星の軌跡 (風森斗真)
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設定
オリキャラ設定:主人公


閃の軌跡3と4をやってたら再燃しまして……
はい、楽しみにしてくだすっていた方には、お待たせしてしまって申し訳ないです

ひとまず先に、設定が出来上がったので、そちらから

今後は2週間~1か月に1話のペースで投稿できればと思います


ルオン・ツクヨ

 

年齢:17歳/髪の色:白/瞳の色:金/身分:平民(異邦人)

使用武器:長脇差/流派:静心桔梗(せいしんききょう)流(中伝相当。ただし、本人は初伝と言っている)

性格:穏やかで達観しているが、火が付くこともある

 

<来歴>

幼くして母親とともに東方から流れてきた異邦人。だが、母親は幼いころに病で亡くしてしまったため、事実上、天涯孤独。

流れてきた理由は、ルオンの髪と瞳の色が両親のものとはまったく異なっており、母親が不貞を疑われ、母子ともども追放されたため。

母親は病床に伏すまでは、辺境の村で日曜学校の手伝いや薬草の採取などで生計を立て

、その合間を縫って、ルオンに静心桔梗流の技と東方由来の術を教えていた。

母親の死後は、とある女性に引き取られ、15歳まで彼女のもとで過ごし、引き取った女性の許しを得て、放浪の旅を始めた。

旅の中で遊撃士トヴァルと出会い、スカウトされた流れで準遊撃士として活動していた。その縁でリベールで活躍する二人のB級遊撃士や、サラとフィーに出会い、トールズ士官学院への入学を勧められる。

エマとは幼馴染で、放浪の旅に出るまではよく一緒に過ごしていた。

 

<人物>

その髪と瞳の色が異端とされ、幼くして母親とともに追放されたが、東方では随一の術者の一族の血を継いでいる。

母親も強い霊力の持ち主であることもあってか、生まれながらに強い霊力を有しており、視ることと感じることに関しては<魔女の眷属(ヘクセン・ブリード)>であるエマと同等かそれ以上。

自身が修める剣術、静心桔梗流は母親から教わったが、奥義を教えられることなく母親が死去してしまったため、我流が強い。

だが、母親から静心桔梗流の全てを書き記したという書物を遺されていたため、そこから独自に学び、努力した結果、すでに中伝の域に達している、と言われている。

また、術者としても同様に、遺された書物を解読しながら、現在も修行している。

 

母親が逝去したのちは、エマとともに祖母に引き取られ、彼女の下で母から託された書物を解読しつつ、そこに記された魔術を学んでいた。そのため、エマの正体と胸に秘めた決意を知っている。

母親と追放した父親からの遺伝ゆえか、霊力と実力は同い年のエマよりも上なのだが、とある理由で霊力の大半を使っているため、本来の半分も実力を出せていない状態となっている。

なお、ヤタと名付けた鴉を眷属として従えているが、ギョクと名付けた兎の眷属を肩に乗せているときもある。

 

幼馴染ということもあってか、エマと過ごす時間はほかの異性よりも長く、息もあっている。

互いに互いを意識しあっている節があり、彼女をナンパしている場面を目撃しようものなら静かな笑みを浮かべながら怒るのだとか。

 

幼くして母子ともに追放されたことと、母親と死別したことが要因なのか、年齢の割に達観しているというか、どこか諦観しているような節がある。

そのため、帝国の現状を良しとも悪しとも取らず、むしろそこを超えて、今後、帝国がどのような未来を進むのかを懸念している節がある。

 

<クラフト>

「内気功・火」

身体能力向上のクラフト

体内の気を筋力強化に回し、ATKとDEFを向上させる

 

「流水刃」

直線範囲攻撃のクラフト

水の導力を刀に集中させ、刃として飛ばす

 

「内気功・土」→「外気功・土」

治癒系統のクラフト

体内の気を使って細胞を活性化させ、傷を癒す

理論上、他者の傷も癒せる

 

「雷旋刃」

円形範囲攻撃のクラフト

雷の導力を刀に集中させ、逆手に構え、周囲を薙ぎ払うように斬る

 

<Sクラフト>

「五行剣・桔梗紋一閃」

周囲に散らばるように投げた札から、自分の分身を作り、それぞれに対応した属性の導力を宿らせた刃で一斉に入れ替わるように五芒星の軌跡を描くように切り込む

納刀の瞬間に分身は消えるが切り込んだ軌跡が霊力の刃となり、敵を切り裂く

 

<人物ノート>

1.東方出身

幼いころ、母親と一緒に帝国に流れてきた

そのころから白髪で金色の瞳をしていたらしいが、父母はともに黒髪黒目なのだとか

その容姿ゆえに母親は不貞を疑われ、ルオンとともに追放されることとなる

流れ着いた先がエマの住んでいた辺境の村であり、エマの母親の厚意もあってそこに居つき、今に至る

 

2.不得至極致(いたれざるきょくち)

ルオンが修めている静心桔梗流は、東方に伝わる剣術流派であり、ルオンの母はこの流派の皆伝に至っていた

だが、その技と教えの全てを伝える前に流行病で死去してしまったため、奧伝は失われてしまっている

だが、静心桔梗のすべてを書き記した書が遺されたため、技そのものは継承している

だが、技そのものは受け継げても、永劫、奥義皆伝(極致)に至ることはない、とルオン自身は諦めている

 

3.人外の力

リィンの《鬼》の力とはまた別の力で、理性を失うことはないが、身体にかかる負担は相当なものらしく、耐えきれないときは痛みのあまり動けなくなってしまうほど

そのため、普段は自分の霊力の大半を使って封印している

なぜ、自分にこの力が宿っているのかはルオン自身にもわかっていない



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序章
新たなる出会いと再会


ゼムリア大陸。

エレボニア帝国を筆頭とする多数の国家が支配するその大陸に、はるか東方にある海を隔てた島国より、一人の幼子が母親とともに流れ着いた。

だが、幼子のその白い髪と金色の瞳は、両親のものと異なっていた。

それゆえに、母親は不貞を疑われ、生まれたばかりの幼子とともに一族を追放され、ついには島国から追放された。

 

やがて、彼は青年となり、エレボニア帝国国内で最も有名な士官学院「トールズ士官学院」に入学することとなった。

東方の国では珍しい、白い髪と金色の瞳を持つその青年が見つめる先に何があるのか。その瞳が映す世界は、いかなるものか。

それは、女神のみぞ知ることだった。

 

-------------------------------------------------------------------------------------

 

七曜歴千二百四年、三月三十一日。

 

エレボニア帝国にある帝都近郊都市トリスタ。決して大きくはない都市の駅から、一人の青年が出てきた。

黒髪をした精悍な顔立ちをしたその青年は、肩から紫の細長い麻袋を下げていた。

そんな彼の前に、ひらり、と白い花びらが落ちてきた。

 

 「へぇ、ライノの花か……これだけ咲いているのを見るのは、初めてだな」

 

青年、リィン・シュバルツァーはぽつりとつぶやき、目の前にある公園に植えられたライノの花が咲き誇る光景を見つめた。

一望すると、穏やかな雰囲気の街並みであることがわかり、居心地のよさそうな街だという感想を抱いた。

そんな青年の背に、静かな雰囲気の声をかける人物がいた。

 

「……ライノの花に見とれたか?」

「あ……あぁ、そんなところだ」

 

不意に声をかけられたリィンは、声のした方に振り返り、困惑したような笑みを浮かべながらそう答えた。

振り返ったそこには、リィンと同じく黒い髪をした青年がいた。どこか森や山のような、静かで、それでいてやさしげな雰囲気を持っている青年だ。

しかし、リィンが一番気になったのは、彼が着ている制服だった。

 

「同じ服、か……ということは、君も学院に?」

「そのようだ……せっかくだ。少しフライングになるが、名乗っておこうか」

 

青年は静かに微笑みながら、リィンの方を見た。

 

「俺はルオン、ルオン・ツクヨだ」

「ツクヨ?……帝国ではあまり聞かない名だな。ひょっとして、外国人か?」

「あぁ、東方の出らしい……もっとも、幼少期から帝国(ここ)に居付いてるから、言葉に不自由はしないんだけどな。てか、個人的には帝国が故郷って感じかな」

「そうなのか……リィン・シュバルツァーだ。よろしく、ルオン」

「こちらこそ」

 

リィンから差し出された手を、ルオンは微笑みながら握った。

ルオンが手に触れた瞬間、リィンは一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、自分の左胸に疼きを感じ取った。

ここ十年近く、こんなことはなかったのだが、あまりにも突然のことでリィンは思わず、あいている方の手で自分の胸をおさえた。

その態度に、ルオンは眉をひそめた。

 

「どうした?」

「あ……あぁ、すまない……急に胸が痛みだして」

「病気か?」

「……いや。もうおさまったから大丈夫だ」

 

手を離し、リィンは微笑みながらゆえに答えた。

 

「驚かせてすまない、ルオン」

「いや、気にするな……さて、俺はそろそろ行くとするよ」

「あぁ、それじゃ学院で」

 

ルオンは背中越しでリィンに手を振り、そのまま学院へと向かっていった。

背中越しに、少女の悲鳴が聞こえたので思わず振り返ってみると、リィンが一人の少女に手を差し伸べている光景が目に入った。

どうやら、リィンにぶつかってしまったらしい。

 

――青春、か……

 

ルオンは、その光景を見て、こんな場面には似つかわしい言葉だな、と思い、今はどうしているのかわからない、幼馴染の少女を思い出していた。

しかし、感傷に浸ったのはほんの一瞬だけで、その後は目的を思い出したかのようにまっすぐに、目的地であるトールズ士官学院に向かっていった。

 

-------------------------------------------------------------------------------------

 

ルインが学院の校門に到着すると、愛らしい声が少し下の方から聞こえてきた。

 

「ご入学、おめでとうございます!」

「……ども」

 

声のした方へ視線をやると、そこには亜麻色の髪をし、緑の制服を着た愛らしい少女がいた。

 

「……えっと?」

「あ、ごめんね!えっと、ルオン・ツクヨくんでいいんだよね?」

「……えぇ、まぁ……ん??どうして俺の名前を?」

 

一応、入学者名簿のようなものは作られているのだろうということは、ある程度推測していた。

が、ある意味個人情報の塊でもある名簿を、簡単に一生徒に見せることがあるのだろうか、とルオンは疑問に思った。

それを察したのか、小柄な少女の隣にいた、恰幅のいい青年が愉快そうな、しかし人のよさそうな笑みをながら、少し事情があってね、と答えた。

 

「申請していたものを預かるけど……君の持ち物って?」

「……これです」

 

ルオンは細長いポーチのようなものを四つ取り出し、青年に手渡した。

青年はそれを受け取ると、確かに、と言って、後ろの方に置いてあったコンテナへと入れた。

 

――何に使うんだ?ほかの色の制服を着ている新入生にはやってないみたいだけど……

 

と、考え事をしていると、小柄な少女が愛らしい微笑みを浮かべながら。

 

「ちゃんと返却するから安心してね!それじゃ、二年間の学院生活、楽しんでね!!……あ、忘れないうちに、トールズ士官学院へようこそ!!」

「この後、講堂で入学式があるから、そちらに向かってくれ」

「……わかりました」

 

青年の指示を受け、ルオンは脳内にまだ疑問符を残したまま講堂へと向かった。

 

-------------------------------------------------------------------------------------

 

「……さて。最後に、君たちにある言葉を贈るとしよう」

 

講堂へ入り、入学式が始まってから十分近く。壇上に立った学院長が、真剣な、しかしやさしげな眼差しを新入生たちに向けた。

「"若者よ、世の礎たれ"。この学院の創設者である"獅子心皇帝"ドライケルス帝が残した言葉だ。何を以て「世」とするか、何を以て「礎」とするか。ぜひとも、この学院で過ごす時間の中で探し出してほしい」

――"世の礎"か……

「……なんだか、ものすごく期待されているような言葉ですね」

 

学院長の言葉を聞き、ルオンが心のうちで贈られた言葉をつぶやくと、隣に座っていた少女が声をかけてきた。

ルオンは声のした方へ視線を向けると、そこには丸い眼鏡をかけた桃色の髪を束ねた少女がいた。

ルオンにとって、その少女は顔なじみであった。

 

「……エマ?エマなのか?」

「はい。お久しぶりです、ルオン……よかった、ちゃんと覚えていてくれたのね」

「まぁ、うん……俺にとっては、里が故郷みたいなもんだし……何より、母さんが眠っている場所だしな」

 

隣に座っていた少女、エマがうれしそうに微笑むと、ルオンもまたやわらかな笑みを浮かべた。

はるか東方の国から、母親と二人で放浪を余儀なくされていたが、エマの故郷で腰を落ち着けることができ、長い時間をそこで過ごしていた。

もっとも、母親の死後、ルオンは数年でその場所から出ていってしまったのだが。

 

「あれから、どうしていたんですか?おばあちゃんも気にかけていましたよ?ガンドルフさんなんか、『ようやく後継者ができたと思っていたのだが』ってがっかりしてましたし」

「……まぁ、各地をいろいろと。てか、俺が後継者ってどうなんよ?」

 

からからと笑いながら、ルオンはエマの問いに答え、立ち上がった。

周囲を見渡すが、移動をしているのは緑の制服をまとう生徒と白い制服をまとう生徒だけで、紅い制服をまとう生徒は一人も移動していなかった。

 

――ん?俺たちだけ特例ってこと、か?

 

ルオンがそんなことを思いながら同じ制服をまとう生徒たちを視界に収めると、一人の女性教官の声が聞こえてきた。

 

「は~い、赤い制服を着た子たちは注目~!!」

 

 声のした方を見ると、そこには二十代半ばほどなのだろうか、と思える女性がいた。

 

「どこに行くべきかわからなくて困惑しているって様子ね。あなたたちには特別なカリキュラムが含まれているから、それの説明も含めてオリエンテーリングを行うので、私についてきてちょうだい」

 

女性――おそらく、いや、ほぼ確実に教官なのであろう――の指示にしたがい、赤い制服を着ていた生徒たちは次々に席を立ち、教官の後に続いていった。

 

「……俺たちも行くか」

「……そう、ですね」

 

ルオンの言葉に、エマも、様々な疑問を脳内に浮かべながらも、声をかけてきた女性教官の背についていくのだった。



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特別オリエンテーリング~ハプニングは落とし穴の下で~

謹んで新年お慶び申し上げます。
本年もよろしくお願い申し上げます。
2015年、初の投稿になります。


女性教官の後ろに続き、学院内をしばらく歩くと、古めかしい、いかにも「出そう」な雰囲気を醸し出している建物――旧校舎の前まで来た。

 

「……いかにもって感じだね……」

「こういうところって、「出る」ことが多いんだよな」

 

前方にいた赤毛の少年とルオンがほぼ同時に、同じような感想をつぶやいた。それを聞いていたエマとリィンは、ただただ乾いた微苦笑を浮かべていた。

女性教官が扉を開け、中へ入っていくと、後ろに続いていた同輩たちも次々に中へと入って行った。

ルオンも動こうかと思った瞬間、背後から視線を感じ、思わず振り向いた。しかし、そこにあったのは岩肌だけで、特に人影やそういった類(人外の存在)は感知できなかった。

 

――……気のせいか?

 

感じ取った気配を、自分の気のせいと言うことで処理し、ルオンは旧校舎の中へと入って行った。

ルオンより少し後ろの方を歩いていた銀髪の少女も、同じ反応を示したが、面倒くさい、とでも言いたげな表情を浮かべ、旧校舎の中へと入って行った。

 

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旧校舎の内部へと入った十人の生徒たちは、ホールと思われる場所で、これから何が始まるのかという若干の不安に駆られながら、女性教官の指示を待っていた。

全員が旧校舎へ入ると、数分としないうちに、先ほどの女性教官の声が聞こえてきた。

 

「は~い、注目!!」

全員が声のした方へ視線をやると、桃色の髪をした美女が立っていた。

 

「今日から、あななたち《Ⅶ組》の担当教官を務めることになった、サラ・バレスタインよ。よろしくね」

 

ぱちり、と片目をつむって挨拶をするが、生徒たちの困惑が消えることはなかった。

いや、むしろこの行為のせいで胡散臭さが割り増ししたようだった。

場が和まなかったことに不満を覚えたのか、女性教官は、ノリが悪いわね~、とぶつくさと文句を言っていた。

が、エマはサラの言葉に気になる点を見つけたようで、おずおずと問いかけた。

 

「あ、あの教官……トールズ士官学院は平民と貴族の身分により、五つのクラスに分けられているはずです。Ⅶ組、というのは……」

「あら、いい点に気づいたわね……さすが、学年主席。よく調べてるわね。実は今年から新たにもう一クラス、設けることになったのよ。すなわち、身分に関係なく選ばれた(・・・・・・・・・・・)君たち、"特科クラスⅦ組"が、ね」

「冗談じゃない!!」

 

サラの回答に、怒鳴り声が響いてきた。

その声が聞こえた方向へ目をやると、緑の髪をした青年が、その眼鏡の奥に激しい怒りをたたえながら、サラをにらみつけていた。

 

「"身分に関係ない"?!聞いていませんよ、そんなこと!!」

「あら?ご不満かしら……えっと、君は」

「マキアス・レーグニッツです!そんなことより、"貴族風情"とやっていけというのですか?!」

 

エレボニア帝国には身分制度が敷かれている。

それゆえに、エレボニア国民は平民と貴族、そして皇族の三つの身分に分類される。もっとも、皇族はアルノール家のみであるため、国民の大半は貴族か平民かのどちらかだ。

そして、身分差ゆえに平民と貴族は互いに反目し合うことが多く、政治の世界では対立することも少なくない。いや、ここ最近は平民が政治に参加できるようになったことから、その対立はますます激しくなっており、一部の地域では、水面下で平民と貴族の対立が起きている。

それは、ルオンが長い間、旅する中で見てきたことだ。

 

――なるほど、マキアスは"革新派"の意見に賛成なわけだ……まぁ、レーグニッツ帝都知事の関係者だろうから、当然と言えば当然だろうけど

 

マキアスの過剰な反応に、ルオンはどこか冷めた視線を送っていた。

ルオンも、"貴族"という人間をあまり好ましく思っていないので、マキアスの怒りはわかるつもりだ。だが、貴族の中には人情味あふれる人間が少なからずいることもまた事実だ。実際、ルオンは放浪する中で、何度かそういった貴族たちに助けてもらっていた。

それゆえに。

 

「……そうカリカリしなさんな」

「なっ……別にカリカリなんて」

「してるだろ、実際。貴族嫌いなのはよくわかったけど、あまり表だってそういうこと主張してると、今後やりにくくなるぞ。マキアス」

 

いつの間に取り出したのだろうか、両端に金属のパイプのようなものが取り付けられた短い棒を口にくわえ、ルオンはそっとため息交じりにさらに語った。

 

「お前さんが貴族を嫌っている理由は知らない。けどな、貴族とて人間。笑いもすれば怒りもする。食事をとるし、眠りもする。何より、やがて老いて死んでいく。その点で、平民と何ら変わりはなんさ」

「……言わせておけば!!」

 

ルオンは旅をする中で身に着けた、いや、思い知らされた事実を淡々と口にした。しかし、マキアスはそれが気に入らなかったようで、怒りだけでなく殺気をその眼に込めながら、ルオンにじりじりと近づいていった。

 

「はいはい、そこまで!!文句はあとで受け付けるから、さっさと"特別オリエンテーリング"を始めさせてもらうわよ」

 

流血沙汰になることを避けるためか、それとも単にさっさと職務を終わらせたいがためなのか。

サラはいかにも「面倒くさい」と言いたげな表情を浮かべながら、マキアスにそう告げた。

その言葉に、マキアスはしぶしぶといった様子で従い、ルオンから距離をとった。

 

「オリエンテーリング、って何をするんですか?」

「そういう野外競技があるというのは聞いたことがありますが」

 

サラの言った、特別オリエンテーリングという言葉に疑問を覚えた金髪の少女とエマが口々にそう問いかけた。

一方で、リィンは目を閉じ、ふと思いついたことをサラに問い詰めた。

 

「……もしかして、校門で預けたものと何か関係が?」

「あら、勘が鋭くて助かるわ」

 

リィンの質問が的を射ていたのか、サラは上機嫌な様子でステージの奥へと進んでいった。

 

「それじゃ、始めましょう」

 

そういって、ステージの柱に取り付けられていたレバーに手をかけ、思いっきり下におろした。

すると、ルオンたちが立っていた足もとが急に傾いた。

当然、あまりに唐突な出来事に冷静な対応ができるわけもなく、多くの生徒は悲鳴を上げながら落とし穴の中へと落ちていった。

むろん、エマとルオンも例外ではなかったのだが。

 

「きゃっ?!」

「エマ!つかまれ!!」

 

落ちる寸前、ルオンはエマを抱きよせ、思い切り床を蹴った。

その瞬間、ルオンの体に風がまとわりつき、ルオンと抱き寄せられているエマを宙に浮かせた。

着地しながら下を確認すると、リィンが金髪の少女をかばうつもりだったのだろうか、床を蹴り、少女に飛び掛かっていく様子が目に入った。

 

「……相変わらず、訳の分からない術を使うわね。ルオン」

「いやいや、相変わらずなのはあなたの方でしょう……ご無沙汰してます」

「ほんと、久しぶりね。フィーを引き取る以前だから、三年ぶりくらいかしら?」

「そのくらいですね」

 

ルオンはエマを抱き寄せていた手を離し、サラと他愛ない会話を始めた。

その様子に少し困惑したエマは、恐る恐るといった様子でルオンに問いかけた。

 

「……え、えっと……ルオン、サラ教官とお知り合いだったの?」

「あぁ……村を出て、一年くらいした時だったかな?喰うのに困ってたところを拾われた。それからの縁だな」

「あのときはかなりびっくりしたけどね~。飢えた野獣のような目で魔獣と戦ってたうえに、助太刀に入ったら逆に襲いかかってきて……」

 

昔を懐かしむかのように、遠い目をしながらサラはそう話した。

その言葉に苦い微笑みを浮かべながら、ルオンもまた反論を始めた。

 

「……いや、実はあれ、食べるつもりだったんですよね。多少の毒なら、自分で何とかできましたから……それにあの時は一週間絶食状態だったので」

「あぁ、そういえばそんなこと言ってたわね……って、こんなところで時間潰してる場合じゃなかった。ルオン、エマ。あんたたちもはやくオリエンテーリングに参加しなさい。一応、けががしないように配慮はしてあるから、そのまま下りても大丈夫よ」

「……了解。んじゃ、つもる話はまた後ほど……行こうか、エマ」

「え、えぇ」

 

そういって、ルオンはエマとともに落とし穴に飛び込んでいった。

飛び込んだ、といっても、スロープのようになっている床を滑りながら、ゆっくりと降りて行ったのだが。

ルオンとエマが予定通り、落とし穴を下りていったのを確認したサラは、もう一人、落とし穴から脱出していた銀髪の少女、フィーの名を呼んだ。

その手にはナイフが握られており、先ほどからワイヤーにぶら下がっているフィーに、貴方も参加するの、といって、手にしていたナイフを投げつけ、ワイヤーを断ち切った。

 

「……めんどうくさいな……」

 

ワイヤーが切断され、フィーは本当に面倒くさそうにつぶやきながら、落とし穴の中へと落ちていった。

 

----------------------------------------------------------------------------------------------

 

「よっと……到着だな」

「そ、そうみたい、ね……」

「あ、すまん……軽率だったな」

 

落とし穴のスロープから下りてきたルオンは、地面に触れた感覚を足で感じ取ると、無事に着地できたと確信し、いつの間にか握っていたエマの手を離した。

幼いころの馴染みとはいえ、あまり長い間、異性に体を触られることは、精神衛生上、あまり好ましくないだろうという配慮からだった。

その予想は半分正しく、エマはほんの少し距離を取った。その顔は、少し場から赤くなっていた。

もっとも、もう半分は、不正解だったようだが。

 

「い、いえ……」

 

もっと甘えたくなってしまった、と言いかけて、エマは黙ってしまった。

自分の故郷には、同い年の友人が少なく、また、村の外に出れば、その出自ゆえに奇異な視線を向けられてきた。だが、村の外から来たルオンだけが唯一、同年代の人間の中で、エマを、エマ・ミルスティン本人として接してくれていた。

 

だからこそ、彼が黙って村を出ていったときは、一週間ほど、悲しみのあまりやることなすことすべてが空回りしていた。

けれども、こうして再会して、変わらない態度で接してもらえたことがうれしくて。ついつい、そんなことを思ってしまった。

 

一方のルオンは、そうか、とだけつぶやき、周囲に倒れている生徒たちの様子を眺めた。

一見するところ、外相の類はないようだったので、別に風をまとって飛ぶ必要はなかったのではないだろうか、と思ってしまった。

本当に安全には配慮されてたのか、とどこか感心していると、赤毛の少年が気が付いたらしく、顔をしかめながら起き上ってきた。

その少年を筆頭に、生徒たちは次々に立ち上がり始めた。

もっとも、一組を除いて。

 

「いたたた……もぅ、いったいなん……」

――こ、これは……

 

ルオンが目にした光景は、リィンがあおむけになって金髪の少女の下敷きになっていた、というものだ。それだけならば、まだいいだろう。問題なのは、かばわれている少女がうつ伏せであったということと、リィンの顔が少女の胸にうずもれていた、という二点だった。

 

「……リィンのやつ、今日は厄日だな……」

「あ……あはは……」

 

ルオンのそんなつぶやきにエマは乾いた笑みを浮かべながら、リィンが少女のほほを叩く、非常にいい音を聞くのであった。 



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その剣、八葉の剣にあらず

全員が立ち上がり、銀髪の少女が落ちてくると、落とし穴の扉が閉まり、元の道を戻るという選択肢が削除された。

どうしたものか、と考えていると、ピリピリ、という高い音が聞こえてきた。

 

「……この音は?」

「……こいつからか」

「こ、これって……!」

 

そういって、リィンはポケットから事前に渡されていた戦術オーブメントを取り出し、耳にあてた。

全員それに倣い、オーブメントを取り出した。約一名、手にしているものに驚愕している様子があったのだが、それはあえて無視して、ルオンもオーブメントを耳にあてた。

すると、オーブメントからサラの声が聞こえてきた。

 

『ハロー、さっき会った美人のお姉さんよ~』

「……自分で言っちゃう残念系の美人さんでしたか」

『……ルオン。あんた、ずいぶん遠慮なくなったわね。お姉さん、うれしいわ~』

「うれしいならもう少しやさしい声出してもらった方が実感わくんですが?」

 

ルオンの反論に、サラの方はぐうの音も出せなくなったらしく、ほんの数秒だけ、黙り込んでしまった。エマをはじめとしたその場にいた全員が、そのやり取りに冷や汗をかいたのは言うまでもない。

気を取り直して、とサラの声がオーブメントから響き、説明を開始した。

説明を要約すると、配布した第五世代戦術オーブメント"ARCUS"を自分たちの手で試si

てほしい、ということだった。

そのための仕掛けは十分に用意しているため、この旧校舎に集合してもらった、ということらしい。

 

「……で、"特別オリエンテーリング"ってのは」

『そう。ARCUSと自分たちの戦闘技術を使って、この迷宮を脱出しなさい。それでオリエンテーリングは終了よ……あ、そうそう。校門で預かったあなたたちの荷物は、そこの台座に置いてあるから。それからルオン』

「……名指しですか。なんです?」

『以前、あなたから"預かったもの"も一緒に置いてあるから。ついでに持って行ってちょうだい』

 

そういわれ、ルオンは自分が預けた二つのポーチが置かれている台座に近づき、サラが言っていた"預けていたもの"が何であるか、確認した。

そこあったのは、太刀よりもやや短い、「長脇差」と呼ばれる東方伝来の武器だった。

 

「……サラさん、これ……」

『いつだったか、あんたが私たちのところから離れたときに忘れていったものよ……母親の形見なんでしょ?受け取んなさい』

 

それは確かに、ルオンの持ち物だった。しかし、それは、一年前、サラたちとたもとを分かった際に、世話になったお礼の代わりに渡したものだった。

しかし、こうして再び自分の目の前にあるということは、どうやら、サラたちの元同僚の中に、目の前にあるこれを扱うことができる人間はいなかったようだ。

いや、あるいはこれが母親が遺した形見の一つであることを知ったから、こうしてルオンのもとへ戻してくれたのだろうか。

 

「……んじゃ、ありがたく」

『さて、と……無事に一階まで戻って来れたら文句や質問を受け付けるわ。なんだったら、ほっぺにちゅ~してあげちゃう』

「……御冗談を」

『……ちっ、冷めてるのが一人いるわね。ま、いいわ。せいぜい頑張りなさい』

 

それだけ言って、サラは通信を切ってしまった。

ルオンたちは指示された通り、ARCUSに預けていた荷物と一緒に置かれていた"マスタークォーツ"をセットし、それぞれ預けていた荷物を身に着け、再び集合した。

 

「さて……脱出しろと言われても、どうするべきか」

「魔獣もいるようだし……まぁ、何人かでグループを作った方がいいかもしれないが」

 

ルオンはそう言いながら、さっさと部屋の出口へ向かって行っていた。

むろん、その行動に一番驚いたのはエマであって。

 

「って、ルオン?!話、聞いてたの?!というか、そういう話題を振っておいて……」

「久々に手になじませときたいから、すまんが一人にしといてくれ。あ、死んでたら骨拾っといてな」

 

ひらひらと、片手を振り、ルオンはその場を去っていった。

ちなみに、ルオンの後に続くかのように、銀髪の少女とマキアス、ユーシスの三人が出口へ向かっていき、残った六人がそれぞれチームを組んで迷宮に挑むことになった。

 

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落とされた部屋を出て、ルオンはしばらく、一人で歩いていた。

が、周囲が壁で囲まれた、小部屋のような空間に迷い込むと、まるでルオンがそこに来るのを待っていたかのように、魔獣たちが姿を現し、ルオンを取り囲んだ。

 

「……弱い奴ほど群れるっていうが、ほんとだな」

 

ルオンはそっとため息をつき、腰にさしていた刀を右手で引き抜き、逆手に構えた。そして左手で、ホルダーから数枚の札を取り出し、身構えた。

 

「いいぜ……来いよ!!」

 

ルオンの叫びに答えるかのように、魔獣たちは一斉にルオンに向かって飛び掛かってきた。

正面から飛び掛かってきた甲虫型の魔獣を回避し、すり抜けざまに逆手に構えていた刀で切り付けた。刀の刃は、魔獣を真二つに切り裂いた。

が、それはルオンの猛攻が始まる合図に過ぎなかった。

刀を持つ手とは反対の手で持っていた札をすべて魔獣の群れの中へと投げつけると、札を持っていた方の手の人差し指と中指を立て、胸の前に構えた。

 

「ノウマクサンマンダ、インドラヤ、ソワカ!!」

 

この国の、いや、この大陸の言葉ではない言葉が、ルオンの口から紡がれた。その瞬間、投げつけた札から青白い火花が飛び散ったかと思うと、突如、札から雷が発生し、魔獣たちに襲い掛かった。

さらに、ルオンは先ほど渡された戦術オーブメント(ARCUS)を取り出し、そこにセットしているマスタークォーツに意識を集中させた。

セットされている"ジャグラー"のクォーツが白い輝きを放つと、ルオンの周囲に光で描かれた魔法陣のようなものが浮かび上がった。

 

「ARCUS駆動――ルミナスレイ!!」

 

どういう原理なのかはわからないが、導力魔法(オーヴァルアーツ)が発動可能な状態になったことを、瞬時に理解できたルオンは、左手を魔獣たちにかざした。瞬間、ルオンの左手の平に白い光の玉が浮かび上がり、レーザー光線のように魔獣たちに向かって真っすぐに伸びていった。

光に飲まれた魔獣たちは、そのまま塵と化したのだろう。光が伸びていった方向には、魔獣が一体も見当たらなかった。

 

「……んじゃ、そろそろ片付けますかね」

 

ルオンは逆手に構えていた刀を持ち替え、すっと目を閉じ、耳を澄ました。

大きな隙を見せた、と判断した魔獣は、ルオンに一斉に飛び掛かっていった。

しかし、魔獣の中の一匹が動き出した瞬間、ルオンは目を見開き、刀をさやから抜き放た。

その瞬間、襲い掛かってきた魔獣が数体、一度に切り裂かれた。

だが、ルオンは魔獣の息の根を止めたかを確認する間もなく、右足を軸にして後ろに振り向き、刀を逆手に持ち替え、襲ってきた魔獣を再び切りつけた。

さらに左足を軸にして左へ体を向け、その途中で刀を左手に持ち替え、刃を振るった。

 

そんな、まるで舞うかのような軽やかな動きを数度、繰り返すと、ルオンは刀を鞘に納めた。

ぱちん、という、刀が鞘に収まった音が響くと、魔獣たちがほぼ同時に真二つに裂け、地面に落ちた。

驚くべきことに、魔獣に襲い掛かられてからそのすべてを地面に落とすまで、ほんの数秒しかかかっていない。

 

「……やはりまだ未熟か」

 

周囲に散らばる魔獣たちの残骸を見回し、ルオンは舌打ちをして、右手で札を引き抜き、背後に向けて投げた。

投げられた札はまっすぐに魔獣まで飛んでいき、張り付いた。

その瞬間、札から蒼い炎が立ち上り、魔獣を焼き尽くした。

 

「はぁ……札に頼ることなく、やれないようじゃ、俺もまだまだか……さて、と。あとはいないな……やっぱり駆動時間が少し遅いか。こっから抜け出たら改造しよう……」

 

ルオンは周囲にこれ以上魔獣がいないことを知り、そっとため息をつきながら、部屋の外へ出るべく、もと来た道を戻りながら、ぶつぶつとそんなことをつぶやいた。

なお、遅い、と本人は言っているが、同い年の人間が仮に導力魔法を使用した場合の早さと比べれば、頭一つ抜けているほど早い。

だが、とある人物と行動を共にしている際に手にしていた戦術オーブメントを使った際の駆動の感覚が強いため、どうしても遅く感じてしまっているようだ。

 

閑話休題(それはそれとして)

 

ぼやきながらも部屋を出て、元来た通路を戻ろうとした瞬間、ルオンの耳は三人ほどの足音と微かな会話のような音をとらえた。

現状、この迷宮内には自分を除けば十人しかいない。ということは、その中の誰か、ということになるのだが、さきほど戦闘したせいか、体の中に戦いの熱がくすぶっているらしく、つい、警戒して鍔に指をかけ、いつでも抜けるよう、準備していた。

 

 

「……二人とも、止まってくれ。どうやら、誰かいるようだ」

「え?」

「大丈夫です、ラウラさん……出てきてください、ルオン」

「……ばれてたか」

 

聞き覚えのある声にこたえるようにして、ルオンは影から出てきて、苦笑しながら謝罪した。

 

「すまなかったな。放浪が長かったせいか、つい警戒してしまってな……ルオン・ツクヨだ」

「ラウラ・S・アルゼイドだ。なるほど、そなたがエマの言っていた幼馴染か……よろしく頼む」

「……アリサ・R、ルーレ市から来たわ。よろしくね」

「"R"、ね……ま、俺もあまり自分の家はあまり好きじゃないけど」

 

ルオンが自己紹介を終えると、青いポニーテールの少女――ラウラと、さきほどリィンに見事な平手打ちを浴びせていた少女――アリサが簡単に自己紹介をしてきた。

エマはすでにルオンのことを知っていたためか、名乗ることはなかった。

名乗ることはなかったのだが、半眼でルオンを見ながら、静かな声で問いかけてきた。

 

「……ルオン、なぜあの時、一人で行ったんですか?」

「言っただろ?手になじませたいから一人になりたいって……」

「だからって……また、一人で……」

 

反論をつづけるエマの目には、涙が浮かんでいた。

一人で出ていったことに、彼女が怒るであろうことは、ある程度予想できていた。なにしろ、昔、エマに黙って里を出ていったのだから、当然だ。

しかし、そのショックが、まさか泣くほどのものだったとは、思いもしなかった。

 

「な、ちょ?!」

「……ど、して……わた……だまって……」

「わ、悪かった!頼むから、泣くなて……」

「……やで、す……もぅ、置いてか、な、て」

「約束するから!頼むから泣かないでくれ!!」

 

ルオンはかなり動揺しながら、どうにか泣きじゃくるエマをなだめようとしていた。

その光景を、意外、といわんばかりのまなざしを向ける少女二人(ラウラとアリサ)を気にする余裕など、その時のルオンにはなかった。



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"特科クラスⅦ組"結成

エマがようやく泣き止んだが、ルオンは壁に突っ伏し、どんよりとした空気を醸し出していた。

その光景に、エマはおろおろとしながらルオンに話しかけていた。

 

「え、えっと、ルオン……」

「……」

「そ、その……すみません。まさか、そこまでショックを受けるとは思ってなくて」

「……あぁ、うん、もう大丈夫だ」

 

ルオンはそっとため息をつきながら、エマに答えた。

エマもほっとため息をつき、安心しきった顔で微笑んだ。

 

「よかった……」

「このあと、なんかおごってくれよ?」

 

だが、自分自身の自業自得とはいえ、困らせたことを根に持っているらしく、何らかの形で詫びさせるつもりのようだ。

エマは、その一言とルオンの不敵な笑みに押し負け、しぶしぶ、といった様子でため息をついた。

その様子をラウラとアリサが、呆れた、と言いたげな顔でため息をついていたが、それも一瞬で凍り付いた。

何かを切りつける音と、魔獣の怒号、そして、エマとルオンだけ感じ取れた、導力魔法の波動。

それらが、何を意味しているのか、察せないほどこの場にいる全員は、いや、このオリエンテーリングに参加させられている新入生たちは鈍くはなかった。

 

-------------------------------------------------------------------------------------

 

激しい戦闘音が聞こえた方向へ走っていくと、そこには、赤い制服をまとった四人の男子生徒が巨大な魔獣と対峙していた。

普通ならば、数の利で男子生徒たちが優勢になるはずだ。

しかし。

 

「なっ?!」

「再生したというのか?!」

 

金髪の青年が驚愕したと同時に、魔獣の爪がその生徒に襲い掛かってきた。

それを見た黒髪の青年、リィンは、金髪の生徒を突き飛ばし、その爪からかばった。

それを見て平然としていられなかったのは、アリサだった。

 

「……下がりなさいっ!!」

 

弓を構え、導力エネルギーで作られた矢を、魔獣に向けて放った。

矢は、魔獣に命中し、爪はリィンの鼻先をかすめるにとどまった。

アリサの攻撃に続き、ラウラが大剣で切りかかり、エマが導力杖で簡易的な導力魔法を発現させた。

ルオンもまた、腰に取り付けたポーチから札を取り出し、魔獣に向かって投げつけた。

その瞬間、札は光に包まれ、鷹のような姿へ変わり、魔獣に激突していった。

 

鷹と魔獣の体格の差が歴然であるため、大したダメージを与えることはできなかったが、それでもリィンたちと合流するには十分な隙を作ることはできた。

 

「遅くなった!」

「ご無事で何よりです」

「すまない!助かった!!」

 

刀を抜きながら、ルオンは魔獣との間合いを詰めた。

八人に囲まれ、完全に不利な状態であるにもかかわらず、魔獣の闘気は衰えを見せず、むしろ高まりを見せるばかりだった。

 

「……厄介な」

石の守護者(ガーゴイル)か……暗黒時代の産物が、なんでこんなとこにいるんだか」

 

ルオンは目の前にいる魔獣が暗黒時代と呼ばれる時代に作られた魔導生物(ゴーレム)の一種であることに気づき、悪態づいた。

魔導生物は、"生物"とこそ名はついているが、実際のところ、無機質体であり、物理的な攻撃が有効打とならないことが多い。おまけに、ある程度の魔力耐性がついている。

 

長脇差を手放してからは術を主体にした戦闘を行っていたルオンにとって、魔導生物との相性は最悪に近かった。

そのせいで、毎度毎度、魔導生物を見ると、ルオンは渋い顔をするようになってしまっていた。

しかし、目の前の魔獣に対し、勝利を疑わない青年が一人いた。

 

「だが、この人数ならば、勝機をつかめれば!!」

 

槍を持つ褐色肌の青年は、まっすぐにガーゴイルを見据えながら、そう語った。

ルオンも、その意見には同意だった。

そのための布石はすでに仕掛けてあるし、隣には、このメンバーの中で最も信頼できる術者がいる。

そして、その勝機はすぐに訪れた。

 

「ま、仕方ないね」

「間に合ったようだな」

 

自分たちが入ってきた入口の方から、二人の声が聞こえてきた。

そちらのほうへ視線を向けると、そこにはマキアスと銀髪の少女が立っていた。

マキアスが持っていたショットガンを構えた瞬間、導力エネルギーが充填された。

 

「導力銃のリミッターを解除……《ブレイクショット》!!」

 

ショットガンの弾丸は、まっすぐにガーゴイルに着弾した。それと同時に、銀髪の少女が地面を蹴り、瞬時にガーゴイルの背後に回り、持っていたナイフを突き刺した。

その場所が急所であったのだろう、ガーゴイルはこれまでにない悲痛な叫びをあげた。

 

「縛っ!」

 

ルオンは左手の人差し指と中指以外のすべての指を折り曲げて印を結び、力強く叫んだ。

石畳から光の鎖がガーゴイルの体に巻き付き、その動きを束縛した。

それを逃すほど、リィンたちは甘くはなかった。

 

「勝機だ!!」

 

褐色肌の青年が叫んだ瞬間、その場にいた全員の体が青白い光に包まれた。

そして、みんなの攻撃が、絶妙なタイミングでガーゴイルに命中し、最後には、ラウラが、ガーゴイルの首を、文字通り、叩き斬った。

斬り飛ばされた首は、着地した場所で徐々に灰色になっていき、最終的には完全な石に戻ってしまった。

 

「……なんとか、勝てた、か」

 

今まで腹に溜め込んでいた息を出し切るかのように、ルオンはほうっとため息をいた。ふと見ると、いつの間にか、全員、円陣を組んで、何かを話し合っていた。

ルオンもその輪に加わり、先ほどの現象についての考察を話し合った。

 

「それにしても、最後のアレ、なんだったんだろう?」

 

ふと、赤毛の少年が指を顎に添えながら、そんなことをつぶやいた。

最後のアレ、というのはおそらく、ガーゴイルに一斉攻撃を仕掛けたときに見えた、体を包みこんだ、青白い光のことだろう。

それは、ルオンを含め、この場にいた全員が感じ取っていたものだ。

まして、母親から受け継いだ書物に記された、様々な"秘術"と呼ばれる、導力魔法とは一線を引く特殊な技術を知っているルオンにも経験のない事柄である以上、気にならないわけがない。

 

「……気のせいだろうか、皆の動きが手に取るように"視えた"気がしたのだが」

「たぶん、気のせいじゃないと思う」

「えぇ……不思議な感覚でした」

 

ルオンはエマの言葉を聞き、そっとため息をつき、これ以上、自分の知識から考えることをやめた。

目を閉じ、なぜ、あの現象が自分たちに発現したのか、今まで集めた前提知識を抜きにして考えてみることにした。

 

あの現象が起きたのは、この場にいるメンバー全員。ということは、このメンバーに共通する"何か"があるはず。

そこまで思考をめぐらせる中で目にしたのは、自分が、いや、自分たちが手に持っている戦術オーブメント。

 

「……第五世代戦術オーブメント"ARCUS"。俺たちに共通しているものとしたら、こいつしかないな」

「あぁ……もしかしたら、あの現象が」

 

リィンがルオンの言葉をつなごうとした瞬間、頭上から聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。

 

「ARCUSの真価ってわけね……やぁ、よくやったわね。最後はやっぱり、友情と信頼の勝利ってところかしら?」

「……サラさん、茶化さないでもらえます?それと、早いとこ説明してください」

「わ、わかってるわよ……だから、そんな怖い顔しないで……ね?」

 

出てきたサラに対し、ルオンは鋭い目つきで問いかけた。

その眼から、いや、ルオンの体からほとばしる殺気から、少しでも誤魔化せばどのような目にあうか、嫌でも想像できてしまった。

 

「説明してあげるし、誤魔化しもしないから、その物騒な殺気は抑えてちょうだい」

 

ルオンはその言葉を聞き、ほとばしらせていた殺気をおさえた。

それを確認したサラは説明を始めた。

先ほどの現象は、「戦術リンク」と呼ばれるARCUSに搭載されている機能の一つらしい。

互いに信頼し合った仲間と、そのリンクを結べば、リンクを結んだ相手の動きだけではなく、考えていることも理解できるというシステムだ。

先ほどサラが言った「友情と信頼の勝利」というのは、あながち間違いではないということだ。

 

「……そして、このシステムを士官学院で試験運用することに決定したのは」

「軍に転用することで、より練度の高い動きを実戦で行うことができる、と……」

「なるほど、確かに有益ですね」

 

練度の高さ、特に十人を超える大連隊となれば、それは大きな課題となる。

実際、軍の機甲化が進む中、正規軍で練度の高い部隊は第四機甲部隊と第七機甲部隊の二組のみであり、領邦軍に至っては、そのような部隊は存在しないといわれるほどだ。

各隊の隊長たちに、この事態についての意見を問えば、現状、改善の余地があるという返事が返ってくるだろう。

それを解消できる可能性があるのが、この「戦術リンク」なのだ。

 

しかし、まだ試験運用段階であるために、士官学院生の生徒たちの中でも、特に適性の高い生徒たちに使用させ、データ採取を行っているといったところだろう。

ルオンはそう考え、そっとため息をついた。

 

理由は、結局は"戦争で使うため"ということに気づいたからだった。

ルオン自身、戦わなければ生き残れない場所に身を置いていた。それに、人間はどのような場であれ"戦わなければならない"宿命を背負っており、それを避けることができないのだということも、実際に見て学んだ。

だから、戦争の存在や軍の存在を否定するつもりはないし、"戦争"と言う事象を否定するつもりもない。

だが、関係のない人間が巻き込まれ、人生を狂わされてしまうことを、ルオンはよしとは思っていない。

それゆえのためいきだった。

 

「ということは、私たちが身分や出身に関係なく選出された理由は」

「そう、あなたたちがARCUSの適正が特に高かったからよ」

「……なるほど」

「……な、なんて偶然だ」

 

褐色肌の青年はその言葉で納得し、マキアスは驚愕していた。

いや、マキアスだけではない、褐色肌の青年も少なからず驚愕していたようだ。しかし、ルオンだけは、どこか冷めた視線をしていた。

マキアスが言っていた"偶然"という言葉に、どこか引っ掛かりを覚えていたのだ。

 

それは、自分の師であり、母の形見でもある書に記されている教え、「この世に"偶然"はない。あるのは星の導きにより導かれた、"宿星(しゅくせい)"と言う名の"必然"のみ」、という言葉からだった。

それは、エマも同じだったらしく、どこか祈るような表情で顔を伏せていた。

 

「さて、約束通り、文句を受け付けるわよ?……最初に言っておくけど、今回はARCUSの試験運用も兼ねているの。けれど、やる気のない人や気の進まない人を編入させるほど、予算に余裕はないわ。何より、通常の学級よりもかなりハードなカリキュラムになるはず……あぁ、ちなみに辞退する場合、本来所属するはずだったクラスへ編入になるわ。貴族ならⅠ組かⅡ組、平民ならⅢからⅤ組ね」

 

その言葉に、皆が皆、迷いの表情を浮かべ、考え始めた。

が、その中で一人、リィンは覚悟を決めた目をして、一歩前に出た。

 

「リィン・シュバルツァー、参加させてもらいます」

「一番乗りは君か……理由を聞かせてもらえるかしら?」

 

サラは、リィンが名乗り出たことを意外に思ったのか、それとも何か別の意図があるのか、あえて参加する理由を問いただした。

その問いに、リィンはまっすぐな瞳を向け、答えた。

 

「もとより、わがままを言って通わせてもらったんです。自分を高めることができるのなら、どんなクラスでも参加します」

「……なるほどね。ほかの皆は?」

 

リィンの言葉を聞き、アリサ、ラウラ、エマ、フィーがそれぞれ参加を表明し、褐色肌の青年と赤毛の少年、そして金髪の青年もそれぞれ参加を表明した。

マキアスは金髪の青年の挑発に乗るような形で参加表明し、残るはルオンだけとなった。

 

「さ、ルオン。残るはあなただけだけど」

「……選ばれたことには意味があるなら、その意味を見出すために、何より約束を守るために、参加させてもらいます」

 

サラの問いかけに、ルオンは不敵な笑みを浮かべながら、しかしまっすぐな瞳でさらに答えた。

 

-------------------------------------------------------------------------------------

 

Ⅶ組に選抜されたメンバー全員が参加を表明した頃。

彼らがいるエリアの上層部に、二人の人影があった。

一つは先ほど講堂で演説をしていたヴァンダイク学院長、そしてもう一人はこの学院の理事長を務める皇族、"放蕩皇子"ことオリヴァルト・ライゼ・アルノールだった。

 

「ふふふ。なかなかの子たちがそろったようだね」

「えぇ……あなたの期待通りに育ってくれるといいのですが」

 

にこやかに笑うオリヴァルトに対して、ヴァンダイクは少々不安げな表情を浮かべていた。

それもそのはず。なにしろ、このクラスは、身分に関係なく選抜された、様々な立場の生徒たちで構成されているのだ。

当然、彼らの中に不協和音が発生する。

しかし、まだひな鳥である彼らにその不協和音を乗り切ることができるかどうか、不安なのだ。

対するオリヴァルトは、にこやかな笑みを浮かべていた。

 

「それこそ、僕が彼らに求めているものだ……きっと彼らなら、"第三の風"となってくれる」

 

Ⅶ組のメンバーを見つめるオリヴァルトの瞳は、どこか慈愛に満ちた、まるで親や兄のような温かなものだった。




ようやくの投稿と相成りました……。
まぁほかにも作品抱えてるし、仕方ないといえば仕方ない……のか?
予定としては、実習の前日までを「幕間」、実習を「本編」みたいな形で投稿していきたいと思います。
ちなみに、幕間は「こうだったら」みたいな完全オリジナルの展開があ含まれています。
そのあたりはご容赦を。

では、また次回。


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Ⅶ組に抱く想い

特別オリエンテーリングから数日が経ち、四月もすでに半ばを過ぎていた。

入学式早々、結成を宣言された"Ⅶ組"のメンバーも、初日から問題のあった四人(マキアス、ユーシス、リィン、アリサ)を除けば、みなそれなりに打ち解け始めていた。

 

そんな中、いまだルオンだけはリィン以外の男子とまともに会話を交わしたことがない、という状況に陥っていた。

人見知りをする人間、と言うわけではない。

が、共通の話題が見つけられていないため、どう話しかけたらいいものか、まったくわからないでいたのだ。

 

――さすがに……気まずいな……

 

ルオンはそんなことを考えながら昼休みを過ごしていると、リィンが赤毛の少年と褐色肌の青年とともに、ルオンの近くに寄ってきた。

 

「ルオン、ここいいか?」

「あぁ、大丈夫だ……っと、二人はオリエンテーリング以来、まともに話したことがなかったな」

 

ルオンは赤毛の少年と褐色肌の青年の方に視線を向けた。

少年と青年は、特に悪い印象を抱いたわけではなさそうで、かすかに微笑みながらルオンの言葉に同意した。

 

「そうだね。僕はエリオット、エリオット・クレイグ」

「ガイウス・ウォーゼルだ。よろしく頼む」

「改めてってのも変かな?ルオン・ツクヨだ。よろしく頼む」

 

ルオンはそう言いながら微苦笑を浮かべた。

その後、リィンも交えて、四人は歓談しながら昼休みを過ごした。

 

-------------------------------------------------------------------------------------

 

その日の授業を終え、ルオンは帰り支度を整え、図書館に顔を出していた。

手にしているのは、帝国史に関する論文や伝承などを集めた資料などだ。

苦手、というわけではないのだが、流れ着いてからというものろくに歴史を学んだ機会がなかったため、ルオンはエレボニア帝国の歴史には疎い部分がある。

いや、より正確に言えば、大きく偏っているのだ。

 

とある人物に拾われるまで、ルオンは各地を放浪しながら生きてきた。

その中で、帝国の政治情勢や地理を学んできたのだが、どうにも歴史や工学については学びきれなかった部分があり、現に入学試験の成績も実技系統の部分で筆記をカバーしていたほどだ。

エリオットがみんなの足を引っ張らないか心配だと話していたが、それに関してはルオンも他人事ではないため、こうして図書館で勉強しているのだ。

 

もっとも、それだけではなく、ルオン自身、各地に伝わる伝承や伝説の類に惹かれるものがあるらしい。

特に『暗黒時代』と呼ばれる時代区分に興味があり、旅の途中で遺跡を独自に調査したり、帝國学術院の発掘調査に無理を言って同行させてもらったりして、独学で研究まがいなことを行っていたこともある。

そのため、帝国史に関しては少しばかり自信があるのだが、それでも、好奇心は抑えられないらしい。

 

――と、ここのこれってあそこで見たあれか……へぇ?

 

何気なく手に取った一冊の学術書を開き、その中に記されている研究の結果や考察を、旅する中で見聞きしたものと比較しながら、読み進めていくうちに。

 

「おやぁ~?帝国史のお勉強ですか~?」

 

ふと、ルオンの耳にいやに間延びした声が聞こえてきた。

声のした方を見ると、そこには丸眼鏡をかけた、いかにも温厚そうな人物が立っていた。

 

「トマス教官でしたか。こんにちは」

「はい、こんにちは。それで、ルオン君はどの分野に興味があるんですか?」

 

なんだったら、時間の許す限り奥深いところまでぐいぐい教えちゃいますよ~、と間延びしてはいるが、本気だと言わんばかりの視線を向けながら、トマスは話した。

エレボニア帝国有数のエリート校であるトールズ士官学院には、生徒もさることながら、教員も個性的な人材がそろっている。

 

目の前にいるトマスを除けば、面倒くさがり屋のマカロフ教官、貴族至上主義を隠さぬハインリッヒ教官、現役の軍人で"軍人の鏡"ともいえるほどの堅実さを持ったナイトハルト教官。そして、ルオンの所属する《特科クラスⅦ組》の担任を務めるサラ教官。

皆が皆、個性的な性格をしており、唯一、まともと言えるかもしれないのは吹奏楽部の顧問を務めるメアリー教官か擁護のヴェアトリクス教官くらいのものだ。

 

――思えば、教師陣もⅦ組と似たような感じだよな……

 

ルオンの脳裏には、個性的なⅦ組の同級生たちの顔が浮かんでいた。

面倒見はいいが、どこか一線を引いているような気がしてならないリィン。

頑固で他人を頼らないくせに、他人を気遣うことを忘れないアリサ。

温和なように思えるが、どこか一本芯が通っているエリオット。

質実剛健を絵にかいたようなラウラ。

猫のようにすばしこく、なかなか心を開かないフィー。

どこまでも穏やかで、しかしその実、物事の本質を見極める目を持っているガイウス。

傲岸不遜、天上天下唯我独尊という言葉が似合うが、実はかなりお人好しなユーシス。

基本的に面倒見がいいが、貴族がかかわると一瞬で空気を悪くしてしまうマキアス。

そして、穏やかで面倒見がいいが、その胸に秘めている大きな使命を明かすことのないエマ。

 

そこに、異国から流れ着いて、多くの時間を放浪に費やしてきた自分が加わっているのだ。

個性的すぎる、といっても過言ではない。

思わず、笑みがこぼれると、それを不穏に思ったトマスは、いかがわしげな、しかし楽しそうな口調でルオンに問い詰めた。

 

「おや~?もしかして、私の言葉、どこかおかしかったですか~?」

「あぁ、いえ。そういうわけでは……これからトマス教官の歴史講義が聴けると思うと、面白くてつい」

 

その言葉に気を良くしたのか、トマスはそれ以上追及することなく、それでは帝国の暗黒時代について、と語り始めた。

 

-------------------------------------------------------------------------------------

 

「……まさか、三時間もぶっ続けで講義を聞かされるとは思わなかった……」

 

ルオンがトマスからの歴史講義から解放され、図書館を出たとき、外はすでに夜の帳が下りていた。

 

――このぶんじゃ、寮での夕食は望めないな……キルシェに行って、何か適当に注文するか

 

そっとため息をつき、ルオンは校門へと足を運んだ。

 

「……ルオン?」

 

不意に、背後から声をかけられた。

振り向くと、そこには見慣れた眼鏡の少女がいた。

 

「エマ?どうしたんだ、こんな時間に」

「それはこちらのセリフよ。もうとっくに寮に戻っているかと思ったのに」

 

普段は同級生に対しても敬語を使うエマであるが、幼馴染であるルオンには砕けた口調になるのだ。

もっとも、それはルオンに対するものだけなのだが。

 

「私は調べ物を。ルオンは?」

「トマス教官につかまって、というか捕まえて?……とにかく、教官から暗黒時代についての講義を三時間も、そりゃたっぷりと」

 

いかにも"疲れました"という雰囲気を醸し出しながら、ルオンは乾いた笑みを浮かべた。

 

「お、お疲れみたいね」

「わかるか?いくら興味がある時代区分とはいえ、三時間も延々と語られるという所業の恐ろしさが……」

 

実際問題、今思い出すだけでも、少しばかり冷や汗がにじみ出てくるのだ。

ある意味、トラウマものだ。

ほんの少しだが、がくがくと震えているルオンを見て、エマはどれだけの恐怖がそこにあったのか、思わず想像してしまった。

 

「な、なんとなくは……そういえば、ルオン、晩御飯まだなのよね?」

「……ん?あぁ、そうだな。寮のご飯は無理っぽいから、キルシェで何か頼もうかと思っていたところだよ」

「なら、私も一緒に行くわ。私も、晩御飯まだだから」

「そっか。んじゃ、行こうか」

 

にっこりと笑いながら、ルオンは校門の外へと出ていった。

その少し後ろを、エマは追いかけるようについていき、校門を出た。

キルシェまでの道中、二人の会話は尽きることがなかった。その会話の様子は、はたからみていれば、幸せ全開のカップルを思わせるような雰囲気をまとっていた。



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先輩との交流とサラの狙い

投稿遅れました……いや、申し訳ない。
サラのセリフはややオリジナルが入ってますが、まぁ、気にしない気にしない(汗




四月も半ばを過ぎようとしている頃。

学院内は新学期初の自由行動日に、少々浮かれ気味の状態だった。

そんな中、ルオンは一人、技術棟に顔を出していた。

 

「ちわーっす……って誰もいないのか?」

 

少し大きな声を出し、中に人がいるかを確認したが、返事をする人間がいないため、留守なのか、と一瞬疑ってしまったが、やや遅れて奥の方から愛らしい声が響いてきた。

 

「はーい……あ、ルオン君。こんにちは」

「ども……生徒会長がこんなとこで何してるんで?」

 

現れたのは入学式の日に門の前でⅦ組の装備を回収する手伝いをしていた生徒会長、トワ・ハーシェル生徒会長だった。

年上、ということはわかっているのだが、年齢には不相応の体型のせいで、制服を着ていなければ、おそらく迷子と勘違いされてしまうであろう生徒会長は、ルオンを見上げる形で問いかけた。

 

「ちょっとお手伝いを、ね。ルオン君こそ、どうしたの?」

「ここの部品をもらえないかな、と。ジャンク品で構わないんで」

 

実のところ、ルオンが技術棟(ここ)に来たのは、自分が持っているARCUSの駆動時間に不満を持っているからだった。

一世代前のエニグマの駆動時間もそうだったが、刀も使うが、基本的に魔法のほうが得意なルオンにとって、導力魔法が発現するまでの時間というのは、まさに生命線なのだ。

そのことを、以前、世話になったサラの同僚に話すと、自分が行っている改造を教えてくれたのだ。

その応用を、今回はARCUSで行おうかと考えていたのだ。

 

「あぁ、それなら問題ないよ」

 

と、奥の方から黄色のつなぎを着た、恰幅のいい青年が姿を現した。

この青年も、入学式以来だ。

しかし、名前までは聞いていない。

どう呼んだらいいか、困惑していると、青年はそれに気づき、すまない、と謝罪した。

 

「自己紹介がまだだったね。僕はジョルジュ。ジョルジュ・ノームだ」

「ルオン・ツクヨです。入学式以来、ですよね?先輩」

「そうなるね。よろしく、ルオン君」

 

ジョルジュは人のよさそうな笑みを浮かべ、そう返した。

その笑顔に、二年生男子の良心なのかもしれない、という感想を抱いたルオンは。

 

「それじゃ、さっそく」

 

と言って、技術棟の奥へと潜って行った。

 

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技術棟に入ったルオンは、早速、部品と機材を取りだし、作業台に置いていった。

作るべきものの図面は、すでに頭の中に入っている。

ルオンは自分のARCUSを取り出し、さっそく作業を開始した。

ARCUSのカバーを開き、中の機構をいじり始めた。

 

――構造自体は、エニグマと似たような感じだな……あぁ、でもこれには触れない方がよさそうだな……

 

自分が持っていたエニグマを開き、ARCUSと同じように内部の機構を覗き込みながら、どこをどういじるべきか、逆にどこに触れてはいけないか、心のうちで呟きながら作業を進めた。

数分もしないうちに、すべての作業が終了し、ルオンはARCUSとエニグマのカバーを閉じ、ARCUSを手にし、立ち上がった。

 

「……ARCUS駆動」

 

ARCUSにセットされているクォーツに親指をふれさせ、ルオンはARCUSを駆動させた。

すると、数秒としないうちに、導力魔法が発現可能状態になった。

実際に発動させることなく、ルオンはそのまま駆動を制止し、ARCUSをしまった。

 

――成功だな……しかし、こんなもんに頼らないと魔術を使えないってのは、不便なもんだな

 

ルオンは胸中でそう思いながら、ARCUSをポケットにしまった。

そのタイミングを見計らっていたのか、終わったかい、とジョルジュが声をかけてきた。

 

「えぇ、ちょうど」

「グッドタイミングだったようだね。ちょうど、僕のお友達とお茶しようってことになったんだけど、君もどうだい?」

 

お茶、という言葉に反応してか、ルオンの腹が、くぅっと小さくなった。

そういえば、作業に集中するあまり、何も口にいれていなかった。

このまま夕食まで耐えられるかどうか、少し自信がない。

なので。

 

「……お言葉に甘えて」

 

と答えてしまった。

 

-------------------------------------------------------------------------------------

 

ジョルジュの提案で軽食を済ませた頃には、すでに夜の帳が下りていた。

もっとも、同席していたトワは、生徒会の仕事が途中だということを理由に、途中退席していたため、ほとんどアンゼリカとクロウという、ジョルジュの友人二人を交えての、ややはちゃめちゃなお茶会となったのだが。

そんなお茶会からようやく解放されたルオンは、もう夜なのか、とそっとため息をつき、帰路につこうとした。

その時、ふと、感じたことがある気配を覚え、その気配を追って生徒会館まで向かった。

すると、ルオンの視界に、見慣れた黒髪の青年が入り込んだ。

どうやら、ARCUSで誰かと通信をしているようだ。

 

――……ほんとはいけないことだけど、好奇心には勝てないよ、なっ!!

 

心中でそう思いながら、ルオンは腰のホルダーにしまっていた札を取り出し、その青年に向かって投げつけ、もう一方の、対となる呪符を耳にあてた。

 すると、その札から、予想通り、リィンの声が聞こえてきた。

 

『どうして、俺なんですか?』

"それは、あなたがこのクラスにとって重心となりえるからよ。貴族と平民だけでなく、留学生までいるこのクラスで、貴方の生い立ちは特殊と言えるわ"

 

どうやら、通話している相手はサラだったようだ。 

札から聞こえてくる女性の声に聞き覚えがあったルオンは、しかしその声の主との間にいい思い出がないために、半眼になりながら二人の会話を聞いていた。

 

"だから、貴方の立ち振る舞いが、今後のⅦ組の重心を左右することになるの。"中心"じゃないわ、あくまで"重心"よ……ま、せいぜい悩みなさい"

 

そういって、サラはどうやら通信を切ったらしい。

あとから聞こえてきたのは、リィンの重々しいため息だった。

 

――なるほど……リィンにも深い事情があるようだ……

 

会話の一部始終を聞いていたルオンは、そっとため息をつきながら、手にしていた札をしまい、第三学生寮へと歩き始めた。



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最初の自由行動日 一、町に出かけよう

いやはや、遅れ申した。
仕事と他作品とが重なって重なって……。
はい、タイトルの通りです。
三話くらい、自由行動日の話にしようかと思います。
なお、今回の話で八葉一刀流にからむ話が出てきますが、あくまで作者の独自解釈です。
そこはご容赦を。


その夜。

自室にこもって符をしたためていたルオンだったが、不意に聞こえてきたノックオンに集中をかき乱され、これ以上、符をしたためるのはまずいと悟り、ドアの方へ向かった。

今まで使っていた符は、すべてルオンの手製によるものだ。

しかし、それを一枚したためるだけでも、かなりの精神力と集中力を要する。おまけに、それなりに力のある符を作ろうと思うと、時間や場所、道具、さらには向いている方角にも気を使わなければならない。

そのため、一度集中が切れたら、それ以上、符を作ることは難しくなってしまうのだ。

ドアを開けると、そこにはリィンが立っていた。

脇に抱えている生徒手帳から察するに、おそらく生徒会館で生徒会長から渡されたのだろう。

 

「サンキュ」

「どういたしまして。それより、ルオンは何をしていたんだ?勉強……ってわけじゃなさそうだけど?」

 

ルオンが着ているのは純白のバスローブのような服だった。

が、明らかに生地が違うし、部屋からはかすかに炭のにおいが漂ってきている。

 

「あぁ……札の補充をな。いろいろと面倒なんだよ、あれ作るの」

「へぇ……てっきり、書くだけの簡単な作業だと思っていたが」

「あぁ、無理無理。そうなると力のないただの模造品になるんだよ……ユン老師はそこまでは教えてくれなかったか?」

 

その言葉に、リィンは眉をひそめた。

その反応にルオンは、やはりな、とどこか納得したような顔になった。

太刀を使う流派は、ここ西ゼムリア大陸ではごく限られている。

いや、一つしかない、と言っても過言ではない。

それが"八葉一刀流"。東方の剣術、そのすべての流派の理に通じた"剣仙(けんせん)"と呼ばれる、ユン・カーファイ老師が(ひら)いた流派だ。

 ルオンもリィンと同じく東方に伝わる流派を扱うが、ルオンの得物はリィンの扱う太刀よりも一回り短い"長脇差"と呼ばれるものだ。

もちろん、八葉一刀流を修めてもいない。

彼が扱う流派は、ユン老師が東方の国にいた頃に学んだ流派であるため、八葉一刀にその面影があることは否定できないが。

 

「俺が扱うのは"静心桔梗(せいしんききょう)流"っていう、東方の流派だ……もっとも、向こうでもそんなにメジャーじゃないようだったけどな」

 

ルオンは答えながら苦笑を浮かべた。

まさか、自分の本当の故郷の話をすることになるとは思わなかった。

だが、なぜだかそれほど悪い気はしていない。

それだけ、故郷に愛着があった、ということなのか。それとも、自分と自分の母を捨てた一族とそこに住む人々を憎悪しているのか。

自身もわからないこの感情に、ルオンはただただ苦笑を浮かばせるしかなかった。

 

「すまない。立ち入った話だったな」

 

ルオンの表情に何かを感じたのか、リィンは困惑しているような笑みを浮かべた。

 

「いんや、かまわんさ……まだ、自分のことを話そうって思えるような雰囲気でもないからな……」

 

まだ入学式を終えてから一カ月も経っていないこの時期に、自ら進んで自分のことを話す気には、やはりどうしてもなれない。

それは、Ⅶ組のメンバー全員が同じことなのだろう。

もっとも、ルオンからしてみれば、エマの話は自分の過去ともかぶる部分があるため、聞く気すら起きないのだが。

 

「あぁ、そうだな……まぁ、そのうち打ち解けてくれるだろう」

「……ユーシスとマキアスを見てると、どうもそうは思えないけどな……どっかの誰かさんも、同じようなもんだし」

「あ……あはははは……はぁ……」

 

指摘され、リィンは重々しいため息をついた。

どうやら、まだ謝るきっかけをつかめていないらしい。

リィンが空回りしているのか、アリサが一方的に避けているのか。はたまた、その両方なのか。

 

――前途多難だな……

 

 ルオンはリィンに気づかれないようにそっとため息をついた。

 

-------------------------------------------------------------------------------------

 

翌日。

最初の自由行動日を迎えた第三学生寮は、意外にも静かな雰囲気をまとっていた。

それもそのはず。

なにせ、今、第三学生寮にはほとんど人がいないのだ。

唯一、エリオットの部屋の方からヴァイオリンの音が聞こえてくるくらいで、他には人の気配がない。

どうやら、ほとんどの同級生たちが出かけているようだ。

 

――さて、俺はどうするかな……

 

呪符をしたためようかとも考えたが、占いの結果では、今日はあまり日が良くないらしく、作ることは断念したばかりだった。

 

――ま、歩きながら考えるか

 

部屋にこもっているのはあまりよろしくない。

風と水は流れるからこそ穢れを祓い、陽気を導くのであって、今のルオンのように部屋に閉じこもっていることは、そのまま、穢れや陰気をため込むことと同義だ。

ただでさえ、人間関係がごちゃごちゃしている現在の状況で、これ以上、陰気をため込むと、さらに悪影響が出てくることは目に見えている。

そんなわけで、ルオンは町を散策しながら、今日をどう過ごすか考えることにした。



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最初の自由行動日 二、部活の先輩は耽美の世界の乙女

お久しぶりの投稿です。
仕事やら他作品やらで投稿ペースが少し落ち気味。
まぁ、展開をどうするか考えているってこともあるのですが。
さて、お気づきの方もいらっしゃるとは思いますが、思い切って、タイトルを変えてみました。
もともと、どんなタイトルにするか、悩んでいたこともあったので、最初に考えていたこれに落ち着きそうです。
これ以上、変更することはないと思います……たぶん!


第三学生寮を出ようと、玄関に向かったルオンは見慣れた背中を発見した。

 

「……リィンか。おはよう」

「あぁ、おはよう。ルオン……どうしたんだ?」

「ん?町を散策しようかと思ってな。そっちこそ、どうしたよ?」

「俺はこれだよ」

 

そういいながら、リィンはルオンに何枚かの紙を見せた。

それを受け取って、書かれていた文面をざっと流し読みしてみると、どうやら、生徒会からの依頼であるようだった。

 

「ふ~ん?……なんというか、これって生徒会がやる仕事なのか?って感じのものばかりだな」

「そう思うか?けど、実際、学院の生徒会は町の人たちに頼られているからな」

「いやまぁ、それはそうなんだろうけどさ」

 

そっとため息をつきながら、ルオンはリィンに手渡された紙を返した。

そこに書かれていたのは、確かに学生に手伝わせるにはうってつけの内容ではあったが、生徒会に送るのではなく、自分たちからアルバイトという名目で人を募った方が良いのではないか、と思うような内容だった。

それについて、ルオンはそっとため息をついた。

 

「……遊撃士(ブレイザー)が減って、こういうことをやってくれる人が少なくなったってことだろうな」

 

遊撃士とは、民間人を守るために設立された民間団体であり、民間人を守る、という目的のためならば、国とも対立することも辞さない互助団体だ。

だが、エレボニアではその活動はあまり行われていない。

帝国の政治を実質的に動かしている宰相、ギリアス・オズボーンの政策により、遊撃士協会(ブレイザーズギルド)の支部縮小が決定されてしまったため、ということが大きな要因だ。

だが、その影響で民間人の間でこうした些末な不祥事が起きるわけで。

 

「別に帝国の政治をどうこう言うつもりはないけど……これはこれで考え物だな」

「そうだな。でも、宰相にも何か考えがあってのことなんだろう」

「そうなんだろうが……ろくでもないことじゃないといいんだけど」

 

ルオンはリィンの返答にそっとため息をついて返した。

その返しに、リィンは苦笑を浮かべることしかできなかった。

 

「それはそうと、手にあまりそうだったら呼んでくれ。手を貸すことぐらい、俺にもできるだろ」

「……いいのか?」

 

意外、とでも言いたそうな顔をして、リィンは問いかけた。

予想していたとはいえ、その態度にルオンはため息をついた。

 

「あのな、俺たちはⅦ組のクラスメイトで仲間だ。仲間なら助け合う。それが普通だろ?」

「いや、君からそれを言われてもな」

「……まぁ、前科持ちってのは自覚してるし、何より柄じゃないってのはわかってんよ」

 

リィンの言葉にルオンは半眼になった。

確かに、ルオンは母親と死別してからは流浪の旅の中で生きてきた。

しかし、母親が健在だったころの時間と、エマの故郷やサラたちと過ごした時間は、間違いなく、記憶としてルオンの中に存在している。

その記憶が、少なくともルオンが人と関わることを避けるような性分にはさせることはなかったし、ひとまず、お人好しとは言われない程度に他者を気遣うこともできるようにしていた。

 

それを知ってか知らずか、リィンは、すまない、と謝罪し、改めて協力を頼んだ。

依頼へむかったリィンの背を見送り、ルオンはそっとため息をつき、何をしようか、と思いを巡らせた。

 

――そういえば、まだ部活を何にするか決めてなかったな……

 

基本的に、トールズ士官学院は部活動の参加は自由なのだが、サラから、できる限り参加するように、と念を押されてしまっている。

それに逆らう勇気は、ルオンにはなかった。

かといって、どの部活に入ろうか、それもまだ考えていなかった。

 

――見学自体は自由、ということだったので、今日のところは見学だけにしておこうか……

 

ルオンは、寮の扉に手をかけ、生徒会館へと向かうのだった。

そして、のちにルオンはこの選択をしたことを軽く後悔するのだった。

 

-------------------------------------------------------------------------------------

 

文芸部の部室に入ると、部長と思われる黒い長髪の先輩が一足先に来ていたエマに、何かを熱く語っていた。

どうやら、何かの作品についての講義のようだ。

 

「……だから、ここの二人の心情をかんがみて……」

 

ルオンが入室したにも関わらず、滔々と文庫本を片手に語るドロテの様子を見ていたルオンだったが、一瞬にして凍り付いた。

 

――お、おい……あのタイトル、というより、表紙の挿絵は……

 

いわゆる、若い男同士のくんずほぐれつ、というわけで。

要するに薔薇の世界について記された小説について、熱く語っているのだ。

 

――今更ながら、俺、大丈夫なのか?いろんな意味で

 

被害妄想、なのかもしれないが、このままでは自分がⅦ組男子との日常についてあれやこれやと、あることないこと、根掘り葉掘り聞かされそう、というだけでなく、今彼女が手に取っている耽美小説にあるような場面(シーン)の再現を要求されそうな気がしてならないのだ。

 

そこまで考えると、回れ右して教室の外へ出ていきたい、という衝動に駆られた。

しかし。

 

「……」

 

ドロテが熱く語っているその正面で、エマがにっこりとほほ笑みながら、ルオンを見ていた。

その態度に、ルオンはそっとため息をついた。

直接見なくても分かる。

なぜか、エマの背後からまるで鬼女のような顔立ちをした仮面が、青い炎をまといながら浮かび上がってきているように思えたのだから。

 

あの笑い方は、かなり怒っている、あるいは、言いたいことがある、という時にする彼女の冷笑でもあった。

さしずめ、今回の場合は、一人にしたらどうなるかわかってますか?、という意味が込められているのだろう。

 

「……」

 

ルオンはそっとため息をついて、教室からの脱出をあきらめた。

 

--------------------------------------------------------------------------------

 

ドロテの講義から数分。

ルオンは疲れた表情で生徒会館の一階にある食堂のテーブルに突っ伏していた。

正面にいるエマも、心なしか頬が赤い。

何も知らない人間が、ここ光景を目にすれば、二人の間に何かあったと邪推するのだろうが、あいにくとそのような面白い話ではない。

 

講義の後、ルオンはリィンたちⅦ組の男子メンバーとの普段の行動や会話について、エマはその行動や会話からどのような組み合わせが考えられるかという考察を聞かれ、精神的に参ってしまっていた。

 

「……正直、トマス教官から暗黒時代についての講義を受けていた方が良かった気がする……」

「そ、それは……その通りかも」

 

ルオンのつぶやきに、エマはひきつった笑みを浮かべながら同意した。

もっとも、彼女の心境としては、それもそれでどうなのだろうか、という疑問が浮かんでいたということはいうまでもない。

二人そろって、そっとため息をつくと、ルオンのARCUSから着信音が鳴り響いてきた。

 

「……??」

 

誰からの通信なのか、あまり心当たりがないルオンだったが、とりあえず、出てみることにして、ARCUSを手に取った。

 

「ルオンだが」

《リィンだ。いま大丈夫か?》

「あぁ、リィンか。どうした?」

 

通信をしてきたリィンから、何かあったのか問いただすと、リィンは、すまない、と言いたそうな声色で要件を伝えてきた。

 

《あぁ。生徒会からの依頼で、すこし手を貸してほしいんだ》

「……ん、OKだ。どこに行けばいい?」

 

今朝方、手を貸すと言ってしまった以上、手を貸してほしいと言われて、手を貸さないわけにはいかない。

約束を反故にするべからず。それがルオンの信条であり、母からみっちり教え込まれてきたことでもあった。

 

《ありがとう。そしたら、準備をしたら旧校舎に来てくれないか?ヴァンダイク学院長からの依頼で、旧校舎の調査をすることになったんだ》

「……了解。すぐ向かう」

 

そう答えて、ルオンは通信を切り、立ち上がった。

それを不思議そうに眺めていたエマは、きょとんとした顔で問いかけた。

 

「どうしたの?」

「リィンから手伝いの依頼が来てな。悪いけど、ちと行ってくる」

「えぇ。いってらっしゃい」

 

にこやかに微笑みながら、エマは生徒会館を出ていくルオンの背を見送った。

生徒会館の扉が閉まり、数秒、エマは目の前に置かれていた自分のカップを眺め、そっとため息をついた。

 

――……一緒に行くって、言えばよかったかしら……

 

もっとも、また別の機会にすればいい、と切り替え、エマはカップに残された紅茶を楽しむのだった。



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最初の自由行動日 三、旧校舎探索

投稿が遅れて申し訳ありません。


リィンから旧校舎探索の手伝いとして呼び出されたルオンは、エマとの会話もそこそこに、旧校舎前に来ていた。

旧校舎の入り口に来ると、そこにはリィンだけでなく、ガイウスとエリオットの二人がいた。

 

「よっす。二人もリィンに呼ばれたのか」

「あぁ。ちょうど暇だったからな」

「うん。部活も終わったし、リィンの頼みだからね」

「手伝ってもらって、すまない。三人とも」

 

先に入っていたのか、リィンが旧校舎の中から出てくるなり、協力してくれることになった三人に謝罪した。

が、ガイウスとエリオットは微笑みながら、謝らなくていい、とリィンに告げた。

一方のルオンは、困ったような、呆れたような表情を浮かべ、協力すると約束したからな、と告げた。

それぞれの反応に、リィンはどう返していいかわからず、困ったような笑みを浮かべるのだった。

 

-------------------------------------------------------------------------------------

 

旧校舎に入り、前回、自分たちが出てきた場所に、石の守護者(ガーゴイル)と対峙した部屋に入ると、リィンたちはその場が変化していることに気づいた。

 

「……この部屋、こんなに狭かったか?」

「そんなはずない……けど、なんで狭くなってるんだろう?」

「……何かしらの変化が、この旧校舎で起きている。そう考えるべきだな」

 

リィンの言葉通り、前回、入ったときよりも部屋が手ざまになっているのだ。

おまけに、部屋の中央にはなかった、何かの装置のようなものが設置されていた。

それには下手に触れない方が良い、というリィンとルオンの慎重な意見に従い、特に調査をすることなく、もう一つの出入り口へと向かい、部屋を出た。

 

部屋を出ると、そこはオリエンテーリングで歩き回った場所と非常に酷似た空間が広がっていた。

唯一、水路が通っているという点を除けば、目の前に広がっているのは確かに、オリエンテーリングを行った旧校舎の中だった。

 

「なんというか……どこをどう突っ込むべきなんだ?この空間、というより旧校舎か」

「突っ込みたい気持ちはわかるが、今はそれどころではないだろう」

「……だな。すまんな、ガイウス」

 

あまりに不可思議な光景を二度も連続して目撃したためか、ここに入ったそもそもの目的を見失いかけていたルオンだったが、ガイウスの冷静なフォローにより、思考を軌道修正することが出来た。

そして、ルオンと同じように思考の迷宮に迷い込みそうになっていたリィンも、そっとため息をついて、思考を切り替えた。

 

「考えていても仕方がない。とりあえず、進むしかなさそうだ……みんな、準備は?」

「大丈夫だ」

「う、うん。大丈夫」

「いつでも」

 

リィンの問いかけに答え、全員、迷宮探査を開始した。

 

-------------------------------------------------------------------------------------

 

探索を開始してから数時間。

リィンたちは襲ってくる魔獣を退治しながら、奥へと進んでいった。

迷宮を進む中、リィンたちは互いに戦術リンクを試していた。

そうして進むうち、迷宮の一番奥にある部屋に到達した。

ルオンは不穏な気配を感じ取り、リィンたちに止まるよう声をかけた。

 

「どうした?ルオン」

「……この部屋、何かいる」

 

ルオンのつぶやきに答えるかのように、部屋の中央から黒い火花がまるで何かにまとわりつくような形で出現した。

 

そして、その中央から、巨大なクマのような魔獣が姿を現した。

 

「……ちっ、外れてほしかったんだがなぁ!!」

 

その姿を視認したルオンはホルダーのふたを開け、札を乱暴に取り出し、腰にさした刀を逆手で抜いた。

それに続き、リィンたちもそれぞれの武器を構え、戦闘態勢を整えた。

まるでこちらの準備が整うまで待っていたかのように、クマに似た魔獣はリィンたちが戦闘準備を整え終えた瞬間、その巨大な爪を振り上げた。

 

「やっべ!みんな、散れ!!」

 

ルオンの叫びと同時に、リィンたちは散開し、その攻撃を回避した。

それと同時に、リィンとエリオット、ガイウスとルオンはARCUSで戦術リンクを結び、再び各々の武器を構えた。

 

「エリオット、敵ユニットの分析を!ルオンとガイウスは敵をけん制してくれ!!」

「わ、わかった!!」

「了解っ!」

「任されようっ!!」

 

リィンの指示と同時に、ルオンとガイウスは魔獣に飛び掛かった。

ルオンの刀が閃き、ガイウスの槍が的確に相手の急所に向かって行った。

 

だが、魔獣の膂力により、そのいずれの攻撃もはじき返されてしまい、決定的な一撃を与えるには至らなかった。

 

「ちっ……いくらなんでも硬いだろ、こいつ!」

「それだけ、肉の壁が頑丈だということだ……骨が折れるな」

 

ルオンの悪態に、ガイウスは冷静に返した。

その返しに、ルオンはただただひきつった笑みを浮かべるだけだったが、ホルダーから数枚の呪符を取り出し、魔獣に投げつけた。

 

風斬(ふうざん)!!」

 

ルオンが叫んだ瞬間、札は三日月の刃となり、魔獣に襲い掛かった。

だが、その刃も魔獣の筋肉を傷つけることはできなかった。

いや、そもそも風というものの本質は「空気の流れ」だ。

風で体が傷つくという現象は、空気中に舞っている塵が風にあおられ高速で移動することで起こる現象だ。

 

そのため、必然的に傷は浅くなってしまう。

だが、ルオンにとって、狙いはそこではない。

今回はあくまでもエリオットが対象となることを防ぐことが任務だ。

それならば、消耗は小さいに越したことはない。

少しの間、ルオンとガイウスが魔獣をけん制しつつ、自分たちの方へ誘導していると、

 

「解析完了!」

 

エリオットの声が聞こえた瞬間、ルオンの脳裏に魔獣の解析結果が映像として流れ込んできた。

 

「……ガイウス、リィンと結べ!」

「了解だ!リィン!!」

「わかった!」

 

ルオンはそう叫ぶと同時に、ガイウスとのリンクを切り離し、エリオットとリンクを結んだ。

ルオンのその判断は正しかったらしく、リンクを結んだリィンとガイウスが前線に立ち、エリオットとルオンがそれを援護する形になった。

もともと、エリオットは武術が得意なわけではない。入学試験の際も、適正武具がなかったため、導力杖(オーバルスタッフ)という特殊な武器を勧められたのだ。

 

ルオンについては、確かに長脇差を用いた戦闘が主流となる。

だが、ルオンは導力魔法や呪符を使った戦闘も、どちらかといえば得意な方だ。

そのため、前線で戦うことが基本となるリィンとガイウスを戦闘に持って行ってしまえば、必然的にルオンとエリオット(残った二人)がバックアップに回ることになるのだ。

 

「東海神、西海神、南海神、北海神、四海の大神、災禍を退け、凶災を払う!」

 

導力魔法とはまた違う詠唱が響くと、手にしていた呪符が煌々と輝きだした。

ルオンはそれをリィンへ向けて投げつけた。

投げられた呪符はまっすぐにリィンへと飛んでいき、彼が手に握っている太刀の刃に張り付いた。

呪符が張り付いた太刀の刃は、さきほどまで呪符が放っていたものと同じ色の輝きを放った。

むろん、そのことに驚かないリィンではなかった。

 

「こ、これは?!」

「そのまま行けっ!!」

「あ……あぁ‼︎」

 

ルオンの叫びに応じるように、リィンはあらん限りの力で刃をふるった。

その一閃は、魔獣の急所を的確に捉え、絶命に至らせた。

魔獣が断末魔をあげながら、黒い光の奔流に飲まれ、消滅すると、戦闘が終了したことを悟ったリィンたちは各々の得物を納めた。

その後、気になることが幾つかあるものの、学院長に報告しなければならないという都合上、早々に離脱すべき、と判断を下したリィンの言葉に賛同し、旧校舎を後にした。



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初めての実技試験 一、なぞの案山子

旧校舎から帰還したリィンたちは、報告のため学院長の部屋を訪れていた。

一通りの報告ののち、引き続き、調査をⅦ組に依頼する、ということで話がつき、その場は解散となった。

ようやく解放されたルオンは、どこへ行くとなしに町中をぶらついていた。

 

ふと、キルシェの前を通りかかると、屋外の席でマキアスがテキストを広げている光景が目に入った。

ルオンとマキアスは、特別オリエンテーリングの日以来、あまり話したことがない。

いや、基本的にルオンは用がなければ話しかけるということ自体、あまりないため、離す機会を逸してきた、と言うべきなのだろう。

ルオンはマキアスの方へと寄っていき、声をかけてみた。

 

「よ、マキアス」

「……うん?……あぁ、君か。何の用だい?」

 

声をかけられたマキアスへ怪訝な目を向けて、ルオンに答えた。

どうやら、マキアス自身はルオンにあまりいい印象を抱いていないらしい。

手元にあったコーヒーカップに口をつけながら、マキアスはルオンに問いかけた。

ルオンはあっけらかんとした態度で、その問いかけに答えた。

 

「いんや、何やってんのかなと思っただけだが?」

「……君と言うやつは……」

 

マキアスは帰ってきた答えに、思わず脱力してしまった。

ルオンはからからと笑いながら、マキアスの正面に腰かけ、ウェイトレスにコーヒーを注文した。

 

「……ま、半分はその通りなんだが、もう半分は謝罪の意味もあってな」

「謝罪?……あぁ、いや……あの時は僕も大人げなかった」

 

マキアスはルオンの言う「謝罪」が何に対する謝罪なのか、理解し、そう返した。

ルオンはその答えに薄く微笑み、それ以上、追求することはなかった。

そういえば、とマキアスはコーヒーカップを置き、ルオンに問いかけた。

 

「一応、聞いておきたいんだが、君は貴族なのか?平民なのか?」

「ん?質問に質問を返して申し訳ないが……その問いに、何の意味が?」

 

マキアスの問いかけがどのような意図を持っているものなのか、分からないものだったため、ルオンは思わず聞き返してしまった。

 

「いや、特に意味はない。ただ、何というかな……性分、というやつさ。自分のクラスメイトの誰が貴族で、誰が平民なのかは把握しておきたいのさ」

「あぁ、なるほど……身分ってもなぁ……東方から流れてきたから、あえて言うなら平民か?まぁ、母の話ではご先祖は貴族だったらしいが……」

「そ、そうなのか?ということは、故郷では貴族だったということか??」

 

マキアスはルオンが貴族の血を引いていることを聞き、険しい目でルオンを見た。

だが、その言葉に、ルオンはコーヒーを一口すすり、ため息をつきながら答えた。

 

「さぁ?まぁ、どうであれ追放された俺には関係ないんじゃないか?」

「え?……追放された??」

「……曰く、不貞を疑われて身の潔白を証明する間もなく、生まれて間もない俺と一緒に追放されたんだとさ」

 

ルオンは再び、どこから取り出したのか、細いパイプのようなものをくわえながらそう話した。

もっとも、聞いた話であるうえに、物心ついた時から平民として暮らしていたため、自分が貴族の血を引いていると言われても、いまいち実感はわかないし、はっきり言ってどうでもいい、とすら感じているのだ。

 

「しかし、身分制度ってのも考えものっちゃ考えものだわな」

「そうか?僕は今すぐにでも撤廃すべきだと思うがね」

 

空を仰ぎながらそう口にしたルオンに、マキアスは苛立たし気にため息をつきながら返した。

たしかに、身分の差、というものは時として人の間に不和を生む。

それが原因で、内乱が発生したことで国家が転覆したということが少なくない。

それが今が起きていないということは、貴族と平民にうまくガス抜きを行っているからなのだろう。

少なくとも、それができるのなら、政治的にはしばらくは問題ないだろう。

国民の心情はどうだかはわからないが。

 

「今すぐってのは……まぁ、難しいんじゃないか?てか、いまだに大きな動きは見られないけど、水面下ではドロドロんだろ?今の帝国は」

「……だろうな……」

 

ルオンは自分が放浪する中で見てきた、水面下の動きを思い出し、そっとため息をついた。

だが、再びコーヒーカップに口をつけ、ほんの少しだけ、気分を変えた。

 

「……まぁ、それはそれで仕方がないんじゃないか?人の世はどこかしら何かしらで争うことが宿命だからな」

「どういう意味だ、それは……ふぅ、まぁ、いいさ。とにかく、君が一応(・・)、貴族ではないとわかっただけ、よしとしよう」

「おいおい、一応かよ……ま、満足したならそれでいいさ」

 

ルオンは空になったコーヒーカップの隣にミラ硬貨を数枚置き、立ち上がった。

 

「勘定はここに置いとくから、ついでに払っといてくれや」

「わかった。それじゃ、また後で」

「あぁ」

 

立ち去りながら、ルオンはひらひらと手を振り、マキアスの言葉に返答した。

 

--------------------------------------------------------------------------------

 

自由行動日の翌日。

リィンたちは実技試験のため、グラウンドに集合していた。

 

「さて、と。それじゃ、始めるわよ」

 

正面に立つサラが、パチッ、と指を鳴らした瞬間、何もない空間から金属製の光沢をもつ奇妙なカカシが姿を現した。

 

「……魔獣?!」

「いや、命の息吹を感じない」

 

突然現れたそれに、リィンたちは少なからず動揺していたが、ルオンとガイウス、そしてフィーだけは、冷静さを失わずにいた。

 

「……機械?けど、こんなの見たことないぞ?」

「そりゃそうよ。ある筋から押し付けられちゃったもので、まだ世の中に出回ってないもの」

 

ある筋、というものが気にはなったが、これ以上、追及しても何も答えてくれそうにないことを察したリィンたちは、問いかけることをやめ、試験に集中することにした。

 

「さて、試験の内容はいたって簡単よ。この案山子と戦ってもらうわ。ただし、この試験はただ目標を撃破すればいいってわけじゃないわ。その時々の状況なんかもみて、適切に立ち回れるか、それも見てるからね」

「……要するに、戦闘の結果じゃなくて内容も加味する、ってわけですか」

「まぁ、そういうことよ」

 

にやりと笑いながら、サラはルオンの問いかけに答えた。

その言葉を聞き、エリオットはただでさえ緊張にゆがんでいた顔をさらにゆがめ、緊張してきた、とつぶやいていた。

だが、そんなエリオットにはお構いなしに、サラは試験を受けるメンバーを呼び出した。

 

「最初はリィン、ガイウス、エリオットよ。三人とも、前へ!」

 

指名された三人は前に出ると、自分たちの武器を構えた。

その顔は、このメンバーならやれる、という自信に満ち溢れていた。

 

「……はじめっ!!」

 

サラの合図と同時に、案山子から駆動音が聞こえてきた。

それと同時に、リィンたちも戦術リンクを結んだ。

 

「敵ユニットの傾向を解析!」

「エリオットを援護するぞ、ガイウス!!」

「あぁっ!!」

 

エリオットを援護するように、リィンとガイウスが前衛に立ち、案山子の攻撃と注意を自分たちに向けさせた。

かかしは狙い通り、リィンとガイウスを集中的に狙い始めた。

だが、その装甲は少しばかり分厚く、リィンの刃も、ガイウスの槍もなかなか決定打を与えることはできていない。

 

「解析完了!」

「行くぞ、リィン!」

「わかった!!」

 

エリオットの声を皮切りに、リィンとガイウスは的確な攻撃を次々に繰り出した。

リィンの刃がかかしの腕と思われる部分に現れた、緑色の光の刃(レーザーブレード)を受け止めている間に、ガイウスが最も装甲が薄いと思われる関節部分に攻撃を加えていった。

さらに、そこから生じた隙を狙って、エリオットが導力魔法の詠唱を開始し、さらなる追撃をかけた。

そうこうしているうちに、たいして苦労することなく、案山子を倒すことが出来た。

 

「なかなかやるじゃない。戦術リンクも使いこなせているみたいだし……やっぱり、旧校舎での実戦が効いてるんじゃない?」

 

つい前日、ヴァンダイク学院長直々に依頼された件について口に出され、試験を受けた三人はそうかもしれません、と答えたが、その場にいたルオン以外の全員が唖然としていた。

マキアスに至っては、ぽかんとした顔つきで、いつの間にそんな対策を、とつぶやいていた。

もっとも、ルオンは一人だけ得心が行かない、と言いたげな顔をしていた。

 

「……やっぱ、その意図があったのか。けど、なんで俺だけ仲間はずれれ?」

 

同じ旧校舎の依頼を受けた人間として、ルオンは自分がなぜ最初の試験にはずされたのか、疑問を覚え、問いかけてみると、サラは人が悪そうな笑みを浮かべながら答えた。

 

「あら?だって戦術リンクを使いこなせている人間が四人もひとまとまりでいたんじゃ、不公平じゃない?」

「あ、一応考えてたんだ」

 

サラの返答に即座に返したルオンのつぶやきが聞こえたのか、それともルオンがわざと聞こえるようにつぶやいたのか。

そこのところの真偽は定かではないが、ルオンの言葉にサラは若干、眉をひそめて反論した。

 

「当たり前じゃない!もぅ、まるで私が考えなしで動く人間みたいじゃないの!」

「……いや、実際そうでしょ……」

 

そっとため息をついたルオンに、反論する気力を失ったのか、サラはそっとため息をつき、次の組を呼んだ。

 

「まぁ、いいわ――次っ!ルオン、ラウラ、エマ、ユーシス!!」

 

呼び出された四人が前に出て、各々の武器を身構えた。



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初めての実技試験 二、特別実習

そろそろ粗が出てくる頃です……。
たぶん、これから本文の改訂とかが多くなると思いますが、ご了承を。
それと、ルオンのプロフィールみたいなものをケルディック編が終わるあたりにあとがきで出そうと思っています。


実技試験の順番が回ってきたエマ、ラウラ、ルオン、ユーシスの四人は各々の武器を手に取り、身構えた。

ラウラたちの準備が整ったことを確認したサラは、あげていた右手を振り下ろすと同時に、高らかに試験開始を宣言した。

 

「はじめっ!!」

 

それを合図に、ルオンは空いている手を腰のホルダーに伸ばし、中に収納していた呪符を引っ張り出した。

同時に、ラウラとユーシスにむかってその呪符を投げつけながら、詠唱を開始した。

 

「オン、イダテイタ、モコテイタ、ソワカ!」

 

ルオンの詠唱が終わった瞬間、ラウラとユーシスは自然と体が軽くなったように思えた。

同時に、自分たちがいつも以上に早く動けていることにも気づいた。

 

――こ、これは……?!

――体が軽い……これは、ルオンの仕業なのか?

 

戸惑いながらも、ユーシスとラウラはそれぞれが別れて案山子の左右に回り、切りかかった。

同時に、エマが後方で導力魔法の詠唱を開始し、ルオンも刀を逆手に構えて案山子にむかっていった。

 

一度、リィンたちが戦っている光景を見たためだろうか。ラウラとユーシスは案山子の動きを完全に見切り、的確な箇所に攻撃を仕掛けていた。

そして、前衛二人が作った隙を見逃さず、エマが導力魔法で牽制し、ルオンが案山子のもろい部分を斬りつけていった。

 

「これで決める!」

「とどめだ!!」

 

ラウラとユーシスの声が響いた瞬間、ルオンは刀印と呼ばれる形に手を握り、高らかにどこの国のものかもわからない言葉を詠唱した。

 

「オン、キリキリ、シバリ、ソワカ!」

 

瞬間、ルオンの投げた呪符から光の鎖が伸び、案山子の腕や体の各所に巻き付き、動きを完全に封じ込めた。

その隙を見逃す二人ではない。

完全に動きを封じられたと悟ると、ラウラとユーシスは互いの剣で装甲が薄いと思われる関節部分を斬り、とどめ、と言わんばかりに、ラウラの剛剣が首にあたる部分を切り付けた。

活動機関が停止したためか、案山子は動きを止めた。

 

「そこまで!」

 

サラの高らかな終了の宣言とともに、ルオンたちは自分たちの武器をしまった。

 

「……ルオン。そなたに一つ聞きたいのだが」

「うん?」

「そなたの使っていた術のようなもの、あれはいったい?」

 

通常、魔法はARCSのようなオーブメントを利用し、取り付けたクォーツに秘められた導力を具現化させるものだ。

むろん、それ以外にもアーティファクトを利用することで導力魔法とはまた異質な現象を引き出すこともできる。

 

だが、ルオンが使っていたそれは、どうしても『異質』のように思えてならないようだ。

 

「ん~……まぁ、東方の導力魔法みたいなもの?」

「なぜ疑問形なのだ……まぁ、いまはそれでかまわぬが」

 

ルオンは肩を竦め、微苦笑を浮かべながら、ラウラの疑問に答えた。

だが、ラウラはどこか納得することができないらしい。さらに掘り下げて聞いてみようとしたが、ひとまず、時間がないということもあってか、これ以上の質問はしてこなかった。

 

「まぁ、いずれ、教えることができると思う。俺も、この力についてはまだわかってないことが多くてさ」

「ふむ?ならば、その力も交えて、そなたと剣を交えることができる日を楽しみにしておこう」

 

ルオンの謝罪と、約束を聞いたからか、ラウラはひとまず納得することにしたらしく、待機メンバーが控えている場所まで戻っていった。

ルオンもそれに続いて戻っていくところを見届けたサラは、残されたメンバーを呼び出し、最後の試験を開始した。

 

----------------------------------------------------------------------

 

「うんうん、なかなかいい感じじゃない?……さてと、実技試験が終わったところで」

 

最期の試験が終了すると、サラが意味深に言葉を切り、人数分の封筒を取り出した。

 

「もう一つの特別なカリキュラム、特別実習について説明するわね」

 

特別なカリキュラム。

それは、リィンたちがオリエンテーリングでサラから聞いたものだった。

 

「まぁ、早い話があなたたちにはA班とB班の二つに分かれてもらって、こちらが指定した場所で課題をこなしてもらうってだけ」

「……ずいぶんあっさりと説明してくれましたけど、それってようは……」

「おっと、ルオン。それ以上はNGよ?さ、みんな班分けと実習先を受け取って」

 

ルオンが何かを言いかけたが、サラはそれを途中で遮り、班分けと実習先が書かれた紙を配布し始めた。

そこに書かれていたのは。

 

《A班 実習先:交易都市 ケルディック》

メンバー

リィン、エリオット、ルオン、アリサ、ラウラ

 

《B班 実習先:紡績町 パルム》

メンバー

ガイウス、マキアス、ユーシス、フィー、エマ

 

その班分けをみた瞬間、その場にいたメンバー全員が重々しい雰囲気に包まれたことは言うまでもない。

なにしろ、班分け、とりわけ、B班のそれには悪意以外のなにものも感じないのだ。

が、サラからの言葉と、従わざるを得ない、という雰囲気から、問題を抱えている四人はあきらめの雰囲気を作り出していた。

 

――これは……嵐の予感がするな……

 

その雰囲気を肌で感じながら、ルオンはただただ冷や汗をほほに伝わせて微苦笑を浮かべていた。

 

----------------------------------------------------------------------

 

その夜。

ルオンは特別実習で必要となるものをリストアップし、準備を整えていた。

ある程度の荷造りを終え、ほっと一息ついていると、ARCUSから着信を告げる音が聞こえてきた。

 

――誰だよ、こんな時間に

 

半眼になりながらARCUSを手に取り、耳にあてた。

 

「はい」

《あ、ルオン……ごめんなさい、こんな時間に》

 

不機嫌な声で答えるルオンの耳に、エマの穏やかな声が届いた。

Ⅶ組の良心とも呼ぶべきエマがこんな夜更けに通信をしてくるとは思えなかったルオンは、若干驚いたような表情を浮かべつつ、エマに問いかけた。

 

「どうした?」

《えぇ……今回の班分けで、少し》

「……今更、教官に変更してくれって談判しても無理だと思うぞ?」

《うぅ、そうですけど……》

 

彼女の場合、ガイウスがいるだけまだ救いなのかもしれない。

だが、それでもあの二人(マキアスとユーシス)の喧嘩、というよりもいがみ合いを二人で止めることができるとは思えない。

むろん、フィーがいることを忘れているわけではないが、基本的に面倒くさがり屋の彼女がこの件に首を突っ込むということはまずありえない。

それゆえに、エマは今ストレスをかんじているのだろう。

 

「……帰ってきたら、胃痛に効く薬湯、調合してやるから」

 

そっとため息をつきながら、ルオンはそう告げた。

物心ついて間もなく、母親と死別したルオンだったが、それまでに様々なことを教わってきた。その中には、村で生計を立てるために行っていた、簡単な薬湯の調合も含まれていた。

 

ちなみに、お茶を淹れる技術やハーブの調合も教え込まれていた。

そのため、村にいたころから、ルオンとエマが淹れるお茶はうまい、と評判になるほど、二人はお茶淹れに長けている。

その言葉を聞いて、エマもようやく決心がついたのか、いまだに煮え切らない、と言いたげな口調ではあったが、なんとかやってみる、と答えた。

 

《……薬湯ではなくて、ハーブティーにしてください。それなら頑張れそうです》

「あぁ、わかった。んじゃ、明日も早いだろうから、もう寝ろよ?お休み」

《えぇ、おやすみなさい》

 

いまだに根に持っているのか、ルオンが実習先から帰ってこないことを危惧しているかのような一言を聞き、ルオンは呆れたと言わんばかりに微苦笑を浮かべ、そう答えた。

その答えを聞いて、エマは通信を切った。

 

通信が切れ、ルオンはARCUをしまうと、窓を開け、夜空を見上げた。

街灯がそこそこあるトリスタの町ではあるが、それでも空に輝く星が見える程度には暗い。

星を見上げ、ルオンは急に、胸騒ぎを覚えた。

何かが動き始めている。

そんな予感が、彼の胸の中で過ぎ去っていった。

 

――あぁ、またか……この感覚は、たしか三回目だな

 

自嘲気味の笑みを浮かべながら、ルオンは先ほど覚えた感覚を振り返った。

この感覚を覚えたのは、これで三度目だ。一度目は母親が流行り病で死んでしまったとき。二度目は、エマの故郷を離れるとき。

そして、三度目が今回。

 

いずれも、どこかから旅立つときに限って過ぎ去っていくのだ。

そして、その感覚を覚えるときは、往々にして、何か大きなことが起こる。

それが良いことであれ、悪いことであれ。

 

窓から空を見上げ、胸の中を完全に過ぎ去っていった感覚に思いをはせながら、ルオンはぽつりとつぶやいだ。

 

「……騒がしくなってきた」

 

それは、いまだに落ち着かない自分の心を指しているのか、それとも、これからこの実習で起こるであろう一悶着のことを指しているのか。

はたまた、帝国全土を巻き込むほどの何かを指しているのか。

つぶやいた本人ですら、それはわからなかった。

だからこそ、ルオンは同時に願った。

 

――願わくば、これからさき、穏やかであらんことを。Ⅶ組(我ら)の歩む道に、幸多からんことを

 

しかし、その願いは天に届くことはなく、ルオンを含め、彼らの進む道には多くの困難が待ち受けていた。

ルオンがそのことを知るときは、まだ少し先であった。



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一章「交易地ケルディック」
実習初日 一、列車に揺られて


実技試験の翌日。

いつもより少し早く目が覚めたルオンは、特別実習へ向かう支度を整え、部屋を出た。

階段の方へ視線を向けると、ここ二週間ほどで見慣れた青い髪の少女と橙色の髪の少年が、何やら階下を見つめていた。

 

「おはようさ……って、何やってんだ?」

「あ、ルオン。おはよう」

「おはよう、ルオン……まぁ、下を見てみろ」

 

ラウラに言われるまま、ルオンは階下を見た。

そこには向かい合っているリィンとアリサがいた。

 

――何話してんだ?

 

ルオンは好奇心のまま、腰のホルダーのふたを開け、二枚の呪符を取り出し、一枚をリィンたちの方へ投げつけ、残った一枚を耳に近くにかざした。

そのまま、目を閉じると、呪符の文字が明滅を始めた。

その明滅に合わせて、リィンとアリサの声が聞こえてきた。

 

『……ごめん!……どうして謝るんだ?!』

『ごめんなさい!!……どうして謝るの?!』

 

ルオンは呪符から聞こえてきた声を聞き、半眼になりながら、意外と気が合うんじゃないのか、と心中で呟いた。

ふと気づくと、エリオットとラウラもルオンの呪符に耳を傾けていた。

だが、それに文句を言うことはなく、ルオンはなおも呪符から聞こえてくる声に集中した。

 

『本当にごめんなさい。あれが不可抗力だってことはわかってたのに、あんな態度をとってしまって』

『いや、俺の方こそ……それに、冷静になって考えれば、あの落とし穴はちゃんと安全に配慮してあった。俺がもう少し冷静になっていれば防げていた事態だ』

『けど、かばってくれたことに変わりはないし……うん、やっぱり一方的に私が悪いわ』

 

リィンとアリサの、もはや夫婦喧嘩ととらえられても仕方のないやりとりに、ルオンはいい加減にしてくれ、と叫びたくなってしまったが、その衝動を抑え、代わりに盛大にため息をついて、階段を下りた。

 

「おはよう、お二人さん」

「「お、おはよう。ルオン」」

「……お前さんら、実は仲いいんじゃないのか?」

 

突然の登場に驚愕したリィンとアリサは、一寸もたがうことなくまったく同時にルオンと挨拶を交わしたが、あまりにも息がぴったりと合っているその行動に、ルオンは思わず苦笑いを浮かべた。

 

だが、ルオンとしては、それは好ましいものだと感じていた。

少なくとも、幼馴染と行動を同じくする犬猿の仲の二人(マキアスとユーシス)に比べれば、ずっと。

 

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駅でB班と合流し、それぞれの実習地へ向かうため、ルオンたちは電車に乗った。

その道中、《ケルディック》についての一般的な知識を復習してから、到着するまでの間、思い思いの時間を過ごすことにした。

ラウラは窓の外を流れる景色を楽しみ、リィンとアリサはギクシャクしていた二か月という時間を埋めるかのように、互いに談笑していた。

そんななか、ルオンは目を閉じ、到着までの間を眠って過ごすつもりでいたのだが、その目論見はエリオットによって邪魔されることになった。

 

「ねぇ、ルオン。一つ聞きたいんだけど、いいかな?」「

「んぁ?なんだ?藪から棒に」

「あはは……うん、ちょっと気になってたんだけど、委員長とどういう関係なのかなぁって」

「いや、どういうって……ただの幼馴染だよ。俺がちとあいつのことを構いすぎているってだけだ」

 

眠ろうとしているところを叩き起こされた気分になったルオンは、不機嫌そうな声でエリオットの問いかけに答えた。

その答えに、何か勘ぐったのか、エリオットはにやにやとした笑みを浮かべていた。

 

「ふ~ん?……本当にそれだけ?」

「……エリオット。お前さん、何を勘ぐってやがるんだ??」

 

ルオンはほほに冷や汗を伝わせながら、問いかけたが、エリオットは、別に、となおもにやけ顔で答えるだけだった。

その表情に、ルオンはただただ、不穏な何かを感じざるを得なかった。

そっとため息をついて、ルオンは眠ることをあきらめて、窓の外に目を向けた。

 

その脳裏には、かつて村に滞在していたころに、エマと過ごしていた日々がよぎっていた。

母親と死別してから、同じく、流行り病で母親を亡くしたエマと一緒に、師匠でもある祖母に引き取られ、ルオンは与えられた部屋の中で読み漁ったり、呪符を作ったり、あるいは静心桔梗流の技を磨く鍛錬をしたりして時間をつぶす日々を過ごしていた。

むろん、エマとともに、祖母から与えられた修行をこなし、多くのことを学び、知識を身に着け、エマがその使命を果たす手助けできるだけの力を養ってきた。

 

だが、ある日、村に届いた知らせを聞いたその時から、ルオンは何か途轍もなく大きな流れのようなものを感じ、村の外へ旅立つことを決めた。

むろん、エマに話せば泣かれてしまうことは目に見えていた。だが、必ずまた会えることを確信していたため、祖母にだけ、旅立つことを話し、再び放浪の旅へと出たのだった。

 

そして、とある遊撃士に拾われ、そのままサラとフィーと出会い、トールズ士官学院に入学することとなった。

まさか、その時になってエマと再会することになるとは、夢にも思わなかったが。

 

――さて、はたしてこの流れが吉となるか凶となるか……

 

心中でそうつぶやきながら、ルオンは窓の外を眺めていた。

穏やかな光景と、広々とした麦畑が目に入ると、もう間もなく、ケルディックへ到着することを理解した。



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実習初日 二、実習開始

ケルディックに到着したリィンたちA班一同は、最初だから初回説明を兼ねて、とやってきていたサラと合流し、宿泊することになっている"風見鶏亭"に入った。

しかし、ここで大きな問題が一つ。

 

「手違いで部屋が一つしかない……?」

「そうなのよ、すまないね……サラちゃんにも言ったんだけど、これでいいって取り合わなくてね」

 

そういいながら、女将はサラの方へと視線を向けていた。

当の本人は、おいしそうにグラスに注がれた地ビールをあおっていた。

そんな彼女に、ルオンは殺気のこもった冷たい視線を送っていた。

 

「……あんたのせいかよ、サラ」

「る、ルオン……」

「……ルオンって、時々、すっごく怖いよね……教官に対して」

「こいつにゃさんざん煮え湯飲まされたからな。おちょくられるだけならまだしも、使い走りにさせられたことが何度あるか」

 

ぶつぶつと文句を言っているルオンをしり目に、サラは半眼になってその文句に反論してきた。

 

「あんたねぇ、ぶつくさ文句言ってるけど、その使い走りのおかげでどれだけ稼げたと思ってるのよ?」

「主にあんたの酒代で消えただろうが。トヴァルの兄貴だけじゃなく、エステルの(あね)さんやヨシュアの(あん)ちゃんにまで迷惑かけやがるし」

「……一体、どんな使い走りをさせられてたんだ?」

 

ルオンの文句に、リィンは冷や汗をほほに伝わせた。

だが、それを今ここで問いかけても仕方がないこと。

今は、目の前にある問題の解決に努める必要がある。

 

「しかし、弱ったな……」

「うむ。私は別に構わないのだが」

「ん~……廃材か何かで衝立でも作るか?あるいは、男子が野宿するとか」

「いや、けれどそれだと実習の意味がないんじゃ」

「まぁ、どこぞの誰ぞがどっかの誰かさんにちょっかい出されたことが一番の原因だけどな」

 

そういってルオンは冷めた視線をリィンに向けた。

その場にいた四人は、ルオンが言っていることが、リィンとアリサの間がぎすぎすすることになったそもそもの原因をさしていると察するまで、それほど時間はいらなかった。

だが、今なお渋るアリサに苦言を呈したのは、ルオンでもエリオットでもなく、アリサを除き、唯一の女子であるラウラだった。

 

「だが、アリサ。軍に入れば男女ともに同じ部屋で過ごすことも多いと聞く。今のうちに、そういう環境になれておいた方がよいのではないか?」

「そ、そうだけれど……あぁ、もう。わかったわよ!ただし、不埒なことをしたら承知しないわよ!!」

 

普段、目つきがやや鋭いためか、あまり本気の表情とは思えないが、その語気に込められた感情から、アリサのその言葉が本気である事を何よりも物語っていた。

そのことにルオンはため息をついた。

 

「それを知られたら最後、エマに何されっかわからねぇからな」

 

反論しながら、ルオンは事故でエマの恥ずかしい光景を見てしまったことがあるが、あの時にはお得意の炎の魔法で黒こげにされる寸前だったことを思い出し、ほほに冷や汗を伝わせた。

もっとも、誰も好き好んで不埒な真似をしたいと思っているわけではないということはわかっているので。

 

「まぁ、リィンとエリオットもそのあたりは大丈……」

 

そう言いかけて、ふと、視線をリィンの方へ向けると、目元を手で覆い、うなだれた。

実際の前科持ちがここにいたことをすっかり失念していたのだ。

ルオンのその様子に気づいたリィンは、苦笑を浮かべて、しないから、と反論していたが。

 

「……まぁ、なんだったらリィンを簀巻きにして構わねぇから、それで勘弁してくれや」

「……はぁ、わかったわ。それで妥協してあげる」

「おいおい、簀巻きって……」

「そ、それはやりすぎ……」

 

一応はルオンの提案に納得してくれたアリサだったが、不埒なことをやらかしたらただでは済まさない、となおも視線を向けていた。

なお、生贄にされたリィンは最後まで、納得いかない、とため息をついていた。

 

--------------------------------------

 

到着して早々の一悶着を終え、ルオンたちは女将マゴットから実習の課題が記されている封筒を手渡された。

早速中身を確認すると、そこには三つの課題が記されていた。

一つ目は、東ケルディック街道に出没する魔獣退治。二つ目は、壊れた街道灯の交換。三つめは、薬の材料の調達。

どれも依頼人はケルディックに住んでいる人々で、ご丁寧にどこに行けば会えるかまで記載されていた。

そして、最後に。

 

「……『実習範囲はケルディック周辺、二百セルジュ以内とする。なお、一日ごとにレポートにまとめ、後日、担当教官に提出すること』……ねぇ」

 

ルオンはどこか見たことがあるようなその内容に、眉をひそめ、リィンはしばし沈黙した後、何かに納得したかのようにつぶやいた。

 

「なるほど、そういうことか」

「……はぁ、学生にこんなのよこすって、世も末だな……」

「え?何、二人とも??何かわかったの??」

 

ルオンとリィンがほぼ同時につぶやくと、それに気づいたエリオットは何も分からない、といわんばかりの顔で二人に問いかけた。

ルオンはそれを黙殺し、サラがいるであろうカウンターに向かって行った。

リィンも確認したいことがあるから、一緒に来てほしい、と残ったメンバーに伝え、階段を下りていった。

階段を下りた先のカウンターでは、昼間だというのにサラがなおもジョッキをあおっていた。

 

その様子に、リィンたちは呆れつつも自分の推測が正しいかどうかを確かめ、完全に納得しきってはいないまでも、ひとまず実習に向かうことにした。

だが、ルオンだけはその場に残り、かつての口調でサラに問いただした。

 

「……サラ、この依頼の内容だけど。お前さん、俺たちに"代わり"をさせようって肚か?」

「察しがいいわね、さすがに……まぁ、さっきも言ったけど、あのいけ好かない野郎("鉄血")の政策が必ずしもプラスには働かないってこと、リィンたちに教えてあげてね」

「……それをするのがあんたの仕事。生徒に頼ってどうするよ」

 

呆れた、といわんばかりのため息をつき、ルオンは反論したが、サラはそれを意に介することなく、なおもビールをあおっていた。

その態度に、もはや何を話しても無駄だと悟ったルオンは、再びため息をつき、折れた。

 

「わぁったよ。せめてあいつらに"火の粉"が降りかからないように気をつけるよ」

「あら、いつも無意識に火種の中に飛び込んでいくわりには慎重ね」

「……余計なお世話だ」

 

吐き捨てるようにそう返すと、ルオンは宿の外に出て、リィンたちが出てくるまで待つことにした。



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実習初日 三、A班、実習開始

というわけで、久方ぶりの本編
いやはや、お待たせいたしまして、申し訳ございませんでした


一足先に宿の外に出たルオンと合流したリィンたちは、まず最初に街灯の修理について依頼をしてきたサムスに詳しい話を聞きに行くため、工房《オドウィン》まで向かおうとした。

その途中で、名物である大市のアーチが視界に入り込んだ。

アーチの向こうは多くの出店が所狭しと並んでおり、そこに並べられた商品を目当てに、多くの人々が集まっている様子が目の当たりに出来た。

 

「へぇ、また随分と賑わってるな」

「ほんと、ここからでも騒がしいくらいね。さすが、噂に名高いケルディックの大市ってところかしら」

「商品が集まるところは必然的に人も集まる。人が増えれば、騒がしくもなるってもんだな……」

 

アリサの言葉に、ルオンは薄く笑みを浮かべながらそう返したが、すぐにその表情は引き締まり、鋭い眼光が大市の方へと向かられた。

 

「……もっとも、人が集まるところは必然的に犯罪も多いところってことになるだけどな……」

 

ぽつり、と聞こえないようにつぶやいた言葉だったが、ラウラには聞こえてしまったのか、少しばかり視線を感じた。

だが、ルオンはそれを無視して大市の方へと視線を向けた。

 

「依頼の中には魔獣討伐もあったから、薬の類を補給しておくにはちょうどいいかもな」

「そうだな。けど、まずは工房に話を聞きにいってからだ」

 

淡白な対応に、エリオットだけでなく、リィンたちも呆れたといわんばかりの苦笑を浮かべ、ルオンの後に続いた。

 

--------------------------------------

 

工房の主から話を聞いたリィンたちは、その後も順調に課題を片付け、最後に大型魔獣の討伐に向かっていた。

道中、ルオンは何か気にかかることがあったのか、難しそうな顔をしながら沈黙を守っていた。

その理由は、今日までに片付けた依頼で、自分たちが目の当たりにしてきた、ケルディックが抱える問題についてだ。

 

その多くは、クロイツェンを治める貴族、すなわち、アルバレア公爵による増税が原因だった。

一見すれば平穏そうに見える帝国だが、それはあくまで表面上の話であり、実際には、鉄血宰相ことギリアス・オズボーンが指揮を執る"革新派"と四大名門が指揮を執る"貴族派"の二大勢力による小競り合いが続いている。

その影響は、こうして市民の生活に現れてくるのだ。

現に、彼らの前にいる大型の魔獣は、本来ならば領邦軍に退治の依頼がいくはずのものだ。

 

だが、領邦軍は大部分が貴族、あるいは貴族に準じる身分の人間で構成されている。

つまり、それだけ矜持が高い連中が主ということになる。

そのような人間は総じて、危険なことに自ら首を突っ込まない。ここ、クロイツェン州の領邦軍も、そのような、矜持ばかり高く、かといって領民の困りごとを解決しようとはしない人間で構成されているため、こういった事案のほとんどは片付けられずにそのまま放置されていることが多いのだ。

 

「……あれだな」

「あぁ……でかいな」

 

ラウラがつぶやいたように、目の前にいた討伐対象の魔獣(スケイリーダイナ)はリィンたちより倍以上もある体格をしていた。

それだけ、目の前にいる対象が驚異的、ということになる。

 

「……けどま、どうにかなるだろ」

 

いいながら、ルオンは腰の刀に手をかけた。

その一言に、リィンたちは、確かに、とうなずいていた。

確かに、個々で戦った場合、この魔獣に勝つことは容易ではない。

それどころか、餌になってしまうのがオチだろう。

だが、今の自分たちには、数の利だけではなく、"戦術リンク"という切り札がある。

むろん、一人省けてしまうが、それはそれ。リンクをつないでいる者同士で連携し、カバーしていけばいい。

 

「……よし、いくぞ!」

「応っ!!」

「了解だ!」

「「了解っ!」」

 

リィンの号令とともに、五人は一気に飛び出し、討伐対象の前に躍り出た。

最初に動いたのはルオンとエリオットだった。

エリオットは魔導杖を構え、魔獣の傾向を解析し、その間にルオンが、ホルダーから数枚の呪符を一度に魔獣に向かって投げつけたのだ。

呪符は、魔獣に向かって行く間に光を宿し、その光が互いをつなぎ、網のような形になった。

 

「縛っ!!」

 

一瞬の出来事であったためか、それとも単に魔獣の反応が遅かったのか、ルオンが片手で印を組み、そう叫んだ瞬間には、すでに魔獣は網の中に囚われていた。

一度、旧校舎で見てはいるものの、どんな原理で作りあげているのかまったく理解できないリィンたちは、戦闘中であるにも関わらず、驚愕で動きを止めてしまった。

 

「……長くはもたねぇかな」

「解析完了!リィン、ラウラ!お願い!!」

「心得た!」

「任せてくれ!」

 

ルオンが冷や汗をつたわせながらそう呟いた瞬間、エリオットが解析を終わらせ、リィンとラウラに合図を送ると、二人が同時に答え、魔獣に斬りかかった。

その間に、ルオンとエリオットが戦術リンクを結び、導力魔法の詠唱を開始し、アリサは最前線に出ているリィンとラウラの援護に回っていた。

 

「アクアブリード!」

「シルバーソーン!」

「燃え尽きなさい!ファイアッ!!」

 

詠唱が完了し、ルオンとエリオットが同時に導力魔法を、アリサは導力弓につがえた矢を放ち、スケイリーダイナに命中させた。

三つの攻撃が命中した箇所が、急所をとらえていたのかスケイリーダイナの巨体が大きく揺らいだ。

 

「「いまだ/勝機っ!!」」

 

それを見逃さなかったリィンとラウラが、ほぼ同時にスケイリーダイナに渾身の一撃を与えた。

二人の一撃は、スケイリーダイナの命を刈り取るには十分だったらしい。

リィンとラウラが自分の武器を納めた瞬間、どさり、と大きな音を立て、スケイリーダイナは事切れ、倒れた。

ほんの少しの沈黙のあと、ルオンはその場にいる誰にも聞こえないくらいの小さな声で。

 

「対象、討伐完了」

 

とつぶやいていた。



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実習初日 四、初日終了~それぞれの理由~

今更ながら、副題考えるのが……
いや、楽しいんですがね、ちと大変


討伐対象となっていた大型魔獣、スケイリーダイナをどうにか討伐したリィンたちは、寄せられていたほかの要請を片付けたり、大市で突然起こった一騒動のあと、騒動を収めた元締めのオットー氏に招待され、話を伺ったり、夕方のタイムセールの手伝いをしたりと、あわただしく動き、日が完全に沈み切る少し前に宿に戻った。

ちょうど、夕食時ということもあってか、女将が食事を用意してくれていた。

地元産の食材を使った郷土料理に舌鼓を打ちつつ、ふと、エリオットが何かに気づいたように口を開いた。

 

「そういえば、僕たちがⅦ組に選ばれた理由って、なんだろう?」

 

それは、おそらくこの場にいるメンバーだけではなく、B班のメンバーも感じているであろう疑問。

自分たちがなぜ、Ⅶ組という特殊なクラスに選ばれたのか。

最初こそ、ARCSの適性が高かったから、という理由で納得していたが、新生活も慣れて余裕が出てきたからか、どうにもそれだけで選抜されたとは思えなくなっていた。

 

「かといって、出身や身分……というわけでもないようだな」

「あぁ。その条件だと、ガイウスとルオンは外れることになるし」

「う~ん、となるとあとは……」

「……志望理由、とか?」

 

エリオットのつぶやきに、全員が目を丸くした。

そして同時に、あり得るかもしれない、とも思った。

たしかに、『身分や出身にとらわれることのないクラス』ならではの選抜理由だろう。

 

「なるほど、その発想はなかったな」

「参考までに聞きたいのだが、皆の志望理由は?」

「う~ん……僕は元々、士官学院志望じゃなかったんだけどね。妥協でトールズ(ここ)を選んだんだ……」

 

そういう意味じゃ、たぶん、僕が一番、この場に不相応なんだろうけど。

自嘲気味な微笑を浮かべながら、エリオットがそう話すと、アリサとラウラが続くようにそれぞれの志望理由を話し、ルオンの順番が回ってきた。

 

「ルオン、そなたは?」

「俺は、まぁ勧められるままってのが正直なところなんだが……そうさな、強いて言うなら、『とある事情』から知識がほしかったから、かな」

「そういえば、ルオンって図書室にいたり、トマス教官と歴史の話をしてたりすることが多いよね?」

「なるほど。てことは、帝国最高峰の知識が集まる場所、としてここが有力だったわけね?」

「まぁ、そういうことかな……で、リィンはどうなんだ?」

 

『とある事情』という疑問は残るが、それについて触れられたくない理由がある、と感じたのか、それ以上、追及されなかったルオンは、残ったリィンに話を振った。

 

「俺は……みんなほどしっかりしてはないんだが、そうだな……あえて言うなら、自分を見つけるため、かな?」

「へぇ?」

「それはまた、なんというか」

 

意外といえば意外な理由に、エリオットとルオンは少しばかり面食らった。

リィンはその反応に少し困ったような笑みを浮かべながら、大層な話ではない、と口にした。

 

「あえて言葉にするなら、そんな感じというか……」

「えへへ、いいじゃない。かっこよくて」

「ふふ、あなたがそんなロマンティストだなんて、ちょっと意外だったわね」

 

だが、エリオットとアリサは少なくとも、その理由を好意的に受け止めたらしく、くすくすと微笑みを浮かべていた。

一通り、話が終わり、レポートを書き上げなければならないことを思い出し、席を立ち、部屋に上がった。

 

----------------------------

 

その夜。

寝付けなかったルオンは、宿の外にあるベンチに腰掛け、空を見上げていた。

その脳裏には、夕刻、オットー氏から聞いた話の内容が浮かんでいた。

そもそも、夕刻に起きた大市での騒動は、まったく同じ日付に同じ場所を指定してきた公式書類が原因だった。

従来なら書類を作成している領邦軍が、そのようなミスをするはずはない。

 

その裏には、クロイツェン州を治める貴族、四大名門の一角を担うアルバレア公爵の思惑が絡んでいる。

売上金に対してかかる税金の増額。

オットー氏をはじめとして、多くの商人たちが突然のその決定に反対していた。

いままでのらりくらりと躱してきたらしいが、それもどうやら限界にきたらしい。

 

――突然の増税、その先にある可能性……星を詠む限り、おそらく、いや、ほぼ確実に……

 

唐突に始められた増税、その先にあるもの。

大河の流れともいうべき、大筋を『視』たルオンは、そっとため息をついた。

ふと、背後に誰かの気配を感じ、視線をむけると、そこには物憂げな顔で空を見上げるリィンの姿があった。

 

「どうした?リィン」

「あ、あぁ……ちょっとな……隣、いいかな?」

「いいぞ」

 

ややぶっきらぼうにそう返すと、リィンはベンチの空いた場所に座り、空を見上げた。

だが、やはり何か引っかかっているらしく、その顔にはまだ曇りがあった。

 

「……ラウラに、何か言われたか?」

「え?なんで……」

「レポート書きに部屋上がる前に、呼び止められたろ?」

「あ。あぁ……なるほど」

 

なぜラウラに何か聞かれたとわかったのか、それを問いかける前に、根拠を言われてしまったリィンは、口をつぐんだ。

問いただしてみたい、という気持ちを抑えながら、ルオンはリィンが話してくれるまで待つことにした。



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実習初日 五、初日終了~不得至極致(至れざる極致)~

《風見鶏亭》の玄関先に備え付けられているベンチに、リィンとルオンが沈黙を守りながら座っていた。

だが、その静寂を破ったのは、リィンだった。

 

「……なぁ、ルオン。質問に質問で返すようで悪いが、先にこれだけは答えてくれないか?」

「ん?」

「……君も、八葉一刀流なのか?」

「違うぞ」

 

リィンの質問に、ルオンは即答した。

 

「俺は《剣仙》の弟子じゃないし、ほかの八葉の剣聖に師事したことはない」

「え?そ、それじゃ、あの剣筋はいったい……」

「俺の剣は、静心桔梗流。母さんが修めた、東方の剣術だ」

「へぇ……てことは、ルオンがその剣術の後継ってことに……」

「いや……静心桔梗は、もはや永劫、奥義皆伝に至ることのない、滅びゆく流派さ」

 

自嘲気味に笑いながら、ルオンはそう口にした。

滅びゆく流派。

その言葉に、リィンは目を丸くした。

 

「え?それって、いったい……」

「ん~……まぁ、リィンならいいか」

 

少し考えるようなそぶりを見せて、ルオンはリィンに、自分の流派が滅びゆく理由を語り始めた。

 

「確かに、母さんは静心桔梗流を俺に伝えて修行もつけてくれた。けどな、それも初伝まで。それ以上は、時間がなかった」

「え?……まさか」

「あぁ、中伝を授ける前に流行病で、な……」

 

悲し気な表情でそう語りながら、ルオンは一冊の本を懐から取り出した。

そこには、東方の文字で『奧伝』と記されていた。

 

『桔梗流のすべてを記した書……これを託します。もはや私の手であなたを導くことはできませんが、あなたがこの書の技をすべて受け継ぐことを願い、信じていますよ……ルオン』

 

その言葉とともに託された、いわば秘伝書というものだ。

だが、それさけあれば、流派が絶えることはないはず。

なぜ、永劫、奥義皆伝に至ることはない、と口にしたのか。

その理由は、すぐに明らかとなった。

 

「いくら、秘伝書を授かって、その技の全てを修めたからといっても、それは所詮、書いてあるものを実践できる、というだけ……(しん)(たい)も、技に伴わない、半端ものさ」

「……心技体(しんぎたい)の三位が一体となって初めて『奥義皆伝』ってことか?」

「そういうことさ……自分でそれが為せているかどうかなんてわかるはずもない。だから奥義皆伝に至ることはできない……けど、だからって手は抜かない」

「え?」

 

突然のその一言と同時に、ルオンがまとう雰囲気が一変した。

あまりに素早いその変化に、リィンは思わず身構えた。

 

「静心桔梗の技、その全てを受け継ぐことを願い、それを信じる……師の、母さんのその想いを無駄にしたくはないからな」

「……そう……か……」

「……お前はどうなんだ?」

 

ルオンの突然の問いかけに、リィンは目を丸くした。

 

「初伝で止まっているってことは、修行を打ち切られているか、お前自身が足踏みしているかのどっちかなんじゃないか?」

「それは……あぁ、俺はたしかに、老師から修行を打ち切られている。その日から放浪に出ていて会えずじまいだから、事実上、破門されたようなもんさ」

「だが、《剣仙》はまだ存命。それに、別に破門されたわけじゃないんだろ?」

 

反論するリィンを、ルオンは真っ直ぐに見据えながら続けた。

 

「お前が何に足踏みしているのか、なぜ修行を打ち切られたのか。それを俺が聞いたところで、結局はリィン自身の問題だから、どうしようもない。けれど、それを理由に、お前自身を軽んじるようなことはするなよ?」

「……え?」

「大方、『所詮は初伝止まり。その程度の実力しかないから、本気も全力もあったもんじゃない』みたいなことを言ったんだろ?」

「……まさかと思うが、聞いてた、なんてことないよな?」

「ん?ただのヤマ勘だが……なんだ、当たったのか」

 

あっけらかんとした表情で、苦笑を浮かべているリィンに答えると、リィンは疲れた様子でため息をついた。

 

「……はぁ……まったく……けれど、そうだよな。俺のことはともかく、初伝止まり(・・・・・)なんて、八葉一刀に、いや、剣術に対して失礼だもんな……」

「だぁら、俺のことはともかくってなんだよ、俺のことはって!……だがま、ちょっとは踏み出せそうか?まだ踏ん切り付かないなら」

 

未だ自分を軽んじているようにしか思えないリィンの発言に、苦笑を浮かべながらツッコミ、ルオンはベンチから立ち上がり、腰に差していた長脇差を抜き、その切っ先をリィンに向けた。

 

「ちっとばかり、手合わせに付き合ってくれ」

「な、なんでそうなるっ?!」

「いつまでもうじうじしてるてめぇの背中蹴とばしてやりたくなった!」

「んな理不尽な!!」

「この世は不条理と理不尽の下僕!何をいまさら!!」

 

問答無用、といった様子で、ルオンはリィンにむかって殺気と剣気をぶつけてきた。

もはや手合わせは避けては通れない。

そう悟ったリィンは、せめて、と一言、ルオンに問いかけた。

 

「さすがに町中じゃ迷惑になるから、街道に移動しないか?」

「……それもそうだな」

 

リィンの説得に応じ、ルオンは殺気と剣気を抑え、街道のほうへと移動した。

街道に出た二人は、仕切り直すようにそれぞれの得物を抜き、構えた。

時間にして数秒。その間、二人は微動だにしなかった。

だが、近くの川に住んでいる魚が跳ねる音が響いた。

その音と同時に、ルオンとリィンは動いた。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

「しゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

リィンとルオンは雄叫びをあげながら、地面を蹴り、間合いを詰めた。

二人が交差する一瞬、太刀と長脇差の刃がぶつかり、火花を散らした。

しばらくの間、街道には激しい剣戟の音が鳴り響いた。

だが、何合打ち合っても、リィンもルオンも決定打に欠けていた。

 

――くっ!このままじゃジリ貧か……しかたない、未完成だが!

 

ルオンの刃を回避し、リィンは太刀を構えた。

その瞬間、火の導力が太刀に宿り、赤い輝きを放った。

 

「焔よ、我が刃に集え!」

「大技でくるか……ならばっ!」

「おぉぉぉぉぉぉぉっ……斬っ!!」

 

リィンが焔を宿した刃を振ったその瞬間、ルオンは札を取り出し、上空に向けて投げた。

だが、リィンの刃をルオンが回避する様子はなく、鋭い一閃がルオンを切り裂いた。

勝った、と同時に、やりすぎたか、とリィンは感じたが、その瞬間に隙が生じた。

いつの間にか、自分の周囲を、五人の(・・・)ルオンが(・・・・)取り囲み、長脇差を逆手に構えていた。

 

「我が剣に集うは五気、その相剋以て邪を祓わん!」

 

土、風、火、水、空。五つの導力をそれぞれに宿した刃を持つ分身たちが、互いの位置を入れ替えるように次々に斬りかかった。

同時に、分身たちが通った軌跡に白い光が灯り、五芒星を描いた。

 

「五行剣・桔梗紋一閃!!」

 

分身が消え、ルオンが長脇差を鞘に納めた瞬間、光で描かれた五芒星の軌跡が凄まじい導力の衝撃を放ち、リィンに襲いかかった。

二段構えの攻撃に、さすがのリィンもなすすべもなく、背中から地面に倒れこんだ。



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実習初日 六、初日終了~そして夜は更けて~

本来なら二日目の朝に起こるイベントなんですが……
まぁ、オリジナル展開ありってタグあるし、大丈夫大丈夫……(だよね?



うだうだしていることに腹が立って背中を蹴とばしてやりたくなった。

そんな理不尽といえば理不尽な理由で始まった、八葉一刀流(リィン)静心桔梗流(ルオン)の手合わせは、ルオンの勝利で終わった。

だが、さすがに奥の手はやりすぎたと思ったらしく。

 

「すまん、大丈夫か?」

「あ、あぁ……大丈夫だ」

 

手を差し伸べながら、リィンに謝罪した。

だが、思い切り叩きのめされたことが逆に効いたのか、リィンの顔はどこか晴れ晴れとしていた。

差し伸べられたルオンの手を取り、助け起こされたリィンは、そっとため息をついた。

 

「なんだか、吹っ切れた気分だな……初伝だって言ったけど、ほんとうは中伝なんじゃないか?」

「だから言ったろ?手を抜く気はないって。それに、母さんが亡くなったのは十年以上前だ。その時から何もしてないわけないだろ?本当なら、中伝じゃないかってその時、世話になってた人からは言われた」

「……そ、そうか……って、それってつまり中伝ってことじゃないか?!」

「母さんから授かってないから初伝だ」

 

どうやら、初伝であるということは頑として譲らないつもりのようだ。

これ以上、このことについて問答しても無駄だということを感じたリィンは微苦笑を浮かべて、この話題を終わらせた。

だが、まだ言いたいことはあった。

 

「その……ありがとうな。背中、押してくれて」

「ふ……礼を言われるようなことじゃない。俺はきっかけになっただけに過ぎないだろ?お前が吹っ切れたのは、お前自身が何かをつかめたからだろ?」

「そう、かもな……はは、なんだか、同い年には見えないな……」

「……言ってくれるな」

 

リィンのその一言に、ルオンは苦笑を浮かべていた。

本当は文句の一つも言いたかったのだろうが、もう時間も時間であるということもあり、二人はさっさと宿に戻ることにしたのだった。

 

----------------------------

 

リィンとルオンが宿に戻ると、アリサとエリオット、そしてラウラが安どした様子で出迎えてきた。

どうやら、レポートを書き終えてから部屋を出たリィンとルオンがいつまでも戻ってこないため、何かあったのではないかと心配していたようだ。

だが、外に出ていた理由を聞いたら聞いたで。

 

「まったく……何をやってるのよ、あなたたちは」

「ほんとだよ!どれだけ心配したことか」

「あはははは……」

「す、すまない」

 

やはり文句を言われてしまった。

特にアリサのリィンに対する心配はひとしおだったらしく、大けがしたらどうする、とか、もし魔獣に襲われていたら、とか、少しばかり過保護がすぎるのではないかと思われるくらいだった。

そんな二人とは対照的に、ラウラは少しばかり不満そうな表情を浮かべていた。

そのことに気づいたルオンは、どこか恐る恐るといったていでラウラに問いかけた。

 

「あ、あの~……ラウラさん?なんかものすごく不満そうなんですが……」

「……そうだな。少しばかり、不満だ」

「……やっぱり」

「なぜわたしも誘ってくれなかった?」

「って、誘わなかったことが不満だったのかよ?!……まぁ、その場にいなかったから、ってのが一番の理由だわな」

 

もっともな理由といえばもっともな理由だが、それでもやはりラウラは不満だったようだ。

案外、子供っぽいとことがあるんだなぁ、とどこか感心したルオンは、そっとため息をついて。

 

「実習が終わったら、手合わせするから、それで勘弁してくれや」

「ふむ……まぁ、それで手を打つとしよう」

 

ルオンのその一言であっさりとラウラは機嫌を直した。

どれだけ剣の鍛錬が好きなんだ、と心の内で突っ込みながら、ルオンが苦笑を浮かべていると、リィンが近づいてきた。

 

「ラウラ」

「ん?どうした、リィン」

「……さっきのことを謝罪させてほしい」

「いや、特に気にしてはいない。だから、謝罪されるいわれは」

「俺が謝りたいのは、剣の道を貶めたことだ。『ただの初伝止まり』だなんて、考えてみれば、失礼な言葉だ。老師にも、八葉一刀流にも」

「……もう一つ、あるだろう?」

「え?」

「そなたが自分を軽んじていることだ」

 

面食らったリィンだが、そんなことは気にすることなく、ラウラは続けた。

 

「……わたしは、身分や立場に関係なく、どんな人間も誇り高く荒れると信じている。ならばそなたはそなた自身を軽んじたことを恥ずべきだろう」

「ラウラ……」

 

ラウラはむしろ、剣の道を軽んじたことよりも、リィンがリィン自身を軽んじていることが気にかかっていたらしい。

だからこその言葉なのだろう。

二人のそのやり取りを見ていた三人は、どこか安堵したような表情を浮かべていた。



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実習二日目 一、朝から事件発生

若干、漫画版の展開が混ざってます
漫画は全巻持ってるんですが……個人的にはⅡのコミカライズも出てきてほしいなぁ……


翌日。

リィンたちは、いまだ眠気を引きずりながらも朝食を終えて、二日目の実習課題を確認していた。

だが、その量は昨日と比較すると、少しばかり少なくなっていた。

 

「元締めが配慮してくれたのかな?」

「たぶん、そうだろう……今日中にトリスタに戻らないとだから、夕方には実習課題を終わらせないと、か?」

「レポートを仕上げる時間も考えれば、それが妥当であろう」

「なら、早く行動を始めたほうがいいわね」

 

アリサの意見に全員がうなずくと、突然、宿のドアが勢い良く開き、ウェイトレスとして働いている少女が飛び込んできた。

女将のマゴットがその慌てた様子を叱りながら、何があったのか問いかけると、返ってきた答えに、リィンたちは目を丸くした。

 

----------------------------

 

騒動のことが気になったリィンたちは、行動を起こす前に様子だけでも見に行こう、ということになり、大市へとむかった。

目の前では今まさに流血沙汰になりかねないような険悪なムードを醸し出している、二人の商人がいた。

 

「まずいな。リィン、止めに入るぞ!」

「あ、あぁ!」

「ちょ、ふ、二人とも?!」

 

エリオットが止める間もなく、ルオンとリィンは商人たちの間に割って入った。

 

「落ち着いてください!」

「ここで流血沙汰になったら、それこそ面倒なことになりますよ?!」

 

ルオンとリィンが必死になって止めようとしているが、それでも商人の怒りは収まらなかった。

それもそのはず。

喧嘩の原因は、昨日のような書類不備によるブッキングではなく、屋台そのものが被害を受けたことにあるのだから。

だが、だからといってこのまま放置するわけにもいかない。

さてどうしたものか、とルオンが思案し始めたその時だった。

 

「何の騒ぎだ!」

 

突然、大市の入口のほうから怒鳴り声が聞こえてきた。

怒鳴り声がしたほうへ視線を向けると、そこには三人の男たちがいた。揃いの制服を着ていることから、領邦軍であることはすぐに察しがついた。

その姿を見たルオンとリィン、そして追い付いてきたアリサたちは疑問符が浮かんできたが、その疑問を解決する間もなく、物事は進みだしていた。

 

「ふんっ、ならば簡単なことだ!この二人を連行しろ!!」

「「なっ?!」」

「えっ??!!」

「ちょ、ちょっと待っていただきたい!それはいくらなんでも強引が過ぎるのでは?!」

 

さすがの強引さにルオンが反論したが、領邦軍はそれを鼻で笑った。

 

「ふんっ!どうせ互いが互いの屋台を破壊し、商品を盗んだ。そう考えればつじつまもあうだろう!」

「……僭越ながら、しっかりした捜査もせずに連行して冤罪だった場合、それはクロイツェン州領邦軍の恥、ひいてはこの地を治めるアルバレア侯爵閣下の恥となりませんか?」

「……むっ……」

「よもや、領地の治安維持に注力したいがために捜査に時間をさけない、ということはありますまいな?!四大名門の領地の治安維持を任されている身で!」

 

挑発ともとれる言葉ではあったが、それでも領邦軍のきょうじを刺激するには十分だったようだ。

結局、領邦軍はその場での厳重注意にとどめ、その場を去っていった。

 

「ちょ、ちょっとルオン!」

「いくらなんでも、今のは」

「大丈夫、大丈夫。あの程度で不敬罪ってしょっ引いたら、それこそ領邦軍の恥だ。それに、こっちは正論をぶつけたんだ。しょっ引いたら後々、どっちが恥をかくがわからないほど、連中もバカじゃないさ」

 

どうやら、それなりに計算したうえでの行動だったようだが、やはり冷や冷やしたらしく、アリサとエリオットが小言を始めた。

心配をかけたことは事実なので、苦笑を浮かべながらその小言を受け入れているルオンの傍らで、リィンとラウラは破壊された屋台を調べたり、周囲にいた商人たちから情報を集めていた。

だが、やはり犯人について有力な情報を得ることはできなかった。

 

「やはり深夜の犯行、ということになるか」

「あぁ……たぶん、警告なんだろうな。オットーさんへの」

 

元締めのオットー氏に対する領邦軍からの警告。リィンはこの犯行をそう結論付けた。

売上税の増税を取り下げるよう、オットー氏はアルバレア公爵に求めている。その陳情を取り下げない限り、今回のようなことは続く。

言外にそう言っているのだ。

そのやり口に、まっすぐな性格をしているラウラが苛立ちを覚えないわけがなかった。

 

「あまり他領のことに口をはさむべきではないが、これは放っておくわけにはいくまい」

「あぁ……」

 

ラウラの言葉にリィンはうなずいて返し、ルオンたちのもとへと戻った。

どうやらちょうどお説教も終わったらしく、少し疲れたような顔でルオンが戻ってきた二人に視線を向けてきた。

 

「だ、大丈夫か?ルオン」

「あぁ、まぁ……うん」

「まったく。一応、懲りたようだからわたしからは何も言わんが……まぁ、あまり心配をかけさせるな」

「善処する」

 

ラウラの一言に、ルオンはそう返し、ようやく本題に入った。

 

「聞いた限り、なんだが、やっぱり二人のどちらも犯人ではないと思うんだ」

「だろうさ」

「え?」

 

リィンの一言に、ルオンはさらりと返した。

だが、その一言は出まかせで出てきた言葉ではなく、ルオンの経験からくるものだった。

 

「仮にもケルディックの大市に店を出そうってんだぜ?だったらもう少し効果的な嫌がらせの方法があるだろ?」

「そういうもの、か?」

「せやで!」

 

ラウラがルオンの言葉に疑問符を浮かべていると、突然、背後から威勢のいい少女の声が聞こえてきた。

振り返ってみると、わかば色の短い髪をした快活な少女がいた。

その顔に見覚えがあったリィンたちは、驚愕の声をあげた。

 

「うぉわっ??!!」

「あぁっ!!」

「き、君は?!」

「Ⅴ組のベッキー?!」

「なんでここに??!!」

 

だが、そんな五人を気にすることなく、ベッキーはいたずら小僧のような笑みを浮かべながら、どや顔で説明を始めた。

 

「なにも相手の商品を盗んだり屋台を壊したりすることだけが嫌がらせやないで?なかでも一番(いっちゃん)きつい()は、ありもしない(せぇへん)噂を流されることや」

「悪評はそのまま客足に影響するもんなぁ」

「そや!商売人ならそのあたりは重々承知しとる!!わざわざ屋台壊したり商品盗んだり、足の着くような真似はせぇへんで!」

 

商売人というのは、これでなかなか計算高いし、信頼を第一にする。

もし、商売敵の屋台を破壊し、商品まで盗んだとした場合、業務妨害だけでなく器物破損と窃盗もセットになってくる。

仮に司法機関による捜査で犯人が自分だとばれてしまえば、逮捕されるだけでなく、逆に自分のほうが客人からの信頼を一気に失ってしまう結果になりかねない。

そんなリスクを背負ってまで、強引な手段に出ることは、よほど大きな権力が背後についている商人でなければやらないことだ。

 

「ということは、やはり今回の犯人は……」

「……元締めを脅して、陳情を取り下げさせることで得をする人間」

「十中八九、なんだろうが、問題が一つ」

「そうね……けど、今の状況じゃ、まだ弱いよね?」

「今のところ、状況証拠だけだもの……けど、これ以上はどうすれば」

 

現状からの推論だけでは、まだ黒幕のはっきりとした正体は見えてこない。

士官学院に身を置き、軍の末席に身を連ねているとはいえ、所詮、自分たちは学生に過ぎない。

これ以上は自分たちの身に余る。

リィンたちがそう判断した時だった。

 

「やってられっか、こんちくしょ~」

 

と、酔っ払いの声が聞こえてきた。

朝っぱらから酔いどれとは、と半ばあきれながら、ルオンは声のした方へ視線を向け、ため息をついた。

遠目からでもだいぶ飲んでいることがわかると、変にほかの人に絡んで迷惑をかける前に、どうにか説得して休ませたほうがいい。

そう思い、酔っ払いのおじさんに声を掛けたルオンとリィンだったが、ここでまさの情報が飛び込んできた。



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実習二日目 二、行動開始

今回は少し短めです
次回は……うん、戦闘が二回連続で入るかな?


酔っ払いのおじさんから手に入った、とんでもない情報。

それは、どこからか集められた大量の物資と、それを運ぶ人影がルナマリア自然公園で見かけた、というものだった。

 

「……なるほどな……」

「おじさんはさぁ、公園の管理人の仕事、すごく誇りに思ってたんだよぉ?ずっと一生懸命やってたんだよぉ?なのにさぁ、なんであんな若いチャラチャラしたやつらに……」

「ありがとな、おっさん……それと、今のうちに、アルコール、抜いといたほうがいいと思うぜ?」

「……え?」

「もしかしたら……いや、ほぼ確実に、仕事、取り戻せると思うぜ」

 

不敵な笑みを浮かべながら、ルオンは元管理人の酔っ払いにそう告げ、リィンたちのもとへ戻っていった。

 

「あ、戻ってきた」

「ルオン、いったいどうしたんだ?」

「あぁ、実はさっき面白いことを聞いてな」

「おもしろいこと?」

 

戻ってくるなり、いきなり質問攻めにされそうになったが、時間もあまり残されていないため、さっそく、さきほどの元管理人と思われるおじさんから得た情報を話した。

その話を聞いたリィンたちは、どこか納得したような表情を浮かべていた。

どうやら、盗んだ商品をどこに隠しているのか。その場所が思い浮かばなかったため、どこを探せばいいのか、わからなくなっていたらしい。

 

「自然公園……盲点だったな」

「えぇ……どうする?このまままっすぐに自然公園へ向かってみる?」

 

アリサがそう提案してきたが、その前に、とエリオットから驚きの提案が出てきた。

 

「その前に、領邦軍に直接話を聞いてみない?」

「ん?なんでまた……」

「ふむ……何か、考えがあるのだな?」

「まぁ、うん。うまくいくかはわからないけど」

 

ラウラの問いかけに、自信がなさそうにエリオットが返してきた。

リィンもアリサも、エリオットの考えには賛成らしく、領邦軍の詰め所へ向かおうとした。

だが、ここでルオンが何かに気づいたように声をあげた。

 

「あ……けど俺がいたらまずいかもしれないな」

「え?」

「なんで……あぁ、もしかして今朝の?」

「あぁ……なるほどな」

「下手に顔を合わせて、彼らの矜持を刺激するのもよくはない、か……しかし、それならばどうするのだ?」

「ただ待ってるってのも芸がないし……そうだな、街道に出る必要がない依頼をこなしながら時間をつぶすとするさ」

 

実際、依頼の中には大市のどこかで財布を落としてしまったという内容のものも来ていた。

さすがに、魔獣の討伐は一人では危険なのでいくつもりはないようだが。

 

「ふむ……それなら、時間を決めて改めて集合、というのはどうだろう?」

「そうだな」

「その間に、いろいろそろえておこう。公園に行きがてら、魔獣の討伐もすることになるだろうしな」

 

そんなこんなで役割分担を決めたA班はさっそく行動を開始した。

幸いにも、一時間とすることなく、財布を持ち主に返すことができたため、入念な準備を整えても、約束していた時間よりだいぶ余裕をもって街道入口へと向かうことができた。

しばらくして、リィンたちが浮かない顔で街道入口にやってきた。

 

「どうだった……って、なんか浮かない顔してるな?ラウラに至っては若干不機嫌みたいだし」

「あ、あぁ……」

「……すまぬ」

「う、うん……ちょっと、ね」

「正直、予想の斜め上というか、したというか……」

「……まぁ、うん、なんとなくわかった」

 

四人の反応に、貴族に従わない領民を守る義務はない、という趣旨のことを言われたのだろうと察しがついた。

結局のところ、貴族というのは、一部を除いて、自分の都合のいいように領民を動かしたいのだ。

それが支配階級にある人間だからこその思考なのだろうが、それ人の心を否定する、到底、認めることのできないものだ。

 

「……まぁ、そこはそれってやつだろ。まぁ、ここまで極端なのは俺も初めてだけど」

「そうなのか……って、『極端なのは初めて』って?」

「まるでほかの領地にも行ったことがあるような言い方だな?」

「まぁ、それはおいおい……早くしないと俺らのタイムリミットが来ちまうぞ?」

 

そう言って、ルオンは無理やり話を切り上げ、街道へと進んでいった。

色々、聞きたいことはあるが、ルオンの言っていることも確かなので、リィンたちもルオンのあとを追いかけるように街道へとむかった。



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実習二日目 三、自然公園へ

う~む、正直、戦闘描写がちっといい加減になってしまってるような……
対人戦じゃないし、魔獣の動きなんてどうすりゃいいのってのが大きいんですがね(苦笑

まぁ、ひとまうz本編どうぞ



ルナマリア自然公園を調査することにしたリィンたちA班だったが、その前に、実習の課題である魔獣の討伐を行うことにした。

幸いにも、魔獣とは自然公園へ向かう道中で遭遇することができたため、捜索にあまり時間を取られることはなかった。

 

「大型の鳥魔獣か」

「となると、接近戦は不利だな」

「あぁ……わたしとリィンがけん制しつつ、アリサとエリオットが中心に攻撃していくのがベストだろう」

「なら、ルオンは遊撃かな」

「お願いするわ……さぁ、やりましょう!」

 

アリサの号令とともに、リィンたちは魔獣へと向かっていった。

事前の打ち合わせ通り、リィンとラウラ、アリサとエリオットがリンクを結び、ルオンはどちらのサポートにも迅速に対応できるよう、位置を取り、ARCUSを駆動させた。

 

「ARCUS、駆動!」

「敵ユニットの傾向を解析!」

「そこっ!」

 

打ち合わせ通り、エリオットとアリサ、ルオンの三人は遠距離から魔獣に攻撃を仕掛けた。

導力の矢と導力魔法が同時に魔獣に命中すると、魔獣は先に脅威となる存在から攻撃しようと仕掛けてきた。

だが。

 

「させるかっ!」

「やらせぬっ!」

 

リィンとラウラにけん制され、手を出すことができなかった。

さらに剣の届かない間合いまで逃げようとすると。

 

「逃がすかっての!ファイヤボルト!!」

 

ルオンの導力魔法が魔獣に襲いかかり、逃げ切ることができなかった。

かといって、ルオンに狙いを定めれば、今度はアリサとエリオットの攻撃に阻まれてしまう。

そうこうしているうちに、体力が限界を迎え。

 

「みんな、一気に行くぞ!!」

「「了解!」」

「任せて!」

「心得た!」

 

リィンの号令に合わせ、五人が一斉に切りかかられ、魔獣の瞳からは生命の輝きが消えた。

 

----------------------------

 

討伐対象となっていた魔獣を討伐したリィンたちは、その足でルナマリア自然公園へとむかった。

自然公園の入り口には見張りらしき人影は誰も見当たらず、門の前までは何事もなく近づくことが出来た。

だが、門は閉ざされており、ご丁寧にも鍵穴を公園側にむくような形で錠がかけられていた。

 

「……リィン、お前、斬鉄はできるか?」

「うん?まぁ、できないことはないけど」

「なら頼めるか?ラウラがやると音が大きそうだし、俺の技は斬鉄には向かないんだ」

「わかった、やってみよう……少し、下がっててくれ」

 

ルオンに頼まれ、リィンは太刀を鞘に納め、門の前で片膝をついた。

リィンの指示に従い、ルオンたちはリィンの太刀の間合いから離れて、リィンを見守った。

 

「……四ノ型、紅葉切り」

 

そうつぶやくと、リィンは太刀を素早く引き抜き、振るった。

東方の剣術に伝わる、居合い抜き、という技だ。

リィンは振り抜いた太刀を再び鞘に納め、立ち上がった。

ルオンたちは錠前の方へ視線を向けたが、特に変化はなかった。

その様子にエリオットは、まさか失敗したのでは、と心配そうにつぶやいていたが。

 

「……いや、成功してるな」

「うむ」

 

ルオンとラウラがそうつぶやいた瞬間、錠前に細い筋が一つ、刻まれた。

注意して見れば、その筋はリィンが太刀を振り抜いた時の軌道とまったく同じであることに気づくことができただろう。

錠前は静かに、それこそまったく音を立てずに、ぽとり、と地面に落ちた。

 

「八葉の妙技、しかと見せてもらったぞ」

「はは、といっても初伝クラスの技だけどな」

「いやいや、初伝で斬鉄って……ほんとに底が知れないな」

 

ラウラの感想に謙虚に返してくるリィンに対し、鉄を斬ることがどれだけ難しいかを知っているルオンは苦笑を浮かべた。

だが、あまりゆっくりしている時間はない。

すぐさま、A班は自然公園へ入っていき、行動を開始した。

 

----------------------------

 

自然公園をしばらく進み、開けた場所にくると、リィンたちの耳に話し声が聞こえてきた。

話の内容からしても、彼らが窃盗犯であることは明白だった。

 

「何気にいい稼ぎになったな」

「あぁ。これであいつらが陳情を取り下げなけりゃもう少し稼げるんだが……」

「そういうな、ほどほどにしときゃいいんだ」

「……それはそうと、あいつ、ほんとに何者なんだろうな?領邦軍にも顔が利くみたいだし」

「詮索はするな。この額のミラだ、おそらく、口止めも含んでいるんだろ」

「なら、さっさとこいつを運んで……」

「甘いな」

 

次の行動、おそらく、荷物を移動させようとグループの一人が立ち上がった瞬間、武器を構えたリィン達が突入してきた。

突然の闖入者に、窃盗グループは困惑したが、すぐに武器を構えた。

 

「この場合、現行犯逮捕が認められるのかしら?」

「会話の内容から、拘束は認められるだろうさ。録音もしたしな」

 

アリサの言葉に、ルオンがにこやかな笑みを浮かべながら返した。

もっとも、その目はまったく笑ってなどいなかったが。

 

「く、くそっ!」

「ガキ風情が、いい気になるな!!」

「ま、こうなるよな」

「これより迎撃を開始する!いくぞ、みんな!!」

「「「「応っ!」」」」

 

予想していた通りの反応に、ルオンは苦笑を浮かべ、リィンは号令をかけた。

その号令に答え、ルオンたちも窃盗犯を迎撃した。

 



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実習二日目 四、自然公園での決着

ようやく第一章のゴールが見えてきた……
いや、ほかの作品に手をつけなければいいじゃんなんですがね……

本編どうぞ


結論から言って、リィンたちは無傷で窃盗グループの制圧に成功した。

導力銃を所持しているといっても、訓練を受けたわけではない、ただのチンピラだったようだ。

だが、だからこそ気になることもある。

 

「さぁて、洗いざらい、話してもらおうかね?」

「この計画をあんたらに依頼した黒幕がいるはずだ……そいつが誰か、教えてもらおうか」

 

会話の中にもあった『あいつ』という言葉。何より、少しばかり古い型であるとはいえ、普通なら一般人が手にすることのできない導力銃を所持していたこと。

これらから考えても、誰かしら黒幕がいることは確実だ。

A班全員はそう判断して、尋問を開始しようとしたその時だった。

 

「…………え?…………」

 

エリオットが何かに気付き、背後の茂みに視線を向けた。

 

「どうした?エリオット」

「いや、なんか、笛のような音が……」

 

エリオットがそう答えた瞬間、森の奥から突然、大型魔獣の咆哮が聞こえてきた。

同時に、地響きにも似た音が徐々にこちらに近づいてきていた。

 

「総員、迎撃態勢!!」

 

ルオンがそう叫んだ瞬間、森のほうから巨大なヒヒの魔獣が飛び出してきた。

どうやら、この森のヌシらしく、縄張りには無断で入り込んできた侵入者たちに怒り心頭のようで、かなり興奮していた。

地の底から響ようなその怒号に、拘束されている窃盗犯だけでなく、あまり戦闘慣れしていないアリサとエリオットも委縮してしまった。

 

「リィン、ラウラ!大丈夫か?!」

「あぁっ!」

「どうにか!」

「そいつぁ重畳!!気合い入れろよ!たぶん、いままでで一番の強敵だ!」

 

リィンとラウラにそう警告し、ルオンは委縮してしまっているアリサとエリオットの方へ視線だけを向けた。

どうにか立ち直ろうとしていることは見てとれるのだが、もうひと押し(・・・・・・)が必要のようだった。

 

「アリサ!エリオット!!シャキッとしろっ!!」

 

突風が巻き起こったのではないか、と錯覚するほどの気迫が、ルオンの怒号とともに放たれた。

その気迫に萎縮が解けたらしく、二人は改めて武器を構え、リィン達と合流した。

 

「大丈夫か、アリサ、エリオット?」

「えぇ……もう大丈夫よ」

「だ、大丈夫。いけるよ!」

「わかった……A班総員、これより目標を迎撃する!ルオンも言った通り、これまで戦った中で一番の強敵だ!気を引き締めていくぞ!!」

『応っ!!』

 

リィンの号令に全員が答え、戦術リンクを結んだ。

すっかり萎縮してしまい、気絶しているものすらいる窃盗グループをかばいながらの戦闘になる。

当然、今の自分たちの力量では、苦戦を強いられることくらい、リィン達には簡単に予測できた。

そして、案の定、ヌシの意識は動けない窃盗グループへと向いた。

丸太ほどはある太さの腕を振り上げ、窃盗グループに向かって振り下ろそうとしたその瞬間だった。

 

「お前の相手は、こっちだろうがっ!!」

 

ルオンの声が響くと同時に、水の導力をまとった斬撃がヌシの腕に命中した。

距離があったことと、毛皮や筋肉の硬さのせいで切り落とすことはもとより、傷をつけることすらできなかったが、注意を向けるには十分な威力があった。

実際、ヌシはルオンたちにむかっていき、その腕を後衛のアリサとエリオットめがけて振り下ろしてきた。

 

「きゃぁっ!」

「うわぁっ!!」

「アリサ!エリオット!!」

「大丈夫かっ?!」

 

どうにか防御して大怪我は免れたものの、受けた衝撃の影響か、アリサは軽い脳震盪を起こしたらしい。

幸い、エリオットが回復の導力魔法で治癒を行っているため、それほど時間を置かずに復帰することができるはず。

もっとも、それまでの時間をリィンとラウラ、そしてルオンの三人だけで稼がなければならない。

 

「リィン!俺とラウラがあいつを引き付ける!」

「そなたは背後へ!!」

「わかった!!」

 

ルオンが咄嗟にそう叫び、ラウラと戦術リンクをつないだ。

同時に、ラウラがリィンに向かって叫んだ。

戦術リンクでルオンと意識が繋がっているため、ルオンの作戦を理解してのことのようだ。

リィンもそれを理解したのか、何のためらいもなくうなずき、ヌシの背後へと回った。

 

「せらぁッ!!」

「はぁっ!!」

 

ルオンとラウラはヌシの背後へ向かうリィンだけでなく、自分たちの後方に控えているアリサとエリオットに意識が向かぬよう、引きつけていた。

その間にも多少なりとも回復したエリオットが導力杖(オーバルスタッフ)を構え、駆動魔法の詠唱を開始した。

 

「ARCS駆動――みんな、元気出して!!」

「みんな!頑張って!!」

 

エリオットが治癒の駆動魔法でルオンたちの体力を回復させると、アリサもようやく立ち上がり、導力弓を構え、矢を放った。

その一撃がヌシの足の腱を貫いたのか、ガクリ、とヌシは姿勢を崩した。

むろん、それを見逃すラウラではなかった。

 

「リィン!いまだ!!」

 

その言葉に答えるよりも早く、リィンは太刀の刃に炎の導力を流し込み、気を研ぎ澄ましていた。

 

「焔よ、わが刃に宿れ!」

 

その瞬間、リィンの太刀の刃に炎が灯った。

その炎は、昨晩、ルオンと手合わせしたときよりも力強く、濁りもなかった。

雄たけびとともに、リィンは炎の刃を振るい、ヌシを切り伏せた。

いくら固い毛皮に覆われ、強固な筋肉の壁があったとしても、それまでに受けたルオンとラウラの斬撃やエリオットの駆動魔法でダメージが蓄積されていた。

そして、リィンが放った最大の一撃が、ヌシの生命を刈り取る決定打となったようだ。

出現したときと同じように、大きな音を立ててヌシは倒れ伏した。その瞳にはもう、生命の光は宿っていなかった。



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実習二日目 五、トリスタへの帰還

自然公園のヌシを倒し、どうにか危機を脱したリィンたちは武器をしまうとほっと安どのため息をついていた。

エリオットとアリサに至っては、完全に脱力してへたり込んでしまっていた。

無理もない。今まで経験した戦闘の中で最も厳しく、激しい場面だったのだから。

 

「大丈夫か?エリオット」

「う、うん……けど、なんか力が抜けちゃって」

「あぁ、ま、しゃあないさ。教官との戦闘訓練だって、まだここまでのレベルじゃないし」

「……な、なんかあれ以上にキツイのを知ってるような感じだけど……」

 

実際問題、ルオンはサラが"現役"だった頃を知っている。

そこから考えても、現在のサラの戦闘訓練は"慣らし"の段階から抜け出ていない。

もっとも、本気になった彼女を相手にすることは、ルオンとしても避けたいところではあるのだが。

苦笑を浮かべてごまかしながらエリオットを助け起こし、リィンのほうへ視線を向けると、アリサを助け起こしている様子が目に入った。

 

「お疲れさん、リィン、アリサ、ラウラ」

「あぁ、お疲れ」

「ルオンも、お疲れ様」

「うむ。どうにか切り抜けたな」

 

やはり苦戦を強いられたことに変わりはなく、三人ともそれなりに疲弊しているように見えたが、顔に浮かんでいるその笑顔は、やりきった、ということを物語っているように思えた。

そういえば、とラウラがリィンのほうへ視線を向けて問いかけた。

 

「リィン、先ほどの技は?」

「あぁ……いままで未完成だったんだけど、昨夜のルオンとの手合わせでどうにかものにできたみたいだ」

「そうか。なら、殴り飛ばした甲斐があったか?」

「ははは……できれば二度とごめんだけどな」

 

そんな冗談を言い合っていると、動くな、という声が響いてきた。

声のした方へ視線を向けると、そこには銃口をこちらに向けている領邦軍の姿が目に入った。

 

「おいおい……どうあっても、恥をかきたいらしいな、クロイツェン州の領主殿は」

「ちょっ?!ど、どういうことよ!!」

「囲うべき相手を間違えてはいないか?」

「黙れ!貴様らが窃盗犯を手引きしたという可能性もあるだろう!」

「何を根拠に!」

「……はぁ……」

 

そんなことだろうと思った、と言わんばかりに、ルオンはため息をつき、長脇差に手をかけた。

 

「てめぇら、銃口向けるってんなら、相応の覚悟はできてんだろうな?撃っていいのは討たれる覚悟があるやつだけだぞ?」

 

ぞわ、とリィンたちは背筋が凍る感覚がした。

それは領邦軍も同じことのようで、数名、顔を蒼くしているものがいた。

ちゃきり、とルオンの長脇差から乾いた音が響いた。

いつでも抜刀でき(抜け)る。

その姿勢へ移った、その時だった。

 

「そこまでですっ!」

 

凛とした澄んだ声が森に響いた。

声がした方へ視線を向けると、導力銃を構えた灰色の制服に身を包んだ軍警たちが駆け寄ってきていた。

彼らの制服を見て、ルオンが放っていた殺気を鎮めると水色の髪をした女性が前に出てきた。

その女性に、領邦軍は驚きの声を隠せなかった。

 

 

鉄道憲兵隊(T.M.P)?!」

氷の乙女(アイス・メイデン)?!」

「鉄血の子飼いがなぜここに?」

「……鉄道憲兵隊は鉄道網の中継地点において発生した事件の捜査権を有する、か」

 

ルオンの呟きにアイス・メイデンと呼ばれた女性は感情を一切見せない、まさに氷のように冷たい瞳のまま、口を開いた。

 

「えぇ……それと、元締めの方たちをはじめ、関係者の証言から、こちらの学生たちが犯人である可能性はあり得ません」

 

何か異論は。

その問いかけにぐうの音も出なかった領邦軍はケルディックへと撤退を始めた。

去り際、悔し紛れにその女性に向かって。

 

「鉄血の狗め」

 

と侮蔑の言葉を投げかけて。

しかし、彼女はそんな言葉をまったく気にすることなく、部下たちに窃盗犯の拘束を指示した。

そんな中、女性はルオンに視線を向け、少しばかり驚いたような表情を浮かべた。

 

「あなたは……」

「ご無沙汰です、クレア・リーヴェルト大尉。半年ぶりぐらいですかね?」

「えぇ……お元気なようで」

「そちらも相変わらずのようで……正直、あんましいい気はしないけど」

 

呆れたような表情を浮かべながら、ルオンは女性――クレアにそう返した。

 

「あ、あの……」

「ふふ、申し遅れました。私は帝都鉄道憲兵隊所属、クレア・リーヴェルト大尉です。今回の件、お疲れ様でした」

 

先ほどの氷のような冷たい印象を抱かせる表情とは正反対の、可憐な微笑みを向けながら、クレアはリィンたちにそう名乗った。

なお、その笑顔に見惚れてしまったリィンは、アリサに背中をつねられたそうな。

 

----------------------------

 

その後、リィンたちは鉄道憲兵隊の駐在所で、調書作成のための事情聴取を行い、駆け付けたサラと共にトリスタ行きの列車に乗り、ケルディックを後にした。

なお、その車内でサラは眠りこけていた。

 

「ほんと、よく寝るわね、サラ教官」

「まぁ、パルムからこっちまでかなり急いで来たみたいだしな」

「疲れるのも当然、か……」

 

加えるなら、ユーシスとマキアスのいがみ合いの仲裁にかなり手間取ったこともあるのだろう。

そのことを思うと、むしろ労いの言葉の方が出てきそうだった。

 

「ところで、ルオン。クレア大尉と知り合いのような感じだったけど?」

「ん?あぁ……サr……………………教官と同じタイミングで遭遇した感じかな。ちょっといざこざがあって衝突したんだけどな」

「いま、教官のこと呼び捨てにしようとしてなかった?」

「少なくとも、教官呼びしようとは思わなかったな。長い間の癖だ」

 

アリサの問いかけに、苦笑交じりにそう返した。

 

「……………………なぁ、ルオン。そろそろ話してくれないか?」

「ん?」

「君はいったい、何者なんだ?」

 

今後衝突する可能性も覚悟の上なのか、リィンが唐突にそう問いかけてきた。

だが、ルオンはまったく気にする様子もなく、あっけらかんとした態度で返してきた。

 

「元・準遊撃士だ……指導教官はサラ教官じゃなかったが、仕事で何度か顔合わせしたことがある」

「そうだったのか……」

「けど、だったらあの強さと機転の早さもちょっと納得かな?」

 

実際、アルゼイド流中伝を持つラウラを除けば、ルオンはおそらくⅦ組のメンバーの中でも高い戦闘力を有している。

 

「ということは、もしや今回の実習の意図も?」

「ある程度は理解していた、かな?……………………まぁ、俺個人から言わせれば俺らに遊撃士の代理をさせているようにしか思えなかったけどな」

 

ルオンとて、この実習の狙いは理解しているつもりだ。

《ARCUS》の運用テストはもちろんのこと、様々な経験を積ませること、それが主目的だということを。

だが、そのために遊撃士の真似事をさせている、というのが少しばかり気に入らなかった。

もっとも、気に入らないが嫌いではない、ということも事実なのだが。

 

「……………………で?リィン。俺は答えたぞ?」

「え?」

「等価交換だ。俺のことを少し話したんだ、切り出したお前さんのことも、少し話してもらうぞ?」

 

無理に聞き出すつもりは、ルオンもない。

だが、義理堅いリィンのことだから、こうでも言わないと踏ん切りがつかないだろう、と思っての言葉だった。

その予想は正しかったらしく。

 

「そうだな……みんなに、話しておきたいことがある」

 

そう切り出して、リィンは自分が抱えている秘密を打ち明け始めた。



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実習二日目 六、リィンの身分~そして暗躍する影~

やっとこさ、一章終了……
さぁて、次はどっちにするかなぁ……(無計画)


「みんなに、話しておきたいことがある……思えば、みんなには不義理をしていたと思う」

 

ルオンが元準遊撃士であることを打ち明けると、リィンも自分の中で踏ん切りをつけたらしい。

自身の抱えているものを、ようやく口にするつもりのようだ。

 

「温泉郷ユミル。シュバルツァー男爵家が治める地であり、俺の実家にあたる場所だ」

「つまり、リィンは貴族の御曹司ってこと?」

「いや……俺は養子なんだ。だから、本来の意味で"貴族"というわけじゃない」

「あぁ……そういや噂で聞いたな」

 

リィンの言葉に、ルオンがつぶやくように口を開いた。

シュバルツァー男爵の噂。それはやはり、リィンに絡むことだった。

曰く、不義の子。曰く、浮浪児を養子にする変り者。

そんな根も葉もない噂が原因で、シュバルツァー男爵は社交界から姿を消しており、現在ではほとんどの貴族との交流を絶っているという話だ。

 

「ったく、ほんとに足を引っ張り合うことしかできねぇのかっての……シュバルツァー男爵の懐の深さのほうを評価すべきだろうによぉ」

「うむ。それは父上もおっしゃっていたな」

 

ルオンの言葉に、ラウラは腕を組み、うなずいていた。

どうやら、アルゼイド子爵もラウラモ、子爵の位を得ている貴族としてというより、アルゼイド流を修めている門下の人間としての意識が強いらしい。

その証拠に、シュバルツァー男爵を、良い御仁ではないか、と評価していた。

 

「しかし、なぜ今になって?」

「なにか、事情があったんじゃ……」

「いや、そんなに大した事情じゃないさ。けど、黙っていられなくなったんだ」

 

ラウラとアリサの問いかけに、リィンは笑みを浮かべてそう返した。

どうやら、今後、長い時間を一緒に過ごしていくことになるⅦ組のメンバーには、知っておいてほしいと思ったのだろう。

その言葉を聞き、その言葉を口にするリィンの瞳を見て、ルオンは、彼から一切の迷いがないことを感じ取り、敢えて問いかけてみた。

 

「そうか……肚をくくったわけだ」

「あぁ」

 

ルオンの言葉に、リィンは静かにうなずいた。

その瞳に、嘘の色は見られなかった。

どうやら、本当に周囲から何かを言われることを覚悟で自分の事情を話してようだ。

これ以上、何も聞くことはない。

まるでそう言っているかのように、ルオンは静かに、そうか、と返すだけだった。

 

「もっとも、どこかの誰かはまだ全部を話してくれるつもりはないみたいだけどね~?」

「何のことかな?」

「白々しい……少しはリィンの胆力を見習ったらどうだ?」

 

リィンが自分の過去を、身分について話す決意をした一方で、いまだ過去を語るつもりがないことが明白に見て取れたルオンにむかって、エリオットとラウラはからかうようにそう語りかけてきた。

とはいえ、自分の過去は伝承という形で伝えられている、世界の真実の一端に関わっているため、語るつもりがない、いや、不用意に語ることができないということも事実なのだが。

二人の追及を飄々と回避しているルオンに、リィンが苦笑を浮かべていると、不意に、アリサが語りかけてきた。

 

「リィン、あなたの覚悟、立派だと思うわ。けれど、これだけは覚えておいて」

「……え?」

 

アリサの言葉に、リィンは驚いたように目を丸くした。

だが、構うことなく、アリサは自分の想いを、リィンに告げた。

 

「たとえ、生まれがどうであっても、あなたはあなたよ、それは誇りに思っていいことだと、わたしは思うわ」

「あぁ……ありがとう、アリサ」

 

アリサのその言葉に、リィンは微笑みながらそう返した。

 

----------------------------

 

リィンたちが乗車している、トリスタ行きの列車。

その列車と路線を見ることが出来る高台に、二人の人影があった。

一人は、メガネをかけた学者風の男。もう一人は、黒いマントを羽織り、フルフェイスのヘルメットをかぶっている。

 

「やれやれ……まさか、あのタイミングで《氷の乙女(アイスメイデン)》が現れるとは、な。少々、段取りを狂わされてな」

 

黒マントの男が学者風の男にそう話すと、学者風の男は、想定の範囲内だ、と返してきた。

どうやら、彼らが今回のケルディックの騒動を引き起こした"黒幕"のようだ。

学者風の男は、それに、と前置きして続けた。

 

「《鉄道憲兵隊》と《情報局》、その連携パターンが見えただけでも、大きな成果といえるだろう」

「ふふ、確かに……それではこのまま、《計画》を進めるとしようか」

「あぁ、もちろんだ」

 

黒マントの男の言葉に、学者風の男は頷いて返した。

その瞳には、誰かに対する激しい憎悪と怒りの感情が見て取れた。

 

「すべては、"あの男"に無慈悲なる鉄槌を下すため……」

「すべては、"あの男"の野望を完膚なきまでに打ち砕かんために……!!」

 

まるで秘密結社の合言葉であるかのように、学者風の男と黒マントの男はその言葉を口にした。

帝国の水面下、目には見えないところで何か巨大な陰謀が渦巻いている。

だが、リィンたちはその陰謀を知ることはなかった。

そして、知らず知らずのうちに、その陰謀の渦中へと身を投じていくということにも。

占いを得意とするルオンですら、そのことを知るのは、まだしばらく先のこと。



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学院の日常(5月)
夜の語らい~幼馴染のティータイム~


特別実習から帰還して数日。

Ⅶ組の面々は変わらずにあわただしく日常を過ごしていた。

とはいえ、一か月もすれば慣れてくるもので、その生活に若干の余裕がでてくるようになっていた。 

そんなある時の夜。

ルオンは寮のキッチンでお湯を沸かしていた。

その傍らには、乾燥させたハーブが入った瓶がいくつかと、ティーセットが置かれていた。

どうやら、少し遅めのティータイムのつもりのようだ。

 

「レモングラスにレモンマートル、レモンバーム、レモンバーベナを大さじ一杯ずつ。そこにペパーミントとエリンの花を少々……こんなもんかな?」

 

ぶつぶつとレシピをつぶやきながら、ルオンはハーブを空いている瓶に詰めていき、しゃかしゃかと中身が均一になるように混ぜていった。

ある程度するとお湯が沸き、ルオンはやかんを手に取り、空のティーポットとティーカップに少量のお湯を注ぎ入れた。

一分ほどしたらお湯を捨て、代わりに先ほどブレンドしたハーブをポットに詰め、再びお湯を注いだ。

 

「お待たせ、エマ」

「それほど待ってないわ……ふふ、いい香り……なんだか心が落ち着く」

「シトラスの香りがするものだけじゃなくて、ペパーミントとエリンの花も使ってるからな。きっとその作用だろ」

 

ペパーミントやエリンの花と呼ばれるハーブだけでなく、レモングラスやレモンマートル、レモンバーム、レモンバーベナには鎮静作用があり、ストレスの軽減には最適なハーブばかりが使用されている。

おそらく、それらの香りがエマの心を和ませているのだろう。

ポットのお茶をカップに注ぎ、片方をエマに渡すと、エマはお礼を言って、カップに注がれたハーブティーの香りを楽しんだ。

そのほっこりとした表情に、思わず笑みを浮かべたルオンだった。

もっとも、エマはその和やかな微笑みに気付くことなく、ハーブティーを口元に運び、その味を楽しんでいた。

 

「……おいしい……」

「……やっぱり、前回の実習、きつかったか?」

「きつい、ってものじゃないわ……もう最悪だった……」

 

普段の丁寧な言葉づかいではなく、年相応の砕けた言葉遣いで、エマはルオンの問いかけに答えた。

 

「マキアスさんとユーシスさん、何かあればそれだけで喧嘩に発展しそうだったし、貴族が絡めばマキアスさんが理不尽に怒ってユーシスさんが火に油注ぐし、フィーちゃんもそこに火薬を投げ込むようなこと言うし……」

「うへぇ……ガイウスしかフォローしてくれる奴、いなかったんじゃないか?よく一日もったな」

「ほんともう、ギリギリだったわ……ちょっと教官に文句言いたくなったくらいよ」

「言ったれ言ったれ……流されるだろうけど」

「…………やっぱりそう思う?…………」

 

陰鬱なため息をつきながら、エマはカップに残ったお茶を飲み干した。

そのタイミングを見て、ルオンはお代わりのお茶をエマのカップに注ぎ入れた。

 

「あの人、やり手なんだけどその分、普段がだらしないというか……」

「…………なんというか、普段からだらしないような…………」

「やり手だってところを見せるのが嫌なんだろ、たぶん。なんか、『ミステリアスなお姉さん』って印象付けたいみたいだし」

 

実際のところ、その印象よりも、やるときはやるけどぐーたらな教官、という印象のほうが強い。

そのため、ルオンの言葉にエマは反応に困ってしまっていた。

とはいえ、とルオンは半ば無理やり、話題を変えてきた。

 

「次の実習でちょっとは変化があればいいんだけどな」

「えぇ……少なくとも、マキアスさんとリィンさんの溝が埋まれば……」

 

そう言って、二人同時にため息をついた。

最初の実習から戻ってきたあと、リィンは自分の身分を他のメンバーにも明らかにした。

その結果、はぐらかされていたことに対して怒ったマキアスが、今度はリィンに対してもほかの貴族たちと同じような態度をとるようになってしまったのだ。

隠し事をされていた、ということに対してマキアスが怒るのは理解できるが、なぜ隠そうとしたのか、そのことを読み解きもしないで怒りをまき散らすだけの理不尽に、ルオンは少しばかり苛立ちを覚えていた。

 

「ったく、あたりかまわず喧嘩売るようなまねしやがって……あいつ、そのうち敵しかいなくなるんじゃないか?」

「そんなことはないと思うけど……」

 

ルオンの言葉に、エマは苦笑を浮かべた。

確かに、マキアスはどこか対抗意識が強い傾向がある。成績が平民であるエマに対しても、自分より成績がいい、ということで対抗意識を燃やしているようだ。

もっとも、そちらのほうは貴族に対する恨みつらみからの感情のようなものではないため、エマもあまり気にしてはいないのだが。

 

「俺としてもそうならないことを祈るよ……貴族にせよ平民にせよ、所詮は人間なんだ。終わるときってのは、あっけないもんなんだからさ」

 

何かを思い出したのか、ルオンはそう言いながら、自分のカップに入ったお茶を飲みほした。

そこにあったルオンの表情に、エマはどこかやり切れない想いを抱いていた。



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自由行動日~1.部活と買い物のあとのティータイム~

自由行動日ではあるんですが、内容は完全にオリジナルです


自由行動日となり、ルオンとエマは文芸部の部室にいた。

もっとも、読書や創作活動に集中できていたかといえば、そうではない。

なにせ、この部の先輩であるドロテは、いわゆる「御腐人(ごふじん)」に分類される女性なわけで、耽美の世界へ二人をいざなおうと妙な方向へ努力をしているのだ。

 

「それで、ルオンくんとリィンくんは手合わせをして、そのあとは?」

「二、三、説教して終わりましたけど」

「ほうほう!ちなみにどんなことを……」

 

どうやら、特別実習のときの話が気になり、ルオンに取材をしたいと迫ってきた。

しかたなく、ルオンが取材に応じていると、エマが突然、ルオンに問いかけてきた。

 

「……………………え?ちょっと待って、ルオン。わたし、その話、聞いてないですけれど?」

「そら話す必要なかったし……って、なんで怒ってんの?!」

「怒りもするわよ!!なんでまたそんなことを!!」

「い、いやしかし……」

「しかしもかかしもありません!!」

 

どうやら、真夜中にリィンと手合わせしたことに驚いてしまったらしい。

もっとも、驚きは心配へと変わり、そのまま、多少とはいえ、無理をしたルオンへのお説教が始まってしまった。

なお、蚊帳の外になってしまったドロテは。

 

「あの~……取材は……?」

 

自分の目的であった取材がすっかり忘れられてしまい、一人だけ呆然とするのだった。

 

----------------------------

 

その後、お説教を終わらせたエマは、ルオンとともにトリスタの町に出て、買い物をしていた。

もっとも、立ち寄っているのはファッション関連の店や工房の類ではなく、食品関連の店だった。

 

「えっと、あとは卵と野菜か」

「えぇ……あ、そろそろ魚を使った料理もやってみたいかも」

「魚かぁ……買うより釣った方が早いかな?」

「早い、というより、新鮮で安い、の間違いじゃない?」

 

買い物をしながら、まるで夫婦のようなやり取りをしていると、二人の耳に聞きなれた声が響いてきた。

 

「……から、それは……」

「……っきから……だって……」

「この声、リィンとアリサ?」

「みたいね……どうしたのかしら?」

 

何やら言い争いをしているような雰囲気を微かに感じ取った二人は、声がしている入口の方へとむかっていった。

そこにはやはり、リィンとアリサが一緒にいた。

 

「でも、今日の今日っていうのはどうなんだろうな?」

「そうは言うけど、いつまでもルオンとエマに頼り切りなんてことはできないでしょ?」

「まぁ、それはそうだけど」

 

どうやら、食事の当番についての話し合いをしていたらしい。

Ⅶ組の朝食と夕食は、現在のところ、家事全般をある程度こなすことができるルオンと家庭的なエマの二人だけで担当している状況だ。

むろん、全員、家事が出来ないというわけではないが、どうしても勉強のほうへシフトしてしまうため、あまり手伝えないでいた。

そのことを、リィンとアリサだけでなく、フィーを除くほぼ全員が申し訳なく思っているらしい。

特別カリキュラムである実習も終えて、大体の生活ペースをつかむことができたため、そろそろ手伝いをしてもいいのではないか、という発想が二人に生まれたのだろう。

だが、いつから手伝いを始めるか、そのタイミングで議論を交わしているらしい。

もっとも、議論といってもさほど激しいものではないのだが。

 

「よ、ご両人。デートか?」

「…………それ、お前にそのままブーメランだぞ?ルオン」

「で、デデデデデデデートって!そ、そんなんじゃないわよ!!」

「あ、アリサさん、動揺しすぎです……」

 

ルオンの冗談に、リィンは半眼で返し、アリサは顔面を真っ赤にして否定してきた。

その様子に、エマはリィンがルオンに返した、ブーメランという単語に、顔を赤くしながら返した。

とはいえ、女子二人はまんざらでもない様子であったのだが。

 

閑話休題(それはともかく)

 

「で?どうしたんだよ、ほんとに」

「あぁ、冷蔵庫の中身でそろそろ切れそうなものを買い足ししておこうって話をアリサとしていてさ」

「で、話しているうちに食事の当番の話題になった、と?」

「まぁ、そんなところだ」

「別に気にする必要、ないと思うんだがな?」

 

ルオンはリィンの言葉に肩をすくめた。

だが、そうなったのはリィンとアリサ、二人の気遣いからであることは重々承知しているため、それ以上は何も言うことはなかった。

 

------------------

 

その後、リィンとアリサは生徒会に寄せられた依頼をこなすため、その場を離れ、ルオンとエマは買い足した食材を保管するため、一度、寮に戻ることにした。

冷蔵庫に食材を詰め終わり、ティータイムにしようか、と考えたその時だった。

寮の扉が開き、リィンとアリサの声が聞こえてきた。

 

「……なぁんか、あの二人、いつにもまして二人で行動することが増えてないか?」

「うふふ、アリサさん、リィンさんのことずっと気にかけてましたし」

「やっぱりか……くっつきゃいいのに」

 

そうつぶやいた瞬間、お前が言うな、とマキアスとユーシスの声が同時に聞こえたような気がしたが、気のせいとして気にしないことにしたルオンは、追加で二人分のティーカップを用意した。

ティーセットをリビングまで持ってくると、エマが何やらリィンに謝罪している光景が目に入った。

 

「どうしたんだ、エマ?リィンになんかしたのか??」

「い、いえ、わたしじゃなくて……セリーヌが……」

「あぁ……なでくりまわしたら引っかかれた?」

「みたいです」

 

ルオンが口にした予想に、エマは苦笑を浮かべながらそう返してきた。

その反応に、リィンは少し驚いたように目を丸くした。

 

「エマもルオンも、あの猫のこと知ってるのか?」

「俺はエマを経由して、だけどな。ちょっとした知り合いさ」

 

リィンの問いかけにそう返し、ルオンはリィンとアリサの前にブレンドしたハーブティーを注ぎ入れたティーカップを置いた。

その間に、エマは持ってきた救急箱でリィンの治療を行った。

治療といっても、消毒と絆創膏で傷口をカバーする簡単な応急処置程度のものなので、すぐに終了した。

治療を終わらせたエマが救急箱を元の場所に置いて戻ってくる間に、ルオンはエマの席にお茶を注ぎ入れたティーカップを置き、最後に自分の分のカップにお茶を注ぎ入れた。

 

「いい香りがすると思ったら……ハーブティー?」

「あぁ。俺がブレンドした」

「へぇ……てっきり委員長かと思ったけど」

 

意外、と言わんばかりの感想に、エマは微笑みをうかべた。

 

「わたしも時々淹れますよ?ルオンのものにはかないませんが」

「俺からすれば、エマのほうがうまいけどな」

「そんなことないわ。わたしなんて、おばあちゃんと比べたらまだまだだもの」

「……いや、ばあちゃんと比べるってのはさすがにどうなんだ?」

 

互いに互いが淹れたハーブティーを称賛しているその姿に、リィンとアリサは思わず、自分たちはもしかして邪魔なのではないか、という疑問を抱くのだった。



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自由行動日~2.旧校舎探索、再び~

本当ならエマは参戦しないんですが、あくまでオリジナルだから、これもこれでアリですよね?!(汗


「あ、そうだ。ルオン、アリサ、委員長、ちょっと頼みたいことがあるんだけど」

「ん?なんだ?」

「はい?」

「どうしたの?」

 

ティータイムを楽しんでいたルオンたちは、リィンから唐突に頼みごとをされた。

 

「例の旧校舎の調査を手伝ってほしいんだ」

「前回、校長から依頼されたあれか」

「あぁ、そういえばサラ教官がそんなことを言ってたわね」

「えぇ……あの、ですが、いいんですか?わたしも同行しても」

 

急な頼み事、というのもそうなのだが、おそらくエマは、自分が同行しても大丈夫なのかという点に不安を感じているのだろう。

ルオンは入学したてのころに同行しているし、アリサは前回の実習で同じ班員として行動を共にしていた。

そのため、ある程度の実力はリィンも把握している。

しかし、エマは別だ。どんな動きをするのか、どんな導力魔法が使えるのか、そんなことはまったく知られていないはず。

そんな自分が同行しても足手まといになるだけなのではないか。

エマはそれを心配しているようだ。

だが。

 

「大丈夫だろ。エマの腕は俺が保証する」

「え?」

「だ、大丈夫なの?ほんとに」

「いざとなりゃ俺がフォローする」

 

その一言にアリサは、それなら大丈夫か、とうなずいた。

先日の実習で、ルオンの実力は、おそらく一端ではあろうが、よくわかっているつもりだ。

だからこそ、彼のサポートがあるのなら、安心できる、と思ったのだろう。

とはいえ、むろん、エマ本人の意思をないがしろにするわけにはいかない。

 

「委員長、もし予定がなければ、委員長にも協力してほしいんだけど……」

「そう、ですね……わかりました。わたしも興味があったので」

 

興味があった、というのは建前だ。本当は、現時点でのリィンの力を見てみたい、ということと、もう少しルオンと一緒にいたい、という二つが理由だった。

だが、リィンもアリサも、ルオンさえもその理由に気付くことはなく、旧校舎探索の準備を始めるのだった。

 

----------------------------

 

旧校舎の下に広がる迷宮に足を踏み入れたリィンたちだったが、今回、同行することになったアリサとラウラ、そしてエマ以外のメンツは目を丸くした。

またも旧校舎に変化があったのだ。

 

「なんだ、これ……」

「先月とはまた違ってるな」

「そうなんですか?」

「あぁ……少なくとも、部屋の真ん中にあんな装置はなかった」

 

エマの問いかけに答えながら、リィンたちは装置のほうへと近づいて行った。

だが、特にこれといった特色のようなものはなく、罠の類も見当たらなかった。

危険な仕掛けがないことがわかると、リィン達は装置の周囲に散って、装置の観察を始めた。

 

「これって……もしかして昇降機かしら?」

「てことは、これは階層を指してるってことか?」

「たぶんね……けど、まだ行けない階層があるみたい」

「てことは、旧校舎の迷宮はこのパネルの表示の数だけの階層があるってこと?」

「えぇ、そのはずよ」

 

エリオットの質問に、アリサは迷うことなくそう答えた。

どうやら、この手の機械のことに慣れているらしい。

だが、ここでそれについて追及するつもりは、ルオンもエマもなかった。

 

「ひとまず、この「Ⅰ」の階層に先に行ってみよう。もしかしたらこの前に行ったときと迷宮の様子が変わっているかもしれない」

「そうだな。この装置の周囲を探索するだけにとどめて、あまり奥へ行かないようにすれば、さほど時間も取られぬだろう」

「なら、さっさと行くか」

 

リィンの提案に、ガイウスとルオンが賛同し、ルオンが慣れた手つきでパネルの操作を始めた。

あまりに手慣れたその動きに、エマは少しばかり目を丸くしていた。

 

「ルオン、いつの間に使い方を?」

「準遊撃士の時に、こういうのを扱うことがあってな」

「昔取った杵柄、ってやつか?」

「まぁ、そんなとこ?」

 

リィンの言葉に、苦笑を浮かべながら返すルオンに、エリオットは若干の違和感を覚えたが、昔何かあったのだろう、くらいにしかわからないため、それ以上の追究はやめることにした。

結論から言って、「Ⅰ」の階層には特に変化はなく、あまり細かく調査する必要性も感じられなかったため、リィン達は新しく開いた「Ⅱ」の階層へと向かった。

雰囲気こそ「Ⅰ」の階層に似ていたが、先ほどよりも魔獣の気配が濃いように感じられる。

 

「……こりゃ、気を引き締めないとだな」

「あぁ。なにがあるかわからない。みんな、気を引き締めて探索していこう!」

 

ルオンの言葉にリィンがうなずき、号令をかけると、全員、意識を周囲に集中させ、探索を開始した。



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自由行動日~3.最奥で待つもの~

遅くなりました!
戦闘描写とか考えてたらこんなことに……(-ω-;
まぁ、攻略ガイドを引っ張り出すのに時間かかったってこともありますが


「Ⅱ」の階層へ足を踏み入れたリィン達は、周囲を警戒しつつ、探索を開始した。

確かに、「Ⅰ」の階層と比較すると、出現する魔獣の危険度は高い。

だが、特別実習で魔獣の群れや大型魔獣の討伐を経験し、さらには対人戦も経験したリィン達には、ちょうどいい相手だった。

現に、リィン達はギミックを解除しながら、どんどん奥へと進んでいっていた。

そんな中、後衛として控えていたルオンとエマは前を行くリィン達には聞こえないようにひそひそと話し合っていた。

 

「ルオン、この迷宮だけれど……」

「やっぱり違和感あるよな?」

「えぇ……里にある試練の場と少し似ている気もしますが」

「マナの流れが、なぁ……ということは、"ここ"もそうなのか?」

「えぇ……地精(グノーム)が遺した霊場の一つかと」

 

地精。

有史以前に存在していたとされる、いまは伝承の中でのみの存在であるが、現代を遥かに上回る技術を持っていたとされているものたちだ。

リィンの報告では、この旧校舎はトールズ士官学院の創設者でもあるドライケルス帝(獅子心皇帝)が「来るべき日に備え、ここに置くように」と伝え遺したものであり、一節では暗黒時代にもかかわりがあるものらしい。

そういった場所はこの帝国内にいくつも存在している。

ここもそのうちの一つなのだろう。

そして、おそらく。

 

「「ここが、試練の場」」

 

何に対する、いや、誰に対する試練なのかまでは、ルオンは知らない。

だが、この帝国を、いや、大陸を揺るがすほどの力が眠っているということは、里長から聞いていた。

そして、いつになるかはわからないが、その力を行使する存在が現れることと、その存在が道を外すことのないよう、正しき方向へ導くことが里に住むものの使命であるということも。

 

「どうしたの?二人とも。深刻そうな顔して」

「何か、心配事?」

 

少し距離が離れていたとはいえ、同じく後衛を担当しているアリサとエリオットが心配そうに声をかけてきた。

 

「あぁ、いや、大丈夫だ。心配事ってより、考え事」

「え、えぇ……本でもこんな構造の遺構のことは読んだことがなかったので」

 

自分たちの出自について、まだ話すつもりがないルオンとエマは、そう言って適当に誤魔化すことにした。

何かを隠している、ということまではごまかせないだろうが、彼らなら、追及されたくないことがある、と察してくれるはずだし、実際に、追及されることもなかった。

追及されることはなかったのだが。

 

「何かあったら、遠慮せずに言いなさいよ?」

「ルオンはともかく、委員長も他人を優先しすぎるからね?」

「俺はともかくってなんだよ、エリオット」

「あははは……はい、その時は遠慮なく相談させていただきます」

 

二人とも、いや、Ⅶ組の面々の人の好さがここで幸いし、深く追及されることはなかった。

だが、ルオンもエマも、いつかは話さなければならない時が来ることをわかっている。

だからこそ、不安になることがある。

自分たちの宿命と使命を彼らが知ったとき、はたして、今まで通りに接してくれるのだろうか。

それだけが、二人を、特にエマを不安にさせていた。

だが、その不安を表に出すことなく、二人は先行しているエリオットたちを追いかけるのだった。

 

----------------------------

 

それからさらに奥に進んだ一行は、おそらく最奥と思われる部屋に到達した。

 

「行き止まり?」

「もしかして、なにか仕掛けが?」

「……リィン、もし、一か月前と同じパターンだとしたら……」

「あぁ……全員、警戒しろ!!来るぞ!!」

 

アリサとエマが戸惑う中、ガイウスがリィンに問いかけると、リィンは全員に聞こえるよう、号令を発した。

その瞬間、何もなかった空間から突如、三体の大型魔獣が姿を現した。

どうやら、以前、潜入した時と同様、戦うほかないようだ。

 

「……なるほどね、これが報告にあった」

「どうやら、戦う以外の選択はないみたいですね」

「そのようだ……引き締めてかかるとしよう!!」

 

だが、初参加であるはずのアリサとラウラ、そしてエマの三人はすでに戦う覚悟ができていたらしく、ひるむことなく、武器を構え、戦闘態勢に入っていた。

その早さに心強さを感じながら、リィン、エリオット、ガイウス、ルオンの四人も武器を構え、戦術リンクを結んだ。

 

「敵ユニットの傾向を解析!」

「「ARCS、駆動」」

 

後衛に控えているエリオットが導力杖の機能で魔獣の傾向を解析し、エマとルオンの二人が導力魔法の詠唱を開始した。

それに気づいた大型魔獣は後衛の三人に向かっていったが。

 

「させるかっ!」

「やらせんっ!!」

 

前衛を務めるラウラとガイウスにそれを阻まれ、その隙にリィンの斬撃とアリサの矢が魔獣を襲った。

妨害された魔獣たちの意識は、当然、攻撃を仕掛けてきたリィンたちのほうへ向いた。

だが。

 

「「ルミナスレイ!!」」

 

詠唱が完了したルオンとエマが同時に詠唱が終了した導力魔法を発動させ、大型魔獣にぶつけた。

さらに、エリオットが導力杖の機能での解析を完了させ、有効な属性を指摘、次いで、少なからずダメージを受けている前衛の三人を回復しながら。

 

「委員長、ルオン!使うなら土属性の魔法を!!」

「了解っ!」

「わかりましたっ!」

 

エリオットの指示に従い、ルオンとエマは再び導力魔法の詠唱を開始した。

だが、魔獣も黙ってはいなかった。

額にはめ込まれた宝玉から光線を飛ばして、後衛の二人に攻撃を仕掛けてきた。

だが。

 

「させるかっ!!」

 

それに気づいたルオンがエマをかばい、その攻撃を受け止めた。

 

「ルオン!!」

「エリオット、ルオンの回復を!ラウラ、ガイウス、合わせてくれ!!」

「了解だ!」

「いいだろう!」

「援護するわ!!エマ、合わせて頂戴!」

「は、はいっ!!」

 

リィンの号令により、エリオットが傷を負ったルオンに回復魔法を施し、エマとアリサが遠距離から攻撃し、魔獣の注意をそらした。

魔獣の視界から完全に外れたリィンたち三人は背後から渾身の一撃を叩き付けた。

その一撃に、魔獣たちがひるんだ瞬間。

 

「アースランス!」

「アイヴィネイル!」

 

エリオットに回復してもらったルオンがエマと同時に導力魔法を発動させた。

二つの導力魔法の攻撃に耐えられなかったらしく、魔獣たちは二人の魔法を受けて完全に消滅してしまった。



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自由行動日~4.探索を終えて~

大型魔獣の消滅を確認したリィンたちは武器を収め、周囲を見渡した。

だが、特に何かが出現するような様子もなく、これ以上、ここにいても無駄と判断し、地上へ戻ることにした。

その道中。

 

「ルオン、大丈夫?」

「あぁ、エリオットに回復してもらったからな」

 

エマが心配そうにルオンに声をかけ、ルオンはその心配を吹き飛ばすように笑みを浮かべながら返した。

自分をかばったことで負わなくていい傷を負わせてしまったことに、少なからず罪悪感を抱いているらしい。

 

「……ごめんなさい、わたしがあのとき、もっと早く反応できていれば」

「そうでなくても、俺はエマを庇ってた」

 

近くにいたから、というわけではなく、仮に前衛としてリィンたちと同じ場所にいたとしても、エマが襲われることがわかっていて庇わないという選択肢は、ルオンにはない。

 

「ですが!」

「……はぁ……まったく……」

 

それでもなお納得できないエマに、呆れたようなため息をついた。

 

「エマ、俺はお前が傷つくのを黙って見てるつもりはないし、お前を庇って怪我したとしても後悔はしないし、するつもりもない」

「でも……」

「自分のせいで誰かが傷ついてほしくないっていうのはわかってる。けどさ、俺だってエマに傷ついてほしくない」

「それは……わかるけれど……」

「エマを傷つけないために守りたいって思うのは、俺の意思だ。蔑ろにしないでくれよ」

 

そう言われてしまうと、エマは弱かった。

実のところ、ルオンは結構な頑固者であり、一度、自分が決めたことにはとことんこだわる傾向がある。

特に、エマや里の人々を守ることに関しては頑なであり、エマや長から何を言われても譲るつもりはまったくないといっても過言ではない。

それを嫌というほどわかっているエマは、あきらめたようにため息をつき。

 

「わかりました、これ以上は何も言わない……けど、無理はしないで」

「あぁ。約束だ」

 

エマを安心させるかのように柔らかな笑みを浮かべながら、ルオンはそう返した。

その言葉に、ようやくエマも落ち着いたらしく、安堵したような表情を浮かべた。

なお、その様子を前方で聞いていたリィンたちは、温かな笑みを浮かべていたのだが、それを二人が知ることはなかった。

 

----------------------------

 

その後、学院長への報告を終え、自由解散した一行だったが、ルオンとエマは再び旧校舎前へと来ていた。

 

「……セリーヌ」

「ヤタ」

 

周囲に誰もいないことを確認すると、二人は同時に何かに呼びかけた。

すると、旧校舎の茂みの方からは青いリボンを身に付けた黒猫が、屋根からは烏が二人の元へとやってきて、セリーヌはエマの足元に、ヤタはルオンの肩に止まった。

 

「……やれやれね。まさかここにも霊窟まがいのものがあるなんて」

「この地は帝都にほど近いゆえ、霊脈(レイライン)を流れる霊気も濃いのだろう。おそらく、かの獅子心皇帝もそれを理解したうえで、この地に士官学院を建てたのではないか?」

 

突然、セリーヌとヤタが視線を交わしたかと思うと、ルオンとエマの耳にそんな会話が聞こえてきた。

驚くべきことに、その声はセリーヌとヤタの口から出ていた。

だが、ルオンもエマも驚くことなく、一匹と一羽に語り掛けた。

 

「セリーヌ、おばあ様からは何か聞いてない?地下の構造が変化する遺跡なんて、聞いたことがないわ」

「さぁね。けれど、ここが『試練の場』であることは間違いないわ。そしておそらく……」

「エマが導くべきもの……『騎神』の乗り手、か」

「おそらく、あの黒髪の青年だろう」

「リィン、か……確かに、あいつは普通とは違う"色"があったな……それこそ、俺やエマより、ばあ様に近い感じだった」

 

ルオンが言う"色"というのは、気や魔力の色を指している。

普通ならば白や青、人によっては黒や紫に見えるのだが、リィンのそれは赤黒く見えたのだという。

もっとも、普段のリィンからは、その力の一端すら見せたことがないため、まだなんとも言えないというのが現状だ。

 

「……いずれにしても、今は見守るほかない、か」

「そうね……それから、エマ、ルオン。あいつにしっかり言っておいて」

「え?……あ、そういえば、セリーヌ!あなた、リィンさんをひっかいたって……」

「あいつがあんまりにもデリカシーがないからよっ!!」

「……いったい、何されたんだ?お前……いや、聞かないけど」

 

セリーヌが毛を逆立てて怒っている様子に、ルオンは思わず苦笑を浮かべながら、リィンがセリーヌに何をしたのか、すこし興味が沸いた。

もっとも、デリカシーがない、と言われるほどなのだから、聞いた瞬間、こちらにも飛び火することは目に見えていたので、聞くことはしなかったが。



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二度目の実技試験~1.再び、班分けで揉める~

旧校舎探索を終えた翌日。

Ⅶ組のメンバーは全員、戦術訓練の実技試験のためグラウンドに集合していた。

 

「さぁて、それじゃ始めましょうか」

 

整列したⅦ組の前に立つサラが、パチリ、と指を鳴らした。

すると、前回の実技試験で使用されたものと同じ、不可思議な案山子が姿を現した。

だが、まるっきり前回と同じもの、というわけではなかった。

 

「前回と同じ……いや、細部が違う?」

「えぇ、その通りよ。なんだかんだ、色々カスタマイズできるから便利なのよね~」

「受け取るときはすっげぇ嫌だったんじゃなかったのか?」

「それはそれ、これはこれよ」

 

とある筋から押し付けられた、と言っていたので、てっきりカスタマイズすることも再び利用することもないとルオンは思っていたのだが、サラがこういうところでは現金な性格であるということを忘れていた。

だが、それを言っても仕方がないので、これ以上は何も言わなかった。

 

「さて、それじゃ今回もこの傀儡を使ってもらうわ。ただし、前回よりもパワーアップさせてるから、その辺りは注意してね」

 

そう忠告して、サラはチームを二つに分け、実技試験を開始した。

最初に試験を行うことになった、リィンとガイウス、エリオット、ラウラの五人は、難なく課題をクリアしつつ、案山子を沈黙させた。

続いて、残るメンバーで試験を開始したのだが。

 

「そこをどけ、ユーシス・アルバレア!」

「貴様こそどこを狙っている!マキアス・レーグニッツ!!」

 

案の定、ユーシスとマキアスの二人が喧嘩を始めてしまった。

もはや名物となりつつある二人のいがみ合いを背後で聞きながら、ルオンとエマ、フィーの三人は案山子に集中した。

結果としては課題をクリアできたし、案山子も沈黙させられたのだが、ルオンはどこか不完全燃焼になっていた。

その理由をわかっているエマとエリオットは、ルオンをなだめ、フィーはわれ関せずと言って様子であくびをしていた。

 

「お疲れ様。ギリギリ、合格よ。原因はわかっているでしょうから、あえて追求しないでおいてあげるけど、ちょっとは反省しなさいよ?」

「「……………」」

 

指摘しながら、サラはマキアスとユーシスに視線を向けた。

視線を向けられている二人は自覚があるためか、サラに言葉を返すことなく、視線をそらしただけだったが。

 

「さてと、それじゃそろそろ次の話に行きましょうか」

 

サラのその一言が場の空気を変えた。

次の話、つまりは次の特別演習の場所と班分けのことだということは、言われずともわかった。

サラがわきに抱えていた封筒を全員に配布し、リィン達は中身を確認した。

 

《A班 実習先:公都バリアハート》

メンバー

リィン、エマ、マキアス、ユーシス、フィー

 

《B班 実習先:旧都セントアーク》

メンバー

ルオン、エリオット、アリサ、ガイウス、ラウラ

 

そこに記されていた場所とメンバーに、マキアスとユーシス、フィー以外の面々は苦笑を浮かべた。

特にA班に割り振られたエマは先日の特別実習を思い出したのか、顔を真っ青にしていた。

B班もまた、同情の視線をリィンたちに向けていた。

 

犬猿の仲、水と油。

そんな言葉ですら生温いほどの対立をしている二人が、再び同じ班になる。

この時点でどうなるかなど、火を見るよりも明らかだった。

 

「「いいかげんにしてください/してもらおう!」」

 

当然、二人から文句が出てくることは必然だった。

だが、どうしてもこの組み合わせを強行したいらしいサラは。

 

「わたしも別に軍人じゃないから、命令が絶対とは言わない。けどね、わたしは君たちの担任教官として、Ⅶ組を導く責任があるの――それに文句を言うというのなら、いいわ」

 

サラは大型の片刃剣と導力銃を構えた。

その瞬間、Ⅶ組の面々はサラがまとう気配が変化したことに気付いた。

 

「二人がかりでいいから、力づくで言うこと、聞かせてみる?」

 

その問いかけにルオンは、やっぱり怒ってる、という感想を抱いた。

これだけ威圧されても退くつもりがないのか、ユーシスとマキアスは自分たちの武器を構えて、戦闘態勢に入った。

 

「ふふっ、やっぱり男の子はそうじゃなくっちゃね!リィン、ルオン!あんたたちも入んなさい!!」

「りょ、了解!」

「うぇっ??!!……あぁ、もうっ!!了解!」

 

突然指名された二人は、驚きながらも武器を構えてサラの前に並んだ。

 

「それじゃ、実技試験の補習を始めるわよ――元A級遊撃士、サラ・ヴァレスタイン、参るっ!!」

 

その瞬間、サラは紫の導力をまとい、リィン達にむかっていった。

ルオンは素早く前に出て、振り下ろされた片刃剣を受け止め、はじき返し、得物を逆手に構えた。

さらに、リィンに視線を投げると、リィンもその意図を察したのか、太刀を抜き、構えた。

 

「……<静心桔梗流>初伝、ルオン・ツクヨ」

「<八葉一刀流>初伝、リィン・シュバルツァー」

「「推して参る!!」」

 

破れかぶれ、というわけではないが、もはや避けることはできないことを理解し、いっそ胸を借りるつもりで挑むことにしたリィンと、最初からかなわないことをわかったうえで、日頃のうっぷん晴らしに利用することにしたルオンが同時に名乗り、それぞれ、ユーシスとマキアスに戦術リンクを結んだ。



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二度目の実技試験~2.文句があるなら拳骨で黙らせろ!~

タイトルでお察しの通り、サラからの熱血指導回です(苦笑
次回から、実習回に入っていきます


次回の特別実習の班分けに、当然、異議申し立てをしたマキアスとユーシスだったが、当然却下された。

それでも折れなかった二人に、サラは力づくで、言うことを利かせてみろ、と挑戦状をたたきつけてきた。

頭に血が上っている二人は、その挑発に乗ってしまい、リィンとルオンを巻き込んで、サラに挑むことになった。

挑むことになったのだが。

 

「くっ……」

「す、すまない……」

 

ユーシスとマキアスは早々に退場することとなった。

ユーシスはリィンと、マキアスはルオンと、それぞれリンクを結んでいたにもかかわらず、なぜかマキアスとユーシスが互いの足を引っ張り合う結果になった。

それを見たとき、ルオンもリィンもひそかに、もしかしてお前ら本当は仲いいんじゃないか、と思ったのは内緒の話だ。

 

「くっそ、わかっちゃいたがやっぱ強えぇ」

「あぁ……だが、どうする?」

「どうするもこうするも、全力で抵抗する!」

 

リィンの問いかけに、ルオンは長脇差を構え直して答えた。

補習の対象者であるマキアスとユーシスがダウンした今、巻き込まれたリィンとルオンがこれ以上、サラとの模擬戦に付き合う理由はない。

だが、それを理由にサラが試合終了のホイッスルを鳴らすかどうか考えたとき、二人とも「否」という結論を導いていた。

 

当然、ここまで来たら諦めるという選択肢も二人にはないため、破れかぶれというわけではないが、全身全霊で立ち向かうしか道がない。

ルオンとリィンは戦術リンクを結び、得物を構え、サラを見据えた。

その姿を見て、サラはどこか楽し気に微笑みを浮かべ、大型銃を構えた。

 

「なら、せいぜい抗って見せなさい!リィン、ルオン!!」

「上等っ!!」

 

サラの発破に応え、ルオンとリィンはサラとの間合いを詰めた。

当然、ただで近づけさせるほど、サラも甘くはない。

構えた大型銃の引き金を引き、弾丸の嵐を放った。

だが、その嵐の中を、ルオンは真っ直ぐに突っ切ってきた。

 

「縛っ!!」

 

その一言がルオンの口から飛び出てきた瞬間、導力で顕現した銀色の細い鎖がサラの手足に絡みついた。

手足の自由を失ったサラに向かって、ルオンはさらに間合いを詰めた。

だが、サラはその鎖を無理やり引きちぎり、自由を取り戻し、接近してきたルオンと切り結んだ。

 

「ほんと、相変わらずわけのわからない術を使うのね!」

「わけのわからない実力持ってるあんたに言われたくない!」

 

互いに理解できない部分があることに文句を言いながらも、二人は互いの剣を受け止め、あるいは受け流していた。

時折、銃弾がその中に混ざってくるのはご愛嬌というものだろう。

数回、ルオンとサラが切り結ぶと、鍔迫り合いになり、そのまま膠着状態に入った。

 

「……なるほどね、わたしの意識をあんたに集中させてリィンが隙をつく作戦か」

「……ばれたか」

 

戦術リンクで互いの意識をつないでいるからこそできる連携だ。

もっとも、経験値の差からあっさりと読まれてしまったのだが。

それでもかまわない、とばかりにリィンは太刀を鞘に納め、居合の構えを取った。

瞬間、ルオンと目が合うと同時に、太刀を引き抜いた。

それと同時に、ルオンは長脇差を逆手に持ち直し、長脇差に雷の導力を流しながら右足を軸にして回転した。

 

「『紅葉切り』!」

「『雷旋刃』!」

 

前後から同時に攻撃したのだが、サラはしゃがみこんでルオンに足払いをかけ、リィンに銃口を向けて引き金を引いた。

 

「「なっ??!!」」

「これで、おしまい!!」

 

足払いされたルオンと、眉間に弾丸をお見舞いされそうになったリィンはとっさに回避できたものの、バランスを崩してしまった。

その隙を見逃すほど、サラは甘くはない。

手加減しているとはいえ、かなりきつい一撃を二人に放ち、K.Oに持ち込んだ。

 

「「ま、参りました……」」

「ふっふふ~ん♪まぁ、あんたら二人は頑張った方じゃない?ま、とはいえ結果は結果。班分けはこれで決定だから、悪しからず」

 

それじゃ、お土産よろしくね。

と、余計な一言を付け加え、サラは授業をお開きにした。

結局、犬猿の仲(ユーシスとマキアス)の二人はA班に組まれることとなり、リィンは無事に実習を乗り越えられるのだろうか、と果てしない不安に襲われるのだった。

 

-

 

その日の夜。

リィンたちはすでに就寝しているが、ルオンとエマはリビングにいた。

弁当や朝食の準備をしているわけではない。

実習で起こるであろうユーシスとマキアスの対立に不安を覚え、なかなか眠れなくなってしまったエマがルオンを呼び出し、話し相手になってもらおうとしたのだ。

もっとも、ルオンもなんとなく察していたらしく、カモミールとレモングラスをブレンドしたハーブティーを用意して、文句を言わずにお茶を淹れてくれた。

 

「ごめんなさい、ルオン」

「気にするなって。気持ちはわかるから」

 

呼び出しはしたが、やはり気が引けているのか、エマは申し訳なさそうに謝罪してきたが気持ちはわからないでもないため、文句を言うことはなかった。

 

「まぁ、リィンもいるからどうにかなるとは思うが……」

「リィンさんがいても、どうにかなりそうな気がしないのは……」

「……言うな」

 

リィンが頼りない、というわけではない。

だが、リィンがいても、あの二人をつなぎとめることができるかどうかがわからないのだ。

前回の実習でも、Ⅶ組の中で一番落ち着いていて、どこか悟っているようなガイウスがいても無理だったのだ。

たとえリィンだったとしても、前途多難であることに間違いはない。

とはいえ、こればかりはどうしようもないことなので。

 

「がんばれとしか、言えんな。すまん」

「う、ううん……また、ご褒美を期待してもいいかしら?」

 

ご褒美、というのは、以前、ルオンがエマのために調合した紅茶のことだろう。

そう思ったルオンは二つ返事でうなずくと、エマは柔らかな笑みを浮かべて、カモミールティーを口にした。

そうして、二人だけの静かなティータイムは過ぎていき……。



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二章「白亜の都~旧都セントアーク~」
実習初日 1、再び列車に揺られて


というわけで、ほぼオリジナル回のスタートとなります
なお、実習内容は基本的に閃軌Ⅲと同じものにしていく予定です
(ところどころ変わるだろうけど)


実習当日の朝。

リィンは気が滅入る思いをしながら、リビングに降りてきた。

寮内にもリビングにも人の気配はなかったため、おそらく、全員、駅に向かったのだろうと推測し、リィンはトリスタ駅に向かった。

駅に着くと、すでに全員集合していた。当然、その場にはユーシスとマキアスもいて、現在進行形で互いに背中合わせにして腕を組んでいた。

 

「……もしかして、今朝からずっと?」

「は、はい……」

「正直、かなりうざい」

 

同じ班として行動することになるエマとフィーに問いかけると、エマは困った表情を浮かべながら答え、フィーははっきりと自分の感想を伝えてきた。

うざい、というのはわからないでもないため、そこについてはあえて触れることはしなかったが。

 

「エマもフィーも、二回連続なんて災難よね……」

「正直、お疲れさんとしか言いようがないよな……特にエマは」

「あははは……リィンも災難というか……」

 

エリオットは苦笑を浮かべながら、巻き込まれることになったリィンに同情の視線を向けた。

それにつられるように、ルオンとアリサ、ラウラもリィンに同情した。

 

「……まぁ、二人とも性根が腐った奴ってわけじゃないし、なにかきっかけがあれば歩み寄り始めるだろ……たぶん」

「あぁ。俺には不可能だったが、リィンならばできるのではないかと思う」

「はははは……まぁ、やれるだけやるさ」

 

ルオンとガイウスに励まされ、リィンはどうにかこの実習を乗り越えようという気力が生まれたようだ。

もっとも、再び視界に入り込んできた二人の様子に、早くも心が折れそうになっていたのだが。

 

-

 

リィンたちA班と別れ、帝都中央駅を経由してセントアーク行きの列車に乗車したルオンたちB班は、別れ際のリィンとエマの様子を気にかけていた。

 

「……大丈夫かしら……」

「リィンと委員長のことか?」

「えぇ……」

 

なんだかんだ人がいいアリサは、どうやらユーシスとマキアスのいさかいに巻き込まれることが目に見えているリィンとエマの心配をしているようだった。

いや、あるいは、マキアスから一方的に敵意を向けられているリィンを心配しているのか。

いずれにしても、別行動をしている現在、自分たちにできることはないことを知っているため。

 

「あぁ……けど、俺らにはどうすることもできないしな……」

「うむ。ここは、リィンと委員長を信じるほかなろう」

「まぁ、なるようになるだろ。風が導いてくれるだろう」

 

達観している三人はそう結論付けて、この話を無理やり終了させた。

どこか釈然としないのか、アリサは納得のいかない表情を浮かべていた。

その様子に、エリオットはくすくすと微笑みながら。

 

「ほんと、アリサってリィンのこと、すっごく気にしてるよね?」

「なっ??!!……そ、それは?いろいろトラブルはあったけど?彼だってⅦ組の仲間なんだから、気にかけるのは当然じゃない?」

「顔面真っ赤にしてそういわれると、色々と邪推したくなるな」

 

くっくっく、と意地の悪い笑みを浮かべて、今度はルオンが口を開いた。

すると、先ほどまで赤かった顔をさらに赤くして、沈黙してしまった。

 

「……からかいすぎたか?」

「かもね?ていうか、ルオンは心配じゃないの?委員長のこと」

「ん?」

 

エリオットの問いかけに、ルオンは首を傾げた。

 

「まぁ、心配じゃないかって聞かれれば、そら心配だけどな」

「へぇ?」

「けどま、どうにかするだろうし、大丈夫だろ」

 

意外、とでも言いたそうにエリオットは目を丸くした。

ルオンの口から出たその言葉からは、エマを全面的に信じていることがうかがえた。

そして、それはフリーズしているアリサを除き、ラウラとガイウスも感じ取っていた。

 

「なるほど。委員長もそうだが、ルオンも委員長を信頼しているのだな」

「ふふ、なにしろ久しぶりの再会で思わず泣きだすほどだからな」

「え?なにその話、すごく興味あるんだけど」

 

ラウラが、オリエンテーリングの時、旧校舎地下の迷宮でエマが泣き出してしまったことを言っていることはすぐにわかったのだが、エリオットとガイウスは、いや、ルオンを除く男子とフィーは別の場所にいたため、そのことは知らなかった。

そのため、エリオットが興味深そうに食いついてきた。

もっとも、あの時のことをルオンはできる限り思い出したくないので。

 

「……あの時の話は言わんでくれ……」

 

と、うなだれながら返していた。



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実習初日 2、"白亜の都"

アリサをからかい、エリオットにからかわれながら、ルオンはB班のメンバーとともにセントアーク行きの列車に揺られていた。

その車中で、ルオンたちはセントアークについてのおさらいをしたり、ブレードに興じたり、世間話をしたりと、思い思いの時間を過ごしていた。

そうしているうちに、一行はセントアーク駅に到着し、列車を降りた。

駅から出ると、誰からとなしに視界に飛び込んできた光景に声を漏らしていた。

 

「ほぅ」

「ふむ」

「へぇ……」

「これは……」

「なるほど、セントアーク……"白亜の都"の異名は伊達じゃないか」

 

彼らの目に飛び込んできたものは、ややくすんではいるものの、白く美しい街並みだった。

"芸術の都"とも呼ばれるセントアークは、暗黒時代、首都ヘイムダルが暗黒竜によって死の都と化したとき、時の皇帝アストリウスⅡ世が残った民草とともに仮の都として移ったことがある都だ。

当時の街並みは、それこそ"白亜の都"と呼ぶにふさわしい、白く輝く街だったらしい。

 

「かすかだけど、ヴァイオリンの音が聞こえてくるな」

「誰かがヴァイオリンに興じているのだろう。さすが、芸術の都というところか」

「演奏会とかもやるのかな?」

「さて、そこまではわからんな」

 

少しばかり目を輝かせながら、そう問いかけるエリオットに、ルオンは苦笑を浮かべた。

だが、それよりもまず決めなければならないことがある。

 

「で、実習中の宿泊先ってどうなってるんだ?」

「もしかして、自分たちで探す、なんてことないよね?」

「……実習の案内には特に何も書かれていないが」

「……てことは最悪野宿もあり得る、か?」

「いくらなんでもそれは少し厳しくない?」

「失礼します。トールズ士官学院Ⅶ組の方々でしょうか?」

 

ルオンの言葉にアリサが苦笑を浮かべながら返すと、突然、駅員が声をかけてきた。

駅員のほうへ振り向き、ラウラがその通りだ、と答えると、駅員は一枚の封筒を手渡してきた。

 

「先日、士官学院から送られてきた封筒です。駅に到着したら手渡してほしい、と頼まれていました」

「なるほど。ありがとうございます」

 

ルオンが駅員に礼を言って封筒を受け取ると、中身を取り出した。

封筒の中身は、宿泊先となるホテルの名前と部屋番号、そして、実習の課題を預けている人物の住所が記されたメモがあった。

 

「どうやら、野宿は避けられそうだな」

「教官、いつの間に送ってたんだ、こんなの……」

「ほんと、謎よね……」

 

いつの間にか用意されていたメモに、サラの行動の速さをうかがい知ったラウラたちは、サラに関してさらに謎めいた部分が強くなったことに、感心よりもむしろ呆れていた。

そんな中で平静さを保っていたガイウスは、同じく平静さを保っていたルオンに質問をぶつけてきた。

 

「ルオン、お前は知っていたのか?」

「いんや。何かしら送ってくるかな、とは思ってたけど……逆に聞くけど、なんでそう思った?」

「先日の実力テストもそうだったが、オリエンテーリングの時も、お前はどこか教官に対してどこか親しそうだったからな」

 

別段、隠しているつもりはなかったし、隠すつもりもなかったが、今までエマ以外は誰も聞いてこなかったので、当然といえば当然の疑問だった。

だが、こればかりは話せば少し長くなると判断したルオンは、夜になったら話す、と返し、了承してもらった。

その後、ルオンたちB班は宿となるホテルへと向かい、荷解きをした後、今回の実習の課題を取り扱うことになっている人物、パトリック・ハイアームズの父、フェルナン・ハイアームズ侯の屋敷へと向かった。

 

------------

 

屋敷に赴くと、メイド長を名乗る女性に案内され、ルオンたちはハイアームズ侯の執務室まで通された。

執務室の奥には、穏やかそうな印象を受ける壮年の男がいた。

 

「フェルナン様、トールズ士官学院Ⅶ組の皆様をお連れしました」

「あぁ、ありがとう、リーゼ」

 

フェルナン侯がリーゼと呼んだメイド長に礼を言うと、リーゼは一礼して退室した。

リーゼが退室すると、フェルナン侯は椅子から立ち上がり、ルオンたちの前に歩み寄ってきた。

 

「セントアークへようこそ、トールズ士官学院Ⅶ組の諸君。私は拙いながら領主を務めさせてもらっている、フェルナン・ハイアームズだ。パトリックが世話になっているようだね」

「……あぁ、パトリックの父君でしたか」

 

ハイアームズ、という家名に聞き覚えがあったルオンは思わずそうつぶやいた。

実のところ、ルオンはパトリックがあまり好きではない。

何かにつけて身分を傘にする態度が面白くない、ということもあるが、貴族であることが特別であると錯覚していることが、何より、気に入らないのだ。

 

「ははは、その顔を見るに、やはりパトリックとすれ違いがあるようだが、あれももう少し世間を知るべきころだからね。是非とも議論を重ねる相手になってほしい」

「恐縮です」

 

四大名門の一角を担う人物に対して、まったく緊張した様子を見せることなく言葉を交わしているルオンに驚愕したように目を丸くするアリサとエリオットだったが、一連のやり取りが終わると、ハイアームズ侯から実習課題を手渡されると、すぐにその表情は変わった。

 

「私の方でいくつか見繕っておいた。むろん、目を通しはしたが何かしらの漏れがあるかもしれない……それと、課題とは関係ないのだが、最近、奇妙な魔獣が目撃されることがあるとの報告が入っている」

「奇妙な魔獣、ですか?」

「あぁ。なんでも、機械のような魔獣らしい。十分に気をつけてくれ」

 

アリサの質問に、ハイアームズ侯が神妙な面持ちで返し、注意を促してきた。

ハイアームズ侯も気遣ってくれている、ということなのだろう。

 

「御忠告、ありがとうございます」

「では、我々はそろそろ」

「あぁ。頑張ってくれたまえ。この実習が君たちの糧になることを祈っているよ」

 

忠告に感謝し、立ち去ろうとするルオンたちに、ハイアームズ侯は穏やかな笑みを浮かべてそう告げた。



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実習初日 3、B班、行動開始

リーゼに見送られ、侯爵邸から出たルオンたちは、ハイアームズ侯から渡された課題を確認した。

前回と同様、指定された魔獣の討伐とセントアーク市民からの要請が混ざっているような内容になっていた。

 

「やっぱり、魔獣の討伐はあるのね」

「軍部からの依頼が一件、後の二件は住民からの依頼で、うち一件が教会からの依頼、か……ますます遊撃士みたいになってきたな」

「前回といい、今回といい、確かにそのような印象はあるな」

 

ルオンの感想にラウラがそう返すが、すぐに話題を変更し、どれから取り組むかの相談に入った。

 

「指定魔獣の討伐……これは、イストミア大森林に向かう途中でも大丈夫だろうから、併せてやってしまおう」

「なら、先にこちらの探し物について聞いてから、教会にむかうとしよう」

 

ガイウスの提案に全員が賛成すると、なぜか、ガイウスたちの視線はルオンのほうへと向いた。

なぜ自分のほうを見ているのかわからなかったルオンが首をかしげると、ラウラが驚くべき言葉を口にした。

 

「ルオン。ここはそなたが締める場だと思うが?」

「……え?なぜに俺??」

「だってルオン以外に誰がやるのさ?」

「うむ。お前が適役だと思うぞ」

 

ルオンの問いかけに、エリオットとガイウスがラウラに対して援護射撃を行い、アリサも同じようなことを言ってきたので、多数決が成立してしまった。

断るに断れない雰囲気になってしまったため、ルオンは仕方ないといいたそうな顔をしながらも、号令をかけた。

 

「しゃあない……トールズ士官学院Ⅶ組B班、現時刻を以って行動を開始する!A班に負けない成果を出すぞ!!」

「「「「応っ!!」」」」

 

------------

 

教会と服飾工房からそれぞれ、採取する素材についての話を聞いたルオンたちは、ひとまず、服飾工房から頼まれた樹脂の採取に向かうことにした。

採取を依頼されたものは、《樹精の涙(ドリアード・ティア)》と呼ばれている樹脂だ。

樹脂といっても、その輝きは宝石にも匹敵するほど、と言われている。

なお、東方では薬の原料としても扱われており、適切な手順を踏んで処理することで、滋養強壮薬ともなるのだとか。

 

「今回はそれを三つ、採取するのだったな」

「あぁ。採取できる条件に見合う古木の生息地を順番にあたっていくとしよう」

「……ちょうど、討伐指定されてる魔獣の生息域を通る形になってるわね」

「なら、ついでに魔獣も討伐しちゃったほうがいいかしら?」

「そうしようか」

「ならば、ある程度準備を整えておいた方がいいな」

 

アリサの提案通りに動くならば、町に戻っている時間はない。

ならば、不測の事態に備えて、ある程度、準備を整えておくことは、必要不可欠なことだ。

 

「あぁ。それじゃ、準備を整えてから出発するとしようか」

 

ルオンの一言に、全員がうなずき、さっそく、準備に動いた。

おそらく、ここから一日仕事になるであろうことを想定し、少し多めの薬と昼食を購入し、街道へと向かった。

道中、やはり魔獣の類の襲撃はあったものの、戦術リンクをうまく活用することで、無事に切り抜けることができたことは言うまでもない。

現に。

 

「これで!」

「終わりだ!」

 

リンクを結んでいたルオンとラウラが、比較的大きな魔獣を前後で挟み撃ちにし、ほぼ同じタイミングで攻撃を加えた。

うまく急所を捉えたらしく、同時二段攻撃は魔獣の息の根を止めるには十分だったらしく、どさり、と大きな音を立てて、地面に倒れた。

 

「やるな、ラウラ」

「そなたの剣技もなかなかだったぞ」

 

こつん、と拳と拳をぶつけあいながら、ルオンとラウラは互いを称賛しあった。

その様子を見ていたエリオットは、二人の剣技の凄まじさに目を丸くしていた。

だが、ガイウスはどこか感心したような眼差しになっていた。

 

「リィンといいラウラといい、やはり強者がそろっているな、俺たちの級友は」

「あ、あははは……なんというか、僕、ほんとに場違いな気がするよ」

「安心なさい、エリオット。わたしだって自信がないわ」

 

武闘派ではなく知能派なエリオットの不安そうな声に、体育会系の部活に所属してはいるがラウラほど動ける自信がないアリサがそう慰めていた。

 

「さぁて、時間が惜しい。さっさと行こうか」

 

いつの間にか戻ってきたルオンのその一言に、全員、自分たちがまだ目的地まで半分の距離も進んでいないことを思い出した。

思い出したのだが。

 

「……さすがに、ちょっと距離長くない?」

「うむ……馬を借りてくるべきだったか?」

「いや、そもそも、セントアークに馬いた?」

 

目的地までの距離が長いことを失念していた。

行く道を阻まれたからといって、無駄に戦闘をしている時間はない。

ないのだが、指定魔獣の討伐を考えて体力や薬類を温存することを念頭に置いての戦闘は、やはり難しいものがあった。

 

「……あぁ、くっそ。兄貴だったらもうちっとうまくやったのかな……」

「え?ルオン、天涯孤独じゃなかったっけ?」

「あぁ、兄貴っても実兄じゃないよ。俺が勝手にそう呼んでるだけ」

 

笑みを浮かべながら、ルオンがそう答えた。

どうやら、エマ以外にもちゃんと人間関係を築けているらしい。

はたして、ルオンがその兄貴と呼び慕っているのはどのような人物なのか。

少しばかりの疑問と好奇心を残したまま、一行は目的の場所へとむかっていった。



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実習初日 4、イストミア大森林での再会

お待たせいたしました、最新話です
いや、A班だったら既存のシナリオに手を加えるだけで済むんですけども、オリジナルってなると、やっぱり大変……
まぁ、それはどうでもいい
本編どうぞ


街道を行くことしばらく。

一行は教会から採取を依頼されたハーブ「エリンの花」が採れる、イストミア大森林に到着した。

この森の奥にある開けた場所に、エリンの花の群生地があるらしい。

だが、この森の特徴はそれだけではない。

 

「綺麗……」

「ルナマリア自然公園を思い出すな」

「あっちとは違って、こっちはもっと神秘的な雰囲気だけどね」

「穏やかな風が吹いているな……ここは良い処のようだ」

「だな」

 

アリサたちが口々にこぼしているように、イストミア大森林はルナマリア自然公園同様、手つかずの自然が広がる大森林であり、自然が織りなす美しさがそのまま鑑賞できる場所となっている。

加えて、とある場所と霊的な繋がりを持っているため、霊場のような場所になっている。

もっとも、霊場のような場所、というのは、往々にして特殊な空間になっていることが多く、この場所も少なからず影響を受けていた。

 

「……かすかだが、普通の森とは違う気配がするな……」

「おそらく、上位三属性が作用しているんだろう……少し、急いだほうがいいかもしれない」

 

上位三属性。

七曜の属性の中でも特殊な三つの属性、空間、時間、幻影の三種類のことであり、深い歴史を持つ遺跡などでは、度々、目撃される属性であり、時として不可思議な現象を引き起こすものだ。

 

そして、往々にしてそれらの属性が作用している空間では、不可思議なことが起きることが多い。

その現象に巻き込まれ、重大な障害を受ける可能性もなくはない。

巻き込まれて、帰ってくることができませんでした、などという事態は避けたいため、ルオンは早めに依頼を済ませることを提案していた。

 

「……確かに、気配が少しばかり不穏だな」

「不気味な風も吹いている。そうすることにしよう」

 

武の心得を持っているラウラと、気配察知にかけてはおそらくⅦ組のメンバーの中でも随一のガイウスがそう返してきた。

彼らがそういうのだから、念には念を入れておいたほうがいいかもしれない。

アリサとエリオットは自然とそう感じ、早めに依頼を済ませることにした。

 

----------------------------

 

大森林に生息する魔獣たちと、何度か戦闘はあったものの、一行はどうにかエリンの花の群生地に到着した。

すでに花は開いており、周囲にはエリンの花の香りが広がっていた。

その甘い香りに、ルオンを除く四人はその香りを賛美していた。

 

「なんだか、ほっとする香り……」

「鎮静効果があるって司教様はおっしゃってたけど、本当みたいだね」

「使い方も色々あってな、乾燥させればハーブティーにもなるし、香油を取ればアロマにすることもできる」

 

花を採取しながら、ルオンはエリンの花の使い方を説明していた。

その幅の広さとルオンの知識に、エリオットは思わず感心していたが、アリサは少しばかり怪訝な顔をしていた。

 

「それ、委員長の受け売りなんじゃないの?」

「受け売りではないな、どっちかってぇとばあ様……里長の受け売りだ」

「里長……つまり、委員長の祖母殿か」

 

ラウラの問いかけに、ルオンは首を縦に振って肯定した。

 

「薬草やまじないの類についてだけじゃない。他にもかなりの知識を持っていてな、俺もエマも長から学んだ」

「教会で学んだわけではないのだな?俺と同じようなところか」

「へぇ?……あぁ、ガイウスの故郷はノルドだったっけ」

「たしか、あそこには教会の神父が定期的に巡回するだけで教会自体はないんだったな」

 

ルオンの言葉に、ガイウスは静かに頷いた。

ゼムリア大陸で最も幅を利かせている七耀教会だが、すべての地に教会があるというわけではない。

そのため、諸事情により教会を置くことが出来ない地には、定期的に神父が巡回を行い、日曜学校や礼拝などを行うことになっている。

ノルドもその一つのようだ。

 

そうこうしているうちに、頼まれていた量のエリンの花を採取し終わり、早く森を出ようとしたその時だった。

突然、背後に誰かの足音が聞こえてきた。

誰からとなく振り返ると、そこには緋色の瞳をした、幼い少女がいた。

 

「ほう?奇妙な()を感じたと思ったら、そなただったか、ルオン」

「久しぶりですね、長。なぜここに?」

「なに、ちと散歩しておったら奇妙な気配を感じたのでな。確かめにきたのじゃ」

 

どうやら、この少女とルオンは知り合いのようだ。

いや、知り合いという程度ではない。

ルオンが彼女を見て口にした、『長』、という言葉。

それはすなわち、エマの祖母であることを意味していた。

 

「「え?!」」

「こ、これはなんと……」

「ふむ……委員長の祖母殿と伺っていたが、まさかこれほど若いとは……」

「む?……あぁ、なるほど。ぬしらがルオンとエマの学友、というわけか」

 

どうやら、エマから学院のことは聞いているようで、どこか得心が言ったように腕を組みながらうなずいていた。

いろいろ様々、聞きたいことがある、という顔をしているルオン以外の面々であったが、ルオンの一言で、その顔はすぐに慌てふためくこととなった。

 

「戻りのこと考えると、そろそろ動いた方がいいと思うぞ~」

「ま、まずい!」

「急ぎましょう!!」

「ふむ、ならば致し方あるまい」

「行くとしよう」

 

ルオンとて、知られても困らない範囲であれば、話をしてもいいとは思っているのだが、エマと長のことはあまり知られていないほうが都合がいい(・・・・・)

そう判断し、はぐらかすことにしたのだ。

それに気づいていたのは、あわただしくかけていく四人の背中を見送っているエリンの里長、<緋のローゼリア>と呼ばれる魔女だけだった。

 

「ルオン、おぬし、しばらく見ないうちに口が達者になったものじゃの」

「まぁ、色々あったし……ところで、本当に散歩でこっちまで?」

「……あぁ、それ以外に目的はない」

「ふ~ん?」

 

本当にそうなのだろうか、という疑問がないわけではないため、怪訝な顔をローゼリンデに向けたルオンだったが、これ以上の追究は時間の無駄と判断し、先行しているエリオットたちを追いかけることにした。

 

「それじゃ、里のみんなによろしく」

「うむ、そなたもエマとセリーヌを頼むぞ」

 

簡単に別れを済ませ、ルオンはローゼリアに背を向け、エリオットたちを追いかけた。

ローゼリアは、その背中を少しの間だけ見送ると、霧のようにその場から姿を消した。



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実習初日 5、ちょっとした一波乱

今回は少し短めです


イストミア大森林を抜け、ルオンたちは街道に出た。

が、その空気は少しばかり気まずいものが流れていた。

いや、A班のそれよりだいぶましなのだろうが、気まずいものは気まずかった。

 

なぜこの空気が流れているのか。

その原因はルオンにあるだけでなく、エリオットたちが聞いていいかどうか迷っているということが原因だった。

確かに、Ⅶ組結成から一か月以上が経過しているため、互いに互いのことがわかってきたし、気心も知れてきた。

だが、さすがにプライベートなことまで遠慮なく聞くことができるかと聞かれれば、答えは否だ。

 

特に、アリサとエリオットは、自分の出自について話すことを未だためらっている状態だ。

ルオンのことだから、聞けば答えてくれるのだろうが、一方的に聞くだけではフェアじゃない。

そう考えているため、ルオンに先ほどの少女のことを聞けずにいた。

聞けずにいたのだが。

 

「……里長については、俺も、たぶんエマも知らないことが多くてな……十年以上、なぜかあの姿なんだよ」

「……え?」

 

突然、ルオンの口からその言葉が出てきた。

あまりに唐突に聞きたいことを答えられ、アリサとエリオットは思わずぽかんとしてしまった。

 

「……んだよ、さっき聞きたそうな顔してたじゃないか」

「そりゃまぁ……」

「否定はしないが、少し唐突だったような気がしてな」

「俺からすりゃ、さっきまでの空気のほうが耐えられねぇって。重苦しくて息もできねぇ」

 

苦笑を浮かべながら、ルオンがそう続けた。

たしかに、さきほどの気まずい空気はすでにない。

どうやら、一番きにしていたのはルオンのほうだったようだ。

 

「け、けどよかったの?」

「ん?」

「だって、知られたくないこととかだってあったんじゃ……」

「ん~……まぁ、このくらいだったら別に問題ないし、むしろこのままぎすぎすした状態になる方が俺にとっちゃ問題だ」

 

どうやら、ルオンはこの空気を作っているのは自分であるということを自覚しているようだ。

が、それで困惑しないかどうかはまた別の問題だ。

 

「で、でも……」

「別に里長のことは知られたくなかったわけじゃない。ただ、どう説明したらいいか俺もわからなかったから、あの場では話さなかったんだ」

「たしかに、なぜあの容姿で里長なのか、どう説明すればいかわからないな」

「あの場でどう説明すべきか考えないまま答えていたら、余計にこじれていたかもしれない、か」

「そ、だからほかの課題もやりながら考えをまとめて、夜にでも話そうと思ってたんだけど……好奇心を抑えられてなかったしな」

 

苦笑しながら、ルオンはガイウスとラウラの言葉に返した。

Ⅶ組の面々の中でもっとも冷静沈着なガイウスとラウラでさえ、気になって仕方がない、と顔に書いてあるほどだったのだ。

好奇()を奪った、という意味では、ローゼリアは魔性の女と言って差し支えないだろう。

 

その評価はさておき、抑えきれない好奇心で集中力が乱されることで、最悪の結果を招きかねない。

それに何より、Ⅶ組であれば、別にローゼリアのことを教えてもかまわないと思っていた。

むろん、隠しておかなければならないことはまだいくつかあるが、それでも、里長のことくらいはかまわないだろう、と判断してのことだった。

 

「そ、そういうこと……」

「あはは……なんだかせかすようなことしちゃったかな?」

「なに、気にすることはないさ」

 

ルオンの意図を知ったアリサとエリオットは、どこか安堵したような表情を浮かべていた。

不快に思ったのではないか、と心配していたかどうかはわからないが、少なくとも、仲違いするようなことはないだろう。

この話題にひとまずの決着がついたと判断し、ルオンは笑みを浮かべながら。

 

「それよか、早く行こうぜ」

 

と提案した。

確かに、街道を歩いて少しばかり時間を取られてしまった。

急がなければ、日暮れまでに必須の項目すべてを終わらせることは難しくなるだろう。

今はとにかく急いで課題を終わらせることに集中すべき、と判断し、一行は次なる課題の解決へと向かった。



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実習初日 6、《樹精の涙》探しと謎の魔獣

イストミア大森林を抜けて、ルオンたちは次なる課題である「樹精の涙」の採取に向かった。

樹精の涙、とは文字通り、樹液が固まることで生成される準貴石のことだ。

ダイヤモンドなどの貴石ほどではないが、それなりに価値があり、加工すれば樹液とは思えない輝きを放つのだという。

 

なお、これは知る人ぞ知ることなのだが、樹精の涙は東方では滋養強壮の薬としても重宝されている。

もっとも、正しい工程を経なければ、薬どころかただの下剤になりかねないのだが。

 

閑話休題(それはともかく)

 

ルオンたちは樹精の涙が生成されている可能性がある樹木を探して回っていた。

しかし、なかなかお目当てのものを見つけることができずにいた。

 

「う~ん……なかなか見つからないなぁ……」

「さすが、貴石にも負けない価値がある宝石よね……」

「あぁ……これはすこし骨が折れるぞ」

 

準貴石とはいえ、樹精の涙がダイヤモンドなどの貴石と引けを取らない理由は、その希少価値にある。

樹精の涙は生成される条件が厳しい上に、準貴石としての基準を満たしているものは圧倒的に少ないのだ。

 

――探査系の魔術を使えたら楽なんだけど……この場で使うのはなんかなぁ……

 

すでに何個目かわからなくなってきた古木の幹を調べながら、ルオンは探査系の(まじな)いを使いたくなってきていた。

だが、人前で滅多なことはしたくはない。

そもそも、ルオンがこれから使おうとしているのは導力器を介して発現する導力魔法ではなく、一部の特殊な血を継ぐものが操る異能。本来の意味での「魔法」だ。

滅多に人前で見せるものではない。

 

Ⅶ組のメンバーならば、秘密にしておいてほしい、と頼めば秘密にしてくれるだろうが、人の口には戸が立てられないし、壁に耳あり障子に目あり、という東方の言葉もある。

下手に使って妙な印象を抱かれるのは、正直に言ってごめんこうむりたい。

 

――けどまぁ、ダウジングくらいなら許容の範囲内、か?

 

ダウジングはオカルト、などと呼ばれているが、水脈を探したり水道管の破損箇所を探したりする際などで活用されている。

オカルトだからと言って馬鹿にしたものではない。

加えて、ダウジングというのは一種の占いのようなものだ。

エマのように誰かを癒したり、一種の暗示にかけたり、転移したりする魔術よりも、占術のほうが得意なルオンにとって、見つけたいものを見つけるのはお手の物。

実際に魔術を使うにしても、ダウジングで誤魔化せば"たまたま"で済ませて、うやむやにすることも可能だ。

 

――時間ももったいない……まぁ、あとのことはあとで考えよう

 

意を決して、ルオンはポーチから鎖につながれた青い宝石を取り出し、どこから取り寄せたのか、街道整備用に作られた拡大地図を広げた。

その行動を見ていたのはガイウスだけだったが、特になにも聞いては来なかったので、ひとまず放っておくことにした。

 

「風よ、我が求めるものを指し示せ」

 

鎖を握り、宝石を地図の上に垂らすと、ルオンは小声で東方の言葉を口にした。

その瞬間、宝石にわずかに光が灯ったが、すぐに消えてしまった。

そんなことは気にすることなく、ルオンはゆっくりと地図上に記された街道に沿うようにして手を動かした。

すると、街道沿いにある一本の古木のあたりで、宝石が急に右にくるくると回り始めた。

 

「……そこ、か」

 

ルオンはそう呟きながら、古木のほうへと向かっていき、丹念に調べ始めた。

すると、その古木の根元のあたりに何か光るものがあることに気付いた。

 

「見つけっと」

「見つかったか」

「あぁ。ばあ様から困ったときに使えって言われてた占いがまさか当たるとはな」

 

近くにいたガイウスからの問いかけに、ルオンはうなずいて返し、樹精の涙を取り出した。

それと同時に、方々に散っていたアリサたちも樹精の涙を見つけたらしい。

 

「案外、見つかりにくいものなのね」

「これじゃ、宝石と同じ価値があるのもうなずけるよ」

「まぁ、頼まれた数が見つかったからいいんじゃないか?」

 

それなりに労力は使ったが、ひとまず、頼まれた数の樹精の涙を採取することはできた。

分散して調べたことが功を奏し、それほど時間もかからなかったので、一行はそのまま指定魔獣の討伐へとむかった。

 

------------

 

樹精の涙を採取した場所を離れること数十分。

ルオンたちは大型魔獣が出現するというポイントに到着した。

その魔獣を見た瞬間、ルオンたちは固まった。

 

「ね、ねぇ……あれって、魔獣、なのかな?」

「どちらかといえば機械のような気が……」

「あぁ……だが、あれを魔獣と呼ぶのは少し違う気がするな」

「……生物、とは言い難いな」

「しかし、あのような機械、少なくともわたしは見たことがないぞ」

 

口から出てくる言葉こそ違うが、思っていることは同じ。

果たして、目の前にいるあれは魔獣と呼んでいいのだろうか。

ただそれだけだ。

だが、いつまでもここにいるわけにもいかないし、今後も被害者が出るかもしれないということを考えれば、そっとしておく、という選択肢はないし、何より、必須課題なのだから討伐しないわけにはいかない。

 

「総員、準備は?」

「いつでも」

「大丈夫だ」

「オーケーよ」

「が、頑張るよ」

 

それぞれの得物を構え、ルオンの問いかけにうなずいて返すと、ルオンは自身に気合を入れる意味も込めて、号令をかけた。

 

「よし……Ⅶ組B班、これより指定魔獣の討伐を開始する!相手の能力は未知数だ!十分注意してかかれ!!」

『応っ!!』

 

ルオンの号令に答え、B班は機械魔獣の前に飛び出していった。

 



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実習初日 7、機械魔獣、討伐完了

お待たせしました
なんというか、うん……閃軌Ⅲのシナリオブックあったらもうちょっと楽だったのかなとか思っていたりします(いやほんと
他の作品もあるのにオリジナル展開考えるの、正直きつい……


課題で討伐対象となっていた機械のような魔獣を発見したルオンたちは、得物を構え、魔獣へと向かっていった。

機械魔獣はルオンたちの接近に気付くと、キリキリ、と音を立てながら襲いかかってきた。

五人は、ガイウスとラウラ、ルオンが前衛、アリサとエリオットが後衛という布陣を敷き、応戦した。

だが、見た目通り機械のように固い装甲に、前衛の三人は苦戦を強いられていた。

 

「くっ!やはり固い!!」

「ちぃっ!これ鉄か、ほんとに!!」

「斬れぬほどではないがやはり苦戦するな」

 

三人の名誉のために擁護すると、三人の実力が低いわけではない。

が、予想以上に固い表皮が、三人の攻撃を阻んでいるのだ。

あと一歩。ほんの一歩だけ膂力が足りない。

三人がそう思った瞬間だった。

 

「ARCUS駆動!―-」

「みんな、頑張って!!」

 

エリオットの導力魔法とアリサのクラフトによる援護があった。

導力魔法の効力で体に力があふれだし、アリサのクラフトが三人の受けた傷を徐々に癒し始めた。

二人の援護に感謝しつつ、ルオンたちは再び機械魔獣に斬りかかった。

導力魔法による支援のおかげで、最初の一撃よりも重く、鋭い一撃を機械魔獣に加えることができたが、ここでもう一つの問題が浮上してきた。

 

機械というのは、生き物と違い感情を持たず、予め入力されている決められた内容とパターンで動くものだ。

そして何より、感情を持たない。

故に、傷つけることや壊すことに一切にためらいがなく、自身もまた痛みを感じないため、痛覚から隙が生じるということもない。

 

「足の関節部分を狙って機動力をそぐぞ!」

「ガイウス、ラウラに続いてくれ!俺は援護に回る!!」

「心得た!」

 

ラウラの提案に、ルオンは自分よりも膂力があるガイウスに前衛へ立ってもらうことを選び、エリオットとアリサとともに援護に回ることにした。

剣術の腕前こそ、ラウラに迫るものがあるルオンだが、直接指導を受けていた時間よりもエマとともにローゼリアから魔術の指導を受けていた時間が長いため、どちらかといえば、剣術よりも魔術の方が得意なのだ。

特に、炎の力を操ることに長けたエマとは反対に、支援に長けた術の扱いに。

 

「韋駄天よ、その加護を彼らに!!」

 

長脇差を鞘に納め、ルオンは指を複雑にからめながらそう叫んだ瞬間、ラウラとガイウスの周囲を翠に輝く風が囲んだ。

同時に、ガイウスとラウラは体が軽くなっていくのを感じた。

そこに加えて、効果が切れかけていた導力魔法による支援が重ね掛けされ、前衛二人はペースを乱すことなく、機械魔獣を攻め続けることが出来た。

そしてついに。

 

「砕け散れっ!!」

「そこだっ!!」

 

二人の同時攻撃で機械魔獣の体の各所から黒い煙と火花が飛び散り、動かなくなった。

どうやら、機能停止まで持ち込めたようだ。

機械魔獣が完全に動かなくなったことを確認すると、全員が武器を納めた。

 

「こ、これでもう大丈夫、なんだよね?」

「えぇ。機能停止しているはずよ……これが機械だったら、だけども」

 

後方で控えていたエリオットとアリサは不安そうにしながら、黒煙を上げている機械魔獣へと近づいていった。

すでに、ラウラとガイウス、ルオンの三人が検分を行っていたが、襲いかかってくる様子がないため、完全に機能を停止しているということはわかった。

 

「見れば見るほど、面妖な……」

「帝国にはこのような魔獣もいるのか?」

「んなわけないだろ……てか、俺だって初めて見るぞ、こんなの」

 

ガイウスの言葉に、がしがしと頭を搔きむしりながらルオンが返し、無駄とはわかっていてもどこかに製造メーカーなどのロゴのようなものがないか確認していた。

だが、案の定、そういったものは刻印されておらず、どこのメーカーのものかはまったくわからなかった。

もっとも、ルオン自身はそもそも期待していなかったらしく、そうだろうな、と小さくつぶやきため息をついた。

 

「しっかし、これどうしたもんかな……セキュリティ用の機械人形だとしても、この戦力はやりすぎだろ……」

「そうね。ロケットランチャーに機関銃、閃光弾、それに導力魔法も通さないほどの特殊装甲なんて」

「……ね、ねぇ、もしかしてだけどこの機械魔獣、軍が秘密裏に製造したもの、なんてことないよね?」

「この戦力だ、考えられなくはないが……」

「そもそも、これ一体で町を半壊できるほどの戦力だ。軍がそのようなものを野放しにするとは思えんが」

 

そもそもそれほどの戦力を有している兵器、それも自律型ならば共和国との戦争を想定して製造された可能性もなくはない。

そんな兵器を暴走させた挙句、士官学院生とはいえ、学生に処理させるようなことをするだろうか。

わからないことばかりで、全員、頭をかかえたくなってしまったが、これ以上のことはわからないということに変わりはない。

 

「……なぁ、これ以上、考えても答えは出ないんだから、軍に報告だけしておこうぜ?」

「それもそうね」

「なら、屯所に行こうか」

「たしか、この街道を少し行ったところに要塞があったと思うが……」

「ならばそこまで向かうか」

 

そう話す一行であったが、その足取りは思いのほか重かった。

それもそのはず。

いくら最初の特別実習と旧校舎の地下で慣れてきたとはいえ、実戦はまだまだ気が抜けないし、何より、実技テストで使用される戦術殻とはまた異なる機械魔獣を相手にしたのだ。

精神的にも肉体的にも、そろそろ疲労が色を出し始める頃だった。

 

気力を振り絞り、軍の要塞にたどり着き、報告を行ったルオンたちだったが、報告をした軍人から、他言無用であることや軍事機密触れるといった注意をされなかった。

そのことに疑問を感じはしたが、監視がつかないのならば好都合とばかりに一路、セントアークへと戻っていった。



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実習初日 8、初日終了~貴族へのいら立ち~

バリアハートと同じ展開ですが、そこはご了承を
まぁ、マキアスが「セントアークも似たようなものだがだいぶまし」と話していたくらいですから、これくらいはあってもいいかなぁ、と


実習課題を終わらせ、レポートも書き上げたB班一行は、レストランで夕食を摂っていた。

が、その空気は少しばかり重かった。

特に、ルオンとラウラはご機嫌斜めどころか、爆発寸前のダイナマイトと同じくらい危険な状態になった。

 

「(ど、どうしよう……ふたりとも機嫌悪いよ?)」

「(やはり、さきほどの"あれ"が原因だろうな)」

「(け、けど下手に声かけられないわよ、こんなの……)」

 

ひそひそと、エリオットたちがどうしたらいいか、対策会議を開き始めた。

なお、ガイウスが話した、さきほどのあれ、というのは、課題の中にあった準貴石《樹精の涙》を、依頼してきた工房に届けたのだが、その受取人は依頼主ではなく、貴族の男だった。

その男は、あろうことかルオンたちの目の前で受け取った《樹精の涙》をそのまま口に放り込み、飲み込んでしまったのだ。

 

曰く、《樹精の涙》捜索の依頼が出されたことを聞きつけ、工房と依頼主を説得し、買い取ったのだという。

当然、そんな傲慢な態度を笑って許すことが出来るほどの度量はルオンたちにはなかった。

だが文句を言っても聞かないだろうし、ラウラが公爵令嬢であることを知ったうえで説教をされたとしても、暖簾に腕押し、というものだろう。

ひとまず、こらえはしたが、怒りの矛先をどこにむければいいかわからなくなってしまい、ルオンとラウラは苛立ってしまったのだ。

それこそ、同じく苛立ちを覚えているであろうアリサたちが思わず引いてしまうほどに。

 

だが、徐々にその怒りも収まってきたのだろう。

不機嫌そうな雰囲気こそにじみ出てはいたが、食事をしながら話をするくらいには機嫌を直したようで。

 

「……こう言っちゃあれだが、ここにマキアスがいなくてよかったと思うよ、俺は」

「そうだな……あやつも悪人ではないが、どこか貴族を憎んでいるような気がしてならん」

「実際、何かやられたんだろうよ。でなきゃあそこまで親の仇みたいに扱わねぇって」

 

と、二人の間で会話が繰り広げられていた。

その様子に安堵したのか、エリオットが先陣を切って口を開いた。

 

「でも、いくらなんでも横からかすめ取るようなこと、するかな」

「その家の教えにもよるのだろうが……さすがに人としてどうかと思うな、あれは」

「まったくだ……同じ貴族として恥ずかしい限りだ」

 

ガイウスの言葉に、ラウラは疲れた表情でため息をついた。

いくら特権階級であったとしても、人としての道を外れる行いをよしとするほど寛容ではないし、あってはならないと思っているようだ。

 

「セントアークはまだましな方っていうのは、たぶん、ハイアームズ侯の人柄なんだろうね」

「四大名門の一角……ユーシスの実家もそうだったな?」

「アルバレア公爵だな。最近はカイエン公との勢力争いで勢いがだいぶそがれてしまっているらしいが」

「権力争い、ねぇ……くっだらね。民草を守るって義務を放棄してまで執着するもんかねぇ?」

 

ため息をつきながら、ルオンはそうつぶやいた。

そもそも、貴族に特権が与えられているのは皇族から認められているというだけではなく、自分の領地に住む領民を守護するためにあらゆる責任を背負う立場にあるためだ。

アルバレア公はそこをはき違え、自分に従わない領民は守るべき領民ではない、と判断し、暴挙に出ていたが。

 

「最近は貴族じゃなくて平民出身の政治家が増えたし、鉄血宰相の締め付けも厳しいからね。どうにかして固執しようとするのも仕方ないと思うけど」

「だが、本来、貴族とは領民の楯となり剣となるものだ。それを忘れるなど言語道断」

 

エリオットの言葉に返してきた、いかにも武人の家であるアルゼイドらしいラウラの言葉に一同は、まったくだ、とうなずいた。

だが、自分たちはあくまで学生であり、これ以上はここで議論していてもどうにもしようがないことだ。

 

それに耳ざとい貴族のことだ。

貴族制を否定するような発言を聞いて、何かしらの妨害を仕掛けてくるかもしれない。

その可能性を考慮して、ルオンたちはさっさと切り上げて、ホテルへと戻っていった。

 

------------------------

 

部屋に戻り、レポートを書き上げたルオンたちは自分たちの部屋へと戻り、就寝の支度をしていた。

その時、ルオンのARCUSから通信の着信音が響いてきた。

 

「うん?誰だ……ルオンだ」

《突然すまない、ラウラだ。いま、大丈夫だろうか?》

「構わないが、どうした?」

《うむ。そなたと一度、話がしたいと思ってな》

 

通信をかけてきたのはラウラで、なにやら、ルオンと話したいことがあるようだ。

ふむ、とルオンは少し考えるそぶりを見せたが、別に構わない、と了承した。

 

《すまない。エントランスで待っている》

「了解」

 

一言、そう返して、ルオンは通信を切った。

話をすることに了承したが、ラウラのことだから話というよりも剣での語り合いになる可能性も考える必要がある。

少し、安請け合いだっただろうか、と反省をしつつ、ルオンは愛刀を手に取り、エリオットとガイウスに外出することを伝えて、部屋から出た。



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実習初日 9、初日終了~ラウラとの手合わせ~

お待たせしました
戦闘描写がなかなか難産で……
まぁ、それはそれとして、本編どうぞ


ラウラから呼び出されたルオンは、愛刀を手に、ホテルのエントランスに来ていた。

数分とすることなくラウラが姿を現すと、ついてきてくれ、とルオンを外へと連れだした。

ホテルを出て歩くこと数分。

二人は街道に出ていた。

 

「……ここならば、問題ないだろう」

「……なるほど、なんとなく察しはついた」

「そうか。話が早くて助かる」

 

ラウラがわざわざ市街地を離れ街道に出た理由は一つしかない。

普段はなかなか時間が取れなかったため、果たすことができなかった約束を果たそうとしているのだ。

それも、訓練の枠を超えた、全身全霊の手合わせを。

そのことをわかってはいるルオンだったが、どうしてもわからないことが一つあった。

 

「なんで俺なんだ?実力から言えば、おそらくラウラに次ぐのはリィンかガイウスだろ」

「あぁ、おそらくはな。ユーシスもかなりのものだが、宮廷剣術にはあまり興味がない」

「ならなおのこと……」

「だが、わたしが興味を持っているのはそなたなのだ、ルオン。形見とはいえ奥義書を受け取り、読み解き、修練をしながらも『初伝』とうそぶき続けるそなたの剣をどうしても見てみたい」

 

どうやら、純粋にルオンの実力が知りたいから、手合わせをしてほしい、ということのようだ。

そういえば、とルオンはラウラが士官学院に入学した理由を思い出した。

曰く、目標にしている人物に手を届かせたいから。

目標にしている人物というのは、おそらく、ラウラの父であり、《光の剣匠》の二つ名を持つ、帝国守護の片割れ。ヴィクター=S=アルゼイドのことを指しているとすぐに察することができた。

だからこそ、少しでも多く、実戦経験を積んでおきたいのだろう。

 

「わかった。そういうことなら」

 

ルオンとしても、またとない機会だと思っていた。

準遊撃士として活動していたころから先輩遊撃士たちに、中伝でもおかしくない、むしろそれで初伝とか噓だろ、と言われるほどの腕前ではあるのだが、その自覚はまったくなかった。

だからこそ、ルオンにとっても今回の誘いはいい機会だった。

 

聞けば、ラウラは現在、アルゼイド流の中伝を修めているほどの実力なのだという。

帝国守護の双璧、その片翼を担う流派なのだから、中伝に至るには並大抵の努力では足りないはずだ。

自分が本当に中伝でもおかしくなく実力を持っているのか、それを自分で推し量るには十分すぎる物差しだ。

 

「静心桔梗流初伝、ルオン・ツクヨミ――推して参る!!」

「アルゼイド流中伝、ラウラ・S・アルゼイド――いざ、尋常に勝負!!」

 

互いに名乗り、一瞬で間合いを詰めて互いの得物をぶつけ合った。

競り合いになるかと思いきや、ルオンはラウラの剣を受け流し、まるで水流のようにするりと背後に回った。

だが、その気配を察したラウラは振り向く勢いを使いながら剣を振り上げてきた。

紙一重でそれを交わし、ルオンは長脇差を逆手に持ち替え、柄頭をラウラに向けて突き出した。

 

「くっ!!」

 

ラウラは剣を持ち直し、突き出された柄頭を柄で受け止め、距離を取った。

だが、ルオンはそのまま追撃とばかりに首筋にむかって長脇差を振るってきた。

今度はラウラがそれを紙一重で回避し、ルオンとの間合いを取った。

 

「さすがに早いな……まるでリィンの抜刀のようだ」

「居合抜きは剣術の中でも速度がものをいう技だからな。あれと比べたらまだ遅い方だ」

 

ラウラの言葉に、ルオンは長脇差を持つ手を前にかざしながら、返した。

確かに、ルオンの言う通り、居合は一撃必殺を旨とした技であり、回避することは難しい。

その速さに比べれば、ルオンの動きは遅い方だ。

だが、それはあくまで剣速の話だ。

全体的な動きからすれば、ルオンの動きは確かに早い。

 

「ふっ、それを言われればな……だが、おぬしとリィンとの手合わせはやはり楽しいものだ」

「そらどうも……」

 

苦笑を浮かべながら、ルオンはラウラの称賛を受け止めた。

だが、まだ気を抜くわけにはいかない。

ほんの一瞬、和やかになった空気は再び張り詰めたものへと変わった。

この場に観客がいて、注意深く耳をすませば、パチリ、と細かな音が聞こえていることがわかっただろう。

向かい合っている二人の剣気がぶつかり合い、細かな火花を散らしているようだ。

 

「「……っ!!」」

 

二人は同時に地面を蹴り、互いの間合いを詰め、その手に握られた剣を振るった。

今度は鍔迫り合いに持ち込むことはなく、互いの剣閃の速度と鋭さに物を言わせた一発勝負。

自分の今までの鍛錬と剣にかける想いを込めた一撃が、互いに交差した。

その結果は。

 

「……さすが、帝国守護の片翼だな」

「そなたの腕もな……そなたの師、母君がご存命であったら是非に手合わせ願いたかった」

 

互いに背を向け合いながら、最後の一撃を称賛しあった。

その証拠に、ルオンの制服のブレザーは一部が破れており、ラウラの長い髪をまとめていたリボンは半分になってラウラの足元に落ちていた。

どうやら、相打ちになったようだ。

これ以上は明日に響くと考えた二人は、どちらからとなく得物を納め、元来た道を戻り始めた。

 

「満足したか?」

「あぁ、ひとまずはな。だが、まだまだ足りぬよ」

 

微笑みを浮かべながら、ルオンの問いかけにラウラはそう返した。

どれだけ強さを求めれば気が済むんだよ、と心中で突っ込みつつ、ルオンはラウラとともにホテルへと戻っていった。



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