EMIYA in Another Fate (イスタ)
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Ⅰ セイバーvsランサー

 

 

 

 

 

弓道場の掃除を終え踏み出した、夜の校庭。

 

 

 

 

「――――――なんだ、アレ」

 

 

見た瞬間に判った。

 

アレは人間ではない。おそらくは人間に似た別の何かだ。

 

 

 

 

 

「……、―――!」

 

「―――…ッ…!!―――…」

 

 

 

数は二つ。

 

 

ぎぃん、という鈍い金属音を響かせながら、幾度も眩い火花を咲かせる蒼と青。

 

 

ソレを演じるのは、時代錯誤な白銀の鎧を着込んだ少女と、タイトなボディースーツを身に纏った長身の男。

 

 

突き出された朱い閃光を風の束が流れるように絡め弾き、

 

それだけの動きで生じた衝撃波が冷えた空気を大きく揺らす。

 

 

 

 

………死ぬ。

 

 

びりびりと感じる濃厚な殺意に、ここにいては間違いなく生きてはいられないと体が理解する。

 

 

(―――逃げ、ないと)

 

 

目の前の剣戟に痺れた脳を再起動させ、走り出すための酸素を取り込もうとして―――――

 

 

 

 

「―――」

 

 

 

 

音が止まった。

 

 

―――一分の隙すら無い動きを以って、槍の男が必殺の構えをとる。

 

その総てが、ヒトの業としては余りにも完成され過ぎている。

 

あれだけの膨大な魔力を食い潰して放たれる一撃だ、正しくそれは必殺だろう。

 

 

殺される。

 

あの蒼い剣士は殺される。

 

 

いや、獲物が不可視である以上、彼女が剣士であるとは限らない。

 

が、衛宮士郎は風の衣に覆われたアレが恐らくは破格の剣であることを識っていた。

 

 

数瞬の後、碧眼の女剣士はあの男の一突きに絶命しているだろう。

 

 

ヒトではないけれど、ヒトの、女の子の形をしたモノが死ぬ。それは。

 

 

 

 

―――果たしてそれは、見過ごして良い事なのか。

 

 

 

 

 

 

 

一瞬生じたその迷いが張りつめた意識を溶かし、はあ、と大きく呼吸をした瞬間。

 

 

 

「誰だ――――――――!」

 

 

真紅の双眸が、こちらを凝視した。

 

 

 

 

「………っ!」

 

青い獣の体が沈む。その瞬間に、標的となった衛宮士郎は走り出していた。

 

 

 

(や、ば――――……ッ)

 

 

 

―――どこへどう逃げるか、そんなことは考えない。

 

 

あれを前にして、考えている余裕などあるわけがない。

 

ただ一刻も早くその場から遠ざかる為に、昏い無人の校舎へと駆け込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気付けばそこは、歩き慣れた生徒会室前の廊下。

 

倒れ込んだ床から伝わる冷たさが、未だ自分が生きていることを実感させてくれる。

 

 

今のは一体何だったのか。

 

いくら考えたところで明確な答えは出なかったけれど、ともあれ、ここまで来れば―――

 

 

 

 

「どうなるってんだ?」

 

「………!?」

 

 

 

「―――わりと遠くまで走ったな、オマエ」

 

 

「ま、運が無かったな坊主。正直こっちとしても胸糞悪いんだが……見た以上は死んでくれや」

 

 

 

息と思考が同時に止まる。

 

 

それでも、事実だけは正しく理解できた。―――衛宮士郎は、ここで死ぬ。

 

 

 

 

 

 



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Ⅱ 運命の夜、英霊召喚

 

 

 

「あ………つ」

 

 

吐き気と共に目が覚めた。

 

べっとりと血で濡れた制服が気持ち悪い。

朦朧とした頭のまま、自分が死に、生き返ったことをどうにか自覚する。

 

何が起こったのかは解らない。助けてくれた誰かの顔すら憶えていない。

 

血の海の他に唯一つこの場に残されたのは、同じく血の様に朱いこの宝石だけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――帰宅できたのは日付が変わってからだった。

 

 

未だ罅の入った心臓を抱えて、それでも自力で帰ってこられたのは奇跡としか言いようがない。

 

 

 

 

「がっ、は――――――――!?」

 

 

 

 

だというのに、青い殺人者はここまで追ってきた。

 

 

奴の放った回し蹴りで俺は今、ボールのように空を飛んでいる。

 

強化した藤ねえのポスターは先刻の打ち合いでぐにゃぐにゃにひしゃげてしまった。

 

 

 

「ぐっ――――!」

 

 

背中から土蔵に激突し、崩れ落ちた。

背骨が砕けていないのは奇跡としか言いようがない。

だが砕けなかったところで、こんな体勢のままでは刺し貫かれるだけ。

 

 

「くそ……ッ!」

 

迫る槍の穂先に体を奮い立たせるが、膝が折れてみっともなく転がってしまう。

 

 

「チィ、男だったらシャンと立ってろ……!」

 

 

だがなんという悪運か。俺の首を抉る筈だった赤槍は鼻先を掠め、背にする土蔵の扉を弾き開けた。

 

 

 

 

 

(逃げ込んでも袋の鼠……いや、それでも、ここしか――――!)

 

 

僅かに繋がった活路。

今度こそ足に力を籠め、全力で土蔵に飛び込む。

 

何でも良い。工具、投影品、武器になるようなものがあれば―――

 

 

「そら、これで終いだ―――!」

 

 

「くっ……、こ――――のぉぉおおおおお!!!」

 

 

放たれた避けようのない必殺の槍を、四つん這いのままポスターを広げることで防ぐ。

 

―――だがそれで終わり。

 

一度きりの楯は破壊され、衝撃だけで俺は後方へと吹っ飛んだ。

 

 

 

 

 

(ぁ―――――、づ――――)

 

 

 

一瞬の思考停止。

 

心臓に喝を入れる代わりに、武器を手にする機会を失った。そこへ、

 

 

 

「詰めだ」

 

 

眼前には、槍を突き出した男の姿があった。

 

 

「今のはわりと驚かされたぜ、坊主。……しかし、分からねえな。機転は利くくせに魔術はからっきしときた。筋はいいようだが、まだ若すぎたか」

 

 

男の声など耳には入らない。ただ突き付けられた凶器を穴が開くほど見つめる。

 

だって、これは俺を殺すもの。既に一度殺されているのだから、その威力は折り紙つきだ。

 

 

 

 

「もしやとは思うが、おまえが七人目だったのかもな。ま、だとしてもこれで終わりなんだが」

 

 

―――迸る赤。

 

 

綺麗に心臓へ吸い込まれるだろうその名槍の味を知っている。

 

それをもう一度?本当に?理解できない。なんだってそんな目に遭わなくてはならないのか。

 

 

 

……ふざけてる。

 

そんなのは認められない。こんな所で意味もなく死ぬ訳にはいかない。

 

 

この身はもう二度も助けて貰ったのだ。

 

なら。命を拾われたからには、簡単には死ねない。

 

俺は生きて義務を果たさなければいけないのに。

 

 

 

月下の約束。あの尊い理想(ユメ)を叶える為に、衛宮士郎は生きて死ぬと決めたのではなかったか。

 

 

 

 

 

「ふざけるな、俺は―――」

 

 

俺は。

 

 

こんなところで意味もなく、何も判らず、何も叶えられないまま、

 

 

おまえみたいなヤツに、

 

 

殺されてやるものか――――――!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――…、え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、本当に。

 

 

 

 

「なに………!?」

 

 

 

 

魔法のように、巻き起こった。

 

 

 



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Ⅲ アーチャーvsランサー

 

 

 

 

 

 

現界を確認。

 

 

この身はアーチャーのサーヴァント。

 

『座』より招かれし●●●●●●。

 

 

―――訂正、真名の読み込み不可。記憶に欠落多数。

 

マスターとのパスを検索。該当なし。

 

 

(―――待て。サーヴァント現界の楔たるマスターとの繋がりがないだと)

 

 

それどころか、そもそも召喚を行った筈のマスターすら見当たらない。

 

 

今私は保有魔力、単独行動スキルだけで現界しているということだろうか。

 

しかも何故か魔力の巡りがひどく悪い。

 

自らの身体を探査した結果、魔術回路が一本も開いていなかった。

 

このままではまともな戦闘もままならない。強引に魔力を流し、閉じた回路をこじ開ける。

 

荒療治の為、相応の反動(リバウンド)が発生するが致し方ない。

 

 

「……オイ、何の冗談だそいつは」

 

 

何故なら周辺にサーヴァントの気配が二つ。その一つは目の前に。

 

ならば現状把握は後回し。込み上げた血を飲み下し、二振りの中華剣を投影する。

 

 

「っ、チィ――!」

 

 

忌々しげに悪態をつくクーフーリン。

 

後退しつつ振るわれたゲイボルクを交差した陰陽剣で払いのけ、土蔵の外に躍り出た槍兵(ランサー)を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

戦いの場は開けた庭へ。月明かりに照らされ、赤と青が睨み合う。

 

 

 

「……ふざけたヤロウだ、只者じゃねえと思っていたが、まさかサーヴァントとはな」

 

 

「それは称賛か?非難か?生憎此方は召喚されたばかりなのでな。正直、現状把握すらままならない有様だ」

 

 

「だがどうやら君は私の召喚に立ち合ったようだ。良ければ状況を説明してくれると助かるのだが」

 

「けっ、抜かせ―――!」

 

 

踏み込みからの爆発的な突進。

 

繰り出される鋭い刺突の全てを赤の剣士は流れるようにいなす。

 

 

響く剣戟。火花を散らしつつ的確に対応する正体不明の双剣使いに、最速を誇る槍兵は未だ一撃を叩き込めずにいた。

 

 

だがそこまでだ。本調子でない身体と魔術回路では防戦が精一杯。

 

 

ならばこの場の選択肢は一つ。

 

干将と莫耶を投擲し、一アクションでそれらを打ち落とす槍兵との間合いをとる。

 

 

 

「自らの武器を棄てるとは、貴様―――」

 

ぎらりと光る獣の瞳。

 

「非難は尤もだが……勝負まで棄てたわけではない。此方の本領は、此処に在る」

 

静かに見つめ返すは鉛色の瞳。

 

空の筈だったその手にはいつの間にか、何の装飾もない無骨な黒弓が握られていた。

 

 

「成程。セイバーとは既に()ってきた。その武練、消去法で行けばライダーかアーチャーってことになるんだろうが、それにしても……」

 

 

「接近戦で槍兵(ランサー)と鍔迫り合うとは……貴様、本当に弓兵(アーチャー)か」

 

「生憎と私は真っ当な英霊ではないのでな。戦場を生き抜く為には剣であろうと槍であろうと使わざるを得なかったのだよ。

 ランサー、君は他者の戦闘スタイルに文句をつける気か?」

 

 

皮肉めいた言動と笑みで注意を引きつつ、装填すべき弾丸を検索する。

 

先程まで思い出せなかった生前の経験も、英霊との死闘の中で自身の戦闘スキルと共に急速に取り戻しつつあった。

 

 

「へっ、まさか。他人の戦いにケチつけるほど野暮じゃねえよ。手数が多けりゃその分戦いも面白くなる」

 

だが挑発には乗らず、ボディスーツの男は肩を竦めて笑う。

 

 

「実に英霊らしいことだ。勝利よりも戦いを求めるか」

 

「ったりめぇだろうが。元より聖杯に託す願いなんてのは持ち合わせちゃいねえし、興味もねえ」

 

 

「俺の願いは唯一つ、伝説に名を刻んだ英傑共との死闘だ。ま、今は無粋な制約が掛かっちゃいるがな」

 

「―――成程、令呪か」

 

「ほう?えらく察しが良いじゃねえか」

 

「七騎の内最速のサーヴァントがこの程度の筈は無い。そこへ、君自身の望みが戦いとなれば―――。

 戦いに於いて戦士を縛るとは、酔狂なマスターもいたものだ」

 

 

「ああ全くだ。だがアーチャーよ、テメエのマスターも相当ぶっ飛んで―――」

 

「ならば提案がある。アイルランドの光の御子よ」

 

 

 

 「――――――あ?」

 

 

 

「今夜は私の方も本調子ではない。甚だ不本意ではあるが、決着は次に持ち越しとしないか。

 次に見えた時こそ、私は全力を以って君を討ち果たそう」

 

 

「……はっ、俺の真名を識った上で言いやがるか―――いいぜ、撤退はマスターからの指令でもあることだしな」

 

「だがな。令呪と言えど、六戦全てに対する絶対的な拘束力なんざあるわけがねえ」

 

 

「互いに不調。この状態で潰せる相手なら、次の機会を待ったところで結果は同じだ。そうだろう?」

 

明確な殺意を孕んだ眼光が弓兵を射抜く。

 

だが、その中にある愉しみの色は未だ消えていない。

 

「……成程。確かに、道理ではあるな」

 

「お前を見逃す(・・・)のは、お前がそれだけの価値を持っていた時の話だぜ」

 

つまり早い話、休戦を持ちかける以上は、何か面白いモノを見せろということ。

 

 

「―――ならば、それに足り得るモノを披露しよう」

 

 

「はっ、漸く本領を見せるか。いいぜ、やってみな……!!」

 

くるくると軽やかに宝具を振り回し、ランサーはいつでも来いとばかりに低く構えをとった。

 

 

「―――」

 

 

対する赤の弓兵は、無言で虚空から一本の矢を生み出し番える。

 

 

 

 

「な」

 

 

 

それを見たクー=フーリンの動きが止まる。

 

 

張りつめていた筈の意識に僅かな緩みが生じ、万全の構えが一瞬綻ぶ。

 

それほどまでに彼を驚愕させるものを、見開かれた双眸は確かに映していた。

 

 

―――だって、あれは。

 

 

 

 

「――――――I am(我が骨子) the bone of(は 捻じれ) my sword.(  狂う。  )

 

 

 

 

奇妙な詠唱と共に放たれるは、彼の英雄と同じ時代を駆け抜けた、とある男と共に在った稲妻の螺旋剣。

 

 

偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)!!」

 

ソレが形を変えて今、嘗ての盟友に襲いかかる―――!!

 

 

「っ、―――チィッッ!!」

 

一瞬の逡巡。

 

反応が遅れたが、この身は矢除けの加護を授かっている。ならば弓兵が何を放とうとも、その悉くを躱して―――…

 

 

待て。

 

つい今し方、この男は此方の真名を看破してみせなかったか。

 

ならばこの一撃は、それを弁えた上で

 

 

 

 

 

「―――『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』」

 

 

 

 



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Ⅳ ドロー、再戦誓約

 

 

 

 

 

 

 

(―――なんだ、これ。体が)

 

 

目の前で展開されていく殺し合いを、ただ呆然と眺める。

 

 

あのとき、槍の男に殺される寸前。俺は突如、足元から発生した閃光に包まれた。

 

その瞬間からだ。全身の自由の一切が利かなくなったのは。

 

代わりにあるのは、自分以外の誰かが勝手に身体を動かしている不気味な感覚。

 

 

そして光が晴れるのと同時。全身に雷が落ちたような痛みが走り、次の瞬間には投影魔術を完了していた。

 

 

両の手にはカタチを得た中華風の双剣。驚いたことにしっかりと中身を伴っている。

 

それを行ったこの身の魔術回路は計二十七本。俺の中に、これほどのものが眠っていたなんて。

 

 

 

(……ああ、本当に――――)

 

 

―――いい加減にしてほしい。

 

 

校庭でのチャンバラから始まり、壮絶な鬼ごっこの末に殺されるわ、心臓を破壊されたのに生き還るわ、ようやく一息つけたと思えば居間の天井からタイツ男が降ってくるわ、もうそろそろ本当に意味が分からない。

 

だが肉体の支配権を失っている状態では、それを誰かに問うことさえ叶わなかった。

 

 

確かなのは、今"俺"の中に"俺以外"のナニカが入り込んでいるということ。

 

 

そいつは衛宮士郎の身体能力では有り得ないほどの凄まじい速度で双剣を振るい、あれほど圧倒的な威圧感を放っていた槍の男と拮抗している。

 

合間に会話を挟んでいるようだが、声帯から発される声が普段の自分より随分と低い。

 

 

その中で辛うじて把握できたのは、真偽は兎も角として相手がケルト神話の英雄クー=フーリンであること。

 

この馬鹿げた戦いと同じものがあと五回も行われるらしい事。

 

俺が、その戦いに巻き込まれたこと。

 

 

 

(う、ぐ―――……)

 

 

どうにか身体を動かそうとするが、どう足掻いても無駄だった。

 

命令の一切は肉体に伝わらず、ただ一方的に受信するだけ。

 

"誰か"によって見開かれた瞳は、混乱した此方の頭などお構いなしだとばかりに、繰り広げられる戦いの全てを現実として叩き込んでくる。

 

 

『―――』

 

(――――な)

 

 

俺を乗っ取った男は、どうやら本気の一撃を放つつもりらしい。

 

稼働する魔術回路。

 

意に反して動く右腕が、投影されたドリルの様な剣を弓に番える。

 

そして口にした、一節の詠唱。

 

 

 

『―――――――――I am the bone of my sword.』

 

 

何故だろうか。

 

理解不能な事ばかり起きたこの夜の中で、その呪文だけは、

 

 

―――綺麗に、ストンと胸に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――貴様、一体どこの英雄だ」

 

 

 

「その問いに正直に答えるサーヴァントが一体どれほどいるのだろうな」

 

 

「―――だが生憎、私はそれほど高名な英霊ではないのでな。例え名乗ったところで分かるまい。所詮私は君の様な大英雄とは比べ物にならん、只の掃除屋だからな」

 

「戯言を……無名の弓兵があれほどの宝具を持つものか!」

 

 

至近距離で炸裂した螺旋剣から、果たしてどのように逃げおおせたのか。

 

全身土埃に塗れているものの、未だ無傷の槍兵は先程までの笑みを消して怒鳴った。

 

 

「答えろ。何故貴様があの剣(カラドボルグ)を持っている。

 フェルグスの野郎や俺の生きた時代に、貴様のような英雄は存在しなかった筈だ」

 

「ああ、その通りだ。私はケルトの英雄などではない」

 

 

「加えて、今放ったのは君の知っている本物(オリジナル)ではない。あれは私が持つには過ぎた剣だ。

 対して此方は生前見たモノを基に(つく)った贋作(フェイク)に過ぎん。……とはいえ、手足の一本程度は刈り取る自信があったのだが」

 

「な………アレが紛い物だと?冗談じゃねえ、内包した神秘は明らかに宝具(ホンモノ)だったろうが―――!」

 

聞き流せないアーチャーの発言に、一瞬ランサーの殺気が膨れ上がる。……だが、

 

 

 

「―――チ。だがまあ、それでも男に二言はねえ。テメエが手の内を明かした以上、俺も約束は守らねえとな」

 

悪態をつきながら、ケルト神話の英雄クーフーリンは槍に付着した土を振り払った。

 

その貌には既に理性的な彩が戻り、あれほど放っていた濃密な殺意が嘘のように消え去っている。

 

 

どうやら此方の目論見は上手くいったようだ。

 

―――勿論、相手が納得などしていないのは言うまでもないが。

 

「それにさっきからうちの臆病なマスターが『さっさと帰れ』と煩いんでな。今夜はここらで幕を引くとするか」

 

「それは有難い。成程、終生誓約(ゲッシュ)に準じたという前評判は確かだったようだ」

 

 

 

「―――アーチャー、テメエとの決着は必ず付ける。それまで精々他の奴に殺されるなよ」

 

「無論だ。ランサー」

 

再戦の誓約。

 

その答えを背中で聞くと、青い槍兵は霊体化し夜の闇に融けていった。

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――、さて」

 

 

 



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Ⅴ リメンバー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――、さて」

 

 

 

一先ず戻った土蔵にて、赤い弓兵は思案を巡らせる。

 

 

ランサーの襲撃と自身の召喚で中は酷い有様だった。

 

月明かりが差し込むだけの薄闇を鷹の眼で隅々まで探索するが、

 

 

(やはりマスターの気配はない、か)

 

 

訳が分からない。現界を果たした時点で、土蔵にはアーチャーとランサーの他に気配はなかった。

 

ならばこの身は誰に喚び出されたというのか。

 

 

(そして、この場所は―――…)

 

 

更にもう一つ。

 

最初から、それこそ召喚に応じこの場所に降り立ったその時から、無銘のアーチャーは決して無視できない疑問を抱いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 「―――――――私はこの場所を知っている……?」

 

 

 

 

 そう、口に出した瞬間。

 

 

 

 

 

 

「…ッ、が―――!!??」

 

 

襲ったのは吐きそうなほど強烈な既視感。

 

視界どころか脳髄がぐるりと一回転したのではないかと錯覚するほどのあんまりな衝動に、思わず片膝をついて荒く息を吐く。

 

 

散乱した工具。

 

使い古された埃まみれのブルーシート。

 

血の染みた床。

 

強引に開け放たれた扉。

 

薄く残された魔方陣。

 

 

その全てにどうしようもなく見憶えがある。

 

 

 

おかしい。

 

こんな場所を知っているのはおかしいと、ノイズに塗れた意識が否定する。

 

 

 

 

「――――、……これは」

 

 

召喚の余波で吹き飛んだのか。裏返しになったブルーシートの下に、それを見つけた。

 

 

 

視認しただけで判る。それは投影品。

 

山と積まれたその殆どはラジオやストーブなどの機械類だ。

 

だが全て外見ばかりで中身が無い。

 

 

当然だ。私の起源と属性は剣。己の領分から越えたモノを再現できるはずもない。

 

武具の類ならば鍛錬と消費魔力次第で真に迫れないこともないが、機械などの現代機器はやはり不可能だ。

 

中身が空っぽでは、いくら消えないとしても無意味であり、長い間それに気付かずこんなことを続けていたオレは本当に―――

 

 

 

「……待て、私は何を言っている?」

 

それでは、まるで―――

 

 

 

私こそがこの土蔵の住人だと言っているようではないか。

 

 

 

 

「………」

 

いつの間にか、引き寄せられるように魔方陣の前に立っていた。

 

 

これは私が喚ばれた陣。召喚を終えた以上は不要な物であり、それ以上でもそれ以下でもない。その筈だ。

 

だというのに、私は何故ここで何かを待っているのか。

 

 

 

(一旦、状況を正しく整理する必要があるな。……そう、ここに我がマスターがいたのならば)

 

 

この身が召喚に応じた時、土蔵には戦闘体勢のランサーがいた。

 

つまりは誰かがランサーと戦い、或いは逃げ、この土蔵に逃げ込んだということ。

 

 

そしてそれは間違いなく己がマスターだ。

 

 

マスターはランサーに襲われ窮地に陥り、陣の用意されていたこの土蔵で急遽サーヴァント召喚の儀を行ったのだ。

 

酷くちぐはぐな召喚ではあったが、それならば合点がいく。

 

 

「しかし一体どんな未熟者だ。サーヴァントも召喚しないまま、敵に姿を見られるような失態を侵すなど……」

 

 

だがそこまで言って、自分も似たような経験をしていたことを思い出し頭を痛める。

 

そうだ。聖杯戦争など知らなかった嘗ての己も、その未熟者と全く同じ失敗をしていたではないか―――

 

 

 

「……………、待て」

 

 

―――今。自分は一体何を思い出した?

 

何か決して見たくないモノを垣間見たような気がして、一瞬脳裏に浮かんだイメージを咄嗟に掻き消してしまった。

 

 

「……今の、は―――――」

 

鼓動が早まる。

 

一瞬の内に自分が何を見たのかは分からない。それともただ分かりたくないだけなのか。

 

 

ここに自分にとって重要な事柄が眠っているだろうことはとっくに理解できていた。

 

だがそれは私が目を背けたいもの。嫌悪しているもの。消し去りたいと願ったもの。

 

何故今更こんなものを見なければならないのかと悪態をつく。

 

 

 

 

……けれど。

 

 

 

それ以上に。その先に。―――私は何かを()た気がした。

 

 

 

 

 

 

 

気は進まない。

 

 

「だが―――…これしかないようだな」

 

 

しかし現状の己はマスター行方不明、行動目標未定、正体不明、聖杯に懸ける願いさえ不明瞭のはぐれサーヴァント。

 

現状を打破できる可能性があるとすればそれに縋るしかない。

 

 

 

「ああ、解ったよ」

 

認めよう。ここまで来たならば認めよう。

 

私は確かに、過去の自分の愚行を、そして更なる何かを急速に思い出しつつある。

 

おそらくは―――他の何処だろうと不可能な、此処でしか思い出せない事を。

 

 

 

魔方陣に向き合う。

 

そう、ここが全ての始まりだったのだ。ならば思い出せる。――あの夜を。

 

 

 

そうとも。

 

忘れるはずがない。そんなことはあってはならないと、頭の中で誰かが囁く。

 

 

 

「ああ、そうか―――…」

 

 

遠い日の追想。

 

閉じた瞼に、急速に甦る走馬灯。

 

 

 

 

 

 

 『―――問おう』

 

 

 

だって、此処は彼女と出会った場所。お前が、オレが、心に灼き付けた黄金色の光。

 

 

例え記憶が擦り切れようとも、どんな地獄の底に堕とされようとも、彼女の存在だけは今も鮮やかに残っている。

 

 

 

 『貴方が、私のマスターか』

 

 

 

 

 

「そうだった。私は………オレは」

 

 

尊いと信じた理想(ユメ)を、正義の味方を目指していたオレは、あの運命の夜―――ここで彼女という剣に出逢った。

 

 

別離(わかれ)こそ突然で、掲げたその間違った望みから救ってやることさえ出来なかったが、鞘であるオレはその剣の輝きだけは決して忘れなかった。

 

それは理想の果てに苦悩しても、挫折しても、摩耗しても、変わらず燦然と心に在り続けた光。

 

 

 

 

そして再び降り立った戦場で、

 

 

 『俺は後悔だけはしない。間違った理想は俺自身の手で叩き潰す』

 

 

エミヤシロウは嘗ての自分に敗北した。

 

 

 『おまえには負けない。誰かに負けるのはいい。けど、自分には負けられない』

 

 

―――正義の味方になる。

 

その理想を失ってはいけなかったのだと、衛宮士郎を張り続けた半人前の未熟者に教えられた。

 

 

 

 

 『―――決して、間違いなんかじゃないんだから……!』

 

 

そんな叫びとともに、深くこの胸に突き刺さった答え。

 

 

 

ああ、俺は―――――

 

 

何も間違えてなど、いなかったのだと。

 

 

時の果てで得たその思いだけを胸に、私は朝焼けの中で少女に別れを告げた。

 

 

 

 『―――大丈夫だよ遠坂。オレも、これから頑張っていくから』

 

 

 

 

………そうしてオレは、(すべ)てを思い出した。

 

 

 

 



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Ⅵ もういちど

 

 

 

 

「数奇な運命もあったものだ。またこの戦争に参じることになるとはな」

 

 

総ての記憶は取り戻した。

 

再び降り立ったこの夜に去来する感情は歓喜か、後悔か、希望か、望郷か。

 

 

だが戸惑いは無かった。エミヤシロウのスタートに、この戦争以上に相応しい場所は無い。

 

何より、頑張っていく、と彼女に宣言したのだ。

 

こんなことで腑抜けていては、彼のあかいあくまが宝石剣片手にエミヤ君をぶちのめしに来かねない。

 

 

ともあれやるべきことは決まった。

 

決意も新たに、陽剣干将にあの聖剣を投影し、変わり果てた姿でこの夜に現界した、今の己を見つめる。

 

 

「……。―――――――は?」

 

 

いや、見つめようとして、失敗した。

 

 

 

白剣に反射した鏡写しの自分は、見知った錬鉄の英霊の姿ではなかった。

 

あの槍兵が困惑していたのも当然だ。今ならあの言動の真の意味も理解できる。

 

 

「なんでさ」

 

 

思わず、長らく口にしていなかった嘗ての口癖が零れる。

 

だがそこに違和感は全く感じられない。

 

何故ならその姿は、その口癖を使っていた頃の己そのもの。

 

 

――――訳も判らず、剣の中の自分の姿を凝視する。

 

 

褐色に灼けた筈の肌は、紛れもなく東洋人の特徴である黄色。

 

とうに色素が抜け落ち、白く変貌したはずの髪は、理想に燃える赤銅。

 

エミヤシロウを正しく再現しているのは、青年期に急激に伸びた身長と鍛え上げられた体躯、灰色の瞳、そして赤原礼装くらいのものだ。

 

もしやと思い右手の外套を捲ってみれば、そこには赤々と輝く令呪が。

 

 

……疑いようもない。この身体は、衛宮士郎そのものだった。

 

 

「ふざけてるよな……本当に」

 

 

あまりに想定を超えた出来事の連続。

 

赤い弓兵は深く溜息をつきながら、鍛錬に明け暮れた在りし日の己と同じように、ブルーシートの上に転がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……理由は分からないが、どうやらエミヤシロウは過去の衛宮士郎に融合、または上書きされてしまったらしい)

 

 

私と融合したことで、召喚を行った未熟者の姿は消えた。

 

ならば我がマスターはこの身体そのものなのだろう。

 

 

通常、人間という殻に英霊を押し込んだところで、待っているのは自滅。

 

ヒト以上のモノへと昇華された霊格の強大さに人の身が耐えられるはずも無い。

 

そもそも魂を受け容れようとした時点で、拒絶反応によって自壊する確率が高い。

 

 

しかし私と衛宮士郎は特別だ。

 

大きさは違えど根本を同じくする物なのだ。それが馴染まないはずは無かった。

 

 

肉体に引っ張られたのか、それとも不出来な召喚の弊害か。おそらくはその両方だろう。

 

魂のみを召喚された英霊は、同位体の肉体を器にして現界してしまった。いや、受肉したと言ってもいい。

 

その結果がこれ。衛宮士郎の肉体はエミヤシロウという規格外の魂によって膨れ上がり、このカタチを成した。

 

 

そして右手には、本来サーヴァント自身が握ることなど有り得ない筈の懐かしい三画の令呪が。

 

 

それこそ仮説を裏付ける確かな証拠であり、是を以って自らの置かれた状況の把握は完了した。

 

因って現状、まず考えるべきは―――

 

 

 

この世界の衛宮士郎はどうなったのか、ということ。

 

 

そこまで考えが至った時、屋敷の方から鐘の音が響いた。

 

 

 

―――警報。

 

 

ここは魔術師の家。敷地に見知らぬ人間が入ってくれば警鐘が鳴る、程度の結界は張ってある。

 

だがそれだけだ。行く手を阻んだり、対象の能力を低下させるような高度な罠は施されていない。

 

 

「侵入してきたか。まあ仕方あるまい、本来ならばこちらから出向くはずだったのだからな」

 

 

けれど問題は無い。誰が来たのかは既に分かっている。

 

そして警報が鳴った意味を相手も理解しただろう。

 

 

即ち、衛宮士郎は魔術師であると。

 

 

それでも救援の為迷わず此方へ向かってくるのは、ミスを犯した自分を許せない彼女の性質故か。その懐かしさから知らず笑う。

 

 

 

 ここが此度の分岐点。

 

 

 一度目は何も知らずただ巻き込まれた。

 

 二度目は知っていながら、自身の為に沈黙し戦い裏切った。

 

 

 ―――だからエミヤシロウは決意する。

 

 

 

 ならば、今度ははじめから総てを話してみようと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

土蔵から出て、深く息を吸う。

 

 

門の方から姿を現したのは、黒髪の少女と鎧姿の騎士王。

 

前者の方が先導していることに今更驚くことはしない。

 

私はこの若き魔術師をよく識っているから。

 

 

これが三度目の彼女達との出会いだ。

 

 

ここまで来ると真剣に腐れ縁というものの存在を信じるしかない。ああ。きっと私は君達と―――

 

 

 

 

 

「衛宮君、無事!?ランサーが――――――、……え。デカっ」

 

 

 

―――遠坂。流石にそれはオレも傷付く。

 

 

 

 

 

 




CLASS  アーチャー

マスター 衛宮士郎
真名   エミヤ
性別   男性
身長   187cm
体重   78kg
属性   秩序・中庸

筋力   D
耐久   D
敏捷   D
魔力   B
幸運   E
宝具   ??

クラススキル

対魔力  D
単独行動 B

保有スキル

心眼(真) B
千里眼  C
魔術   C-



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Ⅶ ミッドナイト・イントルーダー

 

 

 

 

時刻は午前零時。

 

セイバーに抱えられて、冬木の空を駆け抜ける。

 

 

 

「ああ、本当に――――まったく、何て迂闊………!!」

 

 

 

あれから三時間。

 

あれだけのコトをして助けておいて、間に合いませんでしたなんて結果はお粗末に過ぎる。

 

記憶の操作もせず、生徒とランサーの両方を野放しにした己の馬鹿さ加減に腹が立つ。

 

 

ランサーが―――いや、そのマスターが、あの死に損ないを生かしておく筈はないというのに。

 

 

幸い、アイツの家は知っていた。

 

私が調べたわけじゃなくて、たまたま知り合いがよく遊びに行く家だっただけで、今まで一度も行ったことはないけれど。

 

 

「セイバー、お願い。急いで……!」

 

 

既に殺されている可能性も高い。

 

父の形見で塞いだ心臓の孔は再び開かれていて、この先で待っているのは朱い華を咲かせた屍かもしれない。

 

 

分かっている。これは全て私の責任。

 

一度ならず二度までも―――ああ、本当に。今日に限って私は、どうしてこんなにも致命的なミスを犯してしまったのか。

 

 

……唇を噛む。吐く息が白い。風が出てきた。よほど強いのだろう、雲がごうごうと流れていく。

 

暖かい筈の冬木の風は背筋を震わせて、ぶるりと、全身が痙攣した。

 

 

 

「あれよ!セイバー、そろそろ降りて!」

 

 

ビル群を足場に跳ぶセイバーを急かし、漸く屋敷を視界に収めることのできる位置にまで辿り着いた。

 

向かう先にサーヴァントがいる以上彼女にも分かっているだろうが、それでも私は声を張り上げる。すると、

 

 

 

「……リン。ランサーの気配が消えました」

 

「えっ。それって―――つまり」

 

 

間に合わなかったのか。

 

 

最悪の想像に、冷たいものが背筋を伝う。

 

………私は、あの馬鹿を二度も殺してしまったのか。

 

 

 

「まだ判りません。しかし、もう一つ報告すべきことが。―――つい今し方、同じ場所に、新手のサーヴァントが現れました」

 

 

「はぁっ!?」

 

「それがランサーを撃退したものと思われ、新たな気配は現在その場に留まっています。どうしますか」

 

「―――、」

 

 

あの屋敷内にタイミング良くサーヴァントが現れた。そしてランサーを撃退。

 

事実だけを見れば、仮説はすぐに立てられた。

 

 

けれどそれを真っ向から否定する。あの男にそんなことが出来る筈は無い。だって、アイツは只の一般人で―――

 

 

 

「……決まってるじゃない。その顔を拝みに行くわよ。衛宮君の安否は勿論、何が起こっているのか確認だけでもしないと収まらないわ」

 

「了解しました。マスター」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うそ。これって」

 

 

到着した衛宮邸。

 

 

一目散に門へと向かい、敷居を跨ごうとして違和感に気付いた。

 

セイバーに警戒させたまま壁に手を当て、急ぎ探査魔術を行使する。

 

 

―――有り得ない。

 

 

こんな馬鹿みたいに解放的な武家屋敷に、魔術結界が張られている。

 

しかも、ここまで近づかなければ分からないほどお粗末なもの。おそらくは警報程度の効果しか無いのだろう。

 

気を張っていたとはいえ、気付けたのは本当にたまたまだ。

 

 

元々張られていたのか、それとも新たなサーヴァントが張ったのか。

 

前者ならこの家の主が魔術師である確かな証拠であり、後者ならば召喚されたサーヴァントはキャスターということになる。

 

 

けれど先刻あのランサーを退けている以上、この先にいるのがキャスターである確率は低い。

 

 

―――いよいよ以ってあの男の正体が怪しくなってきた。まさか、本当に?

 

 

「結界が張られているのですか?ならば我々は敵の懐に飛び込むも同じ。リン、気を付けて」

 

「……ふん、上等じゃない。さっさと行くわよセイバー」

 

 

 

 

 

 

 

―――突入して先ず、目の前に広がっていたのは殺風景な庭。

 

 

結界はやはり警報用だった。カランカランと耳障りな鐘の音が母屋から聞こえてくる。

 

宝石を数粒掴み侵入者への迎撃を警戒したけれど、見渡す限り敵の姿は無い。

 

 

「いないわね。ちっ、家の中に入ったか……」

 

 

「いえ……リン、あそこです―――!」

 

 

セイバーの声に目を向ける。

 

 

母屋から離れた古めかしい土蔵。その中からのっそりと一つの人影が姿を現した。

 

 

―――突然の侵入者に驚いた様子はない。

 

どころかまるで来ると分かっていたかの如くこちらを見据える、月明かりに照らされたその顔は紛れもなく―――

 

 

 

「―――衛宮君!」

 

「………」

 

 

 

 

「無事!?ランサーが―――」

 

 

つい今し方”戦うのも已む無し”と決意した筈なのに、その男の存命を確認した私の口から出たのはこんな言葉だった。

 

けれど、来たでしょう、と続けようとして思考が止まった。

 

 

 

……何かがおかしい。

 

 

向かい合っているのは良く見知った顔。

 

生徒会長のお気に入りにして、"穂群原のブラウニー"とかいうふざけた二つ名を持つお人好し。

 

詳しくは語らないけど、諸事情でこの一年目にする機会が多かったから、そいつの事はよく知っていた。

 

 

だからこそ、どうしようもなく違和感を感じてしまう、その首から下。

 

 

 

 

 

「―――え。デカっ」

 

 

思わず零れた言葉にがくりと肩を落とす筋肉だるま。ていうか。

 

一体何なのよ、そのカッコウ―――!?

 

 

 

 



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Ⅷ 衛宮邸へ

 

 

 

 

「衛宮君、無事!?ランサーが――――――、……え。デカっ」

 

 

 凛の言葉を聞いた男が渋い顔をする。

 

 土蔵から出てきたのは、凛が話していた学生の少年ではなく、両の手に陰陽剣を提げた赤いサーヴァントだった。

 

 

 

「貴様、何者―――!」

 

 

「何者、ときたか。やれやれ、それが他人の家に勝手に侵入してきた者の言い草かね」

 

「……それは其方も同じではないのか、サーヴァント(異分子)

 私のマスターは此処に住まう学友を訪ねてきた。―――貴様、この家の者をどうした」

 

 

 風王結界を纏わせた聖剣を構え、凛の前に立つ。

 

 

 油断はできない。先刻あのランサーを退けたということは相当の手練の筈。

 

 何故か呆けているマスターを護る為にも、必要とあらば宝具の開放も視野に入れて敵を睨みつけた。

 

 

 ―――しかし、

 

 

「待て、剣を下ろせ。―――降参する。私は遠坂凛やセイバーと争うつもりは無い」

 

 

 正体不明の赤い男は、あっさりと双剣を放り捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

「―――何のつもりです?」

 

「セイバー、君の方には少々誤解があるようだな。

 一応、私はこの屋敷の者だ。―――遠坂。彼女を止めてくれないか」

 

 

「……ちょっと待ちなさい。その恰好、一体……貴方―――衛宮君、なの?」

 

 

土蔵から出てきた赤い外套の同級生。

 

予想だにしていなかったその姿を視認して、私は思わず呆けてしまった。

 

その上何やら助けを求めてきたが、むしろ救いの手を差し伸べて欲しいのは此方である。

 

 

「……リン、状況が掴めません。どういうことです。説明を」

 

「わ、私にだって解らないわよっ。でも……こいつの顔はどう見たって―――…」

 

 

だって、その顔は間違いなく私の見知った同級生のもの。

 

ステータスが見える以上は間違いなく英霊(サーヴァント)だし、握った双剣は間違いなく宝具の類だというのに、私には目の前にいるこいつが偽物(べつじん)だとは思えない。

 

 

 

「―――答えなさい。貴方は私の知ってる(・・・・・・)衛宮君なの?」

 

「ふむ……参ったな。此処で"そうだ"と答えれば丸く収まるのだろうが、厳密には違ってしまっている以上、そうもいかん」

 

「はあ?」

 

「おかしな言い方をして済まないと思っている。だが此方もかなり複雑な状況に陥っていてね。

 総て語るとなると長い話になるのだが………そうだな、ともあれ―――」

 

 

衛宮君の顔をしたナニカが困った様子で頬を掻く。

 

私の問いによく解らない答えを返し、己の得物を捨てた双剣使いはそして、

 

 

 

 

「一先ず、お茶でも如何かね?」

 

 

―――などと。さも当たり前のように、あまりにも馬鹿馬鹿しいことを口にした。

 

 

 

 

 

 

「何ですって……?」

 

「先程降参と言っただろう?言葉の通りだ。此方に交戦の意思はない。休戦や停戦の提案をしているのではなく、完全な降参だよ」

 

 

「……戯言を。聖杯を求める限りサーヴァントは争う運命にある。そんな口車に乗ると思うのか」

 

 

「心外だな。私は本気だ、セイバー。君ほど高潔な騎士ならば、よもや剣を持たざる者の申し出を断りはしないだろうと踏んだのだがね」

 

 

  大袈裟に肩を竦め、皮肉の混じった笑みを浮かべる正体不明の"サーヴァント"。

 

 

  自陣に侵入した敵マスターとサーヴァントに対し、この男は有り得ない事に降参の意思を示した。

 

  更に飛び出したのは何時ぞやの征服王を彷彿とさせる誘いだったが、今回の提案は我々二人に向けられたもの。

 

  そして主従である以上、決めるのはリンだ。私は剣を構えたままマスターの様子を窺った。

 

 

 

 

「―――……はあ。良いわ、とりあえず剣は下げて、セイバー」

 

「―――はい」

 

 

「ふむ、交渉は成立と思って良いのかね?」

 

「構わないわ。ここまで来たんだもの、何があったのか知らないけど、根こそぎ全部聞かせてもらおうじゃない。戦う気の無い奴を甚振る趣味は無いしね」

 

  深い溜息をつきながらマスターが提案を受諾する。

 

  だがサーヴァントを前にして尚強い意志を宿した瞳は、エミヤと呼んだ英霊を一切の油断なく見据えていた。

 

 

 

「ただし、妙な考えは起こさないこと。言っておくけどうちのセイバーは強いわよ。接近戦で勝てるなんて思わないことね」

 

「無論だ。私とて彼女の力はよく理解しているさ。―――それこそ痛いほどにな」

 

 

 

 



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Ⅸ 衛宮邸(Ⅰ)

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――――なに、これ」

 

 

 

 

 

「む。紅茶はお気に召さなかったかね?すまなかった、何分この家にはまともな道具が無くてね」

 

 

「いや、普通に美味しかったわよ。だから問題なんじゃない。当たり前みたいに英国のゴールデンルール抑えてる英霊って何なのよ」

 

「なに、昔茶坊主の真似事をしていた際に体得した技能だよ。生憎と茶葉は安物なのだが、喜んで貰えたようで何よりだ」

 

「……頭痛くなってきた。どういう経験よそれ。あんたホントに英霊(サーヴァント)なの……」

 

何しろ紅茶だけでなく、それを提供するまでのエスコートやサービスの一連の流れまでが熟練された超一流の動きなのだ。ひょっとしてこいつ、フットマンかバトラーのサーヴァントなのではないだろうか。

 

「いや、生憎私のクラスはアーチャーだ。もしそのようなエクストラクラスがあったなら、適性はあるだろうがね」

 

「真面目に答えなくていいから」

 

 

 

 「……って、今はそういう話をしてるんじゃなくて」

 

 

 

 

「単刀直入に訊くわ。えみ――――いえ、アーチャー。貴方の狙いは何?」

 

「―――同盟だ。私を君達の陣営に加えてもらいたい」

 

 

―――即答だった。

 

 

 

 

衛宮君(仮)にエスコートされてお邪魔した衛宮邸。

 

居間のテーブルを挟んで、私とセイバーと衛宮君(仮)は対峙していた。

 

 

風の鎧を実体化させたままのセイバー同様、警戒は解かない。

 

何故なら此処は敵陣の中。おかしな動きを見せればすぐにでも仕掛けられるよう、宝石を握る手に力を込める。

 

 

 

「ふうん、同盟ね……」

 

 

アーチャーを名乗ったサーヴァントを見据える。

 

どこからどう見ても衛宮君の顔をしたこの男は、私達の仲間になりたいと言い出した。

 

 

「しかも"私を"か。成程。この場に契約者(パートナー)が同席していない以上、貴方の陣営は何かしらの不利を抱えていると考えて良さそうね」

 

「推察の通りだ。とはいえ、それだけが理由ではないのだが」

 

 

「ま、現状戦力が増えるに越したことはないわ。私は最優のセイバーを従えてるけれど、それだけで勝ち抜けるなんて甘い考えは持ってないし」

 

「だから条件次第では応じることもできる。……でもね、その交渉に入る前に、まずは話すべき事があるんじゃないの?」

 

「―――ああ。では本題に入るとしようか」

 

 

「さっき、貴方は『英霊』と呼ばれて否定しなかったわね。だったら貴方は衛宮君の顔をしただけの別人(サーヴァント)、てことでいいのかしら」

 

 

いい加減そこをハッキリさせておかなければ、話し合いも何もあったものではない。

 

とりあえず衛宮君が魔術師であることは確定で良さそうだけれど、私達はこの男を魔術師(衛宮君)英霊(サーヴァント)のどちらとして認識すればいいのか。そしてその片割れはどこへ行ったのか。

 

そんな不確定要素満載のままここまで付き合ってあげたのが破格のサービスなのだ。そうしてしまったのは多分こいつの間の抜けた顔のせいだろうけれど、それもここまで。

 

 

「……そうだな。一先ずはそういうことにしておいた方が話が解り易いだろう」

 

「一先ずはってあんた………」

 

 

 

「ふむ、少々長い話になるのだが、構わないだろうか?」

 

「勿論よ。これから組むかもしれない相手だもの、一つだって不確定事項は残したくないし」

 

「ええ。アーチャー、我々は話し合いの誘いに乗りましたが、まだ貴方を信用したわけではない。共闘を望むのならばそれだけの姿勢は示してもらいます」

 

 

 

「それじゃ訊かせてもらいましょうか。衛宮君に何が起きて、どうやってランサーを追い払ったのかもね」

 

「―――そうだな。では一先ずその質問に答えよう」

 

 

「まず大前提として、衛宮士郎は魔術師だ。そしてサーヴァント召喚を行い、その力を以ってランサーを撃退するに至った」

 

 

 

「やっぱり……そういうコト。今まで一度だって魔力を感じることはなかったけれど、何らかの封じをしていたってワケか」

 

「いや、それは違う。君が感知できなかったのは、衛宮士郎が魔術師として未熟故、常時魔力を生成することが出来なかったからだ」

 

 

「―――そんなバカな話あるわけないじゃない。そんなののどこが魔術師なのよ。魔力も運用できない奴にサーヴァント召喚なんて」

 

 

出来る筈がない。

 

だって英霊の召喚には相応の力量と万全の準備が必要で、それすら用意できない其処らの盆暗ではそもそも令呪を授かる筈もないのだから。

 

 

「そんな未熟者が召喚を果たせたのは、地脈に繋がった魔方陣を通して聖杯の方からバックアップがあったからだろう。後者については単なる数合わせだな」

 

「だが……ここからが問題なのだ」

 

赤い外套のサーヴァントは溜息をつきながら、顔に影を落として赤銅色の髪を掻き上げた。

 

 

「実は―――アレが魔術師としてあまりにも不出来だった為に、通常あり得る筈の無いイレギュラーが発生してしまったのだよ」

 

「それが衛宮君の顔した貴方ってワケ?」

 

 

「そうだ。あろうことか衛宮士郎は、自らが召喚したサーヴァントの魂を自身の肉体に取り込んでしまったのだ」

 

 

「「は?」」

 

 

 

私とセイバーが同時に声を上げた。

 

 

………この男は、今何と言った?

 

 

衛宮君がサーヴァントを召喚して、その魂を自分の中に取り込んだ?

 

 

有り得ない。

 

実際目の前におかしなモノがいる以上それなりの覚悟はしていたけれど、それは冗談に対するものではない。ホラ話にしてもぶっ飛び過ぎている。

 

だって、そんなことは絶対に有り得ない(・・・・・・・・)のだから。

 

 

英霊とは、世界によってヒトの理から外され昇華された、途方もなく強大な魂のことだ。

 

他人の魂を取り込むだけでも拒絶反応で自滅するのに、英霊なんて破格の魂―――試みた瞬間に身体が砕け散る。

 

 

「ふざけないで。本気で言っているんだとしたら同盟の話はお断りするわ。頭のイカれたサーヴァントなんて冗談じゃない」

 

 

「いや、私の言は全て事実であり、決して錯乱しているわけではないよ」

 

 

「確かに通常であればヒトの器に英霊を宿すなど不可能だ。が、私達の場合は入った中身が特殊でね」

 

「じゃあ何。その体は正真正銘衛宮君の身体で、私達と話しているあんたは召喚されたサーヴァントだって言いたいの?」

 

 

そんなことが本当にできたならそれは降霊術の最高峰にあるべき領域だ。

 

それを半人前のド素人が成し遂げたなど、バカバカしいにも程がある。

 

 

 

「その通りだ」

 

 

だが目の前の大男はそれをあっさりと肯定した。

 

 

「……リン?」

 

「ああ大丈夫、何でもないから。平気よセイバー」

 

 

額に浮いた青筋にセイバーが反応した。咄嗟に笑顔を作って取り繕う。

 

危ない危ない。落ち着け、まだキレる時じゃない。ひっひっふー。余裕を持って優雅たれ。

 

 

 

「…………アンタがマスターである衛宮君を乗っ取った。そこまでは分かったわ。一先ずそういうことにしておきましょう」

 

 

「でもね、となるとちょっとおかしいんじゃない?あんたの言ったことを信じるなら、私達は初対面の筈よね。どうして私のことを知っていたのかしら」

 

「乗っ取ったと言われるのは些か不服だが……ああ、確かに君の主張も尤もだ」

 

 

「―――とはいえ、私もエミヤシロウであることに違いは無いのでね」

 

「……解せないわね。此処まで来て言葉遊びなんて、どういうつもりかしら」

 

「厳然たる事実だ。これこそ私がこの身体に収まった要因であり、君達のことを知っている理由でもある」

 

「アーチャー、先程から貴方の言は要領を得ない。我々を信用を得たいのであれば、まずは貴方が何者かを簡潔に述べるべきだ」

 

核心から外れ続ける言葉の応酬にいい加減痺れを切らしたのか、セイバーが口を開く。

 

セイバーには先程衛宮君のことを多少話してあるが、それでもこの場で一番状況を掴みかねているのは彼女だろう。

 

 

「私が陥ったのがあまりにも非常識な状況なのでな。正しく理解してもらう為の布石だったのだ。―――だが、前置きはこの辺りで良いだろう」

 

「では最後に、君に一つだけ訊かせてくれ。セイバー、君は英霊というモノをどう理解している?」

 

 

「何を今更。英霊とは英雄が死後、人々に祀り上げられ精霊化した存在でしょう」

 

 

  世界によってヒト以上の霊格に昇華された英傑達。

 

  英霊の"座"に召し上げられた時点で、彼らは輪廻転生の理からすらも外され、永劫不変の存在となる。

 

  世界の外側に位置するが故"座"に時の概念はなく、古今東西総ての英霊は残らず其処に集められるのだ。

 

 

  ……私は死を迎える寸前で世界との契約によりサーヴァントとなったが、それは極稀な例外。

 

  この地に喚び出された私以外のサーヴァントは、恐らく全て英霊の座から招かれた者たちだろう。

 

 

 

「その通りだ。そこまで解っているのであれば、マスターはともかく君は私の言を疑いはすまい」

 

 

どうやらこいつはセイバーを味方につけて私を丸め込む肚らしい。

 

 

「どういう意味よそれ。あんたがどんな奇天烈な真名を出すつもりなのかは知らないけど、

 私だって自分の意思で聖杯戦争に参加したマスターなんですからね。英霊やサーヴァントシステムのことくらい熟知しているわよ」

 

 

どこまでもふざけた態度をとるこの男は、察するに相当ぶっ飛んだ話をするつもりなのだろう。

 

最初からこいつは、"私が"ソレを信じないものと決めつけて、"私を"説得にかかっている。

 

 

だが道理が通っているならば、私も頭ごなしに否定などしない。

 

いいからさっさと話せとカップをソーサーに叩きつけ睨みつけた目前の男はそして、

 

 

 

 

 

 

「では話そう。――――私の真名は英霊エミヤシロウ」

 

「……は」

 

 

 

などと、この夜最大級のとんでもない核爆弾を投下した。

 

 

 

「君の知る衛宮士郎の未来の姿であり、正義の味方の成れの果て。

 ただそれだけの話なんだ、遠坂」

 

 

 

 



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Ⅹ 憑依経験



 「私もエミヤシロウであることに違いは無いのだよ」


俺の身体を奪った誰かはそう言った。


遠坂が先刻の蒼い剣士と一緒に乗り込んで来たことにも驚愕した。

彼女が巨大過ぎる猫を被っていたことにも仰天した。

今此処で展開されていた話の内容もあまりに信じ難いものだった。

が、男の言葉には思考が止まった。


………こいつは何を言っている?


衛宮士郎は俺だ。

あの光に紛れて俺を乗っ取った"サーヴァント"とかいうらしいこの男は、いきなり何を言い出すのか。


もうたくさんだ。いい加減黙っていられない。主導権なんて知るものか。

俺を押しのけて居座るこの侵入者をさっさと追い出して、遠坂に―――



 「では話そう。――――私の真名は英霊エミヤシロウ」



………その瞬間、未来を見た。







                                       ―――――――――朱い空。


(―――、『英霊』?)

それは俺が目指すべきものだ。『英霊』、『英雄』。正義の味方の呼び名の一つ。


                                       ―――――――――廻る歯車。


何故こいつがそれを識っている。

俺を騙る偽者は、あろうことか俺の理想(ユメ)そのものを名乗った。


 「君の知る衛宮士郎の未来の姿であり―――」


低い声音。それに相応しいカラダを以って英霊エミヤが告白する。


                                       ―――――――――無限の剣が突き立つ、


(ふざけるな。そんなことは有り得ない)

声と共に流れ込む記憶(イメージ)は男のものだ。別人であるはずの男の、理想に徹した生涯。



 「―――正義の味方の成れの果て」


ああ、それでも確かに、その根底にあるものは、あの決意の夜の―――


                                       ―――――――――錬鉄の丘。


 「ただ、それだけの話だ」






 

 

 

 

 

 

その顔を憶えている。

 

 

目に涙を溜めて、見つけられてよかったと、ひとりでも助けられて救われたと、心の底から喜んでいる男の姿を。

それがあまりにも嬉しそうだったから、まるで救われたのは俺ではなく、男の方ではないかと思ったほど。

 

『―――ありがとう。ありがとう―――……』

 

オレはあの日、地獄の底でたったひとり救われた。

 

 

 

 

 

 

 

――――迎えたのは決意の夜。胸に刻んだ月下の約束。

 

中身の焼け落ちた伽藍堂(ロボット)に、男の語ったユメは眩しすぎて。

あまりにも綺麗だったから、その尊い理想に涙し憧れた。

 

それを追えば、いつか自分もあんな笑顔を浮かべることが出来るのではないか。

 

衛宮士郎が手に入れた唯一つの感情(のろい)。此処に理想の体現者は誕生し、ただ運命の夜へと加速する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――借り物の理想を掲げ、ただ走り続けた。

 

 

少数を切り捨てて、大勢を守るために自分を殺して、何よりも大切だったものを置き去りにして。

その総ての為に止まる事はできないと、サバイバーズ・ギルトの権化は(てつ)でその心を覆い隠した。

 

その果てに辿り着いたのは、殺戮を繰り返す守護者という終わりのない環。

 

―――総ての人間を救う。

 

そんな馬鹿げた理想を抱いた自分を悔やみ恨んだ。

 

オレは英雄になどなるべきではなかったと。求めていたのはこんなものではなかった筈だと。

 

 

だがもう遅い。

 

オレがこの環から抜け出す術は無い。抑止(システム)に組み込まれた自分はただ殺すしかないのだから。

―――ああ、それでも。もし叶うのならば。

 

 

 『消え去ってしまいたい』

 

 

その願いがいつしか呪いとなって、摩耗した正義の味方を塗り替えた時、遂に私は全てをやり直す機会(チャンス)を得た。

 

 

降り立ったのは何の因果か、オレが走り出した夜。

 

 

憧れた少女。未熟な衛宮士郎。胸に抱き続けた聖剣の輝き。汚れた聖杯。

 

記憶を失くしたと己を隠蔽し、目的の為だけに行動した。

 

 

衛宮士郎を殺す。

 

消滅は叶わないかもしれない。それでも悔やみ続けた過去の己を前にして、そんな理由で止まれる筈も無かった。

 

 

だがそこで、嘗ての己に答えを見た。

 

 

古城の決闘。幾度も斬り伏せた未熟者が叫んだ揺るがぬ決意。

 

 

 

――――正義の味方になる。

 

 

その理想だけは、間違っていなかったのだと。

 

アラヤの抑止力として召し上げられ、その果てに積み上げたモノが虐殺した人間の屍だけだったとしても、

 

 

 

『我が死後を預ける。―――その報酬をここに貰い受けたい』

 

 

最期まで貫いたその理想を、決して後悔などしてはいけなかったのだと。

 

 

 

 



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Ⅺ 衛宮邸(Ⅱ)




「―――――七騎目が召喚された。これで漸く、全てのサーヴァントが出揃ったというわけだな」

「フン、此度も薄汚い欲に駆られた雑種共が現れおったか」


教会の地下。

昏い闇の中で、棺桶に腰を掛け果実酒を呷る神父と金髪の男。


「有象無象共の争いなど我の知ったことではないが―――
 とはいえ、お前の愛弟子が召喚したセイバー………クク、あれはいい」

その中に居て尚、ぎらりと輝く真紅の双眸。
邪悪な引き裂いた笑いを浮かべるその男は、十年前のある記憶を呼び起こしていた。

「全く愉快な女よ。まさか、たった十年で再び性懲りもなく聖杯を求めて現れるとはな」

―――――アレの正体も知らずに。と更に口の端を吊り上げて人類最古の英雄王は嗤う。


「前回あの騎士王と名乗る小娘が見せた醜い執念、その葛藤、散り際の慟哭の涙……
 ―――ああ、きっと奴はまたそれに勝るモノを見せてくれるのだろう」

「凛があれを召喚したのは偶然だったが……お前の退屈凌ぎになるならば丁度良い」


「我は暫時傍観に徹する。婚儀の続きは全てが終わった後で良かろう。
 ―――言峰、それまでの糸引きはお前がやるが良い」

「人聞きが悪いな。今回の聖杯戦争に於いて私の役目は監督役だ。私はただこの闘争の行く末を静かに見極めるのみだよ」

前回そのマスターであった昏い瞳の男は、心音のない胸に手を当ててそう言った。


「ハ、我の前で今更聖職者を気取る必要もあるまい。その役者ぶりがお前の美徳ではあるがな」




 

 

 

「―――――は、話は分かったわ」

 

「そうか。やはり君は理解が早くて助かる。では、今後の方針と協力体制についてだが……」

 

 

「ええと、実は衛宮君は魔術師で、貴方は未来の衛宮君で、英霊で。

 さっき自分に召喚されて、しかもそのマスターに憑依しちゃったと……?そうなんだ。へええ、ふーん。そりゃランサーだって尻尾巻いて逃げるワケよね。あー納得。なーんだそういうことだったんだーウフフフフ」

 

……………あ、これまずい。

 

ぶつぶつと呟きながら顔に影を落としていくあかいあくま。

そして吊り上った口元から漏れる渇いた笑い。

 

ぞくりと、テムズ川の悪夢が甦った。

 

 

「―――リ、リン?」

 

不穏な空気を感じ取ったセイバーが声をかけるが、もう遅い。

 

 

「……………、ふ」

 

 

その時、オレは確かに見た。

 

俯いた彼女の艶やかな黒髪の中から、にょきっと二本の角が覗くのを。

 

 

 

「ふッ……ざけんなああああ――――――――――――――――――――!!!!!!」

 

 

 

真夜中の衛宮邸に響き渡る怒声。

 

ご近所の皆様の安眠と共に、遠坂の家訓である優雅は遥か彼方へと吹き飛んでいった。

 

 

「何それアンタ本気で言ってるの!?ぶっ飛んでるにも程があるでしょうが!!

 アンタ今までそんな素振り微塵も見せなかったじゃない!言うに事欠いて英霊って――――ああもう、私、英霊になるほどの魔術師が近くにいたってのにちっとも気付かなかったなんて……!!!」

 

「遠坂凛、君もレディならば少しは落ち着きたまえ。君の家に代々伝わる家訓を忘れたのか。だから言っ――――――ぐふぉ」

 

綺麗に決まった顎ガンド。

久方ぶりに喰らう呪いの塊は相変わらずヘビー級だった。

 

「………だから言っただろう?この時点での衛宮士郎はまだ未熟で―――――」

 

「ていうかアンタ、そもそも本当に衛宮くんなの!?キャスターか何かのサーヴァントが化けてホラ吹いてるだけじゃないの!?だとしたら今のうちに正体明かしといた方が身の為よ!」

 

「その点については先程証明した筈だが。この時点で誰も知り得る筈のないそこのセイバーの正体。その宝具の真名。君の戦う理由。どこかに間違いがあったかね?」

 

「何よりこの手に宿る令呪。これこそ人の身であるという何よりの証になると思うのだが」

 

「ぐぐ………ッ!!」

 

 

 

「………有り得ないことではありません。アーチャー、貴方が未来の英霊であると言うのならば」

 

「セイバー………」

 

 

静かに私を見据え頷くセイバー。

 

嘗て私の剣として共に戦った少女は、今は赤い魔術師の傍らで私の言葉を吟味していた。

 

 



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Ⅻ 衛宮邸(Ⅲ)

 

 

「ぐっ……。そりゃ確かに、アンタの言うことを信じるならそれで合点がいくけど―――」

 

 

平行世界の第五次聖杯戦争。

 

一度目はセイバーのマスターとして。二度目は私のサーヴァントとして参戦したというこの男。

 

確かに英霊の座のシステムを考えれば、筋道は通っている。

でも突然そんな話を聞かされて、簡単にハイそうですかなんて頷ける筈がない。

 

違う世界の情報を持ち込むなんて暴挙、あの万華鏡(カレイドスコープ)じゃあるまいし……。

 

「しかし信用するかについてはまた別の話です」

「む」

 

良く言ったセイバー。味方にできると思っていたセイバーからの反論にアーチャーが渋い顔をした。

 

「アーチャー、貴方は我々について多くを知っているようですが、我々が把握したのは貴方の正体と経歴だけだ。今の貴方がどのような思惑で動いているのかについてはまだです」

 

「成程、尤もだ。では君は私が参戦した理由と目的を明かせと?」

 

 

「そうです。貴方はこの三度目の聖杯戦争で聖杯に何を求めるのですか?」

 

「………生憎、私は聖杯に懸けるような願いは持ち合わせていない。期待外れの返答になってしまって済まないな」

 

「私の目的は、私がこの戦争で止めることのできなかった悲劇を回避することだ。人的被害を可能な限り抑え、敵の思惑を潰し―――そして、姉を救う」

 

「姉?」

 

衛宮君に姉がいたとは初耳だ。以前生徒会長から、父親は数年前病没したと聞いたことがあったけれど。

 

「そうだ。私にはただ一人、血の繋がりこそないが確かに姉がいる」

 

 

「衛宮士郎だった頃、私は彼女を救うことができなかった。前回は叶わなかったが、今回こそ私は彼女(かぞく)を救いたい」

 

「………、ふうん」

 

 

唐突に見せた強い眼差し。

 

常に、それこそファーストコンタクトの一言目から飄々としていて、どこか信用の置けない男というのが正直な見立てだったけれど、一瞬で焔の灯いたその目を見た私は―――

 

 

この話だけは、信じて良いかもしれないと。何故なのか、心の隅でそんなことを思っていたのだった。

 

 

―――姉弟……か。

 

 

「ま、お姉さんを守りたいってのは分かったけど……その当人はどこにいるのよ?」

 

「恐らくアインツベルン城だろうな」

 

「……オーケー。続けて」

 

「セイバー、君は知っているのではないかね?イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの名を」

 

「イリヤスフィール―――?いえ、私は……」

 

「君は第四次でアインツベルンのサーヴァントだったのだろう?ならば会ったことがある筈だ。彼女は衛宮切嗣の一人娘なのだから」

 

……ちょっと、それ初耳よセイバー。

 

 

「キリツグ……アイリスフィールの!?確かに二人には娘がいました、ですが―――」

 

心当たりがあったらしいセイバーが目を丸くする。

 

「ああ。これまでアインツベルンは聖杯戦争の度に新しく人型のマスターを鋳造していた。だが今回に限っては特別でね」

 

「彼女がマスターとしてこの戦争に………」

 

「そうだ。キリツグはそれを防ごうと幾度もイリヤを迎えに行っていたが、その度に返り討ちにされたらしい」

 

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。どういうこと?何でアインツベルンが衛宮君のお姉さんになるわけ?」

 

「第四次でアインツベルンは外部から魔術師を招き、彼をマスターとした。その際アインツベルンのホムンクルスとの間に成した子がイリヤというわけだ」

 

「で、その魔術師っていうのが衛宮君のお父さんか……ホント、呆れるくらいの経歴ねアンタ」

 

「……成程。エミヤ、シロウ。そして彼女を姉と。貴方はキリツグの子でしたか」

 

「そういうことだ。切嗣は私にイリヤのことを話さなかったから、それを知ったのは随分後の事だがね」

 

感情を孕んだ声でアーチャーが呟く。彼女のことを余程大切に想っているのだろう、アーチャーの貌からはその一瞬だけ皮肉屋の仮面が外れたように見えた。

 

けれど、そんな空気はセイバーが不意に放った一言で砕け散ることになる。

 

 

 

「ふむ――――しかし、まさか舞弥との間に隠し子がいたとは」

 

 

「……………………………ん?」

 

 

 

「彼女と愛じ―――…そういった関係であることは知っていました。アイリスフィールも黙認しているようでしたし……ですがまさか子まで成していたとは」

 

 

ぱりーん。

 

どこかで硝子の割れる様な音が聞こえた。幻聴だろうか。

 

 

「……セイバー。ナニかカンチガイしているようだが、オレはヨウシだ。マイヤサンとかいうジョセイはシラナイ」

 

「え」

 

いつの間にか先程の決意の灯が消え、鉛の様な死んだ瞳のアーチャー。何故か笑顔でカタコト。

 

 

「衛宮君……じゃなかった。ええと、アーチャー?」

 

「こ、紅茶ヲ淹れてクル。貸シタマエ。ポットの方もダイブ冷めてしまったダロウ」

 

「え?あ―――ええ、お願いするわ」

 

 

呆然自失。正にその言葉がぴったりだと思った。

 

どうやらこの英霊は、突然セイバーによって暴露された父親の不貞が相当に応えたらしい。

 

受肉している筈なのに、ティーポットを抱きかかえた赤いサーヴァントは、幽霊のような虚ろな動きで台所に入っていった。

 

………大丈夫だろうか、あいつ。

 

 

 



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XIII 再契約

 

 

 

 

「……」

 

コンロに点火し、細口のヤカンで多めの湯を沸かす。

 

 

「……」

 

湯を少量注ぎ、抽出用のティーポットを温めておく。

 

充分な抽出をする為には温度の低下は最小限に抑えなければならない。

 

 

「……」

 

ポットの湯を捨て、ティーバッグを破って茶葉を出す。

 

中身はブロークンオレンジペコーのディンブラ。セイロンの代表格である。

特徴はセイロンらしいマイルドでクセのない風味。

ミルクもレモンも合う、オールマイティな茶葉だ。

 

 

「……」

 

沸騰寸前の湯を高い位置から注ぎ、ジャンピングが起きているのを確認してから

ティーコジー代わりの布巾を被せ、サービス用のポットに残った湯を注いで待つこと三分。

 

 

「…………」

 

 

……。

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

「――――駄目だ。やっぱり無理」

 

 

気を紛らわすことに失敗した私は、力無く膝から崩れ落ちた。

 

……嘘だろ、じいさん。

 

 

 

 

 

 

故・衛 宮 切 嗣、不 貞 発 覚。( 妻 公 認 )

 

 

 

 

「ア、アーチャー?あの……大丈夫ですか」

 

責任を感じたのか、居間から顔を覗かせたセイバーが声をかけてきた。

 

「……ああ」

 

ショックだった。

正義の味方の理想を語ってくれた、俺を救って共に暮らしてくれた、あの優しくて憧れだったじいさんにまさか愛人がいたとは。

 

分かっている。世界を回る中で"魔術師殺し"衛宮切嗣の悪名は聞こえてきたし、私が知っている晩年の切嗣とその頃の切嗣は全く別のモノなのだと理解していた。

 

毒殺、公衆の面前での爆殺、旅客機ごと撃墜。

およそ魔術師とは思えないような手段で標的を必ず仕留める魔術師の天敵。あの夜切嗣が語った正義の味方の真理はそこで得たモノだったのだろう。

 

その事を知っても、当時の私は特に驚きもなく受け入れていた。

昔の切嗣が何をしていようと、今さら私がとやかく言えることではないと割り切っていた。

 

だが、それでも。生涯憧れた切嗣()の不貞はやはりショックだったのだ。

 

 

「……どうやらかなりの失言だったようです」

 

「そうみたいね……」

 

 

英霊エミヤが立ち直るには、もう暫くの時がかかりそうである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……そして、約三分後。

 

 

きっちりゴールデンドロップまで落とし切ったセイロンを手に居間へと戻ると、二人の少女は変わらず其処に座していた。

しかし、先程までと大きく違う点が一つある。

 

金髪のサーヴァントが身に着けていた銀色の甲冑が消えているのだ。

 

 

「先程は失礼しました、アーチャー。敵対するサーヴァント同士とはいえ、些か人としての配慮に欠けていた」

 

―――その事はもう言うな。王にはヒトノココロガワカラナイ。

 

 

「ところで。武装解除したということは、交渉は成功したと受け取って構わないかね?」

 

「ええ、そういうこと。……なんかもう、戦り合うって空気じゃなくなっちゃったし」

 

空のカップにミルクを注ぎながら、遠坂が諦めたように言う。

 

 

「一応あんたの話に綻びは無いし、組むことで得られるメリットは捨てがたいわ。だからあんたが"衛宮君"でいる内は、一先ず休戦ね」

 

「ですがアーチャー、貴方が不穏な動きをすれば、その場で私が斬り捨てますので。それをお忘れなく」

 

毅然と言い放つ、魔力の鎧を解き青いドレス姿となったセイバー。

どうやらレモンを絞ろうとしているようだが―――セイバー、レモンは軽くかき回すだけで良いぞ。

 

「む、なるほど。よい香りがしてきました」

 

ほわ、と表情を崩す騎士王。

遠い昔に置いてきたその尊さにうっかり色々忘れてほっこりしてしまうが、慌てて表情筋を引き締める。

 

 

「裏切りの心配ならば無用だよ。私としてはこの後君達と対立し、勝利を求める理由は無い。私はただ先に話した目的さえ達成できれば良いのだからな。君達が話を受けてくるのであれば、此方は今までに得たこの戦争の情報を総て開示しよう。

―――ああセイバー、風味が移ったらレモンは取り出した方が良いだろう。皮から苦みが出るからな」

 

「それはいけない。ふむ、紅茶とは奥深いものなのですね」

言われた通り、いそいそと慣れない仕草でレモンを掬い取るセイバー。

 

「じゃ、交渉成立ね。正直こっちには破格の条件だし願ったり叶ったりだけど―――何だろ、相手が衛宮君だと思うとなんかムカつくわね」

「なんでさ」

「しょうがないじゃない。未来ではどうでも、私の知ってる今の衛宮君は価値ゼロの只の一般人だったんだから」

 

「兎に角、アンタは英霊エミヤ。勝利と情報を私達に譲ることを条件に、一先ずは休戦。これで良いのね?」

「ああ、有難い」

 

「利用できるものは利用するのが魔術師ってものだもの。特に三大騎士クラスの内二人を味方に置けるのはかなりのアドバンテージだわ」

 

 

―――ああ、そうだ。これが遠坂凛だった。

 

殊魔術の世界に於いて、交渉相手が同業者の場合、いくら疑っても疑い過ぎと言うことはない。

彼女にとっては殆ど初対面のような私の要求を、ここまであっさり受け容れられるとは正直思っていなかった。

本来、敵対勢力との同盟となれば自己強制証文(セルフギアススクロール)の一つでも書かせて然るべきなのだから。

 

だが彼女はそんなまだるっこしい過程は迷わずすっ飛ばしてしまう、型破りなタイプだったと思い出す。

それは彼女の生来のうっかり気質に由来するモノなのかもしれないが……そんなことは大した問題ではない。

 

自分が一度そうと決めたモノは迷いなく頼り利用し信じ抜くし、万が一ソレが裏切った時は躊躇わず潰す。

 

それこそが遠坂凛という魔術師だった。

 

 

「私は以前君達のマスターであり、サーヴァントだった。その頃と変わらぬ信用を得られる様善処しよう。

 ―――これからよろしく頼む、凛」

 

「うぇっ!?ちょ、何でいきなり……」

 

「む?―――ああすまない、私には此方の呼び方が馴染んでいてね。嫌ならば戻すが」

 

「まあ別にいいけど……」

 

 

 

 

「衛宮君の顔で不意打ちとか卑怯すぎるっての……」

 

「何か言ったかね?」

 

 

 

―――何はともあれ。

 

世界と時間を越えて再び迎えた運命の夜。

あかいあくまと正義の茶坊主は今此処に、再契約を果たしたのだった。

 

 

 

 

 



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