SAO~黒の剣士と遊撃手~ (KAIMU)
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序章
和人


 どうも、KAIMUです。初めての二次創作、精一杯頑張ります。

 まず最初は、キリトこと桐ヶ谷和人くんのお話です。駄文かもしれませんがお付き合いください。


現実は残酷だ……。

 

 俺、桐ヶ谷和人はそう思う。特に、朝起きて、鏡に映った自分の顔―――正確には額の傷跡―――を見る度に否応無く思ってしまう。

 

 

 

 

 

 昔は、こんな醜い傷跡なんて無かった。弟の晴人(ハルの愛称で呼んでいる)と揃って女顔であること以外は、あまり悩みのない平穏な生活だった。

 

 ――ハルや隣人の木綿季、藍子姉妹と一緒に遊んだり――

 

 ――叔母の翠さんから教えてもらった知識を頼りに、ジャンクパーツから自作PCを組み立てて両親を驚かせてみたり――

 

 ――従妹の直葉と剣道で何度も戦い、一試合毎に一喜一憂したり――

 

 

 どこにでもありふれている、普通の幸せ。それだけで、俺は満たされていた。こんな生活が、ずっと続けばいいと、そう、願っていた。それなのに―――

 

 

 

 キキィィィーーーー、ガッシャァァァァン!!!!

 

 俺の願いは脆く崩れ去った。俺たち四人の乗った車に、信号無視したトラックが突っ込んだという、ありきたりな事故で。俺が10歳のときだった。

 

 「……おとう、さん?おかあ、さん?」

 

 事故の直後、額の痛みで意識が朦朧としながらも、俺は両親を呼んだ。しかし返事は無く、代わりに俺の視界に映ったのは―――

 

 「う、そ…だ……」

 

 ―――変わり果てた両親”だった”ものだった。そして俺は意識を失った。

 

 

 あの事故でトラックの運転手も亡くなったらしい。しかし、俺にはどうでもよかった。ハルと共に桐ヶ谷家の養子になることも、どこか他人事のように思えた。

 

 桐ヶ谷家に引き取られた直後の俺は、ひどいものだった。毎晩事故の事が悪夢として蘇り、うなされては飛び起きる、一日中部屋に閉じこもって出歩かない、等々多大な迷惑を掛けてしまった。そんな俺を立ち直らせてくれたのはハルだった。

 

 「兄さん、お願いだから…前を向いていこう?きっとお母さんも……お父さんも、兄さんがまた笑ってくれる事を望んでいるよ。…僕、も…兄さんと一緒なら、グスッ……がんばれる………からぁ………だから……だからぁ……」

 

 後は言葉にならなかったが、俺の心には強く響いた。これを聞いたとき、俺は自分が情けなくなった。俺が立ち止まっている間に、ハルは悲しみを乗り越えようとし、俺を泣きながらも励ましてくれようとしたのだ。

 

 (ハルに引き換え、俺はなんだ?いつまでも立ち止まり続けるのか?弟が励ましてくれているのに?逆だろう!俺がハルを励ますべきだろう!)

 

 「…ごめんな。一番つらいのはハルなのに、気づいてやれなくて……。がんばろう、すぐには…無理かもしれないけど。それでも、二人ならきっと…乗り越えられるよ」

 

 だからこそ、俺はこう応えた。それを聞いたハルは、泣きながらも笑ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 事故の場景が脳裏に焼きついているため、すぐに他人と関わることはできなかったが、出歩くことはできた。なぜなら妹の直葉――スグが

 

 「お兄ちゃん、散歩しよ!」

 

 「お兄ちゃん、買い物に行こう!」

 

 と、事あるごとに外に連れ出すからだ。おかげで一人でも出歩けるようにはなったが、自分たちが女顔だと痛感してしまった。何故かって?……簡単だ。ある日近所のおばさんたちに、

 

 「あらあら、”三姉妹”揃ってお出かけ?仲がいいわねぇ」

 

 などのセリフを言われたからだ!!しかもスグも、

 

 「はい!そうです!!」

 

 と否定せずに笑顔でこたえてるし……。この日家に帰った後、俺とハルはお互いにお互

いを慰めあった。女顔ってツライ……。

 

 

 

 

 

 

 小学六年生のとき、初めて女の子に告白された。俺自身、その子のことはあまり知らなかったが、告白されたこと自体はうれしかった。だから―――

 

 「これを見ても、好きだって言えるのか?」

 

 そういって、俺は前髪をかきあげて額の傷跡をその子に見せた。あの事故によってついた傷跡。叔父さんや叔母さん、スグやハルでさえも、最初見たときは驚き、怯んでしまったもの。俺のコンプレックス。この子なら受け入れてくれるかな?と淡い期待を込めて――

 

 「っ!!……う……ぁ…」

 

 その子は一歩退いた。

 

 ―――怯えた。怖がった。受け入れては、くれなかった。そう内心ショックを受けるも、何とか愛想笑いをつくり、

 

 「ごめん。俺は君とは付き合えないよ。…さようなら」

 

 そう答えた。その後も、何人かの女の子からも告白されることはあった。しかし、傷跡を見せる度に同情、哀れみ、嫌悪、侮蔑、怯え等の目で見てきた。誰一人として、この傷跡を受け入れてはくれなかったのだ。

 以来、俺は女性からの好意があまり信じられなくなった。だからだろうか?俺がネットゲームにはまったのは。

 ネトゲの中なら、俺は傷跡のことを忘れられた。相手の素性などわからない、誰もが仮面をつけた世界は、俺には居心地がよかった。

 

 

 

 ―――そして俺は出会った。ソードアート・オンライン、通称SAOと―――




 誤字、脱字、アドバイス等ありましたら感想にてお願いします。

 なお、作者はメンタルが弱いのであまり厳しい批判や駄目だしはしないでください。あくまでも「~はどうでしょう?」 「こうすると良いですよ」といったやんわりとした言い方でお願いします。


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大和

 どうも、KAIMUです。
 今回はオリ主の話です。


 鏡を見る度に思う。

 

 ――”彼女”に会いたい、と――

 

 そう思う原因は分かっている。左側の前髪につけた黒いヘアピン。本来はペアだが、オレがつけているのはひとつだけ。これを見るたび、オレは初恋の相手を思い出す。少し、そのときの話をしよう…

 

 

 

 小学一年生の時だ。オレは母親似……つまり女顔である。それも並みの女子よりも断然可愛い(オレは断固として否定し続けたが)。

 そのため、入学式に保護者の人たちにこう言われた。

 

 「可愛い”娘さん”ですね!」

 

 このときオレといたのが真面目な仕事人間である父さんだったなら、息子だと訂正しただろう……だが父さんはその日、仕事を優先した。ゆえにいるのは母さん。そして母さんは――

 

 「いえいえ、そちらのお子さんも可愛いと思いますよ」

 

 否定しなかったんだよ!それどころかスッゲーいい笑顔で相手の子を褒めましたよコンチクショー!

 ああ、こりゃ幼稚園の時と同じだよ……きっと明日からは

 

 1、クラス全員に女の子と間違われる。

 

 2、オレは男だと言う。そして驚かれる。

 

 3、その内オレをからかうヤツが出てくる(女顔とか言われそう)。

 

 4、オレ、キレる(多分二人か三人くらいボコボコにしそう)。

 

 5、ボッチになる……

 

 このルートまっしぐらだよ!(幼稚園では実際にそうなった)

 

 

 だけどその日だったんだ。オレが”彼女”に会ったのは―――

 

 

 帰り道、オレは近所の公園で休んでいた。何故かって?超マイペースな母さんが、スーパーで買い物をした(選ぶのに時間をかけたため、実際のところはビニール袋ひとつ分しかない)。その後、公園に差し掛かったところで、

 

 「母さんはトイレに行くから、大和は公園で遊んでて」

 

 と言ってトイレに行ったからだよ。だけど母さん…ここ、ブランコと野球用のグランドしかないんだけど!?そしてオレ一人だよ!?そこ分かってて言ったのかなぁ……。

 

 (仕方ない、ブランコ漕ぐか……母さんトイレ長いし)

 

 似たようなことは今まで何度もあったので、半ば呆れながらもオレはブランコへ目を向けた。慣れって意外と恐ろしい……

 

 「ん?誰だアイツ?」

 

 思わずオレはそう言ってしまった。だってブランコにはオレと同じくらいの子供がひとり、背を向けて置物みたいに静かに座っていたからだ。手が届く距離まで近づいても、オレに気づく気配は無し。いよいよ置物か何かか?と本気で思い始めながらも試しに声をかけてみる。

 

 「何してんだ?」

 

 「はひっ!?!?」

 

 本気で心が傷ついた。別にこっそり忍び寄ったわけじゃないよ!?普通なら気づくように近づいたよオレ!?声のかけ方だって何もおかしくなかったよね?!?それなのにあんなに驚かれるなんて……

 けど、相手が女の子だってことは分かった。理由?スカートはいていたからだよ。ちなみにオレは半ズボン。そして今の彼女は――

 

 「あ……えと…そにょ………わた……あの……」

 

 赤面しながら盛大にパニクっていた。何言ってんのか分かんねえけど噛んでんのだけは分かった。

 

 「何もしねーからまずは落ち着け。ほら深呼吸」

 

 「すー、はー、すー、はー、すー、はー」

 

 素直にやったよ。だが、落ち着いたらそれっきり黙ってしまった。あと今更気づいたが、コイツ前髪長いな。こっちから目元が見えねえけど、前見えてんのか?

 

 「………」

 

 沈黙が痛い……こうなったら仕方ない、自己紹介でもして話をしよう。

 

 「えぇっと、オレは鉄 大和だ。よろしく」

 

 よし、ちゃんと名乗れたぞ…

 

 「くろ………と…」

 

  彼女は律儀にフルネームを言おうとしたようだが、オレが聞き取れたのは”くろと”だけだった。オレはそれに気づけず、ついムキになって訂正させてしまう。

 

 「違う、鉄 大和」

 

 「…くろ……と…?」

 

 涙声でまた”くろと”と言ったのにキレ、オレは大声を出してしまう。

 

 「違う!く・ろ・が・ね・や・ま・と!」

 

 その時だった。

 

 「渾名でもいいじゃない、大和?」

 

 いつもは15分くらいトイレに時間をかける母さんが、初めて5分足らずで戻ってきたのだ。

 そしていつもどおりのマイペース思考で、彼女とオレが友達だと思っている模様。

 母さん、オレとソイツ初対面だよ?分かってるよね?なんで親しそうに話しかけてんのさ!?

 

 

 「ごめんねぇ、大和ったら怒りっぽいからすぐ大声出しちゃうの。びっくりしたでしょう?」

 

 「い、いえ…あ……えと…」

 

 「ふふっ、緊張してるのね。なら、面白いもの見せてあげる」

 

 そう言いつつ母さんはオレの頭に手を伸ばす。…ってまさか!

 

 「ちょっ、まっ、やめ」

 

 「えい」

 

 スルッ、ぴょこーん!

 

 ヘアピンをとられた。そしてオレのアホ毛が立った。

 

 「いきなり何すんだよ!返せって!」

 

 「いいじゃない、減るものじゃないんだし。女の子に大声出して怖がらせちゃった罰よ。それに、まだ一人でつけられないでしょう?」

 

 返す言葉がねぇ……

 

 「…ぷふっ、ふふふ……」

 

 笑われた……超恥ずかしい…穴があったら入りたい…

 

 「ちゃんと笑えるじゃない、あなたも」

 

 母さんはそう彼女に言った(オレがorz状態なのをスルーして)。彼女はきょとんとした感じで、首をかしげる。

 

 「でも、もったいないわねぇ……ちょっとじっとしていてね」

 

 「は、はい…」

 

 母さんはオレからとったものとは別のヘアピン(何処から出した?)を彼女につけ、前髪に隠れていた目元を露にする。おーい、オレのアホ毛も何とかしてくれー。

 

 「よし、できた。大和、見てみなさい」

 

 そう言って母さんは彼女の前からどく。改めて彼女を見ると―――

 

 「可愛い…」

 

 「ほ、ほんとに?」

 

 素直に言ってしまった。冗談なしに見惚れてしまったのだ。それに若干涙目で反応する彼女を見ているとなんだか顔が熱くなってきた。

 

 「あらあら大和、惚れちゃった?」

 

 母さんにそう言われても、オレはただ生返事をするだけだった。彼女は可愛いと言われたのが嬉しかったらしく、次第に笑顔になった。オレにとっては”花が咲いたような笑顔”だった。

 

 「あ!そういえば名前きいてなかったわね。教えてくれるかしら?」

 

 いつものマイペースを発揮して、母さんが今更ながらに質問したとき――

 

 「桜~」

 

 と、彼女の母親らしき人が、彼女の名前を呼びながらやってきた。って、あの人は近所のおばさん!?

 

 「天野さん!?もしかしてこの子、天野さんの子?」

 

 「まあ、鉄さん?ええそうですよ。この子は桜。人見知りが激しかったから今まで大和君に会わせられなかったんですよ」

 

 「そうだったんですか……でも、可愛い子ですね」

 

 「あら、本当。今までずーっと目元まで隠してたのに、それをやめさせちゃうなんてすごいですね。ほら桜、ちゃんとお礼しなさい」

 

 「あ…ありがとう…ございました…」

 

 

 なんだか普通じゃない出会い方だったが、それがオレと桜との出会いだった。

 

 それから二ヶ月間、オレは桜とよく遊んだ(呼び方はクロトで固定された)。学校ではオレをからかうヤツはちらほらいたが、流石に女顔などオレにとってのNGワードを言ってくるヤツはいなかった。(オレと同じ幼稚園出身の子たちから話を聞いていたのか、ヘアピンについてとかひょろい事くらいでとめていた)

 

 オレは別段それらを気にせず、桜と過ごす当たり前の日々を楽しんでいた。その中で桜も徐々に、オドオドしたり話しかけられてもすぐに赤面することがなくなったりと人見知りがなくなった(オレ以外の子にはまだまだだが)。

 

 

 だが、そんな日々も突然終わってしまった。オレと桜をいつも温かく見守っていた母さんが、急死したのだ。原因は心筋梗塞。

 父さんが休日出勤していて、母さんと二人きりの日曜日の午後1時すぎぐらいに、健康そのものだった母さんが突然倒れたのだ。呼吸もせずに。その時オレは母さんが倒れたことが信じられず、パニックを起こした。

 

 それから少しして、桜がおばさんに連れられて遊びに来た。倒れた母さんに気づいたおばさんが急いで救急車を呼び、母さんは病院に運ばれた。だが、その時にはもう手遅れだったらしい。医者の話は難しくてちんぷんかんぷんだったが、なんとなく分かった事がある。

 

 ―――オレがちゃんとしていれば、母さんは死なずにすんだ筈だ、という事だ―――

 

 その事でオレは父さんに負い目を感じると同時に、何故あの時家にいてくれなかんだと憤った。その結果、オレは父さんとどう向き合えばいいか分からなくなってしまった。

 

 母さんが死んでから葬式やら何やらを父さんはそつなくこなし、気がつけばオレは父さんの父母……つまり祖父母の家に引っ越すことになった。

 どうしてそうなったのかとか、他に選択肢があったんじゃないかとかはよく覚えていない。大好きだった母さんがいなくなって、心にぽっかりと穴が開いた感じだった。

 悲しいはずなのに、不思議と泣くことは無かった。

 だけど引っ越すその時の桜が泣きながら、そして何度もつっかえながら言った

 

 「いかないで」

 

 を聞いたときはとても苦しかった。その涙を少しでも止めたくて、オレは母さんが死ぬ前日に買ってくれたばかりのペアのヘアピンを開封。その片方を桜につけて――

 

 「これ、母さんがオレにくれた最後のプレゼントなんだ。ペアだからさ、きっと母さんがまた会わせてくれる。だから………だから、”またな!”」

 

 「っ!……うんっ……グスッ…”またね、クロト!”」

 

 その時の彼女の泣き笑いは、14歳になった今でも鮮明に覚えている。決して忘れる事は無いだろう。だって彼女はオレにとって、今も想い続けている初恋の人なのだから……

 

 




 書きたいことをいろいろと書いていたら、キリトよりも長いお話になってしまいました。しかも文才が無いせいでグダグダ感がすさまじい……

 誤字、脱字、アドバイス等ありましたら、感想にてお願いします。


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晴人

 どうも、KAIMUです!

 今回はオリキャラの晴人君のお話です!


 皆さん、初めまして。桐ヶ谷 晴人(きりがや はると)です。

 

 今回は僕の家族のお話をしたいと思います。

 

 

 

 

 

 ――2022年 8月 某日――

 

 朝、七時にセットしたアラームが鳴り、一日が始まります。

 

 義父さんは海外へ単身赴任、義母さんは深夜に帰ってきたため昼ごろまでは寝ています。そのため、家事は僕達子供が分担しています。

 

 今日は僕が食事当番なので、こんな時間に起きています。ただ、ひとつ弊害が――

 

 「ん~…まだ七時だろ……」

 

 兄さんと同じ部屋なので、兄さんもアラームで起きてしまいます。その逆もあります。そして兄さんの頭には紺色のヘルメットのようなものが……

 

 「兄さん、またSAOで午前様?」

 

 「まあ、スキル上げしてたらつい、な」

 

 「だからって、ナーヴギアつけたまま寝るって……」

 

 兄さんは、世界初のVRMMOであるソードアート・オンライン(通称SAO)のクローズドベータテストに当選した、ベータテスターです。兄さんは昔から僕よりくじ運がよかったけど、抽選倍率が他のくじ引き等とは比べ物にならないくらい高かったこれに当たるなんて……僕も応募したんだけどなぁ……羨ましい。

 

 「まあいいや。朝ごはん作ってくるから、八時半までには降りてきてよ。じゃないと……」

 

 「分かってるって!洗い物押し付けられるわけにはいかないからな……」

 

 「よろしい」

 

 そう言って僕はテキパキと着替えると、一階に降りて朝食を作るため台所へ。

 

 「ふっ!はっ!」

 

 庭では姉さんが竹刀で素振りをしています。朝とはいえ真夏に剣道着って暑くないのかなぁ?そう思いつつ朝食を作ります。

 メニューは、ご飯に味噌汁、目玉焼きに夕べの残り物のポテトサラダです。もうこのくらいの料理なら問題なく作れるようになりました。配膳までの時間を見計らい、準備の合間を縫って外にいる姉さんに声をかけます。

 

 「おはよう姉さん。もうすぐ朝ごはんできるよ~」

 

 「あ、おはようハル。もうそんな時間なんだ。今行くね」

 

 そう言って姉さんは着替えとシャワーを済ませに行きます。兄さんは……まだ来ないみたいです。まぁ、八時半までにはまだまだ時間がありますけど。

 とまぁ、他愛の無いことを考えながら準備を進め、配膳まで終わったところで、姉さんがやってきます。少し遅れて兄さんもやってきました。三人揃って手を合わせ――

 

 「「「いただきます」」」

 

 朝食を食べ始めます。今日の出来栄えは……まあまあかな?と、脳内で自己評価をしていると―――

 

 「お兄ちゃんまたゲームで夜更かし?」

 

 「まあな。楽しくってつい」

 

 「だからって一日中やる!?それも毎日!?体に悪いよ!!」

 

 ちょっとケンカ気味です。うん、姉さんの気持ちは解る。兄さんったらずっとSAOにログインし通しで、全然僕らに構ってくれないんだもん!正直寂しいよ……。

 僕はゲームもそこそこやるからいいけど、姉さんはゲームやらないから、

 

 「ゲームにお兄ちゃんをとられた!!」

 

 って思っているようでベータテストが始まってからずっと不機嫌です。ですが

 

 「悪かったって。今日の買い物に付き合うから、そんなに怒るなよスグ」

 

 「ホントに!?やったー!!」

 

 あっという間に上機嫌。姉さんちょろい……まぁ、僕も似たようなものだけど。

 

 「ハルはどうする?一緒に来るか?」

 

 兄さんからのお誘い。それに対して僕は――

 

 「うん、行くよ」

 

 即答です。ブラコン?上等です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼間に甘え尽くしたのか、姉さんは夕食後も上機嫌でした。そして兄さんは……

 

 「それじゃ、リンク・スタート!」

 

 SAOへダイブです。僕も一度だけダイブさせてもらったけど、あれはハマります。その時フレンドリストを見せてもらったけど、その数はたったの二つ。……兄さん、ベータテストでもボッチって……。

 やめよう。兄さんのコミュ障は昔からだし。兄さんがダイブしている間は静かに勉強できるし。

 そう考えて、僕は本棚から医学関係の本とノートを取り出して机に広げます。もうお分かりかと思いますが、一応明言します。僕の将来の夢は医者になることです。理由は一つ、大切な人との約束だからです。何年も前の、幼稚な約束ですが、僕にとっては、何よりも大事なことです。明日の食事当番は姉さんだし、兄さんは午前様確定だし…少しくらい遅くなってもバレないかな?そう思い僕は勉強を始めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ええっと……これは……」

 

 「まだ起きてたのか、ハル」

 

 「あ、兄さん……」

 

 いつの間にか兄さんがログアウトしていました。時間は……午前二時十七分。帰ってきて当然ですね。僕も人のことは言えませんね。

 

 「あまり根を詰めるなよ?それで倒れたら木綿季が泣くぞ?」

 

 ―――木綿季。僕の大切な人。僕が医者を目指す最大の理由。桐ヶ谷家に引き取られてから一年位は手紙のやり取りをしていましたが、今は彼女たちも転校してしまい、連絡が取れません。どうやらHIVキャリアであることが漏れてしまい、いじめを受けていたようです。間違った知識や偏見で彼女たちを傷つけるなんて………許せない………!

 

 「……木綿季には泣かれたくないなぁ。分かったよ、兄さん」

 

 「ああ、それじゃ寝ようか」

 

 そう言って、兄さんは微笑みながら僕の頭を優しく撫でてくれます。兄さんに頭を撫でられると、すごく気持ちが良く、どこかホッとします。ただ、兄さんの微笑みには影があり、昔のような心からの笑顔は一度も見せてくれません。これから先も、当分は見せてくれないでしょう。兄さんの、”額の傷跡を受け入れてくれるひと”が現れない限りは―――

 

 「ハル?」

 

 「あ…な、何でもないよ、兄さん」

 

 「そうか?」

 

 「うん、ちょっと眠くて、ボーっとしただけだよ」

 

 やや強引に話を終わらせます。兄さんに負担は掛けたくありません。そのままテキパキと参考書とノートをしまい、ベッドに入って寝る体勢に。そこで兄さんも寝る体勢になります。

 

 「お休み、兄さん」

 

 「お休み、ハル」

 

 互いに声をかけ、目を閉じて―――

 

 (お休み、木綿季)

 

 大切な人の事を想いながら、僕は眠りの中に落ちていきました。




 誤字、脱字、アドバイス等ありましたら、感想にてお願いします。


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 どうも、KAIMUです!

 今回はオリヒロの桜のお話です。


 ――2022年 10月某日――

 

 「明日奈先輩、おはようございます!」

 

 「おはよう、桜」

 

 登校中に明日奈先輩に会ったので、わたしは挨拶をする。彼女はわたしが現在通っている女子校の一年先輩で、中学三年生になる。

 

 明日奈先輩とはまだ一年ぐらいの付き合いしかないけれど、妹のように可愛がってくれる。わたしも、明日奈先輩のことを姉のように思い、よく一緒に過ごしている。

 

 (明日奈先輩、今日もきれいだなぁ……)

 

 「桜、どうかしたの?」

 

 「い、いえ。何でもありません」

 

 小首をかしげ、微笑みながら訊ねてくる明日奈先輩はとても可愛らしく、同性であってもドキッとする。…わたしも同じくらい魅力的になれるかなぁ……

 

 明日奈先輩は姉のような人だけど、わたしは同時に”女性”としてライバル心を燃やしている(こっそりとだが)。一番の目標は”あの人”だけど……

 

 「そういえば桜、この間男の子に告白されたって聞いたけど?」

 

 「へ!?誰から聞いたんですか!?」

 

 突然告白されたことを訊かれ、びっくりしつつも誰から聞いたのか質問する。明日奈先輩はこういった話には疎いはずなのに―――

 

 「木谷さんよ」

 

 「あぁ~、あの人ですか……」

 

 明日奈先輩は少し不機嫌そうに教えてくれ、それを聞いたわたしも納得する。

 

 木谷先輩は、明日奈先輩のクラスメイトにして三年生で第二位の学力を誇る(第一位はもちろん明日奈先輩)。裕福な家庭で育ったお嬢様で、いつも二人か三人くらいの取り巻きと共にいる。

 明日奈先輩にあからさまに対抗心を燃やし、何かとつっかかって来るのだ(明日奈先輩はほとんど相手にしないので、独り相撲になることが多い)。

 きっと明日奈先輩が動揺する顔が見たいのだろう。いつも一緒にいるわたしの事(主に恋愛関係)を明日奈先輩に報告するようなことも当たり前になってきた。

 

 (明日奈先輩はそんな事で動揺する人じゃないんだけどなぁ……)

 

 「それで、お返事はしたの?」

 

 「いいえ、ふっちゃいまいした」

 

 「そうなの?大分真面目な人だって聞いたけど?」

 

 「確かに、今まで告白してきた中では一番まともな人でしたけど……」

 

 「やっぱり、”彼”が忘れられないのね……」

 

 明日奈先輩はわたしの額――正確には左の前髪についている黒いヘアピン――を見ながら納得したような表情をする。

 わたしは彼――クロト――のことを、明日奈先輩にはかいつまんで話してある(渾名で呼んでいたことが恥ずかしいので、彼女の前では”彼”としか言っていない)。と―――

 

 「昔引っ越した初恋の人を想い続けるって、すごくロマンチックね…」

 

 明日奈先輩は、顔を少し赤らめながら、憧れる様に呟いた。それを見ると、やっぱり明日奈先輩も女の子なんだなぁって思う。だからつい―――

 

 「明日奈先輩はどうなんですか?」

 

 と、訊いてしまった。答えなんて分かりきっているのに………

 

 「私には、そんな余裕はないわ。きっと、お父さん達が紹介する人と結婚するだろうし。だから今の私は、その時恥ずかしくない”キャリア”を積まなければならないから…」

 

 少し表情を曇らせ、明日奈先輩は答える。

 

 名家たる結城家に産まれた以上、その将来は決まっているのだと。そのためのレールは、もう敷かれているから。恋愛なんて必要ないのだと………

 でも、それは本心からのものではないと、半年ほど前から少しずつ感じている。でなければ、曇った表情をするはずが無いから。明日奈先輩だって本当は”ただの女の子”だって、わたしは知っている。

 

 学校でこそ、才色兼備でありながらどこか他人を寄せ付けない硬い空気をまとっているアスナ先輩。だけどプライベートの時間では、とても暖かく、包み込むようなやさしい空気をまとっている。わたしが今なお憧れている”あの人”のように。そしてそれこそ、明日奈先輩の本来の姿なのだ。

 

 だからこそ、わたしは明日奈先輩には、家のしがらみに囚われず、”普通の幸せ”を得て欲しい。素敵な人と出会い、恋をして、結婚して、子供を産み、共に年を重ねていくという”普通の幸せ”を。だからわたしは言う。

 

 「そんなことありません!!まだお相手は決まってないんですよね?だったら、その前に恋した者勝ちですって!!明日奈先輩なら、きっと素敵な人と出会えます!!」

 

 言った後になって、すごく恥ずかしくなった。思わずうつむいてしまう。すると―――

 

 「ありがとう、桜」

 

 明日奈先輩は優しい声でそう言いながら、わたしの頭を撫でてくれた。そのおかげでなんとか顔をあげられた。そこまではよかったのだが、明日奈先輩は急に悪戯っぽい表情で―――

 

 「でも、私にそういう前に、”彼”を見つけないとね~?」

 

 と、言った。途端にわたしは真っ赤になったのを自覚する。効果音があればきっと”ボンッ!!”という感じだっただろう。さっきよりも恥ずかしくなり、

 

 「い、いきなり何を言うんですかぁ!?!?今ので全部ぶち壊しですよっ!!」

 

 「あはは、ごめんごめん。桜が可愛くてつい」

 

 「もうっ!先に行きますから!!」

 

 「うん、また後でね~」

 

 そうだった………今日は気になっていた料理本を放課後に一緒に探そうって約束してたんだった………引きずらずにいられるかなぁ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、特に問題も無く目当ての本を購入した帰りのことだった。何気なしに広告用の大型ディスプレイを見ると、今話題のゲーム――ソードアート・オンライン――のプロモーション映像が流れていた。”彼”を思い出しながら眺めていると明日奈先輩が声をかけてくる。

 

 「どうしたの、桜?」

 

 「あれを見ていたんです」

 

 「ソードアート・オンライン?興味があるの?」

 

 「はい、少し。っていっても、”彼”もゲーム好きだったなぁって思い出してたんですけど」

 

 「ふぅん。私も興味はあるけど、まずやることは無いと思うわ。すごくリアルだって聞いたことあるけど、所詮はゲーム。ただの」

 

 「時間の浪費、って言うんですよね?」

 

 「ええ」

 

 結城家の人間としては、そう考えても仕方ないかも知れない。でも!

 

 「明日奈先輩は根を詰めすぎです!少しくらい、息抜きで娯楽を楽しんでもバチは当たりませんって!」

 

 そう言うと、明日奈先輩は少しポカーンとした表情だったが―――

 

 「心配してくれてありがとう。でも、息抜きはもう足りてるから大丈夫よ」

 

 そう言って微笑んだ。同性であっても、見とれてしまうくらい魅力的に。

 

 (わたしも、クロトに会うまでにこのくらい魅力的になれるかな?)

 

 少し不安がよぎった。しかし―――

 

 「そんなに気が回るんだから、きっと”彼”にとって素敵なお嫁さんになれるんじゃない?」

 

 「おっお嫁さん!?!?」

 

 また雰囲気ぶち壊しな発言で、わたしはたまらず赤面する。お陰でさっきの不安はどこへやら、恥ずかしさでいっぱいになる。

 

 「ふふふっ。桜って本当に可愛くって面白いわねぇ~」

 

 「もうっ!ひどいですっ!!」

 

 ひたすら抗議するわたしと、笑いながらそれを受け流す明日奈先輩。しばらくそれが続いたが、気がつけば明日奈先輩の門限が迫っていた。

 

 「それじゃあ桜、また明日」

 

 「はい!また明日!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、わたしはベッドの中で今日のことを振り返っていた。

 

 (そういえば、抽選でSAOが当たったって言えなかったなぁ…)

 

 VRでならもしかしたら会えるかも?という淡い期待を抱き、SAOのベータテストおよび初回ロットの抽選に応募したのだ。

 結果として、ベータテストこそ外れたが、その後の初回ロットに当たった。それが非常に嬉しかったのはまだ記憶に新しい。

 

 とはいえ、その後の情報でアバターは性別を含めて自由に設定できると聞き、クロトを探すのはほぼ不可能だと分かった時はショックだったが。

 

 

 だが、恥ずかしくも嬉しい事だってあった。

 

(”お嫁さん”、かぁ………)

 

 言われたことを思い出すだけでも顔が少し熱くなる。けど……

 

 (いつになったら、クロトに会えるかな?)

 

 今のわたしは、クロトがどこにいるのか分からない。それに、彼は別の女の子を好きになっているかもしれないのだ。

 だから、もし仮に会えたとしても、彼の隣にはいられないかもしれない。極力それは考えないようにしているが、そうなったら多分わたしは立ち直れないと思う。

 そう思うと胸が締め付けられ、涙を流さずにはいられなかった。

 

 (おばさん……わたしはクロトにふさわしい女の子になれましたか?今のわたしは、彼をちゃんと包み込んであげられるほど優しくなれましたか?もしそうなったら、彼に会わせてくれますか?)

 

 外してあるヘアピンを両手で包むようにして握り、クロトの母である、おばさん――鉄 和美さん――に心の中で訊ねずにはいられなかった。

 

 

 

 ひとしきり泣いて、気持ちが落ち着いたので、彼がヘアピンをくれた日を思い出す。

 

 (あの日クロトは、”きっとおばさんが会わせてくれる”って言ってた………だから、だから今は信じよう………クロトを…そしておばさんを…)

 

 好きな人を想うと、それだけで心が温かくなる。どれだけ時間が経っても色あせることの無いこの想いが、いつかきっと叶うと信じ―――

 

 「おやすみ、クロト」

 

 ヘアピンに軽く口付け、彼のことを想いながら眠りに落ちた。




 誤字、脱字、アドバイス等ありましたら、感想にてお願いいたします。


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人物紹介

 とりあえず今回は主要なキャラを紹介します。そういうのが嫌いな方は跳ばしてくれて結構です。


人物紹介

 

本名

鉄 大和(くろがね やまと)

 

キャラ名

クロト

 

年齢 14歳(SAO開始時)

 

 本作のオリジナル主人公。外見はキリト以上に中性的で、黒髪に茶色の目。家庭の事情から精神年齢は高く、周りの人があわてるほど落ち着くタイプである。また、仲間想いで、仲間を守るためなら他者を切り捨てる覚悟がある。

 昔に離れ離れになった桜に恋心を抱いており、再会を望んでいる。なお、彼女と別れる際、自身がつけていたペアのヘアピンの片方を渡しており、今なおそれを着用している(本人は前髪のアホ毛をおさえるためだといっている)。

 幼少からよく女の子と間違われたため、男らしく振舞おうとした。その結果口が悪く、ヤンキーのような一面もある。女顔等のワードに敏感で、それらを聞くとキレたり落ち込んだりすることもしばしば。キリトとはベータ時からの付き合いで、よくコンビで攻略をしていた。なお、キャラ名は桜がつけた渾名から。

 一人称は「オレ」

 

本名

天野 桜(あまの さくら)

 

キャラ名

サクラ

 

年齢 14歳(SAO開始時)

 

 本作のオリジナルヒロイン。リズベットぐらいの長さの茶髪に黒目、整った顔立ち、アスナに匹敵するスタイルを持っている美少女。誰にでも優しく接し、裏表のない明るい性格をしている。

 しかし、幼少のころは極度の人見知りで、目が見えなくなるくらい前髪を伸ばしていた。その時大和と彼の母親に出会い、それがきっかけで人見知りをしなくなった。

 現在の性格は、大和の母親に強く憧れ、そうなりたいと努力した結果である。また、大和に恋心を抱いており、別れ際にもらったヘアピンを現在も愛用している。明日奈の後輩で、妹のように可愛がられてもいる。SAOがはじめてのネットゲームだったので、本名をキャラ名にしてしまった。

 一人称は「わたし」

 

本名

桐ヶ谷 晴人(きりがや はると)

 

キャラ名

ハル

 

年齢 12歳(SAO開始時)

 

 本作のオリキャラ。和人の実弟。外見はいわゆるショタで、和人同様に黒髪黒目(顔も同様に中性的)。

 桐ヶ谷家に引き取られるまで隣人で幼馴染だった木綿季に想いを寄せている。彼女がHIVキャリアだと知った時は驚きつつも受け入れ、医者を志望するほど強く想っている(SAOログイン前の時点で医学生並みの知識を有している秀才)。

 性格はおとなしく、礼儀正しく、社交的。また、常に家族や仲間を支えようとする縁の下の力持ち。

 唯一の肉親である和人を大切に想うあまり、自他共に認めるブラコンになってしまった。キャラ名も、和人に普段どおり呼んでもらいたいという理由で決めた。なお、桐ヶ谷家で「絶対に怒らせてはいけない火山」とひそかに恐れられている。

 一人称は「僕」

 

本名

桐ヶ谷 和人(きりがや かずと)

 

キャラ名

キリト

 

年齢 14歳(SAO開始時)

 

 原作主人公。本作では、幼少は本当の両親の元で育ち、桐ヶ谷家と家族ぐるみでの付き合いがあった。

 10歳の時に一家が事故に遭い、額に消えない傷跡がついた(普段は前髪で隠れている)。また、そのとき両親の死を見てしまい、そのショックから他人との関わりに消極的になり、引きこもりがちになった。

 晴人や直葉の尽力によっていくらか改善されたが、やはりコミュ障。晴人同様にブラコンで、原作どおり一級フラグ建築士(無自覚)かつ朴念仁。

 SAOログイン前に女子に告白されたことがあるが、全員傷跡を見た途端離れていったので、他人からの愛情をどこか信じられなくなってしまった。

 一人称は「俺」




キリトのバトルスタイルは原作どおりのつもりですが、オリキャラの方は本文で書いていくので、楽しみにしてください。

 誤字、脱字等ありましたら、どうか感想にて教えていただけるとありがたいです。


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アインクラッド編
一話 リンク・スタート


どうも、KAIMUです!

 今回から、主観となるキャラの名前いれます。

 ~(キャラ名)サイド、の様に視点が変わる度にいれます。


 大和 サイド

 

 ついにこの日が来たぁー!ベータテストが終了してから、オレはずっとこの日を待っていたんだ!

 今日は十一月六日―――SAOの正式サービス開始の日だ。ベータテストが八月いっぱいで終了したことを考えると、約二ヶ月間よく我慢できたもんだ。

 いや~この二ヶ月間、ホント退屈だったわ~。テスト版とはいえ、SAOは一日中プレイをほとんど毎日やっても飽きなかったからな~。それがプレイできなかったから、そりゃあもう退屈で退屈で退屈で…………退屈って言葉をいくつ重ねても足りないくらい物足りない日々だったぜ。

 

 「サービス開始まであと五分か~。それすら長いなぁ…」

 

 今のオレは、ナーヴギアを被り、ベッドで横になっている。サービス開始と同時にログインする為だ。その準備として、昼メシだって十二時前に済ませた(サービス開始は午後一時だ)。十分前にトイレも済ませてある。

 

 (キリトのヤツ、ちゃんとログインするかな~?)

 

 ベータの時の相棒、キリト。第六層攻略中に同じソロプレイヤーとして出会い、なんだかんだでウマが合ったため、そっからコンビを組んだ。ネトゲだから、お互いにリアルの事情に囚われる事無く本音を言い合えた。今思えば、リアルの友達よりも打ち解けられた……と思う。少なくとも、オレはそう思っている。アイツもそう思っていると嬉しいんだが…………って、ヤバ!!もう一時じゃねーか!!

 

 「リンク・スタート!」

 

 少し焦りながらも、オレはSAOへログインする。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 クロト サイド

 

 五感チェック、プレイヤーIDとパスワードの入力、アバター設定(ここはベータ時のデータを引き継いだ)を終え、オレはアインクラッド第一層”はじまりの街”の広場に降り立った。

 視線を下に向け、自分の両手を見る。うん、男らしいゴツゴツとした手だ。

 試しに開閉して感覚を確かめる。よし、ベータと同じだ。問題無い。

 

 (さて、路地裏の武器屋に行くか!)

 

 オレは武器屋目指して走り出す。くぅ~、この感覚も久しぶりだ!

 途中の露店に飾られた鏡に写った自分を見る。身長や体格こそリアルベース(感覚のズレを小さくするため)だが、その顔は目つきの鋭い青年のものだ。加えてオッドアイ(右目が黒で、左目が赤)である。 何でそうしたかって?カッコイイと思ったからだよ!おい、誰だ!今中二病とか言ったヤツ!!現実じゃ男らしさ皆無な女顔なんだからこのぐらいやらせろよ!!

 

 「な?こっちの方が安いだろ?」

 

 「うぉ、マジか!サンキュー!」

 

 武器屋には先客がいた。しかも三人(内一人はキリト)。ソロのキリトが……群れている……だと…!?

 

 「あの~、どうかしましたか?」

 

 その場で崩れ落ち項垂れている状態のオレに気づいた一人が声をかけてきた。

 

 「大丈夫、何でもない。何でもないから……」

 

 「ハル?どうしたん………ってクロトじゃないか!やっぱりお前もこっちに来たんだな」

 

 「まぁな……それよりキリト、その二人紹介してくれよ。ベータでボッチだったお前が群れてんのが未だに信じらんねぇよ、オレ」

 

 「ボッチとは心外だな!俺だって」

 

 「あれ?兄さんのフレンドリスト二人だけだったよね?」

 

 「………」

 

 キリト、撃沈。さっきのオレみたく項垂れた状態になってる。

 

 「仕方ないなぁ……初めまして。ハル、と言います。あなたがクロトさんですよね?ベータテストでは、兄がお世話になりました」

 

 「おう、気にすんな……って兄?つーことは」

 

 「はい、僕らは兄弟なんです。これからよろしくお願いします」

 

 笑顔で噛まずに言ってきた。やべぇ、コミュ力高ぇ……

 

 「よし、こいつに決めたぜ!って、おめぇ誰だ?」

 

 さっきまで空気(武器を選ぶのに夢中だったようだ)だった三人目がオレに気づく。オレも自己紹介すっかな……

 

 「オレはクロト。ベータん時はキリトとコンビ組んでた。まぁ、よろしくな」

 

 「おう!俺様はクラインってんだ!よろしくな!」

 

 アレッ?コイツもコミュ力高ぇぞ…?何でそんなに自然に笑顔+サムズアップができるんだよ……

 

 「と、とにかくフィールドに行くぞ」

 

 あ、いつの間にかキリトが復活していた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「ウヴォア!?ま、股座に……」

 

 「うわぁ……痛そう…」

 

 所変わって、オレ達はフィールドで狩り兼レクチャーをしていた。んで、その最中にクラインがフレンジーボア(この世界で最弱mob)の突進を”股間に”モロに喰らったとこだ。つーかハル、お前の攻撃の方が痛そうだよ。

 あ、全員の武器言ってなかったな。オレが短剣、キリトが片手剣、ハルがメイスでクラインが曲刀って具合だ。お?キリトがクラインに何かアドバイスしてんな……

 

 「スキルが立ち上がるのを感じたら、こう、ズパーン!って感じで放つんだ」

 

 「兄さん、擬音じゃ伝わらないんじゃ……」

 

 オレもハルの言うとおりだと思うんだが………ん?クラインの顔つきが変わった?まさか………

 

 「お、おお?」

 

 クラインの曲刀がライトエフェクトを纏っている!?マジであんだけで分かったのか!?

 

 「おりゃあああぁぁぁ!!」

 

 今までのヘっぴリ腰の攻撃とは明らかに違う、洗練された突進攻撃。曲刀の初期ソードスキル『リーバー』は、もともと少し減っていたフレンジーボアのHPを一撃で全損させた。ボアはそのまま不自然な状態で硬直し、その体をポリゴン片に変える。これがこの世界での消滅エフェクトである。

 ボアを倒したことで表示されるリザルトウィンドウを、クラインはぼ~っと眺めていたが、実感がわいてきたようで

 

 「うおっしゃああぁぁー!!」

 

 と勝利の雄たけびを上げていた。けどな………

 

 「おめでとう、クライン。言っとくけど、今のヤツは他のゲームでいうスライムだからな」

 

 「マジか!?俺ぁてっきり中ボスかなんかだと……」

 

 「な訳無いだろ」

 

 キリトの言うとおりだぜ、クライン。最初から中ボスがわんさかでてくるRPGとかもう無理ゲーだろ。

 

 「はああぁぁっ!!」

 

 つーかその間にハルが自力でソードスキル発動しとる………オレだって半日かかってやっと発動したんだぞ……キリトが連れてきた二人、やたらとハイスペックだな………

 

 「プギイィィ!!」

 

 ハルの『パワー・ストライク』を喰らい、ボアが断末魔の悲鳴を上げて爆散する。

 

 「んじゃ、オレもやるか!」

 

 もう二人ともレクチャーは不要な様だ。そんじゃ、オレも暴れるか!!

 

 ~~~~~~~~~~

 

 あの後、オレはベータ時代に培った”ソードスキルのブースト”をリハビリも兼ねてやりまくった。力加減をミスるとスキルがファンブル(失敗)して隙だらけになるが、成功するとボアとかの最低ランクのmobを一撃で倒せるくらいダメージが増やせる。

 まぁ、クラインにしつこく説明を要求されたり、キリトも触発されて”ソードスキルのブースト”をやりだしたりとドタバタしたが。

 そんな数時間の狩りも、今は中断して休憩している。

 

 「しっかし未だに信じらんねぇよな、ここがゲームの中って事が」

 

 「僕もそう思いますよ、クラインさん」

 

 「だろ?いや~、この時代に産まれてマジで良かったぜ!」

 

 「ハルもクラインも大げさだなぁ」

 

 「仕方ねぇだろ、キリト。オレだってログイン初日ははしゃぎまわったもんだ。お前もそうじゃないのか?」

 

 「まぁな。……でも、不思議だよな」

 

 「んぁ?」

 

 キリトのつぶやきに、間の抜けた声をだしてしまう。だがキリトは気にする事無く背中の剣を抜いて頭上に掲げ、オレ達三人に聞こえる声で言った。

 

 「現実じゃいろんなしがらみがあるけど、この世界はコイツ一本でどこまでも上に上っていけるんだ………仮想空間なのにさ、現実より”生きてる”って感じがする」

 

 キリトの独白にオレ達は何も言えなかった。しかし、ベータ時の事を思い返してみると、驚くほどアッサリとキリトに共感できた。

 

 「なんてな。どうする?まだ狩りを続けるか?」

 

 肝心の本人は照れくさかったのか、この後どうするか訊ねてきた。

 

 「あったりめぇよ!……って言いてぇんだが、いったん落ちてメシ食うわ。五時半にピザの出前とってんだ」

 

 クラインは即答。にしても早めの晩飯だな。夜間プレイに備えるつもりか?

 

 「準備万端ですね。僕達はまだ大丈夫だよね、兄さん?」

 

 「ああ、今日はどっちも食事当番じゃないからな」

 

 キリト&ハルはまだ平気っと。食事当番っていうのは気になるが、そこらへんはリアルの事情だろうから聞かないでおく。

 

 「オレもまだいけるぜ」

 

 晩飯までまだ時間あるしな。

 

 「じゃあ、落ちんのは俺だけか。あ、メシ食った後ログインして、他のゲームで知り合った仲間と合流すっけど、お前らもどうだ?」

 

 「え?あ、えっと…」

 

 「いや、無理にとは言わねえよ。そのうち紹介することもあるだろ。」

 

 キリトが難色を示したのを敏感に感じ取ったクラインは、そういって引いてくれた。

 

 「クラインさん、お気遣いありがとうございます」

 

 「いやいや、礼を言うのはこっちの方だ。この礼はいつか必ず、精神的にな」

 

 そう言ってオレ・キリト・ハルと握手とフレンド登録をするクライン。ログアウトの見送りくらいはしていこう。

 

 それにしても、サービス初日にいいヤツに出会えたな~。幸先いいぜ。そう思っていると――――

 

 「ありゃ?ログアウトボタンが無ぇぞ?」

 

 ん?

 

 「何言ってるんだクライン?ちゃんとメニューの一番下に……」

 

 「いや、ホントに無ぇんだって」

 

 んん?

 

 「僕の方も無いよ、兄さん」

 

 マジで?

 

 「俺のも……無い。クロトは?」

 

 「オレは………無ぇな」

 

 なんだろう………イヤな予感しかしない…

 

 「まぁ、今日は正式サービス初日だからなぁ~。今頃運営は半泣きだろうぜ」

 

 「お前もな、クライン」

 

 「へ?」

 

 「今、五時二十五分ですよ。出前は五時半でしたよね?」

 

 「しまったああぁぁー!!俺様の照りマヨピザとジンジャーエールがああぁぁ!!」

 

 悲鳴を上げるクライン。って言うかキリト達に言われてやっと気づいたのかよ。案外抜けてるなぁ…。

 

 「兄さん、おかしいよね?」

 

 「ああ。俺達がログアウトできないって事に気づいてから、もう十五分以上経っているはずなのに……運営は何してるんだ?」

 

 「念のためGMコールしろよ、クライン」

 

 「いや、それがよ……全然反応しねぇんだ」

 

 ますます怪しいな……

 

 オレ達が、あーでもないこーでもないと言い合っていると――――

 

 リンゴーン、リンゴーン、リンゴーン…

 

 「うおっ、何だ!?」

 

 「兄さん!」

 

 「ハル!」

 

 「オレもかよ!」

 

 鐘の音が聞こえてきて、オレ達全員のアバターが光だし、目を開けていられなくなる。幸い、光はすぐに収まったんだが――――

 

 「ここは……?」

 

 オレ達は何故か、”はじまりの街”の中央広場に転移していた……




 誤字、脱字、アドバイス等ございましたら、感想にてお願いいたします。

 読むほうとしてはこれくらいは物足りないものかも知れませんが、書いてるほうとしては、かなりキツイです……文才が欲しいです…(泣)


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二話 デスゲーム

 どうも、KAIMUです。

 これからは、土日が更新日になりそうです……平日更新ってキツイ(涙)


 キリト サイド

 

 

 (なんだ!?一体何が起こっているんだ!?)

 

 自分やクロト達のアバターが青い光に包まれた時、俺は驚いた。この青い光の現象は知っている。アバターを一瞬で別の場所に転送する転移エフェクトだ。そして転移エフェクトを発生させるには特別なアイテムや装置が必要だ。

 しかし、俺達はそんなものは使っていない。俺は、”何も使っていないのにも関わらず転移エフェクトが発生したこと”に驚いたのだ。

 エフェクトが終了し、目を開けると―――

 

 「ここは………はじまりの街…か?」

 

 この世界にログインしたときに降り立った場所、”はじまりの街”中央広場だった。

 

 「兄…さん?」

 

 「っ!ハル!みんな!」

 

 呼ばれて振り向くと、ハル達がいた。その事に安堵しつつも周りを見ると、続々とプレイヤー達が転移してきた。彼らの声に耳を傾けると、

 

 「これでログアウトできるのか?」

 

 「さっさとしてくれよ」

 

 「GM出て来いよ!」

 

 どうやら俺達以外にもログアウトできないことに気づいたプレイヤーはいるようだ。彼らは何処かホッとしていたり、苛立ちから声を荒げたりと様々だ。かく言う俺も、言い知れぬ不安が拭えずにいた。

 

 「兄さん……」

 

 「大丈夫だ。俺がいるから、な?」

 

 ハルが不安げに呼んできたので、そう言って頭を撫でて安心させようとする。尤も、俺自身を落ち着けるためでもあったが。

 

 「しっかし、こりゃぁ何だ?一体何人集まってんだ?」

 

 「多分、全プレイヤー……一万人近くじゃないか?」

 

 一方で、クラインとクロトは今なお増え続けているプレイヤー達を見てそう言っていた。

 俺も改めて見渡してみると、確かに千人や二千人をゆうに超える数のプレイヤー達がいることが分かった。だが………

 

 (何故全プレイヤーを集める?ログアウト不可がバグなら、その場でアナウンスおよび強制ログアウト、サーバーの一時停止が普通なのに………)

 

 「おい、上を見ろ!」

 

 誰かがそんなことを言った。つられて上を見ると―――

 

 「システム…アナウンスと………ワー……ニング?」

 

 ハルが囁くような声量で、上空に表示された文字を読んだ。そう、上空に文字が表示されているのだ。それが俺の不安を煽る。

 

 (これはログアウトできないことへの謝罪じゃない……?)

 

 漠然と、そう思った。言い知れぬ不安、または嫌な予感。根拠は無いが、それが頭から離れない。

 そうこうしている内に、上空が警告表示で真っ赤に埋め尽くされる。しかも、表示と表示の合わせ目から血を思わせる赤い液体が垂れてきた。正直に言ってグロい。そして液体は俺達より十メートルほど上空で集まり、一つのアバターを作った。

 

 「あれGM?」

 

 「何で顔無いの?」

 

 作られたのは真紅のローブを纏ったアバター。ベータテストで何度か見たことのあるGM用のアバターだ。しかし顔が無い。ベータ時代なら、男性はひげの豊かな老人、女性は眼鏡をかけた少女だったはずだ。そしてデカイ。広場の隅から見上げても分かるほどに巨大だ。

 

 「こりゃなんかヤべぇぞ、キリト」

 

 クロトの言葉には同感だ。俺がそう思っていると―――

 

 「プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ」

 

 (”私の世界”?一体何を………)

 

 「私の名は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の存在だ」

 

 「なっ!?」

 

 「マジか……」

 

 俺は驚き声を上げ、クロトは何処か納得したように呟いた。ハルとクライン、それに多くのプレイヤーは呆然としている。

 

 「諸君らはすでに、メインメニューからログアウトボタンが消失していることに気づいていると思う。しかし、これは不具合ではない。繰り返す、不具合ではなくソードアート・オンライン本来の仕様である」

 

 「し、仕様だと……」

 

 クラインが割れた声で囁いた。ハルは俺の服の裾を掴んできた。怖いのだろう、すごく震えている。少しでも安心させたくて、俺はハルの手に自分の手を重ねた。その間も茅場は話を続ける。

 

 「諸君らは今後、このゲームから自発的にログアウトすることはできない。また、外部からのゲームの強制停止もありえない。もしそれが試みられた場合―――」

 

 やめろ、そこから先を言うな。

 

 「諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される」

 

 脳の破壊。それはつまり、現実での”死”だ。それが分かったらしく、ハルは俺にすがり付いてきた。ハルがいるから上辺では平常心を保てているが、内心では叫びだしたかった。

 

 「脳を…破壊する?…ハハッ、あいつ言ってることおかしいんじゃねぇか?たかがゲーム機だぜ?ナーヴギアにそんなことできる訳ねぇだろ!そうだろ、キリト!?」

 

 クラインが、後半は悲鳴を上げるような声で俺に聞く。だが、その答えを知っているからこそ、話したくは無かった。特に、ハルの前では―――

 

 「いや…可能だぜ、クライン」

 

 クロトが、俺の代わりに答える。

 

 「クロトッ!!」

 

 「不安を煽りたくねぇっていうお前の気持ちは分かる。けどな、そうやって目を背けてたらいつか取り返しのつかない事が起きるぜ?」

 

 「っ!?」

 

 淡々と返したクロトに、俺は何も言えなくなる。そのままクロトは説明を続ける。

 

 「ナーヴギアの原理は電子レンジと同じだ。リミッターさえ外せば、脳を破壊できる。その上内臓バッテリーもあるから、電源引っこ抜かれたって問題ねえんだ」

 

 「マジかよ………」

 

 クラインが力無く座り込む。そこでまた茅場の声が響く。

 

 「より具体的には、十分間の外部電源の切断、二時間以上のネットワーク回線の切断、ナーヴギアの停止、解除または破壊の試みのいずれかが実行された場合、ナーヴギアの脳破壊シークエンスが開始される。実際に警告を無視したプレイヤーの家族友人等がナーヴギアを解除しようとした例が少なからずあり、その結果―――」

 

 一拍の溜めの後

 

 「―――既に二百十三名のプレイヤーが、現実世界から永久退場している」

 

 茅場の周りには、ナーヴギアによる死亡を伝えるニュースの画面が幾つも表示される。おそらく本当に死んだのだろう。

 

 「現在あらゆるメディアが、多数の死者が出ていることを含めて繰り返し報道している。よって、諸君らのナーヴギアが解除される危険性は既に低くなっているだろう。諸君らは安心して、ゲーム攻略に励んで欲しい」

 

 「ふざけるな!ログアウト不可の状況で、のんきに遊べって言うのか!こんなの、もうゲームでも何でも無いだろうが!!」

 

 俺の叫びなどどこ吹く風というように、茅場は説明を続ける。

 

 「しかし、充分に留意してもらいたい。今後、ゲームにおいてあらゆる蘇生手段は機能しない。HPがゼロになった瞬間、諸君らのアバターは永久に消滅し、同時に……諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される」

 

 視線を左上―――自身のHPゲージへと向ける。このゲージが空になったら、死ぬ。そう考えたとき、ベータテスト中に死んだ瞬間がフラッシュバックする。

 

 (もう、あの時とは違う……あれが、本当の”死”になるんだ……!)

 

 「諸君らが解放される条件はただ一つ。このゲームをクリアすればよい。現在諸君らがいるのはアインクラッド最下層。そこから迷宮区を攻略し、その最上階にいるフロアボスを倒せば、次の層が解放される。それを繰り返し、第百層にいる最終ボスを倒すことができれば、その時点で生存している全プレイヤーのログアウトを約束しよう」

 

 「クリア……百層だとぉ!?おい、キリト、クロト!ベータじゃどこまで行ったんだよ!?」

 

 「落ち着け、クライン」

 

 「二ヶ月で、十層のボスを倒して終わった……それも、何十回と”死に戻り”を繰り返したうえで……な」

 

 クロトが落ち着かせ、俺が答える。

 

 「マジ…かよ………そんなんできる訳ねぇだろ!!」

 

 後半は茅場に対しての叫びだ。だがその声が届くはずは無く、まだ話は続く。

 

 「では、最後に一つ。諸君らのストレージに、私からのプレゼントを入れておいた。確認してくれたまえ」

 

 全員がその言葉に従って、ストレージを確認する。

 

 「手鏡?」

 

 誰かが呟く。オブジェクト化してみると、何の変哲も無いただの手鏡が現れる。そこに写っているのも自分のアバターで、おかしなところは何も無い―――

 

 「うおっ!?」

 

 「な、何!?」

 

 「今度は何だよ!?」

 

 クライン、ハル、クロトの順に声を上げ、アバターが光る。

 

 「う、うわ!?」

 

 俺も例外ではない。あまりの眩しさに目を閉じる。光が収まると―――

 

 「ハル…?」

 

 「兄さんっ!?」

 

 現実のハルがいた。周りを見ると―――

 

 「お前、誰だよ?」

 

 「おめ……いや、あなたはどちらさまですか!?」

 

 クロトと同じ格好をした髪の短い女の子(?)と、クラインと同じ格好をした挙動不審気味な野武士面の男がいた。

 

 (これは………まさか!!)

 

 改めて手鏡を見る。

 

 「俺だ………」

 

 癖のない、サラリとした黒髪。やや長めの前髪の下にある、コンプレックスと言える女性のような中性的な顔立ち。そう、現実世界の俺が写っていた。前髪をそっとかきあげると、あの醜い傷跡まであった。ということは………

 

 「もしかして……クロトとクライン、か?」

 

 「て事はお前ら、キリトとハルか!?」

 

 どうやらその姿が二人の現実での容姿のようだ。とりあえずクラインはほっといて

 

 「クロト………お前、ネナ―――」

 

 「ネナべじゃねぇ!!オレは男だ!!!正真正銘、れっきとした男だっつーの!!次言ったらガチでぶっ潰すぞテメェ!!!」

 

 マジギレされた。というか、俺やハルよりも女顔のヤツなんて初めて見た。そのくせ声は男らしく低いから慣れるのは時間がかかりそうだ。そして周りには肥満体型の男、ガリガリに痩せた男、女性の装備を着けた男、男、男―――九割程が男だ。確か手鏡を使う前の男女比は七:三くらいだったはず……約二割もネカマが居たのか。多いな。

 

 「けどよぅ、何だってこんな事――」

 

 「どうせすぐに言うだろ。アイツが、な」

 

 クロトが不機嫌そうに言う。

 

 「諸君らは今、”何故?”と思っているだろう。何故SAO及びナーヴギア開発者である茅場晶彦はこんなことをしたのか?と」

 

 茅場はそのまま続ける。

 

 「今の私は、何の目的も持たない。この世界を作り、観賞するために私はSAOを、ナーヴギアを作った。そしてそれは、既に達成せしめられた。………以上で、ソードアート・オンライン正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の、健闘を祈る」

 

 最後にそう締めくくると、茅場(正確にはGMアバター)は現れる時とは逆の順序で消えていった。しばらくは誰も声を上げる事無く呆然としていたが―――

 

 「いや……いやあぁ!」

 

 誰かが悲鳴を上げた。そしてそれを合図に約一万人が然るべき反応を示す。

 

 「何だよ……何だよこれ!!」

 

 「出せ!ここから出せぇ!!」

 

 「こんなの困る!この後予定があるのよ!!」

 

 「いやああぁぁ!帰して!帰してよおおぉぉ!!」

 

 怒号、悲鳴、絶叫。皆がそれぞれの思いを叫ぶ。つまりパニック状態に陥ったのだ。

 

 (このままじゃマズイ!はやくここから離れないと!)

 

 「お前ら、こっちだ」

 

 クロトは冷静に、人気の無い路地裏に俺達を案内してくれた。そのため、俺も頭を冷やすことができた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「さて、これからどうするか………お前なら分かるよな、キリト?」

 

 「ああ。今から次の村へ向かうんだろ」

 

 「そうだ。んでクライン、ついてくるか?」

 

 「ど、どういうことだ?」

 

 まだ混乱から立ち直りきれていないのだろう。クラインは、ゲーマーならすぐに分かる話でさえ理解しきれていなかった。ハルにいたっては俺にしがみついたままだ。説明はクロトに任せ、俺はハルをなだめるのに専念した。

 

 「いいか、MMORPGってのはプレイヤー間のリソースの取り合いだ。加えてオレ達が得られるリソースも限られている。そんな状態で生き残るには、誰よりも多くのリソースを獲得して、ひたすら自己強化をし続けなきゃならないんだ。時間が経てば経つほどパニックから立ち直るプレイヤーは増えるハズ。それはつまり、リソースを取り合う相手が増えて、自分が不利になっていくって事だ。そうなったらこのあたりにポップするmobはすぐに狩り尽くされちまう」

 

 クラインもここまで説明を受けると、やっと俺とクロトが言いたいことに気がついたらしい。

 

 「だから、ライバルの少ない今のうちに拠点を移すってか?……おめぇらが言いたいことは分かった。けどよ……」

 

 クラインも納得した表情をしている。だが、彼は首を横に振った。

 

 「悪いな。さっき、前のゲームで知り合ったダチがいるって言ったろ?まだ広場のどっかにいる筈だ……置いて、いけねぇ……」

 

 「そうか……なら、ここで別れるか。何かあったら、メッセージ飛ばしてくれ」

 

 クロトもすぐに引き下がった。そして―――

 

 「キリト、お前も残れ。」

 

 淡々と、クロトは俺に告げた。

 

 「な、何言ってんだ!?俺だって―――」

 

 「戦えない荷物を抱えた三人パーティーよりも、ソロのほうがずっと楽だ。それとも何だ?そんなにガタガタ震えたハルも置いていくってのか?」

 

 「っ!!……そ、それは………」

 

 「できねぇだろ、どっちも。だから――」

 

 「大…丈夫………僕は、大丈夫だから………ついて…行くよ」

 

 「ハル………」

 

 「兄さんが一緒なら……がんばれるから」

 

 そう言ってハルは弱弱しくも健気に微笑んだ。その気持ちに応えるために、俺も腹をくくろう。

 

 「…分かった。ただし、キリトの言うことを良く聞いとけよ。…それとキリト、荷物担いで戦えんのか?」

 

 「ああ。ハルは絶対に俺が守る。そして何があろうと現実に帰してみせる!!」

 

 「オーケー、そんだけデカイ事言ったんだ。ちゃんと守れよ?」

 

 「もちろんだ!!」

 

 「僕だって、ただ守られるだけの荷物じゃないって事、クロトさんに証明してみます!」

 

 ハルも結構落ち着いたようだ。震えている様子も無い。

 

 「じゃあな、お前ら。俺のことは気にすんな!お前らに教わったテクで何とかしてやらぁ!」

 

 「ホントにできんのか?ビギナーのお前が」

 

 「言ったなこの野郎!見てろよ、いつか必ず追いついてやっからな!!」

 

 「おう!じゃあ、またなクライン」

 

 クロトとクラインはここでも軽口を叩き合う。そして俺達はクラインに背を向け走り出す。と―――

 

 「クロト!キリト!ハル!おめぇら、案外カワイイ顔してんな!結構好みだぜ、おれ!」

 

 「クラインテメェ!次会ったらぜってぇぶっ飛ばすからな!覚えてろよ!!」

 

 「男に”カワイイ”は褒め言葉じゃねえ!次会ったらクロトと一緒にぶん殴るからな!!」

 

 「クラインさんも、その野武士面のほうが、アバターの時よりも十倍似合ってますよ!!」

 

 そう言って今度こそ走り出す。ちらりと後ろを見てみると、クラインはもういなかった。それが俺に、この世界で最初の友人を切り捨てたのだと実感させる。そのことに対して言葉にできない悲しさがこみ上げ、少し涙が滲んできた。

 

 「兄さん……きっとまた、会えるよ。だから……行こ?」

 

 ハルはそんな俺の気持ちを察し、手を握ってくれた………本当に、俺にはもったいないくらいよくできた弟だ。だからこそ―――

 

 (何があっても、ハルだけは絶対に帰してみせる!!)

 

 改めてそう誓い、俺達は”はじまりの街”を出た。




 グダグダで済みません。茅場の説明のあたり、ほとんどそのまんまですね……。

 次は”はじまりの日”をやって、少しオリジナルを挟みたいと思います。

 誤字、脱字、アドバイス等ありましたら、感想にてお願いいたします。


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三話 初日の夜

 どうも、KAIMUです。

 今回は”はじまりの日”編です。


 クロト サイド

 

 ”はじまりの街”を出て数十分。オレ達は、次の村である”ホルンカ”に着いた。道中の戦闘は、キリトが鬼神の如き強さを発揮したため、手こずらずに済んだ。つーか走りながらのソードスキルの発動とフルブーストを一回もミスらずに一撃で仕留めるとか………一応、オレとハルもちゃんと戦ったが……キリトの方がオレ達より多くのmobを倒していた。しかも、ハルの近くのヤツを優先的に………もうブラコン確定だろ、コレ。

 

 「よし、まずは今までの戦闘で手に入った素材を全部換金して、防具の新調とアイテムの補給だ。……あ、あと武器のメンテもしっかりな、キリト」

 

 「分かってるよ……」

 

 さっきまでの鬼神っぷりはどこへやら、今はもういつものキリトに戻っている。と―――

 

 「兄さん、武器は新調しなくていいの?」

 

 「ああ、この周辺に出てくるmobと、この村の武器は相性が最悪でな……ベータ時代、多くのテスターが引っかかって死に戻ったんだ」

 

 そう、ここで買える”ブロンズ”シリーズの武器は、攻撃力こそ初期武器の”スモール”シリーズより高いが、耐久値が低い上に減りやすい。加えて、この辺りにポップするmobは装備の耐久値を減らす攻撃を仕掛けてくる。耐久値がゼロになった装備は消滅する。武器が無くなれば戦えない。つまり、mobにフルボッコされてゲームオーバーだ。

 

 「それにな…この村で受けられるクエスト報酬の片手剣は、第三層まで使える優秀な剣なんだ。だから、片手剣使いにはここの武器は買うだけ無駄なんだ」

 

 「そうなんだ。分かったよ、兄さん」

 

 「まだ他のテスターもいないみたいだし、宿も押さえておくか」

 

 「ああ、それは頼むよクロト」

 

 「じゃ、二十分後にここに集合な」

 

 そういってオレは宿へ向かう。

 

 (あ……部屋割り聞きそびれた………まあいっか。あいつら二人部屋でも)

 

 ~~~~~~~~~~

 

 二十分後、宿の確保、防具の更新、アイテムの補充、武器のメンテ、素材の売却、クエストの受注と、やるべき事を全て終えたオレ達は、再び”ホルンカ”の入り口に集まった。

 

 「よし、ここでキリトのクエを手伝いながらレベリングな。ハル、これから戦うmobのこと、キリトから聞いたか?」

 

 「はい!大丈夫です!」

 

 それなら安心だ。そしてオレ達は森の中へ向かった。

 

 「―――うわぁ……グロい…」

 

 森に入ってから程なくして目的であるmobを見つけた時、ハルの第一声がそれだった。

 まあ、初見じゃそう言いたくもなるよな。あんなタラコ唇のついたウツボカズラみたいな”歩く”植物―――『リトルネペント』の姿を見れば。オレだって最初はそう思ったよ。

 

 「ハル、これからウンザリするほどアレを狩るから……我慢してくれ」

 

 「うん……兄さんの役に立てるなら…コレくらい…」

 

 ホント健気だな、ハルは。後半はオレだけが辛うじて聞き取れた。

 

 「そういやキリト。お前、二つ目のスロットに何入れた?」

 

 「索敵だ。クロトは?」

 

 「ん、投剣」

 

 「アホか!何考えて――」

 

 「お前が探す、オレがタゲ取る。以上説明終わり」

 

 「ベータと同じだな……それ…」

 

 「やり易くていいだろ」

 

 「僕はまだ保留なんですけど……何を入れればいいんでしょうか?」

 

 「すぐに決めなくていいぜ。じっくり考えな」

 

 「はい…」

 

 「ハルは、取りあえずネペントをぶん殴っていればいいから、な?」

 

 「うん!実さえ割らなければどこでもいいんだよね!」

 

 確かネペントって打撃耐性はどこも大して変わらなかった……か?よく覚えてたなキリト。

 

 「とにかくさっさと狩るぞ」

 

 「ああ、今夜でレベルを四か五ぐらいまでは上げておきたいな」

 

 「がんばろ、兄さん」

 

 手近なネペントへ、そこら辺に落ちている石ころを投げる。投剣スキル『シングルシュート』が発動し、石ころが猛スピードでネペントに当たる。

 

 「シャアアァァ!!」

 

 「ハンティング開始だ!」

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「………出ない」

 

 「レベルも一しかあがんねぇ…」

 

 「もう…三百は倒しましたよ…」

 

 六時半から狩り始めて、今九時半。ベータならもう”花つき”ネペントが出るなり、レベルが二つか三つ上がるなりしてもいいハズなのに……

 

 「あそこにまた出たぞ」

 

 「オーケー、いくぜ」

 

 「あれ倒したら一回引き返しましょう」

 

 石ころを投げ、タゲを取る。残念ながら普通のネペントだ。

 

 「はああっ!」

 

 オレに向かってくるネペントの側面から、ハルが『パワー・ストライク』を放つ。

 

 「シャアアァァ!?」

 

 まともに喰らい、仰け反っているところをキリトが『ホリゾンタル』をヤツの弱点――上下を繋げる白くくびれた所――に放つ。しかし、それでもヤツのHPは数ドット残る。それをオレがトドメをさす。つーかオレ、本当に必要か?

 

 (ハルのスタンは高確率で発生するし…キリトはHPほとんど削っちまうし……オレってただの囮じゃね?)

 

 なんてネガティブなことを考えていたが、場違いなほど明るいファンファーレに中断される。

 

 「やっとレベル三か……」

 

 疲れたような声で、キリトが呟く。ガチで引き上げようか……

 

 パンパンパンパン!

 

 「「「っ!?」」」

 

 それぞれの武器を構えつつ、音がしたほうへ振り向く。

 

 「わあっ!?待って待って!!」

 

 片手剣とバックラーを装備したソロプレイヤーがいた。多分―――

 

 「あんたもテスター…か?」

 

 「そ、そうだよ。あと、レベルアップおめでとう。随分速いんだね?」

 

 「まあな。それと過剰に反応して悪かった」

 

 「気にしなくていいよ。それより、君たちもやってるんだろ?”森の秘薬”クエ」

 

 「ああ。あれは片手剣使いには必須のクエだからな…」

 

 「僕も手伝っていいかな?」

 

 ん?何か変な気がするな。

 

 「見返りは何だ?はっきり言ってくれ」

 

 「あ~っと、僕の分が出るまで手伝って欲しい……かな」

 

 まあ、ベータでもよくあった条件だな。キリトもそれで納得し、承諾する。

 

 「分かった。ただ、後三十分ぐらいしても一体も”花つき”が出なかったら、俺達は引き返すから続きは明日になるけど」

 

 「え?どうして?」

 

 「弟を深夜まで付き合わせたくないからな。すまない」

 

 「そっか、分かったよ。もしそうなったら、明日もよろしく」

 

 「んでアンタ、名前は?」

 

 「あぁ!まだ自己紹介してなかったね。僕はコペル。よろしく」

 

 「クロトだ」

 

 「俺はキリト。そしてこっちが――」

 

 「弟のハルです。よろしくお願いします」

 

 「クロトに…キリト…?どこかで――」

 

 「気のせいだろ。オレもキリトも、よくある名前だろ?」

 

 「…う、うん。そう…だね」

 

 多少強引に話をそらす。ベータじゃオレとキリトはなかなか有名になっちまったからな……

 

 「早く狩りませんか?」

 

 「そうだね、やろう」

 

 ハルがコペルを促し、オレ達は再びネペント狩りを再開した。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 約二十分後、オレ達は未だに”花つき”に出会えないままだった。

 

 「クソッ、大分ポップ率が下げられてんな…」

 

 「ま、まあ、テスト版に比べて製品版のレアドロップとか経験値とかは下方修正されるのが普通だし……」

 

 オレの愚痴に、コペルは答える。

 

 「今度は左に二体……って、マジかよ…」

 

 「どうしたの?兄さん」

 

 「”花つき”だ…!」

 

 「「「っ!?」」」

 

 キリトの言葉を聞いて左を見ると、確かに”花つき”がいた。だが―――

 

 「”実つき”もいやがる……!」

 

 その実を破壊すると、周囲のネペントが集まってしまう”実つき”。ポップ率は”花つき”と同じくらいだったが、まさかここで同時にポップするとは………

 

 「どうする?」

 

 キリトがオレ達に聞いてくる。今のオレ達では”花つき”のみをタゲる事はできない。どうしたものかと悩んでいると―――

 

 「行こう。僕が”実つき”のタゲを取るから、三人は速攻で”花つき”を倒して合流して」

 

 コペルがそう、提案した。

 

 「……分かった。行くぞ、ハル、クロト」

 

 「うん」

 

 「ああ…」

 

 オレは何か引っかかりを覚えながらも、”花つき”へ向かう。

 

 「「シャアアァァ!」」

 

 ”花つき”と”実つき”が同時にオレ達に気づくが、手前にいる”実つき”は無視。奥の”花つき”へ向かう。

 

 「はあっ!」

 

 ”花つき”の触手をかわし、『アーマー・ピアース』を放つ。残り七割。後ろでは、”実つき”の触手がコペルのバックラーに防がれる音が聞こえる。

 

 「やああぁぁ!」

 

 ハルが『パワー・ストライク』を側面から叩き込む。残り三割。

 

 「シッ!」

 

 キリトの『レイジスパイク』が、触手が振られるよりも先に”花つき”の弱点部分に突き刺さる。これで”花つき”はHPを全損し、ポリゴン片に変わる。

 

 「兄さん!胚珠は?」

 

 「あったぞ!コペル!」

 

 ハルの問いかけに答え、コペルを呼ぶ。コペルはこちらを確認すると―――

 

 「…ごめん」

 

 「いや…だめだろ、それ」

 

 あろう事か、コペルは垂直切り『バーチカル』を発動。頭の実を破壊しつつ”実つき”のHPを全損させる。

 

 「コペルさん!?一体何を!?」

 

 「本当にごめん!」

 

 ハルの問いかけにコペルはただ謝る。そのまま茂みを突っ切っていきオレ達の視界から隠れ―――カーソルも消える。おそらく隠蔽スキルを使ったのだろう。今思えば、オレ達の前に現れるときも使っていたはずだ。だからこそキリトの索敵スキルでも気づけなかったんだ。そしてそれを今この状況で使うって事は―――

 

 「”MPK”って事か……!」

 

 ”MPK”、モンスタープレイヤーキル。恐らく狙いはキリトがポーチにオブジェクトのまま入れてあるネペントの胚珠。これはクエストのキーアイテムなので、ストレージではなくフィールドにドロップする。そしてプレイヤーが死ねば、そいつが持っていたオブジェクト化されたアイテムはその場に残る。つまりコペルは、ネペントにオレ達を始末させ、フィールドに残った胚珠を拾うつもりなんだろう。そのための隠蔽スキルか。

 

 「コペルさんは僕達を殺すつもりなの!?でもどうして!?」

 

 「他人を蹴落としてでも強くなりたいんだろ。生き残るために……な」

 

 「そんな……!」

 

 オレが落ち着いた声で答えると、ハルは絶望した表情をした。と―――

 

 「……そっか、コペル。お前、知らなかったんだな……」

 

 キリトは何処か達観したような、哀れむような声で、コペルが隠れた茂みに話しかける。

 

 「隠蔽スキルは確かに便利だけど、”視覚以外で相手を探すmob”には効果が薄いんだ……例えば、『リトルネペント』とかさ……」

 

 キリトのこの話は、ついさっきまで忘れていたが、ベータ時代に聞いた事がある。それが製品版の現在でも変わっていないなら、ここに集まってくるネペントの内いくらかはコペルを狙うだろう。つまり、相手が”視覚以外で相手を探すmob”である時点で、コペルがした事は自殺行為と変わらないのだ。

 

 「先に言っておく。俺はハルを殺そうとしたお前を助けるつもりなんて…無い」

 

 キリトがひどく冷たい声で、隠れているコペルに言い放つ。正直、オレもここまでキレたキリトを見たことが無い。完全に地雷踏んだな、コペル。まあ、仲間を殺そうとした時点でオレも助けるつもりは無い。自分で何とかしてくれ。が―――

 

 「けどよキリト。オレはともかく、お前らの武器は大丈夫か?」

 

 「正直キツイけど……攻撃を弱点に集中して攻撃回数をギリギリまで減らせば何とかなるだろ」

 

 「オッケーだ。じゃあメインアタッカーはオレがやるから、キリトはハルを守れ」

 

 「ぼ、僕だって―――」

 

 「お前のメイスが一番ボロボロなんだ。あと数回攻撃すれば壊れるかもしれない」

 

 キリトがハルを優しく諭す。

 

 「俺が絶対に守るから……だから、ハルは俺を信じてくれ、な?」

 

 「”オレ達”だぜ、キリト」

 

 キリトの言葉を少し訂正させ、ネペントの包囲網を抜けるために構える。ハルもさっきの言葉で希望が持てたようだ。お互いがお互いの生存理由であることは一目瞭然だった。

 

 (オレだって……桜に会うまでは…絶対に死ねない!!)

 

 二人だけじゃない。オレにだって死にたくない理由はある。だから―――

 

 「キリト!ハル!行くぞ!!」

 

 「おう!!」

 

 「はい!!」

 

 ”ホルンカ”の方向へ、ネペントの群れを突っ切るように走り出した。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 ”ホルンカ”に戻るまでの事を、オレ達は断片的にしか思い出せない。キリトが近づいてくるネペントを探し、オレが削り、キリトがトドメを刺す。ハルは、戦いに集中して周りが見えないオレ達の変わりに後ろから来るネペントがいないか見てくれた。極限状態だったからか、ネペントの動きがやけに遅く感じた。加えて、オレやキリトは今まで以上のダメージを叩き出す事も多々あった。だが、それまでに何体のネペントを狩ったのかや、ポーションを幾つ飲んだか、何度HPがレッドゾーンに落ちたかなどは思い出せない。本当に、気が付けば”ホルンカ”の入り口だったのだ。

 

 「生き残った……よな?」

 

 「そう…だな…」

 

 「僕達…生きてます…」

 

 三人とも装備はボロボロ、疲労困憊といったところだった。特にハルはメイスが壊れてしまった。後ろのネペントと戦ってくれた時に壊れたのだ。そのお陰で前方に集中できたから、新調するのは手伝うべきだろう。

 

 「でも……コペル…さんが…!」

 

 「ああ、死んだな。音が聞こえた」

 

 オレとキリトは音で分かった。元々助けるつもりは無かったから平気だが、ハルはそうではない。根が優しすぎるのだろう。だから多少辛くとも、オレはハルに言う。

 

 「MMOゲームってのは他人を蹴落としてナンボだからな。コペルはそれに忠実だっただけだ。でもそれは何かあったとき他人から切り捨てられる原因にもなる。多分こっから先も似たような事をされるだろ」

 

 「でもっ!」

 

 「自分を殺そうとしたヤツまで助ける余裕は、今のオレ達にはない。誰を助けて誰を切り捨てるかってのをちゃんと割り切らないと……死ぬぞ?」

 

 オレの言葉に、ハルは黙ってしまう。そこにキリトが優しく訊ねる。

 

 「なぁハル。自分がされるだけならまだ許せるんだろ?でも、それがもし俺にやられたら?お前はやったヤツを許せるか?」

 

 「それ…は……」

 

 「俺は許せなかったんだ。だからコペルを助けなかったんだ。余裕が無かったのも事実だけど」

 

 「…うん……」

 

 言葉で分かっていても、感情で納得できていないようだった。ハルは難しい顔をしていたが、何も言わなくなった。

 

 「オレは先に寝てる。キリト、クエ終わらせてこい」

 

 「ああ」

 

 そしてオレは一足先に宿へ向かう。その途中で元ベータテスターらしきプレイヤーを何人も見かけた。あんまりのんびりしている余裕はなさそうだ。

 宿の部屋に入ると、すぐにベッドに潜り込む。そして再現されているヘアピンに触れる。ログインした時に偶然着けたままだったため、これも再現されていたのだ。

 

 (桜……会いたいよ……)

 

 さっきまでずっと抑えていた死への恐怖に震えながらも、桜を想い、涙を流す。少しでも恐怖を忘れたくて、彼女との思い出に安らぎを求める。

 やがてやってきた眠気に逆らう事無く、オレは眠りに落ちた。




 これってコペルのアンチになるのでしょうか?タグにアンチ・ヘイトを追加した方がいいのでしょうか……ちなみに、ネペントの打撃耐性は作者が勝手に考えたオリジナルの設定です。

 誤字、脱字、アドバイス等ございましたら、感想にてお願いします。


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四話 鍛冶屋誕生と鼠との再会

 どうも、KAIMUです。

 今回はオリジナル展開です。上手く書けているか不安ですがどうぞ。


 キリト サイド

 

 ”森の秘薬”クエから四日、俺達は”ホルンカ”から次の村”メダイ”に拠点を移した。

 ”メダイ”を一言で言えば、『見習い職人の村』だろう。理由は簡単だ。ここで受けられるクエスト報酬のほとんどが、生産職に必要な設備や道具なのだ。また、店売りの武具も”ホルンカ”のような製作者側の引っ掛けも無いため、安心して購入できる。

 ”森の秘薬”クエで武器が壊れてしまったハルは、暫定的に俺の『スモールソード』を使っていた(壊れやすい『ブロンズメイス』を購入するよりも、”メダイ”の『アイアンメイス』を購入したほうが楽なのだ)。

 ハルは二つ目のスロットを空けていたので、片手棍スキルを外す事無く片手剣スキルを入れることができた(SAOでは、スキルをスロットから外すと熟練度がリセットされるのだ)。もっとも、”メダイ”に到着した時に『アイアンメイス』を購入したので、片手剣スキルはもう使っていない。

 

 (レベルが七になったら、”トールバーナ”へ拠点を移そう。それにしても、三つ目のスロットに何を入れるか……)

 

 今の俺達のレベルは六。三人でパーティーを組んでいるので、基本的に経験値は均等に分配される。そのため、レベルの上がり方はだいたい同じなのだ。また、スキルスロットはレベルが六になると一つ増える。そのため、俺達は新しいスロットに何のスキルを入れるか悩んでいる。

 

 (パーティーを組んでいるから隠蔽はまだ要らない……とすれば、前でmobの攻撃を防ぐために武器防御か……?)

 

 レベルが十二になるまでは三つのスロットで戦わなくてはならない。そのため、スロットに入れるスキルは慎重に選ばなくてはならないのだ。と―――

 

 「ああ、オレは三つ目に軽業スキル入れたから」

 

 「お前、ベータの再現一直線だな……」

 

 「別にいいだろ。ちゃんと遊撃できるんだし」

 

 「あのなぁ、MMOゲームでの遊撃ってのは爆死確定ビルドなんだぞ……」

 

 「それで第一線で戦えてんだからいいだろ」

 

 そう言われると俺は反論できない。確かにベータ時代、俺はクロトの戦い方に何度も助けられた。攻撃役・囮役・援護役と、コイツは器用にこなしていた。その時のスキルは確か………短剣・投剣・軽業・疾走・武器防御………だった気がする。武器防御は怪しいが(ベータ終了時、クロトが五つ目のスロットが開くレベル二十に達していたか不明)他の四つは確定だ。ちなみに俺は十層ボスを倒してやっとレベル二十になった。五つ目のスロットが開放されるのもその時知った。

 

 「スキルならオレよりハルの方が重要だろ?」

 

 そうだった………ハルは片手棍以外のスキルを決めていないのだ。どうしたものか………

 

 「ハルが買出しから戻ったら、宿屋でちゃんと話し合おうぜ」

 

 「ああ、そうだな…」

 

 ~~~~~~~~~~

 

 宿屋で待つこと数十分、ハルが帰ってきた。

 

 「僕達以外でここまで来ている人は数人しか見ませんでしたよ」

 

 「そうか。…ところでハル、お前のスキルについてなんだが……」

 

 「あ、え~っと…そのことなんですが……その…」

 

 珍しくハルには歯切れの悪い言い方だった。気になって俺は優しく声をかける。

 

 「どうしたんだ?どのスキルを選べばいいか分からないなら、俺達がアドバイスできる。だから、気にしないではっきり教えてくれないか?」

 

 「…えっと……実は…”片手武器作成”と、”所持容量拡張”を……入れちゃった…」

 

 「「は…?」」

 

 俺もクロトもポカーンとしてしまった。そのスキルを選択したって事はつまり―――

 

 「ハル…お前、生産職になるのか?」

 

 「うん」

 

 「なあハル、理由を聞いといてもいいか?」

 

 俺が動揺から回復しきれていない一方で、平静を取り戻したクロトはハルに理由を訊ねた。ハルはそれに首肯する。

 

 「僕が武器を無くしてからの二人の連携を見ていて…僕が足手まといになるって気づいたんです…」

 

 「まあ、キリトとはベータからの付き合いだからな。…んで、鍛冶師を選んだ理由は?」

 

 「長い目で見れば、攻略する人の装備はモンスタードロップやクエスト報酬では間に合わなくなる筈です。だから、その足りない分を補う人が必要になります。そして今攻略に参加している人たちはそれに気づいていないと思います」

 

 「「っ!」」

 

 言われてみれば、確かにそうだ。俺もそこまで考えが到っていなかった。今までずっと【攻略=最前線で戦う】と思っていた。だが、ハルは戦う以外の攻略方法を見つけたのだ。

 

 (昔から、ハルは他人を支えるのが得意だったから……生産職が向いているのかもな…)

 

 「それに、二人とも碌に伝手なんて無かったんでしょう?」

 

 「「うぐっ!!」」

 

 図星だ……ベータ時代の俺のフレンドなんて、クロトとアルゴの二人だけだった………

 

 「だから僕が、二人の装備を整えて支えます」

 

 そう言いきったハルの目には、確固たる信念が感じられた。初日の夜、俺に泣きついてきた時とは大違いだ。なら―――

 

 「分かったよ、ハル。俺もできる限り手伝うよ」

 

 「兄さんっ、ありがとう!」

 

 ハルは嬉しそうに笑った。たまらず俺はその頭を撫でる。

 

 「……あ~っと、仲が良いのはいいんだが…オレも忘れんなよ」

 

 「「あ」」

 

 「もう完全にブラコンだろ、お前ら」

 

 「違う!」

 

 クロトが言ったことを、俺は全力で否定する。

 

 「褒め言葉です!」

 

 ………は?今ハルは何と言った?

 

 「ハル?今なんて――」

 

 「僕にとってブラコンは褒め言葉です!兄さんは大事な家族ですから!!」

 

 クロトが少し引きつった顔でハルに訊ねると、ハルは満面の笑顔で答えた。って!!

 

 「ブラコンってとこは否定しろよ!!」

 

 「……ダメ?」

 

 うぐっ!涙目で言われると、俺は弱い。っていうかハル、それやめてくれ。罪悪感で俺の精神HPがあっという間にゼロになるから。

 

 「分かったけど…おおっぴらには言わないでくれよ…」

 

 「うん!」

 

 満面の笑みで答えたが、本当に言わないでくれるだろうか?少し不安だ。クロトは―――

 

 「………」

 

 「クロト?」

 

 何故かフリーズしていた。ラグってんのか?そう思い、彼の前で手を振る。

 

 「……はっ!」

 

 「大丈夫ですか?」

 

 「だ、大丈夫だ!だからその表情をやめてくれ!俺はノーマルなんだよっ!!」

 

 真っ赤になって何を言っているんだ?まあ、落ち着くまでほっとこう。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「とにかくハル、キリト以外のヤツの前で笑うな」

 

 「はい?何故ですか?」

 

 大真面目な顔をして、ハルに笑うなと言うクロト。その理由が分からず小首を傾げるハル。俺も分からない。何故そんなことを―――

 

 「相手をショタコンに目覚めさせる気か!!」

 

 「へ!?」

 

 ハルは驚いているが、俺はなんとなく分かった。確かに現実では、ハルと話してショタコンに目覚めた近所のおばさん達がいる。この世界でもそんな人が出たら、ハルが大変な目に遭う。そうならないために、俺からも言っておくか。

 

 「これからは少し気をつけような、ハル。」

 

 「…うん………ショタコンだなんて……そんなつもり…無いのに……」

 

 暗い顔をして何か呟いていたが、俺には聞こえなかった。

 

 「あ~…気を取り直して、クエやるぞ。」

 

 「ああ」

 

 「…はい……」

 

 まだハルが立ち直りきれていないが、俺達はクエストを開始した。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 クエスト自体はそこまで難しいものではない。単純な納品やお使い系だ。しかし量が多かったり、納品すべきNPCが見つけにくい場所にいたりと時間がかかるものばかりだった。記憶力にはそれなりに自信があったが、ベータ時代の配置を思い出すのに時間がかかってしまったり、そもそも配置が違っていたりして面倒だった。

 

 「やっと終わった…」

 

 「レアドロップアイテムをあんなに要求されるとは…」

 

 俺とクロトは一足先にレストランでぐったりしていた。じきにクエストを終えたハルも来る筈だ。と―――

 

 「レベルが上がったな」

 

 「ああ、今、レベルが上がるってことはクエスト報酬の経験値が入ったって事だから―――」

 

 「―――メンバーのクエが終わったって事ダロ?」

 

 「「うわあぁ!?」」

 

 突然誰もいなかった筈の後ろから声をかけられ、俺達は素っ頓狂な声を上げる。

 

 「お…おいおい、そんなに驚くナヨ?」

 

 「いきなり会話に入るな!!」

 

 「心臓に悪いわ!!」

 

 俺とクロトの反論などどこ吹く風で、フードつきマントを羽織ったプレイヤーは何か考える仕草をする。と、ちらりと見えた頬のヒゲペイントと、特徴的な口調が、俺に”ある人物”を思い出させる。

 

 「…まさか…お前…アルゴ?」

 

 「おお!よく分かったナ?オネーサン嬉しいゾ!」

 

 「アルゴテメェ!その猫かぶりなキャラやめろつったろうが!!」

 

 ベータ時代、俺以上にぼったくられたらしいクロトは怒りを露にする。

 

 「オレっちは猫じゃねーヨ!!」

 

 ベータでもあったなぁ、このやり取り……俺が昔を懐かしんでいると―――

 

 「オレっちを猫呼ばわりするって事ハ……お前、クロちゃんダロ?」

 

 「ちゃんづけすんじゃねぇ!オレは男だ!!」

 

 「その顔でカ?’男の娘’の間違いじゃねーノカ?」

 

 「ぶっ潰す!!」

 

 「ニャハハハハ!相変わらず振り回されてんダナ、キー坊?」

 

 「んな!?」

 

 「クロちゃんと一緒にいる片手剣使いなんてキー坊しかいねーヨ」

 

 その通りだ。これ、完全にアルゴのペースだな。どうしたもんか………

 

 「あれ?兄さん、その人誰?」

 

 ハルが帰ってきた。ってヤバッ!このままじゃ、ハルもアルゴの餌食に―――

 

 「オレっちはアルゴ。情報屋をしてるんダ」

 

 「アルゴさん……兄さんのフレンドだった人ですね。初めまして、ハルです」

 

 「ホウホウ、ちっこいのに礼儀正しいナ。オネーサン感心するヨ。」

 

 「いえ、ベータテストでは兄がお世話になりました。これからもよろしくお願いいたします」

 

 社交辞令のつもりだろう。ハルは’笑顔’で話す。って、’笑顔’はダメだって―――

 

 「………」

 

 マジか、あのアルゴでさえ落ちたのか?ハル、恐るべし………

 

 「アルゴさん?どうかしましたか?」

 

 ハルは小首を傾げてアルゴの顔を覗き込む。やめろ!それ以上追撃するな!!

 

 「…ハッ!!ななな何でもないゾ!!本当に何でもないからナ!!」

 

 「そう…ですか?」

 

 「ヤメロ!!オレっちはショタコンじゃないんダヨ!!」

 

 「ショタ……コン…?……ふえぇぇ…」

 

 ハルは涙目で俺に抱きついてきた。………アルゴ、ハルヲ、ナカセタナ?

 

 俺はその頭を優しく撫でつつ、アルゴを睨む。

 

 「次にハルを泣かせたら……分かっているよな?」

 

 「わ、分かっタ!だからそんなドス黒いオーラをやめてクレ!!」

 

 「ならさっさと用件言えよ、アルゴ」

 

 さっき暴れておとなしくなっていたクロトが、アルゴに先を促す。

 

 「そ、そうダナ。…今オレっちはコレを作っていてナ。その手伝いをして欲しいんダヨ」

 

 そう言って、ポーチから一冊の本を取り出す。

 

 「これは…攻略本か?」

 

 「そうダヨ。ほとんどの元テスターが初日に”はじまりの街”からいなくなっちまっテ、残されたビギナーが大変なんダヨ」

 

 「だから俺達が持っている情報が欲しいのか?」

 

 「そうダヨ。既に何人かのプレイヤーから情報をもらってるケド、一番進んでんのはキー坊達ダヨ」

 

 「分かった。それで、ビギナーが死なずに済むならそれでいい」

 

 「気前がいいんダナ、キー坊?」

 

 「まあ、デスゲームだからな……」

 

 これはきっと、クラインを見捨てた俺ができる数少ない償いの一つの筈だ。とはいえ、それで許されるとも思っていないが。

 

 「フゥン……ま、そーいうコトにしといてヤル。じゃ、契約成立ダナ」

 

 アルゴは俺が何か抱えていることに気づいたようだが、それを訊こうとはしなかった。

 それから俺達は、ベータ時代の第一層の情報と、デスゲームになってから得た情報をアルゴに伝えた。代わりに、まだ俺達が知らなかったベータとのズレを教えてもらった。しかし、途中からアルゴの話術に嵌まり、聞かなくてもいい情報を買わされたり、情報収集の名目で、”トールバーナ”周辺の調査を依頼されてしまった。

 まあ、ハルが鍛冶屋をやる時の宣伝をしてもらうが。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「じゃあまたナ~!」

 

 情報のやり取りをした後、アルゴは去っていった。なんだかんだで彼女も多忙なのだろう。

 

 「クソッ!また嵌められた!」

 

 「仕方ないだろ、クロト」

 

 「そうですよ。あの人の話術はレベルが高すぎます。僕だって、どこで言葉を間違えたか分かりません…」

 

 「あ~!明日から、今まで以上にハイペースでやるぞ!!」

 

 クロトはやけっぱち気味にそういうと、宿屋へ向かう。

 

 「明日に備えて俺達も寝よう、ハル」

 

 「そうだね。確かにもう眠いや」

 

 俺達もクロトも、今日はここ数日よりも早めに休むことにした。

 

 

 

 その晩、少し寝付けずにいると

 

 「…ゆう、き………」

 

 ハルの寝言が聞こえた。もしかしたら、ハルは毎晩こうなのかもしれない。ハルがこのデスゲームに参加した原因は俺だ。その責任を取るためにも絶対にハルは守ってみせる!

 

 (必ずハルを現実に帰すから……だから…もうしばらく待っていてくれ、木綿季)

 

 決意を新たにし、天井に手を伸ばして拳を握る。しばらくして手を下ろし、目を閉じる。すると、今度はすぐに寝付くことができた。




 アルゴの口調が分かりません……コレで合っているんでしょうか?不安です…

 誤字、脱字、アドバイス等ありましたら、感想にてお願いします。


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五話 動き出す二人

 どうも、KAIMUです!

 今回は、ヒロインのアスナとサクラの話です。

 あと、展開が遅くてすみません……


サクラ サイド

 

 午前八時に設定した起床アラームによって、わたしは目を覚ます。そして自分が自宅ではなく宿屋の一室で寝ていたことを確認する。

 

 (やっぱり、助けは来ないんだ……)

 

 デスゲーム宣言から一週間たったが、外部からの助けは一切無い。また、この世界で死ねば意識は現実に戻るはずだと言って外周部から飛び降り自殺をした人たちがどうなったのかも分からない。確かめる方法が無いのだ。だって、わたし達はこの世界に閉じ込められて現実に帰れないのだから。と―――

 

 「…朝……?」

 

 「あ…おはようございます、アスナ先輩」

 

 「…ええ、おはよう…」

 

 もう一つのベッドで寝ていたアスナ先輩が目を覚ます。わたしはなるべく普段どおりに挨拶をしたけど、アスナ先輩は力なく返事をした。普段のアスナ先輩からは信じられないくらい、今のアスナ先輩は弱弱しかった。でも―――

 

 (昨日よりも、声が出てる!)

 

 三日ほど前から、アスナ先輩は少しずつ活力を取り戻し始めていた。元に戻るにはまだ時間がかかりそうだけど、先輩が元気になってくれるのはとても嬉しかった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「私、戦うわ」

 

 「…へ?」

 

 あまり美味しくない朝食を摂った後、アスナ先輩は唐突に言った。わたしはそれに対して間の抜けた声を出してしまった。しかし、先輩が言ったことの意味を理解した途端、反対する。

 

 「ダ、ダメです!危ないですよ!」

 

 「でも、サクラは戦っているでしょ?」

 

 「そ、それは……」

 

 事実だ。わたしは、一昨日から宿代と食事代を稼ぐために戦い始めた。でもそれはあくまで”はじまりの街”周辺で『フレンジーボア』を倒すだけのものだ。目の届く範囲に他のプレイヤーがいて、なおかつ自分の目の前にポップしたボアしか倒さない。

 その理由は単純だ。死ぬのが怖い。だから、アスナ先輩に同じことをさせたくない。

 

 「でも、アスナ先輩が戦う必要なんてありません!生活費なら――」

 

 「違うわ」

 

 はっきりとした声で、先輩はわたしの言葉をさえぎる。

 

 「攻略するのよ、このゲームを」

 

 「な…何を、言ってるんですか…?」

 

 「脱出するために攻略するって言ったのよ」

 

 「それこそダメです!!死んじゃいます!!」

 

 実際、生活費を稼ぐだけの狩りでも死者がでた。それなのに、さらに危険な場所へ行くなんて自殺をするといっているようなものなのだ。だけど―――

 

 「このままここでゆっくり腐っていくくらいなら、最後まで自分らしくいたいの」

 

 「…アスナ先輩……」

 

 今の先輩からは、言葉にできない暗いものを感じた。それと同時に、先輩を止めることは無理だと悟った。だから―――

 

 「…わたしも、行きます……」

 

 先輩を一人にしない。それが今のわたしにできることだと思うから。先輩は一瞬驚いた顔こそしたけど、

 

 「そう…なら、よろしく」

 

 と、わたしの同行をあっさりと受け入れてくれた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「ねえ、サクラ」

 

 「なんですか?」

 

 「これ、邪魔なんだけど……」

 

 先輩が言った”これ”とは、頭に被ったフーデットケープのことだ。ちなみにわたしも被っている。

 

 「絶対に外したらダメです!」

 

 「サクラ、ナンパ防止って言ったわよね?もうフィールドなんだし―――」

 

 「何処に誰がいるか分かりません!」

 

 「うっ……」

 

 先輩も分かってくれたようで、フーデットケープについては何も言わなくなった。ただ……

 

 「サクラは分かるけど……私もつける必要、あるのかな?」

 

 このように、自分の容姿が優れていると思っていないのだ。そのためわたしは、現実では何度もしたやり取りをここでもする。

 

 「アスナ先輩、もっと自分の容姿を自覚してください」

 

 「十分してるわよ」

 

 「してません!男の人が絶対にほっとかないぐらい美人なんだってこと、いつになったら理解してくれるんですか!?」

 

 「私よりサクラの方が綺麗だと思うわよ?」

 

 いくらわたしが先輩は美人なんだって言っても、先輩はわたしの方が綺麗だと言う。しかも本気で。どうして先輩は自分の魅力に気づかないのだろう………

 

 「楽しそうだナァ、サーちゃん」

 

 「はひっ!?」

 

 「誰!?」

 

 突然後ろから声をかけられ、わたしは情けない声を上げ振り返る。一方で先輩は腰の細剣に手をかけ、警戒しながら振り返る。

 

 「ワァ!待っタ待っタ!!」

 

 「もう一度聞くわ。貴女は誰?」

 

 先輩は警戒を解く事無く彼女―――アルゴさんを見る。

 

 「アスナ先輩、この人がアルゴさんです!だから警戒しないでください!!」

 

 「この人が?」

 

 「そうサ!情報屋の鼠のアルゴとはオレっちのことだヨ!」

 

 先輩はアルゴさんの顔をまじまじと見つめ、特徴的なヒゲペイントを確認する。それでやっと警戒を解いてくれた。

 

 「それにしても驚いたナ。サーちゃんにツレがいたなんテ」

 

 「さっきは失礼な態度をとってしまい、申し訳ありませんでした。貴女のことは、サクラから聞いています」

 

 「そこまで気にしなくていいヨ。あ、まだ名前を聞いていなかったネ」

 

 ここでわたしは嫌な予感がした。しかし、それを先輩に言う前に先輩が口を開く。

 

 「”結城 明日奈”です」

 

 「イヤイヤイヤ!それ本名ダロ!?オレっちが悪かっタ!プレイヤーネームを教えてクレ!」

 

 「あ!」

 

 先輩も自分の失敗に気が付いたようだ。顔が赤くなっている。けど………

 

 「…アスナ、です」

 

 「そうカ。さっきのことは忘れといてやるヨ。それにしても……」

 

 先輩はきちんと名乗る。加えてアルゴさんも本名のことは忘れてくれるのはありがたい。しかし、さっきからアルゴさんの目が怪しく光っている気がして落ち着かない。

 

 「最初に本名を名乗ル、プレイヤーネームと本名が同ジ、サーちゃんと同じことしてるナ!ニャハハハ!!」

 

 「それは忘れてくれる約束だったじゃないですかぁ!」

 

 一昨日したことを先輩の前で暴露してきた。先輩は目を丸くして驚いている。わたしは自分でも分かるくらいに羞恥で赤面してしまう。さらにアルゴさんは大笑い。しばらくはそのままになってしまう。

 

 「おっト、今日はコレを渡しに来たんだヨ」

 

 たっぷり笑った後、アルゴさんはそう言ってわたし達に本を一冊ずつくれた。

 

 「攻略本?」

 

 先輩の問いにアルゴさんは頷く。

 

 「ここで読んでもいいですか?」

 

 「別にいいヨ、アーちゃん」

 

 「「アーちゃん?」」

 

 「アスナだからアーちゃんダヨ。オネーサンが考えたあだ名ダヨ」

 

 そうだった。この人は他人をあだ名で呼ぶのだ。しかもこちらがいくら頼んでもやめてくれない。

 

 「アスナ先輩、気にせずに読みましょう」

 

 「…そうね」

 

 やめてくれないから、スルーするしかない。それよりも攻略本だ。ここにわたし達が戦うために必要な情報が詰まっているのだから。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「それで、ここのドロップ率の内訳が不明なのはどういうこと?」

 

 「まだ確認しきれていないんダヨ…」

 

 「このクエストボスの行動パターンデータが甘いですよ?」

 

 「え~っト、それは……」

 

 「あと、このマップなんだけど―――」

 

 「もウ……やめてクレ……」

 

 三十分ほどで攻略本を読み終えたわたし達は、データが甘いところや不明なところ、個人的に気になったことを質問し続けていた。はじめの方こそアルゴさんもきちんと答えてくれたが、いつの間にか疲れ果てた表情をしていた。何故だろう?

 

 「いいわ。あとは自分で確かめましょう、サクラ」

 

 「はい!」

 

 先輩は質問するのをやめると、歩き出す。と、丁度目の前にボアがポップする。

 

 「フレンジーボア、ノンアクティブmob……こちらから攻撃しない限り襲われないっと」

 

 左手に持ったままだった攻略本のページをめくり、

 

 「細剣のソードスキルは……」

 

 攻略本から現在使用可能なソードスキルを確認し、

 

 「リニアーのモーションは……」

 

 攻略本に記されたとおりにモーションをとる。すると先輩の剣がライトエフェクトを纏う。

 

 「ふっ!」

 

 『リニアー』が発動し、ボアのHPが一撃で全損する。……って、一撃!?細剣ってスピード重視で攻撃力は高くなかったんじゃ…… 

 

 「”スキルのブースト”ね……思ってたより簡単じゃない」

 

 先輩のこの呟きを聞き、わたしはポカーンとしてしまった。アルゴさんも顔が引きつっていた。

 

 「ビギナーにはまず無理だと思っテ……面白半分に載せただけなのニ……一発で成功させるなんテ……アーちゃん化物じみてるヨ…」

 

 「アスナ先輩、すごいですから…」

 

 先輩はわたし達に背を向け、近くにポップしたボアを『リニアー』の一撃のみで倒していた。感覚を確かめるように、何度も何度も。それを眺めていたら、ふいにアルゴさんから注意をされた。

 

 「サーちゃん、アーちゃんを先輩って呼ぶのはよくないゾ。リアルの関係がバレるからナ」

 

 「あ!」

 

 「気をつけたほうがいいゾ。この世界の男は女の子に飢えているからナ」

 

 「はい…」

 

 「何を話してるの?」

 

 先輩がいつの間にか戻っていた。アルゴさんは今さっきのことを先輩に話し、先輩も納得していた。

 

 「これからはさんづけでいいんじゃない?」

 

 「はい、そうします。……アスナせ…さん」

 

 今まで先輩と呼んでいたので、とても違和感がある。でも、その内慣れるだろう。

 

 「それじゃあ、私達はこれで」

 

 「アルゴさん、ありがとうございました」

 

 「アーちゃんもサーちゃんもまたナー」

 

 アルゴさんとフレンド登録を済ませ、わたし達は彼女と別れる。

 

 「―――今日は”ホルンカ”まで行きましょう」

 

 「あそこの武器は買わないほうが良いってありますね」

 

 攻略本の情報を元に、わたし達は自己強化のための道筋を大まかに決める。そして翌日から、わたし達は本格的に戦い始めた。

 自分が、自分であるために。生きて帰るために。




 やっぱりアルゴの口調に自信が持てません……

 誤字、脱字、アドバイス等ありましたら、感想にてお願いします。


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六話 攻略会議 前編

 どうも、KAIMUです!

 今回は、アニメの第二話にあたるお話です。


クロト サイド

 

 デスゲーム宣言から一ヶ月が経過し、その間に約二千人が死んだ。しかし、アインクラッドは一層すら攻略されていなかった。

 たった一ヶ月で二割の人が死んだのは、かなり驚いた。オレ自身予想なんてしていなかったが、それでも二千人は死にすぎだと思った。しかし、ショックかと聞かれると、そうでもない。オレはまだこの世界で人が死ぬ瞬間を見ていないからだ(コペルの時は音を聞いただけなのでノーカウント)。

 

 一層止まりなのは、迷宮区がベータ版とはまるで違うマップになっている事や、mobのステータスと行動パターンが変更されている事が理由だ。ベータとの違いが、オレ達元テスターの首を絞め、死亡させる原因になっていると、アルゴは言っていた。実際にオレとキリトも、何度か危ない目に遭った。

 だが、そんなオレ達に一つの朗報が届いた。”トールバーナ”でボス攻略会議が行われる、と。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 今、オレとキリトは迷宮区に一番近い街”トールバーナ”にいる。一ヶ月もすれば、この街にもそれなりの人が集まってくる。”メダイ”で道具をそろえたハルは、この街で露店を開き、この街にやってきた人達をサポートしている。オレとキリトが素材を提供したので、鍛冶スキルの熟練度が瞬く間に上がり、NPC鍛冶屋よりも腕の良い鍛冶屋として評判になった。

 そんなハルのサポートをオレ達は優先的に受けているので、いい事尽くめなのだが………

 

 (フードがうざってぇ…)

 

 人が増えたために、女と間違われてナンパされる事が多くなったのだ。そのためフードを被って顔を隠している。オレがナンパされる確立は六割くらいだったが、キリトはナンパされなかった。…同じ女顔のハズなのに、解せぬ。

 

 「あ、兄さん、クロトさん、お帰りなさい」

 

 「ただいま、ハル」

 

 気が付けば、ハルの店の前まで来ていたようだ。オレもハルに返事をする。

 

 「ただいま。今日はどうだったんだ?」

 

 「うん……また、ガキが出しゃばるな!って言われちゃった」

 

 「ハル、どんなヤツだった!?今すぐにデュエルで叩きのめして―――」

 

 キリトの目つきが変わった。ハルの事になると相変わらず沸点が低い。っていうか本気で全損決着モードを選択しかねないオーラだ。

 

 「兄さん待って!続きがあるから!!」

 

 「まだ他にも言われたのか!?」

 

 キリトよ、何故そう悪い方へと考える?呆れるくらい過保護だなぁ。それじゃあいつまで経ってもハルの気苦労が絶えないぞ?

 

 「違うよ!助けてくれた人がいたんだ……エギルさんっていう両手斧使いの人が」

 

 「…そっか。その人に、いつかお礼しないとな」

 

 やっとおさまったか……と、オレがホッとしているとハルが難しい表情で聞いてきた。

 

 「兄さん、ちゃんと話せるの?大柄で筋肉モリモリのスキンヘッドの黒人さんに?」

 

 ハルの言葉を聞いて、キリトの顔から血の気が引いた。かくいうオレも、想像しただけで会いたくなくなってきた。つーかどんな悪役レスラーだよ、ソイツ。フツーにこえーよ。

 

 「…ハルは平気なのか?脅されなかったか?」

 

 だーかーらー、何でお前はそういうベクトルに考える?いちいち過剰に反応しすぎだぞ?

 

 「大丈夫だよ。エギルさん、見た目こそ怖いところあるけど、この世界じゃ数少ない良識を持った立派な大人だよ。店開いた頃からのお得意様だし」

 

 「マジか…」

 

 これにはオレもキリトも驚いた。前にハルを褒めてくれたお得意様ってエギルって人の事だったのか。

 

 「それより剣出して。会議の前にメンテ済ませるから」

 

 「ああ、頼む」

 

 オレ達はハルに武器をメンテしてもらう。もちろんタダで。仲間に鍛冶屋がいるってホント助かるぜ。

 

 「なあクロト、会議には何人集まると思う?」

 

 メンテを待つ間、キリトが今日の会議についてオレに聞いてきた。特にすることも無いので、オレはそれに応じる。

 

 「ん~、一レイド分くれば御の字じゃね?」

 

 「そうなるか……ボス攻略は二レイド以上が望ましいんだけど…」

 

 「無理だろ。つーかベータの時はボス戦の中でも競争があってマトモに連携が組めてなかったろ?」

 

 そう言って、オレ達はベータ時のボス戦を思い出す。

 

 「…確かにそうだな。きちんと連携が組めれば少人数でも倒せたけど、バラバラに戦ったせいで二レイドでも全滅なんてよくあったし」

 

 「そ。パターンは単純だったからなぁ。だからオレらは二人でも十層のボス倒せたろ?」

 

 「ああ、そうだな」

 

 実際、時間こそかかったが、九層は野良の一パーティで、十層はキリトとのコンビでボスを倒したのだ。すごく疲れたが。その原因として挙げられるのが、ボスの行動パターンが他のMMOと比べて単純なものだった事だ。

 もちろん製品版はもっと複雑にされているだろうが、命がけの戦いであるため、他人と協力しないっていう人はまずいないだろう。

 

 「それに、こんなデスゲームなんだ。リーダーさえちゃんとしたヤツなら、ボス戦くらい皆連携組んでくれるだろ。ベータん時の様な競争してたら死ぬってのは目に見えてるし」

 

 オレの言葉を聞いて、キリトも納得したようだ。そこにハルがオレ達の剣を持ってきた。

 

 「二人とも、メンテ終わったよ~」

 

 「ありがとう、ハル」

 

 そう言ってキリトはハルの頭を撫で、ハルは気持ちよさそうな表情でそれを受け入れる。もう慣れたからツッコミなんてしない。

 

 「会議に行くぞ」

 

 ただ、それだけ言ってオレは一人会議の場所へ歩く。

 

 「悪い!今行く!ハル、行ってくる」

 

 「うん、行ってらっしゃい」

 

 オレから少し遅れてキリトも歩き出す。後は、今日の会議が荒れないかどうかだな。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「へぇ…どうにか一レイドくらいはいるんじゃないか、キリト?」

 

 「いや、四十人は超えてるみたいだけど……一レイドには届かないと思うぞ」

 

 オレがぱっと見た感じで聞くと、キリトはある程度人数を数えてから返事をする。

 

 「ま、仕方ないだろ」

 

 元々一レイド分の人数が揃うとは考えていなかったオレは、思考を切り替えてキリトに告げる。

 

 「キリト、気をつけろよ」

 

 「へ?…ああ、分かってる」

 

 キリトは一瞬間の抜けた顔をしたが、オレが言いたい事が分かったらしく、真剣な顔でうなずいた。と、そこで―――

 

 「はーい!それじゃ、五分遅れだけど始めさせてもらいまーす!」

 

 パンパンと手を叩いて全員の意識を自分に向けて、会議の開始を告げる主催者。

 

 「今日はおれの呼びかけに集まってくれてありがとう!知っている人もいると思うけど、一応自己紹介しておくよ」

 

 彼は一拍置いて、自己紹介を始める。

 

 「おれはディアベル!職業は…気持ち的に、ナイトやってます!!」

 

 会議の主催者…もといディアベルは、場違いなくらい爽やかな、男らしいイケメンだった。染料系アイテムで染めたらしい水色の髪が似合っている。

 

 「…羨ましい…」

 

 「俺もだ…」

 

 周りが「SAOにジョブシステムなんてねーだろ」とか「ホントは勇者って言いてーんだろ」とか言ってる中、オレ達はディアベルの男らしさを羨んでいた。我ながら小さい男だと思う。

 

 「オーケー。それじゃ、本題に入ろう」

 

 そう言って、ディアベルはさっきまでの明るい表情から一転して真剣な表情をする。

 

 「今日、おれ達のパーティーが、ボスの部屋を発見した!」

 

 その言葉に、周囲がどよめく。オレ達も最上階までは上れたが、ボス部屋は見つけられなかった。そのため、ディアベルの言葉に少なからず驚く。

 ディアベルは話を続ける。

 

 「つまり、明日か明後日にはボスに挑めるって事なんだ!…ここまで一ヶ月……一ヶ月かかったけど、ボスを倒し、このデスゲームがいつかきっとクリアできるんだって事を”はじまりの街”で待っている人たちに証明しなくちゃならないんだ!それが、今ここにいるおれ達トッププレイヤーの義務なんだ!そうだろ、みんな!!」

 

 ディアベルの言葉には賛成だ。加えて彼は、相手の感情に呼びかける事でオレ達の心を奮い立たせてくれる。リーダーに相応しい人だと思う。

 

 (リーダーは上々っと。このまま荒れなければいいが……)

 

 オレはずっと別のことを気にしていたため、ある事を失念していた。

 

 「よし!それじゃあ、近くにいる人や仲間とパーティーを組んでくれ!」

 

 「「…うぇ!?」」

 

 やべぇ!!完全に忘れてたぁ!!

 

 「どどどどうすんだクロト!?」

 

 「オレだって考えてなかったよ!つーか落ち着け!!そしてアブれたヤツ探せ!!」

 

 めちゃくちゃ動揺するキリトを落ち着かせ、パーティーを組んでくれそうな人を探す。

 

 「…あそこに二人組がいる」

 

 落ち着きを取り戻したキリトが見つけてくれたようだ。オレは人が多い所からアブれた人がいないか探したが、丁度六の倍数の人数でダメだった(SAOは一パーティー六人まで)。

 キリトが見つけた二人組はその場から動こうとしなかったので、オレはキリトと共に近づく。

 

 「あんたらもアブれたのか?」

 

 「アブれてない。…周りがお仲間同士だったから、遠慮しただけ」

 

 「あの、そういうのをアブれたって言うんじゃ…」

 

 キリトの問いかけに、冷たく言葉を返す細剣使い。そしてそれを注意しようとする盾持ちの片手剣使い。二人ともフードで顔は見えないが、声からして女性のようだ。珍しい。

 

 「そっちが二人だけってんなら、オレらと組まないか?今回だけの暫定でいい」

 

 「…貴方達から申請するなら、受けない事もないわ」

 

 「わたしも同じです」

 

 「決まりだな」

 

 キリトに目配せをして、パーティー申請を出してもらう。彼女達はイエスボタンを押したようで、オレ達の視界の左上に二つのHPバーが増える。

 

 (…アスナと……サクラ…?)

 

 一瞬二人のどちらかが桜かと思ったが、即座にそれを否定する。彼女はゲームをしなかった筈だ。きっとただの偶然だろう。そう思い、ディアベルの方を向く。

 

 「そろそろ組み終わったかな?それじゃあ―――」

 

 「ちょお待ってんかぁー!」

 

 突然、オレ達の後ろからダミ声が聞こえた。全員が振り返ると、声を発したであろう男は階段を数段飛ばしで飛び降り、ディアベルの近くまでやってくる。

 

 (変な頭してるけど…誰だ、アイツ?)

 

 普通なら、空気読めよとかツッコミをいれたくなるが、それを忘れるくらい特徴的な髪型をしていた。まるでサボテンのようにトゲトゲしていたのだ。オレは彼が何をしようとしているかよりも、彼の頭が気になって仕方がなかった。

 

 (アバターの髪型を変更する施設はまだ無いから…あれがリアルの髪型なんだよな?ならあの髪型でどーやってナーヴギア被ったんだ?どう考えてもギアに収まらないよな?)

 

 オレがくだらない事を考えている間も、話は進む。

 

 「意見とかはいつでも大歓迎さ。ただ、その前に名乗ってくれないかい?」

 

 ディアベルは、突然会議に乱入されても不快な顔をせずに、サボテン頭の男に対応する。それにサボテン頭はフンッと鼻をならしてから名乗る。

 

 「わいはキバオウってモンや!ボス攻略の前に、言わせてもらいたい事がある!」

 

 キバオウの言葉を聞いた瞬間、オレは嫌な予感がした。

 

 「こん中に、五人か十人、ワビぃいれなアカンやつがおる筈やで!」

 

 ……間違いない。こいつが会議を荒らす。予感が確信に変わっていき、オレの体が強張る。その間もディアベルは落ち着いた様子で

 

 「詫び?誰にだい?」

 

 と肩をすくめて返す。それに対し、キバオウは叫ぶ。

 

 「決まっとるやろ!今まで死んでった二千人に、や!やつらがなーんもかも独り占めしよったから死んでったんや!せやろが!!」

 

 ここまで聞いて、ようやくディアベルもキバオウが言おうとしている事が分かったようだ。表情が真剣なものに変わる。

 

 「キバオウさん、君が言うやつらとは……元ベータテスター達の事かな?」

 

 「そや!ベータ上がりどもはこんクソゲームが始まったその日にダッシュで”はじまりの街”から消えよった。右も左も分からん九千人のビギナーを見捨ててな!やつらはウマい狩場やボロいクエやら独占して、ジブンらだけポンポン強うなった後はずーっと知らん振りや。こん中にもおる筈やで!ベータ上がりっちゅうのを隠してボス戦に参加しようとしてる小ズルイやつらが!」

 

 そう言いながら全員を見回した時、オレとキリトの所で一瞬目が止まったのは気のせいだろうか?もしかしたら疑われているのかもしれない。キバオウはなおも続ける。

 

 「そいつらに土下座さして、溜め込んだ金やらアイテムやらを軒並み吐き出してもらわな、パーティーメンバーとして命を預けられんし、預かれん!」

 

 キバオウのせいで、全員が疑心暗鬼になりかけていた。加えて、キバオウの言葉は一方的だ。確かにオレとキリトは元ベータテスターで、初日にビギナーを見捨てた。だが、自己強化が落ち着いた頃からアルゴを介して最前線の情報を提供し続けたのだ。今までの罪滅ぼしの意味を含めて。それに、元テスターの方が圧倒的に死亡率が高い事もアルゴから聞いた。

 

 「…く…!」

 

 今すぐにキバオウに反論したくて仕方がない。だが、そうすれば元テスターだと名乗るもので、ここにいる全員から非難されるだろう。だから何も言えない。キリトも同じようで、握り締めた拳が震えていた。と―――

 

 「発言いいか?」

 

 張りのあるバリトンボイスで、一人の男が進み出た。

 

 「俺の名はエギルだ。キバオウさん、あんたの言いたい事はつまり、元ベータテスターが面倒を見なかったせいで多くのビギナーが死んだ。その責任を取って謝罪、賠償しろという事だな?」

 

 筋肉モリモリの大柄で、色黒でスキンヘッドの両手斧使い……エギルという人は、ハルの言ったとおりの外見だった。キバオウもその外見に気圧されたのか、少し後ずさる。しかし、それを押さえ込むように大声をだす。

 

 「せや!あいつらが面倒見れば死ななかった二千人や!それもただの二千人ちゃうで!ほとんどが他のMMOじゃトップ張ってたベテランやったんやぞ!あいつらが金やらアイテムやら情報やら分け合っとったら今頃ここには十倍の人数が…ちゃう、二層や三層まで突破できたに違いないんや!」

 

 キバオウに対し、エギルは冷静に答える。

 

 「そうは言うがキバオウさん、金やアイテムはともかく、情報ならあったぞ?」

 

 そう言って、エギルがポーチから出したのは……アルゴの攻略本じゃないか!

 

 「このガイドブック、あんたも貰っただろ?道具屋で無料配布されていたからな」

 

 「「む、無料だと…?」」

 

 バカな!オレ達は一冊五百コルで買ったというのに!どーなってんだ!?

 

 「私達も貰ったわ」

 

 「無料だったので、一冊ずつ貰いました」

 

 この二人もか!アルゴめ…!今度会ったら覚悟しとけ…!

 

 「もろたで。けどそれがなんや?」

 

 オレ達が攻略本の事でショックを受けている間も、エギル達の話は続いていた。

 

 「このガイドブックは俺が次の村や街に着く度に置いてあった。情報が早すぎるとは思わなかったのか?」

 

 「せやかて、早かったらなんやっちゅーねん!」

 

 ここまで言われてまだ分からないとか頭悪すぎだろ、キバオウ。周りのヤツらの中には、エギルが言おうとしてる事に気づいたヤツだっているのに。

 

 「このガイドブックを作成したのは、元ベータテスター以外にありえないって事だ」

 

 「んな!?」

 

 エギルに言われ、キバオウは絶句する。そしてエギルはオレ達を見回しながら続ける。

 

 「いいか、情報は誰にでも手に入れられたんだ。それなのに沢山の死人が出た。それを俺は、彼らがベテランだったからだと考えている。このSAOを他のMMOゲームと同じものさしではかり、引き際を見誤ったんだろう。それを踏まえて、俺達はボスにどう挑むべきか……それが議論されると、俺は思っていたんだがな」

 

 エギルがそこまで言うと、キバオウは何も言い返せないのか、悔しそうに唸るだけだった。そこでディアベルが、キバオウをなだめるように言った。

 

 「キバオウさん、君の気持ちはよく分かるよ。おれだって右も左も分からないフィールドで何度も死にそうになってここまで来たんだから。でも、今は前を見るべきだよ。ここで元ベータテスターを排斥してボス攻略に失敗したら、元も子もないだろ?だから、今は彼らの力をボス攻略に役立ててもらおう」

 

 「…ええわ、ここはあんさんに従うたる。せやけど、その後でキッチリ白黒つけさしてもらうからな!」

 

 一応ここではもう元テスターの事は蒸し返さないようで、大またで近くの席へ行き、座り込んだ。

 

 「キバオウさんのように、元ベータテスターの事を快く思っていない人は他にもいると思う。彼らが受け入れられないって人は、残念だけど抜けてくれ。ボス戦では連携が大事だからね」

 

 ディアベルの言葉を聞いてから、席を立つ者はいなかった。どうやら全員元テスターの事はひとまず置いといてくれるようだ。オレ達としてはありがたい。

 

 (吊るし上げられるのは免れたか……にしても、元テスターってのはこんなにも肩身が狭いのかよ…!)

 

 エギルやディアベルのように、元テスターでも気にしない人は確かにいるが、それは少数だろう。彼らがリーダーでいる限りは大丈夫だろうが、キバオウのようなヤツがリーダーになれば、オレ達の身が危なくなるのは容易に想像できた。

 

 (全く、足並みをそろえるだけでも大変だな……)




 最初の方でキリトのキャラがブレてますが、ご容赦ください。本作のキリトにとって、ハルはそれだけ大事な存在なんです。

 そして気が付いたら七千字近く書いていたので、あわてて前編としました。

 ボス戦直前まで書いてたら、何字になったことやら……そのくせ、ぐだぐだで原作とあまり変わらない気が…(汗)本当にすみません。

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七話 攻略会議 後編

 今回もグダグダな上あんまり進んでません……

 展開遅いってタグもつけたほうがいいですかね?


 クロト サイド

 

 エギルがキバオウを論破した後、会議が再開された。

 

 「さて、先ほどエギルさんが言っていた例のガイドブックだが……実はボス攻略編として最新版が発行されていたんだ」

 

 ディアベルのこの発言に、会議に参加していた全員が驚いた。ディアベルはポーチから最新のガイドブックを出し、その内容を簡潔に読み上げる。

 

 「ボスの名前は【イルファング・ザ・コボルトロード】で、【ルイン・コボルトセンチネル】という取り巻きが、最初とボスのHPが一段減るごとに三体ずつポップする。ボスの武器は片手斧とバックラーだが、四段あるHPバーの最後の段がレッドゾーンに入ると、曲刀カテゴリのタルワールに持ち替える。取り巻きの方はポールアックスを使用する……とのことだ」

 

 オレはディアベルの話を聞きながら、ベータ時代の記憶と照らし合わせていた。キリトの方も同じ事をしていたらしく、情報が記憶していたものと同じだと分かると互いに小さく頷きあった。

 

 「この情報を基に、今から各パーティーの役割を決めようと思う!場合によってはメンバーを入れ替えるかもしれないから、連携をとれるようにしてくれ!」

 

 ディアベルはそう言うと、各パーティーを見て回った。その過程でステータスタイプが似た人がまとまるようにメンバーを入れ替え、タンク隊を二つ、アタッカー隊を二つ、長物のサポート隊を二つ作った。ここまではボスと直接戦うパーティーだ。

 残りの二パーティーは上記の六パーティーがボスに集中できるように取り巻きを排除する役割を任された(キバオウ達がメインで、オレ達はサポートだと言われた)。

 

 「最後に、金はシステムによる自動均等割り、経験値は敵を倒したパーティーのもの、アイテムはゲットした人のものとする!異存は無いな!」

 

 分配方法に異議を唱える者はいなかった。そのまま解散となり、全員が三々五々に散って行った(全員道具屋で最新のガイドブックを貰っていた)。ちなみに、再集合は明後日だ。明日はディアベル達がガイドブックと実際のボスに違いがないか確認を取るため、一日空けたのだ。

 

 「明日はセンチネルを想定したスイッチとPOTローテの練習だな~」

 

 「そうだな。二人もそれでいいか?」

 

 伸びをしながらオレが明日の予定を決めると、キリトはすぐに賛成し残る二人に同意を求めた。

 

 「……すいっち?」

 

 「ぽっと……ろーて?」

 

 ……え?

 

 「……もしかして……知らないのか?ここまでコンビ組んでたんだろ?」

 

 いち早く復帰したキリトが二人に問いかける。

 

 「えっと……実は……わたし達、ゲーム初心者なの……」

 

 「ああ、そういう事か……」

 

 片手剣使いがゲーム初心者であることを教えてくれたので、キリトは納得した。しかし、それはオレ達がパーティープレイのレクチャーをしなければならないと言う事でもあった。コミュ障のキリトには大変だ。今もオレに対して「説明よろしく」的な事を目で語ってくる。

 

 (あ~メンドクセー………よし、ハルに手伝ってもらうか。アイツコミュ力高いし)

 

 「キリト、ハルに手伝ってくれるように説得よろしく」

 

 「は!?何でだよ!」

 

 「コミュ障のお前じゃアテにならんし、オレ一人でやれる気がしないからだ」

 

 「うぐっ!!」

 

 ハルを巻き込む事にキリトは驚くが、オレはハッキリと理由を告げる。

 

 「あの~、誰が何を手伝うの?」

 

 「私達にも分かるように説明しなさいよ」

 

 渦中の外だった二人が聞いてきた。

 

 「気にすんな。明日お前らにどうやってスイッチとPOTローテを教えようかって話してただけだ。手伝いってのは、二人に教えるのをオレ達の仲間に手伝ってもらおうって事」

 

 「ああ、そういう事」

 

 さっきからトゲトゲしかった細剣使いが、納得したようにうなずいた。

 

 「んじゃ、明日はこの街の酒場に十時に集合って事で」

 

 「ええ、また明日」

 

 「明日もよろしく」

 

 オレが集合場所と時間を思いつきで決めてしまったが、二人は特に問題は無かったようで、すぐに了承してくれた。そのまま二人は自分達の宿屋へと向かって行ってしまった。丁度その時、キリトにメッセージが届いた。

 

 「クロト、ハルが先に風呂使ったって―――」

 

 「「今、何て!?」」

 

 アレ?さっきまで十数メートルくらい離れた所でこっちに背を向けて歩いてたハズだよな??それなのになんでオレの横にいるキリトに二人して掴みかかっているんだ???

 

 「……あ、あの……お二人は、何に反応なされたので……?」

 

 顔を引きつらせながら、キリトは恐る恐る訊ねた。

 

 「貴方、さっき何を使ったって言ったの?」

 

 「へ?それは俺じゃなくて―――」

 

 「いいから、さっき何を使ったって言ったか答えて!」

 

 鬼気迫るってのはこういうことだろうか?二人の雰囲気がとてつもないほど真剣だった。正面にいるキリトは冷や汗ダラダラだ(仮想世界で汗って掻いたっけ?)。

 

 「あ~、いや……ふ、風呂……ですけど……?」

 

 「「貴方が泊まってる宿って何処(何処なの)!?」」

 

 どうやら二人は風呂に食いついていたようだ。オレとキリトは無くても平気、ハルは習慣として入りたがっていたがどうしてもという訳ではなかった。だが、女の子には死活問題だったらしい。できれば二人の希望を叶えてやりたいが……

 

 「俺達が泊まってるの、NPCの家の二階なんだ。だから空き部屋は無いし、他の民家も全部使われてると思うんだ」

 

 キリトが無慈悲に、二人に現実を突きつける。キリトよ、もう少し言い方ってモンがあるだろ……

 

 「ど、どうしましょう?」

 

 「仕方ないわ……覚悟を決めましょう」

 

 「え!?でも、それは……!」

 

 がっかりしていると思っていたが、二人は小声で真剣に話し合っていた。何についてなのかは全く分からないが、相当迷っているらしい。

 

 (そろそろ、キリトに掴みかかったままだってのを注意した方がよさそうだな……)

 

 「おーい、二人とも―――」

 

 「貴方の部屋のお風呂」

 

 「貸して……!」

 

 「……はい?」

 

 オレが注意しようとしたら、二人は有無を言わせない口調で風呂を貸せって言ってきた。キリトは呆気にとられ、間の抜けた声を出してしまう。つーかそれであんなに悩んでたのか?アホくせぇ気が……

 

 「「何か失礼な事考えてない……?」」

 

 「イイエ、ナンデモアリマセン!」

 

 二人から睨まれた。女って怖ぇ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後、風呂を貸す事にしたオレ達は、宿にしている民家に二人を招いた。

 

 「ただいま」

 

 「あ、兄さんお帰り……ってその二人誰?」

 

 ハルがオレ達の後ろにいる二人を見て驚いた。

 

 「おいキリト。ハルにメッセージ送ってなかったのか?」

 

 「アホか!何て説明すればいいんだよ!?」

 

 ……そりゃぁ、オレもわかんねぇよ。と、

 

 「兄さんって、どういう事?」

 

 ハルの兄発言に、細剣使いが質問をする。

 

 「すみません、自己紹介がまだでしたね。僕はハルといいます。キリトという、こちらの片手剣使いの男性の弟です」

 

 と、営業スマイルを………って相手は女だぞ!!ショタコンに目覚めたらどうすんだ!!

 

 「そ、そうなの。よろしく」

 

 「よ、よろしくね」

 

 二人とも一瞬固まったが、すぐに平静に戻れたようだ。

 

 (よかった。変な扉を開かなくて済んだみたいだな)

 

 「えっと、お二人の名前は何ですか?」

 

 「アスナよ」

 

 「わたしはサクラっていうの」

 

 ハルが二人の名前を聞いてくれたので、オレはようやく細剣使いがアスナで片手剣使いがサクラなのだと分かった。

 

 「ところで兄さん、どっちを釣ったの?」

 

 「「ぶふぅ!?」」

 

 オレとキリトは同時に吹いた。キリトよ、釣るってあれか?お前はリアルで女の子に手を出しまくっていたのか?マジ引くわぁ。

 

 「ハル!誤解を招くような事言うな!ボス戦で暫定的にパーティー組んだだけだって!!」

 

 「ふ~ん、まあいいや」

 

 ハルはキリトに対して、まるで信用していない声で返事をした。と、ソワソワしているアスナ達をみて事情を察したらしく、確認するように聞く。

 

 「もしかして、お風呂に入りたいんですか?」

 

 「「!!?」」

 

 何も言っていないのに気づかれ、ものすごく動揺しだした二人。それに対してハルは落ち着いた声で続ける。

 

 「大丈夫ですよ、今は空いてますから。覗かれるのが心配でしたら、一人が見張りで残ればいいんじゃないですか?」

 

 あ……覗きに関してはオレも考えてなかった。流石ハル、キリトとはえらい違いだ。

 

 「え、えっと」

 

 「アスナさん、先に入ってください」

 

 「…いいの?」

 

 「はい。覗かれないようにしっかり見張ってます」

 

 「……じゃあ、よろしく」

 

 そう言ってアスナは風呂場へ直行し、サクラは風呂場の扉の近くの椅子に座って見張りを始めた。オレはここでする事が無い。

 

 (暇だし軽業スキル上げに行きてぇな……ん?今ここでハルとキリトにレクチャー任せりゃよくね?)

 

 ハルもキリトも、今日は特にする事は無い筈だ。なら、見張りをしているサクラに二人がレクチャーすれば自分はスキル上げができると考えた。我ながらナイスアイディアだ。

 

 「キリト、ハルと協力してサクラにレクチャーしとけ」

 

 「は!?お前は!?」

 

 「スキル上げしてくる」

 

 そう言ってさっさと部屋を出る。逃げるが勝ちってヤツだ。キリトが「裏切り者ぉ!!」とか叫んでるみたいだが、知~らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キリト サイド

 

 クロトが出て行ってしまい、部屋にいるのは俺、ハル、サクラの三人になった。

 

 (クロトのヤツ、ボス戦が終わったら覚悟しとけよ……!)

 

 「兄さん、何のレクチャーをするの?」

 

 「ん?ああ、サクラとアスナがゲーム初心者だから、スイッチやPOTローテとかのパーティー戦のレクチャーをな」

 

 「ああ、そういう事だったんだ。分かったよ」

 

 ハルはすぐに理解してくれて、サクラにレクチャーを始めた。まずはスイッチだ。

 

 「この世界のスイッチは、前衛と後衛の入れ替わりの合図みたいなものなんです」

 

 「入れ替わり?」

 

 「はい。いくらパーティーと言っても、一度に攻撃できるのは一人か二人までなんです。それ以上だと味方が邪魔になって、ソードスキルが満足に発動できません。ここまでは分かりますか?」

 

 「ええ、なんとなく」

 

 相変わらず、ハルの説明は分かりやすいな。俺、必要ないんじゃ―――

 

 「ソードスキルのメリットとデメリットは、兄さんが教えてくれますよ」

 

 「へ?」

 

 突然話を振られ困惑していると、ハルに目で急かされた。

 

 「ええっと、ソードスキルのメリットは言わなくても分かってるよな。デメリットとして挙げられるのが、発動するのに高い集中力が必要なのと、発動後に硬直時間があることだ。だから、メンバーがソードスキルを発動したら、硬直時間をカバーするために―――」

 

 「スイッチで入れ替わるって事?」

 

 「その通りですよ、サクラさん」

 

 途中で遮られてしまったが、スイッチについては分かってくれたようだ。続いてPOTローテだ。

 

 「まずPOTですが、これはHP回復用のアイテムの事です。今のところはポーションの事だと思ってください」

 

 「POTは回復アイテムっと。それで?」

 

 「POTローテとは、POTローテーションを略したもので、交代で回復することです。簡単に言えば、スイッチして回復する時間を稼いでもらう事です」

 

 「確かに、ポーションってすぐには回復しないもんね……」

 

 「ああ、SAOのポーションは時間をかけてゆっくり回復する物だからな。必ず誰かが時間を稼がなくちゃならないんだ。まあ、すぐに回復する物であっても使用する瞬間は無防備になってしまうから、POTローテは他のMMOでもよく使われるんだ」

 

 俺達の説明で、理解してくれたようだ。かなり噛み砕いた説明だったので、本来の意味を完全に教えたわけではない。しかし、今の説明でもボス戦は大丈夫だろう。

 サクラへのレクチャーを終え、しばらくするとアスナが出てきた(フードまでしっかり装備していた)。

 

 「サクラ、待たせてごめん」

 

 「いえ、気にしないでください」

 

 そう言ってサクラは風呂場へ入っていった。そしてアスナはクロトがいない事に気づく。

 

 「もう一人は?」

 

 「あぁ、クロトならスキル上げに行ったよ」

 

 「ふぅん」

 

 アスナはそれっきり、こちらに話しかけてこなくなった。こうなってしまっては、コミュ障の俺にはどうする事もできない。なのでハルに助けを求めようと思った時

 

 ―――ぼすっ

 

 隣にいたハルが、俺の膝の上に倒れこんできた。丁度膝枕だ。

 

 (いつの間にか寝てたのか。まあ、接客は大変だろうし、街で一人っていうのも心細いだろうから仕方ないか)

 

 そう思い、ハルの頭を優しく撫でる。

 

 「……貴方達……仲、いいのね」

 

 「ああ。この世界で、たった一人の家族だからな」

 

 アスナの言葉に答えながらでも、俺の手は自然とハルを撫で続ける。こういう事は今まで何度もあったから慣れっこだ。

 本当なら、アスナにもサクラと同じようにレクチャーしなければならない。だが、コミュ障の俺一人では無理だと分かっているし、ハルを起こしたくない。まあ、レクチャーなら明日でもできるし、最悪サクラから教えてもらえばいいだろう。

 

 ―――コン、ココン、コン

 

 特徴的なノックが聞こえた。本来なら、誰が来たのかすぐに分かる筈だった。だが今の俺はハルの方ばかり気にしていたので、

 

 「アスナ、頼む」

 

 と言ってアスナにドアを開けさせてしまった。

 

 「アレ?ここってキー坊達のねぐらじゃなかったカ?」

 

 「あ、アルゴさん!?」

 

 ここでようやく俺は自分の失態に気づく。

 

 (しまったぁ!初対面の女性をねぐらに連れ込んだってアルゴに誤解される!!)

 

 今この状況をどう説明しても、アルゴの誤解を解く自信がない。しかし、誤解されたままでは脚色された情報をばら撒かれ、俺の居場所がアインクラッドからなくなってしまう!つまり―――

 

 (あぁ……俺、終わったな……)

 

 あっという間に、俺の心は絶望一色に染まっていく。

 

 「ホウホウ、アーちゃんとサーちゃんはキー坊んトコのお風呂を借りにきたト?」

 

 「あ、いや、別にそんなんじゃ―――」

 

 「照れるナ照れるナ。オネーサンだって二日に一回は借りてるゾ?」

 

 おいバカやめろ!そんな根も葉もない事を言うな!アスナが信じたらどうすんだよ!

 

 「キー坊もそんな慌てた顔すんなヨ。別に恥ずかしがる事でも……」

 

 ん?俺をからかうために近づいてきたアルゴが突然黙ったぞ。一体何だ?

 

 「おいアルゴ、どうし―――」

 

 「なんとまア、気持ちよさそうに寝てるナ。これじゃオネーサン、キー坊をからかえないヨ」

 

 ハルを眺めてニヤニヤしていた。少しの間そのままだったが、

 

 「仕方ないナァ。ハル坊の寝顔に免じて、ここで見た事は黙っておくヨ」

 

 ため息混じりにそう言った。……あれ?俺、助かった??

 

 「まア、オレっちが来た理由は分かるよナ、キー坊?」

 

 ホッとしたのもつかの間、どうやらここからが本題らしい。まあ、予想はできるが。

 

 「俺の剣を買いたいって話だろ?」

 

 「そうだヨ。今日中なら、三万九千八百コルだって依頼主が言ってたヨ」

 

 「サンキュッパか……」

 

 思っていた以上の値段だ。少し驚いてしまう。

 

 「どうダ?」

 

 アルゴが問いかけてくるが、俺の答えは決まっている。

 

 「売らないよ。あれはハルが鍛えてくれた大事な剣なんだ。誰かに渡すつもりは毛頭ない」

 

 「そうカ。じゃあ依頼主には無理筋ダって伝えとくヨ」

 

 これでアルゴの用件は済んだが、依頼主が気になったので彼女に交渉する。

 

 「アルゴ、依頼主の口止め料は?」

 

 「千コルだヨ」

 

 「なら千二百出す。依頼主の名前を教えてくれ」

 

 俺が金額を言ったあたりから、アルゴはウインドウを操作し始めた。多分依頼主に確認を取っているのだろう。一分くらい待ったところで、返事が来たようだ。結果は―――

 

 「教えても構わないそーダ」

 

 「そうか。それで、一体誰なんだ?」

 

 オブジェクト化した千二百コルをアルゴに渡しながら、依頼主の名を聞く。

 

 「キー坊も知っているヤツだヨ。今日の会議で大暴れだったからネ」

 

 そう言われて、当てはまる人物が一人だけいた。

 

 「……キバオウ、か?」

 

 「ご名答だヨ」

 

 依頼主の正体は分かったが、新たな疑問が生まれた。

 

 (一体何がしたいんだ?四万コル近い金があるなら、俺の剣と同じくらいまで強化された武器を用意できる筈だ。それなのにどうして俺の剣を?)

 

 今の俺の剣、『アニールブレード』は序盤でこそ優秀な剣だが、決してレアな剣ではない。プレイヤー間でも一万数千コルで取引されているし、強化素材や強化の費用を合わせても、トータル三万五千コルぐらいかければ六回強化できるはずだ(俺の場合は六回とも成功している)。

 

 「まア、今そんな難しい顔してもいい事ないと思うゾ」

 

 考え込んだ俺を見て、アルゴが言う。

 

 「そうだな……」

 

 今はボス戦に集中するべきだろう。詳しい事はその後だ。

 

 「それとキー坊、装備を変えたいから隣の部屋借りるゾ」

 

 「分かった」

 

 アルゴにそう答えた後、俺はハルに意識を向ける。

 

 「アルゴさん待って!そっちにはサクラが!!」

 

 「ニャハハハ。ジョーダンだヨ、アーちゃん」

 

 どうやらアルゴは風呂場で着替えようとしたらしい。それをアスナが慌てて止めるが、冗談だといってアルゴは笑い、寝室に入った。

 その後着替えたアルゴは出て行き、サクラも風呂場からフル武装状態で出てきた。アスナへのレクチャーはサクラに丸投げし、明日の集合場所と時間を確認した後は帰ってもらった。

 二人が帰ってしばらくしてからクロトが戻ってきたので少し文句を言い、それからハルを寝室へ運んでそのまま一緒に寝た。




 アルゴのノックってこれであってましたっけ?いまいち分かりません……

 プログレッシブは立ち読みで済ませていたので、アニールブレードの価格や費用はうろ覚えです。
 捏造設定のタグありますし、もしものときはそれで押し切っていいですよね……?

 誤字、脱字、アドバイス等ありましたら、感想にてお願いします。


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八話 第一層ボス攻略戦

 リアルが忙しかったので、一週間ほど空いてしまいました。

 戦闘描写、上手くかけているかな……?


 クロト サイド

 

 攻略会議の二日後、オレ達は”トールバーナ”の広場に集まっていた。

 

 「みんな!いきなりだけど、ありがとう!!たった今、レイドメンバー全員が集まってくれた!」

 

 リーダーのディアベルが、メンバー全員に礼を述べた。

 

 「おれ……一人でも欠けたら、今日のボス戦を中止しようって思っていたんだ。でも、みんなはちゃんと集まってくれた。だから、おれから言う事は一つだけだ」

 

 そこで彼は一旦間を置いて

 

 「勝とうぜ!!」

 

 そう叫んだ。メンバー達も、おおー!と返していた。その一方でオレ達は

 

 「キリト、どう思う?」

 

 「俺は、ちょっと持ち上げすぎじゃないかって思うよ」

 

 「だな。足許掬われなきゃいいけど……」

 

 一抹の不安を抱いていた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 結論から言うと、オレ達の不安は杞憂だった。

 街を出て迷宮区を歩き、ボス部屋に到着するまでで大体一時間半。その間に何度かmobと戦闘になったが、ディアベルの的確な指示のお陰で楽勝だった。最後尾にいるオレ達が剣を抜く事は無く、移動時間のほとんどをボス戦の打ち合わせに使う事ができた。

 

 「なあクロト、あの二人……」

 

 「ああ。あれは大化けするな」

 

 昨日の練習で分かったのだが、アスナとサクラのバトルセンスは凄まじかった。アスナの剣はあまりにも速く、オレもキリトも視認できなかった。サクラは視野が広く、スイッチのタイミングが上手い。サポートにはうってつけだ(個人の戦闘能力も十分高い)。いずれこの二人は、最前線の中核をなす存在になるだろう。

 

 「……にしても、何でキバオウは装備を変えていないんだ?」

 

 「オレが聞きてぇよ」

 

 ここまでの道中、キリトはキバオウの装備が一昨日から変わっていない事をずっと気にしていた。確かに、四万コル近い大金があれば、装備を強化したり、買い換えたりできる筈だ。だがキバオウはそれをしていない。これから命がけの戦いになるのに、だ。

 

 (……まあ、あとで聞いてみりゃいっか。それよりも……)

 

 「お二人さん、立ち回りは覚えてるか?」

 

 「ええ」

 

 「やれるわ」

 

 今から始まるボス戦の方が重要だ。キバオウの事は一旦置いといて、意識をこれから始まる決戦に向ける。

 

 「キリト」

 

 「分かってる。いつもどおりに、な」

 

 キリトも大丈夫なようだ。そこでディアベルが

 

 「行くぞ…!」

 

 と言いながらボス部屋の扉を開いた。そしてレイドメンバー全員がボス部屋に侵入する。部屋に入ると、明かりが灯る。そのまま中ほどまで進むと、ヤツ―――イルファング・ザ・コボルトロードが動いた。座っていた玉座から跳躍し、オレ達の七メートルほど前方に着地したのだ。

 

 「グルアァァ!!」

 

 ヤツが雄たけびを上げるのと同時に、取り巻きであるルイン・コボルトセンチネルが三体ポップする。一方ディアベルも剣を掲げ

 

 「攻撃開始ぃー!!」

 

 ロードの雄たけびに負けない大声を上げる。彼の声に応えるように、レイド全員が鬨の声を上げて走る。

 すぐに双方の武器がぶつかり合い、第一層ボス攻略戦が始まった

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「カアァァ!」

 

 人間ではまず出せないだろう掠れたような声を上げながら、センチネルがポールアックスを振り下ろす。それをサクラが『スラント』で下段からパリングし、スイッチ。

 オレはセンチネルの喉元に『アーマー・ピアース』を放つ。それは狙い通りにヤツの喉を貫き、そのHPを四割削る。

 ハルに短剣をクリティカル一極で強化してもらったので、ソードスキルのブーストと併せてやっとこのダメージが出せた。もちろん今のもクリティカルだ。

 

 「スイッチ!」

 

 オレの攻撃で残り三割になったセンチネルに、サクラがトドメの『レイジスパイク』を放つ。それはヤツの喉……では無く、兜のスリットに入り、頭部を貫かれたセンチネルが四散する。

 

 (……今の、目に刺さった……よな?)

 

 昨日から思うが、見よう見真似でキリトと同じ事ができるようになったサクラは、本当にビギナーなのだろうか?味方としては頼りになるが、この先彼女と対立する事になったらフルボッコされそうで少し怖い。まあ、むこうも似たようなもので

 

 「スイッチ!」

 

 「三匹目!」

 

 キリトのパリングによって隙だらけのセンチネルの喉を、アスナの『リニアー』が貫く。その一撃は……五割も残っていたセンチネルのHPを全損させた(もちろんクリティカル)。

 

 「キリト……オレ達、とんでもねぇのを味方につけてないか?」

 

 「……だな」

 

 次のセンチネルがポップするまで、まだ時間がある(ロードの残HPは現在三段目の半ば)。そのためオレとキリトはこうして休憩兼雑談をしている。アスナとサクラも同じく二人で休んでいるようだ。

 一方で、キバオウのパーティーは六人でセンチネル一体をフルボッコ。しかし、弱点である喉元に攻撃が当たらず時間がかかっている。

 ちなみにセンチネルの撃破数は

 

 キリト&アスナ  三体

 

 オレ&サクラ   三体

 

 キバオウ達    三体

 

 となっており、オレ達のパーティーだけで六体も撃破している。このままいけば、次のポップでも二体はこっちのパーティーで倒せるだろう。

 と、キバオウ達もようやくセンチネルを倒したようだ。だが、それと同時にロードのHPが四段目に入った。こりゃ連戦だな、キバオウ。ご愁傷様~。

 

 「アスナ、行くぞ!」

 

 「了解!」

 

 キリトもアスナと共にセンチネルへと向かう。オレもサクラへ声をかける。

 

 「よし、やるぞ!」

 

 「分かった!」

 

 手順は同じなので、時々本隊の様子を見る余裕くらいはある。とはいえディアベルの指示は適切で、本隊の全員がHPを八割以上の状態をキープしている。昨日ディアベル達が言っていたように、ボスの変更点は無いのかもしれない。順調に戦えているのがその証拠だろう。

 

 (LA取れないのは残念だけど……ボスにはこのまま何事も無くやられて欲しいな)

 

 「スイッチ!」

 

 「おうよ!」

 

 サクラの声で、意識をセンチネルに向ける。そのままヤツに『アーマー・ピアース』を放ち、そのHPを三割削る。しかし

 

 「カアァァ!」

 

 「何!?」

 

 予想外な事にノックバックを受けながらもセンチネルは体制を建て直し、オレに襲い掛かってきた。だが

 

 「させない!」

 

 サクラがオレの前に出て、バックラーで防ぐ。その間にオレは左手で腰から投適用のピックを取り出し、右へ動く。サクラとセンチネルが重ならない位置まで行くと、『シングルシュート』でピックを投げる。

 

 「カアァァ!?」

 

 「え?」

 

 ピックはセンチネルの兜のスリットに入り、左目に突き刺さる。センチネルはのけぞり、突然の変化にサクラは反応できていなかった。

 

 「ソードスキルを!早く!」

 

 「っ!やああっ!!」

 

 オレが叫ぶと、彼女は反射的に『ホリゾンタル』を発動。鎧に当たり、一割ほどしか削れなかったが、センチネルを吹き飛ばす事には成功した。

 

 「気にすんな。次、やるぞ!」

 

 「わ、分かった!」

 

 彼女も、さっき反応できなかった事はあまり引きずっていないようだ。落ち込んだ様な声ではなかったのがその証拠だ。

 

 「クロト、俺達の方は終わったぞ!」

 

 「分かった!こっちもあと少しだ!」

 

 いつの間にかキリト達はセンチネルを倒していた。別に張り合うつもりはなかったが……なんだか悔しい。

 

 「カアァァ!」

 

 「はあっ!」

 

 サクラがセンチネルのポールアックスを『スラント』で弾く。カァン!という金属音が鳴り終わるよりも先にオレは

 

 「おらぁっ!」

 

 『アーマー・ピアース』をセンチネルの喉にクリティカルヒットさせた。これでヤツのHPは残り二割。いける!

 

 「サクラ!」

 

 「やあぁぁ!」

 

 彼女の『レイジスパイク』が喉に当たり、トドメを刺した。

 

 「二人とも、グッジョブ」

 

 いつの間にか近寄ってきたキリトが、声をかけてきた。隣にはアスナがいる。

 

 「お前らも、お疲れ」

 

 オレはキリト達にそう返した。が

 

 「ちょっと、まだボス戦は終わってないわよ」

 

 「アスナさんの言うとおりだよ」

 

 アスナとサクラが、オレ達に注意してきた。

 

 「そ、そうは言ってもだな……」

 

 「取り巻き担当のオレ達は、もうする事無いぜ?」

 

 コミュ障のキリトがどもったので、オレが引き継いで言う。キバオウ達とは違い、オレ達アブれ組パーティーは四人。人数不足なのでボスへの攻撃に加えてもらえない事は明白だ。よって、オレ達は離れたところから本隊とロードの戦闘を見ているしかないのだ。それが分かったからか、二人は黙ってロードの方を見た。

 

 「グルアァァァ!!」

 

 丁度ロードのHPがレッドゾーンに入ったようだ。ひときわ大きな叫びを上げ、持っていた片手斧とバックラーを投げ捨てる。そこで

 

 「下がれ、おれが出る!」

 

 リーダーのディアベルが、何故か単独でロードの前に躍り出た。

 

 (ここはパーティー全員で囲むのがセオリーだろ?何を考えている……?)

 

 キリトも同じ事を思っており、困惑した表情だった。だが、一瞬だけディアベルがオレ達の方を見ながら微笑した事で、オレは彼の狙いが分かった。

 

 (あの野郎、自分がLAを取れるように仕組んだのか!って事はキリトの剣をキバオウが買おうとしたのも、それが失敗してもキバオウが装備を変えなかったのも、アイツが金を用意して依頼したからか!)

 

 通常のmobのLA(ラストアタック)は、貰える経験値や素材が増えるボーナスが付くぐらいだ。だが、ボスの場合はそれだけでは無い。

 ボスのLAに成功するとLAB(ラストアタックボーナス)として、オンリーワンの超レアアイテム、いわゆるユニークアイテムが手に入るのだ。

 多くのプレイヤーが存在するネットゲームで、たった一人しか貰えないユニークアイテムの希少価値は計り知れない。換金すれば物凄い大金が手に入るし、高性能な武具であれば自分で装備して活躍したり、目立ったりする事もできる。

 つまりボスへのLAはいい事尽くめなのだ。

 しかし、それを知っているのは元ベータテスターのみ。何故なら、SAOの公式サイト及びアルゴの攻略本には、その事は書かれていなかったからだ。

 つまりディアベルは元ベータテスターで、ベータ時代にオレ達がボスのLAを取りまくった事を知っている。だからこそキリトの剣を買い取って弱体化させる事とオレ達に取り巻きの相手を任せてボスへの攻撃のチャンスをなくす事で、自分がLAを取れるようにしたのだ。

 オレの剣を買い取ろうとしなかったのは、攻撃力の低い短剣なら放置しても問題無いと思ったからだろう。

 

 「グルルゥ!」

 

 ロードが低くうなり、腰から得物を引き抜く。その刃は細く、鋭い物で―――

 

 「タルワールじゃ……ない?」

 

 オレが記憶していたタルワールは、もっと太く鈍く光っていた物だった。だが今ロードが持っている物は明らかに違う。アレは―――

 

 「……野太刀……!」

 

 キリトも気づいたようで、オレのつぶやきとほぼ同時に

 

 「ダメだ!全力で、後ろに跳べぇぇー!!」

 

 ディアベルに叫んでいた。だが彼は既にソードスキルを発動していた。

 

 「はああぁぁぁ!」

 

 「グルゥッ!」

 

 ディアベルの渾身のソードスキルは、ロードが突然跳躍した事により空振りに終わる。そして技後硬直している彼に、落下の勢いを乗せた大上段からの斬撃を浴びせる。

 

 「うわあぁぁ!?」

 

 ”カタナスキル”重単発技『兜割り』。空中で発動できる上硬直が短い厄介なスキルだ。

 

 「グルアアァァァ!!」

 

 『兜割り』をもろに喰らったディアベルに、ロードは更なるスキルを発動しようとする。

 

 「キリト!!」

 

 「分かってる!!」

 

 ディアベルが『兜割り』を喰らった時には走り出していたオレ達だが、ロードとはまだ距離があり、スキルを妨害できない。

 本来なら、レイドメンバー達がディアベルを助けるべきだが、情報と全く違う動きをするボスにただただ驚き、動けないでいた。

 そしてロードは『浮舟』を発動。救い上げるように下段から斬り上げ、ディアベルを打ち上げる。

 

 (やべぇ!追撃のスキルがくる!!)

 

 『浮舟』はコンボ用のスキルで、技後硬直がゼロに等しい。ベータ時代、これの後には必ず高威力のスキルで追撃されたので、よく覚えている。

 ディアベルの残りHPは四割でイエローゾーン。カタナスキルのキルゾーンだ。追撃を喰らったら、彼は間違いなく死ぬ。それは分かっているが、オレ達には止められなかった。

 

 「ガアアァァァ!!」

 

 ロードの野太刀が紅く輝き、空中で身動きが取れないディアベルに襲い掛かる。

 袈裟斬り、斬り上げ、一拍溜めてからの突き。『緋扇』だ。それを喰らったディアベルのHPは―――ゼロになった。

 吹き飛んでいく彼と目が合った。必死に口を動かし、何かを訴えていた。読唇術なんて持っていないので、よく分からない筈だった。だが彼の目が、心の声を届けてくれた気がした。

 

 ―――ボスを倒してくれ―――

 

 その声に込められた想いとその重さが伝わり、オレ達は彼に頷く。

 それを見たディアベルは、どこか満足そうな笑みを浮かべ、ポリゴン片になった。

 

 SAOボス攻略初代レイドリーダー・ディアベルの命がここに散った。




 兜割りは、作者が勝手に考えたソードスキルです。

 それにしても、感想が来ない……

 お気に入り件数がじわじわ増えている事から、読んでくれる人がいるって事は分かるんですが、誰も何も言ってくれないとかなり寂しいものです……

 


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九話 ビーター誕生

 クロト サイド

 

 ディアベルが死んだ。だが、今のオレ達に立ち止まっている暇は無い。ロードは今なお暴れているのだ。その一方でリーダーを失ったレイドはあっけなく崩壊していて、誰かが立て直さなければならない。

 

 「キリト」

 

 「ああ。俺にも聞こえたよ。ディアベルの声」

 

 「なら、やるぞ相棒!」

 

 「おう!」

 

 オレとキリトで時間を稼ぐ。その間に誰かが立て直してくれると信じるしかない。今必要なのは、’ボスに立ち向かえる人がいる’という事だ。

 

 「グルアアァァァ!」

 

 『兜割り』でタンク一人を吹き飛ばしたロードが、オレ達の接近に気づきスキルを立ち上げるべく構える。左腰に剣を構え、左手を添える……アレは居合い系の『辻風』か!

 

 「キリト!」

 

 「任せろ!」

 

 キリトが走りながらも『レイジスパイク』を発動し、『辻風』を相殺。がら空きになったロードの腹に、オレは『サイド・バイト』の二連撃を叩き込む。

 

 「グルウゥ!?」

 

 「チッ、減ってねぇ……」

 

 やはりセンチネルとは桁違いのHPだ。クリティカルだったが、ヤツのHPバーは数ドットしか減っていない。このままではジリ貧だ。

 

 (クソッ!誰でもいいから早く立て直せよ……!)

 

 「グオアァァ!」

 

 「はああぁぁぁ!!」

 

 ロードの『浮舟』を、キリトが『スラント』でキャンセルさせる。オレが踏み込もうとしたとき―――

 

 「スイッチ!」

 

 アスナが走りこんできて、『リニアー』のモーションをとろうとした。だが、ロードの目が妖しく光る。

 

 「アスナッ!」

 

 「ッ!?」

 

 キリトの叫びでロードの攻撃に辛うじて気づき、間一髪で回避する。その時野太刀がフーデットケープを掠め、ボロボロだったケープがポリゴン片になる。

 

 「せやあぁぁ!」

 

 だが彼女はケープが壊れた事を気にせず、ロードに『リニアー』を打ちこんだ。ノックバックでロードが二、三歩後ずさるが、レイド全員が彼女の素顔に見とれていた。

 サラサラとした長い栗色の髪、整った顔立ちにはしばみ色の瞳。ケープだったポリゴン片はそれらを飾るように輝いている。

 ―――要は”美少女”だったのだ。それも信じられないくらいの。

 こういうのを「戦場に咲いた一輪の花」とでも言うのだろうか?

 

 「グルルッ!」

 

 「っ!次、くるぞ!」

 

 ロードの唸り声を聞いていち早く我に返ったキリトが、警戒を促す。それによってオレも意識をロードに向ける。

 

 「わたしも!」

 

 いつの間にかサクラもきたようだ。ロードの右側から、アスナと交互にソードスキルで攻撃している(オレは左側から攻撃している)。

 キリトは一人で何合、何十合とロードと打ち合い、ヤツのスキルを全てキャンセルさせている。アイツの反応速度だからこそできる荒業だ。だが

 

 「グルアァァ!!」

 

 「っ!?しまっ―――!」

 

 上段・下段のどちらかランダムで斬りつける『幻月』。キリトは上段から来ると判断し『ホリゾンタル』を発動したが、実際は下段からだった。そのためキリトは空振りし、がら空きの胴を斬りつけられて吹き飛んだ。マズい!

 

 「チッ!こっち向け!」

 

 とっさにオレは左手でピックを抜き、『シングルシュート』を放つ。

 

 「グオオ!?」

 

 ヘイトを稼ぐため、大まかに頭部を狙ったが、ピックはロードの鼻に刺さった。これによりタゲがオレに移り、ロードはオレを正面に見据える。

 

 「さあ来いよ、犬面野郎!!」

 

 意味は特に無いが、ロードを挑発する。すると意外な事に、ヤツが怒ったように雄たけびを上げながら『浮舟』を発動してきた。

 

「グルアアァァァ!」

 

 「ふっ!」

 

 オレはバク転でそれを回避する。普通なら野太刀のリーチから抜けられないが、軽業スキルにより、辛うじて回避できた。

 

 (デスゲームなのにすれすれで回避とか……心臓に悪りぃ……)

 

 背筋に悪寒が走るが、休んでいる暇は無い。キリトほどの力の無いオレでは、かわし続けて時間を稼ぐしかない。ちらりとパーティーメンバーのHPバーを見ると、キリトのバーが延び始めていた。

 ロードの攻撃をかわし、ピックを投げてタゲをとり続ける。ベータ時代にカタナスキルを覚えていたからこそできる芸当だった。実際には一分か二分ぐらいだが、体感時間では数十分に感じられた。そしてオレの集中はアッサリと切れる

 

 (っ!?ヤベェ!!)

 

 ピックを使い果たしたのだ。その事に一瞬気をとられ、ロードの攻撃の回避タイミングを逃してしまった。このまま喰らうよりはマシだと咄嗟に武器で防御しようとして―――

 

 「うおおらああぁぁぁ!!」

 

 オレの前に誰かが現れ、両手斧スキル『ワール・ウィンド』で野太刀を弾いた。

 

 「アンタは……」

 

 「お前も休め!時間稼ぎは任せろ!!」

 

 「……サンキュ」

 

 黒人の偉丈夫、エギルだった。ロードの方には、彼のパーティーメンバーと思われるプレイヤー達が集まりタゲを取っていた。

 

 「「「うおおおぉぉ!!」」」

 

 エギル達が各々のソードスキルでロードを絶え間なく攻撃しているが、全て野太刀で防がれている。甲高い金属音が鳴り響くが、ロードのHPはほとんど減っていない。

 

 「グルアアァァァ!!」

 

 ロードがエギル達をなぎ払い、飛び上がる。いつの間にかロードを囲んでいたらしい。この状況で使われるカタナスキルは一つ。

 範囲技『旋車』。高い攻撃力と広い攻撃範囲、スタン効果を兼ね備えた凶悪なスキルだ。HPが八割以上残っているエギル達でも、アレを喰らったらマズい。オレはすぐに駆け出したが、短剣スキルでは、空中にいるロードを攻撃する手段が無い。

 

 「届けええぇぇぇ!!」

 

 HPが回復しきっていないキリトが、『ソニック・リープ』を発動し跳び上がった。確かあれは空中に攻撃可能なスキルだった筈。キリトの位置からロードに届くか微妙だが、今は届く事を祈るしかない。

 

 「ガアアァァ!?」

 

 そして、キリトの一撃はロードを捉えた。それにより『旋車』はキャンセルされ、ロードは地面に不時着する。

 

 「おらあっ!!」

 

 不時着し、転倒状態になったロードの右目に『アーマー・ピアース』を打ち込む。だがヤツはすぐに起き上がり、追撃できなくなった。けれど、そのHPはあと僅か。

 

 「クロト!アスナ!サクラ!最後の攻撃、一緒に頼む!!」

 

 「おう!」

 

 「了解!」

 

 「分かった!」

 

 キリト達が来てくれた。ならここで、トドメを刺す!!

 

 「グルアアァァァッ!!!」

 

 ロードも最後の抵抗とばかりに野太刀を振るう。しかしそれはキリトの『スラント』で弾かれる。

 

 「せやあぁっ!!」

 

 「やああぁっ!!」

 

 アスナの『リニアー』とサクラの『レイジスパイク』がロードの腹に突き刺さる。

 二人に続いて、オレとキリトはそれぞれ『クロス・エッジ』と『バーチカル・アーク』を発動。

 

 「これで―――」

 

 「終われええぇぇぇ!!!」

 

 オレはロードの右わき腹を十字に、キリトは左わき腹をV字に切り裂いた。オレ達の攻撃を受けたロードは体を硬直させ、次の瞬間には破砕音を響かせながら大量のポリゴン片に変わった。

 

 ―――本当に終わったのか?

 

 誰もがその疑問を抱いた。だがそれは、各自の前に表示されたリザルト画面と空中に大きく浮かび上がった<Congratulation!!>の文字により解消された。

 

 「……やった……やったぞぉー!」

 

 「ボスを倒したんだぁー!」

 

 「おれ達が勝ったんだ!」

 

 「ざまあみろ茅場ぁー!」

 

 皆が仲間と肩を叩き合ったり、抱き合ったりして、喜びを分かち合っていた。

 

 「終わった……かぁ……」

 

 彼らを見て、オレもようやく実感がわいてきた。その場に腰を下ろし、キリトに声をかける。

 

 「お疲れ、相棒」

 

 「そう……だな……」

 

 キリトもようやく、ボス戦が終わった事が実感できたのだろう。表情が戦闘中の硬いものから、普段どおりのものに変わった。

 

 「LAは取ったぞ」

 

 オレに近づき、ニヤリと笑いながらキリトが小声でそう言った。だが甘いな、キリト。

 

 「オレも頂いたぜ?」

 

 「げっ……またDLAかよ……」

 

 DLA―――ダブルラストアタックは、オレがベータ時代に得意としたシステム外スキルだ。やる事は単純で、他人のLAに便乗して同時に攻撃するだけだ。タイミングがシビアだが、成功すると両方にLABが手に入る。しかも入手アイテムは全くの別物だ。

 キリトはLAを取るのが上手かったので、それに合わせて攻撃すれば、オレもLAが取れると思い、始めたのがきっかけだ。

 

 「お疲れ様」

 

 「おめでとう」

 

 いつの間にかアスナとサクラが来ていたようで、労いの言葉をかけてくれた。後ろにはエギルもいる。

 

 「見事な活躍だったぞ、Congratulation!この勝利はあんたらのモンだ」

 

 「いや、そんな……」

 

 「オレらも、アンタ達がいなきゃやられてたさ」

 

 自分の力だけで勝てたわけでは無い。それが分かっているからこそ、オレもキリトもエギルの賞賛を素直に受け取れないのだ。自分たちよりも先に賞賛されるべき人がいる、と言おうとして―――

 

 「何でやっ!!」

 

 キバオウが、涙交じりの声で叫んだ。それによりレイド全体が水を打ったように静まり返る。

 

 「何で……何でディアベルはんを見殺しにしたんや!?」

 

 「見殺し……?」

 

 意味が分からず、キリトは聞き返す。するとキバオウは顔を上げ、ディアベルのパーティーメンバー等の一部の者達と共にこちらを睨む。

 

 「そうやろが!ジブンはボスの使う技、知っとったやないか!あの情報を伝えとったら、ディアベルはんは死なずにすんだんや!!」

 

 キバオウの叫びでレイド全体が、会議の時のように疑心暗鬼になり始めていた。お互いに「そう言われれば……」や、「攻略本に載ってなかったのに……」といった疑問をぶつけ合っていた。

 だが、じきに気づくだろう。オレ達が元ベータテスターだという事に。

 

 「おいおいあんた等―――」

 

 エギルと彼のパーティーメンバー達が窘めるが、全員を止めることはできなかった。

 

 「きっとあいつ等、元ベータテスターだ!ボスの使う武器や技、知ってて隠してたんだ!他にもいるんだろ!?元ベータテスターども、出て来いよ!!」

 

 オレ達を睨んでいた内の一人が、そう叫んだ。マズい!このままじゃ元テスターとビギナーに埋まらない溝ができる!!

 

 (これじゃ攻略どころじゃなくなっちまう……!)

 

 何か手は無いかと必死に考えるが、そう都合よくは浮かんでこなかった。その時

 

 「クロト……」

 

 「何だよ?」

 

 「ハルを……頼む」

 

 そう言ってキリトは、高笑いしながらゆっくりと立ち上がった。オレはようやくキリトが何をするのかを理解した。

 

 「元ベータテスター、だって?」

 

 ふてぶてしい表情を作り、キリトはキバオウ達のところへ歩き出す。

 

 「俺をあんな’素人連中’と一緒にしないでくれないか?」

 

 キバオウ達を―――いや、ここにいる全員を見下すような目をして、抑揚の無い声でキリトは言い放った。

 

 「な、何やとぉ!」

 

 キバオウは思わずといった感じで怒鳴り返す。

 

 「よく思い出せよ、SAOのベータテストはとんでもない倍率の抽選だったんだぜ。その中に本物のMMOゲーマーが何人いたと思う?」

 

 キリトは、反ベータテスター思想の矛先を全て自分に向けるつもりだ。自分への負担を省みずに。だからこそオレは、キリトを……仲間を一人にしたくなかった。

 

 「おいおいキリト、そんな遠回しな言い方じゃここの連中は分かんねーよ」

 

 オレもまた、キリトと同じふてぶてしい表情をして、同じようにバカにした口調でキバオウ達の方へ歩き出した。

 

 「オレがハッキリ言ってやるよ。オレ達以外は全員’ザコ’だったってな!!」

 

 「ざ、ザコ……やと……?」

 

 キリトは一瞬驚いた表情だったが、すぐにふてぶてしいものに戻した。そしてキバオウのつぶやきに答えるように言った。

 

 「そうさ!皆レベリングのやり方を知らないどころか満足に戦う事すらできなかったんだからな!今のあんた等の方が’まだマシ’さ」

 

 この場にいる全員すらバカにするような発言に、誰かが言い返す前にオレが続ける。

 

 「けどな、オレ達は違う!オレ達二人はベータテスト中、誰も到達できない層まで登り、そこのボスを倒した!!」

 

 「俺達がボスのカタナスキルを知っていたのは、上の層でカタナを使うmobとさんざん戦ったからだ!……他にも色々知ってるぜ?情報屋なんて、問題にならないくらいにな!!」

 

 キリトがそう締めくくった。誰も彼もが唖然としていたが、キバオウがかすれた声で

 

 「な……何やそれ………そんなんもうベータどころや無いやん……もうチートや!チーターやんそんなん!!」

 

 そう叫んだ。それを皮切りに、全員が

 

 「チーターだ!」

 

 「そうだそうだ!」

 

 「ベータのチーターだ!」

 

 などとオレ達を非難する。その中で、ベータとチーターが重なって’ビーター’と聞こえた。

 

 「ビーター、か」

 

 「いい呼び名じゃねぇか、キリト。貰ってこうぜ」

 

 「ああ。これから俺達はビーターだ」

 

 そう言ってキリトはLABであろう漆黒のロングコートを装備した。それは今まで彼が装備していた灰色のハーフコートよりもずっと、悪役らしくて似合っていた。

 

 「次からは元テスター如きのザコ共とは一緒にしないでくれよな!」

 

 オレもまた、LABの’ミッドナイトマフラー’を装備し、そう言い放った。今まで着ていたフードが消え、キリトのコートと同色のマフラーが現れる。顔の上半分が露になるが、気にせずオレ達は、第二層へと続く階段へ向かった。そして階段の手前でキリトが振り返り

 

 「転移門のアクティベートは俺達がしておいてやる。主街区まで少し歩くから、ついてくるなら初見のmobに殺される覚悟をしとくんだな!」

 

 と、全員に言い放つ。だがオレは一切振り返る事無く、階段を上る。

 

 (これで……ほとんどのプレイヤーが敵になったな……)

 

 ひょっとしたら、もうボス攻略のパーティーには入れないかもしれない。最悪闇討ちなどに遭ってPKされるかもしれない。だが、そんな事はどうでもよかった。仲間が一人にならずに済むのなら、という考えでオレは動いたのだから。

 キリトと同じビーターになった事を、オレは後悔なんてしていない。




 ミッドナイトマフラーは、作者のオリジナル装備です。イメージは、GGOでシノンが着けていたマフラーを黒くした感じです。

 ちなみに、戦闘描写はアニメの方を参考にしました。

 誤字、脱字、アドバイス等ありましたら、感想にてお願いします。


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十話 再会

 一週間以上時間が空いてしまいました! すみません!!

 投げ出す事だけはしないので、どうかこれからもよろしくお願いします!



 今回は短いです。


 サクラ サイド

 

 「次からは元テスター如きのザコ共とは一緒にしないでくれよな!」

 

 この時、わたしは自分の目を疑った。だって彼は、わたしがずっと会いたかった人だったから。

 目元や髪型だけなら似ている人もいるかもしれない。でも、彼の左の前髪につけられた小さめの黒いヘアピンを見間違える事は絶対に無い。だけど―――

 

 (嘘……嘘だよね……?)

 

 彼の言葉が、信じられなかった。元々口が悪いのは覚えていた。けれど、こんなにも露骨に他人を見下したり、バカにするような事を言う人じゃなかった。それは昨日今日一緒に戦って、分かったことだった。

 記憶の彼と昨日の彼がぴったりと一致するのに、今の彼はまるで違う。今の言動が本来のものなのだと言わんばかりだった。その事に、わたしは大きなショックを受けた。

 

 (もう……わたしの知る君はいないの?)

 

 もう、よくわからない。彼―――クロトは変わってしまったのではないか?という思いと、それを信じたくないという思い。この二つが混ざり、心の中でぐちゃぐちゃになる。

 エギルさんに話しかけられるまで、わたしはその場に立ち尽くしていた。

 

 「大丈夫か、嬢ちゃん?」

 

 「あ……」

 

 慌てて周りを見ると、アスナさんがいなかった。それをエギルさんに尋ねると

 

 「もう一人の子には、二人宛の伝言を頼んだんだ」

 

 「そう、ですか……」

 

 階段を指差してそう言った。伝言を伝えるだけなら、そう時間はかからない。なら、ここでアスナさんを待とうと思った。しかし

 

 「嬢ちゃんは行かないのか?」

 

 「っ!」

 

 エギルさんのこの問いかけに、わたしはビクッと反応してしまった。それを見た彼は、真剣な表情になる。

 

 「言っとくが、アレは二人の演技であって本心じゃあない。あの場を収めるために自ら汚名を被ったんだ」

 

 (………………え?)

 

 少しの間ポカーンとしてしまった。すると彼はニヤリとして

 

 「パーティーメンバーなんだろ?だったら言いたい事の一つや二つくらいあるだろ」

 

 わたしにそう言った。エギルさんの言葉は、行ってこいと言わんばかりにわたしの背中を押してくれた。

 気が付けば、わたしは全力で走っていた。

 

 (クロト……クロト!)

 

 ただ、クロトに会いたい。その一心だった。階段を駆け上がり、扉をくぐる。第二層の景色が見えても気にせずに彼を探す。

 

 (いた!)

 

 彼は、何かを話しているアスナさんとキリトを置いて、少し先を歩いていた。わたしは二人の横を駆け抜け、彼を呼ぶ。

 

 「クロト!!」

 

 ~~~~~~~~~~

 

 クロト サイド

 

 「クロト!!」

 

 名を呼ばれ、オレは立ち止まる。オレ達を追いかけてくるのはアスナだけだと思っていたのでキリトに丸投げしたが、これはオレが答えなければならないだろう。

 

 (メンドくせぇ……)

 

 ため息をつき、振り返らずに口を開く。

 

 「もうオレらと関わるな。じゃあな」

 

 オレ達といたら、彼女まで憎悪の対象にされる。それを防ぐ意味で、オレは冷たくあしらい、歩き出す。だが

 

 「っ!?」

 

 十歩も歩かないうちに、背中に衝撃を受けた。前につんのめりそうになるのを堪えると、胸の前に腕が回される。

 背中と、回された腕から感じる温もりに、オレはただただ固まってしまう。加えて、何か言おうとしても口がパクパクするだけで声も出ない。

 お袋が死んでから、オレは一度も誰かに抱きしめられたり、抱きつかれたりすることが無かった。そのため、サクラに抱きつかれてテンパッてしまったのだ。

 そしてサクラが、消え入りそうな声で言った。

 

 ――――――行かないで、と

 

 その言葉が、桜と離れ離れになる時の記憶をフラッシュバックさせる。だがそれでもサクラの声は聞き逃す事無く耳に入ってくる。

 

 「もう……前みたいに……置いて行かないで」

 

 前みたいに?まさか―――

 

 「やっと…会えたのに……また置いていかれるの……嫌だよぉ……」

 

 まさか、サクラが桜なのか?

 

 「クロト……」

 

 相変わらず声は出ない。加えて、これは全部夢か幻じゃないのか?という不安が広がっていく。そのまま何もできずにいると、サクラが腕に力を込める。そしてオレにしか聞こえないほどの小さな声で、呟いた。

 

 「鉄 大和」

 

 「っ!!何で知ってる?」

 

 本名を当てられ、驚く。だがそれと同時に条件反射でサクラから少し離れ、振り向く(彼女の筋力値がオレのよりも低かったからできた)。

 

 「え?……何でって……あ!」

 

 彼女は、こちらの言葉の意味が解らないといった声だったが、ふいに何かに気づき、フードを下ろした。

 

 「これなら……分かる?」

 

 肩に届かないくらいの長さの茶色の髪、黒い瞳、整った顔立ち。そして左の前髪につけられた、オレの物と同じヘアピン。

 記憶よりもずっと美しく成長した桜が、そこにいた。

 

 「さく……ら?」

 

 オレは、掠れた声しか出せなかった。ずっと会いたかった人が目の前にいるのに、もし夢か幻だったら?と思うと怖くて体が動かない。

 

 「うん、そうだよ」

 

 桜は、そう言ってゆっくりとオレに近づいて、抱きしめた。

 

 「これでも、信じられない?」

 

 背中を優しくさすりながら、オレの心を読んだように彼女は聞いてくる。

 

 「ど、どうして―――」

 

 「信じられないって顔、してたから」

 

 驚いて訊ねようとすると、言い切らないうちに彼女が答える。そして腕に力を込め

 

 「わたしは、ここにいるよ」

 

 と言った。その言葉が、桜がここにいるとオレに信じさせてくれた。

 

 「桜……桜!」

 

 今まで動かなかった腕が動き、桜を抱きしめる。抱きしめた彼女はとても温かくて、柔らかくて、愛おしかった。

 気づけばお互いに涙を流していたが、気にする事無く抱きしめ続けた。今のオレは、桜の事しか頭になかった。が―――

 

 「……そろそろいいかしら?」

 

 アスナの言葉で、オレ達の意識が呼び戻される。途端に羞恥心が尋常じゃないくらいにわいてきて、音がするぐらいの勢いで赤面する。

 

 「ああああアスナさん!?いいい何時からそこに!?!?」

 

 「何時って……はぁ……サクラがフードを下ろしたところからよ」

 

 大慌てな桜の疑問に、アスナはあきれたように答える。……って!アスナがいるってことは……

 

 「……キリトも?」

 

 アイツにこんなトコ見られたら、精神的にオレが死ぬ!!

 

 「キリト君なら、あそこで正座してるわ」

 

 そう言ってアスナが指差したのは、第二層の入り口近くのテラス。

 

 「何であんな所に?」

 

 あそこは景色がいいぐらいしか特徴が無かった筈―――

 

 「ちょっと’お説教’してきたの」

 

 アスナは言った。寒気を感じるほどのいい笑顔で。きっとキリトはこの笑顔を見せられながら説教されたに違いない。オレだって今こうして桜を抱きしめていなければ震え上がっていただろう。

 

 「貴方達、いつまで抱き合っているの?」

 

 「「あっ!」」

 

 アスナに指摘され、離れるオレ達。…………と言うか、何でアスナが来たときに離れなかったんだろう、オレ達。さっき以上に恥ずかしくって仕方ないし、顔もさっきより熱い。

 

 「な、何でキリトに説教なんかを?悪役を演じた事か?」

 

 恥ずかしさを少しでも紛らわせるために、キリトが説教された訳を聞く。

 

 「ビーター宣言はまだいいとして……馬鹿な事を頼んできたのよ」

 

 そう言ってため息を一つ。何頼んだんだよ……

 

 「何を頼んできたんですか?」

 

 桜が、オレと全く同じ疑問をぶつける。

 

 「いきなり頭下げて、’ハルを頼む’なんて言ってきたのよ。信じられる?出会って三日程度の相手に、大事な弟を任せようって考えが」

 

 「あ~そりゃ説教だな」

 

 バカだろキリト。お前がいなくなったらアイツ潰れるぞ?……そういえば、オレにも言ってきたよな……よし、オレも後で’OHANASHI’しとくか。

 

 「あ、言い忘れてたけど、クロト君がメッセージ送るまで正座のままだから」

 

 じゃあ、もう少しほっとこう。

 

 「ハルのことはオレからも言っとく。だから二人は戻った方がいい」

 

 「え?」

 

 オレの言葉を聞いた途端に、桜が泣きそうな顔をする。流石にこのままにはしたくないので、説明する。

 

 「ビーター云々以前に、二人ともこの層の情報持ってないじゃん。初見の敵がどれほど危険かは言わずもがな、だろ?」

 

 「それは……そうだけど」

 

 まだ納得し切れていないのか、桜は頷いてくれなかった。だからオレは彼女の頭を撫でて

 

 「最前線でなら、今日みたいにパーティー組む事もあるだろ。それにフレンド登録しとけばいつでもメッセージ飛ばせるから、もう一生会えないなんて事にはならない」

 

 そう言った。桜は、まず頭を撫でられて驚き、そこからオレの言葉を理解して笑顔になってくれた。

 その後オレは桜とアスナの二人とフレンド登録をして、キリトにメッセージを送った。

 

 「んじゃ、二人とも、またな」

 

 「うん!」

 

 「ええ」

 

 桜とアスナが来た道を戻るのを少し見て、オレは第二層の主街区へと歩き出した。……ん、キリトを待たないのかって?その内追いつくだろ。

 

 

 桜に会えたのは偶然だったのだろうけど、それだけでこの世界に来て良かったと思えた。どれだけ時間がかかるか分からないが、桜やキリト達と共に生き残り、現実世界でも会おうと決意した。

 

 ―――――――まだそっちにはいけそうにないよ、お袋。




 恋愛描写も難しい……

 作者は
  彼女いない歴=年齢
         なので、この手の知識が乏しいです。なので、どこか不自然なところなどがありましたら、ご指摘、アドバイス等を感想にてお願いします……


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十一話 ビーターでビーストテイマー!?

 原作一巻とかALOとかGGOとかのネタが浮かぶのに、肝心のSAO初期のネタがなかなか浮かばない……

 そして今回も中々進まないスロー展開……自分の発想力の乏しさを痛感します……


クロト サイド

 

 第一層が攻略されてから、攻略のペースは驚くほど速くなった。最初は一ヶ月かかったのに比べ、現在は数日から一週間で一つの階層が攻略されている。

 普通に考えれば驚くほどのハイペース攻略だが、それでも第百層に到達するには年単位の時間がかかるだろう、というオレ達の考えは変わらない。

 現在の最前線は第八層。

 

 「キリト、そろそろ帰ろうぜ」

 

 「ん、もうこんな時間か」

 

 今オレ達がいるのは第八層のフィールドダンジョン、”宵闇の森”だ。ここは背の高い木で覆われているので、昼間でも薄暗く、夜になるともう何も見えなくなるくらいだ。

 とは言っても、ここを攻略しないと迷宮区に行けない、なんて事は無いので、誰もここには来ない。また、

 

 「ここの情報は売らなくて正解だったな、キリト」

 

 「ああ、索敵スキルが二百を超えてないとここのmobの隠蔽を看破できないからな」

 

 デスゲームとなっている状況で、隠れた敵が見つけられないダンジョンに入る事はあまりにも危険だ。「いつの間にかmobに囲まれてフルボッコされて死んだ」と言うことがベータ時代に頻発していた事もあり、その二の舞を防ぐためにアルゴも攻略本で注意を促していた。

 しかしオレ達はまだアルゴに、ここがレベリングスポットであると言う情報を売っていない。注目されたのはベータテスト終了間際だったし、アルゴはその頃他の階層の情報収集をしていたので彼女も知らなかったのだ。

 ここのmobは発見するのに高い索敵スキルが必要だが、一体あたりのステータスが低い。そのくせ貰える経験値が多めでリポップも早いので、パーティーに一人索敵スキル持ちがいるとレベリングスポットに早変わりする。

 

 ビーター宣言をしてから、攻略組の多く(下っ端や新参者)はやたらとオレ達を敵視してくる。

 その一方で、エギルやアスナのように一部の人は友好的に接してきてくれる。オレとしては、キリトが孤立しがちなので気にしてくれる人が多いのは嬉しい。

 また、リンドがドラゴンナイツブリゲード(通称DKB)、キバオウがアインクラッド解放隊(通称軍)を立ち上げ、攻略組の二大ギルドになっていた。

 この二人は、ディアベルほどでは無いがリーダーとしてそれなりに人をまとめているが、勢力争いが耐えないのが玉にキズだ。……まあ、必要以上にオレ達を排斥して、相手のギルドに入られるのを気にしているから、ギブ&テイクで取引ができて楽っちゃあ楽なんだが。

 

 「所でクロト、それ美味いのか?」

 

 「おう。スルメイカの味がする」

 

 この階層の主街区の屋台で売っていた、焼いたベーコンの見た目をした何か。ベータ時代に見かけなかったので試しに買ったのだが、どういう訳か現実世界のスルメイカの味と食感だった。

 この世界では外見と味や食感が一致しないものが多いが、現実の味はほとんど無かった。そのためオレは意外にもそのベーコン?を気に入り、気が向いたときに齧っていた。ちなみにキリトとハルはオレのようにはならなかった……解せぬ。懐かしくて美味いのに。

 

 「キリト、今何時だっけ?」

 

 「午後四時半ってところ」

 

 キリトの、自分で確認しろよ的な視線を無視しつつ二つ目のベーコン?をストレージから出す。

 だが次の瞬間、黒い何かが猛スピードで目の前を通り、オレの左手からベーコン?が消えた。慌てて黒い何かが通った方を見て

 

 「……は?」

 

 オレは間抜けな声を出した。そしてそれを聞いたキリトが振り返り、

 

 「どうし」

 

 オレが見ているものを見て、固まった。オレ達の目の前には、こちらに背を向けてオレから奪ったベーコン?を一心不乱に食っているカラスがいたのだ。

 ヤツのカーソルはピンク。つまりオレ達よりも弱い。だが、ここに出現するmobはサルとかキノコをベースにしたものだけだった筈だ。

 

 「キリト、こいつってもしかして」

 

 「いや、ベータ時代からいたシャドー・クロウじゃないか?結構レアなmobだよ」

 

 二層のフロアボスみたいな新規追加のmobか?と言うオレの問いかけに、言い切らないうちに返すキリト。コイツ、オレよりもSAOに詳しいな~。

 再び視線をカラスに向けると、ヤツは丁度ベーコン?を食べ終わった所だった。それと同時にオレの前に、一つのウィンドウが現れる。

 

 「キリト……これ何?」

 

 「テイムイベントだよ。分かってて攻撃しなかったんじゃないのか?」

 

 「いや、まさかオレがそうなるとは思ってなかったし」

 

 あきれるキリトから、ウィンドウに視線を戻すと―――

 

 〔 ヤタガラス をテイムしました。名前を決めてください〕

 

 ……ヤタガラス?シャドー・クロウじゃないの?

 

 「なあ、ベータ時代にヤタガラスっていたか?」

 

 「いなかったよ。何だってそんなことを……」

 

 「ヤタガラスをテイムしたって……」

 

 オレがウィンドウを指差しながらそう言うと、キリトは数秒固まり

 

 「なんじゃそりゃあぁ!?」

 

 と驚いた。叫んで他のmobを引き寄せる事がなかったのが幸いだ。

 

 「こりゃ、アルゴに情報売って調査してもらうか」

 

 「……ああ。けど、名前どうするんだ?」

 

 そうだった。オレが名づけないといけないのか……ネーミングセンスに自信が無い。

 

 「何か案無い?」

 

 「俺に振らないでくれ……mobの名前から取ったらどうだ?」

 

 元の名前からねぇ……ヤタガラス……お、そうだ

 

 「ヤタでいいや」

 

 「安直過ぎないか?それにヤタってヤタノカガミだろ」

 

 「いーだろ別に。他に浮かばないんだし」

 

 そう言いながらオレはウィンドウを操作し、’Yata’と打ち込む。するとウィンドウが消え、ヤタがオレの前でゆっくり羽ばたいてホバリングする。その時オレはある事に気がついた。

 

 「三本脚?」

 

 「神話とかじゃ三つ脚の烏で有名だからな、ヤタガラスは」

 

 つまりそれになぞらえてデザインされたのか……

 

 「まあ、詳しい事は帰ってからだ。ここじゃいつ襲われるか分かんねぇし」

 

 「そうだな」

 

 そうしてオレ達はヤタを新たに連れて、主街区に帰った。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 翌日がフロアボス攻略会議だったので、そこでヤタが大いに目立ってしまった。そのためオレは、攻略組で初のビーストテイマーとして知られてしまった。

 テイムしたmobは使い魔となり、カーソルが黄色になる。また、圏内も普通に入れてしまう。そして使い魔は他人に預けたり、ストレージにしまったりできず、常に主人の傍にいる。

 そのうえ女顔(認めたくない!)のせいでビーターのビーストテイマーとして多くのプレイヤーに顔が割れた。どんだけ女や娯楽に飢えてるんだよ、SAOプレイヤーは……

 

 「大変だね、クロト」

 

 「全くだ……」

 

 宿屋の屋根で、オレとサクラは夜風に当たっていた。あの日から、サクラとはちょくちょく会って話をするようになった。とはいえ、ビーターのオレといる所を見られるとサクラが風評被害を受けるので、人目に付かない場所・時間で話している。

 

 「そっちはどうだ?」

 

 「この世界にはもう大分慣れたよ」

 

 「そっか」

 

 お互いに近状報告をしたり、他愛無い事を話したりと会話自体は成立しているのだが、あの日以来、オレはサクラの顔をなかなか見れなかった。

 フードを被っている時は平気なのに、それを下ろして二人きりでいる時は妙に緊張してしまうのだ。

 それに比べてサクラは変わらず自然体で、会話の内容ごとに一喜一憂して表情を変える。不意に笑った時や、心配そうな顔をした時、いつもオレはドキッとしてしまい、しばらく顔が赤くなる。

 それがなんとなく恥ずかしくて顔を背けるが、小さくクスクスと笑われるとさらに恥ずかしくて仕方がない。

 

 (好き……なんだよな……サクラが……)

 

 彼女への想いを自覚したのは大分前だが、それが日に日に大きくなっていく。けれどオレはキリトと共に多くのプレイヤーから妬まれ、敵視されるビーター。そしてサクラはアスナと共にニュービー上がりのトッププレイヤーとして認知され始め、攻略組の希望になるべき存在。一緒にいる事を望んでいい訳が無い。それに

 

 (サクラは、現実世界に彼氏とか……いるのかな……)

 

 それを聞く勇気が、オレには無い。現実で別れてから何年も経っているし、その間に性格がかなり明るいものになっているし、ずっと綺麗になってるし…………

 

 「カァ!」

 

 「いてっ」

 

 ヤタに軽く額をつつかれ、思考が中断される。つか地味に痛い。圏内なのに……

 

 「だ、大丈夫?」

 

 ヤタがオレをつついた事に驚きながら心配そうに声をかけてくれるサクラ。やはりその顔を直視できないまま大丈夫だと返してしまう。

 会話が途切れ、何か話題が無いかと必死に考える。だがそれも僅か数秒後に届いたメッセージで中断される。

 

 「悪い、メッセ入った」

 

 「誰から?」

 

 確認してみると、ハルからだった。内容は、武器の強化が成功した事だった。強化後の武器は、強化前に比べると使い心地が変わる事がよくあるので、早く慣らしに来てほしいと言うハルの本音が伝わってきた。

 時間を確認すれば、午後九時過ぎだった。ハルも今じゃ有名なスミスになり、多くのプレイヤーから依頼を受けている(キリトの弟であることはまだバレていない)。忙しい合間を縫ってオレ達の装備の面倒を見てくれるので、頭が上がらない。

 

 「ハルが武器取りに来いってさ」

 

 「そっかぁ……じゃあそろそろお開きだね」

 

 立ち上がり、屋根の端まで歩いた時、サクラに呼び止められた。振り返ると

 

 「また明日」

 

 彼女が、月明かりに照らされながら満面の笑みを浮かべていた。

 

 「ま、またな」

 

 一拍遅れてオレは返事をし、照れ隠しにマフラーを引き上げながら他の屋根へと跳躍する。

 軽業スキルを上げているオレにとって、主街区の民家の屋根を跳ぶのはそこまで難しくは無い。むしろ頻繁に跳んでいて慣れてしまった。そのため跳びながら考え事ができてしまう。

 先ほどのサクラが何よりも綺麗に見えて、ずっと頭から離れなかった。そのため、道中はずっと赤面しているという自覚があった。

 程なくハルの露店に到着する。流石に赤面したまま顔を合わせるわけには行かないので、深呼吸して落ち着いてからハルの前に跳び下りる。

 

 「あ、クロトさん」

 

 「待たせたな」

 

 「いえ、そんなに待ってませんよ。どうぞ」

 

 そう言いながらハルはオレにダガーを渡す。オレは礼をいいながらそれを受け取り、装備してから試しに何度か振ってみる。丈夫さを強化したせいか、前に比べて少し重くなった気がする。だが、そこまで大きな違いは無かったので、明日中にはなれるだろう。フロアボスも、偵察戦が明日であるため攻略するのは明後日以降だから問題無い。

 

 「告れました?」

 

 「ブフォ!?」

 

 丁度ソードスキルを試そうとしたところにハルからそう訊かれ、オレは『アーマー・ピアース』をファンブルさせてしまう。

 

 「またそれか!」

 

 「だって面白いんですもん。いつも口が悪くて強気なクロトさんが実はヘタレだなんて」

 

 ハルは悪びれた様子が全然なかった。

 

 「っテメ!」

 

 「からかわれたくなかったら告白すればいいじゃないですか」

 

 うぐっ!!今のは心にグサッときたが、こっちにだって少しくらいは理由がある。

 

 「サクラに迷惑かけるだけだろ…………向こうに……彼氏、いるかもしんないし……」

 

 「まさか。クロトさん以外眼中にありませんよ、サクラさん」

 

 ハルはしれっとそう言うが、やはり不安が拭えない。それに

 

 「けど……オレ達、ビーターだから迷惑なだけだろ」

 

 「本当にそうなら、貴方に近づいてきませんよ」

 

 確かにハルの言うとおりだ。だが、全部サクラの、他人を気遣う優しさかもしれないのだ。

 アスナと違い攻略組に素顔を晒していないが、細かいところに気が回るサクラは、それなりに人気がある。彼女にとって、オレは他の人とあまり変わらないんじゃないかと思ってしまう。

 

 「けどな……自信が無いんだよ。胸張って”好きだ”って言える位の自信が」

 

 「正直言って、見てるこっちがやきもきします。早くくっついて下さい」

 

 ……アレ?笑顔なのに、目が笑ってないぞ、ハル。それどころか寒気がしてきたんだが……

 

 「兄さん曰くもう恋人にしか見えないんですよ、特にボス攻略の時とか。それなのに付き合っていないとか言われると、独り身としてはイラッとするって愚痴る攻略組のお客さんが多くて僕もうんざりしてるんです。それから―――」

 

 宿屋に帰るまでの間、オレは延々とハルから客の愚痴とハル本人の愚痴を聞かされた。途中で話を逸らそうとキリトの事を聞いてみたが

 

 「な、なあハル、キリトは」

 

 「もう寝ましたよ。それと愚痴はまだ終わってませんから」

 

 アッサリ戻されてしまった。ヤタもいつの間にかハルの方にとまっていて、オレを助けてくれそうには無い。

 

 もう……誰でもいいから……助けて…… 




 このまま黒猫団まで跳んでしまおうか……

 それとももう少しオリジナルの話を続けるか……

 迷っています。


 誤字、脱字、アドバイス等ありましたら、感想にてよろしくお願いします。


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十二話 月夜の黒猫団

 大変長らくお待たせしてしまい、本当に申し訳ありません!

 そして今回もあんまり進んでません……

 他の作品の様に上手くまとめられません(涙)


 クロト サイド

 

 「我ら’月夜の黒猫団’と、恩人のクロトさん達に…乾杯!」

 

 「「「「「乾杯!!」」」」」

 

 「「か、乾杯」」

 

 第十一層主街区”タフト”にある宿屋一階の酒場で、オレ達は食事を奢ってもらっていた。

 どうしてこうなった?という今更な疑問を自分にぶつけながら、今日の出来事を振り返る。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 二〇二三年四月八日

 最前線が二十代後半に達して間もない状態だった。二十五層―――クォーターポイントに配置された異常に強力なフロアボスとの戦いで軍が半壊、最前線から身を引いた。

 これにより、攻略組内の勢力が大きく変わった。具体的に起きた変化は、

 

 DKBがギルド名を聖竜連合(通称DDA)に変更

 

 二十層辺りから誕生した血盟騎士団(通称KOB)が本格的にボス攻略メンバーに参加

 

 クライン率いる風林火山が攻略組に参加

 

 といったところだ。他にも新しいギルドやパーティーが攻略組に加わったが、流石にボス攻略には参加していないところが多い。加えて、ビーターへの風当たりはより強くなった。

 とはいえ攻略速度は落ちている。まあ、今は攻略組が変わり時だから仕方がないと割り切ってるけどな。

 レベル四十を超えたオレ達じゃあ、現在最も効率が良いレベリングスポットに篭ってもレベルは碌に上がらない。じゃあどうしようかと思っていたら

 

 「今十一層のmobがドロップする素材が品薄だから、集めるの手伝って」

 

 とハルがキリトに頼んできた。キリトはそれを快諾、オレもついていった。

 

 三人でmobを蹴散らし、ノルマを大きく超える数の素材を確保できたので引き上げようとした時、悲鳴が聞こえた。同時に、ヤタが悲鳴が聞こえた方向にmobを見つけたので急行。

 複数のmobに囲まれたパーティーがいたのでこれを救出。すると彼らは

 

 「お礼がしたい」

 

 と言って、オレ達を拠点の宿屋に連れ、今に至る。

 

 

 以上、回想終了。ちなみに彼らは、オレ達がビーターである事に気づいているが、全く気にしなかった。というかオレの顔とヤタがアインクラッド中に知られているから、隠すつもりも無かったが。

 

 「ところでキリトさん。もしよろしければ、キリトさん達のレベルっていくつなのか教えてもらえませんか?」

 

 ギルドマスターのケイタが、気さくにキリトに話しかける。

 

 「……四十ぐらいだよ」

 

 普段ならマナー違反とも取れるケイタの質問に、キリトは正直に答えていた。その顔は少し申し訳なさそうだった。

 

 「すごい!攻略組の知り合いは安全マージン維持するのがやっとだって言ってましたけど、キリトさん達はそれよりもずっとレベルが上なんですね!」

 

 だがケイタはそんなキリトの顔に気づく事無く、驚きと憧れが篭った声を上げていた。

 

 「……敬語はやめよう、ケイタ。年も近いみたいだしさ」

 

 「あ、そうだね。……うん、改めてよろしくキリト」

 

 コロッと砕けた口調になるあたり、ケイタも敬語は慣れていなかったのだろう。そのままケイタはキリトと会話を続ける。

 ハルの方を見れば、残りのメンバーに可愛がられていた。それはとても微笑ましいもので、見ていて飽きない。

 

 (……そういや、ヤタ何処だ?)

 

 ヤタが何処にいるか気になり探すと……すぐに見つかった。というかずっとオレの前で、一心不乱に皿に盛られた料理を突っついていた(一口が小さいので料理が全然減らないが)。

 

 (コイツ……食い意地張りすぎじゃね?)

 

 正直オレもヤタの食い意地には引き気味である。初見ではドン引き物だろう。誰も話しかけてこないのはコイツのせいだと思いたい。

 

 (索敵スキルがキリト以上なのはいいけど……攻撃力皆無だしHP少ないし、食い意地張ってるし時々主人突っつくし……)

 

 正直、ラッキーなのかアンラッキーなのか分からない。使い魔なんてそんなモンだと以前アルゴに言われたが、もうちょっとぐらい何か特典を付けて欲しかった。

 

 「―――ええ。クロトさんは男ですよ」

 

 「マジで!?」

 

 ハルとダッカーのやり取りが聞こえる。ああ、またか……。

 顔と使い魔がアインクラッド中に広がってから数ヶ月は経つのに、オレが男だという情報は攻略組以外には広がらないままだった。

 

 「私より可愛いのに男なんて……ズルイ」

 

 ぐあっ!やめてくれ……男としての何かが悲鳴を上げてるから……

 

 「サチさんもやめてください。クロトさん、本気で気にしてますから」

 

 「ホントに撃沈したみたいになってるぞ」

 

 そう言いながらキリトは、テーブルに突っ伏したオレをつつく。ついでにヤタも突っついてきた。ヤタ、割と痛いからやめろ。

 オレがヤタをはらっている間に、ハルがサチ達の仲のよさを褒めたり、ハルがスミスであることに驚いていたりと話が弾んでいた。と―――

 

 「あ、もちろんハルも可愛いよ。小動物みたいで愛嬌あるし」

 

 「……え……」

 

 あ、サチがハルにもダメージを与えてしまった。……サチ、男に可愛いって言っちゃダメなんだよ。

 

 「にいさ~ん!」

 

 ほら見ろ。ハルがキリトに泣きついちゃったよ。そう言えばこの間ショタコンの女性客にお持ち帰りされそうになったんだっけ……。

 

 「サチ……可愛いのに目がないのは前からだったけど、恩人泣かせたらダメだろ?」

 

 「あはは、ごめんね」

 

 ケイタのやんわりとした口調で諭され、ハルに謝罪するサチ。だが、空気は全く不快にならなず、居心地の良い温かなままだ。

 

 「サチって……ショタコン?」

 

 ん?サチがいじられ始めた?

 

 「ち、違うよ!」

 

 「そうかぁ~?それにちゃあハルの方をチラチラ見てるけど?」

 

 ササマルの爆弾発言にダッカーが悪乗りして

 

 「今更暴露してもおれ達は引かないから、正直に言いなよ」

 

 おとなしそうなテツオまで乗った。追い詰められたサチは

 

 「ホントに違うってば!ハルみたいな弟がいたらなって思っただけだって!」

 

 真っ赤になって全力で否定。

 

 「ハルに会ったヤツのほとんどがサチみたいな願望持ったから、恥ずかしがらなくていいぞ」

 

 と、助け舟を出すが―――

 

 「そういう問題じゃないってば!」

 

 かえってサチを怒らせてしまった。なんて言えば良かったんだ?

 

 「でもサチじゃあ、姉の威厳無いんじゃないか?」

 

 今度はケイタがからかい、それに対してサチは不満そうに唇を尖らせる。が、数秒後には全員が笑い出す。

 本当に微笑ましくて、温かい。閉鎖的な攻略組では先ず出会えないギルドだ。きっとキリトもハルも、同じ事を思っている筈だ。

 

 (フレンド登録くらいなら、してくれそうだな)

 

 毎日最前線を突き進み、神経をすり減らしているオレ達―――特にキリト―――にとって、ここは心を休める場所になってくれるだろう。例えそれがケイタ達の温かさに甘える事だとしても、彼らなら受け入れてくれると思う。だから、今回限りで縁を切りたくない。

 とはいえ、ビーターである事がオレをためらわせる。会話の流れを急に止めるような事もしたくないし……

 

 「それにしても、今日は本当に助かったよ」

 

 「あ、いや……そんな大した事じゃ―――」

 

 オレが考え事してる間に、話題は今日の出会いの事になっていた。

 

 「私、すごく怖かったから……だから、本当にありがとう」

 

 「えっと……」

 

 サチが泣きかけながら感謝すると、コミュ障キリトはどう返せば良いのか分からなくなり、視線でオレに助けを求めてきた。

 

 「ここは’どういたしまして’って言やあ良いんだって」

 

 「ああ……どういたしまして」

 

 ぎこちないが、つっかえる事無く言えた分キリトは進歩した。前はもっと酷かったし。

 

 「それで……キリト達がよければだけど、ぼく達のコーチやってくれないかな?」

 

 「コーチ?」

 

 ケイタにオウム返しで訊くキリト。そしてケイタは補足するように説明を始めた。

 

 「ほら、ウチのパーティーってバランスが悪いだろ?だから安全マージン取ってても今日みたいな事がよくあってさ……それを改善するために、武器がかぶってるサチをとササマルのうち、熟練度の低いサチを盾持ち片手剣士に転向しようって思ってたんだけど勝手が分からなくてさ」

 

 説明中、ケイタに軽くポン、ポン、と頭を叩かれていたサチが不満を言った。

 

 「何よ、人をみそっかすみたいに……今まで後ろから槍で突っついてたのに急に前衛やれって言われてもおっかないよ~」

 

 だがそれは、黒猫団の「サチは怖がり過ぎだなあ」と言う共通認識によってさほど深刻には受け止められずに流されてしまった。

 確かに盾持ちの前衛―――つまりタンク―――は死亡率が一番低い。だが、常にmobの目の前にいなければならない為、精神的に辛いところがある。

 ケイタはサチをタンクにして、その生存率の高さで恐怖をやわらげようとしているのだが、今のサチには逆効果だろう……今日の戦闘中に見せていた、攻撃時に目を瞑ってしまう程怖がっている様子のサチには。

 しかし、これは黒猫団の問題であって、オレ達部外者が安易に介入していい事では無い。

 

 (でも……丁度いい……のか?関わりが持てるのなら、サチの問題もじっくり解決できそうだし)

 

 「キリト、やろうぜ」

 

 「クロト……そうだな。ハル、別にいいよな?」

 

 オレが訊くとキリトは少し考えてからうなずき、ハルにも確認を取る。

 

 「僕はスミスだから、あんまり協力できないけど……兄さん達がやるって決めたなら、手伝うよ」

 

 オレ達が承諾すると、ケイタ達は顔を綻ばせて口々に「よろしく」と言ってくれた。

 

 攻略組が立て直しきれていないせいでペースダウンしているが、最前線でしなければならない事は多い。その合間に限定されてしまうが、オレ達が月夜の黒猫団の臨時コーチを勤める事を彼らは喜んでくれた。

 ならオレは、彼らの期待に応えられる様に努力しようと思った。




 言いそびれていましたが、クロトの女顔のレベルは、

 「暗殺教室」の潮田渚とか

 「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」の戸塚彩加とか

 ぐらいだと思ってください。
 (イラスト描けとか言われても作者は絵がド下手なので無理です……)

 誤字、脱字、アドバイス等ありましたら、感想にてお願いします。


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十三話 消えない傷

 書いていくうちに、人物設定と矛盾が生じたので、人物設定を少し修正しました。


 クロト サイド

 

 オレ達が黒猫団に協力する様になってから一ヶ月近く経った。攻略組もようやく足並みが揃うようになり、最前線は三十層に達していた。

 サチ達のコーチは、キリトをメインに行っていた。理由は二つ。キリトのコミュ障を改善させようと思ったからと、オレは顔がアインクラッド中に知られているので、下層にいるといらない騒動を引き起こす恐れがあったからだ。

 

 「んで、特訓はどうだ?」

 

 「皆がんばってるから、レベルは順調に上がってるしコルも稼げてる。ただ……」

 

 「サチの転向……か?」

 

 キリトはうなずき、補足するように彼女の様子を教えてくれた。それによると、明らかにmobを怖がり、HPに余裕があってもメンタル的に長時間前衛ができないらしい。

 

 「他のメンバーはどうしてんだ?」

 

 「サチが怖がりなのは昔からだから、時間をかければきっと大丈夫だって言ってる」

 

 つまり誰もサチの恐怖心を重く見ていないって事か……。あと、と言ってキリトが続ける。

 

 「パワーレベリングの弊害として、急上昇したレベルにプレイヤースキルが追いついていない」

 

 それはまずい。

 元々攻略組が強いのは、高いレベルとスキル熟練度、優れたプレイヤースキル、高性能な装備があるからだ。これらの要素の内、一つでも欠けるとそれが弱点となり、自分の足を引っ張ってしまう。

 そして今の黒猫団はプレイヤースキルが未熟だ。経験値効率の良い狩場を回っているからレベルは問題ない。戦闘を繰り返しているから武器のスキル熟練度も十分上がっている。装備はスミスのハルが提供してくれる。

 だが、攻略組では日常茶飯事となっている、緊急事態に陥った場合の咄嗟の判断力をはじめとした対応力が全く養われていないのだとキリトは言う。

 

 「ケイタには悪いけど、攻略組入りはもうしばらく先にしようぜ」

 

 「そうだな。これからはクエストボスみたいなパターンが変化する敵と戦って、その変化に対応できるように鍛えるよ。サチは……」

 

 キリトの考えは、新しいメンバーを迎え入れ、サチを生産職につかせる事で彼女を戦いから遠ざけようというものだった。しかし

 

 「それだと連携を一から組み直さなきゃならないし、何よりサチ一人で留守番とか辛くないか?」

 

 「うっ、それはそうなんだけど……ぶっちゃけると、ハルを手伝ってくれると助かるなって……」

 

 黒猫団が狩りに出ている間はハルと居てもらえば、ハルもサチも一人になる事は無くなる。そのためサチにはハルの手伝いをして欲しいとキリトは言う。だが

 

 「ケイタは今のメンバーで攻略組入りを目指してるし、サチは皆に戦いたくないって言い出せてないんだろ?まずはそこからじゃないか」

 

 「……ごもっともで」

 

 キリトが苦笑する。オレはそこで話を区切り、時間を確認する。

 

 (午後十時か……そろそろだな)

 

 「レベリング行くけど、お前は?」

 

 「俺も行くよ」

 

 ねぐらにしている宿屋から出ると、オレ達は攻略組御用達のレベリングスポットへ向かった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 第二十八層 狼ヶ原

 

 ここにポップする狼型のmobは、素早い上に攻撃力が高めだがソードスキルが当たれば一撃で倒せるほど防御力とHPが低い。さらに倒すと直にリポップし、常に一匹~三匹いてくれるのでずっと戦い続ける事ができる。

 昼間ならば多くのプレイヤーが集まるが、夜中になると誰もいない。……極たまにクライン達’風林火山’やエギルのようなソロプレイヤーがいるけど。

 ビーターのオレ達が誰にも邪魔されずにレベリングするにはこういった’ほとんど人が来ない時間帯’を活用するしかない。……睡眠時間が減るのは意外とキツイけど。

 

 「今夜は誰もいないな」

 

 「だな。さっさとやろう」

 

 キリトが剣を抜き、近くにいた狼に『ソニック・リープ』を発動し斬りかかる。

 

 「ガウッ!?」

 

 不意打ちを喰らい、狼は爆散。オレもキリトが狙ったのとは別の狼に接近し、短剣を抜く。相手がこちらに気づくが、威嚇の咆哮を上げる前に『クロス・エッジ』を発動し斬り裂く。狼はHPを全損し、ポリゴン片に変わる。

 それ以降は―――ハッキリ言って作業ゲーだ。慣れてしまえば他の方に意識を向ける事もできてしまう。デスゲーム内で、戦闘中に他の事に意識を向けるのはバカな行いだが、レベルが五十に届きそうなオレ達がここのmobに殺される危険は皆無だ。

 いつも雑談や競争、賭け事など色々している。そして今回は狼を多く狩った方に食事を奢るというルールで競っていた。

 

 (コイツは……やべえな)

 

 キリトに撃破数で負けている。その差はたった一匹だが、競い始めてからずっとこのままだ。制限時間は午前零時で、現在は午後十一時半。あと三十分しかない。

 

 (仕方ない……’アレ’で揺さぶるか)

 

 「なあキリト……ふっ!」

 

 「何だ?……はっ!」

 

 狼を倒しながら、キリトと話し始める。

 

 「サチばっか気にしてるみたいだけど……っと、惚れてんのか?」

 

 「なっ!?バカ言え、俺は―――ゴフッ!」

 

 動きが止まったキリトが狼のタックルをもろに喰らう。

 

 (作戦成功。今の内に稼がせてもらうぜ)

 

 一度狼のラッシュが始まるとしばらくは回避しかない。その間にオレは二匹倒してリードを奪い、さらに揺さぶる。

 

 「最近三日に一回はっ、向こうの宿に泊まってるじゃん。ふっ、ハルがぼやいてたぞ」

 

 「そ、それはただっ、特訓してたら遅くまでかかって……」

 

 何か言っていたが、キリトはもごもごとしか言わないので聞こえない。よって

 

 「な~に~?もしかして言えない様な事~?」

 

 ひたすら煽る。キリトはバカみたいに引っかかり

 

 「だから!特訓してたら遅くなっただけだっての!」

 

 ムキになって叫ぶ。その間彼の剣は目に見えて鈍っていて、今までの倍ぐらいの時間をかけて狼を倒している。……うん、いかにも何か隠してますって感じだな。

 

 「それにしちゃあ定期的すぎませんかぁ~?」

 

 「うぐっ!」

 

 キリトが言葉に詰まっている。……これはまさか?

 

 「何だよ~、今度こそ言えない様な事かぁ~?」

 

 「そんな事よりレベリングだ!」

 

 キリトが強引に切り上げたのでこれ以上追求できなくなったが……既に五匹は差がついているのでオレの勝ちは確定である。そしてキリトはそれを知らない。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 制限時間になり、競争はオレが勝った。とはいえ差を五匹から二匹に縮められたのはヒヤッとしたが。

 

 「くっそぉ、アレは無しだろ……」

 

 「お前が隙だらけなんだよ」

 

 キリトの抗議を聞き流し、今度こそ隠し事を暴く。

 

 「で、実際はどうなんだ?」

 

 「結局それかよ……」

 

 キリトは諦めたようにため息をつくと、ようやく教えてくれた。

 

 「サチがな……一人じゃあまり眠れないんだ」

 

 「不眠症か?」

 

 確かにデスゲームを強要されたSAOプレイヤーの中には、何かしらのストレス等を抱えて不眠症を患っている人が少なからずいる。……と言うか実際攻略組にも数人くらいいた気がする。

 

 「そんなもんかな……サチは、ずっと怯えてたんだ。’死ぬのが怖い’って」

 

 「ケイタ達は気づいてんのか?」

 

 キリトは頭を振る。それで大丈夫なのだろうか?

 

 「サチも、皆に迷惑掛けたくないって黙ってたんだ。それで俺に初めて教えてくれた」

 

 「それでお前が寝かしつけに行ってんのか」

 

 「ハッキリ言うなぁ……まあ、ざっくり言うならそうなんだけど」

 

 苦笑しながら答えるキリト。ここでオレは今疑問に思った事を聞いてみる。

 

 「どうやって寝かしつけてんだ?」

 

 「あのなぁ……」

 

 キリトは呆れた声を出す。いや、表情も同じだ。まあ、立場が逆ならオレだってキリトと同じ反応をしていただろう。

 だがしかし、気になる事は気になるのが人の性。

 

 「どうなんだよ?」

 

 「……’君は死なない’って言葉をかけながら、傍にいてあげるだけだよ」

 

 重ねて訊くオレに観念して教えてくれた。が、その表情は暗い。

 

 「笑っちまうだろ……根拠も理屈も無い薄っぺらな言葉を吐いてるだけだぜ?」

 

 これじゃただのペテン師だよな、と自虐的な笑みを浮かべながらキリトは歩き出す。その背に、声をかけずにはいられなかった。

 

 「別にいいんじゃないか?」

 

 キリトは立ち止まって振り返る。驚いた顔をしていた。それに構わず、続ける。

 

 「根拠や理屈がなくても……いや、だからこそ、かな」

 

 「何が言いたいんだ、クロト?」

 

 よく分からないと言わんばかりに首をかしげるキリトには悪いが、オレも自分が言いたい事が上手く纏まらない。そのため、数分ぐらい間が空いてしまった。

 

 「死なないって言葉をかけたなら……死なせなければ良いんじゃないか?一層でハルに'俺が守る'って言って、守りきってみせたみたいにさ」

 

 ようやく言えたのがこれだった。もっと良い言い方があるかもしれないが、オレにはこれが限界だった。けど―――

 

 「……そうだな。サチも黒猫団も、守ってみせる」

 

 キリトには、届いたようだ。オレの前で誓うように、握り締めた右手を見つめる。

 

 「ま、オレだってできる範囲で手伝うし、一人でやろうとすんなよ?」

 

 「守れって言い出したのはお前だろ」

 

 そのままオレ達は、ねぐらの宿屋へと帰る。最低限度の警戒をしつつ、軽口を叩きあいながら。いつかこのやり取りにケイタ達が加わるのを夢見ながら。

 

 ―――だが数日後、この願いは叶わぬものとなった。

 

   何故なら、ギルド’月夜の黒猫団’は……全滅したからだ―――

 

 

 

 

 その日オレはいつもどおり最前線で迷宮区の攻略に励んでいた。朝早くから夕方までずっと。

 彼らに使えそうな装備やアイテムがドロップや宝箱で幾つも手に入ったので、ホクホクした思いで彼らの拠点へ行ったが……誰もいなかった。

 フレンドリストを確認すると、黒猫団全員が追跡不可能なグレー表示だった。幸いキリトは追跡できたので探すと、主街区の端―――アインクラッド外周部に接するテラス―――にいた。

 喧嘩でもしたのだろうと思い、仲直りの方法を考えながらキリトの所へ向かって……

 

 そこにいたキリトの様子に絶句した。

 

 そしてこの時オレはキリトに、ケイタ達が死んだ事を教えられた。

 

 一滴の涙を流す事も無く、無表情で、抑揚の無い声で、淡々と。

 

 

 

 ―――以来キリトは、死に場所を求めるようにわが身を省みずに戦うようになった―――




 まず、黒猫団生存ルートを期待していた方々に一言


 すみませんでしたああぁぁぁ!!!!!! (ひたすら土下座)


 作者では、生存した後の活躍がまるっきり書けないし、生存してもほったらかしになるのは嫌だったので……こうなっちゃいました。本当にごめんなさい。


 でも……この傷があったからこそ、キリアスができたり、グリームアイズ戦で二刀流を使ったりしたのだと思うので、原作寄りにしました。


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十四話 絶望

 大分間が空いてしまいました……

 今回は自分でも引くぐらい暗い話になりました……


 クロト サイド

 

 黒猫団が壊滅してから、半年ほど経った。ケイタ達が死んでから、キリトは荒んでしまった。

 どうして彼らが死んだのか、という詳しい経緯をキリトは話してくれない。きっと話したくないのだろう。だからオレは、キリトが話す気になるまで待つつもりだ。

 とはいえ、オレだってケイタ達が死んだのはショックだったし、悲しかった。だが、目の前でキリトが見るに耐えないくらい荒みまくって、心を閉ざした姿を見ていると、不思議と表面上は平気な姿を装えた。それに

 

 (辛いのは、オレよりもハルだよな……)

 

 この半年間、キリトはハルとまともに話をしていないのだ。ハルがいくら話しかけても生返事をするくらいで、会話を続けようとしない。加えてキリトが最前線で自殺まがいの攻略をしているとの情報を頻繁に聞いているので、ハルの心労はかなりのものだろう。

 だがハルは強い子だ。表面上は上手く取り繕っているので、商売は上手くいっているとの事だ。この間メンテをしてもらった時も、

 

 「僕は……僕にできる事を精一杯やるだけです」

 

 まっすぐにオレを見てそう言っていた。本当は誰かに縋って泣きたいくらい辛いだろうに、健気に仕事に専念しようとしているのだ。全く、弟に負担かけてんじゃねえよキリト。

 

 (つってもオレだって、キリトが死なないようにするくらいしかできないけど……)

 

 今のキリトには、誰の言葉も届かない。それはこの半年間ずっとそうだった。そしてその事が、オレにはどうしようもないくらい悔しい。

 サクラともほとんど会わなくなってしまった。いや、サクラだけじゃない。クラインやエギル、その他にもオレ達を気にしてくれるわずかな人達とも会う事が少なくなった。

 自分から会わないようにしているのだ。キリトがほっとけないと言い訳をして。もし会ってしまったら、その人にオレの無力さからくる苛立ちや苦しみといった、今まで溜め込んだものを全てぶちまけてしまいそうで怖い。

 そして何より一番辛いのはキリトであって、彼がまず救われるべきだ。それよりも先にオレが楽になるのはおかしいとも思う。

 そんな時だった。キリトが救われるかもしれない情報が入ったのは―――

 

 ~~~~~~~~~~

 

 十二月二十四日 四十九層主街区 ミュージェン

 

 街中クリスマス一色となり、どこを見ても若い男女の二人組―――つまりカップル―――が楽しそうに談笑している姿が見える。そんな中、クリスマスツリー近くのベンチで暗い雰囲気なオレ達はクリスマスには場違いだと思えた。

 

 「カァ」

 

 オレの肩にとまっていたヤタが、待ち合わせの相手が来た事を知らせる。

 

 「……何か新しい情報でも入ったか?」

 

 抑揚の無い声で、キリトは後ろに現れた人物―――アルゴに訊ねる。

 

 「金を取れそうなネタは無いナ~」

 

 「……情報屋の名が泣くぜ」

 

 予想はしていたが、アルゴでさえ今夜のアレについては詳しい情報を得られなかったようだ。その事にキリトは皮肉で返す。

 

 「ベータテストでは無かった初のイベントダ。裏づけのしようがねーヨ。不確かな情報を売るのは、オレっちの主義に反すルヨ」

 

 「……そうかよ」

 

 皮肉を言われたせいか、少しムッとした声でアルゴは説明する。だが、キリトはどうでもいいといった風に話を切り上げ立ち上がる。

 

 「……お前、目星ついてんダロ?」

 

 キリトはそれに答えずに転移門へと歩き出して、すぐに人ごみに紛れてしまう。

 

 「キー坊を頼むヨ、クロちゃん」

 

 「……ああ。じゃあな」

 

 一度もアルゴを見る事無く別れを告げ、オレもキリトに続いて転移門へ向かった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 三十五層フィールドダンジョン 迷いの森

 

 イベント発生場所の目星がついているらしいキリトに黙ってついてきたら、ここに来た。この層が最前線だった頃、この辺りは何かクエストやイベントの舞台になるだろうと予測した情報屋達が調べつくした筈だ。そして今に到るまで何も起こらなかった。そのためオレもここは忘れていたが、イベントの目印である’モミの木’はこの森のどこかにあるのだろうか?

 

 「おいキリ―――」

 

 「急ぐぞ」

 

 不安になって訊こうとしたが、地図を確認し終わったキリトはそれ聞く事無く走り出す。慌ててオレも追いかける様に走り、時刻を確認する。

 午後十一時四十六分。確かに余裕は無い。

 この森は、小さく区切られた複数のエリアで構成されており、五分毎にエリアの配置がランダムに変化する。エリア同士のつながりを確かめる為には、それなりの値段のする専用の地図をあらかじめ購入しておく必要がある。

 だが、今いるエリアがどこにとばされるかは分からないので、地図があっても目的地につくには時間がかかる。

 今回は午前零時までに目的地にたどり着いていなければならないので、五分毎に地図をみて進むという悠長な事はしていられない。だからキリトは五分以内に走り抜けてしまおうというのだ。

 

 ここでオレ達がこれから挑もうとするイベントについて説明しておく。十二月二十五日の午前零時に、このアインクラッドの何処かにある’モミの木’に、イベントボスの《背教者ニコラス》が現れる。出現してから二時間以内に討伐できればレアアイテムが多数手に入る、というものだ。そして、その中には蘇生アイテムが含まれているとされているのだ。眉唾物だが、もし情報が本当なら……このデスゲームで、蘇生アイテムの価値は計り知れない。

 キリトは間違いなくこの蘇生アイテムを狙っている。少しでも自分がゲットできる可能性を高めるために、キリトは自分が目星をつけた場所を誰にも公開しなかったし、周囲の人間がドン引きするぐらい過酷なレベリングを続けた。特にレベリングに関して言えば、オレもついていけなかった。だがそのお陰でキリトのレベルは七十二で、オレよりも三つも上だ。

 とはいえ、オレは蘇生アイテムを信じていない。死んだ人は二度と帰ってこない。それをお袋が死んだときに学んだ。だからボスを倒しても、キリトが絶望するだろうという事は容易に想像できた。だが、それと同時にキリトを止める言葉だって持ち合わせていない。今のオレにできる事は、キリトが死なないように一緒に戦う事だけ―――

 

 「カァ!」

 

 「つけられてたか……」

 

 目的地手前のエリア(目的地とこのエリアは固定)で、ヤタが反応し、キリトが尾行されていた事に気づく。

 振り返って身構えると、さっきオレ達が入ってきたワープポイントから、赤銅色の和風甲冑を身に纏った集団―――クライン率いる風林火山が現れる。

 

 「オレ達をつけてたのか?」

 

 「……まぁな。ウチには追跡の達人がいるんでな」

 

 わかりきった事だが、クラインに後をつけていたかを訊いた。そして彼はそうだと答えた。

 レベリングの時に何度か話はしていたので、彼らがニコラスを狙っているのは分かっていた。だが、オレ達を追跡してくるのは予想外だった。

 

 「……何の用だ?」

 

 警戒心をむき出しにした冷たい声で、キリトは訊ねる。クラインはそれに一瞬怯んだが、決心したように話し出す。

 

 「おめぇらが強いのは分かってる……けどな、たった二人でボスに挑むなんて自殺行為はやめやがれ!いいから俺らとパーティー組め。蘇生アイテムはドロップしたヤツの物で恨みっこなし!それでいいだろ!?」

 

 オレ達への最大限の譲歩がされた提案だ。普通に考えればここで彼らと協力するべきだ。だが―――

 

 「それじゃあ意味が無いんだよ。俺達が……俺が手に入れなきゃ」

 

 今は普通ではない。特に、キリトにとっては。本当の事をいえば、キリトはオレの事も出し抜いて一人で挑もうとしていたのだ。それを説得できたのが先週で、もう他の誰かの手を借りる気はないと言っていた。だからここでいくらクラインが説得しようとしても時間の無駄にしかならない。それを分かっている筈なのに、クラインは諦めないで食い下がる。

 

 「おめぇが誰を生き返らせたいのかはわからねぇ……けどな!ここでおめぇを死なせる訳にはいかねえんだよ!キリト!」

 

 キリトは無言で剣に手を伸ばす。クラインはなおも続ける。

 

 「いい加減目を覚ませ!ここでおめぇが死んだら、ハルはどうなる!?アイツがどんだけおめぇを心配してんのか分かってんのか!後追ってじさ―――」

 

 「うるさい!!」

 

 クラインの声を遮るように叫びながら、キリトは剣を抜き放った。

 

 「俺は死ねない……ハルを帰すまで、死ぬ事は許されないんだ……!」

 

 ハルを現実世界に帰す、それだけが今キリトを生かしている最後の枷。それがあったからこそ、この半年間キリトは最後の一線で踏みとどまっていた。だが同時にそれはキリトに「死にたいけど、死ねない」という生き地獄を与えている。

 クラインには悪いが、ここはさっさと次のエリアに移るべき―――

 

 「カァ!!」

 

 「っ!?後ろだクライン!」

 

 ヤタがさらなる追跡者達を探知した。それをクラインに警告した数秒後に、青と銀の二色がメインカラーの鎧を身に纏った集団―――聖竜連合が現れた。

 

 「クライン達もつけられてたか……」

 

 恐らく攻略組のほとんどのギルドに見張りをつけていたのだろう。オレはDDAの人海戦術には辟易すると同時に慌てた。

 

 (オレが囮になって、キリトだけでも行かせるか?でもそれこそ死なせる様な事だし、何か―――)

 

 「ああくそっ!クソッたれが!」

 

 その時、クラインが悪態をつきながら抜刀し、オレ達とDDAの間に割って入った。しかもDDAに刀を向けて、だ。

 

 「二人とも行け!ぜってー死ぬんじゃねぇぞ!!」

 

 突然の事に戸惑っていたオレはその言葉を聞いて、クラインはこういう奴だったなと改めて気づかされた。だから

 

 「分かった!」

 

 そう返事をして、ワープポイントへ走り出す。キリトは既にワープしていた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 静かに雪が降り続ける中、中央に巨大なモミの木が生えた、開けた場所に出た。とはいえ、オレには木の種類は分からないけど。

 数歩先を歩いていたキリトが上を見たので、釣られるように見上げると、上空から何かが落ちてくるのが見えた。

 盛大に雪を巻き上げながら着地したソレは、巨大なサンタだった。といっても世間一般で知られている’ふくよかなおじさん’ではなく、青白く皺だらけの肌をした、ガリガリでグロテスクな老人だった。コイツをサンタたらしめている所と言ったら、ボロボロのサンタ服と、豊かな白ひげぐらいだ。

 カーソルを合わせると四段のHPバーと、《背教者ニコラス》の名が英語表記で表示される。ヤツが身じろぎして、イベントボス用のセリフを言おうとして―――

 

 「―――うるせえよ」

 

 キリトがそれを煩わしそうに遮った。それにあわせて、オレは構える。そして

 

 「うおおおおぉぉぉ!!!」

 

 キリトは叫びながら、正面から突撃した。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 断末魔の悲鳴を上げて、ニコラスは爆散した。一拍遅れて、ヤツが担いでいた袋も爆散し、オレ達の前にリザルトウィンドウが表示される。同時にオレの体が光り、ファンファーレが鳴る。レベルが七十になったのだ。だが、今はどうでもいい。

 

 (オレの方に蘇生アイテムは無し……きっとLABだろうな)

 

 LAをきめたのはキリトだ。ならば蘇生アイテムはキリトにドロップした筈。そう思ってキリトの方を見ると―――

 

 「そう、だよな……そんな都合のいい物、ある訳無いよな……ははっ、バカだな俺……」

 

 がっくりと膝をつき、壊れたように乾いた笑みを浮かべていた。目の前に落ちている蘇生アイテムらしき物を見るその目は、何の光も宿っていない。

 オレはそれを拾い、タップ。表示されたウィンドウには

 

 〔このアイテムを手に持ち、「蘇生、〇〇(プレイヤー名)」と言えば、HPがゼロになった対象プレイヤー(約十秒以内)を蘇生します〕

 

 とあった。

 

 「ふざ……けんなぁ!!クソ野郎がぁぁ!!!」

 

 それを見たとき、オレは茅場晶彦に対して、明確な殺意と憎しみを抱いた。頭ではこうなる事は予想がついていた。だが、そういっても心は納得できない。

 

 「人を何回絶望させれば満足しやがるんだ茅場ァァァ!!!」

 

 過去の死者を救えないが、目の前の死者を救えるアイテム。キリトにとって一番残酷な結果だった。同時に、この世界で死ねば現実でも死ぬという証明でもあった。




 なんだかんだで、バトルシーンを省略してばっかな気がします。

 戦闘描写が苦手なせいか、無意識で避けているようです。(自分で読み返して気づきました)

 バトル増やした方が面白くなるのでしょうか……?



 それにしても、原作キリトってニコラスの情報を得るまで何で死なずにいたんでしょう?本作では、ハルを生存理由にして違和感を消してみたんですが……わかる人がいたらぜひ教えてほしいです。


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十五話 変化

 また間隔が開いてしまい、すみませんでしたぁ!


 社会人になったばかりでゴタゴタしてたんです…


 投げ出すことだけはしないので、これからもどうかよろしくお願いします

 追記
 今までの話をちょこちょこ修正しました


 クロト サイド

 

 ニコラスを倒した後、キリトはクラインに蘇生アイテムを投げ渡した。オレはそんなキリトの腕を、ねぐらの宿屋に着くまで掴んでいた。そうでもしないと、キリトがフラっとどこかに行きそうな気がして不安だった。

 まぁ実際のところ、キリトは真っ直ぐにねぐらに戻ったのでオレの心配は杞憂だったが。

 

 「……」

 

 キリトは今、机に突っ伏しており、その背に事の顛末を聞いたハルが抱きついて

 

 「ひどいよ……あんまりだよ………こんなの………」

 

 泣いている。

 しかし、キリトはそれに対し無反応だった。縋っていた希望が打ち砕かれたばかりなのだ。その絶望はあまりにも大きく、オレには……キリトにかける言葉が無い。

 

 ―――どれぐらい、そのままだっただろうか?

 

 沈黙を破ったのは、キリトのメッセージ着信音だった。差出人を確認したキリトが

 

 「……サチ?」

 

 と呟き、画面をタップする。すると彼の手に記録結晶がオブジェクト化された。きっと時限式で前もって用意されていたのだろう。そしてそれはキリトに向けたものだ。オレが聞く訳にはいかない。

 キリトが結晶を起動させる前に、オレはこっそりと部屋を出た。そして隣に借りてある自室に入り、一人になった途端

 

 「あああああああ!!!」

 

 叫びながら、壁を殴る。この半年間、キリトに何もできなかった自分の無力さへの苛立ちや、茅場への憎しみ。そういった醜くてドス黒い感情を全てぶちまけるように、何度も何度も。

 

 「このっ!!クソがあぁ!!」

 

 いつの間にか、蹴りや頭突きまでしていた。それでもオレはとまらず、意識が途切れるまで当り散らした。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 翌日、オレは床に倒れた状態で目が覚めた。今までハードスケジュールでレベリングをしていたツケだろう。時刻を確認すると、午後一時を回っていた。

 

 「……腹、減ったな……」

 

 空腹を感じたのでなんとなく呟いてみたが、仮想世界なので声が枯れてるなんて事は無い。

 ……多分キリト達も起きているだろう。そう思い彼らの部屋を訪ねる。

 

 「キリト、ハル、入るぞ」

 

 一応一言告げるが、返事を聞かずに入る。すると、ベッドで眠っているハルと、傍らでその頭を撫でるキリトがいた。

 

 「あぁ、クロトか」

 

 キリトがオレに気づく。オレはストレージに残っていた携帯食料を取り出し、キリトも食べるか聞く。だが彼は首を横に振ったので一人で食べる。

 

 「……ごめん」

 

 「ん?」

 

 ふいに、キリトが謝ってきた。何に対しての謝罪なのか分からなかったので、オレはつい首を傾げてしまう。

 

 「ずっと迷惑かけて……本当にごめん」

 

 「あ~、気にすんな。あんな事ありゃ、誰だってああなっちまうだろ」

 

 おそらくこの半年間の事だろう。確かに散々な目に遭ったが、迷惑だとは思っていない。むしろ何もできなかったこっちが謝りたいぐらいだ。

 だからキリトの謝罪で、全てチャラにしたかったが

 

 「やめてくれ……そんな簡単に、俺を……許さないでくれ……!」

 

 そう言って俯いてしまう。

 ……多分コイツは、何かしらの罰が欲しいのだろう。ならオレはこうする。

 

 「じゃあ、オレがやめるって言うまでコンビ継続な」

 

 「……へ?」

 

 オレの言葉にポカーンとするキリト。オレは意地の悪い笑みを浮かべて続ける。

 

 「確かに何度も死に掛けたからな。その分お前をコキつかってやるよ」

 

 「うへぇ……」

 

 こういう時のオレの人使いの荒さを知っているキリトは、諦めたように苦笑した。だが、その表情は以前よりも暗く、深い影があった。

 こればっかりは、時間が解決してくれないだろうかと願わずにはいられなかった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 二〇二四年 一月上旬 五十層フロアボスの間

 

 「おらあぁ!」

 

 オレが放った『ファッド・エッジ』が、ボスの首筋を切り裂く。情報どおりウィークポイントらしく、ボスが怯む。

 だが所詮は短剣。先ほどから取り付いてひたすら攻撃しているが、残り一本となったHPバーの内の数パーセントしか削れていない。

 下ではキリトが、今回のボス―――多腕型の巨大な仏像―――の脚を攻撃している。そして攻撃一辺倒なオレ達にタゲが向かないようにボスの注意を一人で引き付け続ける者がいた。

 

 KOB団長のヒースクリフだ。

 

 ボスの異常な攻撃力のせいで半数以上が転移結晶で離脱し、戦線が崩壊する中で彼は一人でボスの猛攻に耐えていた。

 オレとキリトの戦意は失われていなかったが、ほとんどのメンバーが諦め、逃げ出そうとしていた。そのため実質三人で戦っているようなものなのだ。

 

 (おっさんのHPはあと六割……耐えられんのか?)

 

 だが、もうすぐ限界が来るだろう。本来ならヒースクリフは他のタンクとスイッチする必要があるが、今はそれができない。

 オレには他のメンバーがどうなっているか確認する余裕が無いので、ヒースクリフが限界を迎えた時どうするか考えなくてはならない。

 

 「ゴアアァァ!?」

 

 突然、ボスが体勢を崩し、転倒した。きっとキリトが攻撃しまくったお陰だろう。

 

 「団長、再編完了しました!」

 

 同時に、サクラがヒースクリフに報告する。

 

 「私は回復に努める。アスナ君、指揮は任せる!!」

 

 「分かりました!A隊、B隊突撃!!」

 

 ヒースクリフが下がり、今まで戦闘に参加しなかったメンバーの内のアタッカーが攻撃を始めた。

 

 「クロト下がって!」

 

 「まだ―――」

 

 まだやれる、とサクラに返そうとしたが

 

 「いいから早く!!」

 

 「は、はい!!」

 

 有無を言わせぬ強い口調に、オレは反射的に従ってしまった。ボスから離れ、後方にいる彼女のもとに向かうと

 

 「これ飲んでしばらく休んでなさい!」

 

 と言ってオレの手にハイポーションを握らせた。その表情は真剣なもので、純粋にオレを心配してくれているのだと感じた。

 だが彼女にもやるべき事があるのだ。オレが返事をするのも待たずにボスに向かって走っていった。

 

 「C隊、D隊、ブロック!サクラ、タンク隊の指揮は任せるわ!」

 

 「はいっ!」

 

 彼女の現在の肩書きは’KOB副団長補佐’であり、今のようにアスナからタンク隊の指揮を任される事は少なくないのだ。普通なら指揮官が二人というのは混乱が起こりやすいが、アスナとサクラは受け持つ指揮をキッチリ分けているし、食い違ったときはアスナの指示が優先というルールを徹底しているため、大きな失敗をした事が無い。加えて二人であるがゆえに、片方が危険に晒されてもレイドが滞る事も無い。

 

 「ゴアアァァァ!!」

 

 ボスが、最後の抵抗とばかりに腕を振り回す。そのHPバーは一割を切っている。あと一息で終わると思ったが―――

 

 「アスナさん!攻撃速度が速すぎて近づけません!!」

 

 「タンク隊はもつの!?」

 

 「あと三分でPOTローテが間に合わなくなります!」

 

 「あともう少しなのに……!」

 

 攻撃したくてもできない。そんなジリ貧状態に陥ってしまった。今までボスは、多椀ゆえに鈍重だった。しかし今は行動速度が上がり、攻撃間隔が非常に短い。大体三秒くらいあった間が、一秒くらいにまで縮められているのだ。

 加えて再編したレイドは二十人足らず。明らかに人数不足だ。

 

 「団長!」

 

 「すまない、まだ回復しきれていない」

 

 ヒースクリフのHPはまだ八割に満たない。キリトが言うには、彼はさっきの立ち回りの前に自身の回復結晶を全てレイドに分け与えたそうだ。そのためレイドの再編と回復が十分足らずで実現したが、ヒースクリフの手元にはポーションしか残っていない。

 

 (何か無いのか……!?)

 

 このままではマズイ。だが焦る思考では何も思い浮かばない。その時だった

 

 「クロト、もう一度ボスに取り付けるか?」

 

 キリトが無謀な事を言ってきた。

 

 「バカ野郎!首まで行く前に斬られるわ!!」

 

 「首までって事は、腕はいけるんだな?」

 

 オレがキレても意に介さず、ニヤリとシニカルな笑みを浮かべて確認してきた。

 まあ、一瞬でもあの腕のどれかが止まってくれればできなくは無いが……

 

 「きっかけさえあれば―――」

 

 「それくらい作ってやる」

 

 「……なら、やってやるぜ相棒!」

 

 ここはキリトを信じて腹をくくろう。彼はもう、死にたがりな訳では無いから。

 

 「取り付いたらすぐにソードスキルを!初級でいい!!」

 

 ボスへ向かって走りながら、キリトはオレに指示をくれる。腹をくくった以上、とことん付き合ってやる。

 

 「ちょっとそこの二人!?」

 

 アスナが驚いているが、この際無視。

 

 「クロト!?ダメ!!」

 

 サクラが悲鳴に近い声を上げ、胸が痛むが我慢する。傍から見れば、暴れ続けるボスに紙装甲のアタッカーが突っ込む―――死にに行く様なものだ。とても褒められたもんじゃない。だがオレは相棒を信じ、ボスへと駆ける。

 

 「はあああぁぁぁ!!」

 

 キリトが『ヴォーパル・ストライク』を発動し、迫るボスの腕に己の剣をぶち当て、強引に動きを止める。ついでにボスの持っていた剣を落とす。

 オレは技後硬直で体勢を固定されているキリトの左肩と、ボスが落とした剣を踏み台にしてボスの腕に取り付く。そしてそれと同時に

 

 「喰らえ!!」

 

 『アーマー・ピアース』を発動しその手首を貫いた。すると―――

 

 「ゴアアァ!?」

 

 ボスが大げさなぐらい怯み、何本かの腕が武器を取り落とす。これで流れが変えられたと思ったが―――

 

 「カアァ!!」

 

 オレの左肩にずっととまっていたヤタが鋭く鳴いて警告をとばし、そちらを見ると、オレを掴もうとボスの手が迫っていた。

 

 「うおっ!?」

 

 咄嗟に手近の腕に飛び移り事なきを得たが、休むまもなくまた別の腕が迫る。そのためオレはボスの腕をひたすら飛び移り続けた。

 幸い、視界外から迫る腕にはヤタが反応してくれたし、一度にやってくるのはせいぜい二本か三本。加えて下ではキリトが接近しており、ボスはその迎撃までしなければならない。

 結果的に、オレがボスの攻撃の半分くらいを引き付けていた。そして半数程度になったボスの攻撃なら、キリトの反応速度を持ってすれば無理やり接近する事は可能だった。

 

 「これで…終わりだ!!」

 

 キリトが左腕を半ばから失いつつも、片手剣奥義スキル『ノヴァ・アセンション』を発動。怒涛の十連撃が、ボスのHPを削りきり、ボスはその体を大量のポリゴン片へと変えた。だが―――

 

 「ちょ、うわああぁぁぁ!?」

 

 避けるのに必死だったオレは、ボスを撃破したあとの事を一切考えていなかった。ボスの腕を足場にしていた状態でボスが爆散したので、落下するしかないのだ。

 地面との距離はおよそ七メートル。死ぬことはないだろうが……多少の落下ダメージは免れない。落下の衝撃に備えて目を閉じ体を強張らせて―――空中で横合いから誰かに抱きとめられた。

 だが落下の勢いは完全に殺しきれず、その誰かと一緒に床の上を二、三回転がってしまう。オレが下にくる形でようやく止まったところで目を開けると……視界いっぱいにサクラの顔があった。

 

 「サ、サクラ!?何で―――」

 

 「バカ!何やってるのよ!一歩間違えたら死ぬような無茶な事して!!」

 

 「で、でも」

 

 「…………んだから」

 

 弁明しようと口を開いたとき、彼女はオレの胸に額を押し当て、弱々しく何かを呟いた。

 

 「え?」

 

 「心配…したんだから……クロトが…ほんとに死ぬかもしれないって……思って……怖かったよぉ……」

 

 サクラは泣いていた。オレが死ぬ事を恐れ、震えていたのだ。

 

 (オレの所為……だよな)

 

 自分が彼女を泣かせてしまったという事実を突きつけられ、自己嫌悪や罪悪感で胸がいっぱいになる。だがそれ以上に

 

 「ごめん、心配させて」

 

 彼女に謝らなければならないと思った。そして

 

 「オレは、死んでないから……今ここにいるから」

 

 安心させたかった。

 

 「反省してるなら……ぎゅっとして」

 

 「ああ」

 

 腕をサクラの背中と後頭部に回して抱きしめる。やっぱり温かくて柔らかいなと感じて―――

 

 「悪い……先に帰る」

 

 いつの間にか、近くに立っていたキリトがぼそりとそう告げ、こちらの返事を待たずに去っていく。さっきの特攻で欠損した左腕もそのままに、俯き、一人寂しく。

 

 ―――キリトはあのクリスマスの後、幾らかマシになった。だが表情は常に影を引きずったかのように暗く、喜びやうれしさから笑うこともほとんど無い。他人との接触を以前よりも避けるようになってしまった。そして額にある’何か’を隠すかのように、頭に黒いバンダナをつけるようになった―――

 

 

 

 彼が去り際に見せた、遠いものを羨むような、憧れるような、それでいて諦めているような眼差しが………オレの脳裏に焼きついて離れない。

 だが今優先するのはサクラだと、思考を切り替えようと軽く頭を振って―――

 

 「あ~クロト、そろそろいいか?」

 

 「っ!?」

 

 エギルの言葉でようやく周りを確認した。大まかに分けると

 

 一・苦笑いのエギルとヒースクリフ

 

 二・呆れたようにため息をつくアスナ

 

 三・射殺さんばかりに嫉妬の眼で睨むKOBの男達

 

 四・orzの状態で床を殴るクライン達他ギルドの男共

 

 ……うん、逃げたい。サクラには悪いが、このままではオレがヤバイ。だから彼女を放そうとして

 

 「離れちゃ、やだ」

 

 できなかった。むしろ彼女の抱擁は強くなり、より密着する。そして嫉妬の視線が死線へと変わり

 

 「クロトてめぇ……マジで爆ぜやがれぇー!!」

 

 クラインの魂の叫びがボス部屋に響き渡った。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 キリト サイド

 

 ボス攻略後、サクラとクロトのやり取りに居た堪れなくなった俺は足早にボス部屋を去り、五十層主街区’アルゲード’に帰ってきた。

 恋愛が嫌いな訳ではないし、興味が無いと言えば嘘になる。ただ

 

 (俺には……無理、だよな……そんな相手、いる筈…無いよな……)

 

 諦めているだけだ。

 守ると誓った人達を守れず、大事な弟を悲しませ続け、そのうえ醜い傷跡を持った俺なんかを本当に好きになる―――受け入れてくれる人なんて、いる筈が無い。今まで好きだと言ってくれた女の子達だって、全員俺を受け入れてはくれなかったんだ。

 上辺の部分が好みだったから近づいて、中身が気に入らないから掌を返したかのように離れていく……好意を向けていた眼差しが恐怖や哀れみ、嫌悪、侮蔑に変わる瞬間を何度も目の当たりにしてきた。

 

 (きっとこれからも……そういう奴しか居ないんだ)

 

 だがあんな事を目の前でされてしまうと、自分にもいつか……なんて淡い希望を抱いてしまいそうだった。

 つまり俺は……あの場から逃げたのだ。

 

 (ハルが居てくれる…クロトが居てくれる…これ以上望むものなんてないじゃないか)

 

 今の状態でも十分に恵まれているのだと言い聞かせ、ハルが待っているプレイヤーホーム(先日購入)へと帰る。

 

 「ただいま」

 

 「兄さん、おかえり!」

 

 家に入るなり、ハルが飛びついてきた。俺はそれをしっかり受け止め、頭を優しく撫でる。左腕は既に再生しているので、問題ない。

 

 「あれ、クロトさんは?」

 

 「ああ、サクラといちゃついてるよ。まったく、いつになったら付き合うんだか」

 

 俺がそう言った時、ハルは一瞬表情が歪むがすぐに笑みを浮かべ

 

 「仕方ないよ。だってクロトさん……ヘタレだから!」

 

 辛辣なことを言った。……ハル、お前はいつからそんな事を言うようになったんだ?もし今のお前を見たら木綿季が何て言うか……

 

 「ねえ兄さん、LAは?」

 

 「ちゃんと取ってきたよ」

 

 「流石兄さん!見せて見せて!」

 

 さっきとは打って変わり、年相応にはしゃぎだすハル。そんな弟がとても可愛らしく、ハルだけは守りたいと改めて思った。

 

 「LAは……エリュシデータ?」

 

 出てきたのは、一抱えほどの黒い塊だった。

 

 「何かの素材っぽいけど……ちょっとメンテのついでに鑑定してみるよ」

 

 「ああ、頼む」

 

 「任せて!」

 

 俺の愛剣とエリュシデータを受け取った後、そう言ってハルは奥の作業場へ入る。ハルやクロトが戻ってくるまで暇なのでなんとなくスキル選択画面を開くと―――

 

 「二刀流……?」

 

 いつの間にか、そんなスキルが存在していた。




 久しぶりなのでちゃんとしたものを書こう!と思ってやってたら半日以上かかってました……


 エリュシデータの設定は捏造して原作とは変えてあります。

 この作品のキリトは……暗いです。


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十六話 新たな力

 リアルの双子と二人三脚で書いてる所為か、細かい部分が食い違って中々話が進まない……

 大筋はお互いに分かっているんですが、どうも…………



 例

兄「ここはキリトが―――」

弟「いや、クロトに―――」

兄「それ無理だろ」

弟「いやイケるって。でないと原作そのまんまだし―――」

 てな感じでお互いに妥協できず、結果書きあがるのが遅くなってしまってます。


 キリト サイド

 

 「兄さん……その、ごめんなさい!」

 

 今、俺とハルは作業場にいる。さっきまでは居間でスキルウィンドウを開き、二刀流スキルの説明を読んでいた。今まで聞いたことの無いスキルだったのでゲーマー魂を刺激され、我を忘れて熟読していたのだが……ハルが戻ってこないので不審に思い、作業場に入ったところで当のハルに冒頭のセリフを言われたのだ。

 

 「ど、どうしたんだハル?」

 

 ハルが謝ってくる理由に心当たりが無い俺には、どもりながら「どうした?」と訊ねることしかできなかった。

 

 「実は……兄さんの剣、当分使えなくなっちゃったんだ」

 

 「へ?」

 

 使えなくなったと言われて反射的に金床に視線を向けると―――

 

 「……ぁ」

 

 ―――一振りの片手直剣が置かれていた。刀身も、鍔も、柄でさえも漆黒で、装飾など一切無い。機能性のみを追及したような剣が、置かれていた。

 

 俺はただただその剣に見とれ、無意識に小さく声を漏らした。だがハルは俺ががっかりしたと勘違いし

 

 「ごめんなさい!ごめんなさい!!」

 

 ひたすら頭を下げていた。そこでようやく俺は意識を剣から離し、慌ててハルをフォローする。

 

 「いや、ただ見とれてただけなんだ。怒ってないって!」

 

 「……ホント?」

 

 涙目で見上げてくるハルを見ていると、罪悪感で精神HPがゴリゴリと削られていく。弟を泣かせるなんて……本当に俺はダメ兄貴確定だな……

 

 「本当だよ。ちょっとステータス見ていいか?」

 

 「……うん」

 

 頭を撫でながら問いかけると、ハルは頷いてくれた。改めて金床に近づいて、置いてある黒剣に目を向けステータス画面を開く。

 

 (名前は……エリュシデータ!?これってさっきのLABだよな?一体どういう事だ?)

 

 名前に驚きつつも、さらに読み進める。

 

 (何だこの性能は!?六十……いや、七十層でも通用するレベルじゃないか!!あ……でもSTRが要求値に届いてないか……)

 

 剣が予想以上に高性能だったので内心舞い上がっていたが、装備できないと分かるとそれも一気に醒めてしまった。

 そこでようやくメンテを頼んだ筈の愛剣が見当たらない事に気づいた俺は、ハルにそのことを訊ねた。

 

 「この剣がさっきのLABと同名なのは気になるけど……俺の剣はどこにいったんだ?」

 

 「……それ」

 

 「へ?」

 

 「その剣の……素材にしちゃった」

 

 なんという事だろうか。これでは俺は戦えない。これからどうしようか頭を抱えたくなったが

 

 (いや、それよりも―――)

 

 先に気になった事を聞いてみた。

 

 「何で素材にしたんだ?」

 

 「えっと、それは……」

 

 視線を泳がせ言葉を濁していたハルだったが、やがて申し訳なさそうに頬をかきながら話し始めた。

 

 「エリュシデータは他の武器と合成する事ではじめて使えるようになる武器だったんだ。しかも、合成した武器のカテゴリや性能によってスペックが決まるみたい」

 

 「ええっと、つまり?」

 

 「片手剣と合成したら片手剣に、両手斧と合成したら両手斧になるんだよ。加えて言えば、スモールソードみたいな弱い武器と合成したら弱い武器に、強力なレア武器と合成すればさらに強力な武器になるんだ」

 

 つまるところ、ハルは俺の剣を強化するつもりでエリュシデータと合成したのだ。

 

 「せめて一言言ってからにしてほしかったよ」

 

 「それは……鍛冶屋としての性というか……」

 

 俺で言うところの、ゲーマー魂を刺激されて周りが見えなくなったようなものだろう。それにハルは俺の為にやってくれたのだ。感謝こそすれ怒る事はない。

 

 「ありがとう、ハル。今は無理でも、必ず使えるようになって見せるさ」

 

 「うん……でも、代わりの剣は…………あ!ちょっと待ってて」

 

 何か思いついたのだろうか?ハルは作業場から売り場へと走り、少しして戻ってきた。

 

 「前の剣よりはちょっと弱いけど、最前線で十分通用すると思うよ」

 

 そう言って差し出してきたのは、売り場で最も高い剣だった。これは俺も驚いてしまう。

 

 「本気か?店一番の剣だろ?」

 

 売れればしばらくの間生活に困らないくらいのコルが手に入るほどの剣だった筈だ。

 元々ハルの店は良質な武具がウリなのだ。そのため価格は他の店よりも高いが、確かな性能で信頼され、リピーターや開業以来ずっと利用してくれる固定客を獲得してきた。

 だがその分数が少なく、売り物一つタダで譲ってしまうだけでかなりの赤字になってしまう。

 

 「いいんだよ。兄さんの剣を勝手に合成しちゃったんだから。これはそのお詫び」

 

 「でも「じゃあ他にアテあるの?」……ございません」

 

 ハルに痛いところを突かれ、受け取らざるを得なくなってしまった。こうなったら素直に受け取るしかない。

 

 「大事に使わせてもらうよ」

 

 「うん。その剣……デボルポポルならきっと兄さんの役に立ってくれるよ」

 

 その後ハルに鞘を見繕ってもらい、その間に新しい剣のためし振りをした。重さは前の剣と大体同じなのですぐに慣れたが、灰色の刀身の根元がとても細くなっているのが意外と気になる。ゲームなので部分的に細くなっていてもそこが弱点になる事は無い。そのため特に問題は無いのだが……やはり折れやすくないかと不安になってしまう。

 柄や鍔には華美な装飾は施されていないので、耐久値だって問題ない。使っていけばその内気にしなくなるだろう。

 

 「ただいまぁ~」

 

 大分げっそりとした表情でクロトが帰ってきた。

 

 「お帰り、クロト」

 

 「お帰りなさい、クロトさん……サクラさんとはまだ付き合わないんですか?」

 

 「ブフォ!?」

 

 早速ハルが爆弾を投下する。……最近、このネタでクロトをいじるのが楽しくなってきたので、便乗する。

 

 「今日はまた大胆だったよなぁ……レイドメンバー全員の目の前で抱き合ってさ」

 

 少し胸が痛むが、それさえ我慢すればどうって事はない。むしろ普段は見れないヘタレなクロトが面白い。ハルとアイコンタクトで連携する。

 

 「それ本当!?もう外堀埋まってるんじゃない?」

 

 「ああ、アルゴに売りつければもうカップル確定だな」

 

 などと俺達二人で言いたい放題言えば、分かりやすいくらいにクロトが暴れだす。

 

 「ちょ、アルゴはやめろ!絶対脚色されてばら撒かれるに決まってる!」

 

 「それなら開き直って付き合っちまえよ」

 

 「いや、それは……その……」

 

 俯き、う~、とか、あ~、とか唸るクロトにトドメを刺す。

 

 「「やっぱりヘタレだな(ですね)!」」

 

 「ガフッ!?」

 

 その場でorz状態になるクロト。そんな彼を見て、俺とハルはしばらく笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そういえば、こんなスキルが出てたんだが……」

 

 そう言って俺はスキルウィンドウを開き、可視化して二人に二刀流スキルを見せる。

 

 「「…………ええぇぇぇ!?」」

 

 ……やっぱり驚くか。確かにデフォルトで攻撃速度と武器防御の性能がプラス五十%、クーリングタイムが二十%短縮な上デメリットが無いなんていうチートじみた物だからな。

 

 「……まさか今回のLABってそのスキルなんじゃ―――」

 

 「いや、それはコイツ」

 

 そう言ってエリュシデータを指差す。クロトはそれを一瞥すると、また二刀流の出現条件を考える。

 

 「キリトは何か心当たりは無いのか?お前一人でやったクエの報酬とか……」

 

 「それが全く無いんだ……俺だってさっき気づいたんだから」

 

 俺には心当たりが無い。そう答えると二人は黙ってしまった。だが俺の中にふと、一つの仮説が浮かんだ。

 

 「……クロトには何も無いのか?」

 

 「オレ?んなモン都合よくある訳…………あった」

 

 二刀流がもし、五十層をクリアする事で開放されるエクストラスキルだとすれば、俺以外のプレイヤーにも出現している筈だ。SAOの攻略も折り返し地点なのだ。ここでプレイヤー側に何かしらのボーナスがあっても不思議じゃない。

 他のMMOでもそういった事はあった……まぁ、後半の難易度が鬼のように設定されていたが。

 そしてクロトも’あった’と言った。もしかしたら俺の仮説が合っているんじゃ―――

 

 「―――射撃ってスキルが」

 

 「「…………はい……?」」

 

 待て待て待て。落ち着いて状況を確認しよう。

 

 ここはどこだ?―――SAOの中だ。

 

 どんなゲームだ?―――手に武器を持ち、近接戦闘をするゲームだ。

 

 クロトに出たのは?―――射撃。FPSとかでよく聞く言葉であり、SAOの世界観には相応しくない。

 

 結論―――クロトに出たスキルはおかしい。きっとバグだ。

 

 「いいですかクロトさん、きっとそれバグです。セットしたら危険です」

 

 「ああ、このデスゲームでバグスキルなんて使ったら命に関わるぞ」

 

 ここで相棒を失うわけにはいかない。是が非でも射撃スキルに手を出さないように説得しなければ!

 

 「お前ら落ち着け!まずは説明読め!」

 

 クロトがウィンドウを可視化したので、彼の両側から俺とハルは射撃スキルの説明を読む。 

 

 「……投剣とかの遠距離攻撃にボーナスがつくのか」

 

 「でも兄さんの二刀流に比べたらたいした事ないですね……」

 

 名前はSAOにそぐわないものだが、バグでは無い事が分かった。ただ、投剣とは元々牽制やタゲを取る以外では圧倒的に火力が足りないのだ。十%前後のボーナスしか与えない射撃スキルを入れても、大した恩恵は無いと思う。

 もしかしたら専用の武器か投剣スキルを大幅に強化したソードスキルが習得できるのだろうか?

 

 「それで、そのスキルは使うのか?」

 

 「おう、射程が延びるのがありがたいからな」

 

 今まで届かなかった所にも届くぜ!とクロト本人は喜んでいるので、俺から言う事は無い。それに使っていけば何か分かるかもしれない。

 

 「兄さん達のスキルは公開しない方がいいと思うよ。二人とも違うスキルが出たって事は、同じスキルを持っている人がいる可能性が低いから……」

 

 「神聖剣みたいなユニークスキルかもな……」

 

 神聖剣?ユニークスキル?クロトの口から聞きなれない単語が聞こえたので聞いてみた。

 

 「ほら、ヒースクリフのおっさんが一人でボスの攻撃耐えてたろ?アレ普通に考えたらありえないだろ」

 

 「確かにな……」

 

 思い返せば異常な光景だった。いくら高い防御力を誇るタンクでも、単独でボスに攻撃され続ければ、一分も持たない。それに今回のボスは攻撃力が異常に高かった。

 だがヒースクリフは一人で十分間耐えた。それもHPを半分近く残して、だ。彼の防具や十字盾は他のレイドメンバーの物よりもレアリティの高い物だが、それでもあんな硬さは手に入らない筈だ。

 

 「そのありえないを可能にしてたのが神聖剣っていうスキル。そしておっさん以外は習得したヤツがいないから、暫定的にユニークスキルって呼ばれてんだ」

 

 しかもヒースクリフ曰く、気がついたらスキルウィンドウにあった、との事。……俺達とほぼ同じだ。

 

 「しばらくはコッソリ熟練度上げだな……」

 

 俺の言葉にクロトも頷く。ビーターとして目立っているが、これ以上目をつけられると流石に街での買い物とかが不便になる。

 それに、いつどこで何が起こるか分からない。そういった時に自分達を守るための切り札は多いに越した事は無い。

 こんなどうしようもない俺達を気にしてくれるクライン達に秘密が増えるのは申し訳ないが、仕方ない。

 

 (二刀流……必ず使いこなして見せるさ……!)




デボルポポルは、PS2ゲーム「ドラッグオンドラグーン」に登場する剣です。

 外見イメージは、レベル3の状態です。

誤字、脱字、アドバイス等ございましたら、感想にておねがいします。


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十七話 友を失いし少女

 今回から、シリカ編です。

 そしてクロトの出番が無いww


 キリト サイド

 

 二月下旬 三十五層フィールドダンジョン”迷いの森”

 

 「あたしを、独りにしないでよ……ピナ……」

 

 三体のドランクエイプに襲われていた少女を助けたのだが、彼女はその胸に光る何かを抱いて泣いていた。もしかしたら彼女は目の前で仲間を殺され、その人が遺した物に縋っているのかもしれない。

 

 (サチ……)

 

 彼女達の死は、未だに俺の胸を締め付ける。だが、今は目の前の少女を何とかしなければ。

 

 「えぇっと、それは?」

 

 「……ピナです。あたしの大事な……」

 

 そう言って彼女は、抱いていた物―――小さな一枚の羽根を見せてくれた。

 

 (これはプレイヤーの遺品じゃないな……とすると……)

 

 プレイヤー以外で、少女が縋っている存在……程なく一つの予測が立ち、確認するべく口を開く。

 

 「君はもしかして、ビーストテイマーだったのか?」

 

 「……はい」

 

 使い魔は主人を裏切らない。疑心暗鬼になりがちなSAOにおいて、無条件に信頼できるパートナーの存在が与えてくれる安らぎはとても大きい。そしてそれを失った時の悲しみも……

 大切な存在を失った悲しみを知っている以上、放置はできない。頭の中にある知識を総動員して、彼女を助けようと思った。

 

 「その羽根、もしかして心アイテムか?」

 

 「え?」

 

 俺に聞かれて、彼女はおもむろに羽根の名前を確認した。そこには―――

 

 《ピナの心》

 

 確定だ。これは使い魔が死んだとき、一定確立でドロップされる心アイテムだ。これがあるならまだ助かる。

 

 「……ピナぁ」

 

 同時に彼女がまた泣き出しそうになった。慌てて俺は慰める。

 

 「あぁ、泣かないで。心アイテムさえあれば蘇生の余地があるから!」

 

 「ほ、本当ですか!?」

 

 蘇生の余地がある。その言葉に彼女は反応し、こちらを見上げる。その表情はさっきまでの悲嘆にくれたものではなく、藁にも縋りたいという思いからくるものであった。

 

 「四十七層の南に、思い出の丘っていうフィールドダンジョンがあるんだ。その最奥部に咲く花が、使い魔蘇生用のアイテムだって聞いたことがある」

 

 これはクロトから聞いた情報だ。アイツは一度そこに挑んだっていうから、後で情報を貰っておきたいな。

 

 「四十七層……」

 

 今いる層よりも十二も上のダンジョンと聞き、彼女の表情はまた暗くなってしまった。彼女がこの層で活動するプレイヤーだとすれば、安全マージンを十分に取っていたとしてもレベルはせいぜい四十半ばぐらいだろう。

 四十台の層で活動するなら、最低でもレベル五十は必要だ。

 

 「……実費だけ貰えれば、俺が取ってきてもいいんだけど……主人が行かなきゃ花が咲かないんだよなぁ」

 

 正確には、使い魔を失った主人が、である。そのため需要と供給がぴったり一致してしてしまい、ストックできないのだ。そのことでクロトが愚痴をこぼしていたのも記憶に新しい。

 

 「いえ、情報だけでもありがたいです。頑張ってレベルを上げれば、いつかは―――」

 

 「蘇生できるのは、死んでから三日以内だ」

 

 使い魔が残した心アイテムは、三日―――七十二時間が経過すると、形見アイテムに変化してしまう。形見アイテムは、所持するだけで様々な支援効果(バフ)を与えてくれるが、蘇生する事が不可能になるのだ。

 タイムリミットを告げた途端、彼女は俯き、泣き出しそうになる。だが

 

 「大丈夫、三日もある」

 

 俺が一緒に行けば、問題無い。使い魔蘇生アイテムはプレイヤー間でかなり高額で取引されるレアアイテムなので、シルバーフラグスからの依頼もこなせる。

 

 (ハルに彼女の武器を見繕ってもらうか……)

 

 そう思い、ハルにメッセージを飛ばしつつ、自分のストレージにたまっていた防具の中から彼女のレベルで装備可能な物をトレードウィンドウで彼女に贈る。

 

 「この装備なら、五、六レベル分は底上げできると思う。俺も行くから、きっと大丈夫だ」

 

 「……何で、そこまでしてくれるんですか……?」

 

 明らかに警戒している彼女を見て、彼女とは初対面だった事を思い出す。それと同時に、なぜ俺は彼女を助けたいのかと改めて自分に問いかける。

 

 (……なんとなく、スグににてるんだよなぁ)

 

 現実世界で俺とハルの帰りを待っているだろう妹の姿が思い浮かぶ。見た目こそ似ていないが、目の前の少女と妹はどこか似ているものを感じさせた。

 

 (けどマンガじゃあるまいしなぁ……)

 

 だがここでその事を言うのはとても恥ずかしい。かといって適当に濁せば、警戒されたままだろう。ここにハルやクロトがいれば、恥ずかしくないちゃんとした理由を言ってくれるだろうが、コミュ障の俺には無理だった。

 

 「……笑わないって約束するなら……言う」

 

 「笑いません」

 

 恥ずかしくて目を逸らして聞けば、彼女は真剣な表情で即答した。そんな彼女を見て

 

 「……君が、妹に……似てるから……」

 

 正直に言ってしまった。……物凄く恥ずかしい。

 

 「ぷっ、ふふっ……ふふふ」

 

 しかも彼女は笑い出してしまった。これもまた恥ずかしさを増幅してくる。

 

 「……笑わないって言ったのに」

 

 「ふふっ……すみません」

 

 ささやかな抵抗として拗ねた口調で文句を言うと、彼女は目尻に浮かんだ涙を拭いながら謝罪してきた。その表情は明るく、年相応なものだった。

 

 (とりあえず、信用はしてくれたかな)

 

 彼女が警戒を解いてくれたのは嬉しいが、代償が大きかった。やはり俺はコミュ障なのだと改めて実感してしまう。

 

 「あの、こんなんじゃ全然足りないと思いますけど……」

 

 そういえばトレードウィンドウを開きっぱなしだった。正直使わない物を譲るだけなので、タダでいい。最前線じゃ大したコルにならないし、金に困っている訳でもない。

 

 「いや、お代はいいよ。俺がここに来た理由と、被らないでもないから」

 

 彼女が代金として手持ちにコルをウィンドウに入力する前にそれをやめさせ、一方的にトレードを成立させる。

 彼女はその事にどこか納得できない表情で考えていたが、何かを思いついたようにこちらを向いた。

 

 「あ、あたし、シリカって言います」

 

 ……そういえばまだ名乗っていなかった。すごく今更な感じがするが、俺も名乗る。

 

 「俺はキリト。よろしくな」

 

 彼女―――シリカは、はい、と答えて俺と握手をしてくれた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 三十五層主街区”ミーシェ”

 

 「あ、お帰り兄さん」

 

 無事に森を抜けて主街区に着くと、入り口でハルが迎えてくれた。

 

 「ただいま、ハル。頼んでたのは?」

 

 「うん、ちゃんとあるよ」

 

 そう答えてから、ハルはシリカに向き直る。

 

 「初めまして、ハルっていいます。よろしくお願いします」

 

 「こ、こちらこそ初めまして。シリカっていいます」

 

 接客時のクセでハルが丁寧な言葉遣いで挨拶したせいだろう、同年代らしからぬ会話になってしまった。ハルはいいとしても、シリカが少し硬くなっている気がする。

 

 「二人とも同じぐらいなんだし、敬語はやめたらどうだ?」

 

 「ごめん、ついうっかり。改めてよろしく、シリカ」

 

 「ううん。こっちこそよろしくね、ハル君」

 

 うん、二人ともさっきよりリラックスした表情だ。久しぶりに同年代と話すハルを見ていると、とても和む。

 

 「―――そうだよ。僕らは兄弟なんだ」

 

 「い、言われてみれば……似てるかも」

 

 ……おっと、いけない。和んでる間に二人で話が弾んでいたようだ。シリカが俺とハルの顔を見比べているが、何の話をしていたのだろうか?

 少し気になったが、いつまでも入り口にとどまる訳にはいかない。

 

 「同年代で話が弾むのは分かるけど、そろそろ行かないか?」

 

 俺がそう言って歩き出すと、二人とも、あっ、と声を上げてからついてきた。

 二人を見ていると、事故に遭う前の日常の中で、俺を追いかけてくるハルとスグ―――いや、ハルと同年代の女の子だから木綿季か―――を連想させた。

 ……その時藍子は俺に遅れる事無く歩き、追いかけてくる二人を微笑みながら見ていたっけ。

 

 (もう、あの日常は戻ってこないんだよな……)

 

 ズキリ、と一瞬胸が痛んだ。このSAOでは痛覚は全面カットされているので、今のは心の痛みだろう。それをハルに気取られないように、顔を上げて空を見る。

 

 「お!シリカちゃんはっけ~ん!」

 

 珍しいビーストテイマーだったから、多少の知名度はあると思っていたが……まさか街を歩いてるだけで声をかけられる程とは。

 同じビーストテイマーのクロトといる時とは大分違うな……あ、アイツはサクラとしょっちゅうイチャついてるから睨まれてるんだったな。特にKOBから。あとアイツが男だってやっと浸透してきたし……攻略組限定で。

 

 「―――お気持ちはありがたいんですけど……しばらくこの人達とパーティー組む事になったので、ごめんなさい」

 

 思考が別の方にいってる間に、シリカは話かけてきた二人―――太り気味の男性と痩せ気味の男性からの誘いを断っていた。何故か俺とハルの腕を掴んで。

 すると二人はまずハルを見て、次に不満そうに唸りながら俺を睨んできた。

 

 (ハルは彼女の友達くらいで、俺はお邪魔虫って思ってるんだろうな……)

 

 俺とハルの扱いの違いの理由を考えていると

 

 「ねぇあれ、ハル君じゃない?」

 

 「ホントだぁ、かわいい~」

 

 「シリカちゃんと一緒……ロリショタ……ジュルリ……」

 

 ハルのファン……いや、危険思想(ショタコン)なお姉さま方まで出てきた。

 ……というか最後のヤツ!絶対ハルに近づかせないからな!!

 

 「と、とにかく行こう」

 

 シリカが俺とハルの腕を掴んでいるので、俺がやや強引に歩き出せば二人とも芋づる式に付いてくる。幸い彼らは追いかけてはこなかったので、そのまま人ごみに紛れて宿を目指す。

 

 「悪い、二人が有名だって事忘れてた」

 

 「僕は大丈夫だから、気にしないで」

 

 「あたしの方こそすみません。キリトさん達にご迷惑を……」

 

 申し訳なさそうにしているシリカに大丈夫だと告げ

 

 「俺の知り合いにもビーストテイマーがいるけど、ここまで人気者じゃなかったから驚いただけだよ」

 

 (クロトといた時の経験は役に立ちそうに無いな……)

 

 言葉を返すと同時にそう思った。と―――

 

 「マスコット代わりにされてるだけです。’竜使い’なんて呼ばれるようになって……いい気になって……それで、あんな……」

 

 帰ってきたのは、そんな後悔の声だった。

 

 「シリカ……」

 

 ハルも何と言っていいか分からず、戸惑っていた。そして助けを求めるように、俺を見てきてた。

 

 「大丈夫、君の友達はちゃんと生き返るから。だから、あまり暗くならないでくれ」

 

 だから俺はそう言いながら、彼女の頭を撫でた。弟妹をあやすように、優しく、ゆっくりと。

 

 「……はい!」

 

 シリカは目尻に浮かんだ涙を拭うと、笑みを浮かべてくれた。その横ではハルが声に出さずにありがとう、と言っていた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「そういえば、お二人のホームって……」

 

 宿屋の前で、シリカが思い出したように俺達に聞いてきた。特に隠す事でもないので、正直に答える。

 

 「一応五十層にあるけど……」

 

 「面倒だしここに泊まろ、兄さん」

 

 「そうだな、そうしようか」

 

 たまにはねぐらとは別の場所に泊まるのも悪くない。それに明日の事を考えれば、シリカと同じ宿にいた方が何かと便利だ。

 

 「そうなんですか!ここ、チーズケーキが美味しいんですよ!」

 

 シリカも、俺達がここに泊まるのを喜んでいるようだ。そのまま宿屋に入ろうとして―――

 

 「あらぁ?シリカじゃない」

 

 十字槍を携えた、赤髪の女性プレイヤーに話しかけられた。

 

 「どーも……」

 

 当のシリカは気まずそうに俯き、おざなりに返事をした。何かトラブルでもあったのだろうか?

 

 「どうしたの?」

 

 ハルが心配そうに、小声でシリカに話しかけると、彼女は小さく

 

 「パーティー組んでただけだよ」

 

 と答えてくれた。

 

 「ホントに一人で森から脱出できたのねぇ。でももうアイテム分配は終わったわよ」

 

 「いらないって言った筈です!急いでますから」

 

 もう話したくないといわんばかりにシリカは話を切り上げ、宿に入ろうとする。だがしかし

 

 「あらぁ?あのトカゲどーしちゃったのぉ?」

 

 「っ!」

 

 彼女はシリカの傍に使い魔がいない事にわざとらしく気づき、嫌みったらしい声でねちっこく問いかけてきた。

 

 (……グリーンのクセにこの腐った性根……コイツがオレンジギルドのリーダーだな)

 

 全く反吐が出る。こんなヤツ等に罪の無い人が襲われたり、殺されたりしていると思うと、改めて人の醜さを実感してしまう。

 

 「あららぁ、もしかしてぇ~?」

 

 傷を抉られ、シリカの手は小刻みに震えている。俺よりも幼い筈の彼女は、相手に弱さを見せまいと懸命に涙を堪えていた。俺はシリカがこれ以上赤髪の女性と話さなくて済むよう、さっさと宿に入れようと思ったが―――

 

 「おばさんは黙ってください。おばさんの無駄口に付き合ってる暇は無いので」

 

 ハルがシリカの前に立ち、会話に割り込んだ。

 

 (ハル……お前は、ちゃんと怒れるんだな)

 

 人の醜さを知りどこか諦めている俺と違って、ハルはそれを怒れるまっとうな心を持っている。俺にとってそれは眩しいものだ。

 だがそれ以上に―――

 

 「おばっ!?失礼なガキね!」

 

 「小さい女の子をいじめて楽しんでる貴女よりは、礼儀を弁えてるつもりですよ?これでも商人の端くれですので」

 

 怒ったハルは、非常に怖い。両親でさえ、手がつけられない程に。

 

 「使い魔が主人の傍にいない理由なんて一つしかないでしょう?それも分からないくらい、貴女はバカですか?そんなザルな頭でよく生きてられましたね」

 

 ハルは同年代の子と違って、怒りに我を忘れるなんて事はあまり無い。むしろ顔は笑っているのだ……目は笑っていないが。

 

 「っ!この、言わせておけば!」

 

 「図星を突かれて声を荒げる、三流の悪役そのままですね。あぁ失敬、おばさんは子供をいじめて楽しむ悪女でしたね。僕らは明日四十七層に行かなければならないので、退いてくれませんか?」

 

 加えて相手にほとんどしゃべらせない、淡々とした口調でのマシンガントーク。今回はシリカを女性プレイヤーから引き離すために退くように言ったが、本来はこんなもんじゃない。相手のメンタルをボコボコにするまで延々と、徹底的にやる。

 だが、今回はもう十分だ。

 

 「ハッ!四十七層?思い出の丘にでも行く気?そんな上の層、あんた等で攻略できる筈が―――」

 

 「できるさ。そこまで難易度が高いダンジョンじゃないんでね」

 

 後は、俺がやる。今度は俺がシリカ達の前に立ち、女性の言葉を遮る。すると彼女は俺にターゲットを切り替えてきた。

 

 「ふ~ん、あんたが同行者?見たトコ強そうには見えないけど……体でたらしこまれでもした?」

 

 「っ!」

 

 シリカが小さく息を呑むのが聞こえた。全く、子供相手に何を言ってるんだこの醜女は。

 

 「行こう、二人とも」

 

 こういう相手は無視するに限る。ハルが何か言おうとしていたが、それを遮るように二人の手をとり、強引に宿屋に入っていった。




 クロトは、本作において最初のビーストテイマーとしてアインクラッド中に顔が知られているので、どーしてもここでは表立って出せないのです……

 そのためキリトがメインで動くので、原作とあんまり変わらない気がします……

 原作は大事ですが、ちゃんとオリジナルの展開を入れる……つもりです。


 誤字、脱字、アドバイス等ありましたら、感想にてお願いします。


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十八話 弱音

 今回あんまり進んでません……


 シリカ サイド

 

 夕食を食べ終え、デザートのチーズケーキが届くのを待つ間にふと、あたしは先ほどの赤髪の女性―――ロザリアさんの態度を思い出していた。

 

 「何で、あんな意地悪言うのかな……」

 

 彼女の行動が、あたしには理解できなかった。どうして嫌な気分になる事を平気で言えるのか、分からなくてつい呟いてしまった。

 

 「君は、MMOはSAOが初めて?」

 

 「あ、はい」

 

 あたしの呟きが聞こえたらしく、向かいに座っているキリトさんが確認するように聞いてきた。あたしはオンラインゲームはSAOが初めてなので、頷く。

 

 「そうか……どんなゲームでも、人格が変わる人は多い。中には、進んで悪事を働く人もいるんだ」

 

 「普通のゲームだったら、悪役を気取ったロールプレイって事で許容できたんだけどね……」

 

 キリトさん達はこういったゲームでの事情に詳しいらしく、あたしに説明し始めてくれた。

 

 「俺達のカーソルはグリーン。だけどこの世界で罪を犯せば、オレンジに変わる」

 

 「そういう人達が’オレンジプレイヤー’って呼ばれてるのは分かるよね?」

 

 これはあたしも知ってる事だった……実際にオレンジプレイヤーに会ったことは無いけど。

 

 「そのオレンジの中でもPK―――殺人を犯した奴は、’レッドプレイヤー’と呼ばれるんだ」

 

 「カーソルは同じオレンジだから、一目見ただけじゃ分からないけどね」

 

 「で、でも……人殺しなんて……そんな事したら……」

 

 あたしには信じられなかった。この世界で死ねば、現実でも死ぬ。それが分かっていて他人を殺す人達―――つまり現実での殺人犯と変わらない人達―――がいる事が、怖くなった。

 

 「ああ、このSAOはデスゲームなんだ。レッド連中もそれを知った上でPKを繰り返している……俺はオレンジもレッドも、腹の底が腐ったどうしようもない奴だと思ってるよ……!」

 

 「……兄さん」

 

 キリトさんはマグカップを握る両手に力を込めて、何かを堪えるような表情をしていた。ハル君はそんなキリトさんの腕に触れ、悲しそうな目で見ている。

 

 「あ、ごめん……俺も人の事、言えないのにな……」

 

 暗くなる事言って悪かった、とキリトさんは自虐するように苦笑いをした。あたしにはそれがどこか無理をしているように思えて、ただただ何かしなきゃ!と焦ってしまって―――

 

 「キリトさんはいい人です!あたしを助けてくれたもん!!」

 

 気がついたら身を乗り出して、キリトさんの両手に自分の手を重ねていた。キリトさんは一瞬驚いた顔をしていたけど

 

 「俺が慰められちゃったかな……ありがとう、シリカ」

 

 笑顔を見せてくれた。でもそれは泣き出す寸前のような、笑っているのに悲しそうな影のあるもので、見ているこっちが切なくなって、吸い寄せられたように目が離せなくて―――

 

 「シリカ?」

 

 ハル君に呼ばれて、あたしはここがどこで、自分が何をしてたのか思い出した。そして同時に恥ずかしさがこみ上げてきて!?!?!!!

 

 「ああわわあわわあわ!!?」

 

 「シリカ、顔が赤いけど大丈夫か?」

 

 どどどどうしたのあたし!?急に顔が熱くなってきたし、キリトさんと目が合わせられないし!!

 

 「すすすすみませーん!デザートまだなんですけどぉー!!」

 

 恥ずかしさをごまかすように、いつも以上に大声でNPCのウェイターに催促するのがやっとだった。

 

 「兄さん……また釣っちゃたよ……」

 

 ハル君が何か呟いていたけど、顔の熱が引かないあたしにはよく聞こえなかった。キリトさんはキリトさんで首を傾げていた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 キリト サイド

 

 「なぁハル、シリカはどうして真っ赤になったんだ?」

 

 この世界の感情表現はオーバー気味だ。そのため恥ずかしい思いをすればすぐに赤面、ひどい時は先ほどのシリカのように顔全体が真っ赤になる。

 だが俺は彼女が恥ずかしくなるような事をした覚えが無い。本人に直接聞くのは気が引けるので、借りた二人部屋に入ってからハルに聞いてみた。

 

 「……兄さんって本当に鈍いよね……」

 

 だが返ってきたのは呆れた口調による、よく分からない台詞だった。そのため俺は聞き返してしまう。

 

 「鈍いって……何が?」

 

 「分からないなら分からないでいいよ……兄さんにとって、よくない事だから」

 

 後半はとても小さい声だったので、ほとんど聞こえなかった。

 

 「ハル?今なんて―――」

 

 「それより!クロトさんからダンジョンの情報貰ったの?」

 

 そうだった。四十七層は他の四十台の層に比べて難易度が低いとはいえ、この層よりも危険である事には変わり無い。街に戻る途中でクロトにメッセージを飛ばしたはずだが―――

 

 「お、やっときたか」

 

 ようやくクロトから返信がきた。確認してみると、思い出の丘について書かれていた。ウィンドウを可視化し、ハルと二人で読む。

 

 「mobのステータスは三十層クラスって……弱すぎないか?それに、ボスとか状態異常攻撃を持ったヤツもいないって……」

 

 「でもプレイヤーが近づくまでは擬態してて、索敵に引っかからないって書いてあるよ」

 

 それは困る。索敵スキルが通用しないって事は、エンカウントすれば必ず不意打ちされるって事じゃないか。俺はともかくシリカが不意打ちされたらたまったもんじゃない。十分注意しなければ。

 

 「ん?マップは共通タブに入れたミラージュスフィアで確認してくれ、か……」

 

 ストレージには、特定の人とアイテムを共有するための機能が備わっている。それは個人同士のものから、パーティー、ギルドなど規模は様々だ。

 サチが遺した記録結晶も、生前彼女と作った共通タブに入っていた。彼女の死後そこは全く確認していなかったので、タイマーが機能するその時まで、俺は彼女の遺言に気づけなかったのだ。

 ……あの時の事を思い出すのはやめよう。今はマップの確認が必要だ。

 

 「アイテムをシェアするのって意外と不便だな……もう一つ用意し」

 

 「無駄遣いダメ」

 

 「……はい、我慢します」

 

 ミラージュスフィアは確か……エギルから買ったんだっけ。俺はその時の値段を覚えていないが、ハルが買うのを止めるくらいだから……結構するのかな?いや、なんだかんだでエギルにぼったくられたからか?

 そんな事を考えながら机にミラージュスフィアを置いたところで、俺はある事を思い出す。

 

 「そういえばハル、シリカに武器を」

 

 「会ってすぐに売ったよ。兄さん見てたよね?」

 

 呆れたような声とジト目をされ、俺は何も言えなくなってしまった。……し、仕方ないだろ!?和んじゃったんだし!!

 

 ―――コンコン

 

 ドアからノックが聞こえたのは、少し気まずい空気になった時だった。

 

 「―――キリトさん、今ってお時間よろしいですか?」

 

 「シリカ?ああ、大丈夫だよ」

 

 ドアを開けると、可愛らしいチュニックを着たシリカがいた。……何かモジモジしてるけど。

 

 「どうしたんだ?もしかして、ハルが売った剣が合わなかったのか?」

 

 「い、いえ!そんな事ないです!…そ、その……よ、四十七層の事を聞きたいと思って!!」

 

 ああ、そういう事か。確かに情報無しの状態でダンジョンに挑むのは危険だから、彼女が部屋を訪ねてきたのも頷ける。

 

 「分かったよ。それじゃ、下で話そうか?」

 

 「いえ!貴重な情報を誰かに聞かれたら困りますし、その……」

 

 またシリカがモジモジしだしたけど、言ってる事は間違っていない。情報漏えいを防ぎたいのなら、この部屋で話せばいいだろう。

 

 「なら、部屋で話そうか」

 

 「はい!失礼……しま、す」

 

 ……部屋に招いたはいいものの、緊張のせいかシリカの動きがぎこちない。

 

 「シリカ、大丈夫?」

 

 「う、うん!大丈夫だよ」

 

 こういう時すぐに声をかけてやれるハルがいてくれると本当に助かる。コミュ障の俺じゃ、何て声をかければいいのか分からないからなぁ。

 とりあえず、机に置きっぱなしにしてあるミラージュスフィアを起動させる。

 

 「綺麗……これ何ですか?」

 

 「ミラージュスフィア。平たく言えば、立体映像マップだよ」

 

 表示できる範囲は自分のマップと同じで、これを持って自分でマッピングしたり、他人からマップデータを貰ったりすればいい。俺自身は思い出の丘に行った事は無いが、クロトがマッピングしてあるので表示できる。

 早速四十七層のマップを表示し、シリカへの説明を始める。

 

 「これが四十七層だよ。そしてここが主街区で、思い出の丘は……ここだな。だとすると通る道はこれで……確かこの道で危険な場所は―――」

 

 そこまで言った時、俺にメッセージが届いた。差出人はクロト。内容は

 

 ―――盗聴

 

 とだけあった。それでおおよそを察した俺は、怪訝そうな表情のハルとシリカに静かにするようにジェスチャーをする。そして素早くドアに近づき、開いて―――

 

 「誰だ!」

 

 叫んだ。だが向こうも勘がいいようで、俺が捉えられたのは足音だけだった。俺のステータスなら追いつけるだろうが、二人を置いていくのは気が引ける。

 そして何より、階段付近の窓が開いており、そこにクロトが立っていた。彼は任せろといわんばかりの表情で隠蔽(ハイディング)スキルを発動し、ハル達が廊下に出てくる頃には姿を消していた。肩にヤタがいなかったのは、盗聴者を追跡させているからだろう。……最近ヤタは使い魔の常識に当てはまらないほど活動範囲が広くなったんだっけ。

 

 「な、何だったんですか?」

 

 「聞かれていたんだ」

 

 シリカが不安そうに聞いてきたが、ごまかすのは悪いと思い素直に答える。

 

 「でもノック無しじゃドア越しの音は聞こえない筈じゃ―――」

 

 「聞き耳スキルが高いとその限りじゃないんだよ……そんなの上げてる人は、そうそういないけどね」

 

 中層で活動しているシリカが知らなくても不思議じゃない。そもそも聞き耳スキルはマイナーなスキルで、普段活躍する場面がほぼ無いからだ。そのため攻略組でも聞き耳スキルのメリットを知っている人は少ない。

 だがそれゆえに、オレンジギルドに所属するプレイヤーが情報収集に活用する手段の一つとして使われてしまっている。

 

 「そんな……」

 

 ハルの説明を聞き、彼女は怯えたように体を震わせる。

 

 (きっとプライベートが盗聴されているんじゃないかって思ってるんだろうな……)

 

 「盗聴って言っても、そんな鮮明に聞こえる訳じゃないから、そこまで怯えなくてもいい」

 

 気休め程度とはいえ、効果はあったようだ。シリカの表情が、幾分か安心したものになった。

 

 「ちょっとメッセージ打つから、待っててくれ」

 

 部屋に戻り、二人にそう言って背を向ける。

 メッセージを打つ相手は今回の依頼主―――シルバーフラグスのリーダーだ。

 

 ―――明日には依頼が終わりそうだ、と。

 

 先ほど盗聴してきた奴は十中八九オレンジギルド、タイタンズハンドの一員だろう。ということは、こちらを標的にしたと考えるべきだ。

 タイタンズハンドの主な活動範囲は三十二~四十二層。普通なら四十七層まで上がってくる事はないが、俺達が取りに行く使い魔蘇生アイテムは超がつくレアアイテム……多少のリスクを負ってでも手に入れる価値があるため、総掛かりで奪いに来るだろう。そこを一網打尽にすれば終わる。

 

 (シリカを囮にするようで罪悪感があるけど……背は腹に変えられないし……仕方ない)

 

 メッセージを打ち終わって振り返ると―――シリカが俺のベッドで寝ていた。ハルが軽く揺すって呼びかけているが、目を覚ます様子は微塵も無い。

 

 「いつの間に……」

 

 「気づいた時には……こうなってたよ」

 

 知り合ったばかりの男の部屋で寝るのはどうかと思うが、今日彼女に起こった事を考えると仕方ないとも思える。

 そのためもう一つのベッドにハルと二人で寝る。多少狭く感じるが、我慢できない程では無い。

 

 「ハル?」

 

 だからだろうか?俺がハルの震えに気づけたのは。

 

 「ごめん、兄さん……シリカといたら、木綿季と藍子の事……思い、出して……」

 

 「ハル……」

 

 迂闊だった。俺だって彼女達の事を思い出したのだから、ハルが思い出すのは当然であり、容易に予想できたというのに。

 

 「ごめんな。気づけた筈なのに……俺」

 

 「兄さんは悪くないよ。明日からは大丈夫だから―――」

 

 一旦言葉を切り、俺の胸に額を押し当てて

 

 「―――だから今夜だけ、泣いていい?」

 

 小さな声で、弱音を吐いた。俺が無言で抱きしめて応えると―――

 

 「木綿季……会いたい、よぉ……」

 

 ハルは静かに嗚咽を漏らした。それに対して、俺はただ頭を優しく撫でてやるくらいしか……できなかった。




 誤字、脱字、アドバイス等ありましたら、感想にてお願いします。


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十九話 花を求めて

 シリカ編が終わらなかった……今回で終わらせる予定だったのに……


 そして最近上手く書けなくなってきている気が……


 キリト サイド

 

 翌日、俺達の部屋で眠ってしまったシリカや、俺に泣きついたハルが赤面してパニックを起こして朝から大変だった。

 そんな二人を落ち着かせて、身支度を整えてから四十七層に転移してきた。

 

 「わぁ~」

 

 視界いっぱいに広がった花畑を見たシリカが歓声をあげ、近くの花壇へと走り寄った。

 

 「この層はフラワーガーデンとも呼ばれていて、フロア全体が花で覆われているんだ」

 

 シリカに近付きながら説明する。とはいえ、肝心の彼女が目の前の花達に夢中で聞いていないだろうけど。

 

 「……兄さん、早く行かない?」

 

 ハルが俺の手を握り、思い出の丘に行こうと催促してきた。

 

 (ハルには、バレてるか……)

 

 この層はデートスポットでもある。現に、この転移門前広場でも多くのカップルがそれぞれの世界を作り上げ、それにどっぷりつかっている―――もとい、イチャついているのだ。

 ここにいるのがクラインなら血涙を流して地団太を踏むだろうし、クロトなら適当なカップルに自分とサクラを投影して赤面するだろうけど……俺達は違う。

 ハルの場合、木綿季の体を考えると普通のカップルのようなやりとりはまずできないし、俺の場合、そもそも相手が現れる事自体無いだろう。つまり―――

 

 (届かない理想ってヤツだよな……)

 

 結局のところ、周りが羨ましくて仕方がない。こうしてハルと手を繋いでいなければ何かに当り散らしたいくらいに。

 

 「シリカ、行こう」

 

 「ひゃ、ひゃい!」

 

 なるべく平静を装って、シリカに移動を促したつもりだが……驚かせてしまっただろうか?彼女の動きがぎこちないし、顔も赤い。周りの空気にあてられたのだろうか?

 

 「大丈夫か?」

 

 「だだ、大丈夫です!」

 

 うーん、やっぱりシリカの動きが不自然だ。早くここから離れた方がよさそうだな。

 

 「じゃ、行こう」

 

 「あっ……はい」

 

 手を握った瞬間こそ驚いたものの、シリカは大人しく手を引かれるままについてきた。

 

 (ハルと合わせると弟妹を連れた兄……ってところか?)

 

 フィールドに出るまでの道中、カップル達から向けられた生暖かい視線が、答えのような気がした。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「キ、キリトさん助けて!見ないで助けてぇぇぇ!」

 

 「ゴメン、それは無理……」

 

 フィールドに出てしばらく歩いてたところ、シリカがmobから不意打ちを喰らってしまった。と言っても、ツタで両足を掴まれて逆さで宙吊りにされただけ……

 だが俺達は彼女を助ける事ができない。何故なら―――彼女がスカートを履いているからだ。

 

 「僕達は後ろ向いてるから自分で何とかして!」

 

 スカートで逆さ……後は、察してくれ……とにかく今シリカの方を向いたら、見てはいけないものを見てしまうのは確実だ。そのため俺達にできるのは、後ろを向いてシリカを見ないようにする事だけだ。

 幸い敵は一体だし、シリカの声を聞く限り、宙吊りにしただけで何もしていない。その証拠に、視界の左上に表示された彼女のHPバーは減少していない。

 

 「こん、の!いい加減に、しろ!!」

 

 シリカが珍しく荒っぽい口調で叫ぶ声の後に、ソードスキルのサウンドエフェクトが聞こえ、間をおかずに破砕音が響いた。そして最後に何かが着地した音が聞こえて……その十数秒後に、俺とハルはゆっくりと振り返った。

 

 「……見ました?」

 

 「「見てない」」

 

 何を、とは聞いてこなかったが、それくらいは分かる。そのためハルと共に即答したが、シリカは赤面したままで……しばらく気まずい空気の中で進むしかなかった。

 

 「うぅ……今はメイスじゃなくて剣が欲しいよ……」

 

 気まずい空気が少しずつ無くなり、雑談ができるようになった頃、ハルが珍しく愚痴をこぼした。

 

 「確かに、打撃武器は相性が良くないからなぁ」

 

 「……違うよ」

 

 「へ?」

 

 ハルは拗ねたようにそっぽを向いてしまった。シリカを見ると首を横に振っており、ハルが何を言いたいのか分からないみたいだ。俺も分からないので考えをめぐらせているが、武器の相性以外に思いつくものは無かった

 

 「ハル君、何が違うの?」

 

 「二人はああいうmobを殴った事ある?」

 

 シリカが聞いたようだが、ハルは質問で返す。

 

 (ん?殴った事??)

 

 何かが俺の頭に引っかかったが、答えにたどり着く前にハルが爆発した。

 

 「グチャってするんだよ!殴る度に中途半端に軟らかくて気持ち悪い感触が手に伝わってくるんだよ!?そっちはスパっていくから分からないだろうけどさ!」

 

 もうヤダー!と喚くハルには普段の大人しさはかけらも無く、駄々をこねる子供にしか見えない。隣でシリカがオロオロしているが

 

 (あ、今のハルって何か木綿季っぽいな)

 

 俺は一人、そんな事を思いながら和んでいた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「―――キリトさん、妹さんのこと聞いてもいいですか?」

 

 「え?」

 

 思い出の丘を半ばまで進んだところで、シリカがそう聞いてきた。

 

 「リアルの事を聞くのはマナー違反ですけど……あたしに似てるって言ってたじゃないですか。だから…その、気になって」

 

 SAOは曲がりなりにもネットゲーム。だからリアルの事を聞くのは一種のマナー違反と言える。

 だが、さして困る事でもないので―――

 

 「仲は……そんなに悪くなかったよ」

 

 俺はスグの事を話すことにした。ハルもシリカも、口を挟む事無く聞きに徹してくれているので、思いのほか話しやすい。

 

 「妹って言っても、本当は従妹なんだ。いろいろあって本当の兄妹みたいに育てられたんだけど、そこら辺は割愛させてもらうよ」

 

 俺達が桐ヶ谷家に引き取られた経緯は、そう軽々しく言えるものでもないので適当に濁す。

 

 「ある事がきっかけで引きこもりがちだった俺を、呆れもせずにずっと世話を焼いてくれたんだ。もしあいつがいなかったら、今頃碌に人と話せなかったかもな……」

 

 あの時の俺は、両親の死が脳裏に焼きついていたため人と話すのが怖かった。そんな俺の隣で、スグは俺が少しでも話しやすくなるように気遣ってくれた。それなのに俺は―――

 

 「ずっと迷惑掛け続けて、何も返せてないまま……俺はSAO(ここ)に来てしまったんだ」

 

 俺はさらに迷惑を掛けている。現実世界(向こう)でスグはどうしているだろうか?まだ俺を思ってくれているだろうか?それとももう呆れているのだろうか?スグの事を思い出す度にそんな考えが頭を埋め尽くす。そして何もしてやれなかった後悔が胸を刺す。

 

 「君を助けようとしているのは、妹に何も返せなかった事に対する代償行為なんだろうな……ゴメンな、シリカ」

 

 何の関係も無いシリカを助けて、スグに何かしてやった気になろうとしている自分に嫌気がさす。そんな事しても、無意味だというのに……

 

 「きっと妹さん、キリトさんが大好きなんですよ」

 

 俯いた俺の顔を覗き込むようにしながら、シリカはそう言った。突然の事で俺もハルも呆然としてしまうが、彼女は続けた。

 

 「上手く言えませんけど、その……なんとなく、妹さんの気持ちが分かる気がするんです」

 

 「……シリカも兄さんや姉さんがいたりするの?」

 

 ハルがもっともな疑問を口にした。確かに彼女が’妹’であれば、スグに共感できるところがあるかもしれない―――

 

 「ううん、一人っ子だよ」

 

 「へ?じゃあ何で……分かる気がするの?」

 

 兄や姉がいるならともかく、そうではないシリカが何故スグの気持ちが分かるのかが、俺達にはよく分からない。そのため俺は、ハルの疑問に重ねてシリカに聞いてみた。

 

 「だって、好きでもない人のために世話を焼くなんて普通はしませんよ。それに……好きな人や大切な人に笑っていてほしい、そのために何かしたいって思うのは当たり前ですよ?」

 

 彼女は曇りの無い笑顔で、そう答えてくれた。しばらく呆気にとられていたが、やがて彼女の言葉の意味が伝わってきた。そしてそれと同時に、俺の心が幾らか軽くなった。

 

 「また慰められちゃったな……でも、ありがとう。お陰で大分楽になったよ」

 

 シリカにお礼を言うと、何故か彼女は顔を赤くして背を向け

 

 「とととにかく行きましょう!」

 

 と一人歩き始めてしまった。それにつられて俺も歩き出すが、

 

 「……本当に兄さんはタラシなんだから……」

 

 何故か後ろからハルの呆れた声が聞こえた。何を言っていたのかまでは聞こえなかったが、俺が何か悪い事をしたのだろうか?解せぬ……

 

 ~~~~~~~~~~

 

 その後も何度かmobとエンカウントしたが、HPがイエローゾーンに落ちる事は無かった。加えてシリカのレベルが一つ上がるなど順調だった。まあ、エンカウントする度に何故かシリカがダメージのほとんど無い不意打ちを受けていたのだが。

 

 「うう……何であたしばっかり……」

 

 「ほら元気出して。もうすぐだからさ」

 

 気が滅入っている彼女を、ハルが励ました。実際ゴールは目前で、もう一頑張りしてほしいというのが本音だ。

 

 「顔を上げてごらん。あの台座に、蘇生アイテムがあるはずだから」

 

 俺は右手でシリカの頭を撫でながら、左手で台座を指差す。すると彼女はハッとしたように顔を上げ、台座を見た途端走り出した。本来は危険だが、台座の周辺ではmobがポップする事は無いので大丈夫だ。

 

 「うわぁ……」

 

 シリカが台座に近づいた途端、そのてっぺんから芽が出て、早送りのようにすくすくと生長していくのが見えた。そして俺達が台座に着いたのと同時に花が咲いた。

 

 「綺麗……」

 

 「そうだね。ほら、手にとって」

 

 シリカは蘇生アイテムである’プネウマの花’に見惚れていたが、ハルに促されて恐る恐る手にとった。

 

 「これで、ピナが生き返るんですよね?」

 

 「ああ。でも、圏外じゃ何が起こるか分からない。だから安全な街に戻るまで、生き返らせるのは我慢してくれ」

 

 蘇生してまた死んだ、なんて事になったらシリカへのダメージは計り知れない。それにこの後に依頼をこなさなければならないので、できるだけ彼女へのショックを少なくしておきたかった。

 昨日出会ったばかりの俺達を信じてくれたシリカを騙して囮として利用するような事に罪悪感を覚えるが、それでもやらなければならない。

 

 ―――キリトさんはいい人です

 

 昨日の彼女の言葉が思い起こされ、罪悪感がより一層強くなる。

 

 (でも……絶対に守ってみせる……!)

 

 もうサチ達のような事は起こさせない。そんな決意を胸に、俺達は帰路についた。




 なんとか五月中に投稿できた……


 次こそはシリカ編を終わらせたいです。


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二十話 タイタンズハンド捕縛

お久しぶりです。今回でシリカ編完結です!


 キリト サイド

 

 (オレンジが九人、グリーンが二人か……少し離れたところにいるグリーンとイエローはクロトとヤタだな)

 

 プネウマの花を手に入れた俺達は、思い出の丘から主街区へと歩いていた。来た道を引き返すだけなので道に迷う事は無かったし、来るときに撃破したmobがリポップする事も無かった。

 だが主街区近くの桟橋に差し掛かったとき、俺の索敵スキルにプレイヤーがヒットしたのだ。全員隠れているが、攻略組でもトップクラスの熟練度を誇る俺の索敵スキルの警戒網をすり抜ける事は不可能だった。

 

 (これでシリカには怖がられるかもな……)

 

 シリカは今までの戦闘で、俺が高レベルのプレイヤーだと感づいているはずだ。だが、まさか俺が攻略組だとは思っていないだろう。加えて、これからオレンジギルド―――タイタンズハンドを捕まえるための囮にしてしまったのだ。事実を知ったとき、彼女が受けるだろうショックの大きさを考えると、怖がられたり嫌われたりしても仕方が無いと思う。

 だが、敵はもう目の前にいる。わざわざ向こうの奇襲を受けるつもりは無いので、俺はハルとシリカの肩に手を置き

 

 「そこで隠れてるヤツ、出て来いよ!」

 

 声を張り上げた。すると意外なほどアッサリと、一人のプレイヤーが姿を現した。

 

  「ロ、ロザリアさん!?何でここに……?」

 

 出てきたのはロザリアだった。だが彼女は特に焦った様な表情ではなく、気持ち悪さを感じさせるくらいにこやかな笑顔でしゃべり始めた。

 

 「アタシの隠蔽(ハイディング)を見破るなんて、中々高い索敵スキルね剣士サン。ちょっと侮ってたかしら?」

 

 「他人に自慢できるくらいの熟練度はあるんでね、残りのヤツ等もバレてるぜ」

 

 すると彼女は気にした様子も無く、右手を掲げる。それを合図に残りのメンバーがぞろぞろと現れた。

 

 「何が……どうなってるの……?」

 

 状況を飲み込めていないシリカが、怯えたように数歩後ずさりする。

 

 「大丈夫だよ」

 

 そんな彼女の手を握り、ハルが安心させるように笑いかけた。

 

 「簡単な事よ。アンタがさっき手に入れたプネウマの花をくれるってんなら、見逃してあげなくも無いって話」

 

 ロザリアの貼り付けたような笑みに、嫌悪感しかしない。シリカに状況を分からせる為にも、声を張り上げる。

 

 「そう言って俺達全員殺すつもりなんだろ?オレンジギルド、タイタンズハンドのリーダー!」

 

 「ま、待ってくださいキリトさん!ロザリアさんはグリーンですよ!?」

 

 信じたくない、という風にシリカが食いついてきた。彼女にとって残酷かもしれないが、教えておかなくてはまた被害に遭う。

 

 「オレンジギルドって言っても、全員がオレンジじゃあ無いんだ。グリーンが得物を見繕い、オレンジの所まで誘導し、一気に襲う……最近の常套手段さ」

 

 「そんな……!?じゃあ」

 

 シリカは目を見開き、ロザリアを見る。向こうにも聞こえていたようで、続きは勝手に引き継いでくれた。

 

 「えぇ、獲物を分析しながら美味しくなるのを待ってたの。本当は今日にでもやっちゃうつもりだったんだけど、一番の目玉のアンタが弱っちい剣士とレアアイテム取りにいくって言うじゃない?」

 

 そこまで言ったロザリアは、獲物を前に舌なめずりする捕食者のような歪んだ顔をしていた。

 

 (反吐が出る……!)

 

 彼女の言葉を聞きながら思ったのは、それだけだった。本当に、醜い。そして向こうはまだ続けている。

 

 「だからこうして総出でお出迎えってワケ。分かったらさっさと持ち物全部よこしな!!」

 

 「っ!」

 

 ロザリアが現した本性に、シリカが怯えた。今まで明確な悪意に晒された事が無かったのだろう。俺はシリカを後ろに隠すようにしながら、数歩進み出た。

 

 「あんたらの要求に従う気は無い」

 

 そう言ってデボルポポルを引き抜き、タイタンズハンドの方へ歩いていく。向こうは自分達の勝利を確信しており、悠長に待ってくれた。

 

 「アッハハハ!ノコノコ殺されに来るなんてホントバカね!やっちまいな!!」

 

 ロザリアの号令を合図に、オレンジプレイヤーが俺をソードスキルで代わる代わる袋叩きにしてきた。HPバーを見ると、向こうの与ダメージはバトルヒーリングでの回復よりも少ない。彼らが俺を殺すのは不可能だと分かったが、全身を攻撃されるのはあまり気分がよくない。

 

 「オラァ!」

 

 「キリトさん!!」

 

 「死ねやぁ!」

 

 オレンジたちの叫びに混じって、シリカの悲鳴が聞こえた。彼女からすれば、俺がしていることは自殺行為に等しい。

 だが、これでいい。やつ等を大人しくさせるには、これが一番手っ取り早いのだから。……一応、目をやられないようにさりげなく頭を動かしているが。

 

 「はぁ……はぁ……いったいどうなってやがる!?」

 

 「何で死なねぇんだ!」

 

 オレンジ達がようやく気づき、攻撃の手が一旦止まる。確かに向こうからしたら不思議だろう。一分近くタコ殴りにしているのに、死なないと言うのは。ロザリアが部下達に発破をかけているようだが、今度はこっちの番だ。

 

 「十秒あたり四〇〇程度……それがお前達が俺に与えるダメージの総量だ」

 

 「んなっ!?」

 

 向こうが驚いているのも当たり前だろう。殺すつもりで攻撃したのに、相手は死なない上に悠長に自分達の与ダメージを計算していたのだから。

 

 「俺のレベルは八十、HPは一五〇〇〇オーバーだ。そしてバトルヒーリングスキルによって十秒につき六〇〇の回復がある……何時間攻撃しても、俺は殺せないよ」

 

 今度こそ、ロザリアを含めたタイタンズハンド全員が驚愕の表情を浮かべていた。さらに俺は畳み掛ける。

 

 「あんた等もゲーマーなら分かるだろ?低レベルプレイヤーがどれだけ束になっても、高レベルプレイヤーにはなすすべも無く蹴散らされるレベル製MMOゲームの理不尽さを!ここもそういう理不尽がまかり通る世界なんだ!」

 

 獲物だと思っていた相手が、自分達の手には負えない化物だった事にようやく気づいた彼らは、ただただ俺に怯える事しかできないでいた。

 

 (もう、終わらせよう)

 

 そう思った時、ロザリアが転移結晶を取り出した。

 

 「てん―――」

 

 だが彼女が使用するよりも先に、黒い何かがその手から転移結晶を奪い取った。

 

 「―――い?」

 

 ロザリアは何が起きたのか分からす、呆然とした顔で自分の手を見ていた。

 

 「ラッキー。タダで転移結晶ゲット~」

 

 突然、場違いなほどに明るい声がロザリアの背後から聞こえ、全員がそちらに注目した。そこには暗い色のズボンとハーフコートを纏い、首に漆黒のマフラーを巻いた、中性的な顔の少年がいた。その左肩には、使い魔である三つ足のカラスがとまっている。

 

 「クロト……雰囲気ぶち壊しじゃないか?」

 

 「細かい事は気にすんなよ相棒。転移結晶のストック増えたんだしさ」

 

 そうは言うが、二本の足で彼の肩にとまりながらも中央の足で転移結晶を掴んだまま、餌を貰ってるカラス―――ヤタはとても浮いていた。

 

 「三つ足のカラス……黒いマフラー……何よりあの顔は!」

 

 「ゆ、遊撃手!」

 

 「じゃあこっちは……黒の剣士!?」

 

 「たった二人で最前線に潜ってるビーター共だ!!」

 

 やっと俺達の正体に気づいたようだ。でもクロトとセットでようやく気づかれる程度の知名度しかないのは、ゲーマーとしてはちょっと悔しかったりする……その分下層でも活動しやすいから別にいいけどさ。

 

 「俺達二人に勝てないって分かった所で、大人しくしてもらおうか!」

 

 注目を集めるために大声を出しながら、ポーチから回廊結晶を取り出す。

 

 「こいつの出口は監獄エリアに設定してある。お前ら全員そこで軍の厄介になってもらう!」

 

 正体がバレた以上、遠慮は要らない。悪のビーターらしくニヤリと口の端を吊り上げながら、ロザリア達を見回す。だが、まだ心が折れていない者もいた。

 

 「もし、イヤだって言ったら―――」

 

 そいつが言葉を言い切る前に、地面に崩れ落ちる。その後ろには、不気味な色の粘液がついた短剣を握ったクロトが立っていた。

 

 「そん時はこうして抑えて荷物みてぇに放り込んでやるよ」

 

 その時になってようやく彼らは、牢獄へ入る以外の未来がない事を悟った。多くは絶望し、抵抗の意志が消えたが、恐慌状態に陥った一人が喚きだした。

 

 「何でだよ!なんでこんなトコにビーター共がいるんだよ!お前ら攻略組だろ!最前線でずっとアホみたく戦ってりゃいいだろ!何警察みてーな事してんだよ!!」

 

 この世界で歪んでしまった、あまりにも身勝手な叫び。本来なら取り合う事は無いのだが―――

 

 「―――うるせぇよ」

 

 「ひっ!」

 

 喚くプレイヤーの目の前に移動し、剣を突きつける。それだけでそいつは陸に上がった魚みたいに口をパクパクさせる事しかできなくなった。

 

 「アホみたく戦ってりゃいい、だと?理由は何であれ、攻略組は命がけで戦ってるんだ。その姿勢を冒涜する権利は誰にも無い!」

 

 脳裏によぎるのは、身を粉にしながら戦い続ける一人の少女。トップギルドの指揮をとりながらも自ら剣を握り、光のような剣技と共に最前線を突き進む彼女を誰が批難できようか。

 

 「あーもう、とっととコリドー開けよキリト。こいつら放り込むから」

 

 「ああ……コリドー、オープン!」

 

 左手に握っていた回廊結晶が砕け、青く光る転移ゲートが開かれる。するとそこに次々とタイタンズハンドのメンバーが放り込まれていく。ちょっと雑な投げ方(喚いていたヤツは蹴り飛ばされていた)をしているあたり、クロトも頭に来ているようだ。

 程なくロザリアだけが残された状況になった。だが彼女も現在クロトに襟首をつかまれてゲートへと引きずられている。

 彼女がグリーンである事が何の意味もなさないというのは、先ほど別のグリーンを放り込んでもクロトがオレンジにならない事で証明された。俺達と彼女ではレベル差による高い壁が存在しており、ハラスメントコードが起動しないように気をつければ強引に移動させるのは簡単だった。

 

 「ねぇ!やめてよ!ほら、アタシと組まない!?あんた等がいればどんなヤツにも勝てそうだし、イイコトだって沢山してあげても―――」

 

 ロザリアの喚きを聞いているうちにどんどん熱が冷めていく。

 

 (利己と保身だらけ……やっぱり人間は醜い)

 

 俺が彼女から感じた事は、それだけだ。先ほど脳裏をよぎった少女だって、本当は醜い……いや、平然とそう思える自分自身が何よりも醜い。彼女は違う、あんな綺麗な剣筋を持った彼女は醜くなんてないと、そう信じたい。

 

 「因果応報ってヤツだ。諦めな、ババア」

 

 その言葉と共に、クロトは躊躇い無くロザリアをゲートに投げ込んだ。そして彼女が入った数秒後に、ゲートが閉じた。後はメッセージで依頼主に報告すれば、依頼達成だ。だが―――

 

 「ハル、シリカ……ゴメン、怖い思いさせて」

 

 橋で一部始終を見ていた二人に近づき、頭を下げた。

 何も知らないまま巻き込んでしまったシリカと、本来ならここに来る必要の無かったハル。この二人には、どうしても謝りたかった。他人からの悪意に慣れていない二人にとって、今回の事は恐怖以外の何物でもなかっただろう。

 

 (こうなる事は解ってた筈だろ…………何だ、一番醜いのは俺じゃないか……)

 

 再び自己嫌悪に陥っていると、シリカが声をかけてきた。

 

 「あの……キリトさん、その……」

 

 だがその声は震えており、ますます後悔が強くなる。

 

 「あ、足が竦んで、動けなくて……手……引いてくれませんか?」

 

 何故か頬を赤く染めながら、俺に手を伸ばすシリカ。俺はどうすればいいか解らず、硬直してしまった。

 

 「こういう時は素直に手を取るべきだよ、兄さん」

 

 見かねたのか、そう言ったハルが苦笑交じりに俺の手とシリカの手を繋がせてくれた。

 

 「これでシリカも歩けるでしょ?後はピナを呼び戻せば万事解決だよ!」

 

 本当にハルには敵わない。さっきまでの重い空気が嘘のように消え、シリカは何事も無かったかのように穏やかに笑う事ができた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

「本当に、行っちゃうんですか?」

 

 「ああ、大分前線から離れちゃったからな……明日には戻らないと」

 

 攻略組の中ではただでさえ肩身が狭いのだ。このままサボり続けたら、ボス戦から除外されたりKOB副団長様から絶対零度の視線でお説教されたりする未来しか見えない。……まあそれ以外にも最前線に挑み続ける理由はあるのだが。

 タイタンズハンドを牢獄へ送った後、俺達は三十五層主街区にある宿屋の、シリカの部屋にいた。ここに戻るまでの間、彼女はクロトとビーストテイマー同士という事もあり、あっさり打ち解けて……いや、ヤタに対してシリカが随分興奮していたんだっけ。

 だが俺達が前線に戻らなくてはならないと告げたとき、シリカは悲しそうな顔をしてしまった。そしてそれは夕方になった今もそうであって、どう慰めればいいのか俺には解らなかった。

 

 「こ、攻略組なんてすごいですよね!あたしだったら、何年たっても追いつけっこないですよ!」

 

 シリカが空元気で自分の感情を押さえ込もうとしているのが解る。だけど俺には、今彼女が一番望んでいる言葉が解らない。だから―――

 

 「レベルなんてただの数字だよ。そんなものただの幻想さ」

 

 彼女が望むものでは無いかもしれないけれど、俺の、俺なりの言葉を伝える。

 

 「その幻想の強さに溺れる事無く、自分らしく生きる事の方が大切さ……シリカ、君は俺達ビーターを怖がりもせず、偏見すら持たずに接してくれた。その純真さは、何よりも誇れるものだよ」

 

 彼女はしばしポカーンとしていたが、俺の言葉の意味が伝わったようで

 

 「キリトさんはいい人だから、怖がったりしません」

 

 ―――穏やかな笑みを浮かべて、そう言ってくれた。

 

 (額の傷跡(これ)を見ても、そう言ってくれる……訳ないよな)

 

 無意識に、左手がバンダナ越しに傷跡に触れていた。俺自身が受け入れられないものを、他人が受け入れられるはずがない。きっとシリカも、傷跡を見たら離れていくだろう……彼女達のように。

 

 「だから……その、えっと……」

 

 モジモジしながら続けようとするシリカ。さっきまで普通だったのに、今度はどうしたのだろうか?何か言おうとする必死さは伝わるのだが―――

 

 「お~い、さっきから一生の別れみたく見えるぞ」

 

 ―――クロトがぶち壊した。だが同時にシリカが何を望んでいるのかがなんとなく解った気がしたので、特に文句は出てこなかった。

 

 「確かに連絡先知らないと再会は難しいからな……これでいいか?」

 

 メニューを操作し、シリカにフレンド申請を送る。後は彼女が受諾すれば互いの居場所が分かるようになるし、メッセージのやり取りもできる。

 

 「はい、ありがとうございます!」

 

 シリカは笑顔で、俺のフレンド申請を受諾してくれた。

 

 「さ、早くピナを呼び戻そう」

 

 俺がそう言うと、シリカは嬉しそうな顔でピナの心とプネウマの花をオブジェクト化する。

 

 「使い魔はフェザーリドラだったか?」

 

 「はい!ヤタよりもふわふわな毛並みで可愛いですよ」

 

 ヤタの毛ってそれなりに柔らかいけど、見た目は硬そうだからな……前に触った事あるけど、不思議な感じだったっけ。比べられたヤタは、拗ねたようにそっぽを向いて鳴き、場を和ませる。

 

 「後で僕ともフレンド登録してくれない?同年代の知り合いが全然いなくて……」

 

 「それ、あたしもなんだ……」

 

 確かにハルくらいの年齢のプレイヤーはとても少ないからなぁ……今までクラインやエギルだと通じにくかった話も、同じくらいの年齢のシリカとなら共有できそうだ。

 

 「―――それじゃ、いきます!」

 

 やや緊張気味な掛け声と共に、ピナの心にプネウマの花の雫を振り掛けるシリカ。雫を掛けられたピナの心は温かな光を放ち、それに照らされたみんなの顔は穏やかな笑みを浮かべていた。




 ヤタのスペック

 強奪スキル

 圏外で結晶やポーションなどの片手で持てる小さなアイテムを盗む事が可能。クロト本人が盗むわけでは無いので、カーソルがオレンジになる事がない。


 索敵スキル

 肩に止まっている間は、クロトに高い索敵スキルやそのmod(暗視などの分岐スキル)を付与し、敵が近づいたときに警告する。


 攻撃能力

 嘴で突っつく。攻撃力は無いに等しく、ヘイトを稼ぐ事もできない。ただしクロト曰く結構痛いらしい……




 ヤタについてざっくりとまとめたのですが……これってチートでしょうか?そこが不安です。



 誤字、脱字、アドバイス等ありましたら、感想にてお願いします。


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二十一話 衝突

 前の話の投稿が遅れたのは、こっちの執筆に夢中になって投稿し忘れていたからです……本当にごめんなさい!!

 今回はいつもより長くなりました。


 クロト サイド

 

 二〇二四年 三月某日 第五十六層

 

 

 「―――フィールドボスを、付近の圏外村へ誘い込みます!」

 

 ダンッ!と音を立ててテーブルを叩きながらそう言ったのは、今回のボス戦の指揮官にして血盟騎士団副団長の少女、アスナであった。

 彼女が着ているのは白を基調とし、縁が紅く彩られた騎士服であり、その美貌と相まって高潔な印象を与える。だが今の彼女の表情は硬く、言葉には有無を言わせぬ気迫があった。その証拠に、先ほど彼女が出した作戦に対して誰も何も言わない。

 この状況で声を出せばたちまちアスナは絶対零度の視線を向けてくるだろうし、何よりも一人この場から浮いてしまう。人間、集団の空気には中々逆らえないものだ。そんな事ができるヤツがいるとすれば―――

 

 「ちょっと待ってくれ!」

 

 キリトくらいだろう。オレ自身、アスナの作戦には問題点があると思うのだが……明確にこれといった代案が浮かばなかったので、今回は大人しくしておこうという心算だったんだけど……

 

 (はぁ……こりゃまた荒れるなぁ……)

 

 コッソリため息をつきながら、チラリとアスナの隣で彼女の補佐をしているサクラを見ると、オレと同じようにため息をついていた。お互い苦労するよな。

 

 「そんな作戦じゃ、村の人達が犠牲になる!」

 

 「もとよりそのつもりです。ボスがNPCを襲っている間に包囲、撃破します」

 

 キリトとアスナがこうやって会議で言い合いになるのはよくある事だ。現状で最も安全かつ効率的な作戦を立てるアスナは同年代としては素直に感心できるが、先を急ぎすぎるあまり、感情を度外視した作戦も躊躇い無く提案するのが玉に瑕だ。

 

 「NPCは木やただのオブジェクトとは違う!彼らは―――」

 

 「―――生きている、とでも?」

 

 逆にキリトは多少効率が落ちても人としての道を踏み外す事が無い作戦を目指す……ちょっと感情を優先しすぎな時もたまにあるので、一概にどっちが正しいとかは言えない。現にアスナに突っぱねられて何も言えなくなっている

 

 (って、村の人達?……確かあの村が見つかったのが昨日の昼前で、ボスを発見したのがその一時間ほど後だったな。偵察戦が夕方前に終わったってサクラがメッセくれたし…、その時オレ達は下の層でレベリングしてたし……)

 

 そこまで考えた時、オレはある事に気づいた。それを指摘すれば、もしかしたらアスナも考えを改める……まではいかなくとも、作戦の延期くらいはしてくれるかもしれない。

 

 「アレはただのオブジェクトです。殺されても、次の日にはリポップします」

 

 だから何も問題は無い、と言外に言い切るアスナ。周りの連中も、乗り気じゃないけど代案が浮かばないから反対しないヤツと何の疑問も挟まずに同意するヤツの二種類に分かれている。ちなみにサクラやクライン、エギルらは前者だ。

 確かにアスナの作戦が最良だってのは解る……’現在は’とつくが。

 

 「ちょっといいか?」

 

 「……何?」

 

 さっきまでキリトに向けていた視線をこちらへ向け、少々うっとうしそうにオレを睨むアスナ。キリトみたいな頑丈なメンタルを持ってるわけではないので、表情が引きつっていない事を祈りながら話を進める。

 

 「アンタ、自分を基準に考えすぎだぜ?」

 

 「何が言いたいの?」

 

 視線がさらにきつくなるが、そこまで気にならなくなった。人間、スタートさえ切れれば後は勢いとかで何とかできるものだ。

 

 「NPCの死亡エフェクトはプレイヤーのそれとソックリ。目の前でそれを繰り返されて、全員アンタみたいに冷静なままでいられるワケねぇだろ。―――なあ、チキンタンクのシュミットさんよぉ?」

 

 後半は思いっきりふてぶてしい表情をつくりながら言ってやった。突然話をふられたシュミットは青い顔をして動揺していたが、やがて無理だと答えた。

 一人目が出ればそれに便乗して、自分も無理だと言うヤツがちらほら出てくる。数としてはそこまで多くないが、この全員が戦闘中に平静を保てなくなればレイドが立ち行かなくなるほどだった。

 

 「な?アンタほど肝が据わってるヤツばかりじゃないんだよ」

 

 「なら代案を出してください!」

 

 苛立たしげに声を荒げるアスナ。その横でサクラが止めようとしているが、アスナには届かずオロオロしてしまう。キリトもここまでアスナを刺激するつもりは無かったらしく、

 

 「何やってんだよ……」

 

 呆れ声で、ボソリと呟いてきた。オレはそれを無視して、先ほど気づいた事を指摘する。

 

 「代案出せって言うけどさ、囮にする村の調査って終わってんのか?」

 

 「どういう事です?」

 

 意味が解らないといわんばかりにアスナが聞き返してくる。だから先を急ぎすぎなんだって。

 

 「今回ボスと村が近すぎだ。ゲームならこういう場合、村にキークエストがある事が多い。アンタ等そこら辺調べきったのかって聞いてんだよ」

 

 「ッ!そ、それは……」

 

 常に先へ進む事を考えていたからこそ、アスナは見落としていたようだ。加えて彼女はゲーム初心者である。だからゲーム内での’お約束’になっている展開が読めない。

 このSAOはデスゲームだが、意外にもその’お約束’はきちんと守られている。

 

 「オレとしちゃ、ボス戦は村を調べ終えてからでも遅くないと思うんだが?」

 

 「フロアボスならともかく、フィールドボスにそんな悠長な事言ってられません!」

 

 ……どうしよう、全く折れなかった場合を考えてなかった。頭の切れる彼女なら、一考の余地はあると思ってくれると予想していたのに……

 

 「俺はクロトに賛成だ。キークエストを発見、クリアできればより安全にボスに挑めるからな」

 

 キリトが真っ先に賛成してくれた。それをきっかけに、風林火山のような少数精鋭ギルドやソロ、少人数パーティーのプレイヤー達がオレの提案に賛成してくれた。

 だが、DDAやKOBといった大手ギルドはアスナの作戦を支持。完全に対立してしまった。

 

 (やべ……こんな真っ二つに分かれるなんて思ってなかったぞ……)

 

 元々先を急ぎ気味なアスナに、少し考えを改めてもらうというか、作戦を決行する前にやるべき事がまだあるんじゃないかって気づかせるつもりだったのだ。しかしそれが会議を二分する原因になるなんて、思ってもいなかった。

 互いに一触即発な空気になったところで―――

 

 「だったら互いの代表者によるデュエルで決めませんか?勝った方の意見を通すということで」

 

 サクラが、そう提案してくれた。……マジで助かった。このまま険悪な空気が続いたら、これから先の攻略に響くし。

 

 「なら、こちらからは私が出ます」

 

 まずアスナが名乗りをあげた。これについて大手ギルド側は何の異議もでてこないが、当然といえば当然だろう。

 アスナは指揮を執る事が多いが、決してお飾りなどではない。彼女自身、攻略組でもトップクラスのレベルと剣技を兼ね備えた一流の剣士なのだ。さらにその剣筋は目で追う事が叶わないほどに速く、閃光の二つ名で呼ばれるほど。

 大ギルド側としては最も勝率が高い人物を選んできたのは解るが……相手であるこっちとしては最もやっかいな人選だ。さて、こちら側は誰を代表にするか……

 

 「―――俺がやる」

 

 キリトが、有無を言わせぬ口調で宣言する。確かに、彼女の速度に反応できるのはキリトくらいだ。みなそれを解っているからこそ、こちらも誰も反対しない。

 

 「頼むぜ、相棒」

 

 「ああ」

 

 軽く拳をぶつけあう。後は彼を信じて何も言わないでおく。

 

 「デュエルは今から三十分後、この街の広場で。それまでは一時解散です」

 

 アスナがそう告げ、準備のためか足早に去っていく。その背を見つめるキリトは、心なしか高揚しているようだった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 キリト サイド

 

 三十分後、準備を終えた俺とアスナは街の広場で互いに剣を構えていた。周りには会議に参加していたプレイヤー以外にも、今回の対決を聞きつけた野次馬がギャラリーとして多数集まっていた。

 デュエルは初撃決着モードで、申請および受諾は先ほど行った。カウントは残り三十。

 

 (こうして剣を交えるのは、初めてだな……)

 

 思い返せば、アスナと協力した事はあれどクロトの様にデュエルした事は無かった。彼女の成長を見ていても、それをこの身で確かめようとは思わなかったのだ。

 彼女―――アスナの剣は、攻略の為に振るわれるものであって、俺のようなビーター相手に振るわれるものではないからだ。

 

 ―――カウントは残り十五。

 

 感傷に浸るのをやめ、神経を研ぎ澄ます。アスナは中段に剣を構え、通常攻撃とソードスキルのどちらにも移れる体勢だ。彼女の武器は細剣なので、メインの攻撃は突きだと予想できる。だが、今の構えからこちらの何処を狙ってくるかまでは予測できない。

 

 (小細工は、通用しないだろうな)

 

 アスナには正面から挑むしかない。そのため俺も普段どおりの構えを取る。

 

 ―――カウントは残り五。

 

 いつの間にかギャラリーの声が聞こえなくなり、俺はアスナしか見ていなかった。やがてカウントがゼロになり―――

 

 「―――ふっ!」

 

 「ッ!」

 

 アスナが先に動いた。ソードスキルではない通常攻撃だったが、予想以上に速い。クリティカルポイントに設定されている心臓を正確に狙った刺突をなんとかパリィするが、左腕に掠る。だが―――

 

 (……?)

 

 彼女の剣に、違和感があった気がした。

 

 「はぁっ!」

 

 素早く剣を引き戻したアスナが、俺に反撃の隙を与える事無く追撃する。そのためさっきの違和感を頭から締め出し、彼女の剣に全神経を集中させる。

 初撃とは違い、防御しづらい末端部を矢継ぎ早に突き続けてきたため、防戦一方な展開になってしまう。右頬、右上腕、左脛などに攻撃が掠り続け、あっという間にHPが二割削られてしまった。本来なら焦るところだろうが、彼女と剣を交えるたびに違和感が増していった俺にはどうでもよかった。

 

 (濁ってる……!!)

 

 違う、一層の頃はこんな剣じゃ無かった筈だ。あの頃はもっと煌いていて、流星のようで―――綺麗だった。

 確かにあの頃よりも速くなっただろう。鋭くもなっただろう。だが、俺が綺麗だと感じた剣筋ではなくなっていた。何も恐れずに前へと進んでいた剣が、今では何かに追い立てられるような剣に変わっていたのだ。あの綺麗な剣筋は見る影も無く、濁っていた。

 

 (ふざけるな!)

 

 その事に、無性に腹が立つ。普段なら、こちらの押し付けだと割り切れただろうが、今はそんな事できなかった。

 

 「ハァッ!」

 

 強引に『ホリゾンタル』を発動する。アスナは突然反撃に出た俺に対して、冷静にバックステップで回避する。俺が使ったのは硬直時間が無いに等しい初級技なので、向こうから攻め込む気配は無い。

 

 「……こんなもんか」

 

 「なんですって?」

 

 吐き捨てるように呟いた俺の一言に、彼女はピクッと反応した。

 

 「噂の閃光様の剣が、期待はずれだって言ったんだよ」

 

 「なっ!」

 

 聞こえていたのなら遠慮はしない。半ば八つ当たり気味に挑発すると、アスナは一瞬驚いた後に怒り、たいていの人間なら射殺せそうなほど目つきを鋭くした。

 再び彼女が仕掛けてくる。さっきよりも速く、鋭く。だが、不思議と俺は反応できていた。……後にクロト達から聞いたが、アスナを挑発して以降は俺はノーダメージだったらしい。

 

 「くっ!」

 

 俺が防ぎ、かわし、反撃までするようになると、アスナは焦りに支配され、剣技が精彩を欠いた。狙いが甘くなった突きを、左下から跳ね上げるように弾くと、アスナに決定的な隙が生まれた。そして俺は剣を振り上げているため、『バーチカル』を発動できるが―――

 

 (ッ!何だ?)

 

 自分でも理解できない何かに引き止められ、一瞬躊躇ってしまった。そのためアスナに回避のチャンスを与えてしまい、『バーチカル』は見事に空振りした。

 

 「……何のつもり?」

 

 「さぁな」

 

 震える声で訊ねるアスナに対し、俺は適当に濁す事しかできなかった。自分でも理解できていない事を他人にどう説明しろというのだろうか?唯一解ったのは、このまま彼女を叩き潰しても何も変わらないだろう、という事だけだ。

 だがそれが逆鱗に触れたらしい。今度こそアスナは怒りを隠す事無く叩きつけてきた。

 

 「ふざけないでよ!!」

 

 このデュエル中で一番のスピードで突進してくると、勢いそのままに突きの嵐を浴びせてくる。

 

 「貴方達はいつもそう!自分勝手で!全力で攻略しようとしない!!」

 

 一瞬で数発の突きをするほど激しい攻撃だが、それだけで伝えきれないという風に激情のままに叫んでくる。

 

 「これだけの強さを持っていながら!何でよ!!」

 

 だが、彼女の叫びを聞くごとに俺は視界がクリアになり、全ての攻撃に対応できてしまう。やり過ごしにくい末端部への攻撃すら回避してみせ、あまつさえ―――

 

 「何をそんなに焦る?」

 

 彼女に問いかける。ただ知りたかったのだ。彼女がこんなにも追い詰められるほど焦る理由を。

 

 「解ってるでしょう!この世界で一日過ぎる度に、現実での私達の時間が一日無駄に失われていくのよ!今まで積み上げて来た物がどんどん崩れていくのが怖くないの!?」

 

 そうか……これが彼女が戦う理由であり、今ここまで焦る理由でもあるのか。

 

 「それだけじゃない!貴方は帰りたくないの!?一緒に囚われた弟を一日でも早く現実に帰そうって思わないの!?大事な家族でしょう!!」

 

 (そんなの……思ってるに決まってるだろ!)

 

 細剣ではまず行わない斬撃を放ってくるほど、アスナの剣は普段のそれとはかけ離れていた。ただ、癇癪をおこしたように自分の感情を叩きつけてくる。それを受け止め、つばぜり合いになる。

 

 「……帰してやりたいとは思うさ」

 

 「だったら!」

 

 本来STRよりもAGIを優先している彼女が力押しするのは愚策でしかないが、この時の剣はステータス以上に力がこもっていた。

 

 「―――けどアンタみたいにはできない」

 

 「んなっ!?」

 

 アスナは俺の言葉に目を見開き、驚愕した。その拍子に力が緩み、俺が押し切って弾き飛ばす。そのとき俺の剣が彼女の左腕に当たり、HPが減少する。

 俺のHPは約八割残っているのに対し、向こうは九割以上残っていた。……なんだかんだでさっきのしか当ててなかったのか。

 

 「訳が解らないわ!どうして攻略に全てを向けないの!弟を帰したいと言いながら、何で!?」

 

 「その弟に言われたんだよ!」

 

 剣での応酬を繰り返しながら、俺も叫び返す。

 

 「身を捨てた攻略なんてするなって!例え現実に帰れても、俺が死んだら意味が無いって!」

 

 「う、ぐっ!」

 

 次第に俺の剣が、アスナを捉え始める。それでもダメージを最小限に抑えるあたり、彼女の体にはこの世界で培った経験が染み付いているようだ。

 

 「何より、独りにしないでくれって泣いたんだ!」

 

 思い出すのは去年のクリスマス。サチからのメッセージを聞いた後、ハルはそう言って泣いたのだ。他でもない俺の為に。唯一の肉親である俺がいなくなれば、ハルは独りだ。いくらスグ達がいるとしても、ハルの心は孤独にさいなまれ続ける事になる。

 

 「それに!俺達が今生きているのはこのアインクラッドだろう!!」

 

 これは、一年以上この世界で過ごした俺の考えだ。

 

 「例え全てがデータの塊でしかなくても!それを見て、聞いて、感じた俺達の心は本物だ!!」

 

 「そんなの……ただの詭弁よ!!」

 

 アスナは俺の言葉を振り払うように『リニアー』を放ってきた。パリィするが、予想以上に重い一撃だったため剣の握りが甘くなる。

 無論アスナはそれを見逃さず、極僅かな硬直時間が過ぎると追撃をする。咄嗟に俺は左手でも剣を握って迎撃する。結果パリィには成功したが、右手が剣から離れてしまった。

 

 「せやあぁぁ!!」

 

 すかさず『ペネトレイト』を発動するアスナ。その刺突三連撃を―――

 

 「シッ!」

 

 ―――俺は、’左手に握った剣’を右、左、右へと振り、防いだ。

 

 「っ!?」

 

 アスナは目の前で起こった事に、ただただ驚愕したように目を見開いていた。その隙に右手に持ち替え

 

 「ハアァァッ!」

 

 『シャープネイル』を発動した。アスナも咄嗟に防御を試みるが、もう遅い。

 

 一撃目―――上段からの斬撃を細剣で防ぐも体勢を崩す。

 

 二撃目―――返す刃での振り上げによって、アスナの手から細剣が吹き飛ぶ。

 

 三撃目―――一撃目と同じ軌道を描く俺の剣が、ついに彼女を捉えた。

 

 「あぐっ!」

 

 俺の斬撃を受け、アスナは片膝をついた。それと同時にデュエルのウィナー表示が現れたらしく、ギャラリーから割れんばかりの歓声が聞こえた。

 

 (俺、勝ったのか……?)

 

 どっと疲れが噴き出し、その場に座り込みながらアスナのHPを確認すると、イエローゾーンにまで減少しているのが解った。

 

 「お疲れさん」

 

 俺にポーションを差し出しながら、クロトが労いの言葉をかけてくれた。それを受け取り、後の事は彼に任せた。

 

 「こっちの代表が勝ったんで、そうだな……フィールドボス戦は三日くらい待ってくれ」

 

 「……いいでしょう、三日後に村の調査結果の報告をしてもらいます」

 

 サクラに手助けしてもらいながら立ち上がったアスナは、クロトにそう言った後に立ち去った。それを合図にギャラリーは三々五々に散っていく。途中でクラインやエギルにも労いの言葉をかけられたが、疲れていたので適当に返すのが精一杯だった。

 

 「立てっか?」

 

 「……正直クタクタだ、自力で動けそうに無い」

 

 しゃーねぇな、と言いつつクロトは俺を立たせると肩を貸してくれた。……本当に助かる。

 

 「―――ホント、すごかったけど……お前らしくなかったな」

 

 「え?」

 

 帰る途中、唐突にそんな事を言われた。

 

 「なんつーか……お前ってさ、どっか冷めたトコがあるって言うか……あんな風に他人に感情ぶつける事ってほとんど無かったろ?」

 

 「あぁ……それか」

 

 アスナとのデュエルを思い返してみるが、何故か途中から鮮明に思い出す事ができない。相当恥ずかしい事を真顔で言ってた気がするのは確かなのだが……

 

 「よく、解らないんだ……アスナの剣が濁ってた事に無性に腹が立って、それで……」

 

 「剣が濁ってたって……変わった感性してんなお前。確かに一層の時とは違うなって感じたけどよ」

 

 いいだろ別に、と拗ねて返すとクロトは悪びれた様子も無く、悪い悪い、と軽く謝ってきた。この軽口の応酬が、今はとても心地よかった。

 

 「―――つっかさ、オレはお前が羨ましくて仕方ねぇんだよ」

 

 「は?」

 

 なんだろう、クロトから感じるこれは……嫉妬か?とりあえず刺激しないように気をつけて―――

 

 「何であんなクサイ台詞が様になってるんだよ!同じ女顔だろーがぁ!!」

 

 「あががっ!?し、絞まってる!ギブギブギブ~!!」

 

 手遅れだった。圏内なのに何故かクロトのヘッドロックが決まって苦しい。クタクタだった俺は抵抗らしい抵抗ができず、クロトから逃れられなかった。

 

 (理不尽だー!!)

 

 胸中でそう叫ばずにはいられなかった。




 これ書いていて作者兄弟が感じたのは

 「「今回のキリト、チートじゃね?」」

 です。最近キリトメインの話だったから……クロトをもっと活躍させなきゃ!


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二十二話 嫉妬

 お久しぶりです。


 今回から、場面の切り替えに

 ~~~

 を挟むようにしました。時間があれば、今までのお話も修正していこうと思います。


 クロト サイド

 

 キリト達のデュエルから三日後、オレ達の調査結果を聞くために攻略組が再び集まっていた。

 

 「それでは、報告をお願いします」

 

 「それはオレっちから話すヨ」

 

 アスナがそう言うと、会議に参加している全員の視線がアルゴに向けられる。普段は注目を集める事を良しとしない彼女だが、今回は説明役を引き受けてくれた。その分何かと理由をつけてぼったくられたが……

 

 「結論から言うト、キークエストはアル。しかも二つダ」

 

 この言葉だけで、多くのプレイヤーが色めき立った。アスナはそれを制すると

 

 「一つ目からどうぞ」

 

 と説明を促した。が、声が微妙に震えてるあたり、期待を隠しきれないのだろう。

 

 「簡単に言うト、これに書いてある素材を集めてくれって内容ダヨ」

 

 アルゴは件の村の村長から渡された巻物の複写を全員に配る。皆興味津々でそれを見るが、内容に問題があった。

 

 「……これは、冗談かなんかか?」

 

 「ふざけんな!甘く見積もっても四日はかかるぞ!」

 

 そう、多すぎるのだ。要求されたアイテムはどれもレアなもので、ドロップ率が一桁の物も珍しく無かった。

 

 「……二つ目を」

 

 先ほどとは違った意味で震えている声で、アスナは先を促した。

 

 「コッチはソロ限定だヨ。加えてクエストをクリアするにはあるスキルが必要ダ」

 

 「それは?」

 

 一つ目があまりにも割に合わない内容だったので、アスナは警戒するようにアルゴに詳細を訊ねる。

 

 「……歌唱スキルだヨ。熟練度は推定五〇〇は欲しイ」

 

 「……」

 

 (やべええぇぇぇ!今のでアスナの額に青筋が立っちまったああぁぁぁ!!)

 

 アルゴの言葉を聞いた途端アスナの表情は凍りつき、会議に参加している全員が沈黙してしまった。オレとキリトとアルゴは昨日この条件を知ったのだが……その時の残念さは半端じゃなかった。

 

 (やっぱいねぇよなぁ……趣味スキル上げてるやつなんて)

 

 戦闘の役に立たず、鍛えても生産職にすらなれない趣味スキルに属する歌唱スキルを上げているプレイヤーなんてほとんどいないだろう。それが攻略組ならなおさらだ。

 デュエルでのキリトの頑張りは何だったのだろうと、オレは何度目か分からないため息をつくのだった。

 

 「時間の無駄でしたね。では、当初の予定通り―――」

 

 「待ってください!」

 

 珍しく、サクラが待ったをかけた。アスナも彼女の言葉を無下にはせず、向き直った。

 

 「どうしたの?」

 

 「わたしなら、キークエストをクリアできます!」

 

 再び会議の場が沈黙に包まれた。……って、マジ?マジで歌唱スキル持ってるの?

 

 「熟練度も八〇〇を超えてますから問題無い筈です」

 

 アスナはしばし考え込んだ後、アルゴの方を向いた。

 

 「状況が変わりました。アルゴさん、改めてキークエストの内容を教えてください」

 

 「了解したヨ。ちょっと待ってクレ」

 

 そう言ってアルゴは少しの間メニューを操作し、メモをオブジェクト化して読み上げる。

 

 「噛み砕いて説明するト……カラオケっぽいナ。フィールドボスを眠らせる歌があっテ、それをプレイヤーが正確な音程で歌えばいいんダ」

 

 なんじゃそりゃ、と誰かが呟くのが聞こえた。それを皮切りに、いつかのように楽勝ムードが広がって―――

 

 「ただシ!規定の点数以下だとクエストは失敗しテ、丸一日ボスがバーサク状態になル……まア、成功すればボスは五分間眠り続けるかラ、その間はタコ殴りし放題。その上点数が高いほどボーナスで時間が増えるらしいゾ」

 

 ―――いかなかった。つーかアホかと突っ込みたくなるほどハイリスクハイリターンな内容だ。オンラインゲームでたった一人に重役を任せるクエストとか普通無いだろ……

 

 「サクラ」

 

 「心配しないでください。やってみせますから」

 

 アスナが声をかけると、サクラは動揺する事無く言い切った。それを聞いたアルゴは

 

 「クエスト受けるときはオレっちにメッセージをクレ。案内はしてやるヨ」

 

 と言い残して出て行ってしまった。彼女が多忙なのはよく知られているので、誰も止める事は無かった。

 

 「では三時間後に、フィールドボス戦を行います。集合場所はキークエストのある村で、時間までは各自準備を」

 

 アスナのその言葉で、会議は解散になった。

 

 

 ~~~~~~~~~~

 

 

 集合時間となり、サクラとその護衛以外の会議に出席していた全員が揃った。彼女達の不在を疑問に思った者がほとんどだが、クエスト進行のため先にフィールドにいるとアスナから説明があった。だがクエストの関係上歌い終わるまで武具が装備できないサクラがフィールドにいる事に、オレは少し心配になった。

 

 (いや、アスナは護衛がいるって言ってたし……落ち着けオレ!)

 

 パーティーを組んでいない状態なら同行してサクラを護衛する事はできる。それに何かあればサクラからアスナへメッセージが来る筈。だから大丈夫なのだと自分に言い聞かせていると、ある事に気づく。

 

 (護衛って多分あの男だよな……?)

 

 あの男―――最近KOBに入団したレイとかいうヤツ―――がサクラの傍にいると思うと、無性に不安になってくる。

 なぜならば、ヤツはサクラに好意を寄せているのだ……かなりオープンに!!キャラネームこそ男らしさを感じにくいものだが、見た目は高校生くらいでまあまあ―――いやかなりイケメンだった。それに槍の扱いに長けていて、攻略中にmobに接近されてもきちんと対処できていたのを目撃したとクラインが言っていた。加えて普段は明るく人当たりがいいし、ギルドの活動では真面目な為他の団員ともあっという間に打ち解けたそうだ。

 そのせいかレイがサクラに接近するのは多くのKOB団員に黙認されているし、止められてもそのまま笑い話になる程度でおさまっている。

 

 (何なんだよ、この感じは……!!)

 

 腹が立つのとは少し違う、よく解らないモヤモヤした感情。そのせいで心が落ち着かなくなるが、作戦前のこの状況では誰にも言えず、必死に押し殺してフィールドボス戦に向かうレイドに続くしかなかった。

 

 

 ~~~~~~~~~~

 

 

 フィールドに出て程なくサクラを見つけ安堵したのもつかの間、その傍にいる数人の護衛の中にレイがいたのでまた落ち着かなくなる。サクラ達がいるのはボスにタゲられないギリギリのところにある丘で、キークエストで指定されたポイントだった。

 今のサクラは見慣れたKOBの制服ではなく、クエストによって用意された衣装を着ていた。ほとんど白に近い淡い空色のドレスは決して華美なものでは無いが、彼女の美貌を引き立たせるには十分だった。だが―――

 

 「スッゲー絵になってるなぁ」

 

 「姫と騎士団ってか?ちげーねぇ」

 

 レイド内の誰かの言葉が、グサリと刺さった。もう一度丘を見ると、サクラとその隣にいるレイ、少し離れて他のメンバーという配置になっている事に気づいた。確かにその光景は’姫と騎士団’と思わせるものだった。

 

 (気にすんな……!これからボス戦なんだぞ!!)

 

 奥歯をかみ締めて堪える。サクラに近づく男がいるのは大分前からの事だ。今回だってその内の一つなんだからいちいち気にする事じゃない。

 

 「どうかしたか?」

 

 「っ!?」

 

 不意にキリトに声をかけられた。周りが見えなくなっていたオレはビクッとなり、言葉に詰まった。するとキリトはニヤリと口の片端を吊り上げシニカルな笑みを浮かべる。

 

 「今更怖気づいたか?」

 

 「んなワケ……ねぇよ」

 

 ボス戦前にキリトとのからかい合いはよくやってきたが、今回はいつものようには返せなかった。

 

 「ま、無理するなよ?」

 

 オレの様子がいつもと違う事を察してか、軽く肩を叩く程度で済ましてきた。何も追求してこないその気遣いが、今はただありがたかった。

 

 「―――では、いきます」

 

 そんなオレの様子を知って知らずか、サクラは宣言の後に大きく息を吸い、歌い始めた。

 

 「~~~♪」

 

 ボスを眠らせるための歌であるためか、彼女が歌うそれは子守唄を連想させるほど穏やかな、ゆっくりとしたメロディーだった。清らかに澄んだ水を思わせるサクラの歌声も相まって、ここにいる全員がその歌に聞き惚れていた。

 かくいうオレも聞き惚れていた。だがそれ以上に―――

 

 「~~~♪」

 

 (綺麗だ……)

 

 サクラの歌う姿に、見惚れていた。さっきまでのよく解らない感情が段々と静まり、あっさりと落ち着く事ができた。時間にして僅か数分の歌が終わると

 

 「グルゥ……」

 

 フィールドボスである翼を持たない四本足の竜がその場にうずくまり、大きな寝息を立て始めた。ボスが寝たという事はクエストが成功した証だ。いくら聞き惚れていたとしても、攻略組のプレイヤー達がこの好機を逃す筈がなかった。

 

 「攻撃開始!時間との勝負よ!!」

 

 アスナの号令と共に全員が鬨の声を上げながら突っ込む。とはいえ一度に攻撃できるのはせいぜい六人。そのため今回はパーティー単位でスイッチする事になっている。

 

 「おおりゃあぁぁ!!」

 

 初めにDDAのパーティーが攻撃を開始。反撃を気にする必要が無いので、お互いに干渉しない位置に素早く陣取ると各々が使える中でも最大級のソードスキルを惜しげもなく発動する。

 

 「スイッチ!」

 

 一通り攻撃すると、控えていたパーティーと交代する。これを八パーティーで行うので、次に自分の番が来るときには使用した技のクーリングタイムがほぼ終了しているのだ。

 

 「寝てる間にしとめられりゃいいんだが……」

 

 「そう上手くはいかないさ。今のペースならレッドゾーンくらいは残りそうだ」

 

 ローテーションが半分ほど進んだところでオレがぼやくと、ボスのHPバーを見ていたらしいキリトがそう言った。本当にコイツの計算能力には驚かされる。

 

 「そしたらオレらで―――」

 

 「スイッチ!」

 

 そろそろ自分達の番なので意識をそちらへ向ける。それはキリトも同じで、言いかけた言葉を追求する事は無かった。だが

 

 (っ!レイ……!)

 

 オレ達の二つ前のパーティーに彼を見つけ、再びオレの心が落ち着かなくなる。歌い終わった時点でサクラは武具を装備可能になるので、護衛の必要は無くなる。そのためレイ達がそのままボス戦に参加するのは分かっていたが、それでもモヤモヤした感情がわき上がってくるのが止められなかった。

 

 「おっしゃぁ、スイッチ!」

 

 オレ達の前のパーティーであるクライン達風林火山がボスに斬りかかる。それを確認し、俺達も自身の得物を構えて待機する。ちなみにオレ達のパーティーはソロや少人数プレイヤーで構成された最終組なので、後ろには先陣を切ったDDAのパーティーが控えていた。

 

 「スイッチ!……ハアアァァァ!!」

 

 クライン達が技を出し切った所で交代し、俺は『アクセル・レイド』を、キリトは『ノヴァ・アセンション』を放つ。他のパーティーメンバーも高威力のソードスキルを発動し、ボスを攻撃する。

 

 (クソッ!火力が足りない!)

 

 ここに来て短剣の攻撃力の低さが露骨に表れてきた。いくらクリティカル率が高くなるように調整を加えていても、限度がある。そのため攻略組でも短剣をメインに使うプレイヤーは小数になっているのだ。

 焦りによって剣技が精彩を欠き、さらに焦る。普段なら九連撃の内四撃はクリティカルが出せる筈なのに、今回は最初の一撃しかクリティカルが出せなかった。

 

 「スイッチ!」

 

 交代して下がると、次の攻撃に備えて気持ちを落ち着ける事に専念する。

 それから二度目、三度目と順番が回った時、ついにボスが目を覚ました。

 

 「ゴアアァァァ!!」

 

 「あと一歩、気を引き締めなさい!」

 

 二本あるボスのHPバーは、一本が空でもう一本が一割ほどしか残っていない。だがそれはボスがバーサク状態になる事を示している。

 

 「ゴアァァ!」

 

 長い尻尾を振り回し、あたり構わずに火炎系のブレスを撒き散らすので思うように近づけない。そのため一気にジリ貧状態に陥ってしまった。どちらか片方でも止められればいいんだが……

 

 (ん?アイツのブレス、射程短いな……)

 

 ブレスに晒されているタンクとボスの距離は思っているよりも近いが、間隔もまた短い。そのため合間に長物によるちょこちょこした攻撃しかできないのだ。だがどうにかしてブレスを掻い潜れば、一気に攻め込める。それに相棒なら……

 

 「キリト、少しの間ブレス凌げるか?」

 

 「もちろん。突っ込んでLA掻っ攫ってこうぜ」

 

 同じ事を考えていたのか、ニヤリとしながら返してくるのが心強い。タイミングを計り、ブレスが終わったと同時に駆け出す。

 

 「ゴアァァ!」

 

 接近するオレ達にタゲが向き、ボスは再びブレスを吐いてくる。だがそれはキリトの片手剣の防御系スキル『スピニングシールド』によって防がれ、大したダメージにはならなかった。オレは両手にピックを三本ずつ握るとキリトの影から飛び出し、投剣スキル『トリプルシュート』を二度発動した。

 

 「ゴアアァァァ!?」

 

 ピックは両目に三本ずつ突き刺さり、ボスの視界をほんの数秒遮る事に成功した。元々戦闘補助系でクーリングタイムと技後硬直が無い投剣スキルだが、その分攻撃力は低い。しかしそれを強化する射撃スキルは投げるピック一本ずつにプラス補正を付加してくれるので、数が多い方が効果も大きい。こうして六本も投げれば僅かな時間とはいえ目潰しくらいはできるのだ。後はソードスキルを叩き込めば―――

 

 「うおおぉぉぉ!」

 

 「っ!?」

 

 レイが、便乗してきた。だが今からではオレ達の攻撃には間に合わず、ただ空振りするだけだ。そのため本来なら気にせずキリトに合わせて攻撃するべきだったが、この時オレは彼にLAを取らせたくないと思って焦ってしまった。そのためコンマ数秒早く『インフィニット』を発動してしまった。

 結果オレはタイミングが早すぎてボスのHPを削りきれず、レイはキリトより遅かったのでボスに攻撃が当たらなかった。

 

 (クソッ!みっともねぇ……)

 

 戦闘中に冷静さを欠くなんて、なんともショボいミスだ。

 

 「クロト?」

 

 「わりぃ、先に帰る」

 

 そう言ってオレは転移結晶を取り出し、アルゲードへと転移した。キリトにはすまないが、とにかく今は一人になりたかったのだ。

 

 

 ~~~~~~~~~~

 

 

 サクラ サイド

 

 ボス戦が終わってから、わたしはレイドの人達から口々に賞賛の言葉をかけられていた。悪い気はしないんだけど、歌った後はただ見ていることしかできなかったので素直に嬉しいと思いづらかった。

 

 「サクラ、お疲れ様」

 

 「あ、はい……」

 

 アスナさんにも労いの言葉を貰っても、それは変わらなかった。キークエストをクリアして有利な状況を作ったとはいえ、実際に戦ったわけではないのだから……

 

 「本当に助かりましたよ、サクラさん!」

 

 「い、いえ……レイさん達もお疲れ様でした」

 

 レイさんが来ると、他の人達が心なしか離れた気がする。普段から明るくて他の人達の諍いを納めたり、わたしの事を何かと気にかけてくれたりするので、悪い人じゃないのはよく分かってるんだけど……

 

 「貴女の歌う姿はとても綺麗でした。前よりも惚れましたよ。LABをプレゼントできないのは残念でしたが」

 

 「え、えと……」

 

 人目をはばからずにストレートに来るのは、やめてほしい。でも向こうも悪気があって言っているわけじゃないから、わたしは強く拒否できない。

 

 「レイ、それ以上はセクハラ扱いしますよ?」

 

 「おっと、すみません。ボス戦が終わってつい気が緩んでしまいました」

 

 アスナさんに止められて、レイさんが肩をすくめたその時

 

 「なぁ、アンタらの副団長補佐借りていいか?」

 

 キリトが来た。彼が来たなら、コンビを組んでいるクロトもいる筈―――

 

 「別に構いませんが、何の用ですか?」

 

 「用ってほどじゃない。さっきのLAB、バックラーだったから渡そうと思っただけさ」

 

 俺達は使わないしな、と付け足してキリトはわたしにオブジェクト化した盾を渡してきた。反射的に詳細を確認すると、今わたしが使っている物よりも軽くて硬かった。……リズさんにはちょっと悪いかな?

 

 (って違う違う!)

 

 貰った盾に気を取られてしまったけど、改めてキリトの隣を確認する。だけどそこにクロトはいなかった。

 

 「キリト、クロトは?」

 

 「あいつなら帰ったよ」

 

 その言葉に、落ち込まずにはいられなかった。彼と話せる時間はとても少ないから、会うのはとても楽しみだし、その分会えない時の落胆も大きかった。

 

 「悪いな、クロトじゃなくて」

 

 「なななな!!?」

 

 キリトに図星を突かれ、わたしは赤面してしまう。確かに今まで大胆な事を繰り返してきてみんなにバレている自覚はあるけど、それでもハッキリ指摘されるのは恥ずかしかった。そんなわたわたしているわたしに彼は追い討ちをかけた。

 

 「あいつは相当なヘタレだから、そっちから行かないと届かないぜ?両想いなのは保障するけどな」

 

 「~!!!」

 

 アスナさん達が何か言うよりも先にキリトはその場から立ち去ってしまったのだった。

 

 「全く、彼には嫉妬せざるをえませんね」

 

 「レイならあのビーターよりチャンスあるだろ?」

 

 「その間に射止められればいいんですけどね……」

 

 レイさん達が後ろで何か言っているみたいだけど、わたしには気にする余裕が無かった。

 

 (両想いって……両想いって……!!)

 

 クロトと両想いであると知らされた事で頭の中がいっぱいだった。そのうちもし告白できれば付き合えたりするかな~とか、あわよくば結婚だって―――

 

 「―――きゅう」

 

 「ちょ、サクラ!?」

 

 色々と妄想しすぎてしまい、そのまま倒れてしまった。




 作者兄が風邪をひきました……

 皆さんもエアコンの効いた室内と外との温度差には注意してください


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二十三話 昼寝

 今回はほのぼの?な話です。

 相変わらず進みが遅いですが……楽しんでいただければ幸いです。


 クロト サイド

 

 二〇二四年四月某日 第五十九層

 

 五十層を超えた辺りから、攻略のペースは目に見えて落ちていた。そこに関しては何とかしないとなぁ、とは思うが、今はのんびりとしたかった。

 

 「たまにゃのんびり過ごすのもいいなぁ……」

 

 「今日は最高の気象設定だって言ったろ?」

 

 オレはキリトと言葉を交わしながらも、心地よいまどろみに意識をゆだねていく。

 

 

 今現在オレ達は、圏内の木陰で昼寝をしているのだ!!

 

 

 ……アスナとかにバレたら絶対に文句言われそうだけどな。

 

 「……うにゅ」

 

 既にハルはキリトの左脚を枕にして熟睡している。最近は忙しくて深夜まで作業場にこもるのも多かったから、いつも眠そうにしていたもんな。

 キリトは木に寄りかかりながらも穏やかな表情でハルの頭を撫でているし、オレは少し離れて仰向けで大の字になっている。ヤタはオレの胸やら額やらをあっちこっち移動しているが、気になるほどでは無い。

 

 (使い魔ってこういうとき便利だよなぁ)

 

 いくら圏内とはいえ、誰が来るか分からない公共スペースで熟睡してしまうのは危険だ。寝ている側は無防備な姿を晒すので、ハラスメント行為やPKの対象になってしまうからだ。特に半年ほど前から広がった’睡眠PK’は当時のプレイヤー達を怯えさせた。

 だがキリトのように索敵スキルにある接近アラームを設定し、熟睡しないように気をつければ仮眠をとるくらいはできる。また、オレのように索敵能力を持った使い魔を連れていれば、例え熟睡してもプレイヤーの接近を知らせて起こしてくれるのだ。

 そのためオレは遠慮なく昼寝を堪能するのだった。

 

 

 ~~~~~~~~~~

 

 

 キリト サイド

 

 セットしておいた接近アラームが鳴ったので、俺は目を開けて近づいてきたプレイヤーを確認した。

 

 「なんだ、あんたらか……」

 

 そこにいたのは思った通りというかやっぱりというか、KOBの副団長さんとその補佐であるサクラの二人だった。サクラの方は苦笑しているが、副団長さんの方は少々キツイ目つきになっていた。

 

 「暢気に何してるのよ?」

 

 「昼寝だけど?」

 

 ハルが起きないよう、向こうも声の大きさには注意しているようだ。とはいえ、何してるかと聞かれれば昼寝としか答えようが無いのは見て分かる筈なのに、この副団長さんはどうして突っかかってくるのだろうか?

 

 「どういう神経してれば堂々と昼寝ができるのよ。他の攻略組の人達が必死になって最前線で戦ってるのよ?」

 

 「いつ攻略するかはそれぞれの自由だろ。俺達はコンビだし、今日はオフにしようって決めたんだよ」

 

 副団長さんは眉間に皺をよせて、苛立ちを隠せないようだ。サクラがフォローを入れているが、こちらの言い分に納得できていない様子。

 

 「今日はアインクラッドで最高の気象設定だからな。最近作業場にこもりっきりで寝不足の弟を、兄貴としてはゆっくり休ませてやりたいんだよ」

 

 「休ませてやりたいっていうのはともかく……天気なんていつも同じでしょう?」

 

 攻略熱心なのはいいが、そのせいで天気の変化に気づけないのはなんとももったいないと思った。

 

 「それなら寝てみればいい」

 

 ついそんな事を言ってしまった。とはいえこれ以上話すつもりは無いし、この二人なら何かしてくる事もないので、再び膝の上で眠るハルの頭を撫でる。すると栗色の髪が視界の端に映った。

 

 「何よ、たいして……変わら……な……」

 

 「あ、アスナさん!?…………もう寝ちゃった」

 

 そんな声が聞こえたのでそちらを見れば……なんとまあ、攻略の鬼と呼ばれる’あの’副団長さんがガチ熟睡していた。

 

 「おいおい、五秒もかかってないぞ?」

 

 「あはは……よっぽど疲れてたみたい」

 

 呆れてしまった俺が思わず口を開けば、苦笑しながらもサクラはフォローを入れる。加えてストレージから毛布を取り出して、眠っている副団長さんにかけた。

 

 (優しいな)

 

 他人を気遣う事が自然とできる様子を見て、改めて彼女が気立ての良い人なのだと思った。

 最近こそ俺と副団長さんとで険悪な雰囲気になってばかりだが、以前はサクラが彼女を抑えてくれていた。それ以外にも攻略組内のギルドやプレイヤー間のトラブルの仲裁に入る事も多く、ひたすら先を目指す副団長さんを支えながらも他の者達が協力しやすいように奔走していた……クロトとの時間を削ってまで。

 だがその分副団長さんよりも近づきやすいため、よく男性プレイヤーに言い寄られているとアルゴから聞いたことがある。

 

 (俺のせい……なんだよな)

 

 俺がいるから、クロトはサクラと付き合う事ができない。それがとても申し訳なくて―――

 

 「―――ゴメン」

 

 「え?」

 

 気が付けば、謝罪の言葉を口にしていた。サクラは驚いた顔をしているが、一度開いた俺の口はふさがらなかった。

 

 「俺が、強かったら……あの時、一人でビーターを名乗れるくらい強かったら……君はクロトと一緒にいられた筈なのに……」

 

 つっかえながらも、今まで彼女に感じていた負い目を吐き出しつづける。

 

 「俺は頼ってしまった……弱かったから、クロトを突き放せなかったんだ。そのせいで二人の立場に、決定的な溝を作ってしまった……!」

 

 ハルの頭に置いているのとは反対の手を強く握り込む。どんな時でも俺を一人にしなかった彼に頼るのが、いつの間にか当たり前のようになっていた。そんな自分がとても嫌になる。

 

 「本当にごめ―――」

 

 「―――ストップ。そこまでだよ」

 

 ~~~~~~~~~~

 

 サクラ サイド

 

 「―――ストップ。そこまでだよ」

 

 キリトの謝罪を遮って、わたしは彼の近くに腰を下ろす。話をする時はちゃんと相手の目を見るのが基本なんだから。

 キリトがわたしに負い目を感じてるっていうのはなんとなく分かっていたから、いつか謝ってくるだろうって予感はしていた。だけど、キリトがわたしに謝る必要は無いと思う。

 

 「ビーターって呼ばれるのを選んだのは、クロト自身だよ」

 

 「だけど……!」

 

 キリトは何かを堪えるような表情で、顔を逸らした。相当溜め込んでいたのか、その表情は見ていて痛々しかった。

 

 「確かに、中々会えない事を不満に思っちゃう時だって結構あるよ。でも……」

 

 一拍おいて、自分を落ち着ける。普段なら恥ずかしくて言わないけど、そうじゃないとキリトは納得しないと思うから。

 

 「その分、会ってお話できた時はとっても嬉しくて、また会える日が楽しみなの」

 

 言ってから、自分の顔が熱くなっていくのが感じられた。やっぱり恥ずかしいけど、本心からの言葉だから嘘は無い。

 ほんの僅かでも会話できただけで、その日はいい一日だったって思えてしまう。顔を見れただけで、声を聞けただけでホッとする。

 

 「それに、その……りょ、両想いって……教えてくれたでしょ?」

 

 「そう……だったな」

 

 先月の事を思い出しているらしく、キリトは顔を逸らしたまま苦笑して頬をぽりぽりと掻いた。

 

 「だから……ね、もうこっちから、いこうかなぁって思うんだ」

 

 「そうしてくれ。クロトはヘタレだからな」

 

 ストレートな言い方に、わたしはつい小さく噴き出してしまった。せめて奥手だって言ってあげようよ、と突っ込むと

 

 「好きな人との距離を一年以上そのままにしてるんだ。そんなのヘタレとしか言えないだろ」

 

 とキッパリ言ってきた。でも、こういう所があるからキリトはクロトと上手くやれてるのかもしれない。男の子同士だからこその絆だろうか?

 わたしにはよく分からないけど、心のどこかで二人が通じているようでとても羨ましく思えた。

 

 「その様子じゃ、レイの事は大丈夫そうだな」

 

 「わ、悪い人じゃないのは分かってるけどね……」

 

 「ハッキリ断っとけよ。でないとクロトが嫉妬で発狂しちまうぞ?」

 

 ……へ?嫉妬?クロトが?

 ありえないと思いつつそう疑問をぶつけると、キリトは呆れ顔になりながら答えてくれた。

 

 「あのな……背が高い、イケメン、最前線で戦えるくらい強い、その上性格よしな男が好きな人にアプローチしてるんだ。劣等感とか感じて嫉妬するのは当たり前だろ」

 

 「そういうものかなぁ?」

 

 う~ん、よく分からない。と首をかしげていると

 

 「意外とぬけてるんだな」

 

 「ひどっ!?」

 

 心外な事を言われ、ちょっとムッとしてしまった。つい文句を言おうとするとキリトはため息をつき、言葉を発した。

 

 「……例えばの話だ。誰から見ても完璧な美女がいたとして、その人がもしクロトにゾッコンでアタックしてるのを見たら、君はどう思う?」

 

 「それは嫌」

 

 即答。さっきまで解らなかったのが嘘みたいに理解できた。キリトもその事に満足したように口の片端を吊り上げていた。

 

 「やっと解ったみたいだな。まぁ、お互いそれだけ想い合ってるなら大丈夫だと思うけど」

 

 「うぅ……」

 

 指摘されるとやっぱり恥ずかしい。さっき以上に顔が熱くなり、思わず両手で自分の顔を隠してしまう。

 

 「―――羨ましいな」

 

 「え?」

 

 キリトが何か言ったようだったけど、丁度その時風に吹かれた草木の音が重なったからよく聞こえなかった。

 

 「何でもないよ。それより……今ならアイツに添い寝ぐらいできそうだぞ?」

 

 「ふぇっ!?」

 

 キリトが親指で指した方を見ると、クロトが大の字になって寝ていた。……寝てるのは気づいていたから極力見ないようにしていたのに……

 

 (寝顔は気になる……でも恥ずかしい!でも見たい!でも……うぅ~)

 

 一度気が向いてしまえばクロトの事で頭がいっぱいになってしまう。そんなわたしの内心を知っているのかいないのか、キリトはさらに続ける。

 

 「自分から行くって決めたんだろ?ほら有言実行」

 

 「……ぁ……ぅ」

 

 もうわたしの頭はパンク寸前だった。あともう一押しされたら―――

 

 「そういやクロトのヤツ、下層の方だと結構人気があるってアルゴが言ってたぞ」

 

 ―――急に頭が冴えた気がした。と言うか吹っ切れた。

 

 (人気があるって事は好意を抱いている人が少なからずいる筈……ならさっきの例え話の展開も十分ありえることだから……!)

 

 行動しなければ誰かに盗られるかもしれない。そう考えた途端、羞恥心とか躊躇いとかが消え失せた。

 

 (リズさんが言ってたように……女は度胸!わたしやってみせます、おばさん!!)

 

 色々吹っ飛びすぎて、クロトのお母さんに誓うように拳を握り締めてわたしはクロトの傍へ。

 

 ―――そして躊躇う事無く横になり、無造作に伸ばされている彼の腕を枕にして眠ってしまった。




 恋愛描写が難しい……

 不自然なところ無いよね……?ガチでアドバイスが欲しいです(涙)


 つーかこのペースで行ったら、アインクラッド編だけであとどれくらい時間がかかるのやら……
 多少は省略した方がいいのかな……?


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二十四話 クロトの本音

 え~例によって全く進んでいません!


 シリアスがくどいとは思いますが、昼寝その2をどうぞ


クロト サイド

 

 「んん~?」

 

 ふと、なんの前触れも無く目が覚めた。といっても空は相変わらずの快晴だし、時折吹くそよ風が心地良い。そのため再び睡魔に身を委ねようとして―――

 

 (な~んか右腕が重いよう…な……!?)

 

 違和感から右側に目を向けたオレは完全にフリーズしてしまった。

 

 「すぅ……すぅ……」

 

 (どうなってんだこれええええぇぇぇぇ!?)

 

 なぜなら、サクラがオレの……右腕を…ま、枕代わりにして熟睡しているからなんだよ!

 

 「んむぅ……くろ、と……」

 

 「っ!?」

 

 しかもこっち向いてるし!マフラーの端を両手でちょこっとつまんでるし!寝言でオレの名前言ってるし!

 

 (どどどどーすりゃいいんだよこれ!お持ち帰りすりゃいいのか!?いや待て、それはダメだろ!!けどこのままっていうのは生殺しだし、なによりオレの理性がヤバイ!お袋、助けてくれええぇぇ!!)

 

 オレの頭の中は完全にパニックになり、眠気なんざ跡形も無く吹っ飛んだ。だが体がフリーズしたまま動かなかったのは幸いだった。……もし動いてしまったら最悪な形でサクラを起こす事になっていたからな。マジで。

 

 「―――なんだ、起きたのか」

 

 「っ!?き、キリトか……」

 

 それにキリトの声で、ある程度は落ち着く事ができた。とにかく誰かがいるってのが分かれば、上辺くらいは何とかなる。落ち着く事ができたオレは―――

 

 「なぁ、何がどーなってこうなった?」

 

 こうなった経緯をキリトに尋ねた。つーかそっちに意識を向けないと、至近距離にいるサクラによってオレの精神HPがマッハでヤバイ事になる。

 オレの質問に対し、キリトは思い出すかのように上を向いた後

 

 「クロトならそこに寝ているって教えた」

 

 「端折った説明すんなコラ」

 

 目をそらしていい加減な説明をしやがった。今のコイツ明らかに怪しいわ!

 

 「っていうか何で止めなかったんだよ!?」

 

 「止める理由なんてないだろへタレ」

 

 「うぐっ」

 

 一応サクラを起こさない程度に音量を絞りつつ、抗議するもバッサリと切り捨てられた。しかもディスられるというオマケ付きで。

 何も言い返せなくなったオレは首をめぐらせて、キリト同様に警戒をサボった使い魔を探した。するとオレの左腰のポーチに頭を突っ込んで中を漁っているヤタの姿があった。

 

 (コイツ……餌の位置覚えやがった!?)

 

 気づけば空腹感があるので、正午に近い時間なのかもしれない。だがしかし、使い魔は腹が減ったからと言って主人の持ち物を漁る事は無い筈―――

 

 (いや、ヤタに使い魔の常識が通じなくなったのも今に始まった事じゃ無いか……)

 

 オレの使い魔がアルゴリズムに無い動きをするのも、最早当たり前となりつつある事を今更ながら思い出した。それと同時にようやく頭が冷え切って、心を落ち着ける事ができた。

 

 「―――いつまで、そのままでいる気だ?」

 

 「は?」

 

 しばらくしてから、不意にキリトが言葉を発した。だがオレにはその意味が分からず、つい間の抜けた返事しかできなかった。

 

 「いつになったらサクラと付き合うんだって聞いてるんだよ」

 

 「っ!?」

 

 苛立ちを含んだ声と、その言葉の意味。それはオレにとって予想外のものであり、すぐには答えられなかった。動揺する自分を落ち着かせるために軽く首を左右に振ってから、オレは口を開いた。

 

 「もっと、落ち着いてからだよ」

 

 「攻略組なんだ。落ち着くも何も無いだろ」

 

 いつになく真剣なキリトからは、どんなごまかしも効かないように感じられた。だが同時に、何故今そんな事を聞くのかという疑問を抱いた。

 

 「オレ達はビーターだろ。ただでさえ恨まれたり妬まれたりするんだし……その上サクラと付き合うとかしたら、それこそ本気で刺されるぞ?」

 

 「今まで散々人前でイチャついてた癖によく言うぜ」

 

 「そ、そりゃ……」

 

 サクラの方からきてくれるから、とは言えなかった。そう言ってしまうと全てが彼女のせいだと言っているのに等しい気がしたし、そういう風には思いたくなかったからだ。

 

 「……何でお前は、オレとサクラを近づけようとするんだ?」

 

 僅かな沈黙の後、オレはつい先ほど抱いた疑問をぶつけた。何がキリトを動かしているのだろうか?と思いながら。

 

 「お互いに想い合ってるのに付き合おうとしないからな、お前達は…………もういい加減、俺じゃなくてサクラを選べよ」

 

 「お前をほっとけるか!……まだお前の心は、癒えてないだろ……!」

 

 黒猫団の壊滅と、クリスマスイベントでの蘇生アイテム。この二つがキリトに与えた絶望はオレ以上に大きい。どれだけ取り繕っても、キリトの中には’死にたいけど、死ねない’という苦しみが強く根付いている。

 それゆえに少しでも目を離せば本当に死んでしまうか、心が壊れてしまうように見えて仕方が無いのだ。

 

 「……俺は大丈夫だ。ハルがいてくれるから、戦えるし死ぬような事はしないさ」

 

 「お前の’大丈夫’だけはっ……信用できねぇんだよ……!」

 

 いつもそうだ。キリトの笑みは、泣きそうで影がさしたものであってほっとけなかった。一番辛いのはキリトなのに、それを棚上げして他のヤツを気遣う。そして自分は平然と無茶な事をしでかす。

 

 「何でお前は……!自分の事が頭ん中から抜けてんだよ……今独りになったら、今度こそ壊れるぞ!」

 

 「……誰かを巻き込むくらいなら、ソロでいい。現実世界(むこうがわ)で帰りを待ってる人達がいるんだし、壊れるつもりはない」

 

 結晶無効化エリアでのアラームトラップによる高レベルmobの大量発生。それによってケイタ以外の黒猫団のメンバーが死亡し、残ったケイタもキリトから事情を聞いた途端にアインクラッド外周部から飛び降り自殺をした。それがクリスマスを過ぎた頃にオレがキリトから聞いた、黒猫団壊滅の経緯だ。

 キリトという強力な味方をつけたダッカー達は自分達の力を過信し、当時の最前線より少し下の―――パワーレベリングによるプレイヤースキルの不足が懸念されていた―――層へと挑んでしまったのだ。そのため彼らはトラップにかかった時、冷静な対応ができなかった。

 ケイタが自殺を選んだ詳しい理由はよく解らないが、その事についてキリトは結果しか教えてくれなかった。

 

 (自分が関わらなければ、とか思ってんのか……)

 

 誰かを巻き込むくらいなら、という台詞は間違いなくケイタ達との事を引きずり続けている証拠だ。

 一年ほど前に彼らを助けた時、協力する事を拒んでいたならダッカー達は無茶なレベリングや攻略をしなかっただろう。そしてケイタが自殺する事も無かった筈だ。オレだってその事を何度か考えた。

 だがそれは後から出てくる’もしも’の話であり、実際には何も変わらない。

 

 「……お前がいたから、サチの心は救われたんだろ……!」

 

 「そうかもしれない……けど、死んだ。死なせてしまった……!」

 

 遠くを見ながらそう言ったキリトの声は、震えている事がはっきり分かるものだった。キリトがサチを寝かしつけるようになってから、彼女は少しずつ前へと踏み出していたのはよく覚えている。戦闘でも怯えきった顔をしていなかったし、自然な笑みを浮かべられるようになっていた。それは間違いなくキリトが他人の心を救った証だった。

 

 

 けれど。キリトは自身に課した’サチ達を守る’という誓いを果たせなかった。いくら心を救っても、その命を守れなければ意味が無いのだと、キリトは言外に語っていた。

 

 「……もう、嫌なんだ。俺がいるせいで仲間が―――お前が幸せになれないのが」

 

 「っ!?」

 

 幸せ、という言葉がオレの心に突き刺さる。そしてそれが、オレが知らず知らずのうちにズルズルと現状を維持しようとしていた理由を気づかせてくれた。

 目を逸らして無言でいるキリトへと、語りかけるようにオレは口を開いた。

 

 「十年くらい前かな……サクラと出会って、別れたのは」

 

 「……?」

 

 突然過去を話し出したオレに対して、キリトは訝しげな視線を送るだけだった。だが、リアクションをしてくれたという事は、こちらの話を聞く気があるのだろう。

 

 「ちょっと変わった出会い方だったけど、不思議とサクラとは仲良くできた。あの時はよく二人で遊んでたっけ」

 

 当時のサクラは人見知りが激しかったし、オレはクラスに上手く馴染みきれていなかった。けれどそれは些細な事で、気にしてはいなかった。

 

 「あの頃のオレは、きっと幸せだったと思う……けど、それも長くは続かなかった」

 

 「何か、あったんだな?」

 

 オレはキリトの問いかけに頷き、覚悟を決めて先を語る。

 

 「お袋が倒れたんだ。目の前でな……」

 

 「倒れた?……まさか、そのまま……?」

 

 「死んじまったよ。急に心臓が止まったんだって、医者が言ってた……」

 

 悪夢として蘇る事こそないが、当時の事はオレの脳裏に焼きついている。

 ―――いつもどおり穏やかに笑っていた母が、何も無いところで突然倒れた。体は硬直し、冷や汗を掻いていた。顔を見ればさっきまでの笑みは消え失せ、不自然に強張った表情だった。そして何より、息をしていなかった―――

 

 「心臓が止まっても、すぐ死ぬ訳じゃない。心臓マッサージとかで絶えず血を巡らせてりゃ、助かる可能性は大きい……」

 

 気づけば自分でも分かるくらいに声が震えていた。けど、やめない。やめるわけにはいかなかった。

 

 「その時お袋を助けられたのはオレだけだった……オレだけが、助ける事ができたのに…………何も、できなかったんだ……!」

 

 「クロト……」

 

 いつの間にか震えていた左手を見ながら、オレはその時から自分に根付いていたトラウマを言った。

 

 「幸せになっても……オレはきっとまた、すぐに失ってしまうに決まってる……!また何もできないまま、目の前で大切な人を失うのが……怖くて、仕方ないんだよ……」

 

 どれだけ強がっても、いざと言う時に何もできない。自分はそういうヤツなんだって、あの時思い知ったんだ。なら、幸せの一歩手前で止まっていればいい。その状況でなら、オレは動けるし、守る事ができる。

 

 「なんで、そんな一回だけで決め付けるんだ?」

 

 「……悪いかよ」

 

 「二度三度と同じ事が起きたならまだしも、たった一回でそう思うのは早すぎるんじゃないか?」

 

 ぷつり、とオレの中で何かが切れた気がした。

 

 「テメェにオレのっ!何が解るってんだよ……!目の前で家族が―――」

 

 「―――家族を失った事なら、俺達もある」

 

 「っ!?」

 

 予想外だった。キリトもオレと似たような事があったなんて、考えもしなかった。だが

 

 「なら何で、たった一回って言えるんだよ……!その一回が、どんだけ大きいか……テメェも知って―――」

 

 「―――だからこそ、だ。」

 

 未だに己の膝の上で眠りこけるハルを愛しげに撫でながら、キリトはどこか諭すような声音で続けた。

 

 「だからこそ、俺はハルを守る。失うのが怖いなら、失わないように守ればいい……サクラと再会した時、そうは思わなかったのか?」

 

 「それ、は……」

 

 言い返す言葉が、出てこなかった。失わないように守る、確かにそれは正論だ。自分が強くなればそれでいいのだから。

 加えて、サクラを守ろうと思った事だって数え切れないほどあった。だがオレが彼女を守れるという根拠がどこにあるのだろうか?

 

 「……お前の言うとおりだけど……オレに、できるのか?サクラを守れるだけの力が、今のオレにあるのか?」

 

 「さあな……そんな事が解るヤツなんて、何処にもいないと思う……けど、一人くらいならできるんじゃないか?」

 

 要は気持ち次第だろ、と続けたキリトの言葉に、背中を押された気がした。少しの間を空けて、自分が励まされたのだとようやく気づいた。

 握り締めたままだった左手を開き、キリトの方を見ると、口の片端を吊り上げたシニカルな笑みを浮かべ

 

 「前にお前言ったよな?根拠なんか無くても、守ると決めたなら守りきれって」

 

 「なっ!?」

 

 約一年前にオレが言った恥ずかしい台詞をソックリそのまま返してきやがった!やめてくれ、アレ結構恥ずかしかったんだぞ!!

 

 「あ~あとな、サクラに両想いだって吹き込んどいた」

 

 「ファッ!?!?」

 

 コイツかああぁぁぁ!!!ここ一ヶ月KOBの連中からの風当たりが異常に強くなった原因は!!レイのヤツも何かオレに「貴方には負けませんよ」とか言ってきやがったし!!今日こそコイツをぜってぇにボコして―――

 

 「くろと、すき……」

 

 「―――!?!?」

 

 キリトとあれだけの言い合いをしていたのに、起きる事無く眠り続けていたサクラの寝言。たったそれだけでオレの意識はそちらへと引っ張られ、キリトそっちのけで釘付けになってしまった。

 

 「ん……」

 

 すぐ傍で眠り続けるサクラの表情はとても穏やかなもので、心の底から安らいでいるようだった。

 

 (可愛すぎて、目が離せねぇ……)

 

 普段は綺麗だと思う事が多いのだが……こう、無防備な顔をしていると可愛いという言葉が先に出てくる。左手で彼女の前髪を軽く払うと、気持ち良さそうに小さな吐息を漏らした。

 気づけばオレ自身、顔が熱かった。きっと今のオレは普段ならありえないくらい真っ赤な顔をしているのだろう。だがそれは些細な事であり、気にならなかった。

 

 「サクラ……」

 

 目の前で眠る彼女が、ただただ愛おしかった。

 

 「そうだ……それでいいんだ、クロト」

 

 だからこそ、キリトが五十層の時と同じような目でこちらを見ていたのに気づく事ができなかった。




 誤字、脱字、アドバイス等ありましたら、感想にてお願いします。


 最近サブタイトルが思い浮かばない事が多いので、実際の話と全然合っていないかもしれません……


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二十五話 事件発生

 最近PCの調子が悪かったので、遅くなりました。


 あとSAOの十六巻読みました。ああいう感動系が好きなんですよねぇ……本作でもそんな風にできたらいいなぁ、と思っております。


 クロト サイド

 

 キリトとの話の後、オレ達は夕方までそこから動く事は無かった。午後三時ごろにハルが目覚め、仕入れがあるからと言って別の階層へ転移した。だがサクラとアスナがぐっすり眠ったままだったので、起きるまでオレ達は動く事ができなかった。

 そして夕方になり、二人が目覚めたのでオレ達はようやく動けるようになったのだ。……目覚めた時の、赤面しながら慌てていたサクラがマジで可愛かった。

 ……後ろで誰かが剣を抜く音が聞こえた気がしたが、きっと空耳だろう。うん、誰も抜刀なんてしていなかった。

 

 「―――それで、何処まで歩くのよ?」

 

 「もうすぐ右側に見えてくるさ」

 

 眠っている間のガードのお礼という事で、アスナ達が一回メシを奢ってくれるという話になった。そのため現在オレ達は五十七層主街区”マーテン”を歩いていた。ここは最前線から僅か二つ下の層だが、《生活を楽しむ》という雰囲気が溢れていた。

 オレ達も最近ここで旨いNPCレストランを見つけたし、下層から娯楽を求めて上がってきた人や戦いでの疲れを癒すために降りてきた攻略組も多い。けれど今はそれが災いしていた。

 

 (ちょっと視線が多くねえか?)

 

 アインクラッド初のビーストテイマーとして顔が割れているので、ある程度注目されるのは慣れていた……のだが。

 

 (サクラとアスナの比じゃねーな……)

 

 なにせすれ違うプレイヤーのほとんどが振り返って二人をガン見してくるのだ。他にも遠目から二人を見つめる人までいる。

 そしてその反面、キリトはにはギョッとした表情を見せる。この中で唯一顔バレしていないので、コイツがあの黒の剣士だという事に誰一人気づいていない。

 

 …………ん?攻略組にはバレてるんじゃないかって?オレもそう思ったのだが、周りを確認すると中層以下のプレイヤーしかいなかった。普段はこのあたりでも数人位はすれ違うというのに今日に限って、である。

 

 「―――ここだ。おススメは肉より魚」

 

 なんだかんだで目的の店に到着し、キリト、アスナ、サクラ、オレの順に店に入る。丁度窓際の四人掛けの席が空いていたので、そこへ座る。オレやキリトと違って二人の動作は優雅なもので、ここでも自然と視線が集まってしまった。

 

 「おい、あれ閃光と歌姫じゃないか?」

 

 「あっちは遊撃手だな。……てことはあのガキが黒の剣士か?」

 

 「あんなひょろいのが?別人じゃないのか?」

 

 キリト哀れ。オレと一緒でも気づいてもらえないとか、二つ名プレイヤーとして同情を禁じえない。いや、だからこそこの店で一番値が張るフルコースをがっつり頼んだのかもしれない。

 

 「―――今日は、その……ありがとう」

 

 「へ?」

 

 ギリギリ聞こえるくらいの声でアスナが告げた感謝の言葉に、キリトは思わずといった感じで聞き返していた。すると彼女は不機嫌そうな表情でそっぽを向いて

 

 「ありがとうって言ったの…………今日一日ガードしてくれて」

 

 「まぁ、アンタにいなくなられると困るからな」

 

 別に大した事じゃないさ、と純粋な感謝をするアスナに対して素直に受け取れないキリトという二人のやり取りを聞きながら、オレとサクラは微妙な雰囲気になっていた。

 別に喧嘩した訳でもないし、どちらかが不機嫌であると言う訳でもない。とにかくサクラを意識しすぎているせいで緊張してしまい、何を話せばいいのか全く分からないのだ。

 

 (き、気まずい……!)

 

 隣でキリトとアスナが雑談をしているというのに、オレ達は目が合った途端に逸らしてしまう有様。サクラと一緒に居られる時間は少ないため、早急にどうにかしたいのだが考えが浮かばない。思わず天国のお袋に助けを求めようと現実逃避しかけた時―――

 

 「―――クロト、SAOに欲しい調味料って何だと思う?」

 

 「は?」

 

 突然キリトに話を振られ、つい聞き返してしまった。

 

 「だから、この世界にあってほしい調味料って何だって聞いてるんだよ」

 

 ちなみに俺はソースな、とキリトは言っていた。さっきまで気まずい空気だったので、オレにとってはありがたかった。

 

 「ん~、マヨネーズだなぁ……」

 

 SAOには、現実世界に存在している調味料のほとんどが存在しない。そのため現実世界にある調味料ならどれでも良いというのが本音だが、とりあえずパッと思いついた物を口にしておいた。

 

 「わたしはドレッシングが欲しいな。アスナさんは?」

 

 「そうねぇ……お味噌、とか。あとは―――」

 

 「「「「醤油!」」」」

 

 何の打ち合わせもしていないのに、最後は四人全員がハモった。その事が堪らなく可笑しくて、誰かが吹き出すとすぐに笑いとなって全員に広がっていった。

 丁度その時NPCのウェイターが注文した料理を持ってきたので、和んだ空気のまま食事をしようとして―――

 

 「きゃああああああ!!」

 

 ―――突然聞こえた悲鳴によって、中断せざるをえなかった。

 

 「外からだわ!」

 

 四人の中で最も敏捷値が高いアスナはそう言って真っ先に店の外へ。それにやや遅れる形でオレ達は彼女の後を追った。

 

 (どこだ……!)

 

 店を出た途端再び悲鳴が聞こえ、それを頼りに広場へと全力疾走したオレ達は、到着と同時に悲鳴の原因を探して―――

 

 「っ!?」

 

 ―――その惨状を目の当たりにし、息を呑んだ。

 

 多くのプレイヤーがいる広場と、その北側に建っている塔。そして塔から、一人のプレイヤーが胸に武器を突き刺された状態で吊るされていた。

 全身をがっちりと覆うフルプレートアーマーと兜のせいでどんな容姿をしているのかはよく分からないが、体格的には多分男だろう。そしてそのプレイヤーは苦しそうに呻いていた。

 鎧のプレイヤーはロープによって首を吊るされているが、SAOに窒息死は無い。加えて、いくら武器に貫かれていようがHPさえ残っていれば死ぬ事は無い。

 

 「速く抜け!」

 

 驚愕で思考が止まったのはほんの一瞬。鎧のプレイヤーの胸を貫く武器からは紅いダメージエフェクトが噴出しており、現在進行形でHPを削られている事に他ならない。いち早くそれに気づいたキリトが叫ぶが、鎧のプレイヤーはずっと刺さった武器を抜こうとしていた。

 だがその刃には凶悪な逆棘がびっしりと付いており、引き抜くためには相当な筋力値が必要だ。そして何より鎧のプレイヤーには刻一刻と死が迫っているのだ。

 自身の死を目前にしてパニックを起こし、ステータス通りの力を発揮できなくなる事はそう珍しい事では無い。むしろ何度も死に掛けてしまい、HPがレッドゾーンになっても平常心を保てるようになったオレやキリトが異常なのだ。

 鎧のプレイヤーも例に漏れずにパニックを起こしているようで、刺さった武器が抜ける気配は無い。

 

 「チッ!キリトはアイツの下に行け!!」

 

 「おう!」

 

 オレは腰の鞘に収めた短剣を引き抜きながら、助走をつけて跳躍。システム外スキル『ウォールラン』で塔を垂直に駆け、鎧のプレイヤーを吊るしているロープを切断しようとした。

 

 けれど、現実は残酷だった。

 

 オレがたどり着くよりも先に、鎧のプレイヤーは無数のポリゴン片を撒き散らして消滅してしまったのだ。

 

 「なっ!?」

 

 感情に反して体は動いてくれた。鎧のプレイヤーに刺さっていた武器を左手で掴み取り、両足からしっかりと着地できたが、目の前で人が死ぬのを止められなかったのがショックだった。

 

 「皆!デュエルのウィナー表示を探してくれ!!」

 

 「私は中を見てくるわ!」

 

 悲鳴が響き渡る中、それに負けないくらい声を張り上げるキリトと塔へと駆け込むアスナ。サクラはせわしなくあたりを見回し、ウィナー表示を探す。そんな彼らを見て、オレは気持ちを切り替えてヤタの索敵を発動。ここから不自然に遠ざかって行くプレイヤーがいないかを探すが、そんなものは見つからない。

 やがて―――

 

 「だめ……三十秒、経ったわ……」

 

 ―――サクラの呟きが、タイムリミットが訪れてしまった事を告げるのだった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「どういう事だ?」

 

 あの後、周りの人達に現場をブロックしてもらい、オレ達は教会の中で考えを整理する事にした。

 

 「普通に考えれば……」

 

 小首を傾げつつ、アスナが自分の推理を言い始めた。

 

 「あのプレイヤーのデュエルの相手がこのロープを結んで、胸に槍を突き刺したうえで、首に輪を引っ掛けてから突き落とした……って事になるのかしら……?」

 

 「見せしめってか?チッ胸糞悪ぃ……」

 

 全く、反吐が出る演出だ。

 

 「けど、ウィナー表示がどこにもなかった。あの場にいた数十人が誰も見つけられなかったんだ。デュエルじゃないって事は確実だろう」

 

 「それこそあり得ないよ!圏内でダメージを与えるには、デュエルしかない筈なのは皆知ってるでしょ!」

 

 確かにサクラの言うとおりだが……

 

 「けど俺達は今、その’あり得ない事’を見てしまったんだ」

 

 キリトの指摘に、サクラは何も言えなくなってしまった。デュエル以外でダメージを与える方法があるのだとすれば、このままほったらかす訳にはいかない。何時寝首をかかれるか分からないからな……

 

 「見ちまったからにはしゃあねぇな……圏内PKを放置する訳にはいかないし、原因を突き止めようぜ」

 

 「そうだな……そういうわけだし、俺達はしばらく前線から離れるよ」

 

 またアスナの怒りを買うかもしれないが、仕方ないだろ―――

 

 「―――待ちなさい」

 

 「んぁ?」

 

 不機嫌になるのは予想していたが、さっきの声は至極真面目な声だった。そのせいかついアホっぽい返事が出てしまった。

 

 「見てしまったからには仕方が無い……それは私達にも言えることよ。血盟騎士団副団長として、この事件は見過ごせません」

 

 「わたしも協力するよ。二人より四人の方が早く解決すると思うから」

 

 サクラ達の表情はさっきレストランで見せた年相応のものから、普段人前で見せるKOB団員としてのものに変化していた。

 

 「そっちは人脈とか色々オレ達以上にあるからな……協力してくれるなら大歓迎だ」

 

 「よろしく頼むぜ、お二人さん」

 

 オレが差し出した右手にキリトが手を重ねる。アスナとサクラもそれにならって手を重ねた。

 

 「先に言っておくけど、昼寝の時間はありませんから」

 

 「今日のわたし達が言えた事じゃ無いですよ」

 

 クールに釘を刺したつもりだったアスナだが、サクラの台詞によって顔が瞬時に赤くなり

 

 「さ、サクラぁ!!」

 

 羞恥による叫びが部屋に響き渡った。




 作者(弟)の夏休みは僅か四日……学生と社会人の違いを痛感しています。

 ピッカピカの社会人一年生ですが、しばしば学生の頃が懐かしく思ってしまいます。


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二十六話 捜査開始

 ついにお気に入りが100件超えました!

 拙い文章かもしれませんが、これからもよろしくお願いします!!


 クロト サイド

 

あの後、オレ達は広場に集まった人達の中に事件の目撃者がいないかを確認した。すると、殺害されたプレイヤーの友人だという女性―――ヨルコさんが、怯えた表情をしながらも名乗り出てくれた。

 サクラとアスナが怖がらせないように注意しながら事情を聞くと、以下の事が分かった。

 

 ・殺害されたのは’カインズ’というプレイヤーである事

 

 ・ヨルコさんとカインズさんは、かつて同じギルドの所属していた事

 

 ・ギルドが解散してからも、二人は時々交流があった事

 

 ・今日は観光とレストランでの食事が目的でこの層に二人で来ていた事

 

 ・広場ではぐれ、塔から吊るされ刺されていた彼を見て悲鳴を上げた事

 

 ・カインズさんが落ちてきたとき、塔に一瞬誰かが見えたが、その人物に見覚えが無かった事

 

 ・そもそも、カインズさんは誰かに命を狙われるような事をする人ではなかった事

 

 さっきの事のせいでヨルコさんは一人で下層に戻るのが怖いという事なので、サクラ達がこの層にある宿屋の一室を手配して泊まらせた。その間オレ達は野次馬の中にいた攻略組の知り合い達に、圏内PKの手段があるかもしれないという事を伝え、注意を促した。大手ギルド所属のヤツが情報屋にも知らせておくと言ったので、注意喚起は問題ないだろう。

 

 「―――んで、どっから手をつけたもんかねぇ……」

 

 野次馬も居なくなり、適当なベンチに座ったオレ達はこれからの方針を話し合っていた。とはいえ情報が少なすぎて何からはじめればいいかよく分からないのが現状だった。

 

 「手持ちの情報を検証しましょう。特にロープと武器―――スピアをね」

 

 「PCメイドなら、作成者から犯人を追えるかもしれないよ」

 

 なるほど……動機が不明なら物的証拠って訳か。即座にそこまで頭が回るなんて、本当に脱帽ものだ。オレとキリトだけじゃそこに行き着くまでどれだけ時間がかかったのやら。

 

 「って事は鑑定スキルが必要か……キリト、ハルに―――」

 

 「―――却下だ。あいつに余計な心労はかけたくない」

 

 言い切る前に断るとは……兄弟そろってブラコンめ。

 

 「ハルはお前が思ってるほどヤワじゃねーだろ。兄貴なら弟を信じてやれ」

 

 「あのなぁ……あいつはまだ十三なんだ。PKの話はショックがデカ過ぎる!」

 

 ……え?マジで??

 

 「SAOは元々十三歳以上推奨のゲームだろ!お前はあの日十二歳の弟をログインさせたのかよ!?」

 

 「いやぁ、自分もやりたいって珍しくねだった弟にダメとは言えなかったんだよ……」

 

 親からも、お前が管理しろって言われてさ、と目を逸らしながら頬を掻くキリト。こいつ等のブラコンはもう重症だな。

 

 「年不相応にしっかりしてるなぁって思ってたけど……」

 

 「ログイン当時まだ小学生だったなんて……」

 

 サクラとアスナがやや呆然としながら零した言葉には、正直オレも同意する。

 

 「とりあえず話を戻すけど、そっちはフレンドとかに鑑定スキルのアテはあるのか?」

 

 「う~ん、あるにはあるけど……」

 

 「リズさんもハル君と同じで武器屋だから、今すぐには無理かなぁ」

 

 少し強引に話を戻したキリトの問いに、二人は申し訳なさそうに答えた。

 

 「なら……熟練度が不安だけど、アイツだな」

 

 答えに落胆するでもなく、キリトは淡々とメッセージを打ち始めた。

 

 (ハル以外で鑑定スキル持ち……まさか?)

 

 キリトがメッセージを送ろうとしている人物が想像できたので、確認の意味を含めて聞いてみた。

 

 「アイツって、ガングロスキンヘッドの斧戦士兼雑貨屋?」

 

 「そうだ」

 

 しれっと答えるキリト。なんかため息つきたくなってきた。

 

 「えっと、それってエギルさんだよね?」

 

 「雑貨屋も、この時間は換金とかで忙しいんじゃ―――」

 

 「―――知らん」

 

 サクラとアスナにそっけなく返しながら、キリトは無慈悲に送信ボタンを押すのだった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「うーっすエギル、来たぞ」

 

 「客じゃないヤツに’いらっしゃいませ’とは言わん」

 

 キリトの突然のメッセージの所為か、エギルの対応はややそっけなかった。

 

 「相変わらずボッタクリな取引ばっかしてんだろ?」

 

 「安く仕入れて安く提供するってのがウチのモットーだって何度言わせりゃ気が済むんだよ?」

 

 嘘付け、今さっきボッタクられてしょんぼりしたプレイヤーと路地ですれ違ったぞ。なんてのは口にせず、取りあえずよろしくの意味をこめてオレとキリトはエギルと拳を軽くぶつけ合う。

 

 「んでキリト、鑑定して欲しい物ってのは―――」

 

 「―――エギルさ……あれ、兄さんどうしてここに?今日は迷宮区に行ってないよね?」

 

 「ハル!?何でここにいるんだ?」

 

 本題に入ろうと思ったところで、店の奥からひょっこりとハルが出てきた。

 

 「僕はエギルさんに装備を幾つか委託販売してもらおうと思って取引してたんだけど……兄さん達は何か面倒事?」

 

 アスナさん達がいるんだし、と相変わらず鋭い指摘だった。キリトは早々に誤魔化すのは無理だと悟ったらしく、このまま本題を切り出す事にしたのだった。

 余談だが、サクラ達を確認したエギルはすぐにお茶を用意するという紳士な対応を見せていた(ニヤける事も無かった)。

 

 「圏内でHPがゼロになっただぁ?デュエルじゃないのか?」

 

 「ウィナー表示が見つからなかったんだ。俺一人ならともかく、十数人規模の人達が見つけられなかったから、見落としたって事は……無いと思う」

 

 キリトは、店じまいをしたエギルに事の経緯を話した。エギルは半信半疑な様子だが、実際に起こった事なのだ。信じてもらうしかない。

 

 「つー訳でハル、このロープと槍を鑑定してくれ」

 

 オレは現場に残されていたロープと武器―――一見すると片手剣みたいだったが、実は短槍だった―――をオブジェクト化し、テーブルに置いた。

 

 「じゃあ、ロープからいくね」

 

 メニューを操作し、ハルはまずロープの鑑定を始めた。

 

 「う~ん、どこにでも売ってるNPCメイドだよ。耐久値が半分くらいになってるだけで、特に珍しいところはないよ」

 

 「そりゃあんなフルプレのプレイヤーぶら下げてたらなぁ」

 

 ロープの方からは何も解らなかったが、元々そこまで期待していなかった。次の槍が本命だ。

 

 「…………ハァ……PCメイドだよ。何でこんな武器作るんだろ……」

 

 逆棘がびっしりと付いたこの槍は、間違いなく対人用―――はっきり言えば人殺し用―――の武器だ。

 元々槍等の貫通(ピアース)系の武器には、刺さっている間’貫通継続ダメージ’を与えるという特徴がある。だがそれは感情を持たないmobにはほとんど意味が無い。理由はいたって単純で、刺さった次の瞬間には躊躇う事無くそれを引き抜いてどっかへ放り投げてしまうからだ。

 人ならばじわじわ減っていくHPによって死の恐怖を味わい本来のスペックを発揮できずに終わってしまうが、mobにはそれが無い。いくら逆棘を増やしても、引き抜くのに多少時間がかかるだけだ。

 鍛冶屋であるハルはそれをよく知っており、これを作ったプレイヤーは自らの意志で人殺し用の武器を鍛えたという事になるのだ。同じ鍛冶屋として、それがとても残念な様子だったが、鑑定結果を読み上げるのを中断する事は無かった。

 

 「作成者はグリムロック。綴りは’Grimlock’…………聞いた事ないなぁ……エギルさんは?」

 

 「おれも無いな。少なくとも一線級の刀匠じゃあねぇ……もしかしたら自分用の装備を鍛えるために鍛冶スキルをとったプレイヤーじゃないか?」

 

 「ですね。ステータスもあくまで中層クラスのものですし……」

 

 期待していた槍からも大した情報が得られなかったので、オレはどうしたものかと頭を捻り始める。

 

 「でも、その槍を鍛えた人が中層クラスのプレイヤーだって事は解ったわ。あとはその辺りのプレイヤー達に手当たり次第に聞いてみれば、グリムロックさんとパーティーを組んだ事のある人が見つかる筈よ。ソロや極一部の人としか組まないような少数でのプレイだけで、中層クラスになれるとはとても思えないし」

 

 「おう、コイツ等みたいにコンビかソロでしか攻略しないアホがホイホイいる筈ないしな」

 

 「「うぐっ!!」」

 

 アスナとエギルの容赦の無い言葉が突き刺さり、オレとキリトは揃ってテーブルに突っ伏してしまった。確かにボス戦の時以外はキリトと―――どちらかが参加できない時はソロで―――攻略していたのだが、堂々とアホと言われれば傷つくのは当たり前だ。

 

 「よしよし」

 

 「元気だして、兄さん」

 

 サクラがオレの頭を撫で、ハルがキリトの背をさすってフォローしてくれた。

 

 (あぁ……何か癒される……)

 

 不思議だ。さっきのダメージが無かったかのようだ。少しの間そのまま撫でてもらい、オレとキリトは何とか起き上がる事ができた。

 

 「ところでハル君、その槍の名前も教えてくれない?」

 

 「あ、はい」

 

 若干呆れを含んだ声でアスナがそう言うと、ハルは再び鑑定結果のウィンドウを見た。

 

 「えっと……’ギルティソーン’ですね」

 

 「罪のイバラってとこか……どっか不吉な感じの名前だな」

 

 罪のイバラ、か。確かに逆棘がびっしり付いた刃はイバラのシルエットに見えなくもないし、赤黒い色合いが何だか処刑器具を連想させる。グリムロックというプレイヤーは何を思ってこんな武器を作ったのだろうか?という疑問を抱かずにはいられなかった。

 

 「試してみるか……」

 

 しばらく槍をもてあそんでいたキリトが、不意にそんな事を呟いた。

 

 「試すって、何を?」

 

 サクラが訊ねるが、考え込んでいるキリトには聞こえていないようだった。やがておもむろに槍を左手で逆手に持つと、そのまま右手めがけて―――

 

 「待ちなさい!!」

 

 ―――突き刺す前に、アスナに止められた。

 

 「……何だよ?」

 

 「何だよじゃないわよ!バカなの!?それで死んだ人がいるのよ!!」

 

 仮に刺さったとしても死ぬようなダメージにはならないだろ、とどこ吹く風のキリトと、珍しく激昂するアスナ。確かにキリトが行った事は褒められるような事じゃないが、いずれは試さなければならない事だったのだ。それに最前線で戦うオレ達のHPが、中層クラスの槍が手に刺さったくらいで全損するとはとても思えないので、どうしてアスナがあそこまで怒っているのかがオレにはよく解らなかった。

 

 「……に……に……にい…………!」

 

 だがしかし。キリトに対して怒っていたのは、アスナだけでは無かった。というか、この状況で怒らない方がおかしい人物が一人いる。

 

 「……兄さんの……バカアァァァ!!!」

 

 重度のブラコンであるハルが、キリトの自傷行為を許す筈がないのだ。その怒りは年相応の爆発であるが、規模が噴火した火山もかくやというレベル。故にオレはサクラをつれて部屋から脱出し、エギルも便乗した。そして噴火が収まるのをひたすら待った。

 

 ―――結局ハルの怒りが収まったのは、それからおよそ三十分ほど経ってからだった。部屋から避難していたオレとサクラとエギルが見たのは、ひたすらハルをなだめすかしているキリトと、部屋の隅で何かに怯えるように縮こまっていたアスナ、あからさまに不機嫌な表情でちょっと刺激すればまた噴火しかねない様子のハルだった。




 本作の圏内事件は、原作とアニメのごっちゃです。


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二十七話 事件捜査その一

 やりたいネタやってると話が全然進みません……今回もそのパターンです。

 圏内事件で何話使うのやら……


 クロト サイド

 

 とりあえずハルの怒りが収まってから、オレ達は第一層に降りた。SAOプレイヤーの生死は、ここ”はじまりの街”にある生命の碑で確認できるからだ。

 街は軍の巡回等もありとても静かで寂れた感じだったが、オレ達が補導されるような事は無かった。結果を言えばカインズはあの時死に、グリムロックはまだ生きている事が確認できた。

 気が付けば夜中の十時くらいになっていたので、サクラとアスナとは翌日に落ち合う約束をして別れた。なおエギルとハルは、商売があるため明日以降は協力できないとの事。

 

 ―――まさかDDAに待ち伏せされて槍を巻き上げられるとは思わなかったが。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「DDAが?」

 

 「大丈夫だったのクロト!?」

 

 翌日、NPCレストランで落ち合いDDAの事を伝えると、アスナは訝しげに眉をひそめ、サクラはオレの事を心配してくれた。確かに槍を巻き上げられたが、向こうも本気でこちらに危害を加えようとしていたわけではなかった。その証拠にオレ達を囲んだ時は完全なボックスを作らなかったし(その気になれば脱出できた)、槍を差し出したらさっさと帰ってしまった。

 

 「落ち着けって。槍とった以外は何もしてこなかったし」

 

 「それにアレはDDAと言うより、シュミット個人が、って感じだったしな」

 

 オレがサクラをなだめている間に、キリトとアスナは話を進めていった。

 

 「あぁ~、いたわねそんな人……でっかいランス使いでしょ?」

 

 「そ。前にクロトがチキンタンクっていったアイツ」

 

 ……確かにオレもそんな事言ったような気がする。キリト達がデュエルしたのもその時だったし。

 

 「ん~……その人が犯人って事は無い?」

 

 「無いと思う。と言うか逆に狙われる方じゃないか?グリムロックの名前を出したら目に見えてうろたえていたしな……まぁ、断定はできないけど」

 

 確かに断定はできないが、シュミットが犯人って可能性は限りなくゼロだとオレは思う。カインズのアレは公開処刑ともとれるし、シュミットはその影響をモロに受けていた。きっとカインズ、シュミット、グリムロック、そしてヨルコには何かしらの共通点があり、それが原因でカインズは殺されたんじゃ無いだろうか?

 浮かんだ疑問を三人に告げると、皆納得してくれた。

 

 「過去の出来事への復讐……いえ、制裁だとすればどっちも危ないんじゃない?」

 

 「ヨルコさんは宿屋にいますし、シュミットさんもDDAにいる以上一人になる事はまず無いと思いますよ」

 

 「そうだな……カインズ達が過去に行った’何か’が分かれば、犯人も判ると思うけど……先入観は持たないようにしよう」

 

 「だな。ヨルコさんの話を聞くときは特に、な」

 

 全員で頷き合うと、話し合いを一旦やめて食べかけの食事を平らげる事にした。普段なら朝食はハルが用意してくれるが、今回はレストランが集合場所だったのでやめておいた…………のだが、ぶっちゃけ作ってもらえばよかったと後悔している。はっきり言ってこの店の料理よりもハルの料理の方が旨い。

 いや、オレが頼んだ料理がそもそもハズレメニューだったのか?現に三人は黙々と食べてるし。

 

 「クロトどうしたの?」

 

 料理を食べるのを諦め常備している携帯食料を取り出すと、それに気づいたサクラが声をかけてきた。

 

 「あぁ、ここのメシが口に合わなかったんだよ」

 

 「そうなんだ……じゃ、こっちの食べる?」

 

 「サンキュ、それじゃ……」

 

 手を伸ばして彼女の食べていたパンを分けてもらおうとすると、何故かやんわりと止められた。からかわれたのかと思い顔を上げると―――

 

 「はい、あ~ん」

 

 「「「!?」」」

 

 サクラが、野菜スープ(みたいな何か)を掬ったスプーンを突き出していた。これにはオレだけでなくキリトとアスナも固まってしまった。

 

 (ままままま待て待て待て!!今はキリト達がいるんだぞ!?こういうのは二人きりの時に……いや待て!そもそもまだオレら付き合ってないし!!)

 

 「イヤ、だった……?」

 

 思考がおかしな方に飛びかけて固まっていると、サクラは目を潤ませながらそう言った。彼女を悲しませる訳にはいかないので首を横に激しく振って拒否するつもりが無い事を伝える。

 

 「……いただきます」

 

 そう言ってから、突き出されたままのスプーンを口に含んだ。

 

 「おいしい?」

 

 恥ずかしさで頭がいっぱいなので味なんて全くわからなかったが、笑顔で聞かれている手前ではそんな事口が裂けても言えない。ゆえにオレはただコクコクと頷く事しかできなかった。

 

 「……サクラったら……ちょっとは人目を気にしなさい」

 

 「いちいち目くじら立てるなよ」

 

 キリトとアスナが何か言っていたが、オレにはよく聞こえなかった。ただ、これはサクラの料理が無くなるまで続けられた。

 ……もっともサクラも相当恥ずかしかったらしく、後にこの事を思い出す度に赤面していた。

 

 

 ~~~~~~~~~~

 

「ほ、本当にやるの?」

 

 「ああ」

 

 ある実験をするため、オレ達は”マーテン”の出入り口の一つに移動していた。そして実験に対して未だにしり込みしているアスナに、キリトはやる事が当然のように答えた。

 

 「手にピック刺したってHPが数パーセント減るだけだろ。ビクビクしすぎじゃね?」

 

 「それはそうだけど……でも何かあったらどうするの!?」

 

 オレも特に問題は無いと思うのだが、サクラまでごねているので中々実験できない。どうしたものかと思っていると―――

 

 「実験なら俺一人で十分だ。二人はさっきみたいにイチャついてろよ」

 

 「~っ!?」

 

 「なっ!?テ、テメェ!!」

 

 キリトが盛大な爆弾を放り込みやがった!後でハルにチクってやるから覚悟しとけよ!!

 

 「……どうせ止めたってやるんでしょう?ならパーティー組んでHP見せなさいよ。今回はそれで折れてあげる」

 

 見かねたアスナが、呆れ声でそう言った。手には高価な回復結晶を握り締めて、だ。

 

 「おいおい……回復ならポーション一つでいいだろ。大げさだぞ?」

 

 「別にいいじゃない!やるならさっさとしなさいよ!!」

 

 ……な~んか最近アスナの態度が変わってきたな。特にキリト絡みで。

 

 「ふっ」

 

 どうでもいい事を気にしている内に、キリトが『シングルシュート』を発動し、放たれたピックは彼の左手に突き刺さった。視界の端に表示されているキリトのHPバーが極わずかに減少したのを確認し、少しの間待機。五秒ほどするとピックが刺さった所からダメージエフェクトが発生し、刺さった時よりも僅かに彼のHPが減少した。これが貫通継続ダメージであり、今回の実験の肝だ。

 

 オレ達の実験の目的は、貫通属性の武器が刺さったまま圏外から圏内へ移動したら貫通継続ダメージは有効か否かを確かめる事だ。後はキリトが圏内に入れば目的は達成できる。

 

 「はやく入って!!」

 

 ……だからアスナ、何でそんなに慌てているんだ?キリトだって言われた次の瞬間には圏内に入ったし。

 

 「……ダメージは止まったな」

 

 「けどピックは刺さったままだし、感覚はある」

 

 キリトの左手には今もピックが刺さり、そこから五秒毎にダメージエフェクトが発生しているが、HPバーは一ミリたりとも減らない。

 

 「感覚があるのは、武器が刺さったままなのに気づかないで圏内を歩き回る人がいないようにするためかな?」

 

 今のキリトみたいに、と若干嫌味っぽく言ったのは、さっきの爆弾発言に対するサクラなりの仕返しなのだろうか?

 だがキリトも特に気にした様子も無く、無造作にピックを引っこ抜いた。

 

 「……すぐには感覚は消えねぇか?」

 

 「そうだな…………けど、なら何でカインズさんは死んだんだ?継続ダメージも圏内じゃ無効になるのに……」

 

 左手を開閉してはいるものの、思考に耽っているのか、返事はどこか上の空だった。……いや、あえて考える事に没頭する事で、不快な残留感を頭から締め出しているのかもしれない。

 この世界は痛覚こそ無いが、ダメージを受ければ不快感はあるし、少しの間残留感がある。とりあえずほっとけばいいので、キリト同様にカインズの死因を考える。

 

 「それこそあの槍、圏内でもダメージが無効にならないとか?」

 

 「いや、ハルの鑑定で特殊効果なんて何も無かったんだ。そんなのありえ―――!?」

 

 不意にキリトの声が途切れたのでそっちを見ると、意外なものが見れた。なんとアスナが、胸の前でキリトの左手を両手で包んでいたのだ。

 

 「ア、アスナ?何でキリトの手を?」

 

 「こうすれば、残留感がすぐになくなるからよ」

 

 顔を背けながらそんな事言ったって説得力ねーぞアスナ。サクラだって小声で素直じゃないんですから、とか言ってるし……もしかしてアスナ、キリトの事―――

 

 「はな、せっ!」

 

 突然キリトがアスナの手を振り払い、彼女を拒むように数歩後ずさった。他人から離れようとするのはクリスマス以来だったので、オレはやや面食らってしまった。

 だが二人はキリトの突然の拒絶に立ち尽くしてしまい、なんとも微妙な空気になってしまった。

 

 「………………ごめん」

 

 ギリギリ聞こえる大きさで謝ったキリトだが、顔は俯いているために今どんな表情をしているのかまでは分からなかった。ただ―――

 

 (怖がってた……のか?)

 

 ―――アスナから離れた時の、怯えた様な表情が頭から離れなかった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 やや微妙な雰囲気をどうにか払拭し、オレ達はヨルコさんが泊まっている宿に移動した。昨日の出来事のせいか、ヨルコさんはあまり眠れなかったようだった。

 

 「わりぃな……友人が亡くなったばっかだってのに」

 

 「いえ、気にしないでください。私も、はやく犯人を見つけてほしいですから……」

 

 ヨルコさんは俯きがちだったが、サクラとアスナの二人を見た途端に歓声を上げた。

 

 「うわぁ……お二人のその服全部、アシュレイさんのお店のワンメイク品ですよね?全身揃ってるのはじめて見ました!」

 

 ……完全に言いそびれていたが、今のサクラとアスナは見慣れたKOBの騎士服ではなく、私服を着ていた。しかも結構頑張ってオシャレしましたって感じの。

 

 (……だから今日会ってすぐに似合ってるって言った時、サクラはあんなに嬉しそうにしてたのか……)

 

 ヘタレだと言われていても、それくらいはできる。むしろスルーしたキリトが変じゃないだろうか?詳しい事が分からなくても、しっかりキメてきた女の子を褒めるのって男として当たり前の事だってじいちゃん言ってたし……

 それに引き換えオレ達は普段どおりの黒づくめ。キリトはロングコートを、オレはハーフコートにマフラーを身に着けているのが当たり前になっていた。

 

 「アシュレイ……だと?あの女か……!」

 

 「「「へ?」」」

 

 キリトの忌々しげな呟きに、女性陣が固まった。だがそれは仕方が無い事だ。アシュレイとオレ達の間に起こった出来事は当事者以外はほとんど知らないのだから。

 

 「えぇっとな、アシュレイとは知り合いっつうか……」

 

 「ハルを誘拐して着せ替え人形にしようとした変態(ショタコン)だ。ついでにヤタもしつこく愛でられてるしな」

 

 「……カァ……」

 

 彼女に延々頬ずりされた時の事を思い出したのか、ブルっと体を震わせるヤタ。サクラ達は、キリトの説明に対して引きつった笑みを浮かべるしかできなかった。

 

 「最近はオレ達まで狙われるようになってさ……」

 

 この間訪ねたときは、女物のウィッグと服を装備させられてモデルにされたし。(何故かオレだけ)

 

 「俺達のコートとか仕立ててくれるのはありがたいんだけどな……」

 

 「あの性格を何とかしてほしいぜ……」

 

 仕立ての腕が一流な上に外見も文句なしの美人だというのに、良くも悪くも己の欲望(服を作る事とそれを着せるモデルを探す事等)に忠実なため、必要以上に関わりたくないのが本音だ。そこさえ改善できれば、すぐにでもいい男を捕まえて幸せルートまっしぐらになれるというのに……残念だ。

 

 「確かにアシュレイさんってちょっと暴走気味なところあるけど…………って、そのコートもアシュレイさんの!?」

 

 「あ、あぁ……まあな」

 

 ちょっと引くぐらいに食いついたアスナと、彼女に迫られて若干言葉が詰まったキリト。つーかそこまで驚く事か?

 

 「いいな~。アシュレイさん、基本的に戦闘用の装備は作らないのに」

 

 「オレ等くらいだよ……色々犠牲にしたけど……な」

 

 「た、大変なんですね……」

 

 サクラはこっちを羨ましそうに見て、ヨルコさんはさっきの話からオレ達が対価としてアシュレイに要求されたものを察してくれたようだ。……えぇ、色々犠牲にしましたよ。男の尊厳とかプライドとか意地とかその他もろもろ…………実際はひたすら女装させられて大量に写真を撮られたんだけどさ。

 

 「まぁ、オレ達が着てるのは彼女に仕立ててもらったモンにハルが装飾つけたやつなんだけどな」

 

 そう言って、金属製の肘当てや打ち込まれたスタッズを指差した。こういった装飾のお陰で、基本的な防御力を底上げしたり、ステータスアップのボーナスがついたりするのだ。実のところ、中層の下手な金属鎧よりもこっちのコートの方が防御力が高い。…………とはいえ攻略組の中では紙装甲なのは間違いないが。

 

 「……とにかく場所を変えよう。ドアロックできる場所じゃ、誰かが聞き耳スキルで盗聴してくるかもしれないし」

 

 「今の時間なら、レストランとかスッカスカじゃね?」

 

 どうにかアスナを落ち着かせたキリトが移動を提案し、オレが場所の候補を挙げた。女性陣も特に異論は無かったので、昨日夕食を食べそびれたレストランへ移動した。

 

 ―――今にも雨が降り出しそうな曇天が、今回の事件の解決が容易でない事を暗に示しているようだった。




 最近、平均評価が少し上がっていたのに気づきました。

 評価してくださった方々には本当に感謝しています!


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二十八話 事件捜査その二

 前回から三週間も空いてしまって申し訳ありません……

 中々時間が取れない社会人ってこういう時不便ですね~


 クロト サイド

 

「……なんつーか」

 

 「嫌な話だが、ネトゲじゃよくある事だったな……」

 

 オレ達はレストランにて、生命の碑にあるカインズの名前に横線が引かれていた事、彼を殺すのに使用された槍がグリムロックによって作られたものだった事をヨルコさんに報告した。加えてシュミットという人物を知っているか聞いてみた。

 ……すると何とまあ、かつてのギルメンだったと答えてくれた。さらにカインズが殺された理由になりうる出来事を教えてくれた。

 

 ヨルコさん達が所属していたギルドは黄金林檎という名前で、半年ほど前、最前線でもドロップすることの無いだろう高性能な指輪を入手した。その後指輪をギルド内で使うか売却して利益を分配するかで意見が対立。ケンカに近い言い合いの末、多数決によって売却に決定したそうだ。そのためギルドリーダーが最前線に一泊二日の日程で出向き、競売屋に委託する筈だった。

 だがリーダーはそのまま帰らぬ人になってしまったのだ。当時は睡眠PKの手口が広がる直前であり、ドアロックできない公共スペースで眠る人も少なくなかった。不幸にもリーダー―――グリセルダさんも宿代を節約するためにそう言った場所で眠り、そのままPKされてしまったらしいのだ。狙われた理由は当然彼女が所持していたレア指輪だろう。だが指輪を持っている事を知っていたのはギルドメンバーのみ。当然ギルメンの誰かが利益を独占しようとか、売却される前に奪ってしまおうとか考えたのでは無いかという疑問がギルド内で浮上した。さらにグリセルダさんが殺された時間に自分がどこで何をしていたかを証明できる者は一人もおらず、互いに疑心暗鬼の状態になりあっという間に解散したそうだ。

 

 意外だったのが、リーダーであるグリセルダさんは女性で、グリムロックと結婚していたという事だ。SAOの男女比はとても偏っている。そんな中結婚するほど女性と親密になれる男性はほとんどいない。……カップルなら以前四十七層でそれなりに見かけたけど。

 とにかく、運良く手に入ったレアアイテムを取り合って、仲良しだった筈のギルドが空中分解するのはネットゲームではよくある事なのだ。その手の情報が広がらないのは、ひとえに当事者達が話そうとしないからだ。人間誰しも忘れたい事や話したくない事の一つや二つはあるのだから。

 

 「……やっぱり、割り切れないよ」

 

 「割り切れない?何がだ?」

 

 サクラが辛そうな顔で呟くと、それを聞いたキリトは首を傾げる。

 

 「だって……だって、今まで一緒に戦ってきた人達が、たった一つのアイテムでバラバラになっちゃうなんて……そんなのおかしいよ!」

 

 「ゲーマーってのはそういうものさ。普通の人よりも少しばかり自分の欲望に素直で、他人への配慮に欠けたヤツばかりなんだよ」

 

 やるせないといった様子のサクラと、冷めた表情で眉一つ動かさないキリト。オレはかじる程度とはいえネトゲをやっていたから、キリトの考え方は分かる。だが、人としてはサクラの方が正しいんじゃないかって思う。

 つまりオレは二人の内のどちらを肯定すればいいのか判らなかった。

 

 「サクラ、考え方は人それぞれよ。それよりも今、私達にはやる事があるでしょう?」

 

 「……はい……そうでした……」

 

 結局どっちつかずなオレよりも先に、アスナがサクラを慰めてしまった。……つーかアスナ睨むな!マジでこえーよ!!ヤタも突っつくな!痛てぇって!!

 左からはヤタにこめかみをつつかれ、反対側からはアスナに絶対零度の視線で睨まれ、両方から「何でフォローしないんだよ」と責められているような状態で非常に居心地が悪かった。

 

 ……余談だが、現在のオレ達はヨルコさんから話は聞き終わってレストランから出ているし、ヨルコさんも宿屋へと送った後だ、という事を追記しておこう。

 

 「えぇっと……と、とりあえずこれからの事を決めねえか?」

 

 「そうだな。俺が今思いつくのは―――」

 

 居心地の悪さを誤魔化すためにオレが口を開くと、キリトは真剣な顔をしながら指を三本立てた。

 

 「―――一つ、中層でグリムロックの事を聞き込む。二つ、元黄金林檎のメンバーにヨルコさんの話の裏づけをとる。三つ、殺害手口の詳しい検討をする……こんなところかな」

 

 「いっつも思うけどよ……よくすぐにそんなに選択肢が浮かぶよなぁお前」

 

 ヨルコさんから話を聞いて、まだそれほど時間が経っているわけでは無い。だと言うのにこの頭の回転の速さ……頼りになると同時に驚かされてばかりだ。

 

 「……一つめは、もっと人手が要ると思う……」

 

 「そうね……四人じゃ効率が悪すぎるし……かといって攻略以外の事に割ける人手はどこのギルドにも無いし、却下ね」

 

 普段より抑揚の無い声でサクラが呟くように言うと、アスナがキリトの選択肢にある問題点をすぐに挙げてきた。

 

 「じゃあ二つめは?」

 

 その事に驚きつつも次の選択肢を挙げるが、またアスナに問題点を指摘されてしまう。

 

 「指輪事件の事は元々裏の取りようがないわ。仮に元黄金林檎のメンバーから話を聞けたとしても、ヨルコさんの話と矛盾していた場合、私達じゃあどちらが正しいのか分からないもの」

 

 「……となると三つめだな」

 

 キリトが言うと、オレ達は皆頷いた。消去法ではあるものの、行動の方針は決まった。だが―――

 

 「けどよ……もうちょいSAOの知識があるヤツが要るよなぁ」

 

 「うん……でもヨルコさんも指輪事件の事はあんまり公にしたくない筈だし、口の堅い人じゃないと……」

 

 「そんな人いるかしら?」

 

 そう、オレ達以上にSAOに精通しつつ秘密を守ってくれる人のアテがないのだ。せっかく方針が決まったというのに、早速手詰まりになってしまった。

 

 「何を悩んでるんだ?おたくの団長さん呼べばいいだろ」

 

 「「「は!?」」」

 

 待て待て待て。キリトは今なんつった?サクラ達のギルマスを呼べばいい?あのヒースクリフのおっさんを呼ぶって事か!?

 

 「お前正気か!?いくらなんでもそんな大物―――」

 

 「昼飯奢ってやるからアルゲードの転移門前に来てくれってメッセよろしく」

 

 「無視すんなぁ!!」

 

 オレの抗議など関係ないといった風にキリトはアスナにメッセージを頼むと、そのままスタスタと歩いていくのだった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 アスナがメッセージを飛ばしてから約三十分後、本当にヒースクリフはやってきた。元々人の往来が多く昼間は騒がしい五十層主街区の”アルゲード”だが、彼が姿を現すと一瞬の静寂が訪れ、その後に多くのプレイヤー達がざわめいた。

 

 ―――攻略組トップギルドのリーダーにして、SAO最強のプレイヤーと呼ばれるヒースクリフ。その存在はアインクラッドで知らぬものはいない程に有名だ。そんな彼を人の多い場所へ呼び出せば当然注目されるし、アスナ達もいるとなればなおさらだ。だというのに何を考えてキリトはヒースクリフのおっさんをここへ呼んだのだろうか?

 

 「すまない、少々待たせてしまったかな?」

 

 「いえ、こちらこそ突然お呼び立て申し訳ございません団長!」

 

 「どうしても団長に協力してほしいと、彼らが」

 

 こんな状況でも上下関係が保たれているが、KOBは組織内の構造がしっかりしているのか少し気になる。サクラ達はおっさんを呼ぶにあたって普段の騎士服になっているが、彼自身はボス戦などで見かける深紅の鎧ではなく暗赤色のローブを纏い、武器を装備していなかったからだ。

 今のおっさんの姿から、この世界には無い魔法使いの職業を連想したのはオレだけではないだろう。一言そういった事を告げてやろうかとも考えた事があるが、あまり面白い反応をしてくれるイメージが無いのでやめた。とはいえ詳しい事情を教える事無く呼んだのだ。一応問題無いかを本人に確認しておくべきだろう。

 

 「こっちの都合でサクラ達に呼んでもらったけどよ、おっさんは時間大丈夫なのか?」

 

 「何、構わんよ。夕方から装備部との打ち合わせがあるが、それまでは特に予定は無いのでね」

 

 それに君達に昼食を奢ってもらえる機会などそうそう無いだろう?と微笑しながら返されれば、呼び出しをした事についてはもういいだろう。

 

 「アンタにはまだ、ここのボス戦でタゲを取り続けてもらった礼をしてなかったからな……そのついでにちょっと興味深い話を聞かせてやるよ」

 

 「ほう……かの’黒の剣士’キリト君がそう言うのなら、期待できそうだ」

 

 面白そうに目を細めるおっさんを見ると、普段の泰然自若とした様子とのギャップがあり本当にコイツが’聖騎士’や’神聖剣’などと呼ばれる人物か?と思わずにはいられなかった……良く言えば子供の心を忘れない大人なのだろうけど。

 立ち話を続けるつもりは無いので、オレ達はキリトの案内で目的の店へと歩き出した…………のだが、な~んか見覚えのある道を進んでいる気がしてならない。キリトのヤツ……まさかあそこへ連れて行くつもりか?

 

 「ここって本当に入り組んでるわね……マップ見てても転移門まで戻れる気がしないわ」

 

 「か、帰りもちゃんと案内してね?」

 

 「お、おう」

 

 行き先の事を考えていたために、サクラへの返事が少し遅れてしまった。まぁ、ここにホームがあるオレ達はともかく初見のプレイヤーにとってここは迷路みたいな所だろうし、サクラとアスナが不安になるのも仕方が無い。

 

 「補足しておくと、街にいるNPCに十コル支払えば転移門まで案内してくれるようになっている…………それすら払えなかった場合はどうなるか分からないがね」

 

 おっさんが安心させる気があるのか無いのかよく分からない補足説明をしてくれたせいか、サクラが不安げに俯いてしまった。

 

 (事実をスパッと言うのはいいけど……配慮が足りねぇ気がするなぁこのおっさん)

 

 ここでフォローしておかないと、またアスナとヤタに文句を言われそうな気がした…………いや、オレが彼女を安心させたいんだ。幸いキリトは人気の無い路地裏ばかり通っているため周りにいるのはNPCだけ。

 

 (……あとは、オレが一歩踏み出せば……)

 

 小さく深呼吸して、気持ちを落ち着ける。そして心を決めたオレは―――

 

 「っ!?クロ…ト?」

 

 「ここ……上から見れば割と単純だからさ……迷子になってもオレが探して連れ戻してやる……よ」

 

 ―――サクラの手を握った。しかもほぼ勢いでクサイ台詞までつけてしまい……非常に恥ずかしい。やっぱり早まったか……

 

 「ふむ……二人の仲はそれなりに進展しているようだね、アスナ君」

 

 「え、えぇ……まぁ。公私のけじめをつけるように注意しておきます」

 

 「別に構わんさ……願わくば、クロト君がこのままKOBに入ってくれれば―――」

 

 「―――話の途中で悪いが、着いたぞ。ほら、あの店だ」

 

 キリトの言葉によって、オレ達は視線を彼が指差した方へ向ける…………って

 

 「やっぱそこかああぁぁぁ!!」

 

 キリトが案内したのは、数ヶ月前に訪れて以来全く利用しなくなった、ラーメン屋の様な暖簾が特徴的なNPCレストランだった。この店のメシを知らない三人はオレが叫んだ理由が分からなかったようで、首を傾げていたが。

 

 キリトにツッコミをしながらもサクラの手を離さなかった事に気づいたのは、店に入って席に着く時だった。




 早く進みたい……でも圏内事件でやっておきたい事があるから省けない……


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二十九話 事件捜査その三

 前回時間が空いてしまったので、今回は急ぎました。

 ええい、書きたい所は気が済むまで書いてやる!!


 クロト サイド

 

 キリトが案内した店には、外の寂れた雰囲気を裏切る事無くプレイヤーは誰もいなかった。NPCの店主が一人、誰もいないのに火にかけた鍋を見つめており、店内には鍋の中身が煮え立つ音がかすかに聞こえるだけでとても静かだった。

 

 「……なんだか残念会みたいになってきた気がするんだけど……」

 

 「気のせい気のせい。それよりも忙しい団長さんのために、さっさと本題に入ろう」

 

 人数分のアルゲードそばを勝手に注文したキリトは、アスナにそう返すとヒースクリフのおっさんを見た。アスナは諦めたようにため息をつくと、昨日起こった事件について、要点をまとめて簡潔におっさんへ説明した。カインズの死については若干眉が動いたように見えたが、それ以外はすまし顔で聞いていた。

 ちなみにオレとサクラはさっきまでの事があり、無言の状態が続いていた。

 

 (……後悔はしてねぇけど……うぅ、思い出すと恥ずかしくって仕方ねぇ……)

 

 握った彼女の手は予想よりも小さかったが、その温もりと柔らかさがとても心地よくて、ずっと握っていたいと思ってしまう程だった。

 だがキリト達には手を握った所をがっつリ見られてしまった事と、握るときに普段ならまず言わないだろう台詞をサクラに言ってしまった事が非常に恥ずかしいのだ。

 とりあえず落ち着くために、オレは曇ったコップに注がれた氷水を一気に飲み干す。するとキリトが水差しからお代わりの氷水を空のコップにドバドバと注いでくれた……って、あふれ出すギリギリまで注ぐのはやめろよ。

 

 「―――と言うわけで、団長のお知恵を拝借できればと……」

 

 「ふむ……」

 

 オレが気持ちを落ち着けたのと同じくらいに、アスナは事情の説明を終えたようだ。おっさんは氷水を一口含むと、オレ達へと真鍮色の目を向けた。

 

 「まずキリト君達の意見を聞こうじゃないか。君達は今回の圏内殺人についてどう考えているかね?」

 

 「ま、大まかには三通りだな。一つ目は正当なデュエル、二つ目は睡眠PKのような既知の手段を組み合わせたシステムの抜け道、三つ目は―――」

 

 「アンチクリミナルコードを無効化する未知の何か……端的に言えばチートスキルやチートアイテム、もしくはそれらに準ずるものってとこだな」

 

 「ああ。俺達の考えはそんな感じだ」

 

 この三通りの考えは昨晩二人で話し合った結果出てきたものだ。オレだって伊達に最前線で攻略していない。キリト程ではないが、頭の回転は普通の人よりも速いつもりだ。

 

 「三つ目の可能性は除外してよい」

 

 「即答かよ」

 

 何の躊躇いも無く言うおっさんに、思わずツッコミをしてしまった。だがおっさんは特に反応する事無く続ける。

 

 「普通に考えてそんな物が存在する訳が無い。SAOのシステムは基本的に公正さ―――フェアネスを貫いている事は君達もよく理解している筈だ。加えて言えば、開発にあたって茅場晶彦はゲームがフェアである事を心がけていたよ」

 

 「……アンタの’神聖剣’を除いて、な」

 

 キリトが皮肉っぽく言ったが、おっさんの表情に変化は見られない。あの真鍮色の瞳に動揺の色が映る時がいつか来るのだろうか?と場違いながらに思ってしまうが、同時にスルーできない事があった。

 

 「さっき言った事……おっさんは茅場の野郎を知ってるのか……?」

 

 「別に隠していた訳では無いが……私もSAO開発に携わっていたのだ。君達よりもこの世界に詳しいのは、開発時の知識があるからなのだよ」

 

 まぁ、完成したSAOをプレイしたいという欲求に負けてこの世界に来た結果、デスゲームに強制参加させられてしまったのだが、と肩をすくめたおっさんを見て、そういえば前にアルゴがそんな事言ってたっけ、と遅れながらも思い出した。

 

 「とにかく、私が知る限り彼はフェアネスを基本に開発していて、チート関係の存在を嫌っていたよ。唯一の例外がユニークスキルだが……それでもアンチクリミナルコードを無効化するような物を彼が作るとはとても思えない」

 

 「なるほどな……確かに圏内でPKできるようなものを茅場が認めるとは思えないな」

 

 俺もリアルじゃアイツのインタビューの記事をかき集めてたからな、とキリトは懐かしむように目を細めた。確かにユニークスキル―――おっさんの神聖剣や年初めにオレ達に出現した射撃と二刀流―――は強力なスキルだが、クセが強い上にこの世界のルールを完全無視するようなものでは無い。

 

 「……その未知のスキルやアイテムの事は一旦置いておきましょう。そもそも確かめようが無いもの」

 

 「……じゃあ、一つ目のデュエルの可能性ですね」

 

 アスナとようやく落ち着いたサクラに言われ、オレ達は頭を切り替える……のだが

 

 「ところでキリト君、この店はやけに料理が来るのが遅くないかね?」

 

 「リアリティがあっていいだろ?ま、俺が知る限りではここの店主がアインクラッド一やる気の無いNPCだな。そこら辺も楽しめよ。氷水はいくら飲んでもタダだから」

 

 注文してから五分以上経っているのに、注文した品がやって来ない。その事についておっさんが気になった事で何となく空気が締まらない状態になってしまった。そんな中キリトはおっさんのコップにギリギリまで氷水を注ぎながら自分の考えを話し出した。

 

 「圏内でプレイヤーが死ぬのはデュエルの結果によるものってのが、常識だ。けど、昨日現場に居合わせた全員がウィナー表示を発見できなかった……数十人のプレイヤーがいながら表示を見落としたっていうのは、いくらなんでもおかしいから、あの時あそこにウィナー表示は無かったんだと思う」

 

 「けどよキリト、デュエルの設定でウィナー表示の有無は項目そのものが無いから設定のしようが無いだろ?」

 

 「そこが問題なんだよなぁ……」

 

 オレとキリトはしょっちゅうデュエルをしているからよく知っているのだ。メニューからデュエルを選ぶと、どのプレイヤーに申請するかを選択する。次にプレイヤーを選択すると、相手にウィンドウが表示される。一方申請された側はそれを受けるか否か、受けるとしても初撃決着、半減決着、完全決着の三つの内のどのモードで戦うかを選ぶだけだ。

 つまり設定完了からデュエル開始までの一分間のカウントダウンを短くしたり、決着がついた時に表示されるウィナー表示を非表示にしたりする事はオレ達には不可能なのだ。

 オレの指摘にキリトは若干脱力したが、その隣でアスナが首を傾げた。

 

 「そういえば気になったんだけど……ウィナー表示ってどこに表示されるか決まってるの?前に一度だけ表示が二枚出てきたのを見たことあるんだけど……」

 

 「あぁ~、何かそんなんあったな……相手と離れているかどうかで別れるみたいだぞ」

 

 確かあれはキリトに射撃スキルの練習相手になってもらった時だったな……

 二ヶ月くらい前にこの店から程近いところのガラクタ屋にボロい弓が売ってて、ボッタクリな値段で買った後ハルに修繕してもらって試しに使用したのだが……遠距離から一方的にオレが攻撃したから、キリトとは大分距離がある状態で決着がついたんだっけ。

 

 「ねぇクロト、それってどれぐらい離れているのが条件なの?」

 

 「へ?流石にそこまでは……」

 

 「決闘者二人の距離が十メートル未満の場合は中間に一つ。十メートル以上離れている場合は決闘者双方の至近にそれぞれ表示されるようになっている。だがどのようなデュエルであっても、ウィナー表示が存在しないという事はあり得ない」

 

 ウィナー表示が設定について聞かれて戸惑っていたら、おっさんが簡潔に教えてくれた。その事に感謝しつつも昨日のカインズの殺害に当てはめてみる。

 

 「つまり、昨日のあれがデュエルだった場合、カインズさんから半径五メートル以内の所にウィナー表示が出現した筈ですね」

 

 「ええ。私は塔の中でウィナー表示を見なかったし、仮に犯人が隠れていたのならあそこで鉢合わせした筈よ」

 

 「オープンスペースに表示が無かった事は断言できるし、お前の言うとおり塔の中に犯人が隠れていた可能性も無い……」

 

 サクラ、アスナ、キリトが順に口を開き、オレへと目を向ける。オレだって昨日の事ではっきりしている事があるのだ。

 

 「昨日あそこから立ち去る不審なヤツはいなかった筈だ。いればヤタが絶対に見逃さねぇ」

 

 「何か証拠があるの?クロト君」

 

 アスナに頷くと、オレは続けた。

 

 「ヤタの索敵スキルは熟練度コンプリートの状態だ。どんなにハイディングボーナスの高い装備をしていてもかならず見破れるし、コイツ一度見た不審なヤツの事記憶してるんだよ」

 

 「「は?」」

 

 サクラとアスナが固まった。おっさんは興味深そうにヤタを見ているが、肝心のヤタは―――

 

 「ってコラ!」

 

 ―――オレのコップから勝手に氷水を飲んでいた。しかもテーブルあっちこっちに水が飛び散っているし……完全に締まらねぇ……

 

 「索敵スキルは熟練度が950を超えると障害物越しでも分かるからな……あの時ヤタが見つけてないなら犯人はあそこにいなかったって事だ」

 

 オレがテーブルを吹いている間にキリトはそう締めくくると、氷水を口に含んだ。

 

 「……デュエルじゃ、なかったって事なの……?」

 

 サクラが誰に言うでもなく呟くと、店内に暗い影が落ちた気がした。少しの間沈黙が訪れるが、ふいにアスナが言葉を発した。

 

 「……デュエルだった可能性は低いって事で……二つ目、システム上の抜け道について考えましょう」

 

 オレ達が頷くのを確認してから、アスナは話しを続けた。

 

 「私ね、’貫通継続ダメージ’がどうしても引っかかるのよ……あの槍は公開処刑の演出だけじゃなくて、圏内PK実現にどうしても必要だった気がするの」

 

 「それは同感だけどよ……今朝実験して解ったろ?圏内じゃ継続ダメージも効かないって」

 

 「歩いて入ったら、ね」

 

 アスナの含みのある言い方にオレは首を傾げるが、サクラは解ったらしい。あ、と声を上げてからアスナの話を引き継いだ。

 

 「回廊結晶で街の上空にテレポートされたり、圏外から放り投げられたりした時……地面に足がついていない場合はダメージが止められないかもしれないんじゃ―――」

 

 「残念だがサクラ君、それでもダメージは止まるよ」

 

 一瞬カインズが宙吊りにされた理由も納得できそうな仮説だったのだが、おっさんはあっさりとそれを打ち砕く。

 

 「圏内の範囲だが、円柱をイメージしてほしい。円柱の底が街であり、上端が次の層の底にあたる。つまり街区に入ってしまえば、どれほど上空だろうとプレイヤーのHPは保護されダメージは一切効かなくなる……まぁ、落下時のショックはそのままなので全くの無事、とは言い難いかもしれないがね」

 

 「へぇ……じゃあコイツはどうだ?」

 

 おっさんの解説の後、キリトは悪戯を思いついた子供のようにニヤリとすると、オレにも話していない考えを出してきた。

 

 「この世界のHPは減少する時必ず右端から左へとスライドしていくだろ、ダメージの大小に関係無く。しかもでっかいダメージを受けるとスライドが止まるまで数秒のタイムラグがある……死ぬ時もな」

 

 ……確かにそのラグがあるからこそ、死ぬ時仲間に何かを伝えられる。別れを告げる事ができる。ディアベルがオレ達にボスを倒せと目で訴えてきた時のように。

 キリトはそのラグを利用して圏内で殺害したように見せかけるトリックを思いついたのだ。タンクなら中層のヤツでもHP総量は多いし―――

 

 「残念だが、それも不可能だ。中層クラスのタンクプレイヤーを、同じく中層クラスのショートスピアの一撃でHPを満タンからゼロにする場合、攻撃側には……甘く見積もって百前後のレベルが必要となるだろう」

 

 「ひゃくぅ!?」

 

 叫ばずにはいられなかった。ビーターとか言われてるオレ達でさえレベルはまだ八十半ばなのだ。ここまで上げる為に、効率の良い狩場で倒れるギリギリまで粘ってレベリングしてきたのだ。オレ達以上に激しいレベリングをしてきたヤツがそうそういるとは思えないし、仮にいるとしても百は無いだろう。

 

 「……うーん、コイツもダメか……」

 

 脱力しながらキリトが呟き、それを境に再び沈黙するオレ達。ダメだ、完全に八方塞だ。

 

 「……おまち」

 

 時間にして一分程度だが、体感では数十分に感じた沈黙を破ったのは、ようやく料理を運んできた店主だった。気分転換に食事を……と思ったが、料理を見た瞬間忘れていた事を突きつけられた。

 

 「……何なのコレ……ラーメン?」

 

 「に、似た何かだ」

 

 丼に盛られた麺料理は、どこからどう見ても現実世界でよく見る醤油ラーメンなのだが、この料理にはある欠陥がある。それは―――

 

 「……何か、物足りない味がするよ……」

 

 ―――見た目を裏切るように、醤油の味だけがすっぽり抜けているのだ。念のため言っておくが、麺や具材の味は現実の物と遜色無いので、アインクラッド内ではマズいメシでは無い。だが決して旨い訳でもないので非常に微妙というか、物足りないというか、残念な味になっているのだ。

 寂れた店内で、残念な味のラーメン?を無言で啜るオレ達。傍から見たら、なんて貧乏くさい状況なのだろうか。

 

 「……ホントこの店って何の利点があるんだよ……」

 

 「少なくともボスの情報はくれたぞ」

 

 思わず愚痴を零すが、さらっととんでもない事が返ってきた。

 

 「い、いつ!?」

 

 「どんな内容なの!?」 

 

 「お、落ち着けって二人共」

 

 アスナとサクラが、キリトに詳細を聞こうと身を乗り出す。おっさんは面白そうに目を細め、成り行きを見守っていた。

 

 「サクラもアスナも落ち着けよ……で、キリト、オレもその事聞いてねぇぞ?」

 

 「今から話すって。アレは確か……ここで十回くらいメシ食った時だったな。カウンター席にいたら、瀕死状態のボスは腕を攻撃されると武器を落とすって事を店主がボソッとな」

 

 「あぁ~だからあの時―――」

 

 「ついでに攻撃したヤツをしばらく狙い続けるとも言ってた」

 

 「―――テメェ図ったな!!」

 

 さっきまでの感心が一瞬にして消え失せ、代わりに怒りが湧き上がってきた。あの時はマジでヤバかったんだぞ!

 

 「あの時にはお前もう軽業(アクロバット)コンプしてたし、大丈夫だと思ったんだよ」

 

 「だからって事前説明無しでやれとか鬼畜だろ!?」

 

 休み無く延々とボスに狙われ続けるのは堪ったもんじゃない。前もって覚悟しているならともかく、いきなりそうなった時はなおさらだ。

 

 「……キリト、もしかしていつもあんな感じでクロトを危ない目に遭わせてるの……?」

 

 「してない」

 

 誤解だ、とサクラに返すキリトの顔は心なしか引きつっていた……それ以上にサクラから何だか黒いオーラがにじみ出ているようで怖いんだけど。

 

 「……でもキリト君ならやりかねないわね……」

 

 アスナも結構辛辣だ。そもそもそんなイメージをもたれるような事しかしてこなかったキリトも悪いと、オレは思うが。

 

 「悪かったな…………で、話を戻すけど、団長さんは今回の事件について何か思いついた事は無いのか?」

 

 「これはラーメンでは無い。断じて違う」

 

 若干拗ねた口調でキリトはおっさんに話を振ったが、肝心のおっさんは全く関係の無い事を口走った。

 

 「ま、アンタの言う事には同意する」

 

 スープまできちんと飲み干したおっさんは親の敵を見るような目で丼の底を睨んでおり、オレ達は呆気に取られて固まっていたが、キリトだけは肩をすくめながらおっさんにそう返した。

 

 「それで先ほどの事だが、この偽ラーメンの味の分だけ答えることにしよう」

 

 一旦間を置いたおっさんは、それから禅問答のような事をオレ達に話すのだった。




 本作の原点を振り返ってみれば、スタートのきっかけは自己満足の為だったと最近思い出しました。

 もう開き直ってやりたい事を自分達が満足するまで書いて、それが他の人にも楽しめるものだったらいいやって感じで続けます。


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三十話 事件捜査その四

 最近は何とか時間を見つけてペースが上がるようにがんばってます


 ……シルバーウィークってなんですか…………?

 作者兄弟は今日から普通に仕事です……

 五十六層の主街区名を捏造しました。


 クロト サイド

 

「なぁ……さっきの話の意味、解るか?」

 

 「いや、オレだってよく解らねぇよ」

 

 おっさんと別れて店を後にしてから、オレ達は首を捻ってばかりだった。と言うのもおっさんの話は何だか禅問答みたいな物で、イマイチ意味が解らなかったからだ。

 だがそれはオレとキリトの場合である。サクラとアスナは今も一緒にいるので、おっさんが言いたかった事を理解できているのか聞いてみようと思った。ギルメンとして常日頃からおっさんと言葉を交わしている二人なら、オレ達が気づかなかった事に気づいてくれているかもしれないし―――

 

 「……やっと解ったわ。醤油が無いからあんな残念な味なのよ」

 

 「でもこの世界に醤油は……」

 

 「だったら私が作ってみせるわ!」

 

 ―――前言撤回。アスナが何だか男前な事を言っているが、今の彼女の頭の中はおっさんの話とは別の事しか考えてなさそうだ。

 

 「……変な料理を食べさせた事は謝る。だからさっきヒースクリフが言ってた事の意味を教えてくれ」

 

 「え?あぁ……確かにキリト君達にアレは解りづらかったかも」

 

 「団長、あんな言い回しをする事が多いですもんね」

 

 わたし達は慣れたから大丈夫だけど、とサクラ達が苦笑しながらオレとキリトの方を向いてから、おっさんの言葉の意味を教えてくれた。

 

 「団長が言いたかったのは、信じられるのは自分で見聞きした一次情報だけであって、他人から聞いた二次情報を鵜呑みにしちゃダメって事だよ」

 

 「ええ。今回の事で当てはめれば、ギルド’黄金林檎’の過去の話……指輪事件の方ね」

 

 「「な!?」」

 

 これには驚かざるをえなかった。昨日友人を失ったばかりのヨルコさんを疑えと、二人は言っているのだから。

 

 「ヨルコさんを疑えって言うのか?指輪事件の事は今更裏づけがとれないって’お前’が言ってただろ!?」

 

 キリトの抗議はオレも同じだ。昨日ショックを受けた筈の人すら疑うってどんな鬼畜だよって言いたくなる。

 

 「……ねぇ、その’お前’っていうのやめてほしいんだけど」

 

 だが、今のアスナにそれは届かなかったようだ。呼び方を直してほしいと、キリトに微笑みながらやんわりと言っているけど…………何だろう、有無を言わせない圧力みたいなのが感じられた。キリトも同じ様で、急遽呼び方を直し始める。

 

 「じゃ、じゃあ……貴女?……副団長?…………閃光様?」

 

 キリトが候補を挙げると、そのたびに彼女から感じられる圧力は増し、彼の表情は必死なものに変わっていく。やがてキリトが候補を思いつかなくなると、ついにアスナは吹き出して

 

 「普通に’アスナ’って呼べばいいじゃない。クロト君だってそうしてるんだし」

 

 キリトに名前で呼ぶ事を許すのだった。だが肝心のキリトはハトが豆鉄砲を食らった様な表情で少しの間ぽかんとして、それから脱力するようにため息をつくのだった。

 

 「あーもう、さっさと次行こうぜ!」

 

 「次って?」

 

 「あのチキンタンクんトコに決まってんだろ。昨日槍を巻き上げてきた礼をしなきゃなんねぇし」

 

 今のオレは、間違いなく悪人がするような笑顔になってると思う。リアルの方ではケンカが絶えなかったからよく浮かべていた笑みではあるが、SAOに来てからはご無沙汰だった。

 ただ、サクラが若干引いているから内心では早くも後悔しているが。

 

 「手荒な事は反対だけど……小心者の彼なら、単刀直入に言えば何かぽろっと漏らすかもしれないわね」

 

 アスナのもっともらしい言葉によって、オレ達の次の目標は確定するのだった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 五十六層 主街区’カーパレス’

 

 「いつも思うけどよ……KOB以上にでっけぇホームだよな」

 

 「全くだ。いったい何処にこんな馬鹿デカイ物件を買う金があったんだ?」

 

 早速シュミットが所属するギルドDDAのギルドホームにやってきたのだが……主街区で一番大きな城砦を拠点としている事に愚痴を零してしまうのは大目に見てほしい。オレ達のねぐらはもっと小さいので、つい一言言いたくなってしまうのだ。

 ……別にDDAの連中が、戦闘で役に立たない事につぎ込める金がある事をひがんでる訳じゃねぇぞ?

 

 「DDAにはKOBの倍以上の人数がいるし……経理のダイゼンさんが効率良い狩場を幾つも独占してるんだろうなって言ってたよ」

 

 アスナ達も苦笑しながら答える辺り、攻略会議でいつも向こうの自己中心的な考えと折り合いをつける事に苦戦しているようだった。

 攻略組のツートップといえるKOBとDDAだが……実はこの二つ、主張が若干異なるのだ。可能な限り被害を抑えつつも迅速なゲーム攻略をするKOBに対し、アインクラッド最強ギルドの栄誉を得ようとするDDA。ボス戦でのLAに固執するプレイヤーが多いのは当然DDAであり、戦力アップの為にオレ達への勧誘も二回ほどあった。

 当然オレ達は断ったし、LAだってほとんどオレとキリトで奪い合ってきた……オレ達に必要ない物はエギルに売りつけて市場に流したから、独占はしていないぞ。ただ、いつも目の前でLAを掻っ攫っていくオレ達の事を快く思っていないだろうってのは容易に想像でき…………あ、オレはサクラの事もあるからKOBもか。

 アレ?オレってもしかしてどっかで誰かに刺されてもおかしくない立場にいるんじゃないか……??

 

 「とりあえずシュミットさんを呼んでくるから、クロト達はここで待ってて」

 

 「お、おう」

 

 そう言ってサクラ達は、門番よろしく入り口付近に立っているDDA団員へと向かっていった。確かにオレやキリトよりも、彼女達が行った方がいいだろう。だが頭ではそう納得できても、感情はそうはいかない。

 

 (落ち着け……アスナがいるんだし、変な事にはならないだろ……)

 

 昨日木陰でキリトと話してから、オレはサクラへの想いを抑えるのはやめる事にした。だがその分、彼女が別の男性と話しているのを見ると……レイの時と同じくらいモヤモヤしてくるようになってしまった。我ながら本当に小さな男だと思う。

しばらく待つと、サクラ達が何事も無くシュミットを連れてきた。彼自身も、命を狙われているだろうって事は自覚しているようで、鎧とがっちりと着込んでいるのにやや青い顔をしていた。オレ達が姿を見せても驚くような事は無く、どこかにいるかもしれない自分を狙う誰かにひたすら警戒していた。

 

 「……誰から聞いたんだ?」

 

 適当に選んだ人気の無いNPCショップに入った所で、シュミットはようやくそう言った。主語が無かったが、十中八九指輪事件の事だろう。別に隠す必要は無いと思ったので、答える事にした。

 

 「元黄金林檎のメンバー……ヨルコさんからだ」

 

 「……ふうぅぅ……」

 

 シュミットから零れたのは、安堵のため息だった。彼女が自分と同じ売却反対派だった事を知っているからこその反応だと思えた。

 その後も少しばかり話をした所、シュミット自身も今回の事件が売却派の誰かによる反対派への制裁という可能性にたどり着いていた。だからこそ仮病を使い、ギルドホームから一歩も外へは出ていなかったとか。

 

 「なぁシュミット、グリムロックが何処にいるか知らねぇか?」

 

 「し、知らん!ギルドが解散してからメンバーとは連絡を取っていなかったんだ。誰が何処にいるとかは全く知らないんだ!!」

 

 ……なんつーか、情報を聞き出すためにどう会話を誘導しようかとか考えていたのが馬鹿らしく思えてきた。今のシュミットはとにかく怯えていて、嘘が言える状態じゃなかった。

 一つだけ条件を出してきたが、それを承諾するとアッサリ情報を提供してくれた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「お互いに武器は装備しない事、そしてウィンドウは一切開かない事……いいですね?」

 

 アスナの言葉に、ヨルコさんとシュミットは黙って頷いた。シュミットが情報提供の代わりに出した条件は、ヨルコさんと会って話がしたい、という事だった。ヨルコさんに確認を取ったところOKだったので、今こうして彼女が泊まっている宿の部屋にオレ達四人はシュミットを連れてきた。

 キリトがシュミットを、サクラがヨルコさんを、アスナは両方を監視しており、オレはヤタの索敵で部屋の外から盗聴しようとしている人がいないかをチェックしていた。

 

 「……昨日殺されたのは、本当にカインズなんだな?」

 

 鎧を着たままのシュミットはさっきから落ち着きが無く、片足がずっと貧乏揺すりを続けていた。昨日オレとキリトから聞いたことをヨルコさんに聞く辺り、事実を受け入れたくないというか、聞き間違いだったと信じたいという感じだった。

 

 「……本当よ。それも、グリムロックさんの槍でね」

 

 ヨルコさんも声が震えていたが、シュミットよりは幾分マシな状態みたいだ。だがその落ち着いた感じがシュミットには逆効果だったようで、彼は喚くように声を荒げた。

 

 「何であいつが殺されるんだ!あいつが……カインズが指輪を奪ったのか!?いや、グリムロックはおれやお前も殺すつもりなのか!?」

 

 「まだグリムロックさんの復讐と決まったわけじゃ無いわ。彼に槍を作ってもらった他の誰かの仕業かもしれない……ううん、きっと殺されたリーダー自身の復讐なんだわ」

 

 「っ!?」

 

 ヨルコさんが言った事は突拍子も無いが、怯えてばかりのシュミットには刺激が大きすぎた。彼は息を呑んだ後、しばし口をパクパクさせる事しかできなかった。そんな彼に構わず、ヨルコさんはソファから立ち上がると何かに憑かれたように喋りつづけた。

 

 「……私、夕べ寝ないで考えたの…………結局のところ!リーダーを殺したのは私達全員でもあるのよ!指輪がドロップした時投票なんかしないでリーダーの指示に従えばよかったんだわ!!」

 

 さっきまで静かに話していたヨルコさんが突然金切り声で叫びだした事にオレ達は少なからず驚き、誰も彼女を止めようと動き出す事ができなかった。

 叫びながら後ろに下がっていたヨルコさんは、窓に当たった事で幾分落ち着いたのか、少し前の落ち着いた声に戻った。だがそれがかえってなんともいえない不気味さを漂わせていた。

 

 「ただ一人……グリムロックさんだけは最初からリーダーに任せると言っていたわ…………だからあの人には、私達全員に復讐する権利があるんだわ……!」

 

 「……冗談じゃない……!冗談じゃないぞ!半年も経ってから、何を今更……!」

 

 (……どっちも感情が高ぶって冷静さを欠いてるな……ここは一旦落ち着かせるべきだな)

 

 このまま続けてもよい事は無いだろう。そう思い、キリト達に目配せをする。

 

 「お前はいいのかよ!?こんな訳の分からない方法で殺されても―――」

 

 興奮しているシュミットの腕ををキリトが掴む。そのお陰でシュミットは言葉を止め、ハッとしたように口を噤んだ。

 ヨルコさんの方を見れば、サクラがなだめようと近づいて―――

 

 ――――――トン

 

 「え……?」

 

 何かが当たったような乾いた音と共に、ヨルコさんがぐらりと揺れた。そして彼女が窓辺に手をついたその時風が吹いて―――

 

 「なっ!?」

 

 ―――なびいた髪の隙間から、彼女の背中に深々と突き刺さったダガーの柄と傷口から噴出するダメージエフェクトが見えた。

 だがオレ達がそれを視認した次の瞬間、ヨルコさんは窓から外へと落ちてしまう。

 

 「ヨルコさん!!」

 

 サクラが叫びながら手を伸ばすが、無慈悲にもヨルコさんには届かなかった。オレは急いで窓に近づき、落ちたヨルコさんを助けようと身を乗り出した。

 

 「……嘘だろ……」

 

 けれど。オレが見たのは、ヨルコさんが地面に叩きつけられると同時に大量のポリゴン片を撒き散らして消える瞬間だった。




 原作の雰囲気は壊したくない……でも全く同じじゃダメだし……

 お話を考えるのは楽しいんですけど、実際に文章にしてみると思うように行かない事が多いです。
 上手く書けてるかどうかは自分達じゃよく分からないです。


 あと余談ですが、作者弟の職場には、エギルのような出会いをして結婚・退職した方がいたらしいです。
 ネトゲで知り合って結婚した人って、本当にいたんだなぁって思いました。


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三十一話 事件捜査その五

 お気に入り件数が130突破しました。登録してくださった方々、本当にありがとうございます!


 クロト サイド

 

 ヨルコさんが死んだ。その事を心は信じようとはしなかったが、頭は瞬時に理解した。大きさからして、あのダガーは投擲用のスローイングダガーだ。

 ヨルコさんは外から投げ込まれたダガーに刺されて死んだ訳であり、犯人はこの近くにいるはずだ。

 

 「カア!」

 

 犯人を捜そうと思った丁度その時、ヤタが警告を飛ばしてくれた。顔を上げると―――

 

 「アイツか……!」

 

 ―――何軒か離れた屋根の上、正面に人がいた。それを視認すると同時にオレは窓から向かいの屋根へと跳ぶ。

 

 「待ってクロト!」

 

 後ろからサクラの制止の声が聞こえたが、今はそれには従えない。鍛え上げたステータスと軽業(アクロバット)スキルの補正により、五メートルほどの距離を助走無しで飛び移る事に成功する。

 一瞬弓を取り出す事も考えたが、あいにくクイックチェンジに登録していなかったので却下。右手で短剣を抜きながら屋根の上を全力で走る。

 

 (一撃でも貰ったらアウト……ヤツから目を離すな……!)

 

 ヨルコさんのHPはたった一本のスローイングダガーによって満タンの状態からゼロになったのだ。つまりアイツの攻撃に当たれば即死。ゆえに一発の被弾もできない。加えてフード着きのローブで全身を隠しているため、ダガーを投げるその時しか手元が見えない。

 システム的に外から攻撃できない宿の中ならば安全だと安直に考えていた、数刻前の自分の愚かさと犯人への怒りで感情は満ちていたが、おかしな事に直線的な動きを避ける程度には頭は冷静さを保っていた。相手に狙いをつけさせないようにジグザグに跳びながら、可能な限りの速度で距離を詰める。

 

 「っ!?」

 

 だがヤツはこちらの神経を逆撫でするほどにひどく落ち着いた様子で、転移結晶を取り出した。少しでも転移を妨害するために左手でピックを三本抜き、間髪入れずに『トリプルシュート』を発動する。

 ピックは真っ直ぐにヤツに向かって飛び―――ローブに突き刺さる直前で紫の障壁に弾かれた。

 

 (ヤツにもコードが適用されている……?なら、実体のあるプレイヤーか!)

 

 向こうはピックには何のリアクションも示さず、ゆっくりと転移結晶を掲げた。距離的にはヤツがボイスコマンドを終える前に攻撃が届くかどうかという際どいところだが、やるしかない。

 

 「はああぁぁぁ!!」

 

 突進系ソードスキルを発動させながら飛び掛る。ピックではびくともしなくても、これならノックバックで―――!

 

 ―――リンゴーン、リンゴーン

 

 (なっ!?)

 

 午後五時を告げる鐘の音と、自身のソードスキルのサウンドエフェクト。この二つのせいで、後コンマ数秒で届く距離にいたヤツの声を聞き逃してしまった。しかも転移は成功してしまい、一瞬前までヤツが立っていた屋根へとライトエフェクトを纏った短剣を突き立てる―――寸前で再び紫の障壁に阻まれた。

 

 「クソッ……」

 

 あと少し、速く駆ける事ができていれば。そう思わずにはいられなかった。だが、いつまでもそうしてはいられない。サクラ達が待っている宿屋に戻るために、オレは再び屋根から屋根へと跳んだ。

 

 「……こんなもんでアッサリ死ぬとか……冗談も大概にしろよ……!」

 

 偶然というべきか、宿屋の前に人はおらず、ヨルコさんを殺害するために使用されたスローイングダガーは落ちたままだった。そのまま放置する訳にはいかなかったので拾ったのだが、やり場の無い怒りが改めてわいてきた。

 

 「カァ?」

 

 「……解ってる。こんな顔して戻るつもりは無ぇよ」

 

 ヤタが気遣わしげに鳴き、その事に感謝しつつも気持ちを落ち着けながら部屋へと進む。ドアの前で念のため深呼吸をし、ノックをしてから部屋へと入った。

 

 「クロト!!」

 

 「おわっ!?」

 

 部屋に入るなり、サクラが抱きついてきた。危険な事をした自覚はあるので、きっとカンカンに怒っているんだろうなぁと思っていたのだが……流石にこれは驚いた。

 

 「生きてるよね?無事だよね?」

 

 涙交じりの声でオレの存在を確かめるサクラを見ていると、後悔と罪悪感が広がってくる。安心させるため、いつかの時の様にオレもサクラを抱きしめた。

 

 「今回は流石に軽率だったぞ」

 

 「貴方に何かあったらサクラが悲しむんだっていい加減覚えなさい!」

 

 「……わりぃ…………心配させて」

 

 キリトとアスナは大分ご立腹だったようで、どちらも押し殺した声だった。特にアスナは剣を抜きかけていたし。

 

 「で、どうだった?」

 

 「転移結晶で逃げられた。鐘の音にあわせてだったから、何処へ行ったのかも分かんねぇ……」

 

 オレの報告にキリト達は頷くと、犯人の特定のために頭を捻り始めた。

 

 「……あれは……あのローブは、グリセルダの物だ…………間違いない、リーダーの復讐なんだ……」

 

 だがそれも幾ばくもしないうちに、シュミットの呟きによって中断された。床に両手を付き、全身を震わせながら乾いた笑い声を上げる彼は、一見すると壊れた様でもあった。

 

 「そうだよな……幽霊なら、圏内でPKとか楽勝だもんな……は、はは……ははは」

 

 抱き合ったままだったサクラと離れ、オレは回収したスローイングダガーを無造作にシュミットの前に放った。効果はてきめんで、彼は過剰に怯えた反応した。

 

 「言っとくが、アイツはちゃんとしたプレイヤーだぜ。そもそも幽霊ならこっちの攻撃がコードで防がれる事も、結晶で転移する必要も無い筈だ。それに……オレが持てたって事は、そのダガーはオブジェクトとして存在してる。幽霊が使う武器にしては不自然だ」

 

 一息にまくし立てたると、シュミットも頭では理解したようだった……まぁ、感情では納得できていないらしく、相変わらず恐怖に引きつった顔をしていたが。

 

 

 ~~~~~~~~~~

 

 キリト サイド

 

 怯えたままのシュミットをギルドホームまで送り返した後、俺達は二十層の主街区にある宿屋の一室にいた。この部屋の窓からは、シュミットから聞いたグリムロック行きつけの店の入り口がはっきり見える。

 クロトとヤタはローブの人物―――グリムロックと思しき人物―――をかなり近くで見ているため、背格好で大体の選別はできる筈だ。そのためしばらく張り込んで、めぼしい人物がいたらデュエル申請をして名前を確認するという方法でグリムロックを探す事にしたのだ。

 

 「……来ないわね」

 

 「仮に来たとしても、ローブごしに見た程度じゃヤタが反応するかどうか分からないかもな」

 

 試した事ないし、とクロトはぶつくさ言っているが、ここは彼らの勘を信じるしかない。張り込みをし始めて早数時間が経っているが、ひょっとしたら今夜は来ないかもしれない。元々俺達は、グリムロックを見つけるまで何日だって張りこむ意気込みではあったが、アスナとサクラが協力するとは思ってもいなかった……と言うか、ヒースクリフだけでKOBの運営とか大丈夫なのだろうか?実質この二人がギルドの中心だった気がするが、何となく聞きづらい。

 

 「……シュミットさんの気持ちも、解らなくもないかな。二回もあんなの見ちゃったら、わたしだって幽霊かもって思っちゃうもん」

 

 「サクラ……」

 

 サクラのやや怯えが混じった呟きに、クロトがいち早く反応しその手を握る。その光景に対して背中を押した甲斐があるな、と思ったが

 

 「幽霊なんていない筈だ。キリトもそう思うだろ?」

 

 ……何故ここで俺に話を振るのだろうか?と思ってしまう。やはりヘタレはすぐには直らないようだ。

 

 「そうだな……もし本当に化けて復讐に来るのなら……俺は、もう……」

 

 とりあえず反応してみたものの、途中でケイタの事が思い出され、思考が暗闇に染まっていく。あの時のケイタの顔が、今でも忘れる事ができない。いや、忘れる事は許されないのだ……他人の心を絶望と憎しみで満たしてしまった俺が背負わなければならない罪なのだから―――

 

 「―――ほら、キリト君」

 

 いつの間にか俯いていた俺の視界に、一つの包みが映った。顔を上げると、アスナが差し出しているのがわかった。

 

 「くれるのか?」

 

 「この状況でそれ以外ある?見せびらかしてるとでも?」

 

 受け取りながらクロト達を見ると、同様の包みを持っていた。どうやらアスナは全員に渡していたようだ。

 

 「そろそろ耐久値が切れちゃうから、急いで食べた方がいいわよ」

 

 「あ、じゃあ……いただきます」

 

 中身は大振りなバゲットサンドだった。カリッと焼けたパンに挟まれた、たっぷりの肉と野菜。見るからにボリュームの大きいそれを視認した次の瞬間、俺は大口を開けて齧り付いていた。

 

 「……旨い……!」

 

 アインクラッドでは珍しい、見た目を裏切らない味だった。予想外の旨さに俺は夢中で食べ進め、瞬く間に平らげてしまった。

 

 「旨いからってがっつきすぎだろキリト」

 

 まだ半分ほど残っているクロトが呆れながら言うが、俺からしてみればがっつかない方がおかしい。ゆっくり食べて耐久値切れで無くなるなんてもったいないし、作った側も悲しむだろう。

 

 「ごちそうさま、旨かったよ」

 

 「……そう、なら良かった」

 

 弁当をくれたから礼をいったのだが、何故アスナは顔を背けるのだろうか?まぁ、さっきのバゲットサンドはよかったが―――

 

 「何処の店のか教えてくれないか?ハルに再現してもらえばもっと旨いのが食えそうだし」

 

 やっぱりハルのメシが一番だろう。身内びいきなのは自覚しているが、ハルは俺の好みを熟知しているのできっとさっきのバゲットサンドももっと俺好みの味にしてくれる筈―――

 

 ――――――ピシィ!!

 

 突然、場の空気が凍りついたような音が聞こえた気がした。どういうわけかアスナは俯いて震えているし、クロトは顔が引きつっているし、サクラからは何だか黒いオーラみたいなのがにじみ出ているし……

 

 「キリト……それ、本気で言ってる……?」

 

 「え……あ、まぁ……うん」

 

 ――――――ビッシィ!!!

 

 ……サクラの問いかけに正直に答えると、一段と空気が凍りついた気がした。助けを求めるようにクロトを見ると、そろ~っと俺から距離をとっていた。え?今の俺ってそんなに危険な状態なのか……?

 

 「……どういう……コト?」

 

 俯いたまま発せられたアスナの声には、疑問だけではなく怨嗟も混じっているようだった。マズイ、これ以上選択を間違えたらきっと俺はゲームオーバーだ。冷静になれ……ステイ・クールだ。

 

 (この状況……前にどっかで……)

 

 女の子、料理、他人の料理を褒めた途端不機嫌になる……該当する記憶アリ。

 

 ―――そう、あれは確か……まだ両親が健在だった頃の事だ。桐ヶ谷家に遊びに行ったときにスグがクッキーを出してくれて……それがスグの手作りと知らず「お母さんの方が美味しい」と言ってしまったんだっけ。

 当然スグは大泣きして、しばらく碌に口を利いてくれなかったし、母さんと叔母さんにはこってり絞られたんだよなぁ……

 

 (て事は……さっきのメシってアスナが作ったのか……?)

 

 もう一度アスナを見ると、泣きそうな、それでいて怒るのを我慢しているような、そんな顔だった。

 

 (……あぁ、俺……またやらかしたのか……)

 

 であるのならば、可及的速やかにフォローをしなければ。

 

 「あ、えっと……い、今のは身内びいきといいますか、ハルは俺の好みをよく知っている訳であって……その、客観的には五分五分かとおも―――」

 

 「ふんっ!」

 

 だがコミュ障な俺にまともなフォローなどできる筈も無く、不機嫌度MAXなアスナに脛を蹴り飛ばされ、そっぽを向かれてしまった。

 

 「キリトお前……上げて落とすって無いだろ……」

 

 最初に旨いといってしまった分、スグの時よりも相手に与えたショックは大きいだろう……一体何をしているんだろうか、俺。

 小さな破砕音が聞こえたのは、俺が軽く現実逃避を始めて少し経ってからだった。

 

 「あっちゃぁ……やっちまった。わりぃなアスナ」

 

 「ううん……誰かさんのせいで、そんな空気じゃなかったし」

 

 アスナとサクラからは相変わらず冷たい目で見られていたが、俺はただただクロトの手を凝視していた。

 

 「おい、キリ」

 

 口を開いたクロトに手をかざして黙ってもらいながらも、俺の頭の中で急速にある仮説が浮かび上がった。脳内でそれをシミュレートし、矛盾や穴が見つからない事を確認すると、仮説が確信へと変わった。

 

 「……そうか……!そういう事だったのか!!」

 

 三人が頭に疑問符を浮かべていたが、構わずに俺は続けた。

 

 「俺達は……見ているようで何も見えちゃいなかった……!圏内の犯罪防止コードを無効化するスキルも、アイテムも……トリックやロジックだって、存在しなかったんだ!」

 

 驚愕の表情を浮かべる三人に、俺は今回行われた圏内殺人の手口を説明を始めた。




 あと二、三話で圏内事件が終わる……かな?自分達で書いてるクセにあとどのくらいかかるか予測できません……


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三十二話 真相

 勢いそのままで連続投稿……仕事があるのに何してんだろって思います。


 クロト サイド

 

 「オレ達はまんまと騙されたって訳なのか……」

 

 深夜を過ぎて閑散としたNPCレストランにて、オレ達は今回の事件を振り返っていた。キリトが気づいた今回の手口は、言われてみれば納得できるものの、普段は見落としがちな方法だったのだ。

 

 ―――元々圏内で保護されるのはプレイヤーであって、オブジェクトは保護されない。それを利用したカインズとヨルコさんは圏外で自分に武器を刺して圏内へ移動し、身に纏った鎧や服の耐久値が武器によって削りきられて消滅するその時に転移結晶で転移する事で、圏内殺人を偽装したのだ。

 全てはシュミットを追い詰めるために。

 

 「アルゴに聞いたけど、やっぱりシュミット以外は’黄金林檎’解散後も似たような中層ギルドに入ったそうだ」

 

 「シュミットさんだけが急に装備を更新して攻略組入りしたから、最初から疑ってたのね……」

 

 キリトは今朝ヨルコさんに話を聞いた後、元’黄金林檎’のメンバー達の情報収集をアルゴに頼んでいた。とはいえ一日も経っていないうちに調べ終えるとは……後でどんだけボッタクリな情報料を請求されるのかが気になるが、これで事件はカタがついたのだろう。

 

 「生命の碑の方も、同じ読み方をする別の人の名前……一年前になくなった人と同じ時間に殺人の偽装をする事でバレないようにしてた……でもフレンド登録をしてくれたのはどうしてなのかしら?」

 

 「きっと、後で事情を説明しにいくため……俺達への最低限の謝罪のつもりだったんだろうな……」

 

 キリトの言葉に納得したようなアスナは、穏やかな笑みを浮かべた。攻略の鬼とか言われていたために普段はまず見る事が無いだろうその表情に、彼女がアインクラッドでサクラと人気を二分する美少女だった事を今更ながらに思い出した。

 

 「キリト?」

 

 アスナから視線を逸らすと、ほけ~っと彼女を見ていたキリトが目に映った。いつもの彼からは創造できないくらい間の抜けたような表情だったため、気になって肩を叩いた。

 

 「何ぼーっとしてんだ?」

 

 「ぁ……いや、圏内は安全なままだって解って…ハルも大丈夫だなって思ったら、気が抜けただけだよ」

 

 いつもどおりのブラコン発言だが、今回は若干取り繕ったような感じだった。そこになんとも言えない違和感があるが、そこまで踏み込む必要も無いだろう。

 

 後は彼らに委ねよう、キリトのその一言に、オレ達は頷いた。

 

 (……ねみぃけど……まぁいっか……)

 

 もうしばらくすれば夜が明ける。本来ならねぐらで熟睡しているか、迷宮区で仮眠をとっている時間なので、眠気がそれなりにあった。だが今の雰囲気が中々心地よく、ついオレ達は眠気覚ましの飲み物を飲みながら雑談をしてしまった。

 

 「―――ねぇ、君達ならどうしてた?もしギルドやパーティーに所属して、超級レアアイテムがドロップした時……君達ならなんて言ってた?」

 

 そんな時だった。アスナが何気なくオレ達に聞いてきたのは。

 

 「ちょっと違うけど……オレ達二人の場合はドロップしたモン勝ちだな。クエ報酬とかだったらデュエルとかジャンケンとかで取り合ってるけど」

 

 「……クロトとは気心がしれてるからいいけど……ギルドにいる場合だったら、売却だな。利益を等分すれば全員平等に金が手に入るし、丸く収まりやすい」

 

 まぁ、そういうトラブルがあるからギルドはイヤなんだけど、とキリトは肩をすくめてみせた。

 

 「KOBではアイテムは全部ドロップした人の物、ってルールなんだよ」

 

 「ええ。ログが残らないこの世界では誰が何を手に入れたかは本人しか分からない。隠匿とかのトラブルをさけるとしたら、それ以外にないし」

 

 「なるほど、それなら売却利益の着服とかのトラブルとも無縁だな」

 

 サクラとアスナの説明に感心した様子のキリト。仮にギルドに入るとしたら、そういうルールのトコにしようとオレは思った。

 今はまだ大丈夫だが、いずれオレとキリトの二人では限度が来るだろう事はSAOがネットゲーム―――多人数のプレイヤーが協力して攻略されるのを前提に作られたもの―――であるため容易に予想できた。ギルドとのパイプはある程度確保しておくべきかな~と思考が脱線しかけていたが、アスナ達の話が続いているので意識を引き戻した。

 

 「―――それにそういうシステムだからこそ、この世界での結婚に重みが出るのよ」

 

 「へ?」

 

 重みとは何ぞや?とつい間の抜けた声がでてしまった。あくまでネットゲームであるSAOでの結婚にどんな重みがあるのだろうか?

 

 「結婚すれば、お互いの全情報が共有されるでしょ。レベル、スキルとその熟練度、ストレージ内のアイテム……いままで隠せた事が、一切合切隠せなくなるのよ」

 

 「……マジ?」

 

 今まで攻略や戦闘に関する事ばかりに目を向けていたので、結婚システムの存在こそ知っていても詳しい内容は知らなかった。

 

 「お互いに自分の全てをさらけ出す……だからこそ、よっぽど信頼しあってないと結婚できないの」

 

 「俺達もカップルを見たことは何度もあるけど、結婚してたヤツには会った事無かった……けど、そういう理由だったのか……」

 

 どこか諦観したような目で、キリトはぼんやりと呟いた。

 

 「そうね。相手に対して、隠匿とかねこばばとか……そういう事をした人は、もうその相手とは結婚できない。全情報の共有って、凄くプラグマチックで……それでいてロマンチックなシステムだと思うわ」

 

 「アスナさん……」

 

 二人とも結婚への憧れがあるのだろう。うっとりとした表情で語る様子はさながら恋する乙女という風で―――

 

 (って、何考えてんだオレ!?)

 

 サクラはオレが好きだという事をキリトから聞いたし、アスナは今までの様子から何となくキリトに惹かれているんじゃないかと思うし……

 

 「隠匿とかねこばばって……そんな事したらハルに嫌われて引きこもりになる自信がある」

 

 また空気を読まないブラコン発言をするキリト。だが、諦観したような目を見ると、どうしても怒る気にはなれなかった。

 キリトはいつもそうだ。恋愛事になると、いつも諦めの混じった表情になる。

 

 (オレと大して変わんねぇぐらいの歳のはずだってのに……何があったんだ?)

 

 リアルの事を聞くのはマナー違反であり、この世界での現実味を無くしてしまう。加えて彼の表情から考えると、トラウマかそれに近い心の傷だろうという事が予想できた。そのため好奇心があっても、聞く事を躊躇ってしまう。

 

 「キリト君……?」

 

 「キリトとハル君見てると、兄弟もいいなぁって思えるよ。本当に仲がいいんだね……」

 

 アスナはキリトの諦観した様子に気づき、サクラは気づかず兄弟への憧れを口にした。元々キリトは冷めた様子でいる事が多いため、アスナみたいに気づける人はほとんどいない。オレだってずっとつるんでいたから気づけた訳だし。

 

 「まぁ、あんないい弟を大切にしない方がおかしいだろ…………あ、そういえばアスナ。プラ……プラグなんちゃらってどういう意味?」

 

 「プラグマチック、よ。実際的って意味」

 

 「実際的って……ここでの結婚が?」

 

 思わず口にした疑問に、アスナは即座に答えてくれた。

 

 「だって身も蓋も無いでしょ、全情報の共有……特にストレージの共通化とか」

 

 ストレージ共通化ねぇ……何かそこが引っかかるんだが、何故引っかかるのかが分からない。

 

 「待てよ……今回のケース、つまり片方が死別したら、ストレージのアイテムはどうなる?」

 

 「えっ?離婚の場合は幾つかオプションがあるけど……死別した場合の事は知らないわ」

 

 「……順当に考えれば、全部生き残った側のストレージに残るとかじゃね?」

 

 何気なく言った瞬間、三人の表情が変わった。

 

 「もしそうなら、指輪はグリセルダさんを殺害したヤツが手に入れる事無く……」

 

 「グリムロックさんのストレージに残るはずだよね。という事は……」

 

 「……指輪は奪われていなかった……ううん、グリムロックさんが奪ったんだわ!」

 

 おいおい……この仮説どおりなら、グリムロックこそが指輪事件の真犯人という訳で―――

 

 「ヨルコさん達が危ない!アスナ、彼女達は今何処にいる!?」

 

 「十九層のフィールド、十字の丘よ!」

 

 クソッ、よりによって圏外かよ!

 

 「サクラとアスナは増援を手配してくれ!キリト、行くぞ!」

 

 「あとグリムロックも現場にいる筈だから探してくれ!」

 

 オレとキリトはそう言うか早いかレストランを飛び出し、転移門へと全速力で駆け出した。こんな時間に起きてる攻略組がいるかどうか分からないし、サクラ達を置いていくのは不本意だが事態は一刻を争う。

 

 「「転移、”ラーベルグ”!」」

 

 半ば飛び込むように転移し、転移先で盛大にすっ転ぶ。間髪いれずに起き上がって駆け出そうとするとキリトが腕を掴んで叫んだ。

 

 「確かゲートの近くに厩舎があった筈だ!馬の方が速い!!」

 

 「つっても乗った事ねぇぞ!?」

 

 「それでもやるんだよ!」

 

 キリトの提案にやけっぱち気味に従い、厩舎へと駆け込んだ。経営しているのはNPCであるため、二十四時間営業だ。そこで一番足の速い馬を一頭借り、二人でまたがった。

 

 「落ちても知らねぇからな!?」

 

 「その時はその時だ!」

 

 偶々オレが手綱を握る事になったが、どっちが握っても大して変わらないだろう。とにかく急がなければと馬を走らせた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 馬に乗って駆けたのはほんの数分だが、生まれて初めての乗馬であるため悪戦苦闘だった。とにかく落馬しないだけでも上出来ではないだろうか?

 

 「カァ!」

 

 「グリーンとオレンジが三つずつだ!」

 

 「ならセーフだ!」

 

 ヤタがプレイヤーを感知し、少し遅れてキリトもカーソルを発見した。付近で隠れているだろうグリムロックは見つけていないが、きっとサクラ達が発見してくれる筈だ。とにかく今は突っ込む!

 

 「ハアッ!」

 

 馬でグリーンとオレンジの間に突っ込むと、キリトは勢いそのままに飛び降り、髑髏の仮面を着けたエストック使いに切りかかった。髑髏仮面は後ろへ飛び退って回避したが、お陰でヨルコさん達とオレンジプレイヤー達―――ヨルコさん達を殺そうとしたレッドプレイヤー達―――の間にオレ達が割り込む事ができた。

 

 「ふい~、ギリセーフってトコか?」

 

 「……状況は良くないけどな」

 

 馬を降り、尻を叩いてレンタルを解除。それと同時に短剣を抜きながら軽い調子でそう言うと、キリトが苦笑交じりに返してくれた。

 戦力になるかも、と思っていたシュミットは麻痺でダウン。タンクとしてレジストスキルを上げていた筈だから、コイツ等の毒は相当強力な物なのだろう。ヨルコさんと、初めて顔を見たカインズは中層プレイヤーであるため戦力外だし、二人とも怯えてしまっている。

 対する向こうは三人。髑髏仮面のエストック使いと、明らかに毒とわかる粘液がついたナイフを持った頭陀袋、そして―――

 

 「よぉPoH(プー)……相変わらず悪趣味な格好だな」

 

 「貴様には言われたくねぇな、キリト」

 

 黒ポンチョを纏い、肉切り包丁を思わせるレア短剣を装備した男、PoH。

 

 「どっかのレッド連中だとは思ってたけどよ……よりによってラフコフかよ……」

 

 「あぁ、一番相手にしたくなかったな……」

 

 アインクラッド最悪の殺人ギルド、’ラフィン・コフィン’……その名が意味するのは、笑う棺桶。PoHはそのトップであり、彼の傍にいる二人は間違いなく幹部クラスのプレイヤーだ。正直相手にするだけで冷や汗ものだが、オレもキリトも長いビーター生活のお陰でポーカーフェイスには自信がある。

 

 「ンの野郎!余裕かましてんじゃ―――」

 

 「あと十分もすれば、攻略組三十人がやってくるぜ。三人で俺達二人にタイムアタックでもやるか?」

 

 頭陀袋のわめきを遮るようにキリトが盛大なハッタリをかますと、PoHは無言でオレ達を睨みつけた。

 

 「……チッ」

 

 時間にして僅か数秒のにらみ合いは、PoHの舌打ちで幕を閉じた。彼が左手の指を鳴らすと、両側の二人は大人しく武器を納めた。

 

 「……黒の剣士、遊撃手……貴様らは必ず血祭りに上げてやる。貴様らの大事なヤツを目の前で殺した後でな……」

 

 殺気を隠そうともせずにPoHは吐き捨てると、身を翻して去っていった。残りの二人もそれに続く―――と思いきや髑髏仮面だけが振り返り

 

 「格好、つけやがって。次はおれが、馬でお前らを、追いまわしてやる」

 

 そんな捨て台詞を置いて行くのだった。

 

 「なら精々頑張れよ。思ったほど簡単じゃねぇからな」

 

 黙っているのは癪だったので、精一杯の皮肉を込めてそう返してやった。




 クロトは結構器用なんです。

 作者兄弟は数年前に一度だけ乗馬経験がありますが、ただ歩く馬から落ちないようにするのが精一杯でした……


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三十三話 愛とは

 とりあえず圏内事件終了……かな?


 シュミット達が空気になっていますが、どうかご勘弁を……


 クロト サイド

 

「行ったか……」

 

 「……みたいだな」

 

 索敵範囲から三つのオレンジカーソルが消えた事を確認したオレとキリトは、ようやく詰めていた息を吐き出した。

 

 (まさかラフコフのトップがお出ましとはな……)

 

 横でキリトが援軍を連れて急行中であろうクラインに、ラフコフが撤退した旨のメッセージを送っている。その間にオレは、解毒ポーションをシュミットの口に突っ込みつつもそう思い、ため息をついた。

 今回はどうにかなったが、あの状況はガチでヤバかった。頭数の時点で不利であり、盾にされる恐れのあるプレイヤーが三人もいたのだ。加えて、PoHは’堕とす’方向での人心掌握に長けている。もしあのまま戦ったら、ここにいる全員がお陀仏になっていたかもしれない。

 

 「……助けてくれたのは礼を言うが、どうしてお前達が?」

 

 「万が一、最悪の事態になったらって思って来たんだよ」

 

 確証は無かったけどな、と言うとシュミットを起き上がらせる。元々タンクプレイヤーとして毒関係へのレジストは高かったので、ある程度麻痺の時間を短縮できていたのだろう彼からは麻痺のアイコンが消えていた。キリトはその間にヨルコさん達と言葉を交わしていた。

 

 「おかしいって思ったのは、ほんの三十分前だ…………なあ、二人はグリムロックに今回使用した武器を作ってもらったんだろ?」

 

 「はい。彼は最初、もうグリセルダさんを安らかに眠らせてあげたいって乗り気じゃなかったんです。でも……ぼくらが一生懸命頼んだらやっと武器を作ってくれたんです」

 

 ヨルコさんの隣にいた朴訥そうな男性―――カインズは、先ほどの恐怖からまだ立ち直りきれていないようで、幾分蒼白な顔のままキリトの問いかけにそう答えた。

 

 「……残念だけど、グリムロックがあんた達の計画に反対したのはグリセルダさんの為じゃない。圏内PKという派手な演出によって注目を集めてしまえば、いずれ誰かが気づいてしまうと思ったんだ……指輪事件の真相に」

 

 「え……?」

 

 キリトが告げた真実に対して、ヨルコさん、カインズ、シュミットまでもが理解できないといった顔をしていた。

 

 「結婚相手が死別した場合、ストレージのアイテムは全て生き残っている側の物になる……どうやっても奪えないんだよ、グリセルダさんを殺したヤツには。彼女が死んだ瞬間に、指輪はグリムロックのストレージ内に移動してしまうんだからな」

 

 「じ、じゃあ…あの金を用意できたのは、グリムロックだけ……という事は、あいつが?あいつがグリセルダを殺した真犯人なのか!?」

 

 あくまで淡々と説明するキリトに対し、三人は完全に動揺していた。……無理もない。今まで被害者だと思っていたグリムロックが、実は黒幕だったのだから。だが自分でPK行為をしてしまえば、自ずと足がついてしまう。

 

 「いいや、アイツは直接手を汚しちゃいねぇ……きっとレッド共に依頼した筈だ。アリバイを確保するためにもな……今回ラフコフが来たのだって、その時の伝手を使ったんだろ」

 

 「ヨルコさん達をまとめて消してしまえば、指輪事件の真相は永遠に闇の中へと葬る事ができるからな……」

 

 オレの推測にキリトは首肯し、続けた。アインクラッド中でお尋ね者になっているラフコフがここに偶然現れたとはとても考えられないのだ。

 

 「……どう……して…………?」

 

 「詳しい話は、本人に直接聞こう…………そうだろ、アスナ?」

 

 掠れた声でヨルコさんが呟いてから程なく、アスナとサクラが後ろから近づいてきたのが分かった。振り返ってみると、彼女達は一人の長身の男に武器を付きつけて連行していた。

 

 「みんな……グリムロックさん、連れてきたよ」

 

 「キリト君達が言ったとおり、この近くでハイドしていたわ」

 

 長身の男―――グリムロックをオレ達の前まで連行した二人は、一旦武器を納めてオレ達の傍に来た。幸い二人のカーソルはグリーンのままで、万が一グリムロックが抵抗してオレンジになってしまわないかというオレの心配は杞憂だった。

 

 「やあ……久しぶりだね、皆」

 

 ひどく落ち着いた低い声。グリムロックからは、追い詰められた者特有の焦り等が一切感じられなかった。ただ、その落ち着いた中に得体の知れない何かを隠しているようで不気味だった。

 

 「初めまして……に、なるか。オレはクロト……んでこっちが相棒のキリトだ」

 

 ここで自己紹介するのも暢気なものだ、と自分の行動に内心苦笑しながらもオレは続けた。

 

 「……単刀直入に聞くぜ。半年前、ギルド黄金林檎で起きた指輪事件の黒幕はアンタだろ?」

 

 「……」

 

 オレの問いかけにグリムロックは眉一つ動かす事は無かったが、その沈黙こそが肯定の意を表していた。

 

 「……どうして……どうしてなのグリムロック!奥さんを殺してまで、指輪をお金にする必要が何処にあったの!?」

 

 「……フ、フフ…………金…………金だって?」

 

 震える声から始まり、終いには涙交じりに叫んだヨルコさんに対して、グリムロックはどこか壊れたかの様に体を震わせた。

 

 「金の為では無い。私はどうしても彼女を殺さねばならなかったのだ…………彼女がまだ、私の妻でいる内に……!」

 

 「なん……だと?」

 

 殺さねばならなかった?一体何を言っているというのだ、この男は。

 

 「どうして奥さんを……大切な人を殺す必要があったんですか……?」

 

 サクラが理解できないとかぶりを振ったが、グリムロックは構わずに独白を続けた。

 

 「彼女は、現実世界でも私の妻だった……可愛らしく、従順で、ただ一度の夫婦喧嘩すらしたことが無い理想の妻だったよ。だが……共にこの世界に囚われてから、彼女は変わってしまった……」

 

 始めの時の落ち着きが見る間に消え失せ、その中にあった得体の知れない何か―――いや、狂気がむき出しになっていくのが分かった。俯いた彼の顔は帽子によって見えないが、その目にオレ達が映っていないだろうという事は容易に理解できた。

 

 「強要されたデスゲームに怯え、竦んだのは私だった……彼女は今までの姿からは想像できないような才能を開花させ、私の反対を押し切ってギルドを作り、仲間を募り、鍛え上げた。その時の彼女は―――ユウコは現実世界にいた時よりも遥かに生き生きとしていて、充実した様子だった……。変わっていく彼女を見ながら、認めざるを得なかったよ……私が愛したユウコは消えてしまったのだと。例えこのゲームがクリアされ、現実世界に戻れたとしても……かつての彼女は二度と戻ってこないのだと」

 

 ヤツの肩が小刻みに震えているのは、自嘲の笑いか、喪失の悲嘆か―――

 

 「ならば!合法的殺人の可能なこの世界にいる間に彼女を……ユウコを、永遠の思い出の中に封じ込めてしまいたいと願った私を!いったい誰が責められるというのだろう……?」

 

 俯いていた顔を上げた彼の目は見開かれており、おぞましさを感じさせる狂気の色を宿していた。それを見た途端、彼の心をオレが理解する事は不可能だろうと何となく分かった気がした。けれど―――

 

 「……ふざけんな……!」

 

 ―――それ以前に、湧き上がる怒りをぶつけられずにはいられなかった。

 

 「黙って聞いてりゃ……変わったから、言う事を聞かなくなったから殺した……?んなもん全部テメェの独りよがりだろうが!」

 

 グリムロックの胸倉を掴み、叫ぶ。自分でも歯止めが利かなかった。

 

 「テメェは奥さんに、ちゃんと言ったのか!?怖いって、戦いたくないって、面と向かって言ったのかよ!?」

 

 「そんなもの……言える訳が無いだろう?君も男なら、せめて弱さは見せまいという意地くらいある筈だ」

 

 「それが独りよがりだっつってんだろ!言わなきゃ伝わんねぇんだよ、夫婦でも……親子でも!!」

 

 一人で決め、それが誰かに理解されなくても構わない。そんなグリムロックの姿勢が、親父と重なって見えた。

 

 「結局テメェは!奥さんに勝手なイメージを一方的に押し付けてただけで、向き合ってなかったんだよ!!」

 

 「……君には分からないだろうね。愛情を手にいれ、それが失われようとした時にでもならなければ」

 

 確かにオレには経験の無い話だ。だがグリムロックの、全てを悟ったかのような声が、表情が、気に入らない。

 

 「この―――!」

 

 激情に任せて拳を振り上げたが、それを振り下ろす事は叶わなかった。

 

 「よせ。お前がオレンジになるだけだ」

 

 声からしてキリトだろう。彼がオレの腕を掴み、グリムロックを殴ろうとしていたのを止めていた。キリトの制止のせいか、さっきまでの激情が少しだけ静まった気がした。

 

 「……放せよ」

 

 「少しは頭を冷やせ。お前らしくもない」

 

 舌打ちをして、グリムロックを掴んでいた手を離した。彼はさして気にした様子は無く、その目は狂気の色を宿したままだった。

 

 「君も私に何か言いたそうだね。大方、こっちの彼とそう変わらない糾弾だろう?」

 

 振り向いて見ると、キリトは俯いていた。表情こそ見えないが、今の彼からはオレの様な激情は感じられなかった。

 

 「……あんた、今幸せか?」

 

 「何……?」

 

 オレが数歩脇へどいたところで、キリトはゆらりと俯いていた顔を上げた。

 

 「……望みどおり奥さんを思い出の中に封じ込めて……幸せになれたのか?」

 

 「何が言いたい……?」

 

 キリトはただ、願いを叶えて幸福かと聞いただけだったが、初めてグリムロックは動揺した。

 

 「いや……あんたの言う愛情ってのも、所詮その程度かって思っただけさ……」

 

 「っ、黙れ!」

 

 キリトはいつもどおりの冷めた表情をしていたが、目は何時にも増して諦観の色が濃かった。

 

 「半年前に奥さんを失っても、あんたは今こうして平然と生きていられる……あんたにとって愛情ってのは、別に無くたって生きていける、その程度の想いだったんだろ?」

 

 「君に私の何が分かる!?私がどれほどの屈辱を、絶望を味わったか!君に分かる筈無いだろう!!」

 

 キリトを見ていると、冷水をぶっ掛けられたかの様に感情が冷めていく。彼の声が、表情が、普段のそれと変わらない―――いや、変わらなさ過ぎるのだ。グリムロックの身勝手な思いに怒りも、憎悪も、嫌悪も、侮蔑も無い……これは明らかにおかしい。

 

 「ああ。俺にはあんたの心は分からない……男女間の愛情なんて、俺にとっちゃ上っ面だけの薄っぺらな……どうでもいいものでしかないからな」

 

 「な、に……?」

 

 グリムロックは掠れた声を上げ、数歩後ずさる。かく言うオレ達も、今のキリトの言葉には息を呑んだ。

 

 「屈辱……絶望か……俺にあんたの心が分からない様に、あんただって俺の痛みはわからないだろうな……上っ面だけを気に入って近づいて手を差し伸べてきたクセに、その手を取ろうとすれば掌返して拒絶される……何度も何度も、得られるかもしれないと期待させられて、一気に付き落とされた俺の痛みが…あんたにわかるか?」

 

 光が、希望が無い。キリトにあるのはただ、暗く深い影と諦観のみで

 

 「男女の愛なんて所詮その程度だ。気に入ったから近づいて、気に入らなくなったから切り捨てる……最も移ろいやすく、不確かで、信じるに値しない―――」

 

 グリムロックだけではなく、オレやヨルコさん達も何も言えなかった。キリトの言う事を否定したいのに口は上手く動かず、言いたい事は言葉としてまとまる事が無い。キリトから発せられる闇に呑まれそうな中―――

 

 「―――違う……それは違うよキリト!」

 

 サクラが叫んだ。彼女は目に涙を溜めて、今にも泣き出しそうな表情だった。

 

 「人の想いは、そんな軽いものじゃ無い……好きな人に……大切な人に笑っていてほしい、幸せでいてほしいって願って、見返りを求めずに注ぎ続けるのが愛情だってわたしは思うの。家族でも、男女でもそれは変わらないよ」

 

 キリトの琴線に触れるものがあったのか、彼の表情が歪み、闇色の瞳が揺らいだ。それを見てから、サクラは涙を拭ってグリムロックへと向き直る。

 

 「グリムロックさん……わたし、わかる気がするんです。奥さんが変わったのは、ただ貴方を救いたかったから……戦う道を選んだのは、怯えた貴方に少しでも希望を見せたかったから……生き生きとしていたのは、他でもない貴方の支えになっていると思っていたから、って。きっと奥さんは、ずっとずっと貴方を愛していたんです」

 

 「っ!わ、私は……私は!」

 

 サクラの言葉に、グリムロックはたじろいだ。彼女に反論したくても言葉が見つからず、ただただ受け入れたくないとかぶりを振っているだけだ。

 

 「貴方が抱いていたのは、ただの所有欲よ!グリセルダさんの心をわかろうとしなかった貴方に、愛情を口にする資格は無いわ!!」

 

 凛とした声で、アスナがとどめを刺した。ついにグリムロックは崩れて、両手をついた。この場に再び静寂が訪れ、やがて夜が明けた。

 

 「……クロト、キリト。この男の処遇は、おれ達元GAに任せてくれないか?もちろん、私刑にかけたりはしない……しかし罪は必ず償わせる」

 

 最初に動いたのはシュミットだった。がしゃり、と鎧を鳴らして立ち上がり、グリムロックの傍らまで歩み寄ってそう言った。オレがそれに答えようとした時、突如シュミットが目を見開き、口元を戦慄かせた。その目はオレ達の後ろを見ていて―――

 

 「グリ、セル……ダ」

 

 思わず零れたような呟きを耳にする前に、オレ達は振り向いた。

 

 「あ……」

 

 「嘘……」

 

 少し離れた、丘の北側。そこにある古樹の根元の、苔むした墓標の傍らに。体が半ば透き通った、一人の女性プレイヤーがいた。

 ヨルコさんも、カインズも、シュミットも、オレ達でさえも、指一本動かすことができなかった。アインクラッドには心霊現象なんてあり得ない。そう解っているのに、目の前の現象を幻覚とは思えなかった。

 

 「ふっ、私に恨み言を言いに来たのかい……ユウコ?」

 

 ただ、グリムロックだけが皮肉気に口を開いた。その声には、もうどうにでもなれという自棄が含まれていた。

 

 ―――いいえ

 

 彼女が首を横に振ると同時に、そんな声が聞こえた。その声には、怒りも、失望も無く―――どこまでも優しく、ただ慈愛に満ち溢れていた。

 

 「まさか……わ、私を…赦すと……?」

 

 グリムロックの、有り得ないといわんばかりの呟きはとても小さく、掠れたものであった。本来なら届かない筈の呟きはしかし、グリセルダさんに届いたようで―――

 

 ―――ええ、貴方を……愛しています

 

 柔和な美しい笑みと、その言葉を最後に、彼女の姿は掻き消えた。残ったのは、彼女がいた名残を示すかのような、薄い金色の煌きだけだった。

 

 「すまなかった、ユウコ!……私は…なんという…愚かな、事を……!」

 

 グリムロックの慟哭が響く中、ヨルコさんはカインズの胸で泣きじゃくり、カインズもシュミットも、黙して涙を流していた。気づけば、オレもサクラもアスナも溢れ出す涙を止められなかったが、

 

 「……どうして、裏切られても……受け入れられるんだ…………!」

 

 ただ一人、キリトだけがひどく辛そうで苦しげな表情を浮かべ、震える拳を握り締めていた。

 

 (オレも、もしかしたら……サクラとすれ違ってこうなってしまうのか……?)

 

 愛する夫の為に変わった妻と、それを受け入れられなかった夫。互いに想いあっていた筈なのに、たった一つの間違いで壊れてしまい、失ってからその大切さを思い知らされる。

 今は、グリムロックを泣かせよう。彼はやっと、自らの過ちに気づき、後悔し、懺悔しているのだから。




 愛情って難しいですよね。



 それと前回のボツシーン(台本形式)
  原作読んでいたらパッと浮かんだんですが、本作のキリトのキャラじゃないや、とカットしました。


 キ「離婚した時のストレージはどうなる?」

 ア「えっと、幾つかオプションがあるけど……」

 サ「わたし達もあんまり知らないの」

 キ「なら、クロトとサクラで試しに―――」

 ク「―――するかボケェ!ムードもへったくれも無ぇ!!」

 ア&サ「キリト(君)のバカアアァァァ!!!」

 ドゴッ!ドガッ!バキッ!ドスッ!(クロト、サクラ、アスナに殴られヤタに突かれるキリト)


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閑話 アスナの想い

 今回の話、始めの辺りは飛ばしてもらっても結構です。いつになく長ったらしくなったので……


 アスナ サイド

 

―――私は、キリト君が好き。

 

 最初は他の人とは違う不思議な感じの人くらいだった。デスゲームとなったこの世界で、アルゴさんに助けてもらったとは言えほとんど手探りで情報を得なくてはならなかった私達に色々な情報を教えてくれたし、そのくせ特に見返りを求めてくる事は無かった。助けてくれる理由を聞けば、私達が強くなれば結果的に自分が楽できるから、といつも煙に巻いた答えしか言わないくせに、妙に感情的に動く事もあったり、クロト君と揃って無茶をしたりしていた。

 でも、不思議な感じがすると同時にハル君への気遣いは確かな物であり、弟思いな人という印象は強かった。

 彼を見ていると、現実世界の兄を思い出す事が幾度となくあった。兄妹仲は悪くなかったけど、歳が離れていたために接する機会が少なく兄とはどこか壁があった気がする。

 だから、彼らの仲のよさにどこか憧れていたんだと思う。兄もキリト君みたいに、妹である私の事をずっと気にかけてくれてたのかな、とか私もハル君みたいに兄に甘えてみたかったな、なんて無意識に何度も夢想した事もある。

 

 ―――そうやって彼らを見ている中でふと、キリト君の影に気づいた。

 

 きっかけは、五十層のボス攻略戦直後の些細な事だったと思う。久方ぶりというかなんというか、サクラがクロト君に大胆な事をして周りが騒いでいる中で……彼だけ違った。羨望、憧憬、諦観……様々な感情が入り混じった暗い瞳が、涙こそないものの泣いているような表情が、私の心に引っかかった。

 二十五層を越えた辺りからやや疎遠になり、約一ヶ月後にはボス戦以外では言葉を交わす事なんてほぼ無かった。四十九層まではクロト君ですらついていくのがやっとな無茶を平気でやっていたし、ほとんどの事に対して無表情だった。そんな彼が久しぶりに見せたあの表情が、私は忘れられなかったのだ。

 

 ―――今思えば、この時から惹かれ始めていたのかもしれない。

 

 でもその時の私はKOBの副団長として、何より自分自身が現実世界へ帰る事を最優先として戦っていたので、自分の想いに蓋をした……ううん、押し込めて気づかないふりをしていたんだと思う。仕事中にキリト君の事が頭をよぎる事が何度かあったし、彼ばかり目で追っていた気がする。何よりも、キリト君を見た時に心がモヤモヤしたのはよく覚えている。

 

 ―――この想いが私の中ではっきりしたのは、彼と剣を交えた時だった。

 

 見える物や聞こえる物など、ほぼ全てが偽物であるこの世界で時間が過ぎていけばいくほど、現実世界での私達の時間は失われていく。現実世界で今まで積み上げてきた物全てが音を立てて崩れ落ちていくのが怖くて、一日でも早くゲームクリアをしなければという強迫観念に囚われていた。そんな追い立てられるような私の剣を、彼は’こんなもの’と一蹴した。

 

 ―――ふざけないでよ!

 

 真っ先に湧き上がってきたのは怒りだった。今までの私の、現実世界へ帰るための努力を否定されたような気がしたから。それがきっかけで、今まで押さえ込んでいた感情に歯止めが利かなくなってしまい、全てキリト君へとぶつけた。傍から見れば、駄々をこねる子供みたいだったと思う。でも彼は正面から向き合ってくれたし、私の言葉を聞いた上で’今生きているのはこのアインクラッドだ’と叫んだ。

 その時のキリト君の目は、真っ直ぐに私を見ていた。彼の真剣な眼差しを、想いの篭もった剣を受け、彼への恋心を偽れなくなった。

 

 ―――初めて抱いた恋心は、気づいた時にはもうどうしようもないくらい大きな物になっていた。

 

 本音を言えばサクラ達のようになりたくて、でも恥ずかしくて中々素直になれなくて。そのため彼との距離は大して変わらないまま。むしろサクラの方が近いんじゃないかなって不安になり、どうしたら彼との距離が縮まるのかって思うようになって、今までとは別の理由で眠れなくなった。

 

 ―――でもそれは、意外な理由で何とかなってしまった。

 

 クロト君と揃って攻略をサボって昼寝をしていたのを見かけたときは、やっぱり素直になれなくてつっけんどんな言い方をしてしまった。でもキリト君はさして気にしていなかったし、私に’寝てみたら?’とまで言ってきた。

 試しに横になった途端に眠ってしまったのは……今でも凄く恥ずかしい。でも、あの時感じた日差しの温もりや風の心地よさは本物だって思えたし、私達がこの世界で生きているんだって事がようやく分かった。

 私が起きた時のキリト君は悪戯っぽい笑みを浮かべていて、普段よりも表情が明るかった。それを見た瞬間、彼にほとんど意識されていない事に気づいてショックを受けたけど、同時に彼との距離が縮まらない事を不安に思っていた自分が馬鹿らしくなった。

 

 ―――こうなったら、何が何でも振り向かせてみせる!

 

 そう決意したものの、せっかくの御洒落はスルーされ、手料理だってハル君の踏み台扱いされてしまった。御洒落は……男の子だし百歩譲ってそういった事に疎いからだとしても…………手料理の感想にアレは無いと思う。

 それに……勇気を振り絞って伸ばした手は振り払われてしまった。とても悲しかったけど、あの時のキリト君は様子が変だった。そして彼が―――恋愛に対して否定的だって知った。諦めて、冷め切ってしまったかのような彼の表情を見たとき、胸がすごく痛かったのは記憶に新しい。それと同時に、キリト君の影を振り払ってあげたい、彼の心に希望を灯してあげたいって思ったの。

 

 ―――だから、これからも手を伸ばそう。君の事が……好きだから。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 五十層主街区”アルゲード”

 

 「ここ……なのよね」

 

 転移門広場から少し離れた通りに建つ一軒家。外見は特に変わったところは無く、強いて挙げるなら武具屋を表す看板が申し訳程度についているくらい。

 青地に白で染め抜かれた盾と剣と甲冑の紋章は、キリト君の弟にしてアインクラッド初の鍛冶プレイヤーであるハル君の店の物。盾は’加護’、剣は’力’、甲冑は’勇気’をイメージした物であり、女性プレイヤーのほとんどが常識として認知している。値は張る物の武具はどれも高品質で、ハル君の容姿も併せてショタコンな人たちにはこの紋章はブランド扱いされている。兄弟である事がばれない様にキリト君達の装備にはついていないけど、彼らの剣を鍛え上げてきたのは間違いなくハル君だ。

 

 「看板はあるし……ハル君の位置情報もここにある」

 

 フレンドリストの追跡機能でハル君を探すと、目の前の店にいる事がわかった。つまりこの店がキリト君達三人が暮らしている家でもある。ハル君を探したついでにキリト君達の位置情報を調べてみると追跡できなかったので、きっと今頃迷宮区に潜り込んでいるんだと思う。サクラ達だってそうしてるだろうし、元々私もその予定だった。

 でも今朝急に団長からオフだと言われ、とはいえ何かする気が起きなくて―――ふと思った。ハル君なら、キリト君が何故恋愛に否定的なのかを知っているんじゃないかって。

 本当は本人に訊くのが一番良いのだけれど、きっとキリト君は女の子である私に話してくれないから、彼に最も近くて、彼の事を一番知っているであろうハル君に聞くことにした。

 

 「いらっしゃいませ!……ってアスナさん!?」

 

 いざ店内に入ると、何故かハル君に驚かれちゃった。

 

 「こんにちは、ハル君。……私がここに来るのってそんなに変かしら?」

 

 「いや、装備はリズさんの以外使いたくないってリズさんから聞いたので、ここに来るとは全然思って無くて……」

 

 なんだ、そういう事ね。確かにリズ以外の人の武器はあんまり使いたくないと思ってるし、リズに黙って他の人の武器を使うなんて彼女への裏切りになる。

 リズのお店に比べれば小さいけど、綺麗に整理された店内はお客にとって利用しやすくなるようにきちんと考えられていて、ハル君の人柄の良さが感じられた。

 今お店にいるのは私とハル君の二人だけみたいだし、キリト君達が帰ってくる前に話を済ませてしまおう。

 

 「今日来たのは、ハル君に聞きたい事があるからなの。今って時間ある?」

 

 「はい、大丈夫ですけど……ちょっと待ってて下さい」

 

 ハル君はそう言って閉店作業―――表の看板をcloseに変えて玄関のドアをロックするのみ―――をしてから、奥にある居間へと通してくれた。

 リズのお店には雇ったNPCの店員がいるから、外出する時や寝る時以外はほぼ開いているけど、このお店にはハル君一人だけ。その為お店に出られない時は必ず閉店作業が必要になってしまう。その事を申し訳なく思いながら、居間に入った。

 居間には四人掛けのテーブルと椅子、小さなキッチンがあり、どれも質素ではあるもののどこか人の温もりを感じさせる物だった。キリト君達がここで生活している姿を想像すると、少しドキドキする。

 

 「そこの椅子に掛けててください。今お茶を用意しますから」

 

 「ありがとう。そうさせてもらうね」

 

 手近な椅子に座り、改めて部屋を見回す。

 

 (あの止まり木……ヤタはあそこにとまってるのかしら?)

 

 部屋の隅にある止まり木に、いつもクロト君の左肩にいる三つ足の鴉がとまる姿を思い浮かべる。そのまま視線を動かして……窓際の揺り椅子に目が留まった。

 視線をフォーカスしてみると、二人掛けの物である事が分かった。

 

 (ひょっとして……キリト君とハル君が使ってるのかな?)

 

 先日ハル君に膝枕をしていた事を思い出し、二人が椅子に座って揺られる姿が容易に想像できた。

 

 「どうぞ」

 

 「ありがとう、いい香りね」

 

 出されたお茶は、素朴ながらもどこか心を落ち着かせる不思議な香りで、しばしその香りを楽しんでしまった。

 

 「―――それで、聞きたい事って何ですか?」

 

 出されたお茶の事など他愛の無い雑談を少ししたところで、ハル君が本題にはいってきた。私から切り出すべきだと思っていたけど、先に言い出せるハル君の気遣いには敵わないかもしれないと感じた。

 

 「その……キリト君の事をね」

 

 「……何故ですか?」

 

 まだ恥ずかしく思うところはあるけど、彼の事を知りたいと言った私に返ってきたのは、先ほどとは打って変わって警戒を露にするハル君の声だった。

 

 「その様子を見る限り、大体の予想はつきますけど……」

 

 いつもの笑みを消し、真っ直ぐ射抜くように私を見るハル君の目は今まで見た事が無いほど真剣だった。私は彼の変化に驚き、言葉に詰まっていた。

 そんな私の事を気にすることも無く、彼は次の言葉を発した。

 

 「兄さんに惚れたんでしょう?」

 

 「っ!?!?」

 

 いきなり言われるとは思っていなかったので、普段の自分が保てなかった。瞬く間に顔が熱くなり、訳も無く両手がせわしなく動く。言葉も上手く出てこなくて、ただ口がパクパクと動くだけ。

 

 「その慌て方が図星だって言ってるようなものですよ」

 

 「……あぅ」

 

 ……うぅ、凄く恥ずかしい。私ってそんなに解り易いのかな……?とりあえずお茶を飲み、心を落ち着ける。私が一息つくのを確認してから、ハル君は目を細め、口を開いた。

 

 「先に言います―――その好意が、兄さんの上辺だけを気に入った軽い気持ちなら、もう兄さんに近づかないでください」

 

 (やっぱり……ハル君は何か知ってるのね)

 

 ようやく確信が持てた。ハル君はキリト君の影を知っている。

 

 「……私は、遊びで人を好きになったりはしないわ。この想いは、君が言う軽い気持ちじゃない!」

 

 知りたい。キリト君がどうしてああなってしまったのかを。私に光を見せてくれた彼がずっと闇に囚われている理由を。

 

 「なら、兄さんのどこを好きになったんです?」

 

 「彼の……全てよ」

 

 そのためなら、私は偽る事無くこの想いを晒そう。そう思った途端、羞恥心は微塵も感じなくなった。

 

 「ふざけてるんですか……!」

 

 怒気を孕んだ視線を向けてくるハル君をしっかりと見据えて、私は口を開いた。

 

 「本気よ。……この世界で真剣に生きてる姿や、よく無茶するけど結局は上手くいってケロッとしてる所とか……ハル君の事を大事にしている所やその時見せる優しい表情、それに―――」

 

 気づけば自分でも驚くくらい饒舌になっていた。でも口は休む事無く動き、しばらく言葉を発し続けた。

 キリト君の前ではつい怒ってしまったり、素直になれずに心にも無い事を言ってしまったりするけど…………今まで見てきた彼の全てが愛おしい。

 この世界で生きている事を教えてくれた。今この瞬間も私達はこの世界で生きていて、日々を積み重ねているんだって。時間が過ぎていくほど現実世界で積み上げてきた物が崩れ落ちていくという、終わりの見えない暗闇にいた私を助けてくれた。希望の光を見せてくれた。だから……

 

 「―――何より、彼の心からの笑顔を見たいの。遠くからじゃなく、すぐ傍で」

 

 今度は私が助ける番。彼の闇を振り払い、心に希望を与えて……彼を守りたい。

 

 「だから、教えてほしいの。キリト君がどうして恋愛に否定的なのか……諦観した目をするのかを」

 

 彼の強さに隠された’何か’を教えてほしい。

 

 「……そこまで兄さんにベタ惚れした人は初めてですよ……」

 

 と言うかお腹いっぱいです、と呆れた表情でハル君は言ったけど、私何か変な事言ったのかな?

 

 「アスナさんの想いがちゃんとしたものだっていうのは解りました。でも……僕が勝手に兄さんの過去を話すわけにはいきません」

 

 「そう……」

 

 普通に考えて、私が聞きたい事はマナー違反になる事だから仕方ないのかもしれない。それでも落胆する気持ちがあった。

 

 「兄さんの過去に何があったのか……それは本人から聞くべきです。僕にできるのは、アスナさんが兄さんに想いを伝える手助けぐらいですよ」

 

 「ありがとう……それで十分だわ」

 

 キリト君の事をよく知るハル君となら、きっと何か上手い方法が思いつくかもしれない。

 

 「ただ……鈍感な兄さんに好意を伝えるには回りくどい方法は無意味ですし……かと言ってストレートに行き過ぎると拒絶されますし……」

 

 「……そうなのよねぇ……」

 

 この前だって手を振り払われちゃったし……うぅ、難しいよぅ。

 

 「兄さんは恋愛以外は鋭いですから、近づくにはちゃんとした建前が必要です……さしあたっては、クロトさんとサクラさんをくっつける手伝いとかはどうです?サクラさんを連れて二人に近づいて、アスナさんは兄さんとパーティー組んでクロトさん達を二人きりにさせてしまうとか」

 

 「そうね……外堀からでも埋めていかないとあの二人、仲が進まない気がするわ」

 

 そこでハル君はにっこり笑い、私のまだ新しい傷を抉ってきた。

 

 「あと兄さんって色気より食い気の方が強いですから、お弁当とかで胃袋掴んじゃえばいいですよ」

 

 「……弁……当……?」

 

 きっとハル君はあの事を知らないと思う。だからハル君は悪くない……悪くないけど……!

 

 「あ、あの~ひょっとしてあげた事あるんですか?」

 

 「うん……ハル君の方が美味しいって……」

 

 あの時の事を思い出し、私はどんよりしてしまう。でもハル君は何かを閃いた様で、指を鳴らした。

 

 「料理好きの女の子としてのプライドを建前に渡せばいいんじゃないですか?’自分のより美味しい料理を作れる人はいないって言わせてみせる!’的な感じで」

 

 話は僕の方からしておきますから、とにこやかに言うけど、その笑顔に裏に潜む静かな怒りは正直怖い。エギルさんのお店で見せたような大噴火をするんじゃないかって思うと、自分の表情が引きつってきたのが分かった。

 

 「思い立ったが吉日って言いますし、今日から準備を始めて近いうちに実行しちゃいましょう!」

 

 「そ、そうね……」

 

 でも、彼に会う口実ができたわけだし、これで良かった……のかな?

 

 「と、とりあえずやる事は決まったから、今日はこれで失礼するわ。本当にありがとう」

 

 「いえ、こちらこそお話できてよかったですよ……あ、出るならそこの裏口使ってください」

 

 不本意とはいえ、自分が目立つ事はよく知っている。ここへ来る時だってKOBの制服は着てこなかったし、攻略初期の頃につけていたのと同じようなフーデットケープで顔も隠した。

 外へ出る前に降ろしていたフードを被りなおし、ハル君の厚意に甘えて裏口から出る事にした。

 

 「……アスナさんなら、もしかしたら……」

 

 ハル君が何かを呟いていたけれど、これからの事を考えていた私にはよく聞き取れなかった。




 SAOの映画化と新作ゲームの事を遅ればせに知りました……


 どっちも超楽しみだぜえええぇぇぇ!!!!


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三十四話 今、できる事を

 作者弟が12日間ぶっつづけで働いたり、兄が4日間出張したりと色々あって中々更新できませんでした……


 最近スランプ気味なのか、描写が雑になってきた気がします……


 クロト サイド

 

 「うおりゃあぁ!」

 

 右手に握った短剣を、正面の相手に突き出す。だがそれはあっさり避けられ、今度は相手が剣を振り下ろす。突き出した右腕は引き戻しても間に合わず、回避できる距離でもないので、普段のオレならこれで終わりだろう。

 

 「なんの!」

 

 だが今は違う。左手に逆手で握っている短剣で、迫り来る剣を受け流し逸らす。そのまま相手を斬り付けようと左手を前に―――出そうとした瞬間、オレの眼前には刃が存在していた。とっさに体を捻っても大して避けられず、結果として剣先が左肩に突き刺さってしまう。それがクリーンヒットと認められ、デュエルのウィナー表示が浮かび上がる。そこには相手の……キリトの名前が堂々と載っていた。

 

 「あ~くそ、また負けた……やっぱお前のスキル反則だろ」

 

 その場に座り込み、愚痴をこぼしながらポーションを飲む。

 

 「よく言うぜ。お前だって反則級のスキル持ってるくせに」

 

 射撃とかもうチートだろ、なんてキリトは言ってくるが、オレとしてはキリトの二刀流の方がチートだと思っている。

 攻撃速度及び武器防御スキルの効果がプラス五十パーセント、ソードスキルのクーリングタイムが二十パーセント短縮……スロットにセットするだけでこれほどの恩恵を得られるうえ、専用のソードスキルもある。加えて、専用ソードスキルはどれも破格の威力と連撃数を誇る、まさに’攻撃は最大の防御’と言うべきスキルだ。

 一撃の威力を重視して重い剣を使っているキリトに、手数が加わる二刀流は相性が良すぎだ。それはもう、鬼に金棒って言葉がしっくりくるほどに。現に二刀流のキリトと接近戦をしても勝てた試しが無い。

 オレの射撃スキルは遠距離攻撃を可能にするもので、この世界では十分にチートなスキルなのだが……いかんせん使い勝手が悪い。弓のソードスキルは他のものより技後硬直とクーリングタイムがやや長く、かといって一撃必殺というほどの威力でもないのだ。

 つまるところ、秒間ダメージは二刀流に劣っている。まあ、大型mobの高所にある弱点を直接狙えるから、一概にどっちが優れているかなんて言えねーけど。けれども使っている側からすると、どうしても短所に目が行きがちなのだ。

 

 「それにしても……」

 

 「ん?」

 

 「いつまでそんなロマンスキル使うつもりだ?」

 

 そう言ってキリトはオレのメインアーム―――鏡写しのような一対の短剣を一瞥する。

 

 「他のスキルと合わせりゃ結構使えるぜ。それに短剣よりもこの双剣の方が、お前の二刀流の相手になるだろ」

 

 エクストラスキル’双剣’。短剣スキルを使い続けることでスキルウィンドウに出現するスキルだ。専用の二刀一対型の短剣とソードスキルがあり、より攻撃に特化している。

 

 「そう言えるのはお前がセオリー無視のビルドしてるからだろ……」

 

 「うっせ」

 

 ……実はこの双剣、使用しているプレイヤーは極少数しかいないのだ。ぶっちゃけオレ以外にガチで使おうとする奴はいないんじゃないだろうか?

 

 「二本で耐久値を共有してるから摩耗が激しいクセに短剣より一割増しくらいの数値しかないし、一発のダメージがが八割程度にまで落ちてるのに……複合スキルが無かったらほとんど役立たずだぞ?」

 

 「オレは使えてるから良いんだよ。武器だってハルのお陰でボス戦でも十分耐えられるし」

 

 キリトが指摘した通り、双剣スキルは短剣スキルより攻撃に特化していると言っても欠点の方が多い。ハイリスクローリターンであるため、デスゲームのSAOではオレみたいにビルドとかみ合っていたり、それこそロマンを求めたりしている奴しか使わないのだ。

 

 「軽業(アクロバット)、疾走、体術、跳躍……複数のスキル熟練度が一定なってやっと使えるスキルが主力で、偶然お前はどれも持ってたってだけだろ」

 

 スキルは基本、一つ一つが独立している。だが片手剣・体術複合ソードスキル『メテオブレイク』の様に複数のスキルをセットしていて初めて使用可能になるソードスキルや、チャクラムの様に投擲と体術の二つのスキルが無ければ装備できない武器もある。

 双剣スキルは単独で使用できるソードスキルが少なく、使い勝手にクセがあるのだ。そして何より……

 

 「結果オーライだろ……にしても二つの武器を振り回すってのは思ってたより簡単じゃねぇな……」

 

 「そうだな……俺もお前も、最近になってやっと慣れたからなぁ……」

 

 両手に別々の武器を持ち、互いに干渉しないようにする。言うのは簡単だが、実践するのは中々難しい。特にキリトはオレよりもリーチが長い片手剣二本。初めの頃は二人して両手の武器をぶつけたり攻撃する手が偏ったりと苦労したものだ。

 

 「それにしても……エリュシデータだったか?それ」

 

 「ああ。ようやくSTRが要求値に届いたんだ」

 

 エリュシデータ―――五十層ボスのLABの金属の塊と、当時キリトが使用していた剣を合成してできた漆黒の剣。ステータスはまさに魔剣クラスで、最前線が六十層を過ぎた今でもトップクラスの武器だ。

 その代償にSTR要求値がバカみたいに高く、今まで装備できなかったのだ。

 

 「……けど左手の剣がなぁ……」

 

 「そんな剣がホイホイできるかよ……」

 

 だが今はエリュシデータの性能が高すぎるために同等クラスの剣が見つからず、二刀流の使い勝手が非常に悪くなっている。

 通常攻撃は左右の剣の性能がそのまま攻撃力になるため右での攻撃をメインにすればいいかもしれなが、ソードスキルとなると話は別だ。二刀流のソードスキルの一発当たりの攻撃力は左右の剣の平均がベースとなるようで、片方が強くてももう片方が弱いと与えられるダメージがガタ落ちするのだ……とはいっても一線で普通に通用するダメージが出せる辺り、呆れてしまうが。

 

 「つか、お前はコートも新調したんだから少しは我慢しろよ」

 

 「お陰で懐がスッカラカンだけどな……」

 

 苦笑するキリトが身を包んでいるのはブラックウィルムコートと呼ばれる漆黒のコート。前のコートと比べると装飾が大分抑えられており、機動力を優先しているようだ。さらにキリトは今までコートの下に申し訳程度につけていた金属製の胸当てを外している。一撃でも食らったらまずいのではと思わなくもないが、これでも前よりも硬くなっているのだから驚きだ。

 最も、コートの生地は二週間ほど前に最前線で倒したボスモンスターのドラゴンの皮を素材にアシュレイが仕立てた物だし、装飾だって最高級クラスの素材をハルが妥協せずに加工してくれているので当たり前といえば当たり前なのだが。

 

 「それにしても、早くしないとな……」

 

 「そうだな……」

 

 ヨルコさん達が起こした圏内での偽装殺人を初めとした一連の事件から一か月が経った今、攻略組ではラフィン・コフィンの討伐が急務となっていた。

 というのも、ヨルコさん達が起こした一連の事件に於いてシュミットが襲われたからだ。彼はタンクとして状態異常攻撃に対するレジストスキルを鍛えていたが、ラフコフはそれを超えるレベルの麻痺毒を使用していた。つまりラフコフの連中は、多少の条件を整えれば攻略組を殺せるだけのレベルを備えているという事になる。

 このまま放置すればいずれ攻略中に背中から刺される事は間違いない。後顧の憂いを絶つためにもラフコフを倒さなくてはならないのだ。

 

 「アルゴ達情報屋も必死になって探っているんだ……そろそろ見つかってもいいはずなんだがな」

 

 「……サクラ達、倒れなきゃいいけど」

 

 日々情報屋が得てくる情報を精査したり、自らのギルドからも調査員を派遣したりとサクラ達はこの一か月間とても忙しい。ちゃんと休めているのか時々メッセージを送ってみた事が何度かあるが、ほとんど返信が来なかったので、そういう暇すらないみたいだ。

 

 「そう心配するなら会いに行けよ。ついでに告ってこい」

 

 「決めたんだよ……付き合うのはラフコフを潰してからってな」

 

 あくまでオレの身勝手な決意で、サクラには伝えていない。死亡フラグだっつー事も分かっている。でも、それでも……PoH達とケリをつけてからじゃないと、オレはサクラとまともに付き合えそうになかった。

 

 ―――貴様らは必ず血祭りに上げてやる。貴様らの大事なヤツを目の前で殺した後でな……

 

 あの時のPoHの言葉が、頭にこびりついて離れない。ただの’血祭りに上げてやる’ならどうって事無かっただろう。けれどもPoHは、’大切なヤツを目の前で殺した後に殺してやる’と言った。それはつまり、サクラが狙われている事に他ならない。

 その為彼女にPoH達の凶刃が迫る前に、一刻も早くラフコフを倒しておきたいという思いが日に日に強くなっていく。

 

 (クソッ……)

 

 敵の居場所が分からない以上、戦う事しかできないオレ達には何もできない。今はそれがどうしようもない程もどかしかった。

 

 「気負うな。俺達は今できる事をすればいい」

 

 そう言われて意識を戻すと、目の前にデュエル申請の表示があった。今のオレ達にできる事……それは対人戦の経験を積む事であり、オレ達の’切り札’をもっと上手く扱える様になる事だ。だからこそオレ達は、二、三日の間に一日はデュエルに没頭するようにしていた。視線を左上へと向けてHPバーを確認すると、先程のダメージが回復しているのが分かった。

 

 「……うし!もういっちょやるか」

 

 初撃決着モードで受諾し、立ち上がる。今いる村は最前線にあるものの攻略には関係ないサブダンジョンのそばにあるため、誰も来ない。それに万が一人が来てもヤタが知らせてくれるから、出し惜しみをする必要は無い。メニューを操作しつつタイマーを確認する。

 

 「今度は短剣か?」

 

 訝しむキリトをスルーし、タイマーの残り時間があと僅かになった所で装備の変更を決定し、跳躍する。

 

 「なっ!?お前まさか―――」

 

 オレも切り札―――射撃をもっと自在に使いこなせなくてはならない。背中に加わった重みを感じながらさらに距離をとる。

 

 「さっきの仕返しだ!」

 

 新たに背負った弓を引き抜き、カウントがゼロになるのと同時に矢を放つ。キリトには十分対策をとられているが、それでも一方的に攻撃できるメリットはデカい。距離を詰めるのに手間取ってしまえばその分自分が不利になる事を知っているからこそ、キリトは必死になって駆け出す。だが―――

 

 「弓スキル使わなくたってやりようはあるんだよ!」

 

 「だからって建物使った三次元軌道は反則だろ!?」

 

 止まることなく移動し続け、矢を射続ける。オレが今まで鍛え上げてきたスキルとステータスだからこそできるのであって、キリトには不可能な動きだ。弓スキルを使わないため決定打には欠けるが、ディレイが無いので捕まる事も無い。

 キリトの反応速度は人外じみているので、速く鋭い一撃を放つよりも全身を狙って大量の矢を射続ける方が有効だ。

 

 「くっ!」

 

 一度に複数の矢をまとめて放ち続けながら跳躍を繰り返すのは、オレ自身いつまでできるか分からない。だからこれはある意味で我慢比べだ。キリトが防御しきれなくなるのが先か、オレが自分の動きを続けられなくなるのが先か―――

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「……オレの……勝ちだ……!」

 

 「ミスに見せかけて……ゼロ距離でスキルぶっ放すとか…………一歩間違えれば負けてたぞ?」

 

 「うっせ……勝ちゃいいんだよ」

 

 地面に大の字に寝ころび、荒い息を整える。今回は不意打ちが成功したので勝てたが、正直オレには手詰まり感が否めない。剣の腕ではどうやったってキリトには敵わなくなってきたし、弓だってただ射るだけでは切り払われてほとんど効かない。

 

 (……こんなザマで、サクラを守れるのか……?)

 

 以前一度だけ戦ったPoHの強さを思い出す。あの時はキリトと二人掛かりであったにも関わらずさばき切られ、ロクにダメージを与えられなかった。あれから強くなった自信はあるものの、ヤツに届くのかどうか確証が無い。

 今回使った、着地ミスを装って相手に突進系スキルを使わせ、ギリギリまで引き付けてから弓スキルを放つという不意打ちだって効くかどうか……

 

 (何か無いのか?何か……)

 

 考えれば考えるほど自分の無力さを思い知らされ、気持ちだけが焦っていく。気づけば手は硬い握り拳になっていて、震えていた。

 

 「行くぞ」

 

 「……」

 

 キリトの声に、黙ってノロノロと起き上がる。一体何があったのかと目で聞くと―――

 

 「ラフコフのアジトが分かったって、アスナからメッセージが来た」

 

 「ッ!?そうか……」

 

 ―――決戦の時が、間近に迫っていたのだった。




 今作では原作と違い、ラフィン・コフィン討伐戦の時期を変えました。時系列を間違えたとかではないのでご了承ください。


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三十五話 すれ違う心、始まる戦い

 気づいたらお気に入り件数が150を超えていました。登録してくださった方々、本当にありがとうございます!


 クロト サイド

 

 「ラフィン・コフィン討伐作戦の会議を始める」

 

 DDAの本部にて、オレ達’ラフィン・コフィン討伐隊’は作戦会議を行っていた。つい先日奴らのアジトの場所が判明した為、すぐに倒してしまおうという事で攻略組が集められたのだ。

 

 「―――要注意人物の三人がこれだ……毒ナイフ使いのジョニー・ブラック」

 

 頭陀袋を被った小柄な男の写真を指した司会役のシュミットは、少し顔が強張っていた。僅か一か月前に自身のレジストスキルを打ち破る程の麻痺毒を食らった相手なのだから無理もないが。

 

 「エストックを使う赤目のザザ」

 

 次に赤い目をした髑髏の仮面を着け、ゆがんだ笑みを口元に浮かべた男の写真が指された。さっきのジョニー・ブラックと併せて幹部として覚えておこう。あの時戦っていないため実力は未知数だが、きっとかなり強いと思われる。でなければ幹部が務まる筈がない。何よりエストックは突きしかできないが、それ故に攻撃が点である為防御が困難であり、対人戦特化の武器なのだ。

 

 「そして最後に……リーダーのPoH」

 

 艶消しの黒ポンチョを着込んでいて普段は顔がはっきり見える事が無かったが、写真では素顔が露になっていた。頬にある青紫の刺青を除けば、少々いかつい顔しているもののどこか人を引き付ける魅力のある男といった感じだった。だがヤツの実力はオレ達以上である事は容易に予想できたし、それ以上にヤツが持つ巧みな話術とカリスマ、そして一度聴いたら嫌でも耳に残る声が危険だ。

 戦闘中にこちらの意識を乱されてしまえば敗北は必至だ。そのためPoHと戦うには意識を強く保ちながらも高い戦闘力を維持できる者が必要になる。今ここにいるメンバーの中でその条件を満たしている人物がいるかどうかは確証が無いが、それでもやらなければならない。

 

 「―――以上の三人は他の奴らとは別格の強さだ。必ず複数で対処するように」

 

 とはいえレベルは自分達の方が上であり、瀕死状態にまで追い込んでから捕縛するのがメインだ。そのためか皆からはボス戦ほどの緊張は感じられなかった。だが―――

 

 (もしもの時は……やるしかねぇ、か……)

 

 ―――だからこそ、オレ達とラフコフとの差に気づいてしまった。このままでは負けるだろう、と。

 

 「それと―――」

 

 「―――ちょっといいか?」

 

 話をさえぎって発言するのは良くないと分かっているものの、どうしても言わずにはいられなかった。オレに視線が集まるのは未だに慣れないが、顔に出ない様にするくらいはできる。

 

 「レッドゾーンまで追い込んでも投降しなかった時……どうするつもりだ?レッド連中はPoHの野郎のお陰で頭がトチ狂ってるんだぜ?」

 

 「……その場合は……HPの全損も…………やむを得ないだろう」

 

 絞り出すように発せられたシュミットの答えに、場の空気が一気に冷えた気がした。オレ自身そういった事になるのは御免だが、予測は悪い方に立てておくのが生き残るための術なのだ。

 

 ―――相手を殺さなければ自分が、仲間が殺される。その時オレ達は剣を振れるのか。

 

 敵を殺してでも生き残る覚悟が、オレ達には必要だ。でないと自分が、大切な仲間が殺される。

 

 「今回の討伐戦はあくまで自主参加だ。抜けたい者がいたとしても咎めるつもりは無い」

 

 DDAのギルドマスター、リンドの言葉に異を唱える者は一人もいなかった。なぜなら、攻略組最強と謳われているヒースクリフが討伐戦に参加しなかったからだ。

 デスゲームとなってしまったSAOで、プレイヤーに武器を向ける事へ拒絶反応を示す奴は少なからずいる。たとえデュエルであっても、相手を殺してしまう恐れがあるからだ。この世界に囚われたプレイヤーのほとんどが、平和な日本で生活していた廃ゲーマーであり、命のやりとりとは無縁の暮らしをしていたのだから仕方のないことではあるが。

 

 「―――作戦の決行時間は明日の午前二時、集合場所はアジトのあるダンジョンの入り口だ。では、解散!」

 

 やがて会議が終わり、集まった皆がそれぞれに散っていく中で、オレは一人の少女を探す。忙しい彼女と話せる時間はほとんど無いため、今を逃せばこのまま何も言えないまま討伐戦が始まってしまうかもしれない。

 

 「カァ!」

 

 「あ、おい!」

 

 程なく人混みの中から探していた少女―――サクラを見つけたが、まだ声をかけるには距離があった。間にはまだ多くの人がいたのでどうしたものかと思っていたいその時、左肩にとまっていたヤタが飛び立ち、サクラへと向かっていったのだ。

 

 「わぷ!?や、ヤタ?」

 

 そのまま彼女の頭に乗っかったのにはオレも驚いたが、そのお陰でこちらを向いてくれたのでヤタには何も言えなくなった。

 目が合った時に顔を綻ばせてくれたのが、とても嬉しい。同時にPoHの言葉が頭をよぎるが、だからこそ今話さなくてはならない。

 

 「悪いな、ヤタが迷惑かけて」

 

 「ううん、ちょっとびっくりしただけだよ」

 

 「そっか……少しいいか?」

 

 オレの声が真剣なものだったためか、彼女も真顔になって頷いてくれた。そこまで長く話すつもりは無いが、立ち話は嫌だったので街中の適当なベンチまで移動する。

 

 「それで、どうしたの?」

 

 「実はな……」

 

 移動したのはいいものの肝心な所で中々言葉が出せず、何度も口を開きかけては閉じる事を繰り返してしまう。それでも気長に待ってくれるサクラをいつまでも引き留めるわけにもいかないので、一度深呼吸をして落ち着かせる。

 

 「サクラ……討伐戦、参加しないでくれないか?」

 

 「……どうして?」

 

 彼女の瞳に浮かんでいるのは動揺、だろうか?自分でもひどい事を言っているのは分かっているつもりだが、オレはどうしてもサクラを失いたくない。

 

 「オレはお前に……戦ってほしくないんだ……!」

 

 「……無理だよ。わたしだってラフィン・コフィンが許せないの。彼らのせいで多くの人たちが苦しめられたんだよ?」

 

 彼女が言いたい事は分かるが、それでもPoHから守るには討伐戦の間は安全な圏内にいてもらうのが一番なのだ。

 

 「これはボス線とは違う!きっとただのころ―――」

 

 「―――サクラさん!」

 

 突然割り込むように発せられた声がした方を向くと、数人のKOB団員がいた。その中にレイがいた事がとても気に入らない。

 

 「副団長が呼んでいます。こちらへ」

 

 「あ、はい。クロト、また後で」

 

 自然な流れでレイがサクラの手を取り、立ち上がらせる。それを見た瞬間に何かが刺さったような痛みを感じ、止まってしまった。

 

 「っ!サク―――」

 

 気づいた時には彼女はレイと共に歩きだしており、オレの前にはKOBの団員達が立ちふさがった。

 

 「いい加減気づけよ」

 

 「何だと?」

 

 今すぐにサクラを追いかけたいのに、それができない。気持ちが焦り、彼らを睨んでしまうが、向こうはさして気にした様子もなく口を開いた。

 

 「サクラ様は貴様が関わっていい人ではない!」

 

 「ビーターのお前があの人に近づく資格は無いんだ!」

 

 「うるせぇ……!」

 

 こいつ等に構っている時間は無い。飛び越えていこうと両足に力を籠め―――

 

 「おいおい、寄ってたかって罵るなんざヤンキーのする事だろ。KOBはいつからそんな集団になっちまったんだ?アスナさんの名に泥を塗るつもりかよ?」

 

 彼らの後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。KOBの連中が振り返り、オレもそちらを見ると、クライン達風林火山がいた。

 

 「お前達、このビーターの肩を持つつもりか?」

 

 「別にそうじゃねぇよ。今あんたらがやってんのは、おたくの副団長さんが大っ嫌いなコトだって忠告してんだよ」

 

 「くっ!」

 

 確かにアスナの名を出せばたいていの場合強くは出られなくなる。だが相手を怒らせずに止められるのは、ひとえにクラインの人徳あってこそだ。

 

 「失礼する!」

 

 「おう、今回は黙っといてやるからもうやるんじゃねぇぞ?」

 

 苦々しい表情で去っていくKOB団員達を見送ったクラインはため息をついてから、オレに向き直った。

 

 「おめぇ、大丈夫か?」

 

 「……あぁ、慣れてる」

 

 自然にこちらを気遣ってくれるのは有難いのだが、今のオレは素直に礼が言えなかった。

 

 「クロト……お前、サクラさんとなんかあったのか?話の途中であいつらが割り込んだみてぇだけど」

 

 「っ!……何でもねぇ……」

 

 クラインに悪気は無い。それは分かっているが、さっきの事を思い返すと苛立ちが再燃してきた。どうにか顔に出ない様に抑え、ぶっきらぼうに返すのが精いっぱいだった。

 

 「けどよ―――」

 

 「―――オレよりギルメンの心配しとけよ。レベルはそっちの方が低いんだし」

 

 やや強引に話を切り上げ、キリトと合流するべく歩き出す。棘が刺さった様な胸の痛みは、消える事無く残り続けた。

 

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「全員用意はいいな?では進むぞ」

 

 DDAリーダーのリンドの号令と共に、オレ達ラフィン・コフィン討伐隊はアジトがあるであろうダンジョンへと入った。討伐隊に参加しているKOBの中にはアスナがいて、その近くにはやはりサクラもいた。

 あの後メッセージでも参加しない様に呼びかけたが、何の返信もなかった。ギリギリまで多忙を極めたのだろう、メッセージを読んでいないようだった。

 あと、キリトが珍しく別の事を考えているようで、落ち着かない様子でソワソワしている。

 

 「……頭、切り替えとけよ」

 

 「分かってる……!」

 

 こんな作戦の間際で、彼が何を考えているのかを聞く時間は無い。一応キリトに釘を刺しつつ、ヤタの索敵を最大限に発揮しながら奥へと歩みを進める。

 

 「―――皆、油断は禁物だが、過度に緊張する必要も無い……なぁに、レベルは我々が圧倒的に上なんだ。すぐに鎮圧できる」

 

 中ほどまで進んだあたりで、小休止を兼ねて一旦止まった。神経を張り詰めたままでは先に気疲れして肝心な時に戦えない。そのためシュミットは緊張をほぐそうとしたようだが―――

 

 「カァ!」

 

 「なっ!?」

 

 「囲まれてるぞ!」

 

 ―――結論から言えば、最大の悪手だった。討伐隊の気が緩んだその瞬間にヤタが警告をとばし、索敵スキルをコンプリートしたキリトが叫びながら剣を抜く。それと同時に全方位に禍々しいオレンジカーソルが表示された。それもかなり近くで。

 

 「ヒャッハァ!」

 

 「死ねやオラァ!」

 

 口々に奇声を上げながらオレンジプレイヤー―――ラフコフが襲い掛かってきた。

 

 「狼狽えるな!奴らのレベルは高くない!!」

 

 「犯罪者共に遅れをとるな!」

 

 とはいえ、イレギュラーな事が頻発する最前線を生き抜いてきた攻略組が隙を見せたのはほんのわずかな時間であり、すぐに立ち直って見せた。

 

 「キリト、無事か!」

 

 「俺よりサクラを守れ!」

 

 襲い掛かって来た相手の剣を短剣―――ソードブレイカーの背で受け止めて捻り、凹凸に挟んで動けなくさせる。間髪入れずに左手のナイフで切り付け、刃に塗られた麻痺毒で自由を奪う。相手が麻痺したのを確認した瞬間、ナイフを鞘へ戻してイレギュラー装備状態を解いてサクラを探す。キリトの強さなら、一人でも大丈夫だろう。

 ナイフの麻痺毒は一発当てると消滅するが、鞘に戻せば復活する。収めた武器に麻痺毒を付与するこの鞘は、麻痺毒を使ってくるネームドmobのレアドロップ品で、今回の為に用意した。誰とも殺しあわなくて済むように……

 

 「逝っちまいなぁ!」

 

 「ふっ!」

 

 乱戦状態になっているが、程なくサクラを見つける事ができた。彼女は襲い掛かって来る刃を盾で受け流し、体制を崩させてから『ホリゾンタル・スクエア』を発動。相手の右腕と両足を斬り飛ばし、号令をかける。

 

 「今よ、抑えて!」

 

 「すぐに拘束します!」

 

 傍にいたKOB団員がロープ系のアイテムで手早く拘束しているのを見て、ひとまずは安心できた。

 

 (このままなら……)

 

 危惧していた事にはならなくて済む、などと思ったその時、背筋に悪寒が走った。

 

 「くっ!」

 

 ほとんど反射的に短剣を一閃し、飛来したスローイングダガーを弾く。こんな乱戦状態ではヤタがいても不意打ちを感知するのは難しいので、今動けたのは単に運がよかったのだろう。

 

 「ちぇ~、外しちまったよヘッドォ~」

 

 「想定通りさ。この位避けて当然だぜ、ジョニー」

 

 「ここでテメェ等かよ……!」

 

 PoHとジョニー・ブラック。ラフコフトップスリーの内の二人が現れたのは、はっきり言って最悪だ。乱戦状態でありながらオレとPoH達の周りだけ空間があいており、状況的にオレ一人で二人の相手をしなくてはならない。

 

 (ザザはどこだ……クソッ、キリトがいれば何とかできそうだってのに……!)

 

 あと一人がいないのが気がかりだが、それ以上にキリトと別行動をとったのを後悔した。

 

 「さぁて……It's show time!」

 

 「それを待ってたぜヘッドォ!!」

 

 PoHは自身の得物である肉切り包丁型の短剣―――メイトチョッパーを取り出して叫ぶと、ジョニー・ブラックが奇声を上げながら飛び掛かってくる。さっきの様に麻痺ナイフを使うにはPoHが邪魔であり、普通に剣を打ち払うくらいしかできない。

 

 (なめやがって……!)

 

 ギリ、と奥歯を噛み締める。あろうことかPoHは動かず、高みの見物を決め込んでいる。かといってジョニー・ブラックだけに意識を向けていてはPoHに後ろから斬られる恐れがあるので、オレは常に二人へ意識を向けなくてはならない。

 

 「本当のshow timeはこれからだぜぇ……」

 

 不気味に呟くPoHの声が、言い知れぬ恐怖を煽った。




 リアルが忙しい時とそうでない時によって更新ペースはまちまちですが、ふと思った事が一つ

 多分今年中にアインクラッド編が終わらない!

 今年の初めにスタートしたのにこのザマって……この位の話数でフェアリィ・ダンス編まで進んでるのもあるっていうのに……


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三十六話 笑う殺戮者

 PCがぶっ壊れたので、VITAで書き上げました。

 PCと勝手が違ってやりづらいです……


 クロト サイド

 

 「オラァ!」

 

 「チッ!」

 

 ラフィン・コフィン幹部の一人、ジョニー・ブラック。その戦い方ははっきり言って面倒だった。使用する武器全ての刃が不気味な色の液体で覆われており、それは十中八九毒だと予想きた。直接振るわれるナイフを躱し、距離をとった時に投げてくるスローイングダガーを弾くだけでかなり神経がすり減らされる。まぁ、PoHが手を出してこないだけまだマシではあるが。

 

 「チョロチョロしてんじゃねーぞ!」

 

 「だったら当ててみろよ、ヘタクソ!」

 

 以前会った時の子供っぽい言動からもしやと思っていたが、かなり短気のようだ。あからさまな挑発にもキッチリ乗ってくれるので、扱いやすい。表情を取り繕い、ニヤリとするだけで、頭陀袋の上からでも分かるくらいに癇癪を起している。

 

 (……ここだ!)

 

 剣を交えながらジョニーのパターンを見切り、一瞬の隙をついて左手でピックを投げる。それと同時にヤタが飛び立ち、まっすぐにジョニーへと向かう。

 

 「うが!?ンのやろ―――」

 

 「ワンダウン、だな」

 

 決着はあっけなくついた。ピックをとっさに避けたジョニーは続くヤタの嘴を右目にくらい、そちらへ意識が向いたところでオレが投げた麻痺ナイフが腹に刺さった。

 

 「Wow……その使い魔も攻撃できるんだな」

 

 「ただの目くらましだけどな……当たりゃ確実に片目は貰ってくぜ?」

 

 相変わらず攻撃力と増加するヘイトは微々たるものではあるが。そのため対人用の意味合いが強いので少々複雑だ。

 

 「思ったより早くジョニーが負けたな……」

 

 「畜生、面目ねぇ……ヘッド」

 

 (まさか……コイツ等は時間稼ぎ!?だったら何のために……?)

 

 PoH達が何を考えているのかが分からない。言い知れぬ不安を拭い去ろうとPoHへと構えて―――

 

 「もうやめて!」

 

 「それ以上は本当に死ぬぞ!?」

 

 ―――彼の後ろから聞こえた悲鳴に、まるで雷に打たれた様な感覚を覚えた。反射的にそちらを見て

 

 「サクラ!!」

 

 危惧していた事が起きてしまったのを悟った。同時にPoHが見せた歪んだ笑みが、ジョニーが時間稼ぎだったのはこの状態を作り出すまでオレを抑えておくためだったのだと理解できた。

 

 「貴様等の索敵スキルは厄介だったからな……全員に隠蔽(ハイディング)忍び足(スニーキング)スキルをカンストさせ、その上から隠蔽(ハイディング)ボーナスがつくマントを装備させたのさ」

 

 「忍び足(スニーキング)!?テメェまさか!!」

 

 アレは非金属防具専用のスキル……つまりラフコフ全員がオレやキリト以上に紙装甲になるという事だ。

 

 「That's right!察しが良くて何よりだ」

 

 パチン、と指を鳴らしたPoHは上機嫌で続ける。

 

 「こっちの防御力が低けりゃ低い程、削りあいになれば真っ先にHPが尽きる。だがそれがどうした?俺達は別に何ともないんだぜ……PKするのも、されるのもな」

 

 「そこまで堕としたのかよ……!どこまで壊せば気が済むんだよテメェは!!」

 

 ラフコフの連中は自分の死を何とも思わない……例えHPがレッドゾーンになろうが、回復もしなければ後退も投降もしない。しかも攻略組とはレベル差がある上に紙装甲であるためソードスキルを食らえばすぐに瀕死になる。

 この状況は、殺しに忌避感を抱いている攻略組にとっては最悪だ。どれだけ追い込んでも相手は戦いをやめないし、こっちが全力で攻撃すれば……殺してしまう。相手を麻痺させたり武器を持った腕を斬り落としたりすれば無力化できるが、そこで相手の防御力の低さが問題になる。

 相手のHPは二、三発攻撃をあてればイエローゾーンに落ちるのだ。乱戦状態の今、全くHPが減少していないのはPoHくらいのもので、他の奴らは殆どが六割以下になってるのだろう。

 

 「どこまで、か……決まってるだろう?どこまでもさ!」

 

 両腕を広げ、PoHは高らかに声を上げる。聞くものを引き付けてやまないその魔性の声は、じっくりとこちらの精神を蝕む毒の様だった。

 

 「長かったぜぇ……このPartyを最高の物にするための仕込みを完成させるのはよ……特に貴様等には色々と邪魔をされたが、今となっちゃどうでもいい。こんな何十人規模の殺し合いだぜ?ここで貴様の大事なPrincessを殺し、そして貴様を殺す!こんなに素晴らしいshow timeはねぇ!!」

 

 「グッ!」

 

 右手に持った肉切り包丁めいた大型ダガー―――メイトチョッパーを振りかざしてくるPoHは歪んだ笑みをしたままで、その速さは予想以上だった。とっさに防御したのだが、つばぜり合いになってなお押し込まれる。

 

 (重い!?クソッ、早くこいつを倒さねぇと―――)

 

 「どうだぁ……今すぐPrincessを助けてぇのにできねぇってのは?」

 

 一瞬息が詰まる。心を読まれたのもそうだが、気づいた時には体が宙を浮いていた。PoHに蹴り飛ばされたのだと遅ればせに理解し、何とか足から着地して転倒を免れる。

 

 「や、やめてくれぇ!」

 

 「ヒャハハハ!」

 

 PoHの後ろから聞こえてきた断末魔の声と、破砕音。サクラと共に戦っていたKOB団員の一人が死んだのだ。

 

 「早くしないと本当にPrincessがkillされちまうぜぇ、遊撃手?」

 

 「うるせぇ!」

 

 この時のオレは、明らかに焦っていた。PoHに正面から挑みかかるという、普段ならば絶対にしない行動を選んでしまったのだから。

 

 「いいぜぇ…普段のcoolな仮面の下にある、その焦った顔が見たかったんだ!!」

 

 「黙れぇぇ!!」

 

 更にPoHの煽りに引っ掛かり、単純な力押しをしてしまうなど愚の骨頂だというのに。

 

 「らああぁぁ!」

 

 後先考えずに発動した短剣の上位ソードスキル『アクセル・レイド』。だが怒濤の九連撃はPoHの体に掠る事無く、全てメイトチョッパーに捌かれしまった。技後硬直で動けないオレを、PoHの斬撃が襲う―――筈だった

 

 「なっ!?テメェ……!」

 

 「簡単には殺さねぇよ」

 

 だが、ヤツはオレの手からソードブレイカーを弾きとばすのみで、それ以上攻めてこなかった……まるでオレを、弄ぶかの様に。

 舌打ちしつつも後退し、クイックチェンジで双剣を装備する。対するPoHは、その場から動く事無く悠然と待っていた。手を抜いてやっているんだ、と言われている気がして、焦りに拍車がかかる。

 

 「舐めんなぁ!」

 

 「No no…楽しんでんだよ」

 

 武器を持ちかえても、PoHにオレの剣が届く事は無かった。全てかわされ、受け流されて、カウンターとして蹴り飛ばされる。完全に、万事休すだった。

 

 ~~~~~~~~~~~~

 

 キリト サイド

 

 「シッ!」

 

 迫って来る狂気の刃を受け流し、『バーチカル』を受け流した敵の剣の腹に叩き込む。その結果敵の剣は半ばでへし折れ、無数のポリゴン片へとその姿を変えた。

 システム外スキル武器破壊(アームブラスト)。ソードスキルの出始めや出終わりに、武器の構造上の弱い位置、弱い方向から強力な攻撃を受けるとその武器が折れる事がある。それを意図的に起こすのが武器破壊だ。

 

 「オラ、大人しくお縄になってろ!」

 

 武器を潰してしまえば、体術スキル以外に戦う術は無い。つまり大した抵抗もさせずに捕らえる事ができる。俺はクロトと別れた後クライン達風林火山と合流し、俺が武器を潰した敵を風林火山が縛り上げるという戦い方をしていた。本来なら武器破壊を起こすにはかなりの集中力が必要だが、敵の武器のレアリティが低い事とエリュシデータの性能が最前線でぶっちぎりのトップである事が重なり、そこまで労力をかけずとも成功。殺しあう事無くラフコフ鎮圧を進められている。これもエリュシデータを打ち上げてくれたハルのおかげだ。

 

 (ハル……)

 

 ハルと連絡を取れない事が、唯一の気掛かりだった。常連客と材料を取りに出かける、というメッセージが昼頃に送られてから、何も無いのだ。この戦いの前に位置情報を確認したが、追跡不可能と表示されるだけだった。ハルが何処に居るかわからない。その事が、無性に俺を不安にさせる。ハルは大丈夫だと、ダンジョンで足止めをくらっているだけだと何度も己に言い聞かせても、この胸の焦燥感は拭えない。そんな俺の様子を察してか、クラインは近くにいるものの何も聞いてこない。その気遣いが、今はただありがたかった。

 

 「―――これで八人、と……お前ら、ロープは後どれくらい残ってる?」

 

 「大体半分ッスよ、リーダー」

 

 「なら早いとこクロトと合流しないとな……っ!?」

 

 索敵スキルに反応。咄嗟に振り向いて構えると、複数のラフコフプレイヤーが立ちはだかっていた。

 

 「見つけた、ぞ……黒の、剣士」

 

 「赤目の、ザザ……!」

 

 その中に髑髏マスクを被ったエストック使い―――ラフコフトップスリーの一人、赤目のザザの姿もあった。

 

 (PoHとジョニー・ブラックはいない……なら、今のうちにコイツは捕縛する!)

 

 あの二人がいないのは好都合。そう思って一歩踏み出そうとした瞬間、ザザは無造作に背後から布でくるまれた何かを引っ張り出した。

 

 「キリト……お前を、絶望へ落とす、最高の、ショウ・タイム、だ」

 

 言い終わると同時に、ザザはくるんでいた布を引き剥がした。その中身を見た途端、俺達は絶句した。なぜなら、そこに居たのは―――

 

 「嘘……だろ?」

 

 「ハ…ル……?」

 

 連絡が取れず、ずっと心配していた最愛の弟だったのだから。

 

 「…!ッ!!」

 

 簡素な衣服しか身に付けておらず、手足は縛られていて動けない。加えて口に布が巻かれており、まともに喋る事すらできない。

 

 「ハル、待ってろ!今助けるからな!!」

 

 全力で駆け出し、突き進む。ただ弟を守る為に。他の事などどうでもいい。俺にとって肉親(かぞく)以上に大切なものなんて存在しないのだから。

 

 「ヒャッハア!!」

 

 「行かせねぇよバ~カ!!」

 

 だがラフコフの二人が邪魔をする。俺を殺そうとはせず、足止めをするだけだ。クライン達も他のラフコフを相手にしているので援護は無いに等しい。

 

 「邪魔だ…どけよっ!」

 

 見えるのに、すぐそこにいるのにこの手は届かない。そんな状況がサチ達の最期と重なり、俺から冷静な判断を奪い去っていく。

 

 「命の、カウントダウン、だ……お前の、弟の、な」

 

 ハルを地面に転がし、ザザは悠然とエストックを取り出す。そして何の躊躇いも無く―――

 

 「やめろおおぉぉ!!」

 

 ―――その背にエストックを突き刺した。刺さった瞬間にハルのHPが二割失われた。そして貫通継続ダメージによりジリジリと、だが確実にHPは失われていく。

 

 「ハルっ!!」

 

 強引に突破しようにも、邪魔してくる敵のHPは既にレッドゾーン。下手に攻撃すれば……殺してしまう。

 

 (ハルの命が掛かっているんだぞ!躊躇っている場合じゃないんだ!!)

 

 そう思っても、どうしても手が止まってしまう。人を殺す覚悟が俺には無いのだと、こんな形で思い知らされたくはなかった。片方の剣をいなして突破しようとしてはもう片方に阻まれてを繰り返しながら、目の前の二人を殺すこと無くハルを助ける方法があるはずだと信じて必死に思考を巡らせる。だが―――

 

 「残り、一割、だな」

 

 「っ!?」

 

 ―――無情にも、今の俺に残された時間はあと僅かだった。

 あと少しで、ハルが死ぬ。その絶望的な事実が、俺の心を黒く塗り潰していく。俺には何も守れないのだと、ただ大切なものを失っていくだけなのだと、世界から言われているようで―――

 

 「いや……気が、変わった」

 

 突然、ザザはエストックを引き抜いた。そしてハルを掴み上げると―――

 

 「受け取れ」

 

 無造作に投げつけてきた。投げられたハルを受け止めようと両手を広げて

 

 「―――絶望を」

 

 その直前に、ズブリとハルの胸をエストックが貫いた。

 

 「……え?」

 

 目の前の光景が、信じられない。ハルのHPは尽き、その体が透けていく。腕の中のハルはとても軽く、温もりも感じられない。

 

 ―――助けて…

 

 その瞳がそう言っている気がして―――俺の腕の中でハルの体が砕け散った。




 誤字、脱字等有りましたら、ご指摘お願いします。


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三十七話 憎悪の刃、命の選択

 また時間が空いてしまいました……

 今回は長めです。


 キリト サイド

 

 ハルが死んだ。消えた。いなくなった。

 

 あぁ、俺は―――また守れなかった。また失ったんだ。父さんも、母さんも、サチ達も……たった一人残った弟でさえも、俺の目の前で消えてしまった。

 俺の守りたいものは……もう存在しない。俺は―――独りになってしまったんだ。

 

 (ハル……)

 

 木綿季。

 会わせてやりたかった。

 夢。

 叶えさせてやりたかった。

 けど死んだ。

 何故死んだ?

 殺された。

 誰に?

 ―――赤目のザザに。

 

 「―――ぁ」

 

 ハルの欠片越しに見えた奴は、笑っていた。愉悦に満ちたその表情を認識した瞬間―――俺の中で、大事な何かが壊れる音がした。

 

 (殺す……!)

 

 ザザを殺す。今ここで殺す。逃げたのならどこまでも追い掛けて殺す。なにがなんでも、アイツを殺す―――!

 

 「―――ふっ」

 

 ハルの体が砕け散ってから二秒足らず。俺は仇を討つため動き出した。

 

 「死ねぇ!」

 

 「オラァ!」

 

 先ほどの二人が左右から襲い掛かってくるが、飛び上がって回避。そのまま空中で重範囲技ソードスキル『ライトニングフォール』を発動し、二人纏めて処理する。

 技後硬直が解けるや否や、再びザザを殺すために駆け出す。

 

 「そうだ…怒り、狂った貴様を―――」

 

 「―――うるせぇよ」

 

 何をほざこうが関係無い。お前は俺が殺すのだから。殺した後は……もうどうでもいい。最前線で戦い続けて、野垂れ死んでも構わない。もう生きている意味が無いんだ。

 ザザが繰り出す刺突をエリュシデータで弾き、反らして、踏み込む。

 

 「ぐっ!」

 

 体術スキル『閃打』をみぞおちにねじ込む。それにより奴は吹き飛ぶが、すぐに距離を詰めて追撃する。俺が攻め、吹き飛ばし、一方的に蹂躙する。防戦一方なザザに対し、何度も何度も。

 

 (弱い……!)

 

 こんな奴にハルは殺されたのか。俺はこんな奴からハルを守れなかったのか。そんな考えしか浮かんでこない。

 奴の動きの鋭さも、速度も、何もかもが彼女に数段劣る。

 

 (……彼女?彼女って誰だ?)

 

 チクリと頭が痛んだが、今は知ったことではない。目の前にいるザザを殺せれば、それでいい。周りがどうなろうと関係無い。邪魔する奴も纏めて殺すだけだ。

 

 「あああぁぁぁ!!」

 

 先ほどの頭痛を振り払う様に、体中に駆け巡る憎しみに身を任せ、剣を振るう。

 

 ―――胸の内に、ひどく虚しく、空っぽな心を抱えたまま……孤独と後悔に苛まれ続けながら。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 クロト サイド

 

 「Hey!」

 

 「くそがっ!」

 

 『サイド・バイト』のニ連撃によって、両手の双剣が破壊された。またしてもオレは丸腰になり、PoHに蹴り飛ばされる。

 ヤツの武器、メイトチョッパーの最たる能力は凶悪な切れ味だ。ただ打ち合うだけでこちらの武器の耐久値は激減していく上に、元々摩耗の激しい双剣ではこうなるのは時間の問題だった。

 

 (ピックも使いきっちまった……あとは―――)

 

 「そろそろ足掻くのは終いだぜ!」

 

 今度は武器を持ち替える暇を与える気はないらしく、絶え間無く刃が迫ってくる。何とか避けるが、一つ、また一つと掠めていき、HPゲージがジリジリと削られていく。

 

 「ほぉれ、頑張れ頑張れ」

 

 「この野郎……!」

 

 愉悦に歪んだ表情でいる事から、PoHがオレを弄んでいるのは間違いない。それだけでハラワタが煮えくりかえる程に怒りがこみ上げてくる。だがそれ以上にサクラの事が気になって仕方ない。優しい彼女はPKなんてできないし、何より―――させたくない。

 

 「ヒャァッ!」

 

 「ッ!」

 

 上段からの斬撃を避けた次の瞬間、手首を返して放たれた斬り上げ。上半身を目一杯反らしながらのバックステップで回避を試みるが、顎に掠ってしまった。着地と同時に体勢を整えると、PoHがソードスキルのモーションを起こしているのが見えた。

 

 (避けられ―――!?)

 

 回避できる距離ではなく、防御するための武器も無い。これで死ぬ事は無いだろうが、腕の一本を斬り飛ばされるかもしれない。そう思いながらも咄嗟に防御の姿勢をとった。だが―――

 

 「ウォォ!」

 

 「チッ!?」

 

 誰かが上からオレ達の間に飛び降りてきた。PoHが放った『ファッド・エッジ』はそいつが掲げたタワーシールドに阻まれ、オレに届く事は無かった。そのままそいつは技後硬直で動けないPoHにランスを突きこみ、そのHPを削る。

 全身を覆う頑丈そうな鎧と、左右の手に握られたガードランスとタワーシールド。アインクラッド最高クラスの防御力を誇るシュミットが、オレを庇ったのだ。

 このダンジョンは浮遊する足場がいくつもあり、そういった所でも討伐隊とラフコフメンバーが戦っていたのは分かっていた。だが、いくらタンクだからといってもあんなギリギリの状況に割り込んでくる理由が分からなかった。特にPoHの攻撃を受けようとする理由が。

 

 「何で……?」

 

 「借りは返したぞ」

 

 思わず口にした疑問に彼は素っ気なく返してきたが、その目をPoHから放す事はしなかった。オレもシュミットが言う借りには心当たりがあったので、特に聞き返す事はしなかった。

 

「……助かる」

 

 PoHが後退したので、オレは幾分か冷静になる余裕ができた。いつまでも丸腰でいる訳にはいかないので、残された武器を装備しようとして―――止まった。

 

 (この状況で、弓が使えるのか……?)

 

 射撃スキル専用武器、弓。その性能は、SAO内に於いて最長距離の射程を誇る反面、接近された場合はほぼ無用の長物と化すというピーキーなものだ。あちこちで乱戦が繰り広げられている今、そんなものが役に立つのかどうか……

 

 「早くしろ!どれだけ持つか分からん!!」

 

 顔を上げると、シュミットがPoHの猛攻に晒されていた。既に大分消耗していたのだろう、HPバーがイエローゾーンにまで落ちていた。加えて、ガードしきれずに直撃したらしいダメージエフェクトが至るところに刻まれている。

 

 (悠長に考えている時間も無ぇ……!)

 

 使えるかではない。使うしかないのだ。それに、今ならばPoHの不意をつける。如何にPoHとはいえ、この状況で初見スキルに対応するのは不可能だろう。上手くいけば、シュミットと協力してヤツを捕らえる事もできる。

 

 (タイミングを間違えたら負けだ……焦るな!)

 

 クイックチェンジで装備する直前の状態で待機。オブジェクト化のタイムラグを計算に入れ、最良の瞬間を歯を食いしばって待ち続けた。

 

 「―――スイッチ!」

 

 シュミットのHPがレッドゾーンに落ちた時が、待ち続けた最良の瞬間だった。弓を装備し、スキルを立ち上げる。彼が下がり、オレとPoHを遮るものはない。本来ならオレが飛び込むはずだった空間を『ヘイル·バレット』の三連射が駆け抜け―――

 

 「ガッ!?」

 

 二本の矢が、ヤツの右足と左肩に突き刺さった。PoHもシュミットも、矢が飛んでくるとは露程にも思っていなかったようで、矢を見て少しの間固まっていた。だが今のオレには、それよりも―――

 

 (サクラ!)

 

 彼女の事が気がかりだった。やっとサクラをこの目で見れた事には一瞬安堵したが、それもすぐに消え去った。彼女は瀕死のラフコフに防戦一方だったのだ。不幸中の幸いか一人ではなかったが、それでもHPバーは既に半分を割っていた。

 

 「クロト、お前―――」

 

 「ンな事は後だ!」

 

 シュミットが何か言おうとしていたが、そんなものはどうでもいい。今はサクラを守るのが最優先なのだから。

 繰り返すが、弓は接近されてしまえば為す術が無い。PoHはそれを即座に理解し、猛然とオレへ向かって来た。だがそれはシュミットも同様で、HPを回復結晶で瞬時にフル回復させながら再び盾役に徹してくれた。

 

 「チィッ!」

 

 シュミットを越えなければオレに剣を届かせる事はできず、かといって不用意にオレに体を晒せばそこに鋭く矢が放たれる。人目のつかない所でのみ練習してきたとはいえ、二刀流状態のキリト相手に散々デュエルしてきたのだ。彼の反応速度と両手の剣による迎撃を上回る数の矢を放てる様になるために、努力を重ねて来た。その為、矢をつがえて照準し、射るという一連の動作を極限まで切り詰める事ができた。

 その結果、オレはシュミットへ誤射する事無くPoHを攻撃できている。今まで積み重ねて来た事がPoHに通用しており、それが自信をくれた。

 

 (もう少し……あともう少しで……!)

 

 PoHを捕縛できる、と希望が見えてきたその時だった。

 

 「ゲイル!Go!!」

 

 「ッ!?」

 

 PoHが突然叫び、その直後にサクラの悲鳴が聞こえた。オレは攻撃の手が止まるのも構わずにそちらを見て、息をのんだ。

 

 「ヒャハハハ!!」

 

 瀕死状態のラフコフメンバーの一人が、サクラを吹き飛ばしたのだから。振り切っているモーションから、恐らく両手剣範囲技である『ブラスト』を発動したのだろう。共に戦っていたレイも、いつの間にかHPがレッドゾーンとなっているうえに右腕を切り落とされていた。

 

 「残念だが時間切れだ!殺す覚悟の無ぇ甘ちゃんな貴様らにはなぁ!!」

 

 PoHの勝ち誇った声が聞こえ、敵―――ゲイルと呼ばれた男が、両手剣を構えなおす。モーションから『アバランシュ』を発動させようとしているのが分かった。その瞬間オレの視界がコマ送りのようにゆっくりとしたものとなった。

 

 ―――サクラが、死ぬ……?

 

 手が、震える。

 

 ―――また、見ているだけなのか……大切な人が失われる瞬間を?

 

 手足の感覚が無くなる。かつて母親が倒れた時のように、この体は凍り付いたように動かなくなる。

 

 ―――やっぱりオレには……

 

 全身の熱が消え去っていく。心が、絶望に支配され―――

 

 ―――前にお前言ったよな?根拠なんか無くても、守ると決めたなら守りきれって

 

 ふいに、キリトがオレへと返した言葉が頭をよぎる。

 

 「助けて!!」

 

 「ッ!!」

 

 サクラの声が、オレの意識を引き戻す。体が、熱の無いまま動き出した。心も、先ほどとは打って変わって静まっていた。

 

 ―――簡単な選択だ。サクラの命と敵の命、どちらを切り捨てるのか、という。

 

 PoHの妨害が届くよりも先にシュミットを踏み台にして跳躍し、空中で矢を番えてスキルを立ち上げる。ゲイルの剣は既にライトエフェクトを纏い始めていた。

 

 (オレは……守る!)

 

 ソードスキルが発動し、ゲイルがサクラへと突進する。彼女のHPはその一撃で消し飛ぶ程度しか残っていないが、彼の剣が届くよりも先に―――

 

 「ゴフッ!?」

 

 「……え?」

 

 ―――オレが放った矢が、ゲイルの胸に突き刺さった。それによりスキルはキャンセルされ、HPを失った彼は、理解できないといった顔のまま爆散した。だがオレはそんな事は気にも留めず、サクラが無事なのを確認して安堵した。次いで、乱戦状態の真っただ中に着地する。誰も彼もが、オレの武器を見て固まっていた。この世界に存在しなかった筈の物を握っているのだから、それは無理からぬ事だ。

 

 「止まるな!!」

 

 とはいえ、わざわざその隙を逃すつもりは無い。叫ぶなりオレは再び跳躍し、矢を射る。誰の剣も届かないように跳びながら、照準し射撃する。その結果ラフコフのメンバーが何人ポリゴン片に変わろうが、関係なかった。

 

 ―――早くこの戦いを終わらせて、サクラを守る。その為ならば、敵の命なんて切り捨てる。

 

 オレの心にあったのは、ただそれだけだった。状況が好転した事を感じ取った討伐隊は、オレの矢を受けてひるんだ敵をすぐさま無力化し、拘束しはじめた。

 

 「……貴様も’こっち側’か」

 

 ただ、PoHがいつの間にか消えていた事にはオレを含めた全員が気づけなかった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「……終わった、か……?」

 

 実際には、それほど長い時間ではなかっただろう。だがオレには、何時間も続いたような気がしていた。

 見渡す限りでは、ラフコフメンバーは討伐隊によって拘束されているし、サクラも無事だった。

 

 ―――オレは……守れたんだ。

 

 そんな思いと共に、体の感覚が戻ってきた。のろのろとした動作で弓を背負うと、無意識にシャットアウトしていた多くの声が、オレの耳にも聞こえ始めて―――

 

 「ザザアアァァァ!!!」

 

 「っ!?」

 

 一人でいてもきっと無事だろうと思っていたキリトの叫び声を聞いた。その直後、上に浮かんでいる足場の一つから一人のプレイヤーが落ちてきた。

 

 「馬鹿な……ありえ、ない……」

 

 髑髏マスクにエストック。間違いない、赤目のザザだ。ラフコフトップスリーの内の一人であり、ブリーフィングでもPoHやジョニー・ブラック同様に要注意人物として挙げられていたのは記憶に新しい。

 

 (何が……あった?)

 

 HPこそ大して減っていないもののふらついており、エストックはボロボロ。加えて奴の手は―――震えていた。彼の視線をたどると、丁度キリトが降りてきていた。

 俯いた顔を上げてゆらりと剣を構え、ザザへと一歩ずつ近づいていく。だが、彼を見ていた全員が動けずにいた。

 何故なら……彼の眼は、信じられないくらいに何も映していなかったのだから。全身からは憎悪と殺気を隠すことなく放っているというのに、その闇色の瞳はひどく空虚だった。今まで見たことがないキリトに、誰もが驚きを隠せなかったが、それ以上に得体の知れない物を恐れるような顔をしていた。

 

 「シッ!」

 

 己の震えを押し殺すように、ザザが『リニアー』を立ち上げキリトへと迫る。だというのに彼は―――

 

 (……マジかよ……?)

 

 左手一つで、それを止めてしまった。いくら先端にしかダメージ判定が存在しないエストックとはいえ、システムアシストによって加速された剣を、自分に刺さる前に握るという芸当は危険すぎる。

 普段ならば絶対にしない事を無造作にやってのけたというのに、キリトは憎悪に表情を歪めてソードスキルを放つ。

 

 「アアアァァァァ!!」

 

 獣のような叫びと共に、高速の五連突きを浴びせる。

 

 「地獄に―――」

 

 キリトの剣はそれで止まらず、上段斬り、斬り上げでザザの両腕を斬り飛ばし―――

 

 「―――堕ちろおおぉぉぉ!!」

 

 全力の大上段斬りが、仮面ごと彼の顔の左側と胴体を切り裂いた。ノックバックによって吹き飛んだザザのHPは急速に減少していき、僅か数ドット残して止まった。

 

 (完全に、殺す気だったろ……)

 

 今のは『ハウリング・オクターブ』……上位スキルの中でもかなりの大技だ。紙装甲のプレイヤーに使った理由など、殺す以外にありえない。

 常に自分よりも先に他人を気遣う優しい彼が、殺すつもりで剣を振るった。オレはその事に動揺を隠せなかった。

 

 「次こそ、殺す……!」

 

 もう戦う事はおろか、碌に動けなくなったザザにトドメを刺そうと、キリトは彼に近づいて剣を振り上げた。それを見た瞬間、このままではダメだという思いが、オレを突き動かした。

 

 「死ねぇぇ!」

 

 「バカヤロオオォォォ!!」

 

 彼が剣を振り下ろすよりも先に、体術スキル『閃打』で殴り飛ばす。キリトのカーソルはグリーンだったので、きっと今のでオレのカーソルはオレンジに変わっただろう。

 

 「もうやめろ!お前がこんな―――」

 

 「どけええぇぇぇ!!」

 

 胸を何かが貫いた衝撃と、ジェットエンジンじみた轟音のサウンドエフェクト。吹き飛ばされながら見たキリトは剣を突き出した状態で硬直しており、その剣は血色のライトエフェクトを纏っていた。

 片手剣重単発技『ヴォーパル・ストライク』は彼の十八番であり、オレもまた彼に本気で攻撃されたのだと気づいた。

 

 「……殺したんだぞ……!」

 

 無様に転がった後、オレがふらつきながらも立ちあがると、キリトは殺意の籠った声を発した。

 

 「そいつがハルを殺したんだぞ!!」

 

 「え……?」

 

 信じられない。いや、信じたくなかった。いつもキリトを慕い、笑顔を絶やさず、幼いながらも精いっぱいこの世界で生きていたあいつが……殺された?

 

 「だから俺は殺す!ハルを殺したそいつを!邪魔する奴らも全て!!」

 

 全身から容赦なく放たれる憎悪と殺意。それを受けてオレの背に冷たいものが走る。だが、オレを睨むその闇色の瞳の奥には―――何も無い。

 

 「……ダメだ」

 

 彼の目を見た瞬間、何としても彼を止めるのだと決意した。あんな目をさせたままでいい筈が無い。このままではキリトはキリトでなくなってしまう。だから―――!

 

 「アイツを殺してもハルは帰ってこねぇ!何より、ハルはお前の幸せを願ってただろ!!」

 

 「ハルはもういない!……もう、何もかもどうでもいいんだ。そいつを殺した後、どうなろうが構うものか!!」

 

 だからキリトを止める。もう、クリスマスの時のような事は繰り返させない!

 

 「邪魔をするなら……お前も殺す!」

 

 オレが弓を構えたのを見て、キリトは憎悪の刃を躊躇う事なく向けてきた。オレのHPはレッドゾーン直前だ。最悪の場合、オレも死ぬかもしれない。だが、それでも……僅かでも止められる可能性があるのなら、オレはそれに賭ける!キリトを、相棒を見捨てるなんざ御免だ!!

 オレが弓を引き絞り、キリトが一歩踏み出して―――

 

 「キリト君もうやめて!」

 

 ―――アスナがその背に抱き着いた。余りに突然過ぎたため、オレは一瞬呆気にとられてしまう。

 

 「放せ!邪魔なんだよ!!」

 

 キリトが振り払おうとするが、アスナは抱き着いたまま声を張り上げる。

 

 「ハル君は生きてる!ちゃんと生きてるから!!」

 

 「適当な事を言うな!そんな嘘、誰が信じるものか!!」

 

 ハルが生きている。その言葉に揺らぎつつも、キリトはアスナを振り払おうともがく。一方オレは、どうするべきか迷い動けなかった。オレが下手に動いてキリトを刺激すれば、アスナまで危険になる。

 想い人に憎しみの刃を向けられるなど、考えただけで恐ろしい。そんな経験をアスナにさせたくない。だがそうならない為の最良の方法が、オレには思いつかなかった。

 

 「嘘じゃないわ!あれを見て!!」

 

 アスナが促した先は、キリトが降りてきた足場。そこに、クライン達風林火山がいた。

 

 「っ!?」

 

 クラインは腕に誰かを抱えていて、そのままこちらへと飛び降りてきた。それにより、彼が抱えている人の特徴がよく分かるようになった。

 小柄な体、キリトと同色の髪と色白の肌、そして何よりも、あの幼い顔立ちをした少年は―――

 

 「ハ……ル?」

 

 死んだと思っていた、ハルだった。きっとキリトはハルが殺される瞬間を見ていただろうし、だからこそザザを本気で殺そうとしていた。だが、今クラインに抱えられたまま意識を失っているハルもまた、そこに存在しているのだ。

 

 (死んだ筈なのに生きてる……?一体どういう事だ?)

 

 ハルが生きていたのは純粋に嬉しい。きっとキリトもそう思っている筈だ。

 

 「キリト君!?」

 

 「おい、しっかりしろ!」

 

 当の彼は、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。ハルが生きていた事が分かり、張り詰めていた心が一気に緩んだのだろう。

 

 「さっさと街に運ぶぞ!ここじゃ禄に休めねぇ……」

 

 「けどクロト、オメェどうすんだよ?今オレンジだぞ」

 

 ……完全に忘れてた。今のオレじゃ圏内に入れない。そうなると誰かに頼まなくてはならないが……

 

 「キリの字達の面倒はおれ達が見とく。だからオメェはさっさとカルマ回復クエやってこい」

 

 「あぁ……頼む」

 

 部位欠損が未だ治らないザザをはじめ、生き残ったラフコフメンバーがDDAやKOBのメンバーに連行されていくのを見て、オレはやっとこの戦い―――殺し合いが終わったのだと実感した。

 

 もう何度目になるかも分からない、キリトの傷。今回も彼が傷つくのを止められなかったのが悔しかった。




 ようやくPCを新調しました。慣れているPCの方が書きやすくて楽です。


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三十八話 戦いの爪痕

 今年中には原作一巻の所までは行きたいです……


 キリト サイド

 

 とある路地裏。薄暗いそこで、俺は独り俯いて座り込んでいた。やむ気配の無い雨が髪やコート、抱えた剣といった俺の全てを濡らし続けるが、今は別に構わなかった。ただ目の前の石畳をじっと見つめ、数時間前の事をぼんやりと思い出していた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 小さな何かが絶え間なく叩き付けられる音が、俺の聴覚を刺激する。重い瞼を少し開いてはすぐに閉じる事を繰り返して、ゆっくりと目を慣らしていく。

 

 「どこ……だ……?」

 

 時間をかけて焦点を合わせた目に映ったのは、見覚えの無い天井だった。横になっているベッドも、アルゲードの家の、使い慣れた物ではないのが感覚でなんとなく分かった。とりあえず起き上がろうとしたが、疲労が抜けきっていないのか中々力が入らない。

 

 (どうして、こんな所で寝てたんだ……?)

 

 起き上がるのを一旦やめて、こうなった経緯を知る為に己の記憶を辿る事にした。確か俺はラフコフ討伐戦に参加して、それで―――

 

 「―――ハル!……うっ!?」

 

 討伐戦の記憶がフラッシュバックし、体が跳ね起きた。無理やり動かしたせいか、頭に走った鈍痛に顔を歪める。

 思い出した……いや、思い出してしまった。ハルがザザに殺された瞬間を。あの後、どういう訳か生きていたのも思い出したが、それが自分の幻覚だったのではないかと不安になる。

 軽く頭を振って頭痛を振り払い、まずは自分が寝ていた部屋を確認する。普通の宿屋より多少広い部屋には、俺が寝ていたベッド以外に家具は見受けられず、普段から使われている様子は無い。右手には両開きの窓が設けられており、そこから空が見えた。

 

 「雨、か」

 

 さっきから聞こえていた音の原因は、どうやら天気にあったらしい。こんな土砂降りの中でよく眠っていられたものだ。

 

 「ようやく目ぇ覚めたみてぇだなキリト」

 

 「……クライン」

 

 ガチャリ、とドアを開けて部屋に入ってきたのは、野武士面をした男……もといクラインだった。室内のためか、普段装備している赤銅色の和装鎧ではなくラフな私服だ。まぁ、バンダナの趣味の悪さからセンスはお察しの通りだ。対して俺はいつものコートを纏ったままだった。さすがに剣は背中から外され、脇に立てかけられていたが。

 

 「ここは?」

 

 「おれら風林火山のギルドホームだ。あんましでけぇ声出すなよ、ハルが起きちまう」

 

 クラインが顎でしゃくった方―――俺のすぐ脇に目を向けると、縮こまるように体を丸めて眠っているハルがいた。

 

 「一体……どういう事なんだ?ハルはあの時……」

 

 死んだ筈、と続けてしまえば、今にもハルが消えてしまうんじゃないかと不安になる。こうして生きていてくれた事は素直に嬉しい。けど、あの時のハルが四散した瞬間が脳裏に焼き付いて離れないのだ。

 

 「……蘇生アイテムだ。去年のクリスマスの、な」

 

 「っ!?」

 

 クラインの答えに、思わず息をのんだ。かつて俺が渇望し、入手して絶望したアイテム。忘れる筈の無い記憶の一つであり、俺が犯した過ちの一つでもあるのだから。

 

 「ギリギリだったけどよ、ハルには……何とか間に合った」

 

 「そう、か……ありがとな、クライン」

 

 素直に感謝の言葉が出てきたことに、自分でも驚いた。ハルやクロトといったごく一部の人を除いて、皮肉しか返せなかった俺が、誰かに感謝を述べる日がくるとは思いもしなかった。

 

 「……ヘッ!気にすんなっての」

 

 彼も気恥ずかしいのだろうか?気持が表情に出るのを誤魔化すかのように、少々雑に鼻の辺りを右手で拭うと、左手で俺の頭をわしゃわしゃと撫でてきた。

 普段こんな事をされれば必ず邪険にしてしまうのだが、今は不快に感じなかった。特に何もせず、されるがままでいた。

 

 「そういやクロの字はカルマ回復クエに行ってっからな、明日か明後日には戻ってくるだろうぜ」

 

 「そうか……また謝らないとな」

 

 無力化した相手を、激情のままに殺そうとしていたのを止めてくれたのだ。もしあのままクロトが止めてくれなかったら、きっと俺は壊れていただろう。だというのに俺は彼にまで憎悪の刃を向けてしまった。きっとクロトなら、気にするなの一言で片づけてしまうだろうが、普通に考えれば愛想を尽かされてしまってもおかしくない。

 

 (……クロトなら大丈夫だって、無条件で信じてるな、俺)

 

 あいつは強い。レベルとか技術とかではなく、心が。些細な事で揺らいでしまう俺と違って、たいていの事は笑ってすましてしまうし、いつでもぶれない’自分’をしっかりと持っている。ずっとつるんでるからこそどうすればクロトの平常心を乱せるのかとか、想い人に中々近づけないヘタレな所とかを知っているが、基本的には冷静で頼りになるヤツなのだ。

 

 「―――そろそろメシの時間だな。なんか持ってくるから、ちょいと待ってろ」

 

 「あぁ、頼む」

 

 時刻を確認すれば、あともう幾何もしないうちに正午になるところだった。ここはクラインの厚意をありがたく受け取る事にした。

 

 「……んぅ……」

 

 「ハル……」

 

 クラインが出て行った後、俺はハルの寝顔を眺めていた。体を縮こまらせているものの、その顔は穏やかなものだ。

 

 ―――たった一人の、かけがえのない家族。俺の手元に唯一残った、幸福だった日常の欠片だ。

 

 そう思うだけで、心が穏やかになる。気づけば手はいつも通りにハルの頭を撫でようと伸びていて―――

 

 「……ぁ……」

 

 ―――触れる直前で、止まった。触れてはいけない。何故なら俺は―――

 

 (俺は……人を、殺して……ハルを…裏切った……!)

 

 ザザを殺そうとしていた時に、邪魔してきた奴らは皆斬り殺した。何人殺したのか、どんな奴を殺したのか、よく覚えていない。だが少なくとも……四人は下らないだろう。

 そして俺は殺人を、エリュシデータで―――ハルが俺の為に打ち上げてくれた剣で行った。守ると誓ったのに守れなかった。

 この手を汚して、二重に裏切った俺が、ハルに触れてはいけない。傍にいる事なんて許されないんだ。

 

 「……ごめん、ハル……」

 

 伸ばした手を下して握り、歯を食いしばりながらそう言うのが精いっぱいだった。自身が犯した過ちが、何よりも鋭い刃となって幾重にも心を抉る。

 だが、泣く事は許されない。守る為の剣で人を殺し、守ると誓ったのに守れなかった俺には、涙を流す資格すら無いのだから。

 

 「……さよなら」

 

 消え入りそうな程小さな声で別れを告げ、俺は転移結晶で逃げるようにテレポートした。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「……ハル」

 

 自分でも気づかない内に、弟の名を呼んでいた。だがそれは誰かの耳に入ることなく、土砂降りの雨に消えていった。

 

 ―――誰にも会いたくない。

 

 そんな一心で、最前線から大分下の、プレイヤーが殆どいない層―――所謂’過疎層’へテレポートした俺は、以前この街を利用していた頃の記憶を総動員してこの路地裏に逃げ込んだ。主街区の北端にあるこの一帯は複雑に入り組んでいるうえにフレンドサーチ不可エリアなので、クライン達が来る事も無いだろう。

 

 (……これから……どうしようか)

 

 もう家族(ハル)の傍に……いや、誰も守れなかったうえに人殺しとなった俺には、誰かの傍にいる資格は無い。俺がいなくなってもクラインやエギル、クロト達がハルを守ってくれるだろう。彼らなら大丈夫だ。

 だが最前線へ出れば顔を合わせずにはいられない。そろってお人好しな彼らの事だし、そうなればその内ハルを連れてくるようになるかもしれない。けれど―――

 

 (もう俺には、戦い続ける道しかないんだな……)

 

 攻略組から抜けるなどという考えは、浮かんでこなかった。一年半もの間ずっと戦ってきたのだ。例え桐ケ谷和人の心が折れても、剣を置く事は剣士キリトが許さない。ハルを現実世界に帰すまでが俺の戦いだ。

 戦って、戦って、戦い続けて……その果てにこの命が尽きるまで、俺の罪は消えないのだ。そこから逃げるだなんてあり得ない。

 しばらくはソロの感覚を取り戻す所からやらないとな、と思いながら自分の手を見つめる。

 

 「っ……!」

 

 雨に打たれてずぶ濡れになっている以外は、普段と全く変わらない。だがこの手は見えない血で汚れている……いや、返り血で全身汚れているのだ。それを改めて自覚すると同時に、あの時敵を殺した感触がはっきりと蘇ってきた。

 剣の柄から伝わってきた、湿った塊を斬り裂いたような手応え。この世界で俺達プレイヤーの体を構成しているのはmobと同じポリゴンデータの筈だというのに、以前幾度となく倒してきた人型mobを斬った時とは全く違った。

 

 「っ……く……!……はぁ……はぁ……」

 

 脳裏によぎったそれを締め出すように、ぎゅっと目を瞑って頭を振る。何とか頭の隅に押しやる事に成功したものの息は荒くなった。空を仰ぎ見ながら息を整えると、自嘲の笑みが浮かんできた。

 

 ―――この雨が、俺の全てを洗い流してくれたのなら。

 

 そうなれば、どれほど楽になれるだろうか?そう、あり得ない事を考えてしまう自分がひどく滑稽で醜い。だが、そうやっていなければやりきれないのだ。

 ちょっとでも気が緩めば、弟の事を考えてしまうのだから。今はまだ眠ったままだろうか?それとも既に起きていて、裏切ってしまった俺を憎んでいるのだろうか?

 

 (……ハル)

 

 ―――会いたい。頭を撫でてやりたい。抱きしめて、安心させてやりたい。ハルの温もりを感じたい。あの時腕の中で砕け散っていなくなったんじゃなく、ちゃんと生きてるんだって確証がほしい。

 

 俯いてあふれ出す気持ちを押し殺し、ため息に乗せて吐き出す。もう俺には一緒にいる資格は無いと、思い知ったばかりではないか。

 何度も同じ事を考えては頭から締め出すのを繰り返していく内に、時間感覚は無くなっていった。降り続く雨に紛れて誰かの足音が聞こえても、それが急に聞こえなくなっても、全く気にならなかった。

 

 「風邪、引くわよ」

 

 その言葉が、自分に向けられたものだと気づくのに数秒かかった。深い思考から意識を引き戻され、声が聞こえた方へ顔を向けると―――

 

 「……あんたか……」

 

 ―――そのセリフが、最初に出てきた。見上げた先にいたのは、まず来ないだろうと思っていた人物なのだから。

 

 「驚いたわよ。様子を見にいったら、君がいなくなったってクラインさん達が大騒ぎしてたんだから」

 

 そう言って俺を探してきた人物―――アスナはやれやれとため息をついた。

 

 「……攻略はいいのかよ?」

 

 「討伐戦から立ち直れていない人が多くて足並みが揃わないのよ。脱落者までいて再編するのが大変なの」

 

 確かにあれだけの殺し合いになったのだ。トラウマを抱えてしまった人も少なからずいるだろう事は容易に想像できた。

 

 「再編が大変なら、こんな所で油売ってる場合じゃないだろ」

 

 「君だって攻略組なんだから、あの後ちゃんと立ち直れているのか確認しに来たんじゃない」

 

 少々屁理屈っぽいが、そう言われてしまえばこっちは反論できない。一月前の事件もそうだが、この女は何かと理由をつけて関わってくる事が多くなった気がする。

 

 「ほら、そんな所にいたら風邪引くわよ」

 

 「この世界じゃどんだけずぶ濡れになっても熱は出ないぞ?」

 

 アスナは気遣うように手を差し出していたが、俺は動く気はないので無視した。リアルの体が風邪を引けばその限りではないものの、SAO内での行動が原因で風邪を引くなどという事は普通あり得ない。

 

 「俺より優先する奴がいるだろ?こっちはその内気が向いたら攻略しだすさ」

 

 彼女の目的は俺の様子の確認だ。なのでさっさとこっちが無事だとわからせてしまえばそれ以上関わる理由がなくなる。

 とにかく今はほっといてほしい。そんな気持ちでいっぱいだった俺は、それからそっぽを向いて話を続けるつもりが無い事を示した。

 

 「……ハル君はいいの?」

 

 「っ!」

 

 一番訊かれたくない事だった。かろうじて小さく息をのむ程度におさめたものの、動揺を隠す事は出来なかった。アスナもそれに気づいたからか、咎めるような声で続ける。

 

 「どうして離れたの?」

 

 「……アンタには関係ないだろ」

 

 自分でも、若干声が震えているのが分かった。せめてこれ以上悟らせないよう、歯を食いしばってこらえる。

 

 「大事な家族でしょう。こういう時こそ一緒にいてあげるべきじゃないの?」

 

 「……うるせぇよ……!」

 

 俺の何が分かる。ただの知り合い程度のアンタに。

 

 「それとも……君にとってハル君は、その程度の存在だっていうの?」

 

 「黙れ!」

 

 プツリと何かが切れた気がした。それまで抑え込んでいた気持ちが爆発し、アスナに怒鳴り散らし始めてしまった。

 

 「アンタに何が分かる!?戦って戦って、戦い続けても誰一人守れなくて!挙句の果てには人殺しになった俺の、一体何が分かるっていうんだ!」

 

 立ち上がって彼女の騎士服の襟首をつかみ、激情に駆られた俺はなおも続ける。

 

 「守れなくて、人殺しになってハルを裏切った俺がどうして傍にいられるんだよ!?」

 

 アスナは何も言い返してこない。ただ俺をじっと見つめるだけのその態度に無性に腹が立つ。

 

 「何とか言えよ!誰も殺せなかったクセに!ただの知り合いのクセに!!中途半端に首突っ込んできて鬱陶しい―――」

 

 ―――そこから先は続かなかった。何故なら突然顔に衝撃が走り、俺はよろめいたからだ。

 

 「分からないわよ!だってキリト君、何も言ってくれないじゃない!!」

 

 叩かれたと理解したのは、右手を振り切った状態でそう言ったアスナを見てからだった。

 

 「クラインさんやエギルさん、クロト君……ううん、もっとたくさんの人達が君の事を気にかけて、心配してたのに、キリト君は一度も本気で向き合わなかったじゃない!」

 

 「っ!」

 

 グサリ、と言葉が突き刺さる。図星だったのだ。心の何処かで失う事を恐れていた俺は、誰に対しても壁を作り、一定の距離を置いていたのだから。

 

 「分かってほしいなら教えてよ!ちゃんと言ってくれなきゃ、何も分からないわ!!」

 

 「俺……は」

 

 言葉が、出ない。認めたくないのに、否定したいのに、何も言い返せない。ただ顔をそらしている事しかできなかった。

 

 「……ハル君、怖がってたよ。クラインさん達がついてるけど、ずっと震えてた。それに―――」

 

 さっきまでの咎めるような声ではなく、優しく諭すようにアスナは言った。

 

 「―――泣いてたんだよ?君の事を呼びながら、ずっと」

 

 「ハ……ル」

 

 絞り出すように、弟の名をつぶやく。それだけで、会いたい気持ちがとめどなくあふれ出してきた。

 

 「行か……なきゃ……!」

 

 裏切ったとか、資格が無いとか、そういった事がどうでもよくなった。泣いている、呼んでいるのなら行かなければ。それが、今の俺がハルにできる唯一の事なのだから。

 

 ―――和人は’お兄ちゃん’なんだから、なにかあったらあなたが晴人を守るのよ。

 

 昔一度だけハルと大喧嘩した時に、母さんから言われた事が脳裏に蘇る。あの時決めた筈だ。他の誰でもなく、俺の手でハルを守るのだと。その為の傷も苦労も全て背負ってみせると。

 気づけば俺は全速力で走っていた。

 

 「まだ……私の手は、届かないんだね……」

 

 すれ違う時にアスナが何か言っていた気がしたが、よく聞きとれなかった。俺はその内容を気にする事なく表通りへと飛び出す。

 

 (ハル……ハル!)

 

 濡れた石畳の街を、何度も転びそうになりながらも速度は緩めない。転移した先ですれ違う人達からいぶかしげな視線を送られても、ぶつかりそうになっても気にせず、ただただハルの許まで走り続けた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「キリト!おめぇ何処ほっつき歩いてやがった!」

 

 風林火山のギルドホームに着いた途端、そんなセリフと共にクラインから拳骨を貰った。アスナもそうだったが、コードが発動しないギリギリの力加減でくるので中々に効く。けれど

 

 「ハルに!ハルに会わせてくれ!!」

 

 今は気にしている場合じゃない。説教なら後でいくらでも聞くつもりだし、クラインの気が済むまで殴られたって構わない。

 そんな俺の様子を見て、彼は何も言わずにハルのいる部屋へと案内してくれた。

 

 「オメェがいなくなった訳はハルの剣で殺しちまった事だろ?それはハルにも言った。けどアイツはそれでもオメェにいてほしいって震えながら泣いてたぞ」

 

 今は寝てるけどな、とクラインは言ったが、俺は後悔した。俺が逃げ出したせいで、ハルに余計な苦しみや恐怖を与えてしまった事に胸が痛む。

 

 「おれはリビングにいるから、目覚めたハルとしっかり腹ぁ割って話せよ?」

 

 そう言ってクラインは去っていった。その気遣いに感謝しつつ、意を決して部屋へと入る。

 

 「ハル……」

 

 自分の肩を抱き、体を丸めてハルは眠っていた。閉じられた目尻に涙が浮かんでいて、アスナの言っていた事が事実だとようやくわかった。

 起こさないように、慎重に近づいて―――ハルが目を開けた。

 

 「にぃ……に?」

 

 にぃに。そう呼ばれたのはいつ以来だろう。確か俺を’兄さん’と呼ぶようになったのは大喧嘩した後、小学校に入学してからだから……もう七年も前になるのか。

 

 「ああ……兄ちゃんだよ、ハル」

 

 懐かしさからくる心の温もりを総動員して微笑み、よろよろと起き上がったハルを抱きしめた。突然の行動に驚いたのか、それともずぶ濡れな俺が冷たかったのか、いきなり抱きしめられハルはびくりと身を震わせた。けれども数秒後には、縋りつくように俺の背に手を回してきた。

 

 「僕……僕、まだ生きてる?生きてるの?」

 

 「ああ、生きてる。ちゃんとここで生きてるよ」

 

 固く、強く。現実世界なら痛いくらい力を込めて抱きしめ、俺はやっとハルが―――唯一の肉親が生きている事を実感した。

 

 「怖かったよ……あの人達も、木綿季達に会えなくなる事も……兄さんが独りになっちゃう事も!」

 

 「ごめんな、ハル」

 

 俺はなんて愚かだったんだろう。ハルはずっと俺の事を案じてくれたのに、何故逃げてしまったんだろう。

 

 ―――キリト君は一度も本気で向き合わなかったじゃない!

 

 アスナの言う通りだ。俺はハルに憎まれるのを、嫌われるのを恐れて、向き合う事から目をそらしたのだ。その行為そのものが、ハルへの手酷い裏切りだと少し考えれば分かる筈だったのに。

 

 「俺は…まだ傍にいていいのか?お前を何度も裏切った俺が、傍にいても……?」

 

 「……いいよ。僕だって、兄さんを裏切ったから…おあいこだよ」

 

 額の傷跡を初めて見た時、ハルもスグも怖がって泣き出した。それをハルは俺への裏切りだと思っているのだろう。

 

 「今度こそ、守ってみせるから―――」

 

 「何があっても、兄さんを嫌ったりしないから―――」

 

 いなくならないで、と兄弟揃って同じ言葉を同時に口にした。その事に二人して微笑み、ハルは安心した表情を浮かべて眠りについた。

 俺もどっと眠気が押し寄せ、抗う間もなく瞼を閉じてしまった。

 

 ―――ハルを、俺の大切な人を守るためなら何だってしよう。例えその結果俺がどうなろうとも、守れるのならば構わない。

 

 そう己の胸に誓った直後、俺はハルの温もりを感じながら意識を手放した。




 冒頭のキリトは、アニメのオープニングで最初に出てくる所をイメージしてみました。ああいう影のあるシーンとかは結構好きです。


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三十九話 拒絶

 お久しぶりです……前回から二週間ほど経ってしまい、申し訳ありません。

 弟「ド○マオンライン楽し~」

 兄「カ○プロおもしろ~」

 みたいな感じで執筆すっぽかしてました……


 クロト サイド

 

 ラフコフ討伐戦から二日、オレはカルマ回復クエストを消化しカーソルをグリーンに戻した。

 クエストの内容を簡単に言えば、納品系である。まぁ、納品するアイテムはドロップ率の低い物が多いし、納品した後にNPCから半日以上もかかる説教を聞かなければならないという面倒くさい仕様なのだが。加えてオレの武器は弓のみだったので常に人目につかないように気を付けていたため、予想以上に時間がかかってしまったのだ。

 

 (キリトもハルも大丈夫だってメッセは来てたけどなぁ……)

 

 クラインからのメッセージで二人の様子はわかっている。しっかりしているといってもハルはオレよりも幼い。蘇生アイテムで助かったとはいえ、この世界での死を経験してしまったのだ。そう簡単に立ち直れるとは思えない。

 一方のキリトも守れなかった事を始め色々気にしているだろうし、しばらくはハルの傍にいるだろう。オレも今の二人には休んでいてほしいのが本心だ。

 

 「うぃーっす二人とも。帰ったぜ」

 

 無事にカーソルを戻せた事の報告と、キリト達の様子を見るために、おれは三人で共同で生活しているアルゲードのプレイヤーホームに戻った。二人に変な気遣いは逆効果になるだろう事は容易に想像できたので、極力普段通りの態度で接することにした。

 

 「あ……クロトさん……おかえりなさい」

 

 「お、おかえり……」

 

 普段よりも暗い二人の出迎えに、予想していたとはいえ今回も自分が何もできなかった事を痛感するが、オレはそれを押し殺して笑顔を浮かべる。

 

 「おう。心配かけちまったけど、もう大丈夫だぜ」

 

 二人の視界ではオレの頭上に見えているだろうカーソルを指さしながらそういうと、二人も少しだけ表情が和らいだ。

 

 「お、お茶出しますね。兄さんも手伝って」

 

 「ああ。クロトはアイテムの整理とかしてこいよ」

 

 「OKだ」

 

 二階へ上がり、自室に入る。部屋に備え付けられている倉庫へストレージ内の素材アイテム等をしまい、ポーション等の消費アイテムを取り出す。

 

 (コイツも持っときゃ良かったぜ……)

 

 ソードブレイカーを持つならば使わないだろうと思って倉庫に入れていた、普段愛用している短剣を取り出した時にそんな事を思ったが、作業する手を止めずに整理を続ける。僅か数日だというのに、腰に加わった重みがひどく懐かしかった。

 

 「また頼むぜ」

 

 つい短剣にそんな事を言ってしまい一人で苦笑したが、気を取り直して作業を終わらせ、一階へと降りた。

 リビングに入り、ハル達が出してくれたお茶を飲んで一息つく。

 

 「その……クロト、俺」

 

 「気にすんな」

 

 「……まだ何も言ってないだろ」

 

 討伐戦での事でキリトが謝ってくる事は分かっていたので、遮るように言ってやる。あの時はハルが殺されてブチ切れていたのだから仕方がなかったし、いつまでも引きずるのはオレの性分じゃあ無い。それを指摘すると、キリトは納得がいかない様子ながらも謝る事をやめてくれた。

 

 「そういえば、明日の昼過ぎにフィールドボス攻略会議があるんだが……クロトは、参加するのか?」

 

 代わりに、こちらを気遣うような目で見ながら最前線の情報を教えてくれた。どのみちオレから聞くつもりだったのでこれはありがたい。

 

 「ああ、オレはするぜ。ついでにキリトが休む事も伝えといてやるよ」

 

 「……悪い。フロアボスまではそうさせてもらうよ」

 

 キリトは申し訳なさそうな顔をしたが、今のオレはそんな彼の顔を見たくなかった。そのため、意識して明るい声で返してやった。

 

 「別に今の層の攻略、丸々休んだっていいんだぜ?」

 

 キリトの真似ではないけれど、ちょっと悪っぽくニヤリとしてやれば、すぐさま同じように笑ってくれた。

 

 「おいおい……LAを譲る気はないぜ?」

 

 「オレもその気は無ぇよ」

 

 笑いあいながら、互いの拳を軽くぶつける。ほんの数日前まで普通にやっていたやりとりが、とても懐かしくて、心地よかった。

 

「………悪ぃ、けっこうクタクタだからもう寝るわ」

 

 急に疲れが噴き出してきたのか、今日はもう何かをする気になれなかった。その為オレは、まだ昼過ぎではあるものの休む事にした。

 

 「はい、何かあったら言ってくださいね」

 

 「あ、ああ……クロト、大丈夫なのか?」

 

 ハルは多少固さがあるものの笑みを浮かべたが、それとは対照的にキリトは気遣うようにオレを見ていた。

 

 「お前じゃあるまいし……ソロでボスに突撃とかしねぇよ。心配すんな」

 

 今の二人に負担はかけられない。その為オレはいつも通りの笑みを浮かべて自室へと向かった。

 

 「……違うんだ……俺が言いたかったのは―――」

 

 後ろ手にドアを閉める時にキリトが何か言っていたが、オレの耳には聞こえなかった。本当は歩くのも億劫な体を無理やり動かして自室に戻り、ベッドに倒れこむように入った所でオレの意識は途切れた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 六十一層主街区 ”セルムブルグ”

 

 翌日、昼頃まで泥のように眠っていたオレは今、会議に遅刻しそうになっていた。転移門を出ると、眼前に広がる白亜の城塞都市とそれを囲む湖の光景には目もくれずに街の中央へと跳躍を繰り返す。

 この街は”アルゲード”と比べて道や建物の配置がきちんと整理されているが、街の端から中央部へいくにつれて段々と高くなっている。だがやはりというか、道に従って進むよりも、途中にある建物を飛び越えながら直線で進んだ方が手っ取り早いのだ。オレ的には。

 約一分ほどで、オレは会議の会場となる街一番の規模を誇る宿屋へと着く事ができた。

 

 「はぁ……はぁ……間に合った、か?」

 

 視界の端に表示されている時計を見ると、ちょうど午後一時になったところだった。次いで会場にいる人達へと視線をむけると、見知った者達が目に映った。

 

 「どうやら無事にカーソルを戻せたようだね、クロト君」

 

 「……まぁな」

 

 エギルやクラインといった知り合いや、アスナと一緒にいるサクラに声をかけたかったが、それよりも先にヒースクリフがいつの間にか目の前に現れて話しかけてきた。ボス戦に於いては非常に頼りになるのだが、こういう風にこちらにあまり配慮しない所にはついムッとしてしまう。その為少々ぶっきらぼうな返し方をしてしまった。だが彼はさして気にした様子もなく、にこやかな表情を浮かべていた。

 

 「時にクロト君、今日はキリト君と一緒では無いのかね?」

 

 「アイツはしばらく休みだ。今のアイツを最前線に引っ張り出そうとする程、おっさんも鬼じゃないだろ?」

 

 「これは失礼した。確かに今の彼には休息が必要だったね」

 

 キリトとハルに何があったのかについては、多分アスナが報告してあるんだろう。事情を察してくれたようで、おっさんは少し頭を下げて謝罪してきた。こうもあっさり自分の非を認めるのは流石大人と言うべきなのだろうが、彼が頭を下げるイメージが全く無かったので少々面食らってしまった。

 

 「さて……それではフィールドボス攻略会議を始めよう。今回のボスは水棲型だが、海岸付近の砂浜までは上陸してくる事が確認されている」

 

 KOB団員が壁に貼り付けた、記録結晶で撮影したであろう写真には上陸したボスの姿が遠目に映っていた。

 

 「水龍型か……」

 

 「ま、今回は四層と違って船に乗る必要は無いから移動は楽っちゃあ楽なんだがな」

 

 「エギルか。確かにあそこの水上戦はキツかったなぁ……」

 

 当時はレベルや軽業(アクロバット)スキルの熟練度が低かった上に足場が船だけだったので、敵に思うように剣を当てられず苦労したものだ。もっとも、ベータテスト時とは大きく様変わりしていたのにもとても驚いたのだが。

 

 「ボスが一定時間毎に湖と陸を行き来することは分かっているが……パターンによってその時間も変化すると考えていいだろう。リンド君」

 

 「偵察戦では、短くても十分、長くても十五分程度で移動するのを確認した。だがこれはHPゲージ一本を削るまでのパターンであり、二本目では別のパターンがあると思われる。加えて今回のボスは雷ブレスを使うので、麻痺には十分注意してほしい」

 

 ん~中々面倒くさそうなボスだな。こっちの移動範囲は制限されているうえに麻痺……下手したら撤退も危うくなる。

 

 「元気そうでよかったぜ、クロの字」

 

 「クライン……キリト達が世話になったな」

 

 「気にすんなよ。初日にお前ぇらからレクチャーしてもらったから、今のおれらがいるんだしよ」

 

 ヒースクリフやリンドが中心になって会議を進めているのを聞きながら、オレはエギルとクラインの二人と言葉を交わしていた。

 今までよくやっていた事を繰り返すのは非常に心地良くて、もうラフコフとの事は終わったのだと実感できた。

 

 「なぁ……サクラは、大丈夫だったか?」

 

 「そういや少しばかり落ち込んでたぞ。何があったのかは分からんが……」

 

 「そうか……」

 

 事前にラフコフに情報が漏れていたとはいえ、討伐戦の事は基本的に参加した本人以外で知る者はいない。エギルは参加していなかったので、討伐戦での事を知らないのだ。

 

 「ま、クロの字が行きゃあ一発で元気になると思うぜ。サクラさんの笑顔っていつもおれらの励みになってるんだしよ」

 

 「……手ェ出したら犯罪だぜ、クライン?」

 

 またクラインが鼻の下を伸ばしながらしょーもない事を言い出したので、きっちりと釘を刺しておく。もし本当に手を出したらデュエルでボコボコにしてやるつもりである事も言外に伝えれば、彼は慌てて顔を引き締めた。

 

 「わ、分かってらぁ。……けど、後でフォローしとけよ?アスナさんがついてるとはいえ、サクラさんも大変だったんだしよ」

 

 「言われなくてもそのつもりさ。本当ならすぐにでも話がしたいんだし」

 

 もう、この想いを抑え込む必要はなくなったのだ。この会議が終わったら……いや、ちゃんとサクラに笑顔が戻ったと確信できたら、この気持ちを伝えよう。ずっとずっと想い続けてきた、大切な彼女へ。

 

 「おいクロト。何考えてるのか知らんが、顔が緩んでるぞ」

 

 「っ!?う、うるせぇ……」

 

 ヤバイヤバイ……攻略会議中だってのに、オレは何考えてたんだ?

 

 「まさか……ついにヘタレのクロの字が告は―――」

 

 「お前のニヤニヤした顔とかマジでキモイわクライン」

 

 生暖かい目で余計な事を口走る野武士を黙らせるために片足の小指を思い切り踏んづけてやる。悶絶する彼を無視してマフラーをを引き上げて口元を隠して深呼吸し、心を落ち着ける。

 

 「―――ボスが湖に移動してしまった場合、我々には攻撃手段が無い。現時点でボスが回復行動をとる事は無いが、HPバーが一本になった時もそうだとは限らない。もしボスが水中で回復行動をとるようになった場合は撤退も―――」

 

 「―――いや、その必要は無いだろう」

 

 珍しく他人の話を遮るように、おっさんは口を開いた。静かながらもはっきりと聞こえる声に、誰もが耳を傾けた。

 

 「クロト君」

 

 (拒否権は……無ぇみたいだな)

 

 真鍮色の双眸をまっすぐこちらへ向けるおっさんに少々辟易しながらも、ウィンドウを操作して弓を装備する。

 

 「……アンタが見たかったのは、コイツだろ?」

 

 せめてもの抵抗としてため息を一つつくが、おっさんは相変わらずの無反応だ。討伐戦で明かしてしまった以上、そう遠くない内にこうなるだろう事は想像できていたが……それでもやはり数十人から一斉に見られるのは居心地が悪い。

 

 「エクストラスキル射撃。スロットにセットするだけで投剣スキルにプラス補正が入って、加えて弓で専用のソードスキルが使える……出現条件は不明だ」

 

 「クロト君はいつ頃入手したのかね?」

 

 「……今年の始め。五十層攻略の後ぐらいだったな」

 

 周囲のどよめきや、未知のスキルへの好奇や羨望、そして嫉妬などの視線を務めて無視してポーカーフェイスで情報を公開する。これでまたしばらくは情報屋に追い掛け回されると思うと、気が滅入る。

 だが、射撃スキルの入手条件に至っては全くと言っていいほど心当たりが無い。キリトの二刀流も同様であり、それ故にほかにも同じスキルを入手した奴が出てこないものかと思いながらひたすら隠し続けてきたのだ。

 

 「……ふむ。情報屋のスキルリストに無いあたり、ユニークスキルの可能性もあるが……今はそうも言ってられまい。ボスが湖に移動した場合、クロト君にはメインのアタッカーを務めてもらおう。その場合はサクラ君が指揮するタンク部隊が護衛を―――」

 

 「―――待ってください団長!」

 

 突如、KOBの内の一人が立ち上がった。アイツは確か、討伐戦前に絡んできた奴らの一人だったはずだ。

 

 「何か不服かね?」

 

 「不服も何も、認める訳にはいきません!この男は―――」

 

 また妬みかよ……どうせまた、いつも通りビーターだ何だって文句つけてくるんだろう。いい加減飽きて―――

 

 「―――この男は殺人鬼なんですよ!!」

 

 ―――あ……

 

 彼の叫びが、心に突き刺さった。討伐戦でラフコフをポリゴン片へと変えた瞬間が、鮮烈に蘇る。

 

 「アスナ君の報告では、君をはじめ多くの者が彼に助けられたのだろう?それを仇で返すのかね?」

 

 「あの男は自分を敵と共に射殺そうとしたんです!でなければ自分のすぐ側に矢が飛んでくる筈が無い!!」

 

 それが、きっかけだった。広がった波紋はすぐに全体にいきわたり、誰もがオレに殺されかけたと口を開く。

 

 「ちょ、ちょっと貴方達!彼以外にも殺してしまった人がいるでしょう!?彼らまで差別するというの!?」

 

 「じゃあ何故彼だけ平気な顔してここに来たんですか!?レイを始め多くの者が一人殺しただけでも満足に戦えなくなってるというのに、コイツは十人以上は殺していた!!」

 

 「そ、それは……」

 

 遠くで、アスナが何かを言っている。体中が冷たいものに包まれていく。

 

 「殺す覚悟が無かったおれらのツケを代わりに払ってくれたんだぞ!それをなんつぅ言い方してんだテメェ!!」

 

 「おいクロト!しっかりしろ!!」

 

 近くで、クラインとエギルが叫んでいる。手足の感覚が消え失せ、立っているのもやっとだった。

 

 (違う……!オレは、ただ守りたくて……!)

 

 飛び交う怒声に押しつぶされ、声が出ない。否定したいのに、口が動かない。人殺し、殺人鬼と罵られる度に見えない刃が幾度も心に突き刺さり、抉っていく。

 

 (サク……ラ)

 

 揺れて焦点の定まらない視界の中、愛しい少女の姿を探す。ただただ彼女に縋りたくて、救ってほしくて―――

 

 「……!」

 

 「ぁ……」

 

 ―――目が、合った。その瞳には恐怖の色が、浮かんでいた。

 

 「……!!」

 

 震えながら、彼女は目を逸らした。顔を背けた。

 

 ―――拒絶、されたのだ。

 

 それが分かった時には、オレはその場から逃げ出していた。誰かが引き留めようと伸ばした手を、制止の声を振り払って。

 

 (あぁ……そっか。オレ……)

 

 逃げながらも思考は働き、自分が彼女に怖がられた訳を何となく理解してしまった。それと同時に、自分の中で大切な何かが崩れていく気がした。

 

 ―――オレは、平気で人を殺せる化物だ。

 

 そんな自分が、堪らなく怖かった。




 これ今年中にクロト達くっつけられるかな……?リズ編に行くのも危ういかも……


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四十話 それでも…

 もう少しモヤモヤが続きますが、お付き合いしていただけたら幸いです。


 キリト サイド

 

 「それは…本当なのか……?」

 

 信じられない。最初に俺の頭に浮かんだのは、それだった。討伐戦でハルを殺されかけて大暴れした俺は、アイツが何をしたのかを知らなかった。だから、シュミットの口から語られた事に俺は驚愕せざるを得なかった。

 

 「ああ、本当だ」

 

 俺がかすれた声で問いかけると、シュミットは固い表情でうなずいた。

 

 「キリト、お前の分かる範囲でいい。会議に行くまでの間に、クロトの様子におかしな所とか無かったか?」

 

 「普段通り……いや、普段通りすぎたんだ……!」

 

 エギルに訊かれてクロトの様子を思い出してみて、今更ながらに気づいた。アイツは俺達に気を使わせないように無理していたんだと。

 

 「きっと……俺の所為なんだ……!」

 

 何故気づけなかったのだろうか?仲間を守る為とはいえ十何人と望まぬ殺人をした彼の、心の悲鳴に。昨日会議に行こうとしたクロトにただ一言、声をかけて引き留めていれば……こんな事にならなかった筈なのに。

 

 「バッカ野郎、お前ぇだけの責任じゃねぇ!お前ぇだけの……責任じゃねぇんだ……!!」

 

 クラインがテーブルに拳を打ち付けながら、押し殺した声で言った。非は全員にあるのだと。今の俺には気休め程度にしかならなかったが、それでも幾分かは落ち着かせてくれた。

 

 「サクラは……?彼女なら真っ先にクロトを庇う筈じゃないのか?」

 

 クロトを深く想っている彼女なら、彼が一人吊し上げられるのを黙っている筈が無い。

 

 「……分からん。だがクロトもすぐに逃げ出しちまったから、多分なにもできなかったんだろうな……」

 

 「なら……その後会議はどうなった?」

 

 「ウチのギルマスとKOBのツートップがなんとか場を収めたが……攻略どころじゃなくなったよ」

 

 エギルとシュミットが苦虫を噛み潰したような表情をしている様子から、よほど酷かったのだろうと想像できた。恐らく、俺達が一層でやったビーター宣言の時とは比べ物ならないくらいに。

 

 「しっかしアスナさんも大変だな……内部を纏めなきゃなんねぇし、塞ぎ込んじまったサクラさんのフォローも―――」

 

 「塞ぎ込んだ?クロトを追いかけなかったのか!?」

 

 思わず身を乗り出して、クラインを問い詰める。サクラが動かないのを信じたくない一心で。

 

 「お、おう。そういや変だよな……今までならなりふり構わず行ってた筈なのによ」

 

 サクラが何もしない。それが事実だと分かった途端、急速に熱が冷めていく。

 

 ―――君の’想い’も……所詮その程度だったのか……?

 

 もう何度目になるか分からない諦観が、俺の中で広がっていく。

 

 「……行かなきゃ」

 

 誰も行かないのなら、俺が行かなくては。こんなどうしようもない俺を、相棒と言ってくれたアイツの恩に少しでも報いる為に。

 

 「エギル、ハルを頼めるか?夕方までには絶対に戻るから」

 

 「あ、あぁ……」

 

 面倒見のいい彼なら任せても大丈夫だ。同じ層に居を構えているためエギルはよくハルと交流があり、いつの間にかハルは彼に懐いている。

 ウィンドウを操作して、ストレージ内のアイテムや装備品の耐久値などを手早く確認。特に問題は無い。

 

 「キリト……お前は何とも思わないのか?現実で考えればアイツは―――」

 

 「―――そんな事どうだっていい!アイツは俺の……」

 

 シュミットが言わんとした事は頭では理解できるが、心はそうはいかなかった。無遠慮な言い方に急に腹が立ち、声を荒げてしまった。

 

 「……俺の、友達なんだ……!」

 

 友達。現実世界(リアル)にいた頃、そう呼べる存在はいなかった。元々俺が積極的に他人と関わろうとしなかったのもあるが、事故に遭って以来、自分の傷を知られる事と心を繋いだ相手を失う事を恐れてしまったから。そんな、贔屓目に見ても面倒くさい俺をどんな時でも独りにせず共にいてくれた。

 つまらない事で競い合ったり、些細な事で口論を繰り返したり、しょうもない悪戯をしあったり……傷を知られないように壁を作りながらも、クロトの幸福を自然と願えるくらいには打ち解けあう事ができたのだ。

 

 「……そうか」

 

 「け、けどよ……クロの字が何処にいんのかってアテはあるのか?」

 

 「伊達に今までコンビ組んでた訳じゃないさ」

 

 一緒につるんで来たから、何となく分かる。俺とアイツは、似た者同士なんだって。

 

 (誰も来なくて、何も考えずにいられる所……最前線の迷宮区?だがフィールドボスが―――!?)

 

 嫌な予感がする。俺は三人を置いて家を飛び出し、転移門へ駆け込んだ。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 クロト サイド

 

 ―――人殺し!

 

 違う……

 

 ―――殺人鬼が!!

 

 違うんだ……オレは……

 

 ―――この化物!!!

 

 「あああああぁぁぁぁ!!!!」

 

 力任せに発動したソードスキルが、mobのHPを消し飛ばす。次いで爆砕音と共にポリゴン片が視界の中で舞うが、それに対してオレは何も感じなかった。

 耳を塞いでも延々と聞こえる声を少しでも忘れたくて、オレは最前線の迷宮区に潜り込んでいた。道中にいたフィールドボスは……多分倒したのだろう。とにかく目の前に現れた敵全てに対して、オレは当たり散らすように戦い続けた。その為どんな敵を倒してきたのかだとか、どの位戦い続けているのかなどの記憶がとても曖昧だった。

 

 「はぁ……はぁ……」

 

 「カァ!カアァ!!」

 

 ふらふらと進むオレを引き留めようとしているのか、ヤタはしつこいくらいに眼前を飛び回りながら鳴く。だがオレはそれをうっとおしいとすら感じなかった。ただ無視して進む。

 空耳だと分かっていても、皆から浴びせられた言葉が何度も繰り返し頭に響き、胸に突き刺さる。

 

 (黙れ黙れ黙れ……!)

 

 何が間違っていたんだ。あそこで躊躇っていたら、サクラが殺されていたんだぞ……!そして何より

 

 「……ラフコフ(あんな奴ら)なんて……死んでとうぜ―――!?」

 

 自身の口から出てきた言葉に、凍り付いた。死んで当然、オレは今そう言おうとした……?

 

 (オレは……殺しに抵抗が無いのか……)

 

 ようやく気付いた。オレは、アイツ等を殺した事を後悔するどころか、別段何とも思っていないのだ。

 

 「……化物、か……は、はは……言えてるな……ははは……」

 

 化物だから、忌み嫌われる。化物だから、怖がられる。化物だから……拒絶される。

 

 ―――少し考えれば分かる、簡単な事だったのだ。サクラだって元々は普通の女の子なのだ。こんな化物(オレ)の事を怖がって当たり前だ。

 

 「はは……バカみてぇ……」

 

 単にオレが期待しすぎたのだ。彼女の反応が普通であり、おかしかったのはオレだ。これは、当然の結果なのだ。

 

 「カァ!」

 

 「……出てきたか」

 

 ヤタが警告を飛ばしたので視線を上げると、丁度mobがポップし始めていた。まだ距離があるので、無造作に弓を構えてスキルを立ち上げる。

 

 「シャアアァァァ!?」

 

 HPバーが表示されるのとほぼ同時に、『ストライクノヴァ』の一撃が魚人型mobの右肩を貫く。ノックバックで怯んでいる間に技後硬直が終了したので、今度はスキルを使わずに矢を射かける。

 

 ―――やっぱり何も感じない。

 

 この弓で人を殺めた筈なのに、オレは何の忌避感も抱いていない。躊躇う事無く握れるし、使える。

 一方的に攻撃されたmobは防御の構えでじりじりと近づいているが、あいにく槍一本しか持っていないのだ。胴体周辺なら防げるかもしれないが、そこ以外は無防備だ。冷静に『エイムシュート』で頭部に狙いを定め、射抜いた。

 

 「……まだいたか……」

 

 HPを全損したmobがポリゴン片になるのを眺めていると、すぐ後ろで別のmobがポップする音が聞こえた。ヤタの警告が聞こえなかったのは、意識が散漫になってきている証拠だろう。武器を弓から短剣に持ち替えながら振り向くと―――

 

 「シャア……ッ!?」

 

 槍を振り上げた姿勢のまま硬直するmobの姿があった。ヤツの眉間からは漆黒の刃が突き出ており、HPバーは完全に空になっていた。mobがポリゴン片に変わり、漆黒の刀身の持ち主があらわになる。

 

 「……探したぞ、クロト」

 

 「……キリトか」

 

 ふっ、と力が抜け、傍の壁にもたれてズルズルと座り込む。すると彼もオレの隣に座り込んできた。何となく見てみると、キリトは肩で息をしていた。恐らく全力でオレを探したのだろう。

 

 「いつから籠ってるんだ?」

 

 「さぁな……オレもよく分かんねぇ。はは……」

 

 自分で自分に呆れ、乾いた笑いが空しく響く。

 

 「お前が出て行ってもう二日だ。碌に休んでないなら、帰るぞ」

 

 「あぁ……」

 

 キリトが差し伸べてくれた左手をとろうと右手を伸ばした、その時だった。

 

 ―――化物!!

 

 少しの間忘れる事が出来ていた声が、蘇ってきた。

 

 「クロト?」

 

 「……悪い。しばらく、無理そうだ……」

 

 今でもはっきり思い出せてしまう。オレを化物だと叫んだ者達の、恐怖を宿した目を、声を。キリトだって彼らと同じ目をするんじゃないかって思うと……怖かった。

 

 「お前が何をしたのか……シュミットから聞いたよ。俺はその上でここに来たんだ。他の奴らが何て言おうが関係無い!血塗られた手なら……俺も一緒だ……!」

 

 「……サンキュ」

 

 まっすぐにオレを見るキリトの目は、真剣なものだった。それを見て、コイツもかなりのお人好しだったけと今更ながらに思い出す。

 

 「……けど、ダメなんだ……」

 

 「何でだよ……!何がお前をそこまで苦しめてるんだ!?」

 

 「何も感じないんだよ……殺す事への抵抗とか、忌避感とか。それに……」

 

 こんな時でも落ち着いて話ができてしまうあたり、オレは異常なのだ。自分自身ようやく気付いた事であるため、キリトも説明されなければ分からないだろう。

 

 「……オレは殺した奴らの事を、死んで当然だって思ったんだ。あれが正しかったんだって割り切ってて、後悔すらして無いんだ」

 

 「だったら……何で……?」

 

 (何で、か……)

 

 口にしてみて、やっと自分でも分かった。オレが人を恐れてしまう、本当の理由が。

 

 「怖いんだよ……平気で人を殺せて、殺した相手の事を何とも思わない……こんな化物なオレ自身が」

 

 「それは相手がラフコフだったからで―――」

 

 「―――分かるんだよ……事と次第によっちゃオレは……お前やハルだって殺せるんだ、って」

 

 おかしいだろ、と苦笑しながら言うと、キリトは絶句した様子だった。無理もない。

 

 「一緒にいたら……オレはいつかそいつを殺しちまう……そうなる事が、それが平気でできる自分が……怖いんだよ……!」

 

 「……だから、サクラとも会おうとしないのか?」

 

 無言でうなずくと、心が痛んだ。この想いが叶わないものだと、認めてしまうのだから。

 

 「……お前は、化物じゃない!!」

 

 「そう言ってくれんの……お前ぐらいだぜ?」

 

 苦しかった心が、少しだけ楽になる。同時にこみあげてくるものをこらえるために、顔を背けた。キリトの優しさが嬉しくて……縋ってしまいそうだったから。

 

 「クロト……お前……」

 

 「後少し……少しだけ待っててくれ。いつも通りのオレになって……戻ってくるから……!」

 

 震える声で、そこまで言うのが精一杯だった。それでも堪えきれなかった一筋の涙が頬を伝って落ちる。

 

 「……分かった。俺もハルも、待ってるから……いつでも帰ってこい」

 

 コツリ……コツリ、と聞こえる足音が次第に小さくなり、やがて聞こえなくなった。再び訪れた静寂の中、無意識の内に本音が零れた。

 

 「……それでも、好きなんだよ……サクラ」

 

 例え拒絶されても、叶える事ができなくても……オレの想いが色褪せる事は無かった。




 17日に弟の会社の忘年会がありました……皆さんも飲み過ぎや食べ過ぎには注意してください。


 加えて今日は兄が忘年会に行きます。


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四十一話 大好き

 今回はキリトに対して不快な思いをするかもしれませんが、ご容赦ください……


 キリト サイド

 

 「何で、アイツが苦しまなきゃならないんだよ……!」

 

 俺は憎しみから人の命を奪い、クロトは大切な人を守る為に手を穢した。同じ殺人でも、意味合いが全然違うのだ。非難されるのは俺であるべき筈。それなのに―――

 

 「何でアイツだけが……責められなきゃならないんだ……!」

 

 確かに手段は間違っていたかもしれない。けれども現実では俺は許され、クロトだけが後ろ指を指された。こんなのおかしいじゃないか……!

 

 ―――やっぱりこの世界は残酷だ。

 

 同時に、自分の無力さを痛感した。俺の声は、クロトの心に届いていたけれど……まだ足りなかった。

 

 「一度も本気で向き合わなかった、か……アスナの言う通りだな……」

 

 壁を作っていたツケを、こんな形で払わなければならないとは。だが、どうしても傷を晒すのは怖くて仕方が無いのだ。

 もし仮に彼が傷を受け入れてくれたなら……アイツの事だ、今まで以上に俺を気にかけてサクラを選ばないだろう。そして俺は―――そんなクロトにもたれ掛かってしまう。

 どちらに転んでも良い事が無いと言い訳をして、逃げていたからこそ肝心な時に無力になってしまう。そんな自分が何よりも醜くて、嫌気が差す。

 

 (こんなのだから……何も守れずに失うのか……?)

 

 友達一人助けられない。それが堪らなく悔しかった。思わず両手を固く握りしめ―――

 

 「―――キリト君?」

 

 俯いていた顔を上げると、家の裏口の前にアスナと……サクラがいた。考え事をしていた所為か、いつの間にか家に着いていたようだ。

 

 「……なんだよ?」

 

 「ちょっと聞きたい事があって……今いいかしら?」

 

 「……好きにしろ」

 

 そう言って裏口を開け、とりあえず二人を招き入れた。話をするにしても、KOBの制服は目立つ。落ち着いて話すにはこれが手っ取り早い。クラインとシュミットは帰ったようだし、ハルはエギルと共に彼の店にいる事がフレンド追跡で分かったので、今家にいるのはこの三人だけだ。

 リビングにて、アスナ達とテーブルを挟むように向かい合って座る。サクラはさっきからずっと俯いたまま黙っているし、アスナはそんな彼女の手を握ったまま、どう切り出そうかと言葉を選んでいる様子だった。そのため少しの間、無言の状態が続く。

 

 「それで、聞きたい事って何だよ」

 

 クロトの事もあってか、かなり不機嫌な声が出た。そんな俺に対して、アスナはようやく言う気になったようだ。

 

 「……クロト君の事よ」

 

 ある意味では予想通りであり、またある意味では俺を苛立たせる内容だった。

 

 「この二日間フレンド追跡ができないままだし、何処へ行ったかの情報も無くて行方が分からないままなの。黒鉄宮の名前が消えてないから生きてるのは分かってるけど―――」

 

 「―――だったらどうしたって言うんだよ……!アイツを追い詰めたのはアンタ等だろうが!!」

 

 八つ当たりなのは承知しているが、言わずにはいられなかった。

 

 「アイツ一人に全てを押し付けて……吊し上げたクセに!今更何言ってるんだよ!?何であの時……クロトを助けてくれなかったんだよ!!」

 

 「……謝って済む事じゃないのは、分かってるつもり。でも……だからこそ、彼が今どうなったのかを知りたいの」

 

 声を荒げても、アスナは全く怯まなかった。その事が気に入らなかったが、同時に俺はここで激情に任せても無意味だと悟った。

 

 「……アイツなら最前線の迷宮区だ。さっき会ってきた」

 

 「まだあそこにはフィールドボスが―――」

 

 「―――そんな奴いなかったよ。多分アイツがソロで倒したんだろ」

 

 クロトの持つ弓なら、一方的なワンサイドゲームだって可能だ。ボスがいたという海岸には高台もあったし、二日も籠れていた事から、ボス相手にはそこまで消耗しなかったのだろう。

 だがそれは弓スキルの事をよく知っている俺だから納得できるのであって、そうで無い二人は絶句していた。

 

 「ボスを一人で倒して……その上で今まで戦い続けてたって言うの……?」

 

 「あぁ。あの様子じゃ、碌に眠れてないと思う……」

 

 俺の言葉に、二人は息を飲んだ。だが少しして、アスナが口を開く。

 

 「なら……どうしてキリト君は……連れ戻そうとしなかったの……?」

 

 その素朴な疑問が、まるで俺を責めるようだった。アスナにその意図は無くとも、俺の中で静かに怒りが沸き上がる。

 

 「元を糺せば……クロトを苦しめたのはお前等だろ……!助けられた筈なのに、助けなかった。それこそアイツへの裏切りじゃないか……!!」

 

 この二人だって、クロトがいなければラフコフに殺されていたかもしれない。だというのに、その恩を何も返そうとしなかった事が腹立たしかった。

 

 「……ごめん……なさい……」

 

 今まで黙っていたサクラが、ようやく言葉を発した。その声は普段の彼女とは打って変わって弱弱しい、涙交じりのものだったが、今の俺には苛立ちを募らせるだけだった。

 

 「何を今更……!お前はクロトに助けられたクセに裏切った……アイツを傷つけて、苦しめたんだ!」

 

 「ちょっとキリト君!?」

 

 「アンタには関係無い!」

 

 咎めようとするアスナを強引に黙らせ、俺はサクラを睨んだ。

 

 「ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 

 何度もうわ言のように謝り続けるだけの彼女に対して、無性に腹が立ってくる。

 

 「どうせアイツの事を怖がって、拒んだんだろ……!」

 

 「っ!」

 

 図星らしく、目に見えてサクラは動揺した。

 

 「何で受け入れようとしなかったんだ?アイツが手を穢したのは……お前を守る為だったんだぞ!」

 

 普段なら、ここまで言う前に失望している筈なのに……今の俺は、抑えられない程の激情に駆られていた。

 

 「一番怯えてるのは……他の誰でもない、クロト自身なんだぞ!自分は化物なんだって諦めて……誰も癒してくれない傷を抱え込もうとしてるんだ!」

 

 だからだろうか?いつもなら絶対に言わない事まで口走ったのは。

 

 「アイツがボロボロだってのに、何もしない。その程度の想いなら……とっとと捨ててレイにでも鞍替えしろよ!!」

 

 ……言ってから後悔した。俺だって何もできなかったのに、それを棚に上げているのだから。俺とクロトの友情だってその程度のものだというのに……

 

 「…………して」

 

 だが、一度言った言葉は戻らない。ここまで言ってしまった手前、すぐに撤回なんてできなかった。そうして黙っていると、サクラが小さな声で言葉を発した。

 

 「何だよ?言いたい事ならはっきりと―――」

 

 「―――取り消してって言ったの!」

 

 あふれ出す涙もそのままに、明らかな怒りを宿した瞳をまっすぐに俺に向けたサクラは叫んだ。

 

 「何もしなかったのはキリトも同じでしょ!わたしよりも……ずっとずっとクロトと一緒にいたクセに!!」

 

 「っ!?」

 

 ……そんな事、分かってる。

 

 「今まで散々クロトに頼ってたじゃない!いつもいつも自分の事ばっかりで、クロトをどれだけ苦しめてたのか……気にもしなかったクセに!!」

 

 確かにその通りだ。俺はただ……クロトを縛り付ける錘でしかなかった。

 

 「あれだけ一緒にいたのに、少しは本音を言い合ったりしなかったの!?あの時……クロトを道連れにしたのに!!」

 

 道連れ……ビーター宣言の事だ。あの時俺がクロトを突き放せるだけの強さが無かったから、こうなった……?

 

 「もうわたしから……大事な人を奪わないでよ!」

 

 俺がいるから、こうして二人がバラバラになってしまうのか。少し考えれば分かる事だったじゃないか。だというのに……何故俺はサクラに当たり散らしてしまったのだろうか?

 

 「サクラ!」

 

 「……ぁ…………ご…めんな…さい……」

 

 今まで黙っていたアスナが、咎めるようにサクラの名を呼んだ。その途端にサクラはしおらしくなり、再び泣き崩れた。

 

 「全部事実だろ?謝る必要なんて無いさ」

 

 勢い任せで、本心からでは無い言葉があったのは容易に予想できた。だがそれでも、俺はそう言われるだけの事をしてきたのだと今更になって理解した。

 

 「わたしだって分かってるよ!キリトに八つ当たりしてるだけだって……クロトが辛い目に遭ってるのはわたしの所為なんだって。わたしがあの時……クロトを怖がって目を逸らしたからこうなったんだって!!」

 

 「だったら何で動かないんだよ?」

 

 「もうどうしたらいいのか分かんないよ!好きだけど……怖いの……!あの時平気で人を殺せたクロトが……それに……大好きな人を傷つけたわたしにはもう……一緒にいる資格なんて―――」

 

 俺も少し前までハルの傍にいる資格は無いと思っていた。だから彼女の葛藤には幾らか共感できた。でも……だからこそ、今のサクラをそのままにはできなかった。

 

 「―――だからその程度だって言ったんだよ!本当にアイツが好きなら……受け入れてやれよ!!」

 

 サクラに詰め寄り、襟首をつかんで強引に立ち上がらせる。例え嫌われたとしても、ここで後押ししなければ二人の想いはすれ違ったままになる。それだけは絶対に嫌だった。

 

 「お前だけなんだよ、今のアイツを救えるのは!たった独りで怯えてるアイツの拠り所になれるのは……お前しかいないんだよ!!」

 

 「…………ぁ」

 

 彼女が目を見開く。漸く気づいてくれたようだ。そこで……さらにダメ押しをする。

 

 「このままなら……クロトが死ぬぞ?蹲って泣くだけだったら、一生後悔してろ」

 

 そう言って手を放す。サクラはふらふらと後ずさると、意を決した様子で外へ飛び出した。

 

 「……ありがと」

 

 すれ違いざまに、そんな事を言われた。礼を言われる筋合いなんて、全く無いというのに。

 

 「……何で、あそこまで言ったの?」

 

 「必要だって、思ったからだよ」

 

 サクラが飛び出してから少しして、アスナが口を開いた。急に疲れが出てきた俺は、椅子に座り込んで力無く答えた。

 

 「だからって、言い過ぎよ……もしサクラの心が折れてたら、どうするつもりだったの……?」

 

 「……そうはならないって、信じたかったんだ。あの二人の想いは、本物なんだってさ……」

 

 本当に好きだから、クロトは拒絶されてもサクラを気遣っていた。本当に好きだから、サクラはクロトを傷つけてしまった事をとても後悔していたのだ。

 俺があの二人に幻想を抱いていただけなのだ。どんな事があっても、クロト達の想いは通じ合っていて、お互いに全てを受け入れる筈だって。

 だからこそ、それを裏切られた気がしてサクラを許せなかったのだ。……何て身勝手で、醜い理由なのだろう。

 

 「……そう。でもね」

 

 不意に、頬に温かなものが触れた。顔を上げると、アスナが右手を俺の顔へと伸ばしていた。

 

 「キリト君が傷ついていい理由には、ならないよ。君の事を心配してる人だっているんだから」

 

 「……そう、だったな……」

 

 ハル、スグ、叔父さん、叔母さん……他にもクロトやエギル、クライン……決して多くは無いが、俺の事を案じてくれる人がいるのは先日思い知った筈だったのに。一度ついたこのクセは、中々治りそうにないようだ。

 

 「これでクロト達が結ばれるのなら……嫌われ役も、悪くないって思ったんだよ」

 

 「大丈夫。あの二人なら、きっと大丈夫だよ」

 

 いつもなら真っ先に振り払う筈の、アスナの手。だが不思議な事に、今はそこから伝わる温もりが何よりも心地よく、俺の心を穏やかにしてくれた。思わず目を閉じて、少しの間身を委ねてしまうくらいに。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 サクラ サイド

 

 走る。ただひたすら走り続ける。もう、後悔したくないから。

 

 (クロト……クロト!)

 

 迷宮区の何処にいるかなんて分からない。だけどそんなものは些細な事だと切り捨てて、迷宮区タワーに飛び込む。わたしのステータスはSTRとAGIの両方に均等に割り振ったバランス型であって、アスナさん程の速さは無い。だけどこの時だけは、いつもなら出せないくらいの速度で走っていたし、ポップするmobだって上位のソードスキルを惜しみなく使って瞬く間にポリゴン片に変えていった。

 

 ―――このままなら……クロトが死ぬぞ?

 

 それだけは、絶対に嫌だった。もしこのままクロトと二度と会えなくなってしまったら……わたしはもう自分が許せない。

 

 「クロト……!」

 

 今すぐ会いたい。想いは募っていくのに、時間だけが過ぎていく。元々マップデータすら入手せずに飛び込んでしまったため、すぐに行き止まりに突き当たってしまったり、mobに囲まれたりという事が何度も起きた。

 

 「何処に、いるの……?」

 

 気づけばすっかり道に迷い、息も絶え絶えになっていた。ちょっと気が緩めば、クロトはもう消えてしまったんじゃないかって不安に押しつぶされそうになる。そんな事無いって思っても、涙があふれそうになるのは止められなかった。

 

 ―――カァ……

 

 「っ!い、今の……ヤタ?」

 

 消えてしまいそうな鳴き声が聞こえたのは、そんな時だった。はっとして顔を上げ、藁にも縋る思いで駆け出す。どうか……幻聴じゃありませんように、と祈りながら。

 

 「シャアアァァァ!」

 

 角を曲がると、異様な光景が目に飛び込んできて驚いた。何故なら魚人型mobが二体、こちらに背を向けて何かをしていたから。けれど、奴らの足元に濡れ羽色の塊を見つけた瞬間にわたしの体は動き出していた。

 

 「やああぁぁ!」

 

 『ヴォーパル・ストライク』を不意打ちとして叩き込み、二体とも吹き飛ばす。技後硬直が解けたらすかさず濡れ羽色の塊を拾ってバックステップで距離をとる。

 

 「シュウウゥゥゥ……!」

 

 警戒している二体を見据えて、剣を構える。先程拾った塊を左手で抱えているので盾を使う事は出来ないけど、問題は無い。

 

 「シャアッ!」

 

 一体目が跳びかかり、上から石突を叩き込もうとするのをステップで躱し、二体目の突きを剣で受け流す。mobは同士討ちをしないため、長物の敵が複数いる場合は攻撃範囲の狭い突きがメインになる。そのため何処を狙っているかが分かればカウンターを入れる事だって可能になる。

 

 「せいっ!」

 

 『ホリゾンタル・スクエア』の四連撃を二体目に叩き込むと、HPバーが空になった。さっきの『ヴォーパル・ストライク』が予想以上に効いていたみたいだった。

 

 「シャアアァァァ!」

 

 「きゃっ!」

 

 技後硬直が課せられて動けないため、背中に攻撃を食らってしまう。二度殴られたような衝撃が走り、吹き飛ばされるけど、抱えた塊を手放す事は無かった。

 

 「この!」

 

 「キシャアァァ!?」

 

 ゴロゴロと転がったわたしに追撃を加えようと不用意に近づいてきたmobに、体術スキル『弦月』をお見舞いする。少々強引に体制を立て直したわたしは、僅かな硬直が解けると同時にとどめを刺す。

 

 「はあぁぁっ!!」

 

 片手剣重三連撃『サベージ・フルクラム』が魚人型mobの槍を砕きながらHPを消し飛ばす。次の瞬間にmobはポリゴン片に変わるけど、それを気にせず抱えていた濡れ羽色の塊を見た。

 

 「カァ……」

 

 「ヤタ!」

 

 片翼を失い、ボロボロになっていたけれど……ずっとクロトの傍についていた筈のヤタだった。フォーカスしてHPバーを確認するとほとんど空っぽになっていた。

 

 「ヒール!」

 

 すぐに回復結晶を使って、ヤタの傷を癒す。使い魔が主人の傍にいないって事は……まさか……

 

 「間に、合わなかったの……?」

 

 嫌だよ……信じたくない。

 

 「クロトぉ……!」

 

 その場にへたり込んで、あふれ出す涙を止める事すらできなかった。心が、絶望に染まって―――

 

 「カァッ!カアァァッ!!」

 

 「…………ヤタ……?」

 

 何かを訴えるように、何度も何度も翼で顔をはたくヤタが、繋ぎとめてくれた。何とか顔を上げると、ヤタは飛び立ち、何度も鳴いた。

 

 ―――ついて来い。

 

 そんな風に言われた気がした。よろよろと立ち上がり、力の入らない足を動かしてヤタを追いかける。ほとんど何も考えず、ただただ前を飛ぶ小さな鴉の後を追い続けて―――

 

 「……」

 

 「あ……」

 

 何処かのトラップ部屋に入った時だった。部屋の片隅で、壁にもたれて蹲っている人を見つけたのは。黒で統一されたズボンにハーフコート、マフラー。そして何よりも―――前髪に着けられた、小さなヘアピン。

 

 「くろ……と……?」

 

 「……」

 

 返事は、無い。だけど、彼―――クロトを見間違える事なんて無かった。

 真ん中に空の宝箱がある様子から、アラームトラップの部屋だった事は容易に想像できた。きっとポップしたmobを全滅させた後、そのまま意識を失ってしまったんだと思う。

 

 「っ!」

 

 投げ出された左手に触れて、体が強張ってしまった。

 

 ――冷たい。

 

 一月前、’アルゲード’でわたしの手を握ってくれた時に感じた温もりは、欠片も感じられなかった。顔を見れば苦しそうな表情をしていて、大分やつれていた。

 

 「ごめんね……!」

 

 改めて、わたしが犯した過ちの大きさを思い知った。あの時怖がって拒絶したわたしこそが、クロトから居場所を奪ってしまったんだって。自責の念からまた涙があふれ出したけど、今はそんな事どうでもよかった。

 

 「もう……逃げないから……」

 

 人を殺していた時の彼は……まだ怖い。だけど、そこから目を背けちゃダメだってキリトに教えてもらったから。

 

 「~♪」

 

 冷え切ったクロトを胸に抱きしめて―――ずっと抱いていた想いを声に乗せて、歌う。少しでも彼の心に届くようにと願いながら。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 ―――どれだけの間、そうして歌い続けたのか分からない。でも……

 

 「……ぅぁ……」

 

 「―――クロト!?」

 

 抱きしめ続けていた彼が、身じろぎしたのが分かった。抱きしめる力を少し緩めて顔を覗き込むと、クロトが焦点の合わない目を何度も瞬いていた。

 

 「……さ…くら……?」

 

 「そうだよ……」

 

 少しして、ようやく焦点を合わせたクロトが、不思議そうにわたしを見つめてくれた。わたしは精一杯の笑顔で答えるけど、彼の瞳に映ったわたしはぼろぼろに泣きながら笑っていて、みっともない顔をしていた。

 

 「どう……して……?」

 

 「ごめんね……わたしが、怖がったから……こんなに、クロトを苦しめちゃった……」

 

 口にすると、今まで以上に胸が痛んだ。

 

 「気に、すんなよ……」

 

 どうして……まだ君は笑ってくれるの?全部、わたしが悪いのに……どうしてこんな簡単に許してくれるの?何で優しくしてくれるの?

 

 「お前が、泣いてると……オレも、辛いからさ。だから……笑っててくれよ」

 

 「……うん……」

 

 冷たいけれど……そっと涙を拭ってくれる彼の優しさに、心が洗われていく。色々とごちゃごちゃになっていたものが取り除かれて―――クロトへの恋慕だけが残った。

 

 「オレは……大丈夫だから……だから……こんなばけも―――!?」

 

 本当は一番辛い筈なのに……わたしを怖がらせないように無理して笑っているのが耐えられなかった。自分の心を押し殺して、化物だと言わせたくなかった。

 

 ―――だから、彼の唇を、自分のそれで塞いだ。

 

 顔を離すと、クロトは固まっていた。再会したあの時と全く同じの、信じられないといった表情で。

 

 「もう、いいんだよ……全部、受け止めるから……だから―――」

 

 ―――ずっと一緒にいて。

 

 そう言って、再び唇を重ねた。クロトからは抵抗らしい抵抗は全く無くて、わたしにされるがままになっていた。

 

 「何で……」

 

 ようやく彼から、笑顔の仮面が外れた。顔を歪めて、涙がとめどなく流れ出していた。クロトはそんな自分の事が分かっていなくて、ただただ戸惑っていた。きっと、自分でも気づかない内に心がボロボロになっていたんだと思う。

 

 「誰よりも、大好きだよ」

 

 今まで恥ずかしくて、面と向かって言えなかった言葉。だけど今は、微笑みながら、ちゃんと告げる事が出来た。

 

 「う……ぁ……!」

 

 縋るようにわたしに抱き着いて、クロトは嗚咽を漏らし始めた。痛いくらいに回された腕が、彼の心がどれほど追い詰められていたのかを伝えてくれた。

 わたしの右肩に顔をうずめる彼の頭を撫でながら、耳元で囁くように歌いだす。少しでもクロトの心を癒したくて、安らぎを与えたくて。

 

 ―――クロトの事を怖くないと言えば嘘になるけれど。それでも、彼への想いはそれ以上に大きいから。だから……

 

 (もう絶対に……間違えたりしないよ……)

 

 彼の全てを受け入れよう。怖いのは、クロトも同じなのだから。




 なんだかアスナが空気に……

 文才無くて申し訳ありません。


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四十二話 お忍びで……

 ……前回投稿してから若干の燃え尽き症候群みたいな状態になってしまいました。

 多分今年最後の投稿になります。


 クロト サイド

 

 サクラに救われてから早いもので、もう一カ月が経った。非常に恥ずかしいのだが……彼女に縋って泣いて、泣き疲れて眠ってしまったらしいオレは、丸々二日くらい目を覚まさなかったらしい。気づいたらどっかの宿のベッドで横になっていた。

 

 ―――それもサクラの添い寝付きで。

 

 幸いベッドは大きかったので彼女も窮屈な思いはしなかったみたいだが……起きたら目の前にサクラの笑顔があったのは本当にびっくりした。少しの間フリーズした後、オレは慌てて起きた。だがすぐにふらついてしまい、サクラに抱きとめられてしまったのだ。

 しかも、その……頭から彼女の胸につっこむような感じになって、軽くパニックを起こしかけた。だけどサクラはそんなオレの頭をあやす様に撫で、オレが落ち着くまで抱きしめ続けてくれた。

 

 ―――大丈夫だよ。

 

 優しく囁かれたその言葉と、込められた想い。それが伝わってきた瞬間、オレは再び涙を流していた。何で泣いてしまったのかは自分でもよく分からなかったけど―――ずっとずっと欠けていた心が、温かく満たされていくようだった。

 その後は非常に気まずい状況になってしまった。みっともない所を晒したという事もあるが、記憶が間違っていなければオレは……サクラに……キスされた上にその……こ、告白……されたのだ。この時もそうだったが、今でも思い出すだけで恥ずかしくて仕方が無い。

 色々とゴチャゴチャになった頭は碌に働かず、お互いの立場とか、自分がしてきた事とか…………全部すっ飛んでいたのだ。その所為か、オレの中に浮かんだのは本当にシンプルな、サクラへの想いだった。

 

 ―――あぁ……オレは誰よりも……サクラが好きなんだ、と。

 

 しかもそれは気づかない内に己の口からダダ漏れだったらしかった。それがバッチリ聞こえた彼女は頬を紅く染めながらも……幸せそうに頷き、再びオレを抱きしめてくれたのだった。

 

 その後は、その……なし崩し的にというか、何というか……サクラと、付き合う事になった。知らぬ間にアスナ達が手回ししてくれていたらしく、オレが攻略会議に出席しても吊し上げられる事は無かった。

 とはいえそれは表立ってオレを非難しなくなっただけであり、すれ違いざまに陰口を叩かれたり、視線での無言の圧力をかけられたりするようになった。大抵の事は何とか今まで通りスルーできるのだが……今まで以上に心に突き刺さるようになった言葉もあった。

 

 ―――人殺し、殺人鬼、化物……とにかく自分が他人の命を奪った者だと突き付けられる言葉がそうだった。

 

 聞いた時には嫌でも体が反応してしまい、普段通りではいられなくなってしまう。我ながら情けないが……あの時の、平気で他人を殺せた自分が怖いのだ。その為全身が目に見えて震えてしまうし、息も荒くなる。その上自分の体から感覚が消え失せ、心が冷たい闇に飲まれそうになる。

 一度だけ会議中に後ろから言われた事があり、その時は急変したオレの傍にサクラが会議そっちのけで飛んできたし、言った本人はキリトにデュエルを吹っ掛けられて一方的にボコボコにされた上にしばらくの間謹慎処分になったらしい。誰が言ったのかはオレ自身見ていないので、そいつがどのギルド所属なのかや、どんな奴なのかなどは全く知らないが。

 ……まぁ、サクラとの関係もその時公になったらしかった。後日会議を開きなおした時にはクラインやエギルをはじめとしたごく一部の人には祝福され、それ以外からは前以上に睨まれるようになった。だがそれ以上に驚いたのは―――

 

 ―――完敗です。

 

 その言葉と共にレイが、オレを祝福してくれた事だった。アイツだってサクラには相当な想いを抱き、積極的にアプローチをしていたのだから、負け惜しみとか悪態の一つくらい言ってくるものだとばかり思っていた。それがあまりにもアッサリと切り替えた彼には驚きつつも人としての器の大きさの差を見せつけられた気がした……つーか逆にオレの方が負け惜しみとか悪態とか言いそうになってしまった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「はぁ……」

 

 「お前、今朝だけで十回以上だぞ?」

 

 思わず出たため息を感知したキリトが、呆れた表情を浮かべていた。それが何となく気に入らず、つい愚痴を零してしまう。

 

 「ンな事言ったってよぉ……折角……折角の……で、デートだってのに……戦闘用の服しか無ぇってさぁ……」

 

 そう。今まで鍛え上げてきたスキルや装備品が戦闘一色で……つまるところ私服がほぼ無いのだ。初めての、ごく普通のデートだというのにこれでは台無しだ。

 

 「仕方ないだろ……お前だって装備新調して忙しかったし。何よりあの女に頼んだら多分女装用のやつしか作らないぞ?」

 

 「それは分かってるけどよぉ……」

 

 あのゴタゴタの後、キリトに続く形でオレも防具を新調した。その中でも特に、黒をメインカラーとして、所々に蒼のラインが施されたハーフコート―――シャドウワイバーンコートと、漆黒のマフラー―――フォグナイトマフラーはそれぞれ異なるボスモンスターの希少素材が惜しみなく使われていて、前の防具と比べて非常に破格の性能を誇っている。

 しかもこれらの素材は、オレが集めた訳では無い。キリトやアスナ、クライン、エギル達が祝福してくれた時に既に完成したコートとマフラーをくれたのだ。そのため自力で新調するのはグローブやズボン、ブーツ等で出費事態は大分抑えられたのだが……攻略と平行して行っていたので、私服を用意するまでには手が回らなかったのだ。

 

 「そもそも、男が着飾っても意味ないだろ……お前は俺と違って金には余裕があるんだし、記念に何か買ってやれよ」

 

 「そりゃもちろん、そのつもりさ」

 

 「なら普段通り堂々としてろよ……というか、何で俺がお前達のデートに付き合わなきゃならないんだ?」

 

 どう考えても邪魔者だろ、とキリトがぼやく。オレとサクラはアインクラッド中に顔を知られているので、一人でいたら何が起こるか分からない。その為待ち合わせの時にはアスナとキリトが、サクラとオレにそれぞれについている事。これはアスナが決めた事であり、全く持って正論なのでぐうの音も出ない。その為キリトは渋々ながらもこうやってオレと一緒にいてくれている。

 

 (……まぁ、アスナもキリトに会いたいから言ってんのはバレバレだけどな)

 

 キリトよ、お前はいつになったらコレがアスナの建前だって気づくんだ?アイツは堂々とお前に会う口実を増やしたかったのは誰が見ても明らかだってのに。

 

 「その事はアスナが言ってたろ」

 

 「確かにその通りなんだけどさ……お、来たぞ」

 

 過疎層の転移門前で待っていたので、サクラ達が来る時は転移門のエフェクトで分かる。大したレアアイテムやファーミングスポットが無い層にやってくる物好きなんてまずいないので、彼女達が転移してきたのだと思ったのだが―――

 

 「…………誰?」

 

 やって来たのは臙脂色のフーデットローブを被った二人組。まさか本当に物好きが転移してくるなんて……

 

 「もぅ、わたしだよ?」

 

 「さ、サクラ!?って事はそっちはアスナかよ!?」

 

 驚いた。フードで顔を隠すくらいはあると思っていたが、ローブで体全体を隠してくるなんて完全に予想外だった。しかもローブの下は結構地味な服装で、着飾ったとはお世辞にも言えない。これは一体どういう事だ?

 

 「ここまでしないとバレるのよ……プライベートで買い物とか一人で行くときにはいつもこうしてたのよ?」

 

 「有名人ってのも大変だな」

 

 アスナが愚痴るように言うと、キリトがさも他人事のように相槌を打つ。確かにこの四人の中で、下層に降りても攻略組だとバレないのはキリトのみだ。

 

 「まぁ、これで無事合流できたって事で。俺はかえ―――」

 

 「―――ねぇキリト君、ちょっとクエスト攻略手伝って!!」

 

 そそくさ帰ろうとしたキリトの腕を、アスナが掴んだ。しかもイイ笑顔で。

 

 「は?何をいきなり……って待て!引っ張るなああぁぁ!?」

 

 「それじゃ二人共、楽しんでね!!」

 

 そう言ってアスナはキリトを連れて、オレやサクラの返事を待たずに転移した。…………あ、ありのままに起こった事を簡潔に言おう。

 

 ―――アスナがキリトを拉致って行った。

 

 うん、これに尽きる。サクラにしてもアスナにしても、何というか……結構大胆だな。これが所謂肉食系女子って言うヤツか?……もう死語だっけ?

 

 「アスナさん、上手くいくといいなぁ……」

 

 「……そう、だな」

 

 何とはなしに呟かれたサクラの言葉に、いつの間にか同意していた。これまで、四人でパーティーを組んで攻略ダブルデート(?)をした事はある。そこでアスナは少なくない回数アピールしたのだが、キリトはそれらを悉くスルーしている。アピールそのものがそこまで分かりやすいものでは無いという事もあるが、一番の原因はキリトの鈍感さだろう。少し考えれば分かる筈なのに、キリトは違う意味で解釈してしまうのだ。そのくせ無自覚に女性を惹きつける。

 これまでつるんでいて分かったのだが、キリトは……そう、モテるのだ。中性的な容姿だからか、大抵の男よりも初対面の女性から警戒されにくい。そして自然とさりげない気遣いができる(正直ここはオレも見習いたい)。何より、時折見せる影のある表情に引き込まれてしまうのだろう。辛い事を隠そうとしたような、どこか無理をしているようなセンチメンタルな表情が、相手に’何とかしたい’とか’放っておけない’と思わせるのだ。とはいえオレだってキリトの事がほっとけないから今でもコンビ組んだままなんだけどな。

 それにしても―――

 

 (アイツ……振り払わなかった、よな……)

 

 圏内であるため、本気で嫌だったのなら断れた筈だ。だがそうしなかったって事は、満更でもなかったのだろうか?表情だって怖がっている様子は無く、幾分明るかったし。

 もしかしたらキリトもアスナに惹かれているのかもしれない……百パー自覚してないんだろうけど。ただ、キリトには恋愛への諦観が深く根を張っているのが唯一の不安材料で―――

 

 「―――クロト?」

 

 「あ、いや……何でもない!」

 

 サクラに小首をかしげながら覗き込まれ、ドキリと心臓が跳ね上がった。考え事をしていて不意を突かれたというか何というか……いきなり視界いっぱいに好きな人の顔が映ったのだから。

 

 ―――それこそもう少し近づけばキスできるくらいに。

 

 赤くなった顔を見られるのが恥ずかしくて、とっさに顔を逸らす。そのままマフラーを引き上げるが……隠せたのはせいぜい口元くらいであまり効果が無かった。

 

 「ふふふっ」

 

 「……ほら、行こうぜ」

 

 ……多分バレバレだな、この反応。いや、笑顔になってくれるのは嬉しいけどさ……恥ずかしい所を見られたこっちの心境は結構複雑だ。そのためか少々ぶっきらぼうにサクラを促し、歩き出す。

 

 (……ちょっと、コレはヤバイな……)

 

 歩き出す時に彼女の手を握ったのだが……もう既に心臓がバクバクしている。手を握る事自体は初めてではないというのに、どうしても慣れない自分が少し情け無い。

 

 「―――ねぇ、クロト」

 

 「お、おう」

 

 特にあても無く歩きだしてから少しして。ふいにサクラが口を開いた。何とか普段通りの声で反応してみせたものの、彼女の方を見るのが気恥ずかしくて顔を向けられなかった。

 

 「初めて……二人きり、だね」

 

 「そう……だな」

 

 手を繋いで、話をする。ただそれだけで顔が熱くなり、胸からは決して不快ではない痛みを感じる。だというのにサクラは―――

 

 「ふふっ、可愛い」

 

 「うぐ!?」

 

 オレの様子を知ってか知らずか、予想外の言葉を放り込んできた。オレが女顔である事を認めたくないのはサクラもよく知っている筈なのに。それを言うという事は、何かあるだと考えるべきなのに、オレはついカッとなって口を開いてしまう。

 

 「あのなぁ!オレは―――」

 

 「―――やっと、見てくれたね」

 

 少しばかり声を荒げながらサクラを見て……固まった。頬を紅く染めた彼女が、例えようもないくらいに綺麗だったから。

 

 「……わたしだって、ドキドキしてるんだよ?」

 

 サクラがはにかむように微笑む。それだけで心は彼女への想いで満たされていく。

 

 「サクラ……」

 

 「ん……」

 

 気づけば、自分から彼女へとキスしていた。それはほんのわずかな時間、唇が触れる程度ではあったが、今は充分だった。

 目の前にいる彼女が、堪らなく愛おしくて。抱いた想いは彼女と共に時を過ごすにつれてより強く、色濃くなっていって。

 

 ―――大好きな人と共にいられるのが、とても幸せだった。




 リアルで経験して無いのにデートの話とかできるかぁ!!

 ごめんなさい、もしかしたら次の話では二人のデートの続きを飛ばしてしまうかもしれません……独り身ってマジ辛い。
 二次作書いてる他の人達ってどうしてあんな甘々な話が書けるんでしょうか……?


 何はともあれ、皆さん良いお年を!!


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四十三話 最悪な出会い

 新年明けましておめでとうございます。今年も本作をよろしくお願いします。


 デートの続き……無理でした…………(涙)


 クロト サイド

 

 サクラとデートした翌日、オレとキリトは四十八層主街区”リンダース”にあるプレイヤーショップ―――リズベット武具店へと来ていた。この店はサクラとアスナがお世話になっているとの事で、彼女達の剣はここの店主渾身の物だという。

 何故オレ達がこの店に来たのかというと、キリトの二本目の剣を手に入れる為だ。彼の愛剣、エリュシデータは一月前から使用していてなお最前線でトップクラスの性能を誇るという魔剣だ。しかしそれが災いして、二刀流スキル使用時には左手の剣の性能が足らずに足を引っ張てしまい、非常に扱いにくくなっているのだ。その為エリュシデータと同等の性能の剣が必要なのだが……いかんせん魔剣クラスの剣を打ち上げるとなると、素材―――特に核となるインゴット―――もそれ相応のレア物でなくてはならないのだ。

 だが、それも最近になってようやく目星がついた。後はそれを入手して、剣を打ち上げてもらうのだが……

 

 「……本当にいいのかよ、キリト?」

 

 「紹介してくれたアスナ達にはちょっと悪いけど、まだハルをフィールドに出したくないんだ……」

 

 インゴットがあるのは当然ながら圏外で、今回の場合はマスタースミスがパーティー内にいないと入手できないのではないかと言う噂があった。一月前にラフコフにハルを殺されかけたキリトは、まだハルを圏外へ連れ出すのに強い抵抗があるのだ。

 かといって今までこの手の状況でハルを頼り続けてきたオレ達に他の鍛冶屋の伝手がある筈もなく、困っていたのだ。だがキリトは、昨日アスナに半ば強引にクエスト攻略に付き合わされた時に上手くこの店を紹介してもらったのだ……オレとサクラは昨日のデートの途中で、過疎層にいた物好きなプレイヤー達に正体がバレてしまってそれどころじゃなかったけど。もう彼女とのデートは迷宮区とかに一緒に潜るといった攻略デートくらいしかできそうにないとあの時悟った。

 

 「さ、手早く済まそうぜクロト」

 

 「へいへいっと」

 

 昨日の事を思い出していたオレの意識を呼び戻すと、キリトは店の扉を開けて中へと入った。オレも続けて入ると、きちんと整理されて並べられた武器と、NPCの店員が目に映った。

 

 「いらっしゃいませ」

 

 「えっと、店主を呼んでほしいんだ」

 

 挨拶をしてくるNPCに、キリトは迷うことなく用件を伝える……つーかキリトよ、少しは棚の武器にも興味を示そうぜ?何か掘り出し物とかあるかもしれないし。

 

 「言ったろ?手早く済まそうぜって」

 

 「さっさと帰ってハルに会いたいってだけだろ?」

 

 「まぁな。遅くなって心配かけたく無いし」

 

 仕方がないとは言え、キリトもハルも前よりもブラコンになっちまったなぁ……こりゃアスナも大変だな。

 

 「―――リズベット武具店へようこそ!!」

 

 NPCに店主を呼んでもらってから少しの間棚にある武器を眺めていると、店内に明るい声が響いた。ようやく店主が来たのだと思い、そちらに視線を向けたオレは……硬直した。

 歳は多分オレやサクラと変わらないくらいの女の子が、ウェイトレスみたいな恰好をしているのはまだいい。圏内で作業する職人プレイヤー達の腕を支えているのは各種のスキルであって恰好は関係ない。そのためどんな服装をしていても特に気にした事は無かった……ハルは気分の問題だって言って作業時にはツナギ(のような服)を着ていたけど。オレが驚いたのは、店主らしき少女の首から上だ。

 

 ―――だってその髪が、現実世界ではありえないピンク色だったのだから。

 

 染料系のアイテムを使えば髪の色を変えられるのは初期からあったが、最前線でそんな事をしている人はまず見なかった。オレが硬直したのは、この事を半ば忘れていたのもあるだろう。だが一番の理由は―――

 

 (……コイツ、リアルでコスプレとかいけんじゃねぇの……?)

 

 そのありえないピンク色の髪が似合っていて、違和感が全く無かったからだ。というかよく見ると目の色もいじってあるらしく、ゲームやアニメのキャラにありそうなダークブルーになっていた。しかもこっちも結構似合っている。

 

 「……あぁ、オーダーメイドを頼みたいんだけど」

 

 (え?お前なんとも思わねぇの……?)

 

 しかし相棒はそんな彼女の容姿に全く驚くことなく、しれっと用件を伝えた。アイツだってあんな恰好のプレイヤーに会ったのは初めての筈だっていうのに、何故あんなにスルーできてしまうのだろうか?

 

 「あの……最近金属の相場が上がっておりまして……かなりお値段が高くなってしまうのですが……」

 

 「いや、予算は気にしなくていい。あと金属だって五十五層のヤツを取りに行く所から頼みたいんだ」

 

 「そ、そう言われましても……」

 

 マイペースに話を進めるキリトと、少々困り顔の店主。ま、そりゃそうだよな……理由があるとはいえ、初対面のプレイヤーと一緒に圏外に行くなんてのは危険過ぎる。特に女性プレイヤーは命以外の意味でも。

 

 「えぇっと…………アスナ達に紹介されたって言えば信用してくれるか?」

 

 「……はああ!?いきなり何言ってんのよアンタ!」

 

 キリト……それは確かに事実だけどよ……今のお前が言ったって信用されないだろ。現に店主は素っ頓狂な声を上げているうえに口調が変わっている……いやこっちが素なのか。さっきまでのは営業用って感じだったし。

 

 「カァ!」

 

 「痛っ!?いきなり何するんだヤタ!?」

 

 「お前なぁ……ちゃんと証拠とか用意しとけよな……」

 

 我慢しきれなかったヤタが、オレがずっと被っていたフードから飛び出してキリトをつついて止めた。そしてオレは仕方なくフードからマフラーへと装備を変更して素顔を晒した。

 

 「あ……あ、あん……」

 

 効果てきめんといったところか、店主はオレの顔を見るなり大口を開け、目を見開いた。どーせ「アンタが遊撃手!?」みたいな事を叫ぶのだろうと思い、聴覚を守る為に耳を塞ごうとして―――

 

 「アンタかぁーー!アンタがサクラの男かああぁぁ!!」

 

 「ぐへぇ!?」

 

 ―――店主に両手で首を絞められ、宙づりにされた。

 

 「ここん所ず~~っと惚気話聞かされてたこっちの身にもならんかゴルァァァ!」

 

 しかも思いっきり揺さぶられるというオマケ付きで。現実世界の体は寝たままなのに、激しく揺れる視界にマジで酔いそうになる。というか、サクラの惚気話にうんざりしたからその彼氏であるオレに八つ当たりって……オレからすれば理不尽以外の何物でもない。

 

 「ちょ、落ち着け!」

 

 店主の態度の変貌ぶりに呆気に取られていたんだろう、キリトが漸く動いて店主を止めてくれた。……キリトの付き添いで来ただけなのにこんな理不尽な目に遭うって、今日は厄日かよ……

 

 「―――はぁ……はぁ……」

 

 「クロトがいるんだから、少しは信じてくれたか?」

 

 オレがロクな目に遭っていないというのに、キリトはまたしれっと話す。すると店主の少女は乱れた呼吸を整えながら、不承不承といった表情でうなずいた。

 

 「それじゃ、五十五層に―――」

 

 「―――その前に、アンタはどんな剣が欲しいのよ?具体的な目標値を示してもらわないと、本当に金属取りに行く必要があるのかどうかわんないじゃない」

 

 営業口調はどこへやら、店主はすっかり素の口調でキリトに突っかかった。だがキリトはその言葉を聞いて、ニヤリと口の片端を釣り上げた。

 

 「なら、この剣と同等以上の性能って事で」

 

 彼は鞘に収まったままのエリュシデータを背中から外して、店主に手渡す。鍛冶プレイヤー達は必然的に筋力値が高いので、マスタースミスともなれば普通の攻略組の武器を持つ事は可能だ。だがキリトの剣、エリュシデータはアホかと突っ込みたくなるくらいにSTR要求値が高く、普通の両手武器以上に重いのだ。

 

 「ちょ、重た!?」

 

 幸いにも店主は多少よろける程度で済んだようだが、それでも両手で持つのがやっとの状態だった。彼女の驚く表情を見て、キリトはやや誇らしげな顔をしていた。

 

 「エリュシデータ……こ、こんな魔剣クラスの武器なんて……初めて見たわよ」

 

 カウンターに剣を置き、ポップアップメニューからその圧倒的性能に度肝を抜かれていたようだった店主だが、ウィンドウのある一点を凝視して固まった。つーか、今度は何だよ。

 

 「作成者……ハル……?…………アイツかああぁぁぁ!!」

 

 本日二度目の叫びが、店内に響き渡った。確かに鍛冶屋の中じゃハルは結構な知名度を誇っているが、ここまで驚くような事だろうか?

 

 「大げさだな…………それで、納得してくれたか?」

 

 「い、いいじゃない……あたしの最高傑作ならどうよ!」

 

 アレ……?なーんか店主の後ろに炎が上がっているような気がする。

 キリトはキリトで、あえて店主の対抗心を煽っているようにも見える。店主がカウンターの後ろの壁に置いてあった片手剣をキリトに手渡し、彼は何度か素振りをすると、おもむろに口を開いた。

 

 「……少し軽いな?」

 

 「そりゃ、使ったのがスピード系の金属だったからだけど……下手なパワータイプの剣よりも頑丈よ」

 

 元々キリトは重い剣を好む。戦闘で重い攻撃を連続で叩き込むのが彼のスタイルなので、武器も重い物……所謂パワータイプの物になるのだ。五十五層のインゴットもパワータイプの物だと聞いているが、キリトは店主の剣で満足するのだろうか……?

 

 「頑丈って言うなら……試してもいいか?」

 

 「え?別にいいけど……どうやって?」

 

 「こうやって」

 

 キリトはエリュシデータの柄を左手で持つと、剣先をカウンターに置いて水平にした。そのまま右手に店主の剣を握って振り上げる。

 

 「ちょ!?そんな事したらアンタの剣折れるわよ!」

 

 「流石によせってキリト!!」

 

 「大丈夫。エリュシデータ(こいつ)は折れない、さ!」

 

 オレ達の制止を聞かずに、彼はバーチカルを発動。店主の剣がエリュシデータの腹にぶち当たり―――アッサリ折れた。

 

 「……だからよせって言ったじゃねぇか……」

 

 店主の剣が。店内の隅に落ちた刀身は、一拍置いてポリゴンへと変わり果てる。

 

 「ウギャアアァァァ!!」

 

 悲鳴を上げた店主の少女が、キリトから折れた剣を奪い取って状態を確認する。例え破損した武器であっても、スキルを鍛え上げてきた鍛冶プレイヤーなら修復できる場合もある……破損が酷かったり、修復する前に耐久値がゼロになったりしたら無理だけどな。

 

 「修復……不可能……」

 

 がっくりと項垂れる店主と、彼女の手の中でポリゴン片に変わる剣。刀身の大半を失った時点で分かってた事ではあるが、それを彼女に言うのは酷ってモンだろ……こりゃ弁償だな。

 

 「何すんのよアンタはぁ!折れちゃったじゃないのよー!!」

 

 「あ、いや……まさか当てた方が折れるなんて思ってなくって―――」

 

 「―――それフォローになってねえからな!?」

 

 むしろ火に油だ!とツッコミを入れる前に、ブチッと何かが切れる音が聞こえた気がした。

 

 「折れたのはあたしの剣がヤワっちかったからって事かああぁぁぁ!?」

 

 「そ、そんな事は…………ある、かな?」

 

 「オレに振るな!」

 

 怒り心頭の店主に近距離から怒鳴られたキリトは、何故かオレの方を見た。

 今まで一緒に色々な事をしてきたとはいえ、こんなとばっちりだけは御免だぞ!オレ何も悪い事してねぇのに何でこんな道連れにされなきゃなんねぇんだよ!?

 

 「―――ああもう、こーなったらやってやろうじゃない!後で思いっきりふんだくってやるから覚悟しときなさい!!」

 

 「どーぞ、三十万だろうが四十万だろうが好きなだけふんだくってくれ」

 

 「言ったわね!後でお金足りませんでしたとかだったら他の客に売りつけてやるんだから!!」

 

 キリト……お前が今そうやっていられんのもハルが金銭管理してるお陰だろ……アイツのお陰で無駄遣いせずにしっかり貯金できてんだし。

 毎日稼ぎの一割を金庫に入れる事と、金庫からお金を出す時はハルにしっかり目的を言う事。この二つがハルの定めたルールであり、オレもキリトと一緒に守っている。いや~、ちょっと気を付けるだけで貯金って案外たまるんだよなぁ。

 

 「そういえば、まだ名乗ってなかったな。俺はキリトで、こっちが相棒のクロトとその使い魔のヤタ。とりあえず剣ができるまでよろしくな」

 

 「リズベットよ。よろしくキリト」

 

 「……いきなり呼び捨てか。まぁいいけどさ……リズベット」

 

 「お前等なぁ、折れた剣の弁償が先―――」

 

 「―――その分も後で纏めてふんだくったるわ!もしこいつが払えなかったら、アンタが代わりに払いなさい!!」

 

 さっきと言ってる事違うぞ、なんてツッコミができる筈も無く、店主―――リズベットは早速メニューを開いていた。多分戦闘用の武装のと各種アイテムの確認だろう。オレ達は既に準備してあるので問題無いが。 

 はっきり言って、最悪なパーティーの組み方だった。道中だってこの調子で口喧嘩が絶えないと思うと、オレ一人で仲裁できそうな気がしない。

 

 (こんなんだったら、アイツにも同行頼めばよかったか……?)

 

 最前線のすぐ下の層でトレジャーハンターをしている知り合いが、脳裏に浮かんだ。お宝マニアな所があるものの、攻略組と遜色無い腕を持っているし、この場にいてくれたなら一緒にキリト達の仲裁をしてくれただろうし……

 

 「カァ……」

 

 「無い物ねだりしたってしゃあねぇよなぁ……」

 

 思わず零れそうなため息をのみ込んで、オレは店を出たキリト達の後に続いた。




 リズが何故かネタキャラっぽく……本当は健気ないい子なのに、作者が書いたらこうなっちゃいました。

 リズファンの方々、誠に申し訳ございません。


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四十四話 分断

 初投稿からおよそ一年と、気づけばかなり時間が経っていました。

 お気に入り登録が二百を超えたり、十名以上の方に評価してくださったりと、当時は全然予想していませんでした。本当にありがとうございます。


 クロト サイド

 

 「クソッ、フラグ立てるだけで日が暮れるとか聞いてねぇぞ……」

 

 「全くだ。俺とリズなんて何度も寝ちゃったからなぁ……」

 

 「使い魔ってこういう時便利ね」

 

 五十五層の氷山を上って、そこにある民家に住んでいるNPCの老人から話を聞く。クエストフラグはこれで立つのだが、今回は話がやたらと長かった。つーかほとんどがクエストと全く関係ない、聞き流してもいいんじゃないかって思える内容だった。

 そんな話を聞かされていると、だんだんと眠くなって仕舞には抗えなくなるのは誰にだって経験があるだろう。キリトとリズベット―――リズでいいと言われた―――もその例にもれず、途中で熟睡。オレも同じ道をたどりかけたのだが、その度にヤタが容赦なく頭を突いてきたので、寝る事無く話を聞き続けた…………っていうか二人も起こしてやれよ。

 

 「どうすんの?明日また出直す?」

 

 「日を改めたらフラグ立て直しになるクエストも結構あるから、このまま行こう。それにドラゴンは夜行性って言ってたし」

 

 「アインクラッドの構造上、山だってそんな高くなる事は無いだろ。この層だったらドラゴンだってそこまで強くは無いだろうし」

 

 キリトは索敵スキルの、オレはヤタの恩恵で暗視能力があるので、夜間や暗闇での戦闘も問題は無い。鍛冶職人であるリズはその辺大丈夫かは分からないが。

 今回彼女はただパーティーメンバーとして一緒にいてもらうだけであり、はっきり言って戦闘の頭数には入れていない。ハルがそうであるように、彼女だって今のレベルになる為に得てきた経験値のほとんどは武具を鍛えて得た物の筈だ。リズは自身をマスターメイサーだと言っていたので、実戦経験が乏しいわけではないだろうが、それでもオレ達に比べればとても頼り無い。

 とはいえ道中の戦闘は危なげ無くこなしていたので、センスはきっと良い方だろう。だが、ボスであるドラゴンと戦わせるつもりは無かった。

 

 「って言うか……ホントにアンタ等寒くないの?」

 

 「言ったろ、鍛え方が違うって」

 

 「いちいちムカつくなぁ」

 

 歩いていると、ふいにリズが声をかけてきた。気づけばちらほらと雪が降り始めており、昼間に比べて大分気温が下がってきたようだ。

 リズは道中でキリトから借りた毛皮のマントを羽織っているので寒さを感じていない。彼女の言葉は単純にこちらを気遣ってのものだろうが、キリトはどこ吹く風といった様子だ。

 

 「オレ達のコートは断熱性もしっかりしてっから、氷山とか火山でも平気なんだよ」

 

 「あ、そうなの。心配して損したわ……」

 

 「……ネタばらしするなよ、クロト」

 

 まぁ、一番の理由はキリトと意地の張り合いをしてたらいつの間にか耐えられるようになったからだけどな。そういう意味じゃ、キリトの言葉もあながち嘘ではない。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「ここが頂上か……」

 

 「……みたいだな。リズ、転移結晶を準備しとけよ」

 

 「言われなくても分かってるわよ!」

 

 山頂に林立する水晶に引き寄せられそうになったリズに緊急脱出の準備をさせながら、オレとキリトは各々の得物を抜いた。

 

 「カァ!」

 

 「いよいよお出ましだな」

 

 「俺達がいいって言うまでそこに隠れてろ!」

 

 ヤタが警告を飛ばしたのでそちらを見れば、丁度件のドラゴンがポップした。大型のボスモンスターともなればポップし始めてから動き出すまで若干の時間があるので、オレ達は上記のやり取りができた。

 

 「キリト、ブレスよろ」

 

 「任せろ」

 

 距離があったからか、早速ドラゴンはブレスの予備動作を起こした。同時にキリトが前に立ち、ゆらりと剣を構える。

 

 「うっそぉ!?」

 

 キリトが『スピニングシールド』でブレスを防ぐと、後ろからリズの声が聞こえた。だが今はそんな事にいちいち気を取られているほどオレ達の集中力は低くない。

 ブレスがやんで視界が晴れると、オレは『エイムシュート』を発動し、ドラゴンの鼻面に矢をぶちかます。

 

 「部位破壊も狙ってみるか?」

 

 「ああ。腕とかなら何かドロップするかもな」

 

 どの部位が破壊可能なのかといった情報を持っていないので手探りになるし、何より思いつきで言った事なので、キリトもそれほどこだわって狙うつもりはないようだ。こうしている間もオレは絶えず矢を射続けているが、あくまでも通常攻撃なのでそこまでダメージは稼げていない。

 

 「グオオォォォ!」

 

 だが一方的に攻撃されたせいか、ドラゴンのタゲはオレに向いたようだ。まっすぐこちらを見ているのを悟ったオレは、今まで鍛え上げてきたステータスと軽業(アクロバット)スキルの恩恵によって強化された身体能力を使い、水晶の上をヒョイヒョイと飛び移ってキリトから離れる。

 するとドラゴンはオレを己の鉤爪で引き裂くべく、一直線に飛んできた。その間もオレは挑発するように矢を射かけ続ける。

 

 「はああぁぁぁ!」

 

 「グオォッ!?」

 

 そしてオレを攻撃するために高度を下げたドラゴンの腹部に、キリトは『ヴォーパル・ストライク』を叩き込んだ。向こうからすれば完全に不意打ちであり、それゆえに大きくのけぞった。

 

 「……腕っつわなかったか?」

 

 「いや、腹で精製するって話だったから……掻っ捌けばドロップするかと」

 

 は、発想は間違ってねぇけどよ……そこまでリアルな設定にするか……?

 

 「オレも腹狙うか?」

 

 「次でダメだったら諦めるから、いいさ」

 

 体制を立て直したドラゴンは、今度はキリトにタゲが向いているようだ。再びブレスを放とうとしたので、『ストライクノヴァ』を左肩に当ててディレイさせる。その直後にキリトが飛びあがり、ドラゴンの腹に『サベージ・フルクラム』を容赦なく叩き込む。

 ふと気になってドラゴンのHPバーを見ると、イエローゾーンに入っていた。

 

 (こりゃ、足元に気を付けてりゃ大した事ないだろ)

 

 オレ達のレベルがやたらと高いのもあるが、それでもこのドラゴンはそこまで強くは無いと言える。あとは何か不測の事態に陥らなければ、ほどなく倒せるはずだ。

 キリトもオレ程ではないが、大型の敵に取り付いて攻撃する術を得ている。しかもオレと違って軽業(アクロバット)スキルの恩恵無しでやっている……相変わらずセンス良すぎだろ。

 

 「―――おおぉぉぉ!」

 

 「グギャアアァァァ!!」

 

 キリトと交互に強攻撃を繰り返していく内に、ついに彼の剣がドラゴンの左腕を斬り飛ばした。左腕はすぐさまポリゴン片になるが、別段何かがドロップした様子は無かった。

 HPバーは残り一割ほどなので、後二発か三発で倒せ―――

 

 「バカ!まだ出てくるな!!」

 

 「何っ!?」

 

 突然キリトが後ろを振り返りながら叫んだ。オレもつられてそちらを見ると、隠れていた筈のリズが出てきていたのだ。

 

 「もう終わりじゃない。さっさとカタつけちゃいなさいよ」

 

 「だからって不用意に出てくんな!何が起こるか分かんねぇんだぞ!!」

 

 道中しつこい位に「圏外では何が起こるか分からない」と言い聞かせておいたというのに……今のリズは完全に油断している。

 

 「カァ!」

 

 「っ!?突風くるぞ!!」

 

 そしてオレとキリトが目を離したスキに、ドラゴンは今まで使ってこなかった突風攻撃を行ってきた。それもリズに向かって。

 突風によって雪が飛ばされ、疑似的な雪崩となって広範囲に広がっていく。範囲内にいたオレはとっさに近くの水晶にしがみついたが、リズは冷静さを欠いているのかただ逃げ惑うだけだった。

 

 「リズ!!」

 

 「待てキリト!お前も―――ぐっ!?」

 

 唯一人攻撃範囲外にいたキリトは、雪崩に巻き込まれたリズへと迷うことなく跳んだ。突風攻撃は範囲こそ広く厄介だが、ダメージは微々たるものだ。彼だってそれを知っている筈であり、いくら何でも過剰な反応だと、オレは思った。

 ヤタは既にオレから飛び立って己の安全を確保しており、オレも目と口を閉じて雪崩が過ぎるのをまった。

 

 「……嘘だろ……?」

 

 そして雪崩が過ぎてから彼らが飛ばされた方を向いて、戦慄した。

 

 ―――底の見えない巨大な穴があり、キリトが躊躇う事無く飛び込んで行ったのだから。

 

 彼の行動からして、リズは穴に落ちたのだろう。そして穴の深さが分からない以上……最悪二人共死ぬ。

 

 「グオォォ!」

 

 「野郎……!」

 

 もう用は無いといわんばかりにドラゴンは何処かへ飛び立つのを見て、激しい怒りを覚えた。だが既にドラゴンは弓の射程外にいるので、攻撃することは不可能だった。

 

 「ッ!?キリト……!」

 

 そして、視界の端にあったキリト達のHPバーが減少を始めた。その進みはやたらと遅く、まるで何も出来ないオレをあざ笑っているようだった。

 

―――二人のHPバーがイエローゾーンに落ちる。減少は止まらない。

 

 (止まれ……!)

 

 ―――三分の一を残して、リズのHPバーの減少が止まる。だがキリトの方は止まらない。

 

 (やめろ……!!)

 

 レッドゾーンに入っても、キリトのHPバーは減少し続ける。あと二割…………一割…………

 

 ―――残り五パーセントの所で、減少が止まった。

 

 「…………ふぅ……」

 

 思わず、安堵のため息をついた。いつの間にか固い拳を作っていた両手を開閉させて、オレは穴の中の彼らにメッセージを送ろうと試みる。

 

 「……チッ……ヤタ!」

 

 「カァ」

 

 穴の中はダンジョンに設定されているらしく、メッセージは送れなかった。その為近くを飛び回っていたヤタを呼び寄せながら、筆記用のアイテムをオブジェクト化した。

 

 「こいつを頼む」

 

 「カア!」

 

 即席の手紙に書ける事は多くない。なので自力で脱出できるかどうかと、できないのなら一晩待っていてほしい、とだけ書いた。それをヤタに運んでもらっている間、オレはこれから何をすべきかを考えていた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 キリト サイド

 

 「生きてた……か」

 

 巨大な穴に落ちて、目を覚ました俺の第一声がそれだった。穴の深さはかなりのもので、半ば死を覚悟していたが……それ故に自身の悪運も捨てたものじゃないな、と苦笑が漏れた。

 

 「……う、ううん」

 

 うめき声がすぐ近くで聞こえたのでそちらを見ると、目を覚ましたリズとバッチリと目が合った、その時になって漸く俺は、彼女を抱きかかえた状態で穴に落ちたのだと思い出した。

 

 「無事か?」

 

 「…………うん」

 

 「なら良かった」

 

 その後しばらくの間、俺とリズは無言で抱き合ったままだった。死を間近に感じて、誰でもいいから他人の温もりを求めているのだろう。その為俺はリズが動き出すまではそのままでいた。

 

 「……一応、飲んどけよ」

 

 「あ、ありがと……」

 

 彼女が俺から離れてから、まずはHPを回復させる為にポーチのハイポーションを取り出す。相変わらずうまいとは言えない液体を飲み干すと、残り一割にも満たなかったHPバーが徐々に回復し始めた。

 何気なくそれを眺めていると、リズが口を開いた。

 

 「さっきは……ありがとう、助けてくれて」

 

 「それはここを脱出してからだな……」

 

 「え?転移結晶使えばいいじゃない」

 

 彼女はポケットから青い結晶を取り出すと、ボイスコマンドを唱える。だが結晶は何の反応も示さず、その事がこの穴が結晶無効化エリアであるのだと物語っていた。

 

 「それっぽい感じだったから結晶は使わなかったけど……俺の勘も捨てたもんじゃないな」

 

 「そんな事言ってる場合じゃ無いでしょ!上に残ってるクロトだってどうなったのか―――」

 

 「アイツのHPバーは減っちゃいないだろ?きっと何とかしてくれるさ」

 

 彼一人でもあのドラゴンを相手に戦えるのは、リズだって分かっている筈だ。それにアイツはちゃんと水晶にしがみついていたから、何処かへ飛ばされたなんて事も無い。きっと今頃何かしらの策を練っているだろう。

 

 「問題はどうやってアイツと連絡を―――」

 

 「―――カァ!カアァァ!」

 

 「……伝書鳩ならぬ伝書鴉ね……」

 

 使い魔ってみんなこうなの?と呆れながら言うリズに対して、俺は明確な答えを持っていなかった。

 使い魔は誰かに預けたり、ストレージにしまったりする事はできない。それに使い魔に搭載されているAIだって決して高度なものでは無く、幾つかの簡単な指示しか出せない。だというのにヤタはしょっちゅう勝手な行動をするし、ピナだって命じられた訳では無いのに身を挺してシリカを庇った。

 俺が知るビーストテイマーはこの二人だけだが、どちらの使い魔もアルゴリズムには無い動きをしていて……生き物らしいというか……本当に生きていると思えるのだ。それが二人だけなのか、全てのビーストテイマーに言えるのかは分からない。

 

 「ま、いいわ。それでなんて書いてあるのよ?」

 

 「……自力で出られないなら一晩待ってくれってさ。数日もすれば長いロープとか持ってきてくれるだろ」

 

 クロトの事だから、助けられなくてもこの連絡を欠かしはしないだろう。幸い野営用のアイテム一式は俺のストレージに入っているので、別段困る事も無い。

 

 「ん~、結晶が使えないなら別の方法がある筈だよなぁ……」

 

 ただ待つだけなのも暇なので、とりあえず自力で脱出できないかは試してみると書いてヤタに渡す。

 

 「頼んだ、ヤタ」

 

 「カァ!」

 

 ここまで来たご褒美として餌をあげると、ヤタは元気よく飛び立った。なんだかんだで現金なヤツである。

 

 「で、リズ。なんかいい案無い?」

 

 「あんたねぇ……助けが来るんならおとなしくしようって気はないの?」

 

 「早く脱出できた方がいいだろ」

 

 ぼんやりと上を見ながらそう言って、一つの方法を思いついた。思わず手をポン、と合わせると、リズにわかるように口を開く。

 

 「壁、登ってみるか」

 

 「……バカ?」

 

 心外な。ウォールランを使えば結構な高さの壁とか登れるんだぞ…………今回は助走距離が不安だが。

 

 「何はともあれ、試してみる、さ!」

 

 ギリギリまで下がってから、全力で走り出す。十メートル程度だった壁との距離はあっという間に無くなり、俺は躊躇う事無く跳躍した。そのまま垂直に壁を駆け上って―――

 

 (あ、やべ)

 

 ―――三分の二ぐらいまで登ったところで、俺は見事に足を滑らせた。そして再び穴の底へと落下。

 心中は悪戯が失敗した時のような、やっちゃった感があったが……

 

 「うわああぁぁぁ!!」

 

 体の方は条件反射で盛大な叫び声をあげてしまった。そして回復したばかりのHPの幾らかと引き換えに、底に積もった雪にマンガとかでしか見ないような人型の穴をあける。

 

 「アンタって……バカを通り越して大バカね……」

 

 「もうちょい助走距離があればイケたって……」

 

 落下の衝撃でグラグラする視界に顔を顰めながら、二本目のハイポーションを煽る。気づけば穴の中もほぼ暗闇になっているので、脱出について考えるのは明日にしようと決めた。

 

 (ハル……)

 

 ランプの明かりを頼りにいそいそと野営の準備をしながら、俺はこの世界の我が家で待っているだろう弟の事を考えていた。




 明後日から仕事……正月休みを味わうと、ついつい引きこもりたくなります……


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四十五話 剣に託すは……

 今回でリズ編終了!

 書きたい事を書いてたら八千字越えになっていました……


 キリト サイド

 

 ランプの上に鍋を置き、その中に水、干し肉、香草等を入れて蓋をしてダブルクリック。しばし待つとタイマーがゼロになり、即席のスープが完成した。まあ、料理スキルなんて無いからあまり旨くなかったが。

 

 「……いっつもこんなの持ち歩いてるの?」

 

 「おう。ダンジョンで夜明かしとか日常茶飯事だし」

 

 簡単な食事の後、寝袋を出すとリズは呆れたように聞いてきた。攻略に手間取って野営するのは、最前線では珍しい事ではない。最近は日帰りできるように気を付けていたので、この野営道具を使うのはそれなりに久しぶりではあるが。

 

 「結構高級品なんだぜ、コレ。寝心地いいし、対アクティブmob用に隠蔽(ハイディング)機能付きだし」

 

 「それを二つも持ち歩いてんの?」

 

 「ストレージには余裕があるんでね。予備を持ってても平気なんだよ」

 

 こうやって誰かに貸すのも初めてじゃないし、と付け加えれば、リズは面白そうな顔をしていた。

 

 「ねぇキリト……その、聞かせてくれない?最前線とかの話」

 

 「いいけど……期待するなよ?」

 

 俺からすれば別段面白い話はほとんど浮かんでこないが、職人クラスである彼女にとっては初めて聞く事なのかもしれない。

 とりあえず二人そろって寝袋に入り、俺はこの城で今まで経験してきた事をリズに話して聞かせた。

 

 ―――やたらと堅いボスを、交代で仮眠を取りながら二日かけて倒した事、ボスドロップのレアアイテムを分配するためにレイド全員でダイスロール大会をした事、人前でサクラがクロトへ大胆なアプローチをした事……

 

 気づけば自分でも驚くくらいに饒舌に語っており、リズもそれをとても楽しそうに聞いてくれた。昼間はやたらと突っかかってきて面倒なヤツだと思っていたが、今はこの場に彼女がいてくれてよかったと思えた。

 

 「―――聞いても、いいかな?」

 

 「ん?何を?」

 

 ひとしきり談笑をして、他にも何か話題は無いかと考え出した時、リズは躊躇いがちに口を開いた。

 

 「どうしてあの時、あたしを助けたの……?」

 

 「上から見たら、リズの後ろに大穴があったからつい、な」

 

 「そうじゃなくて!最悪……し、死ぬかも…………ううん、死ぬ可能性の方が高かったのに……どうして助けようとしたの……?」

 

 漸く、リズが言いたい事が分かった。思い返せば、確かに俺の行動は普通じゃ無かった。今日会った人の為に、何故自分の命を顧みずに助けようとしたのか。

 

 「…………もう、嫌なんだ……!」

 

 ―――理由なんて分かり切っている。

 

 「目の前で誰かが死ぬのが……何もしないで見ているだけなのが、嫌なんだ……!」

 

 ―――コペル……ディアベル……サチやケイタ達……ボス戦で命を落とした、名も知らぬ攻略組……そして、ハル

 

 「少しでも助かる見込みが……助けられる可能性があるなら……手を伸ばさずには、いられないんだ……!」

 

 リズから目を逸らし、握った拳を雪に打ち付ける。それでも助けられなかった人達が、脳裏に浮かんでは消えていく。自分がいかに無力であるのかを痛感し、悔しかった。

 誰かの死を見る度に……サチ達を、家族を失った瞬間を思い出し、悲しみと虚しさで胸が詰まる。その度に消え去りたい、死んで楽になってしまいたいと思ってしまうのだ。

 でも俺が死ぬ事は許されなくて―――

 

 「アンタ、本当にバカね。でも……ありがと」

 

 「リズ……?」

 

 ―――彼女が、両手で俺の手を包んだ。

 

 「今こうして……あたしが生きてるの、キリトのお陰だよ」

 

 「……ぁ……」

 

 拳から、力が抜けた。こんな事を言われたのは、クロト達を除けば初めてだった。

 

 「……温かい」

 

 「そう、だな……」

 

 気づけば俺の手は彼女の右手と絡まっていた。そこから伝わる温もりが、俺の心を温めてくれた。

 

 (やっと俺は……守れたんだな……)

 

 そう思うと、体中から急激に力が抜けていく。全身を倦怠感と眠気が襲い、たちまち瞼が降りてくる。知らず知らず張り詰めていた緊張の糸が緩み、抵抗する間もなく―――俺の意識は眠りに落ちた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 リズベット サイド

 

 目が覚めると、隣にキリトはいなかった。寝ぼけ眼をこすりながら寝袋から出ると、穴の中央付近の雪を掘り返しているキリトの背中が見えた。

 

 「……朝っぱらから何してんの?」

 

 「ん?あぁ、コレ」

 

 彼を見た途端、あたしは昨日の事を思い出してしまった。いつものあたしなら絶対にしない事をやらかしてしまった自覚があり、沸き上がって来た羞恥心を隠すために少々ぶっきらぼうな声を黒衣の少年にかけてしまう。

 だが向こうはさして気にした様子は無く、光る何かを無造作に放って来た。

 

 「ちょ……!」

 

 何とか両手でキャッチし、くすんだ銀色の輝きを放つソレをまじまじと見る。触った感じからしてインゴットであるのはすぐわかったけど、今まで見た事の無い色だった。ほとんど無意識に鑑定スキルを使用し、詳細を確認した。

 

 「……クリスタライト・インゴット?…………ってコレ探してた金属じゃない!」

 

 入手できるインゴットの名前までは聞いていなかったので確かめようが無いけど、あたしには確信があった。だって情報屋のリストに無いアイテム名だったから。

 

 「怪我の功名……いや、一晩待ったから……果報は寝て待てって所か?」

 

 「どっちだっていいわよ。でも何でこんなトコにコレがあんのよ?」

 

 つい口にした素朴な疑問に、キリトは少しの間頭をひねっていたけど、苦笑いと共に口を開いた。

 

 「水晶を齧り、腹で精製する…………ああ、なるほどな。茅場も趣味が悪い」

 

 「つまり?」

 

 「この穴はドラゴンの巣で、そのインゴットは……排泄物、つまりウン―――」

 

 「ぎええぇぇ!?」

 

 悲鳴と共にインゴットを全力投球。それを片手で受け止めたキリトは、何事も無かったかのような表情でストレージへとしまった。

 

 「……この世界じゃ手は汚れないぞ?」

 

 「うっさい!」

 

 何となくキリトの態度が気に入らなかったので、せめてもの嫌がらせに彼のコートの裾で両手をごしごしと擦る。

 だがその時になって、あたしはある事に気づいた。

 

 「ここがドラゴンの巣だったとして……今、朝よね?」

 

 「ああ」

 

 「ドラゴンって、夜行性って話じゃなかった?」

 

 「………………あ」

 

 引き攣った表情で顔を見合わせ、そろって上を見上げると―――

 

 「グオォォ!」

 

 ―――ドラゴンの雄たけびが、穴全体に響いた。

 

 「あちゃー、言ったそばから―――」

 

 「―――きたああぁぁぁ!?」

 

 朝日でまぶしい上空に、小さな黒い点が見えた。それは瞬く間に大きくなり、ドラゴンがここに降りてきているのを如実に物語っていた。

 あたしはパニックを起こし、メイスを抜く事すら忘れてしまった。

 

 「落ち着けよリズ」

 

 「アンタこそ何悠長にしてんのよ!逃げ場が無いのよ!?」

 

 「ほい、どうどう」

 

 「きゃあ!?」

 

 キリトは剣こそ抜いていたけど、とても戦おうという顔ではなかった。しかもあろう事か左腕であたしを抱きかかえて、穴の壁をぐるぐると走り始めた。

 

 「おとなしくしてろよ!」

 

 もう何が何だか分からくなり、暴れたり声を出したりする事もできなかった。

 

 「ちょっと真似させてもらうぞ、相棒!」

 

 そんな声と共に、キリトは壁から跳躍。どうやらさっきまで走っていたのはドラゴンの目から逃れるためだったようで、彼は迷う事無くその背に自分の剣を突き立てた。

 

 「グギャアアァァァ!?」

 

 途端にドラゴンは急上昇。凄まじい風圧が背中にかかり、穴の底がドンドン小さくなっていった。

 

 「見えたぞ!」

 

 その直後に、あたし達は穴―――ドラゴンの巣から抜け出していた。その後も少しの間上昇を続けていたけど、ふいにキリトが剣を抜いたらしく、浮遊感と共に体が落下を始めた。

 

 「うわあ……!」

 

 視界いっぱいに映ったのは、五十五層の氷雪地帯だった。円錐形の山や、民家が建ち並ぶ村。あらゆるものが朝日を浴びて輝いており、それは紛う事の無い絶景だった。

 

 「リズ!」

 

 風切り音に負けないように声を張り上げながら手を差し伸べてきたキリトは、優しげに微笑んでいた。それにつられてあたしも微笑み返し、その手を握る。

 その時胸の奥から沸き上がる想いが喉にまで出かかったけど、グッと飲み込んでキリトに首に抱き着いた。彼に悟られないように、ひときわ大きな声で笑いながら。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「それで、片手用直剣でいいんだっけ?」

 

 「あぁ、頼む」

 

 雪山から店に戻ったあたし達は、早速剣を鍛える事にした。ドラゴンからの落下はシステムによって保護されていたのかダメージは一切無かったし、落下したのも昨日長話を聞かされたNPCの家の近くだった。

 徒歩で帰る途中でキリトはクロトにメッセージを送り、無事脱出できた事と、店で落ち合う事を伝えた。多分そこまで時間をかけずにやってくると思う。

 

 「よいしょっと」

 

 炉で熱したインゴットを金床へと移して、ハンマーを握る。メニューを操作してからキリトの顔を見ると、微笑む彼と目が合った。

 

 「っ!」

 

 それだけで、あたしはキリトに抱いた想いを改めて自覚する。火照った顔を気付かれない様に金床へと向き直り、ハンマーを振るい始めた。

 インゴットを叩き続けている間、あたしはずっとキリトの事を考えていた。最初はただムカつくだけの変な奴だと思ったけど、あたしが危険に晒された時は命懸けで助けてくれた。

 夕べ聞かせてくれた話はどれも面白くて、久しぶりに心の底から楽しいって思えた。でも……でも、それだけじゃない。

 あたしを助けてくれた理由を聞いた時に見せた、思い詰めた表情。それは自分の事を責め立て続けているようで、とても痛々しかった。あたしにはまだ、キリトがどれだけ苦しんでいるのかは解らない。今まで何を見て、どんな事を感じたのか…………何が彼を傷つけてきたのかを、知らない。

 だけどあたしはそんなキリトが助けてくれたからこそ、生きているんだ。それを伝えたくて、思わず彼の手を握ったけど……それは同時に、あたしが人の温もりに飢えていた事を教えてくれた。

 今までのあたしは、人恋しさが恋心にすり替わるのを恐れていた。だから特定の男性プレイヤーと一定以上距離を詰めないように線を引いていた。だってそれは本当の恋じゃ無いから。

 

 (あたしもキリトも、ただのデータだけど……それでも心は、本物なんだ!)

 

 心は本物だからこそ、彼の手を握ってその温もりを感じて、あたしは自分の想いを認めた。もっとキリトと一緒にいたい、彼の笑顔が見たい、と。その想いは急速に大きくなっていき、ドラゴンの巣から飛び出した時は思わず叫びたくなる程だった。

 

 ―――キリトが好き、と

 

 でも、言えなかった。言う訳には、いかなかった。だって彼は……親友の、アスナの想い人だから。本当はクロトと一緒にいた時に、気づいていたのだ。アスナが恋してるのがこの人なんだって。

 なのに……なのにあたしは、恋してしまった。横恋慕だって、叶えちゃダメな想いなんだって分かっていたのに。ずっと前から彼を想っていたアスナを応援してきた筈なのに、ここであたしがキリトに告白なんてしてしまったら……彼女を裏切る事になる。それは絶対に嫌だった。

 

 ―――金床のインゴットが、ぼやけてくる。だけども腕は寸分の狂い無くハンマーを打ち付け続けてくれる。

 

 想いを告げる事はできないけれど、完全に捨てる事もできない。だからこそあたしは、この剣に全てを託すと決めた。

 

 ―――あたしの代わりにキリトを守り、支え、その心の暗闇を払う助けとなる事を。

 

 そう願って打ち続けたインゴットが、まばゆい光を放ちながら姿を変える。

 片手用直剣にしては薄くて細く、やや華奢な刀身。僅かに透き通っているように見える、神々しいほど白い刃と銀青色の柄。決して華美ではないが、細工師による装飾など不要と思えるくらいに美しい剣だった。

 

 「名前は……ダークリパルサー」

 

 暗闇を払うもの。それが、あたしが想いを託した剣の名前。願いを聞き届けてくれたかのような名前に期待と不安を半分ずつ抱きながら詳細を確認する。

 

 「どうだ?」

 

 「……間違いなく最高傑作だけど、依頼内容としてはギリギリってトコね」

 

 性能はエリュシデータとほぼ同等だけど、耐久値がやや劣っていた。少し落胆するあたしだったけど―――

 

 「これって……!」

 

 追加効果の蘭を見て、目を見張った。武器の場合は空欄である事も多いそこには何かが書いてあった。

 

 { 装備時にソードスキル与ダメージ プラス十パーセント }

 

 見つけた。今のキリトの愛剣、エリュシデータに勝っている点が。それが分かっただけで、十分報われた気がした。

 

 「すごいな……試していい?」

 

 「ええ」

 

 躊躇う事無くキリトにそれを伝えると、彼は顔を輝かせてダークリパルサーを握った。その姿はまるで新しい玩具を貰った子供のようで、見ていてとても微笑ましかった。

 

 「ふっ!」

 

 『バーチカル』や『ホリゾンタル』といった単発技や、普通の斬撃。それを幾度となく繰り返すと、キリトは満足そうに頷いた。

 

 「重くていい剣だ。それに……すごく手に馴染む」

 

 「ほ、本当に!?やった!!」

 

 嬉しい。素直にそう感じた。アスナのランベントライトや、サクラのソードフリーダムを打ち上げた時以上の充足感で心が満たされる。久しぶりに、鍛冶屋をやっていてよかったと思えた瞬間だった。

 

 「……本当に、よかった……」

 

 嬉しくて涙があふれそうになったけど、浮かれているキリトに気づかれる事は無かった。

 

 「リズなら、いいかな」

 

 「え?」

 

 「色々あったからな。代金とは別に、ちょっとお礼がしたいんだ」

 

 他言無用だぜ、と悪戯っぽく言うと、キリトは右手にエリュシデータ、左手にダークリパルサーを持った。呆気に取られいるあたしをよそに、キリトは何もない空間に向けて身構えて―――

 

 「しっ!」

 

 ―――両手の剣がライトエフェクトを纏い、見た事も無いソードスキルの軌道を刻んだ。それは暴風のように激しくも、舞のように美しかった。

 合計で何連撃になるのかはよく分からないけど、少なくとも十は下らないと思う。

 

 「ふぅ……あ、こっちの鞘見繕ってくれないか?」

 

 「え、ええ。ちょっと待ってて」

 

 さほど時間をかける事無く、エリュシデータの物と同じ色合いの黒革仕上げの鞘をキリトに渡す。ついでにさっきのソードスキルについて聞いてみたけど、そこまではっきりとは教えてくれなかった。でも、よっぽど隠しておきたい事を一部とはいえ教えてくれたのが、純粋に嬉しかった。

 

 「これで依頼は完了だな。代金は幾らだ?」

 

 「え、えっとね……それは―――」

 

 「―――リズ!」

 

 「―――兄さん!」

 

 頭からすっかり抜け落ちていた、剣の代金。慌ててそれを考えようとした瞬間、工房のドアが勢いよく開かれた。ほぼタックルするような勢いで入って来た二人は、あたしとキリトにそれぞれ抱き着いた。

 

 「あ、アスナ!?」

 

 見慣れた騎士服と、長い栗色の髪。それだけで誰なのかが分かったけど、それ故に驚いた。普通なら今日はギルドの活動日の筈であり、彼女がここに来るのはもっと遅い時間だと思っていたから。

 

 「クロト君から連絡もらって、居ても立っても居られなかったんだよ?」

 

 「あ、あはは……ゴメンってば」

 

 怒ったように睨まれ、あたしは謝る。だけどアスナの目からは涙が溢れそうになっていて、本気で自分を心配してくれていたんだと実感した。

 

 「お、おいアスナ!リズ!速くこっち来い、ハルが爆発すっぞ!!」

 

 ―――ビクッ!

 

 工房の入り口でクロトが叫ぶと、そんな音が聞こえるくらいにアスナの肩が跳ね上がった。顔もなんだか急に青白くなってるし、一体何があったのだろうか?視線をキリトの方に向けると、彼にくっついている小さな背中が、何かの前兆のようにワナワナと震えていた。

 

 「兄さんバカアアアァァァァ!!!!」

 

 「ヒッ!」

 

 決して親しい訳では無かったけど、温和な性格だと思っていた普段のハルからは想像もできない程の音量で彼はキリトへ怒鳴った。っていうか工房が割れるかと思った。

 

 「バカバカバカ!!!」

 

 「……ごめんな、寂しい思いなんかさせて」

 

 「バカ……バカァ…………」

 

 でもそれはすぐに涙交じりの声となり、キリトの胸を叩く手は本当に弱弱しいものだった。キリトはそんなハルを慰めるように、優しい表情で抱きしめた。

 

 「……わりぃキリト。オレじゃどうしようも無かった……」

 

 「いや、俺の自業自得さ」

 

 泣き続けるハルの頭を撫でながら、キリトは自嘲気味に笑った。ここにきて漸くあたしは状況が飲み込めた。

 

 「ハルってアンタの弟だったのね」

 

 「あぁ、リズはハルと面識あったのか?」

 

 「それなりにね。同業者だし、情報交換したりライバル心燃やしたりしてんのよ」

 

 こんなに小さくも懸命に生きているハルを見て、年上の自分が負けてたまるか!って鼓舞した事も一度や二度ではなかった。

 

 (ダークリパルサー(あたしの想い)エリュシデータ(アイツの想い)に勝てなかったのは……ちょっと複雑ね……)

 

 ハルの事を素直に認める自分がいるのと同時に、キリトに大切にされているのに嫉妬している自分がいた。きっとアスナはこれをずっと前から感じていて、それを堪えながらキリトとの距離を縮めようと頑張ってきたのだ。そこにあたしが入り込む余地は……無い。

 

 「あ!そう言えば仕入れの話があったの!悪いけど後よろしく!!」

 

 「り、リズ!?」

 

 アスナの手をするりと避けて、入り口の傍にいたクロトの横を駆け抜けた。そのまま店を出てわき目も降らずに走り続けて、人のいない場所を求めた。

 

 (バカだなぁ……あたしってば)

 

 自嘲しても、胸の痛みは消えてくれない。

 そしてやっと見つけた、誰もいない橋の下で、あたしは泣いた。今まで耐えてきた涙がとめどなく溢れ、必死に食いしばった歯の隙間から嗚咽が漏れる。

 

 分かっていた筈なのに。アスナ達を見たらこうなるって事を、覚悟していた筈なのに。あの場にいたら、とても堪える事はできなかった。

 叶わないから、せめて剣に託したのに……こんなんじゃ意味が無いではないか。

 

 「何でなのよぉ……!」

 

 何故割り切れないのだろうか。いったい何時になったら、この想いは消えてくれるのだろうか?

 全てを涙と共に洗い流そうとして、その度に記憶に焼き付いたキリトの事が脳裏によぎり、忘れられなくて。ずっとずっと泣き続けて―――

 

 「リズベット」

 

 昨日今日と聞きなれたキリトの声が、聞こえた。彼がここに来る筈が無いという気持ちと、探してくれたという気持ちが混じり合ったまま振り返る。

 

 「キリト……」

 

 「ごめん、リズ」

 

 申し訳なさそうな笑みを浮かべたキリトが、そこにいた。それだけで言いたい事、言わなくてはならない事が浮かび上がってきたけど、それより先に彼が口を開いた。

 

 「俺……前にハルを死なせかけて……最初はリズの事、ハルの代わりとしか思ってなかったんだ。そんな最低な理由で、パーティー組んだ。……本当にごめん」

 

 怒りも、失望も湧いてこなかった。むしろ、彼の抱えている闇を知れて喜んでいる自分がいる。

 

 「本当は、誰ともパーティー組みたくないんだ……誰かが死ぬ瞬間を……見たくないから。守れる力が、俺には無いから……!」

 

 「キリト……」

 

 俯いた彼の表情は見えないけど、肩の震えから、握りしめた拳から、自責の念に囚われている事は明白だった。そしてあたしは、そんな彼に何と言葉をかければいいのか分からなかった。

 

 「でも、二人共生きていた事が……夜に俺の手を取ってくれた事が、嬉しかった。リズの手が温かくて、ちゃんと守れたんだって分かって……リズとパーティー組んで良かったって思えた。だから―――」

 

 キリトが顔を上げた。まだぎこちない、陰りのあるものだったけど、それでも彼は本心から笑ってた。少なくともあたしには……そう見えた。

 

 「―――ありがとう、リズ」

 

 その言葉だけで、さっきまでの痛みが嘘みたいに引いていく。今度は別の意味で涙が流れ出すけど、構わなかった。

 

 「あたしもね、やっと……やっと見つけたの。この世界での本物を。全部、キリトのお陰よ」

 

 あの時握った手の温かさと、今なお彼に抱いているこの想い。彼と出会わなければ、決して得られなかったこの二つがある限り、きっとあたしは頑張れる。

 

 「あたしはもう、大丈夫……大丈夫だから……」

 

 「リズ……」

 

 これ以上向き合っていたら、キリトに泣きついてしまいそうだった。それを堪える為に背を向けて、空を見上げる。

 

 「キリトがこの世界を終わらせて…………それが、剣の代金よ。あたしの想いは、ダークリパルサー(その剣)に託したから……」

 

 「……ああ、約束する。必ず……必ずクリアしてみせる」

 

 背中越しに聞こえた、キリトの確固たる意志の籠った声。今のあたしにできるのは、そんな彼の背中を押す事だ。

 

 「これからも、リズベット武具店をよろしく!」

 

 やっと止まった涙の残りを拭って振り返り、最上級の笑顔をキリトに見せる事ができた。




 サクラの剣は、ドラッグオンドラグーンの解放の剣をイメージしてください。

 ゲーム内だと結構クセのある剣だったのですが、見た目がかっこよかったので、出してみたかったんです。


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四十六話 ガタが来た剣士

 今回はちょっとしたオリジナルの話です。


 キリト サイド

 

 二〇二四年 十月上旬 第七十三層ボス部屋

 

 「―――最後の一段だ!各員、気を引き締めろ!!」

 

 レイド全員へ伝わるように、リンドが声を張り上げた。それに応えるように皆が鬨の声を上げ、互いに鼓舞しあう。

 

 「っくはぁ……」

 

 「相変わらず大変だな」

 

 「まぁ……な」

 

 四段あるHPバーの三段目を削り切った俺は、回復の為に後退し相棒の様子を確認していた。さっきまで前衛だった俺自身疲労があるのは否めないが、クロトはそれ以上に疲れているようだった。

 

 「普通に前に出てるってのに、下がったら弓でバックアップさせるって……お前本当にこき使われてないか?」

 

 「……早く終わるに越した事はねぇだろ」

 

 「お前って奴は……そういう事にしといてやるよ」

 

 大方、サクラの為だろう。彼女もアスナと共に、前衛として戦いながらも指揮をしているのだから。

 

 「リンドも少し休めっつってたし、今はボスの観察といこうぜ」

 

 「だな。上手くいけば、またLAがゲットできそうだし」

 

 ハイポーションを煽り、座り込んで休憩しながらもボスから目を離さない。レイドメンバーが戦っている間に、変化したボスの攻撃パターンを頭に叩き込む。

 今回のボスは、端的に言えば巨大な操り人形だ。天井の何処からか垂れている糸がボスの至る所に繋がっているが、それとは別に体中に鎖が巻き付けられている。

 この鎖が中々に厄介で、防御力がやたらと高いのだ。その為攻撃時は鎖に当たらないように使用するソードスキルには気を付けなければならないし、ボスの攻撃力も高いので引き際を誤ってはならない。だが鎖が無い所は大した防御力がが無いうえ、ボスの動きも緩慢…………というより鎖がボスの動きを阻害しているのだ。

 しかもこのボスは上半身しかない。つまり固定砲台と化しており、離れれば安全なのだ。だが倒すには当然近づかなければならないし、腕を使った薙ぎ払いや叩き付けはやたらと範囲が広くて非常に面倒なのだ。特に、俺達みたいな紙装甲なダメージディーラーは泣きを見る事が多い。

 

 「放電来るぞ!総員後退!!」

 

 そして、最も厄介なのが、この放電攻撃だ。予備動作から実行まで間があるためとても避けやすいが、その分攻撃力が高い。食らえば必ず麻痺するし、範囲だってボスを中心にかなり広い円状に設定されている。偵察戦で不運にも範囲ギリギリで放電を食らったタンクのHPがゴッソリと削られたのを見た時は、ゾッとしたものだ。

 

 「……レッドゾーンになったら放電連発すんのか?」

 

 「流石にそれは笑えないな……」

 

 正直そんなものは勘弁してもらいたい。俺達はどうしようもないし、アタッカーがクロトのみになってしまう。ボス戦開始時から遠近両方で攻撃をしている彼にこれ以上負担をかけたく無いし、そうなってしまった時の自分がとても情けなく思えてしまう。

 

 「少しずつ放電の頻度が上がっています!気を付けてください!」

 

 サクラの声に、皆が気を引き締めるのが分かった。今回のリーダーはDDAのリンドであるため、彼女とアスナはその補佐といった所だ。普段は方針の違いから意見の対立も少なくはないが、こういう時は上手く連携してくれているのはありがたい。

 

 (放電の間隔が今のペースで短くなっていくなら、レッドゾーン辺りでもう手がつけられなくなるぞ……)

 

 もしそうなるなら、DPSをもっと上げなければ。そう思った俺は、二刀流を解禁する事を視野に入れる。本当は人前で使いたくはないが、背は腹に変えられない。今なおゆっくりと回復していくHPバーを横目に、クイックチェンジでダークリパルサーが左手に装備可能になっているのかを確かめる。

 

 (……使ったら、クロトにどやされるだろうな)

 

 射撃スキルを明かしてから、彼は情報屋をはじめとした多くのプレイヤーに連日追い掛け回される羽目になった。アスナ達の働きかけでクロトが人殺しだと知っているのは攻略組のみに抑えられたが、同時に攻略組ならば誰でも知っている事になる。

 あの時の事はトラウマの一種としてクロトに根付いており、彼を非難する者は見せしめとしてデュエルで叩き潰した。相手の攻撃を悉くパリィし、カウンターを決めて追い詰めて、最後に武器を砕いてやった。元々ビーターとして恨みや妬みの対象になりやすかった俺達だが、クロトは射撃スキルの所為で俺以上に狙われやすくなったのだ。

 その事を自覚してるからこそ、俺に二刀流を使うなと口を酸っぱくして言っているのだろう。確かに俺だってあんな風にしつこく追い掛け回されるのは御免だし、もしもクラインやアスナ達と確執ができてしまったら……と不安になったのも一度や二度ではない。

 

 「―――半分を切ったわ!パターン変化に注意!」

 

 少々、他の事に気を取られ過ぎたようだ。気づけばHPは全快しており、隣にいる相棒もまた立ち上がっていた。そろそろ交代しなくてはと立ち上がって―――

 

 (何だ……?)

 

 ―――ボスの目が、アスナ達のパーティーに向いているのに気が付いた。時間にすれば僅かなものだったが、タゲが向いていない筈の彼女達をボスが見ていたのが不自然だった。

 いや、アスナ達だけじゃない。ボスの目が、レイドのあちこちに、不規則に動いていた。それが分かった瞬間、俺は嫌な予感がした。

 

 「クロト……来てくれ」

 

 人というのは、攻撃する時はその場所を見ている事が多い。SAOではそれが顕著に反映されており、敵は必ず攻撃する場所を見ている。

 つまり、対人、対mob問わず相手の視線を辿れれば非常に有利になるのだ。俺が今でも時々クロトとデュエルしていても拮抗している事が多いのは、互いに相手の視線を辿って攻撃される個所を予測しているからだ。

 そして先程、ボスがアスナ達を見た。これはボスが彼女達を狙って何らかの攻撃をしようとしている証拠に他ならない。だから俺は、この場で最も信頼している相棒に声をかけた。

 

 「りょーかいっと」

 

 少しだけ視線を向ければ、彼は軽い返事とは裏腹に真剣な目でボスを見ていた。説明しなくても、俺を信じて共に戦ってくれる。その事に感謝しながらも、俺は走り出した。

 

 「ぬうぅぅん!!」

 

 KOBの制服を着た、もじゃもじゃ髭の大男―――確かゴドフリーだったか―――の両手斧が、派手なサウンドエフェクトと共に重い一撃をボスに叩き込んだ。それに続くように彼のパーティーメンバーが重攻撃ソードスキルを入れ代わり立ち代わりに繰り出し、猛ラッシュを仕掛けていた。しかも珍しい事にほとんどがクリティカルだったようで、ジリジリと減っていたボスのHPバーがついにレッドゾーンへと突入した。

 

 ―――駄目だ!

 

 だが、根拠のない予感など言っても信じてくれるヤツなんて限られているし、レイド全体を混乱させてしまうだけだ。だからこそ俺は、全力で駆ける。何があってもすぐに対応できるように。せめて、彼女だけでも守れるように―――!

 

 「カ……カカ」

 

 「気を付けろ、様子がおかしいぞ!」

 

 突然、ボスの動きが止まった。攻撃を食らった姿勢のまま全身を震わせ、機械仕掛けの口からは内部の部品が擦れるような耳障りな音が聞こえる。

 

 「ど、どうなってんだ……?」

 

 「おい、なんかヤバくないか……?」

 

 はっきり言って、不気味だった。そして、変化が訪れた。壊れたようにぐるぐると回っていた目がレイド全体を捉え、ボスは両腕を大きく左右に広げたのだ。その刹那、ボスの胴から四方八方に何かが放たれた。

 

 (間に合え!)

 

 当然というか、予想通りと言うべきか。その何かはアスナとサクラにも放たれていた。彼女達は完全に虚を突かれたようで、対応が遅れていた。

 

 「はあぁぁ!」

 

 彼女達の前に立ち塞がり、『スネーク・バイト』の二連撃で飛んできた何かを打ち払う。右手にかなりの衝撃が走り、危うくエリュシデータを落としかけたもののこちらに被害は無い。ちらりと後ろに目を向けると、二人共無事である事が分かり安堵した。その瞬間、全身が鉛の様に重くなり急激な脱力感に見舞われた。

 

 (こん、な……時に―――!)

 

 リズにダークリパルサーを打ち上げてもらった頃から、俺はこの虚脱状態に陥る事が度々あった。この事は誰にも教えていない。今以上にクロト達に負担をかけたくないから。幸い虚脱状態が続くのはほんの僅かな間で、少し経てば大丈夫だった。加えてペースは不規則で、一週間も起こらない場合もあれば一日に何度も起こる場合もある。だが、今回の様にボス戦のさなかに起こったのはこれが初めてだった。

 

 「キリト!」

 

 「しま―――!」

 

 ほんの一瞬、対応が遅れた。再び飛んできた何かが俺の胸に突き刺さり、吹き飛ばされる。

 

 「キリト君!?」

 

 悲鳴に近い声を上げたアスナが駆け寄ってきた。俺はそれを視界の端に留めながら何とか起き上がり、自分の状態を確認する。

 

 (鎖……?)

 

 ボスの体に巻き付いているのと同じ鎖が、俺の体に打ち込まれていた。体の中に異物が入り込んでいる不快感をどうにかしようと、刺さったそれを左手で引き抜こうとしたが、できなかった。

 鎖はまるで体の一部になってしまったかのようで、力の限り引っ張っても一ミリたりとも抜ける気配がなかった。

 

 「な、何だよこれ!?」

 

 「見ろ!ボスの胴が!!」

 

 鎖を辿るように視線を上げて、ボスを見た俺は顔を顰めた。俺をはじめ、鎖を打ち込まれたプレイヤーは全員ボスの胴体に繋がれていたのだ。しかもその胴体は一部装甲が無くなっており、鎖は胴体中央の穴から伸びていた。

 

 「クソッ!斬れねぇ!」

 

 ギルメンの一人が繋がれてしまったクラインが、鎖にソードスキルを叩き込む。だが全く切れる様子が無い。ボスに巻き付いている物と同じであるなら、この鎖の硬さと耐久値は相当な高さがある筈だ。そう簡単には切れないだろう。

 

 「サクラ、アスナ……とっととボスをぶっ潰すぞ!」

 

 「分かってる!でも……」

 

 「キリト君をこのままにする気!?」

 

 クロトは弓を構え、ボスの胴の穴―――その奥で光る紅玉を睨みつける。今回の層のmobは例外なくコアとして紅玉が胸部に埋め込まれていて、そこが弱点だった。おそらくボスも同様なのだろう。だが―――

 

 「ひ、ひいぃ!」

 

 ―――ボスの胸部には、凶悪な回転鋸……ホイールソーが穴を縁取るようにびっしりと並んでいる。ソレが回転を始めると同時に、俺達に繋がれた鎖がボスによって巻き取られ始めた。その代り腕は完全に停止しており、近づくの容易だが……あの穴に攻撃できる程肝の据わった者がどれほどいるだろうか?穴だって決して大きくは無く、下手をすれば己の得物や腕をわざわざ失いに行くようなものだ。

 このゲームの仕様とはいえ、無限に矢を放てるクロトは例外だとしても、残りのHPを彼一人で削り切る前に俺達はあのホイールソーで切り刻まれるのは明白だった。

 

 「キリト君!」

 

 ボスに引き込まれないように踏ん張っても、ジリジリと引き寄せられてしまう。床にエリュシデータを突き立ててもそれは変わらない。アスナはそんな俺を抱きしめて引き留めようとしてくれたが、敏捷優先である彼女のSTRでは焼け石に水だ。

 

 「放電来るぞ!」

 

 「だ、誰か何とかしてくれよ!!」

 

 ボスの体全体からバチバチと音が聞こえ始める。ホイールソーの回転と鎖の巻き取りが一時的に止まったが、もうすでに俺を始め何人かは放電攻撃の範囲内にまで引き込まれていて、回避は不可能だった。

 

 「逃げろアスナ!」

 

 「嫌よ!こんな所で君を―――」

 

 こんな所で俺を…………?

 その続きが気にはなったが、聞く事はできなかった。ボスの予備動作から放電までの時間が半分以下にまで短縮されていたからだ。

 

 「―――が……ぁ」

 

 放電の範囲はボスの体表のみと非常に狭くなっていたが、鎖に繋がれた俺達には関係なかった。鎖を伝った電気によって内側から焼かれるような感覚にかすれた声が漏れ、意識が遠のきかけた。けれども俺と共に倒れたアスナを見て、体は無意識の内に動いていた。

 幸い範囲と共に攻撃力も大幅に落ちていた為俺とアスナのHPバーはまだ半分ほど残っている。一番危険なのは麻痺状態になった事だ。

 

 (間に合ってくれ……!)

 

 放電の時にエリュシデータを手放してしまった右手でポーチを探る。ひどく緩慢な動きで取り出した解毒結晶を―――

 

 「り……リカバリー」

 

 ―――迷う事無くアスナに使用した。驚愕に目を見開く彼女をよそに、再び体がボスによって引きずられ始めた。

 しかもさっきよりもスピードが速い。時間にしてあと十数秒といった所だろうか。

 

 「この野郎!」

 

 クロトの弓スキルがボスのコアに直撃し、HPバーが大きく削られたが……数ドット残った。HPバーの減り具合から、恐らく彼は技後硬直の長い重攻撃を選んだのだろう。それも必殺の意志で。

 だがボスは生き残り、誰にも止められない。ボスに最も近かった俺が最初にあの凶刃の餌食になるまでには、あと五秒も無い。

 

 「ごめん……」

 

 思わず零れた謝罪は、誰に向けたものだったか。走馬灯すら見る事無く、俺は驚くほど冷静に自分の死を覚悟した。

 

 「いやああぁぁぁ!!!」

 

 傍を駆け抜けた閃光が、ボスのコアを深々と貫いた。突進系ソードスキル『フラッシング・ペネトレイター』。細剣スキルの中でも最高クラスに位置するハイレベルな剣技を受けて、ボスのHPバーが消滅した。

 一拍遅れてボスが、俺達に刺さっていた鎖ごとポリゴン片と化して、かつてのように彼女を美しく彩った。

 

 (ア……スナ?)

 

 長い栗色の髪を翻し、はしばみ色の瞳に涙を溜めながら彼女は駆け寄ってくるが、俺は放電と鎖の残留感に咳き込んで何も言えなかった。

 

 「キリト君!!大丈夫!?」

 

 「落ち着いてくださいアスナさん!まずは麻痺を何とかしないと……リカバリー!」

 

 珍しく取り乱しているアスナをなだめつつ、サクラが解毒結晶で麻痺を回復してくれた。だが中々おさまらない咳のせいか、自由になった体を丸めてしまう。

 

 「しばらく休ませた方がいい。今はそっとしておいてくれ」

 

 「……うん」

 

 クロトの声が聞こえたが、あいにく今の俺は周りの状況を把握する余裕は無かった。咳は漸くおさまったものの、今度はまた例の脱力感に襲われた。力無く投げ出された右手が何かに包まれ、その温もりに不思議と安らぎを感じて……俺の意識は途切れた。




 今回の話……フラグ突っ込みたかったが故のものです。

 さて、次回から漸く原作一巻に入ります!一年間本当に長かったです……


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四十七話 S級食材の使い道

 お久しぶりです。更新が遅れてしまってどうもすみません……

 いつも通り中々進みませんが、楽しんでいただけたら幸いです。


 クロト サイド

 

 「ラグーラビットの肉だぁ!!?」

 

 アルゲードのとある雑貨屋。やや手狭な店内に店主の絶叫が響き渡った。その音量にオレは少しばかり顔を顰めたが、いつもどっしりと構えている筈の彼が震える指でウィンドウを指している姿が中々面白かったので気にしない事にした。

 

 「おれも現物を見るのは初めてだぜ……っていうか、一度に二匹もポップするなんて聞いた事ねぇぞ?」

 

 「違う違う。俺が見つけて仕留めようとしたら―――」

 

 「―――同時にオレも攻撃したってワケ」

 

 ニヤリとしながら言うと、店主であるエギルは納得したような、それでいて呆れたような表情をした。

 

 「DLA、だったか?ボスモンスターでもねぇってのによくもまぁ試そうとしたな」

 

 「ひでぇ言い方だな。これでもお前に売ったレアアイテムの大半はそうやって稼いだんだぜ?」

 

 「マジかよ……どうりでお前等はレアアイテムの取引が多かったのか。だがなぁ……」

 

 腕を組み、難しい表情で唸るエギル。そんな彼を見て、キリトは訝しげに問いかける。

 

 「何か問題があるのか?」

 

 「あぁ。こんなレアアイテム、一つならともかく二つとなると……おれの持ち合わせが足りねぇんだよなぁ……」

 

 「ああ、そういう事か」

 

 この世界でも最高クラスの美味に設定された食材であるラグーラビットの肉は、プレイヤー間での市場価格が十万コル以上になる。いくら故買屋のエギルといえど、現在の所持金では流石にそんな超高額アイテムを纏めて買い取るのが不可能だとの事だった。

 

 「ていうかお前等、金には困ってねぇだろ。自分達で食っちまおうって思わなかったのか?」

 

 「思ったさ。けど熟練度が九百を超えたハルの料理スキルでも成功率が半分以下なんだぜ?」

 

 キリトが諦めたようにそう言うと、エギルは納得したように腕を組んだ。

 

 「確かに失敗して焦がしちまうくらいなら、売却して利益を得た方が賢明だな」

 

 「そういうこった。とりあえず二つ目買い取ってくれそうなヤツ紹介してくれよ」

 

 ちょっと待ってろ、とエギルはメニューを操作し始めた。恐らくフレンドリストからアテを探しているのだろう。オレは特に何をするでもなく、ぼんやりとしながら待つ事にした。

 元々複数のプレイヤー達が協力して攻略すべき最前線にたった二人で挑んでいる為、日帰りの攻略であってもオレ達に蓄積する疲労は半端なものでは無い。そのためこうして戦いから離れると度々気が抜ける事があるのだ。帰る直前には鈍い頭痛を僅かに感じるようにもなってしまったし。

 

 (そろそろギルドの件も考えねぇとな……)

 

 コンビでの攻略も七十層を越えた辺りからきつくなってきた。恐らく次のクォーターポイントである七十五層以降は現状のままではいられなくなるだろう。

 

 (つっても、何処のギルドにしたもんかなぁ……)

 

 ギルド間のパワーバランスや、所属する者達との人間関係が問題にならないかどうか。様々な事があってそう簡単には決められない。

 考え事に集中していたためにオレ達は、新たにこの店に入ってきた者達に気づけなかった。

 

 「クロト」

 

 数日の間聞く事ができなかった、澄んだ声。突然聞こえた事に驚きと期待を覚えながら振り向くと―――

 

 「サクラ」

 

 ―――最愛の少女が、満面の笑みを浮かべていた。サクラに会えたというだけで、心が温かな気持ちで満たされていく。特に今回は数日間会えなかったので、普段以上に彼女が愛おしく感じた。

 

 (って、ここエギル達いるんだっけ……)

 

 本当は今すぐにでもサクラを抱きしめたかったが、今自分達がいる場所を思い出して何とか堪えた。何故彼女がここに来たのかなど、聞きたい事が―――

 

 「―――珍しいなアスナ、こんなごみ溜めに顔を出すなんて」

 

 「そろそろ次のボス戦が近いから、ちゃんと生きてるか確認しに来たんじゃない」

 

 「……フレンドリスト見れば分かるだろ」

 

 ……うん、サクラが来た理由が分かった。彼女は一人ではなくアスナと一緒に来ていて、わざわざオレ達に会いに来たのだ。アスナがサクラに同行したのは多分キリトに会う口実を作る為だろう。

 つーか……あんな分かりやすいアプローチすら気づかねぇのか、キリトは……

 

 「アスナの応援すんのも大変だな」

 

 「ううん、わたしもクロトに会いたかったから」

 

 「……サンキュ」

 

 頬を染めながら会いに来たと言われ、鼓動が速くなるのが分かった。決して狙っている訳では無いのに、サクラはよくオレをドキッとさせる事が多い。もうオレはどうしようもないくらい彼女に惚れているんだろうな、と何となく思った。

 

 「―――ちょ、ちょっと待って!これS級食材じゃない!?」

 

 突然アスナの叫び声が聞こえ、オレは思わずそちらに目を向けた。二人はそれぞれウィンドウを開いているようだが、一体何があったのだろうか?

 

 「キリト、お前何やったんだ?」

 

 「ん?この間の礼を兼ねて、アスナにラグーラビットの肉やろうとしただけさ」

 

 コイツ料理スキルコンプリートしたって言うし、とキリトはしれっとした顔でとんでもない事を言った。オレはその事に驚くよりも彼の行動に呆れてしまった。

 確かにオレ達じゃ処理できなかったとはいえ、ラグーラビットの肉は超がつく程のレアアイテム。それを突然タダでやると言われれば誰だって驚く。何より、自分にとっては無用の長物となったとみるとこうも簡単にレアアイテムを手放してしまうキリトの割り切りの良さは、時には考え物だ。

 

 「……お前なぁ、二つあるからっていっても少しは―――」

 

 「―――二つ!?」

 

 あ、やべ。余計な事を言ってしまった。サクラもアスナもかなり食いつてしまったので、仕方なくウィンドウを可視化してみせた。

 

 「ほ、本当だ……」

 

 サクラは驚いた様子だったが、アスナは黙って何かを考え込んでいるようだった。いったいどうしたのだろうか?

 

 「おいアスナ、急に黙ってどうしたんだよ?」

 

 「アスナさん?」

 

 サクラが肩に触れようとした時、いきなり彼女は手を打ち合わせた。

 

 「決めた!」

 

 「……は?」

 

 いきなり何を言い出したんだ?とサクラを含めた全員が同じ表情でアスナを見つめていると、彼女は不適な笑みを浮かべた。

 

 「二つとも私が料理するから、一緒に食べましょう」

 

 「ほ、本当か!」

 

 アスナの言葉にキリトが最初に食いついた。確かに彼は、オレより少々……いや、かなり食い意地が張っている。だが、普段の彼ならここまで反応はしない。

 多分キリトはアスナに大分心を開いている……よりもS級食材に未練があったんだろうな。まぁオレだって旨い物が食えるのは嬉しいし、別に金欠でもないから断る理由も無いんだけどさ。

 

 「……あ~エギル、ワリィけど取引はキャンセルだ」

 

 「そ、それは構わねぇけど…………な、おれ達ダチだろ?味見くらい―――」

 

 「俺達がいない時に、ハルにいっつもメシ作ってもらってるから充分だろ」

 

 そりゃねぇだろ!と断末魔の叫びを上げるエギルを放置して、キリトは店の外へと出て行った。アスナもそれに続くが、オレとしてはエギルに少しばかり悪い事をした気がしないでもない。

 

 「今回は諦めてくれ。次何か旨いモン手に入れたら、食わしてやるからさ」

 

 「ほ、本当だな!?」

 

 「ちょ、近い近い!」

 

 こちらの両肩をがっちりと掴み、カウンターから身を乗り出してきたエギルをどうにか抑えてると、サクラが彼の腕に触れた。

 

 「エギルさん、落ち着いてくださいね?」

 

 「……お、おう」

 

 するとどうだろう。オレやキリトの時とは違い、すんなりとエギルは離れてくれたのだ。オレはその事に驚きつつもサクラに感謝し、キリト達の後を追うべく店を出た。

 

 「アスナ、そういえば何処で料理するんだ?俺達の家じゃ五人で食事はできないぞ?」

 

 確かに、オレ達の家にあるテーブルは正方形の奴だから多くても四人までしか食事ができない。それに工房と店舗が全体の半分くらいあって、居住スペースがそこまで大きくない。、寝泊りするのには問題ないが、三人で生活するには少々狭く感じる事もあるのだ。

 

 「あら、それならこっちの家で料理しましょうか」

 

 「んな!?」

 

 ……おおう、かなり大胆に踏み込んだなアスナ。キリトだってギョッとしてるし、オレだって一瞬耳を疑った。

 

 「私達の家なら充分広いし……何より、料理するなら使い慣れた道具でやりたいわ」

 

 「そりゃごもっとも……」

 

 キリト……アスナの言ってる事は建前も入ってるんだぞ?ここまであからさまなのに全く意識している様子が無いってどんだけ鈍感なんだよ。

 

 「今日はこのまま帰るので、護衛はもういいです。お疲れ様」

 

 アスナは後ろで控えていた護衛に対して、凛とした声でそう言った。つーか、マジで護衛とかいたんだな……噂で聞いてはいたが、オレはサクラ達しか見ていなかったので全く気づかなかった。

 護衛の男はアスナの指示に納得がいかなかったのか、眉間に皺を寄せた。

 

 「お待ちくださいアスナ様。こんなスラム街に足を運ぶだけにとどまらず、素性の知れない者達をご自宅に伴うなどとんでもない事です……!」

 

 落ち窪んだ三白眼でオレとキリトを睨みながら、怒気を押し殺した声で護衛の男は言った。視線に殺気が籠っているのは気のせいではないだろう。

 

 「素性が知れないって……彼らは攻略組の重要なダメージディーラー、≪黒の剣士≫と≪遊撃手≫よ。それにクロト君はサクラの恋人。レベルにしたって、甘く見積もってもあなたより十は上になるわ、クラディール」

 

 うんざりした表情と呆れを滲ませた声で、アスナはあしらうように護衛の男―――クラディールにそう言い放った。

 認めたくないが、オレのアインクラッドにおける知名度はかなりのもので、顔だって割れている。そんなオレの事を’素性の知れない者’と言うのは自ら無知である事を公言しているようで滑稽だ。隣ではサクラが呆れと憤りを混ぜ合わせたような表情をしていて、今にもクラディールに食って掛かりそうだった。……いや、エギルの店を出る時に手を繋いでいなかったら確実にそうしていたはずだ。

 

 「≪黒の剣士≫に≪遊撃手≫?……そうか、貴様らビーターだろ!」

 

 「……ああ、そうだ」

 

 漸く合点のいったクラディールに対し、キリトが無表情に、だがその眼に痛みと悲しみを滲ませて答えた。それを聞い途端たヤツは勢いづいて声を荒げた。

 

 「アスナ様、こいつら自分さえ良ければいい連中ですよ!こんな奴らと関わるとろくな事がないんだ!サクラ様も、早々に別れるべきです!!」

 

 「ともかく、今日はここで帰りなさい!副団長として命じます!!」

 

 ぴしゃりとそう言い放ったアスナは、間髪入れずにキリトとサクラの腕を掴んでやや強引に歩き出す。ああいう手合いは無視するに限るため、オレもアスナに合わせる形で歩き出す。あのまま言い合いになったら野次馬がかなりの数になり、後々面倒だ。サクラもそれを分かっているようで、クラディールに何も言わずオレの手を強く握り大人しくしていた。

 

 ―――クラディールという男からの、刺すような視線をしばらく背中に感じたのが少しだけ気になった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「おー、久々に来たけど絶景だな」

 

 「いつもなら家とダンジョンを往復してばっかだからな」

 

 およそ半年前に最前線だった六十一層、’セルムブルグ’に転移した頃には日没間際となっており、夕日とその光を反射する湖がとても綺麗だった。

 

 「アルゲードみたいな賑わいもいいけど、この街もいいでしょ?」

 

 アスナが少し得意げに言うが、オレは苦笑で返すだけだった。この街は人気こそトップクラスだが、物件が比較的安いアルゲードの三倍近くする。必然的に、この街を拠点にできるのはかなりのコルを稼ぐことができるプレイヤー達に限られてくるのだ。

 戦闘に特にプラス効果が無いのだから、オレ個人としては家にかなりの大金をつぎ込むのには少々首を傾げてしまう所がある。とはいえ、こうしてセルムブルグの街を歩いていると、高いコルを払ってでもこの街に住みたいと思う気持ちも分かるので何とも言えなくなる。

 

 「ハルも来たし、行こうぜ」

 

 買い物袋を抱えたハルが転移門に現れたので、オレはアスナ達にそう言った。ハルの事だから、きっと食材を買い足してきたのだろう。キリトがハルから袋を預かり、手を繋ぐ様子を見てアスナが少し不満そうな表情をしていたが、当の本人は全く気付いていなかった。その事に再び苦笑しそうになるが、顔に出すことなく歩き出す。

 

 「そういや……よかったのか、あの護衛?」

 

 珍しく黙ったままのサクラが気になり、適当な話題で話かけた。すると彼女は突然、オレの右腕に抱き着いてきた。

 いきなりの事で驚いたが、サクラが俯いたままであるのに気づき、それどころではなくなった。

 

 「サクラ?」

 

 「……ごめんね、クロトは何も悪くないのに……」

 

 おそらくさっきのクラディールとかいうヤツの事だろう。サクラに対して、オレと別れるべきだって言っていたし。

 

 「オレなら大丈夫だ。サクラもあんなヤツの言う事なんか気にすんなよ」

 

 「…………うん」

 

 左手で頭を撫でると、サクラは少ししてから頷いてくれた。オレとサクラの仲がアインクラッド中で知られているとはいっても、その事を認めようとしない者だって結構いるのだ。その為今回のようにこっちが悪く言われても別段気にせずに無視するのには慣れている。

 

 「さ、行こうぜ。オレさっきから腹減ってさ……」

 

 「……もう、キリトもだけどクロトも食い意地張ってない?」

 

 「いや、だってさ……初めてのS級食材なんだぜ?期待するなっていう方が無理だって」

 

 キリト同様に食い意地が張っていると言われ、多少言葉に詰まりながら返すと、サクラは漸く笑ってくれた。

 

 「現実世界(むこう)だったら、わたしもご飯作れるんだけどね……」

 

 「お、クリアする励みが増えたな」

 

 少しおどけてみせると、サクラは呆れたような表情をした。だがそのすぐ後にクスクスと笑い、オレの肩に頭を預けてきた。

 前を見ると、キリト達と幾らか距離が空いてしまっていた。しかし彼らは彼らで話をしているようで、オレ達の様子には気づいていなかった。

 

 (……少しくらいなら、いいよな)

 

 見失ってしまうような距離でもないので、特に急ぐ事も無く歩き続ける。サクラの温もりを感じられる時間が何にも代えがたく、少しでも長く続いてほしいと思えた。




 活動報告にてアンケートを実施中です。回答は活動報告へのコメントでお願いします。
 間違っても感想に書く事が無いように気を付けてください。

 アンケート締め切りました。回答してくれた皆さま、ありがとうございました。


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四十八話 二年過ごした世界

 サブタイトルが全然浮かばない……


 クロト サイド

 

 「ああ……今まで頑張って生き残ってきてよかったぁ……」

 

 「同感。言葉が出ねぇよ」

 

 普段食べているハルの料理だって充分美味しいのだが、先ほど平らげたラグーラビットの肉を使ったシチューは別格だった。現実世界にいた頃ですら口にした事の無い上等な肉の味に、キリトやハル、サクラですら何も言えずにいた。

 

 「不思議ね……この世界で生まれて、ずっと暮らしてきたみたいな……そんな気がする」

 

 食後に出された、不思議な香りのするお茶を啜っていると、アスナはポツリとそんな事を呟いた。

 

 「そうだな……オレだって、現実世界の事を全く思い出さない日がある」

 

 「うん。最近は……クリアとか脱出とか言って血眼になってる人、ほとんど見かけないもんね」

 

 「お客さんもそうですけど……僕たちも、この世界での生活に馴染んでいるんでしょうね。きっと」

 

 最前線で命懸けの戦いをした後、ハルが待っている家にキリトと共に戻った時、’帰ってきた’と思った事だって数えきれない程ある。それだけこの世界に慣れ、それが悪くないと思うようになっていた事に、オレは今更ながら気づいた。

 

 (こんな日々が続いたらって、オレはそう願っているのか……?)

 

 現実世界にいたままならば果たせなかっただろうサクラとの再会や、初めての友達ともいえるキリト達との出会い。長い間抱き続けてきた想いが通じ、サクラと恋人になる事だってできた。オレがこの世界で得られたものはどれも大切で、現実世界ではまず得られなかったものばかりだ。だからこそオレは―――

 

 (オレは……現状に満足している……?)

 

 ―――この世界に満たされ、永住しても構わないとさえ感じているのかもしれない。昔は確かに帰るために戦っていた筈だが、今も同じ思いで戦場に立っているのかと聞かれても答えられそうになかった。

 

 「それでも……」

 

 俯いていた視線をキリトに向けると、彼はカップを見つめていた。その眼には強い意志の光が宿っており、かつて自棄を起こしていた時の暗さはほとんど無かった。

 

 「それでも俺は……現実世界にハルを帰したい」

 

 「兄さん……」

 

 迷い無く言い切るキリトの姿に、オレは息を飲んだ。同時にさっきまでの自分が情けなく思えて、顔を俯けてしまう。

 

 「キリト君ったら、本当にハル君が大事なんだね」

 

 「当たり前だろ?元々俺がベータの頃からSAOにどっぷりハマったからハルもやってみたいって言いだしたんだし……それに、二年前のあの日誓ったんだ。絶対に弟を帰してみせるって」

 

 コイツは叶えたい夢があるからな、と穏やかな声でキリトは言いながらハルの頭を優しく撫でる。いつだって彼の原動力は守りたい人への想いであり、それが彼の強さなのだ。

 

 「そういうキリト君だって、向こうでやり残した事とか無いの?」

 

 「え……?」

 

 だがキリトが言葉に詰まる様子を見て、彼がどれだけ自分を蔑ろにし続けてきたのかを思い出した。他人の為に戦えるのは間違いではないのだが、それも度が過ぎれば身を滅ぼしかねない危うさとなるのだ。

 

 「兄さんはもっと我儘とかいってもいいと思うよ」

 

 「そうそう。わたしとクロトの為に色々してくれたのは感謝してるけど……キリト自身はやりたい事とか全然言わないから、お礼したくてもできないんだよね」

 

 「そ、そう言われてもな……」

 

 珍しく目を泳がせるキリトは、普段の落ち着いた様子よりもずっと幼く見えた。ハルがオレより二つ下である事と、外見的に彼とキリトがあまり年の離れていない様子である事を考えれば、オレとそう変わらない年だろうと予想する事は容易だった。

 

 「そんくらいにしといてやれよ。オレだってこんな日が続けばいいなんて思ってる所があってさ…………そりゃ今まで面倒見てくれたじいちゃん達に恩返ししなきゃならねぇし、お袋の墓参りとかだって―――」

 

 「―――クロト!」

 

 向かいに座っていたサクラが、身を乗り出してオレの手を握った。ふと顔を上げると、ハルとアスナが驚いた表情を浮かべており、キリトとサクラは心配そうな顔をしていた。

 

 「クロト君のお母さんって……」

 

 「十年くらい前……ガキの頃に呆気なく死んだよ。急に心臓が止まったらしくってさ……」

 

 「急性の病……でしょうか?その話だけですと、詳しい事は分からないので何とも言えませんけど」

 

 「クロト……」

 

 不安げにオレを見つめるサクラに大丈夫だと告げ、皆に笑いかける。いつまでも引きずっている訳では無いので、今では十分に母の死を受け止めて折り合いをつけているのだと全員に伝えると、場の空気が静かなものになった。

 

 「と、とにかくさ、まだ二十層以上残ってるんだぜ?現実に帰ったらって話をするのはまだ早いだろ」

 

 「そうだな……俺達が頑張らなきゃ、ハルやリズ……サポートしてくれる職人クラス達に申し訳ないもんな」

 

 キリトの言葉に心の中で同意しながら、オレはお茶を飲み干した。それからぼんやりと天井を眺めていると、アスナの声が聞こえた。

 

 「それはそうと……サクラとクロト君は結婚とか考えてないの?」

 

 「んな!?」

 

 「あ、アスナさん!?」

 

 完全な不意打ちだった。確かにサクラと付き合い始めてから既に半年が経過しているが、そこまで考えてはいなかった。

 

 「ヘタレなコイツがそんな事考えてるワケ無いだろ。デートだって碌にできてないんだし」

 

 「ッ、テメェ―――」

 

 「―――その反応、図星ですよね?」

 

 心を読んだかのようなキリトとハルの連携に、オレはぐうの音も出なかった。その様子を見て、アスナはしてやったりと言った表情で笑い、サクラは顔を真っ赤にして俯いてしまっていた。

 アスナにはめられたのが何となく気に入らなくて、オレは視線を誰もいない方へと向けて口を閉ざした。とはいえさっきから顔の熱が引かないので、オレもサクラとそう変わらないくらいに赤面しているのかもしれない。

 

 「ま、そういう訳だから……明日久しぶりにパーティー組みましょう」

 

 「そりゃ構わないけど……ギルドや護衛はどうするんだよ?」

 

 「ウチはレベル上げのノルマとか無いし、護衛は置いていけばいいわ。そもそも明日は活動日じゃ無いから平気よ」

 

 「ちょ、アスナさん!」

 

 サクラの抗議の声をスルーして、アスナ達は勝手に明日の段取りを進めてしまう。流石にオレも無視できなくて、キリト達を止めようと試みようとして―――

 

 「最近は二人共ご無沙汰だったでしょ?久しぶりにデートしたくないの?」

 

 ―――アスナによって、サクラと共に図星を突かれてしまった。非常に呆気なく断る理由を失い、何も言えなくなる。

 

 「あの……明日、僕もついて行っていいですか?急な依頼で、デモニッシュ・サーバントの素材が必要になってしまいまして……」

 

 「え?私は別にいいけど、キリト君はOKなの?」

 

 「まぁ……二カ月くらい前から、圏外に連れ出す事はしてきたから……」

 

 「……四人いれば十分守れるだろ。念の為、ハルはいつも通りガチガチに固めとけよ」

 

 完全にキリトに抵抗が無くなった訳では無い。その為、ハルはシュミットもかくやという位に防御力の高い鎧や盾で守りを固めた状態でしか圏外にはいかない。しかも数少ない知り合いに協力してもらい、不測の事態に陥っても絶対に守れるようにする程に徹底していた。

 

 「じゃあ、明日の朝九時、’カームデット’の転移門前に集合な」

 

 キリトの言葉に、アスナは満足そうに笑みを浮かべながら頷いた。

 

 「あ~、そろそろ行くか」

 

 オレとサクラのデートは確定事項になっているので、開き直る事にする。だが、女の子の家にダラダラと長居するのもどうかと思ったので、今回はこれでお暇させてもらう事にした。

 玄関前まで見送ってくれたサクラ達に、ハルが感謝の言葉を口にした。

 

 「今日は本当にありがとうございました」

 

 「ううん、こっちこそご馳走様」

 

 「機会があったらまた頼む……って言いたいけど、もうあんなレア食材なんて二度と手に入らないだろうな」

 

 確かにラグーラビットにもう一度エンカウントするなんて事は無いだろう。S級食材は他にも幾つかあるらしいが、戦闘に直接関係しないのでその手の情報はほとんどスルーしていた。なのでオレもキリト同様、多分次の機会とかは無いだろうと思っている。

 だがアスナは強気な笑みを浮かべた。

 

 「ふふっ、普通の食材だって工夫次第よ?」

 

 「ハル君の料理もそうなんでしょ?」

 

 「そう、だな……いつも食べてると、つい忘れちゃうな」

 

 「兄さん達はいつも攻略で忙しいんだから、仕方ないよ」

 

 サクラ達の声を聴きながら、オレは一人で空を見上げていた。空、とは言っても実際に見えるのは上層の底であって、星なんて一つも見えないのだが。

 

 「なぁ、皆はどう思うんだ?」

 

 「クロト?」

 

 見上げたまま、オレは後ろにいるキリト達に問いかけた。

 

 「今のこの状況を、茅場の野郎はどう思ってんだろうなって」

 

 答えは、無かった。誰も答えてくれないだろうとは予想していたが、どことなくスッキリしなかった。

 

 (オレは……茅場をどう思ってるんだ……?)

 

 ヤツがこの世界を作ったから、最愛の少女に、大切な仲間に出会えた。だがそれと同時に、彼女達を傷つけ、苦しめ続けているのもこの世界なのだ。

 皆に会えた事を感謝するべきなのか、傷つけた事を恨むべきなのか……いつの間にか、自分の心が分からなくなっていた。

 

 ―――ただ、黙って手を握ってくれるサクラの温もりが、心を落ち着かせてくれた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「……来ない」

 

 「寝坊……は無いよな、あの二人なら」

 

 翌日。待ち合わせ時間の十分前から転移門広場でサクラ達を待っているオレ達なのだが……時間を過ぎても、二人はやってこなかった。それどころか、遅れるという旨の連絡すら無い。普段からしっかり者であるサクラ達には珍しい事だった。

 

 「念の為、フレンドリストから追跡してみますか?」

 

 「だな……つっても圏外にはいってないとは思うが」

 

 圏内でも、システムの穴をついた悪質な嫌がらせは可能だ。もしかしたら二人共それで遅れているのかもしれない。少々急いで、サクラ達の居場所を探そうとして―――

 

 「きゃああぁぁぁ!」

 

 「避けてええぇぇぇ!」

 

 「うぶっ!?」

 

 「うおわああ!?」

 

 ―――転移門が瞬き、そこから’飛び出してきた’人達が、オレとキリトに衝突してきた。転移門に背を向けていたキリトは顔面を、向き合っていたオレは後頭部をそれぞれ地面に強かに打ち付ける。

 

 「いて……て……!?」

 

 衝撃に顔を顰めながら目を開けると、サクラの顔が至近距離にあった。多分転移門にジャンプしながらここにやってきたんだろうが……

 

 (もう一人はまさか……?)

 

 ちょっと嫌な予感がして、キリトの方を見た。

 

 「っつ~……何だっていうんだよ……」

 

 「や、ちょっま……!」

 

 うつ伏せの状態のキリトの上にアスナが覆い被さる様に乗っていて、彼女は非常に狼狽している。何故ならアスナの胸が、キリトの後頭部に当たっているからだ。しかも彼女は、普段装備している筈のアーマーを付けていない。

 加えて言うなら、キリトはそんな状況を把握できていない。衝撃で混濁しているであろう意識を何とかしようと頭を振りながら起き上がろうとしているので、結果的にアスナの胸に頭をこすりつけているようなものである。

 

 「に、兄さんストップ!動いちゃダメ!」

 

 おおハル、ナイスフォ―――

 

 「ならサッサとどかしてくれ……重いんだよ……!」

 

 ―――バカヤロオオォォォ!!女の子に重いって禁句だろおおぉぉぉ!

 

 「お、お……重くなんかないわよバカァァァ!!」

 

 さっきまでの狼狽は何処へやら。顔を真っ赤にしたアスナの体術スキル『閃打』が炸裂し、キリトはさっきよりも強く顔面を地面に打ち付ける羽目になった。

 ま、まぁ向こうはハルもいるし、何とかなる……よな。

 

 「お、おーい……サクラ?」

 

 つー訳で、こっちはこっちでサクラから事情を訊こう。軽く肩を叩き、サクラの意識を覚醒させる。

 

 「うぅん…………く、クロト!?」

 

 「お、おう」

 

 漸く目を覚ましてくれたサクラは、赤面しながらもオレの上からどいてくれた。いつの間にか空中に避難していたヤタが、その頭に乗っかる。

 

 「あ~、恥ずかしいってのはオレもだったけど……何があったんだ?」

 

 起き上がりながらサクラに問うと、彼女はハッとしたように俯いていた顔を上げた。

 

 「アスナさん!早くしないとあの人が!!」

 

 「!?」

 

 その一言で、茹蛸みたいに真っ赤になりながら得物に手を伸ばしかけていたアスナもハッとしたようだった。次いでキリトとハルの腕を掴み、引きずるようにオレ達の方にやってくる。

 

 「サクラ、一体何が―――」

 

 状況がつかめないオレ達にも分かるように説明を求めようとした時、再び転移門に光が灯った。ほとんど条件反射でそちらを見ると―――

 

 「……アスナ様、サクラ様。勝手な事をされては困ります」

 

 ―――昨日二人の護衛をしていた、クラディールという男が現れたのだった。




 誤字、脱字などありましたら、遠慮なく教えてください。


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四十九話 キリトVSクラディール

 今回は割と早くできました。


 キリト サイド

 

 「さあお二人共、ギルド本部まで戻りましょう」

 

 「嫌よ!今日は活動日じゃないでしょう!?」

 

 クラディールとアスナが、俺を挟んで言い合う。朝から二度も顔を地面にぶつけるわ、殺気の籠った視線で睨まれるわと散々な目に遭った身としては、もう勘弁してほしかった。

 顔の皺を深くしながらこちらへと近づいてくるクラディールは、なんだか老けて見えた。

 まぁ、こんな奴が護衛してれば、二人にナンパとかしようとする奴らにはいい牽制になるだろうなぁ、とか、活動日でもないのに護衛しようとするなんてクソ真面目なヤツだなぁ……とか思っていたのだが。

 

 「だ、大体どうして朝からわたし達の家の前に張り込んでるんですか!!」

 

 「こんな事もあろうかと、一カ月前からセルムブルグのご自宅の監視の任務に就いていました」

 

 訂正。コイツただのストーカーだ。これならアスナ達が慌てていた事にも納得だ。それにアイツ……地雷踏んだな。

 

 「……」

 

 無言でクロトが、指をボキボキと鳴らしている。サクラに手を出されたとあって、彼が黙っている筈が無い。しかもクラディールは気づいた様子もない。

 

 「そ、それ……団長の指示じゃないわよね……?」

 

 「私の任務はお二人の護衛です!それには当然ご自宅の監視も―――」

 

 「―――絶対に含まれません!!」

 

 サクラが叫ぶと、クラディールは顔の皺を一層深くしながら近づいてきた。

 

 (……?何だ、この感じ)

 

 俺が何もしなくても、クロトが何とかするだろう。だが、何故か俺はこの男がアスナに近づいてくるのを不快に感じた。理由が分からずモヤモヤとしたものを抱えているのが嫌で、そちらを何とかしようと意識を割いてしまう。

 

 「聞き分けの無い事を―――」

 

 「―――テメェ、いい加減にしろよ」

 

 気が付けば、目の前にやって来たクラディールが伸ばした腕を、クロトが横合いから掴んでいた。アスナが昨日言っていたとおり、レベルやステータスはクロトの方が上らしく、クラディールの腕は簡単に上向きにされていた。

 

 「サクラに手ぇ出しやがって、このストーカー野郎……!」

 

 ギリギリと音が聞こえてきそうなほどに力が籠められて―――

 

 「私に触れるな!」

 

 ―――犯罪防止コードが発動するのと同時にクラディールが、クロトの腕を振り払った。クロトは怒りが冷めないのか、クラディールを睨んだまま声を発した。

 

 「ギルドにはテメェ一人で行けよ。活動日でもねぇのに二人を縛り付けようとすんじゃねぇ……!」

 

 「ふざけるな!貴様のようなビーターに指図される―――」

 

 「―――今のサクラ達だって、テメェに追い掛け回される筋合いはねぇよ。いいから失せろよストーカー」

 

 クラディールはワナワナと体を震わせる。現実だったら青筋の二つや三つくらい浮かびそうな程に皺を深くした顔は、システムの誇張を差し引いても何処か常識を逸しているようだった。

 

 「相手すんのも面倒くせぇ……とっとと行こうぜ」

 

 いつの間にか野次馬が集まっており、このまま騒ぎを大きくするのは得策では無い。感情が滾っていても状況をちゃんと把握していたクロトらしい判断だった。彼はクラディールを無視するように背を向け、俺達を促した。

 

 「貴様ァ!」

 

 とうとう我慢の限界だったのか、クラディールはサクラの手を取ろうとしたクロトの腕を掴み上げた。それに対し彼はただ腕を振り払おうとして―――

 

 「薄汚い手でサクラ様に触れるな!この殺じ―――」

 

 ―――クラディールが、禁句を口走る。瞬時に俺は右手を閃かせ、ヤツが言い切る前にその醜悪な顔面へと体術スキル『閃打』を叩き込んだ。

 俺の拳はヤツに届く前に犯罪防止コードに阻まれこそしたが、ノックバックによって数メートルは吹き飛ばす事ができた。だが俺はそんな事はどうでもよく、僅かな技後硬直が解けるのと同時に相棒の様子を確認した。

 

 「クロト!」

 

 彼は顔面蒼白で、全身が震えたまま浅い呼吸を繰り返している。……止めるのが遅かったのだ。サクラが何とかしようとしているが、こんな野次馬がぞろぞろといる所では、クロト自身がどれほど追い込まれているのか分かったものでは無い。最悪の場合、半年前―――会議で吊し上げられた時のトラウマが再発してしまう恐れがある。

 

 「このガキィ……!よくも―――」

 

 「―――黙れよ」

 

 とても自分のものとは思えない程、ひどく底冷えした声が出てきた。だが今はヤツへの怒りだけが、俺の中にあった。

 

 「俺の事はどうとでも言えよ。けどな……」

 

 声に、視線に、かつてない程に殺気を込める。

 

 「……相棒を悪く言うヤツは、俺が絶対に許さない……!」

 

 メニューウィンドウを操作し、クラディールへとデュエル申請をした。後ろでアスナが何か言っているようだが、今は関係無い。向こうも迷う事無く受諾し、初撃決着モードでデュエルのカウントが始まった。

 

 (叩き潰す……!)

 

 あの時クロトがどんな覚悟だったのか。平気で他人を殺せてしまう自分(ばけもの)に怯えながらも、少しずつ向き合おうとして、どれだけ苦しみ続けているのかを知らないクセに。安易な言葉で彼の傷を抉ったヤツのプライドを完膚なきまでに打ち砕く。この大観衆の前で派手に打ち負かし、クロトを傷つけた事を後悔させてやる。

 

 「御覧くださいアスナ様!私以外に護衛の務まる者がいない事を証明しますぞ!」

 

 ヤツの頭はどういう構造をしているのだろう。クロトを傷つけた時点で、彼女からの評価はガタ落ちだろうに。

 

 「そしてサクラ様!あなたの目も覚ましてみせますぞ!」

 

 「……うるせぇよ」

 

 わざと大きな音を立てて剣を抜き、注目を集める。そのまま俺は、ヤツに本音の籠った挑発の言葉を口にした。

 

 「粋がるなよ、ボス戦にすら出た事の無い雑魚が……!」

 

 「っ!貴様ァ……殺す!」

 

 装飾過多な両手剣を抜きながら、ヤツは分かりやすい反応を見せた。俺は剣を下段に緩く構えながら、クラディール以外の情報を意識からカットしていく。

 

 (……あの構え、『アバランシュ』だな)

 

 剣を中段やや担ぎ気味に構えた前傾姿勢。あそこから少し剣先を上げれば、両手剣突進系スキル『アバランシュ』を発動できるという、非常に分かりやすいものだった。

 無論あれが向こうのフェイントの可能性もゼロではないが……あんな安い挑発に乗ったのだ。今のヤツにそんな駆け引きをする能なんて無いだろう。加えて向こうは野次馬が気になるのか視線が左右に揺れている。

 

 ―――やがてカウントがゼロになり、俺達はお互いにソードスキルを発動した。

 

 ヤツは予想どおり『アバランシュ』を、俺はその軌道に重なるように上段突進技『ソニックリープ』を発動した。

 

 (……ここだ!)

 

 システムアシストによって加速された体に同調するように引き伸ばされる時間感覚。こちらへと迫るクラディールの、勝利を信じて疑わない表情やヤツの剣の軌道がスローモーションの様にゆっくりと見えた。俺はスキルがファンブルしない程度に軌道を調整し、俺へと当たる直前の、ダメージ判定がまだ発生していない剣の横腹へとエリュシデータの刃をぶち当てた。

 直後に伝わってきた手応えと、甲高い金属音が、狙い通りの結果になった事を教えてくれた。位置を入れ替えるように着地した俺達の間に、根本からへし折れたヤツの剣が突き刺さり……次いでポリゴン片へと姿を変えた。

 

 「ば、バカな……」

 

 背後から、信じられないといった様子のクラディールの声が聞こえる。一拍遅れて観衆がどよめき、俺はわざとらしく剣を収めながら奴に近づいて声をかけた。

 

 「武器を替えて仕切りなおすなら付き合うが……どうする?全部へし折られたいか?」

 

 「く……そ」

 

 あれだけ大見得を切っていながらこのザマだ。悪あがきの一つや二つはしてくるだろう。むしろそうなる様にわざと煽っている。まぁ、さっき程度の速度なら、特に遅れをとる事も―――!?

 

 (こ、こでか……!クソッ……)

 

 突如として、例の虚脱感が俺を襲った。体が鉛の様に重くなり、指一本動かすことさえ億劫に感じてしまう。前のボス戦から一度も起こらなかったため、油断していた。

 

 「がああぁぁ!」

 

 「っ!?」

 

 クラディールが突如として身を翻し、突進してきた。奴の手には、さっきへし折った大剣と似た装飾が施されたダガーが握られていて、その切先は俺の胸―――心臓に向けられていた。

 

 (間に合わな―――!?)

 

 動きが完全に出遅れ、回避は不可能だった。辛うじて右手がエリュシデータの柄に届いたものの、力が全く入らず引き抜けない。

 奴の目には、言葉にできない程どす黒い何かが宿っていて……迫り来る凶刃を前に、俺は気圧された様に一歩下がる事しかできない。

 

 ―――カァン!!

 

 奴の刃が届く直前、先ほどと似た金属音が響いた。次いで視界に映ったのは、ふわりとなびく栗色の髪。

 

 「勝負はついたわ、クラディール」

 

 振り上げたレイピアを下げながら、アスナは固い声でそう言った。だがその一方で、ダガーを弾き飛ばされたヤツは納得がいかないようだった。

 

 「あ……アイツが、何か小細工を!さっきの武器破壊だって……そうでなければこの私がこんな―――」

 

 「―――クラディール」

 

 往生際が悪いというか何というか……見苦しく言い募るヤツを止めるように一歩踏み出したアスナは、先ほどよりも幾分冷たい響きの声を発した。

 

 「本日、現時刻をもって護衛役を解任。以後、別命あるまでギルド本部にて待機。以上です」

 

 「な……なん、だと……?この……!」

 

 ヤツは少しの間怒りに全身を震わせた後、辛うじて自制が効いたのかまっすぐ転移門へと歩いて行った。

 

 「転移……グランザム」

 

 だが、転移する為に振り返った僅かな間に向けられた視線に含まれていた殺意は、普通のそれとはどこか違って見えた。それは俺以外……野次馬達も同様で、特に騒ぐ事無く足早に散って行った。

 

 「……ごめんね、嫌な事に巻き込んじゃって」

 

 「いや、俺の方こそ勝手にデュエルしちまったんだ。面倒事起こしてごめん」

 

 「団長には私から報告するから大丈夫だけど……その、クロト君の事は……」

 

 俯くアスナに、何と声をかければよいのか分からなかった。確かにクラディールはKOBのメンバー……彼女の部下だ。だがヤツの行動全ての責任をアスナが負う必要は無い。何よりも、普段からクロトが後ろ指刺される事無く最前線にいられるのも彼女の働きが大きいのだ。感謝こそすれ、責めるつもりは無かった。

 だが言葉は上手く纏まらず、俺の口は声を発しようと開きかけては閉じてを繰り返してしまう。少しの間そのままでいると、ふいに肩を軽く叩かれた。

 

 「お疲れさん」

 

 「お前……」

 

 振り返ると、相棒がそこにいた。多分サクラやハルのお陰だと思うが、回復するにはまだ時間がかかると予想していたので少し驚いた。

 

 「も、もう大丈夫なの?」

 

 「いや……まだしばらくは……戦えそうにねぇわ……」

 

 俺以上に驚いた様子のアスナにそう答えた彼は、とても頼り無かった。顔はまだ幾分青白いままで、足取りもどこかおぼつかない。そして何より……サクラと繋いでいる手が、震えていた。

 

 「クロトさんも無理しすぎです。それじゃ普段の兄さんの事言えませんよ?」

 

 「こういう時は、遠慮しないで頼ってよ」

 

 「……ありがとな」

 

 ハルとサクラの言葉を受けたクロトは、弱々しくてぎこちないながらも、笑みを浮かべた。大変だろうに、こちらを心配させまいとする彼の癖。こっちが何を言ってもなおらないそれは、彼の意地でもあるのだろう。だから言葉はこれ以上かけず、行動で気遣う事にする。

 さしあたっては戦闘に参加させず、サクラの傍にいさせる事だろうか。

 

 「……でもやっぱり、ごめんなさい。あの時の事で一番苦しんでるのは、君なのに……」

 

 「嫌味を言われただけさ……半年前の事を引きずり続けてるオレが、弱いってだけだ」

 

 大変なのはそっちだろ、とクロトが言うと、アスナもまた弱々しい笑みを浮かべる。

 

 「……今のギルドの雰囲気は、攻略第一でメンバーに規律を押し付けた私にも責任があるわ」

 

 「それは……仕方無いですよ。アスナさんがいなかったら、攻略組だってもっとバラバラだったと思いますし」

 

 「兄さん達だって、もっと浮いていたと思います。そうならない様にしてくれたのも、アスナさんです」

 

 「サクラ……ハル君……」

 

 二人の言葉に、アスナは幾らか元気づけられた様子だった。そして気づけば、ハル達に続くように俺も口を開いていた。

 

 「……君がしてきた事は、間違ってなんかないさ。サクラが言った通りアスナがいなきゃ、攻略組はもっと協調性に欠けてただろうし……そうだったら攻略組は空中分解を繰り返して、攻略自体が遅れていたと思う」

 

 俺自身に、他人を気遣う言葉を口にする資格なんか無いだろう。だが、それでも言わなくてはという使命感があった。

 

 「普段から好き勝手やってる俺が言うのもなんだけど、その……アスナだって、偶にはこうやってどっかの誰かとパーティー組んで、息抜きしたって……文句を言われる筋合いなんか無い……と思う」

 

 上手く纏まったとは言い難いが、それでも何とか言葉にできた。コミュ障としては良くできた方じゃないだろうか?

 アスナはしばしの間呆気に取られた表情をしていたが、やがてすましたような笑顔を見せてくれた。

 

 「まあ、ありがとうと言っておくわ。お言葉に甘えて今日は楽させてもらうから、前衛よろしくね」

 

 「……ご命令承りました、閃光殿」

 

 「もう、その呼び方はやめてよ」

 

 早速こき使われそうだったので、意趣返しとしておどけてみせると、思いの外あっさりとアスナは折れてくれた。きっと冗談半分だっただろうが、延々と前衛を任されるのもたまったものでは無い。

 

 昨日のクロト程では無いとは思うが、この世界での生活が続いたら……なんて事を考える時が極偶にある。SAOへとやってこなければ、家族以外の人と共に笑う事も無かったと思う。

 

 (皆、守らないとな……)

 

 ハルだけではなく、クロト達も現実世界に帰してやりたいと、改めて俺は思うのだった。




 デュエルだけで一話……気づいたらそうなっていて、少しポカーンとしました。


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五十話 傷だらけの黒

 今回、いつもよりは長めです。


 クロト サイド

 

クラディールの言葉に動揺してしまったオレは、迷宮区に到着するまでの道中ずっと戦闘に参加できなかった。サクラが隣で手を繋いでいてくれたので普段よりも早く復帰できたのだが、アスナ達が頑として前に出させてくれなかったのだ。迷宮区に入っても

 

 「今日のクロト君、前衛禁止!」

 

 とアスナに釘を刺され、大人しく弓を持って後方の警戒をするに留まっている……まぁ、サクラが隣にずっと居てくれてるから嬉しいと言えば嬉しいんだけどさ。

 前衛はキリトとアスナが務め、やや後ろに控えたハルにLAを譲り経験値を稼がせていた。ごつい鎧と大きな盾は正直似合わないハルだが、冗談抜きで命がかかっているのだ。外見なんて気にしていられない。

 だが、装備的にはタンクを務めるべきハルはほとんど敵にタゲられていなかった。理由は至極単純で、キリトとアスナの二人が攻撃の隙を与えないくらいの連携でゴリ押ししているからだ。

 

 「せやあぁぁ!」

 

 小攻撃をメインに手数で責めるアスナが、敵のガードにわざと重攻撃を繰り出してブレイクポイントを作る。そこにすかさずキリトがスイッチして、重い連撃を叩き込む。これによって敵の体制は大きく崩れ、虫の息になるのだ。あとはハルがトドメを刺すだけ。なんとも良くできたコンビネーションだ。

 

 「それにしてもアスナ、よくピンポイントに突きを当てられるなぁ」

 

 「アスナさん、一層の時から『リニアー』をブーストできたから……」

 

 そうだった……あのキレと速度を見た時の衝撃は、二年経った今でも覚えている。確かにアレは、システムアシスト任せでは到底たどり着かないものだった。

 

 「……つか、いつものオレのポジが完全にアスナに食われてる……」

 

 「え、えっとね……アスナさん、立ち回りはクロトを参考にしてたから、ね」

 

 「いや、『ホリゾンタル・スクエア』全部ギリギリで回避とか無理だし……」

 

 パワータイプのmobであるデモニッシュ・サーバントが放ったソードスキルをステップのみで回避したアスナは、間髪入れずに『スター・スプラッシュ』を発動。細く隙間だらけな骸骨剣士の胸の辺りに突きを当てる姿にキリトやハルも目を奪われてしまう。

 オレの場合は、彼女よりも余裕をもって回避するか、できなければパリィで凌ぐ。そうしてできた隙をキリトが攻めて、その逆も同様だ。ただ、オレはキリトほどの火力が出せないのでタゲ取りしてる方が多い。

 キリトからは疑似的なタンクもディーラーもできて羨ましいと言われたが、オレは彼の方が羨ましい。はっきり言って中途半端なのだ、オレは。状況に応じて柔軟に立ち回りが変えらるので、今のビルドが間違っていたとは思わないが、階層を重ねる毎に敵のAIが強化され、七十層を超えた辺りから囮役が困難になってきている。

 

 「ハル、今だ!」

 

 仰け反った敵に『バーチカル・スクエア』を叩き込んだキリトの指示で、ハルが『パワー・ストライク』の一撃を放つ。それによって残り二割にも満たなかった骸骨剣士のHPバーが消し飛び、爆散した。ここまでで数回の戦闘をこなしているキリト達だが、どれも安定していて問題らしい問題は見られなかった。今日一日は本当にただいるだけになりそうで、彼の相棒としては少々複雑だった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「ハル、素材の集まり具合はどうだ?」

 

 「うん、必要な分は集まったよ」

 

 自身のストレージを確認しながら、ハルは満足そうに頷いた。いつもならここでキリトが頭を撫でる所だが、今のハルは兜によって頭全体をすっぽり覆われている為それができない。ほとんど癖でハルに伸ばしかけた手をひっこめたキリトは、バツが悪そうに頬を掻いていた。

 

 「お前等が順調だったからうっかりしてたけどよ……もう迷宮区の最上階だぜ?」

 

 「……あ」

 

 「も、もうボス部屋でマップ埋まっちゃうんじゃないかな……」

 

 気づけば道は目の前をまっすぐ伸びていくだけだし、周りの雰囲気も重苦しいものになっていた。ここまで順調すぎたので気づかなかったが、今までの経験からすれば、次の部屋がボス部屋である事はほぼ間違い無いだろう。

 

 「……カアァ……」

 

 「おいおい、本当にボス部屋じゃないか……」

 

 一本道を進み続けて幾何もしない内に、ヤタが唸るように鳴く。そしてそれと同時に、オレ達の視界に巨大な扉が映った。

 

 「こ、この奥に……フロアボスがいるんだよね……?」

 

 「ああ。ハルは初めてだし、扉の外で待ってろよ」

 

 不安そうなハルをなだめるように、穏やかな声を発したキリトは、アスナと共に転移結晶を片手に扉を開けた。

 一パーティーにも満たない人数で戦うつもりはないが、折角だしボスの姿を拝んで行こうという話になったのだ。元々フロアボスは部屋から出てこないし、転移結晶を使えばすぐに圏内へと脱出できる。しかもここには実際レイドの指揮を執る事が多いアスナとサクラがいるので、彼女達がボスの情報を持っていれば今後の偵察戦もスムーズに行える筈だ。

 

 「バトルジャンキー発揮して粘ろうとすんなよ」

 

 「んな事するかよ……お前こそ今日戦ってなくてウズウズしてるんじゃないか?」

 

 いつもの軽口を交わし、キリト達が部屋へと入った。オレも念の為、部屋の外で弓に矢を番える。サクラはオレの邪魔にならないようにか、少し離れた所で待機している。だがその表情は真剣そのものであり、剣こそ抜いていないが心構えはできているようだった。

 

 ―――まだか

 

 キリトとアスナが部屋に入った事で、ボス出現の演出が始まる筈だが、部屋の奥は漆黒の闇に包まれたままだ。

 

 「……」

 

 どんな些細な変化も見逃すまいと神経を尖らせたその時、部屋の中に青い炎が灯った。すると連鎖するように、手前から奥へ向かって次々と大きな燭台に炎が灯っていく。今まで見えなかったが、燭台は円形のボス部屋の壁伝いに設置されていたようだった。そして青い炎に照らし出された巨躯が、部屋の中央に鎮座している。

 全身縄の如く盛り上がった筋肉に、周囲の炎に負けぬ深い青い肌。両の側頭部から、立派にねじれた太い角が伸びた山羊の頭。視線を下げれば、人のものではないと解る下半身と、そこから尻尾として蛇が生えているのが見て取れた。

 ……ぶっちゃけRPGの鉄板だが、SAOではあまり見なかった悪魔型のモンスターが、この層のボスだったのだ。

 

 「グルルゥゥ……」

 

 ザ・グリームアイズ。それがボスの名だ。カーソルと共に名が表示されたのと同時にヤツの目が怪しく光り―――

 

 「ゴアアアァァァァ!!」

 

 ―――右手に持った両手用の大型剣を振り上げながら、オレ達めがけて走り出してきた。

 

 「て、撤退!てったあぁぁい!!」

 

 「うわあぁぁぁ!」

 

 「きゃああああ!」

 

 「いやあぁぁぁ!」

 

 「うぐぇ……!」

 

 ハルがいる手前、みっともなく叫ぶ事こそなかったが、それでも裏返った声で撤退宣言をしたキリト。そんな彼に抱えられながらも初めて見たフロアボスに悲鳴を上げたハル。アスナとサクラも悲鳴を上げるのは我慢できなかったようで、全速力でボスとは反対方向に駆け出した。

 オレも逃げようと思ったのだが……先に動き出したサクラがオレのマフラーを引っ掴んだようで、現在引きずられている。

 

 (……つーかコレ、引きずられている……のか?)

 

 さっきの悪魔を忘れようと現実逃避する頭で、ふと今の自分に疑問を抱いた。何故なら―――

 

 (……マンガやゲームじゃねぇんだし……いや、この中ってゲームだったか)

 

 ―――今のオレ、地面に足がついていないのだ。というかほぼ水平。首が締まって息苦しい。元々アバターは呼吸を必要としないので、窒息死する事はない。だがしかし、感覚の問題はどうしようもない。サクラ達が一体どこまで走るのかをぼんやりと考えながら、オレはされるがままだった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「げほっ…げほっ……」

 

 「ごご、ごめんねクロト」

 

 安全エリアにて、漸くサクラが止まってくれたのでオレは解放された。とはいえ怒るつもりはない。ボスが怖かったのはオレも同じだし、サクラが引っ張ってくれなかったら己の黒歴史になるくらいのみっともない叫びをあげていただろうからだ。ぶっちゃけ恥ずかしい所を見られなくてよかった、と思っている自分の方が大きい。

 

 「―――あれは苦労しそうだね……」

 

 一息ついたところで、アスナがそう切り出した。それを機に、オレ達の思考もボス攻略にシフトする。

 

 「パッと見、武装は大型剣一つだけど……特殊攻撃はあると踏んでいいだろうな」

 

 「つーか尻尾が蛇だったし、後ろにも攻撃が来るだろ絶対」

 

 「偵察戦では前衛に堅い人を集めて、地道にスイッチしてパターンの解析……でしょうか?」

 

 キリト、オレ、サクラの順に意見を述べ、アスナが吟味するように考え込む。ハルは力になれないと分かって何も言わずに兜と籠手を外し、携帯調理器具を取り出して昼食の準備を進めていた。……昼っつってももう二時過ぎだけどな。

 

 「盾装備の奴が十人以上……最低でも二パーティーくらいは必要だろうな……またDDAの連中がLAよこせってうるさいだろうなぁ……」

 

 キリトがうんざりしたように呟き、サクラが同意するように頷いた。

 KOBにもタンク隊はいるが、その全員がボス戦に参加できる程の練度という訳ではない。ギルドの規模もそこまで大きくない為、事前情報の無い偵察戦に出せるのは一パーティーがやっとだろう。そうなると必然的に大規模ギルドのDDAに頼まざるをえない。そしてDDAは「危険な偵察戦に最も多くの人材を派遣するのだから相応のリターンを」と突っかかってくる。これが中々に面倒臭い。これだからパワータイプのボス戦は嫌いだ。

 

 「盾装備、ねぇ……」

 

 アスナが意味ありげに、キリトを見る。彼はそれが気になったのか、少しぶっきらぼうに口を開いた。

 

 「一体何だよ?」

 

 「君達、何か隠してるでしょ」

 

 不意打ちに近い形で鋭い指摘を受けたオレ達は、せめて動揺を悟られないように平静を装うのが精一杯だった。

 

 「いきなりだなアスナ。何の根拠があって―――」

 

 「―――だっておかしいもん。片手剣の最大のメリットは盾を持てることでしょ。でもキリト君が盾を持ってるとこ見た事ないし……私はレイピアの速度が落ちるからだし、スタイル優先で盾を持たない人もいるけど、キリト君はどっちでもないでしょ」

 

 「いや、コイツは左手で体術スキル使う事もあって―――」

 

 「だったら籠手と一体型の盾を使えばいいじゃない。素手よりそっちの方がダメージが大きくなるんだし、小さいから動きの邪魔になる事も無いでしょ……怪しいなぁ」

 

 ……まずいまずいまずい。取り繕うつもりが墓穴を掘っちまった。アスナの指摘でサクラも疑いの目を向けてくるし、ハルはどうしたらいいのか分からなそうだ。そして肝心のキリトはアスナから目を逸らし、オレにアイコンタクトを送ってきた。

 

 ―――二人になら、話してもいいだろうか?

 

 例え打ち明けても、この二人ならば離れていく事は無い筈だ。それが分かっているからこそ、キリトは迷っているのだ。だが、オレはサクラ達に気づかれないよう、ほんの僅かに首を横に振った。

 おそらくキリトのみが持つエクストラスキル、二刀流。いざという時に万全の状態で使えるように、スキル自体はとっくにコンプリートしているし、ダークリパルサーを入手してからはヤタの索敵範囲内に人がいない状況では遠慮なく使って慣らしている。それ故オレは二刀流が生み出す火力がどれほどのものであるかは嫌というほど見ているし、使えばキリトはダメージディーラーとして今以上に攻略組に無くてはならない存在となる事は容易に予想できた。

 つまり二刀流を知られてしまえば、キリトは戦い続ける以外の道を選べなくなってしまうのだ。この二年間で、彼がどれだけ傷つき、その傷が癒される事無く戦いの日々に塗り重ねられてきたのかを知っているオレとしては、もうキリトを休ませてやりたかった。

 彼自身は隠しているつもりだろうが、もうとっくにガタが来ているのだ。今朝のクラディールとのデュエルだってそうだ。本来のキリトなら、武器を替えて襲い掛かってきたアイツにカウンターを叩き込むくらい造作も無かった筈だ。それなのにアスナに助けられてしまった。

 

 (もう限界なんだよ……相棒(キリト)は)

 

 だからこそ、二刀流をばらすつもりは無い。サクラ達の信頼を裏切る事は重々承知だ。だが、それでも……オレはこれ以上キリトに傷ついてほしくなかった。

 

 「ま、いいわ。スキル詮索はマナー違反だし」

 

 「……へ?」

 

 どう説得したものかと頭を悩ませていると、意外なほどあっさりとアスナは引いてくれた。それに思わずオレ達は間の抜けた声を上げてしまったのだ。

 

 「ちょ、丁度ご飯も用意できましたし、食べませんか?」

 

 すかさずハルが、よく分からない具材が入った青色のスープと、黄色いゴムボールのような何かを差し出してきた。食べ慣れているオレ達は何の躊躇いも無くそれらを受け取ったが、アスナとサクラは結構顔が引きつっていた。

 

 「それ……何?」

 

 「ん、食べれば分かるぜ」

 

 思わずといった様子で聞いてきたサクラに、オレはスープの入った器を差し出した。一方のアスナはキリトからゴムボールのような何かを受け取っていて、訝しげに見つめていた。僅かな逡巡の後、意を決した二人はそれぞれ手にした物を一口含んで……硬直した。

 

 「こ、これ……」

 

 「すっごく……懐かしい味……」

 

 「な?分かったろ」

 

 こくこくと頷く二人を見て、作り手であるハルも満足そうに笑みを浮かべた。黄色いゴムボールのような何かは現実世界のおにぎりを、青いスープは味噌汁の味を寸分違わずに再現しているのだ。初めの頃こそハルを含めたオレ達三人とも口にするのに抵抗があったが、それ以上に現実の懐かしい味が嬉しくていつしか気にならなくなったものだ。

 

 「お二人の口に合ったみたいで何よりです。見た目はちょっとアレですけど……」

 

 「それでも十分すごいよ。私お味噌なんて作れなかったもん……」

 

 「素材は普通に手に入りますから、今度レシピ教えますよ」

 

 ハル達のやり取りを眺めながら、オレもおにぎりモドキを齧った。口の中に広がる海苔の風味と、ご飯のほのかな甘み。そして中に詰め込まれた塩鮭が、とても堪らない。

 

 「それじゃあ今度はこっちの番ね」

 

 ハルの弁当を平らげると、アスナが勝気な笑みと共に紙の包みをバスケットから取り出していた。確かに普段以上の大人数で食べたので、腹の膨れ具合はまだ物足りなかった。もっとも、彼女も弁当を持ってくるのを見越したハルが、量を調整していた事も考えられなくもないが。

 渡された包みを開くと、美味しそうな見た目のサンドイッチが現れた。同時に胡椒に似た香ばしさが嗅覚を刺激し、食欲をそそる。オレとキリト、ハルは揃って大口を開け、サンドイッチに齧り付いた。

 

 「……旨い」

 

 「あぁ。それしか言えねぇよ」

 

 「これ……ハンバーガーじゃないですか」

 

 外見こそサンドイッチだが、ちょっと濃いめの甘辛い味付けは、日本ではお馴染みなファーストフード店のハンバーガーのそれと同じだった。オレ自身は現実世界でそこまで頻繁に食べる機会は無かったが、それでもこの味はよく覚えていた。

 

 「あの……この味、どうやって再現したんですか?」

 

 「ふふん、一年の修行と研鑽の成果よ」

 

 聞けば彼女は、攻略の傍らでアインクラッド内の調味料を集め、味覚再生エンジンに与えるパラメータを全て解析してマヨネーズと醤油を再現したらしい。サンドイッチのソースもそれらを使って作ったそうだ。まぁ、中には解毒ポーションの原料なども混じっていたが、聞かなかった事にしておこうと誓った。ちなみに材料の収集とパラメータの解析はサクラも手伝ったそうだが、それでも一年もの間頑張り続けてきたのは称賛に価するのではないだろうか。

 

 「でもハル君だって私と似たような事してお味噌作ったんでしょ?私だけがすごいって訳じゃ無いわ」

 

 「僕は偶々ですよ。そこまで細かく調べようとは思いませんでしたから……」

 

 「だったらアスナと一緒に組み合わせを考えてみたらどうだ?レパートリーが増えればキリトだって喜ぶだろ」

 

 お互いのレシピを公開しあえば、そこから何か生まれる可能性が大きい。正直な話、オレだって旨い物は食いたいし。

 

 「言い方は良くねぇけど、よく最前線で戦いながら非戦闘系スキル上げようって思ったよな……」

 

 「あ、あはは……この世界の食事をどうにかしたいって、アスナさんいつもぼやいてたから……」

 

 パンを幾らかちぎってヤタに与えながら零した言葉に、サクラが苦笑して答えた。そういえば第一層で初めてパーティーを組んだ日の晩、キリトが黒パンにクリームをつけさせた時の食い付きは結構なものだったっけ。

 

 「―――ね、ねぇキリト君。今度そっちの家にお邪魔しても……いいかな?」

 

 「……」

 

 ん?何かアスナが踏み込もうとしているみたいだが、肝心のキリトが無反応とはこれいかに。今更無視するなんて冷たい態度を取るとは思えないが……

 

 「キリト君?」

 

 片膝を抱えて俯いている彼に近づくアスナ。だがそれでも何のリアクションも示さないキリトに疑問を抱いた彼女は、優しく肩を揺すった。すると―――

 

 「……」

 

 「え、わわっ!?」

 

 ―――バランスを崩したのか、グラリとアスナの方へ体が傾き、彼女の肩に頭を乗せるようにもたれ掛かる。途端にアスナは驚き、ほとんど反射で少し身を引いてしまった。その結果キリトは完全に彼女の方へと倒れこむ。

 

 「ちょ、え!?」

 

 「……すぅ……」

 

 何とまぁ、アレだ。いつの間にか寝てたキリトの頭は、今現在アスナの大腿部の上にあった。世に言う膝枕である。突然の事にアスナは茹蛸みたいに真っ赤になり、軽くパニックを起こしている。それでも下半身を一切動かしていないのは流石だが。

 

 「に、兄さん……どうしたの……?」

 

 思わずキリトに呼びかけるハルだが、当然返事はない。サクラも黙ってこそいるが、ハルと同じ心境だろう。

 

 「あ~ワリィ、言い忘れてた」

 

 「クロトさんは何か知ってるんですか?」

 

 「まぁ、な。最近のコイツ、ダンジョンの安地とかで寝る事がよくあるんだよ。短い時は十分くらいで目が覚めるけど、長い時は一時間以上寝てる。それもえらく疲れ切った顔でさ……」

 

 ……もう、言ってしまおう。ここで教えなければ、誰も気づかないと思うから。

 

 「……もうキリトは、限界なんだよ。この二年間、戦って、戦って、戦い続けて……心はもうとっくにすり減ってボロボロなんだ……!そのくせ禄に休むどころか受けた傷を癒す事すらできてなくって……」

 

 打ち明けるのと同時に、オレの中に無力感が広がる。ハルですら知らなかった事を知っていたのに、オレ自身はほとんど何もできなかった。唯一できたと言えるのは、ただ彼の隣で戦い、死なないようにする事だけ。だがそれだってキリトに生き地獄を与えて苦しめ続けてきただけなんじゃないかと思わずにはいられなかった。

 

 「もう……もういいだろ……!キリトは充分戦ったんだ。いい加減休ませてやってくれよ……」

 

 「クロト……」

 

 攻略組だからとか、大切な人達の為だとか……そういった事を全て投げ出して戦いから身を引いてもいい筈だ。キリトはそれくらいものを背負って戦い続けてきたのだから。このまま戦い続けてしまえば、きっとまたキリトは深い傷を負って……心が壊れてしまう。

 だが以前キリト自身にそれとなく聞いても、彼は剣を置く気はないと断言した。もっと強く言えば違ったかもしれないが、そうしたら今の関係が崩れてしまいそうで、怖くて言えなかった。

 

 「オレじゃ、ダメなんだよ……止めるのも、心を癒すのも……ただ死なないようにする事以外、何もできないんだよ……!」

 

 悔しさと自己嫌悪が胸中を占め、歯を食いしばる。友人一人助けられない自分が嫌になる。

 

 「……本当に兄さんそっくりですね、クロトさんのそういう所」

 

 ハッとして俯いた顔を上げると、ハルが穏やかな表情を浮かべていた。その眼にオレを糾弾する意志は全く感じられず、オレはただただ困惑するだけだった。

 

 「何でだよ……オレは、お前の兄貴が傷だらけになってくのを黙って見てたん―――」

 

 「―――それを言ったら僕も同じ……いえ、それ以上に質が悪いです。本当は二人共無理してるって分かっていたのに、戦いに送り出していたんですから。クロトさんだって自分の悲鳴に気づかないくらいボロボロでしょう?」

 

 「んなワケあるかよ……!キリトに比べりゃオレなんか……オレ、なんか……!?」

 

 そこから先が、出てこなかった。気づけば視界がぼやけ、頬を熱い何かが伝っていた。

 

 「クロト……本当はまだ、自分が怖いんでしょ。それでも戦ってきたんだから、クロトも頑張ったんだよ」

 

 「オレ、は……」

 

 サクラに優しく抱きしめられたオレにできたのは、ただ彼女にしがみついてキリトの眠りを妨げぬように、声を押し殺して泣く事だけだった。




 あ、あれ~?何でこんなくどいシリアスになっちゃったんだろ……?

 次の話でグリームアイズ戦まで行けるかなぁ……?


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五十一話 和やかな一時と軍との接触

 クロト サイド

 

 「……わりぃ、情けないとこ見せて」

 

 「ううん、辛い時はいつでも頼ってくれていいんだよ」

 

 男として、泣き顔を他人に晒すのは気恥ずかしい。だがそれ以上に、サクラの抱擁は心地よいものだった。涙が止まり、名残惜しくも彼女から離れると、オレは改めて相棒の様子を確認する。

 

 「……すぅ……」

 

 いつもなら疲れ切った顔で、泥のように眠っているのだが、今は幾分かマシな表情だった。アスナが恐る恐る頭を撫でると、少しくすぐったそうに身じろぎをして、穏やかな寝息を立てる。

 

 「安心、してんのかな……」

 

 「きっとそうですよ。僕も兄さんのこんな表情見た事ありませんから」

 

 アスナが頭を撫でている間、キリトは嫌がる様子も無く……というより、甘えるように彼女の大腿に頭を摺り寄せていた。最初は手つきがぎこちないアスナだったが、すぐにコツをつかんだようで、妙に様になっていた。赤面していた顔も今では慈愛に満ちた微笑みを浮かべており、優しげにキリトを見つめていた。

 

 「そういえばキリトの髪って結構綺麗だよね」

 

 「……言われてみれば、確かにそうだよな……」

 

 「母譲りなんですよ、僕達の髪」

 

 「そっかぁ……でも、男の子なのにこうサラサラしてるって……ちょっと羨ましいかな」

 

 サクラの何気ない疑問。それに答えたハルと、納得しつつも複雑そうな表情を浮かべるアスナ。そんなやり取りが心地よくて、微笑ましかった。

 

 ―――ここが迷宮区の安全地帯だという事を忘れてしまう程に。

 

 「カ!」

 

 「んぁ?誰か来たのか」

 

 プレイヤーの接近を知らせるヤタによってオレの意識は現実へと戻され、ここへ向かっているだろう人物が誰なのかを見極めようと視線をそちらへ向けた。

 赤銅色の和風の防具に身を包んだ、見慣れた一団。その先頭を歩いているのは、額に巻いた悪趣味なバンダナがトレードマークともいえる刀使いだった。

 

 「そっちも大分キツそうだなクライン」

 

 「おお、クロトか。おめぇさんがいるっつー事は、キリの字は寝てんだろ?」

 

 オレが近づき声をかけただけで、クラインはおおよそを察して声を潜めてくれた。クラインといいエギルといい、本当にこういう所は敵わない。こんな大人になりたいと、素直に思えてしまう程に。

 

 「ちょっと前にボス部屋みつけてな……ほれ、マップ」

 

 「マジかよ……いっつもワリィな」

 

 「相棒を起こさねぇように気を使ってもらってんだ。このくらいの礼はさせてくれ」

 

 半ば押し付けるように、クラインにマップデータを送る。その後オレの後ろに視線を送った彼は、物珍しそうな顔をした。

 

 「お、今日は珍しく誰かとつるん……で…………」

 

 「あ……やべ」

 

 硬直したクライン達風林火山。何故そうなったのかを察したオレは、どうしたものかと頭を掻いた。だって風林火山、悪く行ってしまうと男しかいないむさ苦しい集団なのだ。そうでなくともSAOの男女比は傾きが大きいので、この世界の男は慢性的に異性との出会い……友好関係を求めている。特にクラインはNPCにまでがっつくほど飢えている訳で、そんな彼らががっくりと項垂れるのはある意味当然のリアクションだった。

 

 「ア、アスナさんの膝枕……」

 

 「羨ましすぎるぞ……!」

 

 いい年した大人達が声を殺してさめざめと泣いているのは結構シュールな光景だが、嫉妬はしても恨んではいない辺り、気のいい人達である。

 

 「そりゃキリの字だってちったぁいい事があったっていいだろって、思ってたけどよぉ……こりゃねぇだろ……」

 

 「だ、だからって泣くなよ……」

 

 現実だったら血涙で池でも作ってしまうんじゃないかと思えるほどの表情だったクラインを、幾らかの時間をかけて漸く立ち直らせる。

 やっと表情を改めた彼はアスナの前まで歩くと、彼女と挨拶を交わす。

 

 「こんにちは、アスナさん。風林火山のクラインです」

 

 「こんにちは、クラインさん。いつもお世話になっています」

 

 さっきとは打って変わって紳士的な表情をしていた彼の、切り替えの速さには何とも言えない大人らしさを感じずにはいられなかった。

 

 「そういやハル、オメェもここまで来て大丈夫なのかよ?」

 

 「怖くないと言えば嘘になりますけど……兄さん達が守ってくれましたから、大丈夫です」

 

 「それもそうだな」

 

 クラインがわしゃわしゃと頭を撫でると、ハルは嫌がってはいないものの少々困った表情を浮かべる。多分無意識にキリトと比べているのだろう。彼に比べればクラインの手つきは幾分雑だと言わざるを得ないし、以前オレが頭を撫でた時も同じような表情をされたし……つかキリトのヤツが上手すぎるんだよ、きっと。

 

 「にしても……随分マシみてぇだな」

 

 「クラインさんも知ってたんですか?」

 

 「ええ。何とかしてやりたかったんすけど、どうしたらいいか分かんなくって。しかもコイツ自身が何でも無いの一点張りで……」

 

 バツが悪そうに頭を掻くクラインだったが、やがて居住まいを正すと、アスナに深々と頭を下げた。

 

 「アスナさん。口下手で無愛想で……ブラコンで寂しがりやなクセに意地っ張りで、何でも背負い込もうとしちまうバカタレな面倒くさい奴ですが……キリトの事、どうかよろしく頼みます」

 

 「クライン……まるでキリトの兄貴みたいだな……」

 

 「しかもアレ、本当なら僕のセリフですよね……」

 

 ハルと揃って呆れた表情を浮かべるが、同時にクラインが羨ましかった。あんな風に面と向かって誰かを頼るのは、多分今のオレにはできないだろう。

 一方でアスナは、最初こそキョトンとした顔だったが、やがてしっかりとした笑みを浮かべた。

 

 「はい、任されました」

 

 ―――なぁ、キリト。お前の事を気にかけてくれる人は、すぐ傍にちゃんといるんだぜ?オレだってお前の事言えたもんじゃないけど、それでも……もっと頼ってくれ。オレじゃない誰かでもいい。この場にいる人以外にも、お前の事を心配してくれる人はいるんだから。だから……だからもう、自分を蔑ろにするのはやめてくれ。

 

 「キリトは、いろんな人に愛されてるんだね……」

 

 「……あぁ。アイツに会って、同じ時間を過ごした人達はみんなそうさ」

 

 サクラに微笑むと、彼女も笑顔を見せてくれた。キリトがいたから、オレは今こうしてサクラの隣にいられる。だから今度は、オレの番だ。そう決意し、再びキリトを見る。

 こういう所を見ると本当に子供っぽいとか、いっその事この寝顔を撮影してアルゴにでも売りつけてやろうかとか、とりとめのない事を十数分ほど考えていると―――

 

 「……ん……ぁ……?」

 

 ―――小一時間ほど眠っていたキリトが、漸く目を覚ました。しかも寝ぼけ眼という、今まで見た事が無いくらいに無防備な顔を晒している。

 

 「おはよう、よく眠れた?」

 

 「あ……すな……?」

 

 覚醒しきらない目で、ぼんやりとアスナを見ていたキリトだったが……十数秒後、漸く状況が理解できたようで、瞬く間に顔が真っ赤になった。

 

 「うわあぁぁぁ!?」

 

 叫びと共に電光石火の速さで身を起こした彼は、そのままアスナから距離をとって土下座した。

 

 「ごごご、ごめん!いや、本当にすみませんでしたぁ!!」

 

 「お、落ち着いてキリト君!全然気にしてないから!」

 

 土下座したまま謝罪の言葉を重ねるキリトと、なだめようとワタワタと慌てるアスナ。それが何ともおかしくて、失礼だと分かっていても笑いを堪える事ができなかった。

 

 「くっははは!はははは!!」

 

 オレだけじゃない。ハルもサクラも、クライン達でさえ一様に腹を抱えて笑ってしまっていた。

 

 「な、く……クライン!?いつからいたんだよ!」

 

 「おめぇがぐーすか寝てる時だよ。全く羨ましいよなぁ、なんたってアスナさんの―――」

 

 「黙れええぇぇぇ!」

 

 羞恥で再び顔を真っ赤にしたキリトがクラインに殴りかかるが、冷静さを欠いた彼の拳は空を切るだけだった。そのままカウンターでクラインにヘッドロックをかまされ、ジタバタともがくキリトは物凄く子供じみていて……見ていて微笑ましかった。

 

 「カァ!」

 

 ―――けれども、そんな和やかな時間は長くは続かない。新たなプレイヤー達の接近を知らせる、ヤタの警告に意識を引き戻された。

 

 「あ、あれって……」

 

 「軍……ですよね?」

 

 統一された黒鉄色の鎧に濃緑色の戦闘服。十二人いる内の六人が大型の盾を装備しており、その表面には特徴的な城の印章が施されていた。第二十五層のボス戦で多大な被害を被って以来、最前線攻略には全くと言っていいほど参加しなかった筈の軍のメンバーが、現れたのだ。彼らの存在に気づいたクラインはヘッドロックをやめ、解放されたキリトはハルを隠すように自分の後ろへと下がらせる。

 

 (つか、バイザーのせいで顔が見えねぇから誰が誰だかよく分かんねぇよ……)

 

 先頭にを歩く一人だけ装飾が異なるが、後はほとんど見分けがつかなかった。だが、彼らの足取りが重いものである事と、隊列が辛うじて維持されている様子から、相当疲労しているだろうとは分かった。

 

 「休め!」

 

 安全地帯の端で先頭の男がそう言った途端、残りの十一人は崩れるように座り込んだ。だがリーダーらしき人物はそんな様子に目もくれず、こちらへと歩いてきた。

 

 「私はアインクラッド解放軍所属、コーバッツ中佐だ」

 

 「クロト、無所属だ」

 

 ギルドに所属しているサクラ達の場合だと、他ギルドのメンバーと衝突した場合に組織同士で面倒な話し合いになる事が多い。だが、オレやキリトの場合ならそういった事は無いので、今回はオレが前に出た。

 

 「諸君らはこの先も攻略しているのか?」

 

 「まぁな、ボス部屋まではマッピングしてるぜ」

 

 「では、そのデータを提供してもらいたい」

 

 「あぁ?」

 

 横柄な口調に辟易していると、サラッととんでもない事をぶちかましてきやがった。初対面の相手に当然のようにタダでマップデータを要求するとかバカじゃねぇか?

 

 「て、提供しろだとぉ!テメェマッピングの苦労が分かってて言ってんのか!?」

 

 未知の場所を危険を顧みずに探索して手に入れたマップデータは、非常に貴重な情報だ。特にトレジャーハンターの間では高額で取引されることも少なくないし、攻略組同士でも、ダンジョン内では相応の対価を払って取引するのが普通だ。だからこそ、タダでデータをよこせと言ったコーバッツにクラインがキレるのは当たり前だった。

 

 「我々アインクラッド解放軍は、君ら一般プレイヤーが一日でも早くこのゲームから解放される為に戦っている!故に諸君が協力するのは当然の義務である!!」

 

 傲岸不遜としか思えない態度にイラつくが、データを渡さなかったら休んでいる十一人を使い潰しそうなので嫌々ながらもデータを渡す。咎めるようなアスナ達の声を今回は無視して、味方の方へと歩いていくコーバッツに声をかけた。

 

 「アンタ、ボスとやろうってのか?」

 

 「答える必要は無い」

 

 「だろうな……けど一つ言っとくぜ。戦果を上げんのと味方の命、どっちが大事かよく考えるんだな」

 

 「私の’部下’は、こんな所で倒れるような軟弱物ではない!貴様らさっさと立て!」

 

 部下、か。DDAやKOBみたいなギルドであっても、味方をそんな風に言うヤツなんてまずいないってのに……指揮系統をしっかりさせるためなのかどうかは分からないが、軍では縦社会が進んでいるようだった。

 

 「……大丈夫なのかよあいつら……」

 

 コーバッツ達の足音が聞こえなくなってから少したって、そわそわしていたクラインが口を開いた。

 

 「ぶっつけ本番でボスに挑むなんて、しないと思うけど……」

 

 「一応、様子だけでも見に行こう。今ならまだ追いつけるかもしれない」

 

 続けてサクラ、キリトがそう言うと、アスナや風林火山のメンバー、それにハルまでもが追いかけようと首肯した。本当にお人好しばかりである。

 

 「データ渡したオレが言えた事じゃねぇけど、間に合わなかったらどうすんだよ?」

 

 「あんなんでも指揮官なんだ。引き際ぐらいわきまえてるだろ。ほら、行こうぜ」

 

 楽観的といえなくもないキリトに促されたオレもまた、軍を追いかけるべく歩き出す。正直コーバッツ達がどうなろうと向こうの責任なのでどうでもいいと思ってしまうが、知り合った人間が死ぬというのも寝覚めが悪い。矛盾している気がするが、どちらも本心である事に変わりは無い。

 

 (やれやれ……どうすっかな……)

 

 間に合った場合と、間に合わなかった場合。それぞれでの対応を考えながら、オレはキリト達と共にボス部屋へ向かって進みだした。




 次回、グリームアイズ戦になる……筈。


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五十二話 青眼の悪魔

 今回のタイトル……原作まんまです。すいません。


 クロト サイド

 

 安全地帯を出発してからおよそ三十分、最上階の回廊にてオレ達はリザートマンロードの群れとぶつかり合っていた。広さはそれなりにあったので、何人かで分担して各個撃破で問題無く全滅できた。だがここに来るまでの道中で、軍の連中に追いつく事は無かった。

 

 「こっから先はボス部屋だけなんだろ?もう転移結晶で帰っちまったんじゃねぇか?」

 

 「だといいけど……」

 

 おどけた様にクラインが口を開き、キリトが不安そうに答えたその時、回廊の奥から悲鳴が聞こえた。クラインの言う通り、この先にはボス部屋しかない。

 つまりコーバッツは、ぶっつけ本番でボスに挑んだのだ。間に合わなかった、としか言えない。

 

 「兄さん行って!」

 

 「クライン、ハルを頼む!」

 

 「おう、任せろ!」

 

 だがそれでも、キリト達は駆け出した。オレも遅れる事無くそれに続く。敏捷値の関係でハルやクライン達を置いていく形になってしまうが、彼らならここのモンスターに後れを取る事も無い。

 ステータスが許す限りの速度で走り続けたオレ達は、悲鳴が聞こえてから一分と経たずにボス部屋までたどり着いた。

 

 「おい!大丈夫か!!」

 

 到着と同時に、声を張り上げるキリト。だが中の様子を見たオレ達は、揃って息を飲んだ。

 はっきり言って、地獄絵図ともいえる状況だったのだ。部屋の中心でこちらに背を向けるボスと、それに対峙する軍の一団。だが確認できる人数は十人で、その内二人のHP残量が一割程度、残る八人が五割から六割といった所だった。一方でボスのHPバーは最初の一本こそ大分減っているが、残りの三本は満タン。全体でみれば二割程度しか減っていない。

 

 「は、速く転移結晶で逃げてください!」

 

 「だ、ダメだ!結晶が……使えない!」

 

 (ウソだろ……?最悪じゃねぇか……!)

 

 サクラの叫びと、軍のメンバーからの返事。予想していなかった内容に、オレ達は絶句するしかなかった。

 危険な状況から瞬時に安全な街へ離脱や、瞬時にHP回復や状態異常の治療。これら全てを可能としてくれるのが各種結晶アイテムであり、オレ達プレイヤー達にとって生命線ともいえる。だが、目の前の部屋に入った瞬間にそれら全てを封じられてしまうのだ。命を落とす危険が今までのボスとは段違いに―――いや、既に軍からは二人の死者が出ている。

 オレ達の思考がそこまでめぐる間もボスの攻撃は止まず、その度に悲鳴が上がり軍のメンバーのHPが大きく減っていく。あと数十分もすれば、全滅するだろう事は容易に予想できてしまった。

 

 「……戻るぞ」

 

 「え……?」

 

 何とか絞り出した声は、ひどく掠れていた。だがそれでもキリト達には聞こえたらしく、全員が信じられないとオレを見ていた。

 

 「オレ達は間に合わなかったんだよ。アイツ等はもう……助からない」

 

 「見捨てるって言うの!?クラインさん達が来れば、あの人達を助ける事くらい―――」

 

 アスナが怒りと共に声を荒げ、オレに詰め寄ってきた。いつものオレならば、もっと落ち着いて説き伏せる事ができたかもしれない。だが今のオレは、目の前の一方的な戦いに冷静さを欠いていた。 

 

 「―――それが無理だって言ってんだろ!」

 

 「く、クロト……?」

 

 抑えていたものをぶちまける様に、オレは叫んでしまった。気づいた時にはもう遅く、言葉を止められなかった。

 

 「もう二人死んでるんだぞ!フラフラになってもここで戦えるだけのレベルがあった奴らが!そっからボスの攻撃力がオレ達ディーラーにとって致命傷だって事ぐらい解れ!それに―――」

 

 レイドの指揮を執る彼女に、脅しと言える言葉で追い打ちをかけてしまう。

 

 「―――アイツ等を助ける為に、オレ達の誰かが死ぬんだぞ!お前はそれでいいのか!!」

 

 「っ!?そ、それは……」

 

 アスナは俯き、黙り込んでしまう。彼女だけじゃない。サクラもキリトも同じ様に俯いている。皆分かってしまったのだ……オレが軍の連中を見捨てる事を選んだ理由が。

 アイツ等はあくまで他人だ。その他人を助ける為に自分の命を懸けれる人間は少ないが確かに居る。けれども……自分の大切な人の命は懸けれるだろうか?誰とも分からないヤツを助ける為に友人を、仲間を、恋人を犠牲にするなんて事ができる人間などいる筈がない。

 

 「アイツ等を助ける為にお前等を死なせるくらいなら……オレは、お前等を選ぶ……!」

 

 これも、選択だ。見ず知らずの他人の命と、仲間の命の。薄情者、人でなしと言われようが構わない。それでオレの大切な人達が死なずにすむのなら……!

 

 「おい!どうなってんだ!?」

 

 遅れながらにやって来たクライン達にも、オレは同様の説明をした。

 

 「―――ギルマスやってっからオメェの言ってる事は分かる……分かってるけどよぉ……どうにかなんねぇのかよ……」

 

 「本当に……見捨てるしかないんですか……?」

 

 己の葛藤に震えるクラインと、涙声で訴えるハル。自分がどれだけ利己的な判断を下したのかを思い知らされているようで、苦しかった。

 

 「全員……突撃!」

 

 「よせ……やめろ!」

 

 そんな時、コーバッツの無謀な指示が聞こえた。キリトが堪らず叫んだが、もう遅い。前方から一斉に接近してきたプレイヤー達に対して、ボスはなんとブレスを放った。紫色に怪しい光を放つ瘴気のブレスは射程が短くダメージも大きくは無かった。だがその分横に広く、重装備である筈の軍のメンバー全員を纏めて吹き飛ばす程の衝撃があった。しかもボスの技後硬直がほぼゼロで、総崩れとなった軍に容赦なく大型剣のソードスキルが叩き込まれる。

 もう、蹂躙としか言いようがなかった。今の攻撃で軍は完全に統制を失い、逃げ惑う事しかできなかった。オレ達が声を上げる間もなく一人が掬いあげるようなボスの一撃を食らい、目の前に落ちてきた。コーバッツだ。

 

 「だ、大丈夫ですか!」

 

 「おい、しっかりしろ!」

 

 すぐさまハルとキリトが声をかけたが、既に彼のHPバーは消滅していた。コーバッツの口の動きがやけにゆっくりに見え、あり得ない、と言う彼の最後の言葉を読み取れてしまった。直後、彼はその体を爆散させポリゴン片へと変わり果てた。つまり……死んだのだ。

 

 「そんな……」

 

 「あ、あぁ……」

 

 サクラとハルの悲痛な声。特にハルは人の死を直接見た経験が無く、傍にいたキリトに縋りついた。キリトもそんなハルをなだめようと抱きしめており、クラインは悔しそうに唇を噛み締めていた。

 

 「う、うわあぁぁぁ!」

 

 「っ!」

 

 そしてまた一人、ボスの凶刃によってその命を散らそうとしていた。恐怖に飲まれ、ボスの目の前で尻餅をついた彼は、逃げる事すらできないでいた。

 

 「グウゥゥ……」

 

 獲物を前にして、舌なめずりするかの様にボスはゆっくりと剣を振り上げる。あと数秒もすれば剣は振り下ろされ、今なお怯えている彼にとって命を刈り取るギロチンと化すだろう。

 

 「ダメ……ダメよ……もう」

 

 絞り出すようなアスナの声が聞こえたオレは、嫌な予感がした。優しい彼女は、このまま軍が全滅するのに耐えられないだろう。だとすれば……!

 

 「アス―――」

 

 「―――ダメェェェ!!」

 

 振り返ったその時、アスナは悲痛な叫びを上げながら一筋の閃光と化してボスへと突撃した。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 キリト サイド

 

 「ハル……!」

 

 コーバッツの死を見てしまったハルは、震えていた。人の死に慣れていない弟にとって、目の前で誰かが死ぬ瞬間を見るのはショックが大きすぎる。

 

 「……けて……」

 

 ほとんど聞こえない程小さく、か細いハルの声。それを聞き取ろうと俺は耳を寄せた。

 

 「あの人達を……助けて……!」

 

 「っ!それは……」

 

 俺だって、できる事なら助けたい。だがしかし、そのせいでクロト達を死なせるのは耐えられない。その為俺は何も答えてやれない。

 

 ―――どうすれば……!

 

 どうしようもない葛藤に、奥歯を噛み締める。だがそんな事をしたって最善策が何も浮かんではこなかった。彼らを助けるには、まず人手が足りなさ過ぎる。結晶無効化エリアでなければ、全員が転移結晶で脱出するまでの時間稼ぎならどうにかなっただろうが……

 

 「―――ダメェェェ!!」

 

 「っ!?アスナ!!」

 

 ボスへ向けて、一筋の閃光が駆け抜ける。アスナが単身で突っ込んだのだ。そしてこのままでは確実に彼女は死ぬ。そう分かった瞬間、背筋に悪寒が走った。

 

 ―――また……いなくなる?

 

 父さん、母さん、黒猫団のみんなが死んだ時の喪失感が胸を貫くのと同時に、額の傷跡が疼く。

 

 (……あんな思いを味わうのは……もう嫌だ!)

 

 一瞬だけハルを強く抱きしめた後、俺は身を離した。物分かりの良い弟はそれだけで察してくれたようで、俺の背中を押す様に頷いてくれた。

 

 「アスナアアァァァ!!」

 

 「き、キリト!?」

 

 「バカ野郎……!」

 

 「クソッ、どうとでもなりやがれ!」

 

 全速力で駆け出すと同時に、剣を抜き放つ。後ろでサクラ達が何か言っているようだが、今の俺は気にしている余裕なんて無かった。

 アスナはボスの反撃によって大きく吹き飛ばされており、そんな彼女を切り裂かんと悪魔は斬馬刀を振り上げていた。

 

 「させるかああぁぁぁ!!」

 

 アスナへと振り下ろされる斬馬刀の腹に、横合いから渾身の『ヴォーパル・ストライク』をねじ込む。それによって斬馬刀の軌道がずれ、彼女の横数センチの位置に突き刺さった。

 

 「下がれ!」

 

 アスナにそれだけ言うと、俺はすぐさま目の前の悪魔へと意識を集中させる。どんな軌道であの斬馬刀を振るうのか、どのソードスキルを使用する傾向があるのか、さっきのブレスはどんな状況で使用するのか、尻尾の蛇にも隠された能力があるのか……搭載されているAIの攻撃パターンやアルゴリズムが全く分かっていないのだ。少しでも気を逸らせば、それが致命的な隙となり……俺の死に直結する。

 

 (このままじゃまずい……!)

 

 ボスの剣技は基本的に両手剣の物だが、微妙にカスタマイズされているのか挙動がやや異なる。その為先読みができず、攻撃を捨ててパリィとステップで凌いでいてなお剣が体を掠めていく。しかも予想通り攻撃力が高く、バトルヒーリングの回復が追いつかないうえ剣越しに伝わる衝撃も凄まじい。

 時間と共に少しずつ、だが確実に俺のHPは減っていく。視界の端ではクライン達が軍のメンバーを運び出そうとしているが、俺が部屋の中央でボスと戦っている為遅々として進まない。それどころか、ボスは時折後ろにいる彼らへ攻撃しようと振り返る事があり、その度に俺はダメージ覚悟で重攻撃で無理やりタゲを取っていく。クロト達は多分、俺が粘っている間にボスの攻撃パターンを見極めようとしているのだろう。だがジリ貧なのは変わらない。ボスの攻撃を凌ぎつつ救助する時間を稼げる程の硬さも、この人数でボスを倒せるだけの火力も今の俺達には―――

 

 (……アレなら、もしかしたら……!)

 

 二刀流なら、打開できるかもしれない。グリームアイズの防御力は決して高くはないので、俺の全火力を集中させれば……!

 

 (けど……本当にいいのか……?また、拒絶されるんじゃ……)

 

 二刀流を知らないアスナ、サクラ、クライン。もしここを切り抜けても、彼女達との間に埋まらない溝ができてしまったら?ハルやクロト達にも、また迷惑をかけてしまうのではないか?そんな不安が際限なく溢れ、躊躇う。自然と息が上がり、手が震える。そして―――

 

 「がふっ!!」

 

 「キリト君!!」

 

 捌ききれなかったボスの剣が俺を捉えた。咄嗟に身を捻って直撃は免れたものの、七割ほど残っていたHPは四割まで減少した。僅かな浮遊の後、背中から地面へと叩き付けられた俺は、ボスを睨む事しかできなかった。

 

 「グオオォォォ!?」

 

 「オレがタゲ取る!クライン、入り口から見て左側に寄せろ!」

 

 突如、ボスの頭上から矢の雨が降った。ボスがひるみ、一本目のHPバーが空になった。怒り狂った悪魔は、迷う事無くクロトへと向き直り、その顔面に『ストライクノヴァ』の一撃を貰う。

 相棒は入り口から見て右側……クライン達が移動しているのとは逆サイドにいる自分にタゲが向き続けるよう、矢を射かけ続けていた。

 

 「キリト君!」

 

 「あ、あぁ……」

 

 アスナに助け起こされた俺は、腰のポーチからハイポーションを取り出して一息に煽った。クロトの狙い通りボスは彼の元へと一直線に走り出しており、軍のメンバーの安全はひとまず確保できたようだ。

 

 「クロト……!」

 

 「アイツなら……大丈夫。大丈夫だ……」

 

 自分に言い聞かせながらも、不安げなサクラを励ます。彼はギリギリまでボスを引き付けると武器を持ち替え、一気にインファイトへと持ち込んだ。

 コンプリート済みの軽業(アクロバット)スキルと鍛え上げてきたステータスを駆使して、クロトはボスの脚や背、肩等を駆け巡る。ボスはその場で腕や足を振り回すが、彼がそれに捕らえられる事は無かった。如何に動きがカスタマイズされていても、元々は取り回しにくい両手剣。加えてボス特有の巨体が災いして、懐に入られた時の対処がほとんどできていなかった。

 俺はジリジリと回復していくHPバーを見ながら、いまだに二刀流を使うかどうかの踏ん切りがつかないでいた。ボスの脅威が無くなったお陰で、クライン達の救助活動はスムーズに進んでいる。このままなら後数分で終わるだろうし、クロトだって攻撃はタゲ取りの為に最低限行っているのみで、ほぼ回避に徹しているから充分耐えてくれる。俺がする事といったら、クロトが離脱するときのサポートくらいだろう。彼に任せるのが最善だと分かっていても、何もできないでいる自分が不甲斐なかった。

 

 「おい!こっちは終わったぞ!」

 

 「分かった……」

 

 やがてクラインが俺達の元へと駆け寄ってきた。入り口ではハルが軍にポーションを配っており、風林火山のメンバー全員がこちらへと向かってきていた。俺のHPも既に全快しているので、迷う事無くクロトの支援に向かう。

 

 「クロト!」

 

 サクラが名を呼ぶと、彼は一瞬だけこちらを見た。僅かな時間とはいえ、一歩間違えれば即死に至る状況を一人で凌いでいたのだ。今のクロトには返事をするだけの余裕が無いのだと予想する事は容易だった。

 

 「グオオォォォ!」

 

 「チッ!」

 

 焦れたかのように暴れまわるボス相手に、彼は中々離脱するチャンスを掴めないでいた。中途半端に距離を開ければ間違いなく斬馬刀の餌食になるし、俺達だって同じ理由で接近できないまま。かといってこのままではクロトが消耗する一方だ。

 そして―――起こるべくして、それは起こった。

 

 「フッ!」

 

 「ゴアァァ!?」

 

 クロトが投げたピックがボスの目に突き刺さって、一瞬怯んだ。その隙に彼はバックステップで距離を開けるが、そこはボスの間合いの中。しかも俺達がとは逆サイド……部屋の奥だった。これでは助けられない。

 

 「グルアアァァァ!」

 

 怒りの雄たけびと共に、ボスがクロトへと斬馬刀を振り下ろし―――悲鳴を上げた。ボスの右腕には、一筋のダメージエフェクトが刻まれていて、クロト自身はボスの肩に乗っていた。

 彼が今握っているのは双剣。確か最近になってカウンター系のソードスキルが出たと言っていたから、それで乗り切ったのだろう。タイミングがかなりシビアな筈だが、クロトは土壇場で成功させたのだ。

 技後硬直が解けるや否や、彼はこちらへと跳躍した。ボスはまだ立ち直っていないので、俺達が防御重視で後退していけば何とか離脱できるだろう。

 

 「キシャアァァァ!」

 

 「なっ!?ぐ!」

 

 だからこそ、疲労したクロトは勿論、俺達自身にも隙があったのだ。今までほとんど何もしてこなかった為に、いつの間にか警戒を解いていた尻尾の蛇。それが突然クロトへと延び、彼の右足に食い付いたのだ。そしてクロトはその瞬間に麻痺状態となり、一切の抵抗ができなくなったのだ。

 慌てて俺達は駆け出すが、体制を立て直したボスのブレスによって防御を強いられて、近づけない。

 

 「グウウゥゥ!」

 

 「ぐ……ぁ……!」

 

 「やめろ!」

 

 悪魔は右の斬馬刀で俺達をあしらいながら、空いている左手でクロトを掴んだ。しかも彼の右脚は蛇が咥えたままで、それぞれが反対方向へと引っ張り始める。視界の端に表示されている相棒のHPバーがジリジリと減っていき―――

 

 「ガアアァァァ!!」

 

 「クロトッ!!」

 

 ―――イエローゾーンに入った瞬間にクロトの脚が千切れ、ボスは無造作に彼を投げ捨てた。




 次は……二刀流解禁&反撃開始です!


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五十三話 二刀流

 お待たせしました。


 キリト サイド

 

 クロトが投げ飛ばされた方向は部屋の奥。さらに右脚の部位欠損と麻痺によって、自力での離脱は不可能だった。

 

 「クロト!」

 

 「サクラさん!?オイ、こっちでタゲ取るぞ!!」

 

 「りょ、了解っす!」

 

 思っていたよりも、クロトはボスのヘイトを稼ぎ過ぎていたらしい。悪魔は一度投げ捨てた彼を睨むと、その命を刈り取るべく斬馬刀を振り上げながら迫ったのだ。堪らずサクラはクロトの元へと駆け出し、クラインは仲間と共にボスのタゲを取ろうと、その無防備な背中にソードスキルを叩き込む。

 

 「ゴアアァァァ!」

 

 「ぐお!?」

 

 「クラインさん!」

 

 HPが減少し、パターンが変化したボスの動きは、さらに読みづらいものになっていた。両手剣に分類されるだろうサイズの斬馬刀を、まるで片手剣のように振り回し始めたのだ。攻撃の重さはそのままに、攻撃頻度が段違いに高い。元々攻撃力の高さと軽さが特徴である刀では、とても受けきれない。クラインは物の数秒で弾き飛ばされ、仲間もタゲを取り続けられていなかった。

 俺はクロトが投げ捨てられた瞬間、二刀流を使う事を選んだ。アスナやクライン達に拒絶されるかもしれないとか、ハル達に迷惑がかかるなんて事は、どうでもよくなった。それほどまでに俺は……怖かったのだ。彼等を失う事が。

 メニューを開き、クイックチェンジで左手にダークリパルサーを装備。背中に新たな重さが加わるのを確認すると、少し遅れながらもボスへと駆ける。

 今悪魔と対峙しているアスナも、俺が近づく間だけでHPをイエローゾーンにまで落としていた。

 

 「アスナ!」

 

 俺の声に頷いたアスナは、振り下ろされる斬馬刀を避けずに真っ向から立ち向かった。

 

 「せやああぁぁ!」

 

 裂ぱくの気合と共に繰り出した『フラッシング・ペネトレイター』が斬馬刀を弾き、強引だがブレイクポイントが生じる。

 

 「スイッチ!」

 

 そう叫ぶと、俺は悪魔の正面に躍り出た。再び振り下ろされた大剣をエリュシデータで逸らし、左手―――ダークリパルサーで抜きざまの一撃を鳩尾に見舞う。どうやらクリティカルヒットだったようで、ボスは数歩よろけた。

 

 「グルオオォォ!」

 

 だがすぐに態勢を立て直し、三度その斬馬刀を振り下ろす。今度は二本の剣を交差して受け止める。二刀流用の武器防御スキル『クロス・ブロック』によって俺にダメージは無く、弾き返す事でがら空きになったボスの懐に今使えるものの中で最上級のソードスキルを叩き込む。

 

 「うおおおぉぉぉ!!」

 

 全てを焼き尽くすかのような、燃え盛る青き炎を思わせるライトエフェクトを纏った両手の剣が悪魔の胸と腹に殺到し、幾筋ものダメージエフェクトを刻み込む。速く、もっと速くと、ただそれだけを考えて剣を振るう。これがみんなを守る最善手と信じて。

 

 「グルアアァァァ!」

 

 「がふっ!?」

 

 二刀流最上位スキル『ジ・イクリプス』の二十七連撃はボスの反撃を許さず、一方的にHPの二段を空になるまで食らい尽くした。これで残りは最後の一段のみ。

 だがボスもただやられている訳ではない。こちらのスキルが終了するとすぐさま憤怒の咆哮をあげ、その逞しい左腕で俺を殴りつけてきたのだ。技後硬直が課せられている俺は二度、三度と悪魔の拳を受け、その衝撃に意識が飛びそうになるも歯を食いしばって必死に繋ぎ止める。

 

 「ぅおおああぁぁ!!」

 

 硬直が解けると同時に、次のスキルを立ち上げる。四度目の拳よりも先に、獣のように叫びながら第二のラッシュを始める。

 右で中段を斬り払い、間髪を入れずに左で突く。体ごと回転して両方の剣で水平に斬る。今度は左右の剣が交差するように斬り下ろし、刃を返して逆の軌道で斬り上げる。二刀流上位スキル、『スターバースト・ストリーム』の乱舞が、再びボスのHPを食い荒らす。

 

 「ゴアアァァ!」

 

 HPバーが最後の一段に入った所為か、悪魔は怯む事無く反撃してきた。その剣が、拳が襲い掛かる度に俺のHPバーも減っていく。互いに防御を捨て、己の命が尽きる前に敵を倒すというデッドヒート。本来ならスキルが強制終了されるような衝撃を受けても、意地で繋ぎ止める。目に映るのは倒すべき悪魔のみとなり、それ以外は何も見えない。やがて―――

 

 「ガアアァァァ!!」

 

 「ああああぁぁぁぁぁ!!」

 

 ―――互いに最後の一撃が、交差した。ボスの斬馬刀は俺の背中を掠め、俺の左突きはその胸板を貫いていた。聞きなれた破砕音と共に目の前の悪魔がポリゴン片となり、長い技後硬直が解けても、俺は動けなかった。

 

 「終わった……のか……?」

 

 ボスを撃破した事を知らせるファンファーレの場違いな程に軽快なサウンドが響き、目の前にリザルトウィンドウが現れた頃、漸く俺は剣を下す。やや焦点の合わないままウィンドウをぼんやりと眺めた後、ふと己のHPバーを見た。

 

 ―――残り数ドット。

 

 ほとんど空……雀の涙くらいしか残っていない自分の命がどこか他人事のように思えた。同時に酷使した脳が限界を迎えたのか、急激に全身から力が抜け、視界がブラックアウトした。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 クロト サイド

 

 「キリト君!」

 

 仰向けに倒れたキリトへ、アスナが悲痛な声と共に駆け寄った。彼の命は風前の灯火で、死んでしまうのではないかとゾッとした。アバターがちゃんと残っているので生きているのは分かっているが、それでもキリトの心配をせずにはいられなかった。

 オレ自身はまだ麻痺も右足の部位欠損も治っていないから身動きが取れないが、彼が一人でボスのHPを削り切る様子は目に焼き付いていた。己を省みず、全力で攻め続けたキリトはとても強く、別次元の力を持っていると思えた。だがそれと同時に、非常に脆く、今にも消えてしまいそうなほど儚くも見えたのだ。アスナに続いてハルも駆け寄って呼びかける様子を見ながら、もしキリトの意識が戻らなかったら?という不安を抱いてしまう。

 

 (……畜生……!)

 

 サクラに助け起こされ、解毒ポーションとハイポーションを飲む。だがその間も、肝心な時に全く助けられなかった後悔が燻り続けた。

 

 「……クロト」

 

 すぐ側から発せられた、か細い声。ハッとしてそちらに目を向けると、サクラが目に涙を溜めていた。

 

 「……ごめん」

 

 今更ながら、オレも死にかけた事を思い出した。身動きが取れないまま、死が迫ってくる恐怖が再び身を包む。特に足を千切られた時の感覚は、言葉にできない悍ましいものだった。いくら仮想世界だと言っても、体の一部を失うのはもう御免だ。

 本当は今すぐにでもサクラに縋りたい。だが麻痺が治るまでにはまだ時間がかかるし……怖い思いをさせてしまった彼女に、これ以上負担をかけたくなかった。今朝からずっと頼りっぱなしなのだから、こんなの情けなさ過ぎ―――

 

 「クロトぉ……!」

 

 「わぷ!?」

 

 ―――サクラにより強く抱きしめられた。同時にオレは、彼女が震えている事に漸く気づいた。オレがサクラを失う事を何よりも恐れている様に、彼女もまたオレの死を恐れている。そんな分かり切っている筈の事すら気づけずにサクラを泣かせてしまった自分が嫌になる。

 だが体は現金なもので、彼女の温もりを求めて腕を伸ばす。麻痺状態故に非常に緩慢な動きでサクラを抱きしめ返し、彼女に身を委ねる。

 情けないとかみっともないとか、そう言った感情はいつの間にか消えていた。それほどまでに彼女の温もりは心地良く、死の恐怖に晒された心に安らぎをくれた。

 

 「……もう、大丈夫だサクラ」

 

 「……うん」

 

 麻痺も部位欠損も回復したところで身を離す。本当はまだしばらくそのままでいたかったが、いつまでも甘えている訳にはいかない。頬に触れながら何とか笑いかけると、やっとサクラは安心したように微笑んでくれた。

 

 「―――軍の連中の回復は済ませたが…コーバッツとあと二人……死んだ」

 

 サクラと手をつないでキリト達の方へ歩み寄ると、丁度クラインが表情を歪ませて今回の被害を彼等に教えていた。結晶無効化エリアだと分かった時からすぐに察する事はできていたが、こうして教えてもらうと遣る瀬無い気持ちが沸き上がってくるのが抑えられなかった。

 

 「……そうか。ボス戦で犠牲者が出たのは……六十七層以来だな…………」

 

 既に意識が戻って起き上がっていたキリトが、気怠そうにそう答える。ポーションを使用したらしくHPは徐々に回復している最中で、両側からアスナとハルに抱き着かれていた。

 

 「あんなんが攻略って言えるかよ……」

 

 「あのバカ野郎が…………死んじまったら何にもなんねぇだろうが……!」

 

 吐き捨てる様にオレが言うと、クラインも我慢できなかったのかそう零した。

 彼我の戦力差を測り損ね、その後も撤退しようとしなかったコーバッツ。その行動は愚かとしか言いようがないが、彼には彼なりに譲れない何かがあったのだろう。でなければ最前線の迷宮区で、死者を出すことなくボス部屋までたどり着く程の能力が身に着くはずがない。それが下層を中心に活動している軍出身ならなおさらだ。だがそれも、’生きていれば’の話である。どれほどレベルを上げ、スキルを磨き、装備を整えて力をつけても、死ねばそこで終わりだ。だからこそ、死者を出す事は絶対に避けなければならなかったのに……

 

 「……」

 

 繋いだサクラの手に、力が籠った。オレはその手を握り返しながらも左手を添えて、できるだけ優しく包んだ。どれだけ効果があるかはよく分からないが、何もしないよりはずっとマシだと思えた。

 

 「―――そりゃそうとオメェ何だよさっきのは!?」

 

 「……言わなきゃ、ダメか……?」

 

 「あたぼうよ!見た事ねぇぞあんなの!」

 

 重苦しい空気を払拭するようにクラインは声を上げ、キリトは面倒くさそうな表情を浮かべる。だがしかし、一部を除いた全員が彼の言葉を待っていて、部屋にはさっきとは別の意味で沈黙が訪れた。

 

 「……エクストラスキルだよ。二刀流」

 

 少しして観念したようにため息をついてから、相棒は己のみが持つであろうスキル―――二刀流について口を開いた。人の口に戸は立てられぬという諺があるとおり、第三者に目撃された以上はもう隠す事は不可能だった。

 

 「しゅ、出現条件は?」

 

 「解ってたらとっくに公開してるさ……けどさっぱり心当たりが無いんだよなぁ……」

 

 「強いて言うなら、オレの射撃と同じ時に出現したぐらいだな」

 

 どよめきの中で聞いてくるクラインに、こちらも解っている事については説明した。とはいえ判明している事などたかが知れているので、彼等が満足できる程の情報を伝えられたのかは分からない。

 

 「ったく水臭ぇなぁオメェら……二人してすげぇウラワザ持ってんのに黙ってたなんてよぉ」

 

 「言ったろ、心当たりが無いって……それに、こんなレアスキル持ってるのがバレたらしつこく聞かれたり、その……色々あるだろ、コイツの時みたいにさ」

 

 そう言ってキリトはオレに目を向ける。オレの射撃スキルがバレた時はラフコフ討伐戦で、その後も色々とゴタゴタした結果もあってかなり目立ってしまった。まぁ、サクラと交際を始めたのも目立った事に拍車をかけた為、純粋にスキルについて騒がれた訳では無かったが……それでも情報屋に追いかけられたり、他のプレイヤー達から睨まれたりとか色々あったのも事実だった。

 

 「そういやそうだったな。おれは人間できてっからともかく、妬み嫉みはそりゃあるだろうなぁ……」

 

 クラインの言葉に、風林火山のメンバー全員が頷いた。彼等だって聖人君子では無いのだから多少は嫉妬している筈だろうが、オレ達を敵視するような事は全く無かった。それを思い出したオレは、ここにいるのが彼等でよかったと安堵した。

 

 「……うし!お前等、本部まで戻れるか?」

 

 「は、はい。あの……ありがとうございました」

 

 「おう、もう二度とこんな事しねぇように上の連中にはしっかり報告しとけよ?」

 

 気づくと彼は、部屋の外に退避させていた軍のメンバーの元にいた。クラインと二言三言話した後、彼等はオレ達に頭を下げては転移結晶でテレポートしていった。

 

 (……感謝される筋合いなんざ、オレには無いんだけどな…………)

 

 オレがボスと戦うのを選んだのは、先に飛び出した仲間達を死なせたくなかったからだ。アスナやキリトが飛び出さなければ、オレは彼等を見殺しにしていただろう。だから恨まれこそすれ、感謝される筋合いは無いのだ。

 

 「―――おれ達はこのまま七十五層のアクティベートに行くが、オメェらはどうする?一緒に来るか?」

 

 「いや、任せるよ……俺はもうヘトヘトだ」

 

 「そうか……気ぃつけて帰れよ」

 

 「クラインも、上で初見のmobにやられんなよ?」

 

 「んなアホな事すっかよ」

 

 ニヤリとサムズアップしながら、クラインは仲間と共に上層へと延びる階段へ歩き出した。ぼんやりとその背を見ていると、急に彼は立ち止まった。

 

 「キリト、クロト……」

 

 「何だよ?」

 

 「あのな……理由はどうあれ、オメェらが軍の連中を……他人を助けようとした時な…………おれ、すげぇ嬉しかったんだよ。そんだけだ、またな」

 

 振り返る事なくそう言った彼は、オレ達が何かを言う前にさっさと歩きだしてしまった。いまいちクラインの発言の意図が分からず、オレは首を傾げるばかりだったが……それでも一つだけ、確かな事があった。

 彼が言葉の合間に顔を拭った腕から飛んだ光る滴。それが見間違いでは無いという事だ。

 

 (泣いてくれた……んだよな?オレ達の為に……)

 

 相変わらずなお人好しっぷりだ。こんなオレ達の事を気にしてくれる彼の優しさは、二年前からずっと変わらない。あとは女性にがっつく所さえ無ければ、文句なしなんだが……

 

 「なあ、二人共……そろそろ」

 

 「ダメだよキリト。心配してくれているんだから、まだそのままでいなきゃ」

 

 サクラが幼子を優しく叱るように言うと、キリトは大人しく引き下がった。

 

 「……怖かった」

 

 「アスナ……?」

 

 少しして、アスナが今まで聞いた事が無いほどにか細い声を発した。

 

 「クロト君が言った通り……私の所為でキリト君が死んじゃったらどうしようって……」

 

 「……そんな簡単には、死なないさ。それに……」

 

 穏やかな声と共に、キリトはアスナの肩に触れる。その後少しだけ迷ってから、彼は口を開いた。

 

 「俺が突っ込んだのは、俺自身が決めた事なんだ。アスナの所為なんかじゃない。だから………だから、そんなに思い詰めないでくれ」

 

 「…………うん」

 

 小さく頷いた彼女は、より一層強くキリトに抱き着いた。無理も無い。『スターバースト・ストリーム』のライトエフェクトは、星屑の煌きを思わせる儚いもので、そう遠くない内に彼が命を散らしてしまう事を暗示しているようで……オレは嫌いだった。

 きっとアスナも、ボスと正面から命の削り合いをした時のキリトが今にも消えてしまいそうだと思った筈だ。だからこそ触れ合って、その温もりを感じていなければ不安に押しつぶされてしまうのだろう。

 

 「私……しばらくギルド休む」

 

 「や、休んでどうするんだよ?」

 

 「……君とパーティー組んで、一緒にいる」

 

 「……!」

 

 アスナの言葉に、彼は息を飲んだ。次いでその顔に浮かんだのは、驚愕と―――葛藤だった。ハルやオレの事を先に考え、自分の事を蔑ろにしていく内に、きっと彼は自分の心の声が聞こえなくなったのだろう。少し前にオレが思い知ったように。だから今、家族以外の誰かの心を求める自分に気づいて……迷っている。

 だから今度は、オレが彼の背中を押そう。それがオレとサクラの心を繋がせてくれた恩返しになると思うから。

 

 「キリト」

 

 呼びかけに反応した彼に向って、頷いて見せる。するとキリトは目を見開き、顔を逸らす。

 

 「ほら、男ならちゃんと答えてやれよ」

 

 「……」

 

 再度促すと、彼は長い沈黙の後に、漸く口を開いた。

 

 「…………解ったよ、アスナ」

 

 長い栗色の髪が、僅かに揺れた。




 リアルが忙しくて中々時間が取れない中、少しずつ進めているんですが……不自然な所とかあったら教えてください。仕事とかもそうですけど、指摘されるまで自分達では気づけない事って結構あるので……


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五十四話 決闘に賭けるもの

 今回は、いつもより少し短いです。


 クロト サイド

 

 青眼の悪魔を倒した翌日、やはりと言うべきか何というか……キリトの二刀流はアインクラッド中に知れ渡った。新聞のタイトルは《軍の大部隊を全滅させた悪魔と、それを単独撃破した黒の剣士の二刀流五十連撃》で、早朝から号外として売り出されていたのだ。……尾ひれがつくにも程がある。『スターバースト・ストリーム』と『ジ・イクリプス』を足しても四十三連撃だろ。

 しかもどうやって調べたのか、オレ達の家には剣士やら情報屋が押しかけてきて……キリトとハルが兄弟だとバレてしまった。’ビーターの弟’というレッテルを貼られ、ハルの商売が立ち行かなくなる事をキリトは恐れ、隠していたが……結果的には杞憂で済んだ。今の彼は’黒の剣士’で名が通っているし、ビーターも大分廃れているらしく、誰も後ろ指を指してこなかったのだ。

 ……まぁ、ショタコンなプレイヤー達が他の奴らを押し退けて一様に「お義兄さん!弟君をください!!」と言ってきたのは驚いた。後は互いに押し合い圧し合いとカオスな状況になったため、オレ達はエギルの店に避難した。そこで昨日の戦利品の分配をする為にアスナ達を待っていた訳だが―――そこで面倒な事が起こった。アスナのKOB一時脱退、もとい休暇を認めるには条件があるとヒースクリフのおっさんが言ってきたのだ。

 

 ―――曰く、キリトと立ち会いたい、と。

 

 アスナ達が説得を試みたもののおっさんの意志は変わらず、キリトが直談判する為にオレ達はKOB本部に足を運んだ。

 本部の上階にある無表情な鋼鉄の扉をくぐると、おっさんの他に四人の重役の男達が椅子にふんぞり返って待っていた。

 

 「―――お別れの挨拶に来ました」

 

 先に口を開いたのはアスナ。彼女の言葉に重役の四人は不愉快そうに表情を歪めた。おっさんだけが苦笑し、落ち着いた声音で言葉を発した。

 

 「そう結論を急がなくてもいいだろう。彼らと少し話をさせてくれないか」

 

 おっさんの目はオレとキリトを見据えたまま微動だにせず、どこか有無を言わせぬ圧力を感じた。

 

 「君達とこう面と向かって話すのはいつ以来だったかな。キリト君、クロト君」

 

 「……六十七層の攻略会議で、少し」

 

 固い声でキリトが答えるとおっさんは軽く頷き、その時を思い出すかのように目を閉じた。

 

 「……ふむ、あれは厳しい戦いだったな。我々からも危うく死者を出す所だった……トップギルドなどと言われていても、戦力は常にギリギリだよ」

 

 おっさんは一旦そこで話を切ると、真鍮色の瞳をまっすぐキリトへと向ける。

 

 「……だというのに君達は、我がギルドの貴重な主力プレイヤーを引き抜こうとしているわけだ」

 

 「……あんなストーカー護衛にしといてよく言うぜ」

 

 おっさんの言葉に、つい皮肉が口をついてしまった。初期のKOBメンバーはおっさんが一人ずつ勧誘した人格者なので、彼の人を目る目は信用している。きっとおっさんはサクラ達の護衛の人選には直接関わっていない筈だ……まぁでも、部下の失敗は上司の責任っていうし、あんなストーカー放置してた文句の一つくらい言ってもバチは当たらないだろ。

 

 「全くだ。本当に貴重なら、もっとマシなヤツを選んでいた筈だ。おかげでこっちは相棒が散々な目に遭ってるんだ……!」

 

 「クラディールの件は完全にこちらの落ち度だ。それについては謝罪しよう……すまなかった、クロト君」

 

 静かながらも明らかな怒気を孕んだキリトの言葉を受けたおっさんは、血相を変えて何か言いかけた重役の一人を手で制する。しかもすぐに自分の非を認めて、何の躊躇いもなくオレに向かって頭を下げた。

 

 「彼は今自宅で謹慎させているし、他の団員達にも再度あの時の事は蒸し返さないように言ってある」

 

 「あ、あぁ……」

 

 オレだけでなく、キリトやアスナ、サクラまでもが面食らった。こうもあっさりと謝られると、どうにも調子が狂う。

 

 「だが、それとこれでは話が別だ。我々としてもサブリーダーを引き抜かれて、はいそうですかといく訳にはいかないのだよ。―――キリト君」

 

 おっさんが纏う空気が、ガラリと変わった。真鍮色の双眸をひたとキリトに据えると、彼を試すかのように口を開いた。

 

 「彼女が欲しければ剣で……二刀流で奪いたまえ。私と戦い、勝てばアスナ君を連れていくといい。だが負けたら……君が血盟騎士団に入るのだ」

 

 ……あぁ、そういう事か。要はアスナをダシに、キリトをKOBに引っ張り込みたかったのか。オレがサクラと付き合い始めた時も、こうやって度々勧誘されてたっけ……別にしつこいって程でも無かったし、最近は全く無かったから忘れかけていた。

 

 「団長、私は別にギルドを辞めたい訳ではありません!ただ少しだけ離れて……考えたい事があるんです!」

 

 「わたしからもお願いします!アスナさんに、これからの事を考える時間をください!」

 

 我慢できなくなったのか、アスナとサクラが声を張り上げた。しかしおっさんの目はあくまでもキリトに向けられていて、回答を貰うまでは聞く耳を持たないようだった。彼女達ですらああならば、オレが何を言っても無意味だろう。一体どうやってやり過ごすか……

 

 「……断る」

 

 「……ほう、理由を聞かせてくれるかな?」

 

 オレが何かを思いつく前に、キリトが動いた。まだ何かを言おうとしていたサクラ達を制するように一歩踏み出した彼はおっさんから目を逸らさずに、よく通る声ではっきりと決闘を拒否した。これには重役の連中もポカンとした顔で固まっていた。

 そんな中おっさんは僅かに眉が動いたが、特に怒った様子も無く、興味深そうにキリトを見つめていた。

 

 「単純だ。この決闘、俺達には何のメリットも無い(・・・・・・・・・・・・)

 

 「な、何だと貴様!」

 

 「そうムキになるな。キリト君、何故決闘にメリットが無いと言い切れるのかね?」

 

 ……バトルジャンキーでもあるキリトが、決闘を蹴るなんて珍しい。特に相手はSAO最強とまで謳われている男であり、彼自身戦ってみたいとは多少なりとも思っている筈だ。

 オレ達の困惑をよそに、おっさんは淡々とした声を維持しており、キリトも一歩も引かないとでも言うように、漆黒の瞳に強い意志を込める。

 

 「言っただろ。俺に(・・)じゃない、俺達に(・・・)メリットが無いって」

 

 「ふむ……」

 

 「えっと……キリト君、どういう事なの?」

 

 おっさんはキリトが言わんとする事を察したみたいだが……すまんキリト、オレにはお前が何を言いたいのかさっぱり解らん。

 ……そんなオレ達を察してくれたのかそうでないのかは分からないが、キリトは話を続けた。

 

 「仮に俺が勝ったとしてだ。アスナが抜けた穴は誰が埋める?」

 

 「順当に考えれば、サクラ君になるだろう」

 

 「アスナの補佐をしてる今ですら、二人は碌に会えていない。俺がアスナを引き抜いたら、それこそクロト達の仲を裂くだけだろ。だから俺達にはマイナスになる条件でしかないし、俺はそんな事したくない」

 

 あ、成程な……ゴタゴタしててそこまで考えがいっていなかった。確かにサクラと会えなくなるのは嫌だ。つーか今ですら時々会えない事に不満が出そうになる。

 

 「それに―――俺達のコンビを解消する決定権はクロトにある。彼の許可が無い状態で、負けた時の条件を飲む事はできない。だから俺の答えは拒否(No)しかない」

 

 「なるほど……」

 

 短く呟くと、おっさんは机上で手を組み瞑目する。これで話は終わりだ、と言わんばかりにキリトが踵を返そうとして―――

 

 「―――ならばお互い、賭けるものを上乗せ(レイズ)しようか」

 

 「……何?」

 

 ―――おっさんがとんでもない事を言ってきた。

 

 「そちらが勝てばサクラ君も連れていって構わない。その代わり、私が勝ったらクロト君も我が血盟騎士団に入団する。そして君たちがクラディールの後任として二人の護衛になる……どうかね?」

 

 「……アンタ、正気か?アスナどころかサクラまで抜けたら、ギルドが空中分解するだろ」

 

 「何、自信の現れとでも思ってくれ。もちろん負けるつもりは無いし、二人が抜けてもギルドの崩壊などはさせないさ」

 

 一切の不安を感じさせないおっさんに、オレ達は言葉が出なかった。確かにこの条件ならキリトが言った問題はクリアできるが……

 

 「それともキリト君、君の二刀流では私の神聖剣には勝てないと?……そう言って逃げるつもりかい?」

 

 「……いいだろう。剣で語れと言うのなら望む所だ……!」

 

 ダメ出しとばかりに放たれた、おっさんの見え透いた挑発。だが問題はその内容だった。この世界で戦いに身を置いている者は、己の剣に大なり小なり誇りを持っている。しかもキリトは弟の想いを宿した剣を握ってきたためかそれが人一倍強い。だからこそ、挑発と分かり切っていても引く事などできないのだ。

 

 (……こりゃ見事に嵌められたなぁ……流石生ける伝説、人心掌握はお手の物ってとこか)

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「もーーー!ばかばかばか!!」

 

 「一回断ったのに何で受けちゃったの!!」

 

 「お、落ち着けって」

 

 再びエギルの店の二階に転がり込んだオレ達。そこでキリトは、アスナとサクラに怒られている。

 

 「わ、悪かったって。つい売り言葉に買い言葉で……」

 

 アスナにポカポカと叩かれながら、キリトは申し訳なさそうに口を開いた。とりあえずアスナの方は彼に任せ、オレはサクラをなだめる事に専念した。

 

 「ああ言われちゃ、誰だって受けちまうって。それに、まだコイツが負けるとは決まって無いだろ?」

 

 「うぅ~~~」

 

 片手を抑え、もう片方の手で頭を撫でる。するとサクラは顔を紅くしながら唸っていたものの、大人しくなってくれた。……そんな彼女も可愛いなと思ってしまったオレは悪くない筈だ……きっと。

 

 「……そりゃあキリトの二刀流は凄かったけど……今まで団長の守りを突破できた人はいないんだよ?」

 

 「うん、キリト君の方だって別次元の強さだと思ってるけど……あの人の無敵っぷりはもうゲームバランスを超えてるよ……」

 

 正直な所、どっちが勝ってもおかしくは無いと思っている。キリトの強さはよく知っていたが……昨日のボス戦で見せた剣技は、今までで最も速かった。しかも、まだまだ上がっていくだろうと予想できるくらいなのだ。

 だがそれでも……キリトの剣がおっさんに届くビジョンがイメージできない。おっさんの力が未知数なのも理由の一つだが、自分の技に絶対の自信を持ち、どっしりと構える彼が崩れる姿が想像できないのだ。しかも矛盾する様に、キリトがおっさんの前に倒れ伏す姿だってイメージできない。

 

 「それにもしキリト君が負けたら、私がお休みするどころか二人がKOBに入らなきゃいけないんだよ?」

 

 「まぁ、それもアリかな……」

 

 「何でなの?」

 

 呟くように発せられたキリトの言葉に、サクラ達は首を傾げた。

 

 「形はどうあれ、クロト達の時間は増えるわけだし……俺は、その…………こうして四人でいられれば、いいかなって……」

 

 ほとんど無意識に言ったのだろう、珍しくキリトは照れた様子で顔を伏せた。ただ、無意識に零れたからこそ今のが彼の本音なのだと思えた。

 

 「……言うようになったじゃねぇか、キリト!」

 

 今までほとんど見せなかった態度が嬉しくて、悪戯心を刺激されたオレはキリトについヘッドロックをかけてしまった。

 

 「ひ、一人じゃデートの段取りも碌にできないお前に言われたくない!」

 

 「ンだとコラァ!!」

 

 「ちょ、クロト落ち着いてええぇぇ!?」

 

 「二人共喧嘩はダメよ!?」

 

 オレ達は軽くじゃれ合っているつもりだったが、二人からすれば喧嘩のように見えたらしい。ヘッドロックを解いた後、オレ達は二人に説教されてしまった。

 

 (キリトの言う通り……こういうのも悪くねぇな)

 

 ―――説教を受けながらも、ついそんな事を想ってしまう。恋人や仲間……大切な人達とこうして一緒にいられるのはとても居心地が良かった。

 この先何があっても、共に乗り越えていける。この時のオレは、そう信じて疑わなかった。




 社会人二年目に入りました。これからもっと忙しくなっていくのかなぁ……

 尚の事不定期になると思いますが、頑張っていきます。


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五十五話 神聖剣VS二刀流

 先週三回目の土日出勤……よく生きてられたなぁ……(弟)

 昨日本屋に行ったら先週はあった筈のSAO最新刊が無くなっていた!畜生!!(兄)


 ……とまぁちょっと踏んだり蹴ったりな事がありました。


 キリト サイド

 

ヒースクリフへの直談判から数日後、七十五層主街区”コリニア”のコロシアムで決闘する旨の連絡を受け、やって来たのだが……

 

 「火吹きコーンが十コル!十コルだよ!」

 

 「冷えた黒エールもあるよ~!」

 

 コロシアムの入り口から、そこに続く大通り中に露店が所狭しと並んでいるのだ。どうやら見物のお供用の軽食と飲み物を売っているらしい。

 

 「……ど、どういう事だこれは……」

 

 「さ、さぁ……」

 

 「わたし達もさっぱり……」

 

 傍らにいるアスナとサクラに問い質すも、返ってきたのは引きつった笑みと曖昧な回答のみ。

 

 「……っておい!あそこでチケット売ってるヤツ、あの時椅子にふんぞり返っていた内の一人だろ!おっさんの差し金か!?」

 

 「あぁ~、経理のダイゼンさんだね……多分あの人の仕業だよ。結構しっかりしてるから」

 

 「ウチって実は戦力だけじゃなくて、資金もギリギリだからねぇ……これ幸いとDDAを出し抜いてがっぽり儲けようとしてるんだね」

 

 ……クロトの指摘によって、漸く全容が見えてきた。慢性的な財政難というのはよくある事なのだが……アスナ達のKOBもその例に漏れなかったのは少々意外だ。

 

 「けどさぁ……見世物にされる側の気持ちも考えてほしいぜ……」

 

 「―――あんなお宝スキル隠してたんだから、自業自得でしょーキリト?」

 

 感情ではまだ納得がいかずに悪態をつくと、不意に後ろから聞いた事のある声がかけられた。顔を見る前から相手が誰なのかは察しているが、一応振り向く。

 

 「……フィリアか。お前なら、ライバルの少ない今のうちにダンジョンで荒稼ぎしてると思ってたけどな」

 

 「たまには観光もいいかな~って」

 

 アスナよりも明るい色の髪と、碧眼が特徴的な少女の名はフィリア。俺やクロトの数少ない友人の一人であり、最前線にほど近い層でもソロで潜り込むトレジャーハンターだ。

 彼女の手には、既に黒エールが。十中八九これから俺とヒースクリフのデュエルを観戦する気だろう。

 

 「観光?お宝マニアで守銭奴のお前が?」

 

 「女の子相手にひっどーい。そんなんでよくサクラに愛想つかされないね?」

 

 「口が悪いのは元からだっつーの」

 

 一見すると軽い口喧嘩に思われるかもしれないが、この二人はこれが平常運転だ。その証拠にフィリアはクロトの皮肉を別段気にせず笑っているし、その眼は彼をからかおうと悪戯っぽく光っている。

 

 「え、えっと……キリト、この人は?」

 

 「随分仲良さそうだけど……」

 

 サクラ達が驚くのも当然だろう。彼女達からすれば初対面の相手と俺達が親しげに話しているように見えるのだから。

 

 「彼女の名はフィリア。ソロでも最前線近くのダンジョンに潜り込めるトレジャーハンターで、ハルの常連だ」

 

 「根は良い奴だが、結構がめついから気を付けろよ?」

 

 「そんなんじゃないってば!全くもう…………」

 

 俺の紹介についてはともかく、蛇足のようにからかったクロトに対して、フィリアは拗ねた様に頬を膨らませる。だが次の瞬間には、先ほど同様に悪戯っぽく目を光らせ、ニヤニヤとして―――

 

 「そんな事言うなら、もう二度とデートの相談してあげないよ?」

 

 「ブッ!?テメ、なんつー事を!」 

 

 ―――爆弾を投下した。……実はクロト、デートをはじめ、サクラとの事についてフィリアに相談した事が何度かあるのだ。俺もハルも女心なぞさっぱりなので、クロトの助けにはなれなかったが……年の近い女の子であるフィリアは中々に強力な助っ人足りえた。まぁ、それでクロトが上手くいったのかや、フィリアがどんな入れ知恵をしたのか等の細かい所までは知らないが。

 ……つまるところ、この話を出されるとクロトに勝ち目は無い。しかもそれをサクラの前で暴露するとは……アイツ絶対に確信犯だろ。

 

 「ホントでしょ?この前だって泣いて土下座してきたじゃん」

 

 「土下座はともかく泣いてねぇぞ!変に脚色してんじゃねぇ!!」

 

 ムキになって言い返すクロトだが……お前それ、土下座はしましたって墓穴掘ってるぞ。

 

 「クロト……?」

 

 「ク~ロ~ト~く~ん~?」

 

 「いっ!ま、待て!誤解だ!!」

 

 案の定、ショックを受けた様子のサクラと、彼を射殺さんばかりの眼光で睨むアスナ。元々知っている俺はともかく、この二人にはきちんと説明しておかなくてはならないだろう。……些細なすれ違いでクロト達を別れさせたくないし。ちょっとやり過ぎたフィリアにもお灸を据えてやろう。

 

 「そういうフィリアだって、俺達に色々と泣きついてきただろ」

 

 「な、泣きついてなんか―――」

 

 「―――ハルに作ってもらったばっかの剣をスナッチされた時」

 

 「うっ」

 

 「トラップのクイズが一人で解けなかった時」

 

 「あうっ」

 

 「あとは―――」

 

 「―――ごめんなさい!調子に乗り過ぎましたぁ!!」

 

 ……まだ二つしか言っていないというのに、もう降参したフィリア。だが涙目になっているのを見ると、俺も少しばかりやり過ぎたかもしれない。

 

 「アスナもサクラも落ち着け。順を追って説明するから。フィリアとクロトは黙ってろよ?話がややこしくなるからな」

 

 そして俺はダイゼンが呼びに来るまで、時間の許す限り俺達とフィリアの仲を彼女達に説明し続けた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 闘技場を囲む階段状の観客席はぎっしりと埋まっていて、皆口々に斬れー、殺せー、と物騒なことを喚いていた。正直溜息の一つくらいつきたいものだが、客席にはフィリアだけでなくハル、エギル、クライン、そしてリズやシリカまでいたので見栄を張って我慢する。

 

 「―――すまなかったなキリト君。こんな事になっているとは知らなかった」

 

 「なら収入の二割はギャラとしてこっちに回してくれよ」

 

 あの男、ダイゼンはチケット販売に留まらずオッズまで主導していたのだ。ひっそりと行われるとばかり思っていたデュエルをこんな大イベントにされた挙句、何の連絡も無かったのだから、これくらい要求したってバチは当たらないだろう。

 

 「……いや、この決闘が終われば君とクロト君は我がギルドの団員だ。任務扱いにさせてもらうよ」

 

 「へぇ……」

 

 何の気負いも無い、ごく自然な口調でヒースクリフは自らの勝利を宣言した。それは彼の自信の表れであると同時に、俺への挑発だろうか?何となく気に入らなかったのは事実だ。

 

 「……こっちは弟も見に来てるんだ。負けるなんてかっこ悪い姿は見せられるかよ」

 

 俺がそう言うとヒースクリフは視線を外し、十メートル程の距離が開くまで下がった。次いで右手を振ってメニューウインドウを操作。その直後にデュエルメッセージが眼前に出現。俺は迷う事無く受諾し、初撃決着モードを選択する。

 背負った二振りの愛剣を抜き放ち、構える。たったそれだけで歓声がシャットアウトされ、意識がヒースクリフにのみ向けられた。それは彼も同じようで、その真鍮色の瞳は一瞬たりともウィンドウを見る事は無く、俺だけを映していた。

 

 「……」

 

 聞こえるのは互いの息遣いのみ。無理な力が一切かかっていない自然体の構え故に俺はヒースクリフの初撃が予想できない。

 ならば奴より先に動き先手を取るだけだ。如何に鉄壁の守りを誇ろうとも、俺の攻撃が彼の反応速度を超えられれば―――勝てる。

 カウントがゼロになった瞬間、俺は地を蹴り深紅の騎士へと突撃した。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 クロト サイド

 

 キリトとおっさんのデュエルが始まった。先攻はキリト。先読みとかの心理戦を一切捨てた、迷いの無い動きで挨拶代わりとばかりに『ダブルサーキュラー』をお見舞いする。

 しかし当然というべきか、おっさんはコンマ一秒差で襲い掛かる二本の剣を盾と剣で迎撃したためダメージは無い。キリト自身も動揺した様子が無い辺り、初撃で仕留められるとは思っていなかったんだろう。

 今度は攻守を入れ替える様に、おっさんがキリトへと駆け出した。大きな十字盾を持つおっさんのビルドはタンクでありステータスが筋力寄りな筈だが、予想外な速さでキリトに迫り―――

 

 「なっ!?」

 

 ―――あろう事か、’盾で攻撃’したのだ。不完全ながらも咄嗟に防御し吹き飛ばされたキリトのHPバーは僅かに減少しており、もしガードが間に合わずクリーンヒットしていたらこれで決着がついてしまっていたかもしれない。

 

 「盾にも攻撃判定あるとか聞いてねぇぞ!?」

 

 「こ、こっちも初めて見たよ……」

 

 SAOに於いて、盾には攻撃判定が存在しない。今まで例外なんて出てこなかったから、今おっさんが見せたアレには度肝を抜かれた。サクラも初見だという事から、今回が初披露なんだろう。対人戦に於いては完全に初見殺しだ。攻防一体ってのはこういう事だったのかよ……!二刀流より神聖剣の方がチートじゃねぇか!

 

 「……キリト君」

 

 胸の前で両手を握り合わせ、ひっそりと呟くアスナ。ただそれだけで、彼女がどれほどキリトの身を案じているのかが伝わってくる。その視線の先では、深紅の騎士より放たれた初見のソードスキルに晒される相棒の姿があった。

 意識の全てを防御に回して凌ぎ切ったキリトは、間髪入れずに『ヴォーパル・ストライク』を十字盾の中心へと叩き込む。だがその渾身の一撃もおっさんのHPを僅かに削るだけに留まり、決定打にはならなかった。

 

 「……?」

 

 一旦間合いが開いた二人がすぐには動かなかった事を不思議に思い、視力強化で二人を見ると……何かを話しているようだった。だがそれも二言三言といった具合で、すぐに仕切り直しとばかりに二人は構えた。

 

 ―――同時に二人の姿が掻き消え、闘技場中央で激突。二度目の応酬が始まった。

 

 攻防どちらも行えるおっさんと、攻める事に特化したキリト。相性でいけばキリト側が不利だが……

 

 「大丈夫だアスナ。キリトなら勝てる」

 

 「え?」

 

 彼の剣は、今までにない程の速さでシフトアップしている。オレが相手をしてきた時なんかの比ではなく、一撃ごとに少しずつキリトの剣速は上がっていく。

 

 「団長が……遅れてる……?」

 

 徐々にだが確実に、おっさんの動きがキリトのそれに追いつかなくなってきたのだ。先程まではキリトだけが弱ヒットが重なり続けてHPが大分減っていたが、今度はおっさんのHPが削られ始めた。

 防戦一方になってもおっさんのHPは削られ続け、とうとう六割を下回った。

 

 ―――聖騎士が、最強の盾が負ける……?

 

 観客の誰もがそんな未来を予想し、どよめきが広まる。そしてキリトはそれを実現するように、闘いで高揚した笑みを浮かべたまま大技を繰り出した。

 

 「あれって確か…!」

 

 「二刀流上位スキル『スターバースト・ストリーム』だ。アイツ、これでカタを付ける気だ」

 

 キリトは、テンポが遅れ厳しい表情を浮かべるおっさんに立て直す暇を与えず、強引に防御を崩すつもりだ。彼が振るう二刀流の真骨頂はその速さと重さにある。相手の反応速度を超えた速さで襲い掛かり、生半可な防御など意味をなさない重い攻撃で崩す。絶え間ない剣劇に晒されたおっさんは辛うじて十字盾で防いでいるが、限界がくるのは明白だった。

 

 「あっ!」

 

 声を漏らしたのは、誰だっただろうか。ついにおっさんの防御が崩れ、十字盾が大きく弾かれた。そしてキリトのソードスキルは……まだ続いている。

 

 (行ける!)

 

 無防備となった深紅の騎士へと迫る、相棒の漆黒の剣。誰も彼もがキリトの勝利を確信して―――

 

 「……は?」

 

 ―――彼の剣は弾かれた筈の十字盾(・・・・・・・・・)によって阻まれた。大技を放った故に長い硬直時間を課せられたキリトはどうする事もできず、体制を立て直したおっさんから放たれた憎らしい程に的確な突きによってHPが五割を下回った。

 同時に勝敗を告げるブザーが鳴り響き、ウィナー表示が淡々と勝者を告げた。

 

 (何だったんだ……最後の一瞬、何かがおかしかった……?)

 

 具体的に何がどう変だったのかが分からないが、普通ではありえない事だという強烈な違和感があった。オレはアスナやサクラと共にキリトの傍に駆け寄りながらも、無言でその場を去っていくおっさんの背中から目を離せなかった。

 

 「カァ?」

 

 「クロト?どうしたの?」

 

 「あ、いや……何でもない」

 

 確証の無い事を言っても混乱させるだけだ。そう思ったオレは咄嗟に取り繕ってしまったが、キリトから、お前もか?といった視線を向けられた。

 

 (……どうもキナ臭いな……)

 

 後でキリトから話を聞くとして、今は彼等と共に控室に戻る事にした。形はどうあれギルドに所属する事になったのでこれから先の攻略は何とかなりそうだが、別の問題が出てきてしまった事が気を重くさせるのだった。

 

 ―――あんな紅白カラー、オレ達にはぜってぇ似合わないよなぁ……

 

 そう、見た目の問題が。




 ヤバイ……原作とほぼ変わらない。つ、次こそはキリアスのターンに……なる…………かな?


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五十六話 晒す傷跡 癒しの温もり

 キリアスです。クロト×サクラの二番煎じかもしれませんが、此方ではこれが精一杯でした。


 キリト サイド

 

 「な……なんじゃこりゃあ!?」

 

 ヒースクリフに敗北した二日後、俺達の制服が完成したため袖を通したのだが……

 

 「サクラ……オレら’地味な奴’って頼んだよな?」

 

 「これでも十分地味だよ。大丈夫、似合ってるってば!」

 

 深紅の縁取りがされた、目が痛くなる程の純白なロングコート。両襟と背中に染め抜かれた十字模様もまた深紅。それが俺に与えられたKOBの制服だ。クロトも似たような色合いのハーフコートが制服だった。彼には深紅のマフラーもセットで渡され、他の人よりも赤の印象が強くでている。

 

 「……やっぱ」

 

 「似合わないよな……」

 

 お互いに黒づくめで慣れていた分、違和感が凄まじい。明日からこの恰好で人前に出ると考えただけで気が滅入る。

 

 「た、確かに兄さんに白は合わない……かな」

 

 ハルも流石に擁護できないらしく、苦笑と共にそう言うのがやっとの状態だった。変に取り繕った世辞を言われるよりも遥かにありがたいが、それでも第三者から似合わないと言われればそれなりに凹む。

 

 「ギルド、か……」

 

 脱力してベッドへ仰向けに倒れ込むと、思わずそう呟いていた。

 

 「なんだか、すっかり巻き込んじゃったね……」

 

 「ま、いいきっかけだったさ。二人で攻略してくのも、そう長くは続かなかっただろうし」

 

 「そう言ってくれるとこっちも助かるけど……」

 

 責任を感じているのか、アスナもサクラもどうも歯切れが悪い。元はと言えば、挑発に乗って一度断ったデュエルを受けてしまった俺が悪いのだ。巻き込まれた、というのならクロトの方だろう。

 

 「ほら、何はともあれこれから四人で攻略してくんだ。改めてよろしくな」

 

 「……うん、よろしく!」

 

 「こっちこそ、改めてよろしくね」

 

 いつまでもウジウジするのは性分じゃない、とばかりにクロトは思考を切り替えた。そのおかげかサクラ達も幾分表情が和らいだ。

 

 「兄さん?兄さんだって挨拶しないとダメだよ」

 

 「へいへいっと。まぁ今までと変わらないとは思うけど、一応よろしく」

 

 ハルに促され、俺は気だるげに上体を起こした。クロト達のやり取りが眩しくて、俺なんかが入ってもいいのだろうかといつも思うのだが……その度に向こうは俺を迎え入れ、こうして会話の環に加えてくれる。

 

 ―――そして俺は、いつもそれに甘んじてしまう。本当はそんな資格など、ある筈無いのに……

 

 「キリト君?」

 

 顔に出ていたのだろうか、アスナの気づかわしげな声が聞こえた。いつもならすぐに取り繕う所だが……今の俺には、何故かできなかった。ただ黙って、顔を背ける。そんな事してしまえば、さらに俺の事を気にするというのに。

 だが予想に反して、訪れたのは静寂だった。アスナ達は俺を待っているのかもしれない。でも俺にとってそれは息苦しいだけだった。

 

 「……ねぇ、キリト君」

 

 しばらく続いた静寂を破ったのは、やはりアスナだった。その目を見る事すら憚られた俺は、俯きながらその声に耳を傾けた。

 

 「何で君はギルドを……ううん、人を遠ざけようとするの?それだけじゃない、どうして自分の事を蔑ろにするの?ベータテスターだからとか、ユニークスキル使いだからとかじゃないよね……同じ条件のクロト君の事だって遠ざけようとしてた時があったんだもん、君は一体何を抱えているの?」

 

 「っ!?」

 

 自分を蝕む罪悪感を指摘されたようで、俺は息を飲んだ。ベッドに置いた手が、知らぬ間にシーツを強く握りしめていた。

 

 「ま、待てよアスナ。別に今聞く事じゃねぇだろ。誰にだって言いたく無い事の一つや二つ―――」

 

 「―――そうやって待ってるだけじゃ、何も変わらないわ。私は知りたいの。キリト君の本当の想いを」

 

 俺の、本当の想い……?そんなの分からない。分かる筈が無い。俺が望んだものはどれもこの手の届かぬ場所でまぶしく輝いていて、仮に手が届いたとしても、資格の無い俺はすぐにそれを失ってしまうのだから。

 過去に望んだもの、失ってしまったもの、得られたと思った矢先にこの手から零れ落ちたもの……様々な記憶が蘇り―――傷跡が疼いた。

 

 (……もういい。全てを晒そう。そして無くしてしまおう……)

 

 未練がましく現状維持なんかしてるから、苦しくなるのだ。ならばいっそ、全て諦めて家族(ハル)の為だけに生きればいい。熱に浮かされたような頭はそんな事を思いつき、俺もそれが正しいと思えた。

 

 「一年以上前、一度あるギルドに関わった事がある」

 

 「キリト!」

 

 クロトの制止さえ煩わしい。当時の記憶を鮮明に思い出しながら、俺は淡々と彼等―――月夜の黒猫団について語った。

 

 ハルの素材集めに付き合って下層に降りていた時に助太刀した事。俺達がビーターである事に驚きながらも拒絶などしないいい人達であった事。閉鎖的な攻略組とは真逆なアットホームな雰囲気に強く惹かれ、彼等のレベル上げを手伝ったり情報を提供したりとサポートした事。

 その最中、サチが俺にだけ死ぬのが怖い、本当はフィールドになんて出たくないと泣いた事。それに対して俺はただ、根拠の無い薄っぺらな言葉しかかけてやれなかった事。

 

 ―――そしてサチ達を、死なせた事も。

 

 「本当なら未然に防げた筈だった……俺なら何があってもサチ達を守れるんだって思いあがって……だからみんなを、サチを殺したのは俺なんだ……!」

 

 トラップ多発地帯で見つけた隠し部屋と、その中央に置かれた宝箱。どう考えても罠だったのに、俺がいるから大丈夫だと誰もが安直にそう思って、気にしなかったのだ。だが、俺が守れたのは自分一人のみだった。

 俺があの時強く止めていれば、きっとみんなは止まってくれた筈だ。全ては俺の慢心が招いた事なのだ。

 

 「その……ケイタって人は、どうしたの……?」

 

 震える声で聴いてきたサクラに、俺は変わらぬ口調で答えた。

 

 「自殺した。メンバーを死なせた俺を殴って、罵って……目の前で、外周部から飛び降りた。きっと最期の時も、俺を憎んでただろうな」

 

 自嘲だろうか、気づけば俺は乾いた笑みを浮かべていた。今でも彼の言葉が、目が、脳裏に焼き付いて離れない。

 

 「彼等だけじゃない。ラフコフ討伐戦じゃハルを……一度死なせた。クロトだって本気で殺そうとした」

 

 「っ!」

 

 「だからあれは―――」

 

 「―――俺は疫病神なんだよ!ずっと俺の隣にいたお前なら分かるだろ!?俺に関わった奴はみんな碌な目にあっちゃいないって!」

 

 しつこい。本当にコイツは甘い。敵には容赦無い癖に、一度仲間と認めた奴にはどこまでもお人好しになる。俺とコイツとの間にあるのも、上っ面だけの薄っぺらな関係でしかないというのに。

 

 「君を……疫病神って言ったのは誰……?」

 

 「ケイタだよ。そう呼ぶのに丁度いいもの、俺にあったから」

 

 右手を振ってメニューウインドウを出し、装備フィギュアを広げる。この二年間で染み付いた動作故に指は滑らかに動き……最後の一工程で止まった。

 

 「兄さん!?それはダメ!」

 

 少しの間躊躇っていると、俺が何をしようとしているのかをハルが察してしまった。だがその制止を振り切って、俺の手は動いた。

 

 「な、お前……」

 

 「え……キリト、それ……」

 

 バンダナを装備解除し、前髪をかき上げて―――

 

 ―――俺自身受け入れられず、ずっと忌避して隠し続けた額の傷跡を彼等に晒した。

 

 「な?丁度いいだろ、当たり散らすのにはさ」

 

 これで終わりだ。もう二度と俺はここにいる人達とは笑いあう事など無いだろう。両親を失って間もない頃のように、視界に映るもの全てが急速に色褪せていく。

 

 「キリト、オレは―――」

 

 「―――やめてくれ。慰めの言葉なんていらない」

 

 もう、彼等を見るまでも無い。その目には現実で俺を拒絶した人達と同じ色が宿っている筈だから。恐怖、嫌悪、憎悪、侮蔑、同情、哀れみ……例外なんていない。

 

 「……キリト君」

 

 アスナがゆっくりと歩み寄って来る。彼女だって、きっと俺を蔑むのだろう。それでいい。それが俺の受けるべき罰だ。ただ……その顔を見るのが、何故か怖かった。

 瞼を固く閉ざし、来たるべき罵詈雑言に歯を食いしばる。

 

 「キリト君」

 

 すぐ傍で、囁くように名を呼ばれても、俺は動けなかった。だから、頬に手を添えられても拒む事ができず、顔を上げられてもされるがままだった。

 

 「目を開けてごらん」

 

 彼女の穏やかな声を聞いても、全身が強張るだけだった。今目を開ければ、間違いなくアスナの顔を見てしまう。

 

 ―――怖い。怖い怖い怖い怖い

 

 頭の中が恐怖で埋め尽くされ、みっともなく俺の体は震える。彼女の手が俺の髪をかき上げても、体は全く動いてくれなかった。

 

 「キリト君は……額の傷跡(これ)が嫌い?」

 

 「あ……当たり前、だろ……こんな…醜いもの―――!?」

 

 意図の分からぬアスナの問いに、何とか答えようとして……額の傷跡に何かが触れた。その何かはまるで壊れ物を触るかのように優しく、ゆっくりと傷跡全体をなぞる。全く予想していなかった感触に驚いた俺は、ほとんど反射で目を開いてしまう。

 

 「私は好きだよ。だって君の……好きな人の一部だから」

 

 目の前にいるアスナは、ただただ穏やかな笑みを浮かべていた。色褪せる事の無いはしばみ色の瞳にあるのは、俺が今まで見た事の無い柔らかな光のみ。

 

 「やめてくれ……!」

 

 「やめないよ。君が信じてくれるまで、何度でも」

 

 分からない。好きだから?そんな理由でここまでする筈が無い。さっさと掌を返してくれ。もう疲れたんだ。期待して、得られなくて絶望する事の繰り返しに。

 

 ―――わたし、桐ケ谷君が好きなんだ。

 

 何度もそんな言葉を聞いた。何度も手を伸ばした。その度に裏切られ、俺は諦める事を選んだ。その筈なのに―――

 

 「大好きだよ、キリト君」

 

 「やめろ……何度も裏切られたんだ!そんな言葉、もう聞きたくない!!はっきり言ってくれよ!醜いって!!気味が悪いって!!同情されるくらいなら……その方がずっとマシだ!!」

 

 いつの間にか、また手を伸ばそうとしていた。決して得られないものを、自分にも得られるものだと錯覚していたのだ。その先にあるのは拒絶される痛みと悲しみ、孤独しかないとわかっていたのに。

 拒絶されるのが怖いなら、その前に此方から拒絶してしまえばいい。だから瞼を下ろし、あらん限りの声で拒む。

 やっと諦めてくれたのか、アスナは何も言わなくなり―――

 

 「んっ……」

 

 ―――再び額の傷跡に、さっきよりも柔らかなものが触れた。それも先程よりも長く、優しく。

 

 「……え?」

 

 眼前にあったのは華奢なおとがい。彼女が何をしているのか、理解が追いつかなかった。

 

 「……な、なに……して……」

 

 俺の声が聞こえたのか、額から何かが離れてアスナの顔が目に映る。穏やかに微笑む彼女は、何よりも美しかった。

 その美貌が近づき、可憐な唇が俺の醜い部分(きずあと)に触れる。額に先程の感触が蘇るが、俺は今自分に起こっている事が信じられなくて、目を見開く事しかできなかった。

 

 ―――そんな俺を、アスナは包み込むように胸に抱きしめた。

 

 「……ぁ」

 

 これまでずっと作り上げた心の壁が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。全身から力が抜け、安らぎが胸を満たす。

 

 ―――最後に誰かの温もりに包まれたのは、いつだっただろうか……?

 

 弟妹を抱きしめる事はあった。抱き着かれる事もよくあった。でも、こんな風に心まで温かく包まれるような抱擁は……今まで無かった。

 叔父さんは海外に単身赴任していて、叔母さんは職種ゆえに不規則な生活リズム。家の中の年長者は俺だった。だから俺は、ずっと弱音を吐くことを……泣く事を禁じた。誰にも甘えないようにしてきたのだ。

 

 「泣いていいんだよ……」

 

 あやす様に、アスナが背をさする。

 

 「泣いて……全部吐き出していいんだよ」

 

 より強く抱かれ、視界が温かな闇に覆われる。彼女の言葉に、温もりに、今まで己を縛り上げていた鎖が解かれていく。

 

 「うっ…くぅ……あああぁぁぁ―――ッ!!」

 

 堰を切ったように溢れだした感情が、涙が、止まらなかった。恥も外聞も無くアスナに縋り、みっともなく泣き叫ぶ。そんな俺を、彼女は何も言わずに強く、それでいて優しく抱きしめ続けてくれた。

 本当はずっと、誰かに受け入れてほしかった。誰にも受け入れてもらえず、苦しかった。この痛みは生涯癒される事は無いと思い、絶望した。何故俺がと、自分の運命を呪った事もあった。だが自分よりも幼い弟が立ち上がろうとする手前、これ以上は失うまいと強くあろうとして本音に蓋をした。

 だから……全てを受け入れてくれた人(アスナ)によって塞いだ心を開かれた俺は、意識が途絶えるその瞬間まで泣き叫び続けた。

 

 「大丈夫。私が君を守るから」

 

 最後に、そんな言葉が聞こえた。




 去年の比じゃない位リアルが忙しいです……(涙)


 最初の方でキリト、暗くし過ぎたかなぁ……(兄)

 ↑今更かよ!?(弟)

 書いてるときこんな感じでした。


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五十七話 KOB入団

 お久しぶりです。リアルが忙しくって、気づいたら大分時間が経ってしまいました……

 今回はちょっと短いです。


 クロト サイド

 

 キリトの慟哭が終わっても、彼の涙は止まらなかった。アスナの胸に抱かれている為顔は見えないが、シーツへ滴り続ける透明な雫から容易に察する事ができた。

 彼の慟哭が続いたのはせいぜい五分くらいだろう。けれどもオレには、とても長いものに感じられた。

 

 「本当に、よく頑張ったね」

 

 泣き疲れ、寝入った彼を優しく撫でるアスナ。先程の彼女の行動にはかなり驚かされたが……きっとそれこそが、キリトが心の奥底では望んでいた事だったのかもしれない。オレが言おうとしていた事とは大違いだ。

 

 (何が’気にしない’だよ……!結局ただの先送りじゃねぇか……)

 

 今までのオレは、彼の何を見てきたのだろうか。本当にオレは、キリトの相棒だと言えるのか?

 

 (キリトは……誰よりも先に、オレに言ってくれただろ!化物じゃないって。なのにオレは……!)

 

 あの時彼は、化物ではないと否定し、オレの事を受け入れ手を伸ばしてくれた。オレはその手を掴む事ができなかったが、間違いなく救われた。だがオレが彼に言おうとした、気にしない、はそれとは全く違う。受け入れるわけでは無く、ただ拒絶しないで放置する事と……目を逸らす事と同義だ。もしキリトに言ってしまっていたら、オレはどれだけ彼の心を傷つけていたのか。

 

 「最低だな……オレ」

 

 つい、そんな言葉が零れた。一番の助けになれた筈なのに、全く何もできなかった。結局あの日から、何一つ変わる事ができていない。

 

 「ううん、そんな事ないよ」

 

 「ア、スナ……?」

 

 何故、そう言えるのか。オレの困惑をよそに、彼女は穏やかな笑みを浮かべまま続けた。

 

 「キリト君いつも言ってたもん。何も言わない自分を信じて、一緒にいてくれるいい奴だって。クロト君はずっと、キリト君を孤独から守ってくれたんだもの、最低なんかじゃないよ」

 

 「オレは……それしかできなかった…………踏み込む勇気が、オレには無かったんだよ……!」

 

 彼が何かを抱えているのはずっと前から分かっていた。だがオレは今の関係が壊れる事を恐れ、目を逸らし続けた。いつかキリトが、自分から話してくれるようになるまで待とう……そう自分に言い訳をして。

 

 「……それでよかったんです。現実世界(むこうがわ)の兄さんは、ずっと独りでした。クロトさんが今のままでいてくれたから、凍った兄さんの心が少しずつ溶けていったんですよ……」

 

 「ハル……」

 

 顔を上げると、ハルの目からも大粒の涙が零れていた。それでも彼は、誰かに泣きつこうとはせず、まっすぐアスナを見据えた。

 

 「アスナさん……さっきの言葉に、嘘は無いんですよね」

 

 「ええ。私は傷跡を含めたキリト君の事全部、受け止めるよ」

 

 穏やかな声に秘められた、確かな意志。ハルを見つめ返す瞳にも宿っているそれが、今のオレにはとても眩しかった。

 

 「あの……何でアスナさんは平気だったんですか?キリトの、その……」

 

 「確かに初めて見た瞬間はびっくりはしたけど……嫌いになる理由が無いでしょう?ちょっと言い方は悪いけど……傷跡(これ)があったから、キリト君はこの世界に来てくれた。私が彼に出会えたのは、傷跡(これ)のお陰なんだって。そう思ったら、すごく愛おしく見えたの」

 

 取り繕っている訳でも、気負っている訳でも無い。アスナは本心からキリトの傷跡を―――本人が醜いと言ったそれを―――愛おしい、と思っている。ああ、本当に―――

 

 「……本当に、敵わないですね。アスナさんには……」

 

 ―――本当にアスナには、敵わない。オレもハルも、思った事は同じだった。窓から差し込む光に照らされながら微笑む彼女は、決して陰る事の無い光を放ち続ける聖女のようだった。

 

 「ダメだな、僕……うれしい筈なのに、アスナさんに嫉妬してます」

 

 「……サクラ」

 

 「うん」

 

 自嘲し、何かを堪える様に俯いたハルを、オレはサクラと二人で抱きしめた。少しだけ体を強張らせるハルだったが、しばらくそのままでいると、ぽつりぽつりと口を開いた。

 

 「もう……六年くらい前……事故に遭ったんです、僕達。お父さんも……お母さんも死んで……兄さんの傷も、その時にできました……」

 

 僅かに声が震えていた。きっと今でも、ハルやキリトにとっては辛い記憶なのだろう。だがそれでも、ハルは話してくれた。

 

 「本当は……家族(ぼく)が、受け入れなくちゃ……ダメだったのに……僕は……僕はぁ……!」

 

 「ハル君……」

 

 「…………ずっとずっと、後悔してたんです。どうして僕は……怖がったんだろうって。あの時ちゃんと、傷跡を受け入れていたら……兄さんの笑顔が、無くなる事もなかったんじゃないかって……」

 

 キリトが一番望んでいた事。それが分かっていたのに、できなかった。ハルはそう自分を責めている。

 

 「だから……ずっと僕ができなかった事を、知り合って二年のアスナさんができたのが……羨ましいんです」

 

 「私だって、そんなによくできた人じゃないよ。キリト君の……好きになった人の一部だったからで……」

 

 少し困った様な笑みを浮かべるアスナだが、彼女の心の強さは本物だと思えた。

 

 「お願いします。どうか……どうか兄さんの事、裏切らないでください」

 

 その言葉を口にする事が、ハルにとってどれほど苦しいのかは分からない。ずっと支えてきた兄の幸福を願い、自分以外の人にその役目を託すのだから。

 

 「うん……約束するよ。キリト君は私が守る」

 

 アスナは、ハルから目を逸らす事無く頷いた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「訓練?」

 

 「うむ。君達には私と共にパーティーを組んでもらい、この層の迷宮区を突破してもらう」

 

 翌日、白いコートに袖を通しKOB本部へと出勤したオレ達を出迎えたのは、ゴドフリーのそんな言葉だった。どういう事か分からずオレはサクラの方を見たが、彼女は首を横に振る。どうやら何も聞いていなかったのはオレとキリトだけではないらしい。

 

 「ちょっとゴドフリー!彼等は―――」

 

 「腕が立つとはいえ、それはコンビ、ソロでの話。パーティーで使えるかどうかは、フォワードの指揮を預かるこの私が確認させていただきます」

 

 「そ、それこそボス戦で見てきたでしょう!何で今更そうなるの!?」

 

 ムキになって声を荒げるアスナだが、一方のゴドフリーは堂々とした表情を崩す事なく告げた。

 

 「いかに副団長と言えど、規律を蔑ろにしてもらっては困りますな。お二人の護衛となる以上、形だけでも実力を証明させなくては他の団員達に示しがつきません」

 

 「あー、そういう事か……」

 

 彼はヒースクリフのおっさんが自ら引き入れた団員の一人であり、良識のある方だ。多分ゴドフリー自身はオレ達の事を認めてくれているんだろうが、下っ端の連中はそうもいかないのだろう。とりあえず今は味方を多くした方が身のためだ。

 サクラは何か言いたげなアスナをなだめると、ゴドフリーに向き直った。

 

 「わたしも、参加していいですか?」

 

 「いやちょっと待てサクラ。何考えてんだ?」

 

 彼女の突然の言葉に、オレは困惑した。元々オレ達の力を測りたいと言っているのだから、わざわざサクラが参加する必要は無い筈だ。

 

 「理由をお聞かせ願えますかな?」

 

 「この訓練には、他の団員も参加するんですよね?二人は少々人付き合いが苦手なので、緩衝材になれればと思ったんです。ちゃんとコミュニケーションが取れないと連携も難しいですし」

 

 「むぅ……一理ありますな。では団長には私から言っておきましょう」

 

 サクラの言い分に、少しばかり唸るゴドフリー。だが彼はすぐに納得したように頷いてくれた。 話がまとまったのを見計らい、オレは残りの必要な情報を訪ねた。

 

 「それで、時間と集合場所は?」

 

 「おっと、まだ言っていなかったな。今から三十分後に、街の西門に集合。以上だ」

 

 両手斧を背負った背中を見せながら、ゴドフリーはのっしのっしと歩き去って行った。

 

 「―――せっかく一緒になれたのに……」

 

 「何かあったらメッセージ送りますから……二人の事は任せてください」

 

 「……ええ、お願いねサクラ」

 

 アスナが意気消沈している一方で、キリトはどこか安堵したようにため息をついていた。別にアスナを嫌っているのではない。気まずいのだ。オレもサクラに泣き付いた後は気まずくなったからある程度はわかる。

 

 (距離感か……オレも親父とは狂っちまったからなぁ……)

 

 加えて今のキリトは、他人との心の距離が全然掴めていない。今朝だって、オレと話す事さえぎこちなかった。何年も心に壁を作り、凍らせていた彼にはまだ時間が必要なのだろう。

 

 ―――きっと兄さんは、まだ何処かでは信じ切れてないんだと思います。

 

 本当は信じたい。でも怖くて信じきれない。キリトの心はそんな状態で、アスナの想いに向き合う準備ができていない。オレ達にもだ。

 

 「キリト」

 

 だからオレは―――

 

 「―――今日から改めてよろしくな、相棒」

 

 ―――ゼロからやり直す事にした。馴れあいじゃない、本当の友情で、キリトの唯一無二の親友になる為に。

 

 「……あぁ、俺の方こそ……よ、よろしく」

 

 いつものように、軽く互いの拳をぶつける。キリトのそれはぎこちなかったが、それでもこの二年間の中では彼の心を一番近く感じられた気がした。

 

 「……ま、とりあえず後ろでむくれてるアスナに何か言ってやれよ」

 

 「ぅ、あ、いや……それは……」

 

 頼む、本当に何でもいいから。マジでアスナがお前の背後でムッチャ羨ましそうにこっち見てるんだぞ?

 

 「……えぇっと……その……」

 

 少々強引に促すと、キリトは何とかアスナに振り返ってくれた。だが俯いていたかと思えば顔を上げて何か言おうと口を開きかけ、そうかと思えば口を閉ざして再び俯く。

 今まで無かった彼の様子が新鮮で、オレもサクラもアスナも急かす事無く待ち続ける。

 

 「……すぐ、帰ってくるさ。俺も……その……」

 

 「’俺も’……?」

 

 キリトが言いかけている言葉が分からず、アスナは首を傾げる。一方でキリトの頬は僅かに紅く染まっていて、続きを躊躇っているようだった。

 

 「~~っ!何でもない!行ってくる!!」

 

 「あ、キリト君!?」

 

 慌てて立ち上がり、手を伸ばすアスナ。だがそれよりも先にキリトはコートを翻して部屋から出て行ってしまった。

 

 「ありゃ、恥ずかしかったんだろうなぁ……」

 

 「ふふっ、奥手なのもクロトとそっくりだね」

 

 ……否定できない。散々ヘタレと言われてきたのだから自分でも分かっているつもりなのだが……恋人にまで言われてしまうと、何かこう……少々凹む。

 

 「と、とにかく行こうぜ。アイツ一人先に行かせたって集合場所でボッチだろうし」

 

 「……うん、キリト君が他の人と話してるとこ、全然イメージできないよ」

 

 「それでは、行ってきます」

 

 オレの言葉に苦笑しながらも、アスナは大人しく待つ事を示すように、再び椅子に座った。そんな彼女に軽く手を振り、オレはサクラと共にキリトを追いかけた。

 

 (絶対に、守らないとな……)

 

 今まで己の心を閉ざし続けてきた彼は、今やっと新たな一歩を踏み出そうとしているのだから。

 

 「カァ!」

 

 「いて!?何すんだよヤタ!」

 

 「クロトがキリトの事ばかり気にしてるから拗ねてるんだよ。わたしだって……もっとこっちを見てほしいって思ってるんだよ?」

 

 「……ごめん」

 

 サクラの寂しげな言葉に申し訳ないという思いが沸き上がる。最愛の恋人の笑顔が見たくて、無意識のうちに左手が彼女の右手へと延び―――

 

 「え、クロト……これ」

 

 ―――指と指が絡まるように握る。俗に言う恋人繋ぎだ。今まではただ手を握るだけだったが、いつまでもヘタレてたら男が廃る。それに寂しい思いをさせてしまったのだ、オレから踏み込むのが筋だろう。

 

 「これからは……街を歩く時、こうしようぜ」

 

 「うん……クロト、大好き」

 

 満面の笑みを浮かべたサクラは、何よりも愛おしかった。




 連休明けの仕事って辛いですね……


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五十八話 迫る殺意

 時間が取れなかったり、時間があっても筆が進まなかったり、上手く纏まらず同じ事がグダグダ続いたり……

 コレってもしかしてスランプ……?


 クロト サイド

 

 「……何のつもりだ?」

 

 なるべく波風は立たせたくなかったが、今の自分の声がかなり警戒の色を含んでいるだろう事は容易に分かった。キリトもサクラもそれは同様で、声こそ上げなかったものの視線でゴドフリーに説明を要求していた。

 

 「ウム、先日の彼の非礼は聞いている。だがこれからは同じ釜の飯を食う仲間なのだ。お互いにここで一度、過去の事は水に流してはどうかと思ってな」

 

 そう言いながらゴドフリーはオレの前に立つ男―――クラディールの肩を軽く叩き、豪快に笑った。

 ギルド内の人間関係の改善を図りたいゴドフリーの思惑やその必要性は頭では十分理解できる。いくらキリト・アスナ・サクラと共に活動すればいいとは言っても、そこにさらに他の団員が加わることだって十分あり得るし、そこで何かしらのトラブルを残したままにして連携の障害になったら……それがパーティー全滅の原因になりえる。それは解っているのだが……理解はできても納得しきれないのだ。感情的に。

 

 「……先日は……ご迷惑をおかけしまして……」

 

 「っ!?」

 

 こっちが葛藤していると、何とクラディールの方から頭を下げてきた。先日と比べてとてもしおらしい声だったのもそうだが、何よりプライドの高そうだった彼が素直に謝罪してくるのには面食らった。

 

 「二度と……あのような真似はしませんので……どうか、許していただきたい……」

 

 「……」

 

 だが、ぼそぼそと聞き取りづらいクラディールの声を聞いている内にオレの中である疑問が浮かんできた。

 

 ―――以前コイツが去り際に見せた、殺気を感じさせる程の憎悪が……たった数日で無くなるだろうか?と。

 

 伏せられた顔からでは、表情は読み取れない。今のクラディールの態度は本当に反省してのものなのか……それともただの演技なのか……それが分からない以上、警戒するに越したことはない。

 

 「……分かったよ。サクラもキリトも、ここはグッと飲み込んでくれ。な?」

 

 「……うん……」

 

 「あ、あぁ……」

 

 どちらも不承不承といった様子だが、頷いてくれた。親切心から動いてくれたゴドフリーには悪いが、本気でクラディールを信用した訳では無いし、許したつもりも無い。しばらくは警戒させてもらう。

 

 「ウム、これにて一件落着だな。がっはっはっは!」

 

 しかし肝心のゴドフリーはこれで丸く収まったと本気で思っているのか、オレとクラディールの肩を叩きながら再び豪快に笑う。……人が良すぎるのか、それともただの能天気なのか……フォワードの指揮官がこんな様子で本当に大丈夫なのだろうかと心配になってきた。

 五分ほどで残りの団員がやって来たためさあ出発という場面で、唐突にゴドフリーの声に引き留められた。

 

 「先のボス部屋が結晶無効化エリアだった事を踏まえ、今回は結晶アイテムが使えない状況を想定した訓練とする。よって諸君らの結晶アイテムは全て預からせてもらう」

 

 「なっ!?転移結晶もか?」

 

 思わずといった様子で、キリトが声を上げた。オレも声を上げる事こそ無かったが、驚愕してしまう。

 

 「無論だ。生命線である結晶アイテムが一切使えない状況に於いての危機対処能力を見せてもらいたい。これから先のボス部屋全てが結晶無効化エリアとなるだろうと団長もおっしゃっていたしな」

 

 「……!」

 

 ゴドフリーが言っている事は間違っていない。オレやキリトだって、これからのフロアボスの部屋が全て結晶無効化エリアになるかもしれないとは思っていた。即座にHPや状態異常を回復してくれるだけでなく、僅かな時間が稼げれば緊急脱出手段となる各種結晶アイテムは長い間攻略組……いや、全プレイヤーに多大な恩恵を与えてくれた。だがその反面で、結晶無効化エリアというトラップにかかったプレイヤー達は少なからず脆さをさらしてしまうようになったのだ……グリームアイズ戦での軍メンバー達の様に。

 しかし……それでもオレは、ゴドフリーに手持ちの結晶アイテムを預けるのに強い抵抗があった。ここは波風をたてぬよう、素直に従うべきだと理解していても、クラディールの事もあって結晶アイテムを手放したくないのだ。

 

 「……クロト、キリト」

 

 キリトと顔を見合わせようとしたその時、サクラがオレ達の手を握った。ハッとして彼女を見る。

 

 「二人の気持ちは解るよ。でも……でも今はお願い、アスナさんの為にも我慢して」

 

 「……そう、だな………」

 

 「………あぁ」

 

 キリトもオレも、ここは堪えてゴドフリーの指示に従う事にした。困惑していたのはオレ達だけではなく、サクラもまた同様だったのだ。それでも彼女は自分の葛藤を抑え、オレとキリトが孤立しない為にすべき事を考えてくれたのだ。

 辛い思いをしながらもオレ達の為に言ってくれるサクラを無視する事なんてできない。彼女を安心させる為に微笑みかけた後、オレはポーチ内の結晶アイテムをゴドフリーに預けた。

 

 「よし、では出発!」

 

 結晶アイテムを預かった後、全員のポーチの中まで確認したゴドフリーの号令と共に、オレ達は迷宮区へと向けて歩き出した。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 ステータスがSTR一極型のアタッカーであるゴドフリーにあわせて徒歩で荒野を進む事一時間弱。その間にエンカウントしたmobは全て一刀のもとに切り伏せてきたので、特に危険な状況に陥る事は無かった。クラディールも別段怪しげな動きは一切しなかったし、サクラを通じてKOBの団員とも多少は打ち解ける事ができた。もっとも、彼がオレ達に敵意を抱いていなかった事も大きかったが。

 

 「よし、では一時休憩!」

 

 迷宮区前の曲がりくねった峡谷エリアの中ほどまで来た所で、ゴドフリーが野太い声で告げた。時刻は正午にさしかかっており、今更ながらに空腹を感じた。

 

 「もうお昼なんだね」

 

 「こんくらいだったら一気に駆け抜けちまいたかったんだけどなぁ……」

 

 苦笑いするサクラと、ため息と共に愚痴を零してしまうオレ。とりあえず手近な岩に腰かける。安全地帯では無いものの、周辺はmobが全くポップしない為、襲われる事は無いだろう。

 

 「では、食料を配布する」

 

 そう言ってゴドフリーは革の包みを人数分オブジェクト化すると、それぞれに一つずつ放ってきた。何の苦もなく包みを受け止め、さして期待せずにそれを開いた。

 

 「慢性的な財政難ってのは、結構マジなんだな」

 

 「あ、あはは……なんだか、ごめんね?」

 

 水の入った瓶と、NPCショップで販売している安価な固焼きパンが一つずつ。それが今日の昼飯だった。少し離れた所でため息をつくキリトをちらりと見て、多分彼も包みの中は一緒なのだろうと予測しながらつぶやくと、サクラが乾いた笑みを浮かべる。

 ハルが用意した弁当は一応あるが、流石にこの状況で食う気にはなれなかった。皆が質素な食事を摂る中で、自分だけが別の物を食べるとまた何か問題が起こるだろうし、何より……サクラだって我慢しているのだ。オレが我儘を言う訳にはいかない。

 

 「晩飯はしっかりしたのを食わせてもらうからいいさ。迷宮区に籠ってた時のメシに比べりゃ、十分マシだし」

 

 そう言いながら、オレは固いパンを筋力値任せに小さくちぎった。多少ボロボロとパンが零れたが、気にする事無くちぎり終えた欠片をヤタに食わせる。そして片手で瓶の栓を外した、その時―――

 

 「飲むな!」

 

 ―――切羽詰まった叫びと共に、キリトがオレの手から瓶を叩き落とした。彼の突然の行動に驚いたのも束の間、次の瞬間にキリトは地面に倒れた。

 

 「ぇ……?」

 

 「サクラ!?」

 

 さらに追い打ちをかけるかのように、隣に座っていたサクラの体がぐらりと傾く。咄嗟に彼女を支えようと手を伸ばしたが……それは叶わなかった。

 

 ―――右肩に軽い衝撃が走り、同時に全身から力が抜けたのだから。

 

 無様に倒れ込んだオレの目の前に落ちた、濡れ羽色の塊。ヤタだ。ヤタの右翼には毒々しい粘液の着いたスローイングダガーが刺さっていて、そのHPバーの横に麻痺のアイコンがついていた。

 

 「ククッ……クッハハハハッ!」

 

 甲高い笑い声。どうにか首を巡らせると、カーソルを禍々しいオレンジに染めたクラディールが身をよじって笑っていた。それを見た瞬間、オレの背筋に冷たいものが走った。

 クラディールを除いた全員が麻痺状態になっており、なおかつ無事な彼がオレンジ。完全に嵌められたのだ。

 

 (解毒結晶が……無い……!)

 

 オブジェクト化してあった結晶アイテムは全てゴドフリーに預けてある。ストレージ内には予備の結晶アイテムがあるものの、ヤツが悠長にメニューウインドウを開くのを見逃す事が無い限り取り出す事が不可能だ。

 解毒ポーションならポーチにあるが、即効性が無いため瞬時にこの状況を脱出できない。しかもランダムで僅かに動かせる四肢が、今回は右脚だった。両手が動かせないうえに、ヤタまでもが麻痺しているため手の代わりとなってもらう事もできない。まさに八方塞がりだ。

 

 「速く解毒結晶を使え!」

 

 「う……!」

 

 キリトの叫びで、ようやくゴドフリーの腕がポーチへと動き出した。だがそれはあまりにも緩慢で、クラディールがそれを逃す筈もなかった。

 

 「ヒャァ!!」

 

 奇声を上げながら飛び上がり、ゴドフリーの腕を踏みつける。そのまま彼のポーチに手を突っ込み、結晶を己のポーチへと落とし込む。

 

 「クラディール……どういう、つもりだ……?」

 

 「あぁん?」

 

 ゴドフリーの呟きに首を傾げたのも一瞬、ヤツは再び哄笑した。

 

 「ゴドフリーさんよぉ……馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、アンタ筋金入りのノーキンだなぁ!!ヒャハハハハッ!!」

 

 「ぐっ!」

 

 呆然とした表情のゴドフリーの顔面を、容赦なく蹴り飛ばすクラディール。明らかな攻撃だが、ヤツは既にオレンジとなっているので何の影響も無い。

 

 「アンタにゃ言いてぇ事がねぇワケじゃねぇけどよぉ……オードブルで腹いっぱいになっちまうつもりも無ぇんだよなぁ……」

 

 「な、何を言っているんだ……?訓練じゃないのか?」

 

 興奮を抑えきれないとばかりに体を震わせ、両手剣を引き抜いたヤツは―――

 

 「うるせぇ、とっとと死ねや」

 

 ―――先ほどまでとは打って変わった、冷徹な声と共に躊躇う事なくそれを振り下ろした。それも一撃ではなく、ゴドフリーをいたぶるかの様に……何度も、何度も。

 

 「やめて!」

 

 サクラの叫びにも一切耳を貸さず、剣を打ち下ろし続けるクラディール。ゴドフリーも漸く自分が殺されそうになっている事に気づいたのか、悲鳴を上げる。

 

 「オラァ、死ねやぁ!」

 

 「ぐあああああぁぁぁ!?」

 

 やがてヤツの剣が……ゴドフリーの命を食らい尽した。彼の断末魔と重なって響き渡る、ヤツの狂った歓喜の声に怖気が走った。ゴドフリーだったポリゴン片が飛び散る中、クラディールは機械仕掛けの人形の様な動きでもう一人の団員に向き直った。

 

 「ひぃっ!」

 

 「お前には何も恨みも無ぇけどなぁ……おれのシナリオだと生存者はおれだけなんだよ……」

 

 引きずられる剣の切先が、耳障りな音を立てる。一歩、また一歩と近づくヤツから逃れようと彼はもがくが、空しい努力でしかなかった。

 

 「た、助け―――」

 

 「―――るワケねぇだろヴァーカ!」

 

 容赦なく彼の胸を貫くクラディールは、自らの筋書きを披露する。

 

 「いいかぁ……おれ達のパーティーはぁ~」

 

 剣を引き抜き、再び突き刺す。

 

 「荒野でオレンジの大群に襲われてぇ~」

 

 さらにもう一度。

 

 「勇戦空しく五人死亡~」

 

 僅か数ドットのHPしか残っていない彼の体から剣を引き抜き、振り上げる。

 

 「し、死にたくな―――」

 

 「―――おれ一人になったものの、見事撃退して生還しましたとさああぁぁぁ!!」

 

 命乞いを続けた彼の頭へと、無慈悲に剣を振り下ろした。一拍遅れて響き渡る、二度目の破砕音。

 

 「……!」

 

 サクラの声にならない悲鳴に、歯を食いしばるしかできなかった。恍惚とした表情を浮かべるクラディールを睨み続けても、有効な案が出てこない。

 

 「よぉ、ガキ共……オメェらを始末するのに関係ねぇのを二人も殺しちまったぜぇ?」

 

 「その割には随分と楽しんでたじゃないか……お前みたいなヤツがなんでKOBに入った。オレンジ……レッドギルドの方がよっぽど似合いだ……!」

 

 クラディールが次に選んだのはキリトだった。狂ったような笑みを浮かべるヤツを見据え、皮肉気に口を開く姿は、ヤツの意識が此方に向かないようにと体を張って守ろうとしているように見えた。

 

 (バカ野郎……それはオレの役目だろ!)

 

 オレとヤタには、麻痺毒付きのダガーが刺さったままだが、キリトとサクラは毒入りの水を飲んだだけ。五分程度の時間さえ稼げれば、キリト達は動ける筈なのだ。

 

 「何でかって?ハハッ!決まってるだろ、あの女だよ」

 

 「っ!?貴様……!」

 

 平静を装っていたキリトが、憤怒の声を上げる。だがそれすら、ヤツには何の意味も無かった。

 

 「んなコエェ顔すんなよ。所詮ゲームなんだしよぉ……お?」

 

 だが突然何かに気づいたかのように一瞬呆け、再びいやらしくニヤニヤと笑い出す。

 

 「そういやさっき面白れぇ事言ったよなぁ?レッドギルドがどうだとか……」

 

 「……事実だろ。お前みたいに狂ったヤツら、今まで散々見てきたからな……!」

 

 「勘違いすんなよ、良い眼してるって褒めてるだけじゃねぇか」

 

 吐き気すら催す程に不気味な笑いを続けるクラディールは、何を思ったのかいきなり左腕のガントレットを除装する。そして露わになったヤツの左腕に描かれていたタトゥーを見た瞬間、オレ達は息をのんだ。

 蓋のずれた、漆黒の棺桶。蓋には不気味に笑う顔が描かれており、中からは白骨の左腕が飛び出している。

 

 「……笑う棺桶(ラフィン・コフィン)……!?」

 

 呆然と呟くサクラの声が聞こえたのか、ヤツはにんまりと頷いた。およそ半年前に壊滅してなお、アインクラッド中で未だに恐れられ続けている最悪の殺人ギルド、笑う棺桶(ラフィン・コフィン)。奴らの討伐戦は、オレ達全員に消える事の無い傷を残している。もう二度と見る事など無いと思っていたソレを見て、オレはどうも腑に落ちないものがあった。

 

 「今更……復讐か?テメェらがああなったのは……自業自得だろうが……!」

 

 「ハッ!ちげーよ。んなダセェ事なんざすっかよ……おれがラフコフに入れてもらったのはついこの間だぜ。ま、精神的にだがな。おめぇの事だってそん時聞いたんだぜぇ……ヒトの皮被った化物さんよぉ!」

 

 「ッ!!」

 

 見えない刃に斬り裂かれる感覚。それと共に蘇ってくる、抹消したくて仕方が無い忌まわしい記憶。だが、ここで屈するわけにはいかなかった。キリトが、サクラが動けるようになるまで、どうにか時間を稼がなくては。

 

 「は、はは……はははは!」

 

 「!?クロト……?」

 

 オレは己の震えを悟らせぬよう、精一杯ふてぶてしい表情を作ってみせた。そしてあざける様にヤツを見据え、喋る。

 

 「その様子じゃ、自分が捨て駒だってのに気づいてねぇよなぁ?……シナリオがお粗末すぎて話にならねぇぜ」

 

 「あぁん!?」

 

 漸くクラディールから、厭味ったらしい笑みが消えた。手足の震えを押し隠し、オレはヤツをあざける。

 

 「オレンジの大群に襲われる?碌な拠点も構えらんねぇ荒野で?アスナがんなでっち上げ信じる訳ねぇだろ。そのうえオレやキリトをぶちのめせるハイレベルなオレンジ共に襲われたってのに、何でザコのお前だけが生き延びるんだ?普通ならお前が真っ先に死ぬだろバァーカ!」

 

 「ガ、ガキィ……言わせておけば―――」

 

 「―――お前はもう詰んでるんだよ。もう何をしようがテメェは明日の朝日を拝めねぇってワケ。ちっとも気づかなかったとか……全くおめでたい脳ミソだなぁ!」

 

 「黙れぇ!!」

 

 額に青筋が浮かんでいてもおかしくない程に怒り心頭な顔のクラディールが、オレの腹を踏みつける。だが、これでいい。

 

 (まだ、なのか……?)

 

 自分の内側から這い上がって来る恐怖と戦っている為か、既に時間間隔は無かった。何度目かの蹴りを入れた後、クラディールは肩で息をしながらも幾分頭を冷やしてしまった。

 

 「クッククク……!いいぜ、オメェもさっさとやっちまおうと思っていたが……やめだ。ソイツが刺さってんだ、後でじっくり壊してから殺してやるよぉ!!」

 

 「きゃ!?」

 

 そう言うや否や、オレに刺したのと同様のスローイングダガーをサクラの左手に突き刺した。しかもそれだけでは飽き足らず、彼女の右手を無造作に掴んだ。

 

 「い、嫌!」

 

 「やめろ!」

 

 自力で動けないのをいい事に、クラディールは無遠慮に彼女の手を使ってウィンドウを開かせる。

 

 「クヒャヒャ!いいねぇ……やっぱり自分の女を目の前でヤられんのは耐えらんねぇってかぁ?」

 

 「何、言ってんだ……?」

 

 理解できない。いくら相手のウィンドウを好き勝手に弄れても、最後の一線はハラスメントコードによって阻止される筈で―――

 

 「おいおい、マジで知らねぇのか?’倫理コード解除設定’ってので、デキるんだぜぇ?」

 

 「この野郎……!」

 

 ギュッと目を瞑り、怯えるサクラ。クラディールの悍ましい言葉に、オレは気が狂いそうだった。一方いやらしい笑みを貼り付かせたヤツはオレの反応が楽しいのか、さらに捲し立てる。

 

 「細けぇ事は後で教えてやるよ、実況しながらな―――!?」

 

 不意にヤツの声が途切れた。よく見ればヤツのHPが極僅かだが減少している。左上腕にピックが刺さっていて、誰が投げたのかは明白だった。

 

 「ってぇな……」

 

 刺さったピックを無造作に引き抜くと、ヤツはキリトの方へ移動する。

 

 「ああそうかい……そんなに死にてぇならお望み通りお前から殺してやるよぉ!!」

 

 キリトの前で改めて剣を振り上げたクラディールの目はほぼ真円にまで見開かれており、憎悪と歓喜の混ざり合った醜悪な色を宿していた。

 

 「デュエルん時から夢に見てたんだぜぇ、この瞬間をよぉ…………オラァ!」

 

 ギラリと光った凶刃が、キリトの左足に突き立てられた。そのまま抉るように剣を回し、キリトの顔を見つめ、その表情が絶望に染まる瞬間を待ち望んでいる。

 

 「どうよ……もうすぐ死ぬってどうなんだよ……言ってみろよぉ……さっきの奴みたいに死にたくねぇってよぉ」

 

 剣が一度引き抜かれ、今度は腹に突き立てられる―――

 

 「お……お?」

 

 ―――直前に、キリトの右手がヤツの両手剣の刀身を掴んでいた。

 

 「なんだよ、いつもスカした顔のお前でも死ぬのは怖えぇってか?」

 

 「……ぇ……きゃ…………んだ」

 

 「あぁ?」

 

 消え入りそうなか細い声。それがキリトのものだと、すぐには解らなかった。

 

 「帰さなきゃ……ならないんだ……ハル……みんなを……それまでは…………俺に死は、赦されない……!」

 

 彼の闇色の瞳には既にクラディールなど映っていない。虚ろな目でヤツの凶刃に、迫り来る死に抗い、呪文のように同じ事を繰り返し言い続ける。

 

 ―――まるで動けない体に鎖を巻き付け、無理やり傀儡として動かしているように。

 

 「クヒャヒャ!そうこなくっちゃなぁ!やっと殺しがいが出てきたぜぇ!!」

 

 全体重をかけ、キリトの抵抗をものともせずに剣を突き立てるクラディール。まだキリトのHPは七割ほど残っているが、このままでは一分とかからずに殺される。

 

 (何か……何かないのか……!)

 

 どれほど思考を巡らせても、打開する手立ては出てこない。ただキリトの命が少し、また少しと削られ、半分を割った。

 彼が死ぬ。それが現実となろうとしている事が、そしてそれを止められない自分の無力さが、オレを蝕んでいく。やっと……やっと自分を受け入れる人を見つけ、新しく踏み出そうとしていたキリトを守るのだと……本当の友達になるのだと決意した筈なのに―――

 

 「俺、は……死ねない……!」

 

 「さっきっからそればっかだなぁ?いいからもっと泣けよぉ!みっともなく命乞いでもしてみやがれぇ!!」

 

 剣を掴まれている為に大きく振り上げる事はできないが、それでも何度も何度も内臓を掻きまわすかのようにグリグリと腹を抉り続けるクラディールとうわ言の様に自分を縛る言葉を発し続けるキリト。だけど……その目には何の光も宿っていなくて。

 それに気づいた瞬間、オレは叫んだ。

 

 「目を覚ませキリト!お前は……お前の心は、’生きたい’って叫んでるんじゃないのか!?」

 

 「!?」

 

 ピクリ、とキリトの全身が反応した。その拍子に彼の体から剣が引き抜かれてしまうが、構わずオレは続ける。

 

 「今度こそ……アスナと向き合うんじゃなかったのか!!あいつの想いに―――」

 

 「―――ギャーギャーうるせぇんだよぉ!!化物野郎ォ!!」

 

 無造作に振るわれた両手剣がオレの首筋を斬り裂いた。現実ならば即死だが、この世界ではHPが全損しなければ死ぬ事は無い。だが痛みが無いとはいえ剣に首の半ば以上を斬り裂かれ、オレはしばし言葉を発する事ができなくなる。

 

 「クッヒャヒャヒャァ!」

 

 最早奇声としか言いようのない歓喜の叫びと共に、クラディールの剣はまっすぐキリトの心臓へ―――

 

 「ぐっ……!」

 

 ―――突き立てられる寸前で、彼の右手に刀身を掴まれた。これにはヤツも驚き、一瞬とはいえ呆けた。

 

 「そう、だ……俺は、生きたい……!生きて……アスナに……!!」

 

 「ガキィ……しぶてぇんだよぉ!!」

 

 だがクラディールはすぐに剣に全体重をかける。剣先が徐々に、そして確実にキリトへと近づいていく。彼のHPはもう一割も残っていない。つまり……この一撃で死ぬ。

 

 「死ね!死ね!!死ねええぇぇ!!」

 

 残り一センチ……五ミリ……

 迫る凶刃に、しかしキリトは確かな生への渇望を宿した目で睨み続ける。

 

 (キリト……!)

 

 抗う彼をあざ笑うかのように、鈍く輝く剣尖が僅かに胸に潜り込み―――

 

 ―――一筋の閃光が、彼に迫っていた死の運命をはねのけた。




 気づいたらいつもより長くなっていました。原作とあんまり変わんないのに……

 もうちょっとコンパクトにまとめられる文章力が欲しいです。


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五十九話 黒衣に隠し続けた答え

 いつもより短いですが……難産でした。上手く纏まらず、書いては消しての繰り返しでした……(涙)


 キリト サイド

 

 死が迫る。鈍色の金属に形を借りた殺意が、俺に死をもたらそうと降りてくる。俺もクロトもサクラも麻痺したままでどうする事もできない。

 

 (俺は……ここで死ぬのか……)

 

 ハルを、家族を一人、この世界に残して死ぬ。それが俺の……身近にいる人達を守れずに傷つけ、裏切ってきた愚か者の末路だ。そして俺は死んだら地獄にでも堕ちるのだろう。ケイタ達を死なせ、ハルを悲しませ、そして今クロト達を巻き込んでしまっている疫病神は、地獄で今以上の責め苦を受ける未来が相応しいのかもしれない。

 だがもし、もしも、許されるのならば―――

 

 (生きたい……俺はまだ、生きていたい……!)

 

 ―――生を望む。この先、どれ程の痛みを、苦しみを背負う事になるとしても。もう一度アスナと会って、彼女の想いと逃げずに向き合いたい。

 

 「死ね!死ね!!死ねええぇぇ!!」

 

 だが無情にも剣は迫っていて、俺の死の運命は覆らなくて。思考が暗闇に覆われていく。諦めが胸を満たしていき……不意にアスナの言葉が脳裏をよぎった。

 

 ―――大丈夫。君は私が守るから

 

 同時に、あの時感じた温もりと安らぎが思い起こされる。ここで俺が死ねば、彼女はどうなってしまうのだろう。かつての俺のように、守れなかったと自分を責めるだろうか。怒り、激情のままにクラディールを殺し……その手を穢すのだろうか。それとも……俺が、嘘つきと彼女を罵り恨み続ける幻想に囚われてしまうのだろうか。

 

 (……サチも、死ぬ時はこんな気持ちだったのかな……?)

 

 あの言葉が結果的に嘘になるとしてもかまわない。それでも俺はアスナに感謝している。あの時の彼女の眼差しに、抱擁に、口づけに……俺は初めて癒されたのだから。

 だから彼女が闇に囚われるような未来だけは絶対に嫌だった。

 

 ―――アスナ……

 

 声になったのか分からない。けれども最期は彼女を思っていたかった。叶うのなら、面と向かって感謝の思いを伝えたかった。

 剣先が俺の胸に僅かに触れて―――

 

 ―――キリト君は私が……絶対に守る!!

 

 頭の中に、そんな声が響いた。次いで衝撃音が聞こえ、それと同時に剣にかかっていた重みが消えた。

 

 「ヒールッ!!」

 

 俺のHPバーが全快する。だがそんな事はどうでもいい程、俺は驚愕した。何故なら今の声は、紛れも無く彼女の……俺が思い浮かべていた人のものだったのだから。

 

 「間に合った……間に合ったよ……神様……間に合った……」

 

 アスナは俺の傍らに跪いていた。はしばみ色の瞳を見開き、その可憐な唇を戦慄かせながらも、優しく慎重に俺の手からヤツの大剣を抜きとって置く。

 

 「……アス……ナ?何で……?」

 

 零れたのは、ひどく掠れた声だった。だがそれでも彼女は、安堵したように目尻に涙を浮かべる。

 

 「キリト君達の事をずっとマップでモニターしてたら、ゴドフリーの反応が消えて……何かあったんじゃないかって居ても立っても居られなくて……」

 

 まさか……俺達が一時間かけて歩いた距離を、彼女は五分にも満たない時間で駆け抜けたというのか?いくら敏捷優先の彼女であっても、にわかに信じがたかった。

 

 「生きてる……生きてるよねキリト君……」

 

 彼女の手が俺の背と後頭部に回り、先日のように彼女の胸に抱かれる。俺の存在を確かめるような抱擁に、先ほどまで迫っていた死の恐怖が払拭されていく。

 

 「チッ……あの野郎、まだ……!」

 

 「……アマァ……邪魔しやがって……!」

 

 クロトの声が、俺に現実を認識させた。アスナもそれは同じで、少しだけ俺を抱く力を弱めて後ろを振り返る。彼女によって吹き飛ばされた殺人者は、予備と思われる両手剣を手に立ち上がっており、憎悪の炎を滾らせていた。

 動けない俺達三人を庇いながらでは、いくらアスナでも危険だ。そう思い彼女を見て―――

 

 「大丈夫だよ」

 

 ―――優しく微笑みながら、アスナは俺にそう言い切った。その笑みが、声が、俺から不安を拭い去って行く。

 

 「待ってて―――すぐに終わらせるから」

 

 再び地面へと寝かせた俺に背を向けた彼女は、その言葉と共に疾風の如き速さでヤツに肉薄する。

 

 「ぶあっ!?ぐっ!があぁっ!?」

 

 気づいた時にはもう遅い。今のアスナの剣は、ライトエフェクトすら置き去りにしてヤツの全身を斬り裂き、貫いていく。まるで結果と過程が逆転しているかのようだ。いくらヤツの剣がエフェクトの前に翳されても、防いだ筈の箇所には深紅のダメージエフェクトが次々と噴き出していくのだから。

 

 (綺麗だ……)

 

 静かな怒りを滾らせながらもそれに飲まれる事無く剣を振るうアスナ。その姿に、俺はただただ魅了された。いや、俺だけではない。先程から何も発していない二人も今の彼女に魅せられているのだろう。

 

 「わ、解った!おれが悪かったよ!!」

 

 瞬く間にHPをレッドゾーンにまで減少させた殺人者は、剣を投げ出し甲高い声と共にその場で土下座した。

 

 「も、もうギルドは辞める!あんたらの前にも二度と現れねぇ!だ、だから命だけは―――」

 

 頭を抱え、怯え切った様子で命乞いをするヤツに対して、アスナは無言のまま掲げた細剣を逆手に持ち替える。だがその切先は僅かに揺れており、先ほどまでの勢いは消え失せていた。

 

 「―――し、死にたくねえぇぇぇ!!」

 

 「っ!!」

 

 彼女が細剣を突き立てようとしたその時、ヤツの絶叫が響き渡った。同時にアスナの剣は、見えない壁に阻まれたかの様に完全に動きを止めた。

 アスナは―――まだこの世界で誰かを殺めた事が無い。PKなどと誤魔化しても、この世界で誰かのHPをゼロにする行為は人殺しになるという事なのだ。激情に身を任せて殺した俺でさえ苦しみ続けてきたのだ。彼女にも殺人者という十字架を背負わせたくない。

 

 「騙されんな!ソイツは笑いながら二人を殺したんだぞ!!」

 

 「……えぇ、解ってる……解ってるわ……!」

 

 だがクロトの言う通り、アスナに躊躇うなと叫ぼうとしている自分がいる。PK―――殺人行為に強い忌避感を持った彼女の手が止まるその時を、ヤツが狙っているだろうとは容易に予想できるからだ。

 だから……だから俺は、アスナに「殺せ」とも「殺すな」とも言えなかった。

 

 「でも……!」

 

 彼女の葛藤を表すかのように小刻みに震えていた細剣が、ゆっくりと下げられる。

 

 「それなら尚の事……ゴドフリー達を殺した償いをさせるわ」

 

 「っ!」

 

 アスナの中には、まだヤツへの怒りや憎しみがある。それは彼女の背中しか見えない今でも感じ取れる程だ。だが……その上で彼女は自身の感情に飲まれる事無く、言い切ったのだ。それはクロトにとっても予想外だったようで、同時に―――抵抗無く人を殺せてしまう彼にとっては、眩しすぎる言葉だった。

 

 「な、何でもする!命が助かるなら何だってする!!」

 

 金切り声で命乞いをするクラディール。だが俺には上辺だけの、白々しいものに見えた。だから漸く麻痺が解け、アスナの許に歩み寄ろうと立ち上がる瞬間も、俺はヤツから目を離さずにいた。

 だから気づけた。アスナが拘束用アイテムを出そうとウィンドウを呼び出した瞬間に、ヤツが傍らの剣に手を伸ばした事に。

 

 (アスナは……やらせない!)

 

 それを見た途端、俺は飛び出していた。だがそれとほぼ同時に、ヤツは動き出していた。

 

 「ヒャアアアァァァ!!」

 

 「あっ……!」

 

 不意打ちの斬り上げが、アスナの手から細剣を弾き飛ばす。

 

 「アアア甘ェェェんだよおおぉぉぉ!!」

 

 無防備な彼女へ向けて、ヤツが剣を振り下ろそうとする寸前―――俺は二人の間に躍り出た。

 

 「はああぁぁぁ!」

 

 「がっ!?」

 

 アスナしか見ていなかったヤツが一瞬呆けた隙に、体術スキル『エンブレイザー』を放つ。もう既に穢れた手なのだから、今更一人増えた所で大して変わりはしない。だがそれでも……エリュシデータを使わなかったのは、これ以上ハルの想いを穢したくないという自己満足故だった。

 

 「この……人殺し野郎が……」

 

 HPが尽きたクラディールは、その身をポリゴン片へと変える寸前にそう呟いた。文字通り自分の手で殺めた男の呪詛の言葉が、突き込んだ右手の生々しい感触が、見えない錘となって俺にのしかかる。

 激情に任せてではなく、己の意志で人を殺す事の重さを今更ながらに理解した。右手が鮮血にまみれている状態を幻視し、えもいわれない不快感と嫌悪感が沸き上がる。

 全身から力が抜けた俺は、気づけば膝をついていた。

 

 「……ごめんね」

 

 しばしの静寂の後、風にかき消されてしまいそうなほど小さなアスナの声が、後ろから聞こえた。

 

 「アスナ……」

 

 「……君を、守るって……言ったのに……辛い事、背負わせて…………本当に、ごめんなさい……!」

 

 彼女の両目からはとめどなく涙が流れ、己をどれ程責めているかが痛いくらい伝わってきた。そして俺は、そんな彼女の悲痛な表情を見たくないと、またあの穏やかな笑みを浮かべてほしいと強く思った。

 

 ―――何故?

 

 そんな問い掛けが、頭をよぎった。何故俺は、アスナに泣いてほしくない……笑顔でいてほしいと思っているのだろうか。

 

 ―――キリト君

 

 何時からか、彼女は俺の名を呼ぶ時に顔を綻ばせるようになっていた。俺はそれが不快ではなく、寧ろ心地よく感じていた。

 彼女の笑顔を見ると心が暖かくなる。幾度となく触れた彼女の温もりに、かつてない安らぎを感じた。彼女に拒絶される未来を想像するのが何よりも恐ろしかった。そして……彼女の泣き顔を見ると、胸が張り裂けそうなほど痛い。

 

 (……ああ、そうか……答えなんてとっくに解っていたんだ……それなのに俺は……目を逸らして解らない振りをしていたんだ)

 

 己の中で彼女の存在がどれ程大きなものか、認めたくなかった。アスナが大切な存在だと認めてしまえば、俺は彼女を失った時の悲しみに耐えられないから。

 失うのが怖いなら、失わないように守ればいい……クロトにはそう言ったが、俺にはそんな力なんて無い。だからこそ、大切な人がこれ以上増えないように目を逸らしていたんだ。俺は浅はかにも逃げる事で自分を守っていた。その所為でアスナにどれほどの負担を掛けていたのだろう。

 でも……だからこそ俺は、今度こそ逃げずに彼女の想いに向き合うのだと決めたのだ。

 

 「アスナ……」

 

 伝えたい。やっと気づいた、俺の想いを。だが乾ききった喉は辛うじて彼女の名を呼ぶ事しかできず、それ以上の言葉を発する事ができない。

 

 「ごめんね……私の……所為で……!」

 

 俯き、今なお自分を責め続けるアスナへと両手を伸ばす。声を……言葉を届けられなくても、想いを伝える方法を、君が教えてくれたから。

 もう、迷いは無かった。俺は伸ばした両手で彼女を抱き寄せ―――そのまま唇を重ねた。全身を硬直させたアスナをあらん限りの力で抱きしめ続ける。

 

 ―――兄さんはもっと我儘とか言ってもいいと思うよ

 

 ハルの言葉に背を押され、俺は唇を離した後に今の自分の想いを吐露した。

 

 「……俺の命はもう君のものだ、アスナ。だから君の為に使いたい。最後の瞬間まで……一緒にいたい……!」

 

 あまりにも身勝手な、過去の戦いを否定するようなものだが……それが俺の嘘偽りの無い本心だ。本当なら、俺にはアスナの傍にいる資格は無いのかもしれない。俺が犯してきた過ちを、彼女にまで背負わせてはいけないのかもしれない。だがそれ以上に、アスナと片時も離れたくなかった。

 

 「……私も」

 

 そっと背に回される腕と共に、彼女のささやきが返ってきた。

 

 「私も、絶対に君を守る。永遠に守り続けるから……だから……!」

 

 そこから先は、互いに嗚咽しか出てこなかった。だが言葉が無くとも、全身から伝わってくる彼女の温もりが、込められた想いが、俺の心の奥底で凍り付いていた芯をゆっくりと溶かしていった。




 ほぼキリアスでクロト達が空気に……

 てか原作とあんまり違わない……?スランプが続いてるきがします……


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六十話 繋いだ想い

 お久しぶりです……い、生きてますよ。

 仕事に追われ、日々の暑さに打ちのめされ……気づけば一カ月以上放置状態でした。そして相変わらずサブタイトルが浮かばないというか、微妙な感じです……


 クロト サイド

 

 あの後、オレ達はKOB本部に戻り事の顛末を話した。加えて一時退団を申請すると、ヒースクリフのおっさんは暫く黙考した後に了承してくれた。

 ……まぁ、意味深な笑みを浮かべて「だが君達はすぐに戦場に戻ってくるだろう」なんて言ってきたが。

 

 「……」

 

 KOB本部から転移門広場まで、誰も口を開かなかった。オレはサクラと、キリトはアスナと手を繋いだまま、ゆっくりと歩き続けていた。夕日に照らされ、地面に長い影を落とす鉄塔群をぼんやりと眺めながら、ただただ歩き続ける。

 

 「……」

 

 ラフィン・コフィン討伐戦以来久しく向けられなかった’他人からの明確な殺意’の所為か、何か言わなくてはと思っても言葉にならず、口を開きかけては閉ざしてを繰り返す。だがそれも長くは続かず、気づけば転移門前にたどり着いていた。住んでいる家は別の層にある為、普段ならここで彼女達と分かれるのだが……

 

 「……」

 

 「サクラ……?」

 

 繋いだ手がより一層強く握られ、思わず彼女の方へと振り向く。俯いているため表情は窺えないが、彼女が何か大事な事を伝えようとしているのは解った。だからこそ彼女を安心させるように手を優しく握り返し、待ち続ける。

 

 「今日……今夜だけは……ずっと一緒に、クロトの傍に……いさせて……」

 

 「っ!?」

 

 思わず息をのんだ。彼女がこんなに踏み込んだ事を言うのが初めてだったから、すごく驚いた。だが繋いでいるサクラの手が震えているのに気づき、漸く彼女が怯えている事を思い知らされた。

 

 ―――倫理コード解除設定ってのでデキるんだぜぇ

 

 ヤツの言葉が脳裏に蘇る。それがサクラをどれ程怖がらせたのか、男のオレには解らない。強いて言うなら、すごく怖い思いをしたのだと何となく感じる程度でしかない。

 だがこんなオレを頼ってくれるのなら、せめてサクラの恐怖を和らげたい。

 

 「……解った」

 

 縋る様に握る彼女の手を両手で包み、なるべく優しくそう告げると、サクラは無言のまま頷いた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「―――お帰りなさいクロトさん。そしてサクラさん、いらっしゃい」

 

 家に入ると、ハルが暖かな笑みで出迎えてくれた。

 

 「兄さんから、今日は帰らないって事と、サクラさんが泊まるって事は聞いてます。もうすぐ夕飯ができますので、少し待っててください」

 

 「あぁ、いつもありがとな」

 

 労うように、ハルの頭に軽くポンと手を乗せる。相変わらず撫でるのはキリトに敵わないが、このぐらいならハルも微妙な表情はしないで嬉しそうにしてくれる。

 ものの数分で卓上に三人分の料理が並び、オレ達は昼間の事を忘れる様に温かな食事を楽しんだ。ハルも事情を察してか今日何があったのかを聞こうとはせず、かといって話題が尽きないようにとニコニコしながら最近自分の周りで起こった事を話してくれた。最前線ではそれほど貴重とはいえず、持ち切れなかった場合は時々捨てていた素材が実は中層ではかなりの需要があった事。その為エギルに買い取ってもらった時は予想外の金額に驚き代金の入力ミスではないかと慌ててしまい、偶然居合わせたリズに大笑いされてしまったとか。他にも客から教えてもらったがまだ兄に教えていない穴場のレストランがどの層にあるのかなど、どれも日頃最前線に籠りっぱなしのオレ達ではまず経験しない為とても楽しかった。

 

 「―――宝箱からレアインゴットねぇ……フィリアがそれをエギルに売りつけてボロ儲けして、エギルはエギルでお前に斧打ってもらったのか」

 

 「はい。しかもアレ、両手斧の中じゃ文句なしの最高傑作でしたよ」

 

 「リ、リズさんが最近悔しがってたのって、それだったんだね……」

 

 「アイツ普段ぼったくってんだから、仕方無いんじゃね?」

 

 「もう、そんな事言わないの!」

 

 食後のお茶を飲みながら他愛無い雑談を続けていく内に、やっとサクラにも笑えるだけの余裕が出てきてくれた。それが何よりも嬉しかった。

 

 「その様子なら大丈夫そうですね」

 

 「んぁ?」

 

 不意に会話が途切れてから少しして。ヤタと戯れているサクラをぼんやりと見つめていると、いつの間にか傍にやって来たハルが耳打ちしてきた。警戒ほぼを解いている状態であった為、オレは半ば上の空でいた。

 

 「僕、今日はエギルさんに泊めてもらいますから。後はお二人でごゆっくりお楽しみください」

 

 「おーう………………って、は!?」

 

 無防備な所に放り込まれた爆弾は情け容赦無くオレに直撃し、見事に大爆発を起こした。しかも放り込んだ張本人はしょーもない悪戯が成功した時のキリトそっくりな、ニヤリとした笑みと共に去ってしまった。

 

 (あいつ……いきなり二人っきりにしやがって~~!後で拳骨でもくらわせて……ってメッセージ?)

 

 不意に届いたメッセージ通知。ほぼ反射でそれを開くと―――

 

 ―――ここまでお膳立てしたんですから、ヘタレて何もしませんでしたーとかは無しですよ?

 

 ハルからの第二撃だった。

 

 「余計なお世話じゃああぁぁ!!」

 

 「ちょ、クロトどうしたの!?」

 

 たまらず天井を仰いで怒鳴り、サクラに心配されるくらいにピンポイントな爆撃だった。

 

 「……あの野郎……余計なトコだけ……兄貴そっくりになりやがって…………!」

 

 「?ハル君がどうかしたの?」

 

 小首をかしげるサクラが普段以上に可愛らしく見え、気恥ずかしさから目を逸らしてしまう。ハルの所為で余計に意識してしまい、まともに彼女を見れない。

 急に挙動不審となったオレに、サクラはただただ疑問府を浮かべるだけで、瞬く間に部屋が沈黙に包まれる。

 

 「あ、えっと…………そう言えばハル君いないね!?」

 

 「あ、あぁ………アイツ……今日はエギルんトコに泊まるってさ」

 

 ちょっとでも場の雰囲気を変えようとしてか、彼女は空元気で言葉を発する。だがオレはオレで自分の鼓動を静めるのに精一杯で、気づけば馬鹿正直に口を開いていた。

 

 「ふぇ……?それって、つまり…………」

 

 「二人きり、だな……」

 

 二人きり、そう言った瞬間に揃って赤面した。夜、それも自分の家に泊まりに来た恋人と二人きりという、今まで経験した事の無いこの状況。これで普段通りのままでいられるヤツがいるのなら、是非ともこう問いたい。

 

 ―――コレ……どうすりゃいいの、と

 

 そんな現実逃避気味な事を考えながら、我関せずとばかりに止まり木に逃げたヤタを眺めてみるが相変わらず胸の鼓動は痛いくらいに激しいままだ。

 

 「えっと……あの……その……」

 

 赤い顔のまま、彼女は何かを言おうと口を開き、言葉にならず口を閉ざす事を繰り返していた。だがその一方でサクラの手は……震えていた。

 

 ―――今夜だけは……ずっと一緒に、クロトの傍に……いさせて……

 

 夕方のあの言葉を聞いた時、彼女の恐怖を和らげたいと思った筈なのに……またオレはヘタレて彼女から来るのを待っている。改めてそれを思い知らされると同時に、欲望にまみれたクラディールの顔が脳裏に蘇ってきた。

 もしあそこで、サクラが穢されていたら…………そんな事が頭をよぎり、何とも言えない不快感が沸き上がってきた。

 

 「……サクラ」

 

 「はひっ!?な、何かな?」

 

 ゆっくりと彼女に歩み寄ると、頬に左手を添え、俯きがちだった顔を上げさせる。緊張からか少し表情は硬いが、紅く染めた顔はやはり誰よりも美しかった。

 

 「……」

 

 「クロト?どうし―――」

 

 しばしの間見つめ続けた後、オレは躊躇う事無くサクラの唇に自分のそれを重ねる。突然の事に驚いたのか、彼女は固まっていて特に抵抗は無かった。

 

 (あぁ、そっか…………オレは………………)

 

 添えていた左手を後頭部に、右手を背中に回して抱きしめながら、やっと自分の感情に気づいた。オレが抱いているのは……独占欲なのだと。

 

 ―――サクラの笑顔を、心を……その全てを…………誰にも穢されたくない、ずっと傍にいてほしい。

 

 形になった心は抑えが効かず、唇が離れても再び重ねる。貪るように、何度も、何度も。

 

 「ん…………ふぁ………………」

 

 キスを繰り返す合間に零れる彼女の声を聞きながらも、気が済むまでオレはやめなかった。

 

 「サクラ……」

 

 自分の中のどす黒い心に気付きながらも、止められない。これでは余計に彼女を怖がらせるだけだというのに……

 

 「オレ……自分が抑えられないんだ……」

 

 だからこそ、せめて一言先に言っておかなくてはと思い、彼女の耳元で囁いた。顔を見てしまえば、また口づけてしまいそうだったから。

 

 「……お前が、欲しい」

 

 「っ!」

 

 溢れだす想いをそのまま口にすると、抱きしめたままの彼女の体が一瞬強張るのが分かった。だけどゆっくりと回されたサクラの両手からは、オレを拒む意志は感じられなかった。

 

 「いい、よ……」

 

 長い沈黙の後、消え入りそうな声と共に、回された腕に力が籠る。少し……いや、かなり恥ずかしいのだろう、触れ合っている頬は温かいどころか熱い位なのだから。

 

 「今だけ……今だけは…………全部、忘れさせて……」

 

 「あぁ」

 

 サクラが受け入れてくれた。その事がオレに歯止めをかけるものを消し去る。抱きしめる力を僅かに緩めて顔を離すと、彼女と目が合った。少しだけ見つめ合った後、オレとサクラはどちらともなく唇を重ねた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 翌日、オレ達はエギルの店を訪れた。ここ最近避難先として入り浸っていたため、何となくキリト達も来るんじゃないかと思って足を運んだのだ。

 

 「うーっすエギル、邪魔するぜ」

 

 「おう。噂をすれば、だな」

 

 そう言ってエギルはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ、傍らにいるハルと頷きあう。なんか嫌な予感がしてとっさに逃げようとした瞬間―――

 

 「昨夜はお楽しみでしたか?」

 

 「ブフォ!?」

 

 昨日に続き、第三の爆撃を喰らった。隣ではサクラが顔を真っ赤にして俯いているが、握った手を放す事は無かった。

 ……………まぁ、その……はい、夕べはあのまま……最後まで致してしまいましたよ。後悔はしてないけど……思い出すと滅茶苦茶恥ずかしい。「お前が欲しい」とか言ってしまった瞬間は、間違いなくオレの黒歴史の一つとなった。いや、それだけじゃ無い。その後も恥ずかしい事を色々、言ってしまったのだ。その最たるものが

 

 ―――現実世界(むこう)に帰ったら……ちゃんと付き合って、いつか…………結婚しよう。

 

 である。紛れも無い本心なのは事実だが、普段ならこんな恥ずかしいセリフ絶対に言わない。思い出すだけで、顔から火が出そうになる。……………けど、その時サクラが見せてくれた最高の笑顔を、決して忘れる事は無いだろう。

 オレも男だし、言った以上は実現させるべく最大限の努力をするつもりだ。だが今は、目の前でニヤニヤしているマセガキとハゲ店主をブッ飛ばす―――!

 

 「―――テメェら覚悟はできてんだろうなああぁぁぁ!!」

 

 「はっはっは、嬢ちゃんと手繋いだままじゃ締まらないぜ?」

 

 「うっせぇハゲ!コイツを喰らえやぁ!!」

 

 今までで最高クラスの速度でウィンドウを操作し、オブジェクト化したチャクラムを容赦なくブン投げる。当然スキルは発動させてな。

 

 「がふ!?」

 

 重量のある両手斧を振るう禿頭の巨漢はSTR優先のビルドであり、こんな近距離で投げられたチャクラムを躱すだけの素早さは無い。いくら圏内とはいえ全力投球した為かノックバックはかなりのもので、顔面にクリーンヒットしたエギルはそのままひっくり返った。

 

 「ケッ、ザマぁねぇなぁハゲ木偶よぉ……!」

 

 「ちょ、く、クロトさん!?もうただのヤンキーですよ!?」

 

 見てくれは完全に悪役レスラーなエギルを倒した事に気分を良くしたオレは、引きつった表情を浮かべるマセガキをどうしてやろうかと考える。威嚇するように右手の指を怪しく動かすと、漸く自分が獲物となった事に気づいたのか少年鍛冶屋は冷や汗をかき始める。

 

 「さ、サクラさん!クロトさんがヤバイですって!!」

 

 「……自業自得。ハル君、調子乗り過ぎ」

 

 「そーいう事だ。覚悟しろよぉマセガキィ……!」

 

 「ヒィ!」

 

 サクラに手を放してもらったオレは、ハルにゆっくりと歩み寄る。両手の指をボキボキと鳴らしながら。

 

 「昨日といい今日といい……年上からかってんじゃねぇぞ……!」

 

 ハルの守護神たるキリトは今ここにはいないのだ。普段からちょこちょことからかわれてきた分もここで纏めて清算してやる――――――!

 

 「ままま待ってください!メッセ!メッセ入りましたからぁ!!」

 

 「……チッ、こっちもかよ」

 

 とりあえずアイアンクローで宙づりにしてやろうと掴みかかった瞬間、都合よくオレとハルに同時にメッセージが来た。ったく、何処のどいつだよ畜生。

 

 「あ、アスナさんから?何だろ……」

 

 「あ?サクラにも来てたのか……って、キリトからかよ」

 

 「ぼ、僕も兄さんからです……」

 

 「おれも、来てるな」

 

 いつの間にか起き上がったエギルにも来ているとは珍しい。多分纏めて送信したんだろうが、何故アスナと同じタイミングなのだろうか?訝しみながらも内容を確認する。

 

 「…………は?」

 

 ついそんな、間抜けな声を出してしまったのも仕方ないだろう。エギルも、ほぼ同じ内容のメッセージを貰ったであろうサクラも硬直しているのだから。

 キリトからのメッセージの内容はこうだ。

 

 ―――突然こんなメッセ送ってごめん。でもどうしても、皆に伝えておかなくちゃって思って……

   実は俺、昨日アスナと結婚したんだ。しばらくは下の層で、彼女とゆっくり過ごそうと思ってる。詳しい事はその内説明するから、それまで待っていてほしい。

 

 ……オレとサクラのように付き合うというのならまだ解る。だが、途中の過程をすっ飛ばしていきなり結婚するなどと、一体誰が予想できたというのだろうか。完全に予想外であり、度肝を抜かれた。

 

 「アスナさんも、やっと報われたみたい……」

 

 「全くだ。どっから見てもお似合いだってのに、見てるこっちをヤキモキさせてばっかだったしな」

 

 心底嬉しそうに微笑むサクラと、満足げに頷くエギル。そんな二人と同じく、オレも相棒が漸く幸福を得られた事が嬉しくて胸が温かくなる。

 

 「……うっ……ぁ」

 

 「ハル?」

 

 すぐ傍で聞こえた嗚咽。怪訝に思って目を向けると……他ならぬハルが、ボロボロと泣き崩れていた。

 

 「おい!どうしたんだよ!?」

 

 慌てて彼の背をさすり、何とか落ち着けようと試みる。その間に二人もハルの様子に気づいて駆け寄ってきた。

 

 「だって……っ!にい、さんが……笑って…………!」

 

 そう言われて初めて、メッセージにスクリーンショットが添付されているのに気づいた。震える指で何とかウィンドウを可視化し、画像を表示させる。そしてオレは、サクラは、エギルはそれに目を奪われた。

 

 「……キリト、だよな……?」

 

 思わず、そんな言葉が零れた。アスナの家の一室で撮っただろうその写真には、キリトとアスナが寄り添いあって映っていた。アスナはこの上なく幸せそうな笑顔を惜しげも無く浮かべていて、彼女の今までの努力が実を結んだ事がよく伝わってくる。だが……何よりもオレ達が驚いたのは、キリトだった。

 照れくさそうに頬を掻きながら目を逸らしているが、笑っていたのだ。それも今まで見せてきたような、影のある泣きそうなものではなくて……陰りの無い、心の底からの笑みを浮かべていたのだから。




 誤字や脱字、アドバイスなどございましたら、よろしくお願いします。


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六十一話 訪問

 お久しぶりです……何とか、9月中にできました。


 クロト サイド

 

 キリトとアスナが結婚してから三日。そろそろ向こうも落ち着いただろうと思い、オレとサクラは二十二層にある二人の新居を訪ねた。

 

 「そーいや、この層って三日くらいで攻略しちまったよなぁ……」

 

 「うん……フィールドにmobがいなかったし、迷宮区もボスも大したこと無かったもんね」

 

 「ああ。今攻略組でこの層の事覚えてるヤツなんて、そうそういないだろ。きっとアイツもそう考えてココを選んだんだろうな」

 

 オレ自身も主街区の名前はすぐに思い出せたが、そこまでだった。こうやってフィールドを歩きながら、少しずつ記憶の隅に追いやっていた事を思い出しているのだ。

 効率の良い狩場や、実入りの良いクエストが皆無な為、攻略組や日々の生活の糧を得るために狩りをする中層プレイヤー達がこの層に来る理由は無い。その上四十七層の様にデートスポット等がある訳でもない為、カップルが訪れる事だってほぼゼロだ。次第に人の出入りが少なくなり、この層もまた過疎層の一つとなったのは解放されてからさほど時間はかからなかった。

 

 「ここなら……アスナさんもキリトも、ゆっくり休めるかな?」

 

 「そうだな。こうして堂々と歩いていたって、話しかけてきたのは釣り竿担いだ陽気なおっさんだけだったしな」

 

 「後はみんなNPCだったけどね……でも、わたしやクロトの事を知らない人がいたのには、ちょっとびっくりしたよ」

 

 「だよなぁ……どこ行っても知らない誰かが自分の事知ってるってのがオレ達のデフォだったしな……」

 

 見知らぬ誰かに声をかけられたり、絡まれたり。今まで何処に行こうがそれは変わらなかった。だからこそ、何事も無くのんびりと歩けるのが嬉しい筈なのに……何だか違和感があって落ち着かない。

 

 (確かに慣れってのは、結構厄介だなぁ……)

 

 そう、慣れだ。アインクラッドの中でとはいえ、有名人となってしまってから既に二年近くの月日が流れた。アインクラッド初のビーストテイマー、ビーター、遊撃手……気づけば色々な呼び名が付けられ、名前が独り歩きしていた。大多数の人間からは嫉妬や侮蔑、憎悪を向けられ、いつの間にかそれが当たり前だと受け流すようになっていた。

 

 「―――ねえ、あれじゃない?」

 

 「ん、そうだな。もう着いたのか」

 

 サクラが指さす先には、一軒の小さなログハウスが建っていた。いつの間にか森に入っていたらしく、さっきまで見えていた湖は見当たらなくなっていた。考え事しながら歩くもんじゃないな、と内心苦笑してから、一旦止めた足を再び動かす。

 程なく玄関に着くと、備え付けてある呼び鈴を鳴らす。

 

 「はい、どちら様で……」

 

 「よぉ、来たぜ」

 

 「結婚おめでとう、キリト。お祝いに来ちゃった」

 

 サクラと揃って笑顔でそう言うと、数日ぶりに再会する相棒はパチパチと何度も瞬きをするのみだった。

 

 「あっははは!……今のその顔見れただけで、アポ無しで来た甲斐あったぜ」

 

 「な……おま……」

 

 口を半開きにして、ポカーンとしたキリトは普段の彼を知っている分何ともアホっぽくて……うん、笑わずにはいられない。

 

 「もう、クロトったら……ごめんねキリト、都合悪かった?」

 

 「あ、いや……今日は家でのんびりしてるだけだったから、大丈夫だよ…………コイツに笑われるとは思わなかったけどな」

 

 そう言って一瞥してくるキリトの事はとりあえずスルーする。…………何か無性にからかいたくなったんだ。だからオレは反省も後悔もしちゃいない。

 

 「キリト君、お客様?……ってサクラ達じゃない!?」

 

 「お邪魔しますアスナさん」

 

 「もう、連絡してくれればお茶菓子とか用意したのに……」

 

 若干拗ねた様子のアスナに軽く謝ってから、オレ達はキリトとアスナ、二人の新居に上げさせてもらった。リビングにはアスナのお陰か、センスよく家具が配置されており、ゆったりとできる広さを残したまま居心地のよさを際立たせていた。アルゲードの家では必要最低限の物しか置かなかったから、そっちとは偉い違いである。

 

 「……いい家だな」

 

 「そうだね」

 

 自然とそう言ってしまうほど、この家から温もりと安らぎを感じた。この家なら、ずっと無理して戦い続けてきた二人を休める事ができるだろう。

 

 「何も無いけど、ゆっくりしてってね」

 

 テーブルを挟んでキリトと向かい合うように座ったオレ達に、アスナはそう言って紅茶を淹れてくれた。程なく全員分の用意が済むと、彼女はキリトに寄り添うように隣へと座った。

 

 「それじゃ改めて……結婚おめでとう」

 

 「おめでとうございます」

 

 数日前にメッセージでは祝福の言葉を送っていたが、やはりこういった事は直接自分の口から伝えるべきだと思う。この二年間のキリトを知っているオレとしては、彼の幸福がただただ嬉しかった。いや、彼だけじゃない。その傍らにいるアスナだって、傷つき、涙を流しながらも進み続けてきたのだとサクラから聞いた。だから、休むことなく戦い続けてきた二人が漸く結ばれた事が、オレ達にとっては自分の事のように嬉しいんだ。

 

 「ふふっ、二人共ありがとう」

 

 「なんか……照れるな」

 

 メッセージに添付されていたスクリーンショットとほぼ同じ。アスナは満面の笑みを、キリトは照れくさそうな笑みを浮かべる。二人共本当に幸せそうで、見ているだけで心が温かくなる。

 

 「でもまさか……途中の過程をすっとばして結婚ってのには、ビックリしたんだぜ?」

 

 「あ、いや……それはだな…………」

 

 メッセージを見た時から抱いていた疑問を口にすると、キリトは妙に歯切れが悪くなった。赤くなっている事から恥ずかしがっているのは解るんだが……

 

 「キリトもキリトで、前からアスナさんに惚れてたんだよ。きっと」

 

 「ちょ、おい!?」

 

 ポロッと言ったサクラの言葉に、彼は目に見えて赤面して慌てだした。一方のアスナは気恥ずかしいのか、俯きがちに目を逸らしだす。だがサクラの言葉のお陰で、オレは記憶している今までのキリトについて振り返ってみる事を思いついた。

 

 「惚れてた……か、どうかってのはよく分かんねぇけど、お前結構昔からアスナの事見てたんだよな。圏内事件よりちょい前にデュエルした時に―――」

 

 「―――わああぁぁぁ!それ以上言うなぁぁぁ!!」

 

 普段からは想像もできない位な慌てっぷりを披露しつつ、彼は両手を振り回しながら大声を出して、オレの声を遮った。しかし、既にサクラが興味津々とばかりに目を輝かせており、アスナも恥ずかしそうにしているが、続きを期待しているのが丸わかりだった。

 

 ―――その結果、どの時期のキリトがアスナの事をどう考えていたのかについて、洗いざらい話す事になった。キリトにとって公開処刑同然の暴露大会が、ここに開催されたのだった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 途中からキリトは羞恥に耐え切れずふて寝し、歯止めをかける人がいなくなったため気づけば夕方になっていた。その事に驚きつつも、話し終えたオレはカップに残っていたお茶を飲み干す。

 

 「とりあえず、オレが見てきた中では今話した通りだ。コイツに自覚があったかどうかってのは分かんねぇけどさ……」

 

 「でも、アスナさんをずっと見てたって事は本当だったんだねぇ」

 

 「うぅ……はっきり言われると恥ずかしいよ……」

 

 そんなニヤけた顔で言っても全然恥ずかしそうに見えねーぞアスナ。……なんて声に出して言える筈も無く、ノーコメントで苦笑するしかなかった。

 

 「でも良かった……キリト君、こういう事全然話してくれなかったから」

 

 はにかむアスナから視線をずらすと、ふて寝からいつの間にか熟睡に切り替わっているキリトの姿があった。彼女の肩にもたれ掛かっている彼の表情は穏やかなもので、ふて寝しだした時にはへの字に曲がっていた口元も元通りになっている。

 

 「確かにキリトは、自分から話したがるヤツじゃないからなぁ……でも、全く何も言わないって事は無いだろ?」

 

 「そうですよ。流石にプロポーズはキリトがしたんですよね?」

 

 「うん……それは、そうだったけど…………」

 

 ―――結婚しよう

 

 ’好きだ’とか’愛してる’などの愛の言葉は一切無く、ただその一言と共に彼はプロポーズしたのだとアスナは語ってくれた。それだけキリトの中でアスナが大きな、掛け替えのない大切な存在になっていたのは解ったが、途中の過程をすっ飛ばして夫婦になった要因がほとんど彼にあったのだと理解するには幾何か時間がかかった。

 

 「……」

 

 無防備な寝顔を晒している相棒にそんな度胸があったとは……にわかには信じがたいが、アスナも嘘を言う理由なんか無いし本当の事なのだろう。

 

 (やっぱ、お前には敵わないな…………)

 

 似ているけれど、オレには無いものをちゃんと持っていて。それが羨ましいのか悔しいのか、よくわからなくなる。だが何故だろうか、彼に嫉妬してはいないとハッキリと言えるのは。

 

 「クロト」

 

 「サクラ?」

 

 不意に手を握られて思わずそちらを向くと、彼女が微笑んでいた。

 

 「クロトも、キリトにはないものをちゃんと持ってるよ」

 

 「そうね。キリト君もクロト君も……似てるけど、お互いに持っていないものをもっているから……対等な関係でいたんだと思うわ」

 

 「……そう、なのか……?」

 

 二人に肯定されても、中々実感が湧いてこない。彼とは対等でいたいとは思っているが、実際それができているのかどうかなんてよく分からないのだ。

 

 「もう……もっと自分に自信もってよ」

 

 「いいじゃないサクラ。その分貴女がクロト君の事を肯定してあげれば」

 

 「いや、だってさ……オレにできる事なんか、たかが知れてるし……」

 

 今までオレがしてきた事なんて、そんな大したもんじゃない。一番守りたいものがあって、それさえ守れれば良くて……それ以外は手が届かないからと諦めてきたのだから。

 

 「そうやって驕らない所も、そっくりだね」

 

 「そういうヤツほど、ゲームじゃロクな目に遭わないんだぜ。オレもコイツも、そんなアホらしいフラグは立てねぇっつの」

 

 「そうなの?」

 

 キョトンと首を傾げるサクラが可愛らしく、とりあえず軽く頭を撫でる。

 

 「そういや二人共……二年経っても、ゲーム関係のお約束に疎いのはそのままだったっけな」

 

 「仕方無いでしょう?私もサクラも、ゲームなんてコレが初めてなんだから」

 

 揃って拗ねる二人に苦笑しながら、オレは続ける。

 

 「ほら、クエストとかでNPCと話した時とか思いだしてみ?高飛車っつーか、こっちを見下した態度とったヤツとか、自分の方が上だって態度とったヤツとか……大抵ボスキャラにサクっとやられたり、すげぇ痛い目に遭って改心したりとかってパターンだっただろ?」

 

 「あー……」

 

 「今まで気にしなかったけど……うん、確かにその通りだね」

 

 「な?オレ達はそんな風にはなりたくなかったんだよ。てかそんな事したらマジで孤立して、ギブ&テイクの関係すら組んでくれなくなるからな」

 

 誰からも相手にされ無くなれば、それは即ち詰み。幾ら戦闘スキルに優れていても、職人プレイヤーの支援が無ければ装備を整える事はほぼ不可能だし、身の安全を確保するための情報を手に入れる事だってできなくなるのだから。

 

 「でも……だからって自分を卑下する事を当たり前にしないで。傍にいる人達にとって……それが一番辛いの」

 

 「ええ……キリト君みたいに、自分の事を蔑ろにするのはダメよ」

 

 「……わかった。気を付ける」

 

 過去に軽率な行動でサクラに要らぬ心配をさせてしまった事があるので、今の言葉は重く感じられた。これから先、不用意にサクラを傷つけないように改善しなければと思った時―――

 

 「……ぅ…………ぁ……」

 

 ―――キリトが目を開けた。だがまどろみの中にいるのか、完全に意識が覚醒している訳ではなさそうだった。ホントにコイツはよく寝るなぁ、なんて半ば呆れの混じった感想が浮かんだところで……

 

 「大丈夫だよ。私は、ここにいる……君の傍にいるよ」

 

 「う……ん…………」

 

 アスナがそっと、キリトの頬に触れる。それだけで安心したのか、彼は再び瞼を下ろした。

 

 「あの……今のは?」

 

 「ただ寝ぼけてた……ワケじゃなさそうに見えたぞ」

 

 オレ達が聞いてもアスナはすぐには答えず、暫くキリトの事を見つめていた。不意に頬に添えられていた手が動き―――

 

 「んっ……」

 

 彼の髪をかき分け、額の傷痕に口付けた。

 突然の事でオレもサクラもただ驚く事しかできなかった。

 

 「……本当はね」

 

 顔を伏せたアスナから発せられたのは、ひどく悲しげな声だった。

 

 「本当は……キリト君の心は癒えていないの。確かに笑顔を見せてくれるようにはなったし、私の事を頼ってくれるようになったわ…………でもキリト君は、今の状態……私との暮らしが、全部自分にとって都合のいい夢なんじゃないかって……疑ってしまうの」

 

 「そ、そんな……!」

 

 「キリト……」

 

 ずっと自分が望んでいたものが手に入っても、それを素直に信じる事ができない。もし全て自分が作り出した幻想だったなら…………そんな不安に苛まれる程、彼の傷は大きくて深いのだと改めて思い知らされた。

 

 「昨日お昼寝してた時だって…………サチさん達の事でうなされて、泣いてた」

 

 「え……?」

 

 泣いていた?思わずキリトを見ると、僅かにだが、目尻に涙が浮かんでいた。

 この二年間で彼の涙を見たのはたった一度だけ。エギルの店の二階で初めて傷痕を晒したあの日だけだった。それ以外でキリトが泣いている姿を見る事はおろか、聞いたことすらなかった。

 

 ―――オレはずっと……何があっても泣かないでいられる程、キリトは心の強い奴なのだと思っていた。だがそれは彼が兄として、一人の剣士としての仮面の下に弱さを隠していただけに過ぎなかったのだ。

 

 「泣く事すら……できなかったのか……?」

 

 「うん……泣いちゃダメだって、ずっと自分に言い聞かせていたみたい。本当のキリト君は、優しくて強いけど……寂しがり屋で泣き虫で、甘えん坊なんだって思うの」

 

 他人に迷惑をかけまいと、誰かの前では強がって平気だと言い切る。もう完全にオレとキリトの共通の悪癖なのだろう。だからこそ誰にも本音を、弱音を吐く事ができなくなり、内側……心が先に壊れてしまう。

 この世界で二年間強がり続けたオレだってボロが出ているのだ。リアルにいた頃から……オレよりも幼い時からそうだったキリトは、いったいどれほどの年月を耐え続けてきたのだろうか?

 

 「だから私ね、現実世界に帰ったら……絶対にキリト君ともう一度会って、傍で支え続けるんだって決めたの。勿論、ここでもそうだけどね」

 

 強い意志を宿した彼女の瞳は、眩しい位に輝いていた。

 

 「強いな……お前」

 

 「アスナさん、カッコいいです」

 

 彼女がキリトに抱く想いはきっと、何があっても変わらないだろう。そう思える程今のアスナは頼もしくて、男前だった。

 

 「ちょ、ちょっと二人して何言ってるのよ……もう」

 

 「いや、だって……本当の事ですし」

 

 「あぁ……オレにできたのは、キリトの命を守る事だけ。心を救う事はできなかった……」

 

 ここまでが、オレの役目だったのだろう。キリトを深く愛し、支える人が現れるまで……彼が死ぬ事が無いように守るのが。

 

 「ふふっ、クロトったら……まだ終わりじゃないんだよ?」

 

 「どういう事だ?」

 

 「これからは、わたし達で二人の幸せを守ろう。それがわたし達を繋いでくれた恩返しにもなると思うから」

 

 あぁ……そうか。まだあった。相棒の為に、オレができる事が。キリトは一人で背負いこみ過ぎるから、皆で守っていく必要があるのだ。

 

 「そう、だったな……ありがとう、サクラ」

 

 「どういたしまして」

 

 柔らかく微笑むサクラに背中を押され、オレはアスナへと向き直る。

 

 「アスナ。お前はキリトを守る事に専念して―――」

 

 「―――嫌よ」

 

 出鼻をくじかれた。

 

 「四人で。四人でお互いのカップルを守り合いましょう。一方的に守られるだけの立場に甘んじる事を良しとしないのは、私達四人の共通点なんだから」

 

 「ああ、そうだな」

 

 アスナの言う事は的を射ていて、オレは一も二もなく頷いた。四人いれば、きっと全員生き残る事ができると信じて。




 原作に無いトコって難しい……

 よくアスナはヤンデレとか言われますけど……キリトの愛も彼女と同じくらい重いんですから、彼の方にもヤンデレ要素があるのでは?と原作読んでて時々思います。(アスナの方が行動起こしてるのが多いですけど……)


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六十二話 保護者を探して

 お久しぶりです……仕事の合間を縫って書き続け、何とか今年中に更新できました。


 クロト サイド

 

 

 「……おじさん……まだ十四なのに……おじさんって……」

 

 「……なぁ、どうしたんだよ。アレ」

 

 部屋の隅で一人膝を抱えてブツブツと何かを繰り返し呟いているハル。そんな彼を顎で示しながら、オレは原因を知っているであろう兄貴に問いかけた。

 

 「その……ちょっとな。しばらくそっとしとけば大丈夫…………多分な」

 

 「お前がハルの事でお手上げって……珍しいな」

 

 ブラコン兄貴のキリトがショックを受けた弟の事でお手上げ状態って……一体何があったのか全く分からん。

 

 「でも……急にどうしたの?わたしとクロトはこの前お邪魔したばっかりだよ」

 

 「あ~、うん……それは解ってるんだけど……俺とアスナだけじゃ、どうにもならなくて」

 

 他にアテもないし、と困った様子で苦笑するキリト。彼の事だから大方何か面倒事に遭ったんだとは思うが……多分何とかなるだろ。今はオレ達も最前線を離れてのんびりと日々を過ごしている状態なので、手伝う事は可能だし。

 とはいえ、キリト達の様子を見に訪れた森の家に、数日後に再び来る事になるとは思っていなかった。その上様子のおかしいハルがいたもんだから、驚いてばっかりである。

 

 「……二人にも、聞いてほしい事があるんだ」

 

 「……マジメな話か?」

 

 「ああ」

 

 意を決したように、キリトはオレ達を真っすぐに見つめた。その瞳には、誰かの為に頑張ろうとする強い意志が宿っているのが伝わってきた。

 

 「落ち着いて聞いてくれ。実は―――」

 

 真剣なキリトの力になろうと心を決めた筈のオレ達は、彼が語る話に再び驚愕する事になった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「―――なるほどなぁ」

 

 「ユイちゃん、大変だったんだね……」

 

 キリト達が保護した幼女、ユイ。彼女の保護者が何処にいるのか、探すのを手伝ってほしい―――それが、オレ達を呼び出した用件だった。

 話によればユイは記憶喪失らしく、以前自分が何処で何をしていたのかを一切覚えていないらしい。その上見た目よりもかなり精神年齢が後退している様子だったとの事だ。

 

 「こんな……こんな小さい子がいるなんて、初めて知ったよ……」

 

 「あぁ……何とか、してやりたいな」

 

 オレ自身、ハルやシリカよりも幼いプレイヤーはいないだろうと思っていたため、寝室で眠っているユイを見た時は驚いた。

 

 「……」

 

 ベッドの上で静かに眠る彼女の表情は穏やかなもので、きっといるであろう保護者も彼女を大事にしてきた筈だと―――

 

 (―――いや……まさか…………!?)

 

 ―――記憶喪失と、精神年齢の後退。一人で彷徨っていた事。改めて考えると、ユイの保護者は既に亡くなっているのかもしれない。

 何らかの理由で保護者を―――それも目の前で―――失ってしまったとしたら、こんな幼い子供が受けるショックは計り知れない。そこから逃げる為に全てを忘れたのだとしたら……

 

 (……落ち着け。まだそうと決まった訳じゃないんだ……!)

 

 ネガティブな思考を断ち切り、サクラと共にキリト達のいる居間へと戻る。今考えてしまった最悪の状態についてはしばらく黙っていよう。ただオレが悪い方へと考えすぎなだけかもしれないし、何かのアクシデントで保護者がユイの事を探しても見つけられないままだったという可能性だってあるのだから。

 

 「とりあえず、これから’はじまりの街’へ聞き込みをしよう。少なくとも何人か彼女の事を知っているプレイヤーがいるかもしれないし」

 

 「ただ、あそこは軍のテリトリーだし……もしもの事があった時、私達二人だけじゃ……」

 

 「あぁ……それで呼んだのか」

 

 キリト達が軍の連中に後れをとるなんて事はまず無いと思うが、それ以前に人探しには人手が欲しい。かと言って誰でもいいワケではなく、信頼できて、軍に絡まれても平気な奴って事で、オレ達に声をかけたのだろう。

 ハルはいいのかって?アイツのSTRなら、絡まれても最悪メイスで殴り飛ばすとかできるから大丈夫だろ。

 

 「でも……ユイちゃんが起きなきゃ、保護者さんを探すのもできませんよね?」

 

 「ん~、そうね……それまで家でのんびりしていって」

 

 別段何か予定があった訳では無いし、断る理由だって無い、その為オレ達は素直に、アスナの厚意に甘えさせてもらった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 ユイのウインドウを出すのにひと悶着あったものの、無事着替えさせる事ができ、オレ達は’はじまりの街’に降り立った。ここに来る度に、あの日の茅場のデスゲーム宣言が思い出されるため進んで足を運びたくなかったが、今回は事情が事情だ。

 

 「ユイちゃん、見覚えのある建物とかってある?」

 

 「う~…………わかんない」

 

 「まぁ、’はじまりの街’はおそろしく広いからな。そんなに難しそうな顔で考え込まなくてもいいんだぞユイ」

 

 ユイの精神退行は本当で、舌っ足らずな言葉遣いは物心ついたばかりの幼児のそれだ。そんな状態でキリトの事をパパ、アスナをママと呼ぶので傍から見ればまるで親子だ。……ちなみにハルはにぃに、オレはクーにぃ、サクラはねぇねと呼ばれている。

 

 「誰もいねぇし、とりあえずマーケットの方に行こうぜ」

 

 普通ならばよほどの過疎層でもない限り、それなりに人が集まる筈の転移門前広場なのだが……どういう訳か視界に映るのは片手でも数えられる程度の人影しかなかった。ならば他の場所に人が集まっていると思い、その候補として真っ先に上がったのがゲーム開始時にほぼ全てのプレイヤーが武器やアイテムを求めてごった返したマーケットだった。キリト達もすぐにその考えに至ったのか、特に迷う事無く頷いてくれた。

 

 「クーにぃ、クーにぃ」

 

 「ほいほいっと」

 

 キリトの背から手を伸ばすユイの目はまっすぐヤタに向かっており、触りたがっているのが一目瞭然だった。つーか起きてからここに来るまでにも頬ずりとかしてたし。そのためオレは右肩にヤタを乗せ、キリトと並ぶように歩調を合わせる。

 

 「わぁ~」

 

 「カカ、カ」

 

 無遠慮に触れるユイの手がくすぐったいのか、ヤタは時々身を捻る。だが不思議と嫌がる様子は無く、特に負担にはなっていない様子だった。

 

 「……悪いな」

 

 「気にすんなって。子供ってのは興味を持ったモンには一直線だからな」

 

 すぐ側から聞こえるユイの嬉しそうな笑い声には、言葉にしきれない温かさがあった。上手く表現できないが、サクラといる時に感じる愛おしさとは違う温かい感情。ユイと出会ってからまだ数時間しかたっていないというのに、仲間達と同じくらい守りたいと思えるこの温かい感情に、オレは名前が付けられずにいた。

 

 「―――お…………ロト」

 

 「……」

 

 「おーい?」

 

 半ばオートパイロット状態で歩き続ける事しばし。キリトに肘で腕をつつかれて、漸くオレの意識は現実に引き戻される。

 

 「どうかしたのか?」

 

 「あ、ワリィ……ちょいと考え事をな……」

 

 気づけばさっきまではしゃいでいたユイはキリトの背でまどろんでいるし、サクラ達も振り返ってオレの方を向いていた。

 

 「ちょっと気を抜きすぎじゃない?」

 

 「うぐ……」

 

 あきれ顔のアスナに何も言い返せず、気を紛らわすようにマップを表示する。

 

 「……あれ?もうマーケットに着いたのか?」

 

 「うん……でも、全然人がいないの。それでどうしようかって事になったんだよ」

 

 「マジかよ……」

 

 困った様子のサクラの言う通り、市場はやけに静かだった。僅かに見える人影もほとんどがNPCであり、特に露店の前で延々と客の引き込みを続けるNPCの声が空しく聞こえるだけだ。いくら何でもこれは無いだろうと思っていたが故に、頭を抱えたくなってしまう状況になってしまった。

 

 「あ、あの男に聞いてみよう」

 

 NPC達の中からプレイヤーをキリトが目ざとく見つけ、アスナが速足でその男性に近づく。

 

 「前に来た時は夜中だったから気にしなかったけど……何でこんなに人がいねぇんだ?」

 

 「それをあの人が教えてくれれば分かるんだけどね」

 

 願望の籠ったサクラの言葉に頷いてから、男へと近づいたアスナとキリトを見る。男はキリトの背で眠っているユイを見て多少驚いていたが、それ以降は必要以上に話したくないのか、そっけない態度が目立った。その上さほど時間が経たない内に話を切り上げたようで、男の目はアスナ達とは別の所へ向けられる。だがアスナ達は最低限欲しい情報が得られたのか、男に一礼してからこちらへと戻ってきた。

 

 「どうでした?」

 

 「大体の事は分かったわ。まず人がいない理由なんだけど……軍が’徴税’と称して体のいいカツアゲをしてるから、ほとんどの人が宿に引きこもってるんだって」

 

 「あ?」

 

 「……そんなの、ただの弱い者いじめじゃないですか……!」

 

 珍しくハルの表情が歪む。だが、この話が本当だとすれば、軍はこの街に留まるプレイヤー達からの搾取の上に成り立っていると言える。どんだけ腐ってんだよ、大人ってのは……!

 

 「……次に、ユイちゃんの保護者がいるかもしれない場所なんだけど、街の東にある教会で子供達が固まって生活してるんだって」

 

 「なら、そこに行ってみるしかなさそうですね。軍の話が本当なら、あんまりのんびりはしていられないと思いますし」

 

 面倒事は避けたいという考えは全員同じで、オレ達はやや歩く速度を上げて東へ向かう。

 

 「お、あの尖塔が教会じゃないか?」

 

 「だな」

 

 歩くこと五分、街の東ブロックに着いたオレ達は教会らしき建物を見つけた。そのままそこへ向かおうとして―――

 

 「―――子供たちを返してください!」

 

 左手の路地から女性の声が聞こえた。咄嗟に全員が顔を合わせ、頷く。そのままヤタとキリトの索敵を頼りに路地へ駆ける。二度三度と角を曲がった先にいたのは、十数人の軍のプレイヤーと対峙する、一人の女性だった。

 

 「あんたら随分税金を滞納してるからなぁ……金だけじゃなく、装備も置いてもらわないとなぁ~」

 

 「そうそう、市民には納税の義務があるんだからなぁ」

 

 「あなたたち……!」

 

 今の問答だけでも十分わかるほど、軍の連中は腐っていた。奴らのニヤついた顔には、自分達の優位を信じて疑わない余裕の色があった。実際軍の連中は通路を塞ぐ形で立っている為女性は反対側にいく事ができないし、圏内である以上彼等を押し退けて通る事も敵わない。システム的な保護を利用した悪質な行為であるブロックだ。連中の後ろには三つのカーソル―――女性の言葉通りならば子供―――がいるし、十分巻き上げるまで連中はここを退く気は無いのだろう。

 

 「先生……助けて!」

 

 「……!」

 

 幼い女の子の悲鳴が聞こえた瞬間、女性の手に込められた力が一段と増した。だが、彼女の手にあるのは小さな短剣一つのみで、軍の連中相手にはひどく頼りなかった。身に纏う衣服も簡素な物であり、女性自身のレベルもそう高くは無いのだろう。

 女性の背からは子供を助けたいという強い意志が感じられるが、腐り切った軍が振りかざす数の暴力を打ち破る事ができない。今まで知らなかったとはいえ、こんな理不尽がまかり通る状況が当たり前となっている事に、オレは……オレ達は我慢の限界だった。

 

 「……()るか」

 

 ひどく冷めた声で呟くと、全員が頷いた。

 

 「子供達は任せて」

 

 その言葉と共に、サクラとアスナが駆け出し跳躍。軍の連中の頭上を飛び越えて、子供達の許へとたどり着く。

 

 「な………なん―――グヴォア!?」

 

 突然の事に一瞬驚いた軍の連中だったが、もう既に彼等には状況を説明してやるつもりは無いし、理解する時間だってやるつもりは無い。サクラ達の後を追うように飛び出したハルが、力任せにメイスをぶん回し始めたのだ。

 

 「え……え?」

 

 「下がっててください、巻き込まれますよ」

 

 状況が理解できていないのは、女性の方も同じだった。とは言えそのまま放置していたら、デストロイモードのハルに巻き込まれる危険がある。その為キリトはやんわりとした口調で女性を下がらせた。

 

 「あ……………で、でもあの子が……!」

 

 「大丈夫ですよ。俺の弟はあんな連中がいくら相手でも、負けませんから」

 

 「は……はぁ」

 

 二人の視線の先では、ハルが容赦なくソードスキルぶっぱを繰り返している。元々圏内ではソードスキルが直撃したって一ダメージにもならないが、代わりにノックバックが発生する。それは攻撃側のレベル・ステータスが高ければ高い程大きくなり、その内無理やり相手をふっ飛ばして退かす事も可能になるのだ。今ハルがそうしているように。

 

 「こ、このガキぶっ!?」

 

 「そのガキにブッ飛ばされてる惨めな大人は貴方ですよ?」

 

 アッパースイングのメイスを顎に食らった男は真上に飛んだ後、無様に顔面から着地。

 

 「調子にのヴェア!?」

 

 「どうせその鎧の下には、醜く弛んだ脂肪の塊しかないんでしょう?壊してバラしてあげましょうか?」

 

 野球のバットの如く両手でフルスイングしたメイスが、別の男の腹に直撃し、顔面着地したヤツに折り重なるように吹っ飛ぶ。

 圧倒的筋力によって肉体を攻められ、容赦ない言葉に精神を攻められる軍の連中は一人、また一人と腰が抜けていく。碌に立てなくなった相手にハルは―――

 

 「や、やめ……」

 

 「そのバイザー叩き割って、ブッサイクな泣き顔晒したら、考えなくもないですよ」

 

 そんな死刑宣告と共に、脳天へとメイスを振り下ろした。

 

 (気ぃ済むまでやらしとくか……)

 

 何というか……鈍器を持った小学生一人に蹂躙され続ける、完全武装した大人達というあまりにもシュールな光景を前に、もう任せちまおうって思った。まぁ、何もしないのは癪なので、這うようにして逃げようとしたヤツを一人ずつ蹴っ飛ばしてハルの目の前に差し出してやったが。




 ら、来年こそアインクラッド編を完結させるんだ……!


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六十三話 依頼

 前回から早くも一カ月……最近気づいたら結構時間が経ってしまっている事がよくあります。

 今回は短めです。


 クロト サイド

 

 「ミナ、パンとって!」

 

 「ほら、よそ見してると零すよ」

 

 「あー!ジンが目玉焼き取ったー!」

 

 「代わりに人参やったろー!」

 

 眼前で繰り広げられる、子供達による戦場さながらの朝食風景。今まで見た事の無いこの状況に、オレ達は呆然としていた。

 

 「なんつーか……」

 

 「あぁ……すごいな……」

 

 思わず零れた呟きも、瞬く間に子供達の声にかき消されていく。

 

 「ジン、目玉焼きは返す!好き嫌いしないで人参も食べる!!」

 

 「はぁ?何でぽっと出のお前に―――いだだだだ!わかった、わかったからアイアンクローは止めてくれ!!」

 

 昨日軍の大人共を蹴散らしたハルは子供達からすればヒーローに見えたらしく、あっという間に打ち解けていた。……というより学級委員みたいになっている。それでも他の子供達に受け入れられているのは、偏にハルの人柄の良さだろう。彼自身、これだけ大勢の同年代といるのはSAOでは初めてだし、その分幾らか活発になっている気がしなくもないが。

 

 「ったく……こっちじゃ栄養とか関係ないじゃん……」

 

 「そ・れ・で・も!」

 

 「そーそー。好き嫌いとかカッコ悪いよね~?」

 

 「うんうん!ハルってしっかりしててジンよりカッコいいかも」

 

 「うぐっ!?ミナ、覚えとけよー!」

 

 ジンと呼ばれた少年はそう言うと、一心不乱に自分の皿の朝食をかき込む。こちらから見れば軽い口喧嘩に見えなくもないが、特に険悪な空気になってはおらず、放置してもよさそうだった。

 

 「……いっつもこうなんですよ。何度静かに言っても聞いてくれなくて」

 

 「でも、とっても楽しそうです」

 

 サーシャさんは微笑みながら頷くと、再び子供達を眺める。彼等を見守る彼女の目は心の底から愛おしげに細められており、優しさに溢れていた。

 

 「子供、好きなんですね」

 

 「はい。現実世界(むこう)では大学で、教職課程取ってたんです。ほら、学級崩壊とか長い事問題になってたじゃないですか。それを何とかするんだ、私が子供達を導くんだーって、燃えていたんですよ」

 

 恥ずかしげに頬を染めながらも、サーシャさんは笑みを絶やさず教えてくれた。

 

 「でもここへ来て、あの子達と出会って、一緒に暮らし始めたら、何もかもが見るも聞くも大違いでして……頼られるどころか、私の方があの子達に頼って、支えられてる部分の方が大きいと思います。でも、それでいいっていうか……それが自然な事なんだって思えるんです」

 

 誇らしげに語る彼女はとても眩しくて、子供達に好かれているのも納得できた。

 

 「なんとなくですけど、解る気がします」

 

 ユイの頭を撫でながら、アスナも微笑む。

 

 「この子がくれる温もりには、私達もビックリしてるんです」

 

 「えへへ……」

 

 嬉しそうに表情を崩すユイは、くすぐったそうにしながらもねだるようにアスナへと身を寄せる。母親に甘える子供と何ら遜色のない彼女の様子にホッとしながらも、同時に蘇ってきた昨日の記憶に疑問を抑える事ができなかった。

 

 ―――昨日軍の大人達がハルに完膚なきまで叩きのめされ、みっともなく尻尾巻いて逃げ去った後。それまでキリトの背で眠っていたユイが、子供達の笑顔に反応したのかいつの間にか起きており、徐に空へと手を伸ばしたのだ。それがきっかけだったのかはよく解らないが、ユイの記憶が戻りかけた……らしい。何故なら、その直後に彼女は悲鳴をあげて意識を失ってしまったからだ。SAOに来て初めてともいえるノイズじみた悲鳴をあげ、アバターが崩壊するのではと思える程に激しく振動するユイはどう見ても普通ではなかった。

 幸い彼女の意識はほんの数分で戻ったが、それでもアスナは長距離の移動や転移ゲートを使用する気にはなれなかったし、サーシャさんの熱心な誘いもあってオレ達はこの教会の空き部屋にお邪魔させてもらったのだ。その時ユイについて聞いてみたのだが……残念な事に、サーシャさんは彼女の事を知らなかった。もし’始まりの街’に彼女がいたのならば、ずっと見回りを続けていたのだから見逃す筈が無い、とも。つまりユイが’始まりの街’で生活していた可能性はほとんど無く、悲鳴をあげる直前にアスナが聞いた言葉からすると保護者と一緒にいた事すら無いらしい。

 

 「―――サーシャさん、軍はいつからあんな犯罪者まがいな下衆な集団になったんです?俺の知る限りじゃ、あいつらは専横が過ぎる事があっても治安維持には熱心だった筈でした」

 

 キリトの問い掛けに、サーシャさんは口許を引き締めて答えてくれた。

 

 「方針が変更された感じがしたのは……半年ほど前ですね。徴税と称して恐喝紛いの事を始める人達もいれば、逆にそれを取り締まる人達も出てきて……軍のメンバー同士で対立している所だって何度も見ました。噂では、上の方で権力争いか何かがあったみたいです」

 

 「権力争いねぇ……組織がデカくなりゃ、一枚岩じゃなくなるのは当然だろうし、腐敗や綻びが出てくるのはまだ理解できるが……」

 

 「昨日みたいな事が日常的に行われているんだったら、放置はできないよな……アスナ、サクラ。奴はこの状況を知っているのか?」

 

 キリトが嫌そうに奴、と呼ぶのは今の所一人しかいない。それが分かっている二人は、苦笑を噛み殺しながら口を開いた。

 

 「うん……知ってると思うわ。団長、軍の動向に詳しいから」

 

 「でも、攻略に関係無い事にはとことん興味が無いっていうか……元々攻略第一のギルドだからってのもあると思うけど、他の事は全部わたし達に丸投げだったもん……」

 

 「おいおい……仮にも大人だろ、せめてアドバイスとか何かしなかったのかよ……」

 

 「よせよクロト。奴のそういう所は俺達だってよく知ってるだろ?」

 

 キリトの指摘に何ら反論できず、オレは口を閉ざすしかなかった。たった数人でできる事などたかが知れているし、人を集めようにも攻略組からの助力は見込めそうに無いとなると、今のオレの頭では何の対策も浮かんでこない。

 

 「カァ!」

 

 「一人、誰か来るな……」

 

 ヤタが教会に近づくプレイヤーの存在を知らせるのと同時に、キリトもアスナ達にその事を伝える。とは言えドア越しに近づいてくるグリーンのカーソル一つ以外の事は一切分からない為、オレ達にできるのは最低限の警戒をする事だけだった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「―――あのキバオウがねぇ……そこまで歪んじまったか」

 

 「……そうだね。昔を知っている分、ショックかな」

 

 訪ねてきたのは銀髪長身の女性、ユリエールという軍所属のプレイヤーだった。彼女が言うには、今の軍はギルマスのシンカーとサブのキバオウ二つの派閥に割れており、争っているらしい。先日のコーバッツ達はキバオウ一派で、その悲惨な結果からキバオウを追い出す一歩手前まで追い詰める事ができたそうだ。……だがそこでキバオウはシンカーを嵌めるという博打にでてきた。

 何でも、「丸腰で話し合おう」という言葉で彼を誘い出し、ダンジョンの奥深くに置き去りにしたとか。キバオウがやったのはMPKと何ら変わりのない非道な行為だが、相手の言葉を鵜呑みにして、無警戒にも自分から罠に掛かったシンカーの善良過ぎる人格に呆れ半分、感心半分というのがオレの感想だ。……騙される側が悪いとは言わないが、転移結晶をストレージに忍ばせておく等、身の安全を確保するための備えを怠ったのは、この世界では致命的だと言わざるを得ない。まぁ、こんな事を思ってしまう時点で、他人を疑うのが当たり前となったこの世界にオレは相当毒されているのだろうが。

 

 「とにかく今は、シンカーさんを助け出しましょう。もう三日も経ってるんだし、安全地帯にいるのは確実だと思うけど……精神的に大分参ってるんじゃないかな」

 

 ユリエールさんの依頼は、シンカーの救出。これ自体がオレ達を嵌める罠かもしれなかったが、オレ達は話を聞いたその場で請け負った。普通なら取れるだけの裏を取ってから受けるかどうかを決めるのだが……

 

 ―――この人、うそついてないよ

 

 屈託の無い笑顔でユイが放ったその一言が、オレ達―――特にキリトとアスナ―――の心を動かした。昨日から見ていて思ったが、ユイは周囲の心の機微に敏感だ。そんな彼女が言うのだから、きっとユリエールさんの話は嘘ではない……そう思わせるだけの何かを感じさせたのだ。

 一応装備とアイテムは普段通り持ってきていたのもあり、オレ達はユリエールさんの案内のもと件のダンジョンへと向かう事にした。

 

 「疑って後悔するより、信じて後悔しよう……か」

 

 「まさか兄さんが……笑ってそう言える日が来るなんて、僕……」

 

 「おいおい……最近のお前涙脆いぜ?」

 

 ユリエールさんにダンジョンの詳細をアスナと共に聞くキリトを見つめて、ハルは涙ぐむ。今のキリトは後ろにいるオレ達に気付いていないが、何かの拍子に振り返りでもしたら大変だ。急に湿っぽくなったハルを元気づけようと、オレは彼の頭をわしゃわしゃと掻きまわした。

 

 「…………やっぱりヘタクソです、クロトさん」

 

 「うるせーぞ、ブラコン」

 

 「ヘタレに言われたくないです」

 

 クッソ~。人が折角世話焼いてるってのに、このマセガキは……

 

 「……とにかく、アイツが前向きになってるってのはいい事じゃねぇか」

 

 「それが何より嬉しいから泣いちゃうんです~」

 

 頬を膨らませてそっぽを向いたハルは、それっきり口を閉ざす。普段は辟易するブラコンっぷりだが、今はそれが何処か憎めず苦笑するだけに留まる。なんだかんだ言っても、コイツはこういう時が一番子供っぽい……いや、年相応で好ましく見えるのだ。忘れがちだが、ハルはログイン当時僅か十二歳の子供であり、二年経った今やっとこの世界に降り立ったばかりのオレと同じくらいになった。本当はもっと我儘を言いたかった筈だし、家族にたっぷり甘えたかった筈だ。

 

 (コイツだってキリトと同じくらい、無理してんだよな……)

 

 今は、そっと感傷に浸らせておこう。どんな時でも兄に迷惑をかけまいと自分をコントロールできるのだから、キリトの目が届かない時くらいは好きにさせてやるのが一番いいのかもしれない。

 

 「―――クロト~、行くよ?」

 

 「おう、今行く!んじゃハル、留守番よろしくな」

 

 「……はい!兄さんの事、お願いします」

 

 ハルに向けて親指を立てた手を突き出して了承の意を示したオレは、数日ぶりに戦闘用の装備に身を包みサクラ達の許へと歩く。

 

 「それで?ダンジョンはドコにあるんだ?」

 

 「黒鉄宮の地下。六十層レベルだって」

 

 「は?んなモン、ベータ時代にゃ見た事も聞いた事も無かったぞ……」

 

 「ふふっ……キリトと同じ反応だよ?やっぱり二人って似てるね」

 

 「ま、だから二年間つるんでいられたと思うけどな」

 

 できる事なら、キリトにとって一番の友達……親友になりたいと願っている。ずっと彼の心の壁の前に座り込んで待ち続けていたからか、アスナによって心を開き始めたキリトの反応が真新しくて、眩しくて…………掛け替えの無いものに見えるのだ。

 難易度が六十層レベルなら、オレ達が遅れを取る事はまず無い筈……この時は、そう思っていた。




 ユイのお話……結構端折ってしまっています。あとプログレッシブ読んでから思うんですが、この時のキバオウ……一体何がどうなってこうなったんでしょうね……?

 五層でキリトをボコってギルドフラッグ奪おうって言いだした仲間に「ドアホ!」って一喝してた男気はドコいった……


 後、新しく評価してくださった方々、本当にありがとうございます!


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六十四話 迫る宣告

 ユイ編、次ぐらいで終わるかなぁ……?


 サクラ サイド

 

 わたし達が件のダンジョンに足を踏み入れてから、早くも数十分が経過したんだけど……

 

 「ぬおおぉぉぉ!」

 

 一陣の黒い暴風が目の前のカエルやザリガニ型mobの群れへ突撃したかと思えば―――

 

 「りゃああぁぁぁ!!」

 

 ―――次の瞬間にはmob達が、まるでゴミのように吹き飛ばされていく。さっきからずっとこの繰り返しが続いている。二刀流というバランスブレイカーなユニークスキルを存分に駆使し、敵群を蹂躙していく黒衣の少年……キリトが無双していく為、わたし達は一切戦う事なく進んでいる。

 

 「あ、あの……本当に頼りっぱなしですみません……」

 

 「いえ、アレはもう一種の病気ですから。やらせときゃいいんですよ」

 

 「全くだ。しがらみ全部取っ払ったアイツは、ただの戦闘バカだし」

 

 申し訳なさそうなユリエールさんと、サラリと笑顔で答えるアスナさん……って、え?クロトもフォロー無しなの!?

 

 「いくら何でも……ひど過ぎない?」

 

 「つってもなぁ……アレを擁護できっか?」

 

 クロトが指差す先では、丁度キリトが広範囲型ソードスキルで十体近くの敵をポリゴン片に変え、その直後に別の群れへと突貫していく所だった。

 

 「……な、何て言えばいいんだろ……?」

 

 「正直に言えばいいんだよ。バトルジャンキーとか、バーサクソードマンとか、戦闘バカとかさ」

 

 「あ、あはは……」

 

 ごめんキリト。今の貴方の事、わたしも擁護できないみたい。気づけば乾いた笑いしか出てこなかった。唯一ユイちゃんが、アスナさんの腕の中から無邪気に声援を送っているから、いいのかな……?

 

 「おいおい……ユイ以外敵しかいないのか?さっきからひどい言われようだし」

 

 「だったらオレかアスナと代わるか?」

 

 「いや、もうちょっと……」

 

 ニヤリと交代を提案するクロトに対して、キリトはぐずるように口ごもる。だから擁護できないんだけどなぁ……

 

 「安心しろ、お前の戦闘狂は嫁だって容認してっから。好きなだけ暴れてこい」

 

 「ぐっ!?お前にドヤ顔で言われると腹立つぜ」

 

 「もうっ、キリト君もカッカしない。ユイちゃんの前で恥ずかしくないの?」

 

 「そ、それは嫌だな……」

 

 アスナさんに全然頭が上がらない様子のキリト……もしかして、完全にアスナさんに敷かれちゃってるのかな。

 

 「そう言えばキリト、ドロップはどんな感じ?」

 

 「ちょっと待ってろ……コイツだ!」

 

 ―――べちゃ!

 

 オブジェクト化を果たしたアイテムは、そんな湿った音と共にキリトの手に収まった。

 

 「な……何ソレ?」

 

 「お、お肉……だよね……?」

 

 「ま……待て待て待て。それ絶対さっきのカエルの脚だろ!」

 

 アスナさん、わたし、クロトの順に口を開き、ユリエールさんに至っては絶句している。ユイちゃんだけは興味津々な様子で歓声を上げてるけど……わたしにとっては気持ち悪いの!

 

 「’スカベンジトードの肉’!こう見えてBランク食材だぜ?リアルのカエルの肉って鶏肉に似てる味だって聞いた事あるし……帰ったら早速料理してくれよアスナ。ゲテモノほど旨いってよくある話だしさ!!」

 

 まるで子供の様に目をキラキラと輝かせる姿は、普段とのギャップがあって可愛いって思えるんだけど……手にしてるのが気持ち悪くて台無しだよ!

 

 「絶対に嫌っ!!」

 

 絶叫しながらストレージ内のカエル肉を全て処分したアスナさんは悪くないと思う。わたしだってきっと同じ事をする筈だし。クロトだったらあんなに無遠慮な事はしないもん。絶対キリトが悪い。

 

 「あ……ああぁぁぁ!?」

 

 一転してこの世の終わりに直面したかのような悲鳴を上げる彼に、わたしやクロトは顔を見合わせて噴き出して―――

 

 「あー!お姉ちゃん、初めて笑った!」

 

 ―――ユイちゃんの歓喜の声につられて、ユリエールさんへと振り返った。出会ってからずっと張り詰めた表情をしていた彼女だったけど、今はとっても自然に、柔らかな笑みを浮かべていて……とても綺麗だった。

 

 「さあ、先に進みましょう!」

 

 微笑みながらユイちゃんを抱っこしたアスナさんの号令に従って、わたし達は再び歩みを進めた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 下の階層へと降りていくにつれて、出てくる敵が水棲型から骸骨やアンデット型に変わっていったけど、キリトの無双が止まる事は無かった。彼が六十層レベルのmobに後れを取るなんてあり得ないし、クロトとヤタのお陰で薄暗いダンジョン内でも不意打ちを心配する必要もなかった。ただ、その……たまーに出てくるアストラル系のmobだけは、レベル的に大丈夫だと解っていても隣のクロトの手を握らずにはいられなかった。人前で強がっているのは知っているけど、それでも何が出ても落ち着いていられるクロトが、今はとても頼りになると同時に、ちょっと自分が情けなく思えてしまう。

 しかも意外な事に、ユイちゃんはお化けが出ようが骸骨騎士が出ようが、変わらずキリトへと無邪気な声援を送り続けていた。怖いもの知らずだとしても、自分より小さな子が平気な以上、せめて取り乱す事はしないようにするのが精一杯だった。

 

 「うぅ……やっぱりお化けはダメだよぉ……」

 

 「すみません……シンカーの座標まであと一息ですから、もう少しだけお願いします」

 

 「はい……」

 

 キリトが何匹目か分からないアストラル系mobを斬り裂いた後に零れた呟きに、ユリエールさんは心底申し訳なさそうに謝ってくれる。本当は大切な人に一秒でも早く会いたい筈なのに、自分を律して冷静でいようとしているのが、大人だなぁ、すごいなぁって思ってしまう。

 

 「―――あったぞ、安全地帯だ!」

 

 先頭でmobを蹴散らし終えたキリトの言葉につられて前を見ると、長い通路の奥から暖かな光が漏れていた。

 

 「カァ!」

 

 「グリーンが一人。あれが―――」

 

 「―――シンカー!」

 

 ユリエールさんは、もう我慢できないとばかりに駆け出した。今までずっと張り詰めていたのだから、こうなってしまうのも仕方無いと思う。だけど彼女一人では仮にmobがポップしてしまった場合危険だ。その為わたし達も慌てて彼女の後を追いかける。長い通路を駆け抜けていくと、奥の部屋に映る人影が次第に鮮明になっていく。逆光のせいか顔はよく見えないけれど、向こうもわたし達を認識したのか両手を大きく振って叫んだ。

 

 「ユリエール!」

 

 「シンカー!!」

 

 大切な人の無事を確認したユリエールさんは、涙まじりの声と共に一段と速度を上げる。

 

 「……良かったな」

 

 「うん、そうだね」

 

 優しげな表情を浮かべるクロトの呟きに、わたしは頷く。大切な人が、いつ死んでしまうか分からないダンジョンにたった一人でいる……それは以前のわたしと同じなのだ。だからわたしには、ユリエールさんの喜びがよく解る。後は転移結晶で脱出するだけ―――

 

 「来ちゃダメだ!その通路は……!」

 

 (え……?)

 

 ―――シンカーさんの叫びを聞いた途端、感じたのは戸惑いと……悪寒だった。漸く助かる筈なのに、何故彼は来るなと言ったのかという疑問。同時に剣士としてのわたしが警鐘を鳴らす。

 

 「チッ、キリト!」

 

 「わかってる!」

 

 さっきまでとは打って変わった切迫した声と共に、クロト達はダッシュでユリエールさんへと駆け出す。一拍遅れて、彼等の先にある十字路の右側に一つ、カーソルが浮かび上がる。わたし達よりも高い索敵スキルを持つ二人が駆け出したのは、もう少し前にカーソルが表示されたのだろう。そしてその名に定冠詞があるという事は、ボスモンスター以外にあり得ない―――!

 

 「ユリエールさん!戻って!!」

 

 彼女がボスの攻撃を受けたら、無事でいられる訳がない。わたし達では間に合わないと解っていても、ユリエールさんへと叫ぶ。

 弾丸の如く駆けるキリトが右手で彼女を抱きかかえ、左手の剣を地面に突き立てブレーキをかける。そして彼等が十字路へと到達した瞬間に聞こえた轟音。思わず一瞬目を閉じてしまったけど、視界の端にあるキリト達のHPバーは一ドットも減っていなかった。その事に安堵しながらも目を開いて……肝が冷えた。なんせ、停止したキリトの数センチ手前の地面には、ボスの武器と思しき不気味な色の鎌が突き立てられていたのだから。次の瞬間にはクロトが十字路の右……ボスのいる空間へと牽制の矢を射かけ、それを嫌ったのかボスが後退すると同時に音もなく鎌が十字路の奥へと引き戻される。

 その間にわたし達も合流し、呆然としていたユリエールさんを助け起こす。アスナさんが彼女にユイちゃんを預けて安全地帯まで走らせるのを確認してから、わたしはクロトの許へと駆け寄る。

 

 「いったいどんな……!」

 

 モンスターなのか、と言いかけて息を吞んだ。

 ボロボロの黒ローブ、袖口とフードからのぞく骨の身体、右手に握られた黒い大鎌………死神が、そこにいた。不気味なその姿に足が竦みそうになるけど

 

 (レベル的には、大したことない筈……!)

 

 そう思って腰から剣を抜く。意識を戦闘モードに切り替えて、壁役として前に出ようとした瞬間にクロトに止められた。

 

 「逃げるぞ……!」

 

 「え?」

 

 死神から目を逸らす事なくそう言った彼の声は、ひどく掠れていた。

 

 「コイツ、やばい。俺の識別スキルでもデータが見えない。多分コイツの強さは……九十層クラスだ……!」

 

 「っ!?」

 

 わたしとアスナさんの体が、一瞬強張った。キリトの言葉が、信じられない。六十層クラスのmobが出てくるこのダンジョンに、九十層クラスのボスが出る?一体何故?

 前例の無い事態に動揺しながらも、視線は死神から一瞬たりとも離さないでいられたのは、今までの経験のお陰だった。

 

 「クロト、先にみんなを脱出させてくれ!殿(しんがり)は俺がやる!」

 

 「それしかねぇか……!間違っても攻めようとするなよキリト!!」

 

 九十層クラスのボス相手にたった一人で囮になる?壁役でもないキリトが?そんなの……そんなの自殺行為でしかない。

 

 「そんな事、できる訳が―――」

 

 「―――モタモタすんな!全員死ぬぞ!」

 

 腕を掴んだクロトの表情は、苦渋の色で染まっていた。キリトの反応速度と速力があれば、あの死神相手でもきっと安全地帯まで逃げる事ができる。寧ろ後ろにいるわたし達が邪魔になってしまう。だからこそ、道を開ける為にもわたし達が先に脱出しなければならないのだと。

 

 (でも……でも!)

 

 もしそれでキリトだけが帰ってこなかったら。アスナさんは、ユイちゃんは、クロトは…………絶対に耐えられないし、わたしだって、どうなってしまうか分からない。それに何より、先に逃げた事を後悔し続けると思う。まだ、無理矢理にでも背中を押してくれた恩を、返せていないのだから。

 

 「もう来るわよ!」

 

 「あぁクソっ!全員防御―――!!」

 

 左腕の小盾を構えると、わたしを支える為に、クロトが後ろから抱きしめる。直後に死神は、剣を重ね合わせたアスナさん達諸共、わたし達を鎌で薙ぎ払う。轟音と共に走る衝撃。気が付けばわたし達は全員が地に倒れ伏していて、HPバーはイエローゾーン。

 

 「う……うそ………」

 

 たった一撃。防御した筈なのに、命の半分以上を削られた。それはつまり、次にあの大鎌が振るわれればわたし達は死ぬという事。幸いクロトがわたしを放す事はなかったけど、彼の温もりで打ち消せない程の死の恐怖が少しずつ這い上がってくる。しかも壁や床にぶつかった衝撃がわたし以上に大きかった彼は、意識が朦朧としているのか小さなうめき声を上げるだけだった。そして―――

 

 「う………ぐ……」

 

 「キリト君っ……!」

 

 ―――死神が目を向けたのは、一番近くにいたキリト。わたし達を煽るように、ゆらゆらと彼に近づいていく。死神がキリトの命を刈り取る瞬間が、刻一刻と迫っていた。




 昨日、SAOの映画観てきましたー!遊戯王もそうでしたけど、やっぱり劇場ってTVよりも迫力が凄まじいですよね!

 個人的にはもう一回見てもいいかなぁって思います。公開初日だったせいかほぼ満席でしたよ……SAOの人気を改めて実感しました。


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六十五話 伸ばした手、守れたもの

 今回、難産でした……


 キリト サイド

 

 俺達の命を刈り取らんとしていた死神は、誰も予想だにしていなかった者の手によってその存在を焼却された。僅かな時間に起こった事全てが信じがたく、気づけば俺は……俺達は、ユリエールさん達が脱出した後の安全地帯で、部屋の中央に鎮座する石机に腰かけるユイを見つめていた。

 ―――何故プレイヤーが持つはずの無い不死属性をユイが持っていたのか。俺達を歯牙にもかけない程に強力なボスモンスターを、何故彼女は一撃で焼き尽くす事ができたのか。聞きたい事が山ほどあったのに、それらを口にしようとする度に悲しそうに微笑んで記憶が戻ったと告げるユイの顔が脳裏をよぎり、言葉を発する事を躊躇ってしまった。

 

 「……全部、説明します―――キリトさん、アスナさん、クロトさん、サクラさん」

 

 数分間の沈黙の後に聞いたその丁寧な言葉に、小さく息を吞む。そんな事しか、できなかった。大切な何かが終わってしまったという確信が、胸を締め付ける。はっきりとした口調で、ユイはゆっくりと話を聞かせてくれた。

 この世界を制御するシステム、カーディナルについて。そして人のメンテナンスを必要としない存在として作られたカーディナルが唯一、人の手に委ねなければならなかったものがある事を。

 

 「―――プレイヤーの精神性に由来するトラブル。それだけは同じ人間でないと解決できない……その為に数十人規模のスタッフが用意される、筈でした」

 

 「GM……」

 

 クロトが、思わずといった様子で呟く。

 

 「ユイ、つまり君はゲームマスターなのか……?アーガスのスタッフ……?」

 

 俺もまた、浮かび上がってきた疑問を口にする。だが同時に、その答えが否である事も解っていた。どう見てもユイは十歳に届くかどうかという幼い子供であり、そんな彼女がアーガスでスタッフを務めているのはまずありえない。アバターは全員が二年前に現実世界と同じ姿にされているのだから、SAOでの姿はイコール現実世界での姿となる。その為今のユイの姿は紛れもなく彼女本来の姿である筈なのだ。それにあの日、茅場は言っていたではないか。’私の世界へようこそ’と。つまりそれは茅場晶彦以外にゲームマスターが存在しないという事なのだ。尤も、そうしなければSAOは彼が望んだデスゲームになりはしなかった為、当然といえば当然ではあるのだが。

 数秒の沈黙の後に、ユイはゆっくりと首を振った。

 

 「……カーディナルの開発者達は、プレイヤーのケアすらシステムに委ねようとあるプログラムを試作しました。ナーヴギアの特性を利用して、プレイヤーの感情を詳細にモニタリングし、問題を抱えたプレイヤーの許へ訪れて話を聞く……」

 

 俺達を見つめる目は、微かに怯えていて。声には隠し切れない震えが混じっていて。他人事のように……あるいは自分に言い聞かせるように丁寧な口調なままで。……諦観を滲ませた穏やかな微笑みと共に、ユイは告げる。

 

 「M H C P (メンタルヘルス・カウンセリングプログラム)試作一号、コードネーム’Yui(ユイ)’……それが私です」

 

 「え……?」

 

 俺達全員、驚愕のあまり息を吞んだ。言われた事を即座に理解できない……いや、頭では分かっても、心がそれを拒んでいる。

 

 「プログラム……AIだっていうの……?」

 

 アスナの掠れた声に、ユイは微笑んだまま頷いて見せた。だがその表情には隠し切れない悲しみが滲んでいて、見ているだけで胸が痛かった。

 

 「……プレイヤーに違和感を与えないように、私には感情模倣機能が与えられています…………偽物なんです……私の何もかもが、全部…………ごめんなさい……」

 

 偽物。今彼女が消え入りそうな声と共に零す涙も、今まで俺達に見せてくれた無垢で温かな笑顔も。その言葉に、俺達は見えない鈍器に殴られたような衝撃を受けた。そんな中でも、アスナはユイを抱きしめようと両手を広げて一歩踏み出すが、その彼女自身はふるふると、力なく僅かに首を横に振った。それは彼女からの抱擁を……温もりを受ける資格が無いのだと言わんばかりで、かつての俺と重なって見えた。

 

 「で、でも……さっきまで記憶が無かったのは?AIにそんな事って起きるの……?」

 

 まだ信じられないと言った表情でサクラが絞り出した疑問に、涙を拭ったユイは静かに話し始めた。

 

 「二年前……正式サービスが始まったあの日、カーディナルは予定に無い命令を私に下したんです」

 

 「予定に無い……?どんな命令だ?」

 

 俯いた彼女の表情を読み取る事はできないが、ワンピースの裾をきゅっと握りしめる小さな手は、小刻みに震えていた。

 

 「……プレイヤーに対する一切の干渉の禁止、です。どうしてそうなってしまったのかは分かりませんが……具体的な接触が禁じられた私は、やむなくプレイヤーのメンタル状態のモニタリングだけを続けました」

 

 「っ!?」

 

 ’予定に無い命令’の内容を問いかけたクロトが、息を吞んで蒼白な顔になった。いや、俺達全員同じように青白い表情をしているのだろう。今も俺達の記憶に焼き付いて消える事の無い、あの日の阿鼻叫喚な地獄絵図を……ユイは全て見ていたのだから。誰も彼もが怒声や悲鳴を上げ、発狂していく様を見続けて、平気な人などいない筈だ。少なくとも俺には無理だった。はじまりの街を飛び出したのも、あのパニックの渦に飲まれるのを恐れたからという理由だって混じっていたのだ。

 

 「―――状況は、最悪と言えるものでした。ほとんどのプレイヤーが常時怒りや恐怖、絶望といった負の感情に満たされていて、時として狂気に走って自分や他人の命を絶つ人まで出てきて……」

 

 悲痛な声で、ユイは続ける。

 

 「本来ならば、すぐにでも私はプレイヤーの許へ赴き、話を聞き、問題を解決しなくてはいけませんでした。でも、その為にこちらからプレイヤーに接触する事は許されない……義務だけがあり、権利がない矛盾した状態で、私は徐々にエラーを蓄積させ……崩壊していきました…………」

 

 現実世界で積み上げてきたものが崩れていく恐怖に追い立てられて、それを振り切るかのように攻略に邁進し続けた人を。今という現実に絶望し、解放を願ってこの城から身を投げ出した人を。思考を停止させ、とめどなく肥大化した欲望のままに他人を傷つけ、殺める人を。全てに絶望し、さりとて死の恐怖を乗り越えられず、ただただ縮こまって日々が過ぎるのを待つだけの人を。

 ユイはずっとずっと、見続けてきたのだ。誰もいない、誰も来ない独りぼっちの空間で……ずっと。SAOの誰よりも残酷な日々を、彼女は過ごす事を強いられていた事に、やり場のない憤りが沸き上がってくる。何故ユイが傷つかなくてはならなかった?泣き続けなければならなかった?一体彼女に何の罪があったのだ、と。

 何も言えずに俯くが、耳は変わらずにユイの声を拾い続ける。

 

 「―――モニターを続けてたある日、他のプレイヤーとは大きく異なるメンタルパラメータを持つプレイヤーを見つけたんです。その人は……常に溢れだしそうなくらいの負の感情を抱きながらも強い義務感で自分を縛り付け、戦い続けていました……」

 

 思い出すのも苦しいのか、彼女の肩が再び震えだす。

 

 「沢山の辛い事が、その人を襲いました。でも、それでも……その人は自分の破滅を望みながらも、目の前の命を救う為に……ずっと戦い続け、生きていました……」

 

 「っ!」

 

 アスナが、息を吞んだ。死を望みながらも生きるという、矛盾した心を宿した人がいる。そう考えただけでその人の苦しみが俺には解る……解ってしまう。月夜の黒猫団が壊滅してからニコラスを倒すまで、俺も同じ状態だったのだから。

 

 「でも……そんなある日、その人の心に変化がおきたんです。今まで採取した事の無いメンタルパラメータを持った人との接触を通して、少しずつ……喜びや安らぎ……いえ、それだけじゃない……私の知らない温かな感情を、その人は抱くようになったんです」

 

 「それって……まさか……!」

 

 そう呟くクロトの声は、ひどく震えていた。ユイは確信した様子の彼に黙って頷くと、顔を上げてまっすぐ俺を見つめた。

 

 「それが―――キリトさん、貴方でした」

 

 「え…………?」

 

 今までの記憶に思い当たる節はあったが、まさか自分の事だとは思っていなかった。俺以上に理不尽な目に遭ってきた人は、この世界に山ほどいる筈だと、ずっとそう思っていたから。予想だにしていなかった事実に、俺は言葉が出なかった。

 

 「そして、強い負の感情に満たされていたキリトさんに、温かな感情と共に接して、変えてくれたアスナさん。他のプレイヤーと違う、お二人の事を……私はずっと見ていました」

 

 「ユイちゃん……!」

 

 「お二人の会話や行動に触れる度に、私の中に、一つの欲求が生まれたんです。お二人の傍に行きたい、会って私と話しをしてほしい……そう思った私は、お二人のプレイヤーホームに一番近いコンソールから実体化して、彷徨うようになりました。もうその頃から、私はかなり壊れていたんだと思います……」

 

 「それが……あの二十二層の森……なのか?」

 

 俺の掠れた声に、ユイはゆっくりと頷いた。

 

 「はい……私ずっと、お二人にお会いしたかった……おかしいですよね……?私、ただのプログラムなのに……そんな事、思える筈無いのに……」

 

 溢れる涙を拭う事すらせず、自嘲の微笑みを浮かべるユイ。その痛ましい姿は、俺の胸の奥を強く締め付ける。

 

 ―――偽物なんです……私の何もかもが、全部…………ごめんなさい……

 

 ユイは自分を指して偽物だと言った。一面でそれは真実なのだろう。彼女は……人間ではないから。だが……だが、それが全てなのか?今ここで泣いている彼女は、紛れもなく「生きて」いるのではないのか?だとすれば―――!

 

 「ユイ。君はもう、唯のプログラムなんかじゃないよ」

 

 膝をつき、目線を彼女に合わせる。戸惑いと怯えの色を宿した瞳を真っすぐに見据えて、俺の想いを告げた。

 

 「だって君は……俺達に’会いたい’って望んだ。それはもう、君がシステムに縛られているだけの存在じゃないって事の証明なんだ」

 

 「……!」

 

 見開かれたユイの目に映る俺は、以前の自分では信じられない位柔らかい笑みを浮かべていた。かつてハルと喧嘩して泣いた俺をそっと慰めてくれた母さんのように、優しく寄り添い、包み込むような笑みを。

 

 「ユイ……今の君なら言える筈だから、もう一度聞かせてくれ――――――君の望みは何だい?」

 

 「っ……わ、たし……は…………!」

 

 恐る恐る伸ばされる手は、どうしようもなく震えていて。懸命に伸ばされたそれは決して下ろされる事はなくて。

 

 「ずっと……一緒にいたいです……パパ……ママ……!」

 

 「ユイちゃん!」

 

 ユイの望み。それを聞いた次の瞬間、アスナは彼女を抱きしめた。

 

 「ずっと一緒だよ」

 

 「あぁ……ユイは俺達の子供だ。帰ろう、あの森の家に」

 

 アスナと共にユイを抱きしめ、優しく語り掛ける。

 

 「もう――――――遅いんです……」

 

 「え……?」

 

 ユイはゆっくりと、だがはっきりと首を横に振る。どうして……?

 

 「何が、ダメなんだよ……」

 

 「ユイちゃんの望みは、叶った筈だよ……?」

 

 俺とアスナの戸惑いを代弁するように、クロトとサクラが口を開く。ユイは自分が座る石のオブジェクトに触れ、話し始めた。

 

 「これは唯のオブジェクトじゃなくて……GMがシステムに緊急アクセスするためのコンソールなんです。私が破損した言語機能を修復できたのは、先ほどここに避難した時に偶然触れる事ができたからなんです」

 

 ぶん、という小さな音共に、オブジェクト―――コンソールの周りには幾つもの画面とホロキーボードが浮かび上がる。

 

 「先程のボスモンスターは、プレイヤーがコンソールに近づけないようにカーディナルが配置していたのだと思います。私はこのコンソールからシステムにアクセスし、オブジェクトイレイサーを呼び出してボスモンスターを消去しましたが……それは同時に、今まで放置されていた私にカーディナルが注目したという事です。既にコアシステムが私のプログラムを走査し始めていて……じきに異物として消去するでしょう――――――これで、お別れです」

 

 儚く微笑むユイの頬を、再び涙が伝う。

 

 「そんな……そんなの……!」

 

 「何とかならないのかよ!ここから離れれば……」

 

 アスナの、俺の言葉を聞いても、ユイは微笑したままだった。彼女の体が微かに光り始めたかと思うと、黒髪やワンピースが、先端から朝露の様に儚く輝きながら消えていく。

 

 「嫌!これから……これからじゃない!!」

 

 決して離さないとばかりにユイをきつく抱きしめるアスナは、必死に叫んだ。目の前で家族(ユイ)が奪われようとしているのに、俺には何の手立ても無くて……

 

 「ユイ!まだお前のGM権限は生きてるか!?」

 

 「は、はい……ですが、私と一緒にもうすぐ消えると―――」

 

 「―――キリトォ!」

 

 かつてない程の怒気を孕んだ表情で、クロトは俺を引き寄せる。気圧された俺はされるがままにコンソールの目の前に引きずられた。

 

 「何ボケっとしてやがる!テメェはこのまま娘を見捨てんのかよ!?システムがユイに死ねっつったのを指咥えて……黙って受け入れるってのかよ!?」

 

 「っ!?」

 

 コンソールを指さし、彼は叫んだ。

 

 「まだ手はある筈だろうが!ユイの親父だってんなら……最後まで手ぇ尽せよ!!」

 

 ―――そうだ。もうこれ以上……俺の家族を奪われてたまるか!!

 

 「カーディナル!全てがお前の思い通りになると思うなよ!!」

 

 目の前にあったホロキーボードに飛びつき、直感が命じるままに指を叩き付ける。キーボード操作は実に二年ぶりの筈だが、そのブランクをものともしないレベルでこの体は応えてくれた。

 

 「パパ、何を……?」

 

 彼女が消去されるのは、プログラムがコアシステム―――カーディナルと繋がっているからだ。ならばその繋がりを切り離してしまえばいい。だがそれだけではユイの存在は維持できない。何処か別の場所に彼女のプログラムを保存する必要があり、その為には彼女を別の存在に落とし込まなくてはならない。

 忘れてはならないが、これら全てをカーディナルが彼女を消去する前に終えなくてはならない。間に合う筈がない、全て無駄だと、弱気な声がささやきかけてくる。

 

 「大丈夫だよ」

 

 「ねぇね……?」

 

 「だって……ユイちゃんのパパなんだよ?ユイちゃんが信じていれば、絶対に応えてくれる。だから……一緒に信じよ?」

 

 「ママと一緒に……ね?」

 

 「はい……!」

 

 聞こえた。感じた。大切な人達からの信頼を。応えたい……いや、応えてみせる―――!

 

 「つっ!……大人しく、してろ!」

 

 カーディナルからの妨害だろうか、コンソールが俺を弾こうと閃光を放つ。吹き飛ばされる事こそなかったが体がよろけ、コンマ数秒とはいえ作業が止まる。

 

 ―――あと少し……あと少しなんだ……!

 

 遅れを取り戻そうとペースを引き上げれば、二度、三度と閃光が放たれる。次第に強くなる衝撃に踏ん張り続ける事ができなくなり―――

 

 「踏ん張れぇ!」

 

 ―――相棒に支えられた。背を支えてくれるその存在は、アスナとは違った安心感を俺に与えてくれる。大切な人達が信じてくれて、無二の相棒が支えてくれるなら……きっとユイを救える筈だ―――!

 

 必要なコマンドを入力すると、小さなプログレスバーが出現する。時間感覚が引き伸ばされたせいか、やけに緩慢に進むそれがもどかしい。

 

 「ユイ!」

 

 「パパ……!」

 

 アスナの腕の中にいる彼女はもう半ば透けており、あと数秒でその姿が失われるのは明白だった。だが、それでも彼女は俺を信じて微笑んでいた。

 ユイの笑顔が消えるのと、プログレスバーが右端に到達するのはほぼ同時だった。

 

 「っが……!」

 

 直後にコンソールがひと際眩しく閃光を放ち、俺とクロトは部屋の端までまとめて吹き飛ばされた。強かに打ち付けた頭を振って意識を覚醒させると、慌てて体を起こしてユイがいた場所に目を向ける。

 

 「キリト君……!」

 

 そして、見つけた。アスナの掌の中で輝く、涙型のクリスタルを。

 

 「よかった……」

 

 胸に熱いものがこみ上げ、一粒の涙となって頬を伝う。心配して駆け寄ってきたアスナを宥めると、俺は彼女の手の中のクリスタルを指さし、説明する。

 

 「ユイが起動した管理者権限が切れる前に、彼女のプログラム本体をどうにかシステムから切り離して、オブジェクト化したんだ……」

 

 「じゃあ、ユイちゃんは……ここに、いるんだね」

 

 「あぁ……」

 

 俺が首肯すると、アスナは両手でクリスタルを握りしめて涙を零した。そんな彼女をサクラが背をさすって宥めるのを見届けた俺は、辛うじて起き上がらせていた体を床へと投げ出した。脳を短時間で酷使したせいか、妙にアバターの手足がだるい。

 

 「やりゃ、できるじゃねぇか……」

 

 「お前の、お陰だよ……」

 

 俺の傍で座り込んでいたクロトが差し出した拳に、ゆっくりと自分の右拳をぶつける。のろのろと右腕を顔に乗せて目元を隠すと、じわじわと目頭が熱くなる。

 

 「お前が、立たせてくれたから……支えてくれたから……ユイを……助けられたんだ」

 

 「キリト……」

 

 ユイを……家族を守れた事が嬉しくて、あふれ出す想いは涙となって零れていく。だがそれを隠す事をやめた俺は、気怠い四肢に力を入れて起き上がる。これだけは……ちゃんと面と向かって、言いたいから。

 

 「だから――――――ありがとな……クロト」

 

 「……お前はもう、立派な親父だよ」

 

 俺が贈れたのは何の変哲もない、ありふれた感謝の言葉だけども。彼は優しく微笑んでくれた。




 ユイ編完結……!

 ニシダさんの釣りイベは、カットする予定です(原作とほぼ変わらないっす)


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六十六話 戦士の涙

 今回はいつもより早く上げられました。


 クロト サイド

 

 二週間。それがオレ達四人が最前線から離れていた期間だ。クラインから、七十五層の攻略は犠牲者が出ないよう慎重に、だが確実に進んでいると聞いていた。クォーターポイントである為、過剰な位の慎重さで攻略するべき。攻略組の誰もがその方針で迷宮区へ挑んだらしい。ボスへの偵察戦も同様に慎重を期して行われたが―――

 

 「偵察隊が、全滅……?」

 

 ―――突き付けられたのは、驚愕の事実だった。休暇中だったオレとサクラ、そしてキリトとアスナは、ボス戦参加の要請を送ってきたヒースクリフのおっさんとKOB本部の会議室で向かい合っていた。

 

 「昨日の事だ。クォーターポイントのボスである為、五ギルド合同で四パーティー……二十四人のメンバーを選出し、偵察戦に派遣した」

 

 普通ならば二パーティー、もしくは三パーティーで行われるそれに四パーティー……確かに充分すぎる戦力だろう。二十五層、五十層で痛い目に遭ったからこそ、同じ轍を踏まない為の措置だと分かった。

 

 「偵察戦は慎重を期して行われた。隊を前衛と後衛に二パーティーずつ割り振り、後衛はボス部屋の前で待機。前衛が先にボス部屋へ進入して通常どおり偵察戦を行い、非常事態には後衛が援護し、撤退する筈だった……」

 

 「おっさん、何があった……?」

 

 声の抑揚こそ普段通りだが、いつもは表情が分かりづらいおっさんにしては珍しく眉間に深い皺が刻まれていた。一度目を閉じていたおっさんだったが、短い沈黙の後に再び真鍮色の瞳をこちらへ向けた。

 

 「前衛がボス部屋へ進入し、中央に到達した直後……突然ボス部屋の扉が閉じたのだ」

 

 「なっ……!」

 

 サクラが短い悲鳴を上げ、繋いだ彼女の右手に力が籠るのがはっきりと感じられた。

 

 「後衛の者達の報告では、扉は五分以上開かず、鍵開けスキル等での開錠及び打撃等の直接攻撃による破壊も不可能だったらしい。ようやく扉が開いた時――――――そこには誰もいなかった」

 

 「前衛の者達は……転移結晶で脱出できなかったんですか?」

 

 震える声で、アスナはおっさんに尋ねた。聡明な彼女自身、もう最悪の展開は予想できている筈だが……それでも、確かめずにはいられなかったのだろう。

 

 「残念だが……彼等は帰らぬ人となってしまった。偵察戦の直後、黒鉄宮の生命の碑を確認させた所……前衛を務めた十二人全員の名前に横線が引かれていた」

 

 「結晶無効化エリア……なのか?」

 

 ぽつりと呟いたキリトに、おっさんは黙って頷いた。十二人全員が脱出できなかったのならば、そう考えるのが妥当だろう。

 

 「二人の報告では、七十四層もそうだったから、恐らく今後全てのボス部屋も同様の仕様だと考えていいだろう――――――だが、だからと言って攻略を諦めるつもりは無い」

 

 真鍮色の瞳に確固たる意志を滲ませたおっさんは、オレ達から視線を逸らす事なく言った。

 

 「脱出や撤退が不可能だというのならば、統制のとれる限りの大部隊をもってボスに挑むしかない。休暇中の君達を召喚するのは不本意だったが……背は腹に代えられない。了解してくれたまえ」

 

 オレとキリトのユニークスキル、サクラとアスナの指揮能力……クォーターポイントに挑むなら、決して外せない戦力だ。それくらいオレにも分かっている。了承の意を伝えるべく口を開こうとした時、オレよりも先にキリトが一歩踏み出した。

 

 「協力はさせて貰うさ。だがな、ヒースクリフ」

 

 「何かね?」

 

 「俺にとってはアスナ達の安全が最優先だ。もしもの時はレイド全体よりも彼女達を守る、それだけは絶対に譲れない」

 

 その漆黒の瞳は今、どんな輝きを宿しているのだろう?声にも態度にも強い意志が感じられたし、頼もしいと思える筈なのに……彼の背中が微かに揺らいで見えてしまうのは何故だろうか。

 

 (……迷っている、のか?一体何に?)

 

 気のせいだ、見間違いだと言われてしまえばそれまでだが、どうしてもそれで流してはダメな気がした。

 

 「何かを守ろうとする人は、得てして強いものだ。その強さを保つ為ならば、それで構わない」

 

 全てを見透かしたかのように、おっさんは微笑を浮かべるだけだった。

 

 「では三時間後……午後一時に最前線主街区であるコリニアの転移門前広場に集合だ。予定人数は君達を含め三十四人。君達の勇戦を期待する」

 

 こちらの返事を待たず、おっさんは退出していった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「三時間かぁ……どうしよっか」

 

 「装備のメンテナンスはもう済ましてありますし……アイテムも特に不足してる物もありませんし、確かに手持無沙汰ですね」

 

 女の子らしい、柔らかな空気を纏った二人を見て思わず頬が緩みかけたが、一人窓に寄りかかって俯くキリトに気付いたオレは、意を決して先程感じた疑問をぶつけた。

 

 「お前……何か迷ってるだろ」

 

 「……何で、分かるんだよ」

 

 帰ってきたのは、ひどく頼りないか細い声だった。やはり、聞いておいて正解だった。今を逃していたら、きっとコイツは黒衣の仮面に全て隠してしまうのだから。

 

 「もう、隠そうとすんなよ。今考えてる事吐き出しちまえ。つーか迷ったまま戦われちゃ足手まといだ」

 

 「……そう、だったな……」

 

 観念したような声色で呟いた彼だったが、俯いたままではその表情までは窺い知る事ができなかった。

 

 「―――アスナ、サクラ……クロト」

 

 暫しの沈黙の後、キリトはオレ達の名を呼んだ。談笑していた二人はどうかしたのか、と首を傾げながらオレ達の傍まで歩み寄ってくれた。

 

 「怒らないで聞いてくれ……今日のボス戦、三人は参加しないで待っていてくれないか」

 

 「……どうして、そんな事言うの……?」

 

 悲しげにそう言ったアスナは、じっとキリトを見つめ続ける。

 

 「ヒースクリフにはああ言ったけど……全員無事に生き残れる保証はどこにも無いんだ。もし……もし、アスナ達の身に何かあったらって思うと、怖いんだ……」

 

 「キリト……それは」

 

 彼が恐れている事は、オレ達全員に共通している。そう言いかけた所で、アスナは有無を言わせぬ様子でキリトの目の前に立った。

 

 「自分一人は危険な場所へ行って、私達には安全な街で待っていろ。キリト君はそう言いたいの?君にとって、私達はそんなに頼りないの?」

 

 最近聞く事の無かった咎めるような口調で、彼女はそう言った。その瞳には、激情の炎がありありと見て取れた。

 

 「だって仕方無いじゃないか!ボスの情報は何も無くて、結晶は使えなくて!一度入ったら逃げる事すらできなくなるんだ!」

 

 顔を上げたキリトの表情は、ひどいものだった。恐怖と苦悩に歪み、堰切ったように胸の内を吐露する。

 

 「何が起こるか分からない場所じゃ、自分一人守れるかどうかすら分からない!やっと……やっと、心の底から大切だって……失くしたくないって思えた君に、皆に会えたのに……!この世界で初めて幸せだって感じさせてくれた、この温もりをくれたアスナを!こんな俺を、ずっと見捨てないで守ってくれたクロトを!俺にだって、いつかきっと愛してくれる人が現れるんじゃないかって……小さな希望を持たせ続けてくれたサクラを!もし目の前で……死なせたら……俺は……俺はもう、戦えないよ!!」

 

 それは、強者を演じる為に黒衣に身を包んだ少年のまごう事無き本音(ひめい)。彼の心の底から上がる叫びの一つ一つが、聞いていて痛々しい。ぼろぼろと零れる涙を拭う事すら忘れたキリトに、かける言葉が見つからない。

 

 「できる事なら逃げたいさ!漸くこの手に掴めた幸福を奪われるくらいなら、臆病者と罵られてでもあの森の家で生きていたい!……でも、ハルを現実世界に帰す義務を投げ出す事も……俺にはできなくて……もう、どうしたらいいのか分からないんだ!」

 

 目を逸らし、肩で息をするキリト。アスナはそんな彼の胸に右手を添えると、空いた手を自分の胸元で握りながら少しの間俯いた。

 

 「そうだね……あの家で、毎日ずっと……いつまでも……一緒に……全部忘れてそうできたら……夢みたいだって、私も思うよ……」

 

 堪えているものを零すように、震える声で彼女は言葉を紡ぐ。

 

 「でも、あの家で君と一緒に過ごしていて、こう思ったの……キリト君のご両親に会って、ちゃんとお付き合いして……本当に結婚して……一緒に歳を重ねて……私の一生を掛けて愛していきたいって……だから……だから……!」

 

 その先は、言葉にならなかった。アスナはキリトの胸に顔を埋め、抑えきれない嗚咽を漏らす。

 

 「アスナ……」

 

 彼女の告白に、キリトが目を見開く。自分の見えない所で、アスナだって傷つき、苦しみ、折れそうな心を支えて生きてきた。そんな当たり前の事すら忘れかけてしまう程に、彼の心は追い詰められていたのだ。

 

 「キリト」

 

 一歩、彼に歩み寄る。今からオレが言う事は、キリトから逃げ道を奪ってしまうかもしれない。だが、それでも……

 

 

 「今だけでいい……ボスを倒すまで、お前の力を貸してくれ」

 

 「クロト……?」

 

 彼の力が無ければ今回のボスを倒す事は不可能だと解っている以上、言わなくてはならなかった。深々と頭を下げたオレに、キリトは困惑した声を発した。

 

 「この層さえ越えれば……もう、いいから。後はオレとサクラだけでも、何とかできるから……だから、今だけは……一緒に戦ってくれ……!」

 

 言葉を紡ぐごとに、自分の力不足が心を苛んでいく。戦って、戦って、戦いつづけ、受けた傷を癒す間もなくその日々に塗り重ねられてきた彼等に、まだ戦えと、言っているのだから。ゲームクリアの時までひっそりと休んでいてほしいのに、そうさせてやれない自分の弱さが、どうしようもなく悔しい。

 

 「~~~♪」

 

 「サク……ラ?」

 

 不意に聞こえた、彼女の歌声。驚いて顔を上げると、目を閉じて一心に歌うサクラの姿があった。

 

 「~~~♪」

 

 透き通った歌声が、張り詰めてささくれ立っていたオレ達の心を穏やかに鎮めていく。

 

 「~~~♪……ふぅ。ちょっとは、役に立ったかな?」

 

 歌い終わってから、彼女は少し恥ずかしそうに微笑んだ。だが、突然歌い始めた訳が分からず困惑していると、サクラは呆れたように肩を竦める。

 

 「みんな悲観しすぎだよ。確かにわたしだって怖い……でもわたしはクロトを……アスナさんを……キリトを信じてる。四人なら、何があってもきっと大丈夫だ、って……クロト達は違うの?」

 

 「っ!」

 

 彼女の言葉に、オレ達は虚を突かれた。あぁ……サクラの言う通りだ。第一層のボスをはじめ、色々な事をこの四人で乗り越えてきたじゃないか。今更それを信じられなくてどうするんだ。

 

 「……ごめん……俺、弱気になってた……死にたくない、アスナと……みんなと生きていたい……もう誰も、失いたくないって……そればっかり考えてた」

 

 「オレも。キリトにこれ以上傷ついてほしくないって、それだけだった……」

 

 気づかない内に、オレ達はそれぞれ自分の心を一人で追い詰めていたのだろう。ちゃんと打ち明けていれば、ここまで思い詰める事も無かったのに……なんともバカらしい。

 

 「ふふっ、クロト君ってホント、キリト君の心配ばっかりだね?」

 

 「全くです……何度妬いたか分かんないですよ……」

 

 「うぇ!?」

 

 サクラからのジトっとした視線と、拗ねたような表情が予想外で素っ頓狂な声が出てしまう。というか何故?今ここで言う事なのか……?

 

 「お前なぁ……いい加減サクラを最優先にしろよ。愛想つかされても自業自得としか言えないぞ?」

 

 「さっきまで泣きわめいてたテメェにだけは言われたくねぇぇぇ!!」

 

 やめろ!アスナと揃って呆れた目でオレを見るなああぁぁぁ!!

 

 「あ、クロト待って!」

 

 いたたまれなくなって逃げだしたオレは悪くない……筈だ。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 サクラ サイド

 

 顔を真っ赤にして会議室から飛び出してしまったクロトを追いかける為に、アスナさん達に断りを入れてからわたしも駆け出す。

 

 「カァ」

 

 「ヤタ?……ありがとう」

 

 さっきまで長机の端にいたのを放置してたからか、クロトはヤタの事も忘れて行ったみたいだった。彼の許へと案内してくれるヤタに感謝して、グランザムの街を小走りに進む。人が多いからわたしは思うように速度が出せないけど、クロトは多分……建物の上を跳んでいったみたい。すれ違う人の中に、探し求める黒衣の少年はいないから。

 

 「カァ~」

 

 「そうなの……いっつも一人で行っちゃうんだよ」

 

 ため息をつくみたいに間延びした鳴き声を上げたヤタに、つい愚痴が零れてしまう。彼の想いを疑う訳じゃ無いけど、もっとわたしを見てほしいって思わずにはいられない。

 

 (―――いた!)

 

 通りを何度か曲がり、細い路地裏に入ってから少しして、ようやく見つけた。壁に頭を押し付けて、あーとかうーだの唸っている姿につい噴き出してしまいそうになるけど、グッと我慢して―――

 

 「えいや!」

 

 「うお!?」

 

 ―――その背中に、思いっきり抱き着く。案の定わたしに気付いてなかったクロトは、面白い声を上げてくれた。悪戯成功っと。

 

 「おま……リアルじゃタンコブぐらいできてっぞ、オレ」

 

 「わたしの事そっちのけでキリトの心配ばっかりしてたんだから……甘んじて受け入れてくださーい」

 

 「あー……オレが悪かった。ごめん」

 

 顔は見えないけど、きっと今の彼は罰が悪そうに頬を掻いていると思う。それくらいわたしはクロトの事を見てきたけど……彼はこの世界でどれくらい、わたしの事を見てくれてるんだろうか?わたし以上にキリトの事を見てきたんじゃないかって思うと、寂しいような、悔しいような……よくわからないモヤモヤした気持ちになる。

 

 「サクラ……その、ありがとな」

 

 「え?」

 

 「あの時、歌ってくれて……四人なら大丈夫だって、思い出させてくれて。すごく、助かったよ」

 

 彼に回した手が、温かくなる。見えなくても解る。クロトが、自分の手をわたしの手に重ねてくれているのだ。

 

 「なら、ね……ご褒美、欲しいなぁ……」

 

 抱擁を解いて、ちょっとおどけてみせる。……大丈夫、上手く言えた。

 

 「え、えっと……何を、ご所望でしょうか……?」

 

 「ぎゅ~ってして」

 

 「……お、おう」

 

 頬を赤くしながらも、彼は頷いてくれた。誰もいないのは解り切った筈なのに、キョロキョロと周りを確認するのがちょっとかわいい。

 

 「……ふぅ」

 

 優しく抱きしめられて、思わず吐息が零れる。少し恥ずかしくて、彼の肩口に額を押し当てる。

 

 「サクラ――――――もう、いいんだぞ」

 

 「……!」

 

 やっぱり、バレていた。そう思った瞬間に、隠そうとしていた涙が溢れだすのを止められなくなった。

 

 「ぅ……ぁ……!」

 

 「本当は、お前だって泣きたかったんだろ?怖くて、仕方無かったんだろ?……無理させてごめんな」

 

 全部、図星だ。アスナさん達の前ではああ言って強がったけど……現実世界に帰れなくてもいい。愛しい人と一緒にいられれば、それでいい……わたしだってそう思ってしまった。それが団員の皆やリズさん、わたしを信じてくれている人達への裏切りへと分かっていながら。

 

 「サクラは、充分頑張ってる。だから……だからさ、今は我慢しなくていいんだ」

 

 クロトの優しい温もりの中で、わたしは泣き続けた。恐怖は消えないけど、この温もりさえあれば頑張れる。そう言い聞かせて……




 くどいかもしれませんが……キリト達は十六、七歳の少年少女ですし、もういっぱいいっぱいだったはずです。

 最近バトルよりそっちの方を掘り下げてばっかりな気もしますが……ご容赦を。


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六十七話 骸骨の刈り手

 鉄血と遊戯王が終わって、今月の週末の楽しみが無い……


 クロト サイド

 

 オレ達四人がコリニアの転移門前広場にやってきた頃には、レイドメンバーと思しきプレイヤー達がかなりの人数集まっていた。まだ指定された時間の五分前だが、一様にして彼等の表情は硬い。

 

 (こりゃ、今までの比じゃねぇな……)

 

 過去のクォーターポイント……初の二十五層はともかく、予測がついていた筈の五十層でも、ここまでガチガチな空気ではなかった。

 偵察戦で十人以上の死者が出た事と、情報が全く無い事、加えて脱出不可能なボス部屋である事が、全てのプレイヤーに重くのしかかっているのは想像に難くなかった。

 

 (……無理もねぇよな……)

 

 少しの間、視線をサクラへと向ける。今でこそ普段戦う時のように凛とした表情でアスナと共にギルドメンバーからの敬礼に返礼しているが……少し前までは、普通の女の子として怯え、泣きじゃくっていたのだ。さっきまでの抱擁で少しでも彼女に安らぎを与えられていればいいが、本音を言えばオレも不安が尽きない。

 

 「よう!」

 

 「っ!?クライン……?」

 

 陽気な声と共に、背後から肩を叩かれた。過剰に反応してから、自分がこの場の空気に飲まれかけていた事に気付く。

 

 「休暇明けにいきなりボス戦はきっちぃんじゃねぇか、クロの字ぃ?」

 

 「言ってろ……LAかっさらってその鼻明かしてやるよ」

 

 悪趣味なバンダナの下でニヤつく野武士面を見るのはおおよそ二週間ぶりだが、会う度に変わらず笑いかけてくれる彼に言葉にならない安心感を抱くようになったのは、一体いつ頃だっただろうか。たった一度言葉を交わしただけで、肩から大分力が抜けていた。

 

 (ホント、敵わねぇな……)

 

 彼の陽気な人柄、その人徳。それはこのデスゲームでも決して歪む事無く、オレの目には’立派な大人’として映っていた……まぁ、女にがっつく所で台無しだけどな。その点だけはエギルの紳士ぶりを見習ってほしいところだ。

 不意に後ろから朗らかな笑い声が聞こえてきたのでそちらを見ると、武装していながらも困り顔のエギルがいた。彼の傍にはキリトとアスナ、ハルがいて、笑っていたのはこの三人だった。

 

 「エギル?お前まで参加すんのか?」

 

 「あ、あぁ……今回はマジでヤバイって聞いたからな」

 

 確かにエギルは商人であると同時に、最前線でも十分戦える一流の斧戦士でもあるが……最近はボス戦に参加する事は少なかった筈だ。それなのにクォーターポイントのボス戦に参加するのは―――

 

 「そんな顔すんなっての。危険な分戦利品には期待してんだからよ」

 

 「お前、さっき無私無欲の精神で参加したってのたまってただろ?」

 

 「いや、だからってアイテム分配から除外はねぇだろ……」

 

 二カッと格好良くサムズアップした次の瞬間、キリトのツッコミに表情を歪めるエギル。さっき彼が困り顔だったのもこの事か、と分かった途端、思わず小さな笑みを零してしまった。

 

 「おいクロト、お前まで笑う事ねぇだろう!」

 

 「あー、わりぃ。けどお前の口から無欲って言葉が出てくんのが似合わなすぎて……ってか、荒稼ぎ以外の為にお前が戦うとか……くくっ」

 

 「もうクロト、失礼だよ?エギルさんにだって他の理由があるはずなんだから」

 

 咎めるサクラを横目に笑いを静めていると、エギルがとんでもない爆弾をぶち込んできた。

 

 「当たり前だ。こっちに来てから今日まで、現実世界(むこう)で待ってるハニーを忘れた事は一度もねぇよ」

 

 「…………は?」

 

 ハニー?それってつまり……恋人?婚約者?のどっちかがいるって事か?

 

 「実はエギルさん……既婚者なんです。僕もつい最近知ったんですけど」

 

 ハルの補足説明を聞いた瞬間、クラインがエギルに掴みかかる。

 

 「テメェ!そんな話聞いてねぇぞ!?」

 

 「そりゃ言ってなかったからな」

 

 「この裏切り者ォォ!」

 

 独身男クラインが哀しき叫びを上げる。そのやり取りでエギルが言っている事が本当だと分かったオレとキリトは顔を見合わせ、次に彼の顔をそろってまじまじと見た。

 

 「……な、なんだよお前等?」

 

 訝しむエギルに対して、オレ達は思った事をそのまま口にしていた。

 

 「いや……まさかお前が結婚してるとはな……」

 

 「もしかして、もう子供がいたりとかするのか?」

 

 キリトが子供について尋ねたのは、普段ハルに対する父性溢れる振る舞い故だろう。オレだってあの二人なら、親子と言っても通用しそうだと思ったのは一度や二度ではない。

 

 「いや、まだ子供はいねぇが……お前等みたいな悪ガキはパスだな」

 

 「こっちだって悪役レスラーにしか見えねぇ親父とか勘弁だぜ」

 

 互いにニヤリとしながら、軽く拳を合わせる。友人のような、兄貴分のようなはっきりしない関係ではあるが、SAO以前ではまともな友好関係がオレにとっては得難い存在なのだ。この禿頭の巨漢と、今は拗ねている野武士面の青年は。

 

 「―――欠員はいないようだな」

 

 午後一時丁度に転移してきたヒースクリフのおっさんの第一声が、それだった。レイド全体の緊張が高まるのが肌で感じられる中、短くも確かな言葉で、おっさんはレイドを鼓舞する。

 

 「状況は既に知っていると思う。厳しい戦いになるだろうが、諸君の力ならば切り抜けられると信じている―――解放の日の為に!」

 

 おっさんの叫びに、鬨の声を上げて応える戦士達。社会性に難のあるコアなネットゲーマー達を瞬時にまとめてしまう彼のカリスマを目の当たりにするのは初めてではないが、舌を巻かずにはいられなかった。

 自称元SAO開発スタッフの一人ではあるが、それにしたってこうも容易く三十人以上のプレイヤー達をまとめ上げる姿を見ると、本当にただの研究者だったのかと小さな疑問を抱いてしまう。

 

 「キリト君、クロト君。君達の力、頼りにしているよ」

 

 こちらの心境を知ってか知らずか、おっさんは余裕のある声色でそう言ってきた。特に示し合わせた訳ではなかったが、オレ達は揃って無言で頷く。

 

 「では、ボス部屋までコリドーを開く」

 

 オレ達の返事に微かに笑みを浮かべた後、集団に向き直ったおっさんはポーチから取り出した回廊結晶を掲げる。転移結晶を越える超レアアイテムを惜しげもなく使用する事に、レイド全体から感嘆の声が零れた。おっさんのボイスコマンドによって回廊結晶が砕け散り、同時に巨大な転移ゲートが現れると、皆そこへ足を踏み入れていく。

 

 「じゃあ行ってくるよ、ハル」

 

 「うん……行ってらっしゃい」

 

 本当は引き留めたくて堪らないだろうに、ハルは健気に笑ってキリトを送り出す。

 

 「心配するなって。帰ったらまた、こうしてやるからさ」

 

 「……うん。待ってるね」

 

 あやす様に、ゆっくり優しくキリトが頭を撫でると、ハルは大きく頷いて、数歩下がった。

 

 「ほら、行こうぜ」

 

 「……ああ!」

 

 片手をそれぞれ愛する少女と繋いだオレとキリトは、反対の手で握った拳を軽く打ち合わせる。ボスに挑む前のオレ達二人だけのルーチン。自然と意識はまだ見ぬボスへと向き始めていき、オレ達はハルに見送られながらゲートへと足を踏み入れた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 七十五層の迷宮区は、不気味な程艶やかな黒曜石に似た素材でできていた。薄暗い迷宮内の空気は冷たく湿り、足元にはうっすらと靄がかかっている。

 

 「ちょっと……やな感じがする……」

 

 「そうだな……」

 

 少しだけ身を縮こまらせるサクラに、オレも首肯する。扉の前にいるだけで、中にいるであろうボスにかつてない程の圧力を感じる。

 

 「……サクラ」

 

 「クロト?」

 

 キリトがアスナを連れて柱の陰に行ったように、反対側の柱へとサクラの手を取り連れて行く。他のプレイヤー達は三々五々に集まってアイテムや装備の確認をしているから、誰も見てはいないだろう。

 

 「どうしたの?」

 

 柱の陰で向き直ると、彼女は首を傾げる。最愛の少女の右手を両手で包み、自分の胸に押し当てたオレは、目を逸らす事なく言葉を発した。

 

 「守るから」

 

 「え?」

 

 困惑する彼女に、そして自分自身に、誓うように。

 

 「サクラは、オレが絶対に守る」

 

 この温もりを決して失くさない。その意思を込めて、言った。

 

 「……わたしも。わたしもクロトの事、守るよ」

 

 穏やかに微笑みながら、彼女はオレの手に左手を重ねてくれた。ただそれだけで、再び張り詰めていた心がほぐれていく。

 

 「一緒に、生きて帰ろ?」

 

 「ああ!」

 

 オレはサクラを守り、サクラはオレを守ってくれる。なら後は全力で戦い、生き抜くだけだ。何が相手でも、その決意が揺らぐ事はもう無い。回廊の中央で、おっさんが十字盾を床に突き立て全員の注目を集める。

 

 「基本的にはKOBが前衛を務めるので、その間に可能な限りボスの攻撃パターンを見切ってほしいが……今回はボスの情報が一切無い為、状況に応じて柔軟に対応してくれたまえ」

 

 悪く言えば各個人の判断で行き当たりばったりという事だが、情報が無い以上他にやりようが無いのも事実だ。それにこの場にいる誰もが最前線を生き抜いてきた猛者であり、自己判断くらいはどうにかできる筈である。

 

 「―――では、行こうか」

 

 おっさんは大扉に手をかけると、躊躇いなく押し開いた。まるでオレ達を奈落の底へと誘うかのようにゆっくりと開く扉。得物を握る手に力が籠る。

 

 「死ぬなよ」

 

 「へっ、オメェらこそ」

 

 「今日の戦利品で一儲けするまで、くたばる気は無いぜ」

 

 ふてぶてしくも頼もしいキリト達の声に、気づけばオレも口を開いていた。

 

 「LAを譲る気は無ぇからな」

 

 目だけを向けると、三人ともそろってニヤリと口角を釣り上げていた。緊張しつつも普段通りな彼等に僅かに安堵した次の瞬間、抜剣したおっさんの叫びが響く。

 

 「戦闘―――開始!」

 

 剣を掲げたおっさんを先頭に、オレ達全員がボス部屋へとなだれ込む。たちまち部屋の中央まで進むが、扉が閉まる以外にボスが出現する兆しは無かった。

 

 ―――まだか………?

 

 精神を張り詰めた状態で過ぎていく一秒、一瞬があまりにも長く、焦燥感からせわしなく視線を左右へと巡らせ―――

 

 「カァ!」

 

 「ヤタ……?」

 

 何処にも出現エフェクトが見当たらないのに警告を発したヤタは、上を向いていて……その意味を理解した瞬間背中を悪寒が走る。

 

 「上だ!」

 

 オレの叫びに、全員が天井を見上げる。漸く認識されたボスの姿が浮かび上がり、カーソルと名前、最後にHPバーが表示された。ザ・スカルリーパー……骸骨の刈り手。

 

 「キシャアアアァァ!!」

 

 形容するなら、ソレは巨大な骸骨百足。部屋の中央、つまりオレ達の真上の天井に張り付いていたソイツは、その巨体でこちらを押しつぶさんとばかりに躊躇いなく落下してきた。

 

 「固まるな!距離を取れ!」

 

 おっさんの鋭い指示に、オレ達は瞬時に散開する。だが丁度ボスの直下にいた三人が、僅か一瞬だけ逃げる方向に迷った。

 

 「こっちだ!走れ!!」

 

 キリトの声に従って駆け出した三人だったが……ほんの少しの時間遅れたが故に、落下してきたボスの地響きに足をとられる。

 そして三人の内ボスに近かった二人が、その腕―――先端にある骨の鎌の一撃を受けて宙を舞った。重装甲ではないが、オレ達のような紙装甲でもない彼等だが、そのダメージからボスの攻撃力をある程度理解できる筈だ。

 彼等のHPバーはイエローゾーンでは止まらず、レッドゾーンでも減少し続け―――

 

 「……は?」

 

 ―――あっさりとゼロになった。二人のアバターが空中でポリゴン片へ変わり、レイド全体が驚愕に見舞われた。

 

 「一撃で死亡、だと……!?」

 

 「ワンパンとか……そんなんアリかよ……!」

 

 隣からキリトとクラインの掠れた呟きが聞こえる。これまでも攻撃力の高いボスは多数存在した。だがそれらも精々こちらのHPを四割削るのがやっとで、九十層クラスのあの死神で漸く六割削れるレベルだった。けれど目の前の骸骨百足は、そんなオレ達の経験を一蹴する程桁外れな攻撃力を持っている―――!

 

 「無茶苦茶だよ……こんなの……!」

 

 サクラが絞り出した言葉通り、今回のクォーターボスは無茶苦茶だ。オレ達なんざ自分の気分次第でいくらでも蹴散らせるとでも言いてぇのか、茅場(あのやろう)……!!

 

 「ギシャアアァァァ!!」

 

 「う、うわあああぁぁ!」

 

 奇声を上げながら、スカルリーパーは逃げ遅れた三人目の命を刈り取らんと骨鎌を振り下ろす。恐慌状態に陥った彼はそれを避ける事はおろか、防御する事すらできず……

 

 「―――ふん!」

 

 コンマ数秒という僅かな間に滑り込んだおっさんによって、その命を守られた。凄まじい衝撃音と共に、骨鎌がぶち当たった盾からは大量の火花が散ったが、おっさんは一切動じる事無く骸骨百足の一撃を防ぎ切ってみせた。

 

 「シギャアァ!」

 

 だがしかし、骨鎌は二つあった。おっさんが防いだのとは反対側の鎌が、唸りを上げて逃げ遅れた彼へと襲い掛かる。

 

 「下がれ!」

 

 ボスの異常な攻撃力にレイド全体が固まる中、二つ目の鎌を防ぐべく相棒が飛び出した。二刀流専用の武器防御スキル『クロス・ブロック』は下手な盾防御よりも優れた性能を誇っている上に、STR要求値がバカみたいに高い二本の剣を自在に扱う彼の筋力値なら防げる。

 

 「なっ!?」

 

 そんな希望すら、簡単に覆された。確かにキリトは骨鎌の一撃を防いでいる。防いでいるのだが……押されているのだ。少しずつ、しかし確実に骨鎌が二刀を押し下げていく様はまるで彼の命を奪わんとするギロチンのようだった。

 援護の為にオレが動き出そうとした寸前、純白の光芒が閃きキリトから骨鎌が弾き飛ばされた。

 

 「二人で受ければいける……!私達ならできるよ、キリト君!」

 

 「アスナ……頼む!」

 

 凛とした声と共に毅然とした様子でアスナはキリトを立ち上がらせる。今の彼を守るのはアスナの役目だ。もうオレがいる必要は無い。その事に僅かな悔しさと、それ以上の安堵が胸に広がる。

 

 「鎌は私達三人で防ごう!」

 

 「サクラ!全体の指揮権、貴女に託すわ!!」

 

 「はい!アタッカーは側面から攻撃してください!!」

 

 漸く見えない呪縛が解けたプレイヤー達が、反撃とばかりに骸骨百足の体へと己の武器を突き立てる。どこが弱点かすら分かっていないが、二年にも及ぶ戦闘の経験から、最も脆いだろう骨と骨の継ぎ目―――関節部を重点的に狙っている。

 

 「オラァ!」

 

 鎌の他にも攻撃手段があるかどうかが分からない以上、深追いはできない。技後硬直がほぼ無い『アーマー・ピアース』を関節へとねじ込むと、すぐさま後ろに下がる。五段あるボスのHPバーは減ったかどうかすら怪しい程の変化しか起きておらず、防御力も並外れたものである事に歯噛みする。

 

 (これじゃジリ貧だぞ……!アイツ等は交代無しのぶっ続けで持つのか……?)

 

 神聖剣によって防御し続けるおっさんと、完璧にシンクロした動きで相殺するキリトとアスナ。この三人を除いてあの骨鎌をさばける者は、このレイドにはいない。彼等だって完全に防いでいる訳では無く、骸骨百足が一撃を放つ度に僅かずつHPが減っているし、何より一度でも受け損なえば即死の攻撃に晒され続ける事による精神的な疲労にどれだけ耐えられるのかが……分からなかった。そして何より、ボスの攻撃が骨鎌以外に無いからこそオレ達は戦えているのであって―――

 

 「シュギャアァァ!」

 

 「ぐああっ!?」

 

 ―――ボスの後方から攻めていたプレイヤー達から、悲鳴が上がった。瞬時に目を向けると、鋭くとがった骨の尾が、大きく振るわれているのが見える。

 

 「エギル!?」

 

 「死んじゃいねぇが……二人やられた!」

 

 「クソがっ!!」

 

 彼の右腕には赤いダメージエフェクトが痛々しく刻まれており、HPも一撃でイエローゾーンにまで減少していた。基本は両手斧での武器防御でタンクを担う彼の防御力であれなのだ。装甲の薄いアタッカーにとっては即死に等しいダメージになる。

 

 「尻尾の反撃が来る!ボスの後ろに近づくな!!」

 

 声の限り叫んで注意喚起するが、それも焼け石に水だろう。尾の長さは相当なものであり、その気になれば側面にいるプレイヤー達全員を薙ぎ払えそうな程だ。

 どうしようも無いもどかしさを感じながらも、オレはボスの動きから目を離さない為に距離を取る。ボスの巨体を視界に収められるだけ離れると、持ち替えた弓に矢を番え、射かける。指揮権はサクラが握っているので、なるべく早くボスの動きを見切り、彼女に伝えなくてはならない。そうしなければ今回のボス、スカルリーパーによってオレ達全員の命が刈り取られるのは目に見えているのだから。

 攻撃と観察を続けながらも、終わりの見えない圧倒的に不利なこの戦いがまだ始まったばかりである事を、オレは痛感していた。




 最近評価10と1両方ついた……コレ、合う人と合わない人の差が激しいって事でしょうか……?


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六十八話 今明かされる衝撃の真実

 このタイトルとベクターで通じる人、どれだけいるんでしょうね~。


 クロト サイド

 

 「―――ラスト!レッドゾーン入ります!!」

 

 「キリト!アスナ!おっさん!後少し耐えてくれ!!」

 

 全五段あったスカルリーパーのHPが、とうとう最後の一本のレッドゾーンに突入した。異常なまでに高い攻撃力により、何人の命が刈り取られたのか、一体どれだけの時間戦っているのか……もうよく分からないが、骨鎌を受け持っている三人と、サクラが生きている事だけは確かだった。

 

 (あと少し……あと少しで終わる……!)

 

 ここが正念場だ。己にそう言い聞かせ、僅かな集中力をかき集める。仮初ながらも鋭敏さを取り戻した感覚を総動員して、オレは骸骨百足を睨みつけた。

 

 「ギシャアアァァァ!!」

 

 瀕死となり猛り狂ったスカルリーパーは、両手の骨鎌を無茶苦茶に振り回す。パターン変化の兆候だと思われるそれに、レイド全体がひと際警戒するが―――

 

 「シュギャアァァ!!」

 

 「なっ!?う、うわあああぁぁ!」

 

 ―――予想だにしなかった動きに、全員が度肝を抜かれた。あろう事か、ヤツはタゲを取り続けていた筈のキリト達を無視して部屋を縦横無尽に駆け回り始め……無差別に鎌を振るい始めたのだ。巨体をものともしない速度で瞬く間に距離を詰められた者達は骨鎌で刈り取られ、尻尾に斬り裂かれ、爆走するボスの脚に巻き込まれて一人、また一人と命を散らしていく。

 

 「まともに近づく事すらできねぇぞ!!」

 

 「そんな……!」

 

 ヘイトなど存在しないかのように、ランダムで獲物を定めるボスとあっては体制の立て直しなんてできる筈が無い。だが指示しなければ、ただ蹂躙されていくのは火を見るよりも明らかだ。経験した事の無い状況でありながらも、一刻の猶予も無い事が、指揮官であるサクラを焦らせて追い込んでいく。

 

 「っ……!」

 

 今すぐに彼女の傍に駆け寄りたい衝動に駆られるが、それではもしボスが此方を狙った場合にサクラを巻き込んでしまう。歯がゆくて仕方が無いが、ひたすらに暴れ回る骸骨百足の動き……そのパターンを見切る事に専念する。

 

 「シャアッ!」

 

 「ぐうぅっ!!」

 

 この場に集ったプレイヤー達だって、ただ蹂躙されていくだけではなかった。不測の事態になっても自分の身を自分で守ってこれた一流の戦士達なのだ。振るわれる骨鎌や尻尾をしっかりと防御し、その衝撃でボスの進路から外れる事で死を免れていた。

 だがあくまでその場凌ぎでしかなく、死ななくても決して小さくないダメージは避けられなかった。何よりもあんな巨体で動き回る為、オレ以外誰も攻撃が当てられなくなってしまったのだ。下手に近づけば絶えず動く数多の脚に巻き込まれてミンチになるのは当然だし、前では骨鎌、後ろでは尻尾が振るわれている。そしてオレだって何時狙われるのかが分からない以上技後硬直の長い弓のスキルを使う訳にはいかないし、かといって普通に射かけた矢では幾ら当ててもHPの減少を確認できない程度のダメージにしかならない。

 

 (こんなの、どうしろってんだよ……!)

 

 毒づいたところで状況が好転するわけがない。それが分かっていても毒づかずにはいられない。それ程までにこのボスは理不尽極まる存在だった。

 

 「―――サクラ、早く逃げなさい!!」

 

 「っ!?」

 

 遂に、爆走列車と化したボスの矛先がサクラに向いた。右か左か、どちらに避けるか迷ってしまった彼女は完全に逃げ遅れた。

 唸りを上げて迫る骨鎌は、誰にも留める事はできず……サクラの命が刈り取られる。

 

 ―――ふざけるな。

 

 ぶちり、と何処かで何かが切れる音がした……気がした。

 

 ―――ふざけるな。

 

 剣が届かないなら、矢をぶち込めばいい。威力が足りないのなら、それだけ強く引き絞って放てばいい。

 

 ―――ふざけるな。

 

 止められない?助けられない?そんなの……ただシステムが決めただけ(・・・・・・・・・・・・)だろうが!

 

 「ぐ……ぅ!」

 

 時間感覚が限界まで引き伸ばされた視界の中で、骨鎌はゆっくりとサクラとの距離を縮めている。今まで目の当たりにし、感じてきたシステムの理不尽に抗う心はかつてない程に激しく滾る一方で、渾身の一射の為に体は寸分の狂いもなく冷静に弓を引き絞る。限界以上に引き絞った途端、抗うオレをあざ笑うかのように激しい頭痛が苛んでくる。

 

 「こ、のぉ……ぶち抜けええぇぇぇ!!」

 

 両腕に痛みが走るほど強く引き、己の全力を籠めて矢を放つ。死力を振り絞って放たれた矢は黄金の尾を引き―――サクラへと迫っていた骨鎌のみならず、右側の脚を幾本も打ち砕いた。

 

 「ギシャアアァァァ!?」

 

 バランスを崩し転倒(タンブル)状態となったボスは、今までの猛攻が嘘のように無防備にもがく事しかできない。突然やってきた好機に誰もが立ち止まってしまう中で、平静を保っていられるだろう人物は……ただ一人。

 

 「総員総攻撃(フルアタック)!ここで仕留める!!」

 

 おっさん……深紅の騎士、ヒースクリフの号令と共に、黒と白の背が先陣を切る。一拍遅れて、他のレイドメンバー達が巨大な的になり果てた骸骨百足へと渾身の剣技を叩き込む。

 その一方で、オレはその場から動けなかった。かつてない程の疲労感と鈍痛のせいか四肢は鉛のように重く、膝をついて倒れずにいるだけで精一杯だった。

 

 (ハルに、頭……下げねぇとな……)

 

 さっきの反動で弦が千切れ、折れ曲がった弓はもう使い物にならず、修復不可能なのは一目瞭然だ。恐らくあと幾何もしない内にポリゴン片へと変わってしまうだろう。そう思うと、無意識に言葉が零れていた。

 

 「……ありがと、な……」

 

 サクラを守らせてくれて。力を貸してくれて。返事が無いのは解り切っていても、オレの手の中で相棒でいてくれた’この弓’に沸き上がる感謝の思いは紛れもない本心だった。

 

 「シギャアアアァァ……」

 

 「はっ……ざまぁ、見やがれ……」

 

 断末魔と共にHPを失ったボスと、役目を終えた愛弓が砕け散ったのは、奇しくも同時だった。見慣れたリザルトウィンドウが目の前に現れ……漸くボス攻略が終わった。

 気が緩んだ途端、力が抜けた体は冷たい地面へと倒れ伏す。疲労感と鈍痛はより大きくなり、暫くは満足に動けそうに無かった。首を巡らせる事すら億劫だが、何とか周りを見回して全員の様子を確認して―――誰も彼もがオレとそう変わらない程に疲弊していると分かった。殆どのプレイヤーがオレのように床に倒れ伏したり、座り込んで俯いていて、勝利を喜んでいる者は一人もいなかった。

 

 「ヤタ……」

 

 「カァ!」

 

 たった一言で、ヤタは碌に動けないオレの代わりにサクラ達へと生存を伝えに飛び立つ。こちらを見た彼女達は安堵した様子だったが、その表情は暗かった。

 

 「―――何人、やられた……?」

 

 暫しの静寂を破ったのは、クラインだった。誰にともなく投げかかられた問いに答えるべく、キリトが一人ウィンドウを操作する。

 

 「……十四人、死んだ」

 

 恐らくマップの光点の数から算出したであろう犠牲者の人数に、誰もが息を吞んだ。オレ自身、キリトの言葉であっても信じられない……いや、信じたくない。

 

 「嘘、だろ……?」

 

 「まだ……二十五層もあるんだぞ……」

 

 クラインやエギルの言う通りだった。あと二十五体のボスが、オレ達の上にいるのだ。一体倒す毎に十人以上の犠牲者が出るとすれば、そう遠く無い未来に、オレ達は全滅する。

 

 ―――ゲームクリアよりも先に、死ぬ。

 

 その事実が、オレ達を打ちのめす。平然と立っているのはヒースクリフのおっさん唯一人で―――

 

 (なん、で……平気……なんだ……?)

 

 ―――彼がただのプレイヤー(・・・・・・・・)だという事に強烈な違和感を抱いた。いや、そもそもオレ達と同じプレイヤーなのか?という疑問が膨れ上がっていく。

 

 (けど……気のせい、なのか……?)

 

 疲労困憊で他人を気遣う余裕の無いこの状況で、オレと同じ疑問を抱いてる者が他にいるだろうか?極度に張り詰めていたオレの思い違いでしかないのではないか?確たる証拠の無い今、全てオレの憶測でしかなくて―――

 

 ―――一陣の黒い風が、深紅の騎士へと襲い掛かった。漆黒の剣先は十字盾の縁を掠め、騎士の胴に届く……寸前、不可視の壁に阻まれ、紫の閃光をまき散らした。あれが何なのか、オレは知っている。あれはオレ達プレイヤーには絶対に手に入れることができない物。

 

 (不死属性、だと……!?)

 

 システム的不死。それを所持しているのはNPCと……GMのみ。

 

 「どういう……事なんですか……?なんで……なんで貴方に、そんなものがあるんですか団長!!」

 

 目の前の事が信じられない、その想いでサクラは叫ぶ。言葉にせずとも、この場にいる誰もが同じ気持ちだった。対するおっさんは、およそ全ての感情が抜け落ちたような表情でキリトだけを見つめていた。

 

 「これが伝説の正体だ。この男のHPゲージは、何があってもイエローゾーンまで減る事が無いよう、システム的に保護されていたんだ」

 

 真鍮色の瞳を睨みつけ、剣を突き付けたキリトはハッキリとした口調でオレ達に語った。

 

 「ずっと疑問に思っていたんだ。あの男は今どこで、どうやって俺達を観察し、この世界を調整しているんだろうって……」

 

 世界の調整……茅場晶彦(あのやろう)はそんな事しちゃいない。それはカーディナルシステムが勝手にやっているとユイが言っていた。つまりGMとしては手持ち無沙汰な筈で―――

 

 「でも俺はある事を忘れていたよ。あの男を語るうえで最も基本的な事を……あの男は、ゲームデザイナーである以前に、ゲーマーなんだってな。……みんなゲーマーなら一度は思った事はあるだろう?’他人のやっているRPGを傍から眺めるほど詰まらない事はない’。……あんたも同じだろ、茅場晶彦……!」

 

 彼の言葉に、誰もが凍り付いた。オレ達をSAOに閉じ込め、デスゲームを強要した張本人が……まさか一人のプレイヤー、それも最強クラスの味方だったのだ。遥かな高みからではなく、オレ達と同じ目線からこの世界を鑑賞しようだなんて、誰にも予想できる訳が無い。

 

 「……何故気づいたのか、参考までに教えてもらえるかな?」

 

 「ハナからきな臭かったさ。この世界に対する知識量が俺達と段違いだったし、神聖剣を使いこなすのだって早すぎた。……何より決定的だったのが、あのデュエルだ。最後の一瞬、あんた余りにも速過ぎたよ」

 

 製作スタッフの一員、という自称の経歴で知識量は何とか納得していたし、神聖剣を慣熟させる速度だって攻略が捗るならばとオレ自身は気にしていなかったが……相棒はその小さな綻びからアイツを観察し続けていたのか。例のデュエルに関しても、珍しくオレに感想を求めてきたのにもそういう裏があった訳だ。

 

 「……やはり君の観察眼には驚かされてばかりだよ。先程彼に興味深いものを見せてもらったばかりだというのに……本当にキリト君とクロト君(きみたちふたり)は私を退屈させない」

 

 一瞬だけ、おっさんは無邪気な子供の様に顔を綻ばせた。だが直後に済ました顔で、堂々と宣言した。

 

 「確かに私は茅場晶彦だ。付け加えるなら、本来最上層で君達を待ち受ける予定だったこのゲームの最終ボスでもある」

 

 キリトの傍らでアスナがよろける。サクラは蒼白な顔で、その場に崩れる様に座り込む。

 

 「趣味がいいとは言えないぜ。最強の味方が一転、最悪のラスボスだなんてな」

 

 「ふっ、中々いいシナリオだろう?本来なら九十五層をクリアするまでは明かさない予定だったのだか……まさか高々四分の三で見破られてしまうのは予想外だったよ。君達……特に君は、この世界で最大の不確定要素だと気を付けていたつもりだったが、ここまでとは……」

 

 薄い笑みを浮かべるヤツの瞳に宿っているのは、歓喜だ。自分が描いたシナリオ通りに進まなかった筈なのに……いや、自分のシナリオを越える展開を目の当たりにできたからこそなのだろう。次はどうなるんだろう?というプレイヤーならば一度は抱く期待を、あの男はずっと失っていなかっただけなのだ。

 

 「最終的に私の前に立つのは君だと思っていたよ、キリト君。全十種類あるユニークスキルの内、二刀流は全プレイヤー中最高の反応速度を持つ者に与えられ……その者が魔王を倒す勇者の役割を担う筈だった。勝つにせよ負けるにせよ、ね。残りは勇者を守り、支える戦士の予定だったが、クロト君は充分に務めてくれていたよ。キリト君は些か死に急ぐきらいがあったが、彼のお陰でその心配も杞憂に終わった……」

 

 「……あんたが興味あったのはあくまで俺だけで……クロトはただのオマケ―――いや、俺を守る為に命を使い潰される存在だったって言いたいのか……?」

 

 静かに怒気を孕んだキリトに、おっさん―――茅場は愉快そうに口許を歪めた。

 

 「君程の能力が無いと判断していたのは事実だが……それを補おうとした独自のスタイルや、二年間君と共に戦い続けるその姿勢には大変興味を惹かれたよ。それに、ボスの体をえぐり取る程の威力の一撃を見せてくれた以上、彼にだって君と同じく私に挑む勇者としての素質があると認識を改めたところさ」

 

 新しい玩具を見つけたような目を向けられて、オレは怖気が走った。今まで足掻いてきた全てが、茅場晶彦の掌の上だった。その事実を認めたくないと心は拒絶し、頭はそれを踏まえた上でこれからどうすべきかを考え始める。だが治まる気配の無い鈍痛が思考を遮り、何も浮かんでこない。

 

 「団長……いや、茅場、晶彦……!」

 

 たった一人、KOBメンバーの中から立ち上がる者がいた。両手槍をへし折らんばかりに握り締め、その端正な顔を怒りで歪めた青年……レイだ。

 

 「あなたが―――っ!」

 

 激情のままにソードスキルを放つ彼を止めようとする者は、誰もいない。その穂先が茅場へと突き立てられると思った次の瞬間、彼の左手(・・)が何かを操作するように動いた。

 

 「な……!?」

 

 それだけで、レイの一撃は茅場へと届かず地に伏す。彼に表示された状態異常は、麻痺。

 

 「あっ……!?」

 

 「ぐっ……!?」

 

 「体が……!?」

 

 茅場は左手の操作を続け、自身とキリトを除く全員を麻痺で動けなくした。元々倦怠感と鈍痛で感覚の遠のいていた四肢が更に重くなり、オレは完全に動きを封じられた。

 

 「……どうするつもりだ?この場で全員殺して隠蔽する気か……?」

 

 「まさか。そんな理不尽な真似はしないさ」

 

 アスナを抱えたキリトの問い掛けに、茅場は肩を竦めて首を横に振った。だが、それではキリトだけ動けるままにした説明にならない。

 

 「こうなってしまっては仕方ない。予定を早めて、最上層の紅玉宮にて君達が現れるのを待つ事にしよう。九十層以上の強力なモンスター達に対抗するため鍛え上げてきた血盟騎士団や、君達攻略プレイヤーを途中で投げ出すのは些か不本意だが……なに、君達ならきっとたどり着けるさ」

 

 あくまでもオレ達を信じ、慈悲深く見守ろうとするその眼が、憎い。沸き上がる憎悪をぶつけてやりたいのに、何もできないでいるのが悔しい。

 

 「だが、その前に……キリト君、君にチャンスをあげよう」

 

 「チャンス……?」

 

 「ああ。私の正体を看破した報酬だ」

 

 困惑するキリトと、オレ達全員に聞かせるように、茅場は十字盾を地面へと突き立ててから、言った。

 

 「今ここで私と一対一の決闘を行い、君が勝てば……ゲームはクリアされ、全プレイヤーがログアウトできる……どうかね?」

 

 オレ達全プレイヤーが二年間望んでいた最上級のエサ―――この世界からの解放を賭けた殺し合いを。




 アインクラッド編もいよいよ大詰めですね……やっぱり戦闘シーンは難しいです(涙)


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六十九話 死闘の果てに

 八割方、深夜テンションで書き上げてしまいました……一度勢いがつくと中々止まらない深夜テンション怖いわー。


 キリト サイド

 

 茅場が提示した報酬に、即座に反応したのはアスナだった。

 

 「だめ……だめよキリト君……!彼はここで君を排除する気だわ。今は……今は引いて……!」

 

 満足に動かせない体を必死に動かし、懇願する姿に胸が痛む。同時に、俺を慮ってくれるその想いが何よりも嬉しい。ここは彼女の言う通り、一旦退く方が賢明だ。

 

 「……悪いが、MMOのラスボスにソロで挑むなんて―――」

 

 「―――無論、不死属性は解除するし、オーバーアシストも使わない。あくまでプレイヤー’ヒースクリフ’としての力だけで戦うつもりだ」

 

 「っ!?」

 

 茅場からの譲歩(ゆうわく)に、心が揺らぐ……揺らいでしまう。GM権限で己のステータスをラスボス仕様にする事だって、オーバーアシストを用いてなぶり殺しにする事だってできる筈なのに……茅場はあくまでフェアな条件で戦おうと言ったのだ。

 

 ―――それならば……届くかもしれない。

 

 そう思った途端、抑えきれない感情が沸き上がる。

 

 ―――血盟騎士団を育てた?人を集め、与えた方針に向かって成長していくのを見守っていただけだろ……!

 

 ―――辿り着けるだと?クロトを俺の付属品程度にしか見ず、その命が犠牲になろうが構わないと思っていたクセに……!

 

 蘇る言葉への苛立ちだけでは無い。歯を食いしばって俯けば、俺を止めようと首を振るアスナが映る。ずっと独りだと諦めて、心を閉ざした俺に手を差し伸べてくれた……癒えなかった傷を癒し、救ってくれた、誰よりも大切な女性(ひと)。茅場が自身の欲望を満たしていた中で、彼女は何度も傷つき苦しんでいた。彼女だけじゃない。クロトも、ハルも、サクラも、エギルやクラインだって傷つき苦しんできたんだ……!

 

 (ふざけるな……!)

 

 唇を噛み締め、激情に染まりそうな心を静める。既に退くという選択肢は消えていた。

 

 「……いいだろう、決着をつけよう」

 

 「キリト君……!」

 

 腕の中から上がる悲痛な叫びが、苦しくて仕方ない。もう一度視線を落としてアスナを見た瞬間、胸に鮮烈な痛みが走る。

 

 「ごめんな……でも、ここで逃げる訳には……いかないんだ」

 

 どうにか見せた笑顔は、ぎこちなかっただろうか?穏やかに努めた声は、震えていなかっただろうか?

 

 「死ぬつもりじゃ……ないんだよね……?」

 

 「ああ、必ず勝つ。勝ってこの世界を終わらせる」

 

 今にも泣き出しそうな顔のアスナから、目を逸らす事無く答える。少しの間見つめ合うと、彼女はそっと頷いてくれた。

 

 「わかった……信じてるよ、キリト君」

 

 腕の中の彼女を少しの間だけ強く抱きしめた後、その身を優しく床に横たえる。刻み付けた彼女の温もりと共に立ち上がると、見知った顔の者達が、俺の為に制止の声を上げてくれた。

 

 「キリト!やめろぉ!!」

 

 「キリトぉ!!」

 

 エギル、クライン。俺の数少ない友人。彼等と言葉を交わせるのは今が最後なのかもしれない。そう思えば、彼等へと向き直らずにはいられなかった。

 

 「エギル、今日まで剣士クラスのサポート……そしてハルの面倒見てくれて、ありがとな……知ってたぜ、お前が儲けのほとんど全部、中層プレイヤーの育成につぎ込んでた事」

 

 今日まで俺達を見守ってくれた彼に、深く頭を下げる。感謝したい事は沢山あるけれど、こんな時でさえ素直になりきれない俺は、ちょっとだけ悪戯を付け足してしまう。

 

 「現実世界(むこう)に帰ったら、奥さんと仲良くな。お前なら、きっといい親父になれるぜ?」

 

 「キリト……!」

 

 言葉を詰まらせたエギルは、それ以上何も言わなかった。俺もハルも、彼の落ち着いた雰囲気……父性溢れる振る舞いに惹かれていたのは事実だ。だからこそ、俺は彼が立派な父親になれると信じて疑わない。

 

 「……クライン」

 

 初日に彼を見捨てた事は、今でも俺を苛み続ける。気を抜けば逸らしてしまいそうな目を必死に抑えて彼を見据えるが、声が震えて詰まる事は抑えきれなかった。

 

 「あの時……お前を、お前だけを置いて行って……本当に、ごめん……ずっと、ずっと後悔してたんだ……」

 

 恨まれても、罵られてもおかしくない事をしたのに、彼はただの一度も俺を責めはしなかった。攻略組に名を連ねるまでに成長したクラインの実力と、仲間を思いやる人徳に俺は密かに憧れていた。少しだけ視線をずらせば、彼の傍には誰一人欠ける事なく風林火山のメンバーがいる。

 

 「今日まで仲間を守り切ったお前が、ずっと羨ましかった……!あの時俺にできなかった事をやり遂げたお前が……ずっと……!」

 

 サチ達と共にいたあの時の俺に、彼ほどの強さがあれば……何度、そんな思いに駆られただろう。いつでも変わらず気さくに接してくれる彼の想いを、俺は数えきれない程踏みにじってきた筈なのに……何事もなかったかのように笑って済ませてくれた彼に、ずっと助けられていた。

 

 「て……てめぇキリト!ンな事今言うなよ!今言ってんじゃねぇよ!あん時の事、おれは許さねぇぞ!向こうでおめぇら三人にメシの一つでも奢ってもらうまで……ぜってぇ許さねぇからな!!」

 

 みっともなくもがきながらも、彼はなおも泣き叫ぶ。

 

 「おれだってなぁ!おれだって……おめぇみたいにもっと、もっと強かったらよぉ!おめぇら子供がボロボロにならなくて済んだんだぞ!もっと恨めよ!情け無い大人だって、もっと責めろよ!!でねぇと……おれは……!」

 

 「いいんだ。剣をとり続けたのは、俺が……俺の意志で決めた道なんだ。クラインの所為なんかじゃない」

 

 こんなにも他人の為に泣いてくれる彼が、情けない大人である筈が無い。我欲にまみれた者ばかりなこの世界で彼に出会たのは、ほとんど奇跡なのだ。願わくば、彼の未来に素敵な出会いがある事を。

 

 「次は向こう側でな……その時には、恋人見つけて紹介してくれよ?俺達でも、二人分までなら奢れるからさ」

 

 「言ったなてめぇ!アスナさんなんか目じゃねぇくらいの美女連れてやっから覚悟しやがれ!!」

 

 「ああ、楽しみにしてる」

 

 彼に向かって右手を掲げ、親指を突き出す。それから茅場の許へと歩き出そうとして―――

 

 「待ち、やが……れ……!」

 

 「……」

 

 ―――この二年間で聞きなれた声を、無視する事ができなかった。今あいつと向き合えば、クライン達以上に苦しくなる、決意が鈍ってしまう。だけど……それでも、クロトから逃げる事は、したくなかった。

 

 「何……一人で、カッコつけてんだよ……!黙って……ねぇで……何か、言えよ……!」

 

 この場にいる誰よりも消耗していて、もう満足に動けないガタガタな体でも……クロトは立ち上がり、共に戦おうと足掻く。他ならない俺の為に。そんな彼に、俺は今までずっと寄りかかって……縛り続けていた。

 

 「クロト……」

 

 名を呟きながら、一度は茅場へと向けた足を止めて、彼の傍へと歩み寄る。

 クロトが俺の心に踏み込む事を躊躇い続けていたように、俺も彼に言う事を躊躇い続けていた言葉があった。それを送ってしまえば、彼は自由になれるから。俺の傍にいなくてよくなるのだから。互いに全幅の信頼で背中を預けられるのに、心は壁を作って踏み込まない。そんな奇妙な関係が俺には心地よくて、ずるずると続けてしまったけれど……今なら、言えそうだ。

 

 「もう、いいんだ」

 

 「は……?」

 

 跪いた俺を見上げる瞳に映ったのは、困惑。こいつもこんな顔するんだなぁ、なんて場違いな事を思いながら、彼の体を担ぎ上げる。

 

 「お前には、どれだけ感謝しても足りないくらい世話になったよな」

 

 「な、に……言って……?」

 

 こうして触れて、改めて彼が限界なのだと分かった。あぁ……前に肩を貸してもらった事もあったっけ。懐かしさに口角が上がるのを自覚しつつ歩き出す。

 

 「俺が独りになろうとしたら、一緒についてきてくれて……無茶やったり、バカやったり、どうでもいい事で競ったり……そうやってお前は俺の事、放そうとしなかった」

 

 「それは……お前が危なっかしくて―――」

 

 「―――ああ、そうだな。そう言ってくれたお前に、俺はずっと寄りかかってた……」

 

 顔を見ないで済むように担いだ俺は、やっぱり臆病なのかもしれない。でも、だからこそ……最後だけは逃げずに伝えようと思った。

 歩みを止めて膝を着き、クロトを床に横たえる。

 

 「クロトを、頼む」

 

 彼がこの世界で誰よりも大切に想う少女……サクラの傍へと。互いに深く想いあっているのだから、二人には最後まで寄り添っていてほしかった。

 

 「貴方も、生きて……!」

 

 「ああ。向こうで会ったら、俺の知らないアスナの事、色々教えてくれよ」

 

 ずっと彼女からクロトを遠ざけてしまった負い目が消える事は、多分無いだろう。それは俺が一生背負い続けるべき罪であり……二人を現実世界に帰す事が、今の俺にできる唯一の償いだ。

 向こうで会ったら、今までのようにクロトやアスナを介してではなく、一対一で話そう。俺の思いを察してくれたのか、彼女は黙って頷いてくれた。

 

 「ふざ、けんな……!お前だけで……行かせる、かよ……!」

 

 何処にそんな力が残っているのか、クロトは俺を引き止めようと右手を伸ばす。その手を両手で包み、傍らのサクラの左手へと導く。

 

 「何度も言わせるなよ。お前が掴むのはもう俺の手じゃないんだ」

 

 「っ!」

 

 二人の手を重ね、指が絡まるように握らせる。

 

 「お前はもう、俺の為に戦わなくていい。俺の為にこの手を伸ばさなくていいんだ。サクラの為に生きて……幸せになってくれ。今日まで……ありがとう、親友」

 

 「―――!」

 

 やっと伝えられた言葉に、クロトは声にならない叫びを上げる。だが、これでいい。もう振り返らない。茅場の方へ歩きつつ、ゆっくりと音高く二振りの愛剣を抜き放つ。

 

 「待たせたな」

 

 「そうでもないさ。これからラスボスに挑む君が仲間との別れを惜しむのは当然だし、そこに水を差すような無粋な真似はしないさ」

 

 「なら……最後に一つ、頼みがある」

 

 「何かな?」

 

 超然とした表情を崩さなかった茅場の目が、興味深そうに細められた。

 

 「この戦いが終わったら……少しだけでいい。アスナ達と話す時間をくれ」

 

 「……別に構わないが、理由を聞いてもいいかね?」

 

 理由?そんなもの決まっている。

 

 「まだお互いに現実世界(むこう)の何処に住んでたとか言ってなかったし、何よりこの世界の最後はアスナの傍で迎えたいからな」

 

 「成程。君らしいな」

 

 愉快そうに口許を歪めた茅場は左手で幾つかの操作を続け―――程なく決闘の準備が整った。茅場から不死属性が解除され、互いにHPはぎりぎりレッドゾーン手前……強攻撃一発で消し飛ぶ状態。滾る闘争本能のままに、余計な思考がそぎ落とされていく。

 

 ―――これはデュエルじゃない。単純な殺し合いだ。

 

 カウントダウンも、開始を告げる合図も無い。意識が切り変わり、俺の目に映るのは茅場晶彦ただ一人になる。

 

 ―――そうだ、俺はこの男を……

 

 「殺す―――!」

 

 裂帛の気合と共に、俺は仕掛けた。初撃が十字盾に阻まれるが、そんな事は想定済みだ。二撃、三撃と二刀を振るい、攻め立てる。不用意にソードスキルを使えば、技後硬直の隙を狙われて死ぬ。それだけは絶対に避けなければならない。

 前回のデュエルで剣を交えて分かったが、純粋な剣の技術だけならば、俺と茅場はほぼ同レベルであり、互いに勝機がある。だがそれも奴がオーバーアシストを使わなければの話だ。茅場はあくまで’ヒースクリフ’というプレイヤーの能力だけで戦うと言ったが、所詮は口約束に過ぎない。そう簡単に自分の言葉を覆す男ではない事は俺がよく分かっているが、窮地に追い込まれて尚自分のプライドを守ろうとするかは不明なのだ。故に俺が勝利するには、短期決戦しかない。それも茅場が敗北を悟っても、オーバーアシストを使う隙が無い程の。

 

 「くっ―――!」

 

 「……」

 

 既に一度手の内を見せている以上、様子見なんてしている暇は無い。全開で攻める俺の剣を、茅場は機械の如き正確さで防ぎ、カウンターとして鋭い一撃を繰り出してくる。俺の剣は茅場に届かず、ダメージが一切与えられない。反対に奴の剣は俺の髪やコートの端など、ダメージ判定の無い場所ではあるが確実に俺の体を掠める。HPゲージが減少しないのは同じだが……追い詰められているのは間違いなく俺の方だ。

 

 (もっとだ……!もっと速く……奴の反応速度を越えろ!!)

 

 剣に弾かれるなら……十字盾に阻まれるなら……対処できない位に俺が速くなればいい。その一心で剣を振る。システムのアシストがなくても残像が見えるほど速く。

 

 「うおぉぉっ!!」

 

 「……」

 

 だが届かない。奴の表情も変わらず、全て無駄だと宣告されたようで心が折れそうになる。募る恐怖や焦りを振り払うように際限なく連撃の嵐を叩き込むが、それすら茅場の身を掠める事は無い。

 

 (弄ばれているのか……!?)

 

 焦りから俺の攻めは精彩を欠き、所々に綻びが生まれる。

 

 「ふっ!」

 

 「ぐっ!?」

 

 狙い澄ました刺突を飛び退って回避する。だが完全には避けられず、掠めた剣によって頬に一筋の傷が刻まれた。HPゲージが数パーセント減る程度の、微々たる一撃。しかし、先にダメージを受けた事実が、俺に敗北の未来を幻視させる。

 

 「くっ……はぁ……はぁ……」

 

 間合いが開いた途端、息が上がる。全身が鉛のように重くなり、膝を着いてしまう。酸素を必要とせず、肉体的疲労を感じない筈のアバターが、何故……?

 

 「ふむ……無理もないか」

 

 「なに……?」

 

 構えを崩さない一方で、間合いを詰めないまま、茅場は淡々とした口調で呟いた。変わらず感情の読めない真鍮色の瞳は、ただただ俺を映すのみ。

 

 「アスナ君と共に、一時間以上もボスの攻撃をさばき続けたばかりでの戦い……君の意識が続かないのも当然だろう」

 

 じゃあお前は何者だ。知識があったとしても……同じ時間、同じ攻撃をさばき続けたお前は、何故平気なんだ。ついそう言い返したくなったが、呼吸が整わず言葉にできない。

 俺が戦える時間は残り少ない。より速く剣を振るうには……ソードスキルしかない。

 

 (いや……ダメだ!システムに設定された剣技は、全て読まれる……!)

 

 突破口が無い。それが重くのしかかり、俯いてしまう。

 

 (俺は……勝てないのか……?)

 

 固めた筈の心がひび割れていく。奥底から広がる絶望が、体中から熱を奪い去っていく。

 

 ―――行ってらっしゃい。待ってるね。

 

 「っ……ハル……?」

 

 ―――キリトがこの世界を終わらせて。

 

 「リズ……」

 

 両手の中にある、エリュシデータとダークリパルサーが一瞬、光った気がした。それぞれの剣を託してくれた二人の声が、二人との思い出が蘇り、両手が仄かに熱を取り戻す。

 

 (そうだ、俺は……約束したんだ……!)

 

 必ず帰るとハルに。俺の手でこのゲームをクリアするとリズに。二人の心の欠片を宿した剣と共に、それを果たすと己の魂に誓ったんだ。

 

 ―――信じてるよ、キリト君。

 

 重い体を起こしながら、刻み付けたアスナの温もりを思い出す。彼女の笑顔が、声が、想いが、何度でも俺を立ち上がらせてくれる。決して消えない灯を宿してくれる。

 

 「ほう……?」

 

 この殺し合いの中で、僅かな感情が初めて茅場の瞳に宿った。あと少しで折れそうだった所を持ち直したのが、意外そうだった。

 呼吸は整った。熱も戻った。後は自分が積み上げてきた剣技を、俺自身が信じぬくだけだ。

 

 「これは―――」

 

 全力で駆ける。二刀が、蒼炎が如き光を纏う。これは確かに茅場が生み出した、システムに設定された技だ。だが、それを信じ、命を預けて使い続けたのは俺だ。故に―――

 

 「―――俺の技だあああぁぁぁ!!」

 

 二刀流スキルは、俺の……俺だけのものだ―――!

 二刀流最上位剣技『ジ・イクリプス』……その連撃数はSAO最多の二十七。待ち望んだ瞬間を迎え、茅場が勝利を確信した笑みを浮かべるが、知った事か。例えお前に与えられた力であっても、それを使うのは俺達プレイヤーだ。お前が描いたシナリオ通りに動くNPCなんかじゃない。俺達を……舐めるな!!

 

 ―――初撃。茅場は事もなく防ぐ。

 

 十字盾と衝突した剣は、今までとは比べ物にならない程の火花を散らす。響き渡る音も、剣が盾を滑るようなものでは無く、正面からぶち当たるようなものになる。

 

 ―――十一撃目。表情が険しくなり、コンマ差で十字盾が遅れ始める。

 

 やはり茅場も、俺と同じ人間だ。決して全能な神なんかでは無い。より速く、より強く、剣撃を叩き込めば……抜ける!

 

 ―――十九、二十撃目。エリュシデータ、ダークリパルサー、十字盾に亀裂が走る。

 

 愛剣達が一撃毎に刃こぼれを重ねる様子は、まるで自分の命を燃やしているようで、今にも砕けてしまいそうに儚く、美しかった。

 

 (ハル……リズ……頼む、届けさせてくれ!)

 

 あと少し、あの盾を砕き、奴を討つまで……折れないでくれ―――!

 

 ―――二十六撃目。エリュシデータは折れず、十字盾も健在。

 

 「届けえええぇぇ!!」

 

 ―――二十七撃目。渾身の左突き。ダークリパルサーは遂に十字盾を砕き……茅場へと届く直前で、その切先を失った。

 

 折れた刀身は届かず、最大の障害であった盾を排除しながらも、終ぞ茅場を討つには至らなかった。

 

 「見事だったよ。だが―――さらばだ、キリト君」

 

 長い技後硬直を課せられた俺よりも先に態勢を整えた茅場が、剣を掲げる。極限まで引き伸ばされた時間間隔の中で、血色の輝きが刀身を包み込んでいく。

 

 (ここまで、なのか……?)

 

 恐らく硬直は、奴の剣が振り下ろされるまで続く。それでは回避も、防御も間に合わない。つまり俺の死は……確定されていて、覆る事は無い。

 

 ―――貴方も、生きて……!

 

 ごめん、サクラ。俺はもう、生きられない。でも……それでも―――!

 

 「まだだ……!」

 

 一秒後に斬り裂かれ、二秒後にHPを失い、三秒後にはこの体が四散するとしても……俺はまだ、生きている。まだ足掻ける!

 

 「おおおぉぉ!」

 

 見えない鎖に縛られた体を無理矢理動かしシステムの拘束を引き千切る。代償としてかつてない激痛が走るが、構わずに右腕を引き絞る。

 

 「なっ!?」

 

 振り下ろされた真紅の剣が、俺の体を斬り裂いた直後、茅場の表情が驚愕に染まる。痛覚は既に麻痺していて、体を何かが通り、衝撃を与えた事しか感じられない。茅場の渾身の一撃を、死力を尽くして踏ん張り耐える。HPバーが空になるまで、あとコンマ数秒。だが、その前に……この一撃だけは―――!

 

 ―――エリュシデータが、輝きを放つ。その色はどのソードスキルにも設定されていない筈の……黄金で、先ほどクロトが放ったものと同じだった。

 

 最後の力を振り絞り、右腕を突き出す。輝く剣が胸に突き立てられる瞬間、奴は満足そうに笑っていた……気がした。

 

 ―――茅場のHPバーが消滅する。

 

 やり……遂げた……!これで……これでみんなを、現実世界に帰す事ができる。得も言われぬ達成感に、意識がぼうっとする。

 

 「キリト君!!」

 

 急速に感覚が遠ざかる中で、名を呼ばれた。誰よりも大切な、俺の心を救い、包んでくれた人の声で。

 

 ―――アスナ。

 

 もう一度……もう一度だけ、その名を呼びたかった。感謝と、別れを告げたかった。もう二度と会えない彼女を、この目に焼き付けたかったのに……

 

 ―――最後に抱いたささやかな願いが叶う事は無く、俺と茅場の体は四散した。




 ゴールデンウイーク……あっという間の連休でした……(涙)


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七十話 世界の終焉、解放の時

 大変長らくお待たせいたしました。ねつ造設定、独自解釈等を盛り込んでいますが、どうぞよろしくお願いいたします。


 キリト サイド

 

 頬を撫でる風。燃えるような夕焼け。眼下には赤く染まった雲の群。足元には透明な水晶の板が敷かれていて、宙に浮いているのではないかと錯覚してしまいそうになる。そんな不思議な場所に、俺は立っていた。

 

 「ここは……?」

 

 俺はあの時、茅場と刺し違えて……この身を四散させた筈。死者となった俺の意識があるという事は、ここは死後の世界だろうか。

 やや強く風が吹き、黒コートの裾がはためく。俺の服装は死んだ時のままだ。剣帯は茅場の一撃で千切れたのか存在せず、背中に愛剣達の重みが感じられない。そしてこの体は……半ば透けていた。

 何の気もなしに右手を振ると、聞きなれた効果音と共にウインドウが表れる。

 

 (ウインドウ……ここはまだSAOの中なのか)

 

 ウインドウには最終フェイズ進行中とあり、進行具合がパーセントで表示されている以外何もない。無造作にウインドウを消した時、遠くから小さな破砕音が聞こえた。一体何の音だと視線を彷徨わせ、それを見つけた。

 

 「アイン……クラッド……」

 

 二年前に囚われ、生きてきた鋼鉄の浮遊城を。目を凝らせば、下部から崩れているのが分かる。どうやら先程の破砕音はこれが原因らしい。

 

 (終わった……んだな……。これでもう……皆は現実世界に帰れるんだ……)

 

 俺の大切な人達が無事に帰還できる。それが嬉しい筈なのに、この胸は哀惜の念で痛むばかりだ。

 

 「―――中々に絶景だな」

 

 「っ!?」

 

 不意に、傍らから声がした。いつの間にか俺の右側、三メートル程離れた所に茅場が立っていた。よれた白シャツ、ネクタイ、白衣……聖騎士ヒースクリフではなく本来の姿で、俺と同様半ば透けた状態で崩れゆく鋼鉄の浮遊城を眺めている。

 ついさっきまで殺し合いをしていた相手を見て、真っ先に浮かんだのは先程のような激情ではなく、疑問だった。

 

 「……何で、こんな事したんだ……?」

 

 「何故、か……」

 

 ヒースクリフだった時と変わらない金属的な光を宿した瞳が不意に、ここではないどこかを眺める様に細められた。

 

 「つい先程まで、忘れていたよ」

 

 「―――ふざけるな!!」

 

 余りにも納得できない物言いに、声の限り叫ぶ。

 

 「あんたの……あんたの欲望の為に一万人が日常を奪われて!四千人は命まで奪われたんだぞ!それなのに言うに事を欠いて動機を忘れただと!ふざけるのもいい加減にしろ!!」

 

 言い訳や弁明すら無く、茅場はただただ黙って俺を見つめていた。あくまでも無表情なその顔に、どうしようもなく腹が立つ。

 

 「あんたの所為でアスナ達は責任を背負わされて!クロトは心に深い傷を負って!ハルは死にかけたんだぞ!!」

 

 なまじ能力があるが故に、他人の上に立たされたアスナとサクラ。自分の指示一つで失われる命がある事に、二人は苦しみ、最善を求めて迷い、傷ついてきた。

 他人を殺す事に躊躇いを抱かない。そんな自分の闇を殺人鬼という形で突き付けられたクロト。彼があの時流した諦めの涙を、俺は忘れない。

 俺を支えようと、見えない所で奔走し続けたハル。何の罪も無い弟を死に追いやろうとした世界を創造したこの男が、憎い。

 

 「……そこに自分を入れない所は、親にそっくりだね」

 

 「は……?」

 

 何故そこで俺の親が出てくるのか。理解が追いつかずに間の抜けた声しか出せない。

 

 「君がそんな顔をするのも仕方無いさ……君は亡くなった父親の職業を覚えているかい?」

 

 「……教師だった、と思う……」

 

 一度詳しく聞いたと思うが、幼かった俺が理解できたのは誰かに何かを教えるのが父親の仕事だという事だけだった。だが、今それを聞かれる理由が分からず、俺は困惑した表情で茅場を見る事しかできない。

 

 「正確に言えば、とある大学の研究室で、助教授をしていた」

 

 「大学で、助教授……?まさか……」

 

 「ああ。重村教授率いるフルダイブ研究チームに、私も、君の父親も所属していたよ。キリト君……いや、鴉野(からすの)和人君」

 

 鴉野。もう二度と呼ばれる事は無いと思っていたかつての姓名を呼ばれ、俺は驚愕と共に息を吞んだ。

 

 「君達兄弟の事は、君達のお父さん……先生からよく聞かされたよ。家族を愛し、隣人を愛する心優しい自慢の息子達だと。……もっとも、先生達の葬儀の時に見た抜け殻具合には驚いたがね」

 

 茅場が父さんの教え子で、あの葬儀の場にいた。予想だにしていなかった事実をすぐに受け止め切れず、思わず額を抑える。だが同時に、新たな疑問が浮かぶ。

 

 「何で……父さんはフルダイブ技術の研究をしていたんだ……?」

 

 「今までにない新しい技術……それを形にする事が、暮らしをより豊かにし、多くの人達の為になる……先生はそう信じて疑わなかった。そんな純粋な心で研究に打ち込んでいたよ」

 

 父さんらしい。真っ先に思ったのは、そんな事だった。元々フルダイブ環境システムの有用性は茅場がナーヴギアを開発し、技術を確立する以前から叫ばれていたのは誰だって知っている。

 目の見えない人に光を。耳の聞こえない人に音を。動けない人に体を動かす喜びを。それらを届けられる仮想世界が完成すれば、どれだけ多くの人達の助けになるのか。

 きっと父さんは無限の可能性を秘めた仮想世界への扉を開く事が、楽しみで仕方無かったのだろう。それが多くの人達の役に立つのならば、猶更に。

 

 「……ああそうだ。思い出したよ。私はただ……あの世界に、私が作った贋作ではない、本当の浮遊城に……行きたかった」

 

 崩れゆく浮遊城を眺める目を懐かしむように細めた茅場は、視線を向ける事なく続ける。

 

 「伴侶を得て、子供を授かる……先生がよく語ってくれた家族の話を聞いていく内に、人並みの幸福を得るのも悪くないと思ったが……そう思えば思う程、私の中に宿った鋼鉄の城の空想はより鮮明になり、私はそれに駆り立てられた」

 

 「茅場……」

 

 「現実世界のあらゆる枠や法則を超越した、鋼鉄の浮遊城……ソードアート・オンラインは、限りなくそれに近づけた……贋作に過ぎない。だが、それで私は満足だったよ。何せ―――」

 

 浮遊城から俺へと向き直った彼と、目が合う。

 

 「―――私の世界の法則を乗り越えた者が、いたのだからね」

 

 今までの無機質とも言うべき表情から一転して、茅場は微笑んでいた。

 

 「……普通、ゲームマスターとして悔しくならないのか?自分が作り上げた世界のルールを、たかが一プレイヤーが捻じ曲げた事に」

 

 「悔しいと思わないのは、君達だったからなのだろうな。人の可能性を信じ続けていた先生の息子である君と、その仲間である彼等だったから……これも人の可能性なのだと、受け入れる事ができた」

 

 彼は心底満足した様子で、嘘を言っているようには見えない。穏やかな笑みを浮かべたままこちらに歩み寄り、おもむろに口を開く。

 

 「―――さて、私はそろそろ行くよ。ゲームクリアおめでとう、キリト君。」

 

 俺の肩に手を乗せ、労うようにそう告げると彼は夕日へ歩きだす。数歩も進まないうちに一際強く風が吹き……気づけば茅場の姿は掻き消えていた。現実世界に戻ったのかと思ったが、即座に否定する。彼は自分が作ったアインクラッドを贋作と評した。それならばきっと……贋作ではない、本当の鋼鉄の浮遊城を求めて旅立ったのだろう。

 浮遊城は四分の三が崩壊している。恐らく全て崩壊すればSAOは終わる。それと同時に俺も死ぬ。変えようの無い決定事項を、俺は驚くくらい落ち着いて納得していた。

 

 (父さん……母さん……きっと、怒るだろうな……)

 

 弟を独りぼっちにしてしまい、十六歳で死んでしまうなど親不孝も甚だしい。きっと今までに無い位にこっぴどく叱られそうで、思わず苦笑する。それでも両親にもう一度会えるのなら、そこは甘んじて受けよう―――

 

 「―――キリト君……?」

 

 ―――背後から、声がした。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 ―――時は少し遡る―――

 

 クロト サイド

 

 「キリト君!!」

 

 たった一人、解けない筈の麻痺を打ち破り、駆け出すアスナ。その先にいるのは、彼女が最も愛する少年。だがその姿は淡く輝き、彼女の手が届くその前に……無数のポリゴン片へとなり果てた。

 

 「ぁ……あぁ……!」

 

 消える。消えていく。キリトの欠片が。アスナが伸ばした手が掴めたのは彼の最後の一欠片のみで、それも程なく弾けて消え去った。キリトがいた場所に力無く座り込んだ彼女は、ただただ言葉にならない声を発するのみ。

 

 ―――ゲームはクリアされました……ゲームはクリアされました……

 

 無機質なシステムの声が響き渡ったのと同時に、オレ達全員を縛っていた麻痺が解けた。今なお鉛のように重い体をサクラに支えてもらいながら起き上がり、何とかアスナの傍へと歩み寄る。

 バキリ、とエリュシデータの剣先が割れる音が響く。切先を失い、刃は零れ、罅だらけの刀身となった彼の愛剣達は、役目を終えたと言わんばかりだ。

 

 「……アスナさん、これ……」

 

 サクラがボロボロの二刀を拾い上げ、アスナへと差し出す。感情が焼き切れたように呆然としていた彼女だったが、彼の遺品とも言うべき剣達に触れた途端、その顔を歪めた。

 

 「キリ、ト……君っ……!」

 

 二振りの剣を掻き抱き、人目を憚らずに泣き叫ぶ。サクラはそんな彼女を抱きしめるが、彼女自身もあふれ出す涙を堪えられずに嗚咽を漏らす。それが合図となり、時が止まっていたかのように静かだった空間に声が満ちる。

 

 「嘘だろ……こんな結末、何の冗談だ……?」

 

 「キリト……キリトよぉ……」

 

 エギルが、クラインが……誰も彼もが、キリトの為に泣いていた。人前では強者であり続けた彼を妬んだり、疎ましく思ったりする事はあっても……死ねばいいなどと本気で思う奴はここにはいなかったのだ。

 

 ―――本当は、誰だって気づいていたのだ。キリトが憎まれ役(いけにえ)になったのは、自分達が団結しやすい世界を作る為だったのだと。そして彼も、理不尽なこの世界で必死に足掻いて生き続けようとしていただけの……ただの少年でしかなかった事を。

 そんな彼らの中で、オレだけが違った。アスナのように泣き叫ぶ事も、クライン達のように嗚咽を漏らす事も無く……それ以前に、涙が全く流れてこない。言葉にできない喪失感が胸中に広がり、オレから感情を奪っていく。

 

 ―――プレイヤーの皆さまは順次、ログアウトされます……

 

 無機質なアナウンスによって告げられたのは、二年間誰もが望んだ筈の、この世界からの解放(ログアウト)。だがそんなもの、今のオレにはいらなかった。それを受け取ってしまえば、オレは……オレ達はキリトの犠牲を認めてしまうのだから。キリトにとって無二の親友でありたいと願い、あの時彼にそう呼ばれたオレは、不謹慎にも嬉しかった。そして、彼を信じ独りで戦わせてしまった。

 

 「キリト……」

 

 零れた呟きは誰の耳にも入る事無く、誰かの泣き叫ぶ声にかき消される。幾ら後悔しようとも過ぎ去った時は戻らず、死者が蘇る事なんて無い。心に穿たれた空虚な穴が塞がる事だって無いのだ。だが、それでもオレは、彼の死を受け入れたくなかった。

 お袋の時と同じだ。その場で受け入れてしまえばその喪失に耐えられないから心の一部を凍り付かせ、時間と共に少しずつ受け止める。そうしなければ容易く壊れてしまう程にオレは脆く、弱い。

 

 ―――少しだけでいい。アスナ達と話す時間をくれ。

 

 「っ……!」

 

 決闘の前にキリトは確かにそう言った。そして茅場はそれを承諾し、何らかの設定を行った筈だ。もしそれが実行されるなら……!

 

 「アスナ!」

 

 一縷の望みに過ぎないが、まだ全てが終わった訳では無い。僅かな希望に突き動かされるままに、アスナの肩を揺さぶる。サクラが驚いて顔を上げるが、今は時間が惜しい。すでに何人かはログアウトしたのかこの場から消え去っており、これからそうなる者達は全身を淡く光らせていた。

 

 「アスナ、聞け!キリトはまだ死んでない!」

 

 「ぇ……?」

 

 彼がまだ死んでいない。その言葉に彼女は硬直し、瞳を揺らしながらオレを見上げる。だがオレ達三人の体も光りだしており、後数秒でこの場から離れてしまう。

 

 「お前と話す時間が欲しいって!最後はお前の傍にいたいって!アイツはそう言った筈だ!!」

 

 「……!」

 

 息を吞み、目を見開くアスナ。それを見た瞬間、オレの視界は白く染まった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 目を開くと、そこはもう薄暗いボス部屋ではなく、燃えるような夕焼けが広がっていた。咄嗟に左右へと視線を巡らせると、案の定アスナとサクラがオレと同じように空に立っていた。いや、足元に透明な足場があるらしく、オレ達はその上に立っているのだ。

 

 「―――キリト君……?」

 

 たった一点を見つめるアスナが、震える声を零す。彼女の視線を辿ると―――この二年間で見慣れた、黒衣の少年の背中があった。アスナの声が聞こえたのか、彼はゆっくりと振り返る。

 

 「……アスナ……」

 

 一瞬だけ呆けた顔をしたキリトだったが、すぐに穏やかな笑みを浮かべる。

 

 「……ダメだよ、君が……君達がこんな所に残ってたら。ちゃんと……現実世界(むこう)に帰らないと」

 

 「っ!」

 

 悲しげに微笑むキリトの体は半ば透けていて、背にした夕日の輝きに今にも溶けてしまいそうな程儚い。彼の言葉が、その表情が、オレ達に変えようのない事実を突きつける。

 

 ―――生存者(オレたち)は現実へと帰り、死者(キリト)とは二度と会えなくなるのだと。

 

 それが見えない刃となって胸を穿ち、耐えがたい痛みをもたらす。

 

 「……バカ……バカァ!!」

 

 溢れる涙を煌かせ、アスナは迷う事無くキリトの胸へと飛び込んだ。

 

 「やだ……やだよ!さよならなんてしたくないよ!!」

 

 「……ごめん。勝つって……約束した筈なのにな……」

 

 泣きじゃくる彼女の頭をあやす様に撫で、彼はオレ達へと視線を向ける。

 

 「クロト……サクラ……」

 

 「どうしても……ダメなの……?」

 

 縋るような声で問いかけるサクラに、キリトは黙って首を横に振る。だがその答えがまだ信じられないのか、彼女は言葉を重ねる。

 

 「どうしてっ……!……貴方がいなくなったらアスナさんは……ハル君はどうするの……!?」

 

 「あいつには、ごめんって伝えておいてくれ……でも、ハルなら大丈夫だよ。きっといつか……乗り越えてくれる。アスナは……サクラが支えてくれないか?」

 

 「キリト……君?」

 

 縋りついていたアスナを引き離したキリトは、彼女の両肩に手を置き、はしばみ色の瞳をまっすぐ見つめる。

 

 「アスナ……君の優しさに、想いに、俺は救われたんだ。この世界で、こんな俺の事を……愛してくれた君に出会えた。共に生きる事ができた。それだけで……俺は充分幸せだったよ」

 

 彼は見開かれたアスナの目元に溜まった涙を優しく拭う。

 

 「俺がいなくても、アスナなら大丈夫だよ。君は、強いから……俺が知る中で、誰よりも、ずっと強いからさ……」

 

 言い聞かせるようにそう言ったキリトの表情はどこまでも穏やかで。まるで……まるで自分の死を受け入れているようで。

 

 ―――そんな本音を隠した態度に、腹が立って仕方がなかった。

 

 「だから、君は向こうで新しい幸せを―――」

 

 「―――ふざけんなああぁぁぁ!!」

 

 全力で駆け出し、渾身の力でぶん殴る。間髪入れずに反対の手で彼の胸倉を掴み、ありったけの感情を叩き付ける。

 

 「そうやってお前は!また本音を隠しやがって!なに割り切ったみてぇな顔してんだよ!!」

 

 「クロト……」

 

 申し訳なさそうに目を逸らすキリト。その行為が、彼がまだ仮面をしている何よりもの証拠だった。

 

 「勝手に納得してんじゃねぇよ!オレは認めねぇぞ!テメェが死んだなんて、絶対に認めねぇからな!!」

 

 こみ上げる涙を必死に抑えて睨みつけると、ふと彼が微笑んだ。

 

 「……ありがとな、親友」

 

 「て、めぇ……!ダチってんなら……勝手に……いなくなるんじゃ、ねぇよ……!」

 

 親友。その一言を聞いた途端、抑え込んでいた涙が溢れだす。一度流れ出した雫を止める事はできず、みっともなく泣き出してしまう。

 

 「本当に、ありがとう。こんな俺の為に泣いてくれて」

 

 優しく肩を叩かれると、力の抜けた手が彼から離れる。それはまるで自分とキリトの繋がりが絶たれたようで、オレの心に痛みと悲しみをもたらす。

 全てが失われ、始まったあの日から今日までの二年間、肩を並べて突き進み……互いに背中を預けて戦った日々の記憶が蘇る。オレの中に刻まれたキリトの存在は余りにも大きく、彼のいない世界が言葉にできない程に虚しい。

 

 「―――そろそろ……お別れだな」

 

 「やだ……やだよ!お別れなんて絶対に嫌!!」

 

 夕日はそのほとんどが雲海に沈み、空は夜のとばりが降りている。もうすぐSAOが終わる。終わってしまう。キリトに……永遠に会えなくなる。それだけは到底受け入れられるものではなかった。

 

 「……大和(やまと)だ」

 

 「え?」

 

 「鉄大和(くろがねやまと)……向こうでお前を探す、諦めの悪いオレの名前だ。忘れんなよ」

 

 二年近くの間呼ばれる事も、名乗る事もなかった現実世界での名前。その名と共に、決してキリトを忘れはしない自分の意志を示す。彼が呆気にとられていると、サクラが抑えた笑い声を上げた。

 

 「ふふっ、キリトでもそんな顔するんだね。クロトの次はわたしかな?……天野桜(あまのさくら)、クロトと同じ十六歳だよ」

 

 彼女の目尻にはまだ涙が浮かんでおり、決して立ち直った訳では無い事が容易に察せられた。そんなサクラを見て、キリトは決意したようにアスナへと向き直った。

 

 「……アスナ。一つだけ、覚えていてほしい事があるんだ」

 

 「キリ、ト……君っ……」

 

 「桐ケ谷和人(きりがやかずと)。埼玉県の川越市に住んでいた……多分、先月で十六歳」

 

 きりがや、かずと。それが親友(キリト)の本当の名前。かけがえのない相棒の名を、オレは心に刻み付ける。アスナも同様に彼の名を何度も繰り返すと、涙を拭って顔を上げた。

 

 「うん……絶対……絶対に忘れないよ、和人君の事。だから……私の事も、覚えていてほしいの。……結城明日奈(ゆうきあすな)、十七歳です」

 

 「ゆうき、あすな…………ゆうきあすな。あぁ……覚え、た……よ……」

 

 彼の双眸から、煌く雫が零れ落ちる。突然の変化に最も驚いていたのは、他ならぬキリト自身だった。

 

 「あ、れ……?なんで……俺、泣いて……今泣いちゃ、ダメなのに……!何で……止まらないんだよ……!」

 

 肩が震える。嗚咽が漏れる。一度溢れ出した涙は止まらない。それでもキリトは必死にそれらを抑え込もうと何度も目元を拭う。

 

 「和人君……もう、隠さなくていいんだよ」

 

 全てを受け入れる慈母のような笑みと共に、アスナは優しくキリトを包み込む。彼女の腕の中で、彼はやっと本心を叫んだ。

 

 「俺は……!俺だって……まだ死にたくない!もっと皆と……明日奈と一緒に生きていたい!!」

 

 「うん……うん……!」

 

 幼子のように泣き叫び、縋りつく黒衣の少年を抱く少女もまた、泣いていた。そんな二人を、オレとサクラは迷う事無く両側から抱きしめる。かけがえのない人達の温もりを、自分の魂に焼き付ける。

 

 「和人!オレの親友(ダチ)はお前だけだ!!」

 

 「あの時、わたしの背中を押してくれた事!今でも感謝してる!!」

 

 「私……私!和人君といる時間が一番幸せだった!いつまでも君を……愛しています!!」

 

 世界が終わる。視界が白く染まり、あらゆる感覚が遠のいていく、その中で―――

 

 ―――ありがとう……さよなら

 

 彼の最後の言葉が、聞こえた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 匂う。その事に強烈な違和感しかなかった。アインクラッドでは人や物に意識を向けなければ基本的に無臭だった筈だ。自分が今どこにいるのかが知りたくて瞼を開くが、ぼんやりとした白が視界に映るだけだ。

 

 (これ、涙……か?)

 

 何故自分が泣いているのか……何度も瞬きを繰り返しながら記憶を辿り―――

 

 ―――クロト!

 

 ―――行こうぜ、相棒

 

 彼の鋼鉄の城で再会した最愛の少女と、共に戦い続けた無二の親友の声が響く。それが引き金となり、彼を愛し、結ばれた少女を思い出す。彼の為に心を砕いてくれた、年の離れた二人の友人を思い出す。

 

 「ぁ……!」

 

 ぼんやりとしていた意識が、一気に覚醒する。同時に新たな雫が溢れだす。

 

 (行か……なきゃ……!)

 

 感情のままに飛び起きようとして―――できなかった。体が信じられない程に重く、力が入らなかったのだ。だが、いちいちそんな事で止まる訳にもいかなかった。少しだけ休んでから、時間をかけて体に力を籠める。

 

 (こ……の……!)

 

 歯がゆい程ゆっくりと上体を起こす事に成功すると、それだけで息が上がってしまった。頭がやけに重い。恐らく何かを被っているのだろう。顎下にある固定具を手探りで外すと、どうにかそれを引きはがす。

 

 (ナーヴギア……やっぱり、現実世界なんだな……)

 

 二年間オレ達プレイヤーをSAOへと縛り続けた鎖であり、死をもたらす処刑具であり―――影でオレ達と共にあり続けた第二の相棒。至る所の塗装が剥げて、幾分痛んでいるそれを複雑な思いで見つめた後、少し視線をずらす。

 そこにはおおよそ自分のものとは思えないくらいやせ細った体があった。とはいえ冷静に考えてみれば、こちら側のオレ達は二年間ずっと寝たきりだったのだ。こうやって自力で動けるだけでも驚くべき事なのかもしれない。喉の痛みを堪えて呼吸を整えている間に周りに視線を巡らせて、漸くオレは病室で寝かされていたのだと気づいた。しかし、今のオレにはそんな事はどうでもよかった。

 今の脆弱な体を支える道具として、自分に繋がれた点滴の支柱に目をつける。自由を得る為に点滴以外のコードを引きはがし、何とかベッドから降りる。

 

 「ぅ……ぁ……!」

 

 再び息が上がり、痛くて仕方なかった。久しく感じなかった痛みに涙が溢れ、今にも崩れ落ちてしまいそうになる。

 

 「ぐ……ぅ……!」

 

 でも……それでも、立ち止まらない。立ち止まれない。両手で点滴の支柱につかまり、覚束ない足取りで部屋を出る。僅かに回復した聴覚が何処かで響く警告音や看護師と思しき足音を少しだけ拾ったが、一切気にならなかった。

 

 (サクラ……アスナ……キリト……!)

 

 大切な人達に再び会うまで、オレは決してこの歩みを止めはしないのだから。




 アインクラッド編はこれで完結になります。ここまで本当に長かったです……!


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フェアリィ・ダンス編
七十一話 燻る残り火


 な、何とか出来ました……前回から二カ月余り、非常にお待たせいたしました。


 大和 サイド

 

 SAOがクリアされて二カ月が過ぎた。クリア直後こそ連日のように解放されたプレイヤー達についての特番が多数設けられたが、最近は漸く落ち着いてきている。目覚めたばかりの時は脆弱極まりないかった体も、二カ月に及ぶリハビリによって日常生活には支障のないレベルにまで回復する事ができた。だが―――帰ってきた現実世界は余りにも残酷で、オレは自分の無力さに打ちのめされた。

 ずっと恋焦がれ、彼の城でやっと想いを通じ合わせた少女も、背中を預けて戦い抜いた親友も、彼を愛し、支えた少女とも、オレは再会を果たす事ができていなかった。それどころか、消息すら全く分からないままなのだ。SAOには存在しなかった様々なしがらみに縛られ、どうする事もできなかった。

 帰還直後にゾンビの如く覚束ない足取りで彷徨ったオレはすぐさま看護師達によって病室へと連れ戻された。なけなしの体力を使い果たしたオレはその日を眠って過ごし、翌日になってSAO対策チームの一員の役人がやって来た。向こうはプレイヤーログで誰がいつ、アインクラッドの何処にいたのかを把握していたが、そこで何をやっていたのかを知る術はなかったらしい。その為帰還者全員にSAO内で何が起きたか、オレ達がどうやって過ごしていたのか……そして、何故七十五層でゲームがクリアされたのかを聞いてきた。オレはSAOでの事を話す代わりにサクラ、アスナ、キリトの消息を要求した。だが―――それが叶う事は無かった。他人の個人情報を開示する事はできないし、SAOでのトラブルを現実世界に持ち込ませるわけにはいかないと突っぱねられたのだ。それならばとオレもだんまりを決め込もうとしたが、そんなものは無意味だった。なんせSAO帰還者は六千人以上いるし、オレ以外にも最前線で戦っていたプレイヤーはいる。オレ一人が口を閉ざしても、他の誰かに聞けばいい彼等にとっては大して痛手にはならなかったのだ。最初から圧倒的に不利な交渉で、オレの手に残ったのは……ナーヴギアだけだった。本来なら回収される筈のナーヴギアは、オレにとってキリト達との唯一の繋がりであり、それだけは手放す訳にはいかなかったのだ。

 悔しさを紛らわせる為にリハビリに打ち込み、退院後は空虚な心を抱えて家に帰ったオレは……もう、彼の城を駆け抜けたクロトではなく、無力なガキ―――大和へと戻ってしまっていたのだろう。

 今わの際にキリトが教えてくれた住所、埼玉県川越市へと向かった時も……ハルや彼の家族にキリトの最後を伝える勇気が無く、彼を守れなかった罪悪感や無力さに押しつぶされそうになって、結局彼の家を訪問する事ができなかった。家に帰る途中でアルヴヘイム・オンライン―――通称ALOの存在を知ると、オレは逃げる様にその仮想世界(ALO)へとのめり込んだ。

 再びアインクラッドに降り立つ事は不可能でも、仮想世界にいられるのなら、まだ何処かでキリト達と繋がっていられる―――その一心で自分を誤魔化しながら。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「……ぅ……」

 

 目覚めのまどろみの中で、意識が浮上する。数度瞬きを繰り返して視界を確保すると、最近ようやく見慣れた天井が映る。普段よりも重さを増した上体を起こし、被りっぱなしだったナーヴギアを外す。確かな重みを感じさせるそれが、オレがいるのが現実世界なのだと無言で語っていた。

 

 「……!」

 

 会いたい。サクラ、アスナ……そしてキリトに。縋る様にナーヴギアを抱いて蹲ると、堪え切れない涙が一つ、また一つと頬を伝っていく。もうこれで何度目だろうか。こうして自分の無力さに打ちひしがれるのは。

 

 「畜生……!」

 

 食いしばった歯の隙間から、嗚咽が漏れる。何もできず、嘆く事しかできない自分が嫌になる。彼の城で得たものが、現実に壊されていく……その感覚は日を追うごとに少しずつ、着実に大きくなり、オレを蝕んでいって―――

 

 「―――大和」

 

 控え目なノックと共に名を呼ばれ、ハッと息を吞んで顔を上げた。

 

 「朝ご飯、できたよ。お腹が空いたらおいで」

 

 「あ、もうちょいしたら行くよ……ばあちゃん」

 

 ドアを開ける事は無かったのでみっともない所は見られなかったと思うが……多分、ばあちゃんとじいちゃんにはバレている。それでも変に干渉してこないで、そっとしておいてくれるのはありがたかった。

 

 (……じいちゃん達に甘えてばっかだな……畜生)

 

 乱暴に目元を拭うと、洗面所へと向かって顔を洗う。加えて深呼吸を何度か繰り返して、心を落ち着ける。

 

 (お袋……)

 

 ふと鏡に映った自分を見ると、前髪に着けた形見のヘアピンが映った。SAOでオレとサクラを繋いでくれたそれに触れると、不思議と励まされたような気がした。

 

 「飯……食うか」

 

 不安な気持ちを一旦押し込んで、じいちゃんとばあちゃんが待つ居間に行く。二人が用意してくれたのはご飯に味噌汁、納豆にほうれん草のおひたし、昨日の残りである肉じゃがだった。二年前まで当たり前だった日常に抱いてしまう違和感が収まるのはまだ当分先になりそうで、嬉しいようなそうではないような、複雑な気持ちになる。

 

 「じいちゃん、ばあちゃん、おはよう」

 

 「おはよう大和」

 

 「おはよう」

 

 二人ともオレを待ってくれていたのか、目の前の朝食に手を付けていなかった。

 

 「大和も起きてきたし、食べるとするか」

 

 「ええ、いただきます」

 

 「いただきます」

 

 今日もまた、一日が始まる―――

 

 ~~~~~~~~~~

 

 クロト サイド

 

 朝食の後、リハビリから日課になった筋トレをこなし、ALOへとログインした。

 

 「カァ」

 

 「……お前はいつも通りだな」

 

 昨日ログアウトした宿屋の一室で目を覚ましたオレを出迎えたのは、使い魔のヤタだった。初めてこの世界に降り立った時は、驚く事ばかり続いたのは記憶に新しい。なんせもう二度と会えないと思っていたこの三つ脚の鴉がSAOと寸分の違い無い姿のまま現れたり、スキルビルドが何をトチ狂ったのか一部を除いてSAOと全く同じだったり、その反面アイテムや武具は全て文字化けして使い物にならず、破棄せざるをえなかったり……言い出したらキリがない。

 

 「カ、カァ?」

 

 「おい、突っつくなって。そっちは慣れたっつってもお前の玩具じゃねぇよ」

 

 ベッドに座るオレの横に降り立って悪戯していたヤタの頭を、腰から生えたもので小突く。それから立ち上がり、ふと部屋に備えてある姿見に目を向ける。

 

 ―――小柄で中性的な顔立ちの黒髪のアバターだ。それだけならリアルとSAOの経験からもう慣れたものだが……普通の人とは決定的に異なる特徴が二つあった。

 

 「何でこうなっちまったんだか……」

 

 ため息をつけば、それに合わせてへにゃりと垂れ下がり、気を取り直せばぴょこりと立ち上がる猫耳(・・)とやたらと長い尻尾(・・)だ。惰性で始めたため特に種族のこだわりが無かったオレはアバター作成時に’ランダム選択’なるものを迷わずポチった。全ての種族を確認せずにポチったのが運のツキ……猫妖精(ケットシー)となってこの世界に降り立ってしまったのだ。とはいえキャラを作り直す気も起きず、今に至る。

 

 (ま、尻尾(コイツ)は結構便利だしな)

 

 何が面白いのか、ヤタがしょっちゅう尻尾を突っつく悪戯をしてきた為、思いの外早く感覚を掴む事ができた。現実世界ではありえない部位にすら感覚があったのは戸惑ったし、慣れない内は変な感じしかしなかったのだが……最近は手を使わずに肩に留まったヤタを擽ってやったり、腰のポーチからポーション等を取り出せたりと第三の手に近い事ができる様になってしまった。特にオレの尻尾は他のケットシーに比べても随分長いらしく、ある意味ではラッキーだったと前向きに考えておく。

 

 「……行くか」

 

 気を取り直すと、以前よりも鋭くなった目つきやへの字に曲がった口許と相まって黒い野良猫みたいにも思える自分をもう一睨みしてから外へと足を踏み出す。

 

 胸には相変わらず空虚な穴が空いたまま、キリト達の残滓を追い求めてフィールドへと。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 ??? サイド

 

 とある宿から、三つ脚の鴉を連れたケットシーが現れる。フィールドへ向かって進むその子を、アタシはハイドして尾行する。街中で隠蔽を使うのはあまり褒められた行為じゃない事は分かっているケド、アタシはこうしないと気楽に出歩けないから仕方ないヨネ~。自慢じゃないケド、これでもアタシの隠蔽スキルはかなり高く、九百ちょっとある。だけどあの子の使い魔は非常に優れた探知能力を持っていて、かなり距離を開けておかないとすぐに気づかれる。以前一度だけバレそうになった時はホントにヒヤヒヤしたもんだったネ。

 ……あの子を見かけたのは、ただの偶然。普段の仕事の息抜きに、一人でこっそりフィールドを散歩していた時だった。普通のプレイヤーならパーティーを組んで戦うべき数のmobをソロで狩りつくした実力に度肝を抜かれちゃったんだヨネ~。そのくせ飛行は補助コントローラー頼みだし、空中戦の間合いの取り方もぎこちないし、イロイロちぐはぐですっごく気になったんダ。

 

 (ちょ、またダッシュ!?普通飛ぶ所だヨ!?)

 

 とにかく彼は翅の存在そのものに慣れていないのか、mobのテリトリーまで自分の脚で移動してばかり。でもその動きそのものは非常に滑らかで、下手な飛行よりもずっと速い。その為アタシは翅を広げて跳び立ち、近づきすぎないように気をつけながら追いかける。あの子が平原を駆け抜ける事しばし、前方から咆哮が轟いた。目を凝らすと、このフィールドでは中ボスクラスとされる三メートル程度の巨人―――ワイルドオーガの姿があった。

 

 (あちゃー、オーガの進路とかち合っちゃったみたいだヨー)

 

 この平原は広く、ワイルドオーガはその中をあっちこっちランダムに移動するから遭遇率は決して高くないケド……ソロでの遭遇は何ともアンラッキーだネ。特にオーガは防御力が低い代わりに攻撃力が高いから、狩るときはタンクを集めて囮になってもらい、メイジの魔法で袋叩きにするのがセオリーだし……普通ならお手上げだヨ。

 

 「ガアアァァァ!?」

 

 あの子は背負っていた弓を取り出して、先制攻撃とばかりにオーガの頭部に三連射を浴びせる。取り回し易いショートボウ故に威力や射程、精度は低い筈なのに、全ての矢がオーガの目に突き刺さる。きっとかなり弓スキルが高いみたいだネ。とは言えオーガの目を瞑すには至らず、刺さった矢は呆気なく引き抜かれる。その間にあの子は弓を背負いなおし、腰に下げた二振りの短剣を引き抜く。

 

 「ゴアアァァ!」

 

 「っ―――!」

 

 ずっと速度を緩めずに接近し続けたあの子を薙ぎ払うべく、オーガは腕を振るう。あの子はそれをギリギリのタイミングで跳躍し―――

 

 「え、ウソ!?」

 

 ―――オーガの頭にいとも簡単に取りついて見せた。次いで右手の短剣で首筋を斬り裂き、背を切りながら飛び降りる。

 

 「ガアァ!」

 

 振り返った巨人が憤怒の雄たけびと共に腕を伸ばすケド、今度はその股座をスライディングですり抜けてしまう。ちゃっかりオーガの大腿部を切りつけながら。その後も全く離れずに巨人の全身と地上を足場に駆け巡り、斬り裂く事を繰り返しオーガをその場に釘付けにし続ける。

 

 (成程ネー。徹底したインファイトで攻撃を封じるなんて……ジャイアントキリングがよっぽど得意なのかナ?)

 

 確かにあの巨人の攻撃パターンはかなりシンプルで読みやすいし、巨体故に密着されると相手の行動はさらに限定される。しかも一切被弾しないから高い攻撃力は脅威とならず、低い防御力の所為でとにかく攻め続ければHPを削り切るのに大した時間もかからない。でもあの子は首筋や大腿部、脇腹等の比較的柔らかい部位を重点的に斬り裂き、巨人のHPをガリガリと削る。ってあれ短剣で出せるペースじゃないよネ!?

 

 「ゴガアアァァ!!」

 

 「はあぁぁ!」

 

 瀕死状態からのバーサクモードも何のその、気づけばあの子はたった十分足らずで巨人をポリゴン片へと変えてしまった。ケットシーでトップクラス……ううん、ALO全プレイヤー中五指に入る程の実力である事はもう間違いないネ。随意飛行をマスターできれば、もう間違いなくケットシー最強だヨ。

 

 (これは是非ともスカウトしないとネー)

 

 数日後の会談の護衛として、あの子はなんとしても確保したい。あの子との交渉に望むべく、アタシは隠蔽を解除して接近した。




 今回はちょっと場面転換が多かったですね。気づけば今年も残り三カ月と少し……あと何話更新できるんだろ……

 昨日の最強ヒーロー・ヒロインランキング……アスナの紹介は良かったんですけど、何でキリトの紹介の時にデスゲームだって事が省かれてたんでしょう?そこ失くしたら彼の魅力をほとんど紹介できていない気がしてならないんですが……


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七十二話 転機

 お久しぶりです……今回も難産でした。

 待たせてしまった割に、短めですがご容赦を……


 クロト サイド

 

 ワイルドオーガを狩り終え、詰めていた息をゆっくりと吐き出す。SAOではフィールドボスに相当していただろう相手をソロで撃破したワケだが、憂さ晴らし程度にしかならなかった。むしろ誰にも背中を預けずに戦った事に孤独である事を突き付けられただけだった。

 

 「こんなの……どうしろってんだよ……」

 

 零れた声は震えを隠せておらず、周りに誰もいなかったのが幸いだった。やはりこの世界では、自分を繕うのも一苦労だ。

 

 「カ!」

 

 「……!」

 

 ヤタが何者かの接近を告げたためその視線を辿ると……こちらへと飛翔してくるプレイヤーが一人視認できた。

 

 (……誰だ?)

 

 相手が持つ翅の形からしてオレと同じケットシーである事は分かるのだが、生憎ALO内で誰かと友好関係を築いた記憶は無い。というか基本ログインしたらフィールドに出歩いて戦っていただけだから、NPC以外と碌に会話していない。そのため話しかけてくる者に心当たりなどある訳がない。

 

 (気ぃ付けとくか)

 

 ただの物好きなら別にいいが、何らかの目的があって接触してくるのなら面倒な事になりそうだ。少し警戒しながら目を凝らすと、相手がフード付きのマントですっぽり全身を隠しているのが分かった。が、此方の視線に気づいたのか、すぐさまそれを解除した為に容姿がはっきりした。

 三角の耳が突き出た金色のウェーブヘアと小麦色の肌を大胆に晒したワンピースのような戦闘スーツが特徴的な、小柄な少女だ。このゲームは他のMMOに比べて女性プレイヤーは多く見かけてきたが、それでも少数派には変わりない。キリトじゃあるまいし、向こうは何らかの下心がありそうだ。だがそれにしては単独でいる事が腑に落ちない。念の為周囲を索敵しても彼女以外にプレイヤーはおらず、ますます真意が分からなかった。

 あれこれ考えている間にケットシーの少女はオレの前に降り立ち、人懐っこい笑みを浮かべる。

 

 「キミすっごく強いんだネ。思わず見とれちゃったヨー」

 

 「あ?」

 

 納刀していた双剣へ咄嗟に手を伸ばし、身構える。見惚れたなどと言っているが、要はオレがオーガを狩る様子をガッツリ観察していたのだろう。そもそもこんなただっぴろい平原で偶然遭遇しただなんて都合のいい話はそうそう無いだろうし、そう考えるなら街からずっとオレの事をストーキングしていたというのが自然だろう。目的は不明だが、狙われたこっちはた堪ったもんじゃない。

 

 「わわっ!?べ、別にキミを害するつもりは一切無いんだヨ!ちょっと話がしたかっただけでサ」

 

 「生憎ストーキングしてたヤツの言葉を素直に聞く程、おめでたい頭でも無いんでね。つーか、こっちの索敵範囲外ギリギリで付いてきたんだろ?随分前から熱心なこった」

 

 「ギクッ!」

 

 少女の尻尾が、分かりやすくピンと立った……っておい。ちょっとカマかけただけだぞ?いくら感情を隠しにくい仮想世界だからって反応が分かりやすすぎないか?

 

 「はぁ……んで?何か用があったんだろ、建前とかメンドくせぇからとっとと本題を言えよ」

 

 「あれ、聞いてくれるんだ。……じゃ、遠慮なく言わせてもらうヨ」

 

 彼女は笑みを引っ込め、真剣な表情で口を開いた。

 

 「近々中立地帯に知り合い達と向かう予定なんだケド、あと一人足りなくて困っているんだヨ。道中の敵は中々手強いから、生半可な腕のプレイヤーに頼むワケにもいかないし……お願い!一緒に中立地帯に行ってくれないかナ?」

 

 報酬は弾むヨ?と付け加え、頭を下げる少女。初対面かつ、こちらをストーキングしてきた相手の依頼など、罠である確率が高いに決まっている。ここは断るのが賢い選択だろう。けれども―――

 

 (……嘘をついては、いねぇな。こっちを嵌めようって下心も見えねぇし……)

 

 SAOで培った観察眼が、彼女は信用に足る人物であると告げていた。言動は軽いところがあるものの、こちらに躊躇いなく頭を下げるその動作には誠実さが滲み出ている。

 

 (もうSAOみたく命懸けじゃない……ならこのまま惰性で狩りを続けているよりはずっとマシ。それに……アイツなら受けるよな、きっと)

 

 目を閉じれば、黒衣を靡かせる少年の姿を鮮明に思い出せる。もう二度と会えない相棒に胸が痛むが、今の燻っている姿は見られたくなかった。

 

 「……分かった」

 

 「ホントに!?ありが―――」

 

 「―――ただし前金を貰ってからだ」

 

 オレは相棒ほどお人好しじゃない。彼女は信用できるが、彼女の知り合い達は信用できるか不明なのだ。最悪依頼を達成しても報酬を踏み倒される事もあり得る。その為先にある程度は貰っておきたい。

 

 「うぐぐ……意外とがめついんだネ……」

 

 「タダ働きするつもりは無いんでな。仮にオレが嵌められてPKされたとしても手元に残るモンが理想的だな」

 

 まぁぶっちゃけオレの手持ちのアイテムはショップで買った武具一式にポーション等の回復アイテム、後はバカげた額の金だけだ。失ったら二度と手に入らないようなレアアイテム等は一切無いからここまで条件を出す必要は無いんだが……だからと言って無条件に手を貸して舐められるのは癪だった。

 

 「うーん……となるとアイテムやお金はNGかぁ……かと言ってキミに有益な情報なんて……あ!」

 

 バネ仕掛けのように彼女の尻尾と耳がピンと立ち、如何にも閃いたような表情を浮かべる。途端にニヤニヤしだすケットシーの少女にアルゴと同質の気配を感じたオレは思わず一歩後ずさった。

 

 「そーいえばキミ、地上戦はすごかったケド……空中戦は苦手でしょ?」

 

 「……否定はしねぇよ」

 

 こちらの返答に満足したのか、彼女は一段と笑みを深めた。

 

 「とゆー事は、飛ぶ度に片手が補助コントローラーで塞がっちゃってるんでしょ?勿体ないなぁ」

 

 「だから何だよ?アンタが裏技か何か教えてくれるってのか?」

 

 「ビンゴ!’随意飛行’っていうプレイヤースキル……それのコーチをするっていうのがキミのいう前金って事でどう?」

 

 自信たっぷりなケットシーの少女が提示した内容は、確かにオレが出した条件に合致する。確かにプレイヤースキルならば奪われる事は無いし、オレを嵌めるつもりならわざわざこちらを強化するような事を教えはしない筈だ。

 

 「OKだ。口頭だが契約成立でいいぜ」

 

 「ホント!?じゃあ早速やろっか」

 

 喜々とした様子で彼女はオレの背後にまわると、軽く背中に触れてきた。

 

 「今触ってるトコ……ここから翅が出てるのは解る?」

 

 「あぁ、何となくな」

 

 先程までとは打って変わった真面目な声色で、彼女は続ける。

 

 「なら、ここから仮想の骨と筋肉が伸びて、翅ができているってイメージして」

 

 「仮想の骨と筋肉か……」

 

 今まで淡い燐光を放つだけの付属物のような認識が強かったが、そこもまた血の通った体の一部であると考え―――すでに一度、似た経験をしていた事を思い出した。

 

 「……なぁ、それって尻尾を動かすのと同じイメージでいいのか?」

 

 「うにゃ?まぁキミにとってやりやすい方法でいいとは思うケド……」

 

 ケットシーの少女の声が途切れたのを気にせず、オレは尻尾で彼女が触れていた場所をなぞる。

 

 「ここから……こう、翅がのびて……」

 

 何度もそれを繰り返し、現実に無いものがそこに在るとこの世界の自分(ALOのクロト)に刻み込む。やがて背中から何かが小刻みに震える甲高い音が聞こえ始め、僅かに体が浮き上がってきた。

 

 「く……っ……はぁ」

 

 だが、そこまでだった。尻尾の時もそうだったが、無いものを在るものと想定して動かすのは慣れるまでは相当集中力を使う。しかも今回は尻尾と違って自分ではほとんど見えない為に動きが変かどうかの判断をつけられなかった。

 

 「……キミ、尻尾をそんなに使えるのに翅はできなかったって……落差あり過ぎだヨ」

 

 「尻尾は散々コイツに玩具にされたからできただけだよ」

 

 「カァ!?」

 

 心外だとばかりに抗議の鳴き声を上げるヤタを尻尾で小突くと、彼女は納得したようにふーん、と声を上げた。

 

 「大体の感覚は掴めたみたいだネ。でもちょっと力み過ぎかナ?」

 

 「んな事いってもなぁ……尻尾と違って見えねぇんだよ」

 

 「あっはは、それもそうだネ!じゃあアタシが言う通りに修正していこっか」

 

 僅かな休憩を挟んでから、オレは再び翅を震わせる。その背に触れた彼女がオレの動きをチェックし、指示通りに肩や背中の筋肉を動かしていく。すると先程よりも早い段階で体が浮き上がり、地から足が離れた。

 

 「お!さっきより浮いたぞ」

 

 「うーん、いい感じ!次はその高さで背筋と肩甲骨の動きを小さくしてみて!」

 

 「う……やってみる」

 

 翅の動きはそのままに、連動していた他の動きだけを抑える。こればっかりは反復練習を繰り返さないと身に着きそうにない。とはいえ大体のコツは掴めたし、慣れるまでそう時間はかからないだろう。

 

 「結構飲み込みが早くて助かるヨー。一休みしたら、本格的に飛行してみよっか」

 

 「まだ浮いただけだしな……尻尾と違って実態が無いってのがデカいなぁ」

 

 直接触れるのであれば、接触された時の感覚でそこに意識を集中できたのだが……この半透明の翅そのものには実態が無い為それができない。

 

 「尻尾をそんな器用に動かせるのはキミくらいだヨ。飛ぶのだけはホントに初心者なんだネー。ついでに空中戦闘での間合いとかもレクチャーしよっか?」

 

 「……頼む」

 

 空中戦もどう戦えばいいか分からず今まで避けていた事を思い出し、オレは彼女の申し出をありがたく受け入れた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「―――うーん、キミってば結構飲み込み早いネー。これなら大抵のmobは問題なく倒せるんじゃない?」

 

 「……そりゃどうも」

 

 随意飛行ができるようになってから一時間ほど、オレはケットシーの少女から空中戦闘について教わっていた。内容は飛べる限り平原上空にいるmobと戦闘し、翅の回復を待つ間に戦闘中の反省点を指摘してもらい修正する、の繰り返しだ。最初は地上と同様に足で踏み込もうとしてそれができず短剣を何度も空振ってしまったり、攻撃を受けても踏ん張れず錐揉み回転してしまったりと思い出したくない程に悲惨だった。何より位置関係に上下が加わった事が大きく、敵が上下に回避するなど地上戦ではほとんど経験しなかった場面では自分の脆さを痛感させられた。

 

 「短剣ってリーチが凄く短いから敬遠されがちなんだけど……よく選んだネ?」

 

 「……別のVRMMOで使ってたから、慣れてんだよ」

 

 オレ達がSAOに囚われていた間に、このALOの他にも幾つかのVRゲームが製造、販売されていた。詳しく調べた訳では無いが、それらの中には刀剣類を手にして戦うゲームだって存在しており、オレの言葉は別段不自然なものでは無い筈だ。現に彼女は納得したように何度か頷いている。

 

 「成程ネー。それなら地上戦が強いのも空中戦がからっきしだったのも納得だヨ」

 

 「フライトエンジンだったか?それがあるのはALOだけだからな」

 

 このゲームが他と一線を画す理由がこれだ。飛行機などの乗り物では無く、自分の身一つで空を飛べる―――現実世界では絶対にできない体験を可能とするというVRならではの利点を最大限に生かしているからこそ、完全スキル制かつPK推奨というコアな仕様に反して爆発的な人気を誇っているのだ。

 

 「さて、と……もう一丁―――」

 

 「―――あちゃー、これ以上はダメかナー」

 

 翅が燐光を取り戻した丁度その時、ケットシーの少女はバツが悪そうに乾いた笑みを浮かべた。

 

 「ちょっと用事入っちゃったから、ここまでだネ」

 

 「あぁ、そういう事か。依頼の詳細は後で教えてくれ」

 

 「そうだね。という訳でフレンド登録しよっか」

 

 セリフとほぼ同時に彼女からフレンド登録を申請するウィンドウが目の前に現れる。SAOとほとんど変わらない仕様らしく、迷う事無く承諾する。

 

 「ふむふむ……それじゃあクロト君、まったネー!」

 

 朗らかな笑みと共に、彼女は街の方角へと一直線に飛んで行った。言動に少々愛嬌があり過ぎな気がしなくもなかったが、きっとそういうキャラでロールプレイしているんだろう。

 

 「カァ」

 

 「ま、悪い奴じゃ無かったな」

 

 空欄だったフレンドリストに追加された名前を眺め、呟いてみる。

 

 「アリシャ・ルー……か」

 

 ―――彼女との出会いが転機になる事を、この時のオレはまだ、知らなかった……。




 十月からずっと忙しくって……休みをくれとか色々愚痴が零れそうです。


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七十三話 希望と葛藤

 あけましておめでとうございます。


 サクラ サイド

 

 つがいと思しき小鳥たちが、掌から飛び立っていく。気を紛らわす為に続けていたハミングを止めて目で追いかけると、小鳥たちは金の格子の隙間をすり抜けた。そのままぼんやりと眺めていると、やがて小鳥たちは空へと溶けていった。

 

 (今日で……六十日、だったっけ……?)

 

 部屋とも呼べない巨大な鳥籠のような牢獄に囚われてからの日数を思い出すけれど、それだって最近は確信が持てなくなってきている。一日が二十四時間よりも非常に短くて、体内時計に従って寝起きしても昼夜が殆どかみ合わないのだ。同じ日が覚めない悪夢のように何度も繰り返されているんじゃないか、そんな不安が日増しに膨らみ、握り合わせた手が震える。

 

 「負けちゃダメ……負けちゃダメ……!」

 

 希望は何処かに必ずある。そう言い聞かせて手の震えが治まった頃、後ろのベッドから微かな衣擦れ音が聞こえた。

 

 「ぅ……キリト、君……」

 

 「アスナさん!」

 

 夢にうなされている彼女が虚空へと伸ばした手を取り、揺り起こす。慌てていたから少し乱暴だったかもしれないけど、アスナさんはちゃんと起きてくれた。涙にぬれた瞳が二度、三度と瞬きする中で焦点が定まり、わたしの事を認識してくれた。

 

 「……サ、クラ……?」

 

 「はい。おはようございます、アスナさん」

 

 「えぇ、おはよう…………また、夢だったのね」

 

 諦観した呟きと共に、彼女の目尻から一筋の雫が零れ落ちる。でも、それだけだった。その一滴が全ての感情を流してしまったかのように、今のアスナさんの顔から表情が無くなる。

 

 (わたしは………)

 

 何もできない。目の前の人にずっと助けられたのに、その恩を返す事すらできない。支えたいと思っても、彼女の心に触れられない。その無力感に、思わず唇を噛み締める。だが幾ら力を強めても、血の一滴を流すどころか痛みすら感じないのは、ここが仮想世界である証だ。

 分かる事は少ないけれど……わたしとアスナさんは悪意によってこの仮想世界に囚われた、という事はハッキリしている。そしてその首謀者も。

 あの時―――夕焼けに染まる空でキリトとの最後のお別れを迎えた後、わたし達の意識は現実世界に帰還する筈だった。光に吞まれ、仮想の肉体が消え去り……それでもなお感じられた大切な人達の温もりが、不意に奪われた。冷たい暗闇の中に落とされたと思った次の瞬間には、この牢獄の中で目が覚めたのだ。

 わたし一人だけだったなら、きっと取り乱して正気を失っていた。アスナさんがいてくれたのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。

 

 (ううん……一番辛いのは、アスナさんよ……!)

 

 心の底から幸せだと思える時間をくれた人と、想いを通じ合わせる事ができたのに……その人はSAO(あのせかい)と共に、消え去ってしまった。彼はアスナさんを、SAOに生きていた人達を現実世界に帰す為に命を差し出したのに……その想いをあざ笑うかのように、’あの男’はわたし達をここに閉じ込めた。それが許せなくて、でも今のわたしにはどうする事もできなくて……

 

 「―――相変わらずつれない顔だねぇ、ティターニア」

 

 「っ!」

 

 俯いていた顔を跳ね上げ、声の主から隠すようにアスナさんの前に立つ。一体いつから?という疑問を吞み込み、睨みつける。

 

 「おやおや、小鳥ちゃんも相変わらず手厳しい」

 

 「……二度とアスナさんに顔を見せないでくださいと、そう言った筈です」

 

 全身を駆け巡る悪寒を堪えて、声を絞り出す。だが目の前の男は全く意に介した様子は無く、両手を上げて肩を竦めてみせるだけだった。作り物めいた整った顔立ちや、上品な衣服から非常に絵になる筈の仕草だけど、その全てを台無しにするような歪んだ笑みが……どうしようもない位に気持ち悪い。

 

 「サクラ、その人には言うだけ無駄よ。自分に都合の悪い事は覚えられないサルだもの」

 

 「やれやれ、言葉もつれないなぁ。今まで君達に無理矢理手を出した事はないのに」

 

 上辺だけの猫撫で声が非常に不愉快で、今すぐにでも耳を塞ぎたい。

 

 「私達をこんな所に閉じ込めておきながら、よくそんな事が言えるわね。須郷さん」

 

 外を見つめながら、アスナさんは平坦で全く感情の無い声を発する。今の彼女が感情を見せるのは、決まってキリトの夢を見た時だけ。それ以外は心が凍り付いたようになってしまった。

 

 「興ざめだなぁ。この世界の僕は妖精王オベイロン!そしてキミは僕の妻にして女王ティターニアだと、いつになったら受け入れてくれるのかな?」

 

 「それこそ何度も言っているでしょう。私はアスナで、そんなおかしな名前じゃないわ。そして何があろうと、私が貴方の伴侶になる事は絶対にありえない」

 

 目の前の男―――須郷さんが何と言おうと、アスナさんの態度は全く変わらない。

 

 「全く……気の強さだけは随分と成長したようだね。でも最近は、そんな君を手折ってみたいとも思うんだよねぇ―――」

 

 「―――触らないで!」

 

 牢獄に踏み込んだ須郷さんが無遠慮に近づいてくる。彼がアスナさんに触れようとしているのは明白で、我慢できなかったわたしは伸ばされかけていた彼の手を振り払った。

 

 「チッ……まぁいいさ。君がそう粋がっていられるのも今の内だしね」

 

 「……貴方なんかに、負けません……絶対に……!」

 

 「気丈だねぇ……そんな君がいずれ自分から僕を求めるようになると思うと、クク……ゾクゾクするよ」

 

 「何、を……?」

 

 わたしから求める?この男を?そんな事絶対にありえない。だってわたしにはもう、クロトがいる。彼への想いがあるから、怖くても頑張れる。

 

 「君達も知らないだろうから教えてあげるよ。フルダイブ技術っていうのは、何も娯楽市場の為だけの代物じゃあないってさ!」

 

 エメラルドの瞳に狂気を孕んだ光を宿した彼は、芝居がかった仕草で浪々とわたし達に語ってきた。曰く、フルダイブゲームは脳の感覚野に限って電磁パルスを送っている。ならばその枷を外し、脳のあらゆる場所に電磁パルスを送れば……記憶や感情さえも操作できる可能性が充分にあると。だがその研究の為には非人道的な実験が不可欠で、被験者の確保が課題だったが……SAO帰還者の一部のルーターに細工する事で、約三百人のプレイヤーを被験者として確保できた、と。

 

 「許せない……!貴方のそんな身勝手の為に、彼は……わたし達は戦ったんじゃない!!」

 

 キリトをはじめ、今までの攻略で死んでいった人達が、戦いの日々に傷つきボロボロになった人達が脳裏をよぎる。わたし達が足掻き続けた日々を、想いを穢された事に抑えきれない怒りがこみ上げてくる。

 

 「現実世界に帰ったら、真っ先に貴方の悪行の全てを暴いて見せるわ!」

 

 「やれやれ……研究は進展しているって言ったのをもう忘れたのかい?こうしてわざわざ教えてあげたって事は、もう君の記憶や感情を弄る準備が出来上がりつつあるからだと何故気づかない?」

 

 「なっ!?」

 

 冷たい手に心臓を鷲掴みにされたように、恐怖が這い上がっていく。

 

 「ククク……強がってた君の、今にも折れてしまいそうな顔。堪らないよ」

 

 ニタニタとした笑みが、ゆっくりと近づいてくる。目を閉じて一歩下がったその時―――

 

 「―――チッ、あの仕事中毒者(ワーカーホリック)め。売上の報告書は明後日だろうが……解った、(くろがね)には今行くから待てと伝えておけ」

 

 不意に、目の前の男の気配が離れた。恐る恐る目を開くと、彼は目の前に現れたウィンドウに向かって一言二言呟き、踵を返す所だった。

 

 「くろ、がね……?」

 

 「ん?あぁ……レクト本社の営業課のヤツだよ。大方目標通りの利益が出ているかのチェックだろう。全く、自分のガキがSAOに囚われたってのに仕事優先とは……ま、そのお陰であの結城彰三(オジサン)にも気に入られたってのはこの上ない皮肉だろうねぇ!」

 

 いやはや、一労働者として尊敬するよ!明らかな嘲りと共に大笑いする彼の事なんて、すぐに気にならなくなった。

 

 (仕事優先……(くろがね)……間違いない。クロトの、お父さん……!)

 

 大切な人の居場所の手がかりが、思いがけず手に入ったのだ。それも思っていたよりもずっと近くだと。それなら、きっとクロトが助けに来てくれる。

 

 「おや、その眼は何だい?まさか誰かが助けに来てくれるとでも?」

 

 「えぇ、彼なら。貴方の言う全てが貴方を許しても、彼だけは絶対に貴方を許しはしないわ」

 

 抱いた希望を悟られた事に硬直したわたしに変わって、アスナさんが淡々と告げた。わたし達をここに閉じ込め、親友(キリト)の想いを踏みにじったこの男を、クロトが許す筈が無い。地の果てまで追いかけ、その醜く歪んだ顔を殴り飛ばしに来る。

 

 「ククク……彼、ねぇ……それは英雄キリト君(・・・・・・)の事かい?」

 

 その一言にわたしは息を吞み、アスナさんは目を見開いた。漸く彼女の表情が変化した事に気をよくしたのか、須郷さんは上機嫌で声を張り上げた。

 

 「ついこの間会ったよ!君の病室でねぇ!あんな貧弱で死んだ魚みたいな目をしたガキがSAOをクリアしただなんて、今でも信じられないよ!」

 

 アスナさんの表情が変わるさまを、これ以上見せる訳にはいかない。その一心で彼女の頭を掻き抱いて隠す。

 

 「特に君との結婚を教えた時の顔!アレは傑作だったね!!あぁ、君達に画像を見せてやりたいくらいなっさけ無い顔だったさ!」

 

 ひとしきり笑い終えた後、扉へと向かいながらトドメを刺すかのように彼はキリトを嘲る。

 

 「賭けてもいいけど、あんなガキは絶対に来ないよ!そもそもナーヴギアは政府が回収したんだし、アイツにだってもう一度VRにダイブする勇気なんてありゃしないよ!」

 

 「……!」

 

 沸き上がる怒りを堪える為に、腕の中のアスナさんをより一層強く抱きしめる。そんなわたし達に満足したのか、あの人はそれ以上何も言わずに扉横のタッチパネルに暗証番号を打ち込む。程なく扉の開閉音が響き、聞きたくもない足音がゆっくりと遠ざかり……やがて消えた。

 

 「……アスナさん」

 

 「大丈夫、番号は覚えたわ……」

 

 腕の力を緩めてアスナさんの顔を覗き込むと、わたしを死角に鏡を見つめていた彼女は頷いてくれた。仮想世界での生活に一日の長があるわたし達だからこそ気づき、逆に日が浅いあの男では全く警戒していないこの方法を見つけたのは大分前だったけど、タイミングよく彼の退室時に鏡を見る機会が無かった。

 

 「後は、脱出の機会を……待つ、だけ……!」

 

 震える声はそれ以上続かず、アスナさんは再びわたしの胸に顔を埋める。胸元の衣服が心許ない程に薄手で小さなものであるが故に、抱いた彼女が流す涙の熱がはっきりと伝わってくる。

 

 「アスナさん……」

 

 「ごめんなさい……私も、よくわからなくて……!でも……でも、キリト君、が……!」

 

 「ええ、生きてます。だから今はいっぱい……いーっぱい、泣いてください。ここには、わたししかいません」

 

 「うん……!」

 

 アスナさんを抱きしめたまま傍らのベッドに倒れ込み、宥めるように彼女の髪を撫でて、歌う。小さな頃に母が歌ってくれた子守唄に過ぎないけれど……彼女の気が済むまで涙を流し、泣き疲れて眠るまで、わたしは歌い続けた。

 終わりの見えなかった日々に漸く垂らされた、希望の糸。それが折れそうだった心を奮い立たせてくれる。なら―――

 

 (わたしも、頑張れるよ……クロト)

 

 ―――自分にできる事を、全力でやろう。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 ??? サイド

 

 「―――で、どうだ?ダイブした感想は」

 

 「ああ、何もかもが思った以上だったよ。想定外の事もあったけどな」

 

 電話越しに聞こえる声に、おれは一人苦笑する。声の主である少年のムスッとした表情が目に浮かぶが、同時にアイツならそんな事があっても容易く切り抜けただろうと容易に想像できた。

 

 「……ありがとな」

 

 「おいおい、礼はまだいらねぇって言っただろうが」

 

 「お前のお陰で早速一つ、大切なものを取り戻せたんだ。今のはその礼だよ」

 

 「成程なぁ……」

 

 おれも彼も……いや、SAO生還者ならば大なり小なりあの城に大切なものを残している。それはあの世界で愛した誰かであったり、鍛え上げた武具や己のステータスであったり、帰るべき居場所であったり……形や良し悪しはどうあれ、当人にとってはかけがえのないものだった。きっとアイツもその内のどれかが偶然にも取り戻せたのだろう。

 

 (大方、仮想世界への熱意ってとこか?アイツもSAO以来フルダイブはしていなかったみてぇだし)

 

 SAOで彼が全力で生きようとしていた姿を思い出す。時としてNPCすら生きた人として情をかけた程の熱意があれば、きっとアイツはどの仮想世界でも負けはしないだろう。

 

 「そりゃそうとお前、相棒に連絡したのか?アイツなら一も二もなく手ェ貸す筈だろ?」

 

 「……今の俺には、会わせる顔が無いんだ……」

 

 「二人を救うまでは、か?」

 

 「あぁ……」

 

 それっきり、電話越しの少年は押し黙った。言いたい事があっても、上手く言葉にできない……SAOでよく彼が見せていた表情が容易に想像できる沈黙だった。

 

 「あのなぁ……アイツからすりゃ、お前は今でも死んだままなんだぞ?それが生きてるってだけでもデッカイ希望だ」

 

 「そうだけど……!これは俺の不始末なんだ……!目覚めていないあの二人を取り戻すのは、あの城に残してしまった俺のっ……!!」

 

 「バカ野郎が。一人で何でもかんでも背負いこもうとするのは、お前の悪い癖だ。それで何回アイツにブン殴られたってんだ?」

 

 「っ……」

 

 図星らしく、少年が短く息を吞む音が聞こえた。だがそれが返って意地を張らせてしまったらしく、感情を押し殺した声が聞こえてくる。

 

 「それでも……もうこれ以上アイツに頼る訳にはいかないんだ……!俺の……俺一人の所為で、アイツがどれだけボロボロになったのか……!」

 

 「……そうだな」

 

 「だったら分かるだろ!俺の為に何度も傷ついて、死にかけて……何かが違っていたら、俺がアイツの命を使い潰していたかもしれなかったんだぞ……!!」

 

 「それでもアイツは’お前がほっとけねぇ’っつって手を貸す、大バカ野郎だよ」

 

 少年はあの城で共に戦い抜いた親友(あいぼう)に負い目を感じている。確かに彼は二年間アイツに頼りっぱなしだっただろう。共に嫌われ者となり、時として想い人に背を向けて少年の手を掴み続けたのだから。

 

 「もう一度よく考えてみろよ?アイツだってお前の力になり切れなかったって悔やんでいるだろうってのは、お前が一番わかってるんじゃないのか?」

 

 「……」

 

 返答は無い。だが、おれから言うべき事は伝えた以上、後は少年次第だろう。

 

 「言っとくが、おれはアイツの居場所も連絡先も知らないぞ。お前が言わない以上、アイツの中のお前は死んだままだからな」

 

 「……解ってる。それじゃあ、またなエギル」

 

 静かに電話が切られた。あの様子では相棒への連絡は当分しないだろう。

 

 「誰もお前を責める筈ないだろうが……キリト」

 

 本来帰還する筈だった三百人が囚われたままとなり、その一方で死ぬ筈だった自分がのうのうと現実世界で生きている。その事実が日々彼の心を苛み続け、擦り減らしているのはこの店で再会した時から分かっていた。話の分かる役人に直談判し、思いつく限りの知人の本名と連絡先のリストを入手したと聞いた時は、’コイツらしい’とどこか諦めに似た感慨を抱いたのだが……実際連絡がとれたのはおれ一人だけらしい。他の連中は現実との折り合いをつける為の妨げになるかもしれないから会ってない、だとか言ってきた時は思わず生意気な頭を小突いてやったが。

 

 (今にして思えば、それも建前だろうな……)

 

 今のキリトは、自分が生きている事自体に負い目を感じている。その負い目から誰の手も掴めず、傍で支える筈だった少女も今は眠ったまま。

 

 「妙な遠慮しやがって……けど、その通りってのも事実なんだよなぁ……」

 

 SAO生還者は殆どが社会復帰に奮闘している真っただ中で、仮想世界と現実世界のギャップにも苦しんでいる者が多い。それにSAOでは無かった様々なしがらみもあって……全てを投げうってでも誰かを助けられるか?と聞かれても即答できなくなった。SAOでは最悪の場合自分の命だけで済んだ対価が、今のおれにはそこに嫁さんと彼女が守り続けた店が加わっているからだ。

 

 「それでもクロトなら、お前を助けようとするんだろうな」

 

 アイツならば。無茶やらかして大変な目に遭いながらもキリトを助け、対価なんて踏み倒して帰ってくる……そんな姿がありありと浮かんでしまう。

 

 「結局、キリトの事はお前頼みになっちまうのか……クロト」

 

 準備時間故に客のいない店に、おれの呟きは空しく消えていくだけだった。




 あっという間に三が日が過ぎました……アポクリファ終わっちゃいましたし、週末の楽しみが減りました(涙)


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七十四話 始動

 一月末からゴタゴタしてまして……また日をあけてしまいました。


 クロト サイド

 

 フレンド登録してから二日後、アリシャから連絡が来た。領主館?とかいう場所の前にある広場に来い、という事だったが、フィールドに出てばかりだったオレは少々マップと久方ぶりのにらめっこをする羽目になった。それでも時間に余裕を持ってきた事が幸いし、約束の時間の五分前にはたどり着く事ができた。

 

 「にしても、何だってこんなトコで待ち合わせするんだ?」

 

 「カァ?」

 

 オレの独り言に相槌のつもりか反応したヤタに苦笑しつつその頭を指先で撫でた後、広場の何処かにいるであろうアリシャの姿を探す。だが広場にいるのはハイレベルな装備に身を包んだ、一見して手練れと分かるプレイヤー達の集団以外は誰もいない。

 

 (遅刻?いや、いっつもギリギリに来るタイプなのか……?それとも、時間には結構ルーズなヤツか……?)

 

 すぐさまフレンドリストを開き、アリシャがログインしているのを確認したオレはそのままフレンド追跡をしようとし―――

 

 「おー、ちゃんと来てくれたんだネ!」

 

 「……は?」

 

 先程の手練れプレイヤー達の中から、小柄な彼女がひょっこりと飛び出してきた。

 

 「あー、そういう事か。お前小っちぇから気づかなかったぜ」

 

 「そういうキミのアバターも小柄な方なんだけどナー」

 

 「で?お前と一緒にいたアイツ等は何だよ?あんだけ手練れ連れてけるんなら、オレいらねぇだろ」

 

 そう言いつつ彼女と共にいたプレイヤー達を見ると、何故か全員が額を抑えて天を仰いでいた。何となーく苦労人っぽい残念そうなオーラが滲んでいるが、アリシャとは一体どんな関係なのだろうか?

 

 「あぁ……またやってしまったのか」

 

 「同士が増えた事を喜ぶべきか……それとも悲しむべきか」

 

 またやってしまった?同士が増えた?アイツ等は何を言っているんだ?

 

 「ふっふっふ……気になる?気になるのかナ??」

 

 「……帰る」

 

 あ、コレ面倒くさい奴だ。直感がそう告げた瞬間、回れ右をしたオレはきっと悪くない。

 

 「わー、待った待った!言う、ちゃんと言うから帰らないでよぉ!!」

 

 「んお!?」

 

 だがしかし。ケットシーのアバターで相手に背を向けるのは愚策であった。何故ならば、ケットシーの特徴たる尻尾を相手の目の前に見せるからだ。特にオレの尻尾は相当長い、珍しいものらしいからなおさらだ。

 つまる所、彼女は立ち去ろうとしたオレの尻尾を両手で掴んで引き留めたのだ。すぐさまそれを自分の胸に抱き込んだものだから物理的にオレは逃げられない。

 

 「その様子では、すでに領主様が多大な迷惑をおかけしているようだ。近衛隊としてお詫び申し上げる」

 

 「……領主?コイツが?」

 

 苦労人っぽい人達のリーダー各と思しきプレイヤーが突然頭を下げてきた。その彼から告げられた内容がにわかには信じ難く、未だに尻尾を抱き込んだ少女と彼を交互に見る。

 

 「貴方の疑問は最もだが、どうか信じてほしい。この方こそ、我らケットシーを束ねる長である領主―――アリシャ・ルー様なのだ」

 

 真摯に頭を下げる彼をたっぷり数秒見つめた後、思案する為に目を閉じる。彼等の一連のやり取りが全て演技だとしたら、相当なものだ。普通なら疑う事も無いだろう。だが……だが彼等が嘘をついていないと証明できるものだって無い。だとすればこちらが騙されているのではと警戒しなければ、そのツケは自分の命で支払う事に―――

 

 (―――いや、ALO(このせかい)はSAOじゃない。ここで死のうが本当に死ぬ事は、無いんだ)

 

 彼の城の中、自分の目の前で命を散らした者達が脳裏をよぎった。もうあれが誰かの最後の瞬間になる事は永遠に無くなった筈なのだ。だったら―――

 

 「分かったよ。考えてみりゃアリシャが本当に領主かどうかなんざ、調べりゃすぐ分かるしな。それに、もう契約どおり前金は貰ってるし」

 

 「感謝する」

 

 燻って憂さ晴らしにmobに当たり散らす日々を送る位なら、こうして誰かに乗せられるのも悪くは無い。VRMMOを、’命の危険の無いただのゲーム’として楽しむ事が、もしかしたらアイツに報いる方法の一つになるかもしれないから。

 

 「アンタも気苦労が絶えないみてぇだな」

 

 「ははは。その通りだが、そこにやりがいを感じている自分もいてね。そんな苦労人の集まりみたいなものなんだよ、今の近衛隊は」

 

 「……ぜってぇなりたくねぇな、オレは」

 

 思いっきり顔を顰めてやると、他の近衛隊のプレイヤーに憐れむ様に肩を叩かれた。

 

 「諦めたほうがいい。アリシャ様に気に入られた時点で、既に君はこちら側の沼に片足を突っ込んでいるも同然さ」

 

 「開き直って我らが同士になった方が気が楽だぞ」

 

 「……勘弁してくれ」

 

 ため息を一つついてから、未だに尻尾を話さない件の領主に声をかける。

 

 「おーい。依頼をほっぽって帰らねぇから、そろそろ放せって」

 

 「本当に?」

 

 おずおずと見上げる彼女に黙って頷いて見せると、途端に彼女は表情を輝かせた。

 

 「いぇーい!助っ人は無事ゲットできたし、早速出発!」

 

 アリシャの底抜けな明るい号令と共に、オレ達は出発する。

 

 「つーか、いい加減尻尾放せって」

 

 「えー、いいじゃん。結構ふわふわしてていい感じなんだし」

 

 アリシャの様子は玩具にじゃれつく子猫そのものとしか思えなかったが、いいようにされ続けるのは何となく癪だったので反撃を試みる。

 

 「うーん、ふわふわ……」

 

 (無遠慮に頬ずりとか……オレが自由に動かせるの忘れてるだろ)

 

 抱き込まれている為に自由に動かせるのは先っぽの方だけだが、それで充分。タイミングを見計らって―――

 

 「ふぎゃ!?」

 

 「ヒット、だな」

 

 彼女の鼻の頭を、デコピン程度の力で叩く事に成功する。そのはずみで解放された尻尾を己の腰に巻き付けながら、視線を前へと戻す。

 

 「ちょ、今のはヒドイって!」

 

 「人様の尻尾で好き勝手に遊んだお前に言われたかねぇよ。懲りたらもうやるなよ」

 

 「そんナー……」

 

 道中こうやって彼女に悪戯されるであろうと考えたオレの気が滅入ってしまうのは、仕方が無かったとしか言えないだろう。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 首都フリーリアを出てから暫く。道中に出てくるmobを何度か撃破すると、呆けた様子の近衛隊と喜色満面な笑みを浮かべるアリシャの温度差が激しくなった。

 

 「あははっ、やっぱりキミはセオリー無視な戦い方するネ」

 

 「……一人でやれっつったのはお前だろ?こっちは初見の相手だったんだし、セオリーなんざ知らねえよ」

 

 「アリシャ様が戯れに仰る冗談かと思いましたが……まさか実現する程の手練れとは……」

 

 「ね?言った通りすんごい助っ人でしょ」

 

 まるで自分の事のように得意気に胸を張る彼女は無邪気の塊そのもので、とても領主とは思えないが……多分やるときにはやってくれる人なんだろう。というかそうであってほしい。

 

 「―――そろそろ翅が消えます。あそこで一旦休憩にいたしましょう」

 

 近衛隊の内の一人がそう言うと、オレ達全員が指差した場所へと降下する。オレよりもずっとこのゲームをやり込んでいる彼等の案内なら、そうそうmobと鉢合わせする事なく休めるだろう。

 面倒な話だが、オレ達プレイヤーが飛べる時間は決して長くは無い。ある程度の休憩を挟めば再び飛べるが、一度に飛行できる時間が有限である事に変わりは無いし、そもそも日光や月光が届かないダンジョン内では翅が全く使えない。マップ中央付近にある世界樹を攻略し、その上にいるとされる妖精王オベイロンに謁見すればそのプレイヤーの種族全員がアルフへと転生を果たし、飛行時間が無限になるらしいのだが……サービス開始から一年が経過が経った今でもそのグランドクエストを達成した種族はいないとの話だ。一年もあれば、廃人プレイヤー達のチームの内の一つ位がクリアしてそうなものなのだが。

 

 「―――んで?あの蝶の谷っつートコを越えるって話だけど、一体何の為なんだ?領主が仕事投げ出してピクニックとかってワケじゃねぇよな」

 

 「……ここまで来ればいいでしょう。実は今回、我々ケットシーは友好関係にあるシルフと同盟を結ぶ予定なのです」

 

 「同盟?このゲームって他種族と競わせる仕組みじゃなかったか?」

 

 「ええ、基本的にはそうです。ですが種族が異なる者同士でもパーティーやレイドは問題なく組めますし、種族同士の対立などに縛られたくないと中立領の街を拠点に活動するプレイヤー達も一定数います」

 

 「……脱領者(レネゲイド)ってヤツか。領地を捨て、自分の種族への貢献を放棄したとか言われてんだっけ。オレにとっちゃどうでもいい話だけどな」

 

 オレ自身、今の種族はシステムがランダムに選んだだけだし。何より憂さ晴らしにmobに当たり散らすだけで貢献しよう思った事なんざ一度も無かった。

 

 「話を戻しますと、このゲームのグランドクエストは他種族との対立を推奨はしていますが、共闘を禁止している訳ではありません。それに過去に挑み、失敗したサラマンダーから得た情報から察するに……単一の陣営だけでの攻略はほぼ不可能、というのがケットシー及びシルフ領主の共通認識なのです」

 

 「だから、同じ考えを持つ者同士で手を組もうってワケか」

 

 「はい。今回の同盟が実現すれば、現状最大勢力であるサラマンダーを越える戦力になりますし、そうなれば世界樹攻略も夢ではなくなります」

 

 「成程なぁ」

 

 「カァ」

 

 納得して空を見上げて……ふと疑問が沸き上がった。

 

 「記憶違いじゃなきゃ、グランドクエストをクリアできるのは最初に謁見できた種族だけだよな?途中でシルフを蹴落とそうとか考えてんのか?」

 

 「それは―――」

 

 「―――そんな事する訳ないじゃん!疑り深いナー」

 

 一旦ログアウトして休憩していた筈のアリシャが、会話に割り込んできた。オレと話していた近衛隊のメンバーも順番が回ってきたらしく、申し訳なさそうに一礼した後にログアウトする。

 

 「そりゃどっちかしかクリアできないだろうけど……だったらアルフになれなかった方を後で手伝えばいいじゃんっていうのが、アタシとサクヤちゃんの考えなんだよネー」

 

 「後で?」

 

 「だーかーらー、今のグランドクエストをAとするでしょ。でもきっとそれがクリアされれば新しいグランドクエストBが実装される筈だし、それも協力してクリアしましょうって話なんだヨ。それに、世界樹攻略だって一つの種族がクリアしたら他の種族はもう挑めません、って事になるかどうかだって分からないんだし」

 

 「そういう事か。今のグランドクエストがクリア後も消えないなら二回やって両方アルフになる。できなかったとしても次のグランドクエストでも共闘関係を維持して、アルフになれなかった方がクリアできるようにする……どっちにもメリットはある訳だし、いいんじゃないか。片っぽしかアルフになれなかった場合に出てくるであろう領民の不平不満やシルフとの軋轢さえどうにかできりゃ……な」

 

 「うぐぐ……結構痛いトコついてくるネ。ケド、それこそ領主としての腕の見せ所だヨー」

 

 張り切って立ち上がるアリシャに気負った様子は無い。恐らく彼女もある程度は予測していたのだろう。一見抜けているが、確かに人の上に立つ為の器量を充分に備えていると思える。

 

 「順番が回ってきたし、クロト君も落ちなヨ」

 

 「了解。尻尾弄るんじゃねぇぞ?」

 

 「ソ、ソンナコトシナイヨー?」

 

 「棒読みのセリフとか、信用ゼロだっつーの。ヤタ、きっちり見張っとけ」

 

 「カァ!」

 

 元気よく応える相棒にアバターを任せ、オレの意識は現実世界へと一時帰還する。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 大和 サイド

 

 ログアウトしてナーヴギアを外したオレは、すぐさま体を起こす。とはいえリアルの方ですべき事は寝落ちしても大丈夫なように入浴と歯磨きを済ましておく程度だ。じいちゃん達にあわせて夕飯は六時過ぎには済ませてしまったし、そもそもアリシャとの待ち合わせは七時過ぎだった。現時刻は八時半を回った所だし、この時間ならじいちゃん達は風呂に入った後だ。

 

 「じいちゃん、ばあちゃん。風呂入ってくる」

 

 「寒いから、ちゃんと温まりなよ」

 

 「はいはい」

 

 ばあちゃんの忠告に頷き、脱衣所へと入ろうとしたその時だった。

 

 「ただいま」

 

 「大輔か?今日は随分早いな」

 

 (親父が帰ってきた?何で……?)

 

 相変わらずの仕事人間な筈の親父が帰ってきた事に驚き、知らず知らずのうちに体が強張る。

 

 「大和か。ただいま」

 

 「……お帰り」

 

 たったそれだけの言葉を交わして、親父はオレの隣を通り過ぎる。オレと親父の距離は、SAOに囚われる前と殆ど変わっていない。あの城で生きていた間に何を話そうかを多少は考えていた筈なのに……それを口にする事が全くできていなかった。

 

 (オレは……)

 

 未だに親父と向き合えていない。その事実が胸の中でしこりとなって残る。漸く身に着いてきた習慣どおりに体が動く中で、それが消える事は無かった。




 アリシゼーション編のアニメ……楽しみな反面、省略ばっかりにならないかが不安です。
 島崎信長さん(ユージオの中の人にしてFGOのグランドガーチャー)は松岡さん(キリトの中の人)とは大の親友らしいですし、スタッフの人達ってそこらへん考慮して声優決めたんでしょうかね?


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七十五話 飛来する者

 お久しぶり……です。そのくせ短めですみません。


 クロト サイド

 

 「よーし、しゅっぱーつ!」

 

 交代でログアウト休憩を挟んだ後、アリシャの朗らかな声と共にオレ達は蝶の谷へと分け入った。

 

 「カァ?」

 

 「……なんでもねぇよ。なんでも、な……」

 

 ログアウト中に親父と鉢合わせしたのは予想外だったし、その事で動揺しているのは紛れもない事実だが……今はそれに囚われている暇は無い。先程から残っているしこりを無理矢理自分の中に押し込めて、改めて前に目を向ける。

 ダンジョンではあるものの、谷という名の通り日光が差し込んでいる為、ここでは飛行可能らしい。その反面出現するmobも飛行型が多く、特に小型のワイバーンはタフな上に攻撃力も相当な為に中々に厄介だと説明があった。だがそれはあくまで幼体に過ぎないと補足された時に、成体バージョンとうっかり鉢合わせしないようにと咄嗟に内心で祈ったのは、まあ仕方ないだろう……実際のところ、成体の方はネームドではあるが夜行性なので完全な取り越し苦労ではあったが。

 

 「―――ラァッ!」

 

 「グギャァ!?」

 

 小型ワイバーンのかぎ爪の引っかきを受け流して背中に取り付き、首筋を一息に斬り裂く。SAO内でもよく世話になったカウンター系のソードスキル……の模倣だが、染み付いた動きにあわせて半ばオートパイロットで体が動いてくれる為に、感覚を取り戻すのはさほど手間がかからなかった。首筋を斬り裂かれたワイバーンのHPゲージが全損するのを確認するや否や、オレは次の標的を定めた。

 

 「ふっ!」

 

 取り付いていたワイバーンを足場にして踏ん張り、翅とあわせてロケットの如く加速。後方で聞きなれた爆砕音が響くのを聞きながら、鱗粉をまき散らす甲虫型のmobへと突撃する。鱗粉の範囲内に入った途端に表現しがたい異臭に苛まれるが、努めて無視。甲殻の隙間に突き立てた短剣を手放し、二振り目を左手で抜き放ち左下から右上へと一閃。

 

 「ハアッ!」

 

 垂直に振り下ろし、次は右下から左上へと斬り上げ、最後に再び振り下ろす。八の字を描くような剣線が特徴的だったソードスキル、『インフィニット』を模倣した連撃は四割程残っていたmobのHPを消し飛ばし、その身をポリゴン片へと変えさせた。

 

 「よっと……にしてもひっでぇニオイだったな」

 

 「……そこに突貫しようって考える人、まずいないって言った筈だったよネ?」

 

 手放していた右手の短剣を回収しながらぼやくと、呆れた様子のアリシャがポーションを差し出してくれた。

 

 「デバフつくのは鱗粉の中に五秒いたら、だろ?その前にやれるって確信があったから突っ込んだだけだ」

 

 「物理アタッカー泣かせの筈なんだけどナー……mobを足場にするとか、色々常識破りだよキミ」

 

 「……そりゃどーも」

 

 憂さ晴らしにmob狩りをしていた時はゲームの攻略サイトを調べるなんて事はしなかった……というか、そんな発想が欠落していた。その為ゲーム内のセオリーなんて知る事はなく、我流で倒してきたのだ。

 

 (けど……どっかでちゃんと調べねぇとな)

 

 ポーションを飲み干しながら、そんな事を考える。今のオレ―――クロトのステータスはどういうワケかSAOでの能力を引き継いでいるらしくやたらと高い。つまりオレのやり方は悪く言えばステータス任せのごり押しであり、いつまでもそれが通用するとは限らない。

 

 (ホント……情けなくなっちまったよ……サクラ……キリト……アスナ)

 

 今は無き彼の城で心を通じ合わせた大切な人達を想う。例えそれが、届かないと分かっていても……そうせずにはいられなかった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 無事に谷を抜けてから少し。オレ達は適当な台地に降り立っていたシルフと思しき集団と顔を合わせていた。

 

 「ちょっと遅れちゃったみたいかナ?ゴメンねサクヤちゃん」

 

 「気にするな。こちらが予定より早く来すぎただけさ」

 

 道中で教えてもらっていたが、サクヤと呼ばれたプレイヤーがシルフの領主らしい。ほとんど黒に近いダークグリーンの長髪に刃のような鋭さを感じさせる美貌が特徴的な、和風の装束が似合う女性プレイヤーだ。

 

 「だが、ルーも予定より大分早いな?蝶の谷を抜けるのにもうしばらくかかると思っていたのだが」

 

 「とーっても頼りになる助っ人がいたからネー」

 

 「ほう?……そういえば一人、近衛隊とは別の者がいるが……彼の事か?」

 

 こちらに視線が向けられるのを感じたオレは、とりあえず会釈をしておく。アリシャが友人感覚で話している様子から察するに、向こうも礼儀等にそこまで細かく気にするようなタチではないだろう。

 

 「―――前は他のゲームやってたみたいでサ、初めて会った時は地上戦だとぶっちぎりなのに補助コントローラー無しじゃ飛べなかったんだヨ」

 

 「そうか。あまり弄り過ぎて愛想をつかされないように気をつけておけよ」

 

 「ヒドイなぁもうっ。そんなにイタズラしてないもん」

 

 ……別にオレを話題にしなくていいだろうに。というか交渉はいつから始まるんだ?

 

 「世界樹攻略、か……」

 

 ストレージにどうにか押し込んでいたテーブルや椅子を並べる近衛隊の連中の向こう側に聳え立つ世界樹へと視線を向け、ぼんやりと呟く。もしここに相棒(キリト)がいて……彼女達に手を貸してほしい、と頼まれたら。

 

 (きっと……いや、間違いなく協力するだろうな。アイツは……お人好しだし)

 

 虚しい。不意に思い出した親友はもういないのに……それなのに、彼がいたらどうするだろうかと考えてしまう。そんな事をしたってアイツは帰ってこないし、胸の痛みが消える事も無いというのに。

 いつの間にか会議が始まっていたが、一度思考の海に沈みだしたオレには全く入ってこなかった。

 

 (キリト……)

 

 夕日を背に半ば透けた身で儚く微笑んでいた彼の姿が、脳裏をよぎる。次いでフラッシュバックするのは、ヒースクリフ……いや、茅場晶彦と相打ちを果たし、砕け散った後ろ姿。

 こんな筈じゃなかった。オレ達は誰もアイツが犠牲になる事を望んじゃいなかった。アスナとの未来が、ハルとの日常が、ユイとの再会が……キリトを待っていた筈だった。

 

 (オレは……!)

 

 あの時何かができた筈だと叫ぶ一方で、そんなものは無かったと冷ややかに囁く自分がいる。何度も繰り返し、それでいて答えの出ない自問自答に、オレは苛まれる。

 

 「カアァ!カアァ!!」

 

 「っ!?敵だ!!」

 

 肩にとまっていたヤタが弾かれたように鳴き声を上げる。特大の警告を示すそれに反応したオレはすぐさま周囲を見回しながら叫んだ。

 

 「な……何だあれは!?」

 

 異常はすぐに見つかった。南東方向から黒い影の群れが此方向けてまっすぐに迫っている。ヤタが付与してくれる索敵スキルと種族補正によって強化された視力を活用すると、深紅に煌く翅が見えた。

 

 「赤い翅って確か―――」

 

 「―――サラマンダーだネ!方角からしてもそれ以外当てはまらないヨ!」

 

 各々の武器を構えながらも、この場にいた誰もが大なり小なり取り乱している。本来この会談は極秘だと聞いている以上、お互いにこの情報は慎重に扱っていたと思われる。

 

 「何故ここにサラマンダーが……!」

 

 「情報が漏れていたのか?だが一体どこから!?」

 

 「んな事は後だ!クソッ、今から飛んだって加速しきってる向こうに追いつかれる……!」

 

 翅の飛行速度は自らの脚で走るよりも圧倒的に速い。ヤタの索敵範囲ギリギリにいた筈の連中は、気づけばその距離を半ばにまで縮めている。

 

 「……百はいかねぇが、五十は越えてるのは間違いねぇ。どうやら連中、大分前から会談の情報を握ってたみたいだぜ?」

 

 「……信じたくはないが、誰かが裏切っていたのだろう。我々が討たれればシルフとケットシーは大幅に勢力を落とすと共に関係が悪化するのは目に見えている。サラマンダーからすればメリットだらけだ」

 

 「サクヤちゃんってば、冷静に考察してる場合じゃないヨ!」

 

 「つかアンタらはさっさと逃げろ!いつまでそこにいやがるんだよ!!」

 

 二振りの短剣を引き抜き、足に力を籠める。

 

 (まだ……もう少し……!)

 

 こちらから突撃しても、向こうが魔法や弓矢で迎撃しきれないギリギリの距離。その瞬間が来るのを、逸る心を押さえつけて待つ。時間感覚が引き伸ばされ、非常に長く感じられる一秒、また一秒と時が過ぎていく。

 

 (指揮官は……アイツか……?)

 

 五人ずつのくさび型のフォーメーションで迫るサラマンダー達の中でも、一際レアリティの高そうな防具に身を包み両手剣を背負ったプレイヤーに目をつける。向こうの指揮系統は解らないが、仮に指揮官を強襲し打ち取る事ができれば……部下であろう他のサラマンダー達は混乱し、一時的に烏合の衆となるだろう。そうなれば領主二人がこの場から離脱するきっかけができる。

 

 (……分の悪い賭けだが……お前ならこんぐらいの無茶、やってみせるだろ?キリト……!)

 

 僅かに振り返って不敵な笑みを浮かべる黒衣の後ろ姿が脳裏に蘇る。あの表情をした後、アイツはサラリととんでもない事をしでかしてきたのだ。それこそ、思いついた悪戯を試そうとするかの如く。今まで散々振り回されてきたその背中に、負けるものかと闘志が頭をもたげる。それによって高揚したためか、こんな状況で口角が吊り上がる。だがそれに構う事なく刻一刻と迫るタイミングに備え、飛び出す為に限界まで力を溜め―――

 

 (三……二……一……)

 

 ―――漆黒の弾丸が、轟音と共に降り立った。

 

 「双方、剣を引けぇ!!」

 

 次いでこの場に響き渡る、誰かの叫び声。どうやらサラマンダー達の後ろから隕石の如く飛来した何者かが、周囲の者達の反応をよそに叫んだらしい。というかあり得ないだろって言いたくなる声量を発した本人はあろう事かオレの目の前に降り立った為、思考が若干他人事っぽくなった。

 

 「一体、ドコのバカだよ……!?」

 

 アバターに鼓膜があれば間違いなく破れていただろう大音量をいきなり二連続で聞く羽目になったオレは思わず悪態をつく。もうもうと立ち込めていた土煙が薄れると、身の丈に迫る大剣を担いだ黒衣の背中が現れる。そこから伸びるクリアグレーの翅からして、十中八九スプリガンだろう。よほど度胸があるのか、この場にいる者達ほぼ全員からの視線を一身に浴びながらも、全く臆した様子は無かった。

 

 「指揮官に話がある!」

 

 声からして少年と思しきスプリガンはふてぶてしい態度を崩さずにサラマンダー達へと叫ぶ。彼に気圧されたのか、サラマンダー達は僅かに後ずさる。スプリガンの連れと思われるプレイヤー達が領主の傍へと降り立つのが視界の端で見えたが、誰もがスプリガンの少年に釘付けな為に止める者はいない。僅かな沈黙の後、サラマンダー達が左右へと別れ……オレが指揮官だろうと睨んでいた両手剣使いがスプリガンの少年の前へと降り立った。

 

 (アイツ……強いな)

 

 直接対峙している訳では無いが、それでもサラマンダーの指揮官からにじみ出るプレッシャーから強者である事が察せられた。だが……

 

 「スプリガン風情がこんな所で何をしている。どちらにせよ殺す事に変わりはないが、その度胸に免じて話だけは聞いてやろう」

 

 だが、そんな強者と対峙している筈の黒衣の少年は顔色一つ変えていない。サラマンダーの指揮官から片時も離されない瞳には力強い光が宿っており、彼の精神の強靭さを窺わせる。そんな彼に人知れずオレは安心し―――?

 

 (何だ……?)

 

 ―――オレはこの背中を知っている(・・・・・・・・・・・・・)?一体いつ何処でこの背中を見たのか、沸き上がる疑念に記憶を探ろうとした……その時。

 

 「俺はキリト(・・・)。スプリガン・ウンディーネ同盟の大使だ」

 

 「は……?」

 

 黒衣の少年が名乗り上げた。



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七十六話 黒から黒へ―――

 ここ最近では少し早く上げられた……かもです。


 クロト サイド

 

 「俺はキリト(・・・)。スプリガン・ウンディーネ同盟の大使だ」

 

 「は……?」

 

 黒衣の少年の名乗りに、頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。およそ二カ月前、今は無き鋼鉄の浮遊城に囚われたオレ達を解放するためにその命を散らした親友と同じ名前だと……?

 キリト、という名前は決して珍しいものではないだろう。それは彼自身もそう言っていたし、普通に考えれば同じキャラネームの別人の筈だ。

 

 「この場を襲うという事はつまり……サラマンダーは我々四種族との全面戦争を望むという事だな?」

 

 なのにオレは……この背中に、そしてこれだけの事をしでかしておきながらなお堂々とした態度を崩さぬクソ度胸に既視感を、そして頼もしさを感じている。

 

 「スプリガンとウンディーネが同盟だと……?」

 

 そしてサラマンダーの指揮官は、キリトと名乗った少年の言葉に驚いていた。それは彼の部下たちも同じだったが、そんな中でもいち早くサラマンダーの指揮官は表情を戻す。

 

 「たった一人の護衛しかいない貴様が大使だと、そういうのか?」

 

 「ああ、そうだ。この場にはシルフ・ケットシーとの貿易交渉に来ただけだからな。だが会議が襲われたとあればただじゃすまないぞ?四種族で同盟を組み、サラマンダーと対抗する事はまず間違いないだろう」

 

 ……いや、それ絶対ブラフだろ。と、喉まで出かかった言葉を何とか吞み込むが、向こうにとっちゃ頭の痛い話だ。大使を名乗る少年がスプリガンの領主でない事は明白であり、この場でキルしても組織としては旨みはほぼゼロ。だが彼がターゲットであるシルフ・ケットシーの領主を討つ事を妨害してくるのは間違いない為、切り捨てなければならない。尤も、一見して大した装備もないし、肝心のウンディーネがいない以上は彼の言葉なぞ取るに足らないと考えるだろう。

 しかし……もし本当に彼が大使であった場合……それもこの場でキルされる事を前提として敢えて信用されないであろう装いで来ていた場合、スプリガン―――彼の言葉が本当であれば同盟関係にあるウンディーネも―――は種族として無傷のままサラマンダーへと攻める大義名分を得てしまう。

 領主を討たれ大幅に弱体化したシルフ・ケットシーだけが相手ならば勝てるだろう。だが万が一そこにマイナー種族とはいえ勢力としては無傷なまま戦う理由を得たスプリガンと、ウンディーネが加われば……サラマンダーが四種族の物量に押しつぶされる事は火を見るよりも明らかなのだ。

 この場にいる者達を打ち取れば、莫大な利益を得られる。だがその直後に四種族からの袋叩きに遭うかもしれない(・・・・・・)。上に立つ者である以上、自分達の種族が破滅の道へと進む事だけは決してできない……筈だ。

 

 「……僅か二人、それも大した装備もない貴様の言葉……にわかには信じがたいな」

 

 (ダメか……!)

 

 だが所詮、それはキリトと名乗る少年の言葉が真実であれば、である。何よりオレ達ケットシーとサクヤ達シルフは少年の言葉がでっちあげである事なんて分かり切っているのだ。元々この場にスプリガン・ウンディーネの大使が来るなんてあり得ないのだから。全員がそれを気取られないよう、表情を動かす者はいなかったが……サラマンダーの指揮官は黒衣の少年の言葉をブラフと切り捨てた。

 

 「だが……それを言えばそんな装備でスプリガン領からこの場までダンジョンを、それも二人で乗り越えてきた事も信じがたいな。おれの攻撃を三十秒耐えきれたなら、貴様を大使として認めてやろう」

 

 「……へぇ、随分と気前がいいね。スプリガン(こっち)がアンタ等を攻める口実の為に、俺がわざと負けるとか考えてないのか?」

 

 「フン。剣を交えれば貴様が手を抜いているかどうかなど、すぐにわかる」

 

 「成程、その通りだ」

 

 ……あの指揮官、ただの脳筋ってワケじゃねぇな。確かに各領地から世界樹までの間には等しく山脈が立ちはだかっていて、それぞれにそこを通過するための道としてダンジョンが存在する。勿論そこに出現するmobは相当強く、一級品とは思えない装備のプレイヤーがごく少人数で突破するなんてまず考えられない。だとすればプレイヤー側に装備品の質と人数の不足による不利を跳ね返せるだけの強さがある……あの指揮官は瞬時にそこまで考えたのだろう。彼と剣を交え、強さが本物であるならば後退を。そうで無ければ偶然ここまでたどり着いただけの雑魚の虚言に過ぎなかった、と。どのみちこっちはサラマンダー達に囲まれていてまず逃げられないのだ。

 真紅の偉丈夫と黒衣の少年が、各々の背中から長大な剣を抜き放つ。次いで両者は翅を震わせ浮かび上がり……ある程度の高度で同時に止まった。

 沈黙。だが両者の間では既に何度も鍔迫り合いが繰り返されているのだろう。見ているこちらまで、彼等からの殺気で全身の産毛までピリピリと張り詰めるようなこの感覚。それはSAOで実力者同士の決闘、そのカウントダウン中に幾度となく経験してきたものだ。

 相手の初撃はどんな軌道か。自分はそれを避けるのか、迎え撃つのか。それともこちらが先に仕掛けるのか。そして相手はどう動き、自分はそれを踏まえて―――そんなシミュレーションを繰り返して予め対策をとり、相手には対策を取らせない。水面下での戦いは既に始まっている。

 

 「まずいな……」

 

 「え……?」

 

 「何なの?」

 

 サクヤの呟きに、黒衣の少年と共に飛来したシルフとスプリガンの少女達が反応する声が聞こえてきた。

 

 「あのサラマンダーの両手剣、レジェンダリーウェポン紹介サイトで見た事がある。魔剣(まけん)グラム……という事はつまり、あいつこそサラマンダー最強の男、ユージーン将軍だろう。知っているか?」

 

 「な、名前くらいは……」

 

 彼女達のやり取りを聞いていると、彼等に動きがあった。

 

―――空を覆う雲の隙間から光の柱のように幾本も零れた日光の一つが、ユージーンの両手剣に当たりまばゆく反射する。

 それを合図に、真紅の偉丈夫は黒衣の少年へと迫る。予備動作の無い高速の突進により、二人の距離は刹那の時間でゼロとなる。だが少年もそれに即座に対応してみせた。弧を描きながら迫る両手剣を迎え撃つ為に、最小限の動きで巨剣を掲げる。相手の一撃を受け流し、そのままカウンターを叩き込む算段か―――そう思った次の瞬間、あり得ない事が起きた。

 

 「なっ!?」

 

 「い、今のは!?」

 

 ユージーンの両手剣が巨剣と衝突する瞬間に刀身が霞み、すり抜けたのだ。しかも巨剣をすり抜けた後は普通に実体を保っているのか、少年の胴へとぶち当たる。彼は体制を立て直す暇すらなく、地面へと叩き付けられた。僅か一合の間に起きた異常事態に、シルフとスプリガンの少女達は絶句する。

 

 「魔剣グラムには、エセリアルシフトっていう、剣や盾で受けようとしても非実体化してすり抜けてくるエクストラ効果があるんだヨ!」

 

 「そんな……!」

 

 「いくらお宝武器だからってズル過ぎるよ!」

 

 アリシャの解説に少女達が驚愕する隣で、オレはもう一つの事実に同じだけの衝撃を受けていた。

 

 (アイツ、あの距離で反応してやがった……!)

 

 強化した視力により、全てを見る事ができた。黒衣の少年が初見であるエセリアルシフトに驚愕しながらも、僅かとはいえ回避行動をとってみせた瞬間を(・・・・・・・・・・・・・・)。あのコンマ数秒の世界では、仮に目で追えても体を反応させられる者なんてまずいない。だというのにあの少年は上段から迫る両手剣が己の剣で防げないと分かると、即座にユージーンの胴を蹴り飛ばし、その反動で離れようとしたのだ。完全に回避する事こそかなわなかったが、受けた傷はそれなりに浅くなり致命的なダメージには至らなかった筈だ。

 

 「オオォォォ!」

 

 雄たけびと共に、土埃の中から黒い弾丸がユージーンへと襲い掛かる。だが真紅の偉丈夫は少年の突進をしっかりとガードし、ダメージは殆ど見受けられない。黒衣の少年も防がれる事を想定していたのか、迷う事なく巨剣を振るう。しかしユージーンも魔剣グラムの性能におぶさっているだけの弱者ではないようで、高速で繰り出される重い斬撃を的確に防御してみせる。防がれて尚、黒衣の少年は手を休める事なく剣を振るい続けるが、今一つ攻め切れていない様子にオレは違和感を覚えた。

 

 (空中戦に慣れてない……?いや、あの動き……何で……!?)

 

 何故……何故あのスプリガンの少年に、相棒(キリト)の姿が重なって見えるのか。戦いの中で急速に膨れ上がる疑問をよそに、両者は再び動いた。どういう訳か空中戦の経験が乏しいらしい黒衣の少年が見せた僅かな隙を、ユージーンは見逃さずに反撃にでたのだ。繰り出される魔剣を反射的に防ごうとし、次いで体を捻って直撃だけは避け続けるものの……あの少年が追い込まれているのは明白だ。

 

 「ッ!……おい!もう三十秒経っただろ!さっきの宣言はどうした!?」

 

 ユージーンが少年の腹を深々と斬り裂いた瞬間、堪えきれずにオレは叫んだ。戦士として真剣勝負に水を差すのは気が引けたが、こっちは何が何でも領主たるアリシャ達を討たせる訳にはいかない。

 

 「けほっ……そういやそうだったな。所詮は口約束、とか言って踏み倒すのか?」

 

 「すまんな、今はお前ほどの猛者との闘いに滾って仕方がない。その約束は首を取るまでに変更だ」

 

 ニィ、と獰猛な笑みを浮かべる真紅の偉丈夫から、はち切れんばかりの殺気と闘争心が溢れだす。

 

 「……そうかよ。ならこっちもどうにかアンタの首を取るしかないか」

 

 相手の様子を理解しながらも、黒衣の少年は能面のように表情を消し去る。使命の為に己の心を殺した闇色の瞳に、オレは息を吞んだ。

 

 ―――オレは……あの瞳を、知っている(・・・・・)

 

 あぁ、そうだ……そうだった。あの瞳をした少年はたった一人、アイツしかいない。こんな簡単な事すら分からない程、オレは腐っていたんだ。

 

 ―――信じよう。彼が、親友(キリト)なのだと。

 

 再び打ち合う両者。縦横無尽に空を駆け巡る黒と紅が幾度となく交差し、その度にダメージエフェクトが鮮血のように飛び散る。

 

 「……いかんな。プレイヤー側は互角だろうが、武器の性能が違い過ぎる。あの魔剣グラムに対抗できるとすれば、聖剣エクスキャリバーしかないと言われているが―――」

 

 「―――そっちは入手方法すら不明だった筈だヨ……」

 

 「キリト君……!」

 

 「だ、大丈夫だって。キリトならきっと……」

 

 険しい表情で呟くサクヤとしょんぼりと猫耳を垂れ下げるアリシャ。そしてキリトの連れらしいシルフの少女が祈るように手を握り合わせ、スプリガンの少女がそれを宥める。皆彼の敗色が濃い事を察しているのか、一様に不安げに声が震えていた。

 

 「なぁアンタ等、ちょっといいか?」

 

 「うにゃ、クロト君?」

 

 突然オレに話かけられたからか、四人とも驚いた様子でこちらを見る。

 

 「あの両手剣……あの効果って連続で使えるのか?」

 

 「何を言っている?それができるからこそ彼はユージーン将軍の攻撃を防げないだろう」

 

 「あー、そうじゃなくてだな……一回の斬撃で剣を二本とか、剣と盾とか……二段構えの防御をすり抜けるのかって聞きたいんだよ」

 

 「うーん、実物持ってるのはユージーン将軍だけだから確証はないけド……流石にそれはできないんじゃないかナー?」

 

 アリシャの言葉に、それが妥当だろうと皆が頷く。幾らなんでもエクストラ効果のリキャストタイムが一秒未満なんて事があったら、それこそゲームバランスが崩壊するだろう。例えそれが超級のレア武器であっても。

 

 「だが、そんな事を聞いてどうする?彼の劣勢は変わらないのだぞ」

 

 「ちょいと考えがあってな……」

 

 訝しむサクヤ達には悪いが、とりあえず彼女達の装備を確認する。

 

 (サクヤの太刀は……長すぎるな。アリシャはクロ―、スプリガンの方は短剣で論外……)

 

 オレのストレージ内に片手剣は無いし、この場で見つからなければそれこそお陀仏は確定になる。半ば祈る気持ちで残るシルフの少女を見て―――

 

 「悪い、それ借りるぞ!」

 

 「え?ちょ、ちょっとぉ!?」

 

 こうしている間もキリトは刻一刻と追い詰められている。彼女には悪いが、時間が惜しいのだから許してほしい。少々無遠慮にシルフの少女が腰に帯びていた剣を鞘から引き抜くと、素早く(あらた)める。

 

 (刀か……?いや、昔はこんな片刃で反りのある剣だってぶん回してた……!)

 

 SAOでも刀っぽい外見の片手剣は結構あったし、コイツの長さはキリトが振り慣れた剣と同等。唯一惜しいのは重さがアイツの要求には足りない事だが、そこら辺は何とかできる筈。なら、あとは届かせるだけだ。

 

 「―――ねえキミ!一体何のつもりなのよ!」

 

 「用が済んだなら、それリーファに返しなさいよ!」

 

 叫ぶ彼女達をスルーし、オレは空を駆ける漆黒の背を睨む。アイツの動きは記憶に焼き付いた通り……今!

 

 「相棒ぉぉぉ!!」

 

 あらん限りの声と共に、手にした得物を振りかぶる。一瞬だけこちらを見た彼と、目が合った。

 

 ―――受け取れ!

 

 ―――ああ!

 

 刹那の時間で充分だった。声を出さずとも通じ合ったと確信しながら、オレは構えた得物をブン投げる。オレの腕を離れた刀はまっすぐに飛んでいく。

 

 「ぬううぉぉ!」

 

 真紅の弾丸となってユージーンが迫る中、キリトはこちらを見る事なく左手で刀を受け取った。なおも迫る真紅の偉丈夫より放たれた斬撃が、迎撃の為に繰り出された巨剣をすり抜ける。

透過した魔剣は黒衣の少年へと襲い掛かり……甲高い金属音と共に、弾かれた。コンマ数秒差で振り抜かれた左手の刀によって。

 

―――さぁ、見せてやれ……キリト!

 

 「おぉ―――あああああぁぁぁ!」

 

 雷鳴の如き雄たけびと共に、漆黒の剣閃がユージーンを斬り裂いた。ここから……親友(キリト)の反撃開始だ。




 気づけばアインクラッド編完結から約一年……時間が経つのが早いです……


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七十七話 再会、友よ

 あ~づ~い~

 この暑さ、どうにかならないんでしょうか……?それはそうと、お久しぶりです。今回は、いつも以上に難産でした……


 クロト サイド

 

 「何、あれ……?」

 

 後ろにいる誰がが、そう呟く。防戦一方から攻勢へと転じた相棒の姿に、気づけばオレは口角を釣り上げていた。

 

 ―――二刀流

 

 両の手に剣と盾ではなく、剣と剣を持つそれは、概念としては決して新しいものでは無い。過去のゲームでなら、誰だって一度くらいは二刀流のキャラクターを見た事があるだろう。他者とは比べ物にならない程の手数を活かして繰り出される怒涛の連撃アクションは見ていてカッコイイし、使っていて楽しい。

 だがVR……実際に自分で操るとなると話は別だ。理由は単純……二刀を操るのは恐ろしく困難だからだ。彼の鋼鉄の浮遊城で二刀流と双剣、長さこそ違えど両手に剣を持ち戦うこれらのスキルが発現してからのオレ達の特訓はそれはひどいものだった。

 両手の剣同士をぶつけて自滅したり、攻撃する手が左右で偏ったり……他にも様々な障害が立ちはだかり、暫くは剣一本の時よりもずっと弱いままだったのは苦い思い出だ。だが、その分の見返りは充分……いや、それ以上だった。特に二刀流スキルは他の武器スキルとは一線を画す程の連撃数を誇る専用ソードスキルが目白押しだったし、真紅の騎士との決闘(デュエル)で見せたように、通常の攻撃だって恐ろしいまでの高速戦闘を可能にしたのだから。

 

 「―――ぬううぉぉ!」

 

 「あああああぁぁぁ!」

 

 そして今、キリトはまさに攻防一体だった。切り札である魔剣グラムのエセリアルシフトを使っても二本目の剣に阻まれ、透過した一本目がそのままユージーンへと襲い掛かっていく。逆に真紅の偉丈夫が防御に徹しようとしても、キリトの怒涛の連撃を、それも初見で見切る事は困難だ。一つ、また一つとダメージエフェクトが鮮血のように自分から噴き出していくのを、ユージーンは止められない。気づけばキリトにユージーンの剣が届く事は無くなっていた。攻めても守っても、勝ち目が無い……だが、そんな状況でなお、真紅の偉丈夫の目から闘志が消えていなかった。

 

 「お……おおお!」

 

 突如ユージーンが生み出した半球状の炎の壁によって、キリトの剣が阻まれる。次いで壁が轟音と共に爆ぜると、両者の間合いは大きく開いた。

 

 「墜ちろおおぉぉ!!」

 

 吹き飛ばされ、怯んでいるキリトへと、ユージーンが突進する。全身全霊、大上段の唐竹割が迫り―――

 

 「っ!」

 

 ―――紙一重で躱してみせた。漆黒の瞳は迫り来る魔剣を完全に捉えていたのだ(・・・・・・・・・・)

 

 「ら……ああぁぁ!!」

 

 すぐさま攻めに転じた彼の剣舞に、懐かしさが込みあがってきて仕方がない。右で中段を斬り払い、間髪を入れずに左で突く。体ごと回転して両方の剣で水平に斬る。今度は左右の剣が交差するように斬り下ろし、刃を返して逆の軌道で斬り上げる。脳裏に焼き付く程に見てきたあの剣技を、見間違える筈が無い。

 

 (『スターバースト・ストリーム』……!アシスト無しで完全に再現かよ!)

 

 つくづくアイツのやらかす事には驚かされる。今思えば、そんな所もアイツが他人を惹きつけ続ける魅力の一つなのだろう。相棒の変わらぬ姿に、目頭が熱くなる。

 

 「あああああぁぁぁ!」

 

 そして十六連撃目となる渾身の左突きが、ユージーンの胸を貫いた。その直後に彼の体が派手に燃え崩れていき……小さな炎だけが残る。今のがこのゲーム内での死亡エフェクトである’エンドフレイム’と、蘇生待ち状態を示す’リメインライト’なのだろう。

 誰一人として、言葉を発しようとしなかった。この場にいる全員が、あの二人の決闘に魅入られていたのだ。長い沈黙に包まれた空気を破ったのは、サクヤだった。

 

 「見事、見事!」

 

 張りのある声と共に、彼女は両手を大きく打ち鳴らす。

 

 「すごーい、ナイスファイトだヨ!」

 

 アリシャが彼女に続くと、親衛隊が盛大な拍手を鳴らし、それがシルフ側へと伝播し―――なんと敵対している筈のサラマンダー達にまで及んだ。

 

 (そうだったな……ALO(ここ)SAO(デスゲーム)じゃない。白熱したバトル見て、熱くならないゲーマーはいない、よな……)

 

 先程までの気迫が嘘のように朗らかな笑みを浮かべ、割れんばかりの歓声に応えるキリト。彼の姿を見て、熱くなった目元を擦る。今は泣いてる場合じゃあないのだから。

 

 「おーい、誰か蘇生魔法頼む!」

 

 「ああ、分かった」

 

 キリトの呼びかけに応えたサクヤが彼の許へと舞い上がり、リメインライトとなったユージーンへ向けてスペルワードを詠唱する。無事に詠唱が済んだ魔法が発動すると、彼女の両手から放たれた光が小さな炎を包み……やがて人の形を取り戻していく。最後にひと際強く放たれた光が収束すると、リメインライトがあった場所に、蘇ったユージーンの姿があった。静寂を保ったまま三人が台地の端に降り立つと、程なくユージーンが口を開いた。

 

 「見事な腕前だな。おれが今まで見た中で最強のプレイヤーだ、貴様は」

 

 「そりゃどうも……って言いたいけど、良かったのか?こっちが手助けしてもらったのは」

 

 「おれも自分の言葉を違えたのだ、あれくらいは認めるべきだろう。むしろ……貴様のような強者の実力をこの身で味わえたことに、歓喜しているさ」

 

 獰猛な笑みを浮かべるユージーン。……どうやらアイツも戦闘狂(バトルジャンキー)だったか。まぁ、さっきオレがやった事を咎める気が無いっていうのはありがたい。こっちもなりふり構っていられなかったとはいえ、一騎打ちに水を差したのは変わらないんだし。

 

 「それで俺の話、信じてもらえるかな?」

 

 そう。一番大事なのはそれだ。向こうがちゃんと条件通り信じてくれるかどうか。領主二名の命がかかっている為、今もこちらは気が気でない。ユージーンも考える様に目を閉じて沈黙しており、その心境は窺い知る事ができない。

 

 「―――ジンさん、ちょっといいか」

 

 「カゲムネか、どうした?」

 

 そんな時、サラマンダー部隊の中から一人の男がやってきた。他のサラマンダー同様に重鎧にランスといういで立ちだが、雰囲気から察するにユージーンとはそれなりの仲の様だ。

 

 「昨日、おれのパーティーが全滅させられたのはもう知っていると思う」

 

 「ああ」

 

 「その相手が、まさにこのスプリガンなんだけど―――確かに、ウンディーネの連れがいたよ」

 

 彼の言葉に思わず視線をキリトへと向けると……ほんの一瞬、それも極僅かに眉が動いた。

 

 「それに、エスの情報でメイジ隊が追っていたのもコイツだ、確か。どうやら撃退されたらしいけど」

 

 エス、というのが誰かはよく分からないが、恐らく間者かソレに準ずる者の事だろう。何故カゲムネという男がキリトの言葉を肯定する証言をしたのかは不明だが、今はそれがありがたかった。ユージーンは暫く沈黙していたが、やがて顔を上げる。

 

 「そうか」

 

 次いで全てを察した様に笑みを浮かべた。

 

 「そういう事にしておこう」

 

 その一言に安堵するオレ達を後目に、彼はキリトへと向き直る。

 

 「確かに現状でスプリガン、ウンディーネと事を構えるつもりはおれにも領主にも無い。この場は退こう―――だが貴様とは、いずれもう一度戦うぞ」

 

 「望む所だ」

 

 互いに片頬を釣り上げ、拳同士をぶつけ合う。再戦を誓ったユージーンは翅を翻して飛び立った。カゲムネはキリトへと不器用なウィンクをしてから、それに続く。どうやら彼等の間で何らかの貸し借りがあったらしい。

 周囲を囲んでいたサラマンダー達全員が飛翔し、その姿が見えなくなってから漸く皆も緊張を解く事ができた。

 

 「―――サラマンダーにも話の分かるヤツがいるじゃないか」

 

 「……ホント、ムチャクチャだわ」

 

 「キリトの図太さにこっちはヒヤヒヤしたよ。よくアイツに愛想つかされなかったね?」

 

 「うっ、それは……」

 

 連れの少女二人に呆れられたキリトは、苦笑と共に頬を掻く。姿こそ違えど、その仕草は二年間ずっと見てきたものと寸分の狂い無く合致していた。それが嬉しい筈なのに―――オレは動く事ができなかった。

 

 ―――オレはキリトに、どう声をかければいいのだろうか……?

 

 死を認めない、リアルのお前を探す。あの時そう言ってからこの二カ月間、オレは彼が告げた住所へと行けなかったのだ。

 もし本当にキリトが死んでいたら……その事実を認める事が、その時ハルから責められる事が怖かったから。実際彼は何とか生きていてくれたが、オレが自分の言葉を否定してしまったのは変えようのない事であり、そんなオレは彼に何と声をかけるべきなのかが分からなかった。

 

 「すまんが、状況を説明してもらえないだろうか?」

 

 オレがゴチャゴチャ考えていると、サクヤが咳払いと共ににキリト達へと声をかけた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 キリト達の話によれば、今回サラマンダー達が強襲してきたのは、シルフの執政部にいるシグルドという男が内通者だったからだという。パワー志向型の彼はキャラクターの数値的強さだけではなく権力を求めており、サクヤの推測ではシルフ(じぶん)がサラマンダーの後塵を拝する現状が許せなかったらしい。

 なら何故シグルドはシルフを弱らせ、サラマンダーを強くさせようとしたのか?という疑問が沸き上がったが、それも次のアップデートで実装されるかもしれない転生システムがあったからではないか、とサクヤ達は推測した。シルフ領主(サクヤ)達の首を差し出せば、サラマンダーに転生させてやるという密約がシグルドとモーティマー……サラマンダーの領主と交わされていたのだろう、と。

 で、そのシグルドは覚悟を決めたサクヤによって、先程シルフ領から追放された。向こうの内乱の所為で危うい目に遭ったこっちとしては文句の一つくらいは言いたくなったが、そこはアリシャがサクヤの謝罪一つで終わらせてしまった。彼女達の仲が元々良好だった事や、アリシャの性格を近衛隊が把握していた事もあって誰も異を唱える事は無かったが……公人としては普通そこでケットシーに益があるように多少は何か要求すべきだろ。種族への貢献を全くしてないオレが言えた義理ではないけどさ。

 

 「―――それよりキミ、スプリガンとウンディーネの大使って……ホントなの?」

 

 気づけばアリシャがキリトへと歩み寄っていた。ゆらゆらと揺れる尻尾から分かる通り、彼女は好奇心を隠そうともしていなかった。その一方で、彼の連れである二人の少女が表情を硬くする。そして、キリトは―――

 

 「もちろん大嘘だ!」

 

 ―――開き直りやがった。腰に手を当て、小柄な体を精一杯大きく見せるべく胸を張って、憎たらしい程に清々しい笑顔で堂々と。

 アリシャ達どころか、本当の事を知っていたであろうシルフとスプリガンの少女達でさえ、あんぐりと口を開けて絶句していた。そんな彼女達を置いて、キリトは声を張り上げる。

 

 「ブラフ!ハッタリ!!」

 

 ―――ブチッ!と何かが切れた、気がした。

 

 「ネゴシエ―――」

 

 「―――威張って言ってんじゃねええぇぇぇ!!」

 

 「グボアッ!?!?」

 

 激情のままにオレは、渾身のドロップキックを彼の顔面へと叩き込んでいた。

 

 「毎度毎度お前ってヤツは!手札がショボい時に大法螺を吹くんじゃねぇっつってんだろうが!」

 

 すぐさまよろめいたキリトの背後に回ってヘッドロックをかけ、彼の脚が浮くように背を逸らして持ち上げる。

 

 「ぎ、ギブギブ……!」

 

 キリトは目を白黒させながら足をばたつかせ、首を絞める腕を掌で叩いてくるが、そんな反応は予想通りだった。

 

 「この……大バカ野郎がぁ!!」

 

 「グベラ!?」

 

 トドメとばかりに全身のバネを使って後方へ倒れる様に跳躍し、ヤツの頭を地面へと垂直に突き立てる。手を放して立ち上がれば、程なくしてキリトはうつ伏せに倒れ込んで沈黙した。

 

 「ったく。何度シメられりゃ気が済むんだよ」

 

 そう呟いてから、はたと気づく。さっきまでどう声を掛けようかとうだうだしていた自分がいなくなっていた事に。

 

 「……はっ!キリト君!」

 

 「だ、大丈夫だよリーファ。キリトがボコられるのはいつもの事だから……多分」

 

 キリトの連れの二人の少女の内、リーファと呼ばれたシルフの方は慌てた様子で、スプリガンの方はどこか納得したようすで彼へと駆け寄ってきた。

 

 (あーあ、ウダウダ悩んでたのがバカみてぇ。しかも……また先に手が出ちまったなぁ……)

 

 彼女達を視界の隅に残しながらも、顔を逸らして頭を掻く。生まれつき気が短いタチである自覚はあるのだが……今回はどうにも堪えられなかった。とはいえ昂った感情が収まった今は、何とも言えない気まずい空気が漂い始める。

 

 「あたた……今のは結構きいたなぁ……」

 

 「だ、大丈夫なの?」

 

 心配した様子のリーファに、起き上がったキリトは微笑んで頷く。

 

 「ほら、大丈夫だったでしょリーファ。まぁでも、初対面の人にやられたのは私もビックリしたけど」

 

 「ん?ああそっか、まだ気づいてないのか」

 

 「へ?何が?」

 

 訝しむスプリガンの少女に悪戯っ子がするような笑顔を見せた彼は、ゆっくりとこちらへと歩み寄る。オレもそっぽを向くのをやめて、キリトへと向き直る。

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 互いに、無言。だが決して険悪な訳ではない。数えるくらいしか見た事の無い柔らかな笑みと、今にも泣き出しそうな程涙を堪えた漆黒の瞳。そしてそこに映る、全く同じ表情を浮かべる自分自身。それだけで、言葉が無くともオレ達は通じ合っていた。

 言いたい事や聞きたい事、話したい事が沢山あって。でも今こうして向き合った途端、胸にこみ上げてくる感情がそれらを呆気なく吹き飛ばしてしまい、言葉が見つからなくて―――それでも何とか、伝えたい想いがあるのだと。

 ゴツン、と音が響く。互いの右の拳をぶつける、ただそれだけの事がとても懐かしい。湿っぽいのは性に合わない為、零れそうだった涙を引き戻した右手で拭いとる。ちらりと視線を向ければ全く同じ事をしていたキリトと目が合い、そろって小さく噴き出す。やっぱり多くの言葉で飾るのはオレ達には合わない。それが分かっている彼が発したのは、ただ一つ。

 

 「―――久し振り、だな……親友(クロト)

 

 「おうよ、親友(キリト)

 

 吊り上がる口角を隠す事なく、オレは差し出された手を握り返す。

 無二の相棒との再会が、何よりも嬉しい。この二カ月、胸の内で止まっていたオレの時間が、ようやく動き出したのだった。



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七十八話 攻略への布石

 お久しぶりです。

 前回の投稿から少しして、評価が赤に変わっていた事に驚愕しています。

 ……これ夢じゃない、ですよね?


 クロト サイド

 

 やっと……やっと会えた。例え世界が、姿が違っていても、オレ達はこうして再会できた。だがここには他人の目もあったワケで……

 

 「え……?えええぇぇ!?」

 

 「し、知り合いだったの、キリト君!?」

 

 キリトの連れである二人の少女が絶叫した。視線を横にずらせば、同じように驚いた様子のアリシャ達が視界に映る。

 

 「あぁ、紹介するよリーファ。コイツはクロト。前にやってたVRゲームでずっとコンビ組んでた……相棒さ。事情があって俺の方から一方的に別れちゃう形になってたんだけど……まさかこうやって会えるとは思ってなかったんだ」

 

 シルフの少女、リーファへと向き直ったキリトは、簡単にオレの事を紹介した。だがその一方でスプリガンの少女は未だに目を瞬かせ……ニヤリと口角を釣り上げた。

 

 「ん、どうしたフィリア?」

 

 「いやー、まさかクロトが猫妖精(ケットシー)を選んだなんて、意外だなーって。そういう趣味あったんだねー?」

 

 「あ?」

 

 今コイツはオレをからかってんのか?いや、それ以前にキリトはコイツの事をフィリアって呼んだよな。ってことはまさか……?

 

 「その顔みれば言いたい事は分かる。コイツは俺達が知ってる、あのフィリアだよ」

 

 「マジかよ……」

 

 思わず額を押さえてため息をつく。オレやキリト以外にも、SAO帰還者かつ現役VRゲーマーがいたとは……まともなヤツだったらまずフルダイブなんてしない筈だろ、普通。

 

 「んで?さっきの趣味がどうとかってのはどういう意味だよ?」

 

 「べっつにー?ただクロトでも猫みたいに可愛くなってみたいって思うんだなーってだけだよ」

 

 「おいコラ、テメェ分かってて言ってんだろ」

 

 いやらしくニヤニヤした表情を崩さないフィリアに、イライラせざるを得ない。

 

 「えー、うっそだー。もしそうなら絶対キリト二号みたくスプリガンで黒づくめになってる筈でしょ?」

 

 「キ、キリト君二号って……ププッ」

 

 「な、笑われるとなんか俺の方が傷ついた感じするんだけど……」

 

 からかっているのを隠そうとしない彼女が面倒くさくなり、さっさと白状する。

 

 「種族なんざランダムで決めたんだよ。最初は何でもいいやって、特にこだわりは無かったからな」

 

 「……え?」

 

 途端に、フィリア達の表情が固まる。何か地雷でも踏んだか?と首を傾げると、キリトが肩を竦めて告げた。

 

 「俺が言えた義理じゃないけどさ……種族毎に得手不得手が違うんだし、それぐらいは自分で考えて決めろよな」

 

 「悪かったな……」

 

 お前を失った事から目を背ける為の憂さ晴らしができれば何でも良かった……なんて、口が裂けても言えなかった。

 

 「ふぅ……あの様子では彼の勧誘は無理そうかな、リーファ?」

 

 「あ、ごめんサクヤ。でももしあのクロト君って人がいなくても、ダメだったと思うよ。元々あたしがアルンまで案内するって、約束しちゃってたし」

 

 そんなシルフ側の会話が聞こえ、何の事だとキリトに視線を向ける。彼は言いたい事があるけれど言えない、そんな思い詰めた表情を浮かべる。

 

 「勧誘云々はよく分からないけど……その」

 

 「何か、あったんだな」

 

 キリトの肩が僅かに跳ねる。それだけで、分かってしまった。彼がまた何か、重いものを背負い込んだままである事が。

 

 「……すまない。ホントはお前にこんな事頼むのはダメだって分かってる……分かってるけど……!」

 

 彼は自分を責める様に顔を歪ませると、その頭を真っすぐオレに向けて下げた。

 

 「頼む……俺に、力を貸してくれ……!」

 

 ―――あぁ……そうか。オレはずっと、その言葉を待っていたんだ……

 

 SAOの頃からずっと、一人で抱え込んで壊れそうになっていたキリト。そんな彼がほっとけないと言ってオレは肩を並べ続け、一人じゃないんだって黙って手を伸ばしていたけれど。本当はただ相棒(キリト)に、オレを頼ってほしかったんだ。

 ずっと気づいていなかった、根底にあった自分の想いに気付いた今、オレの答えはただ一つ。

 

 「いくらでも貸すさ。お前の頼みなら、何度だって」

 

 決して大きくないその肩に手を乗せて、オレは答える。恐る恐る顔を上げた彼に微笑んで見せると、安堵したのが分かった。

 

 「もうっ……SAO(むこう)で相棒同士だったからって、二人の世界作らないでくれる?」

 

 「……うっせ」

 

 「悪い悪い。勿論フィリアやリーファだって大事な仲間だってば」

 

 呆れた様に肩を竦めるフィリアにキリトは苦笑し、オレはそっぽを向く。彼のように素直になれないこの性分は、どうにもなりそうになかった。

 

 「キリト君、と言ったかな。君達のお陰で助かったよ。我々領主が討たれていたら、サラマンダーとの差は決定的なものになっていただろう。本当にありがとう」

 

 「あ、いや……俺の方も行先の途中だったからといいますか……案内してくれるリーファへの恩返しになればといいますか……」

 

 近づいてきたサクヤが頭を下げると、キリトは目に見えて戸惑った。そう言えば、こうして彼が誰かから真っ直ぐな感謝をされるのは非常に珍しい。あの城では悪名高きビーターであった事が原因だろうけど、それ以前にコイツは単純に―――

 

 「お前もはっきり言えばいいだろ?’助けたいって思ったから助けただけで、感謝される事じゃない’ってさ」

 

 「んな!?お、俺の心を読むなあああぁぁ!!」

 

 ―――打算無しで他人を助けようとする、優しいヤツなのだ。慌てた彼はオレの首根っこを引っ掴んでがっくんがっくんと揺さぶるが、バラした後でそんな行動するとオレの言葉を肯定してるようなモンだぞ?

 

 「あの人、キリト君の事なら何でもお見通しなのかな……?」

 

 「多分ね。前のゲームの時からそうだったけど、流石クロトって感じ」

 

 「そっか……いいなぁ」

 

 フィリア達が何か言ってるみたいだが、全く聞き取れない。というかそろそろヤバくなってきた。

 

 「ちょ、ギブ―――」

 

 「―――さっきの……お返しだあああぁぁ!!」

 

 「グゴガッ!?」

 

 首を締め上げる手が離れたと思ったのも束の間。後ろに回り込んだキリトが、先程のオレと寸分たがわぬ動作で拘束し……同じようにオレを頭から地面へと突き立てた。

 

 「……実は根に持ってたな、お前……」

 

 「さぁ、どうだろうな?」

 

 嫌みったらしく肩を竦めるキリトを睨みながら、ふらつく頭を抑えて立ち上がる。こうして同じ事をやり返すって事は絶対根に持ってただろコイツ。まぁ……痛みの無い仮想世界でなら、偶にはこんなバカやってもいいか。

 

 「彼とはとっても仲良しなんだネー。クロト君の顔、生き生きしてるヨ?」

 

 「……かもな」

 

 ニヤついたアリシャにからかわれそうだったのでさっさと話しを切り上げる。こういう手合いはあんまり喋らない方が身の為だ。彼女はそれでも興味津々といった様子で尻尾を揺らして質問してくるが、すぐにサクヤによって止められてしまった。

 

 「詮索しすぎるのはマナー違反だろうルー。こちらは助けられた側なのだから尚更だ」

 

 「えー……まぁ、サクヤちゃんの言う通りだネ。しょーがないか」

 

 「全く……すまないな。本来なら、君達に何か礼をしたい所なのだが……」

 

 彼女の提案に、キリトは困ったように視線を彷徨わせ、フィリアは目を輝かせる……てか今回頑張ったのはキリトであってお前じゃないだろ。

 

 「ねえサクヤ、アリシャさん……今回の同盟ってもしかして、世界樹攻略の為のものなんですか?」

 

 「ん?ああ、究極的にはそうなるな。二種族で協力してグランドクエストをクリアしよう、という意味の条文はちゃんと盛り込んでいる」

 

 キリト達より一歩踏み出したリーファは決心したようにまっすぐ領主を見つめる。

 

 「その世界樹攻略にあたし達……特にキリト君を、加えて欲しいの。それもできるだけ早く」

 

 「それは構わない……むしろこちらからお願いしたいくらいだが……」

 

 「でも皆の装備を整える為には、どーしても先立つ物が足りてないっていうのが現状でネ……」

 

 所謂資金不足、といったところだろう。申し訳なさそうに目を伏せるサクヤと、しおらしく耳と尻尾を下げるアリシャは口を噤んでしまう。

 

 「そう、だよな……俺もとりあえずは樹の根元まで行くのが目的だから、そこから先は自分で考えてみるよ」

 

 「何かしら訳あり、という所か」

 

 世界樹を目指すキリトの事情を察しても、サクヤはそれ以上追及しなかった。オレ自身もよく分かっていないが、キリトがまた一人で何かを抱えているのだろうという事は容易に悟った。

 

 「ああ、そうだ。これ、資金の足しにしといてくれ」

 

 そんな領主に小さな笑みを零したキリトは、次いでメニューを操作し……かなり大きな革袋をオブジェクト化させた。受け取って中身を覗き込んだ領主二人がそろって息を吞み、青白く輝く大きなコインを一つつまみ出した。

 

 「サ、サクヤちゃん……これって」

 

 「十万ユルドミスリル貨……この中身全てが……!?」

 

 掠れた声で告げられた言葉に、側近や近衛隊のプレイヤー達がどよめく。あれだけの大金が突然手渡されたら、誰だって動揺するよな……って、まさかコイツ。

 

 「おいキリト、お前まさか有り金全部を……!?」

 

 「まあな。俺にはもう、必要ないから」

 

 「そう言われてもな……これだけの金額を稼ぐには、ヨツンヘイムで邪神クラスをキャンプ狩りでもしなければ不可能だぞ……」

 

 一等地にちょっとした城が建つぞ、等と言われても彼は惜しむ様子は無かった。だが、そうだとしても黙って見過ごす訳にはいかない。しっかり者のハルが何故ここにいないのかは不明だが、その場合は妙な所で財布の紐が緩いコイツの散財を防ぐのはオレの役目になるのだから。

 

 「キリト、流石にそれはダメだ」

 

 「ダメって……俺にはいらなくて、向こうには必要だから渡すだけなのに、何が悪いんだ?」

 

 予想通りといえば予想通りな反応に思わずため息をつくが、天を仰ぎたくなるのは何とか抑える事ができた。

 

 「あのなぁ……だったらお前、今日どうやって落ちるんだよ?一文無しになったら宿に入れないんだぞ?公共スペースに空っぽのアバター残したら身ぐるみ剥がされるだろ」

 

 「あ……」

 

 オレの指摘に、彼は頬を引きつらせる。しかしその一方で、手渡した資金を取り下げる素振りもない。

 

 「けどさ……そうしたら準備が整うまでどれだけ時間がかかるか、分からないじゃないか……!」

 

 表情を歪めたキリトは、ひどく痛々しく見えた。彼が抱えている何かはとても重たく、焦燥に苛まれているのは一目瞭然だった。

 

 「バカ野郎。オレがいるだろうが」

 

 「え?」

 

 「半分……ケットシー側へはオレが出すさ」

 

 その宣言と共に、キリトが出した物の半分程のサイズの革袋をオブジェクト化してみせる。これには誰も彼もが絶句したが、構うものか。

 

 「そっか……そういうヤツだったよな、お前は」

 

 「仲間を見捨てないのはお互い様だろうが」

 

 目を細めるキリトに小さく笑うと、目を瞬いていたアリシャが上ずった声を上げた。

 

 「ちょ、ちょっと待ってヨ!クロト君がお金持ちなのはビックリしたけど……っていうかキミだってアッサリお金出しちゃっていいの!?」

 

 「キリトが世界樹攻略を急いでいるってのは分かったからな。頼られた以上、何であろうとその手助けをするだけさ、オレは」

 

 「とてつもなくシンプルな理由だネ……」

 

 尻尾を揺らす彼女は、とても迷っているようだった。多分今の理由だけじゃ、受け取る側としては心苦しいのかもしれない。

 

 「んじゃ、建前も付け足しとくか」

 

 「建前?」

 

 「そ。まずオレが受けた依頼はアンタの護衛。本来ならアンタが街に戻るまで同行して守るのが役目だが……オレはキリトについていくから、依頼を放棄する違約金って事でいいだろ」

 

 「うーん、一応筋は通ってるけど……それにしたってこの金額は……」

 

 未だに良心の呵責を感じているのか、踏ん切りがつかないアリシャ。そんな彼女の背中を押すべく続ける。

 

 「後は相棒と会う機会ができた事への感謝と、世界樹攻略の時のメンバーの席の予約費とかだな」

 

 「わ、分かったヨ……それじゃ遠慮なく」

 

 「おう」

 

 アリシャが革袋をストレージ内に収めると、丁度その横でサクヤも同様にこちらと同サイズの革袋を収めていた。

 

 「ふぅ……こんな大金を持ったまま、いつまでもフィールドにいるのはぞっとしないな。サラマンダー連中の気が変わらない内に、ケットシー領に引っ込むとするか」

 

 「それじゃ、会談の続きは帰ってからだネ」

 

 彼女達の後ろで近衛隊や側近のプレイヤー達が椅子とテーブルを手早く片付ける。あの武人が引き返してくるとは思えないが、それでも万が一という所だろう。

 

 「さて、君達には何から何まで世話になったな。こちらも君達の希望に極力添えるよう、大至急装備を整える」

 

 「準備できたら連絡するヨ!」

 

 笑顔でそう告げた二人は、今までしまっていたいた翅を出現させるとふわりと浮き上がる。

 

 「アリガト!また会おうネ!」

 

 去り際にアリシャが大きく手を振りながらオレ達にウィンクしたが、次の瞬間にはくるりと蝶の谷へと飛んでいく。サクヤや他の者達も同様で、気づけば皆がオレ達の視界から消えていた。

 

 「……行っちゃったね」

 

 「ああ、そうだな」

 

 リーファがポツリと声を零すと、キリトはそれに頷く。会談の護衛でついてきたらサラマンダーの大部隊に襲われかけ、寸での所で割り込んできたクソ度胸の持ち主が実は相棒で、相手の指揮官との一騎打ちを制し……かなり密度の高い数時間を過ごしたもんだと思う。とりあえず一旦情報を整理したいのだが、ここでは即落ちできない以上、手近な街までもうひと頑張りする必要がある。

 

 「なぁ、今日はそろそろ休まねぇか?もう深夜……それも二時近いぞ?」

 

 「お前……さっきまで忘れてたってのに、言われたら……眠気が……」

 

 「リーファ、キリトが寝ないよう頬っぺたでも抓っといて」

 

 「はいはい」

 

 「いでで!?」

 

 フィリアの指示どおり、リーファは躊躇い無くキリトの頬を抓る……いや、あれ鷲掴んでないか?しかも両側。

 

 「なあフィリア、あのリーファってヤツ……」

 

 「それ以上言ったらデリカシー無いよ?そりゃ女の子らしからぬ言動はたまーにあるみたいだけど」

 

 「気づいてるならお前から言ってやれよ。あと尻尾掴もうとすんな」

 

 「ケチー」

 

 彼女は不満そうに頬を膨らませるが、絆されるオレではない。つーか惚れた女がいる以上、他のヤツにデレデレしたり色目使ったりしたらアウトだろ。

 

 「ねぇ皆!アルンまでもうちょっとだから、そこまでは頑張ろ!」

 

 リーファの意見に頷いたオレ達は、眠気を堪えながらも世界樹の根元へと飛翔していくのだった。




 


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七十九話 決意

 お久しぶりです。最近ホントに難産になる事が多いです……


 クロト サイド

 

 オレ達四人がアルンに着いたのは、早朝四時になった頃だった。アリシャ達と別れてアルンへと向かったはいいが、睡魔に襲われたまま飛び続けるのも限界に近く、ログアウトするべく偶々視界に映った村に降りたのが原因である。その村が実はmobの擬態で、ばっくり開いた穴に飲み込まれて……高難易度地下ダンジョン’ヨツンヘイム’に落とされたのが二時半頃。そこから脱出しようと足掻いて色々あった結果、こんな時間になってしまったのだ。まぁ全員無事に辿り着く事ができたので、結果オーライと言えるだろう。

 

 「ここが、アルン……」

 

 「やっと着いたねぇ……」

 

 煌びやかな街の様子に、キリトとリーファがしみじみと呟く。

 

 「ほらほら、サーバーがメンテナンスで閉じちゃう前に宿に入りましょ?」

 

 「同感。今夜はもう休もうぜ」

 

 再び襲ってきた睡魔に何とか抗い、ユイのナビゲートに従って歩く。程なく宿屋にチェックインし、何とか男女別に二部屋確保したオレ達は、それぞれの部屋に入った所で漸くログアウトしたのだった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 大和 サイド

 

 キリトとの再会を経た最初の朝……と言っていいのかは分からないが、オレの目が覚めたのは午前十時を回った所だった。寝坊を訝しんでじいちゃん達が部屋に入ってくるかもしれない事を危惧して、眠る前に最後の力を振り絞ってナーヴギアをしまい込んでおいたので、今でもオレがVRゲームを続けている事はバレていない……と思う。まぁ、そんな懸念は携帯端末に届いていたキリトからのメールが眠気と共に吹き飛ばしていったのだが。

 

 「―――何かいい事でもあったのかい、大和」

 

 「へ?いきなり何だよ、ばあちゃん?」

 

 少ししたら昼になるからと、トースト一枚とコップ一杯の牛乳で朝食を済ませた所で、オレは優しく微笑んでくるばあちゃんに目を瞬かせる。

 

 「だってねぇ……帰って来てから、一番いい顔してるんだよ。もう、嬉しくって……」

 

 「ちょ、泣かねぇでくれよ!ばあちゃんとじいちゃんにはもっと笑っててほしいんだからさ」

 

 「ごめんね。お前がいなくなってから、私達もすっかり涙もろくなっちゃってねぇ……」

 

 オレがいなくなってから。それを言われると、オレは弱い。お袋が亡くなっても親父の仕事人間っぷりは変わらず、引っ越してきた為に友達一人すらいなかったオレが少しでも寂しくないようにと、ばあちゃん達は優しく寄り添ってくれていたし、オレがやろうとした事は何であれ、極力止めようとはしなかった。やっぱり二人はオレがSAOをプレイするのを止めていれば、と何度も後悔し、日々報道されるSAOプレイヤー死亡の報せに不安だったのだろう。

 家の中に置いてあるティッシュ箱が増えたのはオレの所為か、なんて思いながらも、とりあえず手近にあったヤツをばあちゃんに差し出す。ばあちゃんが涙をふき取り、鼻をかむのを終えた所で、迷いながらもオレは告げた。

 

 「連絡が……来たんだ。SAO(むこう)で出会った、友達から」

 

 「まあ……!それで、何て言ってたの?」

 

 SAOの事をよく思っていないだろうに、ばあちゃんは嫌な顔なんて全くしなかった。むしろより一層嬉しそうに顔を綻ばせる。

 

 「会いたいって。会って、話したい事がいっぱいあるから、ってさ。だから―――」

 

 「―――ええ、行っておいで。おじいさんには私から言っておくから、気にしないで」

 

 「ばあちゃん……いいの?」

 

 二年前から変わらずにオレを信じ、意志を尊重してくれるばあちゃんの想いに思わず涙が溢れそうになる。

 

 「ほら。男なんだから、ちょっとやそっとで泣いてちゃダメでしょ?友達に会いに行く顔じゃないよ」

 

 堪えていた為に目尻に溜まっていた涙を優しくふき取ると、あやす様に頭を撫でながらばあちゃんはそう言った。その優しさにごめんと言いかけ……それは間違いだと気づく。

 

 「ありがとう、ばあちゃん。行ってくる!」

 

 「行ってらっしゃい」

 

 出かける間際、ばあちゃんには帰って来てから一番の笑顔を見せる事ができた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「ここ、か……?」

 

 東京御徒町よりおよそ一時間半、電車とバスを乗り継いでやってきたのは、埼玉県所沢市にあるとある病院だった。念の為メールに指定された場所と現在地を携帯で確認しなおしたが、間違いはないので安堵のため息をつく。とはいえオレが入院していたものよりもずっと大きな病院の為、先程から続く緊張がゼロになる事は無いのだが。

 

 「本当に……来て、くれたんだな」

 

 現実世界で初めて聞く、それでいて仮想世界では耳に馴染んだ声。振り返れば案の定、約二カ月ぶりとなる相棒(キリト)の本来の姿があった。

 

 「まあな……何でこんなドでかい病院に来いって言ったのかは、全然分かんねぇけど」

 

 「それは……入れば分かる。ついてきてくれ」

 

 何か言いたくて、でも言えない。そんな葛藤がありありと見て取れる深い表情を浮かべる彼に導かれるまま、オレは病院へと歩き出す。

 

 「―――一応、現実世界(こっち)では初対面なんだよな、オレ達」

 

 「そうだな。なら改めて……初めましてだな、桐ケ谷和人(きりがやかずと)だ」

 

 「こっちこそ、鉄大和(くろがねやまと)だ。ごめんな、探すって言っといて……ALO(べつのせかい)で燻ってたりしてさ……失望しただろ?」

 

 顔馴染みらしく、ロビーの受付やら何やらをスイスイ進んでいくキリト……いや、和人の後を追い、エレベーターへ。他に乗員のいない二人だけの空間になると、沈黙に耐えられずオレは口を開いた。特にSAOで告げた筈の言葉を違えた事を自嘲するように肩を竦めると、和人は思わずといった様子で頭を振る。

 

 「そんな訳ない……!俺の方こそ……お前にあわせる顔が無いって、自分に言い訳して……ずっとお前から逃げてた」

 

 「……お互い様ってヤツだな、こりゃ。オレもお前も、どっちも悪かったって事で手打ちにしないと終わらねぇぞ」

 

 「そうだな……ちょっとだけ、楽になったよ」

 

 二人揃っていつの間にか強張っていた表情を、どちらからともなく緩める。胸の中にあったつかえが消え、心が幾分軽くなった。現実世界(こっち)じゃキャラネーム呼びはNGだよな、と場違いな事を考えてしまうが、ちょっと意識すれば何とかなるだろう。

 

 「そういえばキリ……和人、ハルはどうしてる?」

 

 「アイツはまだ、入院してる。俺より幼かったせいか、衰弱が進んでて……リハビリに時間がかかってる」

 

 「ALOでお前と一緒じゃ無かったのはそういう事か」

 

 確かハルはSAOログイン当時は小学生だった。オレ達以上に体が弱っていてもおかしくない。

 

 「リハビリは順調だよ。無理しないように妹が見張ってるし……今月中には退院できる見通しだ」

 

 「けど暫くは経過観察で通院が続くんだろ……って妹?お前に妹っていたのか?」

 

 「そういえば……言ってなかったな。俺の一つ下に妹がいて、さらにもう一つ下にハルがいるんだよ」

 

 「お前ん家って三兄妹だったのか……」

 

 和人の意外な事実を知った所で、丁度エレベーターが停止する。人気(ひとけ)の無い廊下を迷う事無く歩き出す和人についていくと、次第に彼の足取りが重くなっている気がした。

 

 「なあ、和人―――」

 

 「―――ここだ」

 

 心なしか硬い声色でそう言った彼は、とある病室の前で立ち止まった。扉のすぐ側にあるネームプレートを見て……息を吞んだ。

 『天野桜(あまのさくら) 様』―――何度目を瞬かせてもその表示が変わる事は無く、見間違いではない。困惑するオレの横で、和人は受付で発行してもらった通行パスをそのネームプレート下部のスリットへ通す。微かな電子音と共にドアが開くと、彼は立ち尽くすオレの腕を掴んで中へと入った。

 

 (サクラが……何で病院に?まさかハルみたく衰弱が酷かったのか……?)

 

 彼女が、この部屋にいる。その衝撃から未だ立ち直れていないオレの中で疑問が渦巻く。

 

 「クロト……どうか、気を確かにしていてほしいんだ」

 

 「い、いきなり何を言って……?」

 

 そこまで言いかけて、気づいた。腕から離れていく和人の手が強張り、震えている事に。そしてカーテンの向こう側が、あまりにも静かである事に。

 途端に、嫌な予感がした。それを振り払うように頭を振って一歩踏み出す。気まずそうに和人が見つめる中、一呼吸おいてから、そっとカーテンを開いた。

 オレが入院していた時に使用していた物と同型の、ジェル素材を用いたフル介護型ベッド。白い上掛けは差し込む日光に淡く輝く。頻繁に訪れている人がいるのだろう、手入れの行き届いた生花に彩られたベッドの中央で、彼女は静かに眠っていた。

 

 「サクラ……?」

 

 呼びかける為に口を開いても、掠れた声しか出ない。傍にそっと歩み寄っても、彼女は目覚めない。何故なら……頭に被ったままのナーヴギアが、まだ稼働し続けているからだ。

 

 「なぁ……何の冗談だよ……サクラ……!」

 

 燻っていた間に聞き流したニュースで、およそ三百人のSAOプレイヤーが現実世界へと帰還を果たせていない事が報道されていたのを、今更ながらに思い出す。覚悟のできていなかったオレは、目の前の現実に容赦無く打ちのめされた。

 

 「クロトッ!」

 

 へたり込みそうな所を和人に支えられるが、足元はおぼつかないままだった。彼が用意した椅子に腰かけるも、言葉が出てこない。

 

 「クロト……!」

 

 和人は呆然としたままのオレの手を引くと、サクラの手と重ね合わせる。

 

 「ぁ……」

 

 「サクラは、ここにいる。ここに、いるんだ……!」

 

 彼が押し殺した声で言い聞かせながら、オレとサクラの手を握り合わせる。彼にされるがまま、両手で彼女の手を包むと……微かな温もりが感じられた。

 

 「サクラ……さく、らぁ……!」

 

 俯き、食いしばった歯の隙間から嗚咽が漏れる。堪えきれない涙が一粒、また一粒と零れ落ちていく。微かなものであっても、両手から伝わるこの温もりは記憶に……心に焼き付いた、紛れもなく本物のサクラのものだ。SAO(むこう)よりもずっと華奢な彼女の手を折らないようにしながらも、その温もりを求めて、両手に力が籠るのを止められなかった。

 

 「クロト……ごめん」

 

 オレの肩に触れて、そう呟く和人。何とか顔を上げると、彼は懺悔するかのように表情を歪ませていた。

 

 「怖かったんだ……死んだ筈の俺がこうしてのうのうと現実に戻ったのに、サクラが……お前の一番大事な人が、帰ってきていないっていうのが。まるで……まるで俺が、サクラ達を犠牲にして生き残ったんじゃないかって……」

 

 「キリト……」

 

 「でも昨日、お前に会えて……逃げちゃダメだって気づいたんだ。相棒のお前と向き合えなきゃ、俺の中で続くSAOを終わらせる事は、できないんだって。だから、伝えておきたいんだ。どうして俺がALOにいたのかを」

 

 端末を操作しだしたかと思うと、すぐさま彼はそれを突き出す。未だサクラから手を離したくないオレは、少々不格好ながらも二の腕辺りで雑に目元を擦ってから、画面をのぞき込んだ。

 

 「サクラ……それに、アスナ……!?」

 

 「この画像が、その理由なんだ」

 

 何処かの巨大な樹の枝に吊るされた、同じく巨大な鳥籠。その中で無表情に遠くを見つめる少女と、そんな彼女に付き添うもう一人の少女が映っていた。どちらも見慣れぬ衣装を纏ってこそいるが、間違いなくサクラとアスナの二人だ。

 

 「コレは一昨日、エギルから送られてきたんだ」

 

 「エギルが……?」

 

 「アイツ曰く、グランドクエストを避ける為に外側から世界樹を登ろうとした連中がいてな。結局枝まで届かなかったけど、登った記念に撮りまくったスクリーンショットの一つに、この鳥籠が映っていたんだ」

 

 画像が荒いのは、既に解像度の限界まで引き伸ばしたからだという彼の説明を聞きながら、オレはおおよその事情を察した。

 

 「アスナやサクラが、そこにいるかもしれない……だからお前はもう一度、仮想世界に行く覚悟をしたんだな」

 

 「あぁ。確証も何も無いし、でも何とかしたくて……もう、藁にも縋るような思いだけどな」

 

 自嘲するような笑みと共に肩を竦めた和人だが、今の彼にはそれだけでは無い何かがある、そんな直感があった。名残惜しくもサクラから手を離すと、オレは立ち上がって正面から和人を見つめる。

 

 「キリト……確証が有るかどうかなんざどうだっていい。お前の考え、知ってる事……全部、隠さずに教えてくれ、相棒」

 

 「サクラの事で恨まれる覚悟、してきたんだけどな……ホントにズルいよ、お前のそういう所」

 

 泣きだしそうにしながらも、嬉しそうに微笑む親友。照れ隠しのつもりか少し乱暴に鼻をすすった後、彼は表情を改めた。

 

 「改めて頼む。こんなどうしようもない俺にもう一度、力を貸してくれ……!」

 

 「当たり前だろ?オレがお前に手ぇ貸さない理由が何処にあるってんだ」

 

 ニヤリと片頬を釣り上げてみせると、和人の漆黒の瞳に迷いの無い光が宿るのが見えた。

 

 「なら……落ち着いて聞いてくれ。アスナ達の命は今、ある男の手の中にあると言っていい状況にある」

 

 「何だと……!」

 

 「それにこのままだとアスナは……来月その男と、事実上の結婚をさせられるんだ」

 

 己が身を引き裂かれる……いや、それすら生温い。そう思える程の苦痛に、今の彼は苛まれている。その事にオレは目を見開いた。

 

 「ドコのどいつだ、ンなクソッたれな野郎は」

 

 「須郷(すごう)……須郷伸之(すごうのぶゆき)。アーガス解散後のSAOサーバーを維持し、ALOを運営するレクト・プログレスのフルダイブ部門のトップにいる奴だ」

 

 本当ならば、口に出す事すら自傷行為に等しいのだろう。だが和人はそれを堪えて、アスナを奪い去ろうとする須郷という男(クソやろう)について教えてくれた。




 アリシゼーションはもう兄弟そろって大歓喜です。

 一話はアニオリシーンも多くて満腹でしたww


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八十話 二人なら―――

 お久しぶりです。ちょっと短いですが、どうかご容赦を……


 大和 サイド

 

 ―――憎い。

 

 和人の話を聞き、須郷という男へ抱いた感情はそれだった。己の欲を満たす為にアスナの昏睡を利用するなど、性根が腐っているにも程がある。

 

 「―――おそらく、須郷はアスナ達が昏睡している事に一枚噛んでいる。だから俺は、スクリーンショットの撮られた世界樹に向かっていたんだ」

 

 「そうか……サンキューな、話してくれて。……キツかったろ」

 

 だがその憎しみも、眼前で苦しんでいる相棒に比べれば些末なものだ。手の届くところに須郷が居るなら話は別だが、少なくとも今は抑えられる。

 

 「お前ほどじゃ、なかったさ……クラインやエギル達はちゃんとSAOから解放されているんだって、確認できていたから」

 

 「……そうか」

 

 昏睡状態が続くアスナ達の許へと二日と空けずに見舞いへと来ていたらしい和人は、そう言って肩を竦める。オレよりもマシ、というのは彼の強がりだろう。目の前で眠り続ける彼女達を前にして、発狂せずにい続けた和人の苦痛は、決して生半可なものでは無い筈だ。

 

 「―――とりあえず、メンテが終わったらすぐにログインしよう。まずはアルンの周辺を探索したい」

 

 「おう」

 

 今後の方針が固まった所で、オレ達は互いの拳を軽くぶつける。幾度となく繰り返してきた筈なのだが、現実世界では初めてだった故か微妙に感覚が異なり、どちらからともなく苦笑する。

 

 「待っていてくれ、サクラ」

 

 最後にもう一度だけ、眠り続ける最愛の少女の手を握りしめ、オレ達は病室を後にした。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 クロト サイド

 

 定期メンテが終了したと解るや否や、オレは再び妖精の世界へと身を投じた。瞼を開くと、寸分違わぬタイミングでログインしてきた黒衣の少年と目が合う。その事にどちらともなく苦笑するが、すぐに表情を改める。

 

 「ユイ、いるか?」

 

 キリトが呟くように虚空へと呼びかけると、すぐに光が収束し小さな人型を生み出す。

 

 「ふあぁ……おはようございます、パパ、クロトさん」

 

 鈴を転がすような可愛らしい声と共に、身長十センチ程度の姿となったユイが微笑む。かつて鋼鉄の浮遊城では極僅かな時しか共にいられなかったが、それでも彼女はキリトとアスナを両親として慕い、二人もまたユイを娘として愛した。それは紛れもない事実であり、例え誰であろうとキリト達の親子の絆を否定させはしない。

 とはいえユイがこの世界でナビゲーションピクシーに分類されている事や、花びらをかたどったワンピースを纏ったピクシーとしての姿を見た時は非常に驚いた。特に呼び方が「クーにぃ」から「クロトさん」へと変わったのは、彼女が成長したからだと思いたい。……寂しくないと言えば嘘になるが。

 

 「カァ?」

 

 「ふふ、ヤタさんだって忘れてませんよ。えーいっ」

 

 「カ、カアァ!」

 

 自分は?と言いたげな様子で鳴いたヤタに、彼女は無邪気に飛び乗る。小さな体はヤタの背中に騎乗するには丁度いいサイズで、彼女は不思議な肌触りを誇る濡れ葉色の羽毛を全身で堪能するかの様にしがみつく。一方でヤタも嫌がる様子は無く、背中から上がる歓声に気を良くしたのか狭い部屋の中を器用に飛び回る。

 

 「アスナにも、見せてやりたいな……」

 

 「出来るさ。オレ達なら、何だってな」

 

 年相応にはしゃぐユイを見つめながらそう呟くキリト。オレはそんな相棒の肩を軽く叩いて、頷いて見せた。

 

 「―――楽しかったですー」

 

 程なくして、満足そうに表情を綻ばせたユイはキリトの肩へと舞い降りた。ヤタは相変わらず無遠慮にオレの頭に乗っかるが、もうとっくに慣れた事なので放っておく。

 慈しみを込めて娘の頭を撫でるキリトに温かいものが胸に広がるのを自覚しながら、オレは彼を促して部屋から出る。

 

 「もー、遅いよ」

 

 「へいへい、待たせて悪かったって」

 

 宿屋を出ると、一足先にチェックアウトを済ましていたフィリアとリーファの姿があった。髪や瞳、肌の色さえ除けば殆どSAOの時と大差のないスプリガンの少女にひらひらと手を振る。どうせ待っていたって五分かそこらだろうに。

 

 (ま、フィリアとはいっつもこんな感じだったし、本気で怒っちゃいないだろ)

 

 そう割り切って、オレはアルンの街を見渡す。やはりというか何と言うか、様々な種族のプレイヤー達で道はごった返していた。誰も彼もが互いの種族を気にした様子は無く、中には非常に仲睦まじい様子の二人組までいた。

 

 (サクラは、どの種族を選ぶんだろうな……)

 

 気づけば、そんな事を考える自分がいた。歌うのが好きな彼女なら、音楽妖精(プーカ)が似合いそうだ。だが、今そんな事を気にしたってどうにもならない。例えサクラを取り戻せたとしても、彼女が仮想世界に対して何の抵抗も感じない筈が無い。仮に彼女自身が大丈夫であったとしても、周りの人達が認めない事だって充分あり得るのだから。

 円錐形の積層構造をしているアルンの街を歩きながら、中央へと目を向けて……オレ達は絶句した。

 

 「あれが……」

 

 「世界樹、だね……」

 

 どれだけ顔を上げて目を凝らしても、頂上が全く見えない白亜の大樹。地面から伸びる幾本もの巨大な根が寄り合わさって空へと伸びているそれは、樹と呼ぶ事を躊躇う程に大きかった。

 

 「えっと……あの頂上にも街があって、そこにいる妖精王オベイロンに謁見できた種族がアルフに転生できる……だったか?」

 

 「うん。だからその為に登ろう、っていうのがグランドクエストの趣旨だね」

 

 確認するように発した呟きに、フィリアがそう補足する。横で言葉を交わすキリトとリーファの声を拾うと、どうやってもグランドクエストを避けて登る、なんて事はシステムによって封じられているらしかった。

 

 「けどまぁ、自分で確かめてみなきゃ何も始まらねぇだろ?」

 

 「あぁ。とにかく行ってみよう」

 

 軽く肩を竦めてそう言ってみると、すぐさまキリトが頷き、残り二人も特に異論を挟む事は無かった。雑多な街道を進み、世界樹が最早巨大な壁にしか見えなくなった頃、突如としてユイが父親のポケットから飛び出す。

 

 「ママが……!」

 

 「ユイ?」

 

 「ママ達が、この上にいます!!」

 

 ユイの叫びに、オレ達二人は揃って息を吞む。次いで、この身を焼き尽くさんばかりに燃え上がる想いに任せて、直上へと飛翔する。

 

 「ちょ、キリト君!?」

 

 「あぁもうっ!待ちなさいよ二人共!」

 

 後ろで声を上げるフィリア達を置き去りに、オレとキリトは競うように加速し続ける。上にまだ積みあがっていた街が遥か下となり、やがて雲を突き抜け―――

 

 「がっ!?」

 

 「ぐっ!?」

 

 ―――不可視の障壁にぶち当たったのは、果たしてどちらが先だったか。ノックバックによって一瞬意識に空白ができるが、すぐさま体制を立て直して再び突撃。

 

 「この……!」

 

 「クソがぁあ!」

 

 肩口からの体当たりに動じない障壁にひたすら拳を叩き付けるが、壊れる気配は全く無い。ならばと一旦距離を取り、最大限の加速で渾身の蹴りを叩き込んでも結果は変わらない。

 

 「キリト君やめて!クロト君も!その壁はあたし達プレイヤーには絶対越えられないんだよ!!」

 

 「ちょっとは落ち着きなさいって!」

 

 何度目かの突撃をしようとした所で、追いついた二人に……キリトはリーファに、オレはフィリアによって引き止められる。

 

 「それでも……行かなきゃならないんだ……!」

 

 「ンな所で、止まってられるかよ……!」

 

 越えられない?ふざけるな。そんなものが、身を焦がすこの想いを止める理由になりはしない。

 

 「警告モードでなら届くかもしれません!……ママ!私です!ユイですっ!!」

 

 小さな体で懸命に彼方へと叫ぶユイ。だが彼女が呼びかけても、何の変化も起きなかった。

 

 「何でだよ……!」

 

 理不尽にオレ達を阻み続ける障壁を睨み、現実であれば砕けんばかりに強く歯を食いしばる。沸騰していると錯覚する程に熱を帯びた体を震わせ、羽交い絞めにしてくるフィリアを力任せに振り解こうともがく。

 

 「だから!落ち着きなさいって言ってるでしょ!」

 

 「いいから……放せ!」

 

 中々離れない事に苛立ちが募る。そしてそれが爆発する―――直前、障壁の向こうで何かが煌いた。

 

 「……カード?」

 

 落下してきたソレは、まるで最初からそこを目指していたかの様に、キリトの手に収まった。現実世界ならばともかく、ALO(このせかい)ではおよそ似つかわしくないその存在に、誰もが呆気に取られて凝視する。すぐさまユイが触れて解析すると、目を見開いて声を上げた。

 

 「これは……システム管理用のアクセス・コードです!」

 

 「!?」

 

 にわかに信じがたい内容にオレとキリトは思わず互いに顔を見合わせるが、すぐさまユイへと向き直る。

 

 「ユイ、それがあればGM権限を行使できるか?」

 

 「いえ……それには対応するコンソールが必要です。私では……システムメニューを呼び出せません……」

 

 「それだけ分かれば充分だよ。なぁ、相棒?」

 

 辛そうに顔を伏せる娘の頭を優しく撫でると、相棒は静かな炎が滾る瞳をこちらへ向ける。誰もが呆けていた為にフィリアの拘束は外れており、オレは容易に相棒の傍らへと移動できた。

 

 「コイツが普通のアイテムじゃあない事、今ここで落ちてきた事……間違いねぇ。上には二人がいて、ユイの声が届いたんだ」

 

 「あぁ。自分達はここにいるんだって、それを伝える為に……これを落としたんだ……!」

 

 か細く、頼り無いものであっても……この場所を目指した事は間違いじゃなかったと確信させてくれるだけの希望が見えたのだ。ならば―――

 

 「行くぞ」

 

 「ああ」

 

 ―――後は、突き進むだけだ!

 

 オレ達二人の想いは寸分のズレ無く一致し、同時に地表へ向けて加速した。ログイン前に確認した攻略サイトでグランドクエストを受注できる大扉のおおよその位置は分かっている。迷いなく突き進み、巨大な騎士の像が両脇に控える大扉の目の前へと轟音と共に降り立つ。

 

 「―――未だ天の高みを知らぬ者よ、王の城へと至らんと欲するか?」

 

 右手の石像からの問い掛けと共に、目の前にグランドクエストを受注するか否かのウィンドウが表示された。

 

 「パパ、クロトさん……本当にいいんですか?リーファさん達を置き去りにしてしまって。それに……今までの情報から考察すれば、いくらお二人でもかなりの危険が伴うかと―――」

 

 「―――どうだっていい」

 

 迷わずにイエスボタンをタッチし、クエストを受諾する。

 

 「クロト、さん……?」

 

 「オレ達二人に、できねぇ事なんざねぇんだよ」

 

 「そうだ。二人でなら、きっとできる……ユイだって一秒でも早くアスナ(ママ)に会いたいだろ?」

 

 「……はい」

 

 確かにオレかキリト、そのどちらか一人だけであればできない事ばかりだろう。けれど……無二の相棒とならば、例え何が相手であろうとも負ける筈が無い。

 

 「―――さすればそなたらが背の双翼の、天翔に足る事を示すがよい」

 

 「望む所だ……!」

 

 左手の石像の台詞と共に、大扉が開け放たれた。二人揃って獰猛な笑みを浮かべ、大きく開かれた扉へと入る。

 

 「ユイ、しっかり頭を引っ込めてろよ」

 

 「パパ、クロトさん……どうかご武運を……!」

 

 ポケット内に引っ込んだユイをキリトが一撫でした直後、真っ暗だったドーム全体に一気に明かりが灯る。咄嗟に左手で目を庇うも、アインクラッドのフロアボス用の部屋と何処か似た空気が満ちていくのが肌で感じられ、オレ達は無言でそれぞれの得物を引き抜く。光に慣れた目から手を退けると、ドームはSAOのボス部屋の数倍はありそうな直径を誇り、尋常ではない高さに天蓋として円形のゲートが閉じた状態でそこにあった。

 

 「遅れたら置いてくぞ?」

 

 「ハッ、こっちのセリフだっつーの」

 

 短く軽口を叩き、互いの拳を軽くぶつける。腰を落として翅と両足に力を籠め、息を吸って……吐いて……吸って―――

 

 「「行くぞっ!!」」

 

 ―――オレ達は矢の如く飛翔した。

 

 (待ってろよ……サクラ!)

 

 誰よりも大切な少女の許へと、力の限り突き進む。しかし当然、オレ達を阻むものがある。天蓋周りの窓が一斉に輝き、白銀の鎧を纏った、身長三メートルに届くであろう巨躯の守護騎士……ガーディアンたちが次々と生み出されていった。

 

 「……」

 

 顔全体を覆う鏡のようなマスクが無機質に輝き、自身の身の丈に迫る大剣構えてこちらへと向かってくる。その間もリポップが止まる事は無く、瞬く間にガーディアンは数えるのもバカらしい程の数にまで膨れ上がる。だが―――

 

 「そこを退けええぇぇ!!」

 

 「邪魔だああぁぁ!!」

 

 ―――だが、それがどうした(・・・・・・・)?こんな数だけが取り柄の烏合の衆などに、オレ達が止められる訳が無いのだから。




 少し前に厳しい評価をいただきました……良薬は口に苦しと言いますし、真摯に受け止めて、今後に活かせるように精進します。


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八十一話 双黒、届かず

 えー、毎度毎度間隔が空いてしまってすみません……

 どうか広い心で、今年もよろしくお願いいたします。


 クロト サイド

 

 多勢に無勢。普通ならば敗北は必至となるこの状況に於いて、オレは……久しく感じていなかった高揚感に満たされていた。この身を焦がさんばかりの熱を持った血が、ドクドクと全身を駆け巡る。つい先日、やっと己の中で止まっていた時間が動き出したと実感した筈なのに、それが錯覚に過ぎなかったと思える程に心は昂るばかりだ。

 

 ―――だが、それでいい。

 

 オレは今、やっと相棒(キリト)の隣に立てているのだから。かつては息をするように預かり、やがて彼を愛した少女へと託し……いつしか手が届かなくなっていた、親友(ダチ)の背中。それを今再び預かっているのだ。その歓喜が、黒の剣士キリトの相棒だった遊撃手クロトの残滓を糧として魂を燃え上がらせる。

 

 「ハアアァァァッ!」

 

 相棒とガーディアンが、ついに衝突する。相手の初撃を身を捻って躱し、その回転を利用して放った斬撃は、一刀のもとにガーディアンを両断した。断末魔の白炎を上げる同胞の屍を超え、新たなガーディアンが彼へと迫る。振り切った大剣の重さと勢いに任せてもう一回転する事で二体目の剣を弾いたキリトだが、今の体勢では彼が追撃する事はできない。

 

 「スイッチ!」

 

 だがここには、オレがいる。弾かれた巨剣が再び振るわれるよりも先にガーディアンの懐へと飛び込み、喉元の一点へと短剣を突き立てる。

 

 「ウ……ラアァ!」

 

 そのまま鎧の内部を抉るように手を捻り、力任せに股下まで斬り裂く。それだけで二体目のガーディアンは一体目と同じ末路を辿り、落ちる。

 

 ―――行ける!

 

 ―――ああ、俺達の敵じゃない!

 

 キリトと一瞬だけ、視線が交錯する。それだけで互いの思考は伝わり、言葉はいらなかった。

 

 (これだ……!)

 

 あの城から解き放たれて以来感じる事が無かった、言葉にできないこの感覚。それはクロトという存在に無くてはならない程に刻み込まれ、燻っていたオレはきっと無意識の内にこの感覚を求めていたのだろう。

 

 ―――次来るぞ!

 

 ―――分かってらあ!

 

 思考が繋がったかのように、相棒の声なき声が手に取る様に分かる。我が身を斬り裂かんと肉薄するガーディアンの巨剣を右手の短剣で逸らしながら懐に踏み込む。そして二振り目の短剣を左手で抜き放ち、再び喉元を貫き抉る。

 

 「オラァ!」

 

 虫の息になったガーディアンを後から迫る別のガーディアンへと蹴り飛ばせば、阿吽の呼吸で飛び込んだキリトが二体まとめて切り捨てた。しかしその直後、同胞が上げる白炎を死角に新たなガーディアンが彼へと斬りかかる。キリトも咄嗟に左手で巨剣を逸らすが、HPバーが一割ほど減少する。

 

 「うおおおおお!」

 

 体勢を崩したガーディアンの首が、彼の大剣によって斬り飛ばされる。そのまま上へと昇るが、すぐに別のガーディアンが立ち塞がる。

 

 「ど……けええぇぇ!」

 

 咆哮と共に放たれた一閃が、騎士のマスクを叩き割った。断末魔の炎をに紛れて、相棒の背に巨剣を振り上げた新たなガーディアンが迫る。

 

 「させねぇ、ぜ!」

 

 オレは瞬時に加速し、その巨体へと右肩からタックルをかます。よろけた相手が体勢を立て直す前に蹴り飛ばし、さらに別の騎士へとぶち当てる。

 キリトと違い、オレの火力ではコイツ等を一撃で屠る事は難しい。ならば相棒が心置きなく暴れられるよう、その背を護り、支援するのがベストだろう。ガーディアン達は味方への接触を避ける為か、一度に襲い掛かってくるのは多くて三体前後がやっとだ。その分次々と襲ってくるが、キリトと位置を絶えず入れ替えていればどちらに対応したアルゴリズムを適応させるかで若干のタイムラグが生まれる。

 

 「落ちろ!落ちろおおぉぉ!」

 

 「一体に集中し過ぎだ!左右から来てるぞ!」

 

 大剣で仕留めきれなかった騎士の頭を、己が拳でキリトが貫く。だがその間に二体目、三体目と新手が迫ってくる以上、仕留めきるまで敵一体を攻撃し続けるのは悪手だ。倒すよりも行く手から退かす事を優先し、進まねばこちらの勝利は遠のくばかりなのだから。

 オレはキリトの左側の騎士へと右手の短剣を投擲し、二体の連携を乱す。鎧の隙間に突き刺さった短剣に怯んだ隙に、彼は右側の騎士の巨剣を受け流して左側の騎士へとぶつけ、諸共に両断した。エンドフレイムの中から落ちてくる短剣を回収して相棒と背中合わせに浮かぶ。

 

 ―――飽きる程やってきた事だ。

 

 感覚の衰えは無く、アインクラッドにいた頃と遜色ない。

 

 (まだだ……!オレ達なら、まだ上がる……もっと速く……行ける!)

 

 燃え滾る心とは別に、仮初の体は冷静に視線を巡らせる。相棒一人で突破できる奴、突破の為の邪魔となる奴、同時には対処できない奴……瞬時にそれらを見分け、彼の手が処理できない騎士から優先して迎撃する。ただひたすらに目の前の騎士を捌き、妨害し、相棒と共に上へ……上へ……!

 

 「オオオォォッ!!」

 

 咆哮と共に突き進むキリトの前から、ガーディアンの姿が消え……遂に石扉がその姿を現した。

 

 ―――あと……!

 

 ―――少し……!

 

 あの扉の先にサクラが、アスナがいる。初めから前しか見ていないオレ達だったが、より一層前進すべく翅を震わせる。戦いの高揚で何とか抑えていた、愛する少女への思慕が一気に燃え上がるのを、オレもキリトも止められなかった。背後のガーディアン達が追いつくよりも先にゲート目掛けて飛翔し、手を伸ばして―――

 

 ―――輝く矢によって、その手を射抜かれた。

 

 「え……?」

 

 ほんの数舜、光の矢が突き刺さった手を呆然と見つめ、次いでソレが飛翔してきた方向へと目をむける。オレ達の視界に映ったのは、ドームの外周全体に産み落とされたばかりの新たなガーディアン達。構える得物は先程から見慣れた巨剣ではなく、光り輝く弓矢。既に引き絞られたそれら全てがまっすぐにオレ達へと向けられていた。

 

 (マズい!)

 

 背筋に悪寒が走るのと、一斉に矢が放たれたのはほぼ同時だった。壁を埋め尽くさんばかりに配置された弓兵より飛来する矢は最早壁としか言いようがない程の密度で全方位から迫り、躱すどころか防ぐ事すら不可能だ。

 死ぬ。そう悟った瞬間、強烈な衝撃が左肩を襲った。幾何(いくばく)かのHP減少と共に体が落ちる。落下しながらも反射的に上……キリトへと目を向けると、必死の形相の彼と目が合った。その表情と振り切った左腕が、オレを生かす為に全力であそこから叩き落したのだと如実に語っている。

 七十五層攻略直前に、自分よりもオレ達の死を恐れて泣き叫んだ彼の姿を、思い出した。そして、その戦いの果てに彼は―――

 

 「キリトッ!!」

 

 逃れようのない死が分かっていてなお、迫る矢を手にした大剣を振り回して抗う姿を見せる相棒へ、思わず手を伸ばす。時間が何倍にも引き伸ばされる中で、オレは見た。全身に矢が刺さり、虫の息となりながらもなんとか命を永らえた彼を。そこへ無慈悲に剣を突き立てんと群がる、ガーディアン達を。

 

 「やめろ……やめろおおぉぉぉ!!」

 

 やっと落下が止まり、再び上昇する視界の中、伸ばし続けた手の先で……幾重もの剣に貫かれ、暗い炎に包まれ消えていく黒衣の後ろ姿を。

 視界左上に表示されていた相棒のHPゲージの表示がdeadへと切り替わる。鋼鉄の城での彼の最後の瞬間が脳裏に蘇り、心が穿たれる。

 

 「ぁ、あああああぁぁぁっ!!!」

 

 また守れなかった。見ている事しかできなかった。互いに背中を預け、命を預かっていた筈なのに……最後はキリトの命を対価に、生き延びてしまった。

 

 「……」

 

 無貌のガーディアン達がゆっくりと振り返る。

 

 ―――コイツ等だ。

 

 サクラ達への道を阻むどころか、相棒を奪ったのは……

 

 「テメェらかああぁぁぁ!!!」

 

 激しく燃え滾る憎悪に身を任せ、ガーディアン達がひしめく白亜の空間へと突貫する。手にした短剣で甲冑の隙間から柔らかな肉を切り抉り、装甲は手足を力任せに叩き込んで砕く。オレを断ち切らんと振るわれる巨剣は時に受け流し、時に剣を持つ腕を食い止め、挙句の果てには無造作に捕まえた別のガーディアンを鈍器として叩き付けて先手を取る。

 大小さまざまな衝撃や痺れが体中を襲うが、止まるなんて事はあり得ない。

 

 「この……クソッたれがあああぁぁぁ!!」

 

 相棒を殺したこのガーディアン達が、ソレを見ている事しかできなかった弱い自分自身が、何よりも憎い。際限無く増え続けるガーディアン達を殲滅しきるなどできる筈が無いのに、そんな簡単な事すら抜け落ちた頭で考えるのは目の前の守護騎士達を屠る手段のみ。

 

 ―――何故キリトが死ななければならなかった?

 

 初めは一緒にデスゲームに巻き込まれた弟を護り、生き抜くためだった。それがビギナーと元ベータテスターの軋轢による攻略組に崩壊を防ぐべく嫌われ役となり、多くの者達から心無い敵意を向けられ……心を擦り減らし続けた。

 安らぎを得られる場所となってくれるかもしれなかった者達との出会いがあった。家族以外にも護りたいと願った人がいた。だがあの城は無情にも彼女達を奪い去った。癒えない傷を抱えながらも弟の為に戦い続けた彼の心はさらに摩耗し、壊れかける程に追い込まれていく事が、誰にも止められなかった。

 

 ―――たった一人、アスナを除いて。

 

 キリト自身が忌み嫌っていた傷痕(もの)を含めた全てを受け入れ、彼を優しく包み込んだ彼女の想いが……やっと相棒を’剣士キリト’ではなく’普通の少年’として泣かせてくれた。

 

 「畜生っ!……畜生ぉぉっ!!」

 

 アスナの腕の中で彼が初めてあげた慟哭が、彼女の隣で照れくさそうに見せたぎこちない笑みが蘇る。

 激情のままに振り上げた左脚が正面から巨剣を掲げたガーディアンの右肘を砕き、バク転の様に半回転すると上下逆さに後ろへと視界が変わる。下から斬り上げようと迫る巨剣……こちらから見れば頭を斬り裂かんとしているソレを右手の短剣で防ぐと、左手で巨剣を掴んで軸として上下を元に戻す。そのままソイツを力任せに背後へと振り回すと、右肘の砕けたガーディアンが左手一本で剣を振り上げてきた所に衝突。空いた左手に二本目の短剣を握ると、二振りの刃でそれぞれの守護騎士の喉笛を掻き切る。

 

 「ハァ……ハァ……っ!?」

 

 ほんの一瞬の意識の隙間を偶然にもすり抜けた新手の刃が、二体分の白煙に紛れて迫る。気づいた時にはどうしようもなく、右脚が膝下から断ち切られた。

 

 「ぐっ、ぉおらああっ!!」

 

 バランスが崩れる中、巨剣を振り切った姿勢のガーディアンの肩口へ無理矢理右の短剣を突き立てる。甲冑の上からの為大して減らないHPバーには一切目を向けず、突き立てた短剣を支点に左の短剣を無貌の守護騎士の首筋へとねじ込んで抉る。目の前で吹き上がるエンドフレイムを浴びながら、あと幾何もしない内に命が尽きるだろうと悟ったオレは不敵な笑みを浮かべる。

 

 「来いよ……!」

 

 命尽きるその時まで、抗い続けてやる。それが唯一、今のオレにできる事なのだから―――!

 

 「―――こんの……バカアアァァァ!」

 

 「っ!?」

 

 聞き覚えのある声が、耳朶を打った。次の瞬間、何処からか発生した黒煙によって視界は遮られ、何者かによって抱えられていた。

 

 「な、放せ!」

 

 「うっさいバカ!暴れるんじゃないっての!」

 

 訳が分からない中で返ってきたフィリアの怒声を聞きながら、この身が下降している事が何とか分かった。どうやってかこちらが両腕を動かせないように抱えている為、左足一本では然したる抵抗もできずされるがままだ。

 

 (またオレは……惨めに生き残っちまうのかよ……!)

 

 悔しくて悔しくて、仕方なかった。

 

 「リーファ!」

 

 「大丈夫!出よう!」

 

 二人が速度を上げようとした時、黒煙を斬り裂いて光の矢が飛来してきた。狙いこそ正確さに欠けるものだったが、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、を体現するが如くの物量で次々とやってくるため危険なのは変わりない。

 

 「うっ!?」

 

 「つぅ!?」

 

 オレを抱えているフィリアが被弾する。それも一つや二つではなさそうな数の衝撃が、こちらにまで伝わってきた。リーファの声も聞こえた辺り、彼女も同じ様な状態だろう。ダメージのショックか、フィリアが失速するのが感じられる。さらに視界を遮っていた黒煙が急速に消滅し始め、待機していたであろう剣持のガーディアン達が迫る羽音が次第に大きくなりだしていた。

 

 「放せよ!テメェらまでやられるぞ!?」

 

 「荷物は大人しくしてなさい!」

 

 有無を言わせぬ口調と共に、オレは一層強く抱えられる。だが僅かな時間とはいえ止まっていた彼女へ、ガーディアンが追いつくのは時間の問題だ。

 

 「追いつかれるってのが分かんねぇのか!?いいから放せっつってんだ!」

 

 「うるさいって言ったでしょ!トレジャーハンター舐めないで!」

 

 次々と襲い掛かる矢を左右へと進路を変える事で避ける分、速度は下がる。しかもそれだって完全に避け切れるわけでは無い為、一つまた一つと被弾し、その度に衝撃で短時間とはいえ速度が下がる。遅れを取り戻そうと速度を上げても幾らもしない内にまた被弾し……悪循環だ。

 

 ―――遂に、剣が風を切って迫る唸りを耳朶が捉えた。

 

 「お宝担いでトンズラなんて……いつもの事よ!」

 

 両足を曲げながら急ブレーキをかけると、対応できなかったガーディアンはそのままの速度で突っ込んでくる為振り上げられた巨剣よりも内側の間合いに入る。

 

 「セイッ!」

 

 その瞬間に渾身のキックを大柄な胴へと叩き込み、あろう事かその反動で真っ直ぐ下を目指していた進路を横……入口への直線軌道に変えたのだ。さらに一つ矢が当たったが、翅とは違う方法で得た推力が落ちる事は無く、勢い余って地面を転がりながらもドームの外へとたどり着いた。

 

 「リーファ、キリトは!?」

 

 「だ、大丈夫……今蘇生アイテム使うから」

 

 フィリアと同じくらいボロボロになったリーファが、握りしめていた手を開いてウィンドウを操作し始める。彼女の手から現れた小さな黒い炎……スプリガンのリメインライトを見て、急速に力が抜けていく。SAOでの感覚や記憶に引っ張られ、キャラクターの死とプレイヤーの死が完全に別である事を、失念していたのだ。そして―――

 

 (クリア、できなかった……!)

 

 ―――二人で力を合わせて初めて……オレ達は、負けたのだった。




 今年中にフェアリィ・ダンス編が完結できればいいな、というのが目標です。(できるかどうかは見通しがたってませんけど……)


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八十二話 涙の告白

 クロト サイド

 

 「―――こんの、バカァ!!」

 

 蘇生アイテムと治癒魔法で回復したオレとキリトは、揃ってフィリアからぶん殴られた。だが、こっちにはどうしたって譲れない理由があるのだ。一度負けたからといって、諦めるつもりは毛頭無い。というかそもそもこれはオレ達二人の戦いだ。それをとやかく言われる筋合いなんざ無い。

 

 「……気は済んだかよ」

 

 自然とぶっきらぼうな返事になる。あの光の弓矢をどう対処するか、頭の中で考えを巡らせ―――

 

 「いい加減にしてっ!!」

 

 再び、フィリアに殴られた。次いで胸倉を掴まれ彼女に引き寄せられる。

 

 「気は済んだか、ですって!?そんな訳ないでしょ!二人だけで勝手に行かないでよ!私はアンタ達の何なの!?仲間じゃなかったって言うの!?ねえ!!」

 

 かつてない程の剣幕で怒鳴るフィリアを目の前にして、漸く思考が冷静さを取り戻す。

 

 「……事情はキリトから聞いてる。私だって助けたいって思っているんだよ……!だってサクラもアスナも、大事な友達なんだから……!」

 

 「フィリア……悪かったな。頭に血が上ってた」

 

 表情を歪めながら目尻に涙を浮かべ、押し殺すようなか細い声を漏らす彼女に自分の至らなさを痛感する。さっきのオレ達は完全にブレーキがぶっ壊れた車で爆走してたようなモノだ。そんな考え無しの勢い任せな行いが身を滅ぼす様はSAOで何度も見てきた筈だったのに。

 

 「……頼む。力、貸してくれ。オレとキリトだけじゃ……どうやっても、無理だ」

 

 「やっと、言ってくれたね……うん、協力するよ」

 

 今更とはいえ改めて助力を願うと、フィリアは涙を拭い、迷う事無く応じてくれた。キリトに散々’誰かを頼れ’なんて言ってきた自分がこれでは、相棒が全く変わらなかったのも当然だろう。説得力ゼロだった訳だし。

 まずは珍しく静かな相棒を起こしてさっきの反省会だな、と思考を切り替え―――

 

 「サクラ……アスナ……?そう、言ったんですか……?」

 

 「リーファ……?」

 

 呆然としながら目を見開くリーファ。フィリアの鉄拳が綺麗にきまった所為か、漸く起き上がったばかりのキリトを含めたオレ達にはリーファの異変に心当たりが無い為、揃って首を傾げる事しかできない。

 

 「えっと……サクラはクロトが、アスナはキリトが探している人の名前だけど……どうかしたの?」

 

 「だって、その人は……なら、キリト君は……」

 

 両手で口許を覆い、うわ言の様に一人で呟き続けた彼女は……やがてその瞳に黒衣の少年を映した。

 

 「お兄ちゃん、なの……?」

 

 「え……?」

 

 虚を突かれたように、キリトが目を見開く。オレ達の存在を忘れた様にリーファを見つめ返すと、戸惑った声が零れ落ちた。

 

 「まさか……スグ?直葉なのか……?」

 

 「……!」

 

 ビクリと体を震わせたリーファはよろめいて一歩後ずさると、かつてない程の素早さでログアウトしてしまった。まるでキリトから逃げるように。

 

 「スグッ!?」

 

 キリトが咄嗟に伸ばした手は、虚しく空を掴むだけだった。その事にひどく思い詰めた様に表情を歪めながらも、リーファの後を追って彼もログアウトしてしまう。

 

 「おい!?……一体何がどうなってやがるんだ……?」

 

 「多分……リーファがキリトの妹だったって事だよね?でも……何でリーファはあんな風に……」

 

 「こっちだって聞きたいくらいだっつの……」

 

 現実世界で会った時に、件の妹については存在しか教えてもらっていなかったが……話を聞いた限り、仲が険悪だとかで悩んでいる様子は無かった筈だ。

 

 (キリト……!)

 

 姿を消した親友の力になれない事をもどかしく感じながらも……信じて待つ以外に、オレ達にできる事は無かった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 和人 サイド

 

 意識が現実の肉体に戻ったと知覚した俺は、すぐさま起き上がってナーヴギアを外す。焦る心に急かされた指は思うように動かず、顎下のハーネスを外すだけでも苛立つ程に手間取った。

 

 「スグ……!」

 

 どうしてあんな顔をしたのか、分からない。話をしなければという一心で部屋を飛び出し、妹の部屋へ急ぐ。

 

 「……」

 

 妹……スグの部屋からは、静寂だけが伝わってきた。少しの間躊躇うが、立ち止まっていては何も解決しない。一度深呼吸して自分を落ち着かせると、意を決してノックする。

 

 「スグ、いいか?」

 

 「やめて!開けないで!」

 

 拒絶の意を伝える彼女の叫びにたじろぐが、それを堪えて俺は口を開こうと―――

 

 「一人に……しておいて……!」

 

 泣きそうな声に、戸惑う事しかできなかった。

 

 「……どうしたんだよ一体。そりゃ俺だって驚いたけどさ……」

 

 何がスグを苦しめているのか、その原因は自分の言動にあるのか……或いは全く別の理由なのか。そのどれにも確証が持てない。

 

 (ALOに俺がいた事か……?SAO事件があってもVRMMOが普及している以上、VRマシンさえあれば誰だって……VRマシン!?)

 

 一つの仮説が、急速に組みあがっていく。SAOがクリアされてから今に至るまでの二カ月間、スグとSAO以外のVRMMOについて話した事は無かった。リハビリや眠り続けるアスナ達の事で頭がいっぱいだった俺は、新しいフルダイブゲームに手を伸ばそうかと考える暇など無かったし、もちろんアミュスフィアを購入するなんて事は無かった。スグ自身それを知っている以上、俺が仮想世界に行くにはナーヴギアを再び被るしかない、という事は真っ先に考えつく筈だ。

 

 「ごめん、黙ってナーヴギアを使って……でも、どうしても必要だったんだ。だから……」

 

 「違う!そうじゃない!」

 

 乱暴に扉が開くと、激情に駆られた妹の姿があった。今にも零れそうな程に涙を溜めたその瞳を見て、胸の内を抉るような痛みが走る。

 

 「あたしは……あたしだって、もう訳が分からないの!」

 

 「スグ……?」

 

 「ずっとずっと、お兄ちゃんが好きで……SAOから帰ってきてくれて、すごく嬉しかったのに……!」

 

 俯いた彼女を前に、金縛りにあったかのように全身が動かない。喉も焼け付いた様に言葉が出せず、顔を上げたスグの声だけが響く。

 

 「でもお兄ちゃんの心には明日奈さんがいて!もうどうしたってあたしの手は届かないんだって分かって……苦しかった……!だから……ALO(むこう)でキリト君を好きになって、忘れようと……ううん、もうなってたの!……それなのに……!」

 

 現実世界で好きだった人を忘れようとして、仮想世界で好きになった人が……同じ人だった。その事実にスグは整理がつかなかった……?

 

 「好きって……いつから……?いや、今の俺達は……」

 

 「そんなの分かってる!昔から本当の家族みたいに育ってきたあたしの事……お兄ちゃんは妹としてしか見てくれてなかった事くらい!お兄ちゃんの中のあたしは、いつまでも妹のままなんだって……分かってたけど……!あたしは……家に引き取られる前からお兄ちゃんが好きだったの!!」

 

 溢れるままに吐き出された彼女の胸の内に、俺は衝撃を受ける。スグは、家族以上の想いを俺に抱いていた……?そして俺は大切な存在だった筈のスグを、無自覚に傷つけ追い詰めていた?

 だとしたら……どれだけスグは苦悩したのだろう。俺達がSAOに囚われ、もう会えないかもしれないと分かった時、どれだけ悲しんだのだろう。何より……アスナの存在を知り、揶揄いながらも祝福してくれたあの時、彼女は胸の内でどれだけ泣いていたのだろうか……?

 

 「ねえ、何が足りなかったの……?あたし、どうすればよかったの……」

 

 揺れる眼差しを向けてくるスグへの答えを、俺は持ち合わせていなかった。事故の前……いや、物心ついたころから、彼女への妹としての認識は変わる事が無かったのだ。どんなきっかけがあれば、スグのように恋心を抱いていたのか……本当に想像がつかない。

 答えを出せない俺に向けられていた彼女の瞳が、不意に逸らされる。諦観と自嘲の入り混じった声で、スグは言葉を零す。

 

 「……ううん、本当は分かってる……お兄ちゃん達が事故に遭ったあの時、お兄ちゃんのおでこを……そこにできた傷痕を、あたしが怖がったのがダメだったんだって……!」

 

 「違う!スグは悪くない!傷痕(これ)を怖がったのは皆一緒で―――」

 

 「―――違わないよ!!だって明日奈さんは……明日奈さんだけが、傷跡(それ)を含めたお兄ちゃんの全部が好きだって言ってくれて……!初めてお兄ちゃんを受けとめてくれたんでしょ!!だからお兄ちゃんは明日奈さんを好きになったんでしょ!!」

 

 「っ!」

 

 図星、なんだろう。見えない鈍器で頭を殴られたような衝撃に、言葉が詰まる。知らず知らずのうちにアスナに惹かれてはいた俺が、彼女と共に歩みたいと願った大きな理由がまさにそれだったのだから。

 

 「あたし、お兄ちゃんが昔みたいにちゃんと笑ってくれるようになって……それだけで良かったのに……」

 

 消え入りそうな声と共にスグから零れる涙。いつもなら拭おうとする筈の手が、今は全く動いてくれない。

 

 「なのにあたし、明日奈さんに嫉妬してる。お兄ちゃんやハルからあの人の事を聞けば聞くほど……どれだけお兄ちゃんが大切に想ってるのか……あの人にどれだけお兄ちゃんが救われたのかが分かって、羨ましくて……!でもそれ以上に……泣きたくても泣けなくなってたお兄ちゃんに……何もできなかった自分が、大嫌いで……!」

 

 もし仮に、スグが傷痕を受け入れてくれていたら。俺は……俺は、スグを違う目で見ていた?そしてもしも、アスナが傷痕を拒絶していたら……当時のアスナへの淡い想いを諦めていた?もしそうだとしたら、俺は―――

 

 (なんだよ、それ……それじゃあまるで―――傷痕を受け入れてくれれば誰でも良かったって言っているみたいじゃないか……!)

 

 自分の中の想いが揺らぎ、同時にかつてない程に自分への強い嫌悪が沸き上がる。踏みしめている床が今にも抜け落ちていくような感覚に囚われ、気づけば背が壁に触れるまで後ずさっていた。

 

 「……ごめんな」

 

 「ぁ……ちが、あたし……お兄ちゃんにそんな、顔……させるつもり、なかったのに……」

 

 スグの想いを前にして、俺が絞り出せたのはたった一言の謝罪だけだった。彼女は目を見開いた後に顔を俯かせ、何かを堪えるように肩を震わせる。

 

 「お願い。一人に、させて……少ししたら、いつものあたしに戻ってるから……今の、全部忘れて……待ってて……」

 

 スグの震えた手が、扉を閉める。ただ見ている事しかできなかった。

 

 (俺は……)

 

 背にした壁に寄りかかりながら、ズルズルと座り込む。自己嫌悪の念は膨れ上がり、スグを泣かせた後悔が苛み続ける。

 現実世界に帰還してからの二カ月間を思い返せば、俺の中には常にアスナの存在があった。何気ない事でも彼女との思い出が呼び起され、それをスグへ打ち明けた事も一度や二度ではなかった。

 

 (スグ……)

 

 ずっとそれを見てきた彼女は、俺への想いを閉じ込めようとしている。自分の中の奥深くに沈め、もう二度と溢れ出す事がないように……扉一枚隔てた向こう側で嗚咽を漏らし続けるスグにとって、生半可な痛みではない事くらい、想像に難くない。

 

 「……最低だな、俺」

 

 俺はなんて醜悪なのだろう。俺を救おうともがき、苦しんでいた女性(ひと)はこんな近くに居たというのに、何故気づけずにいたのだろうか。

 ……いや、本当は分かっている。結局は俺が一方的に心を閉ざし、ぶつかる事より逃げる事を選んだのが悪いんだ。その罪を償う時が来たのだろう。

 大切な筈の家族を、知らなかったとはいえ傷つけ続けた俺が今、スグにできる償い。その為に俺は両足に力を込めて立ち上がると、扉をノックする。

 

 「―――スグ。アルンの北側のテラスで、待ってる」

 

 これは自己満足でしかないかもしれない。けれども……剣の世界(ソードアート・オンライン)で生きてきた俺には、彼女の想いが込められた剣を受ける以外思いつかなかった。

 

 (そんな事したって、スグの痛みが分かる訳じゃないのにな……)

 

 こんな方法しかできない自分を、責めずにはいられなかった。




 ちょっと後味が悪かったかな?って感じはしましたけど……綺麗におさまる事ってそうそう無いですよね。


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八十三話 想いの原点

 キリト サイド

 

 再びALOにログインすると、クロトとフィリアが駆け寄ってきた。二人からすれば突然俺とリーファがいなくなったのだから、きっと心配してくれていたのだろう。

 北のテラスへと飛びながら、リーファが妹であった事や、アスナの事しか頭になかった俺が気づかぬうちに彼女を傷つけていた事を、二人に打ち明けた。

 

 「―――なんつーか……」

 

 「誰が悪い、なんて簡単に言える話じゃないよね……」

 

 言葉が見つからないのか、クロト達は難しそうに眉を寄せる。だが俺がスグを傷つけてしまった事実は変わらないし、それ自体は俺の落ち度なのだ。

 

 「……なぁ、お前を疑いたくねぇけどさ」

 

 「クロト?」

 

 「まだ言ってねぇ事、あるんじゃないのか?リーファについて」

 

 ―――バレてる……?

 

 一瞬体が強張るのが、避けられなかった。しかも彼は目ざとくそれを見抜いたのか、納得したようにため息を零した。

 

 「ちょっとクロト、自分だけで納得しないで説明してよー!」

 

 「説明って言っても……オレだって憶測とカマかけなんだぞ?半分くらい」

 

 「……もう半分は察しがついてるって事だろ、相棒」

 

 目的地だったテラスに降り立ちながら続きを促すと、彼は片手で頭を掻いてから口を開いた。

 

 「まずキリト、お前とリーファ……義兄妹だろ」

 

 「っ!?な、どこで……それを」

 

 「SAO(あっち)でハルがな……言ってたんだよ。お前達が事故に遭って……たった二人だけの肉親なんだって。けど今は妹もいる……なら大方、リーファはお前等を養子として引き取っただろう家に元々いた娘で、血のつながりは無いんだろうなって」

 

 「……そうか。そうだな……大体あってるよ」

 

 多分ハルだって意図してクロトに言った訳じゃなかったんだろう。偶々彼がその事を覚えていただけで。知らなかったフィリアは驚きのあまりか両手で口許を覆い、目を見開いている。そんな彼女をよそに、クロトは続ける。

 

 「で、こっからは完全にオレの憶測なんだが……兄妹喧嘩したんだよな?」

 

 「それは……多分、そうなるんだと……思う」

 

 「一体、どんな喧嘩しやがった?SAO事件の被害者のお前がフルダイブゲーム続けてるなんて知ったら、マシンぶっ壊すなり取り上げるなりしてもおかしくないだろ……それなのに戻ってきたのはキリトだけ……そこが全然分からねぇ」

 

 限られた情報ではこれ以上分からない。だからこそまだ俺に隠し事があると踏んだのだろう。思い返せばコイツだって結構頭は切れるのだから、中途半端に事情を話したって隠している事の存在に気付かれるのは当たり前なのだ。今までは気を使って踏み込んでこなかったが、今はそう言っていられない。だからこそ話してくれと、こちらを見つめる瞳が雄弁に語っていた。

 

 「……なぁ、いいのか……?もうずっと、俺はお前に頼りっぱなしなんだぞ……?」

 

 「今更かよ。知っちまったら、最後まで手ぇ貸さねぇと気が済まないんだよ」

 

 肩を竦めながら言われた言葉に、迷いが振り払われていく。

 

 「でもクロト、ホントに良いの?きっとこれってキリトのリアル……それも家族の事情でしょ?」

 

 「……まぁ、うん。本当はNGなんだろうけど……こんな状態のキリト放って置いたら、また独りで抱え込んで……どっかでやらかすっつーか暴走するのは目に見えてるからな」

 

 「反論できないのが痛いな……」

 

 SAOでの事を振り返れば相棒にこう言われてしまうのも仕方ない、なんて納得してしまう自分に苦笑いする。ひとしきり笑った後、改めてこのテラスに他人がいない事を確認し……意を決して打ち明けた。

 

 「好きだって、言われたんだ。妹に」

 

 「……へ?」

 

 「マジで……?」

 

 「元々リーファとは従妹なんだ。俺の両親が他界して、引き取られる前から……リーファの家とは付き合いがあって……その頃からずっと好きだったんだ、って。さっき言われるまで、俺はずっとその想いに気付かなかったんだ」

 

 呆けた顔を晒していた二人も次第に気を取り直し、真剣な表情でこちらの話に耳を傾けてくれる。その事をありがたく思いながらも、口を止める事はしない。

 

 「何より俺は、アスナしか見てなかったんだ。妹の想いを知らないまま、俺は何度もアスナの事を話して……傷つけて……」

 

 「そんな事が……」

 

 「難しいね……リアルの事に囚われずに楽しんでた筈なのに……結局は恋敵を助ける手伝いをしてた、なんて知っちゃったら……心の中がぐちゃぐちゃになるよ」

 

 「今のリーファはその通りなんだ。気持ちの整理がつかない所に俺が声をかけたから……心からの叫びを、聞いてしまったんだ。弾みで出た、感情任せの言葉もあわせて……」

 

 スグの泣き顔と、放たれた言葉が脳裏に蘇る。あんな顔をさせたくなかったのに、実際の俺は彼女を苦しめてばかりだ。

 

 「それで?お前は何て返事したんだ?」

 

 「ちょ、クロト!?」

 

 「曲りなりにも告白されたんだろ?なあなあにして流すとかあり得ねぇ。振ったのか振ってないのかどっちだよ?」

 

 「聞くまでも無いだろ!俺はアスナが……アスナ、が……」

 

 初めて俺は、スグからの告白に対してちゃんと返事をしていなかった事に気付いた。それだけじゃない。アスナよりも先に傷跡を受け入れてくれる人と出会っていたら……俺はアスナを想わずにいたのか……再燃した疑問に声が掠れていく。

 

 「まーた何か、変に抱え込んでるモンがあるのか……」

 

 「な、何でクロトはそんなに冷静なの……?私さっきからどうすればいいのか全然分かんないんだけど!」

 

 「コイツは昔っから妙に繊細でな、何てことない言葉一つで傷ついたり、気にして悩むとかしょっちゅうあったんだよ。ま、そんな事があった、って後から知った事ばっかりだし、気づけるようになったのは最近だ。あとは……そうだな。フィリアがそうやって騒いでっから、上っ面だけでも取り繕えてるってトコ」

 

 「うっ!」

 

 前は異変を察しても踏み込んでこなかった俺の心に踏み込もうと、彼は俺へと向き直る。

 

 「お前、さっき言い切らなかったよな?’俺はアスナが好きなんだ’って、いつものお前なら言えてただろ」

 

 「そう、だな……俺、迷ってる……」

 

 顔を伏せ、そう呟く俺に向けられる視線は変わらない。無言で促されるまま、言葉が零れていく。

 

 「クロト……もし、もしもアスナより先に、俺の事を受け入れてくれる女性(ひと)に出会っていたら……俺はアスナを想う事が無かったんじゃなかったのかな……?」

 

 「何があった?」

 

 「妹が、言っていたんだ。自分には何が足りなかったんだろう、って……いや、あいつなりに答えは出てた。出てたけど……」

 

 「傷痕の事か……」

 

 「あぁ。アスナだけが受け入れてくれた、だから俺は彼女を好きになった……でも、それなら俺は……傷痕を受け入れてくれる女性(ひと)だったら、誰でも良かったんじゃないのかって……本当に俺はアスナが好きだって、胸を張って言えるのかって……自信が持てないんだ……」

 

 自分の根幹をなす想いが揺れている。その事実が俺の心を蝕み、足元が沈み込んでいく錯覚にとらわれる。

 

 「―――気に入ったから近づいて、気に入らなくなったから切り捨てる……最も移ろいやすく、不確かで、信じるに値しない……だったか」

 

 「っ!?それ、は……!」

 

 「そう、男女の愛情についての、昔のお前の言葉だ。今お前が揺れてんのも、愛情は最も移ろいやすく、不確かで、信じるに値しないから、なんじゃねえのか?」

 

 「違う!俺は……俺はもうそんな事思ってなんかいない!!」

 

 クロトの言葉に両手で頭を抱え、駄々をこねるように振るう。胸の内を抉られるような痛みが、ひどく苦しい。

 

 「そうやって過去の自分の言葉で苦しむワケは?アスナが変えてくれたからなんじゃないのか?」

 

 「だからっ……!それだって傷痕を受け入れてくれたからであって!受け入れてくれたのがアスナじゃない女性(ひと)であっても、結果は同じだったんじゃないのかって言ってるんだよ!!」

 

 相棒が何を言いたいのかが全く分からず、苛立ちのままに頭を掻きむしりながら叫ぶ。呆気にとられていたフィリアが驚いて数歩下がるが、とても気にしてなんかいられなかった。

 

 「クロト、お前は何が言いたいんだよ!?なあ!」

 

 「お前がそうやって悩んでんのがバカだってこった」

 

 「な……!バカって何だよバカって!?人が真剣に悩んでるんだぞ!」

 

 顔を上げて彼を睨むが、向こうは至って大真面目な顔でこちらを睨み返す。それが何とも腹立たしく、俺の神経を逆撫でする。

 

 「ああそうだよな。お前はサクラ一筋だったから、俺の悩みなんてバカらしくってしょうがないってか?彼女を好きになったきっかけも、さぞ立派な―――」

 

 「―――一目惚れだよ、ただの」

 

 「……は?」

 

 「ガキの頃……初めてサクラと出会った時に見せてくれた笑顔が、とにかく可愛かった。きっかけなんてただそれだけだったよ、オレは。ま、恋心を自覚したのは離れ離れになってからだったけどな」

 

 ……開いた口が塞がらない。立場の隔たりによって周囲の人から殆ど認められず、想いを通わせられない日々を重ねても、想い人から一度は拒絶されても色褪せなかったクロトの恋慕のきっかけが、「幼少の頃に一目惚れした」なんてありふれたものだった……?

 

 「え……じゃあもしクロトがサクラじゃなくて別の娘に一目惚れしてたら、その娘をずっと好きなままだったかもって事?」

 

 「あー、まぁ……多分そうだろうな……」

 

 「待てよ、何の冗談だよ……!俺は二年間、ずっと見てきたんだぞ……!どう見たって両想いだってのにいっつもヘタレて告白できなかった事とか、殆どの奴等から’お前なんか釣り合わない’って言われ続けても……どんな事があってもお前がずっとサクラを想い続けた事も!お前は変わらず強く、一途に自分の心を貫いてきたじゃないか!それなのにきっかけがただの一目惚れ……?もし別の娘に一目惚れしていたら、その娘を好きでいた……?何でそう簡単に言えるんだよ!?」

 

 彼の言葉が俺には理解しがたいもので、頭を振る。訳が分からない、その一心をぶつけるように叫ぶと、不意に胸倉を掴まれて引き寄せられる。

 

 「ギャーギャーうっせぇってんだ!」

 

 「っ!」

 

 勢い余ってか互いの額が強くぶつかるが、向こうはお構いなしに無理矢理目を合わせてくる。

 

 「いいか、人を好きになるきっかけなんざ、他人からすりゃちっぽけなモンなんだよ!大事なのはなぁ……どんだけそいつを好きだって想い続けていられるかだ!!」

 

 「想い、続けていられるか……?」

 

 「ああそうさ!オレがもしあの時一目惚れしたのがサクラじゃなかったら?お前の傷跡を受け入れて、心を救ってくれたのがアスナじゃなかったら?今のオレ達がそれぞれ惚れたきっかけが違う女に当てはまっていたら、そりゃ今とは違う女に惚れてたかもしれねぇってのは、その通りだろうさ。特にオレなんてホントにしょうもないきっかけだったワケだし……けどな」

 

 彼の言葉が、眼差しが、愚直なまでに容赦なく俺の心へと突き付けられる。

 

 「そんな存在しなかった’もしも’の事なんて考えてどうなる?今ここにいるお前はSAOで、アスナに救われた。今ここにいるオレはガキの頃サクラに一目惚れした。それは変わらない事実だろうが!!」

 

 「ぁ……!」

 

 愛しい人(アスナ)との思い出が、脳裏をよぎる。

 

 ―――泣いて、いいんだよ。

 

 確かに俺は、あの抱擁に救われた。だが、本当にそれが全てだったのか……?

 

 ―――キリト君。

 

 いや、それより前からアスナは……嬉しそうに顔を綻ばせて、俺の名を呼んでくれるようになって。何かと理由をつけて俺に声をかけてくれるようになって……気づけば彼女を拒絶するどころか、傷跡を知られて拒絶される事を恐れるようになっていた。

 

 (アスナ……)

 

 攻略に関する意見の相違から対立してきた事。クロトと一緒に無茶やって、一緒に彼女からカミナリを喰らった事。一途だった相棒がやっとサクラと結ばれた時、攻略組が彼を受け入れられるように共に奔走した事。その後も二人の仲が少しずつ進展していくのをじれったく思いながらも一緒に見守っていこうと決めた事。次々と蘇る記憶の中で、一筋の流れ星を見た。

 

 (あれは、初めてアスナの剣技を見た時だっけ)

 

 命ある限り駆け抜けよう、そんな前のめりで迷いの無い剣を綺麗だと見惚れた瞬間を、今でも鮮明に覚えている。

 ああ、そうか。気づけばなんて単純だったのか。

 

 「―――やーっとマシな目、するようになったな」

 

 「思い、出したんだ……傷痕を受け入れてくれた優しさだけじゃない。あの世界で懸命に抗おうとしたあの剣技を……初めてその輝きを目にした瞬間から、俺はアスナに惹かれはじめて……知らず知らずのうちに、想い続けていたんだって」

 

 「そうか」

 

 ずっと険しかった相棒の表情が、優しく柔らかなものへと変わる。同時に掴まれていた胸倉から手が離れようとするが、俺はその手を取って自分の胸に寄せる。

 

 「キリト?」

 

 「お前が真っ直ぐに自分の想いをぶつけてくれたから、やっと分かったよ。傷跡を受け入れてくれたのが別の女性(ひと)だったとしたら、俺はその女性(ひと)に感謝はしても、愛する事は無かった。俺はアスナの優しさや強さだけじゃなくて、彼女のあるがままの全てが好きなんだ、って。そう胸を張って言えるよ」

 

 引き寄せた彼の手から伝わる熱が、何より頼もしい。一番信頼しているこの温もりをくれる相棒がずっと隣にいてくれたから、俺はあの世界で生きていられた。アスナに心を、クロトに命を救われたからこそ、俺は今ここにいるのだ。

 

 「ありがとう、クロト……不器用だけど自分の心に真っ直ぐなお前が、俺は好きだよ、親友」

 

 俺の心へ踏み込み、自分の想いを正面からぶつけて本心を引き出す。俺の為に心を砕いてくれる彼もまた、掛け替えの無い心の友だ。

 

 「ダチっつってくれんのは嬉しいけどよ……誤解される言い方すんなよな……」

 

 「?」

 

 若干顔を赤らめたクロトは少々強引に手を引っ込めると、尻尾で横を指し示す。訳が分からず首を傾げながらそちらを向くと―――

 

 「お、男の子同士で好きって……コレって浮気……!?いや、同性だからセーフ……?アスナ達に何て言ったら……!?」

 

 ―――日に焼けた肌であっても一目で分かる程に全身を真っ赤にして、フィリアが何かブツブツと呟いていた。一体何が原因だ?

 

 「はぁ……この唐変木め。暫く首傾げてろ」

 

 「えぇ……?」

 

 呆れた様子を隠そうとせずにため息をつくクロトに軽くショックを受けるが、彼は気にせずフィリアの頭に拳骨を落とす。

 

 「あいたぁ!?」

 

 「バカな事口走ってたからだろーが。オレもキリトもソッチの趣味は一切ねぇっての」

 

 「だからってグーは無いでしょ!グーは!」

 

 「い・い・か・ら・だ・ま・れ!」

 

 涙目で抗議するフィリアだが、彼は容赦なくその両頬を抓る。

 

 「今のキリトの’好き’はダチとしてって意味だからな?お前だって仲間は好きか嫌いかって聞かれりゃ、好きだって答えるだろ?それと一緒だっつーの。変な妄想すんじゃねぇぞ!」

 

 「ふぁ、ふぁかりふぁしたぁ!」

 

 ギブアップとばかりにフィリアはクロトの腕を叩き、彼ももう一度念押ししてからその手を離す。

 

 「うぅ……いきなり女の子に拳骨落としたり頬っぺた抓ったり……普通はアウトだからね!?」

 

 「はいはいそーですか。そいつは悪かったな」

 

 頬を押さえて睨むフィリアに対して、クロトは手をヒラヒラと振るだけで……ん?この仕草って俺に似たような事した時と同じだよな……?

 

 「おいクロト、お前もしかして……サクラ以外の娘は殆ど女の子扱いしてないんじゃないか……?」

 

 「……」

 

 「……図星か」

 

 俺の指摘に、相棒は黙ってそっぽを向いた。それが都合が悪くなったり図星だったりした時に見せる悪い癖だというのは、俺もアスナもサクラもよく知っている。

 

 「……そういうガサツなところは、治そうぜ」

 

 「……そうだな」

 

 渋々頷いた彼の肩を笑いながら軽く叩いていると、視界の端で何かがきらりと光った。二人も同じ様に気づいたらしく、互いに口を閉ざしてそちらへと目を向ける。

 この場所目掛けて真っ直ぐ飛翔してくるソレはみるみる大きくなり、やがて人の形をとる。

 

 「来たか……頑張れよ」

 

 その呟きを残して、相棒が一歩下がる。そのさいに背中を軽く押してくるものだから、これ以上親友に格好悪い所を見せられない俺はもう下がれない。下がる気なんて、無いけれど。

 長い金髪とシルフ特融の半透明なグリーンの翅を煌かせ、リーファがテラスへと舞い降りる。

 

 「……やあ」

 

 「お待たせ」

 

 お互いに多少強張った微笑を浮かべ、短く言葉を交わす。もう迷わない。そう心が定まっても、完全にいつも通り、とはいかなかった。だが、止まる訳にはいかない。せめてもの償いとして彼女の剣を受ける。それ以外の方法はやっぱり考えられなかったから。

 

 「スグ―――」

 

 「―――ねぇ、お兄ちゃん」

 

 話を切りだそうと呼びかけた時、妹はそれを遮るように軽く手を挙げる。真剣な光を宿した瞳はひたと俺を捉えており、彼女の意志の強さが感じられた。

 

 「試合、しよ?あの日の続き」

 

 腰の長刀を揺らしながら彼女が告げた言葉が意外で、俺は目を見張るのだった。




 ずっとシリアスが少々辛くなって……最後の方、フィリアにちょっとボケてもらいました……


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八十四話 兄妹の心

 ユージオぉ……原作知ってるから分かっていたけど……アレは辛いっす。アリシゼーション編のアニメが一旦終わって、週末の楽しみが……(涙)


 キリト サイド

 

 火花が散る。一合、また一合とリーファ……スグと剣を交える度に、SAOから帰還してから今日まで彼女と過ごした日々が蘇る。ポロポロと涙を零しながらも、俺とハルの生還を心の底から喜んでくれた事。アスナとの再会を目指してリハビリを焦る俺を宥めてくれた事。須郷の言葉に傷付き、一人泣いていた俺を抱きしめて、慰めてくれた事。そして……こんな俺の事を、ずっと好きだったと涙ながらに告白してくれた事……

 

 「―――せぇい!」

 

 「シッ!」

 

 いつしか地上から空中へと舞台を移し、俺とスグは鍔迫り合いになる。現実世界(リアル)では押し切られたが、仮想世界(こっち)ではそうはいかない。アバターの筋力パラメータは俺の方が高い。

 

 「ハァアア!」

 

 全力で押し切ると、彼女はすぐさま体制を立て直して再び挑んでくる。

 

 (スグ……)

 

 ずっと彼女は、真っ直ぐに俺を見続けてくれていた。その想いに気付かず……あまつさえ苦しめていた事実が、見えぬ刃となってこの胸の内に突き刺さる。

 剣の腕ならこちらに分があるのは間違いない。だが、スグは強靭な意志でもって喰らい付き、その差を少しでも埋めようと打ち込んでくる。

 

 (スグ……!)

 

 謝りたい。償いたい。こんな俺を想い、今なお向き合おうとしてくれる彼女に。けれど刃を交える中で、剣士としてのもう一人の自分が叫ぶのだ。

 

 ―――手を抜く事も、剣を捨てる事も、俺には許されないのだ。と……

 

 (かずと)としての自分と、剣士(キリト)としての自分。どちらも紛れもない本心で、二つの思いが対立する。

 葛藤する心と、積み重ねた経験から剣を振るい続ける体。その狭間で、俺は迷ってしまう。

 

 「やぁああ!」

 

 「ぐっ!?……ォオオ!」

 

 その隙を、スグが見逃す筈が無かった。彼女の剣撃は打ち合う度に速く、鋭くなり、気づけば容易に切り返せなくなっていた。

 

 (俺は……俺は……!)

 

 絡み合った心は言葉にできなくて―――それでも、逃げる事だけはしたくない。俺の剣に急速に追いつこうとしているスグならきっと……!

 

 「せええぇぇいっ!!」

 

 「う……らぁぁああ!!」

 

 打ち合うさなかで放たれた、彼女の刺突。無我夢中で繰り出されたその一撃は一直線に胸へと迫り、俺は掲げた大剣の腹で防ぐ。両腕が痺れる程の衝撃が突き抜け、それでも何とか振り払おうとして……不意に剣が軽くなる。

 

 「な……!?」

 

 そのまま大剣を振り切った先で、スグは上段に剣を構えていた。刺突が防がれた時に無理に押し込もうとせずに一旦後退し、俺の空振りを狙ったのだ。

 再び迫る彼女の剣。一方で俺の大剣は重さが災いして、振り切った状態から引き戻すのは間に合わない。それならばと振り切った大剣の勢いそのままに体を回転させ、迎え撃つ……!

 渾身の力でぶつかり合う二振りの剣が、爆発にも似た光と音を轟かせ―――共に宙を舞った。剣が互いの手から弾かれても体の勢いは止められず、気づけばスグは咄嗟に伸ばした俺の腕の中にいた。

 

 「……強いな、スグは」

 

 「ぁ……あたし、あたし……!」

 

 「いいんだ、スグ……俺、どうしても謝りたくて……でも、どうすれば償えるんだろうって考えて……せめて兄貴として剣を受けようって、思っていたのに……剣士として、負けたくなくって……」

 

 ゆっくりと回りながら、スグへと本音を零していく。ひどく自分勝手なものだと実感していると、背中に彼女の腕が回される。

 

 「スグ……?」

 

 「あたしも同じ事、思ってたの……あの世界……剣の世界にいたお兄ちゃんに謝る方法を考えて……剣を受ける事しか思いつかなくて……」

 

 彼女が俺と同じ考えに至っていた事に、目を見開く。

 

 「でもお兄ちゃん、強いから……全力で行かなきゃダメだって、思って……気づいたら’勝ちたい’って叫んでるリーファ(あたし)と、’謝りたい’って叫んでる直葉(あたし)がいて……!」

 

 「そうか……俺達、一緒の事考えてたんだな……」

 

 こんな所だけ似てしまったのは、お互いに剣士としての自分を持ってしまったからだろうか……いや、今はそれよりも伝えなければいけない事がある。

 

 「ごめんな、スグ……俺、自分の事しか考えてなくて……ちゃんとお前の事を見てなかった」

 

 どれだけ探しても見つからなかった言葉を、心のままに告げる。口が達者ではない俺が言葉と共に思いを伝えるには、これぐらいしか方法が無いのだから。

 

 「スグが俺の事、’好きだ’って言ってくれたのはすごく驚いたけど……嬉しかった。でも……でも、俺にとってスグは妹で……掛け替えの無い家族なんだ。だから俺……スグの想いには、応えられない」

 

 どれだけスグが俺を想い、慕ってくれていても……俺は家族としてしか彼女を愛せない。だってそうだろう?事故で実の両親を亡くし、親しい者を失う事を恐れて閉ざした俺の心を開こうと……’新しい家族’として寄り添い、手を伸ばしてくれたのは他ならぬスグ達桐ケ谷家なのだ。傷跡の所為で男女の愛情を信じられなかった当時の俺が、信じられた愛情……家族愛、兄妹愛を注いでくれた、掛け替えの無い大切な人がいる居場所。スグはその中で一番親身に寄り添ってくれた人なのだから。

 

 「……そっか。そうだよね……うん、分かってた……」

 

 寂しげな声と共に顔を俯かせる妹に、胸が痛む。他ならぬ自分自身が彼女をそうさせているのだと分かっている分、強く大きく、胸の内を抉られる。

 もっといい方法があったかもしれない。スグを傷つけずに済んだかもしれない。そんな後悔ばかりが己の内で沸き上がるが、今ここにいる俺は、自分の本心を真っすぐに伝える事を選んだ。今こうしてスグが俺の胸に顔を埋め、小さな嗚咽と共に泣き続けているのはその代償であり、本当の意味で彼女と向き合おうとしなかった俺の罪だ。

 

 ―――今は、スグの涙を受けとめ続けよう。せめて……彼女の気が済むまで。

 

 今の俺には、それぐらいしか償う方法が思いつかない。

 

 「ごめんな……本当にどうしようもない、ダメな兄貴でさ……」

 

 声が震え、視界がぼやける。こんな俺に涙を流す資格など無いというのに……俺が生きてきた仮想世界は、涙を堪える事を決して許してくれない。

 

 (大事な人達を泣かせてばかりだな、俺……)

 

 ハルやクロト、サクラにアスナ……クライン達だってそうだった。全てが終わり、始まったあの日から今日まで……思い返せば誰もが俺の所為で泣いていた。そして今、スグも。

 

 ―――零れた雫が一つ、頬を伝った。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 クロト サイド

 

 空で抱き合い、ゆっくりと回りながら下降していくキリト達を見守りながら、オレとフィリアは彼等の剣をそれぞれ回収していた。

 

 「えーっと……クロトさん、何がどうなってリーファちゃんとキリトさんが戦ってたんですか……?」

 

 緑髪におかっぱで、いかにも気弱そうな雰囲気のあるシルフ……レコンと名乗った少年が、浮かんだ疑問のをそのまま口にした様子で問いかけてくる。キリト達の試合を見守っている途中でやってきたコイツはどうやらリーファとは仮想・現実の両方でフレンドらしく、領主会議襲撃の内通者を探り当てて彼女に連絡したという。その後にリーファを追ってスイルベーンからこのアルンまで一人で飛んできた。

 この話が本当かどうかは後でリーファに突き出せばわかるだろうし、悪いヤツって感じはしないのでとりあえず放っておいたが……聞かれたからには最低限の事は答えないとな。

 

 「あの二人にゃ色々事情があるんだが……簡潔に纏めると、兄妹喧嘩ってなるんだろうな……多分」

 

 「……へ?兄妹……兄妹!?あわわ、リーファちゃんのお兄さんに僕は何て事を!?」

 

 「落ち着けって。お前が何言ったかは知らねぇけど……キリトは特にお前の事は何にも言ってなかったし、大丈夫だろ」

 

 顔を赤くしたり青ざめたりと、ひどく慌てだしたレコンの背を軽く叩く。

 

 「それはそれで忘れられてるだけなんじゃ……」

 

 しかし彼がホッとしたのも束の間で、リーファの長刀を拾ってきたフィリアの呟きを聞いて肩を落とす。

 

 「とりあえず剣返さねぇとな。アイツ等も丁度降りたみたいだし」

 

 視線を戻せばキリト達は小さな浮島の一つで翅を休めており、抱擁を解いていた。互いに顔を伏せている辺り、完全に決着がついたとは思えないが……人の心ってのはそう簡単に割り切れないものだ。だがそれでも、オレ達は立ち止まってなんかいられない。監禁されているであろう状況下でカードキーを盗み、キリトへと落とした事が監視の目にバレたとしたら……サクラやアスナの身にさらなる危険が迫る事になるのだから。

 

 (今回、時間はオレ達の敵だ……急がねぇと……!)

 

 逸る気持ちを抑えながら、相棒の許へと翅を震わせる。二人もそれに続き、程なくしてキリト達の傍にたどり着く。

 

 「―――クロトか……」

 

 「もうちょい腹割って話させてやりたかったけど……もう待てねぇんだ。何か嫌な予感がしてよ」

 

 「それは、うん。俺も何となく、そんな気がする」

 

 こちらが差し出した剣を受け取り、頷く相棒。そんなオレ達を見て、レコンが首を傾げた。

 

 「あ、あのー……二人は一体何を……?」

 

 「行くんだよ。世界樹の上に」

 

 「え、ええぇぇぇ!?」

 

 レコンが絶叫するのも無理は無い。普通のALOプレイヤーにとって、グランドクエストは未だ攻略の目途が立っていないものであり、そこにごく少数で突っ込もうとするのはあり得ない事だというのは容易に察しがつく。だが、それでも―――

 

 「俺達はどうしても、あそこに行かなきゃならないんだ……!」

 

 漆黒の瞳の奥に痛烈な想いを宿した相棒が、天へと伸びる世界樹を見上げる。握りしめた拳は小刻みに震え、オレ以上に焦燥に駆られているのがよくわかった。

 

 「―――あたしも手伝うよ、お兄ちゃん」

 

 「スグ……!?」

 

 リーファの両手が、震えるキリトの左手を包み込んだ。驚き振り返るキリトが見たのは、未だ目尻に涙を浮かべながらも、新たな決意を宿した眼差しを向けるリーファの姿だった。

 

 「本気で言ってるのか……?俺を手助けする意味を……ちゃんと分かって―――」

 

 「―――うん、分かってるよ」

 

 「なら、どうして……スグが自分から苦しむ必要なんて……!」

 

 キリトが何と言おうと、リーファの瞳は真っ直ぐに彼を見つめ、その手を離さない。

 

 「だって……だって、お兄ちゃんは大事な家族だから。お兄ちゃんを支えたい、少しでもいいから助けになりたい……お兄ちゃんと家族になった、あの日の想い……思い出したから……!」

 

 「スグ……」

 

 「SAO(あのとき)みたいに、何も出来ないで待ってるだけなのは……もう嫌なの。だからお願い、あたしにも手伝わせて」

 

 「ああ……!ありがとう、スグ……!」

 

 目尻に浮かんでいた涙を一筋流しながらも、その微笑みが陰る事は無く……彼女の言葉が紛れもない本心だと誰もが分かった。

 

 「強いね、リーファは」

 

 「そうだな……」

 

 フィリアの呟きに、オレは頷く。キリトへの恋慕を押し込めて、家族としての想いを優先する。言葉にするのは簡単だが、その心に感じる痛みや悲しみは並大抵のものではないだろう。

 

 (待っててくれよ、サクラ、アスナ……今度こそ、辿り着いてみせるからな……!)

 

 次こそはクリアする。改めてその事を己が心に誓い、オレ達はドームの入り口へと飛翔した。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「―――ユイ、いるか?」

 

 ドームの入り口に降り立ち、ふと思い出したようにキリトが愛娘に語り掛ける。すると待ってましたとばかりにピクシー姿のユイが現れたが……その顔は憤慨したように唇を尖らせていた。

 

 「遅いですパパ!パパが呼んでくれないと、出て来れないんですからね!」

 

 「わ、悪かったって。ちょと立て込んでてさ……」

 

 子供らしく怒るユイに頭が上がらない様子のキリトに助け船を出そうかと考えるが、結論が出るより先にレコンが駆け寄った。

 

 「うわ、これプライベートピクシーって奴!?僕初めて見たよ!すっげぇ可愛いなぁ!!」

 

 リーファにあの試合の間待機を命じられていたのに、ついてきていたのがバレてシバかれたばかりだというのに……復活はえーなコイツ。ちょっと可哀そうって思えるくらいボコボコにされてたのに……逞しいというか、変な所でガッツがあるというか。

 

 「わ、何ですかこの人!?」

 

 「くぉらぁレコン!怖がってんでしょうが!!」

 

 「ヒィ!?ご、ごめんなさ―――」

 

 「問答……無用!!」

 

 「ぐっほぉぉおおお!?」

 

 先程以上に怒気を孕んだ声で容赦なく彼の耳を引っ張ったリーファ。レコンの謝罪に耳を貸す事も無く、彼女は全力のボディブローをそのどてっぱらに叩き込んでふっ飛ばした。

 

 「お、おいおい……ユイの為に怒ってくれたのは分かるけど……」

 

 「リーファさん、怖いです……」

 

 「ひぐぅ!?」

 

 レコンの時以上に怯えたユイの言葉に、彼女はショックを受ける。レコンの方に非があったとはいえ、流石にリーファもやり過ぎだと思ったし……自業自得って言える……のか?

 

 「と、とにかくさ!早く打ち合わせしよ?どうせこのバカ二人、特攻するしか能がないんだし」

 

 「おいフィリア、ケンカ売ってんなら買うぞコラ」

 

 「クロト……お前が冷静さを欠くなんてらしくないって」

 

 何やら不愉快な言葉が聞こえたが、キリトに免じて舌打ち一つで鎮める。してやったり、と言わんばかりに悪戯っぽく微笑むフィリアが何とも憎たらしいが、我慢できない程ではない。つーかコイツ、そこら辺を弁えて揶揄ってくるもんだから、マジでイラつく。

 

 「―――ユイ、さっきの戦いで何か分かったか?」

 

 「はい。あのガーディアン達ですが、一体あたりのステータスはそこまで高くありません。ですがリポップのスピードが異常です。特にパパ達が最接近した時に至っては秒間十二体で、これは通常の方法ではクリア不可能な難易度に設定されているとしか……」

 

 「一体二体はすぐ捌けたから気づかなかったけど、総体で見れば高い再生能力を持ったレイドボスって所か……こっちの進行状況にあわせて湧出パターンが変わるから、ユーザーは’もう少し戦力があれば’って感じで諦められない……その上で種族抗争を推奨して、プレイヤー同士の対立を煽っているから、当分の間ユーザーが離れる心配もなし、と。ホント運営は嫌らしいヤツだな」

 

 オレがそう纏めると、キリトは頷きながらも顔を顰める。なまじ先程は目前まで迫れたのだから、猶更(なおさら)運営の掌にいるような感覚が抜けない。

 

 「ですが、異常なのはパパ達のスキル熟練度も同じです。皆さんでサポートすれば、瞬間的な突破だけならば可能かもしれません」

 

 「それが分かれば充分さ。ありがとう、ユイ」

 

 掌の小さな愛娘の頭を、労わるように撫でるキリト。だが顔を上げた時にはその表情から優しさは無くなり、剣士としての鋭い眼光が現れる。

 

 「作戦、って程じゃないけど……俺とクロトで突っ込むから、リーファとレコンで回復。フィリアはもしも二人が狙われた時の護衛を頼む」

 

 「それしかねぇよな。オレ達の場合」

 

 「任せて。キリトもクロトも、今度こそ辿り着きなさいよ」

 

 フィリアが励ます一方で、リーファは戦士としての表情で頷き、レコンについてはまだ揺らいでいる。

 

 「ほ、本当にやるの……?たった五人で?」

 

 無理、無茶、無謀。そう言いたげな表情で視線を彷徨わせる彼は、本来普通のプレイヤーとして当たり前の反応であり、誰も彼を嗤う事はしない。

 

 「……全く、男なら偶にはビシッと覚悟決めなさい」

 

 「リーファちゃん……!うん、僕やるよ。僕だって、やる時はやるんだ!!」

 

 彼女の言葉が着火剤になったのか、レコンの目に闘志が宿る。つか、分かりやすいというか、チョロいなコイツ。

 

 「よし……行くぞ!」

 

 キリトの号令のもと、オレ達は再び扉へと歩み出した。



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八十五話 飛翔

 なんだかんだであっという間の連休でした……本当に早いなぁ……(涙)


 クロト サイド

 

 下方で放たれた眩い閃光が視界を塗りつぶし、轟音が耳朶を打つ。ドーム全体を揺らしたソレはオレ達やガーディアン達を例外なく硬直させ、回復した視界の先では小さな緑色の炎……シルフのリメインライトを中心に騎士達の群れに大きな穴が開いていた。

 

 (リーファ、いやレコンか?何かトラブルでタゲられたのか……?)

 

 視界左上に表示されたパーティーメンバーのHPゲージの中で唯一死亡判定が付いた名を見て、一瞬思考が逸れる。

 

 「―――ぉ、おおぉぉぉ!」

 

 一方で周囲の状況把握はオレに丸投げとばかりに進み続けるキリトは止まらずにガーディアン達へと突貫を試みる。瞬時にオレも意識を前方へ向けなおして彼をアシストするが、分厚い肉壁は多少凹んでもすぐさまオレ達を押し返す。

 前回よりも早く、かつ少ないダメージで扉に肉薄した辺りから、ずっと手詰まりの状態だった。リーファ達からの回復魔法が一度しか来ていない上にレコンが何らかの方法で自爆、なおかつフィリアのHPゲージまで減少している事から察するに、ドームの最下方で待機していた筈の彼女達をもターゲットするような、悪意あるアルゴリズムがこのガーディアン達には埋め込まれていたのだろう。

 

 ―――完全にジリ貧。このままじゃ全滅だ。

 

 相棒を補助し、目の前の敵を捌き続ける中で、感情から切り離された思考がそう告げる。止まらない、止まれない状態ではあるが、何か手を打たなければ道は閉ざされる。

 

 (力が足りないなら頭を使え……!考える為にも周りを見ろ……!あの手この手でやりくりするのはオレの役目だった筈だ!)

 

 鋼鉄の城にいた頃から、相棒との間にできていた差……単純な火力や剣技等で少しずつ大きく感じていったそれを埋める為に、あれこれと手を考えて試してきた。今更ここで何もできない、なんて言って止まるワケには、いかないのだ。

 下方にいるフィリア達からの支援は見込めない。道を阻むは秒間十二体、もしくはそれ以上のペースで増えるガーディアン達。その中で今のオレに、キリトにできる事。時間感覚が引き伸ばされた状態で周囲の状況を確認し、思考して―――

 

 ―――圧倒的に人手が足りない。

 

 この一言に尽きてしまう。キリトならば瞬間的にガーディアン達の壁を幾らか削り取れる。だがその削られた状態をオレが維持するよりも速く後続の騎士が補填され、生まれかけた穴は開通する前に押しつぶされる。ならば二人ではなくキリト一人だけでも押し通す事はできないかと考えるが、その場合は間違いなくオレがリメインライトになるだろうし、何よりキリトが分厚い肉壁を突破できる確率は大分低い。最悪の場合、孤立した相棒がHPを散らし、残ったリーファとフィリアが無数のガーディアン達によってすりつぶされる。だが、それでも……

 

 「止まって、たまるかよ……!」

 

 自らを奮い立たせ、キリトの死角から迫るガーディアンの右肘に短剣を突き立てる。関節を破壊された騎士がくぐもった呻きを上げるが構わず蹴り飛ばし、別方向から近づくガーディアンへと衝突させる。しかしあろう事か蹴り飛ばした騎士はこちらへ突撃する味方の巨剣に貫かれ、その身を白炎へと変える。

 

 「なっ!?ぐ……!」

 

 「クロト!?」

 

 勢いそのままに迫ってきた新手の騎士はオレの右脇を抉り、HPゲージが一気に三割程減少してイエローゾーンに入る。すぐさま目の前のガーディアンの首筋に得物を突き立て、抉り切って消滅させるが、そのエフェクトがオレの視界を塞ぐ。

 

 「こいつ等、味方を巻き込み始めたのか!」

 

 「らしいな、クソったれ」

 

 追撃はキリトが一刀のもとに切り捨ててくれたが、状況がさらに悪化した。今まで同時に襲い掛かってくる敵の数に制限があったが、ソレが取り払われてしまったのだ。文字通り全方向からの攻撃に晒される。

 

 「―――それでも、行くんだ」

 

 「ああ、そうだな」

 

 キリトと二人、揃って口角を釣り上げる。互いに獣のような獰猛な笑みを浮かべ、手にした得物を一層強く握りしめる。勝たなきゃならない、二人で助けると決めたのだから……やり遂げるまでは、絶望なんてしている暇は無い。

 何度地に伏したとしても、オレ達は決して諦めない。その度に這い上がり、この手が届くその時まで、相棒(キリト)と共に抗い続けるだけだ―――!

 

 「邪魔を……」

 

 「すんじゃねぇぇえええ!!」

 

 現実でなら血反吐を吐いてもおかしくない程に叫び、二人同時に愚直に突撃する。『バーチカル・スクエア』を模倣した四連撃が今までよりも深く騎士達の壁を削り、食い込む。彼の剣はそこで止まらず、四撃目を振り切った勢いそのままに回転しながら体勢を立て直し、次なるソードスキルの軌道をなぞる。

 SAOでは不可能な動きだが、ここはALO……ソードスキルは存在しない。当然システムアシストやダメージのボーナスと言ったプラスの補正……メリットは無いが、逆に技後硬直のデメリットが全く存在しない。さらにアバターは肉体的疲労が無く、酸素を必要としない為、本人の意識が続きなおかつアバターの関節の可動範囲内での動きであれば……ソードスキルの模倣とそれ以外の剣技をつなげて剣を振るい続ける事だってできる。オレもまた同じように本能のままに体に染みついた剣技をつなげて相棒の背中を預かり、食い込んだ穴を全力で進もうと得物を振るう。

 

 ―――視界の端で、無数の光点が煌いた。

 

 忘れもしない、弓兵達の光の矢だ。瞬時に補充される暴力的な数に膨れ上がった騎士達と同様に、あの弓兵達もまた味方を巻き込む事を厭わないだろう。あの矢に当たるのはマズい。そう直感的に悟るが、全力で突き進んだオレ達はもう騎士達の肉壁の内部に入り込んでおり、こじ開けた入り口の穴は塞がれつつあった。進もうにも反対側までの壁は未だ分厚く、引き返そうにも退路は塞がれつつあり突破は困難。その上あと幾何(いくばく)もしない内に弓兵からの一斉射撃が来る……まさに進退窮まった、という状況だ。

 

 「キリトッ!」

 

 「チィッ!」

 

 瞬時に相棒と背中を合わせると、左手の短剣を鞘に納める。群がるガーディアン達の隙間から見える光点が強く輝き、弓兵達から一斉に矢が放たれた。その事を気にせず斬りかかってくる守護騎士達の巨剣を受け流すと、開けておいた左手でその鎧を掴んで引き寄せる。その後ろから唸りを上げて光の矢が降り注ぐが、その殆どはオレ達を包囲するガーディアン達の背中に突き刺さる。上手く隙間を縫ってきた矢も、引き寄せた騎士の巨体に身を隠す事で何とか凌いだ―――筈だった。

 

 「こいつ!?キリトッ!」

 

 「放せ……放せぇ!!」

 

 盾替わりにした騎士が光の矢を受けても全く怯まず、巨剣を捨てて両腕で抱きしめる様にこちらを拘束したのだ。咄嗟に相棒に警告するが、彼もオレと殆ど同じ状況に陥っており、満足に大剣が振るえなくなっている。二人揃って比較的小柄なアバターであった事も災いし、守護騎士との間に生じる体格差がここにきて致命的だった。暴れようにも手足の自由を封じるように抱えられている以上、初動を封じられているも同じで力が発揮できず、拘束から抜け出すのは容易ではなくなるからだ。

 捨て身でオレ達を拘束するガーディアンは万力のようにビクともせず、ジワジワとこちらのHPゲージを蝕んでいく。その後ろではギロチンの如く巨剣を構えた守護騎士達が空間を埋め尽くし、拘束する騎士諸共に貫くべく一斉に同じタイミングで突進してきた。

 

 (サクラ……!)

 

 万事休す。そんな状況で脳裏に蘇るのは、誰よりも愛おしい少女の笑顔。決して挫けてやるものかと、心臓めがけて迫る巨剣の一つを睨みつけて―――

 

 「ファイアブレス、撃てぇー!!」

 

 「フェンリルストーム、放てっ!!」

 

 ―――十の紅蓮の火柱と、幾条もの緑の雷光が、迫っていた守護騎士達を悉く飲み込んで消し去った。

 

 「お兄ちゃん!」

 

 「クロト!」

 

 瞬く間に破壊された包囲網にオレ達が目を見開いていると、下方からリーファとフィリアが真っ直ぐにこちらめがけて飛翔してきた。そのままオレとキリトを拘束していたガーディアン達の首を刎ねて白炎へと変える。

 

 「お兄ちゃん!良かったぁ……!」

 

 「スグ!……ありがとう、助かったよ」

 

 両目に涙を溜めた彼女は、迷わずにキリトの左手を握って、安堵の笑みを浮かべた。そんな妹の手を、彼は優しく握り返す。

 

 「サンキューフィリア。けど、一体何が……?」

 

 「援軍が来たのよ。シルフとケットシーのね!」

 

 喜色満面とばかりにウィンクする彼女が指差した方……ドーム下方へと目を向けると、つい先日別れたばかりのサクヤとアリシャがいた。それも一目で精鋭と解る戦士達や飛竜を従えて。

 

 「アイツ等……」

 

 資金提供はしたとはいえ、まさかこれほど早く駆け付けてくれるとは全く思っていなかった。そもそも組織を動かすには金もそうだが時間だって掛かる筈なのだから。それをどういうワケか二人共大急ぎで戦力を用意してきてくれたらしく、一瞬目が合った首領達は誇らしげに微笑んでみせた。

 

 「総員、彼等を援護し、続け!黒衣の二人が突破の鍵だと忘れるな!!」

 

 「ドラグーン隊、ブレスの再準備急げ!シルフ隊の道を確保して!!」

 

 だが領主達が表情を緩めたのもほんの一瞬で、次の瞬間には互いに息の合った指揮を飛ばす。彼女達の命に従う精鋭たちはあっという間に湧いてきたガーディアン達を屠り、オレ達を守る様に囲い、見事な連携で守護騎士達を近づけさせない。その上でオレとキリトにレベルの高い回復魔法を施してくれるものだから、半分を割り込んでいたオレ達のHPゲージもすぐに全快する。

 

 「これなら……クロト!」

 

 「ああ!行けるぜ相棒!」

 

 ここまでしてもらったのなら、絶対にたどり着いてみせる。その心は親友も同じで、互いに頷きあう。

 

 「遠いなぁ……お兄ちゃんの背中」

 

 「スグ?」

 

 不意にリーファが零した呟きに、キリトは目を瞬かせる。俯くリーファの表情は窺い知れないが、悔しいような、悲しいような声色だった。

 

 「やっぱり……あたしじゃクロトさんみたいに、お兄ちゃんの背中は守れないや……」

 

 「スグ、それは―――」

 

 「―――でもね。守れなくても……背中を押す事はできるから」

 

 顔を上げた彼女の頬は涙が伝っていたけれど。浮かべる笑みは、誰もが目を奪われる程に綺麗で清々しいものだった。

 

 「だから、受け取って。あたしの(おもい)を!」

 

 「っ……ああ!スグ、本当にありがとう……!」

 

 リーファから託された長刀を左手に、漆黒の大剣を右手に。二刀を携えた黒の剣士が、ここに蘇る。

 

 「ホント、一途だよね。リーファって」

 

 「そうだな。あんなに真っ直ぐ生きるのは、簡単じゃないのに……」

 

 肥大化した欲望に吞まれた者。他人の悪意に晒され、荒んだ者。SAOの中で、心を歪ませた者達を見てきた身としては、リーファの心は眩しかった。

 

 「支援頼んでばっかでわりぃけど、リーファの事は頼んだぜ」

 

 「はいはい。その代わり、ちゃんと取り戻しなさいよ?」

 

 「当たり前だろ!」

 

 フィリアに左手の親指を立て、キリトの隣に並び立つ。

 

 「クロト、俺……本当にバカだったよ」

 

 「何だよ?急に」

 

 「だってさ。最初はアスナ達を救い出すのは俺一人でやらなきゃ、って意地張って、お前から逃げて……でも気づけばスグやフィリア、シルフやケットシーの皆……そしてお前に助けられて、支えてもらって、ここまで来れた。俺一人じゃ、絶対に何もできなかったって、やっと実感しているんだ」

 

 柔らかな笑みを浮かべる相棒の姿に、こちらもつられて口角が吊り上がるのが分かる。その事に照れくささを感じながらも、オレは目を逸らさなかった。

 

 「言ったろ?親友(ダチ)の頼みなら何度でも、いくらでも……オレの力を貸すって。オレだけじゃない。お前が思っている以上に、お前の周りには力を貸してくれる人がいるんだぜ」

 

 「ああ……ありがとう」

 

 感謝するのはオレの方だ、と零れそうになる言葉を吞み込み、進むべき方向へと向き直る。隣の相棒も同様で、互いに意識は剣士のソレへと切り替わる。

 

 「皆!二人が出るよ!」

 

 フィリアの声が響くと、ドーム上方に展開していたシルフ隊の者達が散開してスペースを作る。

 

 「クロト!」

 

 「キリト!」

 

 互いの名を呼び、同時にトップスピードで飛翔する。立ち塞がるは数多の守護騎士だが、その数は先程に比べれば少ない。

 

 「「おおおぉぉ!!」」

 

 背中合わせに羽ばたくオレ達が振るう二刀が、双剣が、群がる守護騎士達を正面から食い荒らし、突き進む。そこへ絶え間なく緑の電光や飛竜のブレスが放たれ、横合いから押しつぶそうと迫る騎士達の行く手を阻む。

 

 ―――今のオレ達なら、どこまでも飛べる。そうだろ、相棒!

 

 ―――ああ、もちろんだ相棒!

 

 意識が繋がるような感覚。互いの思いが、声にせずとも伝わる。その高揚を胸に、オレ達は飛翔していく。何処までも、高く―――!

 

 「―――行っけええぇぇぇ!!」

 

 その中でなお明瞭に耳朶を打った少女の声に、背中を押されながら。脳が焼け付くと錯覚する程に加速した意識と共に目の前の敵を切り捨て、飛んで……視界いっぱいに眩い光を受けた。

 

 「がっ!?」

 

 「あで!?」

 

 体が硬い何かに衝突し、揃って頭を振る。光に慣れた視界に映ったのは、ずっと目指していた石扉だった。今までずっと守護騎士達に阻まれていた天井周りの光に目が眩んだオレ達は、勢いそのままこの石扉にぶち当たったワケだ。つまり―――

 

 「辿り、ついた……!」

 

 「やっとだ、やっと……!」

 

 後ろに目を向けると、犇めくガーディアン達の肉壁に一か所だけ穴が開いていた。徐々に塞がっていくその向こう側では、役目を終えたとばかりにシルフ・ケットシー隊の者達が反転している。きっとフィリアやリーファも同様だろう。後はオレ達がこの石扉の先へ進めば……

 

 「開かない……?ユイ、どういう事だ!?」

 

 「待ってくださいパパ……ッ!こ、この扉はクエストフラグによってロックされている訳ではありません!単なる管理者権限です!」

 

 「つまりどうすりゃ開くんだよ!?」

 

 反転した守護騎士と、新たに天井付近で産み落とされた守護騎士達が、不気味な飛翔音と共に迫る。見た所弓兵がいないのが唯一の救いだが、こちらが攻撃されるまで十秒あるかどうかの違いでしかない。

 

 「この扉は、プレイヤーには絶対に開けられません!」

 

 「なっ……」

 

 ユイの悲鳴のような宣言に絶句したのはどちらだったか。だが、ここで折れるワケにはいかない……!

 

 「キリト、時間は稼ぐ!!」

 

 背負い続けていた弓へと武器を持ち替え、牽制に矢を射かけようとして。

 

 「そうだユイっ!このカードなら……!」

 

 「……!コードを転写します!」

 

 「クロト!手を!!」

 

 躊躇う暇は無かった。大剣を背負い、ユイにカードを突き出した状態で叫ぶキリトへと手を伸ばし―――黒衣の端に指先が触れた瞬間、視界が白一色に染まった。




 FGOイベントのバルバトス狩り……兄弟そろって140体ほどで音を上げてしまっています。無心でワンキル周回し続けるガチ勢の方々は尊敬しますよ、マジで……


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八十六話 妖精王、現る

 ようやく終盤までたどり着けたからか、以前より少し早くできた気がします……人間、ゴールが見えてきた方がやる気が出るのは、案外本当なのかもしれませんね。


 クロト サイド

 

 ―――走る。走り続ける。もう少しで、ずっと恋い焦がれた少女に会えるのだ。一分一秒が惜しく、立ち止まってなどいられない。それは隣を駆ける相棒も同じで、本来の十歳児ほどの体に戻った愛娘の手を強く握りしめていた。だが逸る心に任せて走り続けながらも、何かがおかしい、と疑問が沸き上がるのを抑えられなかった。

 ドームの天井―――閉ざされた石扉から転送されたのは、本来ALOというゲーム内ではありえない程にファンタジー要素が抜け落ちた、白い無機質な通路の途中だったのだ。そしてユイが言うには、今までと違ってこの通路にはナビゲート用のマップが無いらしい。あの石扉が普通のプレイヤーでは開けられなかった事を踏まえると、ココは完全にユーザーに非公開なエリア……それもかなり怪しいヤツだ。

 

 「―――ママ……っ!」

 

 ユイが、より一層速度を上げる。その顔は誰が見ても解る程に(アスナ)との再会を渇望している事が読み取れ、子供が本来していい表情ではない。ただただアスナ達の反応がある方向へと突き進むユイと並ぶように。オレ達もまた速度を上げた。

 

 (もう少し……もう少しなんだ……!)

 

 抱いた疑問を胸の内に押し込んで。今はただ、サクラの許へと全力で走り続ける。幾つもの扉を押し開けたり、壁に隠された扉をユイが探り当てて開いたりして突き進み……やがて一気に視界が開けた。

 

 「ここは……」

 

 「世界樹の、上……」

 

 確認するように呟くキリトの声を聞きながら、首を巡らせる。薄く広がる雲海の上で、聳え立つ世界樹。たった今オレ達が飛び出してきた扉はその幹に埋め込まれ、伸びた巨大な枝が道となって続いている。当然幹からは他にも数多の枝葉が伸び広がり、全てが間もなく沈もうとしている夕日に照らされていた。

 

 「無いじゃないか、空中都市なんて……!」

 

 「詐欺じゃねぇか。こんなん許されねぇぞ……!」

 

 ALOというゲームの最大級の目玉であったグランドクエスト。上位種族アルフへの転生を夢見て仲間を束ね、資金を集め、装備を整え……多大な時間や熱意を注いでクリアを目指していたアリシャ達の姿が脳裏をよぎる。彼女達が目指していたものがただのハリボテだった事に、憤怒の感情を抱かずにはいられなった。

 

 「パパ、クロトさん」

 

 「ユイ……そうだな」

 

 「あぁ、急ごう」

 

 彼女に揃って手を引っ張られ、立ち止まっていた両足に再び力を籠める。焦がれるような想いは大きくなる一方で、より一層心を逸らせる。

 世界樹の枝の上を走り続けると、夕陽を反射してきらりと光るモノ―――巨大な鳥籠が、見えた。その鳥籠に奇妙な既視感を覚え……昼間キリトが見せてくれた画像にあったそれと同じものだと気づいた。

 あの中にサクラとアスナがいる。そう確信した瞬間、オレ達は飛ぶように残りの距離を駆け抜ける。みるみる大きくなる金色の鳥籠に、仮想の心臓が痛い程に早鐘を打ち、呼吸は激しくなる。だがそれでも、疾走し続けるこの両脚は止まらず……オレ達は揃って、残りの数メートルを一息に跳躍して―――

 

 「―――サクラ!」

 

 「―――アスナ!」 

 

 「―――ママ!」

 

 金色の格子に飛びつき、最も愛しい人の名を叫んだ。鳥籠の中、背を向けて俯いていた二人の肩がピクリと動く。祈る様にゆっくりと二人は振り返り、目を見開いた。

 

 「ママッ!ママぁ!!」

 

 ユイが右手を振るい、オレ達を隔てていた格子扉を消し去り、アスナの許へ駆けていき―――その胸へ飛び込んだ。

 

 「ユイちゃん!」

 

 殆ど衝突するような勢いで飛び込んできた小さな体を、アスナはしっかりと受け止めて抱きしめる。互いに涙を零しながらも再会を喜ぶ母子の姿に少しの間見入るが、意を決して正面へと向き直る。

 今のオレ達はSAOの時とは姿が大きく違うけれど。オレとキリトが言葉を交わさずに互いの正体に気付けたように、きっと彼女達も分かってくれる。そんな確信があった。だからこそ一歩、また一歩と歩み寄る。

 

 「クロト……」

 

 「キリト君……」

 

 二人の口から、オレ達の名が零れる。耳朶に焼き付き、もう一度聞きたいと切望していたその声で。先程まで激しくこの身の内を焦がしていた想いは変わらず、けれどこの体はゆっくりと距離を縮め……少女の華奢な体をふわりと抱きしめた。

 

 「やっと……やっと会えた。サクラ……!」

 

 「うん、信じてた。だから……頑張れたよ、クロト……!」

 

 愛しい人の温もりがじんわりと広がり、抱き合ったオレとサクラは互いに涙を流す。その横でキリトもまたアスナとユイを抱きしめ、静かに額を合わせていた。

 

 (これで、ようやく……)

 

 ようやく終わる。そう思った所で、最後の仕事が残っている事に気付く。サクラ達が現実世界に帰還するまでがオレ達の闘いなのだ。ここはまだ、通過点に過ぎない。

 

 「帰ろう、現実世界に……オレ達全員で」

 

 抱擁を解いてから言った言葉に、誰もが微笑みながら頷いてくれた。

 

 「ユイ、ここからアスナ達をログアウトさせられるか?」

 

 「いいえ。ママ達のステータスは複雑なコードによってロックされています。解除するにはシステムコンソールが必要になります」

 

 「コンソール……」

 

 「んなモン、一体ドコに―――」

 

 脳裏に浮かんだイメージは、かつてユイが記憶を取り戻すきっかけとなったあの黒くて四角いヤツだった。だが今の所その類いのオブジェクトは見ていない。

 

 「―――大丈夫。私達、ラボラトリーの最下層でそれらしい物を見たわ。ラボラトリーっていうのは……」

 

 「あの何もない白い通路の事か?」

 

 アスナの言葉に、そういえばカードキーを何処から調達してきたのかという疑問があった事を思い出す。先程まではオレもキリトも出所を気にしていなかったが、囚われの身である二人があんなものを用意できるのは普通おかしい。恐らく二人は一度脱出を試み……見つかってしまったもののこっそりとカードキーをくすねる事に成功したのだろう。二人の心の強靭さが、何とも頼もしい。

 

 「でもあそこ、巨大ナメクジ型のアバターがうろついてる筈。わたし達、そいつ等に捕まって連れ戻されたの」

 

 「なら、オレ達でブッ飛ばすだけさ。案内してくれりゃOKだ」

 

 「うん。触手がいっぱいあったけど、クロト達なら大丈夫だね。中の人達も須郷って人の部下で元々は研究者だし」

 

 「須郷……やっぱあのクソ野郎の仕業か……!」

 

 暫しの間忘れていた憎悪が、再び沸き上がる。オレはまだ会った事は無いが、そんなの関係無い。あのクソ野郎は絶対に許さない。

 

 「それだけじゃないわ。須郷はここで、もっと恐ろしい事を……」

 

 「アスナさん、まずはここから脱出しましょう。現実世界に帰れれば、後は―――」

 

 「―――カァ!!」

 

 今まで静かについてきていた小さな相棒―――ヤタが鋭く鳴いた。最上級の警告の意を誰もが感じ取り、急いで鳥籠の外へと駆け出そうとして……できなかった。

 

 (な、んだ……コレ!?体が……重てぇ……!)

 

 夕日に照らされた鳥籠が、瞬く間に暗闇に吞まれて消えていく。まるで世界が塗り替えられるように周囲の全てが漆黒に染まり、その中でオレ達は急激に重たくなった体の所為でまともに身動きが取れないでいた。

 視線を巡らせれば、同じようにもがくキリト達の姿が明瞭に映る。だがそれはこの空間に全員囚われてしまった事を示しており、とても安心できるような事では無かった。

 

 「きゃっ!?」

 

 「ユイ、どうした!?」

 

 「皆さん、気をつけてください……!よくない、モノが……!」

 

 「ユイちゃん!」

 

 突如苦しみだしたユイは、その身に紫電を走らせながらも懸命に言葉を紡ぐが……眩いフラッシュと共に、その姿が掻き消えた。一瞬で空になった腕の中を見つめるアスナだったが、すぐさま体に掛かる荷重が増え、悲しむ間もなく這うような姿勢にならざるを得なかった。それはオレ達も同様で、とてもじゃないがもう一度身を起こす事ができそうにない。

 

 (やべぇ……来る(・・)……!)

 

 そしてヤタの警告の直後から、うなじがチリチリするような嫌な感覚が続いていた。SAOにいた頃、オレンジやレッドプレイヤーから悪意を向けられた時に感じたソレが、示す答えは一つ。

 

 「アッハハハ!どうだい、来月のアップデートで導入予定の重力魔法は?ちょっとばかし強過ぎたかなぁ?」

 

 「貴様……須郷!」

 

 侮蔑や嘲笑がこれでもかと盛り込まれた、粘つくような声と共に、一人の男が姿を現した。

 

 「チッチッチ、興ざめだなぁ。それに呼び捨てってのも気に入らない。ここでは妖精王オベイロン陛下と……そう呼べ!!」

 

 「グッ!?」

 

 「キリト君!?」

 

 贅の限りを尽くしたとしか言いようのない、上等な靴や衣装。それらに身を包み豪奢な金髪を靡かせる青年は、その作り物めいた整った容姿を台無しにするような笑みと共にキリトを蹴倒した。さらにその足で相棒の頭を踏みつけ、グリグリと動かす。

 

 「テメェ……今すぐその汚い足を退けろ、クソ野郎が!」

 

 「あぁん!?汚らわしい野良猫風情が喚くんじゃないよ!」

 

 咄嗟に出てきた安い挑発に乗ったオベイロン……いや、須郷はコツコツと靴音を響かせると、キリト同様にオレの頭を踏みつける。

 

 「全く……小鳥ちゃん達が逃げ出したっていうんで、きっついお仕置きしようと急いで帰ってきてみれば……ゴキブリに野良猫が紛れ込んでいたとはねぇ……一体どうしてくれようかなぁ!」

 

 「やめなさい須郷!捕らえたSAOプレイヤー達にあんな事して……キリト君達にまで手を出したら、絶対に許さないわ!」

 

 気丈に声を張り上げるアスナに、須郷はぐるりと首を巡らせて目を向ける。コイツの一挙手一投足が、不快で仕方がない。

 

 「許さない、ねぇ……クック。一体誰が許さないっていうんだい?君達かい、それともコイツ等?いやいやまさか神様かい?クハハ、残念だけどこの世界に神はいないよ!そう、僕以外にはね!!」

 

 「ガッ!」

 

 自らを神と宣言すると同時に、須郷はオレをキリトの横へと蹴り転がす。

 

 「クロトっ!」

 

 「へい、きだ……すぐよろめくような、ド素人の蹴りなんざ……効かねぇ、っての」

 

 懸命にこちらへ手を伸ばすサクラに、何とか微笑む。キリトの時もそうだったが、蹴った反動でヤツはすぐによろめいていた。リアルがまともなキックすらできないようなモヤシ野郎である事は容易に察せられる。

 ヤツの言う重力魔法さえなければ、どうという事は無いのに。この魔法を解除する手段さえ解れば……!

 

 「やれやれ、まーだ態度を改めないとは……」

 

 肩を竦めながら歩み寄った須郷は、何かを思いついたようにキリトの背から剣を引き抜く。相当な重さを誇る筈の相棒の剣をヤツは右手の指一本で回して弄びながら、先程から常に複数展開していたウィンドウの一つを眺める。

 

 「システムコマンド!オブジェクトID、ブラックプレートをジェネレート!」

 

 「な、に……!?」

 

 不意に須郷が叫ぶと、なんとヤツの左手に、弄んでいたキリトの大剣と瓜二つのソレが現れた。

 

 「アッハハハ!そのマヌケ面は中々ウケるねぇ!言っただろう?僕は妖精王オベイロン、この世界の神だって!こんなチャチな剣……いや、どんな物だって僕の意のままに呼び出せるのさ!こんな風にねぇ!!」

 

 甲高い声で語りながら左の大剣を床に突き立て、ウィンドウを操作する須郷。

 

 「きゃあ!?」

 

 「ひゃ、な……!?」

 

 次の瞬間に悲鳴が上がり、そちらを見ると、何とサクラとアスナが鎖付きの腕輪によって両腕を持ち上げられ、床につま先がギリギリつかない所にまで釣り上げられていた。

 

 「小道具は色々用意してあるけど……まずはこの辺かな」

 

 「須郷……貴様!」

 

 激しい憤りと共にキリトが何とか片膝を立てる程に起き上がるが、それも完全ではない。

 

 「だからさぁ……お前等はそこで仲良く這いつくばっていろっ!!」

 

 すぐさま振り返った須郷によって、再び彼は地を這う事を強要される。醜悪なニタニタ笑いを崩さない須郷は、もったいぶるようにキリトの頭に片足を乗せ、真っ赤な舌で唇を一舐めする。

 

 「それにしてもキリト君……いや、桐ケ谷君、小鳥ちゃん達が絶対来るって言ってた時はどうかと思っていたけど……まさか本当に来るとはねぇ。野良猫のオマケ付きとはいえ、一体どうやって来たんだい?ま、その頭に直接聞けば済むんだけどね!」

 

 「何を、言って……?」

 

 キリト同様にヤツの言葉に疑問が沸き上がるが、今はそれどころではない。

 

 「クロト、ログアウトして!貴方のお父さんなら、須郷を―――」

 

 「―――ざぁーんねんだけどねぇ、この空間にいる君達のIDは既にロック済みだよ!」

 

 ログアウト不可。咄嗟に左手を振るってもウィンドウが現れない事が、その事実を如実に示していた。

 

 「さぁて、そろそろお楽しみの時間といこうか……さぁ、喜びたまえ諸君!ただ今からこの空間の全ログを記録中だよ!」

 

 謳うように両手を広げ、そう宣言する須郷に対して、オレは精一杯嘲笑う。

 

 「成程な……仕事サボって遊び惚けるテメェの、クソみてぇな笑顔もガッツリ残るってワケだよなぁ……」

 

 「何だと……!」

 

 「ほ~ら……んな安い挑発に乗っかったテメェのアホ面も今、録画されてんぜ?どこぞの三下悪役……いや、それ以下の雑魚キャラ確定だぞオイ」

 

 「黙れぇ!!」

 

 作り物の端正な顔を怒りに歪め、須郷は右手に握ったままの大剣をオレの背に突き立て、地面へと縫い留める。痛覚こそ無いけれど、ヒヤリとした異物が体を貫通する不快感がジワリと広がる。

 

 「須郷……よくも相棒を……!」

 

 「へぇ……?なら君も仲良く串刺しにしてやる、よっ!」

 

 ニヤリと醜悪な笑みを取り戻した須郷はオレと同じ様に、二振り目の大剣でキリトを床に縫い付ける。

 

 「いい加減ガキ共には痛い目に遭わせないとね……システムコマンド!ペイン・アブソーバー、レベル8に変更!」

 

 「ぐ、ぁ……!?」

 

 「ッ……!?」

 

 瞬間、鋭い痛みがオレ達を襲った。仮想世界では感じない筈の痛覚が機能しはじめた事に、驚愕を隠せない。

 

 「おいおい、まだツマミ二つ分だよ?クク、段階的に強くしてやったら、何処まで持つかな?レベル3以下だとログアウト後もショック症状が残るかもしれな―――つぁあああっ!?」

 

 急に甲高い悲鳴を上げた須郷。その足元を見ると、なんとキリトが右手に隠し持っていた投適用ピックをヤツの足に突き立てていた。

 

 「はっ、まだツマミ二つ分なんだろ?お前の方がよっぽど弱いじゃないか……」

 

 してやったり、とばかりに口角を釣り上げるキリトに対し、大慌てでピックを抜き取った須郷は金切り声を上げながら、片足を抱えてのたうち回る。ヤツが無様な姿を暫くさらし続ける間に立ち上がろうと試みるが、痛みの所為か先程よりも力が入らない。

 

 「この、クソガキがああぁぁ!」

 

 逆上した須郷は息を荒げながら、ひたすらにキリトの頭を踏みつける。

 

 「この、このっ!泣け!喚けよ!クソッ、クソクソクソォッ!!」

 

 それでも彼が悲鳴一つ上げない事に業を煮やしたのか、しゃがみ込んで頭を鷲掴みにする。反対の手には、先程引き抜いたピックが律儀に握られていた。

 

 「システムコマンド!ペイン・アブソーバー、レベル7!」

 

 「ダメ!それ以上はやめなさい須郷!」

 

 「さぁ、今度こそ泣いてみせろよクソガキィ!!」

 

 アスナの制止を振り切り、ヤツはキリトの額へとソレを突き立てた。リアルの和人の傷跡が存在する位置(・・・・・・・・・)に。

 

 

 

 

 

 

 

 「―――ぁ……」

 

 小さく呻いた相棒の体から力が抜け、音を立てて床に崩れる。まるで、糸の切れた人形の様に。

 

 「キリト君!!いやああぁぁぁ!?」

 

 アスナの悲鳴が響き渡る。相棒の体は……一切動かなかった。



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八十七話 狂乱

 まだゲ須郷のターンです


 クロト サイド

 

 響き渡る、アスナの悲鳴。そして地に伏し、愛する人の声に何の反応も示さない相棒。

 

 「ハァ……ハァ……ようやく大人しくなったか、このクソガキが」

 

 悪態をつきながら立ち上がった須郷は、溜まった鬱憤を晴らすように沈黙したキリトをさらに踏みつける。その光景を前にした瞬間―――何かが切れる、音がした。

 

 「テメエエェェェッ!!殺す!テメェはぜってぇ許さねええぇぇぇ!!」

 

 己の全てを焦がさんばかりに猛り狂う憎悪の炎。それが全身を駆け巡り、四肢が力を宿す。

 

 「ったく、煩いったらありゃしない。刺した剣の座標は固定してあるんだから、僕の許し無しに立てないってのに」

 

 「ぐ……お……ぉ!」

 

 激情に任せて力を振り絞るが、この身を貫く大剣が楔のように全く動かない。それでもなお起き上がろうと動けば動く程、突き立てられた大剣が腹をさらに斬り裂き新たな痛みが突き抜けていく。怒りと痛みに歪む表情を繕う余裕は一切無く、懸命に右手を須郷へ伸ばすが……

 

 「目障りだ。その手を下せ」

 

 ヤツが新たに呼び出した剣によって、四肢を貫かれた。突如増加した痛覚に、息が詰まる。

 

 「クロト!クロトぉ!」

 

 「チッ……コイツも泣かないか。つまらんガキ共め……システムコマンド!ペイン・アブソーバー、レベル6に変更ぉ!」

 

 その宣言と共に、突き立てられた剣達から今までの比ではない痛みが迸った。冷たい刃に貫かれた箇所が焼けるように発熱する感覚に、視界がぼやける。

 

 「がぁっ!?……ぐ……ぅ……!」

 

 「おぉ?そろそろ我慢の限界かな?」

 

幾らか留飲が下がったのか、余裕を取り戻した様子でせせら笑う須郷。不快でしかないその声を聴覚が拾い上げるが、今のオレは悲鳴を堪えて呻く事しかできない。

 

 「これで解っただろう?それ以上痛い目に遭いたくなかったら、二人仲良く静かに這いつくばっている事さ!」

 

 「ぃ……ぐ、ぅ……!」

 

 熱いのか、冷たいのか……それとも痛いのか。徐々に感覚が蝕まれ、他の事が頭から抜け落ちそうだ。

 

 「―――さぁて、いよいよお待ちかねのメインディッシュと行こうかなぁ!アッハハハ!」

 

 (やめろ……!)

 

 制止の声すら、もう出せない。ヤツのブーツが立てる足音が、ゆっくりと響く。

 

 「そうやって嗤っていられるのも、今だけですよ?」

 

 「おやおやぁ?サクラ君も中々面白い事を言うねぇ。あれだけ痛めつけられた二人が、また立ち上がるとでも?そんな奇跡、僕の世界で起こるワケ無いだろ。クックッ!」

 

 「立ちますよ……あの二人なら、絶対に……!」

 

 「いいねいいねぇ!その空元気がいつまで持つのか……今からゾクゾクするよ。さぁ、たっぷり楽しませておくれよ!!」

 

 隠し切れない震えが滲んだ声で、気丈に立ち向かうサクラ。そんな彼女をあざ笑う須郷が、隠す気の無い興奮した叫びを上げるのと同時に、布が裂ける音が耳朶を打った。

 

 「恥辱に歪んだその表情……そそるねぇ、クヒャヒャ。NPCの女どもじゃあそんな顔できないよ」

 

 「負け、ない……!貴方になんか……」

 

 「ククク……そうこなくっちゃね」

 

 サクラが、辱められている。その事実が再び須郷への憎悪を滾らせるが―――体が動かない。震えるばかりの四肢は言う事を聞かず、起き上がる事が叶わないのだ。

 

 「あ……ぁ……」

 

 「こっちにリアクションしてくれないのはどうかと思ったけど……うーん、その泣き顔は最高だねぇ……キリト君を痛めつけた甲斐があったよ」

 

 もう一度、布が裂ける音。次いで須郷のねっとりとした声が否が応でも聴覚を刺激する。

 

 「アスナ君……現実世界じゃぁ、もう僕との結婚はほぼ確定しているんだよ。式は来週だけど、初夜は前倒しで今夜済ませてしまおうか……現実の体でね」

 

 「っ!?」

 

 須郷の囁きと、どちらかが息を呑む声。聴覚ですら少しずつ精彩を欠いていき、サクラとアスナ、今どちらが弄ばれているのかが分からなくなっていく。

 

 「さ、最っ低!変態!ロリコン!女の敵!貴方なんか性犯罪者も同然よ!!」

 

 「いけないなぁサクラ君……女の子がそんな口きいちゃ。どうせもうすぐスイッチ一つで僕に服従するようになるんだから、別にいいだろう?ねぇ、アスナ君?」

 

 「ぁ……ゃ……」

 

 喉の奥に籠らせたような須郷の笑い声が耳朶に届く。こんなゲス野郎に何もできない自分が恨めしい。

 

 「アスナさん、しっかりして!負けちゃ―――ひぅっ!?」

 

 「ハハハ!君だってアスナ君の心配してる余裕は無いだろう?気まぐれで触れただけで、そんな声上げちゃうんだからさ!ホント、アスナ君に負けないくらい立派に育ってくれちゃってさぁ!!」

 

 「う、ぅ……」

 

 「クック……クヒャヒャ、クッハハハハ!もう最高だね!もっともっと、良い声を聞かせてくれよ!!」

 

 憎い。憎い憎い憎い……!それだけの感情に心が侵食され、染まっていく。

 

 「その涙……一体どんな味なんだろうか。そぉれ」

 

 「ゃ……嫌ぁ……!」

 

 「やめて!アスナさんに触らないで!」

 

 べちゃり、と湿ったモノが触れる音がした直後、じゅるり、と身の毛がよだつ不快音が聴覚を侵す。

 

 「あぁ……甘い!なんて甘美なんだ!……でもまだだ。まだ足りない……そう、君の全てを、僕に捧げておくれよぉ!!」

 

 最高潮に達した須郷の絶叫と共に、怖気の走る音がこの空間に響いていく。それも二度や三度ではなく……数える事すら忌避する程に何度も、何度も。

 

 「―――もう、いやぁ……助けて、キリト君……たす、けて……」

 

 「そうだよ!もっと絶望しろ、泣き叫べ!君はもう、僕のモノなんだからなぁ!クヒャヒャ!クッハハハハ―――はぅあぁ!?」

 

 「え、嘘……?」

 

 どれくらい経っただろうか……曖昧な意識の中ではっきりと区別できたのは、折れる寸前のアスナのか細い声と、高笑いから突然奇声を上げた須郷と、戸惑ったサクラの声。そして―――

 

 「―――ぇ、せ……アスナを、返せ……!」

 

 動かなくなっていた筈のキリトの、ひどくひび割れた声だった。

 

 「キリ、ト……?」

 

 都合の良い幻聴ではないかと一抹の不安を抱えたまま、何とか首を巡らせて両目を瞬かせて……取り戻した視界に映っていたのは、須郷の片足を横たわったまま掴み続ける黒衣の少年。

 

 「な、ぁ……おま、何で……何で動けるんだよぉ!?」

 

 「返せよ……アスナを……!」

 

 刺さっていた筈の大剣は無く、あるのは背中から片足にかけて続く一筋のダメージエフェクトのみ。ぎょっとしてキリトが倒れていた場所を見ると、あの大剣は変わらず床に突き立てられたまま。

 

 (キリト、お前……!?)

 

 まさか……本当に、這って須郷の足元までたどり着いたのか……!?自らの大剣に体が斬り裂かれていく事も厭わずに!?

 

 「アスナを……返せ……!」

 

 「し、しす、システムコマンドォ!オブジェクトID、エクスキャリバーをジェネレートォッ!!」

 

 半狂乱になった須郷が右手を翳した次の瞬間、一目で最高クラスのレアリティを誇ると解る黄金の長剣が現れる。危ない、そうキリトに叫ぶよりも先に須郷が滅茶苦茶に黄金の剣を振り回すが、刃筋も何もない出鱈目な動きはただキリトや床を叩くだけだ。

 

 「このっ!はな、離せ!何なんだよコイツ!?」

 

 「返せぇええ……!アスナ、を……返せ……!」

 

 「ヒィッ!?い、痛ッ!!ゾンビが!ぼ、僕に触れるなぁ!!」

 

 メキメキと骨が軋む音が、異様なまでに明瞭に聞こえる。明らかにキリトの様子がおかしい。怨念のような声色で、ずっとアスナを返せと繰り返し続ける彼は、どう見たって正気じゃない。

 

 「キリト、君……!」

 

 「アスナ……!アスナ……!」

 

 黄金の剣が幾度も体を打ち据える中、アスナの声に一瞬反応を示す相棒。骨が軋む音が一層大きくなり、それに伴って須郷から悲鳴が上がる。

 

 「ああああ!痛い痛い痛い!システムコマンド!ペイン・アブソーバーをレベル10にぃぃぃ!!」

 

 痛みが僅かに引いた、気がした。ずっと刺さったままだった為、痛みが突然ゼロになる事は無く、暫くは残留し続けるだろう。だが、さっきまでよりはずっと楽になる。けれど……それが逆に、苦しむきっかけになる。

 

 (オレは……ダメだ……)

 

 戻ってきた思考が直面したのは。自らの無力さや不甲斐なさだったから。

 

 ―――今のキリトの様に、愛する者を救う為に……躊躇いなく狂気に身を堕とす事ができるか?

 

 できない。殺人鬼以上のバケモノに、なりたくない……!

 

 ―――自らの苦痛を厭わず、他人の為に立ち上がれるか?

 

 無理だ。痛みに挫けて這いつくばったままでいる今の姿が、その証拠だ……

 

 ―――立ちますよ……あの二人なら、絶対に……!

 

 ごめんサクラ……オレはもう、その信頼に応えられない……

 

 須郷の悲鳴とも奇声ともつかない甲高い声が、急速に遠のいていく。怨霊の如く虚ろな声も、彼を案ずるアスナとサクラの声も、全て……

 

 (オレじゃ……ダメだったんだ……)

 

 キリトとの差を突き付けられた心は冷え、ひび割れていく。自分の限界を思い知らされ、あふれ出した涙は悔しさからくるものか、それとも別の感情からくるものなのか……?

 

 ―――ぼやけた視界の中で、ついに黄金の剣がキリトの右腕を斬り飛ばす。

 

 切断面からゆっくりとポリゴン片へと変わっていく彼の腕の様に、この胸の内に宿していた想いがバラバラになっていき……もう見たくない一心で目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『逃げ出すのか?』

 

 ―――オレは英雄(キリト)じゃないんだよ。アイツができた事全部、オレにできると思わないでくれ。

 

 『諦めるのか?君は彼の隣で、あんなにも抗い続けていたのに?』

 

 ―――それが何になったってんだよ。全部GMの掌の上で踊っていただけじゃないか……あの時も、今も……ずっと。

 

 『それは君の……君達の戦いを汚す言葉だ。意志の力をもってシステムに定められた事象を塗り替えたのは、君が最初だろう?』

 

 ―――だからどうした。あんなの、キリトだってできたじゃないか。

 

 『言った筈だ。君にも彼と同じ資格があると。信じた者の為ならば、君は何度でも立ち上がり、手を尽くしてきたじゃないか』

 

 ―――アンタは……一体……?

 

 『さぁ、立ちたまえ!クロト君!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今まで凍っていたと錯覚するほど、全身が熱を取り戻す。仮想世界も現実世界も関係なく、今この胸の内にある心臓が、痛い程に激しく鼓動を打ち鳴らす。

 

 「ぐっ……おおぉ……!」

 

 床に貼り付けられた四肢に、少しずつ力が籠る。そう、まだ動ける(・・・・・)

 

 (なら……立てよ!立って戦うんだ!!)

 

 しわがれた声を張り上げ、体は少しずつ起き上がる。両手に刺さったままの剣達が酷く邪魔だ。

 

 「ハァ……ハァ……なぁ!?お、お前もかよ!?何なんだよお前等!?何でまだ動けるんだよぉ!?」

 

 「……るせぇ……助けるって……今度こそ、最後まで力になるって……誓ったんだよ」

 

 突き立てられた剣に斬り裂かれながらも左腕を解放し、右腕の剣を掴む。

 

 「だ、誰に……何にだよ!?どうすりゃそんな、システムに逆らえるんだよぉ!?」

 

 「ハッ!そんなモン、決まってんだろ……オレ自身にだ!!」

 

 グシャリと右腕に突き立てられた剣を握りつぶす。自由になった両腕で力いっぱい地面を叩き、剣が刺さったままの状態で立ち上がる。腹の大剣は自重でズルリと抜け落ちた。

 

 「あああもう!どいつもこいつも……鬱陶しいんだよぉおおお!!」

 

 半ば発狂しながら斬りかかってくる須郷。ド素人丸出しの動きに対して、今更遅れを取る理由は無く、振り下ろされるヤツの右腕を、左手で捕まえる。

 

 「この、はな―――」

 

 「―――オラァッ!」

 

 右の拳をモロに受けた須郷は、それだけであっけなくオレの左側に転がる。それを横目に見ながら、両足に刺さっていた剣を引き抜いて捨てる。あんなにも苦しめられていた重力魔法とやらは、いつの間にか消えていた。

 

 「剣持ってんのに間合いが近すぎ……棒切れぶん回した事すら無ぇのかよ」

 

 「よくも……よくも僕の、神の顔を……!システムコマンドォッ!!」

 

 『―――システムコマンド、IDオベイロンのスーパーバイザ権限を剥奪』

 

 初めて聞く筈の、それでいて何処か聞き覚えのある声が、静かに響いた。同時に須郷の周囲に展開し続けていた全てのウィンドウが消え、残ったのは手を掲げたままの姿勢で固まる須郷のみ。驚愕に見開かれた両目からは今にも眼球が飛び出そうで気色悪い。

 

 「そ、その声……何で……何でアンタが……!?」

 

 パクパクと口許を戦慄かせながら、焦点の合わない両目をせわしなく動かす須郷。ヤツの取り乱しようは異常で、相手が誰なのか予想がつかない。

 

 『やれやれ。他者を激しく見下すうえに、想定外の事態に非常に脆い……先生の教えの一片でも肝に銘じていれば、もう少しまともになっていただろうに……残念だよ、須郷君』

 

 「ヤタ……?」

 

 須郷の呪縛に囚われた時からずっと静かに伏していただけだった使い魔から、不思議な声は発せられていた。だが何故がヤタは飛んでおらず、自らの足でオレと須郷の間に立っているのだ。

 

 『あぁ、すまないねクロト君。少しばかりこの子の体を借りさせて貰っているよ』

 

 「は?何言って……ってかアンタ誰だよ?」

 

 『ふむ……丁度プログラムの再構築も終わった所だ。久しぶりにこの姿を晒そうか』

 

 ヤタの口が大きく開かれたと思った次の瞬間、そこから大量のポリゴンデータが吐き出される。呆然と眺めていく内に水の様に出てきたデータは何か、いや人の足を形作り……段々と足首、膝と下から順番に人の姿を形成していく。

 

 『この姿では初めまして、だな。クロト君』

 

 「な、アンタは……!?」

 

 「何で……何でアンタが生きてるんだよ!茅場ァ(・・・)!!」

 

 須郷の絶叫が耳朶を叩く中、オレも驚愕に目を見開いた。だって、その姿を持つ人間が、この場にいる筈が無いのだから。

 くたびれた白衣を身に纏い、彼の城の聖騎士と共通する無機質な瞳が特徴の、鋭角的な顔立ちの男性。見間違える筈が無い。SAO唯一のGMにしてラスボス。キリトと刺し違えた筈の男が、眼前に現れた。




 反撃、開始


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八十八話 旅路の果て

 今回は仕上がりにかなり苦戦しました……前回が早く更新できた分、待たせてしまってすみません。


 クロト サイド

 

 開いた口が塞がらない、というのはまさにこの状況の事だろう。なんせ死んだ筈だと思っていた人間が、目の前に現れたのだから。それがあの茅場晶彦ならば尚更だ。

 一方で須郷はこれ以上ない程に取り乱しており、耳障りな金切り声を上げる。

 

 「死んだんだろ!アンタは!?なのに何で生きてんだよ!」

 

 「確かに茅場晶彦という男は死んだ。この私は茅場晶彦の意識のエコー……残像に過ぎない」

 

 意識のエコー?残像……?茅場の言葉の意味がよく分からないオレは目を瞬かせるだけだが、須郷は何か合点がいったように口許を戦慄かせる。

 

 「まさか……まさか……大脳への高出力スキャニングが成功したっていうのか!?あ、あり得ない……あり得るもんか!成功率0.1%未満なんだぞ!!」

 

 「確かに君の言う通り、千分の一にも満たない確率だが……(ゼロ)ではない。そして、こうして私がここにいる事。それが何よりの証拠だと思うのだが」

 

 茅場が淡々と告げると、須郷は頭を掻きむしって喚き散らす。

 

 「うるさいうるさい!アンタはいつもそうだった!!そうやって済ました顔して!僕の欲しいもの全部、横から掻っ攫って!邪魔ばっかりしやがってぇ!!」

 

 「茅場晶彦は自らの空想……アインクラッドを生み出す事を目指していただけで、君の障害になる気は無かったのだが……ふむ、意図せず他人を蔑ろにしてしまう、か……先生の教えを実践できていなかったのは、こちらも同じか」

 

 半狂乱に奇声を上げる須郷と、あくまで冷静なままの茅場。そこで漸く衝撃から立ち直ったオレは、二人へある程度意識を割きながらもサクラ達の傍へと駆け寄る。

 

 「皆……!」

 

 「クロトォ……!」

 

 「クロト君……キリト君が……!」

 

 限界まで心を苦しめられた二人は、くしゃりと表情を歪める。須郷に甚振られ、辱められた姿とあわさって、胸の内が焼け付くように痛んだ。

 

 「分かってる!二人共もうちょい待ってくれ」

 

 右腕を斬り飛ばされ、全身に血のように紅いダメージエフェクトを刻まれた親友を抱き起こし、額に突き立てられたピックを慎重に引き抜く。

 

 「ぁ……す……」

 

 「もういい……!もういいんだよ、キリトッ……!!」

 

 お前は充分、頑張ってくれた。抗ってくれたんだ。だから……!

 

 「今度はオレが、終わらせる。アスナと一緒に休んでてくれよ」

 

 「……」

 

 闇色の瞳は虚ろなままで、こちらの声が届いているか怪しいけれど。アスナが傍にいればきっと正気を取り戻してくれる。コイツは、そういうヤツだから。

 相棒を一旦優しく横たえ、今度はアスナとサクラへと向き直る。二人を戒める鎖を破壊するべく、腰の短剣を引き抜いた。

 

 (オレの得物じゃ軽いか……?)

 

 キリトのあの大剣ほどの重量があれば、一閃するだけで鎖を断ち切るには充分な破壊力があるだろう。だがこちらの短剣は軽さを活かした手数の多さがウリの武器だ。これは二人の腕輪と鎖の接合部を壊すしかないか……?

 逡巡した次の瞬間、二人を吊し上げていた鎖が腕輪ごと消滅した。

 

 「なっ!?」

 

 「きゃ!?」

 

 「ひゃ!?」

 

 驚愕しながらも目の前で揃って尻餅をついた二人に手を貸し、もしやと茅場の方へと目を向ける。

 

 「流石にアスナ君達をそのままにしておくのは、見るに堪えないのでね。これも使いたまえ」

 

 「……感謝しとく、一応な」

 

 「その方が君らしいよ、クロト君」

 

 茅場がウィンドウを操作すると、大きな外套が二つ、手元に現れた。それをサクラ達に羽織らせながらも、茅場への決して好意的ではない感情が噴出するのを堪える。今はそんな場合じゃないと、己にそう言い聞かせて。

 

 「僕を……僕を無視するなあああぁぁ!!」

 

 金切り声が、辺りに響く。肩を怒らせ、荒い呼吸を繰り返す須郷が、手にした黄金の剣を掲げる。

 

 「もう我慢の限界だ……!蘇ったっていうなら、この僕が!この手で!アンタを殺してやるっ!!」

 

 須郷から剥き出しの敵意……いや、殺意を向けられてなお泰然とした表情を崩さない茅場。

 

 「死ねやああぁぁっ!!」

 

 愚直なまでに茅場めがけて須郷は走り、右腕を振り下ろす。その手に握られた黄金の剣が茅場を斬り裂く―――寸前で、オレが阻んだ。

 

 「どういう事かね?これは茅場晶彦と須郷伸之の問題で―――」

 

 「―――んなモン……クソくらえ、だっ!」

 

 「がふっ!?」

 

 斬撃を止められ、目を見開いた須郷のがら空きの胴体に体術スキル『閃打』を模倣した左パンチをねじ込んで吹き飛ばすと、振り返る事無くオレは言ってやる。

 

 「須郷(コイツ)はサクラを、アスナを閉じ込めて苦しめた。キリトを痛めつけた……オレの手でブッ飛ばさねぇと気が済まねぇんだよ!他の事なんざ知ったこっちゃねぇ!」

 

 オレの大切な人達に手を出した落とし前をつける。オレがこのゲス野郎をブチのめす理由はそれだけだ。

 

 「……君は、そういう人間だったな。では、私から一つお節介といこうか」

 

 「あぁ?」

 

 「システムコマンド、IDオベイロン及びIDクロトのペイン・アブソーバーをレベル(ゼロ)へ……これでお互いが受ける痛みは現実世界と遜色ないものとなる」

 

 「……礼は言わねぇぞ」

 

 お互いが受ける痛みについては対等な状態……自分だけ痛みゼロとか、ダメージ無しみたいな一方的な優位を得た状態でボコるのが嫌いなオレにとっては思いっきりやれる条件ではあるのだが、言っても無いのにそれを茅場に用意されたのが妙に気にくわない。

 

 「君は自分の手で須郷君を倒したい。私は他にやる事があるので君に須郷君の相手を頼みたい……利害が一致しているのだから、君が全力を出せるステージを用意するのは当然さ」

 

 「ハッ、そうかい」

 

 互いに無償の善意が通じる訳がない。オレは変わらず茅場への敵意や憎悪を捨てられないし、ヤツはそんなオレの感情について歯牙にもかけないだろう。

 不意に自分の中で何かが切り替わった、気がした。それでも構わないと、冷たい思考が走った。

 

 「しょ、正気かお前!?現実世界でショック症状が残るかもしれないんだぞ!?」

 

 「殴られたら痛いし、殴ったら手が痛む……分かり切った事ぬかすな」

 

 確かにオレ達が過ごしたSAOには神経に直接作用する’普通の痛み’は無かったし、その’普通の痛み’をしょっちゅう味わっていた喧嘩だらけの中学時代だって大分遠い記憶だ。

 

 「それにな、あの世界の刃はもっと重かった……もっともっと痛かった」

 

 プログラムに従い、一切の容赦なく振るわれたボスやmobの刃。肥大化したエゴに吞まれ、欲望のままに振るわれた犯罪者プレイヤー達の刃。それらは等しくオレ達から命や仲間を奪い去らんと迫り、そして―――心や魂を直接斬り裂いてきたのだ。その痛みに比べれば、今更現実の痛みに怯む訳にはいかないと、思い出したのだ。

 

 「な、何言ってやがる……?気が狂ってるのか!?」

 

 震える切先を向けながらも、須郷は一歩後ずさる。それを気にせずオレは短剣を収めて素手を構えると、ヤツはさらに後ずさった。

 

 「ボコられる覚悟もねぇのに、ノコノコ出てきたテメェにだけは言われたくねぇよ」

 

 全身から急速に熱を感じなくなり、冷えていく思考は鋭敏に一つの目的に集約されていく。

 すなわち―――須郷を殺す。

 

 「クロトッ!」

 

 冷たい意識の中であって尚、その声は明瞭に耳朶を打った。そちらへ少し目を向けると、ビクリと体を震わせるサクラとアスナの姿があった。

 

 (あぁ、そっか……今のオレ、化物になった時と同じなのか……)

 

 必要とあらば誰であっても平気で切り捨てられる、殺人鬼と恐れられたあの時のような、酷い目をしているのだろう。キリトを抱きかかえるアスナの腕が、自らを掻き抱くサクラの手が、目に見えて強張っているのがその証拠だ。

 自己嫌悪がノイズとなって思考を乱そうとする。けれどそこで、先程からサクラが目を逸らしていない事に気づいた。

 

 「待ってるから」

 

 「……ッ!」

 

 たった一言。今のオレが怖い筈なのに、それでも逃げずに告げられたその言葉が、胸の内に小さく強い(ともしび)を宿してくれた。この身がどれ程冷たい意識に吞まれても……この熱がある限り、オレは化物ならない。そう信じさせてくれる。

 

 「くたばれクソガキィィ!!」

 

 甲高い声を上げながら、須郷が剣を突き込んでくる。普通なら回避しづらい点の攻撃だが、遅い上に狙いが雑だ。タイミングを合わせて左脚を引いて半身になるだけで、充分躱せる。

 

 「オラァッ!」

 

 「グベッ!?」

 

 躱した剣がわきの下を通り抜ける様にラリアットをかますと、面白い程綺麗にヤツの首へと吸い込まれた。

 

 「ゲホッゲホッ……ゲェエ……」

 

 倒れ込んだ須郷は喉を抑えてのたうちまわるが、一方でオレも腕に痛みを感じていた。

 

 (顎に当たったか……?こりゃ感覚鈍ってるな)

 

 今のは体術スキルには無いモーションだったし、その手の喧嘩用の動きに関してはブランクが大きいかもしれない。

 

 (けど……コイツを()るには充分だ)

 

 そう、別に問題無い。ケリをつけるだけだ。

 

 「立てよ。まだ始まったばっかりだろ」

 

 伏したままの須郷を蹴りつけて仰向けにすると、その胸倉を右手で掴み上げる。反対の手で握った拳のヤツの腹へ一発、二発と叩き込む。それで膝から力が抜けたヤツから手を離すと、腹を抑えて蹲りかけた顔面へと膝蹴りをめり込ませる。

 

 「グゲェ……ゲェ……」

 

 潰れた蛙みたいな呻きを上げる須郷。こんな弱いヤツに、今までサクラ達は苦しめられていたのかと思うと、抱いた殺意がより一層増していく。

 

 「痛ぇか?痛ぇよなあ?けどなぁ……」

 

 地に伏した須郷の横顔を踏みつけ、グリグリと動かす。苦痛に悶えているのか意味を為さないうめき声を零すヤツの両目から、どろりと涙が流れているのが見えた。

 

 「サクラが!アスナが!キリトが受けた痛みは、こんなもんじゃねぇ!!」

 

 踏みつけていた脚を振り上げ、思い切り振り下ろす。俗に言う(かかと)落としがヤツの頭蓋へと吸い込まれ、作り物めいたその身体が硬直した。

 

 「まだだ……まだ足りねぇ。テメェに落とし前つけさせるにはなぁ……!」

 

 およそ自分の物とは思えない程底冷えした声と共に、再びオレは須郷を右手で掴み上げた。もはや奇怪なうめき声を上げるだけの肉塊に等しいソレを無言で睨み、左手で短剣を引き抜く。

 

 「今度は頭ブッ刺される感覚を味わってもらうか」

 

 「ぃ……!ひ、ぁ……!」

 

 須郷の恐怖に染まり切った瞳と、目が合った。そこに映る自分の顔は能面の様に感情が抜け落ちた酷い有様だ。何となくこれ以上見たくなかった為に、短剣で無造作に右目を突き刺して潰す。

 

 「ァァアアァァァッ!?」

 

 耳障りな絶叫が響くが、ちっとも気が晴れない。やはり相手を嬲って快楽を得ようとしていたPoH(プー)達の気が知れない。尤も、今オレがしている事もあのクソ野郎共と大して変わらないのかもしれないが。

 それでもオレが、須郷を攻める手を休める事は無かった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 殴り、蹴り……延々と打撃を繰り返すうちに、須郷はやがてうめき声すら上げなくなった。虚ろな左目に再び自分が映り、虚しさだけが胸の内に広がっていく。

 

 (もう、終わらせよう……)

 

 切り替わっていた意識が戻り始め、冷たく集約されていた思考が解けていく。完全に戻る前にトドメを刺すべく、オレはヤツを上へと力任せに蹴り上げる。重力に従って落ちていく須郷を無心で見つめてタイミングを計り―――

 

 「ッラァ!」

 

 ―――短剣用二連撃ソードスキル『クロス・エッジ』を模倣した斬撃が、逆様に落ちてきたヤツを十文字に斬り裂いた。

 全身から白い炎を上げた妖精王の身体が地に伏す事は無く、瞬く間に虚空へと消え失せた。

 

 「……」

 

 振るった得物を静かに鞘へと納めるのと同時に、切り替わっていたものが完全に元へと戻ったのが感覚で分かった。

 

 (終わりだ……これで、終わったんだ……)

 

 途端に四肢から力が抜けそうになる。懸命に踏ん張らなければ、今にも崩れ落ちそうだ。

 

 「カァ!」

 

 「うぉっと、ヤタ……?」

 

 ひらりと左肩に舞い降りた小さな相棒が、急かすように羽根を震わせた。それに促されて振り返ると、自分の大切な人達の姿が映る。そう知覚した時には、既に歩き出していた。一歩、また一歩と、導かれるように。

 

 「サクラ、アスナ、キリト……終わったよ……やっと」

 

 それだけ言うのが限界だった。三人の前までたどり着くと、崩れるように膝を着く。アスナの腕の中で目を閉じるキリトは未だに意識が戻っていないようだが、浮かべる表情は幾分穏やかなものであり、暫くすれば大丈夫そうだ。

 

 「クロト……」

 

 白く柔らかな両手が、頬へと触れた。両手でオレの顔を挟んだサクラへと向き直る中で、先程までの自分が’化物’と恐れられた時と同じだった事を思い出す。怖がっている筈の彼女と正面から向き合う事を咄嗟に避けようと目を閉じてしまう。

 

 「……おかえり」

 

 「っ……さく、ら……?」

 

 労わるように、ふわりと抱きしめられる。優しく包んでくれる彼女の身体は、もう震えていなかった。

 

 「ぅ、オレ……オレ、は……!」

 

 「うん……うん……!」

 

 愛する人の温もりに溶かされるように、オレの双眸から熱い雫が零れていく。あふれ出した感情の奔流が言葉を奪い去っていき、気づけばサクラに縋りつくように抱き着いて嗚咽を漏らしていた。

 

 「わたしは、信じてるから……またあの時みたいに、怖くなっても……クロトはクロトのままなんだ、って。信じ続けるよ」

 

 優しく、それでいて確固たる意志を宿したサクラの声。彼女だって突然こんな世界に幽閉され、須郷に苦しめ続けられた筈なのに……こんなにも人に優しくなれる。その優しさに見合うだけのものを、果たして自分は返せているのか。もしできていないのなら、彼女の想いに相応しい相手であれるようにならなければ―――

 

 「―――コホン。雰囲気を壊すようで悪いが、そろそろいいかね?」

 

 突然聞こえてきた声に、全員揃って硬直してしまった。あろう事か、オレ達全員の頭の中から、一時的に茅場の事がすっぽ抜けていたのだ。改めて気配を感じた方へ向き直ると、先程まで姿を消していたのか、再び足からポリゴンデータがアバターを作り上げる最中だった。

 現れたのはやはり先程同様に草臥れた白衣を纏った男性としての姿。というかコイツ、姿を消して何やってたんだ?

 

 「だ、団長……?」

 

 「そう警戒しないでくれアスナ君。私の世界(SAO)を生き延びた君達を害するのは、私の矜持に反する」

 

 「でしたら、一体何を……?」

 

 サクラが用件を尋ねようとした丁度その時、僅かなうめき声が聴覚を刺激した。反射的にそちらを見ると、虚ろな瞳を瞬かせながらも意識を取り戻したキリトの姿があった。

 

 「キリト君……!よかった……よかったよぉ……!」

 

 「あす、な……?アスナ……!」

 

 最愛の人の声をきっかけに焦点の合った瞳がオレ達を順繰りに捉え、茅場を映した瞬間、その眼が見開かれた。

 

 「ヒースクリフ、いや茅場……!?死んだ筈じゃ……あ、いや、それより須郷は……?」

 

 「あの野郎なら、オレがブッ飛ばしたよ。そん時に、茅場(アイツ)の手ェ借りる事になっちまったけどな。んで茅場の野郎は……なんつーか、死ぬ間際にやったスキャニング?とか言うヤツが成功したらしい。データ化した意識だけの状態なんだとさ」

 

 「そうか……またお前に助けられたんだな、俺……ありがとな、相棒」

 

 「いいさ別に。それよりもまず……アンタの要件を教えてくれよ、茅場」

 

 アスナの腕の中から起き上がったキリトは、オレにつられて再度茅場を見る。オレ達の視線を受けとめてなお微動だにしない表情にヒースクリフの時と同様の苦手意識を抱くが、今はそれどころではない。

 

 「簡単な話さ。先程手を貸した見返りに……これを君達に託したい。ただそれだけさ」

 

 彼の言葉と共に、オレ達の目の前に銀色に輝く小さな卵型の結晶が現れた。少しの間それを眺めた後、視線で茅場に続きを促す。

 

 「世界の種子―――ザ・シードと名付けたプログラムだ。芽吹けば、どういうものか分かる」

 

 「ロクでもねぇモンじゃないって保証が、何処にあるんだよ?アンタお手製のウィルスの塊とかだったら―――」

 

 「―――そう思うのなら、消去してくれて構わない。私はあくまでその種を託すだけであり、蒔けとは一言も言っていない。だが、もし……君達があの世界に憎しみ以外の感情を抱いているのなら……」

 

 僅かに期待が籠った声は、そこで一旦途切れた。僅かな沈黙の後に響いた彼の声は、普段通り感情の読めない静かなものへと戻っていた。

 

 「あぁそうだ。須郷君によって幽閉されていた三百人のアカウントにかけられていたロックの解除が、いくらか前に完了してね。今現在、順次ログアウトされている最中さ……アスナ君とサクラ君もじきにログアウトされる。だが、キリト君達が会いに行くのは明日にすべきだろう」

 

 「な、どうして……アスナを待たせる訳には―――」

 

 「―――既に関係する医療機関は目覚めていく三百人への対応で面会の希望を通す余裕は無いし、仮に通ったとしても親族に限られるのが関の山だ。尤も、一般的な面会時間も終了している頃合いだがね」

 

 指摘されて初めて視界の端にあるデジタル時計に視線を向けると、夜九時を少し回ったくらいの時刻を指していた。こんな遅い時間じゃあ、確かに今日中の面会は突っぱねられるのがオチだと理屈では理解せざるを得ない。

 

 「ぐ、だが……」

 

 「ついでに言えば、病院には既に報道陣が詰めかけているようだ。現実では一般人に過ぎないキリト君達を通す余裕はますます無くなっている」

 

 心では納得できずに食い下がるキリトに、茅場はネットニュース記事を映したスクリーンを見せた。そこにはデカデカと速報の文字が表示されており、病院の玄関前で立ち入りを止められた報道スタッフ達がひしめく姿があった。

 

 「加えて、須郷君は中々に粘着質な面もあるのでね。キリト君達の安全も考えるのならば、今夜は下手に外出しない方がいい」

 

 「……」

 

 どれだけ正論で諭されても、キリトもオレも感情では納得できない。加えてどれ程考えても現実世界のサクラ達の許へ向かう手立てが浮かんでこない。それ故に押し黙る事しかできなかった。

 

 (現実のサクラに、早く会いたい……けど、今日中に会える見込みは殆ど無し……だけど……!)

 

 会いたい、だが会えない。その二つが頭の中で延々と回り続ける。一体どうすれば……!

 

 「大丈夫だよ。わたしなら、大丈夫だから……」

 

 「サクラ……?」

 

 「ええ、二カ月も待てたんだもの。あと一晩くらいなら、頑張れるわ」

 

 「アスナ……」

 

 優しく手を握ってくれるサクラと、微笑みながら頷くアスナ。オレとキリトは揃って困惑するが、二人共オレ達を想って強がっているのだとすぐに悟った。

 

 「……なら、明日の朝一番に飛んでいくよ」

 

 「キリトお前……こっちは片道一時間以上かかるんだぞ。お前みたいに朝一とか言えねえよコンチクショウ」

 

 「だったら早起きして飛んで来いよ。そのくらいできるだろ?」

 

 揶揄う気満々のニヤリとした笑みを浮かべるキリト。それが無性にイラッとくる。

 

 「テメ、他人事みたく言うんじゃねぇ!」

 

 「他人事だからな」

 

 「ぬぐぐぐ……!っく、はは……ははは!」

 

 サラリと返されて歯ぎしりしたくなったが、やがて苛立っていた自分がバカらしくなり、笑い出す。似たやり取りで、最後にはお互いにバカ笑いしてた事なんて何度もあったと思い出したのだ。だったら今回だって笑い飛ばしちまえばいい。いつも通りに。こんなしょうもない事ですら、この二カ月間はできなかったのだから。

 

 「もう、急に喧嘩し始めたと思ったら……」

 

 「仲良く笑ってるわね……」

 

 悪いなサクラ、アスナ。これは男同士だから通じるバカなノリなんだ。大目に見てくれ。

 

 「互いに認め合い、信頼し合える友、か……私には終ぞ縁のなかったものだったが、君達を見ていると、それも悪くないと思えるよ」

 

 「ああ。俺が強くあろうと頑張れた、掛け替えの無い親友だって、胸を張って言えるよ。アンタにもな」

 

 「そうか……さて、アスナ君とサクラ君もそろそろログアウトするだろう。私は先に行かせてもらうよ。いつかまた、何処かの世界で会おう」

 

 淡泊な声色で告げられた別れと共に、茅場の姿は音もなく消えていった。それからさほど間を置かず、サクラとアスナの身体が淡く光り出した。きっとこれが、ログアウトする兆候だろう。そう知覚した時にはもう、オレ達はそれぞれの最愛の人を強く抱きしめていた。その温もりを自らに刻み込むように強く、静かに。

 

 「絶対、会いに行く」

 

 「うん、待ってる……大好き」

 

 その囁きを最後に、腕の中にいた彼女は光へとその身を変えた。隣のキリトもそれは同じで、オレ達はしばらく同じ格好のまま固まっていた。だが、いつまでも立ち止まっている訳にもいかない。その思いで立ち上がると、相棒へと手を差し伸べる。

 

 「帰ろうぜ、オレ達も」

 

 「そうだな……いや、先に帰っててくれ。最後にユイと話していきたいから」

 

 「親子水入らずで、か。こりゃ邪魔しちゃバチ当たるな。そんじゃまぁ、また明日、病院でな。相棒」

 

 「ああ、また明日、だな。相棒」

 

 気づけば周囲はあの鳥籠へと戻っていた。鮮やかな夕陽に照らされながら、オレと親友(キリト)は互いの拳を軽くぶつける。

 ログアウトすべくメニューを操作し……ふと手が止まった。全てが終わり、始まった運命のあの日から今日までの二年と二カ月の間、クロト(オレ)は長い旅を続けてきたのだと思うと感慨深い気持ちになる。だが長かったその旅も、今日で終わったのだ。明日からは、ようやく現実世界の大和(オレ)の時間が動き始める。

 

 (ありがとな、クロト(オレ)

 

 役目を果たしたもう一人の自分へ感謝を告げ、オレの意識は妖精の世界から飛び立っていった。




 インド異聞帯、ぐだぐだファイナル、サバフェス……図ったかのように忙しくなった仕事の合間にこれらを進めていたら、二カ月近く経ってました……
 インドの超火力オカシイ……

 あと、サバフェス内であった、アマチュアなら情熱だけは負けないように持つべき、という話が、二次創作を書いている自分達にも結構刺さるなぁ、と感じました。


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八十九話 帰還

 あーつーいー……

 皆さんは夏バテ大丈夫ですか?食中毒とあわせて気をつけてください。特に手洗い・うがいはバカになりませんよー。
 あと執筆してると肘とか膝裏にすぐ汗かいて痒くなります……


 大和 サイド

 

 サクラ達を仮想世界から解放した翌日、オレとキリト―――和人は面会開始時間より僅かに早く病院に集合した。報道スタッフはまだ何組か残っているが、目覚めた三百人の親族への取材に意識が向いていた為、一見ただのガキにしか見えないオレ達はスルーだった。尤も、向こうのターゲットになりやすい大人達を挟むように立ちまわったのも理由の一つではあっただろうが。

 

 「―――結城さんの親族の子ね?隣の彼は、お友達かしら?」

 

 「ええ、まぁ」

 

 今まで頻繁に通っていたのが功を奏した、とでもいうべきなのだろうか……今はツッコんだらよくない誤解を和人が受けており、ゲスト用のパスカードが昨日と同様にすんなりと手に入った。そこからは昨日通ったばかりの道順で、大切な人がいる筈の病室の前へと立つ。

 

 ―――天野 桜様

 

 ドアの横にあるネームプレートに記された名前を確認し、カードをスリットに通す。和人は既に明日奈の病室に向かった為、ここから先はオレ一人だ。

 滑らかにスライドしたドアをくぐり、病室へと踏み込む。供えられた花の仄かな甘い香りが鼻孔をくすぐり、昨日同様に引かれたカーテンに手をかける。

 

 ―――もしも彼女の意識が戻っていなかったら……?

 

 一抹の不安を抱くが、それを振り払うように一息にカーテンを開く。

 

 「っ……」

 

 窓から差し込む光に照らされた室内の眩しさに、僅かな時間目を逸らす。二度、三度と瞬きを繰り返して眩しさに目を慣らし、もう一度ベッドの方を見た。

 

 「あぁ……」

 

 記憶に焼き付いたものよりもやせ細り、儚い姿ではあったけれど。上体を起こし、静かに窓の外を見つめる少女は、まごう事無き最愛の人。その姿を目にした瞬間、今まで抱えていた不安は霧散し、この上ない歓喜が沸き上がる。

 

 「桜……」

 

 万感の思いで、絞り出すように彼女の名を口にする。その声が届いたのか、彼女の顔がゆっくりとこちらへ向けられた。

 

 「クロ、ト……」

 

 花が咲くように、白い頬に淡い朱が差す。真っ直ぐに向けられた瞳は瞬く間に涙を湛え、宝石のように煌きだす。内側から熱いものがこみ上げるのを感じながら、オレはそっと桜へと歩み寄る。

 

 「やっと……やっと会えた……!」

 

 「うん……!」

 

 どちらともなく伸ばされた手が触れると、一瞬の冷たさの後に確かな温もりが感じられた。けれど同時に今の彼女があまりにも華奢である事も伝わり、触れ合う手に力が籠らぬよう細心の注意を払う。

 

 「あぁ……夢みたい……こうして……会えた、のが……!」

 

 「夢なもんか……!オレも……桜も……ちゃんと、生きて……!」

 

 それ以上は言葉が出なかった。互いの双眸からは熱い雫がとめどなく溢れ、何度目を瞬かせても視界が滲んでいく。

 抑えが効かなかった。桜がただただ愛おしくて、少しでも力を籠めれば折れてしまいそうな体をそっと抱きしめる。

 

 「これからは……ずっと一緒に……!オレの、傍に……ずっと……!」

 

 「もちろんだよ、クロト……ううん、大和……!」

 

 細枝のような彼女の両手が回される。最愛の人の温もりに包まれて……オレ達はいつまでも、抱き合っていた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 それから四カ月の月日が流れた。オレ達はSAO帰還者の為の臨時支援学校に入学し、約二年半ぶりの学校生活というものを送っていた。とはいえ黒板はELパネルに、ノートはタブレットPCに置き換わっており、遠い記憶と化している中学までの学校生活とは大分様変わりしているのだが。

 まぁぶっちゃけた話、SAOにいた頃から鉛筆だの消しゴムだの握る事すらなかったので、学校に通う生徒達の殆どが文字を書こうとしても板書なんてロクにできない程ゆっくりだったり、小学生よりも雑な文字しか書けなかったりと悲惨な状態だけどな。仮想世界じゃメッセージ書いたりメモを取ったりするにしたって、テキスト用のファイルを開いてホロキーボードでタイピングするのが普通だから、仕方なかったんだよ。

 

 「―――課題は……うげぇ。面倒くさそうなヤツよこすなぁ、あの先生」

 

 昼休み中、多くの生徒達で賑わうカフェテリアの窓際の席にて。オレは午前中の授業で出された課題に目を通して辟易した。長ったらしい問題文というのは、いつ見てもやる気をゴッソリと削いでいく物だ。昼飯を食べ終えた満足感が無ければ、机に突っ伏していまう所だった。

 

 「まぁまぁ、そう言わずに頑張ろ?」

 

 「へーい……」

 

 隣に座る桜にそう励まされ、この土日のどっかで片付けるかとぼんやり考える。

 

 「後回しにして、日曜日の夜中にやるとかダメだからね?」

 

 「大丈夫だって」

 

 レベリングや各種アイテム調達にかかる時間を考慮してスケジュール管理していなければ、いつまでも攻略組でもトップレベルを維持するなんて事できなかったんだし。こっちでも課題に掛かる時間を想定して休日の予定を大まかに決める事は普通にできる。心配してくれる彼女に感謝しながらもその肩を軽く叩いて宥めると、以前より肉が付いたのか幾分柔らかな感触がした。

 

 「体の方、順調そうだな」

 

 「え、そうかな?病院の先生にはもっと食べるように、って明日奈さんとそろって言われてるままなんだよね……」

 

 「そこはオレ達も一緒さ。まーだ元の体重よりも少ねぇし」

 

 「コラそこぉ、イチャつくなー」

 

 向かいの席から届いたその声の主に顔を向けると、ジュースの紙パックを握り潰した少女がジト目を向けていた。生来の色に戻った目と髪の所為かSAO(むこう)よりも人目を引く事は少なくなったようだが、浮かぶそばかすが愛嬌を感じさせるその顔立ちは客観的に見て充分整っていると言えるレベルだろう。今だって、遠くから視線を向けている男子がチラホラいるし。

 

 「……和人達覗いていたんじゃなかったんスか、篠崎(しのざき)セ・ン・パ・イ?」

 

 「里香(りか)でいいわよ。今更アンタに先輩呼びされても違和感しかないわ……あと取ってつけたような後輩口調はいらないってーの」

 

 呆れた表情で手にした紙パックをゴミ箱へ放り込む。オレですら’年頃の女子としてはどうなのか?’と首を傾げたくなる行動をとった彼女の名は、篠崎里香(しのざきりか)―――彼の城での名はリズベット。明日奈と同い年で、オレより一つ年上だったのだ。結構サバサバした性格だからタメ口でも気にしないと言ってくれるが、こうして先輩呼びして揶揄うのは中々面白い。

 

 「リズ……里香さん、もうちょっとお淑やかにしましょうよ」

 

 「別にいいじゃない。コイツはサクラ一筋だし、シリカ達にはわざわざ取り繕う必要なんか無いんだし」

 

 「……キリトさんに女の子として見られなくなりますよ?」

 

 「ごはぁっ!?」

 

 里香に乙女らしからぬ悲鳴を上げさせたのは、彼女の隣に座っていた小柄な少女。赤いリボンで縛ったツインテールが特徴的な彼女の名は綾野珪子(あやのけいこ)―――彼の城での名はシリカ。オレよりも年下だ。中層プレイヤーであった為、オレンジギルド・タイタンズハンドの一件以降そこまで目立った交流は無かった。だがいつの間にか里香と仲良くなっていたらしく、彼女を介して明日奈や桜等、女性陣の交流は結構あったっぽい。

 

 「珪子ってさ、そうやって時々遠慮が無いっていうか……容赦ないというか……的確に心抉る一言をサラッと言う辺り、黒い一面あるよね」

 

 「く、黒い!?酷いよハル君!!」

 

 黒い一面があると言われ、たちまち涙目になった珪子。彼女にそんな言葉を告げたのは、対面に座る少年。その名を桐ケ谷晴人(きりがやはると)―――彼の城での名はハルだ。

 

 「ごめんごめん、ちょっと言い過ぎた」

 

 「むぅ~……」

 

 謝る仕草がどことなく和人に似ており、文句を言えなくなった珪子は、残りの昼食を口に詰め込みはじめる。

 

 「アンタねぇ……そういうところは兄貴に似なくてもよかったんじゃないの?」

 

 「そうですね。成長が早いっていうか……背、クロトと同じくらいになったんだっけ?」

 

 「……見ねえ間に声変わりまでしやがって……入学式で会った時はマジでキリトが二人に増殖したかと……」

 

 「その話何度目ですか?兄さんは僕より背が伸びているんですから、それで見分けつくじゃないですか」

 

 ふてくされた様にそっぽを向くのだって、(かずと)とそっくりなものだ。血のつながった兄弟だからか、日増しに晴人は和人そっくりな姿に成長している。とはいえ全く見分けが付かない程の瓜二つ、という訳ではなく、普段から晴人の方が柔和な笑みを浮かべている分柔らかな雰囲気がある。あと微妙な差ではあるが、兄弟で揃うと晴人の方が男前な顔立ちをしている……背丈は兄貴の方が上だが。

 

 「身長っていえば……クロトさん、SAO(むこう)にいた時と変わってないですよね?前は同じくらいだったのに、キリトさんだけ大きくなってますし。クロトさんと一緒にいるハル君を間違えやすいのって、そういう所もあると思います」

 

 「喧嘩売ってんなら買うぞ珪子。オレだって気にしてんだぞ」

 

 「こーら、シリカちゃんにまでキレないの。わたしは……背が同じくらいな方が好きだよ」

 

 桜に宥められるように頭を撫でられると、さっきまでの苛立ちが嘘のように消え失せ、安らかな気持ちになる。人前である事に羞恥は感じるが、彼女の手を払おうという気は全く起きない。

 

 「こぉおおらあぁぁー、イチャつくなって言ったばっかでしょうがぁぁ……!」

 

 珪子の言葉によって机に突っ伏していた里香が、地獄の怨嗟のような不気味さを纏った声を上げる。そういう所が女子っぽくないんだぞ、と思いつつもぼんやり窓の外を眺めると、気持ちの良い青空が広がっている。

 

 (もう命懸けで戦わなくていいんだよな、和人も、オレも……皆……)

 

 得物を携える必要がない事に対する違和感は拭えないままだけれど。それは今の日々が、あの二年間ずっと渇望していた平穏そのものである証拠だと思う。きっとアイツも同じ気持ちだろうな、と晴天の下で愛する人(あすな)との一時を過ごしている親友(かずと)へと思いを馳せる。もうあの二人を脅かすヤツはいないのだから。

 

 ―――ああ、そういえば言い忘れていたが、あのゲス野郎―――須郷信之とかいう男はアッサリ逮捕された。茅場が言った通り、桜達が解放された夜……オレや和人が真っ先に飛んでくると睨んだヤツは、報復するべく彼女達が入院していた病院にやってきていた。その手にナイフを握って。しかしながらそこには既にマスコミが詰めかけており、病院に入ろうとしたところを詰め寄られ質問攻め。既にマトモな思考ができていなかったヤツはナイフを振り回して暴れだし、傷害罪の現行犯逮捕と相成った。ちなみに被害に遭ったマスコミの人達は全員軽傷で、死者がゼロだったのは不幸中の幸いと言える。

 そこからALOを隠れ蓑に行っていた悪行が露見し、最近になって公判が始まった所だ。……まぁ、無罪なんてあり得ないし、あんなヤツがどうなろうと知ったこっちゃねぇけど。

 

 「―――ごめーん、遅れた」

 

 「あ、琴音さん。こっちです」

 

 新たに加わった朗らかな声。晴人が声の主を呼び寄せ、そちらへと目を向けると、トレイを手にした少女が視界に映った。SAOでは見慣れたものだったが、現実世界ではよく目立つ橙色を帯びた髪や碧眼が特徴的な彼女の名は竹宮琴音―――彼の城での名はフィリア。明日奈や里香と同学年だが、敬語に関しては里香と同様の事を言われた。本人曰く、三月生まれなので年はオレや和人と変わらないから、だそうだ。

 

 「明日奈さんの付き添い、お疲れ様です」

 

 「いいのいいの。気にしないで」

 

 晴人に微笑みながらそう告げると、彼女は珪子とは反対側になる里香の隣……桜の向かいの席に腰かける。手早く食べられるようにか、机に置かれたトレイに乗っていたのはサンドイッチがメインの献立だった。

 

 「フィリアさん、それで足りるんですか?」

 

 「ん、まぁ大丈夫。持たなかったらその時また食べればいいし」

 

 「その考えは治した方がいいですって、向こうにいた頃から僕言いましたよね?」

 

 「……ギクっ」

 

 心配した珪子に向けていた笑みが、晴人の言葉で引きつった。元々彼女はソロでダンジョンに籠るトレジャーハンターだったし、食事も空腹になったら食べる、程度の考えで大分不規則になっていた。以前ダンジョン攻略を手伝った時はそのズボラな所に幾らか驚いたもんだ。

 

 「琴音、今回はコレも食っとけよ」

 

 「あ、ありがと……」

 

 制服のポケットに入れていた、携帯食料として有名な某バークッキーを彼女のトレイの隅に置くと、周囲の目が刺すようなものに変わるのが感じられた……何故?

 

 「アンタ、その癖直ってないのね……キリトが心配してたわよ」

 

 「最低限腹が膨れればとりあえず何でもいい……兄さんが言ってた大和さんの悪癖ってコレの事だったんですね」

 

 「……うん、決めた。わたしもお弁当、作ろうっと」

 

 「サクラさん、頑張ってください」

 

 呆れる里香と晴人、弁当を作ると決心した桜、応援する珪子。桜が弁当を作ってくれるのは嬉しいが……素直に喜べる空気じゃないのは一体どういう訳だ?

 

 「何だよ皆して。オレが悪いのか?」

 

 「悪いです。その粗食癖を治してください」

 

 「即答かよ。つか何だよ粗食癖って。腹は膨れるし、栄養価だって充分だろソレ。向こうの携帯食料替わりに持ち歩いてたっていいじゃねえか」

 

 「その考えを治せってハルは言ってんでしょーが」

 

 里香に額を小突かれ、オレは唸る。食に関しては当たりハズレの大きかったSAOでは、比較的マシな味と手ごろな値段で販売していたんだぞ。特にあっちじゃ栄養価とか関係なかったし。とはいえそんな事を言えば晴人達からさらに説教されそうなのは目に見えていたので我慢するしかない。

 

 「と、とにかくさ!皆行くでしょ?今日のオフ会!」

 

 話題転換とばかりに声を上げた琴音の問い掛けに、全員が頷く。それに関してはここにいる誰もが同じ思いだ。

 

 「姉さんも参加しますので、仲良くしてくれると嬉しいです」

 

 「ホントに来れるの?楽しみだなぁ……」

 

 「あー。リーファと仲いいもんね、シリカは。それはそうとクロト、キリト達の誘導ミスったら承知しないわよ?」

 

 「わーってる。晴人だっているんだ、そうそうヘマはしねぇって」

 

 「ならよし」

 

 念押ししてくる里香にそう返し、席を立つ。仲間の談笑を背に聞きながら窓辺へと歩き、中庭を覗き込む。

 

 (あぁ……やっぱりな)

 

 そこには案の定、互いに身を寄せ合う男女の姿があった。暖かく穏やかな日差しに照らされた彼等にはもう’黒の剣士’、’閃光’等と呼ばれた頃の険しさは無く、普通の少年少女でしかない。

 

 ―――願わくば、二度と命懸けの闘いが起こりませんように……

 

 空を見上げ、今の幸福を噛み締めながら、そう祈った。




 フェアリィ・ダンス編はこれで完結です。(オフ会とかALO内の辺りはどうしたって原作と殆ど変わらなかったので……)

 ファントム・バレット編を考えると5・6巻読み直さないとなぁ……あとGGO内のシステムについて掘り下げてあるオルタナティブもかな……?


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ファントム・バレット編
九十話 拭えぬ悪寒


 とりあえず書き上がったので投稿します。


 クロト サイド

 

 「―――それでは次のコーナー……今週の勝ち組さん、始まりまーっす!!」

 

 猫耳を生やした女性MCアバターの掛け声にあわせて、MMOストリーム―――略してMスト―――の中のとあるコーナー、’今週の勝ち組さん’が始まった。これは世界の種子(ザ・シード)がばらまかれた事によって数えきれない程のタイトルが生まれたVRMMOの中から、トッププレイヤーを一人から数人程度ゲストとして招待し、インタビューするコーナーだ。

 

 「早速今回のゲストをお呼びしましょう。銃と鉄の世界、ガンゲイル・オンラインより(GGO)……ゼクシードさん!闇風さん!クロトさんの三名でーす!」

 

 MCに紹介され、青い長髪が特徴的な男―――ゼクシード、黒い短髪に頭頂部付近の赤毛が映える黒衣の男性―――闇風、そして鋭い目つきが特徴的な少年兵崩れ―――まぁ、オレなんだが。この三名のアバターがスタジオに転送された。

 

 「いやー、GGO内最強プレイヤーを決める一大イベント、バレット・オブ・バレッツ(BoB)優勝者と準優勝者二名が揃うのは壮観ですねぇ」

 

 「そう言っていただけるのは光栄ですね」

 

 男性にしてはややキーの高い声で、ゼクシードは何て事はなさそうにMCに応える。だがその口許は僅かにニヤついており、喜色を隠し切れていないのが分かる。一方で彼よりも幾分いかつい顔を若干顰めさせている闇風としては、ゼクシードが調子に乗る様子は見ていて楽しいものではなさそうだ。

 それも当然か、オレもアンタも過程はどうあれゼクシードに負けちまったワケだもんな。

 

 (視聴者からリアルタイムで届くこのコメント達……崇めるようなモンから誹謗中傷するモンまで色々だな)

 

 VR空間故に一切ドアや窓が無いこの円形のスタジオの壁は全面モニターとなっており、この放送を見ている視聴者らが打ち込んだコメントが次々と流れていく。その様子に幾らか圧倒されている間に、前回のBoBについてのMCからの質問が飛んでくる。

 

 「ズバリ、今回の勝敗の決め手は何だったと考えていますか?」

 

 「それは勿論、AGI(アジリティ)万能説はただの幻想だった、ですね」

 

 「おぉー、断言しちゃいますか」

 

 ゼクシードのその一言だけで、彼を叩くコメントが大量に増える。やっぱこのゲーム、他のMMOよりはるかに上位プレイヤー達への妬み嫉みが強い。ゼクシード本人にもそれを加速させる原因があるけど。

 

 「ええ。確かにAGI……素早さは重要なステータスです。現にGGOに於いて速射と回避、この二つが突出していれば強者足りえた……これまではね」

 

 この上ない優越感に浸っているゼクシードは、この放送を視聴しているであろうGGOプレイヤー達へ向けて、嫌味たっぷりな口調で語る。他人を蹴落とす競り合いが他のMMO以上に激しいこのGGO、そのトップに立っている事を実感できるこの場が楽しくて少々ハメが外れちまってるな、アレ。

 

 「しかし、それはもう過去の話です。八ヶ月の間AGIをガン上げしてしまった廃人さん達にはこういわせてもらいますよ……ご愁傷様!」

 

 (炎上しようがお構いなし……そのクソ度胸はある意味で立派なモンだよ、お前……)

 

 どれだけのプレイヤーから反感を抱かれようと気にせずに言いたい事を言いまくるゼクシードの姿を見ている内に、いつぞやにやらかした瞬間に堂々としていた親友の姿を思い出す。キリトが他人を見下すような発言をする事はまず無いが……時々容赦無く相手の地雷を踏み抜いて怒らせるんだよなぁ、アイツ。悪気が無いからどうにも強く言えねぇし。

 

 「―――しかしねえ、ゼクシードさん。BoBはソロでの遭遇戦じゃあないですか。二度やって全く同じ結果になる保証はどこにもありません。それをステータスタイプの勝利みたいに言うのは、いかがなものかと……」

 

 「いやいや、今回の結果はGGO全体の傾向の現れと言えますよ。闇風さんはAGI型だから、否定したい気持ちもわかりますがね……結論から言えば、これからはボクのようなSTR・VIT型の時代ですよ。いいですか―――」

 

 たまりかねた様子で口を挟んだ闇風に対し、ゼクシードは予め用意していたであろう持論を浪々と語り始める。曰く、これまではAGIを鍛えて強力な火器を速射し、同時に回避ボーナスによって低い耐久力を補えたからAGI型は強かった。曰く、そのAGI型を脅かす存在である、高い命中精度を誇る銃器の実装が進んでいる事。曰く、新たに追加された銃は総じて要求STRが高く設定されており、AGI型の強みであった火力も相対的に下がりつつある事。

 ゼクシードが語った内容のどれもが事実であり、彼を論破できないらしい闇風は悔しそうに口を噤んだ。とはいえ彼が語ったのはあくまで事実の一部であり、それが全てではない。何より先月のBoBにて鎬を削り合った闇風が言いくるめられているのはいい気分ではない。

 

 「―――STR・VIT型にも弱点がある、とは思うぞ?オレは」

 

 「おぉっとクロトさん、それはどういう事でしょうか?」

 

 うげ、という声が聞こえてきそうな程に顔を顰めるゼクシード、興味津々とばかりに食い付くMC、黙って耳を傾ける闇風と三者三様なリアクションを見ながら、オレは持論だけどな、と一言ことわる。

 

 「STR・VIT型って要はロボゲでいうガチタンだろ?高い耐久力と火力でゴリ押してやられる前にやるっていう。特にゼクシード、BoBじゃ撃ち合いの時殆ど移動してなかったろ。それってスナイパーにとっちゃカモだぜ」

 

 「うぐ……」

 

 「特に耐久面じゃこのゲーム……どんだけガッチガチに防具つけたって、ヘッドショットされりゃハンドガンでもお陀仏だろうが。防弾メット被っても貫通力に秀でた弾丸とか……ちょいと前にオークションに出てたアレ……アンチマテリアル・ライフルとか撃ち込まれれば一発アウトだ。自慢の耐久力に胡坐かいてたら不意打ちでズドン!ってやられるぜ?特に認識できていない相手からの初弾は弾道予測線(バレット・ライン)が無いんだし」

 

 「成程……私達AGI型以上にスナイパーが天敵だと」

 

 「で、ですけど、AGI型相手には有利っていうボクの考えは間違っていないでしょう」

 

 「それだって一概には言えないぞ、多分」

 

 納得したように頷く闇風に対して、ゼクシードの表情は険しくなっていく。そりゃアンタにとっちゃ面白くないんだろうけど……オレだって言いたい事をずっと黙っていられる程大人じゃないんでな。一つずつ指を立てながらオレは続ける。

 

 「一つ目、さっきも言った通りヘッドショットの危険性。闇風みたいに銃弾バラ撒くAGI型は結構いるだろ?近距離で撃ち合った時、乱射した弾が頭にヒットする可能性はゼロじゃない。相手を捕捉する事に気を取られりゃフルオート射撃のライン全部把握するとか無理だろ普通。二つ目、フィールドの条件でどっちが有利、なんてのは簡単に変わっちまう。砂漠みたいに遮蔽物が無きゃゴリ押しできるSTR・VIT型が、遮蔽物が多い市街地とかならゲリラ戦ができるAGI型が有利だ」

 

 「いやいや、ゲリラ戦ができたって、結局AGI型じゃ大したダメージは与えられないんですよ?それなのに有利だって言えるんですか?」

 

 「AGI型の方が牽制射撃で小突きまわして長期戦に持ち込めば、精神的な疲労は後手に回るSTR・VIT型の方がデカい。いつ、何処から相手が出てくるか分からない以上、常に集中しなきゃだからな。そうしてメンタル面で隙ができた所で建物の二階とか、上からプラズマ・グレネードでも落とせば……」

 

 「回避能力を切り捨てたタイプである為、逃げられず爆殺される、という訳ですか」

 

 「わぁお……さっきから話の内容が過激です」

 

 多分大荒れになっているであろうコメント達を務めて無視し、三人と向き合うオレ。この頃には自分が番組によってどう映されているのかは気にならなくなっていた。

 

 「まぁ、何も考えずAGI型にステ振りした方にも落ち度はあるけどな」

 

 「どういう意味ですか、クロトさん?」

 

 今度は闇風の方が表情を険しくする。MCが少々困ったように視線を泳がせるが、口を挟んでこないならとりあえず気にしないでおく。

 

 「これもオレの主観だけどな……AGI型って玄人向けじゃね?BoBでカチ会った連中じゃ闇風、アンタしかアバターのスペックをフルで発揮できていなかったぞ」

 

 「何ですと?今更お世辞ですか?」

 

 「ちげーよ。他の連中は回避行動が似たり寄ったりなパターンしか無くて単調すぎたんだよ……自慢の速度に胡坐をかいて、回避のやり方が雑だった。そんなザマだから、いくら速くたってすぐに見切られて当てられるってワケ。要はプレイヤースキルの不足……キツイ言い方すりゃプレイヤーが下手って事」

 

 「……忌憚ない意見はありがたいですが、今の言葉で全AGI型プレイヤーは貴方の敵になったと思いますよ。クロトさん」

 

 若干憐れむような目を向けるのはやめてくれ、闇風。過去の経験から、悪役は慣れてるんだ。

 

 「つってもなぁ……殆どの連中、自分の速度に’振り回されてる’って感じがモロに出てたんだ。ま、現実世界の肉体が出せる速度と、AGI型アバターの全力疾走じゃスピードが違い過ぎるワケだし。無意識に’これ以上は無理’ってブレーキがかかってるんだ。闇風だってそろそろ感じているんじゃないか?AGI上げても速度が上がった気がしない、なんて事をさ」

 

 「っ!」

 

 努めて感情を出さないようにしている闇風だが、彼の身が一瞬強張ったのを見逃さない。SAO元攻略組なら誰だって分かる反応だ。

 

 「図星だな。けどGGOはサービス開始からまだ八ヶ月……普通に考えりゃ、今後のアップデートでレベルキャップだって上がっていく筈だ。そうしたら他のステ上げた方がいいと思うぜ?。装備できる銃の選択肢増やすとか、ヘッドショットを狙いやすいようにするとか……VIT以外なら、プレイヤーのクセや好みにあわせてどれ選んでもイケるだろ。大前提として、要求プレイヤースキルが高いじゃじゃ馬なビルドだが」

 

 「……成程。無理に長所を伸ばすよりも、足りないステータスを補い、自分の腕を磨けと……我々AGI型も、輝ける可能性がまだ充分にあると。感謝します、少し道が開けた気がします」

 

 「あくまで個人的な考察に過ぎねぇぞ?誰の言葉を信じ、どの筋から仕入れた情報を頼りにするか……その最終判断をするのは自分自身だ」

 

 とある理由から狩場や攻略等の情報が少ないかつ曖昧なものばかりになるGGOに於いて、最優先すべきは優れた情報屋とのコネと、他人の意見を見極める冷静な判断力だとオレは思っている。詐欺等が横行したSAOでの経験が、デマやミスリードに対する警戒を常に意識させるのだ。

 何はともあれ、高いAGIに振り回されていなかった闇風との対決は真剣勝負として非常に愉しめたので、そんな彼が落ちぶれていくのは何となく嫌だっただけだ。単なるお節介、とか言われるヤツだなコレ。

 

 「流石前BoBでベストバウトと名高い死闘を繰り広げたお二人、ライバル感がビシビシきますね」

 

 「そりゃどーも」

 

 MCの言葉に肩を竦めて応える。巷ではよくそう言われていると馴染みの情報屋から聞いてはいたが……オレにとっちゃ苦い経験でもある。なんせ闇風とのバトルに熱中し過ぎてしまい、ゼクシードに漁夫の利とばかりに不意打ちを喰らったのだ。しかもその時受けたダメージがかなりデカく、一時共闘した闇風と仲良くゼクシードに削り切られたのだから。

 

 「じゃじゃ馬ビルドって言ったら、貴方のヤツが一番意味不明ですよ!」

 

 「……心外だな。ただのSTR・AGI型だぞオレ」

 

 「なぁーにが’ただの’ですか!はっきり言わせてもらいますけどねぇ、あんな変態的な三次元機動見せられて平気なプレイヤーなんてまずいませんよ!!」

 

 ゼクシードの叫びにあわせて、コメント欄に大量の変態機動なる文字が流れ出した。MCも面白がってBoBのリプレイ映像を流し始める。闇風ですらゼクシードに同意するかのように頷き、理解者がいない事を悟った。

 

 「ほぇー、曲芸じみた三次元軌道ですね。これはどんなスキルが必要なんですか?」

 

 「……軽業(アクロバット)スキル。それ以外は企業秘密で」

 

 流石に自分の手の内を進んで明かす気にはなれない。勝利に貪欲なGGOプレイヤーならば、次のBoBで対策を立ててくるのが当たり前だろうし、自分で自分の首を絞める真似はしたくない。つか、言えるか。気づいた時にはSAO・ALOのクロトと同じような戦い方してて、その為にステータスやスキルを鍛えたなれの果てなんてしょうもない理由が原因だった、とか。

 

 「まだ何かあるでしょう!?レアアイテムとか、レアスキルとか―――」

 

 「―――ゲーマーらしい反応すんのはいいけど、余裕なさ過ぎっつーかがっつきすぎだ!いくら過酷なGGOでトップ維持したいっつっても、リアルソロじゃ楽しくないだろ……」

 

 「リアルソロはお互い様でしょうが!GGOのプロとしてのプライドとか無いんですか!?」

 

 「ねーよ!そもそもオレはガチバトル楽しみたいだけのエンジョイ勢で、ホームは別ゲーだっつの!リアル捨ててまでのめり込んでねー。ゼクシード、アンタと違ってダチも恋人もいるわ!!」

 

 「……はっ、それは笑えない冗談ですね!どーせ二次元かVRの中だけでしょう?くくくっ……」

 

 ゼクシードが腹を抱えて笑い出すと、同調するようにコメントが濁流となって視界を横切る。もう多すぎてどれが何て書いてあるか分からないレベルだ。MCと闇風が今まで以上に憐れみの目を向けてくるのが何だか腹立たしい。

 

 「はーい、ただ今本日一番の大炎上中でーす。リアル勝ち組を自称するクロトさんへのコメントが相次いでいますねぇ……」

 

 MCが呑気に呟いた、その時だった。彼女の隣でバカ笑いしていたゼクシードが突如、胸を抑えて苦しみだす。その姿に目を瞬かせた次の瞬間、彼のアバターが消失した。

 

 「……ありゃ、回線落ちですね。暫くすれば復帰すると思いますので、皆さんチャンネルはそのままでお願いします」

 

 (持病の発作で強制ログアウトでもしたのか……?いや、アイツにそんな噂は無かったし……何だ?この拭いきれないイヤな感じは……?)

 

 最近久しく感じていなかった怖気。何故それが今感じられるのか、全く見当がつかないが……近いうちに何かが起こる、それも良くない何かが。そんな確信めいた直感が体を強張らせた。

 

 ―――その後、ゼクシードが番組に復帰する事は無かった……




 スカディ来た。溜めてた石溶けた……七百あったのが全部……


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九十一話 銃の世界へ

 大和 サイド

 

 「―――GGOに現れた死銃(デス・ガン)についての調査、ねぇ……」

 

 「ああ。九割以上、デマだろうってのが俺とあの役人の共通認識なんだが……その確証が欲しいんだ。特にプロがいる事で有名なGGO……しかもメイン武器は飛び道具の銃だからな……」

 

 「OK。この手のリサーチは何度か手伝ってんだし、ダチの頼みならロハでいいぜ」

 

 「だと思ったよ……お前の分の報酬もせびっといたから、今後のサクラとのデート費用にでも使ってくれ」

 

 「……サンキュー」

 

 オレがMストに出てから約一ヶ月後の、昼休みの学校の屋上にて。前日メールで和人から「話がある」と呼び出されたオレは、彼からGGOで奇妙な噂となっている死銃(デス・ガン)についての調査をとある役人から引き受けた事、その協力を頼みたい事を告げられた。オレがGGOをプレイしている事は言っていなかったのだが、どこでバレたのやら……

 

 「ゼクシードってヤツが回線落ちした瞬間の動画に映ってたあの少年兵崩れのアバター……仕草やクセがまんまお前だったぞ?名前だってカタカナ表記とはいえ同じなワケだし」

 

 「……人の心を読むな」

 

 「そりゃお互い様だろ、親友」

 

 ……やっぱりコイツには敵わん。ニヤリと片頬を釣り上げる彼にそう感じながらも、告げられた情報を整理する。

 

 「ゼクシードだけじゃなく、薄塩たらこのヤツも死銃(デス・ガン)に撃たれて回線落ち……その後リアルでも死亡が確認されたって……最近まったくログインしてないって情報はあったが……マジで死んでたのかよ」

 

 「ああ。だけど二人が使用していたのはアミュスフィアだ。それもセキュリティ関連に異常の無い、普通のな。だから何かの偶然としか、今は考えられない……けど」

 

 「……もしも本当だったら。それがGGOから別のゲーム……ALOに来たら、桜達も、オレ達も危ない。そう思っているんだろ?」

 

 黙って首肯する和人。ダチとして、相棒として頼られたのなら、その期待に応えるべく全力を尽くそう。その決意と共に、BoB当日に’キリト’をコンバートしてくる彼の案内と支援を引き受けた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 クロト サイド

 

 GGO内におけるプレイヤーの市街地、SBC(スペース・バトル・クルーザー)グロッケン。その中にある新規プレイヤーの初期スタート地点にて、オレは待ち合わせの為に待機していた。そろそろコンバートを済ませてログインしてくるであろう相棒に、こっちの外見はバレている為、向こうから声をかけてくれる手筈になっている。

 

 (ダイブする為に病院の一室用意してあった……ほぼデマだろうって予想の割に、オレ達の安全は結構ガチで確保してくれたのか、クリスハイトのヤツ……)

 

 掴み所の無い曖昧な笑みを浮かべるウンディーネのメイジの中身が、本当に政府の役人であった事を実感せざるをえなかった。

 最初からキリトはオレに協力を仰ぐつもりだったらしく、依頼を受けた時からオレに自分と同じ待遇をするようにあの男に要求していたらしい。当日になってとある病院に来るように、という連絡を貰った時には半信半疑だったが……二人分のベッドとモニター役としてキリトの知り合いらしい看護師を用意していたので、クリスハイトのリアル側での権力を思い知らされた。

 

 「ク……クロトォ……」

 

 「……どちら様で?」

 

 思考に耽っていた所に声を掛けられ、そちらを見ると……ものすごく悲しそうな顔をした少女がそこにいた。女性にしてはやや声が低めだが、別段おかしくはなかったし、何より面識が無い。つーかGGOでの異性の知り合いなんて、片手で数えられる程しかいないんだが……

 

 「は、ははは……そうだよな、この姿じゃお前だって、そんな反応するもんな……逆だったら俺も同じだろうし……」

 

 「へ?アンタ、大丈夫か?」

 

 少女は急に俯くと、何やらブツブツと呟き始める。同時にウィンドウを操作し始め―――

 

 「俺だよ……キリトだよ」

 

 「……マジで?」

 

 「マジだ」

 

 オレに向けて表示されたそのプロフィール。そこに記された性別は男、キャラネームはKirito(キリト)……オレが待っていた相棒その人だったのだ。その事に衝撃を受けながらも、改めて目の前の少女……もとい少年を頭のてっぺんからつま先まで、マジマジと見つめる。

 スプリガンの時よりも明らかに華奢な体つき。特に身長は百六十センチに満たないのではなかろうか。そして艶やかな濡れ羽色の髪は肩甲骨辺りまでクセ無くサラリと伸びており、透き通るような白い素肌とのコントラストが互いの美しさを強調している。髪と同色の輝きを宿した目は大きく、くりくりと動くさまを見れば誰もが可愛らしい、と言うんじゃなかろうか。まぁ、結論を言えば―――

 

 「まな板なの除けば文句なしに女……それも結構な美人で通るぞ、その外見」

 

 「やっぱりかぁ……俺、帰っていい?」

 

 「二日間だけなんだし、頑張れよ」

 

 がっくりと肩を落とした親友の背中を軽く叩いて励ますと、彼を連れて初心者向けの総合ショップへと歩き出す。道中ですれ違う男どもが軒並み注目し、仰天したような表情を晒しまくるが……間違いなくキリトが原因だな。中身を知っているオレは別に外見について気にしないでいるが、何も知らないヤツが初見で今のキリトを男だと見抜く事はほぼほぼ無いだろうし。

 

 「……俺、アスナ達の苦労が分かった気がする……」

 

 「なら、次からもうちょい気遣ってやれよ。喜ぶだろ」

 

 普段は経験しない類いの視線にされされたキリトは、辟易したようにため息を零す。そんな彼の気を紛らわせるべく適当な雑談を繰り返しながら歩く事しばし。目的地付近の曲がり角に差し掛かったその時、反対側から現れたプレイヤーとキリトが軽く衝突してしまった。

 

 「あっ、す、すいません」

 

 「ううん、大丈夫……貴女こそ大丈夫?」

 

 視界に映ったペールブルーの髪と、耳に届いた高く澄んだ声を認識した瞬間、オレはうげぇ、と零れそうになった声を全力で抑えた。

 

 「このゲーム、初めて?道に迷ったりしてない?」

 

 「あ、いえ、大丈夫です。連れがいますから……」

 

 「そう、一体……誰が……!」

 

 こちらの姿を認めた途端、少女の双眸が細められる。お世辞にも友好的とは言えないその様子に辟易してしまうのは、仕方無い事だと思う。

 

 「睨むなって……前のBoBの事、まだ根に持ってんのかよシノン……」

 

 GGO内にて凄腕スナイパーとして名を轟かせる少女、シノン。強くなる事に並々ならぬ執着を持つ彼女との出会いは約二ヶ月前に行われた第二回BoB本戦だった。

 

 「当たり前でしょう……背後五十メートルからのアサルトライフルのフルオート射撃を全弾躱された屈辱、忘れてないわ」

 

 「……最初三点バーストだったろ。それ避けられたからってムキになってフルオートぶっぱして、他のスナイパーにカモられたんだから、オレの所為じゃねぇよ」

 

 ヒラヒラと手を振るが、彼女から発せられる眼力が弱まる気配は無い。他のゲームに比べて尋常ならざる熱意をつぎ込むGGOでは、戦闘中に相手からの敵意が感じ取りやすい……コレはSAOで殺気を感じた事があるオレ個人の感覚であって、同じSAOサバイバー―――それも命のやり取りを経験した者に限る―――にしか分からないだろう。

 

 「そろそろ教えなさいよ、あの時何で、不意打ちした筈の私の銃弾を躱せたのか」

 

 「いわねーよ。今日明日バトルするかもしれない相手に、わざわざ手札見せるワケねぇだろ」

 

 「え、えーっと……?」

 

 当然そんな感覚だよりな事を素直に言ったって、彼女は信じちゃくれないだろう。相手に情報を開示したくない、という建前で何度も断っているが、それでも彼女は前のBoB以降しつこく聞いてきた。その為オレ個人としては顔を合わせたくない知り合いナンバーワンに君臨する、苦手意識の強い相手となってしまった。そんな事を一切知らないキリトはおろおろするばかりで、一方のオレはどうシノンを撒こうかと考える。

 

 「あの、シノンさん、でしたっけ?クロトとお知り合い、なんですか……?」

 

 「え?あっ、ごめんね、変なトコ見せちゃった」

 

 ……どういうこっちゃ?氷の狙撃手と呼ばれる程、友人らしき銀髪の男以外には無愛想でストイックなプレイスタイルな彼女が、キリトに声を掛けられるとたちまち態度を軟化させた?

 

 「いえ、クロトは時々やらかす事があるので、何かご迷惑をおかけしたのかなって」

 

 「ううん、そういうんじゃないの。ただコイツに聞きたい事があって、中々答えてもらえないだけだから」

 

 しかもこれ幸いとばかりにキリトは彼女に話しかける。その口調が普段のそれよりも幾分大人しいものであることもあって、いつもの相棒とは別人に見える……ってまさか……キリトのヤツ、性別勘違いされているの分かっていて敢えてそのままで行こうとしているのか。

 そういや前にキリト言ってたな、使えるモンは何でも使うって。よく切り替え効くな……つか、さりげなくオレをディスるな。やらかす事が多いのはお前の方だろ。

 

 「それにしても……BoB当日だっていうのに、良いご身分ね。それとも先月の炎上騒ぎのアレが虚言じゃなかったって、そんなにムキになって証明したかったの?」

 

 「……好きに言ってろ」

 

 Mストでの失言は、中々苦い教訓として記憶に新しい。リアルソロな廃人プレイヤーがわんさかいるGGOでリアルにダチや恋人がいる、なんてうっかり零した過去の自分を殴りたくてしょうがない。いちいち相手になるつもりは無いので、キリトに先を促す。

 

 「さっさとショップで装備揃えるぞ。十五時にはBoBのエントリー締め切られるんだからな」

 

 「あ、ああ。それじゃあ、失礼します」

 

 「ちょ、ちょっと待ちなさい。その子、今日始めたばかりでしょう?BoBに出るならステータスが―――」

 

 「―――コイツはコンバートのアバターだから問題ねぇよ。また後でな」

 

 面倒な相手は、さっさと立ち去るに限る。その考えに従い、やや強引にキリトの腕を掴んで歩き出す。だがそれはシノンが反対側のキリトの腕を掴んだ事で中断させられた。

 

 「あのー、シノンさん……?」

 

 「放っておけないわ、貴女。こんなヤツが一人で面倒見たら、絶対にロクな事が無いもの」

 

 「ひでぇ言いがかりだなオイ。お前がオレの連れに世話焼く義理は―――」

 

 「―――あら、そんなに自信が無いの?それとも何か不都合でもあるのかしら?」

 

 「ったく……勝手にしろ……」

 

 ……ダメだこりゃ。なんか変なスイッチ入ったっぽい。どうしてこうなった?と首を傾げたくなる衝動を堪えて、仕方なくシノンを加えた三人でショップへ入店した。

 

 「さぁて、と……まずはメインアーム決めねぇと話にならねぇか。適当にぶらつくから、気に入ったヤツあったら言えよ」

 

 「あ、ああ……なんか、凄いな……ALO(むこう)とは大違いだ……」

 

 広い店内は様々な色のネオンが煌き、所々で派手な格好をした女性NPCが営業スマイルと共に手にした銃を紹介している。剣と違って銃には装飾的な意味合いはほぼ無いからなぁ……ALOと雰囲気が異なるのも当然といえば当然だ。

 

 「メインアームを優先して決めるのはいいけど、その子コンバートしたばかりでしょう。お金どうするつもり?」

 

 「そりゃオレが出すさ。元々そのつもりでいたんだし」

 

 「あ、いや……いくらなんでも、それは悪いって。なんか……ホラ、一発ドカンと稼げるようなのとかない?カジノとかあるってきいたけど」

 

 「ギャンブル系……この店にあったっけ?シノン、お前覚えてるか?」

 

 装備を買いそろえる為の資金繰りから躓いたオレ達に呆れたのか、彼女は一つため息をついてから、店の一角を指さした。

 

 「あっちに一つ、あるわよ。けど、ギャンブルゲームっていうのは、お金が余っているときにスるのを前提にやるべきよ。この店のヤツだって、殆どインチキ臭い上に誰もクリアした事無いんだから」

 

 「行くだけ行ってみませんか?どういうのなのか、気になるんです」

 

 「……貴女がそう言うなら、まぁ、いっか。見るだけならタダだし」

 

 なんやかんやで案内してくれる彼女について行くと、ゲーム機と呼ぶにはあまりにも大きすぎる代物が、壁際の一角を堂々と占拠しているのが視界に映る。まず壁際に西部劇に出てきそうな小屋が鎮座し、その前でテンガロンハットを被ったNPCガンマンがリボルバー式の拳銃を弄びながら、挑発の意を持っているであろう英語を喚き、さらにその前には柵で囲われた細長い通路が続いている。その先には金属製のゲートがあり、スタート地点か何かのよう。そして小屋に視線をもどせば、屋根のどぎついピンクのネオンでUntouchable!(アンタッチャブル)の文字が書かれている。

 

 「どんなゲームなんです?」

 

 「えっとね……あのスタート地点から、奥のガンマン目指してダッシュ。ガンマンの射撃を避けながら、どこまで近づけるかを競うの」

 

 「報酬はどんな感じなんだ?」

 

 「料金が一回五百クレジット。十メートルで千、十五メートルで二千クレジットの賞金よ。で、もしガンマンに触れれば……今までプレイヤーが払ったお金が全額バック」

 

 「全額!?」

 

 全額バック、という言葉にキリトが目を見開く。えーっと、今プールされている金額は……

 

 「……三十万ちょいか。中々スゲェ金額だなおい」

 

 「だって無理だもの。八メートルを超えると、リボルバーのクセに滅茶苦茶速いインチキなリロードで三点バーストするのよ?予測線が見えた時には、もう手遅れって訳」

 

 うーん……キリトのアホみたいな反応速度なら、いけるか……?いや、いくらコイツでもまずは実際の様子を見てみないと―――

 

 「―――ほら、またプール額増やす人がいるわ」

 

 「丁度いいな。よく見とけよ?」

 

 「あ、ああ……」

 

 何とも都合の良いタイミングで、挑戦者が出てきてくれた。サングラスと寒冷地用迷彩の野戦服を装備した男が、ゲームに挑むらしい。仲間の声援を受ける内にカウントが減り、ゲートが開く。

 

 「ぬおりゃああぁぁ!」

 

 開始と同時に迷彩男はダッシュ。同時にガンマンもリボルバー拳銃を引き抜く。そして迷彩男は僅か数メートル程前進した辺りで、奇妙な体勢で急停止する。

 

 「な、何だ……?」

 

 キリトが疑問を抱いた次の瞬間、三発の銃弾が迷彩男の身体のすぐ近くを通り過ぎる。だが、迷彩男は被弾していない。

 

 「今のが防御的システムアシスト―――弾道予測線(バレット・ライン)。撃たれる側は相手の銃弾が何処に飛んでくるのか、赤いラインで視界に表示されるのよ」

 

 「はぁ、なるほど……」

 

 シノンが解説する間に、迷彩男は二度目の三連射を回避し、件の八メートルラインを突破する。賞金獲得まであと二メートルだが……NPCガンマンは何と空になったシリンダーへの再装填を僅か0.5秒ですませ、迷彩男の足元へ一発撃つ。咄嗟に迷彩男はジャンプして回避するが、それで体勢が崩れてしまった。

 

 「速っ!?」

 

 半秒リロードを見たキリトがそう声を上げた時にはもう、迷彩男は二発の銃弾を撃ち込まれてゲームオーバーになっていた。

 

 「ね?インチキでしょ、あのリロード」

 

 「しかも射撃のリズムも変則的になったな。あんまり左右に動けない上に、ほぼほぼ休み無しに三点バースト繰り返されるってなると……あの辺りが限界だよなぁ普通」

 

 (けど……ガンマンの目を見て、止まらず走れれば……オレでも手前くらいまでは行けそうだ……まーだなんかインチキありそうだけど……)

 

 相手の視線を辿るのは、旧SAO攻略組なら誰でも体得しているシステム外スキルであり、mobとの戦闘では敵の狙いを見切るための大きなアドバンテージだ。とはいえ銃弾の速度は普通の剣だの魔法だの弓矢といったファンタジー系の攻撃より圧倒的に速く、オレの場合は十数メートルみたいな至近距離では狙いが分かっても避け切れない。

 

 「予測線が見えてからじゃ遅い、って感じだな……」

 

 「いけそうか?」

 

 「ん、多分」

 

 悪戯を思いついたかのような笑みを返したキリトは、シノンの制止を聞き流してゲームに挑戦するのだった。




 最近になってこのすばにはまり気味

 にわか程度の知識しかないですが、あのギャグ時空に何故もっと早く出会えなかったのかと、少々後悔しています……今年映画あったとか知らなかった……


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九十二話 買い物と……

 新年、明けましておめでとうございます。今年もまたよろしくお願いいたします。


 キリト サイド

 

 「―――こんの……いい加減にしろぉ!!」

 

 そう叫びながら、NPCガンマンの脳天に渾身の踵落としを炸裂させる。本来ならば軽く触れる程度で十分な所なのだが、今の俺は幾分虫の居所が悪いためこうした。なぜならば、弾除けゲームのNPCの奥の手が、余りにも理不尽極まりないものだったのだ。そう、弾切れのリボルバー拳銃から、ノーリロードで六発のレーザー(・・・・・・・)をぶっ放すという、運営クリアさせる気ゼロだろ!?と言いたくなる反則技だ。

 弾道予測線(バレット・ライン)なるこのゲーム専用のシステムアシストではなく、カーディナルシステムにおける共通点からNPCの視線で狙いを読む事で攻撃を察知できた俺は現にクリアできたが、普通のGGOプレイヤーがこの洗礼を浴びていたら……穴だらけにされて、運営に猛抗議するんじゃなかろうか。

 

 「オーマイガァァァ!」

 

 一撃見舞った後にガンマンの前に着地すると、彼は両手で頭を抱えてそう叫んだ。直後に盛大なファンファーレが鳴り響くと同時に彼の頭上にある、プール金額が表示されたネオンが扉の如く開き、そこから大量のコインが滝となって流れてガンマンに降り注ぐ。咄嗟に飛び退ったので事なきをえたが、その頃にはもう、ガンマンはコインに呑み込まれていた。次いで賞金を獲得した事を知らせるウインドウが現れ、OKボタンを押すと周りのコインが消失。それでリセットされたらしく、NPCガンマンは何事もなかったかのように起き上がり、お決まりの挑発的なセリフを再び喚き散らした。

 

 (……こんなインチキゲームをやりたがる物好き、そうそういないだろ)

 

 多分ギャラリーの誰かが運営に文句を送り、全GGOプレイヤーがこのミニゲームに手を出さなければ……多少は難易度を下げてくれるか、別の内容のものに置き換わるかはするだろう。

 

 「お疲れさん」

 

 「ああ」

 

 そんな益体の無い事を考えながらクロトのもとへ戻りハイタッチ。軍資金は確保できたし、これで漸く買い物ができる―――そう思った時、もう一人の同行者の唇から、掠れた声が零れた。

 

 「あ、貴女……一体どういう反射神経しているの……?特に最後、目の前二メートルくらいからのレーザーを避けた……あんな距離だともう、予測線と射撃のタイムラグなんて殆どない筈なのに……」

 

 水色の髪を揺らして問い詰めてくるシノン。今の相棒ならば絶対に見せてくれない姿が新鮮に感じられ、’もっと驚かしてやりたい’などと沸き上がってきた悪戯心のままに、俺はにこやかに彼女へと告げた。

 

 「だってこの弾避けゲームって、予測線を予測する、ってゲームですよね?」

 

 「よ……予測線を、予測ぅ!?」

 

 可愛らしい叫びを上げたシノンのみならず、それを聞いたギャラリーまでもがあんぐりと口を開けて仰天するさまが何とも可笑しくて、俺はこみ上げてくる笑いを隠さずに歩き出した。

 

 「お前……ちょいとハメ外し過ぎだっての」

 

 「あっはは、偶には良いだろ?」

 

 唯一いつも通りの呆れたリアクションをする相棒に小突かれても、俺は暫く上機嫌のままだった。……までは良かったのだが。

 

 「―――なあ、このアサルトライフル?……ってやつ、こっちのサブマシンガンより口径が小さいのに図体がデカいのは何でだ?」

 

 銃の知識なんてからっきしな俺では、それぞれの違いなど分かる筈もなく……どの銃を選べばいいかという初歩で詰まってしまった。

 

 「あー悪い、オレも知らん。結局は個人の好みやこだわりに合うかどうかだし。直感でピンときたモンで……」

 

 「どうした?」

 

 「あったわ、お前のストライクゾーンど真ん中の武器」

 

 そう言って此方に手招きをする相棒。素直にその背中を追っかけて行くと、陳列棚の端っこまで案内された。

 

 「―――フォトンソード、つまりは剣だ」

 

 「け、剣!?」

 

 「おう、剣だ。……ま、ネタ装備だけどな」

 

 彼の言葉の意味に首を傾げていると、少し遅れて後を追ってきたシノンが怪訝な表情でクロトを睨んだ。

 

 「ちょっとあんた、自分のツレにそんな武器使わせるなんて正気?」

 

 「さっき見てたろ、コイツなら銃撃掻い潜ってぶった切れるって」

 

 こちらを気遣ってクロトにあれこれ言う彼女の意見はこのゲームのセオリーに沿ったものなのだろう。その厚意はありがたいのだが……この世界に馴染んでいる上で俺の事をよく分かってくれている相棒が薦めてくれているのだから、件のフォトンソードとやらが俺には合っているのだろう。先程のネタ装備という発言が妙に引っかかるが。

 

 「さっきのはハンドガンだったでしょ。普通の連中のメインアームは大体アサルトライフルやサブマシンガン……さっきよりも長距離から、フルオート射撃されたら蜂の巣になるわよ」

 

 「ま、まあまあ。こうして売っているって事は、それなりに使える筈ですよ。きっと」

 

 「……今のリスクを分かった上で、貴女がそう言うのなら、止めはしないけど……」

 

 心配そうに見つめる彼女に大丈夫だと微笑むと、俺はパネルを操作しマットブラックの塗装が施されたフォトンソードを購入した。何処からともなくすっ飛んできたロボ型NPCが持ってきた実物を受け取ると、右手に握って持ち上げる。

 

 「今親指のトコにスイッチあるだろ?それを上に動かせば刀身が出る仕組みだ」

 

 「……それってモロ被りじゃないか?某有名なリアルロボット作品とか、SF映画とかで登場する光の剣と」

 

 「まあな。えーっと、名前がカゲミツG4……Gって事はALOの長剣クラスか。良かったな、間合いは向こうと同じくらいだぞ」

 

 「詳しいのね。っていうかアルファベットに意味があるの?」

 

 「おう。数字がカラー、アルファベットがリーチを示していてな。Aから順に刀身が長くなっていくんだよ」

 

 今までの話の流れから察するに、かなりマイナーなカテゴリらしいこの武器について妙に詳しい相棒が気になるが……大方この世界に来たばかりの頃に、俺と同じように興味を惹かれて調べた事でもあるのだろう。つるんでから今日まで、殆ど同じVRゲームをやり込んできた訳だし。

 スイッチを操作すると、僅かな唸りを上げて光の刀身が現れた。長さは一メートル強と相棒の言葉通りで、断面は完全な円形。特に刃の方向性は無く、最悪刃筋を気にせず振るっても問題はなさそうだ。試しに『バーチカル・スクエア』を繰り出すと、圧倒的な軽さ故の慣性の抵抗の無さに少し違いがある程度で、それもその内慣れるだろう。

 

 「―――さて、次は牽制用のサブアームだな。残金幾らだ?」

 

 「えぇっと……十五万ちょい」

 

 「やたらと高いのね、光剣って……防具も考えると、ハンドガンかしら。BoBに出るから実弾銃、それも牽制用ならパワーよりアキュラシーの高いやつ……弾代だって残さなきゃならないし……」

 

 「光剣薦めたのはオレだし、最悪弾は何とかするさ」

 

 クロトの言葉に、シノンが不意に目を細めた。

 

 「P90使いのアンタの弾じゃ、互換性が無いじゃない。ハンドガンは基本九ミリ弾で、五・七ミリ弾を使うヤツなんて…………あったわね」

 

 「弾代は出すって意味で言っただけで……おいシノン、今’あった’つったか?マジで?」

 

 「ええ、FN・ファイブセブン。P90と同じFN製で弾を共有できるから、コイツに分けてもらえばいいわ。予算ギリギリだけどね」

 

 「じゃ、じゃあ、それにします」

 

 台詞の後半から、相棒より毟り取れと言わんばかりの笑みを浮かべる彼女の圧に押された訳では無いが、無知な俺が下手に意見するよりは素直に従った方が良いと判断したのでこちらも購入する。

 

 「あとは防具ね」

 

 「わかりました」

 

 防弾ジャケット、ベルト型対光学銃防護フィールド発生器等々の小物装備を購入したところで稼いだ金は殆どなくなってしまった。

 

 「―――うし、大体こんなもんだろ」

 

 「あー、クロト……」

 

 買い物を終えたつもりで外へと脚を向けかけた相棒に声をかけてから、恐らく人生で初めてになる頼みをコイツに聞いてもらうべきかどうか、葛藤する。普通に考えれば、彼に頼んで解決する望みは薄いのだから。しかしだからと言って、好意的であるとはいえ初対面のシノンに告げるのも憚られたので、やむなく目の前の少年に頼る事にした。

 

 「その……何か持ってないか?髪縛るヤツ……」

 

 「は……?あ、いや、そうか……そんな長髪してねぇもんな、いつもは。さっきからちょくちょく気にしてたみたいだったし」

 

 「……正直切りたい。バッサリと」

 

 今のストレートなままでは、激しく動いた時に邪魔に感じてしまう。先程の弾避けゲームならまだ何とかなったが、BoB中に気が散ってしまったら目も当てられない。

 散髪等の大きな髪型の変更は基本的にどのザ・シード規格のタイトルでも有料だ。GGOでの相場は分からないが、ALOと同程度とするならば、必要な課金が中々にお高い額になる。この姿でいるのが二日間だけという事もあり、課金するのは非常に勿体ないと感じてしまうのだ。

 

 「んー……ロープじゃ太すぎるし、ワイヤーは硬すぎて縛れねぇし……丁度いい紐あったっけ……?」

 

 とりあえずといった感じで自分のストレージ内を漁る相棒の様子から、多分希望に沿ったアイテムは無さそうだ。男のコイツがそんな物都合よく持っている方が珍し―――

 

 「……ブービートラップ用の紐ならあったぞ。耐久値が低いのが不安だが」

 

 「それでいいよ。無いよりずっとマシさ」

 

 ―――訂正。コイツ本当に頼りになる。ALOじゃケットシーだし、時々某猫型ロボットと同じくらいに便利なヤツだと感じるなぁ。

 

 「ほれ、使えよ」

 

 「ああ、ありが―――」

 

 相棒の手の上にオブジェクト化された細い紐を受け取ろうとして、しかし俺はその手を止められた。

 

 「待ちなさい!アンタ、いくら何でもガサツ過ぎるわよ!」

 

 「はぁ……またかよ。仕方ねぇだろ?手持ちにコレしかねぇんだから」

 

 我慢ならないとシノンがクロトを睨むが、当の相棒は好きにしろとばかりに肩を竦める。俺も何故彼女がここまでムキになってクロトに突っかかるのかが分からず、首を傾げるばかりだ。

 

 「貴女まで……いいから後ろ向きなさい!」

 

 「は、はい!」

 

 多分今のシノンには逆らってはいけない。その直感に従い、俺は彼女の言う通りに背を向ける。

 

 「―――全く……せっかく綺麗な髪なんだから、もうちょっと大事にしなさいよ……今ならシュピーゲルが’勿体ない’って言ってた時の気持ち、何となくわかった気がするわ……」

 

 「え、えーっと……?」

 

 背後でブツブツと独り言をつぶやく女の子の表情は窺えず、さりとて振り返って確かめる事もできない。親友へと助けを求めても、お手上げとばかりに首を横に振られた。

 

 (そりゃないぜ……)

 

 嘆きたくなった言葉を呑み込んでいると、二度、三度とシノンがこちらの髪を弄っているのが感じられた。上から下へとスーッと軽く引っ張られるような感覚から、多分手櫛でもしているのだろうか?初めての感覚で、何ともこそばゆい。

 

 「お洒落目的じゃないって言っても、あんなもので雑に済ませるのは論外だし……とりあえず私の予備でいいかしら?」

 

 「お、お任せします……」

 

 装備品に続いて二度目の丸投げ。だがこの方が丸く収まりそうだったので、言われるがままにしておこう。

 

 「貴女としてはとにかく縛っておきたいみたいだけど……どの位置で縛ってほしいの?上の方?それともうなじの辺り?」

 

 ……丸投げしようと決めた矢先に、こっちの意見が求められるなんて予想外だ。とはいえ答えねばならないので、ちょっとイメージしてみる。

 

 (上の方……リーファのポニーテールみたいな感じになるのか?あ、でも振り向いた時とか先の方が顔にかかりそうだな……)

 

 俺が見る限り妹の顔にあの長い金髪がかかるような事態に陥った事は無かったが、何かしらのコツでもあるのだろうか?下の位置で縛った方が無難かもしれない。

 

 「あの……下の方で、お願いします……」

 

 「そう、分かったわ……はい、もういいわよ」

 

 いうが早いか、シノンは手早く髪を縛ってくれた。お礼を言うべく振り返ると、彼女の白く細い指が鼻先へと突き付けられた。

 

 「貴女も貴女よ!あんなガサツ男に流されたままじゃダメ!そりゃ私だって人様のこと言えないかもしれないけど、さっきみたいな雑な扱いを受け入れるズボラな所は直しなさい!女の子(・・・)でしょ!!」

 

 「うぐっ!?」

 

 女の子。多分勘違いしているんだろーなー、とは感じていたし、そのままの方が後々おもしろ……いや、波風立たないで済みそうかなー、なんて半ば目を逸らしていた……いたのだが、こうして面と向かって言われると、良心の呵責が俺を苛んでいく。

 何よりここまで面倒を見てくれた以上、黙ったままでいるのは不誠実だろう。意を決して、俺は彼女に打ち明ける事にした。

 

 「あ、あの!今更ですけど俺、こういう者なんです!」

 

 歴代最高クラスの速さでメニューを操作し、自身のネームカードを実体化。上半身を直角に曲げてお辞儀しながら、取り出したカードを両手で差し出した。

 

 「え、俺………?それに、キリト……って、変わった名前ね。まぁでも、アイツとつるむから、そういう男っぽいロールプレイでもして、る……の…………」

 

 戸惑いながらも情報を咀嚼しようとしていた女の子の声が、途切れる。

 

 「うそ……お、男……!?そのアバターで!?なら……わ、私がした事って…………嘘でしょぉぉ!!」

 

 俺の性別を知ったシノンの二度目の叫び声が、周囲に響くのだった。




 六日からは仕事……ホント時間が経つの速いよー。休みが残り少ない……


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九十三話 エントリー

 クロト サイド

 

 キリトの性別を知った衝撃からシノンが立ち直って少しした頃。オレ達は漸くショップを後にした。

 

 「………」

 

 突き刺さる彼女の非難の視線をつとめて無視し、一つ伸びをする。確かにキリトを男だと明確に紹介した訳では無いが、逆に女だと嘘をついてもいないのだ。向こうが勝手に突っかかり、相棒にあれこれと世話を焼いたのだから、オレが攻められる謂れは無い………筈。

 

 「ま、まぁまぁ!買い物は済んだんだし、早く総督府って所に行こうぜ!締め切り時間もあるんだろ?」

 

 「ああ、そーいやそうだった………な……!」

 

 キリトに言われて確認した時刻は、十四時五十一分。BoBエントリーの締め切りは十五時だから―――

 

 「やべぇ、あと十分もねぇぞ!」

 

 「へ?」

 

 「なんですって!?」

 

 目を瞬かせるキリトと、表情を青ざめさせるシノン。が、どちらも次の瞬間には立ち直り、オレ達は揃って駆け出した。

 

 (クソッ!闇風ぐらいのAGI特化型でもなきゃ、どんだけ走っても間に合わねぇ……!何か―――)

 

 冷静に現状を分析する思考と、それでも手段を探しながら走り続ける体。その後ろで聞こえるのは、GGO内における瞬間移動についてキリトに説明するシノンの声。ALOでは高価とはいえ手軽にテレポートできる転移結晶や、高速で飛翔できる翅がある故に時間ギリギリでも結構何とかなっていた。

 しかし死に戻り以外では自らの脚で移動せねばならないGGOでは、常に現在地と目的地までの距離及び道中の地形、それらから導き出される移動時間を把握しておかなければ、遅刻してイベント等に乗り遅れたりそもそも参加できなかったりするのだ………今オレ達が直面しているように。

 

 「―――エントリー手続きに五分はかかるから……あと三分で着かなきゃ……!」

 

 ショップ内でのつっけんどんな態度を取る暇もないのか、だんだんと後ろのシノンの声が悲痛な色を帯びる。

 

 ―――もう間に合わない。今回は諦めよう。

 

 その言葉を吐き出し、この足を止めて楽になるのは簡単だ。

 あくまでオレとキリトの目的は死銃(デス・ガン)の調査であり、BoB参加は手っ取り早く名を上げて向こうから標的として接触してくるのを待つ為だ。別にBoBに出場できなくても、他の手段を取ればそれでいい。一応オレが標的となりうるレベルのトップ層にいる訳だし、最悪オレをダシにした囮作戦とかやりゃ済む。

 シノンだって、今回のBoBが最後な訳ではないのだから、今回がダメでも次の機会を狙えばそれで済む筈だ。単にVRゲーム内で開催される、対人戦型イベントの内の一つ。そう割り切って。

 だが……

 

 (―――たかがゲーム(・・・・・・)……そうやって立ち止まる訳には、いかねぇよな!!)

 

 もう一つの現実(リアル)として足掻き、生き抜いたSAO。その記憶が、ゲームだから諦めてもいいなどという考えを真っ向から打ち砕く。

 

 「乗り物だ!何でもいいから乗り物を探せ!」

 

 ファンタジー系のタイトルと違い、このGGOには普通の自動車等の乗り物が存在する。それがあれば、まだ間に合う……!

 

 「あれだ!左の看板!」

 

 通行人を避けながら走る最中、キリトが叫ぶ。瞬時に左側に並ぶの看板たちに視線を走らせると、その中から「Rent-A-Buggy」なる表示を見つけた。レンタカーのバギー版、という解釈で多分あっているだろう。看板の下の駐車スペースには、三台の三輪バギーが並んでおり、ただの飾りという訳では無さそうだ。

 

 「でかした相棒!」

 

 希望が見えたオレ達は、すぐさま進路を左へ変更してレンタバギーの駐車場へ飛び込んだ。二人乗りらしい三輪バギーの前側はバイクと同型で……

 

 「うげ……コイツまさか!?」

 

 勢いよくシートにまたがるまでは良かったのだが、操作方法が現実世界(リアル)では衰退しつつあるガソリン車両、それもオートマチックでは無くマニュアル車だった。大半のプレイヤーが乗りこなせない仕様だからこそ、今こうして残っているのだろうが……表情が引きつるのは止められなかった。

 隣の車両にシノンと共に乗り込んだキリトが、迷わず掌紋パネルに手を叩き付けて叫ぶ。

 

 「前にマニュアル車限定のレースゲームやっただろ!それと同じだ!!」

 

 「二カ月も前だぞソレ!」

 

 「お前ならできる!行くぞ!!」

 

 「え、きゃぁ!?」

 

 無責任な信頼の言葉を残し、相棒は前輪が浮く程の急発進で道路へと飛び出す。一人残されたオレだったが、運転しないという選択肢は無い。どうしたって相棒の信頼を裏切れない己の性分を恨めしく思いながらも頭をかく。

 

 「ああもう……クソッたれ!」

 

 殆どやけっぱちで掌紋パネルに右手を置く。すると場違いなほどに軽快なサウンドと共に精算が行われ、三輪バギーのエンジンが唸りだした。記憶の片隅から何とか引っ張り出した手順で操作すると、相棒に倣うようにオレが乗る三輪バギーも急発進した。

 道路上を走る様々な車両から時々クラクションを鳴らされながらも、それらの間を縫うように右へ左へ躱して走り続ける。既にスロットルは全開で、速度も可能な限り最高レベルを維持する。やがて車両二台分の先に相棒達が乗るバギーが視界に映る。目的地は同じだが、姿が見えるに越した事は無いとオレは無我夢中で彼等を追いかけ続けた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 オレ達は三輪バギーをドリフトさせて総督府前に停車させると、半ば乗り捨てるようにして建物内に飛び込んだ。

 

 「良かった……ギリギリ間に合いそう」

 

 安堵したのか表情から幾分硬さが無くなったシノンがそう呟き、端末まで一目散に駆けていく。追随するようにオレとキリトも走り、彼女の横の空いている端末の前に滑り込む。

 

 「BoBエントリーボタンがそこだ。わかんねぇ事があったらすぐ言えよ、余裕ねぇんだからな」

 

 「お、おう」

 

 残り時間はあと三分程。自分のエントリーボタンを押すと、画面が切り替わる。前回と同じようにリアル側の入力欄をスルーし、決定ボタンをタッチ。すると無事に参加を受け付けた旨と予選トーナメントの日時、そして割り当てられた番号が表示された。

 

 「な、なぁ、この賞品って……」

 

 「止せ、お前も実家暮らしだったろ。家族にバレたら気まずくなるぞ?」

 

 「……そう、だな」

 

 重度のネットゲーマーであるキリトは、恐らく賞品の誘惑に揺れているのだろう。だが悲しいかな、BoBの賞品においてゲーム内で実用性のある物はほぼ存在せず、現実世界(リアル)で受け取れるのもライフルやハンドガンの違いこそあれどモデルガンくらいだ。通常プレイでは入手不可な特典を受け取れるプロダクトコードや、SAO・ALOのボス戦で手に入ったLAB(ラストアタックボーナス)のような高性能アイテムは一切無い。

 

 「いいから参加しろ。一分切ったぞ?」

 

 「へーい……」

 

 賞品について説明する暇が無い為一蹴したが、その分彼は未練がましい声を上げてエントリーを済ませる。

 

 「お前は……Fブロックか。オレはGブロックだから、当たるのは明日の本戦だな」

 

 「無事に勝ち上がれれば、だけど」

 

 「できるさ。お前なら」

 

 二人揃って軽く笑い、互いの拳をぶつけ合う。

 

 「あら、二人とも私なんて眼中に無いって事かしら?」

 

 キリトの隣の端末を使っていたシノンが、闘志を宿した不敵な笑みを浮かべる。彼女につられたのか、キリトもまた同様に片頬を釣り上げた。

 

 「そんな事は無いさ、シノン。君には色々世話になったし、当たった時は全力で相手するさ」

 

 「へぇ……なら今日、後でもう一つ教えてあげるわ―――敗北を告げる弾丸の味を、ね」

 

 シノンの強気な発言からもしやと思い彼女の端末を覗くと、そこにはキリトと同じFブロックの表示があった。

 

 「お前がFの十二番、キリトが三十七番……当たるのは決勝戦か」

 

 「そういう事。そして明日こそは、アンタに風穴開けてあげるわ」

 

 勝気な笑みと共に拳銃を真似た右手を彼女から向けられ、オレ達もまた闘志を奮い立たせられる。

 

 「真剣勝負のお招きとあらば、参上しない訳にはいかないな」

 

 「おう。そう簡単に負けるつもりは無ぇよ……さぁ、会場へ行こうぜ。後は互いの得物で語ろうか」

 

 ニヤリと笑みを返し、地下へと向かう為のエレベーターに足を向ける。広いホールを横切ってエレベーターの前まで歩くと、迷わず下降ボタンの押す。すぐさま開いたドアの中へ三人共乗り込むと、地下二十階のボタンを押した。

 

 「こっから先は対人戦特化のゲーム廃人どもの巣窟だ。気を引き締めろよキリト」

 

 「あ、ああ。分かっているさ」

 

 相棒に一応は注意しておくが、果たしてどれ程効果がある事やら。記憶の限り、今年の春にALOが新体制に移行して以来、キリトが対人戦をこなしてきた事は殆ど無い。そのブランクがどれ程プレイヤー相手の戦闘に対する勘を錆びつかせているのか……一抹の不安が残る。そりゃ大抵の連中相手なら、アバタースペックでゴリ押しでも遅れは取らないと思うけどな。今の相棒のアバター、『Kirito』はSAOからスペックを引き継いで使い続けてきたデータだし。

 ALOリニューアルの頃に、「SAO(あのせかい)キリトとクロト(おれたち)の役目は終わったんだし、アカウントだけ残してキャラデータをリセットしないか」と相談された時……折角のデータを消すのが勿体ない、という気持ちも幾らかあったが、それ以上に「あの時登れなかった七十六層から百層までクリアするまで、役目は終わってないだろ」という気持ちが強かった。

 例えもう命懸けではない、普通のゲームの舞台になったとしても……あの鋼鉄の浮遊城で、オレ達は本当に’生きていた’のだから。今度こそ百層まで上り詰めるまで、SAO(あのせかい)キリトとクロト(おれたち)の役目は……冒険の旅は終わらないと、そう説得した事は今でもよく覚えている。

 SAOでのオレ達の最終レベルは百近く……今のGGOのレベルキャップよりも遥かに上だった。相対的な数値にパラメーターが調整されているとはいえ、STRとAGIしかステ振りできなかった以上、キリトのそれはこのゲーム内のカンストしたSTR・AGI型として完成されている筈だ。あとはそのスペックを十全に発揮できれば……向かう所敵なし、にはなれるだろう。心配はしているが、信頼もしている。きっと相棒なら、大丈夫だ。

 

 「―――行くぞ」

 

 エレベーターが目的の階に到着し、ドアが開いた。一階とは打って変わって最低限度の照明しかないこの待機ホールには案の定、BoB予選参加者達がひしめいていた。彼等から醸し出されるベテランPvPプレイヤーの威圧感と、こちらを探ろうと貪欲にギラついた視線が一斉に浴びせられる。

 だがこちらとて、前回同じ目に遭っているのだ。事前に覚悟していたオレは、逆に連中を観察しながら歩き出す。その後ろでキリト達の足音がするのを確認しながら、奥の更衣室へ向けて歩みを進める。

 

 (軽装、サブマシンガン……軽装、アサルトライフル……重装、マシンガン……アーマー無し、ショットガン……ブラフか……?)

 

 AGI型万能説のミスリードの影響で速度特化のプレイヤーが多いのは予想通りだが、もちろん中にはそこから外れた連中だっている。彼等が今身に着けている装備がブラフの可能性も十分にあり得るが……所持重量に余裕がないAGI型は偽装用の武器を持ち歩く分の空きがあるとは思えない。銃本体だって決して軽くはないのだし、その分メインアームの弾丸に割いた方がいい筈だ。前回大会で見かけた顔ぶれもある訳だし、そういった連中は流石に戦闘スタイルの変更ができているとは考えにくい。

 歩き続ける途中で、威嚇のつもりか手持ちの銃を甲高く排莢してみせる輩もいたが、努めて無視する。いちいち相手につけ入る隙を見せるつもりは無いからな。

 

 「ここが更衣室。丁度三つ空いているから、この中で防具だけ装備して来い」

 

 「防具だけ?」

 

 「大会開始三十分前からメインアームを晒すつもりか?対策してくださいって言っているモンだぞ」

 

 オレの言葉に頷いた相棒が更衣室の一室に入るのを確認してから、自分もまた隣のドアを開ける。

 

 「じゃあな、シノン」

 

 「ええ、次は本戦で」

 

 互いに相手を打ち負かす意志を宿した視線を交わし、それぞれの更衣室へと入る。

 

 「……さて、オレも予選落ちしねぇように頑張るか」

 

 さんざん先輩ヅラしておいて、アッサリ負けましたー、などという事態になったら目も当てられない。それに前回とは違って、先程から僅かながらイヤな予感がするのだ。その原因は全くもって分からないが、いつも以上に気を引き締めなければ……何か取返しのつかない事になるかもしれない。

 

 「キナ臭くなってきたな……」

 

 そう一人ごちると、気を取り直して自らの着替えを済ませる。とりあえずキリトから離れないようにしようと決めて、部屋から出るのだった。




 ファントム・バレット編、今年中に完結させたい……できるか分からないですけど(苦笑)


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九十四話 予選

 普段より短めですけど、個人的にキリがよかったので。


 クロト サイド

 

 ―――キリトの様子がおかしい。

 

 予選が始まるまでは何ともなかった。だがオレが一回戦を十分足らずで終え、待機エリアに戻ってきた時……先に戻っていた彼は、尋常じゃないレベルで何かに怯えていた。もちろんそれが分かった瞬間オレはアイツの傍に駆け寄って声をかけたし、彼も少し安心した様子で小さくため息をついた。

 何があったか、などと聞ける状況ではなく、宥めようと彼の背中をさすると、縋る様に手を握られた。

 

 ―――けれど、その手はひどく冷たかった。

 

 他人の為に時に剣を振るい、時に誰かの手を握り、時に傷付いた者の心を癒してきた彼の手とは思えない程の冷たさに驚愕した。だが間の悪い事にオレの二回戦の相手が決定したらしく、相棒を置き去りにする形で次の戦場へ駆り出されてしまった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「―――あぁクソッ!」

 

 一分間の準備時間のカウントダウンが進む様子ですらもどかしさを感じる。急いでカタをつけ、キリトの傍に戻らなければ。

 

 「キリト……!」

 

 相棒を案じて心が焦る一方で、戦闘用の思考は対戦相手の名前を確認した瞬間から警鐘を鳴らしている。下手を踏めば一撃でこちらの敗北が決まる、その相手の名は……爆魂(ばくこん)

 グレネード狂いの変態で悪名高く、火薬式・プラズマ問わず大小様々なグレネードのみを武装とし、瞬間的破壊力ならばGGOではトップクラスと認知されている男だ。動きは鈍重かつ紙装甲だが、目標地点まで正確にグレネードを投擲するその強肩は、STR一極ビルドで得た高い筋力値と本人のプレイヤースキルのみで成り立っている。

 つまり居場所を特定されたら最後、当たれば即HP全損するグレネードたちが延々と投げ込まれ続けてジ・エンドだ。

 やがてカウントダウンがゼロになり、戦場となるフィールドへと転送される。視界に広がったのは廃墟と化した旧市街地で、崩れかけた鉄筋コンクリート造のビルが乱立していた。

 

 (ヤツの位置……足音は……!)

 

 開始早々に手近なビルに駆け込み、二階に上がって身を顰める。そのまま耳を澄ませ、パターン化された音源を意識から排除する。

 SAO,ALOではヤタによって付与されていた索敵スキルの様な、遮蔽物越しでも一定範囲内のプレイヤーやmobを自動で検出してカラーカーソルを出現させてくれる便利なスキルはGGOに存在しない。キチンと相手を視認した事がシステムに認められて初めて相手のカラーカーソルが出現し、最後に視認してから認識情報がリセットされるまでの一分間は相手からの銃撃に弾道予測線(バレット・ライン)が出現する。この仕様故、プレイし始めた頃は先駆者たちにカモられていた。だが他のタイトル以上に必死に襲い掛かる―――主に通貨還元システムのせい―――彼ら彼女らと戦ううちに、とある声が内側から聞こえてきたのだ。

 

 ―――この必死さを忘れるな。楽しむ余裕のない、生き抜くためだけの闘いの日々を……あの殺戮の感覚を……

 

 それからはSAOで培ってきたシステム外スキルやプレイヤースキル、経験等を総動員して戦場を駆け抜け、這い上がってきた。今でこそこうして上位プレイヤーとして認知されるようになり、真剣勝負を楽しめる余裕が出てきたが……元々はどのタイトルよりも必死なプレイヤー達がひしめくこの世界で、少しでもSAOの頃の感覚を維持する事が目的だったのだ。

 轟音が耳朶を打つ。左手側……九時方向のそう遠く無い場所に、グレネードが投げ込まれたようだ。続いて二度目の爆発音。今度は若干近づいた。

 

 (あてずっぽう……いや、しらみつぶしか……!直感だけでこの辺りに見当つけたか……マジで情報通りセオリー無視するよなぁ、あのド変態!?)

 

 爆発こそ至高!と公言して憚らない彼は高難易度ダンジョンのボス攻略で傭兵として雇われる事がしばしばあるが、とにかくグレネードをぶち込めればいいらしい彼は連携もクソも無くひたすらグレネードを投げ続ける。しかもやたらと直感が冴えており、ヤツがグレネードを放り込んだ部位は九割近く弱点だった事で有名だ。

 次々と投げ込まれるグレネードの爆発音は段々とこちらに近づいており、このままではオレが潜んでいるこの廃ビルもワンフロア毎に爆破されるのは目に見えている。

 

 (打って出るしかねぇって事かよ!)

 

 本来なら足音等で相手の位置を特定し、背後から強襲するつもりだったが……仕方がない。タイミングを計り、爆魂がグレネードを投げたであろう瞬間にあわせて窓から飛び出す。爆発が続いていた九時方向を睨むと、およそ百メートル先の交差点に立つ偉丈夫の姿があった。

 

 (思ったより近い!)

 

 情報通りなら、ヤツは最大二百メートル先まで正確な投擲が可能だ。そう考えれば有効射程の半分まで、向こうから近づいてきてくれていたようだ。しかも狙った通り投擲したばかりの姿勢。向こうもこちらを捕捉しただろうが、次弾を投げるまで多少の時間がある。

 

 「くっ!」

 

 身体を投げ出すように転がって着地の衝撃を逃がすと、すぐさま起き上がって駆け出す。しかし向こうも何百何千と繰り返してきた動作なのだろう、焦ることなく、しかし迅速に次のグレネードを振りかぶっていた。

 

 (速い……!?)

 

 こちらに飛来するソレは、通称デカネード……通常よりも大型のプラズマグレネード。今走っている道路の幅的に、地上を走っていたらダメージ範囲から逃れられない……!

 

 ―――なら……地上にいなけりゃいいんだろ(・・・・・・・・・・・・・)

 

 デカネードの爆発の直径はこの道路より少し大きい程度であり、壁際かつ数メートル上に上がればダメージ判定のある範囲は避けられるのだ。朽ちかけたビルたちであっても、足場がわりにできない程劣化してはいない。ならばそこを走ればいい。

 地を蹴る。走るのではなく跳ぶ。既に速度は充分に出ている。鍛え上げたステータスと軽業(アクロバット)スキルの恩恵により、オレの体は瞬く間に地表三メートル程の高度でビルの壁面を駆ける。その頃にデカネードが地面を転がり、爆ぜた。ダメージ判定こそ無いものの、強烈な爆風が体を揺らす。だがそれも半ば根性で耐え、失速する事なく地上へと降りて走り続ける。

 システム外スキル、壁走り(ウォールラン)を知らないのか、視界の先で爆魂は珍しく目を見開いていた。とはいえ向こうもグレネード狂いの変態とはいえ、ベテランプレイヤーの一人。動きが止まったのは一瞬のみで、もう次のグレネードを手にしていた。彼我の距離は五十メートルを切ったが、生憎とオレの射撃精度は低い。この距離でP90を一マガジン分……五十発フルオート射撃しても、数発当たれば御の字だ。器用さや正確さ等の射撃精度を向上させる項目にステ振りしていない為、完全に自分のプレイヤースキル頼りになる。

 SAO、ALOでオレが弓を射ってきた時の射程距離がおよそ二十~三十メートルで、離れても四十メートルちょいが限界だ。だからもう少し近づかなければ。

 

 「ウソだろ!?」

 

 その選択が、爆魂にもう一度攻撃の機会を与えてしまった。そのチャンスを逃すまいと思ってか、ヤツは何とプラズマグレネード……それも三つが紐でくくられた代物を放ってきやがった。今度は道路の中央ではなく、オレが寄っている右側に向けてだ。また右の壁を走っても爆風からは逃れられないし、左側へ移ろうにも間に合わない。

 

 (キリト……!)

 

 何かに怯え、憔悴していた親友の姿が脳裏をよぎる。こんな……こんな所で、オレは―――負けられない。

 

 ―――知覚していた熱量が消える。同時に己の中で何かが切り替わる。

 

 感情を捨て、暗く冷たい思考を広げていくこの感覚を、かつては化物と恐れ……忌避していたが、自分の内側の声に追い立てられるようにこの世界で戦う内に馴染み……今では手札の一つとして使えるようになった。恐れる心は消えずとも、禁忌だと決めつけて逃げる訳にはいかない。

 躱せないならば迎撃するしかない。しかし自分の射撃精度では確実に撃ち落とす事は不可能。ならば―――

 

 ―――銃以外で落とせばいい。

 

 左手が閃く。サイドアームとして短剣代わりに腰に帯びていたナイフを抜くと、迷う事なく投擲する。何も投擲は相手の専売特許ではない。SAOで極めた投剣スキル……その過程で培った経験と感覚は、今でも息づいているのだから。

 投げられたナイフが一直線に飛翔し、緩い放物線を描いて飛来するグレネードの内の一つへと狙い通り突き刺さる。

 

 「何ィ!?」

 

 驚愕から爆魂が叫ぶ声が聞こえた気がした。一応ナイフを投げた瞬間、自分にブレーキを掛けたのだが……かなりギリギリまで爆発の有効範囲に近かった為、爆発の轟音に、オレの聴覚は一時的に埋め尽くされたからだ。幸い視覚は寸前で片腕を翳して耐えられたので、スリングで吊っていたP90を構える。

 視界が開けた時、オレと爆魂との距離は三十五メートル前後だった。本来ならまだ危ういが、それでも―――

 

 (当てる……!)

 

 表示される着弾予測円(バレットサークル)の直径が大柄なヤツの背丈と同じくらいになった瞬間に引き金(トリガー)を引く。

 高いAGIによる速射性能……照準してから着弾予測円(バレットサークル)の拡縮が安定するまでの時間の短さと、フルオート射撃時の銃身の跳ね上がりを無理矢理抑え込めるだけのSTRが、攻撃面におけるSTR・AGI型の強みだ。このP90は連射性能に秀でており、毎分九百発―――一秒で十五発、つまり一マガジンを三秒ちょっとで空にする。

 構えた銃から吐き出された弾丸たちはその半数程が爆魂の傍を通り抜け、さらに十数発がその身を掠めるだけで、直撃と呼べたのは胴体周りの七、八発程度だった。

 

 ―――だがしかし、ヤツはグレネード狂いの変態。安価な代わりに誘爆の危険が付きまとうプラズマグレネードを他のグレネードと共に体中のあちこちに括りつけている程の。

 

 当たった弾丸の一発がそうやって剥き出しで括りつけられたプラズマグレネードを撃ち抜き、誘爆。当然体中の他のグレネードも連鎖爆発を起こし―――

 

 「爆発サイコォォォォオオオ!!」

 

 ―――文字通り大爆死した。爆発に生き、爆発に死ぬ。それが爆魂の謳い文句だと情報を仕入れた時、前半はともかく後半はアホか?と真偽の程を疑ったものだ。意識が切り替わり、冷たかった体に熱量が戻っていく中、こうして対面して思った事が一つ。

 

 「一生理解したくねぇ……」

 

 この一言に尽きた。一発でも被弾したら即自爆する危険性を分かっていながらも全身にグレネードを帯び、敵や自分を爆殺する。そんな彼のプレイスタイルはオレには全くもって共感できないが……ある意味アイツは全力でこのゲームを楽しんでいるのだろう。他人に迷惑をかけないでいる内は、干渉すべきじゃない。というかしたくない。

 

 「……いや、それよりキリトだ」

 

 いつまでも倒した相手に気を取られている余裕は無い。相棒が急変した原因を聞きださなければ。フィールドから転送される最中、逸る心で彼を心配する。

 

 「無事でいてくれよ……」

 

 その呟きは、荒廃した街に消えていくだけだった。




 レンのP90とか闇風のキャリコとかちょっとネットで調べてみましたけど……ヒェッ!?ってなりました……軽すぎない?

 弾丸装填済みのP90が約三キロ……予備マガジン六個ぶら下げても合計六キロ……レンみたいなAGI型でもストレージ内に七~八キロくらいは入るのかな……?

 キャリコに至っては二キロ未満とか……下手な刀剣より軽いのでは……?本物の刀剣類の重さ知らないですけど。


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九十五話 剣と銃

 連日続く新型コロナウィルスのニュースを見る度に、とっととおさまってほしいと思う今日この頃です。


 クロト サイド

 

 爆魂を下し、再び待機エリアに戻ってきたオレは、訝しむ周囲のプレイヤー達を無視してキリトの姿を探す。しかし彼を見つけたのは中継映像の中……つまり声の届かぬバトルフィールドだった。そのまま幾何もしないうちにオレも次の試合になり……すれ違ってばかりだ。

 

 ―――邪魔するな……!

 

 そんな苛立ちをぶつけるように、音声で相手の居場所を特定後は最低限致命弾を避けるのみの三次元機動で突撃し、近距離でのフルオート射撃で撃ち抜くという強引な手段で勝ち進んでいく。合間で見た相棒の姿はまさに鬼気迫る勢いで、先程の怯えた姿と合わさり、まるで何かを振り切ろうと独りでもがいているようにしか見えない。

 結局オレ達が再び待機エリアで顔を合わせる事ができたのは、互いに決勝戦まで勝ち進んだ後だった。

 

 「―――キリト!」

 

 「あぁ……クロトか……お前が、ここにいるって事は……お互いに明日の本戦には出られるって訳だな……」

 

 戦闘中の荒々しさは鳴りを潜め、力無く薄い笑みを浮かべる相棒。その姿は今にも砕けそうに脆く、儚い。

 

 ―――ダメだよ、君が……君達がこんな所に残ってたら。ちゃんと……現実世界(むこう)に帰らないと

 

 アインクラッドから解放される直前の彼の言葉が、あの夕陽に溶けてしまいそうな半ば透けた姿が、微笑みが脳裏に蘇る。彼に寄り添う少女(アスナ)はここにおらず、支えとなる家族(ハルやリーファ)もいない。今キリトの傍にいるのは―――オレだけだ。

 

 「一体……何があった?」

 

 シートに座り込む相棒の両肩に手を置き、目線を合わせるように正面にしゃがむ。

 

 「……悪い、少し……待ってくれ」

 

 オレの右手に冷たい手を乗せ、深呼吸する相棒。彼が話そうとするまで根気よく待つと、しばらくしてその唇が動き出した。

 

 「死銃(デス・ガン)に……会った……」

 

 「そうか」

 

 彼が告げたのは、それだけだった。けれど重ねられた手の震えから、キリトの様子がおかしくなった原因がその死銃(デス・ガン)である事は間違いない。しかし、精神的に不安定な今の相棒に必要なのは、安心して寄りかかれる存在だ。ここでオレが取り乱したり、詳しく追及したりするのはダメだ。

 

 (死銃(デス・ガン)は何をした?何を告げた?ヤツは一体……何者だ……?)

 

 僅かな時間でキリトの心をここまで憔悴させた死銃(デス・ガン)。ヤツへの警戒を引き上げる一方で、オレは努めて穏やかな声色で語り掛ける。

 

 「よく頑張ったな」

 

 「え……?」

 

 少女然としたその顔にあったのは、困惑と僅かな安堵の色。

 

 「お前は独りじゃない。もう、独りだけで背負わなくていいんだ」

 

 「あ……お、俺……また……」

 

 「無理すんなって。詳しい話は後でいい。次の試合までは、こうしているからさ」

 

 「……あり、がとう……」

 

 幾分か安堵の色合いが増した相棒に頷いて見せると、彼の華奢な肩から力が抜けていくのが感じられた。

 

 「次の相手はシノンだな。真剣勝負の約束、してただろ?」

 

 「ああ、そうだったな……最後の勝負、頑張ってみるよ」

 

 怯えの色はまだ残っているものの、その瞳にはしっかりと光が戻っていた。この様子なら、きっと大丈夫だ。そうホッとしたのも束の間で、お互いの体が光り出す。どうやら決勝の相手が決まったようだ。

 

 「行ってこい、相棒(キリト)!」

 

 「お前もな、相棒(クロト)!」

 

 眩い輝きに吞まれていく視界の中で最後に見えたのは……器用に片頬を釣り上げる、いつものニヤリとした笑みだった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 シノン サイド

 

 準決勝の相手であるスティンガーをハンヴィーのガラスごと撃ち抜いた後、表示された決勝の相手を見て……私の胸中にあったのは’やっぱりか’という感情だった。フルオート射撃を光剣で防御する等という、字面だけ見ればバカとしか言いようのない事を平然とやりとげ、次々とトーナメントを勝ち上がっていく彼ならば……ここまで勝ち上がって来てもおかしくはないと思っていたから。

 

 (ここでアイツ(キリト)を撃ち抜いて……次にあのいけ好かない男(クロト)を仕留めて……あいつらの強さを越えたと証明できれば……!)

 

 あの忌まわしい記憶を乗り越える為の強さが、手に入るかもしれない。あの二人の強さは、他の連中とは何処か違う……別種の力を感じるから。そんな真偽のあやふやな直感を信じて。

 短い浮遊感を経て、転送されたフィールドを確認するべく周囲に視線を巡らせる。正面から赤みがかった光を注ぐ夕陽に照らされた、一直線のハイウェイ。その路上には大小様々な車両が存在し、キリトがいるであろう反対側まで見通す事はできない。

 けれどこのフィールドは今私が立っている高速道路から降りる事ができない為、実質細長い一本道になっている。中には大型車両もある筈で、そこに陣取る事ができれば私達スナイパーには有利だ。

 

 (……あった!)

 

 前方には誂えたかのように大型の観光バスが投棄されており、半開きになったドアから車内の二階へと駆けこむ。フロントガラスも健在。これならスコープレンズの反射光が見つかる事も無い。

 

 (勝てる……!最初の一撃で……必ず殺す!)

 

 望む限り最高峰の狙撃ポイントで、素早く伏射姿勢をとった私はキリトの姿を探すべくスコープレンズを覗き込んだ。だけど向こうも私の狙撃を警戒している筈で、そう易々と姿を晒すとは思えなかった。それは私も織り込み済みで、今までそうしてきたようにチャンスを待ち続ける。

 彼に勝利する事をかつてない程に渇望する自分に少々驚き、私の胸の中で名状し難い感情が頭をもたげる。何故他の誰でもなく、今日出会ったばかりの彼にそこまで拘るのか。

 

 (哀れみ?同情?それとも、共感……?)

 

 ヘカートⅡを握る手から、僅かな時間力が抜ける。この期に及んで、私はアイツを倒すべき敵と認識しきれていないの……?

 

 (いいや違う!私の傷を……あの忌まわしい罪を受けとめてくれる人なんかいない!分かってくれる人なんか……いる筈がない……!ましてやあんな……隣で支えてくれる人なんて……)

 

 脳裏に蘇るのは、シートでガタガタと震え、小突いた私の手を縋るように掴んできたキリト。そしてそうなる前の……手を握って背中をさすり、何度も彼に呼びかけるクロトの姿。

 あの光景が、気を抜いた瞬間に何度も何度もフラッシュバックする。まるで私の心が、記憶に焼き付けんとするかのように。

 

 (羨ましい……?寄り添ってくれる人が欲しいって……弱い私(詩乃)が、そう感じているの?)

 

 それこそ甘えだ……!もう何度も裏切られてきた筈なのに。自分には決して手に入れられないモノだと、とうの昔に諦めた筈なのに―――!

 唇を噛み締め、(かぶり)を振る。弱音を吐く自分ごとキリトを撃ち抜く意志で再びスコープレンズを覗き込み……動く影を見つけた。

 

 「な……!?」

 

 一瞬、狙撃手(スナイパー)としての矜持を忘れて絶句する程の衝撃を受けた。だって……だってキリトは、隠れる事無く堂々と歩いていたのだから。

 

 (私の狙撃なんて、いつでも躱せるって事……!?)

 

 沸き上がる激情のままにスコープの倍率を上げ、彼の詳細を確かめる。顔は俯いてこそいないが、とても周囲を警戒しているようには見えない。その足は一歩、また一歩と踏みしめるようにゆっくりと進み、だらりと下がった右手にはスイッチの入っていない光剣の柄が握られていた。その姿から、アイツがこの勝負なんてどうでもいい、と考えているのだと判断して……激情が怒りの色に染まった。

 

 「ふ……ふざ……!」

 

 ふざけるな。その怒りのままに引き金(トリガー)に指をかける。表示された着弾予測円(バレットサークル)は大きく拡縮し―――突如キリトが立ち止まり、スイッチを入れた光剣を構えた。

 

 (嘘……気づかれた!?そんなまさか……!)

 

 キリトの視界に弾道予測線(バレット・ライン)が存在する訳がない。まだ彼我の距離は四百メートル程もあるのに。何より彼が私を視認するチャンスは一度も無かった。

 

 (まさか……あの時と同じなの……?クロトも、アンタも……私の気配が分かったっていうの……?)

 

 システムを超越して、見えぬ相手の存在を感じ取る。そんな信じ難い出来事が目の前で起こっていると知覚した瞬間、私の怒りは冷水を浴びせられたかのように冷めていく。

 スコープレンズ越しに見えるキリトの双眸には静かな闘気が揺らめいていて、それを見て漸く理解できた。彼は私との勝負を投げ出してなんかいない―――その逆だった。ただ歩いていたのは、システムに頼らず私という存在を探し出す事に集中する為。隠れなかったのは、私の闘志や殺気を正面から受け止める為……!

 

(なら……ならもし、ここでキリトに勝てれば……私は絶対に強くなれる……!今度こそ、乗り越えられる……!)

 

 やはり彼は、私には無い強さを持っている。本当に私に気付いているというのなら―――

 

 (この一射、凌いで見せろ……!)

 

 昂る心とは裏腹に思考はクリアになり、着弾予測円(バレットサークル)は拡縮を繰り返す度に段々と小さくなっていく。

 

 (―――勝負よ、キリト!)

 

 引き金(トリガー)を引く。必殺の意志をもって、彼の顔めがけて弾丸が真っ直ぐに飛翔する。四百メートルなど、このヘカートⅡならコンマ五秒とかからない。

 

 

 

 

 ―――一閃。轟音。

 

 

 

 

 撃ち砕いたフロントガラスの破片が舞う視界を、一条の閃光が鮮烈に彩った。夕日を浴びて煌くガラス片の向こうには、光剣を振り切った姿勢で地を踏みしめる、キリトの姿。

 

 (あり得ない!)

 

 躱したのならまだ理解できる。この距離ではもう躱せない速度だったとしても……それでも躱したのならまだ理解できる!それをアイツは、斬ってみせた!?撃たれるタイミングも、狙われている場所も分からないあの状況で!?

 

 「……!」

 

 一瞬、彼と目が合った。届かないと分かっていてなお、その剣が鼻先に突き付けられたと錯覚する程に鋭く真っ直ぐな視線に射抜かれる。

 

 「っ!」

 

 負けたくない。負けるものか……まだ、終わっていない!その思いでボルトハンドルを引き、次弾を装填。排出された空薬莢がたてる音など既に聞こえない。疾風の如く駆けてくる黒衣の光剣使いに向けて、もう一度発射。

 

 ―――再び一閃。

 

 胴へ向けて放たれた五十口径弾はまたしても両断され、届かない。弾道予測線(バレット・ライン)という情報がある以上、どんな弾丸もキリトを撃ち抜く事は叶わない事を、この瞬間身をもって痛感する。

 

 (いいえ、まだよ……!)

 

 淀みなく三発目を装填する。直接当てられなくても、ヘカートⅡなら―――!

 彼の進路上で投棄されている廃車の中から直感で、横転した乗用車に目星をつけると、キリトがその傍を通るタイミングで狙いを定める。直接照準されなかった事に、一瞬だけ黒衣の剣士の動きが鈍る。その瞬間を見逃さず、引き金(トリガー)を引く。

 今日GGO(このせかい)に来たばかりの彼では知りえない知識―――GGOがMMOでありながらFPSの流れを汲んでいる為、車両やドラム缶等の人工オブジェクトには、一定以上被弾すると爆発するリスクが存在する事―――に賭ける。対物ライフルたるヘカートⅡの一撃で燃料タンクを撃ち抜けば、結果は即座に分かる。

 

 (当たりか……ハズレか……!)

 

 穿たれたタンクから、小さな火がちらりと見えた。つまり当たりだ!

 

 (―――次!)

 

 直撃コースでない事を訝しみ、銃弾を斬り捨てなかったキリト。彼も僅かに覗いた火に気づいたらしく、車両から離れるべく無理矢理に横方向へ跳躍する。ヘカートⅡの銃弾すら斬り裂いた剣士の目と瞬発力は凄まじいの一言に尽きるけれど、私だってこれだけで倒せるとは微塵も思っていない。彼の勢いを削げればそれで充分。

 最高潮に高まった集中力を維持し、最速で四発目を装填。狙うのは跳躍した光剣使いが着地する、無防備な一瞬。

 

 (―――獲った!)

 

 着弾予測円(バレットサークル)などとうに視界から消えている。そんなものが無くとも当たると確信し、躊躇う事無く発射。

 無理な姿勢で跳んだキリトは、右半身が下になっている。横向きの体が着地する瞬間は右腕……つまり防御の要である剣を満足に振れない状態に陥っているのだ。今度こそ、私の相棒(ヘカート)があの少女然とした光剣使いを四散させる。

 

 ―――その、筈だった。

 

 目を疑った。タイミングは完璧だった。絶対に撃ち抜くと確信して放った一撃だった。それなのに……アイツは……!

 

 (左!?空中で持ち替えたって言うの!?いつの間に!)

 

 左手に持ち替えていた光剣で、斬ってみせた。今までの振る舞いや仕草から、右利きだと判断していた彼が。驚愕から立ち直るまでの約三秒間、私の手は完全に止まってしまう。

 しかしキリトの方も無傷ではなかった。着地を考えず、ヘカートⅡの弾丸を防御する事に専念していた為、すぐさま起き上がれる状態ではなかったのだ。加えて斬られた銃弾の片割れは地面と衝突し、抉られたアスファルトの破片によって、光剣使いの体に無数のダメージエフェクトが刻まれている。

 

 (止まっている場合じゃないでしょ!アイツだって無敵じゃない!起き上がる前なら……!)

 

 今からでは間に合うかどうか分からない。でも……それでもチャンスを逃したくない。五発目を装填―――間に合え……!

 

 ―――放たれた弾丸が、黒衣の剣士のすぐ脇の廃車を穿つ。

 

 すぐ側を通り過ぎた五十口径の銃弾の風圧によろめきながらも、キリトが立ち上がる。その姿を見て、焦りすぎた自分への苛立ちから歯を食いしばる。

 

 (来る―――速い!)

 

 六発目を装填している間に、再び光剣使いは駆け出す。一陣の黒い風となって迫ってくる彼との距離は、既に二百メートルを切っている。

 

 (どうする?弾はあと二発……直接狙っても斬られるだけ……!)

 

 もう一度車両を爆破させる?いいえ、そんな博打が何度も当たる保証は無い。何より車両を狙った時点でキリトにバレる。

 地面に撃って足を止めさせる?いいえ、破片だけで彼を倒すにはダメージが足りない。そしてこれも弾道予測線(バレット・ライン)が地面を向いた瞬間に気づかれる。

 

 (勝てない……?)

 

 打つ手が見つからない。ほんの少し前に抱いていた勝算は跡形もなく崩れ、もう敗北の未来しか見えない。けれども……!

 

 「負けたく……ないっ!」

 

 けれども、勝利を諦めるのは嫌だった。あと二発の弾丸で、何ができるのか。必死に思考を巡らせ、姿の見えない勝利への道筋を模索する。

 時間は敵。こうしている間にもキリトは刻一刻と迫って来ていて、接近された狙撃手(スナイパー)ほど、脆弱な存在はいない。特にあの弾除けゲームくらいの距離ともなれば、それは間違いなく彼の間合い(テリトリー)で、ヘカートⅡ(この子)は無用の長物に成り下が……る……?

 

 (待って……今の、キリトも同じ考え……?)

 

 ここに来るまでの間、彼は何度も銃弾の雨を光剣と拳銃で潜り抜け、斬り捨ててきた。その時の試合の中で、十数メートルまで接近した光剣使いが手痛い反撃を貰った事は一切無い。だって皆、その前に弾倉内の弾丸は撃ちきっていた。

 誰も彼もが、キリト相手に「わざと近づいてから撃つ」という事をしていなかった。なら今の彼に、そうした駆け引きへの警戒は大分下がっている筈。

 

 (……できる。私のステータスと、ヘカートⅡの性能なら……!)

 

 彼が斬りかかり、それでいてまだ剣の届かない距離―――十メートル以内であれば、システム的に必中距離(・・・・)だ。しかも仮に当たったのがアバターの末端であっても、インパクト・ダメージでHP全損が狙える必殺の距離……!

 意を決してバスから飛び出すと、手近な廃車の影に潜む。程なく彼の足音が聞こえてくるが、逸る心を抑えて息を潜める。

 

 (……今!)

 

 狙撃手(スナイパー)の直感が告げたタイミングで影から飛び出し、標的(キリト)をスコープレンズに収め―――迷わずに引き金(トリガー)を引く。反動で倒れながらも、彼から目を離す事はしない。全身全霊で放った弾丸の行く末を見届ける為に。

 視界を塗りつぶすマズルフラッシュの向こうで、一筋の軌跡が奔った。それが何なのかを知覚した時には、本能的に左手が腰のグロック18cを掴んでいた。

 けれどそれを引き抜くよりも先に、眩い光刃が眼前に迫る。斬られる、そう思った筈の刃は、どういう訳か私の目の前―――喉元で見えない壁にぶつかったかの様にピタリと静止した。

 

 (どう、して……?)

 

 何故私はまだ斬られていないのか。既に倒れている筈の体が、何故そうなる途中の仰け反った状態で止まっているのか。今の状況に困惑し、時が止まったかのように四肢は動かない。

 鈍く唸る光刃越しに漆黒の瞳と暫く見つめ合ったままでいると、ふいにキリトが顔を逸らした。そのまま堪えていた何かを吐き出すように、静かに大きく息を吐いた。それが合図だったかの様に、固まっていた唇は言葉を紡ぎ出す。

 

 「今の、何で……狙いが分かったの?」

 

 僅か十メートルという近距離で放った最後の一射。予測線と実射のタイムラグなどゼロに等しく、照準を予測する事なんて不可能な筈だったのに……彼は斬ってみせた。あの時私は胴体ではなく、左脚―――体の末端部を狙ったのに、だ。

 

 「スコープレンズ越しに、君の目が見えた」

 

 静かに告げられた言葉に、かつてない衝撃を受けた。あの一瞬だけで目、つまり視線を辿って照準を見切ったのだと。

 

 「なら……最初の銃弾は……?あの距離でも、見えたっていうの……?」

 

 何らかの方法、それもシステムに頼らないもので私の存在を察知していた事は、理屈を飛び越えて確信があった。けれどあの時はまだシステム上私を視認できていない筈で、弾道予測線(バレット・ライン)が存在しなかったのに。どうやって照準やタイミングを見切ったのか。

 

 「勘……としか言えないかな。それで君が納得してくれるとは、思わないけど……他に言い表せる言葉が、見つからないんだ……」

 

 いわゆる第六感。普段なら信じられないあやふやなそれも、彼の強さの一部であるなら不思議と納得できた。

 

 ―――強い。

 

 VRゲームの枠を越えて、純粋にそう感じる。私には無い力……強さを、キリトは確かに持っているんだ。

 

 「それほどの強さがありながら、貴方は何に怯えていたの……?」

 

 一回戦を終えた時の、今とはかけ離れたあの姿と、こうして目の前にいる彼がどうしても結びつかない。一体何に、どうして彼は怯えていたのか。

 

 「いいや。俺は……俺の心は、強くなんかない……これは全部、過去に手にした技術に過ぎない」

 

 ゆっくりと首を振る彼は、何かを押し殺したような声で、淡々と告げる。だけどそれは私が望んだ答えではなくて。

 

 「心……技術……?嘘よ。そんな言葉で誤魔化さないで……!私は……私にはそれが……貴方のような強さが必要なの!」

 

 目の前の光刃の存在すら忘れ、キリトに問い詰める。やっと見つけた強さが、ただただ欲しい一心で。

 

 「貴方は知っている筈よ、どうすれば強くなれるのか……どうすればその強さを手に入れられるのか……それを知る為に、私は……!」

 

 「なら君は、自分や他人の命を選び、斬り捨てる事ができるのか?斬り捨てた誰かが死ぬと分かっていて、そうしなければ自分や大切な人が殺されるとしても……それでも君は選べるのか?」

 

 「え……?」

 

 命を選び、斬り捨てる。その言葉があの忌まわしい記憶を刺激し、掠れた声が零れる。彼は私の過去を……罪を、知っているの……?

 

 「……最初はできなくて……家族を奪われかけた憎悪のままに斬り捨てて、壊れそうになった……二度目は選んで……でも結局、後悔と罪の意識に苛まれたよ」

 

 眼前の光刃が、キリトの漆黒の瞳が、力無く震える。いや、それだけじゃない。彼の全身が、何かに恐怖して小刻みに震えていた。

 

 「だから俺は強くなんかない。寄り添って、支えてくれる人達がいなかったら、俺は立ち上がれないから」

 

 少しやつれた面持ちで微笑むキリト。薄氷の様な脆さを伴ったその微笑に、グロック18cから離れていた左手が吸い寄せられるように近づいていく。

 けれど指先が頬に触れるよりも先に、彼はそっと首を振った。

 

 「―――さて、と。今更だけどこの試合、俺の勝ちでいいかな?君の問いには、正直に答えたつもりなんだけど」

 

 「あ、な……!」

 

 視線を彼の顔から離し、改めて状況を確認する。あろう事か私は今まで目の前のこの男に半ば抱えられるようにして背中を支えられ、密着していたこの状態に気づかなかったのだ。途端に羞恥の感情が噴き出し、仮想の肉体が一気に熱を帯びる。

 

 「降参(リザイン)してくれないか?さっきまで質問に答えたお礼って事で」

 

 急に見せた悪戯が成功した子供じみた笑みが、非常に腹立たしい。怒気と羞恥を押し隠すように彼から体を離すと、ヤケクソで叫ぶ。

 

 「次は絶対に負けない!明日の本戦、私以外の誰にも撃たれるんじゃないわよ!!」

 

 返答を聞く冷静さを欠いた私は、そのまま背を向け降参するのだった。




 きっと原作のキリトでも、メンタル持ち直せていればこれくらいはできる……筈……かな(汗)


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九十六話 夜空の決意

 大和 サイド

 

 BoBの予選を終え、GGOからログアウトしたオレ達。本来なら一直線に帰宅する所だが、死銃についてキリトと認識をすり合わせる為、急きょ公園に寄り道する事にした。

 

 「―――んで、お前は死銃の何に怯えちまったんだ?」

 

 自販機から適当に缶コーヒーを二つ買い、片方をベンチに座っている親友に投げ渡す。無言でキャッチした彼は暫くそのまま缶コーヒーを握ったまま俯いていたが、オレが隣に座ると絞り出すような声量で呟いた。

 

 「……死銃は、SAO生還者(サバイバー)……それも、ラフィン・コフィンだったんだ……」

 

 「な、に……?」

 

 オレ自身、反応して出てきた声が震えていた。和人がSAOをクリアしてから既に一年。もう二度と関わる事は無いと考えていたラフコフが、今になって再び動いている……?

 

 「……苦しい事聞くけどよ……ソイツの特徴、思い出せるか?」

 

 「右腕に、エンブレムを付けていた。顔は、分からない。髑髏の仮面を付けていたから、声もエフェクトがかかっていて……でも、あの切れ切れな口調……SAOのどこかで、聞いた気がする……」

 

 カーソルを合わせてもグリーンかオレンジ、そしてHPゲージしか表示されなかったSAOに於いて、人探しの決め手は顔立ちや声、体格、得物だった。死銃もキャラネームをわざわざ漢字で’死銃’にしたり、アルファベットやカタカナで’デス・ガン’にしたりはしていない筈だし、何よりSAO時代の名前そのままな訳でもなさそうだ。でなきゃSAO時代の事を知っている和人に接触してくるのはリスクが高い。つーか、なんかどう考えても向こうのメリットが無さそうで……いや、あのトチ狂った連中の事だ、オレ達には理解できねぇ行動原理があるのだろう。

 

 「切れ切れな口調、ねぇ……」

 

 口にしてみて、確かにそんな特徴のあったヤツが幹部クラスにいた気がする。とはいえ、最低でも一年半は会っていないレッドプレイヤー共の名前なんざ全員正確に覚えちゃいないし、名前と特徴を覚えている……記憶に焼き付いたままなのはリーダーのPoH(プー)だけだ。そもそも誰が好き好んで、あんな殺戮者(クズ)どもの事をわざわざ覚えておく必要があるんだってんだ……!

 

 「あークソッ、忘れていたのがマイナスになるとか、何の冗談だってんだよ」

 

 つとめて明るくそう言って、缶コーヒーを一息に半分ほど飲む。熱と苦味が一気に口内と喉へ広がり、思わず顔を顰める。

 

 「……なぁ、一つ聞いていいか?」

 

 「ん?」

 

 未開封のままの缶コーヒーを握りしめ、和人は俯いたまま口を開いた。黙って続きを促すと、ややあって彼の唇が動く。

 

 「俺……あの時何人、殺したんだっけ……?」

 

 「っ……それ、は……分からねぇ……見てなかったから、な……」

 

 嘘だ。本当はかつてクラインから五人と聞いている。けれどそれを言ってしまえば、和人の心がバラバラに砕けてしまいそうだった。

 

 「俺……俺……思い出せないんだ……!ハルが一度死んで、そこから先が……何一つ……!」

 

 「お前……」

 

 「……分かるのは、壊れそうだった俺を、お前や明日奈が体を張って止めてくれた事と、クラインがハルを救ってくれた事……そして、何人かを、この手で殺めた自覚があった事だけだ……」

 

 和人はさらに体を縮こまらせる。その肩の震えは、決して寒さからくるものじゃない。

 

 「……優しすぎる、お前は。あんな連中の事引きずって、罪の意識に苦しむ必要なんざどこにもねぇよ」

 

 「俺は……そう強く、割り切れないよ……!」

 

 「いいさ別に。お前や、桜達を害するヤツらを討つ(ころす)のはオレがやる。お前の剣は、相手を討つ為じゃなくて、相手から誰かを守る為にあるんだからな」

 

 弾かれたように顔を上げる和人。親友を安心させる為に一度肩を叩いて笑いかけると、缶に残ったコーヒーを飲み干す。

 

 「オレにとって、敵を始末すんのと―――」

 

 空き缶をゴミ箱めがけて投擲する。狙い違わず缶はゴミ箱に吸い込まれ、意外と響く金属音を鳴らした。

 

 「―――今みたいにゴミ捨てるのに、大した違いは無いんだって。そう言い切る自分がいる事に、漸く折り合いがついたんだよ」

 

 異常な事を言っている自覚はある。SAOの二年間で、オレの精神や心は歪んでしまった。世間一般の良識が抜け落ちた訳では無いけれど……仲間を、大切な人達を苦しめるような輩を排除するのに躊躇いや忌避感を抱く事は無い。それこそゴミを不要だからと捨てたり、道端の石ころを邪魔だからと蹴り飛ばしたりするのと同じくらいに。

 

 「お前はお前らしく、その心のままに剣を振るえばいい。ラフコフに……過去の亡霊に立ち向かうのは、オレの役目だ」

 

 例えもう一度、殺人鬼(バケモノ)と呼ばれたあの頃に堕ちる事になったとしても。オレはもう迷わない。そうしてでも護りたい存在が、帰る場所があるから。

 

 「今日はとっとと帰って、ちょっくら明日奈とかハル達と雑談でもして寝ちまえ」

 

 振り返らずにそう告げる。らしくない事を言った気がして何だか恥ずかしくなってきたし、オレよりか明日奈達と何気ない会話をした方がずっと和人の心は癒される。

 

 「そういうお前こそ、桜に顔見せておけよ」

 

 「あ?」

 

 予想外な親友からの反撃に、思わず振り返る。彼はまだ強張っているもののちゃんとした笑みを浮かべており、漆黒の瞳には小さくとも確かな光が宿っていた。

 

 「無理すんなって。今更強がって本音隠すような遠慮は―――」

 

 「―――強がりでもなんでも!お前の背中を預かるのは俺の役目で……!そうしたいって……そうでありたいって願っているのも、俺の本心なんだ……!」

 

 彼の震えは止まっていない。けれどもその眼差しは一切揺らがず、オレを射抜く。

 

 「何より、お前も……お前だって……お、俺の護りたい人達の中にいるんだよ!」

 

 「―――!」

 

 その真っ直ぐな言葉に込められた想いを理解した途端、顔が熱くなる。何でコイツはこうバカ正直にドストレートな発言をするのか。

 

 「おま、言葉を選べって……」

 

 滅茶苦茶な程照れる自分に戸惑いながら、そう絞り出すのが精一杯だった。一つ深呼吸をして心を静めようとつとめても、中々顔から熱が引かない。

 

 「改めて……手を貸してくれ、親友(クロト)。死銃に立ち向かう為に」

 

 「……任せろ、親友(キリト)

 

 いつも通りに互いの手を掲げる。静かな夜空の下で、拳が軽くぶつかる音が、小さく響いた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 クロト サイド

 

 深夜、それも日付が変わって幾らかの時間が過ぎた頃、オレはALOにダイブしていた。珍しく現実世界と同様に夜空が広がる妖精の世界を巡り続ける鋼鉄の浮遊城の外壁に一人手を這わせる。

 

 (あの時、この層の中で……オレ達は殺し合った……)

 

 新生アインクラッドではまだ解放されていない、二十代の層。その内の一つに存在していたとあるサブダンジョンが、殺人(レッド)ギルド’笑う棺桶(ラフィン・コフィン)’の根城だった。

 

 (きっと、この為だったんだろうな……)

 

 あの時のような本当の命を懸けた殺し合いには及ばずとも、それに近しい戦いの場を求めつづける衝動が何故あったのか。どうしてSAOにいた頃は恐れ続けていた冷酷な自分を受け入れ、手札の一つにしようとしつづけていたのか。

 

 ―――殺人鬼(バケモノ)だった頃の自分が、いつか必要になる。そんな予感があったのだ。

 

 帰還者学校や仮想世界で過ごす日常や冒険の中で、キリトもサクラもアスナも……いや、仲間の誰もが少しずつSAO(デスゲーム)の時の鋭さが失われ、丸くなっていく様子を見続けて。自分も同じ様になっていくのを少しずつ実感していって。それが何より幸福で掛け替えの無いものだと思えば思う程……いつか彼等に牙を向ける敵が現れると、冷酷な自分が警告していたのだろう。

 

 「今なら……向き合えるかもしれない……」

 

 あの時の殺戮の記憶と。レッドプレイヤー共の命を、不要だと冷たく切り捨てた自分自身と。

 

 (サクラには……会わなくて良かったな)

 

 相棒からの気遣いを無碍にするのは心苦しかったが、もし今彼女と会ってしまったら……GGOの死銃について、何か気付かれてしまいそうだった。ましてやこれからあの殺し合いの記憶を呼び起こそうとしているのだ。彼女まであの忌避すべき記憶を思い出させる訳にはいかない。

 

 「カァ」

 

 「ヤタ……そっか。そういえば、お前はSAOでのオレの事、殆ど見てきたんだよな」

 

 肩にとまった小さな相棒が、己の存在を示すように翼を広げては折りたたむ。いつの間にか強張っていた体から幾らか力が抜けていくのが分かった。

 

 「すぅ……はぁ……」

 

 深呼吸を一つ。それで精神を静めたオレは、淡い月明りに照らされた静寂な夜空の下で、瞼を閉じて額を浮遊城の外壁に押し当てた。

 

 ―――打ち鳴らされる剣戟。誰かの悲鳴と、狂気に満ちた笑い声。そして破砕音。

 

 薄暗いダンジョン内で繰り広げられたラフィン・コフィン討伐戦の間、それらは常に響き渡っていた。PoHによって理性のタガを外され、壊されたラフコフ共の大半は他者を殺すどころか自分が殺される事にすら抵抗がなくなっていた。

 故に攻略組がどれだけHPを削り降伏を迫っても、ヤツ等は狂った笑みと共に剣を振るい続けてきた。圧倒的なレベル差に守られていたとはいえ、攻略組の多くはHP全損だけは犯してはならない禁忌として越えられず、やがて本気で殺しにかかってくるレッドプレイヤー側に戦況は傾いて行った。

 

 (その中で、オレは……)

 

 PoHと、もう一人の男……幹部クラスと目されていた頭陀袋を被った毒ナイフ使いの男と戦った。残念な事に名前が出てこないが、とにかくガキっぽくやかましいヤツだった。少なくとも今日キリトが会った死銃の、切れ切れな口調という特徴とは合致しない。

 

 (もしかして、戦わなかった……?何故?あともう一人、幹部クラスがいた筈だ……!)

 

 PoHの様に激しく扇動的ではなく、毒ナイフ使いの男の様な騒がしさもなかったが、二人の横で静かに佇んでいた剣士がいた。

 

 (ヤツの顔は……?特徴は……?)

 

 仮想の肉体から、急激に熱が失われていく。もうやめろ、思い出すなと心が叫ぶ。だが、それでも―――!

 

 (オレが……討つんだ!)

 

 サクラやキリト、アスナ達に再び刃を向ける者を……斬り捨てる。

 

 ―――それでいい。それがクロト(オレ)の役目だ。

 

 決意を固めた時、感情の無い冷たい声が内側から聞こえた。閉ざした視界の中に、一人の男の姿を幻視する。

 

 ―――殺そうとしてくるヤツがいたら、先に殺す。仲間を生かす為に他者の命を斬り捨てる。それがお前(オレ)の選択だろ。

 

 最低限の装甲しか備えていない漆黒のハーフコートを筆頭に、機動性重視の軽装に身を包んでいるのは……SAOのクロト(かつてのオレ)。感情の宿らない冷酷な視線が、こちらを射抜く。

 

 ―――さぁ、もう一度殺人鬼(バケモノ)堕ちる(もどる)時だ。

 

 (ああ……!)

 

 それはSAOのクロト(かつてのオレ)からの一方的な宣告であり、同時に今のオレが自分の意志で選んだ事だった。黒衣の少年は音もなく溶けていき、オレの中に流れ込んでいく。

 脳裏に次々と記憶が蘇る。手にした弓に矢を番えながら照準し、発射。その先で射抜かれた誰かがポリゴン片に変わる(死ぬ)様を、作業のように確認し次の殺す敵(ターゲット)へと目を向ける自分。邪魔な石ころを蹴飛ばすように、ゴミを捨てるように……不要だと、切り捨てる(殺す)と判断した者達を淡々と射抜き(殺し)続けていく。

 過去に自分が行った殺戮の光景を見て―――何も感じなかった。この手で次々と殺めていった者達の怨嗟の声を幻聴したり、こちらへと憎悪を向けてくる姿を幻視したりする事は無い。レッドプレイヤーの屍をいくら積み上げようとも、それが間違いだったとは思えない。あの時の記憶と向き合って、改めてオレはそう認識する。

 

 (にしても……あと一人の幹部は何処だ?戦わなかったとしても、どっかで姿を見たような気がするんだが……)

 

 ―――殺したんだぞ……!

 

 どす黒い憎しみと殺意に満ちた、それでいて空虚な相棒の声が蘇る。あれは大局が決し、生き残ったレッド共が捕縛されていきはじめた時だったか?

 

 (けど、何で今それを思い出しているんだ……?)

 

 少し関係なさそうな記憶だが、それでも妙に何かが引っ掛かる。

 

 ―――そいつがハルを殺したんだぞ!!

 

 確か……そうだ。あの時の相棒は唯一の肉親を奪われた憎悪に支配され、もう戦えない相手であっても斬ろうとしていた。オレのようなタガの外れたヤツならともかく、彼のような本来優しいヤツが一時の激情のまま、無抵抗の相手を斬殺したらダメだという一心で止めたんだ。

 漸く思い出してきた。PoHの横にいなかったもう一人の幹部……そいつがハルを拉致し、キリトの目の前で殺し……怒り狂った彼に打ち負かされたんだ。

 結果的に生かしてしまったレッドプレイヤー……あいつの名は、何だったか……?

 

 (あークソッ!思い出せねぇ……)

 

 結局PoH以外のレッド連中の名前は思い出せず、GGOの死銃として活動しそうな輩の目星もつかなかった。だが、あの時の記憶のどこかに、死銃の正体がいるという直感が頭から離れない。

 

 (あとは……野郎と直接向かい合うしかねぇのか……?)

 

 できればその前に死銃のSAO時代の名前を特定したいが、そう都合よく自分が思い出せる自信が無い。とすればGGO内でヤツの殺人を止める、これしか方法が見つからない。

 

 (ダチに、仲間に手ぇ出すなら……容赦しねぇぞ、亡霊共)

 

 姿や正体の見えぬ相手に静かな殺意を固め、オレは浮遊城から離れる。SAOの負の因縁を、この手で断ち切る。その決意を胸に秘めて。




 気づけば今日から四月……

 兄の方が夜勤のシフト入り始めたので、もしかしたらペース落ちるかもしれません。元々不定期更新だったので、ペースもクソもあるか!ってツッコミされればそれまでですけど(汗)


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九十七話 本戦に向けて

 ちょっと短いですけど、キリがいいと感じたので。


 サクラ サイド

 

 「―――広範囲攻撃、来ます!」

 

 ユイちゃんの警告に従って、皆が一斉にその場から飛び退った。直後に相対している巨大な植物型のmobが一面に腐食液をまき散らし、ツンとした異臭が鼻孔を刺激する。リズさん、リーファちゃん、シリカちゃんが鼻を覆って怯む中、クラインさんが颯爽とmobの懐へと飛び込んだ。

 

 「スキありぃぃ!」

 

 大技を放ち大きな硬直時間を課せられたmobへと炎を纏った彼の刀が幾度となく振るわれ、残り僅かだったHPゲージが空になる。

 

 「クラインったら、キリト達がいないからって張り切り過ぎじゃない?」

 

 「まぁまぁ、その分楽させてもらっているじゃないですか」

 

 呆れた様子のリズさんをシリカちゃんが窘め、程なく笑いあう。確かに今回の狩りじゃ攻撃偏重の立ち回りで普段に比べれば被弾も多いけれど、そこは腐っても元SAO攻略組。直感的に死ぬ前に倒せるって予測を立てた時しか突撃はしていない。

 

 「でも、クラインさんだって充分強いのは分かりましたよね?いつもは兄さん達に隠れちゃってますけど」

 

 「あー、今日はキリトとクロトいないもんねぇ……」

 

 「ホント。いっつもあの二人でガンガン削っていくから、クラインさんどころかみーんな出番無い事も度々あったし」

 

 「で、対抗意識燃やしたアスナが細剣(レイピア)手にして突撃しちゃうまでがいつもの事で……そう考えると今日は平和だったわね」

 

 ハル君、リズさん、フィリアさんの言う通りで、シリカちゃんとリーファちゃんは苦笑いしながら頷いていた。

 

 「おいおい……ハルしかおれ様の活躍褒めてくれねぇのかよ」

 

 「あ、いえ!お疲れ様ですクラインさん。今日はずっと前衛務めてくれて、ありがとうございました」

 

 音楽妖精(プーカ)を選択したわたしと水妖精(ウンディーネ)を選択したアスナさんは、SAOの頃と変わって後衛を担う事が多く、クロト達がいない今回は特にクラインさんに負担をかけた。他の皆もちゃんと戦ってくれたのは間違いないけど、今日の狩りで一番ダメージとヘイトを稼いだのは彼だ。ちゃんとそこは感謝しないと。

 

 「おう。こっちこそバッチリな支援、助かったぜ」

 

 「ありがとうございます。前より上手くいったみたいで、よかった」

 

 「そりゃアンタはちゃんとサポート役続けてきたからね。アスナみたいに剣持ちだして突撃しない分、上達するのも当たり前よ」

 

 「リズさんも容赦無い言い方しますね……まぁアスナさんもお兄ちゃんも怒らないからいいですけど」

 

 リズさんの言葉に遠慮が無いのはいつもの事で、もう皆も分かっている。ああいうサバサバとした、一緒にいて肩肘張らずにいられる空気は、やっぱりリズさんにしかない魅力の一つなんだなぁって改めて思う。

 でもさっきからアスナさんがどこか上の空でいる事に気づき、わたしは彼女に声を掛ける。

 

 「アスナさん?」

 

 「……あ、ごめんなさい。ちょっとボーっとしちゃって」

 

 「いえいえ、キリトが心配なのは分かってますって」

 

 クリスハイトさんからのバイトで、今キリトはALO内のキャラクターをGGOにコンバートしている事は皆知っている。なんでも今日は調査の一環で、そのゲーム内最大規模のPvP(対人戦)イベントに参加するんだとか。クロトがその手伝いでGGOにダイブしている事もアスナさんから今日聞いた。なんでも件のGGOに既にアカウントを持っているらしく、彼はコンバートしていない。……学校に通い始めて一カ月くらいしてから「別のゲームにも手を出してみた」って言ってたけど、それがGGOだったなんて、ホントにすごい偶然。それにキリトの手伝いするならするで、一言言ってくれれば良かったのに。

 

 (でも、何でキリトに依頼が来たんだろ?元々アカウントもってたクロトに頼めばよかったんじゃないかなぁ、クリスハイトさん……)

 

 確かにあの人から直接バイトの依頼が来るのはキリトだけど、大変そうな時はクロトに何度か手伝ってもらっていた事は知っている筈なのに。

 

 「―――少し早いですけど、そろそろ観戦の準備に行きませんか?もう充分稼げましたし」

 

 「だな。ハル、時間あったら幾つかツマミ作ってくれよ」

 

 「いいですよ。この前エギルさんの店のメニューが上手く再現できたので、それでいいですか?」

 

 「おお!そいつぁ楽しみだな、はっは!」

 

 「クライン、まさか今日の稼ぎ全部飲み食いに使うつもり?」

 

 考え事をしている内に、気づけば狩りを切り上げる方向に話が進んでいた。

 皆の方を見ると、リズさんが顔を顰めるのも気にせず陽気に笑うクラインさんの姿が。今回は元々お金の使い道が決まっていた狩りだから、いつもは無駄遣いに厳しいハル君は大らかだけど……確かにこの人数で普通の飲み食いしたって使いきれない額は稼いだつもりだし、それを使い切ろうとする彼に小言を言いたくなるリズさんの気持ちも分からなくはない。

 

 「まぁまぁリズ、今日の大会ってGGOの中じゃ一番のお祭りだって話なんだし、大目に見ようよ。ついでにアスナにも軽食つくってもらおう?」

 

 「……いい事言うじゃないフィリア。ふっふっふ、後で知ったキリトの羨む顔が目に浮かぶわ」

 

 「リ、リズさん……今お兄ちゃんに見せられない顔してますって!」

 

 「あーあー、気にしない気にしない!アイツは今いないんだし、バレなきゃいいのよ」

 

 ……リズさんがちょっと乙女らしからぬ言動をするのはいつもの事だけど、もうちょっと隠そうとした方がいいんじゃないかと度々思う。というかキリトにだってそうやって遠慮しないから異性として意識されづらくなっているんじゃ……いや、これ以上考えるのは止めよう。すごく失礼になりそうだし。

 

 「もうリズさん、あんまりパパに悪い事しないで下さいね」

 

 「うぐ……ちゃんとキリトの分は残しとくって」

 

 可愛らしく頬を膨らませるユイちゃんには、流石にリズさんも勝てなかった。あっさり折れた彼女に誰もが小さく噴き出し、やがて朗らかな笑い声に変わっていく。

 

 「あーもう!アスナ、ハル!とびっきり美味しいヤツ頼むわよ!」

 

 「はいはい、私も試したいレシピが幾つかあったし、丁度いい機会かな」

 

 「材料の買い出しなら手伝いますよ」

 

 「あたしも手伝います」

 

 シリカちゃんとリーファちゃんがそれぞれ猫耳とポニーテールを揺らして手を挙げる。

 

 (平和だなぁ……)

 

 わたしやアスナさんが現実世界への帰還を果たしてから、もう十一カ月になる。こうしてゲームを普通の娯楽(遊び)として、仲間と和気藹々と楽しむ……そんな当たり前を当たり前の事として過ごせるのが、とても幸せだと思う。でも……

 

 「クロト……」

 

 やっぱり、隣に彼がいないのが寂しい。昨日今日と会っていないし、昨日の予選と今日の本戦に集中したいだろうから、わたしから連絡するのは止めていたけど……クロトの方からも何も無かったのは珍しい。

 

 (気にし過ぎ……なのかな)

 

 ただの偶然、だと思いたい。だけどSAO時代から彼は、わたしの知らない所でキリトと一緒に危ない事や無茶な事を色々とやってきたから、もしかしたら今回も……なんて拭いきれない不安が付きまとう。大会後すぐにキリトに会うべくダイシー・カフェからダイブしているアスナさんに同行したわたしは、堪えきれず御徒町にあるクロトの家に向かったけれど。

 

 『―――ごめんね桜ちゃん。大和、今日は和人君と遅くまでバイトしてるから、今いないの。あの子言ってなかったのかい?』

 

 てっきり家からダイブしているとばかり思っていたから、困った様子で笑みを浮かべるクロトのおばあちゃんにそう言われた時に、驚きのあまり少しの間呆けてしまったのは記憶に新しい。わたしの両親もクロトの祖父母もわたし達の仲は認めてくれていたし、だからこそクロトがわたしに事情を話していない事を訝しんでくれた。「聞いてないなら、帰ってきた時に一緒に聞きだせばいいだろう」という彼のおじいちゃんの一声によってクロトの家にお邪魔させてもらい、彼の帰りを待つ間はこうしてALOにダイブしている。自分の家に一言連絡を入れた時、お父さんが少し拗ねた声してたけど。

 

 (でも、クロトの部屋には入れさせてもらえなかったなぁ……)

 

 流石に勝手に部屋に入るのはダメだと彼の祖父母に止められたのは残念だった。初めてじゃないからいけるかな、なんて期待は少し……ううん、それなりにありました。はい。だけど今なお感じるこの不安を前に、大好きな人の事を感じられる場所を求めずにはいられなかった。

 

 「クロト……」

 

 会いたいと募る想いのまま、彼の名を零す。返事のない虚しさが、チクリと胸の奥に刺さった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 クロト サイド

 

 大会の三時間ほど前に病室に着いたオレは、一足先にダイブしていた相棒を追いかけるようにGGOへと降り立った。昨夜覚悟を決めてから、時間まで家で過ごしていたらじいちゃん達に何か感づかれそうだったので、午後からはもう外出して適当に時間をつぶしていたんだが……結局はGGOに入るしかないかと諦めて、早めにやってきたのだ。

 

 「さて、キリトはっと……」

 

 むさ苦しい外見の男がひしめく中で、あの少女然とした姿を求めて視線を彷徨わせる。

 

 (お、いたいた)

 

 濡れ羽色の長髪を、シノンとお揃いの髪留めで緩く束ねた後ろ姿を見つけ、オレは迷わずそちらへ歩き出す。前回もそうだったが、本戦の時のSBCグロッケンの人口密度は凄まじい。特に今のキリトは現実よりも小柄な為、モタモタしていたらすぐに見失いかねない。

 

 (けど……アイツが一晩で割り切れるワケないよな……)

 

 ログイン前、モニター役の看護師に「キミも桐ケ谷君と同じ悩み、抱えてない?」と聞かれた事を思い出す。大方キリトがSAOの事について彼女に何か気づかれたのだろうと察したオレは、その場では平気だと答えた。すると彼女が気遣うような表情を見せ、自覚していた歪みを再び実感したのだ。

 だが、それでも。死銃(デス・ガン)を討つ決意は欠片も揺らぐ事は無い。

 

 (そうだ……ヤツは、オレが殺す……!)

 

 一度深呼吸し、切り替えてからキリトを追いかける速度を速める。とりあえずは相棒がきちんと本戦のルールを理解しているかどうかの確認と、実際にどう動くか打ち合わせをしなければ。

 

 「―――悪い、少し遅れたか?」

 

 「ん?いや、こっちが早すぎただけだよ」

 

 極々僅かなぎこちなさがあるものの、彼は僅かに肩を竦めて微笑む。この様子なら、死銃(デス・ガン)以外の連中を相手にするのは大丈夫そうだな。

 

 「昨日みてぇにギリギリになる前にエントリーすっか。その後はルールの確認と、大会中の動きについて打ち合わせすっぞ」

 

 「りょーかい……特にルールの方は運営メール読んだだけじゃイマイチだったから、実体験込みで頼む」

 

 「任せろ」

 

 軽く相棒の肩を叩き、共に総督府へと歩く。昨日もそうだったが、キリトといる時に道中で向けられる視線の数が普段よりも大分多い。恐らくは昨日コイツが発揮したバーサクっぷりだろうか。致命傷弾だけを斬り払いながら突撃し、一刀のもとに相手を両断するなどという、あんな鬼気迫る姿が観戦していた者達に与えた衝撃は凄まじかったのだろう。声を掛けてくる輩がいないのなら、努めて無視するに限る。

 特に大きな問題もなく、無事に総督府ホールに辿り着く。そこで本戦へのエントリーを済ませると、地下1階の酒場へと行く為にエレベーターへと向かう。観戦予定の者達で騒がしい酒場の方が、出場者が静かに過ごしているであろう待機ドームよりも、他のプレイヤーに会話が盗聴され辛いと踏んだからだ。

 

 (それにキリトが言うには、死銃(デス・ガン)はぼろマント姿に髑髏の仮面……仮にそんなヤツが酒場にいれば、絶対に目立つ……連中のこだわりを考えれば、そんな事はしない筈だ)

 

 レッドギルド笑う棺桶(ラフィン・コフィン)の連中の大半に共通していた特徴が、「多数の人前で、見世物の様に殺戮する」というものだった。言い換えればコレは「殺す時以外は目立たないでいる」という事で、酒場でなら死銃(デス・ガン)の目を気にせずに済む。

 なんて考え事をしていたからだろうか。エレベーターのボタンを押そうと伸ばした手が、同様に伸ばされた誰かの手と接触してしまったのは。

 

 「おっと、わる……うげ」

 

 「何よ、その態度は?」

 

 二日連続で氷の狙撃手(シノン)との望んでいないエンカウントを果たしたオレは、思わず肩を落とすのだった。



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九十八話 BoB開幕

 最近暑くなってきましたね……しかも梅雨で窓とかあんまり開けられずムシムシして……


 クロト サイド

 

 予想通り多数のプレイヤーでごった返す酒場の一角で、遠巻きに向けられる視線を務めて無視しながら、オレ達は当初の予定通り本戦のルールの確認をしていた。

 

 「―――とまぁ、ルールについてはこんなモンだ」

 

 「大体わかったよ、相棒」

 

 BoB本戦のフィールドの広さに驚くなど、少し……いや、半ば以上オレの解説をアテにして読み込んでいなかったんじゃないかと疑いたくなるキリトのリアクションには少々呆れたが、今の説明で何とかなっただろう。

 

 「じゃあ、スタートしてから最初のスキャンでお互いの位置を掴んだら、合流する……でいいか?」

 

 「んー、間に厄介なヤツが居なけりゃいいんだが……」

 

 「厄介なヤツ?」

 

 オウム返しに聞いてくる相棒に頷くと、本戦参加者の名簿を表示し、可視モードで彼の前に突き出す。

 

 「例えばこの、獅子王リッチー……別命立てこもリッチー」

 

 「た、立て……?」

 

 「デカい機関銃持ちの火力特化なヤツでな……高台に陣取ったらもうそこから一歩も動かねぇんだよ。後は砲台みたいに近づいてきた連中を無差別にハチの巣にし続ける。ハッキリ言えばお前の天敵さ。確かバックパックから直接弾丸供給できる装備と整えた筈だから、マガジン交換無しで延々と弾をバラ撒き続けてくるぞ」

 

 「うげぇ……それは勘弁」

 

 溜息を吐くキリトに、とにかく近づかなければいいと告げ、他に警告しておくべき者がいないかと名簿に目を走らせる。

 

 (けど、昨日の様子を見た感じだと……不意打ちされない限りは大丈夫な気がするんだよな)

 

 強いて挙げるならば、シンプルに強い闇風だろうか。彼とは前回大会の事もあって、贅沢を言えば一対一で決着を着けたかったが……今そんな余裕は無い。なので彼の名を相棒に告げると、急に好奇心に駆られた視線を向けてきやがった。

 

 「闇風って、アレだろ?一緒にMストに出てた……GGO(こっち)でのお前のライバル」

 

 「否定はしねぇけどよ……前回鎬を削り合った以外、マジで他の交流とか無いぞ」

 

 「そういうシンプルな関係が気に入られていたりして」

 

 否定できない。少なくともオレは、闇風との今の関係を結構気に入っている自覚がある。VRMMOを普通のゲームとして楽しめている証の一つとして、彼との戦いは心躍る楽しいものだった。

 

 「……人を誘っておいて放置とか、どういうつもり?私をイラつかせて、本戦でミスさせようって魂胆かしら?」

 

 「おいキリト、マジで何でコイツ誘った……?」

 

 「こ、ここからが本題なんだよ」

 

 不機嫌さを隠そうとしないシノンに睨まれ、彼女を誘った張本人である相棒に目を向ける。すると彼は若干どもりながら宥めるようにシノンに両手を突き出す。尤も、彼女は鼻を鳴らすだけで表情の険しさは変わらなかったが。

 

 「そ、その……今大会の名簿で、二人が知らない名前はいくつあるんだ?」

 

 「はぁ……?」

 

 「キリトを除いて、聞き覚えの無いのは……四つか?」

 

 「ふん、チェック甘いんじゃない?初出場はムカつく光剣使いを抜いて三人―――ペイルライダー、銃士X……あとこれはSterben(スティーブン)、って読むのかしら」

 

 中々トゲのある声色だったが、シノンの指摘にキリトは悪戯が成功した子供みたいにクスリと笑みを浮かべる。

 

 「何よ?」

 

 「いや、シノンを誘って正解だったなぁって。クロトのメインは別ゲーだし、GGOのログイン時間って実際はライトユーザーぐらいだったから、ベテランの目で見て欲しかったんだ。ありがとう」

 

 「アンタに感謝されるとか……調子狂うわね」

 

 「酷いなあ、お礼なら昨日も言ったじゃないか……コレとかさ」

 

 朗らかな笑みを浮かべながら、先日彼女に束ねてもらった濡れ羽色の長髪を摘まむキリト。だがそれはシノンがキリトの性別を知る前にした事であって、彼女にとっては半ば黒歴史になっているのでは……?

 

 「な、アンタねぇ……!」

 

 案の定、シノンは頬を赤くし、テーブルに手を叩きつける。だが彼女も人目のある公共(パブリック)スペースで騒ぐのを堪えるだけの分別は残っていたようで、一つ舌打ちすると腕を組んで席に体を沈めた。

 

 「で?私が知らない奴の名前を聞いて、どうするつもり。それともこの話が全部私を惑わす為の芝居か何かなの?」

 

 「違う、違うんだ。誓って、君を陥れるのが目的なんじゃない……断言する」

 

 疑いの眼差しを向けるシノンに、キリトは長い髪を揺らしてきっぱりと告げる。だがその先が続かない。何せオレ達の目的である死銃(デス・ガン)が、かつてSAOで殺人ギルドの元一員で、今も何らかの方法で人殺しをしている等と言った所で、この狙撃手が信じてくれるとは思えないからだ。だからこそオレもどう捕捉説明すればいいのか分からず、二人揃ってだんまりになってしまった。

 

 「……ごめん。君に示せるものなんてないから、ただの口約束で信じてもらえないと思う。だから、もし君が負けたら、気が済むまで恨んでくれて構わない」

 

 「アンタ……」

 

 頭を下げた相棒に、シノンは目を見張った。やがて口許の険しさを少しばかり緩め、やや躊躇いがちに言葉を紡いだ。

 

 「……もしかして、昨日アンタの様子がおかしくなった事と……何か関係あるの?」

 

 こいつ……何か察しているのか?咄嗟に相棒に視線を向けると、彼も予想外だったのか目を見開いていた。

 

 「あ、ああ……昔、同じVRMMOをやっていたヤツに、会ったんだ」

 

 「おいキリト」

 

 死銃(デス・ガン)―――ラフィン・コフィンの残党との因縁はオレ達だけの事情で、単なる知り合いに過ぎないこの狙撃手にわざわざ説明する事じゃない。そう言おうとして、当のキリトに手で制される。

 

 「軽々しく他人に聞かせていい話じゃないのは分かってる。でもシノンには昨日から世話になっているんだし、俺達の事情を言わないのは不誠実だからさ」

 

 申し訳なさそうに、それでも真っ直ぐにこちらを見据えてそう言われると、オレはどうにも強く言い返せない。仲間に大分甘いのはオレも同じかと内心自嘲しながらも、ため息と共に肩を竦めて折れた事を示す。

 

 「サンキュー相棒……話を戻すけど、さっき言ったヤツとは因縁があってな。初出場の三人の内のどれかが、そいつなんだ」

 

 「因縁……?友達、じゃないの?」

 

 「敵だ。互いに本気で、殺し合った程の……」

 

 「殺し合った……それはプレイスタイルが合わなかったとか、パーティー中に何かトラブルになって仲違いしたとか……そういう事なの?」

 

 キリトの表現を、シノンは大げさだと一蹴する事無く受け止めようとする。だが確認する彼女の言葉にこれ以上答えれば、自ずとオレ達の経歴―――SAO生還者(サバイバー)である事が露見する。

 

 「ごめん、その問いには答えられない……今言えるのは、ヤツと俺達には因縁があって、どうしても決着をつけなければならないって事だ」

 

 「因縁……決着……殺し合い……」

 

 水色の髪を揺らし、キリトの言葉を反芻するシノン。突飛な事を言った筈だが、それを真剣に考えようとするのは相棒の人徳が為せる業だろうか。それとも彼女の勘の鋭さ故だろうか。

 

 「―――それでも君は選べるのか?」

 

 「っ!?」

 

 低く囁かれた言葉に、キリトの華奢な肩が震えた。何故そんな言葉がシノンの口から零れたのかは不明だが、身に覚えがあるらしい相棒は目に見えて驚いていた。

 

 「キリト、貴方は……貴方達は、もしかして―――」

 

 「―――そろそろ時間だ。待機ドームに行くぞ」

 

 マズい。そう感じたオレは、やや強引に話を切り上げて立ち上がる。時刻はいつの間にか午後七時に差し掛かっており、ギャラリーと共に騒いで英気を養っていた参加者達の数も幾分か減っていた。

 

 「そうね……ごめんなさい、必要以上な事聞いて」

 

 「いいさ。こっちも色々と迷惑かけた」

 

 気にしていないと手を軽く振り、やや足早にエレベーターへと向かう。幸い同時に待機ドームへ向かう者がいなかったので、到着したエレベーターに乗り込んだのはオレ達三人だけだった。とはいえ先程の影響もあって、誰もが無言を貫いていた。地下三十階まで下降していく時間がやたらと長く感じられ、通過していく階数をぼんやりと眺めていたところで、背中に何か小さなものが押し当てられた。

 

 「貴方達に事情があるのは分かったわ。でも、私が昨日の……そして前回の借りを返すのは別の話よ。他の誰かに撃たれたら、許さない」

 

 銃口―――ではなくそれに見立てた指先だろうか。一方的な宣告ではあったが、言葉に込められた闘志や熱量は本物だ。

 

 「善処するが、確約はできねぇぞ?」

 

 死銃(デス・ガン)を最優先する以上、安請け合いはできない。それ故に口をついて出てきた答えは曖昧なものだった。

 

 「弱気だなクロト。大丈夫、俺達なら何とかなるさ―――だろ、相棒?」

 

 「言ってくれるぜ。ま、そう言われちゃ応えてみせるさ―――相棒」

 

 互いに背後からシノンに指を突き付けられたまま、軽く拳をぶつける。

 

 「約束するよ、シノン。俺もクロトも、君との決着をつけるまで生き残る」

 

 「……ありがとう」

 

 それは何に向けての感謝なのか。問いかけるよりも先に、エレベーターが停止し扉が開いた。ただ先程キリトと拳を合わせた時に視界の隅に映った、何かを羨むような彼女の眼差しが、心の端に引っ掛かった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 BoB開始から、およそ三十分後―――二度目のサテライト・スキャンが間近に迫る中、オレは都市廃墟の北東にあるRC(鉄筋コンクリート)造のオフィスビルの三階で身を潜めていた。耳を澄ませばこちらの姿を求めて駆け回る敵の足音が微かに聞こえ、一層周囲の気配に気を配る。

 

 (まさか……結託する輩がいたとはな……!)

 

 そう心の内で愚痴を呟いてから、自分達もその輩と同類だったかと気づいて自嘲する。

 スタート地点が荒野エリアと草原エリアを区切る川の傍で、最初のスキャンで確認したキリトの位置がほぼ反対側の森林エリアだった。しかも同エリアには死銃(デス・ガン)候補の一人であるペイルライダーの表示もあり、相棒ならば合流よりもペイルライダーへの対処を優先すると考えて急いで都市エリアを突っ切ろうとした。そこでスキャンを見てオレを狙ってきたらしいプレイヤーと、都市廃墟エリアの北西部で遭遇したのだが―――

 

 (―――初手に信号弾打ち上げるとか……何でこんな時だけ即興の連携ができてんだよ……!?)

 

 相手はオレへのファースト・アタックを放棄し、事前に結託していたであろう他プレイヤーを呼び寄せたのだ。オレは大慌てでその男を倒したが、不運にも第二、第三の結託者が近くにいたらしく立て続けに襲撃され、合計四人のプレイヤーに追い回された。

 一応信号弾の上がった位置からは距離を取れたと思うが、結託した連中以外に信号弾に惹かれてどれだけのプレイヤーが寄ってきているのか……確認したいが、とても二回目のサテライト・スキャンを確認する余裕は無い。それに足音もさっきよりは確実に大きくなっている。

 

 (だが、まだ下の階か……なら)

 

 ポーチから空になったマガジンを一つ、ストレージから火薬式のグレネードを二つ取り出すと、足音を殺して階段へ向かう。

 このビルの階段室はシンプルな長方形の部屋が最下階から最上階までずっと続いており、階段の内側には高さ一メートル程度のコンクリート製の手摺壁がある。その手摺壁に身を顰め、空のマガジンを踊り場に向けて放り投げる。マガジンは決して小さくはない物音を立てながら転がり、直後足音が接近する速度が上がった。

 

 (まだ……もう少し……今!)

 

 音を頼りにタイミングを計り、グレネードから安全ピンを抜いて放り投げる。直後、引っ掛かった相手の悪態と爆音が耳朶を叩き、衝撃が仮想の体を揺らす。

 

 (もう一丁!)

 

 足場の崩壊を恐れてプラズマグレネードを使わなかった為、仮に相手がガチガチに防御を固めていた場合グレネード一つでは殺しきれない恐れがある。ダメ押しの二つ目を同様に放り投げ、オレは階段室を離れて道路側に窓のついた部屋へと転がり込む。背後で二度目の爆音が轟くなか、ストレージから鉤付きのワイヤーロープを取り出して鉤を窓枠に引っ掛ける。幸いサッシは強度のあるスチール製、それも原型を残している事からすぐ崩れる心配も無さそうだ。これが軟らかいアルミサッシだったらヤバかったが、今回は結果オーライっと。

 

 「ふっ!」

 

 外に敵がいない事を素早く確認し、迷わず外へと身を躍らせる。手にしたワイヤーを命綱替わりに壁伝いに道路へと降り、地に足を付けた所でワイヤーをストレージにしまう。

 

 (早くトンズラしねぇと……まだ三人は残ってる筈―――!?)

 

 夕日が差し込まず、薄暗くなっているエントランスホールの奥で、うごめく何かを視認した瞬間にオレは横っ飛びに身を投げ出した。半秒前まで立っていた位置を無数の弾丸が通過していき、急いでオレは体勢を立て直す。

 

 「いたぞっ!下だああぁぁ!!」

 

 「だあぁぁしつけえぇぇぇ!!」

 

 堪らず怒鳴り返すが、彼我の距離は二十メートル程度、こちらにとっても射程内だ。向こうは先の掃射で弾切れらしくマガジンを交換しており、オレは素早くP90を構えて照準、発砲する。しかし冷静さを欠いたオレもたちまち一マガジン分を撃ち切ってしまった。辛うじて相対していたプレイヤーを討ち取る事こそできたが、倒れた相手のさらに奥から現れた二人からの射撃を浴びせられ、回避に専念せざるを得なかった。

 

 「リア充死すべしぃぃぃ!」

 

 「キリトちゃんがいながらシノっちにまで手を出しやがってええぇぇぇ!!」

 

 銃声に混じって、独身の廃人ゲーマー(リアルソロプレイヤー)の怨嗟の声が聞こえた。銃声に負けない声量を発揮した原因が何ともしょうもないと思うのは、オレが奴等の言うリア充だからだろうか。

 大きく開かれたエントランスホール内のコンクリート柱に何とか身を隠し、やっとの思いでマガジンを交換する。ここに来るまでに手足に数発被弾し、残存HPが六割近くにまで減ってしまった。

 

 (敵は一方向とはいえ二人……まともに撃ち合ったら先に削り切られる……!)

 

 特にオレはSTR(筋力)AGI(素早さ)を優先し、耐久力に関しては決して高くない。そして向こうの得物は一人が大型の機関銃、もう一人が取り回しに秀でていそうな、サブマシンガンらしき小型の銃器だった。

 

 「出てこい卑怯者ォッ!!」

 

 「自分の女見せびらかしやがって、大人しくハチの巣になれやゴラァ!!」

 

 (死銃(デス・ガン)でも、シノンでも……ましてや闇風でもねぇヤツに―――負けられるかっ!)

 

 二回目のスキャンはとうに過ぎており、早くあの二人を倒してこの場から離れなくては、漁夫の利を狙ってやってくるかもしれない第三者に襲撃される恐れがある。

 

 (キリト……無事でいろよ……!)

 

 恐らく一人でペイルライダー……死銃(デス・ガン)に仕掛けているであろう相棒の為にも、こんな所で死ぬ訳にはいかない。一つ深呼吸をして、呟く。

 

 「―――邪魔だ」

 

 カチリと意識が一段、殺戮者(バケモノ)側へとシフトした。



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九十九話 呪いの引き金

 やっと……やっとアニメが見れた……!(ニコニコで一週間遅れだけど)


 サクラ サイド

 

 狩りを終えたわたし達は、イグドラシル・シティにあるアスナさんとキリトが共同で借りている一室に集まっていた。

 

 「―――あんな狭いトコで跳ぶわ転がるわ……クロの字で間違いねぇな」

 

 「はい、身のこなしや動きのクセが、クロトさんとほぼ一致しています!」

 

 クロトとキリトが現在GGOで参加中のPvPイベント、バレット・オブ・バレッツ(BoB)の中継映像を眺めていると、確信した様子でクラインさんとユイちゃんが声を上げる。ALOと違いカタカナで記された’クロト’が画面に映った時、彼はどういう訳か立て続けに複数のプレイヤーから攻撃されていた。大小様々なオブジェクトが転がる市街地廃墟を、彼はとてもよく見慣れた変則的な三次元機動を駆使して逃げ、態勢を整えて反撃し返り討ちにしていた。その流れるような手際が少しだけ、普段の彼よりも機械的で冷酷な感じがしたけれど、無事に切り抜けてホッとする。

 

 「よかったぁ……やられなくて」

 

 「でも、どうしてクロトさんは狙われたんでしょうか?」

 

 戦闘を終えて移動するクロトが画面から消えた時、安堵からわたしが声を漏らすと、シリカちゃんが耳を揺らしながら疑問を口にした。

 

 「アイツ前回は準優勝だったんでしょ?なら優勝候補を先に潰そうって結託してたんじゃない?」

 

 「……それにしちゃあの連中、泣いていたように見えたぞ」

 

 「んー、気のせいでしょ」

 

 フィリア、クラインさん、リズさんの順に声が聞こえ、先程クロトに倒されたプレイヤー達を思い返す。確かに彼らがクロトへ向けていた表情は、まるで親の仇を見るかのような形相だったけれど……流石に泣いてはいなかった……と、思う。もしかしてクロト、知らず知らずのうちにあの人達を怒らせる事をやらかしたのかな?口が悪い所はずっと変わってないから、割とありそう。

 

 「クロトさんに引き換え、お兄ちゃんは全然映らないなー」

 

 「きっと兄さんなりに考えがあると思うよ、姉さん」

 

 「そうそう、キリの字はああ見えて計算高い所があっからな。参加者がテキトーに減るまではどっかで隠れてるかもしれねぇぞ」

 

 「いくらキリト君でも、そこまでしないと思うなぁ。そういうちょっとあくどい考えって、クロト君の役目だし」

 

 「アースーナーさーん?それクロトの事貶してませんか?」

 

 本気で言っている訳ではないと分かっているけど、わたしは唇を尖らせてしまう。自分でも子供っぽいと自覚しながらも、ついやってしまった。

 

 「ごめんごめん、怒らせるつもりはなかったの」

 

 「誤解しやすい言い方でしたが、ママもパパも、クロトさんの機転の良さを頼りにしていますよ。今だってきっとパパなら、クロトさんを見習って速攻で不意打ちしまくりですよ!」

 

 「あー、確かに。先月くらいにやった潜入系のクエストの時、クロト君って邪魔な敵全部やっつけてたわね……それも不意打ちで。今思い出すと、よくバレなかったわね」

 

 「兄さんなら絶対に真似しますよソレ。クロトさん相手にはホント遠慮せず対抗意識燃やしますから」

 

 ハル君の言葉に、誰もがクスクスと笑い声を漏らす。だって今彼が言った通りの様子のキリトとクロトがありありと想像できてしまうもの。

 その後も何故キリトが予告も無しにGGOへコンバートしたのかや、そこに偶然クロトがアカウントを持っていた事について二人の腐れ縁も何処まで続いていくんだろうかなんて談笑しながら、わたし達は中継映像を眺めていた。しばらくすると、十六分割されたスクリーンの内の一つに映る戦闘が、佳境を迎えた。

 

 「うっひゃぁ……クロトの他にも三次元機動で戦おうって強者がいたのね」

 

 「しかも動きに迷いが無かった……今のスタイルで相当やり込んでなかったらできないわ」

 

 「もしクロトさんと戦ったら、どっちが勝つんでしょうか」

 

 フィリア、アスナさん、シリカちゃんが呟くと、みんな一様に考え出す。クロトが勝つって信じたいけど、相手の銃は当たったらかなりの硬直を課せられるし、まとめて何発も撃ち出されていたみたいだった。それを全部躱して、あのライダースーツ姿の人を倒すのは……流石にクロトでも難しいかもしれない。

 

 「まぁやってみなきゃ分からないでしょ。とりあえずは厄介な強敵になりそうって所で―――あ!?」

 

 「撃たれちゃいましたね。しかも不意打ちです」

 

 「ははっ、見えねぇ所からズドン!ってのは銃ゲーじゃよくあるこった。やっこさんもツイて無かったな」

 

 件の人―――名をペイルライダーというプレイヤーが画面外から飛来した弾丸を受けて仰向けに倒れると、リズさんが思わず声を上げる。ハル君とクラインさんが苦笑すると、リズさんは顔を顰めて画面を操作しペイルライダーを拡大する。

 

 「う、撃たれたって言ってもまだHP残ってるじゃない。ゲームなんだし、すぐ起き上がって……あれ?」

 

 「あ、リズさん。右肩に弾が残って、何かエフェクトが出続けてます」

 

 「まるで風魔法のサンダーウェブみたい……スタン効果でもあるのかな?」

 

 シリカちゃんの指摘に、リーファちゃんはポニーテールを揺らしながら疑問を零したその時だった。

 

 ―――横たわるペイルライダーの傍に、突如人影が現れる。

 

 「……誰?」

 

 わたし達の誰かが呟くと、それに呼応するかのように、ゆらりとその人は顔を上げた。全身をボロボロな意匠が目立つマントで覆い、目深に被ったフードからは、髑髏の仮面が覗く。一瞬幽霊の類じゃないかと思ったけど、マントの端から伸びる脚はしっかりと地面を踏みしめていて、大きなライフルを抱えた両腕も包帯を隙間なく巻いてこそいるけれど……キチンとその場に存在している。

 

 (でも、何なの……?)

 

 言葉にできない威圧を放つぼろマントからは、根拠を言い表せないイヤな感じがして目を離せない。

 

 ―――何故か武器をライフルから一転して貧弱そうなピストルへと持ち替えても。

 

 ―――十字を切るジェスチャーの後、銃を構えても。

 

 心の奥底で、何かが引っ掛かる。それを思い出そうとする自分と、呼び起こしてはいけないと警告する自分。その葛藤がわたし以外にもあったのか、誰もが声を発する事を忘れて固まっていた。

 

 ―――画面外からの銃撃を躱したぼろマントが再び銃を構え、引き金を引いた。

 

 表情の読めない髑髏の仮面が一瞬、笑うように歪んだ姿を幻視した時……何か取返しのつかない事が起きてしまったと、背筋に悪寒が走った。

 でも、何も起きない。胸を撃たれたペイルライダーはHPが幾何か減少こそしたけど健在で、丁度身動きを封じていたスタン効果を示すライトエフェクトが消失した。戒めから解かれた相手に銃を向けられても、ぼろマントの方は動じない。距離を取ったり、向けられた銃を避けようとするどころか身じろぎ一つしないぼろマントの目の前で、ペイルライダーは引き金に指をかける。

 誰の目にもペイルライダーの勝利は明らかで、あの不気味なぼろマントはここで敗北する。その筈、だったのに。

 

 「―――え?」

 

 地に伏したのは、ペイルライダーの方だった。ピストルを撃った後から、あのぼろマントは何もしていない(・・・・・・・)。それなのに。

 困惑するわたし達を置いて、時は進む。再び横たわる事になったペイルライダーは、震える左手で自分の胸元を掴み、反対の手を虚空へと伸ばす。その手が何かを掴むより先に、アバターが消失してしまった。

 

 「回線……切断……?」

 

 さっきまでペイルライダーがいた場所に表示された無機質な文字列を、わたしは思わず読み上げていた。あの瞬間、ペイルライダーを操るプレイヤーの脳とGGOサーバーとの電気信号が何らかのトラブルで途絶えたという理屈はすぐに分かったけど、何故今起こったのかが全く分からない。

 ペイルライダーの回線落ちを示す文字列を踏み荒らし、ぼろマントが画面いっぱいに映り込む。髑髏の仮面の中で不気味に揺らめく赤い眼が、再び心の奥底にある何かを起こそうとしてくる。

 

 「おれと、この銃の、真の名は……死銃(デス・ガン)

 

 画面にピストルを突き付け、切れ切れに発せられた声。それに込められたドス黒い感情が、過去の記憶を……記憶、を……。

 

 「おれは、いつか、貴様らの前に、現れる。そして、この銃で、本物の死をもたらす。おれには、その、力がある」

 

 今引き金を引かれたら、画面を越えて撃たれる。そんなあり得ない事象を想像させる程に、聞こえる声は冷たく、悪意に満ちていた。

 

 「忘れるな。まだ(・・)終わっていない(・・・・・・・)何も(・・)終わっていない(・・・・・・・)

 

 これ以上聞いてはいけない。思い出してはいけない。耳を塞げと、ぼろマントを見るなと警鐘が鳴り響くけど、体は凍り付いたように言う事を聞いてくれない。

 

 「―――イッツ・ショウ・タイム」

 

 「っ!」

 

 ぼろマントが赤い眼を怪しく光らせて告げた、呪いの言葉。それが呼び水となって、忌まわしい記憶が一気に溢れ出す。途端に吐き気を催し、咄嗟に両手で口を抑える。

 

 「あ、ああ……っ!」

 

 「いけねぇ!ハルっ!!」

 

 ハル君とクラインさんの手からグラスが落ちて砕け、さらにクラインさんは座っていたスツールを蹴倒す勢いでハル君の元へ跳んできた。

 

 「やだ……やだよ……兄さん、どこなの……助けてよぉ……!」

 

 「ハル!?どうしたの!?ねえ!」

 

 尋常じゃない程に震える手足を引き寄せ蹲ったハル君。頭を抱える手の隙間から見える彼の表情は病的なまでに青ざめて、わたしよりもずっと大きな恐怖に吞まれていた。弟の急変に理解が追いついていないものの懸命に呼びかけるリーファちゃんの声が届いているのかも怪しいほどに、怯えきっていた。

 

 「リーファちゃん、ハルを力いっぱい抱きしめるんだ!自動切断して一人にしちまう方がマズい!」

 

 「は、はいっ!」

 

 どうしていいか分からず慌てていたリーファちゃんは、ほぼ反射的にクラインさんの言葉に従っていた。縮こまっていたハル君を強引に引き寄せ、胸に抱き込むと、その温もりに縋りつくように彼の両手が彼女に回される。

 

 「あいつ……う、ああ……また、殺され……あああぁぁぁ!!やだっ!死にたくない!」

 

 「ハル、大丈夫だ!ここに奴らはいねぇ!お前は一人じゃねぇんだっ!!」

 

 「ハル、あたしがいるよ!大丈夫!お姉ちゃんがついてるから!!」

 

 SAOから引き継いだ彼のアバターは十二歳当時の体格で、リーファちゃんに抱きしめられている姿は怯えた幼子そのもの。姉の腕の中で怯えきった叫びを上げ続け泣きじゃくるハル君の様子に皆が驚き、やがて悲鳴が嗚咽に変わった頃に、躊躇いがちにリズさんが口を開いた。

 

 「い、一体どうしちゃったのよ?っていうかクラインは心当たりがあるの?」

 

 「……ああ。あいつは……あの髑髏仮面の野郎は、元ラフコフだ……!」

 

 「っ!?」

 

 ラフコフ―――SAOで恐怖の象徴とされた史上最悪の殺人(レッド)ギルド笑う棺桶(ラフィン・コフィン)の略称を耳にし、リーファちゃん以外の皆が一斉に息を呑む。

 

 「まさか、あのぼろマントは……リーダーだった包丁使い……?」

 

 「いや、Poh(プー)のヤツじゃねぇ……アイツはもっとマシンガンみてぇに流暢に喋るヤツだった」

 

 抑えきれない恐怖を滲ませながらアスナさんが尋ねると、クラインさんは首を振る。わたしも這い上がってくる恐怖を堪えて、捕捉するべく口を開く。

 

 「あの人はもっと扇動的で、見世物を盛り上げるように大仰に語っていました……あの時も……そうやってクロトを煽って……わたし、を……!」

 

 殺せと部下に命じた、とは言い切れなかった。わたしの命を断ち切ろうと、狂気に満ちた刃が迫ったあの瞬間の記憶に、体が竦む。

 

 「サクラ、貴女まで無理して……!」

 

 「大丈夫、です。ハル君に比べれば、わたしなんて」

 

 「アスナの言う通り、無理しないの。いいからこっち来なさい!」

 

 リズさんに半ば強引に手を引かれ、わたしは彼女の隣に腰かける。

 

 「ほら、アンタも顔色悪いわよ。意地張らないでちゃんと頼りなさいって」

 

 「はい……すみません」

 

 やや大雑把な手つきで、リズさんが頭を撫でてくれた。でもその手は僅かに震えていて、彼女だってラフコフの存在に恐怖を感じていない訳じゃないんだって気づいた。その上でわたしの事を気遣ってくれるリズさんには、感謝しかない。

 

 「あの、そのラフコフって、何ですか?ハルに、一体何があったんですか……?」

 

 「あのね―――」

 

 腕の中で未だにガタガタと震え続ける弟を宥めながら、躊躇いがちにリーファちゃんはわたし達に尋ねる。それを皆で補足したり、恐ろしさから一時喋れなくなれば誰かが引き継いだりしながらも何とかあの凶悪な殺人集団の誕生から壊滅するまでを説明した。

 

 「―――あのぼろマントが最後に言ったイッツ・ショウ・タイムってのは、リーダーだった男の決め台詞だったんだ。けどそれを知ってんのはヤツに近かった幹部クラスの連中や、アイツと遭遇したり、本気で警戒して調べてた一部のプレイヤーだけなんだ」

 

 「ちょ、ちょっと待ってください。それじゃまるで……まるでハルが、そいつと出会ってるみたいに……」

 

 「そんな生易しい事じゃないわリーファ。私もあの二人から結果だけ聞いたんだけど……殺されかけたの」

 

 「え……?」

 

 クラインさんとフィリアが告げた事実に、リーファちゃんは目を見開いた。告げられた言葉を理解する事を拒むように、ポニーテールを揺らしながら頭を小刻みに震わせる。

 

 「元々Pohとキリト達は何度か会った事があってな。結果的とはいえ、あの二人は野郎の撒いた悪意の種を幾らか摘み取って邪魔してたんだよ。けどその所為で目ぇ付けられて……キリトを絶望させる為の人質として、ハルが攫われた」

 

 「お兄ちゃんを……絶望させる……?そんな理由で、ハルが……?」

 

 「勿論キリトは必死に戦ったさ。居合わせたおれ達も一緒に戦って、どうにかハルは取り戻せたんだが……本当に取返しがつかなくなる寸前だった」

 

 クラインさんの話から、当時のキリトの様子がフラッシュバックした。彼の憎悪に満ちたあの叫び声や、クロトにまで殺意の剣を向けた姿、そして―――何も映らない空虚な闇色の瞳。どれもが今のキリトからは想像できないくらいかけ離れている。

 

 「そんな事が……ハルに……お兄ちゃんに……!」

 

 くしゃりと表情を歪めて、リーファちゃんはより一層ハル君を強く抱きしめた。少しの間俯いて頬を弟の頭に寄せると、何かを思い出したのか顔を上げる。

 

 「……きっとお兄ちゃん、昨日の予選で気づいてたんだと思います。さっきの人が、GGOにいる事」

 

 「ど、どういう事なの、リーファちゃん!?」

 

 「今思い出すと、夕べのお兄ちゃん、ちょっと様子がおかしかったんです。どこかぎこちなかった感じがして……何より、いつも以上にハルの事を目で追っていました」

 

 「なら……クロトも……?」

 

 連絡が全く無かったのは、上手く隠せない事が気づかれないようにする為だった……?うん、きっとそうする。自分の大切な人を守る為なら、他のどんなものが犠牲になる事を厭わない……自分自身を含めて。それがクロトだから。

 

 「何よそれ……バイトじゃ無かったの?一番重要な事をあたし達に隠して、キリト達はGGOに行ったっていうの……?」

 

 リズさんがあげた疑問はわたし達全員が思った事であり、当然誰も答えられる筈も無い。誰もが沈黙した中で、アスナさんが立ち上がった。

 

 「―――私、一度落ちて連絡とってみる」

 

 「アスナ?連絡とるって、一体誰に?」

 

 「キリト君の依頼主―――クリスハイトを、ここに呼んでくるわ」

 

 静かに燃える炎のような強い意志を宿した眼差しと共に、一時の静寂を破った彼女はそう宣言した。




 十三話のラストのクライン……恰好良すぎ!


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百話 死への反撃

 お久しぶりです。

 長らく愛用していたPCがぶっ壊れまして、新調するのに手間取りました……


 キリト サイド

 

 ―――走る。走る。全力で走り続ける。

 

 (クソッ!まんまとしてやられた!)

 

 橋でペイルライダーを殺した死銃をシノンと共に追いかけ、都市廃墟エリアに向かったまではよかった。そこからサテライト・スキャンで銃士Xが死銃だと思い込んでしまい、挟撃するためシノンと別れてしまったのが失敗だった。

 何故なら会敵した銃士Xは女……俺達が探していたぼろマントとは全くの別人だったからだ。読み間違えたと悟った瞬間、猛烈に嫌な予感がした俺は直感に従って強引な速攻で銃士Xを斬り伏せシノンの元へと急行。ぼろマントが彼女を拳銃で撃つのを何とか阻止し、その場からシノンを抱えて逃走しているところだ。

 

 ―――追撃の弾丸が、頬から数センチ横を飛翔する。

 

 どうやら簡単には逃がしてくれないようだ。恐らく向こうはも拳銃とは別の銃……ペイルライダーを足止めするときに使っていたライフルでこちらを狙っているのだろう。仮にあのスタン弾だった場合、食らってしまえば俺は動けなくなり、シノンが殺されてしまう。いや、実弾でもかなりの痛手になる。最悪俺のHPが全損する事態もあり得る。狙われないように何度も道を曲がっているが、それもきっと長くはもたないだろう。

 

 (クロトとの合流を優先するべきだった!)

 

 スキャン時に都市エリアの一角で、数多の灰色の光点に囲まれていた相棒の事を思い出す。あの時はアイツも銃士X目指して移動するものだとばかり思っていたが、よくよく考えればクロトの消耗も激しい筈。きっと何らかの理由で動けなかったかもしれない。

 

 (ペイルライダーが殺されるのを見て、死銃(デス・ガン)を倒す事に焦り過ぎたんだ……!)

 

 隣でいつも冷静な判断をしてくれていたクロトに、いつも俺は頼りっぱなしだったと思い知らされる。何故相棒がいない状況で、簡単に死銃(デス・ガン)に接敵しようなんて判断を下してしまったのか。

 

 「―――もう、いいよ……置いていって……」

 

 抱えたシノンの言葉に、そんな事できるか、と答える余裕もない。確かにシノンと彼女のライフルを抱えて重量オーバー寸前の俺よりも、ぼろマントの足の方が速い。後ろから撃たれる弾丸の精度が少しずつ上がっているのが証拠だ。そもそも曲がれる所だって数十メートル走ってやっと見つかるくらいの間隔で、向こうの射線から逃げきれているとは言えないのだ。だが、それでも―――

 

 (―――死なせない!絶対にシノンを殺させやしない!)

 

 GGOで出会ったこの少女を見殺しにする事だけは、絶対に嫌だった。彼女を抱える腕に一層力が籠る。目の前には大型の交差点が広がり、迷わず右側へと曲がる。

 

 ―――左足に衝撃が走る。

 

 バランスを崩した俺は、抱えていたシノンを投げ出すように倒れてしまう。視界の端ではHPゲージの残量が四割まで減少し、左足の部位欠損を示すアイコンが表示されていた。

 

 「逃げるんだシノン!」

 

 「キリト……その足……!」

 

 「いいから走れ!」

 

 横たわるシノンに叫ぶと、俺は身を起こす。欠損したのは左足首から先で、膝をつくことはできる。幸い撃たれたのは曲がって射線から隠れる直前のタイミングだったため、向こうも同じ位置から俺達を銃撃する事は不可能だ。

 ぼろマントは必ずこの交差点までやってくる。それを足止めし、何としてもシノンが逃げる時間を稼がなければ……!

 

 「キリト……!」

 

 「俺が足止めする!早く行くんだ!」

 

 「でも!」

 

 よろよろと起き上がったシノンが逃げるどころかしがみつくように俺の服を掴む。そんな彼女にやや乱暴に怒鳴ってから、俺はぼろマントを迎え撃つべく態勢を整える。

 決意を固め、腰の光剣を掴もうとした時……現実世界で聞き覚えのある響くような音を聴覚がとらえた。

 

 「これは……エンジンの音か?」

 

 音源は俺達が逃げ込んだ道路の先。そちらへ目を向けると、昨日乗ったあの三輪バギーがこちらめがけて疾走していた。偶然近くにいたプレイヤーとぼろマントに挟撃されるという絶望的な状況に、背筋に冷たいものが走る。

 一体どうすれば―――!

 

 「キリトォォォ!」

 

 「……お前ってヤツは」

 

 待ち望んでいた声に、思わず笑みが零れる。ホント、最高のタイミングで来てくれるよな。

 

 「無事か!?」

 

 「いや、死銃(デス・ガン)に足をやられた。一旦逃げて仕切り直したい。それから、シノンも一緒に……」

 

 すぐ傍でバギーを停めたクロトに手短に答える。だが相棒が乗ってきたバギーは二人乗り用で、もし彼がシノンまで構う余裕は無いと判断したら、と一抹の不安がよぎる。

 

 「……詰めりゃ何とか乗れるか」

 

 「え?」

 

 「ほっとけない……いや、守りたいんだろ?そいつの事。だったら遠慮しねぇで言えよ。どうにもできねぇ時は反対すっけど、そうじゃなけりゃ……とことん付き合うさ、相棒」

 

 「ありがとう、相棒」

 

 クロトには、敵わない。俺の気持ちを察して、ギリギリまで何とかしようとしてくれる。無二の相棒にまた助けられたと実感しながら、彼の肩を借りてバギーに乗り込む。次にシノン、そして彼女のライフルを半ば押し込むように乗せたクロトが、バギーの運転席に乗り込んだ。

 

 「しっかり掴まってろよ、お前ら!」

 

 「分かってるって」

 

 エンジンが唸りを上げると、幅の広い道路をUターンしてバギーが走り出す。自分の足で駆けるよりもずっと速く景色が流れていくが、無理矢理三人で乗っている所為か、昨日に比べて明らかに遅い。

 

 「乗り物なんて、よく見つけたな!」

 

 「もうちょい先で馬と一緒に並んでた!」

 

 吹き付ける風に負けないように大声で尋ねると、クロトは振り返らずに答える。ほどなくして左前方に「Rent-A-Buggy&Horse」の看板が見えてきた。その先にはバギーや機械の馬が並んでいて、一か所だけポッカリと空いた空間に、このバギーも置いてあったのだろう。通り過ぎた際に一つだけ無事な機械馬がいる事に気づいたが、今時馬に乗れるゲーマーなんていやしないだろう。

 

 「それで、何処に行く気なんだ!?」

 

 「北の砂漠だ!そこの洞窟ならスキャンでも見つからねぇからな!」

 

 「分かった!」

 

 やや荒いクロトの運転に揺られながらも、一時的な安全を得られた事に安堵する。

 

 (それにしても……シノン、やけに静かだな)

 

 僅かながらも余裕ができた事で、漸くシノンの変調に頭を回す事ができた。死銃に襲われてからはやけに萎らしく、まるで借りてきた猫のようだ。いや、もう少しでぼろマントのあの拳銃に……殺されそうになったのだから、普通なのかもしれない。

 しかしそんな彼女にどう声をかけようかという俺の逡巡を遮るように、突如として車体が大きく揺れる。

 

 「うおっと!?」

 

 「おい、もっと気を付けてくれ!落ちたらどうする気だよ!?」

 

 「悪い!クソっ、ホントに悪趣味な配置だぜ……!」

 

 彼の悪態につられて前に目を向けると、一直線に伸びるハイウェイには嫌がらせのように廃車や瓦礫が配置されている事に気づいた。加えて所々に砂が積もっていて、そこを通過する度一時的にタイヤからグリップ力が奪われ車体が揺れる。

 確かにこんな悪意を感じるレベルで障害物が配置された道を安全運転で走ってくれ、なんて言うのは中々難しい。それにあのぼろマントだって走る車両に追いつける速度なんて出せる筈が無いのだから、もう少しバギーの速度を下げてもいいかもしれない。大人しいシノンが落ちないように支えながら相棒に提案しようとして―――唐突に背筋に悪寒が走った。弾かれるように後ろを振り返り、戦慄する。

 

 「キリト……?」

 

 「ウソだろ……クロト!追ってきたぞ!!」

 

 俺達のずっと後方、それこそ目を凝らしてやっと見える程小さいけど。それでも何とか気づけたのは僥倖だった。

 ぼろマントがあの機械馬に乗って追いかけてきていたのだ。

 

 「はあ!?見えねぇぞ!?」

 

 「まだ遠いだけだ!アイツ馬に乗りやがったんだ!」

 

 「はああ!?文字通りのじゃじゃ馬で有名なんだぞ!それに乗ってきたとか何の冗談だ!!」

 

 クロトが苦労して避けてきた障害物達を、ヤツが乗る機械馬はいとも容易くよけたり飛び越えたりしながら、ドンドン距離を詰めてくる。相棒も事故を起こさないギリギリまでバギーの速度を引き上げてくれたが、焼け石に水だった。同じ二人乗りのマシンで、一方は強引に三人が乗り、もう一方は一人だけ。速度に差が生じるのは明白だ。それに障害物を避ける度にバギー(俺達)が加減速を繰り返すのに対して、機械馬(ぼろマント)は真っ直ぐに飛び越えるだけで、そのロスがずっと少ない。

 

 「っ!……ぁ、あぁ……」

 

 「シノン!?しっかりしろ!」

 

 隣で同じく振り返っていた少女が息を呑む。その表情はかつてない程の恐怖に染まり、縋るように俺に触れた手は震えていた。

 

 (やっぱりシノンの様子がおかしい!)

 

 原因は間違いなくあのぼろマント……死銃(デス・ガン)の筈。もしかしたらあの時彼女は、ヤツが放つ濃密な殺気にあてられたのかもしれない。

 シノンから死銃(デス・ガン)へと視線を向け、精一杯観察するべく目を凝らす。

 

 ―――次はおれが、馬でお前らを、追い回してやる。

 

 仮面の奥で赤く光る目を直視した時。記憶の奥底から、ドス黒い何かが蝕むように滲み出す。SAOのどこかで、確かにアイツにそう言われた。だが、それはいつ、何処で言われた?どうしてそうなった?

 

 (死銃(デス・ガン)、お前は……誰なんだ……!?)

 

 聞こえる筈のない、しゅうしゅうと仮面を鳴らすヤツの声が頭に響き、記憶を引っ掻いていく。忌まわしい悪夢として封じ込め、忘れたつもりでいたラフィン・コフィンとの殺し合い。その中からにじみ出た光景たちが脳裏にフラッシュバックしては消えていく。向き合い、ケリをつけるのだと昨日決意した筈なのに……やめろ、思い出すなとどこかで叫ぶ自分がいる。記憶を呼び起こしてしまったら、俺が俺でなくなってしまう……そんな確信めいた予感がこびりついて剥がれない。

 

 「いや…来ないで……」

 

 かすれた囁きにハッとする。深紅の光線が視界を踊る。その先にあるのは―――

 

 「シノン!!」

 

 ―――考えるよりも先に、体が動いていた。光剣を引き抜き、その刀身を弾道予測線に割り込ませる。無事な右足と左手でリアシート上に起こした体を支え、銃弾を防いだ光剣を構える。

 

 「嫌あああぁぁぁ!!」

 

 けれど飛び散った弾丸のポリゴン片が眼前を横切った瞬間、狙われたシノンがかつてない程の悲鳴を上げた。二発目の弾丸がバギーのリアフェンダーに命中する。悪い事が重なるように、砂埃を踏んだらしい車体が一際大きく揺れ、俺の方へと倒れ込んだ彼女が縋りついてくる。

 

 「やだよ……助けて……」

 

 ―――わたし、死ぬの怖い

 

 死銃(デス・ガン)が与えようとする死に怯え、震える体を縮こまらせるシノン。その姿に、かつて守れなかった少女が重なった。

 

 ―――繰り返すのか?

 

 伸ばした手の先で、微笑みながら砕け散った彼女の姿が脳裏をよぎる。

 

 ―――また、見ているだけなのか?ラフコフが人殺しを重ねていくさまを。

 

 焼け残った写真のように朧げな、討伐戦の光景が……誰かの手によって弟が砕け散った瞬間が蘇る。

 

 (できるのか……取りこぼし続けた、俺なんかに……?)

 

 体が竦む。歯の根が合わない。カラカラに乾いた喉からは言葉にならない音が漏れるだけで、いつしか俺は死銃(デス・ガン)を直視できなくなっていた。

 這い上がる寒気に、挫けそうになる。

 

 「キリト!とにかく防げ!!シノン!テメェのライフルで撃ち返せ!!」

 

 意識を閉ざしかけていた殻を叩き壊す相棒の声。だがその内容にギョッとした俺は思わず振り返って叫んだ。

 

 「バカ言うな!今のシノンは戦えないんだぞ!」

 

 「ンな事知るか!このまま追いつかれて殺されるぞ!立てねぇヤツ庇って戦う余裕は無いんだよ!!」

 

 「それでも俺は!」

 

 「だったら何とかしろ!!お前ならできるだろ!!」

 

 一見すればシノンを切り捨て、できないなら俺に何とかしろと好き勝手な言葉だが、一瞬向けられた彼の眼差しに宿っていたのは全幅の信頼だった、相棒の言葉に込められた意味を悟った瞬間、冷え切っていた胸の内に火が灯る。厳しくも、こんな俺を迷わず信じてくれた彼の想いを、裏切りたくない!

 

 (今は、俺が俺を信じられなくても……相棒が信じてくれるキリト()なら、やれる!)

 

 そうだ……今度こそ、俺は―――!

 

 三度飛来する弾丸を斬り飛ばす。そして怯え続けるシノンに向けて、力いっぱい叫ぶ。

 

 「大丈夫だシノン!君は…君は死なない!」

 

 「え……?」

 

 呆然と顔を上げてくれた彼女から目を逸らさず、自分に誓うように俺は告げる。

 

 「君は、俺が守るから!」

 

 守れなかった人たちが死んだ瞬間が、容赦なく心に突き刺さっていく。それでも、今目の前にいる人を守りたい、助けになりたいと願うこの想いは、決して間違いじゃない筈だ。

 

 「まも、る……?」

 

 「ああ。死銃(デス・ガン)から、必ず」

 

 もう繰り返させない。その決意と共に、俺はシノンへと頷いた。彼女の瞳に小さくとも確かな光が宿ったのを確認し、視線を後方の死銃(デス・ガン)へと向ける。睨みつけたヤツはもっと近づいてから仕留めようとしているのか、いつの間にか銃を下ろしている。今なら反撃、とまではいかなくとも牽制はできそうだ。

 

 「シノン。一度だけでいい、君の力を―――そのライフルを貸してくれ。アイツは、俺が撃つ」

 

 先程までの弱気な自分は何だったのかと思いたくなるほど、今の俺から震えや寒気はなくなっていた。無論死銃(デス・ガン)を相手にする事の恐怖が無くなった訳じゃないが、互いに背中を預けられる相棒の存在が、それを受け止める支えになってくれるのだ。

 共に戦ってくれる者がいる限り、俺は何度だって立ち上がれる。目の前で苦しむ誰かを守りたい、助けになりたいと願う心のままに手を伸ばし続けられる。

 

 「……へカートは、私の分身……私以外の、誰にも扱えない……!」

 

 「シノン……!」

 

 うわ言のようにシノンが零す言葉たち。それらは彼女の中に残ったほんの小さなプライドの一かけらなのかもしれない。それでも今の彼女の支えである事は、ゆっくりと銃を構える様子からも明らかだった。

 シノンもまだ、折れていなかった。こんなに苦しい時であっても、自らの意思で戦う事を選ぶ強さを彼女は持っている。シノンが弱弱しくグリップを握り、引き金に指をかけようとしたその瞬間、死銃(デス・ガン)が再び右手を手綱から腰の拳銃へと見せつけるように動かした。

 

 「っ……!」

 

 少女の華奢な肩が目に見えて跳ね、喘ぐように呼吸が早まっていく。死銃(デス・ガン)はさっき彼女に刻み付けた死の恐怖を、不可視の弾丸としてその心を穿ったのだ。殺人を楽しむ元ラフィン・コフィンらしく、ヤツは獲物(ターゲット)に定めた相手をただ殺すのではなく、心身を甚振り、折れるさまをショーのごとく見せつけようとしているのか……!

 

 「私……もう、戦えない……」

 

 掠れたシノンの声が耳朶に届く。なけなしの闘志すら砕かれた彼女の手が、構えた銃から離れようとする。

 

 「いいや、戦えるよ」

 

 光剣を左手に持ち替え、シノンに覆い被さった俺は彼女の小さな手に自分の右手を重ね、離れかけていた銃のグリップを握らせる。折れる寸前の彼女の心を支えながら、あの拳銃から命を守るにはこれしか思いつかなかった。

 今の彼女から銃を拝借し、俺が撃ってしまえば……きっとシノンは二度と立ち上がれなくなってしまう。

 

 (命だけじゃダメなんだ……彼女がまた自分で立てるように……その心まで、守るんだ……!)

 

 死銃(デス・ガン)が再び拳銃を引き抜き、またシノンが体を震わせる。

 

 「大丈夫、俺が守る」

 

 優しく言い聞かせるように耳元で囁くと、少しだけ彼女の震えが小さくなる。

 

 「ヤツにこの銃を向けたのは……戦うと決めたのは、君自身だ。君の中にある譲れないモノは、あんな奴に絶対負けない筈だ」

 

 「私が……戦うと、決めた……」

 

 「ああ。君なら撃てる」

 

 独りでも立ち上がろうとした、俺には無い強さを持っている君なら。俺は少し手を貸すだけだ。氷のように冷え切っていたシノンの手が僅かに熱を取り戻し、指先が動き出す。

 

 「……だめ……こんなに揺れてたら、狙えないっ……!」

 

 「心配ないよ。じきにチャンスがくる」

 

 焦るシノンを落ち着かせるべく、穏やかに告げる。彼女は気づいているだろうか?いつしかバギーが蛇行していない事に。そして死銃(デス・ガン)、お前も忘れていないか?

 

 「相棒!」

 

 「五秒後!跳ぶぞ!」

 

 お前が探す本物の黒の剣士(キリト)にはいつだって、背中を預かっている最高の相棒(クロト)がいた事を!!

 

 「二、一、今!」

 

 背後から響く親友の掛け声にあわせて、俺達を乗せたバギーが跳躍した。眼下には踏み台にした廃車が映る。撃ち返せと指示した瞬間から、クロトならば何らかの方法でチャンスを作ってくれると信じていたが、大分荒っぽい方法だ。

 

 (でも、揺れは止まった(・・・・・・・)……!)

 

 相棒は行動で応えてくれた。次は俺達の番だ。

 

 「シノン!」

 

 「っ!」

 

 細い少女の指が、引き金(トリガー)を引く。反撃を告げる轟音と共に大きな爆炎が銃口から迸り、放たれた弾丸が地を駆ける追跡者へと飛翔した。



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百一話 慟哭

 お久しぶりです。最近のFGOやモンハンが賑わっていて、ちょっと脱線してました。

 まぁ、今回が難産で中々納得の出来にならなかったのもありますが……


 クロト サイド

 

 路上に放棄されていた車両の残骸をジャンプ台代わりにして、バギーを跳躍させたオレが後ろを振り返った時、真っ先に視界に飛び込んできたのは視界を塗り潰さんばかりの大きなマズルフラッシュだった。その中から飛び出した弾丸を認識した途端に時間感覚が引き延ばされ、目に映る光景全てがゆっくりと流れていく。

 下方へと飛翔していく弾丸は、ぼろマントから右側へと逸れていく。外れた、と思った弾丸は、しかしアスファルトの代わりに横転していたトラックの胴を穿った。比較的新しかったソレは瞬く間に火柱を上げ炎上し、すぐ傍を駆け抜けようとした機械馬をも飲み込んだ。

 そこまで見届けたオレは、落下していくバギーが着地時に横転しないよう、再び運転に専念する。ダメージを受けない程度ではあるが大きな衝撃に身を揺さぶられながら路上へと降り立ったところで、トラックの爆風が背中を軽く叩いてきた。

 

 「お疲れ、シノン」

 

 キリトが柔らかな声色でシノンを労うのを後ろで聞きながら、オレは砂漠エリア洞窟を目指して再びバギーを走らせた。

 

 ―――あのぼろマントはまだくたばっていない。

 

 そんな確信めいた予感が、胸中から消える事は無かった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 幸運にも他のプレイヤーと遭遇せずに目当ての洞窟に入り込めたオレ達。キリトの足の欠損は時間経過によって回復し、減少していたHPも支給された回復アイテムを使ったのでジリジリと増加している。その時間を利用し、オレ達は互いにあったことを話して情報共有に努めた。

 

 「―――しっかし、なるほどなぁ……光学迷彩装備とか、まったく思いつかなかったぜ」

 

 「ボス専用、って考えがプレイヤー間の共通認識だったけど、その効果を得られるアイテムがあっても不思議じゃないわ」

 

 シノンの言葉に納得したオレは、そっと視線を洞窟の出入り口へと向ける。ここは地面が荒い砂で、いくらぼろマントが透明になろうが足音や足跡で接近に気づく事は充分に可能な筈だ。その事を確認したオレはヤツとの再選に備えて身支度を整える。

 とはいえグレネードの類や支給された応急キットは使い切ってしまい、残っているのはP90とナイフのみ。空になった弾倉をストレージに放り込み、逆に弾の詰まった予備弾倉をオブジェクト化してポーチに収める以外にする事なんてない。六割前後の残量を示すHPゲージに溜息をつきそうになるのを堪え、ふと自分の右手を眺めた。

 

 (大丈夫。化け物から、ちゃんと戻れてるな……)

 

 敵と定めた者の死を……殺す事を厭わない冷徹な、殺人鬼と言われた頃に意識を近付けた状態で、幾人も撃破したけれど、キリトの反応を見る限り、今はいつも通りに戻れているみたいだ。

 あのぼろマント……死銃(デス・ガン)に立ち向かうには、今度こそあの頃に堕ちる必要があるが……きっとまた相棒は責任感じそうなんだよな。折り合いはついたって昨日言ったが、それでもこっちを気にするくらいお人よしなのがキリトだし。

 

 「ペイルライダーは被害者、銃士Xは無関係なヤツ……で、スティーブンが死銃(デス・ガン)のキャラネームっつう訳か」

 

 「まあ、消去法でそうなるんだろうけど……うーん」

 

 「どしたキリト?」

 

 やや歯切れの悪い様子の相棒が気になり、何に引っかかっているのか続きを促す。

 

 「このSterbenってさ、確かスティーブンじゃなくて、別の読み方だった気がするんだよなぁ……ええと、昔参考書で見たような……」

 

 「参考書?一体何のだよ?」

 

 「それが思い出せなくって引っかかっているんだよ」

 

 大きくため息をついて頬杖をつくキリト。Sterbenの読みが気になるのはオレも一緒だが、今はそれよりも死銃(デス・ガン)をぶちのめす方が先だ。

 

 「ンな事は後で調べりゃいいだろ。とりあえずお前の回復が終わったら出るぞ。山勘で放り込まれたグレネードでお陀仏ってなっちまったら、あの野郎が好き勝手に暴れるのは目に見えてる」

 

 「……そう、だな。シノン、君とはここでお別れだ。本当はログアウトして欲しいけど……大会中はそれもできないもんな」

 

 「え……?」

 

 大人しく蹲っていたシノンが、キリトの言葉に顔を上げた。

 

 「また、あの男と……戦うの……?」

 

 「ああ。あいつは強い。俺一人じゃ、勝てないかもしれない……でも今は相棒がいるから、絶対に負けないさ。それにアイツを倒さなきゃ、君を守るっていうさっきの言葉が嘘になるからな」

 

 「どうして……怖く、ないの……?」

 

 戸惑う彼女から零れたのは、掠れた声。視線がふらふらとオレ達を交互に彷徨う、普段とはかけ離れた弱弱しい姿に、どう答えたものかと考える。するとやはりというべきか、キリトが先に答えた。

 

 「怖いさ。昔の俺だったら、そんな風に思う余裕が無かったけど……今はそうじゃない。死にたくない……ううん、帰りたいって思う場所ができて、守りたい、一緒に生きたいって願う人達がたくさんいるから」

 

 「帰りたい……守りたい……」

 

 「つってもお前、未だに自分を顧みない無茶やるけどな」

 

 「その時はお前が守ってくれるだろ?お前が守るって決めた中に俺がいて、俺が守りたいものの中にお前がいる……それが黒の剣士と遊撃手(おれたち)じゃないか」

 

 ……何でこう、そんな気恥しいセリフがナチュラルに言えんのかなキリトは。不敵な笑みと共に拳を掲げる姿が様になっていて、こみ上げてくる恥ずかしさを隠すべくオレも拳を合わせた。

 

 「よし。回復も終わったし、俺達は行くよ。シノンはもう少し休んでいてくれ」

 

 相棒の言葉を背に、一足先に洞窟から出ようとして

 

 「―――私、逃げない」

 

 「……は?」

 

 シノンの予想外な一言に、足を止めた。

 

 「私も、外に出て……あのぼろマントと戦う」

 

 「……ダメだシノン。アイツに撃たれれば、本当に死ぬかもしれない。接近戦ができる俺達は対応できるけど、君はそうじゃない。もし透明化で、懐に潜り込まれてしまえば……」

 

 振り返ると、彼女の前に相棒が立ち塞がり、説き伏せようと言葉を紡いでいた。薄暗い洞窟のため俯き気味なシノンの表情は窺えず、何故に自分から命の危険へ首を突っ込もうとしているのか解らない。

 

 「死んでも構わない」

 

 「……え?」

 

 「おいシノン、テメェ今何つったか解ってんのか?」

 

 彼女の口にした内容が内容なだけに、こちらの言葉も自然と荒くなってしまう。いつもなら此方に対抗するかのように語気を荒げて噛みつき返してくる筈の狙撃手は……あくまでも平坦だった。

 

 「私、アイツがすごく怖かった……死ぬのが恐ろしかった……情けなく、悲鳴を上げて……でも、それじゃダメなの。そんな弱い私のまま生きるくらいなら……死んだ方がいい」

 

 「死ぬのが怖ぇのは当たり前だろ。怖くないヤツなんざ、頭のイカれた野郎しかいねぇっての」

 

 脳裏によぎるのは、かつてアインクラッドで殺し合ったラフィン・コフィンのメンバーとリーダーだったPoh。相手を殺すどころか、自分が殺されるのも厭わない所まで狂気に染まった輩と同じ思考を持ったヤツがそうそういてたまるか。

 

 「もう怯えて生きるのは……嫌だし、疲れたの。別にいいじゃない、私一人でも戦えるわ。それで死のうが、アンタ達には関係ないでしょ」

 

 「……一人で戦って、一人で死ぬ。そう言いたいのか君は?」

 

 ゆらりと顔を上げたシノンの眼差しを受けたキリトが、硬い声で静かに問いかける。一方でオレは、彼女がヤケを起こしていると悟り、こっちから何を言ってももう聞く耳持たないだろうなと匙を投げたくなった。

 キリト達仲間の命に比べれば、GGOで知り合い程度の間柄でしかないシノンの命の優先度はずっと低い。これはオレの歪んだ価値観からくる独断だが、捨て鉢になった彼女が余計な手出しをしてキリトが危険に晒されるくらいなら、ここでHPを全損させて切り捨てるのもアリかと静かにナイフの柄に手を添えた。

 

 「もし自分が死んでも、誰も悲しまない……本気でそう思っているのか?だとしたら、君は間違っている」

 

 「だから何?アンタには関係ないって言ったでしょ」

 

 「あるに決まっている!一緒に買い物して、一度は真剣勝負して!決着をつけようって約束したじゃないか!そんな君が死んだら……俺は悲しい!」

 

 「うるさい。誰も悲しんでくれなんて頼んでない!」

 

 段々と感情的に声を上げ熱くなる二人とは対照的に、オレの意識は冷ややかに化け物側へとシフトしていく。昨日出会ったばかりの者に手を伸ばし続けるキリトの優しさは、人として尊いものだが……場合によっては自分の首を絞めかねない。自らを省みない相棒が傷つくぐらいならば……オレが線引きする。それで彼に殴られようが恨まれようが構わない。

 

 ―――大して親しくもない輩の命なんて、幾つあろうが親友一人の命よりもずっと軽い。

 

 命の価値は等しくあるべき?そんな綺麗事なんざクソくらえだ。オレの中の歪んだ天秤の結果は覆らない。

 

 「―――君にだって家族や友人が、大切な人がいる筈だ!彼らにもそう言って死ぬつもりか!?」

 

 「知った風な口利かないでよ!!」

 

 乾いた音が響く。ずっとキリトが捕まえていた手を振り払ったシノンが、彼の頬を叩いたのだ。

 

 (もういい、やるか)

 

 音を立てずにナイフを引き抜く。元々斬ろうかと考え始めた時からシノンの後ろに少しずつ移動していたので、激高した今の彼女に気づかれる訳がない。そのまま首筋に刃を突き立てれば、それで終わりだ。それなのに、どうして……!

 

 (……何で、止めるんだよキリト……!)

 

 一瞬だけ交錯した視線が、もう少し待ってほしいと告げていた。今無理矢理にでもシノンを攻撃すれば、間違いなくキリトが庇ってくる。それが分かっている為、オレは動けない。

 

 「さっきから鬱陶しいのよ!何も知らないクセに!勝手に首突っ込んできて、何なのよ!アンタなんかに私の何が分かるっていうのよ!?」

 

 シノンがもう一度、相棒へと手を振るう。再び乾いた音が洞窟内に響くが……頬を叩かれたのは彼女の方だった。キリトが持ち前の反応速度でもってシノンの手を掴み、逆の手で反撃していたのだ。

 

 「分からないさ!分かる訳がないだろう!君は何も言わなかったじゃないか!どうすれば強くなれるか聞くばかりで、何のために強さを求めているのかも、君が望む強さがどんなものなのかも―――何に怯え、乗り越えようと足掻いていたのかも!一つも言わなかったじゃないか!ありのままの君の想いで向き合おうとしなかった!」

 

 少女の華奢な肩が跳ねる。いつになく感情を露にするキリトの言葉は全てが正しい訳じゃないが、シノンには刺さる所があったのだろう。先程よりも目に見えて反応している。

 

 「一度でも本気で誰かと向き合おうとしたのか!どうせ自分を受け入れてくれる人なんかいないって、心を閉ざして逃げていただけじゃないのか!?本当に自分の痛みや苦しみを分かってほしいなら……君自身の言葉で!その口で!ちゃんと伝えるべきじゃないのか!どれだけ君を気に掛けて、寄り添おうとする人がいてくれたとしても、君から言わなきゃわからないままなんだ!!」

 

 キリト、まさかお前……シノンに昔の自分を重ねているのか……?だからこそ、命を投げ出そうとしている彼女をここまで引き留めようとしているのか。

 

 「なら―――貴方が一生、私を守ってよ!!」

 

 そこにいたのは、氷の狙撃手ではなく……胸の内で暴れまわる感情のままに本音を叫ぶただの女の子だ。

 

 「私の何を知っているっていうのよ!勝手な綺麗事を押し付けないで!私には誰もいなかった!どこにも居場所なんて無かった!カウンセラーの人の言葉だって、ただの薄っぺらい同情しかなかったのに!!」

 

 溢れ出した涙を拭う事すらせず、ただただキリトに心からの叫びを叩きつけるシノン。ああ、やっと分かった。相棒はただ、シノンが氷の狙撃手という仮面の下で押し殺していた本音を聞きたかったんだ。かつてお前に本音を吐き出させ、その上で向き合ってくれたアスナのように。

 

 「私の……私だけの戦いに、踏み込んでこないで!例え負けて死んでも、誰にも私を責める権利なんか無い!それとも、貴方が一緒に背負ってくれるっていうの!?」

 

 癇癪を起した子供のように、キリトに右手の拳を打ち付ける。間を置かず、ずっと心の奥底に押し込めていたであろう想いをぶちまけた。

 

 「この……人殺しの手を、貴方は握ってくれるの!?一生隣にいてくれるとでもいうの!?」

 

 人殺し?それがシノンの抱える闇だというのか。思わぬ事実にオレもキリトも僅かに硬直するが、シノンはそんな事お構いなしに泣き叫ぶ。

 

 「大っ嫌い!アンタなんか、大っ嫌いよ!!」

 

 頭をキリトの胸に押し当て、止まらない嗚咽を漏らす彼女を見たオレはそっとナイフを仕舞った。

 

 「……ああ、嫌ってくれ。それで君の心が晴れるなら、安いもんだよ」

 

 穏やかな声音で告げた後、相棒はこちらに目を向け、申し訳なさそうに微笑んだ。

 

 ―――付き合わせて悪い。

 

 そう言いたいであろう彼に向かって、許す思いを込めて笑みを返す。オレは親友の、こんな所に弱いのだと改めて理解したのだった。




 ミラボレアス強すぎぃ……ソロで何度も消し炭にされ、真面目にキリトみたいなゲームセンスが欲しくなりました……

 初討伐時に歓声を上げたハンターはきっと他にもいる筈。


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百二話 孤独と傷跡

 中々進まない……でも大事な所だし、省略なんてしたくない……


 クロト サイド

 

 「……アンタの事は嫌いだけど……少し、よりかからせて」

 

 「……わかった」

 

 さんざん泣き叫んで疲れたのか、小さく呟いたシノンはキリトに身を預ける。そして預かった彼は自分の膝を枕代わりにしてシノンを寝転ばせ、そっと彼女の髪を撫でた。SAOでも度々弟を労わる兄としての姿を見せてきたその手つきは堂に入っており、あまりにも自然な流れ故かシノンが拒否する事は無かった。

 

 (って、オレもスルーしてたな……)

 

 やっぱり、キリトには敵わないな。目の前の誰かの為に戦うだけでなく、その傷ついた心までも救おうと手を伸ばし、寄り添う彼の優しさが……オレには眩しい。

 

 (切り捨てようとしたさっきの自分が……情けないな……)

 

 守りたい、助けたいという想いのままに立ち上がれるキリトの強さや諦めない心。それは決してオレが持てない力であり、同時に彼の脆さを内包している。それを冷酷な自分が理解している所為か、こうして自己嫌悪を抱く事はあっても、今のスタンスを変える気はなかった。でなきゃキリトはどこまでも、自分を顧みずに手を伸ばし続け―――その果てに傷つき、心を壊してしまうから。

 

 (結局オレにできるのは……戦う事だけ、か……)

 

 何だ、バケモノにピッタリな単純な役目じゃないか。敵を殺して、仲間が傷つけられるのを防ぐ。その間に出てくる犠牲が何だろうが、仲間と関係ない存在ならどうだっていい。所詮オレはロクデナシの類の人間だ。

 

 「―――ありがとな、クロト。見守っていてくれて」

 

 「お前に丸投げしちまっただけだ。礼を言われるモンじゃねぇ」

 

 「それでも、だよ。ただ居てくれた事が、俺にとっては感謝したいくらいだったんだ」

 

 キリトが座っているのとは反対側の洞窟の壁に背を預けて座り込む。彼は先程から静かになったシノンに穏やかな眼差しを向けたままで、内心を悟られたくないオレにとっては有難かった。

 訪れた静寂にしばし身を任せていると、やがてシノンが口を開いた。

 

 「私ね……人を、殺したの」

 

 それは自分から告げようとしたのか、あるいは無意識の内に言葉が零れたのか。真意は分からなかったが、オレ達の反応を待たずに彼女自らの過去を……背負い続けていた十字架をさらけ出した。

 

 五年前、母親を守る為に強盗から拳銃を奪い、射殺した事。その後銃に対してトラウマを抱え、苦しんできた事。銃を見てもトラウマの発作が出ないこの世界で最強になれれば、過去を乗り越えられる……そう信じようと戦い続け、死銃(デス・ガン)にその希望を打ち砕かれた事。

 

 「―――死ぬのは怖いけど……でも、それと同じくらい、怯えて生き続けるのは辛くて……苦しいの。だから……だから、逃げちゃダメなの……!」

 

 そう言い切ったシノンは、震える体をかき抱く。明らかに無理をしていると分かる様子が痛々しい。

 

 

 「……俺も。俺達も、人を殺した事がある」

 

 「え……?」

 

 「キリトが言ってただろ?前のゲームでオレ達は、死銃(デス・ガン)と殺し合ったってな。アレは比喩でも何でもなく、文字通りの事実だ」

 

 「そして、そのゲームのタイトルは……ソードアート・オンライン」

 

 身を縮こまらせていた少女の肩が跳ねた。当然というべきか、史上最悪のゲームとしてSAOの名は広まっている。それを踏まえれば、シノンの反応だって極々一般的なものなんじゃないかと思う。

 

 「じゃあ、貴方達は……」

 

 「ネット用語で言えば、SAO生還者(サバイバー)って奴だ。そして、死銃(デス・ガン)も。俺は……俺達は、アイツやその仲間と本気で命を奪い合った筈なんだ……」

 

 「で、野郎は笑う棺桶(ラフィン・コフィン)っつうレッドギルドにいた」

 

 虚空に目を向け、声に震えが混じり始めたキリトから引き継いで、オレはSAOに於ける犯罪者(オレンジ)殺人者(レッド)の存在を明かす。

 

 「ま、待って……そのゲームでHPが無くなった人は、本当に死んじゃったんでしょ……?」

 

 「だからこそ、なんだよ。SAOには現実世界(リアル)と違って法律や犯罪者を捕らえる警察も、裁く為の裁判所も無かった……強要されたデスゲームに順応できなかったヤツ、できてもゲームクリアなんて先の見えない日々で少しずつ心を腐らせていったヤツ……理由はどうあれ、誰だってちょっとしたきっかけで理性のタガが外れちまうような世界で……壊れた奴らにとって、人殺しは一種の快楽だった」

 

 絶句するシノン。そんな彼女に触れるキリトの手が少しだけ強張っているが、まだ話しても大丈夫だろう。

 

 「笑う棺桶(ラフィン・コフィン)はそういう狂った連中の集まりでな。フィールドやダンジョンで他者を襲い、嬉々として殺していった。普通のプレイヤーだって警戒はしたが、ヤツらの手が止まる事は無かった……あの手この手でシステムの抜け穴ついて、次から次へと……な」

 

 一呼吸おいて、告げる。

 

 「やがて看過できなくなって、大規模な討伐パーティーが組まれた。レベルや装備が圧倒的に優れたトッププレイヤーをかき集めて、夜更けに不意打ちして一網打尽。まとめて牢獄に送ってやるっていう計画だったが……結果は血みどろの殺し合いになっちまった」

 

 「そんな……どうして……?」

 

 「情報が漏れていたんだ。俺達もそのパーティーにいたけど、ラフコフに奇襲されたのをよく覚えている」

 

 「あとは……殺しへの抵抗の有無、だな」

 

 「……」

 

 シノンが身を震わせ、当時を思い出したのかキリトも表情を険しくして押し黙る。

 

 「SAOのトッププレイヤーってのはゲームクリアの為に日々攻略でmobと戦ってきた連中でな。GGOでいうmob狩り専門同様に対人戦の心構えとか駆け引きの経験が多くなかった。中にゃデュエルにすら強い抵抗があったヤツもいてな。対してラフコフはプレイヤーを斬る事に何の躊躇いもない。自分のHPがレッドゾーンになっても、気にせず襲い掛かってきた」

 

 自分の身が冷えていく感覚を自覚しながら、オレは淡々と話し続ける。

 

 「相手を殺せない討伐パーティーが防戦一方になって……最初の死者が出た。そこからは、もうめちゃくちゃさ。死にたくない、でも殺したくないって戦えなくなったヤツが大半で、一部の人が殺し返した、らしい」

 

 「らしい……?」

 

 「あー、全体を客観的に言うと、って話。そん時のオレ等はラフコフの連中殺してて、周りの様子気にしてらんなかったし」

 

 「え……?」

 

 目を見開く少女を見て、人殺しをすんなりと言えた自分がやっぱり異常なんだと再認識する。例え悪人であっても、命を奪った事に罪の意識を抱き続けるシノンやキリトがまともであり、何も抱かないオレがイカれているのだ。

 

 「アンタは……平気なの……?どうして……?」

 

 「オレはハナっから狂ってただけさ。殺す事に何も感じなかったからな……躊躇いも後悔も、何一つ。そういう欠陥のある人間だったってオチだ」

 

 息をのみ、口許を震わせる彼女の表情にあるのは純粋な怯えと驚愕。そらそうだ。殺人経験のあるヤツが目の前で「これからも普通に人殺せます」って宣言したのと同じようなモンだし。

 彼女に希望の火を灯すのは、似た痛みや苦しみを抱き続けるキリトの役目だ。

 

 「誤解しないでくれシノン。クロトだって、そんな自分の一面を受け入れられなくて……守った筈の人達から責められて、大切な人から一度は拒絶されて、傷つき苦しんだ事があったんだ。本当はこの日の為に折り合いをつけてくれたばっかりで―――」

 

 「―――キリト、死銃(デス・ガン)をブチのめす為には化物(こっち)のオレが必要なんだ。それ以上は要らねぇよ」

 

 「……わかった」

 

 今はシノンのケアが先だろうに。昨夜もそうだったが、この手の話の時のキリトはオレを気にしすぎじゃないか?

 ……当時の状況を思い返せば仕方ないかもしれない。この一面と最初に向き合ってくれたのはキリトだ。だからこそ、自分が動かなければと無意識に思ってしまうのだろう。

 

 「欠陥……私も、そうだったら……」

 

 「楽だった、てか?アホぬかせ。罪と思わなくなった時点でレッドプレイヤーどもと同じ、クズに成り下がるだけだ」

 

 「でも……今みたいに怯えなくていいなら……!」

 

 「本当に耐えられるのか?世間一般の常識や良識、良心があるままで、’コイツは自分や大切な人の害になるから死んでもいいヤツだ’なんて平気で言える自分の存在を。人殺しを悪だと認識している筈なのに、いざ殺そうとした時に忌避感を抱かない……抱けない、そんな世間と自分とのズレを、受け入れられるのか?」

 

 「それは……」

 

 「言っとくが心の奥底は孤独だぞ。それこそ誰からも理解も共感もされない……バケモノだからな。オレはただ運が良かっただけだ」

 

 この冷たい自分の一面と向き合おうとしてくれたキリトや、少しずつ受け入れようと頑張ってくれたサクラ、知ってなお変わらぬ態度で接してくれるクラインやエギル達……彼ら彼女らがくれた温もりはかけがえのない希望だった。けれど、ラフコフとの殺し合いそのものの恐怖や、相手を殺した罪の意識に苦しむキリト達を見た当時……彼らのようにならなかった自分の、ズレた感覚に本当の意味で共感や理解が得られる事は一生無いと悟ってしまった。例えどれほど、キリトやサクラ達がオレを受け入れようと手を伸ばしてくれたとしても。

 傍に寄り添ってくれる人がいたオレでさえ孤独を味わい、苦しんだのだ。シノンが同じように人殺しに罪の意識を持っていなかったら……彼女の心はとっくに壊れていたと思う。

 

 「でもさ……本当は俺も、お前みたいだったら良かった、って思う事が何度もあったよ。ラフコフとの戦いの後、暫くは殺した瞬間の事が頭から離れなくて……俺はみんなと一緒にいる資格があるのか?真に裁かれるべきなのは自分なんじゃないのか?って、一人になった時……気が狂いそうだった」

 

 「お前まで……」

 

 「俺やシノンから見たら、お前の方が楽そうに見えちゃうんだよ……誰だって楽な道に逃げたくなる。だから楽そうなお前みたいになりたい、ってつい思う時があるって事……知っていてくれ」

 

 分かってくれ、と言わないのは……彼らの痛みを本当の意味で理解できないオレへの配慮だろうか。自嘲するように肩を竦める相棒に、オレは何と言えばいいのか分からなかった。

 

 「なら……キリトは?私と同じように、人を殺した事が罪だって思っていた貴方は……どうやって乗り越えたの……?」

 

 身を起こしたシノンの問いかけが、沈黙を破る。縋るような声色をした彼女に、相棒はゆっくりと首を振った。

 

 「乗り越えてないよ」

 

 「え……?」

 

 「死銃(デス・ガン)と会って、ラフコフ討伐戦を……そのさなかで憎悪に飲まれて、何人も斬り殺した記憶を思い出して……結局夕べは碌に眠れなかった。家族といつも通りの時間を過ごしたつもりだったけど、それでどうにかなるようなモノじゃなかったんだ」

 

 「そん、な……じゃあ、私……どうすれば……」

 

 震える声で呆然と呟くシノン。そんな彼女の手を握り、キリトはゆっくりと語りかけた。

 

 「確かに俺も君も、忌まわしい記憶から一生逃れられない。でもなシノン、それは多分……正しい事で、逃げちゃいけないって意味なんだと思う。俺は一度、無理矢理忘れた……ううん、忘れたふりをして自分を騙した。でもそれは間違いで、彼らをこの手で斬った……殺した事の意味、その重さを受け止めて考え続けるべきだったんだ」

 

 「受けとめ……考え続ける……私には……そんな事、できない……」

 

 「どれだけ遠ざけても、過去は変わらないし、罪の意識や記憶が俺達から消える事は無いんだ。だから……いつか受け入れられるよう、戦うしかない。それが、俺が奪ってしまった命への償いだと思うから」

 

 償い……か。キリトの中の罪悪感がそうするべきだと考えさせているのだろう。狂ったオレには悪人を殺した償いなどどうでもいい、という感情しか湧いてこないが、彼にとっては前に進むために必要なケジメなのか。

 

 「……」

 

 口を噤み、俯くシノン。怯え続けてきた自分をどうするのかは自分自身で、どうあっても過去からは逃げられない。そんな宣告を受けたのに等しい彼女が、このまま打ちのめされたままでいるのか、あるいは別の姿を見せるのか……

 

 「誰も受け入れてくれない、誰にも打ち明けられない傷を抱え続けるのは……確かに苦しいよな。俺も、そうだった」

 

 握ったままだった彼女の手を、キリトはそっと自らの額に触れさせる。一体何を、と考えて……これも彼がシノンの心に触れる為に必要な事かもしれない、という直感が口を噤ませた。

 

 「俺さ、リアルだとここに消えない傷跡が残っているんだ。アバターにファッション感覚で付けられるような奴じゃない……生々しくて、醜い傷跡が」

 

 少女然とした今の相棒の額には、現実世界と違ってあの傷跡は存在していないけれど。彼の心の中にはいつまでも、拒絶された痛みと共に根を張り続けている。

 

 「幼い頃、交通事故でここに怪我して……両親も亡くなって……心の中がグチャグチャで整理がつかないまま包帯が取れて、初めてこの傷跡を見た時……弟達は泣き出して、叔母……今の義母さん達からは目を逸らされた」

 

 ゆっくりと、シノンの手を現実世界の傷跡をなぞるように動かしながら、キリトは穏やかに語る。ずっと忌むべき存在としてきた傷跡と、それにまつわる彼の過去。帰還者学校でリズ達になし崩し的にバレた時と違い、何も知らないでいた相手に自らトラウマを打ち明ける事がどれ程勇気がいるのか……オレには想像できない。

 

 「恐怖、嫌悪、憎悪、侮蔑、同情、哀れみ……この傷跡を見た誰もがそんな目を向けてきた。醜い、気持ち悪いって罵倒された事も珍しくなくて、この傷跡を……自分自身を受け入れてくれる人なんて何処にもいないんだって、諦めていた。壁を作って、心を閉ざしていた」

 

 「……!」

 

 水色の髪を揺らし、シノンが顔をあげた。ああ、やはり……彼女とキリトが受けた痛みや苦しみは、よく似ている。故に相手の過去を知れば知るほど、それがどれだけ孤独で辛かったのか……理解できてしまうのか。

 

 「確かに世界は厳しくて、悪意にまみれているけど……でも、それだけじゃない。ほんの一かけらだったけど、自分で気づかずにいただけで、光はあったんだよ」

 

 「光……?」

 

 「ああ。心の壁の前に居座って、こっちが開いてくれるまで待ち続けてくれた人。待ちきれないからって、壁を壊して……引きこもり続けていた俺を抱きしめてくれた人。後者はともかく、前者にあたる人なら、君の周りにもいたんじゃないかな?」

 

 「居座って、待ち続けている人……」

 

 「よく思い出してごらん。本当に、君の過去を知った全ての人が君に敵対していたかい?伸ばした手が拒絶されるのが怖くて、君の方から手を伸ばすのをやめていた人が、どこかにいなかったのか?」

 

 「ぁ……」

 

 シノンからの明確な回答はない。だが彼女の中で何かがあったのか、その背中から先程まであった筈の弱気さが和らいでいた。

 

 「もしダメだったら、俺達を頼ってくれ。俺の仲間なら大丈夫、絶対に君を受け入れてくれるから。君は最初の一歩を、踏み出してくれればいい」

 

 手を下ろし、柔らかな光を湛えたキリトの眼差し。彼と見つめ合うシノンの表情は背後からでは伺えない。

 

 「……うん」

 

 小さくもしっかりと、孤独だった少女は頷いたのだった。




 やっぱりこういう非日常に身を置く主人公って大なり小なり常人とはズレた感覚になってしまう気がします。

 仮にこの世界に入ったとしても、クロトのようにぶっ壊れた命への価値観と世間一般の良識を自分の中で共存させるとか、キリトのように支えられながらも何度も困難へと立ち上がるとか……自分には無理だよなぁってのが兄弟の共通認識です。

 それはそうと、今更ながらにプログレッシブのアニメ化企画の告知を知った時はワクワクしました。PVの作画はアリシゼーション編並みだし、スタートも一層の邂逅からちゃんとやってくれるのか、それとも二層に上がってからなのかすごく気になります。


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百三話 推測、死銃の手口

 クロト サイド

 

 「そういえば死銃(デス・ガン)の攻撃……今思い出すと妙だな……」

 

 「ん?」

 

 シノンを宥める手を止めずにキリトが呟く。これまでツンツンとした態度をよく見せていた彼女もすっかり相棒に対して丸くなっており、彼に寄り掛かる姿がまるで主人にじゃれつく猫のようだ。

 そりゃそうか。アインクラッドの中、どれだけ荒んでいてもちゃんと兄貴してたもんな。さっきの過去話から計算してシノンが年下だと分かっているから、大方無意識に妹分扱いしているんじゃなかろうか。

 

 「おいクロト、何か余計な事考えてないか?」

 

 「ははは、気のせい気のせい。それより妙な事って何だよ」

 

 「……まぁいいけど。さっき擦り合わせの時に言っただろ。死銃(デス・ガン)拳銃を使って(・・・・・・)ペイルライダーを殺したって」

 

 「ああ。んでシノンにもそれを使ったな」

 

 当たり前の事を確認するように言ってくるキリトに少し首を傾げたくなるが、そこは我慢。コイツの発想や着眼点は結構頼りになる。ひょっとしたらオレが見落としている何かを見つけたのかもしれないし。

 

 「でもさ……お前に拾ってもらう前、ヤツはライフルで(・・・・・)俺を撃ってきたんだ」

 

 「……確かに変な話だよな。当たれば確殺できるチート武器があんのに、お前にそれを使わなかったってのは」

 

 オレがバギーで拾う前、キリトは左足首から先を欠損していた。つまり死銃(デス・ガン)は相棒に攻撃を当てていた。

 

 「いや待て、お前と死銃(デス・ガン)が最接近した時の距離は?拳銃……ハンドガンってのは動き回る相手じゃせいぜい十メートルくらいまでしか当たらねぇぞ」

 

 「あのなぁ、その拳銃で……さっきは百メートルくらいから、しかも馬に乗りながら撃ってきたんだぞ。射程距離が使わなかった理由にはならないと思う」

 

 「は?逃走中の最初の射撃がハンドガンだったのか?マジで?」

 

 後ろをキリトに任せて運転していたから、あの時撃たれ始めた距離はよく分かっていなかったが……短身の拳銃で百メートル先を正確に狙えるとか、どんだけの腕前してんだあのぼろマント。

 

 「アンタだって、銃声は聞こえていたでしょう。死銃(デス・ガン)のライフルはサイレント・アサシン……銃声がしないのよ」

 

 「あー……思い出した。確かに銃声聞こえてたな」

 

 キリトの傍にいる為か、随分と調子が戻ってきたらしいシノンの指摘に、先程の記憶が蘇る。

 

 「つまり、アレか?あのハンドガンはシノンだけを狙っていたワケで、キリトには何らかの理由で使わなかった……それとも使えなかった(・・・・・・)のか……?」

 

 「使え、なかった……?」

 

 「クロト、その考え詳しく聞かせてくれないか」

 

 「詳しくって……そういう可能性もあったかもってだけで、大したモンじゃ―――」

 

 「―――それでもいい。何か……とっかかりが掴めそうなんだ」

 

 確証の無い呟きでしかなかったのに、シノンと違ってキリトはえらく食いついた様子だ。

 

 「んー……まず前提として、死銃(デス・ガン)は元ラフィン・コフィンだ。今回の殺人も何らかの拘り……奴らが勝手に定めたルールがある筈だよな。となれば何かしらの共通点があるプレイヤーをターゲットにしたんだろ……ゲーム感覚で」

 

 「共通点……ゼクシード、薄塩たらこ、ペイルライダー、シノンにあって、俺には無いもの……」

 

 「いや、そもそもお前が来たのは昨日だろうが。ラフコフのゲーム感覚の殺戮でも前準備でターゲット決めてただろうから、お前が除外されているのは当然だろ。オレが言いたいのは、野郎の決めたルール的に、お前にハンドガン使えなかったんじゃないかって事」

 

 「じゃあ……事前にどこかで接触しておいて、拳銃を使う相手に何かしら特殊な目印を付けたとか?」

 

 「……私、GGOじゃしん……シュピーゲル以外の人とそこまで親しくないし、あんなぼろマントと街ですれ違った事すら無いわ」

 

 ダメか。一体どういう括りで死銃(デス・ガン)は殺す相手を決めやがったんだ?

 

 「ちょっと乱暴だけど……クロトも狙われてなかったって事は、お前も死銃(デス・ガン)のターゲットから外れているんじゃないか?俺と違ってそのアバターはGGO用なんだし、知名度だってそれなりにあるだろ」

 

 「でも……ペイルライダーはこの変人と似たバトルスタイルだったのよ?死銃(デス・ガン)はコイツと彼に何の区別をつけたのかしら」

 

 「変人言うな。てかオレと同じ立ち回りするヤツいたのかよ……」

 

 「厳密にはペイルライダーはショットガンで、お前はサブマシンガン?ってヤツで、武器は違ったけどな」

 

 「まぁAGI特化型じゃない、としか言いようがないわね。その中でも狙われない人もいるとしか……」

 

 戦い方、ひいてはステータスタイプもこれといった決め手にならない。三人寄れば文殊の知恵、なんて諺の通りに行かない現状に、思わずため息が零れる。

 

 「はぁ、死銃(デス・ガン)のSAO時代の名前が分かればなぁ……あの役人に、野郎の家まで警察けしかけてもらえるんだが……」

 

 「役人……警察……?な、何の話……?」

 

 「あ、いや……死銃(デス・ガン)の調査を俺達に依頼した人が、ちょっとな。現実世界で色々と融通の利く立場の人って話だよ」

 

 思わずといった様子で顔を上げたシノンに、キリトが少々つっかえながら答える。今更自称コミュ障が再発でもしたのか?彼女とはさっきまで普通に喋れていたんだし……って、随分と距離が近くなってら。キリトはアスナ一筋だって分かってるからオレは心配しちゃいないが、他のメンツがこの様子見たらなんて言うのやら。

 

 「クロト……話が飛びすぎだぞ。確かに死銃(デス・ガン)を現実世界の方で拘束でき、れば……!」

 

 「キリト?」

 

 「BoB……リアル情報……総督府……エントリー画面……ああ、この方法なら……!」

 

 一度俯き、ブツブツと呟き続けていた相棒。しかしものの数秒で考えが纏まったのか、すぐにガバリと面を上げる。

 

 「殺人は仮想世界で行われたんじゃない!現実世界で行われていたんだ!」

 

 「仮想世界じゃなく、現実世界……?悪い、すぐに飲み込めねぇ」

 

 「あ、ごめん。端折り過ぎた」

 

 時々こうして相棒の閃きについていけない自分がもどかしい。けど今は取っ掛かりが掴めたらしい彼の推論を聞くのが先だ。

 

 「クロトには前に言ったけど、ゼクシードとたらこの死因は心不全で……脳に異常が起きた訳じゃないんだ」

 

 「んな事も言ってたな。目立った外傷が無くて、遺体の腐敗も進んでたから心臓止まった理由も不明、だったか」

 

 「そうだ。だから多分薬品……あるいは毒物を致死量、注射したんだと思う。注射の跡なんて、腐敗した遺体じゃそうそう見つからない筈だ」

 

 「ま、待って。そもそもどうやって相手のリアル……住所を調べるっていうの?一プレイヤーが他人の個人情報を調べる方法なんて無いでしょう」

 

 「GGO内に限って言えば、一つだけ抜け道がある……総督府の端末だよ」

 

 告げられた場所の様子が脳裏に蘇る。だが、彼が言わんとしている意味が分からない……分からないのに、何かを見落としているような気がしてならない。

 

 「あの場所が……抜け道?」

 

 「変な所は、無いって……言いてぇのに。何か妙に引っかかるな……」

 

 思わず片手でガリガリと頭をかくが、そんな事したってさっぱり分からない。

 

 「二人はGGOに慣れているから、そういうモノとして受け入れていると思うんだけど……上位入賞をリアル側で受け取る為には、あの端末に現実世界の住所や本名といった個人情報を打ち込むだろ?でも、あそこは宿の個室みたいに人の出入りが制限されていないオープンスペースだった。しかも不特定多数の人が使うから、画面は基本的に可視モードだ。そんな無防備な場所で個人情報を打ち込むって、危ないんじゃないかな」

 

 「後ろから覗き見たってのか……んなバカな……マネ……が……!!」

 

 誰でも出入りできる場所。誰でも見える画面。マナー云々を度外視すれば、確かに他人の個人情報を覗き込む事は可能だ。普通なら、そんな事やろうとすれば不審者として即通報されアカウント抹消される。

 

 ―――けどもし、誰にも見つからなかったら?

 

 死銃(デス・ガン)は姿を隠す光学迷彩を持っている。先程キリトから聞いたその事実が、悪寒を伴って這い上がる。そこからはパズルのピースが嵌るように一気に仮説が組みあがると、表情が引きつるのを抑えられなかった。

 

 「気づいてくれたか、相棒」

 

 「あぁ……信じたくねぇってのが本音だが、予想は悪い方にしとくべきだよな」

 

 「ちょっと、私にも説明しなさいよ。二人だけで勝手に納得しないで」

 

 「悪かった。説明すっから―――キリト、シノンを放すなよ」

 

 一人蚊帳の外になったのが不満らしく、むくれる狙撃手サマ。だが今の彼女の心は一度ギリギリまで追い詰められた直後であって、癒えきっていない。例えるならひび割れた氷のようにひどく脆い。精神安定剤代わりになっている相棒の口から、これ以上シノンの精神に負荷がかかる事を言わせはしない。

 

 「悪い……いつも損な役回りさせて」

 

 「適材適所ってヤツだ。気にすんな」

 

 負い目なんて感じなくていいのに、お前って奴は……本当に優しいな。

 

 「ホント仲いいわねアンタ達……キリトの中身知らない奴らが嫉妬する訳だわ」

 

 「その話は後だ後。念のため言っとくが、気をしっかり持てよ」

 

 「え、えぇ」

 

 シノンがオレ達にどこか羨望を抱いた視線を向けるのは……彼女の過去を聞いた今なら分かる。とはいえ今はそういった事は全部捨て置き、最悪の事態に陥りかけていると伝えなければ。

 

 「んじゃまず画面の覗き込む方法だが、死銃(デス・ガン)の光学迷彩が街中でも使えるとすりゃ一発解決だ」

 

 「え……?」

 

 「SAOでも姿を消す隠蔽(ハイディング)スキルは街中でも使えたし、それを悪用したストーカーやトラブルが実際あった。類似した能力である光学迷彩が同じように街中で使えるっつー確証は無いが、逆に使えないって証拠だって無いだろ」

 

 「でも、あの端末はちょっと離れただけで遠近エフェクトで画面は見えなくなるのよ?すぐ後ろから覗こうとされたら、姿が見えなくても’後ろに誰かいる’って分かるでしょ」

 

 「そっちは双眼鏡やスコープレンズを通せばどうとでもなるさ。総督府もそうだが、このゲームは薄暗い所ばっかりだから、姿を消せばぶつかったり物音立てたりでもしない限り誰も気づかねぇよ」

 

 仮想世界は限りなく現実世界に近い別世界ではあるけれど……やはり現実世界との差異は存在する。液体の質感等はどうしたって違いがあるし、遠近エフェクト等のプレイヤー個々人に適用される処理ってのは一度アイテム等を通せば無視できてしまう。

 

 「で、でも……仮に現実の住所が分かっても、どうやって忍び込むの?それに家の人だって……」

 

 「確かゼクシードやたらこの奴は、一人暮らしだったって聞いたな。それも古いアパートで電子ロックもセキュリティの甘い初期型だったそうだ……多分そっちは住所知った後で下調べしておいたんだろ」

 

 ゼクシード達の事について視線で相棒に確認しながら答えると、幾分か血色が戻っていたシノンの顔色が再び蒼白に近づく。

 

 「それとシノンが知っているかは分からないけど、今時コアなVRMMOプレイヤーが心臓発作で死ぬ事は珍しくないんだ。ろくに飲み食いせず、寝てばっかりだからな……」

 

 「特にGGO(ここ)はそんなコアな連中がわんさかいるだろうさ。当然近所づきあいも希薄だろうから、死んでんのが分かるまで数日はかかる。その間に分解されちまうような薬品や毒物注射で殺して、部屋を荒らしたり金盗ったりせずトンズラすりゃ……現場に残るのは心不全で亡くなったVRゲーマーの遺体だ。それも脳ミソは損傷なしのな。そんな珍しくない遺体なんてそうそう詳しく調べねぇから、死銃(デス・ガン)の手口はまずバレない」

 

 「……そんなの……狂ってる」

 

 キリトの胸元に身を預けていたシノンが震える声でそう絞り出した。だが怯えながらも何かしら言えるなら、まだ大丈夫だろう。

 

 「……ゲーム内で派手に死銃(デス・ガン)が暴れれば暴れる程、注目は仮想世界側に偏る。そうすりゃ誰も現実世界側の死銃(デス・ガン)……共犯者の存在に気づくヤツはいない。一人で立ち回っているようで、実際は複数人で行われていたワケだ……で、シノン」

 

 「な、何……?」

 

 本当は分かっているけど、理解したくない。そんな気持ちがありありと浮かぶ眼差しを向けてくる彼女に、オレは正面から告げる。後で暴れられた方が危険だからな。

 

 「お前は既に、死銃(デス・ガン)からあの拳銃を向けられた。もう、いるんだよ。現実世界のお前の傍に、共犯者がな」

 

 「クロトッ!そこまで言う必要ないだろ!?」

 

 「言わなくても、コイツだってその内気づく筈だろうが。そこで取り乱されるよりか今ここでそうさせといた方がマシだ」

 

 「……お前のそういう容赦の無い所、必要だって分かっていても……嫌だって言いたくなる」

 

 オレの言葉を受けたシノンが硬直している間、咎めてきたキリトにこちらの思惑を伝える。こういう所でのオレとキリトの思考の違いというべきか、彼は感情的には許容しがたいとばかりに苦々しく声を零しながらシノンへと目を向ける。

 

 「……嫌……いやぁ……」

 

 「落ち着くんだシノン!今自動切断した方が危ない!」

 

 ガタガタと震えだす少女の肩を掴み、呼びかけるキリト。冷徹な思考で必要な事だと判断したとはいえ、一人を追い詰める発言をして、そのケアを相棒に丸投げして……なのに後悔どころか罪悪感すら抱いてねぇな、オレ。

 

 「あ……あぁ……」

 

 「大丈夫、大丈夫だ!まだ危険は無い!あの拳銃で撃たれるまで、共犯者は君に手出しできない!」

 

 かすれた声で喘ぐシノンを繋ぎとめるように、強く抱きしめるキリト。彼女も相棒に縋りつき、その腕の中でとにかく身を縮こまらせる。

 

 「大丈夫……だいじょーぶ……ここにいる限り、君が襲われる事は絶対に無い」

 

 抱きしめたままシノンの髪を撫で、優しい声色で言い聞かせる相棒。何度もゆっくりと大丈夫だと繰り返すと、やがて少しずつ彼女の震えがおさまっていく。

 

 「君が死銃(デス・ガン)の拳銃に撃たれるまで、共犯者は君に手出しできない……それが奴らが決めたルールであり、あの拳銃の力を見せつける為の制約だ。でももし自動切断して相手の顔を見てしまったら……口封じとして何をしでかすか分からないし、ずっと危険だ」

 

 「でも……でも、怖いよ……」

 

 子供のように胸に顔を埋めてくるシノンを、優しく受け止めるキリト。その姿を眩しく思いながら、「他に方法は無かったのか?」と問いかけてくる感情(じぶん)に対して……「そんなものは無い」と冷徹な思考(じぶん)が返す。

 

 「死銃(デス・ガン)さえ倒せば、君の傍にいる共犯者は大人しく去っていくはずだ。ヤツは俺達が倒す……そうだろ、相棒?」

 

 「……確かにその通りなんだが、そこは一人で言い切れよ。ちょいと締まらねぇぞ」

 

 「お前がいるから、倒せるって信じてるんだよ」

 

 キリトから純粋な信頼を向けられ、胸の奥で温かなものが広がっていくを感じるあたり……オレも大概だな。けど親友(ダチ)として、相棒として頼られる事を嬉しく思うのが、偽らざるオレの本心だ。

 悪くない、と感じる沈黙が訪れる。何となく時刻を確認すると、この場に隠れてからおよそ二十五分が経過しているのが分かった。

 

 「―――落ち着いたか?」

 

 「ん……もう少し、このままでいて……」

 

 一度離しかけた腕をもう一度シノンに回すキリト。時間的にはもういつグレネードを放り込まれてもおかしくはないが、だからといってここにきて彼女を突き放す選択肢を相棒に選ばせるつもりはない。故にオレは無言で外を警戒する。

 

  (邪魔するヤツに、遠慮なんざいらねぇ……!)

 

 停めたままのバギーに身を隠しながら、洞窟の外に見えるものや聞こえる音に最大限意識を向ける。オレにできるのは、こういった事だけだから。

 

 「―――ところで話は変わるんだけど……クロト、シノン、さっきから視界の右下で点滅してる変な赤いマルって、何?」

 

 「え」

 

 「あ」

 

 キリトから怪訝な声で告げられた言葉にすぐさま視界の右下、次いで頭上に目を向けると……フワフワと浮かぶライブ中継カメラがあった。

 

 ―――これアスナ達が見てたらキリト大変だなぁ……そん時は弁護しとくか、一応。




 今年中にGGO終わらないや……


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百四話 わたしにできる事

 最近一気に寒く感じるようになりました……


 サクラ サイド

 

 GGOにラフィン・コフィンの元メンバーがいる。その事実が発覚してから、誰もが固唾をのんでアスナさんが呼びつけた人物の到着を待っていた。

 

 「アスナ、ちょっとは落ち着きなって」

 

 「うん……でもごめんリズ。私、さっきから嫌な予感がするの……キリト君が何も言わないでGGOにコンバートしたのは、そこで何か起きているからだと思うの。ラフィン・コフィンって因縁だけじゃなくて……何か、現実世界での危機みたいな事が……」

 

 「クロトだけ頼ったのも……そのせい、だとしか思えません」

 

 「考えすぎ、とは言えないわね。アスナとサクラの言う通り、何かが起きていて……あの二人は自分達だけで解決しようとしてる」

 

 この場にいる全員が、クロト達が今している事がもうただのバイトじゃないって思っていた。だからこそ、アスナさんはつい先程一時的にログアウトして、依頼主をここに呼び出したのだから。

 

 (クロト……!)

 

 中継映像を映すスクリーンの中で、生存を示す表記と共に名前だけが表示されている彼の無事を祈らずにはいられない。クロトがもしラフィン・コフィンの生き残りと戦う事になってしまったら……クロトはまた堕ちてしまう(・・・・・・)。そんな予感が頭から離れない。

 息苦しささえ感じる程の沈黙の中で、待ち望んだ人物の到着を告げるノックが仮想の鼓膜を震わせる。

 

 「おっそーい!」

 

 「こ、これでも最寄りのセーブポイントから超特急で飛んできたんだよ。ALOに速度制限があったら免停確実だよ」

 

 簡素なローブを身に纏い、マリンブルーの長髪を揺らすウンディーネの男性の名は、クリスハイト。本名、菊岡誠二郎。かつてはSAO対策チームに所属し、当時寝たきりだった全SAOプレイヤーの為に様々な便宜を図ってくれた恩人であるとキリトから聞いてはいたし、何となく胡散臭いものを感じながらも悪い人ではないと思っていた。でも今は……彼がキリトとクロトに依頼を出した真意を聞き出すまでは疑心と警戒心しかない。

 

 「何が起きているの?」

 

 「……何、と言われてもね。一から十まで説明するとなると、少々時間が掛かってしまうし、かといって一体どこから説明するべきか」

 

 「誤魔化さないでください!どうして二人を行かせたんですか!死銃(デス・ガン)が……ラフィン・コフィンの元メンバーがいる場所に!!」

 

 クリスハイトさんの回りくどい言い方に、思わず立ち上がって詰め寄る。

 

 「ま、待ってくれ。元ラフィン・コフィンだって?そんなの僕だって初耳だよ。僕の方こそ、君たちが何を知っているのか聞きたいくらいだって」

 

 「―――では、私から順を追って説明しましょう」

 

 鈴を転がしたような愛らしい声と共に、ユイちゃんがわたしとクリスハイトさんの間を飛んでいく。それからアスナさんの掌に降りた彼女は、声色とは対照的に厳しい表情で死銃(デス・ガン)の登場から、今日まで行ってきた銃撃、そしてそのタイミングと重なるように現実世界で心不全を起こして亡くなったVRMMOプレイヤーの存在……そして先程、クラインさんがその正体に気づいた事を語ってくれた。

 アスナさんがクリスハイトさんを呼び出して、彼がここにくるまでのほんの僅かな時間で、ネットに散らばる膨大なデータから必要な情報を拾い上げ、正確に言語化してみせたユイちゃん。彼女の力に皆が驚く中で、アスナさんは愛娘を労わるように抱き込んだ。

 

 「これは驚いた。そのおちびさんはALOサブシステムのナビゲーション・ピクシーだと聞いていたけど……いや、今は置いておこう。結論から言えば……おちびさんの説明は事実だよ。死銃(デス・ガン)の正体については僕も知らなかったけどね」

 

 「おいクリスの旦那よ。野郎の正体以前の問題だろうが!アンタが……殺人事件の事を知っててキリト達を行かせた事に変わりはねぇんだぞ!!」

 

 「ちょっと待ったクライン氏。殺人事件ではない(・・・・・・・・)、それがゼクシードと薄塩たらこの二件の死亡事件に対する僕とキリト君の結論だよ。そして協力を申し出てくれたクロト君も同意見だと、キリト君から聞いている」

 

 腰を浮かせたクラインさんをはじめ、危険な場所で戦う二人を案じて感情的になるわたし達に対して、クリスハイトさんはあくまでも冷静だった。

 

 「そもそも、ゲーム内の銃撃でどうやって相手を殺すんだい?百歩譲って脳に損傷を与える事が出来ればともかく、VRマシンと直接リンクしていない心臓を止めるなんて不可能だ……例えナーヴギアを用いたとしてもね」

 

 「ッ……だがよぉ、実際に人が死んでんだろうが!しかも犯人は元ラフコフ……殺すっつった時はマジで殺す連中なんだぞ!!」

 

 「確かに死銃(デス・ガン)に撃たれたプレイヤーが、時を置かずに死んでいるのも事実だ。しかし本当に死銃(デス・ガン)の手によって死んだという論理的証拠や根拠が一切無い。それともクライン氏、ひいては君達全員はこう主張するのかい?死銃(デス・ガン)を名乗る元SAOプレイヤーは何らかの超常の力を身に着け、ゲーム内から人を殺している……と」

 

 「ぬぐ……!」

 

 言葉に詰まったクラインさんが、一度立ち上がりかけた腰をスツールへと再び下ろす。でも硬く握られた拳が震え続けていて、彼の心が納得できていないのは明らかだった。そしてわたし達の誰もが、クリスハイトさんの言葉を否定できない。あるはずの繋がりが見つけられない限り、わたし達の言葉はただの言いがかりにしかならない事が悔しい。

 

 「クリスさん、貴方はさっき殺人事件じゃないって言いましたよね。なら、どうしてわざわざお兄ちゃんに依頼を持ちかけたんですか?一体何の目的でGGOへ行かせたんですか?」

 

 ハル君を抱いたまま、それでも眼力は戦う時のそれで、リーファちゃんがクリスハイトさんに問いかける。

 

 「君達が納得するかは分からないが……端的に言えば政治の為だよ。何しろVRMMOは誕生したばかりだというのにSAO、ALOで立て続けに不祥事が起こっているからね。仮想世界が犯罪の温床になりかねないから規制すべきだ、という声は決して小さくない。フルダイブの可能性を閉ざすべきじゃないと考える僕としては、規制派の攻撃材料になりかねない火種は先に調べて対処しておきたかったんだ」

 

 デマならよし、けどもしそうではなかったら……放置して後悔するよりも、自分で調べて後悔した方がいい。そう言ってキリトは依頼を受けてくれたとクリスハイトさんは教えてくれた。

 

 「―――クリスハイトさん。私にも、死銃(デス・ガン)がどうやって殺人をしているのかは解らない。でも、だからといってキリト君達だけが過去の因縁に決着をつけようとしているのをただ黙って見ているつもりはないわ。総務省には私達SAOプレイヤーの全てのプレイヤーネームと本名、住所の照合データがあるってキリト君は言っていた……なら、今からでも元ラフィン・コフィンのプレイヤー全員をリストアップして、自宅からGGOサーバーにログインしているかを契約プロバイダに照会すれば……」

 

 「ちょっと待ってくれ。そんな事をするとしたら裁判所の令状が必要になるし、捜査当局を説得するにも何時間かかるか分かったものじゃない……いや、それ以前に不可能だよ」

 

 「ど、どうしてですか?」

 

 アスナさんの提案に不可能だとと答えるクリスハイトさん。そんな彼に、シリカちゃんが問いかける。

 

 「仮想課にあるSAOプレイヤー諸君のSAO内についてのデータはプレイヤーネームと最終レベル、位置情報のみなんだ。どのプレイヤーがどのギルドに所属していたのかや、何をしてきたかという記録は一切無い」

 

 「つまり……アレか?野郎のプレイヤーネームをおれ達が思い出さねぇ限り、調べようがねぇって事かよ」

 

 「ああ。その通りだ」

 

 クリスハイトさんが静かに頷くと、わたし達は押し黙る事しかできなかった。あの切れ切れな口調や、画面越しに向けられた殺意を知っている筈なのに……思い出せない。あの討伐戦を忌まわしい記憶として無理矢理忘れようとしてしまった罰だっていうの……?

 

 「名前……分かり、ます……!」

 

 小さな声が、静寂を破った。そちらへと目を向けると、いつの間にか姉の腕の中から青白い顔を上げたハル君の姿があった。

 

 「あか、め……あいつは、赤眼(あかめ)の……!」

 

 「ハル!?無理しないでいいから……!」

 

 声も体も震え続けているのに……ハル君はリーファちゃんの制止を振り切って叫んだ。

 

 「あいつが……あのザザが、僕を殺して兄さんを苦しめようとしたんだ!」

 

 叩きつけられた言葉に、クリスハイトさんの双眸が細められる。ずっと恐怖で震えていた彼が、一時でもそれを押しのけて名前を思い出してみせた心の強さ……それが戦う(キリト)の姿を幻視させた。

 

 「ザザ、か……クライン氏、スペルを確認してもいいかな?その名をこっちで調べてみる」

 

 「お、おう」

 

 クリスハイトさんがクラインさんと確認する最中、ザザというレッドプレイヤーの記憶が氷解していく。

 赤眼のXaXa(ザザ)。外見カスタム用のアイテムで深紅に染められた眼と、髑髏を模した仮面が特徴的だった刺剣(エストック)使いにして―――ラフコフのトップスリーに名を連ねていた男。殺した相手の剣をコレクションにしていた、なんて噂もあった。

 

 「……めて……」

 

 「ハル……?何て言ったの?」

 

 「止めて……兄さんを……あいつと……戦わせちゃ……ダメ……!」

 

 壊れそうなハル君の懇願に、アスナさんとクラインさんが俯いていた顔を弾かれたように上げる。

 

 「もし、もしキリト君が戦っている途中で、思い出してしまったら……!」

 

 「あぁ……絶対に我を忘れて暴れちまう。ンな事になりゃあ、キリトの心が……!」

 

 「クリスハイトさん。お願い、今すぐキリト君をログアウトさせて!ザザは彼とハル君のトラウマなの!」

 

 「確かに、キリト君達が戦う必要性は無くなったのかもしれないし、ここで二人を止めるべきなのかもね……」

 

 キリトとクロトを止めよう、と話が傾いたその時……ぼろマント(ザザ)が再びスクリーンに姿を現した。

 

 「あっ……」

 

 誰かが声を漏らす。ペイルライダーを撃った拳銃を取り出すザザの眼前には、同じようにスタンさせられた水色髪の少女が横たわっていた。

 このままザザにあの拳銃で撃たれたら……彼女は、死ぬ。もし今キリト達を強制的にログアウトさせたら、ザザを止める人は……恐らくいない、それはつまり―――

 

 (ザザが狙った人達を、見殺しにする……って事……?)

 

 そう思った瞬間、とてつもない自己嫌悪が吹き上がってきた。己の大切な人さえ無事なら、他人はどうなってもいいという自分勝手な考えを抱いていた自分が、とてもショックだった。ザザが撃った(ころした)人達や、これから狙われるかもしれない人達にだって、それぞれの家族や友人……大切な人がいる筈なのに。

 

 ―――ゆっくりと、ぼろマント姿のザザが左手で十字を切る。

 

 このままじゃ、あの人が……殺される。今日二度目のザザの人殺しの瞬間から、視線を逸らせない。眼球がまるで凍ったように動かず、瞬きする事すらできなかった。

 

 ―――構えた拳銃の引き金に、包帯に包まれた指がかけられる。

 

 目の前で見知らぬ人が殺される瞬間を、何もできないまま見続ける。これが……自分の大切な人の為に、誰かを見捨てる事への罰っていうの……?

 じゃあ、SAOでそれを是としてきたクロトは……?仲間を助ける裏側で、見捨てた他人が死ぬ事を「どうでもいい」って言い切ってた彼だって……本当は後悔や自己嫌悪を抱えていたんじゃないの……?

 

 ―――銃声が響く。

 

 「……え?」

 

 スクリーンの中で、ザザがよろめく。その右肩には丸いダメージ跡が刻まれ、次の瞬間反対側の肩を後方から飛翔してきた弾丸が掠めた。素早く物陰に隠れたザザが担いでいたライフルに持ち替えて反撃する一方、その場に残された少女は死んでいなかった。

 

 「た、助かったの?あの人……」

 

 「でも、一体誰が……あっ!?」

 

 フィリアとリズさんが声を発した最中で、ザザ達を映していた中継映像が白煙に覆われ、何も見えなくなる。

 

 「おい、右上の画面拡大してくれ!さっきの子が映ってる」

 

 「は、はい!」

 

 やっと自由を取り戻した手で、わたしはクラインさんが示した画面を中央に移動、ズームさせる。そこには先程の水色髪の少女を抱え、さらに彼女の長大なライフルを背負って走る、黒づくめ姿の女の子の姿があった。バトルロイヤル形式のBoBで他人を助けるお人好しな女の子だなんて、ちょっと場違いな事を感じた次の瞬間、リーファちゃんの言葉に全員が固まった。

 

 「えっと、名前が……Kirito……?お兄、ちゃん……なの……?」

 

 見間違いじゃないのかと、衝撃から立ち直った皆で再度名前を確認するけど……何度見ても表示されている名前はKiritoのまま。後ろに靡く長い黒髪も、白磁のような色素の薄い肌も、抱えた少女と大差ない、普段のキリトからかけ離れた小柄な体躯も、女の子で通用するレベルの容姿をしている。

 

 「でも、確かに……キリト君だよ。あんなに必死な顔して、誰かを助けようとしているんだから」

 

 アスナさんの言葉に、ハッとなってスクリーンを見直す。後ろから何度も撃たれる中で他人を守り、助けようと懸命に走る姿は、今まで幾度となく見てきたキリトのもので間違いない。

 

 (本当に……キリト達を止めていいの……?誰かを助けたいっていう、二人の想いを……否定していいの?)

 

 キリトは恐らく、死銃(デス・ガン)がザザだと気づいていない。思い出していれば憎悪に駆られて、他人を助けるなんて事をしていない筈だから。トラウマを思い出す前にキリト達を止めるべきか、それとも他人を守ろうとする意志を尊重するべきか……迷う。

 

 「―――お兄ちゃん!」

 

 「足が……!あれじゃ逃げられないわ!」

 

 「キリトさん!」

 

 十字路を横に跳んだキリトの左足首から先を、襲い掛かった弾丸がもぎ取った。思わず声を漏らすリーファちゃん、フィリア、シリカちゃんの後ろから、スツールを蹴飛ばす勢いでクラインさんが立ち上がった。

 

 「起きろキリト!とにかく逃げろ!」

 

 「片足無くなってんのよ!どうやって走れっていうのよクライン!?」

 

 「おれだって分かんねぇよ!けど、とにかく逃げなきゃヤベェだろうが!」

 

 リズさんの指摘にはっきりとした答えを返せないクラインさんだけど、彼の言葉は皆の気持ちを代弁していた。ここからキリトに声は届かなくて。片足を失った彼はもう、ザザから逃げられなくて。でも、それでも何とか「逃げて」と叫ぶ事しかできない。

 

 「兄さん……!」

 

 「キリト君!」

 

 絶体絶命、そんなキリトを救えるのは……きっと―――()しかいない。

 

 (クロト……!)

 

 同じ世界(GGO)で共に戦っている、彼を想った……その時だった。何とか身を起こしたキリトの目の前に、三輪バイクのような乗り物が滑り込んだ。

 飛び降り、キリトと水色髪の少女を手早く乗せていくのは、思い描いていた通りの人で。気づけば目頭が熱かった。

 

 「クロトッ!!」

 

 親友(キリト)と何処までも……何処までも一緒に背中を預け合って、彼を守る。それがわたしの大好きな人(クロト)なんだ。

 見知らぬ人をザザから守ろうとするキリトと、そんな彼を守るクロト。自分の心のままに戦っている二人に、わたし達ができるのは……寄り添って、支える事。

 

 「クリスハイトさん。貴方なら、クロト達がどこからダイブしているか知っていますよね」

 

 「あー、それは……まぁ」

 

 自然とそんな言葉が零れた。クリスハイトさんは逃げるように目を逸らすけど、アスナさんが力強く一歩踏み込むと、即座に口を割ってくれた。

 

 「えー、千代田区お茶の水の病院だよ。すぐ傍にモニタリングしている人がいるし、セキュリティだって盤石。二人の肉体の安全は責任をもって保証する」

 

 「千代田区……キリト君がリハビリで入院していた病院ですか!?」

 

 「あ、ああ」

 

 クリスハイトさんが首肯したのを確認したわたしとアスナさんは、互いの顔を見合わせると迷わずに頷き合う。

 

 「みんな、私達はここで落ちるわ」

 

 「今から行ってきます……二人の所へ。頑張れって、背中を押す為に!」

 

 例え隣に立てなくたって……わたしの心はずっと貴方の傍にいるよって、伝えたい。

 

 ―――待っててね、クロト。



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百五話 刹那の勝負

 明けましておめでとうございます。(遅刻気味ですかね……)

 短いですが、キリが良いので


 クロト サイド

 

 「―――戻ったか」

 

 「それで、状況は?」

 

 七回目のサテライト・スキャンを確認してきたオレに、身を寄せ合ったままのキリトとシノンが結果を尋ねてきた。先程中継カメラにバッチリと三人でいる所を撮影された事で乱れた思考をクールダウンさせるのも兼ねていた分、自分の頭がちゃんと回っているのが実感できた。

 

 「表示された生存者はオレと闇風だった。ただ、お前らと死銃(デス・ガン)、そしてペイルライダーを足しても二十九人しかいねぇ」

 

 「あと一人、俺達みたいに隠れているかもしれないのか……」

 

 もしくは死銃(デス・ガン)に撃たれたかも、とキリトが言う事はなかった。表情からして殺された可能性もちゃんと考慮しているのだろうが、シノンの手前、彼女を宥める事に注力していた彼はその可能性を言えなくなっている。

 

 (こりゃキリトに丸投げし過ぎたな。シノンが依存してなきゃいいが……)

 

 傷つき、苦しむ誰かに寄り添い、その心に触れる相棒の優しさをアテにしすぎた結果を見て……後悔した。今回のように助けた人が女の子で、その子がキリトに好意を抱くようになったら、アスナやユイに申し訳がたたない。もし次の機会があったのなら、今回の反省を活かそうとオレは密かに誓った。

 

 「表示されなかったヤツは一旦置いといて……問題は闇風と死銃(デス・ガン)にどう対処するか、だ」

 

 「そう、ね……闇風の端末に表示された生存者はクロト一人。絶対こっちに向かってきてるわ」

 

 「闇風はこっから南西に六キロ離れた所にいたが……AGI型のヤツなら、自力でもそう時間はかからずここまで来れる筈だ」

 

 洞窟や砂丘、宇宙船の残骸等があるといっても、この砂漠エリアは見通しが良いフィールドだ。闇風がこちらを視認できる距離に到達する前に、彼と死銃(デス・ガン)の両者を同時に相手する為の策を講じなければならず、それを考える時間も充分とは言えないか……

 

 「クロト、シノン。二人は闇風を何とかしてくれ。死銃(デス・ガン)は、俺が相手する」

 

 「キリト……」

 

 「お前……本気で言ってんだよな?」

 

 昨夜、現実世界で震えながらも戦う決意を固めた相棒の姿が蘇る。元ラフコフである死銃(デス・ガン)に単独で立ち向かうのは無謀だと言いたい衝動を堪え、その選択をしたキリトに視線で理由を尋ねる。

 

 「クロト、本当は息切れ寸前だろ?アイテムとか弾とかさ。ここに来てから一切回復してないし」

 

 「……ま、お前にはバレるわな」

 

 「俺の方はまだ余力があるし、何より……死銃(デス・ガン)の狙いは俺なんだって、確信があるんだ……その、明確な根拠は無いけど」

 

 「そう、言えば……アイツ……スタジアムで私を撃つ時、キリトの事を口にしていたわ……本物かどうか、って」

 

 意外な所から出てきた情報に驚き、シノンをまじまじと見るオレとキリト。怯えが残っていながらも、ちゃんと心を持ち直していた彼女に思わず小さな笑みが零れた。

 

 「……何よ、二人して」

 

 「いや、シノンは強いなって思っただけさ。リアルじゃ実行犯が待機してる状況で、俺達よりずっと怖い筈なのに……死にかけた時の記憶から手掛かりになりそうな事を思い出してくれて、ありがとう」

 

 「リアルの方は、言わないで……極力考えないようにしているだけだから」

 

 キリトからストレートに褒められたシノンは、彼の胸に再び顔を埋めさせ表情を隠した。恐怖をまぎれさせる為か、或いは天然ジゴロな節のある相棒の言葉への照れ隠しの為か……って後者の方は邪推だな。

 

 「とにかく、オレとシノンで闇風を速攻で倒すぞ。キリトはその間耐えてくれ、すぐに行く」

 

 「ああ、信じてるさ相棒」

 

 いつも通り、片頬を吊り上げた笑みを浮かべる親友と、軽く拳をぶつける。あの城での最後の戦いのように、キリト一人に決着をつけさせはしないと心の内で誓いながら。

 

 「ほら、シノンも」

 

 「……ん」

 

 顔を上げて、彼女もオレと同様にキリトと拳を合わせる。先程から仕草がどことなく猫っぽく感じるが、これは今までずっと他人に心を許してこなかった反動だろうな。

 

 「うし。シノン、闇風には悪いが、だまし討ちするぞ。オレの方でどうにか物陰まで誘導すっから、遮蔽物ごと撃ってくれ」

 

 「了解。ま、後で謝っときなさいよ?闇風のヤツ、アンタとタイマンでケリつけたいって結構公言してたから」

 

 「知ってる。言われなくとも詫び入れとくさ」

 

 彼女の声に震えはなく、その瞳には確かな闘志が蘇っていた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 キリトと共にバギーで洞窟を発ったオレは、残り僅かだった燃料が尽きた所それを乗り捨て南西へと走っていた。時間をずらして移動する手筈のシノンが選んだ狙撃ポイントは、オレ達が隠れていた洞窟のある岩山の頂上で、そこから離れすぎてはいけない。

 

 (……あった!)

 

 朧げだった記憶を頼りに進むと、手頃な大きさの岩が鎮座していた。二十メートル程手前には大きなサボテンもあり、迷わずそちらに身を隠す。

 所在が不明な死銃(デス・ガン)はどういう訳かキリトに強く執着している。多分オレの存在にだって気づいている筈だろうが、相棒を怒らせる目的でシノンを狙った事からオレなんざ眼中に無さそうだ。今も潜伏場所から血眼でキリトを探している姿が容易に想像できる。

 

 (そういえば……Poh以外にもう一人いたよな……キリトに執着してたヤツ)

 

 やかましかった毒ナイフ使いとは別の幹部プレイヤー。もしかしたら、それが死銃(デス・ガン)の正体なのか……?

 

 (ヤベ、猶更急がねぇと……!)

 

 冷静に息を潜め、耳を澄ませながらも……心が警鐘を鳴らす。今浮かんだ野郎が死銃(デス・ガン)の正体であるなら、キリトを一人で戦わせてはいけない。

 

 ―――ハルの仇(・・・・)と知ったら、相棒はまた憎悪に狂ってしまう……!

 

 何で洞窟にいる内にそこまで考えが及ばなかったのか……そもそも昨夜、あの記憶を振り返った時に、キリトを狂わせたヤツがいた事は思い出していた筈なのにと後悔する。分かっていれば、役割を逆にするよう、どんな手を尽くしてでも説得していたのに。

 

 (早く来い……闇風……!)

 

 銃を握る手に力が入る。焦る気持ちが、一秒でも早く親友を助けに行きたいと暴れまわる。

 

 (敵は……殺す……!!)

 

 今度こそ、殺人鬼(バケモノ)堕ちよう(戻ろう)。自分の意思で、奈落の底まで。逸る心から乖離した思考は酷く冷たく、鋭敏に研ぎ澄まされ……熱を感じなくなった体を支配する。

 

 ―――パターン化されている音とは異なる音が、僅かに聴覚を刺激する。

 

 方角は南西。闇風の足音で間違いない。徐々に大きくなる様子から、この近くを通過するのが予測できる。それが分かれば、待つ事は苦ではなくなった。最適なタイミングを計る事が、最速でキリトへの救援に向かう道筋だからだ。

 頭の中でイメージした闇風との距離がじわじわと縮まっていく。AGI型の得意レンジである百メートルよりも短い距離まで引き付ける。

 

 (……三……二……一……!)

 

 隠れていたサボテンから飛び出しながら得物を構えると、僅か数十メートル程度先に動く存在―――闇風がいた。

 

 「ッ!」

 

 鋭敏になった感覚故か、ひどく緩慢になった時間の流れの中で闇風が一瞬息を吞んだのが分かった。向こうも奇襲は想定していただろうが、コンマ数秒でも先手を取ったのはこちらだ。躊躇うことなく引き金を引く。AGI型ならば数秒で駆け抜けてしまえる至近距離からばら撒かれた銃弾が、ダッシュ中の彼へと正面から殺到する。

 弾道予測線(バレット・ライン)とのタイムラグが殆ど無い筈の銃弾に晒された闇風は、それらから逃れるべく手近な遮蔽物―――あの大岩に頭から飛び込んだ。

 

 (減速ナシで咄嗟に飛び込める度胸と身のこなし……やっぱアンタGGO最強クラスの腕前だよ)

 

 見えた限り、被弾したのは二、三発程。相対速度を考えれば、闇風が体感した銃弾の速度はとんでもないレベルだった筈だ。そんなモノに襲われてもパニックを起こさず、瞬時に最適な選択を取る冷静さと判断力には称賛しか湧いてこない。

 オレが空になったマガジンを交換するよりも、態勢を立て直した彼が大岩から飛び出してくる方が先だ。

 

 (サシでの勝負だったら、な)

 

 轟音と共に大岩の一部が砕け散る。岩陰に飛び込み、態勢を整えるまでの約一秒程度だったが……闇風は完全に動きが止まっていた。そんな大チャンスを、氷の狙撃手は逃さず撃ち抜いてくれた。彼女も奇襲を受けた闇風が最善手を取ると確信していたからこそ、その瞬間まで我慢してくれた。

 

 「悪いな、闇風。決着つけんのは次回まで待っていてくれ」

 

 胴体に大穴を空け、「DEAD」タグが表示された彼のアバターに一言告げる。正攻法で戦っていたら、消耗していたオレの方が競り負けていたのは間違いない。闇風の強さを信じたオレ達の狙い通りに動いてくれたからこそ、こうして倒す事ができたのだ。

 この世界のライバルに軽く頭を下げてから、オレは相棒の許へと駆け出した。程なくキリトと別れた所よりも東側、東北東の方角で光が見えた。マズルフラッシュと違って光り続けているソレは十中八九相棒が振るうフォトンソードの光。

 

 (チッ……序盤の消耗が響いているな……)

 

 残弾はたった今交換したマガジンと併せて、百五十発。決して射撃精度の高くないオレでは心許ないが……キリトと連携するなら腰に差した二振りのナイフの方が活躍しそうだ。HPを消耗しなかっただけでも僥倖だと割り切る。

 

 (キリト……無事でいろよ……!)

 

 パラメータの許す限りの速度で砂漠を駆ける。月明かりを隠すように流れていく雲が、ひどく不吉だった。




 寒波が辛いです……


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百六話 凶刃、憎悪、覚悟

 お、お久しぶりです……

 今回も結構な難産でした……


 キリト サイド

 

 死銃(デス・ガン)に左肩を貫かれた瞬間、仮想世界では感じる事の無いはずの感覚―――痛みが全身を駆け抜けた。

 

 「あぐっ…!」

 

 渾身の『ヴォーパル・ストライク』を躱されたうえに反撃をもらってしまった事に驚愕しながらも、体は反射的に後ろに跳んで距離を取っていた。

 

 「ク、ク、ク……」

 

 髑髏仮面の眼が怪しく発光する。死銃(デス・ガン)の喜色を隠しきれていない声が、俺の神経を逆撫でする。

 いや違う。目の前に佇むぼろマントの一挙手一投足が、ラフィン・コフィンについての記憶を引っ掻いてまわるのだ。まるで……まだ思い出していないのかと嘲笑うかのように。正体の見えない相手故か、封じ込めていた討伐戦の記憶が脳裏に映る故か、気を抜けばすぐさま死銃(デス・ガン)の放つプレッシャーに膝が屈してしまいそうになる。それを隠そうと、思い切って声を上げる。

 

 「珍しい武器だな……その剣がお前の奥の手か?」

 

 少し前にシノンによって銃を破壊されたぼろマントが握る、針のようにも見えるモノは剣だ。刺突に特化し、切先のみ刃を持つソレはカテゴリー的には刺剣(エストック)。SAOでは使用できるソードスキルの一部が細剣と同じだったと記憶している。

 

 「そうだ……だが、この剣を見て、まだ、分からない、のか」

 

 「どういう意味だ?ただの刺剣(エストック)モドキだろう」

 

 「そうか、そうか……なら、もう一度、思い出させて、やろう」

 

 もう一度、思い出させる。その言葉が見えない手となって俺の心臓を鷲掴む。

 

 ―――やめろ。その言葉に耳を貸すな。その声を聞くな。手にした剣で今すぐに断ち切れ。

 

 目の前にいるぼろマントはただの犯罪者だ。元ラフィン・コフィンだろうが、俺との間に何があろうが、今は関係無い筈だ。頭ではそう分かっているのに、四肢は凍り付いたように言う事を聞いてくれない。

 

 「あの、戦い」

 

 吸う息が酷く冷たい

 

 「この、剣で」

 

 体が震える

 

 「おれは、お前の―――」

 

 足元がおぼつかない

 

 「―――弟を、殺した(・・・)

 

 「あ……あぁ……!」

 

 記憶の蓋がこじ開けられ、溢れ出す。剣で貫かれて存在を砕かれた弟の姿が、助けを求めた瞳が、腕の中から消え去った感覚が、次々と蘇っていく。

 

 「ああああ!」

 

 赤い目。刺剣(エストック)。ハルを殺した存在。心が、どす黒いもので塗り潰されていく。

 

 「ザァァザァァアア!!」

 

 燃え上がる憎悪のままに叫び、駆ける。自分の中で、何かがひび割れていく感覚が、ひどく煩わしい。

 

 (殺す殺す殺すコロス―――!)

 

 色を無くし、歪んでいく視界の中で、ザザだけが鮮明に映る。

 

 「そうだ……!怒れ!狂え!そのお前を、殺してこそ―――おれは、真のレッドに戻れる!!」

 

 血のような色をしたヤツの眼が、唯一の色彩だった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 桜 サイド

 

 「結城さんと天野さんですね?お話うかがって―――桐ケ谷君!?」

 

 わたし達がクロト達の所にやってきた直後、キリトの様子が急変した。警告の意を持った電子音が病室に響き、それに混じって彼の荒い呼吸音が耳朶に届く。

 

 「キリト君……まさか……ユイちゃん、GGOの中継映せる!?」

 

 「はい!壁のパネルPC回線をMMOストリームのライブ中継と接続します!」

 

 壁に設けられた大型のモニターにGGOのロゴが表示された後、ついにBoBの中継映像が映し出される。

 

 「キリト君!!」

 

 明日奈さんが悲鳴を上げる横で、わたしは息を吞まずにはいられなかった。画面の中、長い黒髪を振り乱して剣を振るうキリトの姿は、普段の彼とはかけ離れた、野獣のように荒々しくて。憎悪に塗り潰された表情や闇色の瞳は、見ているだけで胸が苦しくなる。

 

 (間に合わなかったの……?)

 

 キリトがあんなにも激情に駆られる理由。それは死銃(デス・ガン)の正体がザザ―――ハル君を一度殺した仇だと思い出した以外に考えられない。どういう訳か、今のキリトの隣にクロトはいなくて、彼の暴走を止められる人があの場所にはいない。

 

 「まだ命にかかわる訳じゃないけれど、まずいわね……急に心拍が上がったのもそうだけど、さっきからかなり汗をかいているから……脱水の危険があるわ」

 

 「脱水症状になる前には、アミュスフィアが自動カットしてくれます……」

 

 「そう……なら、もう少し様子を見るわ」

 

 「はい。明日奈さん、気を確かに持ってください」

 

 掠れる声で何とか看護師さん……安岐さんと言葉を交わしたわたしは、青白い顔で肩を震わせる明日奈さんの手を握る。その際にベッドに横たわるキリトの傍にあるモニターに目を向けると、激しく乱れた軌道を刻むグラフが見えた。

 

 (わたしが、しっかりしなきゃ……でも、今ここで何ができるの……?)

 

 クロトとキリト、二人の傍で少しでもその背中を押したい。その一心で、明日奈さんと一緒にここまで来た筈なのに。考えても考えても、何をすればいいのかが分からない。

 

 (弱気になっちゃダメ……!今は、二人を信じるのよ……!)

 

 GGOにはクロトがいて、キリトは独りじゃない。だからきっと、何とかなる。

 

 「―――キリト君!?」

 

 「明日奈さん!落ち着いてください!」

 

 自らを省みない憎悪に満ちたキリトの攻撃の中、左腕を犠牲に掻い潜ったザザの凶刃が、とうとう彼を捉えてしまった。大きな針のようなエストックが、下からすくい上げるようにキリトの頭部―――左目から額にかけて、一筋の傷を刻み込んだ。

 病室内に鳴っていた電子音が、途端に激しくなる。ベッドに横たわるキリトに飛びつかんばかりの勢いで振り返る明日奈さんを何とか宥めるけど、視界の端に映った彼のモニターでは自動カットされるギリギリまで心拍が跳ね上がっていた。

 額はキリトにとっては弱点だ。ALOで須郷さんに刺された時には意識を失いかけていたし、その後もゲームの最中にそこへ被弾して動きが鈍ったり、強攻撃を受けて動けなくなったりした事もある。

 そこを今、トラウマを刻んできた相手(赤目のザザ)に抉られた。光る剣を取り落とし、崩れるように蹲ったキリトを訝しんだ様子のザザが一度は手を止めるけど、徐に一歩、また一歩と近づいていく。

 

 「ダメ……やめて……」

 

 「桐ケ谷君に何が起きてるの!?どうして、立ち上がらないの……?」

 

 「彼、額に古傷があって……そこが弱いんです」

 

 「古傷……そういう事ね」

 

 充分とは言えない筈のわたしの言葉に、安岐さんは何かを悟った様子で眉根を寄せた。

 

 「このままだと、いつ桐ケ谷君の方が自動カットされるか……それに(くろがね)君もあの敵と対峙して、同じようにならないか心配だわ……」

 

 (そうだ、クロトだって……あの時の事が消えない傷になっている筈よ……)

 

 キリトのように、ザザとの因縁やトラウマがあるとは聞いていないけれど……何も起きない、なんて有り得ない。

 

 「クロト……!」

 

 キリトの隣で、同じように横たわる大切な人。彼がザザと対峙し、その正体に気づいた時……キリトみたいに苦しむ姿を想像してしまう。

 

 「キリト君……!」

 

 握ったままだった明日奈さんの手に痛いくらい力が入る。強く唇を噛む彼女の視線の先、パネルPCでは蹲っていたキリトが蹴り飛ばされ、砂地の上を転がっていた。そうして数メートル程の距離が開いた所で、突如ザザがバックステップを踏んだ。

 何故、と首を傾げるよりも先に画面外からザザへと無数の弾丸が襲いかかり、銃撃がやんだ頃には彼とキリトの間に第三のプレイヤーが現れた。

 

 「クロトぉ……!」

 

 恐れが胸中に広がる一方で、安堵の灯が宿る。相反する二つの感情を抱きながら、画面から目を離さない。

 

 「あれが、鉄君……何か喋っているみたいだけど……すごく落ち着いているわね」

 

 画面越しであっても、込められた悪意を感じ取れる程に怪しく発光するザザの眼。声が聞こえなくても、彼がクロトにも自分の正体を明かしたであろう事が何となく分かった。

 

 「……え?」

 

 そう声を漏らしたのは、わたしと明日奈さんのどちらだったか。ザザの言葉をどこ吹く風とばかりに聞き流しながら、銃を足元に放棄したクロトは次の瞬間、ザザに斬りかかっていた。

 

 「クロト、君……?」

 

 明らかに話途中に見えたザザの左胸付近に一条のダメージ跡が刻まれた。遅れて剣を振るい始めたぼろマントに対して、クロトは二振りのナイフと体術でもって攻め立てる。その軌道は先程のキリトのように感情に任せたものじゃなくて……愚直なまでに相手を追い詰め、その果てに倒す……ううん、殺す(・・)という、冷たく静かな意志しか感じられなかった。

 

 (でも何か、あの時と違う……?)

 

 自分にとって優先度の低い人の死を厭わない冷酷な一面を、クロトは化け物として恐れていた筈なのに。画面の中でザザと戦う彼の瞳には、確かな光が宿っていた。

 震える体を叱咤して、ベッドに横たわるクロト本人を見る。静かに胸を上下させる彼の心拍は、先程見た時より幾らか上昇しているけれど。

 

 (安定……してる!?)

 

 隣で横たわるキリトと違い、危うさは感じられない。

 

 「どうして……平気なの……?」

 

 クロトだって、ザザが……元ラフィン・コフィンが相手で、あの討伐戦の時の記憶を思い出してしまったら、絶対に普通じゃいられない。そう思っていた。

 だけど実際の彼は今、ザザ相手に取り乱す事なく戦えている。そのことに疑問が湧き上がる。

 

 「本当、だったのね。桐ケ谷君と同じ悩みなんてないっていうのは」

 

 「え?」

 

 安岐さんの呟きに、わたし達は弾かれたようにそちらへ視線を向ける。すると彼女はキリトとクロトの二人を気遣うように見つめながら、教えてくれた。

 

 「桐ケ谷君は……ソードアート・オンラインで、人を殺したって言ってた。その苦しみは、私には分からないけど……自分の事を許せないって思い詰めていたの」

 

 「キリト君が……」

 

 「でも鉄君は、平気だって言い切ってたわ。自分が助けたい……守りたい人達が無事なら、それでいいんだって」

 

 「あ……」

 

 安岐さんの言葉が、胸の内にすとんと落ちる。今クロトの後ろには親友(キリト)がいて、目の前には大切な人を害する敵(ザザ)がいる。

 なら、クロトは迷わず敵を討つ事を―――化物に堕ちる(斬り捨てる)事を選ぶ。彼にとってはただそれだけの簡単な選択でしかない。

 

 (わたし……バカだ……)

 

 クロトは何も変わっていない。ただ目的の為に、今まで恐れていた自分の一面と向き合っているだけだったのに……今まで全然気づけなかったなんて。

 

 「本当は……普通の高校生が抱えていい事じゃないのよ……桐ケ谷君達の悩みは」

 

 「……大丈夫です。わたし達が、彼らを独りにはしません」

 

 「桜……」

 

 明日奈さんと繋いでいた手を離し、そっとクロトの手に触れる。ひやりと伝わる低めな体温を温めるように、両手で彼の手を包み込む。

 例えどんな事があっても、わたしが同じように堕ちて隣に立つ事を、クロトは絶対に望まない。ずっと綺麗な場所にいてほしいって願うだろう。今回のように。

 

 (でもね……ただ守られるだけなのは、嫌だよ……クロト)

 

 やっと分かったキリトの葛藤やクロトの覚悟。それなら、わたしは―――彼を照らす灯りになろう。わたしやキリト達、大切な人の為なら、どこまでも暗く、冷酷な化物に堕ちていくクロトが、最後にちゃんと帰ってこれるように。光の当たる世界が、彼の居場所であり続けられるように。

 

 (貴方の帰る場所は、ここだよ……)

 

 祈るように、瞼を閉じた。

 

 ―――今の貴方に、わたしの声が届かないのだとしても。貴方を想い、焦がれるこの心は届くと信じて。




 転スラや無職転生と、面白いアニメがあるのはいいですねぇ……

 無職転生の方は続きが気になり過ぎてWeb版の方を読破してしまいました。


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百七話 決着

 一度走り出したら、意外に早く形になりました。


 クロト サイド

 

 倒れ伏したキリトを背に、オレは初めてぼろマントと向き合う。隻腕となったヤツが握る針の様な剣―――エストックや、髑髏仮面の奥で怪しく発光する赤い目。

 

 「やはり、お前か。遊撃手(・・・)

 

 SAO時代の二つ名を呼ぶ、切れ切れな口調。我を忘れた相棒の絶叫と、身に覚えのある殺気。ぼろマントとこうして相対して、確信した。

 

 「テメェだったのか、ザザ」

 

 闇風を倒しここに駆け付けるまでの間に浮かんだ、外れてほしかった予想が的中してしまったのが忌々しい。

 

 「ク、ク、ク。目の前で、お前を倒せば、キリトはより一層、怒り狂うだろう」

 

 弾が半分程残ったP90を足元に落とす最中、耳朶に届いたザザの声には隠し切れない喜色が混じっていた。

 

 「現実世界の、腐った空気を、吸い過ぎたキリトは、もう黒の剣士では、ない。弟の死、だけでは、まだ、足りない。まだ、戻らない(・・・・)

 

 「へぇ……随分と相棒にご執心だな」

 

 一瞬だけ、後ろで蹲ったままの親友を見る。心身を削り続けたSAO(デスゲーム)から解放され、ALO(べつの世界)に囚われた想い人を取り戻した先の日常を謳歌していた彼の心は、やっと癒されていたというのに……コイツの所為で、過去の古傷を―――ラフコフ討伐戦の記憶(トラウマ)穿(ほじく)り返された。

 

 「だが、お前を倒し、あの女を、殺せば、今度こそ、黒の剣士に……あの時の、真に猛り狂った姿に―――!?」

 

 地を駆ける。記憶の限りではかつてないほど饒舌に語るザザに肉薄したオレは、ヤツの心臓部目掛けてナイフを振るう。

 

 (……浅いか)

 

 狙い通りの位置に刻まれたダメージエフェクトこそ派手に赤い飛沫を上げたが、一方でザザの残り七割程あるHPゲージはさほど減らない。ギリギリのタイミングで半歩程避けられたらしい。どうやらSAOの頃よりプレイヤースキルが向上しているのは事実なようで、腐りきった性根であってもキリトを打倒せんとするコイツの執念の強さだけは本物だと実感する。

 

 「貴様っ……!」

 

 (うるせぇな。とっとと死ねよ)

 

 遅れながらエストックを振るい、間合いを取ろうとするザザ。しかし一度捕らえたオレの距離から逃がしてやる理由は無い。両手に握ったナイフと、今まで培ってきた体術を駆使してヤツにピッタリと張り付いて攻め立てる。狙うは首筋と心臓で、それらを狙う隙を作る為のフェイントも織り交ぜる。

 

 「グッ……何だ、この殺気は……!?」

 

 ハラワタが煮えくり返る程に感情は滾っているのに、どこまでも冷静に澄んだ思考は一歩ずつ確実に相手を追い詰め殺す事だけを考えている。

 エストックを叩きつけ、間合いを取ろうとするザザ。迫る刺剣をナイフで受け流し、飛び退るぼろマントを追って踏み込む。

 

 ―――足りない……もっとだ。余分を削り、突き詰めろ。敵を始末する事に全てを注げ。

 

 完全にあの頃の化物に堕ちた(もどった)つもりだったが、まだまだ甘いようだ。冷め切って温度を感じなくなった筈の全身において、先程から右手だけが仄かに温かい。ここでザザを放置すれば、キリトだけでなく、桜達にまでSAOの亡霊として悪夢を振りまく。それを止める為なら……奈落の底まで堕ちたって構うものか。

 大切な人達を想う心も、人として真っ当な感情(ねつ)も全て……全て、捨てろ。レッド共を殺戮した―――アノトキノヨウニ。

 刻一刻とザザの胸元や首回りには小さな傷跡が増えていき、そのHPゲージが五割を下回った。こちらもヤツの悪あがきで振るわれたエストックをナイフで逸らしたり、体に掠らせたりして、ジリジリ削られたのでHPの残量は同程度だが、ダメージレースはオレの方が勝っている。

 そもそも普段と重心が異なる隻腕の状態で剣を十全に振るえなくなっていたのに、さらに本領を発揮できない超近距離で張り付かれた時点でザザのエストックはただの棒切れと大差なくなっているのだ。四肢の部位欠損は確か数分で治る筈だが、仮にザザの左腕が復活しようとも―――殺せる。

 決して油断できないが、それでも勝算が見えている一方で……意識が、かつて死の雨を降らせたあの頃に移りきらない(・・・・・・)。あの時は体だけじゃなく心すら冷え切って、不要と切り捨てた命を殺す、人ならざる機械が如き冷たく静寂な状態だったのに。右手の仄かな温もりも、胸の内に宿る感情(ねつ)も、今だけは不要だと思うほど……決して消えない灯のように残り続ける。

 

 「……何故だ……何故、貴様にすら勝てない!?」

 

 「っ……」

 

 逸らしきれなかったエストックの切先が、左の頬を掠める。ザザに付け入る隙を見せてはダメだと己を叱咤し、精神が少しでもあの頃に近づくように努める。

 

 「おれは、違う!恐怖に駆られ、殺した事を、忘れた、貴様ら卑怯者と―――」

 

 「―――テメェらゴミを幾ら殺そうが大差ねぇよ。いいから死ね」

 

 苦し紛れに突き出された剣の腹、ダメージ判定の無い箇所を左腕で受け流し、ザザの胸に右手のナイフをグサリと突き立てる。次いで左のナイフを首筋に突き立てるべく踏み込むが、そこで頭部に衝撃を受けた。

 

 (頭突きか……ヤツも形振り構ってられねぇってか―――!?)

 

 一瞬揺れた視界が正常に戻った時、眼前にはエストックの切先が迫っていた。咄嗟に首を逸らしたが、その切先は右の頬骨を滑って耳をちぎり飛ばしていった。

 仕留め損なったうえに、間合いを離されてしまった。右手にあったナイフはザザの胸に刺さったまま手放してしまったし、刀身を一瞥した左手のナイフは目に見えて刃毀れしている。耐久値が半分以下の状態だ。あのエストックが超高性能なレア物なのか、普段よりも消耗が速すぎる。

 

 「……随分と必死だな。仮にも命の恩人だぞ?」

 

 「っ、黙れ……!」

 

 キリトに執着するザザがいつオレを無視して相棒を襲うか分からないので、注意を引く為にとついた軽口に思いのほかヤツは食いついた。一度追い込んだザザが冷静さを取り戻す時間を作らぬよう、ヤツの地雷であろう事柄で煽る。

 

 「ハハッ、そうだよな。恐怖の象徴たる殺人者(レッド)サマが?いたぶるつもりの獲物に殺されかけて?挙句の果てに命を救われたとか、お笑い(ぐさ)もいいトコだもんなぁ?」

 

 「黙れ、黙れぇ!!」

 

 いい具合に向こうの逆鱗に触れられたようだ。激情に支配されたぼろマントの殺意がオレだけに集約され、キリトから意識が外れたのが肌で感じられた。

 

 ―――これでいい。

 

 なに、相棒は今ちょっとばかり休憩(・・)しているだけさ。何度打ちのめされても、傷つけられても……然るべき時にはちゃんと立ち上がる。それがキリトだ。

 

 「おれは、真の殺人者(レッド)だ!恐怖を、与える者だ!怯えるなど、あっていい筈が無いんだ!!」

 

 「……」

 

 叫び、突進系上位ソードスキル『フラッシング・ペネトレイター』を繰り出すザザ。何となくヤツの動機が分かった。コイツはただ、あの戦いでキリトに砕かれた矜持を取り戻したかったのか。遍くプレイヤー達の恐怖の具現たるレッドプレイヤーとして君臨していたところを打ち負かされ、逆に殺されかけた自分が死の恐怖に怯えた事実を払拭する。それがザザの殺人者(レッド)に拘る理由か。

 

 (……クソくらえだ)

 

 道端の石ころよりも価値を見出せない。だが己の心臓へと迫る切先に宿る殺意や闘志、歪んだ執念の果てに磨かれた技量は間違いなく脅威だ。

 避けれない、というのは向こうが砂を蹴った瞬間に悟っていた。ザザが全力でオレを狙うように挑発した時から、こうなるのは予測済みだ。HP残量は三割で、ザザの一撃を受けてから全損するまで一秒あるか無いかだが……それだけあれば充分だ。野郎の喉笛を掻っ切るには。

 目を凝らせ。意識と感覚を研ぎ澄ませ。ザザがオレに勝った、と確信した瞬間の……極僅かな隙に刃を突き立てる為に―――

 

 ―――クロト!

 

 名前を呼ばれた、気がした。冷え切っていた全身が、右手を起点に熱を取り戻す。刺し違える覚悟で踏み出すつもりだった体が、気づけば後ろへと倒れ込んでいく。

 視界の端から、華奢な腕が伸びる。昨日今日とよく目にしたその手を、何度傷だらけになっても立ち上がる決して大きくない(この上なく頼りになる)その背中を、見間違う筈が無い。

 

 「―――キィリトォォオオ!」

 

 「ありがとう。アスナ、ユイ」

 

 それは、いつかの焼き直しのようだった。違うのは、少年が憎悪した者相手に穏やかな心を崩さず……いや、今は見てすらいないところか。ザザが放った渾身の刺突はキリトの左手一つに呆気なくつかみ取られ。発狂するぼろマントが次の行動に移るより先に、相棒の右手から終焉の音が―――銃声が響く。

 連続して起こるマズルフラッシュ。ぼろマントへ瞬く間に刻まれる点状のダメージ跡。相棒の傍らに、彼を守護する白騎士を幻視した。

 マガジンに残っていた弾丸全てを吐き出したP90の向こうで、HPゲージが空になったザザが崩れ落ちる。

 

 「……まだ、終わら、ない……終わらせ、ない……!」

 

 「終わりさ。ハルは生きている。俺にはもう、お前を憎み続ける理由がない」

 

 地に伏したぼろマントを一瞥すらせずに背を向けるキリト。彼が最後に告げた、「もうお前なんてどうでもいい」という意の言葉が幻影の一撃となったのか、ザザは苦し気に息を吞んだきり沈黙した。遅ればせながら表示された死亡タグを確認し、オレは尻餅をついていた体を立ち上がらせる。

 

 「また、お前に助けられちまったな……親友(キリト)

 

 「それはお互い様だろ?親友(クロト)

 

 揃って体中のあちこちにダメージ跡を刻まれたオレ達は、いつも通り軽く拳をぶつけ合う。分厚い雲の隙間から差し込んだ月明りに浮かんだ相棒の姿は酷く痛々しかった。

 

 「悪い、オレがケリつけるって啖呵切ったってのに、結局無理させた」

 

 「いいさ、あいつと因縁があったのは俺だし。ちゃんと自分の手で決着をつけるべきだったんだ」

 

 傷つけられた左目の再生がされていない顔で微笑まれても、オレ自身の力不足を痛感するだけだった。

 

 「行こう、シノンが待っている」

 

 「……そうだな」

 

 キリトに促され、歩き出す。今回のザザの凶行から守る事ができた、心を凍らせていた少女の許へと。

 

 「ぁ……れ……?」

 

 「おっと」

 

 しかし数歩も進まない内に、相棒がよろける。先程の戦闘の最中で髪留めを失ったのか、解けた髪が左右にふらふら揺れる様が見ていられず、オレは彼を支えるべく肩を貸す。糸が切れた人形のように脱力しているのが、触れた感覚で分かった。精神的にはかなりクタクタなキリトを支えて歩き続ける。

 

 「……強いな、皆」

 

 「何だよ、藪から棒に」

 

 「だってさ……シノンは死ぬかもしれない状況だっていうのに、立ち上がって戦う事を選んだ。お前は、ずっと恐れていた一面と向き合って、ザザと対峙した……なのに俺は……俺だけが、過去に囚われて、自分を見失った。アスナとユイがいてくれなかったら、ずっと蹲ってた」

 

 「……オレだって、大した事ねぇって。その、お前が助けてくれた直前で、サクラの声が聞こえた気がしてな……あれが無かったら、ザザと刺し違えるつもりだった……つか、それ以外考えてなかった」

 

 そう言って、やっと右手の温もりの正体に気づく。どうやって現実世界のオレ達がいる場所を知り、やってきたのかは分からないけれど……化物に堕ちるギリギリの所で繋ぎとめてくれたこの温もりは、紛れもない恋人(サクラ)のものだ。そしてキリトも同じだろう。

 

 (アスナとユイがいてくれなかったら、って言葉はそういう事か……)

 

 正直あそこで相棒が来てくれなかったら……是が非でも相打ちを果たすつもりだったが、冷静に考え直せばオレだけ地に伏していた恐れも、四割ほどはあった。そう思えるくらい、ザザはSAOで戦った頃よりも強くなっていた。もし……もしも、第二のザザともいうべき元ラフィン・コフィンがまた現れた時、果たしてオレだけで打ち破れるだろうか……?

 

 (もっと強くならねーとな……)

 

 心はサクラや皆に支えてもらえばいい。彼女達が元ラフィン・コフィンと戦わなくていいように……オレ一人で―――

 

 「―――違うぞ。俺達二人で(・・・・・)、だろ」

 

 「……人の考えを読むな」

 

 顔に書いてあったからな、と悪びれる様子の無いキリト。考えを読まれたのがちょっと悔しいような、それでいて言葉にせずとも伝わるくらい親友がオレの事を理解してくれているのが嬉しいような、複雑な気分になったのでつい顔を俯ける。

 そのまま歩き続けていると、オレの肩を借りるキリトが足を止めた。つられてオレも足を止め、俯いていた顔を上げると、そこにはシノンがいた。いつの間にか合流できたらしい。

 彼女の代名詞ともいえる大型ライフルはスコープが失われていたが、得物を抱える彼女自身は無事のようだ。貸した肩越しに、キリトが安堵する様子が伝わる。

 

 「……終わった、のね?」

 

 「ああ。死銃(デス・ガン)は倒したよ」

 

 「そう……」

 

 シノンとキリトはそう言葉を交わすと、互いに張り詰めていた糸が緩んだように、どちらともなく微笑みあった。二人の弛緩した空気を感じて、漸くオレも肩の荷が下りたような気分になる。

 

 「死銃(デス・ガン)……元ラフィン・コフィンの連中は、自分の手で決めたルールに則って殺すのに拘りがあっからな。ゲーム内で標的を撃つ役目のぼろマントが倒れた以上、お前ん家の共犯者はもう逃げるしかできねぇ筈だ」

 

 「あぁ。でも念の為、警察には連絡した方がいいと思う」

 

 「でも……何て言えばいいの?VRMMOの内と外で同時殺人を企んでいる人がいる……って言っても、すぐには信じてもらえないでしょう?」

 

 「うぐぐ……確かにそれもそうか……」

 

 客観的に考えて、何も知らない警察がシノンの言った通りの通報を受けたとして……素直に信じてもらえる、とは思えない。が、それはオレ達が現実世界では何の権力も無い一般人だからってのも大きい筈だ。

 

 「説得はあの眼鏡役人に丸投げしようぜ?もう考えんのメンドイし疲れたし」

 

 「その手があったな……あんな胡散臭い奴でも公務員だし……けど、ここでシノンの住所を聞き出すわけにもいかないだろ?」

 

 「じゃあシノンに役人の電話番号言えばよくね?オレ達の名前だせば、向こうも無碍にはしないだろ。そんでオレ達からもメール送れば何とかなるって」

 

 「それはそれで時間かからないか?もしその間にシノンの身に何かあったら……」

 

 うーむ……回転の鈍った頭では、他によさそうな案が浮かばない。まさかこんな所で詰まってしまうとは……

 

 「……いいわ、教えてあげる」

 

 「え、いいの?」

 

 「マジで?」

 

 思考が堂々巡りに陥りかけた時、目の前の少女は何でもないかのように許可をくれた。

 

 「何だかもう、今更って感じするもの……自分から、誰かに昔の事件について話したの、初めてだったし……」

 

 「それも……そうだな。俺達だって、自分の意思で誰かにSAO内の事を言ったの初めてだったな」

 

 お互いに現実世界での顔や本名すら知らない筈なのに、自分の根幹を為す出来事や傷跡を晒し合っていた事に、揃って苦笑する。確かにこれなら、現実世界の自分の情報を知られても今更気にしないって彼女の言葉に頷きたくなる。

 そんな事を考えている内に水色髪の少女は抱えていた大型ライフルを肩にかけ、空いた両手でオレ達を引き寄せる。

 

 「私の名前は、朝田(あさだ)詩乃(しの)。住所は―――」

 

 引き寄せたオレとキリトの頭の間に顔を突っ込むような状態から告げられた、彼女の住所。それが何かの偶然か、オレ達がダイブしている病院のすぐ近くだった。

 

 「驚いたな……俺達がいるの、千代田区の病院なんだ」

 

 「えぇっ!?目と鼻の先じゃない」

 

 「いっその事、俺達がログアウトしたらすぐ行った方が早そうだな」

 

 確かに今のオレ達は精神的な疲労こそあれど、現実世界の肉体はさほど消耗していない……と思われる。だったらリアル側でやる事が一つ増えたって、大した事ではない。

 

 「う、ううん、大丈夫。近くに信用できる友達も住んでいるから」

 

 「って言っても聞かねぇぞキリトは。一度関わったら自分が納得するまで世話焼くヤツだし」

 

 「おいおい、何だかんだ最後まで付き合ってくれるお前も大概だろ?」

 

 「本当に仲がいいのね……来てくれるっていうなら、少しは期待して待っててあげる……で?まさか私だけ個人情報を開示して終わりかしら?」

 

 微笑を浮かべるかと思いきや、少々不満そうに半眼になるシノン。それに気圧されたワケではないが、ちょっと礼節を欠いたかとキリトは慌てて本名を告げる。

 

 「あ、ごめん。俺は桐ケ谷(きりがや)和人(かずと)、ダイブしているのはさっき言った場所だけど、家は埼玉県川越市」

 

 「(くろがね)大和(やまと)だ。んで家は東京都御徒町」

 

 「キリガヤカズト、クロガネヤマト……どっちも本名を短縮しただけじゃない。ネーミングセンスまで一緒って、生き別れた兄弟とかって言われてもおかしくないんだけど……」

 

 んなアホな。なんて言おうと思った時、今の今まで存在を忘れかけていた中継カメラが視界に映る。音声の届いていない観客の大半が、いい加減に決着つけろとブーイングをしていそうだ。

 

 「―――そろそろ、大会を終わらせねぇとな」

 

 「でも、どうやって決着をつけるんだ?二人だったら、昨日みたいに決闘スタイルもできたけど……今は三人だしなぁ……」

 

 じゃんけん等で勝敗を決める、なんて事をすればそれこそギャラリーが「ふざけんな!」と大爆発必至だし、ここにきて人数がアダとなるとは思いもしなかった。

 

 「貴方達ねぇ……一度鏡を見たらどう?そんなボロボロな人をいくら倒したって自慢にならないわ」

 

 「妙な所でプライド高いな、お前……」

 

 もう何でもいいから終わらせたい。そんな気持ちが宿った溜息をキリトと同時に零すと、眼前の少女はクスクスと笑みをこぼしながら自身のポーチを漁る。

 

 「ところでキリト、これあげる」

 

 「ん、何を?」

 

 完全に気の抜けていたキリトが言われるがままに右手を出すと、そこに拳大の球体を乗せ―――ポチった。

 

 「げぇ!?」

 

 「え?コレってばくだ―――」

 

 「―――フフッ、わぁーい♪」

 

 肩を貸し続けていたオレの左手は首に回っている相棒の左腕を掴み、右手は彼の背中を支えている。つまり塞がっているため対応ができない。

 キリトは完全に気が抜けていたため反応が致命的に遅れ、渡された球体―――プラズマグレネードを捨てられないよう、笑顔の悪魔(シノン)に腕ごと抱きかかえられていた。

 

 (おいおい、これってまさか……)

 

 オレ達三人ともVIT(耐久)は低いため、この爆発で等しくHP全損は確定。同時に生存者はゼロになる。第一BoBのラストを飾った「お土産グレネード」の単語が脳裏をよぎった瞬間、オレ達は眩い閃光に飲まれるのだった。

 

 ―――第三回バレット・オブ・バレッツ本大会優勝者【Sinon】、【Kirito】、【クロト】

 

 三人同時優勝という、優勝者数の最多記録が破られる事は長らく無かった。



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百八話 もう一つの決着

 お久しぶりです……

 前話投稿した後から弟の仕事が超忙しくなりました……連休明けも続いてます。


 詩乃 サイド

 

 ―――どうして、こうなってしまったのだろう。

 

 心の壁の向こう側で待っている人がいる。彼からの言葉で、真っ先に思い浮かんだのは新川くんだった。

 新川くんが自分に心を砕いてくれた事、気遣ってくれた事を思い出し、これからはしっかりと向き合っていこうと決心しつつログアウトしたら、優勝を信じてくれていたのか、お祝いの品を携えた本人がやってきて。部屋に上げた新川くんといつものように言葉を交わす……その筈、だった。

 

 「朝田さん、あさださん、ぼくの、憧れの……」

 

 「し…かわ…く……っ!」

 

 焦点の合わない目。うわ言のようなセリフ。私を容赦なく抱き締める、異常な力加減。その全てが今までの新川くんとかけ離れていて、同じ人だと信じられない……信じたく、なかった。

 

 「愛してる……愛してるよ朝田さん。ぼくの……ぼくだけの、シノン……!」

 

 「やめ……はな、し…て……」

 

 物理的に息が詰まり、声が出ない。

 

 「大丈夫、怖くないよ朝田さん。ぼくもすぐに追いかけるから……朝田さんを一人ぼっちにはさせないからさ……」

 

 新川くんが死銃(デス・ガン)の一員で。新川くんのお兄さんがSAO生還者……殺人ギルドの元メンバーで。私の過去を知ったから近づいてきて。上京して以来、唯一の友人だと思っていた彼との日々が暗闇に塗り潰されていく。

 

 ―――同じ言葉、同じ行動なのに、どうしてこんなに違うのだろう。

 

 大丈夫という言葉。容赦ない力で抱き締められる事。今の新川くんからもたらされるソレは、恐怖しか湧いてこない。GGOで彼がくれた温もりや安らぎとは、天と地ほどにかけ離れていた。

 

 (ごめんね……せっかく助けてくれたのに、私……)

 

 思考が、諦めの色に染まっていく。そのまま体の熱も力も抜けていき、瞼を閉ざす……その直前

 

 ―――いっその事、俺達がログアウトしたらすぐ行った方がいいかもな。

 

 彼の、キリトの言葉を思い出す。それに連鎖するように、最悪の未来を想像してしまう。

 

 (私が死んで……そこにキリトとクロトが来たら……新川くんは、彼らを……殺す?それは……それだけは……嫌、絶対に嫌!)

 

 だからってもうどうにもならないよ。心が幾ら叫んでも諦めの思考は覆らず、体に力は入らない。朝田詩乃(わたし)は何もできないのだという事実を突きつけられ、視界が闇に覆われていく。

 

 ―――諦めないで!心の声から目を背けないで!!

 

 誰かの声がした。ううん、誰かなんてわかりきっている。シノン()だ。暗闇の中でその身を淡く光らせ、真正面から声を張る心の化身。

 

 (詩乃(わたし)にできる事なんて無いんだよ……?こんな、守られるだけの弱い詩乃(わたし)に……)

 

 ―――そうだね。それはシノン()だってわかっている。でも、あの二人を……キリトを死なせたくないんでしょう?守りたいんでしょう!!

 

 守りたい。その言葉が火種となり、瞬く間に全身へと熱が広がっていく。

 

 ―――さあ、立って。守りたい人の為にもう一度!

 

 伸ばされた手を、詩乃(わたし)の意思で掴む。体中から活力が湧き、弱気な思考を吹き飛ばす。

 

 「……っ!」

 

 新川くんに拘束された両腕は自由が利かず、唯一動かせた片足を力いっぱい振り上げた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 大和 サイド

 

 周囲に多大な騒音をまき散らしながらガソリン式のバイクを走らせる和人の背を、電動式スクーターで追いかける事しばし。シノンのリアル―――朝田詩乃が住むアパートにたどり着いたオレ達は、逸る気持ちで彼女がいるであろう部屋へと向かった。GGOからログアウトし、案の定駆け付けてくれていた桜達を宥め、菊岡に連絡を取り、ここに来るまでの間、胸中では嫌な予感が小さな棘のように残り続けていたからだ。

 

 「シノンっ!」

 

 彼女の部屋、と思われる辺りから派手な物音が聞こえた瞬間、和人が目の色を変えてドアノブを引っ掴む。嫌な予感が的中してしまったと実感するが、それよりも感情が先走っている相棒が危うい。どれだけ反射速度に優れていたって、現実世界における和人の身体能力は一介の高校生と大差ないのだ。仮想世界と同じ感覚で走られるのは困る。

 

 「頭冷やせって―――」

 

 「―――んな暇あるか!」

 

 戦闘時に感情と思考の熱量が乖離するオレとは違い、焦りから冷静さを欠いた相棒は制止を聞かず、偶然にも鍵が開いていたドアを開いて部屋へと飛び込んだ。

 

 「アサダサンアサダサンアサダサンアサダサ―――」

 

 聞くに堪えない狂気を孕んだ男の声が耳朶に届くが、次の瞬間に鈍い音と共に途切れた。和人の後を追うようにオレも開いたドアへと入り込む。

 眼前には腰を抜かしたかのようにへたり込む痩せた少女。その奥で和人は誰かと取っ組み合っていた。

 

 「逃げろシノン!助けを―――」

 

 「―――お前かあああ!!」

 

 奇襲で和人に抑えられていた男が、絶叫しながら相棒を押しのける。焦点が定まっているか怪しい瞳に宿るのは激しい憎悪だった。

 

 「和人!」

 

 男が和人に対してマウントポジションを取った事で、相棒に誤って攻撃を当てる事なく割り込むチャンスができた。和人が一発殴られるのを止められない事に歯嚙みしながらも、オレを認識していないらしい男のガラ空きの胴へと飛び蹴りをかます。

 

 「チッ!大人しく―――してろ!」

 

 周囲の物を巻き込んで倒れた男が身を起こすよりも先に体勢を立て直し、無防備な頭へと踵落としを叩きこむ。ここまでやれば大人しく失神してくれるだろう。

 

 「いてて……やり過ぎじゃないか、クロト」

 

 「うっせ。ダチに手ぇ上げた野郎なんざ、これぐらい当然だ」

 

 殴られた頬を抑える和人に素っ気なく返すと、静かになった男を縛るべく周囲を見回す。

 

 「キリト……クロト……?」

 

 「ああ。遅くなってごめん、シノン」

 

 呆然と目を瞬かせる少女、現実世界でのシノンに手を差し伸べる和人。彼女を慰めるのは彼に任せる方がよさそうだな。

 

 「……ァサダ……ザ……」

 

 「っ!?コイツ!!」

 

 気絶していなかった!?咄嗟に男の背に乗り、その両腕を抑え込むが、男はうわ言を呟くばかりだ。

 

 「和人、早くシノンと逃げろ!邪魔になる!」

 

 「待てよ、お前一人じゃ危険だろ!」

 

 「邪魔って言ったろうがモヤシ野郎!!」

 

 今ならまだ、この男も意識が完全に回復したとは言い難い状態だ。その間に和人とシノンが逃げて後顧の憂いが無くなってくれれば……もう一度コイツをボコるのは多分可能だ。

 

 「……アァ……ダ……ン……」

 

 「早く行け」

 

 死銃(デス・ガン)と相対した時と同じ殺気を滲ませて一睨みすると、漸く相棒は頷いてシノンを立ち上がらせた。

 それでいい。後はオレの方でケリをつける。

 

 「―――待って!」

 

 「シノン!?」

 

 「あ?」

 

 この場に留まろうとする彼女に和人は驚き、オレは苛立ちから再び殺気をぶつけてしまう。しかしそれでもシノンは怯まず、オレから目を逸らさなかった。

 

 「少しでいいから……彼と、話をさせてほしいの」

 

 「正気か?お前を襲った男で、間違いなく死銃(デス・ガン)の一員だぞ」

 

 「でも友達なの!今まで私を助けてくれた、たった一人の友達で……それに新川くんはまだ、誰も殺してない!まだやり直せる所にいるの!」

 

 「……警察が来るまでだ。あとオレはコイツの上から動かねぇからな」

 

 あくまでも友人として話がしたい。涙交じりにそう訴えるシノンと数秒見つめ合い、根負けしたオレは下敷きにしている新川という男を抑える事に注力する。

 

 「……新川くん」

 

 「アサ、ダ……サン」

 

 幾らか理性が戻ったらしい。新川は辛うじて意味のある言葉を吐いた。のろのろと上げられた顔を正面から見つめ、シノンは言葉を……自身の思いを口にした。

 

 「私……現実世界(このせかい)が好き。つらい事、苦しい事ばかりだけど……ようやく光が見えてきたの。もっと生きていたいんだって、今なら胸を張って言える」

 

 震えた足で、しかし親友の支え無しにシノンは一歩歩み寄る。

 

 「だからごめんなさい。新川くんとは……現実世界を捨てようとしている君とは、一緒にいけない。私は、君のものにはならないわ」

 

 「ぼくの……に、なら……ない……?」

 

 びくり、と新川は大きく身を震わせ俯いた。……察するに、コイツはシノンに惚れてたのか?だというのにその惚れた女を殺そうとした?

 

 (グリムロックの奴と似たようなモンか……)

 

 最初は普通の恋心だったかもしれないが、どこかでその想いが歪み、狂気を孕んだ所有欲か何かにすり替わってしまったのだろう。そしてシノンも今まで心に壁を作っていたが為に気づけなかった、と。幸いなのは、この新川という男がまだ取返しのつく場所で留まっている事か。

 

 「新川くん、今度は私が助けるから……もう一度やり直そう。君ならきっとできる」

 

 「……う……ぐっ……」

 

 新川からは小さな嗚咽らしきものが聞こえるのみ。歪んでいても惚れた相手から拒絶されりゃ、辛いわな……同情する気は一切無いが。

 

 「なら、ない……あさださんは……ぼくの……ものに、ならない……」

 

 涙交じりの声からは、抵抗する気力は感じられない。じきに警察も来るだろう。

 

 (とりあえず一件落着、てトコか……流石に疲れたな)

 

 ログアウトしてからずっと張り詰め続けていた意識が緩んだ―――その刹那

 

 「ぼくの、ものに……なら……ならさぁぁぁアアアア!!」

 

 新川から発せられたケダモノじみた咆哮。一瞬反応が遅れた隙をつかれたオレは、今までに無い馬鹿力で押しのけられ、部屋の机に強かに右側頭部をぶつけてしまった。

 

 「死ンジャエヨオオオォォォ!!」

 

 「シノンッ!!」

 

 (ヤバ……二人が……)

 

 火花が散ったように色彩がはっきりしない視界と鈍痛が、立ち上がるのを妨げる。一刻も早く助けなければ……!立てよ、オレ……!

 

 「キリトッ!!」

 

 朦朧とする意識の中で聞こえてきたのは……少女の悲鳴と、何かが漏れるような鋭い音。そして数秒後に響いた鈍い殴打音だった。

 

 「どう……なった……?」

 

 ふらつく頭で何とか上体を起こすと、眼前にいたのは白目をむいて伸びている新川だった。その向こうでは胸元を抑える和人が部屋のベッドにもたれ掛かり、そんな彼にシノンが必死に呼びかけていた。

 

 「死なないで!こんな……こんな所で……キリトッ!!」

 

 その悲痛な叫びに背筋が凍る。新川は相棒に一体何をした……?

 

 「シノン、何が―――」

 

 「―――注射を打たれたのよ!私を、庇って……毒を……!」

 

 彼女の言葉に感情は理解を拒もうとするが、思考は応急処置が最優先だと叫んで手足を動かす。

 

 (今からハルに電話して、繋がるか……?そもそも薬品の名前も分からねぇと……)

 

 まずは現状把握に努めようと、苦しげなうめき声を漏らす和人の傍へと移る。黒いジャケットの下のTシャツの胸元に一点だけ、濡れたような染みができていた。

 

 「シノン、薬の名前とかあの野郎が言ってたか?」

 

 「え、えっと……」

 

 口ではそう言いながらも手を動かし、彼のシャツを捲り上げる。

 

 「……は?」

 

 最悪の事態を覚悟していたオレの視界に飛び込んできたのは、ちょうど染みのあった位置に残っていた電極と、それを濡らす透明な液体が下方へと流れていく様だった。

 

 「……何これ?」

 

 「電極、だな。ティッシュ持ってきてくれ。多分和人は大事無いぞ」

 

 「え、ええ」

 

 状況が飲み込めていないシノンだが、言われた通りに動いてくれる分には充分だ。もうちょっと落ち着いてから説明しないと、和人の無事は伝わらないだろうけど。

 ……いくら急いでいたからって、電極を外したらコードだけすっぽ抜けていましたとか……漫画じゃあるまいし、等と思いながら一応確認の為に首元から手を突っ込んで自分の胸あたりをまさぐる。

 

 「……何やってんのアンタ?」

 

 「……オレにもあったわ、電極」

 

 右胸のあたりに引っ付いていた金属板をはがしてシノンに掲げると、ティッシュ箱を差し出す彼女から呆れたように溜息が帰ってきた。とりあえずティッシュ箱から数枚ティッシュを取って和人の体を伝う薬品を拭きとり、声を掛ける。

 

 「おーい、いい加減に苦しむ演技やめろ相棒」

 

 「演技じゃ、ないって……力任せに、注射器叩きつけられて……マジ痛いんだよ……」

 

 よくよく見れば、和人の胸にある電極はへこんでおり、胸の一点だけ押し込まれたらそりゃ息苦しくなって紛らわしくなるか、と納得できた。

 

 「あの、クロト?キリトは……その、死なない……のよね……?」

 

 「おう、九死に一生を得たっつーのが確認できた。命に別状はねぇよ」

 

 「そう……よかったぁ……」

 

 躊躇いがちに確認してくるシノンに和人の安否を伝えると、彼女は力なくへたり込む。そこで張り詰めめていた糸が切れてしまったのだろう、今まで目尻に留まっていた涙がとめどなく溢れ、彼女の頬を伝って零れ始めた。

 下手な慰めはかえってシノンを傷つけると判断したオレは、黙って彼女に和人の手を握らせておく。その後は未だに伸びている新川の脈をとって生きている事を確かめ、今度は容赦なく彼を拘束しようと考えたその時、警察の到着を知らせるサイレン音が、微かに聞こえてきた。

 

 (……相棒を叱るのは、ちょいと後になるか……)

 

 今回は運良く助かったが、下手したら和人が死んでいた。本当に死ぬ状況でもシノンを庇った彼の自己犠牲が、オレは見過ごせなかった。

 

 ―――お前が死んだら、明日奈達はどうなる?どれだけ泣いて、悲しむか分かっているのか?

 

 特に明日奈に対してはSAOクリアの時の前科がある。仮に二度目の喪失に襲われた時、彼女がどうなってしまうか想像がつかない。

 和人にはもっと自分の命の重さを自覚してほしいが……どう説得すれば分かってくれるか……

 

 (あー、頭痛てぇ……考えが纏まらねぇ……)

 

 いつしかオレも気が緩んでいたようで、意図的に意識の端へと追いやっていた筈の、ぶつけた頭の痛みが強くなる。

 後ろから聞こえるシノンの嗚咽は、この痛みの所為で聞こえなかった事にしておこう。多分和人以外には弱った姿を見せたくないだろうし。

 

 GGOを震撼させた死銃(デス・ガン)の騒ぎは、これで終わったのだ。




 合間でプレイしているモンハンライズが最近の癒しです。


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百九話 氷解の兆し

 約三か月ぶりの更新です……お待たせいたしました。


 和人 サイド

 

 BoB本戦から二日。俺、クロト、シノンは死銃(デス・ガン)事件について判明した事を菊岡から教えてもらった。

 メンバーは赤眼のザザこと新川昌一、その弟の恭二、ジョニー・ブラックこと金本敦の三人で、金本敦(ジョニー・ブラック)が現在逃亡中だがじきに捕まるだろう事。新川昌一(ザザ)の供述から、GGOで自キャラの育成に詰まった恭二の苦悩や、その元凶として流行をミスリードしたゼクシードへの憎悪を打ち明けられた事が発端だった事。標的を定め、情報を集め、計画に必要な装備を整え……実行する。そこに現実とゲームの違いは無いと言ってのけた事。

 SAOでの日々が忘れられず、現実世界と仮想世界の境界が曖昧なまま、ゲーム感覚で人殺しの計画を企てた昌一(ザザ)達をクロトは「下らない」と斬り捨てたが、俺は「自分にとって都合の悪い事はゲームだと考え、現実世界の認識だけが薄くなっていくVRゲームのダークサイド」ではないかと思え、心の隅に引っかかった。

 

 ―――仮想世界が持つ可能性を信じる者として、軽く流してはいけない事だから。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 菊岡と話した後、シノンを連れたまま俺とクロトはダイシー・カフェへと足を運んだ。相変わらず無愛想な印象を受ける店の扉に掛けられたCLOSEDの札を無視して中に入ると、こちらに気づいた店主が「いらっしゃい」の一言と共に出迎えてくれた。彼の近くにあるカウンター席にはアスナ、ハル、リズ、サクラが座っていて、振り返ったリズが開口一番に文句を言ってきた。

 

 「おっそーい!待ってる間にアップルパイ(ふた)切れも食べちゃったじゃない!これで太ったらキリト達のせいだからね!」

 

 「悪い悪い、菊岡……クリスハイトの話が長くって」

 

 「二切れ食べるって選択したのそっちだろうが……待たせたのはともかく、太った場合の責任は里香自身のモンだろ」

 

 クロト、言いたい事は分かるけど、女子にその返しは如何なものか……ほらシノンを含めた女性陣がうわぁ、って感じの冷めた視線が一斉に向いたし。

 

 「クーロート、女の子にそういう言い方はダメだってば」

 

 「桜に愛想つかされなきゃそれでいいんだよ」

 

 「……直そうとしないなら、愛想つかしちゃおっかな?」

 

 「オレが悪かった、善処します」

 

 サクラに窘められ、即落ち二コマばりの速さで頭を下げる相棒。その変わり身っぷりにリズやアスナ、静かに見守っていたハルどころかカウンターの奥にいたエギルまで小さく笑い声を漏らし、初めて見たシノンはただ呆気にとられていた。

 

 「ははは……本当にクロトさんはサクラさんに弱いですね。さて、そろそろ僕達にも紹介してよ兄さん」

 

 「そうだな……」

 

 ハルに促され、俺は隣のシノンを見やる。ふむ、何事も初めが肝心だし、ここは一つユーモアな紹介でもしてみようか。

 

 「こちら、GGOの第三回BoB優勝者にして、氷の狙撃手のシノンこと朝田詩乃さん」

 

 「ちょ、やめてよ」

 

 小さく抗議するシノンの声は聞こえなかった事にして、続ける。

 

 「それであっちがぼったくり鍛冶師リズベットこと篠崎里香」

 

 「このっ」

 

 「こっちがバーサク治癒師(ヒーラー)アスナこと結城明日奈」

 

 「ひ、ひどいよー」

 

 リズやアスナを揶揄うが……エギルは適当に壁でいいや。タンクだし。

 

 「壁のエギルことエギル」

 

 「おいおい、壁はないだろ壁は」

 

 「それと野良猫(クロト)の飼い主サクラこと天野桜」

 

 「初対面で誤解される言い方やめてよー」

 

 「野良猫……?飼い主……?」

 

 うーん、この様子だとシノンにはイマイチ伝わっていないか?猫妖精(ケットシー)姿のクロトをよく可愛がる所からALO内で広まっている呼び名なんだけどな……もう一つのバーサク歌手(シンガー)で紹介してたらクロトに絶対睨まれるし。

 

 「で、彼女に飼われてる野良猫のクロトだ」

 

 「うっせーよ黒づくめ(ブラッキー)

 

 「否定しないんだ……」

 

 クロトの反撃をさらりと受け流せば、残るはあと一人。

 

 「そして最後が俺の弟……小さな鍛冶師(リトルスミス)ハルこと桐ケ谷晴人」

 

 「僕までその紹介で通すんだ……相変わらず図太いよね兄さん」

 

 呆れたように溜息をついた後、一転して愛想のいい笑みを浮かべてシノンへ一礼。我が弟の人当たりの良さを真に受けた少女は面食らったように数秒固まり……我に返った途端に此方へジトっとした視線を向けてきた。

 

 「……あんた、弟の爪の垢を煎じて飲むべきよ。割とマジで」

 

 「おっと、これは手厳しい」

 

 GGO(あっち)でのシノンらしい憎まれ口が出るのなら大丈夫だろう。そう判断した俺は彼女達に着席を促し、BoBと死銃事件の概要について話しだした。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「―――とまぁ、そんな事があったんだよ」

 

 「コイツと詩乃が洞口で抱き合ってたのは不可抗力だったから、勘弁してやってくれ」

 

 マスコミの報道前なので実名を伏せたり、大会後に詩乃の部屋で俺が九死に一生を得た辺りをぼかしたりして今回を顛末をクロトの補足を交えて伝え終える。俺が死にかけた事を知ればハルが、SAOで発覚したクロトの殺人を厭わない一面についてはリズが大騒ぎするのが目に見えているからな。

 

 「あんた達って……よくもまぁ巻き込まれるわね」

 

 「うーん、兄さんの巻き込まれ体質にクロトさんの腐れ縁が連鎖してるって感じですね」

 

 「でも、二人だけで怪しい所に飛び込むのはこれっきりにしてほしいな」

 

 「ええ、私達だけ見ているだけなのは……とても辛いから」

 

 皆の言葉にはぐうの音も出ないが、もしもまた同じような事があった時……俺とクロトがちゃんと打ち明けられる確証は無い。

 

 (大切に想う人程……負担をかけたくない、危険から遠ざけたいって思ってしまう所は……俺達揃ってバカだもんなぁ……)

 

 アスナ達の力を疑っている訳じゃない。仮に死銃(デス・ガン)―――ザザと対峙した時、隣にアスナがいてくれていたら、俺は憎悪に飲まれる事なく、クロトの救援が来る前に勝てたと思う。だけどヤツとの因縁は俺が決着をつけるべきだった。だから、これで良いんだ。きっと。

 

 「……ともあれ、女の子のVRMMOプレイヤーとリアルで知り合えたのは嬉しいわ」

 

 「そうですね。わたし、GGOの話とか、そっちでのクロトの話も聞きたかったの」

 

 「私もよ。朝田さんさえよければ、私達と友達になってください」

 

 柔らかな笑みと共にアスナが手を差し出すと、シノンは戸惑ったように息を吞む。拒絶されたり、悪意を向けられる事が当たり前になっていた彼女にとって、アスナの手を取る事がどれ程恐ろしくて勇気がいるのか、よく分かってしまう。アインクラッドでの俺が、そうだったから。

 

 「シノン」

 

 迷い、揺れる彼女の目を真っ直ぐに見つめ、大丈夫だと頷いて見せる。俺の仲間は君を受け入れてくれるって、あの時言った筈だ。

 

 「……!」

 

 ゆっくりと、シノンの手がアスナの手に近づいていく。人を疑い遠ざけて、自分の殻に籠り続けた者にとって、差し伸べられた手に込められた善意を信じて、その手を握る為の一歩を踏み出す葛藤や苦しみは、生半可なものじゃない。

 この場にいる誰もがそれを理解しているからこそ、表情を歪めながらも少しずつアスナへと手を伸ばすシノンを優しく見守っている。ここに君を傷つける者はいないんだって、示す為に。

 

 「……ぁ」

 

 ついに手が触れると、シノンは小さな声を漏らし、アスナはそんな彼女の手を両手で労わるように包んだ。次いでサクラが反対の手を同じように包み込むと、強張っていたシノンの表情が安らぎを得られたように緩んでいく。

 

 「皆は俺の傷跡(こんなの)だって受け入れてくれたんだ、言った通り大丈夫だっただろ?」

 

 シノンの頑張りに影響を受けたのか、俺も気づけば前髪をかき上げて額の傷跡を晒していた。それをぼんやりとした眼差しを向けてきたシノンだったが、二度、三度と瞬きをした後に笑みをこぼした。

 

 「確かにひっどい傷ねソレ。でも……全然、嫌って感じはしないわ。貴方の一部だからかしら」

 

 「君ももの好きだな。普通なら顔を顰めてもおかしくないシロモノなんだけど」

 

 アスナみたいな事言うなぁ、と心の内で呟きながらシノンにそう返す。ハルやクロトの苦笑いと、女性陣からの少しばかりジトっとした視線に肩を竦めるが、あともう一つシノンに対して用件があるので少々強引に進める。

 

 「ほ、ほら!もう一つの用事も済まそうぜ。あの人達を待たせっぱなしなのも悪いしさ」

 

 「そうだね。エギルさん、お願いします」

 

 「おう、ちょって待ってろ」

 

 自己紹介以降、誰に言われるでもなく静かに見守っていたエギルがカウンターの奥に消える。ああいう泰然とした所は相変わらず良い大人だよな。

 

 「朝田さん……詩乃さん、先に謝らせて。私達、キリト君から貴女の過去を聞いていたの。ごめんなさい」

 

 「っ!?……い、いえ……その上で、私を受け入れてくれるって……キリトは、言ってくれたから……あの洞口で……だから、そんな気は……してました」

 

 震える声でそう言ったシノンの言葉を肯定するように、アスナとサクラは頷いた。

 

 「それで……明日奈さんとリズさん、そしてキリトが昨日、学校を休んで行ってきたの……あの事件があった場所へ」

 

 「え……?何で……何の、為に……?」

 

 サクラの言葉を拒むようにゆるゆると首を横に振るシノン。GGOにダイブする前、安岐さんに教えてもらった事……自分が救った命を知って、自分を赦す権利がある事を、俺は彼女にどうしても伝えたかった。

 その結果、今後シノンに恨まれる事になったとしても構わない。ただ、今この場から逃げずに、会うべき人に会ってほしい。その一心で震える彼女の肩に手を乗せ、怯える瞳に視線を合わせる。

 

 「どうか聞いてくれシノン。俺が……俺達があそこへ行ったのは、決して君を追い詰める為なんかじゃない。君の話を聞いて、罪の意識に苦しむ君を見て……君はまだ、会うべき人に会っていない。聞くべき言葉を聞いていないって思ったんだ」

 

 「会うべき、人……?聞くべき言葉……?」

 

 「ああ。君が人殺しをした自分を責め続ける事を間違いだとは言わない。でも同時に、その手で救った命を知って、自分を赦す権利があるんだ」

 

 「私が、救った命……?赦す、権利……?」

 

 シノンが呆然と呟いた時、店の奥のドアが開き一組の親子が現れた。歩き出した母親を追い越した幼い娘さんがシノンの前までくると、アスナとサクラが用意した二つの椅子のうちの片方に座る。そんな娘さんの隣に立った母親は、シノンに深々と一礼する。

 

 「あ、えっと……」

 

 困惑する彼女の前に母親が座った所で、ハルが親子に用意されたテーブルにグラスを運ぶ。チラリとカウンターに目を向ければ、いつの間にか戻っていたマスターの姿があった。

 

 「初めまして。朝田詩乃さん……ですね」

 

 「は、はい……そうです」

 

 ここから先はギャラリーは不要だろう。アスナ達に目配せし、俺達はなるべく静かに店の奥へと引っ込んでいく。

 あの事件で、確かにシノンは一人の命を奪った。だが同時に彼女は、あの場で殺されかけた人達を守り……当時母親の内に宿っていた小さな命を救っていたのだ。それがどうか、シノンが前を向いて歩き出すきっかけになってくれる事を俺達は願うばかりだ。

 

 「大丈夫だよ」

 

 少しだけ涙交じりの声が耳朶に届き、知らず知らず握りしめていた拳が優しい温もりに包まれる。

 

 「君がした事は、間違いじゃないよ」

 

 「アスナ……そうだな。そうだと……いいな」

 

 一本ずつ、握っていた拳がほどかれていく。そうして開かれた手を、アスナと繋いで微笑み合う。

 

 ―――シノンを家に送る際に見せてくれた、涙ながらの笑みが答えだった。




 仕事について、コロナ?ナニソレ?って感じで忙しくて一カ月とかあっという間に過ぎ去っていく日々の中で、スランプ気味に陥っていました……
 連休明けたらまーた忙殺されかねないので、戦々恐々としてます……


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閑話 傷跡と絆

 GGO編でサラッと流してしまった、キリトの傷跡がリズ達にバレるエピソード

 妄想してた骨組みに色々と肉付けしてたら、いつの間にか出来上がったものですが……折角ならばと思い、投稿しました。


 クロト サイド

 

 十二月二十日の午後八時過ぎ。世間が年末休みを目前に控えるこの時期の週末に、いつものメンツ(大人組除く)にシノンを加えたオレ達はイグドラシル・シティにあるキリトとアスナの部屋に集まっていた。

 

 「―――キャラ作って一週間……シノンも大分ALOに慣れてきたな」

 

 「そうね。本拠はGGOのつもりだけど……あっちはBoBのほとぼりが冷めてないし、、こっちの雰囲気も結構気に入ってるわ」

 

 「そう言ってもらえると、このゲームを勧めた甲斐があったよ」

 

 線の細い影妖精(スプリガン)の少年が微笑むと、表情を変えない猫妖精(ケットシー)の少女のシャープな猫耳が嬉しそうに揺れ動く。猫妖精(ケットシー)の耳や尻尾って表情よりもずっとダイレクトに感情表現が反映されてしまうので、GGOの頃よりもシノンの感情の機微が分かりやすい。

 

 (もう暫く黙っとくか。その方が面白そうだし)

 

 ちょっとした悪戯心から、シノンに耳や尻尾について教えないでおこうなんて思っていると、不意に頭を撫でられる。

 

 「もう、またクロトってば良くない事考えてるでしょ」

 

 「ちょ、サクラ……ここで頭……耳さわんのやめてくれって……尻尾なら、好きにしてくれて……ん、いいからさ……」

 

 「いいじゃない、減るものじゃないんだし」

 

 「ハイそこイチャつくなー」

 

 オレ達のいるソファの奥のスツールから抑揚の無いリズの声が飛んでくる。それがきっかけで部屋中から生暖かい視線を注がれ、どうしようもなく背中がむず痒くなる。

 

 「耳って、そんな敏感になるの……?」

 

 素朴な疑問をこぼしたシノンに答えたのは、トコトコと彼女の傍にやってきたシリカだった。

 

 「あたしは耳も尻尾もギュって強く触られるとすごくヘンな感じがして、それが普通なんですけど……クロトさんはちょっと変わっていて、尻尾は平気な代わりに耳がとっても弱いんです」

 

 「……さっきの狩りで、尻尾でポーチからポーション取り出してたわね。私にもできるかしら……?」

 

 視界の端で二人の猫妖精(ケットシー)の少女がそろって自前の尻尾を見つめる。そんな彼女達に朗らかな声色で影妖精(スプリガン)の少女が爆弾とも言える発言をしやがった。

 

 「んー、あいつはキリトに悪戯で掴まれまくってたから、同じようにやってもらったらできるんじゃない?」

 

 「うぇ!?さ、触られるの……キリトに……?」

 

 「ななな何言ってるんですかフィリアさん!?そんな、事……で、でもキリトさんが望むなら……」

 

 「落ち着いて!シリカちゃんその先言っちゃダメ!キリト君はあっち向いてて!!」

 

 猫妖精(ケットシー)二名の顔が一瞬で真っ赤に染まる。なんだか変な方向に向かいかけていた空気を、アスナが委員長が如き様子で軌道修正を図る。次いで咎めるように彼女はフィリアを睨むが、当の本人はちろりと舌を覗かせて肩を竦めるだけだった……反省してねぇなコイツ。

 一方とばっちり食らったキリトは言われた通りシノン達に背を向けて皆が落ち着くのを待つ。完全に尻に敷かれているのは、まぁいつもの事か。

 

 「まぁまぁ、フィリアさんも悪気があった訳じゃないんですから。お茶のお代わり淹れましたよ」

 

 「もう……そうね。ありがとうハル君、リーファちゃんも」

 

 「いえいえ。あ、お兄ちゃん。バンダナ結構ほつれとか目立ってきてるけど、耐久値大丈夫なの?」

 

 キリトの弟妹が気を利かせて皆に飲み物を配っていく最中、リーファが兄にそんな言葉を投げかける。ALOの運営が新体制となり正式にSAOのデータが引き継げるようになってから、キリトやオレを含めたSAO帰還者のアバターは現実世界に準じた姿になった。その結果相棒の額には、例の傷跡も再現されているのだ。逆にオレの方は全体的な雰囲気が野良猫っぽいままだった……解せぬ。

 

 「あー……耐久値は半分くらいだな。予備はあるけど……アスナ、修繕頼むよ」

 

 「はーい、任せて」

 

 ウィンドウを操作し、身に着けていたバンダナを外してアスナに手渡すキリト。その様子を見ていたシノンが、抱いたばかりの疑問をそのまま零すように聞いてきた。

 

 「そういえば、何でキリトはそんなもの付けてるの?このメンツに傷跡隠す必要ないでしょ」

 

 「確かにそうだが……外で他のプレイヤーに見られたくないんだよ。特にALOは空中戦があるから、前髪が捲れるのはしょっちゅうだし」

 

 「ふーん……じゃ、リアルの方は?何かで隠したりしてるの?」

 

 「そもそも学校じゃバンダナとか着けられないからなぁ……前髪を伸ばしとくくらいかな。日常生活は基本それで充分隠せるよ」

 

 「あ、でもデートとか、外出する時は帽子被ってたよね。夏でも真っ黒なヤツだったから、とっても暑そうにしてたっけ」

 

 「あぁ……ソンナコトモアリマシタネ」

 

 クスクスと笑い声を漏らすアスナの後ろで、ハルはどこか遠い目で兄を見つめる。

 

 「お兄ちゃん……帽子なら他の色もあるじゃん……」

 

 「いや、あの時寝坊しかけてたから、とりあえず目についたの被ってったんだよ」

 

 「それ夏休み中に不規則な生活してだらけてたからでしょ。ハルが起こすまでグータラしてたお兄ちゃんが悪い!」

 

 妹に言い負かされるキリトが何だか妙に面白くて、誰かが笑ったのをきっかけに皆も笑い出す。

 

 「ひどいなぁもう」

 

 「大丈夫ですパパ!私はいつだってパパの味方です!」

 

 唇を尖らせて拗ねたアピールをする彼の頭に、小さな妖精が舞い降りる。愛娘に屈託ない声で励まされれば、父親たらんとするキリトの機嫌もたちまち直る。

 

 「でも兄さんの傷跡が、皆にバレた時はヒヤッとしましたよ……」

 

 「どんな感じだったのよ?」

 

 「ちょっとした事件になったわ。詳しく話すとね―――」

 

 あんまり気持ちがいい話でもないけど、と前置きしてから、懐かしむようにリズは当時の事をシノンに語り始めた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 里香 サイド

 

 このSAO帰還者学校に入学してから一週間ほど経った昼休み。チャイムが鳴るや否や空腹を満たすべくカフェや購買に向かっていくクラスメイトを横目に、あたしは隣のクラスへと足を運ぶ。

 

 「邪魔するわよー」

 

 一応告げるものの、答える者はいない。元々誰かの返事を期待している訳ではなく習慣として半ば自動的に言っているだけなので、気にせず目当ての友人の姿を求めて教室を見渡す。

 

 「―――ア、アスナさん!お昼ご一緒しませんか!?」

 

 「いやいや、おれと一緒に食べましょうよ!さっき出た課題も得意分野なんで、お力に―――」

 

 「何をぉ!それならおれの方が―――」

 

 (今日も今日とて、閃光様は大人気よねー……男女比の偏りが大きいのもあるけど)

 

 ハルみたいな急成長を除けば、ほぼ全ての生徒がSAO内と同じ顔の為、彼の城で超有名人だったアスナは入学初日に速攻で身バレしていた。SAOに於いてあたしくらいの年齢の少年少女の殆どは、キリトみたいな例外を除けば中層ゾーンや生産職で生計を立てていたらしく、高嶺の花だったアスナが同じ学校にいると知った思春期の男共が我先にと彼女とお近づきになろうとするのは当然の帰結だった。

 

 「しーずーかーにー!アスナが困っているわよ!先約あるっていい加減に分かりなさいよ!!」

 

 フィリアの一声で男共が鎮まる。その隙を見逃さなかったあたしは、足早にアスナの傍に向かう。

 

 「二人共、迎えに来たわよー」

 

 「リズ!皆ごめんなさい。せっかく誘ってくれたけど、一緒にいたい人が他にいるの」

 

 アスナに断られ、撃沈していく男子諸君をかき分け、あたしは彼女を立たせるべく手を伸ばす。キリトと並んで歩きたい一心で、この子は相当ハードなリハビリをしていたけど。松葉杖が取れるのはもう少し先になりそうだと、悔しそうにしていたのは記憶に新しい。

 

 「ほら、立てる?」

 

 「うん、いつもありがとうリズ、フィリアも」

 

 最近になって血色がよくなってきたアスナが手を取ろうとした時―――

 

 「アスナさん居ますか!!」

 

 スパーン!とあたしが入ってきたのとは反対側の閉じていた引き戸が勢いよく開けられ、誰もがそちらへ目を向けた。

 

 「キリ、ハル!?いきなり―――」

 

 「―――兄さんが!すぐ来て……一刻を争うので失礼します!連れていきますね!!」

 

 「え?え?キリト君に何が―――きゃっ!」

 

 兄そっくりに成長しつつあるハルの鬼気迫る様子に呆気に取られていると、有無を言わさずアスナを抱え―――ちょ、お姫様抱っこぉ!?後でキリトにぶん殴られてもおかしくないわよ!?

 

 「はぁ!?お前誰だよ!アスナさんに何て事を!!」

 

 「うるさい!邪魔だ!!どけ!!!」

 

 ガチギレ真っ只中のハルの憤怒に気圧され、突っかかってきた男子も口を噤む。詳しくは分からないけど、キリトの身に何か悪い事が起こったとあたし達は悟った。

 

 「文句でも何でも後でいくらでも聞きます!今は大人しくしてください!」

 

 「う、うん……」

 

 並々ならぬ様子のハルがアスナを抱えて教室から出ていく。あたしとフィリアは残された松葉杖を引っ掴んで全力で後を追いかける。……これが原因で翌日筋肉痛になったわ。

 とても人を抱えているとは思えない速さで駆けていくハルの背中を見失わないように追いかけるのは、リハビリを終えたばかりの体でも大変だった。それでも何とか走り続けられたのは、(ひとえ)にキリトの一大事ゆえ。息を切らせてたどり着いたのは、キリトが所属する教室の手前の廊下にできた人だかり。

 

 「―――!……!」

 

 人垣の外側にいたシリカが振り返り、何か叫びながら飛び跳ねる。でもその声は人混みの騒がしさにかき消され、あたし達の耳朶にまでは届かない。それにあの子の小柄な体躯じゃあ、アレを突っ切っていくのは酷そうね……あぁ息するのしんどい……

 

 「―――黙れクソ共がああぁぁぁ!!」

 

 (……え……?今の、は……?)

 

 人混みの向こうからの叫びが、見えない鈍器となって殴りつけてきた。

 早鐘を打つ心臓を見えない手で掴まれたような感覚に、一瞬息が詰まる。休まず動いていた筈の脚もシリカの傍まで行く頃には竦みあがっていう事を聞いてくれなくなっていた。

 あの人垣の奥から無差別に飛んでくるこれは、怒気と……冷たいナニカ。それを宿した声の主が、彼だなんて……こんなの、信じたくない。

 

 「ど、けぇええ!」

 

 先程の叫びに竦まなかったのはハルだけで、彼はピタリと静まって烏合の衆と化した人垣を押しのけて突き進む。その背中越しに見えたのは、壁を背にして冷たい眼光で周囲を威圧するクロト、彼の背後でしゃがみ込むサクラ。そして……蹲り、震えるキリトの姿だった。

 

 (怯えてるの……?キリトが、何に……?)

 

 サクラが彼の手を握り、背をさすって呼びかけているけど、一体何が原因でキリトがああなっているのかが分からない。普段とかけ離れたクロトによってできた静寂が、自分の呼吸を嫌に認識させる。でも他の雑音が無いからこそ、キリト達までたどり着いたハルとアスナの声がはっきりと聞こえてきた

 

 「にい、さん……!」

 

 「キリト君……!?何が、あったの……?」

 

 周囲への威圧はそのままに、キリトの前からクロトが退く。彼の目の前でアスナを下ろしたハルはそこで力尽き、すぐ傍の壁にもたれて崩れ落ちる。栗色の髪を靡かせてキリトの前に跪いたアスナは真っ先に彼へと手を伸ばし、その頬に触れる。

 

 「あ、アスナさん……?」

 

 「本物の、閃光だ……」

 

 彼女の登場に、沈黙していた烏合の衆がざわめきだす。このままじゃ事態が悪化する気がして、でもいう事を聞いてくれない四肢は凍り付いたようにあの中へ踏み込むのを拒んだ。

 

 「触ってはいけませんアスナさん!」

 

 「そうです!そんな醜い傷跡(・・・・)のヤツなんて―――」

 

 「―――黙れぇえええ!!!」

 

 かつてアインクラッドで聞いたハルの怒声を上回る声量が廊下に轟く。傍にいるシリカはもう涙目になっていて、あたしとフィリアは歯の根が合わない程に体が震えて……情けないけど傍観者の立場から動けなかった。

 

 「ゴミ共が。何も知らねぇで好き勝手言いやがって……テメェら全員、そのツラ忘れねぇぞ」

 

 「ひぃ……!」

 

 人垣の最前列にいた何人かが腰を抜かし、そうでない者達は後ずさる。誰もが攻撃的なクロトに怯え、言葉にならない声を漏らすしかできない。

 

 「もうやめて、クロト君」

 

 凛とした声が、鼓膜を震わせた。決して大きくなかった筈のその声が聞えた時、クロトからの威圧が幾らか弱まった。

 

 「そこの貴方」

 

 「は、はい!」

 

 「彼に触るなと言いましたね。何故です?」

 

 久しぶりに聞く、副団長モードの硬い声音。振り返ったアスナの眼差しは、攻略の鬼と呼ばれた頃の絶対零度のそれで……射貫かれた男子は、口をパクパクさせながらも何とか答えた。

 

 「そ、それは……そいつが、アスナさんに相応しくない、から……!」

 

 「その根拠は?貴方は、何をもってそう判断したのですか?」

 

 「こ、根拠……?そんなの……そんなの決まってます!その男の額が、その傷跡が汚らわしいんですよ!」

 

 「その通りです!あんな醜いモノを持った奴がアスナさんの傍にいるなんて、許されません!」

 

 (傷跡……?それに汚らわしい……?醜い……?)

 

 次々とキリトを罵っていく彼らの言葉の意味が、理解できない。額の傷跡って、一体何の事なの……?

 

 「―――そうですか……もう充分です」

 

 冷たく静かなアスナの呟き。そこに込められた形容し難い圧力に、キリトへの暴言が止まる。集まる視線を歯牙にもかけない様子でキリトに向き直ったアスナは、慈しむ手つきで彼の顔を上げさせる。怯え、焦点の合わない虚ろな瞳をしたキリトにゆっくりと顔を近づけた彼女が、その前髪をそっとかき上げて―――

 

 「んっ……」

 

 露わになったキリトの額に、アスナは堂々と口づけを落としてみせた。それだけであたしを含めた全員が度肝を抜かれる程に衝撃を受けたのに、あの娘はさらに彼を抱きしめた。

 

 「ぁ……す、な……?」

 

 「うん、そうだよ。大丈夫、ずっと君の傍にいるから……もう大丈夫」

 

 キリトの強張っていた全身が弛緩する。アスナの胸元に抱き込まれて顔は見えないけど、彼が安心しきっているのは一目瞭然で。人目を憚らずにやってのけた彼女の想いの強さに皆息を吞んだ。

 

 「私が君を守るからね……大丈夫、もう独りぼっちじゃないよ」

 

 キリトを宥めるその声は、どこまでも優しく、温かい。自分に向けられている訳じゃないって分かっていても、ドキリとしてしまうほど魅力的なもので……思わず聞き入ってしまった。見れば集まっていた男子共は一様に顔を赤くし、惚けていた。

 だけどもそれは、アスナが振り返るまでの事。

 

 「貴方達は、私の大切な人を……愛する人を傷つけました。私は貴方達を許しません。今後一切、私と彼に関わらないで」

 

 キリトに向けたのとは真逆の、底冷えする声での宣告。先程まで見惚れていた男子達にとってアスナの一方的な拒絶は、その表情を一斉に青ざめるのに充分な威力を誇った。

 

 「―――おいそこ、廊下を塞ぐな!一体何の騒ぎだ?」

 

 後ろから飛んできた声に振り向くと、この人だかりを見咎めた教職員の男性が足早にやってくるところだった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 リズベット サイド

 

 「―――で、その後は保健室にキリトを運んで、あたしらはアスナから傷跡の詳細を聞いたのよ」

 

 「あの時……眠った兄さんの額、皆さん確認してましたね」

 

 「気が付いたら全員知ってたって……必死になって隠してた側からしたら心臓止まりそうだったんだぞ」

 

 言葉とは裏腹に、キリトの表情は明るい。拒絶され続けたからこそ、先に自分から拒絶して傷つかないようにする……SAOにいた頃の彼が、最低限の人付き合いしかしなかった元々の原因が知れた事は、不謹慎だけど嬉しかった。一度は胸の内に押し込め、燻っていた彼への恋慕がまた湧き上がる程に。

 

 (けど、アスナはそれを知った上で、結婚してたって事なのよね……)

 

 初めてキリトがシノンに傷跡を見せた時のリアクションと同じように、あたし達もキリトの傷跡に嫌悪や侮蔑といった負の感情を抱くことは無いって言えるけど……アレは客観的にみると結構エグいというかグロい。当時アスナの隣を独占していた彼への嫉妬に満ちていた男共が恰好の的として罵倒してきたのは、ある意味では避けようのない事だったかも。

 

 「ねえ、そもそも何でキリトの傷跡は他のやつにバレたの?」

 

 「えーっと……確かあの日って、珍しく風が強かったよね」

 

 「そうだな。んで結構暖かい日も続いてて、廊下の窓は基本開けっ放しだったな。そんな時、アスナに付きまとうなーって勝手な言い掛かりでキリトに突っかかってきた男共がいたんだよ。気づいたオレが介入するより先に、強い風が吹いて、な」

 

 それでバレたのか、とサクラとクロトの説明に一人納得したシノン。でもそれだけで満足しなかったみたいで、彼女の瞳はこちらを向いたまま離れてくれない。

 

 「でも、それで終わり……とはならなかったんでしょ?」

 

 続きを促すシノンの表情はクールを装っているけど、彼女の尻尾は興味津々とばかりにピクピクと揺れていた。ここまで話したなら、特に渋る理由も無いわね。

 

 「まず、止めに入った先生にサクラが事情説明したのよ。それでまぁ、キリトを悪く言ったヤツは全員、クロトとアスナがその場で摘発したわ」

 

 「あの時のクロトさん、怖かったです……先生にすら噛みつきそうでしたし……」

 

 「それが原因でクロト、しばらくは臨時のカウンセリング受けるハメになったのよね……そりゃ仲間の為ならってタガが外れるのは知ってたけど、マジの殺気は危ないって」

 

 あたしに続くようにシリカとフィリアが言葉を重ねると、シノンはジーっと同種族の少年を見る。

 

 「仲間の為って……キリトの事で暴走して、シリカ泣かせてるじゃない。加減できなかったの?」

 

 「……無理だったから、ああなったんだろうが」

 

 「ふーん、まぁいいわ。コイツの他は?アスナだってあんな事言ったんだし、腫物扱いされたりしなかったの?」

 

 少々脱線しかけたところを踏みとどまって、一番の渦中にいたアスナとキリトのその後に話を戻す。切り替えるべく咳払いを一つして、当時を思い返す。

 

 「アスナの方……より先に学校の方ね。元々あの学校ってSAO帰還者の監視っていう側面もあって、開校早々に問題が起きたってなったら生徒達の社会復帰が危うくなるから、大事(おおごと)にはしなかったわ。精々が互いにSAOの頃のトラウマを刺激しないようにって厳重注意が全生徒にされたくらい」

 

 「後はクロトみたいに、あの騒ぎにいた生徒が追加のカウンセリング受けたの」

 

 「そう……学校なんて所詮そんな対応よね」

 

 諦観すら感じさせる冷めた返事だけど、シノンの境遇を考えればそう思うのも当然でしょうね。

 

 「で、アスナの方に戻るけど……今も続いてんのよね。普段はぽわぽわした雰囲気する時もあって、ガード緩いなぁって心配してんのに、あの時の奴が話しかけてきた瞬間に表情消えるの。そんでもって容赦無く話しかけないでって一刀両断」

 

 「……自業自得ね、その男共は」

 

 「まぁね、普段のアスナは人当たりいいから、あの騒ぎから数日たった頃には腫物扱いは無くなったわ。後は、そうだなぁ……クラスの男子の間で、私やアスナの前でキリトの話はタブーになったかな」

 

 あの騒ぎに関わっていなかった男子生徒の、アスナに嫌われたくないって下心が透けて見える姿には辟易したわ。根性なしどもめ。あ、いや……あたしだってキリトが悪く言われなくなったのはいい事だって思うのよ?だけど、何というか……アスナがキリトに会いに行く時、不満や嫉妬の浮かんだ表情をしながらも露骨に彼の話題を避ける連中の姿を見ると、意気地なしとか思っちゃうのよ。

 

 「アスナ、さん?その……本当に全員の顔を覚えておいでで……?」

 

 「当然。もちろん名前もよ。今後も許す気は無いわ」

 

 恐る恐る聞いてきたキリトに即答するアスナの男前っぷりに、彼の頬が若干引きつるのが見えた。もう半年以上前の出来事なのに、今でも全員の顔と名前覚えてるって……ちょっと怖いわよアスナ!

 

 「周りの事はもういーだろ。オレから見て一番尾を引いていたのは、リズ達とキリトの距離感だったよ」

 

 「大変だったねー」

 

 クロトとサクラの言葉に、申し訳なさそうにキリトが顔を伏せる。こっちが傷跡の事を気にしないようにって意識して、かえってぎこちない態度で接してしまい……それをキリトがあたし達が無理をしているって誤解して距離をとるようになったのよね。ALOでもそれが続き、クラインとエギルにもバレて……あの二人にも気を使わせちゃったっけ。

 

 「あの頃のお兄ちゃん、正直見てられなかったですよ」

 

 「一度自己嫌悪したら、底なし沼みたいにズブズブと自虐してくもんね……だからこそ、悪化する前に兄さんの背中を押す……いや、アスナさんとクロトさんに協力してもらって逃げ道塞いだっけ」

 

 「逃げ道を塞ぐ?どうやって?」

 

 ハルの呟きに首を傾げるシノン。当時の事を思い出しあたしとシリカは赤面し、フィリアも居心地が悪そうに身じろぎするのが見えていないのか、ハルはそのまま話す。

 

 「周三くらいのペースで、兄さんとアスナさんは一緒にお昼を過ごしているんですけど……そこを三人にすり替わってもらったんです。場所も屋上に指定して。それでクロトさんには兄さんが少し遅れて屋上に行くように誘導してもらって、送り届けたあとは唯一の通り道になる階段に陣取って監視してもらいました」

 

 「ハル……あの時は最初マジで空気が重かったんだぞ……どう接すればいいのか分からなくなった三人と、面と向かって話す機会を不意打ちで用意されるとか、精神的なHPが一気にレッドゾーン入りしたよ」

 

 苦しいやら恥ずかしいやら、赤面したり表情を歪めたりと百面相するキリトはそのまま顔を両手で覆い、シノンの目が必然的にあたし達に向けられた。これは、この先も話さなきゃダメ……?

 

 「うー、恥ずかしいからパスしていい?」

 

 「ここまで来てそれは生殺しじゃない」

 

 「デスヨネー」

 

 おっしゃる通りで……逆の立場だったらあたしも同じセリフ言ってる自信あるわ。気づけばリーファやサクラ、アスナまで興味津々な顔してるし……仕方ない、ここは一番槍だったシリカを差し出して、あたし達は軽く流してしまおう。

 

 「ンッンン……キリトさんはいい人だから、怖がったりしません」

 

 「リズさぁん!?それあたしですか!?あたしの事ですよね!?」

 

 「モチ。最初に突撃したのは本当なんだし」

 

 「あうぅぅ……」

 

 首から上が茹蛸よろしく超真っ赤に染まったシリカ。よし、あとはこの子の事を赤裸々に言って、あたしの事はオマケでさらっと言えば軽傷で済むわ。

 

 「ちょっと目を離したら、その瞬間に逃げ出しそうなキリトの手を握って、真正面から!堂々と!宣言したのよ。いやー、やる時はとんでもなく大胆になるのよねーこの子」

 

 「~~!!」

 

 言葉が出なくなって身悶えしながらも、体を丸めて蹲るのは何ともいじらしい。中層ゾーンでアイドルプレイヤーとして持ち上げられてたのも納得だわ。

 

 「そうねぇ……ぶっちゃけ私もリズも、シリカに便乗する形で誤解を解いたの。確かにそれぞれ言葉を重ねたけど、一番最初にキリトが作ってた壁を破ったのはシリカだったわ」

 

 「ね、熱烈ね……この男、相当な天然ジゴロじゃない……」

 

 あたしの意図を察したフィリアが追撃すると、耳を傾けていたシノンが目に見えて頬を染める……やっぱりこの娘もキリトに惚れてるわね。自覚あるかどうかは別として。

 

 「すごいじゃないシリカ。色々と面倒くさい思考してるお兄ちゃんには、一番効くやつだよそれ」

 

 「姉さんの言う通りだね。うん、SAOでもそうだったけど、兄さんは裏の無い純粋な想いにとっても弱いから。あの騒ぎの時だって、真っ先に僕にSOSだって連絡くれたし。シリカはもっと誇っていいよ」

 

 「弟妹揃って兄ちゃんを分析するのはやめてくれ……」

 

 キリトの弱弱しい抗議に、誰かが小さく笑い声を漏らす。それは瞬く間に部屋中に伝播し、皆が朗らかな笑みに包まれた。

 

 (よーし、どうにかなりそう……あとは締めの言葉で終わらせれば……!)

 

 恥ずかしいあの出来事を言わなくて済む。

 

 「それで、リズとフィリアは何て言ったの?私はそっちも詳しく聞きたいなぁ」

 

 なーんて、甘い考えを抱いていた時期がありました。とってもいい笑顔で見つめてくるアスナに誤魔化しは通用しなくて。

 結局は根掘り葉掘り聞かれ、シリカと同じ末路を辿るのでした……




 久々のオリジナル回、楽しんでいただけたなら幸いです。


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キャリバー編
百十話 冒険の準備


 クロト サイド

 

 二千二十五年、十二月二十八日。日曜日の午前十時を過ぎ、朝とは言い難い時間帯に、エギルを除いたいつものメンツがALO内のリズの店に集まっていた。つってもシステム上の所有者こそリズだが、殆どハルと共同で経営してっけどな。陳列してある武具もカテゴリーで分けてあるものの、同一カテゴリー内では二人が作った奴がごっちゃになっているし。

 

 「―――クラインさんはもう、お仕事はお休みなんですか?」

 

 「おう、昨日っからな。この時期は働きたくても荷が入ってこねーからよ。年末年始に一週間も休みがあるなんざウチは超ホワイト企業だぜ!って社長のヤロー自慢しやがって」

 

 言葉とは裏腹に朗らかな笑みを浮かべるクラインに、シリカは膝の上で丸まっている愛竜を撫でながらクスクスと声を漏らす。口でこそ文句を言う彼だが、今勤めている会社はSAOに囚われたクラインを解雇せずに面倒を見続け、解放された後は彼が社会復帰するまで手厚くサポートしてくれた。クライン自身も本心では会社に多大な恩義を感じており、それに報いるべくオレ達の見ていない所では色々と貢献している……らしい。全部キリトからの又聞きだけど。

 で、これから行くクエストへの景気づけとばかりに酒瓶を傾けるこの野武士面だが、SAOではゲームクリアまでギルドメンバー全員を生存させた実績を持つ一流の刀使いだ。色々とバカをやる時もあるが、反面大事な時には頼りになるので、戦力としてはオレも相棒も大いに期待している。あとはタンクやれるエギルもいれば言う事無しだったが、あっちは店があるので今日は不参加だ。

 

 「おう、キリの字。今日上手いことエクスキャリバーをゲットできたら、今度おれ様の為に霊刀カグツチ取りに行くの手伝えよ」

 

 「えぇー……あのダンジョンくそ暑いじゃん」

 

 「それ言ったら今日行くヨツンヘイムはくそ寒いだろ!」

 

 「なんつー低レベルな言い合いしてんだよ」

 

 ぎゃいぎゃいとじゃれ合う黒衣の少年と野武士面を見てそんなぼやきが零れるが、オレの胸中は結構ほのぼのとしていた。GGOでの一件から一月も経っていないが、そこで忘れかけていたトラウマを穿り返された相棒と、その様子をMストの中継映像で見ていた皆が何のわだかまりなく平和を享受している。その光景がオレの心を満たしていく。

 

 「あ、じゃあ私もアレ欲しい。光弓シェキナー」

 

 「キャラ作って二週間でもう伝説武器(レジェンダリーウェポン)をご所望ですか……」

 

 伝説武器(レジェンダリーウェポン)。北欧神話をベースにしたALOに於いて、サーバー内に極少数存在する最強クラスの武具であり、入手難易度はぶっちぎりで高い。その分性能は折り紙付きで、ALOプレイヤーが最も耳に馴染んでいるのはユージーンが持つ魔剣グラムだろうか。しかもこの伝説武器(レジェンダリーウェポン)、サーバー内に同一名称の武具が存在しない。先にゲットしてしまえば、自分専用のオンリーワン装備として使い続ける事ができるという、他プレイヤーから羨望の眼差しを集める事間違いナシと断言できる超レアアイテムだ。しかもALOはGGOと違ってデスペナルティのランダムドロップから、装備フィギュアに装備中の武具は除外されている。耐久値もべらぼうに高いらしいので、武器落とし(ディスアーム)武器強奪(スナッチアーム)を使用するmob等に気を付けさえすれば、そう簡単に失う事もない。

 ちなみにオレ達が集まってんのも、その伝説武器(レジェンダリーウェポン)の中でも最高級と言われる聖剣エクスキャリバー獲得クエストに挑むためなんだけどな。

 

 「リズが作った弓も素敵だけど、できればもう少し射程が欲しいのよ」

 

 GGOで主武装としていたあの対物ライフル(へカートⅡ)の射程を基準とした感覚で言うな。とオレがツッコみを入れるより先に、奥の作業場から店主が声を張り上げた。

 

 「あのねぇ!この世界の弓ってのはせいぜい槍以上魔法以下の射程で使う物なの!それを百メートルも離れた所から狙おうとか、普通はしないわよ!」

 

 「欲を言えば、その倍の射程は欲しいわね」

 

 サラリととんでもない事を言ってのけたシノンに、キリトが引きつった笑みを浮かべる。百メートルなんて銃ゲーたるGGOでは近距離であっても、剣と魔法の世界であるALOでは超ロングレンジだ。射程に秀でた長弓(ロングボウ)等、一部の飛び道具なら届くっちゃ届くが、システムアシスト無しかつ風や重力の影響を受けるので、狙った場所に当てるのは困難を極める。そこをさも当然とばかりにバスバスと必中の矢を放てる彼女が、倍の射程を手に入れた日には……攻撃の届かないアウトレンジから一方的にハリネズミにされるプレイヤー達の屍がどれ程積み上げてしまうのかと、ちょっと笑えない光景を想像してしまった。アシスト有りの距離で速射してばっかりなオレも漏れなくその一員になるだろうし。

 

 「ですが、いくら光弓シェキナーでも、二百メートルも射程があるっていう確証はありませんよ?それに伝説武器(レジェンダリーウェポン)ともなると、装備条件として要求されるスキル熟練度も相応に高い筈ですから、今のシノンさんが装備できるかは怪しいところがあります」

 

 リズに続いて作業場からひょっこり顔を出したハルがそう言うと、すまし顔だった水色のヤマネコが己のステータスを見て少々眉を顰める。確か魔剣グラムの装備条件に両手剣スキルの熟練度がかなり高い数値まで上げる必要がある、なんて噂もあったな。具体的な数値は忘れたけど。

 キャラクターのレベルが存在しないスキル制MMOたるALOでは、他のザ・シード規格のVRMMOでプレイヤースキルを磨いた新参者が古参に匹敵する実力を発揮する場面はさして珍しくないのだが……スキル熟練度だけは、そのプレイヤーが膨大な時間をかけて反復練習を重ねた結果として積み上げてきた代物なので、圧倒的にプレイ時間が少ないALOでのシノンの弱点だ。つっても彼女も主要な弓ソードスキルは一通り使える数値まで、ハイペースで鍛えてあるけどな。

 

 「―――お待たせー!」

 

 ポーション等の消費アイテムの買い出しに言っていたアスナ、サクラ、リーファが、満杯になったバスケットを両手に携えて帰ってきた。彼女達がテーブルに色とりどりの小瓶や木の実を並べはじめると、アスナの肩からピクシー姿のユイがキリトの頭に移動した。あ、コラ、木の実をつまみ食いしようとすんじゃねぇぞヤタ。

 

 「買い出しのついでにちょっと情報収集したのですが、まだあの空中ダンジョンに到達したパーティー及びプレイヤーは存在しないようです」

 

 「へぇ……じゃあどうしてエクスキャリバーが見つかったんだ?トンキーに乗せてもらわなきゃ、アレが見える事は無いと思うんだけどなぁ……」

 

 「それが、パパが見つけたトンキーさんのクエストとは別種のクエストの報酬としてNPCが提示したのがエクスキャリバーだった、という事らしいです」

 

 ヤタを抑えながらマジか、と相棒と顔を見合わせると、浮かない顔をしたアスナとサクラが補足してくれた。

 

 「しかもそれ、あんまり穏やかなクエじゃないのよ。お使い系や護衛系じゃなくて、スローター系」

 

 「それで今のヨツンヘイムには複数の邪神狩りパーティーが入り込んでて、ポップの取り合いで殺伐しているんだって」

 

 「何それ!エクスキャリバーってこのゲーム随一のお宝でしょ、強敵がウヨウヨいる超高難易度のダンジョンを攻略した末に自分の手でゲットするのが王道じゃないの!?これから行くクエみたいにさ!」

 

 お宝マニア……もといトレジャーハンターのフィリアからすれば、伝説装備(レジェンダリーウェポン)を入手する過程が、特定のmobを一定数狩るスローター系クエストというのはお気に召さないらしい。SAOの最前線直下の層で、攻略組が目を向けなかったサブダンジョンや迷宮区でマッピングしきれなかった所にソロで潜り込んでは数多のレアアイテムを発掘してきた彼女にとっては、簡単には譲れない価値観なのだろう。

 

 「でもサクラは今、邪神狩りつったよな?それを何十体も倒すってんなら、伝説装備(レジェンダリーウェポン)が報酬でも納得な難易度じゃね?」

 

 高難易度フィールドのヨツンヘイムに実装されているmobは総じて強敵だが、一部の邪神と呼ばれる連中はこのゲーム最強クラスのmobだ。どいつもこいつも「勝たせる気ゼロだろ運営!?」って叫びたくなる程に高い攻撃力とHPを誇り、パーティー単位できちんと戦力とアイテムを用意しなければ一体倒す事すら叶わない奴等である。そんなボス級を何体も……ひょっとしたら何十、あるいは百体も倒せ、なんてクエストであれば、このゲームのスローター系クエストでは最高峰の難易度になるんじゃなかろうか?伝説装備(レジェンダリーウェポン)が報酬として提示されても、納得できるくらいには。

 それ一つの為に消費されるであろうアイテムの費用や時間、そして入手後に待ち構えている’パーティー内でたった一つの超レアアイテムどう扱うか’という全員に均等に利益を確保させ辛い問題が残る事に対して報酬が釣り合っているかどうかは怪しいと個人的に思うけどな。

 

 「……確かにクロの字の言うとおり、難易度的にゃアリなんだろうが……実際のブツは例の空中ダンジョンのいっちゃん奥にあるんだろ?どーなってんだ?」

 

 サクラ達が帰ってきてから酒瓶をしまい込んだクラインが頭をひねるが、明確な答えを返せる者はこの中にはいなかった。一つしかない伝説装備(レジェンダリーウェポン)に対して、全く異なる二つの入手方法が存在する。順当に考えれば、片方が偽物ってのが一番アリそうなんだが……

 

 (NPCが嘘をついた……?あるいは、オレ達が見たあっちの方が偽物だったってオチか……?)

 

 あの空中ダンジョンで見たエクスキャリバーは、ぶっちゃけかなり遠くからリーファが望遠の魔法で見ただけで絶対に本物だという確証は無い。が、どれ程難しくともスローター系クエストの報酬としてNPCがポンとくれる方が本物とはどーにも思えないんだよなぁ……自分から妥当な難易度では、なんて言ったけどさ。

 

 「言われてみれば、ちょっと変な気がします」

 

 「別にいいでしょ。これからそのダンジョンに行くんだもの、そこで確かめればいいわ」

 

 シリカの呟きにシノンが答えた時、奥の作業場に籠っていた二人の鍛冶妖精(レプラコーン)が両手に武器を抱えてやってきた。

 

 「よぉーし、全武器フル回復!」

 

 「お待たせしましたー!このまま僕はキャラ変えてきますね」

 

 リズとハルに全員で労いの言葉を唱和し、新品同然の輝きを取り戻した得物たちを各自装備する。それを見届けた少年鍛冶師が一旦ログアウトしていく。

 

 「……しっかしよぉ、こうして改めて見ると、マジで脳筋パーティーだよな」

 

 「だったらアンタが魔法スキル上げなさいよ」

 

 「へっ!ヤなこった。侍たるもの魔の一文字が入ったスキルは取らねぇ、取っちゃならねぇ」

 

 「あのねぇ、大昔からRPGの侍は戦士プラス黒魔法使いでしょうが」

 

 クラインとリズの掛け合いには、旧SAO組にとっては中々耳に痛い所があった。なんせこの場にいる大半のキャラが、魔法の存在しない剣の世界を生き抜いてきたからだ。そのセーブデータを引き継いだ為、オレ達のスキル構成が魔法が絡んだ攻防を全切りしたビルドに偏っていたのは当然に帰結だった。一応、後方支援が得意な水妖精(ウンディーネ)歌妖精(プーカ)を選択したアスナとサクラが回復や支援系統のスキルを盛り込んだり、フィリアが探索に便利な補助魔法を使えるようにしているものの、魔法専門ビルド……メイジと呼べる人員がいなかった。

 

 「ただいま……っと」

 

 「お帰りハル、感覚は大丈夫か?」

 

 「うん、ちょっと違和感ある……こっちの方がリアルの体格に近い筈なんだけどね。それはそうと、こっちじゃ’セイ’だよ兄さん」

 

 そう、いなかった(・・・・・)という、過去形だ。元々鍛冶師で、メイス以外の戦闘用スキルを持っていなかったハルが、鍛冶妖精(レプラコーン)haru(ハル)とは別に、メイジとして新しいキャラ……火妖精(サラマンダー)sei(セイ)を作ったのだ。容姿としては火妖精(サラマンダー)にしてはやや線の細い体格をしていて、男性にしては少し長めの赤毛が後ろに向かってトゲトゲと跳ねたヘアスタイルと精悍な顔立ちが特徴的だ。この男性陣で客観的に一番男前な姿をしているが、ログインしてすぐにふらつく所はちょっと頼りない。つってももう一方のキャラとは背格好が違うので、こうして切り替えた時は少々違和感があって慣らしが必要なのも当然っちゃ当然だけどさ。

 そのセイだが、キャラ自体は新生アインクラッド実装から少し経ったあたりで作成し、彼の育成にブラコンたるブラッキー(キリト)をはじめ、オレ達全員が協力してきたので、取得した殆どのスキル熟練度がマスタークラス……九百以上という、他のメイジにも引けを取らない強さに仕上がっている。代わりに強力な物理属性攻撃には為す術も無く一撃で溶けるくらい、防御や回避能力はゼロなのが玉に瑕だが。まぁそこら辺は物理一辺倒なオレ達でカバーすればいい。

 

 「じゃ、アイテムの分配するよー」

 

 セイが来たのを確認したアスナとサクラの指示の下、彼女達が買い込んだアイテムをそれぞれのポーチに詰め、持ちきれない分はストレージ内に収める。十一人(オレ達)一人(ユイ)一匹(ピナ)一羽(ヤタ)の準備が終わる頃には、時刻は午前十一時になろうとしていた。

 

 「皆、今日は俺の急な呼びかけに集まってくれてありがとう。このお礼はいつか必ず、精神的に!それじゃ、聖剣エクスキャリバー獲得クエスト、いっちょ頑張ろう!」

 

 おー!という唱和と共に、この場に集った全員が右の拳を上げる。気になる点はあるものの……誰もが恐らく今年最後になるであろう冒険に、期待に胸を膨らませているのだった。



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百十一話 顔合わせ

 大変長らくお待たせいたしました。

 前回投稿後に仕事のアップダウンの波が大きくなった事とスランプが重なり、ぜんっぜん筆が進まない日が続きまして(汗)

 あ、でも映画のプログレッシブはどうにか見に行く時間捻りだして見てきました。


 クロト サイド

 

 アルンの街の端、マップに表示されない裏通りを進んだ先にひっそりと存在する開かずの扉。昏睡状態のままだったサクラとアスナを助ける旅の途中で偶然縁を結んだ象水母型邪神―――トンキーが送ってくれた道へと続くその扉は、リーファが持つ鍵でしか開かない。扉の先は非常に長い階段となっていて、オレ達一行はそれをひたすらに駆け下りていた。

 

 「い、いったい何段あるのこれぇ……」

 

 「えーっと確か、アインクラッドの迷宮区タワー丸々一つ分だったかな?」

 

 リズのぼやきに答えたアスナの言葉に、一行の殆どが辟易した表情を見せる。高さ約百メートルもある階段なぞ、高層ビルが溢れる現実世界であってもオレ達には縁のない代物だし、あっても使わずにエレベーターで済ましてしまう。そこを疲れないアバターとはいえ自分の脚で進むというのは結構気が滅入る。

 

 「あのなぁ……普通にヨツンヘイムに行こうとしたら一パーティーでも片道最低二時間のところが、ここを降りれば五分だぞ?俺がリーファなら、一回千ユルドの通行料でここを使わせる商売でも―――」

 

 「あのねえお兄ちゃん、ここを通ってもトンキー達が迎えに来てくれなきゃ中央大空洞(グレートボイド)に落っこちて死に戻りするだけだよ?」

 

 「そしたら、お客さんから詐欺だーってGMに通報されるよ、多分」

 

 商売云々は大方冗談だろうが、(リーファ)(セイ)の容赦ないツッコみにばつの悪い表情を浮かべる兄貴(キリト)

 

 「ま、とにかく文句言ってる暇あったら走れってこった。フラグ立てたリーファに感謝しとけよー」

 

 あのキモカワ系?……いや、ユニークな姿形をした象水母型邪神を最初に彼女が「助けよう」と言わなければ、オレ達がこの階段を知る事は無かったんだし。

 

 「何であんたが偉そうに言うのよ」

 

 シノンがクールな声で一言零す。言われた側のオレとしちゃ、別に何とも思わないが……横目で見た瞬間、彼女の背後を走る相棒の口角が悪戯っぽく吊り上がっていたのは黙っておこう。

 

 「相棒へのツッコみどうも」

 

 「フギャア!?」

 

 案の定、相棒はシノンの尻尾を思いっきり握り、やられた猫妖精(ケットシー)の悲鳴が響く。尻尾及び猫耳には独自の感覚があり、慣れていない奴がそれを急に強く握られると……凄まじく変な感じとしか言語化できない感覚に襲われるのだ。尻尾に関してはオレはもう慣れたが、シノンとシリカはまだまだなので今のように面白おかしいリアクションを見せてくれる。オレはやらねぇけど。

 

 「―――あんた、次やったら鼻の穴に火矢ぶっこむからね!!」

 

 「恐れをしらねぇなオメェ」

 

 顔を真っ赤にして振り返ったシノンの引っ掻きを飄々と躱したキリト。少しして負け惜しみと共に彼女が前を走る事に専念しだすと、クラインのぼやきと同時に皆がやれやれと肩を竦めるのだった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 そんなこんなの果てに長い階段を下り終え、厳しい寒さをアスナの支援魔法(バフ)で緩和したのだが、そこでオレは一つ失念していた事を思い出した。

 

 「そういや、この人数でどーやってあのダンジョンまで行くんだ?トンキーに乗れるのって七人までだったよな」

 

 この場にいるのは十一人。パーティーに関しては六人と五人で分けた二パーティーの状態なので、トンキーには往復してもらって一パーティーずつ移動する解釈でいいのか?

 

 「あ、そっか。クロトは知らないままだったね」

 

 「サクラ?何かあったのか」

 

 苦笑いするサクラの言葉に首を傾げるオレを後目に、いつも通りトンキーを呼ぶためにリーファが指笛を鳴らす。

 

 ―――くおぉぉぉー……ん…………くぅぅぅー……ん

 

 そうそう、彼女が呼ぶとすぐこうやって返事が……ん?

 

 「なぁ、オレの聞き間違いじゃなきゃ……二頭分の鳴き声が聞こえたんだが……?」

 

 「ふっふっふ……実はちょっと前に、トンキーが友達つれてきたのー!」

 

 「……は?」

 

 ものすごい上機嫌で胸を張るリーファの言葉に、オレは自らの耳を疑った。冗談の類じゃないかとシノン以外の皆を見渡すが、苦笑するか目を逸らすかのどちらかだった。

 

 ―――くおぉーん……くぅぅーん

 

 再度あの鳴き声が耳朶に届き、聞こえてきた方向に目を向けると……間違いなく二頭の象水母型邪神の姿があった。

 

 「トンキーさーん!ロッキーさーん!」

 

 アスナの肩から精一杯の声をユイが送ると、二頭の象水母型邪神は揃って鼻を手の代わりに上げオレ達がいる足場へとやってきた。元々トンキーとは何度かここで会ってはいたので、その巨体には慣れていたつもりだったんだが……二頭となると、言語化しづらい圧のような何かを感じずにはいられなかった。

 

 「クロトさんとシノンさんに紹介しますね。こちら、トンキーの友達のロッキーです」

 

 「お、おう……」

 

 薄っすらと青みがかった毛並みの方を示しながら、セイが大まかな説明をしてくれた。曰く第三回BoBの前……キリトが菊岡の依頼を受ける少し前あたりにトンキーと戯れるべく三兄弟でここに来た時、トンキーが連れてきたらしい。その頃のオレはログインの比重がGGOに傾いていたし、その後の死銃(デス・ガン)の調査等もあってオレに知らせるタイミングが今まで無かったとか。

 オレが呆気にとられる一方で、シノンはふーん、と動じることなく目の前の光景を受け入れていた。中々のクソ度胸してんなぁコイツも……。

 

 「は、話にゃ聞いていたが……本当にコイツに乗ってくのかよキリの字?」

 

 「勿論。そんなおっかなびっくりしなくていいって。別に取って食いやしないよ」

 

 「そうそう、どっちもいい子だから大丈夫ですって」

 

 リーファがそう言った時、ロッキーの方が鼻を伸ばしてクラインの頭を撫でた。多分向こうは挨拶のつもりだろうが、された側の彼は中々に情けない奇声を上げる。

 

 「ほらロッキー、他にも初めましての人がいるよ」

 

 セイが鼻の付け根のあたりをくすぐると、ロッキーはクラインと同じようにオレ達の事も一人ずつ撫でてくれた。

 

 「そっちはリーファよりお前に懐いてる感じだな」

 

 「なんかそうみたいです。名付けたから、ですかね」

 

 初対面の相手全員に挨拶をした後、セイが手を伸ばしやすいようにと彼へ身を寄せるロッキー。寄せられたセイも慣れた手つきでくすぐるあたり、会ったら必ずやっているのだろうか。

 

 「ようし、そろそろ行くか。みんな背中に乗ってくれ!」

 

 キリトの号令の下、オレ達はパーティー毎に分かれて邪神の背中へと飛び乗る。トンキーに乗るのはキリト、アスナ、リーファ、リズ、シリカ、シノンの六人で、残り五人がロッキーだ。

 今回セイがキリトやリーファと別パーティーになっていたのは、彼がロッキーに、リーファがトンキーに乗る都合上避けられなかった訳か。相棒側のパーティーの男女比がアレだが、彼の天然ジゴロ……もとい人徳が故に丸く収まっているからヨシとする。だって……なぁ?アスナがいる手前、表立ってのアプローチは少ないが、あっちの女性陣は全員が相棒に惚れているし。下手にこっち側に分けたら無意識に不満が溜まるかもしれないし、オレだってそんな爆弾は抱えたくない。

 

 「かーっ、相変わらずモテモテだよなぁキリの字の奴」

 

 「そのセリフ何度目だよクライン。それぞれに相応の事情があったんだっつの」

 

 リーファ以外についてはオレも当時のキリト達の姿を見てきた訳で、一見すれば他人が羨むような状態だって、相棒はそれを狙って動いていた訳じゃなく「助けたい」って心のままに動いていただけだ。そこらへんの事を知らない輩に相棒があーだこーだと言われる筋合いなんて無い、と繰り返し説明すると刀使いも冗談だとばかりに肩を竦めた。

 

 「―――トンキー、ロッキー。ダンジョンの入り口までお願い!」

 

 そうこうしている内にリーファの号令がかかると、二体の象水母型邪神は揃って一声鳴いた後にゆっくりと羽根を羽ばたかせた。

 プレイヤーには飛行不可能エリアであるヨツンヘイムの上空を進むロッキーの上からゆっくりと流れる景色をぼんやり眺めていると、今年も色々あったよなぁ……なんてガラにも無く思い出に浸る自分がいた。仮想世界に囚われたままのサクラ達の救出に始まり、帰還者用の学校でのあれこれ、GGOでの死銃(デス・ガン)事件……SAOに囚われてからこれまでの約三年間、一般人とはかけ離れた生活送ってねぇか?オレらって。来年こそはいい加減に平穏な一年が欲しいぜ。今日みたくレアアイテム求めて皆でクエスト挑むとかくらいが丁度いい刺激になる程度の。

 

 「えぇ!?ハルってもう宿題終わらせたの!冬休み今日からでしょ!?」

 

 「課題そのものは先週から順次配信されていたじゃないですか。先生に聞いたら、休み前にやっても構わないって事でしたから、やれる所からコツコツと進めただけですよ。量が少なかったのもありますけど」

 

 「わたしも半分くらいはやったよ。多分アスナさんも同じじゃないかな?」

 

 「さ、流石にクロトは何もやってないよね!?宿題やってないの私だけ、じゃ……?」

 

 あぁ、でも……ザザのように、SAOの負の残滓がいかつまたキリトやサクラ達に牙を剥こうとするかもしれない。いざという時には人殺し(バケモノ)としてのオレが必要で、決して鈍らせてはいけない冷徹な刃の役目を担うのだ。オレの大切な人達が、もう忌々しい過去の亡霊と戦わなくていいように。皆に届く前に断ち切る為に……

 

 「クーロート?」

 

 景色を眺めていた視界にひょっこりとサクラが顔を出したところで、オレの思考は中断された。そういえば今は、エクスキャリバー入手の為にダンジョンに向かっているんだっけか。

 

 「あー……悪い。ボーっとしてて、さっきから何も聞いてなかった。何の話だったんだ?」

 

 「冬休みの宿題、ハル君は全部終わっているんだって。それで何にもやってないフィリアがアタフタしちゃったの。クロトは進めた?」

 

 「……やってない」

 

 宿題。目を逸らしていたリアルの事を突きつけられて、思わず顔を背ける。

 

 「ダメだよーちゃんとやらなきゃ。後回しにしたら大変なのはクロトだからね?」

 

 「わ、わかってるって」

 

 「ならよし」

 

 背けた先に回り込み、メッ!とオレの鼻を突っ突いてくるサクラに思わずたじろぐ。だがそれもこちらの返事を聞いてすぐさま柔らかな笑みに変わり、向けられた指先が引っ込められた。

 何てことの無い些細なやり取りを交わしただけで、自然と心が温まる。

 

 (そうだ。オレはサクラが……皆が無事なら、それでいいんだ)

 

 異常なまでに傾いた天秤のような自分の価値観を自覚していながらも矯正しようとしなかった事、そして赤の他人の死を厭わない怪物ともいうべき己の一面を受け入れた事、それらは全てこの優しくて心地よい今を守る為だ。

 もうオレは、何度でも、何処までも……堕ちる事を恐れない。それでこの時を守れるのならば安いもんだ。

 それにザザとの戦いを経て、必要な時にSAO当時(全盛期)の己を取り戻すべきだと判断したのはキリトも同じだった。GGOでの一件以来、オレ達は折を見ては本気の殺し合いのつもりでデュエルをしたり、二人だけでフィールド・クエスト・ダンジョンの種類を問わずボスモンスターに挑戦したり……ザザとの接触で断片的にSAO時代の感覚が戻りかけている今ならばと、傍目からみれば頭のイカレた奴とも思える事を何度か繰り返していた。

 最初の数回は成果らしい成果は無かったが、途中で何か取っ掛かりを掴んだのかキリトの立ち回りや剣技の冴えが急激に上がっていき、とある切り札の成功率も劇的に向上した。そんな相棒に対してオレの方は劇的に何かが変わった感覚は無かったが、不思議と遅れをとる事も無かった。恐らくあの夜に覚悟を決めた時点で土台ができていて、その後は相棒に触発されて精度が上がってきているのだろう。キリトありきな自分を不甲斐無いと思う所もあるが、何だかんだSAOでのオレとキリトは長い間背中を預け合ってきた無二の相棒で、二人揃ってこそのオレ達なのだ。

 

 (―――って違う違う。今は普通のクエストやるだけだろ……)

 

 変な言い方かもしれないが、やるとしても日常の範囲での本気で充分な筈だ。命やそれに準ずる大切なものが懸かっている訳ではないのだから。

 脱線した思考を振り払うべく頭を軽く振って皆の方へ目を向ける。すると誰もがとある一点を見上げており、つられてそちらを見ると―――

 

 「私は、湖の女王ウルズ。我らが眷属と絆を結びし妖精たちよ……そなたらに、私と二人の妹から一つの請願があります」

 

 ―――巨人と呼んで差し支えない大きさをした金髪の女性が、宙に浮いていたのだった。




 スランプ脱却できたーっていう実感が無いので、次がいつになるのか確約はできません。ですが去年の間に評価者が一人増えていたのは嬉しかったです。
 待ってくれている人がいるっていうのが嬉しい限りです。今後ともよろしくお願いいたします。


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百十二話 氷城突入

 お待たせしました。

 未だにスランプから抜け出せた気がしませんが、何とか仕上げました。


 クロト サイド

 

 トンキーとロッキーに乗ったオレ達の前に突如現れた巨人の女性―――泉の女王ウルズから、彼女や同胞である丘の巨人族とそれを害するスリュムをはじめとした霜の巨人族、そして聖剣エクスキャリバーを巡る話を聞き、流れでクエストを受けた後。そのまま目的地のダンジョン、スリュムヘイムの入り口に到達しトンキー達から降りた所で、アスナがぽつりと呟いた。

 

 「なんだか…すごい事になってきたね」

 

 「これって普通のクエスト……なのよね?でもその割には、話が大がかり過ぎるっていうか……動物型邪神が全滅したら、今度は地上まで霜巨人に占領される、とか言ってなかった?」

 

 彼女の呟きに乗っかるように、尻尾を揺らしながらシノンがそう言うと、腕組みしたキリトが頷く。だが、運営から告知されている最新情報はもっぱらアインクラッドの二十一層から三十層までがクリスマスあたりに実装された事についてであり、ヨツンヘイムやアルンに関わるような情報は見覚えが無かった。

 

 「んー……つまり、トンキーとロッキーの仲間が全滅した場合、圏内にある筈の街が人型邪神やその親玉に攻められるって訳だろ?そういった襲撃イベントやそのルート分岐を含んだクエストが、運営の告知無しに実装されるか普通?」

 

 「クロの字の言う通りだな。一般的には一週間くらい前には告知がある筈だぜ。今の運営だってそこら辺は良心的だったしよ」

 

 クラインの言葉に全員が頷き、次いで納得がいかないとばかりに揃って首を傾げる。するとキリトの肩に乗っていたユイが全員の中心にとなる位置まで飛んできた。

 

  「あの、これは百パーセントの確度ではない憶測なのですが……恐らくはカーディナル・システムが自動生成した可能性があります」

 

 「自動…生成?システムが?」

 

 目を瞬かせるシノンの呟きに頷くユイは、そのまま続ける。

 

 「はい。シノンさんがプレイしていたGGO等、現在稼働しているザ・シード規格のVRMMOに使用されている機能縮小版のカーディナル・システムと異なり、このALOにはオリジナルの複製品……旧ソードアート・オンラインに使用されていたシステムと同じ機能・権限を持つフルスペック版が用いられています」

 

 元々ALOは須郷(ゲス野郎)のクソみたいな研究の隠れ蓑として、SAOサーバーを丸々コピーして作られた経緯がある。故にオレやキリトが初めてログインした時には不完全ながらもSAOでのスキルや資金が引き継がれた事だってある。

 

 「そしてシュリンク版では削除されている機能の中に、クエスト自動生成機能があります。これは接続しているネットワークを介して世界各地の伝説や伝承を収集し、それらの固有名詞やストーリー・パターンを利用・翻案してクエストを無限に生成(ジェネレート)し続けるのです」

 

 ナニソレ、とばかりに唖然とするシノンに対し、旧SAO組の面々は思い当たる節がある為か揃って遠い目をして当時の事を振り返る。あの時はデスゲームの中で生き抜く事が日常と化していた為に非日常に対する感覚が麻痺していたが、今思えばおかしなモノだった。

 

 「おれ達がアインクラッドでさんざんパシらされたクエ達……ベータん時を除いた全部がシステム様が自動で作ってたってコトだったのかよ……」

 

 「どうりで多すぎると思ったのよ。七十五層時点で情報屋のデータベースにあったのだけでも一万個を軽く超えていたもの」

 

 「ですね……それにわたし達が一度調べつくした筈の所からも、後になって新しいクエストがしょっちゅう見つかってましたし」

 

 ギルドの運営資金の調達やメンバーのレベリングの為にと効率のよいクエストを常に探していたギルド所属組が身を震わせ、その横でシリカが俯く。

 

 「あたしも……三十層あたりだったかな。変なマスク付けてノコギリ担いだオーガを倒すクエ、倒しても倒しても翌週にはまた掲示板に張り出されてたんですよ。何のお話を元にしたんだか……」

 

 「ま、まあ皆さん!SAOのお話は一旦置いておきましょうよ。ユイちゃんもまだ言いたい事がありそうですから」

 

 パン、と手を叩いて全員の意識を現在に引き戻したセイに促され、小さなピクシーは何かを恐れるような表情で話を再開する。

 

 「ストーリーの展開次第ではスリュムヘイムが上昇してアルンを破壊、地上でも邪神級モンスターが出現するようになる……その場合、行きつく所まで行きつく恐れがあります」

 

 「行きつく所?」

 

 ぶっちゃけ伝承や伝説にさほど詳しくないオレがユイの言わんとする事が掴めずオウム返しに聞くと、彼女ははっきりとした声量で告げた。

 

 「このALOの元となった北欧神話における最終戦争……神々の黄昏(ラグナロク)です」

 

 「ま、待って!それってヨツンヘイムやニブルヘイムの霜の巨人族だけじゃなくて、さらにその下のムスペルヘイムにいる炎の巨人族まで現れて……世界樹の全部を焼き尽くすっていうやつでしょ!そこまで行きつくなんて、そんな……そんなゲームシステムが、ALOのマップ全部を崩壊させるような事、できる筈が……!」

 

 堪らずリーファが声を上げるが、ユイはそっと首を左右に振る。

 

 「可能です。オリジナルのカーディナル・システムには、ワールドマップ全てを破壊する権限があります。何故なら……旧カーディナルの最後の任務は、浮遊城アインクラッドを崩壊させる事だったのですから」

 

 皆が一様に絶句する。最悪のパターンが起こりえる状態である事を突きつけられた中で、それでもとシノンが尻尾を震わせる。

 

 「仮に神々の黄昏(ラグナロク)が起こったとしても、それが運営の意図していない事だったなら、サーバーを巻き戻すとかできないの?」

 

 「運営サイドが手動で全データのバックアップを取り、別のメディアに保管されていれば可能でしょうが……カーディナルの自動バックアップ機能を利用していた場合、設定によっては厳しいかと」

 

 「なら、すぐ運営に伝えれば!」

 

 名案とばかりにフィリアが声を上げ、すぐさまクラインがウィンドウを操作し始める。しかしそれも数秒後にはダメじゃん、の呟きと共に項垂れて徒労に終わった。

 

 「人力サポート時間外でやんの……」

 

 「年末の日曜の午前中ですからね……」

 

 今の時間帯を再確認するセイの呟きに、全員が肩を落とす。

 

 「……こうなったら、やるしかないよお兄ちゃん、皆」

 

 「そうだな。元々エクスキャリバー入手のために集まったんだ、護りが薄いっていうのなら好都合だ」

 

 空元気でも雰囲気を盛り上げようと努めて明るい声色と共に、相棒が二振り目の剣を装備する。彼の二振りの剣はそれぞれハルとリズが新たに打ち上げた渾身の作品で、かつてのエリュシデータとダークリパルサーに負けず劣らずの活躍を新生ALO内でみせてきた。

 

 (二刀で、あの眼……本気も本気ってヤツだな)

 

 命懸けではないただのゲームに過ぎないけれど。心持としては旧アインクラッドの時と変わらずに行く事をオレも決意する。女王ウルズから渡されたメダリオンはリーファの手の中で既に六割程黒く染まっていて、タイムリミット的には楽観視できないのだ。どんな強敵が居座っているか分からないが、死に戻りで再攻略、なんて時間は無い。

 

 「元SAO攻略組でもトップ張ってた面子がそろってるんだもん、聖剣エクスキャリバー(最高級のお宝)だって絶対ゲットできるわよ」

 

 「フィリアも現金ねぇ……ま、あたしも店の心配よりはそっちの期待の方が大きいけど」

 

 「へへっ、何ならMトモの一面飾ってやろうぜ、'エクスキャリバー獲ったどー!'って感じでよ」

 

 冗談めかしたクラインの発言に茶々を入れる者はおらず、逆に合意するようにおー!と拳を突き上げる。今年最後となるであろう冒険が、始まるのだった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 氷の居城スリュムヘイムに殴りこんで二十分、オレ達は第二階層のボスに少々手こずっていた。

 

 「お兄ちゃん、金色の方、物理耐性が高すぎる!」

 

 「分かってる!けどここでセイに触媒を使わせる訳にもいかないだろ!」

 

 立ちふさがるのは黒と金、二体のミノタウロス型邪神。どうやらこいつ等はそれぞれ物理耐性と魔法耐性が極振りという特徴があるらしく、セイ以外の攻撃手段が物理一辺倒なオレ達は金ピカの方に有効打を与えられずにいた。

 元々は互いに得意な属性の攻撃に対してはヘイトを無視して相方を庇うという、相手にするには厄介この上ないコンビネーションを披露し、それならばと数人で金ピカを無理矢理抑えている間に黒色を倒すプランで挑んだ。しかしあと一歩の所で金ピカが大暴れして仕切り直しを余儀なくされ、その間に下がった黒色が瞑想行為―――回復行動をとってきやがった。さらに金ピカは弁慶が如く黒色を守り、オレやシノンの矢ですら一度の取りこぼし無く全て防ぐか弾くかしやがる。

 

 「―――衝撃波攻撃、二秒前!」

 

 現在は金ピカに唯一ダメージを与えられるセイがタゲられないように気を付けながら、彼の中級魔法で地道にHPを削る作戦にシフトしていた。黒色が復帰するまでに金ピカが回復行動をとる程に追い込めれば、金ピカの援護防御の無くなった黒色の方を始末するのはこのメンツならば容易い。

 

 「来ます!」

 

 ユイの警告に従ってキリト達が左右に飛び退く。誰も直撃こそ避けたが、広すぎる攻撃範囲と邪神らしく凶悪な攻撃力によって彼らのHPは一気にレッドゾーンまで減少する。超高性能AIたるユイのアシストという反則技に近い手段を解禁してなおこの有様であり、セイの魔法で削るまで肉壁の役割を続けるキリト達が持つかは……加速度的に怪しくなってきている。

 

 (キリトだけなら多分持つ……けど、他の皆は……何人かは死ぬな)

 

 前衛を務めるキリト、リーファ、クライン、中衛にいるリズ、シリカ、フィリア、後衛にシノン、アスナ、サクラ、セイ、オレ。削りダメージだけで瀕死、直撃したら即死の状況で時間稼ぎに徹する前衛と中衛からは恐らく四人程落ちるだろう。感情抜きに味方の損害予測をしてしまう事に慣れたあたり、自分の意識が冷酷な方へと大分傾いている自覚はあったが、キリト達の消耗を察してなおセイに超火力の上級魔法を使わせるのには反対だった。

 

 (ここのラスボスが金ピカと同じだけの物理耐性を持っていたら、セイの触媒が尽きた時点で詰む)

 

 高火力の魔法は相応に長い詠唱と高いMP、さらに専用の触媒を多量に要求される。高位の魔法であればあるほど使い捨ての触媒アイテムも高価で希少な物となり、安易に使うわけにはいかないのだ。

 金ピカのHPは残り六割。上級魔法なら一発で仕留められるが……その一発がラスボス攻略の明暗を分けると理解しているから、セイも大人しく中級魔法で戦っている。

 

 「キリト君!今のペースだと金色を倒す前にMPが切れる!」

 

 「メダリオンも七割くらい黒くなってるよ!これ以上時間をかけるの、良くない気がする!」

 

 けれど、現状維持をよしとしない事態が発生する。パーティー唯一のヒーラーであるアスナのMPと、女王ウルズの眷属達の残量を示すメダリオンという二つのタイムリミット。それらが何か打開策をとる事をオレ達に迫ったのだ。

 

 「……セイ、触媒は?」

 

 「一回分なら、オブジェクト化してあります。ですけど……」

 

 今回のクエストにおけるリーダー役たるキリトの判断やいかに、といった所か。決して潤沢にある訳ではないセイの上級魔法を使うのか、あるいは別の方法で金ピカのHPを吹っ飛ばすのか―――

 

 「セイの魔法は温存!上級ソードスキルの一斉攻撃で金色のHPを削りきる!」

 

 「おっしゃあ!その言葉待ってたぜキリの字ィ!」

 

 相棒の決断に、クラインが真っ先に答える。他の前衛・中衛組も声こそ上げなかったものの、同意するように各自の得物を握り直す。

 SAOの象徴たるソードスキル。その中でも高威力かつ技後硬直の長い上級のものは、ALOでは物理属性と魔法属性を併せ持つ代物として新生アインクラッドと共に実装された。故に物理耐性極振りの金ピカであろうとも、上級ソードスキルを喰らえば内包された魔法属性分のダメージは通る。

 

 (そうか……奥の手(アレ)込みなら、削り切れるな)

 

 ALOにはSAOのように二刀流スキルは存在しない。射撃スキルは弓スキルとして落とし込まれたが、他のユニークスキルは削除された状態で新生アインクラッドと共に実装されたのだ。故にALOで二刀流状態になってもメリットは薄い……はずだった。

 

 「シリカ、カウントで泡を!―――二、一、今!」

 

 「ピナ、バブルブレス!」

 

 シリカの上空を舞う小竜が、主の指示通りに動く。放たれた泡が金ピカの鼻先で弾け、その幻惑効果で足止めされる。

 

 「ゴー!」

 

 相棒の合図に従い、オレは大技の『エクスプロード・アロー』を放つ。炎九割、物理一割の攻撃が目に見えて金ピカのHPを削る。一方シノンは熟練度がギリギリ足りず『エイム・シュート』を選択した。オレの火矢が金ピカの頭部から胸元にバラけて命中したのに対し、彼女の一射は爆炎を突っ切って鼻先を貫いて見せた。やはりスナイパーであるシノンの方が照準の精密さは上だ。

 ピナの泡、オレ達の矢と続けて硬直を課せられ無防備な姿を晒す金ピカに、キリト達の剣技が炸裂する。各魔法属性を示すエフェクトを纏ったそれぞれの剣が、刀が、メイスが次々と筋肉質な体へと叩き込まれていく。いかに金ピカが巨体であるとはいえ、一度に攻撃できるのはせいぜい二人か三人だ。事前の取り決め無しに順番にソードスキルの発動タイミングをずらして互いの邪魔をしないのは、長らく連携をとってきた賜物といった所か。

 

 「う……おおっ!」

 

 総攻撃のトリとして、炎を纏った相棒の剣が高速の五連突きを繰り出す。次いで斬り下ろし、斬り上げと共に跳躍し、大上段からの縦斬りを放つ。片手剣八連撃『ハウリング・オクターブ』だ。攻撃に参加した全員がここで長い硬直を課せられ、動けるのはサクラ、アスナ、セイの三人のみとなる。しかしサクラとアスナはそれぞれスキルと魔法によるバフと回復の後方支援に徹している為前線には手が届かず、セイは硬直した仲間を巻き込む恐れから攻撃魔法を撃てない。

 硬直が解けるよりも、金ピカがノックバックから回復し、反撃を繰り出す方が早い。このままでは前衛、中衛組が死に策は失敗する―――

 

 (やっちまえ、相棒!)

 

 左手の刀身を輝かせ動き続ける親友の姿が、全滅の未来を覆した。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 キリト サイド

 

 『ハウリング・オクターブ』の八撃目。俺は右腕から意識を切り離し、左腕のみに集中する。

 

 (……ここだ!)

 

 システムアシストによって金色のミノタウロスを斬り裂く右手の剣と並行して、左手の剣がソードスキルのライトエフェクトを纏う。許容される誤差はコンマ一秒以下のタイミングで発動した左側の剣技が、出し切った『ハウリング・オクターブ』の硬直を上書きして俺の体を動かし続ける。左右の体―――脳がそれぞれ別の行動をとる強烈な違和感に気合で耐え、剣を振るう。三連重攻撃『サベージ・フルクラム』が氷の欠片を散らしながら金色の巨躯を抉り斬りる中、今度は右腕のみに意識を集中させる。一度輝きを失った右手の剣が再び煌くと、『サベージ・フルクラム』の硬直を上書きして更なる連撃を見舞う。

 三か月程前に左右交互にソードスキルを発動すれば硬直無しで技が続くというシステムの抜け穴じみた現象を偶然発見してから練習を繰り返して尚、三度目の成功率は五割未満だったのだが……GGOでの一件以来、『ハウリング・オクターブ』から始まる四つのソードスキルのコンボは確定で成功できるようになった。

 

 「ら……あっ!」

 

 一度背を向けていた金色へと振り返りながら、垂直方向に四連撃を繰り出す『バーチカル・スクエア』。それと同時に皆の硬直も解け、四撃目を放った俺の横をまずクラインが駆け抜けて刀を一閃。そこからさらに金色の両腕、両足、頭とリーファ達が色とりどりに輝く得物を叩き込んでいく後ろ姿を見ながら、俺は『バーチカル・スクエア』に続く最後のソードスキルを発動させる。

 

 (……?)

 

 第二の一斉攻撃の中で相棒の矢が放たれた気配が無いのが一瞬気になったが、些細な事として左腕に意識を集中させ続ける。大方自分が攻撃しなくとも金色を倒せると判断して、黒色の方に備えているのだろう。二刀流上位ソードスキル『スターバースト・ストリーム』に届く連撃数を誇る今のコンボだが、あちらよりも遥かに危険な綱渡りであるが故に、目の前の事以外を気にする余裕は無い。

 

 「これで……トドメだぁ!!」

 

 ジェットエンジンじみた轟音と共に、赤黒い炎を纏った左手の剣が引き絞っていた腕から打ちだされる。『ヴォーパル・ストライク』の爆炎によって視界がゼロとなるが、左腕には筋骨隆々としていたミノタウロスの巨体へと剣が突き刺さった、確かな手応えがあった。前衛・中衛組とシノンが長い硬直を課せられる中、突き出した左腕の先の視界が晴れていく。

 

 「な……に……!?」

 

 剣は確かに突き刺さり、相手の巨体はノックバックで体勢を崩していた。その色は―――()

 

 (庇った!?今まで専念していた、自分の回復を中断してまで!?)

 

 HPがまだ八割に届かないでいた黒色の邪神が金色を押しのけるようにして俺の一撃をその身で受け止め、瀕死の相方を窮地から救ったのだ。『ヴォーパル・ストライク』はダメージの七割が魔法属性である為、その魔法属性に極めて高い耐性を持つ黒色には有効とは言い難い。

 一様に無防備な姿を晒す俺達に対し、受けた技の衝撃に堪えながらも「してやったり」と言わんばかりに口角を上げる黒色。その横では相方に守られた金色の邪神が、勝ち誇った笑みで悠々とバトルアックスを振りかざす。

 

 ―――硬直は、未だ解けず。

 

 既に切り札を切った俺には、この状況を覆す手段は無い。倒しきれなかった悔しさは勿論あるが、それ以上にシステム上のものとはいえ互いに助け合う見事な連携……絆への賞賛の方が大きかった。

 だが、お前達も何か忘れていないか?俺には無くとも、俺達(・・)ならば……まだ手はあるって事を。

 

 「任せて!」

 

 右側を、青い閃光が駆け抜ける。その事を認知した頃には彼女が握る細剣の五連突きが金色に打ち込まれ、数ドットしか残っていなかったHPを吹き飛ばす。一拍遅れて『ニュートロン』のフィニッシュエフェクトが邪神の足元から吹き上がり、俺達への攻撃は阻まれた。

 

 ―――え……?

 

 護った筈の相方が消失した事を理解できないのか、さっきまでの笑みはどこへやら。黒色は呆然とさっきまで金色が立っていた方を眺めていた。

 

 「やああっ!」

 

 その無防備な脇腹にサクラの『レイジスパイク』が突き刺さると、情けない鳴き声と共に黒色が派手にたたらを踏んだ。

 

 「安心しろよ……すぐ相棒に会わせてやらぁ」

 

 いつの間にかクロトが背後から黒色に取り付いており、少々物騒な言葉と共に握っていた短剣でその喉笛を掻っ切った。

 

 「ブルアアァァ!?」

 

 黒色の悲鳴に悲しみが混じっていると感じたのは、俺の気のせいかもしれない。その後は硬直が解けた俺達も混ざって、幾らか黒色に同情したくなるくらいボコボコにした末、金色と同じ結末を辿らせるのだった。




 スケルツォ楽しみです。


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百十三話 しょうがない

 本当にお久しぶりです(汗)

 なーんかスランプから抜け出せていません……


 クロト サイド

 

 黒色のミノタウロスをポリゴン片へと変えたすぐ後。トドメのソードスキルを放った硬直が解けるや否や、クラインがその野武士面の口許を歪めてキリトへと詰め寄った。

 

 「おらキリト!オメェ何だよさっきのは!?」

 

 「……言わなきゃダメか?」

 

 「ったりめぇだ!見た事ねぇぞあんなの!」

 

 ずかずかと顔を近づけてきた刀使いに対して相棒は面倒くさそうな表情を隠さなかったが、オレ以外の面子はクラインと同様に興味津々といった視線を注がれると、観念したように溜息を一つついた。

 

 「システム外スキルだよ。スキルコネクト」

 

 フィリアやシリカ達が歓声を上げる中、簡潔にメリットとデメリットをキリトが告げると、我らがヒーラーが急にこめかみを抑えて唸る。

 

 「何だろう、今すっごいデジャヴったよ……」

 

 「気のせいだろ。それよりほら、次に備えようぜ」

 

 旧SAOの七十四層でほぼ同じやり取りがあった事は……言わぬが花、ってヤツだろうか。誤魔化すキリトを見て同じ事を思ったサクラと苦笑しあうと、消耗したHP・MPの回復やミノタウロス達のドロップアイテムの確認を進めた。

 

 「―――あ、今ので弓スキルの熟練度が大分上がってる」

 

 「へぇ、ちょいと失敬……もう『エクスプロード・アロー』が使えるようになったのか……早いな」

 

 「ふふん、いつまでも貴方の後塵を拝するつもりは無いわよ?」

 

 すまし顔で胸を張るシノンだが、尻尾や耳がピコピコと小刻みに動いているあたり喜色を隠しきれていない。その事を告げてやろうかと一瞬だけ悪戯心が芽生えるが、その視線が黒衣の背中を追っているのに気付いた所で言うのをやめた。何であれ決めた目標へとストイックに進む彼女に茶々を入れるのは野暮ってモンだ。

 

 (まぁ、譲ってやるつもりは無いけどな……)

 

 わざわざ現状に胡坐をかいて、彼女が追い抜くのを待ってやる義理はない。

 

 「よーし、全員回復したか?したよな!キリト!」

 

 全員の様子を見回しながら声で確認をとると、問題なかったので相棒に目を向ける。すると彼は頷き、妹に声をかけた。

 

 「リーファ、残り時間はどれくらいだ?」

 

 「えーっと……今のペースだと、一時間はあっても二時間は無さそう」

 

 彼女の答えにそうか、と返したキリトは次いで頭に鎮座する愛娘へ問いかける。

 

 「ユイ、このダンジョンは全四層構造だったよな?」

 

 「はい、三層の面積は二層の七割程度で、四層は殆どボス部屋だけです」

 

 「ありがとう」

 

 右手の指先で小妖精の頭を撫でるキリトだが、その表情は芳しくない。ヨツンヘイムで人型邪神と共闘して女王ウルズの眷属を狩り続けているプレイヤー達の勢いが緩む事はまず無いだろうし、そうすればこちらのタイムリミットは一時間前後と考えるべきか。

 ダンジョンのラスボスとの戦闘に半分の三十分が割かれるとすれば、四層のボス部屋以外の範囲と三層をもう三十分で踏破する必要がある。それも今しがた倒したばかりのミノタウロス達と遜色ない強さと厄介さが予想されるフロアボス込みで、だ。瞬時にそこまで思考がたどり着いた元SAO攻略組はオレを含めて一様に表情を歪めていると、知った事かとばかりにリズが相棒の背を叩く。

 

 「なんて顔してんのよ。こうなったら、邪神の王様だか何だか知らないけど、どーんと当たって砕くだけよ!」

 

 「……そうですね。兄さん達が、皆さんがいれば……不可能なんて無い。僕はそう信じています」

 

 SAOでは生産職として攻略組であったオレ達を支え、その背中を見守り続けてきたが故の二人の信頼。それがマイナスに傾きかけていた空気を払拭し、良い意味で弛緩させていく。

 

 「セイ達の期待は裏切れないな。それじゃ、三層はサクッと片付けよう!」

 

 キリトの音頭に全員で威勢よく応え、オレ達は次の階層へと進みだした。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 時間が無いので奥の手―――もとい禁じ手たるユイの地図データへのアクセスを今回ばかりは解禁。それにより三層をボス戦含めて三十分足らずで踏破する事に成功した。トレジャーハンターを自称するフィリアが自身のポリシーとの葛藤や様々なギミックに挑戦する楽しみが無くなってしまった事で道中に百面相していたのはご愛敬、といったところか。まぁ、いかにも罠やらお宝がありそうって感じの脇道を見つけても目で追うだけで我慢してくれたので、後で何かしらの埋め合わせを皆でやろうかと頭の片隅に留めておいた。

 そして三層のボス部屋の奥の通路に進んだオレ達の眼前に、少々判断に迷う光景が飛び込んできた。

 

 「お願い……私を……」

 

 壁際に作られた、細長いツララの檻。そこには閉じ込められ、横たわった一人の女性の姿があったのだ。背丈は恐らくアスナと同じで、長く流れるような髪はブラウンゴールドに煌いている。顔立ちも仮にプレイヤーが同じレベルのものを求めたらランダム生成されるキャラクタークリエイトを相当課金して何度も挑戦しなけりゃ引き当てられないって感じまで整っていて、街で見かけたらほぼ全ての人が目を奪われるであろう美人だ。

 

 「ここから……出して……」

 

 そんなキャラが今、伏し目がちに、それもか細い声で助けを求めているもんだから、普通なら世の男共はホイホイと釣られるだろう。丁度今、相棒にバンダナの尻尾を掴まれたクラインみたいに。

 

 「罠だ」

 

 「罠よ」

 

 相棒夫婦の断言に刀使いは反論できず、しかしここで素直に引き下がれずに視線が右往左往する。するとキリトは判断材料を増やすべく頭上に鎮座する愛娘に尋ねる。

 

 「パパ、彼女もウルズさんと同じく言語エンジンモジュールに接続しています……ですが、一点だけ違いが。HPが有効(イネーブル)です」

 

 大抵のクエストNPCはHPが設定されていない。それはそのNPCが戦闘行動を行わない、あるいは圏内から一歩も外へ出ない為ダメージを受ける機会が無いから省略されているからだ。それがプレイヤー同様にHPがある、という事はそのNPCが護衛対象になったり、共闘したり……最悪の場合は裏切って背後から奇襲してきたり、なんて展開になる事を示しているのだ。

 そんな正体不明なNPCがダンジョンのボス手前の所で囚われている……本当にただの捕虜か、それともスリュムとやらがこちらの人情につけ込む為に用意した罠なのか。とても悠長に考えていられない。

 

 「絶対に罠、とまでは言えねぇけどなぁ……今はリスク背負えねぇだろ」

 

 「だよねー。わたしも似た感じ」

 

 ウルズの眷属達が狩り尽くされるまで、なんてタイムリミットさえ無ければクラインの行動も別にいいや、って言えるんだが。同意見を示してくれたサクラに頷くと、手を鳴らして先を促す。

 

 「迷ったって時間の無駄だ無駄。今のオレ達にはやり直してる余裕はねぇんだ。さっさと行くぞ」

 

 「ぐえぇ」

 

 やや強引に切り上げ、クラインの首根っこを引っ掴んで走り出す。彼の恨みがましい視線を感じながらも進むと、程なく全員が付いてきたであろう足音が聞こえ―――

 

 「お願い……誰か……」

 

 ―――ひとつ乱れ、止まった。

 

 (リスク背負えないってわかってんだろ!いったい誰が……!?)

 

 勢いが付いた足にブレーキを掛けながら振り返ると、そこには立ち止まった紅の背中があった。

 

 「ごめんなさい……僕、どうしても見捨てられません!」

 

 誰かが制止の声をかけるよりも先に、そう叫んだセイが初級魔法を唱えながら囚われた女性の許へと引き返す。次いで小さな破砕音を響かせて氷の檻が消失した。

 

 「……全く、キリト(兄貴)以上に筋金入りのお人好しだよなぁ」

 

 「でも、その方がセイ君……ハル君らしいよね」

 

 苦笑しながら零れた呟きに、サクラが微笑む。元々SAOではNPCだって生きている、という考えでいた程に人情に厚いキリトと同様、セイもNPCであっても困った人を見過ごせない善意に満ちた人なのだ。あの浮遊城の日々でもその心は悪意に染まらず、だからこそ相棒は是が非でもクリアを……弟を現実世界に返す為にと身を削って戦っていた。

 

 「立てますか?」

 

 「……はい、ありがとうございます」

 

 虜囚となっていた女性に手を貸して立ち上がらせるセイ。その後ろ姿を見るオレ達の中に、彼を責める者はいなかった。

 

 ―――まぁ、セイ(ハル)ならしょうがないか

 

 なんて感じの思いが、程度の差こそあれど全員の胸中にあったのだと思う。皆苦笑したり、やれやれと肩を竦めたりしているし。彼以外の誰かがあのNPCを助けていたら、多分こうはならなかっただろう。それだけ彼の善人っぷりが周知の事実となっている証左だった。

 

 「助けて頂いた身で厚かましいのですが……どうか私を、一緒にスリュムの部屋まで連れて行ってくれませんか?盗まれた一族の秘宝を取り戻すために、私はこの城に来たのです」

 

 「え?えーっと、それは……」

 

 流石にパーティーへの同行を個人の一存で決める訳にはいかないと思ったのか、セイはリーダー役であるキリトに困った顔を向ける。

 

 「そんな顔するなって。こうなった以上はこのルートで行くしかないけど、まだ百パー罠だって決まった訳じゃないんだ。何とかなるって」

 

 「……うん、ありがとう兄さん。貴女の頼み、引き受けます」

 

 「ありがとうございます、妖精の魔法使い様」

 

 相棒の後押しを受けたセイが女性に答えると、彼女は笑顔で感謝の意を示した。そしてキリトが表示されたウィンドウを操作し、オレ達のレイドパーティーに新たに一人が加入するのだった。

 

 「確かに絶対罠だって確証は無いけど……今のフォローの仕方見ると、やっぱり弟にはダダ甘よねー?」

 

 「ですです。そういう所がキリトさんらしいですけど」

 

 悪戯っぽい笑みを向けるリズと、やや不満げな内心を示すように尻尾を揺らすシリカの二人に、キリトが少々情けない笑みを零す。

 

 「だ、だってさぁ、あいつ普段は全然我儘言わないんだぜ?こういう時に聞いてやらなきゃいつ聞いてやるってんだよ」

 

 「だよねー。お兄ちゃんみたいに休みでもだらけた生活しないし、勉強だって頑張っているし。甘やかしたくなっちゃうって」

 

 相変わらず兄と姉との仲がよろしいようだ。サクラやアスナは静かに見守るに留まり、シノンは平静を装っているが興味津々なのが目線で分かる。クラインについては自分がやろうとした事を先にやられたのもあってか複雑な胸中に沿った何とも言えない表情をしていて、フィリアはその様子と女性にくっつかれて赤面するセイを見比べて面白そうに小さく笑っている。そんな皆の声を聞きながら、オレは新たに表示された女性のHP・MPゲージに視線を向けた。

 

 (Freyja……フレイヤ、か?なーんかどっかで聞いた事あるような……無いような……)

 

 記憶のどこかに引っかかるような感じがしたが、そこまでだった。何にせよこのダンジョンのボス、スリュムとの戦闘になれば彼女について何らかの手掛かりないし正体が解るだろう。せいぜい彼女の存在がスリュムの罠では無いと祈っておく事にして、気持ちを切り替えよう。

 

 「だーもー!とっととスリュムの野郎をブッ飛ばそうぜ!そうすりゃ万事解決だろキリの字ィ!!」

 

 セイへの嫉妬……もとい羨望を振り切るように、サラマンダーの野武士が意図的に語気を強める。次いで頷いた相棒がリーダー役として大まかな方針を伝えるべく口を開いた。

 

 「だな。序盤はパターンを掴めるまで防御重視、反撃のタイミングは指示する。ボスのHPゲージが黄色と赤色になったらパターン変化が起こるだろうから注意してくれ―――ラストバトル、全力でいくぞ!!」

 

 

 「「おー!」」

 

 気合充分、と言わんばかりに全員が拳を振り上げるのだった。




 スケルツォ見てきましたー

 ボス戦の迫力が凄かったです。去年のアリアもそうでしたけど面白かったです。


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百十四話 巨人

 お久しぶりです……上手く書き起こす事ができずにウダウダしてたらかなり時間が空いてしまいました(汗)


 クロト サイド

 

 後衛組の支援をかけ直して万全な態勢を整えてからスリュムがいるであろう部屋へと進んだオレ達。すぐさまボス戦かと思っていたのだが、第四層の大半を占める大部屋に巨人の姿は無く、代わりに無限の富に届くかと思う程の黄金の財宝の山が広がっていた。

 

 「……総額、何ユルドだろ……?」

 

 「お宝……お宝が……いっぱい……」

 

 リズとフィリアの様子に釘を刺すべきかとも思ったが、他の面子も大なり小なり目の前の財宝の誘惑を受けているので今回ばかりは仕方ないかと切り替える。相棒ですら反射的にストレージの空き容量を確認していたくらいだし、フィリアに至っては途中の脇道にあったかもしれないお宝は諦めてもらっていたしな。

 

 「兄さん、フレイヤさんの探し物を探すついでに幾らか持っていけないかな?仮にそれができたら今回の収支は結構な黒字になりそうだけど……」

 

 「それが出来たらそうしたいけど……こういう時ってボス倒すまではストレージに入れられないって事が多いんだよなぁ」

 

 商人プレイをしてきたからか、こんな状況でも収支計算が頭から離れていないセイの言葉に苦笑するキリト。そんな彼がぼやいた通り、試しにとオレが手近な金貨をストレージに入れようとしてみても、コマンドを受け付けずオブジェクトとして手に残ったままだった。

 

 「確かに、今の所はただのハリボテだなこりゃ」

 

 「うへぇ、マジかよ……」

 

 隣でそれを見ていたクラインが表情を歪めるのも無理はない。皆が誘惑されかけていたから踏ん張れたが、一人の時にこの財宝の山と出会っていたらきっと似たような状態になっただろうし、さらにソレが見せかけだけだったと解った時の落胆は大きい。

 

 「―――羽虫が飛んでおる」

 

 低く、野太い声が響いた。

 

 「ぶんぶん煩わしい羽音が聞えるぞ。どぉれ、悪さをする前に、ひとつ潰してくれようか」

 

 ズシン、ズシンと床が震える。もしかしたら床を踏み抜き、壁や天井を崩落させかねないと思える程に重量を感じさせる音を響かせながら、広大な部屋の奥の暗闇より何者かがゆっくりと姿を現した。

 

 (デケェ……!)

 

 今まで倒してきた巨人型邪神を裕に超える程の巨体は、足元から見上げるオレ達の視界では首から上が遠近エフェクトによって輪郭しか分からない。手足に分厚そうな毛皮を巻きつけ、腰回りを巨人サイズの板金鎧で包んでこそいるが、上半身―――首から腹にかけては簡素な布一枚を身に着けているだけで殆ど裸に近い。とはいえ鉛のように鈍い青色の肌は見るからに硬そうで、幾らか前に倒した金と黒のミノタウロス型邪神達なんて目じゃない程に鍛え上げられた筋肉はそれそのものが鎧だといわんばかりだ。

 

 「ふっふっ……アルヴヘイムの小さき羽虫どもが、ウルズに唆されてこんな所まで潜り込んできたか。どうだ、いと小さき者どもよ。あの女の居場所を教えれば、この部屋の黄金を持てるだけくれてやるぞ、ンン?」

 

 巨人がこちらを見下ろす顔を少しばかり近づけた為か、僅かな時間だが顔がはっきりと見えた。豪華な冠が煌く下で冷たく光る双眸と、明らかな侮蔑を含んだ笑み。そして今の言い回しやセリフから、オレ達全員がコイツこそが霜の巨人の王スリュムであると確信した。

 

 「―――へっ、武士は食わねど高笑いってなぁ!おれ様がンな安っぽい誘いにホイホイ引っかかって堪るかよォ!!」

 

 威勢の良い啖呵を切ったクラインに異を唱える者はおらず、全員が一斉にスリュムに向けて己が得物を構える。ウルズに頼まれたとはいえ、元々オレ達の目的はこの先にある聖剣エクスキャリバーだ。それを手に入れる障害たる霜の巨人の王の甘言を聞くつもりなど毛頭無い。

 伝説級武具(レジェンダリーウェポン)こそ無いが、オレ達の装備はいずれもハルとリズ渾身の傑作や固有名称付きの古代級武具(エンシェントウェポン)で固められている。この氷の城が高難易度ダンジョンであり、その主であろうスリュムの強さが如何ほどであったとしても……オレ達の武器が通用しない事は無い筈だ。もっとも、そのスリュムからすれば羽虫に過ぎないオレ達の剣など、どうあっても脅威と感じていないからこそ、不敵な笑みを浮かべているのだろうが。

 霜の巨人の王の目がぐるりとオレ達を見回して、とある一点で止まった。

 

 「ほう、そこにいるのはフレイヤ殿ではないか。檻から出てきたという事は、儂の花嫁となる決心がついたと見てよいのかな、ンン?」

 

 「は、花嫁だぁ!?」

 

 「本当ですかフレイヤさん!?」

 

 素っ頓狂な声を上げるクラインとセイを嘲笑うように、スリュムが身を震わせる。

 

 「ふっふっ……その娘は我が花嫁としてこの城に輿入れしたのよ。だが宴の前の晩に儂の宝物庫を嗅ぎまわろうとしたのでな、仕置きとしてあの檻に入れておいたのだ」

 

 「……ねぇクロト、この感じだとフレイヤさんが裏切るって事無いんじゃない?」

 

 「特別な支援(バフ)くれたし、そうかもな」

 

 隣にいたフィリアの囁きに答えると、結果的にはフレイヤを助けるルートを選んだセイの判断は正しかったかもしれないという所で彼女についての思考を打ち切った。

 

 「誰がお前の妻になど!かくなる上は妖精の皆さまと共にお前を倒し、奪われたものを取り戻すまで!!」

 

 「流石はその美貌と武勇を九界の果てまで轟かすフレイヤ殿。だが気高き花ほど手折る時は興深いというもの、羽虫どもを潰した後に―――念入りに、愛でてくれようぞ」

 

 ALOの対象年齢的に少々アウトな気がしそうなセリフと共に、高笑いするスリュムのHPゲージが表示される。その数、三段。つまりここからが、この氷城最後のバトルという訳だ。

 

 「来るぞ!序盤はユイの指示をよく聞いて、ひたすら回避だ!」

 

 相棒が叫んだ直後、霜の巨人の王が右の拳をオレ達目掛けて振り下ろすのだった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 二連続で迫るスリュムの拳。タゲられた相棒はステップのみで危なげなく回避。クラインとリーファが反撃として足を斬りつけるが、ダメージは微々たるものでヤツは全く怯まない。

 

 (ダメージソースはセイとフレイヤの魔法……時間はギリギリか?)

 

 ウルズのタイムリミット的に、スリュム戦にかけられる時間は三十分程度。戦い始めてもうすぐ十分というところで、オレの火矢が一段目のHPゲージを空にした。

 

 「パターン変わるぞ!注意しろ!!」

 

 相棒の叫びに全員が頷く。さあ、次はどう来るのか?と身構えていると、リーファが切迫した表情でキリトに声を掛けるのが見えた。恐らく……いや、間違いなくタイムリミットについてだろう。それも悪い方向で。ならば防御よりも攻撃を優先するべきかと問われれば、即答はできない。スリュムの攻撃はどれも直撃すれば良くて瀕死、そうでなければ即死になる程の高火力を誇っていて、防御や回避を重視した現状でも綱渡りなのだ。安易に攻撃重視に切り替えて前衛が崩壊、なんて事になる危険は大きい。

 そういったオレ達の迷いをあざ笑うかのように、スリュムは突如体を大きく息を吸い込みながら仰け反らせ、分厚い胸板を膨らませる。しかも吸い込む勢いが尋常ではなく、前衛どころか中衛まで引き寄せられていく。

 

 「全員防御姿勢!」

 

 「サクラ、アスナ、全体回復の準備しとけ!前線が崩壊するぞ!」

 

 ギリギリ吸い込みの影響を受けていない後衛―――オレ、シノン、アスナ、サクラ、セイに、NPCのフレイヤだけで、ブレス後に相棒達が立て直すまでの時間を稼ぐ必要がある。音楽妖精(プーカ)の固有スキルである歌にはステータスアップのものだけでなくHP回復を早める効果の歌がある。今までは一通り支援(バフ)を維持していたが、今はキリト達のHP回復を早める事が優先だ。それが分かっている二人は返事の代わりに魔法と歌の準備をする。

 

 「セイも攻撃は少し控えろ!タゲはオレが取っておく。その間に立て直せ!!」

 

 「は、はい!」

 

 セイが返事をした直後、たっぷり息を吸い込んだスリュムから特大のブレスが放たれる。視界を遮る程に巨大なソレが相棒達を瞬く間に飲み込み、彼らが受けていた支援(バフ)をかき消して氷のオブジェへと強制的に変えさせた。

 

 「―――ぬううぅぅんん!!」

 

 ブレスを吐き出しきった後もスリュムの攻撃は止まらず、自らの巨躯を支える脚を大きく振り上げ、一際大きな地響きを起こす。その振動がブレスによって地面と無理矢理一体化させられていた相棒達の氷を砕き、彼らのHPゲージが一気に赤一色に染まった。

 

 「死亡ゼロです!!」

 

 セイの叫び呼応するようにサクラとアスナによる回復が始まる。だがHPがほぼ空に近い状態になった前衛・中衛を回復させるには数十秒が必要であり、スリュムにはそれを待つ義理も理由も無い。故に―――

 

 (ここだ!)

 

 発動直前で留めておいた『エクスプロード・アロー』をヤツの顔面に放つ。オーソドックスに弱点と設定されてあったのか思いの外HPが減り、霜の巨人の王と目が合った。

 

 「後、頼んだ」

 

 技の硬直が解けるや否や、仲間に一言残して駆け出す。その最中クイックチェンジで武器を弓から短剣に変更する。デカブツとのインファイトならば、片手は開けておきたいからな。

 中衛、前衛の横を通り過ぎる際に左手の親指を立てる。それだけで相棒は分かってくれる。

 

 「全員焦らずHPを全快にしろ!クロトなら三十秒は堅い!シノンは援護を!もう二十秒は伸ばしてくれ!アスナ、サクラ、さっきのブレスで支援(バフ)が剝がされた、張り直し頼む!」

 

 「「「了解!!」」」

 

 背中に聞こえるキリトの指示に、皆がそろって応える。それにしても、パターンが変わったばかりのボスのタゲを三十秒……シノンの援護込みで五十秒か。

 

 (いいぜ、その信頼に応えんのが相棒だろ!)

 

 論理的な根拠?そんな物は無い。だが相棒がオレならできると信じてくれた。彼が信じたものを、オレも信じる。可能だって言える自信はそれだけで充分だ。

 接近するオレを叩き潰すべく、スリュムが拳を振り下ろす。先程までは二連撃だったパンチ攻撃だが、今はどう来る?何が変わった?ヤツの目は何処を見ている?

 

 (二撃目のタイミングか!)

 

 HPゲージが一段目の時と比べて、二撃目の発生が一拍だけ遅い。キリト達と同じタイミングで躱そうとしていれば、丁度回避した先に二撃目がモロに入る。幸い二撃目の拳が顔の近くで待機していたので、視線を追うべく注視していた視界に映ってくれていた。巨大な拳の二連撃を躱した所でオレはすぐさまスリュムの左腕に取り付き、短剣を突き立てる。ヤツにとっては微々たるダメージだが、タゲを維持するには充分だ。

 

 「羽虫めぇ!」

 

 すぐさま巨人が右手で摘まみ上げようとしてくるが、それを避けながら上腕、肩へと駆け上がる。腕ごとぶっ叩いてきたらヤバかったが、スリュムも自分で自分を攻撃するのは躊躇ったようだ。肩から首の後ろ、背中へと短剣で時々斬りつけながら移動し、翻弄する。霜の巨人の王が身に纏う衣服は簡素で布地が少ないが、隆々とした筋肉が充分な凹凸を生み出しているので足場や掴む場所には困らない。

 

 「あら、よっとぉ!」

 

 スリュムの視界に映らぬように注意を払い、取り付いた状態を維持する。ゼロ距離であれば、相手は巨体が災いして殆どの攻撃手段が封じられるのだ。中途半端に距離を取った方がずっと危うい。とはいえスリュムがこの場で床をのたうち回る等の行動に移った場合は、離れなければ巨体に押しつぶされてHP全損のがオチだ。

 

 「ええい、小賢しい羽虫がぁぁ!」

 

 そろそろか、と思った矢先に巨人の両脚が力むのが分かった。オレを排除する為に体を大きく動かす兆候だ。

 

 「離れなさい!―――跳ぶわ(・・・)!!」

 

 立ったまま体を振り回す程度ならしがみついて堪えるつもりだったが、シノンの警告を聞いた瞬間に巌のように硬いスリュムの背中から飛び退いた。次いでヤツはダメージ覚悟で背中から床に激突し、部屋どころか城全体を揺らしたと錯覚する規模の地響きを引き起こす。

 

 (しまった!?これじゃ全員動けねぇ……!)

 

 詠唱途中の魔法が失敗(ファンブル)したような様子は聞こえ無いが、恐らく立っていたキリト達は軒並み体勢を崩して身動きが取れないだろう。オレも激しく揺れる床ではまともに着地する事が叶わず、ダメージを受けつつ転がるハメになった。急いで身を起こす頃にはスリュムは立ち上がっており、オレを踏み潰すべく悠々と足を振り上げていた。

 振り下ろされる直前、ヤツの後頭部で爆発が起こりスリュムがよろける。

 

 「立ちなさい!早く!」

 

 「分かってらぁ!!」

 

 恐らくはスリュムの特大地響きに対して何かしら対策をとったらしいシノンの叱咤に叫び返すと、今度は彼女を狙い始めたスリュムの脚にソードスキルを放つ。無論その程度ではタゲを取る事は叶わず、巨人は水色髪の弓使いに向けてその剛腕を振るう。一手、いや二手ならばシノンでも捌けるだろうが、それ以上は無理だ。というか、キリト達はどうなっているんだ?

 

 「おい、そっちどうなってんだ!まだ掛かるのか!?」

 

 視線をスリュムから外さずに叫ぶも、返答が無い。もう一分以上は経った筈だ。先程の地震があったとはいえ、立て直しには充分な時間を稼げたんじゃないのか?現に視界の端に表示されているHPゲージは全快し、消えた支援(バフ)も丁寧に張り直してあるっていうのに……あるいはステータス以外の所で何かトラブルが―――

 

 「―――(みなぎ)るぅぅぅうううう!!!」

 

 ……は?今、明らかにオッサンと呼べる人のものであろう野太い声が轟いたのだが。咄嗟にその発生源へと目を向け……呆然としてしまった。

 視界に映ったのは眩い雷を放ちながら、屈めた体が巨大化していく誰かの後ろ姿。元々は華奢で丸みを帯びていた筈の四肢が瞬く間に膨張し、見るからに硬そうな筋肉の凹凸が明確になっていく。最後に一際眩い光を放った後、そこにはスリュムと同等の筋骨隆々とした巨躯を誇り、ひっじょーに豊かなオヒゲをした……ナイスミドルが。

 

 「ぬぅぅん……卑劣な巨人め!我が宝ミョルニルを盗んだ報い、今こそ贖ってもらおうぞ!!」

 

 「ミョル(・・・)……ニル(・・)……?」

 

 聞き覚えのある固有名称に、思わず視線をHPゲージを見る。北欧神話に登場し、多くのゲームで最強クラスのハンマーに与えられるミョルニルの持ち主と言えば。

 

 ―――ゲストとして追加されていたHPゲージの名称はFreyja(フレイヤ)ではなくThor(トール)

 

 オレ達がフレイヤと判断していた者の正体はかの雷神トールだったのだ。




 気づいたら去年はたった三話しか書いてなかった……今年はちゃんと書けるようにしたいなぁ(願望)

 去年の話ですが、スケルツォに蒼穹のファンファーレ、めっちゃよかったです。ファンファーレはyoutubeで何度も聞いています。


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百十五話 雷槌と聖剣

 お久しぶりです

 仕事で一カ月近く離れると書き方ど忘れして全然進まないですね……

 直近の癒しというかリフレッシュ要因がグリッドマンユニバースでした。アニメだけ追ってたけど期待以上に胸熱でした。特撮版まで網羅している人はもっと楽しめたんでしょうね。


 クロト サイド

 

 フレイヤがトールだった。その事実に誰もが驚く中、最初に反応したのは―――騙された本人たるスリュム。

 

 「小汚い神めぇ!よくも儂を謀ってくれたな!!」

 

 ヤツの手にはいつの間にか氷の戦斧が握られており、ソレを猛然と振り上げて雷神へ突進していく。

 

 「その面切り離して、アースガルズに送り返してくれようぞ!!」

 

 巨大な槌と斧が激しくぶつかり合い、部屋が軋むと錯覚する程の衝撃が発生する。客観的に掛け値なしの美女だったフレイヤがゴリマッチョ化する等という想定外なイベントの精神的ショックはあまりにも大きく、ボス戦の最中で誰も彼もが呆然と突っ立ってしまった。そんなオレ達そっちのけで繰り広げられる巨人スケールの戦いは余波も凄まじく、うっかり当たればこちらのHPなぞ一撃で消し飛ばされそうだった。

 

 ―――もうコレ、オレ達いらなくね?

 

 などと思考が現実逃避しかけた時、シノンが声を張り上げた。

 

 「トールがタゲ取っている間に、全員で攻撃しよう!」

 

 「っ……ああ、全力攻撃(フルアタック)!大技のソードスキルも遠慮無く使ってくれ!!」

 

 すぐさま相棒が指示を出すと、オレ達はようやく我に帰って走り出すが、オレ一人が少々出遅れてしまった。戦闘中に呆けるなど、アインクラッドにいた頃なら絶対にしなかった筈だ。

 

 (まだ、あの時ほどの本気になれてなかったか……)

 

 二刀を構えて霜の巨人へ肉薄する背中を追いかけながら、内心で歯嚙みする。ザザのようなSAO当時の相手がいなければ、全盛期の自分を完全には引き出せないでいるのが悔しい。

 

 「―――!」

 

 セイの大魔法によって生じた特大の爆炎が、トールへ攻勢を仕掛けていたスリュムを飲み込む。堪らずたたらを踏んだ巨人へ、最初にたどり着いたのはクラインだった。

 

 「フレイヤさああぁぁん!」

 

 煩悩が籠った悲痛な叫びと共に彼の目元で何か光った気がしたが、繰り出された技の冴えは変わらない。業火を纏った刀が大上段から振り下ろされ、巨大な脚を大きく斬り裂く。他の皆も次々に己が得物をスリュムの両脚へと叩き込んでいき、遅れながらオレもそこに加わる。色とりどりのライトエフェクトが煌く乱舞に、後衛に徹していたサクラとアスナまで参戦すると、ついにその巨躯を支えきれなくなった霜の巨人が片膝をついた。

 

 「ここだ!」

 

 全員が正念場だと理解し、出し惜しみ無しで最大ダメージを狙える大技を繰り出していく。その中で一際輝くのはやはりキリトのスキルコネクトだ。金ミノタウロス相手に使用した二刀による連携が、絶え間なくスリュムを斬り裂いていく。

 

 (オレだって……!)

 

 相棒といえど、キリトにばかり活躍させるのは悔しい。彼に負けじと巨人の背中を駆け上り、無防備な首の後ろへと『アクセルレイド』の九連撃を叩き込む。

 

 「ぐ、むぅ……!」

 

 皆の猛ラッシュが効いたのか、スリュムは立ち上がる事叶わず四つん這いになる。

 

 「地の底に還るがよい!巨人の王!!」

 

 丁度頭を差し出すような姿勢になった所を、雷神は見逃さなかった。トドメとばかりに渾身の力で振り下ろされたミョルニルがスリュムの頭を床へと叩きつけ、彼の王冠を破壊しながらHPゲージを消し飛ばした。その様子を取り付いた巨躯から飛び降りている途中で見届け、仲間の傍に着地する。

 

 「ふっふっふ……今は勝ち誇るがよい、羽虫どもよ」

 

 HPを失いつつもポリゴン片に変わらないどころか氷結していきながら、スリュムは低い笑い声を漏らす。

 

 「だがな、アース神族に気を許すと痛い目を見るぞ……彼奴らこそが真の、しん」

 

 そこから先は続かなかった。意味深な事を言うスリュムのセリフを遮るように、半ばまで氷結していた彼の頭蓋をトールが踏み潰したからだ。その直後に霜の巨人の王は大量のポリゴン片へと爆散し、消えてしまった。

 

 「やれやれ……礼を言うぞ、妖精達よ。これで余も宝を奪われた恥辱をそそぐ事ができた。どれ、褒美をやらねばな」

 

 遥かな高さからそう告げたトールがミョルニルに左手をかざすと、装飾として取り付けられていた宝石の一つが音も無く外れ、光り―――

 

 「え、わわ!?」

 

 ―――プレイヤーサイズの黄金のハンマーとなってセイの手元に落ちてきた。

 

 「雷鎚(らいつい)ミョルニル、正しき戦に使うがよい。では、さらばだ!」

 

 ほぼ間違いなく伝説武器(レジェンダリーウェポン)であろう代物をポンと授けた雷神は、オレ達が目を白黒させている間に閃光を放って去ってしまった。その後静かにトールの離脱とスリュム戦のリザルトを知らせる通知が表示され、ようやくこの城のボス戦が終わったのだと理解する。

 

 「……何はともあれ、伝説武器(レジェンダリーウェポン)ゲットおめでとう」

 

 「う、うん。ありがとう兄さん……でも、嬉しさより畏れ多いって気持ちがおっきいや……」

 

 「何いってんの。あの時のセイのおかげで勝てたんだし、もっと誇っていいと思うよーお姉ちゃんは」

 

 兄と姉に労われたセイが、照れくさそうに頭をかく。普段大人びている分、こういった時の彼は何だか見守りたくなる衝動にかられる。その証拠に全員が穏やかな眼差しでセイを見つめ、彼が伝説武器(レジェンダリーウェポン)を手にした事を僻んだり羨ましがったりする者は誰もいない。

 

 「うぅ~~っもう!皆してそんな目しないでください!何だか恥ずかしいですからぁ!!」

 

 赤面しだしたセイが叫ぶと、和やかな笑いが広がった。

 

 ―――瞬間、激しい揺れがオレ達を襲った。

 

 驚きから叫び声や悲鳴を上げながら全員が姿勢を低くすると、何かに気づいたシノンが声を張り上げた

 

 「う、動いている!?いや、浮いてるわ!!」

 

 「っ、お兄ちゃん!クエストまだ続いてる!」

 

 反射的にメダリオンを確認したリーファの声に、オレ達は一瞬凍り付く。この城の主たるスリュムを倒した筈なのに、何故クエストが続いて―――

 

 ―――妖精たちよ、スリュムヘイムに侵入し、エクスキャリバーを要の台座より引き抜いてください

 

 「エクスキャリバーだ!ウルズはエクスキャリバーを引き抜いてくれって言ってただろ!スリュムを倒せとは一言も言ってねぇ!!」

 

 クエストを受ける際にあの女王が最後に告げたセリフを思い出して叫ぶと、全員が合点がいったとばかりに表情を引き締める。

 

 「パパ、皆さん、玉座の後ろに下り階段が生成されています!」

 

 ユイの声を聞いた瞬間、一斉に玉座へと走り出す。巨人サイズの玉座はちょっとした小屋ぐらいの大きさを誇り、全力でその裏へと回り込む。するとプレイヤーサイズの長方形の穴が床に空いているのが見つかり、そこに下り階段が確認できた。揺れも先程よりかは大人しくなっているので、今のうちに駆け降りるべきだろう。

 躊躇わずに飛び込んだ相棒を先頭に、オレ達も足を止めずに階段を駆け下りていく。恐らくエクスキャリバーに断ち斬られたであろう世界樹の根を囲うように設けられた螺旋階段を可能な限り素早く駆け下りていく最中、リーファが思い出したように叫ぶ。

 

 「あのね、確か本当の北欧神話だと。スリュムヘイム城の主人はスリュムじゃないの!」

 

 「えぇ!?同じ名前を冠しているのにですか!?」

 

 「あー!あたしも思い出した!スィアチよスィアチ!!本当の主っていうのは!」

 

 スリュムがこの城のラスボスだと信じていた者を代表してシリカが仰天すると、フィリアも声を張り上げて応じる。

 

 「それって例のスローター系クエのNPCの名前だったよね!?夏休みの時みたいに依頼主が本当の敵ってパターンなの!?」

 

 アイテムの買い出しの際に情報を集めていたサクラの言葉に、彼女と同行していたアスナも同調するように頷く。すると先頭を走る相棒の頭上から、ユイが外部ネットで検索したのか補足説明してくれた。

 

 「はい。神話に於いて、ウルズさんが言っていた黄金の林檎を欲していたのはスィアチであってスリュムではありません。そして例のスローター系クエストを出しているNPCは大公スィアチと名乗っていて、提示された報酬がエクスキャリバーという根拠もクエストを受注したプレイヤーには画像データを示して『これを報酬とする』、との事だそうです」

 

 「エクスキャリバーの見た目だけなら、公式サイトで表示されてっからなぁ……んで、偽剣カリバーンってのがモノホンとそっくりな見た目だっつうウルズさんの言葉を信じるなら……」

 

 「僕達プレイヤーの勘違い、って強弁できますよね!ほぼ詐欺ですけど!!」

 

 「全くよ!『エクスキャリバーあげる』って明言してないのがあくどい!」

 

 商人として客の信用を重んじる二名がクラインの言葉に憤慨して拳を振り上げる。嘘を言わない事と、騙そうとしない事はイコールで繋がらない。という事をNPCがしてくるなんて、クエスト進行の影響で敵対でもしなければ普通はありえない。ゲームである以上、敵でもないNPCがプレイヤーに不利益を被らせるのが当たり前になれば即クソゲー認定されるだけで運営側にメリットが無い筈だ……それこそ世のプレイヤーを屠る目的の死にゲーオブ死にゲーや、マゾい仕様を売りにでもしていない限りは……多分。

 

 「皆、出口だ!」

 

 螺旋階段を下りきった先は、氷を正八面体にくり抜いた空間―――玄室だった。キリトに続いて皆が部屋の床を踏みしめると、殆ど目と鼻の先に突き立てられた黄金の剣に目を奪われる。

 精緻な文字が彫られた鋭い刀身が突き立つ先には氷の立方体が鎮座しており、透けて見えた先では世界樹の根が綺麗さっぱりと断ち切られていた。間違いなくこれこそがウルズの言っていた要の台座であり、ここから黄金の剣エクスキャリバーを引き抜く事こそが彼女の真の依頼だ。

 

 「……ッ」

 

 全ALOプレイヤーが一度は手にする事を夢見たであろう最高峰の剣を前に、息を吞んだのは誰だったか。きっと、実物を目の前にした全員だろう。だが、この場で誰が最初にこの剣に触れるべきかと言えば―――

 

 「キリト」

 

 ―――今回リーダーを務めた、相棒がふさわしいだろう。

 

 「クロト、皆……おう!」

 

 黒衣の背を軽く叩けば、ハッとしたように振り返る彼が驚いたのは一瞬で、アスナ達を見て表情を引き締める。台座の前に立ち、黒革を編み込んだ柄を静かに握ると、彼は力いっぱいエクスキャリバーを引き抜こうとした。

 

 「ぐ……お、ぉ……!」

 

 しかし相棒の全力をもってしても、黄金の剣は微動だにしなかった。一瞬手伝うべきかと思ったが、この手の展開では一人でやるのがお約束というか、直接手を貸す事が野暮だと考え踏みとどまる。

 

 「がんばれ、キリト君!」

 

 「パパ、頑張って!」

 

 「お兄ちゃんファイト!」

 

 「兄さんならできるよ!」

 

 手伝えないならば声援を。すぐさまそれを選んだアスナ達に続いてリズ、シリカ、シノンも思い思いの応援を送る。

 

 「ほらもうちょっと!」

 

 「あと少しですよ!」

 

 「根性見せて!」

 

 ―――剣が僅かに震え、台座に一筋の亀裂が走る。

 

 彼自身は剣を引き抜こうと唸るばかりだが、皆の期待に応えるべく力を籠め続けるのをやめはしない。

 

 「ちょっと動いたよ!」

 

 「そうだ、気張れキリの字ぃ!」

 

 「諦めないで!」

 

 台座の変化に気づいたフィリア、クライン、サクラが声を張り上げるが、剣は未だ抜けない。

 

 「信じろ!お前ならできるってオレが……オレ達が信じたお前を、お前も信じろ!!」

 

 「うぉ……ぉぉぉおおおお!!」

 

 ―――突如台座が割れ砕け、そこから眩い光が迸る。

 

 エクスキャリバーを放さぬままキリトは勢い余って背中から倒れ込むが、すぐさまアスナが抱き留める。しかし一人では流石に無理があったのか、彼女ともども横たわる事は避けられなかった。

 

 「いたた……アスナ、ごめん。無事か?」

 

 「うん、大丈夫。それよりお疲れ様、キリト君」

 

 リーファやリズの手で助け起こされた二人が互いを労わりあうと、今度こそクエストが完了したんだとオレ達に弛緩した空気が広がっていく。

 

 「パパ!」

 

 ユイが何かを指さして叫んだのと同時に、玄室全体が揺れた。何だと彼女の指先に目を向けると、先程までは決して幅広とは言えないエクスキャリバーの刀身で遮れる程度の太さしかなかった筈の根が急速に太く、長く膨張……いや成長していた。それも自分を閉じ込めていた氷を一切の情け容赦無く砕きながら。

 

 「崩れるぞ!階段に―――」

 

 「―――もう根っこが壊しちゃったよ!」

 

 急いで脱出を促そうとしたが、帰り道が無くなったとサクラが首を振る。

 

 (マジかよ……)

 

 やり切った、と思ったらまだ続きがあった。これが二回も続くとは……。聖剣獲得にはもうひと波乱ありそうだな、とどこか達観した思考がぼんやり浮かぶのだった。




 最近、「映画版のプログレにクロト達が居たらどうなるかなぁ」とか、「アインクラッド編のラフィン・コフィン討伐戦後、一度逃げたクロトがキリトの手を取っていたら……」なんてもしも、な展開を妄想してしまう事が(汗)
 今書いているのを進めろよって話ですけど。


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百十六話 脱出

 前話からもう一カ月も経ったってマジですか……




 クロト サイド

 

 「―――クラインさんの、ばかぁぁぁ!!」

 

 落下する玄室だった残骸に掴まるなか、シリカの本気の罵倒が響き渡る。聖剣エクスキャリバーが引き抜かれ急成長した世界樹の根がオレ達の帰り道たる階段を破壊し、それならばとクラインが根の中でも動きの穏やかな部分へ渾身のジャンプ敢行して……失敗した。その際に彼が不時着した衝撃のせい―――皆は後々までそう信じた―――で辛うじて形を保っていた壁が崩れ、玄室は一足先ににスリュムヘイムから切り離されて自由落下を始めたのだ。

 フルダイブにおける高所落下、それも抗う手段が無い状態というのはかなり肝が冷える。ALOでは日頃多数のプレイヤーが空を駆け回るが、それは頼もしい翅があるからこそであり、このヨツンヘイムではそれも封じられている。

 

 (まぁ、しゃーないか……デスペナは幾らかあるだろうけど、オレ達だけなら死に戻りで済むだろうし……あ)

 

 皆が悲鳴を上げて騒ぐ中、一人だけ冷静になってしまう自分のズレた所を実感しながら、ある事に気づいたオレはリーファに尋ねる。

 

 「おーい!メダリオンは!?スロータークエには間に合ったのか!?」

 

 「あ……ま、間に合った!間に合ったよ!」

 

 胸元にしまい込んでいたメダリオンを確認し安堵した彼女は、そのまま隣にいた兄へと飛びついた。キリトも喜ぶ様子の妹を受け止めるが、その一方で抱えていたエクスキャリバーを手放さないあたりはゲーマーとしての(さが)といったところか。

 周囲にはスリュムヘイムの残骸と思しき氷塊どうしがぶつかり合い、より小さな氷塊となっていくが、トンキー達の仲間が全滅せずに済んだ事で全員が落ち着きを取り戻す。

 

 「じゃあ、私達の犠牲は無駄じゃないって事ね。あの大穴の下がどうなっているのかは気になるけど」

 

 「うーん、ウルズさんの言っていたニブルヘイムに通じているんじゃないかな?私達がその景色を見る事は多分無理だと思うけど」

 

 「だよねー。どうせならどんなお宝があるか見たかったなー」

 

 シノンが呟くと隣にいたアスナが苦笑し、さらにフィリアがぼやく。こんな時でも未知の領域にあるであろうアイテムが気になるのはフィリアらしいといえばらしいな。

 

 「間違いなく寒い……よね?」

 

 「だろーな。なんたって霜巨人の故郷って話だし」

 

 先に落ちていく氷塊たちを眺めながら訪ねてきたサクラの肩を軽く叩くと、だよねーと呟きながらもこちらに身を寄せてくる。そんな彼女を抱きしめたくなるが、皆がいる手前なのでグッと我慢して手を重ねるのに留める。

 

 「―――カァ!カァ!」

 

 「んぁ?何すんだよ?」

 

 このまま落ちるのも悪くないか、等と思っていたら、大人しく左肩に乗っていたヤタが頭をグリグリと押し付けてきた。何かを示すように片方の翼だけバサバサと動かすのでそちらに目を向けると、瓦礫よりも遠い所で何かが動いているのが見えた。

 

 ―――くぅぅぅー……ん…………くおぉぉぉー……ん

 

 特徴的な鳴き声が聞こえた気がした。そして遠くで動く何かはこちらへと接近してきており、水母と象の頭が合わさった、ほんの数時間前に見たばかりの特徴的なシルエットが四対の羽を震わせる様が段々と鮮明に見えてきた。

 

 「ロッキー!」

 

 「トンキーも!」

 

 セイとリーファが歓声をあげると再び鳴き声が聞こえ、オレを含めた全員が「助かった」と安堵する。ヨツンヘイム内で自由に飛行できるロッキー達に乗せてもらえれば、落下死を免れる事ができるのだ。

 周囲を大小様々な氷塊が落下している為、オレ達がいる足場から五メートル程離れた所でロッキー達はホバリングするのが限界だが、こちらのアバターのスペックならば充分に跳躍可能な距離だ。

 

 「それじゃ、おっさきー!」

 

 ロッキーが手前でその奥にトンキーがいる状態なので、行きの際ロッキーに乗っていたグループが先に乗り込む必要があった。その中でフィリアが先陣を切り、危なげなく象水母型邪神の背中に飛び乗った。

 

 「次、い、行きます!」

 

 「気を付けて!」

 

 「フィリア!何かあったら受け止めてやってくれ!」

 

 現在進行形で落下中である事への震えもそのままに、セイが踏み出す。心配する姉と兄が見守る中、彼は跳躍する……のだが、助走の勢いが足りなかったのか、もう一歩といった距離で失速した。

 

 ―――くぅぅぅーん!

 

 「うわあああ!?」

 

 落ちる、と誰もが思った瞬間にロッキーが鼻を伸ばし、セイの体に巻き付けてキャッチする。そのまま背中に半ば放るように下ろすと、待機していたフィリアが何とか受け止めた。

 

 「よ、よかったぁ……」

 

 ホッと胸をなでおろすリーファ達の横で、動こうとしない野武士の姿が目に付いた。

 

 「クライン、次行けよ」

 

 「い、いやぁ……おれはちょっと―――」

 

 「―――ロッキーの鼻キャッチ(セーフティ)あるんだから、はよ行けって」

 

 恐らくは顔合わせの時からある苦手意識の影響だろう。中々飛び移ろうとしない彼の背中を強めにどつくと、少々情けない声を上げながらクラインが跳び、セイと同様に鼻キャッチされた。

 

 「サクラ、先行っててくれ」

 

 「うん、クロトも早く来てね」

 

 微笑むサクラに頷くと、彼女は迷わずロッキーへと跳んでいく。その間にチラリと横に視線を向ければ、先程からずっとエクスキャリバーを抱えたまま動かない相棒と目が合った。

 

 「キリト。確認すっけどお前、そのまま跳べるか?」

 

 「無理、重すぎる」

 

 相棒の告白に、氷塊に残った全員が息を吞む。恐らくこのメンツで最高の筋力を誇るであろう彼の腕はエクスキャリバーを抱えた状態を維持しているだけで僅かに震えており、それだけ聖剣の重量が凄まじいことを物語っていた。とはいえ彼の足元がひび割れている訳ではないので、正式に所有権を得ていないが故にプレイヤー本人にのみ課されるペナルティだろう。

 

 「どーすんのよ!?せっかくゲットしたのに捨てなきゃダメって事?」

 

 リズの叫びに皆同意するように表情を歪めるが、オレは首を横に振った。

 

 「オレが『リトリーブ・アロー』で回収する。狙いやすいように残しといてくれ」

 

 抱えたまま跳べないのなら、抱えなければいいだけだ。意図を理解した相棒が喜色の笑みを浮かべた所で、オレはロッキーへと跳躍。

 

 「ロッキー!トンキーに換わって!!」

 

 セイの呼びかけに応え、ロッキーとトンキーの位置が入れ替わると、アスナ達が順次トンキーの背中に飛び乗っていく。最後に残った相棒が足場の氷塊にエクスキャリバーを軽く突き立ててから飛び移るのを確認して、オレは弓矢を構える。

 

 「クロト?」

 

 「ちょいと手助けってトコ」

 

 訝しむサクラに微笑を返してスペルを詠唱すると、その間にこちらの射線を確保する為かトンキーが横にずれてくれた。

 慌てず確実に狙いを定め、『リトリーブ・アロー』の効果を得た矢を放つ。この魔法は種族共通(コモン)スペルに分類され、使用すると矢に粘着性・伸縮性の高い糸を纏わせる。粘着性は(やじり)まで効果がある為、遠くにあるオブジェクトに矢を当てて手繰り寄せる事が可能なのだ。こうやってエクスキャリバーを回収するみたいにな。

 ほんの十メートル前後の距離を外す訳が無く、矢は黄金の剣に命中する。

 

 「よし。後は引っ張る、だけだ!」

 

 気合一発とばかりに手元の糸を引っ張ると、ずっしりとした手応えが返ってきた。それに負けぬように力いっぱい引けば、氷塊から引き抜かれた聖剣がこちらにやってくる。

 

 ―――最悪のタイミングで降ってきた氷城(スリュムヘイム)の残骸の群れが、容赦なく聖剣を飲み込んだ。

 

 「「あっ……ああぁぁー!!!」」

 

 手元に残ったのは途中で千切れた糸のみで、それもすぐに消えた。その事実を認識した瞬間、オレとトンキーに乗った相棒の双方が揃って悲鳴を上げてしまった。そりゃねぇだろ!!と慌ててロッキーから身を乗り出して見回すと、オレ達よりもかなり下方で黄金色に光る点があった。

 

 「ダメだ、狙えねぇ……!」

 

 目測で百五十メートル前後だが、残骸に当たった影響かエクスキャリバーが落下する速度が速く時間が過ぎる程にオレ達から離れている。『リトリーブ・アロー』を受けた矢はシステムアシストの恩恵が無くなり重力や風等の影響を受ける為、オレでは遠すぎて当てられない。

 

 ―――諦めるしか……ないのか?

 

 手に入ったと思えた物を取りこぼしたのは悔しいが、だからと言って今のオレにできる事はもうない。奥歯を噛み締めていると、落ちていく聖剣へと何かが伸びていくのが見えた。ハッとしてその元をたどっていくと、シノンがトンキーの背からオレと同じ要領で矢を放っていた。

 数秒間その姿を呆然と見ていると、再び相棒と目が合った。

 

 ―――お前できる?

 

 ―――スマン、無理。

 

 一瞬の交差で、オレ達の考えは共有された。もう一度エクスキャリバーの方を見れば、既に距離は二百メートル程にまでなっており、いくらスナイパーたるシノンであっても当たるかどうか―――

 

 ―――当たった。

 

 今度は他の氷塊に邪魔される事無く、聖剣は真っ直ぐに引き寄せられる。黄金色の点だったソレがぐんぐん近づいて剣の形がはっきりと視認できるようになると、そのまま猫妖精(ケットシー)の狙撃手の手に収まった。

 

 「……え、マジ?」

 

 呆然とするしかなかった。いかにGGOで千メートル以上の狙撃を得意とするといっても、それは相応の射程を誇る武器(へカートⅡ)あっての事。だというのにシステムアシスト込みの射程が百メートルにも満たないロングボウで、二百メートル前後の射撃を成功させたのには驚愕するしかない。

 

 「「し……し……シノンさん、マジかっけぇーー!!」」

 

 トンキー側からの絶叫で我に帰ると、キリト達からの賞賛を受けて耳と尻尾を上下に揺らすシノンの後ろ姿が映る。そのまま一言二言ほど相棒と言葉を交わすと、手にした聖剣の重さの所為か彼女がよろめいた。無論目の前でそんな事があれば咄嗟に支えるのがキリトの人柄の良さであり、好意を持たれやすい要因なのだが……ってオイ、シノンの奴ちゃっかりもたれ掛ってやがる。上手い具合にキリトの腕の中に納まるように図ったなアイツ。

 

 「あー……あれ、兄さんに甘えてるんでしょうか」

 

 「クロトの尻拭いした分の役得って感じ?ちゃっかりしてるよねー」

 

 「……」

 

 背中から刺さるフィリアの言葉にぐうの音も出ない。あの剣を一度取りこぼしてしまったのは事実だし、オレにはリカバリーの手段も無かったのだから。

 まぁ、後で彼女には礼を言っておこう。今回の事を借りとして後日スキル上げに付き合うのも吝かではないかと考えていると、キリトにエクスキャリバーを渡し終えた狙撃手が―――

 

 「―――フッ……」

 

 勝ち誇った笑みを浮かべてやがったよコンチクショウ!その上でハッカ草の茎を咥えて悠々と一服する様を見せつけてくるものだから、明らかにオレに対してマウントを取って煽っている。

 

 「ッ!あん……にゃろ……!」

 

 「まあまあ、落ち着いてって」

 

 ぐぬぬ、と歯軋りしていると後ろから抱きしめてきたサクラに宥められる。

 

 「ほーら、ロッキー達の仲間は生きているし、エクスキャリバーだってゲットできたんだから。ね?文句ないでしょ」

 

 「……そう、だな……ふぅ」

 

 深呼吸を一つして、高ぶっていた感情を鎮める。サクラの言う通りオレ達は女王ウルズからの依頼を完遂し、彼女の眷属を……さらには地上のアルンを守った上で、雷槌ミョルニルと聖剣エクスキャリバーまで手に入れたのだ。充分に誇れる戦果だろう。

 ひときわ派手な破砕音が轟く。つられてそちらに目を向けると、ヨツンヘイムの天蓋で原型を保っていたスリュムヘイム城の残りがついに瓦解した。驚いた事に見えていた逆ピラミッド部分と同等の構造物が天蓋の中に埋まっていた。オレ達が冒険するエリアに天井内に埋まっていた部分が含まれていなくて本当に助かった。

 

 「あぁ……お宝がぁ……下の所だけでも、多分三割くらいしか探索してなかったのにぃ~」

 

 「ゼイタクだよなぁ……あんなガッツリ作ってあったダンジョンが一回こっきりで終わりだなんてよぉ」

 

 「こうなるって最初から分かっていれば、もっと早くからチャレンジしていたんでしょうけど……そもそもエクスキャリバーが見つからないだろうってタカをくくってましたから……」

 

 時間が無いから、と探索を諦めた範囲で眠っていたであろうレアアイテムが失われた事をフィリアが嘆くと、クラインとセイがそれに同調する。釣り落した魚は大きい、なんて諺があるくらいだし、あの城の中をくまなく探せば伝説武器(レジェンダリーウェポン)に匹敵する超レアアイテムが手に入ったかもしれない、と考えると後ろ髪を引かれる思いになるのは共感できる。

 

 「しょうがないよ。そうやってわたし達が目先の利益を優先していたら、ウルズさんの依頼が間に合わなかったんだから」

 

 「はぁーい……」

 

 オレから身を離して振り返ったサクラが指摘すると、フィリアは若干拗ねたように唇を尖らせる。彼女がそうしたくなる心理はサクラも分かるので、苦笑して流すに留めていた。

 

 ―――くぅぅぅーん!……くおぉぉぉーん!

 

 「ロッキー?……あっ、わぁ……!」

 

 歓喜の声を上げて天に鼻を伸ばすロッキー達にどうかしたのかと身を乗り出したセイが言葉を失った。彼に続くようにオレ達もヨツンヘイムを見渡すと、上では天蓋近くで留まっていた世界樹の根がグレートボイドに向けてぐんぐん伸びており、下ではそのグレートボイドから湧き出た水が川を作りながらヨツンヘイム全土へと広がっていた。同時にこの地を冷たく閉ざしていた氷や雪が溶け、露わになった土からは凄まじい速度で新芽が芽吹き、青々とした葉を生やした樹木や芝生へと成長していく。

 

 「すげぇ……つか、あったけぇ!」

 

 「ああ。さっきまで極寒だったのが嘘みてぇだ」

 

 緑が広がるのと時を同じくして、天蓋で朧げに光るだけだった水晶が地上の太陽と遜色ないレベルにまで輝き始め、身を切るような寒さを運んでいた木枯らしもあっという間に春のそよ風のような心地よいものに変化した。

 

 ―――くぅぅぅーん!……くおぉぉぉーん!

 

 緑化したヨツンヘイムのそこかしこから、ロッキーとトンキーの同胞たる象水母型邪神が姿を現して同様に歓声を上げる。仮想のものであっても、オレ達は確かに一つの世界を……その住人を救ったのだと実感する。

 

 「僕達、やり遂げたよロッキー」

 

 感極まったセイが座り込んでロッキーの背中をさする。その目に零れそうな程の涙が溜まっている事を指摘するなんて野暮な事をする者は誰もおらず、クラインが黙ってその頭を撫でるのだった。




 十年ぶりのアーマードコア新作……めっちゃ楽しみ!

 楽しみな反面、前作のオンライン対戦ではガチ勢にボコられまくったトラウマががが……(汗)


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百十七話 宴

 大和 サイド

 

 ウルズ達の依頼を完遂し、エクスキャリバーとミョルニルを獲得したオレ達。その際クラインがウルズの妹―――スクルドに連絡先を聞き、彼女が微笑みながら手を振るという一幕があったが詳細は割愛する。

 

 「……この後、打ち上げ兼忘年会でもどう?」

 

 クエストの余韻に浸りながら零した相棒の提案に、誰もが賛同したのだった。場所についてはALO内と現実世界とで相棒は大いに悩んでいたが、今日を逃すと年内に両親が会えない事を察したユイの一声で、現実世界側―――エギルが営むダイシー・カフェに決定した。

 

 「―――で?さっきから置いてるその機械は何?」

 

 「あの親バカ(和人)と一緒に、学校の課題ってお題目で作ったモンだよ。本音はユイを現実世界で展開する方法を探す為の試作品」

 

 「へぇ……?」

 

 「おい、余計な事言うなっての。口動かす前に手を動かしてくれ。ちゃんと接続できてなかったらはったおすぞ?」

 

 「へいへーいっと」

 

 午後二時過ぎにやってきた和人達三兄弟を迎えたあと、オレは彼が持ち込んできた機材を店内に設置する作業を手伝う。この作業自体は学校で何度かやっていて慣れているし、同じく手伝っている晴人も兄の意図を知っているが故に手際よく作業を進めている。和人本人は機材と一緒に持参したノート型PCで諸々の設定やら設置を終えた機材との接続状況のチェック、加えて愛娘に所感を尋ねたりしている。彼の隣のテーブルでは勝手の分からない詩乃がそれらを興味深そうに眺めており、傍では直葉がざっくりとした解説を始めていた。

 

 「どうだ、ユイ?」

 

 「はい!ちゃんと見えますし、聞こえます。皆さんありがとうございます!」

 

 「良かった。これで後は皆が来るのを待つだけだね、兄さん」

 

 柔和に微笑む晴人を労うように和人が片手を上げ、直葉がジュースが注がれたグラスを手渡す。色合いからしてグレープジュースか?あいつ色々と兄貴そっくりに成長しているものの、ジンジャーエールを飲んでいる和人と比べると幾分か甘味の方が好みっぽいんだよな。

 

 (あー、腹へってきたなぁ……)

 

 カウンター席に座って待つ間、店主(ギルバート)が調理真っ只中である厨房から香るにおいに食欲が大いに刺激される。この店名物のスペアリブとベイクドビーンズの味を過去に知っている分、否が応でも期待値は高まり、昼食を控えめにしていた事もあって早く食わせろと胃袋が暴れ―――もとい、訴えかけてくる。

 ジンジャーエールで胃袋を誤魔化す事しばし。明日奈と桜、遼太郎、琴音、最後に里香と珪子が到着した。すぐさまテーブルには所狭しと料理が並べられ、存分に腕を振るった店主を賞賛しながらもグラスが配られる。そして未成年組にはノンアルコール、遼太郎とギルバートには本物のアルコールが用意された事で準備が整った。

 

 「―――えー、祝《聖剣エクスキャリバー》と《雷槌ミョルニル》ゲット!お疲れ2025年!って事で乾杯!!」

 

 「「かんぱーい!!」」

 

 親友の音頭に全員がグラスを掲げて応え、宴が始まる。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「―――ってぇカンジでよぉ、残った黒牛野郎をスパーン!ってなます斬りにしてやったのよ」

 

 「マジか……店の方が大事なのは変わらんが、それはそれとして行けなかったのは悔しいな。おいクロト、次からはダメ元でも絶対に一声かけてくれ。もしかしたら融通が利く時があるかもしれん」

 

 「わーったよ。レアアイテムや冒険に目が無いトコはオレらと変わんねぇよなギルバート」

 

 「ゲーマーに歳は関係ないさ。仮想世界に非日常を求め、冒険に憧れる……対等な存在だろ、おれ達は」

 

 少年の心を覗かせるセリフと共にニヤリと笑うギルバートに、オレと遼太郎は違いない、と破顔する。

 

 「さ、メシはまだたっぷりあるんだ、早く続きを聞かせてくれよ」

 

 「おうよ!牛コンビを倒した後、時間がヤバかったんでユイっぺのナビで迷路やギミックをTAばりのスピードで突っ切たんだ」

 

 「そん時の琴音が百面相しててなぁ……中々面白かったぜ」

 

 「おいおい……後で埋め合わせ必要なヤツだろそれ。というか未回収のレアアイテムが幾つあったのかって考えると惜しいな……何ユルドになったのやら」

 

 商人らしい呟きを零し、ギルバートはグラスを呷る。確かにオレ達が取りこぼし、スリュムヘイムと共に砕け散った未知のアイテム達の事を思い返すと惜しむ心は全員が持っている筈だし、一つくらいは回収できていたら……なんて夢を見るのもゲーマーの性だろうか。

 チラリと親友の方に目を向ければ、いつかのオフ会よろしく里香が騒ぎ、それにつられて周りもわちゃわちゃとしていた。場酔いってヤツだろう、多分。

 

 (いい奴ら、だよな……皆)

 

 時々自分には勿体ないと思える程に眩しい彼ら彼女らに目を細める。和人とは色々と似ている所があると皆から言われる事があるけれど。人を惹きつけ、いつの間にか皆の中心にいる親友とオレは違う。少なくともオレはあんな風に何人もの人間を巻き込む事なんてできないのだから。その分、彼と背中を預け合い肩を並べる無二の存在―――相棒の座は誰にも渡す気は無い。

 

 「もークロト!見てないで一緒にリズさん達止めてよー!」

 

 「悪い、今行くって」

 

 何の話題の果てなのか分からんが、和人の右腕に里香が、左腕には珪子が引っ付き、それを支えようと直葉が彼の背中にほぼ抱きつくような状態になっていて、明日奈の表情がいささか引きつった所で桜からヘルプ要請が入った。

 

 「よっ、いいご身分だな親友」

 

 「ニヤけた面してないで助けてくれ……真面目に動けん」

 

 「何よぅ、あたしらが邪魔って言いたいのぉ……?」

 

 里香のヤツ酔ってんなぁ……ホントに場酔いだけでここまでになるとしたら、一種の才能だろうか?

 

 「邪魔、ですか……?」

 

 里香のノリにフルスロットルで便乗したのか、珪子が上気した顔で和人を見上げる。すると彼は困った気配を滲ませながらも微笑んでしまい、彼女を拒む事ができない。

 

 「そういう所だぞ、お前。そこでハッキリ断れない結果がソレだろ」

 

 「うぐぐ……けど、悪意ゼロの相手を断れって無理だろ……」

 

 「そうかい。なら、あとは前にも誰か引っ付けばフルアーマー和人って呼んでやろうかな」

 

 「ちょ、クロト!?」

 

 後ろで桜の驚く声が聞えるが、大丈夫だと笑みを向ける。ちょっとした悪戯に近い考えを思いついたんだ。

 

 「つー訳で明日奈、ゴー」

 

 「えっ……ええぇ!?」

 

 眉間にシワが浮かびかけていた明日奈の背中を軽く叩き、和人へけしかける。彼の心の中では不動の1位を得ているのを自覚しているのだから、こういう時は目くじら立てるよりも開き直って便乗してやればいいのに。その方が見ている方も面白いし、っていうのは内緒な。

 

 「―――なら、私が行こうかしら?」

 

 「シノのんまで!?」

 

 思わぬ伏兵、詩乃の立候補に明日奈が顔を赤くしたり青くしたりするのを見た途端、我慢できず親友へと屈託の無い笑みを向け、わざとらしく尋ねてみる。

 

 「おぉっと、候補者が二人になったぜ和人……で、ご指名は?」

 

 「クロト、お前ぇ……絶対に覚えとけよぉおおおおお!!」

 

 彼の叫びを聞き流しながら、腹が痛くなるくらい大声でバカ笑いをする。

 

 ―――たまにはこんな風に羽目を外して騒ぐのもいいもんだな

 

 言ってしまったら恥ずかしい、そんな穏やかな感情を胸中に隠しながら。こんな日々が続けばいいと願うのだった。




 お待たせした上に短かった事は申し訳ございません。

 前話を投稿してから少しして、リアルの仕事がアホかってぐらい忙しくなりました。特に約半年間に受けとった資料が明らかに書き途中だけど予定日になったから送ります(笑)な感じのやつばかりで、
 ・枚数が多いクセに精度が劣悪
 ・不明点、不整合だらけ
 ・期日が短い
 ・後だしジャンケン宜しく追加図という名で書き途中だった続きの資料がぶち込まれる

 等々のオンパレード(現在も続いています)で時間が取れず、その上で一度詰まってしまったので、全く執筆しなかった日が多かったんです……ご容赦を。


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マザーズ・ロザリオ編
百十八話 哀剣士


 あ、明けましておめでとうございます……
 (去年末の挨拶すらしていない上に既に一月下旬)

 慢性的にモチベが上がりづらいんです……


 クロト サイド

 

 アインクラッド二十四層主街区、パナレーゼ。その中にある名も無き小島で、オレは死んだ。

 

 

 「―――だあぁぁぁ、負けた……」

 

 

 すぐさま蘇生魔法を行使してくれたギャラリーの水妖精(ウンディーネ)に対価として幾何かのユルドを支払った所で、オレをリメインライトへ変えた(打ち破った)闇妖精(インプ)の少女が満面の笑みで駆け寄ってきた。

 

 「いやー楽しかったー!手品みたいに色んな事してくれるんだもん、ずっとドキドキとワクワクが止まらなかったよ!」

 

 「そりゃどーも……」

 

 対キリト用に考案していたあの手この手の手札……試作段階のモノを含んだそのほぼ全てを使わされ、その上でオレはこの少女とのデュエルに負けたのだ。終盤なんてヤケクソ気味に土壇場の思いつきすら投入したってのに、何で全部引っかかった上で乗り越えてくるんだコイツ……向こうのペースにさせまいとなるべく先手を取ろうと努めたってのに、後出しジャンケンよろしく打ち破ってくるとか誰が予想できるか。

 

 (速かった……それだけならどうにかできるって自信もあった。視線だってバカ正直に分かりやすかったんだが……それだってのに、終始後の先(・・・)を取られてた……)

 

 目の前で心底楽し気に先程のデュエルでオレが見せた手口を一つ一つ振り返る少女に対して悔しい感情が胸中にあるが、一方で冷静な自分が一人で反省会を開く。この少女は殆どの動きが現実世界と遜色無いほど自然で滑らかであり、通常の剣技ですら常時ソードスキル並みの速度と言っても過言ではないだろう。

 だがプレイヤー同士の駆け引きの経験が乏しいのか、或いは分かりやすいくらいに純真で無垢な性格ゆえか視覚外から攻めた手は最初こそ通用した……したんだが、その後の本命の攻撃全てが見てから対処(・・・・・・)されたのだ。

 

 (VR空間への順応レベルが普通のプレイヤーよりも高い……高すぎる……オレらSAO帰還者と同等以上だぞ……?)

 

 十中八九この少女はアインクラッドには居なかった。あのデスゲームを強要された過去があれば、こんな一切の影が無いと思えるような性格はあり得ない。

 

 「―――あ、ごっめーん。ボクばっかり話しちゃってた……」

 

 「いや、気にすんな。次は負けねぇから……首洗って待っとけ」

 

 「うん!またやろうね、おにーさん!」

 

 蘇生した時から腰を下ろした姿勢だったオレは立ち上がり、彼女が差し出してきた手と握手を交わす。その後はギャラリーの中にいる仲間達の許へ大人しく戻っていった。

 

 「お疲れー。噂のOSS(オリジナル・ソードスキル)最初の犠牲者になった感想は?」

 

 「労うのか死体蹴りするかのどっちかにしろやフィリア」

 

 「じゃぁディスるわ。女の子相手にあんな外道な手段、よくも使えたわね?あたしらどころか、ギャラリー一同ドン引きよ」

 

 しかめっ面を隠さないリズが鼻先へ指を突きつけるが、オレは知った事かと肩を竦める。

 

 「ルールの裁量をこっちに丸投げしたのは向こうだし、何でもアリって言質も取った。その上でセルフ縛り(剣だけ)で充分ってぬかしやがっただけだろ?何より当の本人は卑怯だった、なんて一言も言わなかった」

 

 「げ、限度があると思いますよ、クロトさん……」

 

 シリカの控えめな抗議にリズとフィリアはおろか、リーファやサクラまでもが頷いた……だと……?バカな、味方がいない!残る一人たるキリトに目を向けると、彼は件の闇妖精(インプ)にデュエルを挑むべく歩き出していて、背中による沈黙しか返ってこなかった。

 

 「アイツ……覚えてろ」

 

 「そこはリベンジ頼んだ、じゃないの?相棒なんだし」

 

 サクラにポンポンと肩を叩かれ、幾分か気持ちが落ち着く。

 

 「野良猫サンの仇を黒ずくめ(ブラッキー)先生が取るみたいだぜ!」

 

 「さっきより見応えあるバトル間違いナシじゃねーか、ラッキーだな!」

 

 (……ギャラリーの言う事も間違ってねぇな、うん)

 

 先刻のデュエルでオレがやった所業を客観的に列挙してみる。

 ・数合打ち合った直後に煙幕アイテムによる視覚封じ。

 ・空中戦へ移行。相手の上からストレージ内にある毒付きの投擲用ピックやダガーをばら撒く。

 ・大樹へ自作の鉤付きワイヤーを引っ掻ける。そこを軸に一回転する事で追跡してきた彼女を後ろからドロップキック。

 ・地上戦へ戻り、回し蹴りの際に尻尾ビンタで不意打ち。

 

 ……一部だが、これ以上思い出すのはやめよう。我ながらムキになって真っ当な手段をかなぐり捨ててしまい過ぎた気がする。結局あの闇妖精(インプ)の少女のHPを七割近く削ったものの直後にOSSを叩き込まれ、残り半分程度だったオレのHPは消し飛ばされたのだ。

 体感ではキリトと同等以上の反応速度を誇っていたのは間違いないし、そんな相手に正々堂々とした剣技のみで打ち勝てる程の才や技能なぞ、オレには無い。

 

 (バトルに華が無いとか知った事かっつーの……まぁ負けた以上はボロクソに言われんのもしゃーねぇけど)

 

 幾何か負け惜しみ染みた思考に耽っている間に、キリト達のデュエルが開始された。その手に握る剣の数は、一つ。

 

 「あれ?クロトさんが負けたのに、二刀流使わないみたいですね?」

 

 「うーん……手を抜きそうな気配はないんだけどねぇ……なんでだろ?」

 

 二振り目の剣を背負う事すらしていない相棒にシリカが疑問を漏らすと、フィリアも首を傾げる。

 

 「武器の摩耗……は、無いハズ。聖剣ぶんどりに行った後ちゃんと修理したし」

 

 「確かにお兄ちゃん、ハルやリズさんの剣すっごく大切に使ってますけど……必要な時に出し渋った事は一度もなかったですよ」

 

 「なら何で……って、もう。クーロートー、その顔は答え知ってるでしょ」

 

 「まぁな」

 

 肩に乗ったヤタを尻尾でつつきながら、ニヤリと口角を上げてサクラ達へと説明する。

 

 「一番の理由は取り回しやすさ、だろうな。オレが使う双剣や短剣カテゴリって、武器の長さは同等だろ?それに引き換えキリトは片手直剣を二本ブン回すから、両手の剣が干渉しやすくてな……片腕の動きが制限されるんだよ。特に今回の相手は速いから、咄嗟の反応が必要な際に自分の動きに制限が付くのを嫌ったんだ」

 

 「でも、あの時は初見のモンスター相手でも二刀流でしたよ?クロトさんの説明と合わない気がします」

 

 「そりゃ、スリュムヘイム(あの城)は最初から邪神系mob……デカブツだらけだって分かっていたからな。あんな超速の剣技使う、ましてや自分よりも小さいヤツと戦う場面なんざ想定しなかったって話だ」

 

 ……まぁ一番は、SAO時と違って二刀流スキルが存在しない事、なのだが。確かあれ、専用ソードスキル以外にも片手剣スキルのクールタイム短縮とかのパッシブ効果あった筈だったしなぁ……

 

 「対人戦でスキル、なんちゃら……だっけ?お兄ちゃんがそれを狙う事って無いんですか?割と初見殺しな気がするんですけど」

 

 「あれってタイミングが超シビアって言ってなかった?他にも何か制約あったみたいだし」

 

 「そこら辺の検証はクロト相手に散々やってあるんじゃない?」

 

 「ふっ、ご明察……」

 

 リズもフィリアも察しがいい。スキルコネクトは決まればソードスキルによる高火力攻撃を絶え間なく叩き込めるので強そうに見える……が、実験台とされたオレとキリトの間では実用レベルは対mob用がせいぜいの認識である。

 そりゃタイミングさえ合えば相手の反撃をねじ伏せる切り札として機能しなくもない。しかしあの技、各ソードスキルの最後が本人のブーストが乗せられないのでシステムアシスト任せになるし、そもそも繋げられるソードスキルの組み合わせが限られているので、次に出すソードスキルが読まれやすい。極めつけに技を出し切った後は繋げたソードスキル全ての技後硬直がまとめて課される為、五秒近く固まったままになる事もザラだ。対人戦で五秒も無防備な姿を晒せば逆転の一発を貰う事は想像に難くないので、相手に凌ぎきられる恐れがある場面では腐る事の方が多い。何より相棒の精神的な疲労がデカく、「ソードスキルを繋げる瞬間に邪魔されたら絶対に失敗する」ともぼやいていた。一度そのタイミングでヤタに横槍を入れてもらったら見事に失敗していたので、対人戦に慣れたプレイヤーには封印安定、の評価で落ち着いた。

 

 「あたしらが思ったほど便利じゃないってコトね。その顔でだいたい分かったわ」

 

 「むぅ……またキリトと二人だけでやってたって事じゃん……」

 

 「わ、悪かったよ……埋め合わせはすっから、拗ねないでくれ」

 

 ふくれっ面になるサクラに謝罪一択。相棒とは一度熱が入るとお互いにブレーキが利かなくなるのは二人揃って悪癖だと客観的には分かっているつもりなんだが……ついやってしまう。

 

 「うおおお!!」

 

 「すげぇ!どっちも速くてロクに見えねぇぞ!」

 

 ギャラリーの歓声が響き、自然と視線が戦うキリト達へと向けられる。リズ、シリカ、フィリア、リーファ、そしてサクラが声援を送る中で……オレは何も言えなかった。

 

 (なんで……なんでそんな、悲しい眼で戦ってんだよ、キリト!)

 

 少女と剣を交える相棒は、表情こそ真剣なモノであったが、闇色の瞳から僅かに覗く彼の心は……この戦いを楽しめていないと解ってしまったのだ。

 目まぐるしく攻防が入れ替わる。少女の剣が相棒の左腕を掠めれば、次の瞬間には少女の左肩にも同様のダメージエフェクトが走る。互いに相手の行動を見てから有効な一手を……いや、後の先を取り合っていて、双方のHPゲージはほぼ同等の減り具合。

 

 「どっちだ!?どっちが勝っているんだ!?」

 

 「良く分かんねぇ!だが俺ぁブラッキーが負けるとは思えねぇよ!」

 

 「いーや、相方が負けたんだ。あの娘が連勝する方に賭けるぜ!」

 

 ギャラリーの盛り上がりは今日一番と言っても過言ではない。闇妖精の少女も同様だ。ただ一人、キリトだけが心の片隅で悲しんでいる。彼が手を抜いているとか、剣筋が鈍っているとかは全然無くて。真面目に全力で戦っているからこそ、その動きと乖離している相棒の気持ちが気になって仕方がない。

 

 (今、何を―――?)

 

 鍔迫り合いの僅かな時間。相棒達の口許が何らかの言葉を零すように動いた。読唇術なぞ習得している訳が無いオレには彼の呟きを解読する事はできない。

 

 「―――!」

 

 相対する少女が、キリトの言葉に目を見開く。だがそれも一瞬の事で、すぐさま仕切り直しとばかりに距離を取る。

 

 「やぁあああ!」

 

 両足が地に着くや否や、少女が弾丸の如き勢いで相棒へ迫る。彼女が間合いを取る際に体勢を崩されたのか、僅かに反応が遅れたキリトは左手を刀身に添えて防御を試みる。

 

 ―――今までの中で一際甲高い金属音が響く。

 

 持ち主(キリト)の手から弾き飛ばされた剣が、地面に突き刺さる。

 

 「……降参(リザイン)。俺の負けだよ」

 

 渾身の突進突きで駆け抜けた少女が振り返るより先に、相棒は己の敗北を宣言した。




 フリーダム、いってきます。


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