Devil/Over Time (a0o)
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プロローグ

 前回のような週一更新は無理ですが最後までお付き合い下さるとありがたいです。


「あんたは、私が絶対倒すんだから!!!」

 

 幼い凛の叫びを不敵な笑みで返す魔王、その笑みを凛は深く目に焼き付けた。

 

 

***

 

 

・・・夢を見た。10年間、ただの一度も色あせる事もなく何度も思い返した記憶、何度も思い返した故に含むものもなく何度も口にした感想が漏れる。

 

「・・・・ああ、またか。」

 

 元来、遠坂凛は朝が弱い。しかし今この時はハッキリと覚醒した意識でベッドを出て、机の上に置いてあったスクラップを開いた。

 

―――――――広域封鎖事件、八年前浅井(あさい)と名乗るテロリストが未成年の少年少女、並びに傭兵を率いて××県 富万別市中央区を占拠、国会議員今川を始め住人全てを人質に取った前代未聞のテロ、死傷者二千人以上を出しながらも収束。主犯格は『魔王』と呼ばれ詳しく調べられていたが被疑者死亡で書類送検となった。――――――――

 

 凛はスクラップを閉じて右腕に浮かび上がった『令呪』を見つめる。

 

(魔王は死んだ。でもまだチャンスはある)

 

 聖杯。あらゆる願いを叶える万能の釜、それを手に入れるのは遠坂の悲願であり、凛個人の望みを叶える為の最大の砦である。

 

(今夜はその為の第一歩を踏み出す。だから今は全てを温存しとかなきゃね)

 

 興奮していく気持ちを収め、学校に行く為の身支度を整えて家を出る。

 

 

 

 

 遠坂家の家訓たる常に優雅たれを心の中で何度も反復し、校門の前に付いた所で声を掛けられた。

 

「よ、遠坂。今朝は一段と早いのね」

 

 相手は弓道部首相の美綴綾子、校門には彼女以外誰も居ない。この時凛は漸く気付いた。

 

「おはよう美綴さん。つかぬ事を聞くけど今何時だか分かる?」

 

「ん?まだ七時前だろ」

 

 どうやら家の時計は軒並み一時間早くなっていたようだ。決意の朝だと思った矢先に躓く、これも魔王の呪いなのかと不条理な疑念に捉えられた。

 

「おーい、どうした?思いつめた顔して、遠坂もとうとう恋煩いでも起こしたか?」

 

「まぁそんなところよ。やっとあいつに会えるかもと思ったら柄にもなくウキウキしちゃってね」

 

 白々しく応えた凛に綾子一瞬呆然として勢いよく食いついてきた。

 

「ええーーーー!!!遠坂の待ち続けた春がやっと来たのか。水臭いなぁ何で教えてくれないんだよ?」

 

「ま、待ち続けた春って・・・・何よそれ?」

 

「だって今まで多くの告白を振ってきて、それなく『何で?』って聞いたら『アイツと比べることも出来ないから』って、その時は方便かと思ったけど・・・今の台詞も『アイツ』って出てきたし・・・そうかぁ、本当に好きな人居たんだ。浪漫だね」

 

 そう言えばそんな事もあったなと、凛は朧げながらも思い出し失言を悟った。そして妄想に耽っている綾子に下手な嘘は逆効果だと当たり障りのない対応で切り抜けることにした。

 

「あの美綴さん。まだ本当に会えるかどうか分からないから・・・その、此処だけの話としてくれると・・・・・」

 

「ああ、分かってるって、遠坂のイメージを無碍に壊すような真似はしないから。その代わりと言っちゃ何だけど、会えたなら私にも紹介してね。それじゃ、私朝錬あるから」

 

 返事も待たずに上機嫌で弓道場に向う綾子に凛は一抹の不安を感じながらも見送るしかなかった。

 

 

 そんな、そわそわした気持ちで校内に入り生徒会長の柳洞一成やその連れである衛宮士郎と他愛無い会話をするも内容は全く頭に入っていなかった。

 

 

 そうこうしている間に普通に生徒も登校し授業になり、あっと言う間に放課後になった。

 寄り道もせず真っ直ぐ家に帰ると留守電が一件あったので確認すると後見人であり聖杯戦争の監督役からだった。内容は察しが付くが再生する。

 

『凛、残る空席は二つで期限は明日までだ。戦うなら早く召還しろ、戦わないなら今日中に連絡しろ。こちらも暇ではないのだ』

 

「・・・ふん。降りろって言われても降りてやるもんですか。この時が来るのを八年いや十年待ったんだから」

 

 凛は赤い宝石の付いたペンダントを握りしめ、今夜の召還に取り組むことした。

 

 

 

 深夜二時を確認し、凛は地下室に描かれている魔法陣の前に立った。

 

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には我が大師シュバインオーグ。

 

 降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ

 

 みたせ 閉じよ みたせ 閉じよ みたせ 閉じよ みたせ 閉じよ みたせ 閉じよ

 

 繰り返す都度に五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 凛は自身の中の魔力の錬度を高め、カタチのないスイッチをOnにする。魔術回路に魔力を通す。マナを通す。

 取り込んだ純然たる魔力を形のある魔力に変換する。

 体が融ける。

 魔法陣が光り輝く

 エーテルが乱舞する

 まるで銀河のようだ、と思いつつ・・・

 

―――――Anfang(セット)

 

 今までの短い人生の中で最高の魔力行使。遠坂の魔術刻印が暴走寸前まで稼働する。魔術回路に暴力的なまでの魔力が流れる。

 膨大な魔力の内圧に耐え切れず、いくつかの爪がはじけ飛んだ。痛みは感じない。

 

「――――告げる。

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 感触を得た。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

 思わずガッツポーズを心の中でとった。完璧だ。これ以上のモノはないだろう。まちがいなく最強のカードだろう。

 

 しかし、目の前には何も現れず変わりに居間の方で爆発音は響いた。

 大急ぎで今に向おうとするとドアが変形しており強引に蹴破る。するとそこにはめちゃくちゃになった居間に踏ん反り返っている赤い外套の褐色の男が居た。

 そして破壊を免れた柱時計を見たとき最悪を思い出した。

 

(そうだった。時計今日は一時間早かったんだ)

 

「やれやれ、これはまた、とんでもないマスターに引き当てられたものだ」

 

 貧乏くじを引いたとばかり言う男に凛は不機嫌を募らせるが、直後にプルルルルと電話の音が鳴り響き凛は怒りを一旦収め受話器を乱暴にとり、怒気を含めて言った。

 

「もしもし、誰よこんな時間に!」

 

『んん。何だか上機嫌とは程遠い声だな。だが久しぶりに声が聞けて嬉しいよ』

 

「なぁ!」

 

 凛は電撃的な直感でその声の主が誰なのか悟った。

 

『よければ明日会えないか?遠坂凛(お嬢ちゃん)

 

「魔王!!」

 

 その後、数十秒程度の会話の後、凛は受話器を置きワナワナと震えだしていた。その姿は呼び出した英霊(サーヴァント)にも不気味に写った。

 

「ふふふふふ、ハハハハハハッ、そうか今朝からのはやっぱり魔王の呪いだったのね!!」

 

「落ち着け。さっきからいや最初から意味不明だぞ。興奮を収めて説明を求めるが・・・」

 

「うるさーい!私は今最高の気分なの、水さすんじゃないわよ!!大体、サーヴァントならわたしに絶対服従でしょうが!!!」

 

 右腕(・・)を振りかざしながら狂乱気味に叫ぶ凛、その際令呪の光が発せられた。

 

「なにーーーーー!!!!」

 

 

 

***

 

 

 翌日、赤い外套のサーヴァント・アーチャーに色々な小言を言われながらも凛は聞く耳を持たず、居間の掃除を押し付けてさっさと就寝、日の出とともに目覚めて朝食も取らず身支度を整えると霊体化したアーチャーを伴って魔王との待ち合わせ場所に向った。

 

(予定よりも早くつきすぎちゃったわね)

 

 新都の駅前で凛は座りもせず険しい目で絶えず辺りを見回していた。まだ早朝とは言え高校生の少女のその仕草は些か以上に目立ち、アーチャーも無駄を承知で注意しようとした時―――――

 

「こっちだ。遠坂凛」

 

 声がした方を振り返ると駅の改札辺りから黒いコートを着た男が歩いてきていた。

 凛はその男をじっと見つめ声を出した。

 

「魔王」

 

 凛の前に立った魔王は気負うこともなく語りかけた。

 

「朝食は済ませたか?まだなら何か奢ろう。それほど高いものは無理だが」

 

「ならお言葉に甘えさせて貰おうかしら。でもテーブルに向かい合ってはごめんよ」

 

 凛の余裕に満ちた対応に苦笑しながらも二人は適当なファーストフード店でセットをテイクアウトし、新都の中心部に足を運んだ。

 

「あの焼け野原が此処まで整地された公園になるとは、十年の歳月は伊達ではないな」

 

 ベンチに腰掛け飲み物を啜りながら忌憚無い感想を漏らす魔王に隣に座っていた凛が訝る。

 

「何よ。まるで自分は無関係だと言いたげね。アンタがあの大火災を起こした張本人じゃないの?」

 

「いいや、違う。断じて言うがアレは起こしたのは私じゃない。寧ろ私も被害を被った口だ、そしてそのお陰で今こうしてこの地に()()()()()くることになった」

 

 魔王の台詞に後ろに控えていたアーチャーが姿を現し声を掛けた。

 

サーヴァント(ご同業)なのは直ぐに分かったが、十年前はマスターだったとは、されどとても魔術師にも英雄にも見えんな」

 

「実際、私は魔術師ではない。だが悪名は世界ランクだと自負している。ちなみに私のサーヴァントとしてのクラスは復讐者(アヴェンジャー)だ」

 

 そう言って立ち上がる魔王、同じく立ち上がり警戒心を強める凛とアーチャー。

 

「そう身構えるな。今、戦うつもりはない。まだ予定ではないし、そもそも聖杯戦争(ゲーム)は始まってすらいない」

 

 

「随分な言い草ね。私がアンタの言うとおりにするとでも、それともお得意の計略による誘導かしら?」

 

「深読みしすぎだ。今回は宣戦布告だけ、カードが揃ってないのに戦いを始めるつもりはない。其方も召喚したばかりでまだやる事があるのだろう。それでも戦いたいなら、誰でもいいからサーヴァントを一騎打ちとって見ろ、そうすれば予定が繰り上がるか、修正するかして戦えるかも知れんぞ?」

 

 魔王の安すぎる挑発に凛は激昂することもなく、されど深い闘志を込めて応えた。

 

「魔王、これだけは言っておくわ。アンタを倒すのは私よ、だから詰らない奴に倒されるじゃないわよ」

 

「いい返事だ。この十年で身体も心も成長したようだな、実に()好みだ」

 

 一人称を公用から私用に変え満足そうに去っていく魔王、後姿が見えなくなった所で凛も反対方向に歩いていった。

 

『いいのか?隙だらけと言うか、隙しかない相手だ。簡単に討ち取れると思うが・・・』

 

 霊体化したアーチャーの問いに凛は全くぶれる事無く返した。

 

「アーチャー、私はこの時を十年待った。アイツには相応のやり方でこの気持ちをぶつけなきゃいけないの」

 

 まるで理由になってないが、凛の魔王に対する凄まじい執着に道理は通じないと悟った。

 

 その後、二人は新都の要所を見て周り最後に町全体を見舞わせる高層ビルの屋上に赴き帰路に着いた。

 

 

***

 

 

 翌日、アーチャーの反対を押し切り学校に登校した凛に美綴綾子が声を掛けた。

 

「よぉ遠坂、何だかやけに清々しい顔してるけど、例のアイツにでも会えたのかな?」

 

「ええ、昨日ね。ただまた会うのに、ある約束しちゃったから残念だけど紹介は無理ね」

 

 凛の即答に綾子が固まるも持ち直して小声で話しかけてくる。

 

「あのさ。その約束っての教えて貰うのは・・・・・」

 

 ニッコリと微笑み。

 

「無理」

 

 そう言って笑顔のまま校門をくぐった瞬間、いっぺんに気分が悪くなった。

 

(結界、でも仕掛けた奴は三流ね)

 

 だが凛が今抱いているのは嫌悪感とは程遠い高揚だった。

 

(飛んで火に入る夏の虫、わざわざ私のテリトリーに魔王の差し金なのか分からないけど受けて立ってやるわ)

 

 そうして昼休みや夕暮れの放課後に校内を捜索し七つの呪刻を見つけ、すっかり日が暮れた屋上で起点を発見し調べようとした所に甲高い声が響いた。

 

「なんだよ。消しちまうのか、勿体ねぇ」

 

 振り返ると給水塔の上に群青色のボディスーツの様な物を着た獣じみた男が居た。

 

「これ、あんたの仕業?」

 

「いいや、小細工は嫌いだ。俺たちはただ―――――――」

 

 男が言い終わる前にフェンスに向って全力で走る凛、男・ランサーは紅い槍を出現させ狩ろうとするも凛は既に校庭のグランドまで駆けていた。

 

 

 高いところから地上まで一気に駆け下り、遠くにいる『アイツ』に追いつけるように十年間、夢を見るたび思い習得した技術がこんな形で役に立つとは人生なにが幸いするのか分からないものだと、苦笑する凛の前に青い獣ランサーが降り立つ。

 

「いい脚だな。ここで仕留めるのは勿体ねぇ」

 

 ランサーは臨戦態勢を整えておりすかさず凛は叫んだ。

 

「アーチャーーー!!貴方の力、此処で見せて」

 

 問答無用とばかりに戦いを急かす凛に、ランサーとアーチャーが揃って苦笑する。

 

「可愛い顔に似合わず血の気の多いお嬢ちゃんだな」

 

 嬉しそうに皮肉を言いながら槍を振るうランサー。

 

「すまんな。昨日、想い人に激を貰って戦意が高まりまくってるようでな」

 

 アーチャーの両手には白黒の双剣が握られ槍を捌きながらも前に出ようとする。

 

「そうか。結構なことじゃねぇか!!」

 

 二人のサーヴァントの攻防は激しさを増し響きあう剣戟は音楽のようで、どんどんリズムを上げていく。

 だがそれは唐突に終わりを告げた。

 

「――――誰だ!」

 

 ランサーが声をあげ振り向いた瞬間、生徒の人影は一目散に逃げていった。それを追うランサー、そして凛はこの時やっと理性を取り戻しアーチャーに命じた。

 

「まだ人が残ってたなんて!・・・追ってアーチャー!!」

 

 即座にランサーを追うアーチャー。

 

 

 

 凛が校内に入っていくとそこには倒れている男子生徒の前に立っているアーチャー、間に合わなかったようだ。

 アーチャーにランサーを追うよう指示を出し、彼を確認した瞬間、凛は驚愕する。

 

「・・・・やめてよね。なんで、あんたが」

 

 凛は数秒の逡巡のあと、赤いルビーのペンダントを取り出した。

 

 

 

***

 

 

「あーあ、やっちゃった」

 

 帰り道に切り札になりえる宝石を使い、あの彼を助けたことを思い返す。すると其処には魔道を教えた父でなく、魔王がニヤニヤしている顔が浮かんだ。

 

「あー、なんでアンタが出てくんのよ!」

 

 両手で頬を叩き思考を切り替える。

 そうして家に帰り、アーチャーの帰りを待ちながら先程の戦闘を纏め分析する。

 

(過ぎたことは仕方がない。それよりも先のことを考えないとアイツに辿り付くことすら出来ないわ)

 

 しばらくしてアーチャーが帰って来た。

 

「成果はどうだった?」

 

 挨拶も成しに尋ねてくるマスターにアーチャーは首を横に振る。

 

「失敗した。用心深いマスターのようだが少なくともこちら側の街にはいなかった」

 

「そう、ご苦労さま。その情報だけでも得られたのだから今夜それで良しとしましょう。数が揃ってないってアイツも言ってたし、本当の開始の合図があるまでにやれることはやっときましょう」

 

 凛の前向きな姿勢はアーチャーを良い意味で驚かせた。

 

「覇気は衰えてないようだな。・・・・・一つ訊きたい、その原動力たるアヴァンジャー、いや魔王とは何者でどんな因縁があるんだ?」

 

 アーチャーの問いに凛はそれ以上ない真剣な表情で答える。

 

「アイツが前回の聖杯戦争でマスターだったのは聞いたわよね。その戦いに私の父さんも参加してたの。

 何でもありの殺し合い。それを地で行くようにアイツは私を誘拐し父を嵌め、更に母を利用して他のマスターを謀殺して行ったのよ」

 

「・・・・つまり復讐か?だが、奴は・・・」

 

 アーチャーの疑問に答えるため、凛は一度席を立ち寝室に在ったスクラップを持って来た。

 

「それから二年、つまり八年前、富万別市って所で、それこそ冬木の大火災なんて比じゃない大事件を引き起こした通称〝広域封鎖事件〟この国の安全神話が崩壊したって大騒ぎだったわ。主犯の魔王の悪名も知れ渡り、その後死んじゃったことで拍車が掛かった。言ってみればアイツは反英雄ね」

 

 凛は一度区切り、アーチャーが資料を見終わるのを待った。

 

「死んだって訊いた時、私は納得できなかった。

 だから降霊でもなんでもしてアイツを呼び出して落とし前付けなきゃって、そんな時『令呪』の兆候が現れた。私の望みはハッキリしてたし勝って、もう一度アイツを私の前に引きずり出すつもりだった。

 まぁ、その必要は半ば達成されたけど」

 

「奇しくもアヴェンジャーとして召喚された奴を再び地獄に叩き落すのは君の願いと言うわけだ」

 

「少し違うわね。両親を死に追いやった事は憎いとは思うけど、私だって魔術師よ。死を観念する世界でそんな甘い事でどうこうする気はないわ。

 私の望みはアイツを受肉させて、それこそ私の使い魔にして未来永劫こき使ってやることよ!」

 

 アーチャーの顔は途方もなく面食らっていた。

 

「つまり君の願いと言うのは・・・・」

 

「そう。アイツに勝って私の方が上だって事を証明するのよ。これ以上ない形でね」

 

 凛の宣言に資料を閉じて肩をすくめるアーチャー。

 

「この最悪の犯罪者である魔王を下につけるか。大物だよ君は、一時とは言え使える相手としてこれ以上の者はいまい」

 

 アーチャーの賞賛に照れくさそうに顔を背ける凛。

そして、この話は終わりと学校に忘れてきたペンダントの話に移り、助けた彼に危険が迫っていることを思い至った。

 

(ああもう。なんて間抜け)

 

 凛は自己嫌悪に晒されながらもアーチャーを伴い家を飛び出した。

 

 

 ***

 

 

 幸い彼の住所は知っていたので迷う事無く全力で走る。

 郊外に近い武家屋敷が見えてきた、深夜にも関わらず先客がいるようで凛は唇を噛む。だがその時、強烈な光が輝いた。その光で凛はなにが起こったかを理解した。

 

「うそ―――――――」

 

「どうやら七人全て揃ったようだな」

 

 それはアーチャーも同様であり、裏付けるようにランサーが逃げるように去っていった。

 直後、強い風が吹き、全く別のサーヴァントが自分たちに向かい襲い掛かって来た。

 

 

 

 

 




 次回からは魔王視点に変わります。


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下準備

 マスター及びアサシンはFate/Prototype からですが私は設定しか知らないので、矛盾が出るかもしれませんがご容赦の程を・・・


―――三ヶ月前

 

 時は少し遡り、東京西部の山岳地帯にある古い洋館。

 その奥の一室にやつれた一人の少年が大きなベッドに横たわっていた。その顔に生気はなく文字通りの意味で息を引き取る寸前だった。

 しかし、少年の僅かな意識にあるのは九年前に訪ねて来た一人の男だった。

 

 彼は魔王と名乗り、ある魔術儀式で負った後遺症を何とかできないかと相談を受けた。

 それに対し魔王の意識を阻害するものに自分の意識の一部を同調させ彼を解放するよう説き伏せると言う処置をしたが、魔王の逆鱗に触れてしまい絞め殺されそうになってしまった。

 

 それにより魔王の受けた呪いとの同調が暴走した結果が現在なのだが、少年は死の恐怖も魔王に対する恨みもなく、ただ魔王ともう一度会いたかったと言う純粋な思いだけがあった。左手が垂れ落ち延命の為に施したベッドを中心に置いた床の魔法陣も機能を停止しようとした寸前、誰かが少年の左手を握りしめ死を向えるはずだった意識を繋ぎとめた。

 

「死ぬ寸前まで恨み言一つも零さないとは呆れる位の聖者だよ。伊勢三」

 

 その声を聞いた瞬間に虚ろだった意識と視界がハッキリした。苦しみも感じなくなり手を握っていた『魔王』を凝視した。

 魔王は伊勢三の左手を握り何かを念じており、次の瞬間には掌に三つの紋様が浮かび上がった。

 

「ここに契約は完了した。サーヴァント、アヴァンジャー今この時より君をマスターと認める」

 

 契約、サーヴァントと聞いて伊勢三には思い当たる節があった。

 

「まさか、ボクが聖杯戦争のマスターに?でも何で・・・・?」

 

「結論から言えば二回に渡る大番狂わせの結果だ。そして私は二回分の聖杯に満ちた魔力を自分の物とすることになった。その膨大な魔力で色々仕組みを書き換えさせてもらった。同時にパスを通じ魔力を逆供給することで君の命を繋がせて貰った」

 

 淡々と説明する魔王に伊勢三は疑問も抱かず口を開いた。

 

「魔王・・・ボクは――――――――」

 

「言わなくていい。確かにあの処置で色々と困った事になったが、逆にそのお陰で解った事もあったし、何よりこうして戻ってくることも出来た。

 私も君同様に恨みはない。だから、もうこの話はお終いだ」

 

 瞬く間に纏められてしまった伊勢三は不平でなく安堵を浮かべた表情になり魔王を更に呆れさせた。

 

「・・・・では、これからの話をしよう。単刀直入に言うが私はこれよりサーヴァントとして第五次聖杯戦争に参加する。その間、私を現界する為に君には生きていて貰いたい。報酬として全てが終わったら人並みの青春を送らせてもらうことを約束しよう」

 

「ボクが人並みの青春を・・・?」

 

「そうだ。だからそれまでは眠っていてくれ、それが最大の協力だ」

 

 魔王は手を伸ばして伊勢三の瞳を閉じ、伊勢三は今までにない穏やかな吐息をたてて眠りに付いた。

 

 

 

 伊勢三の左手をベッドに戻した魔王は床の魔法陣に手を付いた。

 

この世全ての悪(アンリマユ)を制す者、魔王の名の下に喚起せよ」

 

 一瞬だけ魔法陣が光り、六つの魔力が散った。

 この内四つは魔王の意思が反映されていた。聖杯の器と予備の器、かつて伊勢三同様に魔王が唾を付けておいた幼い魔術師が二人、魔王の戦略ではもう一つ必要なカードがあるのだが任せらそうな〝お嬢ちゃん〟に渡るかどうか試してみかったのでそのままにした。最後の空席も何かの興になると期待して同じくそのままにした。

 

(順番通りに届いたとして早くても一ヶ月は先、聖杯戦争(ゲーム)開始は更に二ヶ月と見ていいだろう)

 

 魔王には潤沢な貯蔵魔力があり枯渇する心配はない。しかし、それだけでは勝てないのは分かりきっているし、サーヴァントである以上、飲まず食わず眠らずでも良いとしても時間は限られている。下準備に費やせる時間があるメリットは活かさなくてはならない。

 魔王は身支度を整えながらもやるべき事を整理していた。

 まずは生前に残しておいた資産を回収して活動資金を得る、次に円蔵山のレイラインに仕掛けてある衛宮切嗣の置き土産を掘り起こして武装を確保、最後に日本にいる唾を付けたマスターの一人に接触して交渉し味方に付ける。

 後は現地入りして十年で変わった街を調べて網を張り、現地にいるマスターと海外にいるマスターを監視調査し確実な情報を基に計画を練る。前回同様に即席の策でなく勝つ為の入念な計画を持って望む。勿論、イレギュラーが起きれば調整しなければならないが海外にいるもう一人の魔王に縁あるマスターの協力を得られれば勝利は揺るがないと自信があった。

 

 

 

***

 

 

――― 一ヶ月前

 

 

 二ヶ月で活動に十分な資金を増やし余裕を持って武装を整えた魔王は、雨が降りしきる山の中、新たなるマスターに接触を進めようと足を進めた。書き換えたルールによりサーヴァントの召喚は感知できたが、どんなサーヴァントが呼ばれたのかまでは分からない。出来るなら自分と相性のいい英霊であることを期待して召喚の場に来た魔王は驚愕に目を開いた。

 

 そこには協力を取り付けようとしていた魔術師、仁賀征爾が物凄い形相で死んでいた。

 近づき遺体に触れた瞬間、魔王は死因を理解した。毒の呪術、しかも感染したものに残留し犠牲を連鎖させる何とも性質の悪いものだ。

 

(召喚早々にサーヴァントに反旗を翻されたか?)

 

 しかし周りを見渡しても戦闘の痕跡はない、遺体も苦しんだ顔以外は綺麗なもので服にすら異常はない。つまり仁賀征爾は全く無抵抗のまま殺されたことになる。

 だが、ここまで簡単に殺すことが出来るなら何故今殺す必要があったのか?サーヴァントはマスターが居なければ現界出来ない、だから自分もマスターを延命させる処置を施したのだ、麓の町はそれ程広くないマスターに適した魔術師が居るとは考えにくい。

 

 つまりこの殺しはサーヴァントにとっても予期せぬ或いは不本意だったものか、前提条件を覆せる単独スキルとその範囲内に適した魔術師が居る確信と土地感を持ったサーヴァントが召喚されたのか。前者であるなら今から追いつき発見できる可能性は有るが後者なら自分同様の現代かもっと先の未来の英霊と言う可能性が高く探し出すことは不可能だろう。

 

(まだ始まってもいないのに躓くか踏みとどまれるか。どちらにしても賭けるしかないか)

 

 サーヴァントは聖杯の下に集うならば冬木を目指すのは自明、マスターが居ないなら霊体化し魔力消費を抑え一直線に向うはずだ。速度は不明だが召喚直後に発ったとしてもそれほどの時間は経っていない。魂喰いをするとしても人通りのない道で運任せなどと言う愚考はしないだろう。

 魔王は現在地から冬木まで地図を思い浮かべ山道に置いてある車を飛ばして追いつける並びそれなりに人が集まっているポイントを割り出した。

 

 

 

***

 

 

 髑髏の仮面が落ちていた。直ぐ近くには誰かが悶え苦しんでいた。

 瑞々しくしなやかな容姿の女性。外見年齢は十代の後半ぐらい。褐色の肌を覆う黒衣は体にぴったりと張り付いており、均等の取れた肉体のラインをありありと見せている。その妖艶な姿は行きずりの男達を駆り立てるが―――――

 

妄想毒身(ザバーニーヤ)

 

 逆に男達が女性の餌食になる・・・・はずだった。

 

「そこまでだ」

 

 黒いコートを着た男、魔王が近づいてくる。その歩に比例して毒気も押しのけられていく。

 女性の毒気にやられかけていた男達は正気を取り戻し魔王の得体の知れない気配におびえ去って行く。

 

 完全に二人きりになった所で魔王が口を開いた。

 

「なるほど、肉体全て吐息までが毒その物、それがお前の宝具と言うわけか。

 されど自身で制御は出来ない。マスターを殺したのはやはり不可抗力だったか」

 

 目の前の男が何者か、何故殺したマスターの事を知っているのか・・・・などの疑問は沸いてすらこず強靭な幻想主すら殺す自分の宝具を物ともしない魔王に女性は生前からの望みが叶うかもしれない大きな期待ならぬ希望に魅せられていた。

 

 そして魔王はその表情と制御でない宝具、無抵抗に殺された仁賀征爾の有様から女性の孤独と望みを見抜き言葉を掛けた。

 

「私はこの世全ての悪を制する者、魔王。故に私がお前を制する者に相応しい、応じるなら私にその身命を尽くし捧げよ」

 

 魔王が両手を広げ迎え入れる格好を取ると女性は縋り付くように口付けをした。女性の宝具が発動するが魔王側から流れる〝何か〟に押し負け、同時に枯渇していた魔力が身体に満ちた。

 

「サーヴァント、アサシン・・・静寂のハサン。以後、汝を主と認め身命を尽くすことを誓う」

 

 アサシンは生気を取り戻し絶対的な忠誠を込めて魔王に跪いた。

 

(まさか今回もマスターになるとはな。修正範囲内で済んだとは言え奇妙な感じだ)

 

 魔王の右掌にはアサシンが剥がした仁賀征爾の令呪があった。

 

 

 

***

 

 

 

―――十日前、冬木市の古い洋館。

 

 魔王は我が目を疑いながらも額に手を当てていた。

 目の前には協力を取り付けようとしたもう一人のマスター、バゼット・フラガ・マクレミッツが左腕をもがれた状態で死に掛けていた。

 

(一体これは何なんだ・・・)

 

 先日の仁賀征爾と言い伊勢三と言い何故、皆死に誘われていくのか。特にバゼットは最も頼りにしていた魔術師だったので治療して可能な限り情報を得る必要がある、それも可及的すみやかに・・・・とは言っても魔王は魔術師でも医者でもない、兵士としての応急処置の心得はあるが、それでどうにかなるレベルではない。

 セオリーでは教会に連れて行くのだが前回の事を考えると信用できない。取れる手段は止血して県外の病院に連れて行くしかない。身分証や保険の確認をする時間はないので十割診療並びに口止め料もプラスして相当の金を積まなければならないだろう。

 

(予想外の時の為に選り分けておいた資金を早速使うはめになるとは)

 

 そんな事を思いながらも魔王は止血を終えバゼットを抱きかかえた。

 

「アサシン、お前は冬木に留まり町の監視、怪しい動きがあったら報告しろ」

 

 実体化し頭を垂れるアサシン、その姿を髑髏の仮面に黒衣でなく現代の格好に変装した姿だった。外国人が多い冬木ではベストと言えるだろう。

 

 

 

***

 

 

 冬木に戻る車の中で魔王は現状を確認していた。

 名実ともに大きな病院に大金を振り込み警察その他の司法機関に口止めするよう交渉し、治療を終えたバゼットに魔力を流し聞き出した情報では、彼女を襲ったのは今回の監督役である言峰綺礼でありランサーのサーヴァントと左腕ごと令呪を奪われたそうだ。

 言峰綺礼と訊いた時、魔王は黄金のサーヴァントを思い出し綺礼の狙いを悟った。

 

(腐っても神の使いと言うわけか。魔王たる俺の邪魔をする)

 

 更にアサシンからは間桐からライダーのサーヴァントが召喚されたとの事だがマスターは自分が指定した聖杯の予備でなく、偽臣の書を持った一般高校生が活動をしていると報告を受け、遠坂の方は未だにサーヴァントを召喚した気配がないと言う。

 

(前提条件が次から次へと崩れ行くな。俺のやろうとしてる事に神いや世界の抑止力が働いてるとでも言うのか?)

 

 まだ始まってすらいない聖杯戦争で用意していた計画がダメになってしまったが、逆に考えればまだ挽回の余地はあると言うことだ。

 

(一から組み直すか。戦う相手のバックに文字通りで世界が付いているなら前回の様な保身を第一とした戦略はダメだ。俺自身も相応どころか全てを賭けなければならないかも知れないな)

 

 

***

 

 

―――二日前

 

 アサシンに冬木教会を監視させ、魔王はもう一人の空席候補がいる深夜の遠坂邸を自ら監視していた。邸の直ぐ目の前に車を止めると言う生前では考えられない堂々とした方法で―――――そして邸に強烈な光と轟音が響きとうとう待ちわびた瞬間が来たと悟った。

 

(やっとか、宛が外れたかと思ったがどうにか期待通りになったか。それにしてもさっきの音はなんだ?)

 

 些細な疑問を抱くも携帯電話を取り出し番号を押す。数秒後、お目当ての相手が出た。

 

『もしもし、誰よこんな時間に!』

 

「んん。何だか上機嫌とは程遠い声だな。だが久しぶりに声が聞けて嬉しいよ」

 

『なぁ!』

 

 予想通りのリアクションに笑みを浮かべ用件に入る。

 

「よければ明日会えないか?遠坂凛(お嬢ちゃん)

 

『魔王!!』

 

 明日の早朝に新都の駅前に待ち合わせの約束をして通話をきる。声の様子からして今、邸では修羅場に近い事が起こっている気がするが気にせず去って行った。

 

(アサシン。たった今第六のサーヴァントが召喚された。明日、そのマスターと会うことになった冬木教会の監視は明日で終わりだ。変わりに監視対象をもう一人の空席候補に切り替えろ。俺はアインツベルンの森の近くで待機して様子を見る)

 

(魔王、危険です。万が一に戦闘が起きたことを考え私も近くに潜んでいたほうが――――)

 

(あのお嬢ちゃんが今俺と戦うことを選択することはありえないさ。殺り合うなら然るべきシチュエーションを求めてくるだろう)

 

(その様な希望的観測で―――――――――――)

 

(くどいぞ。行動を強制されたくなければ命令に従え!!)

 

(・・・・・・承知しました)

 

 数秒の苦悶の後、アサシンは命令続行を承諾、魔王は車のエンジンをかけ新都に向った。

 

 

--- 一日前

 

 

 霊体化し新都の駅ホームで一夜を過ごし日の出とともに駅前の広場を見る。そうして数時間後に案の定、約束より早い時間に凛はやって来た。

 

(母親同様、律儀と言うか何と言うか・・・・それにしても随分と成長したものだ)

 

 現在の凛の美少女と言える姿は魔王を深い意味もなく感心させた。

 そして自分を探し辺りを見渡している凛に声を掛け、新都の公園で雑談する。その際に凛のサーヴァントが姿を現した。

 

(真っ当な一騎打ちをするタイプに見えないからアーチャーかな?)

 

 敵の姿を確認し凛に自分の存在を焼き付けることに成功した魔王は席を立ち、宣戦布告をしたが―――――

 

「魔王、これだけは言っておくわ。アンタを倒すのは私よ、だから詰らない奴に倒されるじゃないわよ」

 

「いい返事だ。この十年で身体も心も成長したようだな、実に()好みだ」

 

 凛の台詞に心底嬉しくなり魔王は彼女を認め少し心を開いた。あくまで敵として・・・・

 

 

***

 

 

―――当日

 アインツベルンの森に続く山道に向う前に車にガソリンを入れながら、魔王は聖杯戦争の始まりが近いことを予感し改めて現状を確認していた。

 出揃ったサーヴァントは六名、接触できた正規のマスターは自らのも含め四名、その内の二人は脱落し片方は自分がもう片方は言峰綺礼が穴を埋める形になっている。

 残る二名の内、優先的にするべきは正規の器であるアインツベルンとの接触だろう。幸いにも凛同様に自分を強く焼き付けるだけの材料はある。間桐の方は接触する必要が感じられない、と言うかアサシンを通じて見た代理マスターなら簡単な小細工で始末できそうなので保留。

 

(現状で一番の気掛かりは最後の空席だな)

 

 アインツベルンに接触するために機会を窺っていたが、マスターの銀髪の少女が接触し赤髪の少年に口にした言葉『早く呼び出さないと死んじゃうよ、お兄ちゃん』が切欠だった。

 

 調べてみると相手は十年前に衛宮切嗣の養子になった衛宮士郎という少年で切嗣自身が五年前に他界した際に前回拠点にしていた武家屋敷を相続したとのことだ。

 十年前と言えば言うまでもなく第四次聖杯戦争及び冬木の大火災、まず間違いなくその生き残りと見ていいだろう。切嗣なりの罪滅ぼしなのか真意は知れないが、屋敷以外にも相続させたものがあるかも知れない。

 

 ここまで考えた時、明確な根拠もなく全くの直感で金髪碧眼の少女のサーヴァントが頭に浮かんだ。

 

(もしそうなら、最後の最後に嬉しい誤算だな)

 

 されど確信があるわけではない、現状はアサシンに遠目で観察させるに留めている。仮に死んだらそれまでだったと言う話だ。

 ガソリンを満タンにし山道近くの適当なパーキングで目標との最適な接触を模索する。

 

 鍵となる衛宮士郎は普通に学校に登校するも夜になっても帰宅の気配がなく、何の因果か校庭でアーチャーとランサーの戦いを目の当たりにして夜の学校を必死で逃げていた。

 そしてランサーに殺された時、それまでの話だったと落胆しかけたが測らずも、凛が魔術で助け命を繋げたときは色んな意味で苦笑した。

 

(恋慕には感じられないし、借りでもあるのか?それとも世界はあの少年に味方しているのかもしれないな)

 

 そうだとすれば返って好都合だ。それも程なくハッキリするはずランサーは再び体を引き摺りながら帰宅した士郎を襲い、士郎も今度は抵抗しているが明らかに遊ばれ土蔵に追い詰められる。

 

(さぁ、どうなる?)

 

 その時、士郎の後方の魔法陣が光り小柄な人影が現れランサーを退かせた。

 

『サーヴァント、セイバー召喚に従い参上した。問おう、貴方が私のマスターか?』

 

 その言葉、その容姿全てが魔王の期待したものだった。

 間違いなく前回と同じセイバーのサーヴァントだ。やはり衛宮切嗣はあの英霊(少女)に縁のあるものを残して置いたのだろう。そうでなければこの事実に説明が付かない。

 

 その後、セイバーはランサーと一戦交え宝具を受け負傷するもランサーを撤退させえることに成功した。

 

(アサシン、もういいぞ。お前も撤退しろ、今すぐアインツベルンに会いに行くからお前も付いてこい)

 

 そう命令し魔王は車を走らせた。予想するまでもなく衛宮士郎に目を付けていたのはアインツベルンが先だ、寧ろ殺し合いたくてウズウズしているはずだ。そうなる前に接触し注意を自分に向けさせる必要がある。

 自分が思い描く最高の終わりにはセイバーは最適だ。この時、魔王の新たなる戦略は確定した。

 

「さぁ、いよいよ聖杯戦争(ゲーム)の始まりだ」

 

 




 本当の戦いはこれからです。


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始まりの夜

 一度、凛の視点に戻ります。


 敗北が目の前に迫っている寸前でも凛の思考は冷静だった。上空にいるサーヴァントは自分が求め止まなかったセイバーだと悟った。

 

(切り抜けるにはアーチャー本来の戦いに持ち込むしかない)

 

 その為には距離をとる僅かな時間が必要、最高の対魔力を待つ相手に魔術は通じない。令呪は無駄に消費できない、答えの出ない思考で浮かんだのは魔王との対面した場面だった。

 

『私は魔術師でないがキャスターは英霊にまでなった魔術師だ。当然、この部屋にも対策は施してある』

 

 部屋即ち空間、その瞬間凛は宝石を投げつけセイバーに当たる手前の空間で発動させた。それは一瞬の光となりセイバーの動作をほんの僅かだけ鈍らせた。

 その僅かな時間こそ凛が求めたモノ、先の令呪によりアーチャーは凛の意図が言葉にする事無く伝わっており、後方に飛び退き黒弓を構えて対峙するまで正に最速で行った。

 

「中々にいい判断だ魔術師(メイガス)、だが勝負はまだ付いていない」

 

 セイバーの口調は静かなれど必勝の気迫はハッキリと伝わって来る。その気迫に凛も負けない気迫で応じ、同様にマスターを背にするアーチャーも今までになく真剣な表情で矢に魔力を込めた。

 

 緊迫した空気が支配しセイバーが不可視の剣を構え乾坤一擲の勝負に出ようとする、アーチャーも怯む事無く応じる姿勢を取り互いに必殺のタイミングを窺う睨み合いが続く・・・・・・・・はずだった。

 

「待て!!セイバー!」

 

 その場に不釣合いな間抜けな声が響き全てが台無しになってしまった。

 凛は胡乱な目でセイバーは不満とも困惑とも取れる目で声の主、衛宮士郎を見た。

 

「・・・・セイバー、一先ず剣を引いて話をしない?貴方のマスター五里霧中の状態みたいだし、私としても今戦っても不本意な結末にしかならなく思えて来たし」

 

 前に出てアーチャーを消す凛にセイバーも納得しきれないまでも剣を下げた。

 

「改めて、今晩は衛宮君」

 

「え?・・・お前・・遠坂・・・・?」

 

 困惑を隠しきれない士郎を尻目に、説明は中でと屋敷に入っていく凛、士郎とセイバーもそれに続いた。

 

 

 

***

 

 

 同時刻、魔王はアサシンを後ろに控えさせ銀髪の少女と二メートル超えの巨人と向かい合っていた。

 

「アナタたちサーヴァントね。なら潰すと言いたいけど、今夜のわたしは大事な用があるの。見逃してあげるから去りなさい」

 

 イリヤはニッコリした表情で言うが声には絶対の含みがあった。

 

「解っている。衛宮士郎の所に行くのだろうアインツベルン」

 

 イリヤはパッチリと目を開き、その仕草で魔王は食いつかせるのに成功したと畳み掛けた。

 

「それにしても銀髪や容姿まで前のお人形(ホムンクルス)によく似ているのに、その幼さは何かの戦略か?それとも最後には金の杯に変わってしまうのだから関係ないのかな?」

 

「・・・・なんでアナタがそんな事を?一体何者なの?」

 

「私はアヴェンジャーのサーヴァント、生前は魔王と名乗り、前回の聖杯戦争ではキャスターのマスターとして参戦していた」

 

 右手を胸に添えて挨拶する魔王にイリヤは困惑を隠しきれなかった。

 

「ア、アヴェンジャーって・・・でもアナタどう見ても――――」

 

「ああ、私は生粋の日本人だ。三回目で君たちが呼び出し者とは別人、正確にはソイツを負かして成り代わった云わば二代目の復讐者(アヴェンジャー)だ」

 

「二代目・・・って事はアナタもスペックは人間とそう変わらないって事?」

 

「その通り、だが完全に唯の人間と言うわけではないし相応のカードも用意してある」

 

 魔王の自信に満ちた態度と側に居るアサシンを見ながらイリヤは困惑から持ち直した。

 

「へぇー。だからわたしを誘拐しに来たって訳?お生憎様、わたしのバーサーカーは最強なんだから、何人で来ようがどんな宝具だろうが蹴散らすわ。兎に角わたしは急いでるの!早く其処をどきなさい!!」

 

 語彙を強めて言うイリヤに魔王は慎重に言葉を選んだ。

 

「アインツベルン、君はまずどちらを殺したい。父親の愛情を掻っ攫っていった何も知らない義兄妹と両親を負かし悲願をうち砕いた男と?」

 

「どういう意味よ?」

 

「さっき言っただろう、私は前回マスターとして参戦していたと聖杯の器の事はアヴァンジャーとしてでなく実際にこの目で見たから知っていたのだ、そしてその時点で衛宮切嗣はマスターではなかった。つまり私もまた君の復讐の対象になりえると言うことだ」

 

 イリヤは魔王の説明にイライラを募らせた。

 

「つまりアナタはどうしてもこの場でわたしに殺されたいと?そんなに殺ってほしいなら殺ってあげるわよ」

 

 一見すれば魔王はピンチに立たされているが、イリヤは魔王のペースに巻き込まれつつある。後ろに控えているのがバーサーカーでなければイリヤを嗜めただろうが、たらればなど何の意味もない。

 

「まさか、それはまだ先が好ましい。そして更に先にはセイバーに遣って貰いたい事があるので、今夜は見逃してやってくれとお願いしに来たんだ」

 

「アナタの勝手な予定にあわせる義理はないわ!わたしはお兄ちゃんのところに行くの!どきなさい!!」

 

 この時、魔王は勝利を確信し本題を切り出した。

 

「アインツベルン、君もアンリマユの真実を知っているなら聖杯の降臨もご両親の願いの成就も不可能だと解ってるはず。君自身の興味は衛宮士郎にしかない」

 

「さっきからそう言ってるでしょ!わたしはお兄ちゃんをわたしの物にするの、どんな形だろうとね。悪い!!」

 

「いいや何も悪くない。悪くないが勿体無いと思わないか?」

 

「勿体無い?」

 

「君が衛宮士郎と絶対に心中すると決心しているなら何も言うことはない。だが死んでしまえばそれで終わり、生きてそれ以上のものを求め欲する心は全くないのかな?」

 

 話の流れが変わりイリヤだけでなくアサシンやバーサーカーの僅かな理性もそれに反応する。

 

「アナタに何が出来るの?」

 

 イリヤから発せられた言葉には静かながらも重い響きがあった。返答を誤れば魔王は終わりだろう。

 

「君の背負った業を肩代わりすることが出来る。その後で衛宮士郎と暮らせていけるだけの物を用意することも」

 

 魔王の返事はイリヤには大変魅力的だが〝はい。そうですか〟と応じるほど愚かではない。

 

「信じられないわね。その話を信じる証拠か根拠の提示を求めるわ」

 

「ご尤もなれど、その要求に現時点では応えられない。だからこそ取引したい数日中にサーヴァントを二、三体ほど倒す、そうすればその魂は君に回収される、そうなれば要求に応じることは可能だ。変わりに条件が整うまでは衛宮士郎とセイバーには手を出さないで貰いたい。無論、出来なかった時はアサシン共々魂を差し出そう」

 

 魔王の提案は少なくともイリヤには損はない。成功すれば本当の意味で望みが叶うし、失敗しても問答無用で落とし前を付けさせれば帳尻は合う。

 だがこの提案は魔王が勝利を求めているのが前提で成り立つ、聖杯の真実を知っているなら勝利して何をなすつもりなのかが解せなかった。

 

「アヴェンジャー、何を思ってこの戦いに参加してるの?一体何を求めているの?」

 

 イリヤの問いに魔王は不敵な笑みを浮かべる。

 

「私の望みはいくつか段階を踏むが、最終的に目指すのはこの世の全てを終わらせる。勿論、そうなるのはかなり先になるだろうから君は安心してくれて構わない」

 

 その答えに絶句するも何故か嘘で言っているようには思えなかった。

 かつて全く正反対の願いを抱いていた男を知っているからか、そう思ったときイリヤは少しだけ愉快な気分になった。

 

「へぇ、アナタ本当に魔王なのね・・・・・いいわ、その取引応じてあげる。でもアナタの言葉を信じる為には納得できる()()()()()することを条件に加えさせてもらうわ。それとお兄ちゃん、いや()()()()以外のサーヴァントをどうしようとも文句を言わないこともね」

 

 つまり成功しようがバーサーカーと戦え、失敗すると判断したら早々に潰しに行くと暗に言っていた。

 

「ああ、それで構わない」

 

 即答する魔王に頷き帰っていくイリヤ、魔王も計画を次の段階に移す為に車に戻りエンジンをかけ去っていった。

 

 

***

 

 

 凛から簡単な概要を説明され新都の冬木教会で言峰綺礼の前でマスターとして戦うことを宣言した衛宮士郎は深見町に戻ってきた。そして遠坂凛と別れるために挨拶をしようとしたが―――――――――

 

「ここでお別れよ。明日から敵同士、せいぜい気を付けなさい。セイバーが優れててもマスターがやられたらそれで終わりなんだから・・・・って言うかそれならいっそ一両日中に再戦しない?さっきの勝負も不完全燃焼だったし」

 

 グツグツと闘争心を滾らせる凛に士郎は少し引いて首を横に振る。

 

「いや遠慮しておく。それにしてもさっきも思ったが遠坂は本当に聖杯戦争に賭けてるんだな」

 

「解りきったことを言わないでよ。少し助けたからって情を移すなんて甘い真似してたら〝アイツ〟に辿り着くことすら出来ないわ」

 

「アイツって知り合いが参加してるのか?もしかしてライバルとかか?」

 

「強いて言えば十年越しの仇敵よ。これ以上は教えてあげない、アイツは私の獲物なんだから・・・・ああ、もし衛宮君が目を付けられたら知らない間に倒されてることもあるかもしれないから、そうなったら直ぐに教会に逃げ込みなさい、これは最後の忠告よ」

 

 凛は話しながらも闘争心が高まっていき、それを感じた士郎は顔も知らないアイツに同情した。尤も事情とアイツの正体を知ればそんな感情は一切起こらないだろうが・・・それどころか凛を差し置いてでも積極的に倒そうと躍起になるだろう。

 一方セイバーは凛にここまで言わせるまだ見ぬ敵を思い一層気を引き締めた。こちらもアイツの正体を知れば、ある意味誰よりも情を捨て倒すことに心血を注ぐだろう。

 

 そして今夜、その相手に知らない間に助けられたことを知ればさぞ複雑な気持ちを抱くのは間違いないだろう。その時が来ればの話だが・・・・・

 こうして聖杯戦争開始の夜は過ぎていった。

 

 

 

 

 




 正義の味方は魔王の野望を打ち砕き、果たして世界を守れるでしょうか?


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イレギュラー排除

 今回は二度の聖杯戦争を通して初めて魔王自身が戦います。





 ―――二日目

 

 

 冬木市新都のマンションの一室で朝を迎えた魔王はコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。アサシンは命令待機状態で側に控えていたが魔王が新聞をたたみ立ち上がったのに合わせ口を開いた。

 

「いよいよですか。何から始めますか?」

 

「新聞の三行広告にメッセージを掲載する」

 

 疑問をもっても可笑しくない魔王の言葉にアサシンは粛々と返す。

 

「メッセージですか?」

 

「ランサーへの宣戦布告、掲載は明日で明晩には決戦だろうから気を引き締めておけ」

 

「それなら私が直接届けたほうが、より確実では」

 

「見せたいのが一人ならそうするが、今回は他にもいるのでな。気付くかどうかは未知数だが駄目だった時はお前の出番だ」

 

 時間を確認し新聞社に電話をかける。

 

 

***

 

 

 昼すぎ、新聞社に上乗せした広告料を振り込み目に付くところに掲載するよう依頼した後、魔王とアサシンは大手の服屋でスーツを新調していた。

 現在はアサシンが試着をしていて魔王は終わるのを待っている。しかし流石のアサシンもこの行動には困惑を隠しきれなかった。

 

「つまらないことを聞きますが、明日決戦であると言うのに何故にこの様な格好が必要なのでしょうか?」

 

「観客が来た場合の為だ、お前には立会人として宣誓して貰う。そうなれば高潔な英霊が来た場合は横槍を入れないだろうし、狡猾な輩なら漁夫の利を得ようとほくそ笑むだろう」

 

 アサシンは魔王の返答に驚愕しカーテンを一気に開けて飛び出した。

 

「まさか一対一で戦うのですか!無謀です、アナタの戦闘能力は私より―――――」

 

「準備は整えてある。勝算のない戦いに身を投じるほど愚かではないさ、心配するなら戦うより逃げる算段を考えてろ。

 それにしても中々に似合うな、その正装なら立会人としての格好も付くだろう」

 

 サラリとアサシンを受け流して今度は自分の服を試着、全く同じコートを三着(・・)選ぶ。 

 

「何故同じものを?」

 

「明日駄目になってしまうだろうからな、何度も買いに来るのも面倒だろう。

 さて、もう用は済んだ。支払いを済ませてくるから先に車で待っていろ」

 

 車の鍵を渡してレジに向っていく、アサシンは釈然としないも指示に従い店を出た。

 

 

***

 

 

 夕刻、冬木市の古い洋館。

 遠坂凛は口に手を当てながら目の前の状況を整理していた。魔術教会からマスターが派遣されると言う情報を事前に得て、いざ戦いを挑みに来たのだが、着いてみれば全く人の気配がなく、あったのは大量の古い血痕と治療したであろう道具が放置されている部屋だった。

 

「ねぇアーチャー、これどう思う?」

 

「短絡的に考えれば我々より前に誰かが来て一戦交え、此処を拠点にしたマスターが敗退した、その後一般人が来て応急処置をして病院にでも連れて行ったとするが・・・・」

 

「ええ、倒したマスターの息の根を完全に止めないなんて不合理だし、予想外の事で生き残ったとして一般人が発見したとしても騒ぎはおろか噂にすらなっていない、綺礼が情報工作をしたとしても近所が余りにも普通すぎて不自然よ」

 

 凛は床にしゃがみ改めて血痕を触る。

 

「それにこの血痕、一日二日のものじゃないわ。聖杯戦争開始は昨日の夜、明らかなフライングに不可解な現場・・・・・もしかして魔王が絡んでんのかな?」

 

 凛の行き着いた結論にアーチャーは眉をひそめる。そもそも彼女が戦いを急くのはサーヴァントを一騎討ち取れと言う魔王の挑発が基だ、それをストレートに指摘しても逆効果になりかねないし理論的に説いても通じるかどうかは疑問だ。

 故に簡潔かつ無難な言葉を口にした。

 

「それは勘か?」

 

「ええ・・・私の心がそう言ってるだけで根拠はないわ」

 

 凛は立ち上がりアーチャーに向き直る。

 

「アンタの言いたい事はわかる、確かに早計は禁物だし私は魔王に固執しているわ。でもねアイツは天才的頭脳を持った最悪の犯罪者、その思考は私たちが測り知れないもの何をしてくるのか解らない。最大限、警戒するに越したことはない」

 

「成る程、私情が混じってる自覚はあるがそれで視野を狭める事ないか。改めて感服したよ凛、我がマスターよ」

 

 苦笑しながらも賛辞を送るアーチャーに凛は照れたようにそっぽを向く。

 

「と、兎に角もうここに用はないわ。別の所を見回りに行くわよ」

 

 

 

***

 

 

―――三日目

 

 冬木教会の私室で言峰綺礼は新聞の三行広告を凝視していた。

 〝輝く貌の後任へ、第一の霊地で、バゼット達が待っている〟

 この意味は綺礼にとって至極簡単だった。輝く貌は前回のランサー『ディルムッド・オディナ』の二つ名だ、その後任とは今回のランサーのことだ。第一の霊地とは柳洞寺を指し、バゼットは言うまでもなくランサーの本来のマスターだ。達と言う表現からして、この文は〝ランサーへ柳洞寺でマスターとサーヴァントが待っている〟と言うことだろう。

 

 しかし綺礼はその意味よりもやり口のほうが引っ掛かっていた。かつて自分を利用した魔王と名乗るマスター、当時も手紙と電話越しの声による迂遠なやり口で自覚する事無く誘導された。

 

(まさか、生きていたのか?いやそんな筈はない・・・・だが・・・)

 

 答えの出ないループに嵌りそうになるが、思考を切り替えて回避する。バゼットから奪ったランサー、その役割は敵の陣営を探ることにある。未だに接触できていないのは二組、新聞の挑戦状の主はそのどちらかの可能性が高い。ならばこれまで通り向わせて適当な所で切り上げるのが上々だが、万が一にも自分が思い浮かんだ相手なら最後までやらせてみたい。

 

(もしそうであるならギルガメッシュの戦意も高まる。ただの偶然だった場合でもバゼットと縁のある者なら捨て置けん)

 

 リスクとメリットを吟味し綺礼はランサーに掛けた令呪を解く決断をした。

 

 

 

***

 

 

 同じ頃、セイバーも新聞を凝視し首を傾げていた。

 

(輝く貌は前のランサー、霊地は柳洞寺で間違いないが最後のバゼットとは何者だ?)

 

 文面からすれば柳洞寺にランサーを呼ぼうとしているのは解るが、何の為に更に大衆に回る新聞を使うというやり方も解せなかった。

 

 直接柳洞寺に出向いて調査するのがベストではあるがマスターである士郎は今は不在であり、相手の意図がまるで見えてこない懸念に加え、この事を説明しようとしたら切嗣のことも説明しなければいけないかもしれない私情もあって行動を躊躇わせていた。

 

(士郎には柳洞寺で何かが起こる。それを主にして慎重に話をするべきか・・・)

 

 マスターとは言え、いやマスターだからこそ前回の聖杯戦争について何処まで話すべきか、セイバーは何ともいえないジレンマに陥りながらも思案を続けていた。

 

 

***

 

 

 夜、円蔵山。

 柳洞寺に続く石段の前でランサーは闘争心をみなぎらせていた。不本意にマスターを変えられ全力で戦うことが出来ない縛りを与えられていたが、今から始まるだろう戦いにはそれはない、出来ればセイバー級の敵であって欲しいと期待し軽々と石段を登っていく。

 途中、本来の召喚者であるバゼットが持っていたルーン石の耳飾がこれ見よがしに置いてあり、そこには柳洞寺から逸れた脇道があった。

 

(戦うのはこの先でって事か。面白れぇ)

 

 しばらく進んでいくと大きな空洞がありスーツ姿の褐色の女性が待っていた。付いて来いと無言のまま歩いていき、そのままに空洞に入ると程なくして黒いコートを着た男が待っていた。

 

「よぉ、お前が魔王か?色々と話は聞いてるぜ。サーヴァントだったのは以外だったな、見たところそっちの女もサーヴァントだな、ずっと探してた奴らと揃って会えるとはな」

 

 飄々とした口調で槍を構えるランサーに魔王も余裕で返す。

 

「随分と気合が入っているようだが、セイバーの時同様に途中退場したりしないよな」

 

「いいや、それはない。今の雇い主からはお前は絶対倒せと言われてるからな、だからお前には感謝してるぜ、二人掛かりで来ても文句はねぇ」

 

「残念ながら彼女は居るのは別の役割があるからだ」

 

 魔王の目配りにアサシンは右手を挙げ口ずさむ。

 

「私、静寂のハサンはこの場の戦いの立会人として存在し、どちらが勝とうと勝者の不利になる事は全力で阻止することを此処に誓います」

 

 その宣誓に目を見開きながらも益々気を良くしたランサーは改めて槍先を魔王に向ける。

 一方魔王は自然体のまま立っているだけで隙だらけだが、ランサーの本能が警戒を告げている明らかに何かが有ると見たほうがいいだろう。

 

(だがどう見ても力や技で戦うタイプじゃない、言峰から聞いた話だと謀略に長けた男だとのことだが、この決闘方式からして何かの罠か?)

 

 足を動かし魔王の周りを回りながら打って出るタイミングを窺うランサー、一方魔王は視線をランサーに定めるだけで一歩も動かない。嘘か真か強者の余裕が感じられる姿、ランサーの闘志は極限まで高まり、とうとう打って出た。

 

「ハァーーーー!!!」

 

 魔王に向かい真っ直ぐに槍を突き出すランサー、だが届く前の空間で爆発が起こり槍が跳ねる。そうして出来た隙に魔王はランサーに向けて指を鳴らす、その瞬間ランサーのいた場所が続けざまに三度爆発する。

 されど其処にランサーの姿はなく側面の壁に槍を突き刺し退避していた。

 

「面白れぇ真似するじゃねぇか。ただの爆発じゃねぇなドス黒い魔力を感じる、あれが貴様の宝具か?」

 

「いいや、とある魔術師が残した爆薬類を私の魔力でコーティングした武装だ。基本的には唯の爆弾と変わらないから対魔力は役に立たんぞ」

 

 再びランサーに向けて指を鳴らす魔王、唯の爆弾といいつつも付加された汎用性と底上げされた威力は凶悪の一言に尽きる。

 ランサーも縦横無尽に飛び回るも着地した瞬間に足元が爆ぜるのは神経を削り、おまけにパターンを読みきったのか誘導しているのか爆ぜるタイミングはどんどん早くなっている。

 

「どうした?このままではジリ貧だぞ」

 

 安い挑発を口にする魔王、その姿は隙だらけだが油断が感じられない。挑発に乗って突っ込んでいったらタダでは済まないだろう。しかしそんな危険(スリル)に満ちた現状は逆にランサーを興奮させた。

 

「いいねぇゾクゾクするぜ!ならばその心臓、貰い受ける!!」

 

 移動しながらもルーンを描き爆発の威力を軽減させながら速さを吊り上げ、空中に飛び散った岩の破片を足場にして一気に魔王に迫る。撃墜の為の爆発を起こすも間に合わずとうとう槍が魔王に届いた瞬間、魔王は不敵な笑みを浮かべ彼自身が爆発した。

 

(自爆!!?)

 

 今までとは段違いの威力にランサーも吹き飛ばされ辺り一面を爆煙が覆う。体勢を立て直そうとした瞬間に背後から気配を感じ振り向くと魔王が正拳突きを放ってきた。されどその突きは常人のレベル、かわすのは造作もないが魔王は拳が届く寸前に手を開き瞬間、ランサーの顔面が爆ぜた。

 

「がぁあああ!」

 

 右目が殺られるも戦意は衰えず残った左目の端で捕らえた人影に槍を振るうが切り裂いたのはコートだけで段違いの爆発がダイレクトにランサーを包んだ。

 

 煙が晴れていく中、スーツ姿の魔王はワザとらしく嘆息した。

 

「せっかく奮発して二着もコートを駄目にしたと言うのに、中々にしぶといな」

 

「オレの命がコート二着だってか?笑えねぇ冗談だな」

 

 右目を押えつつもそれ以外は致命傷を負っているようには見受けられない。ランサーの周りには移動中に描いてたものとは違うルーン文字が輝いていた。

 

「あの一瞬でよく間に合ったな。それとも切り裂く前には描き終わっていたのかな?」

 

「さぁ、どっちだろうな?貴様こそ自爆したと思った時は驚いたが全くの無傷とは恐れ入ったぜ」

 

「自分の能力で殺られるような馬鹿じゃないさ」

 

 お互いに飄々とした口調だが戦闘、会話共に魔王が主導権を握っている。ランサーは敗走が許されないアトゴウラのルーンを描き次で勝負に出る覚悟を決める、それ以外に勝機はない。

 

「ハッ、言うねぇ。だったらオレの宝具(ちから)で殺ってやるぜ!!」

 

 覚悟と殺意と魔力を槍に込め構えるランサー、一方魔王は相変わらず隙だらけでありながらも余裕の態度を崩さない。あくまで受けに回る魔王にランサーは真名解放し宝具を発動させた。

 

刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)!」

 

 紅い槍が妖しく輝き『心臓を貫く』と言う結果が作られ、槍は寸分の狂いもなく魔王の心臓を貫く筈だった。されど心臓の手前で槍は止まり紅い槍は黒く変色していく、この予想外の展開にランサーは声もなく驚愕する。

 

「・・・・・・!!!」

 

 そして、そんな決定的な隙を見逃す魔王ではなく左手でランサーの腕を押え、喉下に右手の二本指をつき立て爆ぜる。

 今度こそ致命傷を負わされ倒れるランサー、その表情は〝何故だ?〟と訴えており冥土の土産に種明かしを始める。

 

この世全ての悪(アンリ・マユ)。それが私の唯一の宝具、力の正邪を問わず全てを真っ黒に塗りつぶし封殺する能力、君の槍の呪い程度どうとでも押さえ込める。

 それと事のついでに教えておこう。君の本来のマスター、バゼット・フラガ・マクレミッツは安全な所に匿っておいたから安心しろ」

 

 魔王の説明が終わるとランサーは驚愕から挑戦的な笑みを浮かべ完全に消えた。それと同時に何者かが一人去っていくのを感知していた。

 魔王はアサシンから最後のコートを着せられながら尋ねた。

 

「去っていったのは何者か解るか?」

 

「紫の髪が一瞬見えたのでライダーのサーヴァントかと」

 

「そうか意外だな。あのメッセージの意味が解るのは言峰とセイバーくらいだと思っていたのだが、ライダーは間桐のサーヴァントだったな。そこに前回の事を知っている輩が居たということか」

 

 その時、魔王は前回キャスターが間桐邸には人間以外の何かが居ると言う話を思い出したが、代理マスターの件を考慮すると積極的に関わるつもりはないだろうと判断し最低限の警戒を怠らないように留めながらも利用できるかどうかを検討していた。

 

「アサシン、ライダーの代理マスターは確か遠坂と衛宮と同じ学校に通っているんだよな?」

 

「はい、その通りです」

 

「・・・・そうか。アサシン、しばらくこの近くに留まるからお前は周辺を見張れ、もし休んでいる間に客が着たら丁重に俺の前に通せ」

 

 魔王の命令が出された瞬間に霊体化し離れていくアサシン、自身は客が来た時に持て成す物を買いに行く。

 

(とりあえず明日一杯は待つが、それが過ぎたら予定通り次のイレギュラーを始末するとしよう。そうすれば後は――――――――――)

 

 

 




 力押しの意味は全てを宝具で押さえ込んでしまうと言う事で了承してくれるとありがたいです。




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闘争心と冷静

 王と王が会合します。


 ――――四日目

 

 深見町の商店街で車を停車させ魔王は近くの公園に向いながら電話を掛けていた。柳洞寺に客が来るのは、まず夜と見ていいし今来たとしてもアサシンを残しているから直ぐに駆けつけられるだろう。

 

「入金は済ませた。では明日の夜、そちらに伺うのでその時に」

 

 用件を済ませ公園のベンチに腰を掛けて思案する。目当ての相手が直ぐ近くに居るのは感知できていたので堂々としていれば向うから食いついて来る筈だ。

 

(アーチャーかセイバー。今夜、来るかどうかは微妙だがその時は俺が直接・・・・以前は人づてが当たり前だったのにな)

 

 フッと自嘲しながら買っておいた缶コーヒーを口にする。そうしていると一人の幼い子供が声を掛けてきた。

 

「・・・それって余裕の笑み?だとしたら随分、気味が悪いわね・・・・」

 

 イリヤの皮肉に対し魔王は気負いもなく正直に返す。

 

「いや、生きていた時と死んでる今を比べてたら可笑しくなってな」

 

 イリヤは怪訝そうな顔をしながら魔王の隣に座り単刀直入に話を切り出す。

 

「昨夜、早速一人倒したようね。ひょっとして明日には約束が果たされるのかしら?」

 

「いやそれはもう少し先になる。明日は衛宮士郎と話をする予定だ」

 

 サラッと聞き流せないことを言う魔王にイリヤは詰め寄る。

 

「ちょっと、どういうこと?まさか貴方、お兄ちゃんに―――――」

 

「彼には知る権利があるだろう。何より全てを話して置かなければ約束は果たせない、何なら同席して君から話すか?」

 

「・・・・いい遠慮しておくわ。けど改めて言っておくけど上手くいかなかったら容赦しないわよ」

 

 不機嫌な顔で去って行くイリヤを微笑ましく見ながら魔王はコーヒーを飲み干し車に戻って行く。

 

 

***

 

 

 穂群原学園、昼休みの屋上で遠坂凛は衛宮士郎と対峙していた。その顔は不機嫌の一言に尽き士郎は只々困惑するしかなかった。

 

「貴方ってホント危機感無いのね。この際だから今ここで倒されてみる?」

 

「ちょっ、ちょっと待て!真昼間の学校でそんな騒ぎ起こしたらまずいだろ!!」

 

 殺気が漏れ出してくる凛に正論で納めようとするも、どうにかなるとは思えず士郎は彼女の姿を見て屋上に来たのを後悔していた。

 

「ああそう、なら見逃してやる代わりに私を手伝いなさい。学校に結界を張ってるマスターを見つけ出すのよ」

 

 予想に反してあっさり引き下がるが、出てきた言葉に新たに困惑する。

 

「マスターがこの学校に?それに結界って・・・・」

 

「直接張ったのはサーヴァントでしょうね。まだ張っている途中みたいだけど発動したら死人が出てもおかしくない物騒なものよ。一刻も早く倒さないと」

 

 凛の言葉は落ち着いたものだが込められた気合は、ひしひしと伝わってくる。その様子に士郎は感心すると同時に大いに共感した。

 

「分かった。そう言う事なら全力で手伝う!

 それにしても学校を守る為に俺を見逃すなんて、遠坂って以外に良い奴なんだな」

 

 士郎は惜しみない賞賛を送るが、凛は顔を顰めながら反論する。

 

「それは勘違いよ。衛宮君を見逃すのはいつでも倒せそうだから、そしてそれ以上に私のテリトリーで嘗めた真似した奴に相応の報いを受けさせるほうが優先ってだけ・・・・そんな甘い姿勢で居たなら結界の犯人の次はアンタを討つから覚悟しときなさい」

 

 楽観的見たら忠告の範囲だが、先日の闘争心を滾らせた凛を思い出した士郎は、遅かれ早かれ戦うのは避けられないと悟り、諦めが混じりながらも気合いを入れ直した。

 

「分かった。でも今は先に倒す相手が居るんだろう?早く戦うとしてもそれからだ」

 

 覚悟を決めた士郎に満足しながら凛は犯人探しの手順を教えていった。

 

 

***

 

 

 放課後、結界の基点をそれなりに壊した凛と士郎は弓道場の前に居た。今日を含め凛が暇を見つけては学校中を練り歩き導き出した最も怪しい場所との事で、ここに至る執念と言うか根性に士郎は最早言葉もなかった。

 

「・・・いい?念押ししておくけど、サーヴァントが出てきたら直ぐにセイバーを召喚なさい。私も一対一に拘るつもりはないから確実に仕留めるの」

 

「おいおい、随分と物騒だな」

 

 背後からの声に振り返る凛と士郎、そこには二人の共通の知人である間桐慎二の姿があった。

 

「やぁ、遠坂がマスターなのは既知だったが衛宮までとは意外だったな」

 

 クスクスと笑いながら話しかける慎二の背後の気配を察知し凛は臨戦体制を取った。

 

「落ち着け遠坂!!いくらなでも問答無用は無いだろ!」

 

 今にも挑みかかりそうな凛を慌てて宥める士郎に慎二は愉快そうに口を開いた。

 

「いやぁ、やっぱり衛宮だ。そうすると思ったよ」

 

「邪魔するんじゃないの!こいつは結界を張った最有力の容疑者よ!!そうでなくてもマスターは戦うのがセオリー・・・・って言うか庇うなら二人共ここで倒すわよ」

 

「おお~、怖い。それなら今すぐ結界を発動させて色々道連れにしなきゃな」

 

「慎二!!?」

 

 今度は士郎が激昂するが慎二はシレッとした態度を崩さない。

 

「だって結界(アレ)はそう言う時の為の物、いわば保険だ。命の危険が迫ってるなら迷わず使わないと」

 

「脅迫のつもり?だとしたら逆効果よ。たった今、アンタの死刑は確定したんだから」

 

「ん~、だったら別の命乞いを考えなきゃね。そうだな、僕ら全員の共通の敵に関する情報はどうだろう?」

 

「他のマスターの情報を持っているって言うなら交渉には不足よ。少なくとも今この場に居るアンタを倒すことの方が私にとっては値が重いわ」

 

「同じ場に二体のサーヴァントが居るとしたらどうだい?しかも単純に組んでるとかでなく確実に一方に服従している関係だとしたら?」

 

 話の流れが変わり凛の戦意が収まっていく、士郎はホッとしながら話に混ざった。

 

「つまり利害の一致とかじゃなくて完全な主従関係、二体で一つの戦力として戦ってるってことか?」

 

「僕のサーヴァントはそう言ってる、そうだろライダー」

 

 瞬間、慎二の後ろから紫の長髪に眼帯をした美女が現れる。されど戦意は放っておらず事務的に言葉を発す。

 

「少なくともあの二人は対等な関係ではなかった。どう懐柔したかは解りませんが明らかに女の方は男の部下と言う印象を受けるやり取りでした」

 

 男と聞いて凛には直感が走った。

 

「ねぇ、もしかして男の方は魔王って名乗らなかった?」

 

「知ってるんだ。なら話は早い、彼は相当手強い相手だ、昨夜もランサーと決闘して宝具を完封して倒したそうだ。しかも部下の女は立会人として見てるだけだった、揃って戦うとなったら不利どころの話じゃない。だからまずはアイツ等を倒すべきだと思うんだが、どうかな?」

 

 ランサーが殺られたと言う情報は士郎を驚かせたが、凛は冷静に何かを考えに耽っていった。

 

「それは協力の申し出か?俺たち三人でそのマオウってのを倒そうって言う」

 

 士郎の問い返しに満足そうに頷き慎二は畳み掛けるように言った。

 

「その通り、見るまでもなく君達は組んでる訳じゃないようだし、三人で戦うにしても今ここでより、まずはアイツ等を倒してからの方が遥かに良いと思わないかい?」

 

 慎二の提案は理に適っているが凛は引っ掛かりを感じ問いかけた。

 

「慎二、そもそも魔王がランサーを倒したのをどうやって知ったの?偶然通りかかったなんて言うんじゃないでしょうね」

 

「ちょっとした触れ込みがあってね。様子を見に行かせたのさ、君達には無かったのかい?」

 

 得意そうな顔をする慎二を無視して凛は考えを纏めた。

 魔王なら事前にマスターの素性など調べているだろう。

 それに謀殺を得意とした魔王が決闘染みたやり方で相手を倒すのはそうする意図があったと考える方がしっくり来る。

 加えて自分と接触して来たり、わざわざ挑発して敵意を高めようとした事を重ね合わせると・・・・・

 

「慎二、悪いけどその提案承諾しかねるわ」

 

「な、なんで?!強敵な上にもう一体サーヴァントが居るんだぞ」

 

 凛の否定は慎二ばかりか士郎まで驚かせた。

 

「アンタ、魔王を出し抜いてやろうとか考えてるんだろうけど甘いわ。

 魔王ならとっくにお見通し、いやランサー戦だってアンタにワザと見せて私達を誘き出そうって作戦なんでしょ・・・余ほどの罠か自分に有利な何かがあるのか、兎に角そんな所にのこのこ出向くのは得策じゃないわ」

 

「意外だな、相手は遠坂が言ってた仇敵だろう?慎重に構えるにしても、もっと攻勢になると思ってたんだが・・・」

 

 士郎の指摘に凛は冷静に答える。

 

「だからこそよ。十年たったとは言え魔王より格上なんて自惚れるつもりはないわ、そんな相手の術中に自ら飛び込むなんて漫画じゃあるまし・・・・戦うならせめて魔術師(こっち)の土俵に上げないと」

 

 先程までの闘争心を滾らせていた姿と今の冷静な分析をする姿は本当の強者に見え、そんな凛にここまで言わせる魔王という相手を戦うかは別にして会って見たくなった。

 

「そんな訳で私はパス。挑むなら止めないけど、決死の覚悟はして置きなさい・・・だから今回は見逃してあげる」

 

 去って行く凛を見送りながら士郎は呆然と慎二は溜息をついた。

 

「あれって遠坂なりの忠告か?何にせよ協力を断られた以上、僕もしばらくは様子見に徹するよ。ああ、結界の方は仕掛けてこない限り発動しないから安心しくれ」

 

 そうして慎二も去っていき士郎も釈然としないものの帰路に着いた。

 

 

***

 

 

「そうですか、ランサーが・・・」

 

衛宮邸にてセイバーに学校での顛末を話したのだが反応はひどく冷めたものだった。

 

「驚かないのか?」

 

「・・・実は士郎、何者かが柳洞寺にランサーを呼び寄せようとしていた節が――――」

 

「柳洞寺って!一成の家にか、なんでそれを言わなかったんだ!」

 

「話そうかと思ったのですが・・・どうにも解らないことだらけで、どう切り出せはいいいのか掴めず・・・・・申し訳ありません」

 

 素直に頭を下げるセイバーに士郎も落ち着きを取り戻す。

 

「まぁいい、過ぎたことだ。それに相手は遠坂が格上だと言い切る奴だ、手を出さなくて良かったんだろう」

 

 その意見にセイバーは反論する。

 

「士郎、それは違う。相手の正体がサーヴァントであり呼び出した意図もハッキリした以上は速やかに打って出るべきだ」

 

「待てよ、話聞いてたか?ランサーを倒した上にもう一人サーヴァントが居るんだぞ、無策で挑むなんてただの特攻だ」

 

「聖杯を手に入れる為です。多少のリスクは覚悟の上、まだ留まっている可能性があるなら取り逃がす前に倒すべきです」

 

「駄目だ。明日、一成に話を聞いて探りを入れてみるから今は待て」

 

 士郎は反論を許さず話を打ち切りセイバーは不満を残したままその場は引き下がった。

 

 

***

 

 

 夜の土蔵で士郎(マスター)が眠ったのを確認したセイバーは武装を纏い柳洞寺に向った。

 

 

(貴方が戦わないなら、それでいい)

 

 夜の街を銀色の疾風が駆ける。柳洞寺に居る敵は前回の聖杯戦争に関わりがあり遠坂凛が格上と豪語する者だ、無傷で勝利は出来ないだろうし返り討ちにされるかもしれない。

 だが、この程度の無茶を押し通せなくてないが英雄か、敵がハッキリしているのに傍観するなど誇りが許さない。勝機は自らの剣で切り開くのみだ。

 

 そして山門に続く石段の中腹辺りに髑髏の仮面を付けた黒衣の女が立っていた。その風体からアサシンと察するが暗殺者たる者が堂々と威で立つ姿はとても奇妙だ。それに士郎の話ではもう一体サーヴァントが居るはず、周りを警戒しながらも不可視の剣に戦意を込める。

 

「待っていましたセイバー、我が(マスター)が貴方に会いたがっていました」

 

 セイバーの戦意になんの反応もせず事務的な言葉でアサシンは後方に潜んでいた魔王を紹介した。

 魔王は霊体から実体となって現れ、それを目の当たりにしたセイバーは驚愕で目を開いた。

 

「マスターがサーヴァント!?」

 

「そう驚くことでもあるまい。前回、君もキャスターのサーヴァントにさせられたんだ、同じ事が出来る輩がいても不思議じゃあるまい」

 

 その説明でセイバーは目の前の男、もしくは背後居るマスターの正体に心当たりが浮かんだ。

 

「私はアヴェンジャーのサーヴァント、前回はキャスターのマスター、魔王と名乗っていた者だ」

 

 予想通りの答えにセイバーは全てが繋がった納得と今ここで絶対に倒さなければならないと断固たる決意を得て、言葉を返す事無く斬りかかった。

 

 

 その前にアサシンが短刀を投擲し自身も魔王を庇うように立ちはだかる。

 しかし、最優のサーヴァントにその程度の事が通じるはずもなく短刀は軽くはじかれアサシンも横一文字に一刀両断される・・・・筈だった。

 

「なぁ!」

 

 セイバーの不可視の剣はアサシンに届かず、その間には黒いオーラが阻んでいた。

 アサシンはその僅かな隙に一歩踏み出し吐息を吹きかける。

 

「く!」

 

 本能的にそれを危険と感じたセイバーは風王結界で薙ぎ払い間合いを取る。吹き飛ばされた吐息は木の枝に当たり、枝は変色して崩れ落ちた。

 

(腐食、いや毒か。宝具を二つ持っている・・・・・・訳では無さそうだな)

 

 石段の上方にいる魔王が同じ黒いオーラを纏っているのを見て二人が役割分担をしていると読んだ。

 

「守の宝具、保身に長けた貴様らしい能力だ。前回、全く姿を現さなかった貴様が今堂々と姿を晒しているのは、この裏付けがあるからか」

 

「惜しいな。悪くない読みだが若干ズレている、前回は巻き込まれただけで今回姿を晒しているのは望んで参戦しているから、望みがある以上は相応のことはする・・お前と違ってな」

 

「私が手を抜いていると」

 

「ああ、言い直そう。そうせざる得ないんだな、だが全力を出せないなら私達には触れることすら出来んぞ」

 

 魔王の挑発にセイバーは〝やってみなければ〟と言う気合いで攻めるが阻むアサシンはビクともせず、息どころか体そのものが毒の宝具であると悟り反撃の全てを避けざるえなく活路が見出せない。

 一方、魔王は座り込んで全く参戦せずアサシンも正面対決は本来の戦い方でない為に決定打に欠ける。

 

 膠着状態に陥るかに思えたが、セイバーはフェイントを織り交ぜてアサシンを抜き、魔王に渾身の一撃を振り下ろすが全く届かず密度を増した黒いオーラに逆に弾き飛ばされた。

 飛び退き体勢を立て直すが、その間に不動の魔王の前にアサシンが構えていた。

 

(同じ手は通じないか・・・あの守りを突破するなら、それ以上の一撃を持って望むしかない)

 

 セイバーは覚悟を決め風王結界を発動、不可視の刀身から台風の如き暴風が吹き荒れる。

 そこで魔王が口を開いた。

 

「もう一つの間違いを指摘する、私の宝具は守りの宝具ではない」

 

 魔王が指を鳴らし、セイバーの剣から黒いオーラが噴出し剣はおろかセイバー自身を包み込んだ。

 

「な!これは?!」

 

 もがき振り払い逃れようとするも一向に収まらず、セイバーは剣自身の力を解放せざる得ないかと焦りが浮かんだが唐突に黒いオーラは収まり消えた。

 訳が解らず周りを見ると下段の方で魔王と士郎がなにか話していた。

 

「やっと会えたな、衛宮士郎」

 

 魔王は懐から封筒を取り出し士郎に渡す。

 

「え?一体何、この状況・・?」

 

 セイバーを止め来たのに和やかに接せられた士郎は困惑した。

 

「明日のディナーの招待状だ。貸切りにしておいたから、じっくり話が出来る」

 

 中身を確かめるとそれは確かに新都にある懐石料理の店だった。

 

「さて、もうここに用はない。行くぞアサシン」

 

 困惑が抜けきらない士郎を置いて去ろうとする魔王、そこにセイバーが駆けつけ声を上げた。

 

「待て!逃げるのか!!」

 

「もとより私にはお前を倒す気はない。言いたい事があるなら明日聞いてやる、今日はここでお開きだ」

 

 セイバーは尚も言い募り追おうとしたが士郎が慌てて止めに入り、その間に魔王達は車に乗り込み去って行った。

 




 今回は凛を弄くるところまで持って行きたかったのですが、それはまた次回に伸ばします。


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肯定される願い

 今回、少しだけ凛を弄ります。


 ―――――五日目

 

 穂群原学園、昼休みの屋上で士郎は凛に昨夜の顛末を話し、魔王から受け取った招待状を渡した。

 

「衛宮士郎様御一行、一目瞭然で衛宮君を指名してる・・・・もしかして衛宮君も魔王に会ったことが――――」

 

「いやない。だからさ、俺の周りで魔王について知ってるのは遠坂しかしないし・・なんで俺に興味を持ったのか心当たりはないかと思って」

 

「単純に考えればセイバーのマスターだからだけど、手の込んだ迂遠なやり口も魔王の手口そのままだし、意味があるのかないのか見当も付かないわね」

 

 凛の当たり障りのない返答に士郎は予想通りだと思い本題に入った。

 

「それじゃ、魔王はどういう奴なのか教えてくれないか?相手について知るのと知らないのじゃ雲泥の差だ」

 

「ディナーの招待受けるつもり満々ね、まぁ、それはいいけど、只で情報貰おうなんて虫が良すぎるわよ」

 

「解ってる、引き換えに昨夜のセイバーとの戦闘で知った情報を全部提供する。それで駄目なら潔く諦めるよ」

 

「足りないわね。今夜のディナーに私も同伴させなさない、そうしたら衛宮君の知りたいこと全部教えてあげる」

 

「異存はないが、どうしたんだ昨日は慎重になってたのに?」

 

「今回私は招待されてない客だからね、何かされる可能性は低いと見ていいし、魔王の妨害や倒す手掛かりが手に入るかも知れないからね」

 

 即答で返す凛に士郎は改めて魔王への執着を思い知った。

 

 そうして情報交換を始める二人。

 士郎からは魔王自身の宝具、セイバーの攻撃を完璧に防御し封殺できる特性と従っている女のサーヴァントはアサシンで全身から吐息まで猛毒を宿した宝具を有している事を出来るだけ正確に伝えた。

 凛からは魔王は十年前にはマスターとして参戦し、当時は迂遠な策を用いて他のマスターを謀殺して周り自分もその為に利用された事、更に八年前〝広域封鎖事件〟を引き落とした首謀者であることを伝えた。

 

「広域封鎖事件って・・・あの?」

 

「そう。世間一般では浅井(アサイ)の方が通りがいいわね、魔王ってのは少し調べないと聞こえないだろうし・・・・とにかく、その事件の後に魔王は死んで現在は知っての通りサーヴァントとして参戦してるってわけ」

 

「そんな犯罪者がなんで俺なんかを・・・・?」

 

「それも今夜ハッキリさせればいいでしょ。学校が終わったら着替えて現地で待ち合わせましょう」

 

「え、一旦帰るのか?」

 

 てっきり、そのまま現地に向おうと言い出すと思っていたので少し予想外だった。

 

「制服のままでも問題ない店の様だけど一応ね」

 

 凛はあっさりした口調だが既に決めているようであり、士郎も家で待つセイバーと一緒に行く為に一度家に帰るつもりなので素直に頷いた。

 

 

***

 

 

 新都、夜の書き入れ時が近いと言うのに静まり返った料理屋で魔王とアサシンは苦笑しながら四人(・・)の客を出迎えた。

 うち二人の招待した覚えの無い客、凛とアーチャーは赤と黒を基調とした服装で、凛は長袖のシャツとスカートとニーソックスと格好は普通だが微かに石鹸の香りがしシャワーも浴びてきたことが伺える。本命の士郎とセイバーは青と白を基調とした服装で、前回男装していたセイバーが普段着でスカートを穿いている姿は中々新鮮に映った。

 店員には料理を並べるよう指示を出し全員、支度が整うのを待った。そして、料理が並べ終わり店の者が引っ込むと魔王が口を開いた。

 

「さぁ、今夜は私の驕りだ、遠慮なく食べてくれ」

 

 されど嬉々として箸を勧める者等いる筈もなく、重い空気の中で士郎が切り出した。

 

「魔王、まさか本当に食事をする為に呼んだわけじゃないだろう。一体何が目的なんだ?」

 

「なぁに、君と話しがしたかったのさ」

 

「そうかよ。だったら聞いてやる二回にも渡って聖杯を求めて何を願うつもりなんだ?」

 

「その辺りは、やはりセイバーから聞いてないようだな。前回、私は巻き込まれて参加しただけだ。当時は聖杯には疑念があったし、それ以上に己自身に託す望みがあったからな」

 

「広域封鎖事件か・・・今、この国じゃ知らない人間は居ない」

 

「ああ、結局本当の望みは叶わずじまいだったがな」

 

「だから聖杯の力で-----」

 

「いいや、今回の望みは受肉して、そこに居る遠坂凛を娶ることだ」

 

 魔王の台詞に場の空気が固まった。

 少しして当の凛は顔どころか体中を真っ赤にして叫び散らした。

 

「ななななな、なに言ってのよ!!うううう、嘘ついてんじゃないわよ!!!」

 

「勿論嘘だ」

 

 あっさりと肯定する魔王に凛はテーブルをひっくり返しそうになるが、士郎とアーチャーに抑えられる。

 興奮した凛を落ち着かせながら士郎は仕切り直す。

 

「・・・・・改めて聞くが一体なにが望みなんだ?」

 

「なぁに、恵まれなかった〝坊や達〟の為に学校を建ててやろうと思ってな」

 

「どうやら本心を語る気はないようだな」

 

 ちゃっかり箸を進めながら言うセイバーに魔王は不敵な笑みを浮かべて返す。

 

「本心だよ。そういう君は聖杯にどんな願いを託すつもりなんだ、アーサー・ペンドラゴン?」

 

 マスターである士郎ですら知らなかったセイバーの真名を言った魔王に残り全員が面食らいながら当人達を交互に見る。

 セイバーは予想範囲内だったので淡々と語る。

 

「私は祖国の救済を願う。聖杯の力でブリテンの滅びの運命を変える」

 

「運命、つまり過去を変えるということか?」

 

「そうだ。国を守るのは王の責務、ましてやアレは私の責、だからこそ許せないのだ」

 

 セイバーの宣言に場は新たなる静けさが舞い降りた。

 

「セイバー、それは―――――」

 

「ワハハハハハハ」

 

 士郎が反駁しようと声を上げようとしたとろこに乾いた笑いが響く。

 その主である魔王にセイバーが苛立ちを抑えながら問う。

 

「なにを笑う魔王?」

 

「えらく神妙な顔して語るものだから、どんなご立派な口上が聞けるかと期待してたのだが、何てことはない見苦しい役人の責任転嫁か」

 

「な!」

 

 余りの感想にセイバーの顔に怒りが灯るが、お構い無しに魔王は畳み掛ける。

 

「それでジャンケンの後出しみたいなセコイ真似に縋って、自らは王の責務だと悦に嵌る。

 格好悪いにも程があるぞ」

 

「外道風情が、私の願いをいや私自身を侮辱するか!!」

 

 セイバーはテーブルを叩き立ち上がり今にも斬りかかりそうな剣幕だが、魔王は涼しい顔で続ける。

 

「その通り侮辱している。そして、それは君自身もそうではないか」

 

「なんだと?」

 

「自ら王を名乗り、国を統べながらも結末が気に入らないから変えてしまおうなんて、王である己を侮辱している以外のなんだと言うんだ」

 

 魔王は一度言葉を切り、コップに注いだあった日本酒を煽る。そして全員が魔王の次の言葉を待った。

 

「君を侮辱しているのは他でものない君の願いだ、その理論から言えば私は君の願いを肯定すらする。

 王であることを自ら否定する小娘など、綺麗さっぱり消し去ってマシな王を据えた方が、国の為、民の為だ。君の望みどおり少しは救いがあるかも知れないな」

 

 セイバーは屈辱に顔を歪めながらも、どう反論していいのか言葉が出なかった。

 そこにパチパチとアーチャーが手を叩き可笑しそうに言った。

 

「流石は祖国に反旗を翻した最悪の犯罪者、言うことが違うな。されど君が本当に話しがあるのは彼女ではなく、そっちの小僧の方ではないのか?」

 

 それで話しを一旦手打ちにして、話題を切り替えようとする。

 

「ああ、そうだな。

 では本題に入ろう、衛宮士郎、君はなにを思って聖杯戦争に参加している?」

 

 突然話しを振られた士郎は戸惑いながらも正直に答えた。

 

「俺はただ巻き込まれて参加しているだけだ。聖杯に託す願いはない、ある意味前回のお前と同じだ」

 

「そんな事は分かっている。私が聞きたいのは願いが無いのに命を張る理由だ?」

 

 その言葉で〝やはり調査は怠っていないか〟と凛は目を細めながらも会話を見ていた。

 

「そんなの簡単だ。前回の結果、あの大火災みたいな結末を防ぐ為だ。

 と言うか、あれはお前が―――――」

 

「違う。遠坂凛にも言ったが、あれは断じて私ではない、私は最後の最後でサーヴァントを失い、一応聖杯には触れたが拒まれた」

 

「あっ、言峰が言ってた、戦いを放棄したマスター」

 

「そこは知っているのか。では衛宮切嗣のことは?」

 

「なんで親父が出てくる?」

 

「魔王、貴様!」

 

 セイバーがいきり立つが一向に構わない。

 

「約束があるんだ、アイツベルンとのな。それに彼には知る権利があると思うが」

 

 その言葉に押し黙るセイバーに魔王は話し始める。

 アインツベルンは聖杯戦争を始めた魔術師一族の一つで、前回の聖杯戦争に衛宮切嗣はその陣営にセイバーのマスターとして参加していた。

 そのセイバーは今ここに居るセイバーであり、最終決戦において彼らも参戦していた。

 そして自分は衛宮切嗣と少し因縁があり、彼と戦う為に策を駆使して聖杯戦争に参加し結果的に切嗣を下したことを偽らず包み隠さずに説明した。

 

「・・・・・・親父がセイバーのマスター・・・本当なのか?」

 

 士郎の問いにセイバーは重い表情で頷くしかなかった。

 

「なんで、そんな大事なことを・・・」

 

「申し訳ありません士郎、私は・・貴方の過去を見てしまった。貴方の知っている切嗣と私の知っている切嗣はとても懸け離れていて、どんなマスターだったのか話すのは気が進まなかった」

 

 俯くセイバーに士郎は言葉が出ず沈黙の空気が漂いそうになるが魔王が咳払いして話しを進める。

 

「改めて問おう衛宮士郎、君だって心の何処かで養父が君から全てを奪った大火災に関わっているかもしれないと気付いていた筈、そして今、確証が示された。君を助け育てたのは都合のいい罪滅ぼしだったと考えるのが普通だ。

 それにも関わらず何も恨まず、悲劇を防ぐなどと言う建前で命を賭けるのか?」

 

 魔王の問いにその場に居た全員、特にアーチャーが士郎を凝視する。

 

「ああ戦う。真偽がどうアレ、俺は正義の味方になるって決めたんだ、その理想を曲げられない!」

 

 力強く答える士郎に魔王は〝正義の味方〟と呟きながら手を顔の前に組む。

 

「衛宮士郎、正義なんてものは所詮、大多数にとって都合のいいモノか当人の価値観に沿っているかだ。そして大多数にとって都合のいい正義は簡単に掌を返す、それを弁えないと絶対に後悔するぞ」

 

「俺は絶対に後悔なんかしない!」

 

 何故なら―――――

 

「あの日」

 

 地獄のような惨劇の中、次々と助けを求めて死んでいく人々の中 死ぬはずだった自分を見つけて。

 

「憧れたのは―――――」

 

 涙を浮かべて自分を助けてくれた衛宮切嗣。

 その顔があまりにも幸せそうで、憧れた。

 その時、憧れたのは―――――

 

「絶対に間違いなんかじゃない!!」

 

 士郎の言葉、眼には迷いが無かった。それでも魔王の眼は冷めていた。

 

「子供騙しにすらなっていない信念だな、お前が言っているのは聞こえの良い言葉を笠にした破滅願望だ。

 衛宮切嗣が君にどんな正義と理想を語ったのかは察しが付く、彼の願いは前回の最後に知ったからな。

 だから言おう、衛宮切嗣を真似て同じ道をなぞり切っても未来永劫、報われることなどない」

 

「俺は現実に挫けたりしない。お前が親父の何を知っているのか知らないが、その理想の美しさは誰にも否定させない!!」

 

 

 士郎の心からの叫びに誰もが言葉を失う。

 だが魔王にはその内容よりも、そうする姿勢に望む答えが得られた。

 

「そうか、衛宮切嗣は良い父親だったのか。いい事を聞いたな」

 

 魔王は心底嬉しそうな表情になり、士郎が疑問の表情をつくる。

 

「最初から説明しよう。

 今回の聖杯戦争には衛宮切嗣の実の娘がアインツベルンのマスターとして参戦している。当然ながら衛宮士郎、彼女は君に興味を持ち当初は殺そうとしていたが〝ある条件〟を出して説得して現在待って貰っているんだ」

 

「まさかイリヤスフィールが?」

 

 セイバーの脳裏にアイリスフィールとよく似た銀髪の少女がよぎる。

 

「親父に・・・・娘が・・・・ある条件って?」

 

「衛宮士郎とずっと一緒に、だ」

 

 士郎は突然の話に呆然としていた。

 

「君が養父と同じになると言うのならそれも良い。だったら彼女に本来与えられる筈だったモノを衛宮切嗣に代わり与えてやれ・・・・・・ここから先は私の推測だが、彼が本当に求めていたのは家族との幸せで、正義だの世界の平和だのは引っ込みが付かなくなっただけじゃないのか?ならば我が子達には共に幸せになって欲しいと望んでいると思うのだがな」

 

 魔王の表情は真剣そのものだ、それに対し士郎はなんとも言い表せない困惑に陥り言葉が出なかった。

 そこにアーチャーが皮肉な顔で言った。

 

「魔王と呼ばれるものが説教とはな。それともこれは奈落の底に導く為の甘い罠の類かな?」

 

「当たらずとも遠からずだな、私は目的を達成する為により確実でより効率的な手段を取っているだけだ」

 

「この小僧を説得して人の道に導くことがか?」

 

「一応言っておくが、私がしているのはアインツベルンの少女との約束の為の説得だ。

 そうして彼女からは〝ある物〟を譲って貰い、願いを叶える為に今この場を設けたのだ」

 

 つまりは自分の為、そう理解しアーチャーは納得し無言のまま『良し』と認めた。

 

「さて私の話は以上だ。これから先は一つ用を済ませ、アインツベルンに会いに行く。

 衛宮士郎、それまでに彼女との事をどうするかを決めておいて貰いたい」

 

 そう言って士郎に携帯電話を差し出す。

 

「彼女に会うつもりなら共に来い、その時になったら連絡する。行き先はセイバーも知っているから、なんなら待たずに先に言っても構わない」

 

 もう一度、コップに日本酒を注ぎ飲み干し、席を立つ。アサシンもそれに続く。

 

「私達はこれで失礼する。料理は勿体無いから思う存分食べてくれて」

 

 去ろうとする魔王に凛が立ち上がり宣言する。

 

「待ちなさい、私もここ言っておくわ。

 魔王、私の目的はアンタを生涯コキ使ってやる事、覚悟しておきなさい!」

 

「・・・つまり一生君の側に・・・・逆プロポーズか、それは?」

 

「さっさと帰れ!!」

 

 魔王の解釈に顔を真っ赤にして凛が怒鳴った。

 

 

***

 

 

 料亭を出て少しして魔王は上に眼をやり、建物が密集している所を定め誰も居ないはずの空間に声を掛ける。

 

「まずは君達を狩る。マスターの少年にも首を洗って待っていろと伝えておけ」

 

 魔王は去って行き、建物の影からは紫の髪が一瞬揺れ消えていった。

 




 ちなみに料理は残さずきれいさっぱり(セイバー)が食べました。


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準備完了

 間が開いた割には今回はショボイです・・・・すみません。


――――六日目

 

 深見町商店街近くの公園、魔王はタイ焼きの入った袋を膝の上に置きながらベンチに座っていた。

 

(タイ焼きが冷めてしまうな。クッキーかなにかにすれば良かったかな?)

 

 等とどうでもいい事を考えていたら待ち人がジト目で近づいて来た。

 

「・・・・なんでアナタがここに居るのよ?」

 

 イリヤの態度は不本意そのものだが、それでも声を掛けずにはいられない心境は正に魔王が思い描いた通りのものだ。

 

聖杯戦争(ゲーム)開始当初に俺を焼き尽きた甲斐があったな)

 

 おかげで、わざわざ聖杯の器の方から現状を知らせに来てくれるし、メリット()を目当てに自分の都合のいいように動いてくれそうだ。

 

 魔王はタイ焼きを取り出しイリヤに差し出す。

 

「冷めてしまっているが食べるか?」

 

 イリヤはジト目のまま受け取って頬張り、無言のまま魔王に聞きたいことを催促した。

 

「昨夜、衛宮士郎と会合し全て話した。上手くいけば明日にでも私と一緒に君を訪ねに行くだろう」

 

 イリヤはタイ焼きを飲み込み、少し緊張した面持ちで呟いた。

 

「そう。明日、お兄ちゃんが・・・・・」

 

「言っておくが私が出来るのはお膳立てまで、彼がどんな決断をするかまでは責任持てんぞ。都合が悪かったり心の準備が欲しいというなら、もう一日くらいは――――」

 

「時間の無駄だから、そんなのはいいわ。それより明日来るって事は」

 

「ああ、これからサーヴァントを一体仕留めに行く。そうすれば準備は全て整う」

 

 魔王は立ち上がり残りのタイ焼きが入った袋をイリヤに渡す。

 

「魔王、忘れてるんじゃないでしょうね?アナタの取引を受けた条件を?」

 

「勿論分かっている。なので、こちらからも覚悟を決めておけと言っておこう」

 

 その返事に満足し、互いに振り返らずに反対方向に歩いて行った。

 

 

***

 

 

 穂群原学園、もう直ぐ一時限目に差し掛かる時間帯で一日が始まる平和な光景という言葉が似合う学校は異様な事態に陥っていた。校舎全体を真っ赤な結界が覆っていた。校内の人間は生徒も教師も関係なく床に倒れ、救いを求めるように痙攣していた。

 他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)、内部の人間を融解しライダーが魔力を吸収する宝具、されど発動させた慎二は余裕の無い表情で対面している凛に向って恫喝していた。

 

「―――――いいから!結界を解いて欲しいなら、僕を守れってんだ!!」

 

「・・・・誰からって聞くのは野暮ね。魔王に脅迫でもされたの?」

 

 凛は現状に激昂する事無く、冷静に事態を収めようと交渉の構えを取った。勿論、いざとなれば背後に霊体化させているアーチャーに合図を送り収拾をつけるつもりだが、下手を打って犠牲者が出ることは避けたいので今は受けに回り慎二を落ち着かせようとする・・・ついでに情報も得ようとする。

 

「奴はまず僕を狩るってハッキリ言ったんだ。と言うか魔王は遠坂の仇なんだろう?だったら奴を倒せ、僕に近づけるな!」

 

「慎二、あんたやっぱり魔王の事、知っているのね。この前も触れ込みがあったからランサーとの戦いを知ったって言ってたけど、そのことも込みで前回の聖杯戦争で魔王が他の全ての陣営を嵌め殺したことを誰かから入れ知恵されたのね?」

 

 慎二の切羽詰った様子から凛は後ろに何者かが糸を引いていると読んだ。そうでなければ、サーヴァントが二体とは言え、ここまで取り乱したりはしないだろうし、自分の邸ではなく、結界を張り巡らせた学校で篭城の構えを取ったりもしないだろう。

 

「そんな事はどうでもいい!!それより衛宮はどうしたんだ?!なんでここに居ない!?ぐずぐずしてると奴が来る・・時間が無いんだぞ!!」

 

 その質問に昨夜の会食での出来事を思い出し大体の事情を悟った凛は正直に答えた。

 

「・・・・衛宮君なら、今日は来ないと思うわよ。考えたいことがあるでしょうからね。

 ああ、言っとくけど呼ばない方がいいわよ。彼が現状を見たら激昂して魔王より先にアンタを殺すでしょうから」

 

 凛は状況が悪化しないように、慎二を暴走させないように交渉を続けようとするが、時は既に遅く、コツコツと後ろから足音が近づいて来た。

 

「ひぃ!」

 

 その足音に慎二は怯え、凛は在り来たりでつまらない演出に呆れながらも警戒を強め、足音の主を見た。

 案の定と言うか足音の主、魔王は整ったスーツ姿で二人の前に現れた。この場が学校である事を考慮すれば生徒を注意しに来た教師に見えるかもしれない。

 

「予告通り、狩りに来たぞ。そちらは用心棒かなにかかな?」

 

 ワザとらしく言う魔王に、凛は同じくワザとらしい仕草で考えるポーズを取り答えた。

 

「いいえ、違うわ。

 アンタが慎二だけを倒すって言うなら何もする気はないわ」

 

「遠坂!貴様!!」

 

「ただし、その他を巻き込むって言うなら話しは別よ。まずはアンタを、次にそこの臆病者を殺るわ」

 

 魔王が来たことで凛は方針を切り替え、ベストな答えを求めた。慎二は喚いているが最早、相手にする意味はないので丁重に無視。

 そして彼女の意図を読み取った魔王は悠然と答えた。

 

「そうか。ならば、この学校には一切の被害を及ぼさずに決着を付けよう。我が名に掛けて、それでも足りなければ聖杯に誓おう」

 

「決まりね。少しでも違えれば容赦なく背後から襲うわよ」

 

 凛は腕を組んだまま一歩下がり憮然とした表情で傍観を示し、それにより完全に糸が切れた慎二は力一杯に叫んだ。

 

「ライダー!出て来い、こいつを殺せ!!」

 

 ライダーはすかさず実体化し魔王に鎖付きの短剣を投げつけるが、黒いオーラに阻まれ届かず、トリッキーな動きで側面から蹴りを放つが同じ結果に終わる。どんなタイミングで、どう攻撃しても全て防御されてしまい成す術がない状態に慎二の焦りは加速していき、近くに倒れていた女子生徒を掴み上げて凛を再び恫喝する。

 

「遠坂!お前もサーヴァントを出して戦え!!さもないと、こいつを殺す!!」

 

 その陳腐な台詞に凛は何一つ態度を崩さず傍観を示し、慎二はとうとう最後の一線を越える命令を叫んだ。

 

「ライダー、全力で結界を機能させて宝具を解放しろ!!」

 

 その命令にライダーは魔王から距離をとり、結界を発動させ校内をより一層に赤く染め、同時に自らの首に短剣を刺し吹き出た血で魔法陣を形成する。

 騎英の手綱(ベルレフォーン)、神代の幻想種である天馬をも操る宝具、吸い上げた魔力を全開にして魔王に向けて突貫しようとするが――――――

 

「ガアァァーーー!!」

 

 天馬は召喚した直後に死に絶え、ライダーも悲鳴をあげ悶え苦しみながら倒れる。

 

 訳が分からない事態に混乱する慎二、その腕に拘束されていた女子生徒から黒いオーラが噴出し、慌てて放し後ずさる。

 黒いオーラの中からは髑髏の仮面をつけた瑞々しい肢体の黒衣の女、アサシンが現れる。そして、黒いオーラは赤い結界を黒く染めていく。

 この世全ての悪(アンリ・マユ)、あらゆるモノを黒く塗りつぶし封殺する魔王の宝具、そこに妄想毒身(ザバーニーヤ)、幻想種すら殺すアサシンの宝具が合わさりライダーの宝具を完全に降した。

 勝負は付いたと確信した凛は魔王に向かい言った。

 

「なにかカードを用意してるのは想定内だったけど、相変わらずやり口が迂遠ね」

 

「されど、いい手ではあるだろう」

 

 木を隠すなら森、学生に紛れるには学生が最適。

 暗殺者として変装術も習得していたアサシンだ。学生を演じるなど造作も無いだろう、入れ替わりに選んだ生徒は監視対象(マスター)達とは全く無関係、流石に同時に全ては物理的に不可能だが、遠目で見る分には指して問題はない。

 更に事前に結界の基点も探り仕掛けを施していたのだろう。いくら魔術師でない慎二が発動させた未完成な結界とは言え、英霊が張ったにしては随分と能率が悪く感じられた。出なければ、交渉をしようなどと言う思考は浮かびもしなかっただろう。

 

 

「一つ聞くけど、ソイツを潜伏させる為に選んだ内の生徒は?」

 

「現在、家族で豪華な旅行に行っている。心配は不要だ」

 

 話している間に結界を完全に掌握した魔王は、苦しんでいるライダーに近づき頭に手を置く。

 

「魔力はまだまだある。遠慮なく持って行け」

 

 そうして激流の如く魔力を流し込む。

 

「―――――――!!!」

 

 ライダーは悲鳴をあげることも出来ず、体内から魔力が噴出し、内部から溢れ出る膨大な魔力にとうとう肉体(うつわ)が耐え切れずに消滅した。

 瞬間、結界は消えてなくなり朝の陽気が差し込んで来た。もっとも既に授業どころではなく、しばらくの間は休校するのは間違いないだろう。

 そして、その原因である慎二は目を剥き出しながら痙攣して倒れていた。

 

「・・・・・・・・」

 

 凛が無言のまま魔王に説明を求める。

 

「アサシンの毒気を少し浴びたが、俺の能力でコーティングしてあったから十日も安静にすれば問題はないさ。

 それよりも、ここの後始末の方は?」

 

「私から教会の方に連絡しておく。面倒になるから、さっさと行きなさい」

 

「では、お言葉に甘えて」

 

 魔王がアサシンを伴い学校を出て行ったのを見届けると、凛も職員室に歩き出す。

 そこに霊体のアーチャーが話しかける。

 

『本当に何もしなかったな。魔王が失敗していたらどうするつもりだったんだ?』

 

「論ずるだけ無駄、私は魔王を知っている。アイツが私の意を汲んで出来ると言ったんですもの、だったら出来るに決まってる。じゃなきゃノコノコ現れたりしないわ」

 

『・・・・信頼しているのだな、魔王を』

 

「あくまで敵としてね」

 

『しかしだ。魔王が君に出した条件を考慮すると、やはりライダーとは戦うべきだったのではないか?残っているのは魔王達(奴ら)を除外すると――――――』

 

「戦うべき相手はもう決めてるわ。だから、アンタも気合いを入れて置きなさい」

 

 凛の決意が篭った言葉にアーチャーは、もう言葉は無用とマスター()の意思に従い自らも決意を新たにしようと口を閉じた。

 

 

 




 ここから魔王は前回同様に容赦なく怒涛に聖杯戦争を進めていきます。



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聖杯入手(仮)

 やっと兄妹が出会います。


――――七日目

 

 

 深見町衛宮邸、士郎は魔王に渡された携帯電話を前にずっと考えていた。

 

『君が養父と同じになると言うのならそれも良い。だったら彼女に本来与えられる筈だったモノを衛宮切嗣に代わり与えてやれ』

 

 魔王が語った自分の知らない切嗣の過去、そして今突きつけられている命題。

 

(俺は奪ってしまったのか?その娘が本来得るはずだった幸せな時間を・・・愛情を・・・・)

 

 士郎には切嗣から良くして貰い、進む道を示して貰い、大事にされた記憶しかない。

 だがそれは自分ではなく別の誰かが享受するモノだったのか、悔やみとも自責とも言えない複雑な気持ちにさえなまれ士郎は丸一日悩み続けていた。

 

 勿論、士郎がそんな事を気にする必要はない。そもそもにおいて、士郎は被害者であり恨む道理こそあれ負い目を感じる必要など微塵もない。しかし士郎の生真面目な性格は、それを許すことが出来ず、されど有効な答えが浮かぶこともなく、ただ時間だけが過ぎていった。

 

 その時、携帯電話から電子音が鳴り響き、士郎は逡巡しながらもそれに出る。

 

「魔王か?」

 

『ああ、私の準備がようやく整った。昼頃にそちらに行って、その足でアインツベルンに会いに行く。それで君の方はどうだ、心は決まったか?』

 

「・・・・・・・・」

 

 魔王の質問に士郎は何も答えられない。その数秒の沈黙で彼の心中を測った魔王は嘆息しならも言った。

 

『じゃあ、取り合えず会って見るだけでもどうだ?実際に本人に会えば何か得られるかもしれないぞ?』

 

「・・・・・その前に一つ聞きたい。準備が整ったって言ってたけど、何をしたんだ?」

 

 魔王の提案に士郎は引かない姿勢を見せて呑まれないよう心掛けた。

 

『なぁに、君たちの学校でライダーを狩っただけだ』

 

「な!お前!!」

 

『誰も殺してないから安心しろ、マスターも含めてな。信用出来んと言うなら遠坂凛にでも確認を取れ。

 それで結局どうするんだ?』

 

「・・・・・ああ、行くよ。行かなきゃいけないのは分かりきっていたんだ」

 

『では昼頃そちらに伺う。門の前で待っていろ』

 

 電話が切れ、士郎は目を閉じて溜息をつく。

 

「あー、士郎」

 

 そこに控えていたセイバーが声を掛ける。

 

「大丈夫だ。それより支度をしよう」

 

 アインツベルンの森と城の話は既に聞いていた。大層な装備は入らないだろうが、これから会う者の事を考えると最低限の身なりは整えるべきだろう。

 立ち上がる士郎にセイバーは何を言えばいいか分からず黙って待つしかなかった。

 

 

***

 

 

 昼、士郎は普段のジャージのような服装から、白いシャツに青のパーカー、紺のカーゴパンツと地味過ぎず派手過ぎずの服装で魔王を待っていた。

 隣にいるセイバーは士郎を気にかけながらも油断はしまいと気を引き締めながら辺りを警戒していた。

 

 しばらくして一台の車がやって来て二人の前に止まる。運転席には魔王、助手席にはアサシン、二人ともスーツ姿で何も知らない者が見たら仕事中のビジネスマンにしか見えないだろう。

魔王は窓ごしに後ろを指し、二人は後部座席に乗り込み発車する。

 

 車の中で四人は終始無言だった。そうして、しばらくして冬木市郊外にあるアインツベルンの森の前に停車する。一同は車から降り、そこから徒歩で目的地であるアインツベルンの城、その主であるイリヤスフィール・フォン・アインツベルンに会うため足を進める。

 

 森の中の道なき道を歩いているのに、彼らの進みに迷いはなく森そのものが彼らを導くようにさざめき先頭を歩く魔王は()()()()()足を踏みしめる。やがて、大きな古城が見えて門の前には二メートル越えの大男と紫の帽子とコートを身に着けた銀髪の幼い少女が、やっと来たと言わんばかりに待っていた。

 

「久しぶりだね、お兄ちゃん。改めてわたしはイリヤ、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」

 

 コートの両端をつまみ上げ丁寧に挨拶をするイリヤに士郎は目を見開いた。

 

「君が・・・イリヤ、だったのか・・・・」

 

 士郎は一週間前に意味深な言葉を掛けたイリヤを思い出し、言葉を続けようとするが、どうにも出てこず、セイバーは再開したイリヤをただ暗い表情で見つめるしかなかった。

 場の空気が重くなりそうになるが魔王は気にせず切り出す。

 

「これで君との約束は、ほぼ(・・)果たした。いよいよ持って君の望みを叶える事が出来る証拠を示そう」

 

「その通りね。それでも、あくまでもほぼ。わたしが追加した条件を忘れたわけじゃないでしょうね?」

 

「忘れるわけがなかろう」

 

「ええ、それじゃあ、アナタの強さ証明してもらうわよ魔王、いやアヴェンジャー!」

 

 イリヤの宣言に背後に居たバーサーカーが斧剣を構え前に出る。

 

「ちょ、ちょっと待てよ。どういうことなんだ?」

 

 その突然の展開に士郎とセイバーは付いていけず説明を求める。

 

「なぁに、その娘を納得させる為に、私の強さを証明するのが条件に入っていてな。引き換えに君達には何もしないように取引きをしたのさ」

 

 先の会食で魔王がイリヤを待たせる為に、取引きを持ちかけていたのは分かっていたが、まさか自身の命まで賭けていたとは思ってもいなかった二人は驚愕の表情で魔王を見た。

 

「そうよ。だから、お兄ちゃんたちには何もしない、その代わり()()()()には一切合切、容赦しないわ。

 全力で戦いなさいバーサーカー!」

 

「■■■■■■■■■■!!」

 

 号令と共にバーサーカーは跳躍し魔王に全体重を乗せた一撃を振り下ろそうとする。

 それに対し魔王は、一目散に背を向けて森の方に逃げ出した。一撃は空振りに終わり魔王の居た場所に凹みが出来たが、緊張感が漂っていた場面に余りにも合わない行動にアサシンとバーサーカー以外の全員の頭の中が真っ白になった。

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・って追いなさいバーサーカー!!」

 

 その中でいち早く立ち直ったイリヤは命令を下し。バーサーカーはその巨体では考えられない猛スピードで魔王を追い、士郎たちもその後に続き森の中に入って行った。

 魔王の走る速度は中々に速いが、所詮は常人レベルであり瞬く間に追いつかれ背後から振り下ろされた斧剣に捕らえられるが、命中した瞬間に魔王が黒い影となり消失した。

 それに呼応するように森一面が黒く染まり、木々の至る所に魔王の姿があった。

 

「これはエリア・エフェクト・・・まさか、森の結界を?」

 

 速やかに事態を察知したセイバーは武装を展開し士郎を守るように前に出る。そこに何処からともなく魔王の声が木霊する。

 

『この私が何もしないで森を歩いていただけだと思ったか?』

 

 その声には分かり易いほどに挑発が含まれており、一流(プロ)なら直ぐに受け流すだろうが、ド素人であり見た目通りに幼い精神のイリヤは易々と乗ってしまった。

 

「全て纏めて蹴散らしなさい、バーサーカー!!」

 

 そして理性なき狂戦士(バーサーカー)は、忠実に命令を実行し、闇雲に目の前の影に斧剣を振るい全く無意味な攻撃を繰り返していった。そうして目に映る最後の影を消し去ろうとした瞬間、影が爆発し斧剣が一瞬跳ね無防備な隙が生じ、バーサーカーの巨体に満遍なく黒い爆発が迸る。

 

「な!あれは?!」

 

 その攻撃を見たセイバーは魔王の攻撃の特性を理解した。

 

『そう。前のバーサーカー・・・サー・ランスロットと言ったか。奴の有していた宝具の真似だ。ちなみに爆弾の方は衛宮切嗣が残した物を拝借させて貰った』

 

「だからなによ!そんな攻撃、バーサーカーには屁でもないわ!!」

 

 魔王の説明にイリヤは益々、興奮しレディらしからぬ口調で喚く。

 その間にも()()()()は辺りを覆い、視界が悪くなる中で黒く染まった木々が一斉にバーサーカーの背後から倒れ掛かった。流石のバーサーカーも十本近くの大木に押し負け倒れこむが、イリヤがそれを許すはずもなく大声で叫ぶ。

 

「立ちなさい!!寝てるんじゃないわよ!!!」

 

 

「■■■■■■■■■■!!」

 

 

 その声に押し潰している木々を粉砕し勢いよく立ち上がるバーサーカーだが、今度は砕けた木片が連結し黒い膜を形成し、再び押し込めようとバーサーカーに纏わり付く。

 今度の攻撃は先程の木々とは比べ物にならない程に力強く、バーサーカーも膝を突くが、その光景にイリヤの興奮は頂点に達し、魔力を全開に込めて命令を下す。

 

「狂いなさい!!!バーサーカー!!!!」

 

「■■■■■■■■■■!!!!!!!」

 

 膜をブチ破り、胸を張って大声で叫ぶバーサーカー、去れど雄叫びを上げ終わる前に上半身が爆発し、残った下半身が地面に倒れた。

 仕掛けを瞬時に理解したセイバーは慌てて士郎の口を押える。

 

「士郎、息をしないで下さい。黒煙の中に未使用の爆薬が混ざっています」

 

 その説明に士郎は息を飲み込みそうな、吐き出しそうなチグハグは行動をとりそうになるが、近くに居たアサシンが落ちつた声で言う。

 

「心配は無用です。限りある貴重な武装なので巻いたのはバーサーカーの周辺だけです」

 

 その説明に一先ず安心する二人だが、ワザワザ不利な情報を提示することに疑念の目を向ける。だがアサシンは取り合うつもりはなく淡々と戦況を観察する。

 

 黒い煙が晴れていく中で、魔王が姿を現しイリヤに向い合う。

 

「勝負ありだな。いかに強靭な鎧に身を包もうとも内部からの攻撃には全くの無意味、つまり私の勝ちだ」

 

 勝ち誇る魔王だがイリヤは全く動じず、また興奮が一気に冷めたのか余裕の態度を取って言った。

 

「それは早計ね。でも、たった一回とは言えバーサーカーを殺したのは褒めてあげるわ」

 

〝たった一回〟その言葉を反復した魔王は倒れているバーサーカーに眼を向ける。

 

 そこには吹き飛ばされた上半身が徐々に再生していく異様な光景が映った。

 

「ヘラクレスの宝具は肉体そのもの。生前、罪を償う為に十二の偉業を成し遂げた褒美として神々から与えられた不死の呪い。

 それがわたしのバーサーカーの宝具十二の試練(ゴッド・ハンド)なんだから、でもアナタの宝具も中々ね。強制的に蘇生させる呪いなのに進行速度が遅い、やっぱり何か神懸りがあるのかしら?」

 

 楽しそうに説明するイリヤに本来なら絶望の空気が包み込みそうだが、魔王は呆れたと言うか白けた表情で口を開く。

 

「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。種明かしをするなら、バレてもマイナスにならないものにしろ。ただ、それだけしかないものの種明かしなど攻略法を探る材料を自ら与える愚の骨頂でしかないぞ」

 

「負け惜しみ?だったら勝って見せなさいよ」

 

「ではお言葉に甘えて」

 

 魔王は蘇生途中のバーサーカーに右腕を向けて手を開く。

 

「強制的にと言うことは、発動も進行も自分ではどうにも出来ないと言う事、なにがあっても、その場で蘇生を開始する」

 

 バーサーカーの体から新たな黒煙が噴出すが蘇生はそのまま進行し、とうとう復活したバーサーカーは立ち上がるが――――――

 

「故に、その間に異物を混ぜ込み」

 

 その体には黒い斑点が点在し、次第に大きく侵食していく。

 

「蘇生失敗」

 

「■■!?」

 

 バーサーカーの全身は真っ黒に染まり、魔王は開いた手を握る。すると全身のあらゆる所から亀裂が生じ黒い砂塵崩れ去る。

 そして今度は蘇生する気配がなく、頼みの綱である宝具が破られたことを悟ったイリヤは驚愕による動悸が襲い真っ青になる。

 

「侵食した際、不死の呪いとやらを上書きさせて貰った。

 つまり、今度こそ完全に勝負あり、私の勝ちだ」

 

 魔王は宝具を解除し、黒く染まっていた辺り一体は元に戻り、それを見ていたアサシンは当然と言う表情で頷き、士郎とセイバーは呆然とするしなかった。

 自分達はイリヤの説明を聞いたときは言い様ない焦りと驚きに浸るだけだったのが、冷静にあっさりと欠点を見出し己の力を100%活かして勝って見せた魔王に、畏怖の念を抱き、同時に遠坂凛があらゆる意味で固執する理由を再認識した。

 

 そんな彼らを尻目に魔王はイリヤに近づき、手を取って自分の近くに引っ張り止せ胸に手を置いた。

 その行動に士郎は畏怖を怒りに切り替えて叫ぶ。

 

「おい!お前、何する気だ!!」

 

「先日言っただろう。願いを叶える為に必要な物を譲ってもらうのさ」

 

 そう言うとイリヤに黒いオーラが包み込み、心臓の辺りに一旦集中し魔王に還っていく。

 イリヤは意識を失い崩れ落ちそうになるが、魔王が受け止め抱き上げる。そこに士郎が興奮した顔で近づいてイリヤの小さな体をひったくる。

 

「一体何をした!!」

 

「その娘に憑いていた業を私に移しただけだ。少し休めば時期に目を覚ますから安心しろ」

 

 大人の余裕で士郎を諭す魔王だが、今現在の興味は別の所にあり語気を強めながら言った。

 

「そこに居るんだろう。()()()()()

 

 すると直ぐ近くの木陰から凛とアーチャーが姿を現した。

 

「と、遠坂!?なんで・・・・?」

 

「アイツベルンの拠点は昔から知っている。悪いけど森で待ち伏せて後を付けさせて貰ったわ」

 

 狼狽する士郎にあっさり答える凛、普段なら魔王に視線を移しそうだが、今回は士郎及びイリヤに敵意の篭った視線が固定されえいる。

 彼女の意図が全く分からない士郎にセイバーが近づき守るように構える。そこに魔王が声を掛ける。

 

「今ここに残ったサーヴァントは全て出揃った。彼らと組んで二体二で戦おうと言う腹か?」

 

「そんな訳ないでしょ。寧ろ逆よ、っとその前に確認したいことあるんだけど」

 

「どうぞ」

 

「魔王、アンタは十年前に〝最大の障害であるセイバーのマスターを始末する為、私を誘拐しお父様が襲撃する様に仕掛けた〟って言ってたわよね」

 

「ああ、その通りだが」

 

「そして当時のセイバーのマスターは、今私の目の前にいる奴らの父親」

 

 凛の言いたいことを悟った士郎はイリヤを抱きしめる力を強めた。

 それを見ながら凛は堂々とした態度で切り出した。

 

「遠坂家六代目頭首、遠坂凛はセイバーのマスター、衛宮士郎に決闘を申し込むわ」

 

「・・・・俺たちが仇の子供だから、許せないって事か?」

 

「さあ、どうかしらね。どうであろうとアナタ達が倒すべき敵であることには変わらないわ。だからまず、アナタを倒す。

 そして、その後で魔王、アンタと決着を付けるわ」

 

 

 凛の申し出に魔王もホゲーとなるが間を置かず切り返す。

 

「悪いが今日は断る。魔力が枯渇する心配はないが流石に連戦(・・)は堪えるのでな」

 

「なに、弱みを見せて見逃してもらおうって訳?」

 

「そう取って貰って構わない。尤もどうしても我慢できず今直ぐに戦いたいと言うなら、こちらも形振り構わずに応じるがな」

 

 魔王の前に戦闘装束のアサシンが短刀を構えて立ちはだかる。

 

「ふん、いいわ。今日は私がアンタの意を汲んであげる。じゃあ、決闘は明晩、場所には人避けの準備はこっちで遣っとく、頃合のいい時間になったら迎えに行くから逃げるんじゃないわよ」

 

 士郎たちの意見を無視して話が進んでいくが、元より士郎には断るつもりはない。と言うか断ってはいけないと言う思いが心にあり、深くうずいていた。

 

 昨日とは逆に去って行く凛を見送りながら、魔王はイリヤを抱きとめ続けている士郎に近づく。

 

「車で家まで送ってやる。それと、その娘の安全を思うなら絶対に教会に保護を求めるな。言峰綺礼は信じてはいけない。君が匿ってやるのが一番安全だろう」

 

 どういう事のなのかと聞くべきなのだろうが、士郎には何故か聞く気が起こらず黙って頷き、魔王の後に着いて行った。

 

 

 

 

 




 ちなみに家に帰った後も士郎はイリヤの事をどうするのか決められませんでした。


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リタイア

 少々、相談したい事があるので、この話を読み終わったら活動報告に行って貰えるとありがたいです。


――――八日目

 

 

 深見町衛宮邸、朝も早い時間から士郎は二人の少女、セイバーとイリヤに迫られていた。

 

「だから、お兄ちゃん。セイバーのマスター権をわたしに頂戴、凛も魔王もわたしが相手をするから」

 

「シロウ、私としても(マスター)が変わるのは本意ではありませんが、貴方はもう身を引いた方が・・・・」

 

 二人の言葉は士郎を思っての事だ。だが今の士郎にとっては、ありがた迷惑でしかなかった。

 

「イリヤ、セイバー、お前たちの言ってることは間違っていない。確かに俺は迷っている、自分がどうすべきなのか、どうしたいのか、全く分からない。

 でもやっぱり、今ここで引く訳には行かない。」

 

 士郎は魔王との会食での会話と昨日の凛の宣戦布告を思い出し、溜まっていた胸の内を吐き出していく。

 

「遠坂は魔王を仇だと言っていた。けど実行犯は切嗣(オヤジ)だと言う。魔王は十年も前からこの事態を想定していたのか?そもそも遠坂は本当に魔王を倒す気があるのか?俺のこの十年間は結局なんだったんだ?!」

 

 取り付く島のない独白に呆然とするセイバーとイリヤ、その様子に士郎は落ち着きを取り戻す。

 

「すまない、取り乱した。だけどイリヤ、君の事も含めて、キチンとした答えを出したいんだ」

 

「どうやら何を言っても無駄みたいね。でもお兄ちゃん、いいえシロウ、今夜の決闘はわたしも同行するから」

 

「イリヤそれは――――」

 

「するから」

 

 イリヤは意見を押し切り、その場は収まった。

 

 

 ***

 

 

 冬木市新都、マンションの一室で魔王は例によって電話で商談をしていた。

 

「ああ、無理を言って済まない。物は大至急、取りに行く」

 

 通話が終わるのを待って、アサシンが口を開いた。

 

「これで用意していた資金は底を尽きました。本当に良かったのですか?」

 

「金だろうと能力だろうと使うべき時に使わなければ意味がなかろう」

 

「されど武装の方はもう・・・・」

 

「ああ、慎重に使って二回、想定外を考慮すると一回が限度だろうな」

 

「ならば、やはり武装(そちら)に資金を回すべきではないのですか?」

 

 アサシンの言葉は真剣だ。それに対し魔王は含みを持たせた言葉を返す。

 

「言っただろう。全てのモノは使うべき時に使うと、仮に今の武装が打ち止めになったとしても、やり様(・・・)はある。分かるか?」

 

 魔王の言いたい事を悟ったアサシンは覚悟を込めて言う。

 

「はい、分かりました。

 元よりこの身は、そういう役割の為にあります」

 

「いい返事だ。では行こうか」

 

 魔王は車のキーを持って歩いていき、アサシンもそれに続いていく。

 

 

***

 

 

 そして夜が来た。冬木市の深見町と新都を分ける未遠川の河川敷で、セイバーとアーチャーの二つの陣営が対峙し、少し離れた所にアヴェンジャー(魔王)陣営がそれを傍観していた。

 

 夜とは言え彼ら以外には一切の人の気配はなく、人避けの魔術は申し分なく発動しており、役者も舞台も整ったことを確認した凛は口を開いた。

 

「今夜の戦いは遠坂家の長きに渡る悲願を達成する為、と同時に私自身の十年間の思いをぶつける私闘でもある。言いたい事があるなら今聞いてあげるわよ」

 

 士郎は士郎でイリヤを背にしながら、今の本心を言う。

 

「私闘上等だ。なにより今夜で全部に決着がつくなら、何だって良いさ。

 俺は俺で答えを出したい、だから全力を望む!」

 

 双方の(マスター)が意を決したことでセイバーとアーチャーは互いに剣を構える。

 見えない剣と白黒の双剣、切っ先や刀身を相手から外さず、ゆっくりと足を動かし出方を探る。

 

 緊迫の空気の中で先に仕掛けたのはアーチャーだった。力強く踏み込み渾身の一撃をセイバーに打ち込む。セイバーは僅かに後退しながらも受けきり、反撃の一撃を放つ。

 それをアーチャーは飛び退くことでかわし、セイバーは追走する。そうして双方が走りながら並んだときアーチャーが手にしていた双剣をセイバーに投擲する。一撃目は身体を反ってかわし二撃目を跳躍することでかわす。その勢いのまま今度はセイバーがアーチャーに渾身の一撃を振り下ろす。ギリギリのタイミングで避けるが風王結界(インビジブル・エア)を纏った一撃は風圧も凄まじく吹き飛ばされる。

 

「流石は最優のサーヴァント、不完全な状態でも油断できんな」

 

 アーチャーが皮肉な笑みを浮かべて賞賛を送りながらも黒弓を片手にし、もう片方の手には螺旋を描く刀身を持つ剣が握られ、次の瞬間には矢となり射る構えを取る。

 初見の夜の再現を悟ったセイバーは自身も必殺の構えを取る。

 

「私も認めようアーチャー、貴方は強い」

 

 一触即発の空気が漂う中で、短いながらも最大の返礼にアーチャーは心底嬉しそうに笑みを深めるも直ぐに表情を引き締め矢に魔力を込める。

 

 

 ***

 

 

 時は戦闘開始に戻る。

 サーヴァント(人外)の戦いの外側でイリヤが士郎の手を引っ張り、訴えていた。

 

「シロウ、今直ぐにわたしにマスターを譲って、そうすればセイバーに宝具を使わせられる魔力を供給できる」

 

「ただし辺り一体の民家は薙ぎ払われて、更地になってしまうがな」

 

 しかし、返答は士郎ではなく、何時の間にか近くに来ていた魔王が答えていた。

 

「なによ、やっぱり凛とグルだったわけ?」

 

「そんな訳ないだろう」

 

 魔王は訝るイリヤを受け流して、士郎に視線を向ける。

 

「まだ迷いの中に居るようだな。

 ならばまだ衛宮切嗣と同じ道を選ばないと言う選択肢もある。そして、それを選ぶのが正道だと思うが・・・・()にはそれを言う資格はないな」

 

 一人称を私用に変えた魔王は剣を交えているセイバーとアーチャーを見る。

 士郎は黙ったまま戦闘を見ていたが、無意識的に魔王の言葉に耳を傾けていた。

 

「君が今ここに居るのは正義の味方になる為じゃない。君は過去と死人に囚われ、一本しかなかった道に新しい道を示され、決断しなければならないと悟ったからだ」

 

 話している間にも戦闘は動き、セイバーの一撃による暴風が吹き荒れる。魔王は宝具を展開し風圧を防ぐ。

 

「俺も生前は過去と死人に囚われていた、だからこそ、その道にある選択肢は一つじゃないと知っている。

 君は聖杯戦争(この戦い)や魔術からは縁を切り、その娘と共に生きる選択肢を見るべきだ」

 

 

 魔王の脳裏には過去を抱えながらも『生きる』選択をした自分に良く似た男の顔が浮かぶ。

 そして、士郎はその言葉に残っていた最後の意地を口にする。

 

「置き去りにしてきたものの為に、自分を曲げることは出来ない」

 

「ほぉう・・・では問おう。本当の君とは一体なんだ?」

 

 話しが大詰めに差し掛かると同時に戦闘の方も詰めに入り、弓を構えたアーチャーと同じく必殺の構えを取ったセイバーが睨みあう。

 

「ああ、分かってるさ。俺はずっと正義の味方になりたかった親父に憧れていた。でも、お前の話を聞いて親父が・・・切嗣が本当に望んでいたかもしれない願いを聞いて・・・・納得しちまったんだ。その可能性に惹かれちまったんだよ」

 

 正義の味方と家族との幸せ、士郎が憧れ成ろうとした切嗣が求めていた願い。前者は守る者が無いから歩める道ゆえに、どちらかを切り捨てなければならない。それが士郎の迷いの大元だった。

 美しいと感じた前者の道は、切嗣が死に歩む決意が固まった、周りに多くの者が居ても揺らがなかったのは、他人であると言う一線が有ったからだろう。

 しかし、切嗣の娘(イリヤ)の存在を知り、出会った時、守らなきゃいけない者が現れた時に決意が揺らぎ、後者の道に美しさではなく(いと)おしさ感じてしまった。

 

 

 ***

 

 魔王が引き出した士郎の本心の声は大きくは無かったが、セイバーとアーチャーの耳にハッキリと届いた。

 その時、アーチャーに一瞬の隙が生じ、セイバーはそれを見逃さず風王結界(インビジブル・エア)で加速し一気に間合いを詰めて来た。アーチャーは弓を放つが、時既に遅くセイバーは紙一重にかわし弓ごとアーチャーを切り裂いた。致命的な深手を負い、膝を突くアーチャーだがセイバーは止めを刺そうとせず困惑の表情を浮かべた。

 

「アーチャー・・・貴方は、まさか・・・」

 

 なにかを悟ったセイバーに苦笑しながら蹴りをいれ間合いを取るアーチャー、そして詠唱を始める。

 

 

 ―――――― 体は剣で出来ている(I am the bone of my sword)

 

  血潮は鉄で 心は硝子(Steel is my body, and fire is my blood)

 

  幾たびの戦場を越えて不敗(I have created over a thousand blades)

 

  ただの一度も敗走はなく(Unknown to Death)

 

  ただの一度も理解されない(Nor known to Life)

 

    

  彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う(Have withstood pain to create many weapons)

 

  故に、生涯に意味はなく(Yet, those hands will never hold anything)

 

      

  その体は、きっと剣で出来ていた(So as I pray, unlimited blade works)

 

 瞬間、燃えさかる炎と、無数の剣が大地に突き立つ一面の荒野が広がり、空には回転する巨大な歯車が存在する異様な空間が現れる。

 

「固有結界、心象風景の具現化!?」

 

 

 驚くセイバーに構わずアーチャーは右腕を挙げ、それに呼応するように刺さっていた剣たちが空中に引き上げられる。

 セイバーは夥しい剣の群れを見て、己の宝具の解放する覚悟を決め風王結界(インビジブル・エア)を解き、聖剣を露わにするがアーチャーは腕を振り下ろして剣群を投下する。

 

 だが、剣群はセイバーではなく魔王に向かい、魔王は前方に黒いオーラを集中させ防御する。オーラに触れた瞬間に剣は消失し唯の一つも魔王に届くことは無かった。アーチャーは仰向けに倒れ、決着はついたかに見えた。

 

「まだ終わってないわよ」

 

 その時、凛が指鉄砲の構えで黒い塊(ガンド)を数発放った。今度の標的(ターゲット)は士郎とイリヤで何者も助けが間に合うことのない最悪のタイミングであった。

 刹那、イリヤが士郎を庇うように立ちはだかる。それを目にした士郎は頭が真っ白になり、次に一本の剣が脳裏をよぎり詠唱を口にした。

 

投影、開始(トレース・オン)

 

 庇うように立つイリヤの前に踏み込んだ士郎の手には一本の剣が握られており、その黄金の一線は凛のガンドを全て切り裂いたが、その一振りで剣は消える。

 されどその間にセイバーが駆けつけ凛に切っ先を向ける。その時、固有結界が消えていき倒れていたアーチャーが大声で言った。

 

「どうやら答えは出たようだな!!衛宮士郎!」

 

「・・・・・・・?」

 

 嬉しそうな声を発し消えていくアーチャーを見ながら、士郎はセイバーを制して凛の前に立ち、右手を差し出す。

 

「シロウ?」

 

 その理解できない行動にセイバーを始め、全員が説明を求めた。

 

「遠坂、俺は聖杯戦争から降りる。お前が聖杯を求めるって言うなら、その権利は譲るし、父親の事で俺たちが許せないって言うなら、俺が出来る限りの事はする。

 でも、イリヤには手を出させない。この娘は俺の大事な家族だ!」

 

 士郎の目には全てを受け入れ守る覚悟が篭っていた。

 

「とか言ってるけど、セイバーはいいの?」

 

「正直、少し残念が思いはありますが、それ以上に今のシロウの意志を尊重したい思いが有り余るほどにあります。

 ただ凛、一つ聞かせて下さい。貴女はアーチャーのことを?」

 

「薄々だけどね。って言うかセイバーも?」

 

「私もハッキリとではありませんでしたが」

 

 意味不明な会話に士郎は困惑するが、二人の間には共通認識が芽生えたようだ。

 そして凛は士郎と目を合わせる。

 

「シロウ、一つだけ約束しなさい。絶対にその娘を手放さないって」

 

「約束するまでも無い。イリヤは俺が幸せにする」

 

 即答する士郎に凛は気を良くして右手の令呪に触れる。それで契約は解除され、士郎とセイバーの繋がりは切れた。

 そして、凛はセイバーに向き直り手を向ける。

 

「告げる、汝の身は我が下に、我が運命は汝の剣に。聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うなら――――我に従え、なればこの運命、汝が剣に預けよう」

 

「セイバーの名に掛け誓いを受ける。貴方を我が主として認めよう、凛」

 

 新たなる契約は成り充分な魔力を得たセイバーは最後の敵である魔王に向き直るが、魔王は士郎に近づきA4サイズの封筒を差し出す。

 

「県外にペンションを借りてあるからそこに三日避難していろ、中に鍵とその娘と一緒に暮らす為に必要な書類が入っているから目を通しておけ」

 

 魔王の用意周到さは今更なので驚かないが、一つ解せない疑問があり士郎が問う。

 

「なんで三日なんだ?」

 

「避難していろ」

 

 されど魔王は有無を言わさず強引に話を終わらす。士郎とイリヤは釈然としないものを感じながらも、手を繋ぎ駅の方向へ去って行った。

 そして完全に彼らが見えなくなった所で凛が魔王に疑問をぶつける。

 

「あいつらには随分と親切ね。なんでそこまでするのかしら?」

 

「なぁに、俺は子供が好きでね」

 

 その返答に凛とセイバーが一歩引く。

 

「そう言う意味じゃない。それに一番の理由はマスターの意を尊重しているからだ」

 

「マスターの?」

 

「そうだ。俺のマスターは自らの不幸な境遇を一片も恨まず、世界の平和を望む心優しい少年でな、現在は意識の無い状態なんだが、それでも殺戮に走れば止めようとして来る困った奴だ」

 

 言葉とは裏腹に嬉しそうに語る魔王に凛は溜息をつきながらも納得する。

 

「だから今回は誰も殺さなかったって訳ね。なんだかアンタにしては妙に温いなと思っていたわ。

 でも、そのマスター、アンタとはどんな因縁があるのかしら?聞いてる限りではアンタとは真逆の人物に思えるけど」

 

「ああ、アイツは聖者と呼ぶに相応しい人格の持ち主だ。俺とは究極的に正反対、だから()()()んだ」

 

 〝選んだ〟その言葉を反復し、その意味を問おうとするが、魔王は土手の上に向き直り叫んだ。

 

「今度はだんまりは無しだぞ、()()()()()!」

 

 するとその瞬間、黄金の光が煌き輝く甲冑の立ち絵として現界した。その金髪と赤い目をした容貌にセイバーは驚愕し、存在しない八人目のサーヴァントの登場に凛は思考が追いつかなかった。

 

「久しぶりだな。騎士王(セイバー)、魔王いや今はアヴェンジャーか」

 

 現れた八人目、黄金の英霊は傲然とした態度で言い放つ。

 

「ああ、やっと十年前の続きが出来る。前回は負けなかっただけだが、今回はそうは行かないぞ。ギルガメッシュ!」

 

 魔王も負けじと挑発で返し、更に真名を呼ばれたことで、ギルガメッシュは背後に無数の宝具を展開した。

 




 本来の主人公、衛宮士郎はここで一旦降板で次の出番は聖杯戦争決着後です。


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最後の日

 いきなり戦闘から始まります。


 

 

 川原の上方で眩い輝きを放つギルガメッシュ、下方では魔王が何よりも深い漆黒のオーラを発していた。一見すれば正反対だが当の本人達は似たもの同士と言えるような雰囲気を醸し出していた。

 

 そして訳が分からないまま外野に追いやられたセイバーと凛は身動きどころか声も出なかった。

 

 そんな二人など眼中に無いとばかりに先手を打ったのはギルガメッシュだった。眉一つ動かさないまま宝具を投擲、魔王に向かい一直線に向って放った。

 対して魔王は右手にオーラを集中させて防御、しかし今度の攻撃は消失せずに明後日の方向に軌道を変えるだけに終わった。

 

「塵は無理でも壊すぐらいは出来ると思ったんだがな」

 

「さっきみたいな贋作と一緒にするな。本物の重みと言うものを嘗めるなよ」

 

 様子見は終わりとばかりにギルガメッシュは雨あられの如く次々と宝具を放ち、魔王は密度を高めたオーラを薄く前面に展開することで全て防御し、外野は流れ弾に巻き込まれないように後退しながらも戦いを見ていた。

 

 攻めのギルガメッシュと守りの魔王、双方とも余裕を崩さずに構えているが膠着状態などをギルガメッシュが望むはずもなく三点の宝具を右手に取り、より魔力を込めて投擲しようとする。だが、その瞬間に右手周辺の空間が爆発し攻撃が止む、起こした張本人である魔王は人差し指と中指を揃えて、その空間を指していた。

 

「やはり直接宝具を放とうとすれば周囲への意識(視野)が狭まるか。使いこなせていない良い証拠だ」

 

 魔王の余裕に満ちた解説はギルガメッシュ()の神経を逆なでする。

 

「おのれぇええーーー!!」

 

 さらに王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を開こうと背後の空間に黄金色が現れ所々に歪が生じるが瞬く間に爆発していく。

 

「宝具をより多く出そうとすると空間の歪はより顕著になる。激昂した状態なら尚更タイミングを合わせるのも容易い」

 

「――――――!!!!」

 

 とうとうキレたギルガメッシュは落ちていた剣を拾い魔王に向かい斬りかかる。

 対して魔王は不敵な笑みを浮かべ言う。

 

「頭に血が上ると行動が予測し易くて助かる」

 

 魔王は足で地面を擦り飛び退いてかわす。

 ギルガメッシュが到達した瞬間に地面が爆発し、そのまま落ちて行きそうになるが寸でのところで鎖が魔王の腕に絡みつき留まる。

 

天の鎖(エルキドゥ)の前では貴様の宝具も役に立たん、我が行くまで踏ん張っていろ!」

 

「神なるものを縛る能力か」

 

 邪悪なる者とは言え神の名を冠する能力(ちから)、相性が悪いのはどうしようもない。されども外の出せないだけであり発動出来ない訳ではないし、繋がっている相手()に電気の如く〝そうでない物〟を伝えることは出来る。

 

「好都合だ」

 

 魔王は鎖に黒いオーラ高め天の鎖(エルキドゥ)が反応するがを〝そうでない物〟は鎖を通しギルガメッシュへと送られる。標的に到達して直ぐに分離し爆発、連鎖して地面に開いた穴からも続々と爆発が起こる。前後左右だけでなく上下からも起こる爆発は凶悪の一言に尽きる。

 

 勢いが増していく中、腕の鎖の拘束が緩くなったのを見計らい魔王は鎖を外してセイバー達に近づいて行く。

 警戒を強めるセイバーと凛だが魔王から出た言葉は完全に予想外のものだった。

 

「今のうち逃げるぞ。車まで走るから着いて来い」

 

「ちょっと、あっちはどうすんのよ?」

 

 未だ爆発が起きている穴を指差し凛が問う。

 返答はまたも予想外のものだった。

 

「ああ、もう爆薬が打ち止めになってしまってな。このままでは殺られてしまう、だから撤退だ。お前たちも色々聞きたいことがあるだろう、説明してやるから今は黙って来い」

 

「・・・・・・・・・」

 

 二の句が告げないが、ずっとそうしている訳にもいかず魔王に続いて走って行った。

 

 

 

 そして爆発が弱まった時、憤怒の表情のギルガメッシュが穴から出てきたが、その場には魔王でなく戦闘状態のアサシンが居ただけだった。

 

「魔王はまた逃げたか。雑種、差し詰め貴様は時間稼ぎの捨て駒か?」

 

「ええ、その通りです。力の全てを出し尽くして足止めさせていただきます。それと、魔王(マスター)からの伝言です。〝決着は相応しい舞台でつけよう〟と」

 

 彼女には魔王(マスター)から十二分の魔力を齎されており、更に令呪のバックアップも加わってこれ以上ない程に絶好調だった。

 それでも英雄王(ギルガメッシュ)には遠く及ばないだろうが、一矢報い魔王の最後の命令(・・)だけは絶対に果たすと奮い立っていた。

 

「フン」

 

 少しだが溜飲が下がったギルガメッシュは新たに宝具を展開、アサシンは躊躇う事無く全力で向って行った。

 

 

 

――――九日目

 

 

 朝も早い遠坂邸、凛とセイバーは魔王とテーブルを囲み説明を受けていた。

 

 十年前の最終決戦の夜、セイバーが消えた後でこの世全ての悪(アンリ・マユ)に汚染された聖杯の泥に飲まれた魔王とギルガメッシュは、それぞれ別の方法で打ち勝ってみせた。結果、魔王はそれから死んだ現在まで呪いに纏わり憑かれる事になり、ギルガメッシュは呪いを糧に受肉を果たした。

 

「アンリ・マユ、確かゾロアスター教の最高位の悪神よね」

 

 話しを聞き終わった凛は考えるように呟いた。

 

「正確にはその役割を負わされた普通の人間なんだがな。ただ、〝この世全ての悪であれ〟と摸造された〝願い〟その物の存在ゆえ色々と面倒な狂いが生じてしまった」

 

「聖杯はあらゆる願いを叶える願望機、考えるまでも無く最悪の組み合わせね。そして魔王(アンタ)にはこれ以上ないピッタリなモノは無いわね」

 

「そうでもないさ。事実、生きている間は不定期な頭痛にさえなまれ続けた、治療を頼んでみれば余計に酷くなり、肝心な場面でも引かざる得ない状況に陥ったこともあった。

 おかげでマスターに出会う事にもなったが、それでもチャラにはしがたいな」

 

「アンタと言う存在を顧みれば寧ろ丁度いいじゃない」

 

 その時、セイバーが深刻な表情で尋ねた。

 

「・・・・それでは私の求めていた聖杯は?」

 

「当の昔に別物に変わっている」

 

 キッパリと言い切る魔王にセイバーはおろか凛すら言葉が出で来なかった。

 

「今回の聖杯は完成に近づいている。そしてギルガメッシュが最も殺したい相手が俺だ」

 

「だから手を出すなって?アンタ、もう武器が無いんじゃないの?」

 

 協力を求めるニュアンスには聞こえず出た凛の疑問に魔王は笑みを浮かべて返す。

 

「秘策がある。黙ってみてても君達にはそんはない提案だと思うが?」

 

「魔王、貴様!」

 

 前回の最終決戦前を思い出すやり取りにセイバーが反論しようとする。

 

「いいわよ別に、どちらにせよアンタもあの金ぴかも倒さなきゃいけない敵なのは変わらないんだし」

 

 あっさりと提案を呑む凛、その目には言い表せない〝何か〟が込められておりに制される。

 そして満足のいく返答に魔王は立ち上がり邸を後にしようとする。

 

「・・・・・負けるんじゃないわよ」

 

 小さな声で言う凛に心の中で微笑み、最終決戦前の最後の一仕事に出向いた。

 

***

 

 

 冬木市新都、前回の決着の場所である公園のベンチで魔王は座りながら現状の確認をしていた。

 

 アサシンは最後の仕事を全うしてくれたようでギルガメッシュの現在地を感知できるマーキングは申し分なく機能していた。

 ギルガメッシュは間桐邸の周辺にいるようでサーヴァント()が居ないにも関わらずも用があるとすれば、聖杯の予備の器ぐらいだろう。網を張っているつもりかは断定できないが本来の器を手中にしている以上、出向くつもりは無かった。

 

 間桐の予備の器とキャスターが言っていた人間以外の何かは気にならない訳は無いが、仕掛けてくる気配は全くない以上は余計な事はしない方が良いだろう。

 

 そしてギルガメッシュが其処に居ると言うことは、マスターである言峰綺礼は一人で教会にいることになる。綺礼には現界した時からどうするかを決めていたので、今こそが絶好のチャンスと言えるだろう。

 バゼットと仁賀の二人のマスターを従えて第五次聖杯戦争を制すると言う計画を駄目にした一端を担ったことも含め(不合理ではあるが)借りを返しておく意味も兼ねて動くことを決心した。

 

(だがその前に)

 

 魔王は携帯電話を取り出し前日に配送した物がどうなっているか連絡を取った。返ってきた返答は、物はキチンと営業所に保管されており指定日には滞りなく届けられるとのことであった。

 完全な私用ではあるが、これで心置きなく動くことが出来ると魔王は携帯を切り立ち上がった。

 

(しかし、アサシン(サーヴァント)を失い教会に行く・・・ルールを鑑みれば保護を求めに行くみたいだな)

 

 これから行く目的とは全く真逆の思考に失笑を禁じえなかった。

 

 

 ***

 

 

 冬木教会の礼拝堂で言峰綺礼は珍客中の珍客を出迎えていた。

 

「こうして直に顔を合わすのは初めてだな、言峰綺礼」

 

 礼拝席に腰掛けながら魔王は悠然とした態度で祭壇に立つ綺礼に語りかけた。

 

「その筈だが、それでも懐かしいと感じてしまうな」

 

「まぁ無理も無いな。尤も私の方は感傷に浸りたい気分じゃないがな」

 

「神の御前だ。貴様の様な魔性にはさぞ居心地が悪かろう」

 

「それをお前に言われるのは心の底から不愉快だな。確かに俺は外道だが悪趣味ではないつもりだぞ」

 

 魔王の皮肉に綺礼は苦笑する。

 

「それでは、今回はどんな地獄を描き出すつもりなんだ?」

 

「期待を裏切って悪いが、今回は地獄ではなく楽園を作るつもりで参戦したんだ。神の定めた律を捻じ曲げ、愛に溢れたとまでは言えないまでも不条理に嘆く〝坊や〟たちに至福を与える楽園。

 そして、その是非において世界を終焉に導くのさ」

 

「なるほど、いかにもお前らしい迂遠な遣り口だ。

 しかも甘い餌(楽園)を用いて世界を終わらすとは、正に魔王の所業だな」

 

 実際の所、綺礼には魔王の言っていることは半分も分からなかったが、かつての広域封鎖事件を遥かに上回る所業であるだろう事は漠然と感じ取り、奇妙な期待感が溢れていた。

 

「結果としてそうなるかもしれないと言う話だ」

 

「ならば私が代わりに成そう。不確定だと言うなら補い導いてみせよう」

 

「まぁ、予想通りの答えだな、だから今ここに来た・・・前回の様な色々な意味での大番狂わせは御免だからな。

 貴様はここで排除する」

 

 魔王は立ち上がり綺礼の正面に足を進める。

 

「こちらも予想通りの答えだ。だがそう簡単にはいかないぞ、それに何より今の貴様は人殺しは出来ないんじゃなかったのか?」

 

「その通り、今の私は誰も殺せない」

 

 言っていることとは裏腹に魔王の殺意は確定しており、綺礼は黒剣を構えて臨戦態勢を取る。

 

「だがな、英霊(サーヴァント)同様に既に死んでいる者なら話は別だ」

 

 そう言い切った瞬間、不穏な鼓動が綺礼を襲う。

 綺礼は黒剣を落とし胸を押えながら膝を突き倒れこむ。

 

「十年前にお前はもう死んでいたんだ。その死者(お前)をこの世に繋ぎ止めている物の所有権は私にあるのでな、悪いが返して貰う」

 

「ハァ・・・ハァ・・・・・・ハァ・・・・ハァ・・ハァ・・・・・・・・・」

 

 もやは言葉すら発することの出来ない綺礼を見て、十年前の再現のようだと思いながらこの世全ての悪(アンリ・マユ)の欠片を回収する魔王、同時にまだ繋がっているパスを一時的に支配しギルガメッシュ(メインデッシュ)に向かい宣戦布告する。

 

「今夜、柳洞寺・・・ランサーとの決闘の場所で待つ、決着をつけよう英雄王」

 

 そうして教会を去ろうとする魔王の頭に声が響いた。

 

『いいだろう望むところだ。その挑戦、確かに受けたぞ魔王』

 

 快諾を得て最終決戦の舞台が整ったことが確定し、魔王は心底楽しそうに笑いながら歩いて行った。

 

 

 




 次で決着を付けます。


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魔王の命題

 これで魔王の物語は終焉です。


 ―――――夕方、遠坂邸

 

 

 凛は武器である宝石やアゾットの剣を確認しながら、現状とこれからの戦いについての考えを整理していた。

 魔王が決戦の場所に選ぶ場所は柳洞寺で間違いないだろう。当の本人は秘策があると言っていたが、今回は宝具頼みの正々堂々としたやり方を通している辺り違和感がぬぐえない。そんな方法で本当に勝つことが出来るのか?もし駄目だった時は魔力どころか生命の全てをセイバーに注いででも倒さなければならない。だが今朝の話でセイバーのモチベーションがどこまで保っているのか。

 

 そうこう考えながらセイバーを呼びに行くと彼女は凛が集めた魔王のスクラップを眺めており、その様子は至極冷静なようで聖杯で望みが叶わない事を気にしている様には見えなかった。

 

「もっと落胆しているのかと思ってたのに、意外ね」

 

「残念ではありますよ。しかし前回、既に途方も無い絶望を味あわされましたから・・・不本意ながら慣れてしまったのかも知れませんね」

 

 セイバーはスクラップを閉じ凛に向き直る。

 

「――――それ読んでどう思った、魔王(アイツ)勝てると思う?」

 

「策を立てるのと実際に事を成すのは全く別物です・・・ですが」

 

「魔王には実現できるだけの裏付けされた実力、いや才能がある」

 

「ええ、私自身、嫌と言うほど理解しています」

 

 凛は川原での魔王の台詞を思い出す。

 

『ああ、やっと十年前の続きが出来る。前回は負けなかっただけだが、今回はそうは行かないぞ。ギルガメッシュ!』

 

「それでも、アイツは勝ったとは思ってないみたいだったけどね」

 

「前回の聖杯戦争は終始、魔王(あの男)の掌の上で皆が踊らされたと言っても過言ではありません。それで勝てなかったと言うのに同じ轍を踏むとは、やはり考えられませんね」

 

「同感ね。それに今にして思えば、魔王が固執してたのは士郎じゃなくて貴女だった気もするし・・・ホントなにを企んでんのかしらね」

 

 だがそれも行けば分かる、魔王の秘策が成ろうが成るまいが双方とも倒すべき敵であることには変わらない。

 最悪を想定すると冬木大火災や広域封鎖事件の様な事態が起こりえないとも限らない、そんな事は断じて許容出来ない。冬木の管理者(セカンドオーナー)として始まりの御三家の一人として何より遠坂凛自身としても落とし前を付けなければならない。

 凛は決意を新たにし、セイバーも思いは同じとまでは言わないまでも戦意を研ぎ澄まし二人は最後の戦場に赴いていった。

 

 

 ***

 

 

 夜、円蔵山。

 柳洞寺からそれた洞窟で魔王は眼を閉じ、決戦の時を待ちながらも思案していた。

 昨晩の川原での前哨戦、昼の教会での欠片(ちから)の回収、これからの為に必要な仕事は全て終わらせた。

 されど油断は出来ない。前回でも事は全て自分の思い通りの運んだにも関わらずギルガメッシュ(あの男)には勝てなかった。まさか征服王を寄せ付けない程の切り札を持っているとは思っていなかった・・・・・否、見通しが完全に甘かったのだ、規格外だと判断したのは自分自身、ならば想定以上の強さを持っていることも考えて策を練るべき・・・・

 

(・・・・想定どころか想像すら出来ない力に策も何も無いな)

 

 魔王は自嘲しながら前回から今回に思考を切り替える。

 この世全ての悪(アンリ・マユ)の泥を浴びた時に見たギルガメッシュの剣、その情報(カード)がある今回、確かな勝算はある。破格の強さを持つギルガメッシュ、自分に確かな敵意を焼き付けた遠坂凛とセイバー、信頼できる敵たちなら思い描く終幕を向かえられる。そうすれば・・・・・・

 

(最も信頼できるのが敵と言うのも皮肉な話だな)

 

 魔王は眼を開き、やっと来た最大の敵(ギルガメッシュ)と対峙する。

 ギルガメッシュは黄金の鎧を纏い、既に背後に宝具も展開しており、その眼には言葉では言い表せない殺意が込められ戦闘態勢は万全に整っていた。

 

「期待通り言峰(マスター)が殺られても支障はないようだな」

 

「魔王」

 

 語りかける魔王にギルガメッシュは問答無用とばかりに宝具を投擲する。黒いオーラが防御するが今回は軌道が変わらず完全に消滅した。

 所有物が消滅したにも関わらずギルガメッシュの殺意はぶれず態度も変わらず、展開していた宝具をあらゆる方向から投擲したが全て同じ結果に終わった。

 

「無駄だ。この場の地の利は完全に俺にある。対軍宝具だろうが対城宝具だろうが俺には触れることすら出来んぞ」

 

 現在居る洞窟、『龍洞』は聖杯戦争の要とも入れる大聖杯が敷設された場所でありサーヴァントの魂を回収する小聖杯も魔王の中にある。魔王が現在使用できる魔力は莫大の最上級に超が幾つ付いても足りないほどだ。それを御せる器は正に神の仇敵、その名に相応しい魔王と呼べるだろう。

 

 その目の前の『敵』に英雄王(ギルガメッシュ)は悦に入ると同時にガッカリもしていた。

 つまらない俗物ばかりの今の世に生まれた新たな英霊、魔王は全力を持って倒すに値する敵であるが、魔王の本領は謀略であったはずだ。地の利によって得た力で戦うなど拍子抜けもいいところである、予想を裏切るような凄い策を仕掛け、それをどうブチ破るかを期待していたのだが本当に残念だった。

 

 ギルガメッシュは投擲しなかった三つの円柱が連なった剣を握りしめ冷めた口調で言う。

 

「貴様に見せるのは二度目になるな。我が秘剣乖離剣(エア)はこの英雄王しか持ち得ない剣、対するは()()()()()()の『対界宝具』この意味が分かるか?」

 

「・・・・・・・・・」

 

「貴様がどれほどの魔力を束ねようと何の意味もない。我を失望させた責任は重いと知れ」

 

 三つの円柱が回転し魔力が循環していく、吹き荒れる紅い魔力に魔王は黒いオーラを両手に集中させて前にかざす。

 その何の変哲も無い仕草にギルガメッシュの眉はつり上がり怒りのまま真名を解放する。

 

「もういい散れ!天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)!!!」

 

 解放される天と地を切り裂いた力、対し最高密度にして最大の漆黒を前面に放ち二つの究極がぶつかる。

 

「ハァアーーーーー!!!!!」

 

 魔王は一切の出し惜しみをせずに魔力を注ぎ、力は一時拮抗する。

 

「少しはマシのようだな。だが」

 

 ギルガメッシュの賞賛を送るがもの凄くつまらないニュアンスが込められており、天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)を最大限まで引き上げた。

 

「貴様の負けだ、魔王」

 

 言葉通り漆黒のオーラは押し負け、紅い波動が魔王に迫る。

 

「フフフフフフフ」

 

 しかし魔王からは心底嬉しそうな笑いが発せられており、ギルガメッシュの顔に疑問が浮かぶ。

 それに答えるように魔王は笑いながら説明した。

 

「やはり俺の期待通りの男だな英雄王、俺は間違ってなかった。

 何故俺が決闘方式なんて言う柄にもない方法を取ってきたと思う?それも宝具も込みで見せ付けるように」

 

 波動は直ぐ側まで来ていたが魔王の余裕は崩れない。崩れていくのは龍洞にある空間そのものであり、あちらこちらで亀裂が入り黒いオーラがガスのように噴出していた。

 

「お前に全力で宝具(コイツ)を破って欲しかったからだ!!」

 

 そう言い切った瞬間、空間は完全に崩れ闇よりも深い漆黒が空間の全てを覆い尽くす。

 

 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね

 

『これは!?』

 

 そのまま飲まれたギルガメッシュは十年前と同じこの世全ての悪(アンリ・マユ)の泥の中に居た。

 

『そう、十年前に俺とお前が飲み込まれた泥だ。俺はこいつを支配して現在宝具となり、お前は飲み干して血肉と化した』

 

 背後からする魔王の声に振り向き、剣を向けようとするギルガメッシュだが、剣を握っていた腕が黒い泥となり崩れていった。それによってギルガメッシュは魔王の本当の狙いを悟り声を上げた。

 

『貴様!今までの戦いはこの為だけに―――――』

 

 されど腕に続き身体の殆どが泥となって崩れていき、魔王は冷めた口調で言いたいことに答えた。

 

『お前ほどの男に勝つ為には、これ以外思いつかなくてな。正面から戦うのは慣れてない分大変だったが、その甲斐はあった』

 

『――――――――』

 

 ギルガメッシュの身体は完全に崩れもう声さえ出ない。

 そして彼が居た場所に右手をかざし魔王が眼を閉じて言葉を発す。

 

『血肉も魂も本来在るべき所に還れ』

 

 右手を心臓に当て泥が静かに収まって行く。

 眼を開けると戦闘があったとは思えないほど静かな洞窟内に魔王が唯一人で立っていた。

 

「封印完了。お嬢ちゃん達(アイツ等)は・・・・本堂の方か」

 

 張って置いた仕掛けに凛とセイバーの反応を感知した時、魔王の表情が不快な形に崩れ顔に手を当て深呼吸する。

 

「流石は原初の英雄王、ここまでしても勝てないか・・・・予想通りだ」

 

 魔王は最後に残してあった魔力を戻して、それを納める。

 その結果―――――

 

「逝ってしまったか伊勢三、だが約束は必ず守る」

 

 魔王は龍洞にある大聖杯の魔法陣を時間差で消し去る仕掛けを施し、本堂に足を進める。

 

「なぁ伊勢三、俺は復讐に生涯を捧げ結局何も報われないまま果てた。

 そして誰よりも世界の平和を人々の幸福を望んでいたお前は一人寂しく逝った。

 全く正反対のものを抱えた二人の終わりに、そんなに差が無いと感じるのは俺の気のせいなのだろうか?」

 

 歩きながら独白する魔王の顔には、哀しいとも虚しいとも言えない感情があった。

 

「それとも正邪に関係なく、人間の領分を超えたモノを抱える愚者の末路は等しく同じと言うことなのかな?」

 

 問うた所で答えてくれる者は居ない。居るとすれば神様か世界そのものだろう。

 

「だから問うて見ようと思う。世界に未来(これから)を生きる坊やたちに」

 

 

 ***

 

 

 柳洞寺に駆けつけた凛とセイバーは静まり返り、全く戦闘の痕跡が見当たらないことに来る場所を間違えたのかと顔を見合わせていた。

 だがしかし、正門の方から石段を登って来る魔王を見て一瞬安堵するが、同時に何故先に来ていた筈の魔王が後から来るのか新たな疑問が沸く。

 そんな二人を苦笑しながら見た魔王は冷や汗をかきながらも口を開く。

 

「もしかして、お前達が会いたかったのはこっちか?」

 

 瞬間、魔王の顔が落ち違う声が響く。

 

「貴様!一体どういうつもりだ!!」

 

 その声から口調まで間違いなくギルガメッシュのものだった。

 状況が飲み込めず唖然とする二人に再び意識を取り戻した魔王が叫ぶ。

 

「急げ・・・悪を倒すのが聖剣使いの役割だろ・・・・」

 

 魔王から黒いオーラが発するがそれは不安定極まりなく表情も全く余裕が無かった。

 

「魔王・・・・貴方は最初から----」

 

 戦意が鈍ったセイバーを見て魔王が叫ぶ。

 

「遠坂凛!!」

 

 その時、凛は何故魔王が自分に接触し戦意を煽るような事をし続けたのか理解した。

 そして迷い無く力強くセイバーに命令を下す。

 

「全ての令呪を持って命ずる。セイバー、全力を持って魔王を討ちなさい!!」

 

 令呪だけでなく持てる魔力を全てつぎ込んだ命令に一瞬戸惑うもセイバーはその意志を汲み取り宝具を解放する。

 剣は黄金に輝き強風が吹き上げる。そして、必殺の気迫の下に聖剣を高々に掲げて全力で振り下ろした。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!!」

 

 黄金の剣は魔王を貫き、魔王はホッとした顔で眼を閉じた。

 そして黄金の光に包まれ消えていく瞬間、左手がセイバーの頬を触れる。その感触は魔王でない別人の様に感じ顔を見ようとするが、そこには誰の姿も無かった。

 

 魔王が消えたと同時に洞窟に施した仕掛けが発動し大聖杯が消える。セイバーも時間が尽きることを本能的に悟り、凛に言葉を託す。

 

「凛、シロウに伝えてください。一時の間でしたが貴方と言うマスターに出会えて良かったと。

 そして貴女にも出会えて良かった」

 

 結んでいた髪が解かれ笑顔で消えていくセイバーに凛は無言のまま肯定を示した。

 セイバーが完全に消え一人残った凛は昇っていく朝日を見ながら呟いた。

 

「あーあ、結局アイツには何も伝えられなかったな。十年間、積もりに積もったもの何一つ」

 

 釈然としない気持ちを抱えながら凛はしばらくそのままボーとしていた。

 

 

 

 ―――――三日後

 

 

 朝日が差し込む時間帯に凛は眼を覚ました。

 目覚まし時計の音によってではなくインターホンの音によって、朝の弱い凛は無視を決め込もうとベッドに潜り込んだが、音は一向に鳴り止まないどころか果てしなく酷くなっていき、とうとう我慢できずに起き上がる。

 

「ぬぅ~~~」

 

 不機嫌を絵に描いたような声を出しながら玄関に向かいドアを開けると学生服を着た衛宮士郎がそこに居た。

 

「おはよう遠坂。にしても酷い顔だな・・・」

 

「誰の所為だと思ってんのよ!って言うか帰ってたんだ。

で、こんな朝っぱらから何の用よ?」

 

 つまらない用事だったら許さないぞと言外に込めて言う凛に引きそうになる士郎だが、封筒と指輪様の宝石箱を差し出す。

 怪訝そうに受け取る凛に説明を始める。

 

「昨日、こっちに帰る前にペンションに届いた。〝遠坂凛に渡してくれって〟メッセージ付きで」

 

 差出人は言うまでも無く魔王だろう。こんな事まで迂遠な方法を取るのかと呆れながらも中身を確認する。

 宝石箱には当然と言うか指輪が入っており、なんとも高そうなダイヤモンドが付いていた。そして封筒にはこれまた当然と言うか手紙が入っており――――――月が綺麗ですね。by夏目、返事はなるべく早く頼む――――――と書いてあった。

 

「なんだこれ、どういう意味だ?」

 

 ちゃっかり見ていた士郎は訳が分からないようだ。

 

「シロウは夏目漱石知らないの?割と有名な話なんだけど」

 

 凛には理解できたようで、すっかり上機嫌になり目もさっぱり覚めたようで士郎を無視して朝空に向かい大声で叫んだ。

 

「やってやろうじゃない!!聖杯なんか無くったって私の前に引きずり出すんだから、絶対、絶対によ!!!」

 

 その声は清々しいほど気持ちよく、聞いていた士郎は訳が分からないまでも良しと認め『頑張れよ』と心の中で応援した。

 

 

 

 ***

 

 

 ―――この世でない何処か

 

 

 森に囲まれた丘陵地にある学園、寮も完備され学習や生活には一切不自由しない環境が整っている。

 その校舎の屋上に魔王は立って校庭を走る生徒達を見ていた。その中で笑いながら全力で走る伊勢三が居た。疲れたのか大の字でグランドに横たわるもその顔は至福に満ちており、やがて消えていった。

 それを満足そうに見ていたら紫のローブを着た女性が近づいて来る。

 

「キャスター、いや今はメディアと呼んだ方がいいか?」

 

 振り向きもせず言う魔王にキャスターは皮肉めいた返答をする。

 

「なら貴方もこう呼びますか、鮫島恭平理事長」

 

「俺はそんなポストに就いてはいないんだがな」

 

「なら、どうしてこんな学校、いや世界を創ったんですか?」

 

 三回分の聖杯戦争の魔力を用いて叶えた魔王の願い、自分の為の世界で無いなら何のためにキャスターの声は真剣だ。

 だから魔王も相応しい答えを返す。

 

「俺から世界への挑戦、問いかけだ。

 青春時代をまともに過ごせなかった坊や達は、この世界で楽しい時間を過ごし次へと進む」

 

 先程の伊勢三の様にと彼が居なくなったグランドを見ながら続ける。

 

「そして一定の坊やが集まったら〝愛〟を芽生えさえるイレギュラーを招く」

 

「愛ですか」

 

「そうだ。それこそが此処を永遠の楽園にする最後のカードだ。

 勿論、すんなりとは行かせない。そうならないように修正するプログラムも既に用意してある。尤もらしい物語も込みでな」

 

「何故そんなものを?」

 

「坊や達自身に選ばせる為さ。永遠の楽園を望むか、それとも地獄だと思った現世で再び生きることを望むのか?そいつら自身にな」

 

「それだけ聞けば良い話ですね」

 

 キャスターは納得できないという態度で更なる続きを求めていた。

 魔王は〝仮に〟と前置きして話す。

 

「此処が永遠の楽園と化したら、この世界は緩やかに広がっていく。そうすれば現世では新たな命は生まれず、いずれ死者が歩いて回るようになるだろう」

 

「抑止力が許すとは思えませんが」

 

「そうだな。ゾンビが生まれないようこの世界を消す英雄が現れるか、ゾンビを浄化する何か(・・)が生まれるか・・・俺は人間の決断だから後者の可能性が高いと見ている」

 

「でもそうなったら・・・」

 

「人類は滅亡、人間の歴史は終焉を向え英霊(俺たち)の様な存在も消えてしまうかも知れないな」

 

 その説明にキャスターは色々な感情を込めた溜息を吐く。

 

「普通なら神を気取るつもりかと言いたいですが、貴方は神の仇敵である魔王、言ったところで通じないでしょうね」

 

「結論がずれているぞ。先に言っただろう、これは問いかけだ。

 どんな結果になろうと別に構わないさ」

 

「・・・・後は高みの見物ですか?」

 

「その通り、俺の物語はここまで。

 だが人の世の歴史はまだ続く、俺の示した終焉を迎えたとしてもな。

 そして願わくば、その前にプロポーズの返事が欲しいところだがな」

 

 最後の一言は完全に予想外で眼を丸くするキャスターだが無粋なことは止めようと口を噤んだ。

 

 魔王は話も終わり、学園の機能の確認もしたことでグラウンドから天空に眼を移す。

 そこには遥か先まで光の道が続いていた。

 

「もう用は済んだ。俺達は居るべき場所に帰るぞ」

 

 そのままキャスターを伴い魔王は道を進んで行き、やがて彼らが見えなくなり道も消えた。

 

 

 

 

 Devil/over time 完.

 

 




 短い間でしたがご愛読ありがとうございました。

 「月が綺麗ですね」
 *夏目漱石が英語教師をしていたとき、生徒が " I love you " の一文を「我君を愛す」と訳したのを聞き、「日本人はそんなことを言わない。月が綺麗ですね、とでもしておきなさい」と言ったとされる逸話から。遠回しな告白の言葉として使われる。



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番外編
ありえない結婚式


 最初に言っておきます。これは思いつきとノリで書いた物で無理・矛盾があっても接合性のないブッ飛んだ話である事をあらかじめご了承下さい。



―――三咲町、会田教会

 

 

 控え室で純白のウェディングドレスを着た凛は心臓をドキドキさせながら、式の開始を待ちわびていた。

 そして、トントンというノックの後に扉が開かれたとき嬉しさとは違う意味で驚愕した。何故なら入ってきたのはホテルマンの制服を着た父親、遠坂時臣だったからだ。

 

「あと十分で式が始まりますのでよろしくお願いします」

 

 事務的に話して去って行く父親に唖然とするも束の間、控え室を飛び出てもう一つの控え室に早足で向った。

 

 新郎の控え室では、黒いタキシードを着た元魔王こと鮫島恭平が腕を組み窓の外を見ており、乱暴に扉を開けて入ってきた花嫁を一瞥する。酷く興奮しているその顔は、どう見ても嫌な予感しない。

 

「どうかしたのか?」

 

 それでも一応と尋ねてみると案の定、噛み付かれた。

 

「どうしたのかじゃないわよ!なんでお父様が居るのよ!!それもあんな格好で!!!」

 

「・・・・そうか、折角の晴れ姿だし、もう少し縛りを緩めて娘に祝辞を言わせぐらいしても良かったな」

 

 とぼける様な仕草に凛は益々興奮して、ズカズカト歩いて胸元を掴み寄せる。

 

「二度は言わないわよ、一体どういう事なの?」

 

 傍から見た者が勘違いしそうなほど顔を近づける凛にフッと溜息をつき簡潔に説明する。

 

「どうしたもない、格好通り結婚式のスタッフとしてかり出したんだ。こんな結婚、一般人は身内以外は関わらせたくないからな」

 

「私が聞きたいのは其処じゃない。なんでお父様が――――」

 

「かつて俺が負かした奴らを使役する、勝者の特権だ」

 

「・・・・あのねぇ・・仮にもアンタの義父(ちち)になる人を―――――」

 

「あれを義父とは呼びたくないな。それでも凛はお嫁さんに欲しいがな」

 

 凛の抗議を気負う事無く流し、サラッと(図々しく)葉が浮くこと言う恭平に今更ながらに頬を赤める。

 そうしながらも恭平の言葉に新たな疑問が沸く。

 

「そう言えば奴ら(・・)って?」

 

「ほら、どうこう言ってる間に時間だ。それとも止めるか?」

 

 唯でさえ近い顔を更に近づけてくる恭平に、頬どころか顔を真っ赤に染めて否定を示し凛は一緒に礼拝堂に向った。

 

 

***

 

 

 静かな礼拝堂でゆっくりと扉が開き、カレン・オルテンシアの奏でるオルガンの音色が響くなかで凛と恭平は腕を組んでヴァージンロードを歩いて行く。その後ろを凛のウェディングドレスのヴェールを持ちながらイリヤと美遊・エーデルフェルトが続く。

 

 ゆっくりと歩を進める二人に参列席に座っていた招待客たちは祝福の眼差しを向け、やがて二人は文柄詠梨司祭(代理)の居る祭壇で止まる。

 

「これより式を執り行います」

 

 司祭の宣言から賛美歌斉唱、聖書朗読、祈祷が執り行われ、いよいよ誓いに入る。

 

「新郎、鮫島恭平。汝は主の御名において、病める時も健やかなる時も生涯この者を敬い、愛し、そして妻とすることを誓いますか?」

 

「誓います」

 

「新婦、遠坂凛。汝は主の御名において、病める時も健やかなる時も生涯このものを敬い、愛し、そして夫とすることを誓いますか?」

 

「誓います」

 

 誓約を終え、控えていた周瀬律架が指輪を差し出す。

 恭平は指輪を受け取り、その場で肩膝を着き凛の左手を優しく握り、プロポーズに使ったダイヤの指をはめてゆく、その様は美しくとても絵になっており、客達はおろかその場に居た者全員が魅入られていた。

 そして、凛からも恭平に指輪をはめられたところで司祭が口を開く。

 

「では誓いの口付けを」

 

 恭平は凛のヴェールを軽く手を掛けた。

 凛は頬を染め緊張した顔で微笑んでいた。そして目を閉じたのにあわせて、キスをする。頬に両手を添えてゆっくりと愛しむように二人の唇が合わさった。

 

「ここに誓いは交わされた。二人の門出に祝福あれ!」

 

 司祭の宣言とともに、埋め尽くさんばかりの祝いの言葉と拍手が鳴り響いた。

 盛大な祝福を受け、花嫁の手を取って礼拝堂を出る恭平、フラワーシャワーが降りしきる中で少し後に出てきた招待客に凛がブーケトスをする。

 ブーケを巡り女性達が火花を散らしかけるが、こともあろうにブーケは男である遠野志貴の手に渡った。複雑な顔をする当人としかめ顔の女性人の中で一人の少女、両義未那がはしゃぐ様に出て、嬉しそうに手を握ってきた。

 

「まぁ、素敵!次は貴方が結婚ですのね。よろしければわたくしと―――――」

 

「あ、あの~未那・・・・・」

 

 ブーケを持った遠野志貴でなく、父親である両義(黒桐)幹也に。

 

「あ~ら、ごめんなさい。声も容姿も良く似てたので間違えちゃいました」

 

 てへっ、と惚ける未那に全員が思った。

 

(絶対、ワザとだ)

 

 

 ***

 

 

 所代わり披露宴の会場。

 

 主賓席で凛は目を引きつらせながら隣に座る恭平を見ていた。

 当の恭平は涼しい顔で会場を眺め、その姿がまたイラダチを募らせる。

 別に披露宴そのものに問題はない。新郎新婦の紹介や主賓の挨拶、ウェディングケーキの入刀、乾杯と滞りなく進んでいる。現在は蒼崎青子がギター、久遠寺有珠がピアノ、静希草十郎がタンバリンで演奏を披露している。

 

 問題は進めてくれ居ているスタッフ達だった。

 遠坂時臣を始め、言峰綺礼、璃正の親子、衛宮切嗣、アイリスフィールの夫婦も然ることながら第四次、第五次で敗れていった英霊(サーバント)等々、かつての魔王に嵌められた者達が給仕姿で料理や飲み物を運んでいる。

 

 もてなしを受けている彼らの関係者はと言うと―――――

 

 一つのテーブルでは間桐桜と慎二の兄妹が苦笑いにしかめ顔で食事をしており、うっかり桜がフォークを床に落としてしまうと、間桐雁夜が即座に拾い上げ声を掛ける。

 

「直ぐに代わりをお持ちします。飲み物のお変わりはどうしましょう?」

 

「よろしくお願いします」

 

 物凄くいい感じであり、もう一方のテーブルでは豪快に笑いながら食事をする前ライダーに辟易しながら雑に食事をするウェイバーに、ケイネスがお盆で制裁を加える。

 

「食事はもっと綺麗に食べろ!!」

 

 そして、その不機嫌の理由は別のテーブルに嬉しそうに一緒に仕事をしているソラウと前ランサーにあるようだった。

 

 直ぐ近くではランサーがバゼットにシャンパンを注いでおり、気さくな態度で話しをしていた。

 

「橙子氏も出席できれば良かったのですが」

 

「この町には来たくても来れねぇって言うんだから仕方ねえだろう」

 

 バゼットが義手でグラスを持ちながら呟き、ランサーが応じる。

 そして本来、橙子が居るテーブルでは両義式が娘にブーケの一件をネチネチ言っており未那は涼しい顔で受け流し幹也が苦笑している。テーブルには空席が一つあり、その主である黒桐鮮花を探してみると少し離れた場所で何故か遠野秋葉とお互いに悲痛な顔で抱き合っていた。

 秋葉の方の原因は自分のテーブルで手を取り合いバカップルをしている志貴とアルクェイドにあるようで何とも奇妙な共感があるのかもしれない。

 そのバカップルに感化されイリヤは士郎にはしゃぎながら抱きつき、切嗣とアイリスフィールは微笑ましく見て、同席していたセイバーは呆れながらも(しっかり料理を口に運び)微笑んでいた。

 

 そんな様子をよく見える場所で眺めていた恭平と凛の下に美綴綾子が笑顔で話しかけてきた。

 

「いや~、恭平さんでしたっけ、遠坂から話を聞いてたから凄い奴だと思ってたけど、予想以上だよ。食事も式も物凄く豪勢で」

 

「いや、とある金持ちの王様が全面的に財布を持ってくれてな。つくづく出会いは大事だと思うよ」

 

(白々しい)

 

 傍から見れば綾子の賞賛を恭平が控えめに返すだけだが、凛には釈然としないものがあり、とある王様が居るテーブルに目を遣った。

 

 そのテーブルでは金髪紅眼の子供が焼け食いのように料理を口に運び、同席していた穂群原学園の生徒、三枝由紀香がオドオドしながら宥めていた。氷室鐘、後藤劾以は我関せずで、引率役である葛木宗一郎はキャスターに笑顔で口説かれていた。

 

 そうこうしている内に衣装直しの時間が迫り、二人は退場する。

 そして、シンプルな青のドレスを着た凛が恭平と腕を組んで再登場し会場からは拍手が巻き起こり半数のテーブルにキャンドルサービスを行う。

 二人は再び退場し、今度はオレンジ色の花が飾りつけられたドレスで登場し、一緒に残り半数のテーブルにキャンドルサービスを行い、最後のテーブルであるルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトと美遊が座るテーブルに火をつけた時、背後にあったイリヤと士郎のテーブルから何かが飛び出し凛の背中に当たった。

 

 瞬間、鮮やかな光が凛を包み込み、収まって現れたのはネコ耳にフリフリの赤いコスチュームを纏った凛であった。

 

「魔法少女、カレイドルビー参上!」

 

 五望星に羽の生えたステッキを持ってポーズを決める凛に会場中が唖然とする。その凛は明らかに正気でなく誰か別の人物が言わせているように思えた。

 その心象は正しく直ぐに正気を取り戻した凛は全身を真っ赤にしてイリヤのテーブルを見る。イリヤは顔を真っ青にして両手を前に突き出し首をブンブンと振って『私じゃない』と無実を訴えていた。

 一方、近くで客と一緒に唖然としていた恭平は失笑し口を押えながら言う。

 

「赤いドレスは発注が間に合わなかったと言っていたが、こんな余興を考えていたのか」

 

 その言葉に会場中から爆笑と拍手の嵐が巻き起こり、凛の羞恥心は頂点を超えて恭平の胸倉を掴み上げて声を荒げた。

 

「そんな訳ないでしょ!!!ってかなんとかしなさいよ!!!!!」

 

「心得た。妻の恥は夫の恥、本当は今日一日は返上するつもりだったが、こうなっては仕方ない」

 

 凛の手をやんわりと外し、深呼吸をする恭平に黒いオーラが発せられる。

 

「魔王の名の下に変成せよ」

 

 黒いオーラは凛を包み、形を変え鮮やかで気品溢れるウェディングドレスを構成していった。

 

「うーん。やはりオーソドックスな白もいいが黒もよく似合おう。実に美しい、何より俺好みだ」

 

 忌憚無い感想を言う魔王に凛はハッとし抗議しようとする。

 

「なにやってのよ!アンタが魔王に戻っちゃ、折角した主への誓いが―――――――」

 

「俺は魔王だ、問題ない。今更、神が結婚を認めないといっても従う義理はない」

 

 きっぱり開き直る魔王に更に声を上げようとするが、その前にお姫様抱っこで持ち上げられ言葉が出てこなかった。

 

「わわわわわ・・・・」

 

「ライダー!」

 

 慌てる凛を間近で見ながら呼ぶ魔王に豪笑して前ライダーが顔を上げる。

 

「なんだ?」

 

おっさん(おまえ)じゃない、美女(おんな)の方だ。」

 

 それをあっさり流し、今度はコンパニオン姿のライダーが近づいて来る。

 

「なんでしょう?」

 

「お前の子供、少し借りるぞ」

 

 魔王が言うとライダーから光が発し天馬(ペガサス)が現れる。白の天馬は黒く染まっていき、魔王が凛を抱えたまま跨る。

 

「ちょっと段取りが変わるが、私達はこれで退場する。

 後は無礼講だ。好きなだけ飲んで食べて騒ぐがいい」

 

「ちょっと、そんなのあり!?」

 

 凛は夫の腕の中で赤くなりながらも抗議する。

 

「お前ももう魔王の妻だ。このくらいは許容しろ」

 

 納得で出来ず尚、言い募ろうとする妻にキスをして口を離した瞬間に手綱を握り去って行く。

 

「さぁ、新婚旅行(ハネムーン)と洒落込むぞ」

 

 そのまま夜の空を駆けていく新婚夫婦、二人を照らす月はとても綺麗だった。

 

 

 




 そして結婚披露宴は宴会に切り替わり、ドンちゃん騒ぎになりました。


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2.5次小説  Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-より


 *同サイトの作品、『Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-』とコラボしたいと思い、作者様に使用と内容の許可を取り投稿しました。

 


 ――――――― 約束だよ、士郎 ―――――――

 

 崩れ行く地下祭壇において万条千花は朝日に照らされながら目を閉じた。

 

 

 ***

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 何処までも続く地平線で大の字で横たわり、色素の抜け落ちた真っ白な髪に、金色の双眸。日本人に見えないどころか、この特徴が当て嵌まる人種など地球上には存在しないのではないかと思える容姿の万条千花は再び目を開いた。

 

「・・・・・・ここは何処?」

 

 全身の感覚が無く起き上がることも出来ず視線を動かすが、それで見える景色など僅かであり状況を丸で掴めず、されど思案する気力も無く只管に横たわり続ける。

 

「わたしは死んだんだよな?」

 

 静かに呟くが誰も答えてくれる者はおらず目を瞑る。視覚が遮断され自然と聴覚が冴え渡るとコツコツと足音が近づいて来た。

 

「いつまで寝ているつもりだ?」

 

 千花が目を開くとそこには見ず知らずの男が立っていた。黒のビジネススーツに身を包みシャンとした姿勢で立ち、その見下ろされている赤みのある瞳は冷徹と言う言葉が、とてもよく似合う印象だった。

 

「誰だい?」

 

この世全ての悪(アンリ・マユ)を制し者、魔王。

 しかし、英霊の座に居るのも悪いことばかりじゃないな、君みたいなレアな坊やに出会えた」

 

 魔王と名乗った男の言葉に千花は面倒ながらも思考を働かす。

 

この世全ての悪(アンリ・マユ)に英霊の座・・・わたしの知らないサーヴァント・・・・・・)

 

「まさか第二魔法の概念、平行世界の英雄かい?」

 

「だいぶ頭がハッキリしてきたようだな。

 そう、君の世界とは違う数多ある聖杯戦争においての参加者の一人、それが俺だ。そして君と同じくこの世全ての悪(アンリ・マユ)を宿し者、ある種の同類と言っていい存在さ」

 

 饒舌の語る魔王を冷めた目で見上げながら千花は質問を続ける。

 

「それで・・・同類のよしみで成仏させてくれるのかい?」

 

「それは君が決めることだ。望むなら再び現世に送り返してもいい・・・なんなら衛宮士郎に今度こそ復讐できる策もつけて」

 

「そんな事が・・・?」

 

「英霊に時間の概念は関係ない。幸い俺の部下には稀代の魔女がいる、命じればどうにでもなる。

 そして、今度は隠れてコソコソするみたいなケチな方策ではなく、冬木市を占拠して屍の山で覆いつくし血の雨を降らせ、世界レベルの歴史に残る地獄を顕現し――――」

 

「魔王なんてのも伊達じゃないね・・・ルール無用どころか見境なし何でもありか」

 

「ふぅう、君とならもっと自由にやりたい放題出来るかもと思ったんだが・・・衛宮士郎に復讐したいんじゃないのか?」

 

 魔王は溜息を付き、憎いはずの聖杯戦争に対し一角の魔術師として姿勢で望んでいたことに疑問を持ち、千花は目を逸らしながらゆっくりと口を開く。

 

「・・・・・・わたしは、万条千花になりたくなかった」

 

「そしてその為なら、なんでもしていいと言う思考には行き着かないあたり、君の根底はやはり聖者なのか」

 

「どうでもいいよ」

 

「そうだな。俺にも君にもどうでもいい、だからこの場での用事に取り掛かろう」

 

 魔王はしゃがみ込み動けない千花の顔の前でパンッと手を叩く。

 

「・・・・・・一体何の真似だい?」

 

 千花は呆れた声で聞くがその時、自分の声がより高いことに驚き、手足や体の感覚が戻っている実感に起き上がると、その身体はまるっきり子供であり肌は白でなく普遍的な日本人と同じで黄色く、訳が分からず手で顔を触り、髪を引っ張り視界に入れると黒色が映った。

 

「この歳に戻っても容姿は中性的・・・しかも声変わりもしてないから結局、男か女かは分からないな」

 

 魔王は神妙な顔をしながら手鏡を差し出し、受け取って覗き込むとそこには万条千花とは全く違う子供の顔が映った。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 唖然としている千花に面白そうな笑みを浮かべながら説明する。

 

「これでお望みどおりかな。ここは肉体の概念が希薄だからコツがあれば好きな歳に戻れるのさ。それで君の名前は?」

 

「教えたら魂取られそうだから言いたくない」

 

 そっぽ向く姿は本当に子供に戻ったではなく何かを誤魔化していると見抜き、その理由を類推し笑みを浮かべ問いかける。

 

「魔術師の改造も皆無と言っていいほど薄れてるはずなのに、それでも実感が伴わないか?」

 

 その確信めいた口調に隠し事は無意味だと悟り苦々しく口と開く。

 

「『本当の自分』なんて覚えていないし解らないよ」

 

 死んだ後まで影響を残させる・・・万条一族の妄執の深さが窺える。

 言ってみれば今の姿は『本当の自分』から万条千花、更に違う別人になってしまった状態なのだろう。

 

(だが、それはそれで好都合かもしれないな)

 

「実感を思い出せと言っても無理な注文かな・・・ならばそのまま違和感を抱えろ、拭えるかは判らないが、俺に付いてくれば少しは前向きになれるかもしれないぞ」

 

 全く意味が解らず慣れない感覚に気分がグチャグチャで、怪しさ満点の誘いに無視して居直ろうかとも思ったが、何も無いだだっ広い空間にいつまでも居るわけにもいかず渋々魔王に顔を向ける。

 

「名は千花で通させて貰おう、俺の事も魔王と呼んでくれていい。それでは行こうか」

 

 魔王は千花に手を差し伸べるが、パンッと払い立ち上がる。

 

「一人で立てるし歩けるよ」

 

「うん、偉いぞ。ではこっちだ」

 

 魔王は千花の前に立ち歩いて行き、千花も憮然としながら後に続く。

 何も無い平野を進んでいく。魔王は疲れた様子も無くチラチラと千花を見ながら歩く速度を合わせ、それを面白くない表情で早足になるがスタミナが追いつかず直ぐに足が遅くなる。暫くして森が見え、更に向こう側には建物が見えてきた。

 

「あそこは目的地じゃない。行き先はもっと遠くだ」

 

 千花はホッとしたのも束の間、目が陰る。

 

「あれは学校か何か?」

 

「ああ、君と同じ様に真っ当な青春を過ごせなかった坊や達に創った物だ」

 

 嬉しそうに語るが意味深なニュアンスに何か裏がありそうだと勘ぐり質問を続けようとするが続く説明に封じられる。

 

「あそこには少し前まで毎日文化祭の如き大騒ぎでな。ガールズバンドがしょっちゅうライブし、物分りが悪い連中が生徒会長と抗争したりと見てて面白かったんだが、今は葛藤が解かれて皆、卒業した・・・君も混ざれたら楽しかったと思うぞ。

だが君はイレギュラー中のイレギュラー、だから俺が直接相手をする事にしたんだ」

 

 言葉通り学校を素通りして林道に入り陽光が照らす道を歩いていく。普通であるなら森林浴や澄んだ空気を堪能するが、慣れてないに歩き続けで足が痛く汗ばむ千花には楽しめるものでなく、幾度かオンブや抱っこを提案するも意地になって歩き続ける。

 

「お、見えてきたな」

 

 前を行く魔王に吊られて目を向けると小さな駅が見えてきて電車が停まっていた。

 

「発車までの時間は充分だから焦らなくていい。売店でお弁当を買おう」

 

 魔王は懐の財布から二千円札を取り出し渡す。

 

「あの世でもお金が要るのか?地獄の沙汰も金次第とでも―――――」

 

「タダほど高い物は無いとも言うぞ。捻くれた事を言ってないで行くぞ」

 

 千花の噛みつきをサラリと交わして売店でパンとコーヒーを買い、千花はコーナーの中で一番高い弁当とお茶を買う。会計を済ませ特急券を取り出し電車に乗り込むと少しして出発する。

 

「それで、この電車に乗れば天国にでも行けるの?」

 

 千花は弁当を口に入れながら横で淡々とパンを頬張る魔王に問う。

 魔王はコーヒーをゆっくりと飲みながら静かに答える。

 

「そこは俺の関知するところじゃないな」

 

「魔王であって、黄泉路を案内する死神じゃないってこと?」

 

「死神か・・・もし会ったなら文句を言われそうだ。いやそれとも感謝されるかな?」

 

 ペースを握られっぱなしで面白くない千花。そんな歳相応の子供の頭をくしゃくしゃと撫でると案の定、噛み付いてくる。

 

「ええい、子供扱いするな!これでも成人並みの教養はあるんだ!!」

 

「だとしたら、君は途方も無いやんちゃな青春を過ごしていただろうな。さっきの学校ではいつも問題児が暴れてるから入れられないのは残念だ。改めて同情しよう」

 

「やめてくれ・・・死んだ後にそんなことされたって無意味じゃないか」

 

「野暮を言うな。此処はこの世じゃないんだ、折角交わった縁、出来るなら再び現世で戦う選択も期待してたんだ、乗ってくれないとこちらも張りあいが無い」

 

「それは悪かったね。じゃあ聞くけど、其方ならどうしてたんだ?」

 

「そうだな。まず君の衛宮士郎への執着を念頭において考えると・・・それを極限まで煽って残っているチャチな倫理観を破壊する所から始めたな。聖杯戦争のルールなんて知ったことか、誰が何人死のうが知ったことか言う思考に誘導し、もっと派手で大々的に冬木市を混乱に落としいれ正義の味方として向ってくる状況を作り上げる」

 

 千花の魔術をより徹底して精密に使えば気付かれないように市を占拠することも不可能ではない。国家権力が介入を余儀なくされる事態になれば建前上、監督役から討伐命令が全陣営に伝わり早急な事態の収束を求められる。下手人としてキャスターに濡れ衣を着せつつマスター達にしか分からない情報をマスコミや関係者を通じて流し食い合いをさせる種をまく。

 キャスター討伐を第一しようとする衛宮に間桐が背後から漁夫の利を得よと唆し、それを良しとしないアインツベルンに情報を流し、事態の泥沼化を防ごうとするよう遠坂が動くようにシナリオのヒントを与え、事態を愉しみたい言峰に更なる期待をさせる演出を示唆して横槍を入れるように誘導する。勿論キャスターとて黙って殺られる真似はしないだろうが無実を訴えて誤解を解く等と言った殊勝な精神も持ってないなら篭城戦に徹するのが道理。市民の大多数を監視カメラ代わりにすれば戦況の把握も容易であり、不測の事態が起きた時の調整も可能、後は千花が望むように衛宮士郎を生かさず殺さずの状態で残らせ、最後に万条千花の真実を突きつけ精神を打ち抜いたところに止めを刺す。

 

「騒ぎを大きくする必要があるの?もっと静かにスマートにすることだって――――」

 

「出来なくは無いだろうが、余計な気を張らなければいけない手間が増えるぞ。それに上手い条件が重なれば一晩で片を付ける事だって可能だ」

 

 ルール無用、何でも有り・・・自分が勝てる土俵を打ちたて一切容赦なく攻め立てる。目的の為なら手段を選ばない外道、その在り様は正に魔王。

 

「・・・・・・そんな風に割り切った悪党になれればどんなに良かったか。

 結局わたしは己が何者なのか定まらないままだった。士郎が憎い、けど殺してしまったら本当に狂ってしまう・・・そんなジレンマを抱えて戦った結果、勝てない決戦を向えてしまった」

 

「それは君が人間であることを捨てなかった証明。恥じることはあるまい人間の一生なんてママならないのが普通だ」

 

「わたしの本当の望みは当に潰えていた。でも士郎はわたしを踏み越えて生きると言っていた。

 それだけでもわたしの人生には意味があったと思えるよ」

 

 千花の声、目、表情には陰りが無く、つくづく伊勢三を彷彿させる聖者の如き精神に魔王は苦笑する。

 

「あそこまで惨い人生でも良しと言うか・・・つくづくレアな坊やだ」

 

「わたしは何か間違っている?それともおかしいか?」

 

 その声にあるのは万条千花としての生に今感じている別の誰かとしての感覚が入り混じった違和感から来る純粋な疑問だった。

 

「いいや、真に満たされて逝ける人間など皆無と言っていい、だからこそまだ死にたくないと足掻く姿が面白く、手にした些細な幸せを守る為に和や信を重んじるのが美しい」

 

「・・・・・・本当はお爺ちゃんだったりする?」

 

「これは死んだ後に悟ったことだ。さ、もう直ぐ目的地だ、また歩くから勝手にチョロチョロするんじゃないぞ」

 

 その言い分に千花は不服そうに頬を膨らすが程なく電車が停まり、魔王は千花を連れて降りていく。

 

 

 

 ***

 

 

「こりゃ、驚いた」

 

 駅から見た町並みに千花はおのぼりさんの如く顔を動かす。

 そこは万条千花になる前、冬木大火災の前、『本当の自分』が生まれ育った新都だった。尤も思い出ではなく知識として頭にあるだけだが、それでも殺し合いの中で描いていた願望が見れたのは嬉しかった。

 

「はしゃぎたいのは解るが、迷子になられたら叶わないから寄り道は無しだ」

 

「なんだよ、ケチ」

 

「さっき人の金で食べただろうが」

 

「あんな味気ない飯じゃ足りないよ」

 

「死んでるだぞ、ある程度は仕方ないだろう」

 

 魔王は呆れながらも千花の手を引き歩いていき、名残惜しそうに駅前の町並みを見ている姿に、これから先の展望を思い浮かべ笑みを浮かべる。

 

「何笑ってんの?気持ち悪い」

 

「時機に分かるさ」

 

 答えをはぐらかされ繋いだ手を振りほどき並んで歩いていく。しかし足が直ぐに疲れ歩が遅くなっていき隣を歩くいけ好かない奴に合わされながら苦々しく思っていると神殿の如き建物が目に入り、一気に気分が高揚した。

 

「ねぇ、あれって!?」

 

「ああ、本来なら新都のシンボルになるはずだった『冬木市民会館』だ。ちなみにこっちでは内装も完全に終わり、これから完成を祝ってクラシックコンサートが開催されるんだ」

 

「そんなのいいから!」

 

 どうだと言わんばかりに自慢げに話す声も耳に入らず、早く入りたいと言わんばかりに手を引っ張って先に行こうとする。

 

「慌てなくても何も逃げはせんよ」

 

 魔王はチケットを取り出してコンサートホールに入場し、最前列の真ん中の席に腰掛ける。

 

「町並みは固有結界の応用だとして、内装は何処を参考にしたの?」

 

 隣の席に腰掛けながら他の客や幕の向うを見る姿に種明かしをする。

 

「ここの建設に金を出している業者とは少々付き合いがあってな。完成図を見せてもらったことがあったんだ」

 

「それだけでここまでの物を?」

 

「有名建築家に依頼したとかでその斬新なデザインの何たるかとか言う、うん蓄も聞かされたからな」

 

「ふ~ん」

 

 話を振っておきながら千花の興味はコンサートに移っており足をバタつかせながら開始を待つ。

 

「それでコンサートって一体何するの?」

 

「ああ、G線上のアリア。100年以上前に作られたのに未だに色あせない名曲だそうだ」

 

「そうだって・・・君の趣味じゃないの?」

 

「弟の趣味だ。俺自身はクラシックは聞かない」

 

「え、それじゃあ・・・」

 

 千花は白けたような顔になるが、魔王が心配は要らないとばかりに自信満々に語る。

 

「俺に心得は無いが〝あの学校〟に来たマニアな生徒が最も感動した記憶から引っ張り出した。質は保証する」

 

(ホントに何でもありだね・・・)

 

 魔王を横目で見ながら幕が上がるのにあわせパチパチと拍手する。

 

 指揮者が会釈し台に立ち、両手を挙げて演奏が始まる。

 

 滑らかな出だしと共に繊細なれでも優雅で品のある音色が響き身体をほぐしていく。

 

 曲が進んでいく中で貴さと切なげな感謝が謙虚に伝わってきて音による美しさが醸しだされる。

 

 その素晴らしき演奏が終わり感動に体を震わす千花野方に魔王は手を乗せて立ち上がらせ背中を押して行く。

 

「ちょ、ちょっと?」

 

「今度は君の番だ」

 

「サラッとなに言うの?!無理無理、わたしにそんなこと――――」

 

 抵抗しようするが取り合わず耳に囁きかける。

 

「心配するな、言っただろう俺にその手の心得は無い。

 そんな俺でも感動するぐらいの素晴らしい演奏だった。

 今君は最高の気分だろう、その気持ちをそのまま出せ」

 

 魔王の言葉の不思議な魅力に千花はリラックスさせられ、いつの間にかステージに立つ。そして満開の拍手を送られスッと息を吸い込み一番好きだった歌を元気一杯の聲で謡った。

 

 

 

 ***

 

 

 日が暮れた未遠川の畔に小船に乗り込む千花は岸に立っている魔王に問う。

 

「どうだった、わたしの歌?」

 

「ああ、素人丸出しで拙かった」

 

 千花は不服そうに頬を膨らますが、続く言葉に出鼻を挫かれる。

 

「だが元気が出て来た。次に行った先でご両親と会えたなら聞かせてやるといい」

 

「・・・・・・いいのかな?」

 

 魔王は身かかがめ千花に顔を近づける。

 

「酷な事を言うが君は本来なら短い一生を終えるはずだった。しかし何の因果か『万条千花』と言う望まぬ生を受けずっと苦しんできた。

 どうも神というのは無情な死を迎えた命を更に過酷な物語に送るのが好きなようだ。だから対局たる俺はそれに反逆する。何より君は踏みとどまった何を気にする必要がある」

 

 次へと送るのは魔王である自分の意思、僅かな時間に経験させた〝生きる〟ことへの実感も然り。

 魔王は伊勢三と同じく聖者の心を持ったマスターと別の存在であるが遠坂凛を殺さなかったことに敬意を込めて『彼』の背中をそっと押す。

 

「なんて強引な・・・でも、それでこそって感じもするかな」

 

 魔王に見送られながら船が出る。頭巾で顔を隠した船頭が寡黙に櫂を漕いでいくと見覚えの無い風景に行き当たり、いよいよ三途の川に出たのかと緊張が走る。

 

「主殿」

 

 不意に船頭に呼ばれ振り向くと、頭巾を取り自身のサーヴァント『佐々木小次郎』がそこに居た。

 

「あ~、これもサプライズ?」

 

「ほほう、そんな顔もするのか主殿。誘いに乗った甲斐もあった」

 

 目を点にする千花に小次郎は嬉しそうに船を漕いで行く。

 

「ふん、そうかい。もう驚くのも疲れたよ」

 

 戦いの最中では見られなかった姿に小次郎は嬉しそうに言う。

 

「主殿、短い間ではあったが大変世話になった。最期を送ることが出来て幸いだと礼を言う」

 

「ううん、こちらこそありがとう。

 これで万条千花をやらなくていいと思うと清々するよ」

 

 船の上で横たわり千花は笑いながら空を見上げ、進む船は『彼』を新たに運んでいく。

 




 魔王は自分のマスターに通じるゆえ目に入ったから、千花に次への期待感を持たせて送らせてみました。


 そして、今更ながら魔王が英霊の座に居るのは凄く便利だと思いました。
 他の誰かをすくいあげるもよし、別の誰かの物語に落とすのもよし、兎に角久しぶりに魔王を書けたのは楽しかったです。


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