っこで震えてなボーヤ」と言われてるみたいでちょっと対抗心がわく。

 

「――あ、あー、聞こえますかー? ・・・・ん、よし。さぁて、始まりました! 去年から始まった竹下通り400メートルお姫様だっこ競争! 今年の第二回も狙っての出場か、はたまた偶然の出場か、多くの若者が名乗りを上げております!」

 

主催者であるラ・ドールの店長らしき女性が、張りのある声を通りじゅうに響かせる。

その声に反応した様に、歩道を占領していた人混みが瞬く間に引き、走って競争するぶんには問題無さそうな一本道が現れた。

 

「ルールは至って単純です! 自身のパートナーを抱き抱えて、竹下通りの約400メートルを競争し、見事一位を勝ち取ったペアには本日の竹下通りでの買い物を半額キャッシュバックします!―――それでは、出場するカップルの紹介といきましょう!」

 

げっ、紹介なんかあんのかこのレース!

隣の鈴を見てみれば、勝つことにしか頭が向かっていないようで、さっきから「体重移動が―」とかって見事に無駄な計算を走らせている・・・・って、ああ。俺たちの番だぁ・・・。

 

「――――お名前は?」

「えっと・・・柊、凰です」

「可愛らしいカノジョさんですね!」

 

・・・・。

おおっと。

これは鈴がオーバーリアクションするか――――?

 

「・・・・・・・・やっぱりクレハの加速力が問題ね・・・・」

 

してなかったー!

 

「こ、個性的なカノジョさんですね・・・」

「あ、いえ、ホント、そうっすね・・・・」

 

おい、どうすんだよこの雰囲気。明らかに盛り上がりが冷めたぞ今。

ところがどっこい、当の鈴は我関せずと言った感じで思案に耽っている。

・・・・ドギマギしてたのがバカらしくなってきたな。

あー、やめだやめ。なに勝手に一人で焦ってるんだ俺は?

お姫様だっこって、前に鈴が俺の上で寝たときにしただろ。

今さら緊張する意味が分からんぞ。

それに、あんまりドキドキしてアレが出たらどうする。

冷静に、活路を見いだせ俺。

 

そうこうしていると出場者全員のインタビューが終わったらしく(中には結構刺激的なアピールをしている二人もいた)、スタートの準備に入った。

パートナーの女を抱えた男どもが一斉にスタートラインに並び、カノジョにいいとこ見せようと張り切っている。

・・・・・嫌だなぁ。あの辺の人たちと同じに見られるの・・・。

 

「ほらっ、行くわよクレハ」

「はいはい」

 

嘆息し、直立する鈴の肩を持ち、膝裏に手を滑り込ませると一息で持ち上げる。

鍛えてあるぶん、割りとすんなり持ち上がったけど、軽いなお前。

ていうか持ち上げた瞬間、周囲の奴らが「キャーッ」とか「おぉ~」って声あげたんだけど、俺、関係ないよね?

 

「・・・び、ビックリしたんだけどあんたって意外と・・」

「ん? なんに驚いたって?」

「・・何でもないわよ」

 

腕の中の鈴がそっぽを向く。

あ、これはあれだな。ちょっとずつ恥ずかしくなってきてるな?

 

「こ、これは嬉しいパフォーマンスです! 柊、凰ペア、男性が鮮やかなお姫様だっこを決めて会場の女性陣を湧かせます!」

 

店長が始まってもいないのに大仰な実況を入れる。

・・・・俺も恥ずかしくなってきたぞこれ。

・・・・でももう止められない。俺の方の心の準備もできた。

こうなったら、頂いて返るぜ半額チケット!

 

開始の合図が入ると同時に、スタートダッシュを決める。

マクドナルドを横手に走り出した俺の隣には誰もいない。独走状態だ。

 

「鈴、後続は?」

「5メートル後ろ! 二組!」

 

五メートルか・・。結構差は付けられたな。

お姫様だっこ、というか人を抱えて走ると言うのは一般的な生活ではほとんどの起こり得ない状況だ。

だが俺は、学園で訓練された、準軍人とも言うべき存在。

人ひとりより軽い鈴を抱えて走るなんて造作もないぜ!

 

「こ、これは速い! 一位のペアはまるで他組を寄せ付けない圧倒的なスピードで独走です!」

 

実況の店長も俺たちのスピードに驚いているようだった。

 

「―――鈴、ちょっと走りにくいからもうちょっと腕を巻け」

「う、うん・・。こう?」

 

だが、油断は意外なとこから現れるようで、俺が鈴の重心を安定させようとしたその指示。それが悪手だった。

 

むにっ

 

「!?」

 

予想外の感覚に全身の力が抜ける。

鈴が腕を絡めて俺に抱きついてきた瞬間、鈴の胸から伝わってきた微かな、だがしっかりとした柔らかな感触に驚き、俺は一瞬注意散漫になった。

それと同時に、俺の隣にまでこぎ着けたペアの片割れが、なんと俺の足元に缶コーヒーを転がしてきやがったのだ。

俺は見事にそれを踏んづけ、転倒する。

怪我がないように俺が鈴の下敷きになったんだが、転けた俺たちの横を大勢のペアが走り去っていってしまう。

・・・・・あー、ミスったな。

でも希望がない訳じゃないぜ。

さっきのペア、いい度胸してる。

 

「だ、大丈夫なのクレハッ? 怪我とかしてない!?」

「――――大丈夫だ鈴。・・・鈴は怪我とかないか?」

「あ、あたしは、あんたが守ってくれたから大丈夫よ・・・。その、ありがと」

「ああ。良かったぜ。―――――よし、レースに戻るぞ鈴」

「も、戻るっていったって最後尾がもうあんなところに・・・」

 

焦って辺りを見回す鈴の頭を優しく撫でてやる。

くすぐったそうに身をよじった可愛らしい鈴のお陰で、俺の鼓動は更に高鳴る。

 

「――――信じろ。勝つぞ」

 

―――――急激な心拍の高まりを感知。エンドルフィンの分泌を確認。Bシステム起動(スタートアップ)

 

絶対的な自身のもと立ち上がった俺は、俺を見上げる鈴を抱き上げ、そう宣言するのだった。

 

 



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夏の一幕2 

ホントはサブタイトル別のにしたかったんですけど、前回が1だったので今回は2で。


「―――ー信じろ。勝つぞ」

 

そう言った俺を、鈴が目を丸くして見上げてくる。

激しく脈打つ心音を聞かれないか心配だが、鈴の様子から見るにその心配は杞憂に終わりそうだ。

 

「ば――、バカいってんじゃないわよ! それよりあんたを病院に―――」

 

じたばたと腕のなかで暴れる鈴を制するため、俺は鈴の唇に人差し指をあてがった。うわ、自分でやったこととはいえ、ちょっと引くわ・・・。

 

「心配するな鈴。俺の身を案じてくれてるのは嬉しいが、俺のことがそんなに信頼できないか?」

「そ、そんなことは・・・ないけど・・・」

 

うきゅぅと赤面して縮こまる鈴。

・・・完全に主導権は握ったな、バーサーク俺。

 

「それに、せっかく鈴が見てくれてるんだ。ちょっとくらいカッコつけるくらいが丁度良いだろう?」

 

俺のセリフにさらに鈴が押し黙ったがレースの途中でまた暴れられても困る。

硬直するくらい恥ずかしい思いをさせてやろう。

 

「―――お、お二人とも、大丈夫ですか!?」

 

と、そこへマイクを持った店長が転倒した出走者を心配して駆け寄ってきた。丁度いいな。

 

「ええ、大丈夫ですよ」

「そうですか・・・・。あの、レースへは復帰されますか?」

 

そう言いながら店長は俺を追い抜いていったペアの背中を見る。

・・・・超界の瞳が弾き出した彼らのスピードは秒速4・3メートル。

大体50メートルを11・5秒で走る計算だ。遅いが、人ひとり抱えてるんだ。それくらいだろう。

 

「勿論ですよ。ここで引き下がっては格好が付きませんからね」

 

そう言うと、鈴がピクリと震えた気がしたが・・・・気のせいか。

 

「分かりました。でも無理はしないでくださいよ? 私が主催したイベントで事故なんて勘弁ですからね」

「はは、店長って言うのも大変ですね」

 

両手をあげてちょろっと本音を漏らした店長さん。

俺はそんな彼女の手から密かにマイクを拝借する。

 

「って、え? いつの間にマイクを・・・?」

 

困惑する店長に向かって少し微笑みながら人差し指を立てる。ちょっとこれから大事なこと放送するのでお静かに願いますよ。

 

「―――あー、ご来場のお嬢様方。これより少々荒っぽいペアが通りますので、決してその場から動かないようにお願いします」

 

突然響いた低い男の声に顔を見合わせる周囲の観戦者たち。

―――多分、これで大丈夫だろう。

さて、始めようか。奇跡の大逆転ってやつをな。

その時の俺はきっと不敵に微笑んでいただろう。

 

 

マイクを呆然としている店長に返すと、俺はその場を蹴り、空中に跳躍した。

 

―――PIC起動。出力を2%に制限。三次元レーダー起動―――地形把握(マッピング)完了

 

同時に送られてくる周囲の状況を空中にいる間に頭に叩き込む。

ちょっとセコいがISを使わせてもらおう。

なに、先にセコいマネしてきたのは先頭のあいつらだ。ちょっとくらい構わんさ。

先頭のペアをマーキングすると視界いっぱいに広がったワイヤーモデルが赤く染まった二人を映し出した。

よし、行くぞ。

 

着地した俺は一番後ろを走る中学生とおぼしき二人組に肉薄する。

男の方は―――おお、ガタイがいいな。格闘技でもしてんのか。

俺を邪魔するように左右に揺れて走る格闘家風の男の左肩に手を置いた俺は、タイミングを見計らって一気に突き飛ばす。

―――大丈夫だ。怪我はしないさ。

その確信があった俺は、もつれた足でその場に綺麗に座り込んだ(・ ・ ・ ・ ・)二人を抜き去る。

瞳から送られてくる情報に従って、その人の体軸と重心を巧く誘導してやればさっきみたいに上手くバランスを操作するなんて造作もない。

俺は同じように次々とレースの出場者を座らせていく。

周囲の人たちはそんな俺を見てただただ、驚くばかりだ。

そりゃそうだ。俺だってこんなことできるなんて思ってなかったよ。

 

「嘘でしょ・・・どんな魔法使ってるのよあの人・・?」

 

実況に戻ったらしい店長の呟きがスピーカーから流れる。

一気にごぼう抜きした俺たちに呆気にとられてるらしい。

 

「―――クレハ、7時方向に注意して。多分別格よ」

 

吹っ切れたみたいにオペレーションを始めた鈴が気になる情報を伝えてくる。

別格・・・?

気になってチラリと確認してみると――――げ、なんだあの二人組。

俺たちの後方から物凄い勢いで迫り来る男女のペアが居たのだ。

あの男の顔は・・・・見たことあるぞ。

今年の一月にあった箱根駅伝に出てた優勝校選手だぞ。

名前は確か・・・東郷とかっていったかな?

どうやら先頭集団でゆったり走っていたが、俺に無理やり座らされて火が着いたらしい。

 

短髪で揃えられたアスリート然としている東郷のスピードはまさかの秒速6・6メートル。

女性一人抱えてその速さって、駅伝選手は短距離が苦手かと思ってたがそうでも無いらしい。

オフシーズンなのか知らないけど、可愛いカノジョ連れて遊びにでも来てたのかな?

 

流石に将来有望なランナーとの対決は避けようと、俺は更にペースを上げる。

遂にトップのあの二人に追い付いた俺は仕返しとばかりに、見えないように出足払いをかけてやった。

見事に背中から倒れたチャラ男の上に落ちる金髪女性。彼女に罪はないさ。

 

・・・・さて、トップになったはいいが、残りは直線距離で100メートル。

背後を見やると東郷もペースを上げてきた。直線で抜き去るつもりか。

頭の中はクリアなのに、肺が、胸が、足がいたい。

ここまで300メートル。途中でスッ転んだ事もあってペース配分がガタガタのままでここまで来た。

いよいよ限界が近づきつつあるらしい。

背後から迫った東郷が―――隣に並んだ。

チラリと様子を伺うと、ニヤリと笑って俺を見ていた。

良いぜ。その勝負、受けてやる。

相手方も息が上がって辛そうだ。短距離走(スプリント)長距離走(マラソン)の違いに戸惑っていたのはあっちも同じらしいな。

 

「―――ッ!」

 

俺は悲鳴を上げ始めていた脚に更に力を込め―――地を蹴る。

鈴は俺が勝つことを信じているのか、視線はずっと前を見たままだ。

東郷が支える女性も同じように、視線は前に。

見ず知らずの相手とこんなにキツイ勝負をするとは思わなかったぜ。

 

SoLaDo原宿を越えた―――残り50メートル。

 

鈴を支える両手に力が籠る。

鈴も同じように俺の服を掴む左手に力が籠っているようだった。

 

「「ラストスパートォ!」」

 

隣の二人組が吠える。

なんつーか、面白い組み合わせだなあんたら。

東郷が前に出る。

俺も負けじと食い下がる。

残り30メートル。大学生ランナーをトップにその後を俺が追う。

行ける。最後の瞬間だ。最後に、決めろ!

ゴールしか見えていない視界の端で鈴のツインテールが揺れている。

 

だが、その瞬間。俺と東郷が同時にバランスを崩した。

妨害的なモノじゃない。ただただ生身の限界が来たんだ。

 

「「――――ッァ!」」

 

前屈みに膝を突きそうだった俺たちは同時に右足をだし、ギリギリ転倒は防いだ。

東郷はそのまま体勢を建て直し、走り去るだろう。

だが俺がそれをやるより、日常的に走っているランナーの方がどうしても体勢の建て直しを早く終えてしまう。

つまり、俺の方が一手分――遅い。

流石だな。東郷選手。

Bシステム使ってる俺に勝てるってのか。

だが、俺も意地があるんでね・・・・・。

 

(ちょっと無茶だが、こうすれば――――)

 

――――鈴の目の前で負けてらんないんだよ。

 

俺は倒れつつある上半身を、あえて直さない(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )

しかし、右足は地面を蹴り、前に出る。

まさに短距離走のスタートダッシュみたいに姿勢を低くした俺は、そのまま前に出た。

鈴を抱いているからか、上半身のバランスがうまくとれない。

でも、ゴールまで20メートル。それだけ持てば十分だ。

 

「く、クレハッ!?」

 

地面すれすれを滑るように移動する自分にビビったのか、鈴が涙目で俺を呼ぶ。

大丈夫だ鈴。意地でも落としはしないよ。

普通ならこんな危険な手には出たくはなかったが、Bシステム特有の負けず嫌い&自信たっぷりな俺だ。

強行策も難なくとっちまうのさ。

 

「くッ!?」

 

勝てると思っていたのか、隣に現れた俺を見て東郷はその端正な顔立ちを歪めた。

後は――――ただ前に出るだけだ。

これ以上はスピードを上げることもできない。

ISにも頼るわけにはいかない。

俺自身の、俺だけの力で成し遂げてやる。

 

「―――ぉぉっ!」

 

そして遂に、明治通りに出た―――。

 

通行規制のされていた歩道には誰もおらず、走るのを止めた俺だけが立っていた。

ゴールテープを切ったのはほとんどの同時だったはずだ。

―――勝敗が、分からない。

鈴も俺と同じようにキョロキョロしていた。

 

「・・・あんた、あそこで立ち直さないって、ただのバカだろ」

 

後ろからした声に振り返る。東郷だ。

頬に伝う汗を抱きかかえた女性に拭って貰いながら俺たちに語りかける。

 

「東郷こそ、よくあそこから追い上げてきたね。俺はもう勝ったつもりでいたのにな」

「はっ、うちの大学じゃよくやる練習だったからな。ちょっとやそっとじゃ諦めねぇよ」

 

抱えていた女性を下ろしながら東郷が言う。

 

「――――でもまあ、今回は負けてやる。あんたスゲーよ。超カッケー」

 

東郷から送られた賛辞だけでは、理解できなかった。

同時に起こった歓声。

IS学園での試合にも負けない声がそこらじゅうに響き渡る。

 

『激しい攻防を制したのは―――柊、凰ペア! ラストはまさにデッドヒート! 原宿のイメージにそぐわないアツい戦いでしたが見事に盛り上げてくれました!』

 

店長のアナウンスが聞こえてようやく理解できた。

 

「・・・勝ったんだな、俺た―――「クレハぁっ!」――ぐふっ」

 

鈴、いきなり体重を俺の首にかけるの止めてくれよ・・・。死ぬかと思ったぞ。

 

「やった! やった! 優勝じゃない! スゴいわよこれ!」

 

俺に抱きついて目一杯喜ぶ鈴。

Bシステムは解かれちまったが、今はもう鈴の柔らかさにテンパる気力もないよ。

 

「ちょっと、落ち着け、おい。周り見てるぞ」

「――――え?」

 

辺りを見ると、去年の受けがよかったのか、取材に来た記者らしき人物が俺たちの写真を撮りまくっていた。

やれやれと嘆息しつつその事を教えてやると、ギュイン。

速攻で顔を赤く染めた鈴がアワワと焦り始める。

そして、自分が俺の首に腕を回して抱きついている状態を確認して――――あ、嫌な予感。

 

「こンのォ・・・・スケベッ!!」

 

がいん。

珍しくISを展開しなかった鈴の拳が、俺の顔面に突き刺さった。

なんでだよ。

 

 

当然ながら、俺たちの勝ちに文句を言うやつもいた。

なんせ最下位からの逆転勝利だ。そりゃ不正を疑うわな。

実際ちょっと不正を行っていた(ISによる跳躍と地形把握)俺は終始黙秘を続けたが、鈴がISの操縦者であることが露見すると俺たちを擁護してくれていた店長の旗色も悪くなる。

やむ無くして俺たちに贈られるハズだった半額チケットは二位である東郷たちに贈られ(悪いなと言って意気揚々と買い物に出掛けていったよ。畜生め)、結局俺たちは試合に勝って、勝負に負けたって感じになった。

ちっ、あの不正不正騒いでたペア。俺たちを転ばせた不正第一号者じゃねーか。

逆にその事を訴えてやろうかと思ったが、あの二人と同じ土俵には立ちたくなかったので文句は言わなかった。

俺たちに感謝してくれてた店長さんには悪いことしたな。

 

そしてやっとの思いでたどり着いた屋内遊泳アミューズメント施設、アクアマリン。

所持金の問題で水着を借りられなかった俺は、上着を脱いで水着の鈴を追う。

 

「クレハ~見てみて! 海みたいよ!」

 

甲龍と同じ赤紫色のフリル付きビキニに身を包んだ鈴は、遊泳場にでると直ぐ様水辺に駆け寄った。

 

「あんまり走らせるんじゃねーよ。こちとらクタクタだっつーの」

「なによテンション低いわね、折角のプールなんだから遊ばなきゃ損じゃない」

 

ああ、損だな。ここまで来て泳げないって何の冗談だよ。

そんな俺のことは気にも留めてないのか、浮き輪を装備した鈴は人工波に揺られてプカプカ浮いてやがる。畜生、世界なんか滅んじまえ。

・・・・にしても、オープン直後と言うだけあって人が多いな。

辺りを見れば嫌でも際どい水着が目に入る。

おい、ソコの女子大学生。ちょっと派手じゃないですかね?

Bシステム停止直後だといって油断は出来ない。

俺だってそう言うのに興味がない訳じゃないんだ。

油断してBシステムが始まってしまったら、例としてナンパ、あわよくばその後まで直行しかねんぞ。

そしてその後に待ち受けるのは冷たい檻に直行ルートだ。

 

将来の不安を感じた俺は思考を立ちきって近くのベンチに座る。

周囲の喧騒のせいで寝ようにも眠れない俺は一人、クタクタの体をだましだまし動かし続ける。

あ、鈴が遠泳始めた。

別に特別ここの奥行きが長いって訳じゃないが、泳ぎたい人には十分な広さがある。

運動が好きな鈴は泳がずには居られなかったんだろう。

・・・・いいや。ほっとこう。

そうして、キャッキャ独りで騒ぎ続ける鈴を見ていると・・・・。

 

「―――キミ、大丈夫? 親御さんは?」

 

なんて声がすぐそばで聞こえた。

声の主は・・・・ライフセーバーのお兄さんか。浅黒く、逞しい体を覆う黄色いTシャツが限界まで引き伸ばされていてイヤな迫力があるな。

 

「ええと・・・・」

 

そのお兄さんから少し視線をずらせば、小さな女の子が目に入った。

輝くような白い髪に紺碧の瞳。唇は小さく秋桜の花弁みたいにピンク色だ。鼻筋が通っていて、トンでもなく綺麗な顔立ちだ。

しかし、この世のものとは思えぬその風貌に俺は何故か身震いした。

関わりたくない、そう感じた俺は直ぐ様視線を外して元の体勢に戻る――――が。

 

「――――!」

 

一瞬、ほんの一瞬だけであるが、キョロキョロと視線を右往左往させるその少女と目があってしまった。

相手がどう思ったか知らんが、俺は目なんかあっていない風を装って鼻唄を歌ってやる。

すると・・・。

 

「―――大丈夫、です。兄を見つけた、です」

 

たどたどしいしゃべり方で、その少女が声を発した。外見相応の幼い声だ。

 

(なんだ、俺が過敏になってるだけか・・・・)

 

最近は色々ありすぎた。

戦闘に次ぐ戦闘で、驚くような事実が多く明らかになった。

そのせいか、何にでも繋がりがあると考えてしまうイヤなクセでも付いたらしい。

変な考えを振り払うように頭を振って、暫くすると・・・。

 

(あ、なんか寝るチャンスかも・・?)

 

さっきは強力なエリート選手に追いかけ回されたと思ったら次は睡魔が迫ってきた。

抗えない俺はそのまま睡魔に身を任せ・・・。寝た。

その瞬間、鈴の声が聞こえた。

 

「いつまであたしを独りで遊ばせる気よ!?」

 

いや、マジでキツいんで。勘弁してください。

 

 

どのくらい時間が経っただろうか。

 

(・・・・・ん)

 

不意に目が覚めた。

透明な天井から降り注ぐ西陽が眩しい。

だけど、何だろうか。

まだボヤけてはっきり見えないが、目の前に何かがある。

俺は鈍った意識で、半無意識にその物体を撫でる。

・・・すべすべしてて、ちょっと硬い部分がある。

気になってソコをスリスリ撫でると・・。

 

「・・・・んっ・・」

 

なんてドキッとする声が聞こえた。

本能的にまずいと思った俺は、そこから手を離し下に降ろす。

暖かく、規則的にトクトクと脈打つ、触れれば折れてしまいそうなほど細い何か。

肌触りがいいので感触を堪能していたら、モゾモゾと俺の頭の下が動いた。

膝を擦り合わせるような、くすぐったそうな反応だ。

 

「え、えーと・・・・クレ・・ハ?」

 

面白いので更に触れる場所を変える。

トクトク脈打つ箇所から更に手を降ろすと、何やら紐のような物体に、さらさらした生糸の束のような物が手に触れた。

 

「・・・・クレハ?」

 

生糸の束は意外と長く、病み付きになりそうなほど指通りがいい。

試しに匂いを嗅いで「ちょっ、クレハ・・ッ」みると、これまた芳しい香りがして、まるで鈴の髪みたいな――――・・・・・。

 

――――――じゃねぇだろ俺!

 

 

一気に意識が覚醒した俺は、目の前にある鈴の顔を見て打撃を覚悟した。

恥ずかしがってるような、怒っているような、だ。

始めに俺が触れていたのは鈴の頬。そして次にスリスリと撫でたのは、鈴の耳のしたから顎にかけての骨の部分。トクトクと脈を打っていたのは細い首で、水着のヒモの部分に髪まで堪能してしまった。

 

「え・・・と、お早う、であってるか?」

「そうね、お早うクレハ。そして2つ選択肢を上げるわ」

 

うっ、鈴の声が近い上にビックリするほど低い!

さらにイラだっているのか、頭の下にある膝がガクガク揺れている。よ、酔う・・・・ッ!

 

「まずひとつめ。あたしに殴られる」

「直球かよ!」

「ふたつめ。千冬さんに殴られる」

「生存ルートをくれっ!」

 

どっちを選んでもただでは済まないだろこれ!

でも、鈴にしては今回の拳骨制裁、かなり良心的だぞ。

どっちにしろ死ぬとはいえ、選ばせてくれるだけの理性があるってことだ。

ソコを突けば活路が見いだせるかもしれないぞ俺!

 

「―――だったら上げるわ。みっつめ。今度女装して一夏とここで遊ぶ。―――もちろん水着よ」

「・・・・・・・・1でお願いします」

 

選択肢を告げる鈴の瞳は、ハイライトがなく、所謂死んだ目状態であった――――。

 

 

「なぁ、悪かったって。でも疲れて寝ぼけてたんだから私服でプールに叩き落とすことはないだろ」

「ふん、当然の報いよ。あ、あたしがせっかくひ、膝、ま、膝枕してあげてたのにいきなり身体まさぐってくるなんて信じらんないわよ。クレハのアダ名を忘れてたわ」

「おい、不名誉なアダ名の話は止めてくれ。・・・ていうか言われた通り@クルーズの限定パフェ、奢ってやっただろ。いまさらグチグチ言うなよ」

「べ、別にグチグチなんて言ってないじゃない! あ、あたしだってちょっとやり過ぎたと思ってるわよ」

「へー」

 

鈴の言い分に適当に相づちを打ちつつ、@クルーズで買ったアイスコーヒーを飲む。

いやぁ、意外だったな。

ラウラとデュノア。最近昼間学校に居ないと思ったら、夏休み中はバイト入れてんのか。

――――先ほど足を運んだコーヒーショップ@クルーズ。

俺は鈴の機嫌を取るためにそこの夏期限定パフェを食べようと画策し、足を運んでみれば意外なメンツが意外な格好をしてお出迎えしてくれた。

メイドのラウラに、執事のデュノアだ。

どっちも@クルーズの制服らしく、よく見れば他のスタッフも同じかっこで店内を慌ただしく駆け巡っていた。

勤務時間だというので長くは話せなかったが、話によると以前ここで起こった問題を手際よく解決してしまったため、ここの支店長と懇意になってしまったのだと言う。

そういう経緯があって、たまにヘルプを頼まれたりするようになったのだと言う。

・・・・・ラウラがメイドでデュノアが執事なのは分からんが、まぁそういうことなのだろう。

 

「――――ねぇ、聞いてるクレハ!?」

「うおっ」

 

しまった。少しボーッとしてたみたいだ。

 

「べ、別にあんたなら嫌ってわけじゃないのよ・・・? でも、いきなりは、その・・・ちょっとビックリしちゃうし、寝てるときに触られるなんて考えてなかったから・・・・でも、意外に優しかったし・・・」

 

あ、まだその話題ですか。

フラフラ歩く鈴を尻目に、海の方へ目をやる。

・・・現在俺たちは帰りは豊洲のほうからゆりかもめに乗ろうと言うわけで、有楽町線のに沿って海岸線にある遊歩道を歩いていた。

西の空が真っ赤に染まっている。

この時間になると夏の暑さも和らぎ、涼しい海風が吹き始める。

・・・・この風で、鈴の頭も冷めてくれたら良いのになぁ・・。

そんなことを考えていたときだ。

海猫か、カモメか分からないが、海鳥が二、三羽飛んでいて思わずそれを目でおってしまった俺は、一瞬だけ回りへの配慮を欠いてしまった。

どんと、言う強い衝撃と共に鈴にぶつかってしまい、お互いに弾かれるように体勢を崩す。

 

「おっ?」

「えっ?」

 

俺は反射的に鈴の背中に右手を回し、転けないようにぐいと引き寄せる。

だが鈴は鈴で、右足を一歩引き下げて踏ん張っていたため、俺の引き寄せる力に負けて、今度は前にバランスを崩す。

 

すると――――トン、という軽い衝撃と共に・・・・すぽ。

 

鈴の身体は俺が受け止めることができ、お互いに怪我することなく事を終えることが出来た。

・・・・・出来たじゃないよなぁこれ!

 

「!」

「!」

 

前につんのめった鈴はものの見事に俺の胸に寄りかかり、背中に添えた俺の手がまるで鈴を抱き寄せたみたいな状況を作り出しちまった!

 

「「~~~~~~~ッ!」」

 

しかも二人とも硬直しちまったし・・。

どちらとも動けずにいると、次第に変な空気が漂い始める。

い、今さら思い出したんだが、この遊歩道。人通りは結構あるくせにその大半がカップルなことで有名な、所謂デートスポットだぞ・・・!

どうすればいいのか分からず、背中の右手を離そうとしたら・・・。

 

「あ、ちょ、ちょっと待って! こ、腰が・・・!」

 

鈴が本気で焦った声を発したので、ぎゅ。

更に力を込めて抱き寄せちまった!

 

「っ!」

 

より身体が密着したことに驚いたのか、鈴の息を飲む声が聞こえる。

薄い夏服越しに、鈴の暖かな体温を感じた。

足元を見ると、確かに鈴の足には力が入っていない。いきなりのことで腰が抜けてしまったらしい。

どこかで鳴く海鳥の鳴き声が聞こえる。

それほどまでに辺りは静かで、夕陽に染まった海辺の景色が幻想的な雰囲気を醸し出しているようだ。

まるで俺と鈴だけが世界に存在しているような錯覚がしはじめて、不安げに見上げてくる鈴の濡れた瞳に俺の思考はメチャクチャに掻き乱される。

可愛い。それ以外に彼女を的確に表している単語がない、と思ってしまうほどに今の鈴――いや、凰 鈴音は魅力的だった。

コーヒーを取り落としたお陰でフリーとなった左手がまるで別の意識を持っているかのように、鈴の肩を掴んだ。

自分でも分からない欲望が俺のなかに渦巻き、思わず唾を飲み込む。

鈴が―――目を閉じた。

俺にすべてを委ねるような鈴が堪らなくいとおしく思える。

俺は、そんな鈴に―――――

 

(だ、ダメだろクレハッ! 相手は鈴だぞ!)

 

――――何も、しなかった。

 

一瞬外れそうになった理性を何とか保つ。

おい、クレハ。お前は人を死なせている身空で、何を考えているんだ。

確かに双龍の頭は捕らえたが、まだ、ダメだ。

なにがダメなのかはハッキリと纏めることは出来ないが、俺の直感が告げていた。

 

―――――俺は、まだ自分を赦すことができない。

 

どん、と鈴が俺の胸を押し退けた。

どうやら立てるようになったらしい。

―――だが。

 

「ふ、ふざけないでよ・・・。あ、あんたはいつもそうやって・・・・っ! 人をその気にさせて悩ませておいて―――何なのよッ!」

 

泣いて、いる。

大きな瞳いっぱいに涙をためた鈴が、俺に向かって何かを訴える。

いつも通りの気丈に無る舞う鈴かもしれない。だが、彼女の剣幕がそうではないと言っている。

 

「分からない・・・分からないのよクレハが・・・っ。あんたにとってあたしって何なのよ・・。なんであんたは優しいのよ・・・っ。なんで、なんで、クレハのことであたしがこんなに思い詰めてるのよ・・・っ?」

 

止めどなく溢れ出した涙を手の甲で拭う鈴。

彼女の動きに合わせてツインテールが踊るように揺れる。

 

「・・・鈴、俺は――――」

「―――帰る」

 

言い終わる前に、鈴は俺に背を向けた。

嗚咽を漏らす鈴は振り返ることなく去ってしまった。

伸ばそうとした手は誰にも向けられることはなく重力に引かれて垂れ下がる。

段々と暗くなっていく空。

そしてついに、夜のとばりが降りてきた。

・・・・何だったんだ今日の出来事は。

混乱する頭で、さっきの鈴の姿を思い浮かべる。

俺の腕のなかに居た鈴。

何かに期待するように閉じられた目に応えられるようなことを、俺は出来たんだろうか。

・・・いや、そんなはずは無い。

きっと、傷つけてしまったんだ鈴を。

俺に向かって激昂する鈴。

自分でも全部が把握できていないにも関わらず、俺に何かを訴えようと必死で言葉を探していた。

俺はそんな鈴に、必死に言葉を探して思いを伝えたか?

いや、ただ逃げたんだ俺は。

 

「・・・・・ゲス野郎じゃねぇか・・・」

 

ベンチに座り、独り打ちひしがれる。

頭では分かってるが、何かが邪魔をする。

お前は一生苦しむんだと、何かが告げてくる。

胸の中のISか、それともあの日の記憶か。はたまた、遺伝子を弄くられて生まれてきたこの身体自体か。

何にせよ、俺はアイツに応えてやることが出来なかった。

今日のなかで一番ハッキリしてるのは、それくらいのもんだよ。

 

 

重い脚を懸命に動かして、学園に帰ったのは8時半。

寮に戻っても誰かが帰ってきた形跡はなく、静かなモノだった。

久しぶりに大浴場に行き、気分を変えようとしたがイマイチ効果はない。

風呂から戻った俺はベッドに腰かけると照明を落とす。

多分、鈴は帰ってこない。

俺にとっても今はそれが良いし、アイツもそうなんだろう。

ベッドの間に設置された仕切りを閉まってみても、その向こうにいるはずの鈴はそこにはいない。

 

「・・・どこいったんだよ鈴・・・」

 

その夜は眠ったのか眠れてないのかハッキリしなかった。

 

 

 




読んでくださってありがとうございました。


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迷走

翌日の日曜日。

俺は部屋のドアを叩く音で目が覚めた。

時間は・・・9時ちょうどだ。

頭いてぇ・・・。

くらくらする頭を労りながらベッドから降り、ドアに手を掛ける。

・・・・鈴、じゃねぇよな。

アイツならここのカードキーを持っているハズだし、多少の気まずさはあっても今更ドアをノックなんてしないだろう。

取り敢えず覗き穴から訪問者の顔を確認すると・・・げ、セシリアだ。

ドアの前に立つ制服姿の金髪美少女は、なにやら忙しなくモジモジしている。

少しだけ紅潮している顔から視線を落とせば、目に入るのは手に持ったバスケットだ。

・・・・あれ、間違いなく食いもんだよな・・。

ったく、アイツまた変なもの作ったんじゃないだろうな。前みたいな味だけゲテモノサンドイッチとか止めてくれよホント。

第一、弁当系ならセシリアよりずっとアイツ(・ ・ ・)の――――。

――――?

 

急に、そこで思考が止まる。

 

(あれ、俺は一体誰の顔を思い出そうとしてたんだ・・・?)

 

今まで俺が食ってきた料理と言えば、食堂のキツネうどんに鈴の中華料理。

鈴がいるからこそ最近は食堂の利用回数が減ってきたが、あそこのうどんは結構うまい。

・・・・なにか他に食べてる気がしたんだが・・・、思い出せない。

既視感(デジャブ)を味わっているような、言い様の無い感覚。

・・・・まぁ、気にすることじゃないか。

思い出せないことの内容はどうでも良い。

今重要なのは目の前に生物兵器(仮)を所持するというトンでも無いことをしている英国淑女への対応だ。

 

・・・体調的にもう一度あのレベルのサンドイッチを食べたら今はアウトだ。

何時もなら未だしも、寝不足で抵抗力の落ちている今、アレを体内へ入れる訳にはいかないッ!

一緒に弁当食おうと提案されたら最悪、時穿で作った亜空間へ弁当ごとセシリアを突っ込んでやろう。

俺は意(胃)を決してドアノブを捻る―――!

 

「おはようございますクレハさん! 今朝のご機嫌は如何でして?」

「よ、ようセシリア。どうしたんだこんな朝早くから制服なんか着て。補習でもあんのか?」

 

うう、セシリアの笑顔が今の俺には眩しい・・・!

取り敢えずバスケットには触れないように話題を制服へと持っていく。

 

「い、いえ、そう言うわけでは無いのですが・・・。実は、少しクレハさんにお願いがありまして・・・・」

「お願い? ――! りょ、料理の味見なんかはしないぞ!?」

 

しまった!

お願いと聞いて、思考が完全にバスケットの方に向いちまった!

自爆ぎみに料理のことを口走った俺は背筋をかけのぼった悪寒に耐えながらセシリアの言葉を待つ。

 

「え・・・? い、いえ! そ、そのようのことではありませんわ!」

 

そう言うとセシリアは、ばっ。

バスケットを自身の後ろに隠した。

なんだよ、バスケットの話はセシリア的にも触れてほしくなかったって訳か。

 

「ただ少し・・・つ、つ、付き合ってくださいませんことっ?」

 

セシリアはいっぱいいっぱいって感じで顔を赤くして言った。

・・・もとが白いだけに綺麗な桃色だなおい。

 

「あー、セシリア? 具体的に何に付き合えば良いんだ?」

「あ、あらこれは失礼いたしました! 緊張のせいで少し混乱してしまいましたわ」

「ん、まぁ焦るなよ。今日は日曜だし一日中暇だから大抵のことには付き合ってやれるぞ」

 

寝癖をグシグシ正しながら言う。

 

「そ、それは本当ですか!?」

「嘘ついてどうなるんだよ」

 

ずいっと詰め寄ってきたセシリアの迫力に気圧される。

・・・・息巻いて言ったせいか知らんが、ここら辺一帯の空気がセシリアの放つ桃っぽい呼気に染まった気がする。

―――実際、今日はなんの予定もない。

鈴の行き先は気になるが、今アイツの心配をする意味はないし、ある種の喧嘩見たいな状態だ。昨日の鈴の様子から下手に声をかけない方がいい気もする。

アイツとはただのパートナーっていう間柄なだけで、居場所がどうとか俺には関係ないし、第一、鈴の当初の目的である双龍がらみの件は解決したんだ。

超界者とか気になる問題はあるが、そっちの方は大人たちが何とかしてくれるさ。

つまり、俺たちのペアの存在意義は限りなくなくなってきていると言うことだ。

 

「たしかにそうですわね。でしたら、お頼みしても宜しいですか?」

「おう、取り敢えず聞くだけ聞いて、その後判断する」

 

俺がそう言うとセシリアは真摯な瞳で、ちょっと恥ずかしそうにお願いの内容を告げてきた

 

「―――ー実はわたくしは――」

 

 

ところかわってIS学園、第五ブロック内にある武道場。

壁には剣道部の面が干されていて、少しだけ汗のにおいがする。

普段はクラブ活動の施設として利用されているここに、俺とセシリアは立っていた。

俺たちは畳三畳分の間隔を空けて立ち、心を落ち着かせる。

セシリアを見やると、いつもと違う格好に少しだけ物珍しさを覚えた。

―――袴、なのだ。俺達が着ているのは。

白い武道着に紺色の袴。

IS学園の柔術部が使用している規定の服装だ。

金髪でスタイルのいい完全無敵の外人さんであるセシリアが着ると締めた帯がくびれを強調し、礼節を重んじる日本武道の場であんなかっこして怒られないかと心配になる。

 

「じゃ、行くぞセシリア。時間は一分。先に背をつけた方の敗けだ。型に囚われずに自由にやってみろ。バーリ・トゥードゥ(なんでもあり)ってヤツだ」

「わ、分かりましたわ」

 

緊張した面持ちのセシリアが力強い返事をする。

 

ビーッ!

 

セットしておいたタイマーがブザーを鳴らし、一分間のカウントダウンが始まる。

 

「「――――ッ!」」

 

緊張しているようだったので出遅れるかもと思ったが、セシリアの反応は意外と速かった。

 

・・・・・セシリアの頼み事とは、詰まるところコレ。

 

先月の戦闘で格闘戦が不得手なのを深刻に思ったセシリアは、ISで拳による格闘戦を行う俺に練習に付き合ってほしいと頼んできたのだ。

スタートは上々。

一応格闘訓練もしていると言うだけのことはあった。

さて、ここからだが―――。

 

詰め寄ってきたセシリアは意外や意外。なんと鋭いワンツーを俺に放ってきた。

足の踏み込み、身体の角度、視線。間違いない。ボクシングだ。

女対男で腕力勝負のボクシング。

セシリアの判断ミスかと思ったが――――そうではないようだ。

 

「はぁッ!」

 

頬に向かってえぐり込むような右ストレートが放たれる。

続けてワンツーワンツーとリズム正しく放たれるジャブを受け流している内に気がついた。

セシリアの拳はただの牽制ではない。

一発一発に体重が掛けられた紛れもない本気の拳。

教科書通り過ぎる嫌いはあるが、食らえば吹っ飛ばされるかもしれんな、アレ。

 

「行きますわよッ!」

 

右側に放たれた拳に反応して、俺の重心が左へ寄った瞬間。

 

「!?」

 

超界の瞳が俺の左足に迫るセシリアの右足を捉えた。

 

(拳はブラフで、蹴りが本命か――!)

 

Bシステムも発動していない俺に、そこからの回避が出来るわけもなく、蹴りが俺の脚にヒット。

膝かっくんのように完全に重心をずらされた俺はその場に膝をついた。

・・・・・おいおい。

格闘戦が不得手というわりには巧いな。技巧タイプってとこか。

だが、負けた訳じゃない。

似合わないファイティングポーズを取っているセシリアが少しだけ微笑んでいる。

 

「申し訳ありませんでしたクレハさん。実を言うとわたくしボクシングには多少の心得が御座いますのよ」

「ホラ吹いてんじゃねーよセシリア。お前『ISでの格闘』が苦手なだけだろ」

「ご明察ですわクレハさん。―――初めはちゃんとしたIS格闘をご教授願おうと思っていたのですが、クレハさんが『大抵の事なら付き合ってやれるぞ』なんて仰るモノですから・・・少しだけいたずら心が沸き上がってしまいましたの」

 

そう言ってセシリアは拳を構える。

身体を半身にし、利き手を身体の後ろで握る独特の中国拳法のような構えだ。

見たことない―――多分オリジナルだ。

 

「――――春のリベンジ、と行きますわよ」

 

その宣言でハッとさせられる。

今年の四月。入学早々俺に喧嘩を吹っ掛けてきたセシリアは、前半調子に乗りまくり、後半で見事に敗北を喫すという凄まじく恥ずかしい負け方をしている。

プライドの高い英国貴族のセシリアだ。どこかで根に持っていたんだろう。

一度負かせた相手からのリベンジマッチ。

正にボクシングの防衛戦みたいで、男としてはテンションの上がる展開だ。

 

(だが、セシリアが大人しく組んでくれるかどうかだな)

 

セシリアがボクシングなのに対して、俺が基本とした動きは、投げ、極め、締めの柔道だ。

幾らか手を加えて打撃もある柔術寄りになってはいるが、それでも相手がボクシングでは間合いに入るのは難しそうだ。

 

(Bシステムはナシ。久しぶりに負けるかな・・・・?)

 

想像して冷や汗が垂れる。

ここで負ければ惨めな王座失墜。きっと嫌でも噂が広がり下級生に負けた下負け野郎として後ろ指刺される事態になるだろう。

――――絶対にイヤだな、うん。

 

「よし、セシリア。そのリベンジマッチ、受けてやる。掛かってこいよ」

 

内心ビビりつつ、くいくいとセシリアを挑発する。

負けたときは――――土下座でも何でもしてここでの事をうやむやにしてやろう。

 

「―――レディーファーストとは、さすが紳士ですわねッ!」

 

セシリアが拳を―――――放つ!

狙いは視線からいって俺の正中線を的確についている。

後ろに引いた拳を全力で放つ姿に悪寒を覚えた俺は、その場でしゃがむ。

すると――――

 

――ヒュッ―――パンッ!

 

「ちょっと待てや! 今の音おかしいだろっ!?」

 

く、空気を切り裂いた上に戻したときのパンッて音何だよ!? JETピストルかよ!?

 

「? 今の、おかしなところがありましたでしょうか?」

 

当のセシリアは今のスピードに違和感を覚えていないらしい。

身体を半身にして後ろに拳を引いたのは、全身の筋肉を使って超速の拳を放つためだったってわけか。

人外が・・・、人外がここにもいたぞ!

 

次々と繰り出されるセシリアの超速パンチに、俺は防戦一方となる。

速い分体重は乗ってないが、あんなの食らったら只じゃ済まんだろ!

 

「―――踊りなさい! (わたくし)とこの拳が奏でる愛らしい小舞曲と共に!」

 

か、回帰してやがるアイツ!

口調は優雅だが、今のセシリアは丸っきり激しいビートを刻むデスメタもかくやという激しさだ。

このままじゃじり貧だな。

狭い柔道用の畳の上じゃ逃げるのにも限界がある。

何としてもセシリアの背中を畳につけて、勝つしかない!

 

俺は右足を畳につけた瞬間、親指に力を込めて直角に身体の向きを変えた。即ち、セシリアの正面に。

 

「ッラァ!」

 

セシリアの拳は、放つと一度完全に引き戻す砲撃のようなパンチだ。

だから連射が効かないと判断した俺は一か八か懐に飛び込むように奇襲を掛けたのだ。

踏み込むと同時に放った俺の拳が、セシリアに迫る。

 

「相も変わらず、洞察とタイミングは完璧ですわね。ですが―――!」

 

放った拳をパンッという音と共に引いたセシリアは、眼前に迫った拳を見ても尚も微笑む。

そして、重心を左足に掛けたセシリアを見て、俺は自分の失策を呪った。

セシリアの左足。それはセシリアの軸足であってつまり―――

 

「身体の使い方ならわたくしの方が上手のようですねッ!」

 

―――回し蹴り――!

回転するセシリアを追うように金髪が揺れ、俺の視界を覆い隠す。

そして俺の拳はセシリアの蹴りによって左へと弾かれ、勢いあまり、俺の身体がその場で一回転する。

 

(だったら――――ッ!)

 

セシリアの蹴りによって一回転した俺はその回転力を次に繋げるべく、左手による裏拳で回し蹴りの残心を決めているセシリアの背後を狙う。

 

しかし――――当然、受け止められた。

 

・・・・なんつーこった。

普段の俺と、コイツら代表候補生はこんなにも差があったのか。

伸ばした左手を易々と握ったセシリアは俺を見て不思議そうな顔をした。

 

「・・・・・本気、ではないようですわね・・・・」

 

Bシステムの事を知らないセシリアは俺が手を抜いていると思っているらしい。

だが、それは間違いだ。

全力だよ。今の俺の。

 

「・・・・・」

 

何も言わない俺をじっと見ていたセシリアは掴んでいた俺の左手首を放した。

 

「どういった事情かは存じませんが、今のクレハさんを倒したところで面白味なんてありませんわ。勝敗はまた次の機会に致しましょう」

 

セシリアは嘆息混じりにそう言うとくるっと俺に背を向けた。

 

「・・・・・強くないクレハさんなんて、わたくしは認めませんわ・・・・」

 

そう言って更衣室に消えていったセシリア。

 

―――――強くない、か。

そうだな、弱いよ俺は。

だから変わることを求めた。

弱さを自覚していたから、強さを求めずには居られなかった。

誰かを守ろうなんて高尚な志なんてない。

誰かに見ていてほしかった。

母親(たばねさん)に、鈴に自分という存在を見ていてほしかったんだ。

 

だが、ただ見ていてほしかったという理由だけで頑張れたあの頃とは違う。

二年とは言え、俺も成長し誰かに依存する子供のような精神はとっくに捨てた。

今の俺には近くで見ていてくれる人間もいない。

束さんも、ウェルクさんも、そして鈴すらも。

 

別の何かが必要なんだ。

見ていてほしいと言う顕示欲にまみれた目的じゃない。別の、何かが。

 

―――兵器を駆る以上、理由もなく乗ってるなんてバカみたいだろ。

 

 

午前中なのにくたくたに疲れた身体で部屋に戻ると、鈴のベッドが膨らんでいた。

・・・・・・帰ってきたのか。

安心すると同時に、どうすればいいのか分からなくなってしまう。

寝ているのか、すうすうという寝息が小さく聞こえて、すこし脱力する。

・・・取り敢えず、シャワー、浴びよう。

部屋のユニットバスでシャワーを浴びながら考える。

今、隣には鈴がいる。

だが、俺はこういう場合どうすればいいのか見当もつかない。

アッチが話しかけてくるのを待つのか、こっちから声をかけるべきなのか。

考えが纏まらないままシャワーから上がり、服を着て携帯電話を手に取った瞬間思い付いた。

 

(・・・・・フォルテは、ダリル先輩とどうやって仲直りするんだろうな)

 

思い立ったが吉日だ。

直ぐ様フォルテの番号を呼び出し、コールする。

 

『――――Hello,this is forte(もしもし? フォルテっすけどなにか?).』

「ああ、フォルテか。俺だ俺」

『――――オレオレ詐欺ってもう古くないっすかクレハさん?』

「テンプレな反応どうもな。ちょっと聞きたいことがある。いま良いか?」

『えー、いまっすかぁー? あと五分でダリル先輩と約束あるんすけどー』

「そいつはちょうどいい。その約束、ちょっと破ってみてくれよ。そんでダリル先輩と喧嘩してくれ」

『どういう神経してんすかアンタ!? いきなり凸電してきて仲良しペアの仲引き裂こうとするなんて正気の沙汰とは思えないっすよ!?』

「ああ、悪い。言い方が悪かったな。俺はただペアと喧嘩したらどうすりゃいいのか知りたいだけなんだ」

『ペア? 喧嘩した? クレハさん今中国代表候補生さんと喧嘩してるんすか?』

「ちょっと込み入った事情があってな。ほっときゃ次第に機嫌が良くなると思ってたんだがどうにもいかないらしい。助けてくれ」

『え、エライ素直っすね今日のクレハさん・・・・まぁ、クラスメートの悩みとあっちゃ無下にするわけにもいかないっすからね。ここら辺でクレハさんに一つ貸しを作っておくもの悪くはないっす』

「貸しって・・・。―――わかった倫理的にオーケーな事なら一つだけ言うこと聞いてやるからアドバイスくれ」

『さっすがクレハさん! ―――そんじゃえーっと、端的に言えばクレハさんと中国――凰さんは幸運にも男女のペアっす。私たち女同士よりちょっと複雑な間柄ですから方法としては私たちとはガラッと変わるんすけど良いっすか?』

「まぁ、参考程度に聞いておくよ」

『そっすか。それじゃ、一緒にどこかに出掛けてください』

「その帰りに喧嘩したんだが、また誘って大丈夫なもんなのか?」

『―――――――――』

 

・・・・おい、黙るなよ。

 

『一体どういう状況になって喧嘩したって言うんすか・・・?』

「声が深刻そうだな。そんなに難しい状況なのか?」

『当たり前っすよ! デートして喧嘩とかもう最悪じゃないっすか!』

「デートじゃねぇ! 普通に原宿でお姫様だっこしたり、普通にプール行っただけだ!」

『ふざけんじゃないっすよ! このリア充め! この主人公野郎! あとお姫様だっこってなんすか!? 超気になるっす!』

 

お互いに電話で激昂してしまったので数秒間クールダウン。

 

『――――当然、水着は誉めたっすよね?』

「いや、誉めずに、寝た」

『あり得ないっす・・・・・』

「そんで、帰りにちょっといざこざがあって、喧嘩別れしたんだ。昨日のことだ」

『いざこざの内容も気になるんすけどまぁいいっす。――――私が聞いたところクレハさんのデートの評価は多分良いとこ5割、悪いとこ5割ってとこっすね』

「半々かよ。つーかデートじゃねぇし・・・・」

『クレハさんの言い分はどうでもいいっすよ。大事なのは女の子の心っす。もうちょっとクレハさんは自分に正直になることをお勧めしますよ』

「おすすめされてもなぁ・・・・・。じゃ、今できることは?」

『ないっすね。ホントに。マジでちょっと放っておくのが一番かと』

「高い代償払って得た答えが現状維持って・・・・・」

 

腹立ったので電話をぶち切る。

通話時間十分越えてるな。約束に遅れて喧嘩しちまえ。

携帯をポケットに納めた俺はシャワー室から出る。

ベッドを見ると未だにもっこりと山が出来ている。

・・・・・あー、考えてたって始まらねぇな。

俺はフォルテのアドバイスをガン無視して、ベッドにツカツカ歩み寄る。

寝息は・・・・聞こえんな。

息を潜めてじっとしているようだ。

こうなりゃ自棄だ。取り敢えず顔をあわせてみないことには何も始まらない。

俺は布団に手を掛けて――――引き剥がす!

 

「・・・・・・ッ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・え?」

 

――――そっと布団を戻す。

・・・なんだ今の。

鈴じゃない、見たことない奴が居たんだが、なに? どうしたんだこの部屋?

俺は先程見た光景を思い出す。

ベッドがあり、そこに横たわるのは小柄な少女。

多分、鈴やミナトより小さいガチの小学生レベルの身長。

白く短い、セミロングの髪に、紺碧の瞳。

・・・・・ってあれ、見たことあるなこの特徴。

 

「・・・・・」

「・・・・・・・・・・・」

 

なんとも言えない不思議な沈黙が降りる。

 

「・・・・・おい」

「!!」

 

ビクッと布団が震えた。

 

「お前、昨日プールにいたやつだろ」

「!!!!(ふるふるふる)」

 

核心を突いた質問に、ベッドの山が左右に揺れる。

違いますよーってことらしい。

取り敢えず瞬龍を準待機モードでセットしてワンアクションで起動できるようにする。

念のため腰から抜いたM1911もハンマーを落とし、突発的な事態に備える。

敵か味方か分からない状態だ。

カードキーがないと入れないこの部屋に居るのも気になる。

 

「動くなッ」

 

バッ、と。布団を捲った俺は少女に拳銃を突きつけながら警告する。

左手を使って少女の両手首を一纏めにして頭の上で押し付ける。

白い薄手のワンピースを纏った身体を一通り見た感じとしては、武器などの所持は無さそうだが、安心するわけにはいかない。

こちとら体内に殲滅兵器を積んでるんだ。警戒は怠らないさ。

暫くして、少女がなんのアクションも起こさないのでちらと顔を見てみると・・・・。

 

「ふ、ふぇ・・・ぅぇぇ・・・」

 

あ、あれ?ちょっと泣きそう?

少女は大きな緑色の瞳に涙をため、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

や、止めてくれよそういう顔。

俺が悪いことしてるみたいになっちゃうだろ・・・?

ていうか今の状況。人に見られたら結構なことに―――がちゃ。「あのー、クレハさん。今朝は誤魔化してしまったのですけれど、やはりわたくしのサンドイッチ食べて――――」――――はぃぃ!?

 

ノックもせずにいきなり入ってきたセシリアは、俺の顔を見て、次に組敷かれてる少女の顔。そして俺の顔を見た。

 

「おい、待て。話せばわかる。いや、俺自身今の状況を説明しきる自信は無いんだが、取り敢えずその握った携帯を置こうかセシリア」

 

「――――け、警察を! 警察を呼びませんと・・・・ッ!」

 

「頼むから待ってくれよ!?」

 

 

「―――――ちょっと待ってセシリア。状況が読み込めないのだけれど?」

 

急遽セシリアに呼ばれたサラは、曖昧なセシリアの説明を聞いて頭を悩ませた。

 

「ええと、要約するとこう言うことかしら? 部屋に入ると柊君がいたいけな少女を押し倒していた、と。変態ね」

「ええ、その通りですわサラ先輩」

 

二人の誤解に満ちた納得にも俺は黙っているしかない。

件の少女と共に正座させられた俺の回りには何やら青い筒状の物体が向けられているのだ。

言わずもがなブルーティアーズである。

しかもそれが六基。つまり、ミサイルすらも俺に向けられている状態だ。

 

「はぁ、いきなり呼び出されて何事かと思いきや、遂に貴方を滅する時が来たようね」

「いや、あの・・・いろいろ弁明っつーか、説明したいんだけどダメ・・・すか?」

「ダメよ」

 

ちゃんと挙手しつつ言った俺の請願はバッサリと切り捨てられた。

・・・・つーかサラ。

お前目の奥が笑ってんだけど普通に俺を弄って楽しんでるだけだろ。

セシリアを焚き付けて暴走させるクセも直ってないみたいだし、焚き付けられるセシリアもセシリアだな。あとで先輩として何とかせねば。

 

「・・・・・っ」

 

因みにだが、俺の隣に正座するチビッコだが、さっきから俺が視線を向けるたびにビクッなってる。

なにか悪いことしたかなと考えたら、いきなり銃を突きつけてしまったことを思いだし反省する。

・・・仮に彼女が犯罪者の一端だったとしても、今の状況でなんのアクションも起こさないのは不自然だ。

学園生徒三人に囲まれた上に、一人は知られていない男子生徒である。

俺に対する驚きとか、状況を打破するために一手打ってきてもおかしくないのだが、その様子はさっきから全くない。

むしろ瞳から送られてくる少女のバイタルサインからしても、怪しい所は一切なし。何かを隠している様子も、芝居を打っている様子もない。

それじゃあ、この少女は一体何なのか?

・・・・・ほんと、何なんでしょうね。

 

「――――まぁ、柊君を私刑に処すのは後回しにしましょう。・・・それよりもまず、彼女の問題よ」

 

そう言ってサラは少女と視線を合わせるように眼前にしゃがみこんだ。

おいおい、お前が真剣表情してると少なからず相手を威嚇してるみたいな眼力が出てくるんだから止せよ。

あーあ、またびくってなったぞ。

 

「いくつか質問するわ。一つ、貴女の名前は?」

 

サラの問いに会わせてセシリアがBTを一基少女に向けた。

少女はというと、突然向けられた砲口にまたもや涙目になり、うるうるとした目でこちらを見上げてくる。

――――どうすればいいですか?

そんな声が聞こえた気がした。

 

「サラとセシリアは取り敢えず武器を下ろせよ。相手は丸腰だぞ」

 

一度は拳銃を突きつけて迫った俺だが、棚上げはお手のもの。そう言われた二人は唇を尖らしながら武器を納めた。

やれやれ、普段から武器で脅すしか選択肢のない生活を送ってるもんだから異常性に気づきにくくなってるんだな。

 

「で、だ。お前は一体―――――」 きゅるるるぅ~

 

その場の空気が俺に任せる見たいな流れになったため、質問を始めようとしたその矢先、なんとも気の抜ける音が響いた。

じとっとした目でイギリス人二人を見るが、ふるふる。首を振って否定した。

それじゃあ――――。

 

「ちっ、違うん、です! その、今のはお腹の音なんかじゃ・・・無くてっ!」

 

白い顔を赤く染めてお腹を抱えるハングリーリトルガールがそこにはいた。

 

「・・・・・食堂、行くか」

 

そうだ。よく考えれば飯時だったぜ。

 

 

人間、慣れとは恐ろしいもので、銃を突きつけて対話する事に疑問を抱かなかった他に俺は別の異常性に気がついた。

寮に隣接する食堂の窓際の六人がけシートに座った俺たち四人は、其々のメニューを広げた。

まず俺。いつも通り狐うどんをメインにいなり寿司がサイドを飾っている。栄養的には偏るものの、隙のない完璧な布陣である。

続いてサラ。

サラは和食が気に入っているらしく、割と肉を好んで食べる傾向がある。よってサラが選んだのは親子丼だ。

レンゲを用いて熱々のを頬張る姿はクールなサラの違った一面を見せている。

そしてセシリア。

午前中にちょっと摩擦があったため食事を同席するのはどうかと思ったが、セシリアの「お食事でしたらわたくしのサンドイッチをどうぞ(ハート)」という発言を俺とサラはガン無視したためセシリアも渋々昼食に参加。今は少女とサラを挟んだ向こう側でチュルチュルうどんを啜っては、ハムッとかき揚げにかぶり付いている。

・・・・・英国貴族二人が揃って庶民飯って・・・・。

ていうか、セシリア。食ってる時くらいジト目は止めなさい。

 

・・・女性二人と食事を共にするなんて緊急時でもない限り絶対にしないことだが、今はその緊急事態なのである。

サラとセシリアの体臭が混ざったなんとも言えぬ香しい香りのせいで食事に集中できない俺は、俺とサラの真ん中に居る少女に目を移す。

 

「・・・ちゅるちゅる・・・・はふぅ・・・」

 

流石に男子高校生の胃袋を満たすうどんを一杯食いきれと言うのは無理な話なので、俺のどんぶりから小皿に分けてやったのを少女は幸せそうに食べている。なんだこいつ。異様に可愛いぞ。

少し楽しくなった俺は、意外に食べる少女にいなり寿司を分けてやったりうどんを追加してやったりして昼飯時を過ごした。

 

「・・・・・ロリコンは犯罪よ」

 

今、サラが呟いたことは聞かなかった事にしよう。

 

 

そして、料理も食べきり、一息ついたところで俺は例の異常性に気がついたのだ。

 

「・・・・・なんか、和んじまったな」

「そうね」

「・・・同意しますわぁ・・・」

「・・・けぷっ」

 

敵か味方か分からない相手と共に飯を食ってる異常性。

隣で満足そうにげっぷする少女に敵意は無さそうだが、色々不明な点が多すぎる。

ホントならその色々を聞き出さなければいけないのだが――――――。

 

「・・・・日向ぼっこするにはいい天気だな」

「そうね」

「・・・同意しますわぁ・・・」

「・・・すぅすぅ」

 

―――なんか、色々だらけてきている俺たちだった。

サラもセシリアも、姿勢正しく背もたれにもたれて気持ち良さそうにトロンとしている。

 

一応危機感はあるのだが、満腹なのと心地よい疲労感が相まって何もする気が起きない。

まぁ、コーヒーの一杯くらい飲んでからでもいいかな。

 

「そうね」

「・・・同意しますわぁ・・・」

「・・・んにゅ・・ぅん・・・」

 

数日後、四人揃って日向ぼっこする写真が新聞の一面を飾るのだが、それはまた未来の話である。




読んでくださってありがとうございました!


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正体

30分後。

コーヒーと紅茶のカフェインで完全に覚醒した俺たちは今一度問題に向き合った。

 

「ていうか、なんでこの子俺の部屋に居たんだよ?」

「知らないわよ。それを今から聞き出そうとしているんじゃない」

 

部屋に戻った俺達は壁際の簡易テーブルを引っ張り出して、座っていた。

食堂で寝てしまった少女は起きそうにないのでそのままベッドに寝かせてある。

 

「名前も聞き出す前に眠ってしまいましたから、捜索願の確認も出来ませんわね・・・」

「・・・やっぱり千冬さんや束さんに報告すべきだったかなぁ・・・」

 

飲み干したインスタントコーヒーのカップをテーブルにおく。

・・・教師に報告っていうのは実は真っ先に思い付いた選択肢だが、俺は二年生。

IS学園では一年次を教育期間として、二年次を実習期間。そして三年次を実戦期間として見ている節がある。

だから通例、二年の生徒は基本的に訓練のメニューや任務の受注発注は学校が取り仕切るのではなく、個人でやらされる。

将来、どこのIS企業でも一人でやっていけるように自立を促されるのだ。

そしてそれは任務中の問題についても同じで、俺達は基本的に教師の手を借りることをあまりしない。

この前の福音事件のような外交的思惑が絡む事件ならそうはいかないが、よほどのことじゃない限りは、自分の力で状況を打破しなくてはならないのだ。

 

「やはりそれが一番良いんじゃないかしら。情けない話だけれど、学園寮にこんな小さい娘が入り込んでるなんてどう考えてもおかしいことだわ」

「やはりそうですわね・・・・」

 

二人の意見は揃ったようだが、俺はまだ少し考えていた。

この少女は、昨日アクアマリンで見かけた少女だ。

その少女が俺の部屋にいた。

本当に偶然か? 教師の方に丸投げして解決する問題なのか?

俺の脳裏には昨日感じた嫌な悪寒が甦っていた。

・・・・決まりだな。

 

「俺は、まだ少しこの子から何かを聞き出した方が良いんじゃないかって思う」

「・・・・・貴方、よく分からないイレギュラーを放置するって言うの?」

「それに関しちゃ言われる筋ないぞサラ。一緒に食堂で飯食った上に眠りこけたのはどこのどいつだよ」

「なっ・・・それは確かにそうでしょうけど・・・。ていうか、見てたの?」

 

サラが手の甲で口元を隠しつつ、なんでか俺を睨んでくる。

「おかしいわね・・・。柊君より後に寝て、先に起きたはずなのに・・・写真も・・」なんて言ってるサラは放置し、セシリアにも確認をとる。

 

「サラに同意って感じだったが、お前はいいのか」

「・・・・わたくしも危険分子は早めに取り除いた方が良いと思いますが、先程までのこの子の様子を見る限り、わたくしたちにとって危険に感じられるような事は有りませんでしたわ。話を聞くというなら、反対は致しません」

「そうか」

 

・・・・セシリアはその生まれからか、物事をハッキリさせることに躊躇いがない。

新聞部部長、黛 薫子のデータによれば・・・セシリアの実家、オルコット家とはイギリスの貴族の家柄で、セシリアの祖父が男爵家の位を賜ったらしい。

そしてその祖父が他界し、そのすべてを相続していた親夫婦も双龍の事故で命を落とした。

するとその遺産はどこにいく?

一人っ子であるセシリアは若くして莫大な遺産を相続し、家名を護るために年齢にそぐわない立ち振舞いを身に付けたという。

そのせいか、高圧的な態度と口調で相手を圧倒する人格が形成され、大人の世界で培った高い判断力と分析力を買われてISのテストパイロットになったのだ。

 

「・・・・まぁ、セシリアがいうなら私も敢えて反対意見は出さないわ。言っておくけれど、私はセシリアの意見に賛成したのであって、貴方の意見に賛成した訳じゃないわよ」

「いや、そこ確認する必要なくね・・?」

 

そういうセシリアの生い立ちを知っているからか、サラもセシリアの考えには耳を貸す。

よし、方向性は決まったな。

 

俺は何となく、ベッドで眠っている少女を見る。

・・・普通の女の子だ。

風貌こそ現実味のない輝くような姿をしているが、眠っているあどけない姿はとてもじゃないがここのセキュリティを掻い潜って来られるようなやり手には見えない。

つーかなんだろうね。

殺伐とした雰囲気の学園にこんな子供っぽい娘がいるとすげえ違和感感じるんだが、それと同時にすげぇ癒されるね。

毎日毎日鈴やセシリア、サラや千冬さんと言った「クレハ絶対殺すウーマン」どもに囲まれた生活を送る俺にとってはとてつもなく重要な時間だよ今。

 

「はぁ・・・天使かよコイツ・・・」

「・・・・キモいわね」

「やっぱりわたくしの見立て違いだった様ですわね・・・気持ち悪いですわ」

 

外野の発言を華麗にスルーしていると、起きそうなのか少女が身じろぎし始めた。

 

「ん・・・・んぅ・・」

 

そして、ごそごそ。

何かを探すようにベッドのシーツをまさぐり始め・・・ぎゅ。

ベッドの縁に手をついていた俺の人差し指を握りしめた。

 

「・・・赤ちゃんみたいな子ね・・・」

「クレハさんに襲われないか心配ですわ」

「流石に傷つくぞセシリア・・。つーか、これ。どうすればいいんだよ?」

 

思いっきり振りほどくわけにもいかず、おろおろしていると少女が握った指を顔に近づけて匂いを嗅ぐようにフンフンし始めた。

寝ぼけているのか起きているのか知らんが、身体を勝手にされるのは気分の良いものじゃない。

そう思った俺は少しずつ指の解放に向けて行動を起こそうとしたが、その時。

 

―――――はむっ

 

・・・何の擬音かというと、俺の指が少女の口に消えた音だ。

いきなり俺の指をくわえた少女は、まるでアメでも舐めるかのように舌で指先を転がし続ける。

 

「う、うぇっ!? ひ、柊君って・・・・もうッ!」

「し、知らん知らん! 俺が突っ込んだわけじゃないぞ!?」

 

突然なことに仰天したのか、若干キャラが変わったサラは少女を止めるでもなく―――は、え? なんか、スケッチブックを取り出して絵を描き始めたぞ!?

 

「おい、ちょっと待てお前! なに描いてやがる!? ――――は、おいやめろ!アレ(・ ・)にするのは止めろ!」

「黙りなさい柊君! もうこれは仕方がないわ。一種の罰なのだから甘んじて受けることね。新刊は二限で売り出す予定だから、おまけとして出してあげるわ!」

「おまけ扱いかよッ!」

 

サラの行動の真意が察せてしまった俺は必死になって指を抜こうとするが・・・イテテテッ! 歯が引っ掛かって抜けないぞ!?

 

サラと言い合いをしている間にも少女の寝ぼけ方は酷くなっていく。

 

「ちゅぴっ・・・あぁんふ・・・あふ・・」

 

おい、おい待て。それ絶対にアメの食い方じゃねぇぞそれ!

アメの舐め方からソフトクリームを舌先でなぞるようにし始めた少女は未だに寝ぼけた目のままだ。

まずい。このままでは非常にまずい。

なんか知らんが瞬龍が反応して、胸が痛いほど脈打ってやがる。

このままじゃ、Bシステムの起動条件を知っているサラにはロリコン性犯罪者の汚名を着せられ、フォルテによって拡散され、セシリアには白い目で見られてしまう! いや、最悪全生徒からそういう目で見られてしまう!

 

――――そんな時だった。

 

バタンッ!

 

「――――お願いリヴァイヴッ!」

 

力強い声と共にIS、ラファール・リヴァイヴカスタム2の装甲をまとい、顔を真っ赤にしたデュノアが部屋に現れた。

ドアを蹴破って出現したデュノアは、俺に55口径アサルトライフル、ヴェントを向け――む、向けられた!?

 

「ちょっと待てデュノア! これはだな―――」

「クレハがこれ以上暴走しないためにも、ここで終わらせるッ!」

 

――――なにをだ!?

言い終わると同時に引かれるトリガー。 

突如人生の危機に陥った俺はなすすべもなく飛翔する弾丸を見つめるしかない。

これ以上暴走って・・・一番暴走してるのお前じゃねぇの―――――――!?

 

顔を守るために突き出した両腕に――――弾丸は飛んでこなかった。

痛みもない。

衝撃もない。

恐る恐る目を開けようにも・・・・なんだこれ。瞼が重くて中々視界が開かない。

 

「――――全く、監視者が一番先に取り乱してどうするシャルロット。監視対象のいる部屋に飛び込むなど言語道断だぞ」

 

やっとこさ開いた目に写ったのは、黒く、巨大な腕。

このISは・・シュヴァルツェア・レーゲン。

とすると俺を守ってくれたのは・・・・

 

「怪我はありませんか兄さん」

「あ、ああ。ナイスタイミングだ妹よ(ラウラ)。助かった」

 

デュノアと同じようにドアから現れたラウラは発射された弾丸を俺ごとAIC(アンチ・イナーシャル・キャンセラー)で止めていた。

いきなりだったからか停止結界の効果範囲設定が出来なかったらしく、俺ごと止めたようだが・・。ラウラ、AICの扱い上手くなってんな。複数対象の同時停止・・・、出来るようになってんじゃん。

マジで命の恩人であるラウラには兄としてハグの一つでもしてやりたい所だがラウラ、これ(結界)早く解いてくれないかなぁ・・・。

 

ラウラは俺が無事だったことに胸を撫で下ろすと、「そう言えば・・・」と言って部屋の四隅を興味深そうに眺め始めた。

なんだよ。間取りは一緒だぞ。

眺めるだけでは終わらないのか、椅子を取り出したラウラは眺めていた部屋の壁や天井を確認していく。

一連の行動を理解できない俺とサラとセシリアがハテナマークを浮かべる中、デュノアが一人だけ「ギクッ」て言った。

 

その瞬間、一時的にだがBシステムが発現しかけた俺は瞳の処理能力を使って高速で思考する。

・・・・寮のセキュリティは確かに堅牢だが、実は建物にはいるのが難しいのではなく、個人の部屋にはいるのが難しいのだ。

そこにいる少女は俺の部屋に居たのだから何らかの方法でそのロックを解除したと言うこと。

考えられる方法は二つ。

まずひとつ目に、少女特有の特殊能力。

超界者なんてトンでも生命体がいるんだ。考えられない方法じゃない。

次に、第三者の介入。

少女自身にはなんの技術もなく、部屋への侵入が困難な場合、第三者が関わっていることは間違いない。

その第三者として考えられる人物の条件は、部屋の鍵を開けられる人物であること、そして俺の部屋に入る必要がある人物であることだ。

 

少女の様子から言って、第一の方法ははずしていいだろう。もし特殊な能力があったとしても俺の部屋には言った時点で何かしらのアクションを起こしていたハズだし、呑気に昼寝する訳もない。

だとしたら必然的に二つ目の方法になるわけだが・・・・・。

 

「・・・・・おいデュノア。午前中何してた」

「ギクッ」

 

二つ目の方法における第三者の人物像において当てはまるのは二人くらいしかいない。

まず鈴だが、これは無いだろう。帰ってきてたらわかるハズだし、帰ってきてたら多分そのまま寝てる。この部屋にいないと言う時点で鈴は帰ってきてないし、部屋に入ってもいない。

次に出てくるのは、カードキー無しでも部屋には入れるデュノアだ。

こいつは六月にラウラの部屋のセキュリティを突破している。一度できたんだ。二度目は造作もないだろう。

部屋に入る理由は知らんが、入れると言う時点で疑うには十分だ。

 

「・・・・デュノア、何してた」

「・・・・・・ッ!」

 

ダラダラと汗をかきはじめるデュノア。

マジかコイツ・・。

両手をクロスし、何かに備えたようにデュノアに語りかける俺と、汗を垂れ流し続けるデュノアという現実味のない(悪い意味で)光景が展開される中、何かを発見したラウラが言った。

 

「・・・・・流石だなシャルロット。私でも見つけるのに苦労するとは並大抵の技術ではないぞ」

 

椅子から降りてきたラウラの手にはなにやら四角い機械が・・・・って。

 

「・・・・トレプス製の超高度集音マイクを搭載した盗聴機(マイクロフォン)、ね。部品から受信端末共々、秋葉原で買い揃えられるわ」

「おう、サンキューなサラ」

「べ、別に大した情報じゃないわよ・・・」

 

エンピツをサラサラしながら付加情報を提供してくれたサラに礼を言う。

素直に礼を言った俺に戸惑いを覚えたのか、サラがスケッチブックで顔を隠したが・・・違うからな?

今の俺はコイツへの怒りに駆られて色々どうでもよくなってる状態だからな?

 

仕掛けた(・ ・ ・ ・)盗聴機がまさか友軍(ラウラ)に発見されるとは思っていなかったのか汗に加えて震え始めるデュノア。なんだその振動。バネでも仕込んでるのか。

 

「ラウラ。それと同じやつあと何個くらいありそうだ? 電波傍受出来るだろ」

「はい。シャルロットの端末を見た際に確認できたカメラの数は11台。マイクの数は6台あります」

「ら、ラウラ~。秘密にしてくれるって言ったよね~・・・・」

 

正直なラウラの証言に、デュノアが涙目で訴える。

ふっ、今のラウラに泣き落としなんか効くもんか。

今現在、俺からラウラへのプレッシャーは千冬さんの通常状態のそれを裕に越している。

そんな俺を前にラウラが逆らえるわけがない!

――――と、その時。

 

「・・・・・・・・・ほぇ?」

 

少女が、目を覚ました。

周囲の喧騒のせいかもしれんが、そう言えば俺は少女の口から手を無理やり引き抜いている。そのせいかもしれん。

・・・・ちっ、命拾いしたなデュノア。

少女に対して警戒心を持っているサラはISを展開するそぶりを見せたが、俺がそれを制する。

 

「まぁ待てって。イザとなったら俺が対処する」

 

そう言った俺に、サラは渋々ながらも取り出していたサニーラバー(今は体外にありネックレスの形態を取っている)を胸ポケットに納めた。

少女はいきなり現れた集団にビビってるのか、キョロキョロして忙しない。

・・・・さて、質問を始めようかね。

俺は少女と目線をあわせるためにベッドに腰かけた。

 

「おい」

「っ!」

「いや、そんなビビるなよ。遅くなったがさっきは悪かったな。いきなり銃なんて突きつけて」

「そ、その事は気にしてない、です・・・・」

 

おお、会話できてる。

さっきまでは一言も喋らなかったが、腹が脹れたのと一眠りのお陰で幾分か精神状態も安定しているようだ。

 

「会話は出来るな? どうしてこんなところにお前はいたんだ?」

「どうしてって・・・・」

 

俺を見る少女がキョトンと目を瞬かせる。

何かを言い淀んでから、周囲の顔を見渡すようにして、また黙る。

? なんだ? 

不可解な素振りに俺は頭を悩ます。

 

「はぁ、どうやらその子自身、なんでここにいるのか分かってないみたいね」

「どうにもそうっぽいんだよね。ボクが工作しに来たときもドアの前でボーッとしてただけだし」

 

サラがため息をつき、デュノアがなんかもうぶっちゃける。

 

「ドアの前でボーッとしてた? 午前中の話か?」

「うん、なんだか入りたそうにしてたからクレハの親戚かなにかだと思ったの。いろいろ聞いてみようと思ったけど、喋らないし、ボクも仕掛けるのにいっぱいいっぱいだったから・・・・」

 

しゅんと肩を縮こませるデュノア。

いや、他に何か気にかけることなかったんか。倫理とか。

 

「えーっと、この部屋にはそこのお姉ちゃんが入れてくれたってことでいいのか?」

 

そう確認すると、こくこくこく。

小刻みに首を降って肯定する。

 

「・・・・どうする? 特に問題も無さそうだし、このまま迷子ってことで警察呼ぶか。色々不可解な点はあるが、それらは専門に任せようぜ?」

 

後ろを振り替えって皆に確認する。

一様に眉を寄せているが、それが最善の手だと解っているらしく、誰も異を唱えない。

さてと、そんじゃ千冬さんかね・・・。

と、思ってた時だ。

 

『えーっと、校内にいる各学年の専用機持ちは至急第二整備室に集合。二学期にあるキャノンボールファスト用のパッケージが届いた、とのことなんで急ぐように。以上。』

 

天井のスピーカーがジジジとノイズを発したと思ったら、続けて大倭先生の気だるげな声が流れた。

放送を聞いた一同は直ぐ様端末を開いて、諸々の確認を取っている。

 

「こんなタイミングで悪いけれど、私たちは行くわね。一応『明日を奪うもの(サニーラバー)』のパッケージもイギリスが用意してくれてるの」

「ん? サニーラバーって双龍が独自開発したんじゃねぇの?」

「バカね。甲龍だって中国が面倒見てるでしょう? 双龍が作戦系統(経公)を失ってから、イギリスが拾ってくれたのよ」

「ああ、そういやイギリスも一枚噛んでたんだっけな・・・」

 

そう言って俺の部屋に溢れていたメンバーは波が引くように居なくなり、俺と少女だけが残された。

 

「えーと、んじゃ職員室の方に行ってみるか?」

 

いきなり二人っきりにされた俺はどうすればいいのか分からず、取り敢えず目先の問題解決へと足を進める。

だが、腰かけていたベッドから立ち上がろうとするが、ん? 何かに服が引っ掛かって立てない。

不振に思い、制服の腰の方を見てみると・・・・。

 

「・・・・・どうしたよ?」

 

少女が、ブレザーを着ていない俺のシャツを小さく摘まんでいたのだ。

何となくそう言ってみると、次の瞬間、少女の顔が俺の目の前に迫ってきた。

一瞬キスでもされるのかとビビったが、そう言うわけでもなく少女の口許が俺の耳に寄せられ、こう呟いた。

 

「――――――まだ気づかないのですか?」

「――――――」

 

自然と、意識が戦闘のそれに切り替わっていく。

 

「・・・・なんの目的があってここにいるんだ」

「それはこちらの台詞ですよ。どうして貴方はこんなところで人間に紛れているのですか? 上から指令を受けているなら達成目標を教えてくださればお力添えしますよ」

 

急に饒舌になった少女は、まるで俺が兵隊であるかのように問いかけてくる。

暫くは様子見だな。話をあわせよう。

というか、背中を取られている以上ヘタに動くと頭が吹き飛びかねん。

 

「―――そうだ。俺は上からの命令でここに潜入している。目標は不明、追って通達するそうだ」

「なるほど。そう言うことですか。・・・・それで、モノは相談なのですが、実は私ちょっと問題があって内蔵データが一時的に参照不明になってるんです。行動を共にしてた分隊ともはぐれてしまいましたし。我々としての集合意識は健在なのですが、現在私が受けている指令の内容が思い出せなくなってるんです。良ければ接続してリストアしても宜しいですか?」

 

・・・これは、なにか変なものを招き入れたみたいだぞ。

言ってることの半分は分からんが、なんだかこいつ、言ってることが機械じみている。

もっとだ。もっとしゃべらせて情報を吐かせろ。

Bシステムも使えない俺に腹芸が出来るとは思えんがやるしかない。

 

「問題ってなんだ。何が起こった」

「分かりません。ただ、気がついたときにはあの場にいました」

 

あの場、と言うのは聞くまでもなくアクアマリンだろう。

 

「直前の記憶のみ欠落してたため、状況を把握すべく周囲のコア反応を探査しました。その結果、最も近かった反応が貴方にあったため、合流したのです」

「・・・だが、今の俺は単独行動中だ。分隊に戻ろうとしてもお前の所属は分からねぇぞ」

「構わないでしょう。私たちは私たちがするべきことをして、成すべきことを成すだけです。女王の復活と言う大願を掲げて、そこに至るまでの過程は特に重視されません。組織される隊も形だけのことで特に統制はされていません」

「それじゃあ何か? 必要と思うことをしているってだけなのか」

「そういうことになりますね。過去に人類と手を組んだ派閥も有ったようですが、我らが女王を崩御せしめたのは彼ら。手を取り合うなど女王への侮辱同然です」

「なるほどね」

 

話の端々から察するに、この少女もミナトやウェルクと同じ『超界者(イクシード)』だ。

しかし、どうやらコイツ。

もといた部隊から迷子(・ ・)になっているようだ。

超界者とは、彼らの女王を復活させるために俺と鈴の身を狙う生きたIS(・ ・ ・ ・ ・)とでも言うべき存在。

その心臓はコアとして機能し、肉体はそのまま装甲として形を成す。

現在のISの基盤となった技術を持つ特殊生命体だ。

その超界者が、今、俺の後ろにいる。

さらに言えばどうやら人間に対しては対立的。

俺のことはどうも超界者と勘違いしているようだが、人間な上に攻撃対象だとバレたら速攻で銃口がお目見えするだろうよ。

サラ達の前では無口で通したのも数的不利を危惧して情報を与えないためだろう。

記憶がないから行動できない的なことも言ってたが、どうやら超界者達の作戦とは結構適当らしく、やりたいことをしてもいいって感じだ。

そう言うわけでどうしようかと迷ってたときに俺が現れたんでそのままついていこうって思ったのか。

 

・・・・さてと、コイツの事情は分かったわけだがどうしたもんかな。

上手いこと自分のことを偽れたみたいだが、今の俺を「次の行動に向けて待機中の超界者」としたせいで、付いてくるっぽいぞ。この子。

接続してリストア(同期)的なことも言ってたが、接続なんてどうすればいいのか皆目見当もつかん。

ていうか、直したら直したで更にめんどくさいことになりそうだし止めとこう。

 

「そう言えば、名前はあるのか? 俺の場合、必要だったんで自分でつけたが」

 

名前を聞いていないことに気がついて、適当に取り繕って聞いてみる。

 

「そうですね・・・・」

 

考え込む辺り、持ってないんだろうな。名前。

ていうかコイツらって、名前すら持たずに女王女王言ってのな。デュノアじゃないが、もっと気にすることあるだろ。

名前っつったら第一に自分を定義するモンだぞ。

よく無しで生きていられるもんだ。

 

少女は周囲を見渡して何か名前になりそうなものを探している。

釣られて視線を追っていると、窓の外で視線が止まった。

 

「・・・・・・」

 

窓の外の空を、食い入るように見つめている。

夏らしく、昼間の空には雲ひとつなく、青い空がどこまでも広がっている。

 

「・・・・安直に(アオ)ってどうよ」

「――――驚きました。貴方には思考を覗き見るプラグインでも積まれてるのですか?」

「ねーよ。んなもん」

 

どうやら少女も同じように考えてたらしく、アオ、アオと繰り返し呟いている。

・・・気に入ったみたいだな。

 

「それではアオは貴方と共に潜入状態での待機に入ります。カムフラージュのために人類における親族の設定を通した方が良いとアオは判断しますが、どうしましょうか」

「要らないだろ。さっき話してたみたいに迷子設定を通してろ。捜索願なんて出てるわけないんだし、なぁなぁで此処に匿ってやるよ」

「そうですか。分かりました」

 

迷子設定を了承したらしく、そのままアオはぽけーっと外を眺め始めた。

・・・・思わぬ出会いをしちまったな、俺。

でも、俺がコイツを匿うのはアオに俺が女王のコアを持っていると悟らせない為だけじゃない。

逆に監視してやるんだ。超界者という存在を。

コイツと話してみてはっきりとわかった。

未だに、俺と鈴を狙う奴等はごまんといる。

喧嘩なんかしてる場合じゃねぇな。今後の身の振り方を考えないとだな。

 

そう言えば、と、俺は少し気になったことを聞いてみることにした。

 

「なんであのプールで俺のことを兄呼ばわりしたんだ? 取って付けたのか?」

「・・・・・そんなの決まってるじゃないですか」

 

そう言って、アオは少し安心したように微笑んだ。まるで家族に会えた素朴な喜びを感じたように。

 

「超界者にとって、同族、仲間というのは兄弟かそれ以上の関係だからですよ」

 

 

 




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接続の意味

こんばんは。お久しぶりです。
なんか今回ちょっとエロさが漂う感じになりました。
え? 変態スケベ? 鈴ちゃんにいってもらえるなら本望ですが、嫌われたくはないです。


「ちょっと出るぞ。付いてくるか?」

 

アオの名前が決まってからすぐ、俺は次の行動を考えた。

アオは超界者である。

今はその素性を隠し、俺と行動を共にする気みたいだが、いつ俺の嘘がバレるとも限らない。

よって俺はその嘘に協力者を付け加えることにした。

餅は餅屋。超界者には超界者を、だ。

 

職員室に行く前に、アオのことを知らせておこうと思って向かうのは毎度お馴染み第三アリーナ、旧射撃訓練場。言わずもがなミナトの住んでる部屋だ。

 

俺の誘いに無言で頷き、後ろをついて歩くアオは外の風景に強い興味を持っているらしく、アリーナに入った今も擂り鉢状の観客席を仰ぎ見ている。

コツンと足元に何かが当たったので見下ろしてみると・・・・げ。

どこのどいつか知らんが、でっかい空薬莢がゴロゴロ転がってやがる。

弾種だけでも数十種類あり、それらを一度に扱えるのはラファール・リヴァイヴくらいなもんだ。

誰かが訓練機使ってから片付けしてないんだな。

俺はそれを蹴散らしながら地下階段へ急ぐのだが、背後から「ぐぴゃ」という悲鳴が聞こえたので振り返れば、案の定アオが転んでいた。

その際、短いワンピースがM字に開かれた足のせいで大変なことになっていたが・・・って、白っ!

転んだ拍子に捲れたスカート部分から覗く真っ白なアオの太股が目に飛び込んできて、俺は驚きのあまり思わずその場から飛び退いた。薬莢踏んづけて転びそうになっちまったよ。

だが、幸いにもその奥は見えていない。大丈夫だ。つーか幼女に興奮してどうする。

 

「おい、大丈夫か。競技用の第三アリーナでは珍しく散らかってるが、他じゃよくあることなんだ。蹴りながら歩けよ」

 

アオに手を差し出すと、その手を見たアオはキョトン。またもや首をかしげた。不可解そうな、意外そうなだ。

 

「何だよ。手を握るのがいやだってか」

「い、いやそういう訳じゃないんですが、アオには経験上初めての事だったので・・・・」

「あー、どうすればいいか分からなかっただけか」

 

アオを引っ張り起こしながら納得する。

記憶が一部ないんだっけか。超界者には握手とかの風習は無いんかね。

だが、少しだが分かるぜその感情。

俺の場合、記憶はあるが、そのすべてが偽物だって言うんだから驚きだ。いやになるね。

 

「よし、アオ。一つだけ教えておいてやる」

「教える・・・? ああ、接続ですか? それなら後で・・・」

「違う。そうじゃない。耳で聞いて、頭で覚えろ。それが人ってもんだ」

「・・・・・私は人じゃないんですが」

「て、敵のことを知るのも重要なことだろッ」

 

いかん、早速疑われつつあるぞ。

俺は一つ咳払いするとアオに教えてやる。

 

「目の前の相手から手を差し出されたら取り敢えず握っとけ。握手ってやつだ。仲間や同族が大事だっていうならそれが親愛の証になる」

「親愛、ですか?」

「そうだ。敵味方、皆仲良くっていうのは無理かもしれんが、せめて仲間内だけでもイザコザは無い方がいいだろ?」

「・・・・そうですね。一つ一つが独立しているのがアオたちとは言え、互いに連携をとる必要も増えてきていますしコミュニケーションは大切かもしれませんね。新しい概念です」

 

現在進行形で仲違いしている俺の言葉に、アオはウンウン頷いている。

いや、別に連携の話じゃないんだけどなぁ・・・・まぁいいや。理屈は通ってるんだし。

その後、どうしてかは知らんが、急にアオからの質問が増えた。

「この施設は?」「戦闘訓練所だ」「どうして楕円形に?」「しらん、設計者に聞け」「そういえば貴方の名前は?」「クレハだ」「どうして男性体である貴方が作戦に?」「男女差別はよした方がいいぜ」・・・などなど。

気がつけば聞かれるままに答えてやる状態になっており、アオの質問攻めはミナトの部屋の前にたどり着くまで続いた。

 

「おい、ミナト。入るぞ」

 

前に入ったときは蹴破った扉を丁寧に押し開ける。

 

「クレハさん・・・と、そちらの人はどなたですか」

 

部屋の中ではミナトが重火器の手入れを行っていた。

拡げられたブルーシートの中央にちょこーんと座っているミナトの回りには、バラバラにされた各種兵装がピカピカに磨かれて並べられていた。

 

「あー、今日はちょっとこの子の用事で来たんだ。超界者(アッチ)絡みだ」

超界者(アッチ)・・・・ですか」

 

油を塗布するために使っていた布巾を折り畳んだミナトは、右目前にホログラフウィンドウを表示し、それ越しにアオを眺めた。

人見知りな性格をしているのか、アオが俺の背後に少しだけ隠れる。

それを見たミナトが・・・・なぜか、不機嫌そうに眉を寄せた。微妙に。

何だろうか、あの目。

普段なら1ビットたりとも情報を発さないミナトの瞳が「アタイのモノに触るんじゃないよ」的に怒ってる気がする。

何で俺が所有物扱いになってんだ、と此方からも視線で返すと、つーん。いつもの無表情に戻ってそっぽ向きやがった。反論すらさせてくれないんだな・・・。

 

「確かにその少女の体内からエネルギー反応が見られます。どういった事情ですか」

「お前と同じだ。もともといた部隊とは別行動中らしい」

 

俺はミナトに「話を合わせろ」とまばたきで和文モールスを送る。

訳すのに手間取っているのか、しばらく返答がなく―――

 

「分かりました。つまり私の時と同様に身分偽装のために一枚噛め、と言うことですか」

「話が早くて助かる。やってくれるか」

「問題はありません」

 

よし、ミナトの協力は取れた。

適当に名前と設定をミナトに伝えると、ミナトはこの場ですぐに戸籍情報の上書きを始めた。

去年の入学の際、不測の事態に備えて束さんに架空の戸籍を幾つか作って貰ってたらしい。

 

「そう言えばクレハさん、凰さんと喧嘩されたそうですね」

 

キーボードを叩きながらミナトが言ってきた。

 

「・・・ん、ちょっとあってな。部屋にも帰ってこないんだ」

 

射撃のレーンを弄くっているアオを放って、自分も適当にその辺にあった銃器を手に取る。

IS用に一回り大きくグリップが作られたこのハンドガン、『シュタイナー』は、44口径マグナム、S&WのM29をモデルに設計されたリボルバータイプで、なんと一般的な大きさの銃弾がそのままコレにも使える。その流通のよさからテロやゲリラで使用される野良ISの代表的な拳銃と言うことで知られている武器だ。

さらに特筆すべき点といえば、この拳銃はバレル内部にレールガン機構を備えており、一般的なサイズの銃弾でもISに対抗しうる威力が出ると言う点だ。言ってしまえばラウラのIS、シュヴァルツェア・レーゲンの大型レールカノンの縮小版みたいな感じだ。・・・こんなゲテモンまであんのかよここは。

 

「まぁ、彼女の性格から考えるにすぐに仲直りとは行かないでしょう」

「だよなー。俺もちょっと焦ってるんだが、居場所に心当たりが無いんだ。なにか知らないか」

 

手持ち無沙汰を埋めるためにガチャガチャ弄ってると・・・うおっ。シリンダー出てきた。

 

「クレハさんが知らないことを私が知り得るわけがありません。・・・・ですが―――」

「ですが?」

 

そう聞き返すと、チラッとこっちを見たミナトが一つウィンドウを滑らせてきた。

真意が読めず眉を寄せ、それを見てみると・・・・なんだこれ、学校の上空写真か。

 

「―――最近の学園の様子です」

「見りゃわかる。コレがなんだよ?」

「普通に見ても異常は見られませんが、こうすると・・・・」

 

ミナトが一つキーを叩くと、画面が切り替わる。

あまり変化が内容に見えるが、よく見ると島を囲むように赤い線が僅かに見える。

まるで何かの残留物のように僅かな反応を示すそれは、まるで戦場に置ける防衛線を彷彿とさせた。

 

「―――そのラインはシールドエネルギーの残滓です。今年の夏休みに入ってから島の周囲を覆っていました。今はもう用済みなのか反応が薄れていますが、この夏休みの間に何かの細工がされていたのは間違いありません」

 

ミナトが予想立てた反応の変化を辿っていくと・・・・なるほど、丁度夏休みに入った日にシールドが展開された計算になる。

 

「細工についてなにか調べてみたのか?」

「はい。ですが今のところ何も異常はありません。そこの彼女に関係するとしてもシールド・・・いえ、あえて結界と言いますが、これが張られた時期は8月初旬。関係性があるとは考えにくいです」

 

ミナトはそう言いながら整備の終わった『サイレント・スコール』をスチャッと構え、その照準を静かにアオに向けた。スコープに当てた右目でチラッと俺を見たミナトからは「・・・排除できますが?」という雰囲気が感じられた。

流石に速攻で撃つことはないだろうと鷹を括っていた俺も、ミナトの分かりやすい敵意には内心驚き―――

 

「おいおい、待て、やめろ。超界者(お前ら)は只でさえ数が減ってるんだろ?無害なやつを撃つ必要はないだろ」

 

―――アオに気づかれないようにそっと銃身を上から押さえる。

その対応にミナトは一瞬眉を寄せつつ、

 

「・・・・ウェルク・ウェルキンの時のように何か考えがあるのですか?」

「いや、アオが本当に敵として俺の前に立つならその時はホントに剣でも交えるさ。ただ、今はなにもしない。十分な警戒を払いつつ、超界者ってものを観察するんだ。弱点の一つや二つくらいなら拾えるかもしれないだろ?」

「・・・・超界者という存在自体に綻びがあるなら超界者(わたし)が始めに挙げると思うのですが」

「・・・・」

 

ミナトの呟きに一瞬ウッとなったが、一度決めた方針は貫くぞ。別にミナトの発言に意地になってる訳じゃない。

 

「とにかく、暫くは様子見だ。俺はアオを見張るからミナトは学園島に何か異常があればすぐに報告しろ。取り敢えずは夏休みいっぱいだ。―――それと、千冬さんや束さんにはこの事を秘密にしとけ。あの二人結構嘘つけないタイプだからな」

 

早口でそう巻き上げる俺をシラーっと見つつのミナトが、「・・・了解」と呟くのを確認した俺はアリーナを後にする。

 

さて、次は職員室―――と思ったが、よく考えれば迷子だ、といったところで学園で保護できないのは自明の理。アホか俺は。

迷子っつって報告しても警察に保護されて終わりだし、とすると部屋で密かに匿うしかないのだが・・・・丁度いい。鈴は暫く帰ってこないだろうし、超界者と接触することで鈴の脳内に刻み込まれた『女王の心』が変な反応を示さんとも限らない。

いつかは説明しなければならないと思うが、取り敢えず今は鈴がいないこの状況を有効活用させてもらおう。

 

アリーナを出た俺たちはそのまま部屋には戻らずに、島外に脚を運んだ。

理由はもちろん生活必需品の調達である。

アオの持ち物といえばワンピース一着に下着のみ。

下着について尚も言及しちゃえば、昨日から付けっぱなしの状態であって、衛生上も宜しくない。

しかも上の方は着けてらっしゃらないというデンジャラスな出で立ちだったので俺は早急に決断を下し、幼女連れて台場のアクアシティに行くことにした、と言うわけだ。着の身着のまま過ぎますよアオさん・・・。

 

学園島から直で行ける青海駅に降り立ち、バスで移動している最中のアオはまるで普通の子供のようだった。

ダイバーシティの横を通過する際にちょっとだけ見えた実物大ガンダム像が気になったらしく、なんとアオはそのままダイバーシティでバスを降り、ガンダムを見に行くと言ってきたのだ。

しょうがないから俺も連れ添って下車して、いまだに人気のあるガンダム像をアオと一緒に見てやった。

タイミングよくガンダムが光ったりしてくれたからアオは大喜びで満足してくれたみたいだよ。

 

一通りガンダムを満喫したので、午後の散歩がてらフジテレビの横を歩いてアクアシティに向かう。

潮風に白髪を靡かせながら、家族で遊びに来ているらしい同年代の女の子とゴキゲンで手を振り合ったアオは新鮮味に溢れた体験ができてご満悦のようだ。

 

「・・・そんなに楽しいか?」

「はいっ、待機任務中だと言うことを忘れてしまいそうなほどに刺激的な体験が出来ています! あっ、見てくださいモノレールですよ!」

 

はー、今時珍しいくらい感受性豊かな子だなぁ・・・。

アオのハツラツぶりに、「さっき乗ってきただろ」と言えない俺は財布からカードを取り出してアオに渡す。

 

「・・・これは?」

「一応、二万円分使えるように設定してるが必要なら言ってくれればもう少し出す。それを資金に必要なもの買ってこいよ」

「・・・・?」

 

アオが気兼ねしないようにお小遣い気分で渡してみたんだが、アオに渡したあのカードはプリペイドカード。

俺がこなした仕事の報酬が入ってる口座には、この間の福音事件並びに双龍事件の解決報酬が十二分に振り込まれていたので、学園を出る前に今日の活動費に、と作っておいたのだ。

贅沢する気はないが、今の俺に一万や二万は軽い軽い。

 

だが、察するにアオはそのカードが何なのか分かっていないご様子。

くるくる回して下から覗き込んだり、太陽にかざしてみたり、二つに割ろうと――――おいおい。

 

「資金だよ資金。任務には必要経費が付き物だろ」

「資金、ですか?」

「そうだよ。買いたいものレジに持っていって電子処理機に押し付ければ、それで決済されるから心配するな」

「ほ、本当ですかそれは! 凄いです! カードでお買い物なんて! 普通のお買い物だって未体験なのですよ!?」

 

アオはそういってキラキラした目でカードを見つめる。

そのはしゃぎっぷりに少しこそばゆい気分になった俺は、

 

「あー、わかったらさっさと行ってこい。俺はここで座ってるから」

 

そばの段差に腰かけて、さっさと行ってこいと促す。

だが、アオは俺がついてくるものと思ってるらしく・・・。

 

「え? 一緒には来ないのですか?」

 

なんて言ってくる。

 

「・・・いくわけないだろ。見た目10歳くらいの女児の買い物に付き合う高校生なんざ、いまの日本から見りゃ即職務質問ってくらいにアヤシイんだよ。アオは確りしてるみたいだし、一人でも大丈夫だろ」

「・・・・・・・」

 

・・・・・うう、すげぇ分かりやすくしょぼんとされてる。

心なしか白い髪の毛までふにゃりとしぼんでる気がする。

でも実際マズイのだ。

今は夏休みでショッピングモールや何やらに人が集まる昼下がり。

まず、間違いなく学園の生徒に出くわす。

国際的な学校という雰囲気のせいで誤解されがちだが、IS学園の生徒の約七割は日本国籍を持つ生徒なのだ。

もちろんここ、東京を地元とするやつもいるし、普段から此処に来ているという女子もクラスメートに六人ほど居ることを俺は知っている。

もしそいつらに、アオと一緒に女物の子供服を物色している所を見られたとしよう。

アオはちっこい上にちっこいゆえの可愛さを備えている、見る人が見れば一発で誘拐(さら)われちゃうような子供だ。

間違いなく誤解されて、俺の立場はさらに危ういものと成るだろう・・・・。

 

「・・・・・・・・・ぅ・・・」

 

―――――だが、アオの瞳は「一緒に来てほしい」と無言の訴えを放っている。

コイツ、ガキのくせに高校生の保護欲を煽るとはナマイキだな。

そんな目で見られたら拒絶することも出来ん・・・。

 

「・・・・・・・」

 

あー、もう。畜生。ズルいだろそれ。

 

「・・・・・道案内くらいは年上が担当すべきだな」

 

俺はそうぼやいて立ち上がる。

 

「ほら、行こうぜ。誘っておいてなんだが、ほしい服とかってあるのか?」

 

店選びの参考とするためにアオの趣味的なものを聞き出そうとしたんだが、俺が一緒に来る流れになったからか、アオは満面の笑みを浮かべるだけで答えてくれない。

あー、腕にくっつくな。身長差で歩きにくいんだよ。

 

 

店選び?

よくよく考えれば俺が女物の服を売ってる店なんてチェックしている訳もなく、ウィンドウショッピングという方向性に決まった。

だが、当初俺はアオが迷子にならないための目つけ役か何かだと思っていたんだが、

 

「クレハっ! これなんてどうですか?」

 

そう言ってハンガーに掛かった服を自分の肩に宛がうアオ。

初めに着てた清楚なワンピースも中々の物だったが、今手にしているポップでガーリーな感じの服も、溌剌としている今のアオに似合っていて申し分ない。

 

「ん、まぁ。良いんじゃないのか?」

 

生返事を返した俺に、アオはちょっと不満顔。

いや、だってねぇ・・・。

俺は店先に掲げられた店舗名を見上げる。

・・・・ここ、俺でも名前知ってるくらいに有名なブランド店なんですけど・・。

確か原宿にも同じ店があったぞ。

気になって手近な値札をくるっと見てみると・・・・げ。秋物なのか店頭のマネキンに掛けられた薄手のコートの値段が四万弱って・・・。金が吹っ飛ぶぞ。

 

しかし、アオはアオでちゃんと値札を見て購入を検討している。

今ある限度額が二万円と言うこともあってか、気に入ったと見られる服の値段を見てそっとハンガーラックに戻してる。

ごめんな、買ってやれなくて。

 

しばらくすると買い物のコツを分かってきたのか、アオは安い店を狙って買うという所帯染みた買い物テクを身に付け始めた。

すると貯まるわ貯まるわ紙袋が。

複雑な構造の建物も大体覚えたのか、俺が教えなくても一人で歩いていく。

ノイタミナショップの前を通ったときは怪訝そうに顔をしかめたけどな。

 

「はー、疲れましたぁ」

 

どっかりと腰を下ろすアオ。つっても地面に足ついてないけどな。

アクアシティで一通り買い物を終えた俺たちは屋外に出て、自由の女神像のミニチュアが眺められる展望デッキのベンチに座った。

俺のとなりに座ったアオは買った物の袋を眺めてニコニコしながら、新品の女の子っぽいスニーカーを履いた足をぷらぷらさせている。

・・・・幸運にも、知り合いには会わなかったな。ひと安心だ。

ただ、行く先々の店員さんからは兄弟見たいに見られて凄くむず痒かったけどな。義妹なら別にいるんで。

 

これからどうすっかなぁーと悩んでいると、アオがこっちを見ていることに気がついた。

 

「・・・随分と楽しそうだったな」

「当然です。初めて見るのもに初めて体験すること。楽しまずに居られましょうか! それに、クレハも一緒に来てくれたので、尚楽しかったです!」

「そいつは良かったな」

 

そう返して、スタバのコーヒーを口につける俺。

ちょっとぞんざいすぎたかな?と思ってると、案の定アオは少しご機嫌を損ねた様子だ。

・・・・折角楽しんでたのに、機嫌損ねるのもアレだしな。

俺にしては珍しく、ちょっと気を利かせてやろう。

 

「よし、アオ。学校に帰るぞ」

「分かりました」

 

ちょっと疲れた様子のアオが立ち上がって歩き出す。

俺はその背後からアオの胴を掴み、頭の上に持ち上げる。

 

「きゃ、ギャーーっ!」

「う、うおっ、案外キツいなこれっ!」

 

突然のことで驚いたアオが頭上で暴れたが、俺は何とか体勢を保ち、アオを肩車する。

転けたら格好付かないだろうからな。

 

「――――ッ・・・・・って、え?」

 

落ち着きを取り戻したアオが頭の上で何かに気づいたように呆ける。

・・・・時間的には危ないかと思ったが、大丈夫だったみたいだな。

アオの目線の先にあるのは西の空。

丁度、東京のビル群の向こうに太陽が落ちようとしていた。

 

「・・・・・キレイ、ですね」

「だろ?」

 

アオよりも低い位置からその光景を見ながら、俺は言った。

アオは超界者だ。

自分達の女王を甦らせる為にこの世に現れ、破壊する正体不明の生命体。

だけど、コイツらはなんの因果か人の形を取っている。

それがどういう事なのか、俺の頭では考えられないが、少なくともアオやミナトと言った超界者たちはこの世界にたいして攻撃的な感情以外の感情を向けることが出来る。

今日を振り返ってみても、困惑や安心、喜びや不満と、様々な感情をアオは見せた。

だから、知ってもらいたかった。この世界を、人を。

 

果たしてこの意図がどこまで伝わってるかは知らんが、取り敢えず今日はやれることをやりおえた。

 

「よし、帰って晩飯食べようぜ」

「―――――ですね」

 

そう言って俺の頭を細い腕で抱えるアオ。

歩き出した俺の頭の上にいるアオは凄く優しい笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

人の少なかった昼とは違って、夜になると相応に食堂を利用する生徒が多くなる。

だから俺はアオの事を尋ねてくる女子たちに「先生に言ったら殴るぞ」と脅して口を封じた後、昼間同様に一つのうどんを二人で分けて食べた。同じ釜の飯を食うとか言うし、なかなか信頼されてきた感じだ。

 

飯をくって部屋に戻った後、アオは

 

「接続のために身体を洗浄します」

 

なんて意味わからんことを言ってその場でワンピースを脱ぎ捨てかけた。ので、

 

「服は風呂場で脱ぐもんなんだよ」

 

――と言ってシャワールームに押し込んだから現在部屋には俺だけの状態だ。と言っても隣から水音が聞こえるが、鈴のお陰で慣れたもんだよ。

暇潰しにチャンネルをくるくる回すんだが、日曜洋画劇場も今週はやってないみたいだしで非常に暇だ。

ISの簡易メンテナンスでもしようかと思ってパソコンを立ち上げたんだが、いつの間にか全く関係ないサイトを観たりしていた。

いっそ今のうちに例のアレを確認しておくか、とサラに教えられたサイトを一通りチェックしてメモを取り終えるといよいよする事が無くなった。

まだ夏休みだし、久しぶりに早寝するのも一興か。

そう思った俺は、今日は大浴場が男子の日だったことを思い出して、ひとっ風呂浴びに大浴場に向かう。

前回内緒で使ったときとは違って凄いゆっくりできて良かったよ。

身体の疲れも取れて、今ならセシリアにも勝てるんじゃねぇの?ってくらいに回復した俺が意気揚々と部屋に戻ると・・・・あれ、電気が消えてる。

常夜灯は点いていたので、アオが先に寝たのかな? と思いながらベッドを見ると確かに窓側のベッドではアオが静かに眠っている。

折角眠ってるんだし、俺が騒音を出して起こすのも忍びなかったので、アオ同様に大人しくパジャマに着替えてベッドに潜り込む。

いい加減、鈴の居場所も突き止めて合流しなくちゃならんし、ミナトの言ってたシールドエネルギーの残留反応も気になる。アオの事だって気にかける必要がある。

 

(ぜんっぜん休まらねぇ夏休みだなぁ・・)

 

襲ってきた眠気を受け入れるように大あくびをぶちかますと、モゾモゾ。

隣のベッドから、身をおこす音がした後、

 

「・・・・・・・・」

 

・・・・・なんか、アオが無言でこっちの布団に手をかけた。

 

「まてまてまて、なんでこっちに移ってこようとする? そっちで寝ればいいだろ!」

「? 接続するために、そっちにいこうとしてるだけですよ?」

 

そう言いながらアオは・・・プチ、プチ。

今日買ったばかりのチェック柄のピンクいパジャマのボタンをはずし始めてる! なんで!?

ね、寝てると思ってたが、狸寝入りだったわけか・・・!

 

「せ、接続って、なんの話だ!」

「昼間に言ったじゃないですか、アオのデータベースには異常があってここ数日間の情報が無いので接続して再構築(リストア)して欲しい、と。忘れたんですか?」

 

アオは咎めるような目をした後、俺が布団の端を押さえているので潜り込めないと判断したのか、うっ、上に乗ってきたぞ・・・・!

なんだ、何が起こっている。さっきはセシリアにもリベンジ出来るかもと思ってたが、いきなりアオに組み敷かれてるんだけど!?

動揺している俺をよそに、アオはどうやってかは知らないが、動くために力を入れる要所要所を布団の上からでも的確に抑え、身動きを取れなくしてくる。

ちっこいアオは俺との身長差のせいか、自分の足で俺の足を抑えているため、胸に顔を埋めるようにして俺の上にねそべってくる。

夜の時間帯のIS学園ではお馴染みである女子特有の風呂上がりの香り。

鈴の使ってるシャンプーとは別に、アオ自身の体臭であると推測される若草の爽やかな香りが鼻先をくすぐり、アオの存在をより近くに感じさせる。

ああ、変な分析をしてる間にも両手まで固定された・・・っ!

 

「では先ず、口腔内粘膜から・・・・・」

 

アオはそう言って赤くなった頬を隠すためか、伏し目がちに俺を見つめ、

 

「――――――!」

 

キス、をしてきた。

身長差を補うために精一杯背伸びしているアオ。

―――はぁ・・という甘い吐息を交えながら唇を離したアオは、赤らんだ頬を隠そうともせず、先程より堂々としている雰囲気がある。

俺はというと、いきなりのことだったからか、余り胸の高鳴りは感じない。今の段階では困惑の方が勝っているようだ。

 

「――――接続には粘膜接触が一番効率が良いのでまずは口腔内粘膜から、と思ったのですが失敗のようです」

 

そりゃそうだろうな。唇を合わせただけでは粘膜接触をしたとは言えない。

どうもちょっとませてる性分をしていたみたいだが、これ以上好きにさせるわけにはいかないッ――――なんて思っていたら。

 

「―――もう一度行きます」

 

再びのキス。

しかし、今度のは違った。

アオは俺の抵抗を押しきり、その小さい舌を絡めて、より深く、激しく俺と繋がろうとしてくる。

俺の後頭部が枕に埋まるほど、強く押し付けられるアオの唇。

比べるのはどうなんだ、と言われてしまいそうだが、あの瀕死の鈴の唇よりも温かく、柔らかい。

美人の卵。美しい(かお)と艶やかな白髪を持つアオの唇が俺に押し付けられている。

そう実感してしまったのが失敗だった。いや、実感するしかないだろうなこれは。

鼻梁の通った白く、美しい顔が俺の目の前にある。閉じられた目を縁取る睫毛、形のいい眉。さらさらの髪。

その全てが、俺の手の届くところにある。

手が動かせないのがもどかしい。思わずそう思ってしまった所で―――

 

ドグン

 

―――来たぞ。胸の痛みが。

心臓の一拍一拍が手に取るように分かり、視野が狭まっていく。

今回のは、あれだ。間違いなくセシリアパターンだな。アオが気に入ったかエリナ。

 

ぷは、と唇を離したアオ。

 

「はっ、はっ・・・また、しっぱいみたいれすね・・・」

 

荒くした呼吸を落ち着かせながら、垂れた唾液の糸を拭いながら呂律の回っていない台詞を口にする。

失敗、つまりは次がある。

アオの言っていた接続は、人体の粘膜を接触させることで成立する行為らしく・・・・・って、まずいだろこの流れ。いやもう詰んでるかもしれんがとにかく――――

 

――――人体において接触させられる粘膜組織は二ヶ所しかないんだぞっ!

 

「おい、待てっ! 次はダメだ! 本気でマズイ!」

「? どうしてですか?」

 

その二ヶ所を知っているであろうアオはその事実にノーリアクション。

ダメだ・・・・そう言うこと(・ ・ ・ ・ ・ ・)に対する観念が違いすぎる! これが超界者か!?

いい加減、胸が痛い。苦しくて息が荒くなる。もうなんでもいい・・・とは言わないがどうにかして切り抜けねば。

俺がだらだら汗をかいて二の句を探していると・・・

 

「ああ、怖いのですねクレハは。心配ないですよ。初めては誰だって怖いものです。事実、私だって初めてに恐怖を感じています。ですが、相手がクレハなら安心して臨めます――――」

 

なんて、アオは怖くなんてありません風に俺を諭してくる。

そしてアオは俺の腕をまとめて、片手で抑えると、空いたもう一方の腕で俺の上から布団を剥ぐ。

おい、頼むから下半身の布団までは剥いでくれるな。見られたが最後俺は死ぬぞ。

 

布団を剥いで、露になった上半身のパジャマのボタンを外したアオは同じように自分のボタンも遂に外しきった。

露になったのはライムグリーンの下着に包まれた慎ましやかな胸。畜生、小学生程度の体躯のクセにちゃんとありやがるぞ・・・!

 

「では、次は下に・・・」

 

俺の願い虚しく、アオの視線が自分が跨がっている部分に向けられた。

いよいよ限界だ。もう何の動悸かは分からないが激しく脈打つ心臓。

そして、アオの手が布団の下の下に潜り込みかけたその時―――――

 

―――――Bシステム、起動します。

―――――エラー。対象のコアとネットワークを構築出来ません。対象のコア識別・・・不可

 

珍しく、瞬龍がエラーを吐き出した。

だが、しっかりとBシステムは起動してくれたので・・・・

 

「――――アオ。少し俺の話を聞いてくれ」

 

右腕の指先に展開したキーボードでエラーをチェックしつつ、時間を稼ぐ。

 

「なんですか?」

「アオはこの学校での経験が浅い、言わば新入生だ。だから、先輩が一つ教育しようと思うんだ」

「教育、ですか・・・?」

 

よし、良いぞ。興味を持ったのか、アオの意識がこっちに向いた。

熱に冒された様に赤い顔だが、話は聞いてくれそうだ。

 

「ああ。教育だ。――――一つ、地理の勉強だ。この世界には多種多様な文化があり、それぞれがそれぞれの特徴的な文化を発展させてきたんだ。さっきやった接続方法の一種、口腔内接触にも文化によって様々な意味を持つ」

 

・・・・・自分で言っててなんだが、凄い雲行きが怪しいぞ。このお勉強会。

 

「―――我々にとっては自分を保つための重要なプロセス。もしくは女王のみが行える種の繁栄という意味を持っています」

「―――――確かにそうかもしれない。だが、俺もこっちの暮らしが長くなったんでね。郷に入りては郷に従え。こっちの世界での意味の方が情熱的で美しい。俺はそう思うんだ」

 

アオの気を引きながらさっきのエラーの詳細を確認する。対象となったコアは間違いなくアオの心臓だ。だが、なぜセシリアのブルーティアーズよりも、素材的な意味での親和性が高いであろうアオのコアが弾かれたのか、俺はそれが気になる。

 

「い、一体何なのですか、こちらの意味は・・・?」

 

これは、賭けだ。

うまくいけば俺を信頼しているアオを傷つけずに済み、失敗すればきっとアオを傷つける。

アオはまだ幼い。口ぶりは大人びていても中身は見た目相応だ。

子供の手は大人が引いてやらねばならない。

それに、きっとこの言葉はアオを含めた超界者全員に理解できるだろう。彼らは仲間意識の強い、お互いを想える人たちなのだから。

 

「―――――あなたを、愛している」

 

――――そう、言い切った次の瞬間―――――ぼんっ!

俺の言葉を理解したらしいアオが爆発したように身体を揺らした。って、マジで爆発したんじゃないだろうな。頭から湯気出てるぞ。

 

「あっ、あ、あ、ああああ、あい!? 愛!? そ、そんな積極的な意味だったのですかッッッ!?」

 

マシンガンのように「あ」を連呼したアオは、フラフラ~、ドテン。

ゆらゆら上体を揺らしたあとベッドから転げ落ちちゃったよ。どんだけ動揺してんの。

 

「そ、そんなまさか・・・アオはもうそんな事まで・・・・!?」

 

自由になった両腕ではだけたパジャマを正すと、俺は極力見ないようにして、呆然としているアオのパジャマも直してやる。

・・・・どこまで重要な意味を持つ言葉か分からなかったが、予想以上の効果だなこれ。

 

「う、ううぅ~。でもアオは、アオはただの一兵士ですし、そんな女王の領域を犯す事なんて・・・・ッ!」

 

未だ、動揺のアリ地獄から抜け出せないアオを見てると、なんか、こう。やっちゃった感あるな。言うなればアオが大事に大事に取っておいた物を無理やり奪っちゃった感じ。

続けて、挨拶程度の意味も含むって言おうと思ってたんだけど、言っても意味無さそうだしなぁ・・・。

 

アオの変化にすっかり落ち着きを取り戻した俺は目をグルグルさせているアオの前に座る。

Bシステムも止まったみたいだし、どうしようかな。

 

「・・・・まぁ、さっきの言葉の意味については一晩ゆっくり考えてみろよ」

 

フォローに詰まった俺は伝家の宝刀、現状維持を抜刀と同時に降り下ろす。

よし、寝よう。あとは明日考える。

アオはアオでマジで何事か考え込んでるらしく、ぷしゅーと知恵熱まで出しちゃってる。

ベッドに寝かせて、はい終わり~。

明日からは鈴の足取りも掴まないといけないからハードな日々になるぞ。

今のうちにしっかり寝溜めしておこうかな!

 

 

 



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襲撃

こんばんは。
土日中に上げられて良かったです。
※正常には上げられませんでした。詳細はあとがきへ。


翌日になると、隣のベッドからアオが消えていた。

昨日買ってやったスニーカーもないところを見ると、自分の脚でどこかに行ったみたいだが、その場所にまで心当たりはない。

着替えをしながら携帯を開いてみると―――メールの着信が一着。デュノアからだ。

『お早うクレハ。シャルロットだよ。今朝起きてみたらあの子がボクの部屋を訪ねてきたんだけど、何かあった?』

どうやらアオは唯一の顔馴染みと言えるデュノアの部屋に逃げたみたいだ。

まぁ、昨日あんなに取り乱したんだ。

暫く顔は合わせツラいよな・・・。

悪いがしばらく任せる、アオって呼んでやってくれ。というメールを返信して、着替えを済ませると朝一番にミナトの元へ向かう。

アオが居ない内に出来ることをやっとかないとな。

アリーナの階段をたんたんと下り、ミナトの部屋の前に立つ。

 

「おーい、ミナト起き――――」

「―――ているので大声は控えてもらえますか?」

 

ドンドン扉を叩くと、それを制するかのように不機嫌そうにミナトが現れた。

多分、寝起きなのだろう。青い丸首のTシャツに枕を抱えているという、とっても分かりやすい寝起き姿だった。

というかお前、それ下穿いてるよな・・・?

 

「それで、私に用事みたいですが・・・・ああ、例のシールドの件なら今のところ報告出来ることはありませんよ。エネルギータイプから機体のコアを算出しているところですが学園に登録してあるコアではないらしく、容易にはいきませんので」

「お、おう・・・・なんか、機嫌悪そうだな?」

 

いつも以上に口数の多いミナトは少し不安になるほど怖いオーラを放っていたので、こわごわ聞いてみると・・・。

 

「すみません。私、寝起きが悪い方なので朝は少し印象と違うかもしれません」

「あー、低血圧か、お前」

「そんなところです。朝食を摂り終える頃には覚醒すると思われるので、その時まで待っていただければ普通に話せますが?」

 

そう言ってシャツの下からシリアルの袋を取り出すミナト。

その際シャツの裾が際どいところまで捲れ上がったので視線を逸らす。

袋を取り出したミナトは「牛乳もちゃんとあります」なんて、ポイポイ牛乳やら深皿やらスプーンやらを取り出すんだが・・・・・なにそのシャツ、四次元ポケット? ていうか渡された牛乳、なんか生暖かいんだけど・・。

 

「って、朝食? これがか?」

「はい。今は夏期休業中なので訓練もありませんし、これで十分かと」

 

・・・そう言えばミナトは束さんが密かに送り込んだ俺を監視するための工作員。正規の手続きを踏んでいないため予算に関してミナトに割く分が無いのは俺と同じなのか。

そう言えばたまに俺の仕事に付いてくるし、食堂で飯食うのも俺が奢るときだけだし、コイツはコイツで苦労してるんだなぁ・・。

そう考えると今の状態が可哀想に思えてきたな。束さんに捕まったのが運の尽きとは言え、俺を監視するためだけに極貧生活を強いるのも目覚めが良くない。

 

「十分って、まさか今までこれしか食ってないとか言うなよ? あんまり朝食を食べない俺が言うのも何だが、食生活はキチッとしろよ」

 

そういった瞬間、不自然な疼きが頭に走ったが、それは一瞬のこと。血糖値下がって身体に影響でも出たのかね。

俺が注意するとミナトは途端にシリアルの素晴らしさについてペラペラ語り始めてしまった。

穀物の組み合わせがどうの、鉄分やミネラル分がどうのとよくもまぁ口が回るものだと感心し始めていたが、それを長々と聞かされれば段々とウザいと思うようになってくる。

 

「わかった、分かったから語るのを止めろっ。あとそのアメコミ調のトラの絵のある箱を押し付けるな! ――――そうだ分かったぞ腹減ってるんだな!? そうなんだな!?」

 

頭ひとつぶん小さいミナトがグイグイとケロッグ・コーンフレークの箱(今どき珍しい・・・)を押し付けてくるので押さえつける。

 

「――とりあえず、今のところ目立った変化は無いんだな?」

「はい、ありませんよ。クレハさんが小さい女の子を連れて校内を闊歩しているというネタが新聞部に取り上げられたこと以外には。そういえば今日は彼女の姿が見えませんが、どこに?」

「アオならデュノアの部屋に行って寝てる。ちょっとゴキゲンななめみたいだ」

 

接続云々は超界者であるミナトには言わない方が良いと思ってはぐらかしたが、ミナトは目ざとく勘ぐってきやがった。

 

「・・・・昨日の晩、何かあったんですか?」

「いっ・・・いや、何も無いぞ? 朝起きたら既にアオは居なかったんだぜ?」

「・・・・・そうですか」

 

そう呟くとミナトはキロッと俺の口許を一瞥し、

 

「・・・先も述べた通り、今のところ異常は認められません。島を覆っていたエネルギー自体が異常とも言えますが影響が計り知れない分、迂闊なことはしない方が良いでしょう。学園側でもエネルギーの残留反応を観測した動きがあります。そちらも合わせて報告するように努めますが、クレハさんの方でも何かあれば言ってください」

 

そっぽを向いて言いながら、何かを渡してきた。

・・・何これ。新聞?

開いてみて分かったが、どうやらこれ、新聞部発行の校内新聞だぞ。

本日の一面を確認してみると、その見出しは・・・「最悪のロリコン現る! 柊クレハのただれた昼下がり!」・・・とあり、昨日の昼食後に昼寝をしたあの風景が写真に収められていて、でかでかと載っていた。

・・・・・・・。

・・・・・・ふぅ。

まぁ、黛に拳骨ぐらい喰らわせとこうかね。

俺は新聞を畳ながらそう思った。

 

 

二学期分の生活費を学園に渡すため職員室を訪れた俺は、千冬さんを始めとした教師数人が物々しい雰囲気を醸しながら何やら話している現場に遭遇した。って、なんだあの着ぐるみ女。

狐みたいな着ぐるみ、いやパジャマか? を着た少女が先生に囲まれて忙しなくキーボードを打っていた。

近いとこにいた千冬さんに振り込みの件を伝える。

 

「ああ、食堂費ならいつもの金庫に入れておくように」

 

俺に構っている暇は無いとばかりに早口で捲し立てられた。

几帳面なこの人が金の扱いをぞんざいにしているのだからそれなりの問題なんだろう。

さっさと規定の金額を入れた茶封筒を金庫に仕舞い、関わるまいと退出しようと思ったのだが、

 

「うぇぇぇん! ムリだよ~こんなの~!」

 

背後から特徴的な声が聞こえてきたので止まらざるを得なかった。

振り向けば、キャスター付きの椅子でくるくる回転しながら頭を抱えている狐女の姿。

今の声で分かったぞ。あの女、この間一夏と一緒に食堂に入ってきた奴だ。

名前、何て言ったっけ? 確か・・・のほほんさん? そうだ、全身寝装とかって言ったな俺。

自身が懊悩する姿を俺に遠巻きに見られていた事に気づいたのほほんさんは、突然見た目にそぐわぬ速度で俺に突進してきた。

 

「せーんぱい~。助けて~! もう指先が疲れたよ~!」

 

思いっきり腹部に頭突きを喰らった俺は「ぐふっ」と変な声を上げつつも倒れないように踏ん張る。てめぇ、何か食ってたら間違いなくゲロってたぞ。今。

危うく後輩女子に胃液を浴びせそうになった俺に対する労りの姿勢は皆無で、スルッと背後に隠れるのほほんさん。

そんな彼女を追うように教師陣が俺に視線を向けてきた。

 

「あー、えーと俺これからやることあるんだが・・・」

「ん! ん!」

 

腰のベルトをダブ袖でガッチリ掴んだのほほんさんは、逃がすまいと口をへの字にして訴えてくる。

いや、でもな? 俺だって都合があるんだし、こんな面倒ごとはごめん被りたいわけで・・・・。

ていうか、ほとんどの初対面の先輩にここまで食いつけるのほほんさんの気軽さが凄い。

 

「布仏さん~。私だって寝てないんですから頑張ってくださ~い」

 

のほほんさんの対面のデスクで同じようにキーボードを叩いている山田先生が死んだような顔で、「さっさと仕事しろ」的に激を飛ばす。

そんな山田先生の言葉にたいして、ただ俺の後ろで首を振るのほほんさん。なんか狐っぽいのか猫っぽいのか、わかんないなこれ。

まぁ、なんだ。こんだけ切羽詰まった状況にスルー決め込むわけにもいかないし、第一このままではのほほんさんがベルトを放してくれそうにない。

それに、鈴の所在についても先生に尋ねたほうが手っ取り早いだろうから、取り敢えず話くらいは聞いてみるべきかもしれない。

ベルトを放すように言っても涙目で首を振るだけなので、のほほんさんを引きずってデスクに近づく。

 

「一体何について話してるんですか? 山田先生が死にそうなんですけど」

「教師相手に死にそうなんて言うな柊・・・・。整備科でもないお前に解決出来るとは思えんが、ちょっと覗いてみろ」

 

そう言ってディスプレイを顎で示す千冬さん。

大倭先生が見ているディスプレイを隣から覗きこんでみる。

 

「・・・・打鉄(うちがね)ですか? 訓練機?」

 

画面に表示されていたのはISのDNAとも言うべきデータ、フラグメントマップだ。

ISは、自己進化をプログラムされていて、搭乗者の戦闘データを元に独特のフラグメントマップ、つまり進化の軌跡を構築する。

 

「え、柊くんなんで分かったの!?」

 

なんか、大倭先生に驚かれた。

しかし俺も一応マップを見て、機体を大別出来るほどの知識はあるが、それだけでは何が問題なのか分からんぞ。

そう思っていたのが表情に出たのか、黙りを決め込んでいたのほほんさんが口を開いた。

 

「・・・そのフラグメントマップはぁ、学園のISらしくない進化を辿ってるんだ~。学園でつかわれてるISは特定の個人と最適化を行わないよーに自己進化機能にガッチリロックが掛かってるんだけどぉ・・・・、ほら、ここと、ここ~」

 

多分、状況を見るに、のほほんさんは整備科の生徒だな。説明する口調は頼りないが、どこかこなれてる感がある。

のほほんさんが別に表示した打鉄のマップを見てみれば、幾何学的な模様を描いたマップの数ヵ所に似たような図形が有るのが見てとれた。多分、これがロックが掛かったままで運用した結果、構築された箇所なんだろう。

 

「それでねー、こんどはこっちー」

 

次に示されたのはさっきのマップの方だった。

うお、のほほんさんが身を乗り出して示したせいか、背中に体重と柔らかな熱を感じる。職員室が冷えてて助かったー。

 

「このマップなんだけどー、ロックが掛かって無い(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)みたいなんだよね~」

 

探してみると、なるほど、確かにさっきみたいなワンパターンの模様はどこにも見られない。

言われてみれば、さっきのマップとこのマップ。マップの密度がかなり違う。

ロックのかかった方のマップはシンプルな模様で読み取り易いが、このマップは複雑すぎてごちゃごちゃしている。

しかし、問題はソコじゃない。その事を雰囲気で感じ取った俺はのほほんさんに先を促す。

 

「マヤマヤに言われてこのISを調べて見たんだけどー。どーもおかしいんだよねぇ。ここまで特徴的なマップをこーせーしてるのに、外見どころか性能まで訓練機と同じデータなんだよ~。それで詳しく調べようと思ってセンセー達と調査ちゅ~ってわけなんだぁ~」

 

そう言うとのほほんさんはカタカタ。デスク前に陣取り、再びキーボードを叩き始めた。・・・案外適当なように見えて、結構生真面目タイプか。

 

「――先ずは使用履歴から当たってみたが、これが最初の壁だった」

「壁、ですか」

 

のほほんさんから引き継いで説明を始めた千冬さんに聞き返す。

 

「ああ、結論から言うと、この打鉄は学園のISじゃない。恐らく何者かの介入によって学園のISデータ自体に改竄が為され、訓練機に紛れ込ませた未登録のISだろう。IS自体にも訓練機としての偽のデータが被せられていて、昨晩から解析を始めたがやっと入手出来たのが、あの打鉄本来の使用履歴だった」

「本来のってことは使用履歴にすら訓練機としての別の記憶領域があったんですか?」

 

偽とはいえ、IS二機分のデータを詰め込める機体なんて、とんでもなく高性能だぞ。どういう理由でここのあるのかは知らんが山田先生を始めとした技術者気質な人にとっては格好の研究対象だ。

 

「そうだ、一応お前にも見せておこう。件の使用履歴だ。約二年前が最後の記録になっている」

 

千冬さんは遂に机に突っ伏した山田先生を押し退け、一つのリストを開いた。

一番古いデータら順に新しくなっていき、その間に表示された名前はどれも見知らぬ物だったが、やけに日本人が多かった。未登録の~とはいっても多分学園には、って意味だ。日本の企業に割り振られた純正品のコアだろう。解析が終わって所属が分からなければ、その企業から強奪または委員会に返還されたものって言うことになる。

そしてやけに長いスクロールが終わり、最新のデータ、つまり今のこのISの搭乗者ということになる名前が表示された。

そこにあった名前、それは―――――、

 

「『篠乃歌 雨(しののか あめ)』・・・? 知らない名前(・ ・ ・ ・ ・ ・)ですね」

 

思ったことを率直に述べる。

篠乃歌雨なんて名前、俺は知らない。恐らく、聞いたこともない。

 

「はぁ、やっぱりか。我々教師側も全ての名前について調査してみたが、この名前の人物以外全員死亡扱いとなっている。恐らく全て偽名だろう」

 

千冬さんは俺の反応を予想していたようで諦めたように息を吐いた。

 

「偽名って、じゃあどうするんですか? 束さんでも頼ります?」

「いや、束は一応日本政府によって処分中の身だ。こういう調査には使わない方がいい。いろいろかぎまわる内に足がつかないとも限らないからな」

「まぁ、あの人の場合機体の性能だけ調べ尽くして、あとのデータを初期化するくらいやりそうですしね・・・」

 

今頃地下に籠って新技術開発(暇潰し)でもしている人物の姿を思い浮かべて、絶対に関わらせちゃダメだと言うことを再確認する。

 

「それじゃ、調査頑張ってください。俺はこれで」

「ん? なにか聞きたくて私たちに関わったんじゃないのか?」

 

あ、そうだった。意外に話が重かったからすっかり忘れちまってた。

 

「鈴なんですけど、外出届けとか出してませんか?」

「ああ、そのことか。お前たち、喧嘩したそうだな。職員室でもチョッとした話題だったぞ」

 

思わぬ息抜きが出来たぞ、と可笑しそうに語る千冬さん。

――――IS学園のペア制度を使っている生徒は少ない。

なぜならISの機能向上に従って、チームで戦う必要が無くなって来たからだ。

ISの主流世代が第二世代になってから、ISには装備換装によって様々な局面に対応できる機能が付いた。リヴァイヴがいい例だ。

第一世代が主流だった時代、つまり学園の発足当時はお互いの不足をカバーするためのペア制度だったみたいだが、今現在はダリル先輩とフォルテのような変わり者同士が好んでペアを作るだけの制度となっている。形骸化ってやつだ。

俺と鈴の場合は本当にペア、というか協力相手が必要だったため組んでいたんだが、どうも職員室では変な勘繰りがされてたみたいだぞ。

 

「ホント、ホント! 私のとこに書類が来たときなんて青春してるな~って思ったわよ!」

 

飛び起きた大倭先生は無視してやる。今度ヒミコ先生って呼びますよ。

 

「喧嘩したのは事実ですけど、冷やかさないでくださいよ」

「ふっ、いやなに。お前たちが普通の学生として生活できていることを私は嬉しく思っているだけだ」

「・・・・なんか千冬さん、保護者みたいですね」

「? そうか?」

 

千冬さんは少し照れたようにはにかむ。

・・・双龍については、千冬さんも思うところはたくさんあるだろうが、俺たちが普通に生活していることを本当に嬉しく思っているような顔だ。うん、やっぱり姉って言うか保護者って感じだな。

 

「それで、鈴の所在なんですが」

「ああ、それについては口止めされていたことがあってだな、凰はいま中国に帰省中だ。父親の送還がこの間決まって一昨日の夜から日本を発っている。一緒に捕縛した男のIS乗りも近日中、恐らく今日にでも日本を出るだろう」

 

中国か・・・・。

学園内にはいないと思っていたが国外とは。

一昨日の夜からってことは、あの遊歩道で別れたあと、すぐに出発したのか。ていうか口止めって・・・。

 

「こっちに戻ってくるのはいつなんですか?」

「未定、みたいだな。予想だが、母親との面会の予定でもあるんだろう。織斑からの又聞きだが、入院しているそうだな」

 

面会か・・・。それなら中国まで帰る必要があるだろうが、俺に一言あっても良かったんじゃないのか。

経公の母国送還にしても同じだ。

・・・信頼、されていないのか・・?

 

「・・・・そう悲しそうな顔をするな柊。考えていることが顔に出すぎだぞ」

「・・・そんな分かりやすいですか俺」

 

自分で自分の頬をグニグニしてみるが、別に強張ってるわけでも緩んでいるわけでもない。

 

「ああ、まるわかりだ。その辺、もっと上手く立ち回ってみろ」

 

千冬さんはそう言って、意地悪そうに口角を吊り上げた。

 

「自分がどうしたいか、もっと正直になってみたらどうだ」

 

 

昼近くになり、デュノアたちの部屋にいるアオの様子でも聞いてみようかと電話を掛ける。

 

「・・・・・」

 

出ない。

もう一度掛けるが、今度は留守番に繋がった。

うー、部屋に携帯忘れて飯でも食いにいってるのか?

デュノアだけでなくて、ラウラの端末にも掛けてみるが結果は一緒だ。

昼飯かー。朝食ってなかったし流石に空腹を感じる。

食堂で合流すれば良いし、食費も出した。

よし、行ってみるか。

そう考えながら食堂へ通じる寮の通路を歩く。

・・・・・と、

 

「お、サラ。お前も昼か?」

「・・・奇遇ね。そう言う貴方も?」

 

部屋から出てきたサラに出くわした。

見ればどこかやつれた表情で・・・・なんだあれ。前腕部に腕抜きをしている。

 

「あっ・・・」

 

その事に気づいたらしいサラがはっとして、部屋に駆け込む。

 

「失礼したわね、行きましょうか」

「あ、ああ」

 

部屋から出てきたサラの腕に、さっきの腕抜きは無かった。それに、髪もちょっと整えた感じが出てるし、目の下の隈が消えている。

今の短時間で髪を整え、ファンデーションまでしてきたのか・・・。

俺も一年の頃、徹夜を隠すために使ってたなぁ。

 

「昨日の子はどうなったの?」

「あー、お前らが出ていったあと色々あってな。ミナトと話してちょっと様子を見ることにした」

「そう、よく考えれば迷子ってだけじゃ警察に保護されるだけでしょうし、それがいいでしょうね」

「だろ、アオっていうらしいぜ。て言うか付けた」

「な、なによそれ。あの子妙にしゃべらないと思ったら、記憶喪失か何かなの?」

「そうみたいなんだ」

「なら、なおさら部屋に入ってた理由が分からないわね・・・」

 

近況を報告しながらサラと食堂に行く。

入り口の扉を開けようとして取っ手に手を伸ばすが、手が触れる前に勝手に扉が開いた。

 

「お?」

「あっ、柊先輩・・・」

 

目の前に現れたのは、短髪の小柄な女子。首もとのタイが青だ。一年か。

見れば手にしているのは定食の乗ったトレー。

扉を開けたのは別人か?

 

「清香?どうしたの・・・って柊先輩にウェルキン先輩?」

 

トレーを手にしたまま立ち尽くしている女子の隣からヒョコッと顔を出したのはやはり女子。一年だ。

青みのかかった髪をヘアピンで纏めているのが特徴だ。

 

「ああ、悪いな」

 

手が塞がっているようなので一歩身を引き、扉を手で押さえる。

二人は俺の脇をすり抜けるようにして出ていき、代わりにサラが食堂へと入る。

あ、思い出したぞさっきの二人。たしか一夏のクラスメートに居たな。

名前は・・・清香と呼ばれた方が、相沢清香で、顔を出した方は鷹月・・・・静寐(しずね)だったかな。

相沢の方はハンドボール選手として有名で、鷹月は去年の中学全国模試で100位以内に入ってるって一夏がいつか言ってたっけ。

 

「あ、あの。ありがとうございますっ」

 

背後から掛けられた相沢の声に振り返ると、トレーを持っていない鷹月は深々と、相沢は軽く会釈するようにお辞儀した。

それに「いいよ」と軽く返すと二人はスタスタ、くる。

数歩歩いてこの場を離れたかと思ったら二人同時にこっちを振り返った。

・・・・と思ったら、二人の行動にはてなマークを浮かべた俺と目が合い・・・たたたっ!

ビクッと震えたかと思うときゃーって感じで走り去っていった。なにあれ。

 

一組の二人は置いておいて食堂に入ると、今までの光景を見ていたらしいサラが俺をじとっとした目で見ていた。

 

「なんだよ、イギリス人は食事の時にジト目する習慣でもあるのか」

「なんの話よ」

 

ふんっ、と鼻を鳴らしたサラが食券の列に並ぶので俺もその後ろに付く。

 

「貴方、二年生以上には嫌われてるくせに、どうして一年生にはそれなりに人気があるのよ」

「去年のこと聞いてはいても見てないからだろ。ていうかそれでも校内3分の2には嫌われてることになるんだが・・・」

 

クラスメートはそれなりだが、今でも他のクラスのヤツとかにスゲェ目で見られることあるぞ? 

今だって微妙に隣の列と距離を開けられたし。

 

「それでもよ。整備科の実習に出ると絶対貴方の事を訊かれる私の身にも成ってみなさいよ。せっかく美人な娘ばっかりなのに不快で仕方ないわ」

「あーはいはい。すんませんでした」

 

しょうが焼きの食券をピッと買うと、デュノアたちの事を思い出し、カウンターに行くついでに辺りを見回す。

・・・・あれ、居ないぞ? どこいったんだ。

 

「何してるの。席、開いたわよ」

「ん、あ、ああ・・」

 

おばちゃんからしょうが焼き定食を受け取り、サラを追っかけて席に付く。珍しくテーブル席だ。

 

「で、さっきから何を気にしているのよ貴方は。落ち着いて食べられないわ」

「いや、ラウラやデュノア見てないか? それとアオも」

「・・・様子を見ると言っておいて早速育児放棄かしら? 将来が思いやられるわね」

「いや、ふざけてるんじゃなくてだな、本当に電話にも繋がらないし、どこにいるか分からないんだよ」

 

するとサラは少し思案顔になった。

 

「・・・ISのコア反応は追跡したの?」

「いや、未だしてない。ていうか一応校則違反だぞ」

「四の五の言ってないで早くやりなさい。―――そのアオって子がいる限り、何が起こるか分からないのよ? 慎重に慎重を重ねるべきだわ」

 

・・・・言われてみればそうかもしれない。

サラには言ってないが、アオは記憶のない超界者なんだ。

もしかすると何かあったのかもしれない。

段々と状況が緊迫してきたのを感じる。

サラもISを初期起動して二人のISを追跡(トラック)し始めている。

俺も瞬龍を起動しようとしたその時――――――。

 

―――――ッッッッダガァァァァアアアアアアンンンッッッッッッ!!

 

―――爆音。

IS学園内――東側――IS格納庫のある第一アリーナの方だ。

もうもうと上がる黒煙を食堂のガラス越しに確認した。

周囲の生徒たちは事態を把握できず混乱している。

そんな中、サラは冷静だった。

 

「――――柊君、出たわよ」

 

そう言って見せてくるのはデュノアとラウラのIS状態。

 

「こ、『戦闘中(コンバット)』だと・・・!?」

「落ち着きなさい。貴方は直ぐにアリーナへ。・・・このタイミングの爆発よ。あの子が関わっているかもしれないわ」

 

かもしれない、じゃない。十中八九アオが絡んでいる。サラの瞳はそう告げていた。

 

「――――くそッ」

 

瞬時に瞬龍を呼び出し、ガラス窓から飛び出る。

行きなりの破砕音に女子が数人悲鳴を上げたが、悪い、と心の中で謝っておく。

瞬龍が自動で表示した周辺データを見てみると、寮の一室の壁が抉るように破壊され、室内が丸見えになっていた。

あそこはデュノア達の部屋だ。

やっぱり、誰かがアオを狙って襲ってきやがったんだな。

アリーナを視認すると、爆発はアリーナの中央部で起こったようだった。

未だに煙でよく見えないが、確かにシュヴァルツェア・レーゲンとリヴァイヴの反応がある。

それに、もう一機。

こ、この反応は・・・。

 

俺が気づいた事に気づいたらしく、煙の中から一筋の光が現れた。

 

――――荷電粒子砲ッ!

 

アリーナの隅に降下しようと思っていた所に砲撃。

ギリギリかわしたが、目の前を粒子ビームが通りすぎていく光景には肝が冷えたぜ。

でも、今の攻撃で相手の正体に確信が付いた。

でも、やつは今自衛隊に拘束されているハズだ。市ヶ谷駐屯地からどうやって・・・・。

 

「――――どうやって逃げてきたんだ。ウェルク・ウェルキン」

 

相手の名を、口にする。

 

「ッハハハハッ! 君は今でもボクを『ウェルク』と呼ぶのかいクレハくん!」

 

敵が、姿を現す。

赤い装甲に右手の杭撃ち機。

アイツは、七月の福音事件で捕まったはずの双龍に所属する超界者。

本名を―――――

 

「――――()のことはバースと呼びなさいよ」

 

そう言って襲撃者は女性の顔(・ ・ ・ ・)で不敵に微笑んだ。

 

 

「随分と見た目が変わったな。整形でもしたか?」

 

俺は『二式時穿』を展開しながら尋ねる。

 

「うーん、まぁそんなところね。器を心の形に合わせたの」

 

・・・確かバースの体は元々サラの兄、ウェルク・ウェルキンのモノだ。

俺が引き起こした事故のせいで死んでしまったウェルクさんの体を双龍が回収、細工しバースと言う超界者の身体に作り変えたのだ。

七月の時点では見た目はウェルク、中身はバースだったのに、今じゃすっかり女性体へと変わってしまっている。声や仕草までもが本来の性別へと切り替わっていってるみたいだ。

 

視界の端に、アリーナの捲れた地面に倒れているデュノアとラウラの姿を確認した。

二人ともISを装備しておらず、エネルギーも枯渇しているようだ。

 

「しかし、こんな目の付くところで単一仕様能力使うってことは、俺を誘ってやがったか?」

 

こいつのIS、『牙龍』の単一仕様能力は「革命者(リベレーター)」。

周囲に爆発を起こし、更にシールドエネルギーを吸い上げ自身の物にする能力だ。

さっきの爆発はこの能力のせいだろう。二人のエネルギーが尽きているのも納得できる。

 

「いいえ、本当は『心』の方を誘っていたのだけれど、違う方が釣れちゃったみたいね」

「残念だったな、鈴なら今は中国だ。ここには居ないぞ」

 

俺が相手をしてやるとばかりに剣を構えるが、バースはなにもしようとしないで、ただ佇んでいるだけだ。

 

「悪いけれど、一度負けた相手にもう一度挑むほど愚かじゃないのよ私。折角逃げられたのにまた捕まるのもゴメンだし。―――――だから、貴女がやりなさい」

 

戦う気が無いらしいバースは、俺の背後へと視線をやり、誰に向かってか話しかける。

 

(仲間がいたのか!? コア反応は無かったハズ――)

 

振り向くと、そこにいたのは一人の少女。

灰色の装甲の打鉄をまとい、気を失っているアオを抱き上げている。

 

「貴女も二年ぶりで機体が(なま)っているでしょう? 存分に見せてやりなさい。亡国企業(ファントムタスク)の力を!」

 

アオを抱いて、俯いていた少女が顔をあげた。

前髪で隠れた目元には何かにすがるような表情が浮かんでいる。

気の弱そうな、大人しい印象を受ける少女だ。

だが・・。

この感じ、どこかで俺は会ったことがある・・・?

思いがけない既視感に戸惑っていると、前髪少女は前髪の奥の瞳を悲しげに伏せた。

 

「言ったでしょう? クロエの改竄は完璧だってね。さぁ、これで思い残す事は無いハズよ(あめ)

 

雨? もしかして篠乃歌 雨ってこの女のことか!?

そう言えば午前中に千冬さんたちが調査していた打鉄、第一アリーナに格納されてたぞ。

もしその打鉄がそうだったとして、どうやって持ち出したんだ。

格納庫には三層の防護壁とID認証があったハズだ。そのどちらかが、何らかの方法で破られた―――!

 

「―――起きて、打鉄零式(トライアル)

 

雨と呼ばれた少女がISの名を呼ぶ。

すると、打鉄の装甲にヒビが入り、ボロボロと粒子となり解けていく。

俺が使う『二重同時展開(ダブルキャスト)』じゃなく、外装が剥げていくように秘められたISが姿を現す。

 

「システムチェック。生体認証完了。ハイパーセンサー、三次元レーダー起動を確認。各種ブースター、オンライン。近接特殊ブレード『時繋(ときつなぎ)』展開完了」

 

灰色から黒へ。シュヴァルツェア・レーゲンのように黒い機体だが、フォルムには打鉄の名残がある。

両肩に浮いた実体シールドユニットが消え去り、ぱっと見はミナトのサイレン・チェイサーより装甲が薄い。

だが、分かる。

あれは第二世代IS『打鉄』の試作機(トライアル)

昔、束さんが言っていたが、龍砲を始めとする空間操作系の武装を最初に開発したのは実は中国ではない。

龍砲として完成させたのは中国だが、試作自体は世界中で行われていた。

そして、日本でも例外なく研究が進められていて、試作機が積まれた機体が第二世代IS打鉄試作機『零式』。

第二世代初期に作られた機体で今では名前自体聞くことも稀だが、実際に動いているところを見ることが出来るなんてな。

スリムな装甲に黒光りするペイント。とても二年前の機体とは思えない迫力を俺に与えてくる。

更に零式が暖気運転をするにつれて、その迫力すらも増していく。

 

「―――零式。行きます」

 

そして、漆黒のISが完全に息を吹き返した。

 




読んでいただきありがとうございました。

昨日、活動報告にも書いたんですが、リクエスト的なものを受けてみたいなと思っています。
なにか、お題と言うかネタがありましたら、いずれ番外編的に書いてみるのでどうぞよろしくお願いします。

感想、評価もお願いします。


※すみません、誤って別のテキストを上げていました。
修正はぶつ切りだった最後の部分を取り除いただけなので、書いていた部分は次に持ち越します。
違和感を持たれた方には申し訳ありませんでした。


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記憶の欠片

もう時期新年なのになにやってるんでしょうね私。
今回は、何時もの倍くらいの量になったので最後まで読んでいただけると嬉しいです。


―――初めに認識したのは、真っ白な刀身だった。

 

「――――!?」

 

一瞬で距離を詰められたと気づいたときには既に、俺は雨の攻撃によって吹き飛ばされていた。

PICで姿勢を制御し、雨を見据えると・・・先程まで抱えていたアオの姿がない。

いったいどこに、と視線を廻らせると眼下に落下していくアオの姿を見つけた。

攻撃するために躊躇わず落としやがったのか・・・!

 

「ッ!」

 

バリアーで構築した足場を蹴り、スラスターの加速も使って何とかアオを抱き留め、アリーナに着地する。

アオは・・・眠っているみたいだ。怪我もない。

 

「――――貴方がその子に怪我させるわけがないって、分かってた」

 

頭上から、漆黒のISを纏った篠乃歌雨の声がした。

見上げると、ゆっくりと降下してくる雨の瞳には確かな確信と悲しみの色が浮かんでいる。

 

「・・・・知った風な口を利いてんじゃねぇ・・・、何が目的だ」

 

突如学園を襲撃した超界者バースと、訓練用ISに偽装した第二世代試作機『零式』を駆る少女。

今日にも中国へと送られるハズだったバースが逃げられたのはこの少女の仕業らしく、バースはその少女のIS、『零式』を亡国機業の力だといった。

バースと篠乃歌雨がどういう関係かは知らないが、専用機持ちであるラウラ達をスルーしてまで同じ超界者であるアオを拐ってるんだ。

何か計画があるのかもしれない。

 

そう考えて剣呑な雰囲気で訊いてみたんだが、

 

「・・・別に、私は・・・ただ命令されただけ」

「命令だと?」

「・・ええ、そう。学園を襲い、そのなかの超界者を奪取するように、って」

 

着地した雨は、案の定と言うか、存外気の抜ける返答をした。

め、命令されただけ? 

上空に留まっているバースに動きが見られないので俺は更に聞いてみることにする。

 

「超界者を知っているってことは―――政府の人間か」

「・・・うん、そうだよクッちゃ――、そう。私は事実上双龍が崩壊した二年前に、双龍の代わりに創設された超界者対策組織の一員。主な任務は超界者の捕縛と研究」

 

超界者対策組織・・・。なるほど、研究対象が近くに居たから捕まえに来たって訳か。

 

「なら、どうしてバースと一緒にいる。ヤツだって超界者のはずだ」

「彼女は今回の作戦においての警戒対象である貴方の排除を目的に連れてきたのだけれど、気が乗らないみたい」

「政府の組織って割りに、自由奔放な配置だな」

「それは仕方ないよクッ――し、仕方ない。彼女は仕事があるとはいえ、私たちの組織と協力関係を結んでいる組織の一員。あまり強要するわけにはいかない」

 

・・・・なんか、所々気の抜ける会話だが、何となく概要はつかめた。

今回の事件は日本、というか国が絡んでいる問題だ。

どこの国かは予想でしかないが、とにかく雨の所属する組織が計画した襲撃で、目標はアオの奪取。

バースが居るのは、スポンサー組織の一員なのと、俺対策に連れてきたみたいだ。

だが、バース自身はラウラとデュノアを倒したことで満足してしまったのか俺を相手にする気もなく、二年ぶりの復帰戦も兼ねて雨が戦おうってわけか。

 

アオを連れていこうとすれば俺が邪魔をする。

それが分かっているのか、雨は俺に向かって時繋の切っ先を向ける。

時穿とは対照的な白銀の刃を構え、俺を見据えた雨は――。

 

「――――気を付けてねクッちゃん・・・零式の本領は刹那の一撃だから――」

 

なんて、俺を気安く呼ぶと・・・姿が掻き消えた。

そして次の瞬間、視界の右下に雨が表れる。

しまった――!

片手でアオを抱き、反射的に時穿で斬撃を受けるが、お、重いッ・・・!

アリーナの地面を擦って停止した俺に、雨が追い討ちを掛けてくる。

くそっ、こっちはアオを抱いたままだぞッ! 

普段のBシステムが使えていない以上、通常状態の瞬龍で戦うしかないが、俺自身のスペックも含めて荷が重い。

それにさっきの一瞬で距離を詰めての切り上げ、どうなってるんだあれは。

瞬時加速を用いたとしても、あれほどのスピードはまず出ないぞ。

 

アオを守りながら戦う俺に次々と斬撃が浴びせかけられる。

なんとかダメージは軽減してるが、尽きるのも時間の問題だ。

銃を抜こうにも、きっと集中した瞬間に一太刀喰らう。

銃を抜く暇がなく、かといって大振りに剣を振るうわけにもいかないこの状況。

 

「――――ッ!」

 

一瞬で背後に回ってきた雨が降り下ろしてきた剣を、カンだけで受ける。

 

「・・・ふぅん、今のを止められるんだね。てっきり瞬龍のスペック頼みかと思ってたけど意外と力はちゃんとあるみたい」

「褒められてると受け取っていいんだよな・・・?」

 

峰を方にあて、テコの要領で時繋を弾き飛ばすと、そのまま左向きに回転し下から上への切り上げを放つ。

この機に乗じて攻めに回るんだ。

相手が想像以上の機動力を持っている以上、距離を取るのは愚策だ。

だからここは一気に―――

 

――前へ!!

 

「ウォォォッ!!」

 

俺の放った切り上げを同じ様に刃を当てて受け流した雨に向かって、全力の瞬時加速を使用する。

眼前に迫るやけに前髪の長い顔。

その姿にまたもや既視感を覚えつつも、連続で剣を降り下ろす。

左手にお姫様を抱いてるんでバランスがとりにくいが・・・問題ない。

そこで気づいた。

俺は、いつの間にかBシステムを発動させている。

しかし、攻めに転じた際の微妙な興奮状態を感じ取ったか知らんが、掛かりが甘い。

超界の瞳(ヴォーダン・オージェ)との併用で何とかイケそうだ。

 

俺の連続攻撃をかわしたり、弾いたりする雨の動作を読んで、斬撃で巻き上げた砂を上手いこと雨に被せることに成功した俺は砂が目に入り視界がつぶれた雨を尚も切りつける。

 

「ッ! さ、流石だねクッちゃん・・・!」

 

雨も雨で網膜投影された警告カーソルで俺の斬撃を受けているみたいだが、明らかに攻撃が成功する回数が増えている。

一撃だ。一撃入れて距離をとれ。

こっちにアオがいる以上不利な状況は変わらないから、どこかで戦場から出さなきゃ雨は倒せない。

段々と視界が戻ってきたのか、剣を突き出すような攻撃的な仕草を始めた雨の時繋を一太刀で弾き飛ばすと、続けてぐるりと回転し、バックスピンキックを決める。

今のうちにアオをどこか安全な場所へー―ーと思ったが、ぶっ飛んだ雨が地面へ片手をついて両足で着地をしたのが見えたので断念する。

さっき弾いた時繋とは距離があるので、無闇に取りに行こうとはしないだろう。

そう思った矢先、雨は自身の拡張領域から見たことあるマグナム拳銃―――「シュナイダー」を召喚した。

レールガン機構で加速した弾丸が発射され、空気を切り裂いて飛翔する。

流石にレールガンは避けられないので幾重にも張ったシールドで受け止めようとしたら――――土手っ腹に喰らった。

絶対防御のお陰で直撃はしてないが、シールドエネルギーがほとんど削られちまったぞ。

なんだあれ。聞いてたヤツより何倍もスゲェ威力だ。

 

直撃はしてないとはいえ衝撃まで和らげる機能は絶対防御にはないので、分散しきれなかった衝撃に苦悶を上げる。

込み上げて来たモノに咳き込むと、案の定吐血した。

畜生め。胃か何かを痛めたな。

ISでバイタルチェックをすると、胃の上部に当たる噴門と横隔膜に損傷を確認した。深く息が吸えないのはそのせいか。

元々テロで使われる非合法の武装とはいえ、この威力はやりすぎだろ。改造したやつ出てこい。

時繋を拾った雨がこちらに歩み寄ってくる。

 

「・・・・その超界者をこちらに渡して。それでこの件は済む」

 

飛び散った瓦礫を踏み砕きながら歩んでくるその姿は正に死神だ。

しかし、その姿に反して俺を諌めるような目で見てくるのはどういう理由なんだ。

どこか優しさを感じる雨の立ち振舞いに一瞬呆然とすると、アオを連れ去ろうとしている事実を思い出し、警戒する。

 

「―――ここでハイそうですかって渡したら、なんで戦ってるか分からなくなるだろ」

 

強がってみせたものの、俺自身のダメージは深刻だ。

内蔵破裂のせいか、腹部の圧迫がキツくなってきた。デファンス、というやつだったか。

 

「―――貴方には初めから戦う理由なんてないはず」

「・・・チッ、ムカつくなお前」

 

強がりで言ったことに真面目な返答が返ってきて――なおかつ的を射ていることについて。

 

「確かに今回の件、俺には何の利もないな。全くもって骨折り損だ」

 

アオは超界者。俺のもとには災悪しかもたらさない。

政府が引き取ってくれるならこれ以上はない。

だけど、それでも。

俺は今なお倒れているラウラとデュノアを見やる。

 

「二人が守ろうとしたんだ。俺が簡単に諦められるかよ。それにな―――」

 

・・俺自身、アオと関わりを持ちすぎた。

たった一人の迷子。自分の立ち位置も分からずに、誰かにすがるほかなかったアオ。

俺はそんなアオに、ほんの少しだけ、同情した。

自分と似た境遇だったからかもしれない。一緒に遊び、過ごし、アオにほだされただけかもしれない。

だから、俺はこう思う。 

 

「ここでアオをあんたらに渡したところで、俺自身が納得しそうにないんでな!」

 

「――――よく言ったわっ!」

 

懐かしい響きを持つ声のあと、上空からワインレッドのISが降ってきて、砂煙を立てた。

衝撃と砂からアオを守ったまま俺はソイツの後ろ姿を見上げる。

 

「ったく、何処から聞いてやがった」

「飛行中に全部聴いてたわよ」

 

揺れるツインテール。黄色いリボンを懐かしく思うと同時に、彼女のISが一部変化していることに気がついた。

前方に鋭く突き出した胸部装甲に、足裏から脹ら脛に掛けてのスラスターユニット。衝撃砲が真横を向いていてまるで羽根のように見える。

 

「趣味わりーぞお前。回線入ってるなら一言掛けろ」

「一言入れたらクレハがまた変な気を回すかもって思ったのよ」

 

う、確かにその予想は正しいかもしれないが・・。

 

「・・・で? どこまでやれるわけ?」

 

海辺でのギクシャクした雰囲気を感じさせない快活な笑みを浮かべて俺を試してくる。

 

「・・・こんなの、掠り傷だ」

 

そう言いながら口元の血を拭う俺を見た鈴は、ニッと口角を上げた。

久々に見たと思ったらいきなり主導権握っていきやがって。

ただ、お前はいつもいいタイミングで現れるよな。俺の前に。

 

――――Bシステム、完全戦闘状態(フル・コンバット)へ移行。操縦者ダメージレベルC確認。生体再生進行中。

 

お陰で俺も全力で行けそうだ。

 

 

鈴が降ってきたからか、いまだに黒煙をあげるアリーナへとバースが降下してきた。

二対一じゃ状況不利に見たからだろう。

 

「そういや鈴、ここまでISだけで来たのか?」

「そうよ。甲龍用高機動パッケージ『(フェン)』。試作品らしいから着装テストの時にそのまま抜けてきちゃった」

「抜けてきたって・・。怒られるだろ」

 

試作品をそのまま持ち出して来たこと以外にも、不法入国とかIS条約とか。

 

「当たり前よ。でもこっちにだって言い分はあるわ。今のあたしたちは中国と日本の尻拭いをしているようなモノ。多少の迷惑料はもらわないとだわ」

「・・・・カッコつけてるとこ悪いが鈴、そんな胸部装甲着けて胸張られるとギャグにしか・・・い、いだだァッ!!」

「あ・た・し・の・胸・が・な・ん・で・すっ・てぇ・・・!?」

 

ちょ、ちょっと待て鈴! 入ってる! 腹に膝入ってるから!

内蔵割れてるのに容赦なく膝をぶちこんでくる鈴を「いつもの鈴だなぁ」とか思ってる俺は色々ダメかもしれんが、なんとなく分かる。

俺たちは、まだパートナーとして戦える。

 

「・・・ふぅ、クレハ。あたしがあの赤いのをやるわ。あんたはそっちの黒いのを」

「大雑把だな・・・まぁ、異存はねぇ」

 

俺たちの雰囲気を感じ取ったのか、相手方がぐっと構える。

先に仕掛けてくるかと思って身構えてると、急に鈴がくるっと俺の方を振り向き―――徐にアオの頬っぺたを引っ張った。

 

「それと、あんたもいつまでクレハに抱かれてるツモリよ? いい加減下りなさい!」

「ふ、ふぅぇぇ~!? 痛いー! いたいれふー!」 

 

悲鳴を上げるアオ。

つーかおい。

 

「起きてたのかお前」

 

今まで何の反応もなかったからてっきり気絶してるものかと思ってたが・・・。

 

「ち、違うん、です! クレハが妙に必死に成るものですからつい・・・・・」

 

そう言ってふいっと視線をずらすアオ。狸寝入りがばれたせいか、ほんのり顔が赤い。

そんなアオを見て何かにイラッとしたらしい鈴が、腕の中のアオに向かって更に吠える。

 

「いい!? クレハは誰にだって優しいの! ただ八方美人なだけ! ちょっと優しくされたぐらいで騙されてちゃ痛い目見るわよ!?」

「おい、ちょっと待て鈴。反論させろ。八方美人ってワードには納得いかんぞ」

 

あとお前の言い方だと俺がすごい悪者に聞こえるんだが・・・なに? ヘイトスピーチ?

 

『私的にはいくら騙されても構わないのですが』

 

「「オメーはちょっと黙ってろッ!!!」」

 

突然開放回線で呟かれたミナトの声に二人でツッコむ。

 

「・・・・ていうか、ミナト先輩? 一体どこに・・?」

『はい。現在地点、東第一校舎の屋上にて伏臥姿勢待機中(スナイプスタンス)

「なんだよ、お前も見てたのかミナト。支援砲火ぐらいできただろ」

『いえ、少し思うところが在りまして、邪魔するもの野暮かと』

「・・・野暮?」

 

意味がわからず聞き返すと、隣で鈴が「あー、なるほどね」と声を上げる。

 

『―――男性が格好つけている時、それを邪魔する女はいません』

 

・・・・その言葉の意味がわかった瞬間、俺もいつもの鈴ぐらいの速度で顔を熱くした自覚があったが、逃げ道を探すために鈴とアオの顔を見たのがまずかった。

 

「(サッ)」

「(サッ)」

 

ふ、二人して顔を背けるなよ!

なんか急に恥ずかしくなってきた! つーかミナト! てめぇよく当人に向かってそんな事を臆面もなく言えるな!

 

「と、とにかくアオは下がってろ。狙いはお前なんだ。俺と鈴に任せろ」

「そ、そうね。何時までも漫才やってる訳にも行かないんだし、そろそろしびれ切らしてくるわよ」

 

現在の俺たちの立ち位置は、トラック状のアリーナを三等分した場合の端の部分、曲線の部分だ。

俺の正面には四角形のフィールドがあり、その上空には雨とバースが浮いている。

背後には客席とアオ、ラウラ、デュノアの三人だ。

 

「いいか、鈴。後ろには流れ弾一つ通すなよ」

「ふん、上等よ」

 

鈴が双天牙月――幅が小さくなり、少しだけスリムになった印象がある――を抜き、バースに向ける。

 

「それにしても、ちょっと説明が欲しい相手ね。どうして篠乃歌 雨が『零式』なんて乗ってるのよ」

 

たぶん、何気なく言った一言。

だが、突然すぎるその発言に俺は動揺した。

 

「し、知ってるのか鈴。あいつのこと・・・!?」

「何狼狽えてるのよ気持ち悪いわね。あんだけ親しそうに戦闘中も会話してたくせに知らないなんて言わないわよね?」

 

鈴が半眼で俺を見てくる。

い、いや。俺は知らない。知らないのに・・・、鈴が知っている――!?

 

「・・・・その様子じゃあたしが居ない間になにか仕掛けられたか、もしくは影響の侵食中に中国に飛んだお陰で完全に掛かるのを免れたかのどっちかね」

 

一人で勝手に納得している鈴に説明を求めようとした瞬間――。

 

「―――――貴女が覚えていることは予想外だったよ。凰さん」

「ってことはこれは全部あなたたちが仕組んだことって認識で良いのかしら篠乃歌先輩?」

 

黒と朱のISがぶつかり合う。

 

「・・・おいバース。ちょっと理解出来ないんで説明してもらえるか?」

「イヤよ。なんで私がそんなことしなくちゃ成らないのよ」

「・・・だよなぁ」

 

ふざけてバースに助け船を出したが、残念ながら説明はしてもらえなかった。

 

「まさかクロエの記憶改竄能力に経過劣化なんて欠点が有ったなんてビックリだよ。本来なら私は誰も正体を知らない襲撃者として超界者を拐い、二学期から普通に戻るはずだったのに」

「残念ね。貴女の姿をここであたしが見たからには、黙って学園には戻さないわよ」

「・・・私、凰さんのそう言う生意気なところ、大嫌い」

 

・・・な、なんだこれ。なんで鈴が襲撃者と親しげ(・ ・ ・)に話してるんだ?

子供みたいに頬を膨らました雨は、俺の視線に気づくと「あわわ」なんて言って澄まし顔に戻る。

 

「偶然ね。あたしもクレハの金魚のふんみたいな貴女がずっと気に入らなかったのよ。幼馴染みを自称して・・・、クレハに幼馴染みなんて居るわけが無いのよ」

 

お、幼馴染み・・・!?

 

「い、いい加減説明しろ鈴。幼馴染みってなんだよ」

「あんたは黙ってなさい。あたしは今この女と話をしているの!」

 

うおっ、なんか知らんがいつも以上にヒートアップしてやがる。

幼馴染みか。

そんなの、居るわけがない。

俺は現在、生まれて二年ほどの遺伝子調整体(アドヴァンスド)

篠ノ乃束の遺伝子を用いて作られ、鉄の子宮から生まれた試験管ベイビーってやつだ。

自分のことながら他人事のように捉えているが、実感がないのは確かだ。

だが、二年という時間においての俺の記憶はハッキリとしている。

その中に、シノノカ アメ、などという名前の人物は居ないのだ。

だから、あり得ない。

目の前の敵、篠ノ歌雨が俺の幼馴染みだということは。

 

「・・・・クレハ。混乱しないで。確かにあたしはこの女と面識がある。けれど、それはアンタも同じなの。多分、サラと同じように、何らかの方法で記憶が書き換えられてるんだわ」

「記憶が書き換えられてるって・・・、まさか、その為のフィールドか!」

 

夏休みに入ってから、この島全体を覆っていたと言う特殊エネルギーシールド。

その正体は学園にいる人物全員を騙すための工作だったってわけか。

さらに、二人の会話から察するに、その書き換えはじわじわと進んでいくようで、途中に中国へ渡った鈴だけは雨の事を覚えていると言うことらしい。

そ、それじゃあ、本当に雨は、俺が覚えていない誰かってことなのか・・・?

 

「アンタたちがなに考えてるか分からないけれど、学園に対して特定の国家が働きかけるのは条約違反のハズよ。大人しく退きなさい」

「・・・・・もう、そんなこと言ってられる状況じゃ無いんだよ凰さん。戦争は目の前に迫ってきてる。超界者達の目的は、貴女とクッちゃん。女王なの」

 

今更な事実を、雨が辛そうに確認する。

・・・あいつの目、俺を慮る様な言動は、俺を知っているからできると言うのか。

俺は知らないことが多すぎると知っていた。

だが、知っていたことすらも忘れていたと言うことについて、初めて後悔した。

 

「じゃあなんでこの子を狙うのよ」

「・・・・当人だから言うけれど、その子は戦争を終わらせられる唯一の存在、とだけ聞かされてるの。だから、その子が居れば、二人は助かる」

「・・・アオ・・・がか?」

 

雨の言葉に顔を上げた俺は、背後にいるアオを見る。

いや、まて。そんな都合のいい解決策があるわけない。

雨もいった通り、起ころうとしているのは戦争だ。

不条理や不道徳がはこびる戦争なんだ。

 

「・・・・何に、使う気なんだ」

 

俺は思わず、バースに問いかけていた。

アオが戦争を解決してくれる、という前提ではなくアオを使って戦争を解決する、という前提で。

アオのその後までは聞かされていなかったらしく、雨も同じようにバースを見上げる。

周囲の視線を一身に受け、バースはさも当然のように言った。

 

「決まってるじゃない、器として使うのよ。心は別に用意があるの」

 

器。

女王の器。

それは即ち、俺のIS、瞬龍に組み込まれているコアのことであり、鈴の脳内にデータとして記録された心と組み合わせることによって女王が復活すると言う。

この話は、以前鈴の父親、凰経公から聞いたことだ。

バースたちは、それを別のコアと心でやろうとしているらしい。

だが、だが、心が剥がれても、エリナとしての意識はコアの中にあった。

そして心と一体化する際には、どちらの意識が優先されると言うのか。

つまり今の状況でいうと、アオと女王の意識、どちらが消えてどちらが残るのか。

 

「捕まっていたから報告が入るのが遅れちゃったみたいだけれど、その子は女王の器として日本政府が造り上げた人造の超界者。機械に人の意識を植え付けた化け物らしいのよ。私にしても、気味が悪かったからこの仕事には関わりたくなかったのだけれど、仕方ないわよね。お仕事なんだから」

 

・・・・おい、おい、今なんて言った?

人造の超界者・・・?

思わず、アオを振り返る。

 

「・・・・え・・・ッ・!?」

 

酷く狼狽している。

ち、違うぞ、あの目は・・・。

自分が作られた存在だったと言う事についての驚きじゃない。

もっと、これまでの自分を全否定されたかのような―――――記憶の全否定―――!

バースが、アオに向かって手招きする。

 

「だから、いらっしゃい。あなたは女王の器になる為に造られた、超界者とは異なる生物。いや、生物でもないかもしれないわね。モノはモノらしく、自分の役目を果たすしか無いのよ。こっちに、来なさい」

 

催眠術でもかけているかのようなねっとりとした口調に、人格を壊し尽くす辛辣な言葉。

その言葉を受けて――アオが立ち上がった。

 

「・・・おい、待てアオ・・・。なに考えてやがる・・・ッ!?」

「――――結局、アオはクレハに騙されていた、と言うことですね」

 

ゆらりと一歩踏み出したアオは、突然そんなことを言い出した。

 

「アオが自分の任務だと思っていた女王の復活、その重要なファクターはクレハ、貴方だったのですね」

 

アオと部屋で遭遇したあの日、俺は自分が女王の器であると知らせずに、アオに嘘をついていた。

 

「ち、違う・・あれはッ!」

「分かっています、クレハ。クレハにも守りたいものがあった。超界者と戦うためにも情報が欲しかったんですよね」

 

今や全てを理解していると思われるアオが一歩一歩、バースに近づいていく。

 

「アオにも、守りたいものが出来ました。ここで食べた小麦粉の麺類―――うどん、と言っていましたね。アオはあれが気に入りました。それに、クレハと買い物に行った際に見た夕陽も、とても綺麗で目を奪われました。なんてきれいな世界なんだろうって」

 

アオは、俺と過ごすうちに、ここでの生活を楽しみ始めていたんだ。

記憶や経験が失われていたからじゃない。アオにとっても、この世界は綺麗なものに見えていたのだ。

 

「そして、そんなことを私に教えてくれたクレハも守りたいのです。クレハが戦いから遠ざかると言うなら、アオは進んで器になります」

 

宣言したアオを、俺は止めることができない。

雨が、今にも泣きそうな顔で俺の行く手を阻んでいるのだ。

 

「ごめんなさい・・・・ごめんなさいクッちゃん・・・・。これしか方法が無いの・・・・っ!」

 

うるせぇ、邪魔だ。退け。

アオを止めるんだ。

きっと、アイツには確信がある。

自分は消えてしまう。その確信が。

 

「あの夜は、図らずも行動で示しましたが、今ならハッキリ言えます。クレハ、アオは、クレハが―――」

「―――――バカなこと言ってるんじゃないわよ。誰もさせないわよそんなこと」

 

俺が動けない間に、アオを止めたヤツがいた。

 

「アンタはラウラやデュノア、それにクレハが必死で守ろうとしたのよ? その努力無駄にする気? それに、今の台詞完全に死亡フラグだったから割って入らせて貰ったわ」

 

胸を張って言う鈴を、アオは呆然と見つめる。

 

「で、ですが、アオが器になれば貴方たちは・・・」

「そんな話、本当にうまくいくと思ってるわけ? 難しい話は・・・正直、分かんなかったけど・・・、超界者の問題はあたしとクレハの問題。あたしより小さい子に丸投げして知らんぷりは出来ないのよ。責任ぐらい取らないと気持ち悪いったらありゃしないわ」

 

少しツンデレた様子を見せた鈴は、両手に双天牙月を召喚する。

 

「クレハはね、どうしようもないくらいお人好し。だからアンタが犠牲にクレハを救っても、喜びはしないし感謝もしないと思う。ただただ、自分を責める。アンタはそんな重荷をクレハに背負わせたいわけ?」

「・・・・そ、そんなことは・・!」

「だったら早い話、そこの二人を撃退すれば良いのよ」

 

おい。

簡単に言うなお前。

 

「何をグズグズしてるかと思ってたけど、そいつらが居なくなれば何とか考えも纏まるでしょ。切羽詰まった状況で考えたって正面突破以外考え付かないモノよ」

 

鈴は、自分の背後にアオを庇いながら言う。

 

「だから―――」

「・・・?」

 

なんだ?

鈴がこっちを睨んで―――いや、見てくるぞ。

・・・まさか。

じょ、冗談だろ鈴?

 

「――――取り敢えずは、任せたわよクレハ」

 

そういうと鈴はアオを抱いて上空へ―――り、離脱したっ!?

 

「―――ッ! 逃がすわけが――!」

 

バースが焦りを見せ、背後の龍砲をスラスターのように使って加速する鈴に杭打ち機を向ける。

 

「つぁっ!?」

 

杭を射出しようとした瞬間、右腕に俺の放った炸裂弾が当たり、悲鳴をあげるバース。

 

「させるかよ」

 

流桜を持っている左とは逆の、右腕の時穿で今まで逆に動きを封じられていることに気がついた雨が、目を見開いている。

ちっ、バレたか。

しかし、そろそろだな。

俺はバースにならって、空をかける鈴を見やる。

・・・龍砲から溢れたエネルギーが羽根のように広がり、まるで蝶のような様相をみせる甲龍。

素直に、きれいだと思った。戦闘中にも関わらずに。

アオが戦場を離脱し、残っているのは俺と敵二人。

鈴はアオを何処かへつれていったあと、ラウラ達の救出もするのだろう。

当然、二人は邪魔をしてくる。

だから、それを妨げるのは俺の仕事だ。

 

「―――掛かってこいよ。二人がかりでいいぜ」

 

雨を弾き飛ばした俺を、二人が険しい表情で見てくる。

任務を優先するか、障害を排除するか迷ってるみたいだな。

生体再生で、内臓の損傷もなおった。

さぁて、やるぞ。瞬龍。

 

 

「上等ッ!」

 

雨が逡巡しているしている間に、というか真っ先に俺に飛びかかってきたのはバースだった。

俺より少し上から下向きに、轟音をたてて射出された杭を紙一重でかわした俺は、続けて振り下ろされた銀剣を――――これまた、身を捻ってかわす。

・・・さっきは二対一になるかもと思ったが、雨があのまま動かないのではバースとの再戦って感じだ。焦る必要はない。

 

「―――チッ」

 

部が悪いと見たバースは、銀剣を拳銃型の荷電粒子砲に持ち変え、十字に凪ぐように射撃する。

断続的に射撃された加速粒子が十字を描いて俺に迫る。

・・・・弾道から見て、全ての着弾点が俺に来るように狙って射撃されている。

一つでも撃ち漏らせば、ダメージは確定だ。しかし、俺には先の雨との戦闘で、シールド分のエネルギーが減っている。

絶対に避けられない絶体絶命。

ビームの向こう側で、バースが笑んでいる。

狙って追い込んだならバースはとんでもない戦術師だな。

でも、俺は鈴に足止めを任された。

彼女の期待に答えてやれなかった俺をまた、信頼してくれているのだ。

・・・・応えなきゃ、男じゃねぇよな。

俺は無意識のうちに、両腕を前方向に突き出す。

Bシステムが推奨した対処法は、轟砲を使っての対処だった。

だから、きっと。

両の手のひらを付き合わせた俺は、轟砲にエネルギーをチャージする。

ぶつかった瞬間、俺の前方向だけで爆発するように設定して。

粒子ビームが、衝撃砲の爆発圏内に入った。

 

(―――ここだ)

 

その瞬間、俺は轟砲を轟かす。

発射された不可視のエネルギー弾は、俺の真正面でぶつかり合い、当たり一面にエネルギーの余波を造り出す。

――――ISから放たれ、空中に散らばったエネルギーは可視の粒子と言う形で辺りを漂う。

この性質があるから、瞬時加速時にはスラスター付近に虹色の靄が発生しているし、ISの展開時に使用したエネルギーの余剰分が周囲を飛び交う幻想的な光景が出来上がる。

この粒子砲の対処法はその性質を使って、粒子の壁で収束された粒子を拡散する方法だ。

名付けて、「乱雲(らんうん)」。

俺の目論み通り、衝撃砲のエネルギーが爆発し飛散した残留粒子が壁となって、バースの粒子ビームを拡散させていく。

射撃されたビームを全て、残らずだ。

周囲から見れば、俺が両手から虹色の霧を噴霧し、それによってビームが消滅したように見えるだろう。

しかし、これ。

レーザーと違って大気減衰しないビームを避ける手間が省けるのはいいが、視界が潰れるのは考えものだな。

そして乱雲の特徴は、ビームを乱すことではなく――――稲妻を発生させることにある。

素早く時穿を手にした俺は、目の前の乱雲からエネルギーを回収しつつの瞬時加速で、正に稲妻のような速度で飛び出す。

攻撃用のエネルギーを瞬時加速に転用したんだ。出し惜しみつつ使う防御用シールドエネルギーとは速度が違う。

超界の瞳(ヴォーダンオージェ)が銀色に輝きながら体感速度を調整するなか見えたバースの顔は――――思わず苦笑いしそうなほど驚いた顔をしている。

一瞬で距離を詰めた俺を凪ぎ払おうと、ガッチョンと伸ばした杭を横に薙ぐが――――遅い。

 

ガッ―――キンッ!

 

体の横で立てた時穿と杭がぶつかった瞬間、初めは鈍い音を、最後には小気味良い快音を響かせて杭が切断された。

続けて振るった剣で、相手の技を写す謎の銀剣も叩き折る。

 

「チェックメイトってか? バース」

 

ニヤリと荒々しい表情をしているのが、自分でもわかる。

Bシステムになると、戦闘自体はほとんどの反射的にこなせるようになるが、性格が変わるのが少し怖い。自重。

 

「――――いいえ、まだチェックよ」

 

首に刃を宛がわれたバースがそう呟いたとき――――ヒュンッ!

俺の首もとでも刃が閃いた。

あぶねぇ、今のも反射的に首を反ってなけりゃ死んでたぞ。

見下ろすように斬撃の主を見る。

やはり、篠乃歌雨。零式の超速移動だ。

二転三転、宙でシールドを足場にバック宙を切った俺は雨を睨む。

・・・・遂に動き出しやがったか。

この場における一番のアンノウン。

俺の幼馴染みらしいが、俺には記憶がないし、そうであるはずがない。

俺の首を切り損ねた雨は、バースには目もくれず剣を構える。

・・・・どうやらバースを助けた訳じゃなく、俺に攻撃したことで結果的にバースを助けたって感じか。

 

「・・・・気持ちの整理は付いたかよ? 篠乃歌雨」

「・・・・・す」

「す?」

 

激しく狼狽しているようだったから、Bシステム特有の相手を煽る口調でつい聞いてしまったが、答えが聞こえなかった。

雨はだた、俺を見て何事かを呟いている。

 

「クッちゃんを殺して・・・・私も死んだあとあの女を殺すッ!」

 

・・・・あー、聞かなきゃ良かったかな。

 

「せやぁっ!」

 

どこをどう接続したらそんな結果が出たのか知らないが、時繋を構えた雨が瞬時加速で突進してくる。

空中で刃を噛み合わせた俺たちは、火花を散らせながら鍔競り合う。

ていうか、なんだほんとにこの女。

さっきまで俺にたいして謝ってた人物だよなぁ? 

どうしてそうなった。

鬼のような形相で睨み付けてくる雨が怖くなったので、腕自体に瞬時加速の運動エネルギーを乗せ、振り切る。

ばっ、と身を翻した雨が姿勢を整えることなく、姿を消す。

来るぞ。斬撃が。きっと刃が体に当たるまであとコンマゼロイチ秒もない。あれは正に、刹那の一撃だ。

そうこうしているうちに―――気配。背後。左斜め上!

 

「――――ッ!」

 

人智を越えた反射で、俺は左のマニピュレーターで斬撃を受ける。

激しく損傷した腕にエラーが出る。

幾ら操作しても、手の開閉すらままならない。無い方がマシなレベルの損傷だ。

左腕を犠牲に距離を取った俺は、そのまま壊れた腕をパージし、投げつけると同時に飛び出す。

相手の眼前で腕を撃ち、爆発させ簡単な目眩ましを作ると右利きの相手が反応しづらい右側に回り込み、斬空を放つ。

波のように進む斬撃は、乱射されたシュナイダーの弾丸で無効化された。

・・・・やっぱりターゲットカーソルか。

相手方のエネルギーを感じ取って警告を示すハイパーセンサーは、視界内にホログラフィー表示されてる様に見えるが、実際は網膜に直接光情報が送り込まれているので、目を閉じても相手の方向は分かる。

雨はそれのお陰で俺の攻撃を察知しているが、雨の斬撃はハイパーセンサーすらも反応できないエネルギー余波の感じられない攻撃。寄ってカーソル表示がどうしても攻撃の後に来てしまうのだ。

いろいろ考えたなかで、俺とBシステムと瞳が導き出した零式攻略法は、最低でも相手の攻撃と同時にこちらも攻撃を放つこと。攻略法じゃねぇよこれ。ようは真正面からぶつかれってことじゃん。

鈴のいった通り、真正面からぶっ倒す以外に方法が見つからないことに愕然としていると、体勢を立て直した雨がこちらを見ていた。

・・・・目、逝ってますがな、あれ。

 

「どうしてあんな女がいいのクッちゃん・・・? ただ二年前にちょこっと関わっただけの薄っぺらい関係のあの女がどうして選ばれているの? 経験と記憶なら私が一番なのに・・・っ!!」

 

呪詛のように繰り出される、小声だがしっかり聞き取れる声。

様子が、今までになく変だ。警戒していくぞ。

 

「仕事、これは仕事だから仕方なくやってるのクッちゃん・・・・大丈夫。死んでも労災保険は下りるからぁッ」

「お前の仕事なら下りるのはお前の労災だよッ!」

 

あと、誰が受けとるんだ。労災。

突如召喚された大型粒子砲の砲撃を乱雲で拡散しつつ瞬時加速で円運動を開始。攻撃のタイミングを探しだす。

雨は多分、キレたら行動だけは冷静になるタイプ。口頭では混乱しているように見えて、何をするべきかはキチンと把握しているタイプだ。

だから―――

 

「逃がさないよクッちゃん」

 

粒子砲を射撃したまま、大量のエネルギーが消費されるのもいとわずに、俺の動きに合わせて器用に砲口を動かし続ける。

アリーナのシールドが破られ、客席が破壊されていく。

一瞬、ラウラたちのことを思い出してヒヤッとしたが、鈴のお陰で救出済みみたいだ。

蛇のようにうねる粒子砲を掻い潜り続けていると、粒子砲のエネルギーが尽きたらしく、宙に霧散して射撃も止まった。

徒に攻撃してエネルギーを消耗させた自覚があるのか、剣の構えかたが防御寄りだ。

 

「私は幼馴染みなのに幼馴染みなのに幼馴染みなのに幼馴染みなのに・・・・幼馴染みなのにィ!」

 

さっきからずっと呟き続けている幼馴染みというワード。

百歩譲って、俺の記憶が弄られているとしよう。

しかし、幼馴染みと言うのはどういうことなんだ。

俺が今まで生きた時間はたったの二年ちょいだ。

幼馴染みなんて、あり得ないのだ。俺からすれば。

 

「・・・・・お前は、一体誰なんだ」

 

通じるとも思えないが、聞いてみるしかない。

 

「・・・クッちゃんからそんな質問をされるなんて、昔の私じゃ考えられなかっただろうね」

「昔の私なんて言われても、俺はお前のことを知らないんだ。同意は出来んな」

 

そういうと、雨はまた悲しそうな顔をする。

その表情がどうしてか胸のうちに引っ掛かり、またぞろ偽りの過去を思い返してみる。

 

「・・・・お前が俺を知っているのは本当みたいだが、俺は本当に知らないんだ」

 

改めて記憶と言うものの不確実さを思い知らされる。

偽りの14年間を刷り込まれ、更に人ひとりの記憶を抜き取られている。

 

「クロエちゃんの能力は残酷だね。一度間違えれば元には戻れないんだもの」

 

そのせいで、苦しんでいる誰かと剣を交えなければいけないと言う事実が、俺にのし掛かってくる。

 

「それは、仕事の後で記憶を書き換えるつもりだった、ってことか」

 

俺の問いに雨が首肯する。

 

「だから、私にはあの子が必要なの。仕事を終えればまた記憶を書き換えてくれる。そうすれば、私はクッちゃんの隣に戻っていける!」

 

雨が攻勢に出た。

瞬時加速を併用しての斬り込みを回避すると、視界の隅に雨が現れ、切り上げをモロに受け弾き飛ばされる。

・・・・実は今の攻撃。攻略する糸口はある。

瞬龍と瞳が示した相手と同じタイミングで攻撃を放つと言う事は可能だと俺も思う。

ただ、どこから現れるか分からない雨に、いつもの攻撃で対応してもダメなことは明白で・・・・・

 

――――装備構築中40%

 

その為の装備を瞬龍は現在、急速に構築しているところだ。

両手をつき、受け身をとって着地すると右足のスラスターに刀傷を付けられているのが分かった。

や、やっちまった! 機動力を奪われたぞ。

動揺している間に、雨が接近してきて剣戟が始まる。

ISらしくない、剣道のような打ち込みを片手で受けきるのは想像以上に苦しくて、剣で押し込まれると同時に膝をついてしまう。

 

「降参して、クッちゃん。そうすれば命までは取らないよ」

 

ぐぐっと、体重の乗った時繋が時穿を押しきろうとするギチギチという異音が目の前で鳴っている。

パワー補助のない左腕を添えても意味を全くなさない。

その時だ。

 

「――――残念だけれど、どちらにしろ貴方の命はここで終わりよ」

 

バチバチという放電が雨の背後に見え、バースが再び紅い杭を構えているのが見えた。

いや、ただの杭じゃない。俺はさっきアイツの杭を切り落としたはずだ。

 

「限界を無理やり引きずり出す再大出力形態(バーストモード)。初めて使ったけれど、案外心地いいものね」

 

バースの構えた杭は、俺が切り落としたモノとは様子が変わっていた。

目を見張るのはその巨大さ。

直径1メートルはあろうかという杭が地面に突き刺さったアンカーを便りに今にも飛び出そうとしているのだ。

 

「待って、バース。このまま行けばあの子を回収できる。私に任せて――――」

「―――――その必要は無いわ。貴女はこの任務から外されたの」

「え・・・・?」

 

一瞬、雨が呆けた。

 

「どう言うこと。バース」

「そのままの意味よ。貴女は見限られたのよ。何のためにその機体を託されていると思っているの? 仕事をきっちりとこなすためでしょう? でも、今の時点で任務遂行時間を十分オーバーしてるわ。指揮官としては失敗も同然よね」

「待って・・・。待ちなさいっ! 貴方には引き継ぐ権利なんて有るわけがない!」

 

俺を押さえ付けている雨を見たまま、バースが杭に込めるエネルギーを更に上げる。

まさか・・・雨ごと俺を貫く気か!

 

「しっかり押さえていなさいよ。じゃないと貴女が死ぬ意味がないわ」

 

その言葉を最後に、バースとの回線が途絶える。

くそっ、このまま潰されてたまるかっ!

組織に捨て駒扱いされた雨の腕には全く力が入っておらず、右手一本で押し退けると同時に起き上がる。

その瞬間、杭が射出された。

あとは俺が脱出するだけだが、目の前にいる雨は迫る来る杭を凝視しているだけだ。逃げるそぶりが見えない。

きっと雨は、記憶を書き換えて、元の生活に戻ることを希望に、この仕事を続けてきたのだろう。

そして、その希望が今、途絶えたのだ。

因果応報だな。篠乃歌雨。

お前は元々学園の俺たちと親しい仲にあったみたいだが、それを裏切って襲ってきたんだ。

組織から裏切られることもまた、覚悟はあったんだろう?

だから、助けないぜ。俺は。

離脱しようとした一瞬前、横から見えた雨の呆けた横顔に心の仲でそう告げる。

そして、雨の唇が最後に何かを紡いだのが見てとれた。

 

『約束、守れなくてゴメンね、クッちゃん――――』

「――――――ッ!」

 

――――――武装の構築が完了しました。出力、開始(ジェネレート)

 

左手に現れた硬い金属の手触り。

そこに吸い込まれるように右手の時穿が吸い込まれていく。

触れた瞬間、この武装の意味が理解できた。

そうか、本当にスピード勝負って訳だな。

瞳が俺の体感速度を何倍にも引き上げる。

スローモーションで見た世界では、俺と杭との距離はも1メートルもない。

とてつもなくゆっくりとした時間のなかで、俺は雨を背後に前に出る。

構えろ。俺。

刹那の瞬間に単一仕様能力「超越世界」が発動し、()のなかで刀身が輝きだす。

Bシステムと併せて、普段の俺の五倍近い身体能力が出せるようになった。

そして更に、新たなる武装である特殊鞘の内部機構が唸りをあげ、いつでも剣が抜けるようにセットされる。

杭と俺の体が触れあうその瞬間―――――!

 

(――――閃刃(レールエッジ)!!)

 

左手が時穿の鯉口を切り、右手で一気に引き抜く。

居合い切りの要領で刃を鞘に滑らせると、内部にある二本の電極と電機子に電流が流され、刃がレールガンの様に押し出される。

押し出された時穿が杭に接触すると、まるで何もないかの様に刃が吸い込まれていく。

あまりの摩擦熱で赤熱化した杭が上下に広がって冷えていく。

それほどまでに、この居合い抜きは速かった。

本来なら、原理的には光速まで加速が可能な閃刃だが、瞬時加速を逆に使用して無理やり超高速の域に留めたのだ。

俺たちを貫いたと思っていたバースが、逆に自分の杭が破壊されたという事実に目を丸くしている。

 

「う、クッちゃん・・・今の・・・」

 

あー、コイツらには俺がただの居合いで杭を切り裂いた様にでも見えたらしいな。

だが、それを説明してやる気はさらさらない。

 

「・・・・約束、したからな。操縦教えてやるって」

「ッ!」

 

俺の言ったことに雨が涙ぐむ。

そう、あれは夏休みに入る前、ハワイへ発つ前に俺は誰かと約束をしていた。

 

『わたし・・・・クッちゃんにIS操縦・・・・教えてほしいな―って・・・だめ?』

 

そう頼んできた顔のわからないヤツに、俺は何て言ったんだったか。

 

『ああ、分かった。約束するよ』

 

俺の顔を見て喜ぶ顔と、目の前で泣いている顔とがピタリと一致する。

それを発端に、封じ込められていた記憶の蓋が弾けた。

幼い頃の記憶。

久しぶりに甦った偽りの記憶になかに、雨の存在はあった。

一緒に遊んだ記憶も鮮明に思い出せる。

なんと言うことだ。

雨は・・・目の前の少女は、この記憶を一人抱えたまま、俺たちを攻撃していたのか。

自分に課せられた仕事という強制力に屈服して。

 

「約束を忘れていたのは謝る。だが、もう忘れたりなんかしないぜ雨」

 

そうだ。俺が自分の記憶が偽りだったと分かっても雨を幼馴染みとして認識できたように、雨もまた、自分だけが持つ偽りの記憶のせいで俺を幼馴染みとして認識せざるを得なかったはずだ。

恐らく、雨が学園に居たのは俺の監視のため。

自分が遺伝子強化体だと悟らせないために、政府が送り込んだ監視官だったのだ。

そう言う事情があったから、俺が実家に戻るといったとき、強く反対した。

4月に俺が一週間休んだときも、俺の足取りを島の外で探していたんだろう。

植え付けられた記憶だとしても、それを一緒に共有しているということで生まれた感情は本物だったはずだ。

だから、俺は思う。

 

「今まで無理させたな、雨。だけど俺が、終わらせてやる。訳のわからない仕事なんかやめちまえ。俺が責任をとってやる」

 

幼馴染みとして、お節介を焼いてくれた女の子に、少しくらい返さないと申し訳ないってな。

 

「ッ――――!? クッちゃん今せ、責任って・・・!?」

「ああ、任せろ。泣かせちまった償いぐらいはするさ」

 

それに、そろそろ食事に物足りなさが出てきたところだしな。

 

「クソッ! またお前が阻むのか柊クレハ!」

「悪いなバース。ついでにクロエってヤツにも伝えておいてくれよ」

 

再び時穿を鞘に納める。

頭の中で指示を出すと、簡単にその形態にする事が出来た。

 

バチッッッ!!とひときわ強い放電現象が始まり、時穿が最大出力形態になったと分かる。

バースが折れた銀剣を手に、掛けてくるのが見える。

この攻撃に、距離は関係ない。ただ、目の前のものを切り裂く一閃―――――!

 

「―――次来るようなら、今度はテメーの顔見せろってな」

 

全力で、剣を引き抜く――!

閃刃の上に斬空を重ね、高威力で飛翔する見えざる斬撃!

触れたバースの銀剣が切り裂かれ、牙龍のシールドを無効にする。

閃空刃が破壊したのは、バースの胸部装甲と、背後の実体シールドユニットだったが、そのダメージで牙龍のエネルギーは尽き、無理をして操縦していたバースの意識も牙龍自身がシャットダウンさせる。

そして響き渡る、バースが崩れ落ちる音。

この様な結末をもって、IS学園襲撃事件は収束したのだった。

 




今回のバース戦で使った閃刃は、七月の福音事件の時に使った瞬時加速による閃刃とは別物で、瞬時加速を逆に減速に使っています。上位互換のような技だったので、ネーミングは漢字の閃刃にレールエッジとしました。

※閃刃なんですが、市販されているゲームに同じ技が有ったようです。
被りが起きてしまったことを謝罪いたします。


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夕日の光景

ガシャン・・・ガシャガシャ・・・

 

閃刃と斬空の併せ技である閃空刃を放った右腕の装甲が崩れ落ちる。

電磁加速による圧力と、ブレーキとして使った瞬時加速の圧力に耐えられなかったのだ。

剥き出しになった右腕も、青く痛ましい圧迫痕が残っていた。

 

「クッちゃん・・・! 大丈夫なの!?」

「なん・・とかな。ちょっと無理しすぎたかもだ」

 

不利な状況下での戦闘に加え新技三本という無茶をすれば、ISにもダメージがでるし、リンクしている俺にも心的ダメージがでる。

かなりギリギリだったが、なんとか勝てたな。この戦い。

 

「ごめん・・・! ごめんなさい・・・! わたしクッちゃんに酷いことを・・!」

 

ISを解いた俺の横で、同じように零式を解いた雨が泣きじゃくる。

俺はその震える頭を左手で軽く撫でてやった。

 

「まぁ、なんだ。なんでもかんでも仕方がないで済ませる気はないが、今回ばかりはお前だけのせいじゃないと思うぞ。だから、気にしなくていい」

 

記憶がしっかりした状態で俺と戦っていたのだ。精神的にも辛かったと推測できるので雨を責めることは出来ないだろう。

 

「もし、他のやつがお前を虐めたりしたら俺に言え。責任はとるよ」

 

俺は、記憶を書き換える手段を断っちまったんだからという意味で言ったのだが、凄い赤面してる雨を見て、ハッと気づく。

 

「も、もちろん幼馴染みとしてだぞ!? 知り合いが虐められてるのを無視はできんし、幼馴染みだったら尚更ほっとくわけにはいかないからな!」

 

慌てて追加した文句をきょとーんとした顔で聞いてる雨。

あー、なんか蛇足だったのかな・・・。

・・・なんて思ってると。

 

「ぷっ。ふふっ・・・。焦りすぎだよクッちゃん。そんなに慌ててるところ初めて見たかも」

 

雨は、笑った。

俺の焦りようがそんなに面白かったのか、肩を震わせて慎ましやかに笑いをこぼす。

それを見て、俺は安心した。

 

「・・・俺だって、お前が涙溜めて笑うとこなんか久しぶりにみたぜ」

 

自分の恥ずかしいところを笑われたので、嫌みっぽく言う。

雨は、そっぽを向いた俺の背中を見ているらしく、背中に視線を感じる。

 

「・・・うん。こんなに笑ったのは初めてかもね。わたしの人生初だよ」

 

そんなことは無い、と言おうとして止めた。

俺の記憶のなかでは、雨は太陽のような笑顔を浮かべて生活しているが、それは偽物。

今の時点で政府の一員として仕事をこなしてきた雨に、あんな幼少期は無かったのだろう。

だから、初めて。

初めて雨は心のそこから笑っていると自覚したのだ。

 

「ねぇ、クッちゃん。約束、守ってくれる?」

「ああ、IS操縦だろ? 任せとけよ。リヴァイブは散々だが、瞬龍なら――――」

 

「――――ううん。約束。護って、くれる?」

 

そう訊いてきた雨の顔は、俺の記憶にある太陽の様な笑顔を浮かべていた。

質問の真意が理解できた俺は気恥ずかしさを覚え、一瞬答えに窮するも、なんとか応える。

 

「ああ、任せとけ」

「・・・ありがとう、クッちゃん」

 

まぁ、なんだ。結局のところ雨が言っていたように、経験と記憶では一番多くの時間を過ごしているのが雨だ。

いまさら黙って居なくなられるのもイヤだし。学園にいる間くらいは、俺が護ってやるよ。

心労と疲労で気を失う一瞬前。

俺はそんなことを考えていた様な気がするが、抱きついてきた雨の感触で全て吹っ飛んじまったよ。

 

――――IS、零式。特殊コアネットワーク構築。登録、完了。

 

・・・・・・あーあ。

 

 

目が覚めると、保健室のベッドの上だった。いい加減併設の病院連れてけよ。

外を見ると夕暮れだったが、保険医の先生によると戦いが終わった昨日の昼から、丸1日以上眠っていたのだという。

山田先生から送られてきた瞬龍のダメージレベルはB+。

束さんによる完全解体修理(オーバーホール)中だってさ。

起きてから初めに面会に来た千冬さんによると、あの日教師部隊には自衛隊最高指揮権を有する日本国首相、稲村十志から秘密裏に厳重な待機命令が出されていて動くに動けない状況だったらしい。

 

『我々はISの運用に国際的な責任を以てあたっている。幾ら母国とは言え国が干渉するのは条約違反だが、どういうわけか委員会でも問題視されていないようだ。連中が言っていた亡国機業という組織、根が深いみたいだぞ。気を付けろ柊』

 

そう言って保健室からかっこよく出ていった千冬さん。

・・・でもさ、俺が割ったガラスの修理費を負わされたからって膨れっ面はねーよ。内心大爆笑だったよ。

と、あの顔を思い出してまた吹き出しそうになった所に。

 

「クレハっ! 無事で・・・無事で良かったです・・・!」

 

すとーんと頭から突っ込んでくる小さい人物。

「おフッ」なんて変な息を洩らしつつ、膝の上にうつ伏せになったソイツを抱き上げる。

 

「おい、アオ。てめえ、良くも胃に頭突きなんかかましてくれやがったな・・・・!?」

「そこでキレる元気があるなら大丈夫そうね」

 

はぁ、と安心したのか呆れたのか分からない息を洩らしたのはサラだ。

サラはパッケージのインストールが未だに終わっていないらしく、パーソナルロックされたサニーラバーを首に着けていた。

昨日も戦闘自体出来なかったらしく、なんで加勢に来なかったと責めてやる気満々だったのだが・・・・このやり場の無い憤り、どこに向けてやろうか。

そばにあった丸イスに足を組んで座ったサラは、俺をじっと見てくる。

 

「・・・・バースと戦ったのよね」

「ああ、今度は日本にも中国にも引き渡さずに、委員会と学園で見張るってよ」

「そう・・・」

 

そう呟いたサラはなんだかよく分からない微妙な顔をしていた。

バースの身体は元々サラの兄、ウェルク・ウェルキンの身体だったのだ。

今回の戦いで女性体になったバースには最早ウェルクさんの面影がなくなっていた。

だから、俺には想像もつかない感情を抱いているんだろう。

下手に声をかけると失敗しそうなので放っておこう。

 

しばらく、アオをグリグリ弄くりまわしていると外から騒がしい喧騒が聞こえてきた。

 

――あ、あんたたち!押さないでよっ!――そうですわ!わたくし、別に心配など―――はいはいお二人さん、ちょっとは素直になった方が身のためだよー?―――シャルロットの言う通りだな。それに兄さんは一度の喧嘩を引きずるほど狭量ではないから心配するな。ほら、箒も急げ―――何故私まで見舞わねばならんのだっ!

 

「・・・・」

「・・・・・」

「・・・あー、サラ。とりあえず落ち着かせるの頼めるか」

「便利屋みたいに使わないで頂戴」

 

そう言いつつも保健室の外へと足を向けるサラ。

扉から出る前、こちらを振り返った。

 

「・・・ええと、柊君。今月の末は・・・」

「分かってる。今回もちゃんと手伝ってやるから心配すんな。この間カタログも通販しておいたし今度持っていってやるよ」

「そう、悪いわね」

 

そう最後に言うと扉の向こうへ姿を消すサラ。

・・・時期にあいつらが来る。

顔を会わせるのは正直言って気まずいが、いつまでもギクシャクするのもあれだしな。

心の準備くらいはしておこう。

そう考えながら、アオの頬っぺたをぐにぐにむにむにしていると、だ。

 

「・・・・アオは完全な機械、というわけではありませんでした」

 

膝の上で、アオが喋りはじめる。

 

「篠ノ之博士に診てもらったところ、超界者特有の遺伝子構造は見られませんでした。博士の弁に依れば、アオもクレハと同じように、生後間もなくコアを埋め込まれた特殊適合者、とのことです」

「特殊適合・・・? 人工的なIS適性者か」

「はい。クレハが男性のまま操縦者となっているもの、博士の実験的な試みだったようです」

 

おいおい、じゃああれか。

半年ほどコアと一緒に育てていると男性でもISが扱えるように成長することができて、俺の場合それでも暴走が起きたから体内に埋め込んだって訳か。

そう要約すると、アオが頷く。

 

「そういうことになりますね。しかし、現代では男性操縦者の発掘より、高い適合者を発掘する方が優先される傾向にあるので、進んで博士のようなマッドな研究に勤しむところは無いと思います」

 

つまり、俺や一夏、経公のようなケースは本当に稀ってことか。

話題が終わり、再び静かになったところで、アオに聞いてみる。

 

「なぁ、不安じゃないか? 自分の今までを否定されて」

「不安じゃありませんよ」

 

意外にも、アオは即答してきた。

 

「聞かされた時は流石に怖くなりましたけど、よく考えればアオはもともと記憶が無かったですし、女王の為に動くことしか知りませんでした。それに、記憶云々ならクレハが先輩としていますから。アオはちっとも不安じゃありませんよ先輩(・ ・)

「・・・・?」

 

少しニュアンスが違ってそうな『先輩』に首をかしげると、

 

がらがらがらがら――

 

「その子。学園で預かるみたいよ。表には出さないけれどインターン扱いで」

 

サラが、背後に一年ガールズを連れて戻ってきた。

 

「やっほークレハ。元気そうだね」

「この有り様で元気はないだろデュノア」

「昨日は無様な敗戦をお見せしました兄さん。この次は、必ずや」

「お前はどこの魔王配下だ」

「・・・・ふ、ふんっ! 一夏ならばあんなやつら、一掃していたぞ!」

「お、おう。一掃する中に先輩居るけどな?」

 

個性豊かな見舞いの文句をそれぞれが口にするなか、揃って素直じゃない二人がいた。

 

「・・・・・・手こずった様ですわね」

「・・・・・・べ、別に心配なんて始めからしてなかったし!」

 

セシリアとはこないだよくわからん喧嘩をして気まずいし、鈴とはプールの一件以来昨日まで話してすらいなかった。戦場のテンションが無ければ言葉につまってしまうのだ。

しかし、チラチラ俺の顔を窺っているのは分かるから、心配はしてくれてるんだろうが・・・。

 

「――――ひぃっ」

 

アオに向けられる二人の睨みがすごいことになってる。

怯えたアオを、アオが気に入ったらしいサラに預ける。

 

「お前ら、そんなに睨むなよ。かわいそうだろ。そう言えば一夏はいないのか?」

 

珍しく顔を見ないので気になって二人に訪ねる。

 

「・・・・一夏さんなら一昨日から実家に帰省しているそうですわよ。なんでも、掃除をしなければならないだとか」

「主婦かあいつは」

 

帰省の理由に呆れていると、鈴がなにか言いたそうに俺を気にしているのがわかった。

 

「少し、鈴と話がしたい。外で待ってて貰えるか?」

「――ーッ!」

「良いけど・・・・あっ」

「デュノア、そのニヤニヤ顔やめろよ・・」

「なんのことかなぁ~?」

 

デュノアはイヤな笑顔を浮かべながらも、部屋にいる皆を廊下に追い出し、その後自身も扉も向こうに消えていった。

追い出される全員が全員、俺と鈴を睨んでいたが・・・・・。

どうも、互いに変な抑制があったらしく大人しくデュノアに従っていた。

 

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

 

そして出来上がった二人きり。

おいおい、なんだよこの雰囲気。

ちょっと話がしたかったからとはいえ、自分で自分の首絞めることはなかったな・・・。

 

「ま、まぁ座れよ」

「・・・・そ、そうねっ」

 

ぎくしゃくぎくしゃく。

そんな擬音が着席する鈴の動作から聞こえてくるようだ。

話を切り出すタイミングが見つからず、視線を右往左往させる俺。

そんな俺を鈴がチラチラと見てくる。

何かを期待している。そんな目だ。

 

「・・・・あー、一先ず、昨日は助かった。ありがとな」

 

取り敢えず発した俺の言葉に、鈴がホッと一息つくのが聞こえた。

 

「お、お礼を言われるようなことじゃ無いわよ。が、学園のトラブルなんだから、私だってできることはしたいし・・・・。それに・・・」

「それに・・・?」

 

我ながら意地の悪い事をすると自覚しつつ、聞き返した。

 

「それに、クレハと仲直りしたかったし・・・・・!」

 

そういった鈴が、下唇を噛んで顔を赤くする。

あ、こら。シーツとるな。顔隠すなら言わなきゃ良かっただろうに。

俺も鈴と同じように、鈴の言葉で少し安心した。

仲直り。

俺も、それをしたいと思ってたからこの場を設けた。

仲直り出来なくとも、何とかして糸口は掴めないかと考えていた。

思い起こせば、鈴とプールへ行ったあの日。

俺は、鈴が求める何かを見誤って鈴を傷つけた。

 

「・・・・俺も、鈴と仲直りしておくべきだと思ってたんだ」

 

俺生来の見栄っ張りが、口にしようと思っていた言葉をねじ曲げる。

ああ、くそっ。やっぱり、鈴の前だと素直に成りきれない。

どうしたいか心では分かっているのに、理性が邪魔をする。

あのときと同じだ。

 

俺の煮え切らない台詞に、鈴が顔をしかめる。

きっと鈴も思い出したのだろう、あの日の夕暮れを。

偶然にも今も夕日の見える場所にいる。

あの日と同じ。

でも、きっと口にする言葉があの日と同じでは、俺たちの溝は埋まらないままだ。

だから――――

 

「・・・・鈴、俺はお前に言わなきゃならないことがあるんだ」

「・・・?」

 

そう前おいて、語り始める。

 

「今の俺では、お前の期待に応えてやることはできない」

 

鈴の顔が歪む。

違う。分かってたとはいえ、俺は鈴を悲しませたい訳じゃない。

 

「俺は・・・、産まれて二年しか経っていない遺伝子強化体だ。しかもその二年の間に色々な出来事があった」

 

まずはその事を打ち明ける。

鈴が驚くのを見ながら、今までのことを思い出す。

成長促進装置から出てきた直後に見た、母さんの顔。双龍の実験で俺が殺めた命。超界者の存在と俺と鈴の関係。

こんな俺が、鈴と一緒に居られるのか? 

そんなことを何度も考えた日もある。

 

「詳しくは話したくないんだが・・・その過去のしがらみのせいで俺は、自分を許すことができない」

 

鈴と再会したのは全くの偶然だった。

双龍を追いかけるためのパートナーとして、鈴に選ばれたのも俺の力の及ばないことだ。

しかし、共に過ごすうちにいつしかそれが当たり前になっていた。

二年前のあの日々に戻ってきたかのような錯覚だった。

そして、それが今。

その日々が今、俺のもとから去ろうとしている。

 

考えてみれば、当然の帰結なのかもしれない。

俺と鈴が別々にいれば、それだけで女王の因子が二つに分かれる。

俺が学校を辞めてドイツ軍にでも戻れば超界者との戦いは収まるのかも知れない。

 

「昨日の奴等がアオを狙ったことから、女王の復活に一番近いのは俺を捕らえることだ。だから危険度的に言えば俺から離れることが一番安全なんだと思う」

「で、でもそれじゃああんたは・・・」

「俺なら心配は要らない。自分の身ぐらい自分で守るさ」

 

肩をすくめて心配ないとアピールすると、真正面に鈴の浮かない表情があった。

――――しまった、と思った。

俯いて、剥き出しの肩を震わせた鈴が、ガバッと顔を上げる。

 

「そう。じゃあ、クレハはあたしなんか要らないってわけね」

「・・・・・」

 

鈴の言葉に、言葉を返せない。

返す言葉を持ち合わせていない。

仲直りしようとしたはずが、糸口すら掴めないままに終わろうとしている。

鈴が席を立つ。諦めたような、自分達は終わってしまったのだと解っているような足取りだ。

・・・・事実、俺の前に鈴が居ないことは、鈴のためにもなり、俺のためにもなる。

しかし、分かれるとしても、こんな形では納得できない。

どうにかして鈴を止めるんだ俺。

自分の素直な感情はなんだ。頭で言葉を並べるのは簡単なのだからそれを――――

 

「・・・・!!」

 

―――そう、考えていたのに。

気づけば俺は立ち上がり、鈴の腕を掴んでいた。

口より先に、行動してしまった。

自分を引き留めた腕に驚いた鈴が、目をまんまるにして俺を見上げる。

汗が吹き出るようだ。

何を言えばいいか考えていたのに、一気に吹っ飛んでしまった。

鈴の、不安げに濡れた瞳に引き込まれそうな錯覚がする。

つまり、俺は鈴の瞳を直視出来ている。

今しかない、と思った。

 

「―――俺は、お前に負い目を感じていたんだ」

 

俺の独白を、鈴は黙って聞いている。

 

「お前は、強い。自分に正直に、相手に立ち向かえるその強さが、堪らなく眩しかった」

 

両親のため、正体不明の組織に単独で立ち向かえる鈴は、間違いなく強い。

ただただ、力を振るうだけの俺とでは、比べ物にならないくらいに。

 

「でも、今は違う。感謝している。鈴のお陰で俺は、自分の過去を知ることができた。俺自身がその過去を飲み下せなくとも、その事実は変わらない」

 

何も知らずに、ただ記憶から逃げていた俺にちゃんと向き合うチャンスをくれた。

散々好き勝手に振り回されたが―――それだけは本当に、感謝しているんだ。

 

「だから、鈴。俺のパートナーとして一緒に居てくれ」

 

意外に、口を突いて出た言葉は素直な気持ちだった。

言ってることは無茶苦茶だ。別れた方がいいのに、そうはしたくないと言っている。

鈴と離れたくない。二年前に抱いた感情を引き摺っているのかもしれないが、そう思ったのだ。

 

「・・・・今度も、クレハから誘ってくれたわね」

「・・・・そう、なるな」

 

鈴も思い出したのだろう。5月末の月夜の事を。

あの時も、俺が鈴を追いかける立場だった。

まるで俺を待っていたかのような演出だったが、あの夜に俺と鈴は確かなパートナー関係を成立させた。

そして、今度も。

 

「まぁ、あれだ。学園に提出した書類の類いもあるしな。途中でペア申請破棄したってなったらウワサになる」

「は?」

 

捲し立てて並べた建前に、鈴がキレ気味の声を出す。

うおっ、さっきまでのしっとりした雰囲気どこだ。目の前にライオンいるみてーだぞ。

内心ビビった俺が、顔を引き吊らせていると・・・。

 

「・・・・はぁ、あんたって、ほんっとに素直じゃないわね」

「・・・・ツンデレが言うなや・・・」

「誰がツンデレよ」

「お前だこのツンツン女」

 

いつもの調子で掛け合いをすると、呆れた表情だった鈴がふっと微笑む。

 

「そう、だったらちょっとデレてあげるわよ―――――クレハ、あたしの味方になってくれる?」

 

その台詞と表情に、どきりと俺の心臓が跳ねた。

そう言えば、あの日の宣言、開放回線に流れてたんだっけな・・・。

今度の鈴は、不安そうな顔をしていない。

俺の答えが分かっていて、それを待っている。

 

「ああ、俺は鈴の味方だ。超界者だろうが何だろうが、お前と一緒に戦って、一緒に解決する。絶対に離れたりしない」

 

鈴の目を見て、言い切る。

これからきっと、俺たちを取り巻く状況は激しい変化を迎える。

だから、乗り越えていくんだ。鈴と言うパートナーとともに。

その覚悟が、ようやく決まった。

そんな感じだよ。

自然と、俺たちはお互いに笑みをこぼす。

だが、俺はその時、見つけてしまった。

―――鈴の背後に・・・忍び寄る影―――!?

 

「・・・えっと、クレハは・・・その、前の遊歩道での続ぎイぃ―――ッ!?」

 

その影は、何かを言おうとした鈴の首を締め上げ、一瞬の間に絞め落としてしまった!

き、キレイに極ってたな・・・・というか、部屋にまだ誰か居たのか? この会話を聞かれてたのなら恥ずかしいことに――――!

 

「―――心配しないでクッちゃん、ここにいるのはわたしだけだからねェ」

 

鈴の首をチョークで絞めたのは、俺の幼馴染み雨だった。

 

「わたし、人様に言えないようなお仕事も多かったから、気配を隠すの得意なの。それで、ちょーっと高校生の節度を外れた兆しが見えたからね。お邪魔させてもらっちゃった。あ、お邪魔じゃないか~。別に大事な話じゃ無かったもんねぇ凰さん?」

「・・・・・・・・」

 

カッ開いた眼で鈴をガクガク揺する雨。

お、おい・・・鈴を揺すったらヤバイんじゃ・・・・!

俺が雨を止めようとしたとき、

 

―――――バッッッッッッ!!

 

保健室のドアが、何かで弾き飛ばされる。

い、今の炸薬音は・・・ラファール・リヴァイヴの灰色の鱗殻(グレースケール)

ってことはつまり・・・・。

 

「よく見ておいて下さいねクッちゃん――――これが嫉妬に狂った女の姿だよ」

 

雨が訳のわからない事を言った後、どうやら一発で弾切れになったらしいシールドピアスをガッチャンと棄てたヤツを先頭に、全員が姿を現した。

 

「扉の外で聞いてはいたけど・・・ちょっと糖度高すぎだよね~。・・・・カロリー消費のために運動しようよクレハ。今すぐ。そう、今すぐッ!」

「ふ、フフフ。わたくしのブルーティアーズがもっと痛め付けろと囁いてきますわ・・・。フフッ。クレハさんはどれだけ撃てば穴だらけになるのでしょう。わたくし、気になりますわ」

「わ、私がペアを組んでいたと、あんなこと一言も言ってはくださらなかったと言うのに・・・。何故ですか! あの頃のストイックな兄さんは一体何処に!」

「―――――殺すわ」

「アオがクレハを殺して、女王となった暁には世界を壊してアオも死にます」

「わ、私は何もしていませんよ!? 知らぬ間に全員がおかしくなっていたのです!」

 

きっと散々皆を止めるために手を尽くしたのだろう。箒が可哀想だ。

あとサラ。お前が一番怖い。

それぞれがそれぞれのメイン装備を展開しつつ、俺に向かって歩み寄ってくる。

こ、コイツら・・・。

俺はというと、ぶっ壊れた瞬龍は整備中で展開できず、後ずさった際にベッドの縁に躓き、その場に座り込んでしまう。

用心のために持っていた銃も・・・・ない。

 

「それじゃあみなさーん。先ずは明るい新婚生活のため、浮気なんて出来ないようにしっかりと旦那様の心に鎖を付けておきましょうね~」

「「「「「はい! 先生!」」」」」

「そして~。幼馴染みの間を引き裂くぺったんこは~こう!」

 

お、オイッ! 鈴! 窓から投げ捨てられたぞ!?

気を失っている鈴はなす術なくベランダから落下していく。

外でドチャッという気味の悪い音が聞こえたが・・・・そ、それどころじゃない。

目の前に迫った悪魔たちに滅多うちにされる!

瞳も諦めているのか、活路を計算しようともしないで―――

 

――――病院へ予約の電話をしますか?

 

なんて言ってやがる。

 

「「「「「「・・・・・・・・・・よし、殺ろう」」」」」」

 

その後、俺はガチで島外の病院へ搬送された。

 

 



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夏の終わりと終わらない騒動

最近映画を見ました。
アニメ映画もいいけど、アクション映画もおもしろい。


八月末日。

入院生活が終わり、気がつけば夏休みも残り一週間もない。

夕日が傾く時間に病院から一人帰ってきた俺は、自室のドアを開けた瞬間、立ち込めるシャンプーの香りに顔をしかめた。

 

「あらクレハ。タイミング良いじゃない。丁度みんな出たところよ」

 

三階からぶん投げられていたハズの鈴が、ベッドに腰かけてその艶やかな髪をタオルで撫でながら言う。

・・・・俺は病院に担ぎ込まれたってのに、なんでこいつは無傷なんだ。

 

「あ、クレハ。お帰り。ごめんね。僕あの時ちょっと動転してて・・・」

「入院中の見舞いでイヤというほど聴いたから、もう謝るなデュノア。キリがないぞ」

 

鈴の口ぶりから察するに、何人かで風呂に入っていたらしく、首にタオルを掛けたオレンジジャージ姿のデュノアが申し訳なさそうに俺の入院中の荷物――鈴に借りたボストンバックだ――を受けとる。

せめてもの罪滅ぼしのつもりか知らんが、どうせなら病院まで迎えに来てくれれば良かったのに。

ボストンバックって言っても、折れた肋骨にキくんだから。

そんな俺たちのやり取りを椅子で本を読みながら聞いていたラウラが、読書を止めて足を組んだ。こいつはこいつでロングTシャツ一枚というミナトの寝巻きと同じ服装で日中を過ごしている。おい裾。捲れるぞ。

 

「ふふん、だから言っただろうシャルロット。私の兄さんは寛大だと。部下の不始末の責任を体でとれる、それが上官の素質だ」

「テメーらは部下でもないし、俺は上官でもないぞ・・・・・・って―――」

 

あー、疲れたと、肩をぐるぐる回しながら見渡した俺の部屋。

あまりにも馴染んでいたため、違和感を感じなかったが、百歩譲ってデュノアとラウラがいるのはいい。

鈴と同じ一年だし、遊びに来ることもある。

だが、今回はそれだけでは終わっていなかった。

 

「――――なん、だよこれ・・・」

 

俺は部屋に横たわる四つのベッドを見る。

四つと言っても、横に並べられる訳もなく、二つで一組の二段ベッドが部屋に置かれていた。

 

「ああ、これ? 二人ともこの間の襲撃で部屋壊されちゃったから一時的にウチに来てるのよ」

 

鈴は元のベッドと同じ位置にある窓際の下段で、ツインテールを結う。

その上がラウラで、隣の上がデュノア。となるとその下が俺の場所か・・・。

にしても、スゲー圧迫感だな二段ベッド。

在るだけで部屋の狭さが普段の二割増し位に感じる。

 

「学園はなにもしてくれなかったのか」

「あー、えーと。一応ウェルキン先輩のところに行くようには言われたんだけど・・・・」

「? なんかあったのかデュノア。サラのやつ、一人部屋だっただろ?」

「いや、アオちゃんが同室になったんだよ。ほら、ウェルキン先輩かなりアオちゃん気に入ってるみたいでね・・・」

 

顔に影が射したデュノアによると、サラは部屋にいるときはずっとアオにべったりな状態らしい。

人形のようにとまではいかないが、まるで妹であるかのようにアオを可愛がるもんだから部屋に居づらいのだと言う。

 

「あー、アイツなら飛び付く外見だもんなぁ・・・アオって」

 

アオにストレスが溜まっていくと思うが、サラに捕まったからには諦める他ない。

 

「そこでウェルキン先輩の部屋の前で佇んでる二人を見つけて、ここに来ることをあたしが提案したってわけよ」

 

鈴がフフンと自慢気に言ったが、それをスルーして、下段のベッドへと潜り込む。

優しさを自慢するなよ鈴・・・・。

試しに寝転がってみると、案外悪くないと思った。

手の届く距離に上の段のベッドがあり、この閉塞感に安心を覚えてしまう。

 

「なに? アンタ気に入ったワケ?」

「ああ、案外元のベッドで寝るよりか熟睡できるかもだ」

「変わってるわねぇ」

 

最後にツインテールの両房を手で整えた鈴が「よし」と満足げな声を出す。

 

「さて、クレハ。あたしたちは既にご飯も食べたしお風呂にも入ったわ」

「ん? ああ、メシか。んじゃ俺は食堂で―――――」

 

入院した日から逆算して今日の日替わり定食を思い浮かべながら起き上がる。

 

「―――ーと言うわけでこの四人で徹ゲーするわよ」

「ふざけんなテメェ「その言葉、待ってたよ鈴!」「ふっ、遂にこのマイコンの出番ということか・・」っておい二人とも。なに意気揚々とハード用意してんの? 俺は食堂にいくぞ?」

 

ヤバイ空気を肌で久々に感じた俺は、着替えも程ほどにして逃げるように部屋から出ようとする。が、鈴に指示を出されたラウラに俺は停止結界で動けなくされた。

四肢が動かせないため眼球だけでラウラを睨むと、その際、部屋にある様々な変化にようやく気づくことができた。

まず、部屋の中央に置かれていたハズの小ぶりなモニターがいつの間にか一般家庭に置かれているような大型のものになっている。配線回りも完璧だ。オンライン接続のための有線ケーブルが壁の接続口に刺さっていて、無線LANが各部屋に備え付けてあるにも関わらず有線にすると言うことはラグを嫌うガチゲーマーの仕業だと見える。。

こ、この周到な用意は・・・!

ゲームで夜更かしする鈴を主導に、軍で稼いでいるラウラが高額機材の調達、エンジニアとして優秀なデュノアによって適切に整備されたシステム。

文句なしのゲーム環境が、俺のいない間に出来上がっていた。

 

「ほら、やるわよクレハ。この間の一件で学園からもお小遣い(・ ・ ・ ・)貰えたからソフトは心配ないわよ」

 

鈴の格好が前のように薄いものになっているため、ディスクを入れる際の四つん這いの姿勢にヒヤリとさせられる。

黒のピッチリしたノースリーブは、鈴の残念な部分をこれでもかという程に強調しているが下のホットパンツから伸びる太ももが、ほっそりとした艶かしさという言語化しにくい魅力を放っている。

ついでにディスクがうまく入らないのか、小ぶりなお尻をフリフリするもんだからたまらない・・・・い、いや耐えられない。

 

「あれぇ? もしかして負けるのが怖いのかなぁクレハは?」

 

いつの間にか俺のベッドに寝転がってコントローラーを握っているデュノア。

身体の下に敷かれた俺の枕によってデュノアの胸が持ち上げられ、緩んだジャージのジッパー部分からふっかぁーい谷間がチラチラと見えたり見えなかったりしている。

肩から前に垂らした長い金髪が女子らしさを更に高め、ジャージという一見ダサい服装を「無防備さ」という強力な武器へと変えている。なにをいってるんだ俺は。

挑発するデュノアの妖しい表情が違う意味を持っているような気がし始めた俺は、男に対して毒過ぎる二人に奥歯を噛み砕く勢いで歯軋りをしつつ、ラウラに逃げ場所を求める。

 

「わびとさびに始まり、ゲームと言えば日本を代表する文化の一つ・・・。クラリッサに教え込まれたウメハラ持ちを見せる時です」

 

左手で俺の動きを止めつつ、もう片方の右手で鞄を探るラウラ。

水平に構えた左腕は、鞄を漁るために姿勢を低くしたせいかやや斜め上になっており、俺の方から手首下部、前腕下部、上腕下部と、真っ白なラウラの腕が一望できるポジションにある。

加えて、ラウラの着ているTシャツは誰のものか知らんが男物でラウラには大きすぎ・・・余った袖口からラウラの腋まで見えてしまった。

じょ、女子の腋って案外綺麗なんですね・・・・。

いつものISスーツではおっぴろげにされている部分だが、なまじシャツで隠されている分輝きが違う。

つーか、なんでお前アケコンなんか持ってんだ。

 

女子三人のあられもない姿――勝手に俺が注視してしまっただけだが――から目を閉じて己の精神を静める。

そうだ。今日は退院直後なんだ。キレて身体に無理を掛けるのも良くないことだ。

完全に心を滅した俺は目を開き、ラウラに解除しろと伝える。

解放された俺は鈴の言うように大人しく座布団に座る。

まぁ、一戦やってコイツらをボコれば大人しくなるだろう。

食堂がしまる時間まで十分にある。一戦くらいなら些末な問題だ。

 

そう軽く考えて呑気に定食の予想を再開した俺には、この三人が夜な夜なゲーム大会を開いて、ゲームの腕をしこたま磨いていたことなど知るよしもなかった。

 

 

翌日、床で寝落ちした三人をベッドに放り投げた俺は、部屋の引き出しから本屋のロゴの入った紙袋を取り出すとサラの部屋にむかう。

それにしても、あいつらのせいで寝不足だ。

空腹の方は買い置きの菓子パンで凌いだが、こればかりはどうしようもない。

メジャーな『IS/VS』に始まり、古いゲームアーカイブから引っ張ってきた格ゲーにレースゲーム。取り分け格ゲーが一番白熱したな。

ラウラのやつ、マジで奥義13連撃を相殺するとは思わなかったぞ。もちろん全部通常攻撃で、だ。ウメハラの再臨かもしれんな。

格ゲーでは歯が立たなかった三人に、仕返しとしてレースゲームで青甲羅を全部当ててやった記憶に浸っているうちにサラの部屋につく。

・・・・・静かだな。

時刻は8時。夏休みの朝としては静かなのも頷けるが、ここはあの生真面目なサラの部屋だ。

いつも通り6時には起きているはずだが・・・・・寝てるのか?

取り敢えず、ドアをノックする。

木製のドアの柔らかな音が二回響いてしばらく、反応がない。

あれ? 留守か? アオも居るんだよな?

仕方ないので携帯に連絡を入れようと取り出したところで―――ードアが開いた。

 

「は、はぃぃ・・・どちら様ですか・・・?」

 

もともとか細い声を更にか細くして出てきたのは―――アオだ。

ドアノブに寄り掛かる様にして体を支えるアオは、俺よりも体調が悪そうに見える。

 

「あぁ、クレハですか・・・おかえりなさいです・・・」

「お、おう見舞い以来だなアオ・・・・大丈夫か?」

「は、はぃ、少々血糖値が危険域を越えるほどに減少してまして・・・・おうどん食べたいです」

 

希望を言い切ったアオは、ふらふら~ぱたん。い、行き倒れた・・。

一体何やってるんだサラのやつ。ルームメイトの体調くらい見てやれよ。

 

「サラー? 入るぞー」

 

アオを小脇に抱え込み、紙袋を持った手でドアを開く。

散らかった部屋を慎重に進むと、大量の布に埋め尽くされた部屋にサラはいた。

 

「・・・・あら、退院したのね・・・。おめでとうぅ」

 

・・・こいつもこいつでげっそりしてやがる・・。

 

「何してるんだお前ら? 三日目は明日だぞ。体調整えろっつったのサラじゃねぇか」

「・・・そう、もう明日なのね・・・」

 

作業をしていたのか、手にした布と針を見ながらしみじみと呟くサラ。

アオをベッドに寝かし(なんで朝っぱらから四人も介抱してるんだ)ポケットのあめ玉をアオの口に押し込んだあと、サラの様子を伺う。

手にしているのは針と布・・というよりは、どこもかしこもヒラヒラした未完成の服のようだ。

サラはそれらを手に、ふふふ、と虚空に向かって笑っている。ヤバい。コイツヤバい。

 

「・・・もしかしてこれ、コスプレってやつか?」

 

サラの口にも飴玉を放り投げ訊ねる。

しばらくもぐもぐ糖分を補給したサラは、幾分か楽になった様子で答える。

 

「ん・・そうよ、明日は勝負の日。コミックマーケット三日目よ」

 

―――と、サラはキメ顔でそう言った。

・・・いままで明言は避けてきたが、サラは一年の頃から漫画を描いている。

ジャパニメーションについて詳しかった兄ウェルクさんの影響か、サラはドイツのクラリッサ並みに濃い知識と情熱を持つ玄人だ。

本の趣味は主に女性間での恋愛。サラらしい綺麗な絵柄で人気もある。

なんで知っているかと言われれば、去年その本の売り手を手伝ったからだ。

 

「三日目にコスプレって・・・売り子どうするんだよ。去年はフォルテが手伝ってくれたがアイツは今ダリル先輩とアメリカだぞ」

「売り子についての心配は要らないわ。今年は印刷部数も少なめにしたし、私たちで十分に捌ける量よ」

「・・・じゃなんでコスプレなんか・・・・」

 

そこで気づいた。

サラの持っている服。

肩幅が、サラが着るには大きいサイズだ。

 

「・・・・柊君、貴方去年はなんの服装で参加したかしら?」

「え? ああ、確か夏服だったな。男物持ってなくて」

 

男だとバレて直ぐに手伝えと命令されたので、仕方なく学園の制服を着て参加したんだっけな。

あっけらかんと言うとサラはため息をついた。

 

「貴方、自分が公の立場に無いと解っているの? コスプレだと思って貰えたから良かったものの、場所が違えば一気にバレるわよ」

「・・・もしかして俺、危ない橋渡ってた?」

 

こくんと頷くサラ。

その脇には今縫っているジャケットと同じ色のスラックスが見えた。

 

「今年は私服もあるでしょうけれど、折角なのだからこれを着て参加してみなさい。午後には回る余裕もできると思うからコスプレブースに行って写真でも撮りましょう」

 

刺繍をしていた糸と裏側で丁寧に切り、朝日に照らしてジャケットの完成具合を確かめる。

・・・・・俺が着る服なのはいい。去年の時もコスプレの写真とりに嫌々見に行ったからどうすればいいのか分かる。

だが・・、でもな・・・。

 

「・・・・・そっちのアイドル見たいな服は絶対に着ないからな?」

「ッ!」

 

布の上に畳まれた状態で置いてある赤と白のフリフリ衣装。

それを素早く片付けたサラは、後で俺が逃げられない状況を作るつもりだったのか悔しそうな顔だ。

・・・ある程度予想していたが、現在進行で作っている服が男物だったので油断していた。材料布をカムフラージュに使ってやがったぞ。

何も言わないサラに止めを刺す。

 

「・・・・まさか、お前が着るのか?」

「ッッ!」

 

自分が着た姿でも想像したのか、顔を真っ赤にしたサラは衣装を鷲掴みにして―――バスッ!

ゴミ箱に投げ込みやがった。

あーあ、もったない。

その後、俺の衣装を握りこんだ拳が、お俺の顔に叩き込まれた。

ありがとう。イベント終わったらお礼に仕返ししてやるからな。楽しみにしてろ。

 

 

そして翌日。

朝、9時。

俺は去年と同じ光景にゲンナリしていた。

 

「朝からすげぇな・・・」

「同感するけれど、私たちはサークル参加よ」

 

西ゲートのサークル専用入り口から、一般入り口に並ぶ列を見て、俺は呆れともつかない声を出した。

声がちょっとイラついてしまったのは、抱えている段ボールが重いからだ。

段ボールに入っているのは、先日サラの閃きによって追加された頒布物で、四ページ程の冊子となっている。

パラッと開けばアオに似ているような似てないような女の子がチュッパやらうまい棒やらを口に含んでいる絵がお目見えするのだが、実際の人物を題材に描くのはどうなんだサラよ。

ついでに言えば、今日は異様に暑い。

午前中だと言うのに30度に迫る勢いだ。

後で着替えるので取り敢えず服装はシャツにサマーベストを着てきたが、軽装にも関わらず汗がだくだく出る。

 

「はい、入場パスよ」

 

そう言ってホルダーを渡してくるサラは全く汗をかいているようには見えない。

青いワンピースのお陰か、視覚的にも涼を与えてくれている。

しかし、いつもの涼しげな表情が今日は一段と鋭くなっているところを見るに、暑くないなんてことはないみたいだ。

サラから手渡されたホルダーに入ったサークル専用パス。

俺はそれを首にかけたあと、荷物を持ち直してサラの後を追った。

 

幕張内部に入ると、外よりは幾分か暑さも和らぐ。日差しがないからだ。

サラが応募して勝ち取ったスペースは所謂『島』で、隣のスペースの人と挨拶を交わす珍しいサラも見ることができた。

っと、ぽけーっと突っ立ってる場合じゃない。

段ボールからテーブルクロスを取り出すと、机に敷き、ソコに本を数冊置いておく。

新作だけじゃ足りないので、過去の本も並べておいていく。

うう・・・は、肌色が多すぎる・・・・。

百合本なのが災いしたのか、肌色率が通常の二倍だ。

それに追加してアオがモデルの表紙まであるぞ。もう逃げていい?

 

「設営は終わったかしら?」

「ああ、今終わったところだ。全部裏返していいか?」

「ダメに決まってるでしょう。 そうね・・・開場まで二十分だし着替えてきてはどうかしら?」

「あれをホントに着るのか? いっちゃなんだが中二臭さ全開なんだが」

「大丈夫よ。普段の貴方も十分に中二臭いわ。ほら、いつも斜に構えている所なんて痛々しくて―――」

「―――わかったっ! 着替えてくる!」

 

サラが差し出した衣装をふんだくると、表示に添って男性用更衣室を目指す。

・・・・こうしてみると色々な人がいるな。

スタッフにコスプレイヤーにガチガチに緊張したサークル参加者。

多くの人がこのイベントに参加し、楽しみを求めているのだろう。

そう思うと、自然と口元が緩むのを感じた。

・・・・二回目にして俺も空気に慣れ始めたって事かな。

寮を出る前にトイレには行っておいたので、更衣室のある階へ行こうと階段に差し掛かる。―――と。

 

「ん? あれ、柊? なにやってんのこんなところで」

「お、大倭先生ッ・・・!?」

 

丁度、下から上がってくる大倭先生と鉢合わせた。

し、しかも服装が・・・・!

 

「ああー、柊もコスプレ? いやー、ビックリだね。あたしも今回はサークル参加でコスプレ担当!」

「いや、テンション上げてる場合か先生!? 生徒にメイド服姿見られた教師ってそんな気楽なのか!?」

「いやーねー、今のあたしはヒミコよヒミコ。本名だけど源氏名なら名乗れるわ」

 

先生は、メイド服だった。

俺のイメージではメイドはもっと慎ましい存在だと思っていたが、こ、この人の衣装はどこもかしこも短いガチのコスプレ用だ。

大人の成熟した肢体がこれでもかと強調されて、目のやり場に困る。

しかも俺は今見下げているんだ。

視界の中には否応なく先生の胸元が目に入り、デュノアと同等か、束さんサイズの谷間が見えているッ!

す、すげぇな。ジャージのチラチラ感も強力だが、逆に見せつけることで大人の余裕を演出することができている!

・・・・・いや、この際凄いと讃えるべきは大人と対等に渡り合えるデュノアの方か。さらに一説には箒は別格だと言う噂をフォルテから聞いたことがある。

 

「で?で? 君はどんな衣装なのかな? コスなのかなーッ?」

 

放心している俺からするりと衣装を抜き去る大倭先生改めてヒミコ。

流石はIS学園教師といったところか、反応が出来なかったぞ。

階段の踊り場まで後退した先生はそこで衣装を広げる。

 

「うっわ、凄い出来じゃない。誰が作ったのよ?」

「・・・・本人があまり言いたがらないので言いません」

「とするとあたしにバレる危険のある人かー、生徒なのは間違いなさそうね」

 

今回の衣装は、ドイツ軍の軍服風なものになっている。

何がインスピレーションを与えたのか、サラは時たま『Briah!(創造)』や『Atziluth《流出》!』なんて呟きながら作っていたとアオは言っていた。

更なる高みへと導かれちまったみたいだな。

先生から衣装を引ったくるとさっさといけと視線で訴えかける。

 

「それにしてもいいコス作るわねこの人。作品選びもなかなかお目が高いわね――――――っと、そんなに先生を睨まないでよ。言いふらしたりしないから大丈夫よ」

「・・・俺が先生をバラす可能性はありますけどね」

「あははっ、そんなことしたら――――――(バラ)すわよ」

 

そう言って先生はミュールの脚でスキップしつつ去っていった。

・・・・・あの目、殺りかねんな・・。

 

 

 

今年の夏コミは、発表によれば会場の事故とかで例年通りの盆辺りには行われず、やむ無く月末にずらしたらしい。

お陰でサラも頒布物を作る余裕が出来たとか嬉しがっていたが、ネット上では嘆く声も多く見かけた。地方民ってヤツか。

そして午前十時。開場の時がやって来た。

日にちがずれたとはいえ、約20万人もの人が参加するイベントだ。

開場時の勢いには戦くものがある。

一斉に開かれたゲートに人が飛び込み、目的のサークルまでダッシュで駆けていく。

スタッフの声なんかガン無視で駆けていく彼ら彼女らは闘牛を思わせた。

数十年前にあったと言う注意書には『押さない駆けないドラゲナイ』ってのが有ったらしいが、何なんだ。ドラゲナイ。

 

「呆けないで! 第一波来るわよ!」

「わかってる!」

 

サークルからサークルへと移動する人たちに片っ端から声を投げ掛けていく。こんな肌色、さっさと売れてしまえ。

時折ここを目当てに買っていく人もいて、サラが案外名の知れた人物だと再認識する。

しばらくすると忙しなく駆けている人も見なくなり、落ち着いた雰囲気が会場内に流れ始めた。

 

「さて、しばらくは落ち着けるわね。私は後から委託版を買うつもりなのだけれど、貴方は?」

「俺は買うつもりはないよ。どこか行きたいなら店番は任せとけ」

 

新刊売り切れの札を出したサラが、なぜかソワソワしながら言う。

泳ぐ視線を追いかければそこには・・・・見慣れない段ボール。

・・・・追加分なんかあったのか?と思いつつそれに近寄っていくと・・・。

 

「そ、それにはさわらないでッ!」

 

サラが、叫んだ。

あまりの大声だったので近くのサークルの人たちも驚いており、サラは顔を伏せて「スミマセン・・・」と座った。

しかし、目だけで「さっさとどっか行けコノヤロウ」と凄まれるので、俺は。

 

「あー、んじゃ俺はコスプレ会場にでも行ってみようかな・・・・しばらく回ってくる」

 

そう言ってスペースから出ていく。

・・・アイツがあそこまで焦った声を上げるとは思わなかったな。

去年はどこかでよそよそしい感じの手伝いだったから新鮮な感じだ。

でも、サラは何に焦ってたんだ?

コスプレ会場までの道のりでも、そのなにかを俺は導き出すことはできなかった。

 

 

屋外に指定されたコスプレ会場は、カメラを持った人たちで溢れかえっていた。

場所が場所なだけにもっとコスプレしてる人とかもいて良いと思うのだが・・・・。

 

「視線くださーい!」

「肩組んで! そうです!もっと攻め受け意識して!」

「ローアングラ―? つまみ出せ!」

 

・・・多分、あの壁の向こうなんだろう。

カメラに囲まれたコスプレイヤーがいる反面、囲まれていないコスプレイヤーももちろんいる。

道端でどうすれば良いのかわからずにおろおろしているやつが一人いるが、隣のメイド服を見てみろ。

齢30に達しそうにも関わらずノリノリでポーズ決めてるぜ。関わらんとこ。

もともと来るつもりは無かったのに、サラの視線に耐えかねて逃げてきた俺だ。

同じようにする事もないので、道端に佇む。

暑い。

日差しがきついって言うのに、サラに渡された衣装は長袖の軍服だ。

色も黒いのでガンガン体感温度が上がっていく。

しかし、被っていた制帽を脱ぎ、汗をぬぐってかぶり直したときだ。

 

「・・・・く、くず兄さんだ」

「あ、ほんとだ。くず兄さんだ」

「キルヒアイゼン卿は?」

「いやいや櫻井ちゃんでしょー」

「どうでも良いけど、完成度高くない?」

「ホントだな。くず兄さんらしさでてる」

「くずっぽいくずっぽい」

 

・・・・・なんて罵倒が囁かれ始めた。

聞こえはしないが、超界の瞳が全て文字に起こしてしまうのだ。

つーかクズクズって・・・。

思わず入学してからの自分を振り返って納得しかけたじゃねーか。

たぶん、彼らが言っているのはこの服装のキャラについてなのだろう。

後半の数人の発言については俺自身の素体についても言ってるみたいだが、安定のスルーだ。

 

「クズだ・・・」

「クズだ・・・」

「クズよ・・・」

 

・・・・・スルー・・・してやる・・・!

聞こえるたびに、自身の覗きやセクハラまがいのことといった罪を思いだし、テンションが下がっていく。

自分を保つために必死に周囲からの囁きに抵抗する・・・・だが。

 

「あの、写真撮っても良いですか!?」

「・・・・・そうか・・・俺は・・・いや、僕はクズだ・・・」

「台詞ありがとうございましたァ――――――ッ!」

 

俺は、罪の意識に完敗していた。

ははっ・・・どうせクズですよぉ・・・もう殺せば良いんだ・・・。

・・・・・・・・

・・・・・・・・

・・・・・・・・

 

「・・・・貴方、意外とノリノリね」

「ッ!?」

 

気がつくと、目の前に呆れ顔のサラが立っていた。

何故か俺の目の前で写真を確認しつつ、「よし・・げっと」と小さく呟いている。

 

「お、俺は・・・いったいなにを・・・!?」

「覚えていないの? あれだけファンサービスしておいて?」

 

サラが俺のポケットを示すので、手を突っ込んで中の紙を取り出すと・・・。

 

「・・・・・名刺、か?」

「そう。こんなに人気出るなら貴方も作っておくべきだったわね。活動の幅が広がるわ」

「・・・いや、このままレイヤーとして生きていく気はないんで」

 

冷静に思い返してみれば、少しだけ思い出せるぞ。

人から教えられた長台詞をつらつらと唱える・・・・・俺の姿が。

自分のしたことに愕然としていると、時計を確認したサラが訊いてきた。

 

「もうお昼ね。私の方は予定が終わってしまったのだけれど、貴方、食事は?」

「要らん・・・食欲ねぇ・・・」

 

正気になった拍子にいままで感じていなかった暑さにあてられて、ちょっと吐きそう。

サラが空いているかも分からないトイレにいったので、木陰に座り込み休んでいる。と。

 

「・・・・・なんだこれ?」

 

会場の隅に置かれたコンテナを見つけてしまった。

デカイコンテナだな・・・。車の走行コースだったかここ?

辺りを見ても、コンテナの持ち主らしき人は一人もいない。

・・・・・なんか、嫌な予感がするな。

元々このイベント。

延期になった原因が発表されておらず、ネット上では様々な憶測が飛び交っていた。

事故と言われても単なる事故では納得がいかず、実際に会場に赴いた人もいた。

そいつらは揃って同じことを言っていた。

明らかにスタッフじゃない人たちが走り回っていた、と。

会場の事故なんだからイベントスタッフ以外が居るのは当たり前だろうと思ったが、こいつを見るとあれらの書き込みがただのお騒がせ情報とは思えなくなってきたな。

それに、春の例もある。

いちおうセンサーで改めたところ、内部にIS反応は無し。

今のところ動きがないので、今のうちにサラに連絡しておこうとISの回線を開いた―――その瞬間。

 

「ッ!?」

 

内部から巨大なアームが突き出てきて、俺に向かって手を伸ばしてきた。

瞳が反応しきれない高速過ぎる起動に、不意を突かれた俺はその手に掴まれ持ち上げられた。

まさか、ISがあったって言うのか?

頭をよぎるのは四月の出来事。

あの時逃がしたゴーレムの残りかと思ったが、こ、これは・・・違うぞ!

突然の出来事に、周囲の人たちが蜘蛛の子を散らすように走り出す。

そんな中、コンテナから全貌を明らかにしてきた敵の正体は異様の一言に尽きた。

ISではない。 

瞳もIS反応を認めてはいないし、これ程巨大なISを俺は見たことがない。

ゆうに五メートルは越える全長に、アメフトの防具のような肩。

まるでこれと同じサイズの敵と戦うために作られたかのようなデザインだ。

加えて、印象的なのが胸の中央で輝く青い光と、赤と金色の装甲。

装甲の素材は金とチタンの合金。硬く、コーティングがなされているようだ。

敵のロボットは、胸と同じく青く光るアイカメラで、俺の顔を見ている。

 

『・・・・おお、これは驚いたな。ボクにしては珍しく運が良いようだ』

 

外部スピーカーを通して聞こえたその声は、変声が掛かっていて相手が読めない。

体の内部に人の反応は・・・・ナシ。遠隔操作か・・・ッ!

 

「何の運が良いんだよ・・・。 機嫌良いならこいつを放してくれないか・・・ッ?」

『それは無理な相談だ。ボクは君を探すためにここにいたんだから』

「そうか・・・―――ソイツは良かったな!」

 

放す気がないと分かったので、瞬龍を緊急展開―――――あ。

 

「―――――あ、IS・・・整備中じゃねぇか・・!」

 

ISを展開し、こいつの手の中から逃げてやろうと思ったが、先日の戦いで壊れた瞬龍は束さんが整備中だ。今、俺の中にはない。

 

『? どうしたんだい? 君の武器があるだろう? はやく展開するといい』

「・・・・・生憎、あんたみたいな名乗りもしないヤツに見せる武器は持ってなくてな。出直してこいよ」

 

相手はどうやら俺を知って狙ったようなので、適当に話を伸ばす。

時間を稼いで、サラの到着を待つんだ。

 

「――ああ、これは失礼したねミスター柊。社交性の大切さは父さんから学んでいたハズだったのに失念していたよ」

 

ロボットが大きな仕草で自分を指す。

 

『―――ボクがアイアンマンだ』

 

・・・・ぜ、前時代のヒーローが俺にケンカを吹っ掛けてきやがった・・・。

 

 

 




ちなみに私は夏コミ童貞です。
いつかいきたい。


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新たなる敵と夏祭り(前編)

番外編込みの四巻最終話になります。
時空列は、クレハが雨とバースの襲撃によって入院しているときのお話。


「――――ボクがアイアンマンだ」

 

堂々と、そしてハッキリと告げられた敵の名前に、俺は目を見開く。

―――アイアンマン。

鉄の男の異名をもつその人物は、四半世紀以上前に最盛した兵器製造会社『スタークインダストリー』の若き天才エンジニアだ。

スタークインダストリーとは、パワードスーツを世界で初めて実用化した会社で、アイアンマンの実用を機に世界中でスーツ開発の波が訪れたのだ。

そして十年前。

各国企業で次々とスーツの開発・実用が繰り返され、スーツ開発会社としての立場を失いかけていたスタークインダストリーに追い討ちを掛ける形で束さんのIS発表や、CEOの交代等があり、完全にヒーローとしての活動を辞めていたと思っていたが・・・・・

まさか、未だに旧式とも呼べるスーツ開発に勤しんでいたなんて思ってなかったぜ。

 

「単刀直入に言おう。キミのISのデータを渡せ。ボクはそれが欲しい」

「・・・・はっ、天才エンジニアの名が泣くぞ、アンソニ―・エドワード―――」

「ボクはあの人じゃない」

 

スピーカーから流れる、人のモノではない合成音声。

元の声は想像も付かないが、妙に強く否定した。

 

「じゃあ、誰だよお前」

「キミが知る必要はない。ボクが今のアイアンマンだ。会社の為にも、キミの秘密が知りたい」

 

だったら俺を拐って調べればいいだろうに・・・と思ったが、実際やられると困るのは俺の方なので黙っておく。

俺は今も、ヤツの巨大なスーツに握られた状態だ。

逆撫でするような発言は控えるべきだろう。

しかし―――

目の前のスーツの操縦者は、どうも父親を嫌っているようだ。

父親の欠点だった社交性のなさに気を払っているような発言もあったし、俺が父親の名を出そうとすると遮る始末だ。

理由はしらんが、そこに脱出のヒントがあると見たぜ。

 

「・・・・あんたの会社の噂はほとんどの聞かなくなったが、息子がこれじゃあ落ちぶれるのも無理はないな」

「・・・・なんだと?」

「会社の為とか言って白昼堂々襲撃してくるヤツが、どうしてヒーローなんかやってられるんだよ」

「―――ッ!」

 

よほど煽り耐性がないのか、俺をつかむ手に力を籠めていくアイアンマン。

く・・・苦しい。

たった今思い出したが目の前にあるスーツ、歴史の副読本で見たものとは多少違いがあるが、アイアンマンの中で最も攻撃力のあるとされるマーク44(ハルクバスター)だぞ・・・!

このまま握り締められたのでは俺はきっとトマトのようにぐちゃぐちゃになってしまうだろう。

だが、俺の目論み―――時間稼ぎには成功した。

高速で近づいてくる飛行物体――――

 

「―――――ヒーローたる資格がないなら、斬っても問題ないわね?」

 

急に、俺の身体が宙に浮く。

俺を掴む腕が綺麗に斬り落とされたのだ。

すれ違いざまにアイアンマンの腕を切り落としたのは、『明日を奪うもの(サニーラバー)』の金色の装甲を纏ったサラ。

その姿は騎士のように輝いている。

アイアンマンを挑発し、介入するタイミングを作り出したのだ。

なんとか着地した俺は回線を介してサラに話しかける。

 

「助かったぜサラ。なんか異様に遅くなかったか?」

「貴方からの救難信号を受け取ったとき、入ってたのよ」  

「・・・・どこに?」

「―――個室ッ!」

 

思わず聞き返してマナー違反を犯した俺を余所に、サラはアイアンマンと激突する。

カメラを潰すために回り込んで頭を狙うようだが・・・・アイアンマンも巨体に似合わず動きが速い。

そのアンバランスなスペックに翻弄され、上手く立ち回れないでいる。

 

「――――っぁッ!」

 

振り回される巨腕がサラを薙ぎ払い、地面に墜落させる。

 

「もう一機居たみたいだが、ボクの予定は変わらない。ついでの研究材料が出来たな」

 

背後のコンテナから、切り落とされた腕の予備(スペア)を取りだし、ガシャン。

アイアンマンの腕が真新しいものに換装された。

 

「おいっ。大丈夫かサラ!」

「・・・大丈夫よ。でも今のは痛かったわね。修理後だと言うのに装甲の10%が機能してないわ」

 

バカ(ぢから)よ・・と呟くサラ。

俺たちの纏うISは、空を飛び回れる分火力に置いては若干弱いところがあり、稀に近代兵器にも劣る装備がある。

しかし、ならばなぜISが近代兵器を凌ぐ存在だと言われているかというと、携行性や飛行性能に大きなリーチがあるからだ。

実際、高性能な日本の10式戦車なんかは地雷(携行性)戦闘機(飛行性能)で難なく潰せる。

そしてISは、その戦闘機や地雷すらも蹴散らせる現代の超兵器。

陸戦、空中戦に対応した汎用兵器なのだ。

―――だが、今相手にしているのは陸戦に特化した特化型兵器。

時として汎用が特化に負けることも否定できない事実なのだ。

 

「重装甲に高火力。おまけに動きも速いわ。一応粒子砲もあるけれど、ISを狙ってきたのならなんらかのコーティングはしてるでしょうね」

「加えて並木が邪魔で自由に飛べないと来た。狙ってここで待ち構えていたなら上手いな」

「他人事みたいに・・・・って、なんで貴方は隠れているの!?」

「いや、瞬龍整備中で出せないんだよ。だから、任せた」

「任せた・・・って、柊くんッ!?」

 

コソコソ通信していると、しびれを切らしたアイアンマンがサラに向かって拳を降り下ろす。

それをサラは跳躍してかわした。

 

「ちょこちょこして目障りなヤツだな・・。作戦は決まったのか?」

「・・・私としてはこのまま退いて欲しいのだけれど・・・・」

 

アイアンマンが腕の装備をバスターソードに切り替えるのを見て、冷や汗をかくサラ。

 

「――――まぁ、無理な話よね」

 

 

降り下ろされた刃を刃で受け止めるサラ。

刃が噛み合って火花を散らす。

 

「セアァッ!」

 

力比べでは勝てないと察したサラが、刃を逸らすように振るう。

前のめりにいとも簡単に崩れた体勢の隙をつき、背後にまわるサラ。

 

「全身装甲の旧式パワードスーツなら―――ここッ!」

 

直上に飛んだサラが首筋に刃先を向け、装甲の切れ目―――うなじに突き下ろす。が。

 

――キィィンッ!

 

「エ、エネルギーシールドッ!?」

「違うね、ボクのはエナジーシールドだ!」

 

動揺するサラを振り向きざまに掴むアイアンマン。

サラの大剣を阻んだのは旧型の電磁斥力シールド(エネルギーシールド)だが、現行するISにも劣らない強固なものらしい。

サラを掴んだ手のひらが、輝きを放ち始める。

何かを・・・チャージしているような眩い光だ。

 

「ISには絶対防御なる保護機能が付いているみたいだど・・・至近距離でのこれは、防げるのかな?」

 

胸の中心で輝く光が、腕に伝達し、手のひらに集束する。

あれは、きっと必殺技の類いだ。

シールドで防御しようにも、密着した状態ではシールドも絶対防御も意味をなさない。

ISにおける防御の死角に、敵を入り込ませてしまった―――!

 

「―――リパルサーレイ―――ッ!」

 

天空に向かって放たれた光線に、サラの姿が呑み込まれる数瞬前―――

 

(わ、笑っている・・・?)

 

サラの顔がニヤリと、微かに笑っていたのに俺は気がついた。

 

―――ーバアァァァッァッ!

 

青い光線に、サラの姿が呑み込まれる。

攻撃に手応えを感じたらしく光線は長い時間照射され、サラが受けたであろうダメージは計り知れない。

上空から、ビームによって巻き上げられたサラが、辛うじてISを纏って落下してくる。

俺は慌てて飛び出したが、サラは俺にぶつかる前にPICを起動し、フワリと着地する。

 

「――お、おいっ!なんで逃げなかったんだ!」

「ッ・・・流石に効くわね。・・・良いのよこれで。試すにはちょうどいいダメージだわ」

 

腹部に直撃したと見られるビームによって焼け焦げた装甲を()てつつ―――サラは立ち上がる。

 

「た、試す? 何をだよ」

「―――ひとつヒントよ。このISは元々どこが造ったものかしら?」

 

突然のクイズに俺は面食らうが、当然答えられる。

 

「双龍なんだろ? だけど、それが―――」

 

――どうだって言うんだよ? と続けようとした俺の言葉は遮られた。

アイアンマンの接近を見てサラが制したのだ。

 

「説明するより、見てもらった方が早いわ」

 

そう言って立ち上がると、大剣を掴み上げる。

ダメージは甚大。装甲も殆どを失った。

IS学園からの救援は・・・・場所が場所なだけに難しいだろう。

この状況なら戦うよりも逃げる方が良いと素人でも分かるのに、サラは敵と向き合っている。

勝てる勝算があるのか。

その時、超界の瞳(ヴォーダンオージェ)が敵とサラの力量を見て、勝率を弾き出した。

 

――――サラ・ウェルキンの勝率、95%

 

サラは・・何をしようとしてるんだ・・・?

 

「――――貴方の装備、かなり強いわね。私のISじゃあ、総合的に劣っている」

「だったら大人しく諦めてISを渡したらどうだい? 女性をムダに傷つけるのはボクの趣味じゃあない」

 

そう言ったアイアンマンに、サラは微笑みかける。

経験上―――普段全く笑みを見せないサラが笑うとき・・・

それはイラついているときだ。

 

「戦場で余裕を見せるなんてとんだ素人ね。――さっきの攻撃も、多めに見積もって七割ってところの出力でしょう? それが分かっていたから敢えて受けてあげたものの、やっぱり受けるべきじゃ無かったわね」

 

サラが一歩踏み出すと、アイアンマンの巨体が一歩退く。

・・・サラのやつ。

殺気だけでアレを圧倒してやがる・・・・!

 

「意外と痛かったわ。せっかく修理したサニーラバーが台無しよ。おまけに中途半端に攻撃しておいてから女性を傷つけるのは趣味じゃない? ――――随分と舐めた口効いてくれるわね」

 

こ、こぇぇぇぇぇぇッ!?

客観的に見て思ったが、サラのマジギレは学園の中でも一、二を争うレベルかもしれん。

マジで寒気がする・・・!

 

サラの殺気にたじろぐアイアンマンは、「う、ううぅ・・」と呻き声を洩らす。

痛いところ突かれて言葉も出ないらしい。

しかし、周囲を観察する余裕はここで終わった。

 

バチィィッ!

 

次の瞬間、何らかの行動を起こしたのか、サラのISの周囲に放電現象が始まったのだ。

・・・最大出力形態(バーストモード)・・・では、ない。

もっとシステム的で、計算されて余ったエネルギーが漏れ出している感じだ。

・・・・そう、まさにラウラの――――

大剣を腰に据え、まるで居合い抜きでもするかのように身を屈めるサラ。

そして、呟いた。

 

「――――『Valkyrie Trace System(VTシステム)』、発動」

 

瞬時に膨れ上がったサニーラバーのエネルギーが、サラの背後へと噴射される。

 

「―――貴方はヒーローでもないし、戦うには戦場を舐めすぎよ」

 

宙に漂った金色のエネルギーを吸収し、瞬時加速を行うサラ。

それを、二回。二重瞬時加速(ダブルイグニッションブースト)だ。

踏み込んでからの必中の距離。

その時初めてサラは剣を抜いた。

大剣の振り方ではない。

もっと鋭い、刀のような振り方。

明らかにサラの太刀筋ではないが、ずいぶんと様になっている。

 

スパッと、一太刀で両足を切断されたアイアンマンが、背中から転がる。

続けて飛び上がったサラは空中で二度と剣を振り、上空から真下に向かって両腕を切断していく。

・・・・切断面が、綺麗に溶けている。

金とチタンの合金だぞ。

それを一撃で切り裂くなんて・・・。

ラウラの時、VTシステムは暴走状態にあり、その実態を見ることは出来なかったが、今確認した。

サラのISは双龍が造ったものだ。

当然、超界者に対抗できるように独自のシステムを組み込んでいる。

サラが発現させたVTシステムは正常に機能したらしく恐ろしい強さを見せつけており、日本の剣術を手本としているような動きは、さほど詳しくない俺でもそれが達人のものだとわかる。

 

「この中にいないくせに、悲鳴を上げると言うのはどういうことかしら? ずいぶんと肝の小さい男ね」

「ううううう、ううるさい! 今日は準備不足なだけだ!」

「おまけに諦めも悪いとなると・・・もう見る価値もないわね」

 

・・・・えーと、サラさん?

相手、泣きかけてませんかね?

赤い装甲を持つアイアンマンを、ダルマのように転がしたサラは、その腹の上にのって操縦者を虐めている。

ひでぇ・・・アイツひでぇ・・・。

精神的に言えばマジでガキっぽい相手にここまで非道になれるとは。

最近、電話で話したフォルテに「クレハさんって年下には甘いっすよねー。○リコン?」とかって言われた俺も見習うべきだろうか。

そうこうしているうちに、マーク44の装甲上部がバシュッと開き、何かが飛び出た。

 

『――――こ、今回は負けてやるが、次あったときは覚悟するんだ!』

 

そう叫んだ物体は・・・・お馴染みのアイアンマンの形に一番近く、アレがこの巨体の本体だと言うことが窺えた。

残りのパーツや、コンテナさえも瞬く間に飛び上がり去っていったアイアンマンの後を追う。

周到なやつめ。

別に無くても困らないが、自分の部品をひとつ残らず回収していきやがったか。

 

装甲が全て飛び去る拍子にサラは地面に転がり落ちた。

今はISを解き、立って腕の出血を押さえているが・・・ダメージが大きそうだ。

 

「お、おい。座ってろよ・・・。救急車呼ぶぞ」

「・・・いいえ大丈夫よ。このくらい・・・・」

 

俺が取り出した携帯を閉じるため、一歩踏み出したサラがふらつく。

 

「バカ言え。あれだけの質量のビームだぞ。平気なワケがあるか。いいから座れ」

 

俺にしがみつく形でしゃがみこむサラ。

ISの補助も無くなってるんだ。

それに、あれだけの強さを引き出せるVTシステムなら身体への負担も大きいのだろう。

 

「・・・・滅茶苦茶になってしまったわね」

「ああ、この分だとこれで切り上げかもな」

 

周囲の惨状を見て残念そうに呟くサラ。

アイアンマンのあの巨体で動き回ったのだから、路面はボロボロ。並木は薙ぎ倒されてるし、ビッグサイトの壁も一部ぶち抜かれている。

・・・楽しんでたみたいだし、一層悲しいのかもな。

 

「・・・・まさかあんな相手とまで戦うことになるとは思ってなかったわ」

「同意するぜ。今じゃほとんど聞かない名前だから予想だにしてなかった」

 

遠くからストレッチャーの転がる音がする。

案外早い。あらかじめ学園が手配しておいたのだろうか。

 

「あのぶんだと米国安全保障局のお抱え組織も存在するかも知れないわね」

「・・・・S.H.I.E.L.D.(シールド)ってとこか」

 

・・・・S.H.I.E.L.D.とはアメリカの持っている特殊組織の中でも一番謎で、底が知れない組織だ。

過去に二度ほど表舞台に立ち、国難に立ち向かったとされているが、情報もバラバラで信憑性にかけるのだ。

そして、そのS.H.I.E.L.D.の実戦部隊というのが―――。

 

「――『アベンジャーズ(復讐者たち)』。アイアンマン()の例で言うとISは彼らの仕事を取ってしまったみたいだし、イヤな名前ね」

「もし本当に仕掛けてきたら勝てないかもな。神様とか巨人が居るって話だぜ」

 

ストレッチャーと救急隊員が到着し、サラをストレッチャーにのせる。

サラは疲れのせいか、意識が朦朧とし始めているみたいだ。

 

「でも、良かったことがひとつあったわ」

「良かったこと?」

 

聞き返し、今日のことを思い返す。

・・・はて、不運にしかあってない気がするが。

なにが良かったんだろうか。

 

「―――あ、貴方と織斑くんの・・・・性転換ユリモノ・・・午前中で――――」

「・・・・・・・は?」

 

サラが何をいったのか分からなかった。

呆けると、一瞬でサラは救急車に運ばれて俺だけが残される。

気づけば、たった一人で夏の暑い日差しを浴びていた。

 

・・・・気を失う前、キレ顔が笑顔に取って代わられていると噂のサラは―――めっちゃ嬉しそうに笑っていた。

・・・・ふぅ。

・・・売れたんだな。午前中で。

そりゃよかったよ。畜生め。

 

夏休みもほとんどが終わり、あとは二学期への準備期間。

新たな問題の発生と共に、俺はサラへの復讐を誓ったのだった。

 

 

第四巻終了。

 

 

――――――――――――――――ー

 

番外編『真夏の夜の夢~クレハエピソード~』

 

 

 

・・・・いよいよ暇になってきた。

学園襲撃から入院中の俺は、一人個室で限界を感じていた。

壁のカレンダーに目をやると、日付は8月15日。

そう。お盆だ。

病院の廊下からでも夏祭りやらなんやらの話題が聞こえてきて、誰かのお見舞いにでも来ているらしい数人の集団が遊びにいく算段をつけていたらしくケッてなった。

 

世間のお祭りムードから逃げるため、朝からISスーツを新調したりと有意義な時間を過ごしていた俺だが、とある天才―――天災の一言でその平穏はぶち壊された。

 

「クーちゃーん! お盆だよお盆! 日本人はお盆にすることがあるのですが、それはなんでしょーか!」

「病院だぞ束さん。もう少し静かに騒いでくれ」

 

突然部屋に飛び込んできた母親(束さん)の額を押し戻しつつ、冷ややかに返す。

 

「くぅーっ、静かに騒げなんて矛盾した難題を束さんに突きつけるとは! 流石我が息子だよ!」

「だったらその息子のためにもうちょっと静かにしてくれませんかねぇ!」

 

テンションが上がってきているのか、今日も今日とて着ている暑苦しいドレスのスカートをバッサバッサする束さん。

・・・一発殴って鎮めるべきか。

そろそろ口煩い看護師さんが来ちまうぞ。

 

「――さて話は戻すが我が息子よ。束さんは実家に帰ることにしました!」

「ホンット突然だな! んなこといちいち―――ーって、え? 実家に?」

 

思わず束さんを二度見すると、何故かドヤァと決めている。

 

「いやぁー、折角の盆だしね~。叔母さんにももう一度会いたいしさぁ・・・・」

 

そしてふっと・・・申し訳なさそうに笑う。

 

「――――箒ちゃんにも、謝っておかないとだからね」

 

そう言われて思い出したが、篠ノ之姉妹は不仲だったな。

一夏づてに聞いたことだが、束さんがISを作っちまったせいで、家族が離散状態なんだとか。

ご両親はどこにいるのか分からないらしいが、当時幼かった箒だけが叔母の住んでいる篠ノ之神社に引き取られたらしい。

 

「・・・もしかして箒に紅椿を与えたのも、その負い目か?」

「うーん。そうとも言い切れないし、違うとも言いにくいなぁ・・・」

 

眉を寄せる束さん。

 

「でも、まぁ妹の初めてのお願いだったからね。お姉さんとしては叶えてあげるべきだって思ったの」

 

今度は一転。軽く微笑む。

表情から、自分のしたことに対する正誤の迷いが見えた。

 

「・・・まぁ、そういう風に思って上げられたなら仲直り出来るんじゃないのか――――っと、ここに来たってことは俺も連れていかれるんだろ?」

 

ベッドから降りながら束さんに聞く。

 

「勿論だよ~。クーちゃんは束さんの子供だからね! 親戚の集まりに呼んであげないと!」

「騒ぎになるのが目に見えてる・・・・って、なんだこれ? 外泊届?」

 

立ち上がって体の調子を見ていた俺に差し出された一枚の紙。

上部には外泊届とあり、俺の名前とこの病院の院長の名前があった。

 

「凄いな。こういうのって当日に取れるモノなのか?」

「ううん! 偽造!」

「正式に申請してこいや!」

 

その後正式に許可が降りた俺は、2日だけ外泊を認められたのだった。

最後にキレたせいで折れた肋骨が微妙にズレたが・・・・束さんマジックで元の位置に戻された。

死ぬほど痛かったがな。

 

 

初めて来た篠ノ之神社は、祭りの前日と言うことで準備に慌ただしかった。

国際免許を持つと言う束さんの運転するレンタカー――金持ちの割りに車持ってないらしい――で都心から少し離れたここまで来たが・・・案外祭りの規模は大きいようだ。

篠ノ之神社は小山の頂上に御神体を祀っていて、それを囲むように敷地が広がっている。

故に、広い。

 

「やーやー、懐かしいねぇ。東京大学を中退して研究所に引っ越した以来かな?」

 

その広大な敷地を石階段の前で見上げつつ、隣で束さんが声をあげた。

 

「つーか、本当に来て大丈夫だったのか? アポ取ってないんだろ?」

「そこはホラ、サプライズ?」

「不安しかねぇ・・・」

 

とにかく、先んじて階段を登り始めた束さんの後を追う。

 

階段を鼻歌歌いながら登る束さんだが、妙にソワソワしているらしくいつもの元気も空回りぎみだ。

屋台の設営をしている人たちの間を抜けて、社に向かうんだが・・・・。

 

「おっ、おっちゃん久しぶり―! 元気元気ぃ?」

 

なんて、一人一人に声を掛けて回るもんだから気が気でない。

誰も彼も驚いてるし、後ろの俺には変な視線が投げ掛けられる。

えっと、マジでどう紹介する気なんだこの人・・・。

 

なんとか屋台ゾーンを抜けて、静かに篝火が用意されている社前に着くと・・・・

 

「・・・ただいま」

 

急に束さんの元気が静まった。

俺からは見えないが、どうやら誰かいるらしい。

 

「―――ーあら、あらあら。びっくり。いつぶりになるのかしら? 束ちゃん」

 

そこにいたのは着物に身を包んで柔和な笑みを浮かべている女性。

歳は―――束さんの年齢からすると、母親と言うには若すぎる気がする。

つまり、この人が――

 

「・・・・久しぶり。雪子叔母さん」

 

驚くほど丸くなった束さんが女性の名を呼ぶ。

この人が篠ノ之姉妹の叔母さんか・・・。

事前に聞いていた年齢だと今年で47歳になる、という話だったが実年齢より落ち着いた印象がある。

 

「本当に久しぶりね~。あらあら大荷物。しばらくはここにいるつもりなのね?」

「・・・・うん。盆の間くらいはここにいる」

「そう、そう~。近所の皆も喜ぶと思うわ―――――あら。こちらの方は?」

 

うっ、遂に気付かれた。

束さんは自分で紹介すると言っていたが、正直にいったら騒ぎになることは目に見えている。

正直なところ、俺は束さんのことをまだ母親だと割り切れていないので、嘘をついてもバレない自信はある。けど、束さんがぼろ出しそうな気がするんだよなぁ・・。

 

「あっ、え、えーと、雪子叔母さん。この人は―――――」

 

 

・・・・結果として。

 

「さぁさぁ、お上がりください。束ちゃんのお手伝いさんなんて大変でしょう? 明日のお祭りも楽しんでいってくださいな」

「は、はぁ・・・。どうも・・」

 

束さんは真実を言うことは無かった。

どういう理由かは知らないが、俺のことを自分の助手だと紹介したのだ。

そして、社から離れたところにある篠ノ之家本家に案内されたのだが・・・・。

 

「すみませんねぇ、ウチは畳なもので・・・スリッパは用意して無いんですよ」

「あ、いえ。俺もスリッパは履き馴れないので、お構い無く」

 

何でか知らんが、凄い緊張する。

考えないようにしてはいるんだが、言っちゃえばここは俺の祖父母の家でもある。

篠ノ之姉妹の両親はいないので、叔母さんである雪子さんが住んでいるのだが、なぜか異様に意識してしまう。

あー、落ち着け。俺。

ここは他人ン家なんだ。そう思うように努めろ。

束さんも俺の正体を隠したことだし、そうした方が不審な部分は隠せるぞ。

 

入って案内されていると、次第に造りも覚えてくる。

篠ノ之家は純日本造りで、畳敷きの大広間を襖で幾つもの部屋に分割している。全部の襖を取っ払えば、大奥のあのシーンが完成するかもしれん広さだ。

俺たちは、何故か箒の部屋にまで案内してくれちゃった雪子さんの後を追い、本家に追加で増設された一画に案内された。

真新しく、内装も旅館の一室みたいだ。

崖に隣しているらしく、窓から田舎の風景を一望できる。まぁ、森だらけだけど。

 

「しかし、男女が同じ部屋とはいかがなものかね」

「あらあら~? クーちゃんは束さんと同じ部屋で困ることでもあるのかな~?」

 

雪子さんが、お祭りで神楽舞に使う舞台を見てくると言って俺たちをおいて去ったあと、それぞれリラックスして腰を落ち着ける。

 

「別にないが・・・。この年で母親と同じ部屋ってなんかむず痒いんだよ。ついでに言えば―――失礼な言い方になるが、俺はまだ、束さんが母親だって言う自覚は無いしな」

 

母親だと思えず、見方を変えれば普通に女性と部屋を同じくしていると言うシチュエーションに不安を感じてしまう。

鈴と同室なのは、アイツがガサツすぎるのとこっちが遠慮する必要がないんで慣れたが、流石にいきなりこの状況はビビる。束さん美人だし。

 

「・・・・まぁ、しょうがないよね。束さんも母親って呼ばれる資格があるって思ってる訳じゃないからね」

 

腕を頭の後ろで組み、座椅子に体を預ける束さん。

・・・さて、どうしようか。

束さんは何やら思案顔になっちゃったし、雪子さんも舞台に行っちゃった。

正直、居心地が悪い。

・・・・質問攻めに会う覚悟で、祭りの準備にでも出てみようか。

いや、止めとこう。

屋台の準備していたおっちゃんたちの眼は完全に俺を敵視してる眼だった。俺が何をした。

 

俺は束さんに許可をもらうと、家のなかを見て回ることにした。

束さんは笑顔で「雪子叔母さんにはうまくいっとくからいーよ」と言ってたので、俺は落ち着いて―――ーよく知らない母親の実家を見て回り始めた。

 

部屋を出ると、正面には15メートルほどの廊下があり、左にはトイレへと続く薄暗い廊下がある。

廊下を渡りながら右を向くと中庭で、松の樹やら紅葉が植え込まれた日本庭園が広がっている。因みにその中庭を挟んだ向こう側が箒の部屋だ。

突き当たりを左に曲がると、社に出ると言う。

社のソバには木製の神楽舞台が組まれていて、雪子さんを含む数人の男性たちが幕を吊る作業をしていた。

 

「――あら、なにか御用事かしら?」

「あっ、いえ。なにか手伝えることがあれば・・・・と思いまして」

 

気づかれない距離から眺めていたというのに、俺に気づいた雪子さんが柔和な笑みを浮かべる。

て言うか俺。手伝い買って出ちゃったよ。

 

「あらあら。でしたら倉庫の方からベンチを持ってきて下さる? 並べるのは明日の夕方になると思いますが、手伝って頂けるのであれば、お願いします」

「わかりました。倉庫ですね」

 

玄関で靴をつっかけ、屋敷を回り込んで倉庫に向かう。

さっき部屋の窓から見えたが、古びた土塗りの建物。見るからにあれが倉庫だろう。

絵に描いたような日本式の倉庫には南京錠が付いていたが、鍵は掛かっていない。

引いてみると案外簡単に扉が開いた。

中のホコリに咳き込みつつ改めると・・・あった。

布が掛けられた折り畳み式のベンチだ。

軽いから2、3個は一気に持っていけそうだぞ。

肋骨に負担をかけないように背負うようにして運ぶ。

倉庫から出て、さて持っていこうかと前を見たとき。

 

(――――ん? ここからだと箒の部屋が見えるんだな・・・)

 

倉庫から出て正面には、箒の部屋の縁側があった。

普通なら障子と窓ガラスで中が見えないようになってるハズだが、空気の入れ換えのためか今は開放しているようだ。

・・・・・って、ヤメヤメ。女子の部屋なんて覗いてどうする。

俺はもういっぺん箒の部屋を一瞥すると、手伝いを再開する。

入ってくる見物者が多くて、客席も大量に必要らしい。

ので、俺は何度も何度も往復し、客席を運んでいく。

しかし、しかしだ。

倉庫を出るたびに箒の部屋が気になってしまう。

 

(・・・そう言えば、箒は束さんの妹。俺は束さんの息子。てことはつまり・・・・・)

 

俺は再び発覚したオドロキの親類関係(初めはラウラ)にショックを受けつつ、箒の部屋に歩み寄る。

・・・まぁ、なんだ。

親戚だと思っちまえば覗きの罪悪感も軽くなるかもだ。

それに、篠ノ之姉妹の仲の悪さは周知の事実だが、プライベートではどうなのかも気になる。実は仲良しだったりしてな。

そう言うわけでテキトーな言い訳を並べつつ、箒の自室観察の続きだ。

アイツには一夏自慢で割りとめんどくさい目に遭わせられてるからな。

弱みの一つでも握ってやれ。

前に模擬戦で一夏に勝ったと言いかけたら竹刀で打たれたし。理不尽すぎる。

 

箒の部屋は、至って普通だった。

畳に、普通の勉強机。

まだ処分していないのか、中学の制服とおぼしきセーラー服が掛けてあるが、それ以外に目立った特徴はない。

タンスの上に写真たてが置いてはあるが、どれにも写真は飾られていない。

中学の友達の写真でも飾っていて、学園の寮にでも持っていったのかと思ったが・・・・・多分、違う。

・・・あそこには恐らく、家族の写真が飾られていたんだ。

束さんの発明により、散々になってしまった篠ノ之一家。

今でもあるその関係の空白が、写真のない写真たての正体。

もちろん俺の臆測なので、本当に正しいと思ってるわけじゃないが・・・・・。

やっぱり、実は仲が良いなんてわけじゃ無さそうだ。

俺は、壁に掛けられたコルクボードのくしゃくしゃの新聞を見ながらそう思った。

見出しは――――篠ノ之束、失踪。

 

 

「いやー!やっぱり雪子叔母さんの料理はおいしいねクーちゃん! 仕事の後だと尚更おいしいよ!」

 

束さんが箸を振りながら雪子さんの手料理を礼讚する。

・・・・あの後、仕事に戻った俺はベンチの運搬を続けた。

途中束さんが手伝いに現れて、例の多機能コンソールを召喚し屋台の設営を手伝い始めたが、仕事の邪魔だ!という声が多数寄せられ敢えなく中断。多機能ゆえの巨体が仇になった。

その後は社の掃除や石階段の掃除で懸命に働き・・・夕方になり夕飯を頂いている、と言うわけだ。

て言うか、汁物摘まんだ箸を振り回すな。散る。つーか散ってる。

 

「こら束ちゃん。喜んでくれるのは嬉しいけどお行儀よく、ね?」

 

座卓に散ったお吸い物を拭きつつ、雪子さんが叱る。

叱られた束さんは、こりこり。静かにたくあんをかじり始めた。

なお、今の束さんは風呂で汗を流した後なのでいつものうさ耳ドレスではなく、淡い青の浴衣となっている。珍しい。

 

「どうですか暮刃さん。お口に合いますか?」

「はい。とても美味しいですよ」

 

家の畑で採れたらしいカボチャの煮付けを食べていた俺にも話の矛先が向いたので素直に答える。

・・・・いや本当に美味いのね、これが。

和食と言えば雨の料理。

しかし、アイツは俺の運動量を知っておいてもなかなか濃い味付けをしてくるのだが、雪子さんの料理は淡泊で薄味。

素材の味を活かした、健康に良い料理だ。

 

「そう言えば束ちゃん。神楽舞はどうするの?」

「どうするって・・・私が居なくても箒ちゃんがやってたんでしょ? じゃあ大丈夫じゃないの?」

「そうだけどねぇ・・・・折角だから踊っていけばいいじゃないの。束ちゃん賢いから踊りは覚えているんでしょう?」

「うー・・・覚えてはいるケド・・・・」

 

歯切れ悪く、答えを渋る束さん。

箸をくわえながら答える様は弱々しい。

ていうか、覚えてるのか神楽舞。

何年前の記憶だよ。

 

「どうしたんだよ。覚えてるなら参加すれば良いんじゃないのか?」

「クーちゃんはあっけらかんと言いますが、束さんだってプレッシャーや負い目とか感じてるんですよ?」

 

両の手をうさ耳っぽくぴょこぴょこ動かす束さん。

あー、やっぱり―――――

 

「―――おばさんもね、箒ちゃんと同じで束ちゃんに言いたいことがないわけじゃ無いのよ」

 

突然の雪子さんの声に、目を瞬かせる束さん。

お、俺もちょっと驚いた。

穏和な雪子さんが、束さんの心情を察し、それでもなお「貴女に文句があります」と言ってきたのだ。

 

「確かに束ちゃんの造った物はとても素晴らしい物だとおばさんも思うわ。でも、それで不幸になった人もいるの」

「そ、それは・・・。・・・・分かってる・・・」

「・・・その反面、すごく助かった人がいるのも事実じゃない? ほら、あの白騎士事件。報道の仕方が白騎士の正体に偏っていたけれど、あれで大勢の人が助かった。束ちゃんは胸を張っていいし、おばさんも鼻が高かったわ」

 

――――白騎士事件と言えば。

10年前に束さんが発表したISの強さを、絶対的なものにした事件だ。

詳しい説明は省くが、事件の全容を簡単に説明すると・・・・世界中の約2000もの大陸間ミサイルが一斉にハッキングを受け、日本に向かって射ち出された前代未聞の事件だ。

これにどうISが絡んでくるかというと、後に白騎士と呼称される一機のISがそのミサイル全てを撃ち落としたのだ。2000発のミサイル全てを。

そのISは小型粒子砲やPICなど、当時実用化されていなかった技術を全て世界中に見せつけ、ISの強さを世界中に知らしめたのだ。

因みに、白騎士の出現に伴ってスクランブルの掛かった空自や米空軍の戦闘機を全て撃墜してしまったことも強さを知らしめる要因となっている。

当時はISの存在と共に、白騎士の正体についての番組しか見かけず、言われてみれば(俺の偽の記憶上)ISによって助けられた、などという報道は殆ど見掛けなかった。

結局、事件を起こした犯人も白騎士の正体も分からず、現在では殆ど捜査は行われていないらしい。

 

・・・本来なら、束さんは称賛されるべき人間だ。

だが、束さんは姿を消した。

そして次に現れたのが双龍のIS開発実験の時・・・ということだ。

なぜ姿を消したのかは俺も知らない。

ISが完成し、超界者が出現してから10年。

双龍が活動を始めたのが2年前なので、間の8年間。

この間のことは俺も教えてもらえず、束さんしか知らない。

 

「だから、束ちゃんは自分を誇りなさいな。束ちゃんのしたことを正しいと言ってくれている人が居るじゃないの。世間様は無責任だなんだって束ちゃんを言ってるけれど、気にすることはないのよ」

「でも、私のせいで両親は――――」

「箒ちゃんなら、分かってくれるわ」

 

雪子さんは、強くそう言った。

それきり束さんは口をつぐみ、モソモソとニンジンのきんぴらを食んでいる。食うんかい。

・・・・・迷っているのか。束さん。

完全に壊れてしまった姉妹関係を修復することを。

 

雪子さんがお茶を沸かしに席をたってしまったので、

 

「・・・箒もあんたのISで助かった事実があるんだ。多少なりとも今の関係に悩んでるだろうさ」

 

なんてフォローをしてみる。

すると、コクン。頷いた。

ま、これ以上は当人同士の問題かな。

箒もここで神楽舞するらしいから明日には来るだろうし、話し合うチャンスはきっと来る。

 

(・・・ていうか、なんで俺母親と叔母の関係にここまで苦心してるんだろうなぁ)

 

食事を終え縁側に出ると、背後に突いた手に上体を預け、軒下から月を見上げる。

明日は神主として、午前中を御守りとか売って過ごす予定だ。

箒が来るのは夕方ごろになるらしいから、それにあわせて俺も夏祭りを回っていいと言われた。

別に祭りを一人で回る趣味はないので、どうしたもんかと頭を悩ませる。

・・・誰か誘うか・・・。

うん、そうだ。それがいい。

一人で人混みをぶらつくのは危機管理的に甘いと言わざるを得ない。

ツーマンセルを基本として、出来れば四人くらいの小隊を作りたいところだ。

すると、誰を呼ぶか。

セシリア―――は、金髪が目立つ。

同様にデュノアもパートナーから除外。

ラウラはクラリッサとかからふざけた日本文化を埋め込まれている可能性があるので、逆に騒動を起こしかねん。除外だ。

すると、水色頭とツインテールが目に浮かぶのだが、水色頭は今仕事で国外のはずだ。

二学期から復帰するとのことなので憂鬱だが―――――消去法で呼ぶのは鈴だな。

頭のなかで「素直じゃないのはテメーだろ」という誰かを封殺し、取り敢えずメールを送る。

 

『篠ノ之神社。午後7時。紛れるように浴衣で集合。有事に備えろ』

 

っと。こんなもんか。

戦闘のパートナーとしての鈴を、周囲に溶け込むように浴衣で呼び出し、もしも襲撃があった際に備えて武装させる。

完璧な文面だろう。

よし、送信っと。

メールの送信を確認して携帯を閉じると、背後から喧騒が聞こえてきた。

遅れてやってきた篠ノ之家の親類と、束さんが酒を呑み交わしているのだ。

おいおい、おじさん方。

その人、酔うと寝るタイプだぞ。

運ぶのは俺の仕事になるんだから、あまり酔わさないでくれよ?

 

虫の鳴き声と共に、夏の夜が更けてく。

束さんの酒を飲む酔った笑顔を見ながら、俺はため息をついた。

明日は祭り本番。

綺麗な花火が見られると良いなと、柄にもなく思った俺だった。

 

 

 



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新たなる敵と夏祭り(後編)

四巻ラストです。


翌日。今夜は夏祭りだ。

今朝、目覚めると隣に寝ていたはずの束さんが布団から居なくなっていた。

時計を見ると7時前。

束さんの生活リズムがどうかは知らんが、行動するには早い時間ではないだろうか。

不思議に思い、着替えて家のなかを探し回っていると・・・見つけた。

 

束さんは舞台に立っていた。

白装束に身を包み、長い髪をきらびやかな(かんざし)で留めている。

・・・あれが、神楽巫女としての束さんか。

早朝の静けさのなかに佇む束さんは普段より近寄りがたい感じがして、声をかけるのを躊躇ってしまう。

―――舞が、始まる。

両手に携えた刀と扇を操り、見事な舞を披露する束さん。

小鼓も笛もないのに、音楽が鳴っているような錯覚まで覚える。

・・・どうやら本当に神楽舞については全て記憶しているらしい。

後で聞いた話だが、篠ノ之家の神楽舞に使われる太刀と扇。

これらの装飾は篠ノ之流古武術の型、「一刀一閃」に由来するもので、今では本当に篠ノ之流剣術の型に「一刀一扇」とあるらしい。あ

束さんが扇を振るうたびに鈴の音が鳴り、次第に舞が剣術らしい勇ましいものに変わっていく。

扇で払い、受け流し、刀で斬り、突く。

そんな、息を飲むほど鋭く絢爛な舞がしばらく続き――――束さんが得物を同時に腰に納める。

 

「・・・・出てきてもいーよクーちゃん」

「・・・・・なんだよ。やっぱりバレてるのか。昨日も雪子さんに見つかったんだが、どうして気づかれたんだ?」

 

盗み見ていたのを恥じながら束さんに訊いてみる。

するとフフッと笑った束さんは、

 

「ウチの御神体は刀なの。お盆期間中は丁度クーちゃんの後ろに飾ってあるから隠れても刀身に映るんだよ」

「・・・・そう言うことだったのか」

 

背後をチェックすると・・・確かに抜き身の刀が祀られている。

これが御神体か・・・。盗まれても知らねーぞ?

 

「随分と・・・その、様になってたな」

「素直に誉めればいいのに~。ちゃんと覚えてたでしょ?」

 

いやんいやんとばかりに身体をくねくねさせる束さん。

格好いいと思ってたのに台無しだな。やっぱり束さんか。

 

「ん―、そうだね。クーちゃんも持ってみる?」

「はっ? えっ? ちょっ! 刀投げんなよ!?」

 

束さんがぽーいと持っていた刀を投げてきたので、慌てつつもなんとかキャッチする。

全く、鞘に入ってたから良いものの、真剣だったらどうするつもりなんだ。

続けて投げてきた扇もキャッチして、束さんと同じように構えてみる。

・・・・この模造刀、女性用に造られているらしく柄が細く、軽い。

装飾がシャラシャラ鳴るが、振るのに邪魔になることは無いようだ。

篠ノ之流の一刀一扇は、扇で、「受ける」「流す」「捌く」を担当し、刀が「斬り」「突き」「断ち」を担当する。

大まかに分類してしまうなら小太刀二刀流というべき、れっきとした戦闘スタイルである。

俺の場合、時穿と流桜の一刀一銃になるんだが・・・応用が効くかな? どっちも攻撃武器だけど。

構えの特性をあらかた検証した俺は、束さんに刀と扇を返す。

すると―――

 

「っ!?」

「ごめんねクーちゃん。けど、少しじっとしててよ」

 

いきなり、本当にいきなりだ。

腰に刀を納めた束さんが、俺に抱きついてきたのだ。

動揺は一瞬で――次の瞬間には束さんの甘い香りが鼻をくすぐった。

 

「・・・仲直り、やってみるよ。クーちゃんも大事だけど、箒ちゃんも束さんの大事な妹だもん」

 

俺の耳のそばで、くすぐるように囁かれる声。

その声には不安と覚悟が感じられた。

 

「クーちゃんは経公相手に、頑張ったよ。だから、次は束さんの番。・・・頑張るなんてしばらくぶりに口にするけど、案外恥ずかしいねこれ」

「・・・・そりゃ、アンタは天才だからな」

 

どう声をかけたらいいのか分からないので、そんなどうでもいいことしかコメントできない。

 

「昨日も言ったが、箒だって今の関係を気にしてる。そこで天才のアンタが頑張るんだ。悪い方に動くわけがないだろうよ」

「・・・ふふっ。息子に励まされるなんて、天才の束さんの人生においても稀有な出来事だよ~・・・なんてね」

 

ちょろっと表面が出たのを最後に、束さんが離れる。

 

「――さて、クーちゃん! 朝ごはんだよ~!」

 

腰に手をあて、ふんぞり返る束さんは、完全に吹っ切れた清々しい笑顔だった。

 

 

「・・・・けっ」

 

夕方になり、神主の手伝いをしていた俺は二人して恋愛守りを買っていったリア充にネクラっぽい視線を向けていた。

チクショウ。結構マイナーな祭りかと思ってたが、ここの神社、祀ってあるのが女性の神様なだけに恋愛運に定評があるらしい。不幸に定評のある俺が参拝すべき神社はどこですかね?

午前中から行っている、効果の高そうな開運お守りの選定を再開していると、来たぞ来たぞ。浴衣の女子の集団が。

どいつもこいつもキャッキャと楽しげに祭りを謳歌しているのをじとーっと見ていたのを心配したのか、隣から・・・

 

「柊先輩、もう少し愛想よく出来ないのですか・・・っ?」

 

なんて俺と同じ袴姿の箒が声をかけてくるが、四六時中愛想のないお前に言われちゃオシマイだな。

因みに、箒はこのあと六時から神楽舞を束さんと一緒に舞い、その後またお守り販売の手伝いに入ってもらうことになっている。予想以上に混んでいるため、販売の仕事を手伝ってもらっていたのだ。

 

なぜか俺をチラチラ見つつ、隣の箒の案内でお守りを購入した女子の一団は、これまた俺の方をチラチラ見ながら去っていく。

二人して集団に一礼しながら、少し反省。

しまった。睨みを効かせ過ぎたか。

しかし、一人だけ礼を返して去っていった礼儀正しいヤツがいたので少し気も治まる。かいちょーとかって言われてたから、どこかの学校の生徒会長なんだろうか。

 

時間が来たので、箒は神楽舞の準備に向かい、俺が一人で販売を受け持つ。おい、途端に客足が鈍くなるのやめろ。

一応バイトとして給料も出るので、携帯いじるわけにもいかんし、接客がないと暇だ。

どこからか聞こえる祭り囃子(ばやし)を聞きながら、遂には自分の金でおみくじを引き、凶を引き当てて自分でテンションを下げ始めた俺の前に――――

 

「うっわ。目付きの悪い神主ねぇ。もうちょっと朗らかにならないの?」

 

カツッと赤い鼻緒の下駄を響かせ、鈴が―――って。

 

「・・・・ん? どうしたのよ? フリーズ? クレハが来いって言ったから来たのよ?」

 

ヒラヒラ~っと手をふる鈴なんだが・・・・

・・・か、カワイイぞ、凄く。

前に見た浴衣のモデル写真では、黄色の浴衣でガキっぽく決めていたが、今の浴衣は大人な紺色に甲龍を思わせる朱い牡丹柄で・・・なんというか、凄くイイ。

どっちもカワイイに変わりはないが、予想とは大分違ったためやっぱりインパクトが大きい。

人込みに紛れるように地味な感じにしてきたんだろうが、逆に目立っちまってるぞ。

 

「・・・あっ、時間! 時間どうしたんだよ? 約束は7時だぞ。三十分も早く来たのか」

「べっ、別にいいじゃない。いつ来たって・・・ていうかアンタもなんでそんなことしてんのよ?」

「バイトだよバイト。束さんの付き添いでここに来て、手伝いしてるんだ」

「へー、あっそ。いつ終わるの?」

「わからん。向こうの舞台で今箒と束さんが神楽舞をやってるからそれが終わったらこっちも終わっていいだとさ」

「へー」

 

へーって・・・。

 

「見に行かないのか?」

「別に。あんまり興味が無いわよ。・・・それにしても日本のお守りって慎ましいわね。もっと派手なのないの?」

 

棚に陳列されたどれもこれも地味なお守りを、つまらなそうに見る鈴。

・・・棚に近づくと、身長のせいで首から下が見えなくて生首状態になるんだな。

鈴の母国の中国のお守りと言えば、真っ赤で唐辛子の飾りがジャラジャラ付いたものを連想するんだが、確かに派手さで言えば向こうの方が圧倒的に派手だろう。

 

「無い。ここのお守りは藍色一択だ。恋愛なんかにご利益があるらしいぞ」

「れっ、恋愛?」

 

おっ、鈴が目を瞬かせた。

そして、ギロッ。

爆弾でも探すような目付きになってお守りを見渡す。

さ、さっきよりも熱心に見てるな・・・。

やっぱり女子って言うのは、なんだかんだ言って恋愛守りを持っていたいのだろうか。

鈴は恋愛成就と書かれた藍色のお守りを買い、それを巾着袋にしまう。

 

「そ、そう言えばここっておみくじはあるの? あたしやりたい」

「あるぞ。百円だ」

 

鈴のちっこい手から百円を受け取り、代わりに六角形のアレ(名前は知らん)を渡す。

鈴は真剣な顔でそれを上下に振り、出てきた一本の数字を告げる。

 

「26よ」

「はいはい、26・・・26・・・これか」

 

背後の棚から26番のおみくじを取りだし、鈴に渡す。

その場で開いて確認しているので、俺も見えるんだが・・・・ぷっ、鈴のやつも凶引いてやがる。

日頃の行いの悪さだ。他の運勢も悪いに違いない。

どれどれ・・・願望、叶い難し。ほら見ろ。

その他の運勢も微妙なものが続くなか、鈴の目が一点に集中しているのに気がつく。

視線を辿ると、れんあ―――・・。

 

「―――ムゥリィィィィィ!」

 

突然、鈴が絶叫した。

顔を真っ赤にして天を仰ぐ鈴の姿は、浴衣の可愛らしさを帳消しにするほどの迫力を放っている。

え、なに? アイツになにが起こった・・・?

叫んで息が切れた鈴は、鬼のような形相でおみくじを―――ーや、破った!

 

「お、おい。悪かったならそこの木に結べば――――――」

「―――うるさいッ!」

「えぇ・・・?」

 

わ、分からない。

なんでいきなり切れたんだ?

だが、触らぬ鈴に祟りなしだ。できるだけスルーしていこう。

「出来るか出来るか出来るかぁッ!」と呟きながら細切れのおみくじを踏んづける鈴。

それを不思議に思って見ていた俺と目が合うと・・・・。

 

「~~ッ!」

 

変な感じに喉を鳴らし、くるっ。

幾分か落ち着いた様子で屋台の方に体ごと意識を向ける。

・・・・マジで変なやつだな。

すると、舞台の方から慎ましい拍手が聞こえてきた。

舞が終わったらしく、舞台の上では束さんと同じように神楽巫女の格好をした箒が舞台袖へと消えていくところだ。

さて、舞が終わったんだしこっちも着替えて祭りに繰り出そうかな。

俺はそっぽを向いて、顔の辺りをパタパタしてる鈴に声を掛ける。

 

「―――おい鈴。終わったみたいだし、俺たちも行くか?」

「う、うん」

 

鈴は頷いた。

鈴らしからぬ、素直な表情で。

 

 

「やっぱり祭りだなぁ・・・」

「そ、そうね・・・」

 

ぎこちなく答える鈴。

さっきのアレ以来、どうやら緊張してるみたいだが外見には緊張してると臭わせる要素はない。

両手に持った綿あめとりんごあめ。

頭に被ったヒーローモノのお面。

全力で祭りをエンジョイしているようにしか見えない鈴がソコにはいた。

 

あれから着替えて十分ほど、小山のふもとの石段から歩いてきたんだが、鈴には本当に振り回されっぱなしだ。

なんせ表情とは裏腹に、身体が遊ぶ気まんまんなのだ。

いつの間にかフラフラ~っと綿あめを買いに行き、お面を被って現れたときには「迷子?」って素で聞いちまってデンデン太鼓みたいにツインテールで頬を叩かれた。

それからも鈴の買い食いは止まらなかった。

焼きそば、焼きいか、かき氷。

やめろと言ってもなぜか鈴は止まらないので、しかたなく二本目の綿あめを買ってきた際に財布を取り上げることで買い食いを強制的に止めさせた。

しかし財布を返せと暴力に訴えてきたので、心配しつつも返したが、いったそばからりんごあめを買ってきたのでもう諦めた。IS乗りとして、急激な体重変化は避けるべきだろうが、もう知らん。好きに太れ。

 

「・・・・なにをそんなに緊張してるんだ?」

「別にしてない!」

 

いや、してるだろ。

綿あめに顔を突っ込む勢いでカッ喰らう鈴を見てため息を吐いていると・・・・。

 

「あれ? さっきの神主さん・・・?」

 

鈴が来る直前に、お守りを買っていった浴衣集団の女子が一人でキョロキョロしていた。

赤い髪をヘアバンドで纏め、ポニーテールのように後ろに垂らしているサバサバした外見の女子だ。

あ、よく見たら唯一ちゃんと礼を返してきた女子だ。

 

「売店にいなくていいんですか?」

「俺はバイトだよ。終わったから祭りを見てる」

「へぇ~、そうなんですか・・・・って、え!?」

 

ヘアバンドが、何かに気づいて驚いている。

見ているのは・・・わたあめにがっつく鈴?

 

「・・・おい、鈴。知り合いか?」

「ん? 知り合い? こっちで知り合いなんて五反田のやつらくらいしか・・・って、はっ!?」

 

わたあめから顔を上げ、ヘアバンドの顔を確認する鈴。

 

「「なんで蘭(鈴さん)がここに居るのよ!(居るんですか!)」」

 

揃って声を上げる二人。

周囲の視線が一気にこちらを向く。

 

「二人とももうちょい静かに喋ろうぜ?」

「・・・出来ないわクレハ。コイツとは着けなきゃならない決着があるの」

「そうです神主さん。いくら神社の人だからって邪魔するなら容赦はしません」

「俺は静かに喋れって言っただけだろ・・・」

 

なんか知らんが、いきなり険悪なムードだ。

二人にあわせて、周囲の雰囲気もちょっと悪くなってるんだが、それに気づかないほど興奮しているらしい。

さすがに一般人相手にISは使わない・・・使わないと信じたいが、それでも鈴と喧嘩なんか始めたら手がつけられなくなる。

このヘアバンドが何者か知らんが、止めるしかないな。祭りの評判にも響く恐れがあるし。

 

「中学の時はよくもいじめてくれたわね、下級生のくせに!」

「鈴さんこそ! 私が一夏さん近づくたびに邪魔をして!」

「ふん! それで弾を使って仕返しとか情けないったらありゃしなかったわ!」

「く、くぅ・・・あのバカ兄さえしっかりしていれば・・・!」

 

あー、これ一夏が関係してるパターンか。

二人をどう止めるか考える。

 

「もう我慢なりません! IS学園に入ってるって聞きましたから手加減はしません!」

「候補生相手に喧嘩を売るなんて大した度胸ね。良いわ。買ってあげる・・・ッ!」

 

二人が同時に飛び出す。

超界の瞳が処理した映像が、スローモーションのように脳内に浮かび上がる。

僅かに先行して飛び出したのは、ヘアバンド。

下駄で蹴りを入れるつもりなのか(容赦ねぇな・・・)やや前方向に飛び上がり、脚を上げ始めている。

鈴は予想していたのか、巾着の中身を袖に移し、空っぽの巾着袋をグローブのように手に巻いている。受け止めるつもりか!

鈴vs雨や、鈴vs箒ならどちらかが尽き果てるまで放っておくんだが、今は祭りな上に衆人環視の中だ。迷惑を掛けないためにも止めるしかない。

蹴りを受け止めようと構えている鈴は置いておいて、止めるならヘアバンドだ。

俺は鈴の前にPICを使って身体を滑り込ませると、ヘアバンドの蹴りと向かい合う。

しかし、ソコでハプニングだ。いや、この場に限っては幸運とも言えるかもしれない。

ヘアバンドは高く飛び上がり、特撮ヒーローのような蹴りの姿勢に入っている。

即ち、それは脚を大きく開いて伸ばすような蹴りで・・・・。

右前にした浴衣の裾が、脚の動きによって開いていく。

(あらわ)になっていく脹ら脛に、すね。

そして遂に白く細い女子っぽい太ももが目に飛び込んでくる。

 

―――Bシステム、起動します

 

初対面の人間に微かでも興奮を覚えてしまった罪悪感はともかく、せっかく起動したBシステムだ。この場を穏便に済ませるため、活用させてもらおう。

・・・改めて状況を整理する。

前から飛んでくるヘアバンド―――鈴は蘭と呼んでいた―――の下駄。

アレが一番危険だろう。

俺の顔の高さにまで飛び上がった蘭の下駄は、予測だと鈴の顔を直角に捉えているコースだ。

人ひとりぶんの体重を完璧に受け止めきれるとは思えないし、受け止めたとしても、あの巾着じゃぁ怪我は免れない。

やはり、俺が止めるしかない。

迫り来る下駄に俺は手を伸ばし、それを掴む。

このまま脱がすのも手だが、それだと蘭の姿勢が崩れて落下してしまう。これも怪我をするからダメ。

だから俺は咄嗟の判断で動く。

俺は蘭の蹴りの勢いを殺さずに、下駄に触れたまま腕を引く。

手首で勢いを殺し、肘関節で更に緩和。

肩まで使って蘭の勢いを完全にゼロにする。

蘭の下駄を持ったまま、背中を反る姿勢になった俺は、蘭の勢いがゼロになった瞬間を感じ取って―――

 

――――――蘭の股関節が正常な位置に戻るように、下から勢いよく持ち上げる。

 

都合、俺の手の上に蘭が立っている姿勢になったが、このままでは不安定なので、もう一方の足も揃えて持ってやる。

・・・・なんとか衝突は避けられたが、余計目立つ状況になっちまったな。

今、俺は両手を上に伸ばし、その手の上に蘭が立っている状況だ。

上にいる蘭もポカーンとしているが、きっと周囲の視線を一身に浴びていることだろう。

なんせ喧嘩だと思ったら大道芸が始まったのだ。驚かないわけがない。

 

「・・・・えっ? ちょっ、なにこれぇ!?」

 

上から蘭の情けない声が聞こえる。

ははっ、ちょっと我慢してくださいね。喧嘩しようとした罰だ。

しかし、ここで俺は単純なミスをおかした。

鈴が、受け止める?

この鈴らしくない対応に俺が違和感を感じた瞬間―――ガッ!

・・・・腰に、衝撃。

巾着袋に包まれた鈴の拳が俺の腰に突き刺さり、身体がくの字に折れる。

あ・・・・やべ。蘭を支えられない。

いつの間にか、Bシステムも止まっている。やはり興奮が微かだったためすぐに止まったのか。

上から降ってくる蘭のオシリを見ながら、さっきの反省をする。

そうだ。鈴が喧嘩で防御から入ることはない。

いつだって先に殴りかかる。

拳に巻いた巾着袋は受け止めるための緩衝材じゃない。

殴る際に拳を痛めないように巻いた、マジもんのグローブだったんだ。

 

蘭のオシリと、石畳に挟まれるまで、残り0,2秒。

蘭の蹴りから守ってやったと言うのに構わず拳を放った鈴。

テメーだけは許さね―――むぎゅ。

 

 

気がつくと、夜風の気持ちいいベンチに横たわっていた。

 

「・・・・気がついたみたいね」

「なにが気がついた見たいね、だよ。誰のせいだと思ってる」

「あんたが出てこなきゃ、穏便に済ませたわよ」

 

・・・嘘つけ。

絶対に殴ってただろ。蘭を。

起き上がり、隣のベンチに座っていた鈴の様に腰かける。

 

「・・・あのヘアバンド、誰だ?」

 

俺の質問に鈴はハァ、とため息をつき、

 

「年下に甘いクレハだから説明したくは無かったけど・・・あの娘は五反田蘭。中学の時の後輩よ」

「日本のか」

「そうよ。前にも言ったし、一夏からも聞いたと思うけど・・・あたしは二年と少し前まで日本で生活してたの。その時よくつるんでたのが、一夏と蘭の兄の五反田弾よ」

 

鈴の話によれば、蘭のオシリに潰されて気を失った俺を縁日から連れ出しここまで運んだのが、その弾と言う人らしい。

 

「蘭とはよく喧嘩してね。お互いに簡単な罠張りあったり、ヘイトスピーチもよくしたわ」

「おい、そんな恐ろしい過去をしみじみと語るな。思わず『・・仲良かったんだな』とかって思っちまっただろ」

 

なんでそんな事も無げに語れるんだ。

 

「そう言えば蘭、あんたのこと相当警戒してたわよ。いきなり足もって持ち上げるのはやり過ぎたんじゃないの?」

「うるせ。急に喧嘩しそうになったから止めようと思ったんだよ」

「完全に逆効果だったわね。・・・・ねぇ今度五反田食堂ってところ行かない?」

「絶対に嫌だ。名前からしてその兄妹の家だろ。会わせるつもりか」

「謝った方がいいかと思ったのよ」

「・・・・・」

 

鈴にしては珍しくマトモな考えだったため、俺は言葉を濁す。

地面にあったビニール袋に気がつき、中身を見てみると・・・

 

「・・・フランクフルト?」

「蘭からよ。一応喧嘩沙汰を未然に防いでくれたんだし、感謝の印だって。あの娘、中学の生徒会長らしいから」

「・・・・・」

 

袋から棒つきのフランクフルトを取りだし、食べる。

・・・・・まぁ、これの礼ぐらいは言っとかないとダメだなって気はしてきた。

これ以上さっきのことについて話すのも面倒だったので、話題をそらす。

 

「・・・・そう言えばおみくじ、なんて書いてあったんだ?」

「・・・・・・」

 

おっと。

今度は鈴が黙りか。

能面の様な顔をして、花火がうち上がる空を見ている。

・・・・ちょっと強引に行ってみよう。

 

「なぁなぁ、なんて書いてあったんだ? 胸―――」

「殺すわよ」

 

―――でも大きくなるって書いてあったのか?

 

「じゃあ、チビ―――」

「殴るわよ」

 

―――じゃなくなるって書いてあったのか?

そう言おうとした矢先、鈴に遮られる。

なんつー、反射神経だ。

・・・・じゃあ、

 

「じゃあ―――」

 

ドンッ!

 

―――恋愛でも上手く行くって書いてあったのか。

そう言おうとした矢先、今度は花火によって遮られた。

いうタイミングを損なった俺が、鈴の方を見てみるが、既に鈴は花火に意識が向いている。

色とりどりの花火が上がり、赤や黄色の光が鈴の顔を照らす。

参ったな。他に鈴が取り乱すおみくじの内容が思いつかない。

花火がドンドンうち上がる音を聞きながら、考え込んでいると、隣に鈴が座ってきた。

その顔は赤いが、多分花火のせいだ。

 

「・・・・クレハ」

 

この距離なら、花火に邪魔されず、鈴の声を聞くことが出来る。

俺の名を呼んだ鈴が、言いにくそうに口元を強く結ぶ。

言おうとするたびに声を出せなくなるのか、鈴が恥ずかしそうに口を開いては閉じるを繰り返す。

これから鈴が言いそうなこと。

幾つかは予想がたってるし、言われた場合の対応も思い付く。

だが、その中の一つだけ。

言われたとしても、未だにどうすればいいのか分からないパターンがある。

もし言われたとして、俺はそれに答えられるのか。

言わずとも、鈴は察してほしいと願っているのかもしれない。

でも、それはとても危険なことで、最悪また鈴を傷つける結果になりかねない。

だから、言葉にされれば、鈴の思いが告げられれば、答えざるを得ない。

・・・・・俺の思いをぶつけるしかない。

そういう覚悟で、鈴の言葉を待つ。

 

一際大きい破裂音が鳴る。

多分、花火大会に終止符を打つ、最後の花火だ。

大空にうち上がった大輪の花に、俺たちは意識を奪われ―――言葉にするタイミングをまた失ってしまう。

 

「あ・・・」

「あー・・・」

 

お互いに空気に耐えられなかったらしく、苦笑いだ。

祭りが終わった夜に、寒々しい風が吹く。

 

「・・・・寒いなここ」

「そ、そうね・・・」

「今、篠ノ之家に泊まってるんだけど、今晩泊まって帰るか? おばさんに頼んでやるけど?」

「い、良いわねそれ。今日は少し疲れたと思ってたとこなのよ」

 

そして、どちらかともなく、ため息。

すると、謎の疲労感を感じている俺の耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「おーぃ! くぅちゃぁん! どこぉー?」

「ね、姉さん! そんなに大声を上げては迷惑です!」

「束さん・・・こんなに買って、食べきれるんですか?」

 

ベンチから見下ろすと、階段を登ってこっちに来る人影が3つ。

束さん、箒、一夏だ。

 

「やーっぱり一夏は箒と一緒かぁ・・・」

 

隣の鈴が口元に無理やり笑みを浮かべて呟く。

 

「羨ましいのか?」

「ううん。今は・・・その、違うからっ」

 

なにが違うのか告げないまま、鈴は階段を下っていく。

待っているのはあの三人。

俺も鈴のあとを追って階段を下っていく。

 

「やっぱり束さんは天才さんだね! ホラ! あれだけ頑固だった箒ちゃんもこの通り!」

「わ、私は汚れですかっ!」

 

一夏の隣を歩こうとする箒の背中に、束さんが抱きつく。

あの姉妹の様子を見るに、仲直りも出来たようだ。

 

「ちょっと一夏。その袋からいいにおいするわね。少し寄越しなさいよ」

「だ、ダメに決まってるだろ鈴。これは束さんの―――っておい! 袋を引っ張るな! やぶけるぞ!?」

 

鈴はいつも以上に笑顔を振り撒き、一夏は袋を狙う鈴から逃げている。

・・・少しだけ、一夏が羨ましい。

偽りのない過去があり、付き合いの長い友人がいる。

俺にも場面の記憶はあるが、その時の感情の記憶が無いのだ。

雨には悪いが、泣いていても笑っていても、悲しかったのか楽しかったのかハッキリしていない。

だから、今感じている疎外感が重くのし掛かってくる。

 

「・・・・別にクーちゃんを仲間はずれなんかにはしないよ」

「・・・なんで心が読めるんですか」

「んー、やっぱり母親だからじゃない?」

 

また適当なことを・・・。

いつの間にか、一夏を鈴が追って、鈴を箒が追っている。

あいつら浴衣なのになんで走れるんだ。

まぁ、タイトスカートで駆ける教員も居るから深く考えるのはよそう。

 

「確かに、クーちゃんは生まれが特殊だけど、それは生まれだけの話だよ。だから、クーちゃんも他の人と同じように時間を重ねていけるよ」

 

隣に立つ束さんが諭すようにいう。

 

「取り敢えず、フツーに恋愛して、フツーに結婚して、フツーに孫の顔見せてくれれば束さん的に問題は無いのですよ~」

「そりゃ難しいことをいうな」

 

わりとガチで返した俺に、束さんはクスッと笑い、

 

「はてさて、そう思ってるのはクーちゃんだけかもね~」

 

カサッとなにやら紙片を俺に押し付け、追いかけっこに加わりにいく。

・・・・フリフリドレスで追いかけっこしてる人が親なんだよなぁ、俺。

手の中を見てみると、そこにあったのは千切ったものを復元したような、セロテープだらけのおみくじ。

吉凶は読めないが、一つだけ読める運勢があった。

 

―――恋愛、ためらわず告白せよ

 

思わず空を見上げる。

あー、ちくしょう。

今この時を夢にしていいから、明日もう一回同じ日を送らせてくれよ。

無性に、そう思わずには居られない気分だった。

 

セミの鳴き声が響く真夏の夜。

やりきれない思いと共に夏祭りが終わった。

 

 

真夏の夜の夢~クレハver~ 了



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第五巻
新学期と悩みの種


お久しぶりです。
旧型スマホの私にFGOやグラブルは重い・・・・。
グラブれません(憤慨)


アイアンマンの襲撃があった次の週、夏休みが開けた。

先日の件に関してはアメリカ人のダリル先輩に探ってもらったところ、

 

『ウチの政府は関係ねーよ。シールドって言うのは、自分勝手に活動する気紛れ部隊でよォ・・・アベンジャーズのリーダー・・・ああ、先代のアイアンマンな? は、今じゃペンタゴンの技術開発のトップってハナシだ』

 

―――だからアメリカに弱味を作るような安い攻撃は仕掛けてくるはずがない。

だそうだ。

そうすると、あの襲撃は本当にあの子供っぽいアイアンマンの独断行動って線が有力だが・・・、また来るとか言ってたし、今度はお仲間を連れてくるかもしれん。要注意案件だ。

 

そんなことを考えつつの始業式が終わり、IS学園はいきなり授業へと移る。

今日は実習のない教科授業の日なので、クーラーの効いた教室で授業を受ける。

ちなみにだが、あの夏コミでの戦闘、学園内じゃ全く噂になってない。

だてに普段から銃器やら刀剣やらに触れてるぶん耐性があるし、クラスによってはガチの戦争経験者がISの教育を受けているのだ。

一年ならまだしも、二年になってドンパチで騒ぐようなヤツは居ないのである。

外から聞こえるISの駆動音や銃声、剣戟の音に混じって、ドォン、ドォンという破砕音が微かに聞こえる。

あれは、衝撃砲の着弾音だ。

たしか午前中は専用機持ちの一年で実戦訓練が組まれていたはず。

つーことは今戦ってるのは鈴とアイツらの誰かか・・。

 

「―――この積分問題を・・・今日は3日だし三番、安住。やってみなさいよ」

「はい」

 

大倭先生に指された安住が黒板に立ち、見事正答する。

・・・・授業の合間に度々聞こえる衝撃砲の音。

なんか花火みたいに聞こえて、妙な記憶が掘り起こされちまうな。

イカン、集中だ集中。

数学は苦手教科だし、呆けてると新学期早々にチョークをくらうぞ。

背筋を伸ばし、数学の授業なのに妙に気合いの入った俺をクラスメイトが意外そうに見てくるが、そんなの気にしてられん。だって積分、分からないんだもの。

しっかりやらねば中間で赤点だろうし、なによりあの異常に勉強のできる一年女子どもに舐められたくない。

確かなプライドを胸に、黒板の板書を書き写す。

 

「え、ええと、柊くん? 熱中症なら保健室行く?」

「・・・・・・」

 

早々に大倭先生に茶々を入れられた。

 

 

要らん心配をしてくる教師の授業を終え、昼休み。

食堂に向かうため、渡り廊下を歩く。

今日の日替わり定食、サバの味噌煮らしいから早く行かねば売り切れてしまう。

IS学園食堂のババ様のサバは最高だからな。

なんて、いまだに真夏の様相をみせる海の風景を見ながら歩いていると・・・、

 

「―――フフッ、久しぶりね。柊クレハくん」

 

ゾクッとくる吐息の掛かった声。

声の主はどうやら俺の背後に立っているらしい。

いつの間に?という疑問は持たなかった。

この女なら俺に気づかれずに接近することができるという候補がちゃんと居るからだ。

 

「ああ、久しぶりだな―――更識楯無」

 

首に添えられた青い扇子を払うと同時に背後へ肘鉄を繰り出すが―――避けられた。

 

「相変わらず喧嘩っ早いわねぇ・・・もっと余裕を持たなきゃダメよ? 女の子逃げちゃうじゃない」

「さっそくイラつくセリフをどうもな。だけど安心しろ。猫女は女の子の範疇に無いからな」

 

振り返った先にいる女子生徒。

口元に『挑発』なんて書かれてる扇子を広げ、不敵に笑うこの女こそ、青髪こと更識楯無。

学園最強の名を持つ生徒会長様だ。

長袖の制服を肘まで捲し上げて立つその姿は今の俺の素人目で見ても隙がなく、撃ち込んだところでカウンターを喰らいそうな迫力がある。

 

「あら、いってくれるじゃない。半年振りなのに私のこと覚えてくれてるようで良かったわ『女装男子』君?」

「いつまでそのネタ使ってるんだよ。いい加減に昔のことは忘れようぜ生徒会長サマ?」

 

・・・見てわかる通り、俺たちは仲が悪い。

理由としてはスッゴいくだらないんだが、とてつもなく難しい事情があったりする。

 

「長期任務、無事終わったようで何よりだぜ」

「ええぇ、無事に終わったわ。私の活躍で! 私の働きで!」

「ああーうるさいうるさい。あと扇子を振るな。熱風がマジでキツイ!」

 

更識のあの扇子。

アイツのISの待機モードだったりするんだが、紙の面に普通に文字書いてあるし、大丈夫なんだろうか。

 

「で? 何の用だよ。俺はこれからサバを食いに行くんだ。邪魔するなら無理やり通るぜ」

「あら、それなら急いだほうが良いわね~。今日は生徒会の面々が友達誘って食べに行くって言ってたわよ?」

「・・・あくまで邪魔をするつもりか更識」

「何のことかしら? 私はただみんなにサバの素晴らしさを語っただけよ?」

「俺がサバ好きだって知ってて語ったんだろ。確信犯じゃねぇか」

 

俺の中でイライラが高まっていく。

まて、落ち着け。俺たちの間じゃ精神攻撃は基本だ。

だから・・・耐えろッ!

だが、更識は嫌な笑みを浮かべて懐から何かを取り出す。

 

「そしてこれが―――――――今日最後のサバ定食の食券よ」

「食べ物の恨みを舐めるなよォ!」

 

更識の持つ食券に狙いを定め、飛び掛かろうと足に力を籠める。が。

 

「アホなことしてんじゃないわよクレハ。暑いのにさらに暑苦しく感じるわ」

「放せ鈴。俺はこれからあの女に食べ物の恨みを―――――」

「それをやめろっつってんのよ」

 

いつの間にか横に立っていた鈴に頭をシバかれた。

 

「それで? アンタだれよ?」

 

鈴が懐疑的な目を更識に向ける。

 

「ふふっ。誰とはご挨拶ね。中国代表候補生、凰鈴音さん?」

「一学期からいるけど、アンタみたいな目立つ頭初めて見るっての」

 

目立つ頭・・・まぁ確かに色彩豊かになってきた日本人だが、金髪や茶髪は多かれど青髪ってのはほとんど居ないな。

・・・・あ、いやそういやミナトが青いが、あいつは超界者だ。例外例外。

 

「あー、鈴。こいつは―――」

「良いわクレハくん。こういうちょっとナマイキな感じは好きだけれど・・・ちょっと教育してあげる必要がありそうな娘ね」

 

更識が、それこそ猫のように目を細め、鈴をみつめる。

いや、見つめるなんて生易しいものじゃない。

鈴も、どうしてかは知らんが攻撃的な構えを取っている。

や、やる気か二人とも・・・。

 

「やめろ鈴。さっきはちょっと挑発に乗っちまったが・・・更識とは止めとけ」

「うるさいわよクレハ。あの女とはやり合う必要があるわ」

「な、なんでだよ・・・?」

 

鈴の意図が分からず聞き返す。

鈴はちらっと俺を見て・・・更識に向き直る。

 

「―――――あたしもサバ狙いなのよ」

「・・・・あぁ、そう」

 

よく見れば鈴が見てるの、食券だわ。

いつの間にかサバの評判が広がっていてうれしい反面、なんでこれで争いが起こっているのかすげぇ不思議。

 

「良いわね。それじゃあ掛かってらっしゃい鈴ちゃん。おねーさんに勝てたら食券をアゲル」

 

更識がビッと扇子を突き出し、迎撃の構えを取る。

 

「その言葉。忘れるんじゃないわよ―――――!」

 

鈴が床を蹴り、ツインテールをなびかせて真正面から更識に迫る。

更識はクスリと笑うと、扇子で払うのか握っている右手を左肩に寄せた。

 

「―――――見えてるわよ」

 

更識の腕が届く70センチ手前、鈴が払われた右手をよける。

い、今の・・。

角度のある前傾姿勢だったのに、急停止からのバックステップを完全に制御しきっていた。

更識と鈴は性格が猫みたいと評されているが、鈴の場合、身体能力も猫みたいに柔軟だ。

バックステップで更識のカウンターをやり過ごした鈴は、シューズを鳴らして回転し、更識の左側から手を突き出す。

狙いは――――襟。

いいぞ。鈴。

突っ込んでくる相手へのカウンターが得意なヤツに対しては、できるだけ距離を開けないのが鉄則だ。

できるだけ相手に付いて動く。そうすることで相手の動きも封じられるし、得意な技も封じられる。

だからなんとか接近して投げ技に持ち込んだのはいい判断だと言える。

しかし――――それが学園最強の異名を持つ更識の場合、悪手になりえる。

 

「速いわね鈴ちゃん。足運びも良いし、戦い方をよくわかってる」

 

更識が扇子を放り投げ、空いた右手で鈴の腰を固定する。

二人の顔が近くなり、更識が勝利を確信する。

 

「――――でも、私だって得意なのよ? 投げ技」

 

更識が回転し、身長の低い鈴を腰に乗せてブン回す。

―――――跳ね腰。

大きい相手が小さく素早い相手と戦う時の技を、片手だけでやりのけたのだ。

しかし、お前ら。

投げ合うなら下になんか穿け。

 

宙を舞う鈴が地面に叩きつけられる際、更識が左手で鈴を引き寄せ、衝撃を軽くする。

そのおかげか着地した瞬間、両手で更識を弾き、鈴は跳ねるように距離を取った。

 

「・・・・・ッ」

 

見かけは完全に鈴の負け。

組み手で負けて、投げられた後も手加減されたのだ。

だが、顔をゆがめたのは―――――更識だ。

 

「・・・・やってくれるじゃない」

「こっちのセリフだっての。初めにアンタに掴み掛ったとき、もう食券を狙ってたのに」

 

そう言って立ち上がる鈴の手には――――――食券。

そういえば・・・更識は鈴の身体を左手で引き寄せていた。

右手には扇子があって、鈴の腰を固定していた。

すると左手は食券が握られていて、自由に使えないはずだった。

 

「近づけば、あんたの左手に届くと思ってたけど・・・投げられたのは予想外だったわ」

 

鈴は勝って食券を手にしようとしたのではなく、始めから食券を狙って勝負していたのか。

更識の左側から迫ったのも手の長さや身長のハンデを補うため。

急接近したのも食券を奪取するため。

始めっから鈴のヤツ・・・食欲のために戦ってやがった!

 

「驚いたわ~。試合に勝って勝負に負けたのは初めてよ。」

 

制服をパンパン叩きながら語る更識は・・・・笑っている。

更識のヤツ、アレはアレで負けず嫌いなフシがあるから、鈴に出し抜かれたこと、結構気にしてるっぽいぞ。

 

「まぁ良いわ。今回は負けを認めてあげる。けど―――またやりましょ」

 

そう言って、更識は食堂とは反対方向に消えていく。

 

「ふん、別にあたしはキョーミないっての」

 

鈴はその背中に向けて、べぇーっ。

思いっきりアッカンベーを繰り出していた。

 

 

「お前、スゴいな。更識相手に・・・」

 

更識が消えたあと、食堂に足を向けた鈴を追いかける。

 

「別にスゴくないわよ。あの女、本気じゃなかった」

 

・・・・だろうな。

更識が本気を出せば、鈴なんて相手にされてなかっただろう。

更識楯無。

アイツはロシア代表のIS操縦者で、IS学園の生徒会長だ。

候補生ではなく、立派な代表と言う立場で・・・それ故に仕事で学園を空けることが多くある。

去年の12月から長期任務で海外に出ていて、どうやら今日が学園復帰の日だったらしい。

ちなみにだが、この学園における生徒会長と言うのは一つの事実を体現する存在だ。

それは、最強という存在。

学園の創立時からのしきたりで、生徒会長はその年の最優秀の人物が努めることになっているのだ。

それで、更識は去年前生徒会長を私合で倒して生徒会長になった。

いつでも誰でも生徒会長に襲い掛かれるという校則もあって、アイツのまわりにはよく倒された生徒の屍(過剰表現)が転がっている。

生徒会長にもっとも強い人物を据えるというこの学園のシステムも、恐怖政治みたいなのを産みそうで十分にトチ狂ったシステムなんだが、意外と上手いこと回っているのはヤツの人望のおかげなんだろう。・・・・俺はゴメンだね。アイツの近くに行くなんて。

 

「じゃ、なんでクレハはあの女と喧嘩してるワケ?」

 

対面に座ってメシをかっ込む鈴が、箸をくわえて訊いてくる。

それに、後からやって来た一年の面々が加わった。

 

「だね。聞いていれば、学校の生徒会長さんなんでしょその人? 何かしたの?」

「・・・・・」

 

興味深そうにしているデュノアは、ラウラと一緒にカツレツを食べている。

一方ラウラは俺の話なんか目もくれず、もくもくと食べ進めている。まぁ、ラウラは知ってるもんな。

 

「いや、俺がしたってワケじゃないんだが・・・・」

「じゃぁ向こうが勝手に私怨をぶつけてきたってワケ?」

「いや、そう言うわけでもないんだ」

 

どう説明したものかと悩む俺を見かねたのか、

 

「・・・・ならば私から説明いたしましょう。兄さん」

「・・・だな。頼む」

 

ラウラが察して助けてくれたので有りがたく便乗した。

コホンと咳払いをして、ラウラは説明を始めた。

 

「・・・あれは兄さんがまだドイツ軍にいた頃の話だ。バディを組んでいた私と兄さんのいる部隊は、ロシア軍からのIS技術開示要求に拒否するために直接、ドイツのシュヴェットまで出撃していたのだ」

 

・・・思い起こせば、あれは俺がドイツ軍にいた二ヶ月の中でも最悪の悪夢と言えるなぁ。

 

「シュヴェットは当時ロシアと技術共有を図っていたポーランドとの国境の街だ。隣には雄大なウンターレスオーダータール国立公園が存在し、素晴らしい自然が・・・・」

「いいから。そう言うとこ」

「・・・・分かった。続けよう。―――簡潔に言えば、奴らはこちらのISを鹵獲する気でいて、それを察した我々と交戦したのだ。ロシアが送り込んできたISは、専用機一機にそれの元となった試作機体が五機。対して、こちらの編成はドイツの量産機『シュヴァルツェア』が三機と歩兵が十。数だけで見れば圧倒的に不利な状況だった」

 

ロシアが送り込んできたIS六機とは、総数が隠されていて分からないが恐らくロシアが持つISの半分の数だ。

ドイツはIS技術に関しては閉鎖的だったから、なにが何でも手に入れるつもりだったのだろう。

 

「奴らは深夜の闇に紛れて行動し、我々の陣地に忍び寄った。運良く私の瞳が気づいてくれたが、次の瞬間にはグレネードが投げ込まれ、歩兵の半分が吹き飛んでいた」

 

あー、思い出すなぁ・・・。

街の郊外にキャンプしててホントに良かったと思うぜ。じゃなきゃアレはマジで街ぶっ壊してた。

俺が腕を組んで思い出に浸るなか、ラウラは淡々と続ける。

 

「我々もISを展開し応戦したが、当時AICは未完成。着実に戦力は削られていった」

「・・・・なに? そのまま負けるわけ?」

 

鈴がジト目で投げ掛けるが・・・・良く考えろよ鈴。

負けてたら俺とラウラはここにはいないんだよ。

 

「なんとか撤退戦に持ち込み、撤退に成功した我々だったが、帰還の途中にあることに気がついた」

 

あー、来たよ。

俺のトラウマ第二号が。

 

「朝日が昇る空を飛行中に、当時の最年少13歳で戦略部隊に配属となったクレアレット・フォーハウンド準尉が言ったのだ――――――」

 

―――――――すみません、クレハ特佐を拾い損ねました・・・・

 

「「「「「マジで!?(ホントですのッ!?)」」」」」

 

五人の声が揃う。

 

「・・・・ああ、マジだよ。脱出用コンテナなんて無かったからな。作戦では緊急時の離脱にはラウラが敵の侵攻を食い止め、歩兵回収班が歩兵を抱えて脱出するはずだったんだ」

 

ISは三機。グレネードで歩兵の半分が吹っ飛んでたから数は五人。

IS一機に二人以上を抱えれば脱出出来るハズだった・・・・んだが、

 

「クレアレットはこの任務が初陣でな、相当に混乱してたらしい。脱出するのを優先して兄さんの存在を忘れていたと言うわけだ」

「じゃ、じゃあどうやってクレハさんは生き延びたのですか!?相手はIS六機なのでしょう!?」

「あー、えーとだな・・・・」

 

俺はラーメンのスープを飲み干し、コトンとテーブルにどんぶりを置く。

 

「まぁ、なんだ。俺たちの陣営には歩兵が居たわけだから、電磁パルス弾や大型貫通弾とか歩兵用の対IS装備が一応なりともあったわけだ。おいてけぼりを食らった俺は、それらを使って一晩生き残ったっつーハナシだよ」

「それだけでは無いでしょう? 兄さん」

「おい、もうこれでいいだろ!?」

「まだよ。あの女との関連は?」

「ぐ・・・」

 

鈴の奴め・・。余計なことを・・・。

 

「私が街に戻ったとき、ソコには―――」

「やめろ」

 

ラウラが話そうとしたその先を、俺は鋭い口調で止めさせる。

ここまではいい。

ここまでは良いんだが、これ以上はダメだ。

俺にだって言ってほしくない事はある。

 

「とにかく俺はあの夜、なんとかして生き延びただけだ。流れで分かるかもしれんが、相手には確かに更識がいた。アイツは初めからロシアの候補生だったわけだし、いても不思議じゃないだろ。更識は俺を仕留めきれなかった事を根に持ってるだけ。オーケー?」

「あ・・・・うん。わかったわよ・・」

 

俺の勢いに気圧されて、鈴が首肯する。

 

「ラウラも。これ以上は言うなよ」

「分かりました。兄さん」

 

よし、これで良いだろう。

シメるつもりで睨みを利かせて言ったからか、皆少しだけビビってるようだ。

女尊男卑の世の中だが、睨まれてビビるのはいつの時代も一緒ってことか。

だが、何故かセシリアが未だに興味深そうに俺を見ている。

 

「・・・・・なんだセシリア。これ以上は言わないぞ」

「あっ、いえ・・・・・・ふ、ふんっ」

 

両手をパタパタとふり、思い出したように顔を背けるセシリア。

そう言えばセシリアとはまだ(わだかま)りがあったんだっけ・・・。

話題が終わると、各々の食事に戻る。

話題はお菓子の話へと移っていった。

 

 

「おーい。束さんいるかー?」

 

昼休みが終わり五時限目。

授業を久しぶりにサボった俺は、第三アリーナ地下。

束さんの工房を訪ねた。

 

「おー、クーちゃん。なんかよう?」

「なんかよう?じゃないだろ。つーかごちゃごちゃし過ぎだ。片付けろよ」

 

足場のないほどに散らかった工房内をなんとか歩いて束さんを探す。声が聞こえるから居るんだろうが・・・・どこだ。

カンカンキリキリと工具の音が聞こえる方に歩いていくと・・・いた。

 

「治ったのか?」

「うん、瞬龍ならばっちり仕上げといたよ~。最後にデータ計測したの二年前だからクーちゃんの身体データも微小ながら差異があったし、コアからのエネルギー伝達処理も初期化と最適化の影響で圧迫されてた。多分結構使いやすくなったと思うよ」

「おお、ありがとな束さん」

 

珍しく油まみれのツナギ姿でいた束さんが、装甲だけ取りはずした瞬龍を見上げながら言った。

・・・普通、ISの整備は待機形態のISをポンと渡せばそれでいいのだが、俺はそうもいかない。

心臓とコアが一体化している俺の場合、一度展開してから脱ぐ必要がある。

だから、格納する場合にも一度着て展開を解除しなければならず、ちょっと面倒くさいのだ。

制服のままでコックピットに座り展開解除を指示すると、瞬龍は粒子となって消え、俺の体が宙に浮く。

 

「よっと」

「ちょっとくらい動かしてみればいいのに~」

「この狭い整備室でどう動かせっていうんだよ」

 

アリーナにでれば良いんだろうが、今は五時限目。

俺はサボってここにいるのだ。

 

「・・・で?何の用でクーちゃんはサボってきたのかな?」

「・・・・」

 

そう、瞬龍を取りに来たのはあくまで次いで。

本題は別にある。

俺と束さんは手近なパイプ椅子に腰かけると、俺のほうから切り出す。

 

「あんたは盆からこっち、ニューヨークの委員会にいたから知らないと思うが・・・・アイアンマンが攻撃してきた」

「・・・・・へぇ・・・」

 

あの夏祭りからこっち。

束さんは国連にあるIS委員会の呼び出しに応じ、連合本部のあるニューヨークに渡っていた。

きっと経公が委員会で超界者について証言したために呼び出されたんだろう。

 

「先週なんだが、お台場にアイアンマンのマーク44あたりかと思われる機体がコンテナに梱包されて置いてあった。おそらく遠隔操作だと思って撃退したが、敵にかかわる物体は回収できなかった」

「だろうね。スターク氏とはペンタゴンで会ったっけれど、そんな話は聞かなかった。息子がいたという話も聞いたことがないし、そうとう情報管理がうまい人か、はたまたアメリカ全体で行った攻撃なのか・・・」

「・・・息子がいない?」

「え?・・あ、うん。先代のアイアンマンは無精子症でね。妻はいるけれど子供はいないって聞いてるよ」

 

束さんの言葉に首をひねる。

・・・あいつは自分を息子のように喋っていたが、あれはブラフだったのか?

 

「・・・まぁ、今はいい。それより、奴はまた来るとも言っていた。なにか情報はないか?」

「情報って言われてもねー。間違いなくアイアンマンのアークリアクター技術はISからすれば時代遅れも甚だしい技術だし、超低速ロケットミサイルも多重追尾(マルチロックオン)システムもアイアンマン自身が技術提供をアメリカにしてる。もう今更言えるような事実はないんだけどなー」

「そうか・・・」

 

落胆の気持ちとともに束さんの工房を出る。

とりあえず束さんには新情報があったら伝えてくれと言ってあるし、一応アイアンマンの基本的な資料ももらった。

いつ来るかわからない相手に備えるのは正直イライラするが、来る以上何らかの対策してないと最悪死にかねない。

バサバサと大量の資料をまとめながらアリーナの通路を歩いた。

 

 

あの後、六時間目の暇を瞬龍の調整で潰した俺は寮への道をとぼとぼ歩いていた。

アリーナと寮の道の最中には校舎の昇降口があり、俺はそこでセシリアの姿を見つけた。

 

「・・・・・はぁ・・・」

「わかりやすく落ち込んでどうしたよセシリア?」

 

鞄を前に提げ、かすかに消臭スプレーの香りを漂わせているところを見るに、一年は六時間目も実習だったらしいな。

 

「・・・・いえ、お話しすることではありませんわ」

 

俺を一瞥すると、セシリアはそう一言告げて歩き始める。

・・・・アイツ、まだ俺に対して腹でも立ててるのか?

正直、夏休みの手合わせの一件。

あれで、なんでセシリアの機嫌が悪くなってるのかわからない。

確かに二年として一年に負けるのはみっともないと思うが、セシリアのあの過剰な避け方にはそれ以上の理由があるようにしか思えない。

しまったな。

調整中に思いついた頼みごとがセシリアにはあったんだが、あれじゃ断られるだろう。

・・・・なにか悩んでるみたいだし、ご機嫌取りの一つとして聞いてやるのも良いな。

 

「なんに悩んでるんだよセシリア」

「クレハさんには関係ございませんわ」

 

歩く速さを速めるセシリアに合わせて歩みを速める。

 

「悩んでるんだろ。打ち明けてみろよ」

「下級生に負けるような先輩には打ち明けても仕方がありませんわ」

「・・・・・」

 

・・・・存外、キツイ言葉にちょっとひるむ。

 

「昼の時は普通だったよな。実習でなにかあったのか?」

「・・・・・」

 

セシリアが下を向き、唇をかむ。

心なしか、ちょっと目が潤んでる気がする。

あ、ここだな?

 

「・・・・負けたのか」

「・・・・そう、ですわ」

 

いつの間にか立ち止まり、セシリアが吐露した。

 

「・・・まぁあんまり気にするなよ。お前はまだ一年だしこれから経験を―――――――」

「―――――そんな悠長なこと言っていられませんのッ!」

「――――ッ」

 

セシリアが・・・叫んだ?

突然の叫びに、周囲の生徒の目がこちらを向く。

しまった。ただでさえ注目を集めるのに、これ以上・・・それこそ泣かれたりしたらやばい気がする。

見ればちらほら二年や三年がいるし、セシリアにもいい影響があるとも思えない。

 

「―――――ちょ、ちょっとこっち来い!」

「え・・・?ええっ?ちょっとわたくし、待ち合わせが―――――!」

 

セシリアの腕をつかんで移動したのは、食堂とは別にある学園島隅のカフェテリア。

木製の落ち着いた内装で太平洋が望める好ポジションなんだが、授業の合間に行くには通すぎて、上級生でも知ってる人は少ない店だ。

お互いにエスプレッソに口をつけ、落ち着いたのかセシリアは自分から切り出してきた。

 

「最近、模擬試合の結果が芳しくありませんの」

「最近?」

「ええ、あの福音事件からこちら、一年生の専用機持ちの実力がある程度固まってきましたの」

 

そう言って見せてきたのは模擬試合の結果表。

もちろん専用機持ち限定だが、セシリアはその中で―――――最下位だった。

 

「理由はわかってるのか?」

「はい、機体制動に問題があるとは思っていません。問題は―――――ブルーティアーズの特性ですわ」

 

BTの特性・・・・。

 

「まさか、適合率が下がってるのか?」

「いいえ・・・って、いえ、はい。その、最近は落ち気味でして・・・言い訳のようになってしまうのですが・・・」

 

セシリアが膝の上でスカートを握ったのが伝わってくる。

 

「・・・一夏さんの白式には第二形態以降、雪羅が標準装備されていますの」

「ああ、資料は読んだぞ。盾にも粒子砲にも近接爪にもなる攻防一体の装備だったな」

「はい。そして雪羅は光学兵器を分散してしまう特性があります。つまり――――」

「―――――光学兵器しか積んでいないBTとは相性が最悪ってわけか・・・」

 

これは・・・キツイな。

セシリアの攻撃はすべて無効化され、逆に遠隔砲撃を撃ち返されるのだ。

加えて、爪による近接攻撃の充実はセシリアにとって最も嫌な進化だっただろう。

さて、どうするか。

BTとの適合率が下がってる問題については、おそらく心因的な理由があるだろう。

気にする気持ちはわかるが、それによって適合率を下げてしまっては元も子もない。

前のセシリアを見る。

おそらく実弾兵器でも追加するつもりなのだろうか、武装のカタログから目を離さない。

と、そこへ――――

 

「もうっ、セシリアこんなところにいた!」

「・・・デュノア?」

 

目立つ金髪を揺らして店内に入ってきたのは、一年の専用機持ち、シャルロット・デュノアだった。

 

 

 




微妙ですがカットで。

読んでくださってありがとうございました!


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デュノアのやり方

ヤバい。最近キーボード変えたんだけど、打ちにくくて仕方ないです。


「デュノア・・・」

 

セシリアを連れて入った学園の離れにある喫茶店。

そこのドアを開いたのは意外にも一年生のシャルロット・デュノアだった。

 

「もう、クレハといるなら連絡ぐらいしてよセシリア。おかげで学園中を探し回ることになっちゃったじゃない」

「も、申しわけありません・・・」

 

セシリアは頭を下げつつも、「クレハさんが悪いのですからね・・・!」的な視線で俺をチラリと見てくる。

二人は待ち合わせしてたのか?

そうすると、セシリアが昇降口でたたずんでいたのはデュノアを待ってたからだと予想できる。

ふむ・・・・・俺が全面的に悪いな。

 

「デュノア、セシリアは俺が無理言って引っ張ってきたんだ。でも、ちょうどよかった。座ってくれよ」

 

謝りつつ、机に椅子を追加した俺を怪しそうに眺めたデュノアは、

 

「・・・・まぁ、どうせお茶しようと思ってたから良いけどね」

 

カウンターにいる店員さんにカプチーノを注文しつつ座った。

運ばれてきたカップからコーヒーの香りとクリームの甘い香りがしたので、俺とセシリアは顔を見合わせてカプチーノを追加注文。

三人でコーヒーブレイクを楽しんだ後、そういえば、と俺から切り出す。

 

「お前ら二人でお茶とか珍しいな、なにかあったのか?」

「え? あー、ちょっとね」

 

言いにくそうにもみあげを弄るデュノア。

 

「大丈夫ですわよシャルロットさん、クレハさんにはその件で相談していたところですのよ」

「あ、そうなんだ。なにかアドバイスもらったの?」

「それは・・・」

 

今度はセシリアは黙った。

 

「正直言って、俺からは何をアドバイスすればいいのかわからない。BTは遠距離型のISだし、一夏の雪羅ともぶつかって無いしな」

「ここでそれを言うのは上級生としてどうなんですの?」

「まさかお前が模擬戦で負け越してるなんて思ってなかったんだよ」

 

実際、セシリアの戦績が悪いなんて思いもしなかった。

セシリアはいつも強気で胸張って立っているイメージで、今のような肩身を縮ませている姿なんて想像もしていなかった。

セシリアはイギリスの代表候補生だし、専用機持ちだ。

きっとイギリスからの圧力もあって、相当にプレッシャーを感じているのだろう。

さっきも言ったが、それによって精神のバランスを崩してBTの適合率が下がっている可能性もある。

だから、取りあえず言えることを言っておこう。

 

「まぁ、なんだ。心配のし過ぎで適合率が下がっているのかもしれん。なにか気分転換でもしたらどうだ」

「気分転換、ですか?」

「ああ、例えば料理――――はないとして」

「なぜ料理は除外したんですの?」

「りょ、料理は細かい調味料の組み合わせだ。精神をすり減らしてるお前にとっては逆効果なんだよ。決して毒の生成を止めたいわけじゃない」

「毒?」

 

マズイ、少し本音が漏れた。

 

「とにかく料理はダメだ。他に買い物とかもあるが、自分のストレス発散方法を見つけたほうが良いかもな」

「ボクのおすすめはお風呂だよ。大浴場より、自室のシャワーのほうが落ち着いていいかも」

「わかるぜそれ。大浴場は大きすぎて逆に落ち着かねぇんだよな」

 

日替わりで男子が入れるようにローテーションは組まれたが、男は現在俺と一夏の二人だけ。

さすがに二人で入るにはあの風呂は広すぎる。

デュノアもそうなのかな?と思って同意したんだが、なぜかデュノアはちょっと焦った様子で視線を右往左往。

 

「え、ええと、ボクの場合はみんなの視線が、ね・・・・?」

 

恥ずかしそうに自身の胸元を押さえるデュノア。

・・・デュノアは男子がランキングをつけたところ(二人しかいないが)、一、二年の中でも上位に食い込むほどスタイルがいい。

ランキングは(ビリッケツ)(一位)によって、俺と一夏ごと海へと投げ捨てられたが、女子は女子で思わず見てしまうほど凄いってことか・・・・。

押さえた瞬間手の重みによって、ふにょん、と制服越しでも胸が変形するのが分かってしまい・・・・・ごくり。

その生々しい光景に生唾を飲んでしまう。と、

 

ギンッ!

 

うおっ!

俺の視線がバレたのか、セシリアが刃物みたいな目で俺を睨んできた!

セシリアの視線の圧力により、目線を変えざるを得なかった俺は、窓の外の太平洋に逃げ場を求めた。

あ、カモメが飛んでるぅ。

 

「はぁー、デュノアさん? クレハさんは自制心が弱いので軽々しく身体の話をするのは褒められたことではありませんわよ?」

「まてセシリア。それじゃあ俺が見境無いみたいに―――――って、デュノアもデュノアでそんな目で俺を見るんじゃねぇッ!」

 

まるでゴミでも見るかのような二人に言い訳しつつ宥めること数分。

ケーキを注文したことで二人の機嫌が戻ったので今度は俺のお願いを提示させてもらう。

 

「セシリアの悩みは置いておくとしてだ」

「は?」

「お、お前ら二人の実家は貿易もしてるんだよな? 特にオルコット家は」

 

またもやセシリアに睨みつけられビビったが、無視して話を進める。

 

「・・・・えぇ、オルコット家の家業は貿易業。世界中の品物を扱っていますわ」

「だったらアメリカのスタークインダストリーとは取引してるか?」

「ええと、少々お待ちください・・・・・・・ええ、今は会社の規模も小さくなってしまっていますが、工業製品を少し」

「デュノアはどうだ? 会社で何か関わりあったりするか?」

 

本人から聞いたことは無いが、デュノア、という名前で初めに思い浮かべるのはデュノア社だ。

フランスに本社をおくデュノア社は、自社製ISラファール・リヴァイヴが世界第三位のシェアを誇る大企業で、デュノアはおそらくそこの令嬢か何かだと思ったんだが・・・。

 

「ッ・・・・・」

 

見れば、デュノアは唇を噛みしめ、顔を伏せた。

 

「・・・クレハさん、女性が隠していることを無暗に聞き出そうとするのは紳士の行いではありませんわよ」

 

セシリアが俺を咎めるように言うが、その顔は怒っているのではなく・・・心配しているような顔だ。

予想外の反応に、流石の俺もマズイと思ったので、

 

「悪い。デュノアにだってわからないことはあるよな」

 

そう、濁しておく。

 

「全く、女性に恥をかかせるものではありませんわよ。・・・話を戻しますが、その取引相手がなにか?」

「スタークインダストリーの業績は知ってるな?」

「ええ。ISの前世代の兵器、アイアンマンを開発した会社ですわね」

「この間、そのアイアンマンの最新型、もしくは改良型に襲撃された。ビッグサイトで爆破事件あったろ。あれだ」

 

セシリアは記憶を手繰るように顔をしかめ、そして「ああ、そういえば戦闘があったと情報が回ってきましたわね。公には爆破事件で通ってますの?」と、かっるぅーく言った。セシリアも戦闘慣れしてきたなぁ。

 

「幸いにもサラが撃退に成功したが、敵はまた来るとも言っていた。できれば情報がほしい」

「・・・質問しますわ。クレハさんはアイアンマンについてどの程度ご存じで?」

 

セシリアがタブレットを開きつつ質問してきた。

 

「スペックデータは束さんから大体もらったんだよ。でも過去のデータだった」

「そういうことですわ」

「どういうことだよ」

「篠ノ之博士の知らないことをわたくしたちが知りえるハズがありませんわ」

 

セシリアがごく最近のスタークインダストリーとの取引データを表示させる。

 

「ご覧の通り、現在スターク社との取引は電子機器類がメインとなっています。数年前までなら極少数ですが武器の流通も担っていましたが、ISの登場以来、ほとんど流れることは無くなってしまいました」

「でも、襲ってきた奴は俺が見たこともないタイプだった。間違いなくどこかでアップグレードなり開発なりをしてるはずだぞ」

 

そこで、ハタと気が付く。

 

「・・・スターク社は、別のルートで取引し始めたってことか・・・?」

「その線が予想されます」

 

そういうとセシリアは、見たことも無いような真剣な顔でタブレットを操作し始めた。

たぶん、仕事モードってやつなんだろう。邪魔しないように静かに聞いてよう。

 

「スターク社とのつながりで取引を行った会社のデータも検索しましたが、めぼしい情報はありません。スターク社自体のデータはプロテクトが強固なためネット回線で閲覧することは難しそうですわ。他の大手以外と取引を行ってる可能性もありますが、現段階で知りえる情報は確証に足るものではありませんわ」

「そうか・・・」

 

セシリアでもダメかと諦めかけたとき、いままで黙っていたデュノアが口を開いた。

 

「じゃあさ、実際に潜り込んでみたら?」

「潜り込む?」

「うん。クレハは夏に潜入調査やってたでしょ?」

「ああ、やった」

「なら大丈夫でしょ」

「「いやいやいやいやいや」」

 

セシリアと合わせて突っ込む。

なんだこの軽さ。

前、格ゲーをした時にラウラが見せた「ね?簡単でしょう?」ってセリフより軽かったぞ。

 

「あのなぁ、デュノア。俺は相手にツラが割れてるんだよ。どうやって潜入しろと?」

「そうですわ!それにスターク社の社員に紛れるにはクレハさんは頭が足りていませんわ!」

 

おいこら。

 

「そこはホラ、初秋のインターンを装って行くんだよ。IS学園は多国籍校どころか国籍がない学校だし、インターンの受け入れは整備科の生徒ならすんなり通るんじゃないかなって」

「・・・偽装するってことか」

「そう。幸いにもクレハは変装が得意なんだし、潜り込んで内側から攻撃するなら最も適した人材だと思うよ」

 

変装って・・・あれか。女装のことを言ってるのか。

 

「百歩どころか万歩くらい譲って女装するとしよう。だがどうやって向こうとの約束を取り付ける。さすがに学園に協力は求められんだろ」

「考えはあるよ。転校生として新しく学生登録をすればいいと思う。スタークインダストリーといえども他国の学生一人の身辺調査を詳細に行うなんて無理だと思うし、それが少し前まで学園外の人間ならなおさらだと思う」

「つまりなにか? 俺に暫く女装して過ごせと?」

 

それじゃあ一年の時の焼き増しじゃねぇか。

二、三年生は顔を知ってるし、絶対無理だぞそんなの。

 

「さすがにそんな酷なことは言えないよ。女装して生活しなくても、女子用の戸籍には予備があるでしょ?」

 

俺とセシリアは顔を見合わせる。

 

「・・・予備ってなんだ。知らんぞそんな裏技―――――ッ」

 

突如戦慄した俺の顔を見て、セシリアがはてなマークを浮かべている。

それに対してデュノアの顔は・・・・今にやけたぞ!? 口の端をニヤッと釣り上げやがった!

デュノアが言外に伝えているメッセージに気が付いた俺は、恐怖に震える。

デュノアが言った『戸籍の予備』というキーワード。

それは俺が良く知る人物二人が使っているモノだ。

言わずもがな、アオとミナトのことだ。

二人はもともと超界者であり、日本には戸籍がない。

この二人は束さんの用意した架空の戸籍を使ってこの学園に在籍しており、ミナトの弁によるとその戸籍はまだ複数あるようなことも言っていた。

あの暗い、地下射撃場で、だ。

そのことを知っているということは・・・シャルロット・デュノア。この女、どっかで盗聴(聞いて)やがったな!?

あそこは基本的に俺とミナトくらいしか出入りしないこの学園で唯一ともいえるセーフゾーンだ。

その情報を、何故か知らんがデュノアはヤバい女(セシリア)にチクろうとしているのだ。

 

「あー、なんだかボクミルククッキーが食べたくなっちゃったなぁ」

 

これは、敵地に潜入する手段を提示しておきながら、その手段に発生するリスクを人質に取って脅迫するパターン・・・!

わざとらしくつぶやかれたミルククッキーとは、おそらく条件の隠語。

 

俺は店員さんにクッキーを注文して、条件に従う意向を示して―――話を促す。

 

「予備の戸籍を使えば転校手続きも問題なく進められるし、初めから学園にいたことにもできる。きっとこれで向こうにインターンする問題はクリアだと思うよ」

 

水面下で進められたやり取りに、セシリアがさらにはてなマークを浮かべて今までにないくらい面白いことになってるが、今はスルーだ。

 

「じゃあほかに問題があるっていうのか」

「あるよ。向こうでの住居や生活はどうするの? 潜入したとして情報はどうやって得るつもり? ちなみにボク、英語はカタコトだよ?」

 

・・・・ほほぅ。

自分どころか、セシリアまで連れていけと言い出しましたか・・・。

 

だが、先攻するユニットは此処で決められる話じゃない。

確かに情報戦ができるデュノアや、英語が堪能なセシリアは役に立つかもしれん。

だが、それならばほかに当てがないわけじゃない。

悪いが、条件の真意が読めない以上、すぐに飲むわけにはいかないワケで・・・。

 

「ありがとな二人とも。アドバイスも出来ずに悪かった。インターンの件についてはしばらく考えさせてくれ。クッキーはとりあえず俺が払っとく」

 

そう条件は保留する旨を伝える。

席を立った俺にデュノアは視線を向けず・・・、

 

「できれば、いい返事が欲しいな」

 

そう、つぶやくのだった。

 

 

 

 

 



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多難な学園祭

学園祭はもうちょっとあと。


セシリア、シャルロットの二人とアメリカ行きの計画を話した翌日、全校集会が執り行われた。

時期を考えると学園祭について生徒会から連絡があるくらいだと思うので、俺はのっそり講堂へ赴き二年の列最後尾へ並ぶ。

ガヤガヤと騒がしい講堂だったが、妙齢の女性教頭教員、高柳先生がマイクを手に取ると静まり返る。

先生の司会で集会は進み、議題は学園祭に移った。

先生に代わって一人の生徒会役員がマイクを手に取る。

 

「これより、今年の学園祭について説明させていただきます。二週間後の土曜日、九月十七日。例年通り開催期間は一日として学園祭は開催されます。しかし、今年は二人目の男子入学によりだいぶ勝手が変わってくるかと思われます。去年は秘匿扱いだったので通常の人数でしたが、今年は大量にIS関係者や企業の方も来られるかもしれません。話し合った結果、一般開放こそしませんが皆さん、自分が注目されている学校の一員という自覚をもって行動してください」

 

役員の説明を聞き流しつつ、俺は去年の学園祭の思い出を振り返る。

校庭に設置するテントを運搬機で運び、ISも使わずすべての設置をこなし、音響機材の準備、撤収片づけ清掃エトセトラエトセトラ・・・・俺はスタッフか。

今年は一夏もいるし、楽になるといいなぁとか考えるんだが・・・二、三年にとっては都合の良い駒扱いなので楽する夢を見るだけ無駄かもしれんな。

 

「続いて、今年は公式の男性操縦者、織斑くんがいるので一つ催し物を追加することが決定しました。」

 

その発言に、講堂内がにわかにざわつく。

催し物の追加ぁ?

これ以上準備物の増加は俺が過労死するぞ。

 

「去年は何も無かったみたいっすけどねー? 扱いが違いすぎて不憫っすクレハさん!」

「おう、お前だったかフォルテ。話すのは前の電話ぶりか」

「そうっすね。クレハさんが妙に長電話するもんだから待ち合わせに遅刻したあれ以来っすね・・・絞め殺しますよ」

「前向け前。絞め殺す前にお前が更識に目ぇつけられるぞ・・・・俺はいない扱いだったから何か大々的にやるわけにもいかなかったんだろ。つーか俺の扱いが最低だったし」

「準備で走りっぱなしでしたもんね。普段からダルそうなクレハさんが働いてるなんて違和感ある光景でしたっす」

「絞め殺すぞ」

 

と、ここまでフォルテと駄弁っていると、スコーン。

どこからともなく閉じられた扇が飛来し、フォルテの後頭部に激突する。

 

「そこの二人ぃ? うるさいわよ」

 

おっと。生徒会長の登場だ。

俺は痛みに悶えるフォルテを置いて姿勢正しく前を向く。知らんぷり知らんぷり。

 

「やぁみんな。おはよう」

 

壇上に上がった更識は会長らしく堂々と切り出した。

 

「さてさて、今年は私自身立て込んでて一年生の入学式にも出ていなかったわね。初めに自己紹介と行きましょ。私が更識楯無。君たち生徒の長よ。以後よろしく」

 

そう言って頬を釣り上げて笑うと、周囲の女子たちが魅了されたようにため息をつく。

なんであれにうっとりできるんだ。俺には豹かなんかの肉食獣が笑ったようにしか見えんぞ。

 

「書記の(うつほ)ちゃんから話はあったけど、今年はイベントを一つ追加するわ。」

 

満足そうに俺たちを見下ろした肉食獣こと更識は、そのデカい瞳をライト以上に輝かせてそのイベントを発表する。

きっと騒動に巻き込まれることになるだろう。

超界者とかアベンジャーズといった問題を抱える俺としては無駄な負担は御免被りたいね。できれば普通に学園祭してほしいところだ。

そう願うが、きっとこの望みは叶わない。これまでの例から俺はそれを直感した。

 

「名付けて、『各部対抗織斑一夏争奪戦』!!」

 

意外なことに、俺には微塵も関係のない話だった。

 

 

更識を始めとした生徒会は、俺の知る限り三人で運営されている。

生徒会長、更識楯無。書記、布仏虚。会計、布仏本音。の、三人だ。

姉妹そろって生徒会入りしていることにも驚く布仏姉妹だが、なんと会計の妹は一年整備科ののほほんさんであるのだ。

あのちゃらんぽらんした女子がどうやって生徒会に入ったのか気になるところだ。

整備科に入るあたり、頭が良いかもしれないからいい勉強方法教えてもらおうかな。

 

・・・なんて現実逃避気味に益体もないことを考えていたのはワケがある。

 

「三年が重要よ! 引退したんだから一人でも多くうちの部活に呼び込むの!」

「筝曲って毎年演奏会と体験会だったわよね?今年は和風喫茶にしない?」

「投票一位の魅力は大きいケド、どうせなら織斑くんに楽しんでもらえる出店にしな~い?」

 

現在、クラスの希望で開催された放課後の特別ホームルーム中だ。

本来俺は無所属なので争奪戦なんかにゃ全く関係ないのだが、一応クラスでも出し物をしなければならないので残っているのだ。

始めこそ、雨の司会で話し合いが進んでいたのだが、時間が経つにつれ脱線。

くわえて早めに終わったクラスから部活の出店連絡が来るもんだから、女子たちはもう雨の話を全く聞いていない。

 

「み、皆さん・・・! まだ出し物決めてないのうちだけですよ~!」

 

騒々しい教室に黒板を背にした雨の声が消えていく。

ああ、悲しき雨よ。どうしてお前がクラス代表になってしまったんだ(大倭先生の独断

 

「ちょっと皆、はやく決めちゃってよ。あたしもう職員室帰っちゃうよ?」

「「勝手に決めてください! それどころじゃないんです!」」

「え?・・・あ、あぁ。・・・・なら王道にコスプレ喫茶じゃない?」

「「それ先生が私的にコスプレしたいだけでしょう」」

「なんで知ってんのよあんた達ッ!?」

 

・・・という風にして遅々として会議が進まないのが我がクラスの状況なのだ。

その時だ。

 

ヴヴヴヴヴ・・・ヴヴヴ・・

 

スラックスに入れた端末が震える。

すぐに止まったからメールかショートメッセージかな。

取り出した端末を机に隠して開き、確認すると―――――お、サラからだ。

メッセージは・・・『私のクラスの現状』?

サラのクラスと言えば何故か部長が多く集まってしまったことが夏休み以来有名になったな。

何の用だろうと首を傾げていると、次のメッセージが表示される。

・・・写真だ。

俺みたいに机に隠した端末から壇上の様子を隠し撮りしたらしく、そこには各部の部長たちが集まってなにか書いているのが見てとれた。

何だろうか。わざわざ送ってきたからには意味があるはず・・・。

少しぶれている写真を画面をこすって拡大していく。

・・・・・・ん?各部の名前の下に日付と時間、そしてメモっぽく小さい記述がある。

読み取れたのは、「吹奏楽部 九月五日 15:00より楽器運び」。

なんだ。部活ごとの準備予定表か。

サラも無所属だったはずだが、いったい何の意味が?

懸命に画像を拡大し文字を読もうとしていると、追加のメッセージ。

 

『これ、貴方の労働時間割よ』

 

・・・・は?

おい、待て。

なんだそりゃ。

そりゃ去年もやったからなにか手伝わされるんだろうなっては思ってたが、これ、どう見ても深夜まで時間割入ってるんだが!?

IS学園の総組織数は百以上。

そこから学園祭に出店するのは公認部だけなので、半分くらいある同好会は消える。

そ、それでも五十は名前が挙がってるぞこれ!? 

ヤバいぞここの女子ども・・・!俺を去年以上に使い潰す気だ・・・・ッ!

 

『みんな取り合うようにして時間を取り合ってるわ。よかったわね色男さん』

『よくねえ。なんで俺が労働力扱いされてるんだ』

『去年は私たちのクラス展示と校庭の準備だけだったから、どこのクラスや部活も都合のいい労働力が欲しいんでしょう』

『え? まだクラスもあんのか?』

『ええ、このあと抽選で決定する運びになってるわ。篠ノ歌さんも出席することになってるはずよ?』

 

俺は立ち上がり、壇上の雨に詰め寄る。

 

「おいおい、雨さんちょっとこれについて説明してもらいましょうか」

「ごっ、ごめんねクッちゃん。で、でも安心してね。絶対私当選して見せるから!」

「じゃなくて、なんで俺に知らせてくれなかったんだよ・・・っ」

「・・・だって、ちゃんとルールに沿わないと誰かがクッちゃん拉致しちゃうかもしれないし・・・」

「・・・・・ん」

 

なるほど、一理あるな。

ちゃんと決まりを作っておけば無理やりってことはないだろうし、混乱も起きにくいことは確かだ。

しかし、手伝うこと自体が強制的なんですけど、それはどうなんですかね?

ここで雨に文句を言っても仕方がない。

諦めて逃走方法を瞳でググろう。

 

しかし、今年の学園祭。

イベントの件も含めて関係ないと思っていたが、案外忙しくなりそうだな。

 

 

結局、クラスの出し物は普通の休憩所に決定し、各々部活に注力するため店員の数は最小限。俺は午後のみシフトということが決定した。のみっていうか、午後はずっとと言った方が正しいな。

部活や他クラスの手伝いは知らん。教員に言われればやるが、そんな無理やりやらされてはいそうですかって手伝うと思ってるのかアイツら。

 

「じゃあ、頼まれればやるのね?」

 

ホームルームが終わって、アメリカにわたる都合の良い仕事がないか情報室で遅くまで調べていた俺は、部屋で待ってた三人と食堂で飯を食っていた。

今日あった無茶苦茶な出来事を鈴、ラウラ、デュノアの三人に愚痴る。

 

「まぁ、勝手に時間決めてやらせるよりは何倍も良いだろ。アイツら俺のことを何だと思ってる」

「「「女装男子」」」

「お前ら追い出すぞ」

 

三人と部屋を共同にして数日が経つ。

鈴との生活もすぐに慣れたが、なんつーか、女の匂いが強く香る部屋になれるってなんか自己嫌悪だな。

 

「私たちのクラスはとくに重労働はないので大丈夫ですが、部活のほうが・・・」

「ん?ラウラお前、部活に入ったのか?」

「はい。クラリッサの勧めで漫研なる部活に入部しました。兄さんも一緒にどうですか」

「・・・いや、遠慮する」

 

そうかぁ、クラリッサの影響かぁ・・・。

 

「あたしのクラスも問題ないわよ。中華喫茶するんだけど、テーブルなんかは自分たちでやることにしたから」

 

トレードマークのツインテールをみょんみょんさせている鈴は、自分の希望で中華喫茶にできたことを相当喜んでいるようだ。

 

「中華喫茶ってことはチャイナ服とか着たりするのか?」

「いやね、着ないわよ。しっかりしたものは案外良い値がするし、恥ずかしいのよ」

「ってことは食いモンに集中か」

「そ、中華料理店の娘監修だから期待してなさいよ」

「そりゃ楽しみだ」

 

その後はラウラが去年の学園祭の様子を聞きたいというので、俺の苦労話を聞かせてドン引きさせたりしてると・・・

 

「そういえば生徒会長と一夏って仲いいのかな?」

「一夏が? 入学式も出てないし、集会が顔合わせじゃないのか?」

「ううん。この間知らない青い髪の上級生と会話してて授業に遅れたって言ってたよ」

「あんな目立つ髪はアイツかミナトくらいしか知らないし、たぶん会ってたんだろうな。なにかあったのかデュノア」

 

みそ汁を置いたデュノアは更識と一夏の関係について疑問を呈した。

 

「今日偶然みたんだけど、放課後一夏と会長が二人で会ってたから怪しいと思って着いていったんだ。そしたら・・・」

「「「そしたら?」」」

「突然大勢の生徒が会長を取り囲んで一斉に襲撃してたんだ」

「あー、毎年この時期じゃよくあるヤツだ。一夏は居合わせただけだろ」

「よくあるってなによクレハ」

 

鈴が聞いてくる。

 

「お前ら、生徒会長はどういう存在か知ってるか?」

「どういうって・・・クレハとは犬猿の仲?」

「そうじゃなくて・・・じゃあ、生徒会長になる条件は?」

 

質問を変えると、ラウラが「人気投票で決まるのでは?」と答えたが、違う。選挙を人気投票というな。

 

「――――最強であれ。ってやつ?」

「正解だデュノア。前に言った気がするな。生徒会長は前生徒会長を倒した人間が就任するんだ」

「なによその少年マンガみたいな制度・・・」

「知らん、初代生徒会長を倒した二代目に聞け。・・・話を戻すと、生徒会長は最強じゃないとダメなんだ。じゃないとすぐに会長の座を奪われて自分が描く学校にできなくなる」

「学生の会長なのにそんな特権があるの?」

「あるんだ。生徒会長は同時に、学園の最高戦力っていう肩書でもあるからな。色々駆り出される代わりに自由は効かせてくれるんだよ」

 

此処までの雑把な説明でデュノアは更識が襲撃されていた理由を悟ったらしく、確認するように口に出す。

 

「つまり、学園祭で自分の都合を通すために会長の座を奪おうとしてたってこと?」

「そうだ。大方一夏争奪戦についてだろ。集客が見込めない弱小部は望み薄だから潰したいんだろうな」

「生生しいわね・・・」

「全くだ」

 

全員で茶を啜り、一服。

 

「で、昼間の件考えてくれた?」

 

思わず吹き出すかと思った。

にこやかにどす黒く話題を切ってきたデュノアのしたたかさに肝が冷える。

瞬時にほか二人の視線が俺に向いた。

 

「昼間ってなんのことよ」

「何のことですか」

「二人で食べたクッキー、おいしかったねクレハ」

「食ってねぇし、セシリアも居ただろ!」

 

俺の発言に疑問の眼だった二人の眼が鋭くなる。しまった!

 

「ちょっと食堂で飯食ったんだよ」「離れのカフェでお茶でしょ?」「コーヒーとカフェオレいただきました!!」

 

ダメだ。

なんでか知らんが、デュノアはここで答えを出せと言っている。

だがなぁ、まだ向こう行ってなにするかどうするか以前に、日にちすら決まってないんだぞ。

正直に言ってもいいが、それだと大所帯で乗り込むことになるし、IS乗りが大勢で入国とか絶対許可でないぞ。

 

「シャルロットと仕事の話でもあったの?なら今度はあたしも混ぜなさいよね。あんたについていけば超界者に会えるかもしれないし」

 

すぐに会えますよ。サラの部屋と第三アリーナ地下射撃場に巣くってます。

そうやって逃げようとしても、ふたりの事は鈴にも知られているので大したネタにはならない。

 

「お前なぁ、どっちかって言うと接近しない方が安全なんだぞ」

「分かってるわよ。けど、攻撃は最大の防御よ。相手が迫ってくるならむしろこっちから行ってやるわ」

「はぁ……鈴らしいというかなんというか」

 

きっと鈴は、俺が隠していてもいつかは嗅ぎ付けてくる。それこそ勝手にアメリカまで来ないとも限らん。

だったら、ちゃんと訳を話して現状を理解してもらった方が安全そうだ。

 

「アメリカのスタークインダストリーに、超界者との繋がりがある可能性が見えてきた。この間襲われた借りもあるし、潜入して探って来ようと思ってる。向こうで生活するにあたって、英語が堪能なセシリアと情報戦が出来るデュノアに応援を頼んでたんだ」

 

仕事の話は内密に。

その了解に沿って俺は鈴に近づき、耳打ちするように説明する。

……が、なんだ?

鈴が耳を押さえて……俺を睨んできた。

 

「……近いのよ」

「え? あ、ああ悪い」

 

珍しい反応に面食らった俺は、ちょっと驚きつつ席につく。

鈴は短く息を吐き、顔色を朱色にしたまま顔をあげる。

 

「仕事の内容はわかったわ。あたしは潜入に向いていないユニットだし、付いていけば足を引っ張ることも……。だからアイアンマンに関してはクレハの仕事とするわ。あたしもこっちで自分の仕事をする」

「自分の仕事?」

「学園から各国専用機持ちに依頼が入ったのよ。学園祭中の即応戦力として学園祭の警備をする仕事。二人もクレハについていくなら忙しくなりそうだわ」

「人の出入りが増えるからな……一夏目的で来る連中も増えるだろうし」

「そう。だからこっちはあたしに任せて、クレハは向こうでしっかりやって来なさい。結果、期待してるからね」

 

そう言って鈴は、はにかんだ。

ちょっと腹になにかありそうな、困ったような笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 




いつも読んでくださって有難うございます。


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空港急襲

9月に入ったとは言え、海上の学校であるIS学園には海からの暖かい風が吹いてくる。よって、生徒の多くは夏服から冬服への移行期間に入ったいまでも夏服を着用しているものが多い。

俺こと柊クレハも例にもれず、夏服を着用しているのだが、今着ているものは少々趣が違った。

 

「―――――っは―――はははははは!」

 

前半は我慢したかのような、後半は耐えきれずに決壊したかのような女子の笑い声が第三アリーナ地下にこだまする。

 

「動かないでくださいクレハさん。うまくシャッターが切れません・・・ッ」

 

ミナトさーん? あなたも笑いましたねぇ?

思わず手が出そうになる俺は、これもこの先を生き抜くためだと舌を噛んで耐える。

 

「そ、それにしても・・・あの時の女子がクレハだったなんてっ・・・あっマズイマズイ。ボクちょっとお腹攣りそう」

 

床で転げるように笑いまくるデュノアの言う通り俺は現在、変装(・・)している。

女装じゃないのかとかいう野暮なツッコミは無しだ。

今回のこれは、言ってみれば世界全体を騙すための完全な変装。

アメリカに短期のインターンとして渡米する女子生徒を完璧に演じなければならないのだ。

しっかし、わざわざ女装するって時点で何かが間違ってる気する。

 

「「あっはっはっはっはっ!!」」

 

シメルゾ、テメェラ?

 

 

悲しいことに自分でもどうかと思うくらい目元がシャープな美人の証明写真を手に、俺は第三アリーナ地下階段を上りきる。

正直に言って、ひっじょうに疲れた。

放課後から撮影を始めて、あれよあれよと三時間近く経っている。

偽造パスポートと戸籍はミナトが用意してくれるのでこのまま完成を待てばいいのだが、あとアメリカって行くのに何が必要なんだろうか・・・・と。

 

「・・・あれ? なぁ、アリーナの観客席べっこべこなんだが、なんかあったっけ?」

 

観客席へと通じる通路に設置してある中継モニターに映し出されたアリーナの状態に疑問を持った俺は、背後をついてきていたデュノアに尋ねる。

 

「あー、あれ?」

 

俺で遊ぶのに満足したのか、つやつやしたデュノアは言いにくそうに半笑いの表情を作ると、口止めされてたんだけどね、と喋りだした。

 

「実は昨日、あそこで生徒会長と一夏が特訓してて」

「特訓?」

「うん。昨日の夜生徒会長が襲撃されてたこと聞いたでしょ? そのあとホントは一年の専用機持ちが合同特訓と称して一夏の訓練をするはずだったんだけど、何故かはわからないけど、生徒会長が一緒に参加して滅茶苦茶に一夏を苛めて行ったの」

「え、じゃああの破損って・・・」

「うん。ほとんど全部一夏の墜落跡」

 

・・・・・えげつねぇ。

 

「ほかの一年は苛められなかったのか」

 

胸ポケットに写真を収めつつ訊いてみた。

するとデュノアは頬をポリポリと掻きつつ、

 

「まぁ、少しはね。シューターフローってわかる?」 

「リヴァイヴの操縦講座で聞いたな」

「そう。もともとリヴァイブを専用機として大会に出場した選手の得意技を正式に操縦技術として体系化したものなんだ。シューターフローの名の通り、射撃時のIS制御をマニュアルで行うことによって、より複雑な飛行を行いつつ、射撃も実行できる、って技術なんだけど」

「確か昔のISの射撃ってオート制御の直線飛行中に行うか、滞空して固定砲台になるか、って感じだったな」

「そうだね。ヨーロッパの騎討ち競技に倣って『ジョスト』とか呼ばれてたっけ」

「で、そのシューターフローを習ってたわけか? 今更? 射撃タイプのお前が?」

「違うよ。確かに一夏はイチから習ってたけど、ボクとセシリアはちょっとしたアドバイスをもらったくらいだね。そういうクレハはできるのかなぁ?」

「まぁ、上下左右に曲がるくらいなら、なんとか的に当てられるかな」

 

デュノアとグダグダ喋りつつ第三アリーナを出る。

もうじき夕食の時間ということでそのままデュノアと食堂へ入ったんだが・・・・なんか人だかりがある。

 

「ボクお茶とってくるね」

「おいまて逃げるなデュノア。面倒ごと臭いけど、あれ。たぶん一夏だぞ」

 

そそくさと逃げようとするデュノアに人だかりを指す。

人の隙間から小さくはあるが、確かに机に突っ伏した一夏が見える。

 

「本当だ。今日も生徒会長に訓練見てもらったのかな」

「かもな。でも、あんなふうになるほどシゴかれたのかアイツ」

「そういえば今日の昼休み、会長がクラスに来て一夏とお弁当食べてたんだよ。なんかもう重箱五段重ねの凄いお弁当」

「篠ノ之が面白い感じにキレそうな訪問だな」

「うん。箒すっごく怒って一夏を睨んでた」

「胃に穴が開きそうだな」

 

なんかもうこれ見よがしに死にそうなうめき声を上げながら突っ伏しているので、仕方なく人だかりに近づく。

 

「おいフォルテ。なんか声かけてやれよ」

「い、嫌っすよ。なんか話によれば今日の織斑は会長にマークされっぱなしだって聞いてますし」

「マークされっぱなし? どういうことですか?」

「おや、デュノアくんちゃんじゃないっすか」「くんちゃんってなんだ」「じつは会長と織斑の二人が同じ部屋から朝出てくるところを見た生徒がいるっすよ」

「ほぅ同居とな」

「いやいや、クレハがとやかく言えることじゃないから」

 

お前ら女子が出ていけば話は終わるんだよ。

 

「それで今日の生徒会報によれば、昨日織斑は生徒会室を訪れて役員のミナサマと親睦を深めた見たいっす」

「・・・・おい、それって」

「会長は織斑を生徒会に入れるつもりでしょうねぇ」

 

うっわ。一夏ってば不幸なヤツだな。

 

「・・・ん? それって良いの?」

「何がだ、デュノア」

「一夏って、今度の学園祭で一位の部に入部させることになってるでしょ? で、会長は一夏を生徒会に入れたい、と」

「生徒会も出し物をするつもりなんだろ。学園祭で一位を取れば、堂々と一夏を生徒会に入れられるんだ。よほど自分のトコの出し物に自信があるらしい」

「ねぇ、それって」

「マッチポンプ、っすね」

「性悪水色女め・・・」

 

したたかさに磨きがかかって来たな。あの女。

一夏がいよいよぬーんぬーんと意味不明の唸り声を上げ始めたころ、その声に少しでも引いた女子がいたのか人混みが散り始めた。

フォルテは自分の飯があるからとその場を後にし・・・・俺とデュノアの二人で一夏のテーブルに座る。

 

「死にそうな声出すなよ一夏。女子引いてたぞ」

「あー、柊さん・・・」

「だいぶ疲れてるね一夏。お茶飲む?」

「・・・・飲む」

 

差し出された茶を一夏がズゾゾとすすると、ラウラがやってきた。

 

「一夏っ、あの女はどうした」

 

肩を怒らせたラウラは苛ただし気に言った。

 

「? なんだよラウラ。そんな怒って・・・」

「あの女はどうしたと訊いたんだっ」

「えっ、あっ、生徒会の書類仕事してくるって言ってたぞ」

「・・・ふん、そうか」

 

どっかり腰を下ろすラウラ。

あの、なんか今日ピリピリしてんな。専用機持ちのみんな。

 

「そういや一夏、生徒会室に行ったって聞いたが」

「え? はい、役員の皆さんを紹介してもらいましたよ」

「噂は本当らしいな」

「うわさ?」

 

一夏が首をかしげる。

 

「一夏、始めに言っておくと、更識には十分注意しろよ。あいつは性格悪いし、計算高い。おまけに肩書は学園最強だ」

「はぁ」

「いいか、今は丁重にもてなされてるかも知れんが、いざアイツの手駒になったりした時には地獄のような目に――――――」

 

そこまで言った時だった。

 

「あ~、会長の悪口いってるぅ~。いーけないんだぁ」

 

変に間延びした声が背後から聞こえてきた。

生徒会会計、布仏本音だ。

 

「久しぶりですねぇ~ひいらぎせんぱーい」

「久しぶりだな布仏妹。上にチクんなよ」

「いわないよ~。めんどくさーい」

 

珍しく(?)制服姿の布仏妹は、手に持ったプレートにどんぶりメシと生卵を載せていた。

 

「の、のほほんさん、それなに・・・?」

 

一夏が震える声で尋ねる。

うん、俺もそれが聞きたかった。

何故かというと、のほほんさんのどんぶり。てっぺんにサケの切り身がひとつ丸々乗っているのだ。

・・・サケ茶漬けか? いや、なら生卵の存在は・・・?

ラウラとデュノアがそれぞれの夕餉を手にしてくる中、布仏妹は自分の夕餉の準備を始めた。

 

「えへへ~お茶漬けだよ~。いっちーは番茶派? 緑茶派? 思い切って紅茶派? 私はウーロン茶派~」

 

妙なリズムを取りつつどんぶりをガシガシかき混ぜる布仏妹。

その様子を見る一夏は・・・頬が引きつっている。

それはともかく、お茶漬けにウーロン茶とはまた異色な・・・。

以前からズレた奴だとは思ってたが、結構キてんな。

しかし、俺の見通しは甘かったようで・・・、

 

「なんとこれに~」

「「・・・これに?」」

「卵を入れます」

 

布仏は、コンコンカパ。

殻にヒビを入れると茶漬けの山に器用にくぼみを作り・・・・投入した。

そして、

 

「ぐりぐりぐ~り~」

 

か、かきまぜ始めた・・・。

マジかコイツ。

ラウラとデュノアが顔を背けてメシを食ってる・・・。お、俺も顔を背けたい。

さらさらとした茶漬けからグッチャグッチャという異音が聞こえ始めたタイミングで、

 

「食べまーす。じゅるじゅるじゅる・・・」

「わぁ!? 音を立てないでくれよ!」

「よし一夏・・・椅子ごと向こうに捨ててこい」

「柊さんなに言ってるんです!?」

 

通りでいつもの女子二人が居ないと思った。

あの一年女子二人、コイツの食い方知ってやがったな?

離れの席を見ると、その二人がこっちを見て、

「本音、またあれやってるよ」「お茶漬けの時はまずいもんね」「前は梅茶漬けにウナギ、納豆混ぜてたっけ」「あの子、味音痴過ぎでしょ・・・」

なんてつぶやいているのを瞳が読唇した。

てか、梅にウナギって食べ合わせ最悪じゃねーか。

 

「ズゾゾっていくのが通なんだよ~」

「それはソバだ!」

「ちゅるちゅる~」

 

一夏も疲れてんのによく突っ込むな・・・。

 

その後、部屋に戻った一夏は待ち構えていた更識を見て疲労で倒れたらしい。南無三。

 

 

学園祭まで五日を切った。

そんな中、俺は今夜の便で短期インターンとしてアメリカへ渡る。

サラが「アオは私が育t―――養うわ!」と言っていたので、俺は幾分か多めの現金を準備し、荷物をまとめた。

学校に申請した偽の任務受諾票は束さんに口を利いてもらって無事通過。少しの単位と報奨金が下りることになっているが、実際には下りることは無いだろう。不正で単位を稼ぐことはさしもの束さんも許さない。

スタークインダストリー側に送った申請書はもっと時間がかかるかと思ったが、意外とすんなり通った。顔写真、バレなかったのかね。

最終確認としてボストンバッグ一つにまとめた荷物の点検を行っていると、鈴が部屋に戻ってきた。

 

「アンタ、結局向こうでの拠点はどうするのよ」

「安いモーテルでも探すさ。セシリアとデュノアはちゃんとしたホテル借りるらしいけどな」

「そう・・・・・別室ならいいわ」

「当り前だろ。あの二人と同室とかありえん」

「角の立つ言い方は控えた方が良いんじゃない? 怒ったらシャルロットとかクレハをどうするかわかったもんじゃないわよ」

「たしかに怖いな」

 

荷物を詰め終わると、机に置いた端末を手に取って準備を終える。

 

「ISの調子は?」

「束さんに診てもらった。調整もばっちりだ」

「空港の通貨交換所で両替するのよ?」

「心配しすぎだっての。母親かよ」

「アンタの心配じゃなくて、任務の達成を心配してるの」

「へいへい」

 

・・・心配、してくれてるんだろうな。

でも、大丈夫だぜ鈴。

今回は潜入任務。

バレない経歴はミナトが用意してくれたし、バックアップのセシリアとデュノアも居る。

万一戦闘になったとしても、瞬龍とBシステムがあるんだ。楽観しすぎてはいけないが、なんとかなるさ。

 

「それじゃ、行ってくる」

 

そういって、俺はドアノブに手をかける。

 

「気を付けてっ」

 

そんな声に振り向いてみれば、さっきまで壁に寄りかかってかっこつけていた鈴が、俺を心配するように眉を寄せて立っていた。

あー、かわいいなコイツ畜生。かわいい鈴ちゃんなう、だ。

 

「学園祭までには帰って来る」

 

少しだけ高鳴りかけた心を静め、努めて平常心で俺は部屋を出た。

 

 

かつてアメリカの軍事産業を支える一大企業であったスタークインダストリー社。

いまだ特秘部隊として存在するアベンジャーズやS.H.I.I.L.D.なんかの情報とはうって変わって、会社の情報なら簡単に手に入った。

本社の所在地はニューヨーク州マンハッタン。かつてはアベンジャーズタワーと呼ばれた施設であったが、スタークインダストリー本社の移転により売却。

本来であれば有名な製薬会社オズコープが社屋として使用するはずだったが、スタークインダストリーの新社屋が数年とたたずして全壊。

やむなくして元のタワーに戻ってきてしまったという歴史を持つ。

目的地がニューヨーク州のマンハッタンということで、俺は飛行機を利用するため成田空港に降り立っていた。

 

「クレハ! おまたせっ」

 

IS学園駅前から出ている空港のシャトルバスから降りてきたデュノアとセシリア。

二人とも学園からのインターン研修という名目で渡米するので制服姿である。

 

「クレハさん。お早いですわね。一体いつ空港に?」

「お前らより一本早いバスでだよ。出国カウンター通る前に準備しておきたかったしな」

 

ドデカいキャリーケースを引く二人の視線が俺の頭からつま先まで上下する。

 

「「・・・あぁ」」

「そうだよコノ準備のためだよっ。学園で着替えて出るわけにもいかんだろうが!」

 

空港の正面ゲートをくぐる二人が納得と憐憫を併せた視線を送ってきたため、すぐさま開き直る俺。

俺は女装するために一本早いバスで空港にやって来たのだ。

入国する際に提示するパスポートは俺個人のものではなく、IS学園二年生の女子生徒『柊 紅葉(アカバ)』のものである。男子のままで出国しても別に良いかも知れないが、あくまでも柊暮刃は出国していないと言う体面を取っておくためにこのような出国方法を取ることになったのだ。

正面ゲートをくぐり、搭乗チケットの確認と荷物を預けるため出国カウンターに行く。

チケットと搭乗席の確認をする際セシリアとデュノアのチケットが見えたが、なんと二人ともANAのファーストクラスチケットを提示しやがった。おいおい。エコノミーとるのがやっとの先輩差し置いてファーストか。

粛々と手続きを進める二人を尻目に搭乗手続きに入る。

持ち込み荷物のX線検査と金属探知機ゲートを潜るんだが、ここで心臓の瞬龍のせいか探知機が反応。流石にISのことを言うわけにはいかないので胸に金属片があることを告げると、保安員によるレシーバーでの金属検査とボディーチェックで事なきを得た。

一方代表候補である二人。現在、IS所有者が航空機を使用する際ISは格納庫に展開状態で預け入れることが航空法で規則となっている。

チケットチェックが終わった二人は手荷物検査の前に別室へ通された。きっと向こうに専用のハンガーがあってそこでISを預けるのだろう。

搭乗ゲートに出た俺は待合室のシートに座って搭乗時間を待つ。

女子制服を着てる関係上男みたいに脚を組むわけにもいかんが、案外落ち着かないので仕方なく昔見た古い映画「氷の微笑」に倣って女性っぽく脚を組んで落ち着くことにした。

そこへ。

 

「美少女だ。美少女がいる」

 

なんて、自分もれっきとした美少女であるデュノアがセシリアを連れて現れた。

 

「よ、二人とも。無事チェックは通ったみたいだな」

 

待合室には他の客もいるため、小声で声を誤魔化す。

 

「うん。僕の方は無事にね。でもセシリアが……」

 

デュノアが御愁傷様と言わんばかりの顔でセシリアを見るので、つられて視線を送ると……

 

「なぜ私のブルーティアーズは拡張領域の武装までチェックを受けなければならないんですの……?」

 

と、若干疲れた顔をしていた。

 

「仕方ないよ~。BTは第三世代だから、僕のリヴァイヴと違って武装も非固定式・非実弾式が多いし。目に見えないだけあって、申告だけじゃ安心できなかったんじゃないかな?」

「そうであったとしても、イチイチ全部取り出して仕舞う私の身にもなってみて欲しいですわ」

 

ISを所持しての搭乗が初めてらしい二人は、専用ハンガーでの厳しいチェックに既に疲れているようである。

 

「チャーター機ならこのような不自由はありませんのに」

「あははは。確かにそうだよね」

 

こいつ等・・・。

海外渡航なぞ日常茶飯事である大企業の令嬢様方は飛行機はチャーターするのが当たり前のようだ。

 

「さてと。そろそろ搭乗時間(ポートタイム)だ。ゲートに行こう」

 

時間を確認すると丁度アメリカ、ケネディ空港行きの乗り込み開始を告げるアナウンスが日本語と英語でされたので、乗り込み口の3番ゲートに並ぶ。

デュノアとセシリアも同じように並ぶと思ったら……あれ? 列とは別にCAさんにチケットを見せたぞ?

乗客名簿をモニターで確認したCAさんはやけに恭しい仕草で二人をご案内。エコノミークラスの列を差し置いて早々に機内に案内されていく。

人の良さそうな笑顔のまま機内に消えていくデュノア。

セシリアは直前にエコノミーの俺を思い出したらしく、

 

(申し訳ありませんわね、クレハさん)

 

とだけ口を動かし、機内へ消えていった。

二人の金髪を見送った俺は、クッソ狭い七列エコノミー席にすし詰めされ……地獄のような機内を過ごした。畜生め。

 

@

 

太平洋を横断する飛行経路をとるため、日付変更線を跨ぐ際時間にもよるが日付は一日戻ることになる。

16:50のフライトで成田をたった俺たちは約12時間のフライトを経てニューヨーク州のJ・F・ケネディ空港に到着。日本とアメリカ東海岸の時差は大体14時間なので……えーと17+12で27時。日本は深夜午前3時だな。そこからマイナス14時だから……こっちの時間は昨日の午後1時か。入国ゲートに並ぶ傍ら「昨日の午後1時か」なんて呟いていると前に立つセシリアに「何を言ってますの?」と変な顔された。うるせ。時間あわせだ。ほっとけ。

腕時計を合わせた俺だが、時差による混乱。いわゆる時差ぼけはあまり感じない。夏場の夕方に出発して昼に着いたのだが、機内でしこたま寝ていたお陰かな。

 

セシリアの前に、デュノアの入国審査が始まる。生粋のフランス人でありデュノア社社長の実子でもあるデュノアだが、入国審査は当たり前に行われる。だが。

 

「あー、君ら服装からすると三人一緒? じゃまとめてやろう」

 

デュノアのパスポートを見るなり、審査官のお兄さんがそう言って俺たちを手招きする。

俺もセシリアも面倒な手続きが一気に終わるとみて近寄るんだが、次の瞬間。

 

「———じゃ、あとよろしくお願いします」

 

カウンターの横から現れた三人の女性職員に面食らう。

審査官が俺たちのことは放って次の客の審査を始めたとこを見るに、俺たちは別の部署に流されたらしい。

俺たちの前に立つ三人の職員の目は……俺たちを警戒している。

そして空港警備隊の制服の襟に光るエンブレム。あれは…!

 

「アメリカの第二世代量産機、ハウンドだね。空港警備隊配備モデルなら武装は多分…暴徒鎮圧用のライオットショットガン(・・・・・・)

 

いち早く武装まで見抜いたデュノアが冷や汗を滴らせる。

ショットガン装備のISが三機も俺たちの前にある。

待機形態であるため他の客には気づかれていないが、IS学園生徒である俺たちは分かる。これは警告だ。

だが、何故だ? デュノアはパスポートと一緒にスターク社へのインターン推薦状を提出したはずだ。

なぜこんなにも警戒されるのかが分からない。

 

「…これは一体何の歓迎ですの?」

 

セシリアが警備隊員に問う。

 

「オルコット様、デュノア様にはご迷惑をおかけします。しかし、我々にも命令がありますので。そちらの方は我々にご同行いただけますか?」

 

そう言って、俺を示す女性隊員。

 

「お…私ですか」

「ええ。敢えて言わせていただきますが、法的拘束力はございませんが、抵抗なさるのなら覚悟願います」

 

剣呑な物言いにデュノアが血相を変える。

 

「ちょっ、僕たちは非武装ですよ!? あまりにも強引すぎでは!」

「承知しております。ですから敢えて要請しているのです」

 

デュノアの方に隊員の意識が向いている間に瞬龍の調子を確かめる。

すぐに起動できる状態だが、他にも客がいる前だ。

ここで戦闘を始めるわけにはいかない。

相手にも戦意があるわけではない…と思うので、ここは従っておくのが吉か…?

セシリア、デュノアとのアイコンタクト協議の末」、大人しく様子を見ることにしたので、

 

「…わかりました。とりあえず話を聞かせてください」

 

とりあえず抵抗する気はないことを示す。

俺がそういうと、他の二人がどこからともなく俺達三人分の荷物を持ってくる。

 

「では、こちらへ」

 

先ほどから話していた隊長らしき人物にの後について移動するんだが、どういうわけか彼女は正面ゲートをくぐり、アメリカの空の下に出た。

ケネディ空港は海に面した地域にあり、潮風は感じないものの、カラッとした気候で日本のようにべたつく夏の暑さは感じない。

 

「…?これってどういう———」

 

てっきり拘置所なり別室に連れて行かれるかと思っていた俺たちは互いに顔を見合わせ混乱顔。次の瞬間。

 

「GO!」

 

甲高いスキール音が響き、俺の目の前に一台のバンが急停車する。

停車する際の反動で勢いよく開いた後部ドアから手が伸び、俺の顔にすっぽりと黒い袋を被せてきた。

…え? なんだこれぇッェ?

視界が遮られると同時に強く引き寄せられる力が働き、俺はどうやらバンに引き込まれたのだと自覚する。

 

「ちょっ!? クレハぁ!?」

 

デュノアの声を最後にバンのドアが閉められ、急発進。

俺の頭はいまだに混乱しつつも、一つの結論にたどり着いた。

 

(…さ、攫われたっ!?)

 

声を出そうとするが、袋を被せられる際に布を口に詰められた後猿轡を噛まされているので発声しようにも舌が動かず無意味なうめき声に変わる。

だが、そこはIS学園生徒な俺。

一応周りの情報を得ようと、呻いて混乱するフリをしつつーーだけでよかったかも知れんが、折角なので腹いせに俺を押さえ込む奴に蹴りをキメたりしつつ、急襲犯の様子を探る。

 

「おっ、オゴフッ! オェッ……な、なぁ。キャプテン。本当にこんなことやってよかったのか? いくら彼女からの依頼とは言え無理やりすぎやしないか?」

「仕方ない……とは言わないが、どちらにしろその人は僕たちに接触する気でいただろうさ。インターンとして侵入されるより話は早いよ」

 

それより、しっかり抑えなよ。と、キャプテンと呼ばれた男らしき人物が言うと、押さえつけてたヤツは思い出したかの様に俺の手足に拘束をかけ始める。……イヤイヤ。なんかこっちの意図は全部バレてるっぽいが拉致はやめようよ拉致は。昔、ドイツでちょびっと経験したトラウマが刺激される。

 

「さて、もう君の素性は全て知っているから単刀直入に行こうか柊クレハ君。運転しているから顔は見せられず失礼するが、僕はスターク氏から君を連れてくるように言われてね。悪いが待ち伏せさせてもらった」

 

本名を呼ばれる。チクショウ。どうやら本当にこっちのことは筒抜けみたいだな。どこからバレた? セシリアとデュノアに情報探らせたのを逆探知されたか?それとも学園のデーターベースに侵入されたのか……?

 

「君とデュノア嬢オルコット嬢は、スターク・インダストリーに潜入する気でいたようだが、すまないね。内緒話は全部聞こえるんだ」

 

全部聞こえる? 興味深い話を聞かせてくれるが、こっちもなされるがままって訳じゃない。すぐにISを展開してーー

 

「悪いね。日本人。ソレも知ってる」

 

こちらの思考を読んだのか、俺に拘束を施し終えた男が申し訳なさそうに言う。

すると、ドンと胸に突き立てられる何か。

ビリっとくる痛みを伴うところからするに……注射器だな? 何を入れやがった。

薬効が何かわからず、とりあえず手に爪を突き立てて痛みで意識を保つのだが……それすら霞むほどに思考が遅くなっていく。

毒……じゃない。

睡眠薬か何かだ……!

 

「しばらく眠っておいてもらおう。なに。しばらくしたら目的地だ」

 

運転する男の声が微かに聞こえる。

置いてきた二人は大丈夫かなと思いつつ、俺は強制的に眠りにつかされたのだった。

 

 

 

 

 



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スターク・インダストリー

前話から久々に更新再開しております。よろしくお願いいたします。


強い睡眠薬による睡眠特有の、泥から抜け出すような意識の覚醒。

視界に真っ先に飛び込んで来たのは、病院の手術室によくある大型の照明器具。点灯はしていないが他の室内照明が点いているので部屋は明るく、俺はどこかの医療施設に居るのかと一瞬思う。

しかし記憶が鮮明になるにつれ、ここがただの医療施設である可能性はないと結論付ける。

俺は確かアメリカに渡った直後に拉致されて、睡眠薬盛られて……ここに居るのか。

見れば服は真っ白なTシャツに薄いハーフパンツ。日本をたつときに被っていた長髪のウィッグは頭にない。男の姿の俺になっていた。

 

これはどういうことだ?

俺は診察台(?)から降りると、閉まっているカーテンを開いてみる。

するとソコには……

 

「はぁーん……なるほどね。エネルギー伝達に超伝導ケーブルは使用してないのかぁ。とするとどうやってこれほどの効率で動作しているのか……」

 

床で小ぶりなラップトップとにらめっこし、ぶつぶつと呟く女の姿がガラス越しに見えた。

服装は俺とおんなじようなTシャツにハーフパンツ。金というかプラチナホワイトに近い色の髪を綺麗に肩の長さで切り揃えている。とんでもなくラフな格好だ。加えて、なにか口元に咥えてやがる。タバコか?

微かに聞こえる内容から何かを分析しているみたいだが一体何を――ってぇ

 

(お、女の目の前にあるの、瞬龍(・・)じゃねーか!)

 

PCを見つめる女の前にあるもの。それはまごうことなき俺のIS、瞬龍であった。第2形態になってから刻まれたIS学園の校章は見間違えることはない。

Tシャツをまくりあげ、自分の心臓部を確認するんだが、古い手術痕があるだけで、目立った変化はない。

どうやらコアごと摘出された訳じゃないが、ISの登録者以外の展開は基本的に不可能だ。俺は眠っていたわけだし、展開した記憶もない。じゃあなんで瞬龍はあそこにあるんだ……?

ISハンガーを見渡せる窓の横にはハンガーに通じるドアがあったが、そこは向こう側から施錠されていて開けるのは不可能。仕方なくガラスをぶち破ろうと思ったが、これはガラスではなく、防弾ポリカーボネードだ。素手で破るのはこちらもまた不可能と言わざるを得ない。

仕方なく窓をドンドン叩いて呼び掛けるが……集中しているのか女は気づく素振りがない。

こいつは弱ったぞ……。

 

しばらくアピールしていたが一向に反応が得られないので、窓を叩くのはやめた。

壁にどっかり腰を下ろして外部との通信を図るが、通信機器類は取り上げられてる。ISコアは胸にあるので、システム起動の準待機モードで通信を試みたが、この部屋自体が電波暗室なのかどことも繋がらなかった。

万策つきた俺は診察台と照明と、非接触式のドアロックユニット以外なにもない部屋をボーッと眺めるんだが……いい加減しんどくなってきた。人間、72時間以上刺激を受けない環境に居ると発狂するらしいね。

 

目が覚めて二時間近くたっただろうか。曖昧になった時間感覚じゃ何時間たったかなんて正確には把握できないものだが、なんとなく二時間くらいたったとわかる。

不意にカギを解錠する音が聞こえ、開いたドアから先程の女が出てきた。

女ははだしで、ハーパンが隠れるくらい長いTシャツをヒラヒラさせつつ俺の横を歩いていく。

くわぁとあくびを一発キメ、どこからか取り出したカードキーを壁のドアロックユニットにかざすと、今までただの壁だと思っていた部分がスライド式に開き、女はそこから出ていってしまった。

 

「……」

 

女が入ってきたドアは開放されたままだ。

俺はハンガーに駆け込むと、装甲展開状態で鎮座している瞬龍のコックピットによじ登り、起動指示を与える……が。

 

――――Error 起動制限が掛けられています。解除コードを入力してください

 

と、エラーを吐き出した。

……ちょっと待て。瞬龍が俺を認識していないのか?

もう一度試しに展開解除の指示を与えてみるが結果は同じ。

俺の体に異常がないことから、瞬龍のアビリティ「生体再生」は機能しているみたいだが、IS本体は起動も回収もできないただの鎧と化している。

はぁーん? コイツはさっきの女がなにかやらかしましたな?

さっきまで弄っていたらしきノートPCを覗き込むと、各種瞬龍のデータに加えて、俺の詳細な身体データまで採られていた。俺は何時間眠っていたんだろうか。

とりあえずまぁ生体再生が機能しているならまだいい。ISを奪われる経験ならない訳じゃない。要するにコレ、サラのサニーラバーを元に作ったIS剥離剤みたいなものでISのコアを除くマシン部分が勝手に展開されているような感じのようだ。

解除コードがあれば復旧できるだろうし、とりあえず瞬龍はこのままにしておくしかないようだ。

 

俺はその辺にあった工具からでっかいモンキーレンチを拝借し、今度は女が出ていった方のドアからこの施設を調べてみることにした。

 

@

 

すぐに見つかったよ。女。

というか……なんか通路に生き倒れていた。

殺風景だが、木材が使われたシックな雰囲気な通路を進んでいると、普通に壁に寄りかかって気を失っていたのだ。

一瞬罠かと思ったが、捕らえている俺を改めて罠にかける必要がないので、レンチ片手に近寄ってみると……様子が変だ。

まず、不自然なまでの発汗が気になる。綺麗な顔立ちをしているんだが、その顔色は青く顔中びっしりと汗をかいていた。口元にはタバコと思った白い棒があるんだが、これは多分棒つきキャンディーか何かの柄の部分だな。噛み潰されて毛羽立っている。

食べ終わってから数時間たっているであろう棒つきキャンディーと、青い顔に不自然なまでの多汗……。

低血糖症で失神してるのか?

血糖値がヤバイくらいまで下がると、人間の脳はこれ以上エネルギーとなる糖質を消費しないよう脳の機能を一部シャットダウンする。

ちょっとやそっとの時間なら放置していても構わないんだが、この場に放置しておくのは問題だろう。

この女は件の解除コードを知っているかも知れない女だ。ここは敵地かもしれないが、人質兼恩義を売る相手として始末するのは後回しにしておこう。

 

モンキーレンチをハーパンのゴムの間に挟んだ俺は、女の両脇を抱え、引き摺るようにして食料がありそうな場所を目指す。どうせ背負うか抱き抱えようかした瞬間に目を覚まして、ボコボコ殴られるんでしょ? 俺の女経験上そうと相場が決まってるんですよ……!

 

もうしばらく進むと突き当たりにさっきの部屋と同じドアロックユニットがあったので、引きずっていた女のポケットからカードキーを探してかざした。

 

ロックが解除されると人感センサーが反応し、すぐさまスライドドアが開く。

ソコは壁の一面がガラス張りの展望スペースのようで、階下に見える街を一望できる場所だったが、カウンターに加えて冷蔵庫。目を見張るような数のワインボトルが保存されていたので、また廊下をさ迷うことはしなくて良さそうだと安心する。

どちゃっと抱えてた女を床に下ろして食べ物……というかカロリーを探すんだが、ここで人の気配があるのに気がついた。

 

「やぁ。目が覚めたようだね。柊クレハ君」

 

声がした方を見ると、夜の街を眺める様に配置されたソファーに誰かが腰かけている。この声は……。

 

「アンタは……多分、昼間に俺をさらった運転手だな?」

「正解だよ。さっきは失礼したね。僕は口があまり上手くないから君たちを素直に説得させる口説き文句が思い付かなくてね」

「だからって俺だけ拐うことはないだろ」

 

男は立ち上がり、俺の方に向かって歩いてくる。夜景の光で男の輪郭が露になる。……でかいぞ。190はある。

 

「その通りだとは思ったんだけど、彼女が欲しがったのはキミだけ……って、彼女また倒れたのかい?」

 

男の言う彼女と言うヤツがソコで伸びてる女のことだとわかったので廊下で倒れてたんだと説明してやる。

 

「そうか……。またろくに食べもせずに分析室に籠りっぱなしだったんだね。クレハ君。悪いがそこのフリーザーに冷凍のチーズバーガーがある。レンジで調理してくれないかな?」

 

男はそのデカい体で楽々と女を抱き上げると、そのまま部屋の一角にあるソファーベッドに寝かせてやる。

照明に照らされた男の顔は、白人。それもえらい精悍な顔つきで美形だ。

 

「あれ? かかとを擦りむいてる。ハンガーで怪我したのかな?」

 

女の方はなにやら親しげな男に任せ、俺は言われた通りキッチンの冷蔵庫を見つつ、ナイフラックから果物ナイフを取り出し隠し持つ。

冷凍ハンバーガーを見つけた俺は、どうせなら自分の分もと大型の電子レンジに三つほど放り込み、解凍温めを始める。

 

「で、もう予想はついてるんだが、ここが目的地なのか」

「ああ。そうだとも。ここに来たがってただろう?」

 

男が立ち上がると、丁度ソコには印象的なAの意匠が施されたプレートが目に入る。

 

「ようこそ。柊クレハ君。スターク・インダストリー本社へ。一応、歓迎すると言わせてもらうよ」

 

@

 

チーズバーガーが温め終わっても女は起きなかったので、俺は一応警戒しつつ俺をさらった大男と机を挟む。

 

「そうそう。キミの服どうしようか。女性ものだったけど。着るのかい?」

「いや。もうバレたとあっちゃ用済みだ。ウィッグ共々必要ない」

 

なんて話をハンバーガー片手にするんだが……。

この男。イヤにフレンドリーなくせして一向に自分のことを喋らない。勝手に語ってくれるのを待つつもりだったが、こっちから振らないとダメそうだな。

 

「ところでだな。ここがかの有名なスタークインダストリー社なのはわかった。なら、アンタたちは何者なんだ? 社員か?」

「そうだね。ここは会社だ。当然、社員がいる」

「……」

「………」

 

……えっ? それだけ?

なんだよ社員がいるって。会話が拡がらんぞ。

なんだか含みがある言い方だったが、正面のこの男の正体については何も語っていない。

 

「ええとだな………そうだ。社長のスターク氏に会わせてくれよ。夏に一回拐われそうになったから文句の一つも言ってやりたいんだ」

 

そういえばこの渡米の原因もあの日の一件だった。

もう軍事産業に手を出しているとは言えないスターク社の新型アイアンマンがどこの提供を受けて作られているのか。そして教公さんの双龍とアオや雨の事件の時に出たワード『亡国機業』の存在。

超界者の件を解決するためにはその超界者にもっとよく近づくことが必要だが、現在は暗中模索といった状況。

バースの証言から超界者と『亡国機業』は近いところにあるようだが、その正体は以前謎のままだ。

とりあえず、今現在軍事品の生産ならびに取引を行っていないスターク社がどうやってアイアンマンのアップグレードを続けているのか知ることが出来れば、世界が孕む闇に近づくことはすれど遠退くと言うことはないだろう。

 

「スターク氏なら、ほら。そこで寝てるよ」

 

男がソファーベッドで寝ている女を指す。

いや、トニー・スタークの後継は男のハズでーーと続ける俺。

そんななか渦中の女と言えば……。

 

「……チーズの匂いがする」

 

寝ぼけ眼をシャツでくしくししながら起床したのだった。

 

@

 

「はじめまして、私はアンソニー・スタークの娘。アンジェリカ・スタークです。よろしく柊クレハさん。拐う相手がノコノコ来てくださるなんて全くもってカモがネギ背負ってきたといったところですね」

 

そう自己紹介した女は、俺が温めたチーズバーガーを秒で平らげると、追加して、と男に命じて更にチーズバーガーを量産させた。

 

「ん……あー、ん? お前後半何て言った?」

 

思わず聞き返した。

 

「悪いねクレハ君。彼女、意識がハッキリしているとハッキリモノを言い過ぎるタチでね。ファーストインプレッションの大切さは常々教えているつもりなんだけど……」

「スティーブ。黙って。それとコーラ」

 

アンジェリカに命じられた男ーースティーブ?ーーは肩を竦めると冷蔵庫からコーラの缶を三本持ってきた。

アンジェリカはその一本を開栓するとゴクゴクゴクと一気に飲み干した。

顔色はすっかり良くなっている。

食べてすぐ血糖値が改善するのか。超人的な消化能力だな。

 

「彼女、アンジェリカが言ってしまったから僕も挨拶しよう。僕はスティーブだ。スティーブ・ロジャース。……ああ、大丈夫。僕は君が思い浮かべた人物じゃない。そこは安心してくれていい」

 

どう安心しろと?

ここはスターク・インダストリーで目の前にスターク氏のご令嬢で、極めつけにはドイツの悪名高いナチスに「やベーやつ」とまで言われた超人と同名同性の人物だぞ。

当人である可能性も捨てきれなくはないが、彼は1922年から生きる人物だ。流石にもう歳が如実に表れても良いだろう。

 

「それで柊クレハさん、貴方何勝手に分析室を出ているんですか? 誰も許可は与えていませんよけふっ」

 

コーラの炭酸ガスを逃がしながらアンジェリカはそんな事を言う。

スティーブに「これマジ?」と視線を送ると、半笑いで首を振られた。

 

「アンタ……いやスタークさん、取り敢えずその発言は水に流すとして、夏の一件はどう言うことか説明してくれよ」

「夏の一件?」

「日本に遠隔式でスーツを送り込んで来ただろ。ほら、マーク44を」

 

そう訴えるとアンジェリカはしばし考える素振りを見せて、

 

「あぁ、あのコミックエキスポ……いえ、コミックマーケットでのことですね?」

 

パッと思い至ったような顔で言う。

 

「あの時は良いものを見せてもらいました。日英中共同製作のVTシステムに、双龍謹製のISサニーラバー! マーク44を切り刻まれたのには腹が立ちましたが、それ以上に得られた情報が有意義なものなので不問にして差し上げます」

 

まだ二週間とたっていないのにそこまで調べられるのかよ……。

俺は落ち目と言われるスターク・インダストリーの力を軽く侮っていたかも知れない。

 

「不問にしておくって、襲ってきたのそっちだろ。そういや、あの時とは声も喋り方も違うようだが、どういうことだ?」

 

あの時のアイアンマンはもっと先代のアイアンマンに近い存在のように感じた。

だが、今は女性と言うことを差し置いても喋り方、性格が違うような気がする。

 

「声には合成音声を使いました。性格が違うように感じたのならば、それはジェーナスがシミュレートした別の人格に喋らせたからです」

「ジェーナス?」

 

なんだそりゃ?

そう訊こうと思った矢先。

 

『はい、ボス。何か御用でしょうか』

 

どこからともなく聞こえる女性の合成音声。

 

「ああ、違うのよジェーナス。呼んだ訳じゃないの。ただ……丁度いいからこの分析対象に自己紹介しなさい?」

「誰が分析対象だ」

 

俺のツッコミを他所に合成音声、ジェーナスは自己紹介を始めた。

 

『初めまして。私はスターク製第三世代スマートホームAI、Janusです。第一世代フライデーから連なるスターク家に仕える電子執事です。ちなみに夢は見ません』

 

SFの名著「電気羊」のジョークを交えつつ自己紹介したジェーナスの話し方は……流暢だ。人間が変声機を使って喋っているような自然さがある。

 

「コイツが、あの時喋っていたのか」

「そうです。と言うかジェーナス、貴方どんな風に喋ったの?」

『はい。とにかくお嬢様の存在が露見しないようにと言うご注文でしたので、よくお嬢様が私に再生をお命じになるお父上の記録映像を元に、性格を疑似人格タイプの第一号としてシミュレートさせていただきました』

「それってパパをそのまま再現したってこと?」

『いえ、お父上は素性が知れ渡っておりますので、彼の息子という設定で実行致しました』

 

関係各所への根回しも完璧です。と、そのスマートAIジェーナスは言う。

なるほど。スマートAIというよりは、システム全般からこまごまとした要望まで聞いてくれるオペレーションAIという方が正しいのかも知れないな。

俺は三本目のコーラを飲み終わったアンジェリカに向かって本題を切り出す。

 

「夏の件は分かった。攫われかけたことには文句を言いたいが、現在進行形で攫われてるんじゃ文句言っても仕方がない。俺はこれからどうなる?」

「どうなる、ってもう分析対象としてサンプリングはさせてもらいましたし今のところ求めるものはないですね」

「求めるものはない?」

「ええ。ISを操縦できる男性は世界でも数人しか確認されていません。織斑一夏をはじめ、貴方こと柊クレハ。そして双龍指導者である凰 教公。その貴重な一人を手にし、基本的なデータは既に採取し終わりました。ですから、今のところもう何も提供してもらうものがないのです」

 

……えっと、じゃあさ。

 

「自由にしても良いってことか?」

「そうなりますね。勝手に分析室から脱け出されたのには怒りを覚えますが」

 

空き缶をダストボックスに投げ込んだアンジェリカは、ドアに向かって歩きながら振り返る。

 

「あぁ、そうそう。貴方のISですが研究対象としてこのまま鹵獲させていただきます。セキュリティクラックで強制的に奪取しましたが、貴方には心臓(コア)さえあれば問題ないようなので。あしからず」

 

そう言うと返事を待たず、部屋を後にするアンジェリカ。

そこには俺とスティーブのみが残された。

 

「……えーと、とりあえず君の荷物、持ってくるよ」

 

居心地悪そうにそう言った後、俺の肩を叩き次いで部屋を出るスティーブ。

 

「……なんじゃそりゃ」

 

俺は仕方なく、窓から覗けるグランドセントラル駅周辺の街並みを見下ろしながらそう呟くのだった。

 

 

スティーブが回収していたらしい俺のキャリーバッグを持ってきてくれたので、俺はIS学園男子制服に着替える。

ケースと一緒に返してくれた携帯端末を確認すると時刻は午後10時を回ったところだった。俺は八時間近く眠らされていたらしい。

通信機を返してくれたということは、多分自由にしていいと言うのはアンジェリカの本心なんだろうが、ISを押さえられている以上ここから出ても良いことは何一つない。

とりあえず、電話を一本入れることにする。

 

『どこにいますのっ! クレハさん!?』

 

コール一回目で電話に出たセシリアの大声に若干耳の痛みを覚える。

セシリアの背後ではデュノアが「やっぱり無事だった?」と、ことも無さげに言った。やっぱりって。心配すらしてなかったか。

 

「今スタークインダストリー本社だ。CEOのスターク氏に捕まって軟禁されてる」

『やはりあの車はスタークインダストリーのものでしたのね……。スターク氏本人に会っているのですか?』

「いや、どうやらその娘らしい人物には会った」

『娘、ですか……。スターク氏にご息女が居たなんて話は聞き覚えがありませんのに。養子でも取られたのでしょうか? それで、軟禁と仰いましたが、どういう状況ですの?』

 

セシリアに、睡眠薬で眠っている間に基本的なデータは取られたこと。そしてISを奪われてしまった事を告げる。

 

『……なるほど。ISの個人認証を偽装するなんて、やっぱりスターク社長のご息女だね』

 

報告をスピーカーで聞いていたらしいデュノアが呟いた。

 

『軟禁されているとはいえ、スタークインダストリーに潜入すると言う元の目的は達成状況にあります。身の危険がないのであれば、そのまま調査を進めてもよろしいのでは?』

「だがセシリア。多分こっちの狙いはバレてるぞ。俺を攫った奴らが言っていたんだが、内緒話は全て聞こえるらしい」

『どおりで。待ち伏せのタイミングがぴったりなワケだよ』

 

デュノアは納得がいったようで呆れたように笑った。

流石、世界の覇権を握りかけた大企業スタークインダストリーだ。

 

「今のとこ娘のアンジェリカ含め、スターク社の連中は……と言っても二人なんだが、友好的(フレンドリー)だ。この会話も盗み聞ぎされてると思うが、ISを返してくれるよう交渉してみるつもりだ」

『それが良いですわね。専用機を奪われるなんて前代未聞ですわ』

 

セシリアが俺を非難する。

そういえば二人は今どうしてるんだろうか。

俺はコンタクトが取りやすいようにと二人の所在地を尋ねる。

 

『私たちでしたら、オルコット・トレーディングのアメリカ支社に滞在していますわ。準備が整い次第そちらに伺うつもりですが、支援が必要な時には連絡を』

 

最後にオルコット社の所在地と連絡先を送信してもらい、通信を終了させた。

電話が終わるタイミングを待っていたようにスティーブが現れる。

 

「電話、終わったかい?」

「おいてきた二人が心配だったもんでな」

「分かってると思うけれど、ここでする通信は全て彼女に筒抜けだ。厳密には全部が全部聞こえるわけじゃないけれど、そこは覚えておくと良い」

「気になってたんだが、それはどういうことなんだ? 俺のどこかに盗聴機でも仕掛けてるのか」

 

着替える際に自分の身体をチェックしたが、何かされた痕跡は無し。持ってきてもらった私物もあらかた検分したんだが目ぼしいものは見つけられなかった。

 

「まぁうちの会社も過去には世界中にヒーローを送り出す仕事をしていた会社だ。色々と手段があるんだよ」

 

スティーブがちょんちょんと天を指差す。

……そうか。

 

「人工衛星による監視か……!」

 

大気圏の外。衛生軌道上を回る人工衛星のほとんどを今や軍用衛星が占める時代である。

中でも過去にスターク社が所持していたという人工衛星には強力なものも多く、先日のマーク44も会社の全盛期には、その巨大なアーマーを世界中に送るべく人工衛星から射出していたと言われている。

 

「会社自慢をする訳じゃないが、今のスターク社は情報を主に扱っていてね。国防の殆どをISが担うようになってからも、情報という一点においてはまだまだうちが独占状態だよ」

「そういえばスティーブはここの社員なのか?」

「そうだ。元々は米国安全保障局(NSA)勤務だったんだが、所属チームが取り潰しになってね。今じゃ社長のお世話役さ。元メンバー達も一人を除き行方知れずだ」

 

米国安全保障局。アメリカの中央諜報機関の更に上位に存在する組織だ。CIAほどに名前が売れてないが、CIAより更に過激で強力な実行権を有する、文字通りアメリカの最終的な安全を保障している組織である。ハワイで会った教官が指示を受けたという日本国安全保障局は、アメリカを手本に組織された経歴を持つ。

 

「ずいぶん立派なボディーガードがついてるんだなぁ」

「そう誉められたモノじゃないよ。けれど、彼女の意に反してISを強奪するつもりなら、僕が立ちはだかるよ」

 

スティーブから、バースや教公さんに感じた超人的な気配が漂いはじめる。

 

「拐った上に勝手に奪っておいて随分な言い草だな」

「社長である彼女の命令でね。僕は彼女に逆らえないんだ」

 

スティーブが一呼吸置く。

 

「彼女自身には戦闘能力はない。だからここで僕を突破すれば、それだけでリーチだ。ISが無いとはいえ、双龍に超界者と米国を悩ませてきた敵と戦ってきたキミだ。どうする?」

 

スティーブが挑戦的に微笑む。

ぶるっと身が震える迫力に晒された俺は、

 

「いや、無理だろ。常識的に考えて」

 

カランと、隠し持っていたナイフを棄てる。

戦意の無い印として、な。

 

「良かった。彼女が興味を持った被験体は久しぶりでね。君達男性操縦者の謎を解明するのにはまだ時間が掛かりそうだから怪我をさせるのは本意じゃない」

「自分の高い戦闘力をちらつかせて降伏させるのはもはや脅迫だぞ」

 

それに今の、被験体として価値があるうちは殺さないって意味だと思う。油断できねぇー。

 

「取り敢えず、ここにいる間、君が寝る場所に案内するよ。と言うか、さっきの分析室がそうなんだけどね。僕としてはちゃんとした部屋を用意したいんだけど……」

「……彼女の命令で、だな?」

 

ビンゴ。

スティーブは夜には眩しすぎる笑顔で笑った。

 

 

 

 

 

 




超界者とか双龍とかは、軍事や政治に関わっている知ってる人は知ってる情報です。


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