魔法少女リリカルなのはAnother~侍と呼ばれた青年~ (Yuino)
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空白期編~不殺を願ったサムライ~
01:ハジマリ


どうも、Yuinoです。

書き途中だったモノのデータがきれいさっぱり吹っ飛んでしまい、更新不可能になってしまったため、新しく書き出しました。データバックアップの重要性を痛感しましたよ、改めてね!

ということで、始まりますよー!


(2014/12/24 第一次加筆修正)
(2015/07/03 第二次加筆修正)
(2017/01/18 第三次加筆修正)


 今日も、相も変わらない快晴だった。

 今日は週の始まり月曜日、時刻は六時半。特に何の用事もない人物ならば、まだまだ寝ていても問題ない時間でもある。しかし、彼にとっては朝の何でもない時間こそ、とても大切な時間でもあった。

 道場で正座をし、精神集中をしている彼。彼の左側には、真っ白な鞘におさめられた刀が一本。

 彼は、その刀を手に取るとゆっくり立ち上がり、鞘から刀を抜く。引き抜かれた刀身は、まるで鏡のように反射している。柄も白く、鍔も白い。まさにそれは、氷と評されるほどのものはある。そう彼は、内心改めて思っていた。

 左足を引いて、右足をゆっくり前へ。後ろへ僅かに体重をかけながらも、前へ進むことは忘れない、そういう心意気。

 すっと上段へ構え、袈裟へ振り下ろす。ヒュンっ、という音を立てながら、刀が空を切る。その一本で、その日の調子が把握できる。

 

――まずまず、か。

 

 そんなことを思いながら、彼は鞘に刀を収めると、それを刀掛けに置いてクローゼットにしまってあるブレザーを羽織ると、そのまま道場を出てリビングへと向かう。

 リビングには、既に朝食の用意が調っている。テーブルの上にある置き手紙を手に取り、内容を黙読してから、トーストをかじりつつニュースに目を向ける。

 

「わぁーってるって。今日も何事もなく平和でした、だろ?」

 

 まるでニュースの内容を反復するような言葉を吐いてから、彼はトーストを牛乳で胃の中に流し込むと、そのまま通学鞄を取って家を出る。

 何事もない、ただ平和な日常。

 

「さてさて……何も起きないことを祈るぜ? なぁ、相棒?」

-そうですね、司令(しれぇ)!-

 

 彼は、懐に忍ばせた相棒を取り出し、くるくると空中へ投げては取り、としながら話しかける。

 それは、一件ただの小刀。銃刀法違反に引っかからない程度の大きさのそれは、護身用の打撃武装であり、彼が唯一、父から受け継いだ形見の品。

 それを彼は懐へしまうと、そのまま通学路を急ぐ。

 彼の通う学校は、ただ普通の公立校。進学校でもなければスポーツ特化校でもない。何処に出もあるような、普通の高校だ。

 まさに、彼の望む至って普通の、平和な学校なのだ。

 

「よぃーす」

「お、聖じゃん。……っと、いつもより二分弱遅いな」

「お前……暇なんだな、そんなこと測ってるなんて。キモいぞ」

「ふふん、仰るとおり暇なんでね。あと、キモい言うな」

 

 彼――佐々木(ささき)(ひじり)がきたことに反応して、教室出入り口近くの場所から声が飛ぶ。そこにいる彼――織村(おりむら)龍吉(りゅうきち)から声をかけられると、聖は自分の机に鞄を置き、後ろの机に座っている龍吉にいつもの栄養バーを後方へと見ないで投げつける。彼はそれを空中で指弾の要領で真上に弾くと、そのままキャッチ。

 その一連の動きに、周りの女子は若干色めき立つ。その声が聞こえているにもかかわらず、無反応のまま鞄から出した本を読む聖と、彼に話しかける龍吉。

 周りで色めきだっていた女子生徒は、その二人の姿を見ながらぼうっと見つめていた。

 

「ははっ。相変わらずの人気だな、聖は」

「俺だけじゃないからな? ま、判ってると思うけど」

 

 そんな、彼らにとっては他愛のない会話をしながら彼は本のページをめくった。

 それもそのはずである。彼ら――佐々木聖と織村龍吉。通称『聖龍コンビ』は、この学校でもトップクラスで有名な存在なのである。

 学業の関しては中の特上――つまり、普通より少し良いという所だが、運動に関しては学校トップクラスの能力を持つ聖。

 運動に関しては平凡中の平凡だが、頭のキレの良さ、冴えなどに於いては誰をも寄せ付けないほどの力を持つ龍吉。

 この二人は唯一無二の親友でもあり、なおかつ悪友でもある。ここ数年、長らく同じクラスに在籍している故、とうとう二人を纏めて名前が付いた。

 『聖龍コンビ』という、いろんな意味で悪名高い名前が。

 聖の場合、一人で学校に乗り込んできた不良十名を交渉(という名の物理策)で撃退したり、龍吉の場合、裏チェスで賭け事をしていた学校主任の一人を裏麻雀で完膚なきまでに叩きのめして土下座させたり、ある意味不良じみたことをしているのだ。

 そんなことをしていたから、学校の内外でも有名になりつつある。むしろ、現在進行形で有名度が加速しているのだ。

 そんな彼らも、今は平和に学校の授業を受けている。この、平凡な毎日を楽しみながら……

 

 

 

――昼休み

 

 屋上でのんびりおにぎりを頬張りながら、聖は遠くを見ていた。

 今、彼が抱いているはたった一つ。

 

「暇すぎる」

 

 そう、まさに暇すぎるのだ。

 もちろん、暇な彼なりにもやることは多い。明日の授業の課題にはいまだに手を付けていないし、生徒会長から頼まれごともいくつか受けている。それでも、彼にとっては”暇”の一言に尽きるのだ。

 ただ、暇だなぁと思いながら彼は残ったおにぎりを一気に胃の中に押し込み、緑茶を流しこむ。

 そして、何となくフェンスの向こうを覗いた、その時だった。

 

「――む?」

 

 屋上からの転落を防ぐフェンスの向こう。

 そこに見えたのは黒塗りのバン。何処にでも留まっていそうな普通の乗用車だが、その車の前ではなにやら一悶着始まっていた。

 バンの前でもめる金髪ブロンドの髪。僅かに見えるドアの隙間からは、ぐったりとした長髪の女性が見える。

 ブロンドの少女がなにやら金属の塊を当てられてぐったりとなり、そのままバンの中に連れ込まれてさらわれる、と言う一連の状況を見て、彼はそれが誘拐事件の現場だと言うことをやっと察した。

 おいおいおいと、彼がだれともなくツッコミを入れていると、黒塗りの車はさっさとその場から消えてしまう。車が走り去っていった方向は、海鳴市の外れ。海岸線にある、倉庫の方角。

 聖はため息をつきながら頭をかきつつ、トントンと胸ポケットに入れている相棒に話しかける。

 

「おい、起きな」

-ふぁい、なんですかぁ、しれぇ-

 

 眠そうな声が頭に響き、それを半ば聞き流しながら聖は先ほどの一部始終を説明する。すると”彼女”はついさっきまでの眠そうな声とは正反対の元気な声を響かせた。

 

-わかりました! それでは、司令は行くのですか?-

「そうだなぁ。まぁ、授業を一つくらいサボっても問題ないだろ」

-そう言って、何回授業サボってるんでしょうね-

 

 彼女の言葉に顔をしかめながら、聖は「だまらっしゃい」と一蹴。着ていた制服の、シャツの第二ボタンまで外してネクタイを緩めるとそのまま屋上の出入り口へ向かう。

 

「おう、聖。もうすぐ昼終わんぞ?」

「ん、あぁ、龍吉か」

 

 出ようとした時に入ってきたのは龍吉。胸元から取り出した懐中時計を見ながら聖にそう告げるが、彼の表情を見て、何かを察したような表情へと変わる。

 

「まーた人助けか?」

「あぁ、すまんな。授業、ちょいと誤魔化し頼む」

 

 そう言い残して、聖は屋上の上、貯水タンクの上に登っていく。

 彼の後ろから、龍吉が「帰ってきたらハーゲン五個なー?」と聖に伝えるが、聖はそれに片手を上げて答えるのみ。

 

「行くか、相棒」

-はい、司令(しれぇ)!-

 

 貯水タンクから思い切り飛び上がり、学校裏の林に着陸。そのまま、車の走っていった方向へ颯爽と走り去る。その姿を見ながら、龍吉は「あいつ、相変わらずだなぁ」と呟きながら教室へ戻っていった。

 

 

 

 

 

 

――同日 ???

 

 さて、どうしようか。アリサ=バニングスは、今の自分の状況を考えながら心の中で呟いた。

 今回のような``誘拐事件``は彼女にとっても、そしていま彼女の後ろで気絶している友人の月村すずかにとっても、良くはないものの``慣れたもの``だった。

 お嬢様、社長の娘。そんな``肩書き``があるから、この十数年間で数度の誘拐を経験している。

 もちろん、自分一人だけだったり、すずかが一緒だったりと、その時々の状況は様々だが、毎回何とかして切り抜けてきた。

 切り抜けた時のほとんどは、誘拐犯側の警備が``ザル``だったり、友人が助けに来てくれたり、最近何とか完璧になりつつある``護身術``で切り抜けてきたのだが――

 

「今回は、そうもいかなそうねぇ……」

 

 小さくつぶやき、自分から約数メートル離れたところにいる、おそらく誘拐犯側のボスと思われる人物、そして彼を取り囲むようにして座り、下品な笑い声をあげているほかのメンバーに目を向ける。

 この人達が持ってる銃器のほとんどはAK-47。ボスっぽい奴が持ってるのは、たぶんカスタムしてある。よく分かんないけど。

 んで、他の人少数が持ってるのは……もしかして89式?盗んできたのかしら? まぁ、それはともかくとして。

 彼女は、ちらりと自分のすぐ2メートル先にいる十人に目を向ける。

 その五人は、同じように89式小銃を持っている。それでも、他の人たちと違うのは、それぞれ黒いフードつきの服を着ており、右手にはそれぞれメカっぽい棒状の『杖』を持っている。

 この人たちは危険だ。そう、アリサの脳は告げていた。なにせ、自分の友人と同じ『チカラ』を持っている。まともにぶつかれば、確実に返り討ちにされる。

 

(どうしよう。どうにかしないと――)

 

 どうにかして、ここから脱出する方法を頭をフル回転させながら思考する。今の自分の状況、敵戦力の数、こっちの『武装』と、応援部隊。ケータイは取られなかったし、来る途中、サイレントモードで緊急事態(エマージェンシー)のコールはしておいたから、多分もうすぐ、うちの応援が来てくれる。『アレ』相手でも、多少は対応できるはず。だから――

 

(それまでに、何とかしてすずかを連れてここからだっしゅ――)

 

 瞬間、爆音。いや、轟音が正しいか。

 彼らがいた倉庫。そこの入り口が轟音を立てて六分割ほどされて崩れ去っていく。それを見た、アリサも、誘拐犯グループの皆も、ぽかんとした表情でそれを見ていた。

 

「おいおい、入り口の奴ら雑魚すぎんぞ。もうちっと楽しませてくれそうな骨のあるやついねーのか?」

 

崩れ去った入り口から、光を背負いながら入ってくる一人の青年。年齢は、おそらく自分と同じくらいだろうとアリサは予想した。それにしても、行動がキチガイすぎる。

 あの扉は、おそらく鋼鉄製だったはず。それを『六分割に斬り刻む』という、つまりは斬鉄を行ったのだ。アリサも、誘拐グループの奴らも、何が起きたかわからないという表情で青年を見つめる。

 

「んでよう、さすがに真昼間(まっぴるま)っから誘拐しでかすたぁ、いい度胸してるよあんたら。100点あげたいね」

 

 けらけらと笑いながら、青年はゆっくりと歩みを進める。すると――

 

「お前もいい度胸してるな。こんな敵軍のど真ん中に入り込んでくるとはな!」

 

 ボスらしき人物が腕を振るう。それは、彼らの中の開戦のサイン。一斉に全体が動き出し、陣形を形成する。前衛に、黒コートの男たち五人を配備。その後方に、自分たちという、おそらく基本的な陣形。

 つまりこれは、脅し。立ち去っても、立ち去らなくても――青年を殺すという、現実を突きつける。

 それを見た青年は、にぃと口元を釣り上げて、胸元のポケットから一本の担当を取り出す。そして――

 

「ほんとは、俺だって穏便に済ませたかったんだが、そっちがその気だし、前に出しているのが『魔導師』っていうなら……雪風――」

 

 風が、倉庫を凪いだ。雪を纏ったかのような――

 

「――抜錨!」

-雪風、抜錨します!-

 

 鋭く、冷たい風が!

 

「戦羽織『東雲』、展開」

-東雲、展開します-

 

 ぶわぁっと身も凍るような風が彼を纏う。その影響か、彼の周囲一メートルほどの範囲がわずかに凍結していた。

 その風が止んだころ、彼の姿は先とは全く異なっていた。

 藍色の陣羽織。頭には青文字で『刃烈』と刺繍された鉢巻。そして、腰には長大な日本刀。

 彼が刀の柄に手をかけると、足元に藍色の光を伴った六芒星が広がる。それを見た黒服たちはいっせいにざわめき始める。

 

「お前――魔導師か!」

 

 黒服の一人だ。すぐさま発砲。一分間に700発オーバーの弾丸をばらまく、まさに鉄の嵐が青年――聖へと叩き込まれる!

 しかし、聖は既に、トリガーが引かれる前に手段を講じていた。

 

「壁――!」

-絶対守護障壁、展開-

 

 彼が地面に手をつくと同時に、そこからハニカム構造のシールドが展開され、銃弾を弾く。金属音を伴いながら、銃弾は地面へと落下していく。

 

「おめぇら、一斉射だぁぁ!!」

 

 髭をたくわえたボスらしき人物が一声かけると、一斉にマシンガンが斉射される。

 土煙に包み込まれる。通常ならば、これで確実に『仕留めている』。そう、誘拐犯達は判断しているはずだ。

 

「まだまだ、だな。こいつを撃ち抜きたかったら、ミサイルかなんか持ってこい」

 

 その声が響くとおり、シールドも、聖も健在だった。首をコキコキと鳴らしながら、屈伸運動をする。その行動を見て、その場にいる全員がぽかんとする。

 

「そんじゃま、『正当防衛』っという事で、いっちょ往きますか」

 

 すっと腰の刀に手をかけ、それをゆっくりと引き抜く。

 シャラン、と言う音を立てて抜けるその刀は、まるで芸術品のそれに近かった。

 ほぼ透明に近い刀身に、鍔から流れるように巻かれた白布。まさにそれは、数億はくだらないであろう芸術品に近しい存在。

 

「魔導師、というか、『俺個人』としてはこれが``初``実践だからな。とりあえず、名乗っておこうか」

 

 すっと刀の切っ先を下ろし、聖が誇れる唯一の武器、自らが皆伝した流派の剣術の構えを取り、朗々と名乗る!

 

「天剣佐々木帝流剣術皆伝、第十三代目当主! 『藍の剣聖』佐々木聖と、『氷風の一閃』雪風――」

 

 ぐぐっと腰を入れ、正面にマシンガン持ちの数十名を据え、叫ぶ!

 

「参る!」

 




感想などなど、待っております!

(2015/07/03 第二次加筆修正)


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02:初陣

とりあえず、さくさくっと書けている(書き溜め)があるのでさっさと投稿。

第二話です。よろしくです!

(2015/07/03 第一次加筆修正)
(2017/01/18 第二次加筆修正)


-聖。この刀は、大切な人を守る刀だ。決して、人斬りの刀じゃあない。それだけを、肝に銘じるんだ。良いね?-

 

 そう言われたのは、今から六年前、彼が中学へ進学を果たす時と。今は亡き父親からの言葉。それと同時に、聖が父京士朗からこの刀――『氷風の一閃・雪風』を受け取った。

 その時だ。彼が始めて、自分の父と母が他の人達と、少し異なっていると言うことを理解したのは。

 佐々木家の剣術『佐々木帝流』の第十二代目当主である佐々木京士朗と、とある事情を以て『別世界』から地球に流れ着いた母カレン。二人が構成し、考えた武器。

 その刀は、自己を見直し、他者を守るという理念に基づき完成された、在る意味完了された刀だった。

 聖の中にあるのは、母譲りのリンカーコア。しかし、その総魔力量は最高B-。伸び代が殆どなく、その少ない魔力量を活かすために、京士朗とカレンは考えた。

 少ない力で大火力剣戟を放つ佐々木帝流剣術。支援魔法に特化し、幻術や強化魔法に於いて他者を寄せ付けない実力のカレンの魔法。これらを含めて、再構成した、世界で二つと無い魔法式――

 二人が考案したオリジナル魔法式『カスミ式魔法』。そして、それを複合させた、新しい佐々木帝流剣術。聖曰く、『天剣佐々木帝流剣術』。

 中学進学前、当時住んでいた宮城から今の海鳴市へ引っ越してきた時、昔そこにあった道場を再建した聖達佐々木家の三人は、道場で改めて稽古を行い、そこで、身につけた。

 その後、両親は世界各国を巡り、ボディガードの仕事を行うために海外へ飛び、日本に一人残された聖は、それでも一人で学び、そして、その刀は完全となり、完成され、そして完了した。

 

――誰かを守れる。大切な人を守るための、不殺の剣術として。

 

 

 

 絶え間なく放たれるフルオート射撃を、聖は各所に絶対守護障壁を展開して弾きながら武装グループの一人に一気に接近していく。

 

(流石に違法改造銃か。威力も速射力も段違い。それに、反動抑制も付いてるみたいだな。でも、それだけなら!)

 

 左足の踏み込みと同時に、その脚を起点にしたクイックターン。次の踏み込み、右足が地面に付く瞬間、小さく呟く。

 

「――カスミ式、霧走(むそう)

 

 彼に狙いを定め、銃口でもって追尾していた武装グループ一名。彼が引き金を引き、銃弾が放たれた瞬間、目の前から瞬間的に消え去った。それは、まるでかき消えたようにして、一瞬に。

 

「な――っ」

 

 何もないところに放たれる銃弾の嵐。彼が次に目にしたのは、自分の懐に潜り込み、腰に腕を巻き付けるようにして構える、標的()の姿!

 その構えは、懐に入った瞬間に勝利が確定している。放たれる斬撃は音速を超え、鉄をも断ち切る衝撃を放つ。故に名付けられた、その斬撃の銘は――!

 

「天剣佐々木帝流、居合の型――蜂鳥(はちどり)

 

 ガゴンッ、という鈍い衝撃音。身体にめり込んだ金属を見て、体の中の空気をはき出すと共に武装グループ一名は、身体をくの字に折ってその場に崩れ落ちる。

 それは、あくまでのも不殺の一撃。超重量の衝撃を以て制圧する、故の音速の打撃技である。

 つまり、斬撃ではなく打撃。居合の型から放たれるそれを表現するならば、『居合打ち』。

 ヒュン、という音を鳴らし聖はもう一度刀を構える。それを見て、武装グループの全員は僅かに後退する。

 それを見た黒服の魔導師達は、まるで「使えない」と言うかのような視線を送ると五人が全員前に出てくる。そして――

 

「別に、キミには恨みはないんだ。でも、割り込んできたことを後悔なさいな!」

 

 轟音を建てて放たれる光。魔力弾の一斉射。

 そこから次いで放たれる、個人個人の連続発射。

 聖は再び絶対守護障壁を展開。自分に向けられた一斉射を一度防ぎきり、その後は回避しながら魔力弾の隙間を縫うようにして高速で接近していく!

 

 ()ける。()ける、(かわ)す、()ける、掻い潜る!

 

 当たらない。聖の人間離れした高速機動と、的確に挟まれる絶対守護障壁を前にして、いっさいの射撃が彼への着弾を許さない。

 

「くそ、ちょこまかと!」

 

 いらだちを募らせた黒服の一人が杖――デバイスを構えそこに魔力を集中させる。それは、砲撃発射の前兆!

 それを確認した彼は、回避するか、切り流すか、その一瞬だけ思考した。しかし、たった一瞬の思考のズレが生じ、バランスを崩す。

 その時、聖の頭の中で思考が展開されていく。

 

 

――時間にしてチャージに一秒。放たれて今自分のいる場所に着弾するまでコンマ五秒。

――絶対守護障壁の残弾数、残り二。

――残り魔力も心許ない。

――第一、回避も間に合わない。

――訂正。

――踏み込み完了。絶技の使用でのみ、回避可能。

 

 

(仕方、無いか!)

 

 諦めたかのようにして舌打ちすると、一度足を止めて聖は正面に砲撃を見据える。腰を低く落とし、覚悟を決めたような表情。

 しめたと見た黒服魔導師は、口元を大きくつり上げて、叫ぶ!

 

「死ねぇぇぇ!!」

 

 ゴォゥッ、という轟音を伴って放たれる砲撃。それを正面に見据え、聖も叫ぶ!

 

「カスミ式絶技……風神(かぜかみ)!」

 

 彼の声と共に、再び彼の姿が消える。そして――

 

「天剣佐々木帝流、居合の型――麒麟(きりん)!」

 

 気合裂帛。

 一瞬にして砲撃手の意識が途絶える。それも、砲撃を放った直後に、だ。

 理由は至極簡単。今起きたことを端的に表するとこうなる。

 一。砲撃手が砲撃を放つまでのチャージ。聖、突撃準備。

 二。聖が『カスミ式・風神』を発動。

 三。砲撃発射と共に聖が『風神』で一気に砲手へ接近。放たれたと同時だったため、彼の髪を掠める所を砲撃が通り抜ける。

 四。砲撃終了と共に、聖の『麒麟』直撃。砲手は戦闘不能。

 以上。

 つまり単純に、砲撃を接近してまるでサッカーか何かで“相手を抜くようにして”砲撃を回避。そのまま懐に入った瞬間に居合打ちでとどめ、という流れである。

 

「王手をかけた。諦めろ」

 

 ヒュンと言う音を立て、付着した血糊を払うかのような動きを見せてから、聖は刀を構え直す。

 その一連の動きに、黒服魔導師は恐れをなした――

 

「悪いな。チェックをかけてるのは、こっちなんだ」

「なに――!?」

 

 ――かのように見えた。聖は再び、リーダー格の黒服に突撃をかけようとして――

 その場に押しとどまった。『完全に包囲』されていた。先ほど後方に下がっていたはずの武装グループ全員が、聖を完璧に、完全に。

 何時の間に……と考える前に、聖は状況を整理していた。

 

(恐らく、さっき倒した奴が“囮”で、その間に数人掛かりでオプティックハイドで全員を隠して移動、期が来るまでこの陣形で待機させてた、ってことか)

 

 ふぅ、と小さく息を吐いてから周囲を見渡すように視点を移動させる。周辺180度。完璧に包囲されている。この状態で一斉射されたら――確実に殺られる。

 もう一度周囲を見渡す。状況を打開する作戦を必死に頭の中で構成する。しかし……。

 

(だめだ。どうやったって三工程は必要になる。あっちは「撃て」の一工程でこっちを蜂の巣にしてくる。障壁残数は二。全方位展開だと、頑強さに欠けて途中でアウト。どうする……!)

 

 全周囲警戒をおこたらずにそのまま動かない。動けない。でも、やることは変わらない。そう、ただ一つだけ!

 

「――制圧する!」

 

 銃弾の雨の中を、避けて躱して掻い潜って。目標を、制圧するのみ!

 

「撃てぇぇぇ!!!」

 

 バララララララッという音を立ててばらまかれる銃弾の嵐。それが放たれる、ほんの数拍前、聖は、行動を起こす。

 

「加速形態、起動!」

-加速形態“隼”。起動しま……

 

 行動を起こし、雪風もそれに応えた、その時だった。

 

――プラズマランサー・パラライズシフト、ファイア!――

 

 瞬間、聖の周囲に振り注ぐ金色の槍!聖も巻き込まんとする、非情なまでの金色の雨!

 

「雪風!」

-絶対守護障壁最大出力!-

 

 聖は自分を覆うように、使用可能な二回分の障壁を完全展開。反応できなかった武装グループ一味はそれらをまともに食らい、瞬間的にそれがバースト、一気に全員を気絶させる。

 防御に成功しつつも何が起きたか把握出来ていない聖は、それらが降ってきた頭上を見上げる。

 

「管理局です。全員、武装を解除してその場に伏せなさい!」

 

 そこには、金色の光を纏った美少女がいた。黒色の斧を右手に、金色の光を左手に灯し、ゆっくりと降下しながらその場にいる全員をにらみつける。

 彼女の姿を見て、被害を受けずに生き残っていたほかの全員は装備を投げ捨てるようにして解除し、その場に伏せる。

 しかし、その中一人だけ解除せずに、ただ彼女を見上げる人がいた。

 

「――――管理、局?」

 

 聖、その人である。刀を握ったまま、戦羽織と鉢巻をたなびかせ、じっと彼女を見つめたまま、動かない。

 彼女――フェイト=テスタロッサ=ハラオウンは、自分のほうをじっと見つめた少年のことを観察しながら思考する。

 

(刀持ちの少年。彼の周りには血が流れてない。まさか、仲間割れ?)

 

 彼女がゆっくりと降り立つと、その場に倒れ伏せている武装グループ全員にバインドをかけてから聖の前に歩み寄る。

 

「あなたにも事情を聴きたいので、武装を解除してくれませんか?」

 

 あくまでも優しく問いかけるフェイト。彼女をじっと見たまま、聖は動かず、きゅっと雪風の柄を握りしめる。

 

(管理局……明らかに絡まれるとめんどくさそうだな。逃げるわけにもいかないし、というか逃げられる気がしない。さて、どうすっか)

 

 そのままの格好で思考する聖。彼は無言で自分の後ろを指さす。そこには、縄で縛られながらもゆっくり移動しようとしている女性が二人いた。

 

「フェイト!」

「アリサ、すずか!」

 

 どうやら、後ろの二人の知り合いだったようで、彼女は聖の横を通りぬけて彼女たちのもとへと向かう。

 つまり、今の行動一つで、フェイトは聖のことを武装グループ側の人物ではない、そう言う判断を下したと言うことになる。

 まったく、(さと)い女性だ。そう思いながら、聖はゆっくりと納刀してそそくさと撤退しようとした。

 

 

――しかし、この時点で、聖もフェイトも気が付いていなかった。麻痺していて、なおかつバインドをかけられていた黒服魔導師の一人が、静かに麻痺効果とバインドを解体しきっているということを。

 

 

「油断大敵なんだよ、管理局ぅ!!」

 

 轟音を以て放たれる砲撃。ワンテンポ遅れて気が付き、自分へと向けられた不意打ちまがいの砲撃に、フェイトは対応の仕様がなかった。

 まずい、当たる。そう判断した時、フェイトは無意識下でシールドを展開していた。自分に出なく、アリサとすずかの二人に対して。

 シールドを展開し終えたフェイトは、砲撃に立ちふさがるようにして身を躍らせた。後ろから聞こえる二人の声を、聞こえないふりして。

 

(防御強化! だめ、半テンポ、間に合わな――!?)

「何やってやがる金髪マント!」

 

 しかし、その行動を遮るようにして聖が前に出る。彼女への罵倒をそこそこに、彼は納刀していた雪風を大きく抜き放って振りかぶる。

 

「雪風、魔力放出!!!」

-雪風達が、守ります!-

 

 ゴウ、と唸りを上げて魔力が一気に放出されていく。

 その放出は、統率、制御が完全に行われた砲撃のようなものではなく、ただ無差別に、際限なく魔力の放出を行うだけの魔力暴走に近い。しかし、だからこそ――

 

「放出量最大!!」

-了解です!-

 

 再び、魔力放出はその勢いを増す。増して、増して、増して、それは何時しか、完全に放たれた砲撃を食い散らかした。

 

「おいおい、うそ、だろ……?」

「嘘だと思うなら――」

 

 一連の動きを見て呆然とする黒服に対し、すっと聖は刀を大きく引くようにして構える。

 

「ムショでそう思っとけ、黒服さんよ!」

 

 瞬間、刀身に灯る藍色の輝き。その光は、辺り一帯を照らすような目映いものになったかと思えば一瞬にして集束し、その刀身に灯り、暗闇に照らす!

 

「秘剣――燕返し!」

 

 刹那、三筋の光が黒服魔導師最後の一人の身体を駆けめぐり、彼の意識を刈り取った。

 ひゅん、と血糊を払うような挙動で刀を振るってから鞘に収める聖。それを見ながら、フェイトはただ彼のことを見つめていた。

 

 

 




感想等々、お待ちしております!

(2015/07/03 第一次加筆修正)
(2017/01/18 第二次加筆修正)


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03:出会い

どうにもこうにも難産でしたわ……

こういう日常的な描写はやっぱり苦手です、Yuinoです。

今回は、異様なまでにつたないですが、よろしくお願いしますー!

(2017/12/26 第一次加筆修正)


――一週間後。

 

 大きく欠伸をしながら、聖は終業のチャイムを聞き逃して一人取り残された教室でぼうっとしていた。

 つい先ほど自販機で購入した、激甘な某缶コーヒーは空になり昼食の時に食いっぱぐれたあんパンも既に彼の胃袋の中だ。

 

(完全に、やることがなくなったな)

 

 そんな風に頭の中で呟き、手元の時計を見る。時刻は間もなく四時半を回ろうとしていた。これ以上、教室にいる必要も無い。

 聖は席から立つと、大きく伸びをしていつもの通学鞄を手に。そして――

 

「帰るか」

 

 いつも通り一言。ぴょんと椅子から跳ね跳ぶようにして降りると、のんびりとした歩調で帰宅する。帰る方向は、決まって校門を出て右曲がり。家に真っ直ぐ帰宅するのではなく、一度近くの商店街で一週間分の食料を購入して行く予定だった。

 数十分歩いて、商店街の中を巡りながら買い物袋の中に食料を叩き込んでいく。野菜に果物、魚介類などを買い込んで大きく伸びをすると――

 

「む、そこにいるのは聖君ではないか」

 

 不意に声をかけられる。その声に反応して振り向くと、そこには聖の見知った顔があった。

 金髪の神父風の服装をした男性。右手にラテン十字の刺繍が刻まれたトートバッグ。中一杯に詰め込まれたリンゴを一つ取ってしゃくりと囓りながら、彼は右手を挙げて聖に挨拶する。

 

「ん、ミハエルさん」

 

 ミハエルと呼ばれた男性は、「こんなところで合うなんて奇遇だなぁ」とか言いつつ、再び手元のリンゴを囓る。

 

「相変わらずの風貌っすねアンタは……」

 

 ミハエル=ホーソーン。海鳴市の郊外にある教会の神父であり、聖祥大付属高校の非常勤講師(担当は英語及び世界史)。凛とした表情で、何処か飄々とした性格の彼は、学校でも教会でも人気の高いイケメン神父、として海鳴の街に通っている。

 しかし、その実体は――

 

「んで、今日は教会のお仕事ですか? それとも、聖祥高校の授業? もしかして――」

「その“もしかして”だ。相変わらず、ミス・小春は人使いが荒い」

 

 ふふっ、と微笑みながら彼は言う。

 彼の言うミス・小春。本名織村(おりむら)小春(こはる)は聖の悪友である龍吉の実姉であり、海鳴市に唯一存在する探偵事務所“花吹雪”の所長である。

 彼女が所長を務め、ミハエルも所属している探偵社は、その名の通り行う仕事は探偵のそれだ。迷子の犬猫探しから夫婦の素行調査、と言う名の浮気調査、もちろん、ドラマのような警察沙汰への介入等々、その他様々な仕事を請け負っている。

 

「昨日から働きづめでね。昼は講師、夕方から探偵社でイッツァバイオレンスとくれば、肩も腰も凝るさ」

 

 しかし、この探偵社は、普通の探偵事務所と異なる一面を秘めていた。それが、この探偵社“花吹雪”が、この探偵業界で在る意味一目置かれている理由になる。

 

「今回の、そんなにキツいンすか?」

「うむ。久々に警察からの直々の依頼でな。港の暴力団、というよりも――ポートマフィア、が正しいな。それの一斉摘発の協力、だそうだ」

「うっへぇ、そいつは大変そうで」

 

 そう、所謂“武闘派探偵事務所”。汚れ仕事、もとい、警察でも手を焼く力を持ってしまった暴力団やマフィアなどを、同じ武力を持って制する、そういう探偵事務所でもあるのだ。

 つまり、ミハエルはその“花吹雪”に所属する構成員の一人であり、特に武闘派と言われる人物の一人でもある。

 そして、他の探偵事務所とは異なり部分がもう一つあるのだが、それはまた別のお話。

 

 閑話休題。

 

「それで、今は明らかに買い出しですよね」

「あぁ。見れば判ると思うが、私の好物の買い占めをしてきた」

 

 ばっと意気揚々としてトートバッグの中を開いてみせる。その中には、真っ赤なリンゴ、芳醇な香りを漂わせるリンゴ、リンゴ、リンゴ、リンゴ……

 とにもかくにも、リンゴだらけである。

 この神父、食事を終え、二言目には必ず「リンゴをよこせ」というほど、リンゴが大好きなのである。聖書の中にある「知恵の実」はリンゴであるからしてーとか何とか、教会ではよく言う癖に、自分自身の大好物はリンゴ。全く、どうにかしている

 しかも、今彼は「買い占めてきた」といった。聖は、頭の中にリンゴばかり詰まってるんじゃないか、と思いながら、聖はため息混じりに彼を見る。

 

「んで、仕事途中にもかかわらずリンゴを大量購入してそのまま異常なし~、って帰ろうとした、と」

「まさか。そんなこと、四割くらいしか思っていないさ」

「四割思ってたんすか」

 

 軽く呆れながら、聖は「それでは、任務に戻るので」といってその場からそそくさといなくなるミハエルを見送りながら、そのまま帰宅しようとくるっと回れ右をする。

 すると――

 

「やぁぁっと見つけたわ」

 

 目の前にいたのは、金髪の女性。腰に手を当て、自信に満ちあふれた表情で聖の事を睨む彼女の顔に、聖は見覚えがあった。

 一週間前に起きた誘拐事件。その際、被害者となった女性の一人だ。その後それはニュースとなり、名前もばっちり公表されていた。確か、その彼女の名前は――

 

「確か……アリサ=バニングスだったか?」

「えぇ、そうよ。流石に、名前は分かってるみたいね」

 

 ニュースを見たからな、と聖は続けると、そんなことは気にしていないように、彼女は「まぁ、そこはどうでも良いのだけれど」と言葉を挟み、くいっと自分の親指を後ろに向ける。

 そこに用意されていたのは、黒塗りの大きな車。それを聖がリムジンであると理解するのに、数秒を要するほど、あまりにも立派すぎるリムジンだった。

 

(凄い嫌な予感がする。今すぐ逃げ――)

 

 聖が今すぐここから逃げようと自分の身体を180度回転させようとすると、彼女――アリサが呆れた表情で彼を見て、すっと彼の後ろを取って背中に手を当てる。

 聖はこの瞬間、こいつ何時の間に気配を!? とツッコミを入れそうになったが、今回は何とかこらえて驚愕した表情だけに抑える。

 

「早く乗りなさい。こっちだって忙しいのよ」

「ちょっと待て、背中を押すな。ちゃんと乗って、話を聞いてやるから」

 

 ぐいぐいと押される背中の感覚に耐えかねて、聖はおとなしく立派すぎるリムジンに乗り込む。聖がリムジンに乗り込むと、彼に対面するような形でアリサが乗り込む。そして、一言運転手に「出して」というと、運転手は無言で首肯し、リムジンが走り出した。

 無言の空間。若干いたたまれなくなった聖は、ふぅと一息ついてから「んで、用件は何だ?」と切り出す。

 するとアリサは一つ大きく息を吸い込んで、じっと聖のことを見る。そして一言、「ありがとう」とハッキリ口にした。

 

「……何のことだ?」

「一週間前のこと、覚えてないの?」

 

 ジトっとした瞳でアリサは聖のことを見つめる。聖は彼女の言葉に対し、「別に、俺がやりたかったからやってるだけだ。礼なんて言われる事じゃない」とぶっきらぼうに言い放つ。彼の言葉に「素直じゃないわねぇ」と言い、軽く身なりをただすと真っ直ぐに見つめる。

 

「改めてお礼を言うわ。一週間前、私と友人を助けてくれて、ありがとう」

 

 彼女は凛とした声でそう言うと一礼する。聖も、同じように身なりをただすと同じように真っ正面から見据える。

 

「天剣佐々木帝流十三代目当主、佐々木聖。その礼、有難くお受けいたしましょう」

 

 聖がそういうと、リムジンがゆっくりとした動きで停車し、扉が開く。アリサが先に降り、それにつられるようにして聖も降車する。

 うわぁ、と聖は思わず声を上げた。目の前に広がる豪邸。洋風の形のそれは、一瞬だけそこが日本ではないのではと錯覚させる。唯一、若干似合っていない日本風の表札には『バニングス』ときっりち刻まれていた。

 

「さぁ、入って。二人も待ってるわ」

「は……?」

 

 ほかの二人、とは誰の事だろう。そんなことを考えながら、聖は彼女の後ろをついていく。

 豪勢な玄関を抜け、ずんずんと進んでいくアリサの背中を追いかけながら聖たちがたどり着いたのは、大きな客間、と言ったようなスペース。そこには、聖の見覚えのあった人物が二人――金髪の美少女と紫がかった黒髪の美少女が、話に花を咲かせていた。

「フェイト、すずか。待たせたわね」

「ううん、大丈夫だよアリサちゃん。それで、その人が……?」

「はじめまして、でもないですね。佐々木聖です。以後、お見知りおきを」

 

 そう彼が名乗ると、座っていた二人――フェイト=テスタロッサ=ハラオウンと月村すすずかが順々に挨拶をする。

 その挨拶の後、まるで決められているように「助けてくれてありがとう」と言ってきた。それに対し、聖は何で毎度毎度、と思いながらも少し表情を歪めながら返礼の意を表情で示す。

 そう。聖自身、あまり人と、しかもほぼ初対面の女性と話すことを極端に嫌う傾向にある。所謂、ちょっとした人見知りと言う奴である。

 その後、フェイトと共にバニングス邸を出発した聖。今の今まで口を閉ざしていた聖が、このタイミングで口を開いた。

 

「あのときは、見かけたからたまたま助けただけだ。それに、あそこで割って入ってなかったら、たぶん長引いただろうからな」

 

 そんなことを言いながら、彼はゆっくりと空を見上げる。そんな彼を見て、名乗ってからまだ一度も口を挟んでいなかったフェイトが、ゆっくり口を開いた。

 

「質問なんだけど、良いかな?」

「ん……?」

 

 彼女の言葉に首肯。工程の意を見せ、彼女を見る。フェイトは歩きながら、ゆっくりとした動きで空中モニタを展開し、それを聖の方へ向ける。聖は、それを見てふぅと一息つく。

 そのモニタには、一週間前の聖の戦う姿が映し出されていた。

 いつの間に撮られたのだろう。そんな疑問をそこそこに、聖はそれを視界の端でとらえながら口を開く。

 

「これが何か?」

 

 聖は本当に何も知らないと言う表情で言い返す。それに対し、フェイトは言い返すようにして彼に身体ごと詰め寄る。

 

「えっと、正確には……」

 

 すっ、と指さした先にあるのは、聖がちょうど魔法陣を展開した場面。その魔法陣の形は、おそらく彼女は知らないであろう形状。藍色の六芒星。その魔法陣の形式も、僅かに放たれる魔法式も、彼女自身、見たことのないモノだった。

 

「えっとね、あなたの魔法陣は、私の記憶上、管理局のデータベースに載ってないの」

 

 一体、貴方は何者? 彼女の問いかけに対し、聖は顔を俯けてから少しの逡巡。そして、ゆっくりと顔を上げてから「そうだなぁ」と呟いてから空を見上げてから彼女を見る。

 

「一応、俺の魔法陣……俺は戦方陣って言ってるんだけど。あれは、俺、いや、家の家系のオリジナルだ」

「お、オリジナル!?」

 

 フェイトの驚いた表情を前に、聖は「そうだよなぁ」と苦笑気味に頬をかく。彼は鞄の中に入れていたマックスコーヒーの缶を彼女に手渡すと無言で近くにあったベンチを指さす。それを見たフェイトは、とりあえず座って話さないか、と言う提案と受け取り、首肯してベンチへ向かう。

 聖はベンチに座ると、端までのそのそと移動して反対側にフェイトが座れるようにスペースを空け、鞄に入っていたブラックコーヒーの缶を開けて一気に飲み干す。

 

「実質、俺の戦方陣……魔法陣であるカスミ式魔法は門外不出。誰彼と教えられるようなモノではないが――」

「そう。ならいいの」

 

 飲み終わった空き缶をゴミ箱の中に放り込むと、フェイトは立ち上がってくるりと回りながら聖の方に向き直る。聖もそれに少し遅れて立ち上がると、空き缶を上に投げてから指弾の要領でゴミ箱へ撃ち込む。空き缶は、カラン、と言う音を立ててゴミ箱の中に入っていく。

 

「へぇ、面白いねキミ」

「面白がられんのは、個人的には好かん」

 

 ふん、と明後日の方を向きながら聖は大きく伸びをする。その後ろ姿を実ながら、フェイトは彼に声をかけた。

 

「あのさ、佐々木君が良ければ、なんだけれど……」

 

 

 

同日、夜

 

――管理局に、入局しない?

 

 何で、私はあんな事を言ったのだろうか。フェイトはベッドに寝転がって天井を見上げながらそう思った。

 私は、先日受け取った映像を見直しながらベッドから起きあがり、もう一度彼のことをレポートに纏め直すためにデスクへ向かう。

 

(名前、佐々木聖。固有の魔法術式“カスミ式”を使用。手持ちの武装は、刀、だよね。他の特記事項は……特になし、で大丈夫かな)

 

 レポートを保存して、印刷。私の好みで、毎回こういう重要書類は紙媒体とデータ媒体、二種類で用意している。まぁ、私の趣味だから、毎回提出するのはデータの方なんだけれど。

 

「それにしても、面白い子だったなぁ。なのはじゃないけれど、きちんと育てれば、もっと伸びていきそうな、そんな気がする」

 

 そんなことを思いながら、私はもう一度映像に目を向ける。

 

 つい最近、日本に戻ってきた私の目的は、違法な人身売買を生業としているAA級の違法魔導師の逮捕。その人物が、最近地球に降り立ったと聞いたのが三週間前。相手が相手だから、少し無理を言ってなのは達と一緒にすずかのところに設置させて貰った転送ポートに降り立ったのが一週間と一日前。

 そして一週間前、お昼になのはの実家で休憩している時。アリサの家の執事さんから急な電話が入った。

 

――お嬢様方が誘拐された、と。

 

 その時、私の直感でその誘拐犯が恐らく違法魔導師だろうと予測。私となのは、はやての三人は上手く海鳴市を三分割して捜索を開始。その時、海沿いの倉庫から魔力反応を感知した私は、上空から倉庫に突入。その時に、私はであった。

 

 青い光を纏う、一人の少年に。

 

 私は少年に助けられて、違法魔導師も逮捕出来た。実際、結果的にオーライだったけれど。

 そんなことがあり、今日。アリサの計らいで改めて彼と再会出来た私は、思わず唐突に管理局に誘ってしまった。

 

「何やってんだろう、本当に」

 

 そんなことを思いながら、私は瞳を閉じる。ゆっくりと来る眠気に、私は翌日何をしようかと考えながら、私は眠りについた。

 




感想等々、お待ちしております!


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04:状況開始

さてさて、そこそこ早い更新です。

どうも、Yuinoです。

やはり、Pomeraを購入して良かったと、そう思っています。

それでは、4話どうぞ!


(2015/01/24 若干の修正)
(2017/12/26 加筆修正)



――翌日

 

 朝一番で学校に到着した俺は、いつもどおり道場へ向かう。朝練でもやってるかなぁと思いながら道場の引き戸をゆっくり開け、中に入っていく。

 道場の中は、朝一とは思えないほどの熱気に包まれていた。至る所から響いてくる気合いの入った声と、それに混じる喝に近い怒号、竹刀が撃ち合わされる乾いた音。

 思っていた以上に、俺はこの場所を好いているみたいだ。

 

(やっぱり、道場に入ると勝手に身が引き締まるな)

 

 道場に一歩踏み込むと、中にいた朝練中の剣道部員から「おはようございます、聖さん!」とか「おう、佐々木。今日も、ちょっくら稽古頼む」とか言われるのも、もう慣れた。そして、今目の前に広がっている、いつもと変わらない風景にも。

 

「せぇぇぇぇりやぁぁ!!」

「くおぁ!?」

 

 バシィィンと響く竹刀の打撃音。それとともに倒れる剣道着を纏った青年がその場にしりもちをつく。それを見下ろすのは、剣道着を纏わず、学校指定のジャージを着て、上着は腰に巻いてとんとんと肩に担ぐようにして竹刀を持つ女性の姿。

 まぁたやってんのか、あの人は。そんなことを俺は心の中で思いながら、道場の中に入っていく。

 

「だらしないなぁ、まったく。それでもうちのエース?」

「エースって呼ばれてますけど、鏡花センセが強すぎるんですってば」

 

 剣道着の脱ぎながらそういう青年。彼の言葉を聞いて、彼女は「ふっふーん、やっぱり?」と自慢げにほほえむ。そんな彼女の姿を見ながら、俺は半ば呆れたようにしてため息をつくと、「あのねぇ」と脇から入るようにして口を挟んでみる。

 

「尾崎先生。俺との約束すっぽかして、後輩と何やってんすか?」

「あ、聖君おっそーい」

 

 まるで”きゃるーん”というような効果音が似合うような動作をしたので、その脳天に空手チョップをぶち込んでみることにする。

 

「せいっ」

「なんのっ」

 

 ぱしっ。そんな音が道場に響く。音量はさほど大きくはない。ただし、しっかりと響いたのは事実である。

 俺のノーモーションで放った空手チョップ(あくまでモドキである)。これを彼女--尾崎鏡花は、ジャストタイミングで白刃取りをしたのだ。

 まぁ、もとより当たらないと踏んでいたし、これで当たったら絶対調子が悪いに決まっているのだが。

 

「流石先生。やりますね」

「まだまだ若い子には負けないよー?」

 

 自分だってまだ若いくせに、と内心悪態をつく。まぁ、実際にそれを言ったら確実に入院一週間は免れないため、言わないけれど。

 尾崎鏡花(きょうか)。齢24にして身長156センチと小柄。しかし、このナリで剣道で中学高校大学と、計十年連続で全国大会に出場し、なおかつ毎回上位に食い込んできている。

 どのスポーツにおいても、基本的に体格差というのは中々覆しにくいところではあるのだか、彼女から言わせれば「身体の大きさなんて、より的が大きくなって当てやすいじゃない」だそうだ。

 つまり、剣術に関して言えば日本を代表する人物なのだ。

 ただし──

 

「それが今では、剣技以外はどこにでもいる小柄でおっとりしててドジっこでスットン共和国でマスコット的な先生なんだけどねぇ」

「なんか言った、聖君!?」

 

 ブゥン、と風を切ってふるわれる竹刀を、俺は体を捩って回避してから手近な竹刀を手にとって構える。

 その身体のこと──主に残念な胸部──やドジっ子などというと、こんな感じに野獣モード(マジ)になってしまうのだ。

 

「コロスコロスコロスコロス!」

 

 あ、やっべ。これ本気で怒ってる。額に青筋見えてるし、目のハイライトが若干消えてるように見える。流石に言い過ぎたか……?

 

(まぁ、後で謝ればいいか)

 

 俺は、近くの剣道部員、おそらく三年生の先輩に「開始の合図、お願いします」と一言。それを見ていた剣道部員は、「毎日毎日よくやるな、お前は」と言いながら右手を挙げる。そして--

 

「試合、開始!」

 

 そのかけ声とともに、俺は鏡花さんへとまっすぐ突進していった。

 

 

 

――同日、昼休み

 

「いってぇ……ったく、鏡花のやろう、本気でたたきに来なくても」

「はいはい。やる前に軽く挑発した佐々木が悪いってーの」

 

 俺は何とかその日の昼までの授業を乗り切ると、昼ご飯の入った弁当箱を片手に保健室に来ていた。弁当箱と言っても、中に入っているのは大きめのおにぎりが四個と、冷食の唐揚げとほうれん草のお浸しくらい。つまり、特にこったモノはない、と思う。

 

「俺が、ちょおっとスットン共和国ーとか言ったくらいで怒るなんて……」

「そいつが尾崎センセがキレた原因だドアホ」

「いってぇっすよ永手先生!」

 

 ベシンッ、という平手フルスイング。俺の脳天に直撃した手をひらひらさせながら、白衣の女性--永手凛は「コーヒーと紅茶、もしくは緑茶、どれにする?」と聴いてくる。それに対して、聖は「緑茶で」と一言伝え、弁当箱を空ける。

 おおう、見事に弁当箱の端っこに寄ってやがる。まぁ、食えないわけではないから問題ないか。

 小さなサイドテーブルにコトリと湯飲みが置かれ、湯気がたつ。それに口を付けながら、俺は思わず一息つく。やっぱり、日本人は緑茶だよ。

 

「んで、ここにきたって事は、なんか話があるんでしょ?」

「流石、っすね」

 

 湯飲みを置いて、俺は大きく伸びをする。少し、というかかなりまじめな話だから、少し真剣な表情に変えてみると、永手先生は「ん、やっぱりか」といって、コーヒーカップに口を付ける。

 

「昨日、スカウトを受けました」

「ほう、それは凄いじゃないか。どこのプロダクションだ?765か?346か?」

「いや、芸能事務所じゃなくて……時空管理局です」

 

 その一言で、永手の表情がおちゃらけたモノから何かを睨むような鋭い表情に変化する。

 やっぱり、何か知ってるのか。

 

「教えてくれ、永手先生。管理局とは、いったい何なんだ?」

「管理局、か。久しぶりにその単語を聞いたな」

 

 永手はふぅと一息つくとそのままコーヒーを一気に飲み干す。自分のデスクに腰掛けると、彼女は「管理局、なぁ」と言いながら俺にトンと分厚いファイルを手渡す。

 

「これは?」

「私が、独自に管理局について調査した結果さ。内容にはある程度間違いなどがあるかもしれないから、そこんところは覚悟しておいてくれよ?」

 

 ほら、帰れ帰れ、と手で払うようにして俺を追い出す。俺は、手渡されたファイルを抱えながら、永手に「ありがとうございました」と言って保健室から出る。

 

「永手センセと何やってたんだ?」

「安心しろ、龍吉。お前の想像してるようなことはしてねーよ」

 

 保健室の出たすぐのところ。壁に寄りかかるようにして、そこには龍吉がいた。彼の表情は若干にやついていたが、そんなこと無視して俺は「帰るぞ」と一言。すると龍吉も「あいよ」と一言言い返す。

 校門から出て、俺たちはいつも通り帰り道を進む。

 その時、不意に思い出したように龍吉が「そういえば」と一言呟いた。

 

「お前、昨日公園で一緒にいた人、アレ誰よ?」

「昨日公園で一緒にいた人……?」

 

 少し思考してから、俺は思い出した。それから「一週間前の誘拐事件あったろ?それ関係の人」と告げる。すると龍吉は「ま、マジかよぉぉ」と何故か絶望したような表情で頭を抱えた。

 何、何で頭抱えてるの?

 

「てめぇ、なんであの一件でパツキンのねーちゃんと仲良くなってやがんだよぉぉ。こんなことなら俺も一緒について行けば良かったぜ」

「やっぱり、そんなことか……とか言ってるが、どう思うテスタロッサ?」

「え、えぇっと……」

 

 俺は後ろをちらりと見ながらその方向にいる彼女に声をかける。彼女は若干苦笑いをしながら、答えるのをためらっているが、その表情もなかなかに面白いで何も言わないでおこう。

 

「えっと、彼女は?」

「あぁ、さっきお前が言ってたパツキンねーちゃんだよ。名前はフェイト=テスタロッサ=ハラオウン」

 

 その場に倒れ込むようにして俺の方を見ている龍吉に、彼女に代わって紹介する。するとフェイトは、彼に対してぺこりとお辞儀する。龍吉はくるんと反転して正座すると、「織村龍吉です、初めましてよろしくお願いします!」と間髪入れず畳みかけるようにして自己紹介。フェイトは若干驚きながらも「は、初めまして」という。

 まったく、龍吉は変わらんな。

 

「龍吉、テスタロッサがビビってるから」

「あ、あはは……」

「す、すんません」

 

 龍吉は立ち上がって身なりをただす。それを見てから俺は、テスタロッサの方へ向き直る。

 

「んで、今日は何の用だテスタロッサ?」

「あ、そうだった。ちょっと、頼み事があるんだけど、良いかな?」

 

 テスタロッサは「そこのキミも、手伝ってくれないかな?」と龍吉に向かって声をかける。それに対して、龍吉は「是非手伝わせてください!」と敬礼を飛ばす。

 おいおい、ここは軍隊かよ。まぁ、良いけどさ。

 

「それで、何処まで行くんだ?」

「それじゃ、着いてきて。意外と近くだから」

 

 そう言って彼女は歩き出す。俺と龍吉はそれに着いていくようにして少し後ろを歩く。

 本当に少し歩いた先にあった。それなりに賑わいを見せている商店街。俺がいつも行く商店街とは真反対にあるそこの真ん中あたりにある、お洒落な外観の喫茶店。名前は・・・・・・翠屋か。

 テスタロッサは扉を開けると「入って?」とばかりに手招きをする。俺たち二人は、それに応えないわけにはいかないためとりあえず中に入っていく。

 内装も、外観と変わらずお洒落な感じだった。モダンな音楽が流れ、平日にも関わらずそれなりに多くの人が入っている。しかも、来客の多くが白いベースのセーラー服。おいおい、まさかあの人たち、聖祥大付属の生徒じゃん。

 

「ここ、有名私立校の溜まり場か?」

「俺たち一般人が入ってはならない、神聖な場所なんじゃないか?」

 

 そんなことないから、と苦笑気味にテスタロッサが言うと、彼女はテーブル席の奥にある予約スペースとかかれた個室へ向かう。その個室の前に行くと、扉を二回ノック。

 

「なのは、はやて。来たよ」

「は~い」

「鍵は開いてるよ。入ってええよ?」

 

 彼女の言葉を待っていたかのように、扉の向こうから二つの別の声が聞こえる。それを聞き届けてから、彼女は個室の扉を開ける。つまりは、入ってください、ということ。

 

「行くのか?」

「きたんだから、いくしかねぇっしょ」

 

 俺は龍吉の確認をよそに、彼女の入っていった半開きの扉の前に立つと大きく深呼吸。よし、心の準備は整った。いざ、突撃!

 

「た、頼もう!」

「聖それなんか違うんでね?」

 

 龍吉、それをつっこむでない。

 何はともあれ、俺は扉の向こうに入っていった。

 そこには、テスタロッサを含め三人の女性、もとい美少女が座っていた。

 

「紹介するね。こっちがなのは」

「初めまして、高町なのはです」

 

 ぺこりとお辞儀する、栗色の髪をサイドで結んだ少女。りんとした表情から、彼女の心の強さが伺える。

 

「それでこっちが、はやて」

「八神はやてや。よろしくお願いします」

 

 若干茶色っぽいショートの少女。イントネーションに違和感のあるしゃべり方だが、何となく人付き合いの良さそうな印象だ。

 

「佐々木聖だ。よろしく頼む」

「織村龍吉ですよろしくっす!」

 

 俺たち二人は挨拶をしてから席に着く。俺たち二人が席に着いたところで、テスタロッサが話し始める。

 

「この二人が、今回協力してくれる現地協力者。佐々木君は、この前説明したけれどオリジナルの魔法を使うし、織村君は……」

「こいつの姉貴が海鳴の外れで探偵社を開いてる。そこに協力を仰げば、たぶん力になれるだろう」

「うっす!」

 

 ぐっと拳を握りしめて龍吉が言う。

 確かに、彼の姉--小春さん達に協力を仰げば力強いだろう。しかし、そこまでにこぎ着けるか、と言うところが課題になるわけだが。

 まぁ、そこはなんとかなるだろう。

 

「それで、テスタロッサ。具体的に俺たちは何をすればいい?」

「ううん、そうだね……」

 

 そう言いながら、彼女はちらりと横を見ながら、高町、だったか? 彼女の方を見て助言を求める。すると高町は、空中に大型のタブレットのようなものを取り出してそれを俺たち二人の方に向ける。

 そこには、紺、と言うより黒に近い。そんな色のフーデットパーカーを着て、道を歩いている一人の人物を捉えた写真があった。明らかに不信人物、と見て良いだろうというその人物を指さしながら、龍吉が言う。

 

「こいつを捕まえてほしい、とかっすか?」

 

 龍吉の言葉にフェイトが頷く。

 

「うん。名前は不明で目的も不明」

「いろんな場所で殺傷事件を繰り返してる、いわば通り魔的存在やな。活動拠点はミッド──こっちの世界やったんやけど、つい最近地球に降り立ったんや。それで」

「たまたま三人一緒に休暇をもらえていた私達が、里帰りを兼ねて、ってことでこっちにきて、捜査しているってわけ」

 

 それに続くようにして、彼女たちは自分たちが所属している時空管理局について教えてくれた。

 

 時空管理局。第一管理世界、ミッドチルダが中心となって設立した数多に存在する次元世界を管理・維持するための機関。通称「管理局」。所属する者からは単純に「局」ともよばれる。ほかにも文化管理や災害の防止・救助を主な任務としている。その他もろもろとされていることもあり、とりあえず一纏めにすると「特殊な機関」らしい。実行部隊として次元航行艦船や武装隊などの強力な戦力を有しており、階級は日本で言う自衛隊と同じ。次元世界内で言う、強大な組織である、らしい。

 

 つまりは、世界の平和を管理、維持する組織、って言うことか。いわば、世界を股に掛けている巨大警察、と言うところらしい。永手先生にもらったファイルに書いてあることとだいたい合ってる。ホント、あの人は何者なんだろう。

 閑話休題。

 んで、その管理局の方針上、良くない動きをしている奴が・・・・・・

 

「このフードの男、ってわけか」

「うん。名前が未だに不明だから、便宜上“スラッシャー”って呼んでる」

 

 スラッシャー、さしずめ“切り裂くもの”ってところか。

 というと、俺たちのやってほしいことも何となく絞り込めた。んだけど・・・・・・

 

「んで、俺たちにやってほしいことって、なんなんすか?」

 

 龍吉、ご丁寧に質問してくれてありがとう。八神も、それを待っていた、みたいな表情するな。

 八神はもう一つ別の端末を取り出すと、それをいじって一つの画面をだすとそれをこちらに見せてくる。それを見て俺と龍吉は、納得したように「あぁ、これか」と声を揃えた。

 最近、海鳴市を含む周辺の町で頻発している連続殺傷事件。目撃者の証言を見ると、身長180センチくらいのがっちりとした体つきの人物で、紺色のフーデットパーカーを着ている、と言う証言だった。

 これは、先ほど彼女が言っていた“スラッシャー”の風貌に合致している。高身長に黒に近い紺色のフーデットパーカー。つまりは・・・・・・

 

「この人物が“スラッシャー”かもだから捜せ、ってことか?」

「ご明察や。流石、フェイトちゃんが見込んだ人やなぁ」

「ちょ、はやて!?」

 

 八神の言ったことにテスタロッサが顔を赤らめながらわたわたし始める。わたわたする意味はよく分からないのだが、まぁ、褒め言葉として受け取っておこう。

 何はともあれ、俺たち二人はこの人物を捜して、尾行してくれ、ってことかな?

 

「尾行、までは行かないけど、出来ればね。あと、やるときはなるべく夜がいいかな?」

「何故夜に?」

「こいつの基本活動時期が、夜22時から翌日3時までなんだよ」

 

 ニュース見てないのか?という龍吉の言葉に対し、俺は少しだけむっとしながら最近のニュースを思い出す。

 そう言えば、最近見たニュースでこの犯人の活動時間が深夜帯に限定されているとか聞いたような・・・・・・まぁ、頭の片隅においておこう。

 

「んで、現行犯だったらどうすりゃいいっすか?こいつも、聖や君たちと同じ、えっと、魔導師?なんすよね?」

「そうだね。織村君の場合は、なるべく時間を稼いで、私たちが駆けつけてくれるのを待つ、がいいね。佐々木君の場合は・・・・・・」

「一応、この話し合いが終われば俺たち二人は現地協力者、っていうことになるんだろ?なら――」

 

――叩きのめしておけばいい。

 

 俺はそう告げる。相手が何であろうと、斬り伏せればいい。もしも俺以上の実力者なら時間を稼いでテスタロッサ達が来るまでの時間稼ぎと、体力を削っておく。つまりは、負けなければいい。そういう心意気だ。

 そのことを彼女たち二人に告げる。すると三人は、というか龍吉もだな。四人はそろいもそろって失笑を浮かべた。

 

「ホント、佐々木君は面白いなぁ」

「そうだね。負けなければいい、って、面白い、ふふっ」

「すんません、皆さん。こいつ、こういう奴なんで」

 

 おい龍吉。俺を『こういう奴』扱いするな。

 まぁ、そんなこんなで方針が決定し、俺たち二人は晴れてテスタロッサ達三人、もとい管理局の一時的な現地協力者となった。

 

 

 

 彼女たちと別れた後、特に何も用事がなかったので、すぐに龍吉と別れて家へ帰ることにする。

 時刻は夕刻。すでに17時を回っており、今からでは予定していた魚貝入りホワイトシチューを作る時間がない。仕方ないが、それはまた後日にしよう。

 少しだけ急ぎ足で俺は帰宅すると、玄関のドアノブに手をかけて、それを回した。回して玄関に入る寸でのところで、俺はわずかな疑問符を浮かべた。

 

(あれ、俺、出るとき鍵閉めたよな?)

 

 ゆっくりと玄関の扉を開けて家の中に入ると、再び鍵を閉めてからゆっくりと制服の懐に手を伸ばし、雪風を取り出す。

 デバイスとして展開しない場合の雪風は、言うなれば護身刀。刀身は刃のない模造刀と同じで、単純な打撃武装として機能する。俺はそれを逆手に持って構え、ゆっくりと家の中に入っていく。

 

(自分の家なのに、何やってんだ俺は)

 

 そんなことを思いながら、俺はゆっくりと音のする方向へ歩みを進める。方向は、リビングか。

 リビングの引き戸を少しだけ開け、人の気配を察知する。場所は、いつも俺が寝転がっているソファか?

 音をなるべく殺して俺はリビングへ入ると、人の気配のするソファへ進む。すると・・・・・・

 

「ひーくーん!」

「のわぁ!?」

 

 背中から来る強烈な衝撃。人が突撃してきたような衝撃を受けて、俺は前のめりに倒れそうになる。俺はそれを何とか堪え、後ろに抱きついてきた人物、というか、俺のことを“ひーくん”と呼んだ人物へと文句をぶちまける。

 

「美月姉さん。帰ってくる、っていうから、来るなら連絡の一本入れたらどーなんだ?」

「あっはは~。ごめんちゃぃ、って痛い痛い痛い痛い!」

 

 ふざけながら抱きついていた、ロングヘアーの女性--俺の実の姉である佐々木美月に対して、抱きつかれた状態でアイアンクロー(利き手バージョン)を叩き込む。勝手に家の鍵を開けて、あまつさえ音もなく抱きついてきた罰だ。

 

「兄さん、その辺にしておかないと、美月姉さんの頭変形しちゃう・・・・・・」

「大丈夫さ葵。人の頭は簡単に変形しない」

「それも・・・・・・そっか」

「こらぁ、葵ぃ!確かに簡単には変形しないけど止めてぇぇあぁぁ痛い痛い痛いからぁ!?」

 

 ソファに座っていた、ミディアムショートでリボンをつけた少女--俺の妹である佐々木葵が、若干ぼーっとしながら言う。美月姉さんが死にそうな声してるから、そろそろ許してあげよう。

 俺がぱっと手を離すと、美月姉さんはその場にぐでぇっと倒れ込むように伏せる。その様子を見ながら、俺はため息混じりに口を開く。

 

「んで、いつ来た用件は何だ」

「えーっとね・・・・・・暇だから遊びに来ちゃいましたっ」

 

 こういうのを『てへぺろ』っていうんだったか? あかんな、すごいムカついてきたぞ。

 俺は思わずアイアンクローをまたかけにいこうとしてしまうが、すんでのところで葵が割って入って止めてくれた。ありがとう葵。もう少しのところで大切な姉を手に掛けてしまうところだったよ。

 

「手に掛けてしまうところ、じゃないからね!?もうすでに手を掛けてて、しかも二回目を掛けにいこうとしてたからね!?」

「さて、なんのことやら」

「むきー!!」

「ねぇ、お腹空いた・・・・・・」

 

 前と変わらない。全く変わらない日常が、この家で流れていた。

 願わくば、この日常が崩れることなく、頼まれ事が終わってくれることを、切に願う。

 

 

 

――それから数時間たった深夜。

 

 バイトが終わりすでに帰宅していた龍吉は、コートを羽織って深夜の町を徘徊していた。

 徘徊、と言っても別に悪い意味ではない。

 昼間に頼まれた、連続殺傷事件の犯人。それの手掛かり探しである。今日は夜勤組の交代時間までのシフトだったし、まだ目が覚めている。運のいいことに明日は土曜日。部活に所属しているわけでもなければバイトもオフ。しかも課題もすべて片付けた。今日は明け方まで調査が出来る、と言うわけだ。

 

「さて、と・・・・・・手掛かりと言っても見つかるかどうか、ってところだよなぁ」

 

 そんな風に愚痴りながら、龍吉はコートの襟元を立たせて不意に吹いた寒風に体を震わせながら歩みを進めた。

 

――そのときだった

 

「――――――!」

「ぁん?」

 

 不意に遠くから聞こえた悲鳴のような声。いや、悲鳴だったのだろう。

 龍吉はコートの襟元をもう一度正すと、神経を集中させるように目を閉じ、意識を『音』のみに集中させる。

 

――大気が流れる音

 

(違う・・・・・・)

 

――葉が風に揺れ擦れる音

 

(違う・・・・・・)

 

--ガタンガタンと時折聞こえる最終列車の音。それに混じって聞こえるノイズ。

 

(違う、けど近い・・・・・・)

 

――そして、肉を切り裂くような、ぐちゃっ、ぐちゃっ、という生々しい音

 

「――見つけた」

 

 龍吉はそう言うと、助走をつけてブロック塀を一跳びして乗ると、そのまま誰とも知れない家の屋根の上に乗る。

 

(方角は南南西。距離的には250ってところか)

 

 目測で距離を割り出すと、その方向へ屋根から屋根へ飛び移るようにして走り出す。その姿は、まるで闇夜を駆ける忍びか何かだ。

 たん、と柔らかく地面に軟着陸すると、目の前にあるのは森林公園。そこの広場だ。しかし、その広場はすでにいつもの風景ではなかった。

 

「うげ。流石にこれはクるなぁ」

 

 真っ赤に染まっている芝生。漂う異臭。それは絵の具とかペンキではなく、誰かの鮮血によって染められたものだ。異臭のするその芝生の上を進みながら、龍吉は見た。

 

「あんたか。ここんところ世間を賑わせてるやつは」

「・・・・・・」

 

 黒いフーデットパーカーの人物。夜だから真っ黒に見えるが、若干青みを持っているパーカーは、体をすっぽり覆うほど大きく、まるでマントかコートだ。右手に持っているのは、大振りのサバイバルナイフ。血で真っ赤に塗れたその得物の柄には、同じく赤黒い宝玉が埋め込まれている。

 そして、その人物の足下にあるのは、見事なまでに六分割にされてしまった女性の遺体。絶望の表情のまま殺されたのだろう。そんな表情をしていた。

 

「まったく。面倒事は嫌いなんだが、頼まれたしまった以上、やらないわけにゃいかんよなぁ」

 

 そんな風につぶやきながら、龍吉はしっかりと閉じていたコートのボタンを全て外し、トントンとその場で小さく跳ねる。それを見たフードの男は、ゆらりと体を揺らしながら龍吉の方を向いた。

 月明かりに照らされたフードの奥は、充血しきった真っ赤な目がギラギラと輝いていた。それはまるで、新しい獲物を見つけた肉食獣のように、血に飢えた獣のような瞳。

 そのひとみと真正面に相対した龍吉は、ふぅと大きく息を吐いてから瞳を閉じ、再び開く。

 

「――俺を凡百な万人と思うなよ。血に溺れた哀れな獣」

「――――!!」

 

 今の一言がキーになったのか、フードの男はまっすぐに龍吉へと突進していく。右手に持った血濡れのナイフの切っ先を龍吉へ向け、速度を上げていく。

 

(距離にしてざっと十五メートルと言うところか。この距離なら・・・・・・)

 

 俺の方が(はや)いな。そう確信した龍吉は、すっと右手を振りかぶり、龍吉は呟く。

 

「黒虎よ――」

 

――喰らい尽くせ。

 

 瞬間周囲に響く、金属が強引にねじ曲げられたような、いびつな音。フードの男は、その音が鳴ったときには龍吉から距離をとっており、右手に持ったナイフをみる。

 そのナイフは、刀身の中程から何かに喰い千切られたような壊され方をしていた。

 フードの男は龍吉をみる。

 

「――何だ、ソレは」

 

 龍吉が聞いた声は、風邪を引いたときに聞こえるような濁声。龍吉は、彼の問いに答えるべく、一歩、前へ出た。

 

「これか? これは、俺の能力。皆は“黒虎”と呼んでいるが、俺は特に気に入っている小説から名前をとり、こう呼んでいる――」

 

――“羅生黒虎”と

 

 龍吉の着ているコートがはためく。それに併せるかのように、コートの端が歪み、とあるモノを形作る。

 それは一本の槍。黒く、黒く染まったそれを一瞥してから、龍吉は構える。それを見てから、フードの男はナイフを懐に仕舞い、両手を赤黒く輝かせて構えをとる。『魔力』だ。

 魔力(それ)を初めて見る龍吉は、へぇと小さくつぶやきながら、羅生黒虎によって形成された黒槍に手を添え――

 

「次の、獲物は、お前だあぁぁぁ!!」

「とりあえず、動きを止めさせてもらう!」

 

 片や、次元世界を脅かす恐怖の殺人鬼。片や、地球にすむどこにでも住んでいるような、普通だけど、少し普通じゃない一般人。

 そんな両者が、今宵、激突した。




久しぶりに個人視点を使った気がします。ノリノリで書くと書けるのですが、書けない時はさっぱりですからねぇww

それでは、感想等々、お待ちしております!!


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05:邂逅、其の二

問い:更新速度が若干上がりました。その理由は何でしょう?
結論:Pomeraを購入して、どこでも執筆作業が出来るようになったから!

どうも、Yuinoです。

ホント、Pomera便利。電車の中でぼーっとするはずだった時間で、これ書けたりレポート書けたり引き継ぎ資料の原稿書けたりするんですもの。

はい、世間話終わり。

ということで、ゆっくりしていってくださいませ

(2017/12/26 加筆修正)


――翌日、土曜日、午前11時

 

 昼前。聖は龍吉の家を訪ねていた。昨日の深夜26時、正確に言えば今日の二時にLINEでの連絡を入れていたのだが、今になってもいっこうに連絡がなかったため、心配して出てきたのだ。

 愛用のママチャリのカゴ一杯に入っているのは、美月や葵から手渡されたお菓子の山。二人曰く「久々に帰ってきてるからたまにはウチにもいらっしゃい?」だったり「たまにウチで、一緒に格ゲー、しよ?」といったアピールらしいが、聖はそれらを全て無視してここまで来た。

 もちろん、何となくではあるが記憶の片隅にあるのだが。

 

閑話休題。

 

 久々にこいつの家に来たなぁ、とか思いながら、聖はインターホンを押す。ポーン、と言う単発の音が響く。一秒、二秒、三秒と時間が過ぎてから、ブツン、という繋がったような音がインターホンの奥で鳴った。

 

『はいは~い? どちら様~?』

「お久しぶりです。佐々木聖です」

『わっ。ひじりん久しぶり~。今開けるね~?』

 

 インターホンの奥から聞こえた、透き通った声。それを彼は聞いてから、玄関から半歩離れて待つ。

 少したってから玄関が開く。その向こうには、赤みがかった黒髪の女性がエプロン姿で立っていた。

 

「お久しぶりです、小春さん」

「うんうんっ。ひじりんも久しぶり~。ほら、入って入って」

 

 ほんわかとした雰囲気を醸し出しながら、彼女──織村小春が笑顔を浮かべる。

 お邪魔します。そう忘れずに聖は言うと、龍吉――もとい織村家に入っていく。小春が出してくれた、ここに来たときに彼が履く――つまり聖専用のスリッパも忘れない。

 ぱたぱたと音を立てながら少し早足で歩く小春の後ろをついて行く。彼女が扉を開けた先――リビングに入って、第一声。

 

「龍~、聖君が来てくれたわよ~?」

「おーう、来てやった・・・・・・ぞ?」

「おう、きたか聖・・・・・・」

 

 リビングのソファ。そこに龍吉はいた。ただし、いつもの ひょうひょうとした彼ではなく、体中に絆創膏をつけ、左腕を包帯で吊った状態の、痛々しい姿で。

 

「おいおいおいおい、なんだよそれ。なにがあったよ。」

「まぁまぁそう声を荒げなさんな。簡潔に言えば――」

 

 スラッシャーに会った。そう龍吉は告げ、昨日の深夜にあったことを話し出した。

 

 

 

――昨日、深夜一時半

 

 轟音をたてて、龍吉が放った黒槍とスラッシャーの赤黒い光で染まった右腕が交錯した。鍔迫り合いの後、斬り払うようにして龍吉は槍でスラッシャーを吹き飛ばす。

 

「黒虎!」

 

 龍吉の一声。それとともに龍吉が手を添えていた黒槍が歪み姿を変える。

 それは、まるで九尾。九つの黒槍が尾のように龍吉のコートから展開され、それぞれが生きているかのように動き、スラッシャーへ狙いを定める!

 

九重(くじょう)黒槍(こくそう)!」

「――――!!」

 

 時間差かつ連続で放たれる九つの黒い槍。それぞれがまるで意志を持つようにスラッシャーへ迫る!

 しかし、それをスラッシャーはモノともしない。両手を赤黒く輝かせ、射程圏内に入る度に黒槍をたたき落としていく。しかし、龍吉はめげずにとにもかくにも槍を叩き込んでいく。

 

「キリがないな。なら――!」

 

 龍吉の一声で九つの槍が一つに束ねられる。巨大な槍、否、尾となったそれは、ギチギチと大きく軋み、風を切りながら力を蓄えるようにして振りかぶられ--

 

「吹っ飛べ!!」

「――――!?」

 

 眼で捉えられる速度を超えた一撃。横殴りにスイングされたそれをまともに受けたスラッシャーは、低い弾道を描きながら吹き飛ばされていく。そして、龍吉はそれに対し追撃をかけるべく、一気に走り出す!

 

「まずは、そのやっかいな両腕を封じる!」

 

 龍吉は助走を生かして大きく跳び上がり、一纏めにした黒尾を二股に展開。二股に分かれた黒尾はその先を鋭く尖らせ、吹き飛んだスラッシャーの両腕の中程を突き刺し、貫通させる。

 

「ガァァァァァッ!!」

 

 うめき声ともとれる声を上げて、スラッシャーが叫んだ。動かない、動かせない両腕を強引に動かそうとし貫かれた部分が徐々に大きくなっていきそこから血が吹き出る。

 ぴっ、と跳ね飛んだ血液が龍吉の頬に赤い斑点を作る。龍吉は、脱出されないように両足でスラッシャーの足を押さえつけているが、どれだけ保つか分かったものではない。

 

「このっ--!」

 

 押さえつけたまま再度足に蹴りを入れ、動かされないようにするものの効果がない。

 そのときだった。

 

「アァァァッァァアァァァッッ!!!」

-Blood shot-

「なっ――ぐっ!?」

 

 スラッシャーの雄叫び、それに隠されるように放たれた機会音声。それが耳に届いたときには、龍吉は頭から後ろに数メートル跳ね飛ばされていた。

 一瞬、何が起きたか把握できなかった龍吉は、すぐさま受け身を取って数歩後ろに下がる。額に触れると、ぬるりとした嫌な感覚。触れた右の人差し指には、真っ赤な鮮血がこびり付いていた。

 龍吉は、後ろに下がったまま様子を窺う。

 

「つ、よいな、お前――」

「そいつはどうも」

 

 スラッシャーの周囲に浮かぶ、赤黒く輝く光る球体。龍吉は、それがいわゆる“魔力弾”だと理解するのに数秒もいらなかった。

 彼は小さく「黒虎、九重黒槍」とつぶやき、再び九つの黒尾を展開する。それをみたスラッシャーは、フードの奥からわずかに見える口元をにやりとつり上げ、「俺は――」と口にした。

 

「――ジェイソン」

「ジェイ、ソン――昔のホラー映画のあれかよ」

 

 全く似てねーじゃねーか。そんな風に思いながら、龍吉は再び構えをとる。

 そして、スラッシャー、もとい“ジェイソン”は、仕舞い込んでいた先のサバイバルナイフを取り出し、それを横にスイングする。

 するとそれは、赤黒い光を纏い、それが消えた頃には彼の身の丈を優に越える巨大な鎌となった。刃の部分全てが曲線を描く、普通の鎌とは異なり、刃の部分は曲線ながら、外側の部分は直線でもって形成される、異形の鎌。芸術品として飾られるような、禍々しいそれを構え、ジェイソンは飛び出す!

 

「あんた、何故殺しをした!!」

「強者求む、俺。多く殺した、故に。名を知らせるため、強者に」

「だからって、殺していいって訳じゃねーだろうに!」

 

 龍吉とジェイソンは、至近距離で打ち合いながら言葉を交わす。

 ジェイソンは、倒置法ともとれる独特の話し方で自らの目的を。

 龍吉は、彼の否定をするように叫ぶ。

 

「一回お前は、ムショに入って頭冷やしてろ! 一重(ひとえ)──」

 

 彼の叫びに、九尾に分かれていた黒槍は再び一纏めになる。ギチギチと歯ぎしりにも近い、いやな音が響く。

 そして──

 

「──大薙(おおなぎ)!!」

 

 龍吉の外套から伸びた黒の巨槍は、大きく力を溜めるように引き絞られ、反発力を利用し、まるで鞭の如くジェイソンへ放たれる。

 ジェイソンは、それを見て大きく口元をつり上げ、真正面から鎌の切っ先でそれを受け止めた。

 

「キャハハハハハハッ。強い、お前! 気に入った、俺!! 殺す、お前!!」

「こんなところで殺されてたまるかってーの!」

 

 距離を取った両者は、再び激突した――

 

 

 

――現在

 

「んでもって、こっちの体力切れを狙ったようにスラッシャー・・・・・・ジェイソンがこっちに攻めてきて、このザマってわけだ」

 

 やっぱり、基本頭脳担当が脳筋担当に勝てるわけねーやな。そんな風に言いながら龍吉は苦笑する。その、意外にも無事そうな姿を見て聖は大きくため息をついた。

 

「ったく。こんなに無事なら最初あんなに心配する必要なかったじゃねーかっ」

「はははっ、まぁ、お前の貴重な心配する表情がみれて面白かったノォォォ姉貴叩くのやめぇぇぇ!?!?死んじゃうからぁぁぁぁぁ!」

「バカ龍!心配してくれてんのにその口はないでしょうがっ!」

 

 ぺしぺしと音を立てながら、小春が龍吉の吊った腕を平手で叩く。そのたびに龍吉は悶えるように叫ぶが、聖は完全スルーを決めつけ手近な椅子に腰掛ける。

 小春は「だめな弟でゴメンねぇ」と両手を合わせながら謝るが、聖は「大丈夫っす。もう慣れてるんで」と一言告げ、龍吉の負傷した部分を軽くはたく。そのたびに龍吉が叫びを上げるが、聞かない聞こえていないフリ。

 そんなことを少しばかりやってから、聖はその後のことを相談しはじめる。

 

「とりあえず、奴、ジェイソンに対する対応ですけど・・・・・・」

「私たちの、花吹雪の方にも警察から直々に捕縛依頼が来ているからね。独自に動く気はあるよ」

「そうですか。なら、こちらも先ほど伝えたとおり――」

「えぇ。その、なのはさん、だったかしら? その人達と一緒に協力して彼を捕まえて。ただし、絶対に」

「無理はしない、ですよね。分かってます」

 

 ぐっ、と拳を握って聖は小春に言う。その姿を見た小春は安心したような表情で彼を見て、龍吉は「はい~嘘こけ~」と言いながら比較的無事な腕でお菓子を摘む。何か呟く度に、龍吉は小春に叩かれて大絶叫。聖はそれを聞かないフリ。

 さて、と大きく聖は伸びをすると、とりあえず明日から動くかなぁ、とか思いながらお菓子を摘んだ。

 

 

 

――翌日、日曜日。正午。海鳴市内

 

 さて、偶然というものは比較的高い確率で起こりえるものだと思っている。どうも、佐々木聖です。

 俺は今、海鳴市内をぶらぶらとふらついています。特に理由はないです。だって今日は日曜日。本当なら一日中家でゴロゴロしていたかったし、作り掛けのプラモデルを作ったり、積ゲーとなってしまっているゲームをやっていたかったです。それなのに、それなのに・・・・・・!

 

「高町さん、次あのお店行きましょ!」

「わぁ、いいですね!行きましょうか美月さん」

「葵ちゃん、次どこ行きたい?」

「んと・・・・・・あ、あのお店が良いな」

「へぇ、葵ちゃんは紅茶とかに興味あるんか?」

「うん。いろんな紅茶、飲み比べてみたりして、家で煎れてみたりするの、楽しいよ」

 

 はい。この通り、絶賛女性陣の買い物の付き合いというなの荷物持ちをさせられています。両手には、すでに大量の彼女たちの戦果。女三人寄れば姦しい、とは言うけれど、これは姦しいのレベルを超えている。と言うか、俺氏の要領もとっくに越えている。

 

「えと、佐々木く・・・・・・聖君、大丈夫?」

「あー、いーのいーのっ。ひーくんにはきっちり今荷物持ってもらって、あとで報酬渡すって約束してるから」

 

 さりげなく俺のことを名字から名前で呼び直した高町に、俺の代わりに答えるようにして美月姉さんがにっこり笑顔でそう言う。

 まぁ、大丈夫だから問題はない。そういう意味を込めて、俺はとりあえず何とかあいている左腕をプルプル上げて、サムズアップ。高町はそれが伝わったのか、「無理しないでね?」と一言。本当にありがたい。

 ついでに、周りから伝わる、突き刺さるような視線もなんのその。全部無視だ無視。

 俺はふぅと一息ついてから身なりを整えるようにして荷物を持ち直すと、少し先を歩いているテスタロッサの少し後ろまで追いつくように駆け足。そんな俺の足音に気がついて、テスタロッサが俺の方を振り返った。

 

「佐々木君、大丈夫? 持とうか?」

「あー・・・・・・うん、まだ大丈夫」

 

 そう言いながら、俺は苦笑い。テスタロッサも苦笑い。そんなやりとりをしてから、俺は「ひーくん、はーやーくー!」と急かす美月姉さんの後を足早に追いかけていった。

 

 

 

 それから少し歩いて、さらに荷物が増えて要領オーバーとなった俺は、休憩を所望。ちょうど海鳴臨海公園の近くまで来ていたため、そこで休憩となった。

 どっこいせ、とまるで老人のような声を出しながら俺は芝生の上に座り、そしてゴロンと寝ころぶ。うん、芝生最高。このまま寝たい寝てしまいたい。

 うつらうつらとくる眠気を何とか振り払いながら、俺は確保した弁当の中身(美月作。彼女が実は料理は佐々木家の中で一番美味い)を摘む。うむ、やはり美味い。

 俺は弁当の中身を平らげると、肩掛けの鞄の中に弁当箱をしまい再び寝転がる。少しだけ首をひねると、そこは女の園(別に変な意味ではない)。高町、テスタロッサ、八神、そして美月と葵が和気藹々と弁当を摘んでいた。流石は女子。仲良くなる速度が恐ろしく速い。仲が悪くなる速度も恐ろしく速いところがまた怖いところでもあるが。

 

「そーいえばさぁー」

 

 そんな風にして美月姉さんが俺の安眠を邪魔すべく声をかける。

 何だ、せっかくいい感じに眠気が来ていたって言うのに。なんのようだ?

 

「なのはちゃんたちとひーくんって、どういう経緯で知り合ったの?」

「それ、私も知りたい。妹として」

「やだね。めんどくさい。つーか寝かせろ」

 

 美月姉さんの一言を一蹴。それを聴いた美月は「ざぁんねん」と一言言うとそのままぐでぇと芝生に。それを見て、俺は思わず呆れてしまって途中で買ったポカリを一飲み。

 そのまま、本来ならここで少しだべって、その流れで最近近くに出来たショッピングモールに行ってから帰宅、と言う流れになるはずだった、んだけど……

 

「待て待て、完全に俺はぐれたぞ」

 

 そのショッピングモールで、俺ははぐれました。

 まぁ、ガキじゃないからそこまで慌てたりはしないけど。それでも多少は焦るもんよ。

 とりあえずケータイもあるし、連絡をつけりゃなんとかなる……は?

 

「ケータイ、圏外?」

 

 おかしい。圏外になるはずがない。だって此処は、ショッピングモールの屋上だぞ。とりあえず電波の良いところで、と言う意味も兼ねてわざわざ屋上に上がってきたのに、圏外になるのはおかしすぎる。

 

「どーなってやがる」

 

 俺は辺りを見回す。思わず見上げた空は、先ほど広がっていた晴天とはほぼ真逆。まるでこの場所、ショッピングモールの屋上だけが、世界から切り離された様な、そんな空が広がっていた。

 

(ん。世界から、切り離す……?)

 

 このとき、俺はふとテスタロッサから聴いた事を思い出していた。

 魔導師戦を行う場合、特に相手が危険だと思われる際、現場にいる人たちに被害が出ないように封時結界を展開し、その中で戦う。そんなことを思い出していた。しかも、それぞれ(ミッドチルダ式とベルカ式)で個性があるものの、ミッドチルダ式もベルカ式も共通していることは一つ。それは、『発動者が選択した条件に見合う対象をその場に残す』ということ。

 つまり・・・・・・

 

「俺が対象、ってわけか」

「ご名答」

 

 俺の一人事に対して答えるように響いたテナーボイス。それが聞こえた先に視点を動かすと、そこにはスーツを身に纏った青年が立っていた。

 

「初めまして、サー・ヒジリ・ササキ」

 

 そんな最初の対面。こうして俺、佐々木聖は、管理局員と何度目かの邂逅を果たした。

 しかし、この出会いが、後々大きな関係を気づいていくことになるとは、思いもせずに。

 




感想とか、色々お待ちしております!



追記

読者の皆様からのオリジナルキャラ募集を始めようかな、とか思ってます。
昔は、にじふぁんでもたまぁにやっていたので、ここでもやってみようかな、と。
とりあえず、告知は早い内に活動報告の方で詳細説明の方を行おうかと思いますので、もしも良かったらよろしくお願いします。


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06:スカウト

異様なほど難産だった気がしないでもない、と思います。

どうも、Yuinoです。

三月から忙しくなるので、今の内に沢山書いておいていないと、って感じですかね~

ということで、第六話、どーぞ!

(後ほど簡単な修正等行います)


(2015/02/06 バグ修正及び加筆)
(2017/12/26 加筆修正)


 聖は、思わず懐に隠していた雪風に触れる。それを見た青年は両手を前に出して「少し待ってくれ。せめて名乗らせてくれよ」と落ち着いた表情でにこりと微笑んだ。

 こいつ、何者なんだ。聖は訝しげに睨みながら、懐の雪風から手を離し、再び元の体勢に。すると青年は「ご理解痛み入る」と言いながら、一歩踏み出す。

 

「私はジン=アームスレイン。聖王教会及び、管理局所属の騎士だ」

「聖王、教会・・・・・・」

 

 銀髪で高身長。細身だが、しっかりとした体つきの青年、ジンは右手を胸に当てながら簡単に自己紹介をした。

 

 (聖王教会、どこかで聞き覚えが・・・・・・あぁ、そうだ)

 

 テスタロッサから聞いた朧気な記憶の中から内容を思い出す聖。しかし、いまはそんなことどうでも良い。そう自分に言い聞かす聖は、相変わらず態度を変えないでそのまま彼、ジンに問いかける。

 

「あんたの目的は?」

「私の目的、それは貴方のスカウトだ」

「はぇ?」

 

 思っても見なかった言葉に、思わず変な声を上げてしまう聖。

 まさか、スカウト? 俺を? そう思った彼は、あきれたような表情を彼に見せる。

 

「まさか。人違いじゃないのか?」

「それは有り得ないな。これは、貴方で間違いないだろう?」

 

 すっ、と飛ばされた遠隔式のモニターを聖に見せる。そこには、彼もよく覚えている戦いの記録、誘拐事件があったときの報告書が映し出されていた。報告書の執筆者は、フェイト=テスタロッサ=ハラオウン。

 なるほど、と一つつぶやき、聖はそのモニターをジンに返す。ジンは「お分かりいただけたかな?」と柔らかい笑みを浮かべて言う。

 

「つまり、俺の実力を考えて、管理局にスカウトにきた、と?」

「あぁ。ハラオウン執務官と私は、ちょっとした友人、ではないかも知れないが、まぁ、知り合いというわけでね。彼女曰く、面白い子が居ると話半分に聞き、興味を持った次第だ」

「へぇ、そいつはどうも」

 

 軽く会釈しながら、聖は「ところで」と問いかける。

 

「これは、なんのためですかね?」

「これ……あぁ、この結界のことか?」

 

 ジンはそれを聞かれ、先ほどまでの柔らかい笑みから一変。鋭く、威圧感のある笑みに変わると、懐から銀色の十字架のネックレスを取り出し、小さく、しかし鋭く呟いた。

 

「ヒースクリフ、我が甲冑を」

-Yes,my lord(心得た、我が主)-

 

 鮮血のような赤。赤色の光が彼の体を包み込み、光が晴れた頃にはジンは銀色に赤い紋様の入った甲冑を身にまとっていた。左腕には、体をすっぽり覆えるような巨大な盾。それの中心を貫くような形で収められていると思われるのは、おそらく盾と同じサイズの剣だろう。

 ジンは、その剣を引き抜き、構える。

 盾の大きさにしては余りにも細い。盾の大きさと比較すれば、ぱっと見細剣(レイピア)にも見えなくもない。

 

「なんのつもり?」

「貴方の実力を測ってきなさい、と言うのが所長の、私の所属先のリーダーの言いつけでね。貴方も刀を構えてくれ」

「はっ。ヤダね」

 

 聖はジンの一言を一蹴しながらも、彼は戦羽織”東雲”を──氷風を纏いながら展開し姿を変える。”刀を構える”と言うことを拒否しながらも、彼はその場で構える。

 徒手空拳。聖のもう一つの特技、ともいえないが、もう一つの戦闘スタイル。あくまで刀は抜かず、接近して格闘戦のみのスタイル。

 ボクシングから中国拳法、合気や空手など、古今東西様々な格闘技をごった煮にしたような格闘術は、聖オリジナルの構えを作り出す。

 ジンはそんな彼の姿を見て、へぇと小さく言葉を漏らしながら肩を震わす。

 

「私相手に、刀は必要ない、と言うことか?」

「今は、な」

「なかなかに、面白いっ!」

 

 ジンが地面を蹴って飛び込む。聖はそれを受け止める体勢をとり、一言大きく叫ぶ。

 

「カスミ式魔法、強化の一”大鷲”! 其の二”梟”!」

「せぇぇぇやっ!」

 

 ガキンッ、という音を立ててジンの剣、聖の右拳がぶつかり合う!

 

「ほう。強化魔法、しかも自己への攻防同時のフルブーストか!」

「こういうやつ、しかも自分限定だ。こういうのしか、俺は使えねぇよ!」

 

 刃面を左拳で再び叩き吹き飛ばす。それにより一瞬だけ出来た大きな間合い。その間合いを確認してから、聖は大きく踏み込む。右へ、左へ、ステップを繰り返しながら一気に接近する。それに合わせるように、ジンもまた回避先を読みつつ、剣を振る。

 回避と防御。その一進一退。聖の頬をジンの刃が掠め、ジンの体を捉えかける聖の拳。

 そして、数度目の回避を聖が終えた、その瞬間!

 

(ここ!)

 

 狙ったかのように、一度聖は大きく叫ぶ!

 

「カスミ式、霧走!」

「なっ!?」

 

 ガンッ、という地面を踏み砕くような音をたて、聖は残像を残して消える。

 カスミ式”霧走”は、発動の際に使用する魔力を自己強化”加速”に九割二分振りつつ、残った八分を自分の残像を生むことに使用する。しかし、その残像は一瞬だけなら相手の視線を釘付けに出来るほど、精巧なモノになっている。

 それ故に、一瞬だけ相手に視線を奪うことなど、造作ない!

 

「なぁる! 加速と質量のある残像! なかなか凝ったことをする!」

 

 しかし、この人物。ジン=アームスレインにはそれは通用しないようだ。

 確実に視線を奪ったと、確信していた聖の右拳。盾と体の間に潜り込み、人体の急所である鳩尾を狙ったショートボディブロー。しかし、そのボディブローは剣の腹で受け止められてしまう。

 

「そいつは、どうもっ!あんたも、大概だよなっ」

「お褒めいただき、感謝するよっ!」

 

 聖は、ひたすら接近して連打を叩き込む。しかし、それをジンは巨盾で一つ一つ丁寧に防ぎ、裁いていく。

 完璧に耐久戦。どちらかが痺れを切らし、先に大技を叩き込みにいった方がカウンターを取られる。そのことは、両者とも理解していた。

 しかし、だからこそ・・・・・・!

 

「ここ、だっ!」

「甘い!」

 

 大きな金属音をたてて盾と体がぶつかり合う。

 防いだ。ジンはそう思っていた。このショルダータックルを防いだ後、こちらのカウンターを叩き込む。そういう一連の流れが、彼には見えていた。

 しかし、聖自身、これを防がれるのは百も承知していた。防いでくれる、という事実にかけて。

 其の瞬間を、聖自身待っていた。

 さらに体を預けるようにして距離を積める。

 

「なっ・・・・・・」

「捕まえた、ぜっ!」

 

 盾とジンの隙間。正味十数センチのその小さな隙間に狙いを定め、彼は拳を叩き込む!左拳、短い溜めから放つ、リバーへの剛打。それをまともに喰らったジンは、身体をくの字に折りながらもキッと聖を睨む。

 

-風帝結界(ブラスト・エア)展開-

 

 その時、聖は気が付いていなかった。

 

「がっ。なめ、んなっ!」

 

 既に、ジンが対抗策を講じていたことに!

 

「くっ!?」

 

 風切り音とともに飛来するジンの剣。それを回避すべく、聖は大きく体を捩りながら一気に離脱する。

 

「ちっ」

 

 回避した、と思った聖は、自分の頬に触れる。ぬるり、とした感覚と共に、自分の手が赤く染まっていた。

 まさか、当ててきた……? 剣の間合いは把握している。まさか、測り損ねたか?

 聖は下がりながら相手--ジンの挙動を伺う。

 

「ったく、至近距離、しかも私の射程距離内で戦おうとするとは。なかなか度胸のある子だな、キミは。しかし……」

 

 ジンは剣を一振り。何の変哲もない行動だ。聖が道場で仮想敵と良くやる時、最後にクセで血糊を払う仕草と同じように、彼は剣を払う。

 一瞬だけ見えた。確かに、聖に目に映っていたのは、僅かに揺らいだジンの剣。

 すると、ジンが振るった剣は、僅かに空間を歪めるようにして、剣の先から何かが伸びていた。

 まさか、あれか?

 

「……しかたない、か。雪風、抜錨」

-はい、司令(しれぇ)!-

 

 諦めたような表情をして、聖は腰に差していた雪風を引き抜く。シャラン、と言う音をたてたかのよう。一瞬だけ、聖の周りだけに冷たく、凍えるような空気が舞い上がる。

 

「さて、ここからが本気、と言うわけだな」

 

 ジンが、剣と盾を構え直す。剣全体が揺らめき、まるでかき消えるようにしてその姿を虚空に隠す。それを見て、聖もまたその切っ先をジンへと向ける。

 にらみ合う時間。たった数秒の隙間。

 遠くでコトリと空き缶が落下する。その瞬間──!

 

「せっ!」

「ふっ!」

 

 ほぼ同時。突撃するタイミングも、剣と刀が振り下ろされるタイミングもほぼ同時。全く同時のタイミングで、火花が周囲を照らしていく。

 聖は、ジンの剣をほぼ感覚だけで受け流し、鍔迫り合い、回避していく。ジンもまた、正確無比に放たれる剣閃を盾でいなし、剣でガードしていく。

 

「はぁぁっ!」

「ぜあぁぁぁっ!」

 

 何度も。

 

「せぁぁっ!」

「なんのっ!」

 

 何度も……!

 

「せいやっ!」

「しっ!」

 

 何度も……!!

 

「せやぁぁっ!」

「はぁっ!」

 

 何度も!!

 

「しつこい!」

「しつこくて悪いねっ!」

 

 互いに悪態を付きながら、聖の刃をジンは盾で受け止める。受け止めたジンは、盾で聖を弾き飛ばしながら反撃の剣戟を飛ばす。

 見えない剣戟。聖の感覚上、それ以外に怖いものはないと思っている。

 だが、その見えない剣戟に似たものなら、幾度となく見てきた。

 音が遅れてくるほど早く振り抜かれる剣戟。

 父親の剣閃。

 彼曰く、音速の剣戟。

 そんな剣戟を今まで、過去に見ていたから聖はジンの剣戟を受け止めることができた。

 しかし、速すぎて見えない剣ではなく、根本から見えない剣を裁くというのはやはり苦労するもので、聖は所々に切り傷を負ってしまう。対するジンは、ほぼ無傷。大きな盾と見事な剣捌き。悉く聖の剣戟は逸らされてしまう。

 

(くそっ。これじゃジリ貧か)

 

 仕方ないか。そう小さく呟いた聖は、一度刀を納めて深呼吸するように大きく一息。そのまま瞳を閉じる。

 集中、集中。聖は心の中でひたすら呟き、ゆっくりと閉じた瞳を開く。

 

「──!?」

 

 ジンの背中に、ぞわっとした悪寒が走る。

 この感覚、感じたのはいつ以来だろうか。あまりに久しく感じていなかった、懐かしい感覚。

 ジンが覚えている限り、いつかの違法研究所の一斉検挙の時に相対した暴走魔導生物以来だろう。たぶん、それと同じくらいの”恐怖”。

 聖が構える。腰を低く落とし、右手は刀の柄に触れるか触れないかというくらい浅く。半身に構え、左足を踏み込み、今まで無駄に溜まりつつあった余剰魔力を、一気に放出させる!

 

「天剣佐々木帝流、奥義・・・・・・」

 

 聖は、ゆっくりと一歩踏み出す。それに合わせるようにして、ジンは盾を構えなおし、中で魔力を練り上げる。

 ジンが狙うはカウンター。あの構えから放たれるのは、十中八九居合い斬り。それをたてて受け止め、十八番のバーストカウンターで吹き飛ばす。

 いくらこれが、彼の実力を測るためのものとはいえ、管理局員であり、リーダーの懐刀、所長の右腕、局内トップの剣使いといわれる自分が、負けることは自分自身が許せない。だからこそ──

 

(本気で、来い!)

 

 魔力を練り上げ、余り余ったものが空中に飛散する。聖の藍色とジンの銀褐色。それらが空中でぶつかり合い、混ざり合う。

 

「──鳳凰!」

 

 バゴン、と轟音。

 先の地面を踏み砕きかけた霧走以上の轟音。

 明らかに、地面を踏み砕いた音が鳴り響き。

 それが聞こえたと思えば、すでに聖はジンの盾の正面まで接近していた。

 音速の踏み込み。初手で既に相手の死角を取るための踏み込みは、時に高速接近し、一撃にて相手を屠る布石となる。

 しかし、ここまでは予想通り。ジンは盾を構え、受け止める姿勢をとる!

 そして、音が響く。

 轟音。ただただ轟音と表現するに相応しい音が響いた。

 金属と金属がぶつかり合う轟音が一回。強引に何かを切り裂くような音が一回。空中に響きわたった。

 ジンは、聖の初段を見事受け止めた。そして、バーストカウンターも成功させた。それで、聖を吹き飛ばした──はずだった。

 

「なん、だと・・・・・・!?」

 

 しかし、聖は無事だった。左腕を力なくダランと下げ、右手にはしっかりと雪風が握られている。しかし、それは振り抜かれたように右に行っておらず、左側に向けられており、切っ先もまた、ジンの方へ向けられていた。

 

「まさか、あの状況で二連撃、とな! あっはっはっはっ、これはお見逸れした!」

「あぁ。あの状況でこっちが大技叩き込めば、そっちは十中八九カウンターを叩き込んでくる。簡単すぎる予想だが、それくらい分かってたからな」

 

 予想も予測も出来たんだよ、というように刀を振るう。血糊を払うような動作から、再び構える。

 ジンは呆れたように大笑い。まさか、あの状況で二連撃を撃てるとは思っても見なかった。

 通常、居合切りというものは振り抜いたらそれでほぼ終了なのだ。しかし、そこで彼の居合は終わらない。

 彼の居合──もとい斬撃は一振りで二発の斬撃が飛んできた。これは、魔法とかそう言うのを超えている。しかも、今のは魔法を殆ど使っていなかった。技術のみで、魔法の極地である第二魔法級の『マホウ』を扱う青年。

そのことに、ジンは思わず笑いを隠せなかった。

 

「第二魔法……しかも魔力を使わずにそれを再現するとは。本当に、お見逸れしたよ! サー・ヒジリ・ササキ!」

「だから、そのサー呼びは止めろ。俺はあくまでも侍だ」

「侍、か……まぁ、良いだろう」

 

 ジンはそう言いながら懐から名刺大のカードを取り出すと、それを聖に投げる。聖はそれを受け取り、実際にそれが名刺であると確認すると、どこか納得いかないという表情を浮かべながらも「確かにいただきました」と一礼。それを見ると、ジンは笑顔を浮かべて告げる。

 

「いつか、来ることを待っている。ヒジリ=ササキ」

「いつか、な。ジン=アームスレイン」

 

 さよならだ。そんな言葉を残し、ジンは結界と共に姿を消した。

 

 

 その後、姿を消していた聖が再びなのは達と合流し、さらに買い物に付き合わされることになるのは、また別のお話。

 

 

 

──ミッドチルダ首都クラナガン 管理局地上本部

 

 地上本部の地下にあるとある一室。部屋の名前を示すプレートには、『特別戦略技術研究部』と刻まれていた。

 その部屋の前にようやく到着したジンは、大きく息を吐きながら扉をノック。それから数秒たってから、扉の向こうから眠そうな声が響いた。

 

「開いてるよ~。入っといでジン」

「流石にバレてるようだな、所長」

 

 扉を開けながらジンは部屋の中に入る。

 部屋の中は、書物であふれかえっていた。専門書から漫画まで種類は様々。まさに本の巣窟、と言う表現が相応しいかもしれない。

 そんな場所に、彼女──ルルイナ=ディートハルトはいた。

 

「お帰りジン。んで、どーだった、例の子は?」

「報告する前に服を着ろ。研究者とはいえども一応女性だろう、なんだその色気のない格好は」

 

 ジンは、近くにあったラックから白衣をルルイナに投げつける。それもそうである。ルルイナは下着姿だったのだ。黒の下着姿で、彼女はパソコンの前でデータの処理を行っていたのだ。

 まったく、と言いながらジンは近くにあったローブを羽織る。その胸に輝くのは、ハーケンクロイツにもよく似た剣と銃の紋章と、菊花紋章を組み合わせたような、そんなマーク。

 ルルイナは、ぶつくさ言いながらも白衣を着てから肩を回す。そして、再び椅子に座ってからくるくると回る。そんな姿を見ながら、ジンは彼女に対してデータを渡す。

 そのデータをモニタで見ながら、ルルイナは笑いながらジンを見る。

 

「へぇ。思った通り面白い子ね。この、ヒジリって子」

「あぁ。戦いに対する嗅覚は私以上。おそらく、得物を持つことで本気を出すタイプ。こういうところは、レンに似てるな」

「レンちんが聞いたら発狂しそうねぇ」

 

 そんなことを言いながら、ルルイナは戦闘詳報を見ながらゆっくりと微笑んだ。

 

「ヒジリ=ササキ君、か。ジェイソン討伐が終わったら、来るかしらね?」

「来るさ、きっと。まぁ、五体無事にこれるかは、分からないけれど。ジェイソン相手に五体無事にいくかすら、怪しいものだ」

 

 

 

 決戦の日は、近い。それを、誰もが予期していた。




感想とか色々、お待ちしております。

あと、前回からの募集もまだ行っておりますので、そちらもご一読お願い致しますっ

それでは、次回をお楽しみに!


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07:開戦

高速修復材が足りなさすぎて喘ぎまくってるYuino氏です。

どうも、ようやっと更新出来ました。

それでは、お楽しみくださいませ!

(2017/12/26 加筆修正)


――翌々日。正午。八神家居間

 

「よっしゃ。とりあえず、明日決行の作戦を説明するで~」

 

 まぁ、作戦ちゅう作戦でもないんやけどな。そうはやてが軽く言い場を和ませる。彼女がそうでもしなければ、この場は緊張しっぱなしのピリピリとした感覚に襲われっぱなしだっただろう。

 このような作戦に参加するのが、おそらく始めてとなる聖は、肩肘を強ばらせて姿勢を正している。まじめ、という風に捉えてもらえればおそらく良いのだろうが、それを通り越して緊張の雰囲気がダダ漏れだ。

 これに関して、思わず龍吉が笑いを浮かべてしまうほど硬い表情だった。

 しかし、先ほどのはやての言葉で漸く緊張の糸が解れたのか、幾分か柔らかい表情をしていた。それでも、緊張した表情だ。

 それに対して、龍吉と彼に同行してきた小春は落ち着いたものだった。いや、落ち着きの中にうまく緊張を隠している、といえばいいだろうか。彼ら自身、こういう『作戦会議』を開くのも参加するのも毎回のようにやっているし、今日も朝一番で会議を行ってきた。慣れている、といえばいいだろうが、とはいえ今回同席している人物たちを見れば、緊張せざるを得ない。

何せ、今回ともに作戦を行うのは魔導師たちで、今回相手取る目標も、同じ魔導師、なおかつ指名手配中の殺人鬼なのだから。

 しかも、一度龍吉は敗北している。それほどの強敵だ。緊張するな、といわれて緊張しない方がおかしい。

 

「えと、織村くんが自分を犠牲に持ってきてくれたスラッシャー、もといジェイソンの武装は大鎌やね」

「俺の負傷、無駄にならなかったな」

「そうやね。それで、今までの記録映像を見るに、たぶん陸戦AAA、もしかしたらオーバーSはあるかもしれへん」

「オーバーSか。相手にとって不足はないな」

「確かに。ぶっ叩く分には申し分ない相手だ」

 

 ガシ、と握り拳を作りながら言うのは、はやて直属の騎士であるシグナム。彼女に続くように、ある意味笑顔を浮かべながら聴いていたヴィータ。そんな二人を見ながら、同じく直属の騎士であるシャマルは苦笑いを浮かべていた。

 聖は、漸く働くようになった頭をフル回転させながら、はやての話を半分聞き流しつつ記録映像を見ていた。

 龍吉とほぼ互角に渡り合う画面上のジェイソン。武装は身の丈以上あるだろう漆黒の鎌。重量だけでも相当あるはずのそれを、軽々と振り回すその姿に、聖は一人の武人を彷彿させていた。

 

「まるで呂奉先だな」

「持ってる武器は違えど、ってところだろうな」

「どーするぅ? 方天画戟持たせて同じくらいの実力発揮したら」

「「それは困る」」

 

 聖の呟きに龍吉が答え、小春の問いかけに対し二人がつっこみをいれる。それを聞いたはやてやなのははふふっと微笑み、意味の分かっていないフェイトたちは疑問の表情を浮かべるだけ。

 

「映像でも分かることだが、鎌という得物を使う以上、射程距離は至近距離(クロスレンジ)がおそらく精一杯だ。なら、状況適応力に長けたテスタロッサやヴィータ。あとは、遠距離からなのはの大出力砲撃なら確実に、とは言えないかもしれないが、高確率で勝利を得られるだろう?」

 

 シグナムのもっともな意見にうなずく皆。その中で、龍吉は「そうっすね。でも、私は──」と言葉を挟むようにして、いくつかの記録画像を展開する。

 聖はこのとき気が付いた。龍吉が一人称を「俺」から「私」へと変えていた。こう言うときは、龍吉はいつものおちゃらけた龍吉ではなく、『軍師・織村龍吉』としてのあいつが出てきている。

 

「あくまでも、と念を押しておきますね。奴の攻撃範囲は至近(クロス)から中・近距離(ミドル・ショート)と考えていた方がいいかもしれません」

「その根拠は?」

「私が奴の動きを止めたとき、多少強引にマウントポジションを取ったのですが、その状況から射撃魔法、でしたっけ? それを高速展開してぶっ放してきました。最悪、充填時間を与えてしまえばもうちょい火力が出ると予測します」

 

 つまり、と龍吉は自分のパソコンを起動させ、小春に持ってきてもらったプロジェクターにつなぎ、映像を出す。

 その映像は、まるでチェスの盤上のような形。赤く、大きな駒が中央に位置し、盤外には十の青い駒が散りばめられていた。

 

「中・近距離で超高速の一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)。これも一つの手ですが、タイミングをミスってしまえば相手に砲撃系統の大出力魔法を充填させてしまう、という恐れがある。しかも……」

「動きが鈍く鈍重、且つ一撃の威力は高くとも隙が大きい相手に対してなら効果的だが、今回の相手は遅いわけじゃねえし、むしろ早く鋭い方だ。どうすんだ――」

 

 軍師さんよ? 聖の一言を待っていたかのように、龍吉はニヤリと笑みを浮かべると、画面上に一つ、黒い駒が現れ、それが赤い駒の隣にコトリとおかれる。

 

「なら話は簡単だ。一人、近接戦闘に特化した人物をジェイソンに当て、それに気を取られているうちに周囲から集中砲火。ジェイソンを無力化した後、捕縛する」

 

 パシン、と教壇で指さし棒をふるう教師のようにして、聖を指す。刺された当人は、きょとんとした疑問の表情を浮かべてから、瞬時に驚きの表情に変わる。

 

「まじ?」

「あぁ。おそらく、シグナムさんでも相手は出来ると思うが、一応保険と言うことで取っておきたい」

「俺はあれか? 主力を回復させるためのおとりって奴か? げんきのかけら使うために出す秘伝技要員かおい」

「まぁまぁ聖君、落ち着いて」

 

 ぐるるる、と唸る聖を宥めるなのは。そんな聖を半ば無視して、龍吉は再びプロジェクターの画面に向き直り、別の画面を展開する。

 展開された画面は、海鳴の外れにある倉庫街。聖がいつか、なのは達と出会うことになったきっかけを作ったあの誘拐事件、その現場にもなった場所だ。

 

「決戦場所はここ、海鳴倉庫街の十一番倉庫。ここに、ジェイソンの拠点があると、うちの捜索班からの連絡が――失礼」

 

 説明半ばで龍吉は手元にあったケータイを取り出し、通話に出る。緊迫していた空気がわずかに緩んだ。

 その空気が、すぐさま緊迫したものに戻るとも知らず。

 そして、この戦いで少なからず犠牲が出るとも、思わずに――

 

 

 

 ふいにかかってきた電話に出るべく、俺は少し離れる。多少緊張の糸が張りすぎていたところにこの連絡。ある意味、助け船とも言え無くなかった。

 ケータイの画面を見る。そこには、よく知った名前があった。

 ホーソーン。今回、ジェイソン捕縛作戦の際に、偵察役をかって出てくれた人物の一人だった。

 

「まいど~」

『まいど、こちらミハエル。定時連絡、良いか?』

「うぃす。ある意味ナイスタミングっすよ」

『ん? まぁ、とにかくだ。ジェイソンに動きがあった』

 

 なに……?

 ジェイソンに動き、だと?ずいぶんと早いじゃねぇか。

 

「……続けてください」

『あぁ。見張っていた倉庫に、所属不明の団体様方ご一行が入っていった。ミス・鏡花と見ていたが、あれは武装持ちだった。武装は全てサブマシンガン系統。且つ殆どが』

「魔導師、か。こりゃ、ほんとに総力戦になりそうだ」

 

 俺は、後ろにいる高町さん達に魔導師組に気取られないように、一度部屋を出るため、ドアの方へ向かう。それを見たであろう、いや、見ていたであろう聖に、ハンドサインを送る。俺と聖。聖龍コンビの二人しか分からない、バレーボールの時のような簡単且つ高速のハンドサイン。

 腰に手を当てる様な仕草を利用して、そのまま……

 

(えっと、確か……こう、こう、こう、こうっと、んで、こう、だっけ)

 

 さささっとハンドサインを送る。すると、聖は大きく伸びをしながら「ちょっとお手洗い~」と言いつつ部屋を出る。それに合わせるかのようにして、俺も別の扉を開けて部屋から抜ける。

 

「さて、と……」

 

 我ながら無粋な真似だなぁ、とか思いつつ手元の小型通信機、もといもう一つのケータイを起動させ、通話ボタンをタップ。そのまま聖に通話を繋ぐ。

 

『なんだよ、急にハンドサインなんか出して』

「ちょっとな。どうにもこうにも、ジェイソンが動いたみたいだ。んで……」

『先だって俺に動け、ってか。ったく、軍師様は人使いが荒くて困る』

 

 きっと、こいつは電話越しで笑っているだろう。今のワンフレーズ。俺に対する文句の中でも一番多い一言。

 『人使いが荒くて困る』。この一言の裏には、文句ではなく信頼。ただ、その一つの感情。

 聖龍コンビと言われる前から、俺と聖の間に、いつの間にか作られていた、そんなつながり。

 ブツン、と通信が切れ、そのまま音が切れる。そんな相棒にため息をついて、再び部屋に戻る。恐らく、この間にも聖は一度家に戻ってから倉庫街へ向かっているだろう。自分の身を削るような、そんな戦いに向かって。

 まったく、世話の焼ける相棒だ。そんな風に思いつつも、俺は一度部屋に戻る。そして、一言……

 

「ジェイソンが動いた。さて、僕たちも動くとしましょうか」

 

 にやりと口元をつり上げて、俺は言う。

 さてさて。動くとしましょうかね。

 

 

 

――海鳴市郊外 倉庫街周辺。

 

 倉庫街に到着した聖は、大勢の”出迎え”を受けていた。

 

「はぁ――はぁ――ったく、ご大層な出迎えだなぁおい」

 

 肩で息をしつつ、聖は雪風をふるってから鞘に収める。それを見た、正面にいる武装隊は一斉にサブマシンガンを構え直す。相手は魔導師でありながら火器兵器を使用する、ある意味異端者の軍勢。

 しかし、それは聖もまた同じ。魔導師、騎士であり、雪風をふるう上で父と約束した不殺を誓い。をれを守ってきた聖だが、今回に限ってはそれを守れそうにない。それほどまでに、聖は怒っていた。

 雪風は不殺の刀。人斬りは基本的に行えない。それを持つことで、自分自身に自己暗示を掛け、人斬りを行えないようにしてしまう。

 だからこそ、聖は自宅からコレを持ってきた。

 

「殺しはしたくないから、本当はこんなモン使いたくなかったんだが」

 

 そう言いつつ、聖はもう一本差していた刀を引き抜く。

 それは、模造刀ではなく真剣。若干刀身が赤く染まっているのは、もともとの刀身が血のような赤みを帯びているせいか、はたまた彼の周りに倒れ伏せている同じく人々のせいか。

 腹部から、腕から、足から。赤々とした体中から鮮血が吹いている。すぐに処置しないと命に関わるレベルの負傷であり、斬撃の痕。

 すべて、聖が行った所行。

 『殺しを封印した』はずの聖の、本気。

 

「あんた達がやったことは俺の逆鱗に触れた。その時点で、あんた達の運命は、二つに一つ――」

 

 聖が、足下でうめいていた、もとい既に息絶えた武装隊員を軽く蹴飛ばして道を造る。大きく開けた、武装した違法集団数十名と聖、双方の距離。距離にして二十メートルと離れていない、銃火器を所持している人物にとってはほぼ必中距離のような、そんな距離で、聖はその刀--『血刀(けっとう)彼岸花(ひがんばな)』を構える。

 

「生きるか、死ぬか。好きな方を選べ」

「撃てぇぇぇぇ!!」

 

武装集団の中央あたりで指揮を執っていた、指揮官らしき人物が叫ぶ。 

 

「全く、話を聞かない人たちだ」

 

 聖が駆け出す。魔力を加速のみに振り、人外じみた速度で一気に飛び出した。

 それよりほんの少し早く、違法集団の全員が、マシンガンを、自動拳銃を、そのすべてのトリガーを引き、嵐のように銃弾をまき散らす。

 しかし、当たらない。一転を狙うような点射撃ではなく、広範囲を殲滅する為の面射撃だ。そのはずなのに、聖の姿を、とらえることが出来ない。

 それほどに、聖が速すぎるのだ。目で追いきれないほどの、超高速。

 敏捷性に全能力を極振りした、と表現しても差し支えないほどの高速移動。もともと速いそれに、すさまじい回数の停止と移動(ストップアンドゴー)を加えることで、さらに速度を底上げしている。

 

「くっ、そぉぉ!!」

「――ごめんなさい」

 

 小さな謝罪。それとともに、違法集団の最前衛中央にいた人物の体に十字の斬撃が叩き込まれる。心臓を断ち切る、絶命必至の一撃。血の雨の吹き出しながら、彼は絶命した。

 その場にいた全員がたじろぐ。血の雨を浴びた聖は、うつろな表情のままゆらりと揺れるようにして、再び刀を構える。

 

「通してくれ――」

 

 一歩、踏み出す。

 

「――本当は、もう、殺しはしたくないから」

 

 また一歩。

 極端に優しすぎる、とよく言われる聖が、自分の本当の気持ちをうつろな言葉に乗せながら。

 

「奴の、ジェイソンのところまでの道を開けろ」

 

 さらに一歩。

 そして――

 

「美月を、葵を……俺の家族を、返せ――っ!!」

 

 鬼神じみた速度で、武装集団のすべてを、瞬時に地に伏せさせた。

 

 

 

――それから三十分後

 

「うわ、こりゃすげぇな」

 

 倉庫街に聖に遅れて到着した龍吉たちは、その光景を見て圧倒されてしまった。

 海鳴市倉庫街。その、ジェイソンが拠点としている十一番倉庫。そこを守るように、数十人の武装した違法魔導師が警備している、という情報が、ミハエルからの通信。

 そのことを念頭に入れて、ここにくる前にすでに全員を戦闘態勢にしておいて、尚且つはやての十八番である広域魔法で倉庫街一帯に人払いの結界を展開しておいてもらっている。ある意味、それが功を奏した、といっても良いかもしれない。

 

「なんて、酷い」

「まさか、これを全部聖君が……?」

「そのまさかっすよ、高町さん。おそらく、全部聖がやったことっす」

「そんな――っ」

 

 なのはが、はやてが、フェイトが。全員が口元を押さえ、絶句していた。

 目の前一面、血の海だ。その殆どが急所を断たれ、一撃にて殺されている。もしもこの騒ぎが外に全て漏られいたら、異臭騒ぎでは済まなかっただろう。

 

「とりあえず、この先にあの馬鹿()がいることは間違いないっすね。ひとまず、この先に――っ!?」

 

 そこまで言って、彼は視界の中に入ったものを見て、思わず足を止める。それにつられるかのように、なのは達も足を止めた。

 

「どうしたの、織村君……?」

「どうやら、お出迎えみたいっすね。しかも、ちょっと予想外なお出迎えっす」

 

 思わずファイティングポーズ、もといすぐに動ける臨戦態勢を取る。それを見て、なのは達も前を見ただろう。

 今、彼らの目の前にいるのは、さきほど倒れ伏せていた武装隊員。彼らは、皆生気のない虚ろな表情をし、ゆらゆらと揺られながら、まるで死霊のようにして立ち上がり、武装を構えた。

 龍吉達探偵社側も、なのは達管理局側も、この状況に対して驚きを隠せなかった。まさか、死んだはずの人間が復活してくるなんて、思っても見なかったのだから。

 さらに、彼らの後方十数メートル先から迫ってくるのは、異様な機械装備を施された狼達。その数、実に五十以上。背中には黄色の半球のクリスタルのようなものが埋め込まれた機械装甲を身に纏い、全速力でこちらにつっこんでくる。

 

「八神さん。あんなものに見覚えは?」

「似たようなもんは見たことあるんやけど、あれは初物やね」

 

 龍吉の問いかけに答えつつ、はやては右手で愛杖シュベルトクロイツを振るう。ついで、ユニゾンしているリインフォースⅡに声をかける。

 

「何はともあれリイン、迎撃行くよ!」

『はいです、はやてちゃん!』

 

 リインの一声から、はやては二メートルという僅かな高度をとって、シュベルトクロイツを構える。

 

「フリジットダガー、最大展開!」

『はいです!』

 

 はやての声で、彼女の前面に水色の短剣が多数展開される。リインフォースⅡが持つ攻撃魔法『フリジットダガー』。はやてとのユニゾンで威力強化はもちろんのこと、中距離までの射撃ならば足止めとしても威力十分だった。

 

「ってぇー!」

 

 太陽光を弾き返しながら、光とともに中空を走る白銀の短剣群。それらは、前衛にいた武装隊員達に当たり、確実に意識を刈り取った--

 

「やった…?」

 

 まさかの初撃決着。そう思ったはやては、構えた愛杖をゆっくりとおろし――

 

「まさか――八神さん下がって!!」

「え……って!?」

 

 不意につっこんできた龍吉に、訳も分からず吹き飛ばされていた。

 瞬間、龍吉へと迫る。色取り取りのライン。それらは、後方から迫っていた機械狼が放ったものと理解するのに、そう時間はかからなかった。

 

「織村君!」

 

 なのはが叫ぶ。頭で考えていただけでは、自分の体は動いていなかっただろう。とっさの反応で彼女はレイジングハートをスイング。迎撃の為にシューターを多数展開しようとするが――

 

(ま、間に合わない!?)

 

 時既に遅し。まさにその句がぴったり当てはまる状況だった。シューターでの全力迎撃はおろか、遠隔展開での防御魔法すら、間に合わない。フェイトも、はやても、シグナムも、ヴィータも、シャマルも、ザフィーラも。

 そのときだった。

 

「――ったく。手の掛かる弟だこと」

 

 声が、響いた。りんとしつつも、どこか柔らかい。そんな声が。

 

「雪――?」

 

 なのはは、ふと視界に入ったものの名前を口にした。

 ゆらゆらと落下する白銀のそれ。秒速数メートルという低速で落下してくるそれは……雪。それが見えたとき――

 

 轟音。

 

 龍吉のいたところに、色取り取りの砲撃が突き刺さった。はっとして着弾点を確認するも――

 

「え……?」

 

 龍吉は、無傷無事だった。砲撃は、彼の周囲数メートルのところに突き刺さっていた。土煙が上がってよく確認できなかったものの、余波でのダメージはおろか、爆風での負傷も見受けられない。

 

「おっせーよ、姉貴」

「いやぁ、ごめんごめん。起動句(スタートスペル)忘れてて」

「その頭、どうにかした方がいいぞマジで」

 

 ぴんぴんした格好で、龍吉が屈伸、伸脚をして体の調子を確認する。そんな彼の少し後方から、なのは達の後ろから着いてきていた小春が大きく伸びをしながら龍吉の隣に並ぶ。

 

「どういう、こと?」

「一体、何が?」

 

 フェイトが困惑し、後方から高速で防御壁『鋼の軛』を展開しようとしていたザフィーラもまた、驚いた表情をしていた(狼形態で)。

 

「さて、と。それじゃ、反撃といきましょうか」

 

 彼女――小春の一声で、龍吉の隣に黒スーツに左手には聖書を持った男性が、小春の隣には和装に和傘、花柄のマントを身につけた小柄な女性が並ぶ。

 

「ミス・小春。ミス・鏡花。本当に、よろしいのだな?」

「えぇ。戦戯(ゲェム)論理研究では、危害を加えてきた敵には徹底反撃を行うことが論理最適解とされているわ。ならば、分かるわね?」

 

 小春がスーツの男性――ミハエル=ホーソーンにそういうと、彼はため息をついてから聖書をぱらぱらをめくりながらとあるページで止め、「人使いの荒いご令嬢だ」と言いつつも一歩前へ出る。それに合わせるように、小春は体をほぐすように伸びをし、和装の女性――尾崎鏡花も、和傘を閉じて杖のようにつく。

 

「小春っち。私は前衛?」

「そうねぇ。龍吉は遊撃。私はなのはさん達を護衛しながらひじりんを追うわ。倉庫の中に私たちが突入するまで、ミハエルと鏡花さんで、この人達を抑えて」

「あいよ、姉貴」

「心得ました、ミス・小春。ミス・鏡花、往くぞ」

「分かってるわよ」

 

 鏡花とミハエルは、互いに三メートルほど距離をとり前を向く。鶴翼陣形で囲い込もうと画策する死霊武装隊員と機械狼達を前にして、臆することなく彼らは構える。

 

「死者よ――一度死した者が、今一度この世を闊歩するなど、神から許されたことではない。そのことを理解して尚、私たちに楯突くか」

「何言っても無駄でしょうに。全く、これだからイケメン聖職者は。先にやるわよ?」

 

 鏡花は閉じた和傘の中程をクルリと回し、そこから銀色に輝く何かを引き抜く。

 それは、直刀。聖の持っているような、剃りのある日本刀ではない。基本的に突き刺すことを旨とした、そういう武装。

 それを引き抜いた鏡花は、一歩前へ出て、朗々と、まるで歌うように唱えた。

 

「散る花弁の美しさよ。されど蕾のまま、散ることもなし――」

 

 ブゥンと、鏡花の背後の空間がブレる。まるで、何かを空中に映し出そうとして、なかなか映し出せないような、そんなものに似ている。

 それに続くように、ミハエルもまた、一歩踏み出し、鏡花とは対照的に、静かに、ただしかしはっきりと、まるで宣告するかのように告げる。

 

「主よ、私と争う者とあらそい、私と戦うものと戦ってください――」

 

 それは、旧約聖書。詩篇第三十五篇。その、第一節。その節を唱えながら、彼は手持ちのクロスでゆっくりと自分の右手に傷を付けていく。僅かながらの出血を伴う、そんな傷を。

 

 それらの句は、彼らが自らの枷をはずし、能力を起動させるときの一句。名は、起動句(スタートスペル)。魔法とも異なる、この世界で生まれた、特異な能力!

 瞬間――

 

「――目覚めよ、緋文字!」

「咲け、紅夜叉(くれないやしゃ)!」

 

 ミハエルの周囲には、赤々と燃えるような、赤い文字が浮遊する。

 鏡花の背後には、同じく赤い、血のような和装を纏い、般若の面を被った女夜叉が浮かび上がる。

 

「まさか、召喚魔法!?」

「ん~、似たようで違う、そんなもんよ、なのはちゃん」

「とりあえず、先へ急ぎましょう」

 

 龍吉が駆け出すのと同時に、なのは達もまた駆け出す。しかし、その中で動かず、自らの武装を構える者達がいた。

 

「シグナム!?ヴィータ!?」

「行ってください、我が主」

「聖のバカを追いかけて!」

「ここは、我ら守護騎士が」

「いつまでも置いてかれっぱなしは、さすがにシャクだからね」

 

 シグナムが、ヴィータが、ザフィーラが、シャマルが。それぞれ騎士甲冑を纏い、ミハエルと鏡花の隣に並び立つ。

 

 

 

 これが、開戦の狼煙。

 

 犠牲を払うかもしれない。そんな戦いの、始まりの始まりだった。




感想とかいろいろ、お待ちしております!


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08:侍と斬り裂き魔

 ううむ、そろそろカッコとかを統一するための一時編集をしないとなぁ、とか思い始めているYuinoです。

 来月から就活なんで、更新速度が一気に落ちるような気がしますたぶん。なるべく落とさないように、そして就活も成功するようにしていきますので、皆様温かい目で見守ってくださると嬉しいっすはい。

 それではそれでは、はじまりざますよ?

(20015/06/26 簡易修正)
(2017/12/26/ 加筆修正)


――聖が倉庫街にたどり着く、その数十分前。

 

 聖は一度、家の方に戻っていた。倉庫街自体が、家のある方向にあったし、なおかつとあるものを所持しておく必要があった。もちろん、それはそのときまでは『念のため』だったのだが。

 聖はひたすら駆ける。しかし、その途中で”何かおかしい”と気づき始めた。

 

「何だ、この騒ぎ……?」

 

 家に近づいていくにつれて、なにやら騒ぎが大きくなっている。しかも、その騒ぎが、家の方から聞こえてくる。

 ただならぬ予感を胸に抱き、聖は走る。

 そして、その予感は、ものの見事に的中してしまうことになる。

 その騒ぎは、本当に聖の家が中心になっていた。なにやら多くの野次馬が家を囲み、がやがやと騒がしくなっていた。

 

「あら、聖くん、今帰ってきたの!?」

「た、只野のおばさん? 一体、何が・・・・・・?」

「美月ちゃんと、葵ちゃんが――」

 

 隣の家主、只野さんの言葉。そのワンフレーズを聴いて、聖は家の中に飛び込む。鍵を開け、靴をもののゼロコンマ数秒で脱ぎ捨てるとリビングの中に飛び込んだ。

 

「おい。これは一体――」

 

 リビングは、限界というものを知らないかのごとく荒らされていた。何かと争ったような痕跡が至る所に確認でき、現場検証などにきていた警察官達がせっせと調査に当たっていた。

 その中をうまくかいくぐり、警察官の「心当たりは?」という質問に対し、聖は「全くないです」と答える。

 しかし、聖には心当たりがあった。しかし、これを警察に干渉されるのはこちらとしてもまずい。

 そして、聖の心当たりが正解ならば、あの場所に何か残っている。

 その思いを旨に、一度道場の方へ向かう。

 案の定、正解がここにあった。

 道場の床に書かれた、赤い掠れたような文字。僅かに香る、血の匂い。その赤い文字が、誰かの血で書かれ、そして誰が書いたものか、聖にとって答えは明白だった。

 

「『J soko』、か。わかったよ、美月姉さん」

 

 聖は小さく呟く。そして、道場の奥にある『不撓不屈』の掛け軸の下を持つと、思い切りそれを引き払う。

 そこには、一本の刀とその鞘、それを持ち出すためのバットケースが納められていた。

 刀は、刀身が赤く染まり、鞘もまた、それと同じ色に染め上げられている。そして、まるで封をするかのように張り付けられた白紙には『緊急時以外引キ抜クコトヲ禁ズル』と赤字で書かれていた。

 佐々木帝流直系の継承者のみが扱うことを許される、秘伝の刀。赤く染まった刀身と、僅かに香る血の匂いから、その刀は、『血の刀』と書き、血統という単語にかけた『血刀(けっとう)』、そして、その刀から『死』を連想させるということで、とある迷信で死を連想させる花である『彼岸花』の銘をつけられた。

 そう、これは、不殺を誓う天剣佐々木帝流の中でも特例中の特例。

 『身内ニ多大ナル危害ヲ加エタ者ニハ制裁ヲ』 に則って打たれた、殺しの刀。

 聖は、それの柄を掴み、勢いよく引き抜くと、鞘に収めてバットケースに収納する。そのまま道場の裏手から外にでると、そのまま駆け出す。

 向かう先は、海鳴倉庫街。そこに、必ずいる。葵と、美月が。

 

「待ってろ。葵、美月姉さんっ!」

 

 聖はもう一度速度を上げた。手遅れになる前に、たどり着くために。

 

 

 

 

 

 

――再び時間は戻り、海鳴倉庫街

 

 いっこうに数が減らない。そうシグナムは思い始めていた。

 これじゃじり貧だ。ヴィータは内心焦り始めていた。

 速く削らないと、はやてが危ない。ザフィーラは珍しく息が上がり始めていた。

 全体の速度が上がって、ペース配分が狂っている。後方から支援していたシャマルは、ペースを落としつつも回復と支援に手一杯だった。

 もしも、この防衛ラインという場所が、守護騎士のみだったら、あと数分で崩壊していたかもしれない。

 それほどまでに、今目の前に無数に存在する、死んだはずの違法集団と、機械狼は強敵だった。

 まるで繋がっているかのような連携と、絶え間なく放たれる波状攻撃。防ぐのも攻めるのも、手一杯になりつつあった。

 もしも、対処していたのが自分たちだけなら、と言う話だが。

 

「しっつこいよ!」

 

 紅の夜叉が振るう仕込み刀が、そしてそれを使役する日本刀を振るう和装の女性が、数匹の狼達をまとめてなます切りにする。

 

「少し、静かにしましょうか?」

 

 神父が右腕をスイングすると、無数の赤い文字列が死霊武装隊員と狼の動きをその場に縫い止め、縛り上げ、切り刻む。

 紅夜叉を操る、尾崎鏡花。赤い文字列『緋文字』を繰る、ミハエル=ホーソーン。この二人は、背中合わせに、多くの相手を無力化していた。

 そしてその瞬間、転機来たりと言わんばかりに守護騎士達は自らの力を存分に振るう!

 

「ラケーテンっ、ハンマー!!」

「紫電、一閃!!」

 

 シグナムとヴィータ。守護騎士の近接担当が動きの止まった相手を一気に吹き飛ばしていく。

 

「シグナム、少し飛び出し過ぎよ?」

「あぁ、すまないシャマル」

「ヴィータも同じく、だ」

「すまねぇ。でも、ザフィーラが守ってくれるなら思い切り出れる!」

 

 飛び出しすぎて直撃しそうになったシグナムへの攻撃を、シャマルは遠隔防御壁『風の護盾』で、ヴィータへの攻撃をザフィーラが『鋼の軛』で防ぎきる。

 まさに、攻防自在のコンビネーション。守護騎士四人と、二人の探偵(武闘派)。その動きは、完璧にかみ合っていた。

 

「なるほど。貴女の剣術、なかなかのものだ。今度、是非手合わせを願いたいものだ」

「私としては、是非拒否りたいところね~」

「こらこら。そう言う話は全て終わってからにして欲しいものだ」

「まぁ、シグナムだし……」

 

 若干の緊張感のない空気が、輪形陣――中央にシャマルを配置し、彼女の前後左右をシグナム、ヴィータ、ミハエル、鏡花、ザフィーラで囲う陣形の中で流れる。

 その中、一人思案するように考え込む人物がいた。そう、ミハエルである。もちろん、四方八方、もとい正面と左右、そして上方から飛んでくる射砲撃や物理攻撃を緋文字でガードしながら、吹き飛ばしながら、少しの間うつむきながら考えていた。

 

「もしかして……いや、でも……やろうにも……むむっ……」

「なぁに唸ってるのよ、ミハエルっ?」

 

 『バチコーン』という効果音が似合いそうなモーションで死霊武装隊員を仕込み刀(ただし納刀状態)で吹っ飛ばしながら鏡花が聞く。彼女の問いかけに対し、ミハエルは「あぁ、気にしないでくれ。ちょっと」と言って、近くまで来ていた機械狼を緋文字で弾き飛ばして、一歩前へ出た。

 

「少し、試してみたいことが出来た」

 

 ぼうっ、と煌めく赤い文字。そして、懐から数本の十字架を取り出し、それらを指に挟み込むようにして持つとそのまま横にスイング。

 すると、十字架の上から白銀の刃が、光を伴って展開される。

 その現象に、一瞬だけ驚く守護騎士達だが、何かの『策』と判断し、シャマルを最後尾に配置してミハエルを囲うように輪形陣を組み直す。

 

「何かの策があるのだろうな、修道士」

「あぁ。というか、君はしゃべれたのだな、狼君」

「ザフィーラだ」

「あぁ、そう。それじゃザフィーラ君、少し頼まれてくれるか?」

 

 心得た。そう短くザフィーラが言うと、彼の前にザフィーラが来て、光に包まれる。すると、光がはれた頃には筋骨隆々な褐色の男性がいた。

 

(ザフィーラの人間形態(モード・ヒューマン)、見るの久しぶりね)

(魔導師って、もうなんでもありなのね)

 

 シャマルが感慨深く、鏡花はあきれたような表情で彼を見る。そんな二人をよそに、ミハエルはザフィーラに対し「それでは、よろしく頼む」と一言。

 彼の一言にうなずいたザフィーラは、その場に構える。そして――

 

「でりゃぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 気合裂帛。

 地面を思い切り踏み抜き、彼の叫びに呼応するように、無数の白銀の槍--彼の魔法『鋼の軛』が乱立し、死霊武装隊員と狼を一カ所にまとめ、そして動きを封じた。

 その瞬間。

 

「ふっ!」

 

 手に持っていた十字架十本をすべて、時間差をつけて空中に投擲する。そして、懐に隠していた聖書を取り出し、唱える。

 

「――告げる(セット)

 

 ぼう、と輝き出す彼の足下。

 

「――我が殺す。我が生かす。我が傷つけ我が癒す。我が手より逃れうる者は誰一人として在らず。我が目の届かぬ者は誰一人として在らず」

 

 バスン、という鈍い音を立てて十字架の一本が空中より落下する。

 その色は、赤。

 

「打ち砕かれよ。破れた者、老いた者を我が招く。我に委ね、我に学び、我に従え。休息を。唄を忘れず、祈りを忘れず、我を忘れず、我は軽く、あらゆる重みを忘却させる――」

 

 一本、また一本と、落下してくる十字架。今までに落下してきた数は、九本。その十字架は、一カ所にまとまった武装隊員たちの周りに、十字を作るように落下し、突き刺さる。

 そして、落下して突き刺さるたびに色が赤から白へ向けて、徐々に薄くなっていく。

 

「装うなかれ。許しには報復を、信頼には裏切りを、希望には絶望を、光あるものには闇を、生あるものには暗い死を――」

 

 一歩、前へでるミハエル。手に持った聖書は白銀の光をさらに強め、世界を照らす太陽の光にもよく似た、目映い光を放っていた。

 

「休息は我が手に。貴殿等の罪に油を注ぎ印を記そう。永久の命は、死の中でこそ与えられる。――許しはここに。洗礼を受けし我が誓う」

 

 パタンと聖書を閉じ、右手でもって十字を切る。そして、最後の一本の十字架が、ほかの九本で作り上げた巨大な十字架の中央に落下する。

 そして。

 

「――――その魂に憐れみを(キリエ・エレイソン)

 

 完成した十字架を起点に、吹き出すようにして白銀の光の奔流が溢れ、その光を拒むかのような爆風がミハエル達を襲う。

 風に吹き飛ばされまいと踏ん張る守護騎士達と鏡花。彼女たちの声がかき消されていく中、ミハエルには全く別の声が聞こえていた。

 

「――っ!――っ!!」

「な、なんだこの声は」

 

 絶望、哭泣、悲壮、死。まさにそのような表現が一番ぴたりと当てはまる、そんな負のイメージをさせる、叫びがミハエルの中に響いてきた。

 そのすべて。最後に響いてきた声は、絶望の中から救いを求める、そんな声。

 そんな声にもまれながら、彼は突風の中膝をつく。飲み込まれる、そう一瞬だけ思考し――その思考をすぐさま取っ払った。

 

「そんな感情がある、と言うことだけ理解できれば・・・・・・もう、十分だ」

 

 膝をついた状態から再び立ち上がると、再び十字を切り、自分の右手を首にかけた十字架のペンダントで浅くない斬り傷をつける。一瞬だけ吹き出て、その後はつぅっと真っ赤な鮮血が彼の指を伝い、地面に落ちる前に風に吹き飛ばされていく。

 

「緋文字、改式。形状、弾丸」

 

 指を伝って落ちていく彼の鮮血が、ゆっくりと彼の指の先に螺旋を描いて集まっていく。しゅるるる、と乾いた音を立てながら指先に集まっていき、それは一つの形を生み出す。

 それは、球体。銃弾と言うにはあまりにも小さく、しかしパチンコ玉よりも確実に大きい、そんな形状のそれ。

 それを指先に形成すると、彼は右手を、まるで子供が拳銃遊びをするときのような、手で銃の形を作り固定すると、光の奔流と爆風の発端である場所に向け--

 

Anfang(セット)――緋文字改式、洗礼の弾丸(バレッド・オブ・バプティズム)。その願い、聞き届けた」

 

 乱射。

 マシンガンかガトリングか。まさにそれと表現することがふさわしい高速連射で、弾丸を射出していく。

 光と爆風の中に消えていく旅に響く哭泣、悲壮。しかし、その声は光と爆風が落ち着いてくるとともに徐々に小さくなり、声が聞こえなくなると同時に爆風も綺麗さっぱり無くなった。その光の中にいた、武装退院と狼も、跡形もなく消えていた。

 それを確認して、ミハエルは膝をつく。すぐさま右手の出血を止めるため、止血を施す。

 そんな彼を見て、シグナムはすぐに体を動かして彼のことを立たせる。出血は既にほとんどないものの、その代わりなのか、彼の顔色は良いとはいえなかった。

 

「バカか!あんな無茶しやがって!」

「ははっ、まぁ、アレが一番効くと思ってな。それより――」

 

 ヴィータの罵倒を聞き流しながら、ミハエルはふるふると震える体で倉庫の方向を指さす。

 その倉庫の中から、桃色の光と赤黒い光が爆音とともに立ち上った。

 

「進め、守護騎士。主の元へ、急げ」

「――わかった。その代わり、復活したらお前たちも来いよ?」

「ふっ。理解した」

「あ、私もここで一時待機なのね?」

 

 ったりめーだ。そうヴィータは鏡花に告げると、足早に倉庫の方へ急ぐ。そんな彼女たちを見送りながら、鏡花とミハエルの二人は自身の体力回復につとめていた。

 

 

 

――ヴィータ達の戦いが終盤に入り始めていた、それと同時期。

 

 鉄の扉が、轟音をたてて崩れ落ちる。

 僅かに外から差し込む太陽の光を背に、聖は倉庫の最奥にたどり着いた。

 その姿は既にぼろぼろ。身に纏う戦装束"東雲"にはいくつもの解れが生まれており、聖自身にもいくらかの傷、ダメージを負っていた。

 しかし、そんなものは彼にとって今は"些細な傷"。今はただ、前へ進むのみ。

 そして、彼はたどり着いた。今回の標的の元へ。

 

「お前が、ジェイソン――」

「会いたかったぞ、ヒジリ・ササキ」

 

 倉庫の一番奥。そこに彼は居た。

 高々と積まれた荷物の上に腰掛ける、異形の鎌を担いだ男。顔の半分を、骸骨をモチーフにした仮面で覆い、血に塗れた黒いコートを纏う男――ジェイソン。

 しかし、彼の様子がどことなく異なっていた。少なくとも、はやての家で見た、龍吉との夜間戦闘の時に放っていた、禍々しいほどのオーラはなく、ひどく落ち着いた、紳士のような雰囲気。

 しかし、そんなことは関係ない。そう思いつつ、聖は彼に問いかける。

 

「先に問おう。葵と、美月姉さんはどこだ」

「無事だ、あの二人は。解放した、ここにつれてこられて、目を覚ましたときに。本意じゃなかった、あの行為は。許せ、とは言わない」

 

 すっ、と重力を感じさせない動きで彼は降りてくる。その時に響いた、グチャリという音を聞いて、聖はその視線の先に、細切れになったニンゲンがいた。

 

「つまり、あの行為は俺を呼び寄せるために、勝手に部下がやったと?」

「信じなくてよい、別に。真実である証拠はないからな、俺の言葉が」

 

 そう言いながら、彼はゆっくりと歩みながら自分の得物――巨大な鎌を構える。それを見て、聖もまた、ここまでの戦いで刀身がボロボロになりつつある彼岸花を構える。

 双方、動かない。その状況下で、ジェイソンが口を開いた。

 

「言っておく、先に。殺せ、俺を」

「は・・・・・・?」

 

 いきなり突飛藻無いことを口にするジェイソン。呆然とする聖をおいて、一瞬だけ身体をくのじに折ると、ジェイソンは鎌をぐるぐると回転させてから構え、聖に突撃していく。聖はそれを刀で受け止めようとするが――

 

「遅イゾ、貴様ァァッ!!」

 

 放たれたのは斬り上げ。狙ったのは、聖の心臓。直撃だけは避けるため、僅かに体を後ろに倒しながら聖はそれを真っ正面から受け止めにかかる。

 しかし――

 

 パキィン

 

「なっ――」

 

 金属が砕けるにしては軽い音が響き、聖の持つ刀が――『血刀・彼岸花』が真っ二つに砕け散った。今までの戦いによる負荷と、今の一撃で、とうとうその刀は力尽きた。

 まさにそれを狙ったかのように、ジェイソンはニタリと口元をつり上げ、そのまま鎌を短く持ち、長くなった柄の方をフルスイング!

 

 

「ウラァァッ!」

「がふっ――」

 

 まるで弾丸ライナーのごとく聖は吹き飛ばされ、倉庫の壁にたたきつけられる。追撃が来る。そう思い、ボロボロの体を引きずるようにして立ち上がり、近接戦闘の構えをとるも――

 

「ア、ガァ、グッ、ァァァアァァアアアアッッ!!」

 

 瞬間、ジェイソンが吠えた。真っ黒い魔力の奔流。暴走するような、周りのもの全てを取り込まんとする、真っ黒い負の奔流。

 それに飲まれながら、聖は感じていた。先のジェイソンが放っていた、ひどく紳士的な雰囲気と、この真っ黒い負の雰囲気。まるで正反対の雰囲気。

 

(まさか、この獣じみた雰囲気、この黒い魔力も。もしもこれらが、"こいつの本心"でない、としたら)

 

 一つの可能性を感じ取った聖は、納刀していた雪風をゆっくりと引き抜くと、そのまま突撃の構え──切っ先を真っ直ぐ相手に向ける、突きの構えを取って、ジェイソンへと一気に接近していく!

 

「ガァァァァッ!!」

 

 聖の予想通りの攻撃。正面を薙ぎ払うフルスイング。通常の鎌のリーチに加え、魔力による強化を付与しているため、射程距離は五割り増し強!

 しかし聖は、それの射程距離に突入してしまう"寸前"で急停止。ジェイソンの攻撃を五センチ手前で回避すると、再び突入!

 身の丈以上のリーチがあり、なおかつ魔力による斬撃を延ばすことでさらにリーチを延ばしているジェイソンの大鎌(ビッグサイス)と、三尺ほどで斬撃を飛ばすというような細かいことが出来ない聖の(雪風)。リーチの差は歴然。しかし、それを乗り越えなければ――

 

(勝機は、皆無!!)

 

 再び横薙ぎの斬撃を回避して接近。一歩一歩、一撃一撃、確実に、そして疾く回避しながら聖は接近していく。

 そして、互いの距離が三メートルと言うところになった瞬間。

 

「届けぇぇ!!」

 

 突きの構えを取っていた聖は、その"溜め"を一気に解放。今の今まで溜めていた魔力の全てを、加速に全振りする!

 

「天剣佐々木帝流、突きの型――時鳥(ホトトギス)!」

 

 バスンッ、という音を立てて、聖のはなった突きがジェイソンの鎌を、防御をかいくぐり直撃する。瞬間、呻きをあげるジェイソン。

 天剣佐々木帝流の中で、唯一の突きの型『時鳥』。その効果は、対象の急所に叩き込むことで一時的ながら全感覚の切断を行うもの。そして、カスミ式の魔力と共に叩き込む場合、魔力回路、リンカーコアの一時停止も同時に行う。つまりこれは。

 

「ガッ――あ、ああぁ――」

 

 対魔導師用の、完全麻痺攻撃(パーフェクトスタンアタック)

 ジェイソンは、その体を痙攣させながらその場に停止する。そして、その瞬間を、聖は逃さない!!

 

「カスミ式禁呪――」

 

 カスミ式の中でも、『禁呪』と言われる魔法が一つだけある。

 自己強化に重きを置くカスミ式は、一つだけでも『何者にも負けない』という絶対の自信のある攻撃手段がなければ『決定打』のない弱い魔法とされてしまう。しかし、その中で唯一、ある意味決定打となる大魔法が存在する。

 

「想起――!」

 

 それは、相手の記憶を呼び起こし、読み解き、それを利用するというもの!

 

「フラッシュバック・インポート!」

 

 藍色の光を、聖は左手でジェイソンに叩き込む。

 瞬間、黒い魔力を伴って、彼の"記憶"が聖の中に流れ込んでくる。

 

(こ、これは――)

 

 そう、それは、真っ黒い記憶に対抗するような、彼の本心。

 流れ込んでくるのは、後悔、愉悦、狂喜、懺悔、絶望、快楽。様々な、彼の感情。

 それと共に、彼が見てきた記憶が、記録となって流れ込む。

 

――茶色の陸士部隊の制服を着て、何か言いながら多くの同僚を率いている彼の姿。彼の手に握られているのは、まったく形の異なる大きな槍。

 

――焼け野原で一人。多くの同僚の死を見て、絶望している彼の姿。彼に手を差し伸べる、一人の白衣の男。その表情は、狂喜か、狂気。

 

――黒いコートを羽織り、何の罪もない一般人に攻撃を仕掛ける彼の姿。後にそのことを知り、絶望する彼の姿。そして、彼に囁きかける、黒い影。

 

――今と同じ仮面をかぶり、深夜の静まりかえった町を歩く彼の姿。その後ろにボウと浮かび上がるのは、顔を手で覆い絶望した彼の影と、黒い影を纏い彼に語りかけるボロコートの男。

 

――自分の首を落とし、死に絶えながらも生きながらえ、あまつさえ全ての記憶を持って生きる、その行為に絶望する、彼の姿。

 

 記憶をかいま見た聖は、驚愕の表情を隠せないままゆっくりと後退し、再び刀を構える。完全麻痺攻撃から解かれたジェイソンは、再び狂気の瞳で聖を睨む。

 そんな目で見られながらも、聖の表情は崩れない。ただ真っ直ぐに、ジェイソンを見据えるのみ。

 

「そうか・・・・・・だから、"殺せ"か」

 

 ゆっくりと切っ先をおろす聖。それを見て、ジェイソンは獣のような叫びをあげながら一気に詰め寄り、鎌を振りかぶり、振り下ろす!

 瞬間響く金属音。その鎌は、聖まで届かない。聖もまた、刀の切っ先を鎌の切っ先に当て、それを受け止めていた。受け止める刀の切っ先からは、薄い藍色の障壁が展開されている。

 カスミ式の防御魔法『椋鳥(むくどり)』。彼の固有魔法である絶対守護障壁には届かないものの、それと同等の防御性能を持つ、刀を抜いているときのみ発動可能な防御魔法。

 

「はっ!」

 

 "椋鳥"を使用したまま、刀を振るうことで"打撃技"としてジェイソンを吹っ飛ばす。そして、再び刀を構え、聖は動きを止め、想い起こす。

 彼が、ジェイソンが、過去に言っていた言葉を。

 

「俺は、傷つけるために戦うんじゃない。守るために、戦う、か」

 

 俺と似ているな。そんな風に何となく思いながら、聖は一度、相棒に問いかける。

 

「良いか、雪風?」

-はい、大丈夫です! 司令(しれぇ)と共に、雪風、どこまでも参ります!-

「ありがとう、雪風。感謝する」

 

 簡単な問答。答えは分かり切っていた。だからこその、再確認が必要だったのかもしれない。

 聖は雪風の刀身に手を当て、ゆっくりと、刃紋をなぞるように引いていく。すると、刀身が徐々に藍色に染まり、そして全てが藍色に染まりきったとき、その光は爆発し、聖ごと飲み込んでいく。

 そして、収束し、消えていったとき、聖の姿はまるで変わっていた。

 

「雪風改式、限界突破(オーバードライブ)完了」

 

 ぽつりとつぶやく聖。彼の姿は、見紛う事なき覚悟の証。額の鉢巻は消え、藍色の着物だった戦装束は、白い、死に装束とでも言うかのような姿に変わっていた。その背に刺繍された文字は“一刀絶護”

 

「改めよう。『氷風の一閃』改め、『不沈の一刀』雪風と、『藍の剣聖』佐々木聖――」

 

 ひゅん、という鋭い音を立てて、雪風を構える聖。彼の姿を見て、ジェイソンもまた、その大鎌を構える。

 

「いざ、参る!」

「ゴガァァァァァッ!!」

 

 聖の言葉に呼応するかのように、ジェイソンが吠える。その叫びは、やっと殺してくれる、というどことなく安堵の混じった叫び声のようと、聖は感じていた。

 

 

 

――倉庫街中腹

 

 聖の追いかけるなのは達。彼女は走りながら、ジェイソンのことについて調査してもらっていた案件についての回答を待っていた。

 ジェイソン、という人物について。彼が保有する武器について。何か白の情報が、確実とは言い切れないものの、高い確率で管理局のデータベース内に保存されているのではないか、というのがフェイトの推測。

 

『フェイト、なのは、はやて。見つけたよ、ジェイソンの情報』

「本当、ユーノ!?」

 

 そしてその推測は、彼女たちの十年来の友人である、ユーノ=スクライアからの緊急連絡を以てして、見事的中した。

 ユーノから送られてきたデータを確認しながら、彼女たちは彼からの言葉を待つ。

 

『本名ジェイソン=バラク=フリーガー。元管理局員で、入局10年のベテラン。階級は三等陸尉で、三ヶ月前に死亡届が出されて二階級特進を受けて最終的な記録は一等陸尉。所属は第371陸士部隊』

「三ヶ月前・・・・・・。ジェイソンが現れたのは二ヶ月前。いい感じに合致するね」

「それで、亡くなった原因は?」

 

 なのはが画面の向こうのユーノに問いかける。すると、彼は少し苦々しい表情をしてから、ややあって返答した。

 

『所属していた陸士部隊総出で行った、違法研究所の一斉検挙、っていうのがあったんだ。出動人数は50名。371に所属していた魔導師全員。それが、機械兵器十数機と数名の魔導師相手に、全滅させられた。生き残りはたったの五人。その中にジェイソン氏は含まれていなかった』

 

 その情報は、執務官として多少ながら捜査協力、もとい事後調査に当たっていたフェイトは知っていた。当然、死亡者リストも一から全て確認したが、ジェイソンという名前は載っていなかった。

 何かがおかしい。そう思いながらも、フェイトは再びユーノの言葉に耳を貸す。

 

『これはあくまでも僕の推測、程度に聞いてほしい。たぶん、彼の死は"何者かによってもみ消された"と思って良い。その何者かは、たぶん、僕たちも知らない"管理局の深淵"だと思う。だから――』

 

 気をつけて。そうユーノに伝えられ、再びなのは達は走り出す。そして、走り出した先に見たものは――

 

「なっ・・・・・・」

「聖君――」

「あのバーローが」

 

 真っ白の死に装束のような服装をして、凄まじいオーラを放つ、聖の姿と、そんな彼に対し、縦横無尽に長大な鎌を振るうジェイソンの姿だった。

 龍吉は知っている。真白の死に装束じみたあの姿は、彼が密かに言っていた“最後の切り札”。切り札(エース)を潰す切り札(ジョーカー)。その名前は。

 

「戦羽織、瑞鶴――」

 

 龍吉はつぶやく。幸運の空母と呼ばれ、その武勲に由来し、彼がデザインしたの戦羽織の名前を。

 その声が聞こえたのか、聞こえていないのか。それはわからないが、目の前で見事なまでの斬撃を叩き込み、ジェイソンから放たれる斬撃を回避し、受け流し、斬り流す聖の動きが、一段とキレを増したように見えた。

 

「聖君!」

 

 なのはが叫び、相棒(レイジングハート)を構える。

 彼らが戦っている距離は、私の距離じゃない。でも、今の中・長距離(ミドル・ロングレンジ)からの援護射撃なら。そんな思いを持って、彼女は構える。

 しかし、そのことが彼女にとって、そして聖にとっても大きな誤算となってしまう。

 

「来るな、高町!」

「■■■■■■■■■■!!!!」

 

 獣の叫びのようにも聞こえる、体の芯に"恐怖"を直接叩き込むようなジェイソンの爆轟。一瞬だけ、トリガーを引こうとしたなのはの指が固まる。そして--

 

「なのはっ!」

「え・・・・・・?」

 

 フェイトからの声が響いた頃には、ジェイソンは彼女の目の前にいた。

 どれくらい停止していたのだろう。

 すでにジェイソンは目の前にいて、障壁展開も間に合わなくて。

 振り上げていた大鎌は、まさに空間を切り裂かんとするような速度で飛来。目の前まで迫る。

 

(殺られる・・・・・・!?)

 

 一瞬働いた思考。それより先に動いたのは、自分の体。せめて、差し違えてでも。そんな思いを持って、自分が出せる最大限の速度で相棒を構えなおし、トリガーを引く--

 

「やめろぉぉぉ!!!」

 

 否、引こうとしたとき。まさにその瞬間、声が響いた。

 瞬間響く金属音。

 それに次いで、ブチュ、という、何かを肉感のあるものを潰す音。

 

「て、めぇ・・・・・・俺とのサシの最中に、何“なのは”に手ぇ出そうとしてやがる」

 

 ギチギチと響く金属音と共に聞こえるのは、パタッ、パタッ、という少なくない出血量が地面にしたたり落ちる音。

 

「勝手に、俺以外の、というか、俺の仲間に手ぇ出してんじゃねぇよ」

 

 驚愕の表情を隠せないなのは達四人の視界に入ってきたのは、ジェイソンが振るった鎌を苦悶の表情で何とか受け止める聖の姿だった。

 そして聞こえてくる出血は、彼の左目から、したたり落ちていた。

 

「目の一個くらいくれてやる。ただし、てめぇの成仏と一緒に、てめぇの首ももらうぞ、ジェイソン!!」

 

 聖の残った片目は、すでにジェイソンの心臓を捉えていた。

 




感想とか、お待ちしております!


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09:近づく終わり

ども、Yuinoです。

おそらく、就活前最後の更新となるでしょう。こっから忙しくなると思うので、おそらく速度ががくんと落ちるでしょう。ご了承くださいませ……><

それでは、どうぞ!


「そぉぉれ!!」

「グゴアァ!?」

 

 障壁を解除し、ジェイソンを当て身で吹き飛ばしながら、聖は一気に体全体にきたダメージを感じ、そして今の一撃で失った"左側の光"を再確認した。

 左目をやられた。ジェイソンを吹き飛ばした聖は、目から流れる少なくない出血を袖で拭いながら当たり前のことを思っていた。

 

(左目がやられた。左側全部見えねーや。さて、どうしたものか)

 

 なのはが彼女自身の相棒(レイジングハート)を構えて魔力をチャージした瞬間、ジェイソンが飛び出して鎌を振り上げていた。その二人の会いだに”風神”で割って入った聖は、振り下ろされる瞬間鎌が移動する"座標の途中"に"椋鳥"を展開して振り下ろされるのを強制的に停止はさせた。

 しかし、それはあくまでも途中からの動きを封じただけで、結果的に聖の左目が鎌の先によって潰される、という結果になった。

 

(ていうか、めっちゃ左目(いて)え。いや、痛いどころじゃないんだけど、沈痛魔法掛けてもコレかぁ。こりゃ、当分は幻痛に悩まされそうだ)

 

 冷静に状況を分析しながら、聖は応急処置代わりの止血魔法と強制沈痛の魔法を左目にかけ、もしかしたら、ということで持ち歩いていた眼帯を左目にかける。

 改めて、左側の視界が潰されていることを確認しつつ、聖は雪風を構える。腹部を思い切りぶっ叩かれて吹き飛ばされたジェイソンは、くぐもった呻き声を上げながら鎌を構え直した。

 攻撃力の差は歴然だった。何せ相手は歴戦の勇士、というべき実力者。対する聖はちょっと剣術が出来る半人前魔導師。アドバンテージは、明らかに相手にある。

 

(まぁ、そんなこと分かってたけどさ)

 

 心の中で小さくつぶやきながら、聖も雪風を構え直す。リーチも、経験も、実力も。圧倒的に相手が上。勝ち目はほとんど存在しない。しかし、それでも--

 

「やるっきゃ、ないよな」

 

 聖は上段に刀を構える。ぼうっ、と刀に藍色の光が宿る。

 突撃の構え。そして、一撃必殺の”秘剣”の構え。

 次の一撃で、ケリを付ける。そのために、自分が傷ついてもかまわない。そんな風に思っている故の、”秘剣”の構え

 そんなときだった。

 ぽん、と聖の左肩に手が置かれる。その手が誰のものか、聖は顔を向けずに判断した。

 

「龍吉、か」

「おうともさ。援護するぜバカ聖」

「お前等の援護は必要ない、と思ってた。まぁ、数分前までの話だけど」

「それじゃ、今は必要だってことだよね、聖君?」

「せやな。援護どころじゃなくて、MVPかっさらってく勢いで往くで?」

「MVPって、はやて、それなんか違う気がするよ……?」

 

 聖を先頭。中衛に龍吉、フェイト。その後衛になのはとはやて。そんな布陣が出来上がっていた。聖をサポートする、という意志で集まってきた四人が、それぞれの獲物を構える。

 

「もう、終わりにしよう、ジェイソン!」

 

 それを見てから、聖は改めて雪風を構え直す。

 攻防一体、中段の構え。

 

「羅生黒虎、二重顎(ふたえあぎと)!」

 

 龍吉はさっと手を振って、その纏う外套から二つの影を伸ばし、その影は巨大な牙を持つ二つの龍を描き出す。

 

「バルディッシュ!」

-Yes,sir-

「往くよ、レイジングハート!」

-Yes,my master-

「さて、いっちょ決めよかリイン」

-はいです!-

 

 フェイトは戦斧を模すバルディッシュを、なのはは十年来の相棒であるレイジングハートを、はやては融合騎たるリインフォースⅡを内包(ユニゾン)しシュベルトクロイツを、それぞれ構える。

 そんな彼らを前にして、再びジェイソンは――

 

「ゴガァァァァァァッ!!!」

 

 爆轟。

 倉庫そのものを揺るがすかのような振動。それが初見だったなのは達は、一瞬だけ足が止まる。

 たった一鳴きの束縛する咆哮(バインドボイス)。それで、歴戦の魔導師三人の一時的に足を封じ込めた。

 

「――あめぇよ、ジェイソン!」

 

 しかし、すでにそれを見ていた、否、見たことあった聖と龍吉。そのタイミングがジェイソンの少ない大きな隙だと理解して、一気に突撃、肉薄する!

 

「せやぁぁぁっ!!」

 

 聖は”霧走”によって作り出した加速を利用して前に跳躍。ジェイソンとの距離を一気に詰めて斬り掛かる。

 しかし、それを読み切ったようにジェイソンは大鎌を振るう。

 瞬間響く、甲高い金属音。一瞬の鍔迫り合いを伴いながら、ぎちぎちと火花を散らして拮抗する。

 その僅かな時間。刹那、と言っていいような一瞬の時間。そのタイミングで、龍吉がジェイソンの懐に潜り込む!

 

「せぇやっ!!」

「ナイスタイミング!」

 

 龍吉の黒虎、その右側の牙がジェイソンに迫る。その牙を、ジェイソンは聖を弾き飛ばした後にすぐさま鎌で受け止める。

 しかし、その開いた”ラグ”を見逃すほど、聖も甘くない!

 

「はぁっ!」

 

 間髪入れずに聖の斬撃。それをジェイソンは、龍吉の牙を弾き飛ばして再び受け止める。

 その後も、弾き飛ばされては聖が攻めに転じ、その攻めの間を縫って龍吉が攻め、ひたすら繰り返す。

 永遠に続くかのような攻めと守り。しかし、その攻めにもほころびが生まれてしまう。

 

「グルアァァァッ!」

「く――っ」

 

 聖渾身の刺突がジェイソンの障壁に弾かれる。龍吉の援護も間に合わない。振り下ろされる斬撃に対し、聖は真っ正面から受け止める。

 ガギンと響く鈍い音。受け止めた先で湾曲した鎌が聖の肩に突き刺さり、ブスリと肉にめり込む。

 しかし、そのタイミングで聖は刀で鎌を受け止めながらその柄を掴む。

 

「こ、この距離ならっ……」

 

 数十秒前からキィィィ、と響いていた収束音。それを片耳で捉えていた聖は、この”ジェイソンの動きが止まる”一瞬を、待ちかねていた。

 空間をゆらゆらと、桜の花弁のように舞う桃色の魔力光。そして、その光が行く先は……

 

「たたき込め、なのはぁ!!」

「バスタぁぁぁぁ!!!」

 

 ゴウッ、と唸る空気。空間そのものを飲み込む様な、桃色の光。それが、聖が抑えていたジェイソンを一気に吹き飛ばしていった。

 目の前を桃色の極太砲撃が通り過ぎていった様子を見て青ざめる聖。近くにいた龍吉も「モロにくらったら死ぬなあれは」とか言っていたが、聖はスルーしてなのはの方を見る。

 自分の十八番であり、自分を象徴する砲撃――ディバインバスターをジェイソンに叩き込んだ彼女は、冷却孔から白い煙を吐き出すレイジングハートを構え直し、彼女は聖にぐっと親指を立ててにこりと微笑む。

 その中で、土煙を強引に吹き飛ばしてジェイソンが現れる。吼えながら鎌を振るい、土煙を切り払いながら魔力を放出する。

 まるで効いていない。自分の全力全開の砲撃をものともしていないジェイソンになのはは戦慄する。しかし、龍吉は彼女の方を見て、

 

「大丈夫っすよ、高町さん。効いていないように見えても、無造作に魔力をぶっ放して砲撃を相殺したみたいっす。効いていない、ってことはないと思うっす。それに――」

 

 龍吉は、土煙が舞う中を指さす。

 

「次弾は、避けようと思っても避けられねーっすから」

 

 そこに既に先回りしている、金色の閃光を!

 

「はぁぁぁっ!」

 

 空間を駆ける金色の閃光。高速移動を以てジェイソンへ迫るのは、戦斧を構えた金色夜叉(フェイト)。バルディッシュを振りかぶり、ジェイソンの反応速度を凌駕する速度で迫り、その一撃を叩き込む!

 しかし、ジェイソンは彼女が目の前に来た瞬間に鎌を振るって彼女の攻撃をブロックした。

 まさにそれは、野生の勘。土煙を払ったとはいえ、殆どの視界がつぶされている状態で渾身の一撃を回避された。その事実に驚いたフェイトは、思わずバランスを崩してしまう。

 しかし、バランスを崩しても、彼女はジェイソンから放たれる次撃の大上段振り下ろしを回避し、なおかつ反撃の一撃を叩き込む。

 足払いを含むコンビネーション。石突き、切り払い、切り下ろしと、縦横無尽にバルディッシュを操り、ジェイソンと相対していく。

 そして、一度拮抗した後、すぐさま離れ、フェイトは叫ぶ。

 

「はやて、今!」

「了解や!」

 

 キィンと響く魔法陣の音。それに伴い、吹きすさぶ莫大な魔力。ジェイソンの動きを封じるため、フェイトは離脱際に一瞬でバインドを四基展開し、そのまま彼の動きを封じる。

 バインドを強引に破壊しようとジェイソンが身もだえる。その、今後在るかも分からない大きな隙を、はやては絶対に逃さない!

 

「夜天の書より魔術を引用。砲身展開、開始。八重魔法陣、直列起動。魔力高速回転開始。リイン、思い切り往くで!」

-はいです、はやてちゃん!-

 

 展開されるは八つのベルカ魔法陣。それが、直列に真っ直ぐ連なる。

 はやてが引き出したのは、彼女自身ほとんど確認していなかった夜天の書の奥深くに存在していた謎の魔法。古代ベルカ式の高威力の砲撃魔法と記されたそれは、八つの魔法陣を直列展開し、なおかつそれらを高速回転させて放つ。

 

天地貫く(スピア・オブ)――」

 

 魔法陣が高速回転し、収束された魔力が一つの形をなす。

 その形状は、一本の異形の形をした槍。三つ叉の穂先と、柄の中央に埋め込まれた、柄よりも大きい黒い宝石。周囲をバチバチと雷撃が走り、その三つ叉の穂先はジェイソンにねらいを定める。

 そして――!

 

「――雷神の槍(ヴァジュラ)!!」

 

 さっと腕を一振り。瞬間、解き放たれたかのように槍が空間を飛翔する。

 放たれた一撃はあっという間に速度を上げ、ジェイソンへと迫る。

 初速から終速まで、全く速度を落とさない。直撃間際にジェイソンはフェイトの仕掛けた拘束(バインド)を完全に砕いてみせたが、防御は完全に間に合わない。

 瞬間、轟音。

 目も眩むような雷撃の光と閃光が空間を埋め尽くす。もうもうと立ちこめる爆煙。

 衝撃波に巻き込まれないように、各々障壁を張って防いだ聖たちは、その威力に驚いていた。

 

「ちょっと、これはさすがに威力超過(オーバーキル)じゃないのか……?」

「さっすがに、やりすぎてしもたかなぁ?」

「いくら魔導師とはいえ、超電磁砲(レールガン)もどきを人にぶっ放すのは、ねぇ?」

「それ、なのはが言えること?」

「あはは……高町さん(こえ)ぇわ」

 

 ゆっくりと障壁を解除して再び一転に集まる聖たち。

 これで終わってくれたかな? そんなことを思っていたなのは。

 しかし、その思いはすぐさま崩れ落ちることとなる。

 

「――まだだ」

 

 聖の一言。その言葉に触発されたのか、はたまたそれぞれが感じ取っていたのか。疑問の表情を浮かべながらもそれぞれの得物を構える。

 瞬間!

 

「くっ!?」

「佐々木君!?」

 

 土煙を吹き飛ばして放たれる赤黒い砲弾。それを聖は雪風で斬り払うが、思いも寄らない攻撃だったのか、砲撃の威力でその場に膝をついてしまう。

 

「だいじょう――」

「油断すんなフェイト! 次弾来るぞ!」

 

 再びの砲撃。聖はそれを絶対守護障壁を二重に展開して弾き飛ばす。弾き飛ばしてなお、聖の右腕はびりびりとしびれ、おまけに二重に張ったはずの障壁が使い物にならないほど破損してしまう。

 あり得ねぇ、と心の中でつぶやきつつも、聖は再び雪風を構え直す。

 

「■■■■■■■■!!!」

 

 土煙から現れたジェイソンは、すでに人の姿を留めていなかった。

 

「なんだよ、あれ……!」

「俺が聞きたいくらいっすよ、八神さんっ」

 

 両手で構えていたはずの大鎌はなく、あるのは鋭く鋭利な角のような無骨な剣のようなモノ。それが腕を飲み込むようにして生えていた。両肩から生えているのは、腕を飲み込んでいる剣のようなモノよりも遙かに大きな、鋭利な骨のようなナニカ。背中には魔力で形成されたと思われる、煙のようにゆらゆらと揺らめく翼。腰の当たりからは、虫の足のような触手が二対四本蠢き、腰からは赤黒い鱗に覆われた鋭利な尾、そしてその先にあるのは、彼が保持していた大鎌。

 まるで改造生物。そんな感想を抱いたなのはは、思わずレイジングハートを構え、叫んだ。

 

「レイジングハート、ワンショット!」

-Yes.Axel shooter-

 

 キィィ、と甲高い音をたてて桃色の魔力が集中していく。その数、四基。あくまでも”様子見”のワンショット。一気に魔力が収束し――

 

「シュート!」

 

 放たれる!

 それぞれが不規則な軌道を描いてジェイソンへと向かう。初見では会費が難しいとされる、乱雑な軌道からジェイソンの急所を狙い撃つ、彼女お得意の精密射撃。

 ジェイソンはそれをそれぞれ一瞥すると、背中の翼をうねうねと蠢かし、腰の触手を大きく広げる。そして――

 

「■■■■■■■■!!!」

 

 その腕を高速で振るい、魔力弾を全て弾き飛ばしていく。いや、吹き飛ばしたように見えた。

 うねる腕の先に捕まれているのは、なのはが放ったはずの桃色の魔力弾。それを、弾核を破壊せずに掴み取った。

 

「まさか、魔力弾を掴み取ったのか!?」

「うそ――」

 

 レイジングハートを構えたまま動かない、いや、動けないなのはを強引に後ろに下がらせ、聖は構える。

 するとジェイソンは、掴み取った魔力弾をそれぞれ見ると、それらを一纏めにし、ニタリと口元を怪しくつり上げると――

 

「グアァァ――」

「なっ……!?」

 

 大口を開けて、魔力弾を口の中に放り込んだ。。

 がりがりと噛み砕く音をたて、味を確かめるグルメリポーターのように咀嚼すると、ごくりと飲み込む。

 

「魔力弾を、喰った!?」

 

 まさかの事実に驚く聖達。

 その瞬間感じる、恐怖。とっさに聖は、地面に手をついて叫ぶ。

 

「雪風! 絶対守護領域、残りの全残弾叩き込んで俺たちを囲え!」

-わかりました!-

 

 ゴウッ、と突風が吹き荒れる。それは、聖の魔力が一気に集中し、広く厚いハニカム構造の障壁が展開される合図。瞬間、一気に障壁が展開し、聖達を覆う巨大な障壁が展開された。

 その障壁を見て、ジェイソンがニタリと怪しげな笑みを浮かべる。そして、その魔力弾を喰らった大口を再び開け――

 

「ァァァァアアアアァァッッ!!!」

 

 咆哮と共に赤黒い砲撃が放たれる!

 障壁ごとの見込む巨大な砲撃。それを防ぐように、聖は両手を突き出し必死に抵抗する。

 

「く、っそ。こいつは、想像以上だ……でも――!!」

「佐々木君!」

 

 聖は左手を突き出しながら右手で鞘に収めていた雪風の柄に手を掛ける。フェイトの言葉を聞き流し、彼は居合の型に入る!

 

「天剣佐々木帝流、居合の型――!」

 

 一歩踏み込む。左腕がぎちぎちと軋みを上げている。しかし、今はそんなことは関係ない。今は、この砲撃を吹き飛ばすことのみに集中する!

 

「鳳凰、二閃!」

 

 駆ける二本、十字の剣閃。聖の剣閃は、障壁を吹き飛ばして、なおかつ砲撃を四分割にして吹き飛ばした。

 しかし両腕に異常なまでにダメージがあった。障壁維持のための左腕と、”鳳凰二閃”を放った際の右腕。そしてここまでの戦闘におけるダメージが、彼の身体に大きな負荷を掛けていた。

 その場に膝をつく聖。そのタイミングを見計らったかのように。

 

「ァァァァアアアアァァッッ!!!」

 

 咆哮と共にジェイソンが再び砲撃を発射する!

 膨大な質量の砲撃が、聖へ迫る。しかし、それを防ぐように彼の前に彼女たちがデバイスを構える。

 

「させないよ、フェイトちゃん!」

「うん、なのは!」

 

 彼を守るようにしてなのは達が前に出て障壁を展開する。管理局の中でも防御力は上位に値するなのはと、オールラウンダーのフェイト。この二人がまとまって張った障壁は、局の中でも随一の強度を誇る。

 それでも、その強度を以てしても、ジェイソンの砲撃は”規格外”すぎた。

 

「きゃぁっ!」

「くっ!?」

 

 その二人が束になって障壁を展開するも、数秒で吹き飛ばされ、障壁はバラバラになってしまう。爆風に巻き込まれながらなのは達は吹き飛ばされていく。聖はなんとかその場にとどまり、再びふらふらの状態で雪風を構える。

 しかし、その瞬間放たれる砲撃。

 防げない。そう思った瞬間--

 

――全く、貴方はこうも無茶をする人だとは思わなかったよ――

 

 ザンッ、と地面を踏みしめる音が響く。ぼうっとした表情で見上げると、そこに写っていたのは銀色の巨大な盾と十字の細剣を構える青年。

 放たれた赤黒い砲撃。防御はとうてい間に合わない。

 しかし、青年は砲撃を一瞥すると変わらない無表情で呟く。

 

「なるほど。そう言うやつだったか、そのロストデバイスは」

 

 青年は盾を砲撃に向けると、盾の中に剣を納めて叫ぶ!

 

「ヒースクリフ、バーストバッシュ!」

-御意-

 

 轟音。砲撃を盾で受け止め、轟音が響く。砲撃を半ば強引に弾き飛ばすと、盾の上部に付いた砲塔をジェイソンへ向ける!

 そして――

 

「せぇぇぇやっ!」

 

 気合裂帛。瞬間、放たれる閃光。赤銀の砲撃がジェイソンへ放たれる!

 ジェイソンは四本の触手でそれを受け止め、再び取り込もうする。しかし--

 

「甘いな、ジェイソン!」

「■■■■!?」

 

 砲撃の魔力を追加することで受け止めていたジェイソンをさらに押し込み、一気に壁へと叩きつける。

 それを見ていた聖は、強引に身体をたたせて青年--ジン=アームスレインの隣に並び立つ。

 

「何のようだ、ジン!」

「何って、ウチの所長にヘルプ行ってらっしゃいって言われちゃってね。助けにきてあげたのに、その態度はどうなんだい?」

 

 ぽう、と左手に真っ赤な光を宿し、それをふるう。その光は吹き飛ばされたなのは達を包み込み、彼女たちに出来たダメージをゆっくりとではあるが癒していく。

 それをしっかりと確認すると、ジンは盾から剣を引き抜き、構える。そして聖のことをちらりと横目で確認すると、気障ったらしい表情でほほえみながら言う。

 

「無理なら、同行しなくても良いのだが?」

「うるさい。お前こそ、足引っ張ったらおいてくぞ」

「ふっ。それだけ言う元気があるなら、問題ないな」

 

 ざっとほぼ同時に地面を踏みしめる。土煙を振り払うようにしてジェイソンが体中の”武器”を振り回す。

 そんな、すでに人の形をとどめていない彼を見ながら、聖は小さく呟く。

 

「申し訳ない。人の形のまま、貴方を(あっち)に送れなかった――」

 

 刀を構え、聖は覚悟を決めた表情でジンより一歩だけ前へ出る。

 そして――

 

「――――ッ!!」

 

 無言のまま飛び出した。

 そんな彼を見てあきれるような表情をジンはしてため息をつき、後ろで体力回復につとめているフェイトに声をかける。

 

「やれやれ、彼はまさに猪突猛進、ってかんじだね。ねぇ、テスタロッサ=ハラオウン執務官?」

「急に割り込んできて何を言いますか、アームスレイン執務官? でも、それが――」

 

 彼の良いところです。そういうフェイトを見て、少し驚いた表情を見せると、ジンはのどを鳴らすようにして笑うと「確かに、そのことに関しては同感だ」と言いながら剣を構える。

 

「それでは、参ろうか。”神代の霊剣”ヒースクリフと”神帝剣”ジン=アームスレイン。推して参る!」

 

 聖に追いつく速度でジンも飛び出す。

 戦いの終わりは近い。そんなことを予感させる、冬の始まりを告げる風が吹いた。

 




感想とか、誤字報告とか、色々お待ちしております!


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10:終結

ちょいっと強引に終わらせた感が否めない。

ども、Yuinoです。

でも、Sts編に進むためのお話とかする間考えると、こうするしかなかったんです(言い訳)

ということで、今回は特に酷いですが、どーぞー


 Lost Deviceとそれに関わる情報について

(機密レベルextra)

 ロストデバイスとは、古代遺失物、通称”ロストロギア”をベースとして設計、開発されたものである。

 ほとんどがロストロギアそのものを流用し、デバイスフレームの中に埋め込むことで、そのロストロギアの能力を安定起動させ、デバイスとして発動することが可能になっている。

 しかし、安定発動するためには、ロストロギアが保有する莫大な能力を制御することが必要である。制御するためにかかる負荷を限界まで軽減するため、元となったロストロギアと同じ形状を取ることが多い。例を出せば、剣の形をしたロストロギアを使用した場合、デバイスのフレームも剣の形をしていなければ安定的に発動できない可能性がある。

 これは、前述の通り”可能性がある”ということである。

 ロストデバイスに関しての情報は稀少で、管理局内のデータベース上にも片手で足りるほどしか存在しておらず、デバイス開発担当も手を焼くほどの代物である。

 

 そのため、これの開発に成功した人物は次元世界の中でたった二人しか存在しない。

 

 そのことにより、二人はある意味次元世界に名を馳せた英雄となった。

 

 その人物達の名前は■■■=■■■■■と、■■■■=■■■■■■である。

 その二人は管理局に在籍し、デバイスマイスターとして多くの局員の補助に一役かい、そして彼ら自身も、エースと呼ぶにふさわしい魔導師だった。

 しかし■■■■■は、開発に成功した二つのロストデバイス”喰種大鎌”と”核熱霊砲”を二人の元管理局員に手渡したと同時に退局し、その行方を眩ましている。

 そして、■■■■■■は■■■■■が退局後も管理局に在籍し、失われた二つのロストデバイスを回収するためにその二人の持ち主と相対したが敗北。下半身不随となった今も、特別戦略技術研究部、通称”SSDR”を設立し、その二人の行方を追いかけている。

 

 

 

 

 

 

--海鳴倉庫街

 

 ジンの振り下ろした刃が、ジェイソンの腰から生えた触手を一本、切り落とした。

瞬間響く哭泣。泣き叫ぶような声をジェイソンは発しながら、残った三本の触手、鎌の付いた尾、肩から伸びる鋭利な骨剣、両手の無骨な刃、それらを縦横無尽に振るい、ジンのことを引きはがそうとする。

 しかし、それごときで引きはがされるようなジンではない。

 

「甘いなぁ、ジェイソン!」

 

 乱雑に振り回される無数の刃。ジンはそれらを剣と盾で裁いていく。

 剣で弾き、盾で受け流す。そのたびに飛び散る火花を体中で浴びながら、ジンは一つ一つの攻撃を丁寧に裁きながらジェイソンと相対していく。

 そして、何度目かの攻撃を弾き飛ばしたとき、ジンは大きく剣を振るいジェイソンのことを僅かに遠ざける。その距離、僅か三メートル。互いの射程距離には入っているが”若干遠い”という、そんな微妙な距離。

 しかし、その微妙な距離こそ、ジンが望んだ最高の距離!

 

「この距離、待ちわびた!」

 

 キィィィィイ、と響く金属音に近い高音。ジンが構えた剣--ヒースクリフの刃が赤銀色に煌めくと同時に盾に備え付けられたユニットに剣を収納。

 瞬間響くガシュンッという装填音。剣を収納したまま、ギュルンと盾の上下が勢いよく反転、盾そのものが小型の大砲となり、その砲門がジェイソンの身体のど真ん中を捉える!

 

「メギドブラスタ・クロスレンジシフト!」

 

 ゴウッ、と空を焼くような炎熱砲が走る。もちろん、三メートルという近距離。避けれはしない。そうジンは、八割考えていた。

 しかし、ジェイソンは--

 

「■■■■■■■■!!!」

 

 その残った少ない二割の方を、彼の剛運を以てなのか、強引にたぐり寄せる!

 身体に残った武装のすべてを高速で動かして、しかも両手からは魔力障壁を展開してその砲撃を凌いで見せた。

 そして、その障壁の向こう側から放たれようとしている赤黒い魔力球。防御しつつにもかかわらずかなりの密集率だとジンは心底驚きながら、笑みを隠せなかった。

 ジンはジェイソンのここまでの行動を全て織り込み済みで行動していた。今の一連の回避行動や、砲撃を防御してくること、そしてその防御中に次の攻撃の備えをしてくることさえ、戦略の中に織り込んでいた。

 それ故に。

 

「今だ、サー・ヒジリ!」

「だから、その名前で呼ぶな!」

 

 聖がこのタイミングで切り込んでくる。そのことも戦略の中に織り込んでいる!

 超がつくほどの低空。それほどまでに体勢を低くし、なおかつ高速で接近してくる聖のことを、防御に手一杯でさらにジンに対して反撃まで仕掛けようとしているジェイソンは気がつくはずもなく--

 

「天剣佐々木帝流、抜刀の型! 蒼天!」

 

 ジェイソンの腰から生えた三本の触手は、”抜刀の型・蒼天”により瞬く間に切り落とされていく。

 響く断末魔の声。痛みを振り払うような大咆哮とともに、ジェイソンは四方八方に砲撃をぶちかましていく。

 それらを聖は全神経を回避に全振りして砲撃を回避していき、ジンは冷静に盾で一つ一つ防御しながら様子をうかがう。

 

「くそ。これじゃ埒があかない」

 

 聖は思考する。この強敵に、どう挑めば勝利を収めることができるのか。

 もっとも有効なのは、相手の弱点を突き、一撃で仕留める、ということ。しかしそれは、相手の弱点が判明していることが前提にある。今回はジェイソンの弱点が判明しておらず、しかも明らかに自分より実力は上。つまりこの作戦でいく場合、弱点を探しながら戦う、ということになる。現状自分より実力が上と判明しており、なおかつ弱点が判明していない状態では、この戦略はあまりにもリスキーすぎる。そんな風に聖は考えていた。

 その思考の渦に飲み込まれ欠けていたとき、とんと聖の肩に手が置かれる。振り向くと、そこにはぼろぼろになりながらも笑顔を浮かべている龍吉の姿。そして、彼に続くように愛機を手に取る、なのは、フェイト、はやての三人。

 まったく、そろいもそろってバカばかりだな。ぼろぼろになってるのに、手助けせずにはいられないなんて。そんな風に聖は思いながら、ふっと口元を僅かにつり上げる。

 

「勝算はあるん?」

「今のところはゼロに近い。でも、ないわけじゃない」

「うん、良かった。それなら、何とかなりそう」

 

 はやての問いかけにそう答える聖。その言葉を聞いて、愛機(レイジングハート)を構えて僅かな笑みを浮かべるなのは。そんな彼女を見て、苦笑いしながらも同じく愛機(バルディッシュ)を構えるフェイト。そんな彼女たちを見て、覚悟を決めたように構えをとる龍吉。

 彼らを見ながらジンは再び彼らの先頭に立ち、叫ぶ。

 

「活路は私が開く」

「任せました、アームスレイン執務官」

「ふふっ。キミがそう言ってくれるとは思わなかったな、テスタロッサ=ハラオウン執務官? それでは--ヒースクリフ!」

-御意に-

 

 ジンが剣を盾に収納。響く、ガシュンガシュンというリロード音と空薬莢が落下する乾いた金属音。

 新しいカートリッジがリロードされ、剣を引き抜く。瞬間巻き起こる魔力の奔流。ジンの剣--ヒースクリフに充填された赤銀色の魔力の光が、暴風を伴って激しく輝く。

 そして、ゆっくりと剣先で円を描くようにしてから構え--

 

「爆ぜよ、雷電!」

-Blast lightning-

 

 気合裂帛。

 疾風迅雷。

 まさにそんな熟語が似合うような猛加速。

 ゴウッ、と響くジェットエンジンのような轟音。

 そのたった一度の踏み込みは瞬間移動とも同義、そんな加速。ジンは一気にジェイソンへと接近していく。

 完全に不意をつかれた彼は、迎撃は間に合わないと判断。残る武装を総動員させて防御に徹する。

 しかし、それがジェイソンにとって悪手となってしまう。

 

防御する(そうくる)と思ってた!」

 

 ぐぐぐっと力をため込むようにしてから放たれる、高速に近い一突きは、彼の防御を完全に突き破り、彼を吹き飛ばす。

 一瞬だけ、たった一瞬だけ怯み、たたらを踏むジェイソン。その瞬間できた、ほんの僅かな隙。

 そして、その”一瞬の隙”は、彼らにとって最大の好機となる!

 

「今だ、テスタロッサ=ハラオウン執務官!」

「はぁぁっ!!!」

 

 ソニックムーヴの影響で巻き起こる光の尾を引きながらジェイソンへとフェイトが接近する。低く低く構えたバルディッシュの刃先がコンクリートを弾いてバチバチと火花を散らしながら突撃していく。

 

「■■■■■■■■■■!!!」

「せやぁぁぁっ!」

 

 ガギンと鈍い音を響かせながら、ジェイソンの両手の刃とフェイトのバルディッシュの刃先がぶつかり合う。ギチギチと鈍い金属音と、火花を散らしながら拮抗する。

 

「■■■■■■!!!」

「----っ!?」

 

 ジェイソンは、拮抗している状態から抜け出さずにフェイトへ向けて両肩の骨剣、尾に付いた鎌をほぼ同時に振り回す。それに反応して彼女は後方へ跳ね飛ぶように回避するが、三発の斬撃中、回避しきれなかった尻尾の一発が彼女の頬を掠め、鮮血が吹き出す。

 

「やっぱり、彼の攻撃手段全てに伸縮性があるんだ。特に、あの鎌の付いた尻尾は要注意みたいだ」

 

 フェイトに対しての三発目。あれは完全に彼女の死角、ほぼ真後ろから飛んできたものだった。見た目以上のリーチに驚かされながら、フェイトは歯を食いしばる。

 

「伸縮性のある攻撃とか、厄介すぎるにも程があるだろ」

「防御しながらの攻撃なら何とかしのげる。しかし、二人のような回避メインの戦い方をする魔導師にとっては天敵のようなものだな」

 

 何とか合流し、再び構え直す聖とフェイト、ジンの三人。フェイトは頬から吹き出た血を拭いながら言い、聖とポジションを交代する。

 先程から振り回されている攻撃手段の内、伸縮性があるのは肩の骨剣と鎌の付いた尾。肩の骨剣は二メートルほど、鎌付きの尻尾はそれ以上の伸縮性があり、その分リーチに差が出る。攻撃可能範囲が大きくなるだけで、それは圧倒的戦力差となる。

 

「それでも、いかなきゃいけない。弱点が分からない以上、攻め続けなければ勝機はない。最悪、あの鎌をどうにか出来れば--?」

 

 瞬間訪れる疑問。そして、聖は理解した。

 簡単なことだったじゃないか。彼の弱点は、ほとんど分かり切っていたのに、何故判断出来なかったのか。

 聖は雪風を構えながら、後ろで機を待つなのはとはやてに対して合図を送る。

 うなずく二人。彼女たちのそれを確認してから、聖は一歩前に出てゆき風を中段に構える。

 

「フェイト、ジン。援護を頼む」

「何か、わかったんだね?」

「だからこそ、の台詞だろう? なら、今はついて行くのみさ」

「助かる、ありがとう」

 

 そんな会話を交わしながら、フェイトとジンは自分の周辺に射撃スフィアを数個展開し、発射準備をとる。それを聖はみて、さらに後方で砲撃準備に入っているなのはとはやてを確認。そして--

 

「今!」

 

 一気に飛び出す!

 それをみて、ジェイソンは口を大きく開け赤黒い魔力スフィアを展開。さらに自分の周囲にも射撃スフィアや砲撃スフィアを無造作に大量展開し--

 

「■■■■■■■■!!!」

 

 聖を迎撃せんと一気にそれらを解放する!

 彼に迫る、壁のような大量の砲撃。

 それを正面に据え、聖は思った。

 彼を一人で対処するなんて、無理だったんだなと。

 しかし、今、彼は一人ではない。

 

「ディバイン、バスター!!!」

「クラウソラス!」

「サンダースマッシャー!」

「メギドブラスタ、シュート!!」

 

 四色の光が、彼の後方からまっすぐに伸びる。

 なのはのディバインバスター、はやてのクラウソラス、フェイトのプラズマランサー、そして、ジンのメギドブラスタ。四色の砲撃が全く同時に放たれ、ジェイソンの砲撃の全てを打ち落とし、相殺していく。

 猛烈な爆発の中を掻い潜り、聖はジェイソンの眼前へと迫る。

 しかし、それすらジェイソンは予測していた。

 

「な--っ!」

「グゴアァァァァッ!!」

 

 獣のような咆哮。振りかぶられた右腕の刃。赤黒い魔力が込められたそれの切っ先は、すでに聖の身体を捉えていた。

 しかし、聖は止まらない。残された体力を総動員させ--

 

「おおぉぉぉっ!!」

「■■■■■■■■!?」

 

 その一撃を回避し、彼の後ろに回り込む!

 そして、見えた。聖がたてた、彼の弱点という仮説。

 尾に付いた、大きな鎌が!

 

「魔力回路、雪風に直結--」

 

 きゅっ、とその場で構えをとる。

 ジェイソンは振り向いてくるだろう。そして、すかさず防御の構えを取るだろう。

 しかし、もう関係ない。

 

「限定解除、承認。斬鉄、起動--」

 

 魔力が充填される音とともに、雪風本体が軋みをあげた。

 嫌な音だ。そんな風に思いながら、聖は狙いを定める。

 まるで、今いる空間そのものがスローで動いているみたいだ。

 

「秘剣--」

 

 たっ、と地面を蹴ってジェイソンに接近。その距離、一メートルと少し。

 ジェイソンが尾を守るように身体を反転させる。

 だが、もう遅い!

 

「--燕返し」

 

 走る閃光。数は三つ。

 それらは、見事にジェイソンの尾と身体を切り離し、そして両肩と両腕の武装までも切り落とした。

 瞬間、ジェイソンの動きがピタリと停止する。彼から放たれていた魔力砲も、魔力弾も。彼に関係しているもの全てが、停止する。

 くるくると回転しながら宙を舞う大鎌。なのはとフェイトはそれを一瞥すると、愛機を構えなおして狙いを定める。そして--

 

「エクセリオンっ!」

「トライデント!」

 

 高音をたてながら収束されていく魔力。

 色は、金と、桃。

 二色が重なり、そして、放たれる!

 

「バスター!!」

「スマッシャー!!」

 

 轟音をたてて撃ち出される高圧縮された魔力の塊。それは、寸分狂うことなく大鎌を飲み込み、そして粉微塵に変えていった。

 一度魔力の塊が収束し、弾ける。それは、その場にいた全員をきれいに飲み込んでいった。

 




ということで、はい。感想とかお待ちしております。

次回より、後日談、ついでにStrikerS編に至るためのお話になります。

では、次回からもよろしくですよ!


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11:新たなスタート

異様に早く上がりました、Yuinoです。

では、どうぞ!


――???

 

 ふと、目が覚めるとそこは真っ白な世界だった。

 今、俺は立っている。上下感覚は消えていない。重力はあるのだろう。

 跳んだり、少し走ったりしてみる。運動した後に来る疲労感もある。つまり、ここはれっきとした”空間”だ。

 

「でも、ここはいったい・・・・・・?」

「目が醒めたか。少年よ」

 

 ふと響いた声。俺はその声に反応するように振り返る。

 するとそこには、先程戦っていた、しかし、そのときの彼とは明らかに雰囲気が異なる青年が居た。茶色の陸士部隊の制服を身に纏い、彼の背中には大きな朱色の槍。確か名前は――

 

「ジェイソン=バラク=フリーガー。アンタなんだな」

「あぁ。確かに俺は、ジェイソン=バラク=フリーガーだ。そして、先ほどまで戦っていた、ジェイソンだ」

 

 こつこつとシューズを鳴らしながら歩く彼。彼は俺の隣までたどり着いてからそのまま通り過ぎ、再び振り向く。

 

「少し、歩こうか」

「……」

 

 コツコツ、コツコツと音を響かせながら二人は歩みを進める。足音はまるで大理石を踏んでいるよう。ここが一体どのような空間にあるのか、聖にはついぞ理解出来なかった。

 そんなとき、不意にジェイソンが向かい合う。それに伴って聖は足を止める。

 互いの距離、約二メートル。会話するには近くも遠くもない、そんな距離。聖も、ジェイソンも、全く身構えずにただ立っている。

 そんなとき、不意にジェイソンが口を開いた。

 

「何かと、迷惑をかけたようだな」

「迷惑ってモンじゃない。そう言っとく」

 

 こっちがどれだけダメージ受けたと思ってやがる。そう俺は次いで言うと、ジェイソンはのどを鳴らしながらくくっと笑った。

 俺は思わずハッとした。その表情は、どこか安らいでいるような、そんな感じ。

 このとき、俺は察した。彼はあの鎌から解放された、そういうことなのだろう。

 ジェイソンはのどを鳴らすようにくくっと笑い「まさにその通りだ」と一言。こいつ、今俺のこと思考を読んだ?

 

「アンタ、今のは読心術か?」

「表情から相手の思考を読む、というのは俺の得意技でな。これで何個かの事件を無血解決してきたんだぜ?」

 

 はっはっはっと高笑い。まるで誇るかのようなそんな笑い方。そんな彼をみながら、俺は追求するように問いかける。

 

「一つ、聞かせろ。アンタ、あの鎌をどこで、誰から受け取った?」

「それがなぁ、申し訳ないことに思い出せないんだ」

「は・・・・・・?」

 

 俺の問いかけに思い出せないと返され、きょとんをした表情をしてしまう。そして、俺は思考を巡らす。

 すると、ついでジェイソンは「情けないがな」と言いながら頬を掻く。

 

「あの鎌について覚えていることは少ない。鎌はロストデバイス、名前は喰種大鎌(グールサイス)。その能力は、使用者の半不死化と、肉体改造による武装増強。それ以外、つまり、いつ、どこで受け取ったかというのは、覚えていない。すまないな」

「・・・・・・問題ない。それについては、見せてもらったからな」

 

 そう言いながら、俺は左手に魔力を灯してみせる。

 ジェイソンとの死闘の際、使用した禁呪。”フラッシュバック・インポート”。それで見えたのは、その大鎌を手渡す白衣の男性。それが解れば、小さな手がかりではあるが、それが解っているだけマシである。

 それをみて、彼は「なるほど」と一言。理解してもらえて結構。読心術というのはやっかいなものだ。

 魔力光を消してからもう一度向き直る。すると、ジェイソンは一度瞳を閉じてからちいさく、しかしはっきりと聞き取れる声で告げた。

 

「助けてくれて、ありがとう」

「はっ。別にアンタの為じゃない。俺は、俺のために、俺がやりたかったからやったことだ。気にするな。本当は――いや、なんでもない」

 

 本当は、殺したくなんて無かったのに。別の方法があったんじゃないか、そんなことを考えていた。そう言い掛けた言葉を全て心の中に押し込める。

 すると、ジェイソンは俺の声が聞こえているかのように笑う。そして「別の方法なんて無かったさ。あれが、最適解だったんだ」と言った。本当に、いけ好かない奴。思いながらも、俺は笑う。

 再び俺たちは歩き続ける。コツコツ、コツコツと足音を鳴らしながら。

 すると、数穂先を歩いていたジェイソンが不意に足を止める。思わず声をかけようと思ったが、視線を僅かにしたに下げると足を止めた理由が解った。

 足が、消えていた。ゆっくり、ゆっくり。まるで霧が掻き消えるかのように、ゆっくり、消滅していた。

 

「おっと、もう時間か」

「時間?」

「この空間に、俺とキミの精神をつなぎ止めておくにはある程度の制限時間があってな。それが、もう限界というわけだ」

 

 精神と精神と、つなぎ止める。それを聞いて、俺は手を伸ばしながら言う。

 

「そう、か。なら、ここでお別れだな」

「あぁ。いろいろ、すまなかったな」

「別に、気にしてない。だけどな――」

 

 お前との戦い、心躍るものだった。そう一言告げると、彼ははっと驚いた表情を見せてから笑顔を見せ、そして真剣な表情へと戻る。

 

「お前はお前の信念を持って進め、佐々木聖。その信念が折れぬよう、上で見守っている」

 

 ごうっ、と吹きすさぶ暴風。身体ごと後ろに吹っ飛ばされそうな風が空間を吹き抜ける。

 必死に耐える。しかし、突如身体のふんばりが利かなくなったように上に持ち上げられる。それとほぼ同時に、ジェイソンの消えかけていた身体は全て掻き消え、光の粒子となって消えていった。

 上へ上へ、吹き上げられていく間、俺の脳裏には消えていく最後のジェイソンの笑顔がしっかりと焼き付いていた。

 

 

 

 

 

 

――十一月。

 

 あの事件から、数週間がすぎた。

 とりあえず、俺は一度かかりつけの総合病院へ訪れ、負傷した目をどうにかしてもらいに行った。

 まぁ、鋭利な鎌の先端が眼球に突き刺さった時点でどうにもならないだろうなとは思っていたが、まさにどうにもならなかった。

 つまりは、失明。その結果、視界の半分を失う結果になってしまった。

 本来なら、俺としてはこの時点で左目の瞼を縫いつけてしまいたかったのだが、後にこの目のことを美月や葵に話した結果、両者そろって「形だけでも義眼を付けておけば?」ということで、ぶすっとやっちまった目は手術で摘出し、今は形だけということでプラスチック製の義眼をはめている。

 もちろん、左側の視界が完全に潰れている、というのはなかなかに厳しいことだが、日常生活に支障がない程度には慣れてきている。

 しかし、この状態で剣を振るう、というのは俺自身拙いと解っているし、何せ雪風が現在使用できない状態にある。

 雪風は、ジェイソンとの戦いの後、個人的にメンテナンスをかけてみたのだが、コアを覆っているフレーム部分もそうだが、コアの部分も破損ギリギリの状態だった。フレームの方は所々に亀裂が走っており、コアの方もこのまま戦えばすぐに破損してしまう、という状態にあった。

 そのため、俺は雪風をコアである青い水晶のみを取り出し、ペンダントヘッドに取り付けて今持ち歩いている。フレームである刀へと変換しなくても自己強化魔法は使えるから問題はない。

 結果、今はとりあえずこの案件は保留しておこうということになった。

 そして今、俺は龍吉の家に来ている。ここにいるのは、俺を含め、龍吉、なのは、フェイト、はやて、そしてはやての守護騎士であるヴォルケンリッターの四人、合計九名である。

 先ほど俺が到着し、龍吉がお茶を出してから数分ダベり、一息付いたところではやてが「さて、と」と切り出す。

 

「ものは相談なんやけど、二人とも、管理局に興味あらへん?」

「なんだろう、この後言われることが想像できたぞ龍吉」

「俺もだ聖」

 

 はやてが驚きの表情を見せながら「想像できたんかーいっ」とキレの良いつっこみ。それを見せられて、なのはとフェイトは苦笑。ヴォルケンリッターの四人は「相変わらずだなぁ」というような表情。

 こほん、と気を取り直すように咳払いをして、はやては表情をおちゃらけた先ほどのものからいっぺん、真剣きわまりない表情を見せる。それにつられるように、俺たちもまたきゅっと気を引き締め直す。

 

「聖君と龍吉君、二人とも持ってる力・・・・・・聖君はその魔力、龍吉君は異能、っていえばいいんかな? それを変に悪用したりしてなかったし、これからもそのつもりはないと思うんやけど」

「この先、何が起きるか解らないし、二人はまだまだ成長期。これから、魔力量も質も上がっていく中で、制御しきれなかったら大変でしょう?」

「「うぐっ」」

 

 なのはの言葉を受け、俺と龍吉は同時に言葉を詰まらせた。確かに一理ある。俺の魔力量は、母親曰くこれ以上伸びは見込めないらしいが質は良くなるし、龍吉には

 それを見て、フェイトはにこりと微笑んで話を戻す。

 

「だから、それを制御できるようにっていうのもかねて、管理局に入ってみない?っていうお誘いなんだけど」

「んー、確かにそれは」

「興味深い案件だけど、なぁ?」

 

 龍吉が「どうするよ?」と言いたげな表情で見てくる。

 まぁ、俺の答えは決まっているんだが、とりあえず聞いておこうか。

 

「管理局の医療施設だったら、俺のこの目、どうにか出来っか?」

「え、えっと・・・・・・シャマル先生?」

「ん~、ちょっと難しいかも。出来なくはないんだろうけど」

 

 彼女曰く、目の修復は出来なくもない。しかし、その後永久に目が見えるようになっているかはわからない、だそうで。

 それを聞いた俺は、光の失った左目に手を当てて思案する。

 剣士としての俺は、おそらくこの左目がどうにかならない限り復活はならないだろう。だからこそ聞いたのだが、これはアテにならなそうだ。

 俺は少し考えながら懐に入れていたケータイを取り出して開く。手帳型のケースに入れていたケータイ。ふと、モニターの電源をつけようとしたとき、ずいぶんと前にもらった、名刺大のカードが目に入った。

 これなら、ここならもしかしてと思いながら、俺は「それじゃ」と一言呟いて真っ直ぐに正面にいるはやてへ告げた。

 

「俺、管理局に入るわ」

「ホント!? それじゃあ--」

 

 そう言って、フェイトは俺の目の前にどさどさっと大量の本を積み上げる。だいたい百頁ちょいの薄い本だが、それもつもれば山となるわけで、俺の目の前には恐ろしい高さの本の山が出来上がっていた。

 まさか、と思いながら俺は問いかけた。

 

「これ、管理局入局に必要な、テキストだったりする?」

「「「うん」」」

「まじかよ・・・・・・」

 

 龍吉の絶望とした表情。俺自身、自分の顔を見ていないから解らないけれど、たぶんひどい顔をしているのだろう。

 ちらり、と顔を上へ向ける。そこにあったヴォルケンリッターの四人。その四人の表情は、揃いも揃って同じだった。

 『残念だが、あきらめろ』という、そんな表情。

 

「嘘だろ、おい」

「今回ばかりは手伝ってあげれないぜ俺は」

「んなこと分かってらぁ」

 

 龍吉へと文句を言いながら、大きくため息。

 

「入局試験、といっても最初は嘱託。多少は簡単でも、試験は試験だからね。実施日は一ヶ月後。内容は、筆記、模擬戦、儀式魔法の三つ」

「儀式魔法は私。筆記はフェイトちゃん、模擬戦はなのはちゃんが先生受け持つで。ほな、気張ってこう!」

「あーい・・・・・・」

 

 そんな情けない声を出しながら、俺の管理局入りへの道が始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

――二週間後

 

 そしてあっという間に時間は過ぎ、十二月になった。

 相変わらず、毎日は過ぎていく。

 完璧に冬服へと衣替えを果たした俺と龍吉は、一ヶ月と少し前と変わらない毎日を過ごしつつあった。

 いつもと同じように学校へ行き、いつもと同じようにバカ騒ぎを起こし、いつもと変わらないように授業を受け、いつもと変わらないように帰宅する。

 そんな日常サイクルに、管理局入局、もとい嘱託魔導師試験への対策授業が追加されたわけだが、それでも変わらない毎日だった。

 

「お、おい、これって・・・・・・」

「あ、あぁ、間違いない」

 

 あくまでも、今日までは。

 つい先ほどまで、いつもと変わらない日常だった。

 美月と葵と共に家を出て、龍吉の家の近くで分かれ、入れ替わるように龍吉と合流。バカ騒ぎしながら学校へ向かい、道中の商店街で揚げ物屋のおばちゃんに「余ったから持ってきな!」と景気よくコロッケを三つずつもらい、ならばとばかりに向かいの総菜屋のおじちゃんが弁当一式を渡してきたりと、そんな騒がしくも変わらない日々だった。

 

「そういえば、”こういうの”もらうの、俺ら初なんじゃね?」

「確かに。校内外問わず大人気の聖龍コンビといわれていても、もらったことはなかったな」

「自分らで大人気って言うところ、龍吉って愛すべきアホだよな」

「何を言うか聖」

 

 俺は、互いの下駄箱の中を凝視する。手に取ることすら緊張しているのか、若干延ばしかけた左手がふるえている。

 だが、ここで止まっていては聖龍コンビの片割れの名が廃る!

 

「えぇい、ままよ!」

 

 小さくつぶやきながら、俺は下駄箱の下半分、革靴を入れておく場所に置かれた横長の封筒を取り出し、音速もかくやな速度で鞄の中にぶち込んだ。龍吉も同様に鞄の中に押し込み、何事もなかったかのように歩き出した。

 うむ、周りは気が付いていないが本当に動揺しているみたいだ。右手右足、左手左足が同時に前に出て歩いている。あれほど緊張、もとい動揺しているあいつは久しぶりに見るかもしれない。

 まぁ、そんな風に冷静に分析している俺も、内心は冷静ではない。

 俺はもう一度、ちらりと鞄の中にぶちこんだ”ブツ”へと視線を向ける。

 そこには、女の子らしい丸みを帯びつつも丁寧な筆跡で『佐々木聖君へ』と書かれていた。

 

(俗に、は言わないが、これはあれだよなぁ)

 

 一言で表すならばラブレター。古風に表現するなら恋文。英文表現するなら、Love letter。

 俺は、人生初のそれを受け取り、これの処理に頭を悩ませながら教室へ向かうのだった。

 

 

 冬が、始まる。

 物語を加速させる、冬の恋の季節。

 誰も予測していなかった、そんな季節が、誰とも知らずに始まったのだった。

 




次回から、少し日常回が続きます。

そして、新キャラも多数登場!

感想などもお待ちしております!

では、お楽しみに!


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12:最初は友達からで

どうもどうも、最近若干迷走気味のYuinoです。

就活中ですので、更新速度ががくんと落ちてしまっているのはご了承くださいませ><

それでは、どうぞ!


--同日 午後四時

 

「えーと、その・・・・・・?」

 

 聖は今、非常に困惑していた。

 場所は体育館の裏手。

 なぜその場所にいるのか?

 先日、下駄箱の中に入っていた手紙に記載されていた日時、場所がこの日の四時、体育館の裏だったため。

 そして、今彼の前にいるのは、顔を赤らめたままじぃっと聖の顔を見つめる少女。手を胸のあたりできゅっと握りしめ、彼のことをじっと見つめていた。

 

「えと、私の話、分かってくれました?」

「あ、おう。内容は理解した」

 

 うなずきながら、聖は正面に見据えた少女--宮野沙希が言ったことを頭の中で繰り返し思い出していた。

 内容は至極簡単。

 たった一文で表現するなら『好きです、付き合ってください』ということ。

 もちろん、彼女が言った言葉はもっとあった。内容も深く、聞き取りやすいものだったが、一発目の言葉を聞いて、聖はその中味をほとんど聞き逃していた。

 何もかも、ほとんど。

 彼は頭を振りながら、もう一度彼女のことを真っ直ぐ見ながら、もう一度聞き直す。

 

「えっと、何で俺に?」

「それは、学祭の時に、佐々木先輩に助けて貰ったから・・・・・・そのときから、ずっと気になってて、気がついたら、好きになっちゃってました」

 

 てへへ、と笑いながら彼女は困ったように頭をかいた。そんな彼女を見ながら、聖は少し記憶を掘り起こすようにして思い出す。

 学祭の時に助けた。その単語をベースに、学祭にあったことを思い出していく。

 学祭の時に他校の生徒と何かもめ事があって、生徒会に頼まれて自分と龍吉が鎮めに行ったことが確かにあった。その時に助けた少女は、確か……

 

「あぁ、あのときの子か」

「はいっ!」

 

 そんな風に笑顔を浮かべながら、彼女は言った。そしてぺこりとお辞儀をする彼女を見ながら、聖は内心焦っていた。

 どう返事をすればいいか。彼自身わからなかった。

 第一、ラブレターを貰うことも、ましてや告白を受けること自体が人生で初なのだ。こういう対応に関してはずぶの素人である。

 しかし、彼女が今、何を求めているかは聖にも分かる。だからこそ、彼はゆっくりと、言葉を選ぶようにして、少しだけ目線を逸らしながら彼女に対していった。

 

「え、とさ。俺、こういうの人生初だからどういう風に答えを上げればいいか分からないんだけど。やっぱり、俺はまだキミのこと全然分からないから……」

 

 自分の正直な気持ちを。ただそれだけを伝えるために、彼は彼女に対してゆっくりと手を伸ばした。

 

「最初は、友達からで、どうかな?」

 

 きょとんとした表情で聖を見つめる沙紀。すると、すぐさま吹き出すようにして笑い始めた。

 

「ふふっ、やっぱり、謙虚な先輩らしいです」

 

 ご機嫌そうな表情を浮かべ、彼女はゆっくりと聖の手を取る。きゅっと聖の手を握りしめると、そのまま笑顔を浮かべた。

 

「申し込んだのは私なんですけど……これからよろしくお願いしますね、佐々木先輩!」

「おう……っ」

 

 微笑んだ彼女の顔を見て、聖は若干顔を赤くしながらそっぽを向いた。

 こんな感じで、聖はめでたく彼女(候補)持ちとなった。

 

 

 

 沙希との話から少し経って、聖は沙希と共に帰宅の途についていた。帰り道が途中まで同じだったと言うこともあるが、それ以上に、話しておきたいと両者が思っていたからだ。

 好きなこと。

 好きなもの。

 趣味趣向。

 とにかく色々なことを話した。そして、その話の途中で、沙希が「そういえば」と切り出してきた。

 

「冬の球技大会、佐々木先輩は何に出るんですか?」

「球技大会? あぁ、そう言えばそんなのあったな」

 

 聖がぼうっと空を見上げながらそんなことを言った。まるで、つい先ほどまで忘れていたような、そんな言葉をのたもうた。実際、忘れていたのだから、当たり前の判のではあるが。

 閑話休題。

 聖の通っている高校では、夏期休暇明けに行う体育祭とは別に冬期休暇明けすぐに球技大会が二日間にかけて行われる。基本的に参加自由なため、聖はここまで一年の時一回しか出場はしていない。

 さて、どうしようかなと考えていたとき、彼の隣を歩いていた沙希が聖の前にたって言った。

 

「私、先輩がバレーしてるところ、見てみたいです!」

「バレーか。確かに、球技大会の中じゃそこそこ得意な方だけど」

「ホントですか!? ぜひぜひ!」

 

 きらきらとした目で聖を見つめる沙希。そんな目で見つめられ、若干顔の火照りを感じながら、そっぽを向く聖。こんな状況で、聖が断れるはずもなく、

 

「わぁったよ、出る出る」

「やったっ。応援、いきますね!」

 

 数秒後にはオーケーサインを出していた。自分の女性への耐性の弱さを痛感しながら、顔を赤くする。そんな彼を見ながら、沙希はふふっと笑みを浮かべていた。

 

「んだよ?」

「いえ、寡黙で謙虚で体を動かすことが好き、って聞いていたので、ちょっと意外だなあって」

「意外だぁ?」

 

 聖は、沙希の言った言葉に疑問符を浮かべながら首を傾げた。そんな彼を見ながら、沙希は再び笑顔を浮かべて彼に言った。

 

「こんな風に、人前で照れたりしている佐々木先輩、私以外誰もみれませんから」

「なっ・・・・・・に言ってんだお前は」

 

 がしっと頭をつかみ、わしゃわしゃと乱暴に頭をなでる。沙希は「わひゃー、止めてください~」と言っているものの、言葉によらずその表情は嫌がっていない。

 そんな彼女を見ながら、聖も表情だけは困ってはいるものの、笑顔を浮かべてた。

 

(なぁんか調子狂うなぁ)

 

 そんなことを思いながら、聖は沙希から手を離してそのまま少し先を歩き始める。彼女は「ちょ、待ってくださいよ先輩~」と言いながら追いかけるために駆ける。そして、再び隣に並んで歩きながら笑顔を浮かべた。

 そんな彼女を見ながら、聖は何となく物思いに耽っていた。

 

--こんな毎日が、ずっと続けばいいのに

 

 そんな風に思っていた。

 そのときだった。

 

 雪が、降り始めた。




思ったんです。滅茶苦茶短いなって……

はい、聖君はこういうのが苦手です。キャラ濃いめの姉妹や龍吉がいても、

やっぱり、こういう恋愛描写含みの日常シーンって難しい……女の子への耐性が極端に低いのが聖なんですww

ということで、精進します。次回もお楽しみに!


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13:再び始まる……

 就活、一段落つきました。どうも、Yuinoです。

 大変お待たせしました。ずいぶんと時間がかかったというか、あまり各時間が取れなかったというか、何というかですが。

 とにもかくにも、13話、どうぞ!


 

「・・・・・・?」

 

 不意に背筋を走る、ぴりぴりとした感覚。思わず足を止めてしまい、辺りを見回す。

 しかし、なにもいない。

 そんな彼を不思議に思ったのか、沙希は足を止めて不思議そうな表情を浮かべる。

 

「先輩? どうしたんですか?」

「あ、あぁ。ちょっとな」

 

 気のせいか?そんな風に聖は思う。

 しかし、確かに感じた、首元を何かでこすられたような、そんな違和感。それは、確かに感じた不審な感覚。

 

(何か、いるのか?)

 

 そんなことを心に中でつぶやきながら、沙希に「行こうか」と告げ、一歩踏み出したとき・・・・・・

 

「――!?」

「え――?」

 

 風景が変わっていた。

 まるで、二人のいる空間だけ、時間が異様なほどゆっくり進んでいるかのような、不思議な感覚。

 舞い降りてくる木の葉も、木枯らしに巻き上げられる埃っぽい何かも、すべてがゆっくりに進んでいる。そんな、異質な空間に、二人は閉じこめられていた。

 

「え、これ、なに・・・・・・?」

「沙希、俺から離れるなよ」

「は、はいっ」

 

 それが、”誰かが張った結界で、閉じこめた対象が自分たち”であると察した聖はすぐさま警戒態勢に入る。沙希はきゅっと聖の制服の袖をつかみ、ゆっくりと歩みを進める。その間も、聖は警戒を怠らず、さらにはぎりぎり起動できる雪風を起動させ、救難信号を出しっぱなしにする。

 そして、それから数分経ったとき、聖の表情が明らかに変化した。

 

「・・・・・・!?」

 

 向けられた敵意。その方向へ振り返る。

 そこには、ローブを纏い、フードをかぶった人物が聖たちのことをじっと見つめていた。

 彼を見て、聖は沙希のことを背中に隠すようにして移動させると、そのまま構える。

 フードの人物は全く動きを見せずに、そのままゆっくりと手を突き出す。すると、その手のひらから青色の光がぼうっと揺らぎ、それは一つの球体を生み出した。

 

(まさか、魔力!?)

 

 聖の予測は的中し、フードの人物が形成した青い魔力は、一瞬だけ肥大するとそのまま超速で聖たちへ迫る!

 しかし、聖はそれを自分の右手に込めた魔力でもって吹き飛ばす。

 

「沙希! 俺の後ろから出てくるなよ!」

「は、はい!」

 

 沙希は頭を抱えたまま小さくうずくまり、それを確認した聖は両手を低く下げて広げ、そして首に提げてある雪風に一言告げる。

 

「雪風、コンタクトモード、いけるか?」

-それなら何とかいけます!-

 

 キィィ、という高音が響き、聖の両手両足が一瞬だけ青白く輝く。それを見てなのか、フードの人物は少しだけ体を前へ屈め、両手を広げた。

 瞬間、背後に広がるのは青い魔力球。その総数は三十以上。

 それをみた聖は、一瞬だけ動揺するもすぐに気を取り直したかのように構える。両腕の青白い光がわずかに強く光り、臨戦態勢へと移行し――

 

「    」

 

 その瞬間、無言のままフードの人物は背中に配した魔力球を一斉に撃ち出す。

 それぞれの速度は速いとはいえず、むしろ普通の方。聖にとって、回避することは容易だ。しかし、それを今の状況が許さない。

 彼の後ろには今、沙希がいる。下手に回避運動をとって、彼女が被弾してしまったら、何が起こるか分からない。

 故に、今の聖に回避するという選択肢そのものが存在しない!

 

「雪風、コンタクトモードで絶対守護障壁はどれくらい展開できる?」

-せいぜい、二、三回が限界と言ったところでしょうか?-

「なら、十分だ」

 

 彼はきゅっと拳を握りしめ、そのまま自分に向けて放たれる魔力弾丸をすべて両の手両の足でたたき落とし、逸らし、両断し、弾き飛ばしていく

 

「うおぉぉぉぉ!!!」

 

 そして最後の一発を弾き飛ばし、聖は再びまっすぐフードの人物を見据える。

 フードの人物は、すっと両腕をおろし、立ちこめていた敵意を霧散させた。そして、変声機でも使っているような、機械音と肉声が混じったようなくぐもった声を発する。

 

「まだ、目覚めていない、のか」

「何、どういう事だ……?」

 

 警戒も構えも解かずにそのまま問いかける聖。そんな彼をあざ笑うかのように、フードの人物は右手を振るい、液体のようなものを周囲に落とす。

 その液体は、コンクリートの上で僅かに蠢いたかと思うと、そのまま大きくふくれあがり、その一つ一つが人の形を造り上げていく。

 そして、そのヒトガタはまるで聖たちに狙いを定めたようにぎゅるんと顔らしき部位を向けると、そのまま全速力で駆け出し、聖たちとの距離を詰め始めた。

 

「おいおい、なんだよコレはぁ!」

 

 沙希を立たせ、そのまま手を掴んで走り出す。沙希はどうやら状況が把握出来ていないようで「え、え、ちょっとぉ!?」と慌てている。しかし、今の現状そんなことを気に留めてはいられない。

 聖は耳に空いている手でイヤホンマイクをつけながらワイヤレスでケータイを通話モードへ移行。そのまま龍吉へと繋ぐ。

 数秒後、ブツンという音をたてながら龍吉へと通話がつながった。

 

「おい龍吉!」

『言いたいことはよぉっく解るぜ相棒。もうちょっと待ってな? リイン嬢ちゃんお得意の探査魔法で……ほら出た!』

 

 通話越しに響くポォンという音。おそらく、通話越しに聞こえたそれを聞いてから、聖は一瞬だけちらりと後ろを振り返る。後ろから猛烈な勢いで追いかけてくる黒いヒトガタ。

 このまま走っていたら追いつかれる。そう思った彼は、頭を振って羞恥を振り飛ばすと一度足を止める。

 急ブレーキをかけたせいで手を引いていた沙希は前へつんのめりそうになるが、それを支えて聖は少しかがみ「ちょっと失礼」といって彼女を抱き上げる。

 この態勢は――

 

「はひゃぅ!?」

「しっかり掴まってろよ!」

 

 俗に言う、お姫様だっこである。

 その状況のまま、聖は全力で駆け出す。もちろん、彼女を抱えているため本当の”全力”ではないが、出せるだけの全力を出して一気に再加速していく。

 とっさのことだったので、この状況、つまりお姫様だっこについて、今は意識するしない関係なく、聖は全く気にしていない。

 しかし、する側の聖が気にしていなくても、される側の沙希は気にしていないわけではなくて。

 

(あわわわっ、お、お、お姫様だっ・・・・・・)

 

 この絶賛非常事態にも関わらず、意識しっぱなしで顔を真っ赤に染めていた。しかし、それでも彼から振り落とされないように首に腕を回してぎゅっと掴まり、ついでに顔を赤くしているのも隠すため、顔を彼の胸に埋めているが、これがよけいに彼女の心拍数をあげる要因にもなっているかもしれない。

 正直に言ってしまえば、死にそう。悶え死にそう。そんな風に思っている沙希だった。

 

「あー、もうっ、しつっこいなぁ!!」

 

 しかし、彼女がそんな状況になっているとつゆ知らず、聖は後ろから全力で追走してくるヒトガタの方を向いて悪態をつく。

 そして、一度ブレーキをかけてからヒトガタの方を振り向き、魔力を自分の前面に集中させ、言の葉を紡ぐ。

 

「――展開!」

 

 パッ、パパッ、と光がはじけ、聖の前面に十の魔力球が展開される。

 

「――流填(エクステンド)

 

 展開された魔力球は十。それら全てに、均等に魔力を流し込んでいく。

 もともと、近接戦闘と自己強化の魔法にしか才のなかった聖は、なのはとの訓練を行うことで、彼の固有魔法式であるカスミ式に新しく射撃魔法を追加することができた。

 

「――装填(ロール)完了(アウト)

 

 彼の一言とともに、魔力球の光がよりいっそう輝きを増した。

 そして――

 

「――切り替え(スイッチ)近から遠へ(チェンジ クロス トゥ ロング)

 

 ガツン、という音が脳内で響きながら、身体の中の魔術回路が切り替わる。

 近接戦闘及び自己強化主体の魔力回路から、新しく形成された中距離戦闘主体の魔力回路への、切り替え。

 

「――変換(コンバート)

 

 正面に展開された魔力球が、ゆっくりと収縮しながら姿を変えていく。

 幾つかの工程を経て完成するその魔法は、今現在彼の主武装である「刀」が使用不可能である、ということを前提において完成されたもの。

 

――君は今、刀が使えない状態。その状態で、格闘戦以外を強いられたとき、今は簡単な射撃魔法は会得できたけれど、その先はどうするか考えてる?

 

――そうだな。どうせだったら射撃魔法の威力より弾速をあげたいけれど。あ、そうか

 

 本来なら射撃魔法に分類されないはずのそれは、彼女との訓練中、聖が思いつきで言い放ったとある言葉をベースに生み出された。

 

 

――いっそのこと、刀を魔力で作って飛ばしてみるか。

 

 

工程終了(システムオールクリア)魔力刃(ブレード)待機(セット)

 

 はじけた光から生み出されるのは、その数と同等の光の刀。彼の魔力光。

 ヒトガタと聖たちの距離は、約十メートルを切っている。

 

標的(ターゲット)確認完了(ロックオン)

 

 パパッと弾けた光球すべてが光の刃となり、その切っ先がヒトガタへと向けられる。

 距離はすでに必中距離。威力よりも速度と貫通力を重視したこれなら、いくらこのヒトガタの耐久力が高くても、数撃ち抜けば問題ない。

 

――ならば、放つべき時は、ここだ。

 

 放たれる光の刃。その名は!

 

「――停止解凍(バレルオープン)一斉掃射(フルバースト)!」

 

 『光の刃』!!

 

 - 轟ッ! -

 

 瞬間響く轟音。

 視界の全てを潰すような光が彼の目の前で放たれる。

 光の刃が一斉に掃射され、それがヒトガタに突き刺さり、切り裂き、斬り抉っていく。

 現状両腕が使えず、イメージだけで光の刃を制御している聖。そして、彼の耳に再び彼の声が響いた。

 

『聖、誘導お疲れさま。あとは、彼女たちに任せな』

「・・・・・・おう、そうしてもらうよ」

 

 彼のその言葉を口にした瞬間、ヒトガタへと降り注ぐのは金色の槍。

 バチバチと電撃を纏ったそれは、ヒトガタの動きを完全に停止させ、そして彼女の一声で“動きを停止させる足枷”から“目標を殲滅する雷撃”へとその姿を変化させる!

 

「サンダー・・・・・・レイジ!!」

 

 爆発とともに放たれる超質量の雷撃。

 一つが雷撃を放つと、周囲の二つに連鎖し、誘爆。その二つがさらに周囲の四つに連鎖して、と無限に続くような連鎖攻撃がヒトガタを襲う。

 その雷撃は一瞬で空間を埋め尽くし、ヒトガタ全てを一瞬で葬り去った。

 

「うっへぇ・・・・・・」

『おっそろしいな、フェイトさんの広域殲滅魔法は。んで、お前のお姫様は生きてるか?』

「えっと、あー、気絶しちまってる。でも、何か顔赤いんだけど、熱でもあるんか?」

『・・・・・・まぁ、そのことに関してはあとで大丈夫っしょ』

 

 それじゃあな~、と最後の龍吉が言うと、ぶつりと通話が切れる。全く勝手な奴だと思いながら、聖はフェイトの隣へと並ぶ。

 

「助かりました、フェイトさん」

「無事そうで良かったよ、聖君。それにしても、あの人は一体・・・・・・?」

 

 フェイトがバルディッシュを構えながら、正面のフードの人物を真っ正面に見据える。聖も、沙希を抱えたまま再び光の刃を数個展開して待機する。

 そんな警戒態勢に入っている二人を前に、フードの男人物ゆっくりと右手を挙げてすぅっと指で空を切る。

 すると、指で空を切ったところからぶわっと魔力があふれ、彼の身体をまるまる飲み込んでいく。

 

「彼女が目覚めるとき、また来よう」

「何言ってやがる! 待ちやがれてめぇ!!」

 

 ギュンッ、と聖の一声で放たれる光の刃。しかし、それはフードの人物に届くことはなく、カァンという金属が跳ねる音が響くだけ。

 目の前から忽然といなくなったその人物に、二人は疑問を浮かべることしかできなかった。

 

 

――龍吉宅リビング兼探偵社”花吹雪”事務所

 

 気絶している沙希を送っていった聖を見送り、俺はリビングでむむむっと唸っている姉貴へと声をかけた。

 

「姉貴、聖帰ったぞ」

「えぇ。もう、これで四件目よ? 一向に減る気配が見えないわ」

 

 バシーンと、聖の書いた簡単な報告書をローテーブルに叩きつけると「あーもーっ、どうなってるのよぉぉ!!」と女性らしからぬ格好――ぐでぇっとソファに寄りかかるような態勢で上を向き、大きくため息をつく。

 

「確かにこれで四件目。今回はひじりん、ついでに彼のお友達が狙われた。いよいよ、無差別っぽくなってきたなぁ」

「それでも、ある意味筋は通しているのよね」

「まぁな」

 

 そう俺は言いながら、今までの被害報告書をもう一度見直し、その共通点を小さく口にする。

 

「異能保有者だけを狙ってる、のか・・・・・・」

「そうなのよねぇ。各地域で活動している異能保有者を、二日か三日おきに一人か二人ずつ襲う。これじゃ、何人いても直に全員やられちゃ・・・・・・」

 

 そこまでいって、家のインターホンが鳴った。その瞬間、姉貴はまるで般若が美少女に変わったように表情を変え「はいは~い」と言って玄関の方へいく。

 全く、一瞬で表情を変える人だなぁ、とか思っていたところだった。

 

「あら、あらあらあらっ。貴女達から出向いてくるなんて、久しぶりねぇ」

「――ん?」

 

 そんなとき、玄関で姉貴が驚いたような声を上げた。

 俺はその声が気になって玄関をリビングからのぞき込む。

 するとそこには、意外な人物がそろっていた。

 

「ん、あら。龍吉君、お久しぶり」

 

 短く切りそろえられた髪。小さく微笑んだその表情。柔らかく微笑んだその表情を見て、俺は思わず頬をつり上げて若干歪んだ笑顔を浮かべながら、彼女に向かって挨拶をした。

 

「げっ……んんっ、お久しぶりですね、泉子さん」

「あら、その反応は少し残念ね」

 

 彼女――名倉(なくら)泉子(いずみこ)は微笑みながらそう言った。そんな微笑みを見ながら、俺は若干引きつった笑顔を浮かべてリビングへと案内する。

 リビングへと案内し終わってから、キッチンへと立って紅茶の準備を始める。そんな俺を、座ってじっと見ていた泉子さん。少ししてからその場で立ち上がったような、コトリ、という音が響いた。お手洗いかな、とか思いながら俺は茶葉を用意していると――

 

- 閃ッ! -

 

 耳元を通り過ぎる白銀の刃。少しだけ首をかしげてそれを避けるとくるっと反転してそれの柄の部分を掴み取る。

 放たれたのは、彼女の主武装である多節槍。三節棍と槍を組み合わせた、いわゆるチェーンランス。その先端。刃をつなぐ柄の部分をがっしとつかみ、俺はにこりと微笑む。

 

「さすがに、挨拶にしちゃあやりすぎでないんですか?」

「そうかしら?」

「そこを軽く聞いてくるところ、貴女も大概ですよね」

 

 軽く呆れながら俺は泉子さんに槍の先端を投げ返す。彼女はそれを器用に受け取るとそのまま縮小し、小さなキーホルダーにして自分の青いジーンズのフックに引っ掛ける。

 

「まったく、相変わらず変わらないのね泉子。うちのかわいい弟に喧嘩ふっかけるのは、そろそろ止めて欲しいのだけれど?」

「喧嘩を吹っ掛ける? 貴女こそ、何を言っているのかしらね?」

「あのー、白熱しているところ大変申し訳ないのですが、いったん落ち着いてもらえると……」

 

 テーブルを挟んで火花を散らしている女性二人に対し、俺は冷や汗を流しながら紅茶を持って行く。

 俺の一言で何とか収まってくれるところ、なかなかこの人達は聞き分けがよくて助かる。

 改めて紅茶を出し、彼女と対面して一呼吸置く。

 

 名倉泉子。

 この日本にいる、異能保有者を取り仕切る名倉家の当主。現時点で、日本にいる異能保有者の中では最強と歌われる人物。

 肩まで掛かるほどのショートカット、そして愁いを帯びたようなぼうっとした表情が特徴的な彼女は、見かけによらず異様なまでに強い。

 それが、先ほどの一発。気配を全く表さずに放つ、音速の一閃。そして、彼女の持つ異能『檻』から名付けられたのが、彼女の異名『棺の繰り手』。

 

「それで、今日貴女がここに来た理由。まだ聞いてなかったのだけれど?」

「そうね。言ってなかったものね」

 

 紅茶を一口すすってから彼女は持ってきていた鞄から分厚い書類をぽんと俺たちの前に置いた。

 

「これが、今日の本題。貴女達に、この件に対しての協力を依頼します」

 

 その書類のど真ん中に書かれていたのは『異能保有者襲撃事件の件について』と書かれていた。

 

「ふぅん。言っておくけど、私達はあくまでも一つの“会社”よ。ボランティア精神で動くわけ無いからね?」

「当たり前じゃない。報酬は、結果次第で考えさせてもらうわ」

「その言葉、忘れないでね?」

 

 その書類を手にとってからそんな会話を交わし、姉貴は軽く中身を全て読み終えるとと少しだけ睨むようにして泉子さんを見た。

 

「此処が、また戦場になるのね」

「おいおい、マジか姉貴ぃ」

 

 俺は思わずぐでぇっとなってしまう。

 めんどくさいことになったな。そんなことを思いながら、俺は窓の外から赤く染まり始めた空を眺めたのだった。

 




 ご意見、ご感想、誤字脱字表現ミス指摘等々、いつでもお待ちしています!


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14:乙女たちの戦い、始まる!?

 どうも、お久しぶりです。就活の方もひと段落ついて、さて、この後どうしようかと考えを巡らせていYuinoです。

 人生の岐路に立つ、というのもこれで三度目(高校進学、大学進学を含め)ですが、やっぱり悩ましくなるものですね、なんて言ってみたり……

 何はともあれ、今回はほのぼの(ではないかもしれないけれど)回です。タイトル負けしているのは、ほら、ご愛嬌ってことで許してくださいお願いしますorz

 ということで、14話、始まります!


――第三管理世界ヴァイゼン

 

「ぐぁぁっ!?」

 

 闇夜を切り裂いた一発の銃弾は、見事にとある男の肩に命中し、その機能を破壊した。

 男――クローヴィス=ハイネスは、ヴァイゼン議会の重鎮でありながら、裏での違法取引を得意とし、議員に就任して五年という短い期間であっという間に議会の重鎮へと上り詰めたある意味の猛者である。

 もちろん、その政治的手腕は多少強引ながら本物。多くの決議案を決定してきた実力を持っていた。

 だったが、如何せん一つだけ問題があった。

 それは、「魔力を持たざる者、もしくは魔力の少ない者を排他的に扱う」ということだった。

 管理世界の住人の殆どが魔力を持っているとはいえ、その大小様々、本当に希だが、魔力を持たない者も現れることもおかしくない。それでも、管理局は「魔力の大小や保有に関わらず平等に対応する」というものに、ヴァイゼン内で待ったをかけたのが、彼である。

 魔力の大小ですべてを決定しようとしたのだ。そのため、住民からの避難は色濃く見えていたが、発言することができなかったのだ。

 あまりにも、彼、クローヴィスの権力()が強すぎたから。

 彼自身も多くの魔力を保有し、学生時代はDASSのインターミドルで都市本戦へ進出し、好成績を収めた実力を持つ。

 しかし、今の彼には、”彼女”の弾丸を見切れる実力はなかった。

 

「失礼します、管理局です! クローヴィス議員に違法取引その他諸々の件で逮捕状がでていますので、管理局への任意同行を求めます!」

 

 瞬間、ドタドタとなだれ込んでくる管理局員。その場で膝をつき、肩から血を流し彼を見て、悪態をつきながらクローヴィスを捕縛していく。

 

「くそ、またあの窓際が……!」

 

 そんな風に悪態をつきながら、局員はクローヴィスの肩を見る。そこには、クローヴィス自身の血によって刻まれた、菊花紋章が浮かび上がっていた。

 

 

 

――半刻後、管理局本局

 

「たっだいまかえりました~」

 

 がちゃりと扉を開けて中に入る。相変わらず散らかっている事務所だなあと思いながら、私は部屋の一番奥でこっくりこっくり船を漕いでいる所長の肩を叩く。

 

「しょ~ちょうっ。ただいま~」

「んぐぁ。あ、リーナちゃんおかえり~」

 

 ぐでえ、とした状態で私に手を振ったのは、ここ――特別戦略技術研究部、通称『SSDR』の所長であるルルイナ=ディートハルト。私の直属の上司。彼女は大きくノビをしてから手元のコントローラーを操作して私の方をゆっくりと向いた。

 

「それで、結果はどうだった?」

「目標の肩に一発撃ち込んでさっさと撤退してきたよ。利き腕を潰してきたから、たぶんあっけなく捕まったんじゃないかな?」

 

 うんうんと頷きながら、ルルイナは一見すれば雑然としている自分のデスクからまっさらな報告書を取り出すと、それを私に突きつけてくる。私は、それを無言のまま受け取ると自分のデスクの上に置く。

 疲れた体のまま、椅子にどかっと座ってから周りを見渡す。元々少ない人員で形成されているこの特別戦略技術研究部だけど、今日はいつもよりも人が少ないように感じた。

 というか、私と所長以外いないんじゃない・・・・・・?

 

「所長~、ジン達は~?」

「ジンは本局のお偉いさんのところ、レンちゃんは任務に出てて、ヴァルツさんとレインさんはオフ、ほかの人たちも軒並み出てるわよ?」

「ふぅん・・・・・・」

 

 そんな答えを聞いて、私は椅子の背もたれに寄りかかるように天井を見た。

 

-話し相手がいなくて暇なのは分かるがね? 報告書は書き終えたのかい?-

「煩いなぁ、ヘカート。だいたい書き終えてるってば。私が移動中に書いていたの、見てるでしょ?」

 

 私の相棒で、今は待機状態でデスクの上に乗っかっているデバイス――ヘカートがいつも通りのお節介。それに対して私は若干文句に近い口調で言うものの、これもいつもの風景。

 私が報告書のファイルを展開していると、ヘカートは気になる言葉を呟いた。

 

-なら、早々に書き終えたまえ。次の任務が待っている-

「なにそれ知らないんだけど。所長~、私の次の任務ってなにー?」

 

 少し離れた専用のデスクで書類仕事をしている所長に声をかける。すると所長は「ごめーん、昨日伝える予定だったんだけど、面倒だったからヘカートだけに伝えてたー」を言ってきた。

 ちょっと待って、それって、つまり明日明後日の内にまた任務に出かける、ってこと?

 

「そうだよー? しかも、今回は出張任務っ」

「うげっ、まじ?」

 

 マジマジー、と言いながらルルイナはコンソールをタップすると私のPCに出張依頼のデータを転送する。

 それを私は受け取ると、そのデータを流し見程度に確かめていく。

 出張先、地球。依頼内容、違法魔導師の確保。協力者、現地にて休暇中の魔導師三名、現地協力者複数名・・・・・・え、これだけ?

 もちろん、ほかにも諸注意などが記されていたが、書かれていたのはかなり曖昧な内容だった。

 

「何、このわっかりにくい内容」

「仕方ないんだってばー。私も、上からこうやってデータ送られてきたんだから」

 

 窓際部署だから仕方ないよね~、と言いながら彼女は再びコンソールを操作して書類作業を再開する。

 そんな所長を見ながら、私――リーナ=クロイツェフは、改めて依頼内容の確認をし始めた。

 

 

 

――同時刻、地球。喫茶翠屋

 

 どうも、聖です。

 今日、海鳴市にある殆どの学校で行われる実力試験、というものがあり、すべての学校がいつもより早く授業を終わらせた。

 無論、俺の通っている学校も例外ではなく、午前中で授業が終わった。そのため、俺と龍吉、そして沙希と龍吉の彼女である楓を連れ、海鳴市内をブラブラと歩き回っていた。

 そんなとき、沙希と楓の行きつけの喫茶店に行こう、ということになったのが、ここ、喫茶翠屋。

 しかし、ここにきてしまったのが運の尽き。

 なんと、ウェイトレスとしてフェイト達が手伝いにきていたのです。

 そして現在、俺はかなり身持ちの狭い状態にいます。

 何せ、今俺の隣には、バチバチと視線で火花散らして笑顔を浮かべている二人の女の子がいるのですから。

 

「で、あなたは先輩の先生、というわけですね?」

「そういうこと。分かってくれたかな?」

 

 俺の右隣には、笑顔を浮かべながら紅茶を飲む沙希。そして左側には、同じくコーヒーを飲むフェイト。

 なんだろう、この、個人的にかなり怖い状況は。

 双方とも、俺に対してある程度の好意を抱いてくれているのは知っているし、それに沙希は候補ということがあるが、一応は俺の彼女である。

 そんな二人が、同じテーブルに座ってしまえばこんな状況になるのはわかっていたことで・・・・・・

 あぁ、なんでこうなってしまったのだろう。

 ちらり、と視線をずらして、別テーブルにはやて達といる龍吉へサインを送る。

 

(我、救援、求ム)

 

 ハンドサインを送り、返答を待つ。ついでに、ぱしんっ、と拝むように両手を合わせて懇願の意を示す。それを見た龍吉は、少しだけ考え込むような表情をしてから、ハンドサインを返してくる。

 

(悪イ、救援、不可能。スマンナ)

 

 あの野郎っ。今度ボコボコにしてやるっ。見えてないと思ってるのか、ご丁寧に「てへぺろ」までしやがって。

 視線で龍吉に文句を送ってから、俺はとりあえずこの場を納めようと「あ、あのさ」と一言言おうとした。

 しかし、その瞬間に沙希がとんでもない事をいいやがった。

 

「わ、私はっ、ひ、聖先輩の彼女、候補なんですっ」

「「「はいっ!?」」」

「ぶっ!?」

「く、ははははっ、」

 

 どんな会話からその言葉が出るに至ったのか、とことん問いつめたくなるような言葉だった。

 同席していたフェイト、遠くから眺めていたはやてとなのはは素っ頓狂な声を上げ、龍吉は大爆笑。かくいう俺は、口に含んでいたコーヒーを吹き出しそうになる。もしも飲み込んでなかったら、思い切りコレを吹き出していただろう。

 龍吉が俺の背中を叩きながら馬鹿笑いしているが、とりあえず一発軽くぶん殴って黙らせる。「ぎゃふんっ」というマンガのような声を上げてひっくり返る彼を無視し、俺は冷や汗を浮かべながら「そ、そういうことなんよ」と三人に言う。

 

「へぇ、聖君の”彼女”候補なんだー」

 

 にやにやとイジるような表情で俺のことを見てくるなのは。

 

「むふふ、これは面白くなってきたなぁ。ねぇ、フェイトちゃん?」

 

 俺とフェイトを交互に見ながら言うはやて。「何仕掛けてやろうか」って顔になってますから、ホントやめてくださいマジで!

 

「むむっ、ま、負けられない・・・・・・!」

 

 えっと、何が負けられないのか具体的に言ってほしいのですがフェイトさん! 気づいていないと思ってるんすかね、魔力が漏れて若干バチバチしてますよ!?

 

-人気者なのも苦労しますね、司令(しれぇ)?-

「雪風、わかってるならこの対応法を教えてくれよ」

-そんなの、知りません♪-

「ご機嫌そうに言ってんじゃねえ!!」

 

 俺の心の叫びは、誰にも届きそうになかった。

 

 

 そしてその後、どうなったのかというと。

 やはり、女性のコミュニケーション能力というものを侮っていたと、俺と龍吉は思っていた。

 若干険悪なムードが漂っていた沙希とフェイトだったが、いつの間にか笑顔で会話を交わしていた。

 何があったのか、と沙希に聞くと「女の子同士の秘密ですっ。いくら先輩でも教えませんよ?」と言われ、フェイトに聞き直すと「これは聖君でも教えられないかな?」と同じように笑顔で返された。

 何だかなぁ、と思いながら俺は真っ直ぐに帰宅していった。

 

 

 

――夜、宮野宅

 

 お風呂からあがった私は、いつものスウェットに着替えてベッドにボフン、と横になる。

 風呂上がりでまだまだ火照っている顔を氷嚢で冷やしながらケータイを開くと、まさに狙ったようなタイミングで着信がなった。発信元は、『テスタロッサさん』。

 

「テスタロッサさんからだ・・・・・・」

 

 私は少しだけ驚きながらケータイの通話ボタンをタップし、耳に当てる。

 

「はい、宮野です」

『こんばんは、沙希さん。夜分遅くにごめんね?』

 

 いえいえ、とんでもないです。というか、わざわざ電話をかけてくれて、私も嬉しいです。

 そんなことを少し慌てながら言うと、テスタロッサさんは電話越しでクスクスと笑っていた。恥ずかしくて少し顔が赤くなるけど、私はぶんぶんと首を振ってから落ち着きて話し始める。

 

「それで、どうしたんですか?」

『えっとね。この前、聖と一緒にいたときに知らない人に襲われた、っていってたじゃない?』

 

 それについて、何か心当たり無い? そんな風に、テスタロッサさんは聞いてきた。

 心当たり。そんなものあるのかな、私はうーんと少しだけ考え込んでから、一息ついてから答えを告げた。

 

「えと、心当たり、無いです……」

『そっか。ごめんね、こんな事聞いて』

「だ、大丈夫です!」

 

 その後、私はテスタロッサさんと二、三、他愛のない世間話をかわしてから、さくっと電話を終えた。

 ぽーん、とケータイをクッションに放り投げてから、そのままベッドにダイブし、ごろごろと仰向けに転がってから、天井に右の掌をかざした。

 月明かりが差し込んでくる部屋でぼうっとしながら、私は小さく呟いた。

 

――■より■でて■に■つ

 

 ぼうっ、と手のひらに生まれるのは、光の球体。一つ、二つ、三つと、私の右手首あたりを周回するようにくるくると周り、いつしかその球体は一つの大きな球体となった。

 その球体を、私は右の拳に浮かべるように意識する。すると、その意識通りに球体はふわりと私の拳の上に浮遊した。

 それを浮遊させたまま、私は部屋の大窓を開ける。吹き込んできた夜風に髪をなびかせながら、私は夜空を見上げた。

 満天の、とは言い難い夜空。都内だから、星もなかなか見えない。

 そんな星空に向かって、私は、いつからか”身体に染み着いていた”構えをとった。

 そして、そのよどんだ星空に向かって、私は自分とは思えない、凛と通った声で、その”名”を唱えた。

 

――■り■る■■の■■

 

 キィィン、と夜空へ走る空色の閃光。放たれた光は夜空を切り裂き、空へと登っていった。

 私は、それを見上げながら、自分の胸に手を当てて小さく呟いた。

 

「私の、力・・・・・・」

 

 その力が何か、まだ私には分からなかった。




 今回と次回は、それなりのゆったりしている回です(多分)

 ということで、ご意見、感想などなど、お待ちしています!

 それでは、次回もお楽しみに!




追記
 いつかやったキャラ募集も、もう少し続けますので、我こそはと思われる方がいましたら、ぜひによろしくお願いします!

↓その件のURLです
http://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=62305&uid=53593


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15:試験

 はい、大学の図書館から更新をかけているYuinoです。

 とりあえず、15話です。ここから、ずいぶん前に募集をかけていた、読者の皆様からの募集キャラが一名登場します。

 ということで、どうぞ!


――日曜日

 

 沙希、龍吉、楓の三人は、なのは達に連れられて管理局の嘱託魔導師の試験会場にきていた。

 試験会場といっても、海鳴市の海浜公園。そこにある公民館だ。別の場所でやると思っていた龍吉達は、思わず拍子抜けてしまっていた。

 

「なんだ、ここでやるんだ」

「本当なら、本局で試験をやるのが普通なんだけど、生憎と場所が空いてなくて」

 

 ここだったら、皆にもみてもらえるでしょ? そうなのはが言うと、龍吉の後ろをゆっくりとついてきていた楓が口を開いた。

 

「こんな場所でやって、その、周囲に影響とか無いの?」

 

 楓が少し、というよりかはだいぶ心配したような表情でなのはに言うと、はやてが彼女の後ろからひょっこり顔を出して「そのところに関しては問題無しや」と笑顔で言った。

 

「あんまり普通の人・・・・・・魔法に関わっていない人に言うのはいけないこと何やけどな? 試験内容は、筆記試験、儀式魔法試験、それと模擬戦試験の三つ。試験のうち、後ろ二つは監督魔導師がついて、それぞれが結界を張って周囲への影響をシャットアウトするから、大丈夫なんやで?」

 

 そこまで言ってはやては「今日の試験は、私となのはちゃんも監督官なんやで」と胸を張って言った。

 彼女の自信の持ち方をみて、楓は「本当に魔法使いなんだ」と小さく呟いて、次いで自分の後ろを歩く龍吉を見た。

 

「龍君の”アレ”も、魔法なの?」

「アレ? あぁ、羅生黒虎のことか?」

 

 ふ、っと楓の目の前で、龍吉は自分の右腕に黒い煙のようなものをまとわせる。すると、その煙はややあってから小さく鋭く、彼の右腕に纏わりついて槍のような形を作り上げた。

 羅生黒虎。なのはやフェイト達『魔導師組』曰く「空気中に霧散している微弱な魔力を集結させて、自らの武装とする魔法の一種」と踏んでいるが、龍吉や小春たち探偵社組は、それの仮説に首を縦に振るどころか「それじゃ、そういうことで」と言ったのだ。

 彼ら曰く、いまだにこの能力の全貌が見えたことはないらしく、その正体も不明、というらしい。

 それ故、名称が”魔法”ではなく”異能力”なんだとか。

 そのことを龍吉が楓にやんわりと説明すると、彼は「まぁ、そんなことはどうでもいいんだけどな?」といってから、自分の右腕にまとわせた槍を、左手をすっとふるってその形状を変え――

 

「ちょっと応用すれば、こんなこともできる」

「「「「「「はっ?」」」」」」

 

 彼の右腕には、黒い毛むくじゃらな何かがぎゅっと抱きついていた。

 その生き物っぽい何かはなんだと、ドヤ顔をしている龍吉を除く五人が考えていると、不意に沙希が言葉をこぼした。

 

「えっと、何それ?」

「あぁ、これか? 俺の能力をちょいっと弄って作ってみた。名付けて、小虎だ!」

 

 龍吉はドヤ顔して腕の上に乗せている虎を頭の上に乗せ直し、それを見て他の五人は「何やってんだ、このアホは」といった視線を送る。

 そんな視線にものともせず、龍吉は「……とまぁ、こんな感じで遊び心も満載なんだが」と言ってからその小さな虎を消滅させ、ウケなかったことに対してなのか、弱冠残念そうな表情を見せてから仕切り直すようになのはに向き直って問いかけた。

 

「あそこのベンチでノビてんのって、聖じゃないっすかね?」

「「「「「あ――」」」」」

 

 龍吉が指さす先。確かにそこには聖がいた。

 ベンチにぐてっと身体を預け、完全に疲れ果てたような表情の聖が、そこにいた。

 そんな彼を見て、沙希は慌てたように彼の傍へ駆け寄る。なのは達も心配そうな表情をしているが、その中で唯一、呆れたような表情を彼に向けている人が一人。

 

「普段殆ど使いもしない頭をここで使うからオーバーヒートするんだっての。ったく、こいつはまいどまいど――」

 

 すたすたと聖の近くまで行くと、そのまま彼の頭をスパァァンッと平手打ち。平手打ちを喰らった聖はがくんと頭を揺らし「んがふ――」と変な声を上げてからぼーっとした表情で周りを見渡した。

 

「目ぇ覚めたか?」

「あ――あぁ。なんとかな」

 

 ぐぐっ、と大きく体を伸ばしながら欠伸をかます聖。そんな彼に対して、沙希は心配そうな表情を浮かべた。

 沙希の心配そうな視線に気がついた聖は、彼女に対して「大丈夫だって」と言ってからにこりと笑顔を浮かべる。

 

「学校の授業ですらこんなに頭使ったことなかったからな。久々に頭使いすぎて、少しオバヒってたところだ」

「こんなことになるんだったら、毎日ちゃんと勉強しておけばいいのに」

 

 そんな風に言う楓に対し、聖は「それが出来りゃ苦労しねぇって」と苦笑い気味に答える。

 苦笑いを浮かべている彼に対し、少しあきれたような表情のフェイトが彼に問いかけた。

 

「それで、試験の方はどうだったの?」

「えっと・・・・・・問題ない、と思う。多分」

「なんや、その微妙な感じ」

 

 あはは、と変わらず苦笑いを浮かべる聖。それを少しだけ心配そうに見つめる六名。

 その中で、フェイトはふと自分の腕時計に目を移す。既に時刻は、次の試験である儀式魔法の開始時刻の十五分前になっていた。

 そのことを聖に告げると――

 

「んぁ、もうそんな時間か」

 

 そんな風にのっそりとベンチから立って「かったりぃなぁ」と言いながら再び公民館へ足を運んだ。

 コキコキと首を鳴らしながら彼はのっそりと歩いていく。

 あまりにものんびりしすぎている聖を見て、揃って六人は全く同じ感想を心の中に秘めていた。

 

 彼、試験受からないじゃないかな、と。

 

 

 

――同時刻 公民館閲覧室

 

「司様、高町教導官と八神三佐の結界展開、確認しました。試験開始、可能です」

 

 脳に直接響くような凛とした声で、仮眠状態に入っていた彼女の意識は現実に戻された。

 薄目を開け、自分が今いる場所を確認する。

 そこは、今回嘱託魔導師試験の会場になっている、管理外世界の一つ、地球。そこにある、海沿いにある小さな街、海鳴市。そこの公民館の中、見学室。

 持ち込んだロッキングチェアに揺られていたら、思わずうたた寝をしてしまっていたみたいだった。

 

「もう、そんな時間?」

 

 視線を逸らしながら問いかける。視線の端にいるのは、相変わらずの燕尾服姿の彼。左腕にかけられているのは彼女のジャケット。

 大きく欠伸をしながらロッキングチェアから立ち上げると、そのジャケットを受け取ってからさっと装着。今回の試験のために用意されたスタンドマイクまで移動し、マイクをかっさらうようにして取り、ガラスの向こう――正確には、公民館のホールの真ん中にいる少年を見据えてから、叫ぶ。

 

「今回の主試験官を務める、早乙女司です。宜しくお願いするわね」

『天剣佐々木帝流当主、無所属、佐々木聖です。本日は、宜しくお願いします』

 

 窓の向こうにいる少年――聖は、試験官である司の姿を確認してから、ぺこりと礼をする。

 礼儀正しい子じゃないか。そんなことを思いながら、司は試験内容を告げていく。

 

「第二試験は儀式魔法。種類は問いません。自由にやってみてください」

『はいっ』

 

 彼は了承の声を上げてから、足下に魔法陣を展開する。

 その色は藍、形状は六芒星。それを見た司は、小さく唸った。

 

「あれが、テスタロッサ=ハラオウン執務官が言っていた――」

「カスミ式魔法ですね。攻撃魔法は殆ど無く、身体強化、支援及び防御魔法が主体だと記されていましたね」

「身体強化や支援魔法が主体。一体それでどんな儀式魔法を――?」

 

 キィィィン、という音と共に、魔力が彼の周囲を取り囲んでいく。

 第一印象は、あまりにも動き出しが早い。ただその一言につきた。

 通常、儀式魔法は多少なりとも魔力展開に時間がかかるものだ。それを一瞬で終える人物を、彼女は今まで”一人”しか知らない。

 

『展開――』

 

 たった一言の言葉で、彼の周りで光が爆ぜる。

 まるで機関銃のマズルフラッシュのようにパパッと光が輝くと、魔力球が十個ほど展開される。

 

『流填――』

 

 彼が言葉を紡ぐ。すると、それに従うように魔力球が振動を始めた。

 まるで、それそのものが生きているような、そんな動きを――

 

『装填、開始――』

 

 ヴヴッ、という振動音とともにその魔力球は姿を変えていく。

 それぞれ一本の、光の剣に。

 それを目の前で目撃した彼女は、一瞬だけ驚いたような表情を見せる。そして、くくっとのどを鳴らすようにして、とても愉しそうな、嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 

「そうか。君も、そういう魔法も使うのね」

 

 とても面白い。そんな風に思った彼女だが、少しだけ残念だという思いも持っていた。

 確かに、この儀式魔法は速い。だが、本当に”それだけ”なのだ。

 儀式魔法試験の採点項目は、「当該魔法の規模」「当該魔法の発動速度」「当該魔法の効果」の三つである。

 彼の発動した儀式魔法の性能をそれに当てはめていくと、発動速度は速くとも効果と規模が小さいのだ。

 残念そうな表情を浮かべながら、彼女は手元にあった採点表にそっとC(最高点はS。そこからEまで)と書き込もうとして――

 

「お待ちください、お嬢様」

「?? どうしたのシュヴァイン?」

 

 司のその手を、そばに控えていた燕尾服の執事――シュヴァイン=ローウェルが止める。

 疑問の表情を浮かべる司を見てから、彼はそっと窓の向こうにいる聖を指さした。

 

「まだ、終わっていません」

『再展開――』

 

 シュヴァインの声にかぶるように、聖の声もまた響いた。

 光の刃の矛先が、正面から地面へとぐるりと回転する。

 それを見て、司は「まさか」と小さくつぶやいた。

 そして、次の彼の一言を聞いて、思わず大きく声を上げた。

 

『浄化の光よ、在れ――!』

「まだ、続きがあったのね!」

 

 聖が中空に十字を刻む。右から左へ、上から下へ。魔力光を湛えた指先で十字を切ると、足下にカスミ式魔法の魔法陣である青い六芒星が展開される。

 その展開を確認した彼は、自分の正面で滞空していた光の刃をつかみ――

 

『レーヴェン――!』

 

 それをタンッと地面へ突き刺す!

 すると、足下の六芒星の青いかが焼きがより一層強く輝いて!

 

『――シュトラール!!』

 

 気合裂帛!

 彼の叫びとともに、、魔法陣から青い光が立ち上る!

 その光の柱を見た瞬間、彼女は先ほど以上に愉しそうな表情を浮かべて見せた。

 

「シュヴァイン、彼に伝えて。すぐに次の試験を始めるわ」

「畏まりました、お嬢様」

 

 ジャケットを脱ぎ捨てて、司は見学室から飛び出す。

 向かう先は、現在貸し切り状態の公民館大ホール。

 そこで、彼女は最後の試験――模擬戦試験を執り行う。

 

 

 

――半刻後

 

「君が、佐々木聖君?」

 

 儀式魔法の試験が終了し、休憩がてら公民館内のソファでスポーツドリンクを飲んでいた彼に、不意に声がかけられた。

 ぐるりと顔だけを動かして声のかけられた方向をみる。

 そこには、一人の女性がいた。

 肩あたりまでに切りそろえられた茶色のショートカット、首に掛かっているヘッドホンと、背負っているのはギターケース。黒いロングコートを羽織った、そんな女性――否、少女がいた。

 見覚えはないな。そんなことを思いながら、聖は少女の方に体を向き直し、問いかけた。

 

「確かに俺は佐々木聖だけど。あんたは?」

「なっ。女の子に”アンタ”呼ばわりはちょっと失礼じゃなぁい?」

 

 なんだ、この面倒くさい奴は。

 そんな風に心の中で呟き、大きくため息をついてから改めて問いかける。

 

「分かった分かった。んで、キミは誰だ?」

「んんっ、名乗るのが遅れたね。私はリーナ=クロイツェフ。特別戦略技術研究部、SSDR所属の魔導師だよ」

 

 よろしくね、と言わんばかりにソファに座った手を伸ばす。それを友好の握手だととった聖は、彼女の手を取って「よろしく」と言いながらすっと立ち上がる。

 SSDR、確か、あの”ジン”とかいういけ好かない奴が所属している場所か。そんなことを思い出しながら、聖はリーナをじっと見てから問いかけた。

 

「んで、俺に何のよう?」

「まぁ、本当は別件で用があるんだけど、ここでキミが魔導師試験を受けてるって聞いて、何なら見学してみよーって思ってね」

 

 にへっ、と笑顔を浮かべるリーナ。彼女のことを見てから、聖はいつも通りの若干だるそうな表情を浮かべて「ふーん」と、さも興味なさげに言う。

 そんな聖を見て、リーナは「んー・・・・・・」と、まるで品定めするような目線で聖のことをみる。そんな彼女の視線に気づいていないのか、ソファに座り直した聖は再びスポーツドリンクに口を付ける。

 それからしばらくして、聖は館内放送で公民館の大ホールに来るようにアナウンスを受け、リーナと分かれていった。

 

 

 

――数刻後

 

 公民館から出た彼女は、ポケットに入れていたココアシガレットを口にくわえながら、さっき会った”彼”のことを、もう一度頭の中で思い直していた。

 面白い子だった。それが、リーナ=クロイツェフがヒジリ=ササキという人物に出会ったときの第一印象だった。

 短髪の黒髪。整ってはいるものの、どちらかと言えば”普通”とランク付けできるような、そんな外見。

 でも、その外見からは全く想像出来ないほどの”殺気”に似た何かが、彼からはほんの僅かに滲み出ていた。

 

「たぶん、コレがルル姐さんが言ってた”特別な才能”って奴なのかぁな」

 

 そんなことをぽつりと呟いて、私はぼーっと空を仰ぎながらヘッドホンを耳に当て、左ポケットに入っている音楽プレーヤーから音量小さめで音楽を流し始める。

 スローテンポの前奏から入ったその曲を聞きながら、ふんふんと鼻歌をならしながら歩いていると――

 

「――よーやっとお出ましか」

 

 周囲の景色が変わっていた。

 その色は、橙色。

 ふと、時計を確認する。まだ時間は三時を少し回ったところ。いくらこの世界の季節が冬真っ直中とはいえ、この時刻にこの空の色は可笑しすぎる。

 だからこそ、彼女はこの状況を理解していた。

 これは、外部の誰かが展開した結界だということを。

 

「こうなるって分かってたけど、もうちょっとゆっくりしたかったな」

 

 そう呟いてリーナは、背中に背負っていたギターケースを地面に突き立てるようにして下ろすとそのロックを外して、自分の相棒をコールする。

 

「ヘカート、オープン。コード、8909(エイト・ナイン・オー・ナイン)

-オーライ。オープン、コード受諾-

 

 ガツンッ、という鈍い音が響き、ギターケースの中から黒い塊が二つ現れた。

 

「ん、っしょと」

 

 くるくるっとそれを両手に取って回しながら、中折れ式のそれに魔力カートリッジを装填して構える。

 それを一言で言い表すならば、銃。形状的にはショットガンに分類されるそれを両手に持って構えると、彼女は苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべて一人呟いた。

 

「全く、こんなことになるならレンちゃんも連れてくるんだった」

-そんなことを言っている暇があったら、さっさと状況の変化に努めろ。こっちの余波を公民館の方に向かわせるわけにはいかないだろう?-

「分かってるよ、もう」

 

 くるくるとそれを回してからそれを構え、彼女は背後からゆっくりと近づく気配に対し、その銃口を向ける。

 その銃口の先にいたのは、ぼろぼろのコートをまとい、頭をフードで隠した彼。

 そして、彼の周囲には、楕円形の機械群がふよふよと浮遊していた。黒い四つのセンサーに、金色のモノアイ。それを、最近上がってきた情報にのっとって呼称するならば、『ガジェットドローンⅠ型』。通称『ガジェット』。

 それを従えたマントの男の表情は分からない。ただ、一つだけわかること。それは、ここで彼を捕縛しないと、後々面倒なことになりそう、ということ。

 ゆえに彼女は、一度構えた銃を下してマントの人物に話しかけた。あくまでも、”やんわり”と。

 

「最近起こしている襲撃事件の犯人は、貴方、ですね? ちょっとお話を聞きたいので、任意同行を願います」

 

 一度銃口を下し、やんわりと話しかける彼女の言葉に、マントの人物は無言を貫いていた。。

 あくまでも任意同行を求める。その理由は、何かしら”そうしなくてはいけない理由を聞きだす”ため。それが、管理局の役目だ。

 しかし、彼女の言葉を彼は聞く耳持たず、というところだった。

 

「   」

 

 すっ、と手を伸ばす。

 それはまるで、彼の後ろに待機しているガジェットに”前へ”と示す軍師のようなしぐさ。

 そして、彼に動かされるように、ガジェットは前へ進み、そのモノアイを青く光らせる。

 モノアイ型の砲門にチャージされていくのは、魔力弾丸ではなく高熱源反応のある弾丸。所謂『レーザービーム』。

 それを見て、リーナは思わず大きくため息をついて――

 

「結局、そうなるよねぇ」

 

 そう言いながら、銃を持ったまま頭をポリポリとかいてから肩を解すように大きく回した。まるで緊張感のない仕草だが、これが彼女にとっての”普通”。そして同時に、彼女の”戦闘モードに入る際の”ルーチンワーク。

 

「――撃て」

 

 短、おそらく初めて発せられた言葉を切り目に、ガジェットが灯す光がより一層強くなり――

 

-バーストバレット-

 

 その光以上に、ガジェットの一機が轟音を立てて爆散した。

 瞬間響いた、カラァンという乾いた金属音。

 その方向にフードの人物は視線を逸らす。そこには、爆散して金属の塊となったガジェットの残骸、そして、空になった魔力カートリッジ。そして、目の前。距離にして十メートル弱という近距離に、片方の銃口を真っ直ぐに向けたリーナの姿があった。

 

「試験運用だったとはいえ、流石の火力だね」

-設定だけみれば少し火力過多なところがあると思ったが、機械相手なら問題はなさそうだな-

「人相手だとちょっとヤバいかもね」

 

 まぁ、関係ないか。そんなことを言いながら、彼女は銃口から揺れる煙をふぅと吹き飛ばし、くるくるっと西部劇のガンマンさながら回転させてから構える。

 それを見たフードの人物は、くくっという喉の奥で笑うような声を上げ、叫び声をあげた。

 

「面白えな! 面白えなぁ、あんた!! 今の今まで我慢してきたが、今回に限っちゃ我慢できなそうだわ!!」

 

 バッとコートを脱ぎ捨てると、そこには男がいた。黒みの強いクセのある茶髪で、大柄で一目見て鍛え抜かれていると分かる体格。大きく口元をつり上げ、好戦的な表情を浮かべる彼を見て、リーナははっと息をのんだ。

 

「あ、んた――」

 

 彼女は、彼に見覚えがあったから。

 

「久しぶりだな、リーナ=クロイツェフ!!」

 

 その、黒みの強い、くせっ毛の茶髪も。

 どれだけ実力が離れた強敵でも、自信満々の表情を崩さない剛胆さも。

 そして、ちりちりと肌が焦げるような、隠そうともしないその炎も。

 何もかも、彼女は覚えていた。

 だって、彼は――

 

「市川――剛ッ!!!」

 

 ある意味、彼女の仇敵だったから。

 

「ここで捕まえて、三年前のこと、たっぷり聞かせてもらうから!!」

「いいぜぇ! 出来るモンなら、やってみろよ!」

 

 リーナはその男――市川の名前を叫び、今は二丁のショットライフルのヘカートを構える。

 対する市川は、多数のガジェットを従え、自らの得物である真っ赤なトンファーを構える。

 そして――

 

「レオン――!」

「獅子――!」

 

 リーナはヘカートを振りかぶり、市川はトンファーを大きく引く。

 互いの魔力が空中へと迸る。その色は、青と、赤!

 

「ブラスト!」

「戦吼」

 

 そして、互いに魔法の引き金を引く。

 瞬間、銃口から放たれた青色の獅子と、振り抜かれたトンファーから放たれた赤い獅子が激突し、轟音を響かせた。

 誰も知らない戦いが、ここで幕を開けた。

 

 

 

――公民館 大ホール

 

 大ホールのほぼ真ん中で屈伸を繰り返しながら、聖は正面に佇んでいる彼女を見た。

 長い黒髪をポニーテールで纏め、肩を回しながらウォームアップを続ける女性。その身は浅黄色の軽鎧で武装しており、両手に着けたグローブを着け直すようにしてその感覚を確かめていた。

 

「えっと……模擬戦試験の試験監督って、なの……高町教導官ではないのですか……?」

「あぁ、そのことか。少し無理を言ってね、変わってもらったんだ」

 

 にっこりと満面の笑みを浮かべながら、彼女――早乙女司は目の前に幾つかのモニターを展開して、その内の一つを聖の方へ飛ばした。

 

「先に言っておくよ。この模擬戦試験、本来はやる必要がないんだ」

「……は?」

 

 司は、そのデータ見てよと聖へ促す。聖は、そのモニターを受け取って中身を見る。

 そこには、彼女が採点したであろう今回の試験、筆記試験と召喚魔法試験の結果が記されていた。

 筆記試験は、百点満点中六十点弱。そして召喚魔法試験は百点満点中七十点。ギリギリ合格範囲に達しているとはいえ、あまり余裕を持って行えるものではない。そう理解した聖は「わかりました」と言ってそのモニターを返す。

 

「つまり、これをやる前にほぼ合否は決まっていて、この模擬戦試験で改めて合否が決まる、と言うことですね?」

「その通り。まぁ、私としては、合格上げても良いんだけど――」

 

 そう言いながらも、彼女は両手を前につきだし、まるで架空の剣を構えるようにしてその場に待機する。そして――

 

――剣は我が声と共に

 

 たった一言。その言葉が発せられた瞬間、両手を起点にバチバチと電流が走り、巨大な”岩の様な何か”が姿を現した。

 

(いや、違う。これは、岩なんかじゃない――!)

 

 しかし、聖はすぐに理解した。

 彼女が持っているのは、岩ではない。巨大な岩に見えていたそれは、厚く、無骨ながらも刃面の様なものが存在し、手元には雑且つ申し訳程度に巻き付かれた布が、それを岩ではなく一つの武器であることを証明していた。

 

(人のみに余る、巨大な、剣――!)

 

 なのはとの訓練を経て、尚かつ自分の得意分野である強化魔法から派生させた、見ただけでその魔法の三分の一が、打ち合うことでその構造の全てが理解出来る解析魔法を修得した聖は、今、司が両手で構え、そして、片手で構え尚したそれを解析し、そして驚愕していた。

 

(片手で持つことすら叶わない、そんな斧剣を、いとも簡単に!?)

 

 驚いている聖を置いて、司は朗々と話し始めた。

 

天地断ち切る翡翠の岩剣(イガリマ)。とある戦神が保有し、山を斬り裂くと言われた剣をモチーフに作り上げた、私の最高傑作」

 

 さぁ、と、そう言って彼女はその大剣を大上段に構え、不適な笑顔を浮かべて、叫んだ。

 

「模擬戦試験、始めましょうか!」

 

 そして、それを振り下ろす。

 まるで、衝撃波が走ったような風圧が聖を襲う。

 これが、魔導師試験最終関門。試験監督との模擬線。

 その火蓋が今、切って落とされた。




 はいっ、ということで、いかがでしょうか?

 感想など、色々お待ちしております!


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16:銃と紅蓮、光剣と岩剣(前編)

たぶん、初の前後編構成でお送りします。

お久しぶりです、Yuinoです。

なんか、ものすごく更新速度が落ちているのは、書く暇がなかったり、書いてる暇があったのに艦これの夏イベントやってたりしていたからです、はい。

何はともあれ、16話です。どうぞ!


――海鳴海浜公園 裏山

 

 空気が爆ぜた。

 互いに放たれた魔力がぶつかり合い、爆ぜる。

 爆風を避けるようにして屈んだ先に、跳ね跳んだ魔力カートリッジの空薬莢が彼女――リーナ=クロイツェフの頬をかすめる。

 ちりっ、と頬が焼けるような感覚。それでも彼女は正面を見据え、ごろごろと地面を転がりながら射撃体勢に入る。

 そして、それを追うように滑空する紅蓮の魔力砲! 赤いそれを一瞥した彼女の対応は、いつにも増して速かった。

 体を捻って左手で握った愛銃(ヘカート)三点(スリーポイント)バーストでそれを相殺する。

 そして、再び空になった薬莢を銃本体を空中で回転させて排莢し、魔力を込めた素早い蹴りでそれを彼――市川剛へ向けて蹴り飛ばす。

 

「――っ!」

 

 魔力の込められた蹴りで跳ばされた魔力カートリッジは、それそのものが速度においては通常射撃には劣る。それでも威力はそれに相応する!

 驚異的な威力を持つそれだが、剛はそれを恐れてはいなかった。

 その威力を、彼は”身を持って”知っている。だからこそ、彼はそれに対してなんの動揺も驚きもなく迎撃する!

 

(あめ)ぇよ、リーナァァァッ!!」

 

 大きく両腕を振りかぶり、構えたトンファーの両先端に真っ赤な魔力が集中していく。そして、それが大きく揺らぎながら巨大な炎へと姿を変えていく。

 

「燃えろぉぉ!!」

 

 裂帛とともに振り下ろされるトンファー。放たれる轟炎!

 直径十メートルを超える炎がリーナが蹴り飛ばした薬莢を飲み込み、彼女へと迫っていく。

 しかし、リーナはそれを眼前において臆することもなく正面に据え、両手に持ったヘカートへ叫ぶ。

 

「ヘカート、コード・ランチャー!」

-了解。コード・ランチャー、受諾-

 

 その声とともに、両手に持たれていた二丁のショットガンが一瞬にして一つにまとまり、全く別の姿へと変形した。

 全長は七十センチほど。少し長めのサブマシンガンと同じくらいのサイズのそれに取り付けられているのは、短く太い銃身と異様に大きな回転弾倉。

 一言で表現するならば、まさに鉄の塊。その銃の正体は、六連装の回転式弾倉を備えた『MGL - 140』、通称ダネル!

 彼女はそれを構えながら、自分の正面十数メートルまでに迫ったを見据え、狙いを定める。

 本来なら、この銃、弾倉に装填されている弾は、秒間二発。つまり三秒で全弾撃ち尽くし、再装填が必要というのがダネルの特徴。

 しかし、今彼女が使っているのはあくまでも”それ(ダネル)”を模した形のデバイス。そして、装填されているのは魔力カートリッジ。

 つまり、六連弾倉の全消費は、魔力ブースト六枚掛けに相当する!

 

(――っく。あいっかわらず酷い負荷ねこれは!)

 

 ガツンガツンガツンガツンガツンガツンッ。六連装弾倉に装填されたカートリッジが全て消費される。魔力の急激なブーストの負荷による苦悶の表情を浮かべながらも、それでも彼女は歯を食いしばって――

 

「それでも、これなら――ッ!」

 

 -ガァァァンッッ!!-

 

 トリガーを引く!

 轟音とともに銃口から放たれるのは極大の魔力砲弾。リーナと、愛銃(ヘカート)のコンビだからこそ出来る戦技変換(コンバットチェンジ)システムによる、火力変換!

 火球とぶつかり合い、バチバチと火花を散らした後、巨大な爆発が巻き起こる!

 彼女は、瞬時に張った障壁で爆風と土煙を凌ぎ、周囲を見渡してからカートリッジを高速ロードする。

 

「これで、とりあえず距離を――」

 

 体の向きをそのままに、地面を一蹴り。後方へ跳ね飛ぶように移動する――

 

「――――けた!」

「――ッ!?」

 

 その瞬間、声にならないような声が、リーナの左側から響いた。

 それに反応するように、リーナは身体を反転させ、右手で握っていたヘカートを左手へ”投げるように”持ち替える。土煙の中から飛んできた”何か”に対して銃口を向け、トリガーに指を添える。

 

「な――ッ」

 

 しかし、土煙の中から飛んできたのは少し大きめの岩。

 そう、それは、ちょうど人の半分程度の大きさの、何の変哲もない、ただの岩。

 

「しまっ――」

 

 それが、囮だと言うことに気がつくまで、僅かコンマ一秒。反転するまでコンマ数秒。それが、彼女にとっての大きな隙になってしまった。

 

「もう、(おせ)ぇよ!!」

 

 振りかぶられた、赤い塊。それは、魔力を付与された、炎を纏う拳。

 さながら太陽の一撃のようなそれを構えるのは、頭から血を流しながらも、獣が獲物を狙い定め追いつめるような表情の剛!

 

「焼き払え、アレス!!」

-応!-

 

 ガツンッ、と響いたカートリッジの装填音。それと同時に、彼の腕に纏う炎がよりいっそう巨大になる。

 やばい、撃ち負ける。思いながらも、彼女は銃口へと魔力を溜める。

 カートリッジは先ほどすべて使い切った。

 再装填の時間はない。

 残りの魔力も、若干心許ない。

 ならば、やることは一つ。

 

(凌ぐだけじゃダメだ。なら、ここで決めきらないと!)

 

 ぎゅっとグリップを握りしめ、銃口へ魔力を集中。自分の魔力も、周辺に霧散した魔力も全て、一気に銃口へかき集める。

 

――もっと

――もっと!

――もっと!!

――もっと!!!

 

 念じる度に、銃口に宿った光が鼓動するように大きくなっていく。

 収束されていくそれを、剛は覚えていた。

 目の前に広がる、青い魔力。それを見て、剛はニタリと大きく口をつり上げて笑顔を見せて、叫ぶ!

 

「バーニング――ッ」

 

 更に燃えさかる紅蓮の炎。リーナは、それを眼前に向けられても怯むことなく剛を見据え、彼へと真っ直ぐに銃口を向ける。そして――

 

「コード・カノーネ!!」

-了解。コード・カノーネ、受諾-

 

 ゴゥン、とダネルとなっていたそれの形が一瞬にして変形、また別の姿を見せる。

 灰色の本体と同色の砲身、右側についたトリガーと反対側についたフォアグリップを持つそれは、まるで架空のロボットアニメに出てきそうな、近代的なデザイン。分類的には超電磁砲(レールガン)に含まれるそれの両サイドのグリップを握りしめ、収束した魔力を一度砲身にて再収束!

 

「叩き込むよ、ヘカート!」

-Yes,sir!-

 

 銃口が青く灯る。

 目の前に迫る、剛と極大の炎。それを真っ直ぐに見据え――

 

「カノーネクスィフィアス!」

「――クラァァァァッシュッッ!!」

 

 互いの魔力が、至近距離にて再びぶつかり合った。

 

 

 

――公民館、大ホール

 

「ほらほら、しっかり避けないと頭吹っ飛んじゃうよ!」

 

 目の前に飛来する巨大な岩塊。それをすんでのところで回避し、聖は後ろに吹き飛ばされるようにして跳ね跳びながら、何度目かの体勢を立て直す作業を行った。

 聖の目の前にて、身の丈以上の岩塊――天地断ち斬る翡翠の岩剣(イガリマ)を軽々振り回す司を見て、聖は思わず「圧倒的だな」と呟いた。

 

(一撃で床をぶち抜き、五重の絶対守護障壁を簡単に砕くパワー。さすがに直撃は避けたい。でも、現状できることといえば――)

 

 ばっと両手を広げて魔力球を数個展開。そして、すぐさま魔法式を起動させる。

 

短縮起動(ショートカット)!」

 

 ヴヴッとブらして魔力球が剣の形へと変化する。その切っ先は、まっすぐに司へと向けられる。

 

射出(シュート)!」

 

 聖が右腕を振るうのと共に光の剣が一気に射出される。

 しかし、放たれた刃は司の元へ届くことはなく、岩剣の腹に当てられて防がれる。

 それを見て、聖はぎりっとそれを睨み付けてからもう一度光の剣を複数展開、そのまま司を中心に円を描くようにして駆け出す。

 

(現状、出来ることと言えば今みたい光の剣で遠距離からの射撃。いくら速度があるとはいえ直線的な攻撃だから防がれる。んで、もう一つは――)

 

 聖は、司を中心に円を描くようにして徐々に距離を詰めていく。

 司は、彼に追従するようについてくる光の刃を一瞥しながら自らの持つ岩剣を中段に構えてからすっと持ち上げ、大上段の構えを見せる。そして――

 

射出(シュート)!」

「甘いっ! 巨神一斬(ギガントマキア)ァァァ!」

 

聖の放った光の刃と少し遅れるようなタイミングで、司は岩剣を聖に対して真っ直ぐ振り下ろす!

 放たれた一撃は、まさに”巨神の一太刀”。地面を砕き、衝撃波を放ち、砕いた岩を中距離散弾のように放ちながら光の刃を粉砕していく。

 司の前に立ち上る土煙。警戒するようにもう一度岩剣を中段に構えた――その瞬間!

 

「――シッ!」

 

 ギュンッ、という音をたてるように、聖が加速して突っ込んでくる。ファイティングポーズのまま、その拳には淡い青の魔力を蓄え、そのまま突っ込んでいく。

 しかし、そうなっても司は焦らない。距離を取るために、岩剣の切っ先をそのまま下に向けた状態で一気に距離を離す。

 

「逃がさないっ!」

(―迎撃する!)

 

 突撃してきた聖に対して、短いテイクバックで迎撃の振り下ろし。衝撃波と石礫を当たりにまき散らしながら聖を迎撃する。

 しかし、その迎撃を聖は意図もたやすく回避して、軽く跳ねたかと思えばそのまま岩剣を思い切り踏みつける!

 

「ぬ、ぐっ……」

 

 踏みつけられたそれを引き抜こうとするも、聖の踏み込みによる加重と剣そのものの超重量。それが相まって、切っ先そのものが地面にめり込んでしまい、引き抜けない。

 

「とった――!」

 

 もう一つの策。それは、相手の攻撃手段である岩剣を封殺してからの、一撃必倒!。

 踏みつけた状態から放つ、聖の右足刀の上段回し蹴り。

 魔力をこめたこの一撃。直撃すれば確実に意識を吹き飛ばせる。

 ”刀”という武器を常日頃から使っていた聖にとって、この上段足刀蹴り――もはや下段から上段、首の位置へと向かう、一斬必殺の斬撃と化したそれは、防御に定評のあるなのはの障壁を一撃で粉砕するまでに至っていた。

 狙いは必中、直撃すれば必殺の一撃。放ったまでは、聖でさえここで『決まった』と思っただろう

 しかし――

 

「いい攻めだ、それでも、まだまだっ!」

 

 司の技量は、彼の想像の斜め上をゆうに通り超えていた。

 

「避けられ――っが!?」

 

 司は右手で握っていた岩剣を手放し、身体を大きく後ろに逸らす。そのまま聖の放ったこめかみ狙い一撃必倒の回し蹴りを回避する。

 そこから彼女が放つのは怒濤の連撃。身体を大きく後ろにそらした状態のままからバク転するように蹴り上げを二発、逆立ちをしたまま聖に足下へ一発。それにつなげるようにしてさらに二撃の蹴り。合計五発の連撃を聖に叩き込む。

 最初の三発をギリギリ凌いだ聖だったが、常識の外から飛んでくるような連撃にそのまま吹き飛ばされていく。

 聖は痛感していた。

 この人、マジで強すぎると。

 

「ごっ――かひゅっ……」

 

 壁に叩き付けられ、肺の中の空気を全て吐き出す。一瞬だけ来る心配停止状態。意識を明後日の方向へ吹き飛ばされかけ、その目には僅かな光が灯るだけ。

 そして、限りなく実践に近いこの試験にて、相手が停止したこの瞬間を司が見逃すはずはない。

 遠慮も躊躇も手加減もそんなもの知らないといった表情で、司はそのまま倒れ込んだ聖との距離を詰め、その過程で埋め込まれた岩剣を引き抜き、そのまま飛び上がる。

 跳躍の勢いをそのまま攻撃へと持っていく。勢いそのまま、威力は倍増。非殺傷設定とはいえど、衝撃は絶大。直撃すれば聖は確実に負けるだろう。

 

「確かに強かった、ヒジリ=ササキ。だが、これで――」

 

 さよならだ。そう言いながら、司は大上段から岩剣を振り下ろす。

 それを聖は、まるで超低速カメラで見ているようなコマ送りで、半ば落ちた意識の中、視界にしっかりと捉えていた。

 

――意識は落ちている。だが、まだ俺は生きている。

 

 十を吸い、八を吐き出して、残った二を以て全身に魔力を一気に巡らせる。

 

――射程はこちらに勝機があれど、速度は相手が圧倒的有利。相手の攻撃を回避した後の、反撃が有効。

 

 集中。ただその一つに全神経を注ぎ込む。意識が超低速で戻っていく。それでもまだ、彼女の方が断然速い。この速度なら、俺の意識が戻ることなく先にやられるだろう。

 

――ならば、やることはたった一つ。彼女の音速を、自分の神速にて叩き伏せるのみ!

 

 だからそ、思いつきでも、何でも試せ!

 

「――短縮起動(ショートカット)刃製(ブレードオン)!」

 

 瞬間、聖の目の前を流星が走った。

 

 

 

――公民館 大ホール上部見学室

 

 凄い。思わずはやてはそう言葉をこぼしていた。

 寸前まで迫っていた、司の岩剣。まさに意識を彼方に吹き飛ばす一撃が、聖に直撃するかに思われた。

 だが、それを弾いたのは、まさしく聖の光の刃。どこからともなく出現したそれが、司の岩剣を綺麗に一刀両断したのだ。

 咄嗟の判断。直感。心眼。そんな言葉がもっとも似合う瞬間に、彼女は今出くわしていた。

 

「なんか、想像以上やね」

「そうだね、はやて」

 

 彼女の隣で見ていたフェイトも、彼の成長具合に感嘆していた。

 初めて出会った時は、自分とは違う魔法式を使って、人並み以上シグナム以下だけど剣術ができて、中途半端にひねくれてる印象だけど、それ以上に誰かを助けるためには自分の傷もいとわない、無理無茶無謀はやりたい放題、そんな彼。

 そんな彼が、今では管理局内でも指折りの実力者で、模擬戦試験官の司と対等に渡り合っている。

 そのことが、少しだけ嬉しくて、何となく、その努力が、頑張りが、愛おしく感じていた。

 

(あ、あれ? 何だろ、この感覚)

「すごいね、聖君」

「あっ、と。そうだね、なのは」

 

 なのはに話しかけられ、意識を再び窓の向こうの模擬戦会場に戻す。彼女がこの感覚の正体に気がつくのは、もう少し先のお話。

 閑話休題。

 

(それにしても。はやてちゃんの言うとおりだけど、想像以上だなぁ)

 

 なのはは驚きながらも買っておいたペットボトルの紅茶を一口飲んで一息つく。

 本当に、彼の潜在能力に驚きを隠せない。

 少し前の儀式魔法の試験でも、彼は『光の刃』という彼オリジナルの儀式魔法をほぼ感覚だけで範囲魔法へと転化させた。

 そして、今の模擬戦でも、その潜在能力というか、対応力の高さを遺憾なく発揮していた。

 

「ははっ、こりゃすげーわ・・・・・・」

 

 龍吉は、聖の模擬戦を見ながら片手で顔を覆うように隠し、小さく「まじかよ」と呟いた。

 彼の対応力の高さや咄嗟の判断力に関しては、龍吉はここにいる誰よりも理解していると思っていた。

 しかし、自分が思っている以上に、聖はその遙か上にいたのだ。

 はっきりとわかる、自分と彼との、大きすぎる実力差。

 

(これは、自分の力の無さに泣きたくなるわな)

 

 ジェイソンの時も、自分はほとんど実力を発揮できずにリタイアしていることを思い出して、思わず泣きそうになる。

 しかし、そのことを今は忘れよう。そう努めて涙を袖に隠すと、もう一度窓の向こうでにらみ合っている聖へ目を向ける。

 そして、小さく誓いを立ててみた。

 今、自分の隣にいる彼女と、聖と、世界に対して。

 

「誰よりも強くなくていい。だったら俺は、大切な奴だけは、絶対に守れるくらいに、強くなってやる・・・・・・」

「龍、君・・・・・・?」

 

 きゅっと楓の手を握り、ちらりと彼女の顔を見る。手を握られて、きょとんと見上げた彼女を見てから困ったような顔を見せて「なんでもねぇよ」と呟いた。

 

(あれが、佐々木先輩の、全力)

 

 きゅっと握り拳を作って、沙希は窓越しの戦いを見ていた。

 彼に手紙を送る前、仲の良い先輩に協力してもらって聖のことを調べていたことがあった。

 名前、在籍クラス、好きなもの、嫌いなもの、趣味趣向などなど。

 その中の備考欄。その”仲の良い先輩”が書き足した項目には、「道場の息子で剣術の心得あり」と書いてあった。

 でも、今は剣術は使っていない。それに、一年前は左目に眼帯なんかなかった。

 きっと、今刀を使っていないのも、左目に眼帯をつけているのも、何か理由があってのことなんだと思う。

 もっと、彼のことを知りたい。

 彼のことを理解してあげたい。

 そんな思いを、いつしか彼女は抱いていた。

 だから、彼女は両手を合わせて、祈る。

 

(どうか、何事もなく試験が終わりますように――)

 

 その願いは、誰にも聞こえることなく、虚空へと吸い込まれていった。

 

「なん――と」

 

 彼女たちの隣。マイク付きのデスクで見ていた司の執事――シュヴァインは、彼女たち以上に驚きの表情を隠せていなかった。

 常日頃から彼女の無理無茶無謀のトリプルMな彼女に付き合わされてきた彼だからこそ、彼女の強さも知っている。

 最高傑作(イガリマ)の頑強さも、その通常威力も、結果的に使用しなかったものの、あれの切り札の威力も理解している。

 しかし、今目の前で起きていることはどうだ?

 彼女の愛剣は、切り札を使用する前に真っ二つに叩き斬られ、あまつさえ反撃の一太刀を受けた。

 それでも、彼女の表情は笑顔だ。多少なりとも驚きの表情は含まれているが、それを吹き飛ばすほどの、笑顔を浮かべていた。

 

(あそこまで追い込まれていて、それに楽しそうな貴女は久しぶりに見ますよ、司)

 

 何となく。本当に自分でも気がつかなかったくらいの微笑を浮かべるシュヴァイン。そして、誰にも気がつかれないくらい、本当に拳を握りしめて、呟いた。

 「勝ってくれよ、司」と。

 




感想等々、皆様のコメント、お待ちしております!


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16:銃と紅蓮、光剣と岩剣(後編)

 お久しぶりです。
 どうにもこうにも月一更新という悪循環になりかけているYuinoです

 今回、なんと二日連続投稿を予告しておきます!!

 その理由が、今回のこの16話後編と次の17話は同じ話に入れる予定だったのですが、思った以上に字数が増えてしまいまして、二日に分けて二話連続投稿という事になりました。

 ということで、どうぞ!


――公民館 大ホール

 

 肩で息をして、大きく深呼吸をしながら聖は両手に灯った青い光を一瞥し、目の前で瞳を大きく見開いて笑顔を浮かべている司を見た。

 

「光の刃の応用……起動句(スタートスペル)は、刃製(ブレードオン)、か……」

 

 大きく深呼吸してから、聖は右手を握り、それを真っ直ぐ司へ突き出してから――

 

――刃製(ブレードオン)

 

 脳裏に走った言葉をもう一度繰り返す。小さなバイブレーション音を響かせながら、右手に灯った魔力は長さ六十センチほどの刃へと姿を変える。

 右手で刀を握っているときのまま、右に切り払ってからそのまま肩へ持って行き、左手は防御姿勢、右は上段からの突きの構えへ。

 右手の光刃が動く度、小さくブゥンと昔見たSFもの超大作映画よく鳴っていた音と似た音が響く。

 刀ではないし、実体剣でもない。魔力がメインとはいえども、これは”刀剣”。だからこそ、ここからが――

 

「本気、というわけか。ならば私も全身全霊を以て、君の本気を迎え撃とう」

 

 聖の思考を先読みするような言葉を発してから、彼女――司は両腕を肩幅に広げ、魔力をそこへ収束させていく。そして、彼女もまた、彼女固有の起動句を紡ぐ。

 

――剣は我が声と共に

 

 ばちばちと弾ける彼女の魔力。彼女の希少技能である剣製(ソードクラフト)起動句(スタートスペル)が紡がれる。

 もう一度、あの岩剣が来るのか。そう思ってから身構えた聖。

 だが、その判断は間違いだった。

 

――雌雄の剣は、我が呼び声に応じ

 

 更に続けて唱えられる言の葉。

 それが虚空に消えた瞬間、司の両手に灯った魔力と、火花がさらに激しく散る。

 ゾクリと背中を伝う嫌悪感。すぐさま地面を蹴って司へと肉薄する。

 距離にして十メートル弱。すぐに距離を詰め、畳み掛ければまだ勝機はある。その思いを胸に、聖は右手の魔力刃を思い切り振り下ろす。

 しかし――

 

――今一度の顕現をここに!

 

 鈍くも高い金属音が鳴り響く。

 聖の振り下ろした光の刃は、彼女が交差させて構えた白と黒の片刃の剣によって受け止められる。

 

(鍔迫り合いに持っていけば――っ!?)

 

 それは、咄嗟の判断だった。

 一瞬の鍔迫り合いのあと、聖は自分の右側から飛んでくる白い刃を視界に捉え、鍔迫り合いから脱出してそのまま距離を取る。

 距離を取るのが僅かに遅れていたら。もしくは視界に入れることが出来ていなかったら。

 

(直撃軌道(ルート)だったじゃん。危ねぇ)

 

 下段へ。

 光刃の切っ先を下段へ向け、左腕は依然として防御の構え。

 攻撃よりも、どちらかといえば防御からの反撃に主軸をおいた構え。

 それを見て司は、両手に握った白黒の夫婦剣を消失させると、再びあの岩剣――天地断ち斬る翡翠の岩剣(イガリマ)を現出させ――聖を驚愕させた。

 

「私に本気を出させたのは、そういえばタケハヤ以来だな」

 

 片手で構えている。それは、今までと変わらない。それだけでも十分驚く。

 しかし、今はそれ以上に、聖は驚かさせていた。

 

「キミの嘱託魔導師試験、いや、”本局所属魔導師試験”の合格は、改めて今ここで私が決定した。だからここからは先は、私とキミの私的な戦いだ」

 

 何無茶苦茶なことを言っているんだ彼女は、と思いながらも、聖は攻撃態勢を崩さない。一瞬でも警戒をほどいたら、彼女が持っている”二刀”に吹き飛ばされてしまうから。

 

「私闘だからこそ遠慮はしない。いつか私の部下になるかもしれないキミだからな。私の本気を、今のうちにここでお見せしよう」

 

 身の丈以上の巨大な岩剣。右手に持っているのは先ほど真っ二つにして吹っ飛ばした、僅かな翡翠を交えた岩剣(イガリマ)が、無傷で再び展開されている。

 そして反対。”左手”に握られているのは、右手の岩剣と瓜二つな外見。しかし、右のそれと異なるのは、僅かに交わっているのが翡翠ではなく紅玉であるということ。うっすらと帯びた朱は、まるで揺らめく炎のよう。

 赤みを帯びたその岩剣は、右の岩剣とは(つがい)の岩剣。

 

天地断ち切る翡翠の岩剣(イガリマ)空海砕く紅玉の岩剣(シュルシャガナ)。ここまで披露して、全力を出さないまま終わるのは勿体ない。本気で――」

 

 その場でぐっと力を貯める。両手に握った巨剣の切っ先は地面に向けたまま。むしろ、巨大すぎて引きずるような格好になっているが、司は気にせずそのまま真正面、聖をキッと睨み付け一歩、二歩と踏み出して――

 

「往こうかっ!!」

「ぃいっ!?」

 

 バゴンッ、と地面を蹴り砕くような音が響いたかと思えば、すでに司は聖の真正面。彼女が持つ二振りの岩剣の攻撃範囲にいた。

 まるで瞬間移動のような速度。完全な不意打ちで聖へと迫った彼女は、右の岩剣(イガリマ)を振り上げるように斬りつける、否、叩きつける!

 体を大きく反らしてそれをギリギリ回避する聖。バリアジャケットを薄く切り裂く、否、吹き飛ばす一撃に改めて戦慄する。

 そこから反撃に移行しようと体勢を立て直そうとするも、既に左手の岩剣(シャルシュガナ)と、切り返した右の岩剣(イガリマ)が迫ってくる。

 それに対しては絶対守護障壁の十枚重ねで直撃は防ぐ。

 予測できたことだが、直撃は防いだものの、衝撃は凄まじい。聖はまるでボールのように大きく真横に吹き飛ばされる。

 

「ぐっ――かはっ」

「隙だらけだぞ、佐々木!」

 

 吹き飛ばした聖は壁に叩き付けられ、肺の中の空気を全て吐き出す。

 何度目かの硬直。これを逃すような司ではない。再び瞬間移動紛いの速度で急接近、そして再び両方の岩剣を大上段から叩き付ける!

 

「なっ、めるなっ!!」

 

 全体重を乗せて叩き付けられた両方の岩剣を、聖は正面に展開した守護障壁二十枚重ねで何とか受けきる。

 

「ぬっ、ぐぅっ――」

 

 完全に聖が押されていた。聖自身も、久々すぎるこの展開に頭が追いついていないかった。

 一振りでも恐ろしいほどの重量を持つ岩剣を片手で、しかも二刀流でそれらを携えている。元々ある程度の剣術の心得もあり、さらにこの試験に向けてそれなりに場数を踏んできた聖にさえ追いつけない速度でもってして攻め立てる司。ここまでの実力を持った人物に、聖は心当たりがほとんどなかった。

 

(生まれて始めての、強敵――いや、生まれて二人目か)

 

 そんなことを今更思いながら、正面で砕け散った守護障壁を見つめ、右手の光刃で一度、一瞬だけ攻撃を受け止めた後――

 

――短縮詠唱(ショートカット)

 

 左手を軸に展開した光刃で斬りあげる!

 司はそれに一瞬だけ驚きながらその一撃を受け流すように回避する。先ほど初めて出来た「片手に魔力を集中させて魔力刃を展開する」という行為を、少し使用しただけであっさりと両手使用を可能にした。

 これが才能というものか。そんな風に司は思いながらも、緊張感のある表情を変えずに笑顔を浮かべた。

 聖は、そんな風に笑顔を浮かべる彼女に対し、彼女の岩剣を軸に上に飛び上がるように回転。そのまま右斜め上からの斬撃を叩き込む!

 聖の放った右側からの斬撃に対し、司は右手に握った岩剣(イガリマ)でそれを冷静に受け止める。

 その一瞬のつばぜり合いの後――

 

「おおぉぉっ!」

「はぁぁっ!!」

 

 両者、怒濤の連撃!

 基本性能(スペック)の全てで聖を勝る司は、まさに暴嵐のごとく連撃で聖を追いつめていく。

 しかし、聖はその嵐のような攻撃の中を、いつかのマシンガンの銃撃の中をかいくぐったような素早さを以て回避し、攻撃を受け止め、正確に反撃を試みる。

 だが、それでもやはり司の方に軍配が上がる。徐々に聖の攻撃は司の岩剣にすら当たらなくなり、逆に司の攻撃は徐々に聖の身体を捉えるかのように彼のバリアジャケットを吹き飛ばしていく。

 

「くっ――そっ」

 

 何度目かの撃ち合いの瞬間、聖は自分の分の悪さを理解して両手の光刃を利用して魔力放出。光刃はなくなったものの、思い切り後ろに跳んで一時的に距離を離すことに成功する。

 

「逃がしはしないさっ!」

 

 しかし、それでも司は逃さない。

 ダンッと地面を蹴り、両手に岩剣を握っているとは思えない驚異的な速度で聖へと迫る。

 逃げられない。そう思った聖は、思わず左腰に手を伸ばす。そこには何もない。そう思った矢先だった。

 

 -チャキッ-

 

 確かに、金属のものを持った感覚があった。

 覚えのある感覚。

 ついこの間まで握っていた感覚。

 その感覚に従うがまま、彼はその柄に手をかけた。

 

「カスミ式。風神――」

 

 そのまま着地。

 双方間の距離は目測十メートルほど。

 一瞬で距離は詰められる。それも、先ほど以上の速度で。

 つまりそれは、聖が久しぶりとなるカスミ式魔法の絶技、『風神』を披露するということ。

 

「――シッ!」

 

 ダンッ、と地面を蹴って思い切り司へと肉薄する。

 すでに司は二対の岩剣を振り上げている。

 回避はおろか、通常の防御も間に合わない。

 ならば――

 

「天剣佐々木帝流、抜刀の型――」

「むっ――!?」

 

 蒼く光る魔力刃を伸ばした、一本の刀の一太刀にて受け止めるまで!

 

「麒麟!」

 

 司が大上段から振り下ろした二対の岩剣。それに合わせるようにして聖は横へ刀を薙ぐ。

 重みはあまり感じない。元々持っていた『雪風』や『彼岸花』と同じくらいの、自分にぴたりと合う重量のそれで、十八番の居合いを抜き放つ!

 

 -ガァァァァンッッ-

 

 瞬間響く轟音。

 絶技『風神』による運動エネルギーをそのまま斬撃へと乗せる、彼曰く突進居合い斬りである『麒麟』の威力は、ただ”振り下ろす”だけで床をぶち抜く大威力を発揮する二対の岩剣の威力を完全に相殺していた。

 

「なん、とっ」

「――フッ」

 

 そこからの聖は(はや)かった。今までも速かったが、それ以上に疾い。

 振り下ろされた岩剣を受け止めると、一瞬だけ力を緩め岩剣を軸に右へくるりと反転、岩剣を踏み台にしながら飛び上がってのまま司の斜め後方へと回る。

 

「天剣佐々木帝流、抜刀の型――」

 

 回転の勢いそのままに宙へ跳ねると、順手で握っていた刀を逆手に持ち替える。そして、そのまま大きく腕を引いて光刃を司の後頭部へと狙いを定め――

 

「な――ッ!?」

「――翡翠(かわせみ)逆式ッ」

 

 思い切り振りおろす!

 パカァンッという打撃音が響いた。

 後頭部、と言うよりも側頭部に近い場所に直撃し、司の身体がぐらりと揺れる。

 勝った。そう聖が確信した、次の瞬間だった。

 彼は、見てしまった。

 

「――ラァッ!!」

 

 瞳に光の宿っていない、黒く澱んだ彼女の瞳を。

 

「なっ!?」

 

 グルンッ、と体を捻りながら司が右の岩剣を乱暴に振り下ろす。

 その思っても見なかった攻撃に、聖は残りの守護障壁を全て費やしてそれを凌ぐ。

 障壁が一つ残らず砕かれる音が響いたと同時に、障壁展開の軸としていた左腕の真ん中あたりから、ビキッといういやな粉砕音が響いた。

 

(おいおい、マジか非殺傷設定の許容範囲を超えてきたよ)

 

 岩剣に吹っ飛ばされてから大きく距離をとり、左腕をダランと垂らしながら冷静に分析する。

 非殺傷設定とは、あくまでも相手の攻撃を受ける、もしくは相手に攻撃を当てても、それが身体の内外への損傷には至らない程度に攻撃威力を押さえる設定、という意味を持つ。つまり、どれだけ大威力の攻撃でも、相手に怪我をさせるレベルには至らず、せいぜい打ち身や打撲といったくらいに抑えられるのだ。犯罪者に対してそれを用いる場合、”魔力ダメージ(つまりは魔力攻撃による衝撃)のみでノックアウト”というえげつない方法で犯罪者を捕縛する人物も存在するように。

 つまり非殺傷設定の模擬戦とは、あくまでも模擬戦対戦者双方にほぼ

怪我をさせない、ある意味組み手のような”安全な試合”という意味合いを持っている。

 しかし、今の司の一撃は、非殺傷設定にしていながら、その設定の許容範囲を悠々と超えてきた。

 おそらく、というよりも当たり前だが、彼女に聖を殺すような気はないだろう。それでも、ほぼ無意識のうちに放った一撃が、設定の許容範囲を超えてきた。

 

「――ぁ、も、申し訳ない」

 

 ふっ、と意識を取り戻したように、司の瞳に光が戻る。

 おそらく、あの一撃は彼女自身予期していなかったものなのだろう。本気で”殺る”気で打ち込んだ一撃が、彼女の本当の実力を一瞬だけ引っ張り出してしまった。

 ぶるっと聖の背中に走る悪寒。その悪寒は、ある種の恐怖だった。

 彼女は「本気を出す」といっていたが、まだ見せていない底がある。そう彼に確信させるものだった。

 

「何はともあれ、さぁ、続きと行こうか!」

「あ、あぁっ!」

 

 司に促されるように、聖は刀を構える。そして、再び両者は周囲に火花を散らしながらぶつかり合った

 

 

 

――海鳴海浜公園 裏山

 

「ぁ――かはっ」

 

 あのタイミングで自分が叩き込める最大火力――『カノーネクスフィアス』を撃ち、相手――市川剛が自分に叩き込んできたバーニングクラッシュとぶつかり合い、弾け飛んだ反動でそのまま後ろに吹っ飛んだリーネは、自分の意識が一瞬だけ落ちていたことに今気がついた。

 

(やば、意識、落ちてた)

 

 寄りかかっていた木から身を起こし、自分の体の状態を確認する。

 外傷多数。バリアジャケットが守ってくれたとはいえ、Ⅰ度熱傷が相当数。あと、大問題なのが……

 

(残り魔力は、砲撃三発分。残りカートリッジは……四発か)

 

 ポケットから残った残弾全て入ったマガジンを纏めてクスフィアスモードのヘカートにリロードし、正面に立ちこめた土煙の中、魔力反応だけを頼りに索敵を開始する。

 

(――見つけた)

 

 相手は思ったより早く見つかった。

 同じようにダメージを受け、こちらの出方を探っているのか。正面に見える影は、ひょこひょこと右に左に揺れながらまるでアウトレンジボクサーのように距離をとりつつゆっくり迫ってくる。

 少しだけ、彼には似合わない慎重策。それでも、この一瞬を逃すほど、リーナは甘くない。

 

(いち、に、いち、に――よし、リズムは覚えた)

 

 タン、タン、タン、タン、と、影が左右に揺れるタイミングに合わせて、ヘカートの砲身を指で優しく叩く。

 タン、タン、タン、タン。一定間隔で刻まれる、メトロノームのようにリズムを刻み、相手のリズムと同調する。

 土煙の向こうの影に向けて、砲身を向ける。右、左、右、左、右と左右に揺れる影に対して、一瞬のタイミングを見計らい――

 

「ここっ――」

 

 トリガーを引く!

 ガァンッと砲音を響かせて放たれる高速魔力砲。ただ一発のそれの威力は、彼女の通常威力の砲撃に大きく劣る。

 しかし、それ以上に、この砲撃は速度に特化したもの。故に放たれた瞬間、音が遅れて飛んでいく。

 一瞬にして土煙の中へ飛んでいき、影へと進んでいく。しかし、土煙の中の剛は見えているのか、その弾丸をゆらりと身体を揺らして回避すると――

 

「はぁぁっ!」

 

 再び、両方のトンファーに炎を纏わせて突進してくる。

 姿勢を低くして突っ込んでくる。勢いに任せたこういう突進こそ、一番見切りやすい。しかし、それは速度が遅ければ、である。

 速度が速い剛の突進は、まさに平原を疾走し獲物を捕らえる肉食獣そのもの。殺気充分の突進は、一歩見切り損なえば一瞬にしてこちらの負けだ。

 しかし、それでもリーナはここで負けるわけにはいかない。だから、彼女は一つ、賭けに出てみた。

 

「――っ!」

 

 両足に残り少ない魔力を貯め、一瞬の後方確認ののち思い切り後ろに飛ぶ。

 案の定、剛は追いかけてくる。一直線(ストレート)勝負なら負けないというような表情を浮かべ、そのまま真っ直ぐ、更に速度を上げて突っ込んでくる。

 

(うん、そう来ると思ってたよ)

 

 リーナは左手をフォアグリップから離すと、そのまま空中に魔力球を展開し、それを楕円形の魔力弾へと姿を変える。

 瞬間、剛の表情が凍り付いた。

 ダァンッと思い切り両足を地面につけ、更に炎が煌々と灯っていた両方のトンファーを地面に叩き付けてブレーキをかける。

 

(しめたっ)

 

 剛の一連の行動を見てから、リーナはニヤリと笑みを浮かべた。そのまま、その魔力弾に左手を乗せ、横へスライド。すると、一定間隔を空けて魔力弾が五つ生成される。

 最後の最後まで取っておけた、リーナの切り札。魔力弾を一つの魚型水雷、つまり魚雷として一気に撃ち出す。通常の射撃魔法などと違い、誘導能力は殆ど無いものの、直撃すれば一撃で昏倒させる威力を誇るそれを、彼女は最大展開数の五つを展開し、そのままブレーキをかけながらも真っ直ぐ突っ込んでくる剛へ狙いを定め――

 

「これでッ!!」

 

 一気に撃ち出す!

 空気を裂くような音をたてながら五発の魔力魚雷は突き進んでいき、剛へと迫る。

 直撃もらった。そうリーナが思った、次の瞬間だった。

 

「舐めるなよ、リーナっ!」

 

 両手足をブレーキに使っていた剛は、次の瞬間爆発と共に大きく飛び上がった。彼のいた場所を魚雷は通過していき、その少し先で推進力を失い地面に着弾。

 後方へ飛んでいたリーナは、着地の瞬間にそれを見てぽかんとした表情を見せてしまう。唖然とした表情でそれを見ながら、彼女はブレーキをかけていた剛がどういう状況だったかを思い出した。

 

(両腕のトンファーの炎を起爆剤にして、跳び上がった!?)

 

 構えていた大砲をもう一度サブマシンガンの形に変形させてから、彼女はその照準を剛へ向ける。

 しかし、剛はまるでそれを読んでいたかのようにニヤリと口元をつり上げて、叫ぶ!

 

「アレス、加速制御装置(アクセラレーションリミッター)解除(リリース)! フル加速だぶちまけろ!」

-承知した-

 

 瞬間、剛は彼の魔力光と同じ真紅の炎の尾を引きながら、驚異的な速さで乱雑に移動を開始する。

 上下、前後、左右。まさに縦横無尽に飛び回るとツバメのように宙を舞う。

 その縦横無尽に動き回る剛をその銃口で追いかけながら、リーナはひたすらにその引き金を引き続ける。しかし――

 

(爆発を推進力にした高速突進(ハイスピードチャージ)。これじゃ、狙いなんか!?)

 

 あまりにも速すぎる高速機動。リーナの反射神経を悉く凌駕して剛は更に速度を上げていく。

 

「くっ――そこっ!」

 

 限界まで集中した状態で一発を放つも、剛が咄嗟に行った爆風による軌道変更で魔力弾ごと消滅させられてしまう。

 そして、爆風による再加速。一瞬でリーナの視界から彼は消え去る。

 

「な、どこっ」

 

 魔力反応を追いかけてリーナは周囲を警戒する。しかし――

 

「っ!?」

 

 その必要は無くなった。

 頭上約十メートル。その高さから、剛が炎を纏いながら落下してきていた。瞬間、彼女は悟る。

 

(迎撃は間に合わない。障壁(プロテクション)最大展開――)

(おせ)え!!」

 

 瞬間、剛がその劫火を叩き付ける!

 巨大な爆発に飲み込まれ、周囲は一瞬にして吹き飛んでいく。

 土煙が晴れた時には、変わらず両腕に炎を灯した剛がその場に無傷で立っており、ギリギリ障壁で直撃は防いだものの衝撃を受け止めきれなかったリーナは、離れたところに倒れ伏せ気を失っていた。

 気を失っているリーナを見ながら、剛はその場で右腕を大きく引いて構え、右の拳に魔力を集中、再度炎を拳に灯す。

 

「悪いな、リーナ。これも、依頼主(クライアント)からの申しつけでな――」

 

 瞬間、拳に灯った炎が更に巨大になる。直径約五メートルほどになったそれへ再び魔力を流し込む。

 そして――

 

「意識を完全に吹っ飛ばしてリンカーコアをまるまる抜きとらにゃいけねぇんだよっ!!]

 

 放たれる業炎!

 軍用火炎放射器などめじゃないというほどの火力を持った、まさに”火の球”。それが、周囲の障害物を飲み込みながらリーナへと迫る!

 しかし、その炎は――

 

――佐々木帝式剣術、手刀(てがたな)壱番

 

 唐突な横やりによって、霧散させられる。

 

「――八重桜」

「なっ――!?」

 

 直径五メートル強の巨大な火球。それが、一瞬にして霧散していった。

 驚きのあまり硬直する剛。その反応が当たり前だ。

 何せ、彼の放った火球を、横から入ってきたその男性は右手一本で霧散させたのだから。

 

「ふぅ、流石に”抜かず”だとこれくらいが限界かぁ」

 

 そこにいたのは、一人の男性だった。細身に体に纏われるのは薄汚れた青の着物。ぼさっとした散切り頭。どことなく幸薄そうな顔つきの男性が、頭をかりかりとかきながらそこにいた。

 火球を霧散させた右手は全くの無傷。常人ならそんなことできないし、常人じゃなくても多少なりとも右手に焼け焦げた痕などがあるはずだ。

 それが、その男性にはなかった。つまり、彼は常人じゃない、しかも、他の人より頭一つ抜けたレベルで、常人じゃない。

 そのことを悟った剛は、両腕のトンファーを構えなおす。

 

「おい、オッサン。横から入ってくるたぁどういう了見だ?」

「どういう了見もなにも、そりゃ自分の家の近くでこれだけドンパチやってたら目立つに決まってるじゃない? 何となく見に来たら、キミがその娘を吹っ飛ばしたところが見えてね、ついつい駆けつけちゃったところさ」

 

 あはは、と笑いながら彼はいう。剛は、ぎりっと歯を食いしばりながらも一歩だけ後退した。

 今の一瞬。彼が話している間に、ふつうだったら一撃入れているところだった。

 でも、それができなかった。それをやらせてくれなかったのだ。

 剛が一歩の動けないくらいの覇気。ただ立って、話しているだけで強烈すぎるほどの殺気を振りまいてくる。

 そんな彼に対し、剛がその”覇気の塊”に対し強引に突っ込もうとすると。

 

「――やめておけ、イチカワ」

「なっ――」

 

 剛の動きを制すように放たれた、低い男の声。驚く剛の前、つまり、剛と散切り頭の男性の間に、突如黒コートの人物が現れた。剛が着ていた黒いフーデットコートと全く同じものを着た、長身でガッシリとした体つきの男。

 

「何でだシャドウ!」

「そうか。お前はまだ知らなかったな。奴は――」

 

 刀神(とうじん)だ。そう黒コートの男がいうと、剛は先よりも驚いたような表情を見せ、刀神と呼ばれた男性も少しだけ驚いたような表情を浮かべる。

 

「へぇ、俺のこと知ってるんだ」

「そりゃぁ、こちらではもとより、あちらでも有名ですしね。刀神、佐々木京士郎の名前は」

「くくっ、そうかい」

「そうです。たぶん、この剛じゃ今は相手になりませんよ」

「それは買いかぶりすぎだ。でもな」

 

 その評価は嬉しいね。そう小さく言いながら、彼――佐々木京士郎は腰に差した”三本”の刀のうち、一番上に差している刀の柄に手を伸ばす。

 迎撃の態勢。京士郎はただその仕草のみで、彼らに訴えかけた。

 その評価を下すならば、その証拠を見せろ。無言で構えることでその人ことを告げる。

 つまり、撃ち込んでこい、ということだ。

 

「くくっ、面白(おもしれ)ぇ!!」

 

 それを見て、剛は黒コートの男の腕を押しのけて前にでる。そして、我先にと一気に飛び出した。

 互いの距離は十メートル弱。コンマ数秒で剛はその距離を詰めにかかる。前と変わらない、爆発を推進力にした高速突進。彼曰く、初見殺し。

 しかし、その初見殺しを前にして、京士郎は刀の柄に手を添え、小さく言の葉を紡ぎながら、引き抜く。

 

「――佐々木、抜刀」

「トージンだか何だか知らねぇが!」

 

 まっすぐ引き抜き、左、右、と刀に着いた血糊を払うような仕草をしてから、下段に構える。

 

「葬炎、点火」

 

 彼が引き抜いた刀。刀身はまるで鏡のように磨き抜かれており、わずかな太陽の光を浴びて、きらりと輝く。

 そして、瞬間その刀身に薄朱の色素が生まれる。

 

「佐々木帝式剣術、蒼天改式――」

「邪魔するなら容赦しねぇ!」

 

 剛がまっすぐに突っ込んでくる。右腕にまとった炎が膨れ上がり、それを思い切り振り上げる。

 それに合わせるように、京士郎もまた、腰溜めに刀を持って行く。

 そして――

 

「――葬天」

「食らいやが――!?」

 

 剛の右腕にともった巨大な炎が、京士郎の放った居合い斬り、そして居合い斬りと共に放たれたに”黒い炎”よって消滅させ、剛は思い切り吹き飛ばされた。

 吹き飛ばされた剛を見て、黒コートの男はあきれたように「やれやれ」と言ってからため息をつく。

 吹き飛ばされた当の本人は、空中でうまく体勢を整えて黒コートの横に舞い戻る。

 

「ったく、最近の若いのは血の気が多くてやだね」

「わかっただろう。今のお前じゃ相手にならんよ」

「なら、シャドウの旦那ならどうなんだ?」

「――さて、今日のところは引き上げるとしますか」

 

 剛の言葉を誤魔化すように彼の首根っこをつかむと、そのまま転移魔法を使用してその場を去る。去り際に、剛が京士郎に向かって「次は負けねぇからな!!」などという捨て台詞を吐いていたのに、たぶん京士郎は気がついていないだろう。

 二人がいなくなってから、京士郎は全くあわてることなく懐からケータイを取り出しどこかへと通話をかける。

 程なくして通話がつながり、スピーカーから『あら、キョウちゃん?』という少しハスキーな女性の声が響いてきた。

 

『海浜公園のドンパチ騒ぎはどうだったの?』

「あぁ。カレンの予想通り、噂の異能力者襲撃事件の件っぽい。一人、重傷、とはいえないけど、怪我人がいるから一応保護してウチに連れ帰るよ」

『了解。とりあえず、治療の用意だけしておくわ』

「ん、頼んだよ」

 

 通話を切って、彼は腰に差していた刀を近くの木に立てかけておいたバットケースの中にしまい、それを背負ってからリーナを背負う。それから、ここからどうやって家に帰ろうか、二分ほど考えることになるのだった。

 

 

 




と言うことで16話後編でした。

多少、ご都合主義的な感じも否めないところがつらい……

何はともあれ、感想等々お待ちしております


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17:偉い人との会話って緊張する。あと、お酒は二十歳になってから

 ハイ、二日連続投稿です。

 どうも、Yuinoです。

 タイトルの前半は、模擬戦試験が終わったあと、司との話し合い。それを、最近自分が受けたかなり偉い人とのお話はかなり緊張するなぁというか緊張したよ、という思いから。
 後半は、ホントにどんちゃん騒ぎしてます。

 ということで、ちょっと後半に行くにつれてぐだぐだしてますが、どうぞ!


――公民館 会議室

 

 楽しかった私と佐々木君の模擬戦、彼との嘱託魔導師試験、もとい”本局所属魔導師試験”が終了して一時間が経っていた。

 試験の結果としては、彼は合格。つまり、これで四月からはれて佐々木聖という人物は、時空管理局に所属する魔導師となるわけだ。

 私の特権で(特権を使う、といったらシュヴァインに小言を言われたが、もう気にしない)、魔導師ランクは陸戦A-。所属先はまだ未定だが、聖きっての希望で、本局にある小さな部署、特別戦略技術研究部になりそうだ。

 あんな窓際の部署を希望した理由は不明だが、どうやら聖君とあの”ジェイソン事件”の時に一悶着あったのがその部署らしい。

 

(まぁ、そんなことどうでもいいか、っと)

 

 そんなことを今回の報告書にまとめ終えると、コンコンと部屋の扉がノックされる。

 さて、ようやく来たかな。そんなことを小さくつぶやきながら、私――早乙女司はゆっくりと立ち上がって所定の位置に着く。

 

「どうぞ、八神君」

『失礼します』

 

 キィィッ、とほんの少し立て付けの悪い扉が高い耳障りな音を立てながら開く。そこには、今回の模擬戦を見学していた彼女たち――八神はやて、高町なのは、フェイト=テスタロッサ=ハラオウン、織村龍吉、宮野沙希、四条楓の六人がゆっくり入ってきた。

 

「どうぞ、好きなところにかけてくれ」

「それじゃ、失礼します」

 

 すっ、と六人が席に着く。その、どこか緊張した面もちの六人を見て、思わず私はくくっとのどを鳴らして笑ってしまう。

 

「そんなに緊張しないでくれたまえよ。こちらも話しにくくなってしまう」

「そ、それは分かってるんすけど」

「す、すみません・・・・・・」

「あうぅ・・・・・・」

 

 高町達魔導師組以上に緊張した面もちの地球の三人は、肩身が狭いというような仕草を見せる。

 そんな彼らを見て苦笑しながら、私はふむと考え込むような、でも少しわざとらしい仕草を見せ、指を鳴らす。

 

「――シュヴァイン?」

「かしこまりました、司様」

 

 すると、どこからともなく燕尾服の男性――私専属の執事であるシュヴァインが現れ、再び姿を消す。

 そして、再び現れたときに彼が引いていたのは、少し大きめのガラス製のティーポット、コップが八つ。そして色とりどりのケーキ各種が乗った大皿。それらの載ったワゴンだった。

 相変わらずの手際の良さ。もしかしたら、彼はこの国にいるというニンジャという存在なんじゃないか、というほどの速度だ。

 

「緊張をほぐすための紅茶です。皆様の分もご用意させて頂きましたので、どうぞお召し上がりください」

 

 よどみない動きで六人の前に紅茶のカップを置き、次いで私の前にもカップを置く。

 私は何のためらいもなくそれに口を付ける。うむ、相変わらずいい出来映えだ。思わず笑顔がほころんでしまう。

 私の笑顔を見てなのか、彼女達も口を付ける。

 

「あ、美味しい……」

「喫茶店の娘さんである高町教導官にお褒め頂くとは、恐縮です」

 

 高町に対しぺこり、と礼をするシュヴァインを見ながら私はは微笑む。このまま、ティータイムにしゃれ込みたいところだが、私がここにいる本題はティータイムではない。そろそろ、本題に移ろうか。

 もう一口だけ紅茶を飲んでからカップを置くと、表情を少しキリリと引き締める。シュヴァイン曰く、「猛禽類が上空から獲物を狙うときの眼ににています」らしいだが、その喩えはよく分からん。何はともあれ、先ほどの模擬戦の時と似た、かなり真剣な表情に切り替える

 

「――最近、この町を中心に起きているという魔導師への連続襲撃事件について聞かせてもらおうかな?」

「正確には、魔導師ではなく、異能力者っすけどね」

「ふむ――?」

 

 私の言葉を遮るように、私の右斜め前のイスに座っていた少年が身を乗り出す。そして、横に置いてある自分の鞄から『異能保有者襲撃事件の件について』を大きくタイトルが書かれた分厚い資料を彼女の前にぽんと置く。そして、ジャケットの胸元から一枚の名刺を差し出して、言う。

 

「私立探偵社”花吹雪”所属、副所長の織村龍吉。とりあえず、今現在、こっちで起きている話を聞いてもらいたいっすね」

「ほう。キミが噂の――」

 

 噂には聞いていた。私立探偵社”花吹雪”所属の”異能力者”。私たちが使用する魔法とよく似ており、しかし異なるもの。それが、彼らの持つ”異能”であり、この世界に存在する特異な能力。そして、彼が、その異能力者を束ねる部隊である探偵社を率いるものの一人か。

 ニヤリ、と私は思わず口元をつり上げる様にして笑う。そして、手元にあったバターナイフを思い切り龍吉に投げつける。

 魔力込みではないものの、ふつうの魔導師以上に鍛えている私が放つナイフの投擲はまさに一瞬。空を切り、彼へ迫る。

 しかし、至近距離で放たれたバターナイフは、龍吉の”背中から出てきた黒い影”にはたき落とされ、テーブルに落ちたときにはその刃面をごっそり抉られていた。

 すとっ、と会議室のテーブルに音が響く。その音の正体は、テーブルを挟む彼と私の間に降り立った一匹の真っ黒な猫。しかし、猫と言うよりは牙も爪も鋭く、体付きも大きい。言うなれば、一回りサイズダウンした虎がそこにいた。口元には、先ほど司が投げたバターナイフの刃面。

 

「グルルルルゥ……ニャグゥッ」

 

 そして、パキンッという音をたててバターナイフの刃面は砕ける。その虎の頭を撫でながら、龍吉は不敵な笑みを浮かべる。

 そして、私はその猛獣の正体を悟り、思わず声に出してしまう。

 

「なるほど。”影”か」

「正確には、身につけた外套を起点にして発動するものっす。んで、この小虎はその応用編ってわけっす」

 

 シュルル、と萎むような音を立ててその小さな虎は彼が着ている黒っぽいスーツの中に隠れていく。隠れる、と言うよりは収納される、という表現が正しいかもしれない。まさにそんな感じである。

 

「ふふっ、いいだろう。とりあえず、話を聞こうか」

「ありあとざいます。とりあえず、事の発端ですが――」

 

 私は、彼からこの異能力者(今や魔導師も込みになったが)襲撃事件の発端から、現在に至るところまでを聞く。少し長くなるため、今回は割愛させていただく。

 そしてそれを聞き終わってから、私は少し考えながら彼に問いかけた。

 

「ならば、どうすればいい?」

 

 単刀直入に。ただ、まっすぐに、問いかける。

 すると、彼はニヤリと不適な笑みを浮かべた。

 

「ちょいと荒技になりそうですけど、こういう裏っぽい事には裏の人たちの方が事情は知ってそうですし・・・・・・」

「裏の、人?」

 

 高町やハラオウン、八神の三人は首を傾げる。対する地球の二人。確か、四条楓と宮野沙希だったか。その二人は、まさかという感じの、何かに少し恐怖しているような表情を浮かべる。

 そして、彼――織村龍吉は、そのニヤリと口元をつり上げた表情のまま、言い放った。

 

「県内トップツーの不良グループ。”フィアンマ”のリーダー、不知火陽さんに、話を聞きにいきましょう」

 

 

 

――同日 夜 佐々木家

 

 どうも、佐々木聖です。この始まりも、もうそろそろ三回目くらいでしょうか。

 まぁ、そんなメタな話はおいとくとして。

 今日、一応魔導師試験は終了しました。

 一応、結果は合格。最後の模擬戦で、早乙女司とかいう美人な女性にボコボコにされるという、一部の人からはご褒美なんじゃないかという状態になりながらも何とか合格をもぎ取ることができました。

 まぁ、その代償に三時間ほど気を失った上に左腕の骨にヒビが入り、更に帰りが結構遅くなるという事になってしまいましたが。

 まぁ、そんなことはいいんです。問題は・・・・・・!

 

「生きてたなら連絡の一つや二つくらい入れやがれこのバカ親父ぃぃ!!」

「だーっはっはっはぁ、いいじゃないかそれくらいぃ!」

「よかねぇよバカ親父!! というか、死んだとか言う心臓に悪い嘘ついてやがった!?」

「そのことに関してはまたあとで話してやるから。いまは、ほれ!のーむぞぉぉ!!」

「話を勝手にぶった切ってんじゃねぇぇ!!」

 

 そう。今、現在進行形で酔っぱらっているこの男。

 つい最近まで、死んだと聞かされていた俺の父親である佐々木京士郎が、生還して帰宅。あまつさえ、叔父さんが隠しておいた秘蔵の酒の数々をパッカパッカしていたのでした。

 

「そうよー? 久しぶりの家族団欒なんだから、楽しまなきゃそんでしょー?」

「そーらそーらぁ! あはは~」

「美月姉さん、酔いすぎ。母さんもその状態の姉さんのグラスにお酒注がないで。後が大変になる。あと父さん、私のグラスにさりげなくウイスキー注ごうとしないで。私まだ未成年」

「え、えーと・・・・・・?」

 

 そして、けろっとした顔の親父とともに帰宅してきたのは、我が家の首領(ドン)である母親、カレン=G=佐々木。元はミッド本局に所属していた魔導師だったが、親父の死と共に行方知れずになり、そして今更帰って来やがった。もう、何がなんだか解らない。

 そんな母は、俺が帰宅した時点ですでに完全に出来上がっていた美月のグラスがあいた瞬間にビールをそそぎ込んでいる。あれは完全に楽しんでいる証拠だ。

 葵も「もうどうにもならないや」という、諦めモード全開でコーラをちびちびと飲んでいる。

 そして、ここの家の住人ではない一人の女性――リーナ=クロイツェフもまた、この現状にどうにもこうにもついていけてない状態にあった。

 なにやら、彼女はうちの親父に連れ込まれ――もとい、俺が試験をやっていたすぐ近くの林で、あの襲撃事件の犯人と思われる人物と交戦していたらしい。そこで一撃受けてしまい、気を失っているところを親父に助けられ、今に至るんだと。

 どうやら、この家を事件終了までのセーフハウスにする了承も受けているらしい。なんつー手回しの早さだ。

 まぁ、何はともあれ、彼女は有力な情報源だなと思っていると、彼女は俺の方に身を寄せてひそひそと話しかけてくる。

 

「あの、迷惑じゃない? せっかくの家族団欒なのに」

「家族団欒に見えるか、あれが?」

 

 美月姉さんが酔いつぶれ、それに気がつかないもしくは気がついているがそんなこと気にしていない母親がビール瓶をパカパカとあけていき、なぜか親父はそれに登場人物が軽く二百名を越えそうな、ソーシャルゲーム発の某アイドルユニットの楽曲を歌いながらコールし始め、葵は相変わらずちびちびとコーラを飲んでいたかと思いきや、どうやらそれはコークハイボールだったらしく、いつの間にか酔いが回って寝てしまっている。

 ある意味、地獄絵図。仲の良すぎる家族、と取ればまだ良い感じに見えなくもないが、未成年である俺や葵のグラスにアルコールを注いで飲ませようとところ、この母親はどこかいかれちまっているように見える。

 

「ど、どうなんだろうね?」

「ま、その反応が一番正しいでしょう?」

 

 一応、彼女にも数日後のフィアンマへの挨拶などについてきてもらう約束はしてある。

 これで、どうにかなってくれればいいが。そんなことを祈りながら、俺は近くにあった炭酸っぽいドリンクを手に持って一気に飲み――

 

「――って、これジントニックじゃねーか!!誰だこれ作ったのってあんたか母さぁぁぁん!! あとさりげなく俺が成人したら飲みたくて知り合いに取り寄せてもらったスピリタス空けるなしストレートで飲むな死ぬぞ親父ぃぃぃぃ!!」

 

 そんなことを叫びながら、アルコール耐性があまりない俺はその勢いのまま一気に顔を赤くしてしまい、そのまま隣にいたリーナの膝にころんと寝転がってしまうのだった。

 

 何はともあれ、お酒は二十歳になってからだぞ、諸君。




 感想など、お待ちしております!


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18:それぞれの会話

 二ヶ月間放置していた訳じゃないんです。
 どうも、お久しぶりです。Yuinoです。

 まぁ、何があったかというと、就職関係で忙しかったり艦これの秋イベントがちょうどぶつかってたり文化祭があったりと、忙しかったんです。
 頑張って月一、早くて二週間更新を頑張りたいです、はい……


――海鳴市 路地裏

 

「久しぶりっすね。不知火さん」

「――何しにきやがった、織村」

 

 龍吉の来訪を多少なりとも警戒している様子を見せる、目の前にいる青年。

 少しくすんだ金髪、耳にはピアス。着ているのも黒みの入った深紅のジャケットに黒のジーンズ。一,八メートルほどの比較的大柄な体格。そして、背中に背負った金属バット。

 そして、彼の少し後ろにいるのは同じように黒っぽい赤のジャケットを着た不良っぽい格好の人々。

 まさに、典型的なワル。ステレオタイプながら、不良の集まりと言ったような人々が龍吉の来訪を警戒していた。

 

「てめぇ、聖龍コンビの片割れが何の用だゴラァ!」

「まぁ落ち着け黒須。お前だって、こいつに気ぃ失わされたくねーだろ?」

 

 今は我慢の時だ。そう言うように青年――海鳴市を中心に活動している不良グループ”フィアンマ”のリーダーである不知火陽が、彼の右腕で特攻隊長の黒須大志にそう言う。黒須は「不知火さんが言うなら」と言ってから、右手に持った鉄パイプを渋々下げながら数歩下がってその場に座り込む。他の周りにいた不良達も、陽の制止を聞いて渋々というような感じで各々の得物を下ろした。

 

「んで、何の用だ? 」

「何のようって。俺が来たことがどういう意味か、分からない不知火さんじゃないと思うッすけど?」

 

 チッ、と舌打ちしながら陽は腰掛けていたドラム缶から飛び降りて龍吉を奥へ案内するように進む。それについていくように、龍吉もまた陽についていき、彼に追従するようにほかの不良達も先頭に立った黒須のあとについて陽の後を追う。

 その先にあったのは、大きな木造のテーブル。その上に乗っているのは、市販の缶チューハイなどのアルコール類。

 それを見て、龍吉は若干引きつったような笑顔を浮かべた。

 

「おい、俺が未成年なの分かってんすよね?」

「ア? ンなことくらい分かってンよ。俺が飲むンだよ」

 

 飲みながらじゃねぇとやってけねぇよ。そんなことを言いながら、陽はチューハイの缶を一缶開けてそのまま流し込む。五百ミリのチューハイの缶が一瞬にして空になった。龍吉は呆然、大志は相変わらずといった表情で彼を見て、当の本人は次の缶に手を伸ばそうと選び始める。

 相変わらずの酒豪っぷりだ。そんなことを思いながら龍吉は陽のことを見ていると、あっという間に次の缶を空けてしまい、ゴミ箱の中にそれを放り込む。

 

「そンで?」

「まぁ、情報共有っすよ。裏で起きてる、襲撃犯のことについて」

「あぁ、あのことか」

 

 どかっと椅子に座り、三つ目の缶チューハイを空けながら陽は聞き、それに対して龍吉も返答する。すると、陽は忘却の彼方にあった出来事のような表情をしてから、頭をぽりぽりとかく。

 

「どうだったけか、大志?」

「えと、確か変な米粒型の機械が十機単位の中隊で俺らのシマに突入してきましたね。それをぶち抜いたのが――」

「もしかして、陽さん?」

 

 三つ目の缶チューハイを空にし、四つ目に手を伸ばしながら彼は頷く。頷いてから、陽はその右手に光を宿した。そして、その光は一瞬だけ赤く朱く紅い炎になる。

 それを見て、改めて龍吉は思い出した。

 今、目の前にいる人物が異常に強いということを。

 

(不知火陽。海鳴を中心に活動しているチーム”フィアンマ”のリーダーで、発火の異能力『斜陽』の持ち主。夕陽の出ている時間でないと全力が出せないっつー制限はあるけど、それを使わなくとも充分に強い喧嘩士)

 

 頭の中に入っているデータを反芻するように確認する龍吉。そして、一度だけ聖と彼が”組み手”という名目で戦ったときのことを思い出す。

 辛くも聖が勝利を収めたものの、ほとんど互角、もしくは陽が二歩、三歩も実力は上だったように思える。

 閑話休題。

 ひとまず龍吉は、このときのために作ってきた書類を一度大志に手渡す。彼がそれを受け取ると、中身をさっと見て苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてからそれを陽へとパスした。

 大志から書類をパスされた陽は、苦笑いを浮かべながらそれを受け取った。

 

「流石に大志にこれを読ませるのは苦ってもンだろう? こいつ、このナリのマンマで学がねぇンだから」

「ちょっ、それは言わない約束っすよ陽さん!?」

 

 陽の言葉を皮切りに、不良グループの周りからクスクスという笑い声や、大志をちゃかすような声が飛ぶ。その反応に対して、大志は「お前等も俺と似たようなもんじゃねぇか!」と鋭いツッコミを入れる。

 一時的に賑やかな雰囲気に包まれる裏路地。ここにいる数十人全員が、不良とは思えないほどの和やかさである。

 そして、それに完全にとけ込んでいる龍吉も不思議と和んでいた。

 しかし、その空気ももう終わり。再び張りつめたような緊張の糸が走る。

 

「こうやって情報共有すんのも久しぶりっすね」

「あぁ。あン時は、隣町の奴らが乗り込ンでくる前日に、テメェから情報をもらってたりしたっけか」

「ずいぶんと前の話じゃないっすか、それ」

「随分と前でも良いンだよ。俺が覚えている限り、な」

 

 そんな風にいって煙草に火をつける陽。

 火がつき終わり、彼が一息つく。それと同時に龍吉は話し出した。

 

「裏にも、”黒コート”が?」

「あぁ。俺らの仲間も何人か巻き込まれてな。たぶん、俺がそうだからだろうな」

 

 自分の拳を見つめながら、陽は言う。

 ミッド出身の”魔導師”ではなく、”異能力者”特有とも言える原因。それが異能を発動した時の残滓だ。

 異能力者がその能力を発動した際、周りにその能力の”残滓”のようなものを無意識の間にばらまいているという。その人物の周辺に異能力者でない人がいた場合、それが付着したときに異能力者のような反応を示すときがある。

 不良グループのリーダーをつとめる彼の周りには多くの人物が集まる。そして、彼が能力を使うときも少なくなかっただろう。それが、喧嘩であれ、なにであれ。

 そのときの残滓が、数人に付着してしまい、襲撃に巻き込まれたのではないか、と陽は語った。

 自分が、能力を使ったせいで大切な仲間を巻き込んでしまった。その思いが、今の陽を強く突き動かしていた。

 自分の手で、自分の仲間を襲った人物との”ケジメ”をつけないと頭目(リーダー)としての示しがつかない。

 

「ケジメをつけるのは俺自身だ。俺の手でそいつとやり合う。それだけだ」

「流石に変わってないっすね」

「当たり前だろ。俺が誰だか分かってンのかダァホ」

 

 そう言って再び缶チューハイに手を伸ばす陽。幾つ目か分からないそれをあっという間に空にし、近くにあったゴミ箱に投げ入れるとぎゅっと手を握りしめた。

 

「俺は俺の所為で、目の前で誰かを失いかける事なンてのはゴメンだし、一番それが許せねぇ。俺は俺を犠牲にしてでも、目の前の仲間を助けるんだ。だから、ここを作ったんだ。覚えてンだろ」

「ふふっ、分かってますってそんなことくらい」

 

 そう言うと、そのまますっと立ち上がって龍吉は拳を向ける。それに応じるように、陽も拳を向け、ゴツッとぶつけ合う。

 

「こっちは任せろ」

「任せましたぜ、陽さん」

 

 そう言ってから龍吉はその場をあとにする。

 路地裏から出てきた彼の背中に響いたのは、彼らの鬨の声だった。

 

 

 

――同日夕刻 海鳴市臨海公園

 

 学校が終わり、帰宅の途についてた聖と沙希は、何となく臨海公園まで足を伸ばしていた。

 最近、いろいろあり過ぎて疲れていた二人の意見がぴたりと合い、ここまで足を伸ばして休憩に来ていたのだ。

 つまりこれは――

 

(デート、なのかな? そうだね、そうだよね)

 

 一人心の中で焦っているのか嬉しがっているのはよく分からない状態に陥っている沙希。そんな彼女を見ながら、くくっとのどで笑う聖。彼もこの状況は重々理解しているようで、若干頬を紅くしながら「落ち着け落ち着け」と言って沙希の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でた。

 

「わ、な、何するですかー!?」

「何でそんなに慌ててるんだお前は。それより、ほれ」

「何です……かっ!?」

 

 そう言って聖は指を指す。その指差された方向へと視線を動かすと、沙希の目の色が急変した。

 小さなワゴンカー。公園とかによくある小さな屋台付きの車につけられた看板には大きくとある文字が書かれていた。

 それはたった一文字”クレープ”。その文字だけ。それでも、沙希にとっては効果は絶大だった。

 

「く、く、くれ、クレープ……っ!!」

「だっ! ちょい落ち着けっての!」

 

 ぐいっと羽交い締めにして沙希の暴走をストップさせる。羽交い締めにされた彼女は両手両足をばたばたさせてどうにか聖の拘束から抜け出そうと暴れる。

 そんな風に暴走している沙希を抑える聖は思った。

 甘味を見ると暴走し始める沙希を止める方法を考えなければ、と。

 閑話休題。

 そんなこんなで無事に(?)クレープを購入出来た二人。もちろん、なのかは分からないが聖の奢りである。沙希が有無を言う前に聖が、買ってしまったのだ。

 それも、沙希が若干暴走していたと言うことも原因だったのだが、もうそれは気にしていない。

 

「んんふ~」

「その調子で顔芸出来そうだな」

「ひょれをかのひょこうひょのひひょにひうのはひひょいほほほいまふっ……んぐ。撤回ですよ、撤回!」

「ちゃんと口の中のモノ飲み込んでから言えよ」

 

 そんな風に言って笑う聖。それにつられるように沙希も微笑んだ。

 こんな風にのんびりした日の裏で、実は異能力者達や魔導師達がドンパチやってるんなんて予想出来ないだろう。

 そんなことを聖は思ってから買ったクレープを一口かじる。

 その瞬間だった。

 

「ん――?」

「ぁ――」

 

 キィィィィン、と脳に響くような高音が響く。

 その瞬間、聖達のいる場所――もとい、海鳴市全てが巨大な結界に包まれた。

 

 

――同時刻 高町家上空

 

「ディバイン――バスター!」

 

 轟音を以て放たれる桃色の極光。

 しかし、彼女の代名詞とも言えるそれは、目標へと着弾はせず、空の向こうへと消えていった。。

 

「避けられた――!?」

「なのは、後ろ!」

 

 フェイトの警告に対し、なのはは振り向きざまにプロテクションを展開する。すると、彼女のすぐ後ろに先ほど狙った天使の羽が生えたような結晶が超高速で突進してきていた。

 ゴンッという鈍い音が響いた瞬間、プロテクションにヒビが入る。何とか受け止め、そのまま受け流せたもののこの衝撃は予想以上だった。

 そのままプロテクションを解除。そのまま自分が自信を持っている空間把握能力で結晶体の場所を予測すると、再び抜き撃ちで砲撃を放つ!

 放たれた砲撃は、彼女の予測通りの軌道を描いて動いていた結晶体をしっかりと捉えていた。

 捕まえた。彼女は直撃を確信していた。

 だが、そこで結晶体は驚異的な機動性を見せた。

 

「えぇ!?」

 

 直撃の瞬間にまるでその砲撃を予期していたような左右にぶれてから急上昇したのだ。

 驚きはしたものの、それで終わる彼女ではない。フェイトへと目配せ。それを理解したフェイトも頷くとバルディッシュをその結晶体へと向ける。

 

「プラズマランサー」

「アクセルシューター」

 

 それぞれ雷槍を、魔力弾を一気に十以上展開。それら全てをその結晶体へを向ける。

 単発大威力が無理だったなら、数を増やして当たる確率を上げ、それらで囲んでしまえばいいだけの話である。

 

「ファイア!」

「シュート!!」

 

 プラズマランサーが真っ直ぐに、アクセルシューターが複雑な軌道を描いて、それぞれ結晶体へと迫る。

 着弾必死かと思われた。しかし、目の前の結晶体は一瞬にして回避して見せた。

 超高速で迫るフェイトのランサーに対し、煌めく粉を撒き散らしながらそれらを誤爆させていく。

 そして、その後方から迫るなのはの放ったアクセルシューター。それぞれが複雑な動きで結晶体へと距離を詰めるも、それすらも異常な機動性で回避しつくしていく。

 

「なに、あれ・・・・・・」

「なんだろう。よく分からないけど」

 

 その場に溜めるように膝を屈めるフェイト。その動作一つで、なのはは彼女がやろうとしていることを察し、再びアクセルシューターを多重展開する。

 射撃魔法のすべてを回避した結晶体は、向きを変えてそのまま真っ直ぐ突っ込んでくる。それを見ながら、フェイトはなのはへ伝える。

 

「スリーカウント、行くよ?」

「任せて、フェイトちゃん」

 

 ゴウッ、と巻き起こる魔力の奔流。金色に輝くそれがフェイトの周囲を渦巻き、まるで金色の鎧のように纏われる。

 

「スリー」

 

 グッ、とフェイトが一歩踏み出す。

 結晶体がさらに距離を詰める。

 

「ツー」

 

 なのはがシューターの狙いをすべて一点に集中させる。

 

「ワン」

 

 結晶体がさらに速度を上げる。

 双方間の距離がさらに詰まる。距離、二十メートル未満。

 

「――ゴー!」

 

 バガンッ、という破砕音を空中で響かせながらフェイトが”消えた”。

 それに合わせるようにして、なのはは迷いなくアクセルシューターを全弾一斉に撃ち放つ。

 複雑な軌道を描くミサイルのように迫るそれに対し、結晶体は一瞬だけ速度を落とし、再び煌めく粉を振りまいてシューターを迎撃し――

 

「もらった――!」

 

 後方から迫っていたフェイトの一閃をまともに受け、その本体にひびが入った。

 なのはとフェイトのクロスシフト。射撃魔法のすべてを”囮”に使用し、近接担当がその隙間に接近、後方から一撃をたたき込むコンビプレーが炸裂した。

 

「やった――!」

 

 フェイトの一撃を受けてふらふらと落下していく結晶体を見ながら、なのははぐっと握り拳を作り、それをフェイトの方へ向ける。フェイトもそれに答えるようにしてぐっと親指を立てた。

 そして、落下した結晶体へとゆっくり近づいたとき。

 

『ふふっ、流石は管理局のエースオブエースと雷神だね』

 

 その結晶から声が響いた。

 驚く表情を浮かべるなのはとフェイト。そんな二人の目の前で、その結晶はゆっくりとひびが大きくなっていき、まるで鳥が孵化するように中から何かが現れた。

 中から現れたのは、少年だった。異国の民族衣装のような服装を身に纏い、両方の腰には薄青の刀身の片刃剣。右手にはボートを漕ぐときに使うようなオールのようなものを握って、そこに立っていた。

 

「久しぶりに胸躍る戦いだったよ。珍しく少し熱が入ってしまった」

 

 少年はマフラーをふわりとたなびかせながらゆっくり降りてきながら言う。そんな少年は、なのはとフェイトの二人を前にして一礼。

 

「初めまして、高町なのは一等空尉、フェイト=テスタロッサ=ハラオウン。僕はノア。いや、管理局員であるキミ達にはこう伝えた方が良いかな」

 

 それだけ言うと、ノアと名乗った少年は右手に持ったオールの先を下に向け、そのまま自分の周辺をなぞるようにくるりと回転させる。

 すると、彼の背中に浮かび上がったのは先ほどと同じような結晶体。更に大きな翼が生えたような結晶が、彼の背中に現れた。

 

「ロストデバイス、古戦武装(エンシェントデバイス)。いろんな呼び方があるけど、至天装ヴィロスフィア。その管制人格、ノア=ヴィロスフィア。今の主人は、キミ達の友人。サキ、ミヤノさ」

 

 

 

――同日、夜。佐々木家

 

 先日帰宅した父、京士朗。彼はいつも通り、縁側に腰掛けて酒を飲んでいた。

 薄く濁ったガラスのグラスに、お気に入りの日本酒を注ぎながら氷を鳴らす。

 本当だったらブランデーとか洋酒でやったら格好がつくのだろうけど、あいにくと洋酒はない。だから、しかたがない。

 くいっ、とグラスを傾けて日本酒を煽る。某戦艦と同じ名前の日本酒。彼のお気に入りであるこれを飲んでいると、後ろからゆっくりと近づいてくる影があった。

 

「親父……」

「ん、なんだ聖。お前も飲むか?」

 

 空のグラスを見せながら、京士朗は言う。聖は「んな訳ねーだろ。俺はまだ未成年だ」と言って隣に座る。酒の代わりなのか、持ってきたコーラをぐいと飲む。

 一瞬の静寂。しかし、聖はその静寂を破るように京士朗に言った。

 

「親父――」

「なんだ?」

「古戦武装って、なんだ?」

 

 聖の一言を受けて言葉を探すように宙へ視線を動かしている。

 何か言いたくないことがあると、目をそらして宙を見るのが彼のクセ。明らかに「言いたくないから言わせるな」と伝えている。

 しかし、明らかに聖は諦める気がない。じっと彼を見つめたまま動かない。答えを聞くまではてこでも動かないだろう。

 

「だーっ、もう。しゃあないな」

 

 ついてこい、と言う感じに立ち上がり、道場の方へ向かう。聖もそれについていくのだった。




 正直、だいぶ苦しい終わらせ方です。はい…精進します。

 あと、次回でこの「空白期編」は終わりになりますです(ナ、ナンダッテー!?)

 これ以上引っ張ったらStS編にはいるのが相当遅れそうなんで、はい……

 それでは、次回もお楽しみに!


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19:目的へ向けて

 恐ろしく時間が空いてしまいました。
 お久しぶりですYuinoです。

 新社会人としてばたばたしていたり、別で書いている一時創作の方がすすみが良かったりその他諸々の要因があって、だいぶ時間が空きました……(モウシワケナイデス)


――三月某日。

 

 桜の花びらが舞い散る日。

 聖や龍吉の高校で卒業式が執り行われた。

 厳かな雰囲気の中行われた式は一時間半に及んだ。龍吉は学内代表として答辞を担当していたが、特に何も担当していなかった聖は式の半分以上を寝て過ごしていた。

 それを見つけた沙希や楓は苦笑。弟の晴れ姿を見に来た美月は「しょうがない弟だなぁ」と同じく苦笑し、葵はケータイを鳴らして起こすという少々危険な手を取ろうとしていたのは、ある意味ご愛敬といったところだ。

 そして式が終わり、教室に戻った聖たちは高校三年間の思い出を友人達と語り合っていた。

 

「んで、聖は卒業後は外国へ行くんだっけか」

「おう。母さんのツテで、同じところで働かせてもらうことになってな」

「んで、龍吉は旅にでるお姉さんに変わって探偵社の所長だっけ?」

「勝手な姉に困ったもんだけどな。まぁ、何かあったら、うちに連絡してくれよな。出来る限り力になるぜ」

 

 わいわいとにぎわう教室。その中でも、やはり涙ながらに語り合っている人もいる。

 こいつらとも、これでお別れか。そんなことを考えていたときだった。

 

「佐々木くん、お客さんですよ~」

「ん?」

 

 教室の出入り口で、クラスメイトの一人が手招きしている。

 確か、新聞部の部長だった妹尾珠稀だったか。彼女が作る校内新聞はかなり評判がよく、それを楽しみにしている教師もいたとか何とか。そんな彼女の表情は、校内でもよく見かけた「スクープ発見!」というわくわく顔というか、そんな感じだ。

 教室の扉までいくと、妹尾が自前の僅かに赤みを帯びた黒髪をひょこひょこ揺らしながら「佐々木君もスミに置けませんね~?」とかいう。

 なんのことだ、と疑問を浮かべながら扉の向こう側をみると、そこには

 

「せ、先輩。ご卒業、おめでとうございますっ」

「ますっ」

 

 顔を赤らめながらぺこりと一礼し、笑顔を浮かべる沙希と楓の姿があった。

 

 

 

 その後龍吉と合流した聖は、沙希と楓をつれて学校の屋上にきていた。もう来れない場所だから、といって、龍吉が職員室から屋上の鍵を借りてきたときは驚いた。でも、彼ならこれくらいのこと簡単にやってのけるだろうと思っていたのもまた事実。

 屋上を吹き抜ける風を受けながら、聖はフェンスに寄りかかる。龍吉も同じように、隣でフェンスに寄りかかった後にそのまま座り込む。

 

「制服、汚れるよ?」

「んぁ、いいよ。今日で着納めだからな。存分に汚して帰ってやらぁ」

 

 全く気にしていないように、にかっと笑顔を浮かべる龍吉。そんな彼に呆れながらも笑顔を絶やさない楓。

 適当な奴だと思いながら、聖は買ったスポドリに口を付ける。そして、隣で空を見上げていた沙希が唐突につぶやいた。

 

「本当に、行っちゃうんですか?」

「あぁ。明日、出発の準備をして、来週にはな」

 

 ぐい、とスポドリを飲み干して、ゴミ箱に投げ入れる。かこん、という乾いた音が、静寂の中響いた。

 それと同時に、沙希が聖に抱きついた。抱きついた、というよりも飛びついたような勢いで抱きつき、聖をよろめかす。

 

「さ、沙希――?」

「――って、ほしくないです」

 

 言葉の頭がとぎれる。もう一度聞き直すために、口を開こうとした聖を遮るように、沙希が彼をまっすぐ見つめて、涙混じりに言った。

 

「本当は、行ってほしくないです。私の知らないところでいなくなっちゃうなんてイヤなんですっ、だから、だから――」

 

 ぎゅっときつく抱きしめ、そのまま見上げる。そして、聖が思いも寄らなかったことを口にした。

 

「――私も、あっちに連れてってください」

 

 幾度目かの静寂。少し離れたところで見ていた龍吉と楓も、聖の言葉を固唾を飲んで待っていた。そして、数拍の間のあと、聖が口を開く。

 

「流石に連れて行くことは出来ねぇって」

「デ、デスヨネー」

 

 シリアスな空気をぶった切るように言った聖の一言に、思わず沙希も口調がどこか崩れてしまっていた。龍吉と楓もそれは同じようで、まるでお笑い芸人のリアクションのようにがくっと崩れ落ちている。

 そして、「まぁなぁ」とややあってから聖がもう一度口を開く。

 

「当たり前じゃねーか。お前、まだ二年だろうに」

「そういうことなんですか!?」

 

 うがーっ、と吼えるように言う沙希に対し、聖は「とりあえず落ちつけって」と言いながらストローの刺さったオレンジジュースのパックを突き出す。それを受け取って、どこか釈然としない表情の沙希を見ながら、「さぁて、なんて言おうか」と少し考えるような表情を浮かべてから、少し困ったような表情を浮かべて言う。

 

「とりあえず、きちんと沙希が卒業してからだ。そうしたら、同じ場所に連れてってやるから。それまでは待ってろ」

「むぅ……分かりました。でも、待てなくなったら、すぐに追いかけに行きますからねっ」

 

 んなむちゃくちゃ言ってんじゃねぇよ……

 そんなことを思いながら、抱きついている沙希の頭を優しく撫でたのだった。

 そして、ふと数日前の京士朗との会話を思い出していた。

 

 

 

――数日前、佐々木家。道場最奥

 

「おい待て親父。ここはどこだ」

「どこって、道場のいっちゃん奥だけど?」

「一番奥、とは言ったけどさぁ」

 

 瞬間、室内に聖の声が響いた。

 

「道場の一番奥とはいえ、ここまで広いわけねぇだろうがぁぁ!?」

 

 聖のツッコミはもっともである。

 何せ、道場の最奥にしては広すぎるのだ。

 そして、『モノ』が多すぎる。その『モノ』も、ある意味問題なのだ。

 

「おい、親父。この刀、三日月宗近(みかづきむねちか)か?」

「おぉ、懐かしいなぁ。俺が初めて受けた依頼で回収したやつだな」

「どんな経緯で天下五剣の一振りがうちにあるんだよ……」

 

 この道場奥の蔵にあったのは、無数の武具。しかも、それ一つ一つが業物で、「幻の」とか「伝説の」とか、そういう冠詞がついていておかしくない代物ばかりなのだ。

 まさか、と思いつつ、聖は問いかけた。

 

「親父。まさか、こいつら全部が……」

「古戦武装。一応、俺が全部任務関係で回収した奴だ」

「これが、全部……」

 

 聖がそう呟くのに対し、京士朗は「んで、古戦武装の意味だったか」と言いながら、手袋を着けてから一本の刀を手に取る。

 

「古戦武装、っていうのは、正直読んで字の如くだ。過去、大きな戦いの場にあり、多大な功績とか戦績を残した武人の武器防具を神格化して言ったものだ。例えば、この刀は?」

 

 京士郎がその刀と、手袋を聖に手渡す。それを着けてから、聖は刀を受け取る――

 

「――ッッ!?」

 

 瞬間、背筋が凍り付く悪寒を覚えた。

 思わずその場で手放しそうになるが、それをぐっと堪え、ゆっくりと鞘から引き抜く。僅かに見えた、銀色に輝く刀身。吸い込まれそうなほど磨き抜かれたそれは、まるでこれを見たものを取り憑かせようとするほど。

 しかし、聖はその刀身の美しさなどに見向きもせず、勢いよくそれを引き抜く。

 ほんの赤みを帯びた銀色の刀身。その朱は、刀身を染める「飾り」ではなく、明らかに外的要因で染まった紅。

 

「この赤、血液……やはり、この刀は――」

 

 くるり、と刀身を裏返す。そこに彫り込まれた一文。それは「一撃必滅」。その一文を見て、聖は察する。この刀の銘を。

 

「千子、村正――」

「そう。徳川家により『妖刀』と名付けられたそれは、俺が回収した二十年前でも、その力を遺憾なく発揮したよ。それは、古戦武装の一つ『一撃必滅・千子村正』だ」

 

 聖から刀――千子村正をひったくるとそのまま鞘に収めて再び刀掛けに戻す。すると、村正は澱んだ瘴気か、邪悪なオーラのようなものを放ちながらそこに落ち着く。ふぅ、と一息つくと京士郎はその散切り頭をがしがしとかきながら「古戦武装はな」と前置きして話し出す。

 

「管理局側からすればただの『ロストロギア』。でも、俺とか龍吉君のような異能保有者からしたら最強無敵の切り札(ジョーカー)だ」

 

 魔導師とも対等に渡り合えるんだからな、と付け足して京士郎は周囲を見渡す。そして、どこからともなく取り出したイスに腰掛けると、そのまま話し出す。

 

「んで、ついでに話しとこうか。俺が、死んだことになってた理由」

「唐突すぎだが・・・・・・まあ、話してくれるなら聞こうじゃないか」

 

 聖も、いつの間にかあったイスに腰掛ける。向かい合うようにして座ったのを確認してから、京士郎は「さて、まず結論から話そうか」といきなり切り出した。

 

「俺が死んだことになっていた理由だがな。端的に言えば、狙われてたんだ」

「は?」

「だから、ある意味一回死んでいた方が狙われずに済むからな」

「おいおい……」

 

 素っ頓狂な声を上げる聖。その反応が当たり前だよな、というような表情を浮かべる。そして、懐から一枚の写真を撮りだし、聖に差し出す。

 そこの写っているのは、長身の男性。金髪に、白いスーツ。ワイングラスを片手に、写真から見切れている人物と挨拶を交わしているようだった。眉目秀麗なその容姿に惹かれてなのか、周囲には美人の女性が多く群がっているようにも見える。

 

「狙われてたって、この写真の男に?」

「そういうことだな。こいつ、表向きは古美術商を営んでいるんだが、その裏でどうにもゲスい事をやってたみたいでな。そのとき手に入っていた情報によると、古戦武装を保有している、とか言う噂があってな」

 

 その武装がこれだ、というように、もう一枚の写真を見せる。

 その写真には、遠目で先ほどの男が写っていた、そして、その男の周囲には、いくつもの武装が囲うように浮遊していた。

 槍、弓、斧、短剣、杖、籠手、剣、刀、琴、そして銃。数にして十、そして、そのどれもが黄金に輝いる。

 聖は驚きを隠せなかった。今までに見てきた古戦武装やロストデバイスの中でも、頭一つ飛び抜けて『やばい』と感じるほどに。

 

「これも、古戦武装なのか……?」

「あぁ。名前はまだ不明だがな。ただ一つ分かってるのは、この古戦武装の使い手の名前。彼の名前は、キース=バルザック」

 

 父が告げたその名前。それは、聖の脳にしっかりと焼き付いていた。

 

 

 

――卒業式当日 夜

 

 卒業式が終わり、聖君と別れた私は、夜に何となく散歩に出ていた。

 いつも通り、ヘッドホンから聞こえるピアノ曲に合わせて歩を進める。いつも通りの、夜の道。

 でも、一つだけ違っていた。

 

「――また」

 

 くるり、と振り向く。しかし、そこには誰もいない。

 左右を見回す。歩いている場所は、近所の森林公園へと続く一本道。周囲には、何もない。

 上を、下を見回す。しかし、当たり前ながら何もない。見えるのは、上は薄闇に包まれたような星空。下は無機質なコンクリート。

 ふ、と前を見ると、何時しか森林公園の入り口にたどり着いていた。公園の広場までの大通り、等間隔に設置された明治風の街灯。夜に来ると、幻想的な空間に見えていたのに、今日に関しては異常なほど不気味だ。

 ぐ、と拳を握りしめたまま。私は一気に駆け出す。

 公園の奥へ、奥へと進む。私の駆け足の陰に隠れるように、たっ、たっ、たっ、と足音が響いていた。

 そして、視界が一気に開ける。森林公園の中央。昼間なら、多くの人で賑わっているここも、夜では月明かりに照らされ、うっすらと闇に包まれている。

 そして、私はきゅっと反転。後ろを振り返ると、そのまま叫ぶ。

 

「いい加減、姿を隠すのは辞めたらどう。ストーカーさん?」

 

 自分でも信じられないほど冷静だった。

 身を守るものなんて、なにも持っていないのに。

 自分が、何と対峙しているかも分からないのに。

 不確定要素が満載なのに。

 自分は、今この現状の中にとらわれていても、冷静そのものだった。

 

「流石は古戦武装(エンシェント)保有者(ホルダー)。この程度の気配断絶では、すぐに勘づかれるか」

 

 その声とともに、ぼわっと煙のようなものが立ち上り、そこから一人の男性が現れた。

 金髪。整った顔立ち。遠目で、且つ夜闇であっても分かるほど眉目秀麗な男性。ホストのような真っ白なスーツを身につけており、その所為か、彼の周りだけ輝いているように見えた。

 彼の登場に、思わず私は身構えた。

 急に現れた、と言う意味もある。ただそれ以上に、私の直感が告げている。この男は危険だと。

 身構えた私を見て、男はくっくと喉で笑う。そして、彼もまた、構えた。

 

「おお、怖い怖い。でも、生身で私に刃向かおうなど……」

 

 ぐっ、と地面を踏みしめて、目の前の男は膝を僅かに折り――

 

「数十年早いんじゃないかな!?」

 

 一気に距離を詰めてくる!

 速い。私が男に対しての感想はただそれ一つ。

 それでも、私の体は自然に動いていた。目の前の男の突撃を、迎撃するために。

 

「……シッ!」

 

 軽く足を踏み込み、真っ直ぐに拳を放つ。知識では知っていたそれを、こうして実戦で放つのは初めてだ。

 それでも、何の迷いもなく、何の躊躇いもなく。ただ真っ直ぐに、それを放った。

 不意打ちになったのだろうか。思わぬ攻撃に男は右へと飛び退いた。そのために生まれる着地の隙を、私としては逃す気はなかった。

 男が飛び退く動きに少し遅れるようにして右へ踏み込み、狙いを定めて左の拳撃。しかし、それも直撃寸前で男に受け流されてしまう。

 とんとんっ、と間合いを取るように男は下がる。私は、男と正対するように向き直ってから再び構える。

 ぎゅっと、拳を握りしめる。仄かにそして、小さく呟いた。

 

「猛れ、猛れ、六界を統べる覇具よ。汝が撃を以て眼前の敵の一切合切を討ち倒さん。砕世の時に、我が名を知らしめせ。そう、汝が名は――」

 

 ゴウッ、と自分の周囲が唸るように衝撃波が走る。そのまま拳同士を撃ち合わせ、正面を見据える。

 

「神崩拳、神威!」

 

 瞬間、私の腕を覆うようにソレは現れた。

 一言で言うならば、それは籠手だ。ただ、普通の籠手ではないし、私の知っている籠手でもない。

 それは、闇夜を切り裂くような黄金に輝いていた。

 がづん、とそれを打ち合わせて、構える。ボクシングとも、空手とも、レスリングとも言えないような、そんな構え。その私を見て、目の前の男は口角が上がり、「わが意を得たり」というような表情を浮かべる。そして、両手に赤い光をともし、そこから光の剣のようなものを二本生み出し、構える。

 

「キミの持つ力、私が再びいただこう!」

「よくわからないけど、変人は吹っ飛ばします!」

 

 その場を思い切り蹴り、一気に男へ突っ込んでいき――

 

 

 

――三月下旬 夜

 

 卒業式の日の夜。沙希が消えた。

 そんな連絡を受けたのは、式が終了してから三日経った時だった。

 状況不明、詳細不明。そのすべてが不明のまま、彼女はいなくなった。

 そして、「いなくなった」ということに付け加え、彼女が「存在した」という事実すら、消滅していた。

 クラスメイトの名簿からも、彼女の名前が消えていた。彼女の家族、友人、そして彼女にかかわったすべての人から、彼女の存在が消えていた。

 しかし、俺や龍吉、そして高町達のような、魔導師や異能保有者といった特異な存在は、記憶から飛ぶことなく、彼女がいなくなったことを記憶していた。

 縁側で月を見上げながら、俺は考えていた。

 誰が、なんで、彼女を連れて行ったのか。

 なんとなく予測はできていたけど、本当にそれが起こってしまうとは、思ってなかった。でも、それが可能性のひとつであるならば、俺は動かなくてはいけない。

 その場で立ち上がると、俺は道場へ向かう。

 恐ろしいほど静かな三月の夜。月明かりに照らされる道場へ入ると、その中央に一人、正座して待っていた。

 白髪交じりの散切り頭、細くもしっかりと筋肉の付いた体つき。身にまとった薄墨色の年季の入った着物。彼の前に置いてあるのは、白銀に輝く刃。

 俺が入った気配を感じ取ったのか、彼――佐々木京士郎は閉じていた目を開くと、いつもののほほんとした雰囲気はなく、凛と張り詰めた空気が道場内に駆け巡る。

 

「来たぜ、親父」

「約束の時間ちょうどだな」

 

 その場で立ち上がると、京士郎は目の前の刀を手に取ると、構える。彼を見て、俺もまた構える。格闘戦特化の、現状いま俺が一番戦える構え。

 じり、と草履が道場の床を滑る音が響く。それと同時に、俺は床を思い切り蹴りぬいて親父へと肉薄する。左足で一歩踏み込み、そこからもう右足で踏み込んで、上体をほぼ動かさずに前へと突き進む。

 ゼロ距離。それは、今の俺にとっても親父にとっても必殺の距離。何のためらいもなく、俺は拳を叩き込む。そして、それを交差させるように、親父は刀を振り下ろした。

 ぴたりと俺の首元で刃が、親父のみぞおちで掌が停止する。数秒停止してから、俺は手を下ろし、親父は刀を収め、改めて元の位置へと戻る。

 

「覚悟は、出来たんだな、」

「出来ていなかったら、親父とこうして一瞬でも本気の手合わせしてないからな」

 

 再び正座して向き合う。すると親父は、後ろから一つの刀を引っ張り出すと、それを俺のほうへ差し出した。

 その刀は、何度も見たことのあるものだった。

 薄紅色の柄に、そこから伸びた同じ色の帯。我が家に伝わる脇差、鬼灯(ほおずき)だ。親父が昔から使い続けた刀。そして、親父の相棒でもある刀だ。

 

「こいつをお前に託す」

「いいのか? こいつは、親父の――」

 

 言いかけると、親父は収めていた刀を一瞬にして抜き放ち、俺の首元へ持っていくと寸でのところで止める。音速の剣閃。まさに「目にも止まらぬ」という言葉が一番似合う剣速。首元で止められ、冷や汗が出る。

 再び刀を収めると、親父は「別に気にしないさ」と言う。

 

「お前がやりたいこと、やるべきことのために、この刀は必要だ。だから、お前が持っていけ」

 

 そう言うと、親父はそのまま道場を出ていく。

 道場に取り残された俺は、そのまま一人、道場で夜を明かした。

 

 そして翌日――俺は、地球を出発した。

 

 

 

―――三月下旬 とある管理外世界

 

「ここでもなかったか」

 

 そう呟くと、彼は手に握っている槍を地面に突き立てる。崖上で嵐のような風に吹かれながら、眼下の草原を眺めていた。

 しかし、眺めている草原は普通の草原ではなかった。

 眼下の草原、その一帯が真っ赤に染まっているのだ。草も、木も、地面も、何もかもが真っ赤に染め上げられていた。そこに倒れ伏せる、大量の人のような生き物たちと、その中心で倒れる巨大なドラゴンの血で。彼が身に纏う紅色の軽甲冑と真っ黒いマントも、返り血でところどころ赤黒く染まっていた。

 ぶんっ、と手に持った槍を一振りし、穂先に付いた血糊を払う。そして、その場から立ち去ろうと一歩踏み出して――

 

「待ちなさい」

 

 呼び止められる。黒髪で凛とした表情の彼女――早乙女司は、彼の後ろから呼び止めた。いつの日かのスーツ姿ではなく、武道家の胴着にわずかな甲冑を取り付けたような服装で、彼女はその場にいた。

 声に反応して、青年はチラリ、と司のほうを見る。真黒な闇に沈んだような、淀んだ黒い瞳。傷だらけの顔。地面に突き立てた槍を引き抜くと、青年はマントのフードを深くかぶると槍を構えて司のほうへ向きなおる。

 マントを深くかぶっているせいで、その表情はよくわからない。ただ、司が分かることは一つ。彼は今、自分に対して敵意を持っていると。

 その敵意を感じ、司は両手に光を灯し、唱える。

 

――剣は我が声と共に

 

 光とともに現れるのは、巨岩の剣。天地断ち切る翡翠の岩剣(イガリマ)を片手で構えると、司はいつもと変わらない表情で彼に告げた。

 

「ここのところ、いろんな管理外世界で違法渡航とか騒乱を起こしているの、貴方ね?」

「だから、なんだ?」

 

 マントの男は不愛想な声で答えると、思わず司はあきれた表情になってしまう。不愛想を通り越して無関心といったような感じだ。もうちょっといろいろ聞きたいところだが、これは聞けそうにない。そう判断した彼女は、その場に岩剣を突き立て、ゆっくりと青年の周辺を回るように歩きながら、ずばっと確信をつく。

 

「まぁ、確かに? 最近いろんなところに出没している『アレ』や、あれのリーダーらしき龍を倒してくれるのはスゴイ有り難いんだけど、騒がれるのかだいぶ困る。だから、事情とかを話してくれるのであれば管理局(こっち)も協力できる――」

「断る」

 

 彼女の言葉を一蹴し、青年は手に持った槍を突き出す。まさに音速の一撃のそれが司の髪を掠めていくと、彼女はくるりと反転しながらそのまま岩剣を回収し、構える。

 まさに一瞬ですかいな。そんな風に思いながら、司は岩剣を腰だめに構える。それを見て、青年もまた、槍を構え直す。

 先に手を出したのは、やはり青年のほうだった。一歩だけ踏み込むと、そのまま連続の刺突。防御箇所を絞らせない、広い範囲への刺突。点の攻撃である槍の刺突でも、攻撃範囲が広ければ広いほど、ガードが難しくなる。その攻撃の意味を、理解しての連撃。それに、司は今まで以上に苦戦していた。

 青年の攻撃の合間を縫って、司も攻めを叩き込んでいく。しかし、その攻撃も当たる気配が全く見えない。すべて受け流され、回避されていく。

 

(何、こいつ。私の動きが、攻撃が、見えているというのか?)

 

 一度退くと、司は天地断ち切る翡翠の岩剣(イガリマ)を地面に突き立てると再び詠唱に入る。

 

――剣は我が声と共に

 

 光が再び手に灯る。その色は、緑と赤。

 

――雌雄の剣は、我が呼び声に応じ

 

 両手に生まれる、ボロ布に包まれた武骨な岩の柄。

 

――汝らが力の顕現をここに!

 

 そして生まれる。巨大な、紅玉の岩剣。天地断ち切る翡翠の岩剣(イガリマ)空海砕く紅玉の岩剣(シャルシュガナ)を展開した司は、双方を片手に持って構える。それを見ると、青年はまるで驚いたような表情を浮かべた。司には、そう見えていた。マントの向こうに見えた口元が、僅かに驚いたような風に動いたからだ。

 周囲の空間ごと引き裂きそうな勢いで二本の岩剣を振り回しながら、司は青年へと斬りかかる。周囲の空間ごと吹き飛ばす斬撃を撃ち込んでいく。

 空気が薙ぎ払われていく。まさにそんな感覚を覚えながら、青年は彼女の連撃を回避していく。

 嵐のような連撃。攻撃を重視し、防御を捨てた。そんなスタイルの攻撃に、青年は防戦一方となっていた――が。しかし、その中で青年は攻撃の一瞬の隙を縫い――

 

「甘いぞ、ツカサ――!」

「――!?」

 

 小さくツカサの名前を呼ぶと、そこから思い切り石突の打撃から切り払いのコンビネーションを叩き込む。不意に名前を呼ばれたことに驚いた司は、ガードが緩くなった空海砕く紅玉の岩剣(シャルシュガナ)を砕かれ、さらにそのガードの先にあった天地断ち切る翡翠の岩剣(イガリマ)へヒビが入り、大きく吹き飛ばされる。体制を空中で立て直しながら司はなんとか着地すると、そのまま大きく後退していく。

 肩で息をしながら、司は嫌な雰囲気を覚えていた。こんな雰囲気、こんな場面を、彼女は記憶していた。自分の本気の攻撃をことごとく回避し、そしてその隙間を掻い潜って一撃を与えてきた、そんな場面を。

 記憶をたどりながら、彼女は両手の剣を消してからもう一度構えなおし、ゆっくり、記憶の中にある彼の名前を呼んだ。

 

「まさか――呉、なのか?」

「応える義理は、ない」

 

 くるりと背を向け、呉と呼ばれた青年は槍を消すとそのままゆっくり歩きだす。

 

「待て、呉! なぜお前はこんなことを――!?」

「司。お前は思ったことはないか? 自分の本当に守るべきものは、何なのかって」

 

 何を言っている。そう言葉を発する前に、青年は自分の背中に巨翼を生やし、ゆっくりを羽ばたきを始める。本来、滑空に適しているであろうその翼は、鳥のように空を飛ぶための法則を無視して、ゆっくり、早く、力強く羽ばたきを始めていた。

 彼の身に纏うマントが吹き飛ぶ。身に纏った紅色の軽甲冑の全貌が、そして彼の相貌があらわになる。

 そこにあったのは、青年というよりは少年といったほうがいい、やや幼い顔つきだった。しかし、その顔は、その瞳は、明らかに顔の幼さに似合わない、何か強い闇を抱えたような、そんな顔だった。

 

「だから俺は、自分の本当に守るべきもの、救うべきもののために――」

 

 ビュオォォッ、と突風が吹き荒れる。周囲の草木が根こそぎ吹き飛ばされかねない強い風が吹き荒れると同時に、青年の姿は消えていた。

 その場に取り残された司は、彼――呉が最後に発したたった一言を、小さく繰り返していた。

 

「世界を、敵に回してでも、救いたいもののために戦う、か――」

 

 小さく発した彼女の言葉は、誰にも届かずに虚空へ消えていった。

 

 

 

――三月下旬 ミッドチルダ

 

 目の前の建造物を見上げて、彼女――八神はやては小さく「ようやく出来たんやなぁ」と呟いた。

 彼女の目の前にあるのは、真新しい真っ白な建造物。建物の入り口となる門には、鈍色に光るプレートが埋め込まれており、そこには「機動六課隊舎」と刻み込まれていた。

 それを見ながら、感慨深いような表情を浮かべるはやて。それもそのはずだろう。彼女が夢に見た場所が、ようやくこうやって一つの形を成せたのだから。

 少数精鋭の超が付くほどの特化型部隊。古代遺失物――ロストロギアを管理、回収する部隊であり、管理局の中でも精鋭が集まるこの課――古代遺失物管理部機動六課。その部隊員の隊舎が、これである。

 はやてが部隊長を務める第六課(この場所)が設立するまで、今日であと一週間を切った。ここのところは、新しく部隊に入る隊員たちを名簿とにらめっこしながら確認する毎日だ。

 見る書類もようやく少なくなってきたこの頃だが、それでもまだまだ多く、毎日が残業乱舞ではやては今まで以上にぐったりしていた。しかし、新しい隊舎をこうやって見たことで、そんな疲労感も幾分かマシになっているようだった。

 

「残業は本当にいややけど、こうやって完成間近の隊舎を見ると、そんな疲れも吹っ飛ぶなぁ!」

「最近は本当に残業だらけでしたからねぇ」

 

 そんな風に返すのはリインフォース(ツヴァイ)。彼女もはやてと同じく、疲れた表情をしているものの笑顔を浮かべていた。

 これで、自分たちがこれから追い求めていく「モノ」に対しての準備は整った。あとは――

 

「八神部隊長」

「あ、グリフィスくん」

 

 後ろから彼――グリフィス=ロウランに声をかけられる。彼から手渡されたデータ書類を受け取り、それを空中に展開する。

 そこには、四月から新しく配属となる、八名の局員――フォワード部隊の面々と、地球から出張に来る四名の友人の名前が記されていた。

 

 ここから、改めて始まる。

 彼女たちの、短くも長い戦いが――




 きっと、時間が空いちゃうかもしれませんが、気長に書いていこうと思っていますので、申し訳ないですけど、気長に待っていて頂けると助かりますゆえ……

 それでは、新編へ向けて……パンツァーフォー!(違う)


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StrikerS編~Strikers and irregulars~
StS01:ハジマリの日


 仕事が忙しくてなかなか更新ができていないYuinoですが、作品自体はちょくちょくかけているんです。

 ということで、ストライカーズ編突入です!

(2018/4/3 加筆修正)


――三月中旬

 

 風がビル群の中を吹き抜けていく。

 僕はその風を受けながら、左手をさっと振るい、周辺マップを展開。ややあってから、ブブッと音を立てながらこのあたり一帯の地図が展開される。

 目標となる違法魔導師は隣のビル。僕等のいるビルの第五フロアからの距離は一キロ弱。

 ここからの遠距離射撃で『制圧する』ことは、正直出来ない。そもそも、僕の射撃スキルとして「狙撃」はもはや専門外だ。距離一千の射撃なんぞ、僕にはまず出来ない。

 ゆえに、この場所からの遠距離狙撃による制圧は無理だ。

 でも、今隣でぐーすか居眠りこかしている彼女を起こし、尚且つ高速強襲すれば全員拘束することは可能。

 だから――

 

「暁、そろそろ起きて。作戦開始時刻」

「んにゃ、もうそんな時間?」

 

 とんとん、と彼女の肩を叩き、揺り起こす。

 ふわぁ、と大きなあくびをし、寝ぼけ眼を擦りながら僕の方に寄ってくる。相変わらずのマイペースっぷりに苦笑しながらも、左目につけたスコープを動かしながら違法魔導師たちの動向を探る。

 冷静に分析したとはいえ、正直に言えば状況的に余りよくない。そんなことは、この配置に着いた時から分かり切っていたことだった。

 こっちは二人で向こうは十人。人数的には五倍の戦力差だし、違法と呼ばれるだけあってデバイス以外にも質量兵器、もといアサルトライフルを何丁か持ち込んでいる。

 明らかに面倒くさいし、怪我する確率六割強。正直、やってられない。

 そんなことを思っている僕を気にもとめず、彼女は自信の双眼鏡で観察する。

 

「あらまぁ、アサルトライフル持ち込み? これはちょっとかかりそうね~」

「それに気が付くのいまさら? 時間かかるって分かってるなら早く準備を。こっちだって、そう長くは待てない」

「分かってるわよ。この作戦が短期決戦なことくらい、承知の上よ」

 

 そういいながら、彼女――鈴谷(すずや)(あかつき)は近くの壁に立てかけてある紫色に輝く鎌を手に取り、肩に担ぐ。

 その姿を見て、僕――ラウラ=ソニアは自分の相棒であるショートライフルを腰から外し、構える。

 

「行くよ、初風」

-やっと出番ね。足手まといは置いてくわよ!-

「全く、言ってくれちゃって。行くわよ、ジェイソン!」

-Yes sir-

 

 二人と二機。静かな会話がなされ、後に手元の通信端末から、上官からの指示が飛ぶ。

 

『陸士401部隊。出撃してください』

「了解。ラウラ=ソニア、任務に移る」

「同じく、鈴谷暁。出撃します!」

 

 

 

魔法少女リリカルなのはAnother~侍と呼ばれた騎士~

 

第二部――Strikers and Irregulars

 

 

 

――三月某日

 

「一体、何の用なんだ……?」

 

 彼――ラウラ=ソニアは部隊長に呼び出しを食らっていた。

 しかも、相棒である鈴谷暁とともに、である。

 基本、彼が彼女とともに呼び出しを食らうときはたいてい禄でもないことが多い。

 ラウラは、部隊の中では随一の良識人として通っている。基本良識人で、学力優秀、作戦立案力も高く、わずかな隙から弱点を見つけ、そこを突く。まさに、部隊に一人はいてほしい”優秀すぎる”人物なのだ。

 そんな彼だからこそ、なのだろう。相棒である鈴谷暁は、若干以上の問題児だった。

 成績や能力こそ優秀だが、命令無視は日常茶飯事。ラウラがこの部隊に配属になるまで、彼女の手綱を引ける者がおらず、彼女の動きにあわせて、隊を動かすと言うのが当たり前になりつつあった。

 しかし、それも数年前にラウラが異動してから変化した。彼の的確な指示と暁の自由奔放な戦い方がぴたりと当てはまり、いくつもの難事件や難所をくぐり抜けてきた。

 そんなこんながあり、今、彼らはこの陸士401部隊の最前衛(スーパーフロント)として、忙しい日々を過ごしているというわけだ。

 しかし、自由奔放な彼女だからこそ、内外問わず問題を起こすことが多く、今回のように部隊長室に呼び出しを食らうこともしばしば。そして、そのたびに相棒であるラウラも呼ばれるのだ。

 連帯責任、と言えば聞こえは少しマシになるが、言ってしまえばとばっちりだ。

 

「んで、今回は何をやらかしたんだい?」

「何もやらかしてなんかないよ!? ただ、食堂にあったパンをネコババしただけだってー」

「それだよ絶対」

 

 そんな会話をしながら、彼らはいつの間にか部隊長室の前にたどり着いていた。

 ラウラは深呼吸してから、扉をノックする。少しして「入って良いわよ」と少し高い声が響く。その声に従い「失礼します」と先んじてラウラが入室する。

 

「第十六駆逐隊、ラウラ=ソニア、参りしました」

「同じく、鈴谷暁、参りました」

「はい、ご苦労様。任務が終わった直後なのに呼び出してごめんなさいね」

 

 部隊長――アンジュ=クロッサが少し申し訳ないような表情で彼らに言う。そんな彼女に対し、ラウラは「問題ありません」と一言。彼の一言を聴いて、アンジュは安心したような表情になってから「さて、と」と話し出す。

 

「あなた達には、一年間の出向を命じます」

「「はい?」」

 

 見事に、二人の言葉が重なった。

 説教を食らう、ということが前提にあった彼らだからこそ、アンジュの言葉が意外過ぎて、素っ頓狂な声を上げてしまったのだ。

 そんな二人を面白がるように、アンジュはそれぞれに書類を渡す。その書面には、『出向依頼書』と記されていた。

 

「出向先は、四月から開設される古代遺物管理部機動六課。そこの、フォワード部隊に配属になる予定です」

「そう、ですか。って、僕と暁、一緒に?」

「えぇ。私だって、貴方たち二人を手放したくないのです。しかし――」

「って、部隊長? この部隊、六課でしたっけ? 明らかに異常戦力じゃありませんかー?」

 

 そう言った暁につられて、ラウラは手渡された書類を確認する。

 彼女の言ったことはもっともだった。部隊長には『最後の夜天の主』八神はやて。それぞれの分隊の隊長格にも、『エースオブエース』高町なのは、『雷神』フェイト=テスタロッサ=ハラオウン。夜天の守護騎士である『鉄槌』のヴィータや『灼熱の剣将』シグナムらヴォルケンリッター。あまりにもこれは・・・・・・

 

「無敵。寧ろちょいとばっかしおかしいレベル」

「部隊開設の理念は、『少数精鋭のエキスパート部隊の実験』とあるから、ある意味あっているのだけれどね」

 

 そういいながら、アンジュは椅子にのってくるくる回りながら。そんな彼女を見て、暁は「とりあえず、荷物まとめてきまーす」と言って部屋から出ていく。相変わらず自由奔放な奴、とラウラは思いつつ、アンジュに対して一礼し、その場を後にしようとする。

 

「あ、そうそう。ラウラくん」

「はい、なんですか部隊長?」

 

 そう言って振り向いたラウラに対し、アンジュは一枚のデータチップを手渡す。彼はそれを受け取ると、一瞬きょとんとした表情を見せてからすぐさまげんなりとした表情へと変化させる。

 

「聞きたくないんですけど、これ、中身は?」

「中身は秘密。キミに、独自に頼みたいことなかぁ。若くして陸士401部隊(うち)のトップエースで、暁ちゃんの手綱をきちんと引ける、ラウラ君にしか頼めないこと」

「まぁたこうやって僕に面倒ごとを……」

 

 部隊長であるアンジュはラウラに対してパチリとウインク。そんな彼女を見送ってから、ラウラはびしりと敬礼し「了解しました」と言ってから部隊長室をあとにする。

 また、面倒ごとに巻き込まれた気がする。そんなことを思いながらも、彼は受け取ったデータチップをポケットにしまい込み、そのまま寮のほうへ戻るのだった。

 

 

 

――同日

 本局航空第601部隊、休憩所。

 本局内に部隊を構える、この第601航空部隊。実力関係なく、比較的常識人、もとい真面目な人が多くが集まることで有名なこの部隊だが、所属メンバーの中でも珍しい部類に入る人が、今ここでサボっていた。

 局員制服の上にパーカーを羽織って、フードを深くかぶり、僅かな寝息をたてて椅子に揺られながら、完全にお休みモードに突入していた。

 そんな彼を見て、そこに立ち寄った彼女は大きくため息をつきながら近寄ると、対面の椅子に座って持ってきていたコーヒーマグを机に二つ置く。自分の分と、もう一つか今目の前で寝息をたてている彼の分。

 少し様子を見てから、彼の肩を軽く揺する。男性にしては少し長めの髪が揺れ、ふわりと石けんのような香りが一瞬だけ漂う。

 こんなオシャレな物使っちゃって。そんな風に思いながら、彼女――ミレイ=カリスタは、背負っていたケースからアコースティックギターを取り出して、ゆっくり、旋律を奏でていく。

 アコースティックだからこその優しい旋律が休憩所に響き渡る。下手なBGMよりも心地良い音色が響いていると、うとうととしていた彼がゆっくりと目を開いた。

 まだ寝ぼけ眼の状態でゆっくりとミレイの方を見ると、若干不機嫌そうな表情を向けて――

 

「――煩い」

「目覚めて第一声がそれかい?」

 

 彼――ケイ=ミカヅキは明らかに不機嫌な表情をミレイへ向ける。しかし、ミレイはそんなの知らない気にしていないと言うような笑みを浮かべてコーヒーを啜る。ケイも、このやりとりを何回もやってもう慣れているのか、流石に何も突っ込まずにそのままコーヒーを啜る。

 ややあってから、ミレイが何か思い出したかのように「そういえば」といって手元の鞄から書類を取り出す。

 

「部隊長から。異動辞令を貰ってるよ。私とキミとで一通ずつ」

「異動辞令? どこに?」

 

 受け取った書類をめくり、異動先を確認する。ケイの経験からして、だいたいこう言う時に言い渡される異動辞令という物は、しょうもない場所か試験運用部隊であることが多い。

 前者なら適当にやっていけばいいが、後者であったら話は別だ。

 試験運用のための「コンセプト」が決まっていたりすると、ある程度そのコンセプトに当てはまった動きをしなくてはならない。それ故、個人の動きが多少制限されることもある。だから、あまり後者への異動配属は好んでいないのだ。

 さて、どっちだ? そんな風に考えながら、文章を読み進めていく。

 

「貴官ケイ=ミカヅキ教導官は、古代遺失物管理部機動六課への一年間の異動を命ずる……」

「当たりの方ね。良かったじゃない。私もよ」

 

 何が当たりだ。そんな文句を呟きながら、彼はもう一度椅子に寄りかかる。面倒くさいことになった。そんなことを思いながら、ケイは一度立ち上がってからコーヒーを一気に流し込み、そのまま机に立てかけておいた筒を手に取るとそのままどこかへ行こうとする。それを見たミレイは「鍛錬かい?」と問いかける。

 

「まあね。所属しているメンバーはそうだけど、新人フォワードも、これから伸びていく子たちばかりだ。それに負けないように、僕もやっていかないと」

「そうかい。なら、私も少しは手伝わないとね」

 

 そんな風にミレイが言うと、彼女も立ち上がって彼の後を追いかける。向かう先は、隊舎内にある訓練施設。今の時間は、誰も使っていないはず。無論、予約など入れていない。入れてなくとも、正直使っている人はこの部隊にはそうそう居ない。だから、この時間に行っても誰も使っていない――はずだった。

 

「――おっと?」

「あらら?」

 

 誰も使っていないはずの訓練スペース。しかし、そこに一人だけ少女がいた。きつそうな視線。赤い髪のツインテールの少女が、訓練用のモジュール相手に、高速コンバットを繰り広げていた。

 モジュールから放たれる魔力弾をワンステップで回避し、ターゲットへ向けてそのまま撃ち返す。放たれた魔弾はターゲットの足元に着弾すると、そのまま爆発する。

 爆風を背に彼女は跳び上がると、そのまま眼下のモジュール二機に対して再び魔弾を投下。着弾後、二発の魔弾は豪快に爆ぜた。

 そのまま着地すると、整えるように乱れた髪を左右に振ると、その『真っ赤に染まっていた』瞳を閉じる。何の変哲もない、普通の黒い瞳へと戻ると、大きく伸びをしてからその場に倒れこむ。

 

「お疲れさま、アリア」

「――何よ、ケイ」

 

 彼女――アリア=ノーリッジがケイのほうを見て言う。いつもと同じ、気丈な態度。額には玉のような汗が浮かんでいるのに、全く疲れていないように見せている。いつもの、全く変わらない彼女。

 彼女に手を差し出して立たせると、持ってきたドリンクを差し出す。それをひったくるように受け取ると、そのまま一気に飲み干す。

 空になったドリンクをそのままゴミ箱に放り投げると「んで、なんのよう?」とケイに問いかけた。

 ケイは、右手に握った筒から一本の棒を取り出す。

 それは、何の変哲もない刀だった。ほんの僅かな反りを持った、鈍い輝きを放つそれを引き抜くと、アリアのほうへ向く。

 その行動は、すなわち「模擬戦にちょいと付き合え」ということ。

 それを見て、アリアは「訓練後で疲れてんだけどぉ?」と文句を垂れながらも笑顔を浮かべると、ひょいひょいと軽い足取りで距離をとってそのまま構える。

 体勢を低く、ラグビーのタックルのような構え。突撃、速攻で一撃を入れることを重視した、超高速の構え。

 対するケイは、手にした木刀を中段に構えた、剣術の基本の構え。空いた左手を胸の位置でキープしたまま、切っ先をアリアに向けて静止。脱力しながらも、攻防どちらにでも転化できる、彼なりの構え。

 そんな二人を見て、仕方ないなぁという表情を浮かべながらミレイは二人の間に立つと、そのままゆっくり手を上げる。

 

「模擬戦――はじめ」

「「――ッ!!」」

 

 ミレイの一言から、双方がほぼ同時に飛び出す。そして、中央で火花を散らしてぶつかり合った。

 

 

 

――同日

 地球、某県、海鳴市。

 本当にここでいいのかと、ミハエル=ホーソーンははなはだ疑問を抱いていた。

 集合場所に指定された海鳴海浜公園。そこの、いちばん海が近い広場。そして、集合時間は午後三時半。しかし、その集合時間の五分前になっても、『ほかのメンバー』は誰一人として姿を見せていなかった。

 勿論、集合時間の三十分前ほどに来たミハエル自身もなんとなく早すぎたかと、いまさらながら後悔していた。しかし、五分前になっても来ないのはどういうことなのかと、若干ながらイラついていた。

 ベンチに座って考え込む。集合時間になっても来ないほかのメンバーのことではなく、今日集められた意味だ。

 所長から伝えられたのは、集合場所と集合時間。そして長期間出張用の荷物を持ってくるように、とのことだった。

 集合時間と場所はともかく、長期出張用の荷物を持って来い、ということに関してはかなり疑問だ。疑問点と同時に、嫌な予感も感じていた。

 

「ミハエルさん、早いっすね~」

 

 そんな風に声をかけてきたのは、ようやく御登場の現所長。春先とはいえまだ冷えるためか、白いスポーツパーカーを身に纏い、左手で大きめのキャリーケースを引っ張って――織村龍吉はようやく登場した。

 彼に続いてくるのは、自分と所属を同じくする尾崎鏡花。和風柄の服にキャリーケース、そしていつも通り竹刀の入った袋を担いでいる。小柄なのにあの大きさの竹刀を振り回せる彼女は、ある意味一番の武闘派だ。

 そして、彼女の後ろからおっくうそうな表情でついてくる、一人の男性の姿があった。若干落ち着いた色の金髪、両耳にピアス。身に纏った服はシルバーのスーツという、どこかヤンチャしていた人がそのままの形で高い地位についてしまった、そんな風貌の男性がついてきていた。

 ミハエル自身、彼のことはよく覚えているしよく知っている。日曜日の礼拝に、隔週で必ず来ている。別にキリスト教徒、というわけではないのに「暇だから」という理由で来ている彼――不知火陽だ。海鳴市の中では「善良なヤンキー」という若干矛盾している肩書を背負った、そんな男性だ。彼は、いつも以上に不機嫌な表情を浮かべ、龍吉の後ろをついてきていた。

 つい最近、陽はミハエルたちが所属しているグループに入ったのだが、来るのは本当に稀だ。

 そんな彼がまさか来るとは思っていなかった。若干驚きながらも、ミハエルはぎりぎりに到着した龍吉をひとにらみする。

 龍吉はミハエルに手を振りながら若干苦笑い。鏡花は若干申し訳なさそうな表情。

 それもそうだろう。集合時間にかなりギリギリに来たのだから、当たり前に苦笑気味なのだが、ミハエルが思った以上に早く来ていることにも、驚いていたのだろう。その二人に対して、陽は全く悪びれもしていない。この時間に来るのが当たり前だというような表情だ。

 

「キミたちがギリギリなのだよ。全く――」

「いや、ほんとにすまんて――」

「そんなこと言って、ぎりぎりまで寝てたのは誰だったか、ねぇ?」

「ちょ、陽てめぇ――!?」

 

 わいわいと、いつもの事務所での会話が繰り広げられる。しかし、その会話も鏡花の咳払いで静まる。

 ふぅ、と龍吉が一息ついて、ポケットから何か小さな金属を取り出した。

 取り出されたのは、六角形の金属の何かだ。中央に青色の宝石が埋め込まれており、その周囲を囲むようにアルファベットのように見える見たことのない文字が刻まれていた。

 それを地面の上に置き、中央の宝石を押す。すると、その金属は各辺のパーツが分離して広がり、青い光を空へ放ちだす。

 

「これで、向こうがちゃんと設定してくれていれば隊舎の前に転移できる――はず」

「こんなんで本当に行けるのだろうね?」

 

 この物体――昨年の秋ごろに知り合った友人から龍吉が受け取ったものなのだが、使うのは今回が初。そのため、ミハエルはどうしても警戒してしまうのだ。仕方ないといえば仕方ない。しかし、龍吉もそのことは重々承知しているようで、渡された取扱説明書をゆっくり読みながら一つ一つ手順を進めていく。

 

『使用者認証、確認。使用者、リュウキチ=オリムラ。転移先認証、確認。転移先――ミッドチルダ首都、クラナガン』

「お、これでいいみたいだ」

 

 空へ放っていた光が、青から赤へ、そして黄色、最終的に真紅へと変化していく。それを見た龍吉は、ぐるりと自分の後ろにいる三人に向かって、意気揚々と、高らかに告げた。

 

「これより、出張依頼へと向かう! みんな、準備はいいか!」

 

 

 

――翌々日

 機動六課開設の部隊長挨拶などを終え、はやては大きく息をついてから自分が編成した分隊をもう一度見直していた。

 当初、我ながらうまく戦力を分けられたなと思っていたものの、あの二分隊を組み込んだ結果、若干の偏りが出たかな、と思っていた。

 しかし、この偏りも「若干仕方ないかな」と自分に言い聞かせ、コーヒーをすする。

 そして、もう一度自分がわけた分隊を見直すのだった。

 

機動六課前線第一分隊〝スターズ〟

隊長 高町なのは一等空尉

副長 ヴィータ二等空尉

隊員 スバル=ナカジマ二等陸士

同上 ティアナ=ランスター二等陸士

 

機動六課前線第二分隊〝ライトニング〟

隊長 フェイト=T=ハラオウン執務官

副長 シグナム二等空尉

隊員 エリオ=モンディアル三等陸士

隊員 キャロ=ル=ルシエ三等陸士

 

機動六課前線第三分隊〝ブレイズ〟

隊長 ケイ=ミカヅキ二等空尉

副長 ミレイ=カリスタ三等空尉

隊員 ラウラ=ソニア一等陸士

隊員 鈴谷暁一等陸士

 

機動六課第四分隊〝ブロッサム〟

隊長 織村龍吉

副長 ミハエル=ホーソーン

隊員 不知火陽

隊員 尾崎鏡花

 

 




 感想、ご意見、こんなキャラ出してほしいなどなど、お待ちしております故!


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StS02:烈火と不抜、星光と流星

 ネット回線が部屋に通るまで、ネカフェから更新をかけているYuinoです。

 ストライカーズ編第二話、そして第三話第四話は、みんな大好き模擬戦回です。

 それでは、お楽しみあれ!

(2018/4/3 加筆修正)


――四月上旬

 

 機動六課が設立されて、早くも二週間が経過した。

 前線分隊、スターズとライトニングの新人たち――スバル、ティアナ、エリオ、キャロの四人は、基礎訓練やチームでのコンビネーション訓練を毎日続け、徐々に形になりつつあった。

 そして、同じようにブレイズの四人――ケイ、ミレイ、ラウラ、暁の四人と、ブロッサムの四人――龍吉、ミハエル、鏡花、陽の四人も、同じように訓練を続けていた。

 そしてある日、教導官として訓練を受け持っているなのはから、思わぬ言葉が飛び出した。

 

『今日は、各分隊のメンバーの実力を知るために、数回模擬戦を行います』

 

 行われる模擬戦は、スターズ、ライトニングの隊長及び副隊長対ブレイズ、ブロッサムの代表。スターズとライトニングの新人四人対ブレイズのラウラと暁のコンビである。上記に関しては、人数はうまく合わせるとのことである。

 そして、最終的に決定した模擬戦の組み合わせは、以下のとおりである。

 

 一、シグナム対ケイ

 二、なのは対ミレイ

 三、新人フォワード4人対ラウラ、暁

 四、ヴィータ対陽

 五、フェイト対龍吉

 

 

 

――海上訓練施設第一ポイント

 

 本物の無茶ぶりが来てしまったのではないか。そんなことを、彼は思っていた。

 なのは監修の訓練施設の一角。廃ビルの上に立って潮風を受けながら、彼――ケイ=ミカヅキは大きく深呼吸した。

 そして、そのまま正面の廃ビルに建つ、烈火を背負う騎士――シグナムへと視線を向ける。

 彼女は既にバリアジャケット、もとい騎士甲冑を身に纏っており、完全な臨戦態勢にあった。まだ彼女の愛剣レヴァンティンに手はかけていないものの、不用意に接近すれば一瞬で斬り伏せられてしまいそうな、そんな雰囲気を持っていた。

 ごくり、と生唾を飲み込み、ケイは何とか言葉をひねり出す。

 

「まさか、あの烈火の将とこうやって刀を交えられるなんて、夢のようです」

「こちらこそ、噂の『不抜の剣士』と戦えるなんてな。思ってもみなかった。是非とも、キミに刀を抜かせてみたくてね」

 

 彼女から発せられた言葉。

 不抜の剣士。その言葉を受けて、思わず苦笑いを浮かべながら、彼はゆっくりと言葉を紡いだ。

 いつの日かそう名付けられた、彼の渾名。帯刀しているにもかかわらず、まったく抜刀せず、自らの体術と納刀したままの打撃だけで状況を制圧、あまつさえサポート魔法のほとんどを習得し、前衛でも後衛でも活躍できる、そんな彼を称えてなのか、皮肉ってなのか名付けられた『不抜の剣士』。

 

「それは光栄ですね。でも、僕は自分の信念を曲げません――(おぼろ)、起動」

-御意に-

 

 ずわぁっ、と蒼白色の光が立ち上る。そして、立ち上る光が消えた後には、彼の服装はバリアジャケットに切り替わっていた。

 黒のジャケットに赤いインナー、黒のスラックス。まさに「黒スーツの侍」というような風貌へと変化したケイは、鞘に納まったままの刀を腰のあたりに添えて、構える。

 純粋なまでの居合の構え。腰を落とし、柄に手をかけていつでも抜ける状態。

 しかし、彼は絶対に()()()()()()()()()()。ゆえに、彼は――

 

『模擬戦、開始っ』

「「――っ!!」」

 

 遠くから聞こえてくる、なのはの模擬戦開始のアナウンス。それと同時にシグナムは愛剣(レヴァンティン)を抜き放ち、その身に魔力をまとわせて一気に突貫。

 そんな彼女を見て、ケイはその場で構え直す。改めて柄に手を添えて正面を見据え――

 

「せあぁぁぁっ!!」

「しっ!」

 

 シグナムの上段斬りを、鞘に()()()()()()()の直刀で受け止める!

 ケイが放ったそれは、居合の構えから放たれる攻性防御。攻撃を受け流し、振り抜いた勢いそのまま回転しながら打撃する!

 思わぬ防御方法に驚きながらも、シグナムは放たれた右斜め上方からの打撃を鞘で受け止め、そのまま鍔迫り合いに持ち込んでいく。

 

「はっ。不抜の剣士とは恐れ入ったよ! まさか本当に()()()とはな!」

「これが、今の自分の戦闘型式ですので。しかし、それでもひやりとしましたよ。貴女の剣速、さすがに肝が冷えました」

 

 彼の頬をつぅっと伝う汗。受け流したと思った一撃は、彼の頬を確実に捉えていた。非殺傷設定あるが故、出血などはしていないが、剣先が頬を掠めていった跡がはっきりと残っていた。

 今の一瞬で、ケイは察する。彼女とまともに剣劇を繰り広げていては、今の抜かないままでは確実に負ける。

 かといって、彼は無論信念を曲げる気は毛頭無い。だからこそ、一度シグナムとの撃ち合いを抜け出すと二歩、三歩と下がり距離をとる。

 同じく、シグナムも何かを察していた。

 『不抜の剣士』と呼ばれる所以が今の攻防であるなら、彼の実力は理解できた。しかし、これで彼が教導官、そして自分と同じレベルの剣士であるはずがない。

 

「はぁぁぁっ!」

「せぇぇっ!」

 

 再び両者近接。シグナムは上段から、ケイは居合いを皮切りに撃ち合いが始まる。

 シグナムが連撃を放てば、それの全てをケイが防ぎ切り、その一つ一つの中に細かい反撃を加えていく。

 まさに一進一退の攻防を交わしながら、瞬間斬り返してシグナムが距離を取る。そして、一度レヴァンティンを鞘に納め――

 

「レヴァンティン!」

-Schlange from!-

 

 勢いよく引き抜き、その蛇腹刃を以てケイの周辺の空間を制圧していく。

 レヴァンティンの形態変化のひとつ『シュランゲフォルム』。通常時の剣状態『シュベルトフォルム』を、近距離対応形態とするならば、『シュランゲフォルム』は中距離対応形態。攻防一体型の形態である。

 

「はぁぁぁっ!!」

 

 魔力を纏った伸縮する刃が、まるで意思を持ったかのように空間を飛翔しケイへ迫る。ケイは、その攻撃に対応すべく再びその刀そのものに魔力を込め、フルスイング。

 バジンッ、と何かが弾けたような音が響き、蛇腹刃は軌道を逸らされていく。

 一瞬だけ生まれた空間。それは、シグナムへの特攻ルート。そこへめがけて、敬は一歩踏み出して――後方から飛んできた刃を回避するために身体を反らす。

 思わぬ方向から飛んできた攻撃の軌道を見て、ケイは愕然とする。

 

「まさか、これは――!?」

 

 ケイを中心として、周囲を高速で移動する蛇腹刃。その先にいたのは、剣の柄を思い切り振りあげたシグナムの姿!

 

「中距離斬撃――いや、砲撃系統か!?」

「せぇぇぇっ!!」

 

 ケイの周辺の地面を切り抉り、土煙を巻き上げながらシグナムのもとへ戻っていく蛇腹刃。巻き上げた土煙は目くらまし。彼女の頭上へそのすべてが戻っていったとき、その刃すべてに魔力がまとわれていく。

 特大火力が飛んでくる。迎撃対象が見えない状態ながらそれを一瞬で判断したケイは、その場で先ほどと同じ防御の構えをとる。それでどれだけ今から飛んでくる攻撃を受け流せるか、分かっている。

 

(受け流せて二割。ミスったら直撃か――だったら)

 

 その場で構え、大きく深呼吸。そして、足元に魔方陣を展開する。

 その方陣はミッド式の魔法陣。一気に魔法をくみ上げ、編んだ魔法を自らの愛刀に纏わせる。そして――

 

「飛龍――一閃!」

護刀(まもりがたな)、一ノ型――颯天(はやて)!」

 

 放たれるシグナムの砲撃。それに合わせるようにしてケイも一撃を放つ。

 砲撃と打撃。二つがぶつかり合い、()()()()()()()したのと同時に爆風が周囲に吹き荒れる。

 爆風がやんだ時には、再びシグナムとケイは互いの剣を撃ち合わせていた。互いの表情は、完璧なほどの笑顔だった。

 

「ははっ。すごいな君の剣戟! 魔力を纏わせただけの攻撃で、私の飛龍一閃を吹き飛ばすなんて!!」

「吹き飛ばしたというより、攻撃無効化範囲を作り出しただけなんですけどねっ!」

 

 どこか嬉しそうに話すケイとシグナム。剣戟を合わせる速度は、徐々に徐々に加速していく。剣速はいつしか高速を超え、ほぼ直感での攻撃と防御を繰り返す、まさに神速の攻防へと昇華していた。

 何度目かの打ち合いを経て、ケイが先に一歩引く。額には珠のような汗がいくつも浮かんでおり、今にも膝をつきそうな状態だ。

 それに対し、シグナムは至って平静。むしろ、楽しさでテンションが最高潮に達しているような状態だった。笑顔を浮かべながらレヴァンティンを構える。

 

「さぁ、さぁ! 次のキミの一撃を見せてくれ!」

 

 そんなことを言いながら、シグナムは一気にケイとの距離を詰める。体勢を立て直し切れていないケイは、そのままの状態で彼女の大上段からの一撃を受け止める。バゴンッ、と地面に巨大なヒビが入り、衝撃波が周囲をモノを吹き飛ばしていく。

 徐々に体勢を崩されていく中、ケイは自問する。

 抜くか、否かと。

 

(抜けば、きっと()()()カタが付く。でも、抜くまでの時間零コンマ数秒を稼げるか、そこが問題だな)

 

 超高速の連撃が飛んでくる。そのうち一発を受け止め、二つ目を受け流す。そして、再び撃ち合いながら思案する。

 上段からの攻撃を防ぎ、下段からの斬り上げを回避し、左右の連撃を受け流す。彼女の隙間を縫いながら、打突を一つずつ叩き込んでいく。しかし、シグナムはそれらのすべてを見切っているかのように防御、回避していく。

 

(時間――か。そんなモン、作ればいい話!!)

 

 そう結論付けたケイは、もう一度思い切りシグナムの攻撃に対して全力で打ち込んでいく。

 瞬間、鋭い音が響いてシグナムとケイの距離が開いた。

 距離にして三メートルにも満たない。シグナム側のノックバックも小さく、すでに体勢を立て直し、逆に仕掛けてきている。しかし、この僅かな距離、一瞬開いた間。ケイにとっては、訪れたたった一度の好機!

 

(狙え――!)

 

 素早く刀を腰だめに構える。構えの型は居合。全魔力を右腕から刀に流し込み、それをすべて一つの太刀へイメージする。

 イメージするのは高速の剣閃。相手にソレを視認する時間すら与えず、一瞬にして相手を倒し伏せる神速の一撃。三日月流の剣術の基本が『護りの刀』と言えど、その中でも極めたものが放てば音速を超える最強の防御(攻撃)となる。

 キッと、真正面からまっすぐ突っ込んでくるシグナムを見据えて、ゆっくりとその手を刀の柄にかける。

 狙いは一点。

 

「紫電――」

 

 まっすぐに、ただまっすぐに振り下ろされる灼熱の剣。それを見据えたまま、ケイは手にかけた柄を握る力を強める。そして――!

 

「一閃!」

護刀(まもりがたな)、撃ノ型――舞姫!」

 

 模擬戦が開始されて数十分。今まで抜き放たれなかった刀が、今、ようやく抜き放たれた。

 その光景は、シグナムにとってスローモーションに見えるような光景だった。音速以上の速度で抜き放たれたはずの刀は、ゆっくりとレヴァンティンの刀身に当たってからそれをゆっくりと押し退けるように弾くと、そのまま降り抜き、返す刀で斬り上げる。まっすぐに放たれ、そして斬り返された刀の挙動はまるで舞台にて舞う巫女のよう。

 カキィンッと乾いた音が響き、シグナムが放った紫電一閃が綺麗に打ち消され、レヴァンティンそのものも空中へと舞っていく。

 一瞬の間に自らの相棒を失ったシグナムは、その間だけ呆然としてしまうがすぐに状況に気が付き、とっさの判断で身体強化、一気に後退しようとするも――

 

「これで、詰みです」

 

 すっ、と首元に突き付けられる鈍色の刀。ぴたりと合わせられた刃を見て、シグナムは思わずため息をついた。

 今、目の前で対峙している青年。すさまじい量の汗をかき、肩で息をしている。疲れ切った表情ながら、その表情はどこか楽しそうなものだった。こうして敗北した自分がいるというのに、自分もまた、嬉しい表情をしているのだとどことなく理解していた。

 

「降参だ。しかし、次は負けんぞ?」

「ははっ、お手柔らかに……」

 

 敗北したというのにどこかすっきりした表情のシグナムと、勝利したはずなのに消耗しきって疲れ切った表情のケイ。互いに対照的な表情を浮かべて、このフィールドでの模擬戦は終了した。

 

 

 

――海上訓練施設第二ポイント

 

 シグナムとケイの模擬戦が開始した時間とほぼ同じ時刻。模擬戦開始のアナウンスをしたなのはもまた模擬戦の準備をしていた。

 いつもの真白なバリアジャケット。右手には相棒を携え、すでに戦闘準備万端といった状態だ。

 なのはと対峙する彼女――ミレイ=カリスタもまた、戦闘準備を整えていた。

 灰色の体が丸ごと隠れるような大きなマントで身を包み、その挙動の全てを隠しているかのような、そんな感じだった。

 

「それじゃぁ、始めよっかミレイさん」

「ミレイ、でいいよ。さん付けとか、あんまりなれないから」

 

 ちゃき、となのはがレイジングハートを構える。それに合わせるように、ミレイもまた、マント越しでごそり、と何かを構えた。

 ややあってから、なのはがカウントダウンモジュールを空中に展開される。表記される数字は、まず10から。

 9。なのはが一歩、踏み出す。

 8。ミレイが半歩、右足を引く。

 7。なのはがレイジングハートを握りなおす。

 6,5,4と、徐々に数字が小さくなっていく。緊迫した十秒間だが、なのはもミレイもまっすぐにお互いを睨んでいた。

 3,2,1とカウントされ、そして――

 

「アクセル!」

 

 ゼロカウントの合図とほぼ同時に、なのはが先制のアクセルシューターを撃ち放つ! 縦横無尽に動き回る魔力弾がミレイの周囲から時間差で迫る。

 対するミレイはそれらへと視線を素早く移動させ、マントの奥から右手をふるう!

 

「フェル!」

-All right!-

 

 キィィィ、と高い音が響き、ミレイの両手に魔力が灯る。その色は紫。暗闇の中でほのかに灯る炎のように揺らめくそれを構え――

 

「はあぁっ!」

 

 後方から最速で迫っていた魔力弾一発を叩き落し、そこからまるで舞踏のように、流れるようなモーションでシューターすべてを叩き落していった。

 斜め下方からの多段射撃も、前方から幾重にも重ねたフェイントの果ての一発も、そのすべてが叩き落されていく。

 しかし、それを見てもなのはは怯む様子を見せない。

 追撃のシューターを生成し、波状攻撃を仕掛ける。再びそれをすべて撃ち落とすと、先の攻撃が様子見と言わせるような数の魔力弾が彼女の周囲に浮遊する。

 まるで移動砲台。そんな表現が似合うなぁとか思いながら、ミレイはもう一度両手に魔力を灯し――

 

「反撃、するしかないかな――?」

 

 パァンッ、と手を打ち鳴らす。すると、彼女の周囲になのはと同じように魔力弾が複数生成される。そして――

 

「はぁぁっ!」

「シュートッ!!」

 

 なのはの周囲のシューターが放たれると同時に、ミレイもまた両手を動かし、周囲に形成した魔力弾を固定から解き放つ。それぞれが独特、特異とも取れる軌道を描きながら、なのはのアクセルシューターに着弾、相殺させていく。

 しかし、そこで相殺させられても怯まないのがエースオブエース。高町なのはという人物なのだろう。素早く空中へ跳び上がると、高度を一気に上げて魔力球を展開、一気に圧縮させていく。その圧縮率は、先ほどから連射していたアクセルシューターの比ではない。

 それを一目見て、ミレイは察した。

 向けられた巨大な魔力球。

 今まで見てきた、経験してきた中で、一番の魔力圧縮率。

 それは、なのはの十八番。

 

「│砲撃《バスター》――!?」

 

 察してからミレイは動きは早かった。バックステップでもう一度場所を位置取ると、もう一度手を打ち鳴らしてその手に魔力を灯す。

 

「ふうぅぅぅ――」

 

 長い呼吸共に、左手を広げて前へ、右手で拳を作り引く。そんな独特な構えを取ったミレイは、掌に魔力球を生み出し、ゆっくりと、確実に収束させていく。

 一つ、二つと魔力球に術式のリングが形成されていく。ミッド式の魔法式をベースとしたその術式リングは、二つ展開されたのちに急速回転していく。

 高速圧縮されていく魔力を見て、なのははその魔法が砲撃系統であると一瞬で理解する。しかし、理解して尚なのはは笑顔を浮かべたまま、砲先を構える。

 彼女もまた、心の中では強い人と戦いたいという気持ちがある。だからこそ、彼女は逃げずにまっすぐ、彼女に砲を向け――

 

「ディバイン――バスター!!」

「バーストッ!!」

 

 桃色の砲撃と、真紅の砲撃がぶつかり合う!

 超高速圧縮されたなのはの砲撃と、ほぼ抜き打ち同然で放ったミレイの砲撃。もちろん、威力はなのはの方が数段上。あっという間にミレイの砲撃は打ち消されていき、爆発と共に彼女は上空へと吹き飛んでいく。

 吹き飛んだミレイを追撃せんと、なのはは再び砲撃の体制を作り上げる。魔力を収束させ、その砲先をミレイに向けなおし――思わず驚いた表情を浮かべてしまう。

 わずかに回転しながら宙へ吹き飛んだミレイ。その右手には、先ほどと同じ魔力球。真紅の光の尾を引きながら、魔力を圧縮していく。そして――

 

流星落とし(メテオストライク)ッ!!」

「ディバインッ、バスター!!」

 

 再び双方の砲撃がぶつかり合う!

 先ほどとは状況が逆。ほぼフルチャージしたミレイの砲撃と、抜き打ち同然のなのはの砲撃。はたから見れば確実にミレイのほうが有利に見えるが、それでもなのはの砲撃の技術は圧倒的だった。

 抜き打ち同然の砲撃でも、その魔力収束の技術は天性のもの。空間に散った魔力を吸収していきながら、抜き打ちの威力から徐々に完全収束状態の砲撃へと威力を上げていく。

 そして、最終的には先ほどと同じように、ミレイの砲撃を消滅させて彼女ごと飲み込んでいった。

 

 

 

 無論、このなのは対ミレイの模擬戦はミレイの敗北で終了した。

 しかし、なのははこの模擬戦の結果をほとんど予想していなかったのだ。

 何せ、記録上空戦B+の彼女が、射砲撃戦で自分と互角に渡り合うとは予想だにしていなかった。それに、彼女はポジション的に言えばフルバック。最後衛だ。いくら彼女自身が理想とするフルバックが「味方のサポートをしつつ、隙があれば射撃魔法で牽制を入れられる存在」とはいえど、彼女はある意味「出来過ぎ」なほどだった。

 

(ミレイさん、やっぱり何かまだ隠しているんだろうなぁ)

 

 そんな風に思いながら、彼女との模擬戦をやってよかったなと思っているなのはだった。

 もちろん、ミレイからすれば、なのはとの模擬戦は本当の無茶ぶりでまいっちゃう、といったところだったのだが、それはまた別の話。



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StS03:新人と暴れ馬と、手綱を握る騎手

 最近、季節の変わり目のせいか調子を崩しつつあるYuinoです。

 どうも、模擬戦回二回目です。模擬戦とはいえど、個人的なこだわりで最後までバトらせてません(オイコラ

 とにもかくにも、どうぞ!


 やや時間をあけ、、フィールドを元通りにしてから次の模擬戦。新人フォワード四人とラウラ、暁コンビの二人の模擬戦が開始されようとしていた。

 とはいえども、開始までの十分間弱、双方に作戦会議の時間が与えられており、それぞれが真剣に会議に打ち込んでいた――はずなのだが……

 

 

 

「面倒くさいから私の完全解除(フルドライブ)で決めちゃっていい?」

「却下。そもそも、この模擬戦の意味合い、暁覚えてる?」

「ううん、忘れたし、聞いてないし、聴いてたとしても覚える気もない」

「んなこったろうと思った……」

 

 ため息一つを虚空についた。

 彼女――鈴谷暁と、彼女の手綱を握る僕――ラウラ=ソニアがやる模擬戦の際の作戦会議は毎回こんな感じにスタートする。

 彼女が「面倒だから一瞬で決めたい」と言えば僕がノーサインを出し、僕が勝手に作戦を考えれば彼女が文句を言う。場所が変わっても変わらない感覚に、なんとなく安堵を気持ちを持ちながらも、内心僕は焦っていた。

 一応、この模擬戦の意味合いは「各分隊の現状の実力を各自が知るため」となっているけど、相手側はもちろん、全力でぶつかってくる。勿論、こっちだってそれ相応の対応をしないといけないのだけれど、そうも言ってられない状況にあった。

 何せ戦力差は単純に二倍。個人技だけでいえばある程度優っているものの、四人もそれなりに連携を取ってくるだろうと予測すれば、その優位もほぼゼロに等しいし、それ以上に劣勢だ。

 ううむ、と考え込んでみると、暁が「全く、しょうがないなぁ」という表情を浮かべながらモニターをいくつか出し、そこにぱぱぱっと何か打ち込んでいく。

 

「まずはさ、相手の出方を見る方向?」

「まぁ、それもいいけれど……」

 

 そんな風に僕が言うと、彼女は「煮詰まってるみたいだし、たまには私も何か案を出さないとね」と言ってニコリとほほ笑む。

 何を言っているんだこいつ、とか思いながらも、僕はその案に乗っていくつか試作案を出しながら、即行で作戦案を作り出していく。

 作り出した案を見て、暁は思わず驚いたような表情を浮かべるも、すぐさまにやっと意地悪な笑みを浮かべた。

 

「いいの? これやっちゃって。ギリギリまで隠しときたかったんじゃないの?」

「ギリギリまで隠すよ? でも、最終的にはこれを使って仕留める」

 

 腰から相棒――初風を取ってカートリッジホルダーをはめ込む。その動きを見て、暁もすぐそばに立てかけてあった相棒(ジェイソン)を手に取り、くるくるっと体に絡ませるように回してから肩にかける。

 こんな序盤で切り札を切る羽目になるのかなぁ、とか小さくぼやきながら、腰に下げてある「隊逐駆七一第」と刻まれたシルバータグを叩き、小さくつぶやく。

 

「往くぞ、初風。新天地での初陣、しっかりやろうか」

-そういう貴方こそ、へましないでよね?-

「ははっ、相変わらず手厳しいな」

-こうでも言わないと、貴方本気出さないでしょう?-

 

 何を言うかこのデバイスは。

 そんなことを心の中で思いつつも言葉には出さず、僕はその場で立ち上がり、ばんっ、と手を打ち鳴らして叫ぶ。

 

「さて、行こうか。初風――抜錨」

「それじゃ、始めますかっ。ジェイソン!」

 

 

 

 じり、とフィールドの中央。すでに模擬戦が開始されて五分が経過しようとしていた。

 陣形を整え、ラウラ達二人を迎え撃つためにティアナは思考を巡らせていた。

 ラウラ=ソニア。

 ポジションは中・長距離射撃が得意な人が付くセンターバック。

 デバイスは銃型。戦闘スタイルは不明だけど、一瞬だけ見えた、突撃銃のような形のデバイスから想像するに、自分や「エースオブエース」と同じような「足を止めて射撃」が得意とは考えにくい。

 あるとすれば、高速機動をしながらの射撃。

 彼の相方の鈴谷暁は、ポジションは近接戦闘が得意なフロントアタッカー。

 デバイスは鎌型。こっちも戦闘スタイルは不明だけれど、もといた部隊では「じゃじゃ馬」とか「暴れ馬」とか言われていたらしい。

 そのころから予測できるのは、荒めの近接格闘。

 今現在ある除法からたたき出される、二人のコンビネーションはとりあえず一つ。

 

(高速戦闘。それも、たぶん私たちが予想している以上の速さの)

 

 だから、この布陣を組んだ。

 前衛にはスバルとエリオの近接コンビ。二人で暁の侵攻を食い止め、後ろから飛んでくるであろうラウラの射撃にはティアナの射撃とキャロの召喚トラップで妨害。そんな、単純で予想もしやすい王道な作戦だけど――

 

(それでも、これで行くんだ。今の私たちの力を、見せてやる!)

 

 ぐっ、とデバイスを握る手に力がこもる。再び、周辺の索敵を密にする――瞬間。

 

「三時の方向、距離、三百! 高速で接近する魔力反応あり! これは――」

「おいでなすったわね……スバル、エリオ!」

「オッケーティアナ!」

「了解です!」

 

 キャロから通信のあった方向へ、スバルとエリオは一歩踏み出す。その方向はビルの陰。確かに、その方向からまっすぐ来ていた。

 真黒なローブに身を包み、鎌野先を地面に引きずり、がりがりと金属音を立てながらビルの間を駆け抜けてくる女性――暁がにやっとした表情でまっすぐに突っ込んできていた。

 彼女の先制攻撃を食い止めるべく、スバルとエリオが一歩踏み出した瞬間――

 

斬――撃(シュナイデン)!」

 

 暁が一気に急ブレーキ。魔力を鎌に乗せ、加速した勢いそのままにフルスイング。鎌に乗せた魔力を衝撃波として一気に飛ばす。

 思わぬ攻撃にエリオが足踏みし、攻撃を受け止めるためにスバルが前に出て衝撃波を弾き飛ばす。

 衝撃波を防いだと思った矢先、再び暁が衝撃波を飛ばしてスバルたちを足止めする。瞬間――

 

「プラン通りに行こうか暁」

「りょーかいっ」

 

 スバルとエリオの間を、一陣の風が駆け抜けた。

 駆け抜けた風はの正体はラウラ。その手に相棒(初風)を携え、全速力でまっすぐにティアナたちのほうへと向かっていった。

 

「ティアっ、そっちにラウラさんが行ったよ!」

『分かってる! 若干作戦通りにはいってないけど、それにしても嫌な感じがするわね。気を付けてよ!』

 

 そんな通信をしながら、スバルとエリオは正面に相対する暁へ向き直る。

 ニコニコと笑顔を浮かべたまま、暁は肩に巨鎌を担いでその場に立ったまま。ただ、じっとスバルとエリオを見ているだけ。

 スバルとエリオも、また動かない。

 いや、動けないのだ。

 まるで、地面に足が縫い付けられたかのように。

 これは、殺気。暁が無意識のうちに放っていた殺気――この場合、威圧感というべきか――で、二人の行動を制限していたのだ。

 

「ふぅん――頑丈なアタッカーと高速強襲型のウイングかぁ。これは――」

 

 ぶわっ、と突風と共に魔力を巻き上げて鎌を構える暁。その瞬間、彼女は小さくつぶやいた。

 楽しくなりそうだ、と。

 

「――っ!?」

 

 じりっ、と一瞬だけ後ろに下がったスバルを、彼女は見逃すはずなかった。

 まるで爆発音のような轟音を立てて、暁は一瞬にして自らの必殺距離(キルレンジ)へスバルとエリオを収める。鎌を持つ構えは異質。左手は順手、右手は逆手に持ち、そのまま強引に引きちぎるような格好で、スバルとエリオを同時に攻撃する!

 しかし、その攻撃をひとまず見切ったスバルは、エリオをいったん後ろに下がらせて自慢の防御でガードする。

 

「はぁぁっ!」

 

 暁の攻撃が受け止められたタイミングを狙って、一瞬後ろに下がったエリオが彼女の後ろに回り込みそのまま強襲を仕掛ける。

 背後からの強襲。一瞬攻撃が止まったタイミングならば、これほど有効な攻撃手段はない。

 しかし、この王道な攻め方は、「型破り」を体現する彼女にとってはほぼ通用しない!

 

「あーらよっと!」

 

 受け止められた鎌の柄の部分を地面に突き刺すと、まるでポールダンスのように柄につかまったまま回転。スバルを蹴飛ばし、その流れで空中へ跳び上がり、エリオの背後からの強襲を回避する。

 

「っとと。でも、今ならデバイスは手元にないよね!」

 

 体勢を崩されたものの何とか立て直したスバルは、そのままローラーシューズを思い切り駆動させ、一気に着地した暁へと接近。拳を振りかざして全力で殴りかかる!

 着地した暁は、長い髪を手早く一つにまとめると、その場で構える。そしてスバルの猛攻を一つ一つ捌いていく。

 回避するでもなく、防御するでもなく、その全てを受け流し、捌ききっていた。

 

「よっ、と」

「わわっ!?」

 

 そして、ほんの僅か大振りになったところを大きく受け流し、当て身でスバルとの距離を僅かに開ける。

 一瞬だけ空いた僅かな隙。その瞬間に暁は一気に移動して鎌を回収。自分の死角――斜め後方から突っ込んできていたエリオの突貫も回避し、そのまま大きく後退する。

 とんとんっ、とステップを踏みながら距離を開ける。終始余裕な表情を浮かべる暁は、自分の遥か前方で射撃手同士の戦いを繰り広げている相棒のことを、ほんの少しだけ考えていた。

 

(大丈夫かなぁラウラ。ほんの少しだけ心配だし、早く終わらせて、合流しちゃおっと)

 

 ごうっ、と魔力の風が吹き荒れる。吹き荒れた魔力は全て彼女の鎌に収束されていき、もともと大きかった鎌の刃がさらに巨大化していく。

 ぐぐっ、と力をためるようにして大きく振りかぶる。ゆっくりと瞳を閉じ、ただ眼前の敵を一刀両断するために、暁は集中力全てをこの一刀に注ぎ込む。

 

「大きいのがくるよ、エリオ!」

「了解です、スバルさん!」

 

防御の姿勢を固めるスバルとエリオ。その姿を見て、暁はにやりと口角を上げてさらに魔力を鎌へと収束させ――

 

「モード――死の舞踏(ダンスマカブル)

 

 

 

「シュートっ!!」

 

 天から降り注ぐ無数の橙の弾丸。雨霰のように降りかかるそれらの隙間を縫うように、少年――ラウラはステップを踏みながらティアナへと接近していた。

 ただ、彼女も簡単に接近を許すはずもなく――

 

「キャロ、お願い!!」

「はいっ。フリード!!」

 

 ティアナの射撃と組み合わせ、キャロのそばを飛んでいた飛龍――フリードが連続して火球を放つ。射撃の隙間を埋めるように放たれた火球。目の前からまるで壁のように迫るそれを見て、ラウラは思わず足を止めるが。

 

「初風、フルロード!」

-了解!-

 

 空になった弾倉を投げ捨て、新しい弾倉をはめ込むとそのままバックステップ。体を空中に浮かせたまま、トリガーを引く!。

 猛烈な勢いでバラ撒かれていく極小の魔力弾丸。橙の魔力弾と火球とぶつかり合い、火花を散らしながら一気に霧散していく。

 霧散した魔力の霧の中を、ラウラは一気に駆け抜けていく。

 たんたんっ、とステップしながらティアナの死角へ入ると、再びトリガーを短く三度弾く。

 放たれたのは三点バーストの三連撃。ダダダンッ、と九つの弾丸が、空間を薙ぐ剣のように斜めに放たれる。

 ティアナはそれをステップと体をひねることで回避して再び射撃の態勢に入る。

 

「クロスファイア――」

「錬鉄召喚――」

 

 ティアナは自分の周りに魔力球を四つ展開。自分が一番得意としていて、だからこそ一番自信があって一番威力があるこれを選択し、まっすぐにラウラへと狙いを定める。

 キャロは魔法陣を複数展開し、いつでもラウラを囲えるように錬鉄召喚の準備を進めていく。

 

「初風、行くぞ」

-もちろん。やるわよ!-

 

 彼女たちの目の前にいるラウラも、攻撃の準備を整えていた。

 目の前から飛んでくるのは高火力の射撃と周囲から取り囲むように来るであろう鎖の雨。だから、彼もまたトリガーに指をかけたまま、その銃口をまっすぐにティアナに向ける。

 そして――

 

「シュート!!」

「アルケミックチェーン!」

 

 一手先に、ティアナたちが自らの引き金を引いた。先んじて放たれた橙の弾丸が雨のように、召喚された魔力の鉄鎖が波打つように、それぞれ勢いよくラウラへと迫る。

 それをじっと見つめたまま、ラウラはトリガーへ指をかけなおし――叫んだ。

 

「艤装、着装。陽炎型駆逐艦――初風」

 

 

 

 数十分後、模擬戦は終了し、再びフィールドを直す作業になのはは入っていた。

もちろん、先ほどの模擬戦の映像をもう一度見返しながらだ。

 新人フォワードの戦いぶりも悪くはなかった。最終的に四対二の状態に直していたし、コンビネーションもなかなか良かった。しかし、それ以上というべきだったのだ。ラウラと暁のコンビネーションと、彼らのおそらく本当の戦闘形態が、フォワードの四人を圧倒していたのだ。

 

「この子達、なんで陸士止まりなの? 実力だけで言えば陸尉に上がっていてもいいくらいなのに……」

「そんなの、単純な話っすよ」

 

 なのはのつぶやきに割って入ってきたのは一番最初に模擬戦を終えたケイだった。服装は最初来ていたジャージではなく、なんと真紅の着物。正確には戦羽織を身にまとって着ていたのだ。

 その姿を見て、思わずなのはは「彼」のことを思い出してしまう。はやてと話して、どうしてもこの部隊に入れてあげたかったけど、どうにも連絡のつかなかった彼。何となく、彼の姿が「彼」と被って見えてしまっていた。

 首を振ってそれを振り払うと、ケイの言葉に耳をかす。

 

「単純な話って、どういうこと?」

「単純も単純っすよ。あいつら、昇進意欲がまるで無いですもん」

「昇進意欲が……あぁ、なるほど。でも、魔導師ランクは? あの子たち、書類上B+でしょ? あの実力があれば、Aランクは楽勝なんじゃ……?」

 

 無理っすよ、というようにケイは首を振る。

 

「実力があっても、たぶんAランク昇格試験はどうにもならないっす。今回の模擬戦、暁のほうが落ち着いていたからいいものの、あいつのギアが完全に入っちゃったら多分チーム一策略家なラウラでも苦労しますぜ」

 

 その言葉を聞いて、なのはは理解した。

 鈴谷暁も、ラウラ=ソニア。この二人は、おそらく実力的にも、本性的にもまだ底を見せていないということ。それを改めて理解したなのはは、彼らがもともと所属していた部隊のアンジュ=クロッサから聞いていた言葉を思い出した。

 

(暁ちゃんは暴れ馬、それを乗りこなす騎手がラウラ君、か。でも、そのラウラ君が手綱をひけなくなる時があるって……)

 

 要注意、なのかな。そんなことを思いながら、再びフィールドの再構築作業へと手を伸ばすのだった。




 感想、誤字指摘、、「ちょっと新キャラ考えたんだけど使ってみない?」的なご意見などなど、お待ちしております!


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StS04:鉄槌と劫火、雷神と影虎

 はい、二日おいてさらに更新してみました。

 どうも、Yuinoです。

 これにて模擬戦回は終了となります。

 ということで、どうぞ!


「まさか、アンタとあたしがやりあうことになるなんてなぁ」

「そういう俺も、アンタが俺より年上だなんて思わなかった」

 

 そんな皮肉めいた言葉が飛び交っているこの一戦。ちなみに、ヴィータ隊陽の模擬戦は既に開始され、それから五分以上は経過している。

 しかし、模擬戦開始の合図は陽のこんな一言だった。

 

『なんで、こんなガキンチョが俺の相手なんだ』

 

 それから始められたのは、まさかの舌戦。直情的なことが多いヴィータだがなんとか彼の挑発には乗らず、言葉には言葉で返す戦いを繰り広げていた。

 そんなのが繰り返されて、十分が経とうとしていた。ようやく場の膠着が解け始めたのか、陽がその場で構える。右腕を引き、左腕を真正面に突き出して狙いを定めるように。

 それを見た

 

「言った手前あれだが、正直年下か年上かなんて関係ねぇな。模擬戦の目的は、とりあえず一つだけだ」

「そーだな。なら、見せてみろよ。アンタがここで通用する実力かどうか、見極めてやる」

 

 右手に持ったグラーフアイゼンを構え、陽を迎え撃つ構えを取る。

 ようやく始まる戦い。じり、と両者が足を僅かに滑らせた瞬間――

 

「はぁぁぁっ!」

 

 気合裂帛。地面を思い切り蹴り、ヴィータとの距離を一気に縮めるために陽は駆ける。ただまっすぐに、、一直線に地を駆けていく。

 しかし、無防備に接近を許すほどヴィータも甘くない。空中に鉄球を複数展開し、テニスのワンハンドストロークのように構え、フルスイング!

 

「ぶち抜けぇぇ!!」

 

 五連射を二周。計十発の鉄球が、雨のように陽へと迫る。

 しかし、陽はそれらを一目見てからにやりを笑みを浮かべ――

 

「しゃらくせぇ!!」

 

 両手を打ち合わせ、そこに紫色に燃え上がる焔を灯す。

 陽の異能力「斜陽」。その力は、ただ単純。自分の身体のどこかに炎を灯すというもの。「斜陽」という言葉から、夕方になればなるほどその力は増す。今回は、それの全力発動だ。

 本来、彼のポリシーとしては片手だけに炎を灯して戦うスタイルだが、今回に関してはもう別。本気でやらないと、恐らく太刀打ちできない。それが分かっているから、「斜陽」の全力発動をここで見せたのだ。

 両手に炎を灯してなお、陽は足を止めずそのままヴィータへと突っ込んでいく。

 そして、炎の灯った両手で迫りくる鉄球を、一つ一つ殴って撃ち落としていく!

 

「殴って撃ち落とすのかよ。さすが、武闘派だな!」

「アンタも、物理で殴るタイプだろうよ!!」

 

 ダンッ、と陽が自分の必殺距離(キルレンジ)にヴィータを収める。しかし、彼の必殺距離(キルレンジ)は、等しく彼女の必殺距離(キルレンジ)でもある。

 居合の構えのようにヴィータがグラーフアイゼンを構える。そして――

 

「アイゼン! ロードカートリッジ!」

-Jawohl!-

 

 ガツンっ、と一発。グラーフアイゼンに弾丸がリロードされる。空中に跳ね飛んだから薬莢の甲高い音が響いたと思うと、ハンマーヘッドに魔力が一気に集中していく。

 それを見て、陽は先ほど以上の笑顔を見せる。体を大きくひねりこみ、自分の次の一発への力をさらに込め――

 

「おらぁぁぁっ!!」

「ぜりゃぁっ!」

 

 ヴィータのフルスイングと、陽の左ストレートがぶつかり合い、ほぼ同時に二人ははじけ飛んだ。

 しかし、先に踏みとどまったヴィータが一手先に前へ踏み出し、一気に接近する。上段からの振り下ろし。加速したエネルギーをそのまま威力へつなげる一発を、陽の脳天を狙って叩き込む――

 

「やられ――っかよ!」

 

 弾き飛ばされた陽は、かなり後方に飛ばされながらもなんとか踏みとどまり、上を見る。すでにそこには大上段にグラーフアイゼンを振り上げ、今にも一撃叩き込まんとしているヴィータの姿。

 次の一撃を受けたら確実に沈められる。それを一瞬で理解し、次に自分がどう動くべきか、とっさに脳内に浮かび上がらせる。

 

――受け止める。いや、確実に腕を折られてこっちの負け。

――回避する。これが一番ベター。

――玉砕覚悟のカウンター。タイミングさえ合えばこっちが有利になるが、それはそれで()()()()()()

 

(まぁ、いろいろ考えるんだけどさぁ――)

 

 ぐっ、と拳を握りしめ、再びそこに炎を灯す。そして――

 

「うだうだ考えるのなんか、俺らしくないわなぁ!!」

 

 再び思い切り、その鉄槌に向けて拳を放つ!

 

「結局、迎撃(これ)が一番しっくりくる!」

「やっぱり武闘派ってか!」

 

 バゴンッ、と轟音を立てて、再び二人は弾き飛ばされる。吹き飛ばされた距離は、今度は二人ともほぼ同距離。踏ん張って、再び拳と鉄槌をぶつけ合う。

 上段からの振り下ろしに対して左アッパーで迎撃し、右ストレートを回避して逆袈裟に打ち上げる。それをクロスアームブロックでガードし、打ち上げられたままアームハンマーを叩き込む。

 そんな防御と回避、反撃と迎撃を繰り返して数十度。先に膝をついたのは陽の方だった。いくら対人戦闘(ケンカ)で戦いなれているとはいえ、魔導師戦闘の経験はほぼゼロ。ゆえに、いつも以上に神経を使い、結果的にスタミナを多く消費していたのだ。

 

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ――やるじゃ、ねぇか……」

「ったり、めぇーだ。お前とは、潜ってきた修羅場の数が違うんだよ」

「まぁ、そうだろうな。でもな――」

 

 グラーフアイゼンを肩に担いで陽を見下ろすヴィータ。上から叩きこまれる威圧感に全く怯まず、息も絶え絶えになりながらも陽はその場で立ち上がり、再び拳を構える。

 

「俺は()()をもってここに来たんだ。その覚悟を貫かねぇと、あのバカ野郎に示しがつかねぇんだよ」

 

 ゴウッ、と吹き荒れる熱風。魔力放出とはまた違う()()()。ヴィータはそれを目の当たりにして、思わず冷や汗をかきながらも口角が吊り上がる。

 こいつの本気に、自分の今できる本気を叩き込んでみたい。模擬戦でありながらも、ふとそんなことを思ってしまったのだ。

 まるでシグナムと同じだな。そんな風に思いながら、ヴィータはいったん大きく距離を取ってから再びグラーフアイゼンにカートリッジを装填。その形状を、一点突破型のラケーテンフォルムへと変化させ、ブースターに点火する。

 

「ラケーテン――!!」

「おぉぉおぉぉ!!」

 

 高速で突進してくるヴィータをまっすぐ見据え、陽は右腕に炎を灯し――その形を真紅の槍へと変化させる。

 思い切り腕をひき、槍へと自分の全身全霊をかけて――

 

「ハンマー!!」

「でりゃあぁぁぁ!」

 

 ヴィータの鉄槌(ラケーテンハンマー)と、陽の焔槍(名もなき槍)が轟音を上げてぶつかり合った。

 すぐさま立ち上る土煙。その向こうで、背の高い方の影がゆらりと体を揺らし、そのまま倒れこんだ。ヴィータのハンマーが先に陽の腹部に突き刺さり、彼を一撃で昏倒させたのだ。

 

「あたしの、勝ち、だな……!」

 

 ぐっと握り拳を作り、その場に座り込むヴィータ。今、自分の隣に倒れている陽は、負けたにもかかわらず笑顔を浮かべていた。

 ふぅ、と一息ついてから空を見上げる。

 先に一撃を叩き込み、勝利したヴィータだが、彼女もまたかなりギリギリの勝負だった。ちりちりと焦げ臭い臭いを僅かに立てている髪に触れ、その穂先が掠めた頬に触れる。

 若干火傷したようなヒリヒリした感覚が頬に残る。確実に回避したと思ったが、その穂先はわずかに彼女を捉えていたのだ。

 あの状況で当ててくる技術。自分のハンマーにビビらず撃ちこんでくる度胸。そんな、彼のフロントアタッカーとしての潜在能力に、ヴィータは期待を持っていた。

 

 

 

 ヴィータと陽の模擬戦から数分後。すでにフィールド上には本日最後の模擬戦の相手――フェイトと龍吉がスタンバイしていた。

 

「そういえば、龍吉君と模擬戦するのって初めてだよね」

「そうっすね。俺はいつもあの()()とやりあってたフェイトさんを見てた側なんでね」

 

 そんな皮肉っぽく言う龍吉だが、彼はいつもと変わらぬ表情だ。悪戯っぽい笑みを浮かべながら、手に握っていた黒い外套を身に纏う。

 昔から変わらない、白シャツに黒のスラックス、そして真っ黒い外套(マント)。既に微弱な魔力が纏わされているそれを見て、フェイトもまたバルディッシュを握る手に力がこもる。

 そして、模擬戦開始のカウントが――

 

『模擬戦、はじめっ』

 

 機械音声から、模擬戦開始の合図が鳴り響いた。 

 瞬間、フェイトは思い切り地面を蹴ってジグザグにステップを踏みながら龍吉へと接近していく。接近してくるフェイトをまっすぐ見据えながら、龍吉は逆に大きく後ろにバックステップ。そして指を鳴らし、いつも通りの一言を放つ。

 

「黒虎!」

 

 ぐわぁっ、と龍吉の着ているマントの端が形を変え、鉈のように変化する。そして、龍吉が手を振ると自ら意思を持ったかのように大きく振りかぶり、思い切り振りおろされる。振り下ろされたところにフェイトは既にいないが、そこは大きく陥没し、地面が食い削られたかのように抉り取られていた。

 「羅生黒虎」。龍吉の異能で、攻撃範囲に入ったものは全て消滅させ、空間を抉り取ればその空間から先へ攻撃が一時的に通らなくなる。まさに攻防一体の異能。反応できさえすれば、全ての攻撃を防いで尚且つ反撃が可能な異能だが――

 

「流石に(はや)いけど、これは――!?」

 

 当たらない。龍吉の方も、この数か月でそれなりに鍛えて速度も上がったつもりだったが、、それ以上にフェイトの方が速かった。振り下ろしも、突きも、薙ぎ払いも、その悉くが当たらない。

 龍吉自身も、彼女が速い事くらい理解している。しかし、彼の想像以上に、彼女は速かった。ストップ&ゴーの切り返しや、急停止からの急加速。強引なまでの高速旋回など、前よりも格段に速くなっていた。

 

(さて、どうすっかな。攻撃当たらねえし……)

 

 縦横無尽に動き回るフェイトの視界に捉えながら、影牙の切っ先を左右に動かし狙いを定める。定まらない狙いにやきもきしながら、龍吉は一度影の鉈を引っ込めて両手にその影を纏わせる。

 そして、そのタイミングを見計らってフェイトがバルディッシュを下段に構え、一気に突進してくる!

 接近してくるならどうにかしなくちゃな。そんな風に思いながら、龍吉はその場で構える。

 

「はぁぁっ!」

 

 射程距離に入った瞬間振り上げられるバルディッシュ。それを紙一重で何とか回避すると、再びバックステップで距離を取る。

 距離にして約十数メートル。詰めようとすれば両者ともに一瞬で詰められる距離。たったそれだけの距離を取ると、龍吉は外套をまるで翼のように大きく広げ――

 

「羅生黒虎――地吹雪!」

 

 周囲を抉り取るように、無数の影の弾丸が飛んでいく!

 フェイトはその弾丸を前に、バルディッシュの形状(フォーム)をチェンジ。黄金に輝く大鎌へと変えると、そのまま魔力を刃を思い切りスイングして飛ばし、影の弾丸を叩き落していく。

 

「こいつも退けられるのか……」

「まぁね。だてにオールレンジアタッカー名乗ってないから」

 

 にこり、と笑みを浮かべながらフェイトは言う。それにつられてか龍吉も笑顔を浮かべるが、内心は思い切り焦っていた。

 何しろ今の一発はフェイトにはもちろん、()にも見せていない。それなのに、初見でいきなり対応されてしまった。

 すべての弾丸を撃ち落とし、フェイトは再び龍吉へと接近する。そして射程距離に入った瞬間、龍吉へ得意の至近距離(クロスレンジ)攻撃を連続して叩き込んでいく。

 クロスレンジの連撃を紙一重で何とか回避しながら、再び思考の渦に入り込む龍吉。遠距離も効かなければ自分の最高速度も通用しない。だと、あと見せていないのは()への対抗策として用意した「アレ」のみ。

 

(実戦使用は初だけと、やれるとこまでやってみるか)

 

 フェイトの一発を影の拳で殴り飛ばし、半ば吹っ飛ばされるように距離を取ると、そのまま羅生黒虎をしまい込む。そして、ポケットから小さな水晶玉を取り出し、くるくると手の中で弄びながら握りこむ。そして、自分の左手の甲に一筋傷をつけ、僅かに血を垂らす。垂らした血は指先を伝い、ゆっくりと右手に握りこんだ水晶に落ちていく。

 一滴、二滴、三滴と落ちたのを確認し、ゆっくりと握る手に力を込めた。込めた力は水晶へと注ぎ込まれ、ゆっくりと魔力が圧縮されていく。

 

「あ――――――――っ」

 

 プツリ、と脳内で何かが切れる音が響く。それが自分の右腕の血管の一本が破裂した音。破裂した血管の代わりに生み出されたのは、本来自分の中にあるはずのない一つの「回路」。一本の血管を犠牲にしたことで二本の回路が生まれ、さらに血管を一つ犠牲にしていくことで二つずつ、回路を組み上げていく。

 

「あ、あぁ――あぁぁっ」

 

 崩す。組み上げる。壊す。作り変える。そんな自分を破壊しかねないことを繰り返しながら、自分の右手の水晶への道筋を作り出していく。

 そして、刹那――

 

「――キタ」

 

 ガキンッ、と音が響く。勿論、その音が聞こえたのは龍吉だけだ。

 ただ、その音が完成の合図。その音が、完了の合図。

 合図とともに、右手を開く。

 その右手には既に水晶はなく、あるのは漆黒に輝く魔力球。それが胎動し、彼の右手に纏わりつくと一つの形を作り上げる。

 作り上げた形は、漆黒の籠手。肘の先へ大きく伸びるような形をしたそれを握り返しながら、汗だくの表情で龍吉はニヤリ、と笑みを浮かべ、言う。

 

「展開、完了――羅生羅刹(らしょうらせつ)鎧槌(がいつい)

 

 改めて、龍吉がゆっくりと構える。右手はいつでも殴り掛かることができるような構え。対の左手は、逆に掴みかかることが出来るように軽く開いて構える。独特な構えだが、これが龍吉自身が()対策に作り上げた一つの切り札。

 フェイトは初めて見た彼の構えに警戒しつつも自分の速度を生かして一気に加速、接近して再び自分の射程距離(キルレンジ)に収め――

 

「シッ――!」

「なっ!?」

 

 耳元を掠めた高速の拳撃、その風圧を感じ、思わず通り過ぎて手を着いて土煙を立てながら方向転換。バルディッシュを構えなおして前を見る。

 正面には同じ構えの龍吉。そして全く動いていない左手とゆっくりと引いていく右手。まるで、矢を放つ前、きりきりと引かれていく弓の弦のように元の構えに戻る。

 そして、さらに目を引くのは右腕を覆う籠手。冷たい金属であるはずのそれから、わずかな蒸気を発していた。

 

(まさか、その籠手で拳撃を加速させてる――?)

 

 もう一度見極める必要がある。そう結論付けたフェイトは、再びジグザグに動いて狙いを定めさせないようにして加速。再び射程距離に入る――その寸前に停止し、そこから一気に跳んで至近距離へと迫る!

 その瞬間――

 

「セァ――ッ!」

「くっ!」

 

 シュワァッ、という音を立てて龍吉の腕が丸々飛んでくるように加速。ガギッ、と音を立ててバルディッシュの刃面と拳撃がぶつかり合う。

 まるでロケット砲のような加速と衝撃力を受けながらも、フェイトはそれを受け流す。バランスを崩した龍吉はつんのめって前へ倒れこむ。

 そして、振り向いた先に突き立てられるバルディッシュの切っ先。

 ぐ、と反撃に転じようと龍吉は何か考えるものの――

 

「……やっべ、完全に自爆した」

「その技、もうちょっと調整が必要みたいだね」

 

 そんなことを言いながら、苦笑する龍吉とフェイト。

 さすがに、この状況からの逆転はほぼ不可能。

 それが、模擬戦終了の合図だった。

 こうして、今回の模擬戦の全試合が終了したのだった。

 

 

 

――とある管理外世界

 

「ここじゃあなかったか」

 

 荒涼とした大地を眼下に収めながら、崖の上から彼は言った。

 任務中とはいえ、今日の彼はいつもの服は着ていなかった。

 黒いスーツに赤いマフラー。いつもの和装ではないものの、それでも今の彼にとってはあの服装と同じ、臨戦態勢に入った状態の服装だ。

 彼はとある任務を受けてこの管理外世界を訪れた。その道中で、おそらく戦闘にもなるだろうと想定して最初からこの服装で来たのだが、如何せんその目的のものがここにいなかったし戦闘もなかった。ある意味、骨折り損のなんとやら、というわけだ。

 そのため、さっさと報告書を書いて部屋に帰って寝るために、ここの転送ポイントである崖に来たのだが――

 

「追加任務ででアレを殲滅してくれって、無茶な命令(オーダー)だこと」

「まぁ、そんな無茶無謀命をだしてくるのも、マイスターらしいですけどね……」

 

 そんなことを言いながら、彼の肩に腰掛ける小さなパートナーは言う。

 帰ろうとして崖に転送ポートを作ろうとした少し前。彼の所属している部署の所長が急ぎの用事として伝えてきたとある一件。それが、眼下にてゆらゆらと蠢きながら彼らを見上げる無数の生命体の殲滅任務だ。

 所長によれば、正体も不明で弱点も不明。もともとこの世界にいた魔法生物に何らかの改造を加えて生まれたのがあのアンノウンである、というのが所長の見解。

 わけもわからない目標を殲滅してくれ、というのは彼の所属する部署にはよく舞い込んでくる特別任務だが、ここまで急に来るのは久しぶりだった。

 

「ひとまず、依頼にあった()()を片付けるか」

「了解なのです、マスター」

 

 すっ、と伸ばした手の上に彼女が立つ。瞬間、掌に生まれる魔法陣。円形のミッド式と三角形のベルカ式を組み合わせたような、そんな魔法陣。

 ミッド・ベルカ混合魔法陣「ムゲン式」。それを展開し、ゆっくり目を閉じる。

 そして、彼と彼女は、意識を、呼吸を、テンポを合わせ、静かにその言葉を唱える。

 

「「ユニゾン、イン」」

 

 きぃぃん、と音を響かせて彼女が彼の体の中に入っていく。それと同時に、彼の服装も黒いスーツから桜色の軽甲冑に変化する。右の腰には個性的な形の長剣。ショットガンの柄を剣にそのまま流用し、刀身と柄の間に弾倉をはめ込んだような剣――ガンブレード。それを引き抜くと、空の弾倉に一発一発弾丸を入れていく。

 

「サクラ、数は?」

「敵性反応確認、数は五十。平均魔力反応はAマイナスです。」

「了解。魔力反応の平均はそこそこに高いけど、まぁ、関係ないか」

 

 空弾倉八発に弾を詰めてからそこまで確認すると、助走をつけてから崖を飛び下りる。

 高さにしてだいたい三十メートル強。その間に剣を銃のように構えなおし、トリガーに指をかけて眼下のアンノウンに狙いを定める。そして。

 

「――シュート!」

 

 弾く。剣先に生まれた小さな光弾はトリガーが引かれた瞬間に弾丸と全く同じ速さで飛び、一体のアンノウンの頭部を吹き飛ばす。バシュンッ、と肉が弾けるような音が響き、周囲に赤黒い血液が飛び散る。

 着地してから剣を構えなおし、銃を握るというよりも剣を握るように構える。

 はじけ飛んだ一体を周りのアンノウンは見てから、唸るように吠える。その声は、憎しみを全開まで引き出したような、そんな咆哮。

 吠えたまま口をあんぐりと開け、口内に赤黒い光が灯す。その光は、全て魔力。口内に瞬間的に圧縮されていく魔力を見据え、彼はガンブレードを握りなおし、自らの中にいる少女――サクラへと問いかける。

 

「圧縮率は?」

「現在三十パーセントですけど、撃てますっ」

「ならよろしい。砲門、開けっ」

 

 崖を背にしてガンブレードを大上段に構える。瞬間、聖の足元と正面に作り出される、六芒星のカスミ式の魔法陣。

 二つの魔法陣を足元と正面に展開し、巨大な魔力球が生まれる。

 魔力が回転しながらゆっくりと圧縮していく。圧縮された魔力は、ゆっくりとブレードへと流し込まれ、刀身そのものを覆っていく。

 そして、サクラが言うように彼の目の前に魔法陣で形成された砲門が生まれる。八つの魔法陣を重ねたその砲門は、真正面のアンノウンへと狙いを定める。

 

「アンノウンの砲撃、来ますっ」

「了解。合図と同時にこっちも撃つぞ。用意しておけ、サクラ」

「分かりましたっ」

 

 アンノウンの口内に蓄えられた光がより眩い光を放つ。そして、その光のすべて――四十九の魔力砲撃が一斉に放たれ――

 

「往くぞ、サクラ」

「はいです!」

 

 す、とガンブレードの切っ先を、正面に圧縮された魔力球へ向ける。それが、全ての合図――!

 

「「黒天撃ち砕く桜神砲(レーヴァティン・カノーネ)!!」」

 

 トリガーをひき、桜色の極光が放たれる。それらは、正面から迫る赤黒の砲撃を全て飲み込み、逆にアンノウンを全て消滅させていった。

 極大の砲撃を放った彼――佐々木聖は必要以上の魔力消費に思わず膝をつく。反動でバリアジャケットとしていた軽甲冑もパージされ、サクラとのユニゾンも解除されてしまっていた。

 

「はぁ――はぁ――はぁ――三十パーでもこの出力か。対軍魔法はキツイな。やっぱ、俺向きじゃねえってこれ」

「でも、撃てるだけいいんじゃないですか、マスター?」

「まぁ、そう、だな。うん――」

 

 ばたん、とその場に倒れこんでから一息つき、サクラはサクラで彼の額に腰掛ける。

 ままならないな、この魔法は。そんなことを小さく呟いてから、空を見上げるのだった。




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StS05:ファーストアラート

 すみません、随分と間が空きましたが、何とか私は生きています。
 どうも、Yuinoです

 仕事が忙しかったり、執筆へのモチベーションが上がらなかったりで、ホントに書く速度が上がっていかなかったです。

 とにもかくにも、何とか書き上げましたっ、どうぞ!


――数日後 早朝

 

 模擬戦から数日たったとある日。今日も今日とて、僕――ラウラ=ソニアは森林フィールドを駆け巡っていた。勿論、隣にはある意味迷惑な相棒――鈴谷暁が一緒にいる。

 機動六課に配属となって早数週間。新人含めての訓練はとにもかくにも「厳しい」の一言に尽きる。高町教官の訓練は基礎を大事にしつつ、徐々に応用を教えていくスタイルなだけあって、とにかく序盤である今はものすごく厳しい。だからとて、もちろんサボる訳にはいかないので久しぶりに毎日全力で訓練している。

 なお、新人フォワードの四人は高町教導官の早朝訓練のラスト、シュートイベーションの真っ最中。自分たちブレイズ分隊は、隊を二つに分けての模擬戦中。僕と暁、ケイさんとミレイさんのツーマンセル。二対二(ツーオンツー)とは言えども、ケイさん達のほうが実戦経験が若干上。そのほかいろんな要因があって、ほんの少しだけ押されている。

 まぁ、だからといって――

 

「負ける気はさらさらないんですけどね。暁ッ!」

「りょーかいっ!」

 

 少しだけ先行した暁が、肩に担いだ大鎌を大きく振りかぶってフルスイング。大振り過ぎとも取れるそのスイングで、レイヤーで構築された森林フィールドの木々をなぎ倒していく。放たれたのは、魔力で形成された鎌鼬。それが通り過ぎていった先は、あっという間に障害物のない見通しのいい空間になる。

 

「あ、あらら」

「む――」

 

 その先に見えたのは、いつでもこちらに突っ込んでこれるような体勢を取っているケイさんとミレイさん。自分たちの姿が曝された思わぬ広範囲攻撃に目を丸くしながらも、ミレイさんはすぐさま両手に魔力を灯し、空中に魔力スフィアを複数展開する。

 

「フェル、銃座展開。オートロックオン解除。全照準をマニュアル制御!」

-All right. Gun point set. Auto lock on release. All sight is changed to manual control-

 

 ばばっ、と展開された魔力スフィアが高速回転しながら圧縮していく。その数は約十。しかも、空中にわずかな光がともっていることから、まだ増えると予測される。それを見て、僕は暁に合図を送り、その場に膝をつき構える。

 

「初風、往くぞ」

-了解ッ!-

 

 光を帯びて初風の銃口に小さな魔力スフィアが生まれる。大きく深呼吸して、正面に展開されているミレイさんの魔力球をまっすぐ見据える。そして――

 

「シュート!」

「ファイア!!」

 

 ミレイさんが手をふるい、魔力弾が放たれた瞬間、こちらもトリガーをひく。魔力弾が一斉に放たれ、中間地点辺りで連続して爆散、魔力が霧散していく。

 ミレイさんの無反動連射に追いついて、尚且つそれをさばき切るにはいつもの反応速度じゃ追いつかない。それ以上の反応速度と、あとは狙ってくるところを常に予測して迎撃するだけの演算処理能力。

 もっと速く。もっと正確に。思考することをやめず、予測することをやめず。常に頭の中を動かしまくって考える。

 視界の端に映ったのは、少し離れたところで蒼白と漆黒の魔力光が弾けているところ。恐らく、迂回した暁とケイが至近距離(クロスレンジ)戦が始まったのだろう。そんなところを考えながら、再びミレイさんの射砲撃を迎撃していくのだった。

 

 

 

――同日 聖王教会

 

 新人フォワードたちの訓練を見学してから、はやては聖王教会に足を運んでいた。

 旧知の仲、とは少々言いにくいが、機動六課設立にあたって力を貸してくれたカリム=グラシアのもとを訪れていた。

 呼ばれた件というのが、近日ミッドに運び込まれたレリックと思われる不審貨物と、その存在が正確に確認されたわけではないが新型ガジェットについて。それに局と教会の二組織が連携して対応すべく、お茶を飲みつつ話に来たというわけだ。

 六課も設立してから一か月経って、何とか落ち着いてきているとはいえまだバタバタしている。局との連携もまだしっかりとれるという状態でもなく、聖王教会とも勿論それができるわけでもない。そのため、そういう連携面でもこうやって打ち合わせをしに来たというわけである。

 しかし、カリムはおいといてもはやてのほうがそういう堅苦しい話があまり得意ではないため――

 

「あー、もー、本当こういうの苦手ーっ」

「ふふっ、司令官なはずなのにほんとそう見えないわよね、はやてって」

「仕方ないやろ、それがウチやもん」

 

 椅子に寄りかかってぐだぁ、となるはやてを見て、苦笑しながらカリムは言う。こんな風に話せるのも、二人とも比較的フランクな感じだからだろう。

 そんなとき、ふとカリムの前に展開してあったモニターの一つが開く。画面の向こうには、ショートカットの女性――シャッハの姿があった。

 

『騎士カリム、お客様がお見えになりました』

「ん、意外と早かったのね。通してあげて」

『かしこまりました』

 

 それを機にモニターが消える。きょとんとした表情を浮かべたままのはやてを見てカリムはニコニコと笑顔を浮かべている。

 

「お客様って?」

「はやてはびっくりすると思うよ?」

 

 そんなカリムの言葉を合図にしたかのように、扉がノックされる。

 扉の向こうから響く「失礼します」という、凛と響く声にカリムが答えると、扉が開かれ、はやてがここに来た時と同じ服装――フードを深くかぶった男性が入ってくる。

 彼は、カリムのほうを見てから視線をはやてのほうに向け――そして一つため息をついた。

 

「騎士カリム。確かに御同業が来て話をするから一緒に話をしないか、と誘われてきた身でありますが、まさか八神指令だとは思いもよりませんでした」

「えぇ? 彼女が来ることは一応ルルイナさんに伝えていたはずなのだけれど……?」

「……あんのバカ所長。重要なことはちゃんと伝えろってんだ……」

 

 ぶつくさと文句を言いながら彼はゆっくりと椅子のほうへ向かうと、はやてのほうを見てそのフードを取った。

 

「久しぶりだな、はやて。いや、今は八神指令って言った方がいいか?」

「ちょお……聖君か!? ほんと久しぶりやなあ!」

 

 がたっ、と椅子から立ってはやては彼のもとへ行く。

 会うのは数か月ぶり。

 だけど、ほんの少し大人っぽくなったような気もする彼。

 全体的にほんの少し伸びた髪。前髪は左側に流して左目だけ隠している。今は片方だけ見えているうっすら青っぽい黒目。

 体つきとか、雰囲気とか。ところどころ大人っぽくなっているけど、根本的な飄々とした雰囲気は何も変わっていない。

 そこに、少しだけ大きくなった彼――佐々木聖本人がいた。

 

「あ、あと、別に八神指令なんて呼ばないでええよ。今まで通り、はやてでいいから、な?」

「そうか。それなら、お言葉に甘えさせてもらおうか。あと、カリム。今日は呼んでくれてありがとう」

 

 一礼しながら椅子に座る聖。そんな彼を見て、カリムもまた「こちらこそ、来てくれてありがとう」と礼を言って紅茶を出す。

 出された紅茶を一口飲んでから、聖は先ほどまでの緩い雰囲気から一転。真剣な表情に変化してじっと見る。

 

「んで、今日自分を呼んだ理由とは……?」

「そうね。そろそろ本題に入ろうかしら」

 

 そうカリムが言うと、リモコンのスイッチを一つ押し、先ほどはやてとガジェットやらレリックやらを話した時と同じようにカーテンを全て下ろし、モニターを一つ出す。

 モニターに映し出された画像、映像はひどく不鮮明なものだった。

 荒涼とした丘の上に立つ一人の女性。丘の向こう側には戦乱の最中なのだろうか、いくつもの火が立ち昇っている。

 そして、その女性の後ろに映っているのは、不鮮明とはいえ明らかな死屍累々。そして、その死体の山を築いたであろう、彼女が持つ血に塗られた武具の数々が、少女の周りを浮遊していた。

 その映像を見て、聖は驚いたように立ち上がるとその映像の日付を確認する。

 記されていた日付は、彼がとあるものを探しに管理外世界に出ていた日の翌日だった。

 

「この場所は……」

「貴方が行った場所と同じところよ。第49管理外世界ラクーン。そこの戦乱地帯」

 

 一日早かったのか。そんなことを呟くと、聖はその画像を自分のデータメモリーにコピーしてポケットにしまう。再び椅子に腰かけると、大きく息をついてからモニターを自分の方へ寄せる。

 

「この人は?」

「彼女か。彼女は――」

 

 はやての問いかけに、聖が答えようとした瞬間――

 

「えっ!?」

「まさか……」

「ちょっ、こんなときに!?」

 

 突然鳴り響くアラーム警報。瞬時にモニターに展開される座標。それを見て、聖は小さく呟く。

 

「エイリム山岳地帯。対象は高速で移動中、って。おいおいまじかよ」

 

 がたっ、とそのまま立ち上がってそのまま聖は扉の方へ向かう。はやても通信越しに部隊と話している用だった。

 司令官としてしっかりとした指揮を執っているはやてを後ろ目で見て、聖はふっと小さく笑うとそのままカリムへと話しかける。

 

「騎士カリム。騎士はやてにお伝えください。後ほど、合流しますと」

「えぇ。わかったわ――気を付けてね」

 

 カリムの言葉にただ、手を上げて答えるのみ。聖はそのまま扉を開けて向こうへと消えていった。

 聖王教会の敷地を出た聖は、そのまま彼はただまっすぐに走っていく。通信モニターを開きっぱなしにして、そのまま自分が所属している部署――特別戦略技術研究部へ通信をつなぐ。

 

「所長、ジン、繋げるか?」

『そろそろ来る頃だと思っていたぞ、聖』

 

 モニター越しに響く声は、綺麗なテナーボイス。モニターに映っているのは、端正な出で立ちの男性。既に白銀の甲冑に身を包み、ドックのような場所にいるジン=アームスレインがそこにはいた。

 

「ジン、雪風はもういけるか?」

『っと……残念。まだ最終調整中』

「そうか……なら、エイリム山岳地帯、リニアレールまでの最短ルートを出してくれ」

『その必要はない。何せ、もう()にいるからな』

 

 その言葉を受け、聖は上を見る。

 そこには、聖が所属している部署――SSDRの部隊章である星と鴉のデザインが記されたヘリが滞空している。そして、そのヘリの扉は既に開いており、そこには白甲冑の優男――ジン=アームスレインがいた。

 彼はにこりと笑顔を浮かべると、そのまま梯子を降ろして聖に上がってこいと合図する。そのまま梯子をつかんで一気に上に駆けあがると、ヘリに乗り込む。

 

「現状は?」

「とりあえず、六課のフォワード陣がエイリムのリニアレールに対して先行している。こっちから今出れるのは、俺と聖だけだ」

「おおう、なかなかにそれは人員不足だな」

「うむ。所長は会議中だし、レンとリーナはそれぞれ別件。ヴァルツさんとレインさんは公休。つまり、動ける戦闘向き魔導師は俺たちだけというわけだ」

「ほんと、窓際部署は大変だ……サクラっ」

 

 聖がため息をつきつつも一声上げる。すると、彼のポシェットに隠れていた桜色の髪色の少女が顔を出し、そのまま聖の肩に腰掛ける。

 ワンピースをメインに、要所要所に鎧を取り付けたような軽甲冑に身を包んだ彼女――サクラは、にこりと笑顔を浮かべてから大きく伸びをする。

 

「んん~、マスターっ。あんな狭いところに入れられっぱなしは疲れたんです!」

「はいはい、わーったわーった。とりあえず、ユニゾンだ。コンタクトモードでな。甲冑は今回はいらないから、魔力防御と剣だけでいい」

「りょーかいしましたっ」

 

 明るい声で彼女が告げると、そのまま桜色の光となって聖の胸の中に入っていく。コンタクトモードでのユニゾンの証として、彼の左手人差し指に桜色の宝石――クンツァイトが埋め込まれた指輪がはめられる。

 ユニゾンの具合を確かめるように深呼吸して、体内の魔力を循環させる。

 巡らせた魔力をゆっくりと両手足の魔力回路へ。両手足に回した魔力は、呼吸、血流と共に心臓へ戻り、ゆっくりとリンカーコアを中心にして循環していくのを感じる。

 よし、いける。そう判断した聖は、そのまま体力温存のために瞳を閉じるのだった。

 

 到着まで、あと十分と少々――

 

 

 

 緊張のし過ぎで呼吸が安定しない。

 こんな風に思ったのは、いつ以来だろうかと、キャロは自問していた。

 今までたくさん訓練もしたし、みんなとの連携もきっちりやってきた。

 それでも、自分に対する自信がなかなか持てなくて、余計に緊張してしまう。

 安定しない呼吸をどうにか落ち着かせようと、一度大きく深呼吸する。

 

「すぅ――はぁ――」

 

 吸って、吐いて。吸って、吐いて。

 大きな呼吸を一度、二度と繰り返していったん自分を落ち着かせる。

 そんな自分を見て、心配そうな視線を隣にいた飛竜――フリードが向けていた。くるる、と心配そうな鳴き声も一緒につけて、大丈夫と問いかけるような視線を向けていた。

 大丈夫、大丈夫だよと。そう彼に、そして自分に言い聞かせるようにフリードの頭を撫でてやる。心地よさそうな目を浮かべている彼に笑顔を向けて、自分を落ち着けるようにゆっくりと瞳を閉じる。

 

「不安とか、緊張か?」

 

 そんなときに声をかけてきた一人の男性。赤茶の髪に細っこい体躯。白シャツの上に黒いマントを羽織った彼――龍吉が彼女に小声で問いかけた。

 急に話しかけられたせいで、彼女は「えと、その、あの」とどもってしまう。そんな彼女を見て、龍吉はくすくすと笑いながらくしゃくしゃとキャロの頭を撫でる。

 

「大丈夫だ、とは断言できないけど、キャロ達には俺とあそこのイケメン神父が着く。さっき、なのはさんも言ってたろ? おっかなびっくりじゃなくて、思いっきりやってみよう、って」

「で、でも――」

「心配する気持ちもわかる。でも、ビビってたりして全力だせなかったら、その時こそ後悔するぜ? そうならないように――」

 

 思いっきり、やってみようや。そう彼は言って再び椅子に深く腰掛けるようにして目を閉じる。

 そんな、ビビらずに思い切りやってようと、そう言ってくれた龍吉を、自分の周りにいる仲間たちを信じるように深呼吸すると、キャロはぐっと両手を握って覚悟を決め、小さく呟く。

 

「自分の力に、ビビらない。全力でやろう、フリード」

「きゅくるーっ」

 

 フリードへ笑顔を向けて、キャロは今一度、前を向いた。

 

 到着まで、あと十分――




感想、ご意見、「俺がキャラ考えたから使ってみなさいこの下郎(意訳)」がありましたら、どしどしお待ちしておりますゆえ!


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StS06:星と雷光と桜光

 2017年一発目の投稿となります。

 遅くなりましたが、お楽しみに下さいませ!


――エイリム山岳地帯。輸送リニアレール上空。

 

 数が減らない。減る様子が見えない。

 それが、ガジェットⅡ型に対して空中戦を繰り広げているなのはとフェイトが共通、かつほぼ同時に思った事だった。

 フォワードのみんなより先に出て、二人で空を抑える。その間にフォワードの十二人でリニアレール周辺及び内部ののガジェットを掃討。レリックを回収するという作戦。

 やることはいつもと変わらないし、簡単、用意、とは言い難いが、いつもと同じように油断しなければ全く後れを取ることのない内容のはずだった。

 しかし、あまりにも減らないガジェットⅡ型に、その作戦もなかなかうまくいっていなかった。

 

「アクセル!!」

-Snipe shot!-

 

 展開したアクセルシューターを速度と精度を優先させて放つ。放たれた魔力弾は狙い違わず全てガジェットに直撃し、爆散させる。

 

「バルディッシュ!」

-Yes,sir!-

 

 バルディッシュのフルスイングで放たれた金色の飛刃は、空間ごと薙ぎ払うように旋回し、周辺にいるガジェットを巻き込みながらその全てを切り刻んでいく。

 今の攻撃で、互いに撃墜した数はそろそろ三ケタが見えてきそうなライン。しかし、それでもガジェットはまるで何もない空間から生まれるように、どんどん増えていく。

 

「ほんっとに、多いね今回は!」

「そうだね。でも、なんとかしないとねっ」

 

 空中のガジェットを、なのははアクセルシューターで、フェイトはプラズマランサーで。互いにそれぞれ得意としている射撃魔法で次々と撃ち落としていき、上空へ上がっていく。

 それを追いかけるようにガジェットⅡ型が六機編隊が数組、全く同じ軌道をたどるように追随してくる。

 このまま上がってこい。そう思いながらなのはとフェイトは二人同時にシューターとランサーを展開し――

 

「シュート!」

「ファイア!」

 

 一斉に放ってガジェットを殲滅していく!

 爆散していくガジェット数十機。しかし、煙の向こうから再び()()()のガジェットがなのはたちを追いかけていく。

 二人はアイコンタクトで合図をすると、急降下してそのまま二手に分かれる。分かれた二人を、もちろんガジェットは追いかけていく。

 今回は少し苦労しそうだな。そんな風に思いながら、フェイトは再びプラズマランサーを展開。その穂先をガジェットの群れに向けるのだった。

 

 

 

 同時刻。リニアレール車両

 

「とぉぉりゃぁ!!」

 

 轟音を立ててガジェットⅠ型が粉砕されていく。Ⅰ型を粉砕したスバルは、再び相棒――マッハキャリバーを駆動させて進んでいく。

 思った以上の速度で進んでいくスバルを追いかけていくのは、至極楽しそうな表情を浮かべて走る暁。そして、また別の意味で疲れた表情を浮かべているティアナとラウラ。レリックまで一直線に進んでいるとはいえ、さすがにスバルの速度についていくのはかなり苦労していた。

 それに――

 

「うわぁ、っとと!?」

「バカスバル突っ込み過ぎ!」

「暁、カバー行って。A連携往くよ」

「あいさい!」

 

 突出してⅠ型六機に囲まれかけたスバルを、暁が瞬時に前に出て半数以上を叩き斬る。その間にできた隙に合わせるように、ラウラのピンポイント射撃で一気に殲滅していく。

 しかし、そのわずかな隙に次は暁が四機のガジェットに囲まれる。

 

「スバル、カバー行って! コンビネーションB往くわよ!」

「了解ティアナ!」

「暁、下がって」

「えーっ?」

 

 ラウラの指示で下がったラウラと変わるようにスバルが飛び出る。そして、ティアナの放ったクロスファイアシュートと共にⅠ型四機を一瞬で殲滅していく。

 合計十機のⅠ型を粉砕してから、再びスバルと暁は一気に前進していく。そんな二人を見て、ティアナとラウラはため息をつきながら再び走り出す。

 

「あんな猪突猛進な娘とコンビを組んでいられるね、キミは」

「それ、貴方にも言えることよラウラ。よくあんな真っすぐにしか行けないような娘とコンビ組んでいられるよね?」

「まぁ、腐れ縁みたいなものだよ。キミも、同じような感じなのだろう?」

「まぁ、そうね。ある意味似た者同士なのかもね、私達」

「そう、かな? さて、さっさとあのバカたちに追いつこうかね」

 

 そんな会話を交わしながら、ラウラとティアナは空になったカートリッジを取り替えて再び前を進むバカ二人を追いかける。

 ガジェットを退けていきながら車両を奥へ、奥へと進んでいく。

 そして、ついにレリックがある車両のひとつ前まで辿り着いたとき――

 

-エマージェンシー。下がってくださいマスター-

「えっ!?」

 

 最前衛を走っていたスバルの相棒――マッハキャリバーが知らせた危険信号。最早直感のように大きく後ろに下がると、先ほどまでいた場所に物凄い熱量の何かが突き刺さった。

 突き刺さっているそれは、金属の柄から伸びるエネルギー刃。大熱量のそれは、強化金属で作られたリニアレールの内壁をやすやすと貫通して見せた。

 金属を誘拐させながらそれを引き抜くのは、巨大な人型のナニカ。ガジェットと似た装甲のそれは、引き抜いたエネルギー刃を右のアームでもってそのままスバルたちに向きなおる。

 

「これ、ガジェット……!?」

「人型のガジェットなんて、聞いてないわよ!?」

 

 ヒト型のそれが振り下ろしてくるエネルギー刃を回避して、ティアナは頭部へ魔力弾を連射する。寸分違わぬ場所へと放たれた魔力弾は、まっすぐに人型ガジェットの頭部へと向かう。

 しかし、それをガジェットは左のアームについていた巨大なシールドで受け止め、金属音を響かせずに消滅させた。

 

「まさか、シールドからもAMFが放たれてるのか……?」

 

 そんな予測をたてたラウラは、後方からスコープを覗いてヒト型ガジェットの脚、腕、首の三点の関節部に狙いを定めると、そのまま各所に三点バーストを放つ。

 各所三連射、攻撃九発の高速度魔力弾が人型ガジェットへと飛んでいく。しかし、それをガジェットは何の苦も無く右のエネルギー刃で切り払い、左のシールドで完全に防御する。

 

「こいつ、反応速度が尋常じゃないっ」

 

 軽い文句を言い放ちつつも、ラウラはスコープを覗かずにひたすらトリガーをひいていく。しかし、眼前の人型ガジェットはその高速連射を全く苦もせず右のエネルギー刃で弾き飛ばしていく。

 弾き飛ばしながら、徐々にラウラへと近づいていく。ガジェットが距離を詰めてくるのに合わせるようにしてラウラも距離を離していく。

 

「ラウラ交代(スイッチ)!」

「っ――おう!」

 

 見かねた暁が叫び、後方から一気に突進してくる。それを見て、ラウラは初風を直接ヒト型ガジェットに叩き付ける。

 その瞬間、生まれたわずかな隙。ぐらりと、ガジェットの本体が僅かによろける。

 強引にガジェットを弾いたことによって生まれたノックバック。そのほんのわずかな隙さえ、彼女()は逃さない。

 

「これなら――」

 

 一瞬にしてガジェットの前に躍り出ると、その勢いのままダンッ、と強く踏み込む。

 袈裟から大鎌を振り下ろす。

 しかし、結果的にその一撃は外れてしまう。鎌先をほんの少しだけ、掠めるようにガジェットの本体を左のアームを傷つけていく。

 

「外れた――?」

「いや、彼女の鎌は()()だ。外れるわけが――」

 

 ガギッ、という、溶接された金属と金属が外れるような音が響く。

 

「ないっ」

 

 ラウラがそう言ったその瞬間、ガジェットの左アームの先をバラバラに分解していく。

 

「もう――いっちょう!」

 

 一歩だけ後ろに下がったガジェットを、暁は逃すはずがない。

 振り抜いた勢いのままもう一歩距離を詰めて再びガジェットを射程圏内に収める。鎌を背中に持っていき、再び同じ方向から斬りつける。流石に学習したのか、次の一撃をガジェットは()()()()とシールドで受け止めた。

 それを見て、暁はニヤリと口元をゆがめた。

 

「受け止めてくれたね――ラウラ!」

「もう用意はできてる。ティアナ、スバル。二人とも下がっていて」

 

 暁のサポートに出ようとしていたスバルとティアナが声のする右方を見て――驚きの表情を浮かべる。

 そこにあったのは、彼の身の丈以上もあるだろう巨大なロングライフルと、それを構えるラウラの姿。その砲門に宿るは、巨大な魔力収束のあかしである極光。その光を、まっすぐにガジェットに向ける。

 

「初風、フルバーストモード。魔力圧縮完了。内蔵カートリッジ、全弾消費――」

 

 がこん、と力の限りロングリロード。その瞬間、残っていたカートリッジ数十発が一気に排出されていく。がらんがらんと鈍い金属音をたてながら薬莢が床に落ち、それと同時にラウラの額から玉のような汗が滴り落ちる。

 少ない魔力を絞り出しながら、周囲の魔力をも収束していく。残り体力の少なさも相まって、ラウラにとってはかなりきつい状態になっている。

 しかし、それでも関係ない。ただ、全力で目の前の敵を抑え込んでくれている相棒に応えるため、自分の限界を超えかねない魔力を全力で抑え込み――

 

「圧縮魔力、全面解放――シューティングスター!!」

 

 トリガーをひき、轟音を立てながら収束された魔力弾が放たれる。それを見計らい、暁は抑え込むのをやめて思い切り跳び上がる。魔力弾と入れ違いになるように空中へと跳ね上がり、そのままラウラの隣に降り立つ。

 がたん、と初風を床に落とし、そのまま座り込んで肩で息をするラウラの背中をさすりながら、暁は「お疲れさま」と一言。

 しかし、再び響いた轟音、駆動音。それを聞いて、暁、ティアナ、スバルが臨戦態勢に入る。

 

「あれでほぼ無傷って……」

「どういう装甲してるのよ、あれ……!」

「とにかく、どうにかしないと――!」

 

 スバルが一歩踏み込んだ瞬間、ガジェットが右腕のエネルギー刃を振り上げる。列車の内部装甲、屋根、壁、その他もろもろを纏めて焼き切りながら暁たちに迫る。

 それを回避しようとしてぐっと足に力を込めた瞬間――

 

「なめ――るな!」

 

 ぱぁぁ、と広がる蒼の障壁。それを出したのはもちろんラウラ。疲労と魔力消費でほとんど動かない体に鞭を打ち、少ない魔力を絞り出してシールドを張ったのだ。

 しかし、ほぼ魔力と体力が切れている状態での障壁など、眼前のガジェットのエネルギー刃にはないに等しかった。一瞬だけ拮抗したのち、一瞬で振り抜かれて粉砕されていく。

 やばい、()られる。そう思った瞬間、ラウラは自然に暁たちの前に立って両腕を大きく広げる。

 完全に死を覚悟した。その時――

 

――よく頑張った。ここから先は任せてもらおう。

 

 どこからともなく声が響く。

 唸るエネルギー刃を打ち消地消したのは真紅の焔。

 それが、まるでラウラ達をエネルギー刃から守るように、目の前を駆けた。

 

「なるほど。こいつが噂のガジェットⅣ型か」

 

 そんなことを呟くのは、鎧を身に纏う青年。右手に握るのは炎に包まれた両刃の剣。左手に握るのは体の半分以上をカバーできるくらい巨大な盾。青年は、銀を基調とした鎧に身を包んでいる。

 青年――ジン=アームスレインは、握った細身の剣を下段に、シールドをそれぞれ構えて待機する。

 ややあってから、ガジェットが先に動いた。右腕のエネルギー刃を大きく振りかぶり、それを思い切り叩き付ける!

 しかし、ジンはそれを完全に見切ったように左腕の盾で完全に受け止め――

 

「――バースト」

 

 そのエネルギーを逆に吸収し、シールドの先端から短距離砲撃を放つ!

 カッ、と閃光が瞬きガジェットを吹き飛ばしていく。シールドの先から漏れる真紅の光を、まるで血糊を払うかのようにふるって吹き飛ばす。

 ジンは、そこから追撃する動きを見せることなく、体をラウラへ向けると倒れかけているラウラへと手を伸ばし、彼を立たせる。

 

「大丈夫か?」

「あぁ……アンタは?」

「私か? 私は、ジン=アームスレイン。所属はそうだな。聖王教会兼――」

 

 ぶんっ、と細身の剣を構えなおし、軽く笑みを浮かべて彼――ジン=アームスレインは言う。

 

「管理局本局、特別戦略技術研究部所属の騎士だ」

 

 ラウラの問いかけにそう答えながら再びガジェットⅣ型に向きなおるジン。吹き飛ばされたガジェットの装甲には、確かに損傷が出来ているものの致命傷には至っていないようだった。

 駆動音を響かせながら立ち上がると、左腕につけられたシールドを破棄してそちらからもエネルギー刃を展開する。

 二刀流か。そんなことを呟いてから、ジンは剣を担ぐようにして構えると、そのまま魔力を刃に収束していき――

 

「焼き尽くせ、ヒースクリフ!」

-御意に、我が主-

 

 ごうっ、と剣に再び焔を宿し、そのまま思い切り突き出す!

 灼熱を纏った剣が真っすぐに、ガジェットの胴体へと飛んでいく。ガジェットもそれを受け止め、再び交戦状態へと入った。

 

 

 

――ほぼ同時刻、リニアレール上空。

 

「正面、見えました。高町教導官とテスタロッサ=ハラオウン執務官です」

 

 ヘリパイロットの声を聴いて、聖は閉じていた瞳をゆっくりと開く。

 一瞬だけヘリの窓の向こうを見渡すと、周囲を景色が上に下に、僅かに揺れているだけで動いていないことが分かった。どうやら、降下ポイント、もしくは出撃ポイントに到着したようで、ヘリはその場にホバリングしているようだった。

 肩へ視線を移すと、すやすやと寝息を立てる小さな少女――サクラの姿があった。

 そういえば、ユニゾンを一度解除してここで寝かせてたか。そんなことをふと思い出して、改めて彼女をゆすって起こす。

 

「サクラ、そろそろ出撃ポイントだ」

「はふぅ……もう、時間なんです?」

 

 寝ぼけ眼をこすりながら、彼女はふよふよと浮き上がり今度は彼の頭に乗っかる。そして、遠くを見るように目を細めて実際にパイロットの示した方向へ視線を向ける。聖もそれに倣って、()()()()()()()に強化魔法をかけてその方向を見る。

 確かに、パイロットの示した先には見覚えのある、それぞれ白と黒のバリアジャケットを纏った友人(なのはとフェイト)が、多数のガジェット相手に見事な空中戦技を披露していた。

 細かい目標――ガジェットⅡ型は問題なく撃ち落としているようだが……

 

「一つだけ手を焼いてるのがいるっぽいな……あれ、新型か?」

「そうみたいです。パブリックフォルダの中にも、あのデータはありません」

 

 データの無い敵性反応。姿形は今までのガジェットⅡ型とは大きく異なっていた。

 飛行機のような形をしているⅡ型とは異なり、今彼女たちが交戦しているのは明らかに()()。管理外世界に生息している翼竜型生物に、金属の装甲を取り付けたような、そんなモノ。もはや生物として判別していいのか悩むところだが、正直この際はどうでもいいだろう。

 サクラの言葉を受け、彼はヘリのパイロットに合図を送る。すると、ヘリはその場で回転し始めて後方のハッチを彼女たちの方へ向くように回る。

 そして、ゆっくりとハッチが開く。機内の気圧が一気に変化し、強烈な風が内部に吹き込んでくる。しかし、彼はそんなことを全く気にせずハッチの射出口に立ち、隣に浮かぶサクラに声をかける。

 

「サクラ、ユニゾン」

「了解なんだよ、マスター」

 

 キィィ、という音を響かせて再びサクラが俺とユニゾンし、身に纏うスーツから桜色の軽甲冑へと姿を変える。そして、右手に握ったガンブレードをくるりと一回転させ、回転弾倉にカートリッジを装填していく。

 

「ひとまず、狙ってみなきゃ分からんか」

 

 中折れ形式のそれを、勢いよくがつん、と元の形状に戻してから構える。そして、左目についている眼帯をばっと取り払い、若干長くなった前髪を左側に流す。

 くるりとガンブレードを回転させ、ワンハンドでゆっくりと狙いを定める。

 通信用のイヤホンを耳に取り付け、小さく呟いてから引き金を引く。

 

「弾道を計測する。二人とも、退いて」

 

 ダァンという乾いた音が響いた瞬間、ガンブレードの銃口から魔力弾が放たれる。

 超高速で放たれた実弾複合型の魔力弾は、真っすぐに何の邪魔を受けることなくなのはとフェイトの間を通り抜け、その先にいる新型ガジェットの頭部に直撃する。

 しかし、直撃したとは言えどもその弾丸は魔力が消滅してそのまま弾かれる。むしろ、受け止められて落下していく。

 

「実弾複合型の魔力弾はあまり効果なしか。なら――」

 

 そのままガンブレードのカートリッジ部分を回転。弾倉の後ろに「みの弾実」と刻印されたモノに切り替えてから再度装填。再び狙いを定めて撃ち放つ。

 しかし、これも装甲に当たり、綺麗に弾かれていく。

 その様子を、舌打ち――

 

「初期加速を魔力に頼った実弾オンリーだと装甲に弾かれる。魔力のみだと、あれのAMFに簡単に打ち消される。だったら――」

 

 もう一度カートリッジ部分を回転。「除解定限」と刻印されたものに切り替えて再装填。

 そして、覚悟を決めたように大きく呟く。

 

「あれに直接叩き込むか」

 

 瞬間、ごうっと唸りを上がる魔力の奔流。そのままハッチの先端に立ち、突撃の構えを取る。刀身を担ぐようにしてガンブレードを構え、腰を落として魔力を脚にためていく。

 

 

『聖君!?』

「標的に突っ込む」

『聖君無茶だよ!?』

「無茶かどうかは、やってみなきゃ分からない。それに、無理無茶無謀は俺の専売特許だ」

 

 フェイトとなのはの声を無視し、聖はそのまま真っすぐ正面を見据える。

 無論、正面にいるのは噂の新型ガジェット。

 弱点不明で情報はほぼ皆無。対応策不明、解らないだらけの相手。

 ただ、今の聖には、彼と相対しているのが新型ガジェットであるというのは既に関係ない。

 ただ、目の前の障害は何であろうと斬り伏せる。目の前の敵は、確実に打倒するのみ!

 

「往くぞ。サクラ」

-了解なんだよ、マスター!-

 

 ユニゾンしたサクラに声をかけ、肩にガンブレードを担いだ体勢でそのまま思い切りハッチを蹴って空へ飛び出す。

 ごうっ、というジェット機の推進音にも似た轟音を立て、途中で行く手を阻むように飛んでくるガジェットⅡ型の悉くを薙ぎ払っていく。

 そのまま一度、急上昇して再加速。一度停止したまま、落下の勢いを使って急降下。一瞬でガジェットとの距離を詰める。

 そして――

 

「っらぁ!」

 

 思い切り、ガジェットの腹部装甲にブレードを叩き付ける!

 ガギンッ、という金属音を響かせてガジェットを吹き飛ばすと、再び最接近して今度は銃口を頭部に突き付けて、トリガーを弾く。

 二度、三度とトリガーを弾いて複合魔力弾を放つも、そのたびに装甲に弾かれ、僅かなヒビが入るだけで致命的なダメージになっていないことは明白だった。

 ダメージ量の少なさに舌打ちし、ガジェットが振り抜いた尾撃を回避してからなのは達の近くに舞い戻る。

 僅かに感じた、頬への違和感。それを頼りにそっと撫でると、僅かに出血していること理解する。

 

(今の一発、掠ってたか。振り抜いた風切りでもこの威力とか、だいぶ反則……)

 

 拭って強引に止血すると、もう一度ガンブレードを構えて撃鉄を起こす。そのままもう一度弾丸を装填し、魔力を刀身を軸に放出していく。

 まるでとめどない泉のようにあふれ出る魔力。それを一つに束ね、刃を覆うように収束させるとぶんっ、と思い切り振るって余剰魔力を振り払って構える。

 

「なのは、フェイト。援護を頼む」

「ふふっ、昔とホント変わらないね聖は」

「ほんとほんと。それじゃあ、リクエストに応えよっか、フェイトちゃん!」

 

 その一言を皮切りに、なのはとフェイトはアイコンタクトをかわすとそのまま飛び上がっていく。飛び上がった二人を見上げながら、聖はそのまま切っ先を真っすぐにガジェットへ向け、中段に構え直すとゆっくりと瞳を閉じる。

 

「プラズマランサー、ファイア!」

 

 好機は一瞬。

 ならば、その一瞬に全力をかけ――

 

「アクセルシューター、シュート!」

 

 ただ一刀のみにて、切り伏せるだけ。

 

「叩き斬るぞ、サクラ!」

-はいです、マスター!-

 

 中段の構えから、くるりとガンブレードを回転させてから居合いの構えへ。

 幾百、幾戦、幾万と繰り返した、流れるような動き。

 目を瞑っていたって、無意識のうちに体が勝手に動く。

 

「天剣佐々木帝流、居合の型奥義――」

 

 今いる場所は地上ではないけれど、同じように使えるのであれば全く以て関係ない。

 一歩踏み出し、腰を落としてから踏み込んで真っすぐに加速していく。

 踏み込みの勢いと、カスミ式魔法の自己強化。単純な魔力放出を用いたロケット推進にも似た加速は、まさに音を超え、光を超えた速度!

 二歩目の踏み込みで再加速し、一瞬でガジェットの懐に入り込む。

 そして――!

 

「鳳凰!」

 

 思い切り振り抜き、ガジェットの胴体へまずは鋭く一撃を、そして切り返してもう一撃を叩き込む!

 ガコンッ、という鈍い金属音が二度響き、胴体の装甲板がへこむ。しかし、相手そのものにはほとんどダメージが届いていない様子だった。

 しかし、今の聖はその一撃で終わるはずがない。

 一歩下がり、反撃とばかりに振るわれた鋼鉄の翼のスイングを回避する。そして、反転してから再接近しその胴体に自分の掌を当て――

 

「ここか――」

 

 閉じられた左目を見開き、小さく言葉を紡ぐ。

 

――刃製(ブレードオン)

 

 その胴体を、今度は桜色に輝く光の剣が貫いた。




感想、ご意見などなど、お待ちしております!


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StS07:その瞳が見るもの

 一か月ごとの更新になってしまってる……

 どうも、Yuinoです。仕事が忙しくてどうにも更新ががががが

 何はともあれ、どうぞですー!


 リニアレールでの事件から一週間が経過した。

 リニアで運ばれていたレリックはスバルたちフォワードメンバーが無事回収。その後の引継ぎも問題なく行われ――

 

「ほれほれ、しっかり捌かないとおっつかないぞー?」

 

 聖も正式に――もとい上司からの命令で半ば強引に機動六課へ異動となり、こうやってフォワードメンバーの訓練に付き合っている。

 

「だからって、これだけの数、どう捌けって、いうんです、かっ!?」

 

 半ば文句を言いながら、ティアナは周囲から飛んでくる光の剣を銃弾で落としていく。そして、その隙間を縫うかのように彼女もまた、空中へと魔力弾を放つ。

 放たれた魔力弾は空中を縫って聖へ飛んでいく。聖はそれをしっかり見切り、左腰に下げてる刀の柄をつかみ、思い切りスイング。柄の先から瞬時に伸びた光の刃は、飛んでくる何発もの魔力弾を斬り落としていく。

 

「おお、いい狙いだ。右足、左腕、膝。どこを撃ち抜けば動けなくなるかわかっている証拠だな。でも――」

 

 光の刃を空中へ展開し、それを宙に放つと同時に()()のロックを解き放つ。

 

「まだ()()がある」

 

 後頭部を狙うように放たれた高速弾をほぼノールックで斬り払い、にっと笑みを浮かべる。

 

「ちょっ、死角から狙ったのに、なんで分かるんですかっ!?」

「まぁ、ちょいと裏技を、な?」

 

 光の剣を握りなおす。それをまるで細剣(レイピア)のように構えると、その切っ先を真っすぐにティアナへとむける。

 

「殺気のこもった弾は相手から見抜かれやすいからな。まずは、狙った相手に自分の気を悟らせるな」

「センターガードじゃない人に言われるのは癪ですけど……やってやりますよ!」

 

 再び聖に狙いを定め、複数の魔力弾を宙へと放つ。放たれた魔力弾は複雑な軌道を描きながら時間差で聖へ迫っていく!

 しかし、聖はそれらの魔力弾を左目でも確実にとらえ、斬り払っていく。斬り払いながらも、次いで光の刃を展開して放ち続ける。

 そんな風にして数十分。二人は、互いにひたすら魔力弾と魔力剣を放ち続け、撃ち落とし続けた。

 

 

 

「おらぁ、もういっちょ行くぞ!」

「っしゃあ、来いやぁ!」

 

 相棒――グラーフアイゼンを構えて真っすぐに突進していく。

 彼女の鉄槌を前にして、青年――不知火陽はボクシングのようにガードを上げ、防御の構えをとる。もちろん、その両腕には薄くながら魔力の防壁が纏われている。

 

「でぇぇりゃぁぁ!!」

 

 そして振るわれる渾身の一撃。そのヴィータの一撃を、陽はしっかりと腕で受け止める――が。

 

「うっ、ぐぐっ――」

 

 受け止められたはいいものの、ヴィータに押し切られそのまま吹き飛ばされる。

 吹き飛ばされたものの、後方の樹には打ち付けられず何とかその前で踏みとどまると、肺の中の空気をすべて吐き出すかのように大きく息をついた。

 

「ってぇなあ。でも、どうよヴィータ教官?」

「……ある意味見直したぜ不知火。まさか、ほんの少しの魔力だけで私の攻撃をきっちり受けきるとはなぁ」

 

 僅かに紫炎をくゆらす陽の両腕を、ヴィータはまじまじと見た。

 確かに、彼からは魔力の反応はあまり感じない。しかし、それ以上に、彼から感じるのは魔力とはまた異なる力の奔流。

 先日の模擬戦でも見せた、紫炎の焔。魔法とは異なり、彼特有の「異能力」。ようは単純な「発火能力者(パイロキネシス)」。彼の「感情」そして「時間」によってその出力を変化させる特異能力「斜陽」。

 攻撃にも防御にも活用でき、しかも出力すら自由自在に操れる利便性の高い炎の能力。

 そんな便利な炎を持つ彼だからこそ、このポジション(フロントアタッカー)が適任なのだろう。前に出て敵陣を切り崩し、最前衛で味方を守り切る。

 

「確かに、不知火の防御が固いのは分かった。でも、その防御に頼ってちゃあ、お前はそのうち殺られるぞ」

「んなこと分かってらぁ。だからこそ、アンタに師事しているんだろう。攻撃も防御もうまくて、防御ごとぶち壊すのが得意なヴィータ教官?」

「ンなこと分かってるさ。さぁ、次行くぞ!」

「おうよ、かかってこいや!」

 

 そう言って両拳を打ち合わせると、再び陽は防御の構えをとるのだった。

 

 

 

 障害物の中を超高速で駆け巡る影が二つ。

 ラウラは初風を、エリオはストラーダを。それぞれ構えて、四方八方から飛んでくる模擬弾を回避しつつ障害物の中を駆け回っていた。

 ステップと持ち前のスピードで放たれた弾丸を回避するエリオに対し、ラウラは障害物を使いながら回避していく。

 

「ほんと速いなエリオくんはっ」

「そんなことないですって! それより、ラウラさんのほうが速いんじゃないですかっ!?」

 

 ほぼ同時に二人がワンステップで切り返し、身を翻して模擬弾を回避する。体ごと思い切り振りまわして回避するエリオに対して、ラウラは最小限の動きだけで模擬弾を回避していく。

 エリオにとっては、この「最小限の動きだけで回避していく」部分が目に移り、余計に彼が速く動いているように見えるのだろう。しかし、それに対してラウラは「そうでもないよ」と苦笑いを浮かべる。

 

「僕は事実平凡だからあんまり速くない。でも、自分で言うのもなんだけれど、僕は他の人よりも瞳と反応速度がいいみたいで、それを活かすためにはこういう乱戦とか撤退戦、対空戦闘が向いているみたいなんだ」

 

 「目の良さ」と反応速度。それだけを使った迎撃戦。ただただ、自分の得意分野に特化したことで得た最強の戦術。それが、彼なりの「速さ」を求めた結果。

 

「だから、苦手は苦手なまま得意にしなくていい。苦手なものはそれなりにできるようにして、特異なものに特化していけばいい。それだけさっ」

 

 参考程度に覚えておくといいよ、と付け加えてエリオに伝えると、再び最小限の動きだけで模擬弾を回避する。

 エリオも、彼の言葉を聞いて自分の中で消化するようにうなずくと、再び模擬弾の回避に集中するのだった。

 自分でも気が付かなずに、ほんの半歩動くだけで回避してから。

 

 

 

「キャロちゃんの召喚魔法は、錬鉄の召喚と竜召喚の二つ、でいいんだよね?」

「はい。もしかして、尾崎さんも召喚魔導師なんですか?」

 

 キャロが展開した魔法陣から放たれる無数の鎖を、手持ちの日本刀で斬り払いながら鏡花は問いかけた。彼女の問いに肯定してから、キャロも返すように問いかける。

 

「召喚魔導師、というよりも式神使い、かな? 私はキャロちゃんみたいな召喚魔法は使えないけど――」

 

 正面から飛んできた無数の鎖を素早く斬り払いながら数歩下がると、着物の懐から一枚の札を取り出すとそれを宙へと投げ放つ。

 

「散る花弁の美しさよ。されど蕾のまま、散ることもなし――」

 

宙に放たれた式符を手持ちの刀で切り裂くと、鏡花の後ろが僅かにぶれる。まるで、後ろのスクリーンに映し出された虚像が、ノイズを纏ってぶれるように。

 

「顕現せよ、紅夜叉!」

 

 そして、彼女の言葉を受けた瞬間、ぶれていた虚像は輪郭をはっきりとさせてその姿をあらわにする。

 その姿は、真紅に染まった着物を身にまとった女性の姿。顔を隠すように、真っ赤な布を頭からかぶっているため、その顔も表情もわからない。

 それでも唯一分かるのは、鏡花の背後に浮遊するそれが、召喚魔法――と似た何かによってここに呼び出されたということ。

 

「召喚魔導師の弱点は、自分が倒されちゃうと、召喚対象が消滅してしまう可能性がある、ということ。これはキャロちゃんの竜召喚には一部当てはまらないけど、フリードにかけた強化は解かれちゃうよね」

「はい。だから、フェイトさんからはなるべく攻撃を受けないように回避する訓練を受けてました」

「そかそか。あの金髪お姉さんもよく考えてるなぁ」

 

 そんなことを言いながらうんうんとうなずく鏡花。しかし、すぐに真剣な表情に戻ると手持ちの刀を再び構える。すると、後ろの夜叉も同じように刀を構える。

 

「それじゃぁ、始めよっか。召喚魔導士狙いとその対策。たっぷり教えてあげるよ!」

「――っ。よろしくお願いします!」

「きゅくるぅ!」

 

 キャロの傍らで飛んでいたフリードの口に火球がともり、再び訓練という名の模擬戦が始まる。

 

 

 

――早朝任務終了後、食堂

 

 サンドイッチを片手にカタカタとキーボードをたたく音が食堂に響く。片目を眼帯で隠したまま、彼――佐々木聖は、先日起こったリニアレール事件の際に現れた新型ガジェット二機について独自のレポートを書き上げていた。

 

「AMFは双方の標準装備。人型のガジェット、通称ガジェットH型は武装に超硬化シールドと魔力エネルギーソード。あの生物型ガジェットは……ひとまずバイオガジェットとでも名付けておくか……」

 

 カタカタとデータを打ち込んでいきながら、ううむとうなりを上げる聖。そうなるのも、当たり前といえば当たり前なのだ。

 先の戦闘で「新型」と頭につくものが多く登場しすぎた。ライトニングの二人と龍吉・ミハエルのペアが遭遇した、通称Ⅲ型。今ちょうどデータを打ち込み、これから解析に入ることになるであろうH型とバイオガジェット。ある意味――

 

「課題は山積み、か――ん? うん、あぁ、解ってるさ。データ解析はもちろん、所長たちにやってもらう。今やるのは弱点解析のほうで――」

「誰かと通信中?」

 

 データを打ち込みながらぶつぶつと呟いていると、ふと声をかけられる。その声の方に視線をやると、トレーに聖と同じようにサンドイッチ各種を盛ったフェイトが立ってた。

 彼女の問いに対して首を振って否定すると、は「隣、いい?」と視線を送られる。聖はそれに応えるように自分のトレーと端末をずらし、席を譲る。

 フェイトは席に着いてから、そのままサンドイッチを一口かじって、聖の打ち込んでいたモニターを覗く。

 

「そのデータ、この前のガジェット?」

「あぁ。出会って間もない、記憶が鮮明なうちに眼に覚えさせておきたくて」

 

 そう聖は言いながら、左目――につけた機械じみた眼帯と、そこから伸びるユニットケーブルを端末から引き抜きながら言う。

 

「そういえば、さっきのって……?」

「あぁ、これ? 俺の左目の義眼に埋め込んだ試作魔導機と話してた」

「試作、魔導機?」

 

 機械じみた眼帯をこつこつと叩きながら聖はうなずく。そして、眼帯をとってその眼をフェイトに向ける。

 

「単純に言えば、脳の使用領域の拡張、かな?」

「使用領域の、拡張?」

 

 フェイトの言葉に対して聖はうなずき、どこからともなくノートを取り出して絵を描きだす。

 

「単純に言えば、人の動きとかその人の音声とか、色んな情報を左目(こいつ)が集めて、多角的に解析することが出来るわけよ」

「へぇ。あ、もしかして朝の訓練でティアナの背後撃ち(バックショット)を防いだのも……?」

 

 フェイトの言葉を受け、聖はその通りと言わんばかりににっと口元を上げて頷く。

 

「まあ、魔力反応も追っかけられるし演算能力は高いしで、体を動かすのは俺担当、考えるのは左目(こいつ)担当みたいになっててな。無駄に噛み合っちまったから弾道予測はもはや未来予測の領域ってらしくてな」

 

 はぁ、とため息をつきながらもう一度眼帯を付け直す

 

「他にも機能はあるみたいだけど、どのみち使いすぎれば人として終わるからな、って言われててな」

「そんなの、だめだよ。人として終わるなんて、無茶が過ぎるからね?」

 

 きっ、と少し怒るような表情を聖へ向けるフェイト。そんな表情を向けられた聖は焦ったような表情をしてから苦笑いを浮かべる。

 

「も、もちろん無理無茶無謀は俺の専売特許だけどさ。さすがに左目(こいつ)の使いどころは考えて使うさ」

 

 そう言ってから聖は頬を描きながら苦笑い。フェイトもまた、心配そうな表情を一瞬だけ浮かべてから同じように苦笑いを浮かべるのだった。




めっさ短いww

しかし、日常かいなんてこんなもんでしょうと思いたい、ほんとに。

それでは、次回もお楽しみに~


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StS08:久しぶりの手合わせ

 相変わらず亀のような遅さの更新速度でございますが、書くことは忘れておりませぬ。

 皆様、お久しぶりですYuinoです。

 ということで、更新しましたので最新話どうぞです!


――管理局本局。

 

 かつかつと革靴を響かせながら、彼――織村龍吉は本局の廊下を奥へ奥へと進んでいた。彼の隣にはなのはが共についており、彼を先導するように歩いている。

 二人の目的は一つ。それは――

 

「ようやくできたんだ、龍吉君のデバイス」

「デバイスというより、聖曰く外部兵装らしいっすけどね」

 

こつこつと革靴を鳴らして、なのははとある部屋の前で止まる。それに倣うようにして龍吉も彼女の隣で止まり、その部屋にかかっているルームプレートを確認する。

 

「特別戦略技術研究部。ここが、聖の所属している部署なんすね」

「そう。通称SSDR。技術部としても、特別武装体としても結構有名なんだけど、本局の部署の中でもだいぶ()()()()()()()部署だから、ある意味窓際部隊って言われちゃってるけどね」

 

 そんな風になのはは言いながら、扉をノックする。すると、ややあってからその向こうから「開いてっよー」と若干疲れたような女性の声が響く。

 彼女の声を聴いてから、龍吉はなのはの顔を一瞥する。なのはが小さく頷いたのを見届けてから、扉のノブに手をかけてゆっくり引く。

 ぎぃぃ、というなぜか鈍い音が響く。引いた瞬間に、何か紙束をまとめて引き裂いたような音が聞こえた気がしたが、気にせず龍吉たちは中に入る。

 入った瞬間、これが技術部の部屋として普通の部屋なのか、と思ってしまうような部屋だった。

 二人の目の前に広がったのは大量の資料、本、雑誌、ゲームの山。

 まるで引きこもりの人の部屋のように見えるその向こうに、ふりふりと手を振る一人の女性の姿が見える。

 

「リューキチくん、ここにいるよー」

「えと、あなたがルルイナさんでいいんですよね? 聖の上司の」

 

 資料の向こうから見える女性の姿は、ジャージに白衣というさも「外見は研究者だけど中身は完全に引きこもり」というような女性――ルルイナ=ディートハルトに声をかける。すると彼女は、資料を手早く片付けながら自分のデスクと、その近くにあるコートツリーまでの道を作り出す。

 

「ごめんね~、すっごい散らかっていて。あ、高町教導官もいらっしゃい~」

「別に散らかってるのはいいんですけど、こんなところでよく仕事できますよねディートハルト一尉は」

 

 物がたくさんあるほうが落ち着くんだよねえ、と苦笑しながらルルイナはひょいと椅子から立つと、コートツリーにかかっていた漆黒の外套を手に取り、それを龍吉へと手渡す。

 

「これが、リューキチくんのデバイス――もとい外部兵装。名前は決まっていないから、君の好きなように決めてあげて」

「黒い、マント?」

 

 なのはが訝し気に龍吉が手に取ったそれ――ぱっと見は完全にただの黒い外套。黒いロングコートに視線を送る。

 龍吉は、受け取ったコートを満足げに見つめながらルルイナに一礼する。

 

「どうもです、ルルイナさん。実は、名前はもう決めてあるんですよ」

 

 そのまま羽織ると、にっといつも通りの笑顔を浮かべる。

 

「こいつの名前は――」

 

 小さくも高らかに声を上げる。彼の声に呼応するように、その外套についた漆黒の宝石がきらりと煌めいた。

 

 

 

――昼過ぎ 機動六課 訓練スペース

 

 フォワードメンバーの訓練がひと段落し、一時的にスペースも時間も空いたこの時間。聖は一人、刀の柄のみ、右手で握ると中段に構える。

 

「――刃製(ブレード・オン)

 

 柄だけの刀――過去、「血刀彼岸花」と呼ばれていた刀の柄から伸びるのは光の刃。刀、というよりは直剣というような刃を作り出したそれを一瞥。その重さを確かめるように振るってから居合の構えをとり、真正面に置いた目標――廃車となったトラックを見つめる。

 

「――霧走(むそう)

 

 小さく紡ぐ一言。瞬間、彼の足元に展開される六芒星の魔法陣。ぐ、と小さく腰を落とし、体重移動だけで思い切り前へと加速する!

 巻き上がる土煙。ごうっ、というジェット推進音にも近い音が響いたかと思うと、すでに聖は目標の後ろにいた。

 血糊を払うように振るって光剣を消滅させると、その瞬間にトラックは真っ二つになっていた。

 

「光剣だけでも十分な切れ味だな、こいつは」

 

 くるくると柄だけの刀を宙に放りながら腰のホルスターに収めると、後ろで一連の所作を見ていた彼――龍吉へと声をかける

 

「ンで、何の用だよ龍吉」

「いや、お前ンところ(SSDR)から受け取ってきたこいつの運用テストをしたくてな」

 

 そんなことを言う龍吉は、すでに羽織った真新しいロングコートを彼に見せる。

 聖はそれを見て察したのか、仕方ないなと小さくつぶやきつつも時計を確認。

 休憩終了までまだ幾分か時間がある。聖は上で次の訓練メニューを組みなおしているであろう教導官――なのはに目配せをする。

 目が合ったなのはは、その視線の意味を理解し、仕方ないなぁというため息をつくと、かたかたとキーボードコンソールをいじって聖へ送る。

 ややあって送られてきたメッセージには「午後の時間いっぱい上げるから、好きにやっていいよ」と一言だけ。

 そのメッセージを見て、思わずため息をつく聖は、龍吉に対して真っすぐに向き直る。

 

「なのはさんが好きなだけやりなって。全く、あの人も無茶言うぜ」

「そういう聖も、どことなく楽しそうだけどな?」

 

 聖の言葉に対し、龍吉は皮肉交じりに言い返す。そして、手に持った炭酸ジュースの空き缶を思い切り上空へ放った。

 一、二、三と、二人は脳内でカウントしていく。最高到達点に達し、一瞬滞空してから、あっという間に地表に落下する。

 カラン、という軽い金属音が鳴った瞬間――

 

「シッ――!」

「セァッ――!」

 

 二人の拳がぶつかり合う!

 薄い魔力でコーティングされた聖の拳と、黒虎で硬化された龍吉の拳がぶつかり合う。

 ぶつかり合った瞬間、龍吉は身にまとった外套に魔力を回し、背中から巨大な黒い獣の顎――黒虎を展開し、聖の頭上から攻め立てる!

 しかし、聖もそれを視界の端でとらえてガードを上げたまま思い切りバックステップ。黒獣の牙を回避し、両手を合わせる。

 

「――刃製(ブレード・オン)

 

 バジバジッ、と両の手からスパークがあふれ、その手に一本の光の刀が生まれる。生まれた刀を両手で握り、その切っ先を真っすぐ龍吉に向ける。

 切っ先を向けられた龍吉は、いつも通りのニヒルな笑みを浮かべて「こっからが本番、ってことよなぁ」と一言つぶやく。そして、そのまま拳を握り締めてファイティングポーズをとる。その瞬間、その身にまとった黒い外套がゆらりと「風もないのに」揺らめいた。

 

「行くぞ、山茶花(さざんか)

 

 龍吉の一声とともにマントが揺れ、翼のように広がる。広がった黒い翼は、あっという間に形を変え――

 

「羅生黒虎――双顎(かさねあぎと)

 

 二つの巨大な獣の顔へと変化する。

 二頭の獣は、まるで自らの意思を持ったかのように鎌首をもたげ、その牙を聖へとむける。

 明らかな敵意を向けられた聖は、光の刃の切っ先を龍吉に向け、突撃態勢をとったまま動かない。

 龍吉もまた構えたまま、そして外套から伸びる双頭の獣は時折威嚇するように口を大きく開き、吠えるだけで動かない。

聖は、上下左右どの方向からでも一太刀浴びせられるような、ごくごく自然体。ある意味、「天剣佐々木帝流」の基本の構え。

 対する龍吉は、先ほどから全く変わらずに構えを崩さない。

 一秒。

 二秒。 

 三秒。

 なにも、誰も動かずに十秒が経過し――

 

「天剣佐々木帝流――!」

「羅生黒虎――!」

 

 聖が先に一歩飛び出し、それにわずかに遅れる形で龍吉が迎撃の構えをとる。

 たった十数メートルの間合いを、聖はたったの二歩で詰めてくる。ブリッツアクションと同じ、カスミ式魔法「風神」を初手から惜しみなく使用し、全力の魔力ブーストを以て瞬間的に詰めていく。

 しかし龍吉はひるまない。ガードを上げ、左足を半歩前に出し、聖の一太刀よりも早く龍吉の左リードブローが伸び――

 

「かわせ――っ!?」

「食らいつくせ!」

 

 それに対して半テンポ遅く、背中の二尾の獣が牙を剥いて襲い掛かる!

 龍吉の左のリードブローが飛び、それを聖が回避した瞬間に二尾の獣が聖の剣術『翡翠』を妨害する。

 ガギンッ、と鈍い金属音が鳴り響き、振り下ろす前の光の刃は大きく上へ吹き飛ばされる。

 

「まず――っ」

(ここだ――っ!)

 

 聖が体勢を崩したのを視認した龍吉は、さらに踏み込み自分の射程距離に聖を収める。

  思い切ったステップイン。まるで飛び込むような突進力。少し前の龍吉にはなかった速度に、聖は驚いて一瞬だけ体が固まる。

 そんな大きな隙を、今の龍吉が逃すはずがない。

 

「羅翔羅刹、鎧槌(がいつい)双装(そうそう)!」

 

 龍吉の両腕に漆黒の籠手が纏われる。さらに腰を落とし、その左の拳を聖の顎へと狙いを定める。

 しかし、聖も龍吉の狙いは、彼の視線の先で何となく察していた。

 咄嗟に左腕に自慢の防御壁である『絶対守護障壁』を展開し、龍吉の一撃に備える。

 しかし――

 

「ら――ぁっ!!」

「がッ――!?」

 

 超高速の二連撃。

 上下からのほぼ同時の連撃をまともに受け、聖の腰が落ちる。

 落とされそうになった意識を何とか繋ぎ止め、聖は倒れこみながらも体を回転させて間合いを開け、再び構える。

 

「て、めっ。そんな攻撃、フィクションの中だけにしろって―の」

「へへっ。熱量加速使わないとこいつは再現できないからな」

 

 左拳の打ち上げと右拳の打ち下ろし。通常の速度で放てば簡単に防ぐことができたはずのモノ。しかし、それが出来なかった。

 単純な威力でガードがこじ開けられ、その上から叩き込まれたのではない。単純な威力だけなら、先手を打って張った『絶対守護障壁』を撃ち抜けるはずがない。

 それ以上の威力か、もしくは聖の反射速度を上回る速度で放たれたか――

 

「っ――まぁ、完全に俺の反応速度越えか」

「聖の反応速度越えを大前提に考えた技だからな。名付けて『黒牙(シュヴァルツファング)』ってな」

 

 再び両腕の籠手から蒸気を吹かせ、またもや一瞬で距離を詰めてくる龍吉。

 しかし、同じ手段が二度通じるほど、聖は甘くもない!

 

「なめんなよ、龍吉!」

 

 龍吉の突進に合わせるようにバックステップ。

 たった一度の被弾で龍吉の『黒牙(シュヴァルツファング)』の、突進を含めた諸々の射程距離を見切る。

 龍吉の初撃はものの見事に空振る。しかし、空気を切り裂くゴウッという音が聖の耳まで届き、その威力を改めて痛感する。

 もう一撃、まともに食らえば、確実にダウンだということを。

 冷汗がつうっと頬を伝う。だが、聖は一息ついてから構えた光の刃を宙へ霧散する。

 その行動に小首をかしげる龍吉。しかし、にやりと不敵な笑みを浮かべた聖を見て、彼はもう一度構えなおし――

 

「さぁ、ここから思い切りいかせてもらうぜ!」

 

 思い切り一歩踏み込み、再び驚異的な加速で二人の間合いがゼロになる。

 そして、その突進の勢いそのままに、速度を乗せたまま左拳を真っすぐに撃ち込んでいく。

 だが、それを予測していた聖はその前に最低限の動きだけで戦闘態勢を整え、右足を半歩前へ出し、ファイティングポーズをとる。

 そして、龍吉の突進に合わせてカウンターを放り込む!

 

左構え(サウスポー)のライトクロス!?)

 

 龍吉も何とか反応し、振り切る前に右拳を撃ち込んで聖のライトクロスの軌道をぎりぎりそらす。

 チリッ、という何かが焦げるような音が響き、龍吉の頬が焦げる。

 視界の端に映ったのは、蒼い光。聖が握っていた光の剣と同じ光。それが、聖の両拳に纏われ、鋭い光の矛と似たものへと変化していた。

 たんたんっとステップで距離を開け、それが何かをもう一度視認する。

 両の拳だけを覆うように纏われた蒼光の矛。龍吉が装備している「鎧槌」のような、拳から肘の手前までを覆うような籠手のようなものとは明らかに異なる。

 遠近両用だった光の剣を、防御を完全に捨て近接攻撃へと特化させた形状。その名の通り、何物をも貫き通す矛。何物をも斬り裂く刃。

 

「光の剣の応用ってわけね。なかなかエグイものを仕込んできたな」

「これだったら、AMFの濃いところでも集中展開で使えるからな。射程距離が一気に短くなるっていう欠点があるがなっ!」

 

 再び思い切り聖が踏み込み、両者ともに射程距離に入る。その瞬間、龍吉はただただ『純粋に加速させただけ』の拳撃を聖へ打ち込む。聖もまた、その拳撃をいなしてカウンターとなる左拳を打ち込む。

 しかし、その一発も龍吉には届かない。纏った外套から、まるで腕のように伸びる黒影が聖の光の矛を阻む。

 まさに一進一退の攻防。

 聖も龍吉も、互いに交えるのは近接戦闘。

 しかし、聖は自分の得意分野として、龍吉は自分の苦手をつぶす形として、それぞれ特化させてきた。

 それは、互いに相棒(パートナー)でありながら好敵手(ライバル)であり続けるために。

 互いに何度目かの相打ち――十度、二十度、三十度と撃ち合い、回避を重ね、相打ちを経て、二人の間合いが再び開く。

 

「ふぅぅ――っ」

 

 間合いが開いた瞬間、聖はその場で広めのスタンスをとって構える。構えは正拳突きの構えにも似て、しかしそれとは非なるもの。

 打ち込みの瞬間に全体重をかけることが可能な、まさに突撃の構え。

 それを見て、龍吉は装備していた鎧槌を解除し、外套から再び巨大な牙を形作る。

 チリチリッ、と空気が焦げるよう。瞬間、聖の右腕に青い光が纏われ――徐々に大きくなり、巨大な槍のように変化する。

 

「この魔法はまだ未完成だがな――お前にだけはこの状態でくれてやる!」

「だったら、俺もお前へこの新技をくれてやらぁ!」

 

 そう龍吉が言うと、その場で同じように構えなおす。それに追従するように外套の黒獣がその鎌首をもたげ、巨大な顎を開く。

 一歩、聖が踏み込む。瞬間、巨大化する右腕の光の槍。大雑把な形だったものが、より鮮明な「槍」の形として腕から伸びる。

 それに合わせるように、龍吉も右腕を上げる。その姿は、まるで一軍を指揮する軍司のよう。

 そして――

 

「光の剣応用編――」

「羅生黒虎――」

 

 ダンッ、と踏み込み、思い切り突進する。

 聖の突進に合わせて、龍霧もまた、右腕を振り下ろす。

 

「――彗星!!」

「――凶顎(まがつあぎと)!」

 

 同時にぶつかり合う黒獣と光の槍。

 瞬間、空間がはじけ飛び大爆発を起こす。

 爆発がやんだころには、立っていたのは龍吉でも聖でもなかった。

 それもそのはず。二人とも地面に倒れ伏せていたのだから。

 聖は未完成の状態で放った『彗星』の反動で、龍吉はぶつかり合った『彗星』と『凶顎』の爆発で、それぞれ完全にダウンしてしまっていた。

 

「はっ――はっ――まだ、流石に未完成だわ――これ」

「なに――未完成のやつ――放って――倒れてやがる――このばかやろ――」

 

 数十分、互いに憎まれ口をたたきあう二人。

 しかし、遠くからその様子を見ていたなのは曰く、とても楽しそうだったという……

 

 

 

――管理局本局

 

 共有のデスクワークスペースにただ一人だけ。白い長髪をゆらりゆらりと揺らしながら、のそのそと仕事を進める女性の姿があった。

 デスクの上にぐでっとだらしなく体を投げ出し、そんな体制のままぱちぱちとのんびりとキーをタイプする姿は、まるでぐーたらなニートのよう。しかし、本局内で仕事しているから、もちろんニートではなく――

 

「榊一尉、またそんな恰好で仕事をしていたのか」

「あら、ナカジマ三佐。ごきげんよう」

 

 ぼうっとした表情を浮かべたまま、彼女――榊一姫はゲンヤ=ナカジマ三佐へ顔を向ける。そんな顔を向けられたゲンヤは、彼女以上にげんなりとした表情を浮かべ――彼女の前にポンと束になった書類の山を置く。

 

「こちらは?」

「本局第一航空戦隊。通称一航戦からの勅令だよ。つまりは、お前んとこ六〇一航空隊の上からのお達しだ。しかも、お前さん宛てにな」

「へぇ、赤城さんからの」

 

 一姫は、直属の上司――赤城玲一からの勅令と聞いてわずかに頬を緩ませる。紙束をむんずと掴みぱらぱらとめくりながら内容を頭に『転写』していく。

 その様子を見ながら、ゲンヤは呆れたような表情こそ見せたものの、どこか感嘆とした表情を浮かべた。

 

「本当に、キミは真面目にやれば凄いのに。何故いつもそうしないんだい?」

「理由は二つ。面倒くさい。そして、いつも真面目にやると疲れる」

「全く。色彩の名が泣くよ、榊一尉」

 

 いいのよ、これで。そんな風に返答し、彼女は再び書類へと目を通し、再び書類の中身を脳内へと『転写』していく。

 その姿を見ながら、ゲンヤは一息ついてそのまま去っていく。

 ゲンヤが去っていくのを横目で見ながら、一姫は記憶し終えると、いつになく真剣な表情をして立ち上がる。

 そして、デスクの横にひっ掛けていた翼の形をしたペンダントをつかみ、首から下げるとそのまま共有デスクスペースを発つ。

 

-出るのかい?-

「えぇ。久々の全力稼働になりそうよ。覚悟なさいハルート」

-あぁ、解っているよ。全力で、キミとこの空を踊ろう-

 

 何時しか彼女は本局の屋上。そのヘリポートにたどり着く。

 首から下げた翼のペンダントを、半ば引きちぎるように首から取り去るとそのまま空へ掲げる。

 きらりと太陽光に反射して、銀色の翼が輝く。そして、彼女は小さく、しかし凛とした声で唱える。

 

「さぁ、行きましょう――」

 

 ぱちん、と指を鳴らす。瞬間、甲高い金属音に近しい音が響き蒼銀色の魔力光が彼女を包み込む。

 その光が落ち着いた後、彼女が纏うのは同じく蒼銀色の軽甲冑。甲冑、というよりも必要最低限の部分にのみ鎧をまとわせ機動性に優れた、ベルカの騎士甲冑をベースにしたバリアジャケット。そして、彼女の背から伸びる、機械風の翼。

 その、現時点では一点物のデバイス――アーマードデバイス「ハルート」を身にまとった彼女は、とん、とその場で小さく跳び、そのまま空へと飛びあがる。

 ほんの数秒で遥か高く跳びあがった彼女は、空中で一回転してそのまま本局航空隊の本隊のあるほうへと飛んでいく。

 空を自由に飛んでいる彼女の表情は、どことなく楽しそうだったという。

 

 

 




~次回予告~

 機動六課フォワードメンバー全員、そして聖の所属部隊SSDRからの助っ人二人を含めて取り掛かる「ホテルアグスタ警備任務」。

 何でもない警備任務のはずが、その中で一人――ティアナだけはどこか気負っていた。

 優秀な同期、強すぎる先輩、成長を感じられない自分へのいら立ち。

 そんなティアナを見て、助っ人で来た彼女が、ティアナへと寄り添い――

次回、魔法少女リリカルなのはAnother~侍と呼ばれた青年~

StrikerS編9話~強さを求めるわけ~

「私は、もっと強くならなくちゃいけないんです」
「じゃあ、その強さに一つ、二つ、新しい意味を加えてみよ?」


~~~~~

久しぶりに次回予告なんか入れてみましたが、なんか慣れないww

感想、ご意見、「俺がキャラ考えたから使ってみなさいこの下郎(意訳)」がありましたら、どしどしお待ちしておりますゆえ!


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StS09:強さを求めるわけ

そんなこんなでようやくStrikerS編九話。

そして、運命のホテルアグスタ編。

それでは、どうぞ!


――管理局本局 戦略技術研究部

 

「派遣任務、です?」

「しかも、明日?」

「うん、そーよー?」

 

 そんな風にあっけらかんに言うルルイナ。言われた二人――リーナ=クロイツェフとレン=ストレイナは、思わず目を丸くして聞き返す。

 ルルイナは全く表情を変えずに目の前のモニターに向かってキーボードをタイプし続け、リーナとレンは固まり続けていた。

 そして、ややあってからリーナが口を開く。

 

「派遣任務って、どこにですか?」

「派遣先は機動六課。任務内容は、オークション会場警備のサポート」

「オークション会場……っていうと、今度アグスタであるアレのことです?」

「レンちゃんせいかーいっ。どうやら、運び込まれたロストロギアの中に、チョイとヤバいものが二、三混ざりこんだみたいなの」

 

 だいぶ混ざりこんでますねとレンがため息交じりに言うと、ルルイナはそれは言わない約束でと苦笑しながら言う。ついで、モニターに移していたものをリーナとレンへ見せる。

 最初に映し出されたものは、最近本当によく見るようになった真っ赤な水晶。

 

「一つは、最近噂になっているレリック。これはあくまでも噂だから、あまり気にしなくていいかも」

「いや、これを一番気にしなくてはいけないんじゃ……?」

「まぁ、そうなんだけどね。でも、私たちとしては、こっちのほうを優先してほしいのよ」

 

 カツカツとキーをタイプし、また別のモノを映し出す。

 そこに映し出されたものは二点。それらを見た瞬間、リーナとレンはそれぞれ、画像だというのに身震いした。

 一つ目は、金色に輝く鞘。蒼の意匠を施されたその鞘は、鞘というよりも盾に近い。

 そしてもう一つは、小さなハンドガン。銀色の銃身と木彫の柄、そして、銃身の左右に刻まれた「侍刃」と「Samurai edge」の文様。

 それぞれを見て、レンとリーナは小さく、ただしはっきりとわかるように物品の名をつぶやく。

 

「騎士王盾――アヴァロン」

「鬼斬銃――サムライエッジ」

 

 

 

――数日後 輸送ヘリJF704式機内

 

「まさか、今回の警備任務にお前らがヘルプに来てくれるとは思わなかったよ」

 

 そんなことをのたまうのは、先ほどから疲れ切った表情を浮かべたままの聖。彼が浮かべる疲労の表情の原因は、今彼の目の前にいる二人の女性によるものだ。

 

「仕方ないでしょう? でも、私たちの希望というよりは所長からの命令、だということをお忘れなく」

「ですよ? 本当だったら、もう少し早く先輩に合流していたのですからね?」

 

 どこかやるせない表情を浮かべるショートカットの少女――リーナと、むすっとした表情を浮かべて聖に迫る淡い赤髪の少女――レンの二人。

 この二人が機動六課を訪ねてきたのはほんの昨日。

 はやてへのアポイントメントを使い、そこから今回の任務――ホテルアグスタで行われるオークションの警備任務へと参加することとなった。

 そんな二人を見て、ティアナは思わず隣に座って寝こけていた龍吉の肩を叩く。

 

「ねぇ、あの二人って……?」

「んが……? あぁ、クロイツェフとストレイナか?」

 

 ぐぐっと凝り固まった体を伸ばすようにして龍吉は体を起こすと、手元に持っていた自前のパソコンを操作し、いくつかの画像を出す。

 それらの一番上には、二人が同じ制服を身にまとい、聖とともに映っている写真があった。肩を組み、聖のみ若干ひきつった笑顔を浮かべながらも、隣の二人は満面の笑みを浮かべた、そんな写真が。

 

「リーナ=クロイツェフ。士官学校を首席で卒業したのに天性の面倒臭がりがたたって、聖と同じ窓際部署に配属になった生粋のスナイパー。渾名が『鷹の眼(イーグルアイ)』」

 

 かたかた、とキーパットを操作して、リーナの画像をトップに持ってくる。

 画像に映る彼女の姿は、身の丈ほどの超長距離狙撃銃(ロングレンジスナイパーライフル)。それを担ぎ、首にヘッドホンをかけた彼女は、どこか物憂げな表情を浮かべたままライフルを構える、彼女の姿。

 

「ンで、もう一人がレン=ストレイナ。聖と同時期に特戦研に加入したものの、その実力――防衛線に限定すれば聖以上の実力を誇る。ついた渾名が『絶対守護』」

 

 同じように、別の画像に映る少女の姿は、先のリーナよりもはるかに異様、異常だった。

 手に持つのは武器ではなく盾。それも、取り回しのきく小さなバックラーでもなく、槍兵が構えるような身をすっぽり覆う盾でもない。

 円形だが、ただただ巨大な十字盾。十字の先は鋭く研がれた刃のような十字盾。それを地に突き立て、遠くを見据える彼女の姿があった。

 

「『鷹の眼《イーグルアイ》』と『絶対守護』、か……」

 

 二人の異名をつぶやきながら、ティアナは今しがた聖と仲良さげに話している二人へと視線をやった。

 

 

 

 この部隊はちょっと異常だと、そう改めて認識したのは、私が機動六課に配属されてから一か月が経った時のことだった。

 『魔導師』としての能力制限――リミッターをかけてまで保有する戦力。『エースオブエース』『雷神』『夜天の王とその騎士』。

 ほかの隊員も、前線組の二番隊や後方の管制官まで、そのほとんどが将来を有望視されているエリートぞろい。

 あの年齢で陸戦Bを保有しているエリオと、竜召喚というレア技を持つキャロは『雷神』の秘蔵っ子。潜在能力と可能性の塊のスバル。

 それに、後から合流してきた『蒼光』と『陽気な死神』、『不抜の剣士』は、今最有力視されているエース。珍しく寝坊せず参加している『幽霊局員』でさえ、戦線に立ってしまえば後方からの超高範囲射撃で見方をバックアップできる。

 『探偵社』の四人も、『魔導師』ではないもののそれぞれが異なり、そして完全に特化した能力を持っている。

 そして、つい最近加入してきたあの『サムライ』も、剣技だけなら『烈火の将』をも勝る。

 やっぱり、この部隊で平凡なのは――

 

「私だけ、か――」

 

 そんな風に思わずつぶやいて、私――ティアナ=ランスターはふっと空を見上げる。

 いつ飛び出せるようにとアップは十分にした。あの能天気な『探偵』曰く「警備中だけどのんびりしててもいい」という、よく分からないことをのたまうから、私も今はこのホテルアグスタの上に立ち、パッと見れば休憩しているかのような状態。

 空はきれいな青空だっていうのに、この何とも言えない虚無感は――

 

「やっぱり、私が弱いから……?」

「どうしました、ランスターさん?」

 

 ふと、声をかけてくるのはちんまい少女。

 確か、今日『鷹の眼』と一緒に来ていた――

 

「えと、レン=ストレイナさんでしたっけ?」

「うんっ。よく覚えててくれましたっ」

 

 ほんの少しだけ、私の表情を伺うようにのぞき込む。

 私は、なるべく悟らせないようにほんの少しだけ笑顔を浮かべてみる。

 

「何か、考え込んでいるって感じだね?」

「別に……」

 

 思わず私は視線を逸らす。隣にいる彼女――レンさんももまた視線を空へと向ける。そして、ふと、小さくつぶやいた。

 

「悩みを言い当てて見せよっか。自分が強くなっていないのではないか、という焦りといら立ち、そして強すぎる、優秀な動機への嫉妬」

「なっ――」

「ってところかな?」

 

 当てられてしまった。

 ただそれだけが、私の頭の中を渦巻いていた。

 なんで当てられた?

 もしかして、心を読まれた?

 そんな疑念を胸に、私は思わず彼女を警戒するようなしぐさを見せてしまう――今は、仲間だというのに。

 そんな表情の私を見て、レンさんは驚いた表情をしてから、すぐに申し訳なさそうな表情へと切り替わる。

 

「あ、とと。ごめんね? 本当は、当てるつもりなんかなかったの。ただ、当ててしまった、とだけ思ってて?」

 

 そんなことを言って彼女はすぐに、ううむと考え込むようなしぐさを浮かべる。

 どうしたのだろう? 本来、その表情をすべきは、私のはずなのに―……

 

「私ね、もともと教師志望だったの。今のなのはちゃんと同じような立場ね? そういうのもあって私、人の表情とその人の立から、心理を読み取るの、得意になっているのよ」

 

 結局、夢は夢のまま、はかなく散っていったけどね。そんなことを言いながら、彼女は懐から缶ジュースを一つ取り出し、プルタブを開ける。プシュッ、という音を立てて、そのままぐいっと中身をあおった。

 

「任務中ですけど、そんな悠長にしてていいんですか?」

「んー……まぁ、なんとかなるんじゃない? あなたも含めて、強い子、たくさんいるし」

 

 そんなことを言いながら、ぐいぐいと飲み切ってしまうレンさん。

 その言葉を聞いて、私は思わず聞き返しそうになった。

 今、彼女は何と言ったか。

 あなたも含めて、強い子がたくさんいる、といったか?

 いつしかその缶は空っぽになったようで、最後の一滴まで飲み切ってしまうとそれを下において踏みつぶす。

 

「んで、ティアナちゃんの悩みを総括すると……部隊の中で自分が一番凡人だから、もっと努力して強くならないと……って感じかな?」

「……凄いですね、レンさん。ほとんど正解ですよ」

 

 思わず苦笑してしまう。まさか、こんな簡単に悩みを当てられてしまうなんて、思わなかった。

 はぁ、と思わずため息をつきながら私は観念したような表情を思わず浮かべる。

 

「私の、いや。私の兄の魔法は、役立たずじゃない。それを証明したいんです。私は、もっと強くならなくちゃいけないんです――」

「それじゃ、ティアナちゃんが強くなったら、その先はどうする?」

「その、先――?」

 

 私が怪訝な表情で彼女を見ると、レンさんはふふっ、と笑いながら続ける。

 

「あなたが、あなたの理想とする強さを手に入れたとしましょう。その先、あなたは、その手に入れた強さで、何をしたい? 兄の――ティーダ=ランスターの力が無力ではなかったという証明のほかに、あなたが手に入れた強さで、あなたは何をしたい?」

 

 大きくないけど、確かに凛としていて、どこまでも通るような声で、レンさんは言う。

 兄が無力じゃない、ということを証明して、その先は――

 

「私は、何をしたいんだろう……」

 

 思わず出てしまった言葉にはっとする。そして、レンさんのほうへと向き直ると、にこにこと笑顔を浮かべる。

 

「自分が強くなって、本当にしたいことが何かなんて、そんな直ぐに分かったもんじゃないよ。でもね、唯一言えることがあるよ」

「唯一、言えること?」

 

 私の問いかけに、レンさんは再び空を見上げる。そして、自分の手を太陽にかざした。

 透き通るような白い肌。薄紫のショートヘアーが風に揺れ、わずかに隠れた双眸が私を捉えた。

 

「自分が求める強さに、自分が求める答え以外の何でもいい理由を一つ二つ、加えてみる。それだけで――」

 

 ほんの少し、強さってものに対しての見方が変わったりするかもよ?

 そんな風に言ったレンさんの表情は、どこか晴れやかで、どこか曇っていた。

 その言葉を聞いて、考え込みながらもうなずいた瞬間――

 

『敵襲! 第一種警戒態勢!』

 

 唐突なアナウンスが、私のイヤホンに響いた。




~次回予告~

 ついに始まった、ホテルアグスタ防衛戦。

 レンの言葉を頭に残したまま、ティアナは戦線中央で指揮を執り、戦場を動かしていく。

 しかし、この戦いの緊張感の中、ミスしてはいけないという自己暗示は逆効果になってしまい――

次回、魔法少女リリカルなのはAnother~侍と呼ばれた青年~

StrikerS編10話~防衛戦~

「無理無茶無帽は大いに結構!」
「後ろには私たちが控えてる。だから、思い切りやんなさんな!」



~~~~~~~~~~~~

次回も、お楽しみに!


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StS10:防衛戦

仕事が忙しくて全然書けないですが、何とか書き上げました
(どうにかこうにかのやっつけ仕事ですが

どーぞどーぞー


滑空するエネルギー弾を、ティアナはクロスミラージュとの高速射撃(クイックドロウ)ですべて撃ち落としていく。

 しかし、それらを打ち落としてもすぐに次の弾が間髪入れずに飛んでくる。

 だが、ティアナは焦りの表情を浮かべずにそのまま次の狙いを定め、再びトリガーを引く。

 目にもとまらぬ三連射。放たれた三発は、空中で分散し九つの魔力弾へと変化し、そのままかっ飛んでいく。無論、その全てはガジェットへ命中。撃破こそいかなかったものの、確実にそれらの足を止めた。

 

「スバル!」

「了解――!!」

 

 瞬間、スバルが空中に展開したウイングロードでガジェットに接近し、正面からのストライクアーツで粉砕していく。

 

「アルケミックチェーン!」

「キャロ、ナイス!」

 

 キャロの展開したアルケミックチェーンでガジェットの移動経路を阻害し、その隙間を縫うようにエリオが突貫。ガジェットを確実に仕留めていく。

 

「暁、前は任せる」

「はいな!!」

 

 パパパッ、とラウラの高速射撃でガジェットを牽制し暁が一気に距離を詰めて一閃し、真っ二つにする。

 

「そぉれ!」

「ほんと、今日の所長張り切ってんなぁ!」

 

 龍吉の影の尾が地を這いガジェットを吹き飛ばせば、それにように陽が拳の焔で吹き飛んだガジェットを焼き払う。

 それぞれのフォワードメンバーの得意なことで、それらを組み合わせて今までで総数25のガジェットを撃墜してきた。

 八人とも、肩で息をしつつあるもののまだまだ集中力も体力も有り余っている。

 つまり――

 

(敵は多いけど、まだやれる――!!)

 

 ティアナは次の標的に向けて銃口を向け、再びトリガーを三度引く。ガンガンガンッ、と轟音が鳴ってガジェットの足が止まり、その瞬間にスバルが鉄拳を叩き込んで粉砕していく。

 完璧なコンビネーション。今日の今日まで必死にやってきたコンビネーションが、花開こうとしている。まさに、そんな動きだった。

 

『後方からガジェット増援! 数は五十オーバー!』

「なっ。まぁいいわ。全部、落としてみせる!」

 

 今の報告に若干だが焦りの表情を浮かべるティアナ。

 しかし、すぐに気持ちを切り替えるとクロスミラージュのカートリッジを切り替え、真っ先に戦闘のガジェットに対し三連射。

 だが、ほんのわずかな焦りを含んだ魔力弾はガジェットに届かず、その足元へと着弾する。

 外した、という一瞬出来た焦り。重なった焦りは更なる混乱を呼び、ティアナの頭の中を徐々にパニックが埋め尽くしていく。

 

(やばい、外した。抜かれ――)

 

 一瞬生まれてしまった空白。その瞬間、ガジェットが怒涛の勢いでなだれ込んでくる。一機抜けたと思えば二機抜け、四機抜けて八機抜ける。そんな勢いで、あっという間に二十機以上のガジェットがティアナたちの防衛網を突き抜けていく。

 

「くっ、しまった……!」

 

 ティアナはすぐさま反転すると思い切り駆け出す。彼女の引き留めようとするラウラの声にも「指揮は少し任せる!」とだけ言って駆け出す。

 ガジェットとの距離は三十メートルほど。その距離を見て、彼女は無意識のうちにクロスミラージュを構えて四発ロード。

 端末から聞こえる、ルキノの静止の声も「やれます、私とクロスミラージュなら!」という強気の声で無視し、そのまま魔力を溜めていく。

 

「クロスファイ――」

「ティアナ、横――!!」

 

 スバルの声に反応して、ちらりと横に眼をやる。

 すでにそこにはガジェット三型がアームを伸ばしていて、すでに目と鼻の先に迫っていた。

 

「――くッ」

 

 チャージした片方のクロスミラージュを強引に動かし、ガジェットのほうへ向ける。

 

(狙いは二点。四発ロードのマルチアタック、だけど――やってやる!)

 

 トリガーに指をかけ、頭の中に標的の場所を脳内に再現する。

 そして――

 

「クロスファイア――シュート!!」

 

 トリガーを引き絞り、魔力を解放する!

 一方はアグスタへと向かうガジェットへ、もう一方は彼女自身へと向かってくるガジェットを薙ぐように。それぞれ放たれる。

 ガガガッ、とガジェットを押し戻すようにたたきつけられる徹甲魔力弾。しかし、そのうちの数発、しかもアグスタへ向かったほうのガジェットへ放ったものが外れて行ってしまう。

 外れていった魔力弾は林の方と地面にむなしく跳んでいき、消滅する。

 ミスった。ただその事実だけが、彼女を一瞬にして取り囲んだ。

 

「しまっ――ッ!?」

 

 ガジェットを追いかけようとして一歩踏み出すも、四発ロードの負荷が彼女の想像以上のモノだったようだった。

 体が思うように動かない。

 魔力の大量消費で、膝が折れる。体のいたるところが、まるでさびた金属のようにきしむ。

 それでも、止まるわけにはいかない。

 何とか一歩踏み出し、クロスミラージュの銃口を真っすぐガジェットへと向け――

 

「――え?」

 

 突如、ガジェットの上空から白銀に輝く巨大な盾が落下し、ガジェットの行く手を遮ると、頭上から無数の剣が降り注ぎ、ガジェットを串刺しにしていく。

 ふ、とティアナは上空を見上げる。

 視線の先に映るのは、その手に身の丈以上の十字盾を背負ったレンと、黒の軍服に長大な狙撃銃を構えたリーナ、そして両手に光の剣を握り、さらに左右に二本ずつ同じ剣を浮遊させた聖が、じっとティアナのほうを見ていた。

 

「ティアナ、だいぶ気張ってたみてぇだな」

「――っ。だって……!」

「気張る理由もわかるよ、ティアちゃん。でもね――あなたは、一人じゃない。周りを見てみなさいな?」

 

 そんな風にレンは問いかける。

 それにつられるように、彼女はふと周りを見渡す。

 周りには、すでに「いつでも動ける」と言わんばかりのスバルたち。

 

「ティア、いつでも私は大丈夫。いけるよ!」

「ランスター。指示をくれ。基本的に(このばか)は独断専行が当たり前だが、それは無視してくれていい。カバーはこっちでする」

 

 ぐっとスバルが拳を握り、彼女の後ろにいるラウラが初風を構えて言う。彼の後ろで暁が「まっ、バカって何よバカってー!?」とわめいているが、いつものことだといわんばかりに無視を決め込む。

 

「一人のミスはその作戦に参加している全員がその場でカバー。反省はそのあとだ。ミスらない奴なんかいない。出来ることを――」

「各員――」

 

 聖の声と、ティアナの声が僅かにかぶる。

 先ほどまで、落ちに落ち切っていたティアナの表情は、今は明らかに異なっていた。

 そう、どこか――

 

「――全力でやってこい。フォローは最大限、こっちがやってやる!」

「――散開! フォーメーションはB2、トップ、センター、バックはさっきと同じで行きます!」

『おう!』

 

 自身に満ち溢れた、そんな表情で!

 

 

 

――少し離れた森林地帯

 

 ガジェットをなぎ倒していくフォワード達の姿を見て、ほうと感嘆の声を漏らす女性がいた。

 長い黒髪に、ボディラインがよくわかるぴちっとしたスーツ。

 都市の中心部で見かければ、美しさと仕事の出来を兼ね備えた、美人ОLにも見えるだろう。

 しかし、そのイメージを一瞬で掻き消す要素を、彼女は持ち合わせていた。

 スーツの要所にある、明らかに戦闘向けな装甲。そして、真っ赤な槍だった。穂先の根本にはぼろきれのような布がまかれており、その布切れもまた、その槍そのものと同じように、血で染められているかのように、真紅に染められていた。

 

「なるほど。個人でも十分に強いけど、チーム全体だとSSランク魔導師とも相対できそうね」

 

 そんな風にモニターを見て、思わず感嘆の声を上げる彼女。

 その彼女を横目に、岩に寄りかかりながら青年が一人、彼女へ声をかける。

 

「ほう。んで、あんたならどうなんだラスタ?」

 

 青年――市川剛はそんな風に、自分の隣にいる女性――ラスタへと声をかける。彼女――ラスタと呼ばれた女性は、ふうむとほんの数秒、考え込むように視線を沈めると、ややあってから自身に満ち溢れた表情を浮かべた。

 

「まぁ、私一人でも十分だろうけど……」

 

 そんなことを言いながら、彼女はちらりと剛のほうへ顔を向ける。どことなくうずうずしている剛を見て、彼女はふふっと笑みを浮かべた。

 

「暴れたいのでしょう? いいんじゃないかしら」

 

 まるで彼の真意を見抜いたかのように、妖艶な笑みを浮かべるラスタ。

 彼女の言葉を受けて、たまっていた空気をすべて吐き出すようにかはっ、と短く笑い、そして腰に下げた一対の旋棍(トンファー)を両腕に装備すると、それをぐるりと回して思い切り腰を落とす。

 

「解ってるじゃねぇか、姐さん!!」

 

 鋭い声を上げてゆっくり眼を閉じると、彼は目をカッと見開く。

 開かれた瞳は、まるで猛禽類が獲物へと狙いを定めるかの如く鋭く、そして紅々と燃え上がっていた。

 

「さぁ、往こうや!」

「全く、血の気が多くてよくないわね。まぁ、嫌いじゃあないけれど」

 

 そんな風に言いながら、剛は腰を落とし、ラスタは手に持った槍を担ぐ。

 

 

「市川剛、アレス=グランデ! 往くぜぇぇ!!」

「ラスタ=スカーサ、ガエヴォルガ。往くわよ」

 

 そして、二人の影が森の向こう側。つまり、アグスタのほうへと飛んで行った。

 

 

 

「こいつで――」

 

 フォワードメンバーの現場から少し離れた所。

 そこに、彼女たちと同じようにガジェットと相対している二つの影――シグナムとケイの姿があった。

 

「最後!」

 

 たがいに剣を振るい、ガジェット三型を十字に切り刻む。四分割され、爆発四散するガジェットを見やり、シグナムとケイは一度それぞれの得物を下す。そして、一息つきつつも周囲を見渡す。

 

「ひとまず、このあたりのガジェットは掃討したな」

「恐らく。それよりも――」

 

 ちらり、と聖たちのいるホテルの方をシグナムは見る。先ほどは言った通信――ガジェットの増援の出現。それを聞いて、シグナムはともかく、ケイは気が気でなかった。

 何せホテル防衛の主軸はスターズとライトニングの新人フォワード四人と、龍吉と陽、ラウラと暁の八人。幾ら聖と彼の所属元からの助っ人が二人いるとはいえ、ガジェットの増援を聞けば黙ってはいられない。

 シグナムも驚くほどの勢いでガジェットを殲滅し、つい先ほど、最後の一体も斬り伏せた。

 

「あぁ、聖たちの方も心配だ。今から向こうに合流――」

「――っ、シグナムさん!」

 

 シグナムがふと意識を逸らした瞬間、ケイは表情を急変させる。

 愛刀を構え、思わずシグナムをドン、と突き飛ばす。

 

-刺ッ-

 

 瞬間、彼女がいた所に突き刺さる一本の刀。鍔のない打ち刀。三尺ほどのそれが、先ほどまでシグナムのいた場所に、深々と突き刺さっていた。

 

「ミカヅキ!」

「っ。これくらい、どうってことないですよ」

 

 シグナムが思わず叫ぶ。彼女を突き飛ばしたケイの右腕につうっ、と伝う血。先ほど突き飛ばした際、降ってきた刀がケイの腕をわずかにとらえていた。

 斬られたところをケイは指でなぞり、魔法で止血する。けがを治したわけではない。傷口を無理やり縫合して血を止めただけだ。一撃でも食らってしまえば、再び出血は免れない。

 

「くそ、このタイミングで新手ですか」

「そのようだな」

 

 ケイはげんなりと、シグナムはどこか覚悟を決めたような表情で上を見上げる。

 そこには、えんじ色のスーツを身にまとった男性がいた。

 右手には杖、そして左手には先ほど地面に突き刺さった刀と全く同じものが握られている。

 彼と目の合ったケイは、思わず一歩下がって朧の柄に手を添える。

 得体のしれない何か。

 しかし、ケイは理解している。

 久しく感じていなかった、この感覚。

 そう、それはまさに殺気。

 威圧感でも、存在感でもなく、確実に殺すという、殺意の塊。

 

「シグナムさんはフォワードのみんなのほうへ。ここは――!」

 

 鞘に収まったままの朧を逆手に構え、ケイは真っすぐその男性をにらむ。

 シグナムは、ケイの言葉に一つ頷くとそのまま思い切り後方へ飛び、フォワードたちのいるアグスタへ向かう。

 その彼女を見送ってから、ケイは右手に握っていた朧を左手に握りなおし、その場で構えなおす。

 ゆっくりとした所作で降りてきた男性もまた、ふわりと微笑みながらも右手に握った杖をこつりと地面につけ、会釈した。

 

「初めまして少年。私はタクト=イツカ。訳あって人を探している。話を、聞かせてくれるかな?」

 

 

 タクトと名乗った男性は、左手に握っていた魔力刀を消滅させると表情を変えずにそんなことを言う。

 それに対してケイは、まったく警戒心を解かずに朧を握ったまま動かない。。

 

「普通、そういうことなら刀ぶん投げたりしませんよね? まぁ、名乗ってくださったからには名乗り返しますが……自分はケイ=ミカヅキ。管理局――今は機動六課所属。もとは本局航空第601に所属していました。人捜し、ということなら、こちらもある程度協力できるかと」

「なら、お聞きします――」

 

 瞬間、タクトの姿がケイの前から消える。そして、次の瞬間――

 

「シ――ッ!!」

「なぁっ!?」

 

 居合の構えのまま真正面に対峙。まさに「目にも留まらぬ速さ」で接近し、杖から直刀を引き抜き、ケイの首ギリギリの場所に添える。

 とんっ、という音が聞こえるかのような緩やかな所作。ただし、それには丁寧さ以上に殺気のほうが含まれており、その笑顔ですら恐ろしい。

 

「管理局、最高評議会の三名の居場所を、教えていただきたく」

「はぁ? そんなの――」

 

 くん、と右足を浅く沈み込ませ、ほんの少しだけ右腕を動かす。

 瞬間、吹き荒れる蒼白色の魔力風。それを感じ取ったタクトは、一歩分だけ体を引く。

 瞬間――

 

「知らないし、知ってたとしても教えられないな!」

 

 ケイの手元から、無数の斬撃が解き放たれる!

 タクトはそれを身を逸らすことで回避し、自らの刀で遮ることで防ぎ、弾き飛ばしていく。

 しかし、その中の一発が防御を抜き去り、タクトの頬をかすめていった。

 

(痛みを感じぬ斬撃。これは、空圧による風の斬撃)

 

 頬の血をぬぐい、直刀を逆手に構えてタクトは距離をとる。

 対するケイは、鞘に収まったままの刀の柄に手を添え、再び居合の構えをとる。

 

「ミカヅキ流迎撃居合術、神威断(かむいたち)。純魔力の衝撃波だけど、その威力は受けた通りさね」

 

 ケイは腰を低く落とす。そして、左足に意識を集中させ、すり足で一歩、前に出る。

 

「悪いけど、正当防衛ってことでこっちも対応させてもらうよ」

「ならば私も、実力行使で対応させていただきましょう」

 

 斬撃の射程範囲外に逃れていたタクトも、改めて直刀を握りなおし、くるりと手の中で回して構えなおす。

 そして――

 

「ミカヅキ流剣術皆伝、ブレイズ01、ケイ=ミカヅキ。往くよ」

「流派無し、無所属。タクト=イツカ。来ませい!!」

 

 二つの刀が、人知れずぶつかり合う。




感想などなど、お待ちしておりまする~


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StS11:迎撃戦

 決して執筆をサボっていたわけではないんです。
 仕事が忙しかったりして、ほとんど書く暇がなかったんです……

 別の場所で作詞のお仕事(的な何か)とか、一時創作とかの準備もしていたので……(むしろこっちが要因)

ということで、長らくお待たせ(?)しました、どうぞ!


――ホテル・アグスタ正面

 

 炎と炎がぶつかり合う。互いに炎が相殺された陽と剛は、にやりと不敵な笑みを浮かべながら――

 

「焼き尽くせ、アレス!!」

-応!-

「させっか、よ!!」

 

 互いに拳を打ち付けあう。瞬間、衝撃とともに炎が巻き上がり、あたり一帯を焦土へと変える。

 その焦土の中を、聖とラスタは一歩の踏み込み、一瞬で互いの得物の射程距離へと収める。

 瞬間、振るわれる二槍と銃剣。突き合わされる度に火花が散り、魔力の嵐が吹き荒れる。

 つい数分前に現れた二人――ラスタと剛により、フォワードメンバーはほぼほぼ戦闘不能。何とか生き残っていた聖と陽の二人が、彼女らを相手取るという形が出来てしまっていた。

 対魔導師戦闘にまだ不慣れな陽だったが、もともとのセンスも相まって何とか剛のことを抑えることが出来ていた。

 そして聖もまた、彼女の二槍に苦戦しつつ、どうにか捌ききっていた。 

 

「ハァ――!!」

 

 聖の一撃を軽くあしらったラスタは、身体を反転させて右手の長槍を振りかぶり、一気に振り下ろす。

 聖は、それを絶対守護障壁を展開しギリギリで受け流し、逆手に持ち替えたガンブレードを振るう。

 その一撃は左の短槍の柄でたやすく受け止められる。

 かぁんと鳴り響く乾いた音。受け止め、受け流し、目標が完全に必殺距離(キルレンジ)に入った瞬間、左の短槍を引き込み、思い切り突き出す。

 

「なめ――んな!」

 

 その刺突を、聖は身体を大きく逸らし、体勢をわざと崩すことで避ける。

 避けた瞬間、身体の近くで真空が突き抜けるような音が鳴っていた。空気が斬り裂かれる音が彼の耳元で鳴り響く。

 放たれた勢いで、空気が割れる音が鳴る。背後にある樹木に、空気がぶつかり爆ぜ、抉られる。

 直撃すれば戦闘不能はもちろん、死の可能性すらある威力を前にして、聖は怯まない。崩れた体勢のまま、掌底を柄に対して水力に叩き込む。

 真っすぐに放たれた槍の中ほどを叩かれ、槍そのものが真上に弾かれる。槍を握っていたラスタは、その反動でほんの少しだけ体勢を崩す。

 そう、その隙は本当に一瞬。むしろ、常人が見れば何も変わっていないようにも見える。

 しかし、そんな隙でも、隙は隙。一瞬だけ生まれたソレを、聖は逃さない。

 

流填(エクステンド)集中(コンセントレーション)!」

 

 弾かれたように距離を離し、唱えるは聖の高速詠唱。

 足元に展開される藍色の六芒星の魔法陣。

 立ち上る魔力は、刃に集中していく。

 ラスタは完全に自らの視界内、必殺距離(キルレンジ)にいる。

 絶対に、逃しはしない――

 

「天剣佐々木帝流――」

 

 構える。

 腰を落とし、精神を集中させるようにわずかに目を細める。

 型は居合。日本の剣術の中でも最速を言わしめる、可視でありながら不可視の剣戟。

 「天剣佐々木帝流」の原典となった「佐々木帝流」の中でも基礎の基礎といわれる、基本の構え。

 そこに、魔法的強化がなされたのが「天剣佐々木帝流」。カスミ式魔法を含む、すべての強化魔法を付与して放たれる、音速の一太刀。

 集中された魔力がガンブレードの武骨な刀身を一変、鋭く流麗な刀へと変化させる。

 同時に展開される六芒星の魔法陣。カスミ式の魔法陣から立ち上る藍色の魔力。

 

「――鳳凰!」

「――!」

 

 放たれる音速の剣戟。それをラスタは、両手の槍を十字に構えて受ける。

 一撃目。居合の型から放たれる音速の刃は、ラスタの槍に阻まれる。

 かこん、という軽い音を響かせて聖の刃は受け流される。

 瞬間、好機を得たかのように構えられる二槍。大きく引かれ、魔力を纏った穂先が聖の心臓を捉える。

 しかし、それを阻まれても跳ねるように返ってくる二撃目の刃が――

 

「な――にっ」

 

 彼女の刺突よりも速く、確かに脇腹を捉えた!

 ドゴッ、という鈍い音が響き、ラスタを横へと吹き飛ばす。

 

(直撃した。手ごたえもあったし、このまま攻める!!)

 

 距離が開いた瞬間、再び聖が距離を詰める。そして、腰だめに構えた刃を真横に振るう。

 しかし、その一撃はすぐさま体制を立て直したラスタの超反応を以てして阻まれる。

 瞬時に展開した魔力障壁で聖の一太刀を受け流し、再び双方の距離が開く。

 

「今の太刀……多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)――!?」

「その通り、と言いたいとこだけとちと違う。一太刀目の勢いを殺さずに切り返しただけだ」

 

 刀身についた血糊を払うようにガンブレードを振るい、聖は続ける。

 

「それに、ほんまもんの多重次元屈折現象はあの()()()か、爺さんの加護を受けた宝石剣でしか出来ねぇよ。うまい具合に()()()()()としても、魔力を使って()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけさ」

「――ふふ、それもそうね。宝石翁は知り合いだけれど、私にもその秘奥は教えてくれなかったしね」

 

 そんな風に軽く冗談を飛ばしあいながら、聖は今一度腰にガンブレードを添え、構える。「流填」から「集中」させられた魔力刃が、より一層鋭さを増す。

 それを見て、ラスタもまた魔力を蓄えた槍を構え――

 

「――フッ」

「――っ!?」

 

 先に構えた聖よりも早く、彼の左側へ踏み込み槍を振るう!

 ほんのわずかに対応が遅れた聖は、身体ごと反転させてラスタの一撃を捌く。そして、ラスタを確実に自らの視界に収めてから、再び魔力刀を大上段から振り下ろす!

 しかし、大上段から最大級の力を込めた一撃さえ、ラスタは易々と捌き切り、再び聖の左側へ回りこみ、槍を振るう。

 

「く――そっ」

 

 こいつ、完全に俺の死角に!

 歯ぎしりをしながら、身体を動かしてラスタを視界に収めながら彼女の槍を捌いていく。

 しかし、彼の反応速度をラスタの槍の速度が徐々に超えていく。捌けなくなる数が増えていき、彼の身体を穂先がかすめ、鮮血が宙を舞う。

 

「この――やろっ」

「そろそろ、終わりにしましょうか」

 

 反撃の一撃も受け流され、返すかのように一撃叩き込まれる。

 肩への直撃。左肩を引き裂き、鮮血が舞う。

 腱が断ち切られ、聖の腕がだらりと落ちる。

 一瞬の内に、追撃を叩き込まんとラスタが槍を大きく引く。紫の魔力が揺らめく槍の穂先が、聖の心臓を捉えた――瞬間!

 

「サクラ、バースト!!」

-はいです!-

 

 聖が纏っていた桜色の軽鎧がはじけ飛び、弾丸となってラスタを叩く!

 無数の鋼に叩かれ、ラスタは思わず後退する。その瞬間、聖は意を決したように小さく、だが確かに言った。

 

「サクラ、左目を解除しろ。あの一発で追い払う」

-わかりました。魔導義眼封印解除。マスター……お気をつけて-

 

 サクラの言葉とともに、左目につけていた眼帯がぱさりと地面に落ち、ついで融合していた彼女も弾かれるように宙へ出る。

 黒スーツの姿へ戻った聖は、小さく「刃製(ブレードオン)」とつぶやき、右手に光の刃を生み出す。

 

「あら、負けを悟ったのかしら?」

「あぁ、勝てないことは悟ったさ。確かに、今の俺じゃあアンタにゃ勝てない。でも、正直()()()()()()()()()方法なら――」

 

――ある。

 

 そう言った瞬間、彼の周りの空気が変わる。

 ゴウッ、と風が吹き荒れる。

 唐突に吹いた突風ではなく人為的に起こされた風。

 魔力が集中し、収束し、圧縮させられる時に吹く風。

 それを感じたラスタもまた、その場で二槍を構える。その構えは今までの攻撃的な構えと異なり、二槍を重ねて十字にしたような、防御的な構え。

 それほどに、今の風に、聖の魔力収束に、ラスタは警戒していた。

 

「姐さん――!?」

 

 風が吹いた瞬間、剛はラスタのもとへ駆け――足を止めた。

 交戦していた陽を強引に振り払い、彼の一撃を右腕を犠牲にして受けきり、彼女を守るべく思い切り駆けようとして、なお足を止める。

 足を止めることになるほど、彼女が仄かに笑みを浮かべていたから。

 

「ふふ、面白い。さぁ、来なさい。あなたの全力を、私の全力で迎え撃つ――!!」

 

 風が吹いた瞬間、迎撃の体勢をとった。

 構えていた二振りの槍を一度収め、その両手に紫の魔力を纏わせ、大きく振りかぶる。

 

「ぶちかませ――佐々木!!」

 

 風が吹いた瞬間、陽は叫んでいた。

 圧倒的な火力を誇る剛を前にして、身体の至る所に火傷を負いながらもギリギリのところで抵抗してどうにか右腕を潰し、どこか笑みを浮かべて。

 

 そして聖は――

 

黒天斬り裂く桜光の剣(レーヴァテイン)――!!」

 

 彼自身が名付けた剣の銘を唱えながら、静かに握った光の刃を静かに突き出す。

 放たれる光の奔流。色は桜。

 その光は、天地を貫く創世の一撃。

 ふり放たれた桜色の斬撃は、周囲にあるものを巻き込みながら直進し、ラスタへと向かう!

 

 しかしラスタもまた――

 

抉り穿つ死撃の魔槍(ゲイ・ヴォルグ)!!」

 

 その一撃にすら恐れることなくほぼ同時に両手を突き出し、魔力を撃ち放つ。

 放たれる光は紫焔。

 極大な砲撃ではなく、細いレーザーのような魔力砲。

 

「おおぉぉぁぁぁっっ――!!」

「はあぁぁぁっっ――!!」

 

 

 それぞれの砲撃と斬撃は真っすぐに直進し、双方の中間地点でぶつかり合い、爆ぜる!!

 爆ぜた衝撃で聖は後方へ大きく吹っ飛ぶが、ラスタは数メートル後退するだけにとどまった。

 吹き飛んだ聖を追撃しようと剛が一歩踏み出すが、彼を制するようにラスタは手を広げる。

 

「姐さん――?」

「タクトにも連絡入れなさい。一度退くわよ。今の一撃、多分撃ててあと一発だけど『神喰らい(ゴッドイーター)の一撃と同クラスよ」

「マジか――しゃぁねぇか」

 

 ちっ、と舌打ちすると、剛はそのまま足元に丸薬を置き、ラスタを抱えて思い切り上へ跳躍する。そして、それと同時に丸薬を砲撃し、爆発させる。

 

「待ちやがれ――!」

「落ち着けって、陽。こりゃ魔力チャフ付きの煙幕だ。こっちはもちろんだが、あっちもこれが展開されている間はそう簡単に探知は出来ねぇよ」

 

 膝をつき、肩で息をしていた聖はそう言い切ると、その場で大の字に倒れこむ。

 いくら相殺できたとは言えども、その代償は外敵にも内的にも大きかった。その反動が、完全に出てきているのだった。

 「黒天斬り裂く桜光の剣」を放つ基軸となった右腕は、当分使い物にならないくらいのダメージを負っている。それに加え、魔力消費も相対的に大きかった。

 

「でも、ひとまずこれで――」

 

 アグスタ任務は、終了だな。

 そう呟いて、聖は目を閉じる。

 すうっ、と落ちていく意識の中、聖は遠間から響くティアナの声が耳に届いていた。

 

 

 

「抜刀撃、雷火」

「護刀一ノ型、颯天!」

 

 放たれた雷撃は地を這う毒蛇のようにケイを追い立てる。

 しかし、ケイは慌てる表情一つ浮かべずに刀を鞘に納めたまま振るい、疾風を巻き起こして雷撃を振り払う。

 まるで同じ映像の巻き戻し。タクトが攻め立て、ケイがそれらをすべて防ぎきる。

 

「へぇ。では、これならば!」

 

 どう対処しますか、と問いかけるような表情を浮かべたまま大きく刀を振りかぶる。

 そこに収束されていくのは、先ほどの雷撃とは明らかに収束率の異なる魔力。それを感じ、ケイも今まで以上に警戒度を高めた――

 

「抜刀撃、雷火改め――蒼雷火」

 

 瞬間、放たれる雷の蛇――いや、もはや蛇という速度ではないだろう。地を這わず、一度上空に放たれた雷撃は、まるで上空から獲物を狙い仕留める隼の如き速度で急上昇、急降下し、ケイへと迫る!

 直撃する。それを一瞬で悟ったケイは、愛刀()を構えなおし、鯉口をほんの少しだけ切る。

 

「護刀、一ノ型二番――颯天双撃!」

 

 そして放たれる伝家の宝刀。

 音速を超える雷速を迎え撃つべく、鞘から放たれる神速。

 迎撃の居合撃ち。滅多にお目にかかれない、ケイの防衛居合術。

 まるで刀本体が揺らめくように振るわれ、放たれた雷撃を一つ残らず撃ち落としていく。

 そして全て撃ち落としたのち、ケイの反撃が始まる!

 

「往々にして奔れ、流星撃(レイストライク)!」

 

 刀を収め直し、鞘の先を地に打ち付ける。

 瞬間、展開される二つの魔法陣。展開された魔法陣から放たれるのは、青色の魔力弾。時間差で放たれる二つの魔力弾は、まるで彗星のように尾を引いてタクトへと迫る。

 しかし、タクトはそれを見て二槍を口元を歪め――

 

「食らいつくせ、ルプス!」

-All right-

 

思い切り左腕を振るい、放たれた魔力弾を撃ち落とす。

 それはまるで、肉を食いちぎるオオカミのように、機械の鉤爪のついた巨腕が二発の魔力弾を引きちぎる。

 ぐるりと直刀を手の中で回し、再び構えなおす。

 

「魔力外装、それも限定展開か。研究途中とか聞いてたんだけど?」

「あぁ、()()()()の話な。どうやら、依頼主(クライアント)はすでに完成させているみたいでな。おれが、その試験機一号を使わせてもらってる、というわけだ」

 

 明らかに変わった。

 表情も、構えも、口調も。

 何もかもが、変化した。

 いや、()()()というが正しいか。

 ケイは、目の前の青年の()()()が変わり――否、元に戻ったのを感じると思い切り腰を落とし、後ろに下がる――

 

「駆け抜けろ、ハシュマル――!」

 

 瞬間、自分のいた場所に突き刺さる鋭い槍。

 その槍――もといブレードはタクトの後ろから伸び、まるで生き物のようにうごめいて突き刺さる!

 

「硬質ブレード!? 純魔力ならまだしも、実体刃とかありかよ――!?」

 

 そもそも、どっから生えてきた今のブレード!?

 そんな風に思いながらも、突き刺さったブレードを蹴り飛ばし、思い切りタクトへ近接。刀を振り上げ、たたきつける!

 叩きつけられた刀を、タクトは平然と受け止める。そして、にやりと不敵な笑みを浮かべ――再び叫ぶ。

 

「潰せ、グシオン!」

 

 瞬間、展開されるは背中から伸びる四つの巨腕。

 組まれる握り拳二つ。広げて拘束するように飛んでくる腕が二つ。

 四つ腕をかいくぐり、ケイはどうにかタクトの射程距離から離れ、再び居合打撃を放とうと構えた瞬間――

 

「撃ち貫け、フラウロス!」

 

 背中から展開された左右の腕が組み合わさり、巨大な砲門へと変化する。その二対の砲門には、すでに魔力が収束されている。

 砲撃体勢に入っている。それを理解したケイはすぐさま構えを攻撃から防御へと切り替える。

 足元に展開するミッド式の魔法陣。居合というよりもまるでテニスのバックハンドのように体をひねって力を溜める。

 

()て――ッ!!」

「護刀二ノ型一番――旋風!」

 

 タクトの砲撃に併せて放たれる、ケイの防御。大火力の砲撃を受け止め、あまつさえ明後日の方向へ吹き飛ばす。

 ケイはそこからさらに一歩踏み込み――

 

「護刀一ノ型一番――颯天改式!」

「んぉ――!?」

 

 再び居合の構え。そして、ケイの右腕が()()()

 そう錯覚するほど、その一撃は(はや)かった。

 放たれる()()()()()()。明らかに射程外から飛来する一太刀を、タクトは武装化された左腕で防ぎきる。

 鈍い金属音が響き、タクトの合金の籠手に確かな傷跡を残す。

 

「へぇ、ずいぶんと遠間からノビてくるじゃねぇか」

射程延長(レンジエクステンド)。斬撃に付与すれば、さっきの通りさ」

 

 ひゅん、と刀を振るってから再び納刀。静かに腰を落とし、ケイは再度構える。タクトも一度、構えなおすがややあってから握った直刀を仕舞い大きく伸びをする。

 まるで、「ここでお開きだ」と言わんとするように。

 

「ちっ。撤退命令か。出ちまったモンは仕方ねぇ」

 

 ぱちん、と指を鳴らすとタクトの足元に魔法陣が展開される。

 転送魔法。そう理解したケイは、追撃をしようとして――やめた。

 転送魔法の下に重ねるように展開されたダミーの魔法陣。それが()()()()()自動迎撃陣と理解したからだ。

 

(こいつ、なんて用意周到な)

 

 その場で構え、反撃されないように警戒するしかできないケイは。ぎりっと歯ぎしりしてタクトを見送る。それしかできなかった。

 しかしタクトは、そんなケイを見てどこかうれしそうな表情を浮かべ、叫んだ。

 

「この戦い、お前に預ける。またいずれ、殺りあおうぜ」

「……次こそ、あんたの目的をきっちり聞き出してやる」

 

 そうケイはタクトに告げ返す。

 彼の言葉を聞いたタクトは、笑顔を浮かべてそのまま魔法陣の彼方へと消えていったのだった

 

 



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StS12~それぞれのとある休日~

 社畜にかまけていたら二か月も空いてしまった……

 今回、日常&聖、暁の強化回です。
 どんな強化をされるかは、何となく想像してみてください!


――機動六課訓練場

 

 先日のホテルアグスタでの一件が()()()()()()終了し、ざっと一週間が経過した。

 この一週間の間に、ランスターとナカジマが()()()()()自主練を繰り返したり、高町教導官との模擬戦でコテンパンに打ちのめされたりと、教導官が「訓練の意味」とかを語りだすなど、語るべきことはある程度あるのだが、それは今回は語るべきではないのだろう。

 かくいう僕――ラウラ=ソニアもまた、その訓練に内密に多少なりとも関わっていたりしたので、教導官からは多少なりともお小言をいただいたりしていた。

 これに関しては……まぁ、仕方ないだろう。あまり好きな言葉ではないが、自業自得というやつである。

 

 そして、それから少し経ったある日。

 一応、今日は午後は自分たちの分隊は半休をもらっている。所謂、「半日は待機状態で自由にしていていいよ」という日である。

 ちなみに、同じ分隊のケイさんやミレイさんは自室で何やら作業をしていた。

 ただ、半休をもらっていてなお、僕と暁は訓練場にいた。

 というよりも、暁に半ば強引に連れ出された、が正しいだろうか。

 彼女曰く――

 

「なのはさんからは許可はもらっているよ!」

 

 とのことなので、特段何も不安はない。いや、なかった、が正しいか。

 自主練なら僕も望むとことだし、いくらかフリーにできるからやれることやりたかったことができるという面では比較的良い休日の過ごし方だろう。

 ただ――

 

「僕の展開術式をコピーしたい?」

「うん。まぁ、理由は聞かないでほしいけど」

 

 その自主練内容が、あまりにも突飛なものではない限り、である。

 その「あまりに突飛な申し出」をしてきた張本人――暁は、ほんの少しだけ不本意、というかむすっとしたような表情をしていた。。

 彼女がこんなこと言いだしたのを聞いて、思わず僕は耳を疑った。

 そりゃそうだ。戦闘スタイル――あの「舞踏」と彼女自身言うスタイルに関して、他人から文句を言わせたこともなければ彼女自身一番自信を持っている。

 だからこそ、彼女が僕の「艤装展開」と呼ばれる初風の制限解除をコピーしたいと言い出した時は驚いた。

 もちろん、その術式は秘術でも何でもないし、故に教えられないというわけではないが……

 

「あくまでも僕のアレは、軍艦としての「初風」の武装イメージを、魔法陣を基軸に遠隔展開するだけだよ。近距離メインの暁には、ちょっと合わない気がするんだけど」

「なるほど、武装イメージを展開か……」

 

 僕の言葉の中から一つだけを引っ張り出し、ゆっくりと咀嚼するように繰り返すと、何かぶつぶつと呟きながらデバイスを構える。

 そして――

 

「魔法陣――術式固定、展開」

 

 コンコンと鎌の柄の先で地面をつき、自分の足元に魔法陣を展開。

 そして、さらに自分の周囲に十以上の魔法陣を同時に展開して見せる。

 

「……マジか」

 

 それを見て僕は開いた口がふさがらなかった。

 ただ一言、僕が教えたのは「武装イメージの展開」という言葉だけ。

 ただそれだけで、起動させるために必要な初期段階をあっという間に再現できるものかと。

 

「はは……相変わらずの天才っぷり……」

 

 僕の言葉は耳に届いていないだろう。

 ただ、僕の言葉に反応するかのように、ちらりと彼女は僕を見た。

 その時僕に向けた表情は、まるで「どうよラウラ」と誇らしげなもので。

 

「術式展開――名称(リネーム)……満開(フルブルーム)

 

 自分が今、即興で作り上げただろう魔法式に名前を付け、そして発動して見せた。

 

 

 

――六課隊舎 談話室内

 

「お、暁の奴、成功させたみたいだな」

 

 彼はそう言いながら窓の外を見る。

 その方向にあるのは訓練場。

 私も思わずその方向を見た。そこには、漆黒の魔力光が、まるで天に伸びる塔のように高く高く伸びていた。

 

「キミ、あの子に何を教えたんだい?」

 

 私は盤上へ視線を戻してから手元の一駒を選び、ぱちりと一つ進める。それを横目で見て、彼もまた、駒を一つ進めた。

 

「なぁに、特段何も教えてないさ。教えたことは一つ、常に成功する自分をイメージしろ、とだけさ」

 

 ぱちり、と私が駒を進める。それを見て、彼は苦々しい表情を浮かべた。

 

「おいおい、ほんとにその戦法好きだな」

「一手損角換わりかい? 一番慣れているのがこれだから、かな」

 

 ぱちり、と再び駒を動かす。ふうむ、と悩みながらもケイはもう一度駒を動かし、それに対して私はほぼほぼノータイムで打ち込む。ケイは私の打ち込みに、さらに悩める表情を浮かべた。

 

「……ホント強いよな、ミレイ」

「そう? まぁ、こういう考える仕事が本職だからね。でも、なんちゃってフルバックのケイと互角にやられてちゃあ、強いなんて言えないよ」

「なんちゃってとか言うなよ」

 

 やや悩んでから、ケイは反撃の一打を打ち込む。それにこたえるように、私も一つ撃ち込む。

 ぱちり、と互いに打ち合う。

 静かな攻防。

 無言のせめぎあい。

 視線の間にて放たれる火花。

 互いにそれをかわし――先に音を上げたのは彼の方だった。

 

「……投了だ。どう打っても勝てる未来が見えん」

「ふぅぅ……これで勝敗はイーブンだね。50戦25勝25敗」

 

 そう言ってから、私は手早く盤と駒を片付け、談話室の戸棚にしまい込む。その間に、彼は反対側の戸棚にあるケースから茶葉を取り出し、紅茶の用意をし始める。

 

「でも、珍しいね。キミが暁ちゃんに、あんな超攻撃的な魔法式の展開方法を享受するなんて」

「ん? あぁ、あれのことかい?さっきもいったけど、教えたのはコツだけだよ」

 

 ゆっくりとした所作で紅茶をカップに注ぎながら、ケイは私にカップを差し出す。

 でも、肝心なところで食い違っている。彼の言葉に対し、私はさり気なく首を振り否定して見せた。

 

「そこじゃないよ。キミが、()()()()()()()()()()を教えた理由さ。ミカヅキ教導官?」

 

 普段滅多に使わない肩書を使われ、気に障ったのか。彼の表情は一気に曇った。

 しかし、大きく一息つき、自分の分の紅茶と茶請けのクッキーを取り出し、テーブルに置くとそのまま一つクッキーを口の中に放り込む。

 

「分かってて使っているだろう。その肩書が、俺が嫌いなこと」

「なんのことかな?」

 

 私はあえて惚けて見せる。ゆっくりと紅茶を口に含み、咀嚼するように味わってから飲み込む。

 将棋もチェスも囲碁もマージャンも、彼は私と五分の五分。それでも、私が()()()()()()()と思っているのが一つある。

 

「キミは()()()()()()()()は抜群に上手い。キミのもとで教導を受けた士官が、あっという間に上に上がっていったことも、私はよく知っているよ。サボり癖マックスの教導官殿?」

「……あいつの言葉に、誑かされただけだ」

 

 そんな風に言うと、彼は紅茶を一気に飲み干し腰に下げている刀に触れる。

 それは、彼の相棒。

 幼少期より彼とともにあり、どんな苦難も困難も、絶望も佳境も、何もかもを乗り越えてきた、最愛にして最高の相棒。

 きらりと光る鍔。頭から下げられた「朧 一〇六」と刻まれた銀のタグ。

 それに触れて、ほんの少しだけ微笑んでから再び呟く。

 

「俺はあのアグスタ任務の時、同じ場所に居れなかった。ただ、その現場にいたあのじゃじゃ馬娘が、こう言ってたんだ」

 

――私に強さを頂戴。ここにいる全員、最後は笑って終われるために

 

 恐らく本心だったのだろう。

 ガジェットとは互角にやりあえる。でも、そのあとにきた槍使いの魔導師と炎使いの魔導師に一蹴され、その二人を撃退した彼ですら、魔力不足による衰弱から一昨日ようやく六課に復帰した。

 多分、その時なんだろう。

 彼女が、自分自身を「弱い」と認識したのは。

 だから彼は、彼女に力を与えた。彼が持っている、最高にして最強、そして唯一の「攻性防御術式」。

 

「心象結界術式。使用者の心を正確に映し出し、なおかつ使用者の心の強さ、精神の強さが結界に強さに比例する、そんなピーキーな術式。よく覚えようなんて気になったね」

「だから言っているだろう。俺が教えたのは、あくまでもコツだ。あいつが、自分でモノにしたんだ」

 

 あそこまでのモノになるとは、思わなかったけどな。

 そんな風に付け足して、彼は空になったカップを下げて談話室を立ち去る。

 その後ろ姿を見て、私――ミレイ=カリスタは小さくつぶやいた。

 

「キミの本心だって、暁ちゃんの本心と同じじゃないか……」

 

 その声は、彼に届かず。

 ただただ、虚空へ消え去るのみ。

 

 

 

――六課隊舎

 

 管理局の武装隊、航空隊、陸士部隊の隊舎には、二人一組で寝室があてがわれている、というのは無論周知の事実だろう。

 もちろん、この機動六課もその例に当てはまらないわけない。

 ただ、隊舎の大きさに対して人員が少なすぎるため、変に部屋が余ってしまっているこの機動六課。その一室を、俺が借りている訳だ。

 つい一昨日、陽とともにようやく隊舎に戻ってこれた俺は、部隊長であるはやてに、追加一週間の静養期間を言い渡され、こうやって一人、広い部屋で惰眠をむさぼっていた――のだが。

 

「んで、何故にあなたがここに来た?」

「ん~? そりゃあ、お届け物をしに、ね?」

 

 つい数分前に転移魔法で部屋にダイレクトに乗り込んできた俺の上司――ルルイナ=ディートハルトは、部屋の戸棚に隠しておいた、某巨大スーパーから取り寄せた、一キロの巨大ポテチをむしゃむしゃと頬張りながら言う。

 お届け物をしに来た、と言いつつもその姿は完全に仕事から抜け出してきたサボり魔のそれだ。

 普段の職場では白衣に身を包み、きりっとした表情で仕事をしているのに、いざ職場を離れるとスポーツジャージにTシャツという、明らかにニートか何かな生物へと変貌してしまう。

 

「ここまでオンオフの切り替わりがはっきりしている人も、なかなかいないよなぁ。今はオンのはずなのに」

 

 何か言った~?という彼女の声も俺は無視し、冷蔵庫から麦茶を取り出して彼女に差し出す。それを彼女は嬉々として受け取り、一気に飲み干す。

 

「んで、俺にお届け物ってなんすか、所長?」

「おおっと、忘れていた。これだよこれ~」

 

 正確には、私とキミの父君からだけどね、そう付け足して、彼女は持ってきたであろう大きめのトランクから三つ、何かを取り出した。

 

司令(しれぇ)! お久しぶりです!!-

 

 その声が聞こえた瞬間、俺の心臓は飛び跳ねたようだった。

 聞き馴染んだ声。舌足らずなその声は、どことなく幼少期の妹の声に聞こえる。

 そんな風に設定したのは、このデバイスを設計した母だし、それに対して当時の俺もそこそこに喜んでいた。ひとまず、今はどうかは置いておいて、だ。

 それでも、彼女の帰還は、俺にとって悲願であり、念願だった。

 

「――おう。よう戻ってきたな、雪風」

-はいです!-

 

 手渡された短刀をくるくると、まるでペンを回すかのように弄び、最後には軽く宙へ放ってから懐にしまい込む。

 

「一応、雪風ちゃんのコアをいじらず外部システムだけいじってるから、試しに――」

「雪風、砲戦用意(オープンコンバット)

-はいです!-

 

 訓練場で起動させてみてよ、という彼女の言葉を遮るように俺は彼女を起動させる。

 きぃぃ、という音とともに氷雪が舞う。そして、その氷雪を振り払うようにして右手を振るい――

 

「バリアジャケットは……今までと同じか」

 

 身にまとったその戦羽織を見回す。

 変化はほとんどない。腰の部分に白い羽飾りが増えたくらいだろう。

 

「そこ弄ったら、キミ怒りそうだからね。手を加えたのは武器の方だよ」

 

 そう言われ、俺は下げられている雪風を引き抜いて見せる。

 刀自体の外見は前と変わらない。

 刀身が透き通るような青なのも、柄巻が青と黒の二色なのも、柄の頭に下げられた羽飾りも、何も変わらない。

 ただ、何かが違うのは、握っていて確かに感じていた。

 

「告げてみ? モードチェンジ颯天、それか凪って」

「ふむ……」

 

 ルルイナの言葉を受け、形態変化を搭載した事を理解する。ただ、そのままモードチェンジというのは、どこか風情に欠ける。

 それに、俺は魔導師であるついでにサムライだ。なら、こちらのほうがよりシックリくるだろう。

 

「変化――颯天」

 

 ぽう、と刀が光に包まれ、それが二つに分離すると両手に収まり――小太刀二刀の姿をとった。

 

「なるほど、颯天は取り回しのいい小太刀二刀流か」

「そう。んで、凪の方は直刀ね。忍刀と言ったほうが分かりやすいかな」

 

 なんで忍刀を搭載したんだ、というツッコミはあえて入れず、俺は雪風を待機形態に戻す。

 そして、俺はもう一つの届け物に関して問いかけた。

 

「ンで、うちの親父からって言うのは?」

「あ、それはこれさこれ」

 

 しゅるしゅると、赤い布を解いていく。

 中から出てきたのは黒い筒。そのフタをとり、中からこれまた二本の刀を取り出した。

 

「この二本、あなたに渡してって」

 

 おいおい、親父よ。今、しかもこのタイミングで、これを俺に預けるのか。

 その二本は、実家の蔵にしまい込んであったはずの刀だ。それをここに、ひいては俺のもとに持ってきたってことは。

 

「親父よ、これを俺に渡す意味、解ってんのか」

 

 そういいながら、俺は彼女から渡された二本の刀――白夜と極夜を受け取る。

 この刀を手渡す意味。それは、親父も俺も、むろん重々承知しているはず。そのうえで、これを送り付けてきたのだろう。

 すっと二振りの刀を腰に下げ、そして――

 

「開錠、対極を成す二振りの姉妹刀」

 

 小さく言葉を唱え、引き抜く。

 右手に白夜を、左手に極夜。一度構えて見せ、そして振り抜く。

 ひゅんひゅんと風を斬り裂く音。それぞれを振りながら、再度納刀。カチリという音を鳴らして、鞘に刀身がロックされた。

 

「あいっかわらず厳重な鍵だな。これ唱えないと引き抜けないとかな」

「それだけ重要な刀なんでしょ、その二本」

 

 まあな、と答えながら、俺はその二振りを腰から外してロッカーにしまう。

 いざ、というときは当分来なくていいものの、万が一来てしまった時、俺は自身に課した禁を破ってこの刀を使うのだろう。

 

「そんな時は、ゼッタイに来なくていいわな」

「えぇ、そうね」

 

 俺の言葉に応じるように、彼女もまた頷く。

 そして、自分がここに、この世界に渡った目的を、もう一度再認識するのだった。

 

「もう一度今までのあいつの――沙希の動向を知りたい。協力してくれるか、所長」

「もちろん。その代わり、キミの力を私に貸しなさい。佐々木聖くん?」

 

 窓の外から風が吹き込んだ。

 この先にある、不穏と期待のこもった、やや暖かい風が。




感想とかいろいろ、お待ちしております!!

(最近スランプっぽくてなかなか書けないので更新が相変わらず亀いです……)


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