戦乙女は死線を乗り越えて (濁酒三十六)
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聖魔邂逅の章
不穏の影…


初めまして、濁酒三十六です。この小説はフォレストページの自サイトに連載中の小説を転載しました。


 イギリス大英帝国の首都ロンドン郊外にある広い敷地を持つ大きな屋敷…。

 その一室にて三人の人物が険しい顔で国の存亡に関わるかも知れない重大な案件について話し合っていた。…一人は黒服サングラスの男。一人は赤黒い部隊服に真っ黒な左腕、ショートヘアの若い女。一人は窓際にある豪華なデスクにて椅子に足を組み高級葉巻を加えた褐色肌にロングヘア、左目に眼帯をした中年女性。

 眼帯をした中年女性は葉巻を口から離して煙を吐くと、鋭い眼光を黒服サングラスの男に向けて侮蔑の言葉を吐き出した。

 

「三十年前の惨劇を経験しておきながら、尚も“その力”を欲していたとはな…。

度し難い売国奴共だ!」

 

 黒服サングラスの男は自分に対して言っている訳ではなくとも、向かいに座り葉巻を吸う女性の威圧感に気圧されて額に汗を滲ませる。

 彼はこの女性の部下であり、エージェントである。

 先日、MIー5より齎された情報に三十年前に首都ロンドンを強襲したネオナチス…ミレニアム機関が残した悪魔の極秘資料を隠し持っていると云う一部の政府研究機関を彼等ヘルシング機関の特殊部隊が制圧し、取り調べていた。

 黒服のエージェントはその研究機関の大まかな犯罪行為を手に持つ資料から読み上げた。

 

「機関施設内を隈無く調べた所…やはり彼等はミレニアムの吸血鬼製造の研究資料を入手していました。

しかし実験らしい実験はしておらず、資料も暗号化されている箇所が殆どでその解読に手こずっていた様子でした。」

 

 其処で黒服の男は一区切りをして、眼帯の中年女性は黙ったまま男の報告を聞き続ける。

 

「…しかし、どうやら彼等は外部の組織と接触して暗号の解読を協力依頼していた模様です。」

 

 其れを聞くと、眼帯の中年女性だけでなく傍らで聞いていた黒い左腕の女もその瞳に危険な光を宿らせる。

 

「愚か者共がっ!!

…して、その組織の名は!?」

 

 二人の女性の鋭い視線を浴びて萎縮する黒服だが、冷や汗をかきながら最後の報告をした。

 

「そっ、その組織の名前は…、

“塔(The tower)”

…日本の“裏”を牛耳る集団です。」

 

 報告を終えたエージェントを退かせ、室内は眼帯の中年女性と黒い左腕の女の二人だけとなった。

 

「セラス、アーカードを呼んで来い?」

「了解しました、インテグラ様。」

 

 黒い左腕の女…セラス・ヴィクトリアは軽い返事を返すと影に吸い込まれる様に消え、残された褐色肌眼帯の女性…インテグラ・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシングは葉巻を灰皿にすり潰すと立ち上がって後ろの窓から外を眺めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本…東京都にある見滝原町。高層建築物が立ち並ぶ夜闇の中を四つの人影がまるで忍者の様に屋上から屋上へと飛び移っていた。

 その四つの影を追うもう一つの大きな影があり、ソレは両腕をまるで蛇の様に伸ばして襲いかかって来た。

 

「お出でなすった、行くぜさやか!」

 

 影の一つが振り返り、長い髪を結ったポニーテールと手に持つ長槍を振り翳して追って来た大きな影に向かって突進する。

 

「ちょっ、杏子!?」

 

 また一つ影が振り返りポニーテールの少女…佐倉杏子を追ってショートボブの少女…美樹さやかが続くと二つの影も止まって一人は両手に二挺のマスケット銃を握り、一人は長い黒髪を右手で返して弓矢を取り出した。

 

「仕方ないわね、暁美さん援護射撃行くわよ!」

「分かりました、巴さん!」

 

 ツインロールヘアの少女…巴マミの二挺のマスケット銃と黒髪長髪に赤いリボンを巻いた少女…暁美ほむらの一矢が同時に発射されて杏子とさやかを脇から抜き去って襲いかかろうと伸びてきた影の両手に見事命中して粉砕した。

 影は夜闇に絶叫し、僧侶の様な衣を翻してスキンヘッドにモザイクがかかったかの様な不気味な形相に怒りを刻んで口から瘴気による毒息を吐き出した。

 しかし杏子の長槍が他節根に変化し、吹き荒ぶ暴風を起こして此を吹き飛ばしその隙にさやかは敵の懐に飛び込んでいつの間にか両手に握った片刃の双剣でザクリとその胸に“×”を刻みつけ、続け様に杏子がそのモザイクがかった額を長槍で突き貫いた。

 断末魔が四人の耳を劈き、悪しき僧侶はボウッと炎に包まれて消滅した。

 

「アンタはーっ、

どうしてイツもイツも先走るのよっ!

わたし達チームであの〈魔獣〉と戦ってるんだから勝手な事しないでよね!?」

 

 静まり返ったビルの屋上で白いマントの上からも分かるくらいに肩を怒らせた美樹さやかが長槍を両肩に担いでふてくされている佐倉杏子を怒鳴りつけ、その間を取り持とうと巴マミがさやかを宥めようと頑張っていた。

 

「美樹さん、気持ちは解るけどもうその位で…。

佐倉さんだって反省してる筈だから…ね?」

 

 マミがそう言うと杏子は長槍を担いだまま背伸びをしてニヤリと笑ってさやかを見る。

 

「そーそー、反省してますよ~。

だからもー許してね、さやかちゃん?

…ニッヒヒ♪」

 

 明らかに反省とは無縁の杏子の態度にさやかは「ムキーッ!」と奇声を上げて掴みかかろうとした所をマミに止められた。

 

「まっ、待ちなさい美樹さん!」

「止めてくれるなマミさん、今日とゆー今日は杏子に目に物見せてくれる!!」

 

 暴れるさやかを必死に押さえるマミ。そんな二人の慌てる姿を杏子はケラケラと笑っていた。

 そして一人、その光景を黙って見つめている暁美ほむらは優しげに微笑み…“存在無き友”に想いを馳せる。そんな彼女の右肩に一匹の白い猫…いや、三角耳から更に長い耳の様な物を伸ばした赤い瞳の生物が現れてほむらに話しかけてきた。

 

「相変わらず仲が良いね、君達は…。」

「えぇ、この光景は“あの娘”が望んだモノですもの…。」

「あの娘…?

ああ、前に話していた“まどか”っ子だね。

今は“円環の理”となり魔法少女を導く存在となった少女。

まぁ、僕には未だ信じられない話だけどね。」

 

 白猫の様な姿をした生物…インキュベイターことキュウべえはほむらの肩から降りて地面に座り左耳の後ろを足で掻いた。ほむらの表情は少しカタくなり、キュウべえに冷たい視線を浴びせる。

 

「それより、少々厄介な状況になってきているんだ。

…聴いてくれるかな?」

 

 何時も飄々と言葉を交わす彼が少しだけ緊張感を持っている事に気付いたほむらは険しい表情となり、キュウべえに頷き返した。



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雪降る街の少女達…

 夜の帳が下りた渋谷の街を五人の少女がウキウキ顔をしながら練り歩き、その真ん中にいたチョココロネを二つ頭下に付けた様な髪型の少女が御満悦な笑顔で星空に向かって手に持った紙袋をかざした。

 

「やっと…、

やっっと手に入れました

〈吸血鬼の涙〉!

流石は大都会東京っ!

んん~、初めまして、わたしのバンパイアさん♪

ンフ…、

ンフフ…、

ンフフフフフヒヒ…♪♪

ムチュウウ♪♪♪」

 

 浮き足立った少女…星空みゆきは紙袋に入れた絵本にブチュウっとキスをして頬ずりを何度も繰り返した。

 

「みゆきちゃん、読み終わったらわたしにも読ませてね?」

 

 フワフワな髪を弾ませた同じく笑顔の黄瀬やよいにみゆきは快くOKの返事を返して二人並んで絵本にまた頬ずりをした。

 そんな二人の背中を呆れがちに見て苦笑する日野あかねと緑川なお、青木れいかは三人横並びになって付いて行く。

 れいかはストレートの長い黒髪を軽く左手で整えて腕時計を気にする。

 

「そろそろ20:00になります。

早めに別の本屋に行って不思議図書館に戻らないといけませんね。」

 

 彼女の言葉を聞いたみゆきとやよいは『えーっ!?』と声をハモらせ、れいかにブーイングを送る。

 

「仕方ないやろ、時間も遅いし…東京は今青少年なんたらかんたら…」

 

 …と、あかねは言葉を詰まらせてショートヘアの頭を掻き始めたのでなおが話を継ぐ。

 

「青少年保護条例で未成年の外出時間は夜8時までで9時以降は……」

 

 ポニーテールの先をいじりながらなおもまた引っ掛かり、れいかに戻って話を続ける。

 

「夜9時までに帰れない未成年はパトロールをしているタウンガーディアンと言う監視員さんに保護されて保護施設で更正カリキュラムを受ける事になります。」

 

 れいかの完璧な説明を聞いてみゆき達四人は『おおーっ。』と声を洩らして拍手を送り、れいかも恥ずかしげに笑顔を返した。

 そしてみゆきはみんなと向き直って笑顔を崩さず高らかに声を張り上げる。

 

「それじゃあ、また本屋さんへ行って不思議図書館へ戻って解散しよーかっ!」

『オーッ!』

 

 みゆきに続いてあかね、やよい、れいかが声を上げるが…なおは目を見開いて斜め上の方を向いていたので気になったみゆきはなおに尋ねる。

 

「どしたの、なおちゃん?」

 

 なおは視線を動かさず、自分の見ている方向を指差した。

 

「みゆきちゃん、みんな、アレ…“人”…だよね?」

 

 なおの指差す方向をみんなで視線を移すと、電線を歪ませて渡る猿の様な影が見えた。

 しかし猿と云うよりゴリラ…、そして何やら左腕に何か大きなモノを抱えて電線を綱渡りし、電柱の先から物凄い跳躍で建物に飛び移った。

 

「アカン、“あれ”が抱えとるの女の人や!!」

 

 突然のあかねの言葉に四人は険しい顔付きとなって視線を交わして頷き合うと、みゆきの背負っていたピンク色のミニリュックから白毛の小さな動物が頭を出し、みゆきの右肩から顔を覗かせると短い腕と黄色毛の長い耳をピンッと立てて声を張り上げた。

 

「みんな変身して後を追うクルーッ!!」

 

 それを見てやよいがその動物…ではなく妖精のキャンディを見てクスリと笑う。

 

「キャンディったら静かだと思ったら今まで寝てたんだね?」

「みゆき達本ばっか読んでたりお店出入りばっかりしてつまんないんだもんクル~。」

 

 にこやかに話すやよいと背中のリュックに入ったキャンディにみゆきが困りげに声をかけた。

 

「おーい、変身するよーっ。」

 

『プリキュア・スマイルチャージ!!!』

 

 掛け声と同時にみゆき達の体が桜・赤・黄・緑・青と5つの光に包まれ、彼女達は伝説の戦士…プリキュアとなってあの電線を渡っていた怪しい影を追いかけた。

 そしてまた別の場所よりまた影を追う厚手のコートを着た少女が一人…、右手に小太刀を握り締めて街灯に照らされた夜道を駆け抜ける。長く首の後ろで二つに束ねた黒髪を風に乗せて走る少女は鋭く光る赤い瞳で影を捕らえタンッと靴音を立てて飛び上がると建物の屋根を飛び移りながら影を追いかける中、闇の街より突如現れた五光に一瞬だけ目を向けるが…直ぐに視線を逸らして更にスピードを上げて捕まっているあの女性の安否にその表情を険しくさせる。

 

(必ず、救う!)

 

 少女は黙したまま走り、瞳がより赤く光り暗い闇夜を照らし星の見えない夜空から降り始めた雪を浮き上がらせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シンシン…と真白の雪が降る闇夜をその怪物は左腕に少女を一人抱えて駆け抜けていた。ボロボロのコートをバタバタとはためかせて建物から建物へと飛び移り、電線を伝い走り、建築工事区域にそびえ立つタワークレーンをよじ登り天辺にで夜の街を見下ろした。

 腹が空いていた…。喉が渇いていた…。何より全身を引き裂かれる様な激痛が駆け走っていた。だからこそ左腕に少女を抱え、怪物はひたすらに逃げていた。

 先程の地下鉄車両内では二人程喰い殺していたが、飢えは満たされず…それ所かとんでもない相手に怪物は目を付けられてしまった。

 其奴は今もこの怪物を追っているだろうが、先程まいてからは気配を感じない。怪物にとって少女を食らうなら今がチャンスであろう。

 …だがしかし、怪物は少女の顔を見つめ…金縛りとなり身体を硬直させる。

 怪物は剥き出しの歯茎に並んだ吐血した血で汚れた歯をカタカタと合わせ、心の底に埋もれた少女の名前を口にしようとしたその時、突如真ん前に桜色と白のコスチュームで着飾った女の子が飛び出してこう叫んだ。

 

「こおらあーっ、その人を離しなさーいっ!!」

 

 その女の子は勢いに任せて怪物に掴みかかろうと手を伸ばす。…が、怪物は蛙の様に飛び跳ねてコレを避け、そのまま急降下をした。

 

「ハッピー、大丈夫か!?」

 

 怪物を捕まえられずにタワークレーンの鉄骨にダラリと引っ掛かった女の子…星空みゆきことキュアハッピーは日野あかね…キュアサニーに心配されて「タハハ…。」と苦笑いをして見せる。

 

「ほら、マーチ達は怪物の後追いかけたで。

ウチ等も行こっ!」

「うんっ!」

 

 キュアハッピーは両手で頬をピシャンッと挟み打ちしてサニーと一緒に怪物とキュアピース、マーチ、ビューティを追う為にタワークレーンを飛び降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒い影を黄・緑・青の光が追い掛け、場所は煉瓦畳みの公園へと移り黒い影…少女を抱えた怪物は全身を走る激痛に耐えかねて勢い余って倒れ込み、少女をその手から離してしまう。そして少女を護る様に黄瀬やよい…キュアピース、緑川なお…キュアマーチ、青木れいか…キュアビューティが囲い込み、怪物に立ちはだかった。

 怪物は荒い息遣いをして立ち上がり、異臭と血の匂いを漂わせてゆっくりと歩みを進ませてプリキュア達に近付いて来る。

 相手の姿が見えて来るに連れてピース、マーチ、ビューティは身体が総毛立つのを感じていた。

 ボロボロのコートに裸足で雪で白くなり始めた煉瓦畳みを歩き、両肩は常人よりも広く長く太い両腕…。

 ボサボサの髪の毛に歯茎を剥き出しにした裂けた口からは涎と血をポタリポタリと垂らし、血走り黄ばんだ眼球は何処を見ているのかも分からなかった。

 ピースは怖じ気づいて一歩下がってしまい、ビューティも不快感極まる異臭に顔をしかめて思わず鼻を押さえてしまう。

 そしてピースとビューティは怪物の出で立ちから有り得ないであろう推測を頭に浮かべてしまっていた。

 

「マーチ、ビューティ、あの怪物…もしかして…?」

「ピース、私も貴女と同じ事を考えてます。

マーチは…どう思いますか?」

「解らない。

…でも、此の場を引く事は出来ないよ!」

 

 キュアピース…ビューティとは違い、キュアマーチは相手の正体よりもその滲み出たリアルな不快感とその瞳が示す狂気に畏怖し…正体の事など考える余裕を棄てて集中力を高めようと必死であった。

 この怪物が今自分達が戦っている宿敵バッドエンド王国の先兵である“あかんべぇ”とは明らかに異なる存在なのは解る。

 しかしその外見は彼女達が対峙するにはあまりにも“人間”に近く似過ぎていた。



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血溜まりの邂逅…

「ぐぎょああああああああっ!!!!」

 

 突然けたたましい咆哮が上がり、人型の怪物が三人のプリキュアに向かって走り出した。三人は格闘の構えを取り迎え打とうとするが、其処に割って入る影が闇夜の空より舞い降りると、怪物に後ろ回し蹴りを喰らわせた。

 怪物の身体がまるでサッカーボールの様に宙に浮くと、凄まじい勢いで後方へ飛んで行き、影…ロングコートに長い黒髪を首の後ろで二束に結った女性の後ろ姿がゆらりと現れた。

 ピース、マーチ、ビューティはあまりの出来事に呆気に取られると、後ろで気絶したかと思われた少女が目を覚ましていた。

 ウェーブがかったショートボブに大きなメガネをした少女は二束に結った長い髪の毛を見つめ、小さく呟く。

 

「…てん…し?」

 

 そして三人に追いついたキュアハッピーとサニーも倒れた怪物とロングコートの女性に目を向けた。

 

「サニー、あの人誰だろ?」

「そんなんウチが分かる訳ないやろ。」

 

 五人揃ったプリキュアはメガネの女性を守る為壁となり横並びに女性と怪物の様子を見ると、女性は手に持った小太刀の鞘を抜いてその刀身が街灯の灯りに照らし出される。

 其れを目にしたキュアハッピーの背筋にゾクリと悪寒が走る。

 起き上がり威嚇する怪物と小太刀を右手に握る黒髪の女性は同時に駆け出し、怪物は血反吐を振り撒きながら長く太い右腕をロングコートの女性へと伸ばしたが女性は寸前で飛び上がり此を避けた。

 そのジャンプ力はかなりの高さで街灯の高さなど優に越えていた。

 標的を見失った怪物はキョロキョロと辺りを見渡すが、女性は小太刀を逆手に持って急降下をしてその瞳が鮮やかな紅に染まると、赤黒い血飛沫が噴き上がり怪物が前のめりに倒れ込んだ。

 空より落ちた女性の逆手に持った小太刀が怪物の首の後ろに突き立てられ、そのまま踏み倒されたのだ。

 プリキュア達は目の前で起きた惨劇に怯え、その場に金縛りとなってしまう。…しかしメガネの少女は血飛沫を上げて悶える怪物の無惨な姿に怯えはするが、それでもその心は血飛沫に濡れるその女性に釘付けとなってしまった。

 黒髪の女性は尚も小太刀に力を込め、後ろ首から胸へと貫くと刀身は石畳の地面との重圧に耐えられずにバキンッと音を立てて折れてしまい…、其処で人型の怪物は積もった雪を溶かし広がる自身の夥しい血溜まりの中で事切れた。

 キュアピースはマーチの後ろに隠れて目尻に涙を溜めて身体を震わせ、マーチとビューティは怪物の亡骸を只茫然と立ち竦む。

 

「何で…、

何でソイツの命を奪ったんやっ!!?」

 

 突然のサニーの怒声にピース、マーチ、ビューティは現実に引き戻され…メガネの少女もサニーに目を向ける。黒髪の女性もまた紅い瞳をサニーに向ける。

 

「そんなんしなくたって止める事出来たんやないか!?」

 

 黒髪の女性はサニーの問いに答えようとせず、また怪物の死骸に目を移すと…ゆっくりとその艶やかな唇を開いた。

 

「コイツは“人を食らう”。

…だから殺さなければならない。」

「…えっ!?」

 

 その言葉にキュアサニーは絶句し、他の者達も驚きを隠せない。人を食らう怪物の話など…マンガや空想の話の中以外で聴いた事は一切ないからである。

 

「せっ…せやかて、アンタはいきなり横から出て来て…」

 

 相手の言っている意味が受け入れられやないのか、サニーが女性に何か言い返そうとした時、今まで黙っていたキュアハッピーがサニーを止めて前に出ると、女性と真っ正面から向かい合った。キャンディもひょっこりと彼女の右肩から顔を出す。

 

「…何だか…本当に突然な展開で頭の中がまだ混乱してるけど…、

友達と…、其方のメガネのお姉さんを助けてくれてありがとうございます。」

 

 そうお礼を言うとハッピーは大きく腰を直角にして頭を下げた。

『ハッピーッ!?!?』

 

 サニー達はコレも唐突なハッピーの行動に驚き、メガネの少女も目をパチクリさせる。

 

「何でありがとうなんてゆーんや、アイツはあの怪物を…っ!?」

 

 ハッピーに声を上げるサニーだったが、其れをビューティが止め、マーチとピースもサニーに言い聞かせる。

 

「サニー、そこまでされてはどうですか?」

「そうだよ、ハッピーが困ってるよ。」

「サニー、わたし達があのまま闘っても…

多分結果は同じだったと思う。

だからあの女の人を責めるのは…違うんじゃないかな?」

 

 三人の言う事にサニーは口籠もる。特にマーチの言葉が深く突き刺さり、彼女から視線を反らして俯く。そんな彼女にキュアハッピーは優しく微笑んでサニーの握られた拳にそっと手を添えた。

 

「サニー、今はあの人を守れて…

みんな怪我がなくて…

それだけで良かった事にしよ?」

「そうクル、みんな仲良しが一番クル♪」

 

 ハッピーの肩からサニーの胸に飛び移ったキャンディが円満な笑顔を向けるのでサニーはキャンディを抱きながら険しい表情を苦笑に変える。

 

「全く…、こんなん時にキャンディの笑顔見たら気ぃ抜けるわ~。

…ハッピー、声上げてもうて…ごめんな。」

「ううん、あやまらなくてもいいよサニー。」

 

 そう、笑顔で言ったハッピーは黒髪の女性の方へと歩いていき…彼女の足下に転がる怪物の亡骸の血溜まり前で足を止め、腰を降ろす。

 

「ごめんなさい…、わたし達は貴方を救う事が出来なかった…。

本当に…ごめんなさい…。」

 

 また頭を下げ、哀しげな表情で亡骸に手を合わせると…ハッピーの隣りにメガネの少女が同じ様に座り、手を合わせた。

 ハッピーが不思議そうに年上の彼女を見ると、メガネの少女は笑顔でハッピーに名乗った。

 

「わたしの名前は柊真奈、あっちの子達にも伝えたんだけど…助けてくれてありがとうね。」

「いっ、いいえぇ、

わたし何もしてないし、柊さん守ったのは、本当に助けてくれたのはあの人だから…。」

 

 ハッピーはメガネをかけた彼女…柊真奈から黒髪の女性に視線を移すと、突然男性の悲鳴が耳を劈いた。

 

「ひっ、ひと、人が死んでるううっ!?!?」

 

 その場にいる皆が悲鳴の主の方を向くと其処には何時の間にか腰を抜かしてジタバタしたメガネをかけた少年と、ニット帽を被った背の高い強面の青年がいた。

 

「柊、お前何で此処にいるんだ!?」

 

 彼等は真奈の知り合いなのか、強面の青年が彼女に声をかけてきた。

 

「松尾さんと藤村君…!?」

 

 二人の名前をくちにする真奈だが其処へ上空からバラバラとプロペラ機の騒音と眩しいばかりのサーチライトの灯りが真下の地上を浮き上がらせた。

 黒髪の女性は慌てる風もなく微動だにしないが、ヘリコプターからと思われる男の声に松尾伊織と藤村駿は慌てふためく。

 

『目標(ターゲット)は何者かによって破壊。目標周囲には男性2~女性…3、計5名を確認。

他にも数名が潜んでいる模様。』

「やべえ、見つかった!」

「マズいっすよ先輩、捕まったら殺されますよ!!」

「わーってるよそんなこたあっ!

おい柊、逃げるぞ!!」

 

 松尾に手を掴まれ、連れて行かれる真奈は名残惜しそうにキュアハッピーと黒髪の女性を見たが、力任せに道端に駐車した車に乗せられてしまった。

 残されたハッピーとその女性だが、彼女もまた踵を返してハッピーに背を向けた。

 

「“奴等”には絶対に捕まるな、全力で逃げ切れ!」

 

 そう言い残すと、何とあの三人が乗った車に無理矢理乗り込み、そのまま走り去ってしまった。

 



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鋼鉄の追跡者…

 呆けてしまうハッピーに四人のプリキュアが集まった。

 

「ハッピー、大丈夫?」

 

 マーチが彼女を心配し、それに彼女が答えようとした時、二度ヘリコプターから男の誰かに連絡する様な声が届いた。

 

『目撃者4名が車両で逃亡、追跡を請う。残り1名から5名に増加、此方は目標の残骸回収を優先する。』

『了解、但し目撃者が止まる様ならその場で射殺せよ。』

 

 ヘリコプター内で交わされた会話は分からずとも、プリキュア達は自分達の命の危険を真隣に感じ取り、互いの顔を見合わせると五人同時にその場所から離れてプリキュアの力をフルに使いまるでアニメの忍者さながらに建物を跳ねて走って逃げる。例え特殊部隊であっても彼等が常人であれば容易に追いつく事など出来はしないだろう。

 しかしそれは身体的な差であり、先程のヘリの様な兵器で追いかけられたならプリキュアの超人的な力を持ってしても引き離すのは困難であるかも知れない。

 彼女達は追っ手が来ない事を強く願うが、背後よりバラバラバラと忌まわしいプロペラ音が後を追ってきていた。

 

「ウソウソウソウソーッ!?

もうあのヘリコプター追って来たのーっ!?!?」

 

 飛び跳ねながらピースが喚き、ビューティが後ろを向いて確認を取ると、先程のヘリとは違う機体である事を確認する。

 更に操縦席下に装備した物を見てキュアビューティは驚き、思わず叫んだ。

 

「皆さん、あのヘリコプターは“機関銃”を装備しています!!」

『エエエエッ!?!?!?』

 

 プリキュア達を追うヘリは機関銃…チェーンガンを装備した陸軍自衛隊配備の戦闘ヘリAH-64Dアパッチ・ロングボウだが、その機体には本来装備されていない物があった。ライトを照らさず、彼女達の位置を探知出来る物…“対人サーモセンサー”である。

 

「どーしてライト点けてないのに追いかけられるんやああっ!?」

 

 キュアサニーも焦りを露わにして声を上げると、戦闘ヘリからプリキュア達に停止する様、要求してきた。

 

『君達、速やかに我々に投降しなさい。

此以上逃亡を計るなら君達に発砲しなければならない。

繰り返す、我々に投降しなさい!』

 

 威圧的且つ優しさを含んだ声だが、ハッピーはあの女性の言葉を思い出す。

 

…“奴等”には絶対に捕まるな、全力で逃げ切れ!…

 

 サニー、ピース、マーチ、ビューティ…そしてキャンディもまたそれぞれの思考で“奴等”が信用出来ないと判断していた。

 ハッピーは肩に掴まるキャンディを見ると、キャンディは怯えた顔を彼女に向けていた。

 

「ハッピー、怖いクル…。」

「キャンディ…。

大丈夫だよ。絶対守ってみせるから!」

 

 ハッピーは意を決した顔になるとサニー達に二手に分かれて逃げる様提案をした。

 

「…それなら今より逃げられる確率は高くなる、三人と二人に分かれよ!」

 

 四人は険しい顔をしてハッピーの提案を考えるが、今の状況を見れば妥当な作戦と判断…四人はハッピーに頷き返して彼女の合図を待つ。

 

「それじゃあ行くよ、1…2…3っ!!」

 

 …と、ハッピーの掛け声と同時にサニーとピース、マーチとビューティが左右に離れた途端にハッピーは思いもよらない行動に出た。

 

「サニーッ!」

 

 ハッピーに呼ばれ彼女が振り向いた瞬間、ハッピーはキャンディをサニーに投げ寄越してそのまま真っ直ぐ行ってしまったのだ。

 戦闘ヘリは旋回する手間を省いたのか、一人になったハッピーを追って四人から離れる。サニーは突然の事にキャンディを抱きながらその場に立ち尽くしてしまう。

 

「どっ、何処行くんやハッピー!?」

「…まさか、

私達を逃がす為に囮に…!?」

 

 ビューティの言葉を聞いた途端マーチはハッピーの後を追おうとするが、右手をビューティに掴まれて足を止める。

 

「どうしてっ!?」

「駄目です、今ハッピーを追えば貴女も危険です!!」

「それじゃあビューティはハッピーを…みゆきちゃんを見…」

「なおっ!!!」

 

 マーチの言葉をサニーが大声を出して止め、マーチはハッした顔でビューティを見ると…彼女は目尻に涙を溜め、流れ出るのを我慢していた。

 

「れいか…、ごめん…。」

 

 マーチは今自分が彼女に言おうとした残酷な言葉を思い返し…唇を噛み締める。サニーが止めてくれなければビューティを深く傷つけていたかも知れなかったのだから…。

 

「…でも、どうしょう?

ハッピー…

みゆきちゃんに何かあったらわたし、

わたし・・・。」

 

 しかしピースはネガティブな方向へ考えてしまい、涙を抑えられずに両手で顔を被う。

 

「大丈夫や、やよいちゃん。

みゆきちゃんはプリキュアや、戦闘ヘリになんてやられたりせーへん!

…ウチはそー信じとる!」

 

 サニーのキャンディを抱いた腕に力がこもるのをキャンディは感じる。本当はサニーもマーチの様に飛び出したかったのだ。

 しかしマーチとビューティのやり取りで我に返り、ハッピーの気持ちを無駄にしたくないが為に自分の気持ちを静めたのである。

 キャンディは今にも泣き出しそうなサニーの顔を見上げ、そしてみんなと同じ潤ませた大きな瞳でキュアハッピーが消えた先に視線を移し、堪え切れない気持ちを吐き出す様に彼女の名前を叫んだのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪が降り積もる夜に未だ賑わう東京の街を高層ビルより見下ろす一人の男がいた。

 赤く大きなツバの帽子に同じく赤いロングコート、丸いサングラスを付け嘲る様な笑みを浮かべ、夜の東京を眺めている。

 

「何とも醜い夜だ、そして何と詰まらん街だ。

此が日本(ジャポン)と云う国の姿か?

…とても滑稽で詰まらん国だ。」

 

 嘲笑を歪ませながら侮蔑を吐く男であったが、何かに気付いたのか…視線を別の方向に向けてサングラスの奥に赤く灯すと、今度はニタリと嬉しげに笑う。

 

「此は一体何の兆しなのか?

さて…、どれ程の闘争と成りうるのか…

この私の前で踊り見せるがいい、人間共。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シンシンと降りしきる雪を戦闘ヘリ…AH-64Dアパッチ・ロングボウの高速回転したプロペラがかき乱し、前方を走り抜けるキュアハッピーを追いかけていた。彼女はヘリに装備された機関銃を警戒しながら地上から屋根…屋根から電柱等に飛んでは狙われない様に駆け抜ける。

 

(サニー…あかねちゃん達はもう逃げてくれたかな?

…まさかわたしの後追ってきたりしてないよね…?)

 

 自分の危機的状況を余所にハッピーは仲間の心配をする。四人を逃がす為に彼女が戦闘ヘリを引き受けて今に至るのだが…なかなかヘリの追跡を振り切れず、つい先程上空からの発砲を受けて思う様に走れずひたすら前方へと逃げていた。

 戦闘ヘリ内では操縦士がハッピー捕獲の為に先回りして配置された部隊に連絡を入れる。

 

「此方“hunter01”、目標を順調に郊外廃工場へと誘導中…。

捕獲部隊は準備されたし。

捕獲部隊は準備されたし。」

『了解。

“01”は誘導後、工場上空にて待機せよ。』

「了解。」

 

 AH-64Dは更に加速してキュアハッピーに迫り、当人は確実に追い詰められている事に全く気付いていなかった。



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少女と吸血鬼…

 周囲は既に民家はおろか人気のない工事現場地帯となり、キュアハッピーはそれと気付かずに逃げ続けた。最早身を隠す物のない空き地を走り抜け、ロングボウのチェーンガンから放たれた無数の弾丸を避けながら前方に見える大きな建物を目指した。

 

(駄目、もう彼処へ逃げ込むしかないよ~っ!)

 

 ハッピーは覚悟を決めて廃工場の囲いをジャンプして飛び越えて直ぐ様倉庫のガラス戸を破って中へと逃げ込んだ。戦闘ヘリはサーチライトを付けてハッピーの捜索を続け、彼女は倉庫の隅で聞き耳を立てて戦闘ヘリの様子を伺う。

 しかしヘリには対人サーモセンサーが搭載されているので既に居場所は突き止めていた。

 ヘリの連絡を受けて待機していたハッピーの捕獲部隊が倉庫を包囲、静かに扉を開けて素早く侵入していく。

 

「・・・やっと行ってくれた。」

 

 キュアハッピーは安堵の溜め息を吐いて疲れたと言わんばかりに前のめりに歩き、開いていた出口に向かう。

 

「…えっ、此処…さっき開いてたっけ?」

 

 そう感じた時、突如パンッと云う音とほぼ同時足下で火花が弾け、ハッピーは驚いてその場に立ち止まる。

 

「なっ、なに、何何なにっ!?!?」

 

 狼狽えるハッピーを自動小銃で武装した赤い鬼の仮面を付けた兵士達が取り囲む。

 謎の兵隊はキュアハッピーに銃口を向けるとその中の二人が手錠や鎖を持ってハッピーに近付いてきた。

 

「…こんな所で、訳の解らない人達に捕まる訳には…、

いかないんだからああっ!!」

 

 力一杯叫び、キュアハッピーは近付いてきた二人の兵士へダッシュして一人をタックルで突き飛ばし、もう一人をストレートパンチを懐に決めて叩き伏せた。

 

 “パンッ”!

 

 またも先程と同じ音がした。…するとハッピーの右足が急に力が入らなくなり、その場にドサリと倒れ込んでしまった。

 

「またあの音…、ッツゥ、…脚が…、いたい?」

 

 ハッピーは力の入らない右足…太股の部分を手で探ると、ヌメリとした感触を感じ…掌を目の前に持っていく。

 

「あ…、血…だ…?」

 

 撃たれたのだと確信した途端に右大腿から激しい激痛が全身を駆け巡りキュアハッピーは悲鳴を倉庫内に響かせた。

 痛みに悶え、激痛に耐える為に声を押し殺し、流れる血を止める為に両手で右大腿の弾痕を強く押さえる。

 

「アッ、ウウゥ…ッ!!」

 

 痛みに涙を滲ませたハッピーだったが、追い討ちをかける様に彼女の目にまたも信じられない光景が飛び込んできた。

 二発の銃声とマズルフラッシュが先程ハッピーが倒した二人の兵士の頭上で発生し、二人の兵士はピクリとも動かなくなる。この暗がりの中でも何が起きたのかキュアハッピーにも直ぐに理解出来た。

 

「…そんな…どうして…、酷いよ…。」

 

 キュアハッピー…星空みゆきは目の前で仲間に殺された二人の兵士を見て涙を溢れさせた。

 

「酷いよ、どうしてそんな事が出来るのっ!?

貴方達は一体誰なのっ!?」

 

 太腿に刻まれた弾痕の痛みそっちのけに叫ぶハッピーだが、返ってきたのは言葉ではなくハッピーを黙らせる為の暴力であった。腹部を爪先で蹴りつけ、苦しがる彼女の頭を無慈悲に踏みつける。そしてその兵士は他の者に無言で…しかし顎をしゃくらせて指示を出す。他の兵士は即座に動きキュアハッピーを拘束する為の手錠と鎖を拾うが…、今度は兵士達に戦慄が走り抜けた。

 キュアハッピーを踏みつけにしている兵士の背後に何時侵入して来たのか、赤い大きな帽子にサングラス…赤のロングコートを着極した長身の男が不敵な笑みを浮かべて立っていたのだ。背後を取られた兵士は直ぐ様手に持った拳銃をサングラスの男に向けるが、男は兵士のその腕を掴み取り…()()()()()()()()()()

 

「ギャアアアアアーーッ!?!?!?」

 

 兵士の絶叫が倉庫内に響き、倒れたキュアハッピーの目の前に千切れた兵士の腕が落ちる。

 

「ヒッ!?」

 

 突然の事にハッピーは悲鳴を洩らすが、気付けばハッピーはサングラスの男にお姫様抱っこの形で抱えられていた。

 

「フンッ、この娘は私が貰い受ける。」

 

 男はそう言い残し、まるで映像のコマが切り取られたかの様に兵士達の前からキュアハッピーと共に姿を消した…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …此処が何処かは分からない、しかし先程までいた兵士達は一人も居らず、キュアハッピー…いや、変身は何時の間にか解けていた星空みゆきは未だ謎の赤帽子にサングラス…赤いロングコートを着た男に抱き抱えられていた。

 

「あっ、あの~?」

 

 そう何かを聞こうとしたみゆきの右太腿が激痛を走らせ、みゆきは声を呑み込むもその痛みに両目を瞑り顔を歪ませた。

 …薄目を開けると、何とサングラスの男はみゆきの右太腿にある弾痕に顔を近付け、しかも匂いまで嗅いでいた。みゆきは痛みを忘れ、顔を真っ赤にして悲鳴を上げる。

 

「いやあああ~っ!?

そんな所に顔近付けないで~っ!!!」

 

 男はみゆきを無視し、股間部にまで顔…鼻先を這わせる。

 みゆきは真っ赤な顔ながらもとても怖くなり、男の顔を引き剥がそうと男の頭を強く押すが、ビクともせずに今度は太腿の弾痕に舌を這わせ始めた。みゆきは蒼白になり、体を強ばらせる。

 

「いやぁ、やめてぇ…。」

 

 父親以外の異性に抱えられた事ですら恥ずかしい上に匂いを嗅がれ、脚を舐められ、少女は沸き上がる羞恥に抗う術なく…只早く終わってくれるのを願うしかなかった。

 …しかし男の変質的な行為に不思議な点がある事にみゆきは気付く。

 男はその這わせる長い舌で傷口から流れる彼女の血を舐め取っているのだ。まるで喉を潤しているかの様に…甘美な酒に酔うかの様に、男の口端は笑みを刻んでいた。

 そして男は舌を離し、唾液が糸を引いてスゥッと切れる。みゆきが太腿の弾痕を見ると血は止まり痛みも殆ど感じなくなっていた。

 

「えっ…、なん…で???」

 

 全く状況が理解出来ず、みゆきは男の顔を見つめると…彼は優しくみゆきを地面に降ろして座らせて自分は片膝を付き大きな赤帽子とサングラスを取って彼女に素顔を晒した。

 

「紅い…瞳だ…。」

「フッ…、流石に処女の血は格別だ。

…御馳走になったよ、“星空みゆき”。」

 

 ニタリと笑う男に畏怖を感じずにはいられないが、今は拒絶せず彼の話を聞ける様自身を奮い立たせる。

 

「どっ、どうして…

わ、わたしの名前をし、知っているの!?」

「お前の“血”が教えてくれた。

メルヘンランド、

妖精キャンディ、

伝説の戦士プリキュア…

まるで子供が読む絵本の様なキーワードだ。」

 

 男は鋭い目を歪め、嘲笑を浮かべた口から牙の様な歯を覗かせて笑うが、奇妙にもみゆきは彼の口元を見て笑顔を作っていた。

 

「あなた…牙が見えた。

貴方もしかして…、

吸血鬼、“ヴァンパイア”でしょおっ!!

すっ、スゴいわ、“吸血鬼の涙”を買ったその日に本物の吸血鬼さんに会えるなんて…

これはもう“運命”に違いないわ!

ねぇ吸血鬼さんもそう思うでしょ!!?」

 

 夢見る乙女を丸出しにテンションを上げるみゆき。紅い目の男は吸血鬼とは言わずともみゆきのオーバーな言い回しに少々呆気に取られた。

 

「…ふっ、ふははははっ!

本当に面白い娘だ。

だが私はお前の夢の中の世界には興味はない。此からお前をある場所に連れて行く。

異論は認めない、黙ってその身を私に任せろ。」

 

 初めて出会った相手に対して高慢な程に威圧的な態度、そして人とは思えない血の様な“紅い瞳”…。不安は高まる一方ではあったが心を支配する事は出来ず、その吸血鬼と云う“キーワード”と先程の廃工場での出来事がみゆきの熱い気持ちを高ぶらせた。

 

「吸血鬼さん、さっきの倉庫内では助けてくれたお礼言ってなかったよね…ありがとう。

…貴方が連れて行ってくれる先であの兵隊の正体が分かるなら、わたしに断る理由はない。

仲間の命すら簡単に奪うあの人達をわたしは許す事は出来ないから…。」

 

 みゆきは真っ直ぐに男の紅い瞳を見つめる。彼は不敵に…しかし何処か含みを持った笑みを浮かべると二度みゆきを抱き抱えた。

 

「いい答えだ、しかし今から道行く“先”はお前が切り抜けてきた戦いなど児戯に等しい程に血で血を洗う抗争となるだろう。」

 

 吸血鬼の笑みは消えず、しかしみゆきも命一杯強がり引きつった笑みを浮かべた。

 

「こっ、怖くないもん!

…だって、わたしは…

プリキュア、

キュアハッピーだから!」

「フッ、そのプリキュアとやらがどれ程の物か…

私に見せてみるがいい。

我が名は“アーカード”、大英帝国王立国教騎士団ヘルシング機関“元ゴミ処理係”だ。」

 

 みゆきはとんでもない国の名前が出たので驚いてはみるものの…、最後のゴミ処理係と云うのがちょっと気にかかった。

 

「・・・ゴミ処理…係?」

「今貴様が頭に浮かべているモノとは恐らく違うぞ。」

「…うん。」

 

 そしてアーカードと名乗った男はみゆきを抱えたまま、またコマが削げ落ちたかの様に消えてしまった。

 二人の行き先で全てが集結し、彼等の敵が其処で浮き彫りとなる。

 そしてみゆき達は後戻りの出来ない文字通り血で血を洗う争いに足を踏み入れるのであった。



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異邦人の朝…

 次の日の朝、あかね、やよい、なお、れいか、そしてキャンディは謎の異空間に存在する…その名の通りの場所、“不思議図書館”に仲間達で作り上げた秘密基地に集まっていた。

 四人はテーブルの上にいるキャンディを囲み、決意の眼差しで互いに見つめ合った。

 

「…みゆきを助けに行く、みんな準備はええか?」

 

 あかねの言葉に三人は無言で頷き、キャンディも「クルッ!」と決意を露わに頷いた。

 昨日…、みゆきが囮となって戦闘ヘリを引き受け消えた後にあかね達は結局動く事は出来ずにこの不思議図書館の秘密基地で一夜を過ごした。四人は各々の家に連絡を入れ、その後は一言も喋らずに床に伏す。

 しかし誰一人眠れた者はおらず、四人共目を赤く腫らして朝を迎えたのである。

 あかね達は不思議図書館のズラリと連なる本棚と向かい合うと、全員がみゆきの顔を思い浮かべてあかねが目線の段の棚の本を一冊抜いて右へずらし、その下の棚も同じく一冊抜き取ってずらす。そして元の棚の並んだ本の真ん中を両手を入れて扉を開ける様に隙間を広げた。

 すると其処から眩い光が溢れたかと思うと、あかね達はその光に呑み込まれ、そして光と共に消えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星空みゆきは暗い空間に一人…ふかふかのベッドに横たわり、やはり目を腫らし眠れずにいた。

 昨晩起きた出来事が頭の中で再生しては巻き戻され、あのパンッと云う不快な銃声の音がリピートされる。…そして最も気掛かりなのはキャンディ達と昨晩出会った人達である。

 

(みんな…大丈夫かな?)

 

 そんな事を考えていると、突然辺りが明るくなって広い高級ホテルの様な部屋がみゆきの前に広がった。

 

「うう、眩しいよ~!?」

 

 気付けば部屋にはスーツを着た見知らぬ外人女性がカーテンを開けた窓側に立ち、無表情でベッドで上半身を起こしたみゆきを見つめていた。

 

「ミユキ様、只今8時24分で御座います。

此方に朝食を御用意致しましたのでどうぞ?」

 

 事務的な口調の女性にみゆきは茫然として首を縦に振った。

 実は今、星空みゆきはとんでもない所に連れて来られていた。あのアーカードと言う男は後戻りの出来ない場所だと言っていたが…、その言葉に相応しいであろうこの場所は本来ならみゆきが一生涯足を踏み入れる筈のない…いや、踏み入れる事の出来ない。日本にあって日本ではない領地。

 “駐日英国大使館”、星空みゆきがアーカードによって連れて来られた場所の名前であった。

 女性…恐らくは大使館の職員なのだろうが、その態度は機械的と言うより何処かに怯え、それを隠そうとしている様な…そんな風にみゆきには思えた。

 館内を数分歩き、案内された広間には目立つ場所に現イギリス女王の絵画が飾られ、広間の真ん中には簡単な朝食が用意された木製の高級そうなテーブルが置かれていた。

 みゆきは豪華な椅子に座り、豪華なテーブル…豪華な食器に盛られた…質素な朝食を見つめる。

 

(・・・ちょっと焦がしただけの食パンと黄身の潰れた目玉焼き、極めつけは真っ黒なベーコンに…)

「何でこーきゅーワインが置いてあるのよーっ!?!?

わたしまだ未成ぇ年なんだからーっ!!」

 

 この突っ込み所満載の朝食を見てもう一つ気付いたのでみゆきは先程から入口脇で置物の様に綺麗な立ち姿でいる女性職員に頼み事をする。

 

「あの~、出来ればお箸を…?」

「オハシは大使館には御座いません。」

 

 “ガーン”と云う擬音が似合いそうな顔のみゆきは両脇にあるフォークとナイフを両手に持ち、溜め息を吐いて狭い範囲で薄茶の食パンの上にフォークとナイフをぎこちなく使って黄身が殆ど流れてしまった目玉焼きと黒こげのベーコンを乗せて折り曲げて挟む。

 ふとお皿の隅にブロッコリーを一つ見つけ口の中に放り込むみゆき。

 

(・・・茹で過ぎ。)

 

 そしてサンドイッチにした朝食をモシュモシュと食べるが、中の黒こげベーコンの苦さに顔をしかめた。

 

「ククッ、どうやら此処の朝食はお気に召さなかった様だな…みゆき姫?」

 

 女性職員が立つ入口の扉から聞こえた声に呼ばれ其方へ向くと、開かない扉をすり抜けて赤いロングコートを着こなした男…吸血鬼アーカードが現れた。扉横にいた女性職員は思わず後退るが腰を抜かしてペタリと尻餅をついて動けなくなる。

 アーカードはそんな彼女を無視してみゆきの座るテーブルの向かいの椅子に腰を据え、赤く灯る瞳でみゆきを見つめた。

 みゆきは見つめられて気恥ずかしくなり下を向いてサンドイッチをモムモムと少しずつ食べる。

 

「銃で撃たれた傷の具合はどうだ、昨日の時点で血は止まっていた様だが…?」

 

 アーカードの素朴な質問にみゆきは呆けるが、昨日の荒事を忘れていたかの様にアッと驚いてスカートを捲り右腿を確かめた。

 

「・・・傷が…ないっ!

アーカードさんが治してくれたの!?

それともイギリスの最新医学の成果!?!?」

 

 それを聞いてアーカードは含み笑いが堪え切れずに牙を剥き出しにして大笑いを始めた。

 

「アッハッハッハッハッ!!!

私がお前の傷を治したならお前は私に咬まれて既に吸血鬼になっていなければならない。

そしてイギリスの医術は人の生傷を一日で消せる程発展してはいない。」

「じゃあどうして…、わたし歩いても痛くなかったよ?」

 

 不思議そうにアーカードを見るみゆきだが、アーカードとて確かな答えを持っている訳もなく彼は何処から戸もなく取り出した輸血パックにストローを刺すと、その中の赤い血を飲み始めた。

 さすがにみゆきでもその彼が吸血鬼であると証明する光景は思わず息を呑んでしまう。

 

「単純にプリキュアとやらの治癒能力と見ればいい。

今までの戦いでお前達が五体満足でいられるのはポケットの中に入っているコンパクトのお陰だとな。」

 

 アーカードにそう言われ、ポケットからコンパクトを出して確かめる。

 可愛らしいピンク色の…込み入った装飾をしたコンパクト…“スマイルパクト”をマジマジと見つめたみゆきは改めてプリキュアとなった時の自分が“超人”である事を自覚する。

 

「プリキュアってやっぱりスゴイな~。」

 

 そう、みゆきが一人ごちをすると…アーカードの胸元から携帯の着信音が鳴り、アーカードは携帯を取り出し電話に出る。

 

(やっぱり現代の吸血鬼も携帯電話は必須のアイテムなのね。)

 

 なんて事を考えるみゆきだが、アーカードがニタリと笑うのを見て胸の奥に抑えていた不安が揺さぶられた。

 

「…分かった。

この広間に連れて来い。」

 

 そう言って携帯を切り、胸元に仕舞うとアーカードはみゆきに視線を向けて伝えた。

 

「みゆき姫、今日はお前にサプライズだ。

もう直ぐお前が今最も会いたい者達が此処に来る。」



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集う来訪者達…

 アーカードの言葉にみゆきは「エッ…?」と声を洩らすと、扉の向こうが急に騒がしくなってきた。

 何処かで聴いた声が四つ…。怒鳴っては何かに抵抗している様に思え、みゆきは扉から目を離さずジッと見つめる。

 そして開いた扉からは四人の黒服に抑えつけられ、何とあかね、やよい、なお、れいかの順に広間へと引っ張られてきた。

 

「離しいな、このオタンコナスッ!!」

「痛い、手ぇいたいってばっ!!」

「このっ、プリキュアになればお前等なんかに負けないんだから!」

「お止めなさい!

私はどうなっても構いません、皆を離しなさい!!」

 

 四人のイギリス男性に組み伏せられ、あかね達は喚き散らすが…、其処にみゆきの呼ぶ声が直ぐ側で聞こえた。

 

「あかねちゃん、やよいちゃん、なおちゃん、れいかちゃん、

…良かった…みんな無事だった…。」

 

 男性達が手を離し、顔を上げた四人の前には涙ぐむみゆきの姿が映り、やよいの上着に隠れていたキャンディが一番に彼女へと飛びついた。

 

「みゆきぃ、みゆき良かったクル!

ホントにもう会えないかと思ったクル!」

「大丈夫だって言ったでしょ、キャンディ。」

 

 みゆきもその小さくフワフワなキャンディを抱き寄せて頬を寄せた。そして四人もみゆきに駆け寄って抱きつき、たった一日の別れが数年とも思える程にわんわんと泣きながら互いに喜ぶ。

 

「その位にしてもらおうか。

再会を喜ぶのは良いが…、私は待たされるのは好きではない。

…それに“もう一組の来客”もいる。」

 

 席に一人座り、メディカルブラッドをもう一袋飲み終えたアーカードがつまらなそうに言い、それに対しあかねとなおが食ってかかった。

 

「何や偉そうにトマトジュースみたいの飲んで、誰やお前っ!?」

「そうだ、みゆきちゃんをこんな所に閉じ込めて何が目的だ!?」

 

 止めるみゆきを遮って二人の怒声にアーカードはニタニタと笑うだけで言葉を返さず、彼の視線はみゆき達五人の後ろを見据えていた。

 

「随分とかしましい娘達を呼んでいるのね?

どういう状況なのか、説明はあるのかしら…キュゥべえ?」

 

 アーカードが見据えていたのはいつの間にか広間の扉前に立っていた艶やかな長い黒髪に赤いリボンを頭に巻いた少女と彼女の肩に乗った猫とも兎とも取れる体型の白い不思議な生き物であった。

 

「う~ん、この部屋の状況は僕にも解らないけど…当人達に聞けば解るだろう。

そうでしょ、吸血鬼アーカード?」

 

 黒髪の少女にキュゥべえと呼ばれた白い生物はテテテ…とアーカードに駆け寄りテーブルに飛び乗った。

 みゆき達はアーカード、キュゥべえ、黒髪の少女を交互に見ると彼女は五人に歩み寄って自己紹介を始めた。

 

「わたしの名は暁美ほむら。

何者であるかは此からの“会談”で話をするわ。」

 

 みゆき、あかね、やよい、なお、れいか、キャンディは目を点にし…暁美ほむらの言葉を繰り返す。

 

『…会談??????』

 

 場所は広間から視聴覚室へと移る。

 その行く道でみゆきはあかね達が大使館へ来た経緯と大使館員に何故捕まったのかを聞くと、どうやら全てアーカードの計略による物である事が分かった。

 アーカードはみゆきの血から得た情報から不思議図書館の存在と、その場所か本棚のある所なら地球の裏側にも行ける事を知っていた。あかね達が不思議図書館を利用してみゆきを救出に来る事を予測し、予め大使館中の本棚と云う本棚に大使館員を配置させていたのである。

 

「みゆきちゃん血…舐められたって、何処か怪我したの!?」

 

 アーカードの話を聞いたやよいが心配と不安を露わにしてみゆきに顔を近付けるとれいかもまたみゆきの手を掴んで心配をする。

 

「そうなのですか!?

一体何処を怪我なされたんですか!?」

 

 二人に詰め寄られてどう答えようかと悩むみゆきだが、黙っている訳にもいかず銃で撃たれた事は言わずに答えた。

 

「えと…、太もも…。」

『…えっ、太もも…?』

 

 …と、其処で目的の視聴覚室に着き、アーカードを先頭に入室する。

 

「これからお前達には“我が主”に会ってもらう。

…此が我々ヘルシング機関と“魔法少女”、そしてプリキュアによる“初会合”となる。

会合の議題は…日本首都、“東京の命運”だ。」

 

 みゆき達とほむら、キュゥべえを招き入れた吸血鬼は笑みを絶やさずに皆が席に着くと映写室にいる職員に合図を送る。

 彼の合図で映写室より操作された大型テレビジョンが前方の壁を開けて現れ、其処より初老の女性が映し出された。

 ストレートの長い金髪に褐色の肌、左目を黒い眼帯で被いながら右目は鋭利な刃物を感じさせるその初老女性は映像越しからでも分かる程の強い威圧感を持ってみゆき達と向かい合った。

 

《初めまして諸君、私の名は

“インテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシング”。

大英帝国国教円卓騎士団所属ヘルシング機関機関長にして…

其処にいる吸血鬼アーカードの主(マスター)だ。》



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咎人達の記録…

 東京湾沖に浮かぶ人工島…、その中心にそびえ立つ超高層ビルは世界的大企業“セブンスヘブン”日本支部の本社であり、日本古来より存在している秘密組織“塔”の本拠地ともなっている。

 その何十階…いや百階以上あるであろうビルの最上階に“彼”はいた。

 

「……以上が本日のスケジュールで御座います、七原会長。」

 

 最上階より雲を眼下に置き、朝日を眺める彼…“七原文人”はボンヤリとした目を秘書である女性…網埜優花に向け、欠伸をしてみせた。

 

「…面倒くさいな、体がもう一つ欲しい所だね。」

 

 優しげな微笑みを浮かべる若い実業家は彼女の横を通り過ぎ、最上階の外…テラスに出てまた雲海の景色を眺める。

 其処へもう一人、優花を退けて長身で黒いスーツを着こなし左頬に炎の刺青をした男が現れた。

 

「文人様、昨晩の件で御座いますが…

ヘリより撮影映像の中に“更衣小夜”らしき人物が映っているのを確認致しました。

…そして一方で追跡した五人ですが後一歩まで追い詰めた少女の身元割り出しに成功、少女は虹色町に住む中学二年生の星空みゆき。一人分かれば残り四人も早急に身元を割り出せます。」

 

 炎の刺青をした男の報告を聞いた七原文人はふと独り言の様に朝日に照らされた雲海を眺めながら話し出した。

 

「確か虹色町を中心に小さな“噂”があったよね、五人のお姫様が怪物と戦っているとか云う話…。

そうだよね、“ジョーカー”?」

 

 文人は身動きせずに傍らに現れた細身の道化師を呼ぶ。カラフルで奇妙な髪形に鼻と両目を仮面で隠した道化師…ジョーカーはニタニタとイヤらしい笑みを浮かべ、文人の問いに答えた。

 

「そ~んな噂が流れていたのですか、“バッドエナジー”を抜かれている最中は絶望に身を任せて何も見えない聴こえない…筈なのですが~、人間とは意外に侮り難いですね~。」

 

 人ならざる存在が傍にいるにも関わらず、七原文人は微笑みを絶やさず、人外であるジョーカーにまた話しかけた。

 

「…そうかい?

“君達”がちょっと力を行使しただけで人間なんて“ボロ雑巾”だ。

そんな僕達を君達は何故“怖れる”のか…

理解に苦しむな…?」

「何を仰いますやら。

その人ならざるモノ共を手玉に取り、あまつさえ同朋すら実験の為に使い捨てる貴方は確かに怖れるべき存在です。

お~、くわばらくわばら。

今日は解剖されない内にお暇させてもらいましょうか。」

「うん、またね?」

「えぇ、また。」

 

 そう言葉を交わし、道化師は姿を消した。文人はクスクスと笑いジョーカーの消えた場所を見る。

 

「ふふ…、一体何しに来たのやら?

彼って面白いよね、優花君?」

 

 一番離れた場所に居るにも関わらずいきなり話を振られ網埜優花は戸惑う。

 

「そっ、そうですか…

私には理解し難い存在です。」

「“古きもの”と同じ位…理解し難いかい?」

 

 まるで心の奥底を見通すかの様な彼の瞳に優花は畏怖を覚える。

 

「…はい。」

 

 彼女の反応を楽しむ様に文人はまたクスクスと笑い、右手を軽く上げると、今度はまた別の人物が部屋の隅より現れて文人に片膝を付いた。

 灰褐色の肌に黒の外套…頭でっかちな額には三つ目の様な紋様を入れ、バイザー型のサングラスをした長身細身の怪人は顔を上げてサングラス越しに文人を見た。

 

「お呼びで御座いますか、我が主?」

「うん、頼みたい事があるんだ。

九頭の資料にある可愛い娘達をね…

殺してきてくれないかな?」

 

 怪人の口端が邪悪な笑みを刻み、主の命令に答える。

 

「仰せの儘に、マイ…マスター。」

 

 怪人は姿を消し、また文人、九頭、優花の三人だけとなる。静かな最上階の部屋で文人は優しげな微笑みを絶やさず、エレベーターへと向かい九頭と優花も彼の左右に付く。

 七原文人…、奈落を体現したかの様な男は己が魔道の先で起きるであろう闘争に思いを馳せる。

 争い事は好まない…。だが試さなければならない事は山程ある。その中でも最優先事項である実験は最早彼を狂人とたらしめる“おぞましい実験”である。

 しかし彼は止まれない、前組織幹部を全て殺し…両親家族すら殺し尽くした彼にもう、後戻りと云う言葉はないのである。

 

(もう直ぐ会えるよ、小夜。)

 

 彼は自分の心を根こそぎ奪い取った少女に思いを馳せる。

 自分が狂わなくてはならなくなったその原因…人ならざる清らかな少女の名を心の中で愛おしげに囁き、この腕に抱き締めるその瞬間を彼は夢見た…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駐日英国大使館にある視聴覚室では、プリキュアである星空みゆき達五人と妖精のキャンディ。謎の少女…暁美ほむらに人語を解し話す不思議な生き物キュゥべえが映像越しで英国ヘルシング機関の長を名乗る初老の女性…インテグラと向かい合い、“会合”を開始していた。

 アーカードは室内の映写室側へ寄り、向かいの壁…インテグラを映した大型画面の上部にあるカメラレンズがみゆき、ほむら達を映してインテグラのいる英国へと送られる。

 

《さて、この様な年寄りが相手だ…そう堅くなる事はない。肩の力を抜くと良い。》

 

 インテグラは親しげに話してはくれるが、みゆき達は彼女の風格に圧されて背筋を伸ばし肩を張って椅子に座っていた。

 ほむらもまた彼女達の様子を見ながらも厭な汗が項に滲むのを感じ、両掌を握り締める。

 

(…肩の力を抜けなんてよく言うわ、あんな威圧感満々に圧されたら身構えるに決まってるじゃない!)

 

 しかし後ろにいたアーカードが笑いながらも少女達を察してかインテグラに対して一言申した。

 

「フハハハ…。

インテグラ、お前も少しリラックスしたらどうだ?

相手は異能を有していようと所詮は小雀共だ、そんなに身構える事もなかろう?」

 

 映像越しのインテグラはアーカードに言われたのが気に入らないのか妙な睨みを彼に返し、軽く鼻息を吐くと今までの威圧感が抜けて多少なりとも緊張感も解けてきた。

 

《済まなかったな、普段厳つい男共の相手ばかりしていてどうも肩が凝ってしまっていかん。

良ければ君達の自己紹介を聞かせては貰えないか?》

 

 先程とは違い親しげに話す初老の女性にみゆき達も気持ちを楽にして自己紹介を始めた。

 五人のプリキュア…チーム名はスマイルプリキュアでみゆきが命名。メルヘンランドから来た妖精のキャンディに頼まれてプリキュアとなり、世界をバッドエンドに導こうとする魔物の集団…皇帝ピエーロ率いるバッドエンド王国と戦っている。

 暁美ほむらは地球外生命体であるキュゥべえ…インキュベイターにより何でも叶える一つの願いと引き換えに魂と身体を切り離され、魔法を駆使して魔獣と云う化け物と戦う魔法少女…。彼女以外にも魔法少女は世界中にいて彼女自身は三人の仲間とチームを組んで魔獣と戦っていると言う。

 …簡単ではあったが互いの紹介を終えるとインテグラの視線は鋭さを増し、先程とは違う緊張感が室内を支配し始めた。

 

《…では本題に入ろう。

先ずは三十年前に英米で起きたテロ事件に遡る…。》

 

 彼女の話は三十年前、“ミレニアム”を名乗る旧ドイツ…ナチスの残党により起こされたバイオテロ事件の裏側となる凄惨な真実であった。

 英国の首都ロンドンに突如現れた大型飛空船はロンドン市街をミサイルにて攻撃…大打撃を与えた後、大隊兵士を降下させた。

 その兵隊達はナチスの技術を総動員して改造された千人の吸血鬼兵団、ロンドンはたった一夜で地獄…死都(ミディアン)と化す。

 その時の断片的な映像が流され、あかねとれいかは思わず目を背け…やよいは映像と同時に流れる割れた悲鳴を目を瞑りながら力一杯に耳を塞ぐ。なおはその残忍極まりない光景に耐えられなくなり頭を両腕で覆い隠してしまった。

 見始めたその時は目と耳を疑った。ナチス兵がパラシュートも無く飛空船から地面に降下して無傷…。更に非常識な速さで火に包まれた街を駆け走り、警官隊の銃弾を物ともせずにロンドン市民を射殺…死体の山を築き上げた。



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後戻りの出来ない世界…

 そして吐き気を催す光景は其れだけではなく、ナチス兵がロンドン市民を捕まえてはその首に“牙”を突き立ててその血を浴びる様に飲み干した。打ち捨てられた死体は起き上がり更なる獲物を求めて練り歩いた。

 地獄絵図が画面から消え、またインテグラの顔が現れた時にはあかね、やよい、なお、れいかは蒼白になっており…椅子から立てず身を強ばらせ、キャンディはみゆきの背に隠れブルブルと震えていた。

 映像を流している最中にインテグラが状況を説明してはいたが恐らく聞く事など出来てはいないだろう。

 そしてみゆきもまた蒼白な顔を俯かせ、口を噤みながら立ち上がるが…直ぐに床に膝を付いてその場で嘔吐してしまう。

 ほむらは直ぐに彼女に駆け寄って背を優しくさする。

 

「大丈夫、星空さん?」

「あ…、ありがとう…

暁美さん…。」

 

 青い顔色ながら今日初めて出逢ったほむらに笑いかけるみゆきだったが…、その笑顔は直ぐに崩れ、目尻に涙を溢れさせていた。

 

「どうして…、あんな恐ろしいものをわたし達に見せるんですか!?」

 

 みゆきはほむらに肩を借りて立ち上がり、インテグラを睨みつける。画面の向こうにいる彼女は毅然とした態度と冷徹な視線をみゆきに向けて答えた。

 

《お前達がどの様な反応をするのかを見ておきたかったのと…この三十年前の惨劇が近い未来、お前達の国で起こるやも知れぬと言ったら…

お前達はどうするのかを聞きたかった?》

 

 アーカードとキュゥべえを除く全員が戦慄し、愕然となる。炎に照らされた暗闇の中を歩く死体と駆け抜ける吸血鬼の群、阿鼻叫喚に打ち震える生者達、今見た映像の後では嫌でもその悪夢が脳内に映像化されてしまい、やよいとなおもまた涙を我慢出来ずに溢れさせ…あかねとれいかが二人に寄り添う。

 

「何を根拠に貴女はその様な事を口にするのですか!?」

 

 そんな彼女達を見かね、ほむらもまたインテグラを睨みながら彼女に問いかける。

 

《根拠ではなく、事実を述べよう。

三十年前に押収した人造吸血鬼の研究資料の一部と…、

敵将であった男の“残骸”が我が英国から秘密裏に持ち出された。

犯人は日本古来より闇の中を暗躍し、人ならざる物を御してきた秘密組織…【塔】だ。》

 

 みゆき達もほむらも聴いた事のない組織の名…。いや、秘密組織などがこの日本に存在する事自体知る術などない。

 しかしインテグラは少女達の戸惑いを無視して話を続ける。

 

《現在我々が手に入れている情報ではこの【塔】と云う組織は半年前にかなり面立って動いている。

…何らかの目的の為に数百人の人間を集め、隔離された小さな町の中で始めた不可思議な実験。

しかしその実験と結果までは探り切れず、末路は集められた人間は全員口封じの為に悉く虐殺され…実験は終了となっている。》

 

 更に目を背けたくなる映像は続く。先程までと違い静止画像のみだがやはり彼方此方に死体が転がる画像…、だが明らかに違う違和感があった。そしてそれにいち早く気付いたのはほむらであった。

 

「此処…、日本…なの!?」

 

 ほむらは映像にある町の雰囲気や建物…死体が着る服装からそう推測をし、インテグラは凄惨な映像を見て尚冷静に分析をする彼女を見据える。

 

(あの娘…、随分と“死”を見慣れている様だな?)

《そうだ、此はある筋より貰い受けた情報…。

今話した半年前に行われた実験後の映像だ。》

 

 みゆきはほむらに支えられて立ち上がりながらインテグラの話と残忍極まりない映像を昨晩経験した人間が人間の命を奪う光景を重ね合わせた。

 自分達が戦っている人ではない闇の者…バッドエンド王国の怪物や怪人達。

 彼等は卑怯極まりない手で彼女達プリキュアを苦しめては来るが、命を奪う様な行為は今まで一度たりともなかった。

 しかし人間は…、同じ人である筈なのにいとも簡単に銃口を相手に向け、無慈悲に引き金を引いてその命を奪い去る。

 今思えば人の歴史は弾圧…革命…戦争…その繰り返しであり、現在はその痛ましい歴史を土壌にして平和が成り立っているのだ。

 

「…どうしてクル?

みゆきもあかねも…、やよいもなおも、れいかも…

スゴく仲良しなのに…、どうして他のみんなは仲良く出来ないクル!?」

 

 みゆきの背からひょっこりと顔を出したキャンディがほむらに尋ねた。…偶々隣にいたから聞きやすかったのか、初めて会った彼女だから聞いたのか、ほむらは戸惑うが…暫し考えてキャンディの疑問に答えてあげた。

 

「…解り合えないからよ。

時に人は人を疑い…信用せず、裏切り、そして憎み、挙げ句に傷つけ合う。

それが人間の本質の一部なの…。」

 

 ほむらは節目がちではあったが、それでも彼女は人を信じる。

 

「…でも人間は悪意のみで生きている訳ではない。強い意志と優しさが同居してこそが人間だわ。

だからこそ、“あの子”は自らを捨てて希望となり…わたしは今も戦い続ける事が出来るの。」

 

 みゆき達には彼女の言っている話を分からないが、その心にある強く堅い覚悟があるのだけは理解出来た。

 しかし、だからと言って其れを真似出来る訳ではない。あの酷たらしい惨劇の映像を見せられたあかね達は完全に心が折れてしまっていた。

 

「ウチは…無理や。

…あんな戦い出来へん、人が死ぬのなんて見とうない!」

 

 あかねはうずくまるやよいの肩を抱き締め、語尾を強めて言った。

 

「わたしも、やだ…っ!

目の前で人が死ぬなんてやだ!!」

 

 顔を見せず泣きながら叫ぶやよい。なおはれいかにしがみついたまま涙で言葉が出ず、れいかは彼女を抱き締めて無言を通した。

 

「みゆき、帰ろ。

もう結論出たやん、ウチらには荷が重すぎる。…みゆきだって、ウチらよりも酷い有り様や。

不思議図書館を通って、家に帰ろ?」

 

 あかねがみゆきの手を取り、ほむらもまた、あかねの言葉に同意する。

 

「その方が良いわ。

まだ戦いになるかどうかも分からないけど、恐らく貴女達が入り込める話ではないと思うの。

貴女達のいる世界とは…確実に“違う世界”の出来事なのよ。」

 

 みゆきはほむらに支えてもらっていた体に力を入れ、自分の足で立つと画面に映るインテグラを見た。

 

「インテグラさん、わたしは…、わたしはもう戻れない筈だよね?

だから此処にいるんだよね?」

 

 みゆきの強い眼差しにインテグラは笑みを浮かべる。

 

《そうだ、星空みゆき。お前は彼奴等に…【塔】に100%顔がわれている。

其処から現住所、親兄弟、交友関係に至るまで調べ尽くされるだろう。

…我々ならばそうする。》



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少女は人として挑む…

 それは絶望的な言葉であった。インテグラは今確かに言ったのだ、お前達は逃げられないのだと…。

 そしてみゆきは其れを理解…いや、知っていた。昨日の雪の降った夜に人の死を垣間見た時から、星空みゆきは“違う世界”への境界線を踏み越えたのだと分かっていたのだ。

 

「ごめんね、みんな…。

わたしが勝手に囮なんて事したから…、こんなに大変な事態になっちゃった。

…でもね、わたし…

昨日の夜の出来事が頭から離れないの。

追ってくるヘリコプター、

襲って来た鬼面の兵士達、

初めて撃たれた銃弾の痛み、

…人が撃たれて死ぬ瞬間。

だから…

わたしは戦う、誰も傷つかない為にみんなを護る戦いをするよ!」

 

 あかねは口を噤み、みゆきの右の太腿に視線を移す。みゆきは昨日怪我をし、スマイルパクトの治癒力で治ったと言っていた。

 

「銃で…撃たれたんか?」

「うん…。隠したくはなかったけど、みんなに一杯心配かけそうだったから…どんな怪我までは言えなかった。」

 

 みゆきは顔を曇らせ、あかねは言葉を失う。沈黙が室内を支配しようとされたその時、パンパンパン…、と拍手をする音がし、今まで黙って見守っていたアーカードが一人手を叩いていた。

 

「みゆき姫、お前の決意は見せてもらった。

先ずは及第点をやろう…、だがまだ足りない。

お前は“それ”を見つけ戦い続けるのか、それとも何も出来ずに只野垂れ死ぬだけなのか、近しい未来がとても…とても楽しみでならない。

そうだろ、星空みゆき?」

 

 邪悪な嘲笑があかねの畏怖と憤怒を膨らませるが、みゆきはそんな彼女の握られた手を強く握り返し吸血鬼を見据えた。

 

「アーカードさんを幻滅させてしまうかも知れないけど、わたしはわたしのままで戦うよ。

わたしはプリキュアで…人間だから!」

 

 強気に笑顔を作るみゆきはアーカードが歯茎を隠すと、ほんの一瞬だが此方に微笑んでくれた様に見えた。

 昨日今日出会っただけなのにみゆきは何故か彼には奇妙な信頼を寄せてしまう。

 そしてほむらは彼の存在を矛盾に感じていた。アーカードは人の命を何とも思わずに躊躇いなど微塵もなく殺し、屍の山を築く恐ろしい化け物に違いない。…だが何故彼はインテグラと云う女性の下で人の味方の様な立ち位置に居るのだろうかと…。

 そしてアーカードは目の前にいる少女達を紅い瞳に映し出し、この先に待つ悲劇惨劇に思いを馳せる。

 

(さて、この辺境の島国で正気と狂気の舞台が整おうとしている。

魔法少女にプリキュア…、二つ共絵本の話の産物の様な存在だ。

そしてヘルシング機関と密かに繋がる組織“サーラッド”。

その宿敵であり私のターゲットとなる秘密組織【塔】、恐らくは奴等が奪った“ミレニアム”の研究成果は既に解読されている可能性が高い。

何せ彼方側には“彼奴”がいるのだからな、そうなのだろう、“少佐”?)

 

 今此処に魔法少女である暁美ほむらとキュアハッピーこと星空みゆきが英国ヘルシング機関の傘下となり、秘密組織【塔】と対峙する事となる。

 しかし此によりみゆきとあかね達プリキュアには僅かな溝が生み出されていたのであった…。




【聖魔邂逅の章】完…


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蛇神襲来の章
思いのすれ違いは歪みを呼ぶ…


【蛇神襲来の章】開始…


 一人の吸血鬼により駐日英国大使館に招かれてから四日程が経っていた。

 みゆきは学校が終わり次第不思議図書館を通り、英国大使館へ行って新しく入った【塔】の情報を聞き、今後の方針を話し合う会議等に顔を出さなければならなかった。

 不思議と虹色町にバッドエンド王国の三幹部も現れず…あかね、やよい、なお、れいかは平穏な時間を過ごしていた。…しかしその心中は重く、四人はすれ違いとなっているみゆきを心配していた。

 

「ごめん、みんな。

今日も行かなくちゃいけないの。」

 

 教室のドアの前でみゆきは四人に両手を合わせ大袈裟に謝る。…だがあかねは怪訝な顔でみゆきを見つめる。

 

「みゆき…、やっぱアンタ勘違いしとるとウチは思う。」

「えっ、勘違い?」

「…場所変えよ。」

 

 そう言ってみゆきを無理矢理引っ張り、三人も二人について行くと…、其処は人気のない体育館の裏だった。

 向かい合うみゆきとあかね。そして見守るやよい、なお、れいか。…あかねは眉をひそめ、怪訝な顔は怒り顔へ変わった。

 

「もういい加減目ぇ覚ましっ!

アンタ、ウチらプリキュアのリーダーなんや!今日までバッドエンド王国は何にもして来ぃひんけど、みゆきがいない間に攻めて来たらどうするつもりや!?」

 

 突然怒鳴られたみゆきは肩を窄めるが、あかねの問いに対して答えなくてはならないと気を引き締めて返した。

 

「戦うよ!

みんなが呼んでくれれば必ず駆けつけるから…」

「それじゃあ間に合わんやろ!

ウチらは五人一緒やないと駄目なんや、一人欠けただけで力は大幅にダウンする、そうやろキャンディ!?」

 

 あかねに話を振られたキャンディはみゆきの肩で戸惑いを見せながらも…コクリと頷く。

 

「プリキュアは五人の仲良しの強い気持ちが力になるクル…。

一人でも欠けたら…

力は半分以下…クル。」

 

 みゆきをチラリと見るキャンディ。彼女は視線を落とし、を強く噤む。

 

「ねえ、みゆきちゃん。

わたし達だけじゃウルフルンやアカオーニ、マジョリーナにスゴく苦戦しちゃう。

ジョーカーが出て来たら勝てるかも分からない、みゆきちゃんがいないと駄目なんだよ!?」

 

 やよいもまた、みゆきを説得しようとあかねの横に並んだ。

 

「みゆきちゃんだって、もう“あんな光景”は見たくない筈だよ!?」

 

 必至にみゆきを繋ぎ止めようとするあかねとやよい。…しかしみゆきは黙ったまま、視線を反らしていた。

 其処になおも入り、みゆきを責め立てる。

 

「みゆきちゃんは二人がこんなに言っても分からないのか?

わたしは…、わたしはあの夜にみゆきちゃんを一人で行かせた事を凄く後悔してる。

みゆきちゃん一人で行かせなければ少なくともあの吸血鬼と出会うなんて事はなかったかも知れないんだ、みんなであのヘリを墜としていれば…」

「それはあのヘリに乗っていた人達の命を奪うと云う事…、なおちゃん?」

 

 予想だにしないみゆきからの問いになおは言葉を詰まらせる。

 

「ちっ、ちが…」

「わたし達の…

プリキュアの力はみんなを幸せにする為の力…、だけど同時に一歩間違えれば耐え難い不幸を呼び寄せてしまうかも知れない力でもあるんだよ!?

わたし達の強い力を普通の相手に向けたら…、なおちゃんはどうなるのか想像したりしないの!?」

 

 なおは口籠もり、みゆきから視線を落とした。彼女の口からそんな言葉が出るなどと…それこそ誰も想像していなかった。

 だからこそ、あかねは堪忍袋が切れたとばかりに怒鳴り上げた。

 

「みゆきがそないな酷い言い方する娘やとは思わんかった!

なおはあの時みゆきを追おうとしてくれたんや!

なのにみゆきはそんななおの気持ちを踏みにじるんか!?」

「そんなつもりないもん!

でも相手は戦闘ヘリだったんだよ、機関銃が付いてたんだよ!

当たったら…死んじゃうんだから!!

みんなに傷ついて欲しくないから、わたし…っ!」

「わたしだってみゆきちゃんに傷ついて欲しくないもんっ!

だからみんなと一緒にいようって言ってるのにっ!」

 

 皆が皆で気持ちをぶつけ出した。互いの身を案じながら意固地になり譲れない茨の道、そして思いのぶつけ合いはれいかの一喝で幕を降ろした。

 

「もうやめて下さいっ!!

皆さんの争っている姿なんて見たくありません!!」

 

 彼女の怒声に四人ともピタリと止まり、恐る恐るれいかに視線を向ける。れいかは四人が此方に向いたのを確認すると小さな深呼吸をした。

 

「私は…あの時みゆきさんが取った行動が間違っていたとは思いません。

みゆきさんを追いかけようとしたなおも間違っていたなんて思いません。

…でも、どちらが正しい選択であったかと問われたら、私には答えられないんです。

どうして…、こんなにもお互いを思っているのに、こんなに言い争わねばならないのでしょうか…

何方か、教えて下さい…?」

 

 れいかの切なく苦しげな言葉に四人は黙り込んでしまった。…理由など解り切っているのに…。あかねもやよいもなおも、みゆきを“あの男”の元へ行かせたくないのだ。

 そして、あの恐ろしい死の影が過ぎる秘密組織の件に関わり合いたくないのだ。

 しかしそれを誰も口にはしない。…出来ない。その両方を口にした時、きっとプリキュアとしての絆が崩壊してしまうかも知れないから…。

 ふと…みゆきは何かに気付いたのか、上着のポケットからある物を取り出した。

 ヘルシング機関より持たされた携帯端末機である。みゆきは四人を気にしながらも端末機の画面に触れ、届いていたメールを見て端末機を元に仕舞った。

 

「ごめんみんな…、暁美さんが校門で待ってるから…

わたし行くね。」

 

 そう言ってみゆきはれいか達に背を見せ、その場を後にする。残された四人は項垂れ、立ち尽くすしかなかった。

 校門の向こうには見滝原中学校の制服を着た暁美ほむらがみゆきを待っていた。

 

「こんにちは。

…今日も一人なのね?」

「うん、でも…いいの。」

 

 みゆきは寂しげに微笑むが、ほむらは其れ以上は話をせず…「そう。」と返事をして二人で大使館へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イギリス大英帝国…ロンドンからかなり離れた郊外にある大きな屋敷…いや、城と例えてもおかしくはないのかも知れない。此処は王立国教騎士団所属・ヘルシング機関の本部である。大きな庭が見渡せる書斎に褐色肌に左目に眼帯をした初老の女性…インテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシングが様々な書類を纏め書き記していた。

 

「便利な力を手に入れたものだ、以前ブラジルにお前達を送る為の苦労が馬鹿馬鹿しく思えるよ。」

 

 何処を見る訳でもなく、言葉を飛ばすインテグラ。そして彼女に応えるかの様に日本にいる筈の吸血鬼がヘルシング本部の書斎に姿を現した。

 

「くだらん昔話だ、インテグラ。

その様な戯れ言を聞かせに呼びつけたのではなかろう?」

 

 サングラスの奥に光る紅い瞳が主を見据える。

 

「何を考えている、アーカード?」

「星空みゆきの件か?」

 

 アーカードは口端をつり上げ、危険な笑みを浮かべる。

 

「それだけではない、魔法少女(マギカ)達もだ。

まだ年端もいかぬ娘を集め、精神的に追い詰めてどうするつもりだ?」

 

 …暫しの沈黙、そしてアーカードは主に答える。

 

「大きな戦いを終わらせる為にはやはり戦乙女(ヴァルキリー)が必要だ。

それが象徴であっても生贄だとしても、その存在はとても重要だ、お前がそうだった様にな…インテグラ。」

「大惨事になる前にミレニアムの資料全てを闇に葬るのがお前の仕事だ。

戦の準備をしろなどとは一言も言ってはいない、命令(オーダー)を守れ!」

「命令は続行不可能だ、インテグラ。

“あの男”が地獄から戻って来た。【塔】はミレニアムの技術を既に手中に収めたと認識する。」

「まさか、そんな莫迦な…!?」

 

 インテグラはアーカードの口より“あの男”と聞き、手に握った筆を折り潰す。アーカードは用意していた画像写真を彼女に投げ渡すとそこには白いスーツで背の小さい太った男がテーブルに向かい食事をしている様子が荒い画像ながらも写し出されていた。

 

「あの男が、そうか…【塔】はあの男の“残骸”にあったブラックボックスの解析に成功したと云うのか!!」

「この写真を得る為に費やしたエージェントの数は七人だ。

インテグラ、新たな命令(ニューオーダー)を寄越せ!」

 

 サングラスを取り、紅い瞳をさらけ出すアーカード。その顔には戦いへの期待を刻んだ嘲笑があり、インテグラは彼が戦争狂(ウォーモンガー)である事を久しく忘れていた。

 

「お前は変わらぬな、アーカード。」

「インテグラも自分が思っている程、変わってはいないよ。」

 

 そしてまた沈黙…。インテグラは心中で少女達に謝罪を込め、アーカードを一睨みして高らかに命令を下した。

 

 

「少女達の件はお前に一任する。お前が集めた戦力だ、煮るなり焼くなり好きにしろ。

命令は一つ、

見敵必殺

(サーチアンドデストロイ)!

【塔】に関わる全ての敵を討ち果たせ!」

 

 アーカードは喉を痙攣させて笑う。その顔は正に狂人その者である。

 

「認識した我が主よ!

久方振りの闘争だ、大事に味わわせて貰うとしよう!!」

 

 そう言い残し、アーカードの姿はフィルムのコマを切り落としたかの如く消え去った。

 一人残されたインテグラは小さな笑みを浮かべ、独り言を呟く。

 

「闘争を味わうか…、いつもながら“矛盾”を形にしたかの様な男だよ…伯爵。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冬の天気はかなり変わりやすく、陽の出ていた昼間と違い夕方は曇り暗くなった道行きを更に暗くさせる。

 帰り道に三人と別れた青木れいかは放課後のみゆきとの出来事を思い返していた。

 

(誰が正しい訳でもなく、誰が間違えている訳でもない…。

とても都合の良い言葉…、そしてとても卑怯で曖昧な言葉。本当は解っているのに、私達はみゆきさんだけを悪者にしている!私達は怖い、恐ろしい、あの映像にあった惨劇をこの目で見たくない!!

みゆきさんは私達以上にショックを受けていたのに恐ろしいであろう相手と戦おうとしている!

私達は…

いえ、みゆきさんにもついて行かず…

なお達にも賛同出来ない私は卑怯者だ…っ!)

 

 れいかはその場に立ち止まり、溢れてきた涙をハンカチで拭った。他の三人も理解しているのだ、自分達は戦える力を持つ者達なのだと…。一度はプリキュアとして、バッドエンド王国に捕まったキャンディを救い出した時に戦士として誓った筈なのだ。…最後まで戦うのだと。だがもし今の気持ちでバッドエンド王国と三幹部…或いはジョーカーと闘ったなら…、例え五人であったとしても勝てはしないだろう。



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邪悪なる魔眼…

 既に戦いを否定してしまっている。

 自分達は…プリキュアは何の為に戦っていたのか、何の為に戦っていくのか、今のれいかには思い浮かべる事すら怖くなっていた。

 

「私は…、もう…!?」

 

 口に出せば全てが終わってしまうかも知れない。しかしれいかの心はみゆきだけではなく、四人に抱く罪悪感に潰れてしまいそうになっていた。

 

《ならば友愛などは棄ててしまえ、青木れいか?》

 

 その声は突然耳元で囁いてきた。れいかは片耳を抑えて振り向くが其処には誰もいない。

 

《友愛などお前達には無用だ、プリキュアとやら。

ふふふ…、全てをこの私に委ねるがいい。

この…インコグニートにな。》

 

 気付けば前方に黒い外套を着た背丈の高い頭デッカチにバイザー型のサングラスをした細身の男がいた。

 

「何者です、バッドエンド王国の新しい敵なのですか!?」

 

 れいかはポケットからスマイルパクトを取り出して構える。…だが突如スマイルパクトを握る手を何者かが捕らえ、れいかを三人で羽交い締めにしてきた。

 

「そ…、そんな、馬鹿な事が…!?!?」

 

 れいかは自分を虜にする三人を見て驚愕するしかなかった。

 

「あかねさん、やよいさん、なお、

どうして…!?」

 

 三人共薄ら笑いを浮かべたまま答えず、れいかは目の前にいる男を睨もうとした時、彼女の眼前には巨大な赤い眼孔が視界一杯に広がっていた。

 それを見た途端に体の力が抜けて頭の中が真っ白になっていくのをれいかは感じた。

 

「あ…、あぁ…」

 

 左目から一筋の涙が零れ落ち、れいかの意識は完全に遮断されてしまう。そして彼女を含めた四人の少女はバイザーサングラスの男を虚ろな目で見つめた。

 

「容易い…。

このまま殺してしまうのは余りに簡単でつまらない。

此処は一つ舞台を用意してみようか、独り残された少女が嘗ての仲間に嬲り殺されると云うシナリオはどうだろうか?

物語は練りに練ってやろう、シェイクスピアなど足元にも及ばぬ悲劇…いや喜劇、茶番劇をお送りするとしようか?

クフヒヒハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ…ッ!!!!!!」

 

 バイザーサングラスを取った左目は右目よりも大きい赤く血がかった眼球、額には第三の目を象った紋様、頭のデカいその男は【塔】よりプリキュアの五人を殺すよう命令を下されて虹色町にやって来た。

 

 吸血鬼インコグニートの長い魔手は確実に星空みゆきの首を捕らえようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の朝、暁美ほむらはいつもの様に家を出て登校していた。

 昨日の会議に関して名ばかりなもので大使館に行ってみたもののほむらとみゆきはほぼ放ったらかし状態でアーカードも姿を見せないのでみゆきは親睦を深める為だと、ほむらをお茶に誘う。

 そしてその日に限り、落ち込んだ表情を隠しきれない彼女にどうしたのかと聞いたほむらであったが、星空みゆきは何でもないと笑って誤魔化し…会話もなかなか成立せずに時間は過ぎていった。

 

(…星空さん、やっぱりかなり無理していたわ。)

 

 プリキュアもまた命を賭して戦う戦士には変わりない。…しかし彼女達は自分達魔法少女と違い幸せな家庭で育ちながらも戦士として選ばれてしまった少女達だ。ほむらはそんな彼女達が同じ人間の奥深くの闇を見る事は耐え難い拷問と同じであると知っていた。

 かつて一人の少女が友達の死を何度と見せつけられ…最後の絶望と化した様をほむらは何度となく見せつけられたのだから…。

 

「そう言えば星空さん、何処か“まどか”に似ているかも…。」

 

 そんな事を呟いた時、頭の中に響く声と共にキュゥべえがほむらの右肩に降り立った。

 

「随分と星空みゆきと言う少女に肩入れしている感じだね、ほむら?」

 

 キュゥべえの姿を見るや否や、ほむらは軽く溜め息を吐いて不機嫌そうな顔となる。

 

「貴方の顔、朝はあまり見たくないんだけど…。」

「酷い言われ様だな、マミやさやかには結構カワイイって言われてるのにな~?」

「勘違いしない様に…。

二人共“外見はカワイイのに”って言っているのよ。

前後の言葉はあまり誉めてはいないわよ?」

 

 ほむらに嫌みを言われたキュゥべえだが、特に気にする事なくほむらから降りて横に並び、彼女の歩調に合わせて歩き出した。

 

「ふぅ、相変わらずの毒舌だね。

ボクはみんなに悪い事をしたつもりはないんだけどな~?」

「私達ともっと仲良くしたいならもう少し協力してアピールする事ね。」

 

 ほむらはそう言って足早にキュゥべえを追い越そうとするが、またもキュゥべえはほむらの肩に飛び乗る。

 

「それじゃあ、一つ協力と言う事で情報を提供しようかな?」

 

 ほむらは立ち止まり、横目にキュゥべえを睨んだ。キュゥべえは特に気にせずに言葉を続けた。

 

「今朝ついさっきだけど、星空みゆきが登校途中に何者かに拉致されたよ。

相手は恐らく【塔】の手の者だろうね。」

 

 それを聴くや否や、ほむらはキュゥべえの首根っこを掴みあげて眼前に持ってきた。

 

「それは本当なの!?」

「うん、本当だよ。

最近はちょっとした事情で彼女達プリキュアも監視していたんだけど、あれはかなり予想外な出来事だったね。」

 

 ほむらはギリッと歯を噛み、キュゥべえから手を放すとヘルシング機関から預かった携帯端末機を出した。

 

「どういう事なの、星空さん達のいる虹色町にはエージェントがガードに着いている筈じゃなかったの!?」

 

 ほむらは大使館と繋がって直ぐに本題を突き付けると向こうからは更に深刻な状況を聞かされた。

 

『暁美様、此方の現状もまた緊迫しています!

敵は虹色町に陰からの護衛に着かせていた“エージェント八名の死体”を大使館門前に投げ込んでいき、それが日本のマスコミにリークされてしまいました!

今の我々には貴女方を支援する事が出来ないのです!』

 

 ほむらは敵…【塔】の大胆且つ残虐極まりない遣り口に戦慄する。

 

(何て恐ろしい奴等、人の命なんて蚊程にも思ってないんだわ!

このままでは星空さんが確実に殺されてしまうっ!!)

 

 ほむらはポケットより紫色の宝石を取り出すと光に包まれた途端にその中から飛び出して何処かへと飛び去ってしまった。

 星空みゆきを救いに行ったのである。

 残されたキュゥべえは耳裏を後ろ足で掻き、ほむらの飛び去った先を見上げた。

 

〈こんな感じでよかったのかな、ジョーカー?〉

 

 キュゥべえのテレパシーを察知したのか、隣に目元を仮面で隠した道化師…バッドエンド王国の謎多き男ジョーカーが姿を現した。

 

「ハーイ、御協力感謝致しますキュゥべえさん。

恐らく放っておいたら星空みゆきは“お仲間さん”に嬲り殺しとなりますでしょう。

流石にそれは私達としても望まない結末、全ては悪の皇帝ピエーロ様の御遺志の儘に私は陰ながら貴女方を応援致しましょう。」

 

 そう言ってはキュゥべえと話すまでもなく何処かへと消えてしまった。キュゥべえはまた耳裏を後ろ足で掻くと深い溜め息を吐いた。

 

「何が陰ながらなのかな?

此方としては戦いの混乱は魔獣を殖やす手立てになるからいいけど…。」

 

 キュゥべえは此処数ヶ月の間にある変化に気付き、暁美ほむらを遣い調査をしていた。魔法少女が戦い狩り続けている魔獣と呼んでいる悪霊が急激に減って来ているのだ。

 キュゥべえこと彼等インキュベーターは宇宙の寿命を延ばす為に呪いから生まれる莫大な感情エネルギーを集めていた。魔法少女は願い事を一つ叶える代わりにその一生を魔獣狩りに捧げ、其処から溢れる呪いの力を集めて回っているのである。

 しかし捜査は思う様には進まず、魔法少女の中で最も口が固いと判断した暁美ほむらをこの同時期に起きた秘密組織【塔】の暴走の阻止に協力させ、事の変化の中に何らかの繋がりがあるかどうかを見極めるつもりであった。

 しかし【塔】の動きは思いの外早く、事はあまり良い方向へは動いてはくれていない。

 

「やはり【塔】の件とは関係がないのかな?」

 

 キュゥべえもまた人智を越えた存在ではあるが、まだ全てを見据えるまでには至らない。

 

「あまり無駄な消耗は避けたい所だけど、魔獣が狩れなくなれば元も子もないからね。」

 

 だからこそ暁美ほむらには行動してもらわねばならない。彼女の打つ手が何処まで事を動かせるか、その可能性を信じて…。



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悪夢の舞台が幕を上げる…

 空は雲に覆われ、今にも雨が降ってきそうな雰囲気を醸し出している。

 星空みゆきは今朝方学校に行く為に家を出てから直ぐに見知らぬ黒服の男達に拉致されてしまい、何処かも分からない狭い部屋に監禁されていた。車の中で無理矢理に付けられたアイマスクとボールギャグはキャンディに取ってもらえたが…、両手両足を手錠で拘束されているので自由に動けずキャンディにも取れないので何も出来ずにいた。

 

「みゆき~、手と足痛くないクル?」

 

 彼女の肩で心配そうに見つめるキャンディをみゆきは笑顔を作って安心させようとするが、笑顔は苦笑となり不安な気持ちが出てしまっていた。

 

「大丈夫っ…て、言いたいけど…、

正直手足かなり痛い。

あの黒服の人達が誰なのかは何となく想像出来るし…、

今はみんながわたしみたいに捕まらない事を祈るばかり…かな?」

 

 みゆきは昨日の出来事を思い出しながらも、あかね達が心配でたまらなかった。

 

(わたしが悪いんだから…、わたしだけ狙えばいいんだ。

みんなを巻き添えにするくらいなら、わたし一人が…。)

 

 そんな事を考えた時、部屋の扉が開いて黒服の男が入って来た。キャンディはみゆきの背中に隠れ、みゆきはキッと睨みつけて身構えた。

 黒服の男はサングラスで目を隠してはいるが、口元を曲げているのでかなり不機嫌なのが窺えた。

 

(人の事攫っておいてその態度はないと思う…。)

 

 何て事を考えると男はみゆきに近付き、上着の裏に手を入れた。映画等ではよく上着裏から拳銃を取り出すのを思いだし睨みつけて威嚇するみゆきとキャンディだが…、今の状態ではどうする事も出来ずみゆきはキャンディに逃げるよう叫ぼうとすると、男は小さな鍵を出して手錠を外しみゆきの手足を自由にした。

 無言で目をパチクリさせ、みゆきは座ったままで黒服の男を見上げた。

 

「銃でも出すとでも思ったか?

心配するな、お前にもう用はないそうだ。

今から出口までエスコートしてやるから立て。」

「えっ…、何で?」

「知らんよ、上の奴等の考えなんぞな。」

 

 不機嫌だが優しげな口調で話す男に対し、みゆきとキャンディは警戒心を少しだけ和らげ、男の後ろに付いて行く。

 建物を出ると、みゆきとキャンディは思わず声を洩らしてしまう。

 

「此処、遊園地!?」

「だ~れもいないクル?」

 

 ホケ~ッと口を開けて周囲を見渡す二人を後ろを向いた黒服の男は一瞥して歩き出した。

 ゴーカートの横を通り、ジェットコースターの脇を通り過ぎ、観覧車を遠目に通り去る。

 そして遊園地の出入場が見えて来た所で黒服の男は立ち止まった。

 

「お前は本当におめでたい娘だ。

本気で敵を信じてついて来るんだからな。」

 

 まるで“騙されたな”とでも言わんばかりの口調にみゆきは彼の背中を睨みつけキャンディを肩に移してスマイルパクトを握るが、男は煙草を出して火を付けると体を緩ませて一服を始めた。

 

「行きな、本当に俺達の仕事は終わった。

正直、お前さんみたいな小さな娘を殺さずに済んで良かったよ。」

 

 黒服の男はサングラスまで取り安堵の顔を見せる。みゆきとキャンディはその笑みを信じて彼の横を通り過ぎ、出入場の手前で止まり振り向いた。

 

「ありがとう、おじ…さん…」

 

 みゆきは男の後ろに突如現れた巨大な影を見て絶句、膝がガクガクと震え出し体中に悪寒が駆け抜けた。

 

「おじさん逃げて!!!!」

 

 悲鳴にも似たみゆきの金切り声に黒服の男は呆けた顔になりながら無防備に後ろを振り向こうとしたが突然目の前が真っ暗になって足に浮遊感を感じた途端、胴体を潰されるの様な圧力に激しく絞め付けられた。

 

「なっ、なんっ!?

ぐっふあ、いであっ!?!?」

 

 男は“ゴギリゴギリ…”と生きたまま上半身を噛み砕かれ、両足がバタバタと暴れさせて…声が切れると同時に両膝を地面に落とした。

 其処に上半身はなく、食い千切られた下半身からは大量の血溜まりと千切れた臓腑が剥き出しとなっていた。

 先程まで一緒にいた者の無残な亡骸に星空みゆきは悲鳴を上げるが、その大きな瞳に怒りが込められ歯をギリィ…と噛み締めて黒服の男を食い殺した人外を睨めつけた。人外…化け物は濡らついた茶色く堅い皮膚に蜥蜴のおっぽを持ち、虫の様に折れ曲がった長く細い鋭い鉤爪を持った四肢に蛭の様な首…。歪に生えた人の様な歯を剥き出しにした円形の口をしていた。

 

「プリキュア・スマイルチャーージッ!!」

 

 今までにない程の怒りを込めた掛け声でスマイルパクトから発した光がみゆきを包むと、その中からプリキュアとなったみゆき…キュアハッピーが姿を現した。

 未だムシャムシャと口元から血をボトボトと零しながら哀れな黒服の男の上半身を食む化け物は一気にそれを呑み込んで長い首を波立たせ、キュアハッピーに残忍な笑みを見せつけた。

 キュアハッピーは地を蹴って化け物へと突進し、化け物は首をハッピーに向けて伸ばし噛み殺そうと円形の口を目一杯広げた。しかしハッピーは此をスライディングで潜り抜けて立ち上がると化け物の長い首を抱え込み絞め上げる。

 見掛けよりも柔らかい人外の首は直ぐに絞られ、苦しがり暴れる。だがキュアハッピーは両腕を緩めず効いていると解りより力を込めると今度は胴体と綱引きを始め、此に打ち勝ち引きずり駆け出した。

 

「うおりゃあああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!」

 

 勢い着いた所でハッピーは足を止めて右踵でブレーキをして力強く放り投げた。

 “ドスンッ”と背中から地面に叩き付けられた人外はなかなか立ち直れずにひっくり返された亀の様に喘ぎ、その間にキュアハッピーは怒りのエネルギーをスマイルパクトに込め、両手でハートを描いて手でハートを形取り相手にかざし叫んだ。

 

「プリキュア・ハッピーシャワーッ!!!!」

 

 キュアハッピーのハートの手形から光波が放たれ、光波は今のハッピーの荒れ狂う怒りの如く激流となって人外を呑み込んだ。人外は断末魔を上げ、その身体は光の中で崩壊し、悲鳴と共に消滅した。

 ハッピーは遠目に離れたあの男の亡骸を見つめ、唇を噛み締めて目尻に涙を溜めた。キャンディも彼女にかける言葉なく、ポロポロと大粒の涙をハッピーの右肩で落とす。

 そして何時の間にか漂う瘴気と殺意に気付いて拳に爪が食い込む程に握り締め、涙を流した彼女の顔は憤怒が溢れていた。

 

「“悪魔”…!!

どうして自分の仲間を…っ!?

何でわざわざわたしにこんなモノを見せつけるのよ!?

答えろっ!!?」

 

 キュアハッピーの怒声が響き渡り、暫し沈黙が流れる。

 曇天の空は僅かに霧雨を地上に降らせ、気温も急激に下がっていく。

 そして、悪魔が彼女の問いに答える時が来た。彼の声は遊園地の放送を利用し、施設全体に響いた。

 

『…仲間?

勘違いしてもらっては困る。

アレは捨て駒であり…私の“エサ”だ。

初めまして、星空みゆき。

いやいや、今はキュアハッピーだったかな。私の様な“物”には口にするのも少々羞恥を覚える呼び名だ。

我が名はインコグニート、君達が知っている【塔】からの刺客であり、吸血鬼だ。』

「…あの人を死なせる理由なんて何処にもないじゃない、わたしを逃がさずにいれば好きに出来たクセに…どうしてこんな事を平然とやってのけるのよ!?」

 

 再び問われた吸血鬼は軽く鼻息を吐き、答える。

 

『演出だよ。

君は黒服が部屋から連れ出してくれ、出口まで案内された時…こう思った筈だ。

“助かった”と、そして“敵にも心はあるのだ”と…。

そんな少しでも交流を持った相手が目の前で化け物に頭から呑み込まれボリボリと噛み引き千切られた様をその可愛らしい眼球に焼き付けた心は…、とても正気ではいられないのではないかな?』

 

 キュアハッピーにはインコグニートの非情な思考に只怒りしか感じられない。

 

「他にも黒服の人はいた。その人達も…?」

 

 ハッピーの質問にまるで遊園地そのものが答えるかの様にインコグニートの声が響く。

 

『既に私が馳走になったよ、やはり中年の雄の血は不味い。

さぁ、新しい幕を開けようか、プリキュア…。』

 

 インコグニートの不吉な言葉を聞いたキュアハッピーは体の芯が冷え込むのを感じて両肩を掴む。

 …と、曇天の背景をバックに一つの影が此方に近付いて来て、キュアハッピーに向かって駆け出した。

 その影が近付くに連れてハッピーの表情は強張り、ショックを隠せない顔となった。

 

「そんな…、“サニー”!?」

 

 そう呟いた時には赤いコスチュームのプリキュア…キュアサニーの拳が眼前まで迫り、ハッピーが両腕で防ぐもその勢いは止められずに飛ばされミラーハウスの壁を突き破った。

 そのままミラーハウスを突き抜け、別の壁を壊し飛び出て転げるハッピーを待ち受けていた者がいた。

 

「ピース…?」

 

 ピシッ、ピシッ、と体の周囲に帯電を起こしてキュアピースは不敵な笑みを浮かべて両掌をハッピーに向けた。



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光を救いし二つの闇…

 ハッピーは顔を蒼白にさせ、直ぐに立ち上がって駆け出すと、キュアピースの掌から電撃が発射されてハッピーがいた地面を抉り取る。

 ハッピーはピースから離れ、射程外に出るがピースに気を取られている内に何者かに背後を取られ、振り向き様に腹部に膝蹴りを食らい、仰け反った所に連続で後ろ回し蹴りでまた吹き飛ばされた。

 

「あぐぁ…、

なお…ちゃん?」

 

 キュアマーチに蹴り倒されたハッピーは四つん這いになり、体の痛みが引くのを待って呼吸を整えると…、左の頬を“透き通った刃”が掠め、小さな切り傷から血が流れ落ちた。

 ハッピーの瞳は溢れてくる涙でぼけ、体を起こして後ろを振り向くと…、そこには氷の剣を構えたキュアビューティが立っていた。

 

「ビューティ…、

れいかちゃん…!?」

 

 ハッピーはキュアビューティを見上げ、頬に涙を伝わせ…切られた傷から滲む血が涙と混ざった。

 ビューティは優しげに微笑みかけ、唇を微かに開いて呟いた。

 

「…死んでください、みゆきさん。」

 

 ハッピーの顔が絶望で歪み、只その場に下を向いて泣き崩れた。

 キャンディもまた大粒の涙を振りまきながらキュアハッピーを守る為にビューティの前に立ちはだかった。

 

「もうやめてクル、ビューティ!

みんな仲良しクル!ハッピーを…

みゆきをもう傷つけないでクルッ!!」

 

 キャンディの精一杯の声にビューティは僅かに動きを鈍らせるが、右手に引いた剣の切っ先はキュアハッピーの胸に定められてビューティの刺突が一気に心の臓を貫抜こうとしたその時、氷の剣は光の矢により砕かれ、振り返ったキュアビューティを黒い影が懐に入り込み蹴り飛ばした。

 

 泣き顔のハッピーが気付いて見上げた其処には、黒く長い髪を左手でかき上げた赤いリボンを頭に巻いた少女…暁美ほむらの姿があった。

 

「まだ泣くには早いわ、星空さん。」

「暁美…さん、どうして此処に…?」

「匿名でわたしの携帯に連絡が入ったのよ。

貴女が危険だとね。」

 

 そう言ったほむらとみゆきの前にまた背の高い影が被る。長くフワリとした黒髪を二つに束ね、その右手には鋭く光る日本刀が握られていた。そしてハッピーにはその後ろ姿に見覚えがあった。

 

「まさか、貴女は…っ!?」

 

 ハッピーが声を上げると、ジャケットジャンバーの背中を見せていた人物は此方を向き、あの紅く綺麗な瞳を見せてまた前を向き直す。

 それはあの雪の降る血塗れた夜の東京で出会った黒髪の少女との再会であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遊園地の敷地外に一台のバンが停車しており、車内からはカタカタとパソコンのキーボードを素早く押す音が鳴り響いていた。

 

「おい藤村、インコグニートって野郎のいる場所はまだ分かんねーのか!?」

 

 運転席でニット帽を被った怖面の青年…松尾伊織が後ろの座席でノートパソコンのキーを忙しなく指で叩き続ける眼鏡をかけた少年…藤村駿が苛立ちを感じながらもノートパソコンに送られてくる遊園地内のテレビカメラの画像を何枚も何枚もチェックをしていた。

 

「あーもー、無茶言わないで下さいよマッさん!

今“月ちゃん”が遊園地のモニターをハッキングして施設内の画像を此方に送っくれてるんスから、その中から“イントクニート”らしき人物探すのかなり大変なんスよ!」

「インコグニートだろが!?」

「どっちでもいいっス!!」

 

 二人の下らない言い争いに見かね、藤村駿の隣に座っていた柊真奈が眉をひそめて間に割り込んだ。

 

「もう、敵は遊園地内の放送を使ってるんです!

当人を探さずに敷地内の放送施設をピックアップして探せば良いじゃないですか!?」

 

 真奈が声を荒げると松尾と藤村は息を呑みマジマジと彼女を見た。

 

「柊が怒ったぞ!?」

「…っスね!?」

 

 二人の緊張の無さを余所に柊真奈は直ぐ様サーラット本拠地に連絡を入れる。

 

「矢薙さん、月ちゃんに○×遊園地内の全敷地に放送可能な施設をピックアップしてもらって暁美ほむらさんの端末機に繊細を送ってあげて下さい!」

 

 端末機の向こうから了解を貰い端末を切る真奈。その表情は不安に押し潰されそうに沈み込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暁美ほむらと一緒に星空みゆきを助けに来た少女…小夜の日本刀とキュアビューティの氷の剣が刃鳴を鳴らしてぶつかり合い、ビューティの氷の剣が粉々に砕け散る。

 ビューティは直ぐに後方へ飛び退いてキュアマーチが小夜に飛び込んでダッシュパンチを叩き込むが小夜はジャケットジャンバーの裾を翻し簡単に躱す。続いてピースの電撃が小夜に降りかかった。だが此も刀を避雷針にして離してその場を離れ、小夜はピースに向かって駆け走り側頭部をハイキック。クリーンヒットしたのか、キュアピースは小さな悲鳴を上げて倒れ込み動かなくなった。

 しかし直ぐ様マーチとサニーが小夜に挑みかかり息も吐かせない連撃コンビネーションを見せるがしかし…全ての打撃が紙一重で躱されていく。

 そして二人に挟まれた一瞬の際を見極め、マーチとサニーの互いの拳打を交わすと同時に引き寄せて二人を激突させた。額同士でぶつかり合ったサニーとマーチはその場に崩れ落ちた。催眠術で操られているとはいえ“リミッター”が外れた状態の彼女達を息を乱さず三人を地面に沈め、残りビューティだけとなったのだ。

 キュアビューティは微かに後退りながらも意を決したかの様に小夜を睨み突進してガムシャラに連撃を繰り出す。だがやはりその全てを紙一重にかわされ、小夜の顔面にビューティの拳が迫った瞬間に小夜はビューティの右手首を掴み下方へ引くと同時に左掌でビューティの下腹部を突き上げた。すると彼女の体は空中で逆様となり激しく背中をアスファルトに叩きつけられた。

 

「カハッ!?」

 

 ビューティは背中から落とされた衝撃で息が出来ずにその場に丸く蹲り気を失った。

 物の数分であった。キュアハッピー…星空みゆきと暁美ほむらをインコグニート討伐に向かわせた小夜は独りで四人を相手にし彼女達を一蹴した。四人のプリキュアが完封無きまでに叩きのめされた事に遠くから事の様子を見ていた神出鬼没の男…ジョーカーは眉をひそめた。

 

(…強い!

尋常ではない体捌きです!

“永き時”を生きてきた合間に彼女は幾度と生と死の狭間を駆け抜け…生きる為に人の達人の下で鍛え上げた技!

幾らプリキュアと云えど実戦経験が違い過ぎましたか。)

 

 小夜の身体能力を分析し、ジョーカーは事の顛末を見届ける傍観に徹する事とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小夜は倒れたままのキュアビューティに近付いて片膝を地面に付いて腰を下ろすと、ビューティの体を起こして首元を調べた。

 

(噛まれた後は…ないな。)

 

 安堵したのか、表情が微かに緩んだその時、突如地面が吹き飛んで地中から肉食獣の四肢を持った大きな牛の怪物が姿を現した。

 

「チッ、“古きもの”か!!」

 

 小夜は刀が落ちている場所を確認してビューティから手を離そうとするが、彼女も突然目を覚まして小夜に抱きついて身動きを取れなくする。

 

「くっ、こんな時に!?」

「“あまい、甘過ぎるよ、更衣小夜”。」

 

 ビューティの口を借り、何者かが小夜に語りかけてきた。

 

「お前が来る事は解っていた。

何せ“お前達の遣り取りは全て傍受しているのだからな”!」

 

 小夜は敵の嘲りを聞いてギシリと歯茎を軋ませ、キュアビューティを無理矢理引き剥がそうとするがびくともせず、それ所かジャケットジャンバーの上から分かる程に細い指を食い込ませてきた。

 

(ぐぅ、コレは…催眠術だけではないな!)

「クフフ…、既に二体の“古きもの”をお前の仲間の元に送りつけてやったぞ。

どうする、“似て非なる化け物”よ?」

 

 小夜はビューティの右上腕を握り締めると力を強め捻り上げた。

 “ゴキリッ”と厭な音と同時に彼女の悲鳴が小夜の耳をつんざいた。右肩の関節を強引に外したのである。キュアビューティはまるで意識を取り戻したかの様に痛みに苦しむ。

 

「惨い事をするものだ、お陰でその娘の催眠術は解けてしまったじゃないか。」

 

 インコグニートの声に紅い瞳で振り返る小夜。その先にはサニー、ピース、マーチの三人が嘲笑を浮かべて小夜を見つめていた。

 

「娘達にかけた術は催眠だけではないな?」

 

 小夜の質問に対し、インコグニートはプリキュアの口を借りずに放送スピーカーから声を出す。

 

『その通りだ。

プリキュア共には催眠だけでなく、私の育てた“ワーム”を呑ませてある。

この虫は寄生した宿主に過剰な神経作用を施す様造り出したのでな、今お前が肩の骨を外した娘は腕を引き千切られたかの様な激痛を体験しているのだよ。

後三人のプリキュアも同じ目に合わせれば催眠だけなら解けるぞ?

だが痛みにのたうつ娘共を守りながら其処にいる古きものを相手に出来るか?

何より今の状態で“外にいる仲間”を助けに行けるのか、人ならざる少女…“更衣小夜”?』

 

 インコグニートの声が途切れると、小夜の顔は鬼気迫る形相となり、暗闇に向かい吼えた。

 

「二度、私を“更衣”と呼んだな。

その名は七原文人の次に嫌いなモノだっ!!」

 

 小夜の憤怒を聞いてスピーカーからはインコグニートの嘲りが耳障りに響く。

 

『フハハハハハハハッ!!

聞いている、浮島地区での実験で我が主がお前ともう一人の人外に付けた名字だ。

更に聞いているぞ、お前は父と慕ったその人外…更衣唯芳をその手にかけたのだとな!

所詮はそんなものよ、人外の情などな…。

哀れだ、哀れ過ぎて…

笑いが止まらぬわ!!』

 

 インコグニートの高笑いが辺り中に響き渡り、小夜の瞳が紅く染めあがるとサニー、ピース、マーチが一斉に襲いかかり、牛頭の古きものがその後に続き鋭い角で突進してきた。小夜は刀を拾い直ぐ様構え殺意を露わにしたその時、背後から叫び声が聴こえた。

 

「退いて下さいっ!!」

 

 怒りと殺意に塗り潰されかけた中に残っていた小夜の意識が一瞬で正気を取り戻し、左方向に飛び退くと先程まで激痛に苦しんでいたキュアビューティが立ち上がり力を集中して解き放つ寸前でいた。



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友の手をまた繋ぐ為に…

 左手で雪の結晶を描き、右手に溜めたエネルギーを結晶に向けて解き放った。

 

「プリキュア・ビューティブリザードッ!!!」

 

 ビューティより放たれた吹雪の濁流は三人を巻き込んで古きものに直撃する。小夜はその覚悟を決めた一撃を見、険しい表情で唇を噛み締めた。

 そして彼女の必殺技の後には、その威力で催眠術が解け…反対に体内のワームによる激痛に苦しむプリキュア達の姿と、全身を彫像の様に凍らせた古きものがあった。

 小夜は日本刀を右手に古きものの前に立ち、凍ったその首元に刀を突き入れた。すると古きものは首元からヒビが駆け走り、けたたましい音と共に砕け散った。

 

「右腕は治癒した様だが、無理はするな。

全身に激痛が広がるぞ?」

 

 小夜はヨタヨタと揺れながらも立ち続けるキュアビューティに歩み寄った。

 

「ありがとうございます。

…でも、もう行ってあげて下さい。一刻を争う筈なのです、“私達”は大丈夫ですから…行って下さい。」

 

 無理に笑顔を作るビューティの言葉を聞いた小夜は倒れている三人に目を向けると、サニー・ピース・マーチも激痛に苛まれるにも関わらず上半身を起こして憑き物が取れたかの様に小夜に笑いかけていた。

 正気に戻ったサニーはニカッと笑いビューティと同じく小夜を促した。

 

「確かに体中痛いんはキツいけど意識もハッキリしとるし体もそれなりに自由や。

自分達の身は自分で守れる。

だからアンタの仲間、助けに行ったって…?」

 

 小夜は険しい表情で俯くが、直ぐに四人を見据えて「すまない…。」と告げて真奈達を助けに向かった。

 彼女が立ち去るのを確認したサニーとマーチは痛みに耐えて立ち上がり、ピースも片膝を付いて立ち上がろうとした。

 しかし痛みに耐えかねたのか、涙をポロポロと落としながらペタリと座り…固まってしまった。

 

『ピース!?』

 

 三人が心配して声をかけるが、キュアピースは歯をくいしばって泣きながらも立ち上がる。

 

「胸がね…、スゴく痛いの…。

わたし、みゆきちゃんに酷い事した!

みゆきちゃんを…わたしは!!」

 

 そう言って号泣するピースに続き、マーチも目尻を濡らして頬に涙を伝わせた。

 

「わたしだって同じだ!

みゆきちゃんを傷つけて…、ちがう、みゆきちゃんを消してしまおうとしたんだ!」

 

 痛みを省みず、マーチは強く拳を握る。ビューティも悔しげに顔を歪ませながら友に吐きつけた言葉を悔やみ、自身を痛めつける様に両腕を掴み締めつけた。

 

「私だってみゆきさんに恐ろしい言葉を言ってしまいました!!

そんな事一切思っていないのに…、わたしは…もうみゆきさんに合わせる顔がありません…。」

 

 三人の悔しく苦しい気持ちが露わになり…その深さに沈んでしまうかと思えた時、突然キュアサニーが大声を上げて叫んだ。

 

「うわああああああっ!!!

気合いや気合いや気合いや!!!!

みんなその辺にしとき!

今は悲しんで間違いを正しとる時やない、生き残る為に戦う時や!!

確かにウチらはみゆきに酷い事してしもうた、催眠術なんて言い訳にならん、その前からウチらは…

いや、ウチはみゆきを引き戻すのを理由にして…戦いに背ぇ向けてしもうた!

こうも思うた、もうスマイルプリキュアは…解散なのかな…って…。

でも…、でも敵はそうは思うてくれへん。みゆきはそれが分かってて、自分の方に敵の注意をひきつけようとして怖がってたウチらを戦わせない様に自分からチミドロの戦いへ出てったんや。

…でも敵はみゆきが…、ウチらが考えとる程甘くはなかった。

今この時だってそうやっ!!」

 

 声を張り上げてキュアサニーは振り返る。其処にはいつの間にか三体の大型の影と三つの人影が四人を取り囲んでいた。

 キュアマーチは周囲を見渡し、憎々しげに呟く。

 

「古きものが三体も…、それに…っ!?」

 

 マーチの言葉をキュアビューティが引き継ぐ。

 

「えぇ、あれは…食屍鬼(グール)!!

インコグニートに血を吸われてしまったあの人達の成れの果て…。」

 

 星空みゆきを拉致した後にインコグニートに生き血を吸い尽くされた黒服の男達。膝を突っ張らせながら歩き、何かを求める様に前に両手を伸ばし、青白い肌に死臭を孕んだ呻き声は正に亡者そのものであった。

 キュアサニーは激痛が走る度に膝を折りそうになりながらも“気合い”で踏ん張り、三体の食屍鬼の前に立ちはだかった。

 

「ごめんな、アンタらが彼奴に血ぃ吸われる様を見せつけられながら…

ウチらは見ているしか出来んかった…。

本当に、ごめんな…。」

 

 頬に涙を伝わせるサニーは拳に炎を宿らせると、激痛の走る体で高く飛び上がり、食屍鬼一体の頭上から炎の拳を振り下ろし粉微塵に粉砕。寄って来た二体もまた蹴りと裏拳で頭部を破壊した。

 

「みゆきにも“ごめんなさい”…て、謝らなあかんのや。

だから戦う、戦ってみゆきの友達に戻るんや!」

 

 サニーの決意に応える為にキュアピースも泣きながらも立ち上がり四人互いを背にして身構える。

 だが突然頭上より少女の叫ぶ声が聞こえ、サニー達は真上を見上げた。

 

「みんなその場所を動かないでっ!!」

 

 上空には曇天を背にした狩人風のコスチュームを着極した少女と数え切れない程マスケット銃が視界を支配し、マスケット銃のハンマーが一斉に火花を散らした。

 マスケット銃より放たれた銃弾の雨はプリキュア達を三体の古きものに一斉に降りかかり全身から血を噴き出して絶叫を上げてその場に倒れ伏した。

 …唖然とした表情で動かない怪物を見つめる四人の前に狩人姿の少女が舞い降り、挨拶をする。

 

「初めまして、暁美ほむらさんの仲間で巴マミと言います。

よろしくね、プリキュアさん?」

 

 唖然とした顔は困惑に変わり、四人揃ってお辞儀をすると巴マミと名乗った少女は柔らかい微笑みを見せた。

 

「さて、詳しい話は後にして…。

私達は私達の戦いをしましょうか?」

 

 巴マミは何処から戸もなく取り出した二挺のマスケット銃を両手に構える。…すると倒されたと思われた三体の古きものが血塗れの身体を起こして吼えた。

 

「まだ生きてる!!」

 

 キュアピースが驚愕の声を上げるが、巴マミは特に表情も変えずに後ろのプリキュア達四人に向き直す。

 

「驚かないの。

あれだけ大きいんだもの、マスケット銃程度何十発と受けようと起き上がる事は出来るでしょ?

…でも此方も同じよ、貴女達は今こうして立っている。

私は貴女達がとても頼もしいわ、プリキュアさん?」

 

 マミの言葉に四人は強い意思を込めて頷いた。

 

「えぇ、決して私達は負けたりは致しません!」

「あんな連中に負ける訳には絶対にいかないんだ!」

「みゆきちゃんが頑張ってるんだもん、わたし達だって頑張れるもん!」

「そやで、ウチらの本気は伊達やないんや!」

 

 ビューティ、マーチ、ピース、サニーの強い闘志に圧倒される程でマミもまた負けじとその背にマスケット銃が並んだ翼を広げて両手のマスケット銃をクロスに交え戦闘態勢を取った。

 

「さあ、私達のターンよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暁美ほむらとキュアハッピー…星空みゆきは小夜に仲間達を託してインコグニートを探し、その途中で小夜の仲間で【塔】に情報戦で対抗している組織サーラットより敵の情報が寄せられた。ほむらは何かを思いついたのか、何処から戸もなく取り出した筒の様な物体五つに紐を括りつける作業を始めた。

 ハッピーとキャンディは不思議そうに筒形を見つめ、ほむらに尋ねる。

 

「暁美さん、その筒は何かな?」

「なにクル?」

「“爆弾”よ。」

 

 ハッピーとキャンディから血の気が引く。

 

『・・・ばっ、“バクダン”ッ!?』

 

 キュアハッピーとキャンディはあまりの驚きに声が揃った。

 

「どうしてそんなの持ってるのっ!?

ソレどーするつもりなの!?」

 

 動揺を露わにして慌てふためくキュアハッピーをほむらは無視して作業を済ませる。彼女の作成した爆弾は“嘗ての自分”が強力な武器を持たないが為に作成、使用していた武器である。使い所が難しい代物ではあるが、あれば何かしら便利で過去何度となく此で窮地を脱していた。

 ほむらは紐を付けた爆弾を並べると光の矢を五本出して爆弾を吊し上げ、漆黒の弓を平行にし爆弾を吊した五本の矢を弓に乗せて光の弦を引っ張り構えた。

 

 

「星空さん…」

「今はキュアハッピーだよ、暁美さん。」

「じゃあ、キュアハッピー。

今からサーラッドから連絡にあった放送施設五ヶ所を同時に爆破するわ。」

「…へっ?」

 

 文字通りのほむらの過激派宣言に呆けた顔となるキュアハッピーとキャンディ。ほむらはそれも無視して光の矢を五本錬成し爆弾を吊り上げると、漆黒の弓を左手に握り光の矢を構えて光の弦を引く。

 漆黒の弓の頭頂部に矢と同じ色の炎が灯ると、ほむらは迷う事なく弓矢を飛ばした。爆弾を吊した五本の光の矢は五ヶ所の放送施設へ向かい消え、数分経たず五つの大爆発音が轟いた。

 

「…ホントに、やっちゃった…っ!!」

 

 最早放心してしまう程にショックで目が点になり、更に呆けた顔で五つの立ち昇る爆煙を見上げるハッピーだが、ほむらにピンッと額を指で弾かれて正気を取り戻す。

 

「…いっ、痛いよ“ほむらちゃん”!?」

「ボサッとしてるからよ、直ぐに敵が来るんだから警戒して!」

 

 ほむらは既に弓矢を構え、キャンディはキュアハッピーの髪の毛に身を隠し、ハッピーもファイティングポーズを取り二人は背中合わせになって周囲を見渡し、直ぐに異変は起きた。突如として霧が現れて視界を完全に塞いでしまったのだ。

 ハッピーとほむらは背を付けてより警戒を強めるが、霧はゆっくりと晴れていき、視界が再び広がる。

 

「ヒイッ!?!?」

「チッ…、やられたわ!」

 

 キュアハッピーが小さな悲鳴を上げ、ほむらは眉を寄せて悔しげに舌を打つ。霧が晴れた周囲は何と辺り一面をゾルゾルと“蛇”が地面を覆い尽くしてうねっているのだ。それを見てしまったキャンディは最早声も出せずにハッピーの首の後ろに完全に隠れてしまった。

 この予想だにしないグロテスクな光景にはハッピーはおろか、ほむらも青ざめて体を強ばらせる。

 何処から戸もなく聴こえる薄気味悪い含み笑いと共に蛇の大群を押し上げて地面が盛り上がり、人型となると蛇がバラバラとまた群れに落ちて戻る。

 そして其処には薄紫のミイラの様な身体付きの全裸に全身を不思議な紋様で埋めた吸血鬼…インコグニートが薄笑いを浮かべて立っていた。

 

「恐ろしい娘達だ、さすがの私も建物全てを“爆撃”するとは微塵も考えなかったぞ?

ま~しかし、殺すには到らなかったがね。」

 

 余裕を感じさせる態度ではあるが、その身体はあちこちに火傷があり、それなりのダメージを負ったとほむらは推測した。

 

「そう、わたしとしてはお前を殺すつもりでやったんだけど、

お前の様な卑怯者は一度姿を隠すとなかなか出て来ないからあぶり出せただけでも良かった事にするわ。」




インコグニートの能力はHellsing TV版とは違いクトゥルフ神話を絡めたものになっています。


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戦いと価値の相違…

 ほむらは矢の切っ先をインコグニートの額に合わせた。

 キュアハッピーは険しい目でインコグニートを睨みつけ、短距離選手の様に両手を地に付けてポーズを取ると激しく地を蹴ってダッシュ。蛇の大群を蹴散らして一瞬にしてインコグニートの眼前に迫った。

 意表を突かれた顔になったインコグニートの左頬を捉えハッピーの右ストレートが炸裂、宙に浮いたインコグニートは頭から勢い良く地面に叩きつけられて大きく弾んだ。

 荒い息遣いをしながらゆっくりと起き上がるインコグニートをキュアハッピーは拳を突きつけて宣言した。

 

「今のは貴方に騙されて殺されたおじさんの分、

後三人の黒服の人達…

れいかちゃん、なおちゃん、やよいちゃん、あかねちゃんで計七回、貴方をぶっ飛ばす!」

 

 力強い口上であったが、ほむらは改めて…、いや確実な事実を確信した。

 キュアハッピーである星空みゆきはあの外道の吸血鬼の命を奪おうなど一切考えていない。相手を殺さずに屈伏させるつもりなのだ。

 あの人外なる“物”に人の心は届くはずはないのだと、彼女は理解していたのではなかったか。

 ほむらは星空みゆきに対して当初の不信感を此処で甦らせてしまう。

 

(やはり殺し合いには向かない娘だわ…。)

 

 眉をひそめたほむらが漆黒の弓矢を構えたその時、地面を這いずる蛇の大群が激しく動き出し、円を描いて二人を囲み大きな壁を造り上げた。

 

「なっ、何コレッ!?」

「ハッピー、怖いクル!!」

 

 壁からは数え切れない蛇の頭が現れ、チロチロと舌舐めずりでもするかの様に二股に分かれた舌を出し入れする。

 人の様な嘲笑を浮かべた蛇の囲い壁はゆっくりと迫り、その向こうから耳障りなインコグニートの声が届く。

 

「その蛇は使い魔…私が崇める“蛇神イグの落とし子”だ。

始まりはイグと交わった惰性な女より生まれ、その落とし子達は父と同じ様に人の女に“子”を宿し…殖える。

今ではこの様に私の意のままとなっている。お前達ではまだ子を宿すには至らない、しかし養分となるくらいは出来よう。

苦しみ悲鳴を上げて私を楽しませてくれ!」

 

 インコグニートの言葉が切れると同時に蛇の壁は二人に覆い被さり、ドームを造り上げた。だが蛇で埋め尽くされたドーム…山の天辺から二つの影が飛び出し、インコグニートの顔から一瞬笑みが消える。

 影は光の翼を広げた暁美ほむらと彼女に抱えられたキュアハッピー。キャンディはハッピーの肩からほむらの翼を見つめて瞳を輝かせる。

 

「ほむらの翼とっても綺麗クル♪」

 

 今まで怖がっていた妖精が彼女の魔法の翼を見た途端に上機嫌となり笑顔を作った。ほむらはキャンディに微笑みかけ、「ありがと。」と言って地面に着地した。

 

「ほむらちゃん、助けてくれてありがとう。」

 

 ハッピーも着地後礼を言うが、ほむらは呆れ顔を返した。

 

「みゆき、貴女あの吸血鬼を本気で後七回殴るつもりなの?」

 

 ほむらの問い掛けにハッピーは一瞬何を言われたのか分からなかったが、直ぐに何を聞かれたのかを理解する。

 

「ほっ、本気だよ、あの吸血鬼を後七回…」

「甘いわ、回数なんて問題ではない。

相手は凶悪な吸血鬼、一発だろうと二発だろうと奴の存在を否定…拒絶する一撃を入れるのっ!

ダメージを与え、絶命の一撃を叩き込む。それが何撃、何発であろうと倒せるならその本命の一撃に力を込めるの!

今、貴女の考えている事は確実に味方の足を引っ張るわ!!」

 

 暁美ほむらの言っている事は正しいとキュアハッピーも感じている。…しかし只倒せば良いのか、ハッピーはそこに疑問を持っていた。相手は自分がどれだけ非道い行為をしたのかを理解しているのだろうか…。

 いや、きっと理解などしてはいない。ならば自分がその“痛み”を少しでもあの非情な吸血鬼に叩き込む。それがキュアハッピーが考えている事だ。

 

「ごめん、ほむらちゃん。

多分…ほむらちゃんの言っている事が正しいと思う。

…だけど、わたしは抑えられない。

みんなの痛みをアイツに解らせたい!」

「やられたらやり返すって事?

子供の発送だわ!」

「子供でもいいもん!

ほむらちゃんこそ、敵の命を取ってしまえばそれでいいの!?」

 

 二人の言い争いが始まり、キャンディはハッピーの肩でまたオロオロとしてしまう。

 

「二人ともケンカはやめるクル!

敵がコッチ見てるクル!!」

 

 しかしキャンディの呼びかけが聞こえないのか、ハッピーとほむらの言い争いは止まらず、さすがにインコグニートも呆れがちな顔で様子を窺っていた。

 

「敵である私をほったらかしにして仲間割れか?

随分と余裕ではないか。

つまり私はナメられている…、そういう事か?」

 

 先程と変わらぬ口調とは裏腹にその表情は目尻をつり上げ憤怒を露わにしており、インコグニートに呼応する様にイグの落とし子達は集まっては巨大な大蛇を形作っていた。

 

「髪の毛一本残さずに喰らい尽くせ!」

 

 インコグニートの命令と同時に大蛇と化したイグの落とし子達が言い争いに夢中の二人に襲いかかった。キュアハッピーとほむらは気付くのに遅れ、その数え切れない毒牙が二人に食い込まんとしたその時、二人の眼前に鉄格子の様な結界が現れてイグの落とし子の攻撃が防がれた。

 

「この結界、まさか杏…っ!?」

 

 ゴツンッ、ゴツンッと、後ろから棒の様な物でほむらとハッピーは叩かれ二人して頭を抑える。

 

「いだ~い、な~にい!?」

「きっ、“杏子”何のつもり!?」

 

 ほむらが後ろを振り向くと其処には長い赤髪をポニーテールにした魔法少女が右手に持つ三角刃の槍で肩をポンポンと叩き、ポリポリとポッキーを食べて呆れ顔を露わにしていた。

 暁美ほむらの仲間…佐倉杏子である。

 

「それはコッチの台詞だバカ。

折っ角加勢に来てやってんのに何やってだお前等?

あたしが助けなきゃ今頃二人して御陀仏だったじゃないか。」

 

 杏子は二人の間に割り込み、向かい合うインコグニートを睨みつけ、ほむらに対しハッピーの考えを肯定した。

 

「七発殴りつける…か。

いいんじゃねえ、そーゆーの大好きだぜ…あたしはっ!」

「杏子…。」

 

 不安げに彼女を見つめるほむら。しかしまるで彼女のそれを汲むかの様に杏子はキュアハッピーに向いてニッと笑いかける。

 

「…だけどお前一人でやらせる訳にはいかねぇ。

あたしが二発…、

ほむらが二発…、

そしてお前が三発だ。

お前一人で戦ってる訳じゃないって事を忘れんな!」

 

 心強い言葉だった。あかね達四人がいない今、ハッピーには頼れる仲間がほむらしかいない中で杏子の加勢は千人力に等しかった。

 

「あっ…、ありがとう。

えと…?」

「佐倉杏子だ。

ヨロシクな、キュアハッピー。」

「うん、よろしく杏子ちゃん♪」

「キャンディもよろしくクル♪」

 

 ハッピーは嬉しげに返事を返し、急に顔を出して来たキャンディに驚きながらも杏子はまんざらでもない様子で照れ笑いをしてみせる。…と、そこへほむらが一言…。

 

「それ、美樹さんが貴女に毎回言ってる台詞じゃなかったかしら?」

 

 それを聞いて笑みが固まる杏子とキョトンとした顔で彼女を見るハッピー。

 

「ほむらテメエ、今此処でゆーかよそれ!?」

 

 慌てる杏子にクスリと微笑むほむら。キュアハッピーは二人を見ていて仲間としての絆が其処にあるのを感じた。

 

「ほむらちゃん、杏子ちゃん、行こう。

インコグニートさんに七回痛い思いをさせてやる!!」

 

 三人は横並びに構え、強敵インコグニートを睨んだ。

 インコグニートはイグの落とし子の群を再び大蛇の形に戻し、その頭に乗りキュアハッピー、暁美ほむら、佐倉杏子を見下ろした。

 

「一人二人増えた所で子娘如きが私に勝てると思うな!

髪の毛一本残さず落とし子共の餌にしてやる!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 澱み、色濃くなる闇の中を小夜は走った。彼女をこの遊園地へ駆け付けさせたのは英国…ヘルシング機関である。

 ヘルシング機関の長であるインテグラは小夜がサーラットと合流する以前から密かに日本のインターネットによる様々な話題や噂を探求る秘密グループ…サーラット、正確にはサーラットリーダーの殯蔵人とパイプを繋いでおり、彼等から【塔】…そして世界的大企業セブンスヘブンの情報を流して貰っていた。

 小夜はみゆき達プリキュアと出会った日に真奈達サーラットとの出会いも果たしていた。

 始めは彼等に協力する気はなく、【塔】の必要な情報を聞いたら出て行くつもりでいた。…だがリーダーである殯蔵人は全面的なバックアップをする事を申し出、彼女自身が真奈や松尾、月山、藤村、矢薙に情が移り…出て行く事が出来ずにサーラットのメンバーとして行動を共にしていた。

 そして今、彼女が最も畏れた状況となっていた。“古きもの”が真奈達をねらっている…、小夜は人ならざる力を駆使して駆け走った。

 

「…っ!

あれはっ!?」

 

 小夜は伊織が乗っていたミニバンを見つけるが既に大破しており、車中には誰もいなかった。

 そして何者かが、古きものと闘っていた。真奈達のものとは違う少女の砲哮が小夜の耳に届く。

 

「うおおおおおおおっ!!!」

 

 白いマントが風を受けて翻させ、白き少女剣士が片刃のサーベルを両手に握り巨大な蠍の姿をした“古きもの”の左の大きなハサミを斬り落とした。

 そして両手のサーベルを投擲し、古きものの両目を突き潰す。悲鳴を上げる古きものに少女剣士は容赦なくまた取り出したサーベルで斬りつけ、下腹部へ入り込み刃を突き刺すとそのまま気合いと共に走り出して古きものの腹を斬り裂いた。滝の様に落ちる流血と臓物は剣士の頭上へ雪崩落ちるが、その中より少女剣士は飛び出す。怪物の腹を裂き終えたその姿は赤黒く染まり、少女剣士は血で汚れた顔を右腕で拭った。今の攻撃は確実に致命傷を与えたものであった。

 …だが其処に僅かな隙が生まれ、剣士にとって致命的なものとなった。

 

「あっ!?」

 

 古きものはまだ死んでおらず、尻尾の先の六本指の掌を広げてその鋭い六本の爪を振り下ろした。

 少女剣士にも避けられない手負いの一撃…。しかし其れは剣士には届かず、駆けつけた小夜の太刀によって斬り落とされた。



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仲間と共に戦地で踊る…

「…大丈夫か?」

 

 さり気ない小夜の心配した言葉に対し、血塗れの少女剣士…美樹さやかは安堵の微笑みを浮かべ、答えた。

 

「大丈夫、助かったよ…。」

 

 荒事が終わり、離れた場所でさやかの闘いを見ていた真奈達が駆け寄り、真奈は小夜の姿を確認するなり彼女の左手を掴み取った。

 

「小夜っ!!」

 

 彼女の名前を呼び…見つめる真奈を小夜は戸惑いの目で見つめ返す。

 

「な…、何だ?」

「小夜は大丈夫なの!?」

 

 心配な気持ちが隠せずに不安げに問う真奈に小夜はどんな顔をして良いやら分からず、ソッポを向いてしまう。

 

「わたしは、大丈夫だ…。」

 

 ぎこちない彼女の態度だが、真奈は優しい笑みを浮かべハンカチを出すと今度はさやかに向いて彼女の髪の毛や顔を拭う。

 

「あっ、あのハンカチ汚れますから!?」

「ダメよ、女の子はキレイにしなきゃ。」

「いえ、その~、魔法でキレイになりますから…。」

 

 そう言って真奈の手を引かせたさやかの全体からダイヤモンドダストの様な光が散りばめられ、血塗れの剣士から見滝原中学の制服を着た少女へと戻る。その光景を唖然と見つめる松尾と藤村は真奈に視線を移す。

 

「柊も魔法少女になってみたらどうだ?」

 

 松尾の冗談に藤村も乗っかりウンウンと相づちを打つ。

 

「わたしには無理です!」

 

 真奈はからかわれたのが分かっていたので拗ねた口調で否定すると何時の間にか、さやかの肩に白い猫の様な生物が姿を現した。インキュベーター…キュゥべえである。

 

「そんな事はないさ、柊真奈。

君にも魔法少女の素質は充分あるよ。」

 

 真奈は初めて見る生物を前にどんな顔して良いか分からず、松尾と藤村は分かりやすいひんむいた目でキュゥべえをガン見した。

 

「わたしが…魔法少女!?」

「そうさ、きっと君の願い事に見合う…」

 

 …そう言いかけたが、さやかに首根っこを掴まれて持ち上げられ、キュゥべえは彼女の眼前に持ってこられた。

 

「キュゥべえ、わたし達の前で魔法少女の勧誘はしないで。

…って、前に言った筈だよ?」

 

 怒った顔のさやかと睨めっこ状態になり、キュゥべえは尻尾を垂れて観念した。

 

「仕方ない、此処は諦めるしかないかな。

…でも解らないな~、此処で魔法少女に誘っても何処で誘っても同じだと思うんだけどな~?」

「わたし達の前でやるのは“やめて”って言ってるの!」

 

 かなり強い口調でキュゥべえを戒めるさやか。

 さやか…、いや、暁美ほむらや他の仲間には最早“呪い”でしかない魔法少女の宿命。それを背負おうとする少女をさやか達はきっと見たくないのかも知れない。

 それを知るのは当人達のみだが、彼…キュゥべえことインキュベーターは彼女達の思いを理解する事は出来ない。

 そして其れこそが魔法少女達とインキュベーターの溝であった。

 小夜は真奈達が此処にいれば安全であると判断し、踵を返す。置いて来てしまったプリキュア達の元へ戻るのである。

 

「小夜、何処へ行くの!?」

「あの娘達を迎えに行く。

まだ戦いは終わっていないからな。」

 

 小夜は一瞬さやかを見るが、彼女はどうやら先程の闘いでかなり力を消耗してしまった様であった。キュゥべえが彼女のソウルジェムの淀みから黒い奇妙な四角い個体を作り出し、それを背中の蓋を開けてその中に放り込む。既に松尾と藤村はそのぶっ飛んだ構造をした生き物に開いた口が塞がらない様子である。

 真奈はさやかとキュゥべえが何をやっているか聞きたかったが、小夜が走り出したのを見て其方に気を取られる。小夜はその高い運動能力で飛び跳ね、駆け抜けて直ぐに見えなくなってしまった。

 

(小夜、無事に帰って来て…。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆発音が轟いた。暁美ほむらの放り投げた爆弾が爆発し、イグの落とし子が集まり作り出した大蛇を蹴散らす。その煙に撒かれ、インコグニートはキュアハッピーと佐倉杏子の姿を見失った。

 

「おのれぇ小細工なぞしおって!!」

 

 インコグニートは大蛇の頭に飛び乗り煙の上に出るが待ち構えたほむらが光の矢を放った。その一撃はイグの落とし子に阻まれるが、佐倉杏子がインコグニートの背後を取り三角刃の槍でその背を斬りつけた。悲鳴を上げるインコグニートを余所に杏子は高らかに声を上げる。

 

「一撃必中、後六発だ!」

 

 そして直ぐ様ハッピーが高く飛び上がり、インコグニートの横っ面をキック。吸血鬼はその衝撃に耐えられず大蛇の頭から落ちてしまう。

 そしてキュアハッピーはすかさず構え、気合いを溜めて首をもたげた大蛇…イグの落とし子の群に放った。

 

「プリキュア・ハッピーシャワーッ!!」

 

 大蛇の頭が光に呑まれ頭が失ってしまい、暴れ悶える胴体をそのままシャワーを放出したまま横薙ぎに振り回して胴体もまた光の中で消滅した。

 討ち洩らした落とし子はほむらと杏子が駆除し、インコグニートの使い魔は全て倒された。此は屈辱であった。たかが三人の小娘と侮った無様な結果であった。インコグニートは牙を剥き出しに歯軋りをし、罵声を浴びせかける。

 

「思い上がるなよ淫売な小娘共ぉ!!

この私を怒らせた事、後悔させてやるぞ!!」

 

 三人は身構え、インコグニートは身を後ろに仰け反らせしならせる。その姿はまるで敵に飛びかかる寸前の毒蛇を連想させた。そしてインコグニートが微かに動いた刹那、ピュッと音がしたのと同時にインコグニートは三人の後ろにいた。

 

「よく“避けた”でないか、“黒髪の娘”?」

 

 口端を吊り上げ、ニタリと笑う吸血鬼。そして黒髪と聞いたハッピーと杏子はほむらに目を向けた。彼女は首元を抑え、蒼白な顔をしてガクリと両膝を折る。

 

「ほむらちゃん!?」

「おいほむら、どうした!?」

 

 二人が走り寄るとほむらは苦しげな表情を見せ、口端からツーッと血を垂らした。

 

「大…丈っ夫…、

首をかすめた…、だけ、だか、ら…」

 

 しかし苦しげな顔は苦悶に変わり、突然倒れ込み痙攣を起こし始めた。そして手で抑えていた首元から血が溢れ、彼女のコスチュームを赤黒く染め上げていった。

 

「ほむらっ!?」

「ほむらちゃん!!」

 

 最早見て明らか、ほむらはインコグニートの攻撃で頸動脈を切られたのだ。通常の人間であれば即死であろう傷をほむらは魔法で抑え込み、出血を止めていた。

 しかし、彼女の身には別の事態が起きていた。

 

「その娘の首を切った時に“ワーム”を忍ばせてやった。

あの四人のプリキュアの体内にいるのと同じ物だ!」

 

 “ワーム”、宿主の痛覚を数倍にして苦しめるインコグニートの外法。今あかね達四人もまたワームに苦しめられながらも戦っているが、ほむらは只でさえ瀕死の重傷に加えて更に首の傷の痛みが数倍に跳ね上がっているのだ。

 

「ごめんなさい、

ごめんなさい…。

わたしの我が儘のせいだ。

わたしがほむらちゃんの言う事を聞いていたら、こんな怪我しなかったのに…っ!」

 

 血塗れになり横たわるほむらに涙を溢れさせるキュアハッピー。そんな彼女を見て杏子は槍を握り締めインコグニートを見据えた。

 

「お前はもう無理だ。

そのまま座り込んで泣いてな!」

 

 まるでキュアハッピーを見限ったかの様な冷たい言葉を告げると杏子はインコグニートに突進、三角刃の切っ先を吸血鬼の心臓目掛けて刺突した。

 しかしインコグニートの左手が三角刃の根元を掴み、切っ先が刺さっただけで止まる。

 

「ナメるな、頭デッカチ!!」

 

 そう叫び槍から手を離して後方へ飛び退く杏子。それと同時に主の手から離れた槍はバラバラと崩れ、グルグルとインコグニートに巻きついて拘束した。

 

「コイツで再生出来なくしてやるよ!」

 

 杏子が指をパチンと鳴らして合図を出すと、何もない空間から無数の三角刃の槍が現れてインコグニートを取り囲み、バラリと崩れて“頭”をもたげうねり出す。彼女の武器は只の槍ではなく多節槍、これによる変幻自在の戦法こそが彼女本来の戦い方である。彼女は吸血鬼を断罪せしめるかの様に右手を水平に振ると、多節槍は唸りを上げてインコグニートを次々と串刺しにしていき、形が残らない程にズタズタに引き裂いた。

 …と思われた時、後ろにドンッと重くもたれかかる者がいた。

 杏子は即座に後ろに向き直るがその視界に入ったのは何と遂今バラバラにしてやった筈のインコグニート、そして彼女の背中にしかかっていたのはインコグニートの伸びた十本の爪によって両の二の腕を串刺しにされたキュアハッピーであった。

 

「おっ、お前!?」

「だっ、駄目だよ杏子…ちゃん。

全然、違う所…に、

攻撃、してるよ?」

 

 杏子はほむらの痛恨の負傷に動揺し、その隙をインコグニートに付け入れられ幻影を見せられたのである。ハッピーは何もない所へ独り相撲をしていた杏子の“盾”となったのだ。ハッピーは痛みに耐えながら両腕を貫いた爪が離れないよう拳を握って力を入れた。

 

「ほう、既に“ワーム”が傷から侵入して痛覚を倍増していると云うのに頑張るではないか?」

 

 涙を溜めながらも目を見開いてインコグニートを見据えるキュアハッピー。そして彼女は両腕の傷を中心に暴れ出す痛覚を更に耐えながら気丈にも笑みを浮かべて見せた。

 

「この痛みは…、

サニーが、

ピースが、

マーチが、

ビューティが…、

耐えてる、痛みっ!

い…、今、わたしは、

みんなと同じ痛みを感じてる!!」

 

 インコグニートは眉間を寄せて首を傾げた。

 

「訳の解らぬ事を…?

いいだろう、更なる苦痛を与えてやる。」

 

 インコグニートの大きな左目…赤き邪眼がキュアハッピーを映し出し、彼女までが吸血鬼の術中にはまってしまうかと思われた時、杏子はキュアハッピーの両目を右手で被い隠して十本全ての爪を多節槍で払い折って彼女を抱えインコグニートを飛び越そうとした。



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鬼は聖女に導かれ幕は降りる…。

「莫迦めがっ!!」

 

 インコグニートは頭上の杏子とキュアハッピーを見上げるといつの間にか右手に持った得物…グレネードランチャー・マンビルXM18を向けて引き金を引いた。飛び出した弾は炸裂し、硬質化したワームの無数の散弾が杏子とハッピーを襲い着弾。インコグニートは二発三発と撃ち二人はワームの散弾に肉を削がれ血飛沫を上げた。

 …そう思われた瞬間、掛け声と共に凄まじい稲光がインコグニートに降り注いだ。

 

「プリキュア・ピース・サンダーッ!!」

 

 “ズシンッ”と激しい轟音と雷光に呑まれたインコグニートは悲鳴を上げてロケットガンを手放した。

 そして続いて左右からハモる掛け声がし、炎と突風がインコグニートに襲いかかった。

 

『プリキュア!』

「サニー・ファイアーッ!!」

「マーチ・シュートッ!!」

 

 火球と風球がインコグニートに直撃し、風と炎が螺旋を造り上げ吸血鬼を包み込んだ。

 

「ギョワアアアアアアッ!!!?」

 

 絶叫を上げ、黒焦げとなり両膝を付いた吸血鬼はだらしなく口を開き、地面に尻を落とした。

 正に“会心”であった。そして先程殺されたかと思われた杏子とキュアハッピーは杏子の魔法による幻影であった。

 インコグニートがキュアハッピーに邪眼を向けようとした時に杏子は巴マミから念話を聴き、一か八かの幻影による一芝居を打ったのだ。

 言わばインコグニートにやられた幻惑を全く同じシチュエーションでやり返したのである。

 その後は何が起こるのかは分からなかったが、まさか他のプリキュア達による一斉攻撃とは思いもよらなかった。

 暁美ほむらの傍にはキュアビューティが付いて首の傷を狭い範囲で凍気で冷やし、一時的に出血を止めてくれていた。

 ほむらの側にいたキャンディはビューティの笑顔を見て泣き笑いの顔になる。

 

「みんな、無事だったクル!

本当に良かったクルーッ!」

 

 キャンディはキュアビューティに飛びついて彼女に頬を擦り寄せた。

 

「キャンディ、ありがとう。」

 

 ビューティは幼い妖精にお礼を言ってほむらの肩に手を添えて支えた。

 全ての古きものを打ち倒した巴マミと小夜もゆっくりと歩いて現れ、皆の視線が傷だらけの吸血鬼に注がれる。プリキュア三人の必殺技を無防備に受けた体は治癒が働かず、黒く煤けた火傷や裂傷を痛々しく見せつけていた。

 

「うぅ…ぉぉ、ぁぁ…。

何故だ…、何故体が治癒されない?

何故我が細胞は再生しないのだ??」

 

 誰かに問いているのか、自問自答しているのか、インコグニートは苦しげに呻きながら声を絞り出した。反対にキュアハッピーの両二の腕の怪我はゆっくりと治癒していき、痛みもまた少しずつ引いていた。体内に入り込んだワームがプリキュアの体を流れる聖なるエナジーに耐えられず浄化されてしまったのだ。

 四人のプリキュアもまた体内のワームが浄化されて駆けつける事が出来たのである。

 未だ疑問が拭えず呻くインコグニートに答えを与えたのは巴マミの肩に乗ったキュゥべえであった。

 

「簡単な話さ、吸血鬼インコグニート。

彼女達プリキュアのパワーは君達吸血鬼にとって危険極まりない力だからだよ。

彼女達の力はそれこそ“陽の光”と同質、それを三撃連続でまともに受けたのだから身体の崩壊はもう避けられない。

君の完敗と言う事さ、インコグニート。」

 

 キュゥべえの話を聞くとインコグニートの顔から鬼相がゆっくりと失せ、先程までの残忍な顔が穏やかに和らいでいく。

 

「そうか、私は…

負けたのだな…。

やっと…わたしは…」

 

 そう呟いたインコグニートはキュアハッピーに視線を向けた。

 

「プリキュアよ…、後二発…いや、黒髪の娘の分とお前の分を入れれば四発だ。

私が消える前に、済ませるが良い。」

 

 悪意と敵意を現さず、身体が少しずつ崩れていくインコグニートをキュアハッピーは眉間をひそめて口を噤み、インコグニートの前に立った。二人は互いの視線を交わし、ハッピーはその死を求める愚者の赤い瞳に耐えられなくなり…顔を背けた。

 

「…出来ないよ。」

「…何故だ?」

 

 インコグニートが少女に尋ねた。自分は少女を解放した黒服の男を目の前で惨殺し、彼女の仲間達を拐かして卑怯にも互いに戦わせた敵である。その様な相手に情けをかけるなど愚かしい行為なのだと彼自身が理解していた。

 

「何故出来んのだ?

私はお前にとって憎むべき敵だ。

お前は私をいたぶりながら、

苦しませながら私の無様な最期を飾るべきではないのか?」

 

 インコグニートの言葉にキュアハッピーは強い反発を覚え、怒鳴り声を上げた。

 

「そんな酷い事尚更出来ないよ!!

貴方のやった事は…確かに許せないけど…、

それでも…、貴方が苦しみながら死ぬ所なんて見たくない!」

 

 どうしようもない涙が溢れてきた。残忍極まりない吸血鬼の為にハッピーは涙を流した。

 インコグニートにとっては有り得ない…有ってはならない出来事である。

 

「何だそれは、わたしの様な化け物の為に何故泣く事が出来る!?」

「分かんないっ!!」

 

 インコグニートは泣きじゃくるハッピーに呆れ果て、小さく苦笑する。そして彼の口から今回の戦いの経緯が語られた。

 

「私は…、セブンスヘブン日本支部長であり【塔】の主である男…“七原文人”にお前達を殺せと命じられた。

私の今の主は七原文人だ、今私を殺さねば最後の力で一番近くにいるお前の喉笛を咬み切ってやるぞ?」

 

 それでもキュアハッピーは動けなかった。しかし七原文人の名前が出た途端に小夜はガチャッと刀を震わせた。その表情には鬼気迫るものを感じさせる。

 

「七原…文人っ!」

 

 小夜の押し殺したと怒りを抑えた様子に気付いたマミと杏子が彼女を訝しげに見つめ、プリキュア達は戦慄を覚える。

 そして既にヘルシング機関のインテグラより知識として教わっていた組織の名はほむらとプリキュア達にとっては全面的に戦いが始まったのだと認識せざるを得ないものであった。

 

「…七原文人はお前達プリキュアを邪魔者として見ている。

最早逃げる道などありはしない。

コレは儀式だ、甘い考えは棄てろ。

私の息の根を止めろ。

私に絶対的…無慈悲なる最期を…っ!」

 

 まるで神を崇め奉るかの様に両腕を大きく広げ、インコグニートはキュアハッピーに止めを強く求める。

 しかし仲間のプリキュアも、魔法少女達も…そして小夜もまた理解していた。

 キュアハッピー…星空みゆきに今のインコグニートを殺す事など出来ない。彼女は断罪者には絶対になれないのだ。

 俯き絶えず涙を零すハッピーの代わりにと小夜が彼女に歩み寄り前に出ようとすると、ハッピーは小夜を左手で遮り、今一度インコグニートを見た。

 

「分かったよ、わたしが貴方を…殺します!」

 

 予想だにしなかった言葉であった。皆がキュアハッピーに視線を移し、キュアサニーがハッピーに駆け寄ろうとするが杏子に止められてしまう。

 

「何で止めるんや!?

ハッピーに…みゆきに“殺し”なんてさせられへん!!」

「…なら代わりにお前が弱った彼奴を殺すか?」

 

 “殺す”と聞いた瞬間、サニーの足が竦むが…サニー…日野あかねは強い意志を露わにして答えた。

 

「…殺せる!

ウチがみゆきの代わりにあの吸血鬼を殺す!!」

 

 そう言って杏子を押し退けるも、突如目の前が真っ赤に染まり、キュアサニーは後方へ飛び退く。

 其処には赤いロングコートを着極した男…吸血鬼アーカードがサニーに背を見せ、後ろを向きサニーに鋭い視線を浴びせた。

 

「邪魔は赦さん、黙って見ていろ!」

「なっ、何やとおっ!?」

 

 いきなり現れて大きな顔をされたと思い、キュアサニーはアーカードにくってかかろうとするがキュアマーチとピースに抑えられた。

 

「よせサニーッ!」

「ダメだよ、あの人に手を出したら!」

「せっ、せやかて元ゆーたらアイツがっ!」

 

 しかし、アーカードは三人のプリキュアを余所にしてその視線は小夜に向けられ、小夜もまた赤い瞳を更に赤く輝かせてアーカードを睨んだ。言葉を交わさず人ならざる視線をぶつけ合う二人だが、キュアハッピーがインコグニートの前に両膝を付いて座ると、彼女に視線を戻して事の成り行きを待った。

 キュアハッピーは両手でハートを形取り、インコグニートの心臓にあてた。

 

「プリキュア…

ハッピー・シャワー…。」

 

 ハッピーの両手が淡く輝き出し、光はインコグニートの胸に灯り…その場所から彼の身体は崩壊を早め始めた。

「…何と言う、度し難い程に腑抜けた小娘だ。

此処まで来て、怨敵に“情け”をかけるとはな…。」

「違うもん、もう…パワーが残ってないだけだから…っ。

でも、わたしは…、

わたしは貴方の全てを…許します。

さようなら、吸血鬼さん…。」

 

 赤い目頭で送られた…まだあどけなさを残す屈託のない柔らかな笑顔…。

 只一言、心の底から彼の罪を清めた少女の言葉…。

 それを目の前にして、そして耳にしてインコグニートは初めて全ての呪縛から解放されたと確信した。彼の表情から狂相は完全に消え、苦痛すら消え失せ、消滅する直前に彼は少女に言葉を残した…。

 

“…幼き聖女の導きに、感謝を…”

 

 インコグニートの体は全て灰となり、消滅した。

 キュアハッピーは星空みゆきへと戻ると、ふらりと揺れてその場に倒れ込んだ。

 

「みゆきっ!?」

 

 キュアサニーが真っ先に駆け寄り、みゆきを抱き起こす。

 ピースとマーチも直ぐにみゆきの所へ行き、ビューティは心配そうに四人を見守るが、マミと杏子がほむらを支えてビューティに彼女達も元へ行くよう施した。

 

「ありがとうございます!」

 

 魔法少女達にお礼を言ってキュアビューティも走り、みゆきに寄り添った。

 ケンカ別れをしてから1日以上経ち、顔を合わせるみゆきとあかね達。みゆきははにかみ、今言いたい事だけを口にした。

 

「みんな…、

わたし、みんなが大好きだよ。

だからみんなと離れたくない、みんなと一緒にいたい!!

…一緒に…いたいよ。」

 

 目尻がヒリヒリしているのにまたもや涙が溢れてしまうみゆき。

 サニー達も変身を解き、一人一人がみゆきの言葉に応えた。

 

「ウチかて同じや!

天地がひっくり返ったってウチ等五人は大親友やで!」

 

 あかねはみゆきを抱き締めて涙を溢れさせ、やよい…なおもまた涙が抑えられなくなった。

 

「わたしもみゆきちゃんが大好きだよ。

みんなの仲間に入れて、スッゴく幸せなんだから♪」

「わたしも、みゆきちゃんが大好き!

コレからだってずっとずっと一緒なんだからねっ!」

 

 そしてれいかもまた頬を一杯に涙を伝わせ、みゆきの手を自分の掌で包み込んだ。

 

「私も皆さんに負けないくらい、みゆきさんが大好きです。

私達の道はどんな時だって共に、前へと進んでいきます!」

 

 みゆきを囲い、四人はスクラムを組む様に寄り添い…、魔法少女達と小夜は微笑みを浮かべて見守った。…しかし、其処にアーカードの姿は既になく、遠くより傍観していたジョーカーもまたその姿を消したのであった。



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少女友愛の章
揃いし九人の乙女達…


 東京湾沖に浮かぶ人工島…、其処に世界的企業セブンスヘブン日本支部の本社がある。日本随一の建築法方により建てられた超高層建築物には様々な商業会議室、そして様々な実験施設がある。

 しかし其れ等全ては合法的に行われているものではない。何故なら商業関係の相手は中東でテロ活動を繰り返す武装集団…、或いは彼等を支援する独裁国家や軍事的小国。そしてヤクザやマフィアであり、行われている実験は決して陽の目を見る事などない人外を生み出す人体実験である。

 この“ダークタワー”の最上階で七原文人と…眼鏡をかけた極太りの男性が食事を取っていた。正確には、極太りの男性のみであるが…。

 二人の傍らには長身の黒いスーツを着た男性…九頭が付き従い、彼等の前には大画面のスクリーン、そして映し出されていたのは吸血鬼インコグニートと戦うプリキュアや魔法少女達の映像であった。

 

「何とはや…、冷めたスープの様に生温いお遊戯だね。

折角の飛騨牛三百グラム霜降りレアステーキの味が台無しだ。」

 

 つまらなそうに画面から目を離し、しかし言葉とは裏腹にモクモクとステーキをナイフとフォークで切り分けて口に運びグチャグチャと噛み潰す。

 

「そうだね、インコグニートには舞台を演出する才能がなかったみたいだ。」

 

 七原文人は太った男に同意し、スクリーンを片付けるよう九頭に指示を出す。

 

「やはり君は違うな、私の感性について来れる者など…そうそう居はしないものだ。」

 

 太った男は嬉しげに下卑た笑みを浮かべ、文人はニコリと笑い、彼の言葉に応えた。

 

「お褒めに預かり、光栄ですよ“少佐”。」

 

 七原文人と共にいる男は三十年前、イギリス…ロンドンに千人の吸血鬼軍隊を指揮して攻め込み、一夜の大惨劇を演出した狂った大隊指揮官である。三十年前…いや第二次世界大戦中よりずっと部隊内でも彼を階級のみで呼ばれていた為か、現在も只…少佐とのみ呼ばれている。

 彼はあのロンドン襲撃事件で、ヘルシング機関局長インテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシングによって額を撃ち抜かれ…、止めを刺された。

 しかし大英帝国の中にまだ紛れていた残党が吸血鬼製造法の“ブラックボックス”であった“彼の残骸”を協力関係にあった【塔】に売り渡してしまっていたのだ。

 結局は残党達は尻尾を王立国教騎士団に捕まれて根こそぎヘルシング機関によって纖滅され、吸血鬼製造法のその全てが【塔】の物となったのである。

 今、此処にいる彼は【塔】の科学技術が結集し、再生された姿なのである。

 

「さ~て、消化不良ではあるが取り敢えず余興は済ませた。

後はあの可愛らしい娘達を奈落の底へと御招待して差しあげるだけなのだが…、

君はどの様にして遊びたいんだい、七原文人君?」

 

 少佐に尋ねられた文人は「そうだね…」と返し、一人思考する。少佐は切り分けたステーキを全て食べ終え、ワインを一気に飲み干してゴクリと胃の中へ流し込む。

 

「あまり僕達のプラスにはならないけど…、

実験成果を見る為に“彼等”を解き放って見てはどうかな?」

「おいおい、それは三十年前に我々“ミレニアム”が大英帝国に仕向けた遣り口ではないか。

もう少し、捻ってみてはどうかね?」

 

 二人はまるでどんな悪戯をしてやろうかと企む悪ガキの様に愉しげに…、しかし本格的にプリキュアや魔法少女達を苦しめ、消し去る計画を思考し…、練り始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東京のとある大きな屋敷。其処は小夜が身を寄せている秘密組織サーラットの本拠地である。

 屋敷の主は今人気の高いベンチャーIT企業“シスネット”の若き代表…殯蔵人(もがりくろと)の別宅で彼は裏で松尾伊織、藤村駿、そして柊真奈達を纏めるサーラットのスポンサー兼リーダーを務めている。

 そして今、殯蔵人は傍らにいる護衛…アルフォンス・レオンハルトと共に遊園地のテレビカメラをハッキング操作して録画したインコグニートと戦うプリキュア…魔法少女の映像をノートパソコンで観ていた。

 蔵人はかけていた眼鏡を外し、少し疲れた目を解す為に目と目の間を揉んだ。

 

「呆れた強さだ、お前もそうは思わないか…“アル”?」

 

 蔵人に感想を聞かれた傍らの青年は背中で手を掴み、暫し仏頂面でノートパソコンの画面を見つめ…、鼻息を鳴らし口を開いた。

 

「まるで期待外れですね。

戦いに於いてド素人以下と言っていいでしょう。」

 

 彼女達の命を賭けた戦いを冷たい一言で斬り捨てる。

 彼の名はアルフォンス・レオンハルト、殯家に仕える使用人であり、殯蔵人のボディガードである。彼は幼い頃に【塔】の守護と古きものの討伐を生業とする一族に拾われ、人外に対抗する為のありとあらゆる刀技や銃技、空手、合気等の戦闘技術を身に付けていた。

 

「手厳しいな?」

「事実です。

しかし本気であの娘達と共闘するつもりですか…蔵人様?」

 

 殯蔵人の視界内へ動き、不満げな口調で尋ねるアルフォンスに蔵人は微笑み自身の思惑を伝える。

 

「アルフォンス、俺は【塔】を潰せるなら…、

七原文人を殺せるならこの身を外道に堕としてもいいと思っている。だからお前が憎んでいると理解して尚…更衣小夜をサーラッドに引き入れた。

…プリキュアと魔法少女達も同じだ。

利用出来るモノは利用し尽くす!

それが走る事の出来ない…俺が唯一出来る“戦い”だ。」

 

 殯蔵人は小夜と真奈、プリキュア達が出会った雪の夜に顔を合わせ、彼女に共闘を申し出てある交換条件をして彼女の協力を得る事が出来た。

 彼女との交換条件とは【塔】や七原文人の情報提供と全面的バックアップ…そして彼が小夜に出した条件は…七原文人を殺す事である。

 彼女がサーラッドに居座る理由はそれであり、蔵人が彼女に協力する理由がこれである。そしてプリキュア…魔法少女達と組めば秘密裏に情報を交わし合っていた英国ヘルシング機関の協力を更に受ける事が出来る筈である。蔵人は少々打算的ではと考えはしたが、彼女等の協力によって真奈達サーラッドのメンバーを必要以上に危険に晒す事は無くなると思っていた。

 しかしアルフォンスはそうは考えない。力のある者達が増えれば其れだけで争いが呼び寄せられて来る。

 そして争いの側にいれば否応なしに巻き込まれるのは必然、アルフォンスには彼…殯蔵人の思惑が他の所にあるのでは…と、いらぬ勘ぐりをしてしまう。

 彼は殯蔵人の中に闇をあるのを知っている。かつて殯の一族は七原の一族と共に日本の裏側を象徴する人外…“古きもの”と陰で戦い、古き時代より人と古きものの間に交わされた特定の人は食らわず、他の者はある程度の数だけ食らってよいと云う約定…“朱食免”を護ってきた。

 しかし六年前、七原文人は前当主である父親と己が家族を殺し、殯家も襲いその一族を蔵人を残し皆殺しにした。

 その惨状をアルフォンスもまた見ており、主であった殯家前当主はおろかその家族を助ける事の出来なかった自分を今も責め続けている。

 蔵人もまた目の前で父と母…そして妹を殺された上、自身もまた一生車椅子の生活を余儀なくされた。

 彼の七原文人への憎しみは計り知れないだろう。アルフォンス自身が“古きもの”を深く憎み続ける様に…。

 

「アル、近い内にサーラットのメンバーと彼女達を正式に紹介しようと思っている。

…いいよな?」

 

 親しみのある口調で尋ねる蔵人。アルフォンスはまた鼻で溜め息をし、主である彼に答えた。

 

 

「此処は貴方の家だ、蔵人さん。俺がとやかく言う権限はありません。」

 

 少々不機嫌な口調ではあるが主人である蔵人に従う立場にあるアルフォンスは彼に賛同する。

 

「そうか、なら…日取りは此方で決めてしまおうか。」

 

 蔵人は直ぐに秘書でありサーラットのメンバーでもある女性…矢薙春乃を呼び、“顔合わせ”の日程を決める事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗く澱みを帯びた満月の夜、町の人達はガクリと両手を地に付けて心を深き絶望に浸す。

 

「ウルッフッフーッ!

愚かな人間共の発した“バッドエナジー”が悪の皇帝ピエーロ様を甦らせていくのだーっ!!」

 

 暗き満月の夜…“バッドエンド空間”に閉じ込められ跪き項垂れる人々から発せられた“黒い気”を大量に吸い込む“闇の絵本”を左手に吼える人狼…プリキュアと敵対するバッドエンド王国の三幹部の一人であるウルフルンが危険な輝きを瞳に宿し人々からバッドエナジーを吸い取っていく。

 

『待ちなさいっ!!!!!』

 

 五人の少女の声が響き、ウルフルンは残忍な笑みを裂けた口で浮かべて声のする方へ振り向いた。

 

「来たなプリキュア、

今日こそはお前等に相応しい敗北…を…?」

 

 悪役らしく決める筈であった台詞は途中で途切れ、ウルフルンはいつもよりプリキュア達の“数”が“四人”多い事実に大きな口を一段と大きく開けて改めて彼女達の数を数え直した。

 

「おいコラ、何っで、プリキュアが“九人”に増えてやがるんだよっ!!?」

 

 慌てふためく人狼の姿に九人の中から溜め息が聴こえた。

 

「何だよ~、随分凄みのある奴が敵かと期待してみれば…、

たがが九人程度にビビって泣き言始めちまう様な奴かよ?

…あたし等が怖いならサッサと消えな。さもないと生皮剥いで毛皮にすんぞ、“キツネ野郎”!」

 

 三角刃の多節槍を両肩で担いだ佐倉杏子がポッキーをポリポリとくわえ食いしながらウルフルンに脅しをかけ、残酷な言葉を事も無げに口にした杏子に他の少女達はドン引きしてしまう。

 

「杏子…、それじゃあ、わたし達まんま悪党みたいじゃん?」

 

 白いマントを身に着けた少女剣士…美樹さやかが呆れ顔で杏子を非難し、黄色のプリキュア…キュアピースも口を尖らがせてさやかに続く。

 

「そーだよ。それにそんな事したらウルフルンが可哀想だよ?」

 

 この発言にプリキュア五人が揃って頷くが、今度は魔法少女四人が意外とばかりに反論に出た。

 

「えっと…、敵に可哀想って…

ちょっと変じゃないかしら?」

 

 穏やかな口調だが、明らかな考えの違いを巴マミがキュアピース達に問いかけ、杏子も槍を地面に突き立て「あめえ~よな。」…と小馬鹿にするかの様に呟いた。

 此にはサニーとマーチがムッとして杏子を睨み、杏子も二人の目に気付いて危険な笑みを浮かべて二人を睨み返す。

 其処へウルフルンが再び奮起し、両手に四つの赤い玉…“赤っ鼻”を取り出した。

 

「くっそおぉ~、俺を無視しやがってぇ!

というか俺は“キツネ”じゃねえっ!!

プリキュアが九人だろうが百人だろうがこのウルフルン様がぶっ潰してやるぅ!!」

 

 四つの赤っ鼻宙に放り投げると凄まじい爆発を起こし、怪物“アカンベェ”四体が召喚された。

 媒体となったのは大型バイク四台、ピエロの様な大きな顔と太いが短い手足を付け、大きな鱈子唇からベロンと“あかんべえ”をしてブルンブルンとエンジンを吹かし『アカーンベェーッ!!!!』と声を揃えてプリキュアと魔法少女達を威嚇する。

 しかしあまりにも滑稽で弱そうなその姿にさやかと杏子は呆けてしまう。

 

「…何、あれ?」

 

 …と、さやかが尋ね、キュアハッピーがヘラヘラしながら答えた。



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何かが違う戦場で…

「アカンベェって怪物なんだけど…、

やっぱり“変な顔”…だよね?」

 

 嘘偽り…邪気すらない彼女の言葉にサニー、ピース、マーチ、ビューティが揃って頷き…四体のアカンベェに衝撃が走った。

 既に長い間プリキュアとバッドエンド王国は戦ってきたが、その間プリキュア達はアカンベェを“変な顔の怪物”として認識していたのだと云う事実が今判明したのだった。

 アカンベェ達は一斉にウルフルンに向きを変え、何かを訴える様な眼差しを向ける。…が、ウルフルンはソッポを向いて一言だけ呟いた。

 

「…文句なら、ジョーカーに言え。」

『アカ~ンベェ~!?』

 

 何とその場に泣き崩れる四体のアカンベェ。そのあまりの滑稽な姿に九人の少女達の心に少しだけ罪悪感が生まれていた。

 

「…あ、貴女達の言う可哀想と云う気持ち。何となく解ったわ。」

「ホント、ほむらちゃん?」

 

 ハッピーが嬉しげにほむらを見つめると彼女は黒の弓を取り出し、光の矢を精製して一矢を放ち、何と一体のアカンベェの額を射抜いてしまった。

 それを合図に杏子、さやか、マミが槍、剣、マスケット銃を手に取り額を射抜かれたアカンベェを一斉に攻撃して止めを刺した。

爆発炎上して消滅する一体の惨状に他のアカンベェとウルフルンが驚愕し、ハッピー達スマイルプリキュアは青醒める。

 

「そう、可哀想だから…、即闇に送り返してあげるわ!」

 

 二度光の弓矢を引くほむら。マミの二挺のマスケット銃が火を噴き、二体目のアカンベェに命中。その弾痕から無数の“リボン”が吹き出してアカンベェを絡め取り拘束すると杏子の多節槍とさやかの二刀がアカンベェを切り裂き、放たれたほむらの矢がまた額を射抜き二体目を撃破した。

 ウルフルンは歯軋りをして右手に黒い玉…“黒っ鼻”を出すとプリキュア…キュアハッピーを睨みつけた。

 

「何時もの呆け台詞に油断したぜ。

先手を打つ為の布石たあ、恐れ入った!

そっちがその気なら俺様も手加減はしねえっ!!

いでよ、ハイパーアカンベェーッ!!」

 

 黒っ鼻をかざし、大型ダンプを媒体にしたハイパーアカンベェの中に乗り込むウルフルン。最強のアカンベェと一体となる事で手足の如く操り、毎回プリキュアを苦しめてきた。

 ハッピーは困りげに右頬を人差し指で掻いてポツリと呟いた。

 

「別に油断させるつもりはなかったんだけどな…。」

「ハッピー、どっちでもええからウチらもいくで!」

 

 サニーに言われて頷くハッピーだが、何時もより戦意の湧かない自分がおり、出遅れてしまう。

 拳を握ろうとしたハッピーだったが、ふと妙な事に気付いた。バッドエンド王国のウルフルン達を前にして身体の動きが鈍く、心に抵抗を感じたのだ。

 

(何だろう、何故かウルフルンと戦いたくないって気持ちが強い?

わたしってばどうしたんだろう??)

 

 此は怯えではなく戦意の問題であったが、ハッピーの気持ちとは裏腹に二体のアカンベェが巨大なバイクに変形して魔法少女達に襲いかかり、大型ダンプに太い手足を生やしたハイパーアカンベェは標的をプリキュア達に定めて巨大な拳を振り下ろした。

 

「ハアアイパアアアッ!!」

 

 プリキュア達は四方へ飛び退き、その中心は巨大な拳により抉られる。それを遠目に見ていたほむらは冷静な顔付きの裏で内心驚いてはいた。

 

(かなりの破壊力だわ、魔獣でもあれ程の力はない!)

 

 そして彼女の放った光の矢をバイクアカンベェは苦もなく回避して彼女に襲いかかるが、さり気なく投げた爆弾の爆発に巻き込まれて横転。その隙をさやかがエンジン部に片刃の剣を突き立てて大爆発を起こし三体目が倒された。

 そして四体目もまた車輪を杏子に破壊され、走れなくなった所をマミの純銀の大砲が照準を定めた。

 

「ティロ・フィナーレッ!!」

 

 巴マミの最大火力の必殺技が炸裂し、四体目のバイクアカンベェを撃破した。

 

「残るはあの“犬耳ダンプ”ね!」

 

 マミは犬…もとい狼の耳を生やしたハイパーアカンベェにマスケット銃の銃口を向けて引き金を引くが、その鋼鉄のボディに跳ね返されて驚きの表情となる。

 



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道化師は飄々と現れる…

 さやかもまたマントを翻して剣を出現させ四本を投擲するが全てはじかれて反対に突進されて紙一重で回避した。

 

「ウルッフーッ!!

ドンだけ人数が増えようがこのウルフルン様に敵う訳ねーだろがあっ!!」

 

 排気ガスを撒き散らし、野太いハイパーアカンベェの声が耳障りに響き渡る。

 

「ハイパーッ、アカンベェーッ!!」

 

 再び大型ダンプのハイパーアカンベェが走り出し、太い右腕を伸ばした。

 スピードを上げ、狙いを一緒にいるキュアマーチとビューティに定めるとウルフルンが甲高く吠えた。

 

「避けられるもんなら避けてみなあっ!!」

 

 マーチとビューティが左右に飛び退こうとするが、突然ハイパーアカンベェの目が光り、ハイビームで二人を照らしつけた。

 

「うわっ、眩しい!?」

「いけない、アカンベェの位置が!?」

 

 二人はタイミングを挫かれ、ハイパーアカンベェのラリアットをマトモに食らってしまった。

 

『マーチ、ビューティ!!!』

 

 ハッピー、サニー、ピースが声を揃えて叫ぶが、吹き飛ばされたマーチとビューティはマミのリボンで張ったネットが受け止めてアスファルトとの激突は免れた。

 

「ちっ、硬いボディで猪突猛進だけでなく目眩ましまで使うなんざ無駄に芸があるぜ!」

 

 杏子が毒吐き、皆が焦りを見せ出す。しかし此処でハッピーは何かを考えているかの様に動かずにいたかと思えば、突然皆が予期せぬ行動に出た。突然ハイパーアカンベェの前に飛び出し、ウルフルンに呼びかけ始めたのだ。

 

「ねえウルフルン、わたしの聞いて!!」

 

 意外なキュアハッピーの奇行にハイパーアカンベェの動きが止まり、ウルフルンの声がハッピーに応えた。

 

「何だ~、また俺様を油断させるつもりか?

同じ手に何度も…」

「バッドエンド王国に“休戦”を申し込みたいの!!」

 

 またもやキュアハッピーの口から有り得ない言葉が飛び出した。近くに隠れていたキャンディも姿を現してキュアピースの側に寄り添う。

 

「ハッピー、どうして戦いを止めるクル!?

それじゃ“キュアデコル”を集められないし、

ロイヤルクイーン様を目覚めさせられないくクル!!」

 

 ロイヤルクイーンとはキャンディの故郷であるメルヘンランドの女王で皇帝ピエーロとの戦いでその力を奪われ深い眠りについてしまった。

 キュアデコルはアカンベェの力として利用され、そのデコル全てを回収しなければロイヤルクイーンは目覚めないのである。

 

 今回、ほむら達に事情を話した上で助力を頼めたのだが…キュアハッピーである星空みゆきはいざウルフルンと対峙して何故戦意が湧かない理由を考えていた。

 

「ウルフルン、今わたし達…バッドエンド王国とは別の敵と戦ってるの。

敵は…わたし達と同じ人間、言葉では言い表せないくらいに酷い事を平気でする恐ろしい人達を相手にほむらちゃん達と一緒に戦ってる!

…だから、その人達との戦いが終わるまで待っていて欲しいの!!」

 

 彼女の言葉を聞いたウルフルンだが、その心中はハッピーのあまりの腑抜けた提案として捉え、耐え難い怒りを渦巻かせていた。

 

「ふ…っざっけるなあっ!!

お前等に俺達三幹部がどれだけの苦汁を味わわされてきたと思ってやがる!?

テメエ勝手に休戦なんざされてたまるか、此処でギッタンギッタンにしてやるから覚悟を決めやがれキュアハッピー!!!」

 

 此以上の耳は貸さないとウルフルンは咆哮し、ハイパーアカンベェを操り大きくジャンプ。キュアハッピーにジャンピングボディプレスを決めるつもりである。

 

『ハッピーッ!?』

 

 プリキュア達とさやか、杏子が一斉にハッピーを守ろうとキュアハッピーを囲んで迎え討ち、マミとほむらが効かずともマスケット銃と弓矢で狙いを定めた。だが突然ハイパーアカンベェの全身からバッドエナジーが溢れ、元の大型ダンプカーに戻ってしまった。プリキュア達とさやか、杏子でダンプカーを受け止めて横倒しにし、ウルフルンも空中で一回転して着地して忌々しげに少女達を睨む。

 

「クッソ~、後少しだったのに~っ!

何でハイパーアカンベェが勝手に“解除”されちまったんだ!?」

「“私の仕業ですよ、ウルフルンさん”。」

 

 何時の間にかウルフルンの背後に影が一つ現れ、一歩二歩と前に出た。

 

「貴方は…ジョーカー!?」

 

 キュアハッピーと他の四人の表情が険しくなり警戒しているのが見て解り、魔法少女もまたジョーカーと呼ばれた道化師姿の男に只ならぬ気配と威圧感を感じた。

 

「キュアハッピー、貴女の提案を…“休戦協定”を受け入れましょう。

貴女方が【塔】を倒すまで…我々は一切の活動を停止致します。」

「…何でジョーカーが【塔】の事を知ってるの!?」

 

 キュアピースの疑問にジョーカーはニコニコしながら答える。

 

「私共もまた、この国の異変には気付いておりました。

貴女方が不本意ながらもその異変に関わってしまった経緯もね。」

 

 ジョーカーの不敵な笑みは周囲の者達を不快にする。…それは彼の仲間であるウルフルンも同じであった。



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道化師は不敵に嗤う…

「ジョーカーてめえ、後一歩でキュアハッピーを倒せたのに何で邪魔しやがる!?」

 

 怒りを露わにジョーカーに詰め寄るウルフルンを彼は“まぁまぁ”となだめ、ウルフルンの問いには“いつもの殺し文句”で答えた。

 

「コレは皇帝ピエーロ様の御意志です。

あの方の意思は我々の全ての行動を決定付けます!

今は彼女達を倒すべき時ではありません。」

 

 皇帝ピエーロの名前を出された途端にウルフルンは唸り歯軋りをするしか出来なくなった。

 ほむらは思う。飄々としながらも油断出来ない気配と威圧感を併せ持つジョーカー。姿がコミカルでも強力な使い魔であるアカンベェ。それを操りかなりの実力を持つであろうウルフルン。更に三幹部と言うならウルフルンと同格の魔物が後二人はいる筈、ならばバッドエンド王国もまた見逃せない大敵なのかも知れない。

 

(みゆきの思惑が別にあったとしても、彼等と戦わずに済むならわたし達も【塔】や魔獣との戦いに専念出来る。

…でも、休戦の間に彼等が何もしないと云う保証はない。

途中で協定を破棄する可能性も高いわ!)

 

 ほむらはコチラを強い視線で睨むウルフルンを警戒しながらキュアハッピーとジョーカーを静かに見守った。

 不安な気持ちがありながら気丈な顔持ちで隠し、キュアハッピーはふてぶてしい笑みのジョーカーを見据えようとすると、傍らにキュアビューティが立つ。その表情は心配そうではあったが、瞳からは彼女への信頼が強く滲み出ていた。

 そしてビューティが抱えていたキャンディも彼女と同じ瞳でハッピーを見つめ、にこやかに微笑みかけた。

 

「さっきはちょっとビックリしたけど…

キャンディはハッピーを信じるクル。

キャンディだけじゃないクル、みんなもキュアハッピーの事信用してるクル♪」

 

 黄色いフワフワした長い耳でハートを作りキャンディなりにもハッピーを盛り立ててくれていた。

 

「ありがとう、キャンディ。」

「ハッピー、私はハッピーがバッドエンド王国と休戦したい気持ち…何となく理解出来ました。

私はハッピーに賛同致しますわ。」

 

 そうビューティがハッピーに言うと、サニー達も二人に並びビューティに続いた。

 

「ウチかてビューティと同じで~、ハッピーに賛同や。

今の状況でバッドエンド王国の相手はしてられへんねん!」

「わたしも、何か…

ウルフルンやアカオーニ、マジョリーナ達と戦いたくないな…とは思ってたんだよ。」

「わたしも…。

何だろう…、ウルフルン達と【塔】って同じ“悪”だとは思えなくて…。

だから…、どうしても気持ちの切り替えが出来ない自分がいるんだ。」

 

 ピースに続いてマーチが口にした事は正にハッピーが感じていたものであった。みゆき達がプリキュアになり、今まで戦ってきたウルフルン達は人々からバッドエナジーを抜き取って悪の皇帝ピエーロを甦らせる為に動いてはいたが、彼等の悪事は人々を困らせ堕落させる事しかしてこなかった。

 しかし【塔】は…“人間の悪意”は違う。同じ人を人と思わず、その存在を否定し、まるで道具の様に扱いその命を廃棄する。…そんな奴等と彼等を同じ“悪”として見たくなかったのである。

 

「うん、マーチ…わたしも感じた。だからわたしはウルフルン達を【塔】の奴等と一緒にしたくない!」

 

 そう言うとジョーカーに向き直る。

 

「わたしはもう一度云う。

わたし達は、貴方達に休戦を申し立てたい!!」

 

 ハッピー達の話を聴いてほむら達魔法少女は溜め息を吐いてしまうが、決して悪い気はしなかった。

 前回の戦いの中で見せたキュアハッピーの優しさは彼女の心の強さそのものであると見せつけられたからである。

 ほむら、さやか、マミ、杏子はキュアハッピーこと星空みゆきの器の広さに強く興味を持ったのである。例え今この場面でハッピーの提案が跳ね返されたとしても、魔法少女達もまた“彼女”を信じて行動を共にするのだと強く決めていた。

 

(みゆき…。)

 

 こんな気持ちになるのは何時の日以来だろうか、ほむらはかつて死ぬ事を宿命付けられた友達の為に幾度となく時間を逆行した地獄の日々を思い出していた。

 皆が敵であるバッドエンド王国の代弁者であるジョーカーの返事を待つと、彼は殊更邪悪な嘲笑を仮面の顔に刻んでおり、プリキュアと魔法少女達を不快にした。

 

「おやおや、皆さんそんな目くじらを立てないで下さい。

私としては願ったり叶ったりなのですから♪」

 

 人をからかう様な口調だが、ハッピーの提案に対して“願ったり叶ったり”と口にする彼が此処に来た理由が彼女達に見えてきた。

 

「いいでしょうキュアハッピー、貴女の提案をお受け致しましょう!」

 

 ジョーカーはまるで飛び込んできなさいとでも言わんばかりに両腕を広げたオーバーアクションを見せた。キュアハッピーは寸なりと休戦を受け入れた彼に対し戸惑ってしまう。



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道化師は屈辱に歪む…

「なっ、何を企んでいるの…ジョーカー!?」

 

 思わず彼の思惑を聞いてしまうハッピー。それに対しジョーカーは傲岸不遜に答えた。

 

「企みだなんて…、

一っ杯ありすぎて答え切れませんよ。」

 

 いけしゃあしゃあと吐き捨てるジョーカーをウルフルンを入れた全員で睨みつける。油断出来ない上に何を企み実行してくるか解らない男…それがジョーカーである。

 キュアハッピーは休戦協定を持ち出した事を僅かに後悔してしまう程に彼の存在は邪悪であった。

 

「それでは皆さん、貴女方の勝利を…願っておりま…」

「あら、“まだ話は終わっていない”わよジョーカーさん?」

 

 立ち去ろうとしたジョーカーを呼び止めたのは意外にもプリキュアではなく、魔法少女である暁美ほむらであった。

 彼女はキュアビューティと挟む様にハッピーの隣に立ち、溜め息を吐いて横目でハッピーの顔を微笑んで見せる。

 

「ほっ…ほむらちゃん?」

「貴女って本当に詰めが甘いのね。

折角休戦協定を結べるんだから条件をハッキリさせないと駄目じゃない?」

 

 1テンポ、間を置いて後ろの少女達から“おーっ”…と歓声が湧き、反対にジョーカーは目を細め、笑みが消える。

 ほむらは右手で長い黒髪をかき上げ、バッドエンド王国の使者を見据えた。

 

「貴方…、さっきこう言ったわよね…

皇帝ピエーロ様の御意志は絶対だって…?

なら、わたし達が休戦協定を受け入れなければ貴方は皇帝ピエーロ様とやらのお使いを果たせない事になるのよね?」

 

 それを聞いたジョーカーの表情が一変、口元はへの字になり僅かに開いた奥からはギザギザの歯が見え隠れする。

 

「言葉に気を付けなさい、魔法少女さん。

貴女方には関係ない話…」

「そうかしら、貴方…、

キュゥべえとはついこの間まで裏で通じていた筈よ。関係ないとは…虫が良すぎないかしら?」

 

 ほむらの話は更にジョーカーを焦らせる。確かに彼は魔法少女達をサポートしているキュゥべえと裏で情報交換をしていた。

 キュゥべえからは魔法少女達の全データを、ジョーカーからは【塔】を動かす者達の大まかな情報を手にしていた。そしてギブアンドテイクを理由にした裏の繋がりは今現在も進行中の筈なのである。

 

(裏切りましたか、インキュベーター!?)

 

 憎々しげにほむらを睨めつけるジョーカーだが、彼が皇帝ピエーロより受けた命令は只一つ…、

“プリキュア達と休戦せよ!”

 …コレのみなのだ。其れ以上の命令はなく、もしプリキュアから自分達が不利になる条件を出されても皇帝ピエーロの命令こそが優先される。

 

(プリキュアだけなら誤魔化しが出来たのですが、

魔法少女…特に“暁美ほむら”と言う娘は侮れませんね~!)

 

 ジョーカーが悔しがりほむらを睨んでいる間、キュアハッピーは休戦する為の条件を考えていた。

 

「ん~、さすがはほむらちゃん!

でも休戦の為の条件って言われても思いつかないよ~!?」

 

 頭を抱え出したハッピーだが、ビューティが一つ案を聞かせてくれた。

 

「ハッピー、この様な場合は【塔】との戦いの間は一切の悪事を禁ずる…と言った禁止事項が良いかと思います。」

 

 それを聞いてサニーも話に入る。

 

「…つうか、そのまんまジョーカーに言ってやればええんちゃうか?」

「ええ、もう少し…

意地悪な条件にしたいな~?」

 

 …などとピースが言い出し、マーチがピースに突っ込みを入れた。

 

「こらこら、正義の味方が悪人に意地悪したらマズいでしょ!」

 

 しかし更には佐倉杏子が割って入りまたもや物騒な事を言い出す。

 

「人質一人寄越せってのはどうよ、協定破ったら…“ブッスリ”と…?」

 

 しかし杏子は皆から送られる冷たい視線で言葉を詰まらせ、さやかが彼女にキツい一言を送った。

 

「アンタって…、本っ当に悪党よね?」

「…うっ、うるしぇっ!」

 

 気付けば女子会宜しく井戸端会議が其処にあった。ほむらは頭を抱え、ジョーカーとウルフルンも呆れがちに少女達を見つめる。

 

「…私も忙しい身です、出来れば今直ぐに決めて貰いたいものですね。」

 

 嫌みを言ってはみるが立場の逆転は返せる訳がなく、右足でペシペシと踏み叩いていた。ほむらもまた仲間達の無駄話に耐えかね、ジョーカーに対して言い放った。

 

「休戦の条件を言うわ。

…わたし達が【塔】と戦っている間…、

全世界に対してのバッドエナジーの搾取を禁じるわ、バッドエンド王国!」

 

 ジョーカーは忌々しいと言わんばかりに激しく奇声を発し、普段は絶対に見せない筈の鬼気迫る形相をさらけ出した。

 そのけたたましい奇声にプリキュアと魔法少女達は驚き、ウルフルンもジョーカーから離れる様に後退る。

 彼にとって、ほむらの提案は最も恐れていたもの。バッドエナジーの回収が出来なければ悪の皇帝ピエーロの復活が事実上の頓挫となりかねないのである。

 

「ムキイイイイイイイイイィァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」

(屈辱だあっ!!

こんな小娘の言いなりになるなど、有り得ない!

有ってはならない!

…しかし、しかししかししかしっ!?

コレはピエーロ様の御意志、ピエーロ様の言葉は何よりも、我々の命よりも優先される大命なのです!!

…そうです、あのお方の為に付き従う事こそが…、私の誇りにして喜び!

何よりきっとピエーロ様にも相応のお考えがある筈です!!)

 

 ジョーカーは悔しげな奇声を上げ終えると、またも急に静かになり…何時もの不快な笑みを浮かべていた。

 

「宜しいでしょう、その提案を呑みましょう。それこそ“無条件”で。」

 

 “ククッ”と含み笑いをしてジョーカーはほむらから視線を離さず睨めつける。ウルフルンが彼に文句を言おうとしたが、たった一睨みでウルフルンを黙らせた。

 ほむらは彼が一瞬でも此方にぶつけてきた凶悪な殺気に全身が凍てつく感覚に襲われる。

 

「魔法少女暁美ほむら…、覚えておきましょう。

…そして楽しみです、貴女達が絶望に打ち拉がれるその日がねえっ!!」

 

 不安な言葉を捨て台詞にし、ジョーカーはウルフルンを引き連れて彼女達の前から姿を消した…。



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災厄は過去より来たれり…

 三十年前、イギリス・アメリカで起きた同時バイオテロ事件。

 別名・飛行船事件。

 被害者、米国・全閣僚含む“六万四千三百名。

 被害者、英国・“三百七十一万八千九百十七名”。

 その年、日本もまた…かつてない大災害に見舞われていた。

 第二次関東大震災…。

 通称“東京大地震”。

 死傷者、約“十八万七千六百五十人”。

 この年、三国に起きた大災厄により世界は再び大恐慌に陥るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 殯邸別宅のとある一室でふわふわな髪をした少女…月山比呂は三十年前に起きた出来事をパソコンで検索していた。

 そのパソコン設備は個人で所有するにはかなり高価な物で、彼女の足下にはキーボードがもう一つ置かれていた。

 画面と向き合いタタタタ…と両手と両足でキーボードを素早く、そして正確に指を滑らせていた。

 

「月ちゃん、何見てるの?」

 

 後ろから声をかけたのは矢薙春乃である。

 

「殯さんに頼まれてた三十年前の世界事情。」

「そう、もう直ぐ例の娘達が来るわ。

此方は後にして一緒にお迎えしましょう?」

「…わたしは、いい。」

 

 少し俯いてまたキーボードを弾き始める月山比呂。彼女は軽度のあがり症で少々人見知りをする少女である。

 矢薙は彼女の肩にポフッと手を置いて顔を覗き込む。其処には不安を面に出した内気な少女の顔があった。矢薙は年上相応に優しく彼女に微笑む。

 

「前にも言ったけど、月ちゃんと同い年の子達だから…きっと大丈夫。

何時までも松尾君や藤村君みたいなむさ苦しい男相手は月ちゃんの将来に“毒”なんだから、良い機会だから此処で友達を作っちゃおう♪」

 

 しかし其処にソファに寝そべっていた松尾伊織が反論に出た。

 

「あー、それマジで傷つくなーっ春乃さん!

俺達ムッチャ月ちゃん大事に思ってるんですよ!」

「…それ、聴き方によってはかなりヤバいっすよまっさん?」

「てめぇ、言いやがったな!」

「っちょ、やめっ、いだだだっ!?」

 

 藤村駿に突っ込まれヘッドロックをガッチリ決める伊織。

 

「全く…、いつまでお子様でいるつもりなのよ貴方達はっ?」

 

 お馬鹿な二人はほっといてとばかりに放置を決め込み、あまり乗り気ではない比呂を半ば無理矢理に連れ出す矢薙であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 殯邸別宅の門を抜けてみゆき達はサーラッドの本拠地に訪れていた。本日のメンバーは星空みゆき、日野あかね、黄瀬やよい、暁美ほむら、巴マミの五人。

 緑川なおと青木れいかは学校の部活と委員会で来れず、美樹さやかと佐倉杏子は魔法少女としての夜の見回りと魔獣狩り…。今回は互いを合わせた五人の訪問となった。

 玄関に辿り着くまでの間、ほむらはアーカードについてみゆきに聞いてみた。

 

「インコグニートの戦いの時も少し顔を出して直ぐにいなくなってしまったけど、あれから全く会っていないの…?」

「あはは…、実は何度か大使館のレイチェルさんに聞いてみたんだけど…、

此処何日か大使館にも姿を現してないって…。」

 

 その声からは少々不満が見え隠れしていた。

 

(本当にあの吸血鬼を気にかけているのね…。)

 

 ほむらはみゆきとアーカードの関係をとても不思議に感じていたが、前回のインコグニート戦でアーカードはみゆきの危機には一切手を出さずに傍観を決め込んでいたのは間違いない。

 そして彼はインコグニートへのトドメをみゆきに任せ、無言で見届けると何も言わずに姿を消した。

 ほむらにはアーカードが何かみゆきに向ける期待の様なモノがあるのでは…と、不安に感じていたのである。

 

「暁美さん、もう館の前よ。」

 

 マミに声をかけられ、ふと顔を上げるほむら。みゆき達も不思議そうにほむらを見ていた。そして…、館の玄関前で五人は立ち尽くしてしまった。

 

「呼び鈴…何処?」

 

 みゆきは此方を向いているテレビカメラを恨めしく見つめ呟いたが、悩む時間もなくドアは開いて中からは背の高い美人な女性…矢薙春乃が顔を出し、その傍らには小さな美少女…月山比呂が矢薙の上着の裾を掴み、みゆき達を警戒していた。

 

「いらっしゃい、私はこの館の主である殯の秘書をしてる矢薙と言います。

私の後ろに隠れているのが月山比呂ちゃん。」

「つ…、月山…比呂です。」

 

 オドオドした比呂にみゆき達は笑顔で接し、順番に自己紹介を始める。

 

「星空みゆきです、よろしく♪」

「ウチは日野あかねゆーねん、よろしゅうな。」

「わたしは黄瀬やよいだよ、よろしくね。」

 

 一息置いてほむらとマミは矢薙に向けて自己紹介をする。

 

「暁美ほむらです、よろしくお願いします。」

「巴マミと云います、どうぞよろしくお願い致します。」

「えぇ、よろしく。此から殯さんの書室まで案内するわ。

さっ、どうぞ?」

 

 五人は矢薙に館内を案内され、比呂は途中で別の部屋に逃げる様に離れてしまう。しかしみゆきはその時に手を振って比呂へ大きな声で言った。

 

「月山さん、また後でねーっ?」




この小説はHELLSING(原作終了)時間を基準に帝都物語(原作終了)の三十年後の時事設定で進んでいます。原作を知っている人には少々“あれっ?”と思う空白時間があるかも知れませんが其処は脳内で辻褄を合わせて下さい。
他力本願…。


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少女達と吸血鬼は共に歩む…

今回より時折後書きにオマケ小説を置いていきます。
内容はキャラ崩壊の台本式です。…本当にキャラ壊れてます。


 別れ際、躊躇いながらも比呂はみゆきに手を振り返していた。

 書斎には直ぐに着き、矢薙はドアを開けてみゆき達に入るよう施す。中には既に小夜と柊真奈がおり、書机を挟んで眼鏡を掛けた車椅子に座った細身の男性とその傍らには肩まで伸びた茶髪に鋭く切れ長の目をした長身の外国人青年が付いていた。

 

「初めまして、俺がこの館の主でサーラッドのリーダーをしている殯蔵人だ。

隣にいるのは俺のボディガードでアルフォンス・レオンハルトと言う。

以後、宜しく頼む?」

 

 多少なりと高圧な態度が見受けられる人物には思えたが、此方に対し友好的にも感じ得たのでみゆき達は軽く頭を下げるが、アルフォンスと云う人物は睨む様に彼女達を見つめ、決して馴染もうとする態度ではなかった。

 

「何や、あの外人。

目付き悪い上にウチ等を敵か何かと見とるんやないか?」

 

 アルフォンスの態度に異を唱えたのはあかねであった。確かに其方から呼びつけてそのツンとした態度を取られるのは気持ちの良いものではない。

 

「アル、お嬢さん方が怯えているぞ?」

 

 殯はアルフォンスの過剰な態度を改めるようにいさめる。

 

「…申し訳御座いません、蔵人様。」

 

 アルフォンスは小さな鼻息を鳴らすと主には頭を下げるが、特に態度を変える所か今度はみゆき達を見下した目で見る様になった。

 さすがにこの視線にはやよいもマミも不快感を感じ、みゆきは「はっぷっぷー…!?」と奇天烈な言葉を漏らした。だが、その空気も直ぐに一変した。急に書斎内は冷気で埋もれ、アルフォンスと小夜は緊張を露わにして隣の真奈は小夜の異変に狼狽える。

 ほむらやあかね達も警戒はするが、只一人…笑顔になる人物がいた。

 

「あ…、アーカードさん!?」

 

 この何日間、全く連絡も取れずに会う事の出来なかった相手の気配を察知したみゆきは他の誰とも違うその明るさで幽鬼の如く姿を現す吸血鬼を出迎えた。

 

「コレはコレは…、思わぬ歓迎だ。

元気だったかな、みゆき姫?」

 

 相変わらずの嘲笑とサングラスから覗く紅い瞳にあかね達はアルフォンスの態度以上に引いてしまうのだが、みゆき一人が浮き足立って笑っていた。

 

「えっ、あっ…、うんっ♪♪」

 

 また、ほんの際に見せる吸血鬼の微笑みにみゆきは満足げに微笑み返す。しかしアーカードは直ぐにみゆきから殯に視線を移すと彼に謝辞を口にした、

 

「シスネット代表取締役にしてサーラッドリーダー、殯蔵人殿だな。

お招きに預かり…此処に馳せ参じた。

以後、お見知り置きを…。」

「あぁ、今日は親睦会の様なものだ。

貴方も楽しんでくれ?」

 

 殯は当然の様にアーカードを招き入れ、彼はみゆき達と一緒に書斎を出た。

 …途端に真奈はアーカードの覇気にあてられたのか、腰を抜かした様にへたり込み、小夜は即座に殯を睨みつけた。

 

「貴様、何を考えている!?」

「それは今日の親睦会の事か、それともあの吸血鬼を招いた事かな?」

「…両方だ!」

 

 詰め寄ろうと机越しに手を伸ばした小夜にアルフォンスは素早い動きで袖に仕込んでいた刀を彼女の喉元に突き立てた。

 小夜の視線はアルフォンスに向けられ、彼は殺意を露わに小夜を見る。

 

「小夜、レオンハルトさん!?」

 

 突然の仲間割れに真奈は思わず声を上げてしまう。

 

「アルフォンス、刀を収めろ!

小夜、お前も場所を弁えてくれないか?

彼女達に気付かれるぞ?」

 

 小夜は舌打ちをして殯に伸ばそうとした手を引き、アルフォンスもまた仕込み刀を仕舞う。

 

「小夜、今回の件に特に他意はないが…、敢えて言うなら彼女達とあの吸血鬼との関係を見ておきたかった。

あの娘達とアーカードがどの様に互いを思っているのか、どの様に接しているのか、其れにより我々の関わり方も変わる。」

 

 それを聞いた小夜は殯をもう一睨みして書斎を出、真奈はお辞儀をして彼女の後を追い出て行った。

 アルフォンス・レオンハルトは眉をひそめて小夜が出た書斎のドアをやはり睨む。

 

(…化け物めっ!!)

 

 彼は幼き日の惨劇を思い出しながら…その憎しみを小夜のいた空間に滲ませていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 書斎から今度はサーラッドのメンバーの溜まり場となっている大部屋へと矢薙に案内され、少女達は大きな廊下を戻る様に歩く中…、星空みゆきはアーカードの隣を陣取って終始嬉しげにモジモジしながら並んで歩いていた。

 あかねとやよいは友達を取られた不安で前を歩く二人の背中を見ていた。

 其処にみゆきの着ているコートに隠れていたキャンディが姿を見せて周りをキョロキョロと見渡すが、直ぐに隣のアーカードを見つけてみゆきの腕の中に隠れてしまった。

 

「どうしたの、キャンディ?」

「うぅ、キャンディはまだアーカードがこわいクル。」

 

 ぶるぶると震えるキャンディを困った顔で抱き抱えるみゆきにアーカードは特に気にする事なく彼女に話しかける。

 

「それが吸血鬼に対する本来の反応だ。

お前は怖くはないのか…、星空みゆきよ?」

 

 嘲りの中に優しさを含めた声にみゆきは首を横に振り、答えた。

 

「怖くない、…って言ったら…やっぱり怖いかな。

わたしは笑いながら人の命を平気で奪ってしまう事が出来るアーカードさんが怖い…。

でも、それがアーカードさんの全てじゃないんだって…わたしは思ってる。

だから、わたしはアーカードさんを信じる。」

 

 みゆきの言葉はアーカードにとって意外と云うべき答えであった。サングラスの奥の彼の赤い瞳が映すみゆきの表情は普段の夢見る子供のものではなく、強い信頼に満ちた少女の顔であった。キャンディもまた、あまり見せないみゆきの顔を見て少し驚いており、みゆきの話を聴いていたあかねとやよい・マミ・ほむらもみゆきのアーカードに対する思いに感心を持ってしまっていた。

 

「フフッ、フハハハハハハッ!!

お前はやはり面白いな、星空みゆき。

やはり“私の目に狂いはなかった”!」

 

 牙を剥き出しにし、高笑いを上げるアーカードは立ち止まりサングラスを取る。邪な笑みを浮かべながらみゆき達にテレパスで言葉を投げ掛けてきた。

 

《サーラットのリーダー…殯蔵人を信用するな。

アレはお前達にとって“鬼門”となるやも知れぬ、気を許るな。》

 

 五人と妖精にテレパシーを送りつけたアーカードはその場から忽然と姿を消してしまった。みゆき達は突然の事に呆けてしまい、いつの間にか離れていた矢薙春乃に呼ばれていた。




 此処はカラオケパ〇ラ最大十二人のパーティー部屋。

みゆき「さあーっ、歌って食べてー、飲んで踊ってみんな脱げーーーっ!!!」

れいか「ちょっ、みゆきさん、服を着て下さい!」

あかね「誰や、みゆきにお酒飲ませたんはっ!?」

杏子「あたしだーっ!!」

さやか「こらーっ、アンタまで脱ぐなーって、お酒を飲むなお酒を!!」

やよい「そうだ、ガキは酒呑むんじゃねえぞ!」

なお「やよいちゃんが一升瓶飲み干しちゃったよーっ!!」

あかね「誰や、お酒一升瓶持ち込んだんはーっ!?」

ほむら「貴女の後ろにあるのは一升瓶、しかも後五本もあるのではなくって?」

あかね「ハウッ!?」

マミ「全く、花も恥じらう乙女がこんな物をカラオケルームに持ち込んだりして…。
女の子はもっとエレガントにいかなくてはいけないわ?
ゴブリゴブリ…」

さやか「…ってマミさんてば一升瓶片手持ちで、ラッパ飲みですかっ!?!?」

みゆき「もーしゅーしゅーつかにゃ~ね。
よし、わたしに任せて!
キャンディ、ジュー万ボルトニャ~!?」

キャンディ「キャンディはそんなの出せないクル。」

キュアピース「わたし出せるぜーっ♪」

れいか「わっ、解りましたわ!
キャンディ+キュアピース-黄瀬やよい=ピカチュウ…この方式が成り立つのですね?」

みゆき「れいかちゃん、あったまいいんっ!」

なお「何れいかまで御猪口でお酒飲んでるの!?」

小夜「最早、業には業に従え…だな。」

みゆき「なっ…、奈々ちゃああああん!!」

小夜「うわあっ!?」

みゆき「みんなで奈々ちゃんを脱がすのじゃあ!!」

小夜「お前ぇ中の人間の名前を…、なっ、ちょっと、スカートを捲るな!
コラッ、パンツを脱がすなっ!!
イヤっ…て、セーラー服を脱がすな!!!」

杏子、やよい『セーェ、エーエ、ラアーふっくをんっ♪♪』

 バックコーラス…アーカード。

みゆき、マミ『ぬぅ、がぁ、さあっ、ないでんっ♪♪』

 バックコーラス…アーカード。

小夜「イヤアアアッ、胸を揉むなあ!!
項を舐めるなあ!
お願いだからパンツ返してぇ…。
だからダメだったらあ、ああ~、らめぇ…」

みゆき「うぇっへえ、いい声で泣きよるわ。」

アーカード「フッ、此ぞ酒池肉林よな…。」

ほむら「…ふう、濁酒じゃあ酔えないわね。」

あかね「コイツ、ざる…やったんか!」


(…完…)


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地下に眠る悲しき魂…

 みゆき達は互いに見合わせると彼の残した言葉を胸に留め…頷き合った。

 

(アーカードさんの事だもん、何の根拠もなしにあんな事言う筈ない!)

 

 星空みゆきは公言した通りアーカードを強く信じ、再び矢薙の案内に身を任せる事とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 西洋風の本館に繋がる和式の別館に小夜の部屋があり、彼女は其処で鞘に収まった刀を抱き締めて壁に持たれて座り、ジッと身体を鎮めていた。先程の殯の書斎でもそうだったが、紺のブラウスにミニスカート、黒のニーハイで白い脚を隠した現在っ娘のファッションに身を包みながらその気配はまるで獲物を待つ猛獣を思わせるものであった。

 そしてその猛獣の目が見開き、赤く光る瞳が露わになると小夜は刀を握り締めて立ち上がった。

 

「“動いたか”!」

 

 小夜は襖を開けると部屋を出て襖を閉め、直ぐ様廊下を駆け走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 殯邸の地下深くにある秘密の区域。アーカードは暗闇の地下で一人佇んでいた。暗闇の中で彼の紅い瞳が灯り、まるで周りが見えている様にアーカードは真っ直ぐに歩き始めた。通常の人間であれば一切視界が見えない筈なのだが、アーカードの紅い瞳は暗闇の世界が“一本の洋式通路”になっているのを昼間の如く知覚していた。

 少し歩くと、アーカードはその場に片膝を付き、鼻をひくつかせ、床となる場所を白手をした手で砂埃等をはたき、何と這いつくばって汚い筈の床に舌を這わせた。ざらついた感触と乾いた土の味が舌に広がるがアーカードは気にせずに這わし続ける。…そして舌を引っ込めて立ち上がるとまた歩き出して暗闇の中を右に曲がり、今度は壁があるであろう場所に舌を這わせ…また床下に四つん這いになり舌を伸ばした。

 

「随分といい格好をしているじゃないか、“伯爵”?」

 

 突然背後から女性の声が聞こえ、アーカードは立ち上がり声の方へ振り返った。

 

「ふふっ、遊園地では娘達が世話になったな…“Old one”よ!」

「…わたしをそんな総称で呼ぶなっ!」

「ハハハッ、名前なんぞに拘るとはな、わたしよりも永く生きている人外である筈なのに…。」

 

 アーカードの挑発に声の主…小夜は瞳に紅を灯し、左手に握る刀に手を伸ばす。…だが突如周囲の電球が灯りそれに気を取られた小夜を押し退け一つの影が二人の間に割り込んだ。影はアーカードの胸を蹴りつけて壁に押し付けると黒い右袖から拳銃を取り出して三発の銃弾をアーカードの顔面に浴びせ、途端にアーカードの顔に空いた弾痕が灼け始め、彼の頭が西瓜の如く破裂した。

 

「“アルフォンス・レオンハルト”、何て事を…っ!?」

 

 小夜が影…乱入してきたアルフォンスに掴みかかろうとするが、今度は左袖より仕込み刀を出して切っ先を小夜の喉元に付けた。喉元からは微かに血が伝い、襟の隙間に消えていく。

 

「黙っていろ、俺は単に侵入者を排除したまでだ。」

 

 アルフォンスは殺気に満ちた眼差しで小夜を睨めつけ、仕込み刀に力が込められて切っ先が小夜の喉元に入り込んだ。

 

「グッ!?」

 

 小夜は即アルフォンスから離れ、喉の傷に左手をあてる。

 

「惜しいな、お前を殺す口実は出来ていたんだがな?」

「なにっ、何故わたしをっ!?」

「…お前が“古きもの”だからだ!

殺す理由はそれだけで充分だ!!」

 

 アルフォンスは仕込み刀を構え小夜に飛びかかろうとし、彼女もまた刀を抜いてアルフォンスを睨んだ。そして“ギンッ”と刃鳴と…“銃声”が廃虚の室内に響いた。

 ポタリ…ポタリ…と刀身を伝って血が滴り、仕込み刀が深々と小夜の胸を貫いていた。アルフォンスは小夜の顔を驚きの表情で見つめ、彼女を刺し貫いた仕込み刀から手を離して後ろを振り向くと…、其処には頭のないアーカードが銀色の大型銃を握り立っていた。そして大型拳銃の銃口からは硝煙が立ち、その銃身は小夜の刀によって天井に反らされていた。

 

(まさか、死んでいなかったアーカードの銃撃から…俺を守ったのか!?)

 

 小夜は自分がアルフォンスに心の臓を突き通されるにも関わらず、甦ったアーカードの凶弾からアルフォンスの身を守ったのである。

 

「ガフッ!?」

 

 “ドブリ”と口一杯に血反吐を溢れさせ、両膝をガクリと落とす小夜。そして反対に弾けた首の根元から血の塊が溢れて頭部を再構築するアーカード。アルフォンスはこんなにも違う人ならざる者を前に困惑する。

 

「クソオッ!!」

 

 悪態を吐き、アルフォンスが眉をつり上げて怒りを露わに吸血鬼を睨むと、彼はいつも通りに嘲笑を浮かべ…アルフォンスを見据えた。

 

「感謝するといい。

小夜の刃が私の“カスール改”を防いでいなければ…、私の様にお前の頭は爆ぜていたぞ?」

 

 アーカードの嘲りを背にし、アルフォンスは倒れようとした小夜を受け止めて彼女をおぶり、アーカード一人を残して部屋を出、地下エレベーターへと向かった。

 アーカードは部屋の中を見渡し、含み笑いをしてみせる。その部屋はかなり荒れていて壁の表面があちこち崩れて赤煉瓦が剥き出しになっていた。そして何より壁のあちこちに弾痕と思しきキズが残され、絵画もまた弾痕の後が酷く目立ち、飛び散った流血の媚びれ付いた後もあちこちに確認出来た。

 アーカードが先程から舐めていたのはこの血の後であった。例え何年何十年経とうと、其処に“血”があるのであれば…吸血鬼はその血に刻まれた思念を読み取る事が出来る。

 つまりアーカードはこの地下で死んだ…いや、殺された者達の記憶を媚びれ付いた血の後から確実に読み取ったのである。

 

「謀略により殺された家族…。

裏切りの裏にもまた、裏切りが見え隠れするこの空間。

何処までいっても…浅ましきは人の業よ。」

 

 かつての惨状を頭に描き、アーカードは愛おしげに呟き、人の醜い心を賛美する。暗き地下室…、其処は殯蔵人の両親と妹が従兄弟である七原文人と九頭率いる私兵部隊に殺された場所であった。



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悲劇の少女に手を伸ばし…

魔法少女おりこ☆マギカの千歳ユマ登場です。


 時刻は午後六時を過ぎ、どの町も人だかりが多くなっていた。見滝原町もまたその筈なのだが、モノレール駅側にあるデパートでは静かに一つの惨劇が幕を降ろしていた。

 涙を滲ませて立ち尽くす真っ白なマントを纏ったショートヘアの少女剣士とポッキーをポリポリと食べながら地べたに座り込む小さな女の子を見つめる槍を持ったポニーテールで赤い髪の少女がいた。

 

「助けられなかった…。

あたし達…、その子の両親を助けられなかったよ…杏子…。」

 

 涙を流して自分の無力さを悔やむ少女剣士…美樹さやかは声を震わせながらパートナーである佐倉杏子に投げかける。

 

「仕方ねぇよ、一足遅かったんだ。

それに…さやかが自分を責める必要もねぇんだよ。」

 

 杏子はさやかを見ず、座り込んだまだ小学生くらいの少女の後ろに立ち、ポッキーを食べ終える。

 つい先程、デパートのこの場所で“魔獣”が出現して一組の男女が犠牲となった。さやかと杏子が到着した時には二人は魔獣に殺された後で、独り残った少女に手を伸ばそうとしていたが間一髪で少女を助け、魔獣を倒す事が出来たのだった。

 

「おい、あたし達はもう行くからな?

お前の両親は運がなかったが…、お前は拾った命を大事にしな。」

 

 

 冷たいながらも何処か温かみを帯びた言葉を投げかけて杏子は彼女から視線を離すと、幼い少女はぼそりと杏子に問いかけた。

「どうすれば…、お姉ちゃん達みたいに強くなれるの?」

 

 それを聞いて杏子眉をひそめ、幼い少女を睨む。

 

「…どういう意味だ、そりゃ?」

「わたしも…お姉ちゃん達みたいになってあの“怪物”をやっつけたい!」

 

 立ち上がり、杏子を見上げる少女。さやかも少女の言葉を聴いていたたまれない気持ちとなり、少女を説得しようと歩み寄るが…杏子がそれを制止して少女に強い口調で説いた。

 

「“魔法少女”はお前みたいなガキんちょに務まる代物じゃないんだ、馬鹿言ってないで今後を考えな!」

 

 杏子の突き放す様な言動に少女はクシャリと泣きそうな顔になり、さやかも冷たい態度の杏子を非難した。

 

「杏子、あんたそんな言い方しなくてもいいじゃないか!」

 

 杏子は特に反論せずに只ジッと幼い少女を見つめ…、さやかはそんな彼女の気持ちを悟ったのか反対に浅はかな言葉を詫びる。

 

「…ごめん。」

 

 杏子は小さく笑って落ち込むさやかの頭を軽く小突き、少女に振り返り手を差し伸べた。

 

「来いよ、お前を迷子としてデパートの案内に任せる。

あたし達はお前に何もしてやれないけど、時間が経てばデパート側が警察に連絡してくれる。そうしたら後は大人達が何とかしてくれるさ?」

 

 少女は杏子の話を聞くと、まるで哀願する様な目で見上げた。しかし杏子は少女の手を無理矢理掴む。…と、其処でふと杏子の動きが止まる。…かと思えばやはり少女が嫌がるのを無視してインフォメーションの受付に連れて行き、迷子を見つけたと嘘を平気で吐いてそのまま預けてしまった。

 さやかは彼女の行為を黙って見守り…少女を預け終えた後、二人でデパートを出る。しかしあの時の少女の悲しげな眼差しが杏子の脳裏に焼き付いていた。

 

「杏子、アレで…良かったのかな?

あの子、アンタに助けてもらいたかったんじゃないの?」

「あたし達魔法少女に出来る事なんて些細な事すらねぇよ。

それより、サーラットに呼ばれてるマミとほむらがどうしてるかを気にしろよ?」

 

 いつもと違い、ピリピリした雰囲気の杏子にさやかは気圧されて頷く。

 

(…確かにわたし達があの子にしてやれる事なんて一つもない。

あの子には悪いけど、“コレ”が最良なんだ。)

 

 物思いに老けるさやかだが、何時の間にか隣の杏子がいない事に気付いて辺りを見回す。

 

「杏子…?」

 

 さやかは慌てて杏子の姿を探したが、その夜は彼女を見つける事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先程のデパートの従業員の休憩室ではあの幼い少女が大きな目を赤く腫らして長椅子で寝かされていた。

 時刻は夜の八時を過ぎていてアレから二時間が経過しようとしている。両親が来る訳がないのである。二人は少女の目の前で殺され、毛の一本すら残さずに死体は消失しているので事件にすらならないのだ。少女が天涯孤独になった事を知っているのはたった二人だけなのだから…。

 後は警察が来るのを待つだけなのだが、泣き疲れて寝ている少女の頭をコツコツと小突く者がいた。少女は不機嫌な顔で目覚め、頭を小突いた相手を睨む。

 …が、その顔は笑顔となって体を弾ませる様にして飛び起きた。

 

「お姉ちゃん!!」

 

 今、幼い少女の前には去ってしまった筈の杏子が少女の隣に座っていたのである。

 

「お姉ちゃんじゃねえ、杏子…佐倉杏子ってんだ。

覚えとけ、ガキ。」

「むー、ガキじゃないもん。

ユマ、“千歳ユマ”だもん!」

 

 急に強気の少女…千歳ユマに杏子は苦笑し、今一度…手を差し出した。

 

「少しの間だけだ、“独り”で活きていくコツを教えてやる。

…来るか?」

 

 ユマは惚け、もう一度聞き返す。

 

「今なんてったの?」

 

 杏子の苦笑がムッツリとなり、ソッポを向いてもう一度言った。

 

 

「一緒に来るかっつってんだよ、イヤならいいんだけど…?」

 

 少々意地悪な言い回しだが、ユマは目一杯に涙を溜め、円満な笑みを一杯に浮かべて杏子の手にすがりついた。一瞬戸惑う杏子だが、ユマの姿と今は亡き妹の姿が重なり…ユマのすがりつく小さな手を握り締めた。

 

(こういうのも、悪くはないよな…。)

 

 杏子はさやかから離れた後、直ぐにユマのいる場所で幻術を使い様子を見ていた。従業員や警備員になだめられてもずっと泣きじゃくるだけのユマ。何故か死んだ両親を呼ぶ事もなく、長い間力尽きるまで泣き続けた。両親など呼ぶ筈がないのである。

 杏子は見てしまっていた。手を掴んだ時に少女の袖の隙間から手首にあった“火傷の後”を…、まだ治り切らない…治療もしていないであろう煙草を押し付けた様な火傷を…。杏子は心の頼り所もなく泣き疲れ眠る少女を見ていられなくなり、ユマと共にいる事を選んでしまったのである。佐倉杏子と千歳ユマの出逢いはこうして始まった。

 しかし二人は…、そして魔法少女達もプリキュアも、そしてサーラットのメンバーもまだ知る由もない。…この先に更なる悪意の暴虐が待ち受けている事を…、そして日本の歴史の闇に埋もれる“魔人”が間もなく目覚める事を…、彼女達は知る筈もなかった。

 



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交わる緩やかな時間…

 殯邸に喚ばれ、サーラットと協力体制となってまた数日が過ぎた。あの日、サーラットのメンバーと交友を深める事は出来たのだが、その後…小夜とアーカードはみゆき達の前に姿を見せる事はなかった。

 そしてその後の数日の間に魔法少女達にはまた一人仲間が出来ていた。名前は“千歳ゆま”、杏子とさやかによって助けられた小学生程の少女である。

 彼女が魔法少女になった際に杏子とキュゥべえの間にトラブルがあった様ではあったが、みゆき達はその事情について立ち入ってはいけないと感じ、深く聞こうとはしなかった。

 午後の授業も終わり、下校時間となる七色ヶ丘中学校。2年2組の教室ではみゆき達が今日の予定を互いに話していた。

 

「今日はみんなどうするの?」

 

 みゆきの質問に先ずあかねが答える。

 

「ウチ今日は部活ないし…、たまには店の手伝いしようかなぁ思うてる。」

 

 次にやよい…。

 

「わたしも今日お母さん帰り早いって言ってたから夕御飯作ってあげたいな…って。」

 

 れいかもまたとても残念そうに今日の予定を皆に話す。

 

「申し訳御座いません、私は生徒会の会議がありますので皆さんと御一緒する事が出来ません…。」

 

 そしてなおが口を開く。

 

「わたしも…今日“佐倉さん”と会う約束があるんだ。」

 

 なおの口から佐倉杏子の名前が出たのが不思議に思えたのか、みゆき達四人はなおに注目して二人が何時から友達になったのかと聞き始めた。

 

「えっ、いや、この前ゆまちゃんを紹介された時にわたしが妹と弟がいる事話したら買い物付き合ってくれっ…て言われたから今日行こうって約束したんだ。」

 

 みゆきはなおの話に思わず笑みがこぼれた。その笑顔に気付いたやよいがそれとなく彼女に聞いてみる。

 

「どうしたのみゆきちゃん、何か良い事でもあったの?」

「うん、戦いの事以外で魔法少女のみんなと友達になれそうだな…って思ったらスゴく嬉しくなっちゃった♪

なおちゃん、明日またそのお話聞かせてね?」

「えっ…、うん、分かった。」

 

 四人とも今日の予定は私用となるが、まだみゆきが今日の予定を話していないのであかねからみゆきに聞いてみた。

 

「みゆきは今日、どうするん?」

「わたし…?

わたしは…、久し振りにキャンディと一緒に不思議図書館通って英国大使館へ行ってみようかな~?」

 

 四人はみゆきの発言にギョッとし、慌てて彼女を止めた。

 

「いやいや、そんなお友達の家行くみたいに行く場所じゃないやろ、みゆき!?」

 

 あかねの言葉にやよいが強く頷く。

 

「そうだよ、あそこはヘルシング機関の秘密基地なんだよ!」

 

 やよいの言葉になおが突っ込みを入れる。

 

「やよいちゃん、それ以前の問題だから…。」

「みゆきさん、本来大使館と云う場所は各国がその国との外交を行う為に置かれた施設であり、私達の様な一般人はおろか…日本の政治家でさえ簡単に出入りが許されない所なのです。

言わば日本の中にある別国の領土、“国際問題”になるのは免れませんよ!?」

 

 れいかの強い説教に押されてみゆきは苦笑してたじろぐ。

 

(それじゃあ、みんなで英国大使館に押し入った時既に国際問題になってしまってるんじゃないかな…?)

 

 …と其処に英国大使館より預かった端末機が鳴り、みゆきはそれを取り出して届いたメールを確かめる

 

[至急、大使館へ来い。

アーカードより…。]

 

 …といった内容が英語で書かれており、みゆきは苦しげな表情となり首を傾げた。

 

「…英語読めない…、アーカードさんのバカ!」

 

 和訳に苦しむみゆきにれいかがメールの内容を見て彼女に内容を伝えた。

 

「至急、英国大使館に来て欲しいとありますね…。

何かあったのでしょうか?」

 

 それを聞いたみゆきの目が輝き、アーカードからの“招待”に心を弾ませた。

 

「やったーっ、アーカードさんの方から“会いたい”なんて来るなんて…

想いが通じ合うわたし達はきっと、運命の糸で繋がっているんだわ♪♪」

「吸血鬼相手にそんな結滞な糸を繋げるなや!」

 

 いきなりあらぬ方向へ思考が飛んでいるみゆきにあかねは即座にツッコミを入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見滝原モノレール駅の改札前、佐倉杏子は千歳ゆまを連れて会う約束をしている緑川なおを待っていた。

 時刻は約束の時間よりはまだ早い二十分前、杏子は“じゃがりこ”を三本ゆまにやり、自分も一本を加えてポリポリと食べた。

 そして時間は約束の五分前、改札口を挟んだ奥になおの姿が人混みの中で見えた。

 

「ごめん、ちょっと遅くなっちゃった!」

 

 改札口を抜けて駆け寄るなおを迎える杏子とゆま。

 

「別にいいよ、ほぼ約束通りだ。」

 

 杏子は特に表情を変えずになおに言葉を返し、じゃがりこの箱口を彼女に向けた。なおは少し戸惑ったが箱口から二本抜いてそれを食べる。

 

「ありがとう、佐倉さん。」

「杏子でいいよ、あたしもアンタをなおって呼ぶから。」

 

 ざっくばらんな態度だが、なおとしては其方の方が気を遣わずに良いと考えて彼女に応えた。

 

「分かった。

それじゃ杏子、話って…何かな?」

「あぁ、大した事じゃないけど…、

ゆまの洋服買うのに付き合って欲しくてさ。

ほむらとマミは一人暮らしだしさやかも一人っ子でよ、この前みゆきに聞いたら妹がいるのってアンタだけだって言うから誘ってみたんだ。」

 

 なおの中で合点がいった。杏子は妹分であるゆまの洋服選びに妹がいるなおの意見を聞きたかったのである。ゆまとの出会いとその後の事情を想像するなら杏子としてはやはりアドバイスをくれる仲間が欲しかったのだろう。

 そして彼女はその相手になおを選んだのである。

 

「そっか、それじゃあ早速行こうか?」

「あぁ、いくよ、ゆま?」

 

 杏子は今さっき貰った残りのじゃがりこに夢中のゆまの頭を突っつき、三人はショッピングへと繰り出した。

 見滝原モノレール駅側にある子供服専門店に入り、杏子は真っ直ぐ洋服の方へ向かおうとするがなおは彼女を呼び止める。

 

「杏子ちゃん、ゆまちゃんの下着とかはいいの?」

 

 そう聞くと杏子は「あっ!?」と声を洩らし、ゆまの手を引いて下着売り場に足を向けた。

 



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少女達の過去と今…

少々間が空いてしまいましたが、46話更新です。


 杏子となおはサイズを気にしながらゆまに選ばせて数枚の上下の下着を買い、本命の洋服選びを始めた。

 安いが暖かそうで可愛らしい服を二着買った三人は休憩をとる為、喫茶店に入る事にした。

 杏子はダージリンの紅茶とチーズケーキ、ゆまはクリームココアにイチゴショート、そしてなおはミルクティーと…ナポリタンを頼んだ。

 

「おいおい、夕飯には早くねぇか?」

 

 杏子に言われるがなおはにこやかに笑いこう言った。

 

「だってお腹空いちゃったんだもん、夕御飯まで待てないよ。」

 

 杏子はその時こう思った。“上には上がいるんだな”…と。

 簡単な腹ごしらえを終えるとゆまは目をこすり、隣の杏子を見上げた。

 

「杏子、眠いよ~?」

「ぁあ、しょうがねーな…。

ほれ、頭ココに置きな?」

 

 杏子がそう言うとゆまは頷いて彼女の太ももを枕にして寝ついてしまった。杏子は下にあるゆまの寝顔を見ると、少し哀しげな表情を滲ませる。

 

「なぁ、なおには何人兄弟がいるんだ?」

「うん、弟三人と妹二人いるよ。」

 

 杏子は「そうか…。」と言うが、其処で会話が途切れてしまう。なおは彼女の表情を見つめ、数日前には聞かなかったゆまの事を尋ねてみた。

 

「杏子ちゃん、ゆまちゃんは…どういう経緯で魔法少女になったの?」

 

 すると、杏子はまるで敵でも見るかの様に上目遣いでなおを睨みつけた。

 

「杏子…ちゃん?」

「あっ、…わりぃ。」

 

 突き刺さる視線に引いたなおに気付いて柄にもなく謝る杏子。そしてなおの質問に渋々ながら答えた。

 

「コイツの両親が魔獣に殺されてな、さやかと一緒に何とかゆまだけを助け出したんだ。

その時はゆまに関わるつもりはなかったんだけどな、コイツのすがる目があたしの妹と重なっちまった…。

死んだ妹の目とな…。」

 

 杏子はゆまの姿に自分の死んだ妹の姿を見てしまったのである。

 

「妹さんは…、事故か病気で…?」

 

 思わず聞いてしまうなおだが、杏子は先程と違う…穏やかな態度で答えてくれた。

 

「こんな話はさやかにしかしてねーんだけどな…。

妹…、いや、あたしの母親と妹は父親に殺された。父親はあたしを残して勝手に首括っちまった。一家無理心中ってヤツさ。」

 

 寂しげに微笑む杏子。なおは聞いてはいけない話を聞いてしまっていたのである。

 なおの家も家族が多い分裕福とは云えない。しかし優しい両親と可愛い弟妹に囲まれ何時も幸せを感じて暮らしている彼女には何故杏子の家族がその様な悲劇に遭ってしまったのか…理解が出来なかった。

 

「…ど…して、そんな事に…?」

「“あたしの祈りのせいさ”。

まぁ、詳しくは勘弁な。同情はいらねーし、少なからず魔法少女ってのは似た境遇の奴等がなるもんだ。

マミなんか事故で両親亡くして…自分も死にかけた時にキュゥべえと契約をした。

聞いてねえかな、魔法少女は一つだけどんな願いでも叶えてもらうが…その変わり一生を魔獣との戦いに捧げるってさ?」

 

 なおは知らなかった。きっとみゆき達もまた知らない筈であろう、魔法少女達の真実を…。目頭が熱くなり、涙が溢れてきた。それを見るや杏子は困り顔で鼻を鳴らすと紙布巾を二枚…なおに渡した。

 

「どうかしてるな…あたし。

アンタ等みたいなのにこんな事話せばそうなるって分かってたのにな…。

今日はもうおひらきにしようぜ?」

 

 なおは紙布巾で涙を拭いながら頷いた。

 …そしてモノレール駅改札口前に立つなおと寝付いているゆまをおぶった杏子。なおは少し赤い目頭で…しかし優しい微笑みで寝ているゆまに「またね?」と声を掛けた。

 そして二人は視線を合わせると互いに反らす事なく、見つめ合う。

 

「杏子ちゃん、きっとわたしは杏子ちゃん達の家族に何があったのか…、知ったとしても理解する事は出来ないかも知れない。

…でも、杏子ちゃんはお父さんもお母さんも妹さんも大好きだった。

だから、独りになってしまったゆまちゃんを放っておく事が出来なかった…。

あたしは…そう感じたよ。」

 

 杏子はなおの話を鼻で笑い、曖昧に流す。

 

「何でも良い方向に持っていくのはアンタ達の悪いクセだぜ?

あたしはなおが思っている様な聞き分けが良くて慈悲深い女ではないからさ。」

 

 口端をつり上げて無理に悪ぶる杏子になおは思わず吹いてしまう。

 

「んだよソレ!?」

「ンフフフッ、だって…

ゆまちゃんおぶりながら悪ぶられてもね~?」

 

 なおがなかなか含み笑いを止めないので杏子は不機嫌な顔付きを見せつける。

 

「サッサと帰れよ、夕飯食い足りてないんだろ!?」

「そうするよ、またね。」

「…あぁ、また。」

 

 二人は笑顔を交わしてなおは背を向けて改札口を通り過ぎ、杏子はなおの姿が見えなくなるまで彼女の姿を見つめていた。

 

(また…か。

次に会うのはまた厳しい戦場になるかも知れないのにな…。)

 

 杏子は少し名残惜しげに駅の改札口に背を向け、ゆまを担ぎ直して彼女の寝顔を横目に見て表情をほころばせ…駅前を後にするのだった。



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少女と暗殺者の黄昏…

本日ニ度目の更新です。


 時間は遡り七色ヶ丘市の商店街…。其処に人気のお好み焼き屋がある。店名は【あかね】。プリキュアの一人…キュアサニーこと日野あかねの実家である。

 お好み焼き屋【あかね】は最近おいしい名店サイトで紹介され、以前と比べ客数が格段に増えていた。そのため、あかねは部活とプリキュアの活動がない時間は出来るだけお店の手伝いに割いていた。

 

「あかね、あっちの席のお客さんに持ってけっ!」

「了解っ!」

 

 父親であり店主の大悟から二枚のお皿にのった大阪風お好み焼きを預かり元気一杯にお客に持って行く。

 そして三人がお店を出て入れ替わりで一人入店、あかねが大きな声で「いらっしゃーい!」と迎えた瞬間、あかねは“あっ”…と声を洩らした。

 肩まで伸びた髪を覗かせ被ったニット帽に四角縁のサングラスに黒の外套にそこから伸びる黒のGパンに短いブーツ。顔を隠してはいるが、あかねは即座に誰であるかを見抜いた。

 

(確かあの外人、サーラッドの屋敷にいた“イヤなヤツ”!)

 

 あかねは無意識の内にキツい顔となり、殯邸で会った殯蔵人のボディガード…アルフォンス・レオンハルトを目で追っていた。

 

(サーラッドのヤな奴が一体何の用やねん!?)

「コラあかね、何つう顔しとんねん!?

サッサとあのテーブル行って注文聞いてきいっ!!」

 

 突然、父大悟に怒られてハッとするあかね。

 

「はいなっ!」

 

 ヘンテコな返事を返してあかねは彼の座る席へ注文を聞きに行く。

 

「御注文は何に致しますか?」

 

 あかねは自分を見た時の彼の反応に内心ドキドキしながら聞いたのだが、ニット帽とサングラスを取ったアルフォンスはあかねの顔を見ても特に気に止める事なく注文をしてきた。

 

「“大阪風お好み焼き三段重ね”だ。」

 

 その上から目線の言い方があかねの感に障り、一瞬笑顔が崩れそうになる。

 

(あっ、あかん!

相手の調子に呑まれたらアカンッ!)

 

 彼女はつり上がりかけた眉をヒクヒクさせながら笑顔を保ち、注文を繰り返し厨房へ向かう。

 

(何やねんあの態度!

ウチに気付いても眼中無しかいな!?)

 

 あかねはアルフォンスに存在を無視された事に奇妙な怒りが込み上げ、注文料理を持って行った後は彼が食べ終わるまでずっと睨みつけ、店を出るとあかねは店の手伝いソッチ退けで彼の後をつけていく。

 商店街を出、公園へと向かうアルフォンス。その後を尾行するあかねだったが、気付くと前を歩いていた筈の彼の姿はなく…何時視界から消えたのかすら、あかねには分からなかった。

 

「下手な尾行は命取りだ、日野あかね?」

 

 その男性の声は真後ろからした。あかねが振り向くと、黒い外套の男…アルフォンス・レオンハルトは自分の胸下までしか身長のない彼女を見下ろしていた。

 

「嘘…、さっきまでウチの前歩いてた筈なのに…!?」

「素人の尾行など、瞬き一つの隙があれば直ぐに捲くのは容易い。

それより、俺に何の用だ…日野あかね?」

 

 変わらずの不遜な態度はある意味アーカードの物より鼻につき、あかねはしかめっ面でアルフォンスに尋ねた。

 

「用も何も、何でアンタがこの町におるねん!?

ソッチこそウチに何か用でもあるんか!?」

 

 あかねの質問にアルフォンスは顎に手を添え、軽く溜め息を吐いて答えた。

 

「殯蔵人様の指示だ。

ヘルシング機関に変わって警護を云い遣った。後は個人的に町を回り、あの店に興味を持った。

…だからお前と会ったのは偶然だ。」

 

 淡々と答えるアルフォンスにあかねはヘルシング機関に変わり護衛に着くと言う話が気になった。

 

「ヘルシングが何でウチらの警護を…、それにアンタ一人に交代したって…??」

 

 聞き返されたアルフォンスは話して良いものかを暫し考え、あかねをベンチに誘い近くの自動販売機で飲み物を買う。

 

「…コーラでいいな。」

「あっ、おおきに。」

 

 あかねは手渡されたコーラの缶を開けて一口飲み、アルフォンスも買ったコーヒーの蓋を開けて口を付けた。

 

「英国はお前達の預かり知らない所で無視出来ない被害を出して来ている。

情報収集の為に“セブンスヘブン”周辺企業へ差し向けたスパイの数…、

インコグニートとの戦い前の虹色町に配置したお前達の日常の為のボディガードの数。

死者は聞いている数でも十五人、英国大使館は今代わりの戦力を本国に要請中だ。…だからその間は俺がお前達の日常を護る事になる。」

 

 あかねはアルフォンスの話の内容に青ざめてしまう。まさか自分達の住む町で…知らない場所で自分達を護る為に何人もの人達が亡くなっているとは夢にも思わなかった。

 

「…知らんかった。

ウチら、今までずっと…守られてたなんて…。

でも他のみんなに言えへんよこんな事、ウチらの為に何人も死んどるなんて…、言えへん…っ!!」

 

 あかねは苦しげに顔を伏せ、コーラ缶がひしゃげる程に握り締めた。

 

「其れが彼等英国の選んだ戦いだ。

仲間に言う必要も、お前が気に病む事もない。」

 

 ぶっきらぼうながらアルフォンスなりの彼女を気にかけた言葉だった。

 あかねは何かを振り切る様に勢い良く頭を上げ、そのまま夕陽が照る空を見上げた。

 

「うん、分かった。

ウチらだって半端な覚悟で戦っとるんやない。魔法少女のみんなも小夜さん達サーラッドのみんなも同じ…命を賭けとるんや!

多分、あの吸血鬼だって…。」

 

 アルフォンスは彼女の熱意の言葉に「…そうか。」と答えた。あかねの脳裏にほむら達…、小夜とサーラッドのメンバー…、そしてアーカードの顔がよぎる。そして彼女の瞳はアルフォンスを見据える。

 彼もまた、命を賭して戦っているのだろうか。どんな理由で…、どんな思いで…。

 しかし彼女の思考は何時の間にか二人を囲む四人の黒服達に邪魔をされてしまう。アルフォンスはあかねの傍らに立ち、黒服達を見渡した。

 

「此奴等まさか…っ!?」

「あぁ、【塔】のエージェント…。

“九頭”の私兵だ!」

 

 アルフォンスの目に憎悪が宿り、その殺意にあかねは背筋が冷える感覚を覚える。

 黒服達は無言のまま標的を二人に定め、背中に仕込んだ忍者刀を取り出して構える。あかねも立ち上がりポケットのスマイルパクトに手を伸ばすが、アルフォンスが彼女の参戦を拒んだ。

 

「余計な事はするな、黙って見ていろ。」

「なっ、なんやとお!?」

 

 言うが早きか、アルフォンスが素早く両手を振った次の瞬間、二人の男の悲鳴が響き忍者刀を地面に落とした。二人の右手には“クナイ”が深々と突き刺さっており、残った二人は突然の出来事に僅かな隙を生む。その刹那を見切りアルフォンスは一人の懐へ飛び込み胸の中心に肘打ちを食らわせ、慌てて此方へ忍者刀を振るう男の腕を避けて掴み取ると力の流れを変えて男を投げた。背中から地面に落とされた男は呼吸困難に陥りアルフォンスの眼下でのたうった。

 アルフォンスは仕込み刀を出すと意識のあるその男の眼前で仕込み刀の切っ先を地面に突き立てた。

 

「九頭に伝えろ。

そんなに俺の首が欲しければ、お前自身で討ちに来い…とな!」

 

 アルフォンスはそう黒服達に言い棄てるとあかねの手を引いて公園を後にした。

 あかねは男性に手を取られ、始めは慌てふためくが、彼の手の温もりに安堵を覚え…気付いた時には自分の家の前にいた。

 

「ウチの家…。」

 

 あかねの手からアルフォンスの手が離れると少し名残惜しさを感じてしまう自分が心の中に気付き、思わず握られていた手を背に隠す。

 

「あ…、ありがと…。

家まで連れて来てくれて…。」

「…帰れる場所があるのは、とても幸せな事だ。」

 

 傍らに立つアルフォンスはあかねを見ず、彼女の家である“お好み焼き屋あかね”を見上げる。

 

「アル…フォンス?」

 

 自然に…あかねの口から彼の名前が呟かれ、アルフォンスはあかねを横目に見る。

 

「なっ、名前ゆーただけやいか!?」

 

 睨まれたと思い、あかねは言い返そうとするが彼はまたあかねの家に視線を向ける。

 

「本来ならお前なんぞに俺の名を口にしてはもらいたくないんだが…、偶然出会えた今日と云う日の記念だ。

お前だけ許してやる、あかね。」

 

 変わらない不遜な態度…しかし親しげな優しい微笑みにあかねは魅入られ、彼につられて笑顔になる。

 

「ははっ、どんだけ高飛車やねん。

…でも、おおきに。ありがたく言わせてもらうな、アルフォンス♪」

 

 あかねはこの時、みゆきがアーカードに惹かれる気持ちが少しだけ理解出来た。

 多分、女子は普段笑わなそうな(アーカードは普段でもかなり笑っているが…)ムッツリの男性が偶に見せる微笑に滅法弱いのかも知れない。

 

(コレが前にやよいちゃんが教えてくれた“ニコポ”とゆーヤツなんやろか?)

 

 あかねはそんな事を思考してみるが、気付くとアルフォンスの姿はなく、何時の間にか遠くで背を向けて歩いていた。

 

「なっ、何で黙って行っちゃうねん!?

この“ムッツリイケズ”ッ!!」

 

 あかねの罵声が聴こえたのか、遠くのアルフォンスは此方に向き直り睨みつけている様だったので、あかねは彼に向かって飛びっきりの“アカンベエ”をやって見せた。



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乙女は怒りを紅茶で流す…

マミさん好きです。


 その日の放課後、見滝原中学校門前で巴マミは意外な人物が二人を待っていたので少し驚いていた。

 

「えっと…、貴方方は確かサーラッドの…?」

 

 マミは頭から二人の名前がなかなか出て来ないのでこめかみを人差し指で押さえ、頭を傾げて思い出そうとする。

 すると背の高いニット帽を深く被った男性が焦れったそうにして彼女が思い出す前に名乗った。

 

「んだよ、覚えてねえのか?

ついこないだ会ったばかりなのによう。

俺は松尾伊織だよ。そんでアメ舐めてんのが藤村駿だ、忘れんなよ、ったく。」

 

 マミは背の高い男性…松尾のガラの悪さに少し眉をひそめると、彼に紹介された藤村はチュッパチャプスを加えながらマミに拝み手を見せた。

 

「こんちゃ、只今御紹介にあずかりました藤村駿です。

いきなり押し掛けてゴメンね、今お暇かな?」

 

 マミは二人の男を前にして周囲を気にする。…案の定周りの生徒達は好奇心を滲ませてチラチラと横目に見て三人の傍らを通り過ぎて行く。

 

(もう、まるで押し掛けナンパみたいじゃない!)

 

 …みたい、ではなく正にナンパであろう。二人の男性が女性を誘い連れ出そうとしているのだから、事情はどうあれ…結果的にはそうなる。

 しかし彼等の本拠地は渋谷で、見滝原町まではそれなりに距離がある。マミ達魔法少女はプリキュアの秘密基地のある不思議図書館を彼女達と一緒に通って殯邸や英国大使館の距離を縮めてはいるが、彼等サーラッドは自動車か電車と云った通常の交通手段を利用するしかない。

 そんな彼等が魔法少女にわざわざ会いに来た理由が少しだけ気になり、周りの生徒達の目も気になったのでマミは松尾と藤村を喫茶店に誘う事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かなモダン風の喫茶店で巴マミは松尾伊織…その隣りの藤村駿と向かい合い、注文をする。

 

「ダージリンティーとシナモンケーキをお願いします。」

「あ~、俺カツカレー。」

「僕は抹茶パフェで。」

 

 そしてマミは“カツカレー”を頼んだ松尾に冷たい眼差しを無言で送る。

 

「…んだよその目は…?」

「まっさん…、幾ら“矢薙さん一筋”だからって、他の女の子と喫茶店でカツカレーって…。

マジ痛いっす。」

「そーゆーテメエだって男のクセにパフェとか注文しやがって、男のプライドってもんがねえのかよ!?」

「男のプライドで注文考えてたら本当に食べたい物が食べられないっすもん!

まっさんは女心が解らな過ぎっすよ!」

 

 男同士の痴話喧嘩を聴きながらマミはこう思う。

 

(デリカシーのない男の人とは絶っ対に付き合わない!!)

 

 そして本題はサーラッドの二人がマミ…正確には魔法少女に会いに来た理由に話は行くが、松尾がカツカレーを夢中でガッつき食べているので藤村から彼女に話した。

 

「魔獣の取材…ですって!?」

「そう、今や【塔】や“古きもの”はその存在が明らかになる日も近い!

だから君達が戦っている魔獣もまた、その情報をネットに詳しく流したいんだ。そうすれば魔獣に出会さない方法なんかもあれば、それをみんなに知らせられると思うんだよ。」

 

 藤村は笑顔でマミに提案をする。彼の表情からは明らかに好奇心が先立っているのが理解出来た。

 

「お断り致します。

遊戯半分で関わられると困ります!」

 

 マミは怒りを表面に出し、藤村を睨む。

 

「えっ、でも君達の噂だって結構ネットに流れてるんだよ。

だったらネットを通して僕達みたいに協力者を作ってもいいんじゃないかな?」

「そう言う問題ではありません。“魔獣”と関わりを持つ事自体が危険なんです!

魔獣と私達は呼んでいますが、言ってしまえば彼等は“怨霊”そのものなんです。

彼等は神出鬼没で時に人に取り憑いてその相手を取り殺してしまう事だってあるんです!」

 

 魔獣は古きものと同じく危険な存在であると教えるマミだが、藤村は成る程と言わんばかりに首を縦に振り端末機を使いメモを取り始めた。隣りではまだ松尾がカツカレーを黙々と食べている。

 二人の緊張感のない…そして自己主張の強い様に巴マミは彼等と関わった事を後悔する。この二人には確実に足りないものがあったからだ。

 いや、恐らくはこの二人だけではなくサーラッドのメンバーの殆どが直ぐ傍の“死の世界”を感じ取っていないのかも知れない。あまりにも簡単に死の危険に首を突っ込もうとする松尾と藤村を前にマミはそう確信を持った。

 端末機を弄っていた藤村が俯くマミに気付き、その顔が曇っていたので彼女に聞いてみる。

 

「…どうしたんだい、マミちゃん?」

「まっ、“マミちゃん”て…っ!?

貴方方に“ちゃん”付けで呼ばれる程親しくした覚えはありません!」

 

 マミは“ちゃん”付けで呼ばれた事に気恥ずかしさを感じて立ち上がってしまう。ビックリした藤村と口一杯にカツをほうばった松尾は目を丸くしてマミを見る。

 

「とっ、兎に角…、魔獣の取材には一切協力はしません!

ハッキリ言ってしまえば、いざという時自分の身を守るのが手一杯なんですから貴方方の安全は保証出来ませんから、諦めて帰って下さい!!」

 

 マミは一方的にまくしたてると、注文したダージリンティーとシナモンケーキに手を付けずに喫茶店を出てしまった。

 松尾と藤村は彼女の去り行く背中を呆然と見送り、残されたダージリンティーとシナモンケーキ視線を向けた。

 

「…誰が払うんだよ、つうか誰が食うんだ?」

「…いいっす、僕食いますよ…。」

 

 そう言って藤村はシナモンケーキを取り自分の席に移動させると…、其処に出て行った筈の巴マミが戻って来てまた二人の向かいに“ドスンッ”と座った。

 

「…マミ…さん?」

 

 藤村に名前を呼ばれたマミはギッと彼を睨みつけた。

 

「そっちの方が年上なんですから“さん”とか付けて呼ばないで下さい!!」

 

 未だ怒っていたマミは藤村の席にあるシナモンケーキを取り上げてパクパクと食べ始め、クッ…とダージリンティーに口を付けた。

 藤村駿は怒りながらシナモンケーキとダージリンティーを平らげるマミから目が離せなくなり、惚けた顔を只マミに向けていた。

 …結局マミは“協力はしない”と捨て台詞を残して会計を済まし松尾と藤村を残したまま喫茶店を後にした。二人は暫くマミのいた席を見つめ、松尾が素朴な疑問を藤村に振った。

 

「なぁ、アイツ何怒ってたんだ…?」

 

 返事が返ってこないので眉間をひそめ傍らの藤村を横目に睨むが、当の藤村駿は頬を染めて…とろんとした目でマミのいた向かい席を見つめていた。

 

「どうかしたか、藤村?」

「…まっさん?」

「何だよ?」

「彼女…、

何かすんごく可愛いかったですよね~♪♪」

 

 松尾は突然の公言に呆れ、藤村駿のデレデレしただらしのない顔を冷たい視線を向けるのだった。

 



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吸血鬼は黄昏時に少女を誘う…

かなり遅めの更新になってしまいました…。


 東京…成田空港へ向かう外ナンバーの大きなリムジンに星空みゆきとキャンディは乗せられていた。運転は大使館でお世話になった女性職員…レイチェル・アーノルドが担当し、みゆきの隣りにはいつもと違い白いスーツを着極し、高級マフラーを首にかけた…いつもの不遜な笑みを浮かべたアーカードが座っていた。そして向かい席にはどういう成り行きからか、私服姿の更衣小夜がいつもの無表情で座っていた。

 

「アーカードさん今日はどうしたんですか、急に呼び出したりして…?

小夜さんもいるし、ピクニックか何かですか?」

 

 モジモジと照れながら内股で膝を擦るみゆきをアーカードはククッと含み笑いをし、小夜はみゆきのアーカードに対する態度が理解出来ず彼女を観察する様に視線を流す。

 

「此からイギリスからの新たな“駒”を迎えに行く。

性格は“みゆき姫”と合いそうなのでな…顔合わせにと呼んだのだ。」

「そうなんだ。わたしと性格合いそうだなんて、早く会ってみたいな~。

ねぇ、小夜さんもそう思わない?」

 

 突然話を振られた小夜は少しビックリした表情を取るが、直ぐに無表情に戻し「興味ない。」とだけ言ってソッポを向いてしまった。

 みゆきは彼女の拒絶に苦笑するが、内心ではもっと“会話するぞ”…と、強い決意を持つのだった。

 

「みゆきみゆき、キャンディお外見たいクル。」

 

 アーカードが怖くてみゆきの後ろに隠れていたキャンディだったが…好奇心には勝てず、みゆきと窓際で外の風景を楽しもうと席の端に寄るが、リムジンは高速道路の真ん中を走っており左の様々な車両を追い越し、反対に右の車両にはもの凄いスピードで抜かれて行く。パワーウィンドウ越しの夕焼けは雲の隙間から幾つもの射し込み、超高層ビルが建ち並ぶ地上を朱く照らしていた。

 

「何だかちょっとコワイ感じがするクル。」

「…そうだね、何だか東京の街を…っ!?」

 

 ふと、みゆきはその後の言葉を呑み込んだ。

 

(わたし、今とても恐い事を言いそうになっちゃった!!)

 

 みゆきが言い留めた言葉を彼女の代わりにアーカードが続けた。

 

「まるで夕焼けの光が東京の街を焼いてしまっている様だ…。

なかなかの感性だ、“みゆき姫”…?」

 

 此にはみゆきと云えどアーカードに怪訝な表情となり彼を批判した。

 

「アーカードさん、勝手にわたしの心読まないで!」

 

 珍しくアーカードに憤慨を向けるみゆきだが彼は特に気にせず会話を続けた。

 

「フフフ…、化け物である私の横で気を惹く様な事を考えるからだ。

今お前が脳裏に過ぎらせた状景は我々が敗した時の東京の未来だ。我々が負ければこの都市は魑魅魍魎が溢れて“死都”と化す。

人は化け物共の餌となり、死を迎えて尚瞳を閉じる事は叶わぬ日々となろう。」

 

 此が化け物、フリークス、ノーライフキングと畏れられる人外…アーカードである。嘲笑を浮かべながら軽口で悍ましい予言を吐き出し、嬉々としてその怪力は人間の四肢を引き千切り、その喉笛に牙を突き立て生き血を啜る吸血鬼である。

 星空みゆきはまだ、アーカードと云う吸血鬼がどれ程までに恐悪な力を持っているのかをまだ知らない。それでも、みゆきがアーカードを忌み嫌うなどはありはしないだろう。その理由は彼女自身にも解らない…、しかし彼と初めて出逢ったあの日にみゆきの中で何かが変わっていたのだ。それが何であるのかは…、彼女自身で見つけるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空港に着き、駐車場にリムジンを停めて後部座席から降りるアーカードとみゆきだが、小夜は座ったまま日本刀を抱えていた。

 

「小夜さんは降りないんですか?」

「わたしは此処にいる。」

 

 動く気配を見せない小夜だが、みゆきは両手をパンッと叩いて「そうか!」と声を出した。

 

「レイチェルさんも車に一人は寂しいもの、小夜さん優しい♪♪」

 

 笑顔で小夜を讃えるみゆきを困り顔で見る小夜。

 先日に小夜は殯蔵人のボディガードである男…アルフォンス・レオンハルトに深手を負わされ、それを他のサーラッドのメンバーから隠す為に数日間、英国大使館に身を寄せていたのである。今回成田空港について来た理由は単に大使館にいるよりは気が紛れると云う事でアーカードとみゆきに同伴していたのだが、みゆきにも聞かれ、その質問には無言で通し彼女に対しても小夜は頑なに“壁”を作っていた。

 

「それじゃあ小夜さん、レイチェルさんをお願いね?」

 

 そう言ってみゆきとアーカードは空港のターミナルへと向かい、小夜は二人の後を軽く目で追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ターミナルへ向かう通路をアーカードと二人で歩くみゆき。途中からトラベーターに移り隣同士に並び進む。

 

「アーカードさん…。」

「何だ?」

「ふと思ったんだけど…」

「だから何だ?」

「アーカードさんの瞬間移動能力を使った方が…

早かったんじゃないんかな?」

 

 みゆきの何気ない質問にアーカードは“フッ…”、と笑みを零して簡単ではあるがみゆきに説明をしてあげる事にした。

 そもそもアーカードの瞬間移動能力は正確には移動をしている訳ではない。三十年前、アーカードは“最後の大隊”に所属する吸血鬼の少年の命を食らった。しかし彼の能力はその名が示す通り、“シュレディンガーの猫”…何処にでもいて何処にもいない能力。自身が存在を認識している内は何処にでも存在出来る力を有し、この能力はアーカードにとっては猛毒その物であった。

 故に彼がその少年の命を取り込む事でその能力の特性をアーカードが受け継ぎ、幾千幾万もの命と溶け合った少年は己が存在を認識出来ずに消滅してしまう。そしてアーカードもまた、幾千幾万もの命に呑まれて生きても死んでもいない…存在を保てない虚数の塊となってしまったのである。

 そして三十年間をかけ、アーカードは取り込んだ幾千幾万の命を少年の命のみ残し全てを“殺し”、改めて少年の命と能力を取り込み帰還を果たしたのだ。

 

「お前は初めて俺とその現象を体験した只一人の人間だ。

不思議図書館とやらを利用した時とは違いを見つけたりはしなかったか?」

 

 反対に質問を返されてみゆきは思考するのだが、特にその経過に違いを見い出す事は出来なかった。

 

「どっちも同じ様にしか思えないよ。

不思議図書館は目の前が光に包まれたら移動してるし…、

アーカードさんの時は目ぇ瞑ってたから分からないもん。」

「フン、…そうか。」

 

 その時のアーカードの返事は明らかにいつもとは違っていた。普段から相手を見くだした嘲笑を浮かべている時とは違い、普段よりも話しやすい人間臭さを醸し出していたのである。

 みゆきは彼との何気なく交わした会話がとても嬉しく感じられた。其処へアーカードを呼んだであろう声が此方に響いた。

 

「“マスター”、こっちですコッチ!」

 

 声の響く方を探すと此方に手を振っている背の高い白人がいた。金髪のショートヘアにレディスーツを着ており、元気な笑顔が好感的であった。そして何よりみゆきの心を掴んだのはスーツからも形が分かる程に“豊満な胸”であった。

 

(ばっ、バスト、レボリューション!!)

 

 今、みゆきの脳内では目の前にいる女性と小夜の胸が火花を散らしていた。



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伯爵は容赦無用に雑魚を討つ…

[少女友愛の章]の最終話です。


 空は太陽が沈もうとしており、大使館に戻るリムジンの中でアーカードを“マスター”と呼ぶ巨乳の女性が自己紹介を始めていた。

 

「大英帝国王立国教騎士団ヘルシング機関“現ゴミ処理係”にしてマスター…アーカード様の眷族のセラス・ヴィクトリアです。

よろしくねみゆき…と、小夜…さん?」

「はい、よろしくお願いします♪♪」

「よろしくクル~、セラスからは怖い感じがあまりしないクル♪」

 

 みゆきとキャンディの笑顔にセラス・ヴィクトリアはニコリと微笑む。

 

「そっか、怖くないか。

ありがと、キャンディ♪」

 

 セラスはみゆきとキャンディ…向かいの席に座る小夜の事は大使館より送られてきた資料によって既に知ってはいたが、思った以上にフレンドリーなのでかなり嬉しく感じていた。

 走行中、みゆきとキャンディはセラスと色々と喋りご満悦となるが…、ふと周囲に緊迫感が張り詰めてきた事に気付いた。

 

「みゆき、どうしたクル?」

「キャンディ、わたしにシッカリ掴まってて。

アーカードさん、小夜さん!」

 

 みゆきに呼ばれる前に小夜は日本刀を引き抜こうとして臨戦態勢となっていたが、既にアーカードが二挺の大型拳銃…白銀の銃身“カスール改”と漆黒の銃身“ジャッカルmarkⅡ”を引き抜き、その姿も赤の外套を着極した戦闘スタイルになっていた。

 

「この場はわたしが請け負おう。

お前達は黙って寛いでいろ。」

 

 言うが早くアーカードの姿は忽然と消え、リムジンの上に移動したのか屋根がボムッと鳴り沈んだ。みゆき達は窓越しに車外を確認すると、黒猫マークの配達車両四台が後方左右よりスピードを出して付いて来ていた。みゆきは向かいの席に身を移して運転席のレイチェルに尋ねた。

 

「レイチェルさん、今車のスピードってどの位出てますか?」

 

 不安げなみゆきにレイチェルは強張った表情で答えた。

 

「いっ、今は“120km”は出しています。」

「ええっ、アーカードさんが落っこっちゃうよ!!

車止めて!?」

「NON!!

今止めたら彼奴等に殺されてしまうわ!!!」

 

 今この車内で一番恐怖を感じているのはレイチェルである。本来英国大使館の末端職員であった筈の彼女は時折セクハラ紛いな言動を吐く上司に無理矢理本国から吸血鬼と同盟を組んだか知らないが何故か日本の女子中学生達の世話をさせられたかと思いきや、何時の間にかヘルシング機関のエージェントの一人に数えられてセクハラ上司を顎で使う立場にされていた。

 彼女としては軽いセクハラなら耐えられたし、それなりに給料の良かった末端職員の方が気楽で良かった。

 …しかし今は考えられない高収入を約束された代わりに同僚の死体を見て吐いたりそれが原因で“PTSD”寸前と診断されたり、そして現在…命のやり取りに巻き込まれる状況であったりと彼女の人生は正にロシアンルーレットの如く回っていた。

 

「ジーザス~ッ、ヘルプミーママン!!」

 

 恐怖が頂点となり泣き喚きながらレイチェルはアクセルを踏んだ。

 みゆきは突然の加速で座席に圧し倒れ、キャンディがその反動でみゆきの肩から飛び出してしまうが咄嗟に小夜が両掌でキャンディを受け止めた。

 

「キャンディ、大丈夫!?」

「大丈夫クル、小夜が助けてくれたクル。

ありがとクル、小夜。」

 

 掌の上でキャンディは屈託な笑顔で小夜を見上げた。

 

「あ…、あぁ。」

 

 無邪気に自分を信用仕切ったその笑顔に小夜は戸惑ってしまう。そしてそんな小夜を見てみゆきは顔を綻ばせていた。

 …だが其処にとうとう機関銃の銃撃音とその着弾音が響き始めた。リムジンの後部に被弾しているのだ。“カンカンカン…ッ”と云う金属音が止む事なく続きみゆきは後ろに向き直ると、其処には目を疑う光景があった。

 何と【塔】の鬼面を付けた私兵達が120kmは出しているこのリムジンを駆け走り追って来ているのだ。

 プロテクタを纏った鬼面兵の人数は八人、凄まじいスピードでリムジン左右背後に付いてアサルトライフルの引き金を引いて追い込みをかける気でいる様だ。

 

「どうやら彼奴等、“人造吸血鬼”みたいだね?」

「えっ!?」

 

 セラスの言葉に息を呑むみゆき。インコグニートとの戦いが脳裏に蘇り、味方すら捨て駒にする非道が…そして人をモルモットの様に扱う【塔】に再び怒りを覚える。しかし次の瞬間、二人の鬼面兵の頭部が落ちたトマトの様に吹き飛びゴロゴロと転げてハイウェイの向こうへと消えた。…アーカードの狙撃である。

 

「まっ、生まれたばかりのにわか吸血鬼が元祖“ドラクル”に勝てる訳ないけどね?」

 

 激しい銃撃音を物ともせずにリラックスをするセラス。彼女は知っている、吸血鬼アーカードの強さ…恐ろしさを…。だからこそ、頼もしい味方なのだと…。

 六人に減った鬼面兵がリムジンに追いつき、左右各三人に別れて挟み込むと六つの手榴弾がリムジンに投げられる。それをアーカードは目で確認する素振りもなく腕を交差して右手に握るカスール改で左の三つの手榴弾を、左手に握るジャッカルmarkⅡで右の三つの手榴弾を打ち抜き爆風が巻き起こった。

 

 

「キャアアアアアアアアアアッ!?!?」

 

 爆風で大きく揺れるリムジンの車内でみゆきは悲鳴を上げ、セラスは彼女を抱き締め守る。小夜もまたキャンディを胸に抱いて衝撃を弱めた。手榴弾による爆煙は直ぐに払われたがその刹那にアーカードは左右六人の鬼面兵の頭部を正確に撃ち抜いて破壊した。人には出来ない早撃ち精密射撃にみゆきは絶句する。何より彼の持つ拳銃の破壊力は残忍極まる代物だと感じた。

 

「ドラクル…、“ドラキュラ”…か…。」

 

 みゆきは彼がいるリムジンの屋根を見上げる。此は彼の恐ろしさの一端でしかない。ふと気付けばみゆきの心にはアーカードの強さに対して“憧れ”の様な感情が生まれていた。

 

(わたしもアーカードさんみたいに強ければ誰も傷付けずに戦えるのかな?)

 

 そんな事を考えてしまうと、彼女の頭にアーカードの声が響いてきた。

 

「えっ、アーカードさん!?」

 

 突然の事にみゆきは狼狽えるのだが、アーカードの声は優しくみゆきの思考を否定した。

 

(みゆき、其れは違う。

私は人である事を拒否した化け物だ。化け物の力は殺戮、破壊、破滅しか出来ない。お前が強くなるには人の身で更に自身を練り上げるしかない。

…覚えておけ、化け物を殺すのはいつだって人間なのだ。)

 

 その声色はとても哀しげな響きを帯びたものであった。初めて感じたアーカードの心であった。

 襲撃は八人の人工吸血鬼を破壊しただけでは終わらず、配達車両に偽装した四台の装甲車がリムジンの前を取ろうとまた左右挟む様に並び追い抜こうとするがその刹那にアーカードの二挺の大型拳銃がまた火を噴いた。マズルフラッシュを四回散りばめ、弾丸は車両の装甲を貫き通して運転手は頭部を吹き飛ばされた。偽装装甲車がリムジンから離れるとアーカードは二度車両のタンクに大口径の弾丸をエンジンに撃ち込み四台の車両が爆発。アーカードにより敵は全滅し、みゆき達は【塔】の襲撃を逃れる事が出来た。

 しかしみゆきの心にはアーカードの言葉が深く沈み込む。

 

“…化け物を殺すのは何時だって人間なのだ”

 

 それはまるで人間と人外の間に深く口を開けた溝の様にみゆきには感じられたのであった。




次章[殺戮遊戯の章]は敵に新参入キャラ多数、残酷シーンやリョナシーン満載となり、原作キャラに死者が出ます。
読まれる際は自己責任にてお願いしまする。


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殺戮遊戯の章
地の底深く蘇る…


帝都物語、加藤保憲本格参戦!


 三十年前、イギリスはナチスの残党…ミレニアム機関最後の大隊の襲撃によりロンドンは一度壊滅状態に陥り、アメリカもその煽りを受けて国政が凍結してしまった。

 そして日本は東京を直撃した大地震…東京大震災によって致命的な大被害を被った。この三国に起きた災厄は第二次世界恐慌となり、全世界を巻き込んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い地の底深く、ジョーカーは潜っていた。風水で繁栄する国の首都は豊富な霊脈(別の名を龍脈と呼ぶ。)によって恩恵を受けていた。かつては東京もそうであったが、地下鉄工事によって東京地下を伸びていた巨大な龍脈が寸断されて以来…東京の霊脈は細くなり三十年前の震災によって完全に消滅してしまった。

 しかし東京は未だ滅びず、現在ではほぼ復興を終えて経済も安定していた。

 その陰の功労者が“古きもの”の力を利用した【塔】であると知る者達は限られていた。

 しかしジョーカーはあらゆる手を使い誰も知り得ぬ秘密を探り当てたのである。そして今、彼はこの国に這いずる“怨念の権化”を解放する為に地下深く降りていた。

 

「感じます…感じますよ~。

バッドエナジーが押し潰さんばかりに感じてきますよ~。」

 

 ジョーカーの顔に邪悪な嘲笑が浮かび上がった。

 既に枯れ果ててしまった霊脈であったであろう空洞に辿り着いたジョーカーは空洞をバッドエナジーがより濃い奥へと進む。

 

「近い…。

どんどん近付いていますよ、人でありながら人を棄てて“鬼”となった荒ぶりし“まつろわぬ者”。

悪の皇帝ピエーロ様は貴方に力を与えて下さいます。

さぁ…、その姿をわたしの前に晒け出しなさい!!」

 

 ジョーカーは立ち止まりその黒き眼を前方に向けると、其処には何処から伸びたとも解らない木の根の様な物が道を塞ぎ、その不思議な根に絡め取られたかに見える枯れ果てた人の死体があった。

 朽ちた服は日本の陸上自衛隊の軍服に似ており、眼球のないその干からびた顔はまるで笑っている様に見えた。

 

「見つけました!!

二千年の長きに渡るまつろわぬものの呪詛を受け継ぐ魔人よ、貴方は未だその願いを成就してはおりません。

此より私が貴方を甦らせてあげます。」

 

 ジョーカーは両掌を軍服を着た木乃伊に向け、バッドエナジーを溜めて迸らせた。

 

「今此処に復活を遂げるのです!

魔人…“加藤保憲”よおっ!!!」

 

 ジョーカーの両掌より放たれたバッドエナジーは木乃伊にどんどん吸収され、その度に木乃伊の筋肉が盛り上がり…表皮に張りが戻っていくと、“男”を絡め取っていた根っこがみるみる内に枯れ果てていき男を解放した。

 面長で短髪のその男は地に足を着けると深く息を吸い込んで吐き、腕が動くのを確かめ…グー・パーをゆっくりやり指が動く事を確認した。

 

「初めまして、加藤保憲。

わたしはバッドエンド王国皇帝ピエーロ様の腹心でジョーカーと申します。

どうぞ宜しく…」

 

 しかし加藤と呼ばれた男はジョーカーを無視して彼の横を通り過ぎる。ジョーカーは無言で去ろうとする男を慌てて呼び止めた。

 

「おっ、お待ちなさい!?

何もなかったかの如く通り過ぎないで下さい!」

 

 男は足を止め、ジョーカーに振り返り鋭利な刃物…刀の様な目で彼を睨んだ。

 

(何という眼光!?

三幹部の皆さんでもアレ程害悪を露わにした目はしておりません!

流石は“まつろわぬもの共”を束ねる魔人です。)

 

 ジョーカーの嘲笑は苦笑に変わり、魔人を前にしてたじろいでしまう。

 

「貴方は今このわたしが…」

「喋るな、お前の声は勘に障る。

既に“奴”とは言葉を交わしている。故にお前が俺を甦らす事も知っていた。」

 “奴”とは恐らく彼が心より崇拝信仰する悪の皇帝…。それを卑下する呼び方で表すとは、ジョーカーの目に殺意が宿る。しかし此処は自身を抑え、色とりどりのカードを五枚取り出した。

 

「わたしにも役目があります。

貴方にコレをお渡しすると云う役目がね!」

 

 ジョーカーはカードを加藤の足元へと投げ、地面に突き刺さり彼は無表情でそれに視線を落とす。

 

「その“娘達”を貴方に譲りましょう。

どうぞドス黒く染め上げてやって下さい?」

 

 加藤はもう一度ジョーカーを一瞥すると地べたに刺さったカードに右掌を向ける。…するとカードは一人でに宙に浮き加藤の手に収まった。

 そして魔人はまたジョーカーに背を向け闇に溶けて姿を消したのだった…。



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会議と云う名の女子会…

 此処は次元の狭間にある空間施設…不思議図書館。世界中のメルヘンやファンタジー等の童話や絵本が自動的に蒐集される施設で誰が何の為に創造したかは解らないがキャンディ達メルヘンランドの妖精には馴染みの深い場所であり、プリキュアの秘密基地を設けた場所でもある。

 本日みゆき達プリキュアはほむら達魔法少女を此処へ招待し、彼女達だけで今の状況分析を行おうとしていた。

 四人席のテーブルには黄瀬やよい、巴マミ、星空みゆき、千歳ゆまが座り美樹さやかと暁美ほむらでホワイトボードを用意して皆に見える様にテーブルの斜めに設置した。

 

「それでは、コレより私達プリキュアと魔法少女との合同会議を行いたいと思います。」

 

 れいかの馴れた進行役にマミとさやかは関心しながら見つめ、やよいとあかねもれいかの話に耳を傾けた。ほむらはれいかの隣向かいでマジックペンを滑らせるホワイトボードに注目する。

 れいかは先ず共闘関係にあるスマイルプリキュア、魔法少女、ヘルシング機関、サーラッドの名を書く。

 

「私達スマイルプリキュアは東京で偶然“古きもの”に捕らわれた柊真奈さんを追い、小夜さんとサーラッドの皆さんと出会い…その以前より【塔】を調べていたアーカードさんとみゆきさんが接触した後にヘルシング機関に協力する事となりました。」

 

 ホワイトボードに“敵=【塔】”と書くれいかに続き、ほむらがヘルシング機関に関わった理由を説明する。

 

「わたし達についてはキュウべえが懸念している“魔獣の激減”の調査の為に先ずわたしが単独でヘルシング機関との接触を図り、結果的にみゆき達プリキュアとの合流を果たす事となったわ…。」

 

 皆二人の話に頷き、れいかは続いてホワイトボードにマジックペンでキュウべえの名を書いた。

 

「ほむらさんの話によれば“キュウべえ”さんは魔獣の情報を得る為に以前からアーカードさん…私達の敵であるバッドエンド王国のジョーカーとパイプを繋いでいたらしいのですが…?」

 

 れいかの質問にほむらが答える。

 

「えぇ、キュウべえはわたし達の魔法少女としての大まかなデータや貴女達プリキュアの行動情報の代わりに【塔】の細やかな組織図や魔獣に関する情報を得ていたみたいね。」

 

 此にはあかねが怒りを露わにした。

 

「何やねんソレ、明らかに“スパイ”シーな裏切り行為やん!!」

 

 くだらない洒落が混じってはいるがあかねは本気で憤慨する。しかしさやかが冷静な顔付きで彼女の怒りに水を差す。

 

「キュウべえにとっては、教えても問題ないと判断された情報なんだよ。

…でもアイツを弁護する訳じゃないけどわたし達の住居をバラした訳じゃないし、反対にキュウべえが得た情報はかなり役に立ってる。

星空さん達が危なかった時だって、アイツが教えてくれたからわたし達助けに行けたんだよ。」

 

 さやかの話を聞いてあかねはむ~と唸って口を噤んだ。情報は制する者は戦いを制する。…インコグニート戦はプリキュア達の危険がジョーカーからキュウべえを通じて漏れ、更に味方への連絡が早かったが故に切り抜ける事が出来たのである。

 れいかはマジックペンでキュウべえと書いた隣に“ジョーカー”の名前を書いた。

 

「キュウべえさんとジョーカーの協力関係はこの前のわたし達バッドエンド王国との休戦協定の際に切れた…と考えても宜しいですか?」

 

 れいかの問いにほむらが答えた。

 

「えぇ、キュウべえの口からはハッキリ聞いてるから安心して?」

 

 れいかはホワイトボードにあるキュウべえとジョーカーの間にある“=”に“≠”と記入して関係が切れた事を表した。

 

「話を戻しまして…、小夜さんや真奈さん達サーラッドとは最近改めて共闘と云う形になりましたが、みゆきさんはアーカードさんから奇妙な事を言われたそうですね?」

 

 れいかから尋ねられ、みゆきは答える。

 

「うん、アーカードさんはリーダーの殯蔵人さんを信用するなって言ってた。

理由は解らないけどあの人はわたし達にとって“鬼門”だって…。」

 

 鬼門…、鬼が現れ出でる門。災厄をもたらす門。害悪を振り撒く門。其れが鬼門である。杏子は険しい顔付きになり、ゆまの肩に手を置いた。

 

「もし其奴が裏切るなら容赦しねぇ。だけどそのアーカードだって何処まで信用出来んだ?

彼奴吸血鬼だろ、“化けもん”なんざ簡単に掌ひっくり返すんじゃねーか?」

 

 杏子もまた他のプリキュア達と同じでアーカードに対しては一切信頼は置いていない。恐らくはマミやさやかもそうなのかも知れない。

 

「はっぷっぷ~、何でみんなアーカードさんの事嫌うのかな~?」

 

 怪訝な顔をしてみゆきは此処にはいないアーカードを弁護するのだが、皆には全く受け入れてもらえずに拗ねてしまった。

 

「もう~、みゆきちゃんてば…。」

 

 なおはみゆきにかける言葉が見当たらず困り顔となる。

 

「ぷ~、なおちゃんもまだアーカードさんが嫌いなの?」

 

 なおは答えに困った。ハッキリ言えば好き嫌いのレベルではないのである…。

 

「みゆきちゃん、なおちゃんもわたしもやっぱりアーカードさんがまだ恐いんだよ。

理由はみゆきちゃんだって解ってるでしょ?」

 

 やよいに言われ、みゆきは口籠もった。彼女達にとってアーカードは邪悪な存在なのだ。彼の嘲笑に彼女達は恐れしか感じ得ないのだから…。

 

「わたしはそれなりにあの吸血鬼を信用しているわ。」

 

 其れは意外にもほむらの口より出た言葉であった。彼女の言葉を聞いた途端にみゆきの顔は明るくなり万歳までして喜び始めた。

 

「やったーっ!!

ほむらちゃんにもアーカードさんの魅力が解るんだね♪♪」

 

 終いには立ち上がってほむらに飛びついてガッシリ首に手を回し離れなくなってしまった。

 

「キャンディも抱きつくクル~!」

 

 それを見ていたキャンディもみゆきの真似をしてほむらの頭にしがみつく。彼女は抵抗こそしないが、その表情は暑っ苦しいと言わんばかりに目を細めて歪めていた。

 ほむらがアーカードを支持する理由は自分達にとって単純に最大の戦力となっているからである。そして何故かは解らないが、アーカードがみゆきを裏切る様な真似は絶対にしないと云う確信が心中にはあった。

 

(本当に不思議な関係よね…?)

 

 みゆきとアーカードの関係が自分達の今後にどう影響してくるのかもまだ分からないが、アーカードはみゆきに対し何かしらの興味を持ち…みゆきはアーカードに対して“初恋”の様な感情を抱いているのだと推測していた。

 そしてれいかはホワイトボードに書いた【塔】の字をマジックペンで差す。

 

「では、懸念としてサーラッドに関しては彼等の本拠地へ行く事の“自粛”を提案します。」

 

 れいかからの提案はプリキュア達は会合前に聞いていたが、やはり仲間を疑う後ろめたさもあり賛成しながらも表情を曇らせた。

 しかしほむらからある指摘を受ける。

 

「それはいいとして…、

“アルフォンス・レオンハルト”の件はどうするの?」

 

 現在アルフォンスは七色ヶ丘市にてみゆき達の日常に於いての警護にあたっており、今はあかねに武術の基本を教えたりもしていた。

 

「アルフォンスは大丈夫や!

あん人は“仲間”を裏切る様な事はせえへん!!」

 

 あかねがほむらの言葉に強く反抗をする。

 

「そっ、そうだよ。

アルフォンスさんとても優しい…かな…?」

「うおい、やよいちゃん!?」

 

 やよいの煮え切らない応援にあかねは情けない声を出した。

 

「でも彼奴、殯蔵人のボディガードだろ。

スパイの可能性もあるんじゃないか?」

 

 直球で言い出したのはやはり杏子であった。彼女の言う通りでアルフォンスは殯蔵人の直属のボディガードで秘書である矢薙春乃よりも彼に近い存在なのである。もしアーカードの言う通りに殯が危険な存在であるならプリキュアの情報はアルフォンスを通じて筒抜けと云う事になる。

 

「…ていうか日野さん…、アルフォンスって人に格闘技習ってるんでしょ?」

 

 さやかが疑念の眼差しをあかねに向け、彼女がアルフォンスのみならず、あかねにまで疑いを向けてきたのだとみゆき達は思った。

 

「美樹さん、杏子ちゃん、ほむらちゃん、アルフォンスさんは絶対に味方だよ!

だって、だって、この前わたしとキャンディにソフトクリーム買ってくれたもん!」

「そうクル、ソフトクリーム美味しかったクル♪」

 

 ほむらに抱きついたままあかねとアルフォンスを弁護するみゆきとキャンディだが、さすがに鬱陶しくなったのでほむらは無言でみゆきの手をほどき、キャンディを自分の頭からみゆきの頭に移動させた。

 其処へ何時の間にか隣に来ていたあかねが何やらすがる様な目でみゆきに尋ねた。

 

「みゆき…キャンディ…、“アル”からソフトクリームって…、ホンマ?」

 

 普段見せない弱気な彼女にみゆきは驚きながらもその質問には首を縦に頷いた。

 

「そんな~、ウチまだコーラとポカリしか奢って貰うてへん…。」

 

 ガクリと肩を落とし、一気に憔悴するあかね。アルフォンスとしてはコーラとソフトクリームの差に大した差を感じたりはしていないのだが、“今”のあかねとしてはこの差は無視出来ない“事件”であった。

 

「あかねちゃん?」

「あかねどーしたクル?」

 

 項垂れたあかねの顔を覗き込むみゆきとキャンディだが…、あかねの表情からは完全に生気が失せていた。

 そんな彼女に向けてマミが謳う…。

 

「季節は冬ども心は春なり…、あぁ真っピンクのサクラサク…。

by巴マミ…フフッ♪♪」

『まっ、マミさん…???』

 

 ニヤリと笑い、祟り目の様なマミの瞳が何とはなしに怖いと感じた少女達であった。

 時折脱線しながらも会合は続き、プリキュアと魔法少女達は今後の方針を固める。“ヘルシング機関”との関係をそのままに、サーラッドに対しては殯邸への行き来を自粛…殯蔵人と一人だけでの接触は厳禁としてアルフォンス・レオンハルトは今の状況を逆手に取り監視をする。しかし他のサーラッドメンバーに関してはヘルシングと同じ今の協力関係を維持する。そしてプリキュアは魔獣討滅への全面協力と魔法少女もまた彼女達との連携を重視する事となったのである。

 



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静かに忍び寄る死神の鎌…

早めに53話更新、此から更新速度早まるかな?


 不思議図書館の秘密基地を出、皆各々の帰る場所へと戻る。暁美ほむらもまた自身の家へと戻るが…、家の中は暗く静まり返っている。

 かつて暁美ほむらは病弱な体で母親の看病を受けながら入退院を繰り返していた。彼女は幼い頃から見ていた“夢”がありその夢の話を聞いた母親はどうしてだか哀しげに…、しかし何処か嬉しげにほむらに笑いかけてくれていた。…だが数年前にほむらの母親は辛労で倒れ、そのまま帰らぬ人となり…、寝たきりのほむらは夢に出て来た不思議な生き物…キュゥべえと出会い、魔法少女になったのである。

 父親は戸籍上存在してはいるがほむらは顔を覚えていない。理由はほむらと彼に血縁がない事…、つまりは母親と他の男との間に生まれた子がほむらである。

 この因果は宇宙の改変がなされても変わらなかった。巴マミは両親を奪った事故の中、選択の余地のないまま自身の命を繋ぎ止める為にキュゥべえと契約した。佐倉杏子は教会を営んでいた父親の説法を皆に聞いて貰いたいが為に契約した。しかしその結果、父は娘を“魔女”と罵り…母親と妹を道連れにして杏子を独りきりにした。美樹さやかは幼馴染みの少年の一生治らないと言われた怪我を完治させる為に契約した。…だがその少年は親友であった少女と一緒となり、さやかに振り向く事はなくなった。

 決して報われない祈り…。それでもその祈りの為に彼女達は一生を魔獣との戦いに捧げたのだ。

 そしてほむらもまた、三人と同じ報われない祈りの中でもがきながらも前に進もうとしていた。

 ほむらは額に繋いで巻いた二本の赤いリボンを右手に見入る。

 

「…みんな、自分の希望にその身を捧げたわ。でも、わたし達はまだ生きている。その先にあった“絶望”はこの宇宙から消え失せ、新たな希望を見出せる!

…見ていてね、“まどか”…。」

 

 ほむらは掌に乗せた赤いリボンを両手で祈りを捧げる様に握り締め、暗い部屋の中で“彼女”の為に涙を流した…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見滝原警察署の署長室にて、室内ではダラダラと脂汗をデスクに垂らし続ける警察署長と秘密組織【塔】のエージェントにして七原文人の右腕である男…九頭が来客用のソファに座り互いに緊迫した表情となっていた。

 

「正気じゃない…、貴方方はこの町で“戦争”を始める気なのですか!?」

「言葉に気を付けろ。

お前をその椅子に据えたのはこの様な事態の為だ。

今こそ文人様へ忠誠を示す時だ。」

 

 左頬にある刺青を歪ませて薄笑いを浮かべる九頭とは反対に署長は脂汗が止まらず絶望感を露わに項垂れる。

 

「作戦は一週間後、見滝原中学校に巣くう“害虫”を駆除する!

その際、校舎内にいる教師生徒も全て排除となる。

この国…我々【塔】が世界を制する為の正当な犠牲としてな。」

 

 それを聞くや否や署長は吐き気を催したかの様に両手で口を抑えた。

 

「既に文人様から警視総監へ話は行っている。

お前は当日見滝原中学校への道と云う道を全て封鎖しろ!」

「…かっ、畏まりました…。」

 

 署長は九頭の威圧感に負け、泣く泣く彼の“作戦”に承諾する。

 九頭は署長に蔑みの一瞥を残し、署長室を出て警察署の駐車場に停めていたクラウンに乗り込むと、端末機を出して文人に連絡を入れる。

 

「文人様、見滝原警察署長が我等の作戦を承諾しました。

一週間後、予定通り実行に移します。」

『ありがとう、九頭。

残りの裏工作は僕の方でしておくよ。』

 

 其処で電話が切れ、九頭は端末機を上着のポケットに仕舞い運転席で物思いに老ける。

 

(さて、この作戦…いや、殺戮行為に対してお前はどう動く…、“アルフォンス”?)

 

 かつて九頭とアルフォンスは良き師弟の関係であった。

 イギリスより旅行で両親と日本に訪れていたアルフォンスは不運にも“古きもの”と出会し、両親は目の前で喰い殺されて彼一人だけが九頭達【塔】の護り手に助けられた。以降は九頭の元で修行をした。…しかし九頭が【塔】の裏の当主の息子…七原文人と出会い彼に心底惚れ込んでその身を捧げた事により、七原文人に不穏な空気を感じていたアルフォンスは彼の下を去った。そしてアルフォンスは【塔】の表の当主である殯家に身を寄せて直属のボディガードとなったのだが、彼が不在であった日に九頭は文人の命により殯家を襲撃して殯家前当主とその妻…娘を殺し、現当主である蔵人だけが生き残ったのである。

 アルフォンスは大切な人達を二度も失い、古きものと【塔】を深く憎む事となったのである。

 今、九頭が心に置く人の名は七原文人とアルフォンス・レオンハルトのみ。其れ以外は有象無象と変わりない。小夜ですら余興に過ぎない。

 

「また昔の様に剣を交えたいな…、アルフォンスよ?」

 

 九頭の目は遠くを見つめるが、その笑みは残忍な狂者の嘲笑を形作っていた。




次回より見滝原中学襲撃です。本編一番の急展開となります。


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囁かな恋歌は荒ぶる靴音に掻き消され…

文章の最終に加筆しました。


 不思議図書館での会合から数日が経っていた。その間、プリキュアと魔法少女とで魔獣狩りを二度程行ったのだが…魔獣は全く見つからず、骨折り損となっていた。

 そして本日は欠伸をしながらの登校となる少女達だが、その中で美樹さやかは遠くで仲睦まじく横に並び歩く男女の背を見つめていた。

 松葉杖を突いて歩く男子の名前は上条恭介。さやかの幼馴染みで片想いの相手であり、隣に付き添うふわふわロングヘアの少女は志筑仁美。さやかの級友で数週間前までは親友でもあったが、今は上条恭介のガールフレンドであり…さやかの恋敵である。

 二人は愉しげに話しながら同じく登校する生徒達とも一緒に歩んでいく。

 さやかにはとても眩しい光景であった。しかし今の彼女は闇に隠れ、命ある限り魔獣を狩り続ける魔法少女である。普通の生活には戻れない、そして何時その命が終わるかも分からない、恭介に告白など…出来る訳がないと彼女は自分に今一度言い聞かせた。

 

(…アイツの負った“キズ”を治すと決めた時に決心した筈だよアタシッ!

恭介とは幼馴染みのままでいい。恭介の事は…仁美に任せるって…。)

 

 さやかは自分の頬を思い切り抓くって引っ張り、本気でやり過ぎたのか…抓った頬を抑えてしゃがみ込んだ。

 

「…な~にやってんだよ、さやか?」

 

 頭の上から声がしたのでしゃがんだまま頭上を見上げると、其処に見滝原中学の制服を着た佐倉杏子が怪訝な顔付きでさやかを見下ろしていた。

 

「べっ、別に何もやってないわよ!」

 

 そう啖呵を切って立ち上がるさやか。杏子はすました表情になり鞄を肩に背負うとぼそりと呟いた。

 

「上条と仁美だろ?」

 

 隣のさやかは何も言わず先に歩き出し、杏子は後に続く。

 

「何を仁美に遠慮してんだか知んないけどさやかには上条と付き合う“権利”があんだから、堂々とアタックすりゃあいいんだよ。

恋愛なんて結局は略奪愛だぜ!」

 

 鞄を持つ手とは反対の手で握り拳を作り見せる杏子をさやかは冷ややかな目を向けただけで直ぐに視線を反らしてしまった。

 

「何が略奪愛よ、恋愛と違うじゃない。

それにわたし達は魔法少女なんだから、そんな“モノ”に浮かれてる暇なんてないわよ。」

 

 そう言い切り、杏子を後ろに歩く速度を早めた。杏子はさやかの背中を見つめ、軽く鼻息を鳴らす。

 

(…まっ、確かにそうだけどさ…。

本当に“それ”でいいのかよ…、さやか…?)

 

 さやかの姿が登校する生徒達に溶け込むのを見送ると、今度は携帯を見ながら歩く巴マミを見つけた。彼女は困ったげな顔付きで携帯画面を見つめ、深い溜め息を吐く。

 

「…理解出来ないわ…。」

「何がだよ?」

 

 突然後ろから声をかけられたマミは「ヒイッ!?」と悲鳴を上げて肩を弾ませた。振り向くと其処にはニヤついた杏子がいた。

 

「何だ佐倉さんか…、脅かさないでよ~?」

 

 胸を撫で下ろすマミであったが、手に持っていた筈の携帯が無くなっておりキョロキョロとあからさまに狼狽する。

 そして杏子に目を向けると、何と彼女の手にマミの携帯があった。

 

「イヤアアアアアアアーッ、見ないでーっ!?!?」

 

 慌てて取り上げようと手を伸ばすマミ。しかし杏子は透かさず上体を反らして携帯を持った手を引っ込めた。更にマミはくるりと回って携帯を狙うが先読みをしてマミの手を躱す。

 

「返しなさい、わたしの携帯よ!!」

「別にいいじゃん、男からの告白メールに悩むなんて可愛いじゃん♪♪」

「キャアアアアアアアアアアアアアアアッ、言わないでええ!!!」

 

 その悲鳴で杏子はピタリと動きを止め、その隙にマミは携帯を殴り取った。

 

「・・・“マジで…男からの告白メール”??」

 

 顔をひくつかせ、本気で尋ねてきた杏子を見てマミは思考が止まり、周囲を見渡す。

 

 

「とうとう巴さんにも彼氏が出来たのか…?」

「今までいなかったのが不思議なくらいじゃない?」

「巴さんってお高くとまっても結局男好きなのよ。」

「俺、告白しときゃあ良かった…。」

「わたしの御姉様をよくもぉぉ…っ!」

 

 意外とハッキリ聴こえてくる彼方此方の声にマミは半泣き状態で杏子を恨めしげに睨んだ。

 

「…ごめん、何か…あたしが悪かった。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三年生の教室に入り自分の席に着くむくれ顔のマミとその前の席に座る困り顔の杏子。普段の日はさやかとほむらの教室にいるのだが今日はマミの様子とメールの件が気になり彼女について来ていた。

 

「携帯のメールは見てないけどさ~、

本当に誰かマミに告ってきてんのか?」

 

 杏子の問いにマミは無言のままメール画面を開いたままの携帯を手渡す。その画面を見た杏子は暫し無表情のまま画面を見つめ…、その表情はゆっくりと崩れていき…、突然の大爆笑となり果てた。

 

「あっはっはっはっ、コレあのサーラッドの“チャラ男”君からの“告白メール”だったのか♪♪」

「そんなに笑う事ないでしょ!?

わたしだって、おかしいとは思っているんだけど…。」

 

 杏子の言うサーラッドのチャラ男とは藤村駿の事で何故チャラ男かと言うと…只、彼女のイメージだけによるものである。

 

「会った時は松尾さんって人を入れて三人だったし…、あの時わたし、あの人達のあまりに浅い考えに怒ってしまっていたし…、嫌われこそすれ…、こっ、こっ、告白、だなんて…っ!?!?」

 

 急にメールの文章を思い出してマミは顔を赤らめて顔を隠してしまった。

 

「…お前って、男に免疫ないんだな。」

 

 杏子はそう言い捨て、この件は様子見と決め込む事にした。…と、また直ぐにマミがムクリと顔を上げる。

 

「そう言えば、ゆまちゃんはどうしたの?」

「ゆま…?

アイツなら今日はみゆきん家でキャンディと遊んでんよ。

だから昼に迎えに行くんであたし早退すっからな。」

 

 マミは呆れ顔になり、心の中で呟く。

 

(佐倉さん…、星空さんの家を保育園にする気ね。)

 

 マミは同じ魔法少女ながら彼女の悪知恵に申し訳無いと思う中でキャンディも居る事もあり杏子の考えにも多少の合理性を理解してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は“08:50”を過ぎ、町は通勤者達が勤務地へと急ぎ交わる時間となるが、今日に限って町の至る所が“ガラン”としていた。見滝原モノレール駅も普段ごった返すホームは人気が極端に少なく、駅前商店街は何処もシャッターが閉まっておりデパートに至っては休館日となっていた。

 そして見滝原警察と警視庁が派遣した機動隊により封鎖準備が彼方此方で為されていき、見滝原中学校を中心とした半径1kmの通学路、車道…裏道や抜け道と云った“全ての道”の完全封鎖が開始されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セブンスヘブン日本支部にして【塔】の本拠地である超高層ビル最上階では悠々と高級チェアに座り寛ぐ少佐が有名ハンバーガーチェーン店の特大ハンバーガーを大口を開けてかぶりついていた。

 

「んぐんぐ、偶に食べるジャンクフードもなかなか美味じゃないか。

さて、そろそろかな?

モニターを出せ。」

 

 少佐の指示で天井より巨大なモニターが降り、少佐は愉しげにモニターを見る。

 

「始まるぞ始まるぞ、今この“人”の狂気が牙を剥き少女達の喉笛を引き裂かんと唸り声を上げている。

君達は“戦場”を前にした時、どうするのかな…“ヴァルキュリア達”よ?

クフフフフフフ…ッ!!」



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血塗れの幕が間もなく上がる…

 時間は遡り08:30過ぎ…。七色ヶ丘中学校では生徒は既に殆ど登校し終えていた。二年二組の教室ではみゆき達も登校して四人はれいかの席に集まっていた。

 

「へえ、ゆまちゃん今みゆきちゃんの家にいるんだ。」

 

 やよいが意外と思い、みゆきの言葉を繰り返す。

 

「うん、だから今日キャンディはゆまちゃんのお相手でお留守番。」

「でも、ゆまちゃん本来なら学校に行ってる時間だからみゆきちゃんのおばさんは不思議に思ったりしなかったの?」

 

 なおに聞かれると、みゆきは苦笑して答えた。

 

「実は…、杏子ちゃんてばお母さんにゆまちゃんは視えない催眠術をかけちゃって…、

ゆまちゃんが家出るまでは解けないんだって…。」

 

 みゆきの話に皆呆けた顔となってしまう。

 

「…それって、ゆまちゃんを押し付けられたのと同じちゃうん?」

 

 あかねの突っ込みにみゆきは苦笑いのまま頭を横に偏らせた。

 

「でも杏子ちゃん達もそうだけどゆまちゃんはまだ小さいのにどんな願いを持って魔法少女になったのかな?

前に聞いた話だと強い想いと適性…本人の同意がない限りは魔法少女にはなれないって…?」

 

 やよいの疑問はなおも感じていたものであった。以前杏子とゆまの三人で買い物に出掛けた際に尋ねた時、杏子は頑なにその話を拒んだ。推測するなら杏子はゆまが魔法少女になる事を好ましく思っていなかった様だ。

 前回…、ウルフルンとの戦い以降は互いに危険な戦闘はアルフォンスとあかねが襲われた以外ではなかった筈なので千歳ゆまが彼女の目を盗み、或いはキュゥべえが杏子がいない時を狙い、ゆまと接触して魔法少女となったと考えるべきであろうか。

 

「確かに気にはなるけど…、ゆまちゃんや杏子ちゃん達がどんな気持ちで魔法少女になったのかなんて…きっと興味本位で知っていいモノじゃないんだよ。」

 

 なおは杏子より聞いた話をプリキュアのみんなには喋っていない。理由はあまりにも残酷で悲しい出来事が彼女達に強い願いを与えていたからだ。只もしみゆき達…そして自分がまた深い真実を知るとするなら、それは彼女達が自分達に本当の意味で仲間と認めてくれた時であろう。

 

「…なおの言う通りかも知れません、彼女達は私達と違った道を歩いています。

きっと私達では計り知れない想いをずっと抱えて行かなくてはならないのでしょう…。」

 

 なおに同意するれいかの言葉にやよいとあかねは頷くが、彼女の意見を認めた上でみゆきは“違う”と言った。

 

「確かに…、わたし達がプリキュアになった理由とは違う…。

でも今はわたし達スマイルプリキュアとほむらちゃん達魔法少女は“同じ世界”で戦っている。わたし達はほむらちゃん達を支える事が出来るんだよ。魔法少女のみんなが膝を折りそうになっても、手を伸ばしてあげられるのはわたし達だけなの。みんな、その事を忘れないで!」

 

 みゆきの言葉は四人の心に強く響いた。彼女達の過去と事情がどうであれ…共に戦う仲間であり、手を差し伸べられる友達として魔法少女達とは共闘しているのだと…みゆきは考えているのだ。あかねは目を丸くしてみゆきを見つめると、にんまりと笑顔を作って唐突にみゆきを抱き締めた。

 

「みゆき~、アンタは良え娘や!

ウチと結婚しよ~!!」

「えっ、ええ~っ!?!?」

 

 あかねとみゆきのじゃれ合いにやよいとれいかは笑顔になるが、なおは何気なく黒板の時計を見て呟いた。

 

「…ねえ、佐々木先生遅くないかな?」

 

 なおに言われて四人も時計を確認すると…、時刻は“09:16”を過ぎていた。何時もなら既に授業一時限目の最中の時間だ。

 五人の心に不安が過ぎったその時、二組の担任である佐々木なみえが険しい表情で教室に入り黒板を背にして教壇に立った。

 

「皆さんおはよう御座います。

突然ですが今日は授業をせずにこのまま即下校となります。」

 

 あまりにも唐突な佐々木先生の言葉にクラスの生徒達は授業をせず帰れる事に喜びもせず惚けてしまう。

 

「先生、理由を教えて頂けますでしょうか?」

 

 クラスの代表としてれいかが皆が感じた疑問を尋ねると、佐々木なみえは更に表情を強ばらせた。

 

「遂さっき警察から来たお話では見滝原町の見滝原中学校が謎の集団に占拠されたそうなの!

七色ヶ丘までは遠いのだけれど見滝原町周辺の各学校施設には避難勧告が出て住民全体に外出禁止が言い渡されているわ!」

 

 “ザワザワ”と教室内がどよめき始める。

 

「七色ヶ丘市も既に警察が外出禁止の呼び掛けをしています。皆さんは速やかに下校して事態が解決するまで家を出ない様にして下さいね!?」

 

 佐々木先生はHRを終えて教室を出ようとした時、今度はみゆきが彼女を呼び止めて質問する。

 

「先生、見滝原中の人達は大丈夫なんですか!?」

 

 この質問には佐々木なみえは言葉を詰まらせてしまい、直ぐに答えてはくれずに立ち尽くす。

 みゆきはそんな担任教師の態度により不安を更に募らせた。

 

「だっ、大丈夫よみゆきさん!

まだ“大きな事件”と決まった訳じゃないから!?

…皆さんも過剰な心配はせず、真っ直ぐ家に帰って学校から連絡があるまでは自宅を出ないで下さいね!」

 

 学校施設が占拠されただけでも大事件だと云うのに佐々木なみえはまだ“大きな事件”ではないと口にしてしまう。しかし生徒達はその言葉を全員は信用してはいなかった。

 帰宅準備をする生徒もいれば見滝原中学校の状況を自分勝手に推測~憶測して喋り出す生徒もいた。みゆき達五人はほむら達が心配となり、帰り自宅をしてその道で彼女達の救出を話し合おうとした時、クラスの眼鏡をかけた男子…木村さとしが聞き捨てならない話を口にし始めていた。

 

「コレ絶っ対“国際テロ”だぜ!

見滝原町って三十年前の震災以降、東京で最大の工業都市として発展してるけどその工業会社全てが国際企業“セブンスヘブン日本支部”傘下の会社なんだ!

見滝原中学校なんか日本支部会長の“七原文人”が直接寄付金を出してる施設の一つだって話だからきっとテロリストの今回の標的に選ばれたんだよ!」

 

 みゆきは木村がいる席に行き、彼の友達を押し退けて今の話の真意を聞き出した。

 

「木村君、今のセブンスヘブンと見滝原の話…、本当なの!?」

 

 何時にないみゆきの険しい表情に木村は気圧され、真実であると答えた。

 

「…本当だよ。見滝原市がセブンスヘブンが牛耳っている事は有名だし、七原文人がいろんな学園施設に寄付をしているのはテレビでも紹介してるよ!」

 

 彼の話に五人の顔から一気に血の気が引き、不安はハッキリとした危機感に変わり五人の心を侵食した。みゆきは鞄をそのままに教室を飛び出し、続いて四人も教室を出て行くクラスメイトを押しやって廊下に駆け出す。…と、佐々木教師が彼女の背に声を張り上げた。

 

「コラーッ、廊下は走らないのっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五人は図書室の前に立ち、みゆきがドアを開け放つと…、いつもは図書委員のいるカウンター席の上に思いもしない来訪者がいた。

 

「遅かったね、プリキュア。

さあ、ほむら達を助けに行くよ?」

「“キュゥべえ”!?」

 

 みゆきは来訪者の名前を叫ぶ。其処にいた白い猫と兎が混ざったかの様な一見可愛らしい生き物…キュゥべえがプリキュア達を迎えに来ていたのである。

 みゆき達はカウンター席のキュゥべえを取り囲む。

 

「ねえ、見滝原で一体何が起きてるの!?」

「杏子ちゃん達は大丈夫なのか!?」

「学校は今どうなっとるん!?」

 

 やよい、なお、あかねがキュゥべえを問い詰めるが三人はれいかに止められてみゆきが今一番に聞きたい状況を問いただした。

 

「キュゥべえ、見滝原中学校を襲ったのは…、

【塔】…なの!?」

「うん、見滝原中学校を襲ったのは【塔】の私兵達だ。

中学校周囲を封鎖している警察も“グル”の様なんだ?

今回は流石に四人でも切り抜けるのは難しいかも知れない。

…何せ、他の生徒達を見捨てるなんて出来ないだろうから?」

「…そんな…!?」

 

 まるで人事と言った風なキュゥべえの口調だが、彼はみゆき達に告げる。

 

「僕はインキュベイターのルールにより彼女達を直接助ける事は出来ないんだ。

だから四人の事を君達に頼みたい。今此処でほむら達を失うのは僕としては大きな損失だ。アーカードとサーラッドにも助成は頼んでいるから彼等と連携を取りながら動いてほしい。」

 

 其れを聞き、みゆきは今初めてほむら達がキュゥべえと仲良くしない理由が解った。

 キュゥべえ…インキュベイターは魔法少女達を仲間としてではなく、あくまで“魔獣”を倒し“穢れ”を集める兵器…道具として認識しているのだ。ほむら達は彼に人間味のある感情を期待…求めたりしていないから、キュゥべえに対して冷たい態度を取るのだ。

 そう、魔法少女とインキュベイターは“対等”ではないのである。

 

「貴方は…、ほむらちゃん達を只の戦力としか思っていないんだね…?」

「…いつか君達にも杏子やさやかと同じ事を言われるのは予想していたけど、

今はその事について論破するつもりはないんだ。

今僕が聞きたいのは…」

 

 其処でみゆきはキュゥべえを抱き上げて彼の言葉を止め、四人に対して振り返った。

 

「助けに行くに決まってる!

みんな、行こう!!」

 

 みゆきの決意にあかね・やよい・なお・れいかは『オウッ!!』と掛け声で応え、プリキュアはキュゥべえを伴い、不思議図書館を利用して見滝原中学校へと向かうのだった。



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汚れた手を取り前を見据える…

 見滝原市見滝原町…市立見滝原中学校は都内でも名門となるマンモス校である。数年前に大改装をして近代技術を取り入れた校舎となり、実験的な試みも相まって校舎内の全教室は四方全てが硬壁ガラスの使用となっていた。

 …09:24。見滝原中学校の校庭には10tの箱トラック五台が無造作に停められ、一台に一人見張りの様な人影が着いており、大きな校舎からは銃声の様な音と男女の悲鳴が彼方此方で飛び交っていた。

 

「お願いします、助けて下さい…!

何でも、しますか…っ!?」

 

 廊下でしゃがみ込み泣きながら命を乞う男子生徒の額にアサルトライフル…FNスカーの銃口があてられ、引き金が引かれる。数発の弾丸は男子生徒の頭部を吹き飛ばし、その体は糸の切れたマリオネットの様に背中から倒れ込み、それを見ていた生徒達がまた悲鳴を上げる。既に校舎内は殺戮領域と化してしまっていた。

 時刻が“09:00”になったと同時に五台の10tトラックが校門を破壊して校庭に侵入、トラックからは数十人の全身プロテクターを装備した鬼面の兵士達がアサルトライフルを構えて校舎内を占拠すると同時に職員室にいた教員全てを殺害したのである。最早生き残っている教員…いや、大人はクラスを受け持っていた担任教師のみである。だが、その存在も生徒達と同じ“獲物”に過ぎなかった。

 学級教室の階はほぼ全て硬壁ガラスで隠れる場所などなく、生徒と教師は通常建築の第二~第三校舎へと続く二階と三階の渡り廊下へ殺到。しかし渡り廊下は完全に鬼面の兵士達によって塞がれ、反対に集まり動けなくなった生徒達を挟み打ちにしてFNスカーを乱射した。

 男子生徒も女生徒も…そして男性教師も女性教師も例外なく槍衾に晒されバタバタと倒れていった。

 

「いた…い…、おか…さ…」

「だっ、だれかぁ…」

 

 “パンッ、パンッ…”と息のある者達に無慈悲な鉛玉が頭部に撃ち込まれていき、誰も動かなくなるのを確認した鬼面兵達はその場を離れる。まだ生きている獲物を求めて…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美樹さやかと暁美ほむらは志筑仁美、上条恭介。担任教師の早乙女和子や三人の女生徒達と一緒に第二校舎へ逃げ延びていた。さやかとほむらは魔法少女となっており、二人のコスチュームには少なからず“敵”の返り血の後があった。

 仁美は松葉杖を持った恭介を気に掛けながらさやかを不安げに見つめていた。

 

「さやかさん…、暁美さん…、その姿は一体…!?

それに先程お二人はあの鬼面の人達を…っ!!」

 

 仁美が言わんとした内容には恭介と和子も信じられずも目の当たりにしてしまった以上知らなければならない事柄であった。

 今ほむらとさやか達が隠れている調理準備室までに逃げ込む途中でさやかは先陣を切って鬼面兵士を二刀のサーベルで少なくとも四名近くを斬り殺した。ほむらもまた鬼面兵士の死体から銃器を奪い敵二名を躊躇なく撃ち殺している。

 

「美樹さん、暁美さん…、幾ら私達が助かる為とはいえ貴女方が手を汚してしまう必要なんてないんですよ。」

 

 早乙女和子が不安を露わにして呟き、三人の女生徒も二人を怯えた目で見ていた。さやかはこの様な状況下で人道を語る担任教師を鋭い目付きで睨みつけ、たじろぐ彼女に罵言を浴びせようとするが…ほむらの念話に遮られた。

 

〈美樹さん落ち着いて、早乙女先生はわたし達を心配しているだけよ。〉

〈そんな事分かってる!

この人達にわたし達を理解しろとも言わない!

それでも、わたし達に助けられたクセに…何も出来ないクセに後ろで物を言うのが気に喰わないのよ!!〉

 

 彼女達の教室が襲われた時、さやかは無意識に恭介と仁美の手を引いて二人を助け、ほむらもさやかを援護してその際に近くにいた早乙女和子と彼女に寄り添う三人の女生徒を一緒に連れて来たのである。

 しかし戦える者は魔法少女であるさやかとほむらのみで二人には敵の命まで考える余裕などある筈もなく、特にさやかは初めて奪った命と罪の重さに戦慄いていた。さやかの震える手に気付いたほむらは彼女の手に自分の手を添えて握り締めた。

 

「あっ、暁美さん!?」

「大丈夫よ、美樹さん。

今、貴女の恐れはわたしも一緒に感じているモノ。

貴女が背負ってしまった罪はわたしも一緒に背負うモノよ。決して独りではないわ!」

 

 予期せぬ彼女の言葉に呆気に取られてしまったさやかは目を見開いてマジマジとほむらを見つめ…、“プッ…!”と彼女の前で含み笑いをしてしまった。

 

「なっ、なに!?」

「いやぁ、何か暁美さんのキャラじゃないなって思ったら込み上げてきた。」

 

 さやかの言葉にほむらは不機嫌な顔をして見せる。

 

「怒ったならゴメン。

それと…ありがとう。」

 

 二人は互いの意志を確かめるかの様に見つめ合い、仁美と恭介…早乙女和子達に向き直った。

 

「先生、みんな…、

貴方方はわたし達が必ず救います。わたし達を信じて下さい!」

 

 強い意志を込めたほむらの言葉に和子は戸惑いを消せずとも、教師として彼女の思いに応えたい気持ちが沸いてきていた。

 

「私は本当に不甲斐ない教師ですね…。

分かりました、お二人に私の命を預けます!」

 

 和子に寄り添う三人の女生徒も狼狽えながらも和子と同じ気持ちとなり、ほむらに頷き返した。

 ほむらは和子達に微笑みかけ、「ありがとう…。」と呟くと立ち上がり、その表情は再び戦士の物となっていた。

 

(必ず守ってみせるわ!!)

 

 さやかもまた仁美と恭介に寄り添い、笑顔を見せる。

 

「仁美、アンタは引き続き恭介を守って。

わたしはアンタ達二人をこの命に賭けて守ってみせる!

…だから…約束して?」

 

 仁美はさやかの威圧感にたじろいでしまうが、彼女の強い眼差しに感化される様に自身を奮い立たせて頷いた。

 

「僕は…、足手纏いなんだね。

戦う事はおろか…みんなのお荷物にしかならない…。」

 

 未だ松葉杖を使った登校である上条恭介はこの場所に逃げ込む間、ずっとさやかと仁美に守られており、その事が彼の男としてのプライドを深く傷つけていた。

 

「そう思うんだったら…、

明日から今まで以上に仁美をシッカリ守ってやりなさいよ!

そんで…、ほんのちょっとでいいから…

わたしにも今まで以上に優しくしてよね?」

 

 さやかはそう言って頬を赤らめソッポを向いてしまった。朝、杏子から告白の話をされて“自分も”…とは思ってはみたが、今の要求がさやかには精一杯の告白であった。その時彼がどんな顔をしたのか…、自分の願いに応じてくれたのか…、さやかは確認をせずに立ち上がりほむらに念話を送った。

 

〈暁美さん、杏子とマミさんは大丈夫かな?〉

〈…分からない、だけど巴さんの傍に杏子がいてくれて良かったかも知れない。〉

〈え…っ?〉

 

 さやかにとっての巴マミは年上で自分達を纏め引っ張ってくれている頼もしい先輩のイメージが強い。しかしほむらが知っている彼女は人一倍寂しがり屋でさやかの次に精神的に脆い所を持つ少女である。恐らく彼女のクラスメイトも数人の生存…或いは皆殺しにされている可能性が高い。その惨状に彼女が耐えられるとはほむらには到底思えなかった。

 

(杏子、巴さんをお願い!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見滝原町の上空を五枚のカードが高速で飛行していた。桃、赤、黄、緑、青…とカードは互いと交差しながら飛び回り見滝原中学校へと飛んでいく。

 

「ウフフ、聴こえるよ。みんなの不幸に満ち満ちた声がっ!

もうドキドキしちゃうわ♪♪」

「み~んなウチが焼き尽くしたるで!」

「裏切られた時の絶望した顔とか楽しみ~♪」

「弱い奴等は全て死ぬしかないのさ。」

「えぇ、醜いモノに存在する価値などありません。」

 

 愛らしくも残忍な言葉を吐き棄てる少女の声の後にカードは鬼火の様に燃え上がり、人の姿に変じたかと思えば何と其れは五人のプリキュアによく似た少女達であった。

 みゆき達と同じなのは各少女が司る色と髪型のみで彼女達はフリルが付き肢体のラインがクッキリと現れたボディスーツで目には濃いアイシャドウを塗り、首下と胸元の中心には五角の星…“五芒星”が描かれていた。

 

「さあ、みんな…

この学園の“バッドエンド”を華々しく飾りましょう。

“あの方”の為に、そしてわたし達自身の為に…!」

 

 プリキュアの姿をした五人の少女の可愛らしい顔に残酷で下卑た嘲笑が刻まれた。悪しき日常より生まれ、悪しき怨念に育てられた少女達は内に秘めた悪しき願いを思い、殺戮の園をその瞳に映し出した…。

 




『殺戮遊戯の章』本番突入です。そしてスマプリからバッドエンドプリキュアが参戦、此処から先は残酷シーン満載となります。不快に思われた方には本当にすみません。
因みにこの章は謂わば“魔法少女おりこマギカ”や“ヘルシング”、“BLOODーC”のオマージュみたいな感じです。


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少女達の無垢なる畏怖…

 星空みゆきの家の二階の部屋では千歳ゆまがキャンディと一緒に佐倉杏子が迎えに来るのを待っていた。今回みゆきの家にゆまを預けた理由は特に無く…、杏子曰わく。

 

《ぁあ、何となく…みてえな?》

 

 …だそうである。家を預かるみゆきの母親、星空育代には勝手に魔法による暗示を掛けてゆまが家を出るまではその姿は見えない様にされている。…取り敢えずゆまがみゆきの部屋を出るのはトイレを借りる時だけなので隠れながら行く必要はない様である。

 部屋の中ではキャンディと絵を描いたりキャンディのアクセサリーコレクションを付けたりして楽しく遊んでいた。

 

 “きゅるるる~”と…ゆまのお腹の虫がなり、まるで共鳴したかの様にキャンディのお腹の虫も鳴る。

 

「お腹空いたクル~。」

「ゆまもお腹空いた…。」

 

 時刻はまだ“10:00”を回ったばかりで、みゆきがお昼にと置いていってくれたのは二本のバナナと六枚入りのクッキーである。しかし今食べてしまえばお昼食べる物が無くなってしまうので二人は鳴り続けるお腹を抑え項垂れる。

 しかし其処で何かを思いついたのか、ゆまはスクッと立ち上がりキャンディを見おろした。

 

「キャンディ、今ゆまは育代ママに姿が見えない筈だから…

ゆまが下へ行ってお菓子持ってくるよ?」

 

 ゆまの提案はキャンディにはとても魅力的ではあったが、其れは所謂泥棒行為であり、佐倉杏子が彼女に教えた“活き抜く方法”の一つである。

 

「ゆま、それは駄目クル。

此処にあるクッキーだけを今食べてお昼にバナナを食べるクルよ。」

「え~、お昼バナナだけじゃ足りないよ~?」

 

 二人は“う~ん”と唸り腕を組んで考えるが、鳴り続ける空腹の音には耐え切れず…キャンディはゆまの提案に乗った。

 ゆまはテテテテ…と階段を駆け降り、居間を通り過ぎてキッチンに辿り着いた。ゆまはキョロキョロと見回り、直ぐに食べられそうな物を探すが…、此がなかなか見つからない。

 

「ムゥ~、お菓子何処にあるの!?」

〈ゆま、杏子の命が危険だ。

君の力が必要になるから直ぐに見滝原中学校に来てくれないかい?〉

 

 突然の念話にゆまは肩を跳ねられせて念話を送ってきた主を探し回る。

 

「いた…、キュゥべえ…!」

 

 ゆまは居間の窓を開け放ち、その先に見える赤い屋根の家で座り此方に視線を向けるキュゥべえを見つける。

 

〈さあ、ゆま。

君の魔法力が最大限に発揮出来る戦場だ。杏子達を君の力で助けてくれないか?〉

 

 キュゥべえの念話から聞かされた杏子の危機にゆまは迷う事なく応えた。

 

「行く!

ゆまはその為に強くなりたくて…、杏子を助けたくて魔法少女になったんだ。

杏子達の役に立ちたいんだ。

ゆまは…、“ゆまは役立たずなんかじゃないんだから”!!」

 

 その叫び声と同時に千歳ゆまの小さな体が緑の光に包まれ、其処から放たれた強力な魔力は二階にいるキャンディにも届いた。

 

「えっ、コレ何クル!?」

 

 キャンディは部屋から出る事が出来ずオロオロしてしまうが、部屋の窓から素速く家々の屋根を跳ね進む影を見つけた。

 

「……ゆま…クル??」

 

 別にキャンディは目が良い訳ではない。しかしその小さな姿は何故か千歳ゆまなのだと、キャンディは感じてしまった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不思議図書館から見滝原中学校への侵入を試みたみゆき達だが、出てみれば其処は何処かの会社の資料室の様な室内であった。不思議図書館は世界中の本棚に繋がっており、例え其れが一棚しかなかろうと使用者が思い描き望む本棚へと道を繋げてくれる“力”を有している筈であった。

 プリキュア達なら兎も角キュゥべえは見滝原中学校の内部を熟知しており、本来なら学校の図書室に出られる筈だったのだ。

 

「どうして学校の図書室じゃないの、キュゥべえ!?」

 

 みゆきは狼狽えて抱き抱えたキュゥべえに強く問う。

 

「どうやら何者かが学校の敷地を“空間遮断の結界”で隔離した様だ。

物理的な侵入は可能だけど超常的な移動方法ではもう無理な様だ。」

 

 キュゥべえの答えを聞くと、みゆきはキュゥべえを床に降ろし、みゆき達五人はスマイルパクトを構えた。

 

『プリキュア・スマイルチャージ!!』

 

 五人の掛け声が重なり、室内は目映い五光で一杯になってみゆき達はプリキュアへと変身をする。

 

「不思議図書館で行けんゆうならプリキュアになって跳んで行けばええねん!」

 

 あかね…キュアサニーが拳を握り胸を叩く。ハッピー、ピース、マーチ、ビューティもサニーに同意を示した。

 

「場所的には見滝原中学校は目と鼻の先だ。だけど注意してくれ、校舎内は既に“学徒達の死体”で一杯だから。」

 

 彼の言う通り…既に学校内は地獄となり、それを聞いた途端にプリキュア達…特にピースの表情が青醒め、彼女は無意識に数歩後退ってしまう。

 

「ピース…?」

 

 ビューティが彼女の様子に気付き手を差し伸べようとしたが、ピースはその手から逃げる様にまた後ろに後退した。

 

「…やよいちゃん。」

 

 みゆきは理解した。キュアピース…黄瀬やよいは今キュゥべえが言った校舎内の惨状を想像して恐怖したのだ。ヘルシングの局長…インテグラにより見せられた三十年前のロンドン市街に溢れる累々たる屍の山…動く死体である喰屍鬼(グール)が生きている人間を喰らい、吸血鬼兵が嗤いながらロンドンの人々を殺戮するあの映像をやよいは思い返し、見滝原中学の惨状と重ねてしまっていたのである。

 

「ごめん…、みんな…。

わたし…行けな…ぃ…っ!」

 

 涙を溢れさせ、その場に座り込んでしまうキュアピース。その哀れみを帯びた姿にサニー、マーチ、ビューティは何も言えず…キュゥべえは軽い溜め息を零す。

 しかしキュアハッピーはピースの前に屈み、視線を同じくする。

 

「みゆき…ちゃん?」

「違うよ、今はキュアハッピーだよ!」

 

 眉をつり上げ、キュアピースの瞳を見据えるハッピー。ピースはその目から逃れようとソッポを向こうとするがハッピーはすかさず彼女の顔を抑えて瞳を合わせた。

 

「逃げないでっ!!

わたしを見て…っ!

今の貴女は何者なの、黄瀬やよいちゃん?

それともキュアピース?」

 

 キュアハッピーは問う、彼女に戦士か否かを…。そしてやよいは答えられない、今の自分が戦士であり続ける自信が持てないのである。

 

「わたし…、きっと何も出来ない!

一杯ある死体を見たら動けなくなる、みんなの足手纏いになっちゃうよ…っ!!」

 

 キュアピースは大粒の涙を流しながら自分の不甲斐なさを自傷し、ハッピーに懇願をするが…、ハッピーはそんな彼女を強く抱き締めた。

 

「…ハッピー!?」

 

 抱き締められたピースは気付く。ハッピーの体が小刻みに震えているのである。

 

「ハッピー、みゆきちゃんだって怖いんじゃない!

どうして…っ!?」

「そうだよ、わたしだって凄く怖い。今までだって…、バッドエンド王国だって怖いって感じてる。

でも其れ以上にわたしは大好きな人達を助けたいから、戦えている。

ピース、わたしはピースが…やよいちゃんが大好きだよ。」

 

 キュアハッピーのその一言が…、キュアピースの心に優しく響く。彼女もまた、ハッピーが…星空みゆきが大好きだ。その事実は今も…此からも変わりはしない。

 

「…みゆきちゃん、わたしもみゆきちゃん大好き。」

 

 キュアピースは抱き締めてくれたハッピーの手を解き、二人で立ち上がる。

 

「…サニー、マーチ、ビューティ…ごめんね。

わたし…、わたしはもう大丈夫だから!」

 

 キュアピースの顔はまだ恐怖を拭い切れずにいるが、それでも自分が何の為に戦っていたのかを再確認し、立ち上がる事が出来た。ハッピー、サニー、マーチ、ビューティもピースと同じ気持ちなのだ。だからこそ、プリキュア達は【塔】の卑劣な行為に屈したくはなかった。

 …だが、其処でキュゥべえは周囲の異変に気付き、伝えた。

 

「改めて結団を高めた所悪いけど、どうやら“先手”を打たれた様だ。

もう直ぐ此処に魔獣達がかなりの数で押し寄せてくるよ。」

『えっ!?!?』

 

 突然の出来事であった。頭上より激しい破砕音が響き、プリキュアとキュゥべえのいた“ビル”はドス黒い巨大な不定形の塊に圧し潰され、みゆき達は砂塵が荒れ広がるビルの瓦礫に埋もれてしまった。巨大な黒い塊からは次々と法衣を纏ったスキンヘッドの人型…魔獣が現れ、其れ等が離れていく度に塊は小さくなり…最後の一体を残して消えてしまった。

 その状景を見つめる独りの影があった。旧日本軍の軍服を着極し、五つの角を持った星をシンボルとした軍帽を深々と被り其処から覗く鋭くつり上がった三白眼…凶相がビルの成れの果てである瓦礫の山を睨めつけた。

 

(此で多少の時間稼ぎになる。

残る懸念は“英国の吸血鬼共”か…!)

 

 軍服の魔人は瓦礫から視線を逸らすとまるで背景に溶け込む様に姿を消した…。



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残酷なる戦場で慟哭す…

すみません、久しぶりの更新です。ボリューム的には二話分くらいです。


 見滝原中学校第三校舎では魔法少女となった佐倉杏子と同じく魔法少女になった…、しかし蒼白な顔で胸を抑えながら杏子に肩を抱えられて前のめりに歩く巴マミの姿があった。

 

「大丈夫かよ…、マミ?」

 

 マミは青い顔に苦笑を浮かべ杏子に答える。

 

「どう…かしらね、あまり良くなったとは…言えないかしら…。」

 

 その口調はまるで自嘲している様にも聞こえ杏子は顔をしかめる。

 二人のいた教室で起きた惨劇は特別な武器によるモノであった。他の教室の様に銃による乱射ではなく、手榴弾と云った爆弾でもない。

 …“毒ガス”である。

 突然侵入した鬼面兵は奇妙なタンクと一緒にマミと杏子をクラスメイト達と担任ごと閉じ込めた。そして完全に密封された硬壁ガラスの教室に置かれたタンクからガスが噴出され、そのガスを吸った生徒は一人…また一人と苦しみ出しては泡と血反吐を吐いて次々と事切れて逝った。杏子は直ぐに魔法少女に変身してガラス壁を破壊しようとするがなかなか壊せず、他の生徒を守ろうとして端角にいたマミは変身が遅れ僅かに毒ガスを吸ってしまっていたのである。

 杏子がガラス壁を破壊して鬼面兵達を倒した時には生きている教師やクラスメイト達は居らず、魔法少女の姿になっていたマミは友達の亡骸を両手に抱き寄せ泣いていた。

 杏子は右肩にマミを抱え、左手に三角刃の多節槍を強く握り締めて床を踏み締める。彼女もまたマミと同じ誰一人助けられなかった事を深く悔いていた。…自分が周りへの被害を気にかけ且つ硬壁ガラスを侮ったばかりに直ぐに砕けず、壊すのに七撃も要してしまいその間に致死量の強い毒ガスはマミ以外の命を全て奪い去ってしまった。

 

「必ず“ツケ”は払わせてやるぅ…!!」

 

 杏子は泣きたいのを我慢しながらも歩を進めるが…廊下の向こうから熱気に焦げ臭い厭な匂いとけたたましい女性の絶叫が聴こえ、前方にいる二人の鬼面兵を睨んだ。

 

「マミ、少しの間ジッとしていてくれ!」

 

 マミは無言で頷き、杏子は彼女を廊下の脇に降ろすと常人の目には捉えられない早さで鬼面兵の一人を瞬殺し、気付くのが遅いもう一人を多節槍で払い飛ばした。そこで杏子はその鬼面兵が装備した銃器を見て真っ青になる。背中に背負った二本のガスボンベにそれとホースで繋がった銃型の噴射器…。

 

(まさか…、火炎放射器!?)

 

 更に焦げ臭さが増し、鬼面兵のいた場所は女子トイレの前。そしてその中からは咽せかえる程に肉の焼け焦げた臭いが杏子を地獄の底へ叩き込んだ。…ガクリと膝をつく杏子は焼けた女子トイレの隅にある黒焦げた四つの性別の解らない死体を見てしまったのだ。杏子の後ろで昏倒している鬼面兵は火炎放射器まで使用してこの学校の生徒達を殺害していたのである。

 

「…駄目だ、もうネジが取れちまった。」

 

 そう呟いた杏子の表情に殺意が宿り、立ち上がった途端に彼女の足下で血飛沫が飛んだ。仰向けに倒れていた鬼面兵の心臓に槍を突き立てたのである。そしてもう一人にもその狂刃を向けた時、マミが其処に立っており、左手に構えたマスケット銃の銃口を下に向け…引き金を引いた。“バンッ”と銃声が鳴ったと同時に廊下一面にはワッとドス黒い血が広がり、鬼面兵の頭の肉片が其処等中に散らばる。

 

「…マミ…。」

 

 呆けた表情の杏子がマミを見つめ、彼女は生徒の焼死体と人を殺したショック…そして毒ガスによる症状が合わさってしまい激しく嘔吐してしまう。

 

「うぅ…ウエオォォ…ッ!!?」

 

 胃液を吐き出し、四つん這いになったマミはマスケット銃を投げ捨てて声を上げて泣き始めた。

 

「もうイヤだあ!!

こんな思いをする為に命を繋ぎ止めたんじゃない!

こんな光景を見る為に魔法少女になったんじゃないわ!!

どうしてわたしにこんなモノを見せるのよ、お父さんとお母さんだけじゃ飽き足らないの!?

なんで…何でわたしがこんな場所に居なくちゃならないのよおおっ!!!」

 

 彼女は完全に恐慌状態に陥っていた。同級生の死に際を見せつけられ、怒りの為とはいえ遂には自分の手を血に染めた現実に堪えられなくなったのだ。泣き喚く彼女の悲痛な嘆きに我に返った杏子が駆け寄り、マミの両肩を掴んだ。

 

「おいマミ、しっかりしろ!?」

 

 体を揺さぶり、杏子は泣きじゃくりながら叫ぶマミを正気に戻そうとするがマミは唐突に杏子を突き飛ばす。

 

「何すんだよ!?」

「そっちこそ、どうして平然としていられるのよ!?

人が殺されているのよ、わたし達人を殺してしまったのよ!!

…平気そうになんかしないでよ…。」

 

 隠し切れずに動揺を爆発させるマミに杏子は苛立ち、右拳を振り上げるとそのままマミを殴りつけた。マミは倒れ込み、杏子は膝座りのままでいた。

 

「…いたい……。」

「あたしも手ぇ痛えよ、バカ女。」

 

 そう呟いた杏子は倒れ伏しているマミの胸ぐらを掴み上げてお互いの顔が近付いた。

 

「あたし相手に甘えんなよマミ。

こちとらアンタの泣き落としに付き合える程人は良かねえんだよ!」

 

 杏子に胸ぐらを吊されたマミは悔しげに唇を咬み締め、目を瞑り涙を絞り出す。

 

「マミ、この学校はもう戦場なんだよ。

敵が魔獣だろうと人間だろうと絶対に迷うな、そして終わらない内に泣くな!

あたし等は…

あたし達はどんなに否定しようと“魔法少女”なんだっ!!」

 

 杏子の言葉にマミは目を開け、歯をきつく噛み締めた。彼女の言う通りなのだ、どんなにマミが泣こうが喚こうが…魔法少女である事実からは逃げられない。

 彼女の両親が死んだ日、マミもまた二人と同じく命を落とす筈であった。…だがマミはキュゥべえと出会い強く願ったのだ、まだ生きたいのだと…。

 彼女が魔法少女を否定する事は自分の生そのものを否定してしまうのだ。杏子には其れが許せなかった。

 

「テメエの持ち分を放り出して逃げようなんざ、あたしは絶対に許さねえ!!」

 

 気付けば杏子の目から涙が流されていた。思わず感情的になったせいだろうか…、それに気付いた本人はマミを離して左腕で涙を拭う。

 そんな杏子の姿にマミは落ち着きを取り戻したのか、自分も涙を袖で拭い…ハンカチを出して杏子に渡そうとするが、廊下の向こう先から光が一瞬視えた。

 

「杏子危ない!!」

 

 マミは杏子を力一杯に突き飛ばしたと同時に高速で飛んできた“エネルギー弾”を脇腹に喰らい、弾き飛ばされた。

 

「マミッ!?」

 

 杏子は血を吐いて転がるマミに駆け寄ろうとするがエネルギー弾が飛んできた方向に人影を見つけ多節槍を構える。

 

「・・・何だ、お前!?」

 

 杏子は自分と向かい合う敵の姿に驚きと動揺が隠せなかった。“彼女”の姿があまりにキュアマーチに似ていたからだ。…しかしよく見れば大きな違いもあった。所々にフリルを飾った黒いボディスーツに広い袖…髪はマーチと同じポニーテールだが彼女とは違いしっとりとした長い緑色の髪であった。

 

「弱者は強者に踏み潰される…。此は宇宙全ての真理だ。

生徒と教師は【塔】の兵士に殺され…

兵士はお前達魔法少女に殺され…

そして魔法少女はわたし達“バッドエンドプリキュア”に駆逐される!

全てはもう決まった最悪の結末だ…。」

 

 彼女はニタリと嗤うと突如杏子の視界から消えた。

 

(しまった!?)

 

 杏子は咄嗟に多節槍を横に頭上に掲げると“敵”は頭上から長い脚を振り上げて踵落としを狙ってきた。多節槍が大きくしなり、踵は杏子の額ギリギリで防げた。

 

「アッハッハッハッ、まだまだまだまだああっ!!」

 

 キュアマーチと同じく蹴り技と得意としたその敵はすかさず鞭の様にしなる蹴撃を連続で繰り出す。杏子も避けては多節槍で受け、または流して防ぐが防戦一本となってしまう。

 

(やべえ、蹴りが速いだけじゃなく重過ぎる!!)

 

 受けては流し、避けては受ける。杏子の戦闘スタイルは攻撃こそ最大の防御と云う言葉通りの闘い方である。防御は魔法少女四人の中で一番不得意なのだ。だからこそ彼女はマミやさやか、ほむらとチームを組み自分の弱点を補った。

 しかし今…ほむらとさやかは居らず、マミは敵の奇襲で動けずにいる。よって敵の蹴撃連打を躱し切る事は不可能に近かった。

 

「ほらほら、もっと速くなるよ!

しっかり気張りなっ!!」

 

 杏子は反撃出来ずにコンクリートの壁に追い詰められ、敵の予告通りに蹴撃のスピードはどんどん速くなっていく。そして敵の蹴りがとうとう杏子の防御を剥がし切り横っ腹にヒットした。

 

「ガハアァッ!?」

 

 杏子の腹部に敵の爪先がめり込み、杏子は呼吸を封じられ、その隙を敵は逃さなかった。

 

「終わりだ、魔法少女。」

 

 キュアマーチに似た魔少女は右脚を弓を引く様に腰の位置で膝を折って止めると…、今度は機関銃の如く直線的な蹴突が杏子を襲った。ノーガードで受けてしまったその蹴突の連撃に杏子は為す術なく身を曝す。背にした壁は連続する蹴突に亀裂が走り、杏子の体をめり込ませていくと敵は深いピンク色のエネルギー弾を発生させてサッカーボール程の大きさになると右脚の連打を止めて左脚を振り上げエネルギー弾を蹴った。エネルギー弾はほぼ零距離で意識が虚ろの杏子を直撃…後ろの壁をぶち抜いて更にまた壁をぶち抜き、その瓦礫が彼女を埋めてしまった。

 

「魔法少女…他愛ない。

わたし達バッドエンドプリキュアの敵じゃないね!」

 

 バッドエンドプリキュアを名乗る少女は動かなくなった杏子を遠目に罵り、やはり動けないマミに視線を向けて近寄ると蔑みの眼差しでマミを見おろし彼女の腹部を蹴りを打ち込み、浮いた彼女をサッカーボールの様に壁に蹴りつけた。

 

「あぐぅ!!」

 

 吐血が廊下に散らばり、マミはまた膝を折り倒れようとするが、彼女がそれを許さず首を鷲掴みにし、苦しがるマミを無理矢理壁に押し付けた。

 

「さて、お前はどう料理してやろうか~?」

 

 魔少女の大人びた顔は残酷な笑みを作り出し、マミの眼前に敵の二本指が彼女の目玉を抉り出さんと迫る。

 

「その位にしておきなさい!」

 

 突然緑色の少女の背後から別の女の声が聴こえ、振り向き様に左脚の回し蹴りを入れようとしたが赤黒い液体の様なモノに受け止められると凄い力で勢いをつけて持ち上げられて天井に叩きつけられた。

 

「グアッ!?」

 

 更に床にも叩きつけられて遠くへと放り投げられた。

 最早マミは声も出せず、気を失い前のめりに倒れ込むが、彼女を助けた何者かが抱き止めてゆっくりと廊下に降ろした。

 

「バッドエンドプリキュア…か、それじゃあ貴女はバッドエンドマーチ…とでも言うのかしら?」

 

 マミを助けた人物は左目を前髪で隠したショートヘアの金髪…声と豊満な胸が女性であると伺わせるが、赤黒く変色したヘルシングのワッペンを付けた部隊服を着ており左腕が無い。…代わりに赤黒い液状…或いは“影”の様な物体が生えて蠢いていた。

 彼女の名はセラス・ヴィクトリア…。ヘルシング機関の現ゴミ処理係であり、吸血鬼アーカードの僕…眷族である。

 放り投げられた敵…バッドエンドマーチはゆっくりと起き上がり、吸血鬼セラスを睨んだ。

 

「吸血鬼か、相手にとって不足はない!!」

 

 バッドエンドマーチは床を蹴り、突進。セラスは迫るマーチを笑みを浮かべて迎え討った。



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魔少女達の猛襲…

戦乙女を更新。
今回は短いですが完全なグロ回、救いはありません!


 学校内には新たな絶叫が加わっていた。男性の恐怖に歪んだ悲鳴…それは鬼面兵達の物であった。青く長い髪を翻して二本の氷の両刃剣で一人、また一人と斬り裂く少女がいた。振り上げた両刃剣で頭から股にかけて両断、横薙ぎに一閃し胴体を真っ二つにし、臓腑がバラバラとバラけた。彼女の足元には転がる哀れな犠牲者の残骸、そして泣き過ぎてひきつけを起こしていた女生徒が一人いた。

 

「ヒッ、ヒッ…ヒキッ、たっ、すけ…!?」

「醜い者に存在する権利はありません。

速やかに消え去りなさい。」

 

 そしてまた剣を一振り、女生徒の首が“スパン”と落とされた。キュアビューティとは対局の魔少女…バッドエンドビューティは無表情のまま鬼面兵と生徒達を解体していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黄色の魔少女がアサルトライフルを乱射する鬼面兵にゆっくりと近付き、しかし弾丸には一発も当たらずに彼等の前に立つ。

 

「ばっ、化け物め!!」

「酷いわ、こんな可愛い娘に化け物なんて…。

ムカつくから殺しちゃうね?」

 

 少女が鬼面兵に触れた瞬間、鬼面兵の全身を高圧の電流が駆け巡り断末魔と共に鬼面兵は吹き飛び、ガラス壁に叩きつけられて焼け焦げた煙を立ち昇らせ倒れ込んだ。

 

「あ~あ、死んじゃったわねアレ。

よっわいの~、アハハ♪」

 

 そして遠くの鬼面兵を見つけると指先に向けて強力な電光を放ち一掃、キュアピースとは正反対の魔少女…バッドエンドピースは無邪気な笑みを浮かべると、足下に転がる亡骸を踏みつける。彼女の通った後には感電した幾つもの死体が転がり、一体また一体増やす度バッドエンドピースは上機嫌になっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい早くしろ、追ってくるぞ!!」

「何なんだよあの女、あの鬼の面した奴等をみんな“燃やしやがった”ぞ!!」

「おかあさん、助けてよ、おとうさん!?」

 

 廊下の天井を赤く染めて焦がしていく炎の中で逃げ惑う生徒達に赤い魔少女が関西弁で罵倒する。

 

「逃げ道なんて何処にもあらへんで!

諦めてウチにその身ぃ晒しいな、そしたらそのウザい存在を生きたまま苦しませて炭化するまで焼き尽くしてやる!」

 

 そう言って赤い髪の魔少女は背を向けて逃げる生徒達に掌を向けると深いピンク色の火球を造り出して撃ち放った。火球は生徒達に着弾して燃え上がり、炎の中で悶え苦しむ影が踊り、悲鳴が混声合唱の様に聴き取れた。

 

「ハッ、つまらん影絵やな。」

 

 キュアサニーに姿を似せたバッドエンドサニーはその光景を鼻で嗤い、足元の炭化した死体を蹴り崩した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ってってば~、わたし全然遊び足りないよ~?」

 

 廊下の向こうから可愛らしい少女の声が聴こえてきた。鬼面兵は捻り折られた左腕を庇いながら走り、ガラス壁の角を曲がる。

 

(クソッ、クソッ、話が違うじゃねえか!

この学校の生徒と教師を皆殺しにする任務じゃなかったのかよ!!?)

 

 鬼面兵は左腕の激痛に耐えながら今の自分の状況に毒吐き、右手に拳銃を握り校舎の出入口を目指す。…だが何時の間にか彼の逃げる先にはピンクの長い髪の毛を両端に束ね、スレンダーな体がクッキリと現れたピンクのフリルで装飾された黒のボディスーツの魔少女…バッドエンドプリキュア・バッドエンドハッピーが行く手を塞いだ。

 

「はい、鬼ごっこは終わり。

…と言っても貴方も鬼なのよね?

フフ…ッ、鬼が鬼を“陵辱”するのって…、とてもファンタジーな感じだと思わない?」

 

 鬼面兵は魔少女を見るや否や、震える右手の拳銃を構え乱射し始めた。…だが魔少女の姿は鬼面兵の視界から突然消え、彼の眼下からあの少女の声が聴こえた。

 

「そんなの撃っても何も変わらないわ。

さあ、わたしの玩具になってね?」

 

 とても愛らしい微笑みに鬼面兵は自身の死を悟る。そして彼女が鬼面兵の腹部に触れて爪を立てた瞬間、腹の皮膚を引き裂いて血飛沫と共に臓物を引き出された。鬼面兵は面の口元から血反吐を吐いて苦しがり、その彼を彼女は押し倒して馬乗りになる。

 

「血の色って綺麗…。」

 

 うっとりとした表情でバッドエンドハッピーは掌一杯に濡らついた血を舐めとり鉄錆びた味を味わった。

 そして鬼面兵の断末魔が響き渡り、その後に残されたのは人の形など残らない程に引き千切られた四肢と首…胴体から臓物であった。血塗れのバッドエンドハッピーは鬼面兵から抉り取った心の臟を両手に持ち、先程とは違い虚ろな瞳で薄笑いを浮かべ心臓を目線まで持っていき人差し指と親指でハートの形どる。

 

「他人の不幸は蜜の味…、とても心を打つ言葉だわ。

今この学校は人間の不幸…“死”で満ち溢れているわ。何て“ステキ”な事なんでしょう、全ての命がわたし達バッドエンドプリキュアに平伏すのだわ!

ねえ、そうでしょ…“御父様”?」

 

 そう独り言を呟き、彼女はその手に持つ心臓をグシャリと握り潰した。

 




バッドエンドプリキュア殺りたい放題回でした。


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いざ、地獄の釜底へと飛び込まん…

 …10:57…。【塔】による見滝原中学校教師及び生徒への殺戮行為は一時間半にはバッドエンドプリキュアによる人間狩りへと移り変わっていた。その状況をセブンスヘブンの最上階でモニターから見ていた七原文人…。そして少佐は愉しげに口の中の噛み潰したハンバーガーを飛び散らせながら大笑いをしていた。

 

「ァアッハッハッハッハッ!!

コイツは愉快痛快、此処で君達が“横殴り”をして来るとは思いもしなかったよ、“ジョーカー”?」

 

 少佐の視線の先には白い仮面を付けた道化師…バッドエンド王国のジョーカーがニタニタと嗤いながら少佐と一緒にモニターを見ていた。

 

「いえいえ、私は何もしてはおりません。

プリキュアと魔法少女とは休戦協定を結んでいますから。

…只、東京を呪い続ける独りの怨霊を目覚めさせ、私の造り出した娘達を里親に出したりはしましたが…。」

 

 不気味に嗤うジョーカーを少佐はとにかく感嘆する。

 

「いやいや、まさか“あの男”を復活させるなど思いつきもしなかった!

嘗ての我が上官カール・ハウス・フォーファーはあの男を“友達”と呼んだ!

彼の生涯で後にも先にも友達と呼ばれた人物は只一人だ!

…“加藤保憲”。

日本古来の呪術、陰陽道、中国の仙術、韓国の道術、その全てを極めんとした東洋きっての大魔術師!!

わたしは一度でいいからあの“軍人”に会ってみたかった…。」

 

 更に活き活きと活気づく少佐。今、彼は一つの目的を見つけ出した。三十年前に打倒アーカードの為に千人の人造吸血鬼と三千人のヴァチカン十字軍…そして三百七十二万人のロンドン市民を生贄にして一度は最強の吸血鬼を葬った。

 しかし今の少佐は今のアーカードに興味を示さない。何故なら最早彼にとって彼は既に打倒し尽くした存在…過去その物、そして自分自身もまた過去の産物でしかない筈であった。

 その筈の自分がモニター越しで二転三転と好転するキリングフィールドに心を躍らせ、自分と同じ外道であり全くの対局に位置する“目的の為なら手段を選ばない”伝説の魔人の復活に彼は生き甲斐を見出してしまった。

 

「あの男に会いたいですか…?

しかし加藤保憲は確実に第三勢力…彼女達にとっても、貴方方にとっても無視出来ない“敵”となるでしょう。」

「構わない!

いや、そうでなくてはならない!!

嘗ての同盟国の元で戦い、今は袂を別ち合い見えるなど…よくある事だっ!」

 

 愉快げに笑う少佐と腹に一物を隠したジョーカーの会話を七原文人は珍しく無言で聞き入る。

 

(加藤保憲か…。

三十年前、ロンドン壊滅と同時期に起きた東京大震災…。

その未曽有の大災害を引き起こしたのが大魔術師にして日本最強の陰陽師。

…しかし何故彼が見滝原中学校を襲う必要があるのか?

気になる所だね…、そうは思わないかい、小夜?)

 

 文人は手に持つグラスに入った高級ウィスキーを一口含み、またモニターに目を向ける。

 

「コレはどうやら予想以上に見応えのある殺し合いになりそうだね?

少佐…、ジョーカー。」

 

 三人の狂いし繰り手は互いに愉悦を帯びた笑みを見せ、最後まで見滝原中学校の最悪の末路を見届ける事とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見滝原中学校は周囲の全ての道を見滝原警察と警視庁機動隊によって封鎖されていた。公園からの小道も、ビルの狭い路地裏にも置ける場所にはほぼ警官が配置されていた。

 しかしそんな中でサーラッドの本拠地で中学生ながらも凄腕のハッカーである月山比呂は険しい面立ちでパソコン画面を見ながらキーボードを細い指で叩き、足下でもニーソックスを穿いた足の指で位置を確認する事なく素早くキーボードを叩いて見滝原警察署と警視庁のコンピューターをハッキングしていた。

 彼女の後ろではサーラッドの実質的リーダーである矢薙春乃が無線インカムを付けて比呂と一緒にモニター画面を睨む。

 

「ダメ、見滝原中学への道何処も警官が配置されてる!

これじゃあ真奈達が捕まっちゃうよ!?」

 

 侵入通路を見つけられない比呂に焦りが生じ、キーを叩く指に力がこもる。

 

「月ちゃん、落ち着いて。

藤村君、其方の様子は!?」

 

 春乃は松尾のミニバンの助手席に乗っている筈の藤村駿を呼び出すが…、返事は返ってこない。

 

「藤村君、聞いてる?

其方の様子は…」

 

 二度藤村を呼ぶが、返ってきた声は松尾の物であった。

 

『わりい矢薙さん、駿の奴あのマミっつう娘が心配で“ガチガチ”になってるんスよ。』

 

 藤村駿は昨日の夜に巴マミにメールを送っていた。短い文章ではあったが、勇気を出して書いた内容…。

 

“この前会ってからマミさんの事で頭が一杯です。どうか僕と付き合って下さい。”

 

 しかしメールの返事は返っては来ず、彼女の通う見滝原中学校は【塔】の私兵達が襲撃して中で何が起きているのか今も全く解っていない。

 テレビ等のマスメディアでは国際テロリストによるセブンスヘブンに対しての篭城テロ事件として報じている。しかし此はセブンスヘブンと【塔】による情報操作であり真実ではない。

 藤村駿は【塔】の卑劣な行為に巴マミが苦しめられいると考えると居ても立ってもいられないのである。

 

「…解ったわ。松尾君、藤村君の役割は真奈さんにやらせてちょうだい。

小夜さんにはその場所から見滝原中学校へ向かうよう伝えて?」

『…やっぱ此以上学校には近づけないですか!?』

 

 松尾の声は暗い。解ってはいたが【塔】が本気を出せば街中と云えど二百人三百人位なら軽く闇に葬ってしまう程の力がある。

 七原文人はその強大な金と権力による暴力の標的を自分が支援してきた学校施設に定めたのだ。自分の目的に邪魔になると判断した魔法少女達を消去する為に…。

 

「えぇ、中学校への道は全部封鎖されている。

…なら彼女の“脚力”に賭けるしかないわ!」

 

 春乃…サーラッドのメンバーは皆、小夜が人間ではない事を知っている。故に松尾や春乃は小夜を全面的に信用している訳ではない。しかし今は一刻を争う事態である以上は何としても彼女に中学校まで行ってもらいたい。既にプリキュアチームとヘルシングが魔法少女達の救援に向かっていると聞いているなら小夜が加わる事で更に無関係な命を拾えるかも知れない。春乃はそう考えた。

 

『分かりました。

小夜を降ろして俺達は後方支援に着きます。』

「…松尾君…、気を付けて…?」

 

 ふと、春乃は松尾だけに聞こえる様にそう呟く。インカムからは1テンポ遅れて「…おう。」、と小さく返事が返り其処で通信は切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中学校からかなり離れた…警察の目が届かない場所に松尾のミニバンが停まり、其処で後部座席に乗っていた私服姿の小夜が左手に鞘に収まった日本刀を握りドアを開けて降りる。…と、ノートパソコンを膝に置いた柊真奈が彼女を呼び止める。

 

「待って小夜、小型通信器の調子はどう?」

 

 真奈に言われて小夜は襟に付けた小さな機械に耳をすまし、 真奈に言われて小夜は襟に付けた小さな機械に耳をすまし、真奈の声を聞き取る。

 

「…良好だ。」

「コッチも小夜の声がちゃんと聴こえてる。

小夜、無理はしないでね?」

 

 真奈は心配そうに小夜を見つめ、彼女もまたその視線を受け止めて頷く。真奈はそれを見て安堵とも不安とも取れる小さな笑みをして見せた。

 そして小夜が真奈達に背を見せた時、何時の間にか目の前にオートバイに乗った黒いライダースーツの男がいた。小夜は険しく男を睨むが、構える様子はない。

 

「アルフォンス・レオンハルトか…。」

 

 小夜は身動きせずに相手の正体を見破るも、オートバイの男…アルフォンスは特に気にせず小夜にもう一つのヘルメットを投げ寄越して声をかけた。

 

「後ろに乗れ、その方が早い。」

 

 ヘルメットを受け取った小夜は迷う事なくヘルメットを被りアルフォンスの乗るオートバイの後ろに跨った。

 

「…行け。」

 

 無愛想な小夜にアルフォンスは無言のままオートバイを走らせ、あっと言う間にその場から走り去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔獣による奇襲を受け崩落したビルの下敷きとなってしまったプリキュア達はやっとの思いで瓦礫の中から這い出、地表に顔を出していた。…しかし五人の顔は暗く、キュアハッピーは歯を食い縛り悔しげに眉をひそめる。

 

「助けられなかった…、キュゥべえ!」

 

 室内の天井が落ちてきた時、ハッピーは咄嗟にキュゥべえに手を伸ばしたが届かず、彼の姿は瓦礫の中に消えてしまった。目の前の仲間を助けられなかった悔しさにハッピーは尚も立ち上がり、後ろの四人に振り返る。

 

「ハッピー、もう言葉はいらんよ。」

 

 サニー、ビューティ、マーチ、そしてピースが強い決意を秘めた瞳を向けて頷いてハッピーはキュゥべえの死に潤んだ瞳を拭う。

 

「うん、行こう!!」

 

 五人のプリキュアは飛び上がり、その先に見える学校校舎…見滝原中学校へと向かった。

 そしてその後ろ姿を瓦礫に潰され死んだ筈のキュゥべえが眺め、その隣にはアーカードもいた。

 

「理解出来ないね、君好みの殺戮空間が直ぐ側にあると言うのにプリキュア達を助けに来るなんて…。」

「今、星空みゆきに何かあっては困るのでな。

…だが無駄な寄り道だった様だな?」

 

 アーカードは一歩踏み出すと其れ以上の会話は交わさず、姿を消して中学校へと向かった。

 

「度し難い戦争狂がキリングフィールドよりもたった一人の少女の身を案じるなんて…。

どういう心境の変化なのかな、伯爵…?」

 

 プリキュアとアーカードを見送ったキュゥべえはその場に残り、座ったまま後ろ足で耳の後ろを掻いた。



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魔人と吸血鬼相対峙す…

 見滝原中学校校門前にて大きな爆炎が吹き荒れてその中から五つの影が駆け抜け、其処に二人乗りのオートバイが加わる。

 校門を塞いでいた大型トレーラーをプリキュア五人で破壊して突入し、その後を追う様にアルフォンスと小夜の乗るオートバイが合流したのである。

 

「アルフォンス!?」

 

 キュアサニーが彼の名を呼ぶとオートバイは急停車をして小夜がヘルメットを取ると先に降りてアルフォンスはヘルメットを脱ぎ取り、乗り捨てる様に降りてスタンドを立てずに倒したままにする。

 

「…あかね、お前何しに来た!?」

 

 まるで怒っているかの様な口調でキュアサニーに近付く彼だが、既に周囲を五人の鬼面兵が彼等を囲み、その後ろで忍者装束に額に“九”の字を書いた額当てを付けた長身の男が鋭い眼孔をアルフォンスに向けていた。

 【塔】の現当主である七原文人の右腕…九頭である。

 

「やはり来たか、アルフォンス・レオンハルト。

…そして待っていた、小夜。」

 

 みゆき達プリキュアは拳…、小夜は日本刀、アルフォンスはマシェットナイフを構える。

 

「警察に根回しをして【塔】の私兵による魔法少女達の抹殺か…。その為に学校全ての関係者を犠牲にするとは、随分リスクの高い割には下衆な作戦を立てたものだな…九頭っ!!」

 

 怒りを露わにするアルフォンスを九頭は鼻を鳴らし嘲る。

 

「作戦を立てたのはわたしではないが、わたし自身は作戦よりもお前達と剣を交わさんが為に此処に来た。

…俺が憎いか、“アル”?」

「馴れ馴れしく俺を愛称で呼ぶな、裏切り者がっ!!

お前が七原文人などに組みしなければ“真人様”の理想は叶えられていた筈だ!」

 

 アルフォンスの口から出た真人とは七原家の前当主であり、小夜の血で朱喰免による“古きもの”との約定を破ろうとした人物である。朱喰免による古きものの定数を守れば人を食らってよいと云う赦されざる約定を消し去ろうとしたが、孫である七原文人と彼に心酔した九頭に裏切られて殺害された。そしてかつて【塔】の表の顔であった殯家の家族も殯蔵人を残して皆殺しにされたのだ。

 

「くだらん、朱喰免による約定は我々【塔】…、文人様の絶大なる“力”だ!

其れをわざわざ棄て去るなど…真人様はあまりにも愚かであったが故に粛清されたのだよ。」

 

 九頭の高慢な態度にアルフォンスは自身を抑えられず、鬼面兵を飛び越えてマシェットナイフを右手に躍り掛かった。九頭は忍者刀を逆手に持ってこれを受け止める。

 

「アルッ!?」

 

 サニーが彼の名を叫ぶも、鬼面兵達が立ち塞がりプリキュア…小夜と睨み合いとなった。ハッピーが動こうとした刹那、鬼面兵の仮面奥の目が赤く光るのを見て彼女は動きを止めた。

 

「どうされたのですか、ハッピー?」

 

 彼女の些細な怯みに気付いたキュアビューティが問うと、ハッピーは額に汗を溜めて答えた。

 

「この人達…、“吸血鬼”だ!」

 

 ハッピーの言葉に四人は戦慄する。以前、みゆきがアーカードの誘いでセラスを空港へ出迎えに行った帰路でみゆき達は吸血鬼化した鬼面兵に襲われた。その時はアーカードによって苦もなく殲滅されたが、今彼は居らず…“鬼面の吸血兵”の武装は近接を目的としたコンバットナイフである。吸血鬼の怪力で振るうナイフは一撃で肉を骨ごと切断するであろう。

 其処でキュアサニーが互いの戦力を確認して提案する。

 

「みんな、この場はアルフォンスと小夜さん…後ウチの三人で引き受けるわ。

ハッピー達はこのまま一気に校内突入しい!」

 

 キュアハッピーは驚いた表情をサニーに向けるが、彼女の表情もまた強い意志が露わとなっていた。

 

「迷うてる暇ないで、ハッピー!」

「分かったよ、サニー。

みんな、行こう!!」

 

 掛け声と共にハッピーが駆け走るとその後をピースとマーチが続く。彼女達を邪魔しようと吸血鬼兵が動くが反対に小夜とサニーが彼等を阻んだ。

 

「お前等の相手はウチ等…」

 

 サニーの口上が終わらない内に吸血鬼兵はコンバットナイフを振るいサニーに襲いかかった。

 

「うわっ!?」

 

 しかしその斬撃は小夜が受け止め、間合いを開いた。

 

「油断するなっ!!」

 

 小夜に叱咤を受け、キュアサニーにもう一人声をかける者がいた。

 

「サニー、敵は五人…レオンハルトさんが闘っている敵で六人。

気を引き締めましょう!」

「ビューティ…!?

あぁ、やったるでえ!!」

 

 九頭と吸血鬼兵と小夜、キュアサニー、キュアビューティ…そしてアルフォンス・レオンハルトの戦いが始まる中…、校内ではプリキュアより先に侵入したアーカードが周囲の生徒達の無惨な死体を笑みを浮かべて見ながらまるでレッドカーペットの様に赤々とした血の海をベチャリベチャリと歩き、彼の通り過ぎた後にはあれ程に広がっていた生徒達の血が残らずにアーカードに吸収されていった。

 

「フ…、怨みと憎しみ…後悔に満ちた味付けだな。」

 

 アーカードは生徒のみならず教師や鬼面兵達の亡骸から流れ出る血を吸い上げ、その死の味に酔う。そして探していた“敵”を見つけてその顔に歓喜を刻む。

 

「貴様がこの日本(ジャポン)に巣喰う怨霊共の筆頭か?」

 

 アーカードより離れた先に立つ旧日本軍の軍服を着極した長身の男は纏ったマントを軽く翻し深く被った軍帽の影よりアーカードと同じ危険な眼光を彼に向ける。

 

「さよう、我が名は加藤保憲。帝都東京を呪う者。

吸血鬼アーカード、お前の事は三十年前より以前から聴いている。

…だが…、実は少々お前に対し萎えている。」

「何…?」

 

 吸血鬼が軍服の魔人の言葉に目を細める。魔人は皮肉な笑いを浮かべて言葉を続ける。

 

「真っ先にこの死屍累々の空間に現れるかと思えば小娘共を心配して寄り道とは…、予想外だった。

しかし良い意味では想定外だ。」

 

 魔人…加藤保憲は陰陽師である。彼より早く着いた彼は仕掛けを施していた。吸血鬼アーカードを封じ込める“仕掛け”を…。

 

「“奇門遁甲の陣”、この中に入った者は生きて帰る事は叶わない!

しかし貴様は既に死人だ。だからこそ、時間を稼ぐには充分だ!!」

 

 彼の仕掛けは五芒星の真四角な札を貼り付けた死体を式神を使い定位置に揃え、自身を餌におびき寄せたアーカードを奇門遁甲の陣にて封じ込めるつもりである。

 死体に貼られた五芒星の黒い呪符が発動し、彼の世と此の世の境目を作り出してアーカードの体が透け始める。決して彼の能力ではなく、次元の境目に捕らわれたのだ。

 アーカードは憎らしげに加藤を睨みジャッカルの引き金を引こうとするが既に輪郭も揺らいで…彼の姿は完全に消失してしまった。

 

「三十年前の貴様なら恐らくは奇門遁甲で捕らえるのは不可能であったろう…。

だが今なら話は違う。

たった“数百の命”しか持たぬ貴様であるならばな!」

 

 最大の難敵を苦もなく封じられたのが嬉しいのか、それともアーカードに対しての皮肉か…加藤保憲は薄笑いをして次の行動を起こそうと思考した時、広範囲に広がる“魔法”に学校は包まれた。

 加藤は不快げに顔を歪ませ、全身の神経を逆立ててレーダーにし、魔法を発動させている魔力原を探る。

 

「…“其処”か。」

 

 無慈悲な嘲笑を帯びた魔人は次のターゲットを定め、その場から姿を消した。



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優しき少女は怒りに震える…

 中学校に着いた魔法少女…千歳ゆまは学徒校舎の屋上に立っていた。緑と白のコスチュームで白い猫耳帽子に白いグローブ型の手袋に肩の見えるドレスにドロワーズを履いた可愛らしい姿はそのまま人懐っこい子猫を連想させた。

 

「杏子、マミさん、ほむらさん、さやかちゃん…。

ゆまが今助けるから!!」

 

 ゆまは四人の魔力を探索(サーチ)し、その際に消えかかっている幾つかの命も見つけ唇を噛み締めた。

 

「だっ、大丈夫…。

ゆまはやれる!

だって、ゆまは魔法少女だもん!」

 

 ゆまは両手を天高く伸ばし掌を広げて魔力を集中する。

 

「もう痛くないよ。

ゆまが痛い所をなくしてあげるからね…。」

 

 そしてゆまは収束させた魔力を一気に解放し、学校施設全体を包み込んだ。

 九頭と闘っていたアルフォンスは追い詰められながらもその優しげな“魔法の波”を感じ取り、削り取られた体力と手足等の掠り傷が治癒している事に気付いた。

 

(何だ、体が軽い。

傷の疼きも無くなった。…何が起きている!?)

 

 吸血鬼兵と戦うキュアサニー、ビューティ、小夜もまたアルフォンスと同じ現象を体感していた。

 

「何や、メッチャ気持ちええで。」

「はい、まるで身も心も癒されている感覚です。」

 

 吸血鬼兵の斬撃を弾き返した小夜は赤い瞳となり、上を向いて屋上を見渡した。

 

(誰かが強い“力”を行使している!

それもかなり広範囲で!?)

 

 その現象は校内でも生じており、最早死を待つだけであった者達の傷すらも消してしまう。

 其れは何故か鬼面兵達には効かず、瀕死の生徒達を治癒していった。

 校内に侵入したキュアハッピー、ピース、マーチもまたこの魔力の流れを感じていた。

 

「ハッピー、ピース、この魔力は何だろう?」

「何かとても落ち着く…。」

「そうだね、まるで子猫にじゃれつかれてるくすぐったさを感じるかな?」

 

 マーチ、ピース、ハッピーが周囲の凄惨な光景に打ち拉がれていた時に彼女達の心を救うかの様に流れ出る魔力に三人は気持ちが安らいでいくのを感じる。…だが其処に不愉快を剥き出しにした顔で睨み付ける少女が三人の前に立ち塞がった。

 バッドエンドプリキュア…バッドエンドピースである。

 

「スッゴいムカムカする…!

何この空気、キモいんだけど!」

 

 その姿と心はキュアピースと似て非なるモノ。三人のプリキュアはこの悪趣味な偽物にバッドエンド王国…ジョーカーの影を感じた。

 

「まさか、休戦協定を破ったのか!?」

 

 マーチが戸惑いを隠せず、悔しげに表情を強ばらせる。

 

「分からない…。

でも、此処はあの娘を倒さないと進めないみたいだね?」

 

 ハッピーが決意を固めファイティングポーズを取るが、間を割る様にキュアピースが入り込んだ。

 

「ハッピー、マーチ、二人は魔法少女のみんなを探して…。

そしてまだ生き残っているかも知れない人達を救ってあげてっ!」

『ピース…!?』

 

 ハッピーとマーチは彼女を呼ぶが振り返ろうとはしない。

 

「ごめんなさい。

折角気持ち癒されたかなって…思ったんだけど、あの娘見たらね…

わたしの奥底からせり上がって来るんだ。

それをね…、二人に見せたくないから…此処はわたし一人に任せて…?」

 

 ハッピーとマーチはいつものピース…黄瀬やよいではない事に気が付いた。

 

「ハッピー、此処はキュアピースに任せよう?」

 

 マーチの言葉にキュアハッピーは不安ながらも頷いた。

 

「…ピース、“負けないで”…っ!」

 

 そう言うとハッピーとマーチはキュアピースの傍らを駆け走り敵の魔少女の横を過ぎ去った。

 

「あっ、ちょっと待ち…っ!?」

 

 キュアハッピー、マーチを追おうとしたバッドエンドピースだが、ふと振り返れば眼前にキュアピースの拳が視界を覆い、バッドエンドピースの頬を抉り取るかの如く歪ませてめり込み、その一撃は下方へ向いて魔少女の頭を床へと深くめり込ませた。

 

「ぁぁ…、ぐぁ…!?」

 

 頭が完全に廊下に埋まり、呻き声を洩らす口に砂埃が混じる魔少女にキュアピースは涙を一杯に流し、そして怒りをその瞳に込めて普段のピース…黄瀬やよいとは思えない怒声で吼えた。

 

「よくもこんなに人を…っ、

アンタ達はどんなに泣いて謝ったって絶対に許さないんだからっ!!

覚悟しなさいこの偽物おっ!!」

 

 キュアピースにあった恐怖は既に振り切れ、その全てが殺戮者に対する憤怒となっていた。



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魔少女に宿る妖蛆…

久しぶりの更新です。


 セラス・ヴィクトリアとバッドエンドマーチの戦闘は片が付いていた。魔少女達を上回る怪力と左腕から伸びた不定形の“影”を変幻自在に操るセラスにバッドエンドマーチは為す術なく血だらけで立ち尽くしていた。

 

「こん…な…、

この…、あたしっ、が…!?」

 

 バッドエンドマーチはガクガクと膝を震わせながらも倒れず、憎々しげにセラスを睨みつける。

 

「致命傷は負わせてないけど、そのままだったら出血多量で死ぬわよ。

もう降参しなさい?」

 

 セラスが魔少女の説得に入り、彼女の後ろでは助けられた佐倉杏子と巴マミは癒やしの魔力によって回復してセラスの横に並んだ。

 

「すまねぇ、マジ助かった…。」

「ありがとうございます、…えと…?」

「セラス…。

セラス・ヴィクトリア、よろしくね魔法少女(マギカ)さん?」

 

 英国では魔法少女の名称をラテン語の“マギカ”としている。彼女達の存在はロンドンでも確認され、三十年前のロンドン襲撃時も“マギカ”の活躍らしき痕跡が見つかっていた。

 佐倉杏子は冷たい視線でバッドエンドマーチを見、彼女に歩み寄るといきなり頭突きをバッドエンドマーチの鼻先に喰らわせた。

 

「ぐふあっ!!?」

 

 仰向けに倒れ、後頭部を打つ魔少女だが…体へのダメージのせいで立ち上がる事は出来ないでいた。

 

「…そのまま黙って寝ていりゃあいいんだよタコッ!」

「…佐倉さん、乱暴よ。」

 

 そうマミに窘められ、杏子はそれ以上は何もしなかった。

 

「マミ、あたし“ゆま”を迎えに行ってくる。

この広域治療魔法はアイツの仕業だ。このまま使ってたらソウルジェムに“穢れ”が直ぐ溜まっちまう。」

「えぇ、そうね。早く止めた方がいいわ。」

 

 杏子はマミに軽く笑いかけ、あっと言う間に走り去った。

 杏子を見送ったマミの傍らにはいつの間にかセラスが居り、マミはビックリして肩を弾ませる。

 

「あっ、ごめんね。驚いた?」

「はっ…、はい。気配が全くなかったので…。」

 

 セラスは人懐っこい笑顔をマミに向け、彼女は相手が吸血鬼と云う事もあり引きつった笑顔になる。

 

「この広い範囲で発動してる魔法は貴女達の仲間なのね?」

「はい、魔法少女の中では最年少で…佐倉さんが何時も面倒を見ているんです。」

 

 ゆまは杏子とさやかに助けられはしたがさやかよりも何時も一緒に居てくれる杏子にとても懐いた。…まるで本当の姉妹の様に周りの者達は思うだろう。

 そしてその関係はゆまが魔法少女になる事で更に深まる。いつ命を落とすかも分からない戦いの中、杏子はみゆき達にはまだ話していないが、ゆまと出会って一人の際に魔獣と遭遇して死にかけた事があり其れが原因でゆまは魔法少女となり、強力な治療魔法で杏子を助け…魔獣を倒した。ゆまは杏子の命を救いたい、役に立ちたい一心でキュゥべえと契約して魔法少女になったのだ。

 

「解るよ、同じモノになった事で感じる絆…。」

 

 マミの話を聞いてセラスはまだ会っていないゆまと言う幼い少女に妙な親近感を感じた。

 三十年前…。まだミレニアムが闇に隠れていた時に当時警官であったセラスは音信不通となった村へ出動し、喰屍鬼となった村人と元凶である吸血鬼と出会し…ヘルシング機関、アーカードとの邂逅を果たした。

 標的の吸血鬼に人質…盾とされた挙げ句にアーカードに吸血鬼諸共大口径の拳銃で胸を撃たれ…、彼に血を吸われて眷属となった彼女はミレニアムの襲撃で自分に好意を寄せてくれた傭兵団の隊長…ベルナドットを目の前で殺された。

 そして彼の亡骸から初めて人の血を吸い…本当の意味で主であるアーカードと同じモノとなったのである。

 

「今思い起こす度に思うのは散々たる日々だった…事かな…?」

 

 何だか物思いに老けり始めてよく解らない事を言い出すセラスにやはり苦笑いしか出来ないマミだが、其処へ携帯に受信メールが届いた。

 

(…藤村さんから?)

 

 マミは開いた携帯から彼からの受信メールを見る。

 

“マミさん、今僕達サーラッドは見滝原町…君の学校の近くにいます。

援軍として小夜さんとレオンハルトさん、プリキュアのみんな、そしてヘルシングが来てくれてます。

僕自身は簡単な情報しか君に伝える事しか出来ないけど、心から無事を祈ってます。

君の笑顔が見てみたいです。”

 

 携帯を持つマミの手が震え、画面に涙が落ちて濡らした。

 

「もう…、わたしより年上なんだから…

“さん”付けなんてしないでよ…。

文章まで敬語なんて変よ…。」

 

 藤村駿からのメールにマミは今まで感じ得なかった気持ちが胸に芽生えていた。セラスは携帯を覗き見るが日本語は話せても字は読めずメールの内容はさっぱりだったのだが、マミの何処か嬉しげな泣き顔を見ていろいろと推測でもしてやろうかと思った時、仰向けのまま倒れていたバッドエンドマーチに異変が起きた。ビクッ、ビクッ、と痙攣を始めたかと思えば突然悲鳴を発して訳の解らない言動を叫び出した。

 

「イヤだ、まだ終わってない!

まだ戦える、戦えるんだ!!

お願い…、わたしを殺さないで…。

加藤様…、

かとおおおああああっ!!!!」

 

 突如彼女の腹が“ボンッ”と爆ぜた。血がまるでマグマの様に広がり、臓物がのた打ち、魔少女は事切れた…。

 

「何が…どうして…!?」

 

 マミは只驚愕するだけだが、セラスは彼女を後ろへ隠して魔少女の亡骸を警戒すると、亡骸から瘴気を帯びた緑色のカードが現れ、消えてしまった。

 

(何、今のカード!?)

 

 しかし考える間もなく、亡骸の破裂した腹部で蠢く“何か”がまだいた。

 其れはズタズタの臓腑を掻き分けて“グチャグチャ”と耳を塞ぎたくなる音をさせながら姿を現し、マミは思わず目を背け…セラスも不快感を露わにした顔で其れを睨む。 其奴は猫程の大きさを持った“巨大な白蛆”であった。濡らついた白い皮膚をブヨブヨと動かし、口元と思える場所から幾本もの触手を蠢かせ…その中心から男性器の様な器官が頭をもたげる様に現れた。

 マミは何が起こっているのか解らず、セラスは左腕の影を刃に変えるとその白蛆が此方を向いた瞬間、その胴体を影の刃で切断した。断面から白い体液を溢れさせ、亡骸の血溜まりと混じり合って腐臭が鼻に突く。

 そして二人が気付いた時、死体はバッドエンドマーチではなく…紺色で丈の長いスカートとセーラー服を着た髪の長い…見た事のない少女の物となっていた。

 



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魔人の冷酷なる刃…

 見滝原中学校から警察の目の届かないギリギリの場所でサーラッド…松尾のミニバンは助手席に藤村駿、後部座席に柊真奈を乗せたまま待機をしていた。

 

「良かった、藤村君が復活してくれて…。」

 

 真奈は膝にノートパソコンを乗せて前の席の藤村に話しかける。

 

「ごめんね、真奈ちゃん…まっさん。

ちょっと動揺がなかなか抑えられなくなってしまって…。

でももう大丈夫!」

 

 つい先程まで巴マミがあまりにも心配し過ぎてどうして良いか、何をしたら良いのかが一時的解らなくなってしまっていたのだが…、彼女が頑張っているに違いないと気持ちを整理してメールを送り今はいつもの役目であるサーラッド本部との通信調整をやっていた。

 

「サーラッド、此方藤村です。

見滝原警察の傍受はまだですか!?」

『此方本部、矢薙よ。

見滝原警察の通信は傍受したけど中学校の件は不自然な程に情報が流されていないわ。

道路封鎖もさっきより厳しくなってきている。貴方達のいる場所も本当に封鎖地区ギリギリだから気を付けてね!?』

「はい、ありがとうございます。」

 

 矢薙との通信を終えた藤村は顔を歪め、本当の意味でマミ達の力になれていない自分に打ち拉がれる。

 

「僕ら、本当に何も出来ないんスね…まっさん…?」

「…しょうがねえだろ、“一般人”の俺達じゃあ敵も味方も“格”が違い過ぎるんだよ!」

 

 松尾の言葉は自分に対する自虐であった。初め小夜に反発した彼だが、今はプリキュアや魔法少女達の存在もあって小夜への態度は軟化していた。しかし、同時に自分達の戦う理由があまりに小さい事に気付かされ、松尾は迷い始めていた。

 

 

「それでも…、わたし達の出来る事を探して務めましょ。

藤君、松尾さん。」

 

 二人の会話を聞いていた柊真奈が藤村と松尾を元気付けようと後ろから声をかけた。二人は苦笑して見合わせ、真奈に頷いて見せる。…しかし二人の気持ちは痛い程に理解出来る真奈ではあった。

 

(小夜達は自分の持っている物全てを出し切って戦い…抗っている。

わたしは…わたしは一体何をやっているんだろう…?)

 

 かつて真奈の父親は記者で多くの行方不明者を追い、セブンズヘブンに辿り着いた。真奈は父の手伝いとしてハッキングによって浮島地区とサバイバルと言うイベントを突き止めてその資料を手に彼女の父親は七原文人に会うと言って…、行方知れずとなってしまった。

 …以来、真奈はハッキングテクニックを封じ…今に至っている。

 

(わたしは自分がハッキングする事でまたお父さんの様に誰かいなくなってしまうのがとても怖い…!

でも…、本当にそれでいいの?)

 

 小夜やみゆき、ほむら達の戦いを知り…見てきた真奈は、今一つの決断を自分に下そうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見滝原中学校舎の屋上…。千歳ゆまは広域治療魔法を使い、まだ僅かでも息のある生徒や教師達の傷を軽傷致命傷関係なく心労までも治癒していた。

 それはゆまのソウルジェムを澱ませ、それを感じたゆまはさすがに広域治療魔法を止めてその辛労から床にペタリと座り込む。

 

「…ハァ、キュゥべえにソウルジェムをキレイにしてもらわないともう魔法使えないや。」

 

 無防備にへたり込んだゆまの背後にマントを翻した人物が立ち、その気配にゆまが気付いた瞬間…、幼い彼女の胸を何かが突き抜ける感触が襲った。急に全身を脱力感が広がり、ゆまは違和感が強い胸元を見ると…、自分の胸元から鋭い刃が生えていた。

 

「あ…、ああぁ…

ぁぁぁああああああっ!!!?!!!?!!」

 

 ゆまが絶叫を発し、その小さな体を背中から突き貫いた日本刀に持ち上げられ、絶叫は更に響く。

 

「広域の治癒能力など厄介極まりない。

己が“力”を恨みながら逝くがいい。」

 

 軍服の魔人…加藤保憲は容赦なくゆまの頭を鷲掴みにし、背中を突き刺した日本刀をぐるりと回し傷を酷たらしく抉り刀身を無理矢理に抜き、その小さな体をまるで人形の如く打ち捨てた。

 ゆまは屋上の床に強く打ちつけられ、小さな悲鳴を洩らして大量の涙を流しながら全身を駆け巡る激震に悶えた。

 

「あう…、杏子…

きょう…、こ…おぉ…」

 

 大好きな人の名を呼びながら血が溢れる胸を掻き毟ろうと爪を立てようとするが、体が痙攣を起こしてしまい思う様に動かなくなっていた。加藤は日本刀を鞘に仕舞い、小さな魔法少女が息絶える様を見届けて動かなくなったのを一瞥して確認し…その場から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 佐倉杏子は急いで屋上へと向かっていた。廊下を天地関係なく飛び跳ね、階段を踊場を飛び越えて次階へ上がる。目指すのはいつもほむら、さやか、マミ…そしてゆまも一緒にお昼を楽しんだ場所。ゆまがこの学校で知っている場所は其処だけなのだから…。

 

(ゆま…!)

 

 最後の階を飛び越え、杏子は屋上のドアを開け放つ。

 

「ゆまっ!」

 

 …しかし其処には誰も居らず、屋上の中心には広がる血溜まりだけが此処で起きた惨劇を物語り…、杏子の表情が絶望に染まっていく。

 ふらりと歩き出し、血溜まりの前で崩れ落ちる様に座り込んで両掌をその血の中に浸した。

 

「ゆ…ま…?」

 

 涙が視界を奪い、落ちて血と混ざり合い消える。そして杏子は皮肉な程に晴れ晴れとした青空に向かい強く泣き叫ぶのであった。



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再会する少女達…

 …時刻は11:56…。銃撃の音も少なくなり、事態は終息へと近付いて来ていた。千歳ゆまの広域治療魔法により虫の息であった生徒達は命を拾い、反対に鬼面兵の部隊はほぼ壊滅し、運良く生き残った者達は戦意を失い…校舎から逃げる様に退却して行った。

 暁美ほむらと美樹さやかは始めクラスの生き残りであった志筑仁美と上条恭介、担任教師の早乙女和子と三人のクラスメイトで死地を逃げていたが怪我で動けなかった者達や偶々助ける事が出来た者が一緒となり、逃げる所か別校舎の三階にある第二音楽室で身動き出来ず篭城をしていた。

 さやかはカーテン越しに外の様子を見るが、其処からの視界では何も見て取れず、しかし銃撃音や爆発音が響き時折校舎を揺らしていた。魔法少女特有のテレパシーをマミと杏子…此処へ来ている筈であろうゆまに送っても返事は全くなく不安が膨らむばかり…ではあったが千歳ゆまの広域治療魔法による効果で心労の方がかなり癒され、かなり落ち着いていた。

 さやかは壁越しで廊下側の様子を伺っていたほむらに小声で今の不安な状況を伝えた。

 

「暁美さん…。」

「どうしたの、美樹さん?」

「校舎の外でも誰かが闘ってるみたい。

星空さん達が来たのかな?」

 

 さやかの問いにほむらは頷いて見せる。

 

「何とも言えないけど応援が来てくれているのは確かだと思う。

…でも校内の状況がまだ掴めない今は此方から目立った動きは出来ないわ。」

 

 もしみゆき達が来てくれているなら是非もなく彼女達と合流をしたかった。

 先程まで怪我人が殆どであった生徒達はゆまの魔法で今では皆元気な程に回復していた。しかし此が仇となったと言うべきか、グループとしての統率が取り難くなってしまっていた。現在室内にいるのはほむらとさやかを入れて十八人…、男子四名に女子が十四名なのだが救助を待ちたいグループと今直ぐこの学校から逃げ出したいグループで意見をぶつけ合っているのだ。

 気持ちにも余裕が出て来てからはほむらとさやかの正体をしつこく聞いてくる者もいれば信用出来ないと疑う者まで出て来ていた。

 しかしほむらは脅迫そのままの言動で全員を無理矢理黙らせたのである。

 

“此以上わたし達の邪魔をするならみんな此処で撃ち殺して行くわ!!”

 

 鬼面兵から奪ったアサルトライフルFNスカーを自分達の正体をしつこく聞いてきた生徒の口に突っ込み、それを他の者達に見せ付けて騒ぎ立てた生徒達を静かにさせたのだ。

 さやかはもう少し穏便には出来なかったのかと呆れてはしまったが、それでも即座に彼等を静めてしまった事実は認めるしかなかった。

 

(やっぱ頼りになる娘よね。

わたしじゃ、最初から駄目だっただろうし…。)

 

 其処へほむらがさやかに声を掛けた。

 

「美樹さん、取り敢えずわたしがこの階の様子を見に行くわ。

美樹さんは今暫くこの音楽室のみんなを守ってあげて…?」

 

 さやかは少し不安ではあったが教師である早乙女の存在もあるのでほむらに頷き返した。

 引き戸をゆっくりと開け、少しだけ頭を出して様子を伺うとほむらは身を低くしたまま出、音を立てずに引き戸を閉める。FNスカーを構え、廊下を見渡すとほむらは窓から自分が見えない様にやはり身を低くしたまま歩兵さながらに走った。曲がり角に達して片膝を付いて隠れ座ると、角の向こうを僅かに頭を出して探る。見えるのは死体のみで其れ以外の人影は見当たらない。

 

(銃声が途絶えてまだ間がないけど…

この不快感は何なのかしら…?

時が経つに連れて強くなっている。…まだ、危険は去っていないと判断するべきなのかしら…?)

 

 ほむらは試しにさやかにテレパシーを送ってみるが、やはり返事はない。

 

(やはりおかしいわ…。

彼女と隣にいた時もテレパシーが使えなかった。あまり考えたくはないけど“敵”による妨害と見るのが自然、だけどあの鬼面兵達とはどうしてか思えない。

…いえ、わたしの中の“何か”が鬼面兵の仕業ではないと否定している!

一体この“感じ”は何なの!?)

 

 ほむらはこの学校を襲撃した鬼面兵ではない別の敵がテレパシー等を無効化する術…結界の類を学校周囲に使用したのでは…と思考する。

 その敵が【塔】の手の者なのかは分からないがほむらは何故か理由も理解出来ずその正体不明の敵に強く引かれていた。

 ふと、背後から走る足音が聴こえた。音からして少し踵の高い履き物…そして二人…。ほむらは立ち上がり向かい角に隠れるが、その廊下の向こうで姿を見せた二人を見てほむらは心が緩んだ。

 

「みゆき、緑川さん!」

 

 ほむらの声がみゆき…ハッピーとなお…マーチに届いてほむらの方を向く。

 互いに駆け寄り、ほむらも気付かないのか笑顔となってハッピーを迎えようとすると…。

 

「ほぉむぅらあちゃああんっ!!」

 

 ラグビー選手顔負けのタックルでほむらに飛び込んで彼女を思いっ切り転ばせた。

 

「ちょっ…、ハッピーてば…。

暁美さん、大丈夫…?」

 

 ほむらはマーチに頷いて起き上がろうとするが、シッカリとキュアハッピーが抱き締めてきて動けなかった。

 

「みゆき、動けないわ。離れてちょうだい。」

 

 ほむらに窘められてゆっくりと上体を起こすハッピーだが、その顔はぐしゃぐしゃに泣いて涙で汚れた物になっていた。

 

「みゆき…。」

「良かった…、ほむらちゃん無事だった…。」

 

 ほむらは理解する。キュアハッピー…星空みゆきが今此処にいると云う事はこの校舎内に折り重なっている生徒や教師の死体を目の当たりにしていると云う事である。それでも尚、助けに来てくれた彼女達の勇気にほむらは本当に感嘆してしまう。

 ほむらとハッピーが立ち上がってマーチとその場で此処で起きた出来事を伝え合う。ハッピーとマーチはこの惨状の中で杏子…マミとは連絡が取れない件とこの学校で生き残っている生徒達はほんの僅かである事…、そして自分達が敵である鬼面兵を殺めた事実を伝えた。

 それを聞くや否やハッピーはまた大粒の涙を落としながらほむらの首に抱きついてしまう。

 

「ごめん、わたし達が遅くなったばかりに…。」

 

 ほむらはみゆきの抱き癖に呆れ果てるも、その温かさに安心してしまう自分がいてどんな顔をすればよいのか困惑をする。

 

「そっ、そんな事はないから。

それにこんな惨事は始まってしまった時点で防ぐなんて出来ないのよ…。

何せ敵は一方的な殺戮を生業としたプロ…、本来なら素人がどうこう出来る相手ではないのだから…。」

 

 ほむらは知っていた。“事”が起きるのが分かっていても“未然”に防ぐ事すら神の領域であるのに禍が降り懸かってから被害を防ぐなどは不可能なのであると…。既に人の歴史に記されているのだ。未曾有の大災害、世界大戦、そして闇に埋もれた数々の世界の危機…。

 それは幾度となくこの地上の何処かで繰り返されてきているのだ。

 しかしキュアハッピーはほむらを抱き締めたままで彼女に言った。

 

「でも…、それでもわたしはみんなを助けるよ。

どんなに無茶でもわたしは手を伸ばす、

どんなに無知でもわたしは跪いたりしない、

どんなに無謀でもわたしはみんなの盾になる!」

 

 とても勇ましく誇り高い意志が其処にあった。星空みゆきが戦士(プリキュア)である為の意志、そして彼女を作り上げている根源なのかも知れない。

 

(本当に“まどか”にそっくりよ、貴女は…。)

 

 その時みゆきはほむらの顔に見惚れてしまう。彼女はとても素直な少女らしい笑顔でみゆきを見つめてくれていた…。



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激突する戦乙女と魔少女…

 そんな二人を見守るマーチだったが、頭上から埃が微かに落ちたので上を向くと…、真上の天井から少しずつ亀裂が走り其れはどんどん大きくなっていき、キュアマーチは叫んだ。

 

「ハッピー、暁美さん離れてっ!!」

 

 マーチの掛け声で二人はその場から飛び退き、マーチも直ぐに飛び退くと同時に天井が崩落し、砂煙が立ち込めた。その中から三つの人影が姿を現し突如疾風が砂塵を吹き飛ばした。

 

「厭らしいわね、女の子同士で見つめ合っちゃってさ~。」

「ホンマお暑いこってな~。」

「全く、興醒めしてしまいますわね…。」

 

 天井をぶち抜いて現れたのは黒と青の魔少女…バッドエンドビューティ。赤と黒の魔少女…バッドエンドサニー。

 そして黒き心と桃色の笑顔を見せる魔少女…バッドエンドハッピーであった。

 ほむらはまだ彼女達“バッドエンドプリキュア”とは遭遇しておらず、あまりに外見が自分達の知る“スマイルプリキュア”と似ていたので言葉を失う。

 

「そん…な…、プリキュアが…!?」

 

 キュアハッピーとキュアマーチは三人の偽物を前に拳を握り構えた。

 

「やっぱりピース以外にもわたし達の偽物がいたんだね!」

 

 キュアハッピーは敵意を持って対峙し、バッドエンドハッピーは侮蔑を持って嘲笑する。

 

「偽物ですって…?

わたしから見ればお前達こそ偽物だわ、偽善者共っ!」

 

 バッドエンドハッピーの挑発にキュアマーチが眉をつり上げて憤慨する。

 

「偽善者だと…、あたし達はみんなが笑顔でいられる為に戦ってるんだ!」

「笑顔やて?

アカンわ、この汚れ切った世界にそんなもんいらへんねん。」

 

 バッドエンドサニーがキュアマーチを白けたと言わんばかりに否定をし、バッドエンドビューティが続いて冷ややかに微笑む。

 

「えぇ、世界に必要なのは美しくも凍れる絶望です。」

 

 似て非なる双方にほむらは何となく納得をし、魔少女達に負けない程の冷たい視線で悪のプリキュアのリーダーであろうバッドエンドハッピーを射抜いた。

 ほんの一瞬であったが、バッドエンドハッピーは暁美ほむらの視線に畏怖を覚える。

 

「いいえ、この世界で本当に必要がないのは貴女達の様なブレた存在…“BUG”だわ!」

 

 ほむらはバッドエンドプリキュアそのものを拒絶否定をした。それを聞いた三人のバッドエンドプリキュアは口を閉ざしてほむらに殺意を剥き出しにするが、ふとバッドエンドハッピーの表情が変わり邪な嘲笑をその可愛らしい顔に刻んだ。

 

「ああぁ、あんまり口が悪いから分かんなかったけど…、

お前が“御父様”が探していた女か~っ!」

 

 意味不明な言動を言うとバッドエンドハッピーはサニーとビューティに目配せをし、二人は素早い動きでキュアハッピーとマーチと対峙をしてバッドエンドハッピーはほむらの前に立ちはだかる。

 

「何のつもり…?」

「お前を御父様の元へ連れて行ってあげる。

…その際なんだけど~、別に腕や脚の一本や二本失くても良いよね~♪」

 

 そのふざけた言葉と同時にバッドエンドハッピーがほむらの懐に飛び込み、攻撃を仕掛けた。単純なストレートだが拳は確実に頭を狙い、ほむらはすかさず回避する。

 

「腕か脚じゃなかったのかしら?」

「ウフッ、頭だって同じでしょ。無ければ動く事ないんだから。」

 

 そしてバッドエンドハッピーは二度ほむらに飛びかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バッドエンドサニーの燃える拳をキュアマーチは疾風を帯びた蹴撃で此を相殺した。

 

「器用な真似しくさってからにっ!

大人しくパサパサの灰にでもなりなやっ!!」

 

 バッドエンドサニーの両拳の炎が肘まで広がり、ボクシングの構えを取りキュアマーチを威嚇する。

 

「…お前の炎なんか、キュアサニーに比べれば小さな焚き火みたいな物だ!」

 

 キュアマーチは相手が動くより先に風を纏い突進。二度バッドエンドサニーとキュアマーチの拳と蹴がぶつかり合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バッドエンドビューティの二刀の氷剣がキュアハッピーに幾度となく振り下ろされる。バッドエンドビューティはまるで踊る様にクルクルと回り、縦割り、横薙ぎ、斜め斬りと何度も凶刃はハッピーを狙うがカッコ悪くも紙一重に躱されてその度にその綺麗な顔立ちは悔しさに歪んだ。

 

「美しくありませんわ!

大人しく腐った自分の血に塗れて逝きなさいな!!」

「そんな恐い事、わたし達のビューティは絶対言わない!

貴女なんかには絶対にやられないんだからっ!!」

 

 キュアハッピーは剣の軌跡を見ながら動きを見極めようと目を凝らした。そしてバッドエンドビューティが両肘を後ろに引いた所で攻撃が両胸への刺突だと確信した時、鋭い切っ先がハッピーを襲った。

 

「見切ったああっ!!」

 

 まるで達人の如くキュアハッピーが叫びで絶妙なタイミングで二刀の刺突をジャンプして回避し、空中から回し蹴りをバッドエンドビューティの顔面ヘをめり込ませた。バッドエンドビューティは蹴りの勢いに押され、後ろのめりに後頭部から倒れ落ちた。バッドエンドビューティは両手で顔を被い、ワナワナと震えながら体を起こしキュアハッピーを睨んだ。

 

「よくも私の美しい顔を…、

貴女も同じ目に遭わせてやる!

その小憎らしい顔をズタズタに斬り刻んでやる!!」

 

 魔少女の残忍な罵詈雑言にキュアハッピーは戦きながらも拳を握り、敵を見据えた。

 

「べっ、別にそんなおっかない言葉言われてもコワくなんかないもん!

さあ…、何処からでもかかってこい!」

 

 キュアハッピーとバッドエンドビューティは互いに視線を交わしたその時、バッドエンドビューティが氷の礫をキュアハッピーの顔目掛けて飛ばした。ハッピーは即座に両腕をクロスして防御するが其処に大きな隙が出来た。バッドエンドビューティはその機を逃さず氷の双剣で襲いかかった。

 

「しまっ!?」

「殺(と)りましたわ!!」

 

 双剣を鋏の様に交差してキュアハッピーの首を腕ごと跳ねようとするバッドエンドビューティ。だが窓越しに“一つの影”が見えたかと思うと其れは窓ガラスが激しく砕けてハッピーとBEビューティに降り注ぎ、ガラスの破片と同時に何と小夜が飛び込んで来てBEビューティの顔にダブルニーキックを叩き込んだ。BEビューティは向かいの壁に倒れ込みキュアハッピーはその後ろ姿を見ながらも驚きが隠せなかった。

 

「小夜さん、ココ、三階!?」

 

 紺のセーラー服に身を包み、長くボリュームのある黒髪をハッピーと同じく項で結った背の高い少女…更衣小夜は後ろのキュアハッピーに視線を向けた。

 

「そんな事はどうでもいい!!

この娘の相手はわたしがする。お前は他の者の助成に行け!」

 

「えっ…、あっ、ハイッ!」

 

 キュアハッピーはその場を小夜に任せるのを躊躇ったが、彼女なら負けはしないと確信してほむら達の助太刀に向かった。



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因縁に縛られた二人…

 外の五体の人造吸血鬼は既に小夜により一掃されており、キュアサニーとキュアビューティはアルフォンスのサポートに回っていた。

 九頭は三対一になった事でかなり追い込まれ、アルフォンス一人には息一つ切らせていなかったのに対して今は全身傷だらけの満身創痍状態となってしまっていた。特にアルフォンスとキュアサニーの息の合ったコンビネーションには戸惑い、隙を見せてしまった所にキュアビューティが投擲した氷剣により大腿部を貫かれていた。

 

「ハァ、ハァ…、まさか此処まで、追いっ、詰められるとは…

思いもしなかった…ぞ…。」

 

 荒い息つぎをしながら九頭は右手の忍者刀と左手のデザートイーグルを構え尚も戦うつもりでおり、さすがにサニーとビューティはこの男の気迫に押され戦意が揺らいだ。

 

「逃げたいなら逃がしてやる、九頭?」

 

 そう切り出したのは意外にもアルフォンス・レオンハルトであった。

 

「いいのか、貴様一人ではまだ俺に傷を付ける事すら敵わなかったのだぞ?」

「それでも、お前は俺一人の手で殺さなければ意味がない!

其れが俺を拾ってくれた先代殯家当主への恩返しであり、“償い”だ…。」

 

 キュアサニーとキュアビューティは不安げにアルフォンスを見るが、彼の言葉に反論はしなかった。何故なら、このまま戦えば高い確率で誰かが犠牲となる予感があったからである。九頭と云う男は人を食らう人外である“古きもの”を相手に【塔】を護り続けた一族で一番の使い手。片足を負傷しても彼は怯まず三人の誰かを道連れにして果てるだけの覚悟を当たり前の様に酷使するであろう。

 アルフォンスはそれを理解し、サニーとビューティは九頭の覚悟に呑まれた時点で足手纏いになってしまった事を悟っていた。

 

「フッ、互いに命拾いをした様だ。

…ならばその言葉に甘えさせてもらうとしよう。」

 

 そう言い残して九頭は余裕を背に見せて片足を引きながら歩き去った。

 

「…ごめんアル、ウチ助けに来た筈やのに最後で足引っ張ってもうた…。」

「私も同じです、あの忍者の方の気迫に呑まれてしまいました…申し訳御座いません。」

 

 シュンとしてしまう二人を見てアルフォンスは無表情ではあったが一言…、感謝を口にする。

 

「いや、お前達が来なければ俺はあの男に一矢報いる事も出来ず屍を此処に晒していたさ。

…怒りで我を忘れていたがお前達が助成に来てくれて平静を取り戻せた。…ありがとう。」

 

 ビューティは予想外にしていた言葉を貰い、困りげに微笑むが…、サニーは目を丸くしてアルフォンスをガン見して顔を真っ赤に火照らせた。

 

「そそそ…、ありがとうやなんて…、

ウチ等仲間やさかい…!

なあ、ビューティ!?」

「えぇ。でもサニー、顔が赤いですけれども…風邪でしょうか?」

 

 キュアサニーの急変にビューティは首を傾げて尋ねるがサニーは「ちゃうわ!」と言って否定した。

 アルフォンスはそんな二人のやり取りを見て小さく微笑む。…しかし彼は校舎内への突入を二人に許さず、外での待機を言いつけた。理由は既にサニーとビューティが精神的な疲労が限界に達しているからである。五体の吸血鬼兵との戦いは日差しの下であるが故に本領を発揮出来ずにいた吸血鬼が小夜に鬼面をかち割られ日光にて身を焦がして絶命する光景を目の当たりにし、九頭との激しい命のやり取りでもまた強いプレッシャーで圧されてしまっているなら、中の者達との連携にも支障をきたす筈である。

 

(例えそれを乗り越えたとしても、それを差し引いて尚“不安”が拭えない。

…俺がまだプリキュア達を信用していないからなのか?)

 

 アルフォンスは校舎を睨み、不安要素を更に思考する。

 

(何よりあの“吸血鬼”が好みそうなこの状況に奴の気配がない。

九頭が退く前に校舎内の鬼面共は何人かが敗走している。

銃声は更に前から聴こえない。

…既に敵は別の者達と見るべき…)

 

 其処で突然校舎で壁をぶち抜く程の爆発が起き、その穴から凄まじい放電が溢れ暴れ出した。

 

「ビューティ、あれまさか!?」

「間違いありません、キュアピースの電撃ですわ!」

 

 二人はアルフォンスの言い付けも忘れ、爆発のあった場所へと急ぐ。

 

「おい、お前達!?」

 

 アルフォンスの制止も聴かず、キュアサニーとキュアビューティはキュアピースの救援に走って行ってしまった。

 アルフォンスはあの校舎が万魔殿に思え、自身が共に行ってもそれこそ足手纏いになると考え…外で彼女達を待つ事とした。

 

「…無理はするな、あかね。」



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非情なりし軍服の魔人…

 砂塵を撒き、瓦礫を飛ばし、コンクリートの壁や天井に大きな亀裂を作り出す放電の中でキュアピースとバッドエンドピースは互いの肩を掴み合い、爪を食い込ませて睨み合う。周囲の放電の嵐は二人が放つ電撃によるものであった。その華奢な体から放たれた電撃は絡み合って融合し、増幅されては周囲を破壊し尽くさんと溢れ出んとしていた。

 

「ほ~ら、もっとボルテージ上げちゃうよー♪♪

だからサッサとくたばれブスッ!」

「負けないもん、貴女なんかに絶対負けないんだからっ!」

 

 二人の電撃がどんどん強くなるかと思いきや、突然バッドエンドピースに異変が起きた。ビクリと肩が弾むと、魔少女の先程までの高飛車な顔が何かに驚いて下に視線を落とす。電撃も弱まり、キュアピースは彼女から手を離し距離を取った。バッドエンドピースは完全に電撃を収めると腹部に手をあて…その表情は絶望に染まっていた。

 

「どうして…?

わたしまだ負けてないよ…??」

 

 “グギュリ”とバッドエンドピースの腹部が波立ち、彼女はお腹を押さえたままペタリと廊下に座り込んでしまった。

 

「ど…、どうしたの…?」

 

 とても拍子抜けな声をかけるピースに魔少女は泣き顔を見せて助けを請う。

 

「お願い、助けて…?

謝るから、“みんな”に一杯謝るから…!」

 

 そう言って黄色の魔少女はキュアピースに手を伸ばし、キュアピースは迷う事なく魔少女のその手を握った。

 …だが次の瞬間、バッドエンドピースはキュアピースに強力な電撃を喰らわせ、ピースはその衝撃で跳ね飛ばされた。

 

「あぐあっ!?」

 

 ゴロゴロと転がされて仰向けになるが直ぐにキュアピースは立ち上がるバッドエンドピースを見る。…その顔は先程までの傲慢な表情ではなく、何処か憂いを帯びたものであった。

 

「ばっ…、馬鹿じゃない、何本気にしてるんだか…!

…わたしの事許さないとか言っといて…。

…でも、ありがとう…。」

 

 その笑顔はとても愛らしい少女のものだった…。そして、“黄色いカード”が少女から抜け出て消えると、突如少女の背が裂けて血飛沫が上がり、その“中”から異形で黄土色の大きな虫が現れ、蟷螂の様な前脚を見せると“キイーッ”と鳴いてピースを威嚇した。そして少女の姿はバッドエンドピースのものではなく、やはり見知らぬ制服を着た女子校生の物に変わりまるでゾンビの様に歩き出し、生気を失った虚ろな瞳にキュアピースを映した。

 キュアピースは金縛りにあったかの様に動けなくなる。今動いている“アレ”は何なのか…。背骨を砕き、筋肉と表皮を破き現れた“異形”が不快極まる鳴き声を上げ前脚をワキワキと神経を逆撫でするかの如く動かし、少女であった物が両腕を日本の幽霊画に似せるかの様にダラリと持ち上がる。

 

「い…、いやだ…。

こんなのいやだよ……。」

 

 あの少女は自分に笑ってくれた筈であった。…なのにその笑顔は死人の顔になり果て、異形の虫に操られているのか…ゆっくりとピースに近付いて来る。キュアピースの目には涙が溢れると同時に強い“力”が隠る。両手に拳を作り、足に重心を落とし、少女の亡骸を操る異形の虫を睨めつけた。

 

「今、助けてあげるね…?」

 

 身を屈み、全身のバネをしならせるキュアピース。

 そしてダッシュ。異形に向けてストレートパンチを繰り出して叩き飛ばす。異形は二~三度転がり起き上がると上体を倒して仕返しとばかりに走り出し、“ブシュッ”と少女の口から溶解液を吐き出した。ピースは散らばる溶解液を避けて二度突進、膝蹴りを異形本体へ喰らわせて鉄拳の連続攻撃を浴びせた。

 

「うわああああああああああああああああああっ!!!!!」

 

 異形の外骨格に“ヒビ”が走り、その隙間から白い体液が漏れる。後一撃入れれば少女の亡骸を解放出来ると悟るキュアピースだが、異形のずっと後ろに人影を見る。

 背の高い…、大日本帝国陸軍の軍服を着た男の影は白手袋をはめた右手を胸にあて、手の甲をキュアピースに向けていた。

 

「…五芒星…、

“ドーマンセーマン”!?」

 

 以前、黄瀬やよいが読んだ“陰陽道”に関わる本に書いてあった日本での五芒星の名…。

 日本では平安時代に五芒星による呪符を二人の高名な陰陽師が扱いこの呼び名が広まった。ドーマンは芦屋道満、セーマンは安倍晴明とされている。

 そして確かに聴こえた。低い男の声で唱えられた呪文…。

 

“ドーマン…セーマン!”

 

 それと同時にキュアピースの拳が異形の虫に届き、その外骨格が割れようとした瞬間…異形は膨れ上がり大爆発を起こした。

 爆風と大量の白い異形の体液はキュアピースに被さりその圧力により校舎は更に破壊が広がった。

 全身を強打し、動けなくなりキュアピースは蹲るが、其処に現れたのは先程ピースが見た軍服の男…加藤保憲であった。

 軍服の魔人は蹲ったままのキュアピースを見おろし、日本刀の切っ先をピースの頭に定め、それを突き降ろすかと思いきや、向こう先から助けに来たキュアサニーとキュアビューティが魔人に向かって駆け走り、二人同時による飛び蹴りで攻撃を仕掛けた。

 加藤は咄嗟に日本刀の鞘で此を防御、しかし鞘は粉々に砕け、二人の飛び蹴りを胸板に喰らった。

 

「グフッ!?」

 

 キュアサニーとビューティがキュアピースを守る形で割り込み、蹴り飛ばされた加藤は仰向けに倒れ、動かなくなる。

 

「大丈夫ですか、ピース!?」

 

 キュアビューティが倒れている筈のピースに振り返るが、其処には今蹴り倒した筈の軍服の男が居り、キュアピースを抱き起こして無理矢理丸薬の様な物を呑み込ませていた。

 

「ピースから離れろっ!!」

 

 飛びかかろうとしたサニーに加藤は捕まえていたキュアピースを投げ、サニーは慌ててピースを抱き止める。…だが気付けば加藤保憲の姿は何処かへ消えてしまっていた。

 

「な…んや、今のは…!?

軍人の幽霊かなんかか!?!?」

「解りません…。

でも今は得体の知れない“物”を呑まされたピースが心配です!」

 

 ビューティはサニーの腕で気を失っているキュアピースを不安げに見つめる。するとサニーはビューティに言った。

 

「ビューティ、ピースを頼む。

まだ戦いは終わってへんねん。だからウチはハッピー達と合流して決着つけたる!」

 

 此処で二人が別れてしまうのは得策ではないが、あの軍服の男に何をされたか解らないキュアピースを放っておく訳にもいかず、ビューティは少し間を置いてサニーに頷いた。

 

「ピース…やよいさんは任せて下さい。

気を付けて、サニー…。」

「おうっ!」

 

 キュアビューティはキュアピースを抱き抱えて壁が無くなった場所からまた外へと戻る為飛び降り、キュアサニーもまたハッピー達との合流を急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇に潜み、サニーが走り去った後でまた軍服の魔人…加藤保憲は姿を現す。

 

「小娘と侮ったが、なかなかどうして…。だが、我が妨げとなるなら殺すまでだ。

そして我が偃王の呪法より生まれし忌み子…暁美ほむら、今“父”である俺が迎えに行ってやる。」

 

 偃王の呪法…、満月の夜に男女の営みを施す事で必ず懐妊する古代中国にて皇帝の後継ぎを作る為に使われた秘術…。

 加藤は地下深くで“桜”の根に封じ込められていた際、満月の夜にその魂を“魔獣”に変えて一人の女を犯した。

 女の名は暁美美千代、旧姓は大沢…。三十年前に加藤保憲と対決した神女であり、ほむらを産み育てた女性である。

 

「我は求む。大願成就の人柱…、我が娘よ!」

 




此処でオリジナル設定が入ります。
暁美美千代は帝都物語の原作…未来宮篇からのヒロインで目方恵子の後継者。此方の二次クロスでは暁美ほむらの母親となります。


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赤い目の少女は人を殺めず…

 小夜の一振りがバッドエンドビューティの氷剣二刀を粉々に打ち砕き、刃の背でビューティの胴を叩き、追い打ちに柄の下で背中を打ちつけた。

 

「ハグゥッ!?」

 

 バッドエンドビューティは前のめりに倒れ、悔しげな目で小夜を見上げるが、その瞳は赤く灯りビューティは思わず小さい悲鳴を上げて廊下を這ってその場から離れた。

 

(何故…、何故私の剣技が通じないの!?

私は剣道三倍段なのに、警察官にだって負けた事はないのに、あんな女に勝てないなんてっ!!)

 

 バッドエンドビューティは立ち上がり、もう一度小夜を睨みつけると綺麗な顔立ちを歪ませて叫んだ。

 

「お前なんかに負けてたまるかっ!!

その穢らしい存在を私の前から消してやる!!」

 

 バッドエンドビューティは両掌を小夜に突き出してバッドエンドエナジーを集中。彼女の正面に掌サイズの雪の結晶が幾つも現れて壁になった。

 

「バッドエンドブリザードッ!!!」

 

 青き魔少女の掛け声と同時に雪の結晶から鋭い氷柱の刃を無数に前方へと放った。逃げ場のない刃の嵐に小夜は怯む事なく刃の嵐を日本刀で弾き…砕く。その名の如く休まず放たれる氷の刃は小夜の右肩、左腿、左脇腹と突き刺さり幾つもの掠り傷を負わせていく。

 鋭い氷柱の嵐は尚も小夜に降り注ぎ、周囲の壁や廊下、天井をも抉った。そしてバッドエンドビューティの技が止まり、小夜がどれ程に串刺しとなってしまったのかを不敵に微笑みながら確認する。…だが、小夜は全身を無数の氷柱に貫かれながらも膝を折ってはいなかった。

 

「そんな…、化け物か!?」

 

 狼狽えるバッドエンドビューティは二度必殺技を放とうとするが、小夜は突き刺さった氷柱を振り払う事をせずに駆け走り刀を大きく振り上げ魔少女に迫った。そしてその刃が振り下ろされる刹那、魔少女は小夜の赤く灯る瞳を見る。そして心を奪われた。

 

「…綺麗…。」

 

 振り下ろされた日本刀はバッドエンドビューティの額を微かに切り、小夜は日本刀を静かに降ろした。

 

「此以上は無意味だ。貴様を蝕む“魔具”を置いて去れ!」

 

 小夜は人を殺す事は出来ない。それは誰が強いた暗示でもなく、契約でもない。自ら架した禁忌である。故に彼女はバッドエンドビューティを斬らない…、小夜はこの魔少女を人間であると認識しているのである。

 そして彼女に取り憑く“カード”の存在にも気付き、小夜は此以上の戦闘を望まず…手を引く様促したのである。

 しかしバッドエンドビューティはそんな小夜に溜め息を洩らし、落胆の目で見つめた。

 

「…あの“御方”が言っておりました。

()()姿()()()()()()()()()()()()()()()と…。本当だったのですね。

貴女の瞳はこんなに綺麗なのに思考がとても醜い…、興醒めです!」

 

 言うが早きか、いつの間にか両手に二刀の氷剣を握り小夜に斬りかかる。その斬撃は難なく躱され、小夜は魔少女から距離を取る。

 

「無駄だ、お前ではわたしには勝てない。」

 

 その時小夜は“視た”。バッドエンドビューティの腹部が歪に波打つのを…。

 

「まさか、“蠱毒”か!!」

 

 さすがの小夜も驚きが隠せなかった。蠱毒とは平安時代に用いられた呪術で様々な毒虫を一つの入れ物に閉じ込めて共食いをさせ、生き残った一匹に術をかけて蠱毒と為した。

 しかし結局は只毒虫を使った毒薬に過ぎず、故に誰にでも作れた事から朝廷より発禁とされた程に当時は流行ってしまっていた。だが力のある陰陽師が蠱毒を作れば其れは強い力を持った使い魔ともなり、更には取り憑いた者を病にかけたり操ったりも可能となるのである。

 

「えぇ、そうです。

私達は皆“カード”をこの身に宿す為に蠱毒を飲み、己が“霊力”を上げて耐性を作り、カードを受け入れたのです。

…でも、どうやら私はもう用済みの様です。」

 

 バッドエンドビューティは何を思ったのか、氷剣を一振り捨て…もう一振りの切っ先を自分の腹部に添えた。

 

「何をする気だ、やめろ!?」

「ふふ…、自分の腹を切る美徳は、“男”だけの物では決して御座いませんわよ。」

 

 “ゾブリ…ッ”。

 バッドエンドビューティは自ら氷剣を腹部に通し…貫いた。血反吐を一杯に吐き出し、己が腹からはみ出た臓腑を見て満足げに笑う。

 

「ふふ…、何て鮮やかで美しい色…。

蠱毒に引き裂かれるなんて“不粋”もいい所ですわ。」

 

 バッドエンドビューティから抜け出る様に青いカードが現れて消えると…其処には綺麗な長い黒髪に紺のセーラー服を着た少女が狂喜の笑みを浮かべたまま倒れ込み、血の海が艶やかに広がった。

 彼女は魔に魅入られる以前から既に心が壊れてしまっていたのかも知れない…と、小夜が考えていると少女のお腹の辺りが動き、その亡骸の下から巨大な蛆虫が這い出て来た。小夜は不快を露わにした眼差しで睨めつけるが、その蛆虫はバッドエンドビューティが自分の腹を突き刺した時に共に貫かれた為に傷口から白い体液を流しながら弱々しく痙攣を起こすと動かなくなった。

 小夜はそれを見届けると踵を返し、哀れな少女の亡骸をそのままにみゆき達の元へと走った。



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魔人は魔法少女を欲する…

 キュアハッピーとマーチ、そして暁美ほむらは救援に来てくれたキュアサニーと共にバッドエンドハッピー、バッドエンドサニーと睨み合いの状態になっていた。

 ほむらとマーチにハッピーが合流し、二対三で戦いを続けていたが、キュアサニーまで合流した時点でバッドエンドプリキュアの二人には勝ち目が無くなっていた。それでも二人は後退せずに戦う意志を示していたが…四人から見れば只の強がりにしか見えなかった。

 

「もう、後はないよ。

変身を解いて“負け”を認めて!?」

 

 キュアハッピーが説得するも、二人の魔少女はニヤつきながら此方の隙を伺う。

 

「…駄目よ、彼女達に貴女の心は伝わらないわ。」

 

 ほむらは右手のベレッタM92FSの銃口をバッドエンドハッピーに合わせる。

 

「待って、もしあの娘達が人間だったら…」

「人間であろうとなかろうと、既に彼女達はこの学校の生徒を何人も手にかけているのよ!

…許せる訳がないわ!!」

 

 ほむらの瞳に憎しみが宿り、ベレッタM92FSのトリガーを引いた。

 

「ほむらちゃん!?」

 

 銃声とハッピーの声が同時に響き、一発の銃弾がバッドエンドハッピーの額へと飛ぶ。

 しかし着弾するかと思われた銃弾は突如現れた旧日本陸軍の軍服を着極した男が振るった日本刀により火花を散らして弾かれた。

 キュアマーチは目の前で見せつけられた“神技”に思わず声を洩らす。

 

「そんな…、銃弾を刀で切り落とすなんて…!?」

 

 軍服の男の靴元には真っ二つとなった9mmパラベラム弾が転がり、男の軍靴が嘲笑うかの様に踏みつけた。

 

「ハッハッ、引き金に一切の躊躇いがなかったぞ!

流石は我が“怨念”を受け継ぎし娘だ!」

 

 その男の瞳を見たキュアハッピーとマーチは完全に射竦めされ、まるで石にでもされたかの様に身動きが出来なくなった。

 

(…駄目…

あの人の目、凄く怖いっ!!)

 

 ハッピーとマーチは足を踏ん張るだけで精一杯となり、ほむらもまた荒い息となり額に玉の様な汗を幾つも作り床に落とした。

 

「俺はお前を迎えに来た。

…来るがよい、“我が娘”よ。」

 

 “娘”…、この単語にハッピー達三人は強く反応してしまう。

 

「娘…って、どうなっとるん??」

 

 直接ほむらに聞いてしまうサニー。しかし当人もかなり混乱しているのが見て取れ、ほむらの口からその答えを聞ける訳がなかった。

 ほむらの頭の中はかつてないと思える程に“グチャグチャ”になっていた。一度も顔を合わせようとしなかった父だと思っていた人と自分と同じ病を患いながらもずっと傍にいてくれた母だと今も思っている人の言葉が幻聴として耳に届く…。

 父は娘に言った。

 

“お前の様な素性の知れぬ娘がわたしの子供である筈がないっ!”

 

 母は娘に言った。

 

“あの人が何と言おうと、貴女はわたしの娘よ…ほむら。”

 

 そして無限地獄の様な忌まわしい記憶の中にあるあの“少女”との出会いと別れ…。だが、暁美ほむらと云う命は魔法少女となる前から既に重くのし掛かった“深き闇”をその細く小さな体に内包されていたのだ。

 

「暁美ほむら、お前は暁美美千代…

旧姓“大沢美千代”とこの帝都を呪いし魔王…“加藤保憲”との間に産まれ落ちた

“忌み子”なのだ!」

「うそ…、

ウソオオオオッ!!!」

 

 ほむらは声帯が張り裂けんばかりの絶叫を上げ、何時の間にか左手にもベレッタを持ち二挺を加藤に向けて乱射した。

 

「ダメエエエッ、やめてほむらちゃん!!!!」

 

 キュアハッピーが叫び声を上げてほむらを抱き込み、マーチとサニーでほむらの両腕を天井に向けさせ、数発の弾痕が天井に刻まれた。魔人の足元にボトボトと赤い血が流れ落ち、血溜まりを作っていく。

 …しかしその血は決して彼より流れ出た物ではなかった。

 

「なっ…、なんでウチが……あぁ…??」

 

 加藤の前には首根っこを掴まれ爪先を宙に浮かせたバッドエンドサニーがその華奢な体に何発も弾痕を刻まれ、その耐え切れない痛みに顔を歪ませた。加藤は特に言葉もなく彼女から手を離し、バッドエンドサニーは自分が流した血溜まりの中に放り出され…赤いカードが彼女から抜け出るとそのまま事切れた。その光景をバッドエンドハッピーは只茫然と見つめる。

 

「何やっとんねん我えっ!!!!」

 

 突然怒声を上げ、キュアサニーが加藤に飛びかかった。両拳を炎に包み加藤の顔面を狙う…が、加藤は何と青いカードを持った左手一本でサニーの剛拳を受け止めた。

 

「水気は火気を剋す…!」

 

 剛拳を包んでいた炎が青いカードの力でかき消され、驚いたサニーに加藤は日本刀を抜きキュアサニーに振り下ろされようとした時、黒い影が同じく日本刀を振るい加藤の凶刃を弾いた。

 キュアハッピーは自分を通り抜けサニーを助けたその頼もしい彼女の後ろ姿を見て笑みが零れた。

 

「小夜さん…。」

 

 刀を弾かれた加藤は小夜の二太刀目を躱して後方へと退く。

 

「ほう、お前が七原の当主に見初められた“古きもの”か!」

 

 加藤保憲の口からまたもや聞き捨て出来ない言葉が飛び出した。ハッピーは驚きのあまり、魔人の言葉を繰り返した。

 

「小夜さんが…“古きもの”…!?」

 

 キュアハッピーとサニー、マーチは思考が全く追いつかず…ほむらと小夜を交互に見てしまっていた。

 

「貴様あッ!!」

 

 小夜は二度刃を振るい加藤へと走る。だが其処で突如視界が歪み小夜は足を止める。プリキュア達も狼狽え、何をしたら良いのか分からなくなってしまっていた。

 その隙を見て加藤は四枚のカードをバッドエンドハッピーに託して言った。

 

「お前はカードを持って新たな依り代達を探し出せ!

より強き霊力と怨念を宿した哀れな娘達をなっ!!」

 

 彼の命令を聞いたバッドエンドハッピーは茫然としていた顔を笑顔に変えて「ハッ、ハイ!」と返事を返してその場から姿を消した。

 そして歪み出した視界…、いや、空間は人の住まう現世から怨霊共の巣くう幽世へと変わる。周囲は何もない赤と黒が混ざり合うグロテスクな空間に変化し、幾つもの影が現れてハッピー達を取り囲み始めた。



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幼き少女の血は熱き杯を満たす…

 白い法衣と白い肌にまるでモザイクがかかったかの様に全く顔の見えないスキンヘッドの魔物が次々に地面から生え出て来た。

 キュアハッピー、サニー、マーチ…そして暁美ほむらはその目を疑った。

 

「そんな…、ほむらちゃん!?」

 

 ハッピーはほむらに答えを問おうとするが彼女が解る筈などない。…魔獣、キュゥべえと魔法少女達がそう呼ぶ魔物達。世界でも様々な呼び方をされているが主に“ゾア”と多くの国では総称されていた。

 

「どうして…、人間が魔獣を操れるの…!?」

 

 ほむらの驚愕は無理もなく、本来魔獣は人々の負の残留思念が凝り固まり形を為した悪霊そのものである。魔法少女達にとってその悪意の塊を操作するなど有り得ない事なのだ。

 ほむらは目の前の魔獣に囲まれた光景とあの魔人の言った事に困惑を極め、立っていられずその場に崩れる様に座り込んでしまった。

 

「ほむらちゃん!?」

「暁美さん!?」

 

 マーチが下を向くほむらの顔を覗き込むがその目は視点が合っておらず、完全に戦意を失っていた。

 しかし魔獣はどんどん数を増やし、最早ハッピー、サニー、マーチ、そして小夜の四人で倒し切れるかも解らない程になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 加藤保憲の奇門遁甲の陣に閉じ込められたアーカードは天地のない暗黒の空間に何も抗えずに浮遊していた。奇門遁甲の陣には八つの門がある。景・開・死・生・杜・驚・休・傷の八門である。加藤はアーカードに対し死門・傷門は効かないと考え、杜門或いは休門へと誘い込ませた。奇門遁甲は現世よりも幽世に近い空間…結界である以上は“何処にでもいて何処にもいない”と云う能力は封じる事が出来、後は彼の魔眼を五芒星…ドーマンセーマンで封じる事で杜門・休門へと誘導…更に加藤には最も都合の良い休門へ誘い込む事に成功。有象無象全ての活動を強制的に休ませる…止めてしまう休門に入ってしまいアーカードはその動きを完全に封じられてしまったのである。

 思考すら止められたこの空間の中でアーカードの前に小さな光が灯り、幼い少女へと形を変えた。

 

「まだだよ、まだお休みの時間じゃないんだよドラキュラさん?」

 

 可愛らしい声がアーカードの耳に届き、彼はゆっくりと目を開いた。その赤い瞳に映ったのは小さな魔法少女…千歳ゆまだった。

 

「みんなが危ないんだよ。

頑張って此処から抜け出して!」

 

 ゆまの激励にアーカードは抗う様に体を震わせ、ゆまに手を伸ばし…ゆまもまた受け入れるかの様に両腕を伸ばす。アーカードはゆまの小さな肩を掴むと無理矢理自分の方へ引き、その小さな首筋に鋭い牙を突き立てた。その鋭い牙はゆまの首筋に深々とくい込んだ

 

「ゆまの血ぃあげるよ。

だから…みんなを、杏子を助けてあげて…?」

 

 幼い少女から牙を離したアーカードは赤い瞳にゆまを映した。

 

「哀れな娘よ…。よかろう、お前の願いを聞き入れよう…。」

 

 アーカードの手がゆっくりと肩から離れると千歳ゆまは円満な笑顔をしてアーカードに背を向ける。…その向こうには一筋の光が差し込み、其れはどんどん大きくなりアーカードを呑み込む。

 そして彼は見た。光の中で駆け寄るゆまを待つもう一人の少女を…。彼女は其れ程長くないであろう髪の毛を両端で結い、見滝原中学の制服を着ていて寄り添うゆまの手を優しく握るとアーカードの方に視線を向けた。

 その可愛らしい笑顔の少女は似つかわしくない程に慈愛に満ちた微笑みを残してゆまと共に光の中へと消えたのだった…。

 

 

 

 

 

 

 屋上では未だゆまの死を受け入れられていない杏子が座り込んだまま血溜まりに手を浸していた。

 その項垂れた頭は血溜まりに映る自分の生気のない顔に自嘲し、血塗れた手に握り拳を作る…が、其処で異変は起こった。突如血溜まりが生き物の様に蠢き出し渦を巻いて血柱を作り出した。そして其れは人の形を取り、“アーカード”となり彼の身体に吸収されてしまった。杏子の手に染みた血も一滴残らず…。

 

「お前…、吸ったな…っ!!

ゆまの血を吸いやがったなあああっ!!!!」

 

 杏子は怒り狂い、アーカードに三角刃の多節槍を放つ。しかしその刃はアーカードに片手で掴み取られ、その剛圧な握力により砕かれた。

 

「一時の怒りで此処で私と殺り合うか“幻惑のマギカよ”?

貴様がそれを望むなら私は構わない。

…だが私にも都合がある。あの幼子の血と引き換えに貴様への助成を契約している。

…選べ佐倉杏子。此処で私に殺されるか、それとも私と共に戦場へ向かうかっ!

…HARRY?

…HARRRRRRY!?」

 

 二人の間に暫しの沈黙が流れた。アーカードは赤い瞳を杏子から離さず、杏子もまた眉をつり上げてアーカードを睨む。…そして多節槍を仕舞い、その表情、仕草は何時もの小生意気な少女のものに戻っていた。

 

「全く…、アンタ意外にお節介なんだな、吸血鬼。

選んだよ、アンタと行くぜ戦場へさ!

ゆまの敵を取りにな!!」

 

 杏子の答えを聞いたアーカードは満足と言わんばかりに歯茎と牙を露わにして笑う。

 

(そうだ、それこそが“人間”の選択だ!

全ての決断は前に前進する為の布石なのだ!)

 

 アーカードの赤い外套が広がり、その両手には454カスール改とジャッカルmark2が握られ、杏子もまた多節槍を再び握り軽やかに舞い構える。

 

「さあ…私達のターンだ、加藤保憲!!」

 

 アーカードが吼え、外套が杏子を包み込むとその姿はフィルムを切り落としたかの様に忽然と消えてしまった。



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伯爵は乙女の窮地に駆けつける…

 魔獣共の猛攻が始まった。激しい毒害の瘴気を吐きつけ、幾本の腕がハッピー達を狙い伸びては地面に突き刺さる。キュアハッピーがほむらを抱えて攻撃を回避し、サニーとマーチで二人への攻撃を打ち払うが、あまりの数と瘴気の霧により体は焦燥し…動きもどんどん鈍くなって来ていた。小夜は加藤と真剣による死合いにより彼女達に手がいかず、魔獣一体を倒した時には既に三体も増えており見渡す限りに魔獣が溢れる程であった。

 キュアハッピーは肩に腕を回して抱えたほむらに強く呼びかける。

 

「ほむらちゃんお願い、戦ってっ!

このままだとわたし達保たないよおっ!!」

 

 しかしほむらの体はマリオネットの様に力無くへたり、ハッピーはその体を支え続ける。その時、ハッピーはマーチとサニーの悲鳴を聴いた。

 何本もの魔獣の腕が二人の身体を絡め捕り、その強力な圧迫がサニーとマーチを苦しめ徐々に“死”へと誘おうとしていた。

 

「サニーッ!?マーチッ!?」

 

 苦しみながらも身を捩ろうとするも、魔獣達の腕は更に二人に覆い被さり、その姿は見えなくなってしまった。

 

「イヤアアアアアアッ!!!

あかねちゃんっ、なおちゃんっ!!?」

 

 泣き叫ぶハッピーをほむらは横目に見るが、悔しげに歯を噛み締めるだけで動こうとはしない。彼女の中にあるのは困惑と疑惑…そして絶望のみであった。そしてキュアハッピーと暁美ほむらにも魔獣達が迫ろうとした時、二人の耳に闇より響くかの様な男の声がハッキリと聴こえた。

 

“拘束制御術式(クロムウェル)

一号、二号解放!

目標完全沈黙までの限定解除っ!!”

 

 次の瞬間、サニーとマーチに群がった魔獣達が突如爆ぜ、黒い大きな塊がキュアサニーとキュアマーチを背に乗せて飛び出した。

 ハッピーとほむらは唖然とした表情で二人を助けた…姿そのままの“黒き獣”を見た。それは真っ黒で目を六つ…いや八つと揃えた大きな犬であった。“ブラックドッグ”、アーカードが使役する凶暴な使い魔である。三十年前の戦いで失っていたが、新たなブラックドッグをアーカードは手に入れていたのである。そして襲い来る魔獣達の頭が白銀…漆黒の銃より放たれた弾丸により十体が瞬時に破壊された。

 更に凄まじいスピードで多節槍が鞭の如く唸りを上げて六体の魔獣を瞬時に薙ぎ払った。ハッピーとほむらの前に幻惑の魔法少女…佐倉杏子と本来の戦闘スタイルである黒い拘束服を身に付けたざんばら髪のアーカードが降り立ったのだ。

 

「お待たせした、みゆき姫…。」

「ア…カードさ…、遅いよ…。

もっと早く来てよ~!」

 

 戦士の顔を保てずにくしゃくしゃにして泣きじゃくるハッピーをアーカードは無表情に見おろす。誰もが吸血鬼が彼女を侮蔑するかと思ったが…、アーカードはハッピーの前で片膝をつき、彼女の頭を優しく撫でた。そして一言を呟いた。

 

「すまない…。」

 

 その時の表情は何時もの傲岸不遜な顔ではなく、心を許した相手にしか見せないであろう優しげな微笑みであった。杏子もまた項垂れるほむらを見おろし、アーカードと同じく彼女の前で膝をつくが…彼とは反対にほむらの胸ぐらを掴んで自分の眼前に近付けた。

 

「杏子ちゃんっ!?」

 

 ハッピーは杏子を止めようと手を伸ばすが、その手をアーカードが掴み取る。

 

「アーカードさん…!?」

「戦えぬ者に生きる資格はない!

例え虫螻でだろうと猛獣であろうと生きる為に命を賭して戦っている。

戦えぬのならば、腐り死ぬのが摂理だ。」

「…そんな…!?」

 

 反論しようとするキュアハッピーをアーカードは何時もの態度で一瞥するとその手に握る二挺の巨銃でまたも迫る魔獣達を粉砕した。

 

「みゆき、其処で寝ている二人を起こせ。

総出で“ゾア”共を掃滅する!!」

 

 そう言ってアーカードは魔獣の群に飛び込み、ブラックドッグもまた魔獣達を蹴散らし、食い散らかす。その行動は正しく千歳ゆまとの血の契約に基づくものであった。

 アーカードによって魔獣達はキュアハッピー達には触れる事も出来ずにいるが決して優勢とは言えず、アーカードの二挺拳銃にも弾丸に限りかある以上は思い通りには行く筈もなかった。

 アーカードに守られる中で杏子はほむらの胸ぐらを掴まえたまま彼女を見据え、ほむらは杏子から目を反らす。ハッピーが目を覚ましたサニーとマーチを介抱していると杏子は言った。

 

「ゆまが…死んだ…。」

 

 皆、耳を疑った…。千歳ゆまが死んだ。見滝原中学校で起きた戦いにプリキュアや魔法少女達が生き残れたのはゆまの広域治療魔法があってこそなのだ。何より一番護らなければならない幼い少女が一番早く逝ってしまうなどあってはならなかった。

 キュアマーチは信じられないとばかりに杏子の腕を掴み、今一度問い質した。

 

「ゆまちゃんが死んだなんて…、嘘だろ?

…もしそうなら杏子ちゃんがそんな平気でいられる訳ないじゃないか!?」

 

 そこまで言ってマーチは気付いた。杏子の目が既に赤く腫れているのを…。

 

「わりいな、なお。

さっきまであたしお前達放ったらかして屋上で泣き喚いてたんだぜ。

…だからさ…。」

 

 …と、杏子はゆまの死に打ち拉がれたほむらにもう一度視線を向ける。

 

「だから本当ならあたしにはコイツを責める資格なんてねえんだ。

…だけどさ…、

お前悔しくねえのかよ、ほむらあっ!?」

 

 杏子の胸ぐらを掴んだ拳に力が隠る。

 

「敵に何されたか知らねーけど、学校のみんな殺されて、仲間いい様にされて…、ゆままで殺されて、あたしは腸煮えくり返ってるんだぜ!!

このまま何もせずに終わる気か、暁美ほむら!?」

 

 杏子は問う、ほむらの戦う意志を…。彼女が魔法少女として戦い抜いて積み重ねた苦しい日々を今一度思い起こさせる為に…。

 

「…わたしは…」

 

 ほむらは考えてしまうあの軍人が実の父なら…、あの男はゆまを殺したかも知れない敵なら、自分の存在は…。ほむらは自身を強く抱き締めて蒼白な顔になってしまった。

 そんな彼女を杏子は歯痒くも何も言わず、胸ぐらを掴んでいた手を離した。

 

「みゆき、もう少しだけ…ソイツの事守ってやってくれ。

コッチはチャッチャと終わらせちまうからさ。」

 

 そう言って杏子は二人に背を向け、多節槍を右手に取り軽く振り回すと突然杏子の姿が左右三人に分身し、真ん中の一人を入れた七人となった。

 

「あたしの魔法、全開で往くぜ!!」

 

 七人の杏子は天高く飛び跳ね、魔獣の群に飛び込んだ。

 そしてキュアサニーとキュアマーチもまた立ち上がり決意の眼差しをハッピーに向けた。



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悍ましき狭間の攻防…

 キュアハッピーは不安を露わに二人を見上げる。

 

「サニー…、マーチ…。」

「ウチ等も本気でいかなアカンな、そう思うやろ…マーチ?」

「うん、そうだねサニー。

それにこんな時まで杏子ちゃんやアーカードさんに頼り切りなのは流石に癪だな、あたし!」

 

 二人は視線を合わせ振り返り際に言った。

 

「必ず勝つよ、ハッピー!」

「必勝確実やで、ハッピー!」

 

 キュアサニーとキュアマーチもまた魔獣の群に突撃し、炎と突風が吹き荒れた。日野あかね、緑川なお、佐倉杏子、アーカードを見送ったキュアハッピー…星空みゆきは泣きそうになるのを堪え、隣で小さく震えるほむらを優しく抱き締めた。ほむらは言葉なくみゆきの顔を覗く。

 

「ほむらちゃんはわたしが守るからね。」

 

 手を解いて立ち上がるキュアハッピーは拳を作って握り、前を見据えた。彼女の視線の先に現れたのは…、さっきまでバッドエンドサニーであった髪の短い少女の亡骸…。その背中を内側から引き裂き成虫となった蠱毒であった。ワキワキと蟷螂の様な前脚を動かすと前のめりになってハッピーに向かって突進してきた。

 ハッピーもまた怒りと決意を拳に込めて駆け出した。

 

「ウワアアアアアアアーーッ!!!!」

 

 互いに間合いに入った瞬間、蠱毒は両の前脚の鎌でハッピーの首を跳ねようと伸ばすがキュアハッピーは上方へ飛び上がり、本体である蠱毒の蓋骨格を急降下右パンチで突き破って粉砕した。正に一撃必殺の右拳であった。少女の赤い血と蠱毒の白い体液に汚れたハッピーはそれを拭う事なく新たに現れた魔獣達をキッと睨むと両手で大きくハートを形取り両掌でもハートを作り右脇へ引いた。そして掛け声と同時に前方へと突き出した。

 

「プリキュア・ハッピー・シャワーーーッ!!!!」

 

 キュアハッピーが放出した光は一直線に伸び十体近くの魔獣を一瞬にして消滅させる。そしてハッピーは力任せに放出中の聖光を振り回した。

 

「うおりゃああああっ!!!!」

 

 聖光はそのまま横薙ぎに魔獣を巻き込み、それこそ二十体は確実に滅していた。

 その小さく華奢ながらも誰よりも力強く感じるキュアハッピーの背をほむらは目を見開き、視線が離せなくなる。

 

「…みゆき。」

 

 ほむらは彼女の背を見ながら杏子に言われた言葉を思い返す。“…くやしくねえのか!?”…と…。

 自分はこんな所にへたり込み何をやっているのか、敵を前にして何を怖じ気づいているのか、ほむらは自問自答する。多くの人達が目の前で殺され、自分もその手を血に染め上げ、新たに現れた敵は自身の父を名乗り…、杏子からは千歳ゆまの死を知らされた。

 

(わたしは何をやっているの!?

学校の人達と千歳ゆまの敵を取らなければならないのに…!

その敵が父親を名乗ったから何なの?

例え本当だとしても忌まわしい血の繋がりが仲間との絆に勝る訳がない!

…そう、今わたしがこんな所にへたり込んでいる理由なんて一つだってないわっ!!)

 

 暁美ほむらは地面に爪を立て唇を噛み締めて顔を歪ませた。そして立ち上がり漆黒の弓を握り光の弦を張る。光の矢を構え、切っ先をキュアハッピーに迫る魔獣の一体に合わせた。

 放たれた一矢はキュアハッピーの横を通り過ぎ魔獣の胸を貫き通して消滅させた。その威力はハッピーの必殺技に劣らない浄化力を持っていた。

 キュアハッピーは後ろを振り向いて弓矢を構えるほむらに笑顔を送る。

 

「ほむらちゃんスゴい、一発必中だね!!」

「余所見しないで、みゆき!

この魔獣達を掃滅するのは不可能よ、魔獣を操っているあの軍人を倒すのがこの空間から逃れる唯一の手だわ!」

 

 ほむらの言葉にハッピーは頷き返す。

 

「それじゃ、小夜さんを助けに行かなくっちゃね!」

 

 一旦立ち止まり嬉しげに二人を呼ぶハッピー。

 

「此処はウチ等に任しい!」

「ハッピーも頑張って!」

 

 サニーとマーチにハッピーは頷き返してまた走り出す。しかし更に伸びる魔獣共の手を今度は佐倉杏子の多節槍が幾本にもなり魔獣の群を八つ裂きにした。

 

「杏子!?」

「ほむら、あたし達魔法少女の意地をあの軍人野郎にシッカリと見せつけてやれ!」

 

 杏子の助成にほむらは感謝をしてハッピーと共に駆け抜け、行く手を遮る魔獣を蹴散らした。

 そしてやっと聴こえてきた刃鳴、小夜と魔人の咆哮。

 ハッピーとほむらも負けじと哮り、魔獣共の重壁を遂に越えた。そして同時にほむらが光の矢を三本放ちキュアハッピーが突貫、それに気付いた小夜はハッピーに合わせ彼女を背に隠した。三本の光の矢は何と加藤に向けてホーミングをし、それを加藤は日本刀にて二振りでかき消した。そして小夜に視線を戻すと彼女は姿勢を低くし、その上をキュアハッピーが飛び越えて飛び蹴りで頭部を、小夜は刃を水平に構えハッピーの飛び蹴りと同時に加藤の腹部を狙う。

 

「チッ!!」

 

 刹那に加藤が判断は何と小夜と同じく身を低くして彼女の中段斬りを刀の鍔で受け流し、ハッピーの飛び蹴りは完全に回避されてしまう。そして加藤は小夜と交差してそのまま後方にいたほむらへ向けて駆ける。

 

「しまった!!」

 

 やり過ごされ加藤を追おうと切り返す小夜。ハッピーも着地と同時に地を蹴り背を向けて走る加藤を追う。

 ほむらは此方へ向かって来る魔人を睨みつけ弓矢を構えた。…が、加藤の突進は血に飢えた牙によって阻まれた。

 

「ごああああああああっ!?!?!?」

 

 突然足下より巨大で凶悪な“ブラックドッグの顎”が出現して加藤の体にその牙をめり込ませたのだ。その姿は巨大な黒い竜と言っても過言ではなく、黒犬の額から姿を現したアーカードは二挺の巨銃を加藤に向けた。

 

「王手(チェックメイト)だ、“マギウス”!!」

 

 残忍なアーカードの嘲笑が口端から血を垂らした加藤へ送られ二発の銃声とマズルフラッシュが閃く。旧日本軍の帽子が飛び、加藤の頭が下顎を残して肉片となり胸には大きな風穴を空けられ、彼の手は力無く垂れ下がった…。

 あまりに無惨な魔人の結末にキュアハッピーは両手を上げて喜ぶ事は出来なかったが、それでも戦いが終わった事実には心から安堵していた。

 …いや、何かおかしい…。

 何故この異空間は元に戻らず、魔獣達も未だ消えずにいるのか。…答えは一つである。

 頭を無くした加藤保憲の死体は正方形の黒い…五芒星を染めた和紙が重なり合った人形(ヒトガタ)に変わり果てたのだ。そして人形の和紙は何とバラバラと剥がれ落ちたかと思えばまた繋がり合って一本の黒い荒縄となりブラックドッグを縛り封じた。アーカードもまた荒縄に捕まり首や腕を完全に縛り固められた。

 

「ぐううっ!!?」

「アーカードさん!?」

 

 ハッピーは口元も塞がれたいアーカードを助けようと駆け寄るが、彼はジャッカルmarkⅡで“向こうへ行け”と振った。ハッピーはジャッカルmarkⅡが示す先を見ると其処には咬み殺されたと思われたあの軍人がほむらの眼前に立っており、追いついた小夜が彼に斬りかかろうとしていた。

 しかし小夜を遮ったのは何と逃げたと思われていたバッドエンドハッピー。そしてキュアサニー、マーチ、佐倉杏子もほむらを助けようと駆け寄るが思いもよらない相手が立ち塞がり強力な“電撃攻撃”が三人に放たれた。



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その結末はあまりに残酷で…

殺戮遊戯の章、ラストです。


「そんな、何でよ…っ!?」

「クッソ~、こんな時にっ!?」

「止めえや、“ピース”!

気をシッカリ持ちい!!」

 

 三人の足を止めたのは何と外でキュアビューティと待っている筈であったキュアピースであった。その瞳は三人を凝視しているが、何処か虚ろな表情であった。先程加藤に呑まされた蠱毒に操られているのである。彼女に気を取られていた三人は何時の間にか魔獣達に取り囲まれ、完全に道を塞がれてしまっていた。

 そしてバッドエンドハッピーを前にした小夜は彼女に真剣を振り下ろさず、刀を逆に持ち変えた。

 

「其処を退け!!」

 

 小夜が日本刀をバッドエンドハッピーに振り、彼女は紙一重でコレを躱す。だが二撃目の素早さに追いつかずバッドエンドハッピーは右腕に喰らい、押し飛ばされた。しかし背後から魔獣達の腕が小夜を捕らえ地面に圧し潰し動きを止められてしまう。

 

「小夜さん!?」

 

 後から追いついたキュアハッピーが小夜を助けようとするが彼女はそれを拒む。

 

「わたしに構うな、あの男を止めるんだ!!」

 

 立ち止まり躊躇するキュアハッピーだが、何十体もの魔獣に折り重なれてしまった小夜を背に加藤保憲に向けて走る。…が、またもやバッドエンドハッピーがキュアハッピーを阻み睨み合いとなった。

 

「虫唾が走る良い子ちゃんを御父様の所へ行かせる訳ないじゃない!」

「退いてよ、ほむらちゃんを助けるんだから!!」

 

 互いに拳を振り上げ、交差。互いの顔を打ち仰け反る。しかし地を踏む足は一歩も動かず更に拳が交差し、連打の嵐がぶつかり合う。

 

「どけええええっ!!!!」

「潰れろおおおおっ!!!!」

 

 どちらも引かず、ぶつかり合う二人。まるで対極に位置するかの様に否定し合っている事に二人のハッピーは気付いてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰にも邪魔出来ない中で加藤保憲と暁美ほむらは対峙し、互いを瞳に映し合う。しかし其処に親子としての情はなく…ほむらは加藤に弓矢を向けて固まったまま動かず、加藤は鋭い三白眼でほむらを見下ろす。今二人の間にあるのは複雑怪奇に絡み合った忌まわしき繋がりだけであった。

 

「ほむらよ、ようやくお前に辿り着いた。…さあ、父の下へ来るんだ。」

 

 魔人の声にほむらは応えない。…いや、恐ろしくて応えられないのだ。この男を前にした途端に先程以上に動けず、鼓動が乱暴に早くなり息苦しくなる。血はまるで自分を裏切るかの様に突き動かすかの様に熱くなり彼女に呼び掛ける。

 

 “彼に従え!!”…と…。

 

 構えていた光の矢が消えてしまい、漆黒の弓を手元から落とし、やはり消える。無防備のほむらを加藤はマントで包み、不敵な嘲笑を浮かべた。最早誰も間に合わない中、軍服の魔人はマントの中でほむらを抱き抱えてその身体を宙に浮かせた。

 それを見たキュアハッピーは渾身の一撃を拳に込めてバッドエンドハッピーに叩き込んだ。バッドエンドハッピーの腹部に拳がめり込み、魔少女は悲鳴は出ずもエビぞりになり胃液を吐く。

 

「オグエ…ッ!?」

 

 バッドエンドハッピーが倒れ込むのを待たずにほむらを追おうとするキュアハッピーだが、バッドエンドハッピーの右手首の袖が伸びてキュアハッピーの足を絡め捕りその場で倒れてしまう。

 

「離してよおっ、ほむらちゃんが連れて行かれちゃう!?」

「ウルッサい…、お前なんかに、御父様の、邪魔は…させない!!」

 

 バッドエンドハッピーは体を起こして立ち上がり、キュアハッピーを捕らえたフリルの袖を掴んで引っ張る。そして魔獣達もキュアハッピーに群がっていき、幾本もの伸びる手が掴み絞め上げた。

 

「あ…っ、ぁがっ!?」

「いいわ、そのまま蹂躙されて死んでしまえ!!」

 

 バッドエンドハッピーの呪詛を聞いたキュアハッピーは苦しげに声を絞り出す。

 

「ど…して、そんな…、ひど、いこと…、が、いえる…の?

な…んで、ひとを…ころ、せる…っ、の!?」

 

 キュアハッピーの問いにバッドエンドハッピーは沈黙し、彼女に一言のみで答えた。

 

「…全部の人間が…“憎い”から!」

 

 その言葉を吐き捨てると、バッドエンドハッピーは飛び跳ねて既に頭上まで上がっていた加藤に抱きついた。

 

「ミッションコンプリートですね、御父様。」

「…何故戻って来たのかは問わん。

結果的に助成となったのだからな。」

 

 魔人の言葉を聞いたバッドエンドハッピーは褒め言葉と取って嬉しく思い、彼に抱きついた手に力を込めた。

 加藤保憲はそんな少女を無視して眼下で戦っている者達を見る。

 

「聞くがいい、踊らされし愚か者共よ!

我、加藤保憲は今此処に復活を遂げた!

“我が娘”を使い、必ずや帝都東京を灰燼に帰す!!

…二千年に渡る怨念は血塗られた歴史を通して更に膨れ上がった。

“平将門”も亡き今、最早誰にも我を阻む事は叶わぬっ!!」

 

 正に宣戦布告であった。

 それはアーカードに、小夜に、そして魔法少女…プリキュア達、そして【塔】に向けられた挑戦状であった。

 此処に三つ目の勢力が出現したのである。加藤保憲は眼下の者達に告げると暁美ほむらを抱き、バッドエンドハッピーと共に宙に消えた。

 術者が居なくなり結界内の魔獣達は増えず、アーカードは式神の縛縄を引き千切って魔獣を蹴散らしキュアハッピーを救い出し、小夜もまた魔獣共を小間切れにし、キュアサニー達は操られたキュアピースを捕まえて抑えつけていたが、加藤が去って少しして意識を失った。

 彼女達を囲っていた封鎖結界も魔獣共と一緒に消えてしまい、また見滝原中学校へと戻る。

 キュアハッピー達は外へ生存者達と共にいた巴マミと美樹さやか…キュアビューティにアルフォンス・レオンハルト、そしてセラス・ビクトリアと合流。彼女達に千歳ゆまの死と暁美ほむらが拉致された事実を報告した。

 見滝原中学校襲撃による生存者は僅か生徒25名、教師はたったの2名。犯人は東南アジア系列の武装グループで世界的企業セブスヘブン…そして日本支部会長に対してのテロ攻撃であると18:06に警視庁より発表された。

 鬼面兵の殺戮行為と死体については一切が隠蔽され、替え玉として用意されていたアジア系の男性二名が連行される場面がテレビで流され、残りのテロリストは射殺及び逃亡と報じられた。故に見滝原市、七色ヶ丘市と云った周辺地区は限界態勢が解かれず自衛隊をも投入してありもしないテロリスト達の捜索が開始された。

 【塔】による魔法少女とプリキュア達の挑発と炙り出しは鬼面兵一個中隊の犠牲により成功し、それに便乗した加藤保憲なる魔人の暁美ほむらの拉致もまた阻む事は出来なかった。

 合流後、星空みゆきは皆の前で両目に涙を溜め、両膝を地面に付いて拳を力一杯地面に何度も殴り付ける。皆も同じであろう悔しさを心に満たし、敵の嘲笑する顔を想像してその憎らしさに唇が千切れるかと思える程に強く噛み締めた。

 

「…絶対に、絶対に助けるから…ほむらちゃん!!」



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天地輪命の章
生まれる疑念と奪われたもの…


 見滝原中学校の襲撃事件から一夜が過ぎ、時刻は11:00を過ぎていた。みゆき達は不思議図書館を通り、サーラッドの本拠地である殯邸に身を寄せ…黄瀬やよいを個室に休ませてもらっていた。

 今彼女は加藤保憲に呑み込まされた蠱毒に侵され、意識が戻らずにいた。変身も何故か解けずプリキュアの姿のままベッドに横たわり、何の反応もなく眠っている。みゆき、あかね、なお、れいかは戦いで疲れ果てた体と曇らせた表情でずっと眠らずにやよいの様子を見守っていた…。

 其処に小夜と柊真奈…お盆を持った矢薙春乃の三人が部屋に入って来た。

 

「やっと“来た”わ、“猪の毛と聖水”。」

 

 矢薙が手に持っていたお盆の上の物をみゆき達に見せる。あかねは不安な顔でお盆の上の固そうな獣の長い毛を見る。

 

「…コレでほんまにやよいの中の蠱毒っちゅうヤツをやっつけられるんか?」

 

 あかねの疑問も最もではあった。昨日の時点で“蠱毒”と聞いた殯蔵人が猪の毛を特注し、聖水は英国大使館の方で用意して貰っていた。…しかし聖水は理解出来るのだが、何故猪の毛も必要なのか。その答えは部屋の外にいたアルフォンス・レオンハルトが教えてくれた。

 

「腹の中の虫…、“腹中虫”の息の根を完全に止める為だ。

対象に聖水と一緒に猪の毛を飲ませ、臓腑に巣くう腹中虫を猪の毛が串刺しにして下す。日本では宮水を使う所だが聖水でも問題はないから此で内腑を洗浄、腹中虫の死骸を吐かせ…それにまた聖水をかけて浄化するんだ。」

 

 アルフォンスの話を聞いたみゆき達はやよいが助かると分かりホ…ッと胸を撫で下ろすが、ふと矢薙が些細な疑問を口にする。

 

「…でもやよいさんは意識がない状況なのにどうやって飲ませるの?」

「“口移し”だ。」

 

 部屋の空気が凍りついた…。

 

(真剣な顔をして何を言い出すんだこの人はっ!?)

 

 室内にいる全員がそう思った中で、れいかは左手を耳元まで上げてアルフォンスに申し出た。

 

「レオンハルトさん、私が…その…、

やよいさんに…、飲ませる役目を請け負っても…宜しいでしょうか?」

「あぁ、構わない。」

 

 アルフォンスは二言返事で承諾する。

 しかしみゆき達はれいかを見て不安を隠せずにいた。皆の中でなおは彼女の様子に真っ先に気付いており、今…その思い詰めた顔の理由を尋ねた。

 

「れいか、まだ自分の事を責めてるのか?」

 

 なおの問いにれいかは表情を曇らせて俯く。

 

「私が…、操られたやよいさんを抑え切っていれば…、

暁美さんが攫われる様な事態にはならなかったかも知れません。

でも私はやよいさんを抑えられなかった。

いつも…、肝心な時に私は皆さんの足を引っ張ってしまうんです!」

 

 れいかは責任感の強い女の子である。あの時加藤に蠱毒を呑まされた後のキュアピースの身を預かったのだが、蠱毒に操られたピースを抑え切れずに電撃に吹き飛ばされたキュアビューティはそのまま昏倒してしまった。彼女が目を覚ました時には戦いが終わっており…ゆまが死に、ほむらが攫われた事実を聞かされた時…自分自身の不甲斐なさを心の中で罵倒した。

 そんなれいかにとって、やよいを救う事は償いに近い行いなのである。

 

「みゆきさん、どうか…私にやらせて下さい!?」

 

 れいかの訴えにみゆきは困った表情を取るが、二つ返事で聞き入れた。

 

「分かったよ、れいかちゃん。やよいちゃんの事はレオンハルトさんと一緒にお願いするね。」

 

 みゆきは其れ以上は言わず、れいかも小さく微笑み…みゆきに感謝をした。

 話が一段落した所で真奈がみゆきに声をかけた。

 

「みゆきちゃん、ちょっと“いつもの部屋”まで来てもらえるかな?」

 

 みゆきは頷き、やよいを寝かせた部屋にはれいかとアルフォンス…。そしてあかねもまた二人を手伝うと言って残り、みゆきとなおが真奈と小夜…春乃に連れられて移動する。

 いつもの部屋とは真奈達が入り浸り、パソコン設備を整えた指令室にも使っている大きな部屋である。

 ドアまで来て春乃がドアノブに手をかけると、突然中から松尾の怒号が聞こえてきた。

 

「テメエッ、魔法少女だろうが何だろうがなあっ、

よりにもよって殯さんを疑うたあ、どうゆう了見だあっ!?」

 

 “魔法少女”と聴こえ、みゆきとなおは言い争いの相手が誰なのか…予想が出来た。そして五人が部屋に入ると、言い争っていたのが松尾伊織と…、案の定もう一人佐倉杏子が睨み合いをしていた。

 

「だからあ、アーカードがお前ん所のリーダーを信用すんなっつうから今白黒つけようぜって言ってんだよ!」

「俺達よりあの怪物を信じんのかよ!?」

「あったりめえじゃん、何も出来ねーお前等なんかよりアイツの方が断然信用出来るぜっ!」

 

 其れは松尾…、いや今のサーラッドのメンバー全員にとって一番堪える言葉だった。見滝原に居ながらも得意の情報収集もままならず、全てが終わった後に警察の到着時間を知らせる事しか出来なかったのだ。杏子の心ない言葉は伊織を黙らせただけでなく部屋にいた藤村駿や月山比呂、そして柊真奈と矢薙春乃の顔をも曇らせた。杏子は周囲の空気を読んだのか、バツが悪そうに視線を反らして舌打ちをした。

 そこに杏子の頭をさやかが拳骨を振り下ろし、“ゴツリ”とかなりの音を皆が聞いた。

 

「いってえ、何すんだよさやか!?」

「アンタってば言い過ぎなのよ!」

 

 次は杏子とさやかが鼻先を付け合って睨み合う。しかしその中でマミは離れた場所で俯いていた。

 それに気付いた春乃は彼女の傍らへ行き、尋ねた。

 

「あまり浮かない顔をしているけど…、気分が悪いのかしら?」

 

 マミはそう聞かれると小さく笑みを零して首を軽く振った。

 

「いえ…、何か…昨日の事が悪い夢の様で…。

でもこうしてみんなの話を聴いていると確かに起きた出来事で…、

その最中にわたしもいたのだから…人を殺めた事も…事実なんだな…と、考えてしまって…。」

 

 マミはそのまま口を噤んでしまい、話を聴いたさやかと杏子も黙り込み…自身の掌を見つめる。昨日の襲撃で魔法少女達は学校の仲間を守る為に何人もの敵をその手にかけていた。…彼女の手は血に汚れ、死の匂いを染み付かせてしまっていた。部屋の中は静まり返り…皆が口噤んでしまったかと思うと、星空みゆきは意外にも先程の杏子と同じ事を言い出した。

 

「殯さんと話をしよう…。

もうわたし達は突き進むしかない状況で今の様な信頼し合えない繋がりのままじゃあ【塔】にも加藤って人にも絶対に勝てない!

昨日の様な悲しい出来事がまた起きて、ほむらちゃんも救えずにわたし達は負けてしまう…。

今…もう一度…、わたし達は改めて手を繋ぎ合わなければいけない!

そう、わたしは思うの。」

 

 みゆきの言葉は皆の心に届いたのか、魔法少女達もサーラッドのメンバーも彼女に視線を向け、笑みを浮かべる。

 しかし緑川なおと小夜だけはみゆきの態度に不安を滲ませていた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黄瀬やよいの治療を終えたアルフォンス・レオンハルトはやよいの事を青木れいかに任せ、日野あかねと一緒に皆がいる部屋に向かっていた。

 

「…腸煮えくり返りよる、赦せへんあのコスプレ軍人!

次会うた時は“ボーボー”に燃やしたるわ!!」

 

 誰に言う訳でもなく、あかねは敵である魔人に対し毒を吐く。キュアピースの蠱毒を下す治療は見ていて全身の毛が文字通りに総毛立つ悍ましい物であった。それを思い返す度に強い怒りが込み上げ、罵詈雑言が口から飛び出ていた。

 

「少し落ち着け。

あの後黄瀬やよいの変身が解けた。つまりはもう安心だと云う事だろう?

…次は今後について思考するのが適切だ、あかね。」

 

 アルフォンスに言い聞かされてスネるものの感情を抑えるあかね。そんな彼女を見てアルフォンスは何気に顔を綻ばせた。

 

「…うぅ、そうやけど…、

うちら今回は完敗…。ううん…、そんな言葉じゃ言い表せん程に打ちのめされた…。

仲間が死んだんや…。

仲間が攫われたんや…。

うちらは初めて…、“大切なモノ”をぶち壊されたんやっ!

…落ち着ける訳ないやろ…っ!?」

 

 悔しげに表情を歪め、涙を滲ませるあかねにアルフォンスは小さな声でそっと呟いた。

 

「…お前の気持ちは、痛い程解るよ…。」

 

 普段とは違う切なげで寂しさの籠もった口調にあかねは彼の顔を見上げる。

 其処には何時も高圧的なアルフォンスではなく、今にも泣き出しそうな少年の面影が微笑みに写し出されていた。

 

「アル…?」

 

 あかねは無意識に彼の顔に手を伸ばし、そっと…掌を頬にあてる。アルフォンスはそんな彼女の手を優しく握って頬から離し…その後は終始無言となってしまった。

 

(あぁ、そうか。

アルも…“大切な誰か”を奪われたんやね…。)

 

 あかねはそう確信した。…彼の中にある悲しみと憎しみ、以前それが小夜に向けられたのを思い出す。彼女が関係しているのかを聞きたい気持ちがこみ上げるが、あかねは無言のままのアルフォンスに今は同じく無言を通す事にした。しかしもっと近くなれたら…、その時こそ彼と色々話してみようと…あかねは心に決めたのであった。



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仮面の下にありしは嘲笑…

 殯の書斎にて…、プリキュアであるみゆきとなお、小夜にサーラッドのサブリーダーの春乃、そして魔法少女達三人は書斎デスクを挟んで車椅子に座った殯蔵人と対面していた。

 春乃は脇へ寄り、皆の話の成り行きを見守る事にする。蔵人は仕事の書類なのか、先ず此方を片付けると言って万年筆を書類の上に走らせる。…そして最後の一枚を書類の束の上に乗せると小夜…みゆきとなお…魔法少女の三人の順に視線を回した。

 

「…つまりアーカードが言うには俺の心を“読心能力”を使って読めない事実から…、君達に信用するなと…釘を刺した訳だな?」

 

 彼は特に感情を見せず、車椅子の背もたれに身を預けて溜め息を吐く。

 

「かつてこの国は異界より出でしもの…“古きもの”と契約を交わした。

その約定を“朱食免”と云う。

内容は一部の人間は喰らわず、定数を守れば他の人間は食らってよいと云うものだ。

…俺と文人は代々その朱食免を隠し守る一族の“末裔”なんだよ。」

 

 此にはみゆき達だけでなく、彼の秘書として勤めてきた春乃も驚くしかなかった。さやかはその事実に不快を露わにし、蔵人を睨む。

 

「つまり貴方は…、【塔】と繋がりを持つ人間って事なんですか!?」

 

 さやかの問い掛けに蔵人は首を横に振る。

 

「…正確には“あった”だな。

かつては殯家が表から政を司る者達に朱食免の存在を祀り立てさせ、七原が裏より殯家と朱食免を守護する役目を担っていた。

…文人が袂を分かつまでは…。」

 

 六年前、悲劇は突然訪れた。文人と九頭が率いる鬼面部隊が殯邸へ押し入り、蔵人独り残して家族を皆殺しにされた。父、母、妹…、使用人も含め全員であった。その時ボディガードであったアルフォンス・レオンハルトは九頭の策略にハマり殯邸から離され、彼が戻って来た時には蔵人は妹の亡骸の傍らで死人同然に座り込んでいた。

 殯蔵人もまた、七原文人の狂事の犠牲者であると知ったみゆきは一時でも彼を疑った自分を恥じるが、反対になおは蔵人を見据えて質問を投げかけた。

 

「…どうして、七原文人は貴方だけを助けたんですか?」

「朱食免は代々殯家当主が預かり護っていた。

俺も其れがある場所は親父から聞いていたからな。前当主より次期当主の俺の方が扱いやすいと踏んだんだろう…。

だが実際場所が分かってもそう簡単に手を出せる場所には隠していない。だから文人は一旦朱食免を諦め、俺を泳がせておく事に決めたのさ。

だが只監視を受けている俺じゃない、アルフォンスの協力と親父達の残してくれた財産を使えば雲隠れするなど容易だった。…後はこの“シスネット”を買収して下地を作り、彼等サーラッドと出会って今に至る…。

あの吸血鬼の読心に関しては…正直何も言えないな。君達に俺への不信感を煽った理由は奴に聞いてみるといい。」

 

 なおは表面上は納得してみせる。…だが蔵人の話を聞いて改めて彼への疑惑を直に感じた。

 

(…やっぱりこの人は信用出来ない。

今の話を疑う理由はないけど、彼の目…。

…鋭い目…、笑ってはいないけど何処となくジョーカーを思い出させる!)

 

 ジョーカー、プリキュアである彼女達にとって本来戦い倒さなければならない仇敵。…しかし今は休戦協定を決めて【塔】との決着がつくまではバッドエナジーの搾取もしないと約束させているが、プリキュア達にそっくりのバッドエンドプリキュアが現れた時点で早々の破棄をされたと皆がみている。

 さやか、マミ、杏子もなおと大体近い考えをしており、表向きは蔵人の話を信じたフリをした。

 しかしみゆきだけは彼が両親と妹を殺されたと聞いて涙を一杯に溢れさせて嗚咽を呑み込み、大きな声で「ごめんなさいっ!!」と叫び周囲を動揺させた。

 

「わたし…っ、色々な事が一度に起きたから、どうすればいいか解らなくて…。

殯さんが疑われ始めたのを、いい事に…、みんなを纏める理由に利用して…、ごめんなさい…っ!」

 

 なおは嗚咽が止められないみゆきを気遣い、ハンカチで涙を拭いてあげるが…、鼻から垂れ下がる鼻水を見て苦笑いを浮かべ…ハンカチを鼻にあててあげた。

 

「ほら…、みゆきちゃん?」

 

 “チーン、ブフッ”。

 

 みゆきは遠慮なくなおのハンカチに鼻水を吹きつけ、離した所で“ねばり”…と糸を引いてしまった。

 小夜以外の…、部屋の中の皆がこう思う。

 

(おっ…、お約束…!)

 

 本人は至って真面目なのだが、やはりなかなかキマる事は難しいみゆきであった。そんな彼女を小夜は僅かに口元を綻ばせて見つめる。

 

(星空みゆき…、お前を見てるととても心地良さを感じるよ。

本当に何故なんだろうな、お前達の様な娘達がこんな戦いに巻き込まれるなんて…。

あの“男”は一体何を考えているのだ!?)

 

 小夜はやはりアーカードの思惑が読み切れず、無意識の内に表情が険しくなってしまっていた。

 そんな時、ドアがノックされて春乃が開けると…其処には柊真奈と他のサーラッドメンバー。そしてあかねとアルフォンスが揃っていた。

 

「どうした?」

 

 蔵人が聞くと真奈は少し怖じ気づきながらも声を強くして言った。

 

「殯さん、わたし…ハッキングをします!

【塔】の…七原文人の居場所を突き止めます!」

 

 みゆきとなお、魔法少女達は何を言っているのか理解していなかったが、サーラッドメンバーとアルフォンス…あかねは先に話を聞いていたので彼女の勇気に共感し、小夜は真奈に視線を送り、微笑みかけた。それを見たのか真奈は頬を赤くして照れくさそうに苦笑した。

 そして殯は暫し考えて答えを出す。

 

「もう、来る所まで来たのかも知れないな。

…だが今は我々の一存だけでは決められない。英国のヘルシング卿に同意を頂こう。

そして決まり次第、【塔】の…セブンスヘブンのメインコンピューターにハッキングを開始する!」

 

 殯の強い決意を聞いた松尾と藤村はハモって「ヨッシャアッ!」と掛け声と一緒にガッツポーズを取り、比呂は真奈の腕に掴まり笑顔で彼女を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 英国大使館では暗くした資料室で椅子に座るアーカードと彼の横に立つセラスが向かいのスクリーンに映し出されたインテグラと今後の動向について会議をしていた。

 

『先程、殯蔵人よりセブンスヘブンへのハッキング…そして此方からの奇襲作戦の承諾を求めてきた。』

 

 スクリーンのインテグラからの話にアーカードは愉快げに口笛を吹き、セラスは反対に眉をひそめる。

 

「インテグラ様、その殯と言う男は信用出来ないんでしょ!?

…ならそんな作戦断るべきです!」

 

 セラスの意見を聞いたインテグラは無言のままアーカードに視線を向けて意見を求める。

 

「ハッ、信用出来ない所か殯蔵人は我々の敵だ。

何せ…自分の野望の為に家族を“犠牲”にしたのだからな。

六年前、奴は自分達の護衛であるアルフォンス・レオンハルトを“偽の遣い”を用事たて外へ出し、七原の私兵を招き入れ…己が血を分けた者達を一掃したのだ。あの屋敷の地下に眠る乾き埃に埋もれた“血”が全てを教えてくれた。

…だからこそ承諾すべきだ、インテグラ!」

 

 彼の言葉に驚くセラス。しかしインテグラは予測していたのか含み笑いをして見せ、葉巻の先を切り火を付け口に加えた。

 

『最後なんだな、アーカード?』

「最後だ、インテグラ。

サーラッドのハッキングテクはなかなか使える。いや、例え使えなくとも【塔】は自ら晒け出す。

始めから終わりの筋書きは決まっていたのだ。

“我々が奴等の牙城に乗り込む事で全てが決する”のだとな!!」

 

 アーカードは牙を剥き出しに笑う。化け物が持つ狂気を晒し、赤い瞳を紅々と輝かせる。インテグラもまた口端をつり上がらせて威厳のある顔付きに笑みを刻む。

 そしてセラスもまた不敵に笑みを浮かべてその内に秘めた吸血鬼としての戦意に火を灯す。

 インテグラは画面越しに立ち上がり、“ズパッ”と右手でアーカードとセラスを指差した。

 

『命令は変わらない。

【塔】及びミレニアムが残した遺物、そして立ちはだかる全ての者に鉄槌を下せ!

“Seach & Destroy”!!

我等の敵を…殲滅せよ…っ!』

 

 凄みを帯びた声でインテグラの命令が下るとアーカードもまた立ち上がる。

 

「認識した、マイマスターッ!」

 

 そう言い残し、アーカードは姿を消した。セラスも部屋を出ようとするとスクリーンのインテグラが彼女を止めた。

 

『セラス、お前にはもう一つの命令を下す。

…少女達を全身全霊で守り抜け、誰一人死なせるな!』

 

 それはインテグラの中にあった彼女達への罪悪から来た命令であった。其れだけを言い残し、セラスの返事を待たずにインテグラの姿もスクリーンから消える。

 セラスは苦笑して小さな声で何も映っていないスクリーンに敬礼を返した。

 

「イエッサー、マイマスター。」



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夢に現れし不思議な少女…

 ヘルシング機関よりハッキングの了承を得たサーラッドは直ぐに柊真奈を中心にセブンスヘブンのサーバーへのハッキング作業に取り掛かった。

 ハッキングが成功するまで凡そ数日、もし失敗すれば殯邸は発見されて襲撃を許してしまう事となる。言わば此は背水の陣なのだ。【塔】とサーラッド、そしてプリキュア・魔法少女・ヘルシングの最後の戦いが今此処に幕を開けようとしていたのである。

 みゆき達プリキュアと美樹さやか、巴マミは一旦自分達の自宅へ戻り、佐倉杏子はマミのマンションへ泊まる事となった。

 みゆき達はまだふらつくやよいを家に送り、彼女の母親に深々と頭を下げて謝罪をした後各々の家に帰宅した。

 それぞれの家でみゆき・あかね・やよい・なお・れいか、そしてさやかも家族に怒られ…泣かれたりと大変であった。

 

「みゆき、ゆまは大丈夫クル?

急に家を出て行ったからみゆき達を助けに行ったと思ったクル~。」

 

 すると…彼女の体が小さく震えだし、キャンディを抱える腕に力が篭もった。

 

「…キャンディ、ゆまちゃんには…

もう、会えないの…。」

 

 みゆきはそのまま座り込み、キャンディにすがりすすり泣く。…そしてキャンディもまた彼女の様子で全てを悟り、胸元に顔を埋めてゆまの為に一緒に泣いたのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見滝原町のマンション…巴マミが一人暮らしをしている一室で佐倉杏子は胡座をかいて出されたチョコレートケーキを手掴みで口に運んでいた。マミは二人分の紅茶を用意しながら呆れがちに杏子を見て注意する。

 

「もう、また手掴みで食べて…。お行儀悪いわよ佐倉さん?」

 

 杏子はマミの説教に横目でジトリと見て言い返す。

 

「ウッセエ、こうゆうのはラフな食い方が一番うめえんだよ!」

「…そんな訳ないでしょ。」

 

 三角デザインのテーブルを挟んで向かい同士で座り、些細な事で言い合いながらマミが淹れた紅茶を杏子はずず…っと音を立てて口に含んだ。

 

「…いつもだけどさぁ、マミって紅茶淹れるの上手いよな?」

「な~に、普段は褒めもしないのに今日に限って…?」

 

 何気なく聞き返すマミだが、その理由は別に答えずとも解っていた。杏子が自分の部屋に押しかけた理由も同じく理解している。

 彼女は自分の事を気にかけてくれ、一緒に居てくれているのだ。魔法少女である四人の中では年上ではあるが、メンタル面では恐らく自分が一番弱いのだと杏子は思っているのだとマミは解釈していた。自分自身、自覚もしている。

 …仲間として信頼されていない…。

 そう考えてしまったマミと何を考えているか解らない杏子との会話はそれっきり途絶え、お互い目を合わせずに沈黙の時間が流れた。

 …時刻は深夜の午前二時。杏子は何気なくマミの様子を横目にチラチラと見始め、マミもそれに気付いて聞いてみた。

 

「何、私の顔に何か付いてる?」

「いや…、つうか…

マミさ、もしかしてあたしに信用されてないとか…思ってる?」

 

 思わず“ドキリ”として杏子の顔をマジマジと見てしまうマミ。

 

「…貴女、心も読めるの!?」

 

 杏子はそんな彼女の言動に大きな溜め息を吐く。

 

「んな訳ないだろ、何となくだよ。

マミってさ、お淑やかだけど意地っ張りで自分の気持ち溜め込むタイプで一度爆発すると止め処ない面倒臭い女だから心配して来てやったんだよ。

だけど何か不満そうだからそんな事くらい思ってんのかな~って思ったんだ!」

「誰が意地っ張りで面倒臭い女よ!?」

 

 “む~っ”と唸りながら睨み合う二人だが互いに可笑しな顔だったのか、プッと頬を膨らませて吹き出して笑い出した。

 

(ああ…、そうか…。)

 

 マミは間違っていた。杏子もまた…独りきりになるのが嫌だったのだ。みゆき達やさやかには家族がいる。…だが彼女には家族はいない。…千歳ゆまも逝ってしまった。だから同じ境遇であるマミの部屋に来て身を寄せ合える相手が欲しかったのである。そして彼女もまた杏子と同じであった。…だから杏子を拒まず招き入れたのである。

 マミは一口紅茶を含み、一言を呟く。

 

「…やっぱり、独りきりは寂しいわよね…?」

 

 その言葉に杏子は何処か自嘲気味な笑みを浮かべ応える。

 

「…そうだな。」

 

 そして二人は攫われてしまった暁美ほむらの身を案じながらも、一先ずはこの短い安らぎに身を落とす事とした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【塔】の本拠地…セブンスヘブン日本支社ビルでは大きな動きが地下深くのラボにて起きていた。

 強い私兵達を集め、ミレニアムの遺産である吸血鬼への改造手術を開始していたのである。一人…また一人と拘束具で動けなくされた兵が手術室に運ばれ、彼等の意思に反した外道の施術が行われていき、手術を終えた者達には捕まえられていた浮浪者や未成年者保護条約を破った一部の若者達を“餌”としてあてがう。

 

「イヤアアアアッ、此処から出してええええっ!!!!」

 

 補導員に捕まり、カリキュラムによる洗脳が効かない者や身元が分かりづらい者達は皆ラボの実験体とされ、今までは“古きもの”を人為的に取り憑かせる依代となる筈であったが…、今回の吸血鬼面兵の量産にあたり彼等の食料にする事が決定した。

 先程から悲鳴を上げて出口のない真っ暗な部屋を右往左往する少女に施術を終えた兵士が裸のまま放り込まれ、赤く光る目が闇の中に灯る。

 それを見た少女は更に怯えて半狂乱に叫び出した。

 

「だせええええ!!

何なのよわたしがなにしたのよおっ!!!?」

 

 彼女は怒りも見せつけて泣き叫ぶが次の瞬間、裸の兵士が少女の首に“がぶり”と喰らいついた。少女は悲鳴を詰まらせ、ゼーッゼーッと喉を鳴らすが首の皮を頸動脈事喰い千切られ少女は絶命…吸血鬼と化した兵士は少女の亡骸に覆い被さって首の傷口から血を啜り陵辱の限りを尽くした。常人ならば凝視出来ないであろう光景を黒服姿の九頭は特殊ガラス越しに冷ややかな視線を送り興味がないとばかりに背を向ける。

 其処に自動車椅子を走らせる眼鏡をかけた太った男が呼び止めた。

 

「ハッハ…ッ。

やはり僅かに心が痛むかな、ニンジャマスター?」

 

 少佐に話しかけられた九頭は不快とばかりに彼を睨み、無言で横を通り過ぎて行った。少佐は怒ろうとはせず、忍び笑いをして入れ替わりに特殊ガラスの向こうを見る。

 

「解っているさニンジャマスター。武者震いが心地良いのだろう?

わたしはお前をあの小僧より理解している。

しかし全く勿体無い逸材だ。小僧はお前を簡単に使い捨てしてしまう気でいて…お前は小僧に使い捨てられるのを強く望んでいる。

勿体無い話だ。

あ~勿体無い勿体無い…。」

 

 クク…ッ、と嗤い少佐は吸血鬼手術を終えたもう一体の観察を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜三時を回り、既にベッドで深い眠りに付いているみゆきとキャンディ。二人の目は赤く泣き腫らした事が窺えた。

 二人は不思議な夢の中に微睡み、その中で目をパチクリさせながら辺りを見渡した。其処はガラスの壁が並んだ見滝原中学校の教室内でホームルーム前の生徒達が“わいわいがやがや”と騒ぎ友達同士の会話を楽しんでいた。

 みゆきの表情は強張るが、その生徒の中に美樹さやかの姿を見つけて少し安堵し、彼女を呼んだ。

 

「美樹さーん、この教室何なのかな!?」

 

 しかしさやかはみゆきに応えず、隣に立つ志筑仁美ともう一人の少女を席に囲って会話を楽しんでいた。

 思えばパジャマ姿のみゆきに対してどの生徒も反応せずまるでみゆきの存在がないかの様に皆が振る舞っていた。

 不安を隠し切れないみゆきとキャンディだが、ふと気付くとさやか・仁美と話していた少女がジッと此方を見つめており、ニコリと小さな微笑みを見せた。

 

「ごめんね、驚かせちゃって…。

この空間は失われてしまったわたしの時間のほんの小さな断片なの。」

 

 そう言って少女は席を立ち上がりみゆきの方へ歩み寄る。

 赤いリボンで結った小さくふわふわなツインテールとみゆきくらいの背丈に見滝原中学校の制服を着たその少女はみゆきの前に立ち、自己紹介をする。

 

「わたし鹿目まどか、元見滝原中学校二年生。

今は…魔法少女を導く“円環の理”と言う存在かな…。」

「はっ、初めまして…星空みゆきと申します。

…あれ、“えんかん”??」

 

 魔法少女を導く円環の理…、確かほむらに聞いたかも知れない名称にみゆきは“ハッ”として言葉を失った。



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コネクト・失われし記憶…

 力を使い果たし、或いは死を迎えこの世界から消滅した魔法少女の魂を安らぎへと導くモノ…。それが円環の理である。みゆきは鹿目まどかと名乗る少女から目が離せず、キャンディもまた不思議そうな目で少女の顔を見つめた。

 

「何だか雰囲気がみゆきに似てるクル…?」

 

 キャンディが言った事にみゆきとまどかと名乗った少女は顔を見合わせ、微笑んだ。“円環の理”の事が気にはなったが、みゆき、キャンディ、まどかはいつの間にか見滝原の公園となっていた中で歩きながら話をした。

 

「へえ、ほむらちゃん達と友達だったんだ。

…じゃあ、まどかちゃんも…魔法少女だったの?」

「うん、わたしも魔法少女だった。本当なら、他の魔法少女と同じ道を辿る筈だったけど…

ほむらちゃんのおかげで大きな願いを叶える事が出来たの。」

 

 まどかの言う“大きな願い”と言うものに強い感心を持つみゆき。しかし其処でまた周囲の背景ががらりと変わり、みゆきとキャンディは総毛立つ。先程の賑やかな教室や爽やかな公園とはまるで違う異形の空間。不快感を催す捩れ混ざった色彩に染まる歪んだ床や壁、何処へ続いているのか解らないジグザグの道や扉が其処等中にのたうつ迷宮はまるで魔物の胃袋をみゆきとキャンディに連想させた。

 そして二人は遠くにある剥き出しの階段を走る二人の少女を見つけた。

 

「あの人…、マミさん!?

それにもう一人は…、エエエエッ!?!?」

 

 階段を駆け昇るマミと手を引かれながら付いて行くもう一人の少女は…、鹿目まどかであった。

 隣のまどかに目を向けたみゆきとキャンディは彼女の表情が強張っているのに気付く。

 

「まどか…ちゃん、コレは一体何なの?

彼処にいるマミさんとまどかちゃんは偽物…なの!?」

 

 みゆきの疑問にまどかは苦しげな表情を向けて答えた。

 

「今わたし達が見ているのはわたしが人間だった時の記憶…。

わたしの存在があった時の…魔法少女達の悲しい結末…。」

 

 憂う瞳でまどかはまた走るマミと自分を見る。場面はまた変わり、魔法少女となった巴マミが勇猛果敢に襲い来る小さな魔物を両手に握る銀のマスケット銃で迎え撃ち、正に無双を誇り此を撃ち倒した。

 

「マミさんすごい…!」

 

 笑みすら浮かべてまどかを後ろに突き進むマミにみゆきとキャンディは目を輝かせ、隣のまどかをそっちのけで応援までし始めた。

 そして迷宮の最深部。其処には美樹さやかとキュゥべえが二人を待っていたかの様に居てマミとまどかが着いたのと同時に皆が凝視する壁に刺さった黒い玉の様な物が割れてピンクの可愛らしい人形が飛び出した。

 すると何を思ったのかマミはその人形に一方的に攻撃をして黄色いリボンで拘束。トドメの一撃を喰らわせたその刹那…、人形の口から有り得ない程に巨大な人面の蛇の様な怪物が飛び出してマミの眼前で大きく裂けた口を開いた。鋸の様に並ぶ鋭い歯を剥き出した顎はマミに迫り…何と彼女の頭を噛み砕いた。

 何が起きたのか全く理解出来ないみゆきとキャンディ。先程までマミと一緒にいたまどかとさやかも絶句したまま動けず、キュゥべえが必死に契約を迫る。しかし其処に現れたのは黒く長い髪を靡かせた魔法少女…暁美ほむらであった。彼女はどの様な魔法を使っているのか…消えたり現れたりして怪物を翻弄し、いつの間にか爆弾を怪物に飲み込ませて其れが体内で連続で爆発。怪物は黒い肉片を飛び散らせて絶命した。後に残ったのは先程怪物を生み出したのと同じ小さい玉が針で串刺しにされたかの様な形の物体だけであった。

 みゆきはその場にへたり込んで項垂れる。目の前で巴マミがあまりにも凄惨な死を遂げた事実に頭の中が混乱していた。キャンディもまた恐怖に心を奪われてみゆきの胸に顔を埋めてブルブルと震えた。

 周囲は真っ暗となり、闇の中でみゆきとキャンディ…そして鹿目まどかが残された。みゆきは下を向いたまま、まどかに問い掛ける。

 

「ねえ、まどかちゃん…。

今の怪物は何…?

マミさんは…死んじゃったの…?」

「うん…、わたしが存在した世界ではマミさんはあの“魔女”に殺されてしまった…。」

「…魔女…?」

 

 まどかは語る。魔女とは魔法少女達のソウルジェムが絶望に染まりきった時、彼女達の魂はあの串刺しの玉…グリーフシードに変わり、魔女と言う怪物に成り果てて世界を呪い続けるのだと…。

 

「マミさんの死後…、さやかちゃんが魔法少女になり、杏子ちゃんと対立したわ。

二人の考えが交わらなかった為に…、そしてさやかちゃん自身が絶望に染まり始めた為に…。」

 

 さやかはマミの意志を継いで誰かを守る為に力を奮い、杏子は魔法は不幸を呼ぶとして自分の為だけに奮った。しかしさやかは自身が人で無くなってしまった事実と其れが原因で幼馴染みの上条恭介と友達の志筑仁美との三角関係に踏み切れない現実に疲れ果て、親友であるまどかに罵声を浴びせて自分自身に絶望をした。

 そして彼女の最期は魔女となり、佐倉杏子と共に消滅したのである。

 みゆきはゆっくりと顔を上げ、涙腺が壊れてしまう程に涙を溢れさせてまどかを見上げた。

 

「貴女は…、友達の最期を…、ずっと見て来たんだね。

…苦しかったよね…。」

 

 まどかは自分を憂う言葉をくれたみゆきの前に両膝を付いて座り、話を続けた。

 

「わたしはマミさんやさやかちゃん…杏子ちゃんの死に対して何も出来なかった。

全てはキュゥべえが仕組んだ罠だって事に気付いてもどうする事も出来なかった…。

でも、わたしを導いてくれたのは…ずっとわたしを守ってくれていたほむらちゃんだったの…。」

 

 真っ暗な周囲がまた変わる。それはかつて別の時間軸で魔法少女だったまどかと体の弱い内向的な少女…暁美ほむらとの出会いから始まった。

 強大な力を誇る魔女…“ワルプルギスの夜”との戦いで命を落とす巴マミと鹿目まどか…。暁美ほむらはキュゥべえに願った。

 

「鹿目さんとの出会いをやり直したい!

鹿目さんを守れる自分になりたい!」

 

 …と…。ほむらの願いは叶い、彼女は時間を操る魔法を手に入れた。だがそれが暁美ほむらの茨の迷宮の入口であった。何度時間の逆行を繰り返してもまどか達は命を落とし、ワルプルギスの夜は倒せず、事態は世界の終焉にまで発展した。まどかを中心にした他の時間軸の因果が次の時間軸のまどかに絡み、彼女が絶望する事でワルプルギスの夜すら凌駕した最強最悪の魔女を生み出したのである。

 そして失敗する度にほむらは時間の逆行を繰り返し幾度となく彼女の最期を見届けていたのだ。

 

「ほむらちゃんはわたしなんかよりも…、みんなの死を繰り返し繰り返し見て来た。

その度に時間を逆行して、わたしなんかを守る為に戦ってきた。

…わたしは、ほむらちゃんに応えたかった。ほむらちゃんが守ろうとしてくれたこの命を、無駄になどしたくなかった。…だからわたしはキュゥべえに願ったわ。

過去、現在、未来のグリーフシードから生まれる全ての魔女を消し去りたい…とっ!」

 

 再び景色が変わると其処は破壊された見滝原の街、まるで天変地異を起こしたかの様に稲光が発し、周囲のビルディングが倒壊して宙を飛び交い他のビルに激突して更に被害を拡大させる。

 その様な中を駆け抜ける独りの魔法少女がいた。左腕に純銀の盾を装備し、黒いリボンを巻いた暁美ほむらである。彼女が向かう先には下半身が巨大な重なり合った歯車に上半身はやはり巨大な目のない嗤い顔をした貴婦人…魔女ワルプルギスの夜がけたたましい嗤い声を上げながら倒壊したビルディングの残骸を暁美ほむらに投げ込んでは前進した。

 最強の魔女に勝てない現実の中で絶望に取り込まれていくほむらの前に現れたのはキュゥべえと…決意を胸に秘めた鹿目まどか。そして彼女はその身に絡まる因果律を武器に願いを解き放った。

 

「さあ叶えてよ、インキュベーター!!!」

 

 魔法少女となったまどかは弓を構え、光の矢を天空に放つ。光の矢は天井にて系統樹の様な魔法陣を描き、其処より幾千幾万もの光の矢が広がり、現代…過去…そして未来へと向かい世界中の魔法少女達の絶望を消し去り、絶望に項垂れ魔女に変貌する筈であった少女達は安堵と安らぎの中で眠りについて逝った…。

 みゆきとキャンディは只神々しいその光景に深い悲しみと安寧を感じながら見届ける。

 ワルプルギスの夜は上半身を崩し、巨大な歯車になり果てて尚まどかに迫るが彼女は両手を伸ばして最強の魔女を招く。そして次の瞬間、“宇宙の改変が始まった”。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星空みゆきとキャンディ、鹿目まどかは青空の下…草木が風になびく原っぱに佇んでいた。みゆきとキャンディが見たのは魔法少女達の宿命と鹿目まどかと云う少女がその存在を賭してその宿命を変えた新しい世界…、つまり今自分達が存在して、鹿目まどかが“存在”しない世界である。

 

「まどかちゃんは…、それで良かったの?

大好きな人達に忘れられて…、たった独りで戦って…。」

「ふえぇ…、そんなのかわいそうクル!」

 

 只々泣くしか出来ないみゆきとキャンディだが、まどかはそんな二人を優しく抱き締めた。

 

「ありがとう、二人とも。

わたしは…平気だよ、こうして夢の中ではみんなに会えるから。

でも…、夢から覚めた時にわたしを覚えている人はいない。さやかちゃんもマミさんも杏子ちゃんも…ほむらちゃんも消えた時間軸の記憶はあってもわたしと夢の中で会った事は何も覚えていない。

…だから、わたしは貴女に託したい。

ほむらちゃんを…魔法少女のみんなをお願い。

わたしは何も出来ないけど…みゆきちゃんの心にほんの一欠片でもわたしの事を刻みつけてくれたら…それがきっとみんなの助けになってくれる。

勝手なお願いなのは解ってるけど…、みゆきちゃんなら…出来ると思うから…!」

 

 まどかは体を離すとみゆきを真っ正面から見つめ、みゆきもまたキャンディを肩に載せると涙を拭いキャンディと一緒にまどかを見つめた。

 

「分かったよ…まどかちゃん。

何処まで期待に応えられるか解らないけど頑張るよ。」

 

 頼りない返事ではあったが、みゆきの瞳は強い意志が籠もっており、まどかにはとても頼もしく感じられた。

 

「…まどか。」

 

 キャンディに呼ばれまどかは彼女に顔を近づける。

 

「何、キャンディ?」

「今日からまどかはキャンディとみゆきの友達クル♪

 

 まどかはキャンディの言葉を嬉しく思い、笑顔で迎える。しかし夢が覚める時は一刻と過ぎていき、意識が薄れていく中…みゆきとキャンディは朝の日差しを感じて眠りから覚めた。

 

「みゆき…?」

 

 不安げで小さな声で呼びかけるキャンディにみゆきは優しく小さな声で返す。

 

「なに、キャンディ?」

「不思議な夢を見たクル。

…でもどんな夢だったのか、思い出せないクル。」

「わたしも、夢を見た。

…でもキャンディと同じで思い出せない…。

とても悲しくて切ない、それだけが心を埋めている感じ。」

 

 みゆきはキャンディを抱き抱えて日差しがさし込んでいる部屋のカーテンを開ける。窓越しに見る朝焼けの空はとても眩しく、あの日…アーカードに空港へ向かう途中に見た夕焼けの空と同じ様に何もかもを焼き尽くしてしまいそうに思えた…。

 

「…ほむらちゃん…!」

 

 みゆきは右の拳を握り締めると窓に押し当て、胸の深くから込み上げてくる闘志を強く抑えた。



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幼き魂に感謝と賛美と別れを…

 見滝原中学校襲撃事件から三日程が経っていた。此処は陽の光など届く筈もない地の底…。

 かつて日本屈指の天才物理学者…寺田寅彦は明治の大政治家…渋沢栄一の下で行われた帝都改造計画にて東京の地盤の脆さとレンガ壁による火災に対する弱さを指摘して地下都市構想を提唱、軍部の高層ビル計画と真っ向から対立した。

 …しかし地下都市構想は地下鉄とその計画に連なった地下商店街に止まり、その地下商店街もまた大部分が頓挫して百年近くと放置された地下の廃墟が彼方此方に残されるだけとなっていた。

 その土が剥き出しとなったトンネルの奥に大きな空間が広がり、幾つもの鬼火が内部を照らし放置され錆び付いた工事道具や材料等が虚ろな影を浮かび上がらせていた。

 そしてその一角には土際に鎖と杭で両手両足を繋がれ自由を奪われていた白い着物一枚のみを羽織った暁美ほむらがぐったりと首を項垂れて座り込んでいた。

 

「いい様よね~、まさに不幸って感じで絵になるわ♪」

 

 ほむらが項垂れた首を持ちあげると彼女を囲み、バッドエンドプリキュアの五人が薄笑いを浮かべ彼女を見下ろしていた。ほむらは真ん中にいるBEハッピーを睨みつける。

 

「どうして“死んだ筈の四人”が此処にいるの…!?」

 

 BEハッピーはニヤニヤと人を小馬鹿にした笑みをほむらに見せつけて同じ視線にして答えた。

 

「単純に“依り代”が変わっただけよ。

でも前の四人より強いわよ、今度は絶対にあの“偽善者共”を八つ裂きにしてやれるわ!」

 

 それを聞いたほむらの目に殺気が宿るが、今の彼女には何も無く…ソウルジェムまでも敵の手にあった。そしてそれを証明するかの様にBEハッピーは鮮やかな紫色に輝くソウルジェムをほむらに見せた。

 

「魔法少女って面白いのね、この石が魂で出来ていて此を壊さない限りはそう簡単には死なないなんてね…。

ウザったいったらありゃしない!」

 

 BEハッピーは罵ると同時にほむらのソウルジェムを強く握り締める。

 

「ゥグッ!?」

 

 ほむらは突然襲った全身を万力で絞められたかの様な痛みに小さな悲鳴を上げてしまう。そして彼女の異変に気付いたBEピースがニタリと笑いBEハッピーに教えた。

 

「ねえハッピー、その石壊さない程度に痛めると当人も痛いみたいだよ?」

「…へえ、そうなんだ~。」

 

 BEハッピーの顔が邪な嗤い顔となり、持っていたソウルジェムを掌で包み込んでまた強く握り込んだ。

 ほむらの体はまるで大蛇に巻かれ絞められたかと思える程に骨を軋ませ、今まで感じた事のない激しい苦しみに耐えられず悲鳴を上げてしまう。

 

「ひぐぅっ、うああああっ!!!?」

「何それ豚みたい、あっはははははははははははは…っ!!

はっ…!?」

 

 突然高笑いを止めるBEハッピー。他の魔少女達もハッピーを見て蒼白となり、苦しみから解放されたほむらもまた驚きを隠せずにいた。

 ほむらとBEハッピーの間に転がったのはハッピーがソウルジェム…そして斬り落とされた彼女の左手首。そしてBEハッピーの横には日本刀を抜いて立つ自衛官幹部の制服を着た加藤保憲の姿であった。

 

「いいだあああいいいっ!!!!

てっ、わたしのてぇぇ…っ!?」

 

 手首を切り落とされた痛みに泣き叫ぶBEハッピーに加藤は表情変える事なく冷たく言い捨てる。

 

「弁えろ、お前にその石を渡したのはその娘を痛めつける為ではない!」

「…おと…さま!?」

 

 加藤は切り落としたBEハッピーの左手首には目もくれずにソウルジェムを拾うが、しかしそれをほむらには返さず上着の裏ポケットに仕舞ってしまった。

 

「娘共はコレを連れて下がれ!」

 

 バッドエンドプリキュアを一喝し、広場より追い出す加藤。ほむらは荒い呼吸を繰り返しながらも目の前の軍人を上目遣いで睨む。

 

「手を切り落とす必要なんてなかったわ…!」

「何を言っている、一度は額に鉛玉を撃ち込もうとした冷血娘が…片腹痛いとはこの事だな。」

 

 フッ…と小さく笑い、軍人はほむらの前に片膝を付き視線を下げる。

 

「このソウルジェムとやらはお前に返す訳にはいかぬ。

魔法など、お前には無用の長物だ。何故なら、お前には俺より受け継いだ“霊力”が宿っている。

万物が有する超常の力…、俺とかつて俺に手向かった女との間に産まれたからには強力な霊力をお前はその身に宿しているのだ。

その力は二千年を越す“まつろわぬもの”達の大願を成就する為に必要なのだ!

暁美ほむら…我が娘よ、我等が大願の人柱となれ!」

 

 視線を反らすほむらの顎を掴んだ手に力が籠もり、加藤の目に怨念の炎が灯った。

 

「東京を…そして日本を我等親子の手で灰燼に帰すのだ!!

暁美ほむら、お前はその日の為にこの命を繋ぎ止めて来た。

その瞳に憎悪を宿せ、

その口で怨唆を唄え、

その手で破壊を生み出せ、

そしてその儚き命を父に捧げよっ!

それがお前の“宿命”だ、暁美ほむら。」

 

 まるで耳まで裂けたかの様な邪悪な嘲笑と悪魔の様に見開いた三白眼を眼前にほむらの意識が朦朧となる。体の温度が下がり、脳裏に加藤保憲の鬼の形相を残して彼女の意識は闇に閉ざされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サーラッドのアジトではセブンスヘブン…【塔】へのハッキングが成功していた。柊真奈は神憑りな指捌きでキーボードを叩き、セブンスヘブン日本支部の本部であり【塔】の本拠地である高層建築物を見つけ出したのである。サーラッドとヘルシングは出撃を明日の夜に定め、その準備に取りかかる為に殯邸に集まり、魔法少女とプリキュアは杏子の住んでいた街…風見野市に来ていた。

 真冬なので各々マフラーやコートに身を包み、荒れ果てた大聖堂の中に入り、割れたステンドグラスの破片に気をつけながら右手に紙袋を下げた杏子の案内で裏庭へと向かう。

 杏子の後ろに続くさやかは大聖堂を見渡し、表情が沈む。此処は杏子の家であり、彼女の父が母と妹を殺し自ら命を絶った忌まわくも家族の思い出が眠る懐かしい場所なのである。それを知っているのは美樹さやかと巴マミ…、そして緑川なおの三人だけである。さやかは先を行く杏子の傍らに行き、様子を伺った。

 

「…杏子…、本当に此処でいいのか?」

「あぁ、此処でいいさ。

色々ありはしたけど…、だからこそ此処なら“吹っ切れる”気がするんだ。」

 

 そう言って杏子は荒れた裏庭の真ん中に枯れ葉を集め、その上に枯れ木の枝を多めに重ねた。

 

「悪い…なお、紙袋の中身くれ?」

 

 杏子に頼まれてなおは紙袋の中に入っていた“衣類”を出し、杏子に手渡した。みゆきはそれを見て表情を曇らせる。

 

「杏子ちゃん、本当に…いいの?」

 

 みゆきとしてはあまり納得出来ない行為であった。彼女が持つ衣類は杏子がなおと一緒に買い物をして買った千歳ゆまの物で、此からその衣類を燃やそうとしているのである。キャンディもまた名残を惜しみ、涙を目尻に溜めていた。

 

「うう…、ゆまぁ…。」

 

 彼女の願いに皆が集まり、ゆまとの最後の別れとして同意したつもりではあったが、あの幼い少女の笑顔を思い出し…みゆきは未練を感じてしまっていた。杏子が困りげな顔を向けて答えようとするが、“ポンッ”となおがみゆきの肩を叩いて此方に向かせた。

 

「みゆきちゃん、杏子だって辛いんだ。

あの娘の好きにさせてあげて…。」

 

 なおの言う事にみゆきは躊躇いながら頷き、ゆまの衣類を見つめる。黄瀬やよいは目頭を熱くさせ…、涙を抑えられなくなり嗚咽を洩らし、マミもまた彼女につられたのか目尻に涙を溜め、やはり我慢出来ずに声を押し殺して泣いてしまう。それを皮切りにし、れいかやあかねも涙を流し、杏子は衣類を乗せた枯れ木を積んだ奥の枯れ葉に火を付けた。火はゆまの衣類に燃え移り、高く昇らせた。みゆき達も杏子達も皆が燃え盛る焚き火を見つめ、その中にゆまの笑顔を映し出した。杏子は皆に背を向けながら小さな声で話し始める。

 

「何でかな…、あたしの好きな人達はみんないなくなっちまうんだよな…。

まぁ、あたしもこんな性格だから…元々ダチもいなかったし…、

そーゆー星の下に生まれちまったのかね~?」

 

 冗談めいた口調で杏子は振り返り笑って見せる。分かり易いやせ我慢であるが、さやかはその笑顔に笑い返して杏子に“ピチンッ”とデコピンをお見舞いした。杏子は両手でおでこを抑え下を向く。

 

「いってーっ、さやか、それマジで痛い!」

「アンタがらしくない弱気な事言ってるからよ。

わたし達がいなくなる訳ないじゃない。そうでしょ、みんな?」

 

 さやかがマミやみゆき達を見て問いた。それは彼女なりの…、此より死地へ向かう戦士の誓いでもあった。それに一番に応えたのはなおで左腕でガッツポーズを取り上腕をパシンと叩く。

 

「当たり前だ、あたし達はみんな一緒さ!」

 

 次にれいかが…、やよいが笑顔となる。

 

「私達の行く道は茨の道ではありますが、皆と一緒に何処までもついて行きます!」

「わたしは泣き虫だけど、みんなと一緒にいたいから…みんなが大好きだから、

いなくなったりしないよ!」

 

 マミとあかねも互いに笑顔で見合わせ、強く頷いてみせた。

 

「わたしだって死ぬのは嫌だし、独りになるのも嫌いよ。

そうでしょ…佐倉さん?」

「みんなでいれば何だって出来る!

ウチらは“運命共同体”や!」

 

 みゆきはみんなの誓いを聞き、胸が熱くなる。違う理より力を得た者達だが、正に一つとなり“大きな力”となっている。それは光のみではなく、闇もまた合わさり共にある。

 今夜…【塔】との戦いに終止符を打ち、ほむらを助け、魔人加藤との死闘に勝利する。れいかの言う通り彼女達の道は茨に囲まれた険しい道だが、みゆきは負けるなどと云う気が全くしなかった。

 

「【塔】に勝って、ほむらちゃん助けて加藤さんにも勝ったらみんなでショッピングに行こうよっ?

そしてお昼はケーキバイキングで甘くて美味しいケーキを一杯食べてゲームセンターとか寄って一杯踊って、カラオケで一杯歌って帰って…そして次の日もメールし合ったりするの。

うん、コレ決まり♪

あー、今から楽しみ~♪♪」

「キャンディも一緒クル!」

「うん、キャンディも一緒!」

 

 みゆきの無茶苦茶に聞こえる計画もキャンディの無邪気な同意で彼女達にはまるで初めての遠足の様な感覚になって心が躍った。

 皆が焚き火から立ち上る煙を見上げ、笑顔を持って千歳ゆまを見送り、杏子は誓う。ゆまとの短い記憶を忘れはしないと…、無意味な死を迎えたりはしないと…。次にゆまに“会う時”は胸を張って会うのだと…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 荒れた大聖堂の裏庭…、誰もいない空間に水をかけられ鎮火した焚き火の跡を赤い外套を翻す人物が独り見下ろす。そして剥き出しの茨のままの薔薇の花を一輪…親指と人指し指で挟み持ち、それを焚き火の跡に投げた。

 

「千歳ゆま…、久し振りの幼い純血は正に最高の御馳走となった。

…小さくも気高い魂に安息を…、“エイメン”。」

 

 人間の魂への賛歌など、いつもの彼ならば有り得ない行動である。ましてや“かつての宿敵”が事ある事に口にしていた神を讃える言葉などは…。しかし彼は気紛れだ、此までプリキュアや魔法少女達の戦いを見続けて幼くもそれでも前に進もうとする人としての生き様を垣間見たのだ。彼は諦めない人間が大好きだ。死を賭して戦う人間が大好きだ。…尊敬に値する、崇拝に値する。戦いの中で散った幼き少女にアーカードは本心で敬意を表し、その場を去るのだった…。



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嵐を呼ばんとする戦士達…

 殯邸のサーラッドメンバーが集まる部屋ではアルフォンスが大きな長方形のスチールケースを持ち込み、松尾や藤村達は彼とケースを囲み、ケースの中身に興味を向けていた。

 彼の横にいた藤村がケースが開けられるまで待てず、中身の正体を聞いてみた。

 

「レオンさん、コレ…銃かなんかッスか?」

「あぁ、“Boys anti-tank rifle”。

ボーイズ対戦車ライフルだ。」

 

 アルフォンスはケースを開けてその異常に長い銃身をしたライフルを取り出し、松尾と藤村は口をパックリと開いて呆然と立ち尽くす。

 アームズ・ファクトリー社製。

 口径…13.9mm。銃身長…910mm。使用弾薬…13.9x99mmB。装弾数…5発 (箱型弾倉)。作動方式…ボルトアクション方式。全長…1.575m。重量…16kg。発射速度…毎分10発。銃口初速…747m/s。有効射程…91m。イギリスでは既にお役御免となってしまった代物ではあるが、“古きもの”に使用するならばハンドガンやアンチマテリアルライフルよりも威力は格段に強いと踏んだアルフォンスがアーカードを通して個人的に譲り受けていた。アルフォンスは月山比呂を呼び、ボーイズ対戦車ライフルと並ばせると…その大きさは比呂を余裕で越していた。比呂はライフルより小さいとなって頬を膨らませ、藤村はそんな比呂が可愛くてちょっと意地悪を言ってみた。

 

「本当に月ちゃんはちんまいな~♪」

「むうう、藤君のバカ~!」

 

 からかわれた比呂は藤村に向かって行って駄々っ子パンチをお見舞い、やられた脇腹が本気で痛かったのか、藤村は直ぐにギブアップして比呂に泣きを入れた。松尾と春乃が笑い、そんな光景にアルフォンスは自分の過去を重ね、切なげに微笑む。

 不思議と彼の心には皆と触れ合える程の“ゆとり”があった。道を外れた九頭の家と袂を分けた自分を拾い、傍に置いてくれた殯家前当主と彼の家族達。それを奪い取った【塔】、仇となったかつての恩師。この復讐に幕を降ろす事がアルフォンス・レオンハルトの誓いであった。

 生きて帰るつもりはない、だが何故かそれを考えると日野あかねの顔が脳裏を過ぎり…気持ちが落ち着いてしまう。

 自分自身、こんなにもあかねが入り込んで来るなどとは思いもよらなかった。しかし彼女もまた、この戦いに参加する。いざという時にアルフォンスは仇討ちとあかねの安否を天秤にかけなくてはならない。

 彼は静かに己に問う。九頭を殺すか、あかねを助けるか、その様な選択はないかも知れない。だがアルフォンスには説明出来ない予感があり、それを考えるならば答えは決まっていた。

 

(どちらに転んでも、全てを終わらせるさ…。)

 

 アルフォンスは決意を新たにし、今は仲間の馴れ合いの中に身を置くとした。

 パソコンデスクでは真奈が真剣な顔でキーボードを軽快に叩き、その後ろで小夜が珈琲の入ったカップを二つ持ってディスプレイを見つめ真奈の作業を見ていた。

 

「真奈…、コレは何をしているんだ?」

 

 小夜はキーボードの傍らにカップを置き、真奈は「ありがとう。」と言ってカップに一口付けて珈琲を飲む。画面に出て来る情報に必ず出て来る単語に疑念を持ち、真奈に尋ねる。

 

「此はね、みゆきちゃんに頼まれた調べ物…なんだけど、

正直“検索”して見て…かなり気持ち悪い…。」

「検索対象は“加藤保憲”…だな?」

 

 小夜の言葉に真奈が頷く。真奈が言うには加藤保憲の名は意外にも似た内容で多く引っ掛かっていた。…オカルトや都市伝説と云った内容である。

 そしてその多くは大正時代に起きた関東大震災や三十年前の東京大震災、更には三島由紀夫の事件にまでその名前が刻まれていた。

 小夜は険しい顔をより険しくさせて画面を見ながら真奈の話を聞く。

 

「…三島由紀夫が割腹自殺を図る前に“上官”である人と電話で話したってあって、その話の内容は不明だけど…どうやらその上官と言う人が加藤保憲らしいわ。

…本当に時代の影に紛れて闇を操っているかの様な不気味さを感じる…。」

 

 時代の中にある不吉な事件や大災害にその名を覗かせる加藤と言う魔人に小夜は本能的な危機感を感じずにはいられなかった。

 最早その名前は人の物ではなく“呪い”その物ではと思わせる程に…。

 小夜は戦慄を覚え、それを和らげようとその手に持ったカップに口を付け、中の珈琲を一含みして喉に流し込んだ。

 ふと、真奈が気にかかる事を小夜に教えた。

 

「この珈琲、あそこのポットにあった珈琲でしょ?」

「あぁ、さっき矢薙が移しかえてくれた物だ。」

「あの珈琲、“殯”さんが煎れてくれたんだよ。

“俺には此しかしてあげられない”って…。」

 

 その時真奈は小夜の体がほんの一瞬、強張ったのが分かった。小夜はまだ殯蔵人を疑っているのだと彼女は感じるが、それに対して物を言おうとは思わず彼女の言葉を待つ。

 

「…そうか。」

「…うん。」

 

 其処で二人の会話が途切れるかと思いきや、意外にも小夜の方から話を切り出してきた。

 

「真奈は…、この戦いが終わったら…、

どうするんだ?」

 

 真奈は小夜からの質問が妙に嬉しく小さく微笑んで俯いてみせた。

 

「この戦いが終わったら…、本格的にお父さんを捜してみようと思ってる。

もしかしたら…、そう考えてしまうけど、わたしは自分の使える物を全て使ってお父さんを見つけるわ。」

 

 真奈の強い決意は小夜の胸の奥を熱くさせ、自身の心に問いかける。

 

(わたしは…、文人と顔を合わせた時に何をするのだろう?

理性を失い、斬りかかるのか?

それとも彼の話を聞いて懐柔を求めるのか?

…いや、今考えても仕方ない。わたしの目的は文人に会う事だ。その先はその時に考えよう。)

 

 小夜はまだ文人への思いが整理出来ていない。あの男が憎いのは確かである。七原文人は小夜の大切な人達をいとも簡単に切り捨て、古きものに殺させた。

 彼女の父を名乗った者も人間ではなく、彼の手駒として小夜に挑み…彼女に斬られ、その手に抱かれて逝った。

 

「小夜は…、戦いが終わったらどうするの?」

 

 今度は真奈から同じ質問が返り、小夜は思いに老ける。

 

「先の事は考えない様にしている。」

「そう…。なら、わたしと一緒に…、

一緒に暮らさない!?」

 

 …唐突な申し出であった。小夜はキョトンとした顔で真奈を見、真奈は真っ赤な顔になりカチカチに固まった。

 

「おーい、向こうで柊が小夜に告ってんぞー?」

 

 そんな松尾の声が聴こえて真奈はハッとして松尾達に向くと、皆が真奈と小夜を見てニヤニヤと笑っていた。真奈の顔が更に熱くなり、彼女は奇声を上げる。

 

「もおおおーっ、こっち見ないでくださいいっ!!」

 

 決戦当日…。戦いを控えた囁かな緩い時間は過ぎ、黄昏は夜闇に塗り潰されて行った…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は深夜の十一時半を過ぎていた。しんしんと雪が降る東京のとある公園より見える巨大な超高層ビルは埋め立て地に立てられ、サーチライトが獲物を探す様に動き、建築物の壁と云う壁を照らしていた。衛星画像には映らないその“ダークタワー”に此より挑む一行は強い眼差しで睨みつける。

 スマイルプリキュア…、星空みゆき・日野あかね・黄瀬やよい・緑川なお・青木れいか…。

 魔法少女…、美樹さやか・巴マミ・佐倉杏子…。

 サーラッド…、更衣小夜・アルフォンス=レオンハルト…。

 通信機の中継サポートとして柊真奈・藤村駿・松尾伊織がミニバンから行い、殯邸からの本部サポートを矢薙春乃と月山比呂が請け負った。

 そして此処にヘルシングからセラス・ヴィクトリアが一行に加わった。

 

「ゴメンゴメン、ちょっと待たせちゃったかな?」

 

 みゆきは軽く頭を横に振る。

 

「いいえ、これ位大丈夫です。」

 

 みゆきとセラスは微笑み合うが、敵の本拠地を前に身を引き締め、真剣な表情に切り換える。

 藤村駿は此から起こるであろう血に塗れた戦場を脅えるかの様にぶるりと震え、寒さに首を竦ませて凍えた両手をポケットに入れた。マミはそんな彼の様子が心配になり傍らに立つ。

 

「大丈夫ですか、藤村さん?」

「あぁ…、大丈夫…かな。

君達が戦いに行くってのに安全な場所にいる僕が恐いとか…言ってられないよ。」

 

 藤村は固いながらも笑顔を作った。そんな彼を見てマミは思う。藤村駿もまた自分なりの弱い心を奮い立たせて此処にいるのだと…、その強がりとも言える勇気にマミは何となくではあったが元気を貰えた気がした。

 

「藤村さん、以前…頂いたメールの返事…。」

 

 マミの言うメールの返事とは見滝原中学が襲われる前日に藤村が送った“告白文”で、杏子に茶化されながらも悩んだマミだったが、前途の理由で返事を返す処ではなくなっていた。藤村は緊張しながらもマミの思い詰めた横顔に釘付けとなる。

 

「メールの返事は…、この戦いが終わったらで…良いですか?」

 

 “戦いが終わったら…”。その言葉は藤村の笑顔を苦笑に変え、彼は小さな声で呟いた。

 

「あぁ、待ってる…。」

 

 それを聞いたマミはとても柔らかな笑顔で藤村に微笑みかけ、その笑顔に彼はその恋心をまた大きく膨らませた。

 …【塔】の本拠地であるセブンスヘブン日本支社の超高層ビルを小夜は愛憎の乱れた赤色の瞳で睨みつける。

 もう直ぐ七原文人と対峙し、自分の在り方に決着が着く。結局七原文人が何を企むのか、何故自分に固執するのか…彼女には理解出来ないままだが、それも後少しの間である。

 全てを文人の口から聞き、全身全霊を込めて彼を否定しなければならない。それこそが自分のすべき事なのだと…小夜は確信していた。

 その結果、自分も文人もどうなってしまうのかは分からない。しかし賽はとっくの昔に投げれている。今は突き進むしかない。その見本をまだ年端もいかない少女達が見せてくれていた。小夜はプリキュアと魔法少女達を見、小さく微笑んで軽く深呼吸をしてまた険しい表情となり雪が降りしきる夜空を見上げた。

 雪雲に覆われた天壌は静かに雪をフワフワと降り落とし、生きとしりける者達の体温をゆっくりと奪い、此から始まる激しき抗争の…嵐の前の静けさを彩った。



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戦乙女の騎行…

 その夜、見滝原中学校内にキュゥべえはいた。彼方此方に銃痕と血の後が見られ、“keep out”と書かれた黄色いテープが道を塞ぐが猫程の大きさしかないキュゥべえは無視して通り過ぎ、見渡しながら歩いた。

 

「もう直ぐ最後の戦いが始まる。

全く、“円環の理”に対し一つの結論が出た矢先に暁美ほむらが攫われるなんて…。

本当に面倒な事をしてくれたよ、“ジョーカー”?」

 

 キュゥべえは何時から気付いていたのか、彼を足下に置いてバッドエンド王国のジョーカーが其処にいた。

 

「仕方ありません、不本意ではありましたが我が皇帝ピエーロ様のお達しです。

それに先に裏切ったのは貴方でしょう、キュゥべえさん。私達の繋がりを自分から彼女達にバラしてしまった。

お陰で私や三幹部の皆さんは暇を持て余す始末です。」

「遅かれ早かれバレはしたさ。だから僕は彼女達の信頼を得る方を選んだだけだよ。

君なら理解出来るだろ、ジョーカー?」

 

 それを聞いてジョーカーはクスクスと笑う。キュゥべえの合理さが余りにも理解出来、認めすらしていた。

 

「クックッ、いいでしょう。その件は胸に仕舞うと致しましょう。

…なら私も加藤保憲の件は水に流して貰いたいですね?」

「元より気にしてはいないさ。様々な思惑が混濁した中で、新たな敵が現れるのは別に珍しい事じゃない。

…でも今暁美ほむらと云う“駒”が失われるのは痛い損失だ。“円環の理”に於いての“餌”になりえる唯一の存在だったからね。」

 

 ジョーカーは思う。獅子身中の虫と言う言葉はこの地球外生命体の為にあるのではないかと…。

 

「そうですか…。

しかし加藤保憲を甦らせた手前こう言うのも何ですが、まだ勝負は此からです。

ゆるりと無駄な途中経過を見守りましょうか…。

どちらが勝っても結末は同じなのですから、“バッドエンド”は直ぐ其処まで来ているのですからね~っ!!」

 

 仮面の道化師の邪悪な高笑いが校舎に響き渡り、キュゥべえは雪が降る夜空を丸く赤色の瞳に映し込む。

 

「勝つのは“狂気”か、“怨念”か、それとも“信念”か?

それにより暁美ほむらの命運も決まるかな…?

まぁ、僕にはこの件に直接介入する権限はないから何も出来ない。ルールに反するからね。

だけど魔法少女は彼女達だけではないからね…。

やり方は色々あるさ。」

 

 キュゥべえの話を聞いたジョーカーは僅かに不快な表情を取り、無言でその場を去る。…すると入れ替わる様に複数の気配がキュゥべえを取り囲んだ。

 

「やあ、待っていたよ。僕の話を聞いてくれるかな?」

 

 殺気すら感じさせる気配の持ち主達にキュゥべえは気負いする事なく、シラッとした顔で話を始めた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お台場臨海地区…。まだ住所もない埋め立て地にセブンスヘブン日本支部ビルがある人口島を繋ぐ海底トンネルがある。その入口を守る警備員は欠伸をしながらシンシン…と降る雪の中を見渡していた。

 …すると正面から此方に向けて車と思しきライトが眩しいくらいにハイビームで警備員を照らし、其れはどんどんと迫り警備員の視界を奪って行った。警備員は身の危険を感じて横へジャンプして躱すとライトの光を先頭に“轟轟轟”と、けたたましいホーンと轟音を引き連れて凄いスピードで“大きな影”が地響きと一緒に横切った。

 白い大きな車体… 大型の10輪トレーラーがトンネルに突っ込みスピードをどんどん上げていく。運転をしているアルフォンス・レオンハルトは助手席に対戦車ライフルを入れたトランクを横目に見、更にアクセルを踏み海底トンネルへと侵入した。

 異変は直ぐに起きた。“轟轟”と走る10輪トレーラーを複数の影が追い始めていた。…吸血鬼面兵である。そして大型トレーラーの荷台の上にも一人の吸血鬼がいた。血の様に黒ずんだヘルシングの制服を着用し、短い金髪を車風に靡かせて赤い瞳でトレーラーに追いつこうとする鬼面達を睨んだ。

 両脇に抱え持った二門のベルト給弾式30mmセミオートカノン…ハルコンネンⅡ改を構え、吸血鬼セラス・ヴィクトリアは冷酷に微笑んだ。

 

「鬼さん此方、手の鳴る方へ♪」

 

 30mmセミオートカノンの砲口が先頭を走る吸血鬼面兵を捕らえ、火を噴いた。鬼面兵の上半身が消し飛んだ。そして砲弾の雨は次々と降り注ぎ吸血鬼面兵達を撃破した。其処で大型トレーラーは更にスピードを上げて疾走、海底トンネル出口まで来ると荷台の両側面が開き、既に変身していたプリキュアと魔法少女…そして小夜の姿があった。しかし突然荷台が開いて少女達は戸惑い、突風でバランスを崩しそうになる。その時皆が襟にを付けていた小型の無線インカムから真奈の声が聴こえた。

 

『小夜、みんな、わたしの通信聴こえる!?』

 

 この声に真っ先に小夜が応えた。

 

「良好だ。」

 

 プリキュアの方は代表して星空みゆき…キュアハッピーが、魔法少女は巴マミが応えた。

 

「はっ…ハイ、聴こえます!」

「此方もしっかり聴こえます!」

 

 次に運転席のアルフォンスから通信が届く。

 

『此方も良好だ。次いでで悪いがもう直ぐ本社ビル入口だ。

予定と違うが俺の合図と同時にトレーラーから飛び降りろっ!!』

 

 其れは初っ端突然のアドリブであった。作戦予定では本社ビル入口でトレーラーを止めての降車の筈であった。しかし彼女達は兎も角アルフォンスは鍛えているとはいえ普通の人間である。日野あかね…キュアサニーは彼の身を心配する。

 

「うっ、ウチ等は大丈夫やけどアルはどうするん!?」

『問題ない、上にはいるセラス・ヴィクトリアがいる。

セラス、頼めるか?』

 

 アルフォンスは荷台の上にいるセラスに応答を求める。

 

『了解、任せて。』

 

 詳しい理由を話さずトレーラーの放棄脱出が決まる。アルフォンスの判断は正しく、25tの大型10輪トレーラーが停車するにはスピードが出過ぎていて本社ビルとの距離が足りないのだ。よって無人のトレーラーを突っ込ませて敵の撹乱を招くのが彼の考えであった。

 プリキュアと魔法少女…小夜はアルフォンスの合図を待ち構える。彼は対戦車ライフルをケースから出しそれをアクセルの上に乗せた。運転席のドアが開き、アルフォンスは無線インカムに叫んだ。

 

「みんな飛べえっ!!」

 

 彼の号令に荷台の少女達が左右一斉にトレーラーから飛び降り、同じく運転席から飛び降りたアルフォンスをセラスが“影”を伸ばして彼を受け止めた。大型トレーラーはそのまま突進して行くが“何か”がトレーラーに着弾して大爆発を起こした。

 此には全員が驚き、キュアピースが燃え上がる車体を見て呟いた。

 

「もしかして…、“ミサイル”!?」

 

 すると辺りがサーチライトに照らされて彼女達の姿がさらけ出された。キュアマーチとビューティの表情が焦りで強張る。

 

「くそっ、やっぱそう上手くは行かないよな!」

「そうですね、まさか…」

 

 其処でキュアビューティは一度言葉を切り“バルバルバル…ッ”とけたたましいプロペラ音を発する物体を見上げた。

 

「戦闘ヘリコプターまで持ち出されて来られるんですから…っ!」

 

 忌々しく戦闘ヘリ…アパッチ・ロングボウを見る彼女達だが巴マミは既に臨戦態勢を取りキュアハッピーに叫んだ。

 

「キュアハッピー、此処はわたし達が引き受けるわ!

貴女達は急いで中へっ!!」

 

 それを聞くや佐倉杏子と美樹さやかも槍と剣を構え、セラスもまたハルコンネンⅡ改を肩に担いだ。

 

「わたしもマギカのみんなと残るから、小夜さんとアルフォンスも一緒に突入してっ!」

 

 気付けば、戦闘ヘリのみならず多くの吸血鬼面兵が武装して彼女達を囲み始めていた。此を突破するには今しかチャンスはない。小夜は即判断をしてセラスと魔法少女達に背を向けた。

 

「頼むっ!!」

 

 そう言って本社ビルへと駆け出した。アルフォンスもボーイズ対戦車ライフルを右腕で構えプリキュア達を呼ぶ。

 

「行くぞ、敵は鬼面兵だけじゃない筈だ!」

 

 その呼び掛けにサニーが反応して彼に付いて行きマーチとビューティもサニーに続く。しかしハッピーは後ろ髪を引かれるかの様に動かず、不安が彼女の心にのし掛かった。

 

「ハッピー、みんなを信じよう!」

 

 そんな彼女をキュアピースが手を掴んで言い聞かせ、ハッピーも一度は俯くが唇を強く噛み締めてピースに頷いて見せた。

 

「ごめん、ピース。

みんな、無理しないで!!」

 

 キュアハッピーは魔法少女とセラスにそう言い残して皆の後を追った。

 そして包囲網を築いた【塔】の部隊はアサルトライフル…“FNスカー”の照準を美樹さやか、佐倉杏子、巴マミ、セラス・ヴィクトリアに定める。上空はアパッチ・ロングボウのチェーンガンの銃口が四人に向けられ、一触即発の状況が出来上がっていた。敵側の一斉射撃で幕を上げて四人は四方に飛んで各々敵の包囲陣へと突撃、セラスは砲弾が続く限りハルコンネンⅡ改を乱射する。

 

「ぅらあああああああああっ!!!!」

 

 セラスの前に出た鬼面兵達は為す術もなく30mm砲弾のセミオートによる弾撃にて体を砕かれ、崩れ落ちて逝った。

 白いマントで銃撃を防ぎながらさやかは鬼面兵を次々に斬り伏せ、相手が距離を取れば無数のサーベルを投擲して槍衾を作りその影より一気に間合いを詰めて四人の鬼面兵の首を跳ねて瞬殺する。

 

「でぃやあああああっ!!!!」

 

 今のさやかに油断はない。敵が不死身に近い怪物である以上は一撃の元、即死レベルの斬撃で討ち果たす。さやかは吸血鬼達の流血と断末魔を撒き散らせ、敵陣を駆け走った。

 五人の吸血鬼面兵がミサイルランチャーを肩に担ぎ、マミに向けて発射。高速で迫るロケット弾をマミはマスケット銃五丁を撃ち捨ててその玉は狂いなくロケット弾を撃ち貫いた。五つの爆発が煙幕となりマミは五体の吸血鬼の額をマスケット銃五丁を使い此もまた撃ち貫く。

 

「ハアアアアアッ!!!」

 

 更に襲い来る鬼面兵達のコマンドナイフによる近接攻撃を紙一重で…、まるでダンスを踊るかの如く躱して鬼面兵達の額をロケット弾と同じく正確に撃ち貫いた。しかし其処へ戦闘ヘリのチェーンガンがマミを狙い掃射、此にはマミもギリギリに此を避ける。

 そしてチェーンガンの銃口はマミを追おうとするが機体コクピット前に佐倉杏子が何時の間にか乗っており、三角刃の多節槍の切っ先を操縦者に向けた。戦闘ヘリは杏子を乗せたまま上昇するが多節槍がバラけた途端にヘリの四枚のプロペラが断ち切られ、後部の小型プロペラも多節槍によって破壊された。

 

「たっ、助けてくれ、俺は吸血鬼じゃない…人間なんだ!」

 

 命乞いをする操縦者を杏子は冷たい視線で一瞥する。

 

「アンタのお仲間が殺した学校のみんなも…

“人間”だったよっ!」

 

 そう一言を吐き捨て、杏子はヘリから飛び降りて戦闘ヘリの燃料タンクに槍を投げ刺し、ヘリは轟音と共に爆発。杏子は地面に着地と同時に新たな多節槍を出して吸血鬼面兵達を蹴散らした。



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殺戮空間と化す闇の塔…

 セブンスヘブン日本支部本社ビルの最上階では少佐が外の戦闘の様子を観ながら最高級品神戸牛の分厚いステーキにナイフを入れていた。

 

「ほう、存外にやるじゃないかヴァルキュリア共は…。

其れに引き換え…、我等の兵は弱いな~!

此では全く楽しめないじゃないか。

…仕方ない、もう少し後にと思っていたが“今”出すとしよう。」

 

 少佐はそう独り言すると…切り分けたステーキをフォークで刺し口に運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小夜とアルフォンス…プリキュアはセブンスヘブン日本支部本社ビルへと一直線に疾走していた。セラス達と別れた場所から一直線…左右を大きな壁に囲われた一本道は敵の待ち伏せには恰好の場所ではあるが、そんな様子はなく寸なりとビル内の広いエントランスまで辿り着けた。二階までふき抜けた高い天井を支える大理石の柱が並び、エントランスの中央には獅子の石像が天を仰ぎ睨む。その奥には上へと続く階段があり、そのまた奥には大きな扉があった。もしかしたら上階へと上がるエレベーターがあるかも知れないとハッピーは思い皆に声をかける。

 

「みんな、行くよ!!」

 

 ハッピーに応えプリキュア達が扉へ向かおうとした時、突然小夜がキュアハッピーを掴まえ、声を張り上げた。

 

「駄目だ、動くなっ!!」

 

 其れと同時に上から銃の発射音とマズルフラッシュが閃きハッピーの足元に火花が散った。キュアハッピーは青醒めて二~三歩忍び足で後退り、幾つも赤い線と光点が現れて小夜とハッピー、そしてプリキュアとアルフォンスに注がれた。アルフォンスも大きな声を上げて皆に指示を出す。

 

「散開しろ、敵は既に俺達を包囲しているぞ!!」

 

 プリキュア達は即座に散り、アルフォンス、小夜とハッピーも大理石の床を蹴った。その後には光点と同時に銃撃音と壁や床に銃痕が刻み付けられる。気付けばエントランスは銃弾が飛び交う槍衾と化し、二階部分の通路などに隠れていた鬼面兵達がアサルトライフルのみならず台座固定のガトリングガンまで使いプリキュア達を襲う。

 彼女達は敵の思惑にハマり物の見事に離れ離れにされてしまったのだ。この広いエントランスでは孤立に等しい程に敵の数も多く、彼女達はたった独りでこの人海を抜けなければならなくなった。

 しかしアルフォンスはこの不利な状況を“好機”と取り、ミニバンよりサポート中の真奈達に連絡を入れた。

 

「柊、七原文人のいる場所を割り出せ!!」

『了解っ!

月ちゃん、ビル内の敵の配置は解った!?』

 

 真奈の連絡は殯邸の月山比呂に行き、彼女は敵の無線通信の電波を傍受して敵の数を割り出したそのデータを真奈のノートパソコンに送った。

 

『真奈、敵の数は上に行く程多いよ!!』

『ありがとう月ちゃん。

アルフォンスさん、小夜、きっと七原文人は最上階にいるわ!!』

 

 真奈は上階に行く程敵が多くいるデータを見て七原文人は最上階にいると判断した。…しかし小型インカムで聴いていた小夜は鬼面兵を峰打ちで倒しながらそれを否とした。

 

「…違う。」

『えっ!?』

 

 小夜の否定に真奈は驚くが自分に見落としがあると考えて小夜の言葉を聴き、プリキュア達も闘いながら耳を澄ます。

 

「七原文人は人間より“強いもの”を知っている。

吸血鬼共は外に、ビル内は人間のみで固められている。

吸血鬼には“少佐”と言う男が…、

人間達には“九頭”と言う男が無線を使い指示を出している筈。

…だが文人の操る“奴等”には無線など必要ないんだ。

古きものには…っ!」

 

 皆、合点がいった。キュアピースは鬼面兵を電撃で懲らしめ、小夜の言葉に繋げる。

 

「じゃあ、七原文人は無線がない場所っ!」

 

 鬼面兵の腹部に膝蹴りを喰らわせたキュアビューティもピースの後に繋げる。

 

「そして人が少ない場所ですね!」

 

 二人の結論を聴き真奈はノートパソコンのキーボードを素早く叩き比呂から貰ったデータを解析した。

 

『無線電波もなく人の少ない場所…、

七原文人はきっと地下最深部にいるわ!!』

「地下の入り口を探してくれっ!」

『分かった!』

 

 真奈は小夜の指示で再度ハッキングにより手に入れたビルの見取り図を解析する。その時、ミニバンの助手席で小型無線インカム通信の調整をしていた藤村駿があからさまに曇った顔で真奈と運転席の松尾伊織に伝えた。

 

「今、矢薙さんから連絡があったんスけど…

殯さんが邸からいなくなったらしい…っす。」

「はあっ、何でこんな時に!?!?」

 

 訳が解らないとボヤく松尾だが真奈はノートパソコンのディスプレイから目を離さずキーボードを叩く。

 

「みんな、今は自分のやる事に集中して!

殯さんの事は心配だけど、七原文人はもうわたし達の“目の前”にいるんだよ!」

 

 柊真奈の言葉に藤村は即膝上のノートパソコンに向かい、松尾はジャンパーの裏に隠した拳銃に手を添える。今ミニバンは海を挟んで本社ビルが見える海沿いに停めている。敵に気付かれればあっと言う間に捕まりそうなギリギリな距離で皆のサポートをしている。万が一の時は彼が二人の身を守らなければならない。

松尾は脳裏に大好きな女性の顔を過ぎらせる。

 

(…矢薙さん、ぜってーにみんなで生きて帰るぜ!!)

 

 そう強く誓い、松尾は雪降る闇の中にそびえる超高層ビルを睨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青空市の夜空も雲に覆われ、雪が降り積もってきていた。みゆきの部屋の窓の隙間から夜の雪を眺め、キャンディは不安に押し潰されそうな心と戦っていた。余りにも命の保証が出来ない危険な最後の戦いには連れて行けないとされて置いて行かれたのである。

 

「みゆき…、みんな…。」

 

 真っ赤に腫らし赤くなった目尻を擦り滲む涙を何度も拭いていたキャンディは只皆の無事を祈るしかなかった。

 

「絶対に帰って来てクル…!!」

 

 キャンディは強く今までにない程に強くみゆきや皆が元気な姿で帰ってくるのを願うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エントランスの中央にあった獅子の像が突然爆発し、崩れ落ちた。アルフォンスは寸での所で落下した瓦礫を避けたが鬼面兵の何人かは下敷きになってしまった。その隙間から流れる血を見てキュアマーチは戦慄と怒りが込み上がる。

 

「くそ、また仲間を巻き込んで…っ!!」

 

 その爆発を引き起こしたのは鬼面兵の長にして七原文人の側近である忍装束の男…九頭であった。

 

「待っていた、更衣小夜…アルフォンス・レオンハルト。

お前達の望み通りに、全てを此処で終わらせるとしようか。」

 

 一時的に銃声が止み、冷酷で自信に満ちた九頭を見たプリキュア達は強い憤りを感じて彼に向かい構える。…しかしアルフォンスは彼女達を制して九頭を睨んだ。

 

「お前達は小夜と行け。

此処からは俺個人の戦いだ!」

 

 そう言い捨て、対戦車ライフルと小太刀を構える。…が、その隣にキュアサニーが立ち、アルフォンスを見つめる。

 

「あかんよアル、敵はあの男だけやない。いくらアルでも彼奴と鬼面兵全部は無理やで。

だからウチはアンタの“露払い”を引き受けたる。“ウチ等”の役目は小夜さんを地下へ向かわせる事や!」

 

 そしてサニーはキュアハッピーに強い眼差しで視線を向けた。

 

「ハッピー、小夜さんと一緒に行きいや!」

 

 それを聞くや…ピース、マーチ、ビューティもハッピーに向き直る。

 

「行って、ハッピー。」

「此処は任せな?」

「私達も直ぐに向かいますわ。」

 

 四人の決意は固く…反論は許されないとキュアハッピーは理解し、キッと表情を強めて頷いた。

 

「分かったよ、みんな!」

 

 プリキュア達の強い信頼を九頭は鼻で嗤い、右手で射撃を指示。再び槍衾を作り上げた。プリキュア達はもう一度散開し、小夜とハッピーは互いに背を任せて真奈の解析を待つ。

 

『小夜、地下の入り口はエントランスのライオンの像が向いてる先にあるわ!』

 

 ライオン…獅子の像が向いている方角、像は九頭によって崩れてしまったが向いていた方を小夜は覚えていた。しかし…。

 

「壁しかない。」

『隠し扉があるのかも…?

ちょっと待ってて、此方で開いてみるわ。』

「分かった!」

 

 返事をしてハイキックで一人を昏倒させ、キュアハッピーも片腕で相手を振り回して壁に叩きつけた。

 

「小夜さん…っ!」

「真奈から連絡が合ったら突入するぞ!!」

「ハイッ!」

 

 二人は互いを守り、真奈の連絡を待った。キュアサニーがアルフォンスより習ったにわか拳法が相手をいなし、キュアピースの電撃が数人を一気にスタンさせ、キュアマーチの蹴撃が次々と敵を蹴り飛ばし、キュアビューティの剛を制した合気が襲い来る鬼面兵を返り討ちにした。

 そしてアルフォンスは一度ライフルを置いて九頭と対峙した。

 

「見滝原では及ばなかったというのに懲りないな、アルフォンス…。」

「もう…終わりにしようか、義兄さん…。」

 

 二人同時に間合いに入った瞬間、九頭の忍者刀とアルフォンスの小太刀が重なり刃鳴を鳴らした。鍔迫り合いかと思えば九頭がデザートイーグルを抜いて引き金を引く。しかし咄嗟にアルフォンスはデザートイーグルを蹴り飛ばして銃弾を反らした。刀同士は直ぐに離れ九頭が銃口をアルフォンスに向けるが先に彼の暗器…苦無が九頭のデザートイーグルを弾き落とした。

 

「チッ、やるな。」

 

 そして二人は二度ぶつかり合い、刃鳴と火花を散らせた。



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GREAT DEVOTION…

 小型無線インカムから真奈の答えが返ってきて彼女が言っていた側の壁が開いた。真奈の言う通り隠し扉になっていたのである。

 

『小夜、早くっ!!』

「みゆき、行くぞ!」

「はいいっ!!」

 

 小夜とハッピーは開いた隠し扉に入り、狭い道を抜ける。階段を降りた其処には円筒形に作られた大きな立坑があり、うっすらと見える地の底深くからは不気味な声が吹き上げる緩やかな風に乗り運ばれてきた。

 キュアハッピーは戦き怯むが、毅然と底を見据える隣の小夜を見習い、気を引き締めた。

 

「飛び降りるぞ。」

「ハイッ、…えっ、ぇええ!?」

 

 思わず聞き返すが小夜は手摺を越えて穴の底へと言葉通りに飛び降りてしまった。ハッピーも急ぎ手摺を乗り越え飛び降りる。冷たい風圧が頬を叩き、落下速度が上がる。そして奇妙な機械機器が見え、小夜とハッピーは着地した。目の前の鉄扉を開き、無言の二人を出迎えたのは赤いライトの灯りと無機物である無数の分電機器。そして無数の怪物の様な死骸をホルマリンに漬けたカプセルであった。

 小夜は僅かに顔を歪め、キュアハッピーは眉をひそめ…どんな顔をしたらいいのかが分からなかった。只々不快感極まりない薬品の匂いが籠もる空間でハッピーはホルマリン漬けの死骸から目を背け小夜の後を追う。…その先には大きな鬼神のレリーフがあり、それは光の線が縦に現れて割れた。鬼神のレリーフは部屋の扉であったのだ。

 二人が部屋の中へ入ると案の定扉は自動的に閉まり、小夜とハッピーを閉じ込めた。そしてその部屋の“異常さ”にハッピーは驚愕した。壁四面が全てモニター画面となっていて其処には小夜の驚きを隠せない“今”の表情が映し出されていた。その小夜とハッピーの向かい先にはウィスキーを入れたグラスとボトルを乗せた一本足の長い小さなテーブルに椅子…、そして若く背の高い白服を着極した青年がいた。彼は優しげな人懐っこい笑顔で二人を迎え、声をかけてきた。

 

「久しぶり、小夜。…やっと会えたね…。」

「文…人。」

 

 宿敵が相見えたその空間の中、キュアハッピーは前に立つ小夜に並ぼうと一歩前に出た刹那、“パンパンパンッ”と三発の銃声が部屋に反響した。

 

「あ…、れ…?」

 

 キュアハッピーは背中を何かが通り抜けた感触を覚え、自身の胸元を見た。…すると胸元二ヶ所と腹部に小さな“穴”が空いており、其処から血が滲み出てコスチュームを赤く染めた。

 

(後ろから…撃たれた!?)

 

 アーカードと初めて出会った夜に体験した銃による痛みが今度は胸と腹部に広がり苦悶が顔に滲み出て両膝を床に落とした。小夜の向こうで七原文人は優しい笑顔を此方に向けてこう言った。

 

「ごめんね、みゆきちゃん。

でも、さすがに君まで此処に来られちゃうのは…ちょっとお邪魔さん過ぎたね。」

 

 更に後ろからも男性の…聞いた事のある声が文人に同意し、ハッピーはその男の顔を見て…その悔しさに歯を食い縛る。

 

「ちょっと所じゃないだろ。…だからこうして俺が手を汚してやったんだ。」

 

 その声の主はハッピーを撃ち、真奈達に自分は味方であるとずっと偽ってきた裏切り者。サーラッドのリーダー…殯蔵人であった。

 

「もがり…さん、なんで…!?」

 

 絞り出したキュアハッピーの問いに殯蔵人は冷たい視線でハッピーを一瞥して答えた。

 

「何でも何も…、俺は始めから文人側の人間だ。

サーラッドの連中は俺の正体は知らない。彼奴等は放って置いても良かったんだが、万が一の事が起きたら面倒なんでね。パトロンになって傍で飼ってやっていたんだ。」

 

 卑怯極まる蔵人にキュアハッピーは自分の浅はかさが悔しくて涙を流し、蔵人はそれを見て一笑に臥した。

 

「本当に馬鹿な娘だな~。

泣く位ならあの吸血鬼の言う事をちゃんと信じてやれば良かったんだよ。

他の小娘共は生意気にもかなり俺を疑っていたと云うのにな。」

 

 そう言って蔵人は自動車椅子を操作して文人の隣に付く。そして小夜と向かい合い、彼女を見てほくそ笑んだ。

 

「やっと“効いてきた”みたいだよ、蔵人。」

「全く、何でこの俺があんな真似をしなきゃならないんだ?」

「君の所の子達はみんな良い子だから、“悪い薬”なんか仕込んでくれないだろ?」

 

 彼等の会話を聴いたハッピーは何の事だか分からなかったが、先程から小夜の様子がおかしく思えた。

 

「ぅあぁ…っ!!」

 

 激痛が全身を支配し、ハッピーはその場に倒れ伏し、考えも纏まらず…目が霞んできていた。

 

「さよ…さん…?」

 

 小さく消え入りそうな声で小夜を呼ぶが…、突如彼女にも異変が起きた。前のめりに倒れ込み、小さく痙攣を始めたのである。文人と蔵人の話から、殯蔵人が小夜に対して毒か何かを飲ませたのだ。小夜は額に汗を溜め込み、視点の合わない瞳をキュアハッピーに向けた。唇も痙攣しており、文人の言う“悪い薬”は彼女を完全に麻痺させていた。キュアハッピーは更に歯を食い縛って口の中から血が出るのを省みず、弾痕から血が溢れるのを省みず上半身を起こし、足腰に鞭打ち立ち上がった。

 

「小夜さん…、今行くからね!」

 

 ハッピーはよろけながら小夜を助けようと歩を進める。…だが蔵人がそれを見過ごすつもりはなかった。先程撃った拳銃を構えて三発撃った。銃弾は二発外れて一発がハッピーの左腕に当たった。

 

「あぐうっ!?」

 

 血が飛び散り、歩が止まるハッピーだが…また歩き出し蔵人を睨む。その眼力に気圧された蔵人はハッピーに向け銃を乱射、何発も銃弾を浴びたキュアハッピーは膝をつき…小夜の傍らに倒れ込んだ。小夜はハッピーの光が消えかけた瞳を見て何も出来ない自分を責める。決戦前に飲んでしまった“珈琲”が前もって殯蔵人が淹れた物だと分かっていれば口になどしなかった。

 真奈達を騙し、自分達を罠にはめた上に目の前でキュアハッピー…星空みゆきを…。

 

(みゆきを助けなければ…!!)

 

 その時、“ドーン”と大きな音が地下一帯に鳴り響き、モニターの部屋を大きく揺らした。

 

「一体何だこの揺れはっ!?」

 

 狼狽える蔵人とは反対に文人は冷静で笑顔を絶やさないまま天井を見上げ言った。

 

「“彼”が来たのかも知れないね。

最強最悪の“VAMPIRE”が…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セブンスヘブン日本支部本社ビルの屋上ヘリポートに一人の男が降り立った。赤いロングコートとざんばらの髪を風になびかせ、男は下にて戦う者達の息遣いを感じていた。

 そしてその男の姿をモニター越しに見つめる少佐は覚悟を決めた笑みをしてフォークとナイフを置いた。

 

「来たね…、我が最後の戦友(カメラード)よ。

三十年前より衰えたお前の力は何処まで“朱食免”に通じるのか…、見てみたかった。

この地の魔術師とも会ってみたかったが、どちらも叶わぬ願いであったな…。」

 

 次の瞬間、最上階フロアの天井に亀裂が幾つもの走り…まるで釜の底が抜けたかの如く抜けて天井が雪崩れ落ちた。

 砂埃が収まらない中で瓦礫に埋まり動けなくなった少佐は何処かで火花が弾ける薄暗がりの中で“揺らめく幽鬼”を見た。…アーカードである。

 

「堕落しようと…、やはりお前は強いな…、“伯爵”。」

 

 幽鬼は少佐を見下ろして口を開く。

 

「喋るな…、お前はもう人間ではないのだからな。」

 

 左手に握られた黒い銃が少佐の額へ定められ、白い手袋の人差し指が引き金を引いた。バッと血の様に“オイル”が飛び散り少佐の頭を吹き飛ばした。その残骸からは機械が覗き、火花を散らす。そしてオイルに引火をして少佐の残骸を焼き始めた。アーカードは憂いを帯びた目で燃える彼の残骸を見て無言のままその場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セブンスヘブン日本支部本社ビル敷地内では魔法少女とセラスが吸血鬼面兵の部隊を全滅させた所であった。マミが最後の鬼面兵を撃ち倒し、一掃されたかと思われたが…まだ一体が残っており其奴はぐったりとした血塗れの美樹さやかの胸ぐらを吊り上げ、此方に近付いて来ていた。

 杏子はそれを見るやその鬼面兵…いや、上半身が裸の男に突撃。厚い胸板を槍で貫き通した。

 

「さやかを放しやがれ…っ!!」

 

 その“男”は効いていないと言うかの様に杏子を見下ろすと吊り上げていたさやかを振り回して杏子に叩き墜とした。

 

「ッグゥ!?」

 

 更に重なる二人に追い打ちを…仰向けのさやかの腹部に踵を踏み落とした。二人は悲鳴すら出ずに血を吐いて動けなくなった。マミはあまりの光景に敵にマスケット銃の銃口を向けて二人の名を叫んだ。

 

「佐倉さん、美樹さん!?」

 

 長身にして無駄のない筋肉質の身体を晒した金髪の男はその見開いた三白眼の瞳をマスケット銃を向ける巴マミ…ではなく、其奴を見たまま動かないセラス・ヴィクトリアを見据えていた。

 

「…昔のわたしだったら、生きている筈のないお前を見て狼狽える所なんだけど…、

今は意外に落ち着いて推測出来るよ。

お前は“彼奴のクローン”か何かなんだね、“人狼”!!!!」

 

 人狼…、三十年前のロンドン襲撃で本当の意味で不死族(ノスフェラトゥ)となったセラスが戦った“ミレニアム”の強敵…。かつて“大尉”と呼ばれていた人狼が再びセラスを阻む。彼の出現はセラスと魔法少女達を窮地に立たせるのであった。



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鬼達は因果の果てに狂う…

 キュアハッピーと小夜が地下へ降りた後のエントランス内には見渡す限りに鬼面兵達が苦しげに横たわり、ピース・マーチ・ビューティの三人が肩で息をしながらフラフラながらも足を踏ん張り立っていた。一人軽い息継ぎをして周囲を見渡し、九頭と闘っている筈のアルフォンスを探す。

 

(アル…、何処におるん!?)

 

 すると後ろで“ドンッ”と銃声にしては大きく、バズーカにしては小さな発射音が鳴った。キュアサニーが振り向くと、其処で血塗れの二人が互いの全身全霊を込め闘い続けていた。九頭が右手に握った忍者刀を何度も振り下ろし攻撃するがアルフォンスはボーイズ対戦車ライフルで全ての斬撃を受け切り、彼が刀を振り上げた間を逃さずに自身を軸とし、長い銃身を遠心力を利用してまるで棍を振り回す様に反撃し、九頭を追い込む。距離が離れた所でライフルを構え引き金を引いた。

 “ドスンッ!!”

 銃弾は九頭の下腕を丸ごと奪い去り、その勢いは九頭を後ろへと吹き飛ばした。壁際でグッタリと座り込み、荒い息で呼吸をする九頭にアルフォンスは眼前にライフルの大きな銃口を向けて彼と向き合った。

 

「はっ…、強く、なったじゃないか…アル…。」

「義兄さん…、

何故…、七原文人なんかに下ったんだ?」

 

 九頭は皮肉な笑みを浮かべ、アルフォンスの問いに答えた。

 

「理由か…。

単純な直感だ、俺は彼が世界を制する“王”に相応しいと…出会った時にそう直感した。

七原…殯の先代以前にもいなかったであろう“非人間性”と“強いカリスマ”を持ち合わせた彼こそが俺の主に相応しいと確信したんだ!」

「世界の王だと…、何てくだらない!!」

「アルフォンス、お前などには解るまいよ。

俺は彼になら命を捧げても構わない。使い捨てられても構わない。

本気でそう思った…

そしてその思いは今も変わらない!!」

 

 刹那、九頭は隠し持った閃光弾を使いアルフォンスと彼に駆け寄るプリキュア達の視界を封じた。

 

「くっ、九頭!?」

 

 突然の眩い光に狼狽えるアルフォンスと四人のプリキュアから距離を取り、九頭は胸元より小さな丸い鏡を取り出した。

 ゆっくりと視界が戻ったアルフォンス達は九頭の姿を探し、キュアマーチが彼の姿を見つけた。

 

「みんな、彼奴は彼処にいるよ!!」

 

 彼女の指差した場所は獅子の像が崩れ落ちた台座の上で不敵に笑っていた。左手には丸く小さな鏡を握り、高らかに叫ぶ。

 

「見よ、此が文人様の…、

“世界を制する力”だ!!!」

 

 九頭は天を仰ぐと小さな鏡…七原文人より貰い受けた護符を額に乗せ、その上から下腕部を失った右腕を使い自身の血を浸らせる。すると鏡に梵字が一文字浮かび上がり九頭は目玉が飛び出すかと思える程に見開いて苦しみ始めた。

 

「ふっ…、ふみどザマアアアッ!!!!」

 

 そして全身の血管が浮き上がり、九頭の口から頬を引き裂き、顎を砕いて肉塊が飛び出し九頭の体を悍ましい“古きもの”へと変えてしまった。サニー、ピース、マーチ、ビューティはその姿を見て初めて…そして人であったかも知れない“古きもの”と戦ったあの雪の夜を思い出す。

 5m近い大きさに毛はなく変色した肌の色、ゴリラの様な体躯…。唇のないワニに似た顎と離れ黄ばんだ眼球、そして額には僅かに残った九頭の顔の皮がへばり付いていた。キュアピースは目の前の事実を茫然としながらそのままの光景を呟いた。

 

「人が…“古きもの”になっちゃった…。」

 

 体の震えが始まり…ピースは祈る様に胸に両手をあてると体を強ばらせてしまう。そして威嚇で喉を鳴らす九頭であった古きものは周囲を見渡した次の瞬間、キュアピースに向けて右腕を伸ばした。キュアビューティがいち早く気付くが間に合わずピースに向けて叫んだ。

 

「ピース逃げてえっ!!」

 

 しかしキュアピースは腕の速さに反応出来ず思わず目を瞑ってしまう。しかし腕は彼女を通り越し別のものを掴んだ。後ろから悲鳴がピースの耳に響く。

 

「ヒイイッ、たっ、助けてぇ!!」

 

 古きものに捕まったのは彼女達が戦い昏倒させた鬼面兵の一人であった。鬼面の男はそのまま古きものの口へ運ばれ“ボキャリ”と噛み砕かれた。キュアピースはボトボトと落ちる大量の血に悲鳴も出せずその場で卒倒してしまいキュアビューティが直ぐに駆けつけて彼女を抱えるとサニーとマーチも二人の側に駆けつけた。

 

「ビューティ、ピースはっ!?」

 

 マーチに聞かれビューティはピースを見るが完全に気を失っていた。サニーは歯を軋ませ、アルフォンスに向き直るが…彼もまた九頭の狂行に立ち尽くし…惚けた顔で九頭であった古きものを見つめていた。

 

「アル、やよいが気絶してもうた!

彼方此方に倒れとる鬼面達も助けなアカン!

智恵貸してえなっ!?」

 

 しかしキュアサニーの声に反応せず、鬼面兵達を貪る古きものを無表情に見つめ、小さく呟く。

 

「こんな、こんな結末が…貴方の望みだったのか、義兄さん…?」

 

 “パシンッ”…。

 左頬に熱が隠りヒリヒリと痛み出す。…気付くといつの間にかキュアサニーが目の前にいてアルフォンスの左頬を叩いていた。

 

「…あかね?」

「何呆けとるんや!?

ピース気ぃ失ってウチら動けへん、ほ鬼面達も助けなみんな食われてまう!

お願いや、アル!!」

 

 サニーに叱咤を受けたアルフォンスは改めて周囲を見、九頭のなり果てた古きものとそれに対抗しながらも喰われ殺されていく鬼面兵達。そして今にも泣きそうなキュアサニーが彼の前に其処にいた。アルフォンスは頭を振り、正気を戻した所でサニーの頭を一撫でした。

 

「すまなかった…、動転していた様だ。」

 

 サニーは彼に頭を撫でられた事に頬を染め、首を竦めて俯いた。

 

「いっ、いつものアルに戻ったならええねん…。

 

 そんなサニーの様子に気付いてか、アルフォンスは苦笑し、キュアビューティに抱えられ寝かされながらマーチと二人で起こされ続けているピースの所へ行く。そして彼女の上半身を起こしてビューティと変わり後ろに身を置くと背中の“ツボ”を中指の第二関節を突き出した拳で“グッ”と押した。するとキュアピースは体を跳ねさせ、目を覚ました。

 

「ハッ、なに、なにっ!?」

 

 サニー達はホッと胸を撫で下ろし、ピースの容態を確認する。

 

「ピース、大丈夫か?」

「どっか痛いとことか、あるなら言うてな?」

「もし宜しくないのなら私がおんぶ致しますわ?」

 

 三人から心配されはするが気絶から目覚めたばかりで少々戸惑ってしまうピース。

 そしてアルフォンスも彼女に尋ねる。

 

「黄瀬やよい、“まだ戦えるか”…?」

 

 その言葉に対しキュアピースは我に返ったかの様に真顔となり、コクリと頷いた。

 

「だっ、大丈夫、まだ戦えます!」

 

 そう言うとピースは立ち上がり自分の両の頬をピシャンと強く叩き、気合いを入れた。…少々入れ過ぎたのか、目尻に涙が浮かんでいる。

 アルフォンスは小さな笑みを見せ、四人に伝えた。

 

「お前達は地下へ行け。

小夜と星空みゆきが向かってからあまりに静かすぎるのは二人に何かあったと見るべきだ。」

 

 四人はアルフォンスの推測に同調するが、サニーは辺りから聴こえる悲鳴と銃声に顔を曇らせ彼に尋ねた。

 

「鬼面の奴等…、敵やけど彼奴等も助けんと…。

もう勝負は着いたんやから!?」

「…奴等は助からない。」

 

 彼の言葉にサニー達の表情は凍りつく。アルフォンスは敵であった彼等を見捨てるつもりなのだ。キュアサニーはアルフォンスの黒い外套を掴み、問う…。

 

「…なんで…、そんな事言うねん…?」

「コレは因果応報なんだよ、あかね。

この戦いはそういうものなんだ。只勝つんじゃない、負けた相手は滅びる運命なんだ。

彼奴等は七原文人の目的は知らずとも奴の命令下で数え切れない程の人達の命を奪っているんだ。

…それにさっきの“大きな揺れ”…。」

 

 それは頭上から“ズンッ”と大きな音と同時に起きた揺れでサニー達は地震かと慌ててしまった程だが、揺れ地面ではなく上階より来た振動であった。

 サニー・ピース・マーチ・ビューティは同じ事を考えて身震いをし、アルフォンスは告げた。

 

「…“伯爵”が到着した様だ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セラス・ヴィクトリアの影が無数の槍となりクローン技術により復活を遂げた“人狼”に次々と襲いかかり地面に突き刺さる。しかし全てを躱した人狼は残像を残しながらセラスに突撃して勢いに乗った後ろ回し蹴りを繰り出した。セラスはそれを紙一重に躱し右腕のアッパーで顎を狙う。だがそれも頭を横に倒して避けた人狼は伸び切ったセラスの右腕を左手で掴み左足を振り上げ蹴り折った。

 

「ぐぅっ!?」

 

 セラスは悲鳴を呑み込み、また左手の影で反撃し人狼は後方へ飛び退き、セラスも同時にその場を飛び退いた。

 

「セラスさんっ!?」

 

 未だ起きられない杏子とさやかの傍らにいる巴マミは右腕をやられたセラスの名を叫ぶが、彼女は「No problem.」と言ってマミにウインクをして見せる。…すると骨まで露出して折れていた右腕は瞬時に再生、セラスは状態を確かめる事なくファイティングポーズを取った。人狼は無表情ながらもその武骨な顔がみるみると変化し、口が裂け、裸の上半身が獣の体毛で被われ筋肉は破裂せんと膨れ上がっていった。

 

「“WOOOOOOOOO”ッ!!」

 

 猛る興奮を遠吠えに乗せ、人狼が駆け出す。その姿は“オーラ”を纏い、残像は大きな獣…“狼”と化した。マミは眼光が尾を引きセラスに向け駆け走る獣に恐怖する。…しかし迎え討つセラスもまた瞳を鮮やかな赤に灯らせ、その笑みは普段のにこやかなモノではなく残忍さと自信に満ちた笑みであった。

 セラスの心の底から声が響く。

 

《そうだ、迎え討て。

戦力差は歴然だ!》

 

 その声にセラスは目を見開いて同意し、左腕の影が渦巻き勢いを増していく。

 

「えぇ、戦力差は歴然…。

“わたし達”の勝ちですっ!!」

 

 そして巨大な“顎”がセラスを噛み砕こうとした瞬間、セラスもダッと前に飛び出し彼女の影は高速回転して“クロス”を描き、人狼と交差した。そして獣から人の姿に戻った人狼の胸元を中心に両肩から横腹部にかけて赤い線が交差し、血飛沫を上げて崩れ落ちた。

 セラスは当然と言わんばかりに人狼の死体を見つめ、少し切なげに呟いた。

 

「やっぱりクローンとオリジナルは違いますね、“ベルナドット”さん…。」

《あぁ、所詮は模倣品だ。

やってるこたぁ三十年前と全く変わらゃしねぇぜっ!》

 

 しかし其処で安堵出来るかと思いきや、セラスとマミ達を再び取り囲む大小様々のモノ達があった。…“古きもの”達の群れだ。

 威嚇と奇声を発しながら近付いてくる古きもの達にマミと共に杏子とさやかの護りに着いたセラスも動揺を隠せない。

 

「随分と出て来ちゃったわよね、マミちゃん?」

「そうですね、でも此だけの数がわたし達に送られたのならビルにいるとする古きものは少ないのではないでしょうか?」

 

 余裕のない表情で無理矢理微笑んで見せるマミ。恐らくは逃げ出したい気持ちをそれこそ無理矢理抑え込んでの気勢であろう。しかし彼女の言葉には一理有りと納得したセラスは彼方此方に転がっているアサルトライフルを拾い上げて右手に構え、銃口を古きものの群に向ける。

 すると杏子とさやかも多少は回復したのか、フラフラながらも立ち上がり得物を構えた。

 

「あ~あ、ゆっくり休ませてくれないか…。」

「愚痴は目の前の敵を蹴散らしてからにしてよ!」

 

 軽口は叩けども二人は古きもの達を睨みつけ、今にも敵陣に飛び込んでしまいそうな程に戦意を高ぶらせていた。

 

「貴女達は先にみんなの所に行きなさい。」

 

 セラスからの意外な言葉に三人は戸惑う。幾ら彼女が強いからと云ってこの百体近い古きものを一人で相手にするなど自殺行為に等しいかも知れない。さやかとマミは彼女の身を心配し…共に残ると口にしようとするが杏子だけは違っていた。

 

「…頼りにしていいんだな?」

「えぇ、頼りにしていいよ“人間諸君”。」

 

 “人間”…。マミもさやかも杏子も自分達を人間などとは少しも思ってはいない。しかしセラスからの言葉はあまりに自然に聞こえ、気持ちが安らいだ。

 

「…ありがとう、セラスさん。」

 

 さやかはセラスにそう言って背を向けてマントを翻すと、マミは胸元の黄色いリボンを解いた。それは大きく輪を幾つも作り上げると大きな大砲を形成し、マミは引き金を握り叫ぶ。

 

「ティロ・フィナーレ!!」

 

 巴マミの最大火力が火を噴いて古きもの共の包囲網に穴を開けその隙間に魔法少女達は飛び込み、超高層ビルへと向かう。セラスは三人の背中を見送り、右手のFNスカーの引き金を引いて9mmパラベラム弾をセミオートで古きものの群に叩き込んだ。

 

《…良かったのか、セラス?》

 

 精神の底よりベルナドットの声がセラスに問う。

 

「わたしの役目は終わったわ、後はマスターに任せるわよ。」

《“旦那”は間違いなく“死の河”を開放するぞ?》

 

 “死の河”…三十年前にアーカードがヴァチカンとミレニアム総勢三千近くの兵を掃滅する為に幾百年をかけて吸い尽くしてきた魂を一気に開放して亡者を己が兵士とする術式である。あの時程の規模ではないにしてもあの超高層ビルの中を亡者で埋め尽くす程の血は“つい先程どまでに溜め込んで来ているのだ”。そしてその中には“見滝原の生徒”の血もあるのである。

 

「それがマスターの“戦り方”だから…、だからこそ後をマスターに押し付けるんだ!」

 

 掛け声と同時に襲い来た大型の古きものを左腕の影にて一刀両断するセラス。影は大きな一対の蝙蝠の羽となって彼女を雪の夜空へと運ぶ。セラスの赤く光る目は眼下の魔物達を見降ろし、吸血鬼ならではの残忍な嘲笑を浮かべて化け物達の四肢と肉片を飛び散らせ、巻き込みながら凄まじい血風の嵐を巻き起こした。



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Gradus vita…

 最上階にてアーカードは携帯端末より連絡を貰い、【塔】の一員であった筈の網埜優花と話していた。

 

『“伯爵”、【塔】とは無関係の職員は避難させました。

御理解と御協力…感謝致します。』

「我が主より命令を受けたからだ、勘違いをするな。」

『同じ事です、では…失礼致します。』

 

 電話は切れ、同時に用無しと言わんばかりに端末を握り潰して捨てるアーカード。…そして両手の白手に染められた五芒星の魔法陣を両側面に掲げ、唄を謳う…。

 

“私はヘルメスの鳥…

私は、自らの羽根を喰らい…”

 

 彼は決戦前より到着直前まで…、“血”を食らっていた。シュレティンガーの能力で世界を周り、“食らってよい命”を食らっていたのだ。イギリス~イタリア~メキシコでマフィアを、アフリカ~南米~中東でテロリストを、そして独裁軍事国家の軍兵君主を食らっていたのだ。

 そして、見滝原にて吸われた…若くして無慈悲に殺された少年少女の命が今…現世に舞い戻る。

 

「…飼い…慣らされる。」

 

 三十年の時を経て、クロムウェル拘束制御術式零号が今解き放たれた。アーカードを中心に大量の血が湧き溢れ彼をも呑み込み、崩れた最上階を満たし底をぶち破る。大量の血は通路を満たし濁流となり、まだビル内にいる人間を呑み込んで行く。更には血の濁流より幾人もの腕が伸びて人の形を取り、ビル内の人々を襲い始めた。眼球のない目から血の涙を止め処なく流し、歯を剥き出しにした口からは血反吐と怨唆を吐き続け血塗れの体を這わせた亡者達は老若男女関係なく生者の体を引き裂いた。何処かの国の一兵卒、背広姿のマフィア幹部…或いはその手下、中東のゲリラ兵、見滝原中学校の生徒…その教師が徒等を組んで生者を捕らえ、臓腑を引きずり出し心臓を抉り出した。阿鼻叫喚は各下階に飛び火して闇の塔は“ヘルハザード”と化したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下50m下のラボにてキュアサニー・ピース・マーチ・ビューティは赤色灯に浮かぶその悍ましい光景にその身を凍りつかせていた。着地した場所にあった鉄扉を開ければ其処は無数の怪物の様な死骸がホルマリン漬けにされたカプセルがズラリと並んだ研究室で、よく見ると怪物の中にはピクリ…ピクリと痙攣をしている…つまり生きているモノもいるのだ。

 キュアピースは言葉が出ず、嘔吐感を感じて口を両手で抑えた。キュアマーチも口を閉ざし…嘔吐感を耐えるかの様に息を呑み込み、キュアビューティに至ってはカプセルに手をあて、不快感を露わにして中の怪物を睨んだ。

 

「本当に…、七原文人と云う人は何をなされるつもりだったのでしょうか…?」

 

 ビューティの疑問は皆の疑問にして【塔】と云う組織が狂い出した理由でもあった。浮島地区で小夜とイベントと称して集められた人達を使った大規模で残忍な実験…。政界までも動かしてまで未成年の深夜外出とネットを規制した青少年育成保護条例を成立…。

 そして本拠地にあるこの地下研究施設…。九頭は“世界を制する力”だと言っていたが、“何かが違う”気がする。しかしそれが何なのかは解らず、それこそ彼女達にとってはあまりにも理解し難いモノであった。

 キュアサニーもビューティと同じくカプセル内の怪物を睨みつけながら自分の思いを口にする。

 

「ウチもごっつう気になるけど…、もう今となってはどーでもええ事や。

ソイツが何を考えておっても、今はもう目の前に七原文人はおるんや。

早ようハッピーと小夜さん助けに行こっ!」

 

 サニーはエントランスに残り、過去と決別しようと闘うアルフォンスの背中を思い出し、自分も彼の想いを無駄にしてはならないと先を急いだ。そして四人が大きな鬼神の扉に着くと、鬼神のレリーフの前に一人の少女が立っていた。

 

「随分遅かったじゃない、偽善者さん。」

 

 その少女はバッドエンドハッピーであった。ニヤニヤとあの時と同じ人を見下した嘲笑を浮かべ四人のプリキュアを睨めつける。キュアサニーは構え、彼女に続き三人もまた周囲に気を配り構えた。

 

「アンタがおるって事は…、あの“軍服男”もおるんやね?」

「えぇ、それに…。」

 

 BEハッピーはパチンッと指を鳴らす。すると、周囲の機械の影から四人のバッドエンドプリキュアが姿を現した。キュアピースは死んだ筈のBEピースの姿を見て愕然とする。

 

「そんな…、生きていたの?」

 

 此に対し、BEハッピーはキュアピースの疑問を素直に否定した。

 

「安心してよ、あの娘達はシッカリあの時に死んでるから。此処にいるのは新たに新生したバッドエンドプリキュアよ!

…だから今度こそお前達を最悪の結末に叩き落としてあげるわ!!」

 

 BEハッピーの罵声と同時に四人のBEプリキュアが一斉に魔光弾を作り上げてプリキュア達に撃ち込んだ。赤・黄・緑・青の魔光は周辺機器を薙ぎ倒してサニー達に着弾、爆発を起こし“ラボ”を破壊した。

 BEハッピーはニヤつきながらその中心を見るが、その表情は歪み悔しげに口をへの字に変えた。

 

「この程度でやられる私達ではありませんわ!」

「へっ、前回と対して変わってないんじゃないかい?」

「そうよそうよ、こんなの痛くも痒くもないんだから!」

 

 ビューティ、マーチ、ピースはダメージをものともせずにBEプリキュアを挑発してサニーもまたガッツポーズを作り高らかに叫んだ。

 

「お前達が何度来ようがウチらには絶対勝てへんねん!

理屈やなくソレが決定事項なんや!!」

 

 サニーの言葉と同時に四方より双方のサニー・ピース・マーチ・ビューティが駆け出して激突。二度善と悪のプリキュア達の戦いが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鬼神の扉の向こう側では未だ動けない小夜と殯の銃弾を受け死の間際に陥ったキュアハッピーが倒れたままとなっており、七原文人は上と下の爆発音に耳を澄ましていた。

 

「おい文人、早く此処から脱出しないと危ないんじゃないのか!?」

「そうだね、上も扉の向こうも大騒ぎの様だ。」

 

 自分達の危機が迫っているかも知れないと云うのに眉一つ動かさず、文人は動けない小夜に近付いて彼女に手を伸ばす。…だがその手をキュアハッピーが掴み取り、顔を起こし文人を睨みつけた。

 

「小夜さんには…、触れさせ…ない…っ!」

 

 文人は困りげに微笑むが、特に彼女の手を振り払う事なくハッピーに話しかけた。

 

「みゆきちゃん、君は彼女の正体を知っていて…小夜を助けると言うのかい?」

 

 彼の問いにハッピーは頷く。

 

「小夜が“古きもの”と同種の人外だと分かっているのに…

どうしてだい?」

 

 文人は続けて尋ねた。

 

「小夜さんが…、大好きだからに決まってる!!」

 

 瀕死ながらも強く大きな声でキュアハッピーは叫んだ。そしてその声は小夜にも響き、瞳はハッピーに向けられる。

 

「小夜さんって…、いつもムッツリしてる…けど、微笑うととても可愛いんだよ。キョトンとした顔なんか…、もう抱き締めたいくらいに…。

そして…すごく優しいの…。お姉さんがいたら小夜さんみたいな人がいいな…、て…、いつも思ってた…。

わたしは小夜さんが大好き…。」

 

 いつしかキュアハッピーと小夜の視線が重なり見つめ合う。

 彼女達が出会ってから二人の接点がそれ程多くあった訳ではない。しかしハッピーはいつしかアーカードと同じ様に小夜と云う存在に惹かれていた。

 

「人じゃないからとか…そんなの関係ないもん…。」

 

 ハッピーの話を静かに聞く文人。彼は自分の手を掴んでいるハッピーの手を優しく離し、静かに床に置く。

 

「みゆきちゃん、古きものは存在を維持する為に人を食らう…。だけど古きものと同じ小夜は何故か人は食らわない。

なら、一体何を食べていると思う?」

 

 一瞬みゆきには文人が何を言っているのか解らなかった。小夜は人を襲わない、人を守る為に古きものと戦って来た。みゆき達にとっては其れ以上の事は知る必要がなかった。

 

「彼女の食欲は僕達人間が食べる物では満たされないんだよ。

故に彼女は…“同族”を食らうんだ。」

 

 それは衝撃的な事実であった。それは小夜が古きもの達を喰らい、生きて来たと云う事である。古きものでありながら人は食らえず、他の食物では満たされない。だから小夜は同じ古きものを食らったのだ。

 

「…でもね、古きものは年々急激に減って来ているんだ。

“朱食免”などいらない程にね。

だから僕は作る事にしたんだ。古きものを…。

人間に降ろし、憑かせる事で…。」

 

 ふと、キュアハッピーの脳裏にカプセルに入った化け物の死骸の映像が過ぎった。

 

「ま…さ…か…!?」

「そう、ラボのカプセルの中身は古きものを取り憑かせた人間の成れの果てさ。

人間の身体は脆くてね、直ぐに死んじゃうんだよ。」

 

 其れは人間の諸行とは思えない狂行であった。文人の目的は現世より減ってきた古きものを人に取り憑かせ、家畜の様に増やそうとしていたのだ。只、小夜に食わせる為だけに…。

 

「僕も小夜が大好きなんだ。

だから浮島では彼女の記憶を塗り替えようともした。…色々あって失敗しちゃったけどね。

…でもだからこそ、この実験は成功させたかったんだ。

この先何年…何十年…何百年と生きるかも知れない君の為に…。」

 

 そう言って文人は膝を付いて小夜を抱き起こす。

 

「サーラッドのメンバー、“真奈”ちゃん…だったかな?

お父さん新聞記者なんだってね?

“彼”は結構生きたんだよ。」

 

 文人は藪から棒に真奈の名前を出して来た。

 

「…でもね、この前逃げ出しちゃってね。

やっぱり死んじゃった。

東京に来た小夜とみゆきちゃんが出会ったあの夜にね、小夜が斬り殺しちゃったんだ。」

 

 小夜の身体が震え出し、それに気付いた文人は小夜をまた床に戻して殯の方へ戻る。

 ハッピー達が初めて出会した“古きもの”…。当初五人がその怪物に“もしかしたら”と云う違和感を感じていた。それは現実の悪夢となり、柊真奈の父親は【塔】に捕らわれて実験台とされ、それでも娘の真奈に会う為に逃げ出し…あの雪の夜に真奈を見つけて攫ったのだ。彼女を食らう事に躊躇していたのは人の心が残っていたからなのである。

 キュアハッピーは唇を血が出る程に噛み締め、白い床を涙で濡らした。

 

「文人、下らないお喋りで時間を無駄にするな!!」

 

 声を荒げた殯蔵人の前に立つ文人。…すると突如蔵人の悲鳴が湧き上がった。

 

「うぎゃああああああっ、ふっ、文人っ、何をおおっ!!!?」

 

 車椅子から転げ落ち、まるで陸に上げられた魚の様に飛び跳ねては足元で仰け反る蔵人の左目には赤い液体の入ったガラス管が刺さっており、その無様な姿を文人は冷ややかに見降ろした。

 

「ゴメンね、蔵人。

実はね…僕は君の言う“世界”に全く興味がないんだ。」

 

 それは残酷な裏切りの言葉であった。蔵人は彼と世界を取る為に家族を捨てた。自ら外道に堕ちたのだ。文人の裏切りは彼の行い全てを否定したのである。文人との会話で時間が稼がれた為、スマイルパクトの力で瀕死の傷が治癒されたキュアハッピーは小夜を抱き起こして立ち上がった。

 

「文人さん、貴方って人は…!

同じ人間なのに…、わたし達は同じ人間なんだよ!!!」

 

 キュアハッピーは抑え切れない怒りを言葉でぶつけるが、文人は仮面の様に張り付いた笑顔で冷静に言葉を返した

 

「今さっき君は言ったね、人かどうかなど“関係ない”って…。

その考えには賛同するよ。…なら、人間だって化け物と同じ事をしたって関係ないじゃないか。」

 

 二人の会話の間に蔵人の体に異変が生じていた。喉を掻き毟り、全身の血管が浮き出苦しみに喘ぎ続ける彼に文人は言った。

 

「そのガラス管に入っていたのは前に保管していた“小夜の血”なんだ。」

「なっ、あああっ、はあああがああああっ!!!?!!?」

 

 断末魔を上げる蔵人の体が宙に浮き上がり、キュアハッピーと小夜は何が起きているのか分からず、文人はそんな彼女達に笑顔を崩さず説明した。

 

「小夜の血はね、人と古きものの関係を壊す力があるんだ。

その力を利用して“朱食免”は作られ…、殯家当主の体に隠された。

…そして…。」

 

 浮き上がった蔵人の体はその形を崩していき、まるで裏返るかの様に怪物の眼球の様な物が姿を現した。蔵人はその眼球に吸い込まれ、この世から消滅してしまった。その眼球は文人の両手に収まり、フワフワと浮いていた。

 

「此が…“朱食免”さ。

小夜、あの“賭け”を覚えているかい?」

 

 文人に呼び掛けられた小夜はハッピーから離れ、自分の足で立ち、右手に日本刀を握った。

 

「…勝者には褒美を…。」

「敗者には罰を…。」

 

 文人が続き、朱食免は彼に操られ彼と同じ大きさに変化した。

 小夜とキュアハッピーは感じた。彼は朱食免を遣い戦うつもりなのだと…。

 

「みゆき…」

 

 キュアハッピーはまるで小夜の言葉を遮る様に何度も首を横に振った。

 

「イヤだよ小夜さん。此処まで来たらもう逃げたくない!」

 

 小夜は横目にハッピーの顔を見る。怒りに満ちていながら冷静さを失っていないその顔は頼るに足る仲間であると、心から思えるものであった。

 

「行くぞ!!」

「おうっ!!」

 

 二人は同時に床を蹴り、文人に向けて駆け走った。



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終局を飾る魔人達…

 セブンスヘブンの日本支部本社ビルを置く埋め立て地区の東北側より“鬼”が一人、侵入していた。旧日本陸軍の軍服にマントを靡かせ、五芒星を染めた白手袋に右手には鞘に納められた妖刀“関ノ孫六”を握り深々と被った軍帽のツバの奥からは危険な眼光を灯した鬼は眼前に立ち塞がる“古きもの”の群を見て“ニ~ッ”と嗤う。

 

「ククク…、七原文人め、古きものを喚び出せるだけ喚び出したか。」

 

 鬼であり、魔人でもある男…加藤保憲は古きものの群れに臆する事なく歩を進める。…と、彼の後ろに異様に背の高い“影”が一つ…また一つと増えて加藤に付いて行く。古きもの共が加藤に襲いかかると影は彼を守る為に古きものに向かって尾を引きながら飛んでいく。スキンヘッドに白い肌、真っ白な法衣のみを纏い目はモザイクでもかかっている様にぼかされた魔物…魔獣の群は古きものの群と混じり合い互いに引き裂き合いながらもまるで絵の具が混ざるが如く斑となり融合していた。加藤が左腕でマントを捲り上げるとその手の中より魔法少女姿の暁美ほむらが現れた。その瞳は虚を映し、覚束ない足取りで加藤にもたれ掛かった。

 

「もう直ぐお前の出番が来る。

それまでは虚ろに身を委ねた悪夢に浮かぶが良い。

…我が娘よ。」

 

 加藤はほむらを抱き寄せると、煙を彼方此方から上げたセブンスヘブン本社ビルを見た。その光景は映画の“タワーリングインフェルノ”を彷彿させる恐ろしき“地獄”であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビル内では亡者が【塔】の者達を次から次へと襲い階下へと降り、一階では九頭であった“古きもの”とアルフォンス・レオンハルトとの死闘が繰り広げられていた。周囲には九頭によって喰い散らかされた鬼面兵達の“残骸”があり、最早この場所で生きているのはアルフォンスのみであった。しかし彼も先程以上にボロボロとなり、左目を潰され、左腕は手首を喰い千切られ、右の太腿には深い裂傷を受けていた。アルフォンスは荒れた息遣いをしながらも地下へ降りたプリキュア達を心配し、あかねの笑顔を思い浮かべていた。

 

(こんな時にあいつの顔か…。

いつからだったのかな、こんなにあんな小娘を気にかける様になってしまったのは…?)

 

 日野あかねに戦い方…体術を教え、気付けばまだ年端もいかない少女と笑い合うのが心地良くなっていた自分がいた。

 部活の後に公園や河原で体術の稽古を型を簡単にやらせ、技を教えないまま組手をする。始めは変身して本気の疑似戦闘をする。キュアサニーになり超人的なパワーを武器にしたあかねをいとも簡単に組み伏せ、自分の未熟さを知らしめる。そして今度は生身で組手をし、その体に技をかけて叩き込んだ。女の子だからと言って容赦せず、弱音を吐いて逃げ出すだろう程に痛めつけた。

 しかし弱音は吐いても逃げはせず、反対に闘志を燃やし向かってくるこの少女に好感を持ち、やがて妹が出来た兄の様な感情に変わっていた。…そして殯の屋敷で憂いた目で見つめ、頬に触れてきたあかねを確かに異性と感じ…彼女が自分に想いを寄せているのを知った。アルフォンスはあの時、自身の気持ちに戸惑いながらあかねの手を掴み、頬より離したのである。

 

「はっ…、歳が離れ過ぎだ。」

 

 そう呟いてアルフォンスは古きものを見据えた。古きものもまた何発も戦車の装甲を貫く銃弾を喰らい、穴だらけの身体を重たげに動かす。何より致命傷ではないその銃痕が一切治癒されていなかった。やはり人に降ろされ憑依した古きものには未だ致命的な欠陥があるのだ。

 アルフォンスは右手の対戦車ライフルを担ぎ上げ、最後の勝負に出る。

 

「九頭、もう聞いちゃいないだろうが言わせてもらう。

結局アンタが何をしたかったのか俺には解らない。

…解らないままでいい。

きっとアンタは七原文人に人間が踏み込んでは行けない境界線を見せられ、ソレを越えてしまったんだ。」

 

 九頭であった古きものはアルフォンスの言葉に呼応したのか猛々しい咆哮を上げてアルフォンスへ突進、大きく口を開けて彼を噛み砕きにかかる。

 “バクリッ”!!

 アルフォンスは上半身をライフルごと呑まれ古きものが顎に力を込めようとした刹那、アルフォンスは対戦車ライフルの引き金を引いた。

 突然古きものの首の後ろ部分が破裂し、古きものは悲鳴を上げるが更に数回破裂し、口から首の後ろに大きな空洞が開けた。その中ではボーイズ対戦車ライフルの銃口から硝煙が立ち昇り、その奥で返り血で真っ赤に染まったアルフォンスが笑みを浮かべていた。今、彼は全ての因縁に決着を着けたのである。

 古きものが“ズズンッ”とその身体を前のめりに沈ませ、勢いで口の中からアルフォンスが飛び出し転げ落ちた。左手首を失くし、先程のライフルの反動で右肩脇の骨が砕けていた。アルフォンスはうつ伏せの体を捻って仰向けにし、天井を見つめた。

 もう彼には何も聴こえていない。視界も返り血でぼやけている。

 

「九頭…、

アンタが俺を義弟だと言ってくれた時…、

本当に嬉しかったんだ…。

アンタだけが俺を認めてくれていた…。

ああ…、どこで…はぐるまが…くるって…しまった…んだろ…な…?」

 

 アルフォンスの脳裏に日野あかねの笑顔を想い浮かべ、今まで誰にも見せなかったであろう微笑みで笑う。

 

「あか…ね…、

おれの…、

たい…よ……ぅ……」

 

 それっきり…、アルフォンス・レオンハルトは動かなくなり、笑顔もまたなくなり…何も映らない瞳で天井を見つめ続けた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下にてバッドエンドプリキュアと死闘を繰り広げるキュアサニー達四人は同じく自分達を模したバッドエンドの四人に苦戦を強いられていた。そしてキュアハッピーと小夜も七原文人が護衛として用意していた鎧武者姿の古きものに阻まれていた。

 以前浮島地区にて闘った鎧武者と同形の古きものはキュアハッピーには刃を向けず、八本腕に握る刀で小夜を一方的に攻めていく。

 

「クッ!!」

 

 キュアハッピーが小夜を支援に突っ込むと多数の腕による変幻自在の斬撃が此を払い、そして同じく四方八方より繰り出される剣撃に小夜も翻弄されていた。

 

「小夜さんっ!?」

 

 ハッピーが彼女の名前を叫んだ時、突然扉が砕け散り、其処より飛び出した影がキュアハッピーを捕らえ壁に叩き付けた。

 

「バッドエンドッ…ハッピーッ…!?」

「ようやくこの時が来たよ~。

ゆっくりと絞めてその首へし折ってあげるわ!!」

 

 壁際へ押さえつけ、キュアハッピーの首を鷲掴みにして絞めあげるBEハッピー。その状況を七原文人は冷ややかな視線でジッと見る。

 

「みゆきちゃんと違って随分乱暴な娘だな。

あの扉は結構気に入ってたんだよ?」

「お前が七原文人ね、随分と弱そうな男な事。

その朱食免はわたしのお父様の物になるんだからサッサと逃げてしまいなさい、追わないで置いてあげるわ…多分だけど?」

 

 そう言い、更にキュアハッピーの首を絞め、指先を食い込ませた。

 

「ハア…ッ、アァ…」

 

 搾り出た悲鳴を聞いたBEハッピーは殊更喜んで両手で首を絞め直しキュアハッピーを吊り上げた。

 

「とてもかわいい声だわ♪

今から貴女に偽善者に相応しい瞬間をプレゼントしてあげる!!」

 

 BEハッピーの顔に凶相が刻まれた次の瞬間、背中に悪寒が走り咄嗟にBEハッピーはキュアハッピーを盾にして振り返った。紙一重の差で破壊された扉より飛び込んだ佐倉杏子の槍の切っ先がハッピーの背の数ミリの間で止まった。

 

「バアアアカッ、お前等の小賢しい動きはお見通し…っ!?」

 

 しかしその刹那に美樹さやかがキュアハッピーの脇をすり抜けてBEハッピーに斬りかかった。BEハッピーはハッピーから手を離しさやかの斬撃をやはり紙一重で躱して後方へと飛び退き、悔しげに歯を軋ませ上目遣いでさやかを睨んだ。

 

「この偽善者共がああっ!」

 

 だがBEハッピーを余所に空中より巴マミはマスケット銃型の大砲を抱え高らかに叫ぶ。

 

「ティロ・フィナーレ!!」

 

 大砲より放たれた玉は何と文人へと向けられ、鎧武者は小夜を弾き飛ばして文人の盾となった。八本の腕と刀は砕け散り、この機を逃さず小夜は鎧武者を真っ二つに斬り伏せた。その向こうより現れた文人と朱食免の姿に小夜は驚愕する。

 何と文人の身体が朱食免の網膜部分に右腕を入れてどんどん呑み込まれているのだ。この異変にキュアハッピーとBEハッピー、そして三人の魔法少女もその異様な光景に絶句する。何より呑み込まれている当人が当たり前の様に笑顔のままでいるのが異常さを際立たせていた。

 

「もう少し遊んでいたかったけど、役者が揃ったみたいだからフィナーレを飾ろう。

僕は此から喚び出せる中で“一番”の“古きもの”を召喚する。それを倒す事が出来たら…

小夜、君の勝ちだ。」

 

 身体の半分が朱食免に埋まり、小夜はダッと床を蹴り文人を止めようと手を伸ばすが彼は朱食免と完全に融合し、その瞳からとつてもなく“巨大な掌”が出現して小夜を包み込んで天井をぶち破った。さやかはBEハッピーから解放されて咳き込むキュアハッピーを支え、肩を貸す。

 

「星空さん、大丈夫!?」

「う…ん、大…丈夫。

ありがとう、美樹さん。」

 

 さやかはハッピーが無理矢理ながらも笑顔を見せたので一先ずホッとするが、朱食免より出て来た腕は急速に膨れ上がり杏子とマミの自分達を呼ぶ声も地下の崩れ落ちる音にかき消されてビルの崩壊が全てを呑み込んでしまった。

 地下より現れ出でた巨大な腕はどんどん膨張をしながら天井を次々と破壊し、屋上のヘリポートへと達してセブンスヘブン日本支社ビルを倒壊させた。

 そして“塔”の如くビルの代わりに聳え立った腕がもたげ、“本体”が山の様に大きな身体を起こしその姿を現した。



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溢れ出る希望の光…

 七色ヶ丘市のみゆきの家で彼女達の帰りを待ち続けているキャンディはみゆき達が出てからずっと雪の降る夜空を窓から見ていた。心配な気持ちは不安に変わっており皆に大変な危機が迫っているのだと…、何故かそう思えてしまった。

 

「みゆきぃ…、みんなぁ…。」

 

 瞳を潤ませるキャンディだったが、ふと雪降る夜闇に一冊の本が此方に飛んでくるのが見え、キャンディは目を見開き直ぐ様窓を開けた。

 

「お兄ちゃああああああんっ!!!!」

 

 キャンディが叫ぶと本はキャンディより少し大きな妖精の姿に変わり、雪と寒風と一緒に部屋に飛び込んで来た。

 ライオンの様な鬣と狐の様な尻尾を生やした妖精…キャンディの兄ポップである。

 キャンディは勢い良く飛んで来たポップに飛びついて受け止めるがポップの勢いに負け床に落ちる。しかし咄嗟にポップが下になりキャンディのクッションとなった。

 

「キャンディ、無事であったか!

…良かった…。」

「良くないクル!

みゆき達が危ないクル!

でも、キャンディはみんなの力になれなくて…、ふええぇ…」

 

 大好きな兄の顔を久し振り見たせいでキャンディの緊張が緩み、不安を吐き出した。ポップはそんな妹を抱き寄せて優しくなだめた。

 

「すまないでござる…。もっと早くに此方に来れたら良かったでござる。

でも安心するでござる、力強い援軍を連れて来たでござるから!」

 

 ポップは胸を張り、意気込む。キャンディは援軍が誰なのか想像し、曇らせていた表情を輝かせた。

 

「お兄ちゃん、まさか!?」

「そのまさかでござるよ。

さあ、拙者達もみゆき殿の所へ行くでござる!!」

 

 キャンディはポップに強く頷き返し、二人は部屋の本棚の前に立ち、不思議図書館を通りみゆき達が戦う戦場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠くよりセブンスヘブンの超高層ビルが崩れ、その中から巨大な人型の“古きもの”が出て来たのを松尾伊織はミニバンから降りてその凄まじい光景に心を奪われていた。

 人型ではあるが岩肌そのものの体に頭部より生やしたドレッドヘアの様な器官が蠢き、体の彼方此方には様々な“木々”を生やし、赤く見開いた四つのつり目をギョロつかせ、耳まで裂けた大きな口をバックリと開いていた。

 爪先まで現世に顕現した巨人の古きものは街一帯に響き渡る程の咆哮を上げてゆっくりと立ち上がり、その岩肌に取り付いていた両手が蝙蝠の羽根である古きものの群がやはり赤い目を次々と灯らせ、頭をもたげて羽根をはためかせ、バサバサと飛び始めた。ミニバンの車内では藤村と真奈が小夜達の途切れたインカム回線を何とか復旧しようと躍起になりノートパソコンを叩いていた。

 

「藤村君!?」

「駄目っす、回線が全部死んでます!!」

 

 二人ではどうにもならないと解り本拠地の比呂に応援を頼むが、此方でも復旧するのは不可能であった。

 

『ごめん真奈、コッチでも無理…。』

「ありがとう、月ちゃん…。」

 

 あの山の様に大きな古きものが出現する前より無線インカムの回線が途切れ通信不能に陥っていた真奈達。藤村と二人で頑張る中で松尾は運転席に戻りエンジンをかけた。

 

「松尾さんどうしたんですか、まだ小夜達と連絡が取れ…」

「“逃げる”ぞ!」

「何言ってんスかマッさん!

俺達が逃げたら…!?」

「向こうから古きものの群れが空飛んで押し寄せて来てんだよ!!」

 

 松尾の怒鳴り声が車内に響いたのと同時にボンネットに“ドスン”と古きものが降りて来た。悲鳴をあげる真奈と藤村だが、松尾は胸元から拳銃を取り出し両手で持ち古きものの顔に三発撃ち放った。至近距離から銃撃でガラスに三発の銃痕と内二発を顔に受けて古きものは悲鳴をあげるが、右腕でガラスを砕いて松尾の頭を鷲掴みにして引っ張り出そうとする。

 

「マッさん!?」

「松尾さん!?」

 

 真奈は蒼白となり藤村は古きものの腕を叩いて松尾から引き剥がそうとするが、古きものの力は人間など足元にも及ばない。松尾の頭も力を入れれば握り潰してしまうだろう。

 

「お前等、車降りて逃げろ…!」

 

 頭を万力で挟まれたかの様な苦しさを我慢しながら松尾は真奈と藤村に言った。…自分はもう無理だと、二人に告げているのだ。

 

「そんな…、いやだ…。」

「やめてくれよぉ、置いてける訳ないだろおっ!!」

「うるせぇ、早くしねえと別の奴等が…」

 

 しかし彼の言葉も虚しく、車両の左右に別の二匹が降り立ち、窓ガラスを覗き込んで来た。

 最早真奈は声も出せず震え、藤村も絶望した表情となり、席にもたれ込む。松尾を掴んだ古きものの手にも力が加わり三人共死を覚悟したその時、松尾を殺そうとした古きものの首が赤い糸を引いて宙を舞った。指の間からそれを見ていた松尾は突然の出来事に悲鳴を上げ、他の二匹も何者かによって殺された。

 驚きの連続でもうどんな顔をして良いのか分からなくなった真奈と藤村…松尾は車を降り、改めて外の状況を確認した。

 

「何…、どういう事なの!?」

 

 真奈は今目の前で起きている“古きもの”と“少女達”の命を賭けた大混戦に立ち尽くす。藤村と松尾も呆けた顔付きで瞬きもせずに彼方此方で激戦を繰り返す双方を見つめていた。

 

「危なかったね、お兄さん方。

大事ないかい?」

 

 何時の間にか松尾の傍らに一人の少女が立っていた。右目を眼帯で多い、黒いゴスロリ風の上着に広い袖からは左右に大きな鉤爪を三本装備していた。

 

「お前が俺達を助けてくれた…のか?」

「そーだよ。わたし“呉キリカ”って言うの、よろしくね?

本当はわたしも織莉子も関係ないんだけど~、今回は特別に助けてあげたんだよ。」

 

 妙に人懐っこい口調ではあるが言っている内容はよく理解出来ず、松尾は首を傾げる。…と、キリカと名乗った少女も松尾の真似をして首を傾げた。

 

(俺、ナメられてる!?)

 

 其処へキリカを呼ぶ声と同時に真っ白なウィッチドレスを着極した魔法少女が空より降りて来た。

 

「あっ、“織莉子”♪」

 

 キリカは白い魔法少女を見るなり両腕を広げて彼女の方へ駆け寄る。

 

「キリカ、此処が片付いたならもう行くわよ。」

「うん、分かった。」

 

 織莉子と呼ばれた白い魔法少女は真奈達をチラッと見ただけで挨拶もせずその場をキリカと一緒に古きものとの戦闘に戻って行った。

 三人は少しの間惚けていたが松尾が二人の名前を呼び、またミニバンに戻る。

 

「サッサと此処を離れんぞ。

次襲われてまた助けてもらえるか分かりゃしねえからな!」

「でも…っ!?」

「真奈ちゃん!」

 

 松尾に反論しようとした真奈を遮ったのは険しく顔を歪めた藤村であった。

 

「マッさんの言う通りにしよう…。

もう此処は戦場なんだ。

みんなを…信じよう?」

 

 藤村は巴マミの顔を脳裏に浮かべ、歯を食いしばる。結局…彼は彼女に何もしてやれなかったのだと自分を心の中でなじった。

 そして真奈も悔しさのあまりに涙を流し、もう一度巨人の古きものを見据える。

 

(ごめん…、ごめんね、小夜…。

でも待ってるから。

わたし達友達だから、戻ってくるのを待ってるから…!)

 

 降りしきる雪を振り払い、真奈を乗せたミニバンはその場を去り、魔法少女達の猛攻が始まった。

 “茜すみれ”の薙刀と椎名レミの戦斧が古きものを真っ二つにしていき、“杏里あいり”の二挺拳銃と“飛鳥ユウリ”の注射器を模したガトリング砲が次々に古きものを墜として行った。

 そして七人の魔法少女が集まった“プレイアデス星団”も見事なチームワークで迫る古きものの群れを迎え討った。

 “御崎海香”は手に持つ魔導書を両端が刃の杖に変えて切り裂き、“牧カオル”は硬質化した身体と武器にしたスパイクシューズで蹴り砕く。他の四人も連携しながら古きもの共を殲滅した。

 

「スカーラ・ア・パラディーゾ!」

 

 甲高い声と共に光の糸が螺旋模様を描き小さくも高い塔を編み上げ、その天辺に一人の魔法少女が立ち、立体十字の杖を掲げた。

 

「リーミティ・エステールニ!!」

 

 杖の先端より眩き光が発せられ、その光を浴びた十体近くの古きものが蒸発してしまった。

 小さく白い魔女帽子に真っ白でフワフワな魔女服を着た魔法少女は地上に降りて御崎海香と牧カオルと合流する。

 

「キリがないね、この蝙蝠みたいな奴等!」

 

 カオルがぼやき、海香が彼女に同意する。

 

「サキやニコ達も数の多さで苦戦しているみたい。

やっぱりあの“巨人”を倒すしかないわね…。」

 

 そう言って海香とカオルは白い魔女服の少女…“昴かずみ”の意見を待った。

 

「わたし達は打ち合わせ通り此処で“敵”を抑える!

…巨人は彼処にいる“仲間”に任せよう。」

 

 かずみはあの山程に大きな巨人の古きものを見据え、向こう側にいる誰とも知らない魔法少女達の無事と勝利を強く願う。

 

「希望と勝利をその手に掴めっ!!」

 

 かずみはそう叫んでまた杖を掲げる。三人の体が光り輝くと宙に浮き、光の閃光となり古きものの群れに突っ込んだ。

 

“メテオーラ・フィナーレ!!!”

 

 光の閃光は瞬く間に何十もの古きものを撃破し、其れを遠くより美国織莉子と呉キリカが戦いながらも見つめていた。

 

「すっごーい、蝙蝠の怪物達がどんどん減ってるよ~!」

 

 はしゃぐキリカを見て微笑む織莉子だが、彼女はこのずっと先にある“未来”を見据え、口を噤む。この戦いは彼女にとって関わるべきモノであったのか未だ答えは出ない。

 しかし自分達が動かなければ失われた命を見捨てられなかった。先程キリカが助けた真奈達がそうであった。

 

(結局、私とキリカが“予知の魔法”で彼女達を助けた事がこの戦いの先にある“未来”をより色濃くしまった気がする…。

私はあの未来が全ての人々の幸せに繋がるのか全然解らない…。

…でも今は…っ!)

 

 織莉子は周囲に水晶の球体を幾つも造りだし、それを古きもの達にぶつけてその体に大穴を開け、更には水晶球で竜巻を作り出して古きものを巻き込む。キリカも負けじと鉤爪を増やして古きものの屍の山を築き上げていく。

 しかし巨大な古きものより放たれた翼手の古きものは数を増やしていき、更なる大群で押し寄せようとしていた。



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全てを呑み込む狂気を切り裂く…

 セブンスヘブン日本支部本社ビルは倒壊し、代わりに巨大な人型の“古きもの”が其処にそびえ立っていた。その足元では瓦礫を払い退け這い出て来た四人のプリキュアは周囲を見渡し、仲間達の姿を探す。キュアマーチは三人の無事を確認するとバッドエンドプリキュアの四人について尋ねた。

 

「みんな、彼奴等はどうなった!?」

 

 険しい表情のキュアビューティが荒い息遣いをしながら彼女に答える。

 

「分かりません、戦闘中に突然地下が崩壊しましたから…。

自分が這い上がるだけで精一杯でした。」

 

 キュアピースもへたり込みやはり荒い息遣いをしてみせる中で、彼女はずっと上を見上げるキュアサニーに気付いた。

 

 「何なんや、この“デッカい足”はっ!?」

 

 まるで“ジャックと大きな豆の木”にでも出て来る様な大きな豆の木を連想させる“足”は周囲のタワークレーンよりも大きく、そのずっと上空に胴体らしき陰を見て四人のプリキュアは理解する。…この巨大な何かは“古きもの”なのだと…。そして頭上より群れなして降りて来るモノ達がいた。それを見てキュアマーチは目を疑う。

 

「古きものの大群…!?」

「そんな…、まだハッピーと…、みゆきちゃんと合流してないのにぃ!?」

 

 キュアピースはみゆきの身を案じ、それは焦りとなり彼女の口から零れる。四人は翼手の古きもの共に囲まれてしまい、背中を合わせ守りに入る。キュアサニーはこの倒壊したビルと古きものの群れの中でみゆきと同じくらいにアルフォンスが逃げられたのかと彼の身も案じていた。そして古きもの共がプリキュア達に飛びかかろうとした刹那、瓦礫の隙間より突如血柱が彼方此方と噴き出して古きもの達に覆い被さった。血の柱からは血の涙と血反吐を流し続ける様々な姿の亡者達が具現化し、古きもの達に噛みついては噛み千切り、目に指を突っ込んで眼球を潰し…或いは抉り、顎を掴んでは頬を裂いて砕き、翼手の膜もビリビリに引き千切って腕や足をもぎ取り地獄の攻め苦を味わわせた。

 サニー達は英国で見せられた三十年前の地獄と化したロンドンを脳裏に浮き上がらせ蒼白になるが、喉まで込み上げた胃液を呑み込みこの惨状を凝視した。亡者の中には背広姿に拳銃を持った者、何処かの軍服を着た兵士、一般人と思われる者…、そして見滝原中学の制服を着た少年少女もいた。

 プリキュア達はこの亡者の群が自分達を助けてくれた事で誰の仕業かを理解し、その人物の声が四人の頭に響いた。

 

《何をもたもたしている?

星空みゆきは小夜、マギカ達と共にこの“古きもの”の頭上を目指しているぞ!》

 

 アーカードの声は頭に響けど姿は何処にも見えず、四人は大きな足のずっと上を見上げ戸惑う。

 

《迷うな、貴様達の敵もまた上にいる。地上は我が下僕と亡者共が請け負った。

この埋め立て地の外もインキュベーターが他のマギカを喚び寄せ市街地を守っている。

己が役目を忘れるな…、プリキュア。》

 

 アーカードの声は途切れ、周囲は亡者達がどんどん溢れて来た。しかし古きものもまた黙ってやられる訳もなく一体で10体もの亡者を相手にして鋭い牙と爪で引き裂いた。

 サニーはその光景から一度目を瞑り、意識をまとめると三人に叫んだ。

 

「行くでえ、みんな!

みゆきがウチ等が来るのを絶対待っとる!!」

 

 ピース・マーチ・ビューティはサニーの言葉に強く頷き、四人は大きく跳躍して巨大な古きものの足を駆け昇って行った。サニーはアルフォンスの事が気に掛かってはいたが、今はみゆきを助ける事のみに集中する。

 全てが終わった後に彼が微笑む光景を楽しみとし、サニーはキュアハッピーの元へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 巨大な人型の古きものの頭の天辺に加藤保憲と暁美ほむらはいた。スカイツリー…東京タワーよりも高くそびえ、多くの高層ビルの街を眼下に見渡す。

 加藤は邪悪な嘲笑を浮かべながら胸元のポケットから暁美ほむらのソウルジェムを取り出し、五枚の黒紙に五芒星を染めた式札を放つ。式札は巨大な古きものの額に飛んで行くと五芒星を形作って貼り付いた。…と、ほむらの姿が消え額の五芒星の中心に式札と同じく背中から貼り付いてその身をかたまらせた。

 

「ほむらよ、我はお前を古きもの…“野鎚”への供物として捧げる。

それにより“野鎚”はお前の中に流れる我が血と怨念を吸い上げて魔獣共の苗床となる。そして野鎚の養分を鱈腹吸った魔獣共は増殖してこの帝都東京に放たれ、生きとしりける全てが魔獣共の餌食となるのだ!

さぁ我が娘よ…、

最初にして最後の役目を果たすのだ!!」

 

 加藤はほむらのソウルジェムを眼前に浮かせ、印を結びタントラを唱え始めた。

 

“オンバザラシャケウンソワカオンバザラシャケウンソワカオンバザラシャケウンソワカオンバザラシャケウンソワカ…”。

 

 加藤のタントラに紫のソウルジェムとほむらの体は激しく反応し、見開いた目が降りしきる雪の一粒一粒をスローモーションに映し込む。自身の身体に何が起きているのか…ほむらには理解出来ず只雪の結晶を瞳に映すが、雪の結晶は五芒星と変わり瞳に焼き付いた。

 

「あ…、ああ…、

あああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!」

 

 ほむらは金切り声を上げて苦痛を訴えその身を痙攣させ、其れと同時にほむらの周囲に貼られた五枚の式札が燃え盛り火を走らせて五芒星を古きものの大きな額に刻み込んだ。

 

「オンバザラシャケウンソワカ

オンバザラシャケウンソワカ

オンバザラシャケウンソワカ

オンバザラシャケウンソワカ

オンバザラシャケウンソワカ…ッ!!

我が元へ来たれ御霊、

我が元に跪け怨霊、

全ての悪意なる意志よ、我に組し力を与えよ!!!!」

 

 加藤保憲の掛け声に巨大な古きもの…野鎚は呼応して飛行機すら一呑みにしてしまいそうな口を大きく開けて咆哮を上げた。そして暁美ほむらの体はまるで野鎚と同化していく様に額の中に沈んでしまった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 野鎚の腰の位置で上へ上へと駆け昇る者達がいた。キュアハッピーと小夜、魔法少女三人は真っ直ぐに野鎚の表皮を疾走し、その後を五人のバッドエンドプリキュアが追う。

 マミが後ろを振り向き、さやかと杏子にアイコンタクトをすると三人共踵を返してBEプリキュアに向かって行った。

 

「みんなっ!?」

「行きなさい、此処は私達が引き受けたわ!」

 

 マミがキュアハッピーにそう返すと、BEハッピーが駆けながら胸元にハートを形取り構えた。

 

「絶対に御父様の邪魔はさせない!!」

 

 BEハッピーが必殺のBEシャワーを放ち、マミ達を散らして二人の背中に迫るが、キュアハッピーは振り向き同じくプリキュアハッピーシャワーを構えると小夜に叫んだ。

 

「小夜さんわたしに掴まって!!」

 

 小夜は彼女の考えを即座に読み取りハッピーの背に回り肩に捕まる。

 

「プリキュア・ハッピーシャワーッ!!」

 

 二人のハッピーの必殺技がぶつかり合い相殺するかと思いきや、ハッピーと小夜の体は必殺技のぶつかり合った勢いに乗っかり更に高く打ち上げられた。

 

「このおんなあああっ!!!!」

 

 余りの悔しさに叫ぶBEハッピーを下方に見降ろし、ハッピーは“ベーッ”と舌を出してアカンベエをして見せ、小夜はハッピーを掴んだまま日本刀を野鎚の表皮に刺してぶら下がった。…かなりの高さまで上がった筈であったが古きものの腰から脇程の距離しか稼いでおらず、キュアハッピーは野鎚の顔を見上げた。

 目指すはあの醜悪な顔面…。小夜は野鎚の体内に居るであろう七原文人を…、キュアハッピーは先程感じたほむらの気配を目指す。

 

「みゆき、暁美ほむらは古きものの頭の天辺だ。」

「うん、上に着いたら小夜さんは文人さんを…っ!」

 

 小夜はハッピーに頷いて見せ、また共に野鎚の崖の様な表皮を駆け昇った。

 

「今行くよ、ほむらちゃん!!」

 

 二人が急ぐ中で野鎚の周辺に魔獣共が集まり始め、翼手の古きもの共に取り憑きその姿を大きく変える。そして野鎚の体にも数え切れない程の魔獣が入り込んで行く。

 野鎚は自身の異変に気付き、身悶えるが…心臓部に位置する朱食免は黙して魔獣達を何もせずに受け入れていた。七原文人は朱食免の胎内で愛しき女性の事だけを想い、たゆたう…。

 

“浮島にいた時の君も好きだったけど、

やはり僕が惹かれていたのは紅い瞳の君なんだ。

ああ、こんなにも僕は君を欲している。

とても、とても欲しいよ…小夜!”

 

 己が想いに身を浸し、文人は小夜が来るその時を待ち、巨大な人型の古きもの…“野鎚”は暁美ほむらを吸収してからは沈黙を続け、その右肩では四人のバッドエンドプリキュアと巴マミ・佐倉杏子・美樹さやかが激突し、野鎚の口内より侵入した小夜は体内に潜り込んだ魔獣の群に阻まれ、そして顔面ではキュアハッピーとBEハッピーが互いの思いをぶつけ死闘を繰り広げていた。

 BEハッピーは両拳にバッドエンドパワーを溜めてキュアハッピーに向けて魔弾を撃ち出し、ハッピーはそれを紙一重に躱して野鎚の鼻面を駆け走りBEハッピーに強烈なパンチを打ち込んだ。しかしBEハッピーは両腕で此を受け切り、互いに間合いを離した。

 

「いい加減諦めな!

暁美ほむらはもう“コイツ”に喰われて終わってるんだよ!」

 

 BEハッピーはキュアハッピーにほむらが加藤によって野鎚の生贄とされた事実を口にするが、何故かハッピーにはまだほむらが生きていると云う確信があった。

 

「ほむらちゃんは死んでなんかいないわ!

感じるんだから、何でか解らないけど解る。

ほむらちゃんの想いをわたしは感じるの!!」

「知った事かよっ!!」

 

 二人のハッピーが二度ぶつかり合い、その波動が野鎚の鼻先で広がり弾ける。その状況に野鎚はまるで鼻先で羽虫が飛んでいる感覚で左腕を動かした。大型コンテナ程の指が二人に迫りキュアハッピーは咄嗟にBEハッピーから離れるが、それが隙となりBEハッピーは見逃さず離れる所か飛び跳ねてキュアハッピーを追い右手から魔弾を放ち、キュアハッピーの脇腹に命中した。

 

「ガハッ!?」

「アッハハハ、そのまま落ちてトマトみたいに潰れてしまええっ!!」

 

 野鎚の顔面から真っ逆様に墜ちるキュアハッピーをBEハッピーは見えなくなるまでゲラゲラと笑い続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 野鎚の口内…喉元では小夜が大量の魔獣と熾烈な戦闘を繰り広げていた。肉の天井…壁…足下と場所を選ばず這い出ては小夜に向かって行き斬り捨てられる…。それを幾度となく繰り返され、小夜は朱食免に辿り着けずにいた。

 

(こんな所で足止めなど…、しかしこの尋常ならない魔獣の数は見滝原学園の時と同じか其れ以上!

この古きものを苗床にして増殖していると云うのか!?)

 

 刀を振るい一歩一歩を踏み締めて進む小夜だが、魔獣達の腕が触手の様に小夜に注がれ小夜は捕まってしまう。

 

「しまっ、フグウッ!?」

 

 目と口…鼻まで塞がれ雁字搦めに拘束された小夜。その耳には微かにほむらの声が届いていた。

 

“おねがい…、わたしをころして…!”

 



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入り乱れる光と闇…

 炎を纏って自ら火炎弾となるBEサニーのBEファイアが美樹さやかを襲い、此を紙一重に躱す。

 

「熱っ、あっつーいいっ!?」

 

 佐倉杏子はBEビューティと斬撃勝負をして“キンキン”て刃鳴を聞かせ、巴マミはBEマーチの連続蹴撃をマスケット銃でいなしながら闘っていた。しかし後方にてBEピースが雷撃で仲間を援護し、三人は攻戦に出れずにいた。

 

《ちっ、あのピース擬きがうぜえっ!》

《同じく、鬱陶しいたらありゃしない!》

 

 念話で杏子がぼやき、さやかも杏子に同意。マミもまたBEピースをどうにかしたいと考えていた。

 

《何かしないと…、何時までも足止めされてる訳にはいかないのにっ!!》

 

 しかし突如そのBEピースの悲鳴が上がり雷撃が止んだ。マミ達もBEの三人も“彼女”に向き、そしてその“惨状”に目を疑った。

 なんと野鎚の皮膚から蛆の様に湧いて出た魔獣達がBEピースを抑え付けているのだ。

 

「だっ、だれかっ…たすけ…!?!?」

 

 しかしBEの仲間達は動かず、助けようとした魔法少女達の慈悲の手は届かず、BEピースは魔獣達によってバラバラに八つ裂きにされてしまった。BEカードは彼女が死ぬ寸前に抜け出、消え去る。三人のBEプリキュアは魔獣が見境ない事を知った途端に戦意を失い、BEマーチが真っ先に野鎚より駆け降りてしまう。

 

「クソッ、こんな馬鹿げた所にいられるか!!」

 

 そう毒吐いた途端またもやカードが抜け出、力を失った彼女は元の姿に戻ってしまう。

 

「嘘っ、嫌…!?」

 

 BEマーチはポニーテールの私服の姿で悲鳴を上げながら落下して消えた。

 BEビューティは視点が合わない程に狼狽え、何を思ったのか氷の剣の切っ先を喉元にあてがった。いち早く気付いたマミが止めようと飛びかかるがBEビューティはマミに氷の刃を飛ばし、マミはそれを弾き返すがその隙にBEビューティは自分の喉を串刺しにして息絶えた。やはりBEカードは彼女から抜けて其処には見知らぬ女学生の亡骸が転がった。それは余りに呆気ない…無惨且つ虚しい最期であった。マミは亡骸の見開いた目を優しく閉じ、唇を噛み締めた。

 そして取り残されたBEサニーは茫然と立ち尽くし、やはり彼女からもBEカードは抜け…ブレザー姿のショートヘアの少女となった。

 さやかと杏子が命を絶たせまいとその少女を捕まえるが、彼女達を野鎚より湧き出て来た魔獣達が囲んだ。

 

「はっ、ははは…、これでお前らも終わりや。

ウチ等BEプリキュアもハッピー一人しかおらんけど、お前らを道連れにするんなら本望や!」

 

 BEサニーであった少女は嘲笑い、何時の間にか手に筒の様な物を持っていた。さやかと杏子はその筒を見て青ざめる。

 

「アンタそれ…っ!?」

「暁美ほむらの“爆弾”じゃねえか!!」

 

 少女は躊躇わず爆弾のスイッチを付けた。ほむらによって造られた爆弾は殺傷性が高い上に手榴弾と同じ使い方が出来る為にさやかと杏子は彼女から即座に離れるとマミが二人を背にして防御陣を張った。そして次の瞬間、光が広がった。野鎚の肩の位置で大きな爆発が起こり、野鎚が僅かに顔を歪め吼えた。

 爆風が止み、煙が薄くなったその場所にはあの少女の血が咲き開いたかの様に広がり、弾け飛んだ肉片がバラバラと散らばり無惨な様を物語っていた。しかし魔獣達はその爆発を物ともせずに再び三人の魔法少女達を取り囲んでいく。さやかはBEサニーだった少女の肉片を横目に見、魔獣に敵意一杯の眼孔で睨みつけた。

 

「自爆なんて、馬鹿だよアンタ達…。理解出来ない。…だから哀れんだりはしない!

…でも、少しくらいは同情してあげる。」

 

 そう言いながら目尻に涙を溜めたさやかは二本のサーベルを両手に握り締め、杏子も多節槍を回して切っ先を魔獣に合わせた。

 

「あたしは彼奴等の気持ちを少しは理解出来るよ。

…受け入れてもらえなかったんだ。

…打ち捨てられたんだ。

…だから、死を選んだ。

彼奴等はあたしが選んだかも知れない選択肢の一つだった…。だからさやかより少しだけ多めに同情してやるよ。」

 

 そしてさやかと杏子…そしてマミは互いに背を向け、マミはマスケット銃の銃口を魔獣に向けてさやかと杏子とは違う…BEプリキュアの行為に対して拒絶を口にした。

 

「わたしは彼女達に一切同情なんてしない!

命を無駄にする行為を絶対認めない!

だって、死んだら何も無くなっちゃうじゃない、全てが無駄になってしまうじゃない…。

だから、わたしは絶対に死なない!…もう、誰も死なせたりしない!!」

 

 魔獣の群れが一斉に魔法少女達に飛びかかり、重なり合って山となる。圧し潰されてもおかしくないその光景は瞬時に砕かれる。まるで火山が爆発したかの様に積み上がった魔獣達は粉々に噴き飛び、その中心にいたマミ・さやか・杏子が飛び出して散開し、湧き出る魔獣の群れを次々と撃破した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 野鎚の肩から突き落とされ、落下したキュアハッピーは力ない瞳に走馬灯を見ていた。転校して直ぐにキャンディと出会いプリキュアになり、日野あかね…黄瀬やよい…緑川なお…青木れいかと友達となり、同じプリキュアの仲間となった。そして強敵であるバッドエンド王国との戦いを繰り返して後にアーカードと邂逅を遂げ、新たな敵である【塔】と戦う為に暁美ほむら達魔法少女と共闘…小夜達サーラッドや英国のヘルシング機関と協力しながら此処まで来た…筈であった。

 しかし自分はとうとう力尽き、死を受け入れようとしている。…もう力が出ない。涙が溢れ、大切な人達を助けられなかった自分の不甲斐なさを呪う。

 

“みゆき…。”

 

 …ふと、遠くで呼ばれた気がしたが返事を返さず急落下の気圧に身を委ねてゆっくりと目を閉じる。

 

“みゆき…っ!”

 

 またも声が…先程より近くに聴こえた。キュアハッピーは声が聴こえて来た方向を探して上を見ると、彼女を追う様に落下して来る影が一つ…大きな声でハッピーの名前を叫び此方に手を伸ばしていた。

 

「みゆきいいいいいいっ!!!!!」

 

 ハッピーは目を凝らし、手を差し伸べる“彼女”を確認すると涙が涙腺より溢れ、大きく親友の名前を叫んだ。

 

「あかねちゃん…っ、

あかねちゃあああんっ!!!!」

 

 日野あかね…キュアサニーは大きな荒鷲に変身したポップに乗ってキュアハッピーに右手を目一杯伸ばし、ハッピーも右手をサニーに向かって伸ばし、互いの手が結ばれてサニーとハッピーの視線が重なった。

 

「ポップ!!」

「了解でござる!!」

 

 ポップは荒鷲の翼をはためかせ、上昇をする。だが其処に魔獣と同化した古きものの群れが二人を乗せたポップに迫った。

 

「くっ、二人共振り落とさない様に掴まってるでござる!」

 

 ポップの言葉にキュアハッピーとサニーは頷いて荒鷲の背中の毛を強く握る。するとポップは翼をバサッと大きくはためかせて更に加速して魔獣共の追撃を許さずに野鎚の左膝を旋回、勢いに乗ってもっと高く急上昇をした。しかし既に巨大な古きもの…野鎚の全身より魔獣共が次々と這い出しては下方より追うまでもなくポップに迫り、翼手の古きものもポップを狙い始めた。

 暁美ほむらを取り込み、その血肉を吸収してソウルジェムからも“穢れ”…“呪い”を無尽蔵に吸い出し、其れを魔獣達が喰らい、分裂して無限に増えていく。加藤保憲の狙いは野鎚を魔獣の苗床にしてそのコントロールを七原文人から朱食免ごと奪う事であったのだ。

 

「ハアッピイイイイッ!!」

 

 頭上より聴こえて来た呼び声にハッピーは顔を上げると、野鎚の腰部分でキュアピース・マーチ・ビューティがキャンディを守りながら魔獣と古きものと戦っていた。先程の声はキャンディでピースの肩に乗って守られながらハッピーとサニーを乗せたポップを見つけて叫んだのだ。

 

「キャンディイッ!!」

 

 ハッピーも込み上げて来た感情が我慢出来ずキャンディの名前を叫び、ポップも戦うピース達に大きく声を張り上げた。

 

「皆の衆、拙者の背中に飛び乗って下されえっ!!!」

 

 ピースとマーチ…ビューティは考えるまでもなくポップを信じ、ピースはキャンディを両手で抱き締め、マーチとビューティが二人を守る形で両側に付き野鎚の表皮を三人同時に蹴って飛んだ。荒鷲は彼女達を追って接近するが魔獣と古きものの群勢が阻もうと空中で落下するピース達に魔獣が追いつき、翼手の古きものがハッピー達を取り囲んだ。

 魔獣の幾本もの腕がキャンディに迫り、古きもの共の牙がポップに食いつこうとしたその時、五人の頭上に一人の“人外”が現れた。…“吸血鬼アーカード”である。

 キュアハッピーは見上げ彼の嘲笑と紅い目を見てあまりの嬉しさに胸が苦しくなった。

 

(わたし達を助けに…来てくれた…!)

 

 アーカードは五人のプリキュアを足下にして浮き、嘲笑のままでハッピーの顔を見下ろすと何時の間にかあの銀の銃と漆黒の銃を構え乱射し、瞬く間に古きもの共を撃ち落とした。

 そしてキャンディ達を引き裂こうと迫った魔獣達には何処から戸もなく激しい浄光が放たれて次々と消滅。間一髪でピース達はポップの背中に乗り移る事が出来た。自分達を助けてくれた者達はポップの周囲を囲み、ハッピー達と対面…スマイルプリキュアはその援軍の面々に驚き、キャンディは笑顔でその者達を迎えた。

 

「ありがとうクル!

“プリキュアのみんな”!!」

 

 キャンディの言葉にキュアハッピーは驚いたままの顔で自分に笑いかける少女の顔を見つめた。

 

「大丈夫だった、キュアハッピー?」

 

 其処にはハーフアップポニーテールでピンク色のプリキュアが優しい笑顔をハッピーに向けていた。

 

「まさか…、キュアハート。

…“マナ”ちゃん!!」

 

 キュアハッピーを助けたのは同じプリキュアで“ドキドキプリキュア”のリーダー…キュアハートであった。



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舞い上がる希望への翼…

 其処には援軍として来てくれた各地のプリキュア達の姿があった。プリキュアは背に光の翼を纏いキュアサニーの視界にはキュアブラック、キュアマーチの側にはキュアメロディ…、キュアビューティの後ろからはキュアブロッサムがひょっこりと顔を出して笑っていた。

 

「みんなの翼可愛い、どうしたのソレ!?」

 

 ハッピーは彼女達の翼に魅とれキュアハートは苦笑いをして答えてあげる。

 

「此は皆の思いで造り上げた翼よ、これで空中戦も苦戦せずに済むわ。」

 

 みゆきはわたしも欲しいと目を輝かせ、アーカードは彼女達の参戦に呆気に取られ、思わず口笛を吹く。

 

「此は此は、まさかお仲間がこんなにいたとは…、流石のわたしも驚いたぞ。」

 

 普段と変わらぬ嘲笑の中に僅かだが珍しくおどけた仕草を見せるアーカード。

 

 ハッピーはみんなと再会を喜びながら、その視線はアーカードに向けられた。

 

「アーカードさん…やっぱり無事だったんだね?」

「あぁ、遂先程仕事を終わらせた。

もう【塔】は存在しない。“七原文人”を殺せば…終わりだ。」

 

 しかしアーカードの残忍な笑みが他のプリキュア達には受け入れ難く、ブラック・ブロッサム・メロディ…そしてキュアハートは彼を警戒する。キュアブロッサムはアーカードの言葉の意味を険しい表情でハッピーに尋ねた。

 

「ハッピー、あの人が言った事は…どういう意味?」

 

 キュアブロッサムの問いにハッピーは…スマイルプリキュアは悲痛な表情を取り、アーカードは更に醜悪な笑みを刻んだ。

 キュアハッピーは答えられず、サニーもピースもマーチもビューティも…スマイルプリキュアはキュアブロッサムの問いに口をつぐむが、アーカードは彼女達の問答する様を愉しげに見つめる。その彼の視線に気付いたのか、キュアハートはアーカードを睨みつけて彼に問い質した。

 

「貴方…、何が目的なんですか!?」

 

 アーカードは下卑た笑みのまま、キュアハートに視線を向けた。

 

「お前は他の娘より頭が良さそうだ。

いや、青木れいかもずっと疑問に思っていたかも知れないがな?」

 

 突然名前を出されたキュアビューティは驚きながらもアーカードを睨む。…確かに彼女は疑問には思っていた。何故彼は星空みゆきに近付いたのか…、何故血みどろの戦いに巻き込みながらもその身を呈して…時に自分達まで諭し導いたのか。英国…ましてや主であるインテグラの為とは到底思えず、この残忍極まりない化け物が何を考えて動いているのか全く理解出来ずにいた。

 キュアハートもビューティに視線を送るが、彼女は二度首を横に振りそれを見てまたアーカードに視線を戻した。

 

「くだらん事に気を回すか。

…そんなに知りたいならこの“戦い”が終わってからだ。

全てが終わったら、聞かせてやろう。」

 

 ハッピー達を助けに来たプリキュア達はこの戦いとアーカードの邪悪な笑みに強い反感を持つ。…だがキュアハッピーがアーカードとプリキュア達の間に割り込み、今やるべき事を皆に思い起こさせた。

 

「みんな、今上で美樹さんと杏子ちゃん、マミさんが戦ってるの。

敵に捕まっているほむらちゃんを…魔法少女のみんなを…助けに行かなきゃっ!!」

 

 ハッピーの戦意は未だ衰えず、サニー達も彼女に強い信頼の眼差しを闘志を再燃させる。そんな五人にキュアメロディは心強さを感じ、キュアハッピーに賛同した。

 

「分かったよハッピー。

わたし達はこのままスマイルプリキュアの露払いを続けるわ。

この戦いの繊細は解らないけど…、勝たなきゃならないのは理解出来る。

魔法少女のみんなだってあの怪物達の上陸を命を賭して阻止してるんだ。わたし達も限界越えて頑張らなくちゃ“プリキュア”がすたるわっ!」

 

 グッと握った拳でガッツポーズを取るキュアメロディにアーカードに疑念を持ちながらもキュアハートも同意した。

 

「そうだね、わたし達はプリキュア。

大好きな人達を守る為に戦うのがわたし達の使命だもの!」

 

 キュアブラックとキュアブロッサムも皆の言葉に強く共感する。

 

「ぶっちゃけ、プリキュアはどんな奴等だって敵じゃないっしょっ!」

「そうです、わたし達みんなが集まればどんな荒野も綺麗な花で一杯に出来ます!!」

 

 四人はハッピー達を熱い瞳で見つめ、拳を突き出す。キュアハッピー達もまた彼女達に拳を突き出して円陣を作った。キャンディは嬉しげにハッピーの頭の上に移動してプリキュア達の強い絆を見守る。

 

「さあ、プリキュア達よ。

仲良く会話を楽しんでいる間に魔獣と古きものがまた徒党を組んで襲ってくるぞ。

…どうする、小娘共?」

 

 アーカードは迫り来る魔獣と古きものの群を見ながら構えもせずにプリキュア達の様子を伺うが、キュアメロディは自信満々に彼に言葉を返す。

 

「プリキュアはわたし達だけじゃないよ!」

 

 次の瞬間、周囲が凄まじい閃光の嵐に包まれて敵の群へと注がれた。爆発音が連続で飛び交いその煙幕の中をポップはかい潜った。

 キュアブラックは周りを見て笑顔を送り声高らかに叫ぶ。

 

「わたし達は友達の為なら何時でも何処でも直ぐに飛んで来るんだから!」

 

 ブラックとメロディの視線は巨大な野鎚を飛翔する光の天使達に向けられ、スマイルプリキュアも瞳を更に瞳を輝かせた。其処にはこの国で活躍している全てのプリキュア達が此方へと笑顔を向けていた。

 キュアブラックのプリキュアマックスハート。

 キュアメロディのスイートプリキュア。

 キュアブロッサムのハートキャッチプリキュア。

 キュアハートのドキドキプリキュア。

 そしてプリキュア5、フレッシュプリキュア、プリキュアスプラッシュスターと勢揃いで此方に手を振ってくれていた。

 キュアハッピーはプリキュアのみんなが援軍に来てくれた事に強く感謝をし、キャンディと頷き合うと高らかに言い放った。

 

「みんな、行こう!!」

『応っ!!!!』

 

 五人のスマイルプリキュアは全身から桃・赤・黄・緑・青と“オーラ”を発しその手に蝋燭を模した柄にペガサスを形作った剣の様な武具…“プリンセスキャンドル”が握られ、柄の部分にプリンセスキュアデコルを五人同時に嵌め込んだ。

 

『ペガサスよ、私達に力を!!!!!』

 

 五人同時の掛け声にプリンセスキャンドルは応え彼女達のオーラを更に増幅…純白のドレスを纏わせ五人は空高く舞い上がる。

 獅子を思わせる髪形となったプリンセスビューティ。ポニーテールにボリュームが増したプリンセスマーチ。髪の毛が長くなり全体にウェーブがかかったプリンセスピース。髪を束ねた団子がリボンの様になりロングヘアとなったプリンセスサニー。二束の纏まったツインテールが更に長くなったプリンセスハッピー。

 舞い昇る彼女達をエスコートする様に各々の光を纏った五頭のペガサスが出現、スマイルプリキュアはペガサスに跨り雪空を駆ける。

 

『プリキュア・プリンセスフォーム!!!!!』

 

 スマイルプリキュアは天翔る天馬に乗り、野鎚の頭部を目指す。そしてキュアメロディ達は仲間達の元へと戻り、キュアハートはアーカードに振り返った。

 

「もし貴方がキュアハッピー達を裏切る様なら…、

私達プリキュアは全身全霊を持って貴方と戦います!

でも、どうかみゆきちゃんの信頼を無にしないで…。あの娘はきっと貴方の事が“大好き”なんだろうから…。」

 

 そう言ってキュアハートも光の翼をはためかせ仲間達と合流して戦いに戻る。アーカードは小さく含み笑いをし、その姿は赤いロングコートから漆黒の拘束具の様なボディスーツとなり、ざんばらであった髪の毛は背中を隠してしまう程のロングヘアとなり、変わらずに両手に拳銃を持ち構えた。

 

「行かれるでござるか?」

 

 ポップに尋ねられたアーカードは答える。

 

「私が望むのは五臓六腑を撒き散らす非情の戦場、今その最中に我々はいる。

今行かずして何時往くのだ?」

 

 そう言うとアーカードは急上昇をしてスマイルプリキュアを追う様に野鎚の頭部を目指す。ポップもまた決意を新たに大鷲の姿でアーカードの後を付いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五光が螺旋を描きながら五頭のペガサスは天高く翔け昇って襲い来る魔獣や古きものを次から次へと討ち倒し、スマイルプリキュアは野鎚の頭部へと辿り着く。その頭のみで山を思わせる大きさは見る者を圧倒し、其処に光る六つの赤色の眼光はその心に恐怖を植え付けようとしていた。

 そして、古きもの…野鎚の天辺には暁美ほむらを攫い…野鎚の生贄とした外道の陰陽師が軍服姿に妖刀を携えて五人を待ち受けていた。

 

「邪魔な小娘共が…、

そんなに死にたいのならば二千年を越えた“まつろわぬ民”の大願に圧し潰されるがいいっ!!」

 

 魔人…加藤保憲は五人の姫騎士を睨みつけ、妖刀を抜く。その傍らにはバッドエンドプリキュアの生き残りであるBEハッピーが付いてキュアハッピーを睨んだ。

 

「お前、本っ当にウザい!

今度こそアタシの手で殺してやる!!」

 

 プリンセスハッピーは敵意と憎悪を露わにしたBEハッピーと睨み合い、サニー・ピース・マーチ・ビューティもハッピーに連なりプリンセスキャンドルを構えた。

 

「加藤さん、わたし達はほむらちゃんを助けて貴方達に絶対勝つわっ!!」

「そうクル、本気になったキャンディ達はどんなに怖い相手よりもずっと強いんだクル!!」

 

 プリンセスハッピーとキャンディの口上に魔人の表情は醜く歪むとその鋭く光る眼孔に強い殺意が宿る。敵の本拠地であったセブンスヘブン日本支部本社ビルが崩れ落ち、この荒野と化した埋め立て地にて役者は揃い、最後の戦いは此処に最終局面を迎えていた…。



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罪深き少女は汚泥を啜る…

 小夜は目の前にある光景に戦慄していた。今彼女はかつて着極していた“私立三荊学園”の制服を着て眼鏡をかけており、見覚えのある“喫茶店”のカウンター席に座っており、その向かいで喫茶店のマスターと思しき男性が珈琲を淹れていた。マスターが振り返り、顔立ちの良い笑顔で小夜に静かに薫りの良い珈琲を差し出すが…その顔を見た途端に小夜は憤怒を刻み込み珈琲カップを払い落とした。

 

「文人おっ!?」

 

 喫茶店のマスター…七原文人の胸倉へ手を伸ばそうとした時、隣からとても懐かしい男性の低い声が聞こえた。

 

「どうした小夜、突然珈琲カップを落とすとは…?」

 

 文人の手前で手が止まり、フルフルと痙攣する。ぎこちなく首を動かし、小夜は隣の人物に目を向け…その眼差しは釘付けとなりワナワナと体が震えた。

 白装束に青い袴姿に長い黒髪を首の後ろで一束に纏めた中年の男性…、かつては父親と呼び慕った心優しかった近しい存在…“更衣唯芳”であった。

 

「とう…さま…!?」

 

 …違う、彼が此処に居る筈がない。何故なら彼は半年前…“浮島地区”で小夜によって斬り殺されたのだから。

 其処へお店の扉が開き、鈴の音がお客の来店を知らせる。入って来たのはウェーブのかかったボリュームのある長髪に抜群のボディラインを持った美女…筒鳥香奈子でその入口の隙間から二人の同じ顔をして小夜と同じ制服を着た双子の美少女…求衛ののと求衛ねねが割り入って来た。

 

「ああ、小夜ちゃんだ♪」

「本当だ、イケメンのお父様もいるね♪」

 

 人懐っこく可愛らしい笑顔を振り撒き筒鳥香奈子を押し退けて二人で更衣親子を挟んで座り、香奈子は小夜の隣の求衛ねねの隣に座った。

 そして店の扉が閉まらぬ内に鈴の音が新たな来店を教え文人が「いらっしゃい。」と声を掛ける。

 入って来たのは大人びた三荊学園の女生徒…網埜優花と眼鏡をかけた大人しげな男子生徒…鞆総逸樹。そして最後に不良っぽさを醸し出した男子…時真慎一郎だった。

 

「こおら、三人共早い!

置いてかないでよ全くもうっ!」

「ねねちゃんののちゃんは兎も角…筒鳥先生も足早いですね。」

 

 優花と逸樹がボヤくと求衛ののとねねがケラケラと笑い、二人は香奈子の隣に並んで座ると時真慎一郎も仏頂面で端に座った。小夜は眩暈がする程にこの有り得ない光景に混乱し、思考が回らなくなっていった。

 

(何が起きている!?

わたしは…、わたしは確か…!?

わたしは……何をして…“何をしていたのでしょうか”!?)

 

 記憶が混濁していく中で父…唯芳の声が響いてきた。

 

「小夜、疲れているのであれば家に戻りなさい?」

 

 そして喫茶店のマスターである文人の声が脳裏に届く。

 

「小夜ちゃん、みんなも心配しているし良ければ僕が送って行こうか?」

 

 小夜は頭を右手で抱えるも少し間を置いて答えた。

 

「いえ…大丈夫です文人さん、父様。

皆さんも御心配おかけしてしまって申し訳御座いません。」

 

 三荊学園の同級生はホッと胸を撫で下ろし、香奈子先生も笑顔に戻り紅茶に口を付けた。

 小夜は自分が今まで何をしていたのかを思い出し、落ち着いて席に腰を下ろした。

 

(そうでした…。

今日は文人さんが新作のデザートをご馳走して下さると言われたので父様とギモーブに来たのでした。

どうかしてますね、私…。)

 

 小夜は新しい熱々の珈琲を文人より頂いて啜り、その苦味を愉しんで改めて気持ちを落ち着かせた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 巨大な古きもの…野鎚のジャンボ機すら蚊蜻蛉の様に叩き墜とすであろう掌がさやかとマミに物凄い勢いで迫って来た。巴マミはリボンで編み上げた黄色の大鷹を操り此を回避。そして美樹さやかは大鷹から野鎚のうねりを上げる大きな腕に飛び移る。

 

「丁度良い足場が来てくれたわ~、助かるう♪」

「美樹さん、気をつけてね!」

「マミさんもーっ!」

 

 マミがさやかから離れると次はプリンセスマーチの天馬が近付いてその後ろに乗っていた佐倉杏子が同じく野鎚の腕へと飛び移った。

 

「サンキュー、なお!」

 

 マーチはグッと握り拳に親指を立て二人から離れ、さやかと杏子は互いにサーベルと多節槍を持って駆け出す。二人の行く手には数十もの魔獣と蝙蝠の様な古きものの群、さやかと杏子は互いの背中を守りながら正に無双の武勇を見せつけた。

 野鎚の周囲はプリキュアオールスターズにより魔物の群れは抑えられ、そのまた周囲を抜け出た魔獣と古きものを魔法少女達が撃破した。

 戦いの風向きはプリキュアと魔法少女達に傾いているかの様に思えたが、アーカードは魔獣達を撃ち抜き、古きもの共を引き裂きながらプリキュア達の体力の消耗に気付いていた。

 

(魔獣は暁美ほむらのソウルジェムが生み出す絶望のエネルギーを巨大な古きものが吸収し、それを苗床に魔獣が古きものより生まれ出る。

文字通りの無限増殖、それを止めるにはソウルジェムを古きものから取り出すしか方法はない。)

 

 このままではプリキュア達はおろか魔法少女達も魔獣の物量に圧し潰されるのを待つだけだが、懸念すべきはキュアハッピーこと星空みゆきの決断である。

 恐らくは…、いや、確実に彼女はほむらの命を諦めない。例え救える確率が那由他の彼方にあろうとも、星空みゆきは暁美ほむらを諦めたりはしないだろう。

 

「みゆき姫、お前が選ぶその先にあるのは一体何なのかな…?」

 

 アーカードは憂いを帯びた表情でそう呟き、二挺の拳銃をクロスさせ二体の魔獣を撃破した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 巨大な古きもの…野鎚の頭の周囲にて、光の天馬を駆るプリンセスハッピーと蝙蝠の古きものを操ったバッドエンドハッピーがプリンセスキャンドルと無名の黒い剣を交え、空中戦を繰り広げていた。

 

「もう止めようよ、こんなに戦ったって、加藤さんは貴女に振り向いたりしないんだよ!」

「煩いっ、シネエエッ!!」

 

 プリンセスハッピーの説得にも応じず、力任せに黒い剣を振り下ろすBEハッピー。此をプリンセスキャンドルで受け止め、弾き返してキャンドルを光のランスに変えてBEハッピーを乗せた蝙蝠の古きものを刺突…深々と貫き通した。

 

「クソオオオッ!?」

 

 騎馬であった古きものを倒されて足場を失ったBEハッピーはそのまま真っ逆様に墜ちるかと思われたが、プリンセスハッピーが即座に彼女の手を取って助けた。

 呆気に取られたBEハッピーと冷や汗を零し彼女の手を握るプリンセスハッピーの視線が重なる。

 

「………アンタって、絶対に死んでも治らない馬鹿の部類よね。」

「違うよ…。

貴女と仲良くしたいって思う気持ちをわたしは馬鹿だとは思わないわ。」

 

 ふと、BEハッピーの顔から凶相が消えた。プリンセスハッピーは彼女を引き上げて天馬に乗せる。

 

「ねえ、わたしは星空みゆきって言うの。

よかったら名前を教えて?」

 

 二人のハッピーはそのまま見つめ合い…、BEハッピーはほんの少し唇を動かすが、その後に起きたのは血に塗れた裏切りであった。BEハッピーは握っていた黒剣をプリンセスハッピーの腹部に突き立てたのである。

 

「どっ…、し、て?」

 

 

 BEハッピーは俯き、搾り出した声で答えた。

 

「…仕方ないじゃない、もう、全てが遅過ぎたんだから…。

わたしはアンタが憎いんだもの、わたしも漫画が…アニメが…、絵本が大好きだった。

でも、クラスのみんなはわたしをオタクだ腐女子だと言って虐めの的にして来た。

わたし以外にオタクも腐女子もいたのに…、わたしだけを標的に…。

わたしとアンタ達と何が違ったのかな…?

結局解らないままわたしは“死”を選んだわ。」

 

 BEハッピーは黒剣を更に押し込み、切っ先が背中を貫き通した。プリンセスハッピーは口から血反吐を吐いてBEハッピーは彼女の吐血を頭から浴びても動じず…、黒剣の柄から手を離した。

 

「わたしとアンタは相容れないんだ。

わたしは道を示してくれた御父様に最期まで尽くし切る!

だから…、アンタはもう休みなよ…。」

 

 その言葉に今までぶつけてきていたみゆきへの悪意憎悪は一切……感じられなかった。



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振り返らずに突き進む…

 プリンセスハッピー…星空みゆきの自分に向けた言葉が彼女の心に微かだが優しく“触れていた”。…だが彼女はそれでも加藤保憲への偏愛を選び、星空みゆきを突き刺した。…既に多くの命を奪った彼女に後戻りなど許されはしない。その流血の底なし沼に沈み逝く運命を彼女は受け入れたのである。

 

「まだ、休めないよ…。」

 

 プリンセスハッピーの両手が動き、BEハッピーの両肩を掴む。握力はなく只手を置き、みゆきは彼女に微笑んだ。

 

「まだ…、休めない。

あかねちゃん達とまだいっぱい遊びたい。

ほむらちゃん達ともコレからいっぱい遊びたい。

貴女とも…、一緒に遊びたい。

だから…休んでなんて…いられない。」

 

 プリンセスハッピーはそう言ってBEハッピーを抱き寄せた。出来るだけ力を込めて腹部の怪我などないかの様に…、彼女をみゆきは抱き締めた。

 寄り添い温かい血に染まった二人はそのまま動かず、まるで時が止まったかの様にも感じられた。彼女は独りきりであった。学校ではクラスメイトに蔑みを受けて虐げられ、家では両親の仲は冷え切っており父と母は互いに別の相手と不倫を繰り返して傷付け合う。誰も彼女を見ようとはしないこの世界で魔人に見初められて非日常を垣間見、BEプリキュアとなった彼女は今本当の自分に目を向けようとしてくれた少女と出逢った。

 彼女は殺してやりたい程に憎く傷つけたにも関わらず友達になろうと手を差し伸べてくれた少女を今この手で刺し貫いた。

 

「みゆき…、御父様よりも先に…アンタと…、みゆきと出逢いたかったよ…っ!」

 

 BEハッピーは大粒の涙を流し、動かないプリンセスハッピーを抱き締める。しかし変身は解け、その姿は私服を着た星空みゆきに変わり、天馬もまた消え失せて二人は落下をする。

 

「駄目だ、アンタが死ぬ事なんてなかったんだっ!

ごめん…、ごめんなさい、ごめんなさいっ!!

…誰か助けて、みゆきを助けてええっ!!」

 

 BEハッピーの姿もBEカードが抜け出してかつての姿であるおかっぱな髪型にブレザーを着た…どこかみゆきに似た少女に変わり、みゆきを離さず共に落ちて行く。

 …だが流し続ける少女の涙を拭う者がいた。

 

「大丈夫クル、みゆきは死なないクル。」

「…お前、プリキュアの…?」

 

 いつの間にか彼女の目の前にキャンディがいて…、キャンディは光を帯びてその姿を大きな卵の形をした宝石に変えた。少女とみゆきの落下が止まり少女はその輝きに目を奪われ…戦いを続けるプリキュアと魔法少女達もその光に気付いた。

 そして巨大な古きもの…野鎚の頭部に陣取っていた軍服の魔人はその聖なる輝きに不快感を露わにして歯軋りをして唸り、妖刀を抜くとその場から離れて光のある方へと赴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日も空は晴れ晴れとしていた。更衣小夜は歌を口ずさみながら私立三荊学園からの帰り道を楽しんでいた。

 

「きょ・うも・いいて~んき~♪

おそらの・ゆうやけ・あかくてきれ・い~♪

あしたも・きれいな・おそらが……。」

 

 ふと歌を止めて立ち止まる。小夜は目の前に立つ一人の少女に釘付けとなり、金縛りとなった。

 長い黒髪の少女は小夜より背は低く黒い襟をした白いセーラー服の様なコスチュームに黒いタイツ姿で額には赤いリボンを巻いていた。

 

「貴女は…誰、ですか…?」

 

 小夜が尋ねても少女は無言を通し、右手に持った鉄の塊を小夜に向けた。小夜はそれを見るや蒼白になるが、黒髪の少女は鉄の塊…拳銃の引き金を引き、小夜の左側頭部を噴き飛ばした。

 

「ウワアアッ!!??」

 

 瞬間に小夜は布団を押し退けて飛び起き、荒い息継ぎをしながら周囲を見渡した。おかしい、いつ布団になど入り込んでいたのか、小夜は今さっき謎の少女に拳銃にて頭の左側を撃たれた筈、視野が狭い…左目が視えない。それに思い出せば頭を起こした瞬間、“ベリッ”と髪の毛が貼り付いていた様な感覚があった。彼女は恐る恐る左目の部分に手をやると…、ゾッとする空洞感ヌメリとした感覚が伝わった。心が冷え、自分が頭を置いていた枕を見た。

 

「…ヒッ、ヒア…、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?!!!!!?!?」

 

 小夜は絶叫した。つい今まで頭を置いて寝ていたであろう枕はドス黒い血の色で染まり切っていた。小夜は瞬時に立ち上がり洗面所へと走り鏡を見た。その鏡に映し出された自分の悍ましい血塗れの姿にまたも絶叫する。

 左側頭部が丸々喪失していたのだ。血は既に固まって流れてはいないが、誰がどう見ても生きている状況とは言えず、まるでゾンビ映画の街を徘徊する活ける死体と何ら変わりはなかった。

 

「こんな…、なんで、どうして…、

たすけ…、たすけて、父様!?」

 

 小夜は鏡から逃げ出し、父親である唯芳の姿を探した。

 

「ぎやああアアアアアアあああアアアあああっ!!!!!」

 

 突然、自分以外の女性の絶叫が響き小夜は足を止める。…全く何が起きているのか解らなかった。何故頭の半分がないのに自分は動けるのか、家の何処を探しても父は何故居ないのか、今の絶叫は誰のものなのか、小夜は震える足に鞭打って木貼りの廊下をヨタヨタと歩いて絶叫の聴こえた道場へと向かう。扉の開いた道場の中で、小夜は信じられない光景を目の当たりにした。

 

「うぎっ、ぎっ、がっ、あぎい、いい、いぁ、ぁ…、………」

 

 悲鳴の主は筒鳥香奈子であった。何者かに抱き上げられ、首元にかぶり付かれて血塗れになり苦しみもがき、次第に力無く項垂れて動かなくなった。そのまま打ち捨てられた彼女の首は文字通り皮一枚で繋がった状態で道場の床に“転がった”。

 

「父様…、なんで…!?」

 

 すると今度は境内より悲鳴が上がり、小夜はビクリと肩を弾ませる。そして其処でもまた悍ましい地獄が待ち構えていた。

 耳の代わりに二本の長い腕を生やし、六本の足を持った巨大な大型猫科の古きものが求衛姉妹と時真慎一郎を愉しげに食い殺しており、七原文人がそれを笑顔で見ていたのだ。小夜は文人が目の前の地獄絵図に堪え切れなくなったのだと思い彼を手を伸ばし助けようとするが、彼女の手を掴み止める者がいた。小夜の頭を拳銃で撃ち抜いた少女である。小夜は振り向いてその人物を見入ると…その目は敵意を剥き出しにしたものとなった。

 

「貴様ああ、その手を放せええっ!!」

 

 小夜は強引に掴まれた手を振り解くと、その少女は放り投げられた形となり地べたへ倒された。

 

「んあっ!?」

 

 伏した少女を無視して小夜は文人の元へと駆け寄るが、また少女が彼女の脚を掴み両腕を絡めた。

 

「この…っ!」

「まだ、思い出せないの!?」

 

 小夜は振り解くのを思い止まり、少女の言葉に耳を傾けた。

 

「貴女の頭を撃ち抜いたのはわたし、だけど“本当に撃ち抜いたのはわたしじゃないわ”!

思い出して、貴女は“更衣小夜”ではない筈よ!!」

 

 少女の言葉を聞いた途端、立ち眩みがして小夜は頭痛を催して頭を抱えた。そしてまたもや自分に有り得ない現象が起きている事に気付く。

 

「…そんな、撃ち抜かれた頭が…、治っている!」

 

 小夜はおもむろに文人に目を向けると、彼は残念そうに小夜を見つめていた。

 

「困るな…、“ほむら”ちゃん。後少しで小夜の精神を取り込む事が出来たのに…。

前に僕が撃ち破壊した小夜の左側頭部を同じ様に撃って彼女を混乱させ、僕のかけた暗示を解く切っ掛けにするなんて…乱暴過ぎるとは思わないのかい?」

 

 文人は笑顔を絶やさずに黒髪の少女…、加藤保憲により野鎚の生贄とされ吸収された筈の魔法少女…“暁美ほむら”を非難した。

 

「今、わたしを殺せる位置にいるのは“小夜”だけだわ!

乱暴だろうと何だろうと貴方に彼女をくれてやる訳にはいかないのよ!!」

 

 二人のやり取りが遠くの様に聴こえ、小夜は頭を抱えて目を瞑り、よろけながらも踏み留まった。ふと、頭の中でフラッシュバックが起き、彼女の脳内を駆け巡った。

 文人の特殊部隊に追い詰められて人と古きものの混血である“半面”に捕らえられ、彼の茶番劇とも云える実験に晒されて更衣唯芳を父として学校に通い、様々な人が古きものに喰われる様を見せ付けられ最後は半面である唯芳をその手にかけ、仮初めながらも“大切であったモノ”全てを文人に奪われた。

 此までの凄惨な記憶が蘇り、小夜はその目を開く。

 其処には紅々と灯った赤い瞳があり、七原文人を射殺すが如く睨めつけた。

 

「文人、お前は多くの人を巻き込んで…父様は何故死なねばならなかった!?

求衛ねね、求衛ののは…!?

時真慎一郎、鞆総逸樹、筒鳥香奈子は何故殺されなければならなかったんだ!?」

 

 小夜の問いに文人は笑顔のままで答える。

 

「その名は彼等の本当の名前ではないんだけどね…。其れは君の心を揺さぶる為だよ、小夜。

唯芳は君に近しい存在として気を許していた。本当にね…僕を裏切りかねないくらいに…、だから最期は君の手にかかるのが良いと思ったから強い暗示を掛けてけしかけたんだよ。

そしてメインキャストのみんなはね、単にルールを破ったからだね。香奈子先生のお陰で実験は終了…、まぁ彼女の行動は想定内だし、意外に続けられた方なんじゃないかな?」

 

 小夜は悔しげに唇を噛み血を滲ませた。

 

「同じ人間だろう…?」

 

 あの時、星空みゆきが彼に投げつけた言葉をもう一度文人の前で口にする。しかし彼は少し寂しげに笑い、こう言った。

 

「人間が人間を殺す事は別に異常ではないよ。

何故なら他の動物も同種…そして血を通わせた家族を殺す。…君が同じ古きものを殺し、喰らうのと何ら変わりはしない。」

 

 彼の言葉は真理なのかも知れない。…しかしだからこそ受け入れられない、受け入れてはいけないのだ。

 

「暁美ほむら、お前はきっと戻れる!」

 

 突然の言葉に暁美ほむらは困惑する。

 

「むっ…、無理よ…、わたしの身体はもうこの巨大な古きものと完全に融合してしまっているわ。

わたしのソウルジェムは絶望を無限に溢れさせ、この古きものが其れを吸収して“魔獣”を次から次へと増殖させている。加藤保憲はこの古きものを首都圏に攻め込ませて東京を…、日本を滅ぼすつもりなの!わたしは、この古きものと一緒に死ななければならないのよ!!」

「希望を費やすな、星空みゆきは…、お前を取り戻す為に戦っているんだ!

皆がお前を取り返す為に命を賭して戦っているんだ!

お前も戦え!

…あの娘達の希望を消してくれるな…。」

 

 それは小夜により架せられたほむらへの使命であった。野鎚の外側ではプリキュア達が、魔法少女達が、そしてヘルシング、サーラッドが命の限り戦い続けている。…だが今のほむらが考える最善は自分事この巨大な古きものを葬る事、この古きものの一部となってしまった自分には何も出来ないからこそ野鎚の体内に居る小夜に最後の力を振り絞って語りかけてきたのだ。しかし小夜もまた、ほむらを助けたいと強く思い…彼女が死ぬ事を善しとはしなかった。ほむらは苦しげに胸元を掴み、この精神世界から姿を消す。小夜は後ろを振り返らずに文人を見据えた。

 

「お別れは終わった様だね、小夜?」

「…そうだな、“別れ”…なのかも知れないな…。」

 

 気付けば小夜の服は紺色のセーラー服に戻っており、その右手には日本刀が握られていた。そして文人の背後には小夜が“浮島地区”で斬り殺した筈の古きもの達が霧と共に出現し、文人がパチンと指を鳴らした瞬間、蟷螂の鎌の様な腕を持った大きな地蔵と両の下腕が肘から二本に分かれた人型が彼女に襲いかかった。小夜は日本刀を鞘よりスラリと引き出して鞘を投げ捨て、次の瞬間目にも止まらぬ“疾さ”で地蔵と人型の首を斬り落とした。文人はその神業を前にして嬉しげに微笑む。

 

「やっぱり小夜は凄いや、並みの古きものではもう歯が立たないよ。」

 

 彼がそう言うと、小夜の背後を黒い影が疾風の如く迫り、彼女と交わる刹那に刃を交わし“キンッ”と刃鳴を鳴らした。小夜は予想してはいたが、やはりその表情は悲しみに曇る。

 

「御父…様…。」

 

 小夜に通り過ぎ様に斬りかかったのは古きものと人の間で産み落とされた哀れな存在である“半面”…嘗て小夜の父親と云う役回りをしていた“更衣唯芳”の鬼の姿であった。その手にはやはり日本刀が握られ、小夜に強い殺意を向けていた。

 

「小夜、君はもう一度…唯芳を斬り殺さなければならないよ。」

「何を言っている文人、この精神世界はわたしとお前の記憶を元に“朱食免”が作り出した世界だ。

もう此処にはわたし達しか居ない、今お前を囲っているのは古きものでもなければ御父様でもない。

只のお前の狂気が具現化したものだ。…そんなものにわたしは負けたりはしない!!」

 

 言うが早きか小夜は文人目掛けて跳び掛かり、古きもの共と唯芳が文人の盾となって小夜を迎え打つ。小夜はふと先程の文人の皮肉を肯定した事が脳裏をよぎった。

 

“お別れは終わった様だね、小夜。”

 

 彼女は決してほむらの様に絶望していた訳ではなかった。死ぬつもりも毛頭ない。…しかし、戦いが終わった後にプリキュアや魔法少女達と一緒に帰るつもりも…、真奈達サーラッドと連なるつもりもなかった。

 全ては健やかな思い出の中へと沈めようと…決めていた。

 

「ウオオオオオオオオオオオッ!!!!」

 

 小夜は日本刀を上段に振り上げて古きものの群へと飛び込む。七原文人との全ての因縁に決着を着ける為に…。



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愛しきあなたに祝福を…

フォレストページにはなかったハーメルンからの最新話です。


 死闘が繰り広げられている埋め立て地区の外で…、キュウベエこと“インキュベーター”とバッドエンド王国の道化師…ジョーカーがその一部始終を眺めていた。

 

「魔法少女達も限界が近い。一人二人と穢れを溜めてしまって戦線を離脱している。」

「その様ですね、プリキュア達も疲弊を隠せずに戦っています。何せあの“巨人”を中心に空中戦を続けているのですからね~、疲れない訳がありません。」

 

 休戦中とはいえジョーカーは交わる事のない仇敵、ニヤニヤと嗤いながらプリキュア達の苦戦を愉しげに愉快げに観戦をし、キュゥべえは戦線を離脱していく魔法少女を見てそろそろ穢れの回収時であると判断した。

 

「どうやら穢れを溜め過ぎた魔法少女達が僕を探し始めた様だから彼女達の穢れを回収しに行くよ。

それじゃあね、ジョーカー。」

「えぇ、サヨウナラ。」

 

 キュゥべえが姿を消すのとほぼ同時にジョーカーは巨大な古きもの…野槌の腹部辺りでキラリと光が瞬いたのを見た。

 

「アレは…!?」

 

 その光は徐々に強くなり、何と古きもの…野槌を激しく照らす程に輝き始めた。

 

「ヒヒヒッ、まさか、まさかまさかまさかっ!?

間違いない、あんな場所にあったなんて…、どれだけ探しても見つからない筈です!」

 

 ジョーカーの顔に今までにない程のマガマガしい嘲笑が露わになり、その姿を消す。セブンスヘブンのビルがあった場所に聳え立つ“古きもの”は凄まじい砲哮を上げ、沈黙していたその身体を動かし始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キャンディの姿が虹色に輝く大きな宝石に変わり、その力に寄るものなのか…星空みゆきの体とBEハッピーであった少女の体は宙を浮いて止まっていた。

 少女は宝石の全てを清めるかの様な輝きに惚として、見取れてしまう。

 

「すごい綺麗…、この世のものとは思えない…。」

 

 少女が宝石に触れようと手を伸ばしたその時…。

 

「触れるなっ!!」

 

 突如怒声が響き、少女は手を引っ込めて後ろを振り向いた。其処にいたのは軍服の魔人…“加藤保憲”であった。

 

「その石に触れるな、貴様の体が文字通り“塵”に返るぞ!」

 

 少女は加藤の言葉を聞いてもう一度宝石に目を向けた。彼女は宝石の輝きを瞳に映し、思い老ける。中学校に入って待っていたのは陰湿な苛め…、教師は見て見ぬ振りをし、両親は娘も見ず喧嘩ばかり…。そんな少女に新たな世界をくれたのが加藤であった。

 

「“奈落”へと身を投げたお前を“反魂の外法”により新たな命を与えたのだ。

清浄なるその宝石に触れればお前は消滅する。」

 

 二度警告され、少女はまた加藤に振り返るが、その表情は憑き物が取れたかの様に清々しい…とても可愛らしい笑顔であった。

 

「ありがとう、御父様…。

御父様には感謝しています、わたしを生き返らせて“力”を与えてくれて…。でも、恨みます。

みゆきとこんな形で出会いたくなかった…。こんな優しい子と敵になんかなりたくなかった。

だから…、わたしは…、最期に貴方に逆らいます。」

 

 少女はもう一度手を伸ばし、宝石に近付ける。すると彼女の掌が瞬時に黒くくすみ、次の瞬間にボウッと火を噴いて崩れ落ちた。

 

「下らぬ情に動かされたか、愚かな娘よ…。」

 

 加藤は腰に差した妖刀…関孫六をスラリと抜き、宙を歩き近付く。彼女は殺意を剥き出しにした加藤を前に両手を広げ、その身を盾として未だ意識のないみゆきと光り輝く宝石を護る。魔人はかつての愛娘に凶刃を振り上げ、一息に真っ二つにしてしまおうとしたその時、突如宝石が眩い光を放ちBEハッピーであった少女と魔人加藤を包み込んでしまった。

その眩く広がる光に魔獣や古きもの達は怯み隙を見せ、魔法少女とプリキュアがチャンスとばかりにバタバタと倒していく。しかしその光の中心にみゆきがいるのをいち早く気付いたプリンセスサニーこと日野あかねが光の天馬を駆り急ぎ彼女の元へ駆けつけようとしていた。

 

「みゆき、今行くでえ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キャンディが変化した宝石が発した光の中で星空みゆきは目を覚ました。BEハッピーに貫かれた腹部の痛みは弾いており、両手で身体中を触って自身がまだ生きている事を確認すると「みゆき!!」と大声で呼ぶ声がした。振り向くと傍らには見知らぬおかっぱでブレザー服姿の少女がいて唐突にみゆきを抱き締めた。

 

「えっ、えええっ!?」

「ごめんなさい、わたし貴女を傷付けてしまった!…でも生きてる……良かった……。」

 

 少女は泣き出し、みゆきの胸に顔を埋める。みゆきはふとこの少女とBEハッピーが重なり、同一人物なのだと確信すると彼女の背中に両手を回した。

 

「大丈夫、もう…大丈夫だから。」

 

 すると二人の前にキャンディが姿を現して向こうを見る様施された。

 

「キャンディ、一体何があったの?私達どうしたの!?」

「みゆき、みんながみゆき達を助けに来てくれたクル。

“まどか”も…来てくれたんだクルよ!」

「ま……どか……?」

 

 聞いた事があるかの様なその名にみゆきは困惑するが、みゆき達の目の前で光の粒子が集まって人を形取ると純白のドレスに身を包んだ髪は長いが頭の両端は短く結んだツインテールの可愛らしい少女が神々しく現れた。

 その姿を見たみゆきは声も出ず、不思議と暖かな気持ちになり自然と涙が伝った。

 

「あ……、まどか…ちゃん……。」

「思い出してくれたね、みゆきちゃん。」

 

 純白のドレスの少女…まどかはニコリと微笑むとその手を傍らの少女に向けて伸ばした。少女も何処か恥ずかしげにはにかみ、次にみゆきの顔を見つめる。

 

「…お別れ…だね、みゆき。」

「えっ、だって友達になったばかりなのに…!?」

 

 友達と言われた少女は嬉しさで一杯の胸をグッと押さえる。

 

「あんなに非道い事を一杯したのに……、ありがとう。でも、わたし……、みゆきと会う前にもう死んでるから。」

 

 其れを聞いたみゆきとキャンディは絶句し、まどかは切なげに目を伏せる。バッドエンドハッピーであったこの少女は生前…理由のないイジメを受け、両親にも相手にされずに自殺をしていた。しかし彼女の持つ潜在的に強い霊力と更に強い無念が魔人加藤保憲の目に止まり、“反魂の外法”を受けて甦り、バッドエンドハッピーとなったのである。

 

「御父様の霊力が途切れ、清浄な光の中にいればこの身体も持たない。……出来るなら死ぬ前に戻って、みゆきと出会いたかった。」

 

 彼女がそう言うとまどかが彼女に寄り添い、手を取る。この少女は魔法少女ではないがある意味では魔女と呼べる存在…、なら“円環の理”の導きを受ける条件を満たしていた。

 

「まどかちゃん、その娘を連れていくの?」

「うん、彼女は充分に苦しんだ。……だから…、安らげる場所に行くの。其所ならもう一人ではなくなるから。」

 

 みゆきの瞳は溢れ出る涙で一杯になり、少女に問う。

 

「もう、会えないの?」

 

 少女は頷く。

 

「名前…、まだ聞いてない。教えて?」

 

 少女も涙を溢れさせ、答えた。

 

「わたしの名前は……」

 

 其処でまたもや光が溢れてみゆき達を包み込み、少女の声はかき消されてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 みゆきはゆっくりと瞼を上げると、其所にいたのは妖刀関孫六を上段に振り上げた魔人の姿であった。

 

「死ねえ、小娘!!」

 

 みゆきは何かを守る様に抱き締め、加藤保憲の凶刃が彼女を真っ二つにしてしまわんとしたその時、勇ましい掛け声と共にプリンセスサニーの駆る天馬が加藤に体当たりを仕掛けた。だが加藤は即座に反応し、此を回避。サニーが割って入る形になった。

 

「みゆき大丈…夫、て…、泣いとったん…か?

それにその綺麗でおっきな宝石……?」

 

 未だ涙の止まないみゆきを心配するサニー。そして彼女の手にある宝石を見つめる。

 

「この宝石はキャンディだよ。そして、まどかちゃんの力がキャンディを通じてわたしをもう一度変身させてくれる!!」

 

 次の瞬間、宝石はまたも眩い…虹色の輝きを発しみゆきを包む。サニーは自分にはない力を感じ取って固まってしまい、その輝きを目にしたピース、マーチ、ビューティも思わず戦う手を止めてしまった。しかし魔獣や古きものもその輝きに怯み、加藤までがマントで光を遮ろうと顔を隠してたじろいだ。

 輝きが引いていき、まるでその中から羽ばたくかの様に二対の大きな白い翼が現れ、白い羽に被われた臼ピンクのワンピースの様なドレスを身に纏ったみゆき…キュアハッピーが現れた。その煌めいた姿に魔法少女達もプリキュア達も目を輝かせ、その女神めいた抱擁感を感じたと思いきや、プリキュア達は体力とダメージが回復し、魔法少女達は何と其れだけでなくソウルジェムの穢れが全て浄化されていきイソイソと穢れを回収していたキュウべえの度胆を抜いた。

 

「有り得ない、こんなのは奇跡なんかじゃない、最早神の領域…人では絶対に為し得ない宇宙の真理だ!!」

 

 そしてアーカードはキュアハッピーが放つ輝きを不快と感じながらもほくそ笑み、怯み混乱した魔獣と古きものを打ち倒す。

 

「正に女神とでも言うべきか、その力を持ってすればこの私をも滅ぼせるやも知れんぞ、星空みゆき!!」

 

 彼と行動を共にしていたポップは元の姿でアーカードの肩に乗っており、キュアハッピーの姿を見て複雑な思いを募らせていた。

 

(キャンディがミラクルジュエルの姿に戻ったでござる。ミラクルジュエルはどんな願いでもたった一つ叶える事が出来る伝説のアイテム…、しかしそれは……。)

 

 彼の心配を余所に乱戦は嵐の如く広がり、人工島内に収まらなくなっていた。そして加藤は巨大な古きものである野鎚の額に再び舞い戻り、関孫六を縦に構えた。

 

「我が娘よ、汝が絶望を今こそ全て解き放てっ!魔獣達でかつて“帝都”と呼ばれた魔都を禍々しく染め上げるのだ!!」

 

 加藤は野鎚の生け贄となった暁美ほむらの“血”に訴えかけ、妖刀を突き立てた。…しかしほむらは応えず、野鎚にも何の変化も起きずその動きは静止してしまった。

 

 ……まどか。……まどかあ!!

 

 加藤保憲は妖刀を伝い、自我を取り戻し始めた暁美ほむらの魂を確かに感じ取った。眉間に皺を刻み、ギリギリと聴こえる程の歯軋りをし、逆手に関孫六の柄を握った両手に力が隠った。

 

「お…の……れぇ……、何処までも邪魔な小娘ども。

後少し、後少しなのだ、滅びるのだ……。滅びよ帝都東京おおおっ!!!!」

 

 加藤は自身の霊力を全て解放し、ほむらではなく野鎚に直接与え始めた。すると野鎚の四つの巨大な目が凶暴な光を灯し、二度凄まじい咆哮を上げた。



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