ソードアート・オンライン~神速の剣帝~ (エンジ)
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SAO編
第一話 プロローグ


クリアするまで、脱出不可能ゲームオーバー=死を意味する世界

ソードアートオンライン 通称SAO

剣の世界に、憧れて期待に胸を膨らませて参加した、一人の少年。

この先に待っているのが、地獄だとも知らずに…。













初めまして!エンジです。SAOが好きで小説を書き始めました! 

小説を書くのは初めてなので、文章がめちゃくちゃになったり、誤字脱字が多いかもしれません。 

温かい目で見ていただければ幸いです。アドバイスや注意があったらバンバンくださ

い!二日か三日以内の23時に投稿したいと思っています。




 

 

 

 本当に後悔したことってあるか?

 勉強、部活、人間関係。どれも『後悔』をする主な要因だが、俺の場合どれにも当てはまらない。

 成績は上から数えたほうが早く、部活も実家が代々伝わる剣道一家であるせいか全国大会を二連覇している。それに加えて、人間関係は非常に良好。

 はたから見れば、何の不自由もなく生活している人間に見えるだろう。俺自身、そう感じていた。

 だから、後悔する日なんて来ないだろうと高を括っていた。あの日までは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 

「おい、どうしたラテン。ぼーっとして」

 

 聞きなれたバリトンがラテンを現実に引き戻す。顔を上げれば、チョコレート色のスキンヘッドが眉をひそめてこちらを見ていた。

 

「え?あぁ、ちと昔のことを思い出してな……」

 

 頬杖を付きながらアイテムストレージを開き、慣れた手つきで自分のアイテムを見つめる。

 

 ここは鉄の城《アインクラッド》の第五十層にある最大級の都市《アルゲート》だ。もちろんそんな街、現実世界には存在しない。ひょっとしたらあるかもしれないが、その街とは全く別の街だと言い切れる。

 なぜならここはゲームの世界だからだ。

 《ソードアート・オンライン》。通称《SAO》。ラテンがこの世界にログインしてから早二年になる。

 いや、この言い方は正しくない。

 正確には、『ログアウトできなくなってから二年が経過した』だ。

 何をそんなバカげたことを、と思う人がいるかもしれない。だが実際に、右手を真下に振って出現するメニュー欄の一番下は空白になっている。そこには《LOG OUT》が本来あるはずなのだが、何度見てもないのだ。

 そのような状態になった原因は二年前にあるのだが、今どうこう言ったって過去が変わるわけではない。

 自分たちがするべきことは、この城の最上層である第百層に到達し、そこのフロアボスを倒すことだ。そうすれば、この世界から脱出できる。

 一通りアイテム欄を見たラテンはそっとメニューウインドウを閉じた。これ以上売れそうなものがなかったからだ。

 

「なあ、暇ならモンスターの素材を集めてきてくれよ、もちろんタダでな」

「……おいおい、素材集めならこの前やってやっただろ? これ以上はさすがに金取るぞ」

 

 ぐっと苦い顔をしたエギルは「小さい男だな」と小声でつぶやいた。

 目の前の男は事あるごとに素材集めを要求してくる。素材が豊富にあれば客も増え、売り上げが伸びるからだ。根っからの商人だな、とツッコミを入れたくなるが、この男のようにゲーム攻略ではなく、店を構えて素材を取引するプレイヤーも少なくはない。

 「おーいエギルさーん聞こえてますよー」と言いながらラテンは店の出口へと歩を進める。これ以上この店には用がないからだ。だが、出口の一歩手前で歩を止めた。

 

「よう、キリトじゃん」

 

 目の前に現れた全身黒い装備をしたプレイヤーに声をかける。女装をさせたら女性だと間違われてもおかしくはないほどの中性的な顔立ちだが、年相応の少年らしさも併せ持っている。身長は男性の中でもあまり高い方ではなく、ラテンよりも十センチほど低いくらいだ。見た目は、相変わらずの黒染めだ。

 

「ああ、ラテンか久しぶりだな。ちょうどよかったよ。お前も見てくれ」

 

 キリトは返事も聞かずにラテン背中を押してくる。

 そんなに珍しい物でも手に入ったのだろうか。少し興味が湧いてきて促されるまま再びエギルの前に立つ。

 

「で、何を手に入れたんだ?」

「見て驚けよ……これだ!」

 

 自慢げにアイテム欄を可視化すると、俺もエギルも口をあんぐり開けたまま数秒間停止した。

 

「おいおい、まじかよ。<ラグー・ラビットの肉>じゃねーか!? 初めて見るぞ」

「俺もだ。てかラテンなら見たことあるんじゃないか?」

「いや、ないな。あったらこいつみたいに自慢しに来るわ」

 

 アイテムは、鉱石や食材のように数種類に分けられており、キリトが入手したものは食材に分類される。その中でA~Fにランク分けされているのだが、最高レア度であるAを超えるSランクのものが存在する。もちろんSランク認定されているだけあって、麻雀の天和よろしく非常に手に入りにくいものなのだ。天和のほうが圧倒的に確率が低いが。

 

「おい、キリト別に金に困っているわけじゃねーよな?こんな店に売るのはもったいなくないか?」

「思ったさ。でもこのアイテムを扱えるほどの料理スキルあげてる奴なんてそうそう――」

「――キリト君」

 

 突如出口の方面から声がかけられる。

 そちらに顔を向ければ、栗色の長いストレートヘアをもつ女性が立っていた。白と赤を基調とした騎士風の戦闘服を身に着けている。

 彼女の名は『アスナ』。この世界最強ギルド《血盟騎士団》の副団長にして<閃光>の異名をもつ細剣の使い手だ。そして同時に数少ない女性プレイヤーの一人でもある。

 なぜそんな彼女がわざわざこんなゴミだめに来ているのか。理由は一つ。隣に真黒なプレイヤーがいるからだろう。大方フレンド欄からの追跡によってこの場にたどり着いたはずだ。

 

「よぉ、久しぶりだなアスナ」

「久しぶりラテン君」

 

 ラテンは軽く手を上げると、アスナは微笑でそれに応える。相変わらず、このゲームの世界には縁がなさそうな美少女だ。彼女に笑顔を向けられて、堕ちない男などいないだろう。とはいえラテンの場合は、《血盟騎士団の副団長》という印象が強いためその限りではない。それにアスナには意中の男がいることも知っている。

 すると、ラテンの隣にいた黒ずくめの少年は電光石火の速さで彼女に詰め寄った。

 

「シェフ捕獲」

「な……なによ」

 

 アスナはキリトに手を掴まれたままいぶかしげな顔で後ずさる。

 偏見だが、確かに女性は料理が上手、というイメージがある。キリトもそれが理由で彼女に対してあのような発言をしたのだろう。だが、この世界では現実世界と同じ原理で料理することはできない。それがキリトを困らせている要因の一つだ。

 キリトの行動にアスナの後ろにいた長身の護衛が目を光らせる。それを見たキリトは慌てて手を放した。

 

「珍しいな、アスナ。こんなごみダメに顔を出すなんて」

 

 キリトの発言にエギルがムッとしたが、まあ、気にしなくてもいいだろう。本当のことだ。

 

「なによ、もうすぐボス攻略だから生きてるか確認しに来てあげたのに」

 

 本心は違うだろ、と心の中でツッコミを入れるが、思わず口に出してしまった。

 

「アスナ、そんなこと言ってほんとはキリトに会いに来ただけだろ。素直になれっt――ぐはっ!?」

 

 ラテンが言い終えるよりも先にアスナの拳が腹部に飛んでくる。紙一重で紫色のエフェクトが腹部とアスナの拳を隔てた。これは《圏内》で出現するエフェクトで、《圏内》では、プレイヤー同士及び物体に攻撃しても、ダメージは通らない。だが、HPは減らなくても衝撃は通るため、ラテンは両ひざをついて悶絶してしまう。

 キリトは隣にいる俺を見て苦笑いしながら口を開く。

 

「アスナ今料理スキルどの辺?」

「ふふ、聞いて驚きなさい、先週<<完全習得>>したわ」

「「「なぬっ!」」」

 

 ラテン、エギル、キリトは同時に驚愕した。

 

 ――まじかよ……料理スキルって上げんのめっちゃ大変だろ!?あ、あほかよ」

 

 その瞬間、また腹を思いっきり殴られた。

 心で言ったつもりが、どうやら声に出ていたらしい。

 キリトはそんなラテンにかまわずアスナに手招きをしてアイテムウインドウをみせる。

 

「え!?これ…S級食材!?」

「取引だ、これを料理してくれたら一口食わせてやる」

 

 キリトそれはないだろう、と心の中で思いながらやり取りを見ているとキリトが言い終わると同時にアスナが彼の胸倉に掴んだ。

 

「は・ん・ぶ・ん」

 

 さすがの迫力に、キリトは迫力負けして思わずうなずいていた。

 あーあドンマイキリト、と心の中で笑いながらゆっくりと立ち上がり、そのまま出口へと歩を進める。キリトとアスナ、護衛が俺の後に続いた。

 

「お、おいキリト!」

「悪いなエギル取引中止な。感想文を800字以内で書いてきてやるよ」

「そりゃあないぜ」

 

 悲痛に叫ぶエギルの言葉を返してくれる人がいるわけもなく、空しく小さな店に響いただけであった。

 

「ラテン君も一緒にどう?」

 

 店を出るとすぐに、アスナが声をかけてくる。

 滅多に入手できないS級食材だ。少なからず関わりがあるため、誘おうとしてくれているのだろう。だが生憎、ラテンは空気の読めない男ではない。 

 

「ああ、俺か? 今日は疲れたからパスするわ。二人で楽しんで来いよ」

 

 そういいながら黒ずくめと護衛にばれないようにウインクすると、アスナの顔が赤く染まる。

 

「アスナ? 顔が赤いぞ」

「な、なんでもない! それより早く行こ!」

 

 首をかしげている鈍感野郎は、さらに赤くなったアスナに背中を押される。

 いつになったら結ばれるのやら。少しずつ離れていく後姿を見ながら心の中でつぶやいた。

 

「そういえば、明日クラインたちと74層に行くんだっけな」

 

 ゆっくりとキリトたちとは逆の方向に歩を進めた。

 




いや~、初めて書いたんですけど小説を書くってめっちゃ大変でした(笑)

これからは、定期的に投稿したいと思うのでよろしくお願いします!


編集しました。


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第二話 風林火山+α、74層に参る! 

第2話です。今回は、ちとオリジナルが入ります。

ではどうぞ!


 

 

 

 

 

 鋭く光るリザードマンロードの曲刀がラテンを襲う。

 その一撃をバックステップで躱すと、素早く距離を詰め、重三連撃ソードスキル<羅刹>を放つ。赤い光をまとった愛剣《無双刀》が、システムで定められた軌道を描いた。

 三連撃のうち身体に命中したのは最初の一撃だけで、あとは円型のバックラーで防がれてしまうが、小型の盾で防ぎきるのは厳しかったようで、《盾割り》状態が発生し、リザードマンロードに一秒弱の硬直が襲う。

 その隙を見逃すはずもなく、<羅刹>から流れるように三連撃ソードスキル<緋扇>

を放った。

 無防備になった体に水色の閃光が降りかかる。

 クリーンヒットも含めた三連撃を耐えうるHPをリザードマンが持っているはずもなく、小さな断末魔と共にポリゴンとなって消滅した。

 

「やるなー! さすが『神速のラテン』様だぜ」

 

 ふう、と息をつきながら納刀すると、首に腕をかけられる。

 見れば、趣味の悪いバンダナを額に巻いた野武士ヅラの男が笑っていた。

 この男の名はクライン。

 第一層の時からの知り合いで、今では、『攻略組』と呼ばれる最前線で戦う五百人弱しかいない集団の中で、昨日のアスナのような血盟騎士団ほどではないにせよ名の知れたギルドである『風林火山』のリーダーをしている男だ。

 クラスに一人はいるムードメーカー的なこの男は、意外にもリーダーとしての能力は高い。それが二年間死者ゼロで押さえている一つの要因だろう。

 

「茶化すなよ……、『野武士ヅラ(・・・・・)のクライン』様」

「けっ! 言ったなこの野郎!」

「冗談だって! ギブギブ」

 

 羽交い絞めをしてきたクラインの右手を笑いながら叩くと簡単にほどいてくれた。だが、当の本人は少しばかり引きずっているようで、「どうせ俺はモテないですよ……」と小声でぶつぶつと愚痴をこぼしていた。誰もモテるモテないの話はしてないのだが。

 普通ならほっとく場面であるのだが、たまには元気づけても罰は当たらないだろう。

 

「そろそろ行こうぜ。今日中にボス部屋を見つけるんだろ? もしかしたら『キャー! クライン様~! ありがとう!』って可愛い女の子からお礼を言われるかもしれないぜ?」

「女の子女の子女の子女の子女の子女の子女の子……」

「おいぃぃ!? どんだけ渇望してんだよ!? この変態ロリコン野郎!」

「俺はマゾじゃねぇ!!」

「誰もそんなこと言ってねぇ!!」

 

 どうやらこの変態ロリコンマゾ野郎が元気を取り戻すには女性と会話させる以外の方法はないらしい。だが生憎この場には女性はいないため、現状ではほっとくのが一番だろう。

 仕方がないので残りの五人の声をかける。

 

「こいつはほっといて先に行こうぜ」

「「「「「女の子女の子女の子女の子……」」」」」

「お前らもかい!?」

 

 道先は険しそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくマッピングをしながら歩いていると、異次元の空間への入り口のような縦長の緑色の円が見えてきた。これは上層への入り口で、全三階からなる迷宮区のどこかに設置されている。

 ラテンたちがいるのは二階であるため、次の階に今日の目的であるボス部屋が存在している。

 未だにうだうだと嘆いている風林火山を無理やり押し込むと、最後に背後を確認してワープゾーンに入り込んだ。

 次の階に到達すると、風林火山の連中が誰かと話しているのが見えたため、傍に歩いていく。その相手は顔なじみの奴らだった。

 

「あれ、キリトじゃん。それにアスナも」

「よ、ようラテン。お前も来てたのか」

「……ははーん」

 

 大方キリトがアスナに誘われたのだろう。その誘われ方が穏便であったのかはわからないが。

 

「な、なんだよ……」

「別にーなんでもねーよ」

 

 そう言いながらもニヤニヤし続けているラテンを、細めでじっと見つめてていたキリトは、ふと何かを見つけたかのように視線を俺の後方へ動かした。

 その視線を追うように顔を動かすと、重装備をした兵士たちが二列縦隊でこちらに向かって行進していた。その数十二。

 

「軍……だよな」

「ああ」

 

 キリトが短く答える。

 お揃いの黒鉄色の金属鎧に濃緑の戦闘服を装備している彼らは、第一層にある巨大な街、《はじまりの街》を拠点としている《アインクラッド解放軍》というギルドに所属しているプレイヤーたちだ。

 第二十五層ボス攻略戦で多数の死者を出したため、それ以来最前線で見かけることはほぼほぼなかったのだが。

 

「おいおいめっちゃ消耗してるじゃねぇか」

 

 安全エリアの、ラテンたちとは反対側の端に停止した部隊は、隊長らしき人物の指示によって一斉にその場で倒れるように座り込んだ。全員が肩で息していることから相当疲労が溜まっていることだろう。

 だが隊長らしき人物はそんな彼らに目もくれずにこちらに歩いてくる。

 その男がラテンたちの前で立ち止まると、ゆっくりとヘルメットを外した。年齢は三十代前半くらいだろうか。重装備とかなりの長身の相乗で、ものすごい威圧感がある。

 

「私はアインクラッド解放軍所属、コーバッツ中佐だ」

「キリト。ソロだ」

 

 ここはキリトに任せたほうがいいだろう。

 一歩下がって事の成り行きを見守る。

 

「君らはもうこの先も攻略しているのか?」

「……ああ。ボスの手前まではマッピングしてある」

「うむ。ではそのマップデータを提供してもらいたい」

 

 当然だ、と言わんばかりの男の台詞に少しだけ驚いた。

 マッピングをする苦労はこの男もわかっているはずだ。特に迷宮区は『迷宮』という名がつくだけあって、べらぼうに広いため、マッピングには時間と精神力を必要とする。その苦労をただで提供しろと言っているのだ。

 いくら協力が大切だからであっても、それをごく当然のように振る舞うのは間違っている。少なくとも申し訳なさそうに言えないのだろうか。

 

「な……て……提供しろだと!? 手前ェ、マッピングする苦労が解って言ってんのか!?」

 

 ラテンが口を開くよりも早く、クラインが同間声で喚いた。

 クラインの言葉に片方の眉をぴくりと動かしたコーバッツは顎を突き出す。

 

「我々は君ら一般プレイヤーの解放のために戦っている」

 

 大声で張り上げながら続ける。

 

「諸君が協力するのは当然の義務である!」

 

 その言い方をもう少し何とかできないのだろうか。

 思わず眉を寄せる。

 

「ちょっと、あなたねぇ……」

「て、てめぇなぁ……」

 

 爆発寸前のクラインとアスナをキリトが両手で制す。

 

「どうせ街に戻ったら公開しようと思ってたデータだ、構わないさ」

「おいおい、そりゃあ人が好すぎるぜキリト。ラテンもなんか言ってやれよ」

「……まあ、いいんじゃないか。キリトのマップデータはキリトのモンだし。どう使おうが俺には関係ないことだ」

 

 さすがのクラインもこれ以上は出ないようで、押し黙る。

 キリトはそれを確認すると、トレードウインドウを出し、迷宮区のデータをコーバッツに送信した。男は表情一つ動かさずにそれを受け取ると、「協力感謝する」と呟いて踵を返した。感謝の気持ちなどかけらも感じられなかったが。

 

「ボスにちょっかい出す気なら止めといた方がいいぜ」

 

 離れていく背中にキリトが声をかける。

 

「……それは私が判断する」

「さっきちょっとボス部屋を覗いてきたけど、生半可な人数でどうこうなる相手じゃないぜ。仲間も消耗してるみたいじゃないか」

「……私の部下はこの程度で音を上げるような軟弱者ではない!」

 

 部下、という所を強調してコーバッツは言い放つ。この世界に規律だの何だの求めても意味がないというのに。

 

「貴様等さっさと立て!」

 

 部下たちはのろのろと立ち上がり、二列縦隊で整列すると、コーバッツの指示で再び進軍を開始した。

 もちろん向かう先はキリトが言っていたボス部屋だろう。

 

「……大丈夫なのかよあの連中……」

「いくらなんでもぶっつけ本番でボスに挑んだりしないと思うけど……」

 

 クラインとアスナが心配そうにつぶやく。先ほどまでコーバッツに噛みつこうとばかりの勢いはどこに行ったのやら。  

 それはともかく、さすがにあのコーバッツという男もそれはわかっているだろう。第二十五層の惨劇を経験していたらの話だが。

 

「……まあ、どっかのカップルが必死で逃げ出すくらいだし、大丈夫なんじゃねぇの?」

「え、なんでお前知って――」

「あら。適当に言ったつもりなんですけども…………そうだったのね」

 

 二言目は若干オカマ口調になってしまったが別に気にしなくてもいいだろう。ニヨニヨと顔を向ければ、ハトが豆鉄砲を食らったような顔をしたキリトとアスナがすぐさま反論をしてきた。

 

「あ、あれはちょっとびっくりしただけで別に逃げてなんか……!」

「そ、そうよ! 戦略的撤退をしただけなの!」

「……『カップル』って所は弁解しないのね」

「「ラテン(くん)!!」」

 

 鬼の形相で迫ってくる二人――といっても片方は顔を真っ赤にしているが――に「冗談だって」と笑いながら両手を小さく上げる。さすがにからかい過ぎただろう。

 

「んで、どうする? 様子だけでも見に行くか?」

「……そうだな」

 

 いきなり話を切り替えたラテンを不服そうに見つめながらキリトが呟く。アスナとクライン、そして風林火山の五人も相次いで首肯した。

 

 

 

 




戦闘少なっ!と自分で書いてて思いました。戦闘ってどういうふうに書けばいいですか

ね?アドバイスあったら、お願いします。文字数が、とても少ない駄作だと思いますが

文字数はこれからどんどん増やしていきたいと思います。文のほうは……、これからう

まくなるように善処します。 m(_ _)m


修正しました。


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第三話 The Gleameyes

今回は、サブタイトルの通り74層のボス戦です。

戦闘シーンをうまく書けるか不安ですが頑張りたいと思います。

では、本編へどうぞ!!


だいぶ修正しました!


 

 

 安全エリアから出て三十分。

 ようやく最上部にたどり着いた俺たちを待っていたのは、目的の《軍》のやつらではなく、トカゲの集団だった。

 特別急いでいるわけではないのだが、ゆったりしている暇もない俺たちにとって、リザードマンたちは非常に厄介だった。

 

「ひょっとして、もうアイテムで帰っちまったんじゃね?」

 

 クラインが最後の一匹にカタナを叩き付けると、おどけたように言った。

 できればそうしてくれるの助かるのだが、あの中佐殿のことだ。キリトが懸念していたことを実行しかねない。

 

「その方が助かるんだけどな…………まあ、行くだけ行ってみようぜ。俺も見てみたいし、この層のボスを」

「まあ、そうだな」

 

 これ以上うだうだ言ってても仕方がないと感じたのか、クラインはゆっくりと納刀しながら答える。

 再び歩め始めた俺たちを止めたのは、ボス部屋まであと半ばの回廊内だった。

 

「ああああああああ………」

 

 かすかだが、間違いなく男性の悲鳴。

 ラテンたちは顔を見合わせると一斉に駆け出す。どうやらコーバッツは一番最悪な選択肢を選んでしまったらしい。

 

「バカッ……!」

 

 アスナが悲痛の叫びを上げると、さらにスピードを上げた。ラテンとキリトも追随する。

 システムアシストぎりぎりの速度で走っているため、『走っている』というよりは『飛んでいる』ような感覚だ。

 扉の手前で急ブレーキをかけ、火花を散らしながら停止する。

 

「おい!大丈夫か!」

 

 叫びながら扉内部を見てみると、そこは文字通り地獄絵図だった。

 長方形のボス部屋の床には、一面青白い炎が噴き上げている。その中央で背を向けながら立っているのは、全身を盛り上がっている筋肉で包んでいる巨人だった。否。正確には人間ではない。頭部は角の生えた山羊だ。

 禍々しいのその姿はまさしく悪魔。

 名は《The Gleameyes》。

 

 見るからに巨大で獰猛なそれは、本当に倒すことができるのか、という疑問を思わず持ってしまうほどの敵だった。

 すでに軍の奴らが戦闘を開始していたはずなのだが、ザ・グリームアイズのHPバーは三割も減っていない。見るからに疲労がたまっていた軍の連中だが、装備している装備はどれも最前線で通用するレベルの物だった気がする。それに加え連携も取れていそうな感じだった。

 悪くない条件がそろっているのも関わらず、十五分近く戦闘して減らしたHPが三割に満たないというのはボスが強敵である証拠だ。

 もちろん通常四十八人の連結(レイド)パーティで挑むところをたった十二人で戦っているため、相応の差があるのかもしれないが。

 

 グリームアイズは、斬馬刀のような巨大な剣をを縦横に振り回していた。その向こう側で逃げ惑うのは、無謀な戦いを挑んだ軍の部隊だ。グリームアイズに比べてあまりにも小さく見える彼らを良く数えてみれば人数が二人ほど足りない。

 転移結晶で離脱したか、もしくは。

 嫌な記憶が頭によぎり、転移結晶で脱出していることを祈りながら、逃げ惑っている影に向かって叫ぶ。

 

「何してんだ!速く転移結晶を使え!」

 

 一人の男が絶望の表情で叫び返してきた。

 

「だ、だめだ!クッ……クリスタルが使えない!」

 

 その言葉を聞いて、思わず絶句する。

 次いで《結晶無効化空間》という言葉が頭の中で浮かび上がった。

 迷宮区で非常に稀に見るそのトラップでは、あらゆる結晶を使用することができない。たださえ回復手段が少ないというのに、それがボス部屋で起こるとは予想もしなかった。

 このSAOには主な回復手段が二つある。

 アイテムによる回復と戦闘時回復(バトルヒーリング)スキルのよる回復の二つだ。探せば他にもあるのかもしれないが九割以上のプレイヤーがこの二つに該当するだろう。

 後者はレベルに応じて回復する量が変わるが、最前線で戦っている攻略組のほとんどは十秒間に800程度しか回復しないだろう。つまり、おまけ程度の回復量なのだ。そのおまけでも、デスゲームとなった今では非常にありがたいスキルだが。

 問題は前者だ。

 アイテムによる回復は、これも分かれるが、ほとんどが回復結晶による回復か、ポーションによる回復だ。

 三割、五割、八割、十割などの割合回復である回復結晶と違って、ポーションは戦闘時回復スキル同様少しずつ回復していくものだ。

 もちろん瞬時に回復できる回復結晶のほうが高価で、特に長期戦が想定されるボス戦で非常に重宝されるものなのだが、この《結晶無効化空間》ではゴミ同然の代物になってしまう。

 それでも通常の連結パーティであれば、ポーションだけでも安定して回復ができるのだが、十二人で挑んだ彼らには交代できるほどの人数がいない。

 そして現状。

 十二人いたはずの部隊は十人に減り、残った連中のHPもレッドゾーンに届きそうだ。

 いなくなった二人は、どうなったか想像しなくても分かる。

 そんな中、脱出を試みようとした男たちにコーバッツが怒号を上げた。

 

「何を言うか!……我々に<撤退>の二文字はありえない!! 戦え! 戦うんだ!!」

「馬鹿野郎……!!」

 

 キリトが思わずつぶやいた。ラテンも内心で全く同じ気持ちだった。

 この世界でのゲームオーバーは現実世界での<死>に直結する。プレイヤーが何より優先するべきものは生きることであり、あいつは部下に対して死ねを命令しているに等しい。

 コーバッツに対し、大きな憤りを感じていると、ようやくクラインたち6人がやってきた。キリトが簡潔に説明する。

 

「俺たちが斬り込めば、退路は開けるかもしれない」

 

 キリトの言う通り、今自分たちが斬りこめば軍の奴らを脱出させることができる。

 だがそれでは、こちら側に死者がでない保証はない。

 自分の命と他人の命。

 どちらを優先すべきか。

 そんなの決まっている。

 あの日から。

 

「全員……突撃…!」

「ふざけんな、コーバッツ!!」

「ラテン!? 待て!!」

 

 キリトの制止はは聞かずにラテンは地を蹴った。

 隊列もクソもなく突っ込んだ軍とグリームアイズの間に割って入る。

 質量を感じさせないほどの速さで振り下ろされた斬馬刀を両手持ちで受け止めた。

 

「ぐっ……!?」

 

 だが、愛刀と斬馬刀が触れた瞬間、今まで感じたことがないような重みが体にのしかかり、片膝をつく。

 

「早く行け!! 長くは持たない!」

 

 背を向けたまま、あらん限りの声で叫んだ。

 ほとんどの者が俺に従って入口の方向へ走っていく。全員が撤退できればあとは、俺だけだ。生憎グリームアイズに力で負けれど速さでは負けない。この巨大な剣を振り切って全力疾走すればいい。

 だが、現実はそううまくはいかないものだ。

 

「俺は……俺は退かんぞ!!」

 

 後方から何かを背負っているかのように絞り出した声が聞こえてきた。

 コーバッツだ。

 

「今回はあきらめろ! レイドを組んでまた挑めばいい!」

 

 受け止めているとはいえ完全に押し負けているラテンは、愛刀を肩に食い込ませながら再び叫ぶ。正直に言って、これ以上は持たない。

 しかし、ラテンの思いは無情にもコーバッツには届かなかった。

 

「うおおおおおおおおお!!!!!!!」

「やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」

 

 横を通り過ぎたコーバッツは体重を乗せた一撃をグリームアイズにお見舞いする。しかし渾身の一撃もグリームアイズのHPをわずかに減少させただけであった。

 攻撃の対象を俺からコーバッツに変更したグリームアイズは、ラテンから斬馬刀を離すとそのまま横なぎに振るう。

 頭ではわかっていた。

 斬馬刀がどのような軌道を描き、コーバッツに到達するか。

 だが、自分の体重よりはるかに重い一撃を耐えていた両足は、まるで休憩させてくれと言わんばかりに動かない。

 動け、動けよ。

 必死に命令するラテンの瞳の中で、一人の男が吹き飛んだ。

 

 どさっ、という音が鮮明に聞こえてきた。いや、それは脳が勝手に補完したのかもしれない。

 着地点にゆっくりと顔を向けてみれば、入口の目の前でキリトたちが倒れている男に目を見開いていた。

 

「ありえない……」

 

 確かにそうつぶやいたその男は、数秒後、無数のポリゴン片となって爆散した。

 この光景を見るのはいつ以来だろうか。 

 目の前で、人が死ぬのはいつ以来だろうか。

 

「助けられなかった……また……」

 

 小さく呟いた言葉は、燃え盛る青白い炎にかき消される。

 

「ガァァァァァァァァァァ!!!!!!!」

 

 グリームアイズがラテンに向かって咆哮をする。

 目の前にいるというのに、不思議とうるさくはなかった。

 神経が研ぎ澄まされていくのを感じる。

 この感覚は初めてではない。

 このデスゲームが始まって以来、何度か経験している。

 すべてが解るのだ。

 地面の揺れ。微細な音。

 それらによって、頭の中で先ほどまで見ていた光景とまったく同じものが組み上がる。

 

「ラテン!!」

 

 ドガァァァン!

 キリトの叫びと同時にグリームアイズの斬馬刀が地面を揺らした。

 空気が震え、周りを囲んでいる青白い炎が大きく揺れる。

 誰もが、目を瞑りたくなる光景が目の前で広がっているだろう。だが、残念ながらグリームアイズが斬馬刀を振り下ろしてくることは、解っていた(・・・・・)

 

「こっちだ。デカブツ」

 

 グリームアイズの横で静かに呟く。

 悪魔がこちらを向くのとほぼ同時に、納刀されたカタナが水色の光を帯びる。

 抜刀術ソードスキル《星砕き》。

 

 超高速の一閃がグリームアイズの右腕を切り落とした。

 ラテンはそのまま大きくバックステップを取る。

 

「スイッチ!!」

 

 背中から新たな影が叫びながら出現した。

 その男の右手には漆黒の、左手には純白の剣が握られている。

 キリトだ。

 もちろんこの男がとび出してきたのは、グリームアイズの一撃を避けた時に知っていた。そして、この男がしようとしていることも。

 

「うおおおおおおあああ!!」  

 

 キリトの咆哮が流星のごとく連撃と共にグリームアイズに降りかかる。

 怒涛の十六連撃はまさしく神速だ。次々の振り抜かれる水色の閃光は、このゲームに定められたシステム速度の限界ぎりぎりだろう。

 

「………ぁぁぁあああああああ!!」

 

 雄叫びと共に放った最後の一撃がグリームアイズの胸の中央を貫く。

 

「ゴァァァアアアアアアアアア!!」

 

 巨大な悪魔は一際大きな咆哮を放つと、まるで時間が止まったかのように一瞬だけ硬直する。

 そして、膨大な青いポリゴン片へ姿を変えた。

 部屋中にキラキラと光の粒が降り注ぐ。

 数秒後、キリトが糸がぷっつり切れたかのように仰向けに倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キリトくん! キリト君ってば!!」

 

 悲鳴にも似たアスナの叫びに、キリトが意識を取り戻す。アスナはそんなキリトの口にハイポーションを突っ込み、強く抱きしめた。

 キリトのHPは殴ればたちまちあの悪魔と同じようにポリゴン片になるであろう程しか残っていなかった。

 

「悪い。最後まで任しちまって」

 

 下手したら死んでしまっていたかもしれないのだ。無理にでも間に入って加勢するべきだったのかもしれない。

 だが、キリトはラテンが考えていることがわかったのか笑いながら答える。

 

「……いや、気にすんな。それだけお前に信用されてるってことだからな」

「ばーか、死んだら意味ねぇだろ。 ……まあ、生きててよかったよ」

 

 拳を差し出せば、同じように拳が返ってくる。

 そのままアスナを優しく抱き返すキリトにクラインが声をかけた。

 

「生き残った軍の連中の回復は済ませたが、コーバッツとあと二人死んだ……」

「……そうか。ボス攻略で犠牲者が出たのは、六十七層以来だな……」

「こんなのがボス攻略って言えるかよ。コーバッツの馬鹿野郎が……。死んじまったら何もなんねぇだろうが……」

 

 もしコーバッツが生きていたら、ラテンはその顔を思わず殴っていただろう。クラインが言うように、死んでしまったら意味がないのだ。何もかも。

 数秒間沈黙が続くくと、クランが首を左右を振り、気分を切り替えるように口を開いた。

 

「そりゃあそうと、オメエら何だよさっきのは!?」

「……言わなきゃダメか?」

「ったりめぇだ! 見たことねぇぞあんなの!」

 

 アスナ以外の全員が、キリトの次の言葉を待つ。

 そして、堪忍したようにゆっくりと口を開いた。

 

「……エクストラスキルだよ。《二刀流》」

「しゅ、出現条件は」

「解ってりゃもう公開してる」

 

 おお……というどよめきの後、ああ……と生き残った軍や風林火山のメンバーが残念がった。

 通常、様々な武器スキルは系統だった修行によって段階的に習得することができる。他えば、片手用直剣なら、その熟練度を上げれば《細剣》や《両手剣》が習得可能になる。

 だがそれだけでは出現しない武器スキルというものも存在する。

 それがエクストラスキルだ。

 ラテンやクラインが使っている《カタナ》もそれに該当するが、これは曲刀をしつこく修行すれば手に入れることができるため、エクストラスキルの中でも出現条件が優しい。

 大概エクストラスキルは、どれも最低でも十人以上が習得に成功しているが、キリトの《二刀流》は違う。

 《二刀流》のことを本人から聞いて、すでに一年ほどが経過しているが、他に《二刀流》スキルを習得した者はいない。

 結局、おそらく一人しか習得することができない《ユニークスキル》の類なのではないかという結論に至った。それは俺が持っているスキルも同じだ。

 

「っつうことは、ラテンのも……?」

「ああ、俺のは《神速》。ソードスキル使ったとき硬直がほぼなかったのはこのスキルのおかげなんだ」

「そうか……」

 

 同じ《カタナ》のスキルだった分、ユニークスキルと知ったクラインの落ち込み具合は半端ない。

 

「……ったく、俺も頑張らないとな! もしかしたら俺も専用のスキルが手に入るかもしれないし」

 

 この男のいいところはこんなところだろう。マイナスをプラスに変えることができる人間は少ない。

 

「まあ、いろんな意味で妬み嫉みがあるだろうが…………苦労も修行のうちと思って頑張りたまえ、若者よ」

 

 クラインはキリトを見ながらにやにや笑う。もちろん『いろんな意味』とは今のキリトの光景のことを指しているのだろう。

 

「まあこれを機に、ですな」

「うむうむ。今後が楽しみでござるな」

「お前ら……」

 

 ムヒョヒョと笑うラテンとクラインにキリトは意味ありげな視線を送ってくる。

 そんなキリトにウインクをして踵を返した。

 

「んじゃあ俺はひとまず先に七十五層を拝ませていただくぜ。それともMVPのお前が行くか? キリト」

「いや、任せるよ。俺はもうヘトヘトだ」

「りょうかい」

 

 短く返すと、ラテンはクラインたちと共に次の層への階段をのぼった。

 

 

 




バトルシーン・・・一瞬でしたね。ごめんなさい。m(_ _)m

キリトの二刀流はかっこいいですよね!アニメのスターバーストストリームには興奮

しました(笑)次はヒースクリフとの対決今回より戦闘描写を細かく書きたいと思いま

す。ですがうまく書けるか不安です(笑)次回は今回よりも短くなると思いますが、目

に通していただければ幸いです。次回もよろしくお願いします!




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第四話 最強の男

今回は、ヒースクリフと戦うところですね

戦闘シーンをうまく書けるように頑張ります!

では、本編をどうぞ!!


だいぶ修正しました!


 

 

 翌日。

 ラテンは諸事情により、朝っぱらからエギルの店に隠れる羽目になった。

 原因はもちろん、昨日のボス戦だ。

 どこの誰が広めたのかわからないが、自宅の前は早朝から剣士やら情報屋が溢れかえっていて、わざわざ転移結晶を使わなければ脱出することができない状態だった。

 それは隣に座っている昨日のMVPも同じだったようで、ラテンが訪ねた時にはいかにも不機嫌そうな表情で居座っていた。

 使うんじゃなかった、と今更しても遅い後悔を感じて大きなため息が出る。視線は自然に目の前の机の上にある新聞に引き寄せられる。

 

 

 <軍の大部隊を全滅させた悪魔>

 <それを撃破した、神速の抜刀術と二刀流の50連撃!!>

 

 大きな見出しを見て再びため息が出た。

 

「尾ひれがつくにもほどがある……」

「……まあ、俺のはともかくお前のはだいぶついてるな、尾ひれ」

「引っ越してやる……どっかすげぇ田舎フロアの、絶対見つからないような村に……」

 

 ブツブツ呟くキリトを横目で見ながら、用意されたお茶を啜る。

 その反対側で、新聞から顔を上げたエギルが笑顔で口を開いた。

 

「まあ、そう言うな。一度くらい有名人になってみるのもいいさ。どうだ、いっそ講演会でもやってみちゃ。会場とチケットの手はずはオレがするぜ」

「するか!」

 

 キリトがカップをエギルめがけて投げた。

 だが、誤って投剣スキルを発動させてしまったらしく、紫色に輝きながら通常ではありえない速度でエギルの横を通過、壁に激突し大音響を撒き散らす。

 

「おわっ、殺す気か!」

「わ、悪い」

 

 大声で喚く店主にキリトが右手を上げて謝罪する。

 スキンヘッドはぶつぶつ言いながらキリトのお宝を鑑定し始めた。

 

 天井を仰ぐ。

 騒ぎはしばらく続きそうだが、時が経てば沈静化してくるだろう。それまでどこで過ごすかが肝心だ。

 今日何度目かのため息が出ると、階段を誰かが駆けあがってくる足音が聞こえてくる。そちらに顔を向けらば、勢いよく扉が開かれた。

 

「よ、アスナ」

 

 どうやらキリトと待ち合わせをしていたらしい。

 勢いよく扉を開けたことから、待ち合わせに遅れたのだろうと思っていたが、彼女を見る限りその可能性は低い。

 顔を蒼白にし、大きな目を不安そうに見開いている。

 何か深刻な問題が発生したのだろうか。隣ではキリトが固唾をのんだ。偶然居合わせたラテンも、アスナの言葉を待つ。

 

「どうしよう……大変なことになっちゃった……」

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鉄の道。鉄の建物。鉄。鉄。鉄。

 どこを見ても鉄ばかりのこの場所は、第五十五層の主街区《グランザム》だ。別名《鉄の都》。そして、血盟騎士団本部がある街でもある。

 街路樹の類は全くないため非常に圧迫感があり、息苦しい。こんな街のどこがいいのか全く分からないが、鍛治や彫金が盛んなためかプレイヤー人口は意外にも多い。

 何故こんなところに来ているのかというと、エギルの店まで話が遡る。

 

 アスナは今朝、ギルドに休暇届けを出しに行ったらしい。理由はおそらく、キリトとパーティーを組むから、あたりだろう。

 ギルドの主戦力である副団長の一時戦線離脱は、普通ならば簡単に承諾されるわけがないのだが、意外にも血盟騎士団の団長殿は条件次第でそれを認めると言ったらしい。

 その条件が、『キリトと俺が、団長と立ち合いをする』ことだったのだ。

 

「完全にとばっちりだよな、俺」

「ご、ごめんね、ラテン君……」

 

 アスナが遠慮しがちに口を開いた。

 アスナの休暇願いの根本的な原因であるキリトが呼ばれるのはわかるが、まさか自分が呼ばれるとは思っていなかった。理由はだいたい想像できるが。

 

「気にすんなよ。決着をつけないと、って思ってたところだしな」

 

 ラテンが言った意味が解らないアスナは首をかしげた。

 ギルドの副団長が知らないとは。団長殿は相当なサプライズ好きだと伺える。

 

 それから数分歩くと、一際大きな建物が現れた。

 巨大な扉の上部から何本も突き出す銀の槍には、白地に赤の十字を染め抜いた旗が垂れ下がって寒風にはためいている。

 ギルド血盟騎士団の本部だ。

 アスナはすこし手前で立ち止まると、旗を見上げる。

 

「昔は、三十九層の田舎町にあったちっちゃい家が本部でね、みんな狭い狭いっていつも文句を言ってたわ。 ……ギルドの発展が悪いとは言わないけど……この町は寒くて嫌い……」

「さっさと用を済ませて、なんか暖かいものでも食いに行こうぜ」

「もう。君は食べることばっかり」

 

 そう笑いながらアスナは、キリトの右手の指先を握る。

 数秒間そのままでいたが、「よし、充電完了!」と言って手を離した。

 二人の頬はほんのり赤くなっていた。

 見るからに初々しく、お似合いのカップルだが、まず言わせてくれ。

 

「……俺がいること、忘れてない?」

「す、すまん」

「ご、ごめん」

 

 ビクッと肩を揺らした二人の顔はさらに赤くなる。

 まったく、目の前で甘酸っぱい青春を見せられているこちらの身にもなってほしいものだ。

 

 

 

 

 

 

 血盟騎士団本部に入り、うんざりするほど長いらせん階段を昇り切った俺たちを出迎えてくれたのは、無表情な鋼鉄の扉だった。

 

「ここか……?」

「うん……」

 

 気乗りしないアスナはやがて、意を決したようにノックをし、返事を待たずに鋼鉄の扉を開け放った。

 中は広々とした長方形の部屋で、壁は全面透明のガラス張りだ。中央には半円形の巨大な机が置かれ、その向こうには五脚の椅子が並んでいたが、座っているのは一人だけだ。

 見た目は二十代半ばほどで、学者然とした、削いだように尖った顔立ちだ。秀でた額の上に、前髪が流れている。長身だが痩せ気味の体をゆったりとした真紅のローブが包んでいた。

 この男が血盟騎士団団長だ。名はヒースクリフ。

 人呼んで、SAO最強の男。

 他にも『聖騎士』や『生きる伝説』などと、うらやましいくらい二つ名が存在するが、今はどうでもいいだろう。

 最強の男。

 そう呼ばれているのには訳がある。

 この男は、俺やキリトがユニークスキルで名が知れわたる以前までは、唯一のユニークスキルを持つ男として知られていた。

 そのスキルの名は《神聖剣》。

 十字を象った一対の剣と盾を用い、攻防自在の剣技を操るスキルだ。

 ラテンも間近では何度か見たことがあったのだが、『無敵』とはこの男のことを指すのかと見るたびに思ったほど、圧倒的だ。

 彼のHPバーがイエローゾーンに陥ったところを見た者は誰もいないと言われている。それが最強の男と言われる大きな所以だ。

 そんなプレイヤーと立ち合いをしなければならないと思うと、気が滅入る。正直なところ、それだけは回避したい。

 

「お別れの挨拶に来ました」

 

 到着早々右ストレートを放ったアスナの言葉に、ヒースクリフは微かに苦笑する。

 

「そう結論を急がなくてもいいだろう。彼らと話させてくれないか」

 

 キリトを見据えながら続ける。

 

「君とボス攻略戦以外の場で会うのは初めてだったかな、キリト君」

「いえ……前に、六十七層の対策会議で、少し話しました」

「あれは辛い戦いだったな。我々も危うく死者を出すところだった。トップギルドなどと言われても戦力は常にギリギリだよ。――なのに君は、我がギルドの貴重な主力プレイヤーを引き抜こうとしているわけだ」

「貴重なら護衛の人選に気を使ったほうがいいですよ」

 

 護衛。

 そういえば今朝もアスナに付きまとっていた長身の男はいなかった。てっきりアスナの命令で待機しているのだと思っていたのだが、キリトの言い方からして、何かトラブルがあったのかもしれない。

 後で聞いておくか、と思いながら会話に集中する。

 

「クラディールは自宅で謹慎させている。迷惑をかけてしまったことは謝罪しよう。だが、我々としてもサブリーダーを引き抜かれて、はいそうですかという訳にはいかない。キリト君――」

 

 ヒースクリフの両眼が鋭く光る。

 

「欲しければ、剣で――《二刀流》で奪い給え。私と戦い、勝てばアスナ君を連れていくがいい。だが、負けたら君が血盟騎士団に入るのだ」

 

 キリトは黙ってヒースクリフを見据える。

 結局のところ、この男にとってアスナがギルドを一時離脱しようがしまいがあまり大きな問題ではないのだろう。

 それでは何故キリトに立ち合いを申し込んだのか。

 理由は簡単。この男は自分の力を試してみたいのだ。自分と同じく、唯一のスキルを持つプレイヤーであるキリトと。

 そして。

 

「……いいでしょう、剣で語れと言うなら望むところです。デュエルで決着をつけましょう」

「キリト君!?」

 

 この男もまた、そんなゲーマーとしてのエゴを持つ者だ。

 アスナが驚いてキリトに顔を向ける。

 大方、売り言葉に買い言葉で返事したのだろう。アスナには気の毒に思うが、まあキリトのことだ。何とかなるだろう。

 

「……んで、団長殿。俺は何のために呼ばれたんで?」

 

 ヒースクリフは微笑を浮かべる。

 

「何のため、か。それは君も分かっているんじゃないか? いい機会だからこの際に君にも血盟騎士団に入ってもらいたくてね」

「……もう何度も断ってるはずなんですけどね」

 

 ラテンの言葉にアスナだけでなくキリトも驚いた表情をする。

 最初の勧誘は、第五十五層ボス戦を終えた時だった。そのボス戦では、珍しくヒースクリフが参加しており、作戦の指揮を執っていた。当然ラテンも参加していたのだが、その当時のラテンは諸事情によりものすごく荒れていた。

 あのような無謀なことをして、よく生き残れたものだと思う。

 連結パーティでボスに挑んだのにもかかわらず、単身で斬りこんだのだ。

 ヒースクリフの《神聖剣》のサポートもあってか、どうにか死なずにボスのHPを削り切ったのだが、もしこの男があの場にいなかったら、ラテンは死んでいたかもしれない。

 その借りとして血盟騎士団に入ることを求められていたのだが、何度勧誘されてもギルドにだけは入る気にはなれなかった。

 何故なら、それが荒れていた原因だったからだ。

 だから、ギルド勧誘以外で借りを返すと何度も言っているのだが、この男は血盟騎士団員にすることをあきらめていないらしい。

 

「で、どうかな?」

「…………はぁ。わかりました。俺も引き受けますよ、あなたとの立ち合い」

 

 数秒間の沈黙の後、ラテンは堪忍して答えた。

 ここまで来たらこちらが諦めるしかないだろう。

 

「うむ。ではキリト君同様君が私に負けたら血盟騎士団に入ってもらう」

 

 ヒースクリフは満足そうにうなずく。まるで、俺が血盟騎士団に入ることが既に決まったかのように。

 その絶対的な自信を少しは分けてもらいたいが、俺とて血盟騎士団に入るつもりはない。

 ラテンが血盟騎士団に入る条件は、ヒースクリフに『負ける』ことだ。つまりラテンはどんな形であれ、負けなければ(・・・・・・)いいのだ。

 

「やるだけやってみるか」

 

 ラテンは静かに呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまない、ラテン君。こんなことになっているとは知らなかった」

「別にかまいませよ。証人がこれだけいれば、さすがのあなたでも折れるでしょうからね」

「……そうだな。これだけいれば君は何も言えまい」

 

 ラテンは肩をすくめると、あたりを見渡した。

 ここは先日新たに開通した七十五層の主街区にある円形の闘技場だ。七十五層自体古代ローマ風の造りなため、この場所を選んだのだろう。確かに決闘と言えば、コロッセオを連想する。だが、ヒースクリフが謝った理由別にある。

 「殺せー」「やっちまえー」などの聞き覚えのある物騒な叫び声が聞こえてきて思わず苦笑した。

 空気が振動するほどの大歓声がラテンとヒースクリフを包み込む。

 どうやらヒースクリフと決闘することがどこかから漏れたらしく、大きく取り上げられてしまったのだ。

 ユニークスキルvsユニークスキルという何が起こるかわからないマッチは、プレイヤーたちの心を引き寄せるのには十分で、こうして満員になるほどの観客が集まってしまった。

 キリトは悶絶していたが、ラテンとしては見られていようがいまいがどちらでもいい。戦闘に入れば、不必要な音は自然と聞こえなくなるだろう。

 

「では、始めようか」

 

 ヒースクリフは静かに告げると、右手を掲げメニューウインドウを出現させる。視線を落とさずに操作をすると、目の前にデュエルメッセージが出現した。

 

 <初戦決着モード  受諾 拒否>

 

 思わず『拒否』を押してしまいそうになるが、受けてしまったのだから仕方がない。ゆっくりと『受諾』ボタンを押す。

 するとすぐさまカウントダウンが始まった。

 俺は抜刀術の構えをとると、不意に試合前にキリトに言われたことを思い出す。

 

「あとで、話がある」

 

 いつも以上に真剣な表情にただ事ではないと感じたラテンは有無言わず頷いた。

 残念ながらキリトはヒースクリフに負けてしまった。

 これでめでたく彼は血盟騎士団員となったわけだが、油断はしていられない。あのグリームアイズを単身で倒したといっても過言ではないキリトが負けたのだ。この戦い、ラテンにとって相当厳しいだろう。

 

 カウントダウンが五秒になったと同時に息を吸い込み、四秒で一気にはく。そのまま目を瞑り、自分の動きをイメージする。

 

 そして数秒後、ラテンは目を見開いて地を蹴った。ヒースクリフもほぼ同時に動き出す。

 戦いとは初撃が肝心だ。うまく持っていければ、戦いを有利に運ぶことができる。

 最強の男に出し惜しみをする必要はないだろう。

 

 抜刀術ソードスキル《星砕き》。

 

 グリームアイズの腕を斬り落とした水色の閃光がヒースクリフに襲い掛かる。

 だがさすがと言うべきか。

 ラテンの一撃を難なく防ぐと、スキル後の硬直を狙って細い長剣を突き出した。

 しかし《神速》はソードスキル後の硬直を少なくするため、すぐに硬直から脱したラテンは、体をひねって紙一重で避けると、突きによって露わになったヒースクリフの右半身に鞘を打ち付けた。

 何も鞘はカタナを納刀するためだけのものではない。使いようによっては、剣にも盾にもなるのだ。

 鞘での攻撃を想定していなかったのか、意表の二撃目を受けたヒースクリフは砂埃を上げながら二メートルほど後ずさる。奴のHPは僅かながら減少しているのが見えた。

 ラテンは鞘を投てき物のように投げ、ヒースクリフの視界を一瞬だけ潰すと、追い打ちをかけるように単発ソードスキル《絶空》を放った。カタナと盾の摩擦熱により、火花が散る。

 僅かに押し出すことができたラテンは二連撃広範囲ソードスキル《辻車》を《絶空》と反対方向から横なぎにふるう。

 僅かに押された分から定位置に盾を持っていこうとするほんの僅かの動きに乗じて放った《辻車》が、十字盾をはじいた。

 最大の攻撃チャンスだ。無双刀が白く発光する。

 

 最上位剣技《散華》。

 

 突き技から始まる五連撃がヒースクリフに襲い掛かる。

 盾を弾いたとはいえこの五連撃がすべてヒットするとは思っていない。五連撃のうち二、三発ヒットできればかなりいい方だろう。

 だがヒースクリフは予想を大きく超える動きをする。

 少なくとも必ず当たると思っていた、最初の突きを右手の剣でうまく当て軌道を変更したのだ。

 上方向に進む刀を《散華》がキャンセルされないギリギリの範囲で、ヒースクリフに体に引き寄せる。その結果、頬を僅かに掠り、HPがすこしだけ減少させることができた。しかし、他の四連撃はすべて防がれ、お礼だと言わんばかりに再び硬直したラテンに剣が振るわれた。

 いくら《神速》によって硬直時間が短くなっているとはいえ、最上位剣技を使ったのだ。硬直が解けても、完全に避けきることができず肩に掠り、HPバーが僅かに減少した。

 すかさずバックステップで距離を取る。

 

「……ふむ。さすが私が見込んだプレイヤーだけある。状況判断力、反射神経、体重移動……どれを取っても素晴らしい」

「そんな《俺》に対応しているあんたは化け物だな」

 

 笑いながらラテンは地を蹴った。ヒースクリフは盾を構え直し、迎撃態勢に入る。

 ラテンは持っている知識、技術をすべて使い刀を振るった。高速の斬撃が次々とヒースクリフに降りかかる。

 時節カウンターをしてくるが、ラテンはそれを避けさらにカウンターを仕返し、ヒースクリフに攻撃の主導権を譲らない。

 ヒット数が少ないカタナソードスキルを慎重に選びながら、その場その場で最適なものを放つ。様々な色彩と火花が、ラテンと聖騎士の周りを飛び交い四散する。

 双方のHPバーは互いに一撃ずつ与えて以来、減っていない。お互いにお互いの攻撃をすべて防いでいるのだ。

 時間だけが過ぎていくと思われたが、そんなことはない。チャンスは必ず来るものだ。

 決して崩れることのない防壁に斬撃を浴びせていると、あるものが視界の隅に映る。

 

(いける……!)

 

 頭の中で方程式が組み上がるとラテンは、超高速の斬撃を寸止めする。

 当然、その方向から斬撃が来ると思っていたヒースクリフは少しだけバランスを崩す。人間押されれば、自然と押し返したくなるものだ。

 その一瞬の隙を、ラテンは見逃さなかった。

 左足を踏み込み、浮かび上がったものを掴む。そのまま納刀し、抜刀する。

 

 二連撃抜刀術ソードスキル《紫電》。

 

 紫色に閃光が瞬く。

 《星砕き》と違って最初の一撃の踏み込み足が左で、二撃目は右足を同時に前に突き出す技だ。

 その差コンマ三秒。

 盾を完璧に弾き、二撃目ががら空きの胴体目がけて直進する。これならば、先ほどみたいに、長剣で軌道修正されてもダメージがだいぶ通る。残り時間が少ないこの局面で、この一撃が通ればほぼ勝ち確定だろう。

 無双刀の切先が赤い甲冑に到達する瞬間――

 紫色の障壁がその一撃を阻んだ。

 

「なっ!?」

 

 思わず声を上げる。

 それと同時に、デュエルの終了を告げるアラームが鳴り響く。デュエルが終了すれば安全圏でダメージを与えることができなくなり、システムがプレイヤーを保護する。俺の一撃を防いだのは、そのシステムだった。

 結果を目で追う。

 デュエルウインドウに表示されている勝敗結果は――

 

「DRAW……」

 

 引き分けだった。

 互いに与えた最初の一撃が同じ威力だったらしい。

 こんな奇跡があっていいのかわからないが、ラテンとしては上々な結果だった。

 負けなければいいのだ、負けなければ。

 

「引き分けっっていうことは、勧誘の件は……」

「……しばらくは保留にするとしよう」

「なしにはならないのね」

 

 がっくりと項垂れるが、まあ幾分かはましだろう。

 ふと視線を感じて顔を上げればヒースクリフはじっとラテンを見据えていた。そして、ゆっくりと口を開く。

 

「君には……君たちには驚かされるよ」

 

 それをどのように受け取っていいのかわからなかったラテンは、ただただ離れていく赤い背中を見つめることしかできなかった。

 

 

 




・・・。

次回は少ないとか言っときながら、今までで一番長くなりました(笑)

疲れました(笑)戦闘シーンどうだったでしょうか?詰め詰めで見にくかったかもしれま

せん。それに関しては、申し訳ありません。m(_ _)m

ヒースクリフとの戦闘は、引き分けという形にさせていただきました。

この後のキリトとアスナの展開から、ラテンはお邪魔虫かなと思いましてあえて、

負けさせないでおきました。まだまだ、文章力がありませんがよろしくお願いします!


編集しました。


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第五話 黒鉄宮の地下 

今回は、朝露の少女のお話です。

では、本編へどうぞ!!

 修正しました!


 

 

 一陣の風が鳥のさえずりや木々が揺れる心地よいサウンドを運んでくれる。

 優しい風に背中を押されるようにラテンはゆっくりと森の中にある細道を歩いていた。

 見渡す限り自然豊かなこの場所は、アインクラッドで最も人口が少ないフロアの一つである第二十二層だ。

 何故ラテンがこんなフィールドモンスターもでないこのフロアにいるのかと言うと、ある者に呼ばれたからだ。もちろん正体不明の人物ではなく、ラテンの顔見知りだ。

 美しい森を楽しみながら 地図に記された場所にたどり着くと、そこには小さなログハウスが建っていた。

 

「へぇ、随分良い家を買ったもんだな」

 

 小さな階段を上がり、木製の扉をコンコンと叩く。

 数秒後、「は~い」と間抜けな声が聞こえ、扉が開かれる。

 ラテンを出迎えてくれたのは、簡素な格好をしたキリトだった。

 

「ようキリト、一週間ぶりだな。新婚生活は順調か?」

 

 何を隠そう、この家の持ち主は目の前にいるキリトだ。そして、そのキリトと『結婚』したアスナの家でもある。

 ちょうど一週間前。めでたく二人は『カップル』から『夫婦』になった。

 そんな新婚生活真っただ中の二人がラテンを呼んだ理由はわからない。ただ、前線を離れてまで、人の目を避けていたというのに、わざわざラテンを呼んだのだ。相当深刻な問題が発生したのだろう。

 

「あ、ああ、久しぶり。まあ、入ってくれ」

 

 どこかそわそわしたキリトの様子に疑問を持ちながら、促されるままに中に入る。

 リビングに到着すれば、小さな緑色のソファーにアスナが座っていた。

 

「久しぶりだな、アスナ。新婚生活のほうは……どう……だ……?」

 

 最後まですらすら言えなかったのには理由がある。

 その原因はアスナの隣にいる一人の少女だ。

 

「ひ、ひさしぶり、ラテン君……」

「…………」

 

 ラテンは目を見開いたまま動かない。

 無理もない。

 つい一週間前に夫婦なったばかりのキリトとアスナの家に可愛らしい少女がいるのだ。それもキリトとアスナに似た。

 そこから導き出される答えはただ一つ。

 

「へ、へぇ。SAOでも子供ってできるんだな…………お幸せに!!」

「「ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」

 

 玄関まで全力疾走するラテンの両肩をキリトとアスナが叫びながら掴む。この世界最速のラテンをいとも簡単に捕まえるとは。さすがは最強夫婦だ。

 

「何だよ! お前らのイチャイチャ話を聞いて、耐えられるほど俺は人間ができてない!」

「い、いいから落ち着け!」

 

 全力で逃れようとするラテン、と全力で引き留めようとする最強夫婦。

 両者の力は均衡し、時間だけが過ぎていった。

 無意味な戦闘からおよそ五分。

 先に折れたラテンは、仕方なく話だけでも聞いてやろうと思いソファーに座る。キリトとアスナはその反対側に座り事情を説明した。

 

「……なんだよ、そういうことだったのか。だったら早く言ってくれよ」

「言う前にお前が全力で逃げ出したんだろ……」

「そうだっけ?」

 

 軽くとぼけてみると、キリトがため息をついた。

 簡潔に説明するとこうらしい。

 キリトとアスナがいつものようにイチャイチャしながr「してねーよ!!」……森に入るとそこでキリトがいきなり最近噂になっている霊出現話をし始め、おびえていたアスナは話に出てきた幽霊らしき白い女が立っているのを目撃。だが白い女は倒れ、キリトが駆け寄ると、それはカーソルが出ない少女だった。置いてくわけもいかないので、とりあえず家に連れてきた、とのことだ。ちなみに少女の名は《ユイ》というらしい。

 

「……んで結局、俺は何のために呼ばれたわけ?」

「ラテン君なら何かわかるかなって思って」

「悪い、俺もさっぱりだ。『教会』に行けば何かわかるかもしれないけど……」

「教会?」

「ああ。《はじまりの街》にあるんだけど、そこに小学生ぐらいのプレイヤーが何人か住んでるんだよ。一人の女性がその子らの保護者になって育ててる。行ってみる価値はあると思うぜ」

 

 アスナとキリトは顔を見合わせると、同時に頷いた。

 

「ラテン。そこに案内してくれ」

「了解。早速行ってみるか」

 

 アスナはすでに寝ている少女を抱き、ラテンたちは教会に行くためにログハウスを出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すいませ~ん。誰かいらっしゃいませんか~?」

 

 《はじまりの街》の東七区にある教会に到着すると、アスナはさっそく声をかけた。だが、彼女の呼び声はただ壁を反響しただけで、誰も出てくる様子はない。

 知らない訪問者だからだろうか。

 仕方がないので、顔見知りであるラテンが声をかける。

 

「サーシャさん? 俺ですよ。ラテンです」

 

 教会の扉の前でそう言うと、扉が一気に開かれ、子供たちがなだれ込んできた。

 

「ラテン兄ちゃんだー!」

「久しぶりー!」

「ラテン兄ちゃんあそぼ!」

 

 目を丸くしているラテンに、子供たちは遠慮なく抱き着いてくる。

 ラテンの両足では支えきれず、背中を地面に打ち付ける羽目になった。

 

「随分な人気ぶりだな」

「ま、まあ、ちょっとな」

 

 ゆっくりと上体を起こすと手が差し伸べられる。

 見上げれば、修堂服を着た顔見知りの女性プレイヤーが立っていた。

 

「お久しぶりです、ラテンさん」

「お久しぶりです」

 

 手を取りながら一言返す。

 この女性の名は《サーシャ》。このデスゲームで孤独な子供を引き取って一緒に暮らしている心優しい女性だ。

 

「どうぞこちらへ」

 

 ラテンが事情を説明するよりも早く、サーシャさんがラテンたちを中に促す。

 ラテンたちは促されるまま、教会の中へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

「紹介するよ、こちらはサーシャさん。この教会で子供のプレイヤーを保護してるんだ。サーシャさん、こちらはキリト、そしてアスナです」

 

 用意された椅子に座り、共通の顔見知りであるラテンがこの場を持つ。

 キリトとアスナとサーシャが挨拶を終えると、二人はさっそく本題に入った。

 

「いきなりですがこの子……ユイという名前なんですが22層で迷子になってたんです。記憶もなくしているみたいで……。もしかしたら知っているんじゃないかと思って訪ねて来ました」

 

 数秒間の沈黙の後、サーシャは申し訳なさそうに口を開く。

 

「……私は二年間ずっと、毎日一エリアずつすべての建物を回って、困っている子供がいないか調べていました。でもその子は見たことがありません。そんな小さい子なら絶対気づいたはずです。ですので残念ながら……はじまりの街で暮らしていた子ではないと思います。お役に立てなくて、申し訳ありません」

「いえ、それだけでも十分です。ありがとうございます」

 

 キリトとアスナは小さく頭を下げた。 

 するとそこへ、一人の男の子が息を荒げながら駆け寄ってきた。

 

「サーシャ先生!大変だ!」

「いったいどうしたの?」

「ギン兄ィたちが、軍の奴らにつかまっちゃったよ!!東五区の道具屋の裏の空き地に……!」

 

 子供たちがそう言うとサーシャは顔を険しくし、間髪入れずに口を開く。

 

「わかった、すぐ行くわ」

 

《軍》。

 それは第七十四層で見かけたアインクラッド解放軍のことだ。このはじまりの街は、彼らの支配下に置かれている。

 すべての人々をこの世界から解放するために戦っているはずの彼らが、何故子供たちを捕まえたのだろうか。

 

「すいませんが、私は子供たちを助けに行かなければなりません。お話はまた後ほど……」

 

 再び申し訳なさそうに口を開いた、サーシャにキリトとアスナは顔を見合わせる。そして何かを決心したかのように、向き直った。

 

「私たちもお手伝いさせてください。少しでも多い方がいいはずです」

 

 サーシャは目を丸くする。 

 力になることができなかったのに、逆に手助けをしてもらうとは思っていなかったのだろう。

 何にせよ、キリトとアスナがいれば十分だ。 

 

「サーシャさんここは俺が残ります」

「ありがとうございます。お気持ちに甘えさせていただきますね」

 

 サーシャは深く一礼すると、眼鏡をぐっと押し上げた。

 

「それでは、すいませんけど走ります!」

 

 サーシャを先頭にキリトとアスナがその後を着いていく。その背中が見えなくなる頃に、はっと思い出す。

 

「あの女の子、預かっておくべきだったな」

 

 まあそれでもここは安全な圏内だ。危険はない。

 先ほどの席へ戻ると、子供たちが駆け寄ってくる。

 

「ラテン兄ちゃん、ギン兄ィたちは大丈夫かな?」

 

 不安になっている子供の頭を優しく撫でる。

 

「大丈夫だ。あの、兄ちゃんと姉ちゃんはすごく強いぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから戻ってきたのは、意外とすぐだった。

 しかし、見慣れない女性プレイヤーが険しい表情で同行していた。

 

「ラテン君とりあえずついて来てくれないかな?」

 

 アスナの言葉に少し真剣みが帯びているのを感じ、一言サーシャさんにあいさつするとアスナたちとともに教会を出って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歩きながらラテンは事情の説明を聞いていた。

 女性プレイヤーは、《ユリエール》という名らしい。

 何でも軍のボスだった《シンカー》という男性プレイヤーが一人の男に騙され、三日間<黒鉄宮>の最下層に閉じ込められているらしく、その救助を依頼してきたのだ。

 今は《休暇中》の二人でも、ユリエールの裏がない悲痛な訴えに心を動かされたらしく、こうして同行していたラテンをも巻き込んで引き受けたという訳だ。

 別にそれについての不満はない。

 キリトとアスナもそうだが、ラテンも困っている人は見過ごせないたちだからだ。キリトたちではなく、ラテンが子供たちを救出してユリエールに依頼されても同じように引き受けただろう。

 それに加えシンカーのいる場所も気になる。黒鉄宮の地下にダンジョンがあるなど、聞いたこともなかったからだ。

 

 

 

 ユリエールに案内されたダンジョンをラテンとキリトが主体となって、出現する敵を次から次へとポリゴン片に変えていく。

 このダンジョンのモンスターと戦ってみてわかったのだが《第一層》の割にモンスターが随分と強い。

 ユリエールいわく、ダンジョンは六十層当たりの強さらしくそれを聞いたラテンはすぐに納得した。

 

「つうことは、ボスも六十層くらいか?」

「ああ、たぶんな」

「だったら、三人でも大丈夫だな」

 

 七十層くらいのレベルであったら増援を呼ぶべきなのだが、六十層程度ならば、ラテンもキリトもレベルは90を超えているし、アスナもそれくらいなため相当なへまをしない限三人だけでもボスは大丈夫なはずだ。

 

「ぬおおおおおお」

 

 いつの間にかキリトが単身で突っ込んでおり、カエル型モンスターを二刀流で無双していた。この一週間近く剣を持っていなかったキリトだが、見る限りでは剣の腕や反応速度はまったく衰えていない。さすがは《黒の剣士》だ。

 すべてのカエルを一掃したキリトは、アイテムストレージからあるものを取り出す。それは先ほど倒したカエルの足だった。

 

「ゲテモノの肉って旨いっていうからな。後で料理してくれよアスナ」

「絶、対、嫌!!」

 

 料理好きのアスナでもさすがにカエルの足は生理的に厳しいのか、キリトと同じようにアイテムウインドウを開くと、次々とキリトが集めたカエルの肉をゴミ箱に放り込む。このSAO内で《結婚》をすれば、アイテムがすべて共有されるため、このようなこともできるのだ。

 

「あっ! あああぁぁぁ・・・」

 

 情けない顔で悲痛な声を上げるキリトを見て、ユリエールさんは思わず吹き出す。

 

「お姉ちゃん、初めて笑った!」

 

 ユイが嬉しそうに叫んだ。ユリエールも満面の笑みを浮かべている。

 

「さあ、先に進みましょう!」

 

 アスナの言葉に、その場にいた皆が同調してさらに奥へ足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 ダンジョンに入って二時間経った頃、ついにシンカーがいるであろう安全エリアが見えてくる。

 

「あっ、安全地帯よ!」

 

 アスナが言うとキリトも気づいたらしい。

 

「奥にプレイヤーがいるな……グリーンだ」

 

 索敵スキル使って目を凝らすと、グリーンのカーソルがついた一人の男性プレイヤーが安全エリアの中にいた。

 

「シンカー!」

 

 もう我慢できないというふうに一声叫んだユリエールが、長い銀髪を大きく揺らして走り始める。ラテンたちも慌てて後を追った。

 明かりを目指して数秒間走ると、やがて前方に大きな十字路が出現した。数メートル先には安全エリアがある。

 入り口で一人の男が激しく両手を振り回していた。

 きっと体全身を使って喜んでいるのだろう、と思っていたラテンだったが実際はほぼ百八十度違った。

 

「ユリエール!来るな!その通路は……!」

 

 ラテンたちはその言葉にぎょっとして速度を緩めるが、シンカーに会うことができたユリエールにはシンカーの言葉が聞こえていないらしく、一直線に駆け寄っていく。

 その時。

 通路と交わっている道の右側死角部分に黄色いカーソル突然出現する。

 すぐさま名前を確認する。

 《The Fatal-scythe》  

 ボスモンスターだ。

 

「だめ――っ!! ユリエールさん、戻って!!」

 

 アスナが絶叫するが、ユリエールは止まらない。このままではボスとユリエールが衝突してしまう。

 ラテンは足に力を込めるが、それよりも早くキリトが一陣の風になる。あまりの速さに周りの壁が震えた。

 瞬間移動にも等しい勢いで数メートルの距離を縮めたキリトは、ユリエールを抱えて十字路ギリギリで止まる。

 その瞬間、ごおおおおっと地響きを立てて巨大な黒い影が十字路を横切った。

 黄色いカーソルは、左の通路に飛び込むと十メートルほど移動してから停止する。姿が見えないボスモンスターがゆっくりと向きを変えた。

 再び突進する気配。

 ラテンとキリトはボスモンスターを塞ぐように、左の通路に飛び込んだ。

 

「この子と一緒に安全地帯に退避してください!」

 

 後ろで呆然としているユリエールにアスナが叫ぶ。

 蒼白な顔で頷いた鞭使いは、ユイを抱えて安全エリアへ駆けだした。

 身長二メートル半ばほどの、ぼろぼろになった黒いローブをまとった、死神のようなボスモンスターと対峙してラテンは目を見開く。そして同時に無双刀を素早く構えた。

 

「こいつが六十層程度のボスモンスター? 冗談きつすぎるだろ!」

「くそっ! アスナ、今すぐ安全エリアの三人を連れて、クリスタルで脱出しろ!」

「え……?」

 

 アスナは目を丸くする。

 彼女はまだ、こいつが六十層程度のボスモンスターだと思っているのだろう。

 それはキリトも予想できたようで、簡潔に目の前の死神の強さを説明する。

 

「こいつ、やばい。俺の識別スキルでもデータが見えない。強さ的には多分九十層クラスだ……」

「…………!?」

 

 アスナが息を呑む。

 その間にも、死神は徐々に距離を詰めてきていた。

 

「いや、キリト。お前もアスナと一緒に行け。俺が時間を稼ぐ」

「何言ってんだ、お前ひとりじゃ危険すぎる!」

「こいつの前じゃ、一人も二人も同じようなもんだろ! いいから早く行け!」 

 

 キリトとアスナは《休暇中》なのだ。こんな時に命を懸ける必要はない。

 それにラテンの敏捷値はキリトよりも高いのだ。ボスに追いつかれることなく安全エリアまで到達ことができる可能性がある。あくまで可能性の話だが。

 

「っ!?」

 

 頑に離脱しようとしないキリトにもう一度怒鳴ろうしたとき、ラテンの本能が危険を察知し体を震わせた。

 すぐさま右に転がるが、地面すれすれになった視界にはキリトとアスナが剣を交差させて防御態勢を取っていた。

 次の瞬間。

 攻略組でもトップに位置するであろう二人の体が視認できないスピードで壁に激突した。

 すぐさま二人のHPを確認すると、死神の横なぎを一振り防御しただけだというのに、半分を割っていた。二人の無情なイエロー表示は、次の攻撃を耐えることができないことを意味している。それはすなわち、二人の死。

 

 その瞬間。

 ラテンは神経が研ぎ澄まされていくのを感じた。

 思考がクリアになり、先ほどまでラテンを包んでいた恐怖感はどこかへ行ってしまっている。

 のそりと立ち上がったラテンに巨大な鎌が振り下ろされる。

 だがそれは、解っていた(・・・・・)

 バックステップで距離を取り顔を上げれば、先ほどまでいたラテンの場所に巨大な鎌が突き刺さっていた。距離を取ったにもかかわらず、衝撃波がラテンを襲い体が浮きそうになる。

 それを何とかこらえると、すぐに地を蹴った。

 

「うおおおおおおおおおおおお!!」

 

 叫びながら無我夢中で斬りかかる。

 自分が使えるあらゆるソードスキルを駆使し、死神にぶつける。

 もちろん死神がラテンの連撃をじっと受け続けるわけもなく、巨大な鎌が質量を感じさせないほどの速さで振り回される。

 防御していない状態でその一撃を受けたら、ラテンのHPがどれほど減るかはわからない。下手をすれば、全損する可能性だってある。それに防御しても意味がないことは、キリトたちを見てわかっている。

 視覚、聴覚を駆使し、死神の攻撃を紙一重で避け続ける。だが、鎌を避けることができても衝撃波は避けることができず、ラテンのHPはじりじりと削られていった。

 だがそれは死神も同様で、流星ように繰り出されるソードスキルが死神のHPをじわじわと削っていき、やがてイエローゾーンに到達する。

 それを見て、このまま押し切れるのでは、と思ったラテンだったが、やはり現実はそう甘くはない。ラテンのHPバーはイエローを越え、レッドゾーンへと突入していたのだ。あと数分打ち合えば、HPバーは消滅し、ラテンをポリゴン片へと変えるだろう。

 途端、それまで感じていなかった死への恐怖が頭をよぎり、一瞬だけラテンの判断を遅らせた。その一瞬が命取りなる。

 死神の横なぎをギリギリで躱すが、一瞬だけ遅れたことにより十分な距離を稼ぐことができず、後ろへ吹き飛ぶ。

 視界の端にあるHPバーは赤いドットがギリギリ見えるくらいしかない

 

(死ぬ……のか……?)

 

 そう思った瞬間、視界に炎が映りだす。

 ここにきてボスの特殊技が繰り出されるというのか。

 最後は大技で倒してやるという武士道のような情けなのだろうか。だったら死神様はさぞや気分がいいんだろう。

 

「くそったれ……」

 

 一思いに睨んでやろうと首を上げれば、その炎の正体が死神のものではなかったことがわかった。  

 ユイが炎に包まれた巨大な剣を持っている。

 彼女がこちらを振り向き口を動かした。

 それが閉じた瞬間、ラテンの視界はブラックアウトた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞼を持ち上げると白い光が視界に入り込んできた。

 HPバーはMAXまで回復している。

 ゆっくりと上体をあげれば、すすり泣きが耳に入り込んできた。そちらに顔を向けると、アスナが胸の前に両手を当て泣いていた。隣ではキリトが悲しい表情をしている。

 おそらくユイが身を挺してラテンたちを守ってくれたのだろう。

 

「何が、『ありがとう』だよ。ラテンは何もできなかった……何も」 

 

 ラテンがもっと強ければ。

 あるいはユイを失わずに済んだのかもしれない。二人を悲しませずに済んだのかもしれない。

 自分の無力さを呪ったのは、この世界に来てから二度目だった。

 

 

 

 

 




すいません!結構いろいろ簡略化しすぎました。本当にすいません!m(_ _)m

一通り書き終わったら少し修正します。

今回はユイちゃんの話でしたが、死神強すぎますよね。一撃で、攻略組トップクラスの

キリトとアスナのHPを黄色にしてしまうんですから。

SAO編は後2話くらいです。もちろん、SAO編の小話とかはやるつもりです。

すべて終わってからですけどね・・・。まだまだ先は長い!

今後ともこの小説をよろしくお願いします!


編集しました。


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第六話 ヌシと裏切り?

今回は、アニメでの朝露の少女の後の話です。原作よりアニメを見たほうが時間の流れはわかりやすいですよね(笑)

では、本編へどうぞ!


修正しました!
だいぶ内容が変わっています!


 太陽の光が水面に反射して、まるで踊り子が踊っているかのように美しい情景を見せてくれる湖をラテンはぼんやりと見つめていた。

 もうこの状態が一時間近く経過している。

 大きなため息をつきながら、隣に座る今回の依頼主を恨めしそうに睨みつける。

 

「重大な問題が発生した、って言われて来てみれば…………お前、俺に喧嘩売ってるだろ」

「まあまあ……あ、ほら、引いてるぜ」

 

 視線を手元に向ければ、以前購入してから使う機会がほとんどなかった釣り竿の糸が小さく引っ張られていた。

 竿を掴み、マグロの一本釣りをイメージしながら腕を振り上げると、手元に引っ張っていた主が着陸する。

 キリトが興味津々な表情を向けてラテンの手元を見やるが、そこにいたものの大きさを確認した瞬間、がっくりと項垂れた。釣った本人であるラテンとしては、竿を引っ張り上げたその重さから薄々感じていたため、驚きも項垂れもしない。むしろ、こんな無意味なことを一時間近くも続けている自分に呆れていた。

 

「やってられるか……」

 

 小声で毒づきながらキリトはごろりと寝転ぶ。

 手元にいた小魚が、自動でアイテムウインドウに格納され、消滅するのを見届けるとキリトと同じように寝転んだ。

 

 黒鉄宮の一件から既に三日が経過していた。

 ラテンたちのために犠牲になったユイは、小さなクリスタルとなってキリトとアスナのもとにいるらしい。ゲームがクリアされてもキリトのナーヴギアに保存されるため、消滅することはないんだそうだ。

 それを最初に聞いた時は、思わず崩れ落ちそうになったものだ。

 ただ、消滅を回避しオブジェクトになったとはいえ、ユイを助けられなかったことは事実だ。

 だからラテンは、あの日夜から、七十五層で発見されたばかりの迷宮区に潜り続けた。

 クラインたち風林火山から協力してマッピングをしようと誘われたが、その時のラテンの目的は、ボス部屋を見つけることではなくレベリングをすることであったため、何度も断った。マッピングは、レベリングのついででしかなかったからだ。

 寝る間も惜しんでがむしゃらにレベリングをした結果、ようやく一レべ上がった三日目の朝。

 この隣の黒づくめやろうにこうして呼ばれたのだ。

 目的はシンプル。

 『魚釣りを手伝ってくれ』だった。

 最初に見た時は、こっちの苦労も知らないで、と思っていたのだが、三日間の疲れが一気に襲い掛かってきたからか、あるいはキリトがラテン以上に苦労していたのを知っているからかはわからないが、不思議と怒りはわかなかった。むしろありがたかったとさえ思っていた。

 一時間も無駄な時間を過ごすとは思ってもいなかったが。

 

「釣れますか」

 

 突然かけられた言葉に、ラテンもキリトも仰天して飛び起きた。顔を向ければそこには、一人の男が立っていた。

 重装備の厚着に耳覆い付きの帽子、ラテンたちと同じように大きな釣竿を携えている。いかにも釣り好きそうな男だが驚いたのは、その男の年齢だ。見た目からして五十後半。比較的重度のゲーマー揃いのSAOで五十歳を超えているようなプレイヤーは非常に珍しい。下手したら、女性プレイヤーよりも少ないかもしれない。

 そんなプレイヤーと会うなど、そう滅多にないだろう。

 だから。

 

「NPCじゃありませんよ」

 

 ラテンが口を開くよりも早く、ラテンの思考を読んだかのようにその男は苦笑した。

 さすがに失礼だっただろう。

 

「「す、すいませn―――え?」」

 

 一字一句、隣のキリトと声がかぶる。

 顔を見合わせたラテンたちに、わ、は、は、と笑いながら土手を降りてくる。

 

「ここ失礼します」

「ど、どうぞ」

 

 キリトの返事を聞いた男は不器用な手つきでアイテムウインドウを出し、持っていた釣り竿に餌を付けた。

 

「私はニシダといいます。ここでは釣り師。日本では東都高速線という会社の保安部長をしとりました。名刺が無くてすいませんな」

 

 再びわははと笑う。

 東都高速線。

 確か、ネットワーク運営企業だった気がする。おそらくSAOを生み出した《アーガス》と提携でもしていたのだろう。その業務の確認の過程でこの世界にダイブ。そのまま閉じ込められたのかもしれない。

 思わず同情しそうになるのをこらえる。

 目の前の男はとても、この世界へ来たことを後悔してるようには見えなかったからだ。むしろ生き生きとしており、楽しんでいるように見える。

 

「俺はキリトといいます。こっちの彼は」

「ラテンです。わけあってこの場所に来ています」

 

 ちらりとキリトを見やれば、あははと笑いながら苦笑していた。

 

「ほう、それでは上のほうから来たと……。どうです、上にはいいポイントはありますかな?」

「そうですね……。六十一層なんかは全面海で、相当な大物が釣れるらしいですよ。ラテンも昔は狙ってたんですけど、思った以上に釣れなくてあきらめました」

 

 手元の釣り竿は、その時に購入したものだ。

 結局、熟練度が足りずに断念してしまっていたのだ。

 ニシダは苦笑した後、大きく頷いた。

 

「ほうほう! それは一度行ってみませんとな」

「よかったらお供しますよ。モンスターは任せてください」

 

 それは安心ですな、と言いながらニシダは腕を振り上げた。彼の手には、先ほどラテンが釣った魚の何倍もの大きさの魚が握られていた。

 

「うおっ、で、でかい!」

「すごいですね……!」

「いやぁ、ここでの釣りはスキルの数値次第ですから」

 

 ニシダは頭を掻きながら、

 

「ただ、釣れるのはいいんだが料理のほうがどうもねぇ……。煮付けや刺身で食べたいもんですが醤油無しじゃどうにもならない」

「あー……っと……」

 

 キリトが口篭もる。

 数秒後、何かを決めたかのように口を開いた。

 

「……醤油にごく似ている物に心当たりがありますが……」

「なんですと!」

「醤油!?」

 

 ラテンとニシダはキリトの肩をがっしり掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「お帰りなさい。お客様?」

「ああ、こちら、釣り師のニシダさん。とおまけのラテンだ」

「おまけ、ってなんだよ」

 

 キリトの横腹を小突くと、「冗談だって」と笑いながら返してくる。

 

「ラテン君のことはキリト君から聞いてるよ。……こんにちは、キリトの妻のアスナです。ようこそいらっしゃいませ」

 

 アスナはにこりと微笑みながら元気よく頭を下げた。

 ニシダはアスナの美しさに見とれていたのか、少し間をおいてようやく我に返る。

 

「い、いや、これは失礼、すっかり見とれてしまった。ニシダと申します、厚かましくお招きにあずかりまして……」

 

 頭を掻きながら、わははと笑った。

 

 

 

 ニシダから受け取った魚を、アスナは料理スキルを如何なく発揮して刺身と煮物に調理し、食卓に並べた。

 ラテンたちが会話もそこそこにしばらく夢中で箸を動かし始めてから数分後。 

 

「……いや、堪能しました。まさかこの世界に醤油があったとは……」

「俺もびっくりだ。まんま醤油だとは思わなかったぜ」

 

 たちまち空になった食器を眺めながら、料理の感想を述べた。

 この世界では現実世界と同じような食料は調味料は存在しない。あるとしてもパンぐらいだろう。だから調味料である醤油はこの二年間、味わったことがなかった。

 久しぶりの懐かしい味に、涙がでてきそうだ。

 

「自家製なんですよ。よかったらお持ちください」

 

 アスナは台所から小さな瓶を持ってきて、ニシダとラテンに渡す。ニシダは恐縮しながら受け取ったが、ラテンは別に料理ができるわけでもないし、魚を釣ることができるわけでもないため、そっと小瓶をアスナに返す。懐かしい味には残念だが、この世界でのしょうゆを使った料理は先ほど食べたアスナのものだけでキープしておきたいからだ。

 

「それにしても大きな魚でしたね。キリト君なんてろくに釣ってきたためしがないんですよ」

「このへんの湖は難易度が高すぎるんだよ」

 

 キリトが憮然として茶を啜る。

 そんな二人を見ながらニシダは笑った。

 

「いや、そうでもありませんよ。難度が高いのはキリトさんが釣っておられたあの大きな湖だけです」

「な……」

 

 ニシダの言葉にキリトが絶句する。

 だからそこそこ釣りスキルが高いラテンでも釣れなかったわけだ、とラテンはむしろ納得した。だが、それならば何故そんなことが起きているのだろうか。

 

「何でそんな設定になっているんですかね?」

「実は、あの湖にはですね……」

 

 ニシダは声をひそめるように言うと、ラテンとキリトとアスナは身を乗り出す。

 

「どうやら、主がおるんですわ」

「「「ヌシ?」」」

 

 声をそろえて聞くラテンたちにニシダは続ける。

 

「はい。ヒットはしたんですが、私の力では取り込むことができませんでした。最後にちらりと影だけ見たんですが、大きいなんてもんじゃありませんでしたよ。ありゃ、怪物、そこらにいるのとは違う意味でモンスターですな」

 

 両腕をいっぱいに広げてみせる。

 第二十二層にはフィールドモンスターは存在しないはずだが、フィールドボスなら見つかっていないだけでいるのかもしれない。

 

「わあ、見てみたいなぁ!」

 

 目を輝かせながらアスナが言った。

 

「そこで相談なんですが……キリトさん、ラテンさんは筋力パラメータのほうに自信は…?」

「俺はないですけどキリトなら……」

「う、まあ、そこそこには……」

 

 レベルアップ時に、筋力と敏捷力のどちらを上げるかは各プレイヤーが任意に選択することができる。エギルのような斧使いは筋力を優先させるし、アスナのような細剣使いは敏捷力を上げていくのがセオリーだ。

 カタナ使いであるラテンは主に敏捷力を上げている。それに対して同じカタナ使いであるクラインは筋力を少し多めに上げているのを聞いた。エクストラスキルゆえあまり使われている武器とは言えないため、どちらのほうが《カタナ》の力を発揮できるかはわからない。もしかしたら筋力が高い方がいいかもしれないし、そうではないかもしれない。ただ一つ言えることは、ラテンは敏捷力を主にで上げて後悔はしていないということだ。

 ニシダはキリトの言葉を聞くと、目を輝かせながら身を乗り出した。 

 

「なら一緒にやりませんか! 合わせるところまでは私がやります。そこから先をお願いしたい」

「ははぁ、釣り竿の《スイッチ》ですか。……できるのかなぁそんなこと……」

 

 キリトは首をひねる。

 

「やろうよキリト君、ラテン君! おもしろそう!」

 

 そんなキリトに、アスナが目を輝かせながら言う。地味にラテンも巻き込まれているが、ヌシがどんなモンスターなのか多少は気になるため同行しようと思う。

 

「……やりますか」

 

 少し間を置いた後、キリトは承諾した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三日後の朝。ニシダからメッセージが届くと、転移結晶を使って七十五層迷宮区から二十二層へ転移し、装備を外して急いでヌシがでるという湖に駆け付ける。

 ラテンが到着した頃には、すでに三人が集まっていた。それに加え、休暇中であるキリトとアスナにはありがたくないギャラリーも大勢集まっている。

 まあその『休暇』も、もうすぐ終わることになりそうだが。

 

「え~、それではいよいよ本日のメイン・イベントを決行します!」

 

 長大な竿を片手に進み出たニシダが大声で宣言すると、ギャラリーは大いに沸いた。

 ラテンはメインで竿を引き上げるキリトのバックアップをすることになった。簡単に言えば、『おおきなかぶ』でおばあさんたちがやっていたように、キリトを引っ張る役割だ。

 

「やあっ!!」

 

 ニシダが大上段に構えた竿を気合と共に見事なフォームで振ると、やや離れた水面に盛大な水飛沫を上げて餌が着水した。その餌が、巨大なトカゲだったことは気にしないでおこう。

 SAOにおける釣りには、待ち時間と言うものが殆どない。仕掛けを水中の放り込めば、数十秒で獲物が釣れるか、餌が消滅して失敗するかのどちらかしかないのだ。

 ラテンたちは固唾をのんで、水中に没した糸に注目する。

 やがて、釣り竿が二、三度ぴくぴくと震えた。

 

「き、来ましたよニシダさん!!」

「なんの、まだまだ!!」

 

 ニシダは目を爛々と輝かせながら微動だにしない。細かく振動している穂先をじっと見据えている。

 と、一際大きく竿の穂先が引き込まれた。

 

「いまだッ、あとはお任せしますよ!!」

 

 ニシダが体を大きく反らせ、全身を使って竿をあおるとキリトに竿を手渡した。最初は様子を見るため、ラテンは傍にいるだけで手を出さない。

 

「うおっ!?」

 

 途端、キリトの体が勢いよく水中に引きずられた。

 慌ててキリトの体を掴み、何とか持ち直させる。だが思った以上に《ヌシ》の力は強く、一瞬でも気を抜けばキリトもろとも湖の中に引きずり込まれるだろう。

 

「ぐぎぎぎぎぎ……!」

「ぐぐぐぐぐぐ……!」

 

 歯を食いしばって引っ張り続けると、じりじりと後退していく。遅々だが確実な速度で謎の獲物を水面に近づけていった。

 

「あっ!見えたよ!!」

 

 アスナが身を乗り出し、水中を指す。

 ラテンとキリトは残念ながら、岸から離れているため確認することができない。見物人たちは我先にと水際に駆け寄り湖水を覗き込む。

 

「な、なあ、キリト。俺も向こうに行っていいか?」

「だめだ! 俺を殺す気か!」

「だよねー」

 

 予想していた返答に思わず苦笑する。

 だがその気持ちはキリトも同じだったのだろう。一際竿に力を込めると強くしゃくり上げた。

 それと同時に、眼前で湖に群がっていたギャラリーたちの体がビクッと震える。

 

「どうしたん……」

 

 キリトの言葉が言い終わる前に、連中は一斉に振り向くと猛烈な勢いで走り始めた。左をアスナ、右をニシダが顔面蒼白で駆け抜けていく。そんな彼女らを不思議に思い、怪訝な視線を向けていると、不意に両手から重さが消え、キリト共々尻餅をついた。

 糸が切れてしまったのだ。

 

「「ああああああああ!!」」

 

 ラテンとキリトが情けない声を出しながら、湖に向かって走る。

 このままではラテンたちの努力が水の泡になってしまう。そう思いながら湖に顔をのぞかせると、目の前で銀色に輝く湖水が丸く盛り上がった。

 

「な――」

「え――」

 

 目を見開くラテンたちに後方から声が届いてくる。

 

「ふたりともー、あぶないよ――」

 

 振り向けば、アスナやニシダたちは岸辺の土手に駆け上がり、かなりの距離まで離れていた。

 すると、背後で盛大な水音が響く。

 嫌な予感を感じながら、ラテンとキリトは、ゴゴゴゴとロボットのように再び振り向く。

 目の前で、

 ――魚が立っていた。

 

「「ああああああああ!!」」

 

 一思いに叫びながらラテンたちは、踵を返して全力でダッシュする。

 だが途中でラテンは躓いてしまい、目の前を走っていたキリトの右足をとっさに掴んだ。

 すぐに「うげっ」と地面に顔面をぶつけたキリトは、涙目でこちらに顔を向ける。

 

「お前、何すんだよ!」

「ははは、やだなぁキリトクン。……やられるときは一緒だろ?」

「ふざけんな!」

 

 キリトが右足をあらん限り振り回してラテンの手から逃れようとするが、ラテンは必死にしがみつく。

 その間にも、全長二メートル半ばほどの巨大な魚はラテンたちの元へと歩いてきていた。

 

「てめぇ、キリト! さっきは助けてやっただろ! ここはおとなしく俺と心中しろ!!」

「それとこれとは話が別だろ! お前と心中するくらいなら、あの魚と心中したほうがましだ!」

「じゃあ心中しとけぇ!」

 

 ラテンはキリトを引っ張ると、その反動で立ち上がる。そのまま走り去ろうとしていたラテンの足をキリトが掴んだ。今度は逆の立場になる。

 だが言い争いをしている時間はもうなかったようで、巨大な影がラテンとキリトを覆った。

 

「「――ぎゃぁあああああああ!!!」」

 

 お互いの体に抱き着きながら、絶叫する。

 刹那。

 一筋の閃光が今にもラテンたちを食べようとしていた魚の口の中を通過した。迫っていた口が減速していく。やがてそれが止まると、無数のポリゴン片へと姿を変え爆散した。

 顔を上げるとラテンとキリトの視線の先には、細剣を鞘に収め、すたすたとこちらに向かって歩を進めているアスナが見えた。

 アスナがラテンたちの前で止まっても、ラテンたちは口をあんぐり上げたまま抱き合っている。

 

「もう。二人とも情けないんだから。今度何か奢ってもらうからね」

 

 そこでようやく思考が追いついたラテンたちは、ゆっくりと肩を落とす。

 

「もう財布も共通データじゃないか」

「う、そうか……でもラテン君は何か奢ってね」

「んじゃあついでにラテンにも奢ってくれ。結婚祝い的な」

「まじかよ……俺、何もしてなくね……?」

 

 呟いたラテンの言葉はを返してくれる者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、ラテンの元に一通のメッセージが届いた。

 それは、七十五層のボスモンスター攻略戦への参加を要請するヒースクリフからのものであった。

 

 

 

 

 

 




実は、もっと短くなると思ってました。魚釣りだけで最初の二話より多くなるなんて・・・。

そして!次回がSAO編最終話になると思います。ついに、あのモンスターとの戦闘が…。

精一杯書きますので、次回もよろしくお願いします!!


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第七話 最後の戦い

スカルリーパー戦です。SAO編最終回です。

では、本編へどうぞ!!


※大幅修正しました。


 

 

 翌日。

 大きな鋼鉄の扉の前で立ちどまる。

 ここは五十五層のグランザムにあるギルド《血盟騎士団》本部だ。何故こんなところにいるのかというと、話は一時間以上前に遡る。

 

 早々起きたラテンは、迷宮区に向かおうとしていた。ボスの姿を一目でも見ておこうと思ったからだ。

 ボス部屋発見については昨夜にヒースクリフとは別に、クラインから知らされていた。ようやく見つかったらしい。ボス戦についてはつい先日に嫌な思い出がある。死者を出さないためにはボスを知る必要があるのだ。

 だから下見をしようとしていたのだが、そんなラテンの動きを予想していたかのように、一通のメッセージが届く。差出人は、ヒースクリフだった。

 見てみれば、『来てくれ』のただ一言。

 その一言に何故か嫌な予感がしたラテンは、わざわざこの場へ来たのである。

 

「頼むから次のボスにも結晶は使えないって言わないでくれよ……」

 

 脳裏に嫌な思い出がよぎる。

 それを振り払うようにラテンは巨大な扉をゆっくりと開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「偵察隊が全滅!?」

 

 会って早々ラテンは絶句する羽目になった。

 

「昨日のことだ。七十五層迷宮区のマッピング自体は、時間がかかったが犠牲者を出さずに済んだ。だが、ボス戦はかなりの苦戦が予想された……」

「……でしょうね」

 

 今までにこの世界でのボス戦で多大な犠牲が出たのは、軍の精鋭部隊をほぼ全滅させた第二十五層の双頭巨人戦と、勝手に緊急脱出する者が続出し戦線が一度崩壊、援護部隊が一歩遅ければ全滅するところだった第五十層の金属製の阿修羅戦の二つだ。

 この二つのようにクウォーター・ポイントごとに強力なボスが用意されているなら七十五層も同様の可能性は高い。わざわざ下見をしようとしていたのはこれが理由でもある。

 

「そこで、我々は五ギルド合同のパーティ二十人を偵察隊として送り込んだのだが……」

 

 結果は先ほどヒースクリフが言った通りだろう。

 それでも全滅はあり得るのだろうか。

 今回の目的はあくまで『偵察』だったはずだ。ボスと『戦う』ことではない。ボスの行動パターンを知り、それを報告するだけの決して難しくはない任務だ。

 それにやむを得ない理由があって戦闘になったとしても、偵察隊は歴戦のプレイヤーたちで構成されている。その二十人全員が、撤退もしないで最後まで戦うなんて想像もつかない。

 

「おそらく結晶無効化空間と踏んでいいだろう。そして、今後のすべてのボス部屋が結晶無効化空間である可能性が高いはずだ」

 

 嫌な予感は的中してしまった。 

 今後すべてのボス部屋となれば、死者が出る可能性が非常に高くなる。

 

「……ったく、茅場晶彦もえぐいことをするもんだ。絶対Sだなあの人」

「……そうだな」

 

 ヒースクリフは意味深な笑みを浮かべたが、それを気にせず口を開く。

 

「ボス戦はいつからなんですか? もちろん俺は参加させてもらいますよ」 

「攻略開始は五時間後。予定人数は君を入れて三十三人。七十五層コリニア市ゲートに午後一時集合だ。君の勇戦には期待しているよ。おそらくこの世界で一番強いプレイヤーだからね」

 

 ヒースクリフの言葉にラテンは笑みを浮かべる。

 

「……あまり買い被らないでくださいよ。《伝説》はあなただ」

 

 そのまま踵を返して、部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五時間後、ラテンはコルニア市ゲート前に到着した。

 そこにはすでに何人かのプレイヤーが集まっており、一見して全員がハイレベルプレイヤーだとわかった。

 ラテンがゲートから出て歩み寄れば、皆緊張した表情で目礼を送ってくる。中にはギルド式の敬礼を送ってくる連中もおり、小さく右手を上げてそれを返した。

 ラテンが足を止めたのと同時に、首に腕がかけられる。

 

「よう、ラテン。やっぱりお前も参加すんのか!」

 

 顔を向ければ風林火山のリーダー、クラインが緊張感のかけらもない笑みを浮かべていた。その後ろからはチョコレート色のスキンヘッドプレイヤーが顔を出す。

 

「まああれだけ注目を集めれば、参加せざる負えないよな」

 

 エギルは野太い声で笑う。

 

「他人事だと思いやがって……でもお前らがいると少しは安心できるな。もちろん俺専属のタンク役としてだけど」

「何だと!」

「お前が俺のタンクになんだよ!」

 

 エギル、クラインが声を上げて、ラテンに襲い掛かる。 

 それを笑いながら躱していると、視線の先で転移門に光が宿った。

 

「おお!」

 

 それを見たクラインが声を上げてそちらに駆け寄っていく。ラテンとエギルもその後を追った。

 

「よう、キリト、アスナ。お前らも来ると思ってたよ」

 

 そのままラテンたちは少しの間雑談をする。すると、午後一時ちょうどに再び転移門に光が宿った。

 真紅の長衣に巨大な十字盾を携えたヒースクリフと、血盟騎士団の精鋭の合わせて五人だ。彼らの姿を目にすると、プレイヤーたちの間により一相緊張が走る。

 

「欠員はないようだな。よく集まってくれた。状況はすでに知っていると思う。厳しい戦いになるだろうが、諸君の力なら切り抜けられると信じている。――解放の日のために!」

 

 ヒースクリフの力強い叫びに、プレイヤーたちは一斉にときの声で応えた。さすがは最強ギルドを束ねる長だ。この男のカリスマ性には舌を巻く。

 ヒースクリフは、プレイヤーたちの呼応に頷くと腰パックから納紺色の結晶アイテムを取り出した。それを見たプレイヤーたちから「おお……」と言う声が漏れる。

 通常の転移結晶は、指定した街の転移門まで使用者一人を転送することができるだけのものだが、今ヒースクリフが手にしているものは違う。あれは《回廊結晶》というアイテムで、任意の地点を記録し、そこに向かって瞬間転移ゲートを開くことができるという極めて便利な代物だ。

 もちろんその性能ゆえに希少度が高く、迷宮区のトレジャーボックスか、強力なモンスターからのドロップでしか出現しないため持っている者が少ない。ラテン自身も、入手していないアイテムだ。まあソロで活動しているため必要はないのだが。

 ヒースクリフは右手を高く掲げると「コリドー・オープン」と発声した。たちまち希少なクリスタルは砕け散り、彼の前の空間に青く揺らめく光の渦が出現する。

 

「さあ、行こうか」

 

 こちらを一瞥すると、青い光の中へと足を踏み出した。その後ろを四人の血盟騎士団の精鋭が続く。

 

「うっし。行きますか!」

 

 気合を入れるように息を吐くと、ラテンは青い光へと踏み出した。

 

 

 

 

 軽い眩暈に似た転移感覚のの後、目を開けば巨大な扉が飛び込んできた。その扉を見ただけで、ボスモンスターの力量が非常に高いことが感じられた。

 後ろを振り向けば、すでに転移を終えたプレイヤーたちがメニューウインドウを開き装備やアイテムを確認している。その中からクラインとエギルが近づいてきた。二人とも緊張が顔に浮かんでいる。

 

「皆、準備はいいかな。今回、ボスの攻撃パターンに関しては情報がない。基本的には、KoBが前衛で攻撃を食い止めるので、その間に可能な限りパターンを見切り、柔軟に反撃してほしい」

 

 剣士たちは無言で頷いた。

 ヒースクリフはそれを見ると、無造作に黒曜石でできた大扉に歩み寄り、中央に右手をかけた。その場にいた全員に緊張が走る。

 

「死ぬなよ」

 

 後ろから聞きなれた声が聞こえてきた。

 クラインとエギルがふてぶてしく言い返す。

 

「へっ、お前こそ」

「今日の戦利品で一儲けするまでくたばる気はないぜ」

 

 並んで立っているキリトとアスナにラテンは笑いながら声をかけた。

 

「生き残ったら約束通り、おごってやるよ」

「ああ、頼むぜ」

 

 キリトとアスナが頷く。

 同時に、大扉が重々しい響きを立てながらゆっくりと動き出した。プレイヤーたちが一斉に剣を引き抜く。それに対してラテンは鞘に左手を添えたまま抜刀しなかった。偵察隊を全滅させたほどのボスモンスターだ。最初から全力で行くべきだろう。

 

「戦闘、開始!」

 

 完全に扉が開き切ると、ヒースクリフが叫び、プレイヤーたちがボスエリアに突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 内部は、かなり広いドーム状の部屋だった。大きさはラテンやキリトがヒースクリフとデュエルした闘技場ほどだろう。

 背後で轟音を立てながら大扉が閉まった。どうやら今回のボス部屋は入ったら最後、ボスを倒すか全滅しなければ扉が開かない仕様らしい。これが偵察隊を全滅させた大きな要因だろう。

 部屋に突入してから数秒後。無駄に広い部屋の隅から隅まで目を凝らすが、モンスターらしき影はどこにも見当たらない。

 

「どこにいるんだ?」

 

 誰かが、耐えきれないという風に声を上げた。

 その瞬間。

 

「上よ!!」

 

 後ろにいたアスナが叫んだ。

 すぐさまプレイヤー全員が上へ顔を向ける。

 そこにはこの部屋の主が張り付いていた。とてつもなくでかく、骸骨のムカデのような形をしている。

 そいつの名は《The Skullreaper》――骸骨の刈り手、と言ったところか。

 

「固まるな!距離を取れ!!」

 

 全長十メートルほどのそいつが天井から落下してくるのと同時に、ヒースクリフが叫んだ。プレイヤーたちは一斉に動き出す。

 だがスカルリーパーの落下地点にいた三人の動きがわずかに遅れた。

 

「こっちへ来い!」

 

 どちらに移動したものかと迷っていた三人に叫ぶ。

 三人は慌てて動き出す。直後。

 床全体を大きく震わせて、巨大なムカデが着地した。逃げ遅れた三人は、何とかつぶされずに済んだものの、スカルリーパーの着地による衝撃で体勢崩した。

 そこへ無造作に巨大な鎌の形をした腕が横なぎに振り下ろされた。

 三人が同時に吹き飛ばされる。

 ラテンは三人の落下地点を予測し、回復できるようにボスとの間に立とうとした。だが、三人のHPは宙を吹き飛ぶ間にも猛烈な勢いで減少していく。

 一撃だけでハイレベルプレイヤーのHPを半分以上削るのか、と驚いていたが三人のHPバーはイエローゾーンで留まることはなかった。一定の速度でイエローゾーンからレッドゾーンへと。そして。

 

「……!?」

 

 あっけなくゼロになった。

 全員が驚愕する。

 

「うそ、だろ……!?」

 

 この場にいるプレイヤーたちは全員《安全マージン》すなわち『層+10』レベルを十分に確保しているはずだ。

 SAOのようなレベル制MMORPGはレベルが絶対的だ。一レベルの奴は当然五十、六十レベルのプレイヤーにはシステム的に太刀打ちできない。だから、たとえボスモンスターとはいえ十もレベルが離れているプレイヤーを一撃で倒すことなど不可能なはずだ。

 だが、目の前でそれが見せつけられれば、スカルリーパーはそれが可能だと言わざるを得ない。

 一瞬にして三人の命を奪った骸骨ムカデは、上体を高く持ち上げて轟く雄叫びを上げると、猛烈な勢いで新たなプレイヤーの一団目がけて突進した。

 

「わあああ――!!」

 

 その方向いたプレイヤーたちが恐慌の悲鳴を上げる。再び巨大な鎌が高く振り上げられた。

 

「ヒースクリフ!!」

 

 ラテンは全力で叫ぶと一陣の風になる。

 プレイヤーたちとスカルリーパーの間に割って入ると、水色に輝く鞘から愛刀を抜き放った。抜刀ソードスキル《星砕き》が、振り下ろされた鎌に激突する。

 途端、耳をつんざく衝撃音と共に火花が散った。

 痺れるような衝撃と共にラテンの刀は弾かれるが、スカルリーパーの鎌を弾くことに成功した。後ろに吹き飛びそうになる衝撃を足を踏ん張って何とかこらえる。

 だが、鎌は二本あった。

 ラテンは左手の鎌を弾くことができたが、右手の鎌を対処することはできない。

 体勢を崩したラテンに、右手の鎌が襲い掛かる。しかし、ラテンが思い描いていた通りの光景が目の前に広がる。

 巨大な盾を掲げ、巨大な鎌を防ぐ男。ヒースクリフだ。

 

「いいから動け!! 死ぬぞ!!」

 

 まだ停止しているプレイヤーを怒鳴ると、呪縛が解けたかのようにプレイヤーたちが再び動き出した。雄叫びを上げ、武器を構えてスカルリーパーに突撃する。

 それを見たラテンは、視線をヒースクリフに戻した。ちょうど右鎌を弾き飛ばした所らしく、こちらに一瞬だけ視線をよこす。

 ボスのHPはお前が削れとでも言っているようなその視線に、ラテンは心の中で笑う。

 望むところだ。

 

「ヒースクリフ、俺の盾になれ!!」

 

 ラテンの刀が青い光を帯びる。

 九連撃上位ソードスキル《鷲羽》。

 剣術の基本である九つの斬撃を、左斬上(ひだりきりあげ)右斬上(みぎきりあげ)刺突(つき)右薙(みぎなぎ)左薙(ひだりなぎ)逆袈裟(さかげさ)袈裟斬り(けさぎり)逆風(さかかぜ)唐竹(からたけ)の順で繰り出す技だ。

 連撃数もさることながら威力も申し分ないため、ラテンのお気に入りの技の一つでもある。

 ボスのHPが目に見えて減少するのを確認すると、バックステップで後ろにいたヒースクリフと交代する。

 プレイヤーたちの奮戦により、スカルリーパーのHPが徐々に減少していった。

 

――いける!

 

 心の中で叫びながら、ラテンは全力でソードスキルを叩き付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無限とも思えた激闘がついに終わりを迎えた。

 一時間にも及んだ戦闘に皆、倒れるように黒曜石の床に座り込んだ。ラテンもゆっくりと腰を下ろす。

 

「何人――やられた……?」

 

 クラインの掠れ声で聞いてくる。その隣で手足を投げ出して仰臥したエギルも、顔をキリトへ向けた。

 キリトはマップを呼び出して緑の光点を数える。次に言われる数字をラテンは静かに待つ。

 

「――十二人、死んだ」

 

 もうため息も出ない。

 ここにいたのは全員が歴戦の名だたるメンバーたちだ。いくら結晶が使えなかったとはいえ安全な戦い方をすれば、おいそれと死ぬことはないはずだ。だが、死んでしまったのだ。十二人も。

 これから毎層ごとに、これだけの犠牲を出すことになると仮定すると、頭が痛くなる。もしかしたら最後にラスボスと対面できるのはたった一人になるかもしれない。

 その一人になるのは、間違いなくあの男だ。

 

「化け物かよ、あいつは……」

 

 この激戦でも伝説の男――ヒースクリフのHPバーはイエローゾーンに達していない。本当にギリギリのところでグリーンゾーンに保っている。

 

 不意にヒースクリフとの決闘を終えた後のことを思い出す。

 キリトの呼ばれ、彼が戦闘中に体験したある『違和感』を告げられたのだ。一瞬だけ時間が切り取られたかのような感覚。人間の限界を、いや、SAOシステムに許されたプレイヤー限界を超えた速度。それに彼の日ごろの態度を重ね合わせると、ある仮説が生まれたのだ。

 もし、『ヒースクリフ』が『茅場晶彦』だったら、と。

 キリトに視線を向ければ、キリトもまたラテンに視線を向けていた。同時に頷く。

 そのままラテンはゆっくりと立ち上がり、ヒースクリフを見据える。ヒースクリフはそんなラテンに気が付き視線を向けてきた。

 視界の隅で黒い影が動き出す。

 チャンスは一度きり。失敗すれば終わりだ。

 何も言わずにじっと見続けるラテンを不審に思ったのか、ヒースクリフは眉をひそめた。それと同時に黒い影――キリトが動き出した。

 約十メートルの距離を一瞬で駆け抜けたキリトは右手の剣を捻りながら突き上げる。片手剣の基本突進技《レイジスパイク》だ。

 ペールブルーの閃光をまとう剣尖に、ヒースクリフがさすがの反応速度で気づき、目を見開いて驚愕の表情を浮かべる。

 キリトの剣はヒースクリフの胸へ向かっていき――寸前で紫色の障壁に激突した。二人の間に、紫色のメッセージが表示される。

 〖Immortal Object〗

 それは本来、《圏内》でしか表示されることのないメッセージ。

 

 その場にいたラテンとキリト、ヒースクリフ以外のプレイヤーたちに驚愕な表情が浮かび上がる。

 

「システム的不死…? ……って……どういうことですか……団長……?」

 

 アスナの戸惑ったような声にヒースクリフは何も答えない。厳しい表情でじっとこちらを見据えている。

 

「これが伝説の正体だ。《他人のやっているRPGを傍から眺めるほど詰まらないことはない》。……そうだろう、茅場晶彦」

 

 キリトの言葉にすべてが凍りついたような静寂が周囲に満ちた。

 

「団長……本当……なんですか……?」

「……なぜ気付いたのか参考までに教えてもらえるかな……?」

 

 アスナの言葉にヒースクリフは答えず、代わりにキリトに質問した。

 キリトはゆっくりと口を開く。

 

「……最初におかしいと思ったのは例のデュエルの時だ。最後の一瞬だけ、あんたは余りにも速過ぎたよ……」

「やはりそうか。あれは私にとって痛恨事だった。君の動きについ圧倒されてしまいシステムのオーバーアシストを使ってしまった」

 

 ヒースクリフはゆっくり頷き、ほのかに苦笑する。

 

「予定では攻略が九十五層に達するまでは明かさないつもりだったのだがな」

 

 ゆっくりとプレイヤーたちを見回し、伝説のプレイヤーは堂々と宣言する。

 

「――確かに私は茅場晶彦だ。付け加えれば、最上階で君たちを待つ最終ボスでもある」

「……趣味がいいとは言えないぜ。最強の男が一転最悪のラスボスか」

「俺の予想通り、やっぱりあんたはドSだな」

 

 ラテンたちの言葉に、ヒースクリフが笑みを浮かべる。

 

「なかなかいいシナリオだろう。キリト君、ラテン君。……最終的に私の前に立つのは君たちだと予想していた。君たちは非常に素晴らしい。私を楽しませてくれる貴重な存在だ」

 

 そう言って、茅場晶彦は『左手』でウインドウを開き操作し始めた。

 

「あ……キリト君……っ」

 

 ラテンとキリト以外のプレイヤーが突然倒れこむ。

 カーソルを合わせると、黄色い表示が点滅していた。麻痺状態だ。

 

「……おいおい。まさか全員殺して隠蔽……なんてことはしないよな?」

 

 鋭く睨むと、ヒースクリフは微笑を浮かべた。

 

「まさか、そんな理不尽なことはしないさ。こうなってしまったら致し方ない。私は予定より早めに最上階の《紅玉宮》で君たちの訪れを待つとしよう。だが、君たちには私の正体を見破った報酬を与えなくてはな。ここで私と一対一で戦うチャンスをあげよう。無論不死属性は解除する。私に勝てばこのゲームをクリアし、全プレイヤーがこの世界からログアウトできる。……どうかな?」

 

 ラテンはキリトへ視線を向ける。

 本来ならばここは引くべきだろう。奴はシステムそのものに介入できる管理者だ。口先ではああ言っているが、どのような操作を行ってくるかはわからない。

 しかし。、ヒースクリフは言った。

 『私に勝てば、すべてのプレイヤーがログアウトできる』と。

 今、この瞬間奴と戦い、勝てば、これから出るであろう死者が助かるのだ。それに、奴が何をしてくるかは今考えても仕方がないことだ。結局は、最上階で戦うことになるのだから。

 

「俺はいいぜ。ここで終わらせてやるよ、この世界を」

 

 ヒースクリフは頷くと、キリトへ視線を向ける。

 

「俺も構わない。決着をつけよう」

 

 ラテンたちの決意にヒースクリフは満足そうに笑うと、ゆっくりと口を開いた。

 

「では最初はキリトから相手をしてもらおう。その間、ラテン君にはこのモンスターと戦ってもらう。暇だろうからね」

 

 言い終えた瞬間、奴の背後に黒い影が出現した。

 そのモンスターは黒鉄宮の地下にいた死神だった。

 

「暇になるかこいつと戦うか、ってなったら間違いなく暇になるほうを選ぶだろうな」

 

 口ではそう言いながらもラテンは笑っていた。

 キリトとヒースクリフの決闘を見てハラハラするよりも、キリトを信じ切って任せた方が何百倍もいい。

 それにいつかは死神とも決着をつけたいと思っていた。助けられなかった自分への戒めとして。

 

「キリト! ラテン! やめろ……っ!」

 

 クライン、エギルの叫び声が聞こえてくるが、ラテンは静かに死神を見据えていた。死神もまた、じっとこちらを見据えている。

 

「今度こそ、倒してやるよ」

 

 ラテンは地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死神の鎌が振り下ろされる。

 抜刀ソードスキル《紫電》の初撃で弾くと、がら空きになった胸に刀を突き刺した。だがHPを少し減らしただけで、死神はラテンの攻撃をもろともせずに反撃をしてくる。

 七十五層にいるとはいえ、強さは九十層クラスだ。一撃でも受ければただでは済まない。

 死神の横なぎを刀で受け流し、軽くホップさせるとあらゆるソードスキルを死神にぶつける。

 絶空。辻風。旋車。緋扇。羅刹。東雲。鷲羽。散華。

 カタナのカテゴリに存在するソードスキルがスキル《神速》のアシストにより次々と繰り出されていく。

 様々な色彩が花火のように散っていく。

 ラテンと死神のHPが見る見るうちに減っていき、両者ともレッドゾーンに達するとラテンは神経が研ぎ澄まされていくのを感じた。思考がクリアになり、死神の一振り一振りがスローモーションのように見えるようになる。

 

「――終わりだ」

 

 恐ろしく静かな声で呟くと、バックステップで死神と距離を取り、納刀する。鞘が紅い閃光を帯びると、もう一度地を蹴った。

 最上位抜刀ソードスキル《陽炎》。

 神速の一閃が死神を通り過ぎ、空気が揺れる。死神のHPが大幅に削れるが、これで終わりではない。

 紅い無双刀は、速度を緩めることなく死神の背後に襲い掛かった。

 抜刀術の初撃を含めた合計八連撃。

 流星のごとく煌めいた愛刀が光を失うのと同時に、死神は大きな断末魔を上げてポリゴン片となって爆散した。

 その瞬間、ふっと力が抜けるが、このまま倒れるわけにはいかない。

 全身の疲労感に耐えながらキリトのほうへ顔を向ける。そこでは信じられない光景が広がっていた。

 

 

 麻痺毒状態で動けるはずがないアスナがキリトをかばってヒースクリフの剣を受けていたのだ。彼女のHPバーはレッドゾーンへ突入し、やがて消滅する。

 

「な、ん……」

 

 言葉が出ない。

 アスナがキリトに何かを言うと、そのまま無数のポリゴン片となって四散した。

 呆然とするキリト。

 叫びたくても喉に何かが塞がっているかのように言葉を遮る。足は鉛のように重く、先ほどまで俊敏に動いていたのが嘘みたいだった。

 

 動け! 動け動け動け動け動け動け動け動け動け――!!

 

 必死に命令するが、足は動かない。 

 その間にもヒースクリフは動き、呆然としたキリトを剣で貫く。

 彼のHPが少しずつ減っていき、やがて消滅した。そのまま無数のポリゴン片となって四散し、消えた。

 

「茅場ァァァァァァァ!!」

 

 ようやく声が出る。

 張り裂けんばかりの声が広いドームに響き渡った。

 怒りが、憎しみが、渦となってラテンに流れ込んでくる。その二つの感情が不思議とラテンの足を軽くした。

 

――殺す!

 

 足に力を込めるのと同時に、ヒースクリフの目の前で光が出現した。驚いてそれを見れば、先ほどポリゴンの欠片となって消滅したキリトが立っていた。ヒースクリフもこれには驚いたようで、目を見開いている。

 

「うおおおおおおお!」

 

 キリトが咆哮しながら、左手に持っていたアスナの細剣《ランベントライト》をヒースクリフの胸に突き刺した

 その瞬間ラテンの視界はブラックアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開けるとそこには燃えるような夕焼けが広がっていた。

 足元には水晶の板があり、その上でラテンは立っていた。辺りを見渡しても、何もない。赤く染まった雲の連なりが動いているだけだ。

 

「ここは……」

「なかなかに絶景だな」

 

 はっ、と振り返ればいつの間にか最後に一人の男が立っていた。

 その男には見覚えがある。茅場晶彦だ。

 聖騎士ヒースクリフの姿ではなく、白いシャツにネクタイを締め、長い白衣を羽織っているまさに『研究者』のような姿だ。

 穏やかな表情を浮かべて夕焼けを見ている。

 

「キリトとアスナは……」

「大丈夫だ。二人とも生きている」

 

 それを聞いて思わず崩れ落ちる。

 もし「二人とも死んだよ」と言われでもしたら、ラテンはこの男に飛び掛かっていただろう。

 茅場晶彦はゆっくりと近づいてくると、ラテンの隣で立ち止まった。

 

「生き残ったプレイヤー六一四九人のログアウトが完了したよ」

「そうか。死んだ奴らは……?」

「彼らの意識は戻ってこない。死者が消え去るのはどの世界も一緒さ」

 

 ラテンは「そうか」と短く返すとしばらく茅場晶彦と夕焼けを眺めていた。

 何故こんなことをしたのか、とこの場所に来るまでは尋ねたかったのだが、今となってはどうでもよくなっていた。

 きっと茅場は茅場なりに信じていた、行きたかった世界があったのだろう。とはいえその世界のために一万人を巻き込み、そのうちの四千人を殺した彼は許されるべきではない。断罪されるべきだ。だが、それはラテンの役目ではない。

 

「私の唯一の心残りは、君とデュエルできなかったことかな」

 

 茅場が不意に声をかけてきた。

 そちらに顔を浮かべれば、穏やかな笑みを浮かべてこちらを見ていた。

 

「……俺は御免ですよ。あなたの盾は堅すぎる」

 

 茅場は小さく苦笑すると、ポケットに手を突っ込み、後ろを振り向いた。

 

「さて、私はそろそろ行くよ。ゲームクリアおめでとう、ラテン君」

 

 そのまま歩いていく背中にラテンは声をかけた。

 

「最後に一つだけ」

「なんだね?」

 

 ラテンは口元に笑みを浮かべた。

 

「あなた、やっぱりドSでしょ」

「……そうかもしれないな」

 

 笑みを浮かべた茅場晶彦は再び歩み始めた。

 風が吹き、瞬きをすれば、そこにはもう彼の姿はいなかった。

 ラテンは正面を向き直る。おそらくそろそろラテンもログアウトできるだろう。

 

「現実世界で、奢ってやらないとな」

 

 噛みしめるように呟いた。

 生きているのなら、きっと会うことができる。

 そう願って、ラテンは瞼を閉じた。

 

 

 




お疲れ様です。これで一応SAO編は終わりです。読んでいただき心から感謝しています。



さて!次回からはALO編です。頑張って書きたいと思っていますので、これからもよろしくお願いします!!


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ALO編
第一話 帰還と出陣


はい、ALO編が始まります!

昨日急いで、原作小説を買ってきました(笑)

頑張っていきたいと思います!

では、本編へどうぞ!!




※大幅修正しました!


 

 氷のように冷たい空気が肺をチクチクと刺激する。時節聞こえる鳥のさえずりが、朝なのだとラテンに教えてくれた。

 病院の白い天井を仰いでから二か月。

 二年間で衰えた筋肉を取り戻すようにラテンは馴染んでいたはずの竹刀を撃ち出している。ただ二年間という月日は思った以上に長かったようで、二年前までは当たり前だった千回素振りも、今では半分ほどで音を上げてしまう始末だ。

 五百回目をびしっと振り終えると、その場にゆっくりと腰を下ろした。荒くなった呼吸を整えるように深呼吸すると、火照った体に冷たい空気が突き抜け、頭にちくっと痛みが発生する。

 強張った筋肉をねぎらうように軽くもんでいると廊下から足音が聞こえてきた。

 

「お兄ちゃん、大丈夫なの?」

 

 声のほうへ顔を向ければ、困ったような表情をした少女がタオルと少しだけ減ったミネラルウォーターを持って顔をのぞかせていた。

 整った顔立ちに、ラテンと同じように茶色に近い黒髪を鎖骨まで伸ばし、片側をシュシュを使って結んでいる。俗にいうワンサイドアップと言う髪型だ。

 彼女の名は、大空琴音。二つ離れた妹だ。

 

「もちろん。ほれ、筋肉もだいぶ戻ってるだろ」

 

 ドヤ顔で力こぶを作って見せれば、燃えるような痛みが発生し数秒とたたずに腕を下ろす。思わず苦笑していると、呆れた表情で琴音は近づいて、隣で腰を下ろす。

 

「あんま無理しないでよー。また倒れたらお父さんとお母さんが心配するんだから。それにお兄ちゃんを運ぶこっちの身にもなってよねー」

 

 ブツブツと文句を言いながら妹はミネラルウォーターを仰ぐ。

 こんなことを言ってはいるが、ラテンが目を覚ました時に第一に抱き着いて泣きじゃくっていたのはどこの誰だったのやら。

 

「じゃあ、その愛しのお兄ちゃんが倒れないように、その水を恵まないとな」

 

 琴音に渡されたタオルで汗を拭きながら、彼女の右手にあったペットボトルをひったくる。

 中身は半分ほどになっていたため、失った水分を取り戻すように、すべて飲み干す。

 

「ああ!!」

 

 空になったペットボトルを渡せば、琴音は大切なものが取られた幼稚園児ような声を上げた。

 

「いいだろ別に。減るもんじゃないし」

「確実に残りの分減ったよね!?」

 

 的確なツッコミをしながら、空になったペットボトルでラテンの頭をたたく。

 

「いって……なんだよ、お兄ちゃんと間接キスできてそんなにうれしいのか?」

「はあ!? いきなり気持ち悪いこと言わないでくれる?」

 

 先ほど以上に強い力で叩いてくる琴音のペットボトルを、両腕で塞ぎながらあることが頭に浮かび上がった。

 琴音はもう十五歳。現役の中学生で、思春期や反抗期といった難しい年ごろでもある。性格は見てのとおり――ラテンの発言で怒っているのかもしれないが――少し凶暴だ。果たして仲のいい友人はいるのだろうか。いや、人懐っこい琴音のことだ。友人関係はおそらく大丈夫だろう。

 友人関係が大丈夫なら、あとは男女関係だ。

 残念ながら、顔立ちだけは整っているため、複数の男子から好意を持たれているに違いない。もしかしたら彼氏がすでにいる可能性だってある。

 それは兄としては見過ごせない問題だ。

 

「いけません、いけませんよぉ! お兄ちゃんは絶対に認めませんからね!」

「何の話!?」

 

 だがよく考えてみよう。

 琴音は十五歳。あと一年もすれば、日本の法律で結婚できる年齢になる。男女関係はやはり琴音に任せてラテンは遠くで見守ってやるべきではないのか。それが兄としての役目ではないのか。

 

「……もうお前も十五だ。ここは静かに見守るべきなのかもしれないな……」

「……は?」

「だけど……!」

 

 頭の上にクエスチョンマークを浮かべている琴音の両肩を掴む。

 

「……彼氏になんかされたらすぐにお兄ちゃんに言うんだぞ! 俺がそいつをボコボコのギタンギタンにして――」

「だから何の話だァァァ!!」

「――ぶべらっ!」

 

 昇竜拳をもろに受けたラテンは道場の床に倒れ込む。

 顎をさすりながら涙目で見上げれば、ゴミを見るような眼で琴音がこちらを見ていた。

 

「お兄ちゃん、この二年間でシスコンにでもなったの?」

「ブラコンのお前に言われたくねぇよ……。それに俺のはシスコンじゃなくて心配性って言うんだ」

「だれがブラコンじゃぁぁぁ!」

 

 叫びながら先ほどまでラテンが振っていた竹刀を手に取ると、ラテンに向けて撃ち出してくる。さすがはラテンの妹だ。中学で剣道をやめたとはいえ、小学生まではやっていたため、型は意外にも綺麗だ。

 体を反転させて避けると、そのまま道場の中を駆け回る。後ろからは妹が鬼の形相で追ってきていた。

 リアル鬼ごっこが数秒続くと、ラテンが座っていた場所にあったスマートフォンが着信音を鳴らしながら震えた。

 

「ちょっとタンマ」

「問答無用!」

 

 追いかけてくるのをやめる気配がないため、仕方なく走りながらスマホを手に取り、差出人を確認する。画面中央に表示された名前は――なんと《エギル》だった。

 ごつい体とスキンヘッドが特徴的な雑貨屋の店主とは、一か月ほど前に偶然再会した。その時にメールアドレスと電話番号を交換したのだが、連絡がきたのはこれが初めてだった。

 急いでタップし、耳元にケータイを当てる。

 

「よう、エギル。どうしたんだ?」

『ああ、それが――お前、なんか息が荒くなってないか?』

「気にすんな。今ちょっと妹とリアル鬼ごっこやってる最中だから」

『そ、そうか。じゃあ話を戻すぞ。お前、今から店に来られるか?』

 

 店、とはエギルが現実世界で経営している喫茶店、《Dicey Cafe(ダイシー・カフェ)》のことだ。電車に乗らなければならないほど、少々遠いところにあるのだが、エギルがわざわざ電話をよこしたのだ。重大な問題が発生しているのだろう。

 

「わかった、すぐ行く」

『ああ、頼む』

 

 ぷつりと電話が切れると、ラテンは急停止した。

 いきなり止まったラテンにずっと走りっぱなしだった妹は、勢いを殺しきれずラテンの背中に激突し、奇妙な呻き声を上げる。

 振り返れば涙目こちらを睨んでいた。

 

「悪い。今からちょっと出かけてくるわ」

「え、う、うん」

 

 真剣みを帯びたラテンの声にただ事ではないことが起きていると感じたのか、竹刀を下ろし素直に頷く。

 その頭をポンポンと撫でると、ラテンは道場を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家を出てから数十分が経ち、ようやくダイシーカフェに辿りついたラテンは、小さなドアを何のためらいもなく開ける。

 カラン、と乾いたベルの音と共に中へ入ると、巨漢の男とは別に、あの世界で見慣れた人物がいた。

 

「お前もいたのかキリト……こっちでは和人だったな」

「天理か。久しぶりだな」

 

 あの世界での相棒と拳を合わせると、その隣の椅子に腰を下ろす。

 早速、二人から事情を聴きながら、一枚の写真を受け取った。

 限界まで拡大し、ぼやけた写真には不思議な光景が映っていた。金色の格子が一面並ぶ中に、白いテーブルと白い椅子。そこに腰かける白いドレス姿の一人の女性。長い栗色の髪の少女は、どこかで見覚えがある。

 

「これは……アスナか?」

「お前もそう思うか。ゲーム内のスクリーンショットだから解像度が足りないんだけどな……」

 

 アスナと思しき写真をエギルに返す。

 聞けば、アスナは未だに現実世界へログアウトできていないらしい。最初は茅場晶彦の仕業かと思っていたのだが、あの男のことだ。すべてが終わった後で、わざわざ嘘をつく必要性がない。

 だったら何故アスナは捕らえられたままなのだろうか。キリトに顔を向ければ、暗い表情のまま俯いている。知っているが口に出したくないのだろう。

 言いたくないことを無理に言わせる必要はない。とりあえず、アスナが現実世界に戻ることができる方法を探すのが最優先だ。

 

「どのゲームに捕らわれてるんだ、アスナは」

「このゲームだ」

 

 エギルの手からパッケージを受け取る。中央よりやや上には大きく《ALfheim Online》と書かれていた。裏返してみれば、ゲームの内容が細かく配置されている中央に、世界の俯瞰図と思えるイラストがある。

 

「アルフヘイム・オンライン?」

「アルヴヘイム、と発音するらしい。妖精の国、だとさ」

「へぇ。どんなゲームなんだ?」

「《レベル》は存在しないらしい。各種スキルが反復使用で上昇するだけで、育ってもHPはそんなに上がらないそうだ。戦闘もプレイヤーの運動能力依存で、ソードスキルなし魔法ありのSAOってとこだな。グラフィックや動きの制度もSAOに迫スペックらしいぞ」

 

 SAOは天才茅場晶彦が、情熱を注いで創り上げた代物だ。そんな彼と同レベルのVRワールドを生み出すことができたということは、この開発者も天才なのだろう。

 それに加え、レベル制MMOでないというところはなかなか魅力的だ。それぞれの運動神経に依存することになるが、少なくとも始めた時期によるプレイヤー間の差は、ほぼないと言っていいだろう。アイテムや装備による格差はあるかもしれないが、レベル制MMOよりはいくらかましだ。

 だがレベル制MMOのようにやりこみ要素は薄いかもしれない。

 ラテンが思っていたことが伝わったのか、エギルが笑みを浮かべながら言った。

 

「そいつが大人気中なのは《飛べる》からだそうだ」

「飛べる?」

「ああ。なんでもフライト・エンジンとやらを搭載してて、慣れるとコントローラーなしで自由に飛びまわれる」

 

 フルダイブの魅力的なのは、『現実と同じ感覚で現実ではありえないことができる』というところだろう。『飛べる』というのは、その中でも代表的な例だ。

 

「なるほどな……」

 

 エギルに用意されたコーヒーを一口飲む。

 すると隣でキリトがこちらに体を向けてきた。何事かと思い顔を向ければキリトは突然頭を下げる。

 

「天理。アスナを取り戻すのに協力してくれ」

 

 その言葉に目を丸くし、コーヒーを噴き出しそうになるが何とかこらえた。あのキリトが他人に頭を下げることは珍しいなんてものじゃなかったからだ。

 ラテンはコーヒーカップをゆっくりと置くと笑みを浮かべる。

 

「今さら頭を下げるような仲じゃねぇだろ。それにお前らには奢らないといけないからな」

「……助かる」

「いいってことよ。じゃあ囚われのお姫様を奪還しに行くとしますか」

「頼むぜ、お前ら。アスナを助け出せなきゃ、俺たちのあの事件は終わらねぇ」

 

 ラテンとキリト、そしてエギルは再び拳を合わせると店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰り際にアルヴヘイム・オンラインを購入したラテンは、ゲーム内の情報収集のために妹の部屋を訪れた。残念ながらラテンの部屋には、年代物になったパソコンしかないのだ。そろそろ購入するべきだろう。

 

「……お兄ちゃん。いきなり妹の部屋に入るなんて変態だよ」

「変態でいいからPC貸してくんね?」

 

 ラテンの言葉に琴音はぞっとした表情を浮かべる。

 

「……妹のパソコンで何を調べる気なの? もしかしてアンことやコンなことを――」

「想像力豊かだな!? 俺はそこまで変態じゃねぇよ!!」

 

 真の変態のことは無視して、勝手にpcを起動する。

 タイピングは慣れていないので、ゆっくりと文字を打っていると、ラテンが調べるものが気になったのかはたまた監視の意味合いなのか、妹がラテンの両肩に手を乗せ、顔をのぞかせてくる。

 

「何々……ってALOじゃん。まだ懲りずにゲームやるの?」

「ALO……なるほど、略称か」

 

 《Sword Art Online》の頭文字をとって《SAO》と呼称するように、《ALfheim Online》もまた大文字を取って《ALO》と呼称するようだ。だが何故それを妹の琴音が知っているのだろうか。

 

「お前、もしかしてこのゲームやったことある?」

「うん、一応今もプレイしてるけど……」

 

 そう言いながらベットを駆け、円形の見たことがないハードを見せてくる。

 

「それは?」

「知らないの? 《アミュスフィア》って言うんだよー」

「アミュスフィア……」

 

 少々気になってしまい、タブを複製してアミュスフィアについて調べる。発売日時は、なんとラテンたちがあの世界に囚われてから僅か半年後だった。『安全』という文字が大きく表示されており、ナーヴギアのような細工はないと説明書きがされている。まあ今はどうでもいいので×を押して、ページを閉じる。 

 そんなことよりも身近な妹がこれからプレイしようと思っていたゲームをやっているのだ。これはレクチャーしてもらった方がいいだろう。

 

「なあ琴音。俺にALOをレクチャーしてくれないか?」

「別にいいよー。でも最初は大変だからね。初心者狩りも多いし」

 

 エギルの話によればPK推奨だったはずだ。だが、運動神経に依存するのなら、あまり大きな問題にはならないだろう。

 再び琴音が身を乗り出して聞いてくる。

 

「種族はどうするの? ちなみに私はシルフだよ」

「種族、ねぇ……」

 

 画面に表示されているのは全部で九つの種族だ。それぞれ簡素な説明があり、どれも魅力的に思える。

 

「じゃあ……」

 

 SAOでは白を基調とした服を着ていたため白に関連するものが良かったのだが、残念ながらそれはなさそうだ。

 仕方がないので直感で決める。

 

「この《インプ》にするわ」

「わかった。そうなるとサラマンダー領を通らないといけないかぁ……」

 

 何やらブツブツと悩んでいる様子の琴音を見て、種族を変えたほうがいいのかと思ってしまう。琴音と同じ《シルフ》にすれば、集合するのに苦労はしないのだろう。

 それを提案する前に、琴音は何かを決めたようにポンと手をたたくと勢いよくこちらを振り向いてきた。

 

「ALOにダイブしたらフレンド申請をコトネに飛ばして。綴りは《Kotone》」

「お前、現実世界の名前をそのまま入れてんのかよ……」

「いいじゃん別に。それよりお兄ちゃんはどんな名前にするの?」

 

 プレイヤーネーム。

 それを聞いた瞬間、一つの名前が浮かび上がる。あの世界で使っていた名前だ。  

 あの名前を知っているのは、せいぜいキリトくらいだろうし、わざわざ名前を変える必要はないだろう。

 

「俺のプレイヤーネームはラテンだ。綴りは《Raten》」

「へぇ。『大空天理』の真ん中をくり抜いたんだね」

「わざわざ解説しなくてよろしい!」

「はいはい、じゃあ準備してね」

 

 琴音はそれの背中を押して、ゲームを起動させるように促す。そこでラテンはあることに気が付いた。

 

「そういえばナーヴギアでもALOって起動できるのか?」

「できるらしいよー」

 

 そう言って琴音は自室の扉を閉めた。

 もしできなかったらアミュスフィアを購入しなければならなかったため、ダイブまでもう少し時間がかかっただろう。

 自室の戻ってベットに横たわり、ナーヴギアにALOを挿入する。

 懐かしい重みを頭に感じながら、地獄の世界へと行くことになった言葉をゆっくりと発音した。

 

「リンク・スタート!」

 

 

 

 




ALO編?なのでしょうか(笑)ほぼ現実世界編ですね。

次回もよろしくお願いします!!


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第二話 妖精の世界

第二話です。

本編へどうぞ!!







※大幅修正しました。内容が続いていませんがすぐに修正しますのでしばらくお待ちください。


 久しぶりのプレイヤー設定画面は二年前とは少し異なっていたが、大方は同じであったため、慣れた手つきであらかじめ決めていた情報を入力していく。最後に〖OK〗を押せば世界は白に包まれた。

 

 再び瞼を上げれば、目の前に広がっていたのは薄青い光に照らされた巨大な洞窟のようなところだった。洞窟とはいっても、本物の洞窟のように何もないわけではなく、地上はどちらかといえば中世の西洋を連想させるような街並みだった。

 心もとない光が点々としているこの場所はどうやらラテンが選んだ〖インプ〗という種族のホームタウン的な所のようだ。行き交う人のほとんどが、プレイヤー設定画面で見た〖インプ〗の容姿に似ている。このような全体的に薄暗い場所でも鮮明に見て取ることができるのは〖インプ〗の特徴だ。

 

「へぇ~、よく創りこまれてるな」

 

 周囲を見渡しながら数歩進んだところでラテンは琴音との約束を思い出した。

 慌ててメインウインドウを開くために右手を縦に振るが、数秒待っても出現しない。眉をひそめてもう一度右手を縦に振るが、やはりメインウインドウは出現しなかった。

 こうなったらそこら辺にいるプレイヤーにでも聞こうかと思い、足を踏み出すが頭の片隅で、ある可能性がよぎり再び立ち止まる。

 そのまま今度は右手ではなく左手を縦に振った。すると、軽快なサウンドと共にラテンが求めていたメインウインドウが手前に出現する。

 

「なんだか、ヒースクリフになった気分だな……」

 

 不意に七十五層でヒースクリフの正体を看破した時を思い出す。確かあの時にヒースクリフがラテンとキリト以外のプレイヤーを強制麻痺させたコマンドも左手で出したウインドウだったはずだ。

 妙なことを覚えているもんだな、と苦笑しながらフレンド申請の項目へ移動する。入力欄で〖Kotone〗と打ってみれば、全く同じ名前を持ったプレイヤーが五人ほど出現する。

 

「……名前検索だとどうしてもこうなるよな。やっぱIDも聞いておけばよかった」

 

 しかし、幸いなことにプレイヤーネームの横に各種族のマークが表示されており、〖シルフ〗のマークは一つしかない。

 

「本物の妹は、こいつだな」

 

 シルフの〖Kotone〗をタップし、フレンド申請を飛ばす。これで向こう側が受諾してくれれば、フレンド欄に名前が載るだろう。そこであることを思いつく。

 

「そういえば和人も来てるんだよな……〖Kirito〗にも飛ばしておいた方がいいか?」

 

 ラテンのプレイヤーネームが〖Raten〗であるため、すぐに気づいてくれるとは思うが、和人がこのゲームで〖Kirito〗というプレイヤーネームでダイブしているとは限らない。それに加え先ほどのように同じ名前のプレイヤーがいる可能性だってある。やはり現実で連絡を取り合って合流してからフレンド交換するべきであろう。

 フレンド一覧からメインメニューへ戻り今度は自分のステータス画面を開く。確認したところで、初期数値であることは明白だが。

 

「ここをこうして…………って、え?」

 

 目を擦って、ステータス画面をもう一度凝視する。

 一番上にあるプレイヤーネームは、設定した通りラテンだ。隣にはインプのマークが表紙されている。その下に、HP、MPとRPGによくあるステータスが表示されており、それぞれ400、90となっている。ここまではばりばりの初期数値であり、疑問に思うことは一つもない。しかし、問題はその後に続く習得スキル欄だ。

 

 完全な空白と思いきや、様々なスキルが列記されているのだ。《カタナ》や《武器防御》などのような戦闘系スキルから、《釣り》という生活系スキルまで一貫性なく表記されている。その横に表示されている熟練度も異常だ。

 《釣り》以外のスキルがすべて1000に達しており、サービス開始から一年と少ししか経っていないにも関わらずこの数字は、バグ以外に考えられないだろう。あの世界でバカみたいに戦闘及び熟練度上げしていたラテンでさえ、ここに羅列されているスキルの熟練度を1000まで上げるのに一年と八か月ほどかかったのだ。

 

「このバグはひどすぎるだろ……GMに問い合わせてみるか」

 

 メインメニューに戻りGMコールの欄を開く。そのまま〖GMコール〗と書かれたボタンを押そうとするが寸前で止めた。

 

「……待てよ。なんで俺が持っていたスキルとまったく同じなんだ?」

 

 もう一度ステータス欄へ戻り、習得スキルを一つ一つ確認する。やはりラテンが持っていたスキルとまったく同じだった。《釣り》の熟練度でさえ全く同じ数値なのだ。偶然とは思えない。ただ、ラテンだけが持っていたスキル《神速》をはじめ、いくつかのスキルは失われていた。

 

「えーと……これはGMコールしたほうがいいのか?」

 

 メインメニューへ戻って今度はアイテム欄をタップする。

 

「げっ」

 

 そこには、文字化けした大量のアイテムがずっしりと並んでいた。何度も下へスクロールしても、ちゃんと表記されたアイテムが一つもない。タップしても反応がなく、使用できる気配がないため、すべて捨てるしかないだろう。

 

「……さよならベイビーちゃんたち……さよなら……俺の青春」

 

 視界がにじみ、右手を震わせながらラテンは意を決して〖OK〗ボタンを押す。すると、何事もなかったように、羅列された文字化けアイテムたちが綺麗さっぱり消えた。

 大きなため息をついて、メインウインドウを閉じる。終わったことをうだうだしていても仕方がない。今はコトネと合流することが最優先だ。

 

「っと……まだ時間はありそうだな」

 

 琴音のパソコンで見たALOの全体簡略図では、シルフ領からインプ領までは相当な距離があったはずだ。装備を新調するほどの時間はあるだろう。

 

「金は……まあ流石になんか買えるくらいはあるだろ」

 

 特に確認するわけでもなく、近くにいたインプの男性プレイヤーに声をかける。

 

「すいません、武具屋ってどこにありますか?」

「ええっと……あそこに見える大きな煙突が付いた家だよ。近くまで行けばすぐにわかるから」

「あそこですね。ありがとうございます」

「いやいや困ったときはお互い様だよ。見たところ君はビギナーみたいだし、初心者狩りには気を付けてね」

 

 そう言い残して親切な男性プレイヤーは去っていった。その後ろ姿に一礼して、さっそく教えてもらった武具屋へ足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〖インカ武具店〗と書かれた看板を確認して店の中へ入ってみれば、たくさんの武器と防具がラテンを出迎えてくれた。どれもこれも面白そうな武器ばかりで、思わず手に取って眺めてしまう。いついかなる状況でもやはり武具屋に入るのは楽しい。

 手に取る武器一つ一つに歓声を上げること数十分。結局ラテンが手に取ったのはカタナだった。

 最初は新しく始めるにあたって、あまり使ったことのない武器を使ってみたいと考えていたのだが、この世界に来た目的はアスナの救出であり、ALOを楽しむためではない。本気で戦うためにはやはり、あの世界で散々使い慣れた武器――カタナが必要だろう。

 

「と言ってもなあ……」

 

 目の前に空いてあるいくつかのカタナを手に取ってみる。この世界ではカタナがあまり人気がないのか、種類が他の武器と比べて極端に少なく、パラメータを見てみても高くはない。

 

「まあ確かに『飛ぶ』ことができるこの世界ではあまり利点ないけどさ……」

 

 カタナは、両手剣には及ばないもののそれに次ぐほどの火力を出せることに加え、機動力が高いことが利点だ。しかしそれはSAOのような『飛ぶ』ことができないRPG限定の話だ。

 

 『飛ぶ』ことができるこの世界では、地上戦だけではなく空中戦も少なからずあるだろう。その空中戦ではおそらく機動性がカギになる。確かにカタナも機動性は高いが、扱いやすい片手剣や短剣には劣る。地上戦は地上戦で『種族』が設定されている以上、一対一で戦う機会などデュエル以外にはそうないはずだ。集団戦ならば、半端な特徴しかない武器よりも、何かに特化した武器のほうが作戦を立てやすいはずだ。最後の望みであるカッコよさでさえも、カタナに似た片手剣がある。

 

「よくよく考えたらなんで俺、カタナ使ってたんだろ……」

 

 一つため息をつきながら手に取った刀を元の場所に戻し、奥の方を手で探ってみる。いいものというのは案外奥の方で眠っているものだ。

 何度か弄っていると、不意に小指がひものような何かに触れた。何故かそれが気になってしまい、もう一度右奥側を弄ってみると今度はしっかりと紐のようなものを掴むことができた。

 

「なんだ、これ」

 

 とりあえず引っ張って正体を確かめようとするが、思いのほか固く片手では取れそうもない。どうやら何かに挟まっているらしい。

 今度は左手も奥に突っ込んで紐を掴む。さすがに力いっぱい引っ張ったところで商品を支えている柱が壊れることはないだろう。

 

「んぎぎぎ……」

 

 歯を食いしばって紐を引っ張る。

 奥に挟まっている何かは、ラテンの思いに応えるかのように少しずつ動く。それが数秒間続いた後、挟まっていた何かが勢いよく抜け、ラテンは盛大に尻餅をついた。その勢いで後ろの棚に頭をぶつけ、二重に痛い。

 

「かーっ…………これは?」

 

 右手でつかんでいる紐を辿ってみれば、細長い形をしたものに布袋が巻かれている。どうやらこの紐は、その布袋を縛るための物だったらしい。

 紐を引いてやれば、最初に布袋から顔をのぞかせたのは、藍色の柄巻だった。ラテンが引っ張り出したものの正体は、刀だったらしい。

 徐々に見ていくのもじれったいので勢いよく布袋をはぎ取る。

 

 一見すれば藍色を基調とした刀だ。違うことといえば、ほかの商品よりもやや雰囲気があることくらいだろうか。

 今度は刀身を見るべく柄に手をかける。そこでようやくこの刀には他の刀との絶対的な違いがあるとに気付いた

 

「鍔が……ねぇ」

 

 本来、刀に付いている鍔は手を守るための物であり、名前がついている通り《鍔迫り合い》をするときには必須と言えるものだ。確かに鍔がない分刀は軽くなり扱いやすくはなるが、それは現実世界での話だ。ゲーム内でそんな微妙な差をつけているとは思えないし、このALOはPK推奨で対人戦が多いため、鍔がない刀はあまりありがたくはない。

 

「せっかく良さげな刀を見つけたのに……」

 

 大きなため息をつきながら掘り出し物を戻そうとしたところ、不意に横から声がかかる。

 

『おお! お主、その刀を見つけてくれたのか!』

 

 顔を向ければ、白いひげを生やした年配の男性が嬉しそうにこちらを見ていた。店の看板にはNPCと表記されていたため、ここにはNPCの店主しかいないはずなのだが、声をかけられたということはクエストが発生したということだろうか。

 数秒間店主のほうを見つめていれば、店主の頭の上にエクスクラメーション・マークが出現する。

 とりあえず、店主の元へ行き話しかける。

 

「ええと……この刀を返します……?」

 

 この手のクエストは正しいもしくはそれに似たニュアンスの言葉で話しかけなければ進行しない。

 三秒ほど待つと、店主がより一層笑顔になって口を開いた。

 

『いいや、それはお主に差し上げよう。大切に使ってやってくれ』

 

 どうやら正解だったらしい。店主の頭の上に〖店主の宝物 CLEAR〗という文字とエフェクトが出現し、目の前に小さなウインドウが表示される。

 

「たまたま見つけただけなんだけど……」

 

 少々罪悪感を感じながらウインドウに視線を移す。そこには〖湖上ノ月x1を入手しました〗と表示されていた。どうやらこの刀の名前は《湖上ノ月》らしい。

 試しに鞘から抜いてみれば、鋭い刃が露わになった。刀身は淡い水色で、その名の通り湖上の月のような美しさがある。

 パラメータ画面を開くとラテンは目を見開いた。何故ならすべてにおいて、この店のどの品物よりも上だからだ。相当なレア武器であることは明白だろう。

 

「……先ほどのご無礼お許しください」

 

 殿様に頭を上げるかの如く、湖上ノ月に頭を下げた。そして丁寧に納刀すると、手に持ったまま今度は防具の場所へと足を運ぶ。

 防具とはいっても欲しいのは甲冑のような重装備ではない。どちらかと言えばただの衣服だ。ラテン自身、機動性を最も重視しているため、できるだけ動きやすく軽い服のほうが好きなのだ。

 

 

 店内を回ること数分。ふとあるコートのような服が目に留まる。白を基調とし、所々黒でデザインされている。どこはかとなくラテンがSAO時代に着ていた服と似ていたため、自然と手に取り、適当にズボン、黒いベルト型の剣帯を取って店主の元へ向かう。

 持っていた金額に一瞬固まったが、とりあえず無事に支払いを済ませ店を出る。どう考えても初期金額では買えない服だったが、その場合はコトネに支払ってもらうため大丈夫だ。もちろんその借りは、家の近場にある『ケーキ食べ放題』の店で返すことになるが。

 外に出てさっそく買ったものを装備する。SAOの時に着ていたものとは全くの別物だというのに、妙に体に馴染む。

 

「おお、こりゃいいぞ!」

 

 買ったばかりの服を撫でてみれば、妙に肌触りが良く、可能ならば数時間でも撫でていたいくらいだ。

 一人で奇妙な行動をしているラテンに後ろから声がかかる。

 

「何やってるの、お兄ちゃん……」

 

 振り向けば金髪をワンサイドアップで結んでいる女性プレイヤーが立っていたが、彼女の「お兄ちゃん」という言葉で誰かがわかった。

 

「よう、コトネ。随分と遅い到着だな」

「あのねぇ……」

 

 コトネは呆れた様子で口を開く。

 

「シルフ領からインプ領までどんだけ距離があると思ってるの……? サラマンダーに知り合いがいなかったらもう二、三倍くらいかかるんだからね!?」

「まじかよ!? 思った以上に距離があるのか……」

 

 抜け道を使わなかった場合、休みなしでシルフ領からインプ領まで約四時間。そうなるとキリトとの早めの合流は厳しいだろう。キリト自身一刻も早くALOの中心地でそびえ立つ世界樹の元へたどり着きたいはずだ。その場合、世界樹の根元にある《央都アルン》で合流したほうがよさそうだ。

 

「んじゃあ早速レクチャー頼むわ」

「それは別にいいんだけど……お兄ちゃん、なんでそんなに急いでるの?」

「え、そんなに急いでるように見える?」

 

 自分では気づかなかったが、表情にでも出ていたのだろうか。

 

「まあいいや。じゃあフィールドに行こ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 インプ領を出てから数分。周りが岩ばかりの所へラテンは連れてこられた。

 

「今から、コトネ先生のレクチャーを始めます!」

「はーい、お願いしまーす」

 

 いきなり保育園もしくは幼稚園の先生のように振る舞い始めたコトネに、合わせるように返事をする。

 

「はい、いい返事ですね! ではまずはあそこにいるモンスターを――」

「すいませーん。その行程飛ばしてもいいですかー?」

 

 モンスターを倒すことぐらいは流石にレクチャーされなくても大丈夫だろう。一番重要なのは、この世界で最も魅力的な『飛ぶ』ことについてだ。

 

「えー……じゃあ左手を立てて何かを握るような形作ってー」

「急にやる気がなくなったな!?」

 

 とりあえず言われた通り左手を立てて何かを握るように形を作る。すると突然、左手にジョイスティック状のコントローラーらしきオブジェクトが出現した。背中には紫色の羽が出現する。

 

「なんだこれ」

「それは補助コントローラーって言ってね、手前に引くと上昇、押し倒すと下降、左右で旋回、ボタンを押せば加速、離すと減速だよー」

「引くと上昇?」

 

 言われた通り手前に強く引いてみる。

 すると隣にいたコトネが慌てて口を開いた。

 

「ああっ、そんな思い切り引いたら……」

「え? ――ぎゃあああああああああああああ!!」

 

 発射されたミサイルの如く、急激に上昇したラテンは発狂しながら今度は強めにスティックを押し倒す。すると、上昇した時とほぼ同じくらいの速さで下降し始めた。

 

「ぎゃああああああああああああああああ!! ――ぎゃん!!」

 

 強く地面に叩き付けられ、体が思うように動かない。

 

「ちょっと、大丈夫!?」

 

 ふと隣でコトネが何かを謎の言語で詠唱しはじめ、それが終わるとラテンの体を黄緑色の光が包み込んだ。視界の左上に映る四分の一ほど減ったHPバーが少しずつ回復していった。それに伴い、体が少し軽くなる。

 

「いやあ助かったわ」

「助かったわ、じゃないでしょ! 下手したら即死だってあり得るからね!」

 

 笑いながら頭を掻くラテンに、コトネはぷりぷりと怒る。それをなだめながら、左手のコントローラーに視線をやると、とある疑問が浮かび上がった。

 

「なあ、ALOのプレイヤーってみんなこれを使って飛んでんの?」

「ううん。補助コントローラーになれた人は基本的にもう一つの方法で飛んでるよ」 

「それは?」

 

 さすがに補助コントローラーを左手に持って戦うなんてできるわけがない。戦闘よりも補助コントローラーの操作のほうに集中してしまいそうだ。

 

「えーとね。ここ、わかる?」

「ああ」

 

 突然ラテンの背後に回り込んだコトネは肩甲骨に手を当てる。

 

「この肩甲骨から仮想の骨と筋肉が伸びてることをイメージして動かしてみて」

「了解」

 

 目を閉じ、肩甲骨へ意識を集中させる。仮想の骨と筋肉が伸びている。何ともわかりやすい例えだ。

 

「おおっ、そうそう! そんな感じそんな感じ! じゃあ今度は思い切って肩と背中の筋肉を動かして、羽が連動する感覚を覚えて!」

「なるほどね」

 

 最初は片に力を入れていたため羽が小さく震えただけだったが、思いのほか軽い力でも羽を動かすことができるらしい。

 何分かかけて羽と筋肉の動きが連動するのに慣れると、今度は『飛ぶ』イメージをする。

 

「すごいすごい! お兄ちゃんセンスあるね!」

 

 少しずつ宙に浮き始めたラテンの後ろでコトネが小さく拍手をしている。

 

「これ、ちょっと難しいな」

「大丈夫、私が付いてるから」

 

 すぐ隣へ飛んできた琴音は嬉しそうに言った。 

 

 

 

 

 

 

 それからコトネにコツを教えてもらいながら飛行練習を始めて数十分。ようやく自分の思い通りに飛ぶことができるようになった。

 

「ありがとうなコトネ。本当に助かった」

「まあダメな兄を持つ妹として当然のことをしたまでですよ」

「言いやがったなこの野郎」

 

 ふふーんと胸を張ってドヤ顔をしている妹の無防備な脇腹に手を入れてコチョコチョ攻撃をする。

 

「あ、ちょ――あはははははははは、やめっ、あはははははははは!!」

「ほら、言い直しなさいな。『私は兄を尊敬しています』って、ほら、ほら」

「いや、っ、はははははは、わ、わかっ――あははははははは!!」

 

 コトネの息が上がってきたのに気づき流石にコチョコチョ攻撃を止める。限界まで攻撃すれば鉄拳が返ってくるからだ。

 ラテンから解放されたコトネは大きく肩を揺らしながら、息を整えている。

 

「仕方がない。今回は許してやろう」

「はあ、はあ……絶対にケーキ奢らすからね」

 

 ラテンを睨みつけてからもう一度大きく深呼吸したコトネは、再び口を開く。

 

「で、レクチャーは終わったけど、どうする?」

「そうだなぁ……お前、まだしばらく時間ある?」

「まああるけど……やりたいことでもあるの?」

 

 ラテンがコトネに頼んだのはレクチャーまでだったのだが、この際コトネに世界樹まで案内してもらった方がいいのかもしれない。

 

「本当だったら失われた二年間分の時間を埋めたいところだけど」

「……は?」

「冗談だって」

 

 家族として結構大切なことを言った気がしたような気がするのだが、「何言ってんのこいつ」的な視線を向けられては、こちらが折れるしかない。

 

「……世界樹に、連れてってくれないか?」

「え? なんでまた世界樹?」

「まあ、ちょっと色々な」

 

 コトネはラテンの次の言葉を待っているようだった。しかし、コトネの期待には応えることができない。確信があるわけではないが、今回のアスナ救出作戦はどうも嫌な予感がするのだ。SAOのようなことが起こるとは思わないが、コトネのことだからきっと本当のことを言えばラテンたちについていこうとするだろう。

 もしその嫌な予感が的中してしまったら? コトネが危険な目にあったら? 大切な家族を傷つけるわけにはいかない。

 いつまでも口を閉ざすラテンに痺れを切らしたのか、コトネはため息を一つついた。

 

「……わかった。とりあえず世界樹には連れて行ってあげる」

「ありがとうな」

 

 くしゃくしゃっとコトネの頭を撫でてやるが、ラテンが真実を言わなかったことが相当不服だったのか、コトネはぶすっとした表情でインプ領へ戻っていく。

 その後ろを慌ててついていけば、前を向いたままコトネが口を開いた。

 

「今日はもう遅いから明日出発ね。何時からにする?」

「そうだなあ……あれ、お前学校は?」

「今は自由登校。受験だからねー」

「ああなるほどね……って受験!?」

 

 さもごく自然な感じで返されたので一瞬流しかけたが、どうにか引き寄せることができた。

 

「受験ってお前……俺が言うのもなんだけど大丈夫なのか?」

 

 コトネはちらっとこちらを一瞥した後、地上に降り立ちインプ領に歩きながら口を開く。

 

「まあとりあえず志望校は大丈夫かな。じゃなかったらゲームなんてしないよ」

「だよなあ」

 

 とりあえずは安心したが、妹が受験シーズンであることを知った手前、先ほど言いそびれた時間を言いづらい。ここはもう、早めに《央都アルン》へ到着するしかないだろう。

 

「で、時間はどうするの?」

「……午後二時くらいから、でどうだ?」

「おっけー。じゃあ今日はもう落ちようか」

 

 そう言いながらコトネは宿屋に入っていく。ラテンもその後を着いていこうとしたが、入口でコトネが何かを思い出したかのように振り返った。

 

「自分の種族の領内だとどこでもログアウトできるよ。ただ私みたいに別種族とか、フィールドとかに出ると、アバターがその場に残っちゃうから気を付けてね」

「なるほどね」

 

 「じゃあ」と宿屋に入っっていくコトネを見送って、ラテンは左手を縦に振りかざした。メインメニューからログアウト欄へタップし、ログアウトのボタンを押す。

 

「そういえば、確認してなかったっけな」

 

 苦笑しながらラテンは〖OK〗を押した。

 

 

 

 




戦闘シーンが全くてかない・・・・。

申し訳ありません!

次回は書きたいと思っています!

これからもよろしくお願いします!!


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第三話 思わぬ再会

※大幅に修正しました


 

 約束通り午後二時にログインすると、コトネが既に宿屋の前で待っていた。

 先ほどキリトに《央都アルン》で合流しようとのメッセージを送ったため、あとはアルンを目指すだけだ。

 

「待たせたな」

「ううん、私も今インしてきたところだから。それじゃあ行こっか」

「おーけー。案内頼むぜ」

 

 踵を返したコトネの後ろに着いていく。

 インプ領を出たところで、コトネが翅を広げて振り向いた。

 

「普通だったら道中のモンスターと戦いながら進みたいところなんだけど、ここら辺のモンスターはちょっとレベルが高いから一気に進んじゃうよ」

「その分早く着けるなら別にいいぜ。でもタゲられたりとかしないのか?」

「昨日のお兄ちゃんを見る限り、振り切れるから大丈夫だと思うよ」

「おっと。じゃあ腕の見せ所だな」

 

 屈伸などで体をほぐすと、コトネと同じように翅を出現させてゆっくりと宙に浮く。コトネの横にたどり着けば、西の方角を指さしながら声をかけてきた。

 

「目標地点は向こうの方ね。着いてこれそうになかったらすぐに言ってね」

「了解。まあその心配はいらないけどな」

「じゃあ行くよ!」

 

 コトネは笑みを浮かべながら翅を震わせる。それに合わせようと同じように背中に力を入れたや否や、コトネはいきなり先ほど指さした方角へと飛んで行った。あまりの勢いに急風と衝撃波が生まれ、反射的に顔の前で腕を交差させる。腕の間から覗いてみれば、コトネは米粒程度の大きさになっていた。

 

「んにゃろう……」

 

 ラテンは口元に笑みを浮かべると、コトネに負けず劣らずの超スピードでロケットスタートを切る。徐々に距離を詰めていき、隣まで到達してみれば、コトネは一瞬驚いた顔をする。

 

「おいおいあれはひどいんじゃないの?」

「いやあ、お兄ちゃんを驚かせようかなって思って……でもすごいねこのスピードについてこられるなんて」

「『速さ』に関しちゃ負けるわけにはいかないんでね」

 

 コトネは「何故?」とでも言いたげな視線を向けてきたが、今この状況で打ち明けることではないので話を変える。

 

「まあそんなことより、コトネの全力(・・)はこれが限界か?」

 

 にやりと笑みを向けてやればコトネはむっとした表情をする。

 

「……後悔しても知らないからね」

 

 今度はコトネがにやりと笑みを浮かべると、翅を鋭角にたたんで加速し始める。どうやら彼女の闘争心に火をつけてしまったらしい。

 だんだんと離れていくコトネの背中を眺めながら、ラテンもコトネと同じように翅をたたみ意識を集中させる。

 周りに見える風景が、高速道路を走っているかのように次々と過ぎていく。風の音が大音量で音楽を流しているかの如く耳に伝わってくる。この速さになれば、人によっては恐怖を感じそうだ。現に、生身でこの速さを体感したことがないからか、ラテンの心拍数はだいぶ上昇している。

 しかし、やはり多くの人々を魅了した飛行機能か、衝突時の衝撃に恐怖を抱きつつも、本来はあり得ないこと成し遂げていることと飛んでいるという快感が波のように押し寄せてくる。

 

「気持ちいいな」

 

 素直な感情を吐露する。

 もしアスナを無事救出できたら、息抜き程度にまたこの世界に来てもいいかもしれない。本当の『死』とは分離したこの世界に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 およそ二十分程度の飛行を終えたラテンは、コトネに促されるように地上に降り立つ。翅をたたみ、いざ今後の進路を聞こうとした矢先、コトネが興奮した様子で振り向いてくる。

 

「すごいよ、お兄ちゃん。あの速さについてこられるなんて!」

「まあ正直いっぱいいっぱいだったけどな。それに結局コトネを抜くことはできなかったし……今回は俺の負けだな」

「ふふん」

 

 ラテンが肩をすくめて見せれば、コトネは嬉しそうに笑う。

 物心がついてからは剣道一筋であったため、妹に構ってやれる時間が少なかった。だから、妹と全力で競い合うのは純粋に楽しい。

 

「でもお兄ちゃんがシルフ族を選んだら負けそうだなぁ」

「そうか? コトネも相当速かったし、競り合いそうだけど」

「私は『シルフ族』の特性が補正されてるからだけど、お兄ちゃんは素でしょ? お兄ちゃんがシルフのアバターだったら絶対にこの世界最速のプレイヤーになると思う」

「それはさすがに言い過ぎだろ」

 

 確かにラテン自身、何の補正もない『素』の速さでコトネと互角だったが、速さの補正が付くシルフ族にしたところで、物理法則、飛ぶ技術を理解しつくしていなければ到底この世界最速のプレイヤーにはなれっこないだろう。

 きっとこの世界のどこかにラテンよりも『速い』プレイヤーがいるはずだ。もしそのプレイヤーに遭遇できたら、ぜひとも手ほどきを受けたいものだ。

 

「それで、ここからはどう行くんだ?」

「ああ、そうだったね」

 

 すっかり興奮していたコトネは大きく深呼吸すると、落ち着きを取り戻してメインウインドウを出現させる。

 そこで誰かにメッセージを飛ばしてから待つこと五分。

 一人のプレイヤーがラテンたちの元へやってきた。

 

「やっほー、コトネちゃん!」

「やっほー!」

 

 燃えるように赤い髪を肩まで伸ばして、右頬側の髪を三つ編みにしている女性プレイヤーはコトネとハイタッチする。髪色と身に着けている軽装な防具の色を見る限り種族はサラマンダーだろう。そもそも目の前にあるサラマンダー領から五分でやってきた時点で、当たり前のことだが。

 

「紹介するね。彼女はメグミちゃん。私のクラスメイトで親友だよ」

「はじめまして、メグミです」

 

 先ほどのテンションとは打って変わって、ご丁寧にぺこりと頭を下げてくる。

 それにつられてラテンも慌てて自己紹介する。

 

「は、はじめまして。俺はラテンって言います。呼び方は自由にお任せします。コトネとはわけあって行動を共にしてます」

「うわっ、こんな丁寧なお兄ちゃん初めて見た」

「失礼だな!?」

 

 ラテンがコトネの頬引っ張れば、コトネも負けじとラテンの頬を引っ張ってくる。そんな光景を見て、ぷっと噴き出しながらメグミは口を開いた。

 

「仲がよろしいんですね」

「俺はそう思いたいんだけど、こいつがね?」

「私が、何?」

「ああ、なるほど」

 

 メグミはラテンが言いたいことを察したのか、小刻みに頷く。

 

「私が何なの!?」

「まあまあその話は置いといて……コトネがいつもお世話になってます」

「いえいえ。私の方こそコトネちゃんには助けられてばかりで……」

「ちょっとー! 私を置いていかないでよー!」

 

 悲痛に叫ぶコトネの頭を笑いながらぽんぽんと撫でると、さっそく本題に入る。

 

「えーと、メグミさんが俺たちを案内してくれるのかな?」

「呼び捨てで構いませんよ。ラテンさんの言う通り、私がサラマンダー領を抜けるまで案内させていただきます」

「なるほど、それはありがたい」

「ではさっそく行きましょうか」

 

 まだ少し拗ねているコトネの背中を押しながらメグミの後ろについていく。

 コトネの話を聞いた限り、シルフ族とサラマンダー族は仲が悪いらしく、何故リアルで友達である二人がそれぞれの種族にいるのか不明だが、まあアバター所詮器でしかないため深く考えても無意味だろう。

 しばらくプレイヤーを避けるルートを歩いていると、何かを思い出したかのようにメグミが口を開いた。

 

「そういえばさっき気になることがあったんです」

「「気になること?」」

 

 コトネと同時に返せば、メグミは少し深刻そうな顔をして話を続ける。

 

「はい。実はユージーン将軍が練度の高いプレイヤーを大勢招集しているらしくて……」

「ユージーン……『将軍』?」

 

 大規模なギルドになれば、階級を付けて上下関係をはっきりさせることは珍しくはない。自由は縛られるが、その方が統率力が取れるからだ。

 ラテン自身そのような自由を縛りつけることはあまり好きではないが、有能な人間がボス戦の時に統率してくれるのはありがたいと感じているため一概に否定するわけではない。

 

「ああ、お兄ちゃんは来たばっかりだし、知らないのも無理はないよね」

「『将軍』って呼ばれてるくらいだから、普通のプレイヤーじゃなさそうだな」

 

 並のプレイヤーではトップレベルである『将軍』に就くことはできないだろう。となると、相当頭のキレる奴もしくは戦闘能力が群を抜いて高い、或いは両方か。

 

「ユージーン将軍はサラマンダー領主の実の弟で、ALO最強のプレイヤーって言われてるんだよ」

「ALO最強……ね」

 

 どうやら戦闘能力が高い系らしい。

 一度お相手願いたいところではあるが、今はアスナ救出が最優先だ。面倒ごとには巻き込まれないほうがいいだろう。

 

「まあ触らぬ神に祟りなしって言うし、気にしなくてよさそうだな」

「そうですね。でも気を付けてくださいね」

「おう」

 

 そう返事をすれば、狭い路地から急に開けた場所へ出た。

 辺りは岩の一つもない砂漠で、よく目を凝らしてみれば奥の方に緑色の森のようなものが視認できる。

 

「無事に抜けられましたね」

「もし他のサラマンダープレイヤーに見つけられたらどうなってたんだ?」

 

 サラマンダー領に入ってからずっと抱いていた疑問だ。

 メグミは顎に手を当てながら口を開く。

 

「そうですねぇ……インプであるラテンさんにはいきなり攻撃を仕掛けたりはしないと思いますが、シルフであるコトネちゃんには問答無用で斬りかかっていくでしょうね」

「問答無用って……何をしたらそんなに仲が悪くなるんだよ……」

 

 ラテンがSAOに捕らわれていた時に、どのような確執があったのか少々気になってしまうが、今はどうでもいいだろう。

 

「ありがとうね、メグミちゃん!」

 

 コトネがメグミに勢い良く抱き着く。メグミはそれを受け止めながら、申し訳なさそうに口を開いた。

 

「本当だったら私も一緒に行って協力したいところなんですが、シルフとサラマンダーが一緒にいるところを見られると面倒ごとが多くて……本当にごめんなさい」

「いやここまで案内してくれただけでもありがたいよ」

 

 言いながら手を差し出せば、メグミもそれに応えてくれてラテンたちは握手をする。

 

「このお礼はいつか絶対にするよ。何か希望があったらコトネに伝えておいてくれ」

「はい!」

 

 メグミは強く頷くと、今一度コトネを強く抱きしめてサラマンダー領へ戻って行った。ラテンたちはその背中が見えなくなるまで見届けると、翅を出現させる。

 

「じゃあ今度は向こうに行くよ」

 

 コトネは僅かに見える緑色の方向を指さす。

 

「んじゃあまた競争だな」

 

 ラテンたちは翅を羽ばたかせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サソリ型モンスターの尻尾突き攻撃を三度避け隙ができると、一瞬で懐に潜りこみがら空きになった顔面にカタナを叩き付ける。だが、いくらがら空きであるとはいえ、このモンスターを覆う外殻は非常に硬く、刀を叩き付けるたびに両手に痺れが走る。

 何とかカタナだけは落とさないように注意しながら、モンスターの爪を使った範囲攻撃をジャンプして躱すと、落下する勢いを利用して、先ほどまでカタナを叩き付けていた場所へカタナを突き刺す。

 するとダメージをため込んでいたからか、外殻にひびが入りそのままカタナがサソリ型モンスターの顔面を貫通し、クリティカル判定が出る。

 たちまちモンスターのHPは0になり一瞬動きが止まると無数のポリゴン片となって四散した。明らかに相性が悪いモンスターだったが、無傷で勝つことができたのは非常に高いステータスを持つ《湖上ノ月》のおかげだろう。

 

「エギルがいたらもっと楽そうだな」

 

 カタナを横へ振り切りゆっくりと納刀する。

 振り返ればあらかじめラテンの援護をするように頼んだコトネが駆け足で近づいてきた。

 

「よくあのモンスターに無傷で勝てるね。それも三体同時に相手して」

「攻撃パターンが解れば案外簡単だぞ」

「うーん、でもあの爪の範囲攻撃は予備動作がないから避けるのが難しいんだよね……」

 

 ぶつぶつとサソリ型モンスターの対策を呟いているコトネを見ながらラテンは目の前に現れたウインドウを閉じる。

 

「まあああいうのは慣れが一番だな、うん」

「慣れって……お兄ちゃん、まだ三回しか接敵してないじゃん……」

「そうだっけ? ……そんなことよりも、なんで森には入らないんだ?」

 

 ラテンは東側へ顔を向ける。目の前には広葉樹林が広がっており、コトネが指さしていたのはこの森だ。そして反対側へ顔を向ければ広がるのは、先ほど倒したサソリ型モンスターが出現する砂漠地帯。つまり、現在ラテンたちがいるのは、森と砂漠に挟まれた場所なのだ。

 

「この狭間が一番モンスターが出にくいところなんだよ。それに阻むものがないから飛びやすいしね」

「へぇ~、勉強になるわ」

 

 やはり知識があるプレイヤーが傍にいると何かと心強い。

 再び羽を出現させようとすると、コトネがそれを静止してくる。

 

「どうした?」

「ここら辺で一回ローテアウトしよっか。時間も時間だし」

 

 メインウインドウを出現させて時間を見てみれば、時刻はすでに午後八時になっていた。一般の過程なら夕飯を食べているか、終えている時間だろう。

 

「そうだな。ローテアウトってことは交代でログアウトするってことだよな? お互いのアバターを守るために」

「そうそう。察しがいいねお兄ちゃん」

 

 コトネはうんうんと頷くと、続ける。

 

「今日の夕飯当番は私だから先にログアウトするね。四十分ぐらいで戻って来るから」

「了解。ごゆっくりどうぞー」

 

 そうい言うと、コトネは近くの木にもたれ掛かり、アバターが動かなくなる。

 ラテンの両親は共働きで、基本的に夜遅くもしくは休日に返ってくるため、平日は普段、ラテンとコトネが交代交代で家事をしている。

 ただラテンがSAOの世界から戻ってきてからは、基本的にラテンのほうが琴音よりも時間があるため、食事以外はラテンが請け負っている。昨夜、琴音が受験生であることを知り、本当だったら家事全般は暇人であるラテンが請け負うべきなのだが、残念ながら料理に関しては琴音に軍配が上がる。そのため料理はいつも通りにしているのだ。

 

 

 

 

 約四十分、モンスターが近づいて来たら気づく程度にぼーっとしていると、先ほどログアウトしたコトネが戻ってきたため、今度はラテンがログアウトする。

 ナーヴギアを外しリビングへ向かえば、シチューと書かれたメモ用紙が机の上に置かれていた。鍋の中を覗けば、非常に美味しそうなシチューがラテンを出迎えてくれた。

 それをありがたくいただくと、汗を流すためひとっ風呂浴び、自室に戻りナーヴギアを装着する。

 時間を見てみれば面白いことに、ラテンが戻ってきてからちょうど三十分達ったころだった。思わず笑みを浮かべながら再びログインする。

 

「よう、待たせたな。大丈夫だったか?」

「こっちは退屈だったよー。じゃあ行きますか」

 

 ラテンたちは翅を出現させて、今度は北方向で連なっている白い山脈へ向かって移動を開始した。

 

 

 

 

 数分の飛行で、とある洞窟の前まで到達すると、翅をしまい降りたつ。

 洞窟は高さも幅も、ラテンの背丈の三倍ほどの大きさで、入口は四角い。入口の周囲には、不気味な彫刻で飾られており、上部中央には大きな悪魔の首が突き出している。

 

「……バリバリ悪魔系モンスターがでてきそうな洞窟だな」

「ところがどっこい、悪魔系はでないんだなーそれが。代わりにオークはでてくるけどね」

 

 コトネは何の躊躇いもなくすたすたと洞窟の入口へ向かっていく。彼女の口ぶりから、何度かこの洞窟を通ったことがありそうだが、こんな不気味なところを平然と進もうとするとは、度胸がありすぎではないだろうか。慌ててコトネを追いかける。

 

「……この幅だとモンスターとの戦闘は避けられそうにないな」

「そうだね。不意を突いて走り切るのも手だけど、タゲられたら基本的に道を防がれるからねぇ……」

「ふむ……」

 

 ALOに出現するオークの大きさがどれほどかはわからないが、道を塞がれれば、不意を突いて走ろうにもしっかりと集中してタイミングを見極めないと、早々通してはくれないだろう。となると地道に戦闘していくしかないのだろうか。

 

「……いいことを思いついた」

 

 笑みを浮かべたラテンにコトネは怪訝なまなざしを向ける。

 

「コトネ、俺の腰に手を回してくれないか? 抱き着くみたいな感じで」

「……は?」

「ほら、バイクを二人乗りしている時の後ろに座ってる人みたいな感じだよ」

 

 ぽんぽんと腰をたたくが、コトネは振り向いたまま動かない。それどころか、ラテンに送られる視線が冷ややかになっていく。その瞳から察するに、完璧にコトネはラテンのことを変態だと思っているだろう。

 

「そんな目で見るなよ……これにはちゃんとした理由があるんだって。ほら、俺は《インプ族》だろ?」

 

 数秒間の沈黙の後、コトネはラテンが言いたいことを理解したらしく、眉を上げた。

 ラテンが選んだインプ族の特性は《暗視》と《暗中飛行》だ。インプ以外の種族は基本的に、日光か月光がなければ翅の回復ができない。しかし、インプだけは光関係なしに羽を回復させることができるのだ。つまり、洞窟のような光が届かない場所でも、飛行することができるのだ。これならばオークにタゲを取られても、道を塞がれる前に通り抜けることが可能だ。それに加え、相当な時間短縮もできる。

 

「一々オークと戦闘するのも面倒くさいだろ?」

「……わかった」

 

 コトネはまだ納得がいってなさそうだったが、渋々ながらもラテンの腰に手を回す。後ろではため息が連続的に聞こえてきて、少し悲しい。

 

「……じゃあ落ちないように掴まってろよ」

「はいh――きゃああああああああああああああああ!!」

 

 コトネが言い終える前にラテンはロケットスタートを決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 途中に翅休憩を挟みつつ進むこと約二十分。

 地面が石畳の道に変わったかと思えば、ラテンたちは開けた空間にたどり着いた。道は石造りの橋が一直線に続いており、その先には都市と思われる場所がラテンたちを待ち受けていた。周りは、青黒い湖水の光が反射して幻想的な風景を生み出している。

 

「ううぅ、気持ち悪い……」

 

 足取りがおぼつかないコトネはぺたんとラテンの隣で座り込む。普段からこれ以上の速さで飛んでいたというのに、そこまで酔うものなのだろうか。

 とりあえず青白い表情をしたコトネを介抱するために背中を擦ろうと、しゃがもうとした矢先、橋の奥に映る複数の人影が視界に入り込んだ。

 

「なんだ、あれ?」

「え?」

 

 よく目を凝らしてみれば、複数のプレイヤーらしき者たちが横一列に並んでおり、時節、魔法のような赤い球体を発射しているところが見える。

 

「穏やかじゃ、なさそうだな……」

「行ってみる?」

 

 気分が元に戻ったのか、すっと立ち上がったコトネはラテンの判断に任せるとでも言いたげに口を開いた。

 正直なところ、面倒ごとには巻き込まれたくないのだが、あの大人数がこちらに戻ってくればこちらと戦闘になる可能性がある。ここは近づいて、敵対する意思がないことを示した方が、いいような気がする。

 

「とりあえず、行ってみるか。念のため、戦える準備はしておけ」

「わかった」

 

 ラテンが前に進むと、コトネがその後を付いてくる。

 近づいていくと、だんだんと人影の正体がわかってきた。まず手前にいる綺麗な隊形で並んでいるのは、サラマンダーの種族だ。赤い髪と装備が物語っている。問題はさらに向こう側でサラマンダーたちと敵対しているプレイヤーたちだ。

 一人は身の丈ほどの大剣を片手に持って、タンク隊に突撃している黒い服をしたプレイヤー。黒ということは、種族はスプリガンだろう。

 もう一人は、コトネと同じ金髪を持ち緑を基調とした服を着ている。あれはおそらくシルフだろう。

 

(もしあのシルフがコトネの知り合いだったら、確実にサラマンダーたちと戦闘になるな……)

 

 コトネにあのシルフのことについて聞いてみようと振り返ると、それと同時にコトネが驚きの声を上げた。

 

「リーファちゃん!?」

 

 コトネの声が聞こえたのか、手前にいたサラマンダーの魔術師らしきプレイヤーたちがこちらに顔を向ける。そしてその奥にいたシルフの女性プレイヤーも驚きの声を上げながらこちらに視線を向けてきた。

 

「何でコトネちゃんがここに!?」

「……あー、もしかして、知り合い?」

 

 間をおいて聞いてみれば、コトネが大きく頷いた。

 

「助けなきゃ!」

「……まあ知り合いなら見捨てることはできないな」

 

 腕をつかんで懇願するようにこちらを見たコトネの頭をぽんぽんと撫でながら、ラテンは目の前にいる魔術師たちに視線を向けた。

 

「コトネは俺のサポートをしてくれ。絶対に俺より前に出るなよ?」

「わ、わかった」

「じゃあ魔術師の奴らから倒していくぞ」

 

 鞘からカタナを勢いよく抜くと、こちらが戦うことを選んだことを察したのか、後方に体を反転させて魔法のスペルを唱え始める。ラテンが到達する前に潰す算段だろう。

 

「そう簡単にやらせるかよ!」

 

 およそ十メートルの距離を一気に駆け抜けたラテンは、あと一ワードで完成というところで、魔術師隊の元へたどり着いた。目の前にいるサラマンダーの顔に怯えの色が浮かぶが、それも一瞬で、ラテンは魔術師の首めがけてカタナを振り切る。たちまち頭部が宙を舞い、クリティカル判定のより目前のサラマンダーは赤い炎へと姿を変えた。残りのサラマンダーたちにニヤッと笑ってみれば、一斉に怯えの色が浮かぶ。

 しかし、魔術師隊のリーダーらしきプレイヤーは胆の据わった男のようで、すぐに立ち直ると、魔術師たちに叫んだ。

 

「怯むな、やれぇぇぇ!!」

 

 その瞬間、詠唱を終えた魔術師たちが一斉に火球を放ってくる。一つ一つの大きさはそれほどでもないが、連鎖的に受ければさすがにHPが持ちそうにない。

 右足に力を入れ、左方向へ横っ飛びをし、橋の幅いっぱいまで転がる。ラテンが描いた軌道に、火球が次々と撃ち込まれていき、小爆発が連続的に起こる。そのまま超低空姿勢で駆けだし、正面から向かってくる火球を避け、サラマンダーたちに斬りこむ。

 一体、また一体と赤い炎に変わっていく仲間を見て、形勢が不利だと理解したのか、次々と魔術師たちが逃げ惑い湖へ飛び込んでいった。

 さすがに戦う意思のないプレイヤーまで襲うほど残忍ではないため、ほっといていたらたちまち叫び声が聞こえてきた。どうやら湖にはモンスターがいるようだ。

 予期せぬ来客により完全に隊形が乱れたサラマンダーたちは、ラテンとスプリガンの男性プレイヤーに一掃され、最後に残るのは体つきが細い魔術師となった。

 

「あっ、そいつ生かしておいて!」

 

 スプリガンが最後のサラマンダーに剣を振るおうとするのをリーファと呼ばれていた女性が制止した。

 リーファが小走りで近づいてきて、サラマンダーの前で止まると有無言わさずに長刀を男の足の間に突き刺した。

 

「ひっ」

 

 反射的に声が出てしまい、慌てて口を閉じるが時すでに遅く、コトネがじっーとこちらに視線を向けてくる。

 リーファも一瞬こちらに顔を向けたがすぐに戻すと、口を開いた。

 

「さあ、誰の命令とかあれこれ吐きなさい!」

 

 すごい迫力だったが、男はそれに対抗するように、顔面蒼白ながらも首を振る。

 

「こ、殺すなら殺しやがれ!」

 

 ラテンはスプリガンへ顔を向ける。スプリガンの男はラテンの顔を見るや否や、すぐに何をしようとしているかわかったようで、同時にサラマンダーへ詰め寄った。

 そのままゆっくりとしゃがむと、本当に殺されるかと思ったのか、サラマンダーの男は強く瞼を閉じる。

 

「まあまあ、命は大切にしなさいよ。ところで相談なんだけど……」

 

 ラテンはサラマンダーの男の肩に腕を回すと隣に座り込んだ。スプリガンも同じように、ラテンとは反対側に回り、肩を組む。

 

「もし質問に答えてくれたら、さっきの戦闘でゲットしたアイテムとユルドをぜ~んぶ君にあげちゃおっかなーって思ってるんだけどなー」

 

 スプリガンが残念そうに嘆く。もちろん演技だ。

 サラマンダーの男はラテンとスプリガンのトレードウインドウを見て、周りをキョロキョロと見まわす。数秒後、ごくりとつばを飲み込んだかと思えば、小声でつぶやいた。

 

「……マジ?」

「「マジマジ」」

 

 ラテンとスプリガンとサラマンダーの男はニヤッと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 サラマンダーの男の話を要約すると、先ほどの胆が据わっていたメイジ隊のリーダーから強制招集がかかり、スプリガンの男とリーファを襲ったのこと。だが、メイジ隊のリーダーはリーダーでもっと上のほうから命令されていたらしく、結局二人を狙っていた者の正体を知ることはできなかった。

 ほとぼりを冷ますために何日かかけてテリトリーに戻ると言い残し、サラマンダーはラテンたちが来た方向へと戻って行った。

 その背中を眺めなていると、後ろにいたコトネがリーファに詰め寄る。

 

「大丈夫だった!?」

「うん、ありがとうねコトネちゃん、えーと……インプさん?」

 

 まだ名乗っていないのだから仕方がない。肩をすくめて自己紹介をしようとすると、ラテンよりも早く、コトネが口を開いた。

 

「この人はラテン。現実世界では一応兄なんだ」

「一応ってなんだよ……」

 

 再び頬をつねろうとすると、スプリガンが驚いた表情をしたのが視界に入り込んだ。

 

「え、お前……ラテン、か?」

「知り合いなの? キリト(・・・)君」

「……え? キリト?」

 

 今度はラテンが驚く番だった。今確かにリーファはスプリガンのことを「キリト君」と呼んだ。改めてスプリガンを見てみる。

 もちろん種族の色であるため黒づくめではあるが、先ほどの戦いっぷりを見る限り頭に浮かび上がるのは一人しかいない。極めつけは彼が装備している身の丈にせまるほどの大剣。つまり『重い』剣だ。

 

「……安く仕入れて安く提供するのが?」

「……ウチのモットーなんでね」

「やっぱり、あのキリトか!」

 

 とある人物の商売文句を言えたということは、目の前にいるスプリガンはやはりSAOで共に最前線で戦った黒の剣士、キリトだった。

 

「……なんだ、随分と早い合流になったな」

「まあ手間が省けたってことで」

 

 互いに拳を合わせる。

 それを見ていたコトネは首をかしげる。

 

「二人は知り合いなの?」

「まあ色々とな」

 

 頷くラテンたちを見て、リーファとコトネは顔を見合わせる。

 

「……じゃあとりあえず中に入ろっか」

 

 リーファを先頭にラテンたちは、目の前の都市へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中に入ったラテンたちを出迎えてくれたのは、NPC楽団の陽気な演奏と多くのプレイヤーの声だった。

 見たところ街の規模は大きくないが、中央の目貫通りを挟むような岩壁に、様々な店が密集しており、いろいろと便利そうだ。

 

「そう言えばさあー」

 

 キリトが何かを思い出したかのように口を開く。

 

「サラマンダーに襲われる前、なんかメッセージ届いてなかった? あれは何だったの?」

「……忘れてた」

 

 リーファは口をあんぐり開けると、ウインドウを操作し始める。だが、途中で首をかしげて眉をひそめた。

 

「……どうしたんだ?」

「うーん、ちょっと待ってて。一回ログアウトしてくる」

「おーけー」

 

 リーファは近くのベンチに座ると、待機状態になった。

 

「なんだったんだろうね?」

「さあ? そこまで深刻そうな顔はしてなかったから大丈夫だとは思うけどな」

 

 ラテンとコトネは顔を見合わせて、リーファを待つ。

 一方キリトはと言うと、小腹がすいたのか爬虫類を数匹串焼きにしたようなものを買いに屋台へと向かっていったところだ。

 キリトが戻り、いざ不気味なものを食そうとした瞬間、リーファの眼がばちりと開き、同時に立ち上がった。

 いきなりのことだったので、ラテンたちは体を一瞬だけびくつかせる。

 

「お帰り、リーファ」

 

 キリトが落としそうになった串焼きを握り直しながら言うが、リーファは深刻な表情でコトネの傍へ詰め寄り耳打ちする。するとリーファの表情が伝染したかのように、コトネは驚いた表情をした後、顔が青ざめる。

 

「なにがあったんだ?」

 

 ただならぬ問題が発生したと思い、言葉に真剣みが帯びる。

 数秒待つと、二人は頭を下げた。

 

「キリト君、ラテン君――ごめんなさい」

「「……え?」」

「あたしたち、急いで行かなきゃいけない用事ができちゃった。説明してる時間もなさそうなの。たぶん、ここにも帰って来られないかもしれない」

 

 ラテンとキリトはじっとリーファとコトネを見つめる。そしてキリトは頷きながら口を開いた。

 

「そうか。じゃあ、移動しながら話を聞こう」

「え?」

「どっちにしてもここからは足を使って出ないといけないんだろ? ラテンもいいよな?」

「問題なし!」

 

 リーファとコトネは顔を見合わせると、頷いた。

 

「……わかった。じゃあ、走りながら話すね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルン側の門を出ると、走りながらリーファは事情を説明する。

 

「なるほどな……」

 

 どうやらシルフ族の中にサラマンダーと内通している者がいて、この先にある《蝶の谷》抜けたあたりでシルフ族の長とケットシー族の長が極秘で会談していることを伝え、サラマンダーはそこを狙って大部隊を送り込んだらしい。

 サラマンダーがその場所を襲うことで得られるメリットは二つ。

 一つはシルフとケットシーが連合するのを阻止できること。

 二つ目は、領主を討つことによって討たれた側の領主館に蓄積されている資金の三割を無条件で入手でき、十日間、領内の街を占領状態にして税金を自由に掛けられることだ。 

 そしてシルフとサラマンダーの仲が悪い理由も判明した。過去にシルフ側の初代領主が罠にはめられて殺されたかららしい。

 

「サラマンダーの大部隊ね……」

 

 昼間に出会ったメグミの言っていたことが引っかかる。

 もし今シルフとケットシーの領主の元へ向かっているのが、メグミの言っていた部隊なら確実にいるはずだ。この世界最強プレイヤーであるユージーン将軍が。

 

「……これはシルフ族の問題だから、お兄ちゃんとキリト君は――」

「ばーか」

 

 ラテンはコトネの言葉を遮った。

 

「……大切な妹をそんな危険な場所へ行かせるわけにはいかないだろ。それにシルフ族側の問題って言ったって、俺たちはさっきサラマンダーに喧嘩を売ったんだ。一概に無関係とは言えねぇよ」

 

 ニヤッと笑って見せれば、リーファとコトネは驚いた表情をした。

 

「え、お兄ちゃんも来るの!?」

「え、助けてほしいって言おうとしたんじゃないの?」

「いや、そんなこと言おうとしてないよ!」

「……あれ?」

 

 どうやらコトネが言っていた『……これはシルフ族側の問題だから、お兄ちゃんとキリト君は――』というのは、その後に『私たちに構わないで先に行って』と続けられ、『助けてほしい』と暗に示していると、先読みしてコトネの言葉を遮ったのだが、全然違ったようだ。

 

「待って。俺、すっごい恥ずかしいパターンじゃん……」

 

 呆然とするラテンを見て苦笑しながらキリトは口を開く。

 

「どっちにしても行くつもりだったよ」

「……ありがとう」

 

 リーファはそっと呟いた。

 それを見たキリトは頷いて、再び口を開く。

 

「では、ちょっと手を拝借」

「え、あの――」

 

 キリトはリーファの右手を掴むと、ラテンに顔を向けてきた。

 

「じゃあ先行ってるぞ」

「は?」

 

 キリトはニヤリとすると、次の瞬間、猛スピードで駆けだした。あまりの勢いに顔面に砂埃が降りかかる。

 

「ぺっ、ぺっ……あんにゃろう。コトネ、掴まれ!」

「え、は、はい!」

 

 慌ててコトネはラテンの腰に手を回すと、それを確認してから翅を出現させる。

 

「目にモノを見せてやるぜ」

 

 次の瞬間、コトネの絶叫が木霊した。

 

 

 

 

 




すいません。今回はラテンがいたためキリトのグリームアイズ化を登場させませんでした。
そして、戦闘シーンが少なかったことをお詫びします。m(_ _)m

次回は、ユージーン将軍が登場します。

これからもよろしくお願いします!!


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第四話 ALO最強プレイヤー

※大幅に修正しました


「――間に合わなかったね」

 

 リーファはぽつりと呟いた。 

 洞窟を超速で抜けてから北西に移動すること二十分。雲を抜けてから見えたのは、五人ずつくさび形のフォーメーションで低空飛行する赤い装備を身にまとった集団と、その先で長いテーブルを囲んで何かを話し合っている少数のプレイヤーたちだった。

 奥にいるのがリーファやコトネの言っていた、シルフとケットシーの会談場なのだろう。会話に夢中なのか、迫りくる赤い集団に気付いていないようだ。

 

「間に合わなかった、ねぇ……」

 

 リーファの言う「間に合わなかった」とは、サラマンダーたちよりも早くシルフとケットシーの領主たちの元へ着き、警告し避難させるという算段のことだろう。確かにこの距離では、仮にサラマンダーたちよりも早く会談場へ着いたとしても、領主たちを逃がす時間はなさそうだ。

 

「……やるしかないか」

 

 キリトが小さく呟く。

 おそらくキリトもラテンと同じことを考えているだろう。『逃がす』のができないのなら、残る方法は交渉か、あるいは――

 

「ラテン、手伝ってくれないか」

「任せろ。ただあんま大きく出過ぎるなよ?」

「わかってる」

 

 リーファとコトネはラテンたちに怪訝なまなざしを向けるが、そんな視線を気にしていないかのようにキリトは後ろを振り返る。

 

「じゃあ俺たちは先に行ってくるから」

「「は?」」

 

 リーファとコトネがぽかんと口を開けた瞬間、ラテンとキリトは翅を震わせて猛烈な加速を開始する。後ろからは驚きと制止の声が聞こえてくるがそれもすぐに聞こえなくなる。

 視線の先では会談場にたどり着いたサラマンダーたちが長大なランスを構えてシルフとケットシーたちを見下ろしていた。シルフとケットシーたちもそこでようやくサラマンダーたちに気付いたようで、一斉に抜刀し臨戦態勢に入るが、数が違うからかそれとも装備量が違うからか、随分と脆そうに見える。

 サラマンダーの一人が手を上げ、振り下ろそうとした瞬間。ラテンとキリトは対峙する両者の中央に突っ込んだ。

 大気を揺るがす爆音とともに、巨大な土煙が辺りに舞う。思わず二、三度咳をすると、土煙が晴れていき、仁王立ちしているキリトの横に並んだ。

 隣にいるキリトは目一杯息を吸いこむと、先ほどの爆音に負けず劣らずの声量を発する。

 

「双方、剣を引け!!」

 

 キリトの声量の圧力により、数十メートル上空にいるサラマンダーたちが動揺し、わずかに後ずさる。

 そこに追い打ちをかけるように再びキリトが叫んだ。

 

「指揮官に話がある!」

 

 あまりにふてぶてしい声と態度に圧倒されたのか、サラマンダーのランス隊の輪が割れる。その空いた道を、一人の大柄な戦士が進み出てきた。

 炎の色の短髪を逆立て、浅黒い肌に猛禽に似た鋭い顔立ちしており、背中には赤色の巨剣を装備している。装備品や尋常ならぬ雰囲気から、おそらくこの男がサラマンダー隊のリーダーなのだろう。となるとこの男がALO最強のプレイヤー、ユージーンであるはずだ。

 

「スプリガンとインプがこんなところで何をしている。どちらにせよ殺すには変わりないが、その度胸に免じて話だけは聞いてやろう」

 

 ここまでは予定通りだ。そして問題はこの後。

 

「……俺の名はキリト。スプリガン=ウンディーネ同盟の大使だ。隣の男はその護衛。この場を襲うからには、我々四種族との全面戦争を望むと解釈していいんだな?」

 

 もちろん今キリトが言ったことはすべて嘘である。しかし、相手方もこの場で嘘であると判断できるほどの情報があるはずがないため、この話はしっかりと聞くしかないのだ。選択を間違えれば、サラマンダー壊滅の可能性もあるからだ。

 

「ウンディーネとスプリガンが同盟だと……?」

 

 サラマンダーの指揮官は、一瞬驚いた表情をするがすぐに元に戻す。

 

「……『大使』の割には装備も護衛の人数も貧弱だな」

「まあこの場にはシルフ・ケットシーとの貿易交渉に来ただけだからな。だが会談が襲われたとなればそれだけじゃすまないぞ。四種族で同盟を結んでサラマンダーに対抗することになるだろう」

「…………にわかに信じられんな」

 

 さすがに簡単には信じてくれないようだ。

 だがサラマンダーの指揮官は数秒難しい顔をすると、何かを思いついたかのようににやりと笑みを浮かべた。

 

「貴様が大使ならばその護衛であるそこのインプの実力は本物のはずだな」

 

 サラマンダーがラテンを一瞥する。

 確かに違う種族の護衛に付くということは、傭兵のようなことを生業にしているプレイヤーだということだ。傭兵というからには並の実力では務まらない。おそらくサラマンダーは護衛であるラテンの実力で、キリトが言ったことがハッタリかどうかを判断しようとしているのだろう。それはそれでありがたい。元よりこちらはサラマンダー全員と戦うつもりでいたからだ。

 指揮官は突然背後に手を回すと、巨大な両刃直剣を音高く抜き放った。武器の模様及び装飾品から、相当なレア武器であることが予想できる。

 

「――俺の攻撃を三十秒耐え切ったら、本物だと信じてやろう」

「おいおい、いいのか? こっちは最後までやり合っても構わないぜ?」

 

 肩をすくめながら答えれば、サラマンダーの男は再びにやりと笑った。その顔には自信が満ち溢れており、ただのハッタリではなさそうだ。

 

「じゃあ行ってくるわ」

 

 キリトが頷くのを見て、ラテンは翅を振動させて浮き上がる。サラマンダーと同じ高度でホバリングすると、湖上ノ月を抜刀する。

 

「一つ聞いていいか?」

「なんだ?」

 

 下段に構えたラテンは続ける。

 

「あんたのプレイヤーネームは『ユージーン』か?」

「そうだ。俺がユージーンだ」

「そりゃよかった」

 

 ラテンの発言にユージーンは眉をひそめる。何がともあれ、どうやらラテンの見立ては正しかったようだ。

 ALO最強プレイヤー。その実力を体験させてもらおう。

 

「……いくぜ」

 

 静かに深呼吸したラテンは、息を吐くのと同時に突進する。あらかじめ低く構えていた刀を右下から跳ね上げるように振るったが、さすがと言うべきかユージーンはいとも簡単に不意の一撃を防いだ。刀は両手剣の重さに負け、僅かに弾かれる。しかしそれが狙いだ。

 浮いた刀の柄から右手を一瞬離し、左手首を捻って初撃とは真反対のところに刀を持っていき、右手で握り直して調整。今度は左上から刀を振り下ろした。

 素早いラテンの切り返しにユージーンは一瞬だけ目を見開くが、すぐさま右腕を引き両手剣の鍔に近い部分を湖上ノ月の根元に当て、ラテンの斬撃を防いだ。

 すると今度はユージーンが攻勢に出る。

 無駄のない動作で両肘を持ち上げると、そのままラテンの体目がけて振り下ろした。何のフェイントもない、力任せの一振り。ラテンにとってこの一撃は、絶好のカウンターチャンスだ。一瞬だけ目を瞑る。

 剣の軌道に沿って刀を掲げ、接触と同時に右手を離し、体を反転させながら左手首を使って受け流して、がら空きになった首へ一太刀。

 頭の中で勝利までの流れが構築された。

 

 瞼を開き、刀を掲げる。

 ユージーンの剣は寸分の狂いもなくラテンが構築したイメージと同じ軌道を描いた。そのまま赤い剣と水色の刀が接触して――

 

「なっ!?」

 

 ラテンは目の前で起こった光景に目を疑った。計算が狂ったわけではない。ユージーンの剣はまるでラテンに操られているが如く、正確だった。目を疑ったのはその後だ。

 本来接触時に感じる重みが感じなかったのだ。それどころかラテンの瞳には、ユージーンの剣が半透明になって湖上ノ月をすり抜けているように見える。

 

「くそっ!」

 

 先ほど立てた勝利への方程式を放棄し、全力で逃れることに専念する。刀から右手を離し、体を捻る。しかしユージーンの剣はそんなラテンをあざ笑うかのように、胸から右腹部にかけて振り下ろされた。

 同時に小規模な爆発が起こり、受け身を取っていないラテンは簡単に吹き飛ばされる。そんな中でも、ラテンは視界左上にあるHPバーを確認した。今の一撃で三割以上持っていかれたようだ。しかしこれは幸運といえるだろう。先ほど構築したイメージに『体を反転させる』という流れがなかったら、間違いなく半分持っていかれたじゃ済まなかったはずだ。下手したらクリティカル判定で全損だってあり得た。

 冷や汗をかきながら意識をユージーンに向ける。残念ながら彼は休憩を与えるつもりがないようで、追い打ちをかけるように突進して来ていた。

 

「ふざけんなよ……!」

 

 翅を広げてブレーキをしながら、疑似宙返りで勢いを完全に殺す。そのまま体勢を整えてユージーンを一瞥した。そしてユージーンが約三メートルほどの距離に到達した瞬間、ラテンはすぐに上段に構え、刀を振り下ろした。

 地上ならこの攻撃は簡単に受け止められるだろう。だが生憎今は空中戦であり、体を支える地面がない。防がれたとしても勢いを殺しきれず距離が稼げるはずだ。そこで一度流れを切り、再びラテンのペースで戦いを始めれば全く問題ない。

 しかし、ラテンの攻撃を読んでいたのか、ユージーンは直前で急ブレーキをかけると刀が振り切られたタイミングで水平に赤い巨剣を振るった。

 急いで肘を持ち上げ防御態勢を取るが、またしてもユージーンの剣はラテンの刀をすり抜けた。

 

「ぐっ!」

 

 歯を食いしばって体を反らせる。まさに目の前を赤い巨剣が通過していき、僅かに浮いた前髪が音もなく切り落とされる。だが一方的にやられるわけにはいかない。

 体を反らした勢いを利用しながら、がら空きになったユージーンの脇腹に一太刀入れる。しかし、奴が身に着けている防具も相当なレアものなのか、ユージーンのHPを僅かに減らしただけだった。

 ラテンは舌打ちしながら、ユージーンに斬りかかる。刀を打ち付けるたびに、赤い火花と甲高い金属音が辺りに響き渡った。

 結構きわどいところを狙いながら連撃を浴びせるが、ALO最強プレイヤーと呼ばれるだけあって、涼しい顔で捌いてくる。だんだんと腹が立ってくるが、そのおかげで一つわかった。

 それは、ラテンが攻撃する分には赤い剣は透過することがないということだ。となると、奴の剣はこちらが受け身を取ったときしか発動できないのかもしれない。

 横なぎに刀を振るいながら大きく下がる。ユージーンは様子を見るためか今度は突進してこないようだ。

 

「前言撤回だ。やっぱり三十秒耐えきったらのルールを適用してくれないか?」

 

 体感的に三十秒はとっくに過ぎているはずだ。勝負前に挑発したはいいものの、この戦いの目的はラテンが本物の実力を持っているかどうかを図ることだ。ユージーンが自分の提示したルールを守るなら、この勝負はラテンの勝ちになるはずなのだが。

 しかし、ユージーンは不敵に笑いながら口を開いた。

 

「悪いな、こんなにも骨がある奴は久しぶりなんだ。貴様が言ったルールを適用してやる」

「言わなきゃよかった……」

 

 まあ言わなかったら言わなかったで、ルールが変更されることは変わらないだろう。目の前の男もどっかの黒づくめ剣士と同じような典型的なゲーマーだ。戦闘バカといってもいいだろう。ラテンが言えた義理ではないが。

 

「一か八か……やってみるか」

 

 どう考えてもこのままではジリ貧になって負けるだろう。であればリスクは高いがこちらから仕掛けるしかない。

 ラテンは腰から鞘を抜き、湖上ノ月を納刀する。そのまま大きく深呼吸し、抜刀術の構えを取る。

 

「一撃にかけるか。いいだろう」

 

 ユージーンはラテンがこの一撃で終わらそうとしていることを察したのか、上段の構えを取った。その口元には笑みが浮かんでいる。

 ラテンが静かに瞼を開き、瞳と瞳がぶつかった瞬間、ユージーンが雄叫びを上げながら突進を開始する。

 

「おおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 見事な気合というべきか。並のプレイヤーなら委縮して剣を振るうのを躊躇うだろう。だがここで引くわけにはいかない。

 ユージーンが剣を振り下ろした瞬間、ラテンはそれに合わせて抜刀した。

 互いの全力がぶつかり合い、すさまじい衝撃音と衝撃波が辺りに広がる。キリキリと音を立てながら赤い剣と水色の刀は火花を立てる。しかし、これで終わりではない。

 ユージーンはこの抜刀術が最後の一撃だと踏んで、同じく全力の一撃できたのかもしれないが、残念ながらラテンにとってこの抜刀術は『囮』でしかない。本当に狙いは別にあるのだ。

 

「ラッ!!」

 

 裂帛の気合を込めて、左手の逆手に持った鞘を赤い剣の柄を握るユージーンの右手に向かって振るう。鍔迫り合いに持ち込もうとしていたのだろうか、ユージーンの反応は遅く、ラテンの鞘が右手に直撃した。同時に、顔を歪ませながら右手を柄から僅かに離す。これをラテンは待っていた。

 僅かにできた隙をラテンは見逃さない。鞘の攻撃で横に半回転したラテンは、翅と体のひねりを存分に駆使し、今度は縦に回転する。その勢いを利用し、刀をユージーンの胴体目がけて振り下ろした。

 

「ぐおおお!!」

 

 顔を歪めながらユージーンは叫ぶ。胴体に巨大な切り傷ができ、たくましい右腕は、宙に一瞬たたずんだ後ポリゴン片となって消えた。HPも今の一撃で相当減っただろう。

 

「まだだ!!」

 

 ラテンは叫びながら振り切った右手の手首を返す。そして再び横回転をしその力を利用しながら、刀を横なぎに振るった。ユージーンの首元目がけて。

 しかし、ユージーンも黙ってやられるわけがなく、左手に握った赤い巨剣を横なぎに振るった。だが。

 

(俺のほうが、速い!!)

 

 ラテンはユージーンの首を撥ね飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見事、見事!!」

「すごーい! ナイスファイトだヨ!」

 

 ゆっくりとキリトたちがいる地上へ降りたてば、長身の女性シルフプレイヤーとその隣に立つ小柄な女性ケットシープレイヤーが嬉しそうに叫んだ。それに続くかのように、その後ろにいた十二人のシルフ・ケットシープレイヤーたちだけでなく、敵であるはずのサラマンダーの大軍勢たちも盛大な歓声を上げる。

 

「さすがだな、ラテン」

「結構ギリギリだったけどな」

 

 ラテンとキリトは拳を合わせた。

 

「んじゃあ誰か蘇生魔法をユージーンにかけてくれないか?」

「解った」

 

 応じてくれたのは沈黙を一番最初に破った、長身の女性シルフプレイヤーだった。よくよく見てみれば、黒に近いダークグリーンの長髪を長く垂らし、その先を一直線に揃えている。切れ長の目に高い鼻筋、誰がどう見ても美人だと言ってしまうほどの美貌を持ち主だ。服装は緑色の和風の長衣で、腰帯には湖上ノ月よりも少し長めの太刀が無造作に差している。他のシルフプレイヤーの服装がほぼ同じであることから、おそらくリーファたちが言っていたシルフ族の領主は彼女なのだろう。

 長身のシルフはラテンが持ってきたユージーンの残り火を傍らへ移動し、スペルワードを詠唱しながら魔法陣を展開する。

 一際眩い閃光が辺りを包み、それが消えると先ほどまで炎だったものが、巨漢の男に変わっていた。

 

「――見事な腕だ。俺が今まで見た中で最強だった」

 

 静かな声でユージーンが言った。

 

「そりゃどうも…………で、キリトの話は信じてもらえるかな?」

「…………」

 

 ラテンの問いかけにユージーンはしばらく沈黙するが、ゆっくりと瞬きをすると口を開いた。

 

「……よかろう、ここは手を引こう。だが、貴様とはいずれもう一度戦うぞ」

「もちろん望むところだ。まあできれば今度は地上戦のほうが嬉しいかな」

 

 ニヤッと笑いながら拳を突き出せば、同じく笑みを浮かべたユージーンはラテンに応えるように拳を打ち付け、身を翻してサラマンダーと共に去っていく。

 その背中が見えなくなるまで、眺めていると不意に後ろから声がかかった。

 

「それでキミたちは一体……」

 

 声をかけてきたのは小柄なケットシーの女性プレイヤーだ。彼女も長身のシルフプレイヤーと同様他のケットシープレイヤーとは違う服装であるため、ケットシー族領主なのかもしれない。

 

「俺はラテンだ。わけあってキリトと行動してる」

 

 長身のシルフプレイヤーと小柄なケットシープレイヤーは顔を見合わせると、再びこちらに顔を向けてきた。

 

「はじめまして。私はシルフ族領主のサクヤだ」

「私はケットシー領主のアリシャ・ルーだヨ。よろしくネ!」

「サクヤさんにアリシャさんね」

 

 二人と握手を交わすと再びアリシャが口を開いた。

 

「ねェ、さっきスプリガンとウンディーネの大使って言ってたけど、ほんとなの?」

 

 聞かれたキリトは右手を腰にあて、胸を張って答える。

 

「勿論大嘘だ。ブラフ、ハッタリ、ネゴシエーション」

 

 サクヤとアリシャはがくんと口を開け絶句する。

 

「……無茶な男だな。あの状況で大法螺を吹くとは」

「手札がショボいときはとりあえず掛け金をレイズする主義なんだ」

 

 悪びれずうそぶくキリト。

 そんなキリトにラテンは思わず苦笑する。確かにホラを吹くことには賛同したが、あそこまで大きく出るとは思っていなかったからだ。しかし、終わり良ければ総て良し。むしろあれくらいがちょうどよかったのかもしれない。

 不意にコトネが声をかけてくる。

 

「ねぇお兄ちゃん。キリトさんっていつもあんな感じなの?」

「まあ基本的にはあんな感じだな。生意気な感じ」

「聞こえてるぞ」

 

 キリトが細目でこちらを見る。

 それに肩をすくませて返せば、突然アリシャが詰め寄ってきた。

 

「それにしてもキミ、ずいぶん強いね? 知ってる? さっきのユージーン将軍はALO最強って言われてるんだヨ。それに正面から勝っちゃうなんて……本当は何者なのかな?」

「ただの通りすがりA、兼、護衛役かな? それにオレよりもそっちの大法螺吹きスプリガンのほうが強いぜ」

「なるほど」

 

 今度はサクヤがキリトに詰め寄る。

 それを見たアリシャは急にラテンの腕に抱き着いてきた。

 

「フリーなら君たちケットシー領で傭兵やらない? 三食おやつに昼寝付きだヨ」

「……はい?」

「おいおいルー、抜け駆けはよくないぞ」

 

 何が起こったのわからず目をぱちぱちさせていると、今度はサクヤがキリトの腕に右腕を絡めた。

 

「どうかな、個人的に興味もあるので礼も兼ねてこの後スイルベーンで酒でも……」

「え、えーと……」

 

 キリトは口をパクパクしながら顔を赤くしている。心なしかまんざらでもなさそうなのは気のせいだろうか。とりあえずこれは報告案件だろう。

 哀れんだ視線をキリトに送っていると、アリシャがさらに詰め寄ってきた。右腕には女性特有の『アレ』の感触が生々しく伝わってくる。それに加え、彼女からは太陽のようないい香りが漂ってきていた。

 

(これは……やばい。非常に、やばい)

 

 思わずフリーズしていると、鋭い声がラテンたちにかかった。

 

「ちょ、ちょっと!二人とも離れて!!」

「そうですよ! 二人とも近すぎ!」

 

 慌てて引きはがしてくるリーファとコトネを見て苦笑しながらキリトは口を開いた。

 

「お言葉はありがたいんですが――すいません、俺たちは彼女に中央まで連れて行ってもらう約束をしているんです」

「ほう……そうか、それは残念」

 

 残念そうにしながら、サクヤはキリトのアリシャはラテンの腕から渋々離れる。横からは痛いくらいの視線が投げつけられているが、気にしたら負けだろう。

 一呼吸おいてリーファは咳ばらいをすると、口を開く。

 

「ねえ、サクヤ、アリシャさん。今日の同盟って世界樹攻略のためなんでしょ?」

「ああ、まあ――究極的にはな。二種族共同で世界樹に挑み、双方ともにアルフとなればよし、片方だけなら次のグランド・クエストも協力してクリアする……と言うのが条約の骨子だが」

「その攻略に、あたしたちも同行させて欲しいの。それも、可能な限り早く」

 

 サクヤとアリシャが顔を見合わせる。

 《グランド・クエスト》とは一体何のことだろうか。何にせよキリトと同行していたリーファが提案しているのだ。アスナの元へ行くためには必要なクエストである可能性が高い。どんな内容なのか後で聞いてみる必要があるだろう。

 

「……同行は構わない、と言うよりこちらから頼みたいほどだよ。時期的には何とも言えないが……しかし、なぜ?」

「…………」

 

 リーファがちらりとキリトを見る。それに対してキリトは、一瞬瞳を伏せると言った。

 

「俺達がこの世界に来たのは、世界樹の上に行きたいからなんだ。そこにいるかもしれない、ある人に会うために……」」

「妖精王オベイロンのことか?」

「いや、違う――と思う。リアルでは連絡が取れないんだけど……どうしても会わなきゃいけないんだ」

「へェ、ミステリアスな話だネ?」

 

 興味に惹かれたのだろうか、アリシャはケットシー特有の尻尾を左右に激しく振るが、すぐにそれは耳と共に力なく垂れる。そして申し訳なさそうに口を開いた。

 

「でも……攻略メンバー全員の装備を整えるのに時しばらくかかると思うんだヨ……。とても一日、二日じゃあ……」

 

 無理もないだろう。サクヤの言っていたことから察するに、少なくともこのALOが発売されてから一度もクリアされていないクエストであるなら、相当難易度が高いのだろう。そんなクエストに不完全な準備のまま今すぐ挑戦しようだなんて無理な話だ。

 

「そうか……そうだよな。俺もとりあえずは樹の根元まで行くのが目的だから……後は何とかするよ。……あ、そうだ。これを資金の足しにしてくれ」

 

 キリトは小さく笑う。そしてメインウインドウを出現させ、手早く操るとかなり大きな革袋がオブジェクト化させた。『資金の足し』ということは中身はお金であろう。

 確かにこの世界へ来たのはアスナを救出するためだ。純粋に楽しむためではない。ならば今持っている大量の金はラテンたちにとって不要なのかもしれない。

 

「んじゃあ俺のも足しにしてくれ」

 

 素早くウインドウを操作して、キリトに負けず劣らず大きい革袋を取り出す。このお金でアスナに一歩近づくなら安いものだ。

 ラテンとキリトから革袋を受け取ったアリシャは、中身を覗き込むと眼を丸くした。

 

「さ、サクヤちゃん、これ……」

「ん……?」

 

 サクヤは首を傾げ、右手の指先を袋に差し込む。つまみだしたのは、青白く輝く大きなコインだ。

 

「うぁっ……」

「えぇ!?」

 

 隣からリーファとコトネが声を上げる。

 二人の領主は凍り付き、背後で成り行きを見守っていた十二人のプレイヤーたちからも大きなざわめきが上がる。

 

「合わせて三十万ユルドミスリル貨……これ全部……!?」

 

 掠れた声で言いながらサクヤはコインを凝視したが、やがて呆れたように首を振ってそれを袋に戻した。

 

「これだけの金額を稼ぐのは、ヨツンヘイムで邪神クラスをキャンプ狩りでもしない限り不可能だと思うがな……。いいのか? 一等地にちょっとした城が建つぞ」

「城……」

 

 思わず口に出してしまう。 

 まさかそんな程度の金額で西洋の貴族のような広い土地に城が建てられるとは驚きだ。SAOでは一軒屋に素材のよい家具がいくつか買えるぐらいの金額だったはずだ。

 

「構わない。俺にはもう必要ない」

 

 キリトは何の執着もなさそうに頷く。

 するとサクヤとアリシャはラテンに視線を向けてきた。大方「城……」と呟いたのが原因だろう。

 

「俺も構わない。情けは人の為ならずって言うしな」

 

 肩をすくめて見せれば、昨夜とアリシャは顔を見合わせた。

 

「……これだけあれば、かなり目標金額に近づけると思うヨー。むしろ多いくらいかも」

「大至急装備を整えて、準備ができたら連絡させてもらう」

「よろしく頼む」

 

 そう言うと領主の二人は十二人のプレイヤーを連れて西の方角へ飛んで行った。おそらくサラマンダーたちを警戒して、西にあるケットシー領へ向かうのだろう。

 その背中が見えなくなると、ラテンは後ろを振り向いた。視線の先では、リーファとコトネがアルンへの道のりを話し合っていた。

 

「……もう少しだな」

「ああ」

 

 隣にいたキリトはこの世界の中央にそびえ立つ巨大な樹を見上げながら答えた。あの先にいるはずだ。キリトの大切な人であり、ラテンの大切な友達でもある、アスナが。

 

「おーい、二人とも。そろそろ行くよー!」

「はいよ」

 

 コトネとリーファが飛び立つと、ラテンとキリトもその後へ続いた。

 

 

 

 




はい!今回はVSユージーン将軍でした!

魔剣グラムってほぼチートですよね!!防御できないなんて・・・・。

今回はラテンに戦わせました!設定では空中戦が苦手と言うことで・・・。m(_ _)m

次回もよろしくお願いします!!


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第五話 元気な少女

「うひょおおお。ここがアルンか」

 

 サクヤたちと別れて早数時間。ここへ辿りつく前に、極寒の地ヨツンヘイムで色々いざこざがあったのだが、何とか切り抜けられたのは幸運だっただろう。

 眼前には美しい積層都市の夜景が広がっている。時刻は既に午前二時。良い子はとっくに寝ている時間だ。現に、ラテンの隣にいるコトネは先ほどから大きな欠伸を連発している。

 

「あれが世界樹……」

 

 キリトが小さく呟く。

 古代遺跡のような石造りの家々の先にそびえ立つ、巨大な樹。視線を上げてもその全容は確認できないほどの大きさと高さだ。昼間でもすべて視認することはできないだろう。

 

「わあ……! わたし。こんなにたくさんの人がいる場所、初めてです!」

 

 キリトの胸ポケットから勢いよく飛び出したユイは感嘆の声を漏らす。

 確かに、この都市には様々な種族のプレイヤーたちが深夜だというのに行き交っている。さすがは世界最大の都市だ。

 先頭を行くリーファに続いてラテンたちも歩き始める。すると、突然パイプオルガンのような重厚なサウンドが大音量で響き渡ると、若い女性のアナウンスが流れ始めた。どうやらこれから定期メンテナンスが午後三時まで入るらしい。

 

「今日はここまで、だね。一応宿屋でログアウトしよ」

「そうだね。私はもう限界かも……」

 

 もう一度大きな欠伸をしたコトネは強く目をこすった。その隣では、依然とキリトが世界樹の上方を見続けている。

 その肩に手を置いてラテンは口を開く。

 

「焦る気持ちはわかるが、今回はしょうがねぇ。その時になったら全力で戦えるためにも今は休もうぜ」

「ああ、そうだな」

 

 キリトはようやく視線を世界樹から外す。そしてそのまま肩をすくめながらリーファに顔を向けた。

 

「じゃあ早速宿を探しますか。残念ながら俺は素寒貧だから、激安でいいところを頼む」

「カッコつけて所持金全額渡すからでしょ、もー……」

 

 リーファは小さくため息をついた。そして周りをキョロキョロ見渡したかと思えば、申し訳なさそうな顔をしてキリトの肩に乗っているユイに声をかけた。

 

「ごめん、ここは余り来たことがないからわからないや。ユイちゃん、いいところない?」

「ええ、あっちに降りたところに激安のがあるみたいです!」

「じゃあそこに行きますか」

 

 ラテンたちはユイが指示した階段の方へ歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁあああ……ねむ……」

 

 時刻は午前十時ちょうど。昨夜ログアウトしてからすぐに就寝したため、睡眠時間は六時間ほどだろうか。暇なのをいいことに最近は睡眠をむさぼっていたため、ちょっとだけきついとこがある。

 そんな天理が今いる場所は、《横浜港北総合病院》の院長室前だ。何故こんなところにいるのかというと、三時間前に突然メールが来たからだ。その内容は、体の検診がしたいから病院に来い、というものだった。筋肉が正常に戻っているか確認したかったのだろう。

 天理はスライド式のドアを四回ノックする。中から「どうぞ」と言う声を確認すると、ゆっくりとドアをスライドする。

 

「来たぞー、ばっちゃん」

「おお、ようやくかい」

 

 ゆったりとした声を発しながら手に持っていた資料から視線を天理の方へ向けてきたこの老婆は、天理の祖母である《宮園 江里子》。この病院の院長をしている人でもある。

 

「なんだい、睡眠不足かい? 若いんだからしっかり寝ないと早死にするよ」

「睡眠時間的にはギリギリ問題ないから大丈夫だって」

 

 肩をすくめながら、天理は用意されていた椅子に座る。祖母はゆっくり立ち上がると、天理の目の前にあった椅子にゆっくりと腰かけた。

 

「じゃあ、服を脱ぎな」

「はいよ」

 

 厚めのパーカーと中に来ていたTシャツを脱ぎ、近くにあったソファへ放り投げる。室内は比較的暖房が効いているため寒くはないのだが、やはり真冬なこともあって、反射的に肌を擦ってしまう。

 

「ふむふむ。だいぶ戻ってるみたいだね」

 

 体中のあちこちを触りながら、祖母が呟く。

 

「まあ、最盛期にはまだ及ばないけどな」

「そうかい? 今のあんたの年齢だと、むしろ平均よりもついてる方だけどね」

 

 はい終わり、と言って祖母は椅子を引いた。

 それを聞いて服を取ろうとしたところ、後ろのドアからノック音が二回響く。

 

「どうぞー」

「は、ちょ……!」

 

 まだ天理が着替え終わってないというのに、目前の老婆は平然の来訪者へ中に入るように促した。もう少しこちらの気持ちも考えてほしい。

 どりあえずTシャツだけでも着ようと急いで椅子から飛び出すが、運悪く椅子の足に引っかかってしまい正面からみっともなく転んでしまう。

 そんな天理に対して無情にもスライド式のドアが開かれた。

 

「しつれいしまー……す……?」

 

 高めで可愛らしい声と同時に現れたのは、声がよく合っている小柄な少女だった。

 紫がかった腰まで伸びた黒い長髪に、真っ赤なヘアバンド。顔は小造りで、ツンと上を向いた鼻の上にくりっとした黒色の双眸。誰もが一目見れば可愛いと思ってしまうほどの少女だ。

 その少女は天理を見るなり固まってしまう。目の動きが左から右へと、そして天理と目が合うと、体を小さく震わせた。次に起こることは誰でも簡単に予想できるだろう。だから天理は、先手を打つことにした。

 

「ばっちゃん、この運動着いいな! 見た目は上半身の筋肉で変だけど、意外としっかりしてるからこのまま着てってもいいか!? いやぁ、病院の院長ともなるとこんな変な服の一着や二着持ってるもんなんだなぁ!」

 

 転んだ体勢を利用して腕立て伏せをしながら、大げさに口走る。そしていかにも汗をかき、服の中に風を送るような動作をしながら少女へ背中を向けながらソファへ近づき、素早くTシャツを着た。

 

「(成功したか……?)」

 

 再び少女の方へ顔を向ければ、訝しげな視線とぶつかる。どうやらさすがに無理があったらしい。再び少女がプルプルと震え始める。

 天理は覚悟を決めて瞼を閉じ、次に聞こえてくる悲鳴に備えた。

 しかし、聞こえてきたのは女性の甲高い悲鳴ではなかった。

 

「アハハハハハハハハハハ!!」

 

 無邪気な笑い声。もちろん少女のものだ。

 見れば、少女が腹部に手を当てて笑っている。その笑顔からも、この少女は明るく元気な性格の持ち主だということが感じ取れた。

 

「きんにくの……うんどうぎって……アハハハハハハハハ!! お兄さん、面白すぎっ――アハハハハハハハハ!!」

 

 何にせよ、最悪な事態は回避できたらしい。検診に来たというのに、留置所送りにされたらたまったもんじゃない。

 それにしても、

 

「笑い過ぎだろ……」

 

 そこまで面白かったのだろうか。確かに変な言い訳をしていたことは理解しているが、そこまで笑われるとは思わなかった。もしかしたら、彼女の笑いの沸点は低いのかもしれない。どうでもいいことを予想しながら、天理はもう一枚のパーカーを着る。

 

「ごめんなさい、おかしくって、つい」

 

 目元の涙を手で拭うと少女は無邪気な笑顔を浮かべる。それに思わずドキッとしてしまい、天理は視線を少女から逸らした。

 

「そういえばゆうきちゃんも呼んでたっけね。ここに座って」

「はーい」

 

 とぼけたように口を開いた祖母に対して思わずため息が出る。

 しかし天理の脳はすぐさま祖母から少女へと意識をシフトさせていた。

 

「(ゆうき、って名前なのか……)」

 

 年齢的には天理よりも下、琴音と同年代か少し下くらいか。どちらにせよ、元気な子供、といった印象だ。

 それにしても年齢相応の元気さが感じられるこの少女が、何故この病院に来ているのだろうか。祖母が直々に呼んでいたということから、祖母の知り合いの娘さんなのだろうか。もしくは、実は天理にも知らない親戚の娘さんだったり、という可能性もある。

 意味のない妄想を展開していると、ゆうきと呼ばれた少女が困ったような口調で話しかけてきた。

 

「あの~、お兄さん?」

「へ? あ、はい、何でしょうか?」

「えっと……その、ちょっと目を閉じてほしいかなーって……」

「え?」

 

 見れば服の端を掴んだまま静止している少女と、聴診器を片手に、にやにやしながらこちらを見ている祖母の姿があった。

 

「あんた……年頃なのはいいけど、ゆうきちゃんはまだ中学生。犯罪だよ」

「わ、悪い……って、俺はロリコンじゃねぇわ!」

 

 女子中学生がロリの分類に入るのかはわからないが、他人の裸を盗み見るような趣味はない。見るなら堂々とだ。

 

「あー、じゃあ俺はこのまま帰るわ。次は朝っぱらに突然、じゃなくて事前に連絡を頼む」

 

 そう言って、踵を返した天理の背中に祖母の声が降りかかる。

 

「ああ、待ちな。ちょっと渡すものがあるから」

「何?」

「ゆうきちゃんの検診が終わってから渡すから座ってな」

「今渡せばいいだろ!?」

 

 天理の叫びもむなしく、祖母は苦笑していたゆうきの服をいきなりたくし上げた。ゆうきの「ひゃっ!?」という驚きの声に反応して、天理は慌てて顔を背け、目を閉じた。

 そのまま数秒間、何も聞こえないはずなのに妙に生々しい空気を感じながらじっとこらえていると、「はい終わり」という先ほども聞いた言葉が聞こえてきて、ゆっくりと顔を戻してみればお腹を小さく擦っているゆうきと目が合った。

 

「そういえば、紹介がまだだったねぇ。この無駄に筋肉質でむっつりなのが、この前私が話してた孫の大空天理だよ」

「人様に紹介するような内容じゃないな!?」

「で、この娘が……私の隠し子の――」

「いや、その嘘一瞬でわかるから」

「――はぁ。知り合いの娘さんのゆうきちゃん」

 

 こいつ空気読めないな、と言わんばかりの視線を投げつけながら祖母はまじめに彼女のことを紹介した。今のはこちらが悪いのだろうか。

 

「えっと……ご紹介に与りました? 紺野(こんの)木綿季(ゆうき)です。『木綿』って書いて『ゆう』、季節の『季』で『き』って読んで、『ゆうき』です。趣味は体を動かすことですけど、とある事情であんまり激しい運動ができなくて……よろしくお願いします」

 

 ぺこりと頭を下げられて、天理も慌てて自己紹介をする。

 

「あ、これはこれはご丁寧にどうも。俺は大空天理です。天ぷらの『天』に理由の『理』で『てんり』。趣味は同じく体を動かすことで、主に竹刀を……――って、見合いか!?」

 

 お見合いの定型文句を八割方言ったところで思わず突っ込んでしまった。すると、目の前で再び無邪気な笑い声が聞こえてきた。

 

「ぷくくっ――やっぱりお兄さん面白いね! ふふふっ……!」

 

 傍らでは祖母も同じように笑っている。

 天理は反論する気力もなく、項垂れる。すごく手の平で転がされているような気がするのは気のせいではないだろう。

 しばらく笑い声がおさまるのを待ってから本題に入った。

 

「……で、俺に渡したいものって?」

「ああ、はいはい。この前出張して、そのお土産をね渡したかったのよ」

「さっき渡してもいいものじゃねぇか!?」

 

 祖母の気まぐれにツッコミを入れるのはだいぶ体力を消費する。このようなことでツッコミをし続けたら、身が持たないだろう。

 だから天理は一度深呼吸して祖母が差し出してきたものを受け取った。

 『東京ばな奈』だった。

 

「俺が住んでんの東京!!」

 

 すぐ隣で大きく噴き出す音が聞こえた。おそらく木綿季だろう。

 とりあえず天理は、ワナワナと震えた手で者を渡されたとき一番最初に確認するもののために裏面へひっくり返す。

 

「しかも賞味期限今日じゃねえか!?」

「いいじゃない別に。それぐらい兄妹二人で食べれるでしょ?」

「いや、まあそれはそうなんだけど……」

 

 言えない。実は昨日久しぶりに食べたいからって言って妹が買ってきた東京ばな奈を二人でバカ食いしてたことは絶対に言えない。

 しかし、ここで受け取らないのも祖母に対して悪いだろう。とりあえず受け取っておくことにする。この食べ物の処理は妹話し合って決めよう。

 天理が素直に受け取ったのを見て祖母は一つ頷くと、思い出したかのように口を開いた。

 

「あ、じゃあついでに木綿季ちゃんを家まで送ってってくれない? ほら物騒な世の中だし」

「ええ!? い、いいよ別に。ボクはもう子供じゃないんだし。それに、ここまで一人で来たんだから帰りぐらい簡単……に……」

 

 そこで木綿季の言葉が詰まったのは、祖母から発せられる黒いオーラを感じ取ったからだろう。結局小さく「……はい……お願いします」と呟く羽目になった。

 確かに木綿季の言う通り、ここまで一人で来れたなら一人で帰ることなど造作もないことだとは思うが、祖母の言いたいことも分かる。

 何しろ世の男の大半が振り向くであろう美少女なのだ。変な男につかまったりでもしたら大変だ。

 

「まあ、俺は別にいいけど」

「じゃあお願いね」

 

 祖母がニコッと笑う。

 天理は木綿季に部屋を出るように促すと、木綿季は素直に従ってくれた。

 

「じゃあおばあちゃん、またね」

「また今度ね、木綿季ちゃん。――ああ、それと天理」

「ん?」

 

 木綿季が部屋を出た絶妙なタイミングで祖母が声をかけてきた。

 

「木綿季ちゃんに何かあったら……解ってるわよね」

「……」

 

 木綿季が可愛いのはわかる。確かに、守ってあげたくなる可愛さだ。それを込みにしたとしても、

 

(おれ)の扱い雑過ぎね?」

 

 部屋を出て呟いた天理の言葉に木綿季は首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「仲、いいんだね。おばあちゃんとお兄さんって」

「俺が一方的にからかわれてるだけなような気がするけどな」

 

 東京ばな奈と共に渡されたトートバックを片手に、病院の門を出る。病院前には駅があり、木綿季が住んでいる場所はこの駅から乗り換え二回を含めて、およそ五十分かかるらしい。とはいっても、天理も家からこの病院まで一時間ほどだから苦になるほどの時間ではない。

 

「……その服装、寒くないのか?」

「うーん、あんまり、かな?」

 

 白色のセーターにコートを羽織っているとはいえ、下はホットパンツに黒タイツだ。ブーツで多少守られているとはいえ寒くないものなのだろうか。まあ当の本人がそこまで気にしていないことから大丈夫なのだろう。

 木綿季に続いて駅に入る。彼女がが購入した切符と同じものを購入して、電車に乗り込んだ。時刻はお昼時に迫っているからか、二人分の席は簡単に確保できた。

 流れで木綿季の隣に座ってしまったが、わざわざ立つのも不自然だろう。ユウキから漂ってくる甘い匂いに鼻孔をくすぐられながら、何気ない話題を振る。隣にいるのに五十分間無言でいるのは、さすがに気まずいだろう。

 

「そういえば木綿季って、体を動かすことが好きって言ってたけど、何のスポーツが好きなんだ?」

「んー、スポーツは全般的に好きかな。その中でも特に好きなのは、バスケットボールだね。なんかこう、すっごいカッコイイんだよね!」

「へー、バスケか。俺は体育でしかやったことがないからなぁ。まあ確かに楽しかったけど、結構きついよな」

「うん、そこが問題なんだよねぇ……」

 

 むむむ、と木綿季は眉間にしわを寄せる。木綿季が言う問題とは、先ほど口にしていた『とある事情で激しい運動ができない』とは無関係でないことは明白だろう。個人的には、その事情が気になるが、本人が伏せているということはあまり知られたくない事なのだろうから、余計な詮索はしないでおく。

 

「天理……さんって、何かスポーツやってたの?」

「天理でいいよ。そうだなぁ、スポーツって言っていいのかわかんないけど、中学時代は剣道をやってたかな」

「剣道かぁ、かっこいいなあ。ボクも好きだよ、剣道!」

「へぇ、そうなのか。経験とかしてるのか?」

「六月くらいに体育でやってたんだ~。楽しかったなぁ。そこで好きになったからテレビで全中を見てたよ!」

 

 全中、《全国中学校体育大会》とはまた随分と懐かしいワードだ。あの地獄の世界へ行く前までは、縁があった場所だ。まあ二年以上も前の話だから、その全中に天理が出ていたことを彼女は知らないだろう。とはいえ、わざわざ自慢するような真似はしない。

 

「それでね、その大会では桐ケ谷直葉さんっていうすごい人が出てたんだぁ!」

 

 『桐ケ谷』という苗字に体が勝手に反応してしまう。しかし、『桐ケ谷』という苗字を持つ人は全国に何百人もいるだろう。和人と関係があるとは思えない。

 

「その人は女の子なんだけど、男子にも引けを取らない威力と早さを持っててね――天理? どうかしたの?」

「え? あ、ああいや、何でもないよ。それで?」

「そう? それでね――」

 

 木綿季は直葉という女の子の話を得意げに語る。目をキラキラさせて、無邪気な笑顔を浮かべながら語る彼女は、清らかな心の持ち主であることが容易に理解できた。彼女にとってはそれほどあこがれた人物なのだろう。今年の全中を見直してみようか。

 

「結局優勝はできなかったんだけどね……でも本当にすごかったな、あの人」

 

 その瞳には憧れの意味もあるのだろうが、天理には闘志も少なからず存在するとおぼろげに感じ取った。

 

「……木綿季はその人と試合してみたいのか?」

「え? ……うーん、そうだなぁ……少なくともこっちの世界(・・・・・・)じゃ無理かなぁ……すごい練習してるでしょ? あの大会まで上がってくる人って」

「まあ、じゃなきゃ全国には行けないからなぁ」

 

 木綿季の途中の言葉は小さくて聞き取れなかったが、特に気にしないでおく。

 すると、木綿季が突然思い出したかのように口を開いた。

 

「そういえば、さっき天理も剣道やってたって言ってたよね。大会とかはどうだったの?」

「あー……」

 

 至極まっとうな質問が飛んでくる。先ほどは、木綿季の話題で天理から直葉という女性へと対象をうまく変えられたが、このような直球で聞かれたら、正直に言うか嘘を言うか、はたまた誤魔化すか。

 

「……ぼちぼち、かな?」

 

 天理は誤魔化すのを選んだ。正直なことを言って、「あの頃の天理を見たい!」なんて言われたらこちらとしては少々困る。かと言って嘘をついて、変な風に慰められてもこっちはこっちで困る。だから、誤魔化すことにした。

 

「そうなんだ」

 

 幸いにも木綿季はそれ以上天理のことについて聞かなかった。この機を逃さず、天理は話題を他のことへシフトする。

 そんなことをしているうちに、電車の乗り換えも含めての五十分があっという間に過ぎ去ってしまった。

 目的地である星川駅を降りて、そのまま木綿季が進む方向へ着いていく。もちろん帰り道でもあるためある程度は建物を把握しながら歩いている。

 何気ない話をしながら、駅前の商店街を抜け、数分歩いた末にたどり着いた先は、白いタイル張りの壁を持つ一軒家だった。緑色の屋根を持つその家は、目立つ分周りに比べるとやや小さいが、わざとそう設計したのか庭が結構広い。芝生には白木のベンチ付きのテーブルが置かれており、その奥には赤レンガで囲まれた大きな花壇が設けられている。

 

「ここが木綿季の家か?」

「そうだよ。どう?」

「すごく綺麗で羨ましいよ。俺の家は、何かと古臭いからな」

 

 ゆっくりと家全体を眺める。家の中からは人の気配がしないことから、おそらく外出しているのだろう。

 それはそれとして、とりあえず木綿季を家まで送る任務は無事に完了した。後は家に帰るだけだ。

 

「あ、そういえば」

 

 ずっと手に持っていたトートバックの存在をここで思い出す。祖母には悪いが、天理と琴音が嫌々食べるよりは木綿季に食べてもらった方がいいだろう。

 

「はい、これ」

「え? それはおばあちゃんが天理のために買ったお土産じゃあ……」

「あーまあそうなんだけど……実は俺も、俺の妹も昨日これとまったく同じものを結構食べたんだよね。久しぶりに食べたいから、って」

「そ、そうなんだ」

「そう。だから、これは木綿季と木綿季の家族に食べてもらった方がいいかなって」

 

 そう言いながら東京ばな奈を渡すと、受け取ったや否や木綿季が突然黙り込んだ。流石の天理も思わずぎょっとする。そして、すぐさま今の発言で木綿季が黙り込んだ原因を探す。しかし、いくら探しても、その原因がわからなかった。

 

「えっと……ごめん。なんか気に障るようなこと言っちゃった?」

「へ? あ、いや別にそういうのじゃなくて……」

 

 木綿季は慌てて天理の言葉を否定する。そして再び、黙り込んだ。その表情は何かを言おうか言うまいか迷ってるようだった。

 数秒間の沈黙ののち、木綿季が意を決したかのように顔を上げる。

 

「……実はボク、一人暮らしなんだ」

「そうか、一人暮らしか……って、え? この家で?」

「……うん」

 

 再び白い家へと目を向ける。こんなことを言うのは独身の人たちに失礼なのかもしれないが、どう見ても家族が住むような一軒家だ。一人暮らしなら、アパートやマンションに住むものだろう。

 しかし、木綿季が嘘をついているようには思えない。だったら、天理が外出していると思い込んでいた、彼女の家族は――

 

「……そっか。それにしてもすごいな。その歳で一人暮らしって」

「え? う、うん」

「家事とか洗濯とか全部一人でするんだろ? 俺は妹に頼りっぱなし、とはいかないけど七割方依存してるからなぁ。素直に尊敬するわ」

「そ、そうかな? 慣れると結構簡単だよ?」

「いやいや、それを言えるのは『極み』に達した主婦たちだけだよ。ほとんどの人は、その『慣れるまで』に苦戦するさ」

「大げさだなぁ」

 

 ぷっ、と先ほどまでどこか暗い表情をしていた木綿季が小さく噴き出した。彼女を含め『極み』に達した主婦たちを尊敬しているのは本当だ。

 それにしても、なんとか彼女の家族の話題から話をそらすことができた。天理の独りよがりな妄想で、彼女が『一人』であること決めつけるのは良くない。それこそ、彼女の家族は何らかの理由で他のところに住んでいる、あるいは海外へ出張している、なんてことも可能性としてないわけではない。よく少女漫画であるではないか。親が長期ラブラブ海外旅行を理由にその娘や息子がしばらく一人で生活する羽目になる話など。

 

「じゃあ、俺はこれで帰るわ。戸締りはちゃんとしろよ」

「あ、ちょ、ちょっと待って」

 

 踵を返そうとした天理の服を木綿季が掴む。

 

「どうした?」

「えっと……」

 

 そう言って、コートのポケットの中を弄り始めた彼女が取り出したものは、スマホだった。

 

「天理と会ったのも何かの縁だと思うから、連絡先を交換してくれないかな?」

「ああ、確かに。じゃあ交換するか」

 

 天理はポケットからスマホを取り出すと、電話番号と世界中で使われているよくあるコミュニケーションアプリを交換し合った。

 

「よし、これで完了だな」

「うん、ありがとね、天理」

「いや、これぐらいお礼を言われるほどじゃ」

「まあ、これもあるんだけど、ここまで送ってくれたから、ね? それに友達(・・)が増えるのはいつどんな時でも嬉しいよ」

「そんなもんか」

「そんなもんだよ」

 

 ふふふ、と嬉しそうに笑う木綿季を見て、思わず頭を掻く。そのまま手に持ったスマホで時刻を確認すると、十二時を少し過ぎていた。昼前には帰ると琴音に約束したため、これ以上待たせたらまずいだろう。幸い先ほど調べた限りでは、最寄りの星川駅からはだいたい四十分ほどで着ける。急いで行けば、琴音の作った昼飯が温かいまま食べられるかもしれない。

 すばやく琴音にメッセージを飛ばすと、改めて木綿季に向き直った。

 

「じゃあ、改めて俺は行くよ」

「うん、またね。天理」

「ああ、また」

 

 笑顔で手を振る彼女に片手を上げて応えると、天理は来た道を引き返した。

 

 

 




※内容を大きく変更しています。前後の話がつながっていませんのでもうしばらくお待ちください。誠に申し訳ございません。


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第六話 一筋の希望

 

 午後三時。

 ラテンとコトネはメンテナンスが終わった直後にALOへとダイブした。昨夜――といっても早朝――に宿泊した宿を出て、その宿の看板の前でコトネと待機する。

 約束の時間は三時ちょうどではない。あくまで『三時くらい』なのだが、あの男がそんなに時間を無駄にするとは思えない。だからこうして念のために三時ちょうどにログインしたのだ。

 街の外には、メンテナンスに痺れを切らしていたのか、続々とプレイヤーたちが宿から出てくる。中には、宿から出たのと同時に飛び始める者もいて、相当この世界に魅了されているのだろう。

 確かに、まだ完ぺきとは言えないが、それなりに飛べるようになってからは普通に《楽しい》と感じている。ラテンもまたこの世界に魅了されたプレイヤーの一人になってしまったようだ。

 

「そういえば、アルンに来たはいいけどこれからどうするの?」

 

 至極当然な疑問をコトネがぶつけてくる。それもそうだ。何故ならラテンもキリトも『世界樹の元へ行きたい』とだけしか伝えてない。

 

「ああー……あの樹ってさ、登れんの?」

「それって、外からってこと?」

「いや、外からでも中からでもルートは問わないけど……」

「うーん……少なくとも外からは無理だね。ついこの間なんだけど、わけあってGMが雲の少し上に障壁を設定しちゃって……まあそれがなくても外からは高すぎて無理なんだけどね」

「翅が持たないってことか」

「そうそう!」

 

 ラテンは改めて世界樹を眺める。天辺は相変わらず雲が邪魔していて見ることができない。ラテンの何倍もプレイしているコトネが言うのだから外からは無理なのだろう。

 

「じゃあ、他のルートからは登れんの?」

「うん、一応ね。世界樹の根元にゲートがあってそこから《グランド・クエスト》に挑戦すれば中から行けるよ。まあ、クリアは『不可能』なんだけどね」

「『不可能』? それはまた何故?」

「私も聞いた話だから詳しくは知らないんだけど……中には無数の巨大なガーディアンがいて、倒しても倒しても復活してくるから結局ジリ貧になって天井までたどり着けないんだって」

「それって、あえて戦わないで《すり抜ける》とかは無理なのか?」

 

 倒しても倒しても湧いてくるのなら、戦わないですり抜ければいい。別にこちとらグランドクエストが主な目的ではないのだ。世界樹の天辺――アスナがいる元へ辿りつければそれでいい。それに、ラテンもキリトも早さに関しては、他のプレイヤーに劣ってはいないと自負している。他のプレイヤーが無理でもラテンたちなら――いや、それは傲慢か。

 しかし、だいぶ可能性がある策をもコトネは簡単に打ち砕いた。

 

「それは私も思ったんだけど、それこそ無理らしいよ。上がれば上がるほどガーディアンの数が増えていって、最終的にはガーディアンが多すぎて、もはや天井になってるんだって」

「ああ、なるほどな。GMはよほどプレイヤーにクリアしてほしくはないんだな」

「そうだね。だって、そんな簡単にクリアできたら《グランド・クエスト》なんて名前はつかないからね」

 

 コトネの話を聞く限りでは、ラテンとキリトの二人で世界樹の天辺へ行くのは不可能に近いだろう。何しろ今までに一度もクリアされてないクエストなのだ。今までということは、あのユージーン将軍や血気盛んで見るからにレア武器を持っているサラマンダーの大軍勢でも無理だったということだ。普通ならば諦めるだろう。

 しかし、絶対にあの男は――キリトは諦めない。おそらくアスナを救うためならなんだってやるだろう。ラテンは彼の手助けに来たのだ。キリトが諦めないなら、ラテンもここで諦めるわけにはいかない。

 

「……まあ、百聞は一見に如かずって言うし、やるだけやってみるか」

「やるって……何を?」

「世界樹攻略?」

「……は?」

 

 コトネの目が点になる。それはそうだ。彼女は先ほどまで、世界樹攻略がどれほど不可能なのかをラテンに伝えていたのだ。その話をすべて聞いたラテンが、『グランドクエストクリアは無理だ』と判断したのではなく、『グランドクエストに挑戦する』と口走ったのだ。コトネからしたら呆れて物も言えないの当然と言えば当然だ。

 数秒後、ようやく我を戻したコトネがラテンの予想通りの呆れ顔をする。

 

「……お兄ちゃん、私の話聞いてた?」

「もちろん全部聞いたぜ? 聞いたうえでの判断だ」

「……ってことはお兄ちゃんと目的が同じのキリトさんも?」

「あいつなら『そんなことは問題じゃない』って一蹴するかもな」

「えぇぇぇ……だって……えぇぇぇ……」

 

 コトネは困惑した表情と呆れた表情を面白いぐらいに変える。もちろん、コトネに依頼したのは、『世界樹までの案内』だ。一緒にグランドクエストへ挑戦することではない。

 

「安心しろって、何も『お前も一緒に来い』だなんて言ってないから。ここからはあくまで俺とキリトの問題だ。ここまで案内してくれてありがとうな。今度、駅前のケーキバイキングを奢ってやるよ」

 

 ポンポンとコトネの頭を撫でてやれば、コトネは俯いて黙り込んだ。数秒後、何かを言おうとしたのか、はっ、と顔を上げたが何も言わずにすぐまた俯いた。

 そのタイミングでラテンたちが泊まっていた宿からキリトとリーファが出てくる。

 

「よう、思ったよりも遅かったな」

「悪い、ちょっとな……って何かあったのか」

 

 キリトがいつも通りのラテンと少々暗めのコトネを見て言った。

 

「ああ、別に。ただの家族会議だ。そんな深刻な話題じゃねぇよ」

「そうか……じゃあとりあえず根元まで行ってみよう」

 

 キリとの声と共にラテンとコトネとリーファは歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 行き交う混成パーティの間を縫うように数分歩けば、前方に大きな石段と、その上に立つ大きなゲートが見えてきた。あのゲートをくぐればアルンの中央市街に入ることができる。先ほどよりも近くなった巨大樹はもはや壁そのものだ。

 大きな石段をゆっくりと登り、ゲートをくぐろうとしたその時だった。

 

「ママ……ママがいます」

 

 突然ユイがキリトの胸ポケットから勢いよく顔を出したかと思えば、世界樹の上部を見上げながらかすれ声で言った。

 もちろんその言葉はキリトにとっては絶大な威力を持つもので――

 

「本当か!?」

「間違いありません! このプレイヤーIDは、ママのものです……座標はまっすくこの上空です!」

「上空って言ったって……」

 

 先ほどコトネが言った通りなら、上空に漂う雲を抜けたあたりには障壁があってその先へは進めないはずだ。ユイが言ってることが嘘だとは思っていないが、残念ながらアスナがいるのはその障壁のはるか上空だろう。このまま上へ飛び立ってもアスナの元へ辿りつくことはない。

 それを伝えようと、キリトに声をかけようとするが、一歩遅かった。ギリギリっと歯を食いしばる音が聞こえたかと思うと、キリトが背の翅を大きく広げる。

 

「お、おい、キリト!」

 

 ラテンの制止も空しく、大きな破裂音と共にキリトが上空へと飛び立った。思った以上の衝撃波に、ラテンとコトネとリーファは一瞬その場に踏みとどまる。

 しかし、暴風が止んだのと同時にラテンたちはキリトの後を追った。まるでロケットブースターのように加速するキリトにはまるで追いつける気がしない。それほどアスナへの思いが強いということなのだろうか。

 アルン市街を構成する無数の尖塔群の間を抜け、やがて視界に建造物がなくなると、金緑色の絶壁にも似た世界樹の幹が現れる。それと並行して、キリトはなおもグングンと上昇を続けた。そんなキリトにリーファが叫ぶ。

 

「気をつけて、キリト君!! すぐに障壁があるよ!!」

 

 しかし、残念ながら彼女の声は届かない。

 それが理由なのか、はたまた別の理由なのかリーファの上昇速度が少し遅くなる。本来ならば、彼女を気にかけることが優先なのだが、今は何の考えもなしに突っ込んでいくキリトのほうが心配だ。あの速度で受け身も取らず障壁とぶつかりでもしたら、気を失うなんてもんじゃない。下手したら、現実の体にだって影響が――

 

「コトネ!」

 

 リーファのことはコトネに任せようと、ちらりと視線を向けて叫んだが、いらぬ心配だったようだ。リーファは先ほどの速度まで戻っていた。

 キリトに遅れること数秒。ラテンたちも雲海へと突入する。コトネの話によれば、この先には障壁があるはずだ。本当はキリトにもしてもらいたいのだが、何を叫んでも今のキリトには届かないだろう。仕方なくラテンたちは僅かに速度を緩める。

 不意に、眼前に濃紺な青色の世界が広がった。雲の上の世界。本来ならばあり得ないはずだが、その雲を突き抜けてもなおそびえ立つ巨大な樹。その樹の枝の一本へ向かってキリトはさらに加速した――

 かと思えば、突然彼の体を中心に虹色のエフェクトが広がる。数瞬遅れて落雷にも似た、衝撃音が大気を揺るがした。

 見えない壁にぶつかったキリトが、力なく空中に漂う。

 

「キリト君!!」

 

 リーファは悲鳴を上げキリトの元へ急いだ。アルンは中立都市だ。どの種族もダメージ判定が出ればHPが削られる。つまりこの高さから落ちれば、いくらステータスが高いキリトだからって、HP全損は免れない。

 ラテンも急いでキリトの元へ行く。しかし、思った以上に気を失わなかったようで、二、三度頭を振ると再び上昇する。だが、システムの力は絶対的で障壁はキリトの侵入を許さない。

 そんなキリトと同高度に達したリーファはキリトの腕をつかんで必死に叫んだ。

 

「やめて、キリト君!! 無理だよ、そこから上には行けないんだよ!!」

 

 リーファの叫びはキリトに届かない。なおも突進を繰り返そうとしたキリトの腕をラテンも掴んだ。

 

「キリト!!」

「行かなきゃ……行かなきゃいけないんだ!!」

 

 すると、彼の胸ポケットからユイがとび出す。きらきらと光の粒を振りまきながら、枝を目指して上昇し始めた。

 しかし、システム属性のナビゲーションピクシーでさえ、この障壁は冷酷に拒んだ。水面に波紋が広がるがごとく、ユイは押し戻される。だが、ユイはそれでもあきらめなかった。

 

「警告モード音声なら届くかもしれません……! ママ!! わたしです!! ママー!!」

 

 数秒間の沈黙。残念ながら、そして当たり前だが返事はない。

 それでもあきらめきれないのか、キリトは両手を障壁へ打ち付けた。しかし、いくらそんなことをやっても、いくらアスナのことを思ったとしても、この上へは行くことができない。ラテンたちには《グランド・クエスト》しか道がないのだ。

 

「……キリト、ユイ……もういいだろ」

 

 ラテンが静かに呟けば、キリトとユイは押し黙った。二人ともわかっているはずだ。このままここにいても、アスナには届かないことを。

 

「……わかった」

 

 やがてこの場は諦めたかのようにキリトが呟いた。その時だった。

 

「――パパ! あれを見てください!」

 

 突然ユイが叫ぶ。ラテンたちは慌ててユイが指示した方向へ顔を向けた。確かに、さっきまではなかったキラキラしたものが見える。それはゆっくりとこちらに向かって落ちてきて――

 

「……カード……?」

 

 キリトが、掴んだものを広げながら呟く。ラテンたちはそのキリトを囲んで振ってきた物を眺めた。

 キリトが言った通り、長方形のカード型オブジェクトのように見える。ラテンはその正体を掴むべく、そのオブジェクトをタッチしてみる。しかし、ゲーム内アイテムなら必ず出現するはずのポップアップ・ウインドウは表示されなかった。

 その時、ユイが身を乗り出し、カードの縁に触れながら言った。

 

「これ……これは、システム管理用のアクセス・コードです!!」

「!?…………」

 

 キリトが息をつめ、カードを凝視する。

 

「……じゃあ、これがあればGM権限が行使できるのか?」

「いえ……ゲーム内からシステムにアクセスするには、対応するコンソールが必要です。わたしでもシステムメニューは呼び出せないんです……」

「……まあ、でも普通こんなものが落ちてくるわけないないからな」

「はい。ラテンさんの言う通り、きっとママがわたしたちに気付いて落としたんだと思います」

「…………」

 

 キリトが無言でカードをそっと握りしめる。そして再び顔を上げたキリトは先ほどまでのキリトとは違って決意に満ち溢れていた。

 

「……ラテン、来てくれるか?」

「当たり前だろ。ここまで来て投げ出すほど俺は薄情者じゃねぇよ」

 

 キリトは強く頷くと、リーファとコトネに向き直る。

 

「今まで本当にありがとう、リーファ、コトネ。ここからは俺とラテンの二人で行くよ」

「……キリト君……」

 

 泣きそうな顔で口篭もるリーファの手をキリトはぎゅっと握り、離した。一方コトネは先ほどからずっと黙ったままだ。おそらくラテンとキリトが向かおうとしている先を知っているからかもしれない。

 

「……コトネ、改めてありがとうな。すぐに終わらせてくるから、そこら辺のカフェでくつろいでいてくれ。帰りはスイルベーンまで護衛するよ」

「……うん」

 

 コトネは小さく頷いた。

 その頭を再びぽんぽんと撫でてやると、キリトに顔を向ける。

 

「じゃあ、行くか?」

「ああ」

 

 ラテンとキリトは一瞬だけ滞空して二人を見つめ頭を下げると、翅をたたみ急降下した。

 

 

 

 







次回もよろしくお願いします!!

※大幅修正しました。話が噛み合っていませんが、修正が終わるまで今しばらくお待ちください。


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第七話 不可能な試練

 

「うひょぉ……さすが《グランドクエスト》だけあって、すごい造りの門だな」

 

 コトネ、リーファと別れて数分。ラテンとキリトは身の丈の数十倍もありそうな大門の前にたどり着いた。大門のすぐ前には、これまたRPGにはありがちな二頭の巨大な石像が門の守護者と主張するかの如く立っている。

 

「……行こう」

 

 キリトは短く呟くと、大門の前に立つ。すると、先ほどまで沈黙を守っていた二体の石像の瞳に青白い光が宿った。そして、重い動作で首を動かしこちらを見下ろしたかと思うと、重々しい声が発せられる。

 

『未だ天の高みを知らぬ者よ、王の城へ至らんと欲するか』

 

 同時に、キリトの目の前にグランドクエストへの挑戦石を質すためのイエス、ノーのボタンが表示された。迷うことなくキリトは、イエスのボタンに手を触れる。

 

『さればそなたが背の双翼の、天翔に足ることを示すがよい』

 

 石像の声が消えるや否や、大扉の中央がぴしりと割れる。地響きを上げながらゆっくりと左右に開いていった。

 

「行くぞ、ユイ、ラテン。ユイはしっかり頭を引っ込めてろよ」

「キリトの乗り心地が悪かったらこっちに乗り換えてもいいからな」

 

 ラテンは自分の左胸をポンポンと叩きながらウインクすると、ユイは苦笑しながら口を開く。

 

「ラテンさんの服には胸ポケットがありませんよ」

「あれま、こりゃ失礼」

 

 両手を上げて見せれば、キリトとユイが小さく笑った。もちろん、胸ポケットがないことは知っている。この冗談は、妙に肩に力が入っているキリトを落ち着かせるためだ。冷静さを失えば、見える道も見えなくなる。

 

「パパ、ラテンさん……がんばって」

 

 胸ポケットに収まったユイを見届けると、ラテンとキリトは同時に剣を抜いた。そしてそのまま中へと歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 中に入り、最初に視界に飛び込んできたのは、とてつもなく広い円形のドーム状の空間だった。それもそのはず。おそらく外から見えていた世界樹の内部そのものがエリアになっているのだろう。100人を横並びにしても全然余裕があるほどの横幅だ。

 それに加え、外からの景色を相違ないようにしているのか、内部は世界樹のつたなどが所々にあり、上へ行こうとする者の行方を阻もうとしているかのようだ。

 そして、この世界樹内部の頂点には、おそらくラテンたちの目的地へ行くためのルートであろう円形の扉がぴったりとその身を閉ざしている。

 

「あそこだな」

「ああ……行くぞッ!」

 

 キリトは大きく深呼吸すると、勢いよく地を蹴った。それと同時に強烈な風圧が辺りを襲う。その風圧に負けじと、ラテンもキリトに追随する形で地を蹴った。

 二つのミサイルが発射されたや否や、すぐさま世界樹の内部に異変が起こる。このエリアを照らしているであろう天蓋の発光部から光る泡のようなものが沸き立ち、何かを形成しようとしているのが見えた。またたく間に光は人間の形を取り、滴り落ちるよかのようにドーム内に放出されると、手足と、四枚に輝く翅を広げて、白い騎士のようなものが誕生し咆哮した。

 身の丈はラテンやキリトの倍ほどはあるだろうか。白い騎士の手にはキリトの大剣を大きく上回るほどの長大な剣が握られていた。おそらくあれがコトネの言っていたガーディアンなのだろう。確かにあれほど巨大なガーディアンがうじゃうじゃいるのなら、立った二人で天蓋へ向かうのは不可能だろう。ただ、やってもいないのに不可能と決めつけるのは性に合わない。

 

「そこをどけぇぇぇぇっ!!」

 

 雄叫びを上げながら向かってきた守護騎士に同じくキリトは咆哮しながら大剣を振りかぶった。それに対して守護騎士は大剣を振り下ろし、両者の間に大きな火花が散った。どうやら力の差はキリトに軍配が上がったようで、守護騎士の大剣が弾かれる。キリトがその隙を見逃すはずもなく、流れるように守護騎士の懐に潜りこむと体制が整う前にその首を跳ね飛ばした。

 悲鳴一つ上げることなく守護騎士は全身を硬直させると、その身を純白のエンドフレイムが包み込み、四散した。

 その間約二秒。

 しかし二秒もあれば追い抜くのは簡単で、今度はキリトがラテンに追随する形になる。そして同じように再び出現していた守護騎士がラテンに斬りかかった。

 ここでキリトのように正面からの力と力のぶつかり合いで勝れば、いくらか簡単にこの守護騎士を倒せそうな気もするが、残念ながらラテンとこの刀では厳しいだろう。だからラテンは、それ以外で勝負する。

 先ほどと同じように守護騎士は巨大な剣を振り下ろす。しかしリーチが長ければ長いほど、その剣の軌道は読みやすい。

 体を捻り、紙一重で巨剣を躱すと、その勢いのまま回転し無防備な首に振り上げた。そしてそのまま、勢いを殺すことなく上昇を続ける。キリトの戦闘で首を飛ばせばこの騎士が消滅することは確認できた。コトネが言っていたことが本当ならば、この先時間のかかるような戦闘は避けた方がいいだろう。最速で天蓋に到達し、そこを抜けたらラテンたちの勝ちだ。

 

「っ、まじか!?」

 

 しかし、そんなラテンの読みをあざ笑うかのように天蓋付近では、それを作っているステンドグラスの窓から、無責任なほどに守護騎士たちが生み出されていく。その数、ざっと見ても数百。

 あれではすり抜けはできないと判断したラテンはちらりと追随するキリトを見やる。しかし、その瞳には迷いはなかった。となれば、ラテンは生贄になったほうがいいだろう。道がなければ作ればいい。

 

「キリト!」

 

 ラテンが叫ぶとキリトはラテンが考えていることを理解したのか、小さく頷いた。それを確認すると、もう目の前に迫っていた守護騎士の剣に合わせるように刀を当てる。そして、手首を中心に全身でそれをいなした。しかし、ここで無防備になった守護騎士を倒すとほんの一瞬だけ時間をロスしてしまう。今は、その一瞬も惜しいのだ。

 そのまま守護騎士を無視して上昇を続ける。キリトも追随する。

 だが、この方法は一対一、頑張っても一対二の状況でなければ通用しない。上へ行けば行くほど仕掛けてくる守護騎士は多くなる。必然的にこの方法はあと数回が限界だ。ともなれば、後は《生贄戦法》だ。

 ラテンが予想していた通り二回同じ方法で乗り越えると、次はできないであろう数の守護騎士が迫ってきていた。

 

「やるぞ!」

 

 後ろを見ずに叫べば、後ろから人の気配が徐々に離れていく。できるだけ多く釣るには、できるだけ早くラテンにターゲットが向かなければならない。

 少し右にずれてみれば、思っていた通り滞空していた守護騎士がラテンを追うようにして右にずれてくる。覆うように配置してあっても、少しの揺らぎで簡単に人一人分通れる道ぐらいは作ることができる。

 

「オラッ!!」

 

 上昇する勢いのまま、守護騎士にぶつかり鍔迫り合いに持ち込む。その少し離れた左でスプリガンが爆速で駆けあがっていった。

 半分以上は釣れただろうか、膨大な数の敵が次々とラテンに襲い掛かる。

 ――わかってたけど、これは結構キツイな……!

 時節カウンターを仕掛けて何体か倒すが、防御に徹しているとはいえあらゆる方向から剣が飛んでくるのだ。すべてを防ぎきることはできず、少しずつHPバーが削れていく。

 不意に、ラテンが釣っていた無数の守護騎士の間がほんの少しだけ開き、通ることはできないが上の状況を見ることができた。そしてラテンは目を見開いた。

 

「おいおい、嘘だろ……」

 

 見れば、上へあがっていく黒い点の頭上には、今ラテンが釣っている守護騎士の数などばからしく思えてくるような数の守護騎士が行く手を阻んでいた。コトネが言っていたのは大げさではなかったのだ。守護騎士の群れのせいで、先ほどまでは見えていたはずの天蓋が見えない。あの量では、ラテンのような生贄作戦をあと三、四回は続けないと天蓋へは到達できないだろう。

 

「くそっ……さっさとここを抜け出して早くキリトのところに……ッ!?」

 

 ラテンは落ちるように翅を羽ばたかせて、守護騎士たちと距離を取るとすぐさま左へずれる。そこでラテンは、先ほどまで動いていた黒い点が止まっているのに気が付いた。すぐさま視界の左上を確認すれば、パーティメンバーであるキリトのHPバーが全損している。つまり、突破できなかったのだ。その大軍を。

 ――そりゃそうか。あんなのは誰でも突破なんてできない。

 唇をかみしめると、突如、後方から人の気配が出現する。ラテンはそれを、無視した守護騎士だと思い体を回転させ迎撃態勢を取れば、すぐにその正体がわかった。そしてそのまま、そのプレイヤーはラテンが釣っていた守護騎士の間をすり抜け上昇していった。

 

「リーファ……!?」

「お兄ちゃん!」

 

 聞き覚えのある声が聞こえたかと思えば、下からさっき別れたはずのコトネがこちらに向かってきていた。

 何で来た、と叫びたくなったがこの状況での加勢はありがたい。大方、上へ行ったリーファも天蓋を目指しているのではなくて、エンドフレイムになって蘇生を待っている状態のキリトを回収が目的なのだろう。

 

「コトネ! リーファが来が来たらすぐに入口まで行くんだ!」

「お兄ちゃんは!?」

「しんがりをする!」

 

 横にいた守護騎士にぶつかったコトネに早口でまくしたてる。とりあえず、今回は攻略失敗だ。一旦、この場を離れて突破できる方法を考えなければならない。

 視界に緑の点と白い天井がこちらに向かってくるのが見えて、ラテンは叫ぶ。

 

「コトネ、行け!」

 

 コトネは弾かれたように戦闘を中断し、急降下していった。ラテンは無数の大剣を防ぎながら、一瞬距離を取ると、すぐに左方向へ全速力で突進する。そのまま白い物体左方向へ押し出しながら、今度はその鎧に右足を当てる。

 

「――ラッ!」

 

 思い切り蹴りだしその勢いのまま急降下し始める。しかし、すでに体勢が整っていたのか、横なぎに振るわれた巨剣が発射されたばかりのラテンの右足を両断した。

 妙な感覚に襲われるが勢いはもうすでについている。そのまま、全速力で入口を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 転がるように門を出たラテンを待っていたのは、何やらアイテムを取り出しエンドフレイムになったキリトに注ぎかけているリーファと、焦った表情でこちらに駆け寄ってくるコトネだった。

 

「大丈夫?」

「ああ、なんとかな。足は持っていかれたけど」

 

 見れば、膝より少し下の位置から持っていかれたらしい。視界には、部位損傷のアイコンと2:51と時間が表示されていた。約三分待たないと損傷した部位は回復しないらしい。

 

「この辺はあの世界と同じだな……」

「あの世界?」

「ああ、気にすんな」

 

 小首をかしげたコトネに小さく笑う。すると、丁度蘇生が終わったのだろう、キリトがリーファの前で哀切な笑みを浮かべながら立っていた。

 

「ありがとう、リーファ。……でも、あんな無茶はもうしないでくれ。俺は大丈夫だから……これ以上は迷惑かけたくない」

「迷惑何て……あたし……」

 

 リーファが言葉を探していると、キリトがこちらに顔を向ける。ラテンの状態を確認しているのだろう。ラテンは肘を上げて三という数字を指で示めしながら、右足に視線を動かす。キリトは何も言わず、小さく頷いた後、再び大門へと足を踏み出した。どうやら一人で挑戦するらしい。ラテンの回復を待つ時間すらも惜しい、ということだろう。だが、無策で挑戦したって天蓋へ到達することはできない。

 

「き、キリト君!!」

 

 ラテンがキリトを呼び止めるよりも早くリーファが叫ぶ。

 

「ま、待って……無理だよ、一人じゃ!」

「そうかもしれない……。でも、行かなきゃ……」

 

 悲痛な表情をしたリーファは、両手でキリトの体を後ろから抱く。きっとリーファは無茶するキリトを見たくはないんだろう。

 

「もう……もうやめて……。いつものキリト君に戻ってよ……。あたし……あたし、キリト君のこと……」

 

 次に出てくる言葉は容易に想像できた。しかし、キリトはその言葉を遮るように、リーファの手を握る。

 

「リーファ……ごめん……。あそこに行かないと、何も終わらないし、何も始まらないんだ。会わなきゃいけないんだ、もう一度……」

 

 そして、噛みしめるように再び呟く。

 

「もう一度……アスナに」

 

 それに対してリーファの反応は予想外のものだった。

 

「……いま……いま、何て……言ったの……?」

「ああ……アスナ、俺の捜している人の名前だよ」

「……でも……だって、その人は……」

 

 口元に両手をあて、リーファは半歩後退った。その姿はまるで、もうすでにその名前を知っているかのようなものだった。

 

「リ、リーファちゃん?」

 

 コトネが声をかけるとリーファは突然震えだす。そして、次に発せられた言葉はこれまた予想外のものだった。

 

「……お兄ちゃん……なの……?」

「え…………?」

 

 キリトは訝しそうに眉をひそめた。それもそのはず。ずっと同行していたリーファから、まさかのお兄ちゃん発言だ。疑問に思うのは無理もないだろう。

 しかし、キリトは驚いたように声を漏らす。

 

「――スグ……直葉……?」

 

 どうやらキリトには心当たりがあるらしい。

 キリトの発言に。リーファはよろめきながら数歩下がる。

 

「……酷いよ……。あんまりだよ、こんなの……」

 

 うわ言のように呟きながら、リーファは首を左右に振った。そして、キリトから顔を背け、左手を振る。

 

「リーファちゃん!?」

 

 コトネが驚いた声を上げるが、まるで聞こえてないかのように、出現したウインドウを乱暴にタップすると、光に包まれて消えていった。

 キリトに顔を向ければ、呆然とした表情で立ち尽くしていた。その様子から察するにお互いに知らなかったのだろう、兄妹だったことを。

 

「キリト……」

 

 なんと言えばわからず、キリトの名前を呼ぶ。数秒の沈黙ののち、キリトは小さく呟いた。

 

「……悪い、ちょっと行ってくる」

「ああ、わかった。待ってる」

 

 そう返事すると、リーファと同じようにキリトも光に包まれた。

 それにしてもどんな確率なのだろう。お互いに初対面で会い、色んな苦難を乗り越えここまで来たパートナーが実の妹だった、など。

 気が付けば、欠損していた右足が復活していた。ぶらぶらと右足を揺らし、何の問題もなく動くことを確認すると、ゆっくりと立ち上がる。そんなラテンを見て、コトネが小さく呟く。

 

「どうしよ……お兄ちゃん」

「どうもこうも、俺らにできることはないだろ。とりあえず、キリトたちを待とう」

「……うん」

 

 数分後。 

 帰った来たのはキリト一人だけだった。そして、帰って来るや否や、決意に満ちた表情で口を開いた。

 

「スグ――リーファと話し合う。もう少し待っててくれないか」

 

 きっと解決できる方法を見つけたのだろう。ラテンたちにできることはここで待つことだけだ。

 

「行ってこいよ。やっぱ失敗した、なんてのは止めてくれよな」

「わかってるよ」

 

 キリトは苦笑しながら頷いた。

 そして、北の方向へ飛び立っていった。

 

 

 

 




修正しました。


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第八話 上へ

 

 キリトが飛び立ってから約二十分。

 その間、キリトとリーファが戻ってきて四人で挑むのを前提として、ラテンとコトネは作戦を練っていた。とはいっても、正直四人でできることなどたかが知れている。先ほどのラテンのような生贄作戦は、リーファやコトネには重すぎるため、それ以外となるとシンプルな案しか浮かばなかった。

 

「やっぱりお前とリーファがヒーラー役でサポートに回ったほうがいいな」

「うーん、それだと回復が間に合わないかもしれないよ」

「キリトを回復させることを優先させたほうがいいかもな。最悪、俺はダメージを受けなければいい話だ」

「何その強引な考え……」

 

 コトネは呆れてものも言えないような表情をする。確かに、彼女の言う通り、避け続ければいい、なんて強引で浅はかな考えだろう。しかし、どう考えても一人が一人に対して回復しているようじゃ、あの大軍を相手に間に合うわけがない。であれば、キリトよりも攻撃を防ぐ手段を持っているラテンが最小限のダメージで抑え続け、キリトをメインで回復させた方が希望はある。突破力はラテンよりもキリトの方があるのだから。

 

「まあ、やってみないことにはわからんでしょ」

「……わかった。でも、あの二人が納得するかはわからないよ?」

「いや、そこは土下座でもなんなりして――」

「そこまでする!?」

 

 土下座の練習とばかりに正座して頭を下げたラテンに強烈なツッコミが来る。さすがはラテンの妹だ。内心で笑いながら頭を上げてみれば、後方から声をかけられる。

 

「おーい!」

 

 見れば、リーファが手を振ってこちらに向かってきている。そのすぐ後ろには、キリトともう一人見慣れないシルフの少年の姿があった。何がともあれ、兄妹喧嘩は無事に解決したようだ。

 三人がラテンたちの前に降り立つと、隣にいたコトネが驚いた声を上げる。

 

「あれ、何でレコンがここにいるの?」

「あ、コトネちゃん。実は色々あって、リーファちゃんを追ってきたんだけど……隣にいるその人は?」

「ああ、この人は私の兄のラテン」

「えーっと、レコン……くん、ラテンだ。よろしく」

「あ、こちらこそよろしくお願いします」

 

 ぎこちなくラテンとレコンは握手をした。それよりもコトネが、ラテンのことを兄として紹介したのが意外だった。ここはネットゲームの世界であり、知り合いに紹介するとき普通は、細かい情報を相手に伝えるようなことはしない。それはコトネも分かっているはずだ。それにもかかわらず兄として紹介したということは、現実世界でも友達なのだろうか。ともあれ、コトネが安心して伝えているのならラテンもやぶさかではない。

 

「あのー、ところで一体何するの?」

 

 遠慮がちにレコンが言うと、リーファがにっこりと笑いながら答えた。

 

「世界樹を攻略するのよ。アンタも含めたこの五人で」

「そ、そう……って……ええ!?」

 

 至極当然の反応にリーファ以外は苦笑いを浮かべる。

 

「まあ、とりあえず作戦会議と行きましょうか」

「そうだな……あっ」

 

 何かを思い出したかのようにキリトは口を開いた。

 

「ユイ、いるか?」

 

 その言葉が終わらないうちに、中空に光の粒が凝集し、お馴染みの小さなピクシーが姿を現した。

 

「もー、遅いです! パパが呼んでくれないと出てこられないんですからね!」

「悪い悪い。ちょっと立てこんでて」

「へぇー、だからさっきは出てこなかったのか。てっきり空気を読んでたからだと思ってたけど」

 

 とは言っても、ユイは頭がいい。きっと出てこれる状況でもあの場には出現してはいないだろう。 

 唇を尖らせながらキリトの左手に小妖精は座る。すると、それを見たレコンがいきなり食いつかんばかりに首を伸ばした。

 

「うわ。こ、これプライベートピクシーって奴!? 始めて見たよ!! うおお、スゲェ、可愛いなあ!!」

「な、何なんですかこの人は!?」

「こら、恐がってるでしょ」

 

 リーファは思い切りレコンの耳を引っ張ってユイから遠ざける。

 

「コイツのことは気にしないでいいから」

「……あ、ああ」

 

 呆気に取られた様子のキリトは、二、三度瞬きをしてユイの方へ顔を向ける。

 

「――それで、あの戦闘で何か解ったか?」

「はい」

 

 ユイは、可愛らしい顔に真剣な表情を浮かべて頷く。

 

「あのガーディアン・モンスターは、ステータス的にはさほど強さではありませんが、湧出パターンが異常です。ゲートへの距離に比例してポップ量が増え、最接近時には秒間十二体に達していました。あれでは……攻略不可能な難易度に設定されているとしか……」

「秒間十二!?」

 

 ラテンやキリトですら、ガーディアンを一体倒すのに一、二秒必要なのだ。ユイの分析が確かなら、一体倒すごとに十一体増える計算になってしまう。こんな設定なら、ラテンが先ほど生贄として多くを釣ってもさほどの意味がなかったことが理解できる。

 

「個々のガーディアンは一、二撃で落とせるからなかなか気付けないけど、総体では絶対無敵の巨大ボスと一緒だってことだな。ユーザーの挑戦心を煽るだけ煽って、興味をつなげるギリギリのところまでフラグ解除を引っ張るつもりだろう。しかしそうなると厄介だな……」

「でも、異常なのはパパやラテンさんのスキル熟練度も同じです。瞬間的な突破力だけならあるいは可能性があるかもしれません」

「……そこで、さっき俺とコトネが思いついた作戦なんだが」

 

 ユイの言葉を最後に黙ったキリト、リーファ、レコンにラテンは先ほどコトネと練った作戦を提案することにした。

 

「いたってシンプルなんだけどな」

「まあ、確かにそれぐらいしか俺も浮かばないな。とはいえ、お前が結構大変になるんだぞ」

「いや、ヒーラーが一人ついてくれるならさっきよりも可能性はある」

 

 先ほどはリーファとコトネの二人でキリトの回復に専念し、ラテンはできるだけダメージを受けず突破する案だったのだが、レコンが回復魔法を使えるということで、ラテンをコトネが、キリトをリーファとレコンが回復する作戦で決定した。

 

「……すまない。本当だったらここで無理するより、別ルートを探すとか、応援を呼んで人数を集めたほうがいいのはわかってる。でも……何だか嫌な感じがするんだ。もう、あまり猶予時間がないような……」

「まあ、しょうがないだろ。眠れるお姫様は王子様のキスで目覚めるもんだ。お前をさっさと連れて行かないと、他の王子様にとられちまうかもしれないからな」

 

 ラテンの言葉にキリトはぽりぽりと後頭部を掻いた。

 

「んじゃあ、行きますか」

 

 ラテンたちは大門へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二度目の石像からの囁きを受け、重々しく巨大な扉がその身を動かした。同時にラテンたちは一斉に剣を抜く。

 

「……行くぞ!!」

 

 キリトの叫び声を合図に、ドームの内部に入るや否やラテンとキリトはほぼ同時に急上昇を開始した。コトネとリーファとレコンは、手筈通り底面付近に留まり、ヒールスペルの詠唱に入る。

 

「よう。さっきぶりだな」

 

 にやりと笑いながらラテンは守護騎士の一振りを躱し、その首を跳ね飛ばす。最初の内は、何体か倒しておかなければ、下にいるコトネたちにターゲットがいってしまう可能性がある。そうなれば彼女たちはヒールどころではないだろう。

 先ほどと同じように、交互にガーディアンを倒していきようやく半分ほどまで到達した。ユイの分析通り、上にいくにつれて守護騎士の数が増えていっているような気がする。

 

「このまま一気に行くぞ!」

「ああ!」

 

 キリトの言葉にラテンはさらにスピードを上げる。

 もうすぐで生贄作戦を実行した場所だ。しかし、今回はそんな作戦は取らない。突破力が必要ならラテンとキリトの二人で進んだ方がいいだろう。

 必要最低限の戦闘を行い、ようやくあと少しのところまで上り詰めたラテンたちを待っていたのは、天蓋の如く上を覆った守護騎士の大軍だった。

 

「確かに、キリトが簡単にやられるわけだ。こりゃ」

 

 お手並み拝見といわんばかりに突進し、何体か斬り伏せて突破を試みようとするも、通過できる穴ではなく、小さなへこみを創るだけだ。そしてそれは、こちらが息をするたびにすぐに塞がってしまう。

 

「くそっ、これじゃあジリ貧だぞ。どうする!?」

「どうもこうも、やるしかないだろ……!」

 

 再び突進体勢に入ったキリトに合わせるようにラテンも構えようとした次の瞬間、下方部から守護騎士とは違う雄叫びが飛び込んできた。見れば、新緑色の鎧を包んだプレイヤーたちおよそ五十と、十体ばかりだろうか、そのプレイヤーたちの数倍はあるであろう竜のようなモンスターがこちらに向かってきていた。その竜の背中にはプレイヤーが乗っているため、敵ではないのだろう。

 女性と思しき声がしたかと思えば、彼らに気付いてそちらに向かっていった守護騎士の群れに対して、紅蓮の劫火が一斉に浴びせられた。その威力は絶大で、数十体の騎士たちを瞬く間に消し炭へと変えていった。

 

「すごい助っ人が来てくれたみたいだな」

「そうみたいだな」

 

 全方向から斬りかかって来る守護騎士たちを片っ端から斬り伏せながら、時節下の方へ視線を向ける。

 再び先ほどとは違う女性の声がしたかと思えば、五十ほどの緑の点から緑入りの雷光がこちらに向かって飛んできたかと思えば、いつの間にか広大な範囲でラテンとキリトを飲み込もうとしていた白の大軍を深く貫いた。竜の劫火ほどの派手さは無いものの、縦横無尽に太い稲妻が走り、守護騎士たちを次々に吹き飛ばしていく。

 

「穴が……!」

 

 見れば、先ほどまで鳥一匹通さないほど密集していた白い騎士たちの壁の中央部分が大きく落ち窪んでいた。

 

「二度と来ないな、このチャンスは!」

「ああ、行くぞラテン!」

 

 突進を始めるラテンたちに呼応したかのように下の集団も雄叫びを上げながら、ラテンたちに追随し始めた。

 

「「おおおおおおお!!」」

 

 ラテンとキリトは絶叫しながら、先頭を飛び、次々に守護騎士たちを斬り伏せていく。そのすぐ後ろに、さっきまで最下部にいたリーファとコトネが到着した。レコンの姿はないが、おそらくシルフ部隊と共に頑張っているのだろう。

 

「お兄ちゃん、あともう少しのはずだよ! ここまで来たんだから、絶対行ってね!」

「ああ、任せろ!」

 

 おそらくあと数体斬り伏せれば、天蓋に届くはずだ。最後に妹の顔を見るべく、視線を移すと、鍔迫り合いをしているコトネの横から別の守護騎士が今にも襲い掛か郎としているところだった。

 

「コトネ!」

 

 思わず助けに行こうとしたラテンよりも早く、緑色の影がコトネの周りにいた守護騎士たちを切り裂いた。そのプレイヤーを見たコトネが驚きの声を上げる。

 

「フライ!? 何でここに!?」

 

 フライと呼ばれたコトネと同じくらいの年齢であろう金髪の少年がこちらを見上げる。

 

「妹さんは僕に任せて先に行ってください!」

 

 ラテンは小さく頷くとすぐに先頭へ加わる。

 初対面であるはずのラテンをコトネの兄だと知っていたということは、おそらく彼はコトネの友達なのだろう。それだけでも任せられるが、先ほどの剣捌きと空中移動。偶然でなければ、かなりのやり手だろう。いつか手合わせする日が来るかもしれない。

 にやりと笑うと後方からリーファが叫ぶ。

 

「キリト君!!」

 

 同時に投げられたリーファの剣がキリトの左手に収まる。

 

「お……おおおおおお――――!!」

 

 次の瞬間、キリトが雄叫びを上げながら二振りの剣を振るい始めた。それは久しぶりに見た、本当の彼の実力で――。

 ラテンはそれに合わせるようにキリトの後ろをピタリと追随しながら、周りを援護する。正面の突破は二刀を持ったキリトに任せておけばいいだろう。ラテンの役割は、その勢いを殺そうとしてくる横からの守護騎士たちを斬り伏せることだ。

 数十撃にものぼる連撃の最後の一振りで守護騎士を両断すると、ラテンとキリトは天蓋へと到達することに成功した。

 すぐ後方では、たった今ラテンたちが開けたばかりの穴がもう埋まっていた。ぐずぐずしていたら下から襲い掛かって来るだろう。キリトにもそれはわかっていたようですぐさま、石でできたゲートに手をかざした。しかし。

 

「――開かないっ!?」

「はぁ!?」

 

 下に視線を映していたラテンは直ぐにゲートの方へ振りかえる。そしてキリトと同じように手をかざした。しかし、何の反応もない。横からは新たな守護騎士が産み落とされ、こちらに襲い掛かりそうな勢いだ。

 

「ユイ――どういうことだ!?」

 

 キリトの胸ポケットからユイが出現する。

 小妖精は小さな両手でゲートを撫でると、すぐに振り返り早口で言った。

 

「パパ。この扉は、クエストフラグによってロックされているのではありません! 単なる、システム管理者権限によるものです」

「ど――どういうことだ!?」

「つまり……この扉はプレイヤーには絶対開けられないということです!」

「な……」

 

 キリトもラテンも絶句した。

 プレイヤーに開けられないということは、このクエストに挑戦しここまでたどり着いても、何の意味もないということだ。クリアがないクエストなど、クエストではない。

 

「ここまで来て、何だよ、それ……!」

 

 ラテンは思わず左手でゲートを思いきり殴った。鈍い痛みが左手から流れてくるが、そんな物知ったことではない。ラテンと同じように状況を察したキリトは、呆然と力なくゲートを見つめていた。しかし、すぐさま何かを思いついたかのようにハッとしたかと思うと、腰のポケットから何かを取り出した。

 

「ユイ――これを使え!」

 

 それは、アスナが落としたと思しき小さなカードだった。

 小さな手がカードを撫でると、光の筋がユイへと流れ込む。

 

「コードを転写します!」

 

 ユイは叫ぶと、両の掌でゲートの表面を叩いた。

 次の瞬間、ユイが手を振れたか所から、放射状に青い閃光のラインが走り、ゲートそのものが発光し始めた。

 

「――転送されます!! パパ、ラテンさん、掴まって!!」

「うええ!?」

 

 キリトは差し出されたユイの右手を、ラテンはどこを掴めばわからず、衝動的に小さな足を掴んだ。

 そして、ラテンたちは光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が飛んだのは一瞬だった。

 まるでSAOで転移結晶を使った後の感覚だ。辺りは静寂で物音一つしない。頭を左右に振り、しっかりと意識を覚醒させようとすると、やや前方から遠慮がちに声がかけられた。

 

「ラ、ラテンさん……!」

「へ……?」

 

 見れば小さな妖精姿ではなく、実際ほどの少女のような本来の姿のユイが頬を小さく赤らめながらこちらを見ていた。いやラテンを見ているにしてはやや下気味だ。

 その視線を追うように見てみれば、彼女の太もも、とはいかないがあまりよろしくない位置にラテンの右手が置かれていた。

 

「お、お前、うちのユイに何してんだ!?」

 

 キリトはそれに気づいた瞬間、鬼の形相で詰め寄ってきた。ラテンは直ぐにユイの足から右手を離し、両手を顎の位置まで上げ弁解を試みる。

 

「ご、誤解です! お義父さん(・・・・・)!!」

「だれが『お義父さん』だ!? ユイは渡さんぞ!!」

 

 胸元を掴まれ、グワングワンと揺らしてくるキリトをラテンは止めることができなかった。きっと、ラテンにも娘ができたら今のキリトのような心境になるのだろう。

 そんなラテンたちを止めたのは、渦中にいたユイだった。

 

「パパ! ラテンさん! そんなことしてる場合ではないですよ!!」

 

 ラテンたちの間に入ったかと思えば、グイッと無理やりラテンとキリトを引きはがした。そこでようやく冷静になったラテンたちは辺りを見渡す。

 

「冗談はこの辺にしておこう。ここはどこなんだ?」

「冗談? 冗談で許されると思って――」

「もういいって!!」

 

 普段よりもワントーン高い声で叫んで見せれば、キリトもようやく状況把握を優先し始めた。

 通路の途中といったところだろうか。周りには装飾一つなくただひたすら白い板が伸びていた。

 

「ナビゲート用マップ情報が、この場所には無いようです……」

 

 困った顔をしたユイにキリトが口を開く。

 

「アスナのいる場所はわかるか?」

「はい、かなり――かなり近いです。上のほう……こっちです」

 

 一瞬目を閉じたユイはすぐさまアスナの位置を発見すると、素足で床を蹴り、音もなく走りだす。ラテンたちもその後を追った。

 キリトは大剣をしまっていたが、ここは未知の場所だ。何が起こるかわからない。一応の保険で、ラテンは抜刀したままユイとキリトの後ろをついていく。

 ユイを追って数十歩走った先で待っていたのは非常に見慣れたものだった。しかし見慣れたと言ってもこの世界ではない。

 

「エレ、ベーター?」

「ここから上部へ移動できるようです」

 

 扉の脇には三角形と逆三角形のボタンが無機質な壁でその存在を主張していた。キリトは迷うことなく、三角形のボタンを押す。

 すぐにポーンという効果音と共にドアが開かれる。中にはこれまた見慣れた小部屋があった。

 ラテンたち三人はゆっくりとその部屋へ移動すると、再びキリトがボタンを押す。光っているのがこの階なのだとしたら、どうやらこの上にはさらに二つのフロアがあるようだ。キリトは一番上のボタンを押している。ユイが訂正しないということはアスナはその階にいるということだろう。

 上昇感覚がラテンたちを襲う。

 きっとラテンたちがやってきたら驚くはずだ。キリトはどうか知らないが、彼女とはSAO第七十五層のボス戦以来であるため随分と久しぶりだ。会ったら、早々と言ってやらなければならない。『王子様をお連れしました』と。

 再び効果音が鳴りドアが開くや否やユイは駆けだした。先ほどと同じように、ラテンとキリトはその後を付いていく。

 数秒走った後、何もない場所でユイがピタリと立ち止まった。

 

「……どうしたんだ?」

「この向こうに……通路が……」

 

 ユイは通路の壁に手を当てる。誰がどう見てもただの壁だ。しかしユイが触れた瞬間、ゲートの時と同じように青い光のラインが壁を走ったかと思うと、巨大な正方形を作った後、その内側が音もなく消滅した。その先にも、ここまで走ってきた通路と同じものがまっすぐ伸びていた。

 ユイは無言で足を踏み入れると一層スピードを増してかけはじめた。きっともうすぐそこなのだろう。

 一心不乱に進んでみれば少し広めの部屋にたどり着いた。前後左右十メートルくらいだろうか。無機質感は通路と変わらずで、視線の先には再び四角いドアが行く手を阻んでいた。

 ユイは立ち止まることなく、左手を伸ばすと、勢いよくそのドアを押し開いた。

 

「……おお」

 

 正面には、今まさに沈みつつある巨大な太陽がこちらを見ていた。その風景はまるで、最後にヒースクリフと話したあの場所のようだった。

 

「……行こう」

 

 キリトが呟きながらユイの手を取って踏み出そうとした瞬間、後方から声がかけられた。

 

「よくここまで来られたな」

 

 勢いよく振り返ってみれば、そこには二メートルほどの筋肉質の男が不気味に笑っていた。しかし、よく見れば耳がこの世界のプレイヤーのように少々尖っている。それに加え、科学者が良く着ていそうな白衣を身にまとっていることから、おそらく運営側に人間だろう。

 ただ運営側の人間がすべて味方とは限らない。現に、この男の右手には銀色に照り輝く片手剣が握られている。

 

「歓迎している、わけじゃないみたいだな」

 

 ラテンの言葉に男はニヤリと笑った。

 

「……先に行け。ここは俺がやる」

 

 後ろにいるキリトとユイが目を見開く。

 

「だが……!」

「大丈夫だ。すぐに追いつく」

 

 ラテンがウインクして見せれば、キリトとユイは小さく頷き樹木の道を進んでいった。それを数秒見てから再び視線を男に移す。

 

「あーあ……ここは絶対通すなって言われてるんだけどなぁ。まあいいか。あの人にとっては、逆に『こっち』の方がいいだろうし」

「……何の話だ?」

「ああ、君には関係ない話だよ」

 

 再び笑みを浮かべる。

 この男は先ほどから笑みしか浮かべていない。第三者から見れば、気持ち悪いの一言に尽きる。

 

「さて……じゃあ《神速の剣帝》の実力、見せてもらおうかな……!」

「っ!? 何でそれを――」

 

 知っている、とラテンが続けるよりも早く目の前の男は剣を振るってきた。間一髪、刀で防ぐと、そのまま鍔迫り合いに持ち込む。

 

「穏やかじゃねぇ、な!」

 

 勢いよく押し出して鍔迫り合いを解除すると、すぐさま懐に潜りこむ。そのまま刀を振り上げた、難なく躱されとバックステップで距離を取られた。それを追うようにラテンは地を蹴って、上段から振り下ろす。

 再びの鍔迫り合い。

 だが今回のを破ったのは奴の方からだった。

 こちらは両手で刀を持っていたというのに、片手で簡単に押し出されると男の剣が赤い光を帯びた。

 ――ソードスキル!?

 目を見開くと、すぐにラテンは自分の両ひざを折る。かくん、と力なく体勢が下がったと思えば、それに合わせるように全力で上体を反らした。すると、すぐ目の前を赤い光を帯びた剣が通過していき、風圧で一瞬だけ目を瞑る。しかし、これだけでは終わらないことをラテンは知っている。

 SAOではエクストラスキルであるカタナを出現させるまでは、片手剣を使っていた。それに加え、近くに最強の片手剣使いがいたのだ。片手剣のソードスキルぐらい熟知している。

 赤い光の片手剣ソードスキルは二つしかない。

 一つは単発技である《ヴォーパル・ストライク》。

 そしてもう一つは六連撃技である、

 ――《スター・Q・プロミネンス》……!

 

「ちっ!」

 

 左ひじを支えにして地面に倒れるとそのまま左方向へ回転する。さっきまでラテンがいた場所に二撃目が接触し、火花を散らした。

 回転の勢いのまますぐに立ち上がると、刀を構えて三撃目を防ぐ。頭に六連撃の軌道を描きながら、四、五撃目をいなすと最後の突きである六撃目に備えた。

 ソードスキルのスピードは非常に速く、それ故にモンスター相手だけでなくプレイヤー相手にも有効な技であるのだが、使用した後僅かに硬直するというデメリットがある。それは、ソードスキルのランクが上がれば上がるほど長くなるのだ。

 今、男が使用しているのは、《上位》ソードスキルであり、《最上位》の次にランクが高い。隙が多い技なのだ。

 当然その隙をラテンが見逃すはずがない。

 六撃目を右に躱し、そのまま無防備になった胴体に対して、横なぎに振るう。頭の中でビジョンが完成していた。しかし、不敵に笑った男を見て背筋が凍りつく。この男、まるで最初からラテンにすべてを見切られることが解ったいたかのような表情だ。

 嫌な予感がして、横なぎに振るいかけてた刀をすぐさま垂直にし、峰の部分に左腕を添えた。

 直後。

 

「――っ!?」

 

 何かに突進されたかのような重い衝撃が左から飛んできた。体重を片足にしか乗せていなかったため、いとも簡単に吹き飛ばされると、次いで、ドンッ、という音と共に背中から鋭い痛みが電流のように走った。

 歯を食いしばりながら何が起こったのかと顔を上げれば、ついさっきまで片手剣を持っていたはずの男の両手には、先ほどよりも幅も長さも倍近くはあるだろう《両手剣》が握られていた。

 僅かな緑色の残滓が両手剣から零れ落ちる。つまり先ほど奴が放った技は、単発範囲攻撃《テンペスト》だ。本来はカウンター技なのだが、横なぎに振るおうとしたラテンの動きが攻撃の判定なっていたのかもしれない。

 しかし、そんなことはどうでもいい。

 問題は、何故目の前の男の武器が一瞬で切り替わったのか、だ。

 

「何をした……!」

「別に何もしてない、さ!」

 

 数歩下がってこちらに駆けだしたかと思えば、ノーモーションで男の持つ武器が切り替わる。今度は、《細剣》だ。

 その刀身に黄色い光が帯びる。

 ――やばい!

 そして次の瞬間、周りのものを吹き飛ばすかの如く強烈な突きが、先ほどまでラテンがいた壁にお見舞いされていた。あまりの威力に、細剣の刀身は砕け散っていた。

 それもそのはず。さっき奴が放った技名は《フラッシング・ペネトレイター》。細剣の《最上位》ソードスキルだ。

 

「《上位》どころか《最上位》ソードスキルまで使えるのか」

「さすが《神速の剣帝》の異名を持つラテン君。避けるの速いね」

 

 こちらを煽る口ぶりに腹が立ってくるが、憤慨したところで相手の思うつぼだ。

 ――まず状況を整理しよう

 現状で分かっていることは、三つだ。

 一つ目は、武器をノーモーションで切り替えられるということ。

 二つ目は、ソードスキル使用時の硬直がないこと。

 三つ目は、あり得ないくらいの筋力補正が付いていること。これに関して言えば、他にも補正が付いている可能性がある。

 

「……なるほどな」

「何を納得したのかは知らないけど、どんどん行くよ」

 

 男は《片手剣》に切り替えるとその刀身に赤い光が帯びる。片手剣重単発攻撃《ヴォ―パル・ストライク》。

 ジェットエンジンのような効果音と共に、赤い光芒がラテンに襲い掛かる。間一髪避けたラテンに、今度は《槍》の《上位》ソードスキルで五連撃突き技である《ダンシング・スピア》が降ってくる。

 それを防ぎ切ったかと思えば、間髪入れず《細剣》の《上位》ソードスキル《スター・スプラッシュ》の突き八連撃がお見舞いされる。

 初撃だけどうしても反応が間に合わず、ラテンのHPバーが僅かに減少する。

 

「くそったれ……!」

 

 その後も休む間もなく襲い掛かって来るソードスキルの応酬に、ラテンは防戦一方にならざる負えなかった。そして、徐々にラテンのHPバーが削れていく。

 当然と言えば当然だ。ラテンは全部のソードスキルの軌道を知っているわけではない。うまくすべて防げたソードスキルがあったのは、その武器カテゴリの中でもよく使用されている技で、あの世界で頻繁に目にしていたからであって、使ったことのない武器で見た記憶がない技を出されれば対処が遅れ、この身に掠めるのを許してしまうのだ。

 時節カウンターを仕掛けても、それに対してさらにカウンターソードスキルで対応されてしまうため、いよいよ後がなくなって来る。

 

「そろそろ終わりにしようか」

 

 もう興味がなくなったと言わんばかりの口調を、ラテンはただ受け入れるしかなかった。

 ――一か八か。やるしかないか……。

 自分のHPバーの残りをちらりと確認し、少し移動する。

 

「逃げるのは飽きたな。来いよ」

 

 笑みを浮かべて挑発してみれば、男も笑みを浮かべて突進してくる。武器は――《片手剣》だ。ただ、奴はノーモーションで武器を変えることができる。直前で武器を変える可能性だってある。しかし、ラテンにはわかっていた。男がどんな武器で何の技を使うのか。

 次の瞬間、ラテンの体に重い衝撃が襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 

 

 

 

「……何?」

 

 男は思わずつぶやいた。

 今、目の前の青年の体を貫いたのは、《細剣》の《最上位》ソードスキル《フラッシング・ペネトレイター》だ。

 威力は言わずもがな。

 だが目の前の青年はその身をエンドフレイムに変化させることはなかった。それどころか口元には笑みを浮かべ――

 

「――かかったな」

 

 男の右腕が、宙を舞った。

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦ 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界左上のHPバーを見れば、長さにしておよそ五ミリほどしか残っていない。次の攻撃が掠りでもしたら、即エンドフレイムに変化するだろう。しかし、次で決着をつけるつもりだから問題はない。

 

「何故、お前は生きて……」

「そりゃくる技わかっていたら後は受ける位置を調整するだけだからな」

「何!?」

 

 そこで男が初めて驚いた表情をする。

 そう、ラテンはあの状況で《フラッシング・ペネトレイター》が来ることはわかっていた。何故ならラテンがそのように誘導したからだ。

 笑みを浮かべながらゆっくりと納刀する。

 ラテンが先ほどまで立っていたのは、この部屋の角の前。奴はそれを正面から突進してきたのだ。この時点で、一つの武器を除いてほぼすべての連撃系ソードスキルが使用される可能性がなくなる。ラテンに当たるよりも先に壁に当たってしまうからだ。

 そして次に、奴の体勢から両手武器である《両手剣》、《両手斧》、《槍》、《カタナ》を使ってくる可能性はないと判断した。ソードスキルはすべてが、準備動作を行うことによって発動される。そして、走りながら発動できるソードスキルはこの四つの武器にはない。

 基本的にソードスキルは武器によって数が決まっている。すべてのソードスキルを知っているわけではないが、どの武器にいくつソードスキルがあるのかは知っていた。だから、あらかじめ知っているものと、先ほど知ったものを整合して、ないと判断したのだ。

 そして残るは《短剣》《曲剣》《片手棍》《片手剣》《細剣》だが、奴は様々な武器のソードスキルを使える割に、短剣、曲剣、片手棍この三つのソードスキルは使用してこなかった。

 この理由はおそらく単純に武器が好きではないからであろう。戦略的に使ってなかったとしても、超接近戦だったら短剣や曲剣はリーチが短い分有利になり得る。そしてその場面は何度かあったはずだ。にも関わらず、使用してこなかったのはラテンが予想したことだからであろう。あんな局面で使うわけがない。

 そして最後に、《片手剣》と《細剣》だが、突進体勢で片手剣はないと判断した。突進系の単発片手剣ソードスキルはいくつかあるが、どれも一旦停止し準備動作をしなければ使用することができない。

 よって《細剣》に絞られる。後は単純に、一番威力の高い技は何かと聞かれたら《フラッシング・ペネトレイター》しかない。この男はあそこで決めるつもりでいた。そんな場面で、威力の低い技など使うわけがない。

 一か八かと思ったのは、あの場面で狭い場所でも使える短剣を選ばれていたら逆にラテンが不利になっていたからだ。

 後はダメージ調整だ。掠っただけだと相手にも分かるため、何としてでも『仕留めた』と思わせながらも生き残るギリギリを狙わなくてはいけなかった。ただHPの残量的によっぽどもらいどころが悪くなければ残っただろう。

 そして、油断を誘い片手を切り落としたことが狙いだ。これで奴は、欠損部位が回復するまで、リーチの長い両手武器を使うことができなくなった。

 

「さあ、終わらそうか」

 

 ラテンは腰を低く落とし、左腕を後方へ移動させ、右手は柄から少し離れた位置に置く。

 ここからはラテンの間合いだ。

 大きく深呼吸して、息を吐き切ったのと同時にラテンは地を蹴った。

 

「ふざけるなぁ!!」

 

 男の怒号と共に、左手に握られた片手剣が紫色の光に包まれる。片手剣《最上位》ソードスキル《ファントム・レイブ》。

 しかし、ラテンは足を止めなかった。

 男の目の前にたどり着くと、左足で踏み込む。それと同時に抜刀した。

 奴の剣がラテンに届く。だがラテンはそれよりも、速い。

 

「おおおおおおおおお!!」

 

 絶叫しながら刀を振り切った。

 《湖上ノ月》は奴の腹部をえぐり、迫っていた左手をも斬り飛ばした。だが、これで終わりではない。

 染みついた動作で今度は右足を踏み込む。

 

「ぐぇはっ!?」

 

 次の瞬間、ラテンの刀が男の喉を貫いた。

 

「残念だったな。俺の方が速い」

 

 そのまま刀を振り切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キリトとユイが通ったであろう幹の上を歩きながら巨大な鳥かごの元へ歩を進める。

 数分後。ようやく到達したかと思えば、そこにはアスナの姿はなかった。代わりにキリトがユイを抱きしめている。

 

「失敗した……わけではないよな?」

「ああ。アスナを無事ログアウトさせたよ」

 

 非常に優しい声音だ。その表情はどこか儚く、すべてをやり切ったかのようなものだった。どうやらこちらでも一悶着あったらしい。

 ラテンは肩をすくめて笑う。

 

「じゃあ、早く眠り姫のもとに言ってやれよ」

「……ありがとうな、ラテン。この恩は必ず返すよ」

「よせよ。俺たちの仲だろ」

 

 ラテンが親指を立ててやれば、キリトは笑いながら頷いた。

 

「じゃあ、行ってくる」

「おう、行って来い」

 

 キリトは左手でウインドウを開くと、ユイと共に光に包まれて消えていった。

 

「……俺も帰りますか!」

 

 自宅ではきっとコトネが結果を待っているだろう。ラテンは最後に夕焼けを一瞥して、ログアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




話数が足りなかったので新しく追加しました。


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第九話 一時の平和

「よーし。次の授業は小テストやるからちゃんと準備しておけよー」

 

 軽快な鐘の音と共に発せられた無気力な教師の言葉に、教室のあちらこちらから不満の声が上がる。だが、そんなことを微塵も気にかけないかのように、大型パネルモニタの電源を切ると早々と立ち去って行った。

 それに合わせるかのように、教室内で次々と生徒たちが立ち上がり各々仲いい奴らと談笑しながらカフェテリアへ歩いていく。

 

「じゃ俺たちは先に席を取りに行ってくるな」

 

 一つ前の席に座っていた友人が振り向きながら親指を立てた。

 

「また、カツサンド目当てか。さすがに毎日食ってると飽きるだろ」

「お前は何もわかっちゃいないな。《数量限定》という肩書でそんなものいくらでも打ち消されるんだよ」

「何その万能な肩書」

 

 天理の言葉に前の席の奴は唇を尖らせながら再び口を開く。

 

「いいよなー。毎日妹に弁当作ってもらってる《神速》様は」

「俺の妹は優しいからな、嫁にしたいくらいだぜ。後、俺の名は《天理》な」

 

 《神速》。それは天理がSAO時代に一部のプレイヤーたちから呼ばれていた異名《神速の剣帝》を略したものだ。もちろんそんなあだ名を知っている人間は、あの世界にいた者たちだけ。

 ここは、普通の《学校》少し異なる特殊な学校だ。ここに通うすべての生徒は、中学、高校時代に事件に巻き込まれた旧SAOプレイヤーである。もちろん積極的に殺人を行っていた本格的オレンジプレイヤーは、カウンセリングやらなんやらと色々義務付けられている。だから、安心といえば安心なのだがあの世界での出来事は根強いもので、今も天理のようにあだ名で呼ばれる人間や、あの世界で仲良くなったプレイヤー同士で現実でも仲良くしているなど、色々引き継がれているものもある。

 目の前にいるこの男も、この学校に来て話すまでは天理は存在を知らなかった人間だが、向こうは天理のことをよく知っていたようで積極的に話しかけてきた奴だ。今では仲いい友人の一人であるため、あだ名呼びも一応は許容をしている。

 

「うるせー、このシスコン野郎! 今度紹介してくれ!」

「お前が義弟なんざ死んでもお断りだ。それより売り切れちまうぞ」

「やっべ。じゃあ後でな!」

 

 そう言って、颯爽とカフェテリアへ走って行った。それを見送り、机の横に置いていたリュックのジッパーを引いていると、隣の席の会話が耳に入り込んでくる。

 

「ひめー! お昼一緒に食べない?」

「ええと、ごめんね。今日は先約があるの」

「こらこら、今日は王子様との食事の日でしょ。邪魔しなーい邪魔しな―い」

「王子様って……そんなんじゃ」

「あら、違うの?」

「……もー!」

 

 からかう様に笑みを浮かべた女子生徒は、もう一人の背中を押しながらカフェテリアへ歩いていった。そして天理は《姫》と呼ばれた人物へ顔を向ける。

 

「今日もアツアツですなー」

「ラテ……んりくんまで、やめてよー」

「ちょっと待って、混ざってないそれ」

 

 ふふっと栗色の長髪を揺らしながら目の前の女性は優しい笑みを浮かべる。

 彼女の名は《結城明日奈》。ALOでキリトが救出した、あのアスナだ。どうやら年齢は天理と同じだったらしく、こうして同じ教室で勉学に励んでいる。

 ALOの出来事が起きてから約一か月が経とうとしている。天理や和人のようにSAOクリア時点で現実世界に戻って来られた人間とは違い、アスナはつい最近まで囚われていた。無事生還してから現在のように歩くことができる程度まで回復した間の苦労は想像に難くない。

 

「わざわざ待ち合わせじゃなく、和人の奴を迎えに来させればいいのに」

 

 彼女の体調は万全とはいえない。今でも走ることを含めた運動は禁止されているらしい。

 

「そんなことしたら、また揶揄われちゃうでしょ」

「公認なんだし、もっと甘えてもいいと思うけどなー」

「恥ずかしいんだからね。天理くんもそのうちわかると思うよ」

「……どーせ俺はいませんよ。恋人なんて……」

「あは……あははははは」

 

 肩を落とした天理を見て明日奈が苦笑する。

 机に額をこすりつけていると、ポケットに入っていたスマホが振動する。画面を見れば、天理の祖母の名が表示されていた。昼休みとはいえ、普通授業がある日の学生に電話してくるだろうか。

 

「悪い、電話だ。また後で」

「うん」

 

 天理が席を立つと、合わせてアスナも席を立つ。そして、バスケットを片手に教室を出て行った。

 周りに人がいないことを確認して教室の隅でスマホをタップする。

 

「もしもし」

『元気かね、少年』

「そういうのいいから、わざわざ電話なんて一体どうしたんだ?」

『なんか、つまらないわね』

 

 本気で落胆したような声に、呆れそうになるがいつもほぼはこんな感じだ。気にしたほうが負けという奴だろう。

 

『で、あんたにちょっと頼みたいことがあってね』

「頼みたいこと? メールじゃダメなのか?」

『メールだと気づかない可能性があるからねぇ。まあそれは置いといて、今日は何時に授業が終わるの?』

「あー、十五時過ぎくらいかな」

 

 時計を見ながら言えば、安心したかのような声音で祖母が続ける。

 

『実は今日、木綿季ちゃんの定期検診があってね。あんた彼女を連れて来てくれない』

「……はい?」

 

 木綿季とは、前に祖母が院長をしている病院で会った、元気で可愛らしい少女のことだ。その帰りに連絡先を交換してからは何度かやり取りをしているが、その日以来会ってはいない。

 

「何でまた俺が?」

『前も言ったでしょ。一人で来させるのは心配なのよねぇ』

 

 世の中物騒だから、などという理由だった気がするが天理からしてみれば少々過保護のような気がしないでもない。

 

「心配し過ぎだろ」

『そりゃ心配するわよ。まだ子供なんだから』

「俺も一応まだ子供なんですが」

『アンタはもう大人でいいわよ。何のために剣道やってたと思ってんの。木綿季ちゃんの護衛をするためでしょ』

「初耳だな、それ!」

 

 とはいえ、祖母の気持ちはわからなくもない。

 

「……わかったよ。俺が連れていくよ」

『本当!? やっぱできた孫だわ、アンタは。じゃあよろしくねぇ』

「え、ちょ、まっ…………切れた……」

 

 木綿季の学校を聞く前に電話を切られてしまった。仕方なく、木綿季本人に〖突然で悪いが、木綿季の学校ってどこだ?〗というメッセージを送ってみる。はたから見れば、不審に思うだろうと送ってから気付いたが、もう遅い。ため息をつきながら仕方なくスマホを閉じる。

 今はお昼時だろう。そうじゃなくても、休み時間の間に返信がもらえればいい。

 友人の元へ行こうとした天理の右手が再び振動する。見れば彼女からの返信がもう来ていた。

 ご丁寧に学校名だけでなく、地図アプリでの位置情報も送ってきてくれていた。その位置情報をタップし、どの辺にあるのか確認しようとしたところ、スマホ画面の上部に新たなメッセージが表示される。

 

〖いきなりどうしたの?〗

 

 どうやら祖母は木綿季には伝えていないらしい。とりあえず、祖母に言われたことをそのまま木綿季に伝える。

 

〖今日お前の定期健診だって、さっきばあちゃんから電話があってな。わけあって俺が同伴することになった〗

〖ええ、そうなの!? ボクは別に一人でも大丈夫なのに〗

〖そこは諦めろ。今日は何時に終わるんだ?〗

〖ちょっと呼び出しがあるから、四時くらいかな〗

〖四時ね、了解。じゃあ、また後で〗

〖うん、ありがとう〗

 

 そこでやり取りを終える。

 呼び出しとは、木綿季の体調のことだろうか。それとも、成績があまりよろしくないからとかだろうか。まあ考えても仕方がない。

 今度こそ愛妹弁当を片手に、カフェテリアへ歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は十五時四十分。

 木綿季から提供された位置情報をもとに、一応彼女が通っている学校にはたどり着いた。到着したとは言っても、現在天理がいる場所は学校の丁度裏側に位置する場所だ。横を見れば住宅街で、ここら辺に住んでいる中学生はこの学校に通っているのだろうと容易に予想できる。そして、何故天理がこんな場所にいるかというと、単純に近道らしき道を見つけたからだ。地図アプリに示されたルート通りに行けば学校の正門に到着するが人間、目測でこちらの方が近いのでは、と思うときがあるだろう。今の天理はそれに該当する。

 

「少し早めについたか。どっかのコンビニで時間をつぶそうかね」

 

 再び地図アプリを開いて、周辺にあるものを詮索していると、少年らしい声が耳に入り込んできた。

 

「好きです、付き合ってください!」

 

 ――おお、青春ですな~

 声のした方向から木綿季が通う学校で行われているようだ。確かにここは丁度裏側で、見る限り人通りも少ない。告白する場所にはもってこいだろう。

 ここで人は二つの選択肢に迫られる。

 一つは、聞かなかったことにしてこの場を去る。

 いや普通はこの選択をするべきなのだろう。他人に聞かれているなど当人たちからしたら恥ずかしいどころの話ではない。

 だが人間には、好奇心という厄介な悪魔が住み着いており、時にはそれに抗うことができずに乗ってしまう。

 ――ちょっと様子を見るだけだ。別に俺は好奇心で見るわけじゃない。他の誰かに聞かれていないか、偵察してあげるだけだ、うん。

 自分で正当な理由を立てて、こそこそとフェンスの間から覗き込んだ。見れば、背丈は高くも低くもない短髪の少年が頭を下げていた。

 次は相手側の女性を見るべく視線を動かした天理は、その人物を見て固まる。

 そしてよく知る少女が返事をするよりも先にその場を立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おまたせ、天理」

 

 早足でやってきた木綿季を笑顔で迎える。

 

「いーや、今着いたばっかりだから気にすんな。それじゃあ行こうか」

 

 天理が歩き出せば、木綿季がその横に並んで歩き出す。

 ちらっと視線を木綿季に移す。

 藍色のセーラー服に胸元には赤いリボンが綺麗に結ばれている。そして、頭には前回会った時と同じように真っ赤なヘアバンドを付けており綺麗な長髪に似合っている。夏になれば藍色のセーラー服も白く生地が若干薄いものへと変わるのだろうが、それも似合ってそうだ。少し見てみたい気もするが、その願望は胸にしまっておこう。

 

「そういえば、結構久しぶりだよな。こうして会うのは」

「そうだね。天理の家とは離れてるから簡単に遊ぶこともできないし……」

 

 少し残念がる姿は、はっきり言おう。非常に可愛らしい。

 

「まあ今の時代は非常に便利だからな。顔が見たくなったらいつでもビデオ通話すればいいさ」

 

 自分の口は何を言っているのだろうか。確かに彼女とは連絡先を交換している仲だが、わざわざ顔を見あうような仲ではない。前回、彼女は『友達』と言ってくれたがそれも、親密な友人でなければわざわざビデオ通話などしないだろう。

 

「そうだね!」

 

 てっきり困惑した表情になるかと思っていたが、意外にも嬉しそうに肯定してくれた。そういえば、木綿季はそういう人間だ。誰にでも明るく誰にでも優しい、他人から好かれるような人種だろう。暗い影などない太陽そのもののような彼女には多少あこがれる。

 それから数分歩いて、いざ駅に入ろうとしたところ、横から女性の声が飛んできた。

 

「あれ、木綿季ちゃん? やっほー」

「あ、やっほー」

 

 駅に隣接されたコンビニから出てきたのは、木綿季と同じ制服を身にまとった少女だった。おそらく木綿季の友達なのだろう。

 

「あれ、その人は……」

 

 手を振りながら近づいてきた少女は天理を見るや否や、にやりと笑う。

 

「もしかして、木綿季ちゃんの彼氏(・・)さんですかぁ?」

「うぇっ!?」

 

 口に手を当てて、ニヤニヤとこちら見てくるその姿はどっかの鍛冶屋の少女に重なる。隣では木綿季が、顔を少し赤らめながら顔をぶんぶん振っていた。

 

「そ、そんなんじゃないよ! と、友達! ただの友達だから!」

「ふーん、本当かなぁ……?」

 

 表情を崩さない木綿季の友人は、天理と木綿季を交互に見る。おそらくお互いの反応を見て、そう(・・)そうでないか(・・・・・・)を判断しようとしているのだろう。天理は助け船を出してやろうと肩をすくめながら答えた。

 

「残念ながら、君が思っているような関係じゃない。互いの両親が知り合いってだけで、木綿季が言った通り、ただの友達だ」

「そうなんですか……」

 

 ちょっと残念と、小さく呟いた彼女を見て思わず苦笑する。やはりこの年頃の少女はこのような話には興味津々らしい。まあわからなくはないが、天理たちはそういう関係ではないため、おかずにはなれそうもない。

 

「じゃあ、私はもう行きますね。また来週ね、木綿季ちゃん」

「うん、また来週!」

 

 手を振って恋バナ大好き少女が去っていくと、微妙な空気が天理とユウキの間に漂い始める。とはいえ、無言になっても仕方がない。

 

「……まあ、行くか」

「う、うん」

 

 ぎこちなく返事した木綿季と共に駅へ入り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーい、じゃあ次が最後ねー」

 

 院長室で待たされていた、天理と木綿季に向かって軽い声音で祖母が言った。

 時刻は十七時半を過ぎたくらいだ。約一時間ぐらいの木綿季の検診も、聴診を残しただけだ。

 

「木綿季ちゃん、ここに座って」

「はーい」

 

 祖母の言われた通り用意された椅子に座ると、祖母は聴診器を付けた。流石にこの場にいるのは倫理的にまずいだろう。そそくさに部屋の外に出る。

 そして数分後、部屋の中から遠慮がちに木綿季が入るように促してきたため、それに従って、再び部屋に入る。

 

「無事終わったみたいだな」

「うん!」

 

 可愛らしい笑みを浮かべて木綿季は頷いた。電車に乗っている間は、妙な気遣いが感じられたが、今では元通りだ。このまま自然な空気で木綿季を家に送り届けられそうだ。しかし、突然ここで祖母のいらんスキルが発動される。

 

「そういえば木綿季ちゃん、彼氏はできたの?」

「うぇっ!?」

 

 ――なんちゅうことを言ってくれたんだこの老婆が……!

 本日二回目の驚き声を聞きながら、天理は心の中で悪態をついた。ようやくほとぼりが収まった矢先に、よりによってこのような話題を出すとは。

 だが、祖母の爆弾投下はそれだけでは済まない。

 

「もしいないなら、うちの天理なんかはどう? 若干めんどくさがりだけど、性格はいいから悪くはないわよー」

 

 ――ババア!!

 思わず飛び出そうだった言葉を慌てて飲み込む。

 何故この祖母はこんなにも空気が読めないのだろうか。いや、祖母からしたら本日一回目の話題であるから空気を読むもない。それに、天理がめんどくさがりなのは祖母に対してだけだ、たぶん。

 隣に立っている木綿季を見てやれば、顔を赤くしてうつむいたまま「えっと……その……」と言葉にならない様子だった。先ほどみたいに天理のことは《友達》と言えれば切り抜けられるだろうが、質問が質問だ。そう答えれば、天理が振られたみたいになって、この後気まずいまま帰ることになることを恐れているのだろう。ここも助け舟を出した方がよさそうだ。

 

「おいおい、木綿季を困らせんなよ。それにこいつは学校ではモテモテでついさっきも告白されてたんだ。俺を選ぶほど困ってはない」

「え……?」

「あらそうなの……まあ確かにそうよねぇ」

 

 こんなにも可愛いらしいもの、と一人で納得している祖母を見てさらに畳みかける。

 

「それにこういうことは全部本人に任せればいい。恋人なんて、木綿季が本気で思っている人じゃなきゃ意味ないだろ?」

「……そうね、これはおせっかいだったわ。ごめんなさいね、木綿季ちゃん」

「あ、うん……」

 

 木綿季は流されるまま頷き、横目でこちらを見てきた。

 

「どうした?」

「あの、えっと……」

 

 そのあと続く言葉を待ったが、数秒後に「何でもない」と小さく呟いたので、それ以上は聞かなかった。

 天理はこの部屋にかけられている時計を見て、祖母へ顔を向ける。

 

「じゃあそのまま木綿季を送り届けてくるわ。行こう、木綿季」

「う、うん。またね、おばあちゃん」

「はーい、また来月ね」

 

 天理と木綿季は委員長室を後にする。

 この様子じゃ、来月にもある木綿季の定期診断に天理も駆り出されそうだ。だが、どうしても外せない用事でも入ってなければ、それもいいだろうと思っている。意外と木綿季との時間が気に入っているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 病院前の駅のホームにたどり着くとそそくさにスマホを取り出して、メッセージを打つ。

〖悪い、やっぱりオフ会には行けそうにない。二十三時の方には行けるから安心してくれ〗

 送り先は桐ケ谷和人だ。

 数秒もしないうちに既読が付き、了解、という二文字が返ってくる。

 オフ会とはエギルたちが企画した《アインクラッド攻略記念パーティ》のことだ。本当ならば今頃、天理もそれが開かれる場所である《ダイシー・カフェ》にいるはずなのだが、木綿季の送迎、という用事ができてしまい参加することができなかった。

 とは言っても、そこまで落ち込んではいない。何故ならば、これは《一次会》であり今夜十一時から行われる《二次会》が本命だからだ。そして、そこではとんだサプライズが待っている。

 思わず、口角を上げていると隣に立っていた木綿季が遠慮がちに声をかけてきた。

 

「あの、天理……」

「ん、どうした?」

 

 顔を向けてみれば先ほどと同じように、何かを言いたげながらも口に出すか迷っている木綿季の姿があった。だが、さっきと違ったのは、言葉をそのまま飲み込んだのではなく、吐き出したことだった。

 

「……どこで知ったの? その、ボクが……こ、告白されてたこと」

「え、あ……いや……」

 

 思わず言葉が詰まってしまう。

 心の中では見なかったことにしようとしていたにも関わらず、先ほど祖母の爆弾投下を防ぐためとはいえつい口走ってしまったのを思い出す。

 木綿季からしたら至極当然な疑問に、天理は目をそらしながら答えた。

 

「じ、実は……お前の学校の裏側を歩いていたら偶然、な……」

「そうなんだ……」

 

 木綿季は静かに目を伏せる。

 またこの空気だ。本日三度目。いい加減胃が痛くなってくる。

 天理は何とか空気を変えようと、慌てて口を開く。

 

「そ、それにしてもやっぱ木綿季ってモテるんだな。俺も昔は何度かあったけど……今じゃそういう話は全然ないしなー、アハハ……」

 

 ――俺は一体何を口走ってるんだァ!?

 話題を逸らすどころか全力で掘り下げるようなことを言ってしまった。どう考えても、木綿季が触れてほしくない話だろう。

 拒絶の言葉に備えて天理は目を瞑る。

 しかし、意外にも木綿季は苦笑いをしながら困ったように答えた。

 

「最近ちょっと多いんだよね……。ボクには……その……事情があるから、全部断ってるんだけど……」

「そ、そうなのか」

 

 まあ同級生にこれほどの美少女がいればアタックしたくなるのは当然と言えば当然だが、意外だったのはその後に続けられた言葉だった。

 

「憧れてはいるんだけどね」

 

 木綿季が抱えている事情と、病院に通っていることとは無関係ではないだろう。しかし、どんな角度から見ても、彼女が恋愛できないような状態であるようには見えない。どちらかといえば、快復に向かっているように見える。

 だが、それは実は仮初で、本当はもう時間が決まっているんだとしたら――。

 嫌な予想を慌てて振り払うと、隣から「それに」と続けられる。

 

「まだまだみんなお子様だからね! ボクはやっぱり落ち着いた大人な感じの人がいいかなぁ」

 

 急に元気を取り戻した木綿季は、星がいくつも顔をのぞかせた夜空を見上げる。憧れている、というのはあながち嘘でもないようで、ちゃんと木綿季の中で理想像ができているようだった。

 

「ほう、その歳で年上の良さに気付くか。わかってるな。まあでも、そのうちで会えるさ、そんな雰囲気の同級生に」

 

 天理が肩をすくめて見せれば、木綿季がくすくす笑いながら口を開く。

 

「でも、天理は時々子供っぽいよね。何だか年上って感じがしないなぁ」

「おいおい、言ってくれるじゃねぇか。だったら今から、俺の『大人なすごさ』を説かなきゃならないな。お子様にはわからないかもしれないが」

「だったら、ボクの『大人なすごさ』も説かなきゃね!」

 

 木綿季が無邪気に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は二十二時五十分。

 約束の時間まであと十分に迫ったところで天理はペンを動かす手を止め、ベットの上に仰向けで寝転んだ。そして、頭上にあったアミュスフィア頭部へ装着し、ゆっくりと口を動かす。

 

「リンク・スタート」

 

 

 

 

 

 

 集合場所についてみれば、二人を除いて他のメンバーは全員そろっていたようで、その中から赤い髪に黄色と黒のバンダナを巻いた野武士ヅラの男がズカズカとこちらへ歩いてきた。

 

「このやろっ、遅せェぞ!」

「悪かったって。でも遅れてはないだろ?」

 

 ラテンの片腕を首に手を回し、片手で頭をぐりぐりしてくるクラインに対して笑いながら言った。だが、早く着いてしまう気持ちはわからなくもない。それほどラテンたちがこれから行く場所は、特別な場所なのだ。

 一通り右手を動かした後、ようやく満足したのか少し離れたクラインがにんまりと笑う。その姿は、あの世界――SAOでの姿と酷似していた。クラインだけではない。先ほどと同じようにズカズカとこちらにやって来る元鍛冶屋のリズベットや、その後ろを笑いながらついてくる、肩に青い小さな飛竜を乗せた少女のシリカと元ぼったくり店主のエギル。そしてこの世界で救出し、現実世界の学校でも隣の席に座っている元副団長アスナもSAOでの姿と酷似していた。違うのは、妖精の種族的特徴が加えられた点だろう。

 《ケットシー》を選んだシリカには猫耳と尻尾が付いているし、《ウンディーネ》選んだアスナの髪は栗色ではなく綺麗なアクアブルーだ。

 かくいうラテンも、SAOとは相違ない姿をしているだろう。

 実は、このアルヴヘイム・オンラインを稼働させている運営体が、前運営であるレクトプログレス社から全ゲームデータが移管されたのだが、その中には旧ソードアート・オンラインのキャラクターデータも含まれていたのだ。

 別に変な話ではない。

 元々、前運営であるレクトプログレス社は、旧SAOを管理していたアーガス社があの事件によって手放すことになった《SAOサーバー》の管理を引き継いで行っていたのだ。多くが茅場晶彦に削除されたとはいえ、キャラクターデータが残っていても不思議ではない。

 そこで、新運営体は元SAOプレイヤーが新ALOでアカウントを作成する場合、外見も含めてキャラクターを引き継ぐかどうかを選択できるようにしたのだ。

 だが、もちろん装備が引き継がれることはなく、ラテンはコトネの協力を経て、最初にこの世界へダイブしたアバターが持っていた装備を、今のアバターに移している。

 

「そろそろ時間何じゃないか?」

「そうだな……キリトの奴がいねェがまあ先に行ってるだろ。行こうぜ!」

 

 そう言って、クラインが飛び立つとラテンたちもその後を追うように翅を広げる。飛び立ってから数秒してふと後ろを見てみれば、追随してくるアスナたちのさらに後ろで見知った面々もこちらに向かって飛行していた。

 サラマンダー将軍のユージーンに、《シルフ》領主であるサクヤ。《ケットシー》領主のアリシャ・ルーにその部下たち。彼らもこれから向かう場所を目指しているようだ。

 視線を前に戻すと、前方で黒い二つの影が何かを話している。そこに向かって、クラインが大声で叫んだ。

 

「おーい、キリトー!」

 

 呼ばれたスプリガンの青年と、その隣にいたシルフの女性がこちらを向いた。やがて二人の場所まで到達すると、クラインが笑いながら再び叫ぶ。

 

「ほら、置いてくぞ!」

 

 その声を残して大パーティが我先に夜空へ舞い上がっていった。

 その先にあるもの。

 二年前、画面の外から何度あれを見ただろうか。

 様々な思い出が残る、円錐型の空飛ぶ巨大な城。《浮遊城アインクラッド》。

 ラテンはそこへ向かう大パーティから離れ、未だに滞空しているキリトとリーファの横で止まる。

 

「よ! どうしたんだ、こんなところで止まって」

「いや、ちょっとな」

 

 キリトが小さく笑いながら答えた。

 見れば彼の外見は天理たちのように、旧SAOのアバターではない。キリトは選んだのだ。新しい自分で前に進むことを。

 そうか、と納得の声を上げればキリトの横にいたリーファがじっとこちらを見ていた。

 

「な、なんだ?」

「ラテンさんって……そこはかとなく誰かに似てる気がするんだよねぇ」

 

 うーん、と片手を頭に当てながら唸るリーファを見て天理は苦笑する。見たことある気がするのは、きっと本当だろう。

 現実世界での彼女の名は桐ケ谷直葉。木綿季が以前言っていた、剣道の全中で上位に残るほどの人物だ。そんな彼女が、対策として一、二年前の大会の試合を見ていても不思議ではない。そしてそこには、あの世界に囚われる前のラテンの姿が映っているはずだ。

 

「まあ、そのうち思い出すんじゃない?」

「それもそっか」

 

 言ってやれば、リーファは納得したように頷いた。わざわざ。自分から言う必要はない。それに加え、ここはネット所の世界だ。現実世界でどうこうはマナー違反になる。

 

「さあ、行こ、みんな!」

 

 後ろからやってきたアスナがリーファの手を握る。その肩から、小さな妖精姿のユイが飛び立ち、キリトの肩に着地する。

 

「ほら、パパ、はやく!」

 

 ユイはその肩を可愛らしく叩く。キリトはというと、うつむいて小さく誰かの名前を呼んだかと思うと、勢いよく顔を上げた。そこにはいつものような不敵な笑みが浮かんでいる。

 

「んじゃあ、今度こそクリアするとしますか!」

「そうだな! 行こう!」

 

 ラテンたちは、巨大な城に向かって翅を羽ばたかせた。

 

 

 

 




 
またまた追加です! 申し訳ありません!


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GGO編
第一話 新たな事件


 

「うわぁ……。セレブ感がすごいな」

 

 到着早々、喫茶店の前で思わずこぼれる。

 派手な装飾があちらこちらに施されており、それを囲うのは甘い香りをはっする色鮮やかな花たちだ。入口の前には精巧に造られたオブジェが門番のようにどっしりと構えており、そこはかとなく漂うセレブ感と相まって本当にここが待ち合わせの場所なのか疑ってしまうほどだ。

 

「まあ、高給取だし間違ってはなさそうかな」

 

 意を決して天理はセレブ空間へと足を踏み込んだ。

 

「いらっしゃいませ。お一人様でしょうか?」

「ああ、いえ。あの、待ち合わせで……」

 

 決意を胸に踏み込んだ天理を待っていたのは、上品なクラシック音楽と丁寧を丁寧に磨き上げたような丁寧な対応をしたウェイターだった。

 入って、たった一歩で分かってしまった場違い感に圧倒されて、思わずどもりながら返答した天理の態度に眉一つ動かさず、ウェイターは続ける。

 

「かしこまりました。待ち合わせのお客様のお名前は何でしょうか」

「あ、『菊岡』でお願いします」

「菊岡様ですね。こちらになります」

 

 慣れた様子でウェイターは天理を案内する。そして、ここに呼んだ張本人が天理に気付くと、周りの商品な雰囲気などお構いなしに大きく手を振ってくる。その向かい席に座っていた黒い服を身にまとった少年は、その人物とは対照的に軽く手を上げてきた。

 

「やあやあ、待っていたよ天理君」

「どーも、菊岡さん。……と、やっぱりお前も呼ばれてたか、和人」

「それはお互い様だろ」

 

 いつものように拳を合わせると、和人の隣の席に座る。天理を案内してくれたウェイターは一言「失礼します」と言って静かに下がった。それを目で確認してから、天理は改めて正面を向く。迎えたのは、にっこりと笑みを浮かべた眼鏡をかけている男だった。

 この男の名は、菊岡誠二郎。生真面目そうな顔立ちをした男だが、実際の性格はだらけている、と今までの付き合いからそう判断している。というのも、この男はそう簡単に《自分》を見せてこない。その理由はこの男の職に関係している。

 総務省総合通信基盤局高度通信網振興課第二別室、別名通信ネットワーク内仮想空間管理課。後者の間をとって通称《仮想課》。簡単に言えば、VRワールドを監視している官僚だ。国に仕える役人だけあって、この男の脳には世間で公にできないような秘密をいくつも抱えていることだろう。天理たちとも仕事上の関係に過ぎない、と思っていると勝手に解釈している。

 

「……男三人で来るような店じゃないでしょ、ここ」

「いやいや、男だけだからこそ映えるモノがあるってもんさ」

 

 菊岡は笑みを崩さず肩をすくめて見せる。周りを見渡せば、上流階級のマダムたちがこの喫茶店の八割を占めていた。どう見ても男だけじゃ場違いだろう。

 そんな天理の思いを知ってかしらでか、菊岡はメニューを差し出してくる。

 

「ここは僕が持つから、何でも好きに頼んでいいよ」

「まあ、そういうなら……へ?」

 

 しぶしぶメニューを受け取り中を開いてみると、飛び込んできたのは無駄に長いカタカナと四桁の数字だった。目を擦って確認しても、桁が変わることはない。

 

「これ、本当にいいんですか?」

「いいよいいよ、気にしないで」

 

 相変わらず笑みを崩さない男から再びメニューに視線を移す。一番廉価なのが《シュー・ア・ラ・クレーム》、値段にして千二百円。天理が知っている喫茶店のメニューとは三倍近く値段が違うのは気のせいではないだろう。

 

「……和人、お前何を頼んだんだ」

「ええと……ショコラとミルフィーユと……コーヒーだな」

 

 天理が手に持つメニュー表の中を一つずつ指さしてくる。和人が指したメニューはどれも、口で言った倍ほどの長さを持つ名前であった。最後に至っては《ヘーゼルナッツ・カフェ》であり、掠りもしていない。それはともかく。

 

「……お前、容赦ないな」

「まあな」

 

 和人が頼んだメニューをざっと計算してみるとおよそ四千円。学生が喫茶店で出すような額ではないのだが、目の前の男が奢ると言ったから頼んだのだろう。天理はお冷とお絞りを持ってきたウェイターに《ヘーゼルナッツ・カフェ》だけをオーダーする。「かしこまりました」とウェイターが下がると、菊岡が片眉を上げて口を開いた。

 

「おや、えらく控えめなんだね」

「実は一昨日、妹にケーキバイキングへ連行されたもんでね。甘いものは今はちょっと……うっぷ」

 

 一昨日のことを思い出して、少々気持ち悪くなる。そんな天理を見て、菊岡は笑い始めた。

 

「あはは、それは大変そうだね」

「そんなことより、要件は?」

「まあまあ、せっかく来たんだしまずは食べようじゃないか」

 

 本題に入ろうとした天理を、菊岡は陽気に制止する。それと同時に、菊岡と和人が先に頼んでいたのであろう商品がテーブルに置かれた。ウェイターが下がるの見てから、菊岡は生クリームがどっさりと乗った巨大プリンを頬張り始める。天理は口を手に当てて無言で目をそらした。

 やがて天理のコーヒーが到着するころには、菊岡の目の前にあった巨大なプリンが跡形もなく消え去っていた。幸せそうな表情を浮かべる菊岡をよそに、天理は運ばれてきたナッツの香りが漂うコーヒーを一口含むと甘さと苦みが口の中で広がり、絶妙なバランスを保って天理を刺激する。さすがはセレブ感漂う喫茶店だ。

 

「……で?」

 

 和人が食べ終わったのを確認すると、再び本題に入る。とはいっても、この男が天理たちに持ちかける要件は一つしか思い当たらない。

 

「うん……君たちも薄々わかっていると思うけどバーチャル犯罪の調査をしてもらいたくてね。これを見てくれないかい」

 

 ほれみたことか、と内心で思っていると、菊岡が黒いアタッシュケースからタブレットを取り出し和人に渡した。天理は横からそれを覗き込む。

 液晶画面には見知らぬ男の顔写真と、受所などのプロフィールが記載されていた。

 

「……誰だ?」

 

 和人の言葉に菊岡は端末を取り返し、指先を走らせる。

 

「ええと、先月……十一月の十四日だな。東京都中野区某アパートで、掃除をしていた大家が異臭に気付いた。発生源と思われる部屋のインターホンを鳴らしたが返事がない。電話にも出ない。しかし部屋の中の電気は点いている。これはということで電子ロックを開錠して踏み込んで、この男……茂村保二十六歳が死んでいるのを発見した。死後五日半だったらしい。部屋は散らかっていたが荒らされた様子はなく、遺体はベッドに横になっていた。そして頭に……」

「アミュスフィア、か」

 

 和人の言葉に菊岡が頷く。

 

「その通り。――すぐに家族に連絡が行き、変死ということで司法解剖が行われた。死因は急性心不全となっている」

「心不全? 何で心臓が止まったんだ?」

「解らない。……死亡してから時間が立ち過ぎていたし、犯罪性が薄かったこともあってあまり精密な解剖が行われなかったんだ。ただ、彼はほぼ二日にわたって何も食べないで、ログインしっぱなしだったらしい」

 

 菊岡が言った『ログインしっぱなし』は珍しい話ではない。仮想世界は便利なのか厄介なのか、そこで食事をとれば満腹感が発生し数時間持続する。つまり現実世界で食事をとらなくても空腹感を誤魔化すことができるのだ。

 しかし、それはあくまで誤魔化すことができるのであって、現実世界で食事をとらなければ栄養失調やらなんやらで、タブレットに表示されていた男のように……なんてことはよくあるのだ。飯代が浮くし、プレイ時間も増やせるため、便利な機能といえばそうだがこんな落とし穴があるため気を付けなければいけないのがVRワールドだ。

 

「……わざわざありがちな話を持ってくる、ということは世間一般で起こっているケースと『何か』が違うってことか?」

「さすが天理君。話が早い」

 

 菊岡は満足そうにうなずくと、真剣な表情に戻して続ける。

 

「この茂村君のアミュスフィアにインストールされていたVRゲームは一タイトルだけだった。《ガンゲイル・オンライン》……君たちは知っているかい?」

「そりゃ……もちろん。日本で唯一《プロ》がいるMMOゲームだからな。プレイしたことはないけど」

 

 和人の言葉に天理も頷く。

 ガンゲイル・オンライン、通称《GGO》。剣や魔法といったものがメインのALOとは違い、銃をメインにした硬派なVRMMOだ。和人が言ったようにこのゲームには《プロ》が存在する。とは言っても彼らのバックにスポンサーがついているわけではない。

 GGOには《ゲームコイン現実還元システム》が採用されている。簡単に言えばこれは、ゲーム内で稼いだ通貨を現実世界の通貨へ還元できるということだ。《プロ》と呼ばれる連中はこのシステムを使い、現実での生活費を稼いでいる。

 もちろん全員が全員稼げるわけではない。月の接続料が三千であるGGOは他のVRMMOに比べてかなり高い。そして、平均プレイヤーが一か月で稼ぐことのできる金額はその十分の一程度だ。ただたまに超レアアイテムなるものが出現し、それをオークションで売って電子マネーへ還元すると数十万のカネになる。そしてそれを毎月のようにできるのはごく限られたトッププレイヤーたちだけだ。

 菊岡はお冷を一口含むとさらに続けた。

 

「彼はそのゲームでトップに位置するプレイヤーだったらしい。十月に行われた、最強者決定イベントで優勝したそうだ。キャラクター名は《ゼクシード》」

「ゼクシードって、なんか聞いたことあるようなないような」

「たぶん天理君は《MMOストリーム》で見たことがあるんだと思うよ」

「ああ、そういえばそうだった」

 

 現在は《MMOストリーム》というネット放送局の番組が存在している。無数に存在するVRMMOの中で注目されているゲームなどを紹介したり、ゲストを呼んで雑談したりする内容だ。天理はその番組の中の《今週の勝ち組さん》というコーナーで《ゼクシード》というプレイヤーを見ている。確か青髪でサングラスをかけたイケメン風のアバターだったような気がする。しかし、そのコーナーの途中で突然そのプレイヤーの回線が切れてそのまま番組が中断していたはずだ。それと関係あるのだろうか。

 

「じゃあ、回線落ちした理由と今回の件に関連性があるんですか?」

「僕はそう考えている。二つの出来事の時刻は同じだ。出演中に心臓発作を起こしたのは間違いないだろう。でもね、実はその時刻にGGOの中で妙なことが有ったってブログに書いているユーザーがいたんだ」

「「妙なこと?」」

「GGOの世界の首都、《SBCグロッケン》という街のとある酒場でも放送されていた。で、問題の時刻ちょうどに、一人のプレイヤーがおかしな行動をしたらしい」

 

 天理たちが黙って聞いていると、菊岡は再びお冷を一口含んで続ける。

 

「なんでも、テレビに映っているゼクシード氏の映像に向かって、裁きを受けろ、死ね、等と叫んで銃を発射したということだ。それを見ていたプレイヤーの一人が、偶然音声ログを取っていて、それを動画サイトにアップした。ファイルには日本標準時のカウンターも記録されていてね……。ええと……テレビへの銃撃があったのが、十一月九日午後十時三十分二秒。茂村君が番組出演中に突如消滅したのが、十時三十分十五秒」

「……偶然だろう」

 

 和人がそう言うと天理も同意した。

 どんなゲームでも妬み嫉みは付き物であり、有名な番組に出演していたゼクシードに嫉妬して思わず撃った、なんてことは容易に想像つく。その情報と茂村氏が死亡した件とでは関連性が薄いだろう。

 天理は残ったコーヒーを仰ぐとゆっくりとティーカップを置いた。しかし、菊岡は深刻な表情をして、続けた。

 

「実は、もう一件あるんだ」

「…………なに?」

 

 天理たちは視線を菊岡に戻し次の言葉を待つ。

 

「今度は約十日前、十一月二十八だな。埼玉県さいたま市大宮区某所、やはり二階建てアパートの一室で死体が発見された。新聞の勧誘員が、電気が点いているのに応答がないんで居留守を使われたと思って腹を立て、ドアノブを回したら鍵がかかっていなかった。中を覗くと、布団の上にアミュスフィアを被った人間が横たわっていて、死因はやはり心不全。三十一歳男性で、彼もGGOの有力プレイヤーだった。プレイヤーネームは《薄塩たらこ》……かな?」

 

 新聞勧誘員の行動やらプレイヤーネームやらに突っ込みたくなるが、後者の方に至っては故人であるがゆえに不謹慎だろう。

 コーヒーを含んだ和人が疑問を投げかける。

 

「そのたらこ氏も、テレビに出ていたのか?」

「いや、今度はゲームの中だね。アミュスフィアのログから、通信が途絶えたのは死体発見の三日前、十一月二十五日午後十時零分四秒と判明している。死亡推定時刻もそのあたりだね。彼はその時刻、グロッケン市の中央広場でギルドの集会に出ていたらしい。壇上で檄を飛ばしていたところを、集会に乱入したプレイヤーに銃撃された。街の中だからダメージは入らなかったようだが、怒って銃撃者に詰め寄ろうとしたところでいきなり落ちたそうだ。この情報もネットの掲示板からのものだから正確さには欠けるが……」

「銃撃した奴ってのは、《ゼクシード》の時と同じプレイヤーなのか?」

「そう考えていいだろう。やはり裁き、力、といった言葉の後に前回と同じキャラクターネームを名乗っている」

「……どんな……?」

 

 和人の言葉に菊岡はお冷を一口含むと、タブレットを眺め、眉をひそめた。

 

「《シジュウ》……それに、《デス・ガン》」

 

 つまり漢字で書くと《死銃》ということだろう。

 どんな思いでそんなキャラクター名を付けたかはわからないが、嫌な予感がするのは気のせいではないだろう。そしてそれは、この後にも起きそうだ。

 

「そこで、なんだけど……二人とも。このガンゲイル・オンラインにログインして、この《死銃》なる男と接触してくれないかな」

「「断る!!」」

 

 天理たちの声が綺麗にハモる。周囲からは突然の大声に疑問の視線を投げかけられ、すぐに膝の上に手を置いた。

 

「なんで俺たちに依頼するんだよ。菊岡さんが行けばいいだろ」

「いやぁ……本当そうしたいのは山々なんだけど、この《死銃》氏はターゲットにかなり厳密なこだわりがあるようでね」

 

 前半部分に全然気持ちがこもってない返答に若干腹が立つが、菊岡が言った『こだわり』が気になり、次の言葉を待つ。

 

「ゲーム内で《死銃》が撃った二人はどちらも名の通ったプレイヤーだった。つまり、強くないと撃ってくれないんだよ、多分。僕じゃ何年たってもそんなに強くなれないよ。でも茅場氏が認めていた君達なら……」

「とは言っても和人は知らないが、俺はこのゲームをやったことすらないぞ。それにゲームに命なんかかけてられるか!」

 

 もし本当にこの件が《死銃》による犯行なのだとしたらそれと接触する天理たちも殺される可能性がある。ゲーム内で撃たれて本当に死ぬなんてバカみたいな話だが、実際に経験している天理たちからしたら、あまり無視できるような内容ではない。

 だが、菊岡は天理の考えを予期していたようで厚い資料手渡してきた。

 和人と共にざっと目を通せば、《死銃》の犯行の仕組みの予想とそれを否定する理論がいくつも記されていた。おそらく、総務省のエリートたちが出せるだけ出した予想なのだろう。これを見る限り、ゲーム内で撃たれても現実世界で死ぬことはないと思われる。だが、実際には起きているのだ。いくら理論では不可能だからって怖いものは怖い。

 和人も同意見のようで、冷ややかな目線を菊岡に投げかける。

 

「だとしてもGGOのトッププレイヤーは他のMMOとは比較にならないほどの時間と情熱をつぎ込んでいる。そんな連中相手に、何の知識もない俺と天理が向かったってもてあそばれるだけだ! 悪いが他をあたってくれ」

 

 和人が椅子を引くと天理もそれに合わせて立ち上がる。しかし、菊岡が天理たちの袖を掴んで必死に懇願してきた。

 

「わぁ、待った待った! 君たち以外に頼れるアテなんてないんだよ! これだけ出すからさ!」

 

 そう言って右手の内、人差し指、中指、薬指を立てる。見たところ、依頼料として三万円といったところか。

 ないない、と首を振る天理と和人を見て菊岡がボソッと呟く。

 

「……掛ける十」

「っ!?」

 

 天理たちは目を丸くする。三に十を掛けたら三十。つまり菊岡が天理たちに払おうとしている金額は、三十万ということになる。高校生相手にそのような取引を普通するだろうか。

 菊岡はさらに続ける。

 

「もちろん最大限の安全措置は取る。君達には、こちらが用意する部屋からダイブしてもらって、モニターしているアミュスフィアの出力に何らかの異常があった場合はすぐに切断する。銃撃されろとは言わない、君たちの眼から見た印象で判断してくれればいい。――行ってくれるね?」

 

 簡単に言えば、確認だけすればいいという依頼だ。菊岡が、言った通りの準備をしてくれるのであれば何かとましな気がする。乗せられている気もするが、ここまでするほど本気なのだ。こちらも無下にはできそうにない。

 

「……解ったよ、行くだけは行ってやる。天理はどうする?」

「俺も行くよ。それに銃ゲー……ちょっとやってみたかったし」

 

 和人から呆れた表情が向けられるが、菊岡からは全く逆の表情が向けられる。

 

「ありがとう、二人とも! ではこれを渡しておこう。居合わせたプレイヤーが音声ログを取ってたデータをコピーしてある。《死銃》氏の声だよ」

 

 そう言って、USBメモリーを天理と和人にそれぞれ渡してくる。これで探せ、ということだろう。

 天理たちはそれをポケットにしまって、セレブ感漂う喫茶店を後にした。

 

 

 

 




今回は、GGO編第一話でした。文章は短く、戦闘シーンはなかったですが、次回はもっと長く書きます。戦闘シーンを描くかわかりませんが・・・・。

ってなわけでこれからもよろしくお願いします!!


※修正しました。


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第二話 銃の世界

 

 

 菊岡から直接依頼を受けてから約一週間後。

 天理は彼が言っていた『安全措置』の内の一つであるとある病院の一室の前に来ていた。この一週間、GGOというゲームの情報を集められるだけ集めたが、それだけでトッププレイヤーたちに太刀打ちできるとは到底思えなかった。

 とはいえ、有益な情報を手に入れたことも事実だ。

 どうやらGGOにもSAOにあったような、ステータスが存在している。プレイヤーたちはレベルを上げるごとに受け取ることができるポイントを好きなように割り振ることで自分好みのキャラを作るそうだ。ただ、そのステータス値はGGO内の戦闘に大きく左右されるようで、今回のターゲットである《死銃》の手によって亡くなったとされる茂村氏も、《ゼクシード》としてどのようなタイプのキャラクターが強いのかあちらこちらに提唱していたらしい。もっとも、彼がなくなる直前にいた《MMOストリーム》では、彼が今まで提唱してきた《AGI(敏捷力)》型最強説を自ら否定し、《STR(筋力)-VIT(体力)》型が最強を提唱し始めていた。その理由もしっかりと筋が通っていて、今後の変動予想としてはよく出来ていたものだった。

 

 しかし、AGI型が強かったのは事実であり、実際《ゼクシード》と共に《MMOストリーム》に出演していた《闇風》と呼ばれるプレイヤーはAGIがん振りのステータスだった。そのステータス値で、ゼクシードに競り負けたにも関わらず前回の最強者決定大会で準優勝だったということは、天理にとっては大きな援護射撃だ。

 何故なら、これから天理はALOのキャラクター・データをGGOにコンバートするからだ。

 

 コンバートとは、簡単に言えば能力値の継承だ。

 ある会社が運営しているゲームで使っていたアカウントで、他の会社が運営しているゲームをプレイしようと思った場合、最初に二つの選択肢が与えられる。

 一つは新規アバターを製作してそのままプレイすること。

 もう一つが、そのアカウントでプレイしていたゲーム内のキャラクター・データを移行させることだ。この二つ目が、《コンバート》というシステムに該当する。

 

 コンバートで作成されたキャラクターは、前のゲームのキャラクターのステータス値を相対的に引き継いでいる。簡単に言えば、前のキャラクターが《中の上》程度の能力値だった場合、引き継ぎ先のキャラクターも《中の上》程度の能力を持つことができる、ということだ。

 ただしこれは、キャラクターのコピーを増やすというシステムではない。コンバートをした瞬間、元のゲームのキャラクター・データは完全消滅し、そのキャラクターが持っていたアイテム類も引き継がれることなく消滅する。そのため天理は、ALOでの《ラテン》が持っていたアイテム、装備すべてを妹であるコトネに預けている。

 

 もちろん事情はすべて説明しており、彼女も渋々納得して受け入れてくれた。ただ、天理が再び危険に飛び込もうとしていることに対して怒っているようで、その日から態度がちょっとだけ冷たいのは気のせいではないだろう。

 

「無事帰ってきたら、ご機嫌取りにまたスイーツ食べ放題にでも連れて行ってやろうかな」

 

 一週間たった今でも、思い出すと若干気持ち悪くなるが妹の機嫌が直るのなら安いものだ。

 一呼吸おいて、病室のドアをノックする。数秒も立たず中に入るよう促されたため、ゆっくりとドアをスライドさせた。

 

「今日一日お世話になります。大空天理です」

「君が大空君ね。私はあなたたちの状態管理を任されている《安岐ナツキ》です。よろしくね」

 

 中に入れば、若い女性看護師が自己紹介をしてくれた。

 ナースキャップの下の長い髪を一本の太い三編みにまとめ、その先端には小さなリボンが揺れている。目線は天理よりも少し低いものの、女性にしてはかなりの長身だ。おまけに、ボンッキュッボンでメガネ付き。こんな人に看護されていたら別の意味で心臓に悪いだろう。

 

「はい、よろしくおねが――」

 

 にこにこと笑みを浮かべた小作りな顔のナースに頭を下げようとした時、視界に相棒である和人の姿が映った。上半身裸姿の。

 

「お、おまっ……明日奈という人がいながら……!」

「誤解だ! で、電極貼るために脱げって言われたんだ、信じてくれ!」

「あ、ああ、なるほどな……でもお前、そういうところがあるからなぁ……」

「ねぇよ!」

 

 よく見れば、二つの用意されたベットの横には仰々しいモニター機器が並んでいる。おそらくこれも『安全措置』の一環だろう。

 納得しつつも怪訝な視線を送り続ける天理と弁解する和人を見て、安岐が小さく噴き出した。

 

「じゃあ、大空君も服を脱いでベットに横たわってねー」

「わかりました」

 

 ラテンは多少羞恥心を拭いきれないまま、おずおずと来ていた服を脱ぐと電極を貼るために目の前に来ていた安岐が声を漏らす。

 

「へぇ、大空君ってたくましい身体をしてるのね」

「そ、そうですかね?」

 

 確かに日ごろからトレーニングをしているため、あまり無駄な肉はついていないが、こうも初対面の人――しかも女性にまじまじと見られると流石に恥ずかしい。

 

「あらら、照れちゃって。可愛い」

 

 小悪魔的笑みを浮かべる安岐に対抗するカードを天理は持っていない。なすがままにされていると、不意に冷たい視線が投げかけられていることに気が付いた。

 

「天理……お前……」

「…………何も言うな」

 

 静かに言えば、呆れたようなため息が聞こえてくる。

 とりあえずラテンは言われた通りにベットに横たわると、安岐が慣れた手つきで電極を貼っていった。それを終えるのを見届けると、頭上にあったアミュスフィアを頭にかぶった。

 

「二人のカラダはしっかりと見てるから、安心してね」

 

 安岐の言葉に天理と和人は頷くと、同時に叫ぶ。

 

「「リンク・スタート」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白い放射光が止み、一番最初に目に飛び込んできたのは無数の高層建築群だった。空高く伸びるそれらを空中回廊が網目のようにつながれており、どこか近代的な建物を連想させる。その下を形成するのは、この街のメインストリートらしき広い通りだ。道の左右には怪しげな雰囲気の商店が並び、その前を行き交う人々を見て思わず声がこぼれる。

 

「うわ……ごつい男ばっかだな」

 

 いつもよりトーンが高いような気がするが気にせず正面を見据える。

 メインストリートを歩く人々はそのほとんどが迷彩のミリタリージャケットやら黒いボディアーマーやらを着た筋骨隆々な男性ばかりだ。そして、その肩や腰にはこの世界のメインウェポンである《銃》をぶら下げられている。はたから見たら物騒にもほどがあるが、それがこのGGOという世界なのだろう。

 

 とりあえず一緒にこの世界へ来たはずのキリトを探すため辺りを見回してみる。しかし、二メートルほど左に離れた、黒い長髪を持ったラテンよりも少し背の高い女性以外にこの周辺にはプレイヤーはいなかった。後ろを見れば、初期キャラクターの出現位置に設定されているであろうドーム状の建物が存在しており、キリトもこの場所にいるはずだ。

 

「……気が乗らないけど、あの人に聞いてみるか」

 

 ラテンが上を見ている間に先に進んでいった可能性もあるため、ほぼ同じタイミングでこの世界にやってきたであろう少女へ声をかけた。

 

「あの、すいません。ここら辺で僕の他にプレイヤーを見かけませんでしたか? その人と待ち合わせをしてて……」

 

 できるだけ丁寧で慎重に聞く。初対面でいきなり男性プレイヤーから陽気に声を掛けられれば、ナンパだと思われるだろう。この場限りの関係であるとはいえ、嫌な目で見られるのは気分が乗らない。

 とはいえ、声をかけてから思ったのだがラテンよりも身長が高いにもかかわらず少女のような小ぶりな顔づくりだ。てっきり凛とした大人な女性だと思っていたのだが。

 

「……えっと、見てはいないかな。実は俺も人と待ち合わせしてるんだ。逆に、見かけてないかな?」

「いや、見かけてはないですね……」

 

 少女の言葉に口ではそう答えながらも心の中では疑問が浮かぶ。

 ――『俺』?

 確かにこの少女は自分のことを『俺』と言っていた。もちろん、女性にも自称するときに『俺』を使う人はいるかもしれないが、大半の女性は使わないだろう。とはいえ、こんな血なまぐさい世界へやってきたのだ。雰囲気に合わせて自称を変えていても不思議ではない。心の中で何かが引っかかりつつも、それを押しとどめていると、目の前の少女が困ったような表情をしながら辺りを見渡す。

 

「そうですか……」

「お役に立てず申し訳ありません」

「いえいえ、こちらこそすいません…………ったくどこに行ったんだよ『ラテン』の奴……」

 

 少女に頭を下げて踵を返そうとしたとき、少女が小声で言った言葉をラテンは聞き逃さなかった。

 

「……今、なんて……?」

「え?」

「いや、今誰かの名前を呼んだ気がして」

「……ああ。俺が待ち合わせしているプレイヤーです。『ラテン』っていうプレイヤーネームなんだけど……」

「……もしかしてお前、『キリト』か?」

「へ……?」

 

 目の前の少女が目を丸くする。

 これで間違っていたら相当恥ずかしいのだが、ここで待ち合わせをしていてそのプレイヤーの名前が自分と同じなんて偶然、起きるだろうか。

 呆けた表情のまま目の前の少女は震える手でラテンに指をさす。

 

「お、お前、ラテンなのか…………でも、だったらなんで女に……」

「いや、それはこっちの台詞だ。どっからどう見たってお前も女にしか――え? 女?」

「へ?」

 

 ラテンたちは互いに間抜けな表情をすると、同時に自身の体に視線を向けた。

 両手の肌は白く滑らかであり、指は男のものとは思えないほど細い。腕も、ストリートを歩く男たちのようなたくましいものではなく、服の上からでもわかるほど華奢なものだ。そして、それを見ている間に、はらりと白銀の毛髪がラテンの頭上から垂れてくる。

 

「……は?」

 

 驚いて掴んでみれば、しっかりと掴んだ感触と掴まれた感触が伝わってくる。間違いなくこれはラテンの髪の毛だ。

 次いで背名に手を当ててみれば、腰までとは言わないが随分と長くまで伸びた自分の髪が存在を主張していた。

 ――なんか違和感があると思っていたけど……これか 

 この世界にやってきてからの違和感を解決する。

 しかし、何故キリトはラテンのことを『女』だと言ったのだろうか。髪の長い男性プレイヤーだって存在する。いや、確かにこれほど細い体つきでは間違えるかもしれないが、顔つきまでは――

 そこまで考えて、顔を上げればラテンと同じように顔を上げた少女と目が合った。ほぼ同時に、ごくりとつばを飲み込むと、背後にあったドームの外壁を飾るミラーガラスへこれもまたほぼ同時に張り付いた。

 

「なんだよ、これ……」

「うそだろ……」

 

 キリトとラテンは絶句する。

 ガラスに映っていたのは、まぎれもなく女姿のプレイヤーだった。

 夜空に輝く月のような白銀の長髪に、小ぶりな顔立ち。瞳はクリッとしていて、髪と同じ銀色がこちらをじっと見つめている。身長も心なしか低く見えるのは気のせいではないだろう。

 固まったまま動かない二人の少女を映した鏡に、突然男性プレイヤーが飛び込んできた。

 

「おおっ、お姉さんたち運がいいね! そのアバター、F一三〇〇番系でしょ! め~~~ったにでないんだよ、そのタイプ。どう、今なら始めたばっかだろうしさあ、アカウント事占い? 二メガクレジット出すよ!」

「お姉さん……?」

 

 その言葉である可能性に至ったラテンは、慌てて自分の胸部を両手でまさぐる。だが幸いにも、柔らかな双璧はなくひたすら平らな胸板があっただけだ。どうやら本当に女性プレイヤーになってしまったわけではないらしい。

 最近のVR系ゲームは、そのほとんどすべてのタイトルでプレイヤーとアバターの性別を変えることを禁じている。異性のアバターを長期間使用していると、精神的・肉体的に無視できない悪影響があるから、というのが理由らしい。

 

「あー……、悪いけど俺、男なんだ」

「あ、俺もそうです」

 

 いつもよりも声のトーンが高かったのは気のせいではないらしい。否定したはいいが、この声では誤解されても文句は言えない。

 心の中で苦笑していると、肩を落とし残念がると思っていた目の前の男はしばし絶句した後、先ほどよりも大きな勢いでまくしたて始めた。

 

「じゃ、じゃあ……そてM九〇〇〇番系かい!? す、すごいな、それなら四、いや五メガ出す。う、売ってくれ、ぜひ売ってくれ!!」

 

 よっぽどレアなのだろうここまで言われると少し考えてしまうほどだが、このアバターはコンバートしたものだ。これを売ってしまえばラテンは、ALOに《ラテン》として戻ってくることはできなくなってしまう。

 

「すいません、このキャラ、コンバートなんです。金には替えられません」

「俺もだ」

「そ……そうか……」

 

 キリトもラテンに同調すると、今度こそ目の前の男は肩を落として残念がっていた。しかし、よくある悪質なセールスマンとは違い聞き分けはいいらしく、透明なカード上のアイテムを渡しながら潔く引き下がった。

 

「まあ、気が変わったら連絡してくれ」

 

 そう言うと、踵を返して立ち去って行った。キャラ名などが記されたそのカードは数秒もしないうちに発光し、跡形もなく消滅する。おそらくアドレス帳のようなものにデータが保存されたのだろう。

 

「……どうする?」

「どうもこうもこのままで行くしかないだろ」

 

 ラテンの問いにキリトが肩をすくめながら答えた。

 キリトの言う通り、この容姿に文句を垂れたところで変化するわけではない。《死銃》と接触し、依頼を果たしてこの世界から出るまでは我慢しなければならないだろう。

 

「確か今日、大会があるんだよな」

「ああ。早速エントリーしに行こうぜ」

 

 本日から《バレット・オブ・バレッツ》と呼ばれる最強者決定イベントが開催される予定だ。この大会の前回優勝者は今回犠牲になった《ゼクシード》であるため、この大会で目立つことができれば《死銃》と接触できる可能性がある。

 先に歩いていくキリトをラテンは慌てて追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おいキリト。ここどこだよ」

「さ、さあ……?」

「さあ、ってお前……」

 

 ラテンが意味ありげな視線を送って見せると、キリトは大げさに目を逸らした。

 勢いよく歩いていったキリトの後を付いていくこと数分。もはや引き返すこともかなわないほどに、道に迷ってしまった。こういう時に頼りになるのはマップなのだが、あまりにも道が入り組んでいるため、表示されている現在位置と照合するのには骨が折れる。こういう時は、人に聞くのが手っ取り早いだろう。

 キリトもその結論に達したようで、さっそく近場にいたプレイヤーに声をかけた。

 

「あのー、すいません、ちょっと道を……」

「お、おい……」

 

 ラテンが制止するとキリトも気が付いたようで、しまった、とでも言いたげな表情をする。そう。振り向いたのは、どう見ても女の子だったからだ。後姿を見てもわかるはずだというのに、この男の頭の中には道を尋ねることでいっぱいだったらしい。

 ラテンは心の中でため息をついた。

 VRMMOにおいて、男性プレイヤーが女性プレイヤーに「道に迷った」等々声をかける場合、その七割までナンパ目的だと断じていい。そんな行動をキリトはしてしまったのだ。

 危惧した通り、振り向いた女性プレイヤーの顔にあからさまな警戒の色が浮かんでいた。しかし、ラテンたちの予想を裏切って、意外にもその表情はすぐに消え去った。

 

「……あなたたち、このゲーム始めて? どこに行くの?」

 

 綺麗に澄んだ声で言うその口許には、かすかな微笑を浮かべている。

 可愛い、よりかは美しい類の顔立ちをした少女だ。さらさらと細いペールブルーの髪は無造作なショートヘアで、額の両側で結わえた細い房が印象的だ。くっきりとした眉の下に、猫科な雰囲気を漂わせる藍色の大きな瞳が輝やいている。

 嬉しそうな表情を見て、何故すぐに警戒を緩めたのか直感的に理解する。

 

 ――俺たち、女性プレイヤーだと思われてね?

 

 初期地点にも、道に迷うまでの道のりにも誰一人として女性プレイヤーは見かけなかった。おそらく、このGGOは圧倒的に男性プレイヤーが多いのだろう。まあ《銃》をメインに添えるような硬派な世界観が女性受けするか、と言われれば首を振るし、仕方ないと言えば仕方ない。

 そんな世界で自分と同じ女性プレイヤー――しかも初心者(ビギナー)から声を掛けられれば、嬉しくなるのは当然だろう。

 

「あー、えっと……」

 

 キリトは少し考えるかのように黙り込むと、数秒後、まるで開き直ったかのようにハスキーな響きのある声で続けた。

 

「はい、私たち初めてなんです。どこか安い武器屋さんと、あと総督府、っていうところに行きたいんですが……」

 

 ――こいつ、彼女を利用する気か!?

 

 どうやらさっきの沈黙はラテンたちの性別が男であることを正直に白状するかどうかを迷っていたからだったようだ。とはいえ確かに、彼女には悪いがこのまま女性プレイヤーを演じ続けていたほうがいいのかもしれない。

 

「総督府? 何しに行くの?」

「あの……もうすぐあるっていう、バトルロイヤルイベントのエントリーに……」

 

 彼女の眼がぱちくりと丸くなる。

 

「え……ええと、今日ゲームを始めたばかりなんだよね? その、イベントに出ちゃいけないことはぜんぜんないけど、ちょっとステータスが足りないかも……」

「あ、私たち初期キャラってわけじゃないんです。二人で他のゲームからコンバートで……」

「へぇ、そうなんだ」

 

 藍色の瞳がきらりと輝き、口元に今度こそ明確な笑みが浮かんだ。

 

「いいよ、案内してあげる。私もどうせ総督府へ行くところだったんだ。その前にガンショップだったね。好みの銃とか、ある?」

「え、えっと……」

「私は特にないです」

「じゃあ、色々揃ってる大きいマーケットに行こう。こっち」

 

 くるりと振り向き、歩き始めた彼女の後ろを二人で追いかける。

 どうやらこの女性プレイヤーは相当このゲームをやっているらしく、迷路のような道をマップで確認もせずに涼しい顔を通り抜け、わずか数分で、先ほど言ったものであろう大きな店にたどり着いた。

 

「入ろっか」

 

 少女に促されるまま、ラテンとキリトは歩を進める。

 中に入ってまず驚いたのは、広大な店内だった。スペースを大胆に使い、多くのプレイヤーが不自由なく行き来している。壁際には、銃を映したパネルが無数に存在していて、この中のどれかをタッチすれば購入できるという仕組みだろうか。パネルの近くで、NPC店員らしき露出の大きい服を着た美女がプレイヤーたちに説明をしている。

 

「な……なんだか、すごい店ですね」

 

 キリトの言葉に、女の子は苦笑した。

 

「ほんとは、こういう初心者向けの総合ショップよりも、もっとディープな専門店の方が掘り出し物があったりするんだけどね。まあ、ここで好みの銃系統を見つけてから、そういうとこに行ってもいいし」

 

 この女性が言った通り、よくよく見てみれば店内をうろついているプレイヤーたちの服はどれも派手めな色のコーディネートが多く、初心者感が漂ってこないわけではない。

 

「さてと。あなたたち、ステータスはどんなタイプ?」

「……えっと、筋力優先、その次が素早さ……かな?」

 

 キリトが顎に手を当てながら答える。おそらくコンバートしてきたラテンたちのステータスタイプは、コンバート前とほぼ同じ能力傾向のはずだ。

 

「私はAGIガン振り型ですね」

「そ、そっか……」

 

 女の子は一瞬驚いた表情をすると、すぐに目を伏せた。

 

「STA-AGI型のあなたは、ちょっと重めのアサルトライフルか、もうちょっと大口径のマシンガンをメインアームにしてサブにハンド感を持つ中距離戦闘タイプがいいかなあ……。AGI型のあなたは、メインをサブマシンガンか軽めのアサルトライフルにして、ランガンスタイルにするのがいいのかも……。あ……でも、あなたたちコンバートしたばかりだよね? てことは、お金が……」

「あ……そ、そっか」

 

 キリトは慌てて右手を振りウインドウを出す。ラテンも同じようにウインドウを出してみれば、〖 G: 1000 〗と表記されていた。どうみてもバリバリの初期金額だ。

 とはいえ、コンバートすればこうなることは当然だ。だから、この世界にログインする前に菊岡が言っていた『必要経費はこちらで出す』という言葉に従って、ある程度金が入ったクレジットカード情報を登録している。こうすれば、銃を購入するときにたとえ足りなくても、必要な分だけ現実世界のお金からこちらの通貨に換金される。

 

「私は大丈夫です。この時のために準備してきましたから」

「そっか。あなたは?」

「ええと……千クレジットしかありません……」

「まあそうだよね」

 

 女の子は小さく苦笑する。

 キリトはそれに伴って空笑いしたが、目線だけをこちらに向けてくる。その瞳には、『なんでお前は金があるんだよ』とでも言いたげなものだ。どうやらキリトは菊岡の援助からの援助を受けていないらしい。口頭で説明もされたし、渡された資料の中にも書いてあったはずなのだが。

 

「うーん……その金額だと、小型のレイガンぐらいしか買えないかも……。実弾系だと、中古のリボルバーが……どうかなあ……。――あのね、もし、よかったら……」

 

 女の子が次に言わんとしていることをラテンはすぐに察した。どのゲームでも初心者が熟練者から過剰な援助を受けることはあまり褒められたことではない。とはいえ、キリトがこのままでは装備を揃えることができないのも事実だ。ここはラテンの金で購入したほうがいいだろう。

 

「いや、ここは私が――」

 

 そこまで言いかけてラテンは口を紡いだ。

 よく考えてみればキリトと同じ初心者であるラテンが、キリトに対して金を貸すというのはいかがなものだろうか。いくら準備してあるとはいえ、二人分の装備を揃えるにはそれなりの額が必要になる。それを軽く出してしまうラテンの姿を、彼女の瞳はどう写すだろうか。

 きょとんと眼を丸くした女の子に対して、どういえば悩んでいるとキリトが慌てて首を振った。

 

「い、いや、いいですよ、そこまでは。えっと……どこか、どかんと手っ取り早く儲けられるような場所ってないですか? 確か、このゲームにはカジノがあるって聞いたんですが……」

 

 ――すまん、キリト!

 心の中で謝っていると、女の子は呆れたような笑みを浮かべた。

 

「ああいうのは、お金が余っているときに、スるのは前提でやった方がいいよ。そりゃあ、あちこちに大きいのも小さいのもあるけどね。確かこの店にだって……」

 

 くるりと頭を巡らせて、店の奥を指さす。

 

「似たようなギャンブルゲームはあるよ。ほら」

 

 細い指先が示す先には、ぴかぴかと電飾が瞬く装置が見えた。どうやら巨大なゲーム機のようだ。

 幅三メートル、長さは約二十メートル。金属のタイルを敷いた床を、腰の高さほどの柵が囲い、一番奥には西部劇に出てきそうなガンマンめいたNPCが笑いながら立っている。その横には看板があり、そこには三十万と少しの金額が表示されていた。大方、このゲームで勝てば、あのうちのいくらか、もしくは全額を入手できる、というような結構ありがちなギャンブルだろう。

 ラテンは再びウインドウを表示させて時刻を見る。現在時刻は十四時二十分。《BoB》のエントリーが終了するのが十五時ちょうどであることを考えると、二人分の装備を彼女に考えてもらう時間はなさそうだ。

 

「あ、じゃあ私は先に装備を買ってきますね」

「私が付いていなくて大丈夫?」

「一応いろいろ事前に調べてはいるので大丈夫だと思います。終わったらお店の外で合流、でいいですか?」

「うん、わかった」

 

 女の子が頷くのを見て、ラテンは踵を返した。案内板をよく見ながら店内を歩き回る。

 このゲームで、ステータスに対応する基本的な武器は一応抑えているつもりだ。STR型なら重火器、AGI型なら小火器などといったようなもので、ラテンはバリバリのAGI型であるため小火器であるサブマシンガンなどが基本的な武器だろう。そしてAGI型の戦い方は先ほど彼女が言っていたような《ランガン》スタイルがオーソドックスだ。

 ランガン――Run&Gun、簡単に言えば《走りまくって撃ちまくる》というスタイルだ。敏捷力を生かすことで、相手の弾を避けつつサブマシンガンの特徴である装弾数が多いことを利用して、弾をばら撒いて相手のHPを削る戦い方であり、前回《BoB》準優勝者である《闇風》も使っていたものだ。有効的な戦い方であることは間違いないだろう。

 

「サブマシンガン、ねぇ……」

 

 ただし、いくら《闇風》の戦い方をまねてもこの世界での戦闘経験が乏しいラテンでは、本人と戦闘することになったとき経験の差で負けてしまうような気がしてしまう。そして、AGIガン振り型のラテンならば、もっと他の戦い方ができるような気がするのだ。

 

「接近戦の瞬間火力ならやっぱりショットガンがいいかな……」

 

 敏捷力を最大限に発揮して近距離に持ち込めたら、サブマシンガンよりもショットガンの方がダメージを稼ぐことができる。ただし、重量はショットガンの方があるためその差がどれほど敏捷力に影響するのかはわかっていない。念のため軽めのサブマシンガンの方がいいだろうか。

 唸りながら徘徊していると、視界の隅にあるものが映った。

 

「これ……剣、か?」 

 

 見れば、銃が羅列する中に金属の筒のようなものが並んでいる。商品名には〖Photon Sword〗と書かれているため、剣なのだろう。事前に調べた時に見落としていたらしい。

 

「うーん、剣ねぇ……。ありかもな……」

 

 不慣れな銃よりも使い慣れた剣の方が幾ばくか安心感がある。戦闘スタイルを調べている時に見かけなかったということは、使用者があまりいないということなのだろうが、この世界に存在するということはきっと何かしら役に立つ可能性があるということだ。

 

「とりあえず……君に決めた!」

 

 ケースに並ぶフォトンソードの内、パールホワイト塗装のものを指先でタップする。出てきたウインドウから〖BUY〗を選択すると、ものすごい速さでNPCの美女が走ってきて、笑顔で金属のパネルのようなものを差し出してくる。板の中央には駅で改札口を通るときにICカードをかざすところのようなものがあり、戸惑いながらもそこに手をかざした。すると、軽やかなレジスター的効果音が響き、パネル上面に白いフォトンソードが実体化した。持ち上げてみれば、店員が「お買い上げありがとうございましたぁ~」と笑顔で一礼し、来た時と同じ速度で元の位置まで戻って行った。

 ラテンは右手に持ったフォトンソードのスイッチを動かすと、低い振動音と共に白銀に光るエネルギー刃が一メートルほど伸長した。さながらライ〇セイバーのようだ。

 

「意外と、軽いな」

 

 周囲に人がいないことを確認し、軽く振ってみる。円形断面の細長い筒状の剣からは、重さによる慣性の抵抗がほとんど感じられない。

 もう一度スイッチを動かしエネルギーの刃を引っ込めると、ストレージの中へしまう。

 

「装備するとしたら右の方がいいよな。そっちの方が抜きやすいし」

 

 長さ一メートルほどの実体剣ならば、いつものように左側に装備するのだが、このフォトンソードの実態部分は直径三センチ、長さ二十五センチの筒状の部分だけだ。このリーチで素早く抜くのなら西部劇の早打ちかのように、利き手である右側に装備しておく方がいいだろう。

 

「後は、牽制用武器だけど……」

 

 牽制するならばやはりサブマシンガンか、ハンドガンが一番最初に思い浮かぶ。ほとんどのプレイヤーがそのどちらかを選択するだろう。しかし、ラテンの中ではある武器が頭を離れようとはしなかった。

 自然に足取りはその武器の前に行く。

 

「……ショットガンは外せないよなぁ」

 

 確かに実用的なのはサブマシンガンやハンドガンだが、男心をくすぐられるのはやはりショットガンだ。

 ラテンは頭でイメージしたものと形状が近いものである、《ルイギ・フランキ製上下二段散弾銃 フィーリングスティール》をタップした。先ほどフォトンソードを買った時と同じ手順で購入すると、手に持ってみる。

 

「こっちは意外と重いな」

 

 刀の三倍から四倍くらいだろうか。あわよくば刀を帯刀するように左側に装備できれば、と思っていたのだがこれほどの重量ならばバランス的に厳しいだろう。

 

「買うとしたらショットガン用のホルスターだな」

 

 フィーリングスティールをストレージにしまうと今度は防具や弾が売っている場所へ歩を進める。

 ウエスト型のショットガンホルスターや予備の弾倉、接近するために使えそうな投擲物や事前の対人戦マニュアルに従って腕輪型の《対光学銃防護フィールド発生器》を買い込み、最後に薄手で白を基調とした服を購入購入してストレージにしまうとラテンはマーケットを出た。

 行き交う人々にじろじろ見られながら待っていること数分。ようやく、ここへ案内してくれた女の子と装備を整えたであろうキリトがマーケットの入り口から姿を現した。しかし、出てきたや否や女の子の方はどこか険しそうな表情をしながら早口で開口する。

 

「ごめん、お待たせ。でも急がないといけないかも」

「へっ?」

「走りながら説明するね!」

 

 そう言って、呆けているラテンをよそに女の子は猛ダッシュを始める。その後ろを慌てて追いかけ、数秒かかって隣に並ぶと張り詰めた声を上げた。

 

「あと九分で総督府に行かないと、《BoB》のエントリーに間に合わないの。いや、エントリー操作には五分は必要だからあと四分で……!」

 

 ウインドウを開いて時刻を見れば、ちょうど十四時五十二分になったところだった。だが、そこまで焦る必要があるだろうか。どのVRMMOゲームにも快適にプレイするためにテレポート的移動手段は設置されているはずだ。総督府がこの街の中心ならば、簡単に行けそうなものだが。

 

「あの、テレポートみたいなことはできないんですか?」

「……このGGOには、プレイヤーが起こせる瞬間移動現象はたった一つしかないの。死んで、蘇生ポイントに戻るときだけ。グロッケン地区の蘇生ポイントは総督府の近くだけど、街中じゃHPは絶対減らないから、その手は使えない……」

 

 キリトの言葉に女の子は焦った表情で答えた。

 ラテンは女の子の解説を聞いて絶句する。事前に調べたとはいえ、テレポート的移動手段の有無までは気にしていなかった。よくよく思い出してみれば、不自然な点はいくつか存在していた。初期キャラクターの出現地点や歩き回った街中、さらにはこの街で一番大きいであろうマーケットの近く。どの場所にもテレポートできるような装置は見かけなかった。マーケットにいる間に気付くべきだったと、思わず唇を噛む。

 

「……総督府は、あそこ。市街の北の端だから、まだ三キロはある……!」

 

 障害物が何もないまっすぐな道ならば、高い敏捷力を存分に活用すれば三分で三キロを走り抜けることはできそうだが、如何せんメインストリートを走っているため人が多い。この中をかき分けつつ走るのは非常に厳しいだろう。

 

「……お願い……おねがい、間に合って…………」

 

 女の子の悲痛な叫びにラテンは何かないか、と周囲を模索する。すると、女の子の左隣を走っていたキリトが声を上げた。

 

「……あれだ!」

 

 キリトは女の子の手を掴み針路を傾ける。それに続くように追随してみれば、視線の先に〖Rent-A-Buggy!〗とネオンサインで表示された看板が首を伸ばしていた。おそらくキリトはあれを使おうとしているのだろう。

 人ごみを抜け三輪バギーの並ぶ場所に到達すると、キリトは半ば放り込むように女の子を後部座席に座らせ、前シートにまたがった。

 

「ラテン!」

「わかってる!」

 

 ラテンは飛び乗るようにして女の子の横に座り込むと、キリトが勢いよくスロットルを煽った。バギーは前輪を浮かせながら、弾かれたように車道へと飛び出す。

 

「きゃっ……!」

 

 隣で可愛らしい悲鳴が聞こえ、ラテンの左腕が強く掴まれる。

 

「しっかり掴まってて!」

 

 キリトが叫ぶと、ラテンは目の前に設置されていた手すりのようなものを両手で強くつかんだ。途端、バギーが猛加速をはじめ、キリトの前に設置されている速度メーターはあっという間に百キロを超える。空気を切り裂く音は、さながらジェットコースターに乗っているようだ。

 風圧で体が押しつぶされそうになっていると、隣で嬉しそうな笑い声が響く。

 

「あはは……凄い、気持ちいい!」

 

 見れば、少女が瞳を輝かせながら前方を眺めていた。最初に会った時は、どこか物静かで、クールという言葉が似合うような女の子だったが、彼女もこんな風に無邪気に笑うのか、と少し驚く。

 

「ねぇ、もっと……もっと飛ばして!」

「おーけー!」

「ちょっ……!」

 

 少女の言葉にキリトが呼応した。どんどん速度が上昇していき、メーターの針が二百キロに迫る。

 

「ちょっと待ってェェ!!」

 

 日本一速いジェットコースターと同等の速度の前に、ラテンはひたすら絶叫するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 総督府へと続く広い階段の手前にゆっくりと停車すると、ラテンはよろよろとバギーから降りた。だが、少女はラテンの休息許さず、左手を掴まれると無理やり走らされる。

 

「これなら間に合う! こっち!」

 

 時計を見れば十五時まであと五分少々残っていた。これならば、エントリーに間に合うだろう。

 強引に引っ張られながら入ったラテンの眼に飛び込んできたのは、かなり広大な円形のホールだった。未来的なディティールの施された円柱が、十字の列を作って遥か高い天井まで続いている。周囲の壁には数多くのパネルパネルが設置され、正面にある一際大きなモニターには《第三回バレット・オブ・バレッツ》のプロモーション映像が流れていた。

 さらに引っ張られて、コンビニにあるATMのような形のした機械の前にたどり着くと少女は早口に言う。

 

「これで大会のエントリーをするの。よくあるタッチパネル式端末だけど、操作のやり方、大丈夫そう?」

「はい、やってみます」

「……私も、頑張ります……」

「ん。私も隣でやってるから、解らなかったら訊いて」

 

 少女に小さく感謝すると、ラテンは最後の力を振り絞ってモニターをタップする。メニューが開かれると、第三回BoB予選エントリーのボタンがすぐに見つかりそれをタップした。それらしき選択ボタンをタップし続けていると、名前や住所なのどの現実世界での各種データを入力するメニューが表示される。一番上には、

 〖以下のフォームには、現実世界におけるプレイヤー本人の氏名や住所等を入力してください。空欄や虚偽データでもイベントへの参加は可能ですが、上位入賞サプライズを受け取ることはできません〗

 と書かれていた。

 ここでいう《上位入賞サプライズ》とは、おそらくゲーム内ではどれだけ頑張っても手に入れることができないレアアイテムが相場だろう。

 

「うわぁ……」

 

 流石にこの選択肢には迷ってしまう。

 ただ、ゲーム内で現実世界の情報を入力するのはあまりよくないだろう。特に、今回の《死銃》の手口が解らない以上、安易に入力しないほうがいい。

 ――菊岡さんの情報でも聞いてくればよかったな……。

 小さくため息をつきながら、空欄のまま一番下の〖SUBMIT〗ボタンを押す。

 画面が切り替わり、エントリーを受け付けた旨の文章と、予選トーナメント表及び一回戦の時間が表示されていた。時間は三十分後、ブロックは〖B〗だ。

 

「終わった?」

 

 横から少女が声をかけてきた。

 

「ええ、無事終わりました。ありがとうございます」

「ううん、これくらい大丈夫だよ。それより、彼女と私は〖F〗ブロックだけど、あなたはどこ?」

「〖B〗ブロックですね。Bの三十一番」

「へぇ、Bなんだ……」

 

 少女は自分の画面に戻ると何やら操作し始める。数秒待った後、小さく驚いたように口を開いた。

 

「うわぁ……闇風がいるね。ら……て、ん……? これがあなたのプレイヤーネーム?」

「あ、はい。イタリアが好きなので……」

 

 苦笑してみせると、少女は「そう」と納得したかのように再び画面に視線を戻した。

 

「この番号だと……準決勝で当たっちゃうね。決勝だったら勝ち負け関係なしに上がれたのに……」

 

 どうやらこの大会は各ブロックの上位二人が《本戦》へと出場する権利をもらえるらしい。

 画面に再び視線を戻してみれば、《闇風》と書かれたプレイヤーの番号は二番だった。ブロックの人数は六十四人。彼女の言う通り、順調にいけば闇風とは準決勝で当たる計算だ。思わぬ巨壁がラテンの道を塞ぐ。

 

「でも、頑張ってね。何でかな……あなたなら大丈夫って気がする」

「ありがとうございます。お二人も頑張ってくださいね」

 

 ブロックごとに予選待機場所は違うらしく、二人とはひとまずここでお別れだ。今のラテンには、二人が本戦に行けるように祈ることしかできないだろう。

 

「じゃあ、また後で」

「うん」

 

 少女に軽く手を上げ、キリトとは目を合わせて小さく頷くと、ラテンはBブロック予選待機場へ歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 




今回も戦闘シーンがありませんでした。すいませんm(_ _)m

銃での戦闘シーンを描くのは不安ですが頑張りたいと思います。

これからもよろしくお願いします!!


※修正しました


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第三話 激闘のBブロック

 

 

 

 ぽーん、という聞きなれた軽いサウンド音と共に開かれたエレベーターのドアの先には、先ほどBoBのエントリーを済ませたホールと同等の広さを持つドーム状の部屋が待ち受けていた。中には、ラテンと同じくBブロックに組まれたであろうプレイヤーたちが各々の場所で試合の時を待っているようだった。

 

 メタルなBGMが流れる中、意を決して一歩踏み出した瞬間、重苦しい空気がいきなりラテンの身体に襲い掛かる。まるで心臓を鷲掴みにされているような感覚の原因は、自身の体によるものではない。周囲にいるプレイヤーから放たれている、闘志の固まりのような威圧感だ。

 そしてラテンはすぐに悟った。この場にいる者は誰一人として、この予選を楽しむために参加しているのではない。もちろん《楽しむ》という思いが完全にないという訳ではなく、それ以上に《他人に勝ちたい》という欲求が前面に押し出されているのだ。そしてそれは殺意にも似たオーラへと変換され、この場の空気を形成している。

 

 張り詰めた雰囲気の中、ラテンは再び足を動かした。設置された簡易的なテーブルや、壁際に背を預ずけたむろしているプレイヤーたちの横を通り過ぎれば、他人を観察するかのような視線が背中に突き刺さってくる。ふと視線を巡らせれば、会場の隅で、円いゴーグルと赤いモヒカン刈りが特徴な灰色のマントに身を包んだ男が腕を組んで立っているのを見つけた。

 ――闇風……。

 前回大会の準優勝者は他の誰かと話を共有するわけでもなくただ静かにその《時》を待っていた。

 ラテンが本戦を出場することを阻害する最も大きな壁であるが、どうやらそう簡単にいきそうもない。一度大きく息を吸ってから近くにあった凹型の空いているソファへ腰を下ろす。

 

「思った以上に厳しい戦いになるかもな……」

 

 誰にも聞こえないような小声で呟きながら、自身の両ももに肘をついた。

 今この場にいるプレイヤーたちは、すべて《本物》だ。PvP(対人戦)を専門としており、一分一秒に神経を研ぎ澄ませ、限界ギリギリまで己の肉体を動かし続ける――いわば全身全霊を持って戦っている奴らだ。だがこれは、P v P(対人戦)を専門としているプレイヤーたちが《本物》で、P v E(対モンスター戦)を生業にしているプレイヤーたちが《偽物》だと言っているわけではなく、ラテンの個人的な解釈によるものだ。

 

 本来ゲームというものは、ゲームで動かすアバターと現実にいるプレイヤー自身とでは大きな隔たりがある。現実で身体を動かしてもゲーム内のアバターに影響があるわけではないし、ゲーム内のアバターが体を動かしても現実の身体に影響があるわけではない。だが、VRMMOはその隔たりを縮めることに成功した。結果、現実世界のプレイヤー自身と、ゲーム内のアバターとで魂――というべきかどうかはわからないが――がリンクしているような状態になった。これは《PvP》《PvE》に関わらず起きている。

 

 ただ、《PvP》と《PvE》との間には共鳴具合に差があるとラテンは考えている。

 モンスターを相手にするのとプレイヤーを相手にするのとでは大きく異なる。いくら現実世界のように身体を動かしている感覚を持とうが、モンスターは非現実的なものだ。モンスターと戦う度に、現実のプレイヤーとアバターに小さな隔たりが生まれる。脳内の奥底で、自分は《ゲームをしている》と意識してしまうのだ。

 それに対して対人戦は、《ゲームをしている》ということを忘れさせてくれる。自身と相対するのは、情報の固まりであるポリゴンではなく、自分と同じように魂を持った人間であり、しのぎを削り合うことによって自分はこの世界で《生きている》のだと錯覚する。これは、限界まで現実とゲームの隔たりが縮まったことで起こる現象だ。

 現実世界の自分自身と《本当》の意味で共鳴することができるプレイヤー――それをラテンは《本物》と呼んでいる。もちろんゲーム内の構成要素によっては意識してしまう場合もあるが、対モンスター戦とは明らかに異なるだろう。

 

「……俺も全力でやんないとな」

 

 《本物》のプレイヤーは強い。まず、戦闘への切り替え方が違う。最大の障壁の前にいくつもの壁が無慈悲に出現したのを黙って見ているだけの気分だ。

 それに加え、実のところ今日までの約半年間、対人戦闘はほとんど経験していない。度々、サラマンダーの将軍であるユージーンから対戦の要望があったが、決まって日取りが悪く、新生アインクラッドの攻略も相まって機を逃していた。SAOの世界から脱出してから、《ゲームを楽しむ》ということを第一に考えるようになっていたのも機を逃した理由の一つかもしれない。

 とはいえ、今更嘆いてもしょうがないだろう。今のラテンが出せる全力で相手にぶつかるだけだ。これで失敗したら、別の件を考えればいい。

 喉にたまった嫌な空気を吐き出すように顔を上げれば、突然会場を包んでいたBGMが止まる。代わりに、荒々しいエレキギターによるファンファーレが轟いた。次いで、甘い響きの合成音声が大音量で響き渡る。

 

『大変長らくお待たせしました。ただ今より、第三回バレット・オブ・バレッツ予選トーナメントを開始します。エントリーされたプレイヤーの皆様は、カウントダウン終了後に、予選第一回戦のフィールドマップに自動転送されます。幸運をお祈りします』

 

 途端、ドーム内に盛大な拍手と歓声が沸き起こる。おそらくどのブロック会場も同じようなことになっているだろう。いよいよ始まるのだ。己の力すべてを叩き付け合う

ハードな戦いが。

 

「まずは一回戦。……よしっ」

 

 両手で自分の頬を叩いて気合を入れると、進行していたカウントダウンがゼロになり、ラテンの体を青い光が包み込んだ。

 

 

 

 

 

 転送された先は、六角形の小さなパネルの上だった。ラテン以外にプレイヤーはおらず、目の前に浮いている大きなモニターがこの空間を薄暗く照らしていた。画面内の上部には〖Raten VS 屋台のおでん〗と表示されていることから、一回戦の相手は《屋台のおでん》さんということになるのだろう。

 

「……屋台のおでんが好きなのかな、たぶん……」

 

 プレイヤーネームなど意外と安易な考えで決めるものだ。それ以上は深く考えず、画面下部へ視線を移す。そこには〖準備時間:残り55秒 フィールド:廃れた工場〗と表示されており、プレイヤーたちはこの情報をもとに与えられた一分間で準備するのだろう。残り時間が五十秒を切ったのを見て、慌てて右手を振りかざしウインドウを出現させた。

 先ほど大型マーケットで購入した白を基調とした戦闘服とショットガン用のホルスターを身にまとい、大会の間だけ相棒になるであろうフィーリングスティールと光剣の固有名であろう《カゲミツG4》を装備した。

 ホルスターは腰と平行なものを選択しており、グリップは左方向に出している。これで素早く左手でショットガンを抜くことができることに加え、よほど狭い場所でもなければ走るときに障害になることはない。

 最後に腕輪型の対光学銃防護フィールド発生器が装備されていることを確認したところで、残り時間が十秒を切っていた。

 大きく深呼吸をし、残り秒数がゼロになると同時にラテンは再び光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 次に目を開ければ、現れたのは巨大な廃工場跡だった。手前には壊れかけの小さな倉庫がいくつもあり、その奥にはおそらく運搬に使ったのであろうダンプカーなどが所々に点在し、その身を錆びつかせながら運転主を心細く待っているようだった。さらにその先にはこの廃工場のメインであろう、二対の巨大な倉庫が物々しく立っており、屋上にはそれぞれ大きめの煙突が空に伸びている。少し下がった所からは筋交い状の鉄に囲まれた太い配管がわずかな間を空けて二本伸び、それぞれの煙突を内部から繋いでいるようだった。

 

 どことなくカラスのような鳴き声が空に響き、辺りに無造作に生える枯れた草木の間からはスズムシやコオロギなどの啼き声がBGMのように奏でられている。そして沈みかけた夕日をバックに佇む錆びついた倉庫は、さながらホラーゲームのステージを連想させる雰囲気だ。

 

「ここから入れるみたいだな」

 

 半壊した鉄格子の間を通り抜け、工場の敷地へと足を踏み入れる。外から見ても分かっていたが、この敷地内には思いのほか障害物が多い。敏捷力を生かして接近戦で戦おうと思っているラテンにとっては好条件の場所だろう。

 設置されたオブジェクトの位置を記憶するために辺りをキョロキョロと見渡していると、視界右上の位置する片方の巨大倉庫の屋上でパッと何かが光ったような気がした。その瞬間、ラテンの頭からつま先までが突然警笛を鳴らし、ぞわっと体を震わせた。反射的に横転すると、工場内に轟いた轟音と共に、聞いたこともないような音を立てながらラテンが先ほどまでいた場所に大穴が開いた。

 

「これは……――やべっ!」

 

 突然えぐられた地面に視線を向けるのと同時に、今度ははっきりと工場の屋上から赤い光が出現し、一条の線となってラテンの腹部へ突き刺さる。慌てて右足を踏み込んで近くにあった小さな倉庫目がけて再び横転、二発目の弾丸は倉庫の壁に激突し、つんざく様な金属音を上げた。

 

「もうあんなところに陣取っていやがったのか……!」

 

 舌打ちをしながら体勢を低くする。

 大会の概要によれば、予選でのプレイヤー間の距離は試合開始時点で最低でも五百メートルは離れていると記されてあった。

 確かに、このフィールドに来て呆けていた時間はあったがせいぜい一、二分であり、その間に五百メートルの距離を縮めて工場の屋上に到達し標的を見つけ射撃してきた《おでん》というプレイヤーは相当場数を踏んでいるのだろう。

 

 低姿勢のまま一瞬だけ倉庫の裏から顔をのぞかせれば、再び赤い線がラテンの視界を照らしすぐに頭を引っ込める。

 ――見事に張られてるな……。

 ラテンを指したあの赤い一条の光の線はこのGGOに搭載されている守備的システム・アシスト――《弾道予測線(バレットライン)》と呼ばれるものだ。プレイヤーに向けられた銃から放たれる弾丸は、描かれた赤いライン上を寸分違わず正確に通過していく。これはこのゲーム内のどの銃にも共通しているため、この予測線さえ見つけることができれば相手の位置を特定することができるのだ。

 だが唯一、《初弾》だけこのシステム・アシストを相手に発動させない武器が存在する。それが《スナイパーライフル》だ。

 

「スナイパーか……何とか近距離に持ち込めればな」

 

 スナイパーライフルの威力は言わずもがな、胴体に一発でも当たればHP全損は必然であり、四肢のどこかに当たったとしても部位欠損は免れないだろう。まさに一撃必殺の武器だが、弱点がないわけではない。

 スナイパーライフルはその威力を引き出すために、他の武器種よりも長い銃身を持っている。結果的に重量は増加し、比例するように取り回しも悪くなる。距離が開いた遠距離なら本来の性能が存分に発揮されるが、近距離になればその取り回しの悪さから重荷にもなるのだ。近距離ならだいぶ有利とはいえ、まずは近づかなければ話にならない。

 

「やっぱりこれを持ってきておいてよかったな」

 

 ラテンは左腰にぶら下がっていた円筒系の小さな擲弾を手に取った。

 おでんがいる場所は巨大倉庫の屋上であり、ある程度倉庫に近づければ死角となって弾丸は飛んでこなくなるはずだ。

 一呼吸おいて右手でピンを抜くと、倉庫の裏から正面あたりへ放り投げる。カラン、という音に次いでブシュゥゥと、何かが噴射される音が耳に入り込んでいた。ラテンが投げたのは、煙幕を周囲に放出し相手の視界を遮る擲弾であるスモークグレネードだ。近距離戦に持ち込むならと、購入したのだが思いのほか早くお世話になりそうだ。

 

 壁の隅まで体を寄せ、一テンポだけ飛び出すタイミングをずらす。煙幕を焚かれた時点でおそらくおでんは一発分だけラテンが出てくるであろう場所に撃ちこむだろう。張られている側からしたら一刻も早くこの場を移動したいと考えるからだ。だから無駄にも思える一発は、焦って動き出した人間に命中する可能性がある。それで勝てれば、儲けものだろう。

 どうやら相手もラテンと同じ考え方をしていたようで、予想通り煙の中から一発の弾丸が通り抜けた。それを確認したタイミングで煙幕の中へ飛び出す。

 

 スナイパーライフルには《単発(ボルトアクション)》と半自動(セミオートマチック)の二種類存在する。前者は威力が高い分、一発ごとにボルトハンドルを引かなければ次弾装填することができない。後者は威力はそこそこなものの、ボルトハンドルによる弾の入れ替えは必要ないため前者に比べて早く次弾を発射することができる。相手のスナイパーライフルがどちらか判明していないとはいえ、どちらにせよ二発目を発射するまでのわずかな時間さえあれば、別の障害物へ移動することが可能だ。

 

 十五メートルほど先にあった錆びついたダンプカーに背を押し付けて、隙間から上部を確認する。だが、予想していた追撃はないらしく、弾道予測線がラテンに警告することはなかった。この隙に屋上からは完全に死角の場所まで走り抜けたラテンは、巨大倉庫に設置された長大な梯子を凝視した。

 

「はしごか……ちょっと怖いな」

 

 このフィールド出現した時点でプレイヤー同士は五百メートル離れているというルールがあるのなら、おでんはラテンの目の前にある梯子を利用して屋上に上ったとは考えにくい。何故ならこの梯子は、工場を視認した時には既に見えており、視覚には自信のあるラテンが上がっていく物体を見逃すはずがない。

 しかし、おでんは屋上にいた。ものの一、二分で屋上の奥側へ到達するためには、別の梯子を使うほかない。

 

 ここでラテンには二つの選択肢が要求される。

 一つは、目の前か別の梯子を使って屋上へあがること。

 二つ目は、別ルートで屋上へあがることだ。

 ただし、この二つにはそれぞれ問題がある。

 一つ目の選択肢は、梯子であがった直前を狙うため敵が待ち伏せしている可能性がある。いくら敏捷力に自信があったとしても、梯子をあがり終える直前だけは無防備になってしまうため回避のしようがない。下手したら一発で終わりだ。それに梯子の怖さは到達する直前だけではない。梯子は金属製で、どんなに慎重に踏んでも音が鳴ってしまう。それに気づかれて、もしあがっている途中で上から狙われでもしたら為すすべなく負けるだろう。

 二つ目の選択肢は、屋上へ辿りつくまでの間におでんを見失う可能性があるということだ。距離を取られて先ほどのような張りつけ状態になったら、もうスモークグレネードがないラテンは奴に近づくことが難しくなる。

 

「何かいい方法はないか……何か……」

 

 この場で考える時間を作るということは、それだけおでんに時間を与えてしまうということに繋がってしまう。今この状況で必要なのは、方法の良し悪しを吟味することではなく即決することだ。

 意を決して壁の隅に設置されている梯子に左手をかけてみれば、思わぬものが視界に飛び込んでくる。

 

「これは……パイプ……?」

 

 巨大倉庫の側面には雨を通すためであろう細いパイプが屋上まで伸びていた。ご丁寧に、その周りを筋交い型の鉄作が囲んであった。

 

「これに賭けてみるか……!」

 

 経年劣化による耐久面が少々気になるが、それは梯子とて同じこと。相手の意表を突いて屋上に上がるには打ってつけだ。

 ラテンは助走をつけるために五メートルほど下がる。

 おそらく屋上にいるおでんは、ラテンがこのパイプ上がっている途中で音で存在に気づくだろう。上からの一方的な射撃を回避するためには、音を消さなければならない。

 ――()()で消せばいい話だ!

 左腰にぶら下げていたもう一種類の擲弾を手に取る。そして自身の腕力をフル稼働させて、屋上へそれを投擲した。それと同時に、地を蹴り倉庫の側面を駆け上がった。

 視界が上空へと切り替わったのと同じタイミングで、屋上で強烈な光が発生した。それと共に、大気を震わすほどの轟音が空に響き渡った。

 

 ラテンが今投げた擲弾はスタングレネード。爆音と閃光によって、相手を一時的にマヒに似た状態にするための擲弾だ。梯子を使っても同じ結果にはなると思うが、パイプルートでは壁を蹴りながら上がれるため幾分か早い。スタングレネードによる牽制で相手が動きを封じている今は早さが肝心だ。

 重力を感じさせないほどの速さで二十メートルの高さを登り、屋上の縁を掴むと最後に壁を蹴って反動で勢いよく身を乗り出す。それと同時に左手で、腰に添えてあったフィーリングスティールを取り出し、片手で構えながら視線を巡らせた。

 

「っ……いない!?」

 

 待ち伏せしていると思われたおでんの姿はどこにもいなかった。おそらくラテンがスモークグレネードの中を抜けた時点で移動したのだろう。飛び出した反動を殺すように前方へ一回転して静止する。

 すぐさま立ち上がり、辺りを見渡してもあるのは煙突とその隣に設置された簡易的な小屋だけだ。

 

「どこに行きやがったんだ。さっきは確かこの辺に……」

 

 小屋と煙突の小さな間から弾道予測線が伸びていたことを思い出し、警戒をしながら一歩一歩、先ほどおでんが使用していたであろう狙撃ポイントへと足を運ぶ。

 念のためショットガンを右手に持って、それを構えながら小屋の正面から側面へと半分だけ体を出してみれば、案の定おでんの姿はなかった。だが代わりに、濃い緑色のした長方形の小さな箱のようなものが壁にくっつけられてあり、受信機のようなものが黒いガムテープでぐるぐる巻きにされて――

 

「――やばっ!!]

 

 それが何かを理解した瞬間、ショットガンを投げながらラテンは小屋の壁を蹴り後方へ跳んだ。それと同時に眼前が発光し、視界を真っ白に包み込んだ。

 抵抗できないほどの衝撃波と、耳をつんざくような爆音に揉まれて為すすべもなく吹き飛ばされる。

 

「くっ、そ……!」

 

 おぼろげな意識の中、屋上の縁へ手を伸ばし間一髪で掴むことに成功した。視界に映るHPバーは五分の三までに減り、イエローゾーンへ突入していた。このまま落下していたら間違いなくHPバーは全損していたはずだ。

 しかし、これは幸運だっただろう。

 とっさに距離を取ったとはいえ、あの距離では普通ならばHPバーはフル状態でも全損していたはずだ。それを防いだのは、偶然にも設置されていた簡易的な小屋であった。

 ――まじ感謝です……!

 両手で体を持ち上げると屋上で膝をつく。辺りはクリーム色の煙に包まれており一メートル先からは視認不可能だ。

 口に袖を当ててショットガンを投げたであろう場所へ歩を進める。衝撃により若干位置は変わっていたが、どうやら壊れていないらしく、ホルスターにしまい込む。

 

「あのc4は時限式じゃなくて、起爆式だったってことは……」

 

 ようやく正常に働き始めた意識の中、ある結論に達する。

 確かにおでんが狙撃していたポジションは見晴らしがよかったが、プラスチック爆弾を設置されていた場所はもっと内側だった。さらに一メートルほど奥から顔を覗かせたラテンを確認することは、下からでは不可能なはずだ。加えて工場周囲は平たんで、山があるわけではない。つまり、ラテンがプラスチック爆弾に近づいてから起爆するためには、同じ高さであるもう一対の巨大な倉庫からでなければならないのだ。

 

「やってくれるじゃねぇか……!」

 

 ポジション取り、不意打ち、誘導そして罠。《屋台のおでん》は明らかにこのGGOでの戦闘に慣れている。それどころか、相当頭のキレるプレイヤーなのだろう。ここまで、手玉に取られたのは幼少時の祖父の稽古以来だ。このまま黙ってやられているのは性に合わない。

 

 一旦瞼を閉じ、心を落ち着かせる。おそらくこの罠でおでんはラテンを仕留めたと思っているはずだ。いや、通常なら仕留められていた。だが、試合終了を告げるメッセージが届かないことを不審に思っている今なら、もう一つの屋上からは移動していないだろう。別の罠があったとしても、プラスチック爆弾の所持上限は一つであり同じようなことは起こらないはずだ。

 この屋上からもう一つの屋上へ移動する手段は一つだけ存在する。ラテンは煙の中、迷わずその場所へ飛び込んだ。

 

「……見つけた!」

 

 煙を突き抜け、倉庫と倉庫を繋ぐ太い配管の上に着地すると、案の定試合が終わらないことを不審に思っていたのであろう屋台のおでんが、長大なスナイパーライフルの銃口を地面に向けながら呆けていた。

 煙から飛び出してきたラテンを見たおでんは、慌てて膝を折りスナイパーライフルを向けてくる。同時に弾道予測線がラテンの胴体を貫くが、その動きが制止するよりも早く配管の上を走りだした。

 

「本当の勝負は、ここからだ!」

 

 敏捷力をフル活用し、全力で配管を走り抜ける。その後を追うように弾道予測線が後ろから今度はラテンの前方へと動き出しそのまま一定の距離感をキープする。タイミングを見計らって撃つ気なのだろう、残念ながらそう簡単に当たるラテンではない。弾道予測線に全神経を集中させる。そして赤いラインがその動きを止めた瞬間、ラテンは姿勢を低くした。

 

 空気を切り裂く音が頭上で響き渡る。

 《単発》式なら次弾装填して再び狙いを定めるまで、最速でも一秒以上。《半自動》式でも、再び正確に狙いを定めるまで約一秒。距離は残り七メートル。一秒もあれば充分すぎるぐらいだ。

 ――俺の予想が正しければ次の一発は……!

 もう一つの屋上到達付近で僅かに速度を緩めて跳躍する。空中で体をひねりながら、左手でホルスターからフィーリングスティールを抜き放ち、左足でブレーキしながら照準を片膝立ちのおでんに向けた。同時にライトグリーンに光る半透明の円が視界に表示される。

 

 これは攻撃的システム・アシスト――《着弾予測円(バレットサークル)》と呼ばれるもので、銃口から発射される弾丸はこの円の内側のどこかに命中する。このサークルは、標的との距離や銃の性能などによって大きさが変動するが、情報ではもっとも重要なのは心拍数らしい。心拍数を下げる――つまり心を落ち着かせることでサークルは徐々に縮まり、相手にヒットさせやすくなるということだ。

 だが、今のラテンは全力疾走直後で通常のような安定した射撃は期待できない。サークルの拡大は心臓の鼓動に合わせられているため、限界まで息が上がっていないとはいえあり得ない速度で交互に拡縮を繰り返している。

 突然視界に、赤いラインが表示された。予想通りおでんは着地直後を狙う予定だったらしい。ラテンのするべきことはただ一つ――おでんよりも先に弾丸を当てることだ。

 全神経が研ぎ澄まされ、まるで世界そのものがスローモーションなったような感覚に襲われる。

 ラテンの胴体を貫く赤いライン。

 徐々に縮まっていく緑のサークル。

 そして――

 

「――っ!」

 

 一つの銃声にコンマ五秒遅れてもう一つの銃声が轟いた。

 ラテンの左上腕部に申し訳程度に付けられていた薄い金属装甲がおでんの弾丸によって跡形もなく吹き飛んだ。それによる衝撃か、HPバーがほんの僅か減少する。

 一方ラテンの散弾は何発かおでんに命中していた。もちろん距離が距離であるため、ダメージはハンドガン一発分程度だろう。だがラテンの狙いはダメージを与えることではない。心理的負荷を与えることだ。

 

 いくら熟練者といえど、自身に向けられた予測線による圧迫感を無視することはできない。心のどこかで小さな歪みを発生させ、完璧だと思われた体勢に綻びを生む。そして予測線通りに着弾し、弾丸の衝撃と相まって綻びが広がりズレが生じる。

 おでんの弾丸がラテンの胴体に着弾しなかったのは、そのズレが原因だ。

 

「ラッ!!」

 

 ショットガンを手放し、言葉に気迫を乗せ今度はおでんに向かって地を蹴った。

 距離はおよそ十メートル。相手は射撃によって、次弾発射までほんの僅か時間がかかる。おでんを仕留めるまたとないチャンスだろう。

 右腰にぶら下げていた光剣を手に取り、親指をスライドさせる。白銀に輝く刃が、待ってましたと言わんばかりに勢いよく伸びた。

 

 目前のおでんは、左手をスナイパーライフルから離し腰へ動かす。おそらくラテンがおでんに到達する時間と、スナイパーライフルの次弾発射までの時間とを天秤に掛け、前者が早いと判断したのだろう。

 おでんの左腰から引き抜かれたのは、サブマシンガンだった。赤いラインが何本もラテンの体へ伸びてくる。

 

 ――どうする……避けるか……!? 

 

 ハンドガンならば避けながら接近することは可能だった。だがサブマシンガンとなると話は別だ。近づけば近づくほど命中精度が上がってしまい、レートとノックバックにより、ラテンが光剣を振るう前にHPバーが削り切られる可能性がある。かと言って近づかなければ勝ち目はない。スピードを重視してショットガンを置き去りにしたのが裏目に出てしまった。

 内心で舌打ちしながらラテンは脳をフル回転させた。

 

 ――サブマシンガン、命中、レート、予測線、光剣…………剣……そうか……!

 

 予測線が示す弾丸の順番と軌道が正確ならばまだ勝ち目は存在する。ラテンは脳内で、先ほど伸びてきた予測線の順番を思い出す。そしてそれらを斬る(・・)ための最短ルートを組み立てた。

 約五メートルほどまでに迫り、フードの下に隠れたおでんの口元に笑みが浮かんだのがはっきりと見えた。同時に、左手に持っていたサブマシンガンの銃口が発光する。

 

 ――今!

 

 その瞬間、頭の中で組み立てたルート通りに白い閃光が通過すると、バシッという衝撃音と共に鮮やかな火花が視界を彩った。次々と伸びてくる赤いラインを最小限の動きで切り払い、十発の弾丸を斬った頃にはおでんとの差が一メートルにまで縮んでいた。もうすでにラテンの間合いだ。

 

「おおおおおおお!!」

 

 雄叫びと共に、発射されたばかりの弾丸ごとサブマシンガンを真っ二つにする。

 

「冗談だろ……!」

 

 ぽかんと口を開けてこちらを見上げるおでんに、ニコッと可愛らしく笑みを返してからその身体を両断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やべーな。一回戦でこれかよ……」

 

 Bブロック待機会場に戻ってきて早々、近くにあったソファーに崩れる。久方ぶりの緊張感のある戦いに、ラテンの体は予想以上の疲労感を主張していた。これほどのレベルの戦闘――いや、上に行くごとにさらなる熟練者と対戦しなければならないことを考えると憂鬱にならざる負えない。

 ――いっそのことキリトの奴に任せて次の試合でわざと負けてしまおうか

 性分に合わないことを思い浮かべながら、瞼を閉じていると突然耳元で音源が発生した。

 

「ラテンさん……ですよね?」

「うわぁ!?」

 

 ぞわりと体を震わせて慌てて飛び退くと、ラテンのオーバーリアクションに驚いたのか好青年が目を丸くして立っていた。

 装備は濃い緑色の薄い長袖に簡易的な防弾ジャケットを着た、この会場内でも珍しい軽装だった。ハードボイルドな世界観のGGOで生きていけるのか心配なほどの優しそうな顔立ちに、ほっそりとした身体。このプレイヤーもBoB参加者なのだろうか。いや、それよりも何故ラテンの名前を知っているのだろうか。

 

「えっと、……誰ですか?」

 

 自分の声を改めて聞いて、ラテンを女性プレイヤーだと思って声をかけてきたナンパ目的の男、という可能性が脳裏をよぎる。

 だが、好青年にラテンが思ったことが伝わったのか慌てて両手を振った。

 

「あ、ナンパとかじゃないですよ。『フライ』です。ALOでシルフ族の……」

「フライ、って……あの《空将》フライか!?」

 

 ラテンが素っ頓狂な声を上げると、苦笑いしながらフライというプレイヤーは頷いた。 

 目の前のプレイヤーと最初に出会ったのは、アスナを救出するために四人で挑んだグランドクエストだ。戦いの最中で、シルフ領主のサクヤとケットシー領主のアリシャ・ルーが援軍として助けに来てくれたのだが、サクヤが連れてきた五十人ほどのシルフプレイヤーの中にこの青年がいて、間一髪でコトネを助けてくれたのだ。事件終了後、改めてコトネから紹介を受け、この半年間、何度かともに狩りをしている仲だ。

 そして、ラテンが言った《空将》というのは彼のあだ名だ。『シルフの空にはフライあり』と言われるほどのプレイヤーで、こと空中戦に限ってはあのユージーン将軍でも勝てないほどの実力者だ。彼から空中姿勢の極意を学んだことは記憶に新しい。

 

「お前もGGOやってたのか。というか、ここにいるってことはこのBoBに出てるのか?」

「ああ、いえ。僕は出場していませんよ。クリスハイトさんから、ラテンさんとキリトさんの様子を見てきてくれないか、って頼まれまして……」

「なんで引き受けたんだよ!?」

 

 あはは、と乾いた笑みを浮かべるフライにラテンは頭を抱えた。《クリスハイト》というのは、この事件の調査を依頼してきた菊岡誠二郎のALOアバターのキャラクターネームである。もちろん菊岡=クリスハイトだと知っているのはほんの極わずかであり、フライが菊岡を知った上で引き受けたというのは考えにくい。となると、《ラテンとキリトの保険》として派遣されてきたのだろう。どんな交渉をされたのか知らないが、わざわざ別のゲームでアバター作ってまで引き受けるのは、いくら何でも人が好すぎるような気がする。

 

「お前……クリスハイトのことはあんまり信用すんなよ。これはあいつの知り合いである上での忠告だ」

「ラテンさんがそう言うなら」

 

 おずおずと頷いたフライは、辺りを見渡して近くに人がいないと確認すると、ラテンの耳元に顔を寄せてきた。

 

「えっと……ラテンさんたちは《死銃》について調べてるんですよね」

「はい……?」

 

 フライからの衝撃の一言にラテンは一瞬思考停止した。そんなラテンを気にすることなくフライは続ける。

 

「クリスハイトさんから聞きました。ラテンさんとキリトさんに依頼したのは僕だ、と……あの噂って本当なんですか? だとしたらクリスハイトさんも物好きですよね。『誰よりも早く真相に辿りついてにちゃんねるでどやりたい』なんて……」

「ああ……そういう……」

 

 フライの言葉にすべてを理解した。どうやらクリスハイトは《総務省の役人》としてではなく、《友人》としてラテンとキリトに真相の調査を頼んだのだと説明したらしい。

 ――だとしてもフライを巻き込むことはないだろ……

 この仕事の真相を知らない一般人を巻き込むのは少々やり過ぎではないだろうか。この仕事が終わった後、ゆっくりと説教してやらないと気が済まない。

 

「まあいいや。この話はこれで終わりにしよう」

「そうですね……それにしてもラテンさん凄いですね! 弾丸を斬る、だなんて……!」

 

 目を輝かせた優男にラテンは頭を掻きながら答える。

 

「集中力使うから、めっちゃ疲れるけどな……」

「それでも神業ですよ。相手だった《屋台のおでん》さんは、前回のBoBの本戦に出場してるベテランプレイヤーでしたし、今後の相手のも通用しそうですね」

「えっ、そうなの?」

 

 それは初耳だった。とはいえ確かに、フライが言っていることが正しければ、あの強さに納得がいく。

 

「運が……よかったのかもな」

「とりあえず残る壁は闇風さんだけでしょうか。その他にプレイヤーは初参加マークがちらほらといる感じなので」

「このマークの意味って、初参加だったのか」

 

 トーナメント表を見てみれば、ラテンがいる山には初参加のプレイヤーが半分近くいた。全員が全員おでんレベルの強さだと思っていたラテンにとっては、ありがたい情報だ。

 ウインドウを閉じると、ちょうど次の試合を告げるアナウンスが会場に響き渡る。

 

「何かあったら言ってくださいね」

「ああ、頼むわ」

 

 片手を上げて応えたラテンは、青白い光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何度目かのテレポートにすっかり慣れたラテンの視界に、燃えるような夕焼けが優しく迎える。眩い光に目を細めつつ背後に顔を向ければ、飛び込んできたのは巨大な白い大理石でできた柱だった。柱の横から顔を覗かせれば、崩壊した階段のようなものや、内部に設置されていたであろう目前の柱と同じような柱が根本から崩れ去り、瓦礫となり果てていた。

 一見したところ、どの柱もエンタシスであり配置の仕方的に、パルテノン神殿をモチーフに造られたフィールドなのだろうか。障害物が多いため、こちらにとってはありがたいステージなのだが、それは相手も同じだろう。

 

 フライが予想していた通り、二回戦、三回戦、四回戦の相手は《屋台のおでん》ほど苦戦することはなかった。ただ、光剣で弾丸を斬りながら詰めるというやや強引な手段を取っていたため、疲労が相当溜まっている。ここが現実世界の自室だったら、迷わずベットに飛び込みたいくらいだ。

 そして、ラテンの予想通り準決勝の相手は《闇風》だ。スタイルはラテンと同じAGI一極型。違うのは、超近距離でなければ効果が薄いショットガンと光剣がメインのラテンに対して、ある程度離れていてもダメージを稼ぐことができるサブマシンガンをメインにしていることぐらいだろう。

 

「さて、どう戦いましょうかねぇ……」

 

 闇風は《ランガンの鬼》という二つ名を持つほど、フィールドを駆け回るプレイヤーだ。ラテンがダメージを与えるためには、相当接近しなければならないのだが今までの相手とは違って闇風は停滞する時間が極度に少ない。無理に接近してもサブマシンガンで弾をばら撒かれながら距離を取られるだけだ。いくら弾丸を斬ることができるとはいえ、永遠に追いかけっこを続けては、ラテンの集中力が持たない。

 となると擲弾であるスタングレネードとスモークグレネードをうまく利用するのが定石なのだろうが、生憎スタングレネードに至っては本来の使い方をしても闇風にはあまり効果がないだろう。その理由は、彼が付けているゴーグルは光耐性が非常に強いのだ。ボーナス効果で音耐性もついているとの情報も得ている。動き回りたい闇風にとっては非常にありがたいアイテムなのだろうが、ラテンにとっては非常に厄介な機能だ。

 

 突然、軽い発砲音が神殿跡を包み込む。

 ラテンは反射的に身を伏せ、聴覚を集中させる。だが、こちらに近づいてくる気配はない。それを確認して、ラテンはすぐに先ほどの発砲音の意図を理解した。

 

「野郎……速さに相当な自信があるんだな」

 

 自らの位置を特定させ先に手を出させることで相手の位置を特定し、持ち前の敏捷力で接近・撃破する算段なのだろう。だったらラテンも持ち前の敏捷力を披露するしかない。

 

「これは……置いていくか」

 

 腰に装備したショットガンを手に取り、瓦礫の傍に置く。そして光剣を右手に携えて銃声のした方向へと足を動かす。

 瓦礫を抜けてみれば待っていたのは、黒衣のマントに身を包んだ赤トサカヘア―男だった。隠密などせず堂々と前に現れてみれば、闇風は少し驚いた表情をする。だが、ラテンが手に持つ白銀の刃を目にして、口角は僅かに上げた。

 

「このゲームは、《(ガン)》ゲーだぞ?」

「ああ、知ってるよ」

 

 こちらもにやりと笑みを返して、右手を引いて小さく腰を落とした。それを確認した闇風は、一呼吸の後、大理石を蹴り上げた。同時に無数の弾道予測線がラテンの体を貫く。

 だがこれまでの試合によって弾丸を斬ることには慣れたラテンは、臆することなく冷静に着弾の順番を整理する。そして、闇風のサブマシンガンが咆哮を上げるのとほぼ同時に白銀の刃を閃かせた。

 撃ち放たれた弾丸で火花を咲かせると、闇風はラテンのもとに向かってくる足を止め、右へ針路を変更した。おそらく弾丸を弾く剣裁きを見てどの程度まで斬れるのか様子を見るためだろう、その動きに比例するように身体を貫く赤いラインの数が減ると、ラテンは地を蹴り闇風を追う。

 

「やるな……」

「どーも」

 

 敏捷力とコンバートによって与えられた小柄な体形を最大限に利用して弾丸を避け続けるが、時節末端部に掠り、HPバーは少しずつ減っていく。だがラテンは、距離を取り続ける闇風を追い続けた。

 右へ左へと黒と白の影が高速で動き続ける。

 

「こんなのはどうだ」

 

 位置確認のため一瞬正面を向いた闇風は、振り向きざまに笑みを浮かべた。そのまま柱の残骸方面へ足を向ける。

 いくら障害物が増え弾避けが容易になったとはいえ、不安定な足場の上で弾丸を斬りながら闇風を追い続けるのは少々骨が折れる。マズルフラッシュの雨に打たれる中、前方を走る闇風が障害物のない一本道へ差しかかるのを見て、ラテンは腰に携えたスモークグレネードを闇風の先へ放り投げる。すぐさま煙が発生し、左右合わせて二メートル半の壁に挟まれた行き場のない煙は、前後へ広がる。もちろんスモークを焚いたからって闇風の足が止まるわけではない。彼にとってはラテンの眼から逃れることができるため、むしろ好都合だ。

 

「これでもくらえ!」

 

 だからラテンは、右手に持つ光剣を逆手に持ち替えて煙の中に消えた闇風目がけて、今度はフォトンソードを投げ入れた。放たれた白銀の刃は猛烈な勢いで煙をかき分け、闇風の左耳すれすれで奥に通り抜ける。

 

「おいおい……いいのかそんなことして……!」

 

 これには一瞬驚いた闇風も、笑みを浮かべざる負えなかった。すぐさま煙の中で反転し、来た道を全力で引き返す。メインアームである光剣を手放したということは、攻撃の手段が無くなったということだからだ。

 煙の中を駆け抜け、脱出と同時にサブマシンガンのトリガーを引こうとした闇風は視界が晴れるや否や目を見開いた。

 

「おかえり」

 

 笑みを浮かべながらラテンはトリガーを引く。たちまちフィーリングスティールから閃光が迸り、無数の弾丸が無防備の闇風を襲い掛かる。辛うじて回避行動を取ったがHPバーはたちまちイエローゾーンへ突入し、ノックバックのよるコンマ数秒の硬直が彼に襲い掛かる。そんな隙をラテンが見逃すわけもなく、すぐさま懐に入り込み、その黒衣をがっちりと掴んで今度は避けられないようにする。この間合いではさすがに、闇風がサブマシンガンの銃口をこちらに向ける速さよりも、ラテンが心臓付近に銃口を当てたショットガンのトリガーを引くほうが速い。

 

「な、ぜ……」

「なぜ、って……? そんなの決まってるだろ」

 

 絞り出された低音に、ラテンは再び笑みを浮かべた。

 

「このゲームは、《(ガン)》ゲーだろ?」

 

 同時にラテンはトリガーを引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 待機会場に戻って来てみれば、到着早々フライが嬉しそうに駆け寄って来る。

 

「おめでとうございます、ラテンさん。これで本戦出場確定ですね」

「おう、ありがとう」

 

 短く返事をすれば、フライはさらに詰め寄ってきた。

 

「ところで、なんで闇風がラテンさんが来た道を通る(・・・・・・・・・・・・)ってわかったんですか?」

「まあ、そうなるように動いたからな」

 

 先ほどの戦い。フライの言う通り、闇風はラテンが銃声に導かれて通った道を駆けた。そのおかげで、置いていったショットガンによって奴を仕留めることができた。無論、偶然ではない。

 

 闇風はラテンが考えていた通りに、ある程度距離を離しながらサブマシンガンでダメージを稼ぐ戦法に出た。この手段を取られては、光剣とショットガンしか持たないラテンでは意表でも付かない限り奴にダメージを与えることはできない。だから、ショットガンをあらかじめ瓦礫のそばに放置していき、闇風と接敵。やや広めの場所で戦闘しながら、彼がラテンの来た道を通るようにさりげなく誘導したというわけだ。

 とはいえ、理論は簡単に説明できるが、それを実行するために膨大な集中力を要した。ただでさえ弾丸を剣で斬らねばならぬというのに、その上さらに相手を誘導するためのルート微調整。もう自室ではなくこの場で寝てもいいくらいだ。

 

「次の決勝戦はどうしますか? 一応目的である本戦出場は達成しているわけですし、明日に備えて……というのも選択肢としてはありますが」

「そうだなぁ……」

 

 本戦は決勝に進んだ二人のプレイヤーが参加することができる。すなわち、次を決勝戦は棄権しても本戦出場には支障がないのだ。それにもとより個人情報を入力していないため、ブロック優勝したとしてもエントリー画面で書いてあったことが正しいのなら、報酬を受け取ることはできない。

 ここは疲れ切った体を休ませ、フライの言う通り明日の本戦に備えるべきだろうか。

 

「…………どうせなら決勝戦までやるか。別に全力を出す必要はないんだし、のんびり戦ってみるわ」

「わかりました。じゃあ僕も最後まで付き合いますね」

「……言っとくけど、俺はノーマルだぞ?」

「僕もノーマルですよ!?」

 

 慌てて否定するフライを見て思わず笑みがこぼれる。そしてラテンはゆっくりと立ち上がり、青白い光に包まれながら片手を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、準決勝までとまったく同じ戦い方をして優勝をもぎ取ったラテンを、フライは呆れた表情で迎えたのだった。

 

 

 

 




今回の戦闘シーンどうでしたか?これでいいのか不安です。決勝より初戦のほうが長くてすいませんm(_ _)m

今回は、新キャラを登場させました!もちろんこれからも出すつもりです。ラテンの相棒?として。

闇風さんは、完全にねつ造です。勝手にBブロックに参加させました。


これからもよろしくお願いします!!

※修正しました
修正したはいいけどラテンが悪役っぽいのは気のせいですかね?(笑)


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第四話 ハプニングと本戦

 

 

 白色のカーテンをスライドさせると気持ちのいい日差しが薄暗かった部屋を優しく照らす。クローゼットを開け、パジャマからルームウェアに着替えるとまだ覚醒し切らない瞼を擦りながら階段を下りた。たちまちリビングから腹の虫を刺激する香りが漂ってきて、欠伸をしながらにおいの元へ歩く。

 

「あ、お兄ちゃん。おはよー」

「おう、おはようさん」

 

 笑顔で迎えてくれた妹に涙目で応えると、無駄に広いテーブルに着席する。

 今日の朝食の当番は琴音だ。台所に立っている彼女は、慣れた手つきでテーブルの上に二人分の食事を並べ始める。どうやらいい香りの原因は豚汁だったらしく、様々な具材が入った琴音特製豚汁に食指が動かされる。

 妹が席に着席をするのを確認して、二人同時に「いただきます」と口にした。

 一口豚汁を啜れば、優しい味噌の味が口の中で広がり、寝起きだった天理の体全体に染み渡るように温かさが伝染する。

 

「はあ……うまい……」

「そ。ありがと」

 

 心の底から湧き出た言葉に妹は嬉しそうに返したが、不意に箸を持った手を止め、真剣みの帯びた表情を向けてきた。

 

「……お兄ちゃん。昨日、何があったの」

「へ? 別に何もなかったけど」

「嘘。帰ってきたときは平静を装ってたけど、私、わかるんだからね」

「…………」

 

 むっとした表情をした琴音に、しばらく豚汁を啜ることでお茶を濁していたが、いつまで経っても逸らされない視線に天理は観念するようにお椀を置いた。

 

「やっぱりお前に隠し事なんて簡単にできやしないな」

「そりゃあ妹ですから! お兄ちゃんのことなら何でも知ってるよ」

「……ブラコンめ」

 

 むふ、とドヤ顔で胸を張る琴音に小声で茶化せば、むきになって反論してくるが、それをなだめてから天理は昨日起きた出来事を話し始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

―――

――

 

 

 結局全力で優勝をもぎ取ってGGOからログアウトした天理を迎えたのは、暗い表情のまま俯いた和人であった。

 最初はFブロックで予選敗退をし、本戦へ出場できなかったことへの悔やみから出たものだと思っていたが、それにしては雰囲気が真剣みを帯びすぎていた。

 

「……何か、あったのか?」

「…………死銃の正体がわかったかもしれない」

「何!?」

 

 食い気味に身を乗り出せば、上半身についていた電極に繋がれたコードが悲鳴を上げ、慌てて元の位置に戻る。困った表情をした安岐さんに電極を取ってもらいながら、天理はできる限り体を和人の方へ向けた。

 

「それで、その正体ってのは、一体誰なんだ?」

 

 人物が特定することができれば、後は菊岡に任せれば国家権力の力でこの事件を解決することができる。

 だが、和人は首を小さく振りながら口を開いた。

 

「誰……とまではわからない。でも……」

「でも……?」

「……奴は、俺たちと同じSAOサバイバーだ」

「まじかよ……」

 

 SAOサバイバーとは茅場晶彦によって囚われたアインクラッドから脱出することができた約六千人の人間たちの呼称だ。無論、世間一般にではなくVRMMO内での呼び名だが。

 とはいえ、SAOサバイバーが事件に関与しているのはあり得ない話ではない。あの狂ったような世界に二年間も閉じ込められ精神が摩耗し、犯罪に手を染める可能性は大いになる。そのためのカウンセリングなのだが、今回の首謀者には効果がなかったらしい。

 しかし、和人の言葉で効果がなかった理由を、天理は無理やり納得させられた。

 

「そして、奴は…………《ラフィンコフィン》の元メンバーだ」

「なっ……!?」

 

 思わず絶句する。

 《ラフィンコフィン》は、SAOに存在した殺人(レッド)ギルドだ。ゲーム内での死は、現実世界での死を意味したあの世界では、《HP全損だけはさせない》ことが絶対的な不文律だったのだが、それを平気で破ったのが《ラフィンコフィン》という集団だ。約三十人からなるそのギルドは、ありとあらゆる手段でPK(殺人)行為を繰り返した。被害者は数百人にも上り、SAO最凶最悪の集団という位置づけは、何年たっても変わることはないだろう。

 もちろん、人間の身体に異常が見つかればそれを治療するように、最前線で戦う《攻略組》の中から五十人規模の討伐部隊が編成され、《ラフィンコフィン》は解体された。当然、天理もその討伐戦に参加していたのだが、その出来事以前にもラフィンコフィンとは深い因縁があった。

 

「……いよいよ面倒なことになってきたな。リーダーの《PoH(プー)》……ではなさそうだな」

「ああ。あいつだったら口調でわかる」

「ラフコフか……菊岡さんにも報告しておかないとな」

 

 そこで天理たちは病室を後にした。

 

 

――

―――

――――

 

「そんなことが……」

 

 琴音は俯いて呟く。できれば彼女に不安を与えたくはなかったのだが、変に誤魔化しても余計な不安を煽るだけだっただろう。

 

「でも大丈夫だ。協力者によって安全は保障されてるし……危険はないよ」

「…………うん」

 

 できるだけ穏やかに伝えると、数秒の沈黙の後小さい返事が聞こえてきた。

 『危険はない』。それは百パーセントと呼べるものではない。相手がわかっても、手口がわからない以上、調査しているラテンやキリトの身に何か起こっても不思議ではない。可能な限り素早くかつ慎重に解決させなければならない。

 穏やかな朝だと言うのに重苦しい雰囲気が食卓を漂い始め、何とかそれを解消しようと色々考えを巡らせていると、突然インターホンが鳴り響いた。

 

「あ、もしかして……」

「何、友達が来たのか?」

「まあ、そんなとこ」

 

 まだ時刻は朝の八時。友人を呼ぶのには早すぎる時間のような気がするが、さすがに琴音の兄として彼女の友人にだらしない姿を見られるわけにはいかない。そそくさに玄関へ足を運んだ妹の後を追うように玄関へを赴く。

 ドアを開ければ、現れたのは栗色の髪をした天理よりも少し背の低い少年だった。いかにも優しさが滲み出ている顔立ちに思わず眉をひそめる。

 

 ――え、何こいつ。琴音の彼氏? 

 

 訝し気な視線を向けていると、琴音に迎えられた少年はラテンを見るや否や、嬉しそうに頭を下げた。

 

「ラテンさん、おはようございます……あっ、現実世界では天理さん、でしたね」

「ああ、おはよう……って、え?」

 

 いきなりの丁寧な対応に慌てて返すが、から笑いしているこの少年に見覚えはない。琴音があらかじめ兄として伝えていたとしても、天理に対する呼び方に違和感を感じ思わず聞き返す。

 

「ラテン、って……」

「あ、そういえばお兄ちゃんには言ってなかってね。彼は大庭(おおば)(さとる)くん。ALOでは《フライ》っていうアバターを使ってるの。一緒に何度か狩りをしてるでしょ。で、中学時代からの同級生で一人暮らししてるんだけど、今日からこの家に住むことになったから」

「よろしくお願いします」

「え、は、ちょ、え?」

 

 妹からの急な捲し立てに天理は思考を停止せざる負えなかった。そして数秒をもってして、頭の中で簡易的に整理するとラテンは目玉がとび出しそうな勢いで絶叫した。

 

「えええええええええええええええ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――で、今日からはここに住むと……」

「うん、高校もこっちの方が近いからね」

 

 朝食を急いで片付け、テーブルを囲んで琴音と聡から事情を聴いた。何でも、天理の父親が彼の父親の上司で仲がいいらしく、ある時二人で飲んでいたところ、聡が東京で一人暮らしをしていることを天理の父親に伝えると、「じゃあうちに来なよ。部屋は有り余ってるし」と、軽いノリで誘ったらしい。もちろん母親の承諾ももらっている――琴音と聡が通っている高校の理事長であり、琴音が直談判したらしい――ため、天理抜きで決まったらしい。

 

「あのあほ親父め……!」

 

 小さく悪態をつく。とはいえ別に天理は聡の同居に否定的ではない。彼の性格は、ALOを通してよく知っているし、人の見る目が鋭い琴音が賛成しているのだ。問題はないだろう。ただ、一つ問題があるとすれば

 

「……せめて俺も会議に参加させてほしかった……!」

「まあまあ、お兄ちゃんなら大丈夫だろうっていうのが私たち三人の見解だったから。ほら、元気出して」

 

 椅子の上で体育座りする天理の背中を琴音が優しくさする。

 とはいえ、重苦しかった朝の雰囲気がすっかりと元通りになった。今日のところは、これでよかったのかもしれない。

 その後、部屋の案内やら荷物の運び込みやら整理やらで――特にベットの持ち運びが大変だった――あっという間に家を出なければならない時刻になってしまっていた。

 

「じゃあ、行ってくるわ」

「うん、行ってらっしゃい」

「僕は、先にログインしておきますね」

「おう」

 

 二人に見送られながら、天理は駅へと歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思わぬ交通機関の遅延と、ナビを頼らなければならないほど入り組んだ初めて通る道に妨害され、病室に着いたのは予定よりも三十分ほど過ぎたころだった。和人には予め『遅れる』とメッセージを飛ばしているため問題はないのだが、やはり遅刻と言うのはどこか罪悪感を伴ってしまう。

 待っていてくれた安岐ナースに謝罪してからダイブしたラテンの視界に最初に映ったのは天を突き破るかの如く高く伸びた、総督府のタワーだった。ログインと同時に、メッセージの受信を知らせる効果音が鳴りウインドウを開くと、キリトからのものだった。

 

「『地下一階の酒場にいる』ね……」

 

 どうやら先にエントリーを済ましたらしく、ラテンはキリトと合流する前に二度目のエントリーに取り掛かった。

 およそ四分の操作で完了した後、昨夜も乗ったエレベーターに乗り込み地下一階を選択する。すると、突然すでに乗っていたごつい男性プレイヤーがラテンの背中に声をかけてきた。

 

「あ……もしかして、《ラテン》ちゃん?」

「へ?」

 

 あたかも有名人を見つけましたよ、と言う風な声の掛け方についつい間抜けな声を出してしまう。いや、それだけではない。ラテンの耳が異常ではないのなら間違いなくこの男は――

 

「おっ、本当だ! ラテンちゃん(・・・)じゃねぇか! 今日の本戦、頑張ってね!」

「え、ああ、はい……」

 

 最初に声をかけてきた男性プレイヤーの連れなのであろう、もう一人の男が大げさな手ぶりで目を輝かせる。

 《ちゃん》。間違いなくプレイヤーネームの後にそう付けられたラテンは、自分の風貌を今になって思い出した。

 白銀の輝く艶のある長髪に、抱きしめられたら儚く散ってしまいそうな華奢な身体。極めつけは、明らかに男性とは思えないような高音ボイス。どう考えても目の前の男性プレイヤーたちは、ラテンのことを《女》だと思っているだろう。

 

「あの……良かったら、握手してください……!」

「あ、はい……」

 

 ボキャブラリーを半分失いかけたラテンは、流されるまま頬を赤らめた男性に手を握られ上下にぶんぶん振り回される。その横では、「次、ラテンな!」「いや、ラテンだって!」などと、男性たちが興奮しながら口論していた。

 ――人生最大のモテ期キター! …………って、あほか!

 自分で自分をツッコんでいると、後方でぽーん、という軽やかなサウンド音が鳴り響き、逃げるように体を反転させる。

 

「じゃ、じゃあ、またね!」

「あっ、ラテンちゅぁ~ん!」

 

 瞳を潤わせながら甘い声で嘆くプレイヤーたちに少々引きながらも駆け足で進むと、広大な酒場ゾーンへと辿りついた。頭上には大型モニターが何台も設置されており、その下に広がる無数のテーブルには多くのプレイヤーたちが、BoB開始時刻までまだ二時間と少しあるにも関わらず、すでに出来上がっている様子だった。

 低く多少威圧感も混ざった低音ボイスがあちらこちらに飛び出す中を歩いていくと、この世界で数少ない顔見知りを見つけ、早足でそのテーブルへと向かう。

 

「悪い、待たせ――お待たせしました!」

 

 途中で声を造ったのは、何度見ても女プレイヤーに見えるキリトの隣に、大変お世話になった水色の髪をした少女が座っていたからだ。昨日の結果を確認したところ、キリトと彼女が決勝で当たったらしく、優勝者はキリトになっていた。とはいえ、予選は決勝まで進めれば本戦に出られるという規定であるため、めでたく彼女も本戦に出場できるということになる。

 

「遅れましたがおめでとうございます、シノンさん。これで三人とも本戦に出ることができますね!」

「……そうね」

 

 可能な限り《元気な女の子》を振る舞うラテンとは対照的に、シノンは冷めた目でこちらを見ていた。彼女とは予選のエントリーを済まして以来、会ってはいないような気がするのだが、態度を見る限り何かやらかしてしまったのだろうか。

 あはは、と苦笑するキリトの横にゆっくりと座ると、依然としてシノンは何かを詮索するような視線をこちらに向けてくる。

 キリトと同じようにから笑いをしながら、小声でキリトに囁きかける。

 

「あはは…………私、なんかした?」

「えーっとだな……」

 

 いくら小声でも小さなテーブルを挟んで正面にいるため、自分への呼称は《私》にした。

 ラテンの言葉に対してキリトは宙に視線を彷徨わせること数秒経った後に、申し訳ないような表情をラテンに向けてくる。

 

「すまん。実は…………『俺』たちの性別、ばれちゃった」

「は……?」

 

 最後にてへっ、と舌を巻いたキリトに一瞬だけイラッとするが、それ以上に気にしなければならない問題がある。

 ――ばれた……? てことは……

 恐る恐る正面へ顔を向ければ、眉間にしわを寄せたシノンの姿があった。その周りには心なしか黒いオーラが立ち込めており、今にも爆発しそうな勢いだった。

 

「――すみませんでした、シノン()!」

 

 早くも訪れたログアウトの危機に、テーブルへ頭をぶつけながら誠心誠意の謝罪を込めた土下座を解き放つ。土下座と言っても椅子に座わっているが。

 ぎゅっと目を瞑ること数秒、重苦しい沈黙の後、心底呆れたようなため息が頭上に吐き出された。

 

「もういいわよ……昨日散々似たようなことしたからもう疲れたわ」

「そ、そうでしたか……」

 

 思わず敬語になりながらも、隣にいるキリトに心の中で『ご愁傷さま』と投げかけておいた。

 

「……それで。あなたも確認が必要かしら、本戦の解説」

「あっと……一応お願いします」

 

 『解説』の部分に妙ないらだちが含まれていることを敢えて気にせずに、小さく頭を下げた。それを見たシノンは、目の前にあったコーヒーのグラスを一口仰いでからおもむろに解説し始めた。

 予め届いた、本戦の概要が含まれたメールに書いてある通り、本戦は参加者三十人の同一マップによる遭遇戦であり、どのプレイヤーも最低千メートル離れた位置でランダムに出現する。マップは直径十キロメートルの円形で、都市や砂漠といった様々な場所が存在する複合ステージだ。それによって装備やステータスタイプでの有利不利はなくなっているらしい。

 そして、フィールドに出現した際、この本戦で最も重要なアイテムである《サテライト・スキャン端末》が自動配布されるらしく、何でも十五分に一度この端末にマップ内の全プレイヤーの位置が送信されるのだ。設定では、上空の監視衛星が通過する、といったものらしいがこの際どうでもいいだろう。

 

「なるほどな。つまり、同じ場所での潜伏は十五分が限度ってわけか……」

「そうね。それ以上は、不意打ちされる可能性が高いわ」

「さすがだな……」

 

 シノンという少女はこの本戦の仕組みを解りきっている。それは彼女が、前回の本戦(・・・・・)に出場していたからであろう。昨日《屋台のおでん》との試合が終わった後に、前回大会の出場者を全員確認したのだ。その中に彼女の名前があったことには、驚いたものだ。

 一度話が落ち着いたのを見計らってラテンはキリトやシノンと同じように、ドリンクを注文する。すると、酒場で一際大きな盛り上がりが発生しラテンはそちらに視線を向けた。

 

「あれは……何をしてるんだ?」

 

 視線の先には、ホロウインドウを掲げたNPCらしき人物と、、それを食い気味に眺めながら叫び散らしているプレイヤーたちの姿があった。

 

「……あれはトトカルチョ――誰が優勝するかを賭けているのよ、まったく」

「へぇ……でもあれ、NPCじゃないのか?」

「だから問題なのよ。よりによって、あれを用意したのはこのゲームの《運営》なんだから」

「はえ~……」

 

 届いた俺ンジジュースを飲みながら、肘をテーブルに付ける。

 こういうものは基本的に、要領がいいプレイヤーが思い付きで始めるイベントのようなものだが、運営が進んで行うのは少々驚きだ。とはいえ、何時間も飲み物を仰ぎながらモニターを眺めるのも退屈ではあるためこういうイベントは必要かもしれない。そう考えるとGGOの運営は、プレイヤーたちの心理をよく理解しているような気がする。

 それから、シノンの機嫌を伺いながら雑談していると、話の着地点を見計らって、彼女は立ち上がった。

 

「そろそろ、待機ドームに移動しないと。装備の点検やウォーミング・アップの時間が無くなっちゃうわ」

「あ、ああ。そうだな」

 

 キリトの肯定に合わせて時刻を見れば、午後七時を僅かに過ぎたころだった。本大会のスタートまで残り約一時間。ラテンとキリトはシノンに追随する形で立ち上がり、エレベータへ足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開ければ広がるのは広大な砂漠だった。時節吹く強風で砂塵が舞い上がり、数十メートル先は視認することができない。

 袖を口に当てながらその場にしゃがみ込む。転送されたプレイヤーは、最低でも千メートル離れているため、開始数秒で戦闘するにはスナイパーライフルを持っていなければ到底不可能だ。さらにそのスナイパーライフルでも、この砂塵の中ではまともにプレイヤーを狙撃することはできないだろう。

 右手を振りかざし、マップを表示させる。

 今、ラテンがいるのは全体マップの最北端である砂漠エリアだ。本戦開始前にキリトとの合流地点に決めた森林エリアはほぼ反対側だ。そこへ行くためには、マップ中央にある都市廃墟エリアを経由しなければならない。

 

「くそっ……ここから最短で六キロか……」

 

 隅に表示されたメモリを頼りに目測で計算する。途中で遭遇戦になったときの時間を考えると、最悪一時間ほどかかってしまうかもしれない。とはいえ、キリト曰くこの本戦に出場しているであろう《死銃》と相対するには、合流したほうがいいだろう。マップで自身が向いている方角を確認してからウインドウを閉じた。

 注意するべき場所は、砂漠エリアから都市廃墟エリアに移行する直前だ。視界の悪い砂漠エリアならまだしも、視界良好であろう都市廃墟エリアで待たれていたら出てきた瞬間ハチの巣にされてしまう。だが、そこを越えなければ合流地点へ行けないのも事実だ。

 

「……行くか」

 

 自身の装備に手を当てて改めてその存在を確認したラテンは、都市廃墟エリアへ走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本戦が開幕してからおよそ三十分。ラテンは、都市廃墟エリアから森林エリアへ通ずる道を走っていた。砂漠エリアに転送されてから想定していた、都市廃墟エリアからの射撃は発生しなかった。そのため、楽々都市エリアへ侵入することができたのだが、視界不良な砂漠エリアとは違って身を潜めることができる建物および障害物が数多に存在するため、このエリア内では緊張の糸を張り詰ませながら移動せざる負えなかった。だがそれも、あと二ブロック進めば一旦ほどくことができる。

 

「……ここら辺で一旦待機するか」

 

 時間を確認して近くにあった建物へ身をひそめる。目を閉じ、聴覚を集中させるが周囲十メートルに動きがないのを確認して、壁にもたれ掛かりながら二回目のサテライトスキャンを待つ。

 一回目のスキャンは、都市エリアに到達してから数分経った時だった。その時点では、このエリアにはラテンを含めて七名のプレイヤーが存在していた。そのうち三名のプレイヤーが相当近くにいたため、おそらく戦闘をしていたはずだ。残りの三名は、それぞれ都市エリアでも端の方におり、確認したところキリトの姿はいなかった。そこで、スキャン情報が途絶え、現在二回目のスキャンを待っているところだ。

 

「……確か、こっち方面には敵がいたよな」

 

 端にいた三名のプレイヤーの内一人が、都市エリアから森林エリアへ行く途中にいたのだ。森林エリアから抜けてきた敵を待伏せしようとしていたのであろうが、一回目のスキャンから十五分経っている今も同じ場所にいるとは限らない。とはいえ、もし同じ場所にいたら、森林エリアに行くためには避けることができない戦闘が発生する。

 

「頼むからどっかに行っててくれよ……」

 

 優勝を狙っているわけではないラテンにとっては、無駄な戦闘は可能な限り回避したい。

 配布された腕時計の時刻が、三十へ変化したのと同時にマップを出現させる。

 

「ちっ……」

 

 全体マップに出現した点は二十一。そのうち五名のプレイヤーが都市エリアにいたのだが、ラテンの先にいるであろうプレイヤーは一回目のスキャンから移動をしてはいなかった。名前を確認すると、同じプレイヤーだということを確証する。だが、後方一キロには敵がいないようで先ほど三つの点が重なっていた場所には、今では一つの点しか存在しない。そして新たに増えた点は砂漠エリアから抜けてきたプレイヤーだろうか、これまた反対方向に位置していた。ともあれ、これで森林エリアを抜けるためには戦闘が必須になってしまったわけだ。

 

「……よし」

 

 スキャンが終了し一度深呼吸をすると、全速力で近くにあった点へと移動する。壁に背を当てて、敵がいるであろう場所に顔を向ければ市役所のような建物が、所々崩壊させながら佇んでいた。

 残念ながら市役所を囲うように存在していたコンクリート製の塀も東側半分が全壊しており、森林エリアに伸びている道を移動する姿は、市役所からははっきりと確認することができるだろ。

 このまま走り抜けてもいいのだが、後ろから追いかけられでもしたら少々めんどくさいことになる。やはりこの敵はこの場でリタイアさせた方がよさそうだ。

 広めの駐車場の先にある建物へと目を凝らしていると、右上から複数の赤いラインがこちらに向かって伸びてきた。

 

「くお……!」

 

 とっさに顔を引くと、数十発の弾丸によって鈍い音を立てながらコンクリート塀が抉られ、破片が辺りに飛び散る。

 それにより、相手の持っている武器が何なのか、だいたい予想が付いた。

 

「軽機関銃か、射撃レートが早めのアサルトライフルだな……」

 

 一瞬のうちに数十発の弾丸が発射されたことに加え、十五分も同じ場所から動いていないことを考えると、待ち伏せスタイルの軽機関銃の方がアサルトライフルよりも可能性としては高いかもしれない。

 

「さて、どう戦うか……」

 

 この場所から市役所の入り口まではおよそ五十メートル。相手がいる場所が右端だということを考えると、四十五メートル地点まで到達できればそれ以上の追撃はなくなるだろう。ただし、その地点に到達するためには弾丸の雨の中を通過しなければならず、駐車場だというのに市役所の前には障害物になり得る車両が一台も見当たらない。

 

「これを使うしかないか」

 

 ラテンは腰にぶら下げてあった二つのスモークグレネードを手に取った。

 一人を倒せば終了だった予選とは違って、本戦は三十人によるバトルロイヤル形式だ。すなわち、今市役所にいる敵を倒しても装備が補充されるわけではないため、今後有効活用できるであろうスモークグレネードをここですべて消費してしまうのはあまりとりたくない戦法なのだ。

 

「……まあ、ここで負けたら意味がないしな」

 

 右手に持った二つの擲弾のピンを抜き、壁越しに前方へ放り投げる。たちまち、噴射音が鳴り響き駐車場を煙で覆った。それを見計らって、市役所へと走り抜ける。

 無論、機関銃野郎が黙っているわけがなく、煙の中を弾丸の雨が突き破る。だが二つ投げたことにより、広範囲に広がった煙の中を移動するラテンは運よく一発も当たらずに煙から脱出した。

 入口まであと二十メートル。機関銃野郎がラテンの姿を発見し、発砲しながらこちらに合わせてくる。しかし、煙の中を無傷で走ったことにより、最大まで加速したラテンを狙うには奴の動きはあまりにも遅すぎた。

 耳障りな音が背後で止まると、そのまま全速力で階段をのぼる。その勢いのまま、突き当りを左に曲がろうとした瞬間、ラテンの体を数本の予測線が貫いた。

 

「なっ……!」

 

 慌ててバックステップをすると、目の前を弾丸が通過し奥の壁に当たって弾けた。

 ――幾らなんでも早すぎる……!

 建物の中に入った時点で、機関銃野郎のいた部屋の奥行きは把握できていた。ラテンが侵入したのと同時に廊下へ移動したとしても、軽機関銃には移動ペナルティがあるため、こちらが階段をのぼり切る頃に廊下でどっしりと待つことなどできないはずなのだ。

 だが、相手の行動を否定するのと同時にある可能性がラテンの頭に浮かび上がる。

 

「バイポッドのアサルトライフルか……!」

 

 奴が持っていたのは軽機関銃などではなく、射撃レートが高いアサルトライフルだったのだ。では、何故取り回しのしやすいアサルトライフルでわざわざ同じ場所にとどまり続けていたのか。それはおそらく彼の戦闘スタイルの問題だろう。わざと建物まで誘い込んで、一本道である廊下で仕留めるつもりでいたはずだ。

 

「……あそこにありそうだな」

 

 一瞬だけ顔を出し廊下を覗けば、崩れた瓦礫の後ろに僅かながらクレイモア地雷が角を覗かせていた。正面を強行突破してきた敵を仕留めるために設置したのであろう。

 

「……やるしかないか」

 

 ふう、と深呼吸をすると白銀の刃を出現させる。左手でショットガンを抜き取り、壁際まで体を寄せた。

 心の中で三秒のカウントダウンをとると、一のタイミングでラテンは廊下へ飛び出した。途端、無数の赤いラインが出現するがそれを記憶しながら、フィーリングスティールのトリガーを引いた。同時に、ショットガンを手放す。

 

「ぐわ……!」

 

 十五メートル弱。この距離感ならば、ショットガンの弾丸は相手に到達し、小さなノックバックを発生させる。もちろん、目の前の男はのけ反りながらもトリガーを引いてアサルトライフルの弾丸をばら撒くが、幾ら射撃レートが早くとも精密性が無ければ意味がない。

 案の定、ノックバックによってラテンの体を貫いていた予測線の数本が左へずれ、自身に向かってくる弾丸は正確に切り払った。

 火花の中を抜けながらクレイモア地雷が置いてある場所へ到達すると、何の躊躇いもなく右の壁を蹴った。否、走った。

 

「何!?」

 

 何とか銃身を引き戻したプレイヤーも、左右でなく上下に動いたラテンが予想外だったのか、一瞬だけ対応が遅れる。

 

「オラッ!!」

 

 気合と共にアサルトライフルの銃身を真っ二つに両断すると、流れるようにサイドアームを引き抜こうとしたプレイヤーの首を跳ね飛ばした。その男の体は、まるで動力を失ったからくり人形のようにぴたりと停止し、そのまま力なく床に崩れ込んだ。それを確認してようやく一息つく。

 

「……ふう。それじゃあ、森林エリアへ行きますか」

 

 二回目のスキャンのよれば、森林エリアでは《ダイン》というプレイヤーが《ペイルライダー》というプレイヤーに追われていた意外に、プレイヤーは存在しなかった。このまま行けば、キリトよりも先に合流地点へ辿りつけそうだ。

 クレイモア地雷を慎重に避け、廊下にほったらかしにしていたショットガンをしまうとラテンは森林エリアへと足を向けた。

  

 

 

 




今回は、新キャラをなんとラテンの家に住まわせることにしました。これからは、ラテンのちょっとした相棒として活躍してほしいです。

これからもこの作品をよろしくお願いします!!

 
※修正しました


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第五話 死銃の正体

 

 森の中を駆け抜けること数分。西側方面で乾いた連射音が響き渡り、森の中にいたであろう小鳥たちが一斉に空へ飛び立った。

 

「近いな……」

 

 存外近くから聞こえてきた銃声の方角に足を向ける。

 二回目のスキャンでは森林エリアを抜けかけていた二人のプレイヤー以外に、プレイヤーは存在していなかった。つまり今の銃声は、ダインとペイルライダーが戦闘している証であることは明白だ。そのどちらかが再び森林エリアに戻ってくるのも面倒であるため、少し様子を見に行く。

 

「……あれか」

 

 無数の木を抜けた先に現れたのは、巨大な鉄橋だ。その奥の岸辺には、黒いヘルメットをかぶり青白い迷彩スーツを着た、長身で痩せこけているプレイヤーが横たわったカーボーイ風のプレイヤーを見下ろしていた。

 横たわっているプレイヤーの頭上には〖Dead〗と表示されているため、戦闘はすでに終わったようだ。

 鉄橋の柱に身を伏せて、青白いスーツのプレイヤーの動向を探る。幸い、細身の男はこちらに戻って来るのではなく、橋の袂からそのまま北――都市廃墟エリア方面へ移動し始めた。

 ひとまず安心し小さく息を吐くと、そのまま森林エリアへ見つからないように戻ろうとした寸前、視界の隅で人影が突然音もなく倒れ込む。

 

「何!?」

 

 もちろん倒れ込んだのは青白いスーツのプレイヤーだ。無防備に仰向けで倒れ込んでいる様から、疲れによって眩暈が起こったのかと思ったのだが、別の可能性が脳裏に浮かぶ。

 

「狙撃……いや、でも音は聞こえなかった」

 

 いくら耳を澄ませても、スナイパーライフルの銃声は届かない。超長距離からの狙撃とはいえ、完全に無音にするのはサプレッサーでも装備していない限り不可能だ。ただし、そのサイレンサーには音を消すことができる代わりに命中率と射程にマイナス補正がかかるため、長距離からの狙撃には相当高い技術がいる。

 この大会で優勝を狙えるほどの実力者か、あるいはたまたま当てることができたのか。

 倒れたままの男を観察していると、あることに気付く。

 

「……麻痺、してるのか……?」

 

 男の身体には、何やら青いスパークが細く這いまわっていた。狙撃されればそれなりのダメージを受けることになるはずなのだが、細身の男のHPバーは僅かしか減っていない。

 

「一体何が――ッ!?」

 

 もう少し顔を覗かせると、突然カーボーイ風の倒れたプレイヤーの傍に、黒い影が音もなく出現した。

 ――見逃した……? いや、そんなはずは……

 カ ̄ボーイ風の男の周囲には障害物と呼べるものが殆どないため、そこへ出現するには移動する姿をとらえられるはずだ。しかし、ラテンの眼がおかしくなければ、出現した人影は何もないところから現れた。

 目を細めとよく見ると、ぼろぼろになった濃い灰色のフードマントに身を包み、その両手には長大な武器を持っている。

 やはり狙撃の音がなかったのは、奴のスナイパーライフルにサプレッサーが装備されていたからだ。

 

「……ん? あいつ、どこかで……」

 

 持っているスナイパーライフルには見覚えはないが、黒いマントを身に着けたその姿には見覚えがあったはずだ。それを思い出すために頭の中を巡らせていると、フードの男は右肩にスナイパーライフルを掛け、腰のホルスターからハンドガンを取り出して電撃を身にまとったスーツの男の元へ歩き出す。

 僅かに見えたフードの中の素顔に、ラテンはようやくその男を思い出す。

 ――確か、菊岡さんに渡された映像に……

 予め渡されていた情報とまったく同じ姿だった。つまり、あのボロマントこそが《死銃》と自らを呼称していたプレイヤーなのだ。やはり、キリトが言っていた通り本戦に出場していたらしい。

 ボロマントのプレイヤーは倒れている青白いスーツのプレイヤーの前で立ち止まると、何も持たない左手をフードの額に当てる。次いで胸、左肩、右肩。それはキリスト教徒がよくする十字を切って神からの許しを請う動作に似ていた。

 

「――もしかして……!」

 

 菊岡やラテンとキリトは、未だ《死銃》の犯行の手口が判明しているわけではない。だが、あのような大げさな動作を取ってわざわざ威力のハンドガンでとどめを刺そうとする行動に違和感を感じる。もし、あの動作が手口に必要なものだったら――。

 咄嗟に体を出して止めようとしたラテンよりも速く、空気を震わすほどの轟音が鉄橋近辺に鳴り響いた。視線を向ければ、ボロマントたちのさらに奥にある低い崖裏に水色の髪が存在を主張している。

 

「シノン……それに、キリト!」

 

 どうやらあの二人もラテンと同じように橋での戦闘を傍観していたらしく、先ほどの轟音もシノンのスナイパーライフルによるものだとすぐに理解できた。

 再び柱に身を寄せボロマントの様子をうかがう。とはいえ、あれほどの距離をシノンが外すはずはないのだが――。

 

「……まじか」

 

 大げさな動作をしていたボロマントは、何の変化もなくスーツのプレイヤーの前に立っていた。地面には大穴が開いており、ボロマントがあの至近距離でシノンの狙撃を避けたことは容易に理解できた。

 ボロマントはシノンとキリトがいる方面へ顔を向けていたが、すぐに倒れているスーツの男へ戻し、右手に携えていたハンドガンの引き金を容赦なく引いた。

 パンッ、と乾いた音が辺りに響き、スーツの男のHPを僅かに減少させる。だが、ボロマントはそれ以上の射撃を行わなかった。何故か射撃した動作のまま悠然と立っているボロマントに、ようやく麻痺効果が解けたのであろうスーツの男がバネのように起き上がり、手に持っていたラテンと同じ区分の上下二段散弾銃を胸につきつけた。誰がどう見ても零距離であり、引き金を引けばボロマントのHPバーは消し飛ぶだろう。

 しかし、ラテンの予想を裏切り、スーツの男が引き金を引くことはなかった。

 代わりに、手に持っていたショットガンを手放して胸を両手で掴む。その姿は、どこか苦しんでいるようで――。

 次の瞬間、膝から崩れ落ちたスーツの男は、全身をノイズのような不規則な光に包まれながら突然消滅した。

 

「――ッ!?」

 

 光の残滓の上に〖DISCONNECTION〗、回線の切断を意味する文字列が浮かび上がる。それと同時に、ラテンは戦慄を覚える。

 

「まさか――!」

 

 たった今《死銃》と思しきボロマントに撃たれたプレイヤーは、突然この世界からログアウトした。もし、《ゼクシード》と《薄塩たらこ》と同じ状況なのだとしたら、今頃あのスーツの男の本体である現実世界の彼は――。

 頭に浮かび上がったワードを振り払うように目を瞑って、再びその現場が起きた場所へと視線を移す。すると、先ほどまでいたはずのボロマントの姿がどこにもなかった。

 

「どこに行きやがった……!」

 

 鉄橋に身を乗り出すと、たちまち崖から赤いラインがラテンの体を貫く。しかし、それはすぐさま取り下げられ、代わりに崖の上に二つのシルエットが立ち上がった。鉄橋を注意深く観察しながら、二人の元へ向かう。

 合流したキリトとシノンの表情はどこか暗さを帯びていた。

 

「キリト……さっきのスーツの男は……」

「ああ……たぶん、死んだ(・・・)

 

 その言葉に、隣にいたシノンがびくりと体を震わせる。おそらくキリトが何が起こっているのかを説明したのであろう、その瞳には恐怖の色が浮かんでいた。

 

「ラテン、あの橋を渡ったときにあいつの姿を見ていないか? 水中とか」

「悪い、水中までは見ていない。でも、川の中に入ったら音が聞こえると思うけどな……」

 

 五十メートルほどの鉄橋を渡ったときには、そんな音は聞こえてこなかった。キリト曰く、ボロマントは鉄橋付近で姿を消したらしいのだが、それらしい姿は見かけなかった。

 すると、突然小さなアラームがラテンたちの周りに鳴り響く。

 

「サテライトスキャンの時間みたいね……」

 

 シノンが全体マップを開くと周囲を警戒した後、彼女の後ろから覗き込む。ざっと数えたところ、生き残っているプレイヤーはラテンたちを含めて十七人であり、死亡プレイヤーが十一人。回線を切断されたスーツの男を入れると二十九人しかいない。そして、ラテンたちの周囲一キロにはプレイヤーの姿はなかった。

 どう考えても、数分で移動できるとは思えないため、眉をひそめていると隣で小さく呟く声が聞こえた。

 

「やっぱり、水中にいるのか」

「どういうことだ?」

 

 キリトの言葉にラテンは首をかしげる。

 

「水中にいればスキャンを回避できるみたいなんだ。まあ、装備をすべてストレージにしまわないと泳ぐことはできないんだけどな」

 

 つまり、先ほどのボロマントは水中を移動している、ということなのだろう。それならば、着水音が聞こえてきそうな気もするが、もしかしたらそれすら消すことができる装備やらスキルやらを身に着けているのかもしれない。

 スキャンの時間が終わり、マップ上から光る点が消えるとラテンは静かに口を開いた。

 

「……ここからどうする」

「俺は……奴を追う。これ以上誰かを撃たせるわけにはいかない」

「まあ、そうだろうな」

 

 たった今、人がが殺されたであろう瞬間に立ち会ってもなおキリトに意思は揺るがなかった。確かに、先ほどのスーツの男の他にこれ以上犠牲者を出すわけにはいかない。

 小さく頷くと、傍にいたシノンが小さな声で呟いた。

 

「……私も行くわ」

「「え……?」」

 

 ラテンもキリトも驚きながら聞き返す。

 

「だって、あんたたち、《死銃》と戦う気なんでしょ? あいつ、相当強いよ。二人とも接近戦タイプだから、万が一近距離であの拳銃に撃たれでもしたらどうするのよ。あんまし気が乗らないけど一時共闘して、先にあのボロマントを本戦から叩きだした方がいいわ」

「まあ、確かにな……」

 

 シノンは狙撃手だ。彼女の言う通り、あの拳銃に本当に人を殺す力があるのだとしたら、命中精度の上がる接近戦でしか戦えないラテンやキリトが向かって行っても返り討ちに合う可能性は存在する。ならば遠距離からの狙撃によってボロマントを退場させるのも手段としては有りだ。

 しかし、それには大きなリスクが伴う。今回の事件に何の関係もないシノンの協力が必要なのだ。もし彼女があの拳銃に撃たれ、現実世界で死んでしまうようなことがあったら――。

 

「『だめだ』、なんて言わせないわよ。どっちにしろ、危険度は同じなんだし」

 

 ずいっ、と猫目に迫られて、ラテンとキリトは顔を見合せた後渋々頷いた。

 

「あいつは川底から北側に向かったはずだ」

「……じゃあ、二手に分かれるか。キリトとシノンはこのまま北へ。俺は森林エリアから川沿いを北へ向かう」

 

 比較的浅い東側の川に動きがないのを確信して、北に行ったと判断したのであろう。三人で一緒に移動するよりも、二手に分かれたほうが効率がいい。ラテンが一人だが、この三人の中で一番敏捷力が高いことを考えるとこの組み合わせがいいだろう。もしもの時は、敏捷力ををフル活用して撤退すればいいのだ。

 

「わかった……後、《死銃》のプレイヤーネームは《銃士X》か《スティーブン》のどちらかだ」

「了解した」

「……死ぬなよ」

「お前とシノンもな」

 

 ニッと笑って見せれば、二人は小さく頷いた。それを確認して、ラテンは再び鉄橋へ足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キリトたちと別れてから約十分。川沿いを警戒しながら走っていたラテンは、水の終着点である都市廃墟エリアに到達した。いくら水中を泳ぐことができるとはいえ、ある程度専門的な装備がなければ長時間潜ることはできないはずだ。しかし、水中からは何の反応もなかったことを考えると、死銃はすでに都市廃墟エリアに到達した可能性が高いということだ。

 

「問題はどっち方面に行ったかだよな」

 

 川は都市廃墟エリアの内部まで伸びている。死銃がラテンのいる川の東側に上陸したのか、キリトたちがいる西側に上陸したのかは遅れてしまったラテンにはわからない。

 ――一旦ここでスキャンを待つか

 死銃の場所が特定できていない以上むやみに都市内を走り回るのは良い手とは言えないだろう。さらに都市内には死銃の他にもプレイヤーがいるはずであるため、それに遭遇してしまうのも得策ではない。

 

「この辺でいいか」

 

 塀の物陰に潜み、五分後のサテライトスキャンを待つ。辺りは静寂に包まれており、周囲一キロ以内では戦闘は発生していない。

 自分がいる場所の正確な位置を把握するために右手を振りかざしてマップを出現させると、背後から突然殺気が放たれる。

 

「――ッ!」

 

 左足に力を入れ全力で横転すると、ビシッと空気を切り裂く様な音と共に黒い細長いものが塀に突き刺さった。立ち上がるのと同時に光剣を抜き放つと、不意打ちしてきた者を正面から見据える。その者の正体は、ラテンたちが捜していた奴だった。

 

「……よう。アンタが噂の《死銃》さんだろ?」

「…………」

 

 返事の代わりにフードの下に装着されていたガスマスクのような面からフシューと長い息が吐かれた。目の部分は円いガラス製のようなもので、真っ赤に光っているため面の下の瞳を見ることはできない。

 右手には約八十センチほどの黒い金属製の片手剣が握られている。否。剣というには、細すぎるだろう。一番太いはずの根元でも直径は僅か一センチ程度しかない。どちらかといえば細剣、いや刺剣(エストック)か。

 

「……俺のことは、覚えているか? たぶん、会っているはずなんだけどな」

 

 再びの長い息。

 だが依然としてボロマントのプレイヤーは答えない。

 

「お前……《ラフコフ》の元メンバーだろ?」

 

 その言葉に、ようやく時間が止まったかのようにこちらを見据えていたボロマントの体がぴくりと動く。次いで、先ほど感じた殺気が発せられた。

 

「悪いけど、ここで退場してもらうぜ……!」

 

 言い終えたのと同時に地を蹴り、上段から力いっぱい刃を叩き付ける。ボロマントは無駄のない動きで難なく受け止めると、僅かに刺剣を左へ傾けラテンの刃をスライドさせる。そのまま左半身を後方へやり、流れるように右手を胸元まで絞ると、ラテンの顔面目がけて突き放った。

 その一撃を首を逸らせて紙一重で避けると、がら空きになった脇腹を右から振り払う。しかし、ボロマントは滑らかな動きで再びラテンの一撃を左へ受け流すと、右ひじを目いっぱい引いて無防備になった胸部へと剣先を動かした。

 だがその動きは予想していたため膝を落としてしゃがみ込むと、頭上で再び空気を切り裂く音が広がっていく。それを気にすることなく、身体全体を使って白銀の刃を左から振り上げると、ボロマントは素早い動きで右手を引き戻し白い閃光を上空へ受け流した。そのままがら空きの体を突き刺すことが目的なのであろうが、ラテンはそのカウンターを受けるタイミングで手首を反転させ、今にも伸びようとしている右腕目がけて振り下ろした。しかし、そんなラテンの動きを予め読んでいたようで、今度は右半身を後方へ反らしながらラテンの一撃を躱す。

 一旦ブレークタイムが生まれほぼ同時に武器を振るうと、互いの体の中間地点で火花が散りそのまま鍔迫り合いに入った。

 

「お前、……その動き……」

 

 そこで素早い身のこなしをしながらも沈黙を保っていたボロマントから声が発せられた。どこか機械的で低いボイスに不気味な印象を覚えるが、どうやら反応からしてラテンのことを思い出せたらしい。元《ラフィンコフィン》なら知っているはずだ。

 光剣を力いっぱい押し返され、二メートルほど距離が生まれるとボロマントは途切れ途切れの声で続けた。

 

「お前、《神速》、か」

「ああ、そうだ」

 

 にやりと笑って見せれば、マスクの下から乾いた笑い声が漏れた。

 

「そうか、お前も、この世界に、来ていたんだな。それは、ちょうど、よかった」

「……どういう意味だ?」

 

 ターゲットにしていながらも今回は狙うつもりはなかった、と言わんばかりの言い回しにラテンは思わず聞き返す。

 

「時期に、わかる。お前を、倒すのは、俺ではない」

「……他に協力者がいるのか」

 

 余裕のある笑い声にラテンは顔をしかめる。ラテン自身を倒すのは目の前のボロマントではないとなると、奴の仲間もこの本戦に出場しているということなのだろうか。もしそうならば、完全に《死銃》一人を標的にしているキリトとシノンの身が危うい。一刻も早く、このボロマントを斬り伏せて彼らの元に行かなければ。

 安全は保障する、と言った菊岡の言葉を信じてラテンは続ける。

 

「……ちなみにだが、お前が何者かは教えてくれないのか? こっちは身元をさらしてるんだけどな」

 

 元ラフィンコフィンのメンバーだということは確定している。しかし、そのギルドの《誰》かまでは判明していない。装備している武器が慣れている刀ではないとはいえ、このボロマントはラテンの剣撃をすべて見切り、簡単に受け流した。

 それだけではない。避けることができたとはいえ、奴の剣先の速さは並大抵ではない。かつてSAOの世界で《閃光》とまで謳われたあのアスナに匹敵するほどのスピードだった。元ラフィンコフィンの中にこれほどの実力を持ったプレイヤーがいたら、討伐作戦の時にこちらにもっと被害が出ていたはずだ。しかし、実際戦った時にはこんなプレイヤーがいた記憶はない。

 ラテンの言葉にボロマントは、再び乾いた笑い声を上げる。

 

「ヒントを、やろう。『イッツ・ショウ・タイム』」

「…………」

 

 右手に持ったエストックを空に掲げながら、たどたどしい英語を呟いた。

 『イッツ・ショウ・タイム』。それは、ラフィンコフィンのリーダーであった《PoH》の口癖だったものだ。しかし、奴はPoHとは違う。

 まずPoHというプレイヤーは短剣(ダガー)使いで、その剣捌きは攻略組をも恐れさせるものだった。だがボロマントの持っている武器はエストック。もしPoHならば、この世界ではサバイバルナイフを使っていたに違いない。

 それに加え、喋り方がまったくと言っていいほど違う。ボロマントが意図的にしているかもしれないが、PoHの話し方には独特なものがあり、いつもどこかに感情的なものが含まれていたが目の前の奴にはそれがない。人間はおいそれと長年染みついた言葉遣いを矯正することはできないはずだ。

 これでボロマントはPoHではないという確証ができた。ならば、奴は誰か。

 PoHの決め台詞であった『イッツ・ショウ・タイム』という言葉を知る者は、普段からPoHと共に行動していたプレイヤー――つまり、ラフィンコフィンの《幹部》以外にあり得ない。

 幹部の情報は、討伐部隊が始動する前に説明を受けていた。その中で、奴に似た特徴を持つ者がいる。眼と髪を真紅に染め上げ、珍しいカテゴリの武器であるエストックを使っていたプレイヤー――。

 

「……XaXa(ザザ)か」

「ご名、答」

 

 再び響く乾いた笑い声。

 隠す素振りも見せない態度に、ラテンは肩をすくませながら続けた。

 

「言い当てた景品として、事件の手口を暴露するってのはだめか?」

「は、は、は。簡単に、教えるわけ、ないだろう」

「そりゃそうだよな」

 

 にやりと笑みを返して見せながら小さく腰を落とし、突進体勢に入る。ザザの剣の腕前が急成長を遂げたのは事実だが、それはラテンの剣が奴に劣るということではない。

 頭の中で斬り合いの流れを組み立て終えると、ザザはエストックを構えるのではなく腰に携えていた擲弾を取り出した。

 慣れた手つきでピンを抜き、地面についたのと同時に周囲を白い煙幕が包み込む。

 

「てめぇ、逃げる気か!」

「言っただろう、お前の、相手は、俺ではない」

 

 記憶を頼りに煙の中を突き進み光剣で切り払うが、先ほどまでザザがいた場所はもぬけの殻だった。そのまま前方へ走り込み、煙を抜けて振り返るがボロマントの姿はどこにも見当たらない。

 最大限に警戒しながら煙が晴れるのを待つこと数秒、現れたのはただの平地だった。周囲からは人の気配が感じられない。

 

「くそっ!」

 

 悪態をつくと、視界の隅でサテライトスキャンを知らせるマークが点滅し、仕方なく近くの物陰でマップを広げる。

  

「どこだ……」

 

 自分の位置をすぐに特定し、一番近くの点をタップしてラテンは目を見開いた。

 

「キリトとシノン……?」

 

 ラテンの近くにあった点――といっても一キロ近く離れている――は、数分前に別れたキリトとシノンであった。二人の近くにある点を押すとキリトが死銃と予想していた二つのプレイヤーネームの内の一人である《銃士X》という名前が表示された。しかし、どう見積もってもここからは二キロ以上離れている。先ほどザザに逃げられてからまだ一分も経ってはいない。

 そこでラテンは、すぐさま近くを流れていた川に視線を向ける。僅かな水面さえ見逃さないほど集中して観察するが、何も反応がなかった。

 

「一体、どういうことなんだ……」

 

 幽霊のように突然現れては幽霊のように消えていく。しかし、その幽霊は紛うことなき生きている人間のはずだ。ついさっきまで会話をし、誰なのかを特定したばかりだ。

 

「わけがわかんねぇよ……」

 

 混乱する頭をおさえながら、キリトたちに死銃の正体がザザであることと、他に協力者がいるかもしれないということを伝えに行くために、ラテンは二人の元へと歩を進めた。

 

 

 




これからもよろしくお願いします!!


※修正しました


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第六話 復讐者

 

 

 崩壊した瓦礫や廃墟となった建物をかき分け、できるだけ最短ルートでキリトたちがいたほうへ駆ける。ザザに逃げられてから数分しか経っていないはずだが、いくらは知っても奴のボロマントを見つけることはできなかった。わざわざあのような台詞を言いながらラテンの前から姿を消したのだ。行先などキリトたちの元以外には考えられない。

 身を潜めることができる臭いポジションは無数にあるのだが今のラテンには、他のプレイヤーに不意打ちされることよりも、ザザより早く二人のところへ行かなければならない。だから、多少撃たれてでも無視して走ろうと思っていたのだが――。

 

「――ちっ!」

 

 数本の赤いラインにラテンは一旦足を止めざる負えなかった。

 近くの瓦礫に体を預けると、高難易度のリズムゲームをタップするかのような素早い足音に今度は心の中で舌打ちをする。

 今伸びてきた予測線は北方面からだ。三回目のサテライトスキャンで確認した時には、北側に一キロと少し離れている田園エリアと都市廃墟エリアの境に、《摩鎖夜(マサヤ)》と言うプレイヤーがいた。足音と方角から察するに、いち早くラテンに狙いをつけて南下してきたのであろう。もしかしたら、このプレイヤーこそが先ほどザザが言っていた、ラテンを『倒す者』なのかもしれない。

 

「うお!?」

 

 足音を頼りにショットガンのトリガーを引けば、《摩鎖夜》は少し高めのボイスを上げながら横転し、ラテンと対角に位置する建物へ隠れる。

 十字路を挟んで対面することになったラテンは、一発減ったショットガンの薬室に弾を詰め込んだ。フィーリングフィールドは上下二段(・・)散弾銃というカテゴリに分類されるように、予め二発分だけ収納することができる。そこで、できるだけ身軽にして本戦に望みたいと思っていたラテンは、詰め込んでおいた二発分と五発収納の箱を二箱を合わせて、ショットガンの弾は計十二発分しか持ってきていない。そのうち二発は使用したため残り十発だ。

 ――最低でもザザに二発、ザザの協力者に二発と考えると……。

 残り六発で、今あげた二人とキリト、シノンを抜いた生存者である九人を相手にしなければならない。バトルロイヤルであるため九人全員を相手する必要はないのだが、無駄弾はできる限り避けたいところだ。

 

「……仕方ないか」

 

 ラテンは光剣の柄を握り、《摩鎖夜》がいる建物に体を向ける。

 足音の速さと伸びてきた予測線の数からして、相手はラテンと同じAGI型のサブマシンガン使いだ。多少距離が離れていようとも、ショットガンにより発生した僅かなノックバック時間の隙に光剣で仕留める、というコンセプトでいいだろう。

 心の中で数を数え、いざ飛び出そうとしたラテンよりも速く《摩鎖夜》が動いた。

 

「くっ……!」

 

 盾にしている瓦礫に無数の火花と甲高い音が途切れることなく響きわたる。

 ――やられた……!

 この状態ではショットガンを当てるために体を出せば、サブマシンガンにハチの巣にされてしまう。かと言ってこのまま停滞していても、弾丸をばら撒きながら横に回られて一方的に撃ちこまれてしまう。

 ――一旦下がるか? いやでも背中を撃たれでもしたら意味がない。なら一か八か、出てきたタイミングでショットガンを……!

 頭の中で模索している間にも射撃音が近づいてくる。

 意を決して飛び出そうとした瞬間、辺りに爆発音が響き渡った。

 

「「なっ」」

 

 ラテンと『摩鎖夜』は同時に息をのむ。

 今聞こえてきた音の方角はここよりも西方面だ。そして、そこにいるはずのプレイヤーは――。

 そこで考えを中断し、爆音によって射撃を止めた《摩鎖夜》に銃口を向ける。しまった、と言わんばかりの表情に躊躇いもなくトリガーを引くと、意外と近くまで寄ってきていたタキシード姿のプレイヤーは、肉体に無数の着弾エフェクトを伴いながら後方へ吹き飛ぶ。それを追うように地を蹴って、ノックバック中の《摩鎖夜》に問答無用で白銀の刃を振り下ろした。

 途端、〖Dead〗という文字が浮かび上がり、戦闘を終えた余韻に浸ることなくラテンは再び駆けだす。

 

「無事でいてくれ……!」

 

 呟かれた言葉は風の中に消える。

 全速力で駆け抜けたラテンは、ようやく爆発現場と思しき南北に伸びた長いメインストリートへ辿りついた。

 約十メートほどの幅を塞き止めるよう炎の塀が揺れている。横には燃料タンクを積んだ大型トラックが半壊した状態で横たわっており、爆発原因が容易に理解できた。

 後は巻き込まれたプレイヤーなのだが、これは幸いというべきか。揺らめく火柱の周りには馬のような機械がバラバラになっている他に死亡エフェクト及び死体が見られない。

 近くにあった建物の壁に身を寄せ、聴覚を集中させる。

 意味もなくこのような敵に気付かれるような行為はしないだろう。もしこの爆発が追っ手を撒く、もしくは攪乱させるためのものだったら、この付近にプレイヤーがいる可能性は高い。

 だが、ラテンの予想に反して辺りからは人の気配が感じられなかった。

 

「どこに行ったんだ、キリト……シノン……!」

 

 腕時計に視線をやれば、時刻は午後九時十三分を指していた。一先ず身を潜めて、二人の位置を確認したほうがいいだろう。

 割れた窓から建物に侵入し、カウンターの内側へ隠れる。

 そのままマップを開くと、残り一分強の時間が長く感じられるのか無意識に膝の上を人差し指でトントンと叩いていた。やがて、マップ上に一筋の光が南から通り抜けるとそれに反応するかのように点がいくつも出現した。

 近場の灰色の点をタップしていくと、先ほど戦闘した《摩鎖夜》や《銃士X》が表示される。だが、ラテンの周りにはそれ以外に点はなく、マップ上に表示された十個の光る点をタップしてもキリトとシノンの名前は表示されなかった。

 すぐさま今度は灰色の点をタップする。しかし、先ほどと同様二人の名前は表示されない。

 ――川に潜ってんのか?

 衛星スキャンに映らないということは、それ相応――例えば水中や地下、はたまた洞窟などに身を潜めている、ということなのだろうか。

 

「次の衛星スキャンまで待つか……その前にお迎えが来そうだけどな」

 

 スキャンが終了する寸前、マップ中央の都市廃墟エリアから西方面に広がっている草原エリアで身を伏せていたであろうプレイヤーが、こちらに向かって移動し始めて移動し始めているところを確認した。

 そのプレイヤーを迎え撃つため、ラテンは西へ走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七回目のサテライトスキャンが始まった時点で、ラテンは砂漠エリアへ駆けだし始めていた。

 キリトとシノンの行方がわからないまま二度の戦闘を終えた後ようやく二人の足取りを掴むことができたのだ。ぱっと確認したところ、生き残ったプレイヤーは全部で六人。だが、ザザが何らかの方法で衛星スキャンを回避しているとしたら、残り七人だ。

 ラテンは都市廃墟エリアのメインストリートを全力で疾駆する。

 二人は北にある砂漠エリアの中央辺りにいた。今までどこかで潜伏し、このタイミングで姿を現したということは、ザザとの決着を今からつけるつもりなのだろう。ならば、それに加勢する他ない。

 

「――ッ!?」

 

 都市廃墟エリアから砂漠エリアへ流れる直前、正面から空に轟くほどの銃声が響き渡った。それを聞いたラテンは、一瞬停止した後再び砂漠を駆けだした。

 コンクリート製だった都市廃墟エリアの道とは違って、砂漠エリアには砂しかない。きめ細かな粒が足を絡めとるように沈み込むため非常に走りにくいが、何とか音の元にたどり着くと、水色のショートヘアを揺らしながらスナイパーがゆっくりとこちらに振り向いた。

 その表情には驚きの色が浮かんでいる。

 

「シノン、その銃……」

「あ、ええ。死銃と相打ちしたわ。幸いヘカートはスコープだったから修理は可能よ」

 

 彼女の肩に背負われている長大なスナイパーライフルは、狙撃手にとっては命ともいえるスコープ部分が跡形もなく吹き飛んでいた。

 相当なレア武器であるとキリトから聞いていたため、自分たちがまきこんだ原因で失ったとしたら償おうにも償えない。

 

「……キリトは?」

「今、死銃と戦っているわ。それよりも……」

 

 一瞬だけ奥の方へ顔を向けたシノンは、再びこちらに視線を向ける。おそらくキリトはこの先でザザと戦闘しているのだろう。

 だが、加勢するために動こうとしたラテンをシノンが歯切れの悪い言葉でとどめた。

 

「どうした?」

「いえ、大したことじゃないんだけど……さっきあなたが都市エリアにいた時に、近くにもう一人プレイヤーがいたはずなのよ。確か、プレイヤーネームは《ゲイザー》……接敵()わなかったの?」

 

 彼女の言葉に七回目のスキャン時のことを思い出す。 

 そのときはキリトとシノンをようやく見つけた安心感から、彼ら以外の細かい座標までは把握をしてはいなかった。

 しかし、それほど近かっただろうか。自分が確認した時は目測で一キロほど離れていたような気が――。

 途端、背後から殺気を感じラテンはシノンに飛びつく形で前方へダイブした。

 

「きゃっ!?」

 

 可愛らしい悲鳴が耳元で聞こえたのとほぼ同時に、頭上から二発の弾丸が空を切る。

 地面に倒れたのと同時に光剣を浮き放ち、振り向きざまに自分の五感を頼りに追撃の三、四発目を立て続けに切り払った。

 すぐさま腰からショットガンを抜き取り、間髪入れずに引き金を引けば、いつの間にか背後に立っていたプレイヤーの右手に装備されていたリボルバーに命中し、無数のポリゴン片に変化する。

 だが、不意打ちをしたプレイヤーの判断力は早く、腰から――本戦ではラテンとキリトしか使用していなかったと思われた――紅いエネルギーの刃が抜き放たれ、ラテンに向かって突進する。

 ラテンはすぐさま左手を離してショットガンを地面に捨てると、両手でそれを受け止めて鍔迫り合いに持ち込んだ。

 

「行け、シノン! ここは俺が食い止める!」

「わ、わかった!」

 

 背後の足音が遠ざかっていくのを確認してラテンは、襲撃者の正体を知るべく正面へ顔を向けた。

 同時に、目の前のプレイヤーが大きくバックステップし、二人の距離は三メートルほど空けられる。

 

「……お前が、ザザの協力者か」

「…………」

 

 ぼろいフード付きのマントに身を包み、表情はよく見て取れないが光剣を持つ右手の手首には、かつてラフィンコフィンのギルドシンボルだった棺桶に笑った表情の顔を組み合わせたタトゥーが彫り込まれている。ザザが言っていた協力者であることは明白だ。

 右手に力を込めて腰を低くし、今にも突進しようとしていたラテンに高めの無機質な声が降りかかる。

 

「久しぶりだな、ラテン」

「……俺は知らないな。《ゲイザー》っていうプレイヤーは」

 

 すると、ラテンの言葉に触発されたのか目の前のプレイヤーは、くくくと喉で笑い始める。

 

「《ゲイザー》っていうのは単に、頭文字を変えたに過ぎない。僕の本当のプレイヤーネームは……」

 

 抑揚を込めた声を一旦止め、左手でフードをたくし上げて男は続けた。

 

「――《カイザー》、だ」

「なっ……!?」

 

 フードの下に現れたのはこの世界には似合わない少年のような顔立ちであり、実際に会ったことも見たこともないのだが、その口許に浮かぶ微笑にラテンはとある一人のプレイヤーの面影を感じせざる負えなかった。それと共に暴かれた、このプレイヤーの本当の名前。

 途端、ラテンの頭の中で走馬灯のように記憶が蘇り始めた。

 ぐらつく足元を何とか踏ん張って、浅い呼吸を繰り返しながら顔を上げたラテンの瞳孔には、獲物を狩る猛獣のような猛然たる光が宿っていた。

 

「カイザー、お前がしたこと……忘れたとは言わせないぞ」

「もう昔のことじゃないか。水に流そうよ」

「ふざけるな!!」

 

 裂帛の咆哮と共にラテンは地を蹴った。

 夜空を彩る流星の如く、白銀の刃がカイザーに襲い掛かる。それを後ずさりながらも防ぎ切りながら、カイザーは不敵に笑った。

 

「『どんなときにも冷静に』って言ってたアンタが、これとはなぁ!」

「だまれ!」

 

 挑発の言葉に、ラテンは全体重を乗せた上段からの振り下ろしで返す。それを片膝をつきながら両手で受けとめたカイザーは、囁きかけるように呟いた。

 

「実はさぁ……あの時の快感が忘れられないんだよ。だから、次のターゲットはさっきの、あ・い・つ」

「――ッ、この!!」

 

 歯を食いしばったラテンは左足に重心を移動させ、そこを軸にしてがら空きの腹部へ蹴りをお見舞いしようとしたが、それよりも早くカイザーが左手で腰から武器を抜き放つ。

 

「くっ……!」

 

 途端、二発の爆音とともに、放たれた弾丸がラテンの腹部を貫通し、その衝撃によって二メートル半ばほど吹き飛んでしまう。

 視界に映ったHPバーが、満タン状態から削られる。

 空中で一回転し、何とか地面に着地すると、目の前の男は見せびらかすように左手を掲げた。

 

「どうだ、こいつの威力は」

 

 見れば銀色に輝くリボルバーが銃口から煙をふかしていた。しかし、ただのリボルバーにしては銃身が異様に長い。たった二発で、コンバートしたラテンのアバターのHPを三分の一まで削ったのだ。おそらく、どんなプレイヤーも三発で仕留めることができるほどの威力を持ったレア武器なのだろう。次の弾が当たれば、ラテンのアバターは死体に変わる。

 だが、その状況に臆することなくラテンはゆっくりと立ち上がった。その瞳にはただひたすら、憎しみの色が浮かんでいた。

 

「俺は、お前を絶対に許さない」

「そうこなくちゃね」

 

 カイザーは不敵な笑みを浮かべながら、ラテンに銃口を向けた。

 



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第七話 追憶

 

――二年前。アインクラッド。

 

 

 

 

「では、これからよろしくお願いするわね、ラテン」

 

 にこっ、と見た目よりも幾分か幼く可愛らしい笑顔と共にオレンジの液体が入ったグラスを向けられる。右手に持っていた同じものをコツンとぶつけて見せれば、嬉しそうな笑みを浮かべながら目の前の女性はグラスを仰いだ。

 彼女の名は《シーナ》。

 艶やかな黒髪を腰まで伸ばし、左頬側を細い三つ編みで結んでいる。どこか幼さが残りながらも綺麗に整ったその顔立ちと言葉使いからは、落ち着いた大人の雰囲気が感じられるがその実、彼女の年齢はラテンよりもたった一つ上だけらしい。

 最初にそれを聞いた時は驚いてしまい、「どういう意味」と鬼の形相で詰められたものだが、なにかと理由を付けてどうにか難を逃れることができたものだ。

 

「いやぁ、これで俺たちのギルドも超強化がされたってもんだな」

 

 がはは、と笑いながらラテンの肩に手を回したのは無精ひげが似合う濃い顔立ちをした男性プレイヤーで、名は《ガリル》という。このパーティ基ギルドでは両手剣使いの主力アタッカーだ。その横では、このギルドの(タンク)役である《オルフィ》が両肩をすくめて呆れた様子で首を振った。

 そのさらに横には同じくタンク役である《カイザー》がグラスを両手で持って、うつむいている。少年らしさが残る彼はこのギルドの中で一番の年下であり、先ほどグラスを交わした《シーナ》の従弟にあたるらしい。どうやら引っ込み思案らしく、姉のような存在の彼女が何かと世話をしているのだとか。

 円形の大きなテーブルを囲うようにラテンを含めた五人が座っており、右側にはこのギルド――といっても四人しかいなかったが――《自由に気ままに》のリーダーを務めるシーナが座っている。

 『四人しかいなかった』、という表現をしたのは一時的だが『五人目』としてラテンが加わることになったからだ。

 彼女らとこうして濃い付き合いをすることになった原因は、二日前に行われた《第五十層ボス攻略戦》にまで遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 SAOのボスにはある程度一定の決まりが存在する。

 例えば、二十層、三十層など、十層ごとにその他の層とは違った癖の強い行動を取る少し強めのボスが配置されている。ただし、四十九回のボス戦の中で頭一つ跳びぬけた強さを持ったボスモンスターは、二十五層であった。そのため、クウォーターポイントにも強いボスモンスターが配置されているのなら、十の区切りとクウォーターポイントが重なる五十層のボスモンスターには苦戦が強いられると予想されていた。

 ボス戦前の攻略会議では、アインクラッド最強ギルドと名高い《血盟騎士団》の団長であるヒースクリフが直々に指揮を執り、上限人数に近い四十人のプレイヤーで綿密に練り込まれた作戦をもとに挑んだのだが――。

 

「うわぁぁぁぁぁ!!」

「お、おい!」

 

 前線にいた数人のプレイヤーたちが次々に青い光となって消えていく。

 ただし、彼らの行きつく先は現実世界での死ではなく、この迷宮区の近場の街の中央に設置されているテレポート地だ。緊急脱出用の転移結晶を、HPがまだ三分の二以上残っているにもかかわらず使用していったのは、今まさに対峙しているボスモンスターが原因だろう。

 

 眼前の金属製の仏像めいた巨大なモンスターには、六本の手が施されておりそれぞれに長大な剣が握られている。おそらく阿修羅像をモチーフにしたボスなのだろう、六本の剣がタンク役である数人のプレイヤーの盾に高速で振るわれていく。

 一撃一撃のあまりの重さと、絶え間なく振るわれる剣に恐れを抱き戦意を喪失し、こうして緊急脱出を図るプレイヤー――主にボスの攻撃を受け止め続けるタンク部隊――が後を絶たないのだ。

 

「ぎゃああああ!!」

「――くそっ!」

 

 戦闘開始から約三十分経った現在、レイドの半分以上を占めていたタンク部隊の半数が戦線を離脱しダメージを稼ぐアタッカーでさえ、それに呼応して数人離脱していく。それによって、開戦直後は四十人いたはずのレイドも今では二十人にも満たない人数になってしまった。

 そしてついに、恐れていた事態が起こってしまった。

 叫び声の方向に顔を向ければ、タンク部隊の一人が無数のポリゴン片となって消滅する。その横にいたタンクプレイヤーたちの表情に恐怖の色が浮かんだ。彼らのHPはイエローゾーンから危険域であるレッドゾーンに差しかかる直前だった。

 無理もない。

 本来のボス攻略の場合タンク部隊を何列かに分けて、長篠の戦いの織田軍側の戦法よろしく、HPがある程度まで減少したら次の列と交代するという戦い方が定番だった。

 だが現在の戦線には、後退するだけのタンクプレイヤーが存在しておらず、回復する時間もままならないままジリ貧になっているのだ。

 このまま続けていれば、数十分で残ったタンク部隊が壊滅するだろう。

 

「おい、ちょっと協力してくれないか!?」

「え…………」

 

 ラテンは振り返りながら叫んだ。そこには、今回のボス攻略に当たってパーティーを組むことになった《自由に気ままに》のメンバーたちが、崩壊する戦線を呆然と見ていたところだった。

 突然の提案にパーティーリーダーであるシーナがようやく我に返ると、切羽詰まった表情で叫び返す。

 

「協力って……何をするの?」

「前線を立て直すんだ」

「ど、どうやって……?」

 

 シーナが困惑しながら答える。

 彼女のギルドの構成はタンクが二人、アタッカーが二人であり、バランスは悪くない。幸いタンクの二人は離脱しておらず、残り二人のアタッカーも先の戦闘を見る限りこのボス戦に参加するに見合うほどの実力を持っている。

 

「タンクの二人はそのままあいつらと交代、俺たちアタッカーはソードスキルを使ってあの仏野郎の攻撃を弾くんだ。スイッチをうまく使えば、あの連撃にも数分ぐらい耐えることができる!」

「なるほど。だけどそれには人数が足りないわ……」

 

 さすが最前線で戦うギルドのリーダーを務めるプレイヤーだけあって、シーナはラテンが思い描いた作戦と、それによるリスクをすぐさま分析し終えた。

 彼女が言う通り、ラテンの作戦には人数が足りない。

 パーティーにいるのはラテンを含めたった五人であり、そのうちアタッカーは三人を占める。仮に一本の腕の攻撃をうまく防ぐことができたとしても、二人のタンク役に五本の腕を任せることになってしまい、負担が大きすぎる。しかし、このボス攻略に参加しているのは何もこの五人だけではない。ラテンが絶対的信頼を寄せているプレイヤーもいるのだ。

 

「大丈夫だ。俺を信じてくれ」

「…………」

 

 まっすぐな目を向けるラテンに、作戦に対して疑問を持っていた四人のプレイヤーはそれぞれ小さく頷いた。

 

「よし――キリト!」

 

 ラテンはそれを確認した後、少し離れたところに立っていたキリトに向かって叫んだ。

 こちらに顔を向け駆け寄ってきたキリトに作戦の概要を説明する。

 

「わかった。あいつらには俺が手早く説明する。ラテンは行動に移してくれ」

 

 『あいつら』とは、ラテンが信頼をしているヒースクリフ、アスナ、クライン、エギルの四人だ。どのプレイヤーも相応の実力を持っている。

 キリトの言葉に頷いたラテンは背後のシーナたちを確認した後、阿修羅像の猛攻を受け続けているタンク部隊の元へ駆けだした。

 

「ラッ――!」

 

 気合と共にカタナ単発ソードスキル《絶空》を放つ。

 今にもタンク隊に襲い掛かろうとした巨大な剣を甲高い音と共に弾き飛ばすと、間髪入れずにバックステップをしながら叫んだ。

 

「スイッチ!!」

 

 途端、右から疾風の如く現れたシーナが細剣三連撃ソードスキル《デルタ・アタック》を再び振るわれた剣に命中させた。

 ――うまい……!

 細剣は刺突メインの武器であり、ソードスキルの大半が連撃数の多いものばかりだ。しかし、その分一撃の威力は他の武器のソードスキルと比べて控えめで、目の前の巨大な剣を弾くことはほぼ不可能と言っていい。

 だがシーナは、数少ない斬撃属性を持つソードスキルの三連撃をすべてうまく阿修羅像の剣の刀身に当てることで、威力不足を補ったのだ。ただ彼女は当たり前のように成功させたが、ソードスキルはシステムに設定された軌道からズレてしまうと発動が中止されるため実際に行うことは結構難しい。アスナの他にこれほどの実力を持った細剣使いは初めてだ。

 

「数秒俺たちが引き受ける! 下がれ!」

「あ、ああ!」

 

 シーナに続いて《自由に気ままに》のメンバーたちが割って入り、HPが減ったタンク隊を後方へ下がらせる。すぐ隣では、ラテンたちと同じようにキリトたちが綺麗に阿修羅像の斬撃を弾いていた。

 

「ラテン!」

「おう!」

 

 シーナの叫び声に呼応してラテンは三人目のガリルと交代してソードスキルを繰り出す。幸い阿修羅像の攻撃をラテンの思惑通り綺麗にさばくことに成功した。しかし、今行っているのはあくまで防衛行動であり、この猛攻を止めるにはボスモンスターを撃破するか一旦このボス部屋から退避するかの二択しかない。

 しかし後者には殿が必要で、阿修羅像の攻撃に耐えうるタンクプレイヤーが最低でも四人必要だ。この場にはヒースクリフがいるが、他の三人には当てがない。

 ラテンはちらりと後方へ下がったタンク隊のHPを見やると、四度目のパリィと共に叫んだ。

 

「交代してくれ! ――キリト、ヒースクリフ!」

 

 ラテンの言葉に後方へ下がっていたタンク隊が《自由に気ままに》のメンバーたちと代わり、それと同時にラテン、キリト、ヒースクリフがさらに前へ飛び出した。

 低い体勢で駆けだしたラテンに巨大な剣が襲い掛かるが、アバターに到達するよりも早くヒースクリフが前に出て十字盾で防いだ。その横を通り抜け、九連撃ソードスキル《鷲羽》を発動させる。

 九つの青い流星が阿修羅像の胴体を貫き、十分ほど停滞していたHPバーをがくんと減らす。

 

「おおおおおおおお!!」

 

 硬直時間(ディレイ)に襲われたラテンの横をキリトが走り抜け、僅かにのけ反った阿修羅像目がけて片手剣七連撃ソードスキル《デットリー・シンズ》を放った。

 青紫色の閃光が爆発し、阿修羅像のHPをさらに減少させる。

 そして間髪入れずにラテンとキリトの隣からジェットエンジンめいた音と共に、赤い閃光が出現し、阿修羅像を貫きながら二人とは反対方向へヒースクリフが通り抜ける。

 片手剣上位ソードスキルである《ヴォ―パル・ストライク》により再びHPが削られた阿修羅像のヘイトが、反対方向にいるヒースクリフに向かいラテンたちにがら空きの背中が向けられる。

 

「今のうちにダメージを稼ぐんだ!」

 

 後ろにいたアタッカーたちに声をかけ、一斉にソードスキルを阿修羅像に浴びせると、四本あったHPバーが残り一本まで減らすことに成功した。

 同時に阿修羅像が咆哮し、金色のボディを緋色に染めると今までとは比にならないほどの連撃がタンク隊に襲い掛かる。

 

「耐えてくれ……!」

 

 アタッカーであるラテンたちはタンク隊の後ろに隠れるが、この連撃には盾貫通補正がかかっているのか、防いでいるというのにタンク隊のHPバーが見る見るうちに減少している。本来ならばいったん交代するのだが、そんな人員はいないことに加えこの連撃の速さではスイッチによるパリィは不可能だ。

 だが、おそらくこの連撃が終わればボスに硬直時間が発生し、その隙にアタッカー全員で再び攻撃すれば残り一本となったHPバーも消し飛ばすことができるだろう。

 ――あと少し……!」

 阿修羅像の緋色のボディが点滅し始めるのを確認して、この連撃がもうすぐ終わることを悟ったラテンは飛び出す準備をする。他のアタッカーたちもその空気を感じたようで同じように突撃体勢に入っていた。

 そして遂に連撃が終了する。

 幸いタンク隊のHPはイエローゾーンにとどまっており、死者は出ていない。それを確認したのと同時にラテンは足を踏み出した。

 しかし、ラテンの思惑は外れる。

 

「――ッ!?」

 

 最初に飛び出したラテンを待ち受けていたのは再び緋色に染まった阿修羅像。

 ――二度目の連撃……!?

 残念ながら、飛び出したラテンとそれに追随していたアタッカーたちを守るタンク隊は二度目の連撃に耐えうるほどのHPを確保していない。無防備になったラテンたちに無慈悲な連撃が放たれるのは目に見えていた。

 ――くそったれ!

 咄嗟に刀を逆手に持ち替え、防御態勢に入る。しかし、ラテンがとった行動は蟻が迫りくる人間の足を受け止めるに等しいものだった。

 天に掲げられた六本の剣が一斉に動き出し、ラテンたちに振り下ろされる。その一本一本の軌道を読みながら、精一杯の抵抗をしようとする。

 刹那――。

 

「なっ!?」

 

 ガキィィン! と一際大きな金属音と共にラテンの目の前に巨大な火花が散る。見れば、阿修羅像と同じく緋色の鎧を身にまとったヒースクリフがラテンの前に立っていた。

 この世界最強の男と噂されているは後ろを見やることなく、一撃目とほぼ同時に振り下ろされた剣を十字盾で防いだ。そして、三、四撃目が続いて、先ほど見ていた阿修羅像の乱舞がヒースクリフの盾に襲い掛かる。

 しかし、彼が持っているユニークスキル《神聖剣》による補正なのか。はたまた彼自身の技術力によるものなのかはわからないが、先のタンク隊とは違い緋色の騎士のHPは減少していない。それどころか、この男は数人のタンク隊が防ぐのに精いっぱいだった連撃をたった一人で、涼しい顔で捌いて見せている。

 ――化けモンかよ……!

 この世界では上位の実力を持っていると自負しているラテンでさえも、この騎士には賞賛せざる負えない。間違いなくこの男はこの世界最強のプレイヤーだ。

 

「うおおおおおおおおお!!」

 

 その場にいた全員がヒースクリフに呆気を取られていると、このボス部屋の入り口から多数の咆哮が戦場に飛び込んできた。 

 後ろを見やれば、事前にヒースクリフが準備していたのであろう援軍がこちらに向かって駆けだしていた。その数およそ二十。

 連撃を防ぎながらそれを確認したヒースクリフは、援護のタンク隊が到達するのと同時にバックステップを取って交代する。

 

「さあ、後は頼んだよ」

 

 平然と呟いたヒースクリフの瞳には焦りの色が浮かんでいない。さも当たり前のように阿修羅像の猛攻を捌き切ったこの男に、最前線で戦うアタッカーたちがただ黙っているわけがない。全員が彼の行動に触発され、闘志を燃やす。

 

「――行きましょう」

「ああ!」

 

 ラテンは隣から掛けられたシーナの言葉に呼応しながら、今度こそ連撃を終え、硬直時間が訪れた阿修羅像に向かって駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかし、誰がラストアタックボーナスをもらったんだろうな。あのボスだったら相当なレア武器は間違いないぜ」

「トラブルを避けるためには秘匿せざる負えないからな。まああのボス相手に生き残れただけでも儲けものだ」

「そうだな!」

 

 ラテンの言葉にダインが頷きながらジョッキを仰ぐ。

 この場ではお茶を濁したが実際にラストアタックボーナスをもらったプレイヤーをラテンは知っている。先日冗談半分で黒ずくめのプレイヤーにメッセージを飛ばしたところ、見事に的中してしまったのだ。何でも化け物じみた性能を持った片手直剣がドロップしたらしく、装備したくても周りの眼があるから装備しづらいんだとか。

 確かにソロで活動しているキリトやラテンはギルド所属の攻略組からは、《自分のことしか考えないプレイヤー》と、白い目で見られがちだ。そんなプレイヤーが超レア武器を入手したとなれば嫉妬の荒らすが襲い掛かるのは明白と言えるだろう。

 これに関してはキリトに同情せざる負えない。

 

「それにしても本当に入ってくれるとは思わなかったわ。あなた、ソロで長いことやっていたようだしギルドには興味がないと思っていたから」

「あー……別に興味がなかったわけではないよ。パーティを組めればそれだけ安定して戦闘が行えるし」

 

 ソロの利点は自分のペースでモンスターを狩ることができることだ。誰にも干渉しないし、干渉されない。言わば、自分の部屋にいるのと同じような感覚だ。パーソナルスペースを気にすることなく伸び伸びとやれるのは、ソロならではの特権である。しかしその反面、不測の事態が起こったときに対処しきれない場合もあり、実際にそれで最前線で活動していたソロプレイヤーが何人もこの世を去っている。

 常に危険が付きまとう最前線では、背中を預けられるパーティメンバーがいるだけで生存率がぐっと上がるだろう。

 ラテン自信もそれを感じていたのだが、どうにも現存する攻略組のギルドには入る気にはなれなかった。

 

「……ただ、血盟騎士団やら整竜連合やら、最前線で活動しているギルドはすべて規律を重視しているからな。馴染める予感がしなくてな……」

「あー、それはわかるかもしれないわ。彼らって装備が全員同じで、空気? も何だかピリピリしてるから、近づきずらいのよね」

 

 シーナがうんうんと頷いて見せる。

 もちろん彼らの行いを否定しているわけではない。装備を揃えればその分連帯感を味わうことができるし、ピリピリした緊張感も危険な最前線では程よい塩梅になり得る。

 ただ、彼らの行動には《個》が存在しない。このゲームをクリアし、一刻も早く現実世界の肉体に戻るための行いだとしても、《今》を生きているのはこの世界だ。《個》を捨ててまで定められた規律に従い機械的に行動する、それは果たして《生きている》と言えるのだろうか。

 

「その点この《自由に気ままに》はすごいよ、皆が生き生きとしてる。最前線では珍しいギルドだ」

「まあ《個人》を優先にするギルドだからな、うちは」

「自由すぎるのも困りものだけどね。まとめるのが大変よ」

「シーナはよくやっていると思うよ。俺には到底まねできない」

「そ、そうかしら」

 

 ラテンの言葉にシーナがぽりぽりと頬を掻く。

 実際、お世辞抜きに彼女はすごい。戦闘スキルもさることながら状況判断力、統率力頭脳にも長けていて、誰にでも分け隔てなく接することができる。それに加え、美貌も素晴らしい。まさに、完璧に近い人間だろう。

 ラテンがこのギルドに入るきっかけになったのは自由を重んじる規律が主だが、彼女に惹かれたからという理由もなくはない。

 

「まねできないと言えば、あなたの行動もそうよ」

「俺の……?」

「そう。だって、あの絶体絶命の状況でもあきらめなかったじゃない。正直、あのままだったら私たちも離脱を選択していたかもしれないわ」

「あー……」

 

 残されたタンク隊を助けた時の話だろうか。

 確かにあの状況ならば、一旦離脱して再度挑戦したほうが良かったのかもしれないが、残されたタンク隊が絶対に離脱できるという保証はなかった。それがわかっていたのかその時は、タンク隊を残して離脱する、という選択肢が自動的に排除されていた。

 

「あの姿勢は私も見習いたいわ。ああいう状況になったときの秘訣ってあるのかしら」

「えーっと……『どんな時でも冷静になる』ってことかな……?」

 

 ずいっと迫られたラテンは、明後日の方向を見ながら絞り出した。

 あの時は衝動的に行動していたためそれを口にすることは躊躇われ、ありがちな返答をする。しかし、実際に冷静になっていたことも事実であり、嘘を言っていない。

 

「なるほど……」

 

 シーナは深く頷いて見せる。

 ラテンからしてみれば、彼女はその条件を十分に達成しているように見えるが、彼女自身はそう感じてないらしい。そのような前向きな姿勢はむしろこちらが見習うべきところだ。

 何杯目かのグラスを仰いでみせると、この集まりが始まって以来一言も喋らなかったカイザーが小さく呟いた。

 

「姉ちゃん……時間……」

「え? あ、もうこんな時間!?」

 

 彼女と同じようにウインドウを開いてみれば時刻は二十三時を回っていた。集まったのが二十時ぐらいであるから、かれこれ三時間近くだべっていたことになる。

 

「じゃあ遅くなったけど解散にしましょうか。明日は、そうね……午前十時に転移門前で集合しましょ」

 

 シーナの言葉に《自由に気ままに》のメンバーが頷く。

 彼女の言い方からして普段はもう少し早めに解散するのだろうか。攻略組のトップギルドたちは日付が変わるまでレベリングをしているため、それらとは大違いだ。

 ただその差があるというのにこのギルドが攻略組の有名ギルドに匹敵するほどの力を持っているのは、リーダーであるシーナのおかげだろう。

 

「じゃ、また明日」

「うん。今日はありがとう」

「いや、こちらこそありがとうな」

 

 手を上げて《自由に気ままに》メンバーたちに別れを告げると、ラテンはそのまま酒場を後にした。その背中に一人の少年が怨嗟の視線を投げかけているとは知らずに。

 

 





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第八話 弱さ

 

 

 ラテンがギルド《自由に気ままに》へ助っ人として入ってから一か月近く経過した。

 現在の最前線は第五十三層で、すでに迷宮区を発見しその七割が探索し終わりそうなところだ。このまま行けば、五十二、五十三層と同じように十日ほど、つまりあと二日ぐらいでボス部屋が発見され攻略戦が始まるだろう。もちろん、ラテンはこのギルドの一員として参加するつもりだ。

 あらゆるギルドからの勧誘を断り続けたラテンがギルドに所属していることを表に出せば、シーナたちに迷惑がかかる可能性があるため広めてはいない。知っているのは、このギルドのメンバーとキリトぐらいだろう。もしかしたら、情報屋として名高い《アルゴ》の耳にも入っているかもしれないが、ラテンがギルドに入ったかどうかの情報を買うプレイヤーなど、今になってはいないはずだ。それぐらい長く、ソロを続けている。

 そこでラテンは、思考を目の前の狼型モンスターへ戻した。

 

「カイザー、防御頼む……シーナ!」

 

 カイザーが盾を構えてラテンと狼との間に割って入ると、鋭い牙による攻撃で火花が散る。その横をするりと通り抜け、無防備な狼に横っ腹に三連撃ソードスキル《緋扇》を繰り出すと、モンスターに大きなノックバックが発生する。

 狼の攻撃対象がカイザーからラテンに変わったのとほぼ同時に、ラテンの後ろからシーナが出現し、高速の三連刺突からの八連撃ソードスキル《スター・スプラッシュ》で狼のHPを消し飛ばした。

 

「ナイスプレイ! 次、来るぞ……ガリル!」

「おう!」

 

 この層の迷宮区にいる狼型モンスターは、基本的に集団PoPする。そのため、一体を倒してもすぐに二体目の処理をしなければならず、ソロとして活動しているプレイヤーたちにとってはそれ相応の準備や対応を要求される。だが、ギルドに参加した現在のラテンにとっては彼らよりも負担はかなり小さい。

 跳躍しながら噛みつこうとしてくる狼を単発ソードスキル《絶空》で弾くと、間髪入れずにガリルがその着地地点目がけてソードスキルを振るい、可愛らしい鳴き声と共にモンスターがポリゴン片へと姿を変えた。

 同じ要領で三、四体目を倒すと、ようやくブレイクポイントができ一息つく。

 

「結構倒したな。今ので何体目だ?」

「今ので六十一体目だな」

 

 ラテンの返答にガリルは口笛を吹くとその場にドカッと座り込んだ。

 この迷宮区に入り込んで二時間半ほど経過している。集中力を回復させるためここら辺でいったん休憩を取るのも手だろう。

 

「じゃあ、休憩にしましょうか。昼食の時間でもあるからね」

 

 シーナの言葉にカイザーとオルフィがその場で腰を下ろす。

 先ほど戦闘した狼型モンスターたちはここから少し離れた位置でPopし、この位置ではギリギリ認知されないため、ある種の安全地帯であると言える。

 ラテンも同じように腰を下ろし、後ろにあった木へ背中を預けると、そのすぐ隣でシーナが腰を下ろした。

 

「だいぶ息が合ってんきたんじゃないかしら」

「そうだな。あれだけ綺麗に仕留めてくれるとこっちも気持ちいいよ」

「あなたには感謝しているわ。前までは私が主にやってたからアタッカーがガリル一人で、集団戦は今よりも時間がかかっていたわ」

 

 このギルドでのラテンの役割はいわば《中継地点》的なものだ。モンスターの攻撃を弾くもしくはノックバックさせることで、他のアタッカーにとどめを刺させるという行動をしているが、はっきり言って地味な役割だ。

 モンスターを気持ちよくポリゴン片へ変えることはできないし、バランスよくフィニッシャーを選択しなければならない。何より前者が問題だ。

 MMORPGは簡単に言えば、戦闘時の緊張感によるストレスをモンスターを倒すことで発散している。だが、ラテンの役回りはそれをすることができず、ただただフラストレーションが溜まっていく一方だ。だから、普通のギルドではこの役割を交代している。

 だが、ラテンにとっては何の苦でもなかった。経験値やアイテムは自動分配されるし、今までは陽動から止めまですべて自分一人でやっていたため、むしろ楽になったほうだ。

 それに多くのプレイヤーはこの役回りを軽視しているが、プレイヤーの腕次第で戦闘時間が短縮され効率が段違いに変わる。やりがいがないわけではないのだ。

 

「やっぱり最前線の迷宮区は他よりも多く経験値がもらえるわね。攻略組が上位ギルドがどんどん強くなっていく理由も納得だわ」

「……シーナは俺を入れる前に、他の人を勧誘しようとか思わなかったのか?」

「何人かには声をかけたわ。でも全員、大型ギルドに誘われているだとか、ソロでしかやらないとかで断られたの。 ……一応、あなたにも断られていたら、あの黒の剣士にも声をかけようとしていたわ」

「ああ、キリトのことか。まあ、あいつにも事情があるし俺が受けといて正解だったかも」

「事情……?」

 

 シーナが不思議そうな表情を浮かべながらこちらに顔を向けるが、それ以上は深く聞かずすぐに顔を正面へ戻した。

 

「誰しも事情(・・)は抱えてるものよね……よいしょ、っと」

 

 肩をすくめながら答えたシーナは、アイテムウインドウを出現させ何度かタップすると、彼女の手の上に突然アイテムが出現した。否、ただのアイテムではなく、俗にいう《サンドイッチ》だった。包装からして、NPC店で売っているではないことは確かだ。

 緑色の葉のものと卵らしき黄色いものがソースのようなもので照り輝いている肉を挟んでおり、それを見ただけで無意識につばを飲み込んでしまう。

 シーナはそのまま大きく口を開いてサンドイッチにかぶりつくと、頬をパンパンに膨らませながら口を動かした。

 ――ハムスターみたいだな……。

 思わずその頬をつつこうとした右手を抑えると、ごっくんと隣にいるラテンに聞こえるほどの音でシーナは飲み込んだ。途端、口元にソースを付けながらその顔にうっとりとした幸せそうな表情が浮かんだ。

 

「ふっ」

「ん……?」

 

 思わず笑みをこぼすと、シーナが再び不思議そうな表情で顔を向けてくる。

 

「いや、うまそうに食べるなぁって思ってさ」

「っ!」

 

 シーナは慌てて取り出したハンカチで口元を拭うが、ラテンの脳には彼女の表情がすでにインプットされていた。

 む、と恨めしそうな視線が飛んでくるが笑いながら両肩をすくめて見せる。

 

「それ、自分で作ったのか?」

「ええ、そうよ」

「へぇ……すごいな」

 

 この世界にも料理は存在する。

 だが現実世界のように、猫の手をしながら包丁を持って食材を切る、なんて動作はなく包丁をかざすだけで、システムが自動で食材を切ってくれるのだ。ただ、全員が全員同じように切れるわけではなく《料理スキル》というものを習得しなければそのようなことはできない。それに加え、そのスキルの熟練度に応じて完成した品の味も変化するのだ。

 ただし、《料理スキル》は戦闘には全く関係ないスキルであることに加え、ちゃんとした味の品になるまで熟練度を上げるのが相当大変らしいのだ。

 だが、隣の彼女のサンドイッチがまずそうには見えない。それどころかあんな表情を浮かべるのだ。相当美味しいのだろう。

 

「現実でも料理はできるのか? ……って、悪い。現実のことを聞くのはマナー違反だよな」

「別にそれぐらいなら気にしないわよ。そうねぇ……凄く凝ったものはできないけどそれなりには作れたわ。あなたは?」

「俺は基本的に妹に頼りっぱなしだったからなぁ。本当に簡単なものしか作れないぞ。それこそ、サンドイッチとか。パンに具を挟むだけだけど」

「ふふっ、そうね」

 

 シーナは小さく笑って見せると、今度は小さくサンドイッチにかぶりつく。

 そんな彼女を横目に見ながら、ラテンは静かに呟いた。

 

「シーナは本当にすごいな。頭もいいし、運動神経抜群。誰にでも優しいし、心も強い。おまけに料理もできるし……まさに完璧な人間だな」

「その言葉はありがたく受け取っておくわ、ありがとう………………でも、あなたが思っているほど私はすごくなんかないわ…………」

「え?」

「……なんでもない」

 

 後半が小声で聞き取ることができず聞き返してみれば、返ってきたのは可愛らしい笑みだった。

 

「あなたも良かったら食べる? 味はあまり保証できないけど」

「え、いいのか?」

「私そんなに食べる方じゃないからね……はい」

 

 先ほどと同じようにアイテムウインドウを操作したシーナは、彼女が手に持つ包装と同じものを差し出してきた。

 感謝を述べながらそれを受け取ると、前方から足音が近づいてくる。

 

「姉ちゃん、そろそろ行こう」

「もうこんなに時間が経ってたのね」

 

 ラテンも同じように時刻を確認すれば、休憩に入ってから四十分近く経過していた。

 別に休憩を取ること自体問題があるわけではないのだが、あまりに取りすぎるとかえって集中力が切れてしまう。何が起こるかわからない最前線の迷宮区をそのような状態でうろつくのはよろしくはないだろう。

 

「ごめんね、ラテン。できるだけ早く食べちゃってくれるかしら」

「そうだな。じゃあ、ありがたく食べさせていただきます」

 

 ラテンはしっかり味わいながらも素早くサンドイッチを食べ終え、ゆっくりと立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《自由に気ままに》のメンバーたちと別れてから一時間、ラテンは宿屋から出て迷宮区へ向かっていた。

 時刻は午後十一時。連れ立っている者はいない。

 ラテンがこの時間からベットを抜け出した目的は、単純にレベリングだ。別に今のギルドメンバーで狩りをすることに不満があるわけではない。だが、どうしても暇な時間ができてしまうと昔のように一日の大半をレベル上げに捧げてきた血が騒いでしまうのだ。だからこうして時々一人で迷宮区に潜り込んでいる。しかし、この日だけは違った。

 

「よォ、ラテンじゃねぇか!」

 

 振り向けば立っていたのは趣味の悪いバンダナを額に巻いた野武士ヅラの男だった。

 

「クラインか。久しぶりだな」

「ああ。確か一週間ぶりぐらいじゃねぇか?」

 

 顎を小さく擦ったクラインは、ラテンの顔をじっと見ると急ににやにやと笑いだしながら近づいてくる。

 

「な、なんだよ……」

「いやぁ実はな、おもしれェことを聞いてよ……お前、ギルドに入ったんだって?」

「うぇ!?」

 

 いきなりの言葉にラテンは奇妙な声を上げる。

 ラテンがギルドに入ったことを知っているのはほんの僅かな人間しかいない。この世界ではだいぶ信頼を置いているクラインにすら教えていないのだ。

 

「な、何で知ってるんだよ。もしかして……キリトか?」

 

 ギルドのメンバーは考えられないし、残る選択肢はキリトがうっかり漏らしてしまったぐらいしかない。しかし、真実はラテンの予想を裏切るものだった。

 

「いや、かまかけだ」

「は?」

「だってお前さん、最近やけにあのメンバーとつるんでるだろ? ボス攻略戦だって三回連続であいつらと組んでるし、攻略組では噂になってんぞ」

「まじかよ……」

 

 失態だった。

 確かに、第五十層から五十二層までのボス戦では、偶然とはいえ連続でパーティを組んでいた。だが、それだけだったらいくらか誤魔化すことができたのだが、決定的だったのは先ほどのラテン自信の反応だ。あれでは、ギルドに入っていることを宣言したようなものだ。

 

「あー、お前意外とやるな。これからは詐欺師と呼ばせてもらおう」

「なんか不名誉なあだ名だな!? ……まあ、なんつーか良かったよ」

「え?」

 

 クラインが頬をポリポリと掻きながら続ける。

 

「お前ェ、ずっとソロでやってきただろ? キリトは、まあ……あんなことが起こったから何も言えねェけど、一人じゃなんか起こった時本当に危険だからな。お前がギルドに入ってくれてよかった、ってことをだな……」

 

 ラテンはポカンと口を開ける。そして次いで、小さく笑った。

 この男は多少くせはあるが本当に仲間思いの人間だ。ゲームの中でたまたま出会った浅い関係なんて関係なしに接してくれる。きっと現実世界でもたくさんの人に慕われていただろう。

 

「お前は本当に良い奴だな」

「う、うるせェ! ……ったく、そう言えばこんな時間にフィールドへ出るつもりか?」

 

 クラインに声をかけられたのはこの街の門を出る時だった。そう考えても不思議なことではない。

 

「ああ、レベリングをしようと思ってな」

「……一人でか?」

「不満はないけど、昔の血が疼くんでね」

「……はぁ」

 

 クラインが呆れたようにため息をこぼす。確かに、あんな話の後に一人で迷宮区に行くなんて知ったらため息の一つや二つぐらいついてしまうだろう。

 

「……んじゃあ、久しぶりに俺と組もうぜ」

「はい?」

「俺もそういう気分になったんだよ。ほら、ちゃっちゃとパーティ申請を受諾しろ」

「……過保護か」

「うっせェ!」

 

 そうしてクラインと何か月かぶりのパーティを組むことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三時間後。

 迷宮区のモンスターを狩り尽くさんばりの勢いでクラインと暴れまわった後、再び迷宮区に近い街へと帰ってきた。

 クラインとは門で別れたラテンは、夜遅くまで開いているNPCの店へ足を運んだ。深夜に迷宮区へ潜り込んでは、こうして街へ帰ってきた時に何かと小腹がすいてしまうのだ。

 店の中へ入ると、予想通り人は少なく店内はガラッとしていた。適当に座るところの目星を付けるため、ぐるっと見回すとクラインに次いで思わぬ人物が窓側の席に座っていた。

 

「あれ、シーナ?」

「え……?」

 

 ラテンに声をかけられた女性はビクッと肩を震わせて目を丸くする。

 

「ラテン? 何でこんな時間に……」

「それはこっちの台詞だよ。解散した後すぐに部屋を戻ったんじゃなかったのか?」

「えーと、うん。そんなんだけど……」

 

 目をそらしたシーナにラテンは首をかしげる。

 

「……ここ、相席いいか?」

「あ、いいわよ。どうぞ」

 

 向かい側の席に座ったラテンは、やってきたNPCのウェイトレスへ適当に品を頼むと、改めてシーナへ向き直る。

 

「いやぁ、この世界だとカロリーなんて気にしなくていいから、こんな時間でも抵抗ないよな」

「そんなこと言って、現実世界に戻ったら痛い目に合うわよ……まあ、否定はしないけどね」

 

 そう言ってシーナはコーヒーらしきものに口を付ける。カップを持つ姿も、それを仰ぐ姿も非常に上品で、どこかの御令嬢なのかと疑ってしまいそうになる。

 シーナはゆっくりとカップを机の上に置くと、小さく口を開いた。

 

「それで? 何でこんな時間にこんな所に?」

「ああ、まあ、その……ちょっと迷宮区にな」

「え?」

 

 一瞬誤魔化すか迷ったのだが、不思議と彼女に対しては嘘をつきたくはなかった。それは何故かと頭の中で論争し始めるのを無理やり打ち消すと、ラテンは慌てて弁解する。

 

「あ、別に現状に対して不満があるわけじゃないぜ? みんなのおかげで楽に戦えるし。さっきのはなんつーかほら、昔に読んだことのある漫画を今になってもう一度読みたくなる現象、みたいな感じといいますか、何と言いますか……」

 

 うまい表現が見つからずあたふたしていると、シーナはクスッと小さく笑った。

 

「別にそんなに慌てなくても怒らないわよ……あ、でもギルドのリーダーとしてはちょっと心配するわね。一人なんでしょ?」

「あー、一応な」

「本当に気を付けなさいよね。あなたがいなくなったら私は――」

 

 言葉を不自然にぶった切ったシーナは、次いで顔を真っ赤に染める。ラテンは彼女の挙動に首を傾げながら聞き返す。

 

「私は……?」

「な、何でもないわ……!」

 

 首をぶんぶんと振り回すシーナにますます疑問が湧き上がるが、彼女が何でもないと言っている以上、別にその言葉の先を聞く必要はなさそうだ。

 

「まあいいや。で、今度は俺の番だな。シーナは何でこんな時間に出歩いていたんだ?」

「うーん……」

 

 ラテンの言葉にシーナは唸りを上げながら店内を見渡す。人が少ないとはいえ、見覚えのあるプレイヤーがちらほらいる。この場では言いづらいことなのかもしれない。

 

「あ、別に無理に聞こうとかは思ってないぞ?」

「…………いや、ラテンになら別にいいわ。ただ、この場所だとちょっと……」

「……じゃあ、ちょっと歩くか?」

「え? でも料理が……」

「現実世界に戻った時に、痛い目には合いたくないからな」

 

 ラテンは小さく笑うと、おもむろに席を立ちあがる。シーナも同じように笑った後、ラテンの後ろをついていった。

 

 

 

 

 この世界では《食い逃げ》をすることはできない。手持ちの金が足りなければ料理を注文することはできないし、食事を終えた後黙って店を出ても、出た時点で自動的に手持ちの金が消費される。だから、食事に手を付けずに店を出ても何の問題もないのだ。現実世界でやったら、大迷惑どころの話ではないが。

 夜風に舞った艶やかな黒い長髪が月明かりに照らされて、美術の作品の如く美しさを漂わせている。シーナは、手で髪を抑えながらゆっくりを歩を進めると、その隣にラテンは移動した。

 

「……あなた、私のことどう思う?」

「……はい?」

 

 不意に掛けられた質問にラテンの心臓は大きく脈動する。

 今まで意識したことはなかったが、改めて考えてみても彼女のことは好きだ。シーナという女性とは一ヵ月しか接したことはないが、彼女の良さを知るのは一ヵ月もあれば十分すぎるほどだ。

 きっと、ラテン自信彼女に憧れていたのかもしれない。勉学、運動、人間関係。どれも不自由はなかった。だからこそ退屈であって、刺激を求めていたラテンにとって茅場晶彦が作り出したこの世界は天国に似たような場所であった。

 ラテンが攻略組の上位集団に位置しているのは、はっきり言って退屈しのぎの結果だ。刺激を求めた以外に攻略することに対して動機何て存在せず、他人のために行動しているシーナがとてもまぶしかった。ラテンも彼女にようになりたいと心の底で感じていた。

 だから、ラテンは正直な気持ちを口にする。

 

「あー、その……すごく魅力的だと思う」

「へ?」

「たぶん彼女にできたらそいつは幸せ者だと思うし、それが俺だったら絶対に一生大切にs――ふご!?」

「わー!! そうじゃなくて!」

 

 シーナは両手でラテンの口をふさぐ。顔は俯いててよく見えないが、耳の色を見るかがり真っ赤に染まっていそうだ。

 ぐいっと押し込んでくる両手を掴んで引き離すと、案の定顔を真っ赤にしたシーナが口を開いた。

 

「いや、あなたの気持ちはとても嬉しいし私もそうなれたらいいな、なんて思っt――って、何言ってるのよ、私……あー、もう!!」

「わ、悪かった! だから一旦落ち着こう、な?」

 

 可愛らしい声で憤慨する彼女を慌ててなだめる。これでは場所を変えて外に出た意味がない。

 ラテンの言っている意味を察したのか、シーナは荒い息を弾ませながら胸に手を当てて深呼吸をする。何度目かの後、ようやくいつものような凛とした彼女に戻った。だが、妙に気まずい雰囲気が二人の周りを漂い始めた。

 ただ、このまま放置するわけにもいかず、ラテンはおずおずと口を開く。

 

「え、えっと……シーナはどういう意味で言ったんだ?」

「うっ……」

 

 ラテンの言葉に、先ほどの出来事を思い出したのか一瞬顔を赤くしたシーナであったが、すぐに平静を取り戻す。

 

「……今日の昼ぐらいに、あなた言ってくれたでしょ? 『完璧な人間だな』って」

「え? ……ああ、言ったな」

 

 彼女にサンドイッチを分けてもらった時を思い出す。だが、それと今の話がどう繋がるのかは想像できない。

 彼女は、先ほどの慌てようとはうって変わって今度は神妙な顔つきになった。

 

「……私、あなたが思っているほど完璧な人間じゃないのよ」

 

 シーナは静かに続けた。

 

「現実世界での私の家はそこそこの家柄でね、幼いころから周囲に期待されながら育ったの。その期待に応えられるように、勉強も運動も人間関係も一生懸命頑張った。でも本当の理由は違った」

「…………」

「失望されたくなかったのよ。親から、親戚から、友達から、見放されたくなかった。この世界での行動だって、全部それがゆえのものよ。本当は勉強なんて頑張りたくないし、お行儀よく振る舞いたくない。ギルドのリーダーなんてやりたくないし、怖くて逃げだしたい。こうして夜に出歩くのも、明日強くあろうとするため。本当の私は自分の弱さを必死で隠すような弱い人間なのよ……」

 

 ラテンは黙って聞いていた。

 『彼女は完璧な人間ではない』、そんなことはどうでもいい。不謹慎かもしれないが、シーナが彼女自身の胸の内を吐露してくれたことが嬉しかった。だからラテンも、応えなければならない。

 

「……俺が最前線にいる理由は、退屈しないためだ。現実世界では苦も無く生活できてたから、心の底では刺激を求めている。だから俺は、このゲームをクリアしたいのと同時に、クリアしたくないって思ってるんだ。理由は単純。退屈な時間に戻りたくはないから。この世界に囚われたプレイヤーたちを現実に戻したい、なんてのは建前で本当の俺は、自分が満足し続けらればそれでいい自分勝手で最低で、小さくて弱い奴だ」

「そんなこと――」

 

 ラテンは彼女の言葉を遮る。

 

「俺は、本音と現状の行動が伴っていなくても別にいいと思う。人間って弱さがあるから生きて行けるって思うんだ。だからそんなに卑下する必要はないよ」

「…………」

「……ごめん。たぶん俺じゃ、君が求めてるものを渡すことはできない。でも、その代り側にはいられる。ありがとうな。本当の君を教えてくれて」

「……ううん。私こそごめんなさい、急にこんなことを言ってしまって。 ……これからも一緒にいてくれる……?」

「ああ、もちろん」

 

 月明かりに照らされた彼女の嬉しそうな笑みは、今まで見た中で一番美しいものだった。

 





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第九話 悔恨

 

 

 翌日。

 ラテンたちは再び迷宮区の森へ足を運んでいた。

 どうやら昨日の時点でこの第五十三層のボス部屋を発見することができたらしく、今日の午後にボス攻略会議が開かれる。おそらく明日にはボス攻略が始まるだろう。それまでにできるだけレベルを上げるため、こうして迷宮区に潜っているのだ。

 

「スイッチ!」

「はい!」

 

 ラテンと交代するようにシーナが狼型モンスターをポリゴン片へと変える。ラテンたちは昨日と同じ要領で順調にモンスターを狩っていき、午前十一時の時点で全員が一レベル上げることに成功した。

 

「そろそろ街へ戻りましょうか」

「おう、そうだな」

 

 シーナの言葉に全員が頷く。

 全員安全マージン――すなわち階層+10以上のレベルは確保しているため、安全に戦えばボス戦でも死者を出すことはないだろう。後は予定通り、このまま午後の雄攻略会議に参加して明日に備えるだけだ。

 

「……ん?」

「どうしたの?」

 

 ラテンたちが街へ向かって歩を進めること数分。不意にラテンが、横一面に生い茂っている林へ顔を向けた。

 

「……いや、何か人の気配がしたような気がしてな」

「索敵スキルには?」

「反応してないから、気のせいかもしれないな」

 

 そう言って、再び歩き出そうとしたラテンに珍しい人物が声をかける。

 

「……ラテンさんがそう感じたならもしかしたら何かあるかもしれませんね」

「いや、単に気のせいかもしれないぞ。現に索敵スキルに引っかかってないし」

「でも、不安要素は潰しておくべきです」

 

 カイザーが食い下がると、ラテンたちは顔を見合わせる。普段の彼は物静かで、必要以上の会話をすることはない。だが、そんな彼がこうも気にするということは、彼自身がラテンの感じたものに嫌な予感がしているのだろうか。

 カイザーの言う通り不安要素を消しておくことは大事であるため、最初に感じたラテンが確認しに行くべきかもしれない。

 

「じゃあ、俺が確認してくるよ。皆は先に行っててくれ」

「それなら私も――」

「たぶん気のせいだし、わざわざ一緒に来なくてもいいよ」

「……わかったわ」

 

 何故か不満げな視線を投げかけてくるシーナにラテンは首をかしげるが、ただ心配しているのかと思い、気配を感じた方向へ足を踏み出す。

 他のギルドメンバーたちは、林にラテンが入っていくのを見送ってから再び歩を進め始めた。

 

「んー、やっぱ気のせいかな」

 

 地面に生えた草を踏みしめる音以外に、周りからは音が聞こえない。もしモンスター化プレイヤーがいるならば、同じように他の場所から聞こえてくるはずだ。

 止まっている、という可能性もなくはないが向こうにはラテンの足音が聞こえているはずだ。その場合、何かしらのアクションが起きても不思議ではないのだが。

 

「……何か嫌な予感がするな。戻るか……」

 

 ここで感じたのとは別に頭の中で何か引っかかる。

 素早くシーナたちと合流するために、踵を返すと黒い二つの影がラテンに立ちふさがった。

 

「――なっ、お前らは……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 

「今日の昼飯は何にすっかなー」

「意外とガッツリとしたものが食べたいですね」

「おお、それは賛成だ!」

 

 オルフェの提案にガリルが相槌を打つ。

 

「まあ、最近は迷宮区内でお昼を食べることが多かったからそれもいいかもしれないわね」

 

 シーナは賛同しながらも、そわそわと後方へ顔を向けていた。

 その姿はデートの待ち合わせ場所に早く着いてしまった乙女の仕草そのもので、ガリルは目を丸くした後にニヤニヤと笑みを浮かべた。

 

「なんだ、シーナはラテンとできてたのか」

「うぇ!? そ、そんなんじゃないわよ!」

「そんな隠さなくてもいいだろ。お前たちが二人きりになる時って結構多いしな」

「だから、まだそんなんじゃないって……!」

「へェ……『まだ』、ね……」

「ガリル!」

 

 顔を真っ赤にしながらシーナはガリルに詰め寄るが、当の彼は笑みを崩さない。そんな二人のやり取りを見て、カイザーは小さく歯を噛んだ。

 

「……よそ者のくせに」

「ん? カイザー、何か言いましたか?」

「いえ、言ってません」

 

 オルフェはそれ以上深くは聞かず、前を歩くガリルとシーナに追随する。

 その三人を恨めしげに見ながら、カイザーはアイテムウインドウを操作した。

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 

 

 

「何でお前がこんなところにいるんだ、PoH……!」

 

 PoHと呼ばれた黒いマントを身にまとった男性プレイヤーがにやりと笑みを浮かべる。

 

「そりゃあ、お前に会いたかったからだよ」

「……目的は何だ」

 

 ラテンは睨みながら刀に手を添える。

 この男は殺人ギルド《ラフィンコフィン》のリーダーだ。ギルドとはいえ、彼らの生業はモンスターを狩ることではなくプレイヤーを殺すこと。必然的に彼らのレベルは攻略組よりもずいぶんと低く、そのためこのような攻略組の巣と言っても過言ではないほどの最前線に出没するのは非常に珍しい。余程おいしい話がなければあり得ないのだ。

 

「まあ、そんなに警戒するなよ。今回のターゲットはお前じゃない」

「何……?」

「実は、現状に不満を持っている奴がいてな。そいつにちょっと協力してやったんだ」

 

 肩をすくめたPoHは不意に、明後日の方向へ顔を向ける。その仕草は演技というには本物じみていて、思わずつられてラテンもその方向へ視線を向ける。しかし、その行動が仇となってしまった。

 

「っ!?」

 

 後方から出現した気配にラテンは体を捻って対処するが、PoHの仕草に釣られたおかげで一瞬だけ対処が遅れてしまい、投擲物のようなものが体を掠め、体制を整えたのと同時にラテンはその場で膝をついた。

 

「これは……!」

 

 視界の隅にあるHPバーの下に黄色いアイコンが出現していた。それは状態異常を示すもので、麻痺による硬直がラテンに襲い掛かっていた。おそらく投擲物に麻痺毒が塗られていたのだろう。

 ――しまった……!

 PoHのいる前で麻痺になるということは、殺してくれと言っているようなものだ。現に、同じような手口でこのギルドは何人ものプレイヤーを殺している。生き残るためには、ラテンのHPが麻痺が解けるまで奴らの攻撃に耐え切らなければならない。

 歯を食いしばったラテンに近づいたPoHはその肩に手を置いてにっこりと笑った。

 

「だから、安心しろって。さっきも言ったがお前をここで殺すつもりはない」

「いいんすかヘッドォ。こいつは攻略組でもトップレベルですぜ?」

 

 抑揚のある声で近づいてきたのは、ラフィンコフィンの幹部である《ジョニー・ブラック》だ。

 

「こいつにはもっと面白い舞台で戦ってもらわねぇとな。ここで殺すのは、かわいそうだろ?」

「『かわいそう』、ねぇ……」

 

 ゲラゲラと笑いだすジョニーにラテンは睨みつける。この男たちは、人の命を奪うことに何の躊躇いも感じられない。正義の味方を気取っているわけではないが、こいつらには嫌悪せざる負えなかった。

 

「……じゃあ何なんだ、お前たちの目的h――」

 

 そこまで言って、ラテンはハッとする。それと同時に、先ほど感じた違和感の正体を理解した。

 

「その様子じゃ、わかったみたいだな」

「ふざけんな!!」

 

 ラテンは噛みつかんばかりの勢いで叫ぶ。だがPoHはただ静かに笑っただけだった。

 

「言っただろう、不満がある奴に協力した、って」

「ッ……!」

 

 あのメンバーの中にラフコフへ協力を依頼した人物がいるならば、それ相応の挙動をするはずだ。そして、シーナたちと別れる前に様子がおかしかったのは――。

 

「なんで……!」

「それはお前自身で聞くんだな」

 

 そう言うとPoHは周りを囲んでいたラフコフのメンバーたちに合図をする。そろそろラテンを縛っていた麻痺が解ける頃だ。その手慣れた行動にますます嫌悪感が沸いてくるが、それ以上にシーナたちが気がかりであった。

 予めわかっているのなら彼女たちほどの実力があれば対処をすることができる。しかし、今回の相手は信頼を置いている身内だ。どう考えても不意打ちされるほかない。

 

「じゃあな、ラテン」

「くっ……PoH!!」

 

 不敵に笑いながら林へ消えてッたPoHにラテンは叫ぶことしかできなかった。

 そしてラフコフのメンバーたちが視界から消えたのとほぼ同時に、男性の叫び声らしきものが、この場に木霊する。

 

「嘘だろ……やめてくれ……!」

 

 一向に解除されない麻痺にラテンはいらだちを募らせる。

 ――早く……早く……!

 

「うわあああああ!!」

 

 そして再び男性の叫び声。

 ラテンは歯が割れんばかりの強さで食いしばった。

 実際の時間は三十秒。だが、今のラテンにとっては永遠の時間とも感じられた麻痺の残り時間に心の中でありったけの罵声を浴びせながら、地を蹴った。

 自身の敏捷値を最大限に発揮したそのダッシュは今までで一番速いものだった。

 僅か十秒で百数メートルを走り抜けると、目に飛び込んでいたのは長剣に刺されて地面に伏せていたシーナの姿だった。

 

「シーナっ!!」

「ら、てん……」

 

 顔を上げた彼女の瞳からは大量の涙が溢れていた。

 そして次の瞬間。

 

 

 

 パリィィィン。

 

 

 

 無情なポリゴンサウンドが辺りを包み込んだ。

 

「ぁ……ぁぁ…………」

 

 声にならない声を発しながら、ラテンは自分の眼がしらが熱くなるのを感じた。それと同時に、彼女との一か月間の思い出が走馬灯のように脳裏によぎる。

 

「遅かったね、ラテン」

 

 カイザーの言葉が引き金になったのか、獰猛な野獣のようにラテンは地を蹴り刀を振るう。それに応戦するようにカイザーも剣を構えるが、この瞬間のラテンの速さは彼の数倍上回っており、いとも簡単に剣を持つ右腕が斬り飛ばされた。

 

「何でこんなことをした!!」

 

 左手で胸ぐらを掴み、ラテンは目一杯叫ぶ。

 そしてようやくそこで表情が見えなかったカイザーの顔を見ることができた。

 彼の瞳からは涙が流れており、口元には笑みが浮かんでいる。その表情が示すカイザーの心境が理解できず、ラテンはおもむろに突き飛ばした。

 

「シーナは……お前の従姉だったんだろ……! なんで……なんで……」

「お前のせいだ、ラテン」

「な……」

「お前が、僕から姉さんを奪ったんだ!」

「奪った、って……!」

 

 確かにラテンはシーナと関わることは多かったが、決してそれはシーナとカイザーの絆を壊すものではなかったはずだ。現に、彼がいない所でシーナはよくカイザーの良い所をラテンに話してくれていた。 

 引っ込み思案だが友達思いのところとか、周囲に気配りができることだとか。決まって彼のことを話す彼女は嬉しそうだった。本当に姉弟のように接していたことがひしひしと伝わってきていた。

 ――それなのに……そうだというのに……!

 憎しみが胸の奥から湧き上がってくるのを感じる。

 激情に流されるままラテンは突き飛ばしたカイザーへ歩を進めた。

 

「お前がいなければ姉さんは僕のものだった。お前のせいで姉さんは変わってしまった。お前に染まった姉さんなんて僕はいらない……!」

「っ、お前は!!」

 

 腕を振り上げ、細い首目がけて振り切ろうとしたラテンは寸のところで刀を止める。

 

「……シーナは、お前のことを大切に思っていた。本当に大切に……」

「そんなの関係ない!」

「ッ!!」

 

 命を奪うことは簡単だった。己を包んだ憎しみに流されるまま刀を振るえればどれだけ良かったか。

 だが、それをさせなかったのは思い出の中の人になってしまったシーナの姿だった。彼女の姿を思い浮かべるたび、ラテンの衝動は止められる。

 

「……シーナに感謝するんだな」

 

 おそろしく低い声音で呟いたラテンは、もしもの時ように黒鉄宮へ繋いでいる回廊結晶を取り出し、その中にカイザーを放り込んだ。

 円形の空間に消える寸前までカイザーは何かを喚いていたが、ラテンの耳に入ることはなかった。やがて、空間が消滅するとラテンはその場に崩れるように座り込む。

 

「シーナ……俺は…………」

 

 頬を伝う滴が地面にこぼれる。それが合図だったかのように、次々と涙が零れははじめた。視界はぼやけ、思考は停止していた。

 

「――ああああああああああ!!」

 

 咆哮。

 胸の奥底から湧き上がってくる感情のままラテンは叫んだ。頭を地面に何度も打ち付け、自分の無力さを何度も呪う。

 

「そばにいるって……約束したのに……!」

 

 ギリッと歯を食いしばり何度も何度も拳と頭を打ち付ける。

 ラテンはそれから他の攻略組が見つけるまでの数時間、叫び続けた。

 

 




ああああああああああああああああああああああ


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第十話 最後の戦い

 

 

 闇を穿つ二発の弾丸が立て続けに放たれる。

 月明かりにも似た白銀の刃でそれらを両断すると、足場が悪い砂地にも拘らずそれを感じさせないような跳躍の後、ラテンは光剣を振り下ろした。

 カイザーの持っていた武器は、通常よりもほんの少し大きいリボルバー。その他には見られなかったため、ラテンの剣を受け止めることはできないはずだった。

 しかし。

 

「……!」

 

 ビシッ、と光剣のエネルギーの奔流が薄水色の光に受け止められたと思いきや、そのまま横へ受け流されると、光点がラテンの胴体目がけて飛び込んでくる。

 体を捻っとそれを回避し、牽制の切り払いと共に一旦下がると、その正体を視認する。

 

「光剣は何もお前たちの特権じゃない」

「…………」

 

 カイザーは手首を動かして水色の刃を回転させた。

 あの世界ではタンク役ではあったが、カイザーも片手用直剣を使用していたため、ラテンの剣撃を簡単に受け流したのも不思議なことではない。

 

「……お前は俺と()で戦うつもりなんだな」

「さぁて、それはどうかな!」

 

 ラテンの言葉にカイザーはリボルバーに込められた残りの弾丸で返答した。

 当たれば死が確実の銃弾だが、ここまでの試合でより一層洗練された光剣による弾丸弾きの前では、ヒラヒラと羽ばたく蝶を虫取り網で捕まえるも同然だ。

 二つの火花が視界を彩るが、すぐさまそれは左右へ消えていき代わりに水色の刃がラテンを塞き止める。

 

「くっ……!」

 

 いくら剣を扱う技術があると言っても、それは所詮常人よりも幾ばくか、というレベルの話だ。つまり、あの世界に囚われるよりもずっと前から剣と接してきたラテンに、カイザー食らいつくことがやっとであった。

 次第に体の各所に白銀の刃が掠り始めると、カイザーは僅かに顔を歪ませる。

 

「くそがぁ!!」

 

 咆哮と共に苦し紛れの大振りが闇の砂漠を照らすが、軌道も意図もまるわかりのその一撃を避けることなど造作もなく、ラテンは膝を折ってしゃがむのと同時に右斜め前へ低い跳躍をした。

 

「ぐふぅ!」

 

 ラテンの動きに伴って振るわれた光剣がカイザーの腹部をえぐり取り、奴のHPを半分ほどにまで減少させる。

 すぐさま体を反転させ追撃を行おうとしたラテンだったが、一応あの世界で最前線に通用するぐらいは実力を持っていたプレイヤーというべきか、はたまた奴自身の意地か、ラテンの追撃は読んでいたようですでに数メートルほどの距離を取っていた。

 だがもちろん、その程度の距離などコンマ五秒もあれば縮めるには充分で、ラテンは闇夜に吹く風となる。

 砂を撒き散らし、カイザーを貫かんばかりの勢いで放たれたラテンの一撃は思わぬ赤い線によって遮られる。

 ――……リボルバー!

 脳から緊急命令を送り、右腕をすぐ停止させバックステップを取る。

 ラテンを止めたのはすでに空になったと思われたリボルバーによる弾道予測線だった。先ほどの銃撃で発射数は合計六発だった。基本的にリボルバーの類は、一度に込められる弾の数が六発であり、ラテンはその情報に則って突進したのだが奴の持つ物はそれ以上の装填数を誇るものだったらしい。

 弾道予測線に臆することなくそのまま右腕を動かしていれば、カイザーのHPを吹き飛ばすことは可能だったが、残り一発でも受けてしまったら即死という冷静な分析が感情的だったラテンの決断を鈍らせてしまったのだ。

 

「ちっ……!」

 

 そして奴の悪運が強かったのか、着地した足場が他と比べてほんの少し脆く、再びの追撃をすることはできずラテンはゆっくりと体勢を整えた。

 その間にもカイザーはラテンと距離を取り、僅かに山になった砂地の前で急停止をする。そして、不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「……確かに『剣』ではお前には敵わない。だが、ここは『銃』の世界だ!」

「――ッ!?」

 

 叫びながら砂地に両手を突き刺したカイザーは、笑いながらそのまま何かを引っ張り出す。

 円形型の機関部に、黒光りする六つもの銃身。それが三脚に支えられ、脇にはたっぷりと弾が詰め込まれた四角い弾薬箱がペットのように付き添っていた。

 ――ミニガン……!

 GGOにやって来る前にその存在は確認済みだ。だがSTR要求値が相当高く、なおかつ移動ペナルティが加算されるため、このBoBでは使用者がほぼいないに等しいものだと思っていたがとんでもない切札を隠し持っていたらしい。

 この武器は秒間百発(・・・・)という恐ろしいほどの速さで弾丸をばら撒く。ただ、カイザーの持つそれは事前に見たものよりか一回り小さいため、もしかしたらもう少し少ないかもしれないが誤差の範囲だ。

 

「苦労して設置したんだ。存分に味わってくれよ」

 

 カイザーが再び笑った。

 ここに伏せられていたということは、すでにこの場所で戦うことをわかっていたということだろうか。もしくは他にこの武器を運ぶ協力者がいるということなのか――。

 そこまで考えて、それらの思考はすべて無意味だと斬り捨てる。

 目の前にあるミニガンの猛攻を回避しつつカイザーに光剣を突き刺すには手段が限られる。特に、あのミニガンを支える三脚が厄介だ。あれがあることで、左右の動きには対処しづらいと予想されるミニガンも、全方向攻撃可能な化け物に早変わりする。

 

「……ここまで来たら、もうやるしかないか」

 

 ラテンは大きく深呼吸する。

 不必要な思考を排除し、必要なものだけを選別する。夜の砂漠に吹き荒れる風の音、それによって舞い上がる砂塵など、もうラテンの耳には入ってこない。

 奴との距離が頭の中で描写され、身体が嘘みたいに軽くなる。この感覚は、あの世界以来だろうか。

 

「んじゃあ――See you again!(またな)

 

 無情にも黒い化け物のトリガーが引かれる。それと同時にラテンは地面を蹴った。

 バァァァァ! と雷鳴に似た轟音が砂漠を貫くが、ラテンが意識するのは自らに伸びる赤いラインの順番だった。

 秒間数十発というのは予想以上に恐ろしく、あり得ないほどの速さで弾道予測線が更新されていく。これでは濁流を素っ裸で泳ぐようなものだ。

 だがラテンはそれをやる。

 

「――!」

 

 ラテンは光剣を逆手に持ち替え、その切っ先で迫りくる濁流の最初の一発を弾く。それが開戦の狼煙となって瞬く間に花火が視界を彩った。

 十……二十……三十。一発弾く間に新たな予測線が更新される。一瞬でも集中を乱せば待つのは穴だらけの死だ。だがこんな状況でさえラテンの中では、本人の意思に関係なくどこか高揚感が生まれ始めていた。

 

「うそ……だろ……!」

 

 あり得ない光景にカイザーが目を見開く。

 十メートルほどあった二人の距離は赤とオレンジの残光と共にすぐに縮まると、ラテンは右腕を押し出し、弾丸の雨を吐き出し続けるミニガンへ光剣を突き刺した。

 途端、風船が破裂するようにミニガンが爆発し二人の間を遮る。

 

「ラァァァ!」

 

 黒い煙の壁を先に突き破ったのは、カイザーだった。

 未だ持っていた水色の刃を爆発に包まれたラテン目がけて振り下ろす。

 しかし、動いていたのはラテンも同じであり、光剣が握られた手首目がけてラテンは左腕を振るう。

 ――銃が撃つ(・・)だけのものだなんて、誰が決めた……!

 左手に握られたのは今の今まで相棒として付き添ってくれていた、フィーリングフィールド。

 

「なっ……!」

 

 その銃身がカイザーの右手を弾きながら振り切られると、役目を交代するかのように白銀の刃がラテンの右手から姿を現す。

 

「おおおおおおおおお!!」

「あああああああああ!!」

 

 雄叫びと共に、無防備になった心臓を光剣が貫いた。

 同時にカイザーの残りのHPバーが吹き飛び、その身体は突然糸が切れたかのように弛緩させる。

 

「今度は刑務所でお前がしたことを悔い改めろ」

 

 そう吐き捨てながらラテンは右腕を引いた。

 途端、支えるものがなくなったカイザーの体は砂の大地に倒れ込み、その頭の上に〖DEAD〗という文字が表示された。

 

「……終わった」

 

 おそらく数日と経たずに菊岡によってカイザーの足取りは特定され、逮捕されるだろう。そしたら数年間は刑務所暮らしだ。死刑だってあり得る。それほど奴がしでかした罪は重いのだ。

 

「……! そういえばキリトたちは!」

 

 シノンが走っていた方向へ顔を向ければ、すぐにラテンは安堵する。そしてゆっくりと歩を進めて、傷だらけの二人と合流した。

 

「やけに苦戦したみたいだな、キリト」

「お前こそよく無事だったな。えぐい音がこっちまで聞こえてきたぞ」

「まあ、何とかなったわ」

 

 涼しい顔で応えるラテンに、先ほどの音の正体が分かっていたのかシノンは呆れた表情を浮かべる。

 それを見て苦笑しながらキリトは口を開いた。

 

「じゃあ、そろそろ大会の方を終わらせないとな。ギャラリーが怒ってるだろうし」

「あ、そうか。今も中継されてるんだっけな……ってことは今からバトルロイヤル再開か? 俺、即行退場しそうなんだけど」

 

 見れば先ほどのミニガンの爆発の影響か、HPバーがレッド領域まで減っておりハンドガン一発でも死にそうなほどしか存在していない。

 キリトとシノンはラテンのHPバーを見た後に顔を見合わせる。その行動が、「最初にラテンを殺ろう」という合図にも思えてきて、ラテンはほんの少し身構える。とはいえ、景品がもらえないのでは優勝にはあまり興味がないのだが。

 

「別にそんな身構えなくていいわよ」

 

 シノンが小さく笑いながら肩をすくめて続ける。

 

「レアケースだけど、北米サーバーの第一回BoBは、二人同時優勝だったんだって。理由は、優勝するはずだった人が油断して、《お土産グレネード》なんていうケチ臭い手に引っかかったから」

「オミヤゲグレネード? それ、何?」

「負けそうな人が、巻き添え狙いで死に際にグレネードを転がすこと」

 

 もしそれが本当の話であったら、勝てそうだったプレイヤーが気の毒だ。しかし、同時優勝判定になっているということは損はなかったはずだ。プライドはどうなっているか知らないが。

 そこまで考えてラテンの頭の中に疑問が浮かび上がる。

 

「あれ、何でその話を今するんだ……?」

「そりゃあ、遊園地のアトラクションでも最初に説明を受けるでしょ? それと同じよ」

「「はい……?」」

 

 ニコッと可愛らしい笑顔と共にシノンはキリトに黒い球体を放り投げる。キリトがそれを反射的に受け取っている隙に、ラテンはシノンに腕を引かれ三人で抱き合う形となった。

 混乱している状態で何とかキリトが受け取ったものを視認すると、黒い球体には四という数字が表示されており、それがすぐさま三になった時点でラテンはすべてを察した。

 

「ちょ、ま……あ――」

 

 ラテンの抵抗も空しく、三人は白い光に包まれた。

 

 試合時間、二時間四分三十七秒。

 第三回バレット・オブ・バレッツ本大会バトルロイヤル、終了。

 リザルト――〖Sinon〗〖Kirito〗及び〖Raten〗同時優勝。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 GGOからログアウトし病室に戻ってきて早々ラテンはキリトのベットの隣にいた人物にぎょっとする。

 

「あ、明日奈?」

「天理君……お帰りなさい」

「え、ああ、ただいま……?」

 

 優しい微笑に流されて返事をしてしまうが、ラテンの脳内には疑問が浮かび上がるだけだった。

 この病院の一室は関係者――つまり天理と和人、ナースの安岐に菊岡ぐらいしか知らないはずだ。和人が彼女に伝えたのならログインする前からこの場にいただろうし、ずっとこの場で天理たちを見守っていてくれた安岐は明日奈と連絡するとは考えられない。残る選択肢は菊岡ぐらいだが――。

 

「……ああ。『クリスハイト』が吐いたのね」

「う、うん。そういうことに、なるのかな?」

 

 目をそらしながら答える明日奈を見てラテンは小さくため息をつく。どうやら彼女の和人に対する愛は生半可なものでは切れないらしい。

 そのやり取りを微笑んでみていた安岐が天理の体に張られた電極を手慣れた手つきで取っていると、突然ベットで横になっていた和人がその身を起こした。

 

「うわっ……びっくりしたな。どうしたんだよ」

「お帰りなさい、和人くん」

 

 各々声をかけるが、和人は天理の言葉はともかく愛しの明日奈の言葉にさえ返事せずにその体勢のまま数秒固まった。

 その様子にその場にいた三人が首をかしげていると、何を思い立ったのか急にその身に張られた電極を力ずくで剥がし始めた。

 

「ちょ、ちょっと、桐ケ谷君……!?」

「すいません! 明日奈も、ごめん……後で説明するから。――天理、一緒に来てくれ!」

「え? あ、ああ」

 

 乱暴にTシャツを着たキリトは、黒いライダージャケットを片手に病室の入口へ走り出す。その後を同じく服を着終えた天理が慌てて追いかけた。

 

「か、和人くん!?」

 

 病室から顔を出した明日奈の驚き声が天理たちの背中に降りかかった。

 

 

 

 

「一体、どうしたんだよ。そんなに慌てて」

「もしかしたら、シノンが危ないかもしれない。お前は警察に連絡してくれ! 住所は――」

 

 病院の駐車場に到着するや否や、和人はガソリン駆動式のバイクのエンジンを稼働させる。天理は和人の後ろにまたがり、その腰に手を当てながらスマホを取り出すと和人はヘルメットもせずにバイクを動かし始めた。

 

「おまっ、ヘルメットは!?」

「しっかり掴まってろ!」

「お、おい……ぎゃああああああ!」

 

 いつぞやのバイク走行を思い出し思わず叫んでしまう天理だっただが、流石にあの世界のバイクほどの速度は出ないためすぐに冷静さを取り戻す。

 片手で110を辛うじて押して、警察に和人が言っていた住所へ来るように連絡するとズボンのポケットにしまい込む。

 

「……で、何でそういう考えに至ったんだ!?」

「シノンが言っていたんだ。彼女が連絡する友達が『お医者さんちの子』だって!」

「それの何が問題なんだよ!」

「それは後で話す! ――もう着くぞ!」

 

 耳を切るような風と共に辛うじて聞こえた和人の言葉で天理は気合を入れ直す。彼がここまで焦るということは、シノンの『お友達』がもしかしたら危険な存在なのかもしれない。下手したら取っ組み合いに発展してしまう可能性だってある。

 あるアパートの前に到着すると、和人はバイクをしっかりと駐車もせずに階段へと走りだす。天理は彼のバイクを駐車するかどうかを迷った挙句、彼についていくことを選んだ。

 一段飛ばしで階段を駆け上がり、数秒遅れて和人が侵入した部屋にたどり着くと、玄関で小柄の少女が驚いた表情でこちらに顔を向けた。

 

「シノンか!?」

「あなた……ラテン?」

 

 GGOの世界と同じように透き通った声の彼女は間違いなくシノンなのだろう。彼女の先では、和人が栗色の髪をした少年と取っ組み合いをしていた。

 

「天理! 彼女を頼む!」

「頼むって……!」

 

 先制攻撃したのか、栗色の髪の少年の鼻からは血が流れているが彼の力が想像以上に強いのか、はたまた見るからに理性を失っているからか、決して和人が優勢とは言えない状況だった。

 助けに入るか、彼の言う通りまずシノンを安全な場所へ連れていくか迷っていると天理の袖が小さく引っ張られる。

 

「あ、あの、新川君は注射器を――!」

「僕の朝田さんに近づくなああああああッ!!」

 

 和人の顔面に新川と呼ばれた少年の左拳がめり込み、鈍い音を立てる。そして、右手から今しがたシノンが言っていた注射器を取り出した。

 

「死ねえええええッ!!」

「キリト――ッ!!」

 

 新川とシノンが叫ぶのはほぼ同時だった。何の躊躇いもなく和人の胸に注射器が差し込まれる。

 ブシュッ、という音と天理が地を蹴ったのはほぼ同時だった。

 

「てめェ!!」

 

 助走の勢いのまま力一杯新川を蹴飛ばすと、奥の一室へ繋がるドアの横の壁に背中を打ち付け新川はそのまま気を失った。

 それを見てすぐに天理とシノンは和人へ駆けよる。

 

「やられた……まさか、あれが……注射器だったなんて……」

「どこ!? どこに打たれたの!?」

 

 シノンは和人のライダージャケットを強引に開くと、黒のTシャツをたくし上げる。その間に天理は119へ電話をかけていた。

 

「ええ、そうです! 友達が注射を打たれて――え?」

 

 和人の現在の症状を確認するためちらりと一瞥した後、もう一度天理は和人の注射器で刺されたであろう箇所を見た。

 直径三センチほどの黒い円形の物体。その表面は先ほどの注射器から放たれた透明な液体によって濡れ、一筋の雫が下方に流れていた。

 天理とシノンは顔を見合わせ、彼女はティッシュボックスから二枚抜き取ってその液体を拭う。

 

「……あっ、はい。お願いします」

 

 先ほどの切迫したトーンとは真逆の声音で電話を切ると、突然和人が呻き声を上げる。

 

「うう……駄目だ……呼吸が……苦しい……」

 

 もう一度、天理とシノンは顔を見合わせる。

 シノンが確認した限り、注射器の液体はすべてこの金属板によって弾かれていた。つまり、和人には薬品による影響がないはずだ。

 

「……ねえ、ちょっと」

「……ちくしょう……咄嗟に遺言なんて……思いつかないぜ……」

「あー……そうだよな。普通は咄嗟に思いつかないよな、遺言なんて。そんな状況になることなんて滅多にないし。 ……つか、思いつかなくてもいいんだけどな……」

「あとは、頼む……天理」

「あー、うん……」

 

 よろよろと差し出された手をゆっくりと握ってやると、和人はまるで映画の感動的なお別れシーンのような笑みを浮かべた。

 それを見ていたシノンはついに爆発する。

 

「ちょっと! これ、何!」

「……へ?」

 

 そこでようやく自分の身に何も起こっていないことを理解したのか、間抜けな声を共に和人は首を動かした。

 金属円を見て固まった和人の代わりに、彼の言葉を待つシノンに天理は説明する。

 

「……たぶん、心電モニター装置の電極だな。強引に剥がしてたから、外れたんだと思う」

「ひょっとして……注射は、この上に?」

「ああ、そうだな」

 

 天理が答えると、和人は力が抜けたように大きな息を吐いた。

 

「え、なに。心臓が悪いの……?」

「いや、ぜんぜん……。《死銃》対策でつけてもらってたんだ」

「そ、そうなの……」

「まったく……、脅かしてくれるなあ」

「そりゃあ……」

 

 シノンは両手でぎゅっと和人の首を掴むと、締め上げた。

 

「――こっちの台詞よ! し……死んじゃうかと思ったんだからね!!」

「お、落ち着け、シノン! このままじゃ本当に和人が死んじまう……!」

 

 ハッとしたシノンは両手を離すと少し離れた場所でうつぶせに倒れたままの恭二に視線を向ける。

 天理もそちらへ顔を向けながら口を開いた。

 

「拘束しておくか?」

「……ううん」

 

 シノンはそれ以上何も言わなかったため、天理も彼女に従った。

 

「とりあえず……来てくれて、ありがとう」

 

 ぺたんと座り込んだシノンがぽつりと呟いた。

 

「いや……結局何もできなかったし……それに遅くなって悪かった」

「……まあ、大切な友達(・・・・・)を助けるのは当たり前だからな」

 

 和人と天理が笑って見せれば、シノンはこくんと小さく頷いた。

 そこからは誰も喋らず静寂が三人を包み込む。

 やがて外からサイレンの音が聞こえてきて、天理は思い出したかのように口を開いた。

 

「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺の名前は――」

 

 そしうて二日間の《死銃事件》は幕を閉じた。

 

 

 




編集しました。


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キャリバー編
第一話 湖の秘密


GGOでの調査から、すでに二週間がたっていた。俺は、朝ごはんを食べている最中にキリトから<手伝ってくれないか?>というメールを受け取った。

何でも、伝説の武器<聖剣エクスキャリバー>をとりたいらしい。

 

「なあ、エクスキャリバーってそんな強いのか?」

 

俺は、ともに食事している、妹の琴音と居候の聡に聞いた。俺は、元々刀にしか興味がないし、今の<月光刀>も十分強いため、伝説の武器にはあまり関心がなかった。

 

「ええ、それはとても強いらしいですよ。なんでも、ユージーン将軍の<魔剣グラム>よりも強いとか」

 

「うん、でもダンジョンがあまりにも難しくて攻略しようとしている人はあんまりいなかったよ。それなのに、お兄ちゃんは伝説の武器級の武器を簡単に手に入れられたんだからうらやましいなあ・・・」

 

「・・・・たまたまだよ、たまたま。それに聡だって伝説の武器の盾を持ってるじゃんか。なんだっけ?」

 

「イージスの盾ですよ。魔法ダメージをほぼゼロにして、ダメージを三十%軽減するんです」

 

「ずるいよな、魔法をほぼ無効化し、なおかつダメージも減らすなんて・・・」

 

「天理さんは魔法を斬れるんだからいいじゃないですか」

 

「いやいや、大きい魔法とか斬る以前の問題だし・・・」

 

「とか言って、お兄ちゃん結局避けたりしてんじゃん」

 

「あれもたまたまだよ、たまたま」

 

俺は、みそ汁を飲み干す。今日の飯の味もいつもと変わらず最高だった。

 

「・・・・ところで、お前らも行くのか?」

 

「ううん、メールは来たけど、今日は聡君とシルフのパーティーでダンジョン攻略するって約束したから行けないんだぁ」

 

「はい、僕もご一緒したかったのですが」

 

「まあ、仕方ないか。・・・・本当にピンチになったら呼ぶわ」

 

俺は、食器をかたずけると、自室に戻る。集合時間まであと二十分ある。

食後直ぐに横になるのははばかられるが、ほかにやることがないのでALOにダイブする。

 

「リンクスタート」

 

俺の視界は白く包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は、リズベットが経営している<リズベット武具店>に到着した。扉を開けるとまだ集合時間まで時間があるというのに、すでに俺以外の全員がそろっていた。

 

「おい、ラテンおせーぞ」

 

「あのなあ、クライン。集合時間までまだ十分もあるじゃねぇかよ」

 

「いつでも三十分前行動だ」

 

「あほか!」

 

「まあ、それよりラテンも手伝えよ、<霊刀カグツチ>の入手」

 

「え、まじかよ。あそこめっちゃ熱いじゃん」

 

「ラテンさん、お兄ちゃんと同じこと言ってる」

 

その場にいた俺とキリト以外が笑い始める。

 

「<光弓シュキナー>も手伝ってね」

 

「・・・・まあシノンには借りがあるからな」

 

「じゃ、人数もそろったことだしさっそく出発するか」

 

「「「「「「「おおー!」」」」」」」

 

俺達は、ヨツンヘイムへと移動し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ、何段あるの?この階段」

 

「さあな、・・・・どうせなら数えながら進むか?」

 

目の前にあるのは、出口が見えないほど長い階段だ。

 

「あのなぁ、ノーマルなルートでヨツンヘイムに行こうと思ったら、ワンパーティーなら最速二時間かかるとこをここを降りれば五分だぞ!俺がリーファなら、通行料を一回千ユルドとってここを使わせる商売を始めるね」

 

「あのねぇお兄ちゃん、ここを降りてもトンキーが出口に来てくれないと、ヨツンヘイムの中央大空洞に落っこちて死ぬ以外ないよ」

 

「・・・・・俺は、落ちて死ぬのはごめんだぞ」

 

「・・・俺もだ」

 

俺とクラインがつぶやくと、笑いが漏れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

予測通り五分足らずで、トンネルを突破した。目の前には、雪が降っている白い世界が広がっていた。

アスナが、俺たち全員に凍結耐性を上げる魔法をかけた。

 

「んじゃあ、トンキーを」

 

「わかった」

 

リーファが右手の指を唇に当てて、高く口笛を鳴らす。数秒後に風の音にまじって、

くおぉぉぉー・・・・ん、という鳴き声を出しながら俺達に近づいてきた。初対面の四人が、階段上で後ずさる。

 

「あいかわらず、でかいなぁ」

 

「お、おい。キリト、大丈夫なのか?」

 

「へーきへーき、あいつああ見えて草食だから」

 

「でも、このあいだ地上から持ってきたお魚上げたら、一口でぺろっと食べたよ」

 

「・・・・・へ、へぇ」

 

クラインはさらに後ずさるが、これ以上後ろに下がれない。トンキーは特徴的な象の鼻をクラインに向けて伸ばして、頭をなでる。

 

「うほうほ!?」

 

「・・・ゴリラになってるぞ、クライン」

 

俺とキリトとクライン以外のメンバーがトンキーに乗るが、クラインはまだ乗ろうとしない。

 

「早く乗れよクライン、トンキーがすねちゃうぞ」

 

「そ、そうは言ってもよぉ、俺、じいちゃんの遺言でアメ車と空飛ぶ象には乗るなって言われてよぉ・・・」

 

「このあいだ、お前の爺ちゃんが手作りの干し柿をくれただろ!うまかったからまたください!」

 

キリトが、クラインの背中を押す。クラインが下りると俺とキリトも後に続く。

 

「よぉーし、トンキー、ダンジョンの入り口までお願い!」

 

トンキーは、鼻を高く上げると、空に飛び始めた。

 

「ねぇ、これ、落っこちたらどうなるの?」

 

俺は、下を見る。相当高い。大体高度千メートルぐらいだろう。ここから落ちたことを考えると身震いをしてしまう。

 

「きっと、アインクラッドの外周の柱から次の層へ上ろうとして、落っこちた人たちが、いつか実験してくれるわよ」

 

「「・・・・・」」

 

俺とキリトは、目を逸らす。その場に笑い声が響いた。

あの時のことは思い出したくないな。

俺は、一人で決心していると、急にトンキーがダイブへと突入した。

 

「「「ああああああああ!!!!」

 

「「「「きゃああああああ!!!」」」

 

「やっほーーーーーーう!!」

 

俺は、リーファの精神を見習いたいと思った。トンキーが、急降下したかと思ったら急に減速し始めたため、俺達はトンキーの背中に張り付いた。

 

「あっ、お兄ちゃん、あれ見て!」

 

俺達は、リーファの指さす方向を見ると、トンキーと同じようなモンスターが四つの手を持った人が人型邪神と戦っていた。それは、ヨツンヘイムではよく見かける光景だ。だが、今回は違った。あろうことか、人型邪神とともに三十人以上いる大規模パーティーも象クラゲを攻撃しているのだ。

 

「・・・・あいつらなにやってんだ?」

 

「わからない。でも、もしかしたらスローター系のクエストかも」

 

「・・・・・!」

 

その場にいた全員が息をのむ。もしかしたら、このクエストをこなすことによって、<聖剣エクスキャリバー>を手にすることができるかもしれない。ならなぜ、わざわざ、氷のピラミッドの中に置くのか。

俺は、氷のピラミッドに顔を向ける。しかし、顔を向けたほうの目の前に巨大の美女が宙に浮いていた。

 

「私は<湖の女王>ウルズ。我らの眷属と絆を結びし妖精たちよ」

 

・・・・眷属?

 

一体何のことかわからない俺は、とりあえずこの巨大女王の話を聞くとする。

 

「そなたらに、私と二人の妹から一つ請願があります。どうかこの国を救ってほしい」

 

「ぱぱ、あの人はNPCです。でも少し妙です。コアプログラムに近い言語エンジン・モジュールに接続しています」

 

「・・・・つまり、AI化されているのか?」

 

「そうです、パパ」

 

「ヨツンヘイムの更に下層には、氷の国<ニブルヘイム>が存在します。彼の地を支配する霜の巨人族の王<スリュム>は、ある時狼の姿に変えてこの国に忍び込み、鍛冶の神ヴェルンドが鍛えた<全ての鉄と木を絶つ剣>エクスキャリバーを、世界の中心たる<ウルズの湖>に投げ入れました。剣は世界樹のもっとも大切な根を断ち切り、その瞬間、ヨツンヘイムからイグドラシルの恩寵は失われました」

 

ウルズが左手を持ち上げると、ウルズの湖に伸びていた世界樹の根が、浮き上がり、天蓋方向へ縮小していく。ウルズの湖を満たしていた膨大な水は一瞬で凍結し、超巨大の氷の塊を世界樹の根が上空に引き上げていく。そして、その氷の塊が半分ぐらい天蓋に突き刺さった。その形は、まさに<氷の逆ピラミッド>だ。

氷の塊の最下端に、きらきらと黄金の光が見える。それは、エクスキャリバーに違いない。

 

「妖精たちよ、どうかエクスキャリバーを<要の台座>より引き抜いてください」

 

    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・どうするみんな?」

 

「・・・・こうなったらやるしかないよ」

 

リーファの言葉に、一同が頷く。

 

「どのみち、エクスキャリバーは手に入れる予定なんだから、一石二鳥だな」

 

「ああ、守りが薄いなら願ったりだ」

 

「オッシャ、今年最後の大クエストだ!バシーンと決めて、明日のMトモの一面に載ったろうぜ!」

 

「「「「おお!」」」」

 

クラインの言葉に、全員が唱和すると、トンキーまでもが、翼を大きく動かして「くるるーん!」と啼いた。

トンキーは、上昇し氷のピラミッドの入り口の横に、付いた。

俺達は、トンキーから降り、大きな二枚扉の前に屹立する。

扉が開くと、俺達は陣形を整えると氷の床を蹴り飛ばして、巨城<スリュムヘイム>へと突入した。

 

 

 

 




今回は、戦闘シーンがありませんでした。エクスキャリバー編は三話構成か二話構成にするつもりです。
この作品をよろしくお願いします!!


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第二話 絆固き牛

<ニブルヘイム>に突入してからすでに二十分が経っていた。だが、道中での雑魚モンスターとのエンカウントはほぼゼロ。おまけに、中ボスもほとんどいなかった。

それは大変喜ばしいことなのだが、フロアボスはきっちり居残っていて、その強さはほぼ反則級なのだ。

俺達は、どうにか第一層フロアボスの単眼巨人型モンスターを倒し、今現在第二層のフロアボスと戦闘している最中だ。

 

「やばいよお兄ちゃん、金色の方、物理耐性が高すぎる」

 

「・・・・ボス、強すぎね?」

 

「衝撃波攻撃二秒前!一、ゼロ!」

 

ユイが、叫ぶと同時に俺は右へ回避する。

俺と後方支援のアスナ以外は攻撃を避けきれず、HPがレッド手前のイエローゾーンまで減る。アスナがすかさずヒール魔法を使うが、長くはもたないだろう。

今回のパーティー編成は、七人パーティー+俺。このゲームはよくわからないが、七人一組のパーティー構成になっている。レイドの場合は、七人パーティー×七の四十九人だ。当然ながら、人数が増えるごとに回復系の魔法の消費が多くなる。なので、パーティーから外れている俺は極力ダメージを受けないようにしていたのだが・・・

 

「キリト君、今のペースだと、あと百五十秒でMPが切れる!」

 

この耐久戦で、ヒーラーのMPが無くなるということは、パーティー壊滅、すなわち<ワイプ>することになる。ワイプした場合、央都アルンのセーブポイントからやり直しになる。

だが、あまりクエスト時間も残っていないはずだ。

 

「メダリオン、もう七割以上黒くなってる。時間はもうなさそう」

 

「解った」

 

キリトは目を閉じ、大きく息を吸うと、何かを行う決心がついたようで、目を見開く。

もし、旧アインクラッドでこの状況に立たされたら間違いなく撤退を指示するだろう。あの世界では、<可能性に賭ける>という選択肢はなかったからだ。だが、今はもうデスゲームではない。俺達は、<ゲームを楽しむ>。ただそれだけでいい。それなら、大きな賭けをしても問題はないだろう。

 

「みんな、こうなったら、できることは一つだ!」

 

キリトは、黒いミノタウロスと金色のミノタウロスを、見て叫ぶ。

 

「一か八か、金色をソードスキルで倒し切るしかない!」

 

<ソードスキル>。あの世界では、俺達の生死を左右する能力だった。今月のアップデートで、運営はソードスキルシステムを導入した。

しかし、それに大きくメリットを追加した。それは<属性ダメージの追加>だ。現在の上級ソードスキルには、地水火風闇聖の魔法属性を備えている。ゆえに、物理耐性の高い金色のミノタウロスに大きくダメージが通るはずだ。

 

「うっしゃァ!その一言を待ってたぜキリの字!」

 

「シリカ、カウントでバブル攻撃を頼む!   二、一、今!」

 

「ピナ、<バブルブレス>!」

 

シリカの命令通り、彼女の上空を舞う小竜は、虹色の泡を発射する。

魔法耐性の低い金色のミノタウロスは一瞬の幻惑効果にとらわれ、動きを止めた。

 

「ゴー!」

 

キリトの合図で、アスナ以外の全員が駆けだす。

キリトと俺とアスナ以外の全員がソードスキルを叩き込む。金色のミノタウロスのHPが一本ほど減る。

キリトが、二刀を装備すると、硬直している仲間の前に立ち、ソードスキルを放つ。

八連撃ソードスキル<ハウリング・オクターブ>だ。

八連撃ソードスキルは、間違いなくこの世界で大技だ。当然、技後の硬直、スキルディレイも長い。

だが、今度はキリトの左手の剣が輝きだした。そしてそのままソードスキルを放つ。

交互に、合計四回ソードスキルを繰り出すと、キリトがスキルディレイにより停止した。金色のミノタウロスのHPは、最後の一本ほどだ。一人でボスモンスターのHPゲージを一本削るなんて、やはりあいつは化け物だ、とつくづく思う。

 

「キリト、あとは俺に任せろ!」

 

俺は、納刀していた鞘を腰から外す。その瞬間、俺の鞘が、水色、真紅、黄色、紫色と交互に輝きだした。

 

「うおおおおおおお!!!!」

 

キリトの合計十六連撃によってディレイが発生していた金色のミノタウロスに、鞘が水色に輝いた瞬間抜刀する。単発抜刀術<天地開闢>。水五割、物理三割、風二割。

あの世界で愛用していた技だ。俺は、金色のミノタウロスの右腕を切り落とすと、今度は刀が真紅に輝き始める。

四連撃ソードスキル<スクエア・グリスター>。火四割、物理四割、風二割。ミノタウロスのHPがガウンと減る。だが、まだ終わらない。

スクエア・グリスターが終わると同時に、刀が黄色に輝き始める。

六連撃ソードスキル<フラッシング・メテオ>。聖四割、物理三割、風三割。

俺は、閃光の如くミノタウロスの脚に斬りつける。斬撃が終わると奴のHPは、三割を切っていた。刀が、今度は紫色に輝き始める。

七連撃ソードスキル<ダークネス・エンタイス>。闇六割、物理三割、風一割。

俺は、これで削り切れると思ったが、技が未完成だったせいか、金色のミノタウロスのHPはぎりぎり残った。俺に、スキルディレイが発生する。

金色のミノタウロスは、ディレイが無くなった瞬間。左手に持っていた巨剣を俺に振りかざす。

これを食らったら、間違いなく即死だ。俺は、思わず目をつぶるが、斬撃は俺に届かなかった。

目を開けるとアスナがいつの間にか細剣を装備して、ミノタウロスにソードスキルを放っていた。奴のHPは、消滅し、金色のミノタウロスは無数のポリゴン片となって消えた。

後方にいた、黒いミノタウロスがHPを全回復したらしく、大斧を持って、今助けに行くぞ相棒と言わんばかりに、こちらに大斧を向けた。だが、金色のミノタウロスが消えた瞬間その動作が止まる。

 

・・・・・・え?

 

何が起きたかわからない黒いミノタウロスと、そいつに笑顔を向ける俺達。

 

「・・・・おーし、牛野郎、そこで正座」

 

硬直が解けた俺達は、一斉に黒いミノタウロスへ駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

敵アバターが爆散した地点にたくさんのドロップアイテムが出現した中、クラインが俺とキリトに顔を向け叫んだ。

 

「おらキリ公!ラテン語!オメエらなんだよさっきのは!?」

 

ラテン語ってなんだよ・・・・。俺は、意味不明な発言をしたクラインに顔を向ける。キリトもめんどくさそうに顔を向ける。

 

「・・・・言わなきゃダメか?」

 

「・・・」

 

「ったりめえだ!見たことねぇぞあんなの!」

 

「・・・・システム外スキルだよ。<スキルコネクト>」

 

おー、という声がリズやシリカ、シノンの口からもれた。

 

「じゃ、じゃあ、ラテン語のは!」

 

「ラテン語ってなんだよ・・・・。俺のは、<スキルオーバーラップ>だ。ソードスキルを一つに重複させると、スキルとスキルの間の時間がほぼ無くなり、一つの連撃のように繰り出せるんだ。この刀を強化して追加された能力だ。・・・・まあ、あれはまだ未完成だけどな」

 

「あれで未完成かよ!?・・・・どんだけ強いんだ・・・・」

 

「う・・・・・なんかわたし今、すごいデジャブったよ・・・・・」

 

「気のせいだろ」

 

キリトはアスナの背中を、ポンとたたくと、声を張り上げた。

 

「さあ、のんびりしてる暇はないぜ。リーファ、残り時間はどのくらいだ?」

 

「今のペースだと、一時間あっても二時間なさそう」

 

「そうか。ユイ、このダンジョンは全四層構造だったよな?」

 

「ええ、三層のエリアは二層の七割程度、四層はほとんどボス部屋だけです」

 

「ありがとう」

 

キリトは、ユイの頭をなでると何かを考え始めた。おそらく、この後の時間配分を考えているのだろう。

 

「・・・・こうなったら、邪神の王様だか何だか知らないけど、どーんと当たって<砕く>だけよ!」

 

リズベットは、キリトの背中をどーんと叩き、そう叫ぶと、俺達も「おう!」と応じた。

 

「よし、全員、HPMP全快したな。そんじゃ、三層はさくっと片づけようぜ!」

 

もう一度声を合わせ、俺達は床を蹴ると、ボス部屋のある氷の下り階段目掛けて走り始めた。

 

 

 

 




今回は、牛野郎との戦闘でした。次回が、キャリバー編最後だと思います。
ところで、キリトは、素でスターバストストリームが出せるってことは、素でジ・イクリプスも出せるんですかね?ソードスキルでジ・イクリプスが実装されたら、ゲームバランスが崩れますよね(笑)
そんなわけで、これからもよろしくお願いします!!


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第三話 囚われの姫と巨人の王

俺達が、第四層に到達したのは第二層のボスを撃破してからわずか二十分しかたっていない。第三層のムカデのようなボスは、リズ、シリカ、シノン、ピナ、クラインが頑張って足を切り落とし、体勢が崩れたところで、俺のスキルオーバーラップとキリトのスキルコネクトによって、撃破した。俺達は、第四層に通づる階段を降り、そして今現在に至る。

目の前には、氷の柵とその中に囚われている何とも美しい女性がいた。

 

「お願い・・・。私を・・・・ここから、出して・・・・・」

 

クラインは、氷の檻に吸い寄せられていくが、キリトがそのバンダナを掴み、引き戻した。

 

「罠だ」

 

「罠よ」

 

「罠だね」

 

キリトの言葉に同調して、シノンとリズも言い出した。

びくんと、背中を伸ばしてクラインが俺達の方に振りかえると、微妙な表情で頭をかく。

 

「お、おう・・・・罠、だよな。・・・・罠、かな?」

 

何とも往生際の悪い刀使いだ。だが、その気持ちはわかる。目の前にいるのは美女なのだ。どんな言葉でも信じてしまうのが男の性分だろう。

 

「ユイ?」

 

「NPCです。ウルズさんと同じく、言語モジュールに接続しています。ですが一点だけ違いが。この人には、HPゲージがイネーブルです」

 

Enable、すなわち有効化されているということだ。通常のNPCはHPゲージが無効化されており、ダメージを受けない。例外は護衛クエストか、あるいは・・・・・。

 

「罠だよ」

 

「罠ですね」

 

「罠だと思う」

 

「・・・・」

 

アスナ、シリカ、リーファが同時に言う。だが、俺はクラインの気持ちがわからないわけではないので、無言だ。

 

「もちろん罠じゃないかもしれないけど、今はトライ&エラーしてる余裕ないんだ。一秒でも早く、スリュムのところまでいかないと」

 

「お・・・・おう、うむ、まあ、そうだよな、うん」

 

クラインは、何度もうなずき、檻から視線を外した。俺達は、奥に見える階段に数歩走った後、後ろから声が聞こえた。

 

「・・・・罠だよな。罠だ、わかってる。でも、でもよ。罠だとわかっていてもよ・・・・」

 

クラインはうつむいていた顔をがばっとあげ、目元を薄くにじませながら叫ぶ。

 

「それでも俺は・・・・・どうしても、ここであの人を置いていけねェんだよ!たとえそれでもクエが失敗して、アルンが崩壊しちまっても・・・・それでもここで助けるのが、それが、俺の生き様・・・・武士道ってヤツなんだよォ!」

 

勢いよく振り向き、氷の檻に駆け戻っていくクラインの背中を見た俺は思わず

 

 よく言った、クライン!

 

と叫びそうになった。

クラインは、愛刀を抜き取ると氷の柵をソードスキルで破壊する。

 

「・・・・・ありがとう、妖精の剣士様」

 

「立てるかい?怪我はないか?」

 

しゃがみこみ、右手を差し出すクラインはまさに紳士の鏡のようだった。

 

「ええ・・・・大丈夫です」

 

頷き、立ち上がった金髪美女は、すぐによろけた。クラインは紳士的に支えるとさらに尋ねた。

 

「出口までちょっと遠いけど、一人で帰れるかい、姉さん?」

 

「・・・・私はこのままこの城から出るわけにはいかないのです。巨人の王スリュムに盗まれた一族の宝物を取り戻すために忍び込んだのですが、見つかり捕えられてしまったのです。どうかわたくしもご一緒させてもらえないでしょうか」

 

「・・・・いいんじゃね?」

 

「え!?ラテンさん、怪しくない?」

 

「まあ、怪しいが。ここまできて見捨てるのもどうかと思うしな~」

 

「・・・・こうなったら最後まで分岐ルートで行くしかないだろ」

 

キリトは、目の前に出現したダイアログのYESのボタンに触れる。

おそらく、キリトのパーティーに一人の名前が追加されたはずだ。

 

「んじゃ、ラストバトル、全開でぶっ飛ばそうぜ!」

 

「おー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺達は、ボス部屋前で、金髪美女のフレイヤにHP増強魔法をかけてもらった。この手の魔法を俺は見たことがないので少しばかり感心したが、時間がないので俺達はそそくさに扉内部へはいって行った。

内部には、大量の宝石や黄金があり思わず息をのむ。

すると、低い声がエリア内部に響いた。

 

「・・・・小虫が飛んでおる。どれ、一つつぶしてくれようか」

 

目の前に現れたのは、超巨大な人だ。俺が、全力でジャンプしても膝までが精いっぱいだろう。

巨人の上に長い三本のHPゲージが出現する。

 

「来るぞ!ユイの指示をよく聞いて、序盤はひたすら回避!」

 

キリトが叫んだ瞬間、スリュムはでかい拳を、猛然と降り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘開始から十分近くが経ち、ようやく俺達はスリュムのHPを一本削った。巨人の王が咆哮を轟かせると、キリトが叫ぶ。

 

「パターン変わるぞ!注意!」

 

「まずいよ、お兄ちゃん。もう、メダリオンの光が三つしか残ってない。多分あと十五分無い」

 

「・・・・・・」

 

ゲージ一本削るのに、十分もかかってしまったのだ。例え、俺とキリトが切り札を使ってもHPを削り切れない。大技によって、長時間スキルディレイが発生し、そのあいだ攻撃を受け、俺とキリトは確実にゲームオーバーになる。そうなると、勝機はなくなる。かといって、このままでも意味がない。一か八かに賭けるかもしくは・・・・。

そう考えているうちに、キリトが叫ぶ。

 

「みんな、防御態勢!」

 

俺達が、防御態勢をとるとその瞬間スリュムが巨大な足を持ち上げた。

 

 まずい!

 

俺が思うとほぼ同時に、スリュムは右足を猛然とストンプした。生まれた衝撃波が俺達を包む。HPゲージを見ると、レッドゾーンに突入していた。

ようやく立ち上がった俺達にさらに追い打ちをかけるように、スリュムが前進する。だが、火に包まれた弓矢が、スリュムののど元に突き刺さり爆発した。奴のHPが目に見えて減少する。

俺は、すぐにハイポーションを飲み、アスナの範囲回復魔法と重複させて、一気にHPが回復していく。一気といっても、少しづつ回復していくため、HPが一瞬で全回復するわけではない。だが、重複させることによって一回の回復量を大幅に上げてくれる。それ+俺には自動回復能力がついているためすぐに体勢を立て直すことができる。

 

「シノン、ラテン三十秒頼む!」

 

「三十秒だけだぞ!」

 

俺は、シノンの近くで奴の拳を刀で受け止める。

 

「ぐっ・・・」

 

予想以上に重い一撃は俺のHPを徐々に削っていく。

 

「シノン!」

 

シノンは、素早く弓を構えると奴の顔目掛けて矢を放つ。スリュムは顔を抑え俺への攻撃を緩めた瞬間俺は、バックステップをしスリュムと距離をとる。

俺は、鞘を取り出し納刀する。その瞬間、鞘が五色に輝き始めると俺は思い切り地を蹴る。スキルオーバーラップ<オーバー・トライ・ワンズ・リミッツ>を放つ。

ついさっき急遽完成させた技だ。ミノタウルス戦に使った連撃+七連撃<ゲール・ウィズ・ライトニング>風四割、雷四割、物理二割を加えている。

俺は、スリュムのHPゲージを一本と少し削るとスキルディレイが発生する。この技のディレイ時間は八秒。どうあがいても、避けることはできないだろう。

 

 キリト、後は頼んだぞ!

 

俺は、奴を見据える。スリュムは俺に拳を振っていた。だが、その拳は俺に届く前に逆に俺から離れていった。俺は、顔を左に向けるとそこには巨大なハンマーを持った超巨大の金髪のおっさんが、ハンマーでスリュムの顔面をたたきつけていた。スリュムを攻撃するということは味方なのだろう。

 

「今だ!全力攻撃!」

 

キリトの声がしたのと同時に七人が俺を追い抜きスリュムにソードスキルを叩き込んだ。

あいにく俺は、硬直のため参加することができず、硬直が解けたころには金髪のおっさんがスリュムの頭をたたき、HPを消滅させていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、俺、しっかり貢献したな?」

 

俺は、思わずつぶやく。なぜならスリュムを倒したとき、俺は攻撃に参加していなかったからだ。

 

「ああ、お前は三十秒以上時間を稼いでくれたんだ。感謝してるぜ」

 

階段を下りながら言ったキリトの言葉に俺以外の全員が頷く。

 

「それにしても、あれがラテン語の最後の切り札か?すごかったぜ」

 

「・・・・ああ。まあな」

 

一応、最後の切り札ではないのだが、現時点では俺の切り札だろう。

俺達は、階段を降り切ると目の前に台座があった。そこには黄金に光る伝説級武器<聖剣エクスキャリバー>が刺さっていた。キリトは、エクスキャリバーの前に立ちありったけの力を使い引き抜き始めた。

 

「がんばれ、キリト君!」

 

「ほら、もうちょっと!」

 

「根性見せて!」

 

「パパ、頑張って!」

 

「キリト、もっと腰を、腰を入れろ!」

 

「くるるるるるるぅ!」

 

アスナの声に続き、俺達は応援し始める。すると、ぴきっという音とともにエクスキャリバーが引き抜かれた。「おお!」という声もつかの間、俺達のいた床が大きく振動し始めた。

 

「・・・・!スリュムヘイムが崩壊します!パパ、脱出を!」

 

「って言っても、階段が」

 

さっきの揺れで、階段が崩壊してしまった。

後戻りもできないし、前に進むこともできない。まさに絶体絶命だ。

 

「よ、よおォし・・・・こうなりゃ、クライン様のオリンピック級垂直ハイジャンプを見せるっきゃねェな!」

 

「そうだ、クライン!お前が今までしてきた苦労をここで見せるんだ!」

 

「うおおおおおおおお!!」

 

「あ、バカ、やめ・・・」

 

俺が、クラインを後押しし、クラインがジャンプする。キリトがとっさに止めるが遅かった。

記録、推定二メートル十五センチ。立派な記録だが、根っこには到底とどかなかった。

クラインは、音を立てて落下するとそのショックのせいで周りの壁が崩壊し始めた。

クラインは、地面に伏している。

 

「立て!立つんだ、クライーーーン!!」

 

「・・・・燃え尽きたぜ」

 

そんなしょうもないコントをしている俺達に、リズベットが思い切りチョップをかましてくる。

 

「クラインさんの、ばかーっ!」

 

シリカの絶叫とともに、俺達の床が勢い良く落ち始める。

 

「ああああああああああ!!!!!!!!」

 

ただでさえ、空中戦闘及び高いところが苦手な俺がこんなハードすぎる絶叫マシンに耐えられるわけもなく、白目をむいて倒れてしまった。

最後に聞こえたのは、リズの一言。

 

「あんたが燃え尽きてんじゃん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が目を覚ましたころには、一人の女性が天を上るところだった。

 

「・・・・・あれ?どうなったの?・・・・・・あで!」

 

そんな俺の言葉に、リズがまた俺の頭をチョップした。

俺とリズと少し離れて胸に手を置いているクライン以外が苦笑した。

 

「・・・・あのさ、この後、打ち上げ兼忘年会でもどう?」

 

「賛成」

 

「賛成です!」

 

俺達は、キリトの言葉に大きくうなずいた。

この冒険はきっと忘れられない思い出になるだろう。

 

 




はい!キャリバー編書き終わりました!ようやく、ようやくマザーズロザリオ編が・・・泣
取り乱して申し訳ございません。今回は、クラインとラテンのコントを少し入れてみました。ちょっとセリフをいただきましたが・・・・・。
あと、エクスキャリバーってどんな能力があるんですかね?魔剣グラムよりも強いということは、チート並みに強いとか(笑)

そんなわけで、次回からはマザーズロザリオ編です!
待ちわびてくださった方々ありがとうございます。
ころからもこの作品をよろしくお願いします!


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マザーズロザリオ編
第一話 絶剣


俺は、昇りはじめた太陽の日差しによって目を覚ます。目の前には、久しぶりに見た茶色い自室の天井だ。俺は、上体を起こすが体中が痛い。

 

「じいちゃん、いくら何でもやりすぎだろ・・・・いててて」

 

俺は、思わず右肩をおさえる。なぜこんなことになったかというと一週間前、つまりキリトのためにエクスキャリバーをとった次の日から、俺は帰省することになった。なぜか、帰省するのは俺だけで妹の琴音と居候の聡は、用があるため帰省しなかった。俺は、仕方なく帰省すると待っていたのは、神社訪問などの楽しい行事ではなく、俺のお祖父さんによる厳しい修行だった。

なぜ修行することになったかというと、久しぶりに祖父さんと手合せしたところ、俺の剣術があまりにもひどすぎて「一から鍛錬じゃあ!」と言って勝手に始めてしまったのだ。

俺は、基本一刀流なのだが祖父さんは二刀流を主体としているため、<二刀流をマスターするための修行>になってしまっていた。

そして、このざまである。

 

「二刀流か・・・・別に使わないわけではないけど」

 

俺は、今ALOで二刀流の練習をしている。何故かというと、<戦闘に有利になる>からだ。俺は、今のスピードカウンター式に不満があるわけではない。むしろ、大好きだ。だが、二刀流をマスターすれば、カウンターの幅が大きくなるし、最大のメリットは<連撃数が増えること>だ。

刀は基本一発一発の威力が高い代わりに、連撃数が少ないという難点があった。かといってOSSで連撃数を増やしたソードスキルでも一撃の重みが弱くなり、結果的に合計ダメージ数は連撃が少ないときと大して変わらないという状況が起きてしまう。

そう言うこともあり、じいちゃんの修行はありがたいといえばありがたいということになる。

 

「・・・・今日は夜にダイブするかな」

 

俺はキリトたちと一週間あっていない。それにゲーム自体も一週間ぶりだ。ゲーム好きの俺にとっては苦痛の一週間であったが、ゲームができる喜び以上に体が疲労しきっていた。俺は、朝食をとるため一階に降りていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在、一月六日午後五時半

 

俺は、二十二層にあるキリトとアスナのログハウスに来ていた。俺は、リーファの隣で読書をしていた。ゲームの中に入ってまで読書する必要はないのだが、やはり一人よりみんなでいたほうが楽しい。俺以外にも、リーファ、リズ、シリカ、コトネ、フライが来ている。リーファ、シリカ、コトネ、アスナの三人は冬休みの課題に没頭している。冬休み終了まであと三日なのに課題は終わっていないらしい。

 

「ほら、シリカちゃん。今寝ちゃうと夜眠れなくなるよー」

 

「うにゅ・・・・むにゃ・・・・」

 

「冬休みも後三日しかないんだよ。宿題頑張らないと」

 

「う・・・うう・・・・眠いです」

 

「・・・・なあ、コトネ。お前帰省しなかったのに何で課題が終わってないんだ?」

 

「こっちはこっちで忙しかったの!ね?フライ君」

 

「あはは、まあ忙しかったといえば忙しかったですけど」

 

「どうせ、年末年始のイベントかなんかだろ?こっちは大変だったっちゅうのに」

 

「そういえば、ラテンさん、実家に帰って何してたんですか?」

 

「・・・・・修行かな?」

 

「・・・・・」

 

リーファは、自分で訪ねといて無反応だ。なかなかひどい奴だ。

そう思い、シリカの方へ顔を向けると今にも寝そうな表情をしていた。

 

「もうすぐそのページも終わりじゃない。がんばって、やっつけちゃおう?」

 

「ふ・・・・ふぁい・・・」

 

「ちょっとこの部屋あったかすぎる?温度下げようか?」

 

「いえ、そーじゃなくて、アレのせいだと思いますよー」

 

「・・・・ああ、ナルホド・・・」

 

「・・・・あいつ、まだ課題終わってないんじゃなかったっけ」

 

リーファが指差す方向には、かつての英雄が眠っていた。あの世界でも、キリトは時間さえあればいつでも寝ていた。それを目撃すると、こちらにも少し眠気が襲ってきてしまう。先に言う、俺はノーマルだ。

 

「ちょっとアスナさん、自分が寝てますよ!あっリズさんまで!コトネも!」

 

シリカは、アスナの肩を揺らしながら眠りかけている女子を起こす。

アスナは慌てたように顔を上げるとアイテムストレージから七つのコップを取り出す。中には、いろいろな色の液体が入っている。俺はその一つを取り口につけると、何ともスパイスの効いたカレーの味がした。

 

「そういえば、さ」

 

リズが何かを思い出したように口を開く。

 

「アスナとラテンはもう聞いた?<ゼッケン>の話」

 

「ゼッケン?運動会でもするの?」

 

「さすがに違うだろアスナ。あれだよ、あれ、ストリートファイターみたいなやつ」

 

「それは<鉄拳>。<ゼッケン>は、絶対の絶にソードの剣と書いて、<絶剣>」

 

「絶・・・・剣。レアアイテムか何かか?」

 

「のんのん。人の名前よ。誰がつけたかわからないけど、ついたあだ名が<絶剣>。絶対無敵の剣、空前絶後の剣・・・・そんな意味だと思うけど」

 

あだ名か。俺にも一応あだ名がある。ブラッキー先生ことキリトは容姿からつけられたあだ名だが、俺は、名前からつけられた。<ラテン>が<ラテン語>ということにしてラテン語は、昔イタリアで使われていたため<イタリアン先生>などと言われている。もしくは、あまりにも速い斬撃から<神速の剣帝>なんていわれている。

まあ、主に使われているのは前者だが、それにしても・・・・・

 

「なんで、イタリアンなんだろうな~」

 

「え?なに?」

 

「いや、聞かなかったことにしてくれ」

 

「はいはい、でね絶剣はデュエル専門なのよ。二十四層のちょっと北にさ、でっかい樹が生えた観光スポットの小島があるじゃない。あそこの樹の根元に、午後三時になると現われて、立ち合い希望プレイヤーと一人ずつ対戦すんの」

 

「大会とか出てる奴か?」

 

「いや、まったくの新顔らしいよ。でもスキル数値は相当高そうだから、ほかのゲームからのコンバートじゃないかな。最初は掲示板に対戦者募集って書き込みがあってさ。三十人くらいが押し寄せたらしいんだけど・・・」

 

「返り討ち?」

 

「まさか、勝ったのか?」」

 

「全員、きれいにね。HP三割以上削れた人は一人もいなかった、ってゆーんだから相当だよね」

 

「ちょっと信じられませんよねー」

 

シリカは、アスナが出したフルーツタルトを食べながら割って入ってきた。

 

「シリカも対戦したのか?」

 

「まさか!観戦しただけで勝てないと確信しましたもん。ま、リズさんとリーファとコトネとフライ君はそれでも立ち会ったんですけどね。ほんと、ちゃれんじゃーですよね」

 

「うっさいなあ」

 

「何事も経験だもん」

 

「そうそう、リーファの言う通り」

 

リズとリーファとコトネは口をとがらせて言った。

 

「なあ、フライも負けたのか?」

 

「はい、負けました」

 

「お前、空中戦闘じゃユージーン将軍以外敵なしじゃん。それでもか?」

 

「はい、さすがにあの人は速すぎました。見てる限り、ラテンさんより速いかも」

 

「まじかよ・・・・」

 

フライが強いというんだから、間違いなくこの世界のトッププレイヤーにランクインしているだろう。

 

「でも、そんだけ強さを見せつけちゃうと、もう対戦希望者なんていなくなっちゃんたんじゃないの?辻デュエルはデスペナルティが相当だし」

 

「それがそうでもないんです。賭けネタが奮っているんですよ」

 

「レアアイテムか何かか?」

 

「アイテムじゃないんです。なんと、<オリジナル・ソードスキル>を賭けてあるんですよ。すっごい強い、必殺技級のやつ」

 

「OSSかぁー。何系?何連撃?」

 

「えーと、見たトコ片手剣系汎用ですね。なんとびっくり十一連撃ですよ」

 

「「十一!?」」

 

アスナは、口笛を鳴らす。それもそうだ、OSSを作るには気の遠くなるほどの努力が必要だ。作り方の手順は簡単であるが、技を登録するのはとても難しい。

なぜなら、重心移動や攻撃軌道は少しの無理があってはならず、その斬撃のスピードも完成版ソードスキルとほぼ同じにしなければならない。

つまり、一、二回でできるものではなく何度も反復練習を行って、動きを体にしみこませなければならない。

現在、最も連撃数が多いのはユージーン将軍の八連撃OSS、<ヴォルカニック・ブレイザー>だ。俺は、七連撃までしか開発していない。それをも上回るとは、たゆまない努力によって編み出したのだろう。

 

「ラテンはあまり興味がなさそうね」

 

「いやいや、はっきり言ってめっちゃ気になる。でもさ、俺は刀を使ってるし、OSSで構成されたスキルオーバーラップがあるからさ、使えそうにないかな」

 

「ふーん、まあ、あんたの技はチート級だもんね」

 

「それを言うならキリトもだろ?合計威力は俺のほうが上回ってるけど単発威力はキリトのほうが上回ってる」

 

「みんなはそのソードスキルを見たの?」

 

「のんのん。初日に演武として披露したみたいだけどそれ以来は使ってないみたいね」

 

「リーファやフライでも無理だったのか?」

 

「最後の最後までデフォルトで押し切られちゃいました」

 

「僕も同じです。素早い斬撃で押し切られてHP五割くらいしか減らせませんでした」

 

「へええ、種族とか、武装は?どんなの?」

 

「種族はインプですね。武器は片手剣ですけど、アスナさんのレイピアくらい細めです。通常攻撃もソードスキル並みの速さで目でも追えないくらいでした」

 

「スピード型かー。リーファちゃんにもフライ君にも見えないんじゃ、私にも勝機無しかな・・・・・・あ」

 

「動きのスピードなら、こことそこに反則級の人がいるじゃない。ラテン君は戦ってないみたいだけど、キリト君ならそういう話興味持ちそうだけど」

 

すると、俺とアスナ以外の奴らは顔を見合わせると急に笑い出した。

 

「ふふふ、もう戦ったんですよ、お兄ちゃん。そりゃもう、かっこよく負けました」

 

「まじか!?あのキリトが・・・・・?」

 

「はい」

 

「・・・・キリト君は本気だったの?」

 

「こう言っちゃなんだけど、あの次元の戦闘となると、わからないなあ。まあ、キリトは二刀じゃなかったしそういう意味では本気じゃないだろうけど」

 

「・・・・キリトはもう本気にはなれないかもな、俺もだけど」

 

「・・・・どうして?」

 

「必死で戦う理由がなくなったからな。あくまでゲームを楽しめばいい。ただそれだけだ」

 

「・・・・・」

 

アスナがだまる。先ほど言った通り俺は、SAOのように必死に戦うことはできない。もちろん、SAOの時の俺と今の俺とを比べたら、今の俺のほうが強いかもしれない。だが、死と隣り合わせだったあの世界では窮地に立った時に、自分の中に眠る潜在的能力がたびたび目覚めていたが、現実世界に戻ってからは、あの感覚を感じたことはない。そういう意味では、本気にはなれない。

 

「・・・・あとは、その絶剣さんとやらに直接聞いてみるしかない、かな」

 

俺が、考えている間に話は進行していたようだ。どうやら、アスナは絶剣と戦うらしい。

 

「ラテンは?」

 

「俺もやってみるぜ。何せキリトを倒した相手だからな」

 

「みんなは付き合ってくれる?」

 

「もちろんですよ!こんな名勝負、ぜったい見逃しません」

 

「勝負になるかわからないけど・・・・じゃ、決まりね。午後二時半にここ集合でいい?」

 

みんなは頷くと、それぞれログアウトしていった。

 

 

 

 

 

 




マザーズロザリオ編第一話どうでしょうか?まだ、ユウキは出てきていませんが次回から出てきます。マザーズロザリオ編は長く書くつもりです。

これからもこの作品をよろしくお願いします!!


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第二話 闇妖精族の少女

俺は今二十四層主街区からちょっと北にある大きな樹の根元に来ていた。

現在時刻は七時半、アスナたちと別れて一時間半が経過していた。午後の七時半に何もないただの樹の下に来るもの好きは、やはりいなく真っ暗だった。俺は、闇妖精族、インプであるため多少夜目が効くが・・・・。

なぜここに来たかというと、もしかしたら<絶剣>がいるかもしれないと思ったからである。まあ、見るからにいそうにないが。

俺は、樹の根っこに座り込むとアイテムストレージを開く。

取り出したのは、普通の片手用直剣よりも細めの片手剣だ。

白く、半透明な剣身が月明かりに反射してきらきらと輝いているように見える。

この片手剣の名称は<クラリティー>。この剣は水晶でできているため、おそらくその宝石の意味からとった名称だろう。

なぜ刀を使っている俺が、片手剣を持っているかというと両刃で、剣尖がとがっているためである。突き技は刀よりも片手剣のほうが、力を伝えやすい。

先日リズに頼んだ時に、なぜ片手剣を使うのか疑問にもたれたが、何とかはぐらかすことに成功した。

俺は、月光刀を右手に、クラリティーを左手に持つ。俺は、二本の刀に意識を集中させる。今この周辺には人影がない。いい練習場所だ。二本の剣が、光に包まれていく。

 

「はあああああああ!!!!!」

 

俺はそのまま斬撃を繰り出していく。その速さは、ソードスキルにほど近いものだった。だが、途中で剣からの光が途絶えてしまう。

 

「くそっ、もう一回」

 

俺は、何度も何度も斬撃を繰り返す。一つ一つの斬撃に意識を集中させて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ、はあ、はあ」

 

練習を始めてから、一時間近く経過しただろうか。俺は、樹の根っこに座り込む。

 

「・・・・あともうちょっとなんだけどな」

 

俺は、夜空を見上げる。この樹の周りが暗いせいか、星がよく見える。俺は、夜空を見ながら、ぼーっとしていると、声が聞こえてきた。

 

「誰かいるの・・・?」

 

俺は、すぐさまクラリティーをアイテムストレージにしまうと声のした方向を向く。

そこには、パープルブラックの髪に真っ赤なヘアバンド、紫色の装備をした小柄な少女が立っていた。目の色は、よくは見えないがアメジストの色をしているように見える。

 

「あ、ああ。悪いな、隠蔽スキルを使って」

 

「・・・・」

 

少女は黙ったまんまだ。俺は、肩をすくめると再び夜空を見上げる。

そろそろ夕飯だ、早く戻らないとな。などと考えていると、先ほどの少女が俺に近づいてきた。だが、少しばかり警戒しているようだ。

無理もない。こんな人けのないところで、隠蔽スキルを使用し、ただ一人だけで夜空を見上げている俺は、はっきり言って変人に見えるだろう。まあ、実際にはOSSを開発していたのだが・・・・・。

俺は、なんとなく気まずくなり立ち上がろうとした。

 

「・・・・ここから見える星ってきれいだよね」

 

「え?・・・・・ああ、そうだな。俺はここにあまり来たことないけど」

 

「じゃあ、何しに来たの?」

 

「え?えーと、その・・・・・あれだよ、あれ。もしかしたら<絶剣>てやつに会えるかなぁ、なんて」

 

俺は、慌てて返すと意外なほど冷静に淡々と少女は答える。なんか、元気がなさそうに見える。

 

「お兄さんは絶剣と戦いたいの?それなら・・・・」

 

「午後三時にここに来れば・・・だろ?」

 

少女は頷く。絶剣を知っているということは観戦したのか、もしくは戦ったことがあるのかもしれない。俺は、絶剣の情報をあまり持っていない。もしかしたら教えてくれるかもしれないと思い少女に尋ねる。

 

「お嬢さんは絶剣と戦ったことある?もしくは観戦したとか」

 

「え?・・・・」

 

少女は、何を言えばいいか迷っているようだった。それはそうだろう。見ず知らずの相手にいきなり質問されると誰だって困惑する。

 

「・・・突然訪ねて悪かった」

 

「・・・・うん」

 

「「・・・・・」」

 

会話が途切れる。やはり俺は立ち去ったほうが彼女のためになるだろう。

俺は、立ち上がる。

 

「じゃ、じゃあ、俺は行くよ。邪魔して悪かった」

 

「ね、ねぇ、お兄さん!」

 

「ん?」

 

「お兄さんは、ワンパーティーだけでボスを攻略するのは、ばかげてると思う?」

 

「・・・・いいんじゃないか?ワンパーティーだけでボス攻略すれば石碑にパーティー全員の名前が刻まれるからな。いい思い出になると思うぜ」

 

「そ、そうだよね、ありがとうお兄さん。おかげで元気が出てきたよ」

 

「そうか。それはよかった。お嬢さんには笑顔が似合うよ」

 

「え?」

 

我ながらくさいセリフを言ってしまった。

絶対引かれただろ今の!と後悔し急いでその場を離れる。その場に残された少女は、ぽかんと口を開けていた。

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は、約束通り午後二時半にキリトとアスナのログハウスに行くと外に俺以外のメンバーが集まっていた。俺が到着すると、俺達は早速噂の絶剣がいる場所へ飛び立つ。

 

大きな樹の根元に到着するころにはすでにほかのプレイヤーたちが集まっていた。挑戦者よりも観戦者のほうが多いだろう。

俺達が着陸すると同時に、上空から喚き声とともに一人のプレイヤーが落下してきた。見たところサラマンダーらしき剣士は地面から頭を抜き取ると、大声で喚く。

 

「参った!降参!リザイン!」

 

デュエル終了のファンファーレが宙に響いた。大きな拍手と歓声がこの場を包む。

 

「すげえ、これで六十七人抜きだぜ、誰か止める奴はいないのかよ」

 

賞賛とともにそんなボヤキが聞こえてきた。午後三時からそんなに経っていないはずだ、それなのにもう六十七人抜きを達成しているということは相当強いはずだ。

俺は、上空から降りてくる勝者を確認するため目を細める。太陽の光でシルエットしか見えないが、想像していた巨漢のイメージはすぐさま崩れ去る。筋肉もりもりどころか、華奢で小柄な体型をしている。

地面に近づくにつれて細部が徐々に見えてくる。

特徴的なインプの肌。パープルブラックのストレートに長く伸びた髪。胸部分を覆う黒曜石のアーマーは少しの丸みを帯び、その下にチュニックと青紫のロングスカート。腰には黒く細い鞘。

そのプレイヤーが地上に降り立つと、お芝居のような仕草で礼をする。そして、満面の笑みを浮かべVサインを作った。周りからは、盛大な歓声と口笛に包まれている。

その姿には、見覚えがある。というか、ないわけないだろう。

目の前にいるのは昨日会った・・・・・。

 

「ええええええええええ!!!!????」

 

俺の叫びが大空に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?お兄さんは昨日の・・・」

 

「き、気のせいだと思うよ!きっと気のせい!」

 

俺は、慌てて話を逸らす。それもそうだ。昨日あんなくさいセリフを残して逃げたのだ。今なら恥ずかしくて死ねるだろう。

 

「え?そ、そう」

 

「と、ところでこのお姉さんが君とデュエルしたいらしいよ」

 

「ちょ、ちょっと!ラテン君!?」

 

俺は、アスナの背中を押し前に出す。アスナは転びそうになるが何とか体勢を立て直し少女と対峙する。

 

「あ、お姉さん、やる?」

 

「え、えーと・・・・じゃあ、やろうかな」

 

「おっけー!」

 

少女はそう言うとウインドウを操作し始める。隣から、「バーサークヒーラーやっちまえ!」「月例大会の表彰台常連の実力見せてやれ!」「なぜウンディーネを選んだ!?」などと歓声が上がる。

 

種族は・・・・ねぇ・・・・。

 

俺も正直、SAOサバイバーでありかなりの実力者であるアスナが支援系の種族、ウンディーネを選んだ理由がよくわからない。まあ、そこは個人の選択だから他人がどうこう言う権利などないが。

そうこう考えているうちにデュエルが始まった。

 

 

 

 

 

見ている感じだと少女のほうが優勢だ。体勢が崩れてほぼ回避不可能というのに、アスナの四連撃ソードスキルを異常な速さではじき、カウンターソードスキルを放つ。

アスナはそれをまともに受けるが、そのままやられるわけもなくアスナが開発した五連撃のOSSを繰り出す。しかし、少女の方のソードスキルはまだ終わっておらずさらに五連撃を繰り出す。お互いにHPを削り、少女のHPは残り四割、それに対してアスナは残り一割ほどになった。だが、少女のソードスキルはまだ終わっていない。最後と思われる一撃がアスナに向かう。

 

「これが、十一連撃・・・・」

 

思わず声に出して呟いた。その技は、圧倒的なスピードと威力、そして何よりとても美しい技だった。

少女の一撃は、アスナを襲うことなく、胸の前でぴたりと停止する。

アスナは、え?、という表情をする。

すると、少女は剣をしまいアスナの手を握った。

 

「うーん、すっごい、いいね!お姉さんに決めた!!」

 

「な・・・・ええ・・・・?」

 

「ずっと、ぴぴっとくる人を探してたんだ。ようやく見つけた!ね、お姉さん、まだ時間大丈夫?」

 

「う・・・・うん。平気だけど・・・・」

 

「じゃ、ちょっとボクに付き合って!」

 

少女はアスナの手を握ったまま、大きく翅を開く。

 

「お兄さん、ごめんね。また今度デュエルしよー!」

 

「え?あ、ああ」

 

「後で連絡するね!みんな!」

 

少女はアスナを連れて空に飛び立ってしまった。俺は、キリトのほうへ顔を向ける。キリトは、笑顔だった。

 

「なあ、キリト。いいのか?」

 

「いいさ、経験は大事だ。それよりお前はいいのか?」

 

「俺か?俺はデュエルしてくれるなら別にいつでもいいけどな」

 

「そうか」

 

俺達は、アスナと少女が飛び立った空を見つめていた。

 

 

 

 

 




イチャイチャシーンはどうやって書けばいいですかね?よくわからないです。
ラテンはユウキとまだ戦わないことにしました。これからが楽しみです!

これからもよろしくお願いします!!


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第三話 扉前の騒乱

2026年一月八日、水曜日、午前十一時。

 

結局あれから、アスナからの連絡は届かなかった。まあ、あちらにはあちらの事情があるのだろう。

俺は、昨日完成させたOSSを試すためにフィールドに行こうとした。だが、主街区を出るところで一通のメールが届く。差出人はキリトだ。

 

<来てくれないか?>

 

何とも単純なメールだ。また、厄介ごとに巻き込まれるような気がしたがキリトからの頼みだ。特に断る理由もないので<わかった>と簡単な返事をした後、フレンドリストからキリトの場所を特定し、キリトの元へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は、キリトと合流した後二十七層迷宮区に向かっていた。キリトと二人だけでパーティーを組むのは、旧ALOの時以来だ。俺とキリトが、交互に切り札を使えば二人だけでボス攻略も可能かもしれない。

 

「なあ、キリト。こんなところで何をやるんだ?」

 

「ああ、ちょっとな。とりあえず隠蔽スキルを使って隠れていてくれないか?」

 

「は、はぁ」

 

俺は、隠蔽スキルを発動する。俺もキリトも隠蔽スキルはマスターしている。隠蔽スキルをコンプリートしたプレイヤーを見つけるには、索敵スキルをコンプリートするしかない。だが、隠蔽スキルも索敵スキルも鍛錬が地味すぎるので、上げているプレイヤーはあまりいない。つまり、相当なプレイヤーでなければ俺達を見つけることは不可能だ。

 

 尾行でもすんのか?

 

俺は、様々な理由を考えていると、大人数の足跡が聞こえてきた。俺は、とっさに身をひそめる。反対側ではキリトが俺にサインを出している。

両手の人差し指を取り出し、同時に動かしている。それは、片方の指がもう片方の指にストーカーをしているように見えた。

つまり、<尾行しろ>ということだ。目の前に大人数のプレイヤーが通り過ぎる。見た感じ三十人近くいるようだ。

俺とキリトは、大人数のプレイヤーの後ろをついていく。かなり接近しているので、ばれるのではないかと思うが、このゲームは隠蔽スキルを使いながら走れるため、俺達を視認しなければばれることはない。まさに、空気の状態だ。

俺達はしばらく走っていた。

 

 

 

 

 

Side アスナ

 

 

「ごめんなさい、私たちボスに挑戦したいの。そこを通してくれる?」

 

私は、ボス部屋前にいる二十人ほどのプレイヤーのうちの一人に声をかける。だが、太い腕を見せつけるように腕を前に組んだノームは、予想にしていなかった言葉を口にした。

 

「悪いな、ここは今閉鎖中だ」

 

「閉鎖・・・・・って、どういうこと・・・・・?」

 

「これからうちのギルドがボスに挑戦するんでね。いま、その準備中なんだ。しばらくそこで待っててくれ」

 

「しばらくって・・・・どのくらい?」

 

「ま、一時間てとこだな」

 

このプレイヤーたちは、偵察隊を配置して情報収集に当たらせたうえ、攻略に成功しそうな集団が現れた時には、大人数で物理的に封鎖しているのだ。最近一部のギルドによる狩場のポイント独占が問題になっていると聞いたことがある。この光景を改めてみると、アインクラッドでの<軍>を思い出す。

私は、尖ろうとする声に何とか堪えながら、言う。

 

「そんなに待ってる暇はないわ。そっちがすぐに挑戦するって言うなら別だけど、それができないなら先にやらせてよ」

 

「そう言われてもね、こっちは先に並んでいるんだ。順番は守ってもらわないと」

 

「それなら準備が終わってから来てよ。私たちはいつでも行けるのに、一時間も待たされるなんて理不尽よ」

 

「だから、そう言われても、俺にはどうにもできないんだよ。上からの命令なんでね、文句があるならギルド本部に行って交渉してくれよ。イグシティーにあるからさ」

 

「そんなとこまで行ったら、それこそ一時間経っちゃうわよ!」

 

どう交渉しても、彼らは道を譲る気はないらしい。ならばどうするべきか。

ボスがドロップしたアイテムやユルドをすべて提供するという取引を申し出るべきか。しかし、ボス攻略の魅力はアイテムだけではない。莫大なスキルポイントのアップと、剣士の碑に名を残す名誉という実体なき褒賞もある。それを考えると、この連中が引くわけはない。

交渉終了を見たのか、ノームの男は身を翻し、仲間の元へ戻ろうとした。

その背中に向かって、私の斜め後ろにいるユウキが言葉を投げかけた。

 

「ね、君。つまり、ボクたちがこれ以上どうお願いしても、そこをどいてくれる気はないってことなんだね?」

 

「・・・・ぶっちゃければ、そういうことだな」

 

「そっか。じゃあ、仕方ないね。戦おう」

 

「な・・・・なにィ!?」

 

「ええっ?」

 

ノームの男と同時にわたしも驚きの声を漏らす。このゲームは、中立地域において他のプレイヤーを無条件に攻撃可能だ。ヘルプ内でもその内容が書かれている。だが、大ギルド相手に戦闘を吹っ掛けるのは報復がほぼ確実にあるだろう。そうなれば、ゲームができなくなることもあり得る。

 

「ゆ・・・・・ユウキ、それは・・・・」

 

「アスナ。ぶつからなきゃ伝わらないことだってあるよ。例えば、自分がどれくらい真剣なのか、とかね」

 

背後のジュンが相槌を打つ。振り返ると、五人とも平然とした態度でそれぞれの武器を握りなおしている。

 

「みんな・・・」

 

「封鎖している彼らだって、覚悟はしているはずだよ。最後の一人になっても、この場所を守り続ける、ってね」

 

「あ・・・・・お、俺達は・・・・」

 

「さあ、武器をとって」

 

ユウキのペースに呑まれたように、ノームが腰からバトルアックスを取り出すと構える。

次の瞬間、ユウキは一陣の突風となって回廊を駆けた。

 

「ぬあっ・・・」

 

ノームが状況をようやく察したかのように斧を振りかぶる。だが、その動きは遅すぎた。ユウキの黒曜石の剣は、闇色の軌跡を残して低い位置から跳ね上がり、男の胸の真ん中をとらえる。

 

「ぐっ!」

 

ノームは、体勢を崩し、それを素早く立て直そうとする前にユウキの斬撃が襲い掛かる。ノームの肩口に剣が食い込みHPを大きく削り取る。

 

「ぬおおおおお!!」

 

さすがは、有名ギルドのパーティーリーダーたる男だ。このままやられるわけもなく、すぐに反撃に出る。だが、ユウキがそれを許さなかった。ノームの重い一撃を弾き返すとソードスキル<バーチカルスクエア>を繰り出す。

 

「ぐはっ・・・・!」

 

悲鳴とともに、ノームの巨体が吹き飛ばされる。HPを見るとレッドゾーンだ。ユウキのHPは一ミリとも減っていない。

 

「きっ・・・・たねぇ不意打ちしやがって・・・・!」

 

リーダーが立ち上がると、その後ろの二十人も戦闘モードに切り替えたようだ。次々に剣を抜き始める。

 

 アスナ、ぶつからなきゃ伝わらないことだってあるよ。

 

私は、ユウキがさっき言った言葉を脳裏でリフレインしていた。それは、きっとその場だけの台詞ではない。ユウキという不思議な少女の、いわば信念なのだろう。

 

 ・・・・そうか・・・。そうだよね・・・。

 

声を出さずにつぶやいた私は、無意識に笑顔を浮かべる。

私は、ブーツのかかとに決意を込めて一歩踏み出し、ユウキの隣に並ぶ。さらに、ジュンとシウネーが私の隣に並び、テッチ、ノリ、タルケンがユウキの隣に並ぶ。

自然にこの場に緊迫の空気が漂う。

しかしこの緊迫を破ったのは、前方ではなく後方から殺到してくる無数の足音だった。ノームの戦士が勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

 

「・・・・・っ!」

 

後ろを振り向くと、無数のカラーカーソルが重なって表示された。ギルドマークには<盾に馬>が混じっている。ということは、ノームのレイドのもう半分だ。

はさまれた状態で、七対四十九はどう考えても分が悪すぎる。

 

「ごめんね、アスナ。ボクの短気に、アスナも巻き込んじゃって」

 

「私こそ、役に立てなくてごめん。この層は無理かもしれないけど、次のボスは絶対にみんなで倒そう」

 

かくなる上は、戦えるところまで戦うだけ。そう覚悟を決め私は攻撃スペルの詠唱を開始すべくワイドをかざした。

 

「あっ・・・・あれは・・・・!?」

 

ノリが叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side ラテン

 

 

しばらく走っていると、前方にボス部屋が見え始める。同時に複数のプレイヤーも確認できた。キリトが、俺に向かって合図すると俺は、それに従う。

キリトは右側の壁を、俺は左側の壁を走り、前の集団を追い越すと扉前にいる七人の後ろに着地する。

キリトは背中から薄青い剣を抜くと盛大な音を立てて地面に突き刺した。三十人の手練れが一斉に立ち止まる。

 

「悪いな、ここから先は通行止めだ」

 

「そう言うことだから、ここから先を通りたければ、邪神を連れてきな」

 

その場にいた、プレイヤー全員が絶句する。あまりにも不遜な振る舞いに最初に反応したのは増援部隊の先頭にいたサラマンダーの男だ。

 

「おいおい、<ブラッキー>先生と<イタリアン>先生よ。幾らあんたらでも、この人数を食うのは無理じゃねぇ?」

 

「どうかな、試したことないから解んないな」

 

「もう忘れたのかキリト。グランドクエストでこの倍以上を二人で相手にしたじゃねえか」

 

「そういえば、そんなこともあったな」

 

俺達が放つオーラが、増援部隊を一歩後ずりさせる。

 

「そうかい。・・・・メイジ隊、焼いてやんな」

 

集団の後方からスペルワード高速詠唱が聞こえてきた。スペルワード的にシングルホーミング型だろう。

キリトに七発、俺に六発飛んでくる。俺は、刀の柄に手を添える。幅はわずか五メートル。避けるのは不可能だ。

俺の目の前に初弾の魔法が飛んでくる。もちろん受けるつもりはない。俺は、腰を入れ魔法目掛けて抜刀する。<天地開闢>。魔法が音を立てて砕け散った。俺の刀は緑色に光りはじめる。五連撃OSS<ハリケーン・アイ>風七割、物理三割。

飛んでくる高速魔法を次々と斬る。俺は、魔法をすべて破壊すると納刀する。

 

「うっ・・・・そぉ・・・・」

 

後ろでつぶやきが聞こえる。どうやら、一部始終を見ていたようだ。

 

「どんな高速魔法も対物ライフルの弾丸よりは遅いな」

 

「お前らも一回、至近距離でショットガンの弾を全て斬ってみろよ。世界ががらりと変わるぜ」

 

「・・・・なんだそりゃ・・・」

 

その場にいた全員が再び絶句する。魔法というものは本来斬るということはできない。しかし、それを可能にしたのがキリトが開発した<魔法破壊>。

この技の習得は、普通のプレイヤーにはほぼ不可能で、魔法のスペル中心一点を魔法属性を備えたOSSであてなければ発生しない。かなりの実力者であるアスナや、リーファ、クラインも三日で練習をギブアップしたほど難しい。俺自身も最近会得したばかりだ。

回廊の前後から、つぶやきが聞こえる。

だが、さすがは攻略ギルドを名乗るだけあって反応がすばやい。サラマンダーの指示で前衛たちは武器を抜き、後衛は再びスペルを唱え始める。<シングルホーミング>だけでなく<マルチホーミング>や<エリアバリスティック>の魔法も含まれているようだ。

キリトは、アスナに三本の指を立てる。三分稼ぐという意味だ。

さすがに、俺も二人だけで完全装備をしたレイド一つ、四十九人全員を殲滅とは思っていない。

キリトは、黄金の剣を抜き取る。二刀流を使うらしい。

 

「んじゃ、キリト。少しの間ここを任せたぜ」

 

「わかった。速く戻って来いよ。俺は、そんなに長く持たない」

 

「わかってる」

 

俺は、踵を返しアスナが入っているパーティーの元に向かう。俺は、アイテムを取り出しアスナに渡す。

 

「っ!?ラテン君これは・・・」

 

「全快結晶だ。危なくなったら使ってくれよ」

 

「こんな貴重なもの、ほんとにいいの?お兄さん」

 

「別に俺は使わないからいいさ。有効活用してくれ」

 

俺が渡したのは、全快結晶。

これを使うと、パーティー全員のHPMPを全回復し、戦闘終了までHPMPの最大値を増加させ、しばらくの間状態以上が無効になるという、とてもありがたいアイテムだ。このアイテムは全ボスモンスターから共通でドロップするが、その確率が0,1%ととてつもなく低い。だから、俺以外に持っている人は二、三人しか見たことがない。

 

「アスナ、扉前にいるヒーラーを倒してくれ。俺は道を開けるから突っ走るんだ」

 

「でも・・・」

 

「派手にぶっとばして来いよ?」

 

俺は、納刀してある鞘を取り出す。鞘が五色に光りはじめた。スキルオーバーラップを発動する。

 

「また今度デュエルしてくれよ、絶・剣さん?」

 

俺は、地を蹴り目の前にいる二十人ほどの集団に斬りこんだ。抜刀術の衝撃で二、三人が左右に吹っ飛ぶ。

 

「おおおおおおお!!!」

 

俺は、幅二メートル以内にいるプレイヤーたちを片っ端からOSSで斬りこむ。

俺が作った、わずかな時間の、幅二メートルの道をアスナたちが駆けていく。アスナは扉前にいたヒーラー三人をレイピアで斬りこむと扉を開けボス部屋に入った。

閉じかけている扉の間からは、アスナと絶剣のパーティーがこちらを見ていた。俺は、左手で親指を立てる。アスナは決意のまなざしを向けてきた。

そしてそのまま、扉は閉じる。

 

「さあ、ここからはお前たちの番だ」

 

俺は、ディレイが解けるとキリトの方へ向かった。

キリトのHPは六割ほど減少している。一方俺のHPは五割ほど減少していた。

 

「んじゃ、ラテン。いっちょ派手にやりますか!」

 

「おう!」

 

俺達は、攻略ギルドの集団に突っ込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




マザーズロザリア編で、まだ戦闘シーンほぼない・・・・・。
なんかすいません!m(_ _)m
今回はサイドチェンジを入れてみました。どうでしたか?これからはサイドチェンジも入れていこうかなと思っています。
ラテンとユウキの関わりがまだあまりないですが、これからどんどん書きたいと思います。
これからもこの作品をよろしくお願いします!!


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第四話 一筋の希望

「はあ~」

 

俺は、思わず座り込む。一方キリトは俺の隣で寝そべっていた。俺達の精神力は底をついていた。無理もない。たった二人で、ボス攻略をするために完全装備したレイド、四十九人を相手にしたのだ。死ななかったことが奇跡だろう。実際、戦闘が終わったときのHP残量は一割あるかないかほどだった。そのHPもポーションを飲んで全回復している。

 

「なあ、キリト。俺はもう戦う気はねぇぞ」

 

「・・・・俺もだ。そろそろ、また戻ってくるだろうし、帰るか?」

 

「そうだな。それに、たぶんアスナたちは打ち上げやるだろう。多少食事とか用意するか?」

 

「ああ、そうしよう。でも俺は料理スキルあげてないぜ」

 

「安心しろ、俺は少し上げてる」

 

「まじかよ。お前案外家庭的なんだな」

 

「お前もやれば?アスナが喜ぶぜ」

 

「料理は、アスナが作ってくれるから遠慮しとく」

 

「そうか。んじゃ、行くか?」

 

「ああ」

 

俺とキリトは立ち上がり、食料の買い込みのために街へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、ラテン。お前何が作れるんだ?」

 

「チャーハンとかシチューとかかな。まあ、そのへんだ」

 

「へえ~」

 

俺達がいるロンバールの中央広場には、たくさんのプレイヤーとNPCが道を行きかっていた。俺とキリトは、一通り材料を買い込む。それを終えた俺達は、二十二層のキリトとアスナの家に行こうとしたが、視界に入った宝石店が気になったので入り込む。

 

「そういえば、お前指輪とかまだ買ってないんだろう?」

 

「ああ、最近はいろいろと消費しててな、買えてない」

 

「今買えば?さっきの奴らとの戦闘報酬で金もたまってるだろうし」

 

「それもそうだけど、買いたい指輪があるんだよな~。それが、結構高いんだよ」

 

「へえ~、どうせ指輪の裏とかに言葉とか名前を刻めるやつだろ?あれは、高級店にしかない仕様だからな。・・・・お前もしゃれたことするんだな」

 

「ほっとけ!」

 

俺は、縦三センチ横二センチのひし形の形をしたネックレスを手に取る。色は水色をしている。だが、このネックレスにはなかなかおもしろい仕様がされてあり、日にちが変わるごとに、赤色、緑色、オレンジ色、ピンク色、白色、黄色、黒色、水色、紫色の半透明、全九色に変わるらしい。商品棚の札には<世界に一個の限定品!>と書かれている。

 

「誰かにあげるのか?」

 

「いや、ここに限定品って書いてあるから買っておこうかなっと思ってな」

 

俺は会計をするためにNPCの店員に手渡す。

 

「こちら、百八十万ユルドになります」

 

「!?・・・・百八十万!?」

 

俺は、とっさに所持金を確認する。俺は、ユルドを銀行みたいなところに預けていないので手持ちに持っているユルドが俺の全財産だ。

<1820500>

何とか、足りそうだが金欠になってしまう。武器を研ぐだけでも五万はかかるというのに・・・・。

俺は、少しの間迷ったが意を決して購入する。

 

「ああぁ、俺の所持金が・・・・」

 

「・・・これからは、迷宮のマッピングを率先してやることになるな」

 

「・・・・・」

 

キリトは、茶化してくるが実際そうしなければ安定した所持金を持つことはできない。これからが大変になるな・・・・。

俺は、買い物をした後キリトの家に向かう。結構時間がたってしまったため、ボス攻略は終わっているかもしれない。

俺達は、急いで二十二層のログハウスに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アスナたちと別れて、四十分が経過した。俺は、すぐさまキリトの家の台所を借りシチューを作り始める。

 

「なあ、ラテン。これからどうするんだ?」

 

「俺か?とりあえず次の層に上って、モンスター狩りをしようと思ってる」

 

「そうか」

 

「・・・・・?」

 

俺は、シチューを作り終えると鍋をテーブルの上に置く。キリトはすでに、食器を並べていたらしくソファーに寝そべっていた。そろそろ一時間がたつ。

 

「んじゃあ、キリト。俺は行くぜ」

 

「ああ、ありがとうな。付き合ってくれて」

 

「気にすんなって」

 

俺は、ログハウスを出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれからすでに三日が経っていた。俺は学校を終え<横浜港北総合病院>に来ていた。何故かというと、ここ二年海外に行っていた横浜港北総合病院の院長である、俺のお祖母さんが戻ってきたからである。そして、なぜか呼ばれた。

 

「あれ、天理君?」

 

俺は、院長室に向かう途中に声をかけられた。振り返ると白衣を着、縁の丸い眼鏡をかけている男性医師が立っていた。

 

「倉橋先生、お久しぶりです」

 

「会うのは、リハビリの時以来かな?」

 

「はい」

 

「天理君は、江里子院長に会いに来たの?」

 

「はい、いきなり呼ばれまして」

 

俺は、軽く笑うと倉橋先生も笑みを浮かべる。

 

「僕も呼ばれているんだ。まあ、ここじゃなんだからとりあえず入ろうか」

 

「はい」

 

俺と倉橋先生は、ノックした後、院長室の扉を開けた。中央に大きめのテーブルがありその周りに黒い大きなソファーが置いてあった。テーブルの先には、これまた大きな机があり、その上に<宮園江里子 院長>という札が置いてあり、大きなパソコンや書類が重ねられていた。

 

「失礼します。院長、用件とは何ですか?」

 

「まあ、二人とも、ここに座って」

 

俺は促されるまま、倉橋先生とともに黒いソファーに座る。祖母は俺達の向かい側に座ると、パソコンを開きながら口を開いた。

 

「倉橋先生。私が送った抗生剤は効いているの?」

 

「はい、徐々に容体が回復しています。このままいけば、一か月後には、ほぼ完治していると思います」

 

「抗生剤?」

 

「あ、天理君はまだ、知らなかったんだね。院長がこの二年間海外、アメリカに行っていたのは研究するためだったんだ」

 

「研究?俺は、出張としか聞いていなかったので・・・。どんな研究をしてたんですか?」

 

「院長は、後天性免疫不全症候群・・・・つまりエイズの研究をしていたんだよ。そして、一か月前にアメリカの研究チームとともに<薬剤耐性型」>のエイズの抗生物質を作り出すことに成功したんだ。そしてそれが認められて今世界中に送っているんだ。ここにもね」

 

「本当ですか!?すごいな、ばあちゃん」

 

「うふふ」

 

祖母は笑い出す。だが、俺には少々疑問があった。それは、ここにもエイズの抗生剤が送られていることだ。もちろん、ここは日本でも大きい病院だ。しかし、そんなに早く抗生剤が届くということは、この病院にもエイズの患者がいるということだろうか。

俺は、倉橋先生にそれを尋ねようと口を開こうとしたときに病院内にアナウンスが流れた。

 

<倉橋先生。倉橋先生。第二内科に来てください>

 

「では、僕は行くよ。またね天理君」

 

「はい」

 

倉橋先生は、「失礼しました」というと第二内科に向かった。俺は、しばらく扉を見た後祖母に俺を呼んだ用件を尋ねる。

 

「ばあちゃんは、なんで俺を呼んだの?」

 

「・・・・天理。彼女さんはできた?」

 

「はい!?」

 

俺は、思わず叫ぶ。それもそうだ、久しぶりの会話で最初の話が<俺の彼女>についてなのだ。はっきり言って意味不明だ。

 

「そのようすじゃ、まだできてないみたいね」

 

「いきなりなぜ・・・・・?」

 

「早くひ孫が見たいからよ」

 

「・・・・俺まだ、十八なんだけど」

 

「あら、日本は男性が十八、女性は十六歳で結婚できる法律があるのよ」

 

「だからって、いきなり・・・」

 

祖母は「おっほっほっほっ」と笑い出す。もう何が何だかわからなくなってきた。もしかして、このご老体はそれだけのために俺を呼んだのだろうか。

 

「琴音は元気にしてる?あの子昔は病弱だったから心配なんだけれど」

 

「ああ、元気にしてるよ。それも、居候とイチャイチャしながらな」

 

「あらあら、青春ね~」

 

「こっちは精神的にきついけどね・・・」

 

しばらく雑談していると、祖母は急に話題を変えてきた。

 

「さっきの抗生剤の話なんだけれどもね」

 

「突然なに・・・・?」

 

「実は、本人には伝えていないの」

 

「え?・・・・なんで?」

 

「実は、その抗生剤は使用者の精神状態によって効き目が左右されるのよ」

 

「え・・・と、つまりどういうこと?」

 

「もちろん、効き目はあるのだけれど安心して治せるのは症状が初期から中期までの状態だけ。それが、末期にとなるとね百%とはまだ言い切れないの。医師としては、あいまいなことは伝えてはならない。だから、末期の患者には伝えないことが世界中で決められたのよ」

 

「・・・・なんか、悲しい話だな。抗生剤ができても完治できるかわからないなんて」

 

「それが、この世界なのよ」

 

「・・・・・」

 

時刻を見るとすでに、一時間が経とうとしていた。そろそれ病院も夜間に変わるので忙しくなるだろう。俺は、立ち上がる。

 

「ばあちゃん、その人を助けてくれよ。人の命は平等だ。例え難病を抱えていても生きる権利がある。その手助けをしてあげてくれ」

 

「あんたも言うようになったじゃないの」

 

「・・・・あの世界で命の重みを知ったからね」

 

「そう・・・・・じゃあまたね天理。琴音にもよろしく言っといて」

 

「はいよ」

 

俺は、院長室を出た。改めて命の重みを感じる、その人には生きていてほしいと思う。俺には何もできないけど、願うことはできる。

神様なんて普段信じないが、このときは神様に祈りながら家路についた。

 

 

 

 

 

 




・・・・なんか、重い話になりました。輸血でエイズにかかるのは何十万分の一なのに、その一に紺野家が該当してしまったことを思うととても悲しくなります。
だが、今作は抗生剤を使うという設定にしました。
内容がめちゃくちゃですが、これからもこの作品をよろしくお願いします!


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第五話 放課後の夕日

一月十二日、午後十二時五十分、食堂。

 

午前の授業が終わり、昼休みの真っ最中だ。俺は、友人と食事をしていた。だが、その話の内容は恋愛のことばっかりなので、最近では学校でも家でも安らぎの場がなくなりかけている。

 

「天理~、お前彼女作らねぇの?」

 

「はあ?なんでだよ」

 

「彼女はいいぞ~、どんな時でも元気になれる!」

 

「お前が元気じゃないところなんて見たことないんだけど・・・」

 

「それはそれ、これはこれ。・・・・うひょ~、やっぱりかつ丼はうめぇな。俺も明日かつ丼にしようかな」

 

「おい、俺のかつ、食べるなよ!・・・・お返しだ!」

 

俺は隣に座っている友人のカレーにタバスコを少しかける。こうすれば、奴のカレーの辛さは倍増し、この昼休みヒーヒー言いながら飯を食べることになるだろう。

ニヤニヤしていると向かい側に座っていた友人が俺に声をかけた。

 

「天理、陣は辛いの大好きだぞ」

 

「・・・・まじで?」

 

「残念だったな天理、俺から奪うものなんて何一つないぜ」

 

「くそ・・・・!」

 

俺以外の三人は笑い出す。俺もなんだかおかしくなり、釣られて笑い出した。

 

「・・・・そういえば天理。今日アスナさんが見学人が来るとか言ってなかったか。お前の知り合いか?」

 

「ああ、言ってたな。でも俺は知らないぜ。たぶんアスナの友達じゃなあいか?」

 

「そうか~。美人の女性だといいな!」

 

「はいはい、お前は浮気すんのか。さんざん自慢したくせに!」

 

「あでっ・・・・それはそれ、これはこれだ」

 

こいつは、何が言われても最後にはそれで流すのだろう。まあ、それがおもしろいのだが。

俺達は、しばらく談笑した後、昼休み終了まで残り十分になったので教室に移動する。教室に着くとアスナの周りの席にたくさんの生徒が集まっていた。アスナの隣の席に俺の席があるため、完全に呑み込まれてしまっている。

 

「あっ、天理じゃんか、お前も自己紹介しろよ。みんな終わったぜ」

 

「・・・・見学人かがもう来てるのか?」

 

俺は、人込みをかき分けてアスナの前に移動する。しかし、アスナの席にはアスナしか座っていなく、そのアスナの右肩にはこの前、和人が作っていたカメラが置いてあった。

 

「あっ、天理君。紹介するね、紺野木綿季。もう顔は合わせてるでしょ?」

 

『あぁ!お兄さんは、アスナと同じ学校なの!?』

 

「え?・・・・・」

 

アスナの肩から、聞き覚えのある声がした。そう、それは大きな樹の下にいた少女の声そのものだった。

 

「・・・・絶剣?」

 

『もう!絶剣じゃなくてユウキだよ!』

 

「えええええええええええ!!!!!!!」

 

俺の叫び声は、授業が始まるチャイムの音によってかき消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、授業が終わり休み時間。俺はなぜ絶剣・・・・・ユウキがいるのかアスナに聞いてみた。

 

「・・・・なんで、木綿季さんがいんの?」

 

「ユウキがね学校に行きたいって言ったから、キリト君に頼んで学校に連れてきたの」

 

『それより、お兄さんの名前は?ボクお兄さんの名前知らないよ』

 

「ああ、そういえば自己紹介がまだだったな。俺は、大空天理。プレイヤーネームはラテンだ」

 

『ラテン・・・・さん』

 

「ラテンでいいぜ。まあ、呼びやすいほうで呼んでくれ」

 

『ボクもユウキでいいよ。よろしくね、ラテン!』

 

「ああ」

 

俺はその時初めて、木の下で出会った少女の名前がユウキだと知った。

その日の放課後、ユウキが「行きたい場所がある」と言って俺とアスナを連れだした。俺がなぜついてきたかというと、アスナに頼まれたからだ。この辺の地形は、あまり家から出ないアスナに比べて俺のほうが知っているからだろう。

俺達は、ユウキに促されるまま到着した場所には、周りと比べて少し小さめの白い家があった。だが、その分庭が広く、芝生の上には白木のベンチ付きのテーブルが置かれてあり、その奥には赤いレンガに囲まれた大きな花壇が設けられていた。

 

「ここが・・・ユウキの、お家なんだね」

 

『うん。・・・・・もういちど、見られるとは思ってなかったよ・・・』

 

「ここがユウキの家だったのか。長い間空き家だったから俺も知らなかったよ」

 

『ありがとう、アスナ、ラテン。ボクをここまで連れてきてくれて・・・・』

 

「・・・・中に入ってみるか?」

 

『ううん、これで充分。さ・・・早く帰らないと、遅くなっちゃうよ、二人とも』

 

「まだ・・・もうしばらくなら大丈夫だよ」

 

「俺もだ。か弱い二人の女の子をこんな暗闇に残すなんて性に合わないからな」

 

「ラテン君は、頼もしいね」

 

「いや、和人でも言いそうな気がする・・・・」

 

「それもそうだね」

 

アスナはくすくす笑い出す。それにつられて俺とユウキも笑い出す。この場の空気が和やかになったが、ユウキが静かに口を開いた。

 

『この家で暮らしたのは、ほんの一年足らずだったけどね・・・・。でもあの頃の一日一日は、すごく良く覚えてる。前はマンション住まいだったから、庭があるのがとっても嬉しくてさ。ママは感染症を心配していい顔をしなかったけど、いつも姉ちゃんと走り回って遊んでた・・・・。あのベンチでバーベキューしたり、パパと本棚作ったりもしたよ。楽しかった・・・』

 

「いいなー。わたし、そんなことしたことないよ」

 

「俺もだ。親は家にあまり帰ってこないからな、そんな経験はしてない。ユウキがうらやましいよ」

 

だが、俺は一つ引っかかっていた。それはさっきユウキが言ってた<感染症>だ。この家が長い間空き家だったということはユウキの家族は全員感染症の患者だということになる。この辺には感染症を専門の一つに入れている大きな病院がある。俺が昨日行った<横浜港北総合病院>だ。だとするとユウキはそこにいる可能性が高い。

俺がそこまで考えているとユウキが明るい口調で話し始めた。

 

『じゃあ、今度二十二層のアスナの家で、バーベキューパーティーやろうよ』

 

「それいいな、やろうぜアスナ!」

 

「うん!・・・・ぜったい、約束だよ。私の友達も、シウネーたちもみんな呼んで・・・」

 

『うひゃ、なら、お肉すごい用意しといたほうがいいよー。ジュンとタルケンが、むっちゃくちゃ食べるから』

 

「ええ?そんなイメージじゃないけどなー。ラテン君は結構食べるけど」

 

「一言余計だな・・・・」

 

あははは、ユウキとアスナが笑い出す。俺も笑い出し、視線を家に向ける。

 

『今ね・・・・、この家のせいで、親戚中が大揉めらしいんだ』

 

「大揉めって・・・・・?」

 

『取り壊してコンビニにするとか、更地にして売るとか、このまま貸家にするとか・・・・みんないろんなことを言ってるみたい。こないだなんか、パパのお姉さんって人が、フルダイブしてまでボクに会いに来たんだよ。病気のこと知ってから、リアルじゃすごい避けてたくせにさ・・・・。ボクに・・・・遺言を書けって・・・』

 

「「・・・・・」」

 

『あ、ごめんね、変な愚痴言っちゃって』

 

「ううん、いいよ。・・・すっきりするまで、もっと言っちゃいなよ」

 

『じゃ、言っちゃう。でね・・・・こう答えてやったんだ。現実世界じゃボク、ペン持てないしハンコも押せないけど、どうやって書くんですか?って。叔母さん、口パクパクしてたよ』

 

ユウキが笑みを漏らす。つられてアスナも少し微笑むが、俺は依然と無表情で家を見つめていた。

 

『でね、その時に、この家はそのまま残してほしい、ってお願いしたんだけどね。管理費なら、パパの遺産で十年分ぐらいは出せるはずだからさ。でもね・・・やっぱ、ダメみたい。多分、取り壊されちゃうことになると思う。だから、その前に、もう一度見たいと思ったんだ・・・・』

 

「じゃあ・・・・こうすればいいと思うよ」

 

『え・・・?』

 

「ユウキ、今、十五だよね。十六になったら、好きな人と結婚するの。そうすれば、その人がずっとこの家を守ってくれるよ・・・・」

 

ユウキは一瞬沈黙した後、あはははははと大声で笑った。

 

『ア、アスナ、すごいこと考えるねぇ!なるほどそれは思いつかなかったよー。うーんそっか、いい考えかも。婚姻届けなら、頑張って書こうって気になるしね!・・・・でも、残念だけど、相手がいないかなー』

 

「そ、そう・・・・?ジュンとか、いい雰囲気だったじゃない」

 

『あーだめだめ、あんなお子様じゃ!そうだねえ・・・・えーと・・・・』

 

お前も充分お子様じゃね?と言いたくなるのをおさえる。後から何されるかわからないからだ。すると、ユウキが急にいたずらっぽい響きを混ぜて口を開く。

 

『ね、ラテン・・・・ボクと結婚しない?』

 

「・・・・・・・いいぜ」

 

「『・・・・・え?』」

 

「え?・・・・・・あっ、やっ、ち、違う!いや、違わないけど、あっ、そっ、そうだよ!あれだよ、あれ、冗談ていうかなんて言うかともかくあれだよ、あれ、な?」

 

俺は、慌てて弁解するとアスナとユウキが大声で笑いだした。俺は、思わず二人から視線を逸らす。

 

『ごめんごめん、冗談。ラテンにはもう大事な人がいるんでしょ?その年なら』

 

「・・・・え?いないけど・・・・」

 

「「『・・・・・』」」

 

その場に沈黙が流れる。

 

「・・・・・もう暗いし送るよ」

 

「うん」

 

俺とアスナとユウキは、駅に向かった。もう夜の八時すぎだ。駅には家路につく学生や会社員の人たちであふれかえっていた。俺達はユウキに別れを告げると駅の改札口の前に止まった。

 

「じゃあ、アスナ。また明日な」

 

「うん、今日はありがとう。・・・・ユウキも内心じゃ喜んでいたと思うよ」

 

「冗談はよせって、俺とユウキはそんなに会話とかしてないぜ?」

 

「ラテン君は人を引き寄せる力があるんだよ」

 

そう言ってアスナは、改札口を通って人込みの中に消えていった。俺は、しばらく呆然としていたがようやく意識を取り戻し踵を返す。

 

 そんな力、俺にあるのか・・・・?

 

俺は、いまだ整理のつかない頭の中をぐるぐるしながら家路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




戦闘シーンが微塵もねぇ・・・・。すいませんまだこの状態が続くかもしれないしれませんが、いざ書くときは書きますんで楽しみにしていてください。

これからもこの作品をよろしくお願いします!!


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第六話 二十八層の記憶

三日後、俺は二十二層のキリトとアスナのログハウスに来ていた。

何故かというと、今日はバーベキューをするからだ。このところ、現実のほうが忙しくなかなかログインできなかったため食材狩りの手伝いに行けなかったが、お酒を大量に買ってきたので許してくれるだろう。・・・・・俺は未成年だから飲まないよ?

俺がついたころには、すでに三十人以上のプレイヤーがログハウスの前に集まっていた。中には、いつもの仲間たちとユウキが率いるギルドメンバー全員、そしてサクヤ、ユージーンなどの一部種族の領主とその側近たちがいた。

 

「よう、ラテン語!最近見なかったけど何かあったのか?」

 

「いや、ちょっとな。まあ、気にすんな」

 

「困ったらなんか言えよ。このクライン様が解決してやるぜ!」

 

「あー、はいはい」

 

俺達は、アスナとユウキのギルドメンバーの周りに集まりお互いに自己紹介をした。ユウキが率いるギルドの名前は<スリーピングナイツ>。ギルドメンバー全員が相当な実力を持っていると思われる。なぜなら、二十七層のボスをアスナがいたとはいえ七人でクリアしてしまうほどだ。

スリーピングナイツの噂はすでにALO全土に広まっていて、宴が始まるや否やサクヤやユージーン将軍が傭兵として勧誘し始めた。確かに、スリーピングナイツほどの実力プレイヤーが傭兵として雇われれば九種族のバランスが崩れるだろう。

宴が本格的に始まり、所々で飲み比べなどが発生していた。俺は、キリトとクライン、ジュンなどと話していた。

 

「なあ、このままみんなで二十八層のボスを倒そうぜ!」

 

「いいな~それ!キリの字とラテン語もやるよな?」

 

「ああ、いいぜ」

 

「まあ、こんなに上級プレイヤーがいれば難なく攻略できるし俺も行こうかな」

 

「そうこなくっちゃな!・・・・まあラテン語、お前一人でも大丈夫かもしれないがな」

 

「・・・・おいおい、新ALOのアインクラッドのボスはあの時よりも強くなってんだぞ。それにあの時は・・・・・まあいろいろとあったから、うまくいったんだ。俺はあのころには戻れねぇよ」

 

「何の話?オレ、スゲー聞きたい!」

 

「ボクも聞きたい!」

 

なんやら、ここだけの会話がいつの間にか広がっていてスリーピングナイツのメンバーやそれを知らないコトネやフライが集まっていた。

もちろん、ここにいる全員は俺達がSAOサバイバーだと知っているが、この話題はなかなか恥ずかしいエピソードであり、同時に忘れたいものでもあった。

それを知っているキリトはクラインに止めに入る。この過去は俺とキリト、そしてカイザーしか知らない。ほかのSAOサバイバーが知っているのはその話の後のことだ。

 

「クライン、それは・・・」

 

「キリト、俺は構わないぜ。別に何かがなくなるわけでもないし」

 

「・・・・そうか」

 

「んじゃ、始めるぜ。みんなは俺達がSAOサバイバーって知ってるよな。そのSAOでの出来事なんだ。俺達はゲームクリアを目指して必死に攻略していたんだ。そしてボス攻略会議でなギルド側とソロプレイヤー側が対立してなかなかボス攻略を行われなかったんだよ。思えばギルド側とソロプレイヤー側はこの時以来対立し始めたんだよな・・・。そしてよ、なかなか進まないボス攻略にしびれを切らしたのか、ここにいるラテンがたった一人でボスに挑みやがったんだ」

 

「うそ~!」

 

「お兄ちゃんバカなの!?」

 

「ほんとあほよね~」

 

「・・・・そこまで言わなくてよくね?俺の心がどんどん崩れていくんだけど・・・」

 

「結果はどうだったの?」

 

「それがよ、こいつ倒しやがったんだよ。一人で。本来ボス攻略は安全を優先して大人数で攻略するんだ。今でもそうだけどな。俺達が駆けつけたころにはすでにボスの姿はなくて、HPがレッドゾーンになっていたラテンだけがいたんだ。お前、ほんとに死ななくてよかったよな」

 

「ああ、俺もあれから頭を冷やして、攻略組と一緒にボス攻略するようになったよ」

 

「やっぱり、ラテンって強いんだね。ボク、デュエルしたくなってきたよ!」

 

「今か!?今はちょっと・・・・」

 

「そうだぜユウキ。俺たちは今からボス攻略に行くんだぜ!」

 

「ちぇ、まいいや。また今度やろうね、ラテン!」

 

「ああ、また今度な」

 

「んじゃあ、二十八層ボス攻略に行こうぜ!」

 

「おお!」

 

俺達は唱和すると、五つのパーティーに分かれてボス攻略に臨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は、甲殻類型ボス、まあ簡単に言えばカニの形のボスのストンプを右に避けると、OSSを放つ。垂直四連撃<バーチカル・スクエア>水四割、風三割、物理三割。

そして、つづけさまに水平四連撃<ホリゾンタル・スクエア>火四割、風三割、物理三割を放つ。

どちらも片手剣用のソードスキルだが、あくまで片手剣用だ。それがOSSになれば例えメイスでも使うことができる。

大技の連発によりカニ型ボスモンスターが、少しの間ディレイする。さすがは上級者プレイヤーの集団で、行動が早かった。次々にソードスキルやOSSを放っていく。

カニ型モンスターは反撃する間もなくHPが消滅した。

 

「おいおい、ラテン語。お前、あんなOSSも開発してたのか?まんまの技だったぜ」

 

「そりゃ、どうも。安定してダメージを与えられるからな、愛用してる」

 

剣士の碑には残念ながら、ユウキの名前やキリトの名前などパーティーリーダーの名前しか刻まれなかったが、二十九層でのボスは改めてスリーピングナイツだけでやるらしい。まあ攻略ギルドに出会ったら俺も手助けするが・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在、二月中旬。

統一デュエル・トーナメント一週間前だ。俺は、あまりデュエルの大会に参加しなかったため俺の周りにいるプレイヤー以外の実力者を知らない。まあ、この統一デュエル・トーナメントは月例大会と違って一年に一回しか開催されないので、前回のベスト4あたりまでが、今回の上位争いに食い込むだろう。一年前まではSAOサバイバーであるキリトやアスナがいなかったため、今回の大会は前回よりも盛り上がるだろう。

すると、アスナの料理をほおばっているキリトが口を開いた。

 

「なあ、ラテンは来週の大会に出るか?」

 

「ああ、なんせ<MMOストリーム>が生中継するんだろ?これは活躍するしかないな」

 

「じゃあ、ボクは大会でラテンとデュエルできるんだね!」

 

「ああ、まあいつ当たるかわかんないけどな」

 

ユウキはアスナの料理をほおばっている。この光景を見てるとなんだかキリトとユウキが大食い競争をしているように見えてくる。アスナの料理はおいしいから無理もない。

 

「じゃあ、来週が勝負だな。俺は、優勝狙って頑張るぜ」

 

「俺が優勝してやるよ」

 

「・・・・お前はいい加減口に食べ物入れながらしゃべるな!」

 

俺は、キリトの頭にチョップした。

 

 




今回は、短かったのでもう一話出します。

これからもこの作品をよろしくお願いします!!


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第七話 開催デュエルトーナメント

俺は、統一デュエルトーナメントの対戦表を眺めていた。対戦表は東ブロック南側、東ブロック北側、西ブロック南側、西ブロック北側に分かれている。一年に一回の大会なので出場者も多い。自分の名前を探すだけでも一苦労だ。

 

「・・・・・・東ブロックか」

 

このALOの世界の中心に栄える街<アルン>。このアルンには四つの会場がある。それは、まばらに配置されているがそこまで離れていないので、それぞれの会場に行くための所要時間はそこまで必要ない。

大きさは、五千人ほど入る会場が三つ、二万人ほど入る会場が一つある。

この大会の仕組みは、四つの会場でそれぞれのプレイヤーが一対一のデュエルを行い、勝者が駒を進めることができる。そして、それぞれの会場で残った二人が、西ブロックの北側の会場でもある大きな会場で優勝争いをするというものだ。

俺は、東ブロック南側なので上位決めの会場とは少しばかり離れている。移動がとてもめんどくさいが仕方ないだろう。

気になる対戦者だが、東ブロック南側には俺のほかにフライ、クラインがいた。俺が聞いたことがある実力派プレイヤーはほかにいなかった。そうなると、ほかの会場に相当な実力プレイヤーが集まってそうなので激戦が予想される。俺は、ベストエイトに入るためにはクラインと戦わなければならない。クラインはソードスキルの使いタイミングがうまいので、結構苦戦するかもしれない。

俺はアナウンスとともに会場に入る。予選会場であるのに満席になっていた。俺が入場すると同時にどっと歓声が湧く。俺は、何としてても上位に行こうと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ、ようやく準々決勝の前まで来たぜ」

 

俺は、待機所に座っていた。部屋は白色一色でなかなか広い。しかも親切にお茶を用意してあった。

俺は、お茶を飲む。次の相手は、予想通りクラインだ。

あいつは、俺と同じく刀使いなので間合いの広い位置から斬撃を繰り出してくるだろう。至近距離に接近してもおそらくソードスキルを使って、距離を取りサラマンダー得意の火の範囲攻撃をしてくるはずだ。これが、クラインでなかったら魔法を使ってくると思うが、『侍が魔法なんて使うかよ』と言っているのでおそらく使わないはずだ。はっきり言って、クラインには勝てると思う。

 

だが、問題は次の対戦相手になりうるフライだ。あいつは、<空将>の異名を持つほどの、空中戦が得意なのだ。

いくら、ユージーン将軍に負けたといってもそれはほぼ<魔剣グラム>の能力のおかげであり、普通の武器を使っていたら、フライが勝利するだろう。

 

俺は、アナウンスと同時に会場に移動する。ユウキとの約束を守るためには勝たなければならない。おそらく決勝まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会場は、およそ五千人のプレイヤーによって歓声に包まれていた。前の試合以上にテンションが上がっているだろう。俺は、十メートルほど離れているクラインを見据える。

 

「よう、ラテン語。やっぱりお前がここまで来るか。だが、この先は俺が行かせてもらうぜ」

 

「臨むところだ」

 

デュエルの申請を送り、六十秒のカウントダウンが始まる。

俺は、<月光刀>を抜く。クラインは先日入手した<霊刀カグツチ>を抜いた。

霊刀カグツチはプレイヤーのMPあげ、魔法攻撃力を倍増させる。そして、プレイヤーの攻撃力を1,8倍にし物理攻撃に火の属性を付与する。

まさに、ごり押しが好きなプレイヤーには最適な武器だ。

 

カウントダウンは十秒を切っていた。

俺は、足に力を込める。そして、デュエルが始まる合図とともに思い切り地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は、カタナ三連撃ソードスキル<緋扇>を繰り出す。

クラインは、二発を防御するとカタナソードスキル<辻風>で残り一発を相殺した。俺の刀がはじかれる。

単発技はディレイがほぼないので、次の技につなげやすい。クラインはそのまま三連撃ソードスキル<羅刹>を放ってきた。

だが、俺はそれを読んでいた。体をひねり、最初の二発を避けると最後の一発を防御し、切り上げる。

クラインはバックステップをしたが、俺のカウンターが速すぎるため右太ももに斬撃を食らった。HPが二割ほど減少する。

 

「お前、速すぎるだろ!」

 

クラインが叫ぶが俺は気にしない。

一気に間合いを縮め、垂直四連撃OSS<バーチカル・スクエア>を繰り出す。クラインは、最初の二発を防御するが残りの二発を防ぎきれず、そのまま受け空中に浮く。クラインのHP残り五割を切った。

俺は、体を流しクラインと距離をとった。だが、俺はこの時そのまま追撃しなかったことを少しばかり後悔した。

 

「!?」

 

クラインは魔法を詠唱していたのだ。あんなに、魔法は使わないといったくせに。

 

「へへっ、くらえ、ラテン語!」

 

クラインが大きな火球のようなものを放ってきた。

俺は重単発攻撃OSS<リーパ・デトラクション>物理四割、水三割、聖三割を使い、大きな火球を斬った。俺は笑みを浮かべ、クラインの元に駆け出そうとしたが、それはかなわなかった。

なぜなら、その魔法は真っ二つになった瞬間に大爆発したのだ。

 

「ぐはっ・・・・!」

 

俺は、大きく後ろに吹っ飛ぶ。HPは一気に四割減少した。しかし、それ以上に気になったのはクラインの魔法だった。

クラインの使った魔法は、サラマンダーが愛用している<ファイアボール>だ。大きさは<霊刀カグツチ>の能力で大きくなったとしても、あんな追加効果はなかったはずだ。あれも<霊刀カグツチ>の能力か、もしくは・・・・・。

 

「クライン。お前魔法使わないんじゃねぇのかよ!」

 

「悪いな、ラテン語。カグツチとってから考え方変わったぜ!」

 

「・・・にゃろう」

 

俺は立ち上がり、クラインの元へ駆け出す。

クラインは次々と火球を放ってくるが、俺は単発突進技OSS<レクトリニア・エッジ>風八割、物理二割を使う。

この技は威力が弱いが、使用した後も勢いを殺さないので実質ディレイは発生しない。そして、魔法属性を備えているため<魔法破壊>も可能だ。

 

「なにィ!?」

 

高くジャンプしクラインに刀を振り下ろす。

クラインは受けるのが精いっぱいで、叩き下ろされた。

俺は、地面に着地するとクラインの元へ駆け出す。俺の刀は水色と赤色の交互に輝いていた。

クラインが立ち上がった瞬間、俺はスキルオーバーラップ《シェイプ・スクエア》を放つ。この技は二十八層のボスモンスターに使った<バーチカル・スクエア>と<ホリゾンタル・スクエア>を組み合わせた技だ。

クラインは、最初の一撃で体勢が崩れ、そのまま合計八連撃を受ける。連撃が終了すると、赤と青の立体形が出来上がる。

俺の技はクラインのHPを消滅させた。

 

「うおおおおおおおおおおお!」

 

会場に盛大な歓声が上がる。そして、次々に観客が上位決定戦が行われる会場に飛び始める。俺は納刀すると、静かにその場を離れていった。

 

 




短くてすいませんでしたm(_ _)m

次から、本戦?になります。気合入れて書きますので、楽しみにしていてください!

これからもこの作品をよろしくお願いします!!


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第八話 切り札

お気に入り100人に到達しました!本当にありがとうございます!
これからもよろしくお願いします!!


真上に上った太陽の日差しが俺を包む。それとともに会場に盛大な歓声が湧いた。この会場の観客席はぎっしりと埋まっていた。おそらくこのALOのほとんどのプレイヤーがこの会場に集まっているだろう。

俺は直径百メートルほどの闘技場の中央に立っている。俺ともう一人のプレイヤー以外の準々決勝はすでに終わっていた。

 

 

 

西ブロック北側準々決勝、ユウキVSリーファ。

リーファはユウキ相手に得意の空中戦闘で善戦し、HPを五割ほど削ったがやはりユウキの速さにはついていけず負けてしまった。

 

 

西ブロック南側準々決勝、アスナVSコトネ。

コトネは<大空天真流>を多少かじっている。だが、どちらかというと運動系よりも頭脳系なのでそこまで深く習ってはいない。それでも、剣のセンスはあるようでシルフの種族の中でも上位の実力を持っている。

コトネは、相手の動きを先読みしてその裏をかきカウンターするのが得意だ。兄妹はやはり似るものである。

それでも、あの世界の二年間で培ってきたアスナの速さには対処しきれず、HPを六割削って惜しくも負けてしまった。

 

 

東ブロック北側準々決勝、キリトVSユージーン将軍。

キリトとユージーン将軍がデュエルするのはこれで二回目だ。前回は二刀流を使ったキリトがユージーン将軍の<魔剣グラム>を押し切り、勝利した。

ユージーン将軍の<魔剣グラム>は防御態勢をとっている相手の武器をすり抜けて攻撃をすることができる能力がある。そのため、前回キリトは苦戦を強いられていた。

しかし今回、キリトは一刀流しか使っていなかった。それでもユージーン将軍はキリトのHPを四割しか削ることができなかった。

なぜかというと、それはキリトの武器の能力が原因だった。

キリトは今回、いつも使っているモンスタードロップ品の黒い剣ではなく、伝説級武器である<聖剣エクスキャリバー>を使用したのだ。ユージーン将軍の<魔剣グラム>は、防御態勢をとっているキリトのエクスキャリバーをする抜けることができず阻まれた。

エクスキャリバーの能力を詳しくは知らないのだが、見た感じ相手の武器の能力を無効化してしまう能力を持っていると思われる。

それによりユージーン将軍は、ダメージをあまり与えることができずに負けてしまった。

 

そして、東ブロック南側準々決勝。

俺は十メートルほど離れているもう一人のプレイヤーを見据える。

彼の名前はフライ。<空将>の異名を持ち、おそらくシルフの種族の中で一番強いだろう。

俺は、フライとデュエルをしたことがないが、間違いなく空中戦に持ちこむだろう。そうなると、空中戦が苦手の俺が相当不利になる。

フライに勝つには、地上にいる間に仕留めることが必要だ。

俺の目の前にデュエル申請のメッセージが出現する。デュエルのやり方は予選と同じ<全損決着モード>だ。

俺がYESのボタンを押すと、二人の間に六十秒のカウントダウンが出現する。

このALOの世界ではデュエルを行うとき、ほとんどが<全損決着モード>だ。

かつてのSAOではデュエルは<初撃決着モード>でしか行われなかった。<全損決着モード>はもちろんありえないし、<半減決着モード>でも、クリティカルヒットしたらHPが危険域に陥ってしまうため使われなかった。

時代は変わってしまった、なんて爺くさい考えをしてしまうのは俺だけだろうか。

そんなことを思っているとフライが口を開く。

 

「できればラテンさんとデュエルをしたくはありませんでした」

 

「それはこっちの台詞だ。空中戦に持ち込まれたら、俺に勝機はないかもな」

 

「正直僕はラテンさんの速さについていけませんよ」

 

「言っとけ<空将>さん」

 

俺は、月光刀を抜き剣尖を地面すれすれに下ろす。体は自然体に半身だけ相手に向け腰を落とす。

対するフライは、右手に長剣を左手に丸い盾を装備している。

フライが持っている<イージスの盾>はダメージを三十%軽減するため、浅く入った斬撃はダメージ判定にはなりにくい。

カウントダウンが残り十秒を切った。

俺は大きく息を吐く。最初の一撃が肝心だ。全神経が自然に研ぎ澄まされる。

そして、デュエルの開始を合図する音が鳴った瞬間俺は、思い切り地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side キリト

 

俺は、ユージーン将軍とのデュエルが終わると、そのまま待機室ではなく会場の観客席に向かった。

観客席に到着すると、特徴的なバンダナを見つけたのでそこまで足を運ぶ。

 

「よう、キリの字!お前強すぎるだろ!」

 

「エクスキャリバーのおかげだよ」

 

俺は、アスナの隣に並ぶ。アスナのほかに、なじみの仲間やスリーピングナイツのメンバーがそろいもそろって、闘技場に目を向けていた。もうすぐラテンとフライのデュエルが始まる。みんな、楽しみなのだろう。

 

「アスナ、次はユウキとだな」

 

「うん、今回は負けないけどね」

 

「む~、ボクも負けるつもりないよ!だってラテンと約束したもん」

 

「まあ、ラテンが決勝に行く前に俺に当たるけどな」

 

「そういえば、キリトとラテンはどっちのほうが強いの?」

 

「・・・・試したことないから解らないなぁ。あいつとは、相棒だったから別に強さとか気にしてなかったからな」

 

「う~ん、ラテン君は強いけど、やっぱりキリト君に勝ってほしいな」

 

「ねえ、アスナさん、ユウキ!それじゃ、フライが負ける前提みたいじゃない。フライはきっとお兄ちゃんをぼっこぼこにしてくれるよ!」

 

コトネ以外が苦笑した。

コトネはここで兄を応援するのではなく、恋人を応援するようだ。あいつが、この場にいたらきっと泣いているだろう。

俺はラテンに視線を向ける。きっとこのデュエルはラテンが勝つだろう。もちろん、フライが弱いわけではない。むしろ相当強い。このALOでも間違いなく上位に入る。

 

「ねえ、キリト君はどっちが勝つと思う?」

 

「・・・・ラテンに勝ってほしいかな」

 

「ボクもラテンに勝ってほしい!」

 

「私は、フライです!」

 

「なんだと~」

 

ユウキとコトネがじゃれ合い始める。そうしている間にもデュエル開始のカウントダウンが進んでいく。

そして、それがゼロになった瞬間ラテンが駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side ラテン

 

俺はあいさつ代わりに、カタナ単発ソードスキル<辻風>をお見舞いする。だが、俺の斬撃は丸い盾に防がれ、火花が散った。

フライは、俺の一撃を防ぐと間髪いれずに突きを放ってきた。

ぎりぎりで体をひねり避け、斬り上げる。しかし、そのカウンターも空しく盾に防がれる。

だが、ここで終わらない。俺は、一気に距離を縮める。

フライは、払い切りをするが、それをしゃがんで避け左斜め下から鞘をたたきつける。

 

「くっ!」

 

フライのHPを一割減少させた。クリティカルヒットしたはずなのだがダメージはまったく出なかった。

フライは大きくバックステップを取り空中に飛び始めた。

 

「ちっ!」

 

俺は、フライが空中で体勢を整える前に大きくジャンプする。背中から翅が出てくるのを感じた。

 

「うらあああ!」

 

俺は両手で刀を持ち、思い切り斬り下ろす。だが、わずかに下に押しただけで盾に防がれてしまう。

フライは、開いた隙をついて下から思い切り突き上げる。俺は、鞘を使って軌道を変えるが頬にかすり、HPがわずかに減る。

俺は、そのまま空中で回転しフライと距離をとった。

 

 

「ラテンさん。今のよく避けましたね」

 

「・・・・・」

 

俺は、無言で刀を構える。正直に言うとあまりよろしくない。空中戦において機動力は俺よりもフライのほうが高い。

何か、隙がないかと探してみるが、さすがは<空将>の異名を持つだけあって、隙が微塵もない。

ないということは、<作るしかない>ということだ。

俺は、翅に力を込め一気にフライトの距離を縮めると、重単発突進技OSS<デモリッシュ・スラッシュ>火七割、物理三割を右から叩き込む。

その一撃は大きな音とともにフライの盾に防がれる。だがこれでいい。

おそらくフライは、体勢が崩れた俺に剣で斬りかかるだろう。俺はそれを狙っていた。

その斬撃の軌道を鞘でずらすことで、盾と剣の間を広げることで防御できない場所が生まれる。そこに俺が斬り下ろせば、結構なダメージを与えることができる。

 

俺の予想通り、フライは右手の剣で斜め上から剣を振り下ろす。

それを鞘でいなして、カウンターをしようとするが、それは叶わなかった。

 

パリィィィン!

 

フライの剣を俺の鞘が受け止めた瞬間、音を立ててポリゴン片となり消滅してしまったのだ。

俺は、とっさに体をひねるが、腹部に斬撃を受けた。もし、まともに受けていたら大ダメージを受けていただろう。

そして、そのまま盾によってふっとばされてしまった。HPゲージを見ると、残り六割を切っていた。

 

「くそ、空中戦じゃなかったら・・・・!」

 

鞘を破壊された以上、積極的に仕掛けに行くことはできない。

こうなったら、カウンター覚悟でスキルオーバーラップを使い隙を作って大ダメージを与えるしかないのかもしれない。だが、それでHPを削り切れなかったら、こちらが大ダメージを受ける可能性もある。

 

あれを使うしかないのか・・・・

 

俺は頭をフル回転させてる間に、フライがこちらに突進してきた。俺はフライの斬撃を受け止め、鍔迫り合いに持ち込む。

 

「くっ・・・・・!」

 

受ける体勢をしっかりとっていなかったため、後ろに少しずつ押され始める。

すると、そこへ追い打ちをかけるようにフライがソードスキルを叩き込んできた。

俺は何発かは刀で受け止めたが、全てを防ぐことができず、HPが徐々に減り始める。だが、それでもディレイが発生する。

俺はそこを見逃さず、ディレイが発生した瞬間に四連撃OSS<スクエア・グリスター>を繰り出し、フライとの距離をとる。

 

「ラテンさん、そろそろ時間になりますよ」

 

時間を見ると、残り一分ほどになっていた。このままだと、時間制限で確実に負けるだろう。勝つためにはとっておきを使うしかない。

 

「・・・・正直鞘が壊れるとは思わなかった」

 

「鞘にも<武器破壊>が適用されるんですね」

 

「そうらしいな」

 

俺は、右半身をフライに向け刀を腰のあたりで、水平に構える。もう残り時間が少ない。この一撃が通らなければ、俺の負けだ。

俺は、息を大きく吸いゆっくりと吐き出すと、勢いよくフライの元へ飛んだ。

カタナが赤く光りはじめる。重単発突進技<デモリッシュ・スラッシュ>。俺は、左手でウインドウを開き素早く操作しながら、技を叩き込んだ。

フライは、防御態勢をとるが威力が大きくまたもや盾をはじかれてしまう。ここまではさっきの状況と同じだ。だが、同じ二の足を踏むつもりはない。

フライは、俺に斬撃を繰り出すがそこに俺の姿はなかった。

なぜなら、俺はフライの右側に回り込んでいたからだ。普通、空中でソードスキルを繰り出すとディレイが発生し、相手の横に移動するなんてことはできない。だが、俺は移動したのだ。

 

「うおおおおおお!!!!!」

 

ガキィィィィン!

 

俺は、後ろの腰に出現した新たな剣の柄を握り抜き取ると、全力でフライに斬り下ろした。

フライはぎりぎり剣で受け止めるが、俺の渾身の一撃を受け止めることができずそのまま地面に勢いよく落下する。

俺は、素早く地面に着地をしそのままフライの元に駆け出す。

 

「終わりだ、フライ!」

 

両方の剣が黄色く輝き始める。

スキルコンビネーション、《ラスト・ジャッジメント》合計二十一連撃。

 

「おおおおおおおおおお!!!!」

 

最初の二発でフライの剣と盾を弾き飛ばすと、隙だらけの体に雷の如く連撃を繰り出す。

 

もっと・・・・上がる・・・・・!

 

俺はさらに斬撃のスピードを上げた。フライのHPがどんどん減っていく。フライが何度か防御態勢をとるが、すぐさま弾き飛ばされてしまう。

そして、クラリティーの最後の一撃である単発重攻撃<ヴォーパル・ストライク>をフライの胸に突き刺すとフライのHPゲージを消し飛ばした。

その瞬間デュエル終了のファンファーレが会場に鳴り響く。それと同時に盛大な歓声が会場を包んだ。

 

 




ラテンに二刀流を使わせました!
なぜ刀ではなく片手剣かというと、使いやすそうだったからです!(笑)
技の説明は次回ラテンが言ってくれると思うので、楽しみにしていてください。
これからもこの作品をよろしくお願いします!!


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第九話 英雄と最速

 

 

フライとのデュエルが終わると、十五分間の休憩時間が与えられた。

俺は、次の試合がないのでフライとともにキリトたちの元へ足を運んでいた。

 

「ラテンさん、あんな技を隠し持っていたんですね・・・・」

 

「まあな、でもあれがなかったら俺はお前に負けてたぜ?」

 

「いやいや、ラテンさんは大空天真流を使ってなかったじゃないですか」

 

「・・・・」

 

「ほらだまった」

 

「あ、あはははははは」

 

俺は苦笑する。もちろん大空天真流を使っていたわけじゃない。だが、使えたといえばそれは嘘になる。

本来、大空天真流の戦い方は<カウンター>だ。相手の動きを一瞬で読み、隙をついて高速のカウンターを仕掛ける。

しかし、防御を中心とし隙を見て攻撃を仕掛けてくる相手なら別だ。

カウンターをカウンターするのは、とても難しい。仮に成功しても、十中八九盾で防がれるだろう。そうなると、やることは一つだ。

<ごり押し>をすること。

連続して攻撃をし、隙ができたところに一撃を入れ仕留める。

フライとのデュエルでは、得意な地上戦ならともかく苦手な空中戦だっためごり押しはほぼ不可能だった。

だから、もし二刀流がなかったらフライに負けていた可能性は高い。

 

 

 

 

 

俺達は、キリトたちの観客席に到着するとクラインが俺の服をつかみ、ぐわんぐわん揺らしてきた。

 

「おい、ラテン語!さっきのは何なんだよ!二刀流のソードスキルがあるなんて聞いてねぇぞ!」

 

「ああ、スキルコネクトでもあの速さの斬撃を繰り出すのは不可能だ。いったい何なんだ?」

 

クラインならともかく、キリトが質問してくるのは珍しい。

おそらく、あれを使えばSAO時代の二刀流スキルを再現できると思ったのだろう。俺に期待のまなざしが向けられる。

クラインを引きはがすと、さっきの技を説明し始める。

 

「さっきのは<スキルコンビネーション>っていうんだ。キリトのスキルコネクトと俺のスキルオーバーラップを組み合わせて開発したものだよ。でも、当たり前のようにディレイは長いし、連撃数はあれが限界だ」

 

「でもよ、さっきのソードスキルは単色だったし、交互にやってたじゃねぇかよ」

 

「あれは、単発ソードスキルを交互に繰り出してたからだ。単発ソードスキルを組み合わせれば軌道が読めないし、一撃の威力が高いからな。それに、ディレイが少ないから組み合わせしやすいんだよ。まあ、めっちゃ疲れるから連続して使えないし、防がれたらアウトだからな、あまり使わないようにしてる」

 

「お前も化け物だけど、あれを防ぐ奴も十分化け物だよな・・・・」

 

クラインが座り込む。

俺は苦笑するとユウキの元に向かう。

 

「おめでとう、ラテン!あの技すごかったね!でもボクは負けるつもりないよ!」

 

「それは、アスナを倒してから言えよ。それに俺はキリトに勝つ保証はないぜ?」

 

「お互い様だ」

 

キリトが俺の隣に座り込む。

アスナとユウキが次の試合の準備をし始めた。

 

「今度は負けないからね、ユウキ」

 

「ボクも負けないよ!ラテン、キリトに勝ってね!」

 

「残念、キリト君が勝つの!」

 

「ラテンだよ!」

 

「キリト君!」

 

「ラ~テ~ン!」

 

「キ・リ・ト君!」

 

「・・・・早く行かないと、試合始まるぞ?」

 

「「あっ」」

 

ユウキとアスナはさっきまで何の準備をしていたか忘れていたようだ。

それにしてもユウキは何故そんなにも俺とデュエルしたいのか。デュエルなら大会でなくてもできるはずだ。

そんな疑問が頭によぎったが、本人に聞くしか解決しないだろう。

 

「じゃあ、ラテン。またあとでね!」

 

「ああ。がんばれよ」

 

「うん!」

 

ユウキはそそくさに控室に向かって行った。

はっきり言って、ユウキが勝つかアスナが勝つか俺にはわからない。

ユウキの反応速度や剣技は、おそらくこのALOの全プレイヤーの中でトップだろう。普通ならば、圧倒的大差で勝利できる。

しかし、それでも互角に近い戦いができるのは、ユウキの剣が素直すぎるからだ。

フェイントは全然使わずに、己の能力を頼って全力で戦う。

そんな姿を見ていると、SAOにいた頃の自分を思い出してしまう。

俺は雑念を振り払い、キリトに声をかける。

 

「なあ、キリト。どっちが勝つと思う?」

 

「さあな、俺はアスナに勝ってほしいけど、きっとユウキが勝つだろうな」

 

「・・・・なんで?」

 

「それは・・・・・お前がユウキと戦えばわかると思うぜ」

 

「・・・・・?」

 

ユウキがアスナに勝つのと、俺が関係あるのだろうか。

ユウキが俺とデュエルしたいと思っていることはわかっている。だが、その望みだけでアスナを倒せるとは思えない。

そう考えているうちに、ユウキとアスナのデュエルが始まろうとしていた。

俺は、立ち上がり前の方へ移動する。周りからは盛大な歓声が巻き起こっていた。

デュエル開始まで十秒を切った。

ユウキが一瞬こちらを見たような気がしたが、気のせいかもしれない。

 

ファァァァン!!

 

デュエルの開始音とともに、ユウキとアスナは地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「惜しかったな、アスナ」

 

「ありがとう、キリト君」

 

ユウキとのデュエルが終わり、観客席に戻ってきたアスナは少々落ち込んでいるように見えた。まあ、それもそうだ。

あの、ユウキ相手にHPを三割まで減らしたのだから、勝ちたかったのだろう。

一方ユウキは、相変わらず元気いっぱいだ。

 

「次はキリト君の番だね。頑張ってね!」

 

「ああ、アスナの分まで頑張るよ」

 

キリトはアスナの頭に手をのせる。アスナは小さく「もう!」と言うが、どう見ても嬉しがっているようにしか見えない。

周りからの痛い視線に気が付かず、イチャイチャしているバカップルはもう救いようがないだろう。

 

「おーい、キリト。いちゃいちゃしているのは構わないが、デュエルが始まるぞ」

 

「ああ」

 

俺は、闘技場に向かう。

SAO時代からの相棒とは、一度もデュエルしたことはない。特にあの世界では個々の強さを比べるなんてどうでもよかった。

みんなが協力して地獄の世界を脱出する。

そんな、思いを胸に必死で戦ってきたのだ。きっと、あの世界の俺が今の世界のように軽いノリでデュエルを申し込まれたら「デュエルする暇があるなら、一レベルでも上げる努力をしたらどうだ?」と言ったかもしれない。

 

 

思えば、キリトはアスナに出会ってから随分と変わった。

あいつは、どんなことでもソロでやろうとしていた危なっかしい奴だった。

だが、アスナと出会ってからは自分よりも他人を優先し、自分が犠牲になっても構わないような感じだった。

キリトにとって、アスナは自分を変えてくれたとても大切な人なのだろう。

ユウキを除いて、俺が知る限りでは最強のプレイヤーだ。全力でぶつからなければ勝機はない。

俺は、月光刀とクラリティーを装備する。あと、十メートル歩けば闘技場の中に入れる。

大きく深呼吸した俺に後ろから、声がかけられた。

 

「ラテン」

 

「ん?・・・・ユウキか。どうしたんだ?」

 

「・・・・勝ってね。応援してる」

 

「なんでそんなに悲しそうなんだよ。デュエルなら普通の時でもできるだろ?」

 

「・・・・・」

 

ユウキは無言だった。いつも元気なユウキのこんな姿を見たらほかの奴らはびっくりするだろう。

でも、ユウキがこんな顔をするということは、何かがあるのかもしれない。

俺は、ユウキの頭に手をのせる。

 

「・・・・安心しろ。キリトに勝って、全力でお前の相手をしてやるよ」

 

「・・・・うん」

 

最後にユウキは笑顔になってくれた。やはり、ユウキには笑顔が似合う。

俺は、踵を返すと闘技場に歩いていく。

闘技場に入ると、盛大な歓声が包み込んだ。俺の先には、あの世界の英雄キリトがいる。背中には黒い剣の柄と、黄金の剣の柄が見える。

俺は、キリトから十メートルほど離れた位置で立ち止まると、デュエル申請をキリトに出す。

キリトがYESのボタンを押すとカウントダウンが始まった。

 

「キリト。手加減するつもりはないぜ」

 

「それはこっちの台詞だ」

 

キリトは、二本の剣を抜いた。

俺は、右手に月光刀、左手にクラリティーを持ち、半身をキリトに向け刀を胸の位置まで上げる。

刻々とデュエルのカウントダウンが過ぎていく。

そして、<デュエル>の文字が出現するとともに、俺とキリトは同時に地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラテンよりの三人称

 

 

キリトが、地面すれすれで走り、ラテンの元にたどり着くと下げていた右手の剣を思い切り、たたきつける。

だが、ラテンは左の剣でそれを防ぐと右の刀で四連撃ソードスキル<スクエア・グリスター>を繰り出した。

キリトはそれを読んでいたようで、四連撃ソードスキル<バーチカル・スクエア>で相殺させる。

甲高い金属音とともに、二人は距離を開く。

キリトが相手になると、ソードスキルのごり押しは通用しない。手数は互角だが、斬撃速度はラテン、反応速度はキリトが少しばかり上回っている。

 

ラテンは地を蹴り、キリトとの距離を一気に縮めると八連撃スキルオーバーラップ<シェイプ・スクエア>を放った。

だが、キリトはその技を<バーチカル・スクエア>と<ホリゾンタル・スクエア>の組み合わせだと一瞬で見抜き、すべて防御すると右の剣で単発重攻撃<ヴォーパル・ストライク>を繰り出した。

 

「う……らあ!!」

 

シェイプ・スクエアは片手で行う技なので、ラテンがとっさに左の剣でキリトの一撃の軌道をずらすが、肩に掠りHPが少しばかり減少する。

だが、ラテンもこのままやられるわけではない。

体を回転させ、左の剣でキリトの太もも目掛けて剣を振る。

キリトは、とっさに少し下がるが、斬撃のあまりの速さに間に合わなく、一撃を受けHPが一割ほど減少する。

 

「くっ!・・・うおおおおお!!!」

 

「!?」

 

キリトは、斬撃を受けた瞬間思い切り、ラテンの懐にもぐりこむと左の剣でたたきつけて、そのままスターバーストストリームのような軌道の斬撃を次々と打ち込む。

そのスピードはソードスキル並のものだった。

ラテンは最初の一撃を右の刀で防ぐがはじかれ、右の剣の一撃を右腹部に受けた。

しかし、このままでは終わらない。

ラテンはすぐさま体勢を立て直すと、斬撃を繰り出す。

その場に、超高速の連続技が繰り広げられる。

 

二人の周囲には、甲高い金属音とともに様々なソードスキルの色彩が飛び散る。

お互いの連撃が弱ヒットしHPが徐々に減少し始めた。

それでもなお、キリトの斬撃のスピードがさらに上がり始める。おそらく、ソードスキルの速さを超えているだろう。

ラテンはだんだん防御中心になってくる。

 

「らあああああああ!!!!」

 

「くっ!!」

 

キリトはラテンの防御態勢を崩すと、スキルコネクトを発動する。

目にも留まらぬ速さの斬撃によりラテンのHPがどんどん減っていく。

そして、十六連撃目のヴォーパル・ストライクがラテンの胸に向かっていく。

これを受けたら、間違いなくHPが消し飛ぶだろう。

ラテンは大きく両目を見開き、キリトの片手剣の先端に焦点を合わせ、左手に全意識を集中させる。

 

ガキィィィィン!!

 

「!?」

 

白く、半透明な片手剣が宙に吹き飛んだ。

ラテンは左の剣で、ヴォーパル・ストライクを受け止めたのだ。限界に近いスピードの突きを、防いだということはラテンのスピードが限界を超えたことになる。

だが、ヴォーパル・ストライクの威力は高いためその衝撃で、ラテンが吹き飛んだ。

ラテンは何とか、刀を地面に突き刺し転倒を防いだ。

 

「・・・・・?」

 

キリトはてっきり、ディレイが発生している自分にすぐさま攻撃を仕掛けてくると思ったがラテンはそのまま無言で立ち上がり、刀を納刀していた。

ラテンは腰から、鞘を取り出し抜刀術の構えをとる。

キリトはスキルオーバーラップを使うと思っていたが、ラテンの鞘が赤色一色に輝きだしたので違うと悟った。

ラテンは大きく息を吐くと、思い切り地を蹴った。

キリトは防御態勢をとる。抜刀術だけなら、一撃を防げばカウンターをすることができる。

 

ラテンはとてつもなく速い抜刀術を繰り出した。キリトはギリギリそれに反応し左の剣で、その斬撃を防ぐが一瞬で左の剣が吹き飛ばされる。だがそのまま、キリトは右の剣でソードスキルを発動する。これが通ればキリトの勝ちだ。

しかし、ラテンは抜刀術の勢いを使ってその場で回転し始めた。刀の赤色はまだ消えていない。すなわち、まだ技の続きがあるということだ。

 

「うおおおおおおお!!!!」

 

「!?」

 

ラテンはそのまま、抜刀術よりも速い斬撃を繰り出した。もうその速さは、視認不可能だった。その斬撃は明らかに限界を超えている。

ラテンの斬撃はキリトの腹部を深くヒットする。

そして、二人の周囲に大爆発が起こった。それと同時に、デュエル終了のファンファーレが鳴り響く。

爆発による煙で、勝者はまだわからない。会場全体が固唾をのんで闘技場中央を見つめていた。

 

煙が晴れると、そこには黒い炎の塊とその隣に座り込んでいたラテンの姿があった。

その光景を見た瞬間、会場に盛大な歓声が巻き起こった。

 

 

 

 

 




また、中途半端なところで終わりにしました。なぜか、ラテンが限界速度を二回も越えとる(笑)
今回は三人称視点で戦闘シーンを描いてみました。どうだったでしょうか?読みやすかったでしょうか?
何故か主にキリト視点になっていたような気がします(笑)
そんなわけで、次回はユウキとの戦闘です。まだいちゃいちゃさせませんが、じきにさせますんで、これからもこの作品をよろしくお願いします!!



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第十話 笑顔

空いた時間を使って、書きました。
来週からはまた本格的に書きますので、よろしくお願いします。


 

俺は、選手控室の中央の椅子にぽつりと座っていた。さきほどの闘技場とは裏腹に静寂がこの部屋を包んでいる。

キリトとのデュエル。

おそらく今まで生きていた中で、一番全力を出して戦っただろう。

結果は<勝利>に終わったものの、正直に言うと運がよかったのかもしれない。

キリトのスキルコネクトの最後の一撃である<ヴォーパル・ストライク>。

あのソードスキルを、クラリティーで防ぐことができたのは、キリトの剣尖が俺の左胸をとらえていたからだ。

もちろん、キリトは右手で繰り出したので、突きが相手の左胸を狙うのが最短距離であり、少しばかり早めに相手をとらえることができる。

だが、あの速さの斬撃になると右胸を狙おうが左胸を狙おうが、さほど変わらなかったはずだ。

つまり、キリトが仮に俺の右胸を狙っていたのなら、間違いなくキリトが勝っていたはずだ。だから<運が良かった>ということになる。

 

次はデュエルトーナメント決勝戦。

ネット放送局《MMOストリーム》が生中継で、放送することになっている。

俺は中学の中体連<剣道>の全国大会決勝戦以来の緊張を味わっていた。あの時は、どうやって緊張をほぐしていただろうか。

今の俺には思い出せそうもない。

 

次の相手は、おそらくこのALO内で最強と言ってもいいほどである闇妖精族の少女<ユウキ>。

反応速度はあのキリトをも凌駕する。

あの少女を見ていると、不思議とあの世界での自分を思い出す。あの世界の俺達と、今のユウキは何かが似ているのだ。

それが何かは判らない。

でもきっと、このデュエルを通して理解することができると思う。そして、キリトが言った言葉の意味も……。

控室にある時計を除くと、決勝戦開始五分前だった。

俺は控室を出て、闘技場までの廊下を歩き始める。

闘技場に近づくに連れて、何故か心臓の鼓動が収まっていく。そして、俺の体に新たな感情が生まれてくる。

いや。正確には再び出てきたと言ったほうがいいかもしれない。

 

―――楽しみ……か。

 

きっと、俺は強敵と戦えることを楽しみにしている。

しかし、それはキリトとはまた別の<楽しみ>のような気がする。心の底から湧いてくるこの感情。

自分の表情が柔らかくなっていることに気付く。

俺は闘技場入口の五メートルほど手前で、立ち止まる。そして、大きく両手で頬を叩く。

 

「よし、行きますか!」

 

大きな歓声を浴びながら、俺は闘技場中央に歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side ラテンよりの三人称

 

「ラテン。ようやくデュエルできるね!」

 

「ああ。俺も楽しみにしてた」

 

ユウキは慣れた手つきで、システムウインドウを操作し始めると、すぐにラテンの目の前に、デュエル申し込み窓が出現する。

闘技場には、実況をしているMMOストリーム司会者の声と、観戦者の声援が響いていた。

ラテンは、<承諾>のボタンを押すと、刀を帯刀したまま抜刀術の構えをとる。

その動作と同時にユウキが高い音とともに、黒曜石の剣を抜き取った。

二十秒のカウントダウンが開始される。

 

「言っとくけど、女の子だからって手加減しないぜ?」

 

「手加減なんかしたら張り倒すからね!」

 

ユウキはにっこり笑ってみせると、ラテンはそれを苦笑いで返す。

カウントダウンが十秒を切ると、会場全体が残りのカウントダウンを唱和し始める。

それとは対照的に、ラテンの心は静まっていた。

 

「「「サンッ!…ニィッ!…イチッ!《ファァァン!》」」」

 

デュエル開始のファンファーレが闘技場に鳴り響いた。

 

[DUEL]という文字の出現とともに、ラテンは一瞬で十メートルの距離を詰めるとOSS<天地開闢>を繰り出した。水色の刀がユウキの右脇腹をとらえる。

 

カァァァン!

 

甲高い音とともに、ユウキはラテンの斬撃をいとも簡単にいなすと首もと目掛けて斬り上げる。

 

「……ッ!う…らァ!」

 

ラテンは瞬時に後ろの腰から、クラリティーを抜き取るとギリギリのタイミングでユウキの斬撃の軌道をずらす。

ユウキはすかさずバックステップをとると、中断に構えた。

 

「おいおい。なんであんな簡単に、パリィできるんだ?」

 

「ふふっ、教えないよ」

 

「無理やり口を割らせてやるさ!」

 

ラテンは思い切り地を蹴り、斬撃を繰り出していく。

手数ではラテンのほうが有利なため、打ち合えば必ずユウキに隙ができるはずだ。

だが、ユウキは片手剣一本だけだというのに、正確にラテンの斬撃をとらえ防いだり、いなしたりしている。

 

――――こいつは化け物かよ!?

 

実際に剣を交えると、改めてユウキの反応速度に舌を巻く。

観戦者から見れば、完全にラテンのほうが押しているように見えるが、実際のところ五分五分ぐらいだ。

ラテンは刀でユウキのカウンターを受け止めると、距離をとるためバックステップするが、ユウキは恐るべき速さで追いついてきた。

 

――――しまっt

 

「やあぁぁ!!」

 

ラテンは体勢を完全に崩していた。

そのタイミングをユウキが見逃すはずもなく、すかさずソードスキルを発動させる。

垂直四連撃<バーチカル・スクエア>。

ラテンはとっさに剣を逆手に持ち、交差させて防御するが、二発足にヒットしHPが二割ほど減る。

だが、速さならラテンも負けていない。

 

左足で踏ん張ると、そのまま地を蹴り、単発突進技OSS<レクトリニア・エッジ>を繰り出した。

ユウキにはコンマ何秒かのディレイが発生している。

ラテンはユウキの肩に目掛けて刀を振るった。

だが。

 

「はあぁぁぁ!!」

 

「…!?」

 

ユウキは高速で、その斬撃を防ぐ。

ユウキの反応速度には驚かされるばかりである。だが、おそい。

 

「おおおおお!!」

 

クラリティーが深紅に包まれる。

ラテンはそのまま、隙ができたユウキにソードスキルを繰り出す。

四連撃OSS<スクエア・グリスター>。

二発は防がれるが、次の二撃は絶対に<防御>不可能だろう。

ラテンは完全に決まったと思ったが、ユウキは瞬時に体を動かしラテンから離れることで、弱ヒットにした。ユウキのHPが一割ほど減る。

 

ラテンとユウキは、五メートルほど距離をとった。

ユウキの反応速度、斬撃速度、移動速度。どれも恐ろしいほどに速い。この速さで、ユウキがフェイントを使えば勝ち目はなくなるかもしれない。

 

「お前……強すぎだろ」

 

「そういうラテンは、速すぎだよ」

 

「そのお言葉、ありがたく頂戴するよ」

 

ユウキとラテンの顔から再び笑みが無くなる。

 

――――こうなったら、相打ち覚悟で使うか…。

 

ラテンは、思い切り地を蹴るとユウキに向かって突っ込む。

重単発突進技OSS<デモリッシュ・スラッシュ>。

ラテンの突き技を、ユウキは右にいなすが頬掠める。だが、ラテンの斬撃はまだ終わらない。

 

ラテンは、完全に意識を左手から右手に移し替える。

スキルコンビネーション八連撃OSS<シェイプ・スクエア>。

ユウキにラテンの高速斬撃が襲い掛かる。

しかし、ユウキは先ほどのラテンとキリトの試合を見ている。ということは、軌道が完全に読まれているということだ。

ユウキは、大きく目を見開き、八連撃すべてを防いだ。

そして、片手剣六連撃ソードスキル<スター・Q・プロミネンス>をカウンターとして繰り出す。

しかし、ラテンはさらに右手から左手に意識を移し替える。クラリティーが紫色に輝きだす。

スキルコネクト七連撃OSS<ダークネス・エンタイス>。

ラテンは六発を相殺させると、残りの一撃をユウキの太ももに斬りつける。

ユウキのHPは一割ほど減る。

 

ラテンとユウキには、同時にディレイが発生したがラテンのほうが少しばかり長いためユウキは反撃をする。

ユウキの斬撃を二発ほど受けてから、ラテンの硬直が解ける。

そのまま、激しい斬撃の応酬が繰り広げられる。

二人の周囲には、剣と剣がぶつかるたびになる、甲高い音とともに様々な色彩のソードスキルのエフェクトが飛び散る。

何度目かの、距離をとるころにはユウキのHPは五割ラテンのHPは六割ほどになっていた。お互いに全然ヒットさせていない。つまり、ほとんどが相殺だったのだ。

 

ラテンは、残り時間を確認するために視線を左上に向ける。

残り時間はすでに一分を切っていた。

おそらく、次の打ち合いが最後になるだろう。

ラテンは大きく深呼吸すると、ユウキを見据える。

対してユウキもまた気合を入れなおしたようだ。

 

「次で終わりだ、ユウキ」

 

「それはこっちの台詞だよ」

 

ラテンはユウキとの距離を一瞬で縮め、ユウキの懐へ入り込む。それは、驚くべき速さだった。そして、二本の剣が黄色に輝き始めた。

 

「うおおおおおおお!!!!」

 

―――スキルコンビネーション、二十一連撃OSS<ラスト・ジャッジメント>。

 

落雷の如く、超高速の斬撃が全方位からユウキを襲う。超高速の二十一連撃を片手剣一本で、防ぎきれるがない。

ユウキは<防ぐ>ことを捨て、すべての斬撃の軌道をずらすことしか考えていなかった。

ラテンの斬撃が弱ヒットを繰り返し、ユウキのHPがどんどん減っていく。

最後の一撃である<ヴォーパル・ストライク>が、ジェットエンジンのような音を立ててユウキに向かっていく。

だが、ユウキはその一撃の軌道をありえない速さでずらした。明らかに限界速度を超えている。

いや、その一撃だけではない。斬撃速度が急激に上がる、後半の十連撃からすでに限界速度を超えていたのだ。

 

ラテンの一撃は、ユウキの左わき腹に弱ヒットする。

ユウキのHPを確認すると、無情にも残り一割あるかないかくらい残っていた。

 

―――――うそ……だろ?

 

致命的なディレイが発生したラテンに、ユウキが反撃をする。黒曜石の剣が青紫色に輝きだした。

 

―――十一連撃OSS<マザーズ・ロザリオ>。

 

残念ながらラテンは、その斬撃を防ぐ手段はない。

息もつかせぬ、十連撃を見事にもらいHPバーが大きく減少した。最後の一撃を受けたら間違いなく、HPバーが消し飛ぶ。

マザーズ・ロザリオの最後の突きが、ラテンの胸に向かっていく。

 

その瞬間ラテンは、久しぶりの感覚を味わっていた。ほんの一瞬だけ、自分が自分でないという感覚。

まだディレイが続いているはずなのに、左腕が本能的に動き、いつの間にか逆手に持っていたクラリティーで、ユウキの一撃の軌道を完全に逸らした。

それと同時に、ラテンに意識が戻る。

 

「へ?」

 

「え?」

 

ユウキとラテンが同時に呟く。

何故かというと、ユウキは完全決まったと思い、全体重を乗せて突きを繰り出した(防ぐことは完全に不可能)。

しかし、その一撃の軌道をラテンが逸らしたため、勢いがそのままであり急停止することができない。

一方ラテンはというと、無意識に体が動いて軌道を逸らした瞬間意識が戻ったため、対処することができない。

つまり、今ユウキがラテンに体ごと突っ込んでいる状態になっている。

 

――ゴン!

――ファァァァン!

 

ラテンとユウキが、お互いに頭が激突したと同時にDUEL終了のファンファーレが闘技場に鳴り響いた。

それとともに、今までに聞いたことのないくらいの盛大な歓声が会場を包み込んだ。

一方ラテンとユウキはというと、ユウキがラテンの上に乗っかった状態でお互いにおでこに手を当てて悶絶していた。

 

「いったー!!!!」

 

「いってぇ!!!…………………ぇええええええええええええ!?」

 

ラテンは、おでこに手を当てながらDUELの結果を確認する。

ユウキのHPは相変わらず、一割あるかないかほど。

対してラテンのHPは、なかった。正確には、視認できるかどうかの量だ。

ラテンがポリゴン片になっていないということは、少なくともHPがまだ残っている。

しかし、あいにくユウキよりHPが少ない。

ということは、ユウキのHPのほうが多い=ラテンの負け。……………………ちーん。

 

まあ、終わったことをどうこう言っても仕方がない。

ラテンは何とか起き上がると、いまだに悶絶しているユウキに声をかける。

 

「…おい、大丈夫か?」

 

「………」

 

ユウキが無言の涙目で、ラテンを見上げる。相当痛かったらしい。だが、今は関係ない。

―――――何この可愛い生き物は……。

自然に速くなる鼓動をおさえながら、とりあえずユウキを起こす。

するとそこへ、スリーピングナイツのギルドメンバーたちが駆け寄ってきて、祝福の言葉をかけていた。

ユウキは、泣き笑いの表情だった。

―――もちろん涙の理由は、優勝したこともあるかもしれないが、一番の原因はあれだと思う……。

 

ラテンは、落ちていた<月光刀>と<クラリティー>を拾い、納めた。

ユウキのほうへ顔を向けると、こちらに笑顔を向けていた。

ラテンは笑顔で返すと静かに退場していく。

ユウキの笑顔が、どんな感情から来ているのか俺には分からない。

だが、これだけは言える。

 

―――今までで一番いい笑顔だったな。

 

ラテンはユウキの笑顔を思い浮かべながら、仲間の元へ歩き出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………一応言っとくけど、変態じゃないよ?

 

 




戦闘シーンは三人称のほうが書きやすいことを学びました。(≧▽≦)

というか、ユウキ、強すぎましたね(笑)
ラテンの攻撃をどんどんいなしていくという……。(笑)

ということで、閲覧していただきありがとうございます。
再度申し上げますが、次話の投稿は来週の金曜日か、土曜日になりそうです。
ご迷惑をおかけしてすいませんm(_ _)m

これからもこの作品をよろしくお願いします!!



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第十一話 違和感の正体

湖からやってくる心地よい風が、俺とキリトを包み込む。

 

第四回統一デュエルトーナメントからすでに、二週間以上たっていた。

四代目チャンピオンに輝いたユウキの名は、このALOの世界だけではなく<ザ・シード連結体>にまで広がっていった。

俺の名は……。まあ、察してくれ。

 

その有名人の本人は今、アスナ、リズ、シリカ、リーファ、コトネと共に、京都へ三泊四日の旅行に行っている。

ちなみにユウキは、通信プローブを使っているため京都の有名料理を食べることはできないだろう。

同情はするが、大方アスナあたりにVRの世界で再現することを約束させてるに違いない。

 

俺の持っていた竿がヒットすると、思い切り引き上げた。

あまり大きくはない魚が釣れた。

その魚をアイテムウインドウにしまうと、隣でいまだにかからない竿を眺めているキリトへ顔を向ける。

 

「…なあ、キリト。なんでアスナたちと一緒に行かなかったんだ?お前そんなに忙しくないだろ」

 

「…まあ女子だけの旅行のほうが楽しいだろ?そう言うお前はなんでいかなかったんだ?」

 

「大方お前と同じだろうな」

 

「そうか…」

 

キリトの竿がヒットすると、キリトは立ち上がり思い切り引き上げる。

釣れた魚は俺のよりも、一回り大きい。

その魚をアイテムウインドウにしまいながら口を開いた。

 

「で、どうだ?俺の言ったことわかったか?」

 

「いんや。まったく、わからん。でも、ユウキを見てると不思議とあの世界の俺を思い出すんだよな~」

 

「そうか……。お前のお祖母さん、横浜港北総合病院の院長だったよな?」

 

「ああそうだけど、それがどうかしたのか?」

 

「実はな、ユウキはそこにいる」

 

「は?」

 

俺は思わず持っていた竿を落としてしまう。その竿は湖まで転がって行って、着水すると同時にポリゴン片となって消えた。

結構高かった竿なのだが、今はそんなことを気にしてられない。

 

「今なんて言った?」

 

「なんか言ったっけ?」

 

「ユウキが横浜港北総合病院にいるって言ったか?」

 

「聞いてんじゃねぇか」

 

「あでっ」

 

キリトは俺にチョップをかましてくる。

 

「……ユウキたちが帰ってくるのは、明日だっけか?」

 

「いや、今日だ。会いに行くのか?」

 

「一目見てくる。行ってくるわ」

 

「わかった。また後でな」

 

「おう」

 

俺はシステムウインドウを操作し、ログアウトをする。

 

 

 

 

 

 

 

目を開けると、見慣れた茶色い天井が視界に入る。

俺は飛び起きると、すぐさま外出用の服に着替えると急いで玄関に向かう。

時刻は午後四時三十分。大体四十分後に到着するはずだ。

自転車を取り出し、駅へと向かう。相当なスピードを出しているため、警察に見つかったらアウトだ。

すれ違いざまに、通行人がこちらを凝視するがそんなのにかまってられない。

 

駅に到着すると、自転車のロックをしないで電車に乗り込んだ。

駆けこむ乗車をしてしまったが、気にしない。

そのまま、二十五分ほど電車に揺られていく。

横浜に到着すると、駅から徒歩五分ほどの横浜港北総合病院に駆け出す。

 

病院内に入ると、受付の前にいた倉橋先生が俺に声をかけてきた。

 

「やあ、天理君。久しぶりだね」

 

「お久しぶりです、倉橋先生」

 

俺は息を整えると、倉橋先生に尋ねる。

 

「倉橋先生。ここに女の子の患者はいませんか?歳は十五歳前後くらいで多分名前は<ユウキ>だと思います」

 

「うん、いるよ。えーっと、結城明日菜さんも知り合いかな?」

 

「はい、明日奈とは同じクラスで昔からの知り合いです」

 

「そうか、じゃあついて来てくれるかな」

 

倉橋先生は階段のほうへ歩き出した。俺はその後ろをついていく。

エレベーターには患者さんなどが乗っていたため、階段で四階に上がることにしたんだろう。

階段を昇りはじめると同時に、倉橋先生が口を開いた。

 

「彼女の名前は<紺野 木綿季>さんだよ。この前、薬剤耐性型の抗生剤についていったよね?」

 

「はい、祖母が開発したとかで」

 

「実はね、それを投与している患者が木綿季くんなんだ」

 

「え、本当ですか!?」

 

「うん、天理君のプレイヤーネームは<ラテン>だよね?」

 

「はい、でもなぜ知ってるんですか?」

 

「木綿季くんは、最近君のことばかり話しているよ」

 

「そうなんですか……」

 

「院長は本当に偉大な人だよ。あの薬が開発されていなかったら今頃、木綿季くんは……」

 

倉橋先生はそこまで言って口を紡ぐ。だが、そのあとの言葉は、言われなくてもわかっている。

三分ほど歩くと、大きな窓の前に到着する。しかし、色は黒く中の様子を見ることができない。

ここまで来るのに、ロックされたドアを二つくぐった。それほど重要な場所なのだろう。

 

倉橋先生は、窓の前にあるパネルを操作する。それと同時に、黒かった窓が透明に変わリ始めた。

小さな部屋だった。いや、正確にはかなり広い。一見して小さいと思ってしまうのは、部屋の中におびただしいほどの機械があったからだ。

様々な形の機械の中央にはベットとその上に横たわっている、小柄な姿が見えた。

頭部がほとんど見えない代わりに、大きな直方体の機械が頭を包んでいた。

かぶせられているシーツから、出ている裸の肩は、常人よりも細かった。

 

「入るかい?」

 

「いいんですか?」

 

倉橋先生はタッチパネルを操作して、ドアを開錠させた。

倉橋先生に続いて、俺も白い部屋に入る。

 

「……ユウキは治るんですか?」

 

「その確率のほうが高いよ。一か月前よりも血色がよくなっているし、脂肪もついてる」

 

「そうですか、よかった」

 

「うん、これはすべて院長のおかげだよ」

 

「いつ退院できるんですか?」

 

「リハビリもあるから、あと三か月ほどかな」

 

「…本人は知っていますか?自分が助かることを」

 

「教えてないよ。でも、そろそろ言うつもりだよ。その時は、天理君にもいてほしい」

 

「え?」

 

「木綿季くんにとって、天理君は特別な存在だと思うんだ」

 

「………」

 

俺はユウキのほうへ視線を向ける。

俺の感じていた、ALOのユウキとSAOの時の俺が似ていたのは、ユウキがこのバーチャルワールドに三年間ずっともぐっていたからだ。

ユウキは今まで、常に死と隣り合わせで生きてきた。あの世界の俺、いや、俺達とまったく同じ状況の中で、今もなお生き続けている。

だから、俺はユウキを見ているとあの世界の自分を思い出すようになったのかもしれない。

しばらく、ユウキを眺めていると部屋に声が響いた。

 

『ラテン………?』

 

倉橋先生が「じゃ、僕は行くよ。なんかあったら呼んでくれ」と言って、部屋を出ていった。

俺は用意された椅子に座り込む。

 

『なんでラテンがここに……?』

 

「京都はどうだ?ユウキ。楽しいか?」

 

『うん、初めての京都はとても楽しかったよ!京都って世界遺産がたくさんあるんだね!』

 

「そうだな、八つ橋とかは…食べれないか」

 

『うん、そのかわりALOで作るようにアスナに頼んだよ』

 

「よかったな。あれは本当にうまいぜ」

 

『あ~あ、早く食べたいな~♪』

 

ユウキが嬉しそうに呟く。今まで死と隣り合わせで生きていたとは思えないほど無邪気で明るい。

女の子とは思えないほど心が強い。

でも、時々、ふれたら壊れてしまうような感じがする時がある。それは決まって、家族のことや現実世界の話をしているときだ。

 

いつからだろう。この少女を守ってあげたい。そばにいてあげたいと思い始めたのは。

ユウキの家に行ったとき?いや、もっとずっと前だった気がする。

たぶん、初めてユウキと……闇妖精族の少女と出会った、あの大きな樹の下なのかもしれない。

 

「ユウキ、今は新幹線の中か?」

 

『うん、そうだよ。みんな疲れちゃって寝てるから、一度こっちに戻ってきたんだ。倉橋先生もいたし……あっ、アスナが起きた』

 

「そうか、んじゃあ俺は琴音を迎えに行くかな。……ユウキ、今度一緒にクエストやろうぜ」

 

『本当!?約束だよ♪』

 

「ああ、じゃあ俺は行くよ。また、あとでな」

 

『うん、また来てね!』

 

俺はユウキに笑顔を向けると、部屋を出る。それと同時に倉橋先生がドアからやってきた。

 

「終わったかい?」

 

「はい、、無理言ってすいませんでした」

 

「大丈夫だよ。木綿季くんに会いたかったら、いつでも言ってくれ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

俺は倉橋先生に一礼すると、ドアをくぐった。ホールでは三十分前よりも、人が少なくなっていた。

俺は電車に乗り、東京駅に向かう。あと四十分ほどでユウキたちが戻ってくるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京駅は相変わらず、人が多い。休日にもかかわらず、何十人もの人々が移動している。

改札口の前で、しばらく待っていると、見慣れた女性たちが歩いてくる。

 

「あれ?お兄ちゃん!?なんでここにいるの!?」

 

「よっ。…なんだよ、世界にたった一人のお兄ちゃんが来てやったのにその反応は。お兄ちゃん寂しくて死んじゃうよ?」

 

「…お兄ちゃんって時々キモイよね……」

 

「ひでーな!!」

 

俺以外のメンバーが笑い始める。俺は苦笑いしながら、荷物を見る。

さすがは京都に行っただけあって、なかなか多かった。

 

「ねぇ、らt、天理君はなんで私たちが返ってくる時間がわかったの?連絡も取ってなかったのに」

 

「ああ、ちょっとな。ユウキは?」

 

「まだ寝てるみたい。一番はしゃいでいたからかもね」

 

「そうか、……荷物持つぜ、重いだろ?」

 

「そう?じゃあ、これお願い!」

 

「りょうかィィィィィィィィ!?」

 

リズから受け取った荷物は、見た目が軽そうだがそんなことは全然なく、とてつもなく重かった。思わず踏ん張る。

 

「じゃあ、天理さん。これもお願いしますね♪」

 

「あっ、私もお願いしまーす!」

 

「お兄ちゃん、落とさないでね」

 

「ちょっ、限度があるだろ!限度が!」

 

「あはははは」

 

アスナが苦笑いを浮かべる。

俺の両手の中には、パンパンに膨らんだ荷物が何個も積みあがっていた。

腰を入れて踏ん張らないと、すべて落ちてしまうだろう。

 

タクシーのところへ向かい、コトネ以外の荷物を運転手さんに渡す。

運転手さんはあまりの重さに一瞬驚いたが、筋力に相当自身があるのか、難なくタクシーの中に運んでいた。

 

「んじゃあ、またな」

 

「じゃーね~♪」

 

「またね、琴音ちゃん。天理さん」

 

俺と琴音は、駐輪場へ向かう。幸い、自転車は盗まれていなかった。

 

「お兄ちゃん、次はちゃんとロックしてよ!私のなんだからね!」

 

「悪かったって、ほら、終わり良ければ全て良しって言うじゃんか」

 

「開き直るな!」

 

「はいはい」

 

そのあともまだ、琴音はグチグチ関係ないことまで言い始めたが、俺に言っても意味ないことをようやく悟ったのかあきれた様子で、すたすたと速いペースで歩き出す。

俺は苦笑しながら、そのあとを追いかける。

西の空は、まだ少しばかりオレンジ色に染まっていた。

 

 

 




なんやかんやで、書いちゃいました(笑)

日本食ってヘルシーですよね。また、京都に行きたくなりました(笑)

戦闘シーンは、まだないかもしれません。

来週からは本格的に書きますので、これからもこの作品をよろしくお願いします!!


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第十二話 カップル限定ダンジョン~①

今日から投稿再開します!
大変お待たせしました!!

これからはラテンよりの三人称にしてみようかと思います。違和感があった場合は元に戻すので意見をください。

では、本編へどうぞ!








 

 

 

 

三月十四日

それは、二月十四日に女性からバレンタインチョコをもらった男性がチョコをお返しに渡すという、今や国民的行事になりつつある<ホワイトデー>と呼ばれている日だ。

まあ、男女間だけでなく女性同士の友チョコ、男性同士のホモチョコというのも、もちろんありだ。

 

そして、静かな森に囲まれて建っている二十二層のログハウス。

今現在そのログハウスの中ではあるダンジョンの話が話題になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?<ホワイトデーカップル限定ダンジョン>?」

 

「そう!」

 

男の目の前で目をキラキラさせている闇妖精族の少女。

特徴的な真っ赤なヘアバンドを、飾っている小柄な少女の名はユウキ。

一時期<絶剣>という名で有名になり、二月中旬に行われた統一デュエルトーナメントの優勝者である。

 

そして、その目の前にいるのは言わずと知れたこの作品の主人公ラテンだ。

まあ、それは置いといて。

 

今、キリトとアスナのログハウスには、ラテン、キリト、アスナ、ユイ、リズベット、シリカ、リーファというお馴染みのメンバーに加え、クライン、コトネ、フライ、スリーピングナイツのギルドメンバーが集まっている。

 

「ねぇねぇ、ラテン行こうよ!」

 

「待て待て。内容を教えてくれ」

 

ラテンが迫るユウキを押しのけて、口を開く。

ラテンの問いに答えたのは、キリトのナビゲーションピクシーであるユイだ。

 

「えーとですね。三月十四日、つまり今日ですね。このALOのクエストに、愛のチョコレートを手に入れろ>というものが一日限り実装されました。そのダンジョンの報酬では<愛のチョコレート>というものがもらえます」

 

「へぇ~。なら、スリーピングナイツのメンバー全員で行けばいいんじゃないか?別に俺と行く必要は……」

 

「それがですね、このクエストはカップル限定のダンジョンなんですよ。そして、その報酬はゴール地点にたどり着いた男女ペア、つまりカップル一組だけしかもらえないんです」

 

「…で、ユウキはそのクエストに俺と組んで行きたいのか……」

 

「うん♪」

 

なら、俺と行く必要はないのでは?スリーピングナイツのメンバーにも男がいるし、それでも行けるはずだとラテンは考えるが、まず一言言いたい。

 

「偽装カップルじゃねぇか!!」

 

「ふぇ!?」

 

ユウキは大声を出したラテンにびっくりして、思わずしりもちをつく。

このクエストは、<カップル限定>のはずだ。それを偽装カップルで行こうとこの少女は言い出したのだ。

もちろん、男女がペアを組んでいればカップルとして認定されるかもしれないが、十中八九<カップル>でしかできないことが発生するはずだ。

そうなったら、クエストクリアは不可能だ。

ラテンはユウキを説得しようとするが、ユウキは不満げに頬を膨らませている。

 

「なあ、ユウキ。さすがに偽装カップルじゃ無理があるだろ。あそこにいる、熟年夫婦なら話が別だけど」

 

「いいじゃん、別に。それに、ラテンとならやれそうな気がするんだもん」

 

「もんって……それに俺の意思は無視ですか!?」

 

ユウキは少し俯く。

さすがに考え直してくれたかとラテンが思った瞬間、ユウキは涙目の上目づかいでラテンを見上げる。

ラテンの意志のHPが少し減り始める。だが、ここで押し切られるわけにはいかない。

頭に浮かぶ雑念を振り払いながらユウキに口を開こうとした。だが……。

 

「ラテン、この前一緒にクエスト言ってくれるって言ったじゃん」

 

「うぐッ!」

 

「……だめ?」

 

「ぐはッ!!」

 

ラテンの意志のHPが完全に消し飛んだ。それも一瞬で。

こんな美少女に、涙目+上目づかいで「だめ?」なんて言われたら断れる男は少ない、いや、いないだろう。

ラテンは小さな溜息をつく。

 

「…わかった。俺でいいなら付き合うよ」

 

「ほんと!?やった!!」

 

目の前の少女は、思い切りはしゃぎ始めた。

ラテンはその姿を見て微笑む。

 

―――――まあ、ユウキと二人きりって言うのもいいかもな。

 

無意識にそんなことが頭に浮かんでくると、ラテンに声がかけられた。

 

「ラテンもやるのか。強敵が現れたな」

 

「…やっぱりキリトもアスナと出るのか?」

 

「ああ、おもしろそうだからな」

 

「お兄ちゃん。私とフライ君も出るよ!負けないからね」

 

「やっぱりお前らもか」

 

熟年夫婦のキリトに続いて、妹のコトネが口を開いた。

相変わらず、コトネとフライはラブラブだ。

いつから、二人が恋人同士になったのかは知らない。だが、ずいぶん前からな気がする。

現実世界でのラテンの家では、砂糖を大量に吐き出したくなるほどのイチャラブな展開が巻き起こっている。

いい加減にしてほしいとつくづく思うラテンであった。

 

「……で、いつから始まるんだ?」

 

「午後三時からだよ♪」

 

「三時か…って、あと一時間もないじゃねぇか!?」

 

「え?ああ!ほんとだ!」

 

「早く言ってくれよ、準備が間に合わねぇぞ!?」

 

「ラテンがインするのが遅いからじゃん!」

 

「それもそうか…。まあ、いいや。とりあえず、向かう途中で最低限のアイテムを集めるか」

 

「うん、そうだね」

 

ラテンとユウキは、ログハウスにいるみんなに一言告げると、森の家を出た。

向かう先はそのクエストが行われる場所である、十七層だ。おそらく、三月十四日の数字を足したのだろう。

ラテンとユウキは、転移門にたどり着くと十七層の街の名前を叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……めっちゃいるな」

 

「ほんとだね!みんな正式のカップルなのかな?」

 

ユウキは少し羨ましそうに、周りを見渡す。

二十二層のように生い茂った林の近くにある、小さな村には見たところ、五十組ほどのカップルがいた。

どうやら、受付を終えたらしく、ほとんどのカップルが、手をつないだりしている。

そして、腰には赤いロープが巻かれていた。

そんなことは気にせずに、ラテンは受付のほうへ足を運ぶ。

ユウキがはぐれるか心配だったが、ユウキはラテンの服を掴んでいるためはぐれることはないだろう。

 

受付前にたどり着くと、NPCらしき女性が話しかけてきた。

 

「ようこそ、ホワイトデー限定クエストへ。こちらはカップル限定のクエストになります。お二人はカップルでよろしいですか?」

 

ラテンとユウキの目の前に、小さなウインドウが出現する。そのウインドウには<YES NO>と書かれたボタンがあった。

ラテンとユウキはYESのボタンを押す。

 

「お二人はカップルと認証されました。それでは、回復アイテムは預からせてもらいます」

 

「……は?」

「……へ?」

 

ラテンとユウキは同時にキョトンとする。なぜなら、先ほど急遽集めた回復アイテムたちが没収されてしまったのだから。

ラテンとユウキは茫然としてると、二人の腰に赤いロープが出現した。長さは、一メートルほどだ。

それに続いて、ハイポーションを一つ渡された。

 

「……いろいろと。本当に、いろいろと突っ込みたいんだけど、なんでポーション一個だけ!?これじゃあ、二人回復できないじゃん!」

 

「???」

 

ユウキの頭にはてなマークが、三つ出た。

それもそうだ、いきなりアイテムは没収されるわ、赤いロープは巻かれるわ、ポーション一つだけ渡されるわで、混乱しない人なんてあまりいないだろう。しかし、周りのカップルは困った様子ではない。

ということは、前もって知っていた。つまり、クエスト説明に記載されていたということになる。

 

「……あの~ユウキさん?」

 

「…な、なに?」

 

ラテンは全力でユウキに視線を送るが、ユウキは全力で視線を逸らしている。

少しばかりそんな状態が続いたが、やがてラテンはあきらめると小さくため息をついた。

 

「まあ、しょうがないか。こうなったら、ゴールを目指すしかないな」

 

「!ありがとう、ラテン!」

 

「おわ!?」

 

ユウキはラテンに抱き着いた。

ラテンは女の子に抱き付かれたことはないので、こういう状況にどう対処すればいいのかわからない。

ほのかに香る甘いにおいが、漂ってくる。

ラテンはとりあえずユウキを引きはがした。一方ユウキは、少し不満げにしていたがすぐににっこりとほほ笑む。

今日のユウキにはドキドキしっぱなしだ。

 

早まる鼓動をおさえながら、ウインドウを開き時間を確認する。

二時五十五分。クエストスタートまで残り、五分ほどだ。

ラテンとユウキは、武器を装備する。

ラテンの左腰には<月光刀>、後ろの腰には<クラリティー>が出現する。ユウキの腰には、黒曜石の剣が出現した。

 

「いよいよだね!がんばろ、ラテン!」

 

「ああ!」

 

午後三時になった瞬間、何もなかった場所に二人分ほどの横幅の扉が出現した。それが出現したと同時に、歓声が上がる。

 

「では、ただいまから、ホワイトデーカップル限定クエストを開催いたします。カップルの皆様、一組ずつお入りください」

 

NPCの女性はそう言うや否や、順番通りにカップルを誘導し始めた。

ラテンとユウキは、ほぼ最後の方、てか最後にエントリーしたため、扉に入れるのも最後だ。

ラテンは扉に入っていくカップルたちを眺めていると、見慣れた影妖精族の男性プレイヤーと水妖精族の女性プレイヤーが視界に入った。

ユウキもそれに気づいたらしい。ユウキは嬉しそうにラテンを見る。

 

「アスナとキリトには負けてられないね♪」

 

「ああ。こっちにはALOデュエルチャンピオンがいるからな。負ける気がしないぜ」

 

「ボクもラテンとなら、負ける気がしないよ♪」

 

「そうか。んじゃあ、行きますか!」

 

「うん!」

 

ラテンとユウキは、扉をくぐる。

 

 

こうして、ホワイトデーカップル限定ダンジョンが始まったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうでしたか?僕的には、ラテンよりの三人称が書きやすかったのですが、すべては読んでくださる皆様次第です。
何かあったら、どんどんおっしゃってください!

ということで、今回はカップルで行うクエストについて書きました。
これによって、ラテンとユウキの仲が進展するといいですね♪
あっ、ちなみに♪は、はまったので主にユウキの台詞で使っていきたいと思っています(笑)

これからもこの作品をよろしくお願いします!!


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第十三話 カップル限定ダンジョン~②

 

 

 

雲一つない空と、真上まで上がった太陽の光が二人のプレイヤーを包み込む。

二人のプレイヤー、ラテンとユウキは今公園のようなところにいた。その公園の中央には十メートルほどの大きな木がそびえ立っている。

だが、二人の周囲には遊具で遊ぶ子供たちの姿も、ベンチで腰かけている人も見えない。

そして、この町全体には人けがない。つまり、完全に<二人きり>だということだ。

 

しかし、一般のNPCだけでなくプレイヤーの気配もない。ということは、カップルによって転送された場所が違うということだ。

おそらく出てくるイベントやモンスターは同じだと思うが……。

とりあえずきょろきょろしているユウキに声をかける。

 

「なあ、ユウキ。俺達は何をすればいいんだ?」

 

「えーと、あっ。なんかメッセージ来たよ」

 

「ん?何のメッセージだ?」

 

ラテンはユウキの目の前に出現しているウインドウに目を移す。

そこにはクエスト内容らしきものがあった。

 

<制限時間一時間 教会前にいる魔獣キマイラを討伐せよ。尚、カップルのどちらか一方が戦闘不能になってしまうとクエストはその時点で終了になってしまいます。二人の愛の力を見せつけてください♡>

 

「「………」」

 

どちらか一方が戦闘不能になってしまうと、その時点で強制的にクエスト終了になってしまうらしい。何とも理不尽なルールだ。

しかし、そんなことよりも重要なことがある。それは……。

 

「愛の力を見せつける以前に、偽装カップルなんですけど!?」

 

「……ねぇ、このロープどうにかならないかなぁ」

 

ラテンの叫びを普通にスルーするユウキは、ロープをちょんちょんと引っ張っていた。ラテンとユウキの腰には赤いロープが巻かれている。その長さ、なんと一メートル。

確かに、戦闘になった時は相当邪魔だ。しかし、この困難を乗り越えてこそ本当のカップルだと運営側は思っているのかもしれない。

呼吸の合うキリトとアスナなら、あまり支障などないのかもしれないが、ラテンとユウキは一度しかともにダンジョンを攻略していないのだ。

しかも、それはラテンとユウキ二人だけでなく、レイド上限に近い人数だった。

つまり、この後予想される戦闘はかなり悲惨なものになる可能性がある。

 

「まあ、ボクはラテンと近くにいることができるからいいけどね」

 

「そうか……え?」

 

ユウキは顔を逸らした。わずかに見える頬は少しばかり赤くなっている。自分が恥ずかしくなるなら言うなよ、と思うラテンであったが、何か思いついたようで笑みを浮かべる。

 

「あの~、ユウキさ~ん」

 

「な、なに?」

 

「今な~んて言いました?よく聞こえなかったからもう一回言ってくださ~い」

 

「え、そ、それは…」

 

「ん~?なになに?」

 

「………」

 

ラテンがユウキをいじり始めると、ユウキは顔を少し赤くして俯き、ふるふると体を揺らし始めた。

さすがに言い過ぎたかな、と思ったラテンはユウキに謝ろうとしたとき

 

「……ン………」

 

「え?」

 

「ラテンの……バカ!」

 

「ふほっ!?」

 

スパーン、という乾いたきれいな音と共にラテンは地面にめり込んだ。一方ユウキの手にはいつの間に取り出した、ハリセンを持っていた。

 

「ほら!さっさと行くよ!」

 

「ちょ、まっ、とっ、とりあえず!謝るからとりあえず立たせてぇ~!!」

 

ラテンはユウキにずるずる引きずられていく。正確にはユウキの腰に巻きついているロープだが。

 

―――――それにしても男性プレイヤーをいとも簡単に引きずるなんて、どんだけSTRたけぇんだよ!?

 

何故かまたハリセンで頭をたたかれたラテンは、そのままずるずると引きずられていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから十五分ほど経過して、ラテンとユウキは教会の前にたどり着いた。

見るからに大きな教会だが、その門の前には魔獣キマイラの姿はなかった。つまり、教会内部にいるという可能性が高い。

 

「ったく、引きずることないじゃんか」

 

「ラテンが変なこと言うからだよ………もぅ」

 

「にしても、モンスターに一度も遭遇しなかったな」

 

「うん、そうだね。キマイラだけしかいないってことかな?」

 

「たぶんな」

 

 

この教会に向かう途中には、モンスターが一体もいなかった。クエストなのだからいてもおかしくはないのだが、ラッキーと言えばうそになる。

ユウキとの共闘には何の問題もないのだが、腰に巻きついているロープが問題だ。

まだ、この状態での戦闘に全然慣れていないため、ぶっつけ本番でボスに挑むのはなかなか難しいはずだ。

 

ユウキの戦闘スタイルは<遊撃>で、積極的に攻撃をしていくものだ。一方ラテンの戦闘スタイルは<囮またはカウンター>であるため、あまり相性がいいとは言えない。

ユウキを安全であるカウンタースタイルに、今だけ変更するのもありだが、できればユウキには実力をすべて発揮してほしいし、それに時間があまりない。

それにより、ラテン自身が遊撃スタイルに変えるのが得策だろう。

 

「それにしても、二人だけでボス攻略って可能なのか?」

 

「ボクはラテンと二人ならできる気がするよ」

 

「まあ、ユウキがいれば百人力だけどな」

 

ユウキがにこっと笑うと、ラテンもそれを笑みで返す。

残り時間は約三十分だ。ボスの強さがどの程度なのかはわからないが、とにかく急いだほうがいいだろう。

ラテンとユウキは教会内部に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教会内部はやはり大きかった。

所々に大きな柱が立っており、奥には横幅二メートルほどの教卓が置いてある。そしてその後ろにはいろんな色が混ざり合ってできている大きなガラスがあった。

そこからさす光が、まるでイルミネーションのように教会内部を彩っている。

 

ラテンとユウキがその光景に目を奪われていると、教会内部に大きな雄叫びが響いた。

そして、教会内部の東側の門からモンスターが走ってくる。

そのモンスターは、ライオンの頭に山羊の背中、大蛇の尻尾を持っている獣だった。その容姿はギリシア神話に出てくる<キマイラ>そのままだった。

<魔獣キマイラ>はラテンとユウキの姿を確認するや否や、雄たけびを上げる。

 

「どうする、ユウキ。最初は様子を見るか?それともぶっ放すか?」

 

「あまり時間がないから、ボクはぶっ放したいな」

 

「おっけーだ」

 

ラテンは右手に月光刀を装備する。ユウキは右手に黒曜石の剣を装備した。何故クラリティーを装備しないかというと、二刀流だとこのロープの長さでは攻撃をしづらいと思ったからだ。

 

「よし、行くか!」

 

「うん、がんばろ!」

 

ラテンとユウキは同時に地を蹴った。

ラテンとユウキはALOの世界でトップレベルの速さを持つため、この二人についていけるプレイヤーは、あまりいないだろう。

そう考えれば、この組み合わせは適切なのかもしれない。

 

キマイラが雄たけびをあげて、突っ込んでくる。

 

「ユウキ!」

 

「うん!」

 

ラテンとユウキはその突進を避けるため、横にステップをする。

だが……

 

「ふぁっ!?」

「ふぇっ!?」

 

ラテンとユウキが同時に、その場に倒れこんだ。

何故こんなことになったかというと、キマイラが突進してくる際、ユウキが右に、ラテンが左に避けたため、ロープが互いに引っ張ってしまい、張力が働き、結果態勢をとっていなかった二人が倒れたのである。

だが、二人にはその場で言い争いをする時間がない。

ラテンは素早く立ち上がると、キマイラの腕を刀で受け止める。

 

「おっ…もっ!…くっ!」

 

「ラテン!」

 

ユウキは素早く状況を察し、がら空きになっているキマイラの顔目掛けてソードスキルを放つ。

垂直四連撃<バーチカル・スクエア>。

すべてキマイラの顔面に命中すると、HPが目に見えて減少した。思ったよりもHPは多くないらしい。

しかし、キマイラのHPバーは三本あり、すべて減らすのは大変だ。

 

ラテンはキマイラの腕を受け止めていると、ユウキの攻撃に怒りを覚えたのか、ライオンの口が赤く光りはじめる。

 

「まずい!ユウキ、俺を引っぱれ!」

 

「うん、わかった!」

 

ユウキはありったけの力を込めてロープを引っ張ると、ラテンがユウキの元に到着する。

その瞬間ライオンの口から炎が出現する。見た感じ、受けたらやばい威力だと思われる。

ラテンとユウキが少しばかり安心するも、その瞬間に二人の足元に青い魔法陣が出現した。その範囲は、なかなか大きい。

 

「くそっ!」

 

「ふぇ!?」

 

ラテンはユウキの腰を右手で抱くと、そのまま後ろへ思いきりジャンプする。

二人がさっきいた場所からは、大きな氷の針が何本も出現した。

どうやら、背中の山羊はただの飾りではなさそうだ。再び詠唱している。

 

「危なかったぁ~!」

 

「お前のんきだな。まったく…」

 

「だって楽しいんだもん」

 

この少女はこんな状況でも楽しいと感じている。無論ラテンもそう思っている。それは、ゲームが単純に楽しいとは別の何かの楽しさだ。

 

このモンスターを倒すには、ちょくちょく攻撃したって無意味なようだ。だったら、相打ち覚悟で大技ソードスキルをぶち込むしかない。

だが、一人の力では無理だ。二人でお互いにカバーをしながら的確に当てていく必要がある。

 

「ユウキ。俺はお前に合わせるから、どんどんソードスキルを使ってくれ」

 

「わかった!」

 

ユウキはそう言うと、地を蹴った。ラテンもコンマ何秒ほどでそれに反応し、ユウキに続く。ラテンは走ると同時に、魔法を詠唱する。

キマイラは、突っ込むユウキとラテンに炎を吐きだす。

 

『大気に満ちる空気よ、凍てつくせ、永久に光なき氷に閉ざされん!』

 

ラテンが魔法を詠唱した瞬間、キマイラの炎が一瞬にして氷に変わり始める。

そして、すかさずユウキがディレイが発生しているキマイラにソードスキル<スター・Q・プロミネンス><ファントム・レイブ>といった、片手剣の大技を繰り出した。

 

するとすかさず、山羊が中断していた詠唱を再開する。

だが、そのままするわけがない。

ラテンはユウキの動きに合わせて再び魔法を詠唱する。この魔法を使うとMPが無くなる。もちろん、MPの回復手段はない。

 

『大気に漂う水源よ、氷気を纏いて、針と成せ!』

 

その瞬間キマイラの周りから、大量の氷柱が出現し、それらすべてが山羊に降り注ぐ。

量こそはあるものの合計ダメージはそんなに高くはない。だが、この技は対象モンスターをスタンさせることができるのだ。

ラテンはキマイラがスタンした瞬間、ソードスキルを放つ。

六連撃OSS<フラッシング・メテオ>聖四割、物理三割、風三割。

ラテンの斬撃がライオンの顔面を襲う。

その瞬間キマイラのHPがユウキの斬撃の三倍の量ほど減った。

 

「!?」

 

「ラテン!」

 

「ああ、わかってる!」

 

キマイラのスタン効果が切れたと同時に、ラテンとユウキは大きくバックステップをとった。

ラテンはさっき起こった、現象について頭を回転させていた。

ユウキは先ほど、ライオンの顔だけにバーチカル・スクエアを繰り出した。それにより、HPが目に見えて減少した。

それはラテンも同じだ。

ラテンはライオンの顔にフラッシング・メテオを繰り出したのだ。いくら、聖属性が弱点だからと言って三倍の差は多すぎる。

となると、導き出される可能性は〖ライオン、山羊、大蛇はHPが別々でそれらを合わせて今のHPバーを構成している〗ということだ。

そう言うことなら納得がいく。

ライオン、山羊、大蛇が全体で一体ではなく、三パーツに分かれて一体になっている可能性が高い。

そうなると、三体それぞれにダメージ判定がある。

この月光刀には、対象物に斬撃を与えた場合、その後方に衝撃波が発生し、その斬撃と同等の威力を与える。

だから<三倍>なのだ。

 

「これはありがたい刀を手に入れちまったぜ」

 

「何のこと?」

 

「まあ、気にすんな。それじゃあ、どんどん行くぜ!」

 

「うん!」

 

ラテンとユウキは再び地を蹴った。

足元にいくつか魔法陣が出現するが、左右に避けたり、ジャンプしたりしてかわす。

大蛇から放たれる雷球をラテンとユウキは交互に<魔法破壊>で斬っていく。

 

「やああああああ!!!!」

 

「うおおおおおおお!!!」

 

二人は感覚をつかんだのか、先ほどよりも速い斬撃、いや、二人の本来の斬撃スピードで次々とソードスキルを繰り出す。

ラテン、ユウキ、キマイラの周辺には様々な色彩のエフェクトと、大量の魔法が飛び交っていた。

 

ユウキの十一連撃OSS<マザーズ・ロザリオ>によって、キマイラのHPが残り僅かになったと同時にラテンが、後ろの腰からクラリティーを取り出した。

 

「ユウキ、スイッチ!」

 

「うん!」

 

ユウキが、最後の突きが終わった瞬間、ロープを思い切り後ろに引くと、そのままラテンはユウキと入れ替わるようにして前に行く。

ラテンの剣が水色に輝き始める。

九連撃スキルコンビネーション<インターセクト・ストリーム>。

 

最後の二刀での斬り下ろしを繰り出したと同時に、キマイラのHPは消滅した。

ラテンとユウキの前には<Congratulations>という文字が浮かび上がった。

 

「やったー!倒したー!」

 

「久しぶりに疲れたわ」

 

ユウキは相変わらずはしゃいでいた。まあ、二人だけの初めてのクエストは楽かった。

すると、ユウキの目の前にメッセージウインドウが出現する。

 

《クリアおめでとうございます。お二人が最初にクリアしたカップルですので、報酬である愛のチョコレートを献上いたします。教会内部の教卓に詳しい説明が載っておりますのでそちらを参照ください。そちらが完了した時点で転送させていただきます》

 

「教卓ってあれか?」

 

「とりあえず、行ってみよっ」

 

ラテンとユウキは二十メートルほど離れた教卓にたどり着くと、その上には手紙のようなものが置いてあった。

 

「ラテン、なんて書いてあるの?」

 

「えーっと、なになに。『絆固きカップルよ。汝らの勇気と真の愛をを称え、伝説のチョコレートを献上する。教卓の前にて、誓いの接吻をし、永久に愛を証明せよ』だってさ」

 

「………え?」

 

「………は?」

 

「「………」」

 

ラテンとユウキの間に沈黙が走る。

脳が正常に働いていない。この手紙を理解するのに一分ほどの時間を要した。

そして、その沈黙を破ったのは、やはりラテンであった。

 

「なぁんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「……」

 

叫んでいるラテンとは逆に、ユウキは顔を真っ赤にして俯いている。

普段とは立場が逆転しているため、顔なじみが見たら驚くだろう。

 

「たっ、たしかに『恋』じゃなくて『愛!』のチョコレートだったけど!クエストが、せっ、接吻を要求するとかどうなってんだ!?そもそも、俺達<偽装カップル>だし、そんなことは……」

 

「……」

 

ラテンはユウキを見るが、ユウキは相変わらず顔を真っ赤にして、俯いている。

 

「あの~、ユウキさん?」

 

「へっ!?ふぁっ、ふぁい!」

 

「………」

 

「え、えーっと、ボクはラテンとなら別に……。あっ、あれだよ!だっ、だって!きっ、きす、しないとこのクエストクリアになんないし!あれだし!その…あの……」

 

ユウキはラテンの顔を見るや否や、再び俯いた。

ラテンは少し考え始める。

確かに、さっきのメールからして接吻以外にこのクエストを終わらす手段がない。強制ログアウトといっても、ここは制限ダンジョンだからアバターは残る。つまり、ログアウトしても意味がない。

となると、方法は一つ。まあ、ゲームでのことだから、現実世界では影響はない。精神的に影響があるかもしれないが……。

 

「…わかった。こうなったらやるしかないな」

 

「え?」

 

「まあ、安心できるかもな。ゲーム内での出来事だからノーカンにできるし、すぐに忘れる」

 

「でも、ユウキは大丈夫なのか?俺となんかで。嫌なら…」

 

「ボッ、ボクね。あの時、冗談でボクがラテンに結婚してって言ったときね、ラテンが承諾してくれて本当はとてもうれしかったんだ」

 

「……」

 

「その時ぐらいからかな、気が付いたら、ラテンのことばかり見てて、一緒にいたいと思い始めて、それで…」

 

「もういいよ」

 

「え?」

 

「ユウキの気持ちはよくわかった」

 

「……」

 

ユウキは自分の思いを話してくれた。

だから……。

 

「偽装カップルでのキスってのは、あまり気分がいいとは言えないな」

 

今、ここで、自分の気持ちと正直に向き合わなければいけないのかもしれない。例えそれが間違っていたとしても、自分に嘘をつき続けたくはない。

だから、俺が思っていること話さなければいけない。

 

「俺も、さ。ユウキと最初に出会ったときは、暗い女の子だなと思ったけど、でもそれは本当のユウキじゃなくて、本当のユウキは笑顔と元気が似合う女の子だった。いつもは無邪気にはしゃいでるくせに、いざとなったら、どんなことが起こっても、自分の信念だけは曲げないくて、心が俺なんかよりもとても強くて、でも時々触れてしまったら壊れそうになってしまう時があって、俺はそれを守りたいと思ってさ。だから、俺も気が付いたらユウキのことばかり見ていた」

 

「……」

 

「ここで言うのもなんだけどさ」

 

「俺と……付き合ってくれませんか?」

 

「……はい」

 

俺はきっと、その時見たユウキの笑顔を忘れることはないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無事クエストを終えたラテンとユウキは、町に戻ってあることをしていた。

それは……。

 

「あのさ、ユウキ」

 

「ん~?何?」

 

「これ、何?」

 

「え?ラテンは知ってるよね?」

 

ラテンの目の前には、小さなウインドウが発生していた。そこには

<結婚申請 承諾 拒否>

と書いてある。

もちろん結婚のシステムを知らないわけではない。しかし、ついさっき結ばれたカップルが付き合いを通り越していきなり結婚ていうのもいろいろと問題がありそうな気がする。

 

「……いや?」

 

「お前、またそんな顔…。卑怯だぞ!」

 

ラテンはぶーぶー言いながらも、承諾のボタンを押した。

その瞬間ユウキの顔が一気に明るくなる。

ユウキはラテンに、にこっ、と笑う。

 

「これからもよろしくね、ラテン!」

 

「ああ、こちらこそよろしく、ユウキ」

 

ラテンはそっと、ユウキに口づけをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





うわあああああああああああああああああ!!!!!!
あまいのなんてかけるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!

…………取り乱してすいません。
今、ものすごく泣きそうです。

というか、今までの中で一番多い文字数になりました(笑)

そろそろ、マザーズロザリオ編を終わらせて、アリシゼーション編を書こうと思っているのですが、ここで重大発表があります!




実は僕、女なんです!!

ってちゃうわ!

はい、ということで、実はもう一作品書きたくなりまして、投稿が遅くなると思います。多分、二日三日に一話ぐらいで。
そして、その作品の原作は《東京レイヴンズ》です!

いや~、僕こう見えても東京レイヴンズが、だ~い好きなんですよ!!
もし、東京レイヴンズを知ってる方がいらっしゃったら、一目見ていただければ幸いです!

話が変わってしまいましたが、これからもこの作品をよろしくお願いします!!


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第十四話 幸運の先

更新遅くなりました、すいません!
ちょっといろいろ、ありまして…。
これからは、普通に更新できると思います。





三月十七日。

 

天理は倉橋先生からの呼び出しによって、横浜港北総合病院に足を運んでいた。

 

ユウキとの結婚から、すでに三日が経過している。

ホワイトデーに結婚したラテンとユウキは、次の日にいつものメンバーに報告をしたのだが、その時は予想通り騒然としていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何ィ!?けっこんんんん!?」

 

「どっ、どういうことォォォォ!?

 

二十二層にあるキリトとアスナのログハウス。その場は、いろいろな意味で盛り上がっていた。

今、この場にいるのは、キリト、アスナ、リズベット、シリカ、リーファというお馴染みのメンバーに加え、スリーピングナイツのギルドメンバーが訪れていた。

 

ラテンとユウキの結婚報告が終わるや否や、ほぼ同時に取り乱したのは、武士道を貫く刀使いのクライン、そしてラテンの妹であるコトネだ。

 

「いや、どうもこうも、俺達<結婚>したんだって。これで三回目だぞ。同じセリフ言うの」

 

「うわああああああああ」

 

ラテンの言葉を聞くな否や、フライの膝に泣き崩れるコトネ。その頭をフライが撫でている。

そもそも、そこまで取り乱す必要はないのでは?と思うラテンであったが、琴音のほかにも曲者は存在する。

 

「ラテンよ~、ラテン語よ~。なんでだよ~。俺達ぁ、あの日誓い合ったじゃねぇかよ~」

 

「いや、誓い合ってねぇし!てか、名前を言い直すな~!」

 

ラテンの腰にしがみつくクラインの頬を両手で引っぱりはじめる。

対するクラインは「なにお~」と言って、負けじとラテンの頬を引っぱり始めた。

 

くだらない争いをしている、ラテンにあきれた様子のリズが声をかけた。

 

「あんたら、ホモなの?」

 

「ちゃうわ!」

 

「ラテン語~!!」

 

「お前はいい加減に離れろ!」

 

「はぁ~」

 

リズは未だに止めないラテンとクラインの頭にチョップをかますと、づるづるとソファーの前に引きずり込んだ。

 

一方アスナたちは、ラテンとクラインを気にも留めずに、ユウキに祝福の言葉をかけている。

 

「おめでとうユウキ」

 

「ありがとうアスナ!」

 

「まだゲーム内だけど、あの時のことが現実になりそうだね♪」

 

「ふぇ!?」

 

「あの時のこと?いったい何なのユウキ。教えてくれない?」

 

「えーと、その……」

 

アスナの言葉に気が動転するユウキは、顔を真っ赤にしている。

もちろん、内心腹黒そうな、スリーピングナイツのメンバー、水妖精族のシウネーが、気にならないわけがなく、さらにユウキは顔を赤らめる。

そんなユウキにアスナや、シウネーが耳元でごにょごにょ何かを囁くと、ぼんっ、と音を立てて上半身がふらふらし始める。

時々ラテンの顔を見るが、瞬時に顔を背け、顔を手で覆い隠している。

取り乱しているユウキにかまわず、ラテンはまた襲ってきたクラインに応戦し始めた。

 

一方、ラテン、クライン以外の男子組は、気にせずに料理をほおばっている。

他人の祝い事に出された料理を躊躇なく……。

 

「なんで、ただ結婚報告しただけなのに、こんなに騒がしくなるんだ!」

 

「「「あんたのせいだろ!!」」」

 

「へっ?」

 

ラテンとユウキ以外が盛大に突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ、なんか恥ずかしくなっていた……」

 

「どうかしたのかい?」

 

「うわ!?……あ、倉橋先生。こ、こんにちわ」

 

倉橋先生は一瞬頭にクエスチョンマークを浮かべたが、「こんにちわ」と天理のあいさつを返すと、天理と共に階段を登りはじめた。

しかし、こんな忙しい休日に天理を呼ぶということは、重要なことがあるかもしれない。

天理は頭に浮かんだ、疑問を倉橋先生に投げかける。

 

「倉橋先生。今日、俺を呼んだってことは……」

 

「うん、君が思っている通りだよ。木綿季くんに抗生剤のことを話す」

 

「そうですか……」

 

数日前に帰ってきたばかりの祖母に呼ばれた天理。その話の中に、<薬剤耐性型のAIDS>の抗生剤を開発したというものがあった。

この、数日間患者には極秘で投与していたのだ。その患者が紺野木綿季。

これから、抗生剤のことを話すために、この場に天理を呼んだのだ。

しかし、天理には少し気になることがあった。

それは、木綿季の<容態>だ。

 

「倉橋先生。木綿季の容態はどうなんですか」

 

「……順調に回復しているよ。本人は、ほとんどこっちの世界に戻ってはこないし、ましてや現実世界の体に意識を戻していないから、まだ知らないはずだけどね」

 

倉橋先生は少し微笑んだ。

その微笑みからは、本気で木綿季がよくなってよかった、という言葉が感じられた。

 

それから少しすると厳重にされた扉が現れ、何枚かくぐると黒いガラスが見えてきた。相変わらず中の様子はわからない。だが、木綿季はここにいる。

倉橋先生がガラスの隣にあるパネルを操作すると、大きな扉のロックが音を立てて解除される。

 

中には、おびただしい数の機械があり、その中央にはベットが置いてある。

倉橋先生はベットの横に移動すると、天理も後に続く。

すると、機械に埋め尽くされた大きな部屋に、声が響いた。

 

『倉橋先生?それにラテンも……』

 

「木綿季くん、ちょうどよかった。時間をいただけるかな?」

 

『は、はい』

 

何が何だかわからない様子のユウキであったが、倉橋先生と天理が一緒に来たので、すぐに動揺を立て直す。

 

「今からね、木綿季くんにとって、とても大事なことを言わなければならないんだ」

 

『………』

 

ユウキは倉橋先生の言葉に無言で返した。おそらく、自分の残された時間について伝えられると思ったのだろう。

この部屋に緊張が張り詰めた。

 

「実は木綿季くんには、黙っていたことがあったんだ」

 

『はい』

 

「君の病気……AIDSのことなんだけどね、院長が帰って来てから数日間君に、薬を投与していたんだ」

 

『くすり……?』

 

「そう。その薬のが、<薬剤耐性型AIDS>の<抗生剤>なんだ}

 

『……え?それって……』

 

「そう、君が思っている通りだよ。君の病気は徐々に回復している。このままいけば、四月には、リハビリに入れると思うよ」

 

「よかったな。木綿季」

 

『……え………あ………そ……』

 

倉橋先生はゆっくりと話すと、天理は木綿季に声をかける。

対して、ユウキは何を言えばわからないようだった。先ほどから言葉にならない声を上げている。

無理もない。

この十五年間、治る見込みがない病気と苦しみながら無我夢中で戦い続け、そして、その戦いにピリオドが打たれたのだ。木綿季の勝利という形で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着いたか?ユウキ」

 

『うん。ありがとうラテン』

 

先ほどの出来事から、すでに十分が経過していた。

倉橋先生から、快復の宣告をされた後のユウキは大声でただひたすらに泣き続けた。

それは、ホールにいる人たちに聞こえるのではないか?と思うくらいのものであった。

 

倉橋先生はユウキに告げるべきことを告げた後、天理を残して、この部屋を出た。おそらく、ユウキと天理に対して配慮したのだろう。

 

ようやく落ち着いたユウキに、天理が声をかける。

 

「ユウキ。いきなりなんだけど、お前の退院後の件なんだけどな」

 

『え?……うん』

 

「ユウキはさ、今年で高校生だろ?」

 

『うん』

 

「それでさ、高校のことなんだけど……俺の母親が校長やってる学校に入学できるように頼もうと思ってるんだ」

 

『……え?』

 

ユウキは今年で十六つまり、高校一年生と同い年になる。本来なら、ユウキは受験を終え、卒業式も終え、春休みの真っ只中だ。

だが、ユウキは、三年間ずっと病院にいて、受験も受けていない。

学力のほうは、アスナがずいぶん前から教えていたようで、地域の二番手、三番手程度の高校へ入ることができるほどの学力がある。

 

幸い、天理の母親が校長をやっている高校は部活動が熱心で、毎年全国や関東の大会に行く部活が多い。

その結果、部活動及び運動を第一にしており、学力には問題はない。

つまり、天理が無理を承知で母親にお願いすれば、ユウキが高校に通学することは可能だ。

 

『でも、それじゃあ、今年受験で落ちた人に申し訳がないよ』

 

「安心しろ、今年は定員割れで逆に、入学者を募集しているところだ。まあ、試験はあるけどお前なら簡単に突破できるさ」

 

『本当に……?』

 

「ああ、本当だ」

 

確かにユウキの言う通り、個人のエゴで高校に入学するのは不可能だ。だが、幸運なことに、天理の母親の高校は定員が割れていたのだ。

これなら、法律的にも人道的にも違反していないし、誰からにも責められる必要はない。

 

ユウキは天理の言葉を聞くや否や、今度は大声ではしゃぎ始めた。まだ、入学が決まったわけでもないのに……。

 

「まだ入学が決まったわけじゃないぜ?」

 

『わかってる。でも、ボクに学校へ行けるチャンスが与えられたんだよ!?ラテンも応援してよね♪』

 

「ああ、頑張れよ」

 

天理は木綿季の手を握ると、心を込めてつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四月二日

 

二十二層にあるキリトとアスナのログハウスでは、先日に行われた、結婚祝賀会に続き更なるパーティーが開催されていた。

 

「「「ユウキ、合格おめでとう!!!」」」

 

「ありがとう!」

 

この家には、キリト、アスナなどのいつものメンバーが集まっていた。残念ながらスリーピングナイツは三月二十日に解散してしまい、メンバーそれぞれがまた再開できるように頑張っている。

 

一方ユウキは無事、薬剤耐性型のAIDSを克服し、ラテンの母親の高校の二次入試にも合格して、現在リハビリ中だ。

やはり三年間のブランクは本人にとっても、非常に大きく、かなり苦戦しているようだが、高校に通学できるように、この足で思い切り走れるように精一杯頑張っている。

ラテンも可能な限り、横浜港北総合病院に行き、ユウキのリハビリを手伝っている。

 

「それにしても、ラテン君とユウキはいいことが起こりまくりだね♪」

 

「ああ、でも、たぶん長くは続かないと思う………俺が」

 

確かにラテンとユウキはとても幸運だった、特にラテンが。

だが、元から不幸体質のラテンの幸運も長くは続くはずなく、そろそろ何かが起きるのかもしれない。

 

「これでユウキさんも高校生ですね。後輩さんができてうれしいです!……あっ!」

 

―――ほら来たよ

 

シリカは嬉しそうに呟きながら、ユウキの元へ向かう途中で、躓き、持っていたオレンジジュースの入っているコップが、宙に舞う。

 

ばしゃぁぁぁん!

 

そして、コップが降下するとともに、中身のオレンジジュースが、シリカの進行方向にいたラテンの頭にすべて降りかかった。

 

「あわわわ、ご、ごめんなさい、ラテンさん!」

 

「…いいって、気にすんな。今に始まったことじゃないし……」

 

「「あはははは」」

 

その場に笑い声が漏れる。

相変わらずの不幸だったが、でもまあ、数少ない幸運を目の前で笑う無邪気な少女のために起きたなら、それがラテンにとって本当の幸運なのかもしれない。

 

「ったく、そんなに笑うことないだろ!?」

 

彼らの生活はまだまだ続いていく……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




久しぶりの投稿。
待ちわびた方、本当にすいませんでした。m(_ _)m

これで、マザーズロザリオ編を終わりにさせていただきます。

次回は、アリシゼーション編に入りたいと思っていますので、よかったらご覧になってください。

まだ投稿はしていませんが、第二作東京レイヴンズもよろしくお願いいたします。

これからもこの作品をよろしくお願いします!!


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アリシゼーション編
第一話 悲劇の始まり


約一か月ぶりの投稿です。本当にお待たせしました。
遅れた理由としては、もう一つの作品に熱中していたことと、久しぶりにやったbattlefield4にまたはまりだしてしまったからです。
本当に申し訳ございませんでした。
今後ともこの作品をよろしくお願いします。


カンッ。カンッ。カンッ。

 

真っ暗な洞窟に、金属音が響き渡る。

その音は約三時間前から絶え間なく鳴り響いていた。

 

「……どこまで掘ればいいんだよ」

 

少年は手に持っていたツルハシを置き、その場に座り込んだ。

洞窟内から見えるわずかな太陽の光。それとヘッドライト以外、この洞窟を照らすものはない。

 

持ってきたバックの中から動物の皮でできた水筒を取り出し、その中に入っていた水を全部飲み干した。飲み干したと言っても、口の中に勢いよく入る水はほんの一瞬であり、そのあとは水滴しか口の中に入らなかった。

その少年は大きくため息をついた。

 

少年の名前はラテン。まだほんの十一歳の男の子である。そして、この《天職》を受け継いだ人間でもある。

 

溜息が出るほど深いこの洞窟の名は《インフィニートゥム》、別名《無限の洞窟》。

この洞窟は今から約四百年前から開発され続けているらしい。だが、その四百年という長い時を経ても、洞窟はわずか四百メートルしか掘られていない。単純に考えて、一年に一メートルしか進んでいないことになる。

 

少年はおもむろに立ち上がり、右手の人差し指を黒い岩石に向けた。そして、空中で指を動かす。

 

風の紋章。

 

この洞窟の近くにある村が昔から伝えている紋章だ。

 

天地の間に存在する遍くものには、動く、動かないに関わらず、生命を司る創世の神ステイシアによって与えられた《天命》が存在する。

それは命そのもの。

その天命の残量を、神聖文字で現したのが《ステイシアの窓》である。相応の神聖力を持つ者が、印をを切ることで呼び出すことができるものだ。

 

印を切ると、ラテンの正面に光る窓が出現する。その中には、紫色の光を発しながら奇妙な数字が並んでいた。

この文字は読むことはできるが、書くことは禁じられている。その理由は未だにラテンにもわからなかった。

 

「六百……七十…三」

 

そこに書かれた数字はこの洞窟の残りの長さを表していた。記憶をよみがえらせる。

 

「えーっと。確か先月が六百七十三だったから……って、全然変わってないじゃん!」

 

ラテンはうなだれた。

この洞窟は四百年間で約四百メートル掘られてきた。このままのペースだと、この洞窟の反対側の出口にたどり着くには、約七百年間必要なる。

 

「こんなの、一生かかっても終わんないよ……」

 

ラテンはその場に座り込んだ。

この洞窟は八代にわたって掘られ続けている。ラテンはその九代目だ。

 

そのまま、地面に体を預ける。高くなった体温を下げてくれるこの洞窟の地面は絶妙な冷たさを維持していた。唯一の救いは夏になっても冬になっても、この洞窟の温度があまり変わらないことだろう。もし気候の変化と共に、洞窟内の温度が変化していたら、ラテンはツルハシを捨て去ってこの場から逃げ出すだろう。だが、それをしない理由は、この近くの村に住んでいる村長が厳しく言っているからだ。

 

その村長は八代目の堀人で、ラテンの師匠に当たる存在である。その師匠とも呼べる村長にラテンは一度この洞窟を掘り続ける理由を聞いたことがある。

 

 

 

―――先生。なんで、この洞窟を掘り続けるんですか?

 

―――それは、この洞窟の最深部に眠る、世界に一つしかない始まりの原石を取るためだ。

 

―――なんで、石っころなんかとらないとだめなの?

 

―――それが地上に掘り出されると、世界に平和をもたらすと言われているからだ。

 

―――これじゃあ、いつまでたってもとれないよ。

 

―――あきらめるな。これは初代堀人が創世神ステイシアから授かった《天職》だ。生涯かけても、達成しなければならないんだ。いいかい、ラテン。君が年老いて死んでも君の意志を継ぐものが必ず現れる。私にとってそれはお前だ。だから、お前のやっていることは無駄じゃない。お前は次の堀人に魂を継ぐまで頑張らなければならない。

 

 

「そうは言っても、これ、意味がないような気がするな~」

 

ラテンは暗くて何も見えない天井を見つめる。

するとそこへ、大きなライトの光が新たに現れた。

 

「こら。さぼらないのっ」

 

「げっ……」

 

ラテンはすぐさま上半身を起こすと、おそるおそる後ろを振り向く。

少し離れた場所から片手を腰に、片手にライトを持っている人がいた。ラテンは作り笑いをしながらその声の主に声をかける。

 

「よ、よう。リリアじゃん。……今日はずいぶんと早いね」

 

「ぜんぜん早くないよ、いつもの時間ですぅ」

 

「そ、そうですか」

 

金髪のセミロングに髪飾りをつけてツインテールの髪型をしている美少女だ。ロングスカートにはいくつもの可愛らしいリボンがつけられており、それがその少女の可愛さを一層引き立てていた。

 

その少女の名前はリリア・アインシャルト。村長の娘で、歳はラテンと同じ十二。

この洞窟の近くにある《サイリス村》。その村を含めて、北部辺境地域に暮らす子供は全員、十歳の春に《天職》を与えられ仕事見習いに就くのがしきたりなのだが、リリスは例外としてそのまま教会の学校に通っている。しかし、この村には教会が建てられていないためこの村の近くにある《ルーリッド村》の教会に毎日行っているのだ。

 

村の子供の中では一番とされる神聖術の才能を伸ばすためルーリッド村のシスターアザリヤから個人教育を受けている。その個人教育を受けているのはリリアだけではないらしいが、ラテンはその子のことを知らない。

 

「さあ、昼食を食べよ?」

 

ラテンは立ち上がり、先に歩いていったリリアを追いかけた。

 

「なあ、リリア。毎日ここに来てくれるけど、時間は大丈夫なのか?昼休みはそんなに長くないんだろう?」

 

「それ今月に入って十四回目だよ?毎日言ってるよね」

 

「でもさ……」

 

「だから大丈夫って言ってるでしょ。ルーリッド村は近いし、昼休みも向こうに着いたら十分くらい余ってるもん」

 

しばらく歩いていると、洞窟の出口がより光を放ち始めた。そこからは光と共に、心地よい風が吹いてくる。

外に出て最初に目に入ったのは、大きな草原だった。その中に村らしきものがポツンと存在している。

 

「ほら。早くしないとおいしくなくなっちゃうよ?」

 

「はいはい」

 

「はいは一回っ」

 

「はい」

 

リリアが十メートルほどの木の下に移動すると、ラテンもそれに続いた。

その木の根元には布が被せられてある小さな籠が置いてあった。

ラテンがリリアの隣に座るや否や、リリアは小さな籠を膝の上に乗せ、布をとった。

 

「わあ。今日はサンドイッチか!」

 

「うん。……はい、残さず食べてね?」

 

「当たり前だ!」

 

ラテンはサンドイッチをがつがつと食べ始めた。

 

 

 

そう。それは何の変哲もない平和な日常。こんな日がいつまでも続くと思っていた。

だが、時間は時として残酷なものへと変化する。

 

――――リリア!リリア!行くな!リリアァァァァ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……て……きて……起きて!」

 

「ふぁっ!?」

 

「やっと起きた。天理、アスナたちがもう来てるよ」

 

天理は少女の声を聞いて重い頭を上にあげる。

視線に入ったのは、紫がかった黒く長い髪に、赤いヘアバンドをつけている少女、木綿季だ。

未だに頭が完全に働いていない天理の肩を掴んで揺さぶっていた。

 

「ちょ、木綿季。木綿季ってば。起るから、起きるからそんなに揺らさないで!?」

 

「もうっ。二日間眠りっぱなしだったのに、まだ眠いの?眠気覚ましにボクがくすぐってあげる♪」

 

「ちょ、待てって。もう起きてる。起きてるの!てか、俺は正確には寝てたんじゃなくてダイブしてたの!」」

 

天理は細かく指を動かしている木綿季の手を握ると、それを制した。

木綿季は満足した様子で、明日奈の隣に座り込む。

 

ここはダイシーカフェ。阿漕な商売人だったエギルが経営している店だ。店内は西洋のカーボーイがいた時代の酒場に似ている。

そして、その店長エギルがカウンターでグラスを磨いていた。

 

「よう、天理。いい夢見れたか?」

 

「ん?いや、見てないぜ。昨日散々変な夢を見た気がするからかもな」

 

天理は見飽きた女顔の青年、和人に顔を向けた。その和人は天理が言った、変な夢について興味を持ちながら口を開いた。

 

「へぇ~。天理が見た夢ってどんな夢だ?」

 

「うーん、思い出せないな。でも、何かを食べてた気がする。なんか食べたことがある様な、ない様なそんなものだ」

 

「よかったじゃないか。でも、夢の中で食べてても、現実には関係ないな」

 

和人が笑って天理の肩に手を置く。

そう。この二日間、和人は三日だが、二人とも長時間連続稼動試験を受け、その間飲まず食わずでダイブしっ放しだったのである。

そんな中、木綿季の隣に座っていたシノンこと朝田詩乃が口を開いた。

 

「ええと……ということは、あんたたちが連続ダイブしてた三日や二日の間も、思考加速機能は働いていたんでしょ?実際のとこ、中でどのくらいの時間を過ごしてたわけ?」

 

「うーん、さっき説明した通り、ダイブ中の記憶が制限されてるからなあ……。でも、FLA機能は、現状では最大倍率で三倍ちょいって聞いたなあ」

 

FLA。正式名称《フラクトライト・アクセラレーション》。VRワールドの世界で、意識中の思考クロック決定パルスに干渉し、それに同期させることで、仮想世界内の基準時間を加速させることができるものだ。それを使うことによって、ユーザーは、実際のダイブ時間の数倍の時間を体感することが可能になる。

 

「てことは……九日?」

 

「か十日くらいかな」

 

「ふぅん……。いったいどんな世界で何をしてたんだろうね」

 

「うーん、わからないなあ。予備知識があると、テスト結果に影響するからって言われて教えてもらえなかったんだよ。天理は何か聞いたか?」

 

「俺が聞くと思うか?お前みたいな機械オタクじゃあるまいし。知ってるのは、実験用仮想世界のコードネームだけだな」

 

「へえ、なんて言うの」

 

「「《アンダーワールド》」」

 

天理の声と和人の声が重なった。和人もこのコードネームしか知らないようだった。

 

「アンダー……地下の世界?そういうデザインのVRワールドなのかな」

 

「世界の意匠も、現実モノなのかファンタジーなのかSFなのかすら不明だからなあ。でも、そういう名前なんだから、地下っぽい暗いとこだったのかな……」

 

「ふぅん。なんかピンとこないね」

 

天理と木綿季と和人と詩乃がそろって首を捻ると、明日奈が、華奢なおとがいに指を当てながら小さくつぶやいた。

 

「もしかしたら……それも、アリスなのかもしれないね」

 

「アリスって……?」

 

「さっきのラースって名前もそうだけど、『不思議の国のアリス』から取ってるのかなって。あの本、最初の私家版は『地下の国のアリス』って名前だったのよね。原題は『アリスズ・アドベンチャー・アンダーグラウンド』だったかな」

 

「へえ、明日奈は詳しいな。いろいろと」

 

和人が何か考え込んでいたが、すぐに何かを思い出したかのように口を開いた。

 

「来月から期末試験だな」

 

その言葉を聞くや否や詩乃は渋面を作った。

 

「ちょっと、ヤなこと思い出させないでよ。キリトとアスナのとこはいいよ、ペーパーテストとかほとんどないからさ。ウチは未だにマークシート方式なんだよ、勘弁してほしいわよまったく」

 

「いいじゃん、マークシート。センターテストの練習になるぜ?」

 

「ふふ、じゃあそのうち勉強合宿でもしよっか」

 

言いながら、明日奈は詩乃の背後の壁を見上げ、わ、と小さく声をあげた。

 

「もう六時近いよ、ほんと、お喋りしてるとあっという間だね」

 

「そろそろお開きにするか。なんか本題の打ち合わせは五分くらいしかしてなかって気がするけど」

 

「その本題を聞いてなかった気がするけど……」

 

苦笑した和人は「気のせいだ」と言いながら天理の肩を叩いた。

五人はおもむろに立ち上がる。

 

「エギルさん、また来ますね」

 

「エギル、また今度も頼む」

 

夜の仕込みに忙しそうな店主に一声かけると、天理は傘を抜き取りダイシーカフェの扉を開けた。カラカラン、となるベルに続いて、街の喧騒が耳を包む。

 

「雨、あがったみたいだな」

 

「ああ。きれいな夕焼けだ」

 

雲が晴れ、燃えるような夕焼けが西の空に輝いていた。しかし、和人が天理の言葉に反応するや否や、何かぶつぶつと独り言を言い始めた。

 

「んじゃまたな。和人、明日奈、詩乃」

 

「ばいばーい」

 

天理と木綿季は三人と別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一時間前まで、雨によって冷えていた体が今では心地よい温かさになっていた。

それはきっと右手から伝わる熱が原因だろう。

 

「なあ、木綿季。俺が寝てた間に話してたことえを教えてくれよ」

 

「やーだもん。天理が寝てるから悪いんだよ」

 

二人が帰る道は同じ道だ。なぜなら聡に続き、木綿季もまた天理の家の居候みたいになっているからだ。まあ、木綿季の場合は天理からのはからいだったのだが。

 

木綿季の家族が住んでいた家は、木綿季が退院したと同時に解体された。今ではコンビニかなんかになっているのかもしれない。

 

その家の持ち主の木綿季は、家が解体されることに反対をしなかった。なぜなら「天理と住めばいいじゃん」と言い出したからである。

何とも勝手なことだが、不思議と天理はそれをすんなり受け入れた。

きっとそれは、十五年間苦しみ続けた木綿季の願いはできるだけ叶えようと思ったからかもしれない。

 

無意識に手を強く握る。

 

「どうしたの、天理?」

 

「あっ、いや、なんでもない。ただ、俺は木綿季を幸せにしてやれてるのかなって……」

 

天理がつい弱音をこぼすと、急に木綿季が天理に抱き付いた。そして、天理の背中を両手でさする。

 

「大丈夫だよ。ボクは天理がそばにいてくれるだけで幸せだから」

 

「木綿季……」

 

木綿季がニコッと笑った。それにつられて天理も笑顔になる。

二人の顔の距離が少しずつ縮まっていく。その距離が数センチになった時。

 

「……!?誰だ!」

 

「ふぇ?」

 

天理が木綿季を後方に押しやった。

 

「ちっ。不意打ちはやっぱり無理か……」

 

天理が視線を向けた木の陰から一人の男が現れた。

黒い髪にパールのようなピアスをつけ、服装は全身真っ黒だ。190㎝はありそうな身長を持ったその男は、天理にとって見覚えのあるものだった。

 

「……カイザー。なんでお前がここに……!」

 

「は?んなもん決まってるだろ?お前を殺すんだよ」

 

「……木綿季、逃げるんだ。誰か人を呼んできてくれ」

 

「わ、わかった!」

 

木綿季は最寄りの家まで全力で駆け出した。

それを見た天理はとっさに持っていた傘を、カイザーに向ける。

 

「残念だったな。お前には武器がないぜ。大人しく、自主しろ」

 

「それはどうかな、ラテン」

 

カイザーはそういうと、懐から注射器のようなものを取り出した。その中には、無色の液体が入っている。

 

「お前……それは―――」

 

「らあああああ!!!」

 

天理が言い終わる前にカイザーが飛び出した。右手に持っている注射器を短剣のように持って。

 

「ちっ!…うおおおお!!!」

 

天理も一呼吸遅れて飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び駆けつけてきた木綿季が見た光景は凄絶だった。

カイザーと呼ばれていた男の右肩には、さっきまで天理が持っていた傘が根本まで突き刺さっている。

天理の右腕には、注射器が刺さっていた。

 

木綿季が天理の元に駆け出す。そして、無意識のうちに携帯電話を取り救急センターのオペレーターに現在地と状況を喘ぎ声で告げた。

その後はずっと、天理を抱き寄せていた。

 

「く……そ…。ぁ……いつ……ふ…たつ……もっ…て―――」

 

「もういいよ!喋らないで!待ってて。すぐに救急車が来るから!」

 

「ゆ…うき……ご…め……んな……」

 

「いやだよ、いやだよ、天理。しなないで。天理!」

 

木綿季が何度も何度も天理を呼びつける。だが、天理はそれに反応しない。それどころか、天理の呼吸がどんどん浅くなっていった。

 

木綿季にとって永遠とも呼べる数分間ののち、到着した一台の救急車に搬入され木綿季もそれに付き添う。

 

「これは……さっきの人と同じ症状だ!アトロピンを静注、静脈確保!」

 

救命士が叫ぶとシャツを脱がされた天理の左腕に輸液用の針が装着され、胸に心電モニターの電極が張り付けられた。更に飛び交う声と、空気を切り裂くサイレン。

 

「心拍、低下しています!」

 

「心マッサージ器用意!」

 

瞼を閉じた天理の顔は、恐ろしく蒼白だった。

木綿季が心の中で、叫び続ける。

 

「心停止!」

 

「マッサージを!」

 

木綿季は心電モニターに顔を向ける。目からは涙があふれ出して、モニターの数値が滲んで見える。

次第にモニターの数字が下がっていく。

 

「天理、天理。ボクを一人にしないでよ、天理!」

 

そして無情にも、デジタル数値が明確なゼロへと変化し、沈黙した。

 

 

 

 




話しがすごい急展開でしたね。

それにしても、FLAってアクセルワールドの首についている奴の元になったものですかね?仮想世界を加速できると書いてありましたし。

そういえば、カイザーとラテンの話を書かずにアリシゼーション編へ突入ししてしまいましたね。すいませんでした。二人の関係は後ほど書きたいと思います。

意見や感想などがあればどんどんください!

これからもこの作品をよろしくお願いします!!


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第二話 謎の世界

 

 

心地よい風が額に触れる。

それはまるで母親に額をなでられているみたいだった。邪魔が入らなければいつまでもこの感触を味わいたいと思ってしまうだろう。

だがそんな願望も意識の覚醒と共に、どこかへ消えてしまった。

 

「……ここは、どこだ?」

 

天理が目を開けるとそこには辺り一面草原だった。太陽はすでに真上に昇っていて、日光が天理を優しく包み込む。

視界の中で唯一特色があるものは、十メートルほどの一本の木だけだ。

 

しばらくボーっとしていると天理はハッとして再び辺りを見渡す。

辺り一面草原ということは、少なくとも自宅やその周辺ではないということになる。

天理は記憶を呼び起こすため、脳をフル回転させた。

 

六月最後の月曜日。その日は休校で、午後三時半くらいに木綿季の学校まで迎えに行って、その後は、御徒町にあるエギルの店《ダイシーカフェ》に行き、そこで友人たちと話をした。そして、午後六時に帰路についたはずだ。

 

つまり、もしここがVRMMOの世界だった場合、そしてその中のALOの世界だったら、すでに家に着いてアミスフィアを被ったということになる。

 

「いつのまにALOやってたんだ?てか、そもそもなんで一人なんだ?俺はさすがにボッチじゃないぞ」

 

天理は右手を振り、システムウインドウを開こうとした。だが、いくら待っても出現する様子はない。一応左手でもやってみたが無反応だった。

 

天理は首を傾げると、やっと自分の服装に気が付いた。

中世のヨーロッパ風の、もっと簡単に言うとファンタジー風の、チュニック、コットパンツ、そしてレザーシューズ。

この服装から、現実でもALOの中でもない、仮想世界にいることが確定した。

 

「いったい何なんだよ……」

 

天理は取りあえず立ち上がり、近くにあった木まで歩き始めた。そして、ようやく気付く。

自分の真後ろに、大きな洞窟があったということを。

 

「なんじゃこりゃ」

 

天理は歩を止め、今度は洞窟の入り口まで歩き始める。

中は真っ暗で、辛うじて日光によって見える部分は約十メートル。その先にも道が続いているのがわかるが、奥までは見えない。つまり、この洞窟は電気が通っていないということだ。

 

「まあ、人がいるわけないか」

 

天理は再び木へ歩を進めるために洞窟に背を向けた時、中から誰かが歩いてくるのを感じた。

天理がとっさに身を構える。

 

「………あれ?どうしたんですか、こんなところで」

 

「……人?」

 

洞窟の中から出てきたのは、十七歳くらいの少年だった。金色の短髪に、アジュールブルーの瞳。服装は天理と同じく生成りの短衣とズボン。

右手にはツルハシのようなものを持ち、右手には小さな籠を持っていた。

その少年からは警戒心が感じられなかったため、天理も警戒心を解いた。

 

とりあえず、敵意はないことを伝えるために口を開こうとした。だが、どの言葉が通じるのだろうか。この少年は、一見西洋人のように見えるが、何故かそんな気がしなかった。

天理が何を言えばいいか困っていると、その少年が口を開いた。

 

「あなたは誰ですか?もしかして迷子なりましたか?」

 

その言葉は正真正銘日本語だった。しかも丁寧なことに敬語を使っている。

天理はとりあえず安堵し、じぶんの名前を口にしようとするが――――どちらの方がいいのだろうか。リアルネームを告げるべきか、それともプレイヤーネームを告げるべきか。

散々迷った挙句、もの前の少年が西洋人っぽかったので、西洋人っぽい名前の方を告げることにした。

 

「ええと。俺の名前はラテンだ。向こうの方から来たと思う」

 

「向こうって、森の南からですか?ザッカリアの街から来たとか……」

 

さっそくピンチ到来である。ザッカリアの街。そんな単語は人生で一度も耳にしたことはない。黙っていると怪しまれるため口を開く。

 

「い、いや。正直、ここまでどうやって来たのか覚えてないんだ」

 

―――よし。嘘は言っていない。

 

「そうですか。ということは迷子になったんですね。行先とかは―――」

 

「ああ、ああ!そ、そんなことより、ここを一度出たいんだけど……」

 

「そうですよね。もしよかったら僕が―――」

 

「いや、ちょっ!……ログアウトしたいんだけど」

 

「ろぐあうと?なんですかそれ?」

 

これで確定したことがある。それは目の前の少年はNPCにせよプレイヤーにせよ、《仮想世界の住人》ということだ。

 

「いや、気にしないでくれ。土地で言い回しが違うみたいだから。……ええと、どこかに泊まりたいって意味なんだ」

 

「そうですか。……よかったら僕の村に泊まりませんか?部屋なら一応ありますし」

 

「ほ、ほんとに?それは助かるよ」

 

とりあえず村に行けば、何らかの脱出手段があるはずである。一部の望みを願って、その村に行ってみることにした。

 

「その村って、どこにあるの?」

 

「ああ、すぐそこですよ。でも一人で行くと村の衛士に説明するのが大変ですから、僕も一緒に行きますよ。……えーっと、仕事が終わってからでいいですか?」

 

「仕事?」

 

「はい。今は昼休みなんです。この後も仕事がありまして、……四時間くらいで終わるんですが待っててもらえますか?」

 

「わかった。ということは食事の邪魔だった?」

 

「いえ。大丈夫ですよ。よかったら、そこの木の木陰に座っててもらえませんか?……あ、まだ名前を言ってませんでしたね」

 

少年は笑顔を天理に向けた。

 

「僕はサインです。よろしくお願いします、ラテンさん」

 

天理とサインと名乗った少年は握手をする。

華奢な見た目とは裏腹にその握る力はずいぶん強かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 

さすがに四時間もずっと座ったままで待っているわけにもいかず、ラテンもサインの仕事とやらを見るために、サインと共に洞窟の中へと入っていった。

 

「ほんと真っ暗だな。このランタンがなかったら何も見えなんじゃん」

 

「そうですね。この洞窟は神聖なものなので、不要なものを置いてはいけないんです」

 

ラテンは「へ~」と言って周りを見渡す。そこらじゅうに、黒い石が転がっていた。こころなしか、どれも光っているように見える。

 

「この石って、宝石なのか?」

 

「僕の村ではそういう概念を持っています。ですが、この石は洞窟から持ち出せないので、流通はしてないんですよ」

 

「でも、一つや二つ持っていく奴だっているだろ?」

 

「実はこの石は、日光を浴びると天命が無くなってしまうんです」

 

「天命?」

 

「あれ、知らないんですか?天命というのは万物にある命そのものですよ」

 

「あ、ああ!あれね。わかってるわかってる。あれだろ?わかってるって。ただ、忘れてただけだ」

 

「そうですよね」

 

サインは笑う。

ラテンはこの少年が天然だということに感謝した。

しかし、サインが言ってた《天命》がこの世界で言う命ということは、この世界の住人にとってはそれがヒットポイントであり、道具や食材にとっては耐久値、ということになる。

 

「この洞窟ってどのくらいの長さなんだ」

 

「約四百メルです……ほら、四百メル地点にが見えてきましたよ」

 

ラテンは洞窟の奥にランタン光をかざす。そこには、この洞窟の現最深部があった。所々に凹みがあるということは、サインが掘っていたということだ。

 

「サインの仕事はここを掘ることか?」

 

「はい、これが僕が生命を司る創世の神ステイシアから命じられた《天職》です。でも正確に言うと僕の仕事ではなかったんですけどね。実は、僕の前にもう一人いたんですけど、突然いなくなってしまって、六年前から僕がこの仕事を引き継いでいるんです。長さは千メルと少しって言われています」

 

「そうか。でもなんで掘るんだ?」

 

「ここの洞窟の最深部には《始まりの原石》っていうものがあるんです。それを日光に当てると輝きだして、この世界に平和をもたらすって言われてるんですよ」

 

「すごい石なんだな。まあ、六年で半分近く掘れるなら引退する前までには全部掘れるな」

 

「いえ、まさか。この洞窟は四百年間にわたって掘り続けられて、今の長さに至るんです。そして、僕がその堀人の十代目です」

 

「四百年!?……てことは一年で約一メートル?」

 

「めーとる?……まあ、一年で一メルですね」

 

一メートルとこの世界における一メルをほぼ同じ長さと考えると、とんでもない仕事だ。生涯で約五、六十メートルしか掘れないということは、千メルいに到達するまでにあと六百年近くかかるということになる。

 

「た、大変だな。……となると、ひたすらツルハシをこの岩石に当てるってことか」

 

「いえ、そうでもないんですよ」

 

「え?」

 

「ここに周りより掘られている穴があるでしょう?これに当てていい音が出ないと進まないんですよ」

 

「まじで?めんどくさい設定がされてるな」

 

先端がとがっているツルハシでその小さなポイントに当てるのは、苦労するだろう。相当な忍耐力と体力が必要になってくるはずだ。

 

「そしてですね。一日経ってしまうと、その半分が元に戻ってしまうんです」

 

「はあ!?半分が元に戻る!?」

 

思った以上の重労働だ。普通の人間なら逃げ出してしまうだろう。だが、サインが逃げないのは、神から与えられた職業《天職》だからだろう。

ラテンはふと何かを思いついたように笑った。

 

「じゃあさ、サイン。俺にも手伝わせてくれよ。村に泊めてくれる恩返しにさ」

 

「ええ!?……まあ、誰かに手伝ってもらってはだめとは言われてないからいいと思いますけど、大変ですよ?」

 

「大変かどうかは個々が決めるもんだ。第三者が決めるものじゃない」

 

ラテンはニッと笑うと、サインからツルハシを渡してもらい、両手を頭の上まで振りかぶった。

 

ツルハシを使ったことはないので、頭の中で鉱山で働く人をイメージしながら、その動作をとる。両手を頭の上まで持ってきてそれらしいポーズをとった。

 

「よいしょっ……おらぁ!!」

 

ツルハシを大きく振る下ろした。だが、その先端はサインが指摘したポイントから5㎝ほど離れていたため、ツルハシが岩石に当たったと同時に、猛烈なキックバックがラテンを襲う。あまりの衝撃にツルハシを手放してしまった。

 

「いってててててて」

 

その光景を見て笑いをこらえきれなかったのか、サインがあははははと愉快そうに笑い出した。ラテンは「こいつ」と思いながらサインに視線を向けると、サインは一言「すいません」と言って謝ったが、まだ笑い続けている。

 

「そこまで笑っちゃいますか……」

 

「あははは……いやぁ、すいませんすいません。ラテンさんは力を入れすぎなんですよ。もっと全身の力を抜いて……すいません、何と言ったらいいか」

 

つまり、力に頼っていてはこれを掘ることはできないということなのだろう。力よりも正確性を重視する。それなら、ラテンも心当たりがあった。

 

「見てろよ。今度は命中させてやる……」

 

ラテンが再び両手を頭に位置にあげた。だが、そのポーズは先ほどよりも綺麗にきまっている。そう。それは剣道においてもっとも基本のポーズ。持ってるものは違えど、感覚としては酷似しているはずだ。

ラテンは大きく深呼吸し、サインが指摘したポイント一点を見つめる。

 

「……やあぁ!」

 

カァァァァン!

と甲高い音と共に岩石が少しだけ削れる。それと同時にその周りの岩石も、薄く剥がれ落ちた。

 

ラテンはどうだ言わんばかりにドヤ顔でサインに顔を向ける。しかし、サインは少しびっくりした様子で固まっていた。

 

「……サイン?どうかしたのか?」

 

「……あっ、いえ。こんな簡単にできるなんてすごいなぁと思いまして」

 

「そうか。ほいじゃまあ、どんどんやるか」

 

「はい!」

 

ラテンとサインは交互にツルハシを振っていく。

その日の岩石を掘った距離は、0.06メル。サインにとって一番長かったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




すごい中途半端になってしまいました。

今後どんな展開にするか書くのが楽しみです。

これからもこの作品をよろしくお願いします!!


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第三話 サイリス村

あたたかな日差しが二人を包み込む。

太陽はすでに傾いていて、西の空をオレンジ色に染めていた。

 

仕事を終えたラテンとサインは、洞窟の近くにある村へと歩を進めている。ラテンからは、一目見ただけで分かるくらいの疲労感が放出されていた。

 

「その《サイリス村》ってのはどんな村なんだ?」

 

「小さな村ですよ。でも、優しい人たちばかりなので楽しいですよ」

 

「にぎやかな村なんだな。……おっ、門がでかいな」

 

二人が何気ない話をしている間に、どうやら村の門の前に着いたようだ。門の前には、金色の鎧を身にまとい、片方の手には長さ二メートルほどの槍を装備している衛士が二人いる。その容姿はいかにも西洋の衛士っぽい格好だった。

 

ラテンとサインはその二人の衛士の前に立つ。

体格差があるせいなのかもしれないが、その190㎝ほどの二人の衛士からは、何とも言えない威圧感が感じられる。

 

つい身を構えてしまうと、サインはラテンを制し、二人の衛士と何かを話し始めた。

二分くらい経っただろうか、サインはラテンの方へ顔を向け口を開いた。

 

「ラテンさん、行きましょう」

 

どうやら、ことは穏便に済んだらしい。

門をくぐる瞬間に、二人の衛士から感じ取った哀れむような視線は気のせいではないだろう。

 

足を踏み入れた瞬間にわかるくらい、サイリス村は小さかった。視界の範囲では、村の全容は見渡せないものの、客観的に感じ取ることができる。

 

小さな家々の煙突からは少々煙が出ている。この時間帯からおそらく夕食の準備でもしているのだろう。

 

歩き出すサインの後ろをついていくと、周りの家より一回り大きく横に長い家にたどり着いた。大きさから何人もの人が住んでいる、それか泊まっているのがわかる。

家の中に入ると、にぎやかの声が聞こえてきた。サインが連れてきたのはこの家の食堂のようなものなのだろう。

 

「皆さん聞いてください。今日から入るラテンさんです。……自己紹介お願いします」

 

サインから小声でそう言われると、とりあえず簡単な自己紹介をするために一歩前に出る。

 

「今日からここに泊まることになったラテンです。これからよろしくお願いします」

 

食堂から好奇心などが混じった視線を幾つも感じる。だが、そのほとんどが少年や少女の小さい子供だった。見渡す限り、大人の人は一人しかいない。

口の周りに少々ひげを生やした四十代ぐらいの男性が、椅子から立ち上がりラテンに向かって笑顔を向けた。

 

「ようこそ、この家へ。私はソコロフだ。わかんないことがあったら、私か妻のアイシャに言ってくれ。無論簡単なことは、子供たちからでもいいぞ。ほら、そろそろ夕食だからラテン君も席に着きなさい」

 

「あ、ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」

 

ラテンはサインに促されるように、隣に座った。それから少しの間は小さな子供たちから視線を浴び続けたが、それも四十代ぐらいの女性が食事を持ってきたと同時に消えてしまった。おそらくこの女性が、ソコロフさんの奥さんなのだろう。

一目見て解る優しげな雰囲気が、子供たちになつかれている理由なのかもしれない。ソコロフさんとアイシャさん。見るからにいい夫婦だ。

 

にぎやかな夕食が終わった後サインに連れられて、一つの部屋にたどり着いた。大きさは六畳ほどだろうか、部屋の隅には簡素なベットが置いてある。

 

「ラテンさんの部屋はここですよ。枕は後でマリンが届けてくれます。僕はアイシャさんの手伝いをしてくるので何かあったら言ってくださいね」

 

サインはそう言い残すと部屋から出ていった。ラテンはベットに腰を下ろす。

 

とりあえず村には来られた。次にやることはこの世界にいる管理者に会うことだ。この世界はVRMMOの中、簡単に言えばゲームの中のはずだ。だったらずっとインすることはできないはずだ。すなわち、時々いなくなったりする行商人が管理者である可能性が高い。そうなると、まずは行商人探しから始めるべきである。

 

ラテンがしばらく何かを考えていると、部屋にノック音が響き渡る。ドアを開けるとそこにいたのは十二、三歳くらいの女の子だ。手には枕と毛布を持っている。

 

「えーっと、君がマリン?」

 

「そうよ。……はい、これが枕と毛布。寒かったら私に言って。もっと持ってくるから」

 

何とも気の強そうな女の子だ。だが、不思議とその容姿は誰かに似ているような気がした。そう。何か遠い記憶の中に眠る誰かに。だが、そんな考えもすぐに打ち消される。

 

「ねえ。聞いてる?」

 

「えっ、何を?」

 

「……朝食は七時だけど、その前にお祈りがあるから六時半には食堂に来て。明日は私が一応見に来るけど、次からは自分で起きてね」

 

「あ、ああ。ありがとう」

 

「えーと、ほかにわからないことはある?」

 

「いや、大丈夫。これからよろしく頼む」

 

「ええ。じゃあ、お休み。……ランプの消し方はわかるよね?」

 

「一応な。お休み、マリン」

 

マリンはこくんと頷くと部屋から出ていった。その瞬間疲労がどっと出て、ラテンは思わずベットの上に横になる。

今日一日で、現実世界の一週間分くらい疲れたような気がした。サインの仕事は、あんなに集中するものだと思ってはいなかったため、精神的にも疲労がたまっていた。

 

とはいえ、この村の村人やこの家の子供たちと接しているうちに確実に近いものが得られた。それは、少なくとも普通のNPCとは違うということだ。感情表現も細かいし、会話も機械的ではない。しかし、この村人全員がプレイヤーであるとは限らない。

となると、この村人たちはAI機能を持っているNPCということになる。

 

「まあ、しばらくは様子を見るか」

 

急にラテンに眠気が襲い、瞼が重くなる。それに抵抗することなくそっと瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

からーん。

 

どこかで、鐘が鳴る音が聞こえたような気がした。

だがそれに気にすることなくラテンは顔を毛布にうめると、肩に柔らかい感触が伝わってきた。

 

「……あと五分。いや、三分……」

 

「だーめ。早く起きて。もう六時よ。子供たちはみんな顔を洗ったわ。早くしないと朝の祈りに間に合わないわよ」

 

「……了解です」

 

ラテンは名残惜しそうに毛布から出ると、寝巻として貸し与えられたシャツを脱ごうとした。するとマリンが慌てた様子で口を開く。

 

「は、早くしてよね。間に合わなかったら承知しないんだから」

 

マリンはそう言うとそそくさに部屋から出ていった。残されたラテンは首を傾げるが、何かを思いついたように少々笑みを浮かべる。

 

「ったく。別に初めて見るものでもないのに」

 

言い方が卑猥になってしまったが、気にしないでおく。

 

家の裏口を出ると朝の陽ざしがラテンを向かい入れた。マリンが教えてくれた井戸に行くと、近くにあった紐に繋がれている木製のバケツを井戸の中に入れる。

ぽーんといい音がしたのと同時にバケツを引っ張り上げると、なみなみと汲まれた透明な水を近くの盥に移した。

 

冬を感じさせるような冷たい水で顔を洗うと、さっきまで漂っていた眠気が嘘みたいに吹き飛んだ。それに、ゲーム内だというのに頭が妙にすっきりしている。

 

ラジオ体操でも始めるかなと思い体を動かし始めると、家の裏口のドアが勢いよく開くのが聞こえた。

 

「ラテン、いつまで顔を洗ってるの!朝のお祈りが始まるわよ!」

 

「ごめんごめん。すぐ行くよ」

 

「何回も同じ事言わないのっ。ほら」

 

ラテンはマリンについていくように食堂へ足を運んだ。

中ではすでに、ラテンとマリン以外席についている。ラテンがサインの隣に座り込むと、ソコロフさんが何かを言い始め、それが終わると同時ににぎやかな朝食が始まった。

 

 

食事を終えると、行商人の在処を知るためにサインに尋ねた。

 

「なあ、サイン。行商人っていつ来るんだ?」

 

「行商人ですか?……実は二か月ほど前から来てないんですよ」

 

「え?それまた何故?」

 

「ザッカリアという街までの街道のずっと南にゴブリンの集団がいるからですよ。ゴブリンたちは闇の国から来た奴らでして、略奪を繰り返し行っています。幸いこの村にはまだ来ていませんが、いつ来るか……」

 

「闇の国?そんなものがこの世界にはあるのか?」

 

「はい。普通は闇の国から来た魔物たちを整合騎士が討伐します。いや。しなければならないんです。ですが、彼らはあまりいい人たちではなさそうでした。少なくともこの村の人たちにとっては……」

 

そう言うサインの顔は今まで見たことのないくらい暗かった。

闇の国、整合騎士、そしてこの村におこった整合騎士とのいざこざ。どれも詳しく聞いた方がよさそうだった。

 

「なあ。この村に何が起こったんだ?整合騎士と何があったんだ?」

 

「……六年前くらいでしょうか。この村には村始まって以来の天才と言われる少女、リリアさんがいたんですよ。リリアさんは誰にでも優しく接していて、村のみんなから愛されていました」

 

「へぇ~。いい子だったんだな。そのリリアって子は」

 

「はい。でも、ある日整合騎士が何の前触れもなくこの村に現れたんですよ。それで、リリアさんを見つけるな否や、この子は禁忌を犯したと言って連れていかれました。……もちろん、リリアさんは禁忌を犯すような人ではなかったし、村のみんなもそう思っていました。だけど、整合騎士は無理やりリリアさんを連れて行ってしまったんですよ」

 

「そうか……。そのリリアって子には家族はいなかったのか?」

 

「妹がいます。ですがご両親はそれが原因で病気になり、なくなりました。」

 

「……冷酷な奴らなんだな、整合騎士たちは」

 

整合騎士とはてっきりこの世界を守る正義のヒーロー的なポジションだと思っていた。だが、まさか村人に手を出すとは思ってもいなかった。

 

「まあ、ひどい人たちばかりではないですけどね。いい人もたくさんいると思います」

 

「そうか。じゃあ、そのリリアの妹って誰なんだ?」

 

「……マリンです」

 

「マリン!?……じゃあ、あいつは今―――」

 

「はい。家族はいません」

 

マリンはこの六年間ずっと一人ぼっちだったのだ。もちろん、この家のみんなが家族なのかもしれない。だが、心の中ではずっと一人ぼっちなのだ。本当はものすごく悲しいのかもしれない。

だが、それを周りに悟られないためにあえて気が強いように振る舞っているのだろう。

 

「……なあ、サイン。整合騎士ってどこにいるんだ?」

 

「央都《セントリア》にある《公理教会》です。……まさか、行く気ですか?」

 

「……なわけないだろ。ただ聞いただけだよ」

 

もしかしたら整合騎士、いや《公理教会》にリリアがいるのかもしれない。と思ったのだが、今はそんなことよりもこの世界から脱出することが一番重要なことだ。

 

「ありがとうな。いろいろ教えてくれて」

 

「いえ、お役に立てたならうれしいです。では、僕は天職に行きますね。ラテンさんは……」

 

「俺はもうちょっと知りたいことがあるからぶらぶらしてるよ。本がいっぱいあるところってこの村にあるか?」

 

「はい、ありますよ。この先を二百メルほど進んだら見えてきます」

 

「了解。じゃあ、がんばれよ。用が済んだら俺も手伝いに行くよ」

 

「ありがとうございます。では」

 

サインは昨日二人が通った道を歩いていく。それとは真反対の方向にラテンは歩いていった。

 

整合騎士について、闇の国について、そしてこの世界を脱出する手段について。もしかしたら図書館のようなところにあるのかもしれない。

一部の期待を胸に、ラテンは歩いていった。

 

 

  

 




中途半端な終わり方ですいませんm(_ _)m
春休み期間中は投稿時間が一定ではなくなると思います。
ですができる限り日を開けないで投稿したいと思いますので、これからもこの作品をよろしくお願いします!



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第四話 ゴブリンだよね?

 

「いや~、今日も疲れましたな~」

 

まだ慣れきっていない重労働で疲れ切っていた体を湯せんに入れると同時に、思わずそんなことを呟いた。

 

この家の風呂場はなかなか大きく、十畳ほどの大きさだ。こんな風呂場を作るならもう一部屋作ったほうがいいのでは?と思ったが、体全体を熱い湯につけることができるためこれはこれでありがたい。

 

「まあ、大方整合騎士と闇の国についてはわかったな。けど……」

 

そう。ラテンは整合騎士と闇の国については知ることができた。だが、肝心の〖脱出方法〗については何もわからなかったのだ。

やはり、この世界の住人にはゲームの中という概念がないようだ。となると、やはりこの世界を実質掌握している整合騎士の本部、《公理教会》に行く以外道がないように思える。

 

「だけど、俺が単身で乗り込んでも、たぶん勝てっこないんだよな~」

 

「はぁ~」とため息をつくと頭を湯の中に沈める。

 

《整合騎士》。それは武術においてのスペシャリストだ。古い本にも詳しいことは書かれていなかったが、戦力はたった一人で衛士千人分とも言われているらしい。そして、闇の国の魔物と戦っているとなるとその人数は十数人以上だと思われる。そんな奴ら相手にラテン如きが通用するわけもなく、悶々としているのである。

 

「でも強さは剣を交えてみないとわからない、か」

 

この世界にソードスキルと言う概念がなかったとしても、ラテンには昔から伝わる剣術がある。それをもってしても、勝てる保証にはつながらないが。

 

ラテンは水面から頭を思い切りあげた。水しぶきがあたり一面に飛び散る。すると、脱衣所から声が聞こえてきた。

 

「あれ?……まだ誰か入ってるの?」

 

その声には聞き覚えがある。マリンだ。

 

「ああ。俺だよ、ラテン。悪いな、すぐに上がるから」

 

「そんなに急がなくていいわよ。ゆっくりしてて。でも、出るときは浴槽に栓を抜いてランプを消してね。それじゃ……おやすみ」

 

そう言い残すとそそくさに出ていこうとする気配が伝わった。ラテンはとっさに口を開く。

 

「あっ、マリン。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、時間あるか?」

 

「……少しならいいわ。部屋には子供たちが眠ってるから、ラテンの部屋で待ってる」

 

そう言うと今度こそ、足音は脱衣所から遠ざかって行った。ラテンは立ち上がると浴槽の栓を抜き、ランプを消す。

タオルを使わずとも体にまとわりついていた水滴がたちまち消えていくのを感じ取ると急いで部屋着を被った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

客間、すなわちラテンの部屋に入るとベットで寝ころんでいたマリンが慌ててベットに座りなおす。

彼女は昨夜の服装とは違い、簡素な木綿の寝間着姿だった。用意してきてくれたのか、透明な水が入ったグラスを差し出してくる。

 

「おお、さんきゅ。………うん。風呂上がりの水は最高だな」

 

風呂上がりの水など聞いたことがないが、こっちの世界じゃ現実世界と違うはずだ。仮に同じだったとしても水ならば誤魔化すことができる。

 

「……で、話って何?お風呂の後の入室が禁止されているのは男の子の部屋であって客間ではないけれど、こういうのってあんまりよくないと思うから」

 

「ロリコンちゃうわ!俺ってどんだけ信用ねぇの!?……まあ昨日来たばかりだから仕方がないかもしれないけど……」

 

話しがだんだん脱線していくような気がしたのでこれ以上の反論は止めておく。とりあえず、本題に入ろうと思った。

 

「えーっと、話しってのは実はマリンのお姉さんのことなんだ」

 

「……リリアお姉ちゃんがどうかしたの?」

 

「サインからちょっと聞いてね。で、そのリリアって人のことを教えてくれないかな?」

 

「……どうして?」

 

「いや……ちょっと気になるんだ。なんでこの村から連れていかれたのかとか」

 

嘘は言っていない。ただ、マリンがリリアのことをどのくらいに思っているのか知りたいだけだ。

 

「……お姉ちゃんはこの村ができて以来の天才だったそうよ。そして、誰にでも優しく接していた。困っている人がいたらできる限り助けようとしていたの」

 

「ああ。それは聞いたよ。すごく村人思いなんだよな、リリアは」

 

「うん。でも、たとえ誰かのためでも禁忌は犯さないはずなの。悪いことは人一倍嫌いだったから。……整合騎士の人たちはたぶん嘘をついてリリアお姉ちゃんを連れて行ったと思うの。お姉ちゃんには並外れた才能があったから」

 

「そうか。そして、リリアがいなくなってからは一人になったんだな」

 

「………」

 

整合騎士がリリアを連れて行った理由。それは大方リリアに才能があったからだと思われる。そこまでして整合騎士は戦力を増強させたかったのか。人ひとりの人生なんて無視をして。

そう考えるとだんだん怒りが湧いてくる。それと同時にマリンをリリアに会わせてやりたいという思いもどんどん強くなってきた。

 

「マリンは、リリアに会いたいと思っているのか?」

 

「……思ってるわ。ずっと思ってた。私に残された、たった一人の家族だもの。会いたい……に決まってるでしょ……」

 

その目は微かに潤んでいた。いつも強情な彼女でも、やはりたった一人のお姉ちゃんの話に関しては、本当の彼女が出てくる。

 

これで決まった。央都に行く理由が。自分のためだけならばもっと時間が経ってから決めていたかもしれない。だが、自分のためであり、そして今泣いている少女のためにラテンは決断した。

 

「そっか。ありがとうな、つらい話なのに」

 

「ううん。私も少しすっきりしたから。……それじゃあ私、行くわね。おやすみ」

 

「ああ。おやすみ、マリン」

 

マリンは部屋から出ていった。

思わずベットに寝転がると、急に睡魔が襲ってくる。それと同時に鐘の音が闇夜の外から聞こえてきた。時間的にはおそらく十時くらいのはずだ。重たい瞼に逆らえないまま自然と瞼が閉じていく。

 

翌朝、ラテンは警戒心を抱きながら寝なかったことを後悔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

からーんと六時の鐘の音が鳴ると同時に目を覚ましたラテンは、自分でも起きようと思えば起きられるんだな、と思いながらベットから降りた。

 

視界に映るのは昨日と全く同じ光景。違うところは、と聞かれたらマリンがいないことと外が騒がしいことだけだ。

 

手早く服を着替えると欠伸をしながら部屋のドアを開ける。昨日のように木の香りが漂う心地いい廊下に足を踏み入れようとした。

だが、その廊下からは何かが焦げた匂いしか漂ってこなかった。

 

「……え?」

 

廊下を見渡すと、何かで叩かれたようにぼろぼろになった壁。所々穴が開いている廊下。そして、外から聞こえる叫び声。

 

ラテンはとっさに家の外へ出る。

そこに広がっていたのは、たくさんの家々と屋台が並ぶ村の光景ではなくて、そこら中から火が出ている村の光景だった。

家から十メートル離れたところにサインとソコロフさんが立っている。ラテンは急いでそこまで駆け寄ると何が起こったのか聞く。

 

「いったい、何があったんですか?」

 

「ゴブリンたちだよ。夜明け前にこの村を襲ってきたらしい。私が目覚めるころにはすでに何もかも終わっていたよ」

 

「……誰か、死んだんですか?」

 

「いや、死人は出ていない。しかし、怪我を負ったものがたくさんいる」

 

いったいどうして。と思うと同時にアイシャさんが慌てた様子で駆け寄ってくる。その顔は蒼白だった。

 

「あなた!マリンが…マリンがどこにもいないの!」

 

「なんだって!?」

 

「マリンが!?」

 

ソコロフとラテンが同時に驚愕する。この騒ぎの後に、ソコロフさんやアイシャさんに一言言わずにどこかへ行くはずがない。だとすると、ゴブリンたちに連れて行かれた可能性が高くなる。

 

「ソコロフさん!アイシャさん!俺、マリンを探してきます!」

 

「ま、待て、ラテン君!一人では危険だ!」

 

ラテンはソコロフの言うことに耳を貸さずに村の出口へ駆け出した。幸いゴブリンたちの足跡が少しばかり残っているため、追跡は可能だろう。

 

「すいません。これ借ります!」

 

「こ、こら。待ちなさい!」

 

ラテンは門の近くで作業していた衛士の腰から剣を抜き取ると、村を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

足跡を追跡してしばらく走っていると森が見えてきた。どの木も十五メートル以上あり森の中には踏まれた草がくっきりと残っていた。ラテンはいきなり襲われても対処できるように剣を構えながら進む。

 

進むにつれて、木が焚かれる焦げ臭さと、すえたような獣臭は確実に濃さを増していく。

ぎっ、ぎっという声に交じって、ガチャ、ガチャと鳴る金属音が頻繁に耳に届いてきた。ほぼ確実に何かがいることは確かだろう。足跡も、その音がする方へ続いているため、村を襲ったゴブリンたちに間違いはないはずだ。

 

二分ほど進んだだろうか。切り開かれた場所に小さな篝火が二つ。そしてそれを囲むように、一応人間型ではあるが、人間でも獣でもない者たちが固まって座り込んでいた。その数は二十を超えるほどだ。

 

ゴブリン一人ひとりの体格はあまり大きいものではなく、立ち上がっている者の背の高さはラテンの胸のあたりぐらいだ。しかし、そんな小さな容姿とは裏腹に、異様に長い腕、たくましく鋭い爪、胴体にはきらきらと光る金属でできた鎧をまとったゴブリンたちはまさに《モンスター》だ。

 

ラテンが知っているゴブリンは目の前にいるような姿をしたゴブリンで、RPGでよく出てくる雑魚モンスターだ。初心者(ノービス)プレイヤーにとってはありがたいモンスターである。

 

ラテンは少々安堵するが、それも群れの一匹がこちらに気付いたと同時にかき消される。黄色い目に鋭く光る双眸。それは、雑魚モンスターとは到底感じられない威圧感が感じられた。自然に剣を握る手に力が入る。

 

一匹のゴブリンが俺を見るや否や、ギィという声を出した。それは笑い声のようにも感じられる。

 

「こいつぅ、この餓鬼を助けに来たのかぁ?バカな白イウムだぜぇ!」

 

途端に周りからぎぃぎぃという喚き声が上がり、ゴブリンたちが一斉に蛮刀(マチエーテ)を片手に立ち上がった。

 

「こいつは男の白イウムだ。殺しちまおう!」

 

殺す。

一体どのようなレベルで受け取ればいいのだろうか。ゲーム規模か。はたまたリアル規模か。どちらにせよ、ここで死ぬわけにはいかないことだけが理解できている。

 

ラテンは剣を胸の前に構えて、腰を少し落とす。片手剣は刀とは違うが、あっちの世界でも片手剣であるクラリティーを使っていた。多少の剣術なら心得がある。

 

「イウムのガキが、この《太っ腹のデニム》様にはむかうとはいい度胸じゃねぇか!お前ら、手ぇだすなよ!」

 

「それ、馬鹿にされてんじゃん!」

 

ラテンはそう叫ぶと同時に地を蹴った。

右足を深く踏み込み、体重を乗せて大げさに斬り下ろす。

甘く見ていたわけではないが、太っ腹の野郎は予想以上に速かった。こっちの斬撃を無視するように蛮刀を横殴りに振り回してくる。

 

体を沈めてギリギリのところで掻い潜ると、ラテンの斬撃が隊長ゴブリンに襲い掛かる。だが、体重を乗せた一撃も避ける動作のせいで威力が小さくなってしまい、金属製の肩当てが甲高い金属音を鳴らした。

 

だが、まだ終わらない。ラテンはすぐさまがら空きになった横っ腹に水平切りを放つ。体の遠心力を存分に使った一撃はさすがに効いたようで、隊長ゴブリンが、うっ、と呻き声をあげる。

 

「う……らあ!」

 

力を込めた左足で隊長ゴブリンを蹴り飛ばすと、距離をとる。

だが、呻き声をあげた割には隊長ゴブリンはぴんぴんしていた。やはり、金属の鎧が相当ダメージを軽減させているのだろう。

単発攻撃を何度もしてもいいのだが、いつほかのゴブリンたちが動き出すかわからない。

 

ラテンは思い切り地を蹴ると、あの世界でOSSを作り出すために何度もやった反復練習を思い浮かべながら、その動作を再現しようとした。そう。《ソードスキル》と呼ばれた必殺技を。

それを行った瞬間、ラテンが予想していなかった現象が訪れた。

ラテンの剣がごくわずかだが、水色の光を放ったのだ。同時にこの世界の物理的法則を超えたスピードで剣が閃く。

 

「うおおおお!!!」

 

片手剣縦二連撃ソードスキル<バーチカル・アーク>。

刀身は水色のV字の光を宙に残した。

隊長ゴブリンの両手が吹き飛ぶ。

 

「ぐおおお!」

 

隊長ゴブリンは怯んだ。だが、大技を食らってディレイするどころか、再びラテンをにらみ、筋肉が引き締まった足でラテンを蹴飛ばした。

二メートルほどふっとばされたが、とどめを刺すためにすぐさま立ち上がろうとした瞬間、蹴られた腹からものすごい痛みが発生し、吐血した。

 

「な……に……?」

 

この世界はバーチャルワールドのはずだ。なのに、バーチャルワールドとは縁がないはずの痛みと苦しみ。それをラテンは今、感じ取っていた。

 

「く…そおォォォォ!!!」

 

今嘆いている場合ではない。一刻も早く隊長ゴブリンを仕留め、マリンを無事に助け出さなければならない。

激しく襲う痛みをこらえ、ラテンは思い切り地を蹴る。剣が緑の光を放つ。

片手剣突進技<レイジスパイク>。

ラテンの全体重を乗せた一撃は、隊長ゴブリンの身体を真っ二つに切り裂いた。同時に隊長ゴブリンの身体から大量の血が噴き出し始める。

ラテンは浅い呼吸を繰り返しながら、ほかのゴブリンたちに睨みつけた。

 

「お前らの頭は死んだ。ほかにやりたい奴がいたらかかって来い!」

 

ゴブリンたちはラテンの迫力に怖気づいたのか顔を見合わせると、一目散に逃げていった。ラテンの持っていた剣が粉々に砕け散る。

 

「あーあ。あとで、衛士の人に謝らないとな。結構しっかりとしてて高そうな剣だったし」

 

そうつぶやくと、近くにあった荷車に向かって歩き出す。その中では、口に布を巻かれ、手足が縛られたマリンの姿があった。目には涙を浮かべている。

近くに落ちていたゴブリンの蛮刀で紐と布を切ると、マリンがラテンに抱き着いた。

 

「……怖かった。私殺されちゃうのかと思って……」

 

ラテンが金色に輝く髪を優しくなでる。

 

「もう大丈夫だ。ほら、村の人たちが心配してるから帰ろうぜ」

 

「うん」

 

マリンは頷くと、ラテンの手を握った。

 

「森を抜けるまで、手をつないでてくれない?」

 

「……わかった」

 

ラテンはつながれた手を強く握り返すと、走ってきた道マリンと共に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




うーん。衛士の剣は、なかなかのレアもの設定にしました(笑)
まあ、それを粉々にしちゃったラテンはどうなるのやら。

それはさておき、もうそろそろラテンの相棒となる剣が出現します。楽しみにしていてください!
これからもこの作品をよろしくお願いします!


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第五話 始まりの原石

 

 

からーん。

 

午前六時の鐘がサイリス村に響き渡る。

ラテンは渋々目を開けると、視界は一人の少女の顔で埋め尽くされた。思わず目を見開くと、目の前の少女は「ふぇ!?」などと間抜けな声を出して盛大に尻餅をついた。

 

「……マリン?」

 

「ち、違うの!これはその……寝顔がちょっと見たかっただけで―――あ、違う!違うの!……そ、そう!起こしに来たの!ほんとにそれだけだから!何もないから!」

 

「アレー。オレシッカリオキタヨナー」

 

「お、起きたならいいのよ。起きたなら。すぐに着替えてよね。……ニヤニヤするなぁ!」

 

ぷんぷんと怒りながらマリンは部屋を出ていった。ラテンはベットから降りるとおなかの部分をさする。

 

痛みは嘘みたいに消えていた。昨日《太っ腹のデニム》に蹴られたときは、現実世界で感じる並に痛みが発生していたはずだ。その証拠に吐血している。

 

「……ペイン・アブソーバが働いてないのか?」

 

自分の体に手を添えるとウインドウが浮かび上がる。その数値は〖3700/3700〗だ。これは生命力―――いわゆるヒットポイント的なもの。この数値がゼロになる瞬間ラテンはこの世界から消える。だが、少なくともポリゴン片になって簡単に消えることはないだろう。それは昨日のゴブリンで確認済みだ。

 

ラテンが死ぬとき。それは体を引き裂かれ、意識が途切れる最後の瞬間まで死にたくなるほどの苦痛が全身を駆け巡る。ALOではゲームオーバーになったことが一回しかないが、それほど苦痛は感じなかった。あっさり死んだのである。だが、この世界はALOとは次元が違いすぎる。まるで、SAOに現実世界並の痛みを加えたような、地獄の世界。それがこの世界だ。

 

「……まあ、ネガティブに考えても仕方がないか。どの状況もポジティブに考えないとな。向かい風も振り返れば追い風になるって言うし」

 

ラテンは寝巻から着替えると、食堂に向かう。顔は洗っていないが、この世界じゃわからないだろう。

 

食堂にたどり着くとすでに何人かの子供たちが着席していた。木製のテーブルは一部が壊れていて、椅子は座れないものがあるが、子供たち以外が立って食事をすれば問題は無い。

いつものようにお祈りをし、にぎやかな食事を終えるとラテンはサインに声をかける。

 

「なあ、サイン。今日はお前の天職を手伝ってもいいか?ちょっといいこと思いついたからさ」

 

「大丈夫ですけど、いいことって何ですか?」

 

「それは洞窟に行ってからのお楽しみだ」

 

ラテンは一足先に村の門まで歩き出す。サインは首を傾げると「待ってくださいラテンさん」と言って駆け出した。

 

門の前にはいつものように衛士が警備している。門を出る二人に向かって一人の衛士が「気を付けろよ」と一声かけてきた。

その衛士は昨日ラテンが拝借した剣の持ち主であり、ラテンは不意に昨日のことを思い出す。

 

結局マリンを無事取り戻したラテンは村の人々から感謝された。だが、それを簡単に対応してまず先に向かったのは剣の持ち主の衛士のところだ。剣を粉々にしてしまったことを一生懸命謝罪すると、「たまたまもらった剣だ。気にするな。それより、無事に連れ帰ってくれて感謝する」と笑って許してくれた。嘘だとわかっていたが、その衛士の心の広さに厚く感謝した。これは普通のNPCでは不可能な対応かもしれない。

 

ラテンは一言「行ってきます」というと、サインと共に村の近くの洞窟へと歩を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?ラテンさん。武器なんていつ買ったんですか?」

 

「ああ、これね。昨日のゴブリンたちから拝借したんだ。もう必要なさそうだったから」

 

洞窟の近くにたどり着くと、一番最初に目が奪われたのは洞窟の入り口の端っこにあった剣だ。それは昨日のゴブリンが残していったものである。

 

ラテンは一本の剣を手に取ると、洞窟の中に入っていく。サインもそれに続いて洞窟の中に入っていった。

 

「なあ、サイン。この洞窟って、あのポイントに当てさえすれば進むことができるんだよな?」

 

「はい。そうですけど、どうしてですか?」

 

「ああ、ちょっとな。……俺達って正確さを重視してただろ?力も多少は入ってたけどフルパワーではなかった。そこでこれを使うんだよ」

 

「……剣をですか?でもどうやって……」

 

「おっ、見えてきたな。まあ、見てろって」

 

現在の洞窟の最深部にたどり着くと、ラテンは剣を握った。サインにポイント周辺を照らすように頼む。

 

「……よし。いけそうな気がするな」

 

ラテンはポイントに剣を突き刺す練習をしながらそんなことを呟いた。サインは不安そうに見ているが、ラテンはポイント一点に集中してした。

そして、地を思い切り蹴る。

 

「うらああああ!!!」

 

ラテンの持っていた剣が緑の光を放つ。

片手剣突進技<ソニックリープ>。

ソードスキルと同じくらいの速さで、ラテンの剣尖がポイントへ向かって行った。そして、ガァァァァン!という大きな音と共に洞窟の壁にヒビが入った。それは、次第に蜘蛛の巣のように広がっていく。その進行が止まった瞬間に目の前の壁が音を立てて崩れ始めた。

 

「予想以上にすげぇな」

 

「す、すごい!なんでこんなに!」

 

サインがはしゃぎながら崩れた洞窟の先へ進んでいく。

 

「あっ、ちょっ、待てって」

 

ラテンは大急ぎで後に続いた。

 

崩れた長さは約百メートルくらいだろうか。ラテンはせいぜい三メートルくらいだと思っていたがその予想をはるかに上回った。

だが、これ以上進むことは無理だ。さっきの技で剣が折れてしまったのである。

 

「まあ、仕方がないか」

 

ラテンは十メートルほど先にいるサインの元へ歩いていく。しかし、サインの様子が何やらおかしい。近くにたどり着くと目の前に、歪な形をした黒い石が台座のようなものの上に置かれていた。黒い石なのだが、周りに転がっている石とは何かが違うような気がする。そう。特別な力を持っているような。

 

「……ラテンさん。これはもしかしたら始まりの原石なのかもしれません」

 

「え?……でもこの洞窟って千メルもあるんだろ?洞窟の最深部じゃないのに、なんでそんなのがあるんだ?」

 

「もしかしたら、反対側からも同じくこの洞窟を掘っている堀人がいるのかもしれませんし、これ以上先に進むことは不可能なのかもしれません。その証拠にポイントが無くなっています」

 

「あっ、本当だ」

 

台座の上あたりには、さっきまでこの洞窟を掘るためのポイントが存在していた。それが今は跡形もなくなっている。

 

「まあ、よかったな。これで、サインの天職が終わったんだぜ?すごいことじゃん」

 

ラテンはバシッとサインの背中をたたくと愉快そうに笑った。だが、サインは何かを考えているようにじっと動かない。

何も反応がないサインを不思議に思い、ラテンはサインに声をかける。

 

「サイン?大丈夫か?」

 

「……ラテンさん。この原石はあなたが貰い受けるべきです」

 

「……え、俺?…だってこの仕事はサインのだろ?この原石はお前のもので俺はそれを手伝っただけだ」

 

「いえ。ここまで掘ったのは僕ではなくラテンさんなんです。生命を司る創世の神ステイシアは初代堀人にこう言ったらしいです。『始まりの原石まで掘った者がその原石を使い、この世界に平和をもたらす』。これは間違いなくラテンさんのものです。そして、ラテンさんはこの世界に平和をもたらす《救世主》。ラテンさん、この原石を」

 

 

「……いいのか?本当に」

 

「いいもなにも、神のお告げです。神はラテンさんを選んだんです」

 

「……わかった。じゃあ、とるぞ?」

 

ラテンは《始まりの原石》に手を伸ばし、台座から原石を受け取った。その瞬間ラテンの様子が……。

 

「うわあああああああ!!!!」

 

「ら、ラテンさん!?どうしたんですか!?」

 

「あああああぁぁ。……何も起こらないな」

 

ガンッ!

サインが音を立てて盛大に転ぶ。ラテンはそれを見て笑いながら歩き出す。

 

「さあ、行こうぜ。この洞窟とはもうおさらばだ」

 

「はい」

 

ラテンとサインは謎の洞窟を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラテンとサインが村に戻るや否や、《始まりの原石》を掘ったことは村中に伝わり、村人たちは祭りの準備を始めた。

祭りは午後六時から午後十時にわたって開かれ、村中のだれもがはしゃぎまくっていた。当然、ラテンとサインは胴上げされ、未成年なのに酒をかけられるなどハチャメチャだった。(《禁忌目録》には未成年の飲酒は禁止と書かれているが、酒をかけてはならないというものはない)。とはいえ、年齢はばれていないため飲んでもいいのかもしれない。

 

しばらくはしゃいでいると、村の村長がラテンに近づいて行った。ラテンは持っていた果汁ジュースを置くと、村長の方へ体を向ける。

 

「ラテン。お前にはいまだに天職がないと聞いた」

 

「はい、ありません」

 

「なら、私がお前に天職を与えよう。自由に選ぶがよい」

 

天職を選ばせてくれる。これはラテンにとって最大のチャンスだ。央都にある《公理教会》へ行くための。

ラテンには迷いが一切なかった。

 

「俺は……剣士になって、央都にある《公理教会》に行きたいと思います」

 

それを言った瞬間、周りにいた村人がざわめきだした。央都に行くのは相当大変なのだろうと、すぐさま感じ取ることができた。

だが、ラテンは村長から視線を外さない。本気なのだ。

村長はそんなラテンを見て迷いがないことを確認したのか、深くうなずくと口を開く。

 

「わかった。サイリスの長として、ラテンの新たなる天職を剣士と認める。望ならば村を出て、剣の腕を磨くがいいだろう」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラテンを含めて再びはしゃぎだした村人たちが家々へ帰るときには、午後十時を過ぎていた。

ラテンはマリンに連れられて、半ば雪崩込むようにベットに座り込む。

 

「ったく、飲みすぎよ。……まさか未成年じゃないわよね?」

 

「安心しろって。俺は未成年じゃない。―――おっ、さんきゅ」

 

マリンから水が入ったグラスを受け取ると、一気に飲み干した。初めて感じた酔った感覚もきれいさっぱり消え去る。

ラテンが大きく息を吐くと、タイミングを計ってたかのようにマリンが口を開いた。

 

「……ラテンは本当に央都に行く気なの?」

 

「ああ。なんだ、心配してくれてんのか?」

 

「ち、違うわよ!…ただ、央都までの道のりは危険だと思ったから……」

 

「心配してんじゃん」とラテンが茶化すとマリンが顔を真っ赤にしながらぎゃーぎゃーと喚き始めた。

ラテンは苦笑すると、何かを思い出したように立ち上がり、ベットに座っていたマリンの目の前にしゃがみこむ。そして、マリンの顔をじっと見つめ始めた。

 

「……な、なに?」

 

ラテンの行動にびっくりしたのか、マリンが少しばかり警戒する。しかし、ラテンはそんなことを気にせずマリンの左手を手に取った。内心でユウキに謝罪する。

そしてそのまま、マリンの手の甲に軽くキスをした。

顔を話すと顔を真っ赤にしているマリンと目が合う。

 

「な、何を……?」

 

「うーん。簡単に言えば《誓い》かもな。俺はこの村の人たちのために、そしてマリンのためにリリアを取り戻してくるよ。一時的だけど《服従》に近いかも。まあ、そういうことだ。俺はこの村に必ず戻ってくる。リリアと共にな。だから、安心して待っていてくれ」

 

マリンは自分の左手の甲を見ると、優しくさすりながら口を開いた。

 

「誓い……。―――わかった、待ってる。でも……」

 

「ん?」

 

「い、今のを……女の子の……く、く…ち……とかにしたら禁忌目録違反で整合騎士が飛んでくるからね。そんなみっともない掴まり方しないでよ」

 

ラテンは再び苦笑する。お酒を飲んでも整合騎士が来る気配がないのは、まだ未成年だとばれていない証拠だろう。

ラテンはマリンの頭を優しくなでる。

 

「俺は必ず戻ってくるよ。なんだって俺は……神速の剣帝なんだからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝は見事な快晴だった。

ラテンはマリンが作ってくれたお弁当を片手に、村の門の前に立っている。

 

「ラテン。これを持っていきなさい」

 

村長から渡されたのは小さなウエストバッグだった。中には昨日見つけた《始まりの原石》が入っている。

 

「はじまりの原石はお前が持ってるほうがいいだろう。もしかした……」

 

村長がいきなり黙るので、ラテンは首を傾げた。だが、そんなラテンにかまわず村長がラテンに一本の剣を渡す。

 

「強度はそんなに高くはないが一応持っていくといい。何が起こるかわからないからな」

 

「ありがとうございます、村長」

 

ラテンはお礼を言うと、村長の隣に立っていたマリンに顔を向けた。

 

「……行ってらっしゃい、ラテン」

 

「ああ。行ってくる」

 

ラテンは踵を返し、一番近い街《ザッカリア》への道を歩き出す。ラテンは決して振り向かなかった。そう。約束は必ず守ると言っているように。

 

 

 

 




すいません。ラテンの剣はもうしばらくかかりそうです。楽しみにしていた読者の皆様、申し訳ございません。
次はザッカリアの街です。
これからもこの作品をよろしくお願いします!


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第六話 ザッカリア剣術大会~①

「ふぁ~」

 

ラテンは大きなあくびをしながら目を覚ました。視界に映るのは今ではもう見慣れた茶色い天井。

まだ完全には開かない瞼を指でこすると、ベットから立ち上がり窓のカーテンを開けた。窓から入ってくる日差しが再びラテンを睡眠へと誘うがさすがのラテンも今日ばかりは二度寝する気にはならなかった。

 

「今日優勝すればザッカリア衛兵隊に入団できるんだよな。それから、央都に行く。案外簡単な方程式だな」

 

ラテンがサイリス村を出てもう五か月になる。長いようで短かった旅人暮らしだが、それも今日を境に大きく変わる。……変えるつもりだ。

 

ラテンがいるここノーランガルズ北帝国にはザッカリアという街がある。現実世界の街に比べるとそこまで大きくはないが、東西に千三百メル、南北に九百メルほどある。

 

そして、この街では年に一回、《ノーランガルズ北域剣術大会》が開催されるのだ。毎年五十人以上の参加者がいるらしく、そのうちのほぼ百%が故郷の村や町で《衛士》の天職を就いている者たちだ。だが例外もある。それがラテンだ。

 

ザッカリア衛兵隊への入隊が許されるのは、大会の東西ブロックを勝ち抜いた二名だけなので、ラテンは負けることが許されない。

 

「よし。んじゃあ、受付に行きますか」

 

ラテンは宿主が作り置きしておいてくれたサンドイッチのようなものを頬張ると、そそくさに宿から出ていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく歩いていると目の前にひときわ高い建物が見えてくる。ザッカリア最大の施設である《集会場》だ。城壁の縦横比をそのまま縮小した長方形の広場を、階段上の観覧席が取り巻いている。ここで、剣術大会が行われるのだ。

 

見物料は無料なだけあって、正午の開会までにはまだ一時間ほどあるというのに、会場の観覧席はびっしり人で埋め尽くされていた。こういうのが未経験な人ならばかなり緊張すると思うが、ラテンは対して緊張していなかった。

 

「実際、この何十倍くらいのプレイヤーに見られてたからな~」

 

二月中旬にALOで行われた統一デュエルトーナメント。その準優勝者であるラテンは決勝でALOのプレイヤーだけでなく、VRMMOのゲーマーのほとんどから見られているだけあって、この人数ならどうってことなかった。

 

仮設の長机で、口ひげをはやして暇そうにしている初老の衛兵の元へ歩いていき、出場権を貰うため口を開いた。

 

「すいません。登録お願いします」

 

衛兵はラテンを胡散臭そうに眺めると、咳払いを一つして口を開いた。

 

「大会に出るには、北域の町や村で衛士の天職に就いているか、ザッカリアで衛兵見習いの職にあるか、あるいは―――」

 

「その《あるいは》でお願いします」

 

ラテンは懐から羊皮紙の封筒を取り出すと衛士に受け渡した。

 

「なになに……ふむ、サイリス村長直筆の証書か。……なるほど、よかろう」

 

頷いた衛士は、卓上に置いてあった布張りの台帳を開くと、赤銅製のペンを差し出した。

 

「ここに名前と出身、剣技の流派を書きなさい」

 

流派。

その単語を聞いてラテンは少々迷っていた。もちろん大空天真流と書いてもいいのだが、名簿欄を見る限り漢字を使った流派は一つたりともない。

名簿欄に少しばかり目を泳がせていると、ある一つの流派と名前に視線が集中した。

 

名前 キリト/出身 ルーリッド村/流派 アインクラッド流

 

「ぶふっ!」

 

「ん、どうかしたかね?」

 

「あ、いえ、何でもありません」

 

名前はキリト。それだけなら同名の人がいたっておかしくはない。だが、ラテンの知っているキリトだということを決定づけるものがあった。それがアインクラッド流《アインクラッド》だ。それは三年前、デスゲームを経験した人しか知らない城の名前。

 

(キリトがこの世界にいるのか!?)

 

驚きよりも安堵感が大きかった。キリトがいるということは、少なからずこの世界は顔見知りの奴がいる、それだけでものすごく安心する。

だが、気になったのは、キリトの下に書かれている名前と出身、流派だ。

 

名前 ユージオ/出身 ルーリッド村/流派 アインクラッド流

 

聞き覚えのない名前だ。ラテンが知らないということは少なくともALOでのプレイヤーである可能性は低い。なぜならキリトが友達をたった一人にするはずがないからだ。必ずと言っていいほど二十二層のログハウスに連れてくるはずである。ラテンがたまたまいなかったという可能性もあるが、少なくとも一回は面識するはずである。

 

考えても仕方がない。変に時間をとれば衛士が不審に思うはずである。ラテンは渡されたペンを走らせた。

 

名前 ラテン/出身 サイリス村/流派 アインクラッド流

 

今のところ刀という武器が確認されていない以上、刀を主武器とする流儀よりも片手剣を主武器とする流儀のほうがいいはずだ。そして、キリトはソードスキルに似ているモノを確認しているはずだ。だからアインクラッドなのである。SAOきっての片手剣使いがこの流派ならば同じような技を使うラテンも同じ流派のほうが怪しまれない。

 

頼んだぞキリト、と思いながら台帳を衛士に渡すと衛士は「ふむ」と一言頷いて口を開いた。

 

「君もアインクラッド流か。どうやら本当にあるらしいな、新しい流派が」

 

ラテンはそのまま衛士から〖57〗という数字が刻印されている板を受け取った。

 

「十一時三十分には、会場の控室に入りなさい。最初にクジによって東組、西組に分けられる。試合用の剣もそこで貸与されるからの。十二時の鐘で、まずは予選じゃ。型の演舞で、一組が八人に絞られる。一番から十番までの型は事前に配布した要項の通りじゃが、大丈夫かな?」

 

「はい、大丈夫です」

 

「よろしい。続いて二時からが本番じゃ。八人が四人、二人、そして一人になるまで試合を行う。その一人……つまり東西で二人の勝者に、晴れてザッカリア衛兵の天職が与えられるというわけじゃな」

 

大会の内容はよーくわかったのだが、ラテンには一つ疑問があった。

 

「すいません。この大会、引き分けってあるんですが?」

 

「うーむ。基本はない。だが、何年か前に決勝で打ち合った剣が互いに折れ、試合続行不可能になり、結局その年は三人ザッカリア衛兵隊に入団したが、クラス10の剣といえど、そう簡単に折れはしないぞ」

 

「ありがとうございます。ちょっと気になりまして。気にしないでください」

 

ラテンはそそくさに衛士の前から離れる。

 

 

試合場控え室に着くときには、十一時半の鐘が鳴る直前だった。

慌てて空いたベンチのような椅子に座り込むと、そこへラテンと同じように遅れたのか慌てた様子でラテンの隣に二人、座り込んだ。

 

一人は亜麻色の髪に深緑の瞳。もう一人は漆黒の髪と瞳。ここらの地方は黒髪が珍しいらしく、同じ黒髪を持ったラテンはその少年と友好的に話せそうだと思った。

 

「すいません。隣座ります」

 

「ええ。いいで…す……よ?」

 

その少年とラテンが顔を見合わせた瞬間に、同時に固まった。亜麻色の少年が、固まった二人を不思議そうに思っていた。

 

「お、お前キリトか…?」

 

慎重に尋ねる。もし違った場合、多少失礼な態度になってしまうからだ。だが、その黒髪の少年はラテンの予想通りの反応を示す。

 

「あ、ああ。お前こそ、ラテンか?」

 

どこかで見たことのある光景だが、当然二人ともその時のことは忘れてしまっている。だが、そんなことはどうでもいい。この絶望の世界で親友とも呼べる人が目の前に現れたのだ。

 

「やっぱりあのキリトだよな?和人の方の」

 

「ああ、そうだ。お前こそ天理の方のラテンだよな」

 

「ああ」

 

二人は大きく安堵の息をもらす。亜麻色の髪の少年だけが状況を理解しきれていないらしい。とりあえずもうそろそろ組み分けが始まる。キリトはラテンに一言「後で事情を説明する」と言って、ラテンもそれに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

組み分けが終わると、ラテンはすぐさまキリトの元へ駆け寄る。

ラテンが引いたのは青い玉―――すなわち西ブロックだ。そして、何とも運が悪いことにキリトも西ブロックらしい。

 

「まーたお前と試合すんのかよ」

 

「それはこっちのセリフだ。まあ、今度は負けないけどな」

 

「次回は、の間違いだろ?」

 

お互いに茶化し合うがこれが普通だ。亜麻色の髪の少年―――ユージオはどうやらこの世界の住人らしい。ラテンが予想していた通りだ。それで、キリトとユージオは六年前に整合騎士に連れ去られた少女―――アリスを公理教会から取り戻すために、ここへやってきたらしい。まあ、おおむねラテンと二人の考えは同じだったからここで会ったのだとは思うが。

 

「しかし面倒なことになったな」

 

「ああ、本当だな」

 

厄介なことに、ザッカリア衛兵隊に入団できるのはこの大会の西ブロックと東ブロックの優勝者。つまり、二人だけだ。残念ながら、三人のうち一人は脱落することになる。その可能性が高いのはラテンとキリトだ。この二人が勝ち進んで行けば間違いなくどちらかが脱落する。

 

「まあ、俺は妥協する気はないぜ。マリンと約束したからな」

 

「俺だって勝たなきゃならない。でも、クラス10の片手剣じゃ、ソードスキルも限られてくる。簡単に言えば剣技量勝負だな」

 

「刀が使えなくて残念だぜ」

 

ラテンはこの世界に皮肉を言うが当然そんな言葉を受け取ってくれるはずもなく無残に宙に浮かぶだけである。

 

「そろそろ、時間だな。お互いにベストを尽くそうぜ。ユージオは絶対優勝しろよ?」

 

「わかってるよ。二人とも頑張って」

 

三人は控え室で指示されたように並び始める。そして、《時告げの鐘》が鳴った瞬間、それぞれの思いを胸に、試合会場に歩いていった。

 

 

 

 




ラテンの剣。デザインは考えたのですが、名前が……。
みなさんの期待を裏切らないような名前にしたいと思います。名前発表は当分先だと思いますが(笑)
これからもこの作品をよろしくお願いします!


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第七話 ザッカリア剣術大会~②

 

 

 

 ザッカリア教会の《時告げの鐘》が高らかに鳴ると同時に、観客席からひときわ大きな歓声が轟いた。

 

 拍手とケムリ草の破裂音が降り注ぐ中、五十七人の大会参加者は二列になって試合会場に歩いていく。途中で西ブロックの選手と東ブロックの選手に分かれ、舞台上に立った。

 

「これから、剣術大会を始める。ここに集まった勇敢な諸君よ。思う存分自らの力を振るいたまえ。諸君の活躍を心から祈っている」

 

 ザッカリアの現領主であるケルガム・ザッカライトが開会宣言をすると再び試合会場は大きな歓声に包まれる。

 

 大会本番といっても、今から行われるのは予選だ。くじで決まった順番通りに、東西で一人ずつ舞台に上がり指定された剣技の《型》を披露していく。

 

 ラテンはもともと剣道をやっていたため、型などは簡単に覚えることができた。だが、そこから東西合わせて十六人が選ばれ、トーナメント方式の勝ち抜き戦を行うのがこの大会の醍醐味であり、おそらく観客のほとんどはその勝ち抜き戦を楽しみにしている。つまり、予選である《型》の披露はこの大会を盛り上げるものの一部にすぎず、一番きれいな型でも本選で勝たなければ意味がないということだ。

 

 少しばかり型の順番を整理していると、ラテンの番号が呼び出される。緊張感のない足取りで舞台上に立つと、大きく一礼をする。そしてすぐさま支給された剣を抜剣した。

 一つ一つ、お手本通りにきっちりこなすと、ひときわ大きな歓声と拍手が会場に響き渡る。

手応え的には予選を通過できたような気がする。観覧席や審査員席にもう一度礼をすると舞台を降りた。

 

「さすがだな、ラテン。お前とは決勝で当たりそうな気がするぜ」

 

「……案外初戦かもしれないぜ?」

 

 キリトとラテン。この二人はまるでもう予選突破が決まったかのような口ぶりで一言かわした。

 予選はさらに一時間ほど続き、午後二時の鐘が鳴ると同時に終了した。選手が再び整列し、審査員の代表者が本戦出場者の名前と番号を読み上げていく。

ユージオもキリトもラテンも名前が呼ばれ、本選に進むことが許された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後三時の鐘が鳴るのと同時に、客席の一角に並ぶ楽団が勇壮な行進曲を響かせ、本選の開始を告げる。

 ラテン、キリト、ユージオの三人は待機所の椅子から勢いよく立ち上がると、お互いの拳をぶつけた。

 ここまで来たら、決勝に行くしかない。

 ラテンは一歩一歩踏みしめて、西の舞台に上がっていく。一人の衛兵が巨大な常用紙が貼られた立て板を審査員用天幕の隣に運び出した。そこには、勝ち抜き式本戦の組み合わせが汎用文字で記されている。

 

 ラテンは自分の名前とキリトの名前を確認した瞬間、少々安堵する。組み合わせ的に二人は決勝でしか当たらないのだ。

 本戦参加者が大きく一礼すると、一回戦の一試合目人物がその場に残る。もちろん、ラテンは第一試合なのでその場に残った。

 

 ラテンの第一試合の相手はなかなかの巨漢な男で、手に持っているクラス10の剣がオモチャに見えるのはラテンだけではないかもしれない。

 だが、剣技というのは体の大きさで勝敗が左右するものではない。多少は有利不利があるかもしれないが、その分は他で補えばいい。例えばラテンの場合、剣の威力が相手よりも弱かったときその剣を速く振れば加速分が威力に変わり、不利な状況を打破できる。

 ラテンは抜剣し剣尖を地面すれすれまで落とした。観覧席や審査員席から少しのどよめきが聞こえてくる。それもそうだ。ラテンの構え方は明らかに試合を放棄したかのようだったからだ。

 巨漢の男がふっと一瞬笑うと、剣を構える。審査員が「始めっ!」と叫んだ瞬間、巨漢の男が地を蹴った。

 

「やああああああ!!!」

 

 審査員が息をのむ。

もちろん奇襲による寸止めは、ルール違反ではない。あまり褒められた行為でもないが。

 巨漢の男がラテンと一メートルほどの距離に差し掛かった瞬間、笑みを浮かべる。それは勝利を確信する笑みだ。ラテンもそれを笑みで返す。

 巨漢の男の剣がラテンの元へ振り下ろされた瞬間、会場全体がシーンと静まり返るのがわかった。自分の命運がかかっているというのに、まだ始まっていない東ブロックの第一試合の選手たちも息をのんで見守っているのがわかる。

 

 剣が振り下ろされた。もっとも、寸止めをしなければいけないのがルールだが巨漢の男は寸止めをしなかった。いや。できなかった(、、、、、、)のだ。代わりに巨漢の 男の首筋に剣が向けられている。巨漢の男は持っていた剣を落とした。それと同時に、会場が少しのどよめきの後、大きな歓声と拍手に包まれる。審判の人はまだ何が起きたのか整理できていなかったようだ。

 

「審判の人。ジャッジお願いできますか?」

 

「えっ?あ、ああ。い、一回戦、勝者。サイリス村出身のラテン!」

 

 ラテンは一礼すると舞台を降りた。キリトの隣に並ぶとキリトが小声で声をかけてくる。

 

「お前、あいつを油断させて剣の軌道をわかりやすくするために、あんな風に構えただろ?」

 

「ご名答。最初から勝利を確信して油断してる奴なんて、俺にとっては朝飯前だ」

 

 

 それから二回戦が始まったが、ラテンはこれもあっさり勝ってしまうと三回戦、つまり決勝戦にコマを進めた。

 キリトの相手はというと二回戦に戦ったやつが不正をして、剣のランクが5も高い剣を使っていたようだが、その剣もキリトの二連撃技<スネークバイト>によっていとも簡単に折れてしまった。

 

(ランクが5も違うというのによくやるよな、あいつ)

 

 そして、三回戦。ラテンとキリトが対峙した。泣いても笑ってもこれでザッカリア衛兵隊に入る者が決まる。東ブロックはついさっき終わったようで、見事にユージオが東ブロックを制覇した。

 

「お前と戦うのはこれで二回目だな。まあ、今回も勝たせてもらうけど」

 

「悪いがそれはできないぜ。今回は片手剣勝負だからな」

 

「いっとけ」

 

 ラテンがふっと笑うと抜剣し今度はしっかりと構える。少しでも油断していたら、負けるからだ。それはキリトも思っていたのか、キリトもALOの時とまったく同じように構える。

 

 会場全体が息をのんだ。審査員たちもこの試合の結果が気になるようで、腰が少しばかり浮いている。

 審判が二人の顔を見て、準備が整ったと察したのか大きく息を吸った。

 

「西ブロック決勝戦、始め!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人は同時に地を蹴ると剣を振るう。ラテンは斜め上から、キリトは斜め下から振った剣は空中でぶつかり合い、火花と共に甲高い金属音が会場に鳴り響いた。

 

 ラテンは右回りをし、回転の勢いを使って水平切りをする。キリトに勝つ方法。それは、寸止めみたいな遊びのような方法ではダメだ。相手に当てるつもりで剣を振るわなければならない。それこそ、キリトの持っている剣が吹き飛ぶほどに。

 

 キリトはその斬撃を力いっぱい受け止めると、そのまま鍔迫り合いに持ち出した。ラテンとキリトの剣からキリキリと金属がこすれ合う音が聞こえてくる。

 

「……さすがに今のじゃ無理か」

 

「惜しかったけど、なっ!」

 

 キリトが思い切り押し出し、体勢が崩れたラテンに斬りかかる。ラテンはそれを防御しながら反撃のチャンスをうかがっていた。二人がソードスキルを使わないのは、二人が持っている剣では連撃数が多い大技を出せないということと、お互いにレベルが低いソードスキルに関しては軌道がわかっているということがあるからだ。

 

 もはや、型を使った攻防がしばらく変わらないセオリーのような戦い方ではなく、剣士同士あるいは騎士同士が戦場で戦っているようだった。観客はこんなハイレベルな戦いを待ち望んでいたのか、歓声が今までにないくらい大きくなっていく。

 審査員も衛士ではない二人がここまでの試合をするとは思っていなく、固唾をのんで見守っていた。

 

「しかし、片手剣しか使っちゃいけないなんて。……ルールを変えてほしいぜまったく」

 

「鞘を使う気か?残念ながら、今の俺達には鞘なんてないぜ?」

 

 大会のルールには支給された片手剣以外は使ってはならないと書いてある。そこで疑問に思うのは<鞘は武器に含まれるのか>ということだ。もし仮に鞘が武器にカウントされないのであればラテンは思う存分鞘を有効活用しただろう。まあ、鞘が武器なのか武器ではないかという以前に、鞘なんて支給さえされていないから考えても無駄なのだが……。

 

 ラテンは思い切り押し返すと、大きくバックステップをとった。二人とも上がり切った呼吸を整える。

 

 このまま続けば間違いなく負けるのはラテンだ。もちろん速さではラテンが優っている。だが、反応速度ではキリトの方が上だ。それでお互いの長所が相殺されるとなると

勝敗を決するのは剣の技術になる。もっと砕いて言うと<片手剣の技術>だ。

 

 これが刀の技術ならラテンが勝っているはずだ。なぜならキリトは一回も刀を使ったことがないからだ。しかし、今のラテンが片手剣のスペシャリストともいえるキリトと互角に戦えるのは、持ち前の速さもそうだが、少なからず片手剣を使ったことがあるからである。

 

 だがそれは長く続くほどラテンが不利になってくる。なぜなら、完全には慣れていない片手剣の攻撃選択数は限られているからである。攻撃範囲はその武器を熟知し、使いこなすほど広がってくる。その結果、たくさんの攻撃パターンが生まれるのだ。その範囲が狭いラテンは、剣を交わすほどクセを見抜かれ反撃される。キリトというプレイヤーはそういうプレイヤーなのだ。相手のくせがわかった瞬間ほど、自分が有利に立ったという気持ちにならないだろう。まあ、ユウキのようにゲーム内の限界スピードを超えるような、ありえない反応速度を持つプレイヤーは例外だが。

 

 結論を言うと、反撃覚悟で多少望みがあるソードスキルを使うということしか勝ち目がないということだ。

 

「……しょーがないか」

 

「………!」

 

 キリトはラテンが何をやろうとしているのか理解したらしい。目で「こいよ」と誘っている。ラテンは少々イラッときたが、「見てろよ」と言っているかのような視線をキリトに向ける。キリトが笑みを浮かべると、ラテンもそれを返すように笑みを浮かべた。

 会場の歓声が途切れた瞬間、二人は同時に地を蹴る。

 

「「うおおおおおお!!!!」」

 

 ラテンの剣が緑色の光を放つ。片手剣突進技<ソニックリープ>。

 同時にキリトの剣が水色の光を放った。片手剣突進技<レイジスパイク>。

 

 力の量はほぼ同じでも、力の伝え方はキリトの方がうまい。すなわちキリトはラテンの剣をはじいて、そのままとどめを刺すつもりだ。

 だが、ラテンもそう簡単に負けるわけにはいかない。振り下ろされる剣の柄にそっと左手を添える。両手になるだけでも、威力違ってくるだろう。

 

 緑の閃光と水色の閃光。観客も審査員も、そして審判までもがこの戦いの結末を固唾をのんで見守っていた。

 ラテンとキリトの剣がぶつかる。キィン!!という澄んだ音が、試合会場の壁を越えてザッカリア市街の隅々まで届かんばかりに響き渡った。

 

 ラテンとキリトがほぼ同時にお互いの体に寸止めで剣を止める。だが、二人の剣は鍔から十センチほどしかない。二人が目を見開くのと同時に、二つの剣の刀身が地面に突き刺さった。そう。二人の技に剣が耐え切れず、折れてしまったのだ。

 

 会場がシーンと静まり返る。審判もそれを見た瞬間どうジャッジすればいいか、困っているようだ。観客にどよめきが走る。折れたのはほぼ同時。その差を見られるものは、それこそ神だけだろう。

 ラテンもキリトもとりあえず剣を下ろし、審査員の方へ視線を向けている。

ここまで来たら、後は運任せかもしれない。

 ラテンはふとそう思ってしまう。審査員たちは真剣に話していると、ついに何かを決めたように、二人に顔を向ける。すると、ザッカリア現領主であるケルガム・ザッカライトが大きく息を吸い込み、口を開いた。

 

「ザッカリアの民よ、並びにここに来てくださった皆様。ただいまの試合結果を発表します。ただいまの試合は大変異例ですが、引き分けとさせていただきます。このことに関しては前例があるため、西ブロック決勝で戦った二人は同時優勝にさせていただき、今年ザッカリア衛兵隊に配属されるのは、ルーリッド村のユージオ、同じくルーリッド村のキリト、そしてサイリス村のラテンの三人とさせていただきます!」

 

 領主が言い終えると会場中から盛大な拍手と歓声が響き渡った。口笛もいくつか聞こえてくる。

 

「……まあ、今回はちゃんとした剣でやってたら俺の負けかもな」

 

「そうか?お前最後、反撃する気満々だったじゃん」

 

「あれははじかれなかったからだよっと」

 

 二人は拳をぶつけ合う。結果は引き分けに終わったが、これで二人、ユージオを入れた三人はザッカリア衛兵隊に入団できる。

 

 神様は俺達に味方してくれたんだろうか、と不覚にも思ってしまう。

 

 

 

ラテンやキリト、そしてユージオの三人の物語はまだまだ続いていく。

 

 

 

 

 

 






なんか最後、最終回っぽい終わり方になってしまいましたが、全然最終回ではありません(笑)

まあ簡単に言えば節目ですかね?

意見や感想があったらどんどんください!待ってます!


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第八話 帝立修剣学院

 

 

この世界に迷い込んでからすでに二年が経過していた。そして今。央都に上がって帝立修剣学院の門を叩いてから、ちょうど一年目である。

 

 長かったようであっという間の日々だったが、ふと振り返ると少々呆然としてしまう。何せ二年といえば、かの浮遊城アインクラッドで過ごしていた時間とほぼ同じなのだから。

 

 しかし幸いなのかどうかは知らないが、キリトが言うには《フラクトライト加速機能》によって行われている倍率は、実に1000倍率と推測されるらしい。これを現実世界の時間に換算すると、十八時間ほどだ。つまり、現実世界の大空天理の身体ではまだ、一日もたっていないのである。

 

 おそらく失踪状態である天理の身体が、まだそう長くないと考えると幸いといえば幸いになるのかもしれない。

 だが、当然<失踪中>の身であるため、学校の友人ならともかく家族や木綿季が心配しているはずだ。ただ、木綿季はじっと待っている性格ではないことが確かなので、無茶なことをしないか逆に心配になってくる。

 いろんなところを走り回っている木綿季を思い浮かべると、いち早くこの世界を脱出しなければならないのだが、そう簡単にはいかない。

 そう。この世界の法律は絶対であり、上に行くにはそれ相応の鍛錬をしなければならないのだ。

 

 

 

「……一年間の成果を見せてもらおう」

 

静かな声でそう告げるのは、紫色基調でカスタマイズしたコートのような学院の制服を隙なく着こなし、長い黒い髪をゴムでしばっている上級生、つまりラテンの《先輩》だ。

 

「後悔はしないでくださいね?」

 

 ラテンは腰から練習用の木剣を引き抜く。木剣と言ってもただの木剣ではない。それは最上級素材の白金樫を磨き上げたもので、金属のような光沢があるランク20の、簡単に言えば<片手剣>だ。

 この一年間。片手剣を使い続けた結果、一年半前のザッカリアで行われた剣術大会よりも技術がものすごく上達したような気がする。まあ、刀の技術ほどではないが。

 

 ラテンが最も基本である中段に構えると、目の前の剣士が剣を抜いた。彼の名前は、アルセルド・バーステル。ノーランガルス帝国貴族の嫡子にして帝立修剣学院上級修剣士三席だ。そして同時にラテンが《傍付き》をしている人である。

 

 普段は物静かな性格で何をしても決して表情を崩さない機械のような人物だが、キリトを《傍付き》にしている、ソルティリーナ・セルルト先輩曰く、酒が入るとまるで別人のように豹変するらしい。本人は気づいていないみたいだが…。

 

 アル先輩はやや変則的な構えをする。左半身を前に突き出し、左腕を首の高さほどにあげ相手に向け、剣を持つ右手は、同じく首の高さまで持っていき、体と水平になるように剣尖を相手に向ける。簡単に言えば、るろうに剣心で出てくる斎藤一みたいな構え方だ。

 

「……お前とやるのはこれで最後か」

 

「寂しくなったらいつでも帰ってきていいですよ?」

 

 軽い冗談を言うがアル先輩は表情を崩さない。相変わらずお堅い人だ。

 

 二人の呼吸が完璧に一致する。その瞬間同時に地を蹴った。

 学院で《バーステルの申し子》と言われるほどの完璧な型で戦うアル先輩には、こざかしいフェイントなんて効果がない。一気に駆けると下段から飛び上がるように剣を振るう。

 

 実技訓練でこんな技を使ったら間違いなく反省文を書かされることになるが、この場にはラテンとキリト、そしてアル先輩とリーナ先輩しかいないためそんなことにはならない。

 

 ラテンの一撃をアル先輩は木剣でしなやかに受け流す。ラテン自身、結構力を入れていたつもりなのだが、さすがはアル先輩。見事に威力を消し去った。そしてすぐさま水平切りを行う。

 アル先輩が主に使っている《バーステル流戦闘術》は、ラテンが知っている大空天真流に似ていて、主にカウンターを極意としている。身体全てを使って威力を吸収し、その勢いを使ってカウンターをする。

 

 ラテンはアル先輩の剣が迫る瞬間に、これでもかというぐらいにしゃがみそれを避けると、左下から再び斬り上げる。それをバックステップで回避されると、そのまま立ち上がり剣を水平にして構えた。

 

「アル先輩。別に本気でかかって来ても構わないですよ?」

 

「……いいだろう。最後だからな」

 

 ラテンが挑発するとアル先輩の眉がピクリと動き、静かな声でそれに答えた。そして、左手で何かの文字を書き始める。そこから発生した光の結晶が瞬く間に形を形成した。それは、鋭い刃がついたブーメランだ。まっすぐに伸ばすと、一メートル以上にも及ぶものである。しかも驚くべきことにこのブーメランは曲っている部分に鎖が収納されており、遠距離、中距離、近距離のどの場合でも戦うことができるものだ。ラテン自身、これを使う先輩を見るのはこれで三回目だ。だが、一度たりとも稽古で使われたことはない。いや、ラテンぐらいなら使わなくてもよかったのかもしれない。

 とはいえ、それを使うということはラテンは少なからず、本気に近い先輩と戦うことができる。

 

 ラテンは一呼吸置くと地を蹴った。上段から剣を振り下ろすがアル先輩はそれを右手で防ぎ、左回りに回転しながら遠心力を使ってブーメランで横に振りまわす。だが、ラテンはそれを読んでいた。

 足に力を集中させて、地面と平行に回転しながらジャンプしそれをかわすと、その勢いを使って剣を振り下ろす。アル先輩は腰を入れて剣でそれを受け止めると、金属質の衝撃音が周りに響き渡り、その衝撃で周りに風が発生した。ラテンはそのまま鍔迫り合いに持ち込む。

 

 押しているのはあくまでラテンの方なのだが、アル先輩も表情はいつも通り涼やかだ。少しでも気を抜くと押し返されてしまいそうだ。

 

 

(仕掛けられる前に仕掛ける!)

 

 ラテンは剣を思い切り押し出すと、右手に意識を集中させた。ラテンの思いにこたえるかのように、剣が水色の光を放つ。

アインクラッド流(、、、、、、、、)二連撃<バーチカルアーク>。

 対するアル先輩は、剣に何かを唱え掛け剣はそれに答えるように紫色の光を放つ。

バーステル流秘奥義<紫尖雷花>。

 アル先輩は地を蹴る瞬間にブーメランをラテンへ投げ込んだ。ラテンは体の姿勢を低くしてそれをかわすと思い切り地を蹴った。

 水色の閃光がアル先輩を襲う。だが、初撃の軌道は読まれていたようで、それをかわされるとラテンの二撃目は秘奥義によって相殺された。だが、ここで終わったわけではない。<バーチカルアーク>は、SAOの時と同じように硬直時間が少ないため直ぐ動けるようになる。しかし、それはアル先輩にとっても同じだ。そして、はじかれた反発はラテンの方が大きい。つまり、次の斬撃が先に届くのはアル先輩の方だ。だが、残念ながら、はじかれた剣での防御は間に合わない。なら、何を使うって?簡単なことだ。

 

「ふっ!」

 

カァン!

 

 その音が鳴るとともに、ラテンは初めてアル先輩が目を見開いたところを見た。その目は「なぜ?」と物語っているようにも見える。

 

 ラテンがしたこと。それは<鞘で防御した>ということだ。いつも機械のように表情を崩さないアル先輩が目を見開く、つまり驚いたということはよっぽど珍しいことなのだろう。おそらくこの学園、いや、この世界にいる剣士や騎士は鞘を剣を収納する道具としてしか見ていないようだ。

 だから鞘で防ぐという行為に驚いたのだろう。まあラテンはALO時代に散々鞘を有効利用しているため、違和感は一ミリもない。

 

「やああああ!!!」

 

 ラテンの剣が水色の光を放つ。アインクラッド流単発攻撃<スラント>。

 鞘で防いでいた片方の剣に、思い切り叩きつける。その衝撃でアル先輩の手から片手剣が吹き飛んだ。

 

(勝った!)

 

 ラテンがそう思った。それもそうだ。相手の剣を弾き飛ばしたら、相手はもう戦うすべがなくなる。そうなれば、一方的に攻撃が可能だ。まあ、それは相手が一刀流(、、、)だった場合の話しだが。

 

 ラテンがアル先輩へ顔を向けると、視界に映ったのはアル先輩の顔ではなくラテンの顔に向けられた、ブーメランの刃だった。

 

「……成長はしたな。最後のはあまかったが」

 

「ちぇ。行けたと思ったんですけどね」

 

 両手をあげて降参を訴えるようなポーズをすると、向けられていた剣が離れていった。アル先輩がふっ飛ばされた剣を回収すると、再び座っているラテンの元へ戻った。

 

「……ラテン。お前は俺にまだ何かを隠しているだろう?」

 

「……え?いったい何のことですか?」

 

 ラテンは一瞬目を見開くがすぐに平常心を取り戻し、まるで知らないことのように受け答える。だが、アル先輩の瞳は揺るがなかった。

 

「お前が見せた《アインクラッド流》。素晴らしい剣術だと俺は思う。だが、お前にはその剣術があっていない。お前には別のアインクラッド流を凌駕するような剣術(、、、、、、、、、、、、、、、、、、)を持っているような気がする。その証拠にさっきの鞘を使った戦法だ。あんなのは見たことがない。あの動きと一年間見てきたアインクラッド流は明らかに一致しない。どうだ、これでもとぼけるのか?」

 

 やはりアル先輩の洞察力と頭の回転の速さはすごい。思わず感服してしまうほどだ。ラテンは大きく息を吐くと、渋々口を開く。

 

「はい。俺は先輩に隠していることがあります。もっとも、剣術に関してですが」

 

「やはり、か。わかった、それだけで十分だ」

 

「え、見せろとか言わないんですか?」

 

「お前は一年間何を見てきた。俺がそういうやつに見えるのか?」

 

「……いえ、見えないです」

 

 アル先輩が珍しく、ほんとーに珍しくふっと笑うと修練場を後にした。キリトの方へ顔を向けると、伸びているキリトの顔を覗き見るリーナ先輩の姿がある。ラテンは苦笑しながら立ち上がると、二人の元へ歩き出した。

 

「まーた。派手にやりましたね、リーナ先輩?」

 

「お望みなら、お前にもやらないことはないが」

 

「ひでっ!?……それよりもう戻ります?門限からすでに三十分近くたっていますが」

 

「ああ、そうするとしよう。キリトを頼んだぞ」

 

「了解です」

 

 リーナ先輩は踵を返すと、そのまま立ち去った。本当にAIなのかと思うほどの人間性と美貌を持った女性である。そんな彼女の傍付きに選ばれたキリトをうらやましく思うが、それがユウキに知られたら何をされるかわからないので口には出さないようにしている。まあ、ラテンはユウキ一筋だから、ほかの女性に転ぶことはないだろう。

 

「おーい、キリト。帰るぞ」

 

「……ん、あ?なんだラテンか。あれ、リーナ先輩は?」

 

「帰ったよ。門限から三十分近くたっているからな」

 

「マジで?……まあいいか。どうせ遅れてんなら急ぐ必要ねえし」

 

「俺もそう思う」

 

 二人は立ち上がり、修練場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




文字が多い割に、短くなってしまいましたね(笑)

ちなみに、原作での三席であるゴルゴロッソ・バルトーさんは四席にさせてもらいました。

リーナ先輩ってきれいですよね(笑)
キリトも観察者?が頭をつつかなかったらキスしてたかもしれないほどですし(笑)

ラテンの剣についてはもう少し後になると思います。
これからもよろしくお願いします!


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第九話 懐かしい黒の剣士

遅くなりましたが、

㊗お気に入り二百人&UA40000突破!

皆さん本当にありがとうございます!
まさか、ここまで読んでくださっている読者様方がいるとは……感激です!(笑)
そして、この祝い事に何もやらないわけにはいかないので、今回、初めてツイッターのアカウントを作りました!
詳細はエンジのページで(笑)

ちなみに、お気に入り件数三百件突破したら、エンジが想像するラテンを描きたいと思っています。ですが、読者様方が想像するラテンとエンジが想像するラテンの容姿は異なると思います。(特に髪形など)。
ですので、エンジが描いたラテンの容姿は一つの解釈として受け取っていただければ幸いです。まあ、まだ描くとは決まっていませんが(笑)

それで、またまた重大?発表があります。
ふと、この作品を読み返してみたのですがエンジは気づいてしまいました。
〖SAO編とALO編のできがあまりにもひどい〗ということに……。
なので、アリシゼーション編がひと段落したら、もう一度書き直したいと思っています。その時は、もう一度投稿させていただく形になりますので、どうか一目読んでいただければ幸いです。

長い前置きになってしまいましたが、これからもこの作品をよろしくお願いします!



「見ろぃ、この有様を!」

 

 という濁声とともに、ラテン、キリト、ユージオの目の前にガランガランと音を立てて四角い石板がいくつも投げ出された。黒くきめ細かいそれは、東帝国特産の砥石らしいが、すべて厚さ二センチ以下にまですり減っていてもう使えそうになかった。

 

 アル先輩との特別稽古から一日経っている。そして三人が今いるのは、ここら周辺ナンバーワンと自称している《サードレ金細工店》だ。店内には、金属を素材とする実用品から装飾品、はては武具までが所狭しと陳列されている。その中には刀のようなものもある。この世界には刀という概念がないと思っていたが、どうやらあったらしい。まあ、この央都《セントリア》内や、《帝立修剣学院》内では一目たりとも見かけたことがないので、人気はなさそうだ。

 

「この黒煉岩(こくれんがん)の砥石は三年使えるはずが、たった一年で六つも全損してしまったわい!」

 

「は、はあ……ほんと、すいません……」

 

「《ギガスシダー》の枝ってそんなに硬いのかよ…」

 

「硬いなんてもんじゃないわい!もはや鉄の塊じゃ」

 

 皆さんはここで少々疑問を抱くだろう。それは、細工師と鍛冶師の違い。違うところを簡単に言うと使う道具の差だ。鍛冶師は、炉と鉄床(かなとこ)、金槌を使って金属素材から売り物を作る。つまり、リズベットがやっていたことに該当する。対して細工師は、ノミやキリ、ヤスリを使う。一言で説明すると、叩いて作るか削って作るかの違いだ。

 

 以前キリトと共にこのサードレのおっさんに聞いたことがある。それは『同じ剣を作るなら一つに統一したほうがいいのでは』ということだ。それに対しておっさんは『同じ鉄を使っても出来が違うんじゃい』と唸った。

 どうやら、まったく同じ金属素材を使っても、そこから剣を削るのと、炉で熱して叩きだすのとでは、炉を使ったほうが優先度(プライオリティ)、すなわち剣のランクが高くなるようだ。

 

「そ、それで……剣は、できたんですか?」

 

 どこまでも続きそうなサードレの文句を遮るようにキリトは口を開いた。

 キリトはこのおっさんにギガスシダーの最上部の枝を一年前に渡したのだ。その時のサードレの顔は今でも鮮明に覚えている。

 キリトに渡されたギガスシダーの枝を五分間絶句し、じっくり五分間検分してからこう言ったのだ。

 

――――一年くれ。一年かければ、この枝はとんでもない剣になる。

――――整合騎士の帯びる神器すら超えるほどの、な。

 

 整合騎士が持っている神器。それはユージオが持っているクラス45の《青薔薇の剣》のように、優先度すなわちランクがものすごく高い武器のことだ。そのほとんどが、クラス40を超えているらしい。

 

 サードレが、ふんっと鼻息を鳴らして身をかがめた。カウンターの下から両手を使って取り出したのは、細長い布包みだ。逞しい体に力を込め、気合を入れて持ちあげる。

 ごとん!といかにも重そうな音を立ててカウンターにおかれたそれから、サードレは直ぐには手を離さなかった。

 

「若いの。まだ、研ぎ代の話をしとらんかったな」

 

「ウッ」

 

 キリトは声を詰まらせた。もちろんキリトがこの場にお金を持ってきていないわけはないのだが、こいつは安息日ごとに街へ出て買い食いなどをしているので、相当な量は持っていないはずだ。少なくとも工期丸一年+高級砥石6個分は持っていないはずだ。

 ラテンもユージオもこんな状況が起こりかねないと思って多少は持ってきているが、ここまでとは予想していなく、正直足りるかわからない。

 

「なあユージオ。お前、どれくらい持ってる?」

 

「結構持ってきてるけど、ここまでとは思わなかったよ。ラテンは?」

 

「俺も結構持ってきてるけど、正直に言っちまうと3人合わせても足りない気がする」

 

「……僕もそう思うよ」

 

 キリトがラテンとユージオに顔を向けて、何かを訴えかけているようだ。残念ながら、その何かは二人には分からないのだが。

 

「―――――――タダにしといてやらんでもない」

 

 たっぷりの間を取ってからサードレがそう言ったので、3人は盛大に安堵のため息をつこうとした。だが、その直前に「ただし」と続けられる。

 

「……ただし、若いの。お前さんが、この化け物を振れるなら、じゃ。素材の段階でとんでもなく重たかったこいつを、北の果てからセントリアまで運んできたんじゃから見込みはあろうが、……しかし、言っておくぞ。こいつ、剣として完成した途端、またひときわ重くなりよった。鍛冶師や細工師は、このテラリア神の加護で、どんな上等な剣でも運ぶことだけはできるはずなんじゃが……儂としても、一メル持ち上げるのが精一杯じゃ」

 

「………化け物、ですか」

 

 キリトは大きく息を吸い、長く吐いてから、左手を包みに伸ばした。布ごと掴み、カウンター上で直立させる。布は緩く巻いてあったのか、立たせただけで上半分がずり落ち、柄が露わになった。

 柄頭はシンプルな錘型で、握りには細く切った革が密に巻かれている。柄全体がまるでギガスシダーの枝のように漆黒で、少々透明感を持っている。巻き革も艶のある黒。

 その先の刀身を呑み込む鞘も、同じく黒革仕上げだ。キリトは右手を伸ばすと、5本の指を一本ずつゆっくり握りに巻き付けた。キリトは少々何かを思い出しているようだったが、何かを決心したように黒革の鞘から一気に抜き放つ。

 

 じゃりいぃぃん!と重い音が店内に響き渡る。キリトはその剣の切っ先を天に向けると、りぃん、と微かに刀身が鳴った。

 

「おお!」

 

「わあ……!」

 

「む………」

 

 キリト以外の3人が密かに声を漏らす。キリトは剣に見入っているようだった。

 その剣の全長は、かつてのキリトの相棒エリュシデータと全く同じように見える。まあ、キリトが寸法を頼んだのでそれは当然だが。

 柄と一体構造の刀身は、同じく深い黒に染まる。しかし、やはりわずかに透明感があり、窓から差し込む陽光を内部から取り込んで、角度によっては淡い金色を呈する。形状は一目見て解るような片手用直剣だが、幅はユージオが持つ青薔薇の剣よりも広めに見える。

 

「………そいつを振れるかね」

 

 サードレが低く声を発した。

 キリトはちらりと店内を見渡すと、客がいないことを確かめたのか、体の向きを変え、長いカウンターと並行してたった。前方には5メートル以上の空間があり、試し振りをするなら十分のはずだ。

 ラテンがキリトの構えを見入る。その姿は、あの浮遊城アインクラッドでの黒の剣士と謳われていたキリトに酷似していた。

 

(もともと、こいつには黒い剣が似合うのかもしれない)

 

 そう思っているとキリトが右足を出した。

 

「シッ……!」

 

 黒い光が一直線に走り、少し遅れて空気を切り裂く音がビュウッち響き渡る。切っ先は床板の寸前で止まったが、空撃ちの威力が放射状に拡散し、床をみしっと鳴らす。

 ラテンとユージオは、二人に顔を向けたキリトに拍手と歓声を浴びせる。一方サードレは自分が持つだけで精一杯の剣を、キリトが軽々振り切ったのに少々嫉妬したのか激しく鼻息を噴出させた。

 

「ふん。……学院のひよっこ練士が、そいつを振りよったか」

 

「いい剣です」

 

 キリトがそれ以上の言葉は人ようないというつもりで答えると、サードレはここでようやくニヤリと笑った。

 

「当たり前じゃい。黒煉岩の砥石6個じゃぞ。……だがまあ、研ぎ代はいらん、出世したら細工師サードレの作と広めてくりゃそれでいいわい。そいつはたった今からお前さんのモンだ」

 

「……本当に、ありがとうございました」

 

 ぺこりとキリトが頭を下げると二人もそれに続く。サードレは二秒ばかりじっと黒い剣に視線を注いでいたが、すぐにもう一度笑った。

 

「銘はお前さんが考えるんじゃぞ。ウチの店の看板でもあるんじゃから、妙な名前をつけんでくれよ」

 

「うっ……」

 

 キリトが少々言葉を詰まらせた。おそらくネーミングセンスが自分にはないと思っているのだろう。ラテンがキリトだけに聞こえるように小声で口を開く。

 

「……お前、エリュシデータ、なんてつけたら茅場さんに著作権で訴えられるぞ」

 

「つ、つけねぇよ……たぶん」

 

 たぶんかい!と突っ込みたくなったが、これ以上小声で話していると二人に怪しまれるため、口を紡いだ。

 

 三人は再び頭を下げると、戸口に向けて数歩歩きだす。

 しかし、そこでいきなり、背後からグワラーン!と盛大な金属音が聞こえ、思わず軽く飛び上がる。振り向くと、サードレが両目を丸くして西の壁を眺めている。

 視線をたどった先にあるものは中心から真っ二つに断ち割られ、右半分を床に落下させた売り物のバックラーだった。

 

「……オレハカネモッテナイヨ?」

 

「アッ。ボクモダッタ」

 

「……お前ら、見損なったぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ①、商店の売り物を意図して壊したなら禁忌目録違反。

 ②、意図せざる事故によって壊し、弁償しなかった場合もやがり禁忌目録違反。

 ③、②の状況で店主が許してくれた場合のみ、違反にならない。

 

 よくわからないが、こういうことらしい。普通は店内の売り物を壊したら、弁償するのが当たり前だが、キリトは③の選択肢で何とか生き延びた。

 

「……ただの試し振りで奥義使ってんじゃねえよ」

 

「いやいや。俺はソー……奥義を使ったつもりはないんだけどなー」

 

「いいや、僕は見たよキリト。ラテンも見たよね?振り下ろした瞬間に、刀身がちょっとだけ光ったもの。僕がまだ知らないアインクラッド流の奥義としか思えないよ!」

 

「う、うーん……アインクラッド流に、そんな技はなかったと思うけどなあ……」

 

「確かに、見たことはないな」

 

 そんなことを言い合いしていると、不意に甘いにおいが鼻腔に飛び込み、脳天を直撃する。どうやら、いつの間にか食材市場に到達していたようだ。ここに着いたということはほぼ間違いなくあいつが反応するに違いない。

 

「………なあ、ラテン、ユージオ。盾の弁償金もだけど、こいつの研ぎ賃も、タダにして貰えてよかったな」

 

「お前は運が良かったんだよ。そう何度も続くもんじゃないぜ、こんなことは」

 

「わ、わかってるよ。……それよりさ、せっかくお金も浮いたことだし、三つずつくらいならいいよな?」

 

「二つにしとこうよ……」

 

「ああ。二つだな」

 

 三人は進路を左斜め前方へと変更し、ちょうど店先のお持ち帰りコーナーに焼き立ての蜂蜜パイの並べ始めたお姉さんへと歩き出した。キリトは駆けていったが。

 

 

 

 

 

 




今回はキリトがメインの回でしたね。
さあ、ラテンの剣はどうなるのか……。楽しみにしていてください。
ちなみに、刀は存在はしているもののあまり使われていない設定にしました。その理由は作中に出てくると思いますのでしばしお待ちを。


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第十話 上級修剣士主席殿

「はあ。俺も自分専用の剣がほしいなあ~」

 

 ゴルゴロッソ先輩の部屋に行くというユージオと別れ、キリトと二人きりになったラテンはふとそんなことを呟いた。

 

「……でもお前、刀の方が明らかに数倍強いじゃんか。片手剣なんて作ってどうすんだよ」

 

「おいおい、この世界じゃ刀は全然流行ってないんだぜ?高くてもせいぜいクラス20ぐらいだろ」

 

 そう。この世界では刀は流行っていない。まあ、これはラテン独自の解釈なのだがこの結論に至ったのはこの央都《セントリア》で、刀らしきものを持っている人がいなかったからだ。この央都セントリアには、四大帝国からたくさんの優秀な剣の使い手が集まってくる。その中に、刀を持った者がいないということは、たとえ地方にそれがあったとしてもそれを使った流派は上へあがれていないことが想像できる。それを決定づけるような出来事も先日にあった。

 

 いつものようにアル先輩との稽古の時間。その休憩時間に、アル先輩、リーナ先輩、ゴルゴロッソ先輩という上級修剣士三人が集まったところで聞いてみたのだ。『何故、刀はあまり使われていないのですか』と。答えは案外簡単なようで受け入れがたいものだった。

 

 まず、『刀は刀身が細すぎて第一印象が弱そう』。これはゴルゴロッソ先輩の意見だ。次に、『体重移動や力の伝え方が難しい』。これはリーナ先輩の意見だ。最後にアル先輩の意見。『全体的に強度が低いため、奥義技で叩き折られる可能性がある』というものだ。

 まあ百歩譲ってリーナ先輩とアル先輩の意見は許そう。だが、ゴルゴロッソ先輩の意見には思わず反論しそうになる。まあ、初等練士であるラテンがどうこう言おうと、この世界が見る刀の印象が変わるわけではないのだが。

 

 

 

 しばらく歩いていると初等練士寮の事務室にたどり着いた。キリトはここで私物の剣の許可をとるために来たのだ。ラテンの場合は暇だったからついてきたというものだが。

 

 安息日ゆえにさすがにカウンターに出てはいないものの、ドアを開けっ放しにしたまま書類仕事をしていたアズリカ女史は、キリトの高速ノックに顔をあげるとブルーグレーの瞳を一度瞬かせた。

 

「どうしましたか、キリト初等練士、ラテン初等練士」

 

「失礼します。……私物の剣の持ち込みの許可を頂に来ました」

 

「俺はその付き添いです」

 

 軽く頭を下げ、戸口を潜ると、ちらりと部屋を見渡す。壁には革装のファイルがぎっしりと詰め込んだ棚がいくつも並んでいるのに、机と椅子は一つだけ。つまり、生徒一学年百二十名が起居する初等練士寮の管理運営を、この女性が一人でこなしているわけだ。

 

 女史はキリトとラテンの言葉に小首をかしげたが、すぐに立ち上がると、棚一面のファイル群から迷わず一つ抜き出した。中に入っていた常用紙を一枚取り出し、キリトの目の前に滑らせる。

 

「それに必要事項を記入しなさい」

 

「は、ハイ」

 

 キリトは渡された紙を見下ろす。ラテンも一目見ておこうとキリトの隣から覗き込んだ。記入欄はいたってシンプルで、名前と生徒番号、剣の優先度を書く欄しかない。 

 

 慣れた手つきでそれを書いていくとキリトは途中でいきなりペンを停止させる。いきなりどうしたと思いながらラテンはそれをのぞき込むと、剣の優先度だけが空欄になっていた。おそらくまだ見ていなかったのだろう、と思いながらキリトを見守る。

 

 いそいそと背中から麻布包みを下ろして机に横たえ、結んでいた革紐を一つ解いた。たちまち黒い柄が出現し、キリトはそれに触れようとした瞬間、

 

「………!」

 

 鋭く息をのむような音がしたので、二人は顔を上げる。すると、冷静沈着なアズリカ女史が、珍しく両目を大きく見開いている。

 

「あ、あの……どうかしましたか?」

 

 キリトが声をかけると、女史は数回瞬きをしてから「いいえ」とかぶり振る。それ以上何も言う様子がないので、キリトは右手の指二本でモーション・コマンドを入力。剣の柄頭をタップすると、鈴の音のようなサウンドと共にプロパティ・ウインドウが浮かび上がった。

 表示されている優先度は―――〖Class 46〗。

 ラテンは一瞬息をのむ。なんとキリトの剣は、神器である青薔薇の剣よりもさらに一ランク上の武器だったのだ。

 

(まあだいたい予想はしていたけどな)

 

 キリトは数字を書き写し、剣を元通り包んで、完成した書類を差し出す。アズリカ女史は、ゆっくり視線を卓上の剣から書類へと移し、受け取ったその内容に見入る。きっと見つめているのは46の数字だろう。

 

「キリト練士」

 

「は、はい」

 

「あなたには……その剣の記憶が………」

 

 だが、そこで言葉が途切れる。アズリカ女史はしばし瞼を閉じ、ぱちっと開いたときにはもう、いつもの顔に戻っている。

 

「……なんでもありません。保有申請は受け付けました。言うまでもないことですが、実剣の使用は個人的な鍛錬に限り認めます。検定試合、集団稽古等では絶対に用いないこと、いいですね?」

 

「はい!」

 

 キリトは勢いよく返事をし、黒い剣の包みを背負い直してから、出ていこうとする。ラテンもそれに続こうとするがアズリカ女史が「ラテン練士。少し話があります」と言ったので、キリトを先に行かせて事務室に残った。

 

「どうしたんですか?」

 

「前々から気になってたのですが、あなたのその腰にある小さいバックの中には何が入っているのですか?……そこから不思議な力を感じます」

 

「えーっと、このことですかね?」

 

 ラテンはウエストバックから歪な形をした石、《始まりの原石》を取り出して、アズリカ女史に手渡す。相変わらず真っ黒い石であり、特に変化はない。

 アズリカ女史はそれをじっと見渡すと、「これは?」と尋ねてくる。

 

「これは、サイリス村の近くにあった洞窟で取ったものです。《始まりの原石》って言われているらしいですけど……知っていますか?」

 

「……いえ、聞いたことはありません」

 

「そうですか」

 

 ラテンはアズリカ女史から始まりの原石を受け取ると、再びウエストバックにしまい込んだ。女史はしばらく何かを考えている様子だ。てっきり、この帝立修剣学院の先生であるお方なので《始まりの原石》という名前くらいは知っていると思ったのだが、ギガスシダ同様地方の特色のあるものは、ここでは知名度が低いらしい。アズリカ女史が再び口を開く。

 

「……ラテン練士。その石からは何かとても大きな力を感じます。そう。この世界中枢のような特別な力が」

 

 アズリカ女史はそこで口を閉ざした。その続きを言うべきかどうか迷っているようにも見える。やがて、何かを決めたかのように口を開いた。

 

「その石は、あなたの思いにリンクしているのかもしれません。あなたの思いが大きければ大きいほどその石はあなたに答えてくれるでしょう。どうか、肌に離さず持っていなさい」

 

「りょ、了解です」

 

 ラテンはそう言うと、ウエストバックに視線を向ける。そういえば、感情が高ぶる度にウエストバックの中がほのかに光っていたような気もする。

 アズリカ女史に大きく一礼すると、事務室から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(俺自身の思い、か)

 

 ラテンは先ほどアズリカ女史が言っていたことを思い返す。サイリス村の村長から持っていけと言われてなんとなく持ってきた石なのだが、まさかそんな不思議な力を持っているなんて思いもよらなかった。

 

 なんとなく自分の部屋に戻る気にはなれず気が向くままに歩いていると、ふと剣を振るう音が聞こえたような気がした。気のせいかと思いながら歩を進めると、その音は一層確かなものへとなっていく。

 

「こんなところで誰が自主練してんだ?」

 

 音がする方向に歩いていく。ここは学園敷地の端っこだ。安息日にもかかわらずこんなところで自主練しているなんて熱血だな、と思いながら音がする空き地に視線を向ける。そこにいたのは……

 

「……なんだよ、キリトかよ」

 

「え?……ラテンか。もうお説教は終わったのか?」

 

「お説教なんてされてねえよ。てか問題児は俺よりお前の方だろ?」

 

 お互いに冗談を言い合う。ラテンがキリトに近づいていくと、呼吸が少々荒いことに気付く。音からしてわかっていたが、どうやらここで試し振りのようなことをしていたみたいだ。

 

「……四連撃まではできたか?」

 

「ああ、できた。次は五連撃に挑戦するつもりだ。……振ってみるか?」

 

「……んじゃあ、一振りだけ」

 

 ラテンがキリトから剣を受け取る。だが、その瞬間ラテンに異変が訪れた。

 

「お、おい。大丈夫か?」

 

「か、体が勝手に……!」

 

 そう。体が勝手に動き出した、いや、腰にある何かが暴れだしたと言ったほうが正しいのかもしれない。

 ラテンは自分の腰に引っ張られる形で振り回される。それは、「手に持っているモノを離せ」と言わんばかりに暴れ続ける。

 

「くそ…なんだこれ、……え、ちょ――――ぐはっ!」

 

 ラテンは派手にすっころぶ。その衝撃で手に持っていた剣が地面をえぐりながら放された。その剣が離れると同時に、腰の何かが急に大人しくなる。

 

「いててて」

 

「……お前、一度病院に見てもらったほうが」

 

「お前に冗談抜きで心配されるとは……少々寒気がするわ」

 

「ひでっ!?」

 

 キリトが地面に投げ出された剣を拾い上げ「ごめんな」と一言謝っている。だが、それと同時にキリトの身体が固まった。ラテンは急に停止したキリトを怪訝に思いながら、キリトが向けている視線をたどる。そして、ラテンも固まる。

 

 その先にいたのは薄い色の金髪を短く刈り込み、パールホワイトにコバルトブルーのラインが入った服を着ているこの学院の生徒だ。そして、その生徒を知らない者はこの学院にいないだろう。上級修剣士主席、《ウォロ・リーバンテイン》の名を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「申し訳ありません、リーバンテイン修剣士殿!我が非礼、伏して謝罪いたします!」」

 

 ラテンとキリトはリーバンテインの姿を見た瞬間、最大級の恭順を表す行為―――DOGEZAで叫んだ。

 

「お前らは確か、バーステル修剣士とセルルト修剣士の傍付きだったな」

 

 リーバンテインは落ち着いた声でそう告げる。ラテンとキリトはおそるおそる顔を上げると最初に視線が移ったのは、胸に付いた泥の塊だ。もちろん、これは先ほどラテンが行った行為で起こったものだ。

 

「はい。ラテン初等練士です」

 

「同じくキリト初等練士です」

 

「そうか」

 

 修剣士は草の上に横たえられた黒い剣をちらりと一瞥すると、深みのあるテノールで滑らかに続けた。

 

「学院則に照らせば、上級生の制服に泥を投げつけるなど、十分に懲罰権行使の対象となる逸礼行為だが……」

 

 げっ、と思わず声に出しそうになる。  

 《懲罰権》とは、全校生徒を導く立場にあるとされる上級剣士のみが持つ、教官代行権のようなものだ。軽微な学院則違反を意図せずやらかしてしまった生徒に自分の判断で適切なオシオキを科すことができる。ラテン自身も最初のころ、アル先輩の部屋へ行くのが遅れてしまってせいで、腕立て伏せ150回もやらされてしまった経験がある。

 

「―――しかし、安息日にまでひと目に隠れて剣の稽古をするという、その姿勢は嫌いではない。《安息日の稽古》それ自体が学院則違反であるという事実はさて措いても、な」

 

 うぐっ。

 リーバンテイン修剣士の言葉は着実とラテンの心に突き刺さる。確かに、そうだ。それを認めてしまうと懲罰権発動の可能性が高まる。

 キリトがおそらく最小限の悪あがきをしようと口を開こうとしたが、ラテンが目でそれを制し口を開く。

 

「主席殿。罪はすべて自分にあります。キリト初等練士の剣を自分が振りたいと頼みまして、振ってしまったのです。キリト初等練士には何の罪もございません」

 

「そうか。先ほども言った通りその姿勢は嫌いではない。剣の腕がなくてもな。よかろう。安息日に剣を握っていたことは不問にいたす」

 

「寛大なご処置、ありがとうございま……」

 

 そこまで言いかけてラテンは疑問に思った。

(安息日に剣を握っていたこと?それじゃあ……)

 残念ながらラテンの予想していたことが的中してしまった。

 

「礼を言うには早いぞ、ラテン練士」

 

「は、はい」

 

「私は確かに、安息日に剣を握っていたことは不問に付すと言った。しかし、こちらまでは許すとは言っていない」

 

「で、ですがさきほど主席は『その姿勢は嫌いではない』と仰って……」

 

「ああ、嫌いではないよ。だから、修剣士寮の掃除などの懲罰は科さない」

 

 ラテンは少々安堵する。しかし、指先で泥のかけらを弾き落としながら、この金髪ボウズ野郎はとんでもないことを言った。

 

「ラテン練士。お前への懲罰は、私と立ち会い一本だ。どんな剣でも使うことを許そう。先ほどは派手にすっ転んでいたが、バーステル修剣士が傍付きにするほどの者だ、実力は確かだろう」

 

「……ほ、本気でおっしゃってるのですか?」

 

「ああ、本気だ。だが、ここでは少々狭いな。安息日なら大修練場が空いているだろう。そこに場所を移そう」

 

「………はい」

 

 筆頭修剣士がくるりと身を翻すと、ラテンは思い切り項垂れる。そこへキリトが声をかけた。

 

「お前、なんで俺をかばったんだ?」

 

「かばったんじゃねえよ。もともと俺の所為だからな。お前に迷惑かけるわけにはいかないんだよ」

 

「ラテン……」

 

 キリトは立ち上がると黒い剣を差し出してきた。ラテンは黒い剣とキリトの顔を交互に見ながら首を傾げる。

 

「これを使ってくれ。あいつが持っていたのは優先度が高そうだった。生半可な剣じゃ叩き折られるのが落ちだ」

 

「……いいや、いいよ。今おれができる最大限のことをやるさ」

 

 キリトにふっと笑うとリーバンテイン修剣士の後を歩いていく。キリトはしばらく呆然としていたが、はっと我に返るとラテンの後を慌てて追いかけた。

 

(……こいつにああは言ったけど、どうすっかな)

 

 かっこいいこと言っときながら、何も考えていないラテンであった。

 

 

 

 




はい。
ラテンがキリトの罪?を全部かぶりました。はたしてラテンはウォロさん相手にどう戦うのか、楽しみにしていてください。

まあ、大半の読者様はどう戦うかは気づいたかもしれませんが(笑)


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第十一話 ラテンの思い。そして……

 森を出て、石敷きの歩道に合流すると同時に、午後四時の鐘が鳴った。

 空はいつの間にか夕焼けの色を帯び、キャンパスにも市街から戻ってきた生徒たちの姿が散見される。そして、その生徒たちはラテンとキリトの先を行く上級修剣士主席、ウォロ・リーバンテインを視認すると目を丸くする。

 

 まあその原因はおそらく、この金髪ボウズ頭が滅多に専用寮から姿を現さなかったからだろう。実際、上級修剣士三席の傍付きであるラテンですら、お目にかかれたのは四回の検定試合だけだ。そんな、伝説めいた存在の人物と話を、もとい試合をできるなんて、ある者にとってはものすごく光栄に思うのかもしれないが生憎ラテンはそのような感情が一切ない。むしろ、罰ゲームだ。まあ、懲罰的な意味合いからしたら罰ゲームなのかもしれないが。

 

「……お前、本当にどうすんだよ。私用の剣なんて持ってないだろ?」

 

「ああ、そんなもん俺はもってn……待てよ?確か、一年前にサードレのおっさんからタダでもらったような気が……」

 

「タダ?……優先度大丈夫なのか?その剣」

 

「うーん。飾り用って言われてたから申請はしてなかったけど……武器は武器だしなぁ」

 

「……木剣よりも高いことを祈るんだな」

 

「俺はそれより、アズリカ女史に見つかって怒られる方が何倍も起こってほしくないけどな」

 

 ラテンが軽口をたたくとキリトは思わず苦笑した。それもそうだ。この男は学院最強であるウォロ・リーバンテイン上級修剣士とこれから立ち合いをするというのに、それとは関係ないことを危惧しているのだ。唖然か苦笑するのが一般的な反応だ。そうしている間にラテンはすいすいと歩き出すと、前を歩くウォロ・リーバンテインに口を開く。

 

「……リーバンテイン修剣士殿。申し訳ありませんが、立ち合い用の剣を寮へ取りに行ってもよろしいでしょうか?無論、すぐに戻ってきます」

 

「よかろう。私は大修練場で待っている」

 

「ありがとうございます」

 

 ラテンは自室へ走って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サードレが言っていた装飾品であるその剣は、飾りがたくさんつけられていて金色に光っているいかにも高級そうな剣、ではなく、どこからどう見ても普通の剣にしか見えない形をしている。

 

(一年前の俺、こんな剣を単なる装飾品だと思ってたのかよ。どっからどう見ても武器そのものだろ!?)

 

 自室から引き返し、大修練場へと急いでいたラテンはふとそんなことを思っていた。そして、試合の流れを脳内でシュミレーションしてみる。

 

 あの金髪ボウズ頭が腰に携えていた剣はざっとクラス30前後、もしくは30後半だろう。対してラテンが持っている剣は、さっき確認したところ、クラス18ジャストだ。クラス20近い時点でただの装飾品ではないことが、理解できるが今はそこに突っ込んでもしょうがない。

  

 話がずれてしまったが、つまりラテンが言いたいのは、剣の技術がどうこう以前に『剣の性能の差が大きすぎる』ということだ。そういうところは気合で何とかなる、とよく言うかもしれないが、いざ立ち会ってみれば叩き折られるのが現実だ。それに加え、リーバンテイン修剣士は恐るべき剛剣の使い手。こんな装飾品程度の剣が何十本あったて、ポ〇キーを食べるときの音のようにポキポキと折られるはずだ。

 

「……俺って、ほんと運がないな。まあ、今回は俺の所為かもしれないけど」

 

 正確に言うとウエストバックに入っているモノの所為だ。なんか、「おれじゃなくて、おれの腕が勝手に動いたんだ~」みたいな、小学生じみた言い訳のように聞こえるが、実際に本当のことだ。ウエストバックに入っていたものが勝手に暴れはじめたのである。それは、キリトの剣を手に取った瞬間から放すまで野獣のように。

 

「ウエストバックの中身って……《始まりの原石》しかないよな…」

 

 そこから考えるとやはりアズリカ女史が言っていたように、ラテンの意志や想いと《始まりの原石》がリンクのようなものをしているのかもしれない。まあ、今はそんなことはどうでもいい。

 

「……そういえばこの装飾品の剣を握っても、何も反応しないな。……クラスが高い武器だと暴れるのか?」

 

  

 

 

 

 

 しばらく走っていると、大修練場の入り口に到着した。ここまでで、すでに十分以上たっているため、早いとこリーバンテイン修剣士がいるところに行かなければならない。ラテンは荒れた息を整えると再び走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 修剣学院大修練場。その形を簡単に説明するなら、体育館だ。床は磨き上げられた白板張りで、材を黒っぽいものに変えてある正方形の試合場が四面取られている。周囲には階段状の観覧席が設けられ、最大イベントである修剣士検定トーナメントの際には、全生徒・教員合わせて二百六十人を収容できるだけのキャンパシティがある。その中に、詰めかけている生徒は五十人以上いると予想される。そして、何故か教官も三人ほど来ており、その中にはアズリカ女史の姿もあった。

 試合場の、一階の入り口の前で、キリトにユージオ、アル先輩にリーナ先輩がラテンをずっと待っていたかのように立っていた。

 

「どうしたんですか、みんなして」

 

「ラテン。……俺はお前を信じる。それ以上は何も言わない」

 

「へぇ、意外ですね。アル先輩が他人を心配するなんて」

 

「………今回だけだ」

 

 そう言って、アル先輩はこの場を離れていった。その姿が消えるまで見送った後、再び三人に顔を向ける。

 

「ラテン。あいつの剣術はまさに剛剣の如く力強い。まともに受けたら……わかっているよな?」

 

「まあ、大体想像つきますけど……」

 

 正直想像したくはない。自分が真っ二つにされるところなんて。

 

「ねぇ、ラテン。今ならまだ間に合うんじゃないかな。寸止め(・・・)で」

 

「…心配してくれるのはありがたいけど、ぶっちゃけると俺が懲罰を受ける方だからな。そこらへんの判断は、リーバンテイン修剣士に任せるよ。……大丈夫だ、俺を信じろって」

 

 ユージオはまだ納得がいかない様子だったが、こくりと頷いた。どうも、最終決戦に臨む兵士の言葉みたいになってしまったが、気にしてはいない。

 ラテンは三人を見渡すと「行ってきます」と言って試合場に入っていく。キリトは最後まで何も言わなかったが、向けられた視線には「信じてるぞ」という言葉が込められているような気がした。

   

 

 

 

 

 

 

 

 ウォロ・リーバンテインと改めて対峙してみるとものすごい迫力が感じられる。さすがは、上級修剣士主席と言うべきだろうか、彼の身体の隅々から闘争心が一気に沸き立つ。

 

 ラテンが腰に携えていた剣を抜き取ると中段に構える。一方リーバンテイン修剣士が左腰から剣を抜き取ると、周囲の生徒たちが「おおっ」と、感嘆の声が漏れる。今更、初めて見るものでもないのに、と突っ込みたくなるが今はこっちに集中するためあらゆる雑念を振り払う。

 

「おやおや、やはり辺境の地から来た者はろくな剣を持ってはいませんなぁライオス殿!」

 

「そう言ってやるな、ウンベール。傍付き殿は忙しくて、ろくな剣も買えないのだろうさ」

 

 観覧席で小声を装いながらも十分周りに聞こえるボリュームで叫び、ライオスが皮肉で返す。その言葉を聞いた周囲の貴族出身生徒たちから失笑上がった。

 毎度毎度嫌な奴らだ、と思ったのもつかの間、それはリーバンテイン修剣士がゆっくりと剣を動かし始めた途端、一気に静まり返る。

 

 立ち合い審判はいないので、お互いの呼吸があった瞬間に試合が始まる。会場が静寂に包まれた瞬間、二人は同時に地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおおおおおお!!!」

 

 ラテンは下段から跳ね上がるように斬撃を繰り出し、そのまま斜め上から斬り下ろす。だが、リーバンテインは一撃目を難なく防ぐとバックステップをし、二撃目をかわすとそのまま攻勢にでた。すぐさま防御態勢をとるが、剛剣と言われるほどの斬撃がラテンに襲い掛かる。

 

(お…も……い…!)

 

 その一撃一撃が、かつてエクスキャリバーをとるために行ったスリュムヘイムの王であるスリュムの拳と同等にも思える。そう思うのは、リーバンテイン修剣士のたゆまない努力の結果か、はたまた剣の性能の差か、あるいはその両方か。それを決定づける理由はラテンにはわからない。だが、ただ一つ確証できる。

 

(この人は……強い…!)

 

「くっ……!」

 

 猛威を振るう斬撃はとどまることを知らない。リーバンテインの剣が振り下ろされたところではあまりの剣圧なのか、風がいくつも発生する。ラテンはそれを何度も防御するが、あまりの威力の斬撃のため右腕がしびれてくる。

 

(このままでは確実に押し切られる……!)

 

 どうにかこの状況を打破しなければならない。だが、反撃できる隙は微塵もない。周囲の生徒や教官たちはすでにラテンの負けだ、と思っているはずだ。だが、ここでみすみす押し切られるわけにもいかない。

 

(くそっ。どうすれば……!)

 

 自分の敗北が濃厚だと感じていく中、ふと腰にあるものが動いた気がした。それは、おそらく《始まりの原石》が起こしたことかもしれない。だが、ラテンはそれを思うよりも早く自分に反撃のチャンスがあることを悟った。

 

 リーバンテインが上段から剣を振り下ろしてくる瞬間、ラテンの左手はとっさに動く。そして、何かを掴みそれを斬撃の軌道に合わせた。

 たちまち、ギャァァン!という音が試合場に響き渡る。それはラテンの目の前にあるものが引き起こしたものだ。

 ラテンの視界に映るもの。それは鞘だ。しかし、その鞘にはリーバンテインの斬撃を耐えきれるほどの耐久値、すなわち天命がない。それでも、わずかな時間を稼ぐことができる。そのわずかな時間はラテンにとってとてもありがたいものだった。

 

 体をとっさにひねり、リーバンテインの斬撃をかわすとラテンも反撃に出るため、水平切りを仕掛ける。だが、リーバンテインの斬撃を受け続けたことによる反動で、普段の速さの半分ほどしか出せていなかった。その結果、リーバンテインに大きくバックステップされ、見事にかわされてしまう。そのまま、両者は対峙した。

 

「その剣でよくぞ私の斬撃を耐えきったな」

 

「………」

 

 斬撃を一時停止させたものの、正直に言ってさきほどと状況が変わっていない。ラテンが不利なのは誰が見ても明らかだった。剣の性能においても。剣の技術においても。

 だが、その試合を終わらせるかのごとくリーバンテインは大上段の構えを完成させる。その構えはラテンもに三度見たことがある。奥義《天山烈波》……別名、両手剣単発重突進技《アバランシュ》。だが、おそらくあの世界の威力よりも数段上だ。

 ラテンができること。いや。ラテンが今持っている剣ができることは、単発技で相殺することだ。もちろん無理だとはわかっている。しかし、何もやらないよりかはましだ。

 

(俺は、整合騎士になってリリアを取り戻すって約束したんだ……!)

 

 ラテンがソードスキル……この世界では奥義と呼ばれるそれのモーションに入る。この剣の優先度ではせいぜい二連撃が限界だ。

 

(だが、単発技を正確に当てれば……)

 

 一%の期待と九十九%の確信をもって、ラテンは思い切り地を蹴る。剣が水色の光を放った。

 片手剣突進技<レイジスパイク>。

 対するリーバンテインも地を蹴る。手に持っているバスタード・ソードの刀身が赤金色に輝いた。

 

「うおおおおおおお!!!!」

 

「………カァァッ!!」

 

 二つの光が空中で交差する。その瞬間、カァァァァン!という音と共にラテンの剣が砕け散った。もちろん、九十九%の確信が当たっただけだ。驚くことはない。

 しかし、ラテンがバスタード・ソードの柄に近い部分に、レイジスパイクを当てたため、軌道がずれ、斬撃がラテンを襲うことはなかった。代わりに、真隣で振り下ろされたため、その衝撃で後ろへ吹き飛ぶ。

 

「くっ……」

 

 ラテンは再び立ち上がろうとするが、体が言うことを聞かない。心なしか観覧席から笑い声が聞こえてくるような気がした。だが、試合はまだ終わっていない。この立ち合いは先に一本取った者が勝ち(、、、、、、、、、、、)というルールだ。すなわち、まだ一本を取られていない以上負けたわけではない。剣が砕け散った今、負けは確定だが。

 

(くそっ。俺は…俺は……!)

 

 リーバンテインが近づいてくる音が嫌でも耳に入る。わずかに瞼を開くと、さきほどの衝撃でウエストバックが壊れたのか、《始まりの原石》が放り出されていた。ラテンはそれに手を伸ばす。

 

(俺は……リリアを……マリンとの約束を……)

 

 今のラテンは決して弱いわけではない。その証拠に上級修剣士の傍付きに選ばれている。だがどうだろう。整合騎士になるほどの力を持っているのだろうか。

 

 もちろん、上級生に敗れることはどの世界においてもほぼセオリーと言ってもいいだろう。しかも、それが校内一位ならばなおさらだ。だがこの世界、ラテンとキリトが連れてこられた仮想世界では、ウォロリーバンテインよりも強い剣士が手に余るほどいるはずだ。そんな剣士と競り合って、果たして整合騎士になれるのか。少なくともラテンにはあと、一年ある。しかし、ラテンと同じようにそんな剣豪たちにも一年が与えられる。そんな中、ラテンは一角を出すことができるのだろうか。今のままではできないだろう。そう。今のラテンと、片手剣では。

 

(頼む…。俺に……力を………!?)

 

 ラテンはそこで気が付く。今の自分が望んでいることを。

 

(力…は欲しい。自分のためでなく、他人のために。今泣いている人たちを救うために……!)

 

「うおぉぉぉ」

 

 声にならない声を出しながら、必死に手を伸ばす。リーバンテインが近づいてくる。おそらく、もうすぐそばにいるだろう。だが、あきらめない。リリアを救うために、ここであきらめるわけにはいかない。

 

 ラテンは最後の力を振り絞り、《始まりの原石》に手を伸ばす。その途中でアズリカ女史の言葉が脳裏をよぎる。

 

―――あなたの思いが大きければ大きいほどその石はあなたに答えてくれるでしょう。

 

 

 

(頼む……!答えてくれ!)

 

 必死の思いで《始まりの原石》掴んだ瞬間、ラテンの中で何かがはじける。そして、左手で掴まれた《始まりの原石》が目映い光を放射させた。

 

「……!?」

 

 リーバンテインが大きくバックステップをとる。そして、大きく目を見開いた。帰ろうとしていた生徒も足を止め、光を凝視している。教官たちは思わず腰を上げた。

 

 ラテンに掴まれていた《始まりの原石》が光を放ちながら<形>を形成していく。そして、その光の粒がはじけるのと同時にラテンの姿が露わになった。先ほどまでのダメージが無くなったのか、左手に持った剣を前に突き出しながら立っていた。いや、剣といったら誤解を招くだろう。ラテンが持っているそれは、まさしく刀だった。

 

 鞘は黒をベースに所々銀で装飾されている。そこから見える刀の柄は、トランプのダイヤの形をした金色の目貫(めぬき)に黒い柄巻(つかまき)鮫革(さめがわ)が巻かれている。銀色の頭には、赤い十文字が刻まれていた。そして…

 

「……これで終わりだ」

 

 恐ろしくトーンの低い声でラテンは言い放った。今までとは格が違う威圧感にリーバンテインは再び目を見開いたが、すぐさまふっと笑う。

 

「そのようだ」

 

 リーバンテインが再び《天山烈波》の構えをとる。それに対して、ラテンは刀を後ろに移動させ、右半身を前に突き出す。抜刀術の構えだ。

 ラテンの右手が銃の照準を合わせるがごとく、リーバンテインに突き出される。そして、二人の呼吸が合った瞬間、同時に地を蹴った。観覧席にいる全員が息をのむ。

 

 リーバンテインの剣が赤金色に包まれながらラテンに振り下ろされる。それの刀身に向かってラテンは刀を抜き放った。

 旧・大空天真流(たいくうてんしんりゅう)抜刀術《天照雷閃(てんしょうらいせん)》。

 雷の如く高速で刀が抜き放たれると、リーバンテインが持っていたバスタード・ソードを吹き飛ばした。だが、リーバンテインはその剣を放してはいない。しかし、遅い。

 

「ぐおォォォ!」

 

 リーバンテインの呻き声と同時に、抜き放たれた刀がリーバンテインの首筋に突き付けられた。

 その刀の刀身の部分は金色に輝き、銀色の刃と(むね)(峰)がその周りを取り囲んでいる。金色の刀身の部分には、エメラルドグリーンの神聖文字が刻まれていてほのかに光を出していた。その文字は左右で異なっているように見える。

 

 観覧席の生徒が息をのむと、そこから一人……アズリカ女史が鋭い声を出した。

 

「そこまで!!」

 

 リーバンテインが声のした方向へ顔を向ける。ラテンは耳を傾けてはいるが視線はリーバンテインに向けられたままだ。だが、刀は降ろされていた。

 

「あの方の裁定ならば、従わないわけにはいくまい」

 

「………何故だ?」

 

「あのお方は、七年前の四帝国統一大会に於ける、ノーランガルス北帝国第一代表剣士だからだ」

 

「………!」

 

 ラテンは今度こそ、アズリカ女史の方へ顔を向ける。その視線は依然とこちらに向かれたままだ。

 

(………仕方がない)

 

 ラテンは刀を鞘に戻す。ウォロ・リーバンテインからは先ほどまで滲ませていた闘気が感じられない。それどころか、修行僧っぽい顔で軽く頷いた。

 

「ラテン練士の懲罰はこれにて終了する。今後は、誰かに泥を跳ね飛ばさぬように気を付けることだ」

 

 口を閉じると同時に剣を納め、身を翻す。白と青の制服姿が悠然とフロアを横切り、出入り口から外へと消えた瞬間に、うわあっ、という大歓声と拍手が大修練場いっぱいに響き渡った。

 

 だが、それを最後にラテンの意識が完全に途切れた。

 

 

 

 




ぬわあああああああああ!!!。

……なんか無理やり感ありましたね。しかも、何故か最後の決戦みたいになっているし(笑)

そんなわけで、ラテンの剣が登場しました。正確には刀ですが(笑)

ラテンが今回使った旧・大空天真流については後ほど作中に書きたいと思いますので、楽しみ? にしていてください。
そして、ラテンに起こった異変。SAO編にもありましたね。アリシゼーション編ではこのモードに入ると、性格が変わるようにしています。詳細は次話に載せますので、これからもよろしくお願いします!



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第十二話 ラテンの刀

更新遅れてすいませんでした。新学期になると、いろいろ忙しくなってきて小説にはあまり手をつけられませんでした。定期投稿はもうしばらくかかると思いますので、ご了承ください。m(_ _)m





 目を開けると視界に映ったのは見たことのない空間だった。辺りを見渡すと、地面が水になっている。それ以外何もない。

 

「ここは……どこだ?」

 

 もちろんラテンの問いに答えてくれる者はいない。仕方なく歩いていると、不意に後ろに何かが出現する気配が感じられた。とっさに後ろを振り向くと、そこにいたのは刀だった。正確に言うとラテンの刀だ。

 警戒しながらその刀に近づいていくと、透明感のある高い声が耳に入りこんだ。

 

『お前がおれっちの主か?』

 

「……へっ?」

 

 声の主を探すためにもう一度辺りを見渡すが、相変わらず何もない。ということはラテンの前にいる刀がしゃべったということになる。

 

「……お前はだれだ?」

 

『……はあ、これだから素人は。おれっちはお前の武器だ。正確に言うとお前の武器になったものだ』

 

「お前が俺の……武器?」

 

『そうだ。ところでお前の名前はなんだ?』

 

「お、おれ?俺の名前は……ラテンだ」

 

 一瞬現実世界の名前を出そうかと思ったが、おそらくここはゲームの中なので、プレイヤーネームの方がいいだろう。だが、信じられるだろうか。目の前にあるさっきまで自分の手にあった武器がいきなりしゃべりだすなんてことを。

 

『じゃあ話を進めるぞ。ここは―――』

 

「ちょ、ちょっと待って。なんで俺がこんなところにお前と一緒にいるんだ?というか、さっき結構失礼なことを言われた気がするんだけど」

 

『気にするな。というかそのお前お前って言うの止めろ。おれっちにはちゃんとした名前がある。』

 

「ふーん。なんていうんだ?」

 

『おれっちの名前は……』

 

「………」

 

『………』

 

「………」

 

『……ジョージ二十三世』

 

「無理しなくていいよ!?というかジョージ二十三世て。かっこいいのを考えてたつもりなのかもしれないけど、全然かっこよくないよ!?」

 

 

 目の前にいるこいつはラテンと同じくバカなのかもしれない。案外気が合いそうな気がしないでもないラテンであった。

 

『う、うるしゃい!い、今のはあだ名だ!おれっちにはもっとこうかっこいい名前が』

 

 ジョージ二十三世があだ名の時点で突っ込みたいのだが、このままでは延々に続くだろう。早く本題に入らなければならない。

 

「わ、わかったって。そんなことよりここは一体どこなんだ?」

 

『…ここはおれっちの精神世界だ』

 

「精神世界?」

 

『そうだ。この場にはおれっちとお前しかいない』

 

「さっきも聞いたけど、なんで俺がお前とここにいるんだ?」

 

『お前の耳は節穴か?それはおれっちの主がお前に決まったからだって』

 

「ほかの武器もこんなことできるのか?」

 

『いやできない。おれっちとお前が特別なだけ』

 

「なんで俺が選ばれたんだよ」

 

『創世の神ステイシア様が選んだんだ。何故かは知らないけど』

 

「ここの世界ってゲームの中だよね?」

 

『げーむ?なんだそれ。おいしいのか?』

 

「人によってはおいしいだろうな」

 

 なんとか誤魔化した。それにしても、一つわかったことがある。それは、目の前にいるこいつがこの世界をゲームの中だと認識していない、すなわちゲームの仕様である可能性が高い。ならば、ラテンは運が良かったのかもしれない。

 

「なあ、お前を知っている人っているのか?」

 

『おれっちのことを知っているのはステイシア様とお前だけだ。ほかの人間はおれっちのことは知らない』

 

 ラテンとステイシア様しか知らない。つまり、この世界の管理者はこの武器を知らないということになる。となると、ステイシア様がこの世界の管理者なのか。だが、ステイシア様はこの世界の住人にとっての神で、存在するかどうかも怪しい。まったく、訳が分からない。だが、

 

(考えても仕方がない、か)

 

「なあ、とりあえず俺をここから出してくれ」

 

『わかった。……でもこれだけは言っておくぞ。ステイシア様はお前を選んだ。おれっちもだ。しかし、もしもおれっちにとってお前が主として相応しくないと思えば、おれっちはお前を見捨てるからな』

 

「……了解」

 

『じゃあ、またな』

 

 ラテンは渋々了解すると、透明感のある高い声が返された。そしてそれと同時にラテンの視界が白に染まっていく。それが、すべてを覆い尽くすとラテンの視界が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ン……」

 

「ラ…ン…!」

 

「ラテン!」

 

「うわっ!?」

 

「ぐふぉ!」

 

 慌てて頭をあげると同時におでこに鋭い痛みが発生する。思わず両手で押さえると、隣で同じく両手でおでこをおさえて悶絶している黒髪の少年が視界に映った。それに加え、その隣から安堵の声が聞こえる。

 

「大丈夫かい、ラテン」

 

「あ、ああ。ユージオとキリトか」

 

 辺りを見渡すとさっきまでの空間と違い、見慣れた家具が置いてあった。そう。ここはラテンの自室だ。おそらく、倒れてからここに運び出されたのだろう。

 しばらくぼーっとしていると、何かに気が付いたようにラテンが辺りを見渡す。刀を探しているのだ。自分の周りにないことを確認すると、ユージオに口を開いた。

 

「なあ、俺の刀はどこだ?」

 

「この部屋に持ってきたよ。ラテンの刀…だと思うけど」

 

 ユージオがそう言いながらラテンの頭の上を指さす。ラテンはきょとんとしながら右手を頭の上に移動すると、何か柔らかいものに触れた感触がした。

 

「なんだ…これ?」

 

 ラテンは頭の上にあったものを掴み、目の前に持ってくる。そこにあったのは、手のひらサイズの黄金色の丸いボディに四本の手足。顔は十字架で、おでこのあたりに角が生えている。天使のような翼を持ち、巻き毛のようなしっぽを持った生物。この生物はなんかの動物に例えるとするならば、と言われれば答えることができない。それぐらい奇妙な生物なのだ。

 

「ラテンがリーバンテイン修剣士との立ち合いの後倒れたでしょ?その時に、刀が光を発してこの姿に変形したんだよ」

 

「……まじかよ」

 

 手のひらにいる謎の生物。だが、さわり心地はよく思わず強く握ってみたら、スライムみたいに形が変化するが手を放すと元通りになる。しばらくそれをやっていると、急に体の二倍ぐらいある天使の翼をはばたかせ、ラテンの手から逃れると今度はユージオの頭の上に乗った。

 それと同時にようやく痛みが取れたのか、キリトが顔をあげ口を開く。

 

「まあ、なにがともあれラテンに私用の剣ができたんだ。よかったじゃん」

 

「まあな。でも、こいつ一体何者なんだよ…」

 

『おれっちのことをもう忘れたのか。これだから素人は』

 

「「「!?」」」

 

 三人の視線が謎の生物に集中する。ユージオに至っては、謎の生物が視界に入ってはいないが。

 

「おい……今しゃべったか?」

 

『ほんと忘れたのか?おれっちだよ、おれっち!』

 

「……ラテン、知り合いか?」

 

「……この声はどこかで聞いたことがある。……あっ!」

 

 そう。この透明感のある高い声。これは先ほどラテンがいた空間で喋っていた刀の声と同じものだった。

 

『まったく。失礼なやつー』

 

「お前なんでここに?」

 

『だから、言ったじゃんかよー。おれっちはお前の武器だって』

 

「………」

 

 どうやら、あの空間でラテンの刀が言っていたことは本当のことったらしい。まあ、でもそんなことよりも気になることがあるのだが。

 

「……なあ、お前って刀になれんの?」

 

『当たり前じゃん!』

 

 謎の生物はそう言って再びラテンの手のひらの上に着地した。そして、次の瞬間その生物が光を発しながら形を形成していく。それが、どんどん細長くなり光が消え去るとラテンの手の上には、リーバンテイン修剣士との立ち合いで出現した刀が出てきた。銀の装飾に黒い鞘。ラテンはそこから、刀を抜刀する。

 鞘から現れたのは、あの時と同じような金色の刀身を持った刀だった。その刀身にはエメラルドグリーンの光をわずかに発しながら文字が刻まれている。

 キリトとユージオの二人からは「おお」という感嘆の声が漏れた。

 

「……あれ?ラテン、刀身に文字が刻まれてるよ」

 

「え、まじ?……本当だ」

 

「うーん。見たところ神聖文字っぽくないな」

 

 キリトが難しい顔で文字をのぞき込む。だが、わからないらしい。これについてはパッと見ラテンにもわからない。ということは優等生のユージオに頼むしかなさそうだ。

 

「ユージオ、読めるか?」

 

「…これ、古代の神聖文字だよ。だから、キリトにもラテンにも読めないんだと思う」

 

「「古代の神聖文字?」」

 

「そう。この文字は今ではもう使われてないから、めったに見られないんだ。前に本で見たことがあるけど、読めるかなあ」

 

 ユージオは再び一文字ずつじっと見始めた。ラテンとキリトは固唾をのんで見守っている。やがて、ユージオが「たぶんわかった」と言った瞬間、ユージオに顔を向ける。キリトはなんて書いてあるか楽しみなようで、ユージオに口を開いた。

 

「それで、なんて書いてあるんだ?」

 

「えーっと、こっち側には『悪を見極め正義を救済せよ』。反対側には『正義を見極め悪を救済せよ』って書いてあるよ」

 

「……矛盾してない?」

 

「確かに」

 

 これでは正義を救済すればいいのか、悪を救済すればいいのかわからない。とりあえず納刀すると、刀が再び謎の生物に変形した。

 

『お前おれっちの主なのにこんなこともわかんないのー?』

 

「……わるかったな」

 

『しょうがねえなー。…その意味は簡単に言うと、《何事でも最善の結果になるように見極めろ》ってことだ。』

 

「わかりやすい説明どうも」

 

 謎の生物はどこかドヤ顔をしているようにも見える。そんな中、キリトが口を開いた。

 

「なあ、そういえばこいつの名前ってなんなんだ?」

 

「それがさ、こいつには名前がないんだよ」

 

「じゃあ、今からつける?僕は手伝うよ」

 

「おもしろそうだし俺も手伝ってやるよ」

 

「本当か?助かるよ」

 

 三人は考え始める。

 

(うーん。可愛い名前の方がいいのか?それともかっこいいの?)

 

 謎の生物はかっこいい名前のほうがいいとおもっているようだが、あの容姿じゃどちらかというと可愛いに分類する。

 

(リン…違うな……イズミ……ピン子……)

 

 後半は誰かの名前だった気がするが気にしないでおこう。

 もうしばらく考えてると、急に頭に一つの名前が浮かび上がった。

 

「ジャビ……じゃだめか?」

 

「ジャビ?どうしてだい?」

 

「正義のjusutice(ジャスティス)と悪のvillain(ヴィラン)の頭をとってジャヴィ。でも、なんか言いにくいからジャビだ。どうだ?」

 

「なんか後半適当だな」

 

「そこは気にするなって」

 

「正義と悪って、ジャスティスとヴィランっていうのかい?」

 

「あ、いや。これは俺達の故郷の言葉なんだ。な、なあ、キリト?」

 

「そ、そう。俺達の故郷の言葉だ。アインクラッド流の極意でもあるから覚えておけよ?」

 

 うそつけ!と突っ込みそうになったが、これ以上続けたらこちらがどんどん不利になっていく。そして、何故かユージオはそれを疑いもしないで納得してしまった。普段はまじめだが時々天然なところがあって本当に助かる。

 するとジャビが嬉しそうな声色で、声を発した。

 

『ジャビか。気に入った!おれっちのことはジャビって呼んでくれ』

 

「これからよろしくなジャビ」

 

「「よろしく」」

 

「おう!」

 

 ジャビは元気よく口を開いた。気に入ってくれたようなのでよしとしよう。だが、ラテンにはまだ疑問に思うことがある。

 

「ジャビ、もう一度刀になってくれないか?」

 

 ジャビはラテンの指示を聞くと、再び光を発しながら刀の姿に変形する。刀になったジャビに右手の指二本でモーション・コマンドを入力。刀の柄頭をタップすると、鈴のような音と共にプロパティ・ウインドウが浮き上がる。

 

表示されている優先度は―――〖Class 49〗

 

「えーと、クラス四十…九……」

 

「「………」」

 

 しばらくの沈黙、それを破ったのはラテンだった。

 

「四十九!!?」

 

「「ええええええ!!?」」」

 

 ランク四十九。それは青薔薇の剣よりも4、キリトの剣よりも3高いランクの武器だ。すなわち、ラテンの武器もまた神器だということだ。仮にランク40以上の武器が神器だとすると、ラテンの刀は上位に分類されるほど高いものだ。

 

『お前らおれっちをなんだと思ってたわけ?』

 

 いつの間に変形していたのか、ジャビがあきれたような声音で声を発した。ラテンは唖然としながら、ジャビの方へ顔を向ける。

 

「いや、でもさすがに四十九とは思わねえよ」

 

 

 

 

 

 

 

「……ラテンはアズリカ女史のところへ行くの?」

 

「ああ。だって学院則違反はしたくねえからな。二人とも、今日はありがとうな」

 

「気にすんなって。俺とお前の仲だろ?」

 

「僕はいつでも力になるよ」

 

 ラテンは二人に微笑みかけると「ジャビ、行くぞ」と言って部屋を出ていった。

 

 




絶対一回目の方ができがいいです。この二倍以上は確実にいいです。

実はこれは二回目なんですよ。四時間かけて書いたのにエラってすべて消えてしまいました。発狂しそうになりましたよ(笑)

ラテンの武器の設定説明します。優先度は今回が第四十九話目でしたのでそのままぶっこみました。


ラテンの刀《???》/謎の生物《ジャビ》

優先度/49

 金色の刀身を持ち、その周りを銀色の刃と峰が覆っている。刀身には『悪を見極め正義を救済せよ』、『正義を見極め悪を救済せよ』と刻まれている。ジャビ曰く、『何事にも最善の結果になるように見極めろ』という意味らしい。
 この刀の性能はラテンの思いに左右される。
 ラテンがそいつを殺したいと思えば、刀の刃はそいつを殺すことができる。ラテンがそいつを殺したいと思わなければ、刀の刃はそいつを殺すことができない。ただし天命は減る。


まだこんな感じですかね。もちっと能力があるのでそれは作中に出てからあとがきで説明したいと思います。
ちなみにジャビに容姿はディーグレイマンのティムキャンピーみたいな感じです。ティムキャンピーだと思ってくれていいです(笑)




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第十三話 上級修剣士と傍付き

最近更新ができていないエンジです。皆さん、本当にすいません!m(_ _)m
ですが、もう少しなんです。安定した更新……。
どうかもう少しの間お待ちしていただければ幸いです。


『あの女、結構強そうだったな』

 

「ん?……ああ、アズリカ女史のことね」

 

 私物の武器の保有許可を貰い、再び寮の部屋へと足を運んでいるラテンとジャビ。その足取りは少しばかり軽かった。

 

「あの人は元ノーランガルス北帝国第一代表剣士らしいからな。今はどうかわからないけど、そんじょそこらの衛兵よりかは何倍も強いんじゃないか?」

 

『今のお前よりも強いかも』

 

「かもな」

 

 頭に乗っているジャビにデコピンを一発食らわせると、自分の部屋が見えてきた。だが、その扉の前に誰かが立っている。キリトとユージオはすでに自室へ戻ったはずだ。なら、誰なのか。

 ラテンは疑問に思いながら、自室の前まで歩を進める。近づいていくにつれてその人物の輪郭がはっきりと見えてきた。

 

「……アル先輩?」

 

「……体は大丈夫か?」

 

「ええ、大丈夫ですよ。この通りぴんぴんしています」

 

 そう言ってラテンはいろいろなポーズをとり始めた。しかし、案の定アル先輩は表情一つ崩さない。むしろ険しく見えてくる。

 

「……どうしたんですか?わざわざ俺の部屋まで来て」

 

「……ああ。お前にお礼を言いたくてな」

 

「お礼?」

 

 アル先輩にお礼を言われるようなことをした覚えはない。むしろ、困らせていることの方が多いような気がする。

 

「……ウォロとの試合のことだ」

 

「何かしましたっけ?」

 

 リーバンテイン修剣士を呼び捨てで呼んでいるのは、おそらくアル先輩とゴルゴロッソ先輩くらいだ。まあ、それほど絆があるということなのかもしれないが。

 

「……お前は俺に勝利への執念を教えてくれた」

 

「………」

 

「……俺は自分の実力では敵わないと感じたら、潔く負けを認めていた。特にウォロとの試合でな」

 

「そうですか?アル先輩が手を抜いたところなんて見たことがないですけど」

 

「表面的にはな。だが、精神的に負けを認めていた。だが、それは間違いだとお前の試合を見て思った」

 

「………」

 

「……俺は戦う以前の問題だった。最後の最後まで自分を信じて戦う、それがお前に気付かされたことだ。だから、お礼を言いたい」

 

「……アル先輩なら、リーバンテイン修剣士に勝てますよ、きっと」

 

「……そうか」

 

「俺は信じています。アル先輩が勝つことを。なんだって、俺をここまで鍛えてくれた先輩ですから」

 

「……ありがとうな」

 

 アル先輩は微笑をすると、そこから立ち去って行った。ラテンはその背中が見えなくなるまで見送る。その背中が見えなくなると、今まで黙っていたジャビが、ラテンのポケットから出てきて声を発した。

 

『あいつも強そうだ』

 

「ああ。少なくとも俺よりは強いかな」

 

『じゃあ、お前は誰より強いんだ?』

 

「さあな。でも、《整合騎士には負けるつもりはない》とだけ言っておく」

 

 ラテンは扉を開け、自室へ入り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三月の末―――。

 

 アルセルド・バーステル三席上級修剣士は、最後の対戦となる卒業トーナメント準決勝で、ウォロ・リーバンテイン主席上級剣士を破り、決勝でソルティーナ・セルルト次席上級修剣士に惜しくも敗れたものの、北セントリア修剣学院を第二位の成績で卒業した。

 

 そしてその二週間後に帝立闘技場で開催された《帝国剣武大会》に出場したものの、三回戦でノーランガルス騎士団代表とあたり、激闘の末に惜しくも敗退した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 

 部屋いっぱいにブーツの踵が鳴らした音が響き渡ると、すぐさまきびきびとした声が聞こえてきた。

 

「ラテン上級修剣士、ご報告します!本日の掃除、終わりました!」

 

「……ねえ。ここにあった俺の下着、知らない?」

 

「はい。私が片づけました」

 

「そうか………って、ええええええええ!!?」

 

 ラテンは一瞬で少女に顔を向け、その顔を凝視する。その少女は、灰色の初等練士制服に身を包み、ブラウンの長い髪をポニーテールでまとめていた。その顔には僅かながらに幼さが残っている。

 

 この春に、はれて上級修剣士になったラテンには優秀な傍付きが任命される。初等練士成績上位十二人のうち、ラテンが選ぶことも可能だが、さすがにそれは憚られ、結局アズリカ女史頼んだ。それで、任命されたのが目の前にいる少女ということだ。

 

 アズリカ女史から聞いた話では、学力も剣術も相当腕があるらしく、未来の上級修剣士候補だそうだ。確かに、努力家で曲がったことが嫌いだ。それは、この一ヶ月でよーく理解した。はっきり言って、頼りになる。だが、それも限度がある。いくら、傍付きとしての仕事だからって、先輩のprivateなterritoryまで世話をするなんて…。

 未だにキョトンとしている少女に口を開く。

 

「……あのなあ。さすがに俺のプライベートまで世話をしなくたっていいぞ?さすがに自分でできることは自分でやるから。シャロンは簡単なことだけしてくれればいいよ」

 

「ぷらいべーと?なんですか、それ。…ちなみに私は気にしていませんよ。ラテン先輩の下着を見ることなんて」

 

「その『毎日見てるから』的な発言はやめてぇ!なんか、俺が変態みたいじゃん!?」

 

「いやあの、実際見てるんですけど……」

 

「………」

 

 本人はそんな気はないのかもしれないが、ズカズカとラテンの心にヒビを作っていく。いや、もしかしたら心の底はSで埋め尽くされているのかもしれない。どのみち、このままではあと三ヶ月ほどで先輩後輩の関係が崩れることになりそうな気がする。考えただけでもぞっとしてしまう。

 

「相変わらず楽しそうだな、お前とシャロンは」

 

「なんだよ、アスベル。これのどこが楽しく見えるんだ?」

 

「いや、全体的にだよ」

 

 そう言って笑うのはアスベル・デリュクート。上級修剣士四席だ。ノーランガルズは金髪や茶髪が多いのだろうか、少々長めの金髪にブラウンの瞳、たくましい肉体、まるでちょっと細めのプロレスラーのようだ。だが、そんな容姿とは裏腹に根はとても優しい。貴族出身では珍しく、家柄で差別をしない広い心の持ち主だ。

 

「お前がうらやましいぜ、まったく。リンクには的確な判断能力があるからな。どっかのズカズカポニーと交換してほしいぜ」

 

「あの~、なにか言いました?」

 

「え?……いや、あの…」

 

「なにか言いました?」

 

「あの、その……」

 

「な・に・か、言いました?」

 

「……いいえ、何も言ってません…」

 

 表面的には笑っているように見えるがラテンには確かに見える。そこに隠された想像もしたくないことが。

 そんなラテンとは裏腹に、アスベルは大きな声で笑っていた。その隣で立っているリンクも口元に手を添えて、肩を震わせている。

 

「お前……あとで覚えてろよ…」

 

「何のことだ?もう忘れちまったよ。それじゃあ、俺は部屋に戻るとするか」

 

「あっ!お前、逃げるなぁ!!」

 

 笑いながら寝室に戻っていくアスベルをラテンは追いかけたが、肩を捕まえる前に無情にもドアが閉められてしまった。

 仕方なく共有スペースの暖炉の前にあるソファーに座り込む。もちろんまだ、五月なので暖炉はついていない。

 

 上級修剣士寮は円形をしている。三階建てで中央は吹き抜け、その周りで内廊下が輪を作り、十二人の修剣士が寝起きする部屋は南側外周に並ぶ。

 一回には食堂や大浴場があり、生徒用の居室は二回に六部屋、三階に六部屋。二部屋ごとに一つの居間を共有する構造になっており、ラテンとアスベルの居室は三階にある。

 部屋は一年最後の総合試験の順位で自動的にきまり、一位が三階で最も東の三〇一号室、二位が三〇二号室……と割り当てられて、十二位が二〇六号室となる。ラテンの部屋が三〇三号室、アスベルの部屋が三〇四号室なのはつまり、百二十人の初等練士の中でラテンが三番目、アスベルが四番目の成績を修めたということになる。ちなみに主席はライオス、次席はウンベールだ。あの二人は正確に難があるが、ハイ・ノルキア流の英才教育を受けていたこともあって、ほかの貴族よりも剣術は頭一つ抜いている。

 

 半年ほど前まではいつものように嫌味を言われていたが、それもリーバンテイン修剣士との立ち合いに引き分けてからは嘘みたいに消え去った。その代りに、キリトとユージオに対する嫌味が倍増したわけだが、それも最近ではなくなっているらしい。

 

 大きなため息をついたラテンの隣にシャロンがドカッと座り込む。まあ、ソファーに座っているにもかかわらず姿勢は綺麗だが。

 そんな彼女がこのような逸礼行為すれすれ、いや、完全にアウトなことをやっているのはラテンが原因だ。そう。それは一か月前の日から始まった。

 

 最初は遠慮がちの彼女で、言葉遣いもこれでもかというほど丁寧だった。だが、そんな彼女の態度に耐えられなくて(もしかしたら上級剣士になって浮かれていたのかもしれないが)こんなことを言ってしまったのだ。

 

――――そんな態度じゃなくていいよ。先生がいる場合は別だけど、それ以外は自然に接してくれ。

 

 それが、始まりだ。 

 その次の日からは、今のように自然な態度をとりはじめ、丁寧なところは丁寧なのだが、さすがは貴族出身といったところか。ズカズカとラテンの心を削っていった。

 だが、それを止めさせるにも一度言ってしまったことだし、何より自然な態度を取られる方がこちらとしては接しやすいため、言い出すことはできず一ヶ月が経ってしまったのだ。まあ、もう気にしてはいないが。少なくとも態度に関しては…。

 

「そういえば、ラテン先輩。さっきまでどこに行っていたんですか?」

 

「ああ。さっきはキリトと一緒に蜂蜜パイを買いに行ってたんだ。ああ、そうそう。はい、これ」

 

「これは?」

 

「蜂蜜パイだ。部屋でみんなと一緒に食べていいぜ。俺は二つ食ったからな」

 

「本当ですか!ありがとうございます、ラテン先輩!」

 

 そう言ってシャロンは一礼すると、そそくさに部屋から出て行ってしまった。扉が閉まると同時に、胸ポケットからジャビが出てくる。

 

『相変わらず元気な奴だな』

 

「まあ、それがシャロンのいいところだからな」

 

『まあ、まさか二つ下の十七歳の少女が傍付きになるなんて思ってもいなかったろ?』

 

「ああ。おまけに四等爵家だもんな。まったく、末恐ろしいぜ」

 

 そう言ってラテンは立ち上がる。その頭の上にジャビが乗っかった。

 

(あと一年で、リリアに会えるかもしれない。待ってろよ、マリン)

 

 ラテンは自室へと歩を進めた。

 

 

 




うーん。相変わらず無理やり感ありますね。
ちなみに、地味に五十話目でした(笑)

それはさておき、実はラテンの傍付きを男にするか女にするか迷っていました。それで、適当に作ったあみだくじで選んだところ、女に決定しました。この後の作中にも出すつもりです。

アスベルは……どうでしょうね(笑)出てくるかわかりませんが、できれば出したいと思っています。

そして、重大なことを忘れていました。それはラテンの服の色です。デザインは共通らしいので、色だけですね。SAOといいALOといいまさかの、服の色をお伝えしていませんでした。そこは、皆様のご想像にお任せします。(僕は赤色のつもりでした)

上級修剣士となったラテンの服の色は……。

エンジ色です!

というのはうそで、白にしようかなと思っています。
純白っていいですよね。汚れが付きやすいですけど(笑)

まだ、不定期更新になりそうですが、この週末で(もう週末ですが)立て直したいと思っています。
これからもよろしくお願いします!


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第十四話 休日

 

 やさしい日の光がラテンの顔を包み込んでいく。ほどよい光によって瞼が自然に開き、意識が覚醒していく。

 

「……んー。よく寝たな」

 

 大きく伸びをひとつして、ベットから降りる。掛け布団にはジャビがまだ潜り込んでいた。それを一瞥すると、自室のドアから共有スペースへ足を運ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、アスベルとリンクじゃん。朝っぱらから何してんだ?」

 

「おはようございます、ラテン先輩。実はこれから森の探索に行こうとアスベル先輩が仰りまして、その準備をしているんです」

 

「森の探索?…おい、アスベル。学院敷地内の森のことだよな?お前なら何回か行ったことがあるんじゃないか?」

 

「ああ、まあな。森のはずれに湖があったろ?そこにリンクを連れていくんだ」

 

「へ~、あそこにか。ご苦労なこったな」

 

「ありがとうよ。休息日なんだから、たまにはお前もシャロンをどっかに連れてってやれよ?」

 

「まあ、気が向いたらな」

 

 アスベルとリンクが部屋から出ていく。それと入れ替わるようにして、ポニーテールの女性が部屋に入り込んできた。

 

「おはようございます、ラテン先輩!」

 

「あれ?今日はやけに早いな。まだ八時だぞ?」

 

「……え?もしかしてラテン先輩、約束を忘れたんですか?」

 

「約束って何?」

 

「……あなたよくそれで上級修剣士になれましたね……」

 

 シャロンの言葉にラテンは首を傾げる。シャロンと何か約束をしただろうか?記憶を呼び起こそうとするが、残念ながら頭に浮かんでこない。

 真剣に思い出そうとしているラテンにしびれを切らしたのか、少々呆れが混じった声でシャロンが口を開く。

 

「……ラテン先輩。今日は《サードレ金細工店》に行くって約束したじゃないですか!」

 

「……ああ!そういえば、そうだったな」

 

 それは昨日のことだ。

 いつも通り傍付きの仕事をこなしたシャロンにラテンが休息日にどこかに連れてってやろうかと提案した。それで、彼女が私物の剣を作りたいと言ったので、《サードレ金細工店》連れていくことを約束していたのだ。

 

「完全に忘れていましたよね?」

 

「悪かったって。昨日は軽いノリで誘ったつもりだったんだよ。シャロンが俺と行くとはさすがに思ってなかったからさ。……そういえば昨日サードレ金細工店を知ってる友達がいるって言ってたよな?何なら、俺とじゃなくてその子と行ったほうが……」

 

「………」

 

「……はい、行きます。いや、行かせていただきます。だから無言で部屋の片づけをしようとしないでください……」

 

 シャロンが無表情でラテンの部屋に入り、掃除をしようとしたのでラテンが慌てて止める。さすがに休息日まで、傍付きに部屋を掃除させるわけにはいかない。シャロンは機嫌を取り戻してくれたのか共有スペースのソファーに座り込む。

 

「……もしかして、寝間着姿で街を歩くんですか?」

 

「あっ、ちょ、ちょっと待ってろ。すぐに着替えるから」

 

 ラテンは自室に戻り急いで服を着替えはじめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 ザッカリアの街は相変わらず賑やかだ。

 人口はそこまで多くないはずなのだが、見渡す限り人の多さは東京と同じような感じがする。

 その中を歩いているのは純白の制服に身を包んだラテンと初等練士の服装をしたシャロンだ。制服のデザインのせいか、周りよりひときわ目立っている。

 

「シャロンってどんな武器を作りたいんだ?」

 

「私はレイピアですかね。昔から習っていますし、使いやすいですから」

 

「レイピア、ねぇ」

 

 レイピア使いといったら、バーサークヒーラーことアスナが頭の中に浮かび上がってくる。アスナの突きの速さは目で追うのがやっとなほどの速さである。まあ、それもあのデスゲームを経験していたからなのだが。

 

「何か思い当たることなんてあるんですか?」

 

「いや。……シャロンってレイピアばっか使ってたんだろ?」

 

「はい、そうですけど…」

 

「それでよく上位十二人に入ったな。実戦とかすべて片手剣しか使えないってのに」

 

「ああ。そういえば言ってませんでしたね。私の家に伝わる《シュネル流》は元は片手剣専用の流派なんです。だけど、より速さを追求した結果レイピアの方がいいということになって今の剣術になったんです。でも基本の型のほとんどが片手剣に似てるから、そこまで苦にはならないです」

 

「そ、そうか。まあ、簡単に言うとお前には《才能がある》ってことだな、うん」

 

 と、ラテンが勝手に解釈する。シャロンはこれ以上難しい話をしても今がないと思い込んだのか「そういうことにしておいてください」とだけ言って、どんどん前に進んで行った。今回はラテンが誘導しなければならないので、慌ててその背中についていく。

 

「今回は俺がガイドしないといけないんだから、勝手にどんどん行くなよ」

 

「がいどってなんですか?」

 

「えっと、案内するって意味だよ」

 

「そんな言葉があるんですね。知りませんでした」

 

「まあ、お前は知らないほうが普通だからな」

 

 しばらく歩いていると、《サードレ金細工店》の看板が見えてくる。ここへ来るのも約二ヵ月ぶりだ。サードレのおっさんにラテンの刀を見せたらどんな反応をするのか楽しみだったが、生憎ジャビは寮へ置いてきた。持ってきているのは、多少お金が入った財布だけだ。

 

(どんだけ高いのか、わからないからな)

 

「シャロン、ここだ。《サードレ金細工店》。自称ナンバーワンとか言ってるけど、腕は一流だ」

 

「へ~。思ってたのよりもごついですね。金細工なんて言うから、もっと晴れやかな場所だと思ってました」

 

「それ、おっさんの前で言うなよ?ぼったくられる可能性があるからな」

 

「何かよくわかんないですけど、言いませんよ。さすがにラテン先輩と友達以外は相手を敬いますから」

 

「なんか悲しくなってきた……。まあ、いいや。入ろうぜ?」

 

「はい」

 

 ラテンとシャロンはサードレ金細工店に入り込んだ。ドアを開けるとカランカランとベルが店内に鳴り響く。その数秒後に店の奥から久しぶりに見たここの店主が現れた。

 

「久しぶり、サードレのおっさん」

 

「なんじゃ、その制服の色は。……まさか、お前上級修剣士にでもなったのか?」

 

「ご名答。まあ、これもおっさんのおかげとでも言っておくぜ」

 

「へっ。心がこもってないぞ?」

 

 ラテンは「冗談ですよ」と言って、シャロンに視線を向ける。初めて入った店なら普通は少々緊張するものだと思うのだが、そんな素振りは見られない。それどころか店内に置いてある剣や盾を間近で眺めていた。

 

「おーい、シャロン。……えっと、今日はこいつの剣を作ってほしくて来たんで、頼みます」

 

「よろしくお願いします」

 

「ふむ……ラテンの傍付きか。……で、どんな剣がほしい?」

 

「レイピアを作ってもらいたいんですけど…」

 

「レイピアか……これは何かの縁かもしれんな」

 

 一人でぶつぶつ言い始めるサードレを見て、ラテンとシャロンは顔を見合わせる。まあ、少なくとも「何かの縁」と言っているということは、悪いことではなさそうだ。

 

「……おっさん?どうしたんだ急に」

 

「実は一昨日水晶の原石をある商人からもらったんじゃ。これが加工するのにちょうどいい大きさでな。でも、片手剣を作るなら少々幅が足りなくて迷ってたんだが、レイピアなら作れそうじゃ」

 

「水晶の原石?それって珍しいものなのか?」

 

「あたりまえだ。上級修剣士だってのにそんなこともわかんないのか。水晶の原石は大変貴重で、普段は一等爵家から三等爵家しか購入していない代物じゃ。そんなものを武器の加工だけに使うなんてもったいねえ気がするが、わしは細工師じゃからな。剣を作るのが仕事じゃ」

 

「よかったなシャロン」

 

「はい。……でも、とても貴重なものなんですよね?研ぎ代は……?」

 

「確かに……」

 

 一等爵家から三等爵家しか買えない大変貴重なもの。それから武器を作るとなると、どんな値段になるか想像もつかない。もしかしたら、ラテンの全財産を持ってきても足りない可能性がある。

 

「……今回はタダでもらったやつじゃからな。研ぎ代はそこまで高くせん」

 

 ラテンとシャロンは、ホッと安堵する。だが、その安堵もつかの間サードレのおっさんが口を開く。

 

「じゃが、おそらくこの水晶で作る剣はとんでもないものになるかもしれぬ。キリトの剣とまではいかないが、それに近しいモノができるとわしは考えておる。つまり何が言いたいかというと、黒煉岩の砥石を三つ以上使うかもしれぬということじゃ。……今回はしっかり払ってもらうぞ?」

 

「前回は俺関係ねえじゃん……」

 

 ついつい文句を言ってしまったが、そんなことを言ってもこのおっさんは考え直してくれないだろう。

 

「……それで、いつごろできそうですか?レイピアの方は」

 

「そうじゃな少なくとも半年以上はかかりそうじゃ」

 

「まあ、そんなとこか。…んじゃあ頼むよおっさん。最高のものを作ってくれよ?」

 

「わしに任せておけ」

 

「お願いします」

 

 ラテンとシャロンは頭を下げると、扉の前まで歩を進める。サードレのおっさんは「忙しくなるぞォ」とつぶやきながら奥へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「どんなものができるか楽しみです」

 

「サードレのおっさんが作るんだ。きっと期待以上のものが手に入るさ」

 

 先ほどと変わらず、街道は人であふれかえっている。そんな中、ニコニコしながら歩いているシャロンがふと何かを思いついたかのようにラテンの方へ顔を向ける。

 

「そういえばラテン先輩って、私物の剣を持ってるんですか?部屋を掃除中何度も見渡しているんですけど、見かけたことがないです」

 

「あ、ああ。そういえばシャロンにはまだ言ってなかったな。まあ、口で説明するのもなんだし寮に着いたら見せてやるよ」

 

 しばらく歩き食材市場が近づいてくると甘い匂いが鼻腔に飛び込んでくる。もちろんその正体は蜂蜜パイから漂うものだ。さきほど、十時の鐘が鳴ったばかりなので新しく焼きあがったものが並んでいるはずだ。

 

「……なあ、シャロン。蜂蜜パイを食べないか?」

 

「ラテン先輩とキリト先輩って本当に蜂蜜パイが好きなんですね」

 

「まあ、俺はキリトの影響で好きになったって言ったほうが正しいかもな」

 

 二人は進路を左斜め前方へ変更し、店先のお持ち帰りコーナーの元へ駆け出していく。何せ、ラテンは朝食を食べていないのだ。先ほどから、おなかと背中がこんにちわをしそうな勢いだ。。

 

「ちょ、先輩!待ってくださいよ!」

 

「待てるかっ。俺はまだこんにちわをさせるわけにはいかねえんだよ!」

 

「意味わからないです!」

 

 走るラテンと、追いかけるシャロン。それは、はたから見れば先輩と後輩の立場が逆転しているようにも感じられた。

 

 

 

 




休息日のお話でした。

なんか水晶が貴重という勝手な設定にしましたが、大目に見てくださいm(_ _)m
ちなみにシャロンが使う《シュネル流》のシュネルはドイツ語で<速い>という意味です。皆さんにとってはどうでもいいですね(笑)

これからもよろしくお願いします!



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第十五話 突然の別れ

㊗お気に入り三百人突破&UA50000突破!

皆様本当にありがとうございます!
この約二週間で、お気に入りが約百二十件も増えました!これもすべて皆様のおかげです

ちなみに、ラテンは描きました(笑)
イラストは今回で二回目なので、超低クオリティーです(笑)これからどんどん上達していけるように頑張りたいと思っています!

これからもよろしくお願いします!


【挿絵表示】



 休息日の翌日の二十二日は、その春初めての荒れた空模様になった。  

 時節吹き寄せる突風に乗って、大粒の雨が激しく寮を襲っているのがよくわかる。しかし、そんな天気とは裏腹にここ、上級修剣士の寮にある屋内修練場には静寂が漂っていた。

 

 一日の講義が終わり生徒たちがそれぞれ自分の部屋に戻っていく中、ここに来たのはこの場にいる二人だけだ。お互いに白い木剣を持ち、十メートルほどの距離を開け対峙している。

 

「……お前にとっては俺との初めての稽古だ。無理はするなよ?」

 

「誰に言っているんですか、ラテン先輩」

 

 シャロンがフッと笑いながら木剣を構えた。ラテンもそれに続き、木剣を構える。

 二人にとっては初めての稽古だというのに、初等練士であるシャロンには緊張が見られない。それはおそらく、年上との稽古はお家で散々やってきたからだろう。彼女はこういう状況には慣れているのかもしれない。

 

 ラテンはシャロンの目を見て迷いがないことを確かめると、地を蹴った。シャロンも間髪入れずに地を蹴る。

 

「やあああああ!!!」

 

「……うお」

 

 鈍い音と共に剣が火花を散らす。

 そんな中ラテンが最初に感じたのは、斬撃の重さだ。華奢な少女が繰り出したとは思えないような斬撃。見た限りでは体重移動は完ぺきで、隙を最小限に抑えている。

 初等練士からこんな技術を持った者はそうそういないはずだ。それは、彼女が幼少期から鍛錬してきた賜物なのかもしれない。

 

 ラテンはシャロンの木剣を押し返すと、距離を詰め右上から振り下ろす。少々隙の多い動作だったが、どう対応するのか見るためには絶好の機会だ。

 ラテンの予想ではしゃがんでそれを避け、そのままカウンターとするというものだ。だが、シャロンはラテンが予想していなかった動作に入る。

 

「……!」

 

 シャロンはラテンの斬撃を両手持ちで受け止める。だが、ラテンの手には衝撃が伝わってこなかった。疑問に思ったが、それもすぐに解決される。

 剣がそのままラテンの思い通りの軌道からはずれ、空を斬る。シャロンはラテンの斬撃を受け流したのだ。これほどまでに綺麗に斬撃を受け流されたのは、ラテンにとってアル先輩以外初めてだ。

 

「……ちっ!」

 

「やあっ!」

 

 シャロンはラテンの斬撃を受け流した勢いを使いその場で回転しながら、下段から斬り上げてくる。だが、それにいち早く反応したラテンはギリギリのタイミングで斬撃の軌道に木剣を持っていき、防いだ。だが、十分な体勢でとらえていないため後ろに倒れそうになる。

 

 このままの状態で体勢を立て直したとしても、次撃を防ぐことは難しい。それならそのまま倒れてもいいのだが、それでも次撃をかわすのは難しいし、何よりシャロンのことだ。「先輩は倒れたんだから、私の勝ちですね」なんて言いそうなので、倒れるという手段も却下する。

 なら、何をするべきか。ラテンには一つの手段しか浮かばなかった。まあ、体育の時以外に使ったことはないが。

 

「おりゃっ」

 

「え?」

 

 ラテンは弾き飛ばされる勢いを使いバク転をする。片手ではやったことはないが何とか成功し、シャロンと距離をとる。

 一方シャロンは三秒ほど呆然としていたが、すぐさま何が起こったのか把握する。

 

「ちぇ。今、勝ったと思ったのにな~」

 

「残念だったな、俺はそんなに甘くはないぜ?………ぶっちゃけやばかったけど」

 

 まさか稽古初日でこんなことになるなんて普通は思わないだろう。正直ここに入りたてのラテンよりも強い気がする。今のラテンでも案外簡単に抜かれてしまうかもしれない。それほど、この一瞬の出来事は印象に残るものだということだ。

 

「ったく、普通最初の稽古なら『キャー、先輩手加減してくださいよぅ』とか『もっと優しくしてくださぁい』とか言うもんだろ?そんなにマジでやるなんて…」

 

「……裏声とその言動、気持ち悪いです」

 

 『』の部分をできるだけシャロンに真似て言ってみたのだが 、どうやら似ていなかったらしい。まあ、一般人が見れば十中八九引くだろう。

 

「なんだよ。可愛げがねえな」

 

「な……!?」

 

 ラテンの挑発を真に受けてしまったのか、シャロンは顔を羞恥に染め斬りかかってきた。それをラテンは防ぐが、先ほどよりも威力が上がっているのは気のせいではないだろう。容赦ない斬撃がラテンに襲い掛かってくる。まるで、ラテンの天命が減少することなんて気にしないかのように。

 

「お、おいっ。ちょっと本気になりすぎてない?これを顔面に受けたら、稽古が終了するどころか、俺の人生が終了しちゃうよ!?」

 

「安心してください。禁忌目録に違反しない程度に痛みつけますから」

 

「安心できるかぁ!!」

 

 シャロンの斬撃の威力により徐々に後退していくラテン。一応は捌ききれるのだが、このままでは壁まで追い詰められ一本取られてしまうだろう。だが、今のシャロンの一本をくらったら、稽古が終わる所ではなくなる。

 

(こうなったら、やるしかない……!)

 

 ラテンは不敵に笑うと、シャロンが怪訝な眼差しを向けてくる。だが、斬撃の勢いは弱まることを知らない。そのままラテンは受け続けるが口元には微笑を浮かべている。そんなラテンに今度こそシャロンが不思議に思ったのか、一撃だけ先ほどよりも少し弱めの斬撃が降りかかった。

 

「もらったぁ!」

 

「ふぇ!?」

 

 ラテンは振り下ろされた斬撃を両手持ちで防ぐとしゃがみこみ、シャロンの脚に回し蹴りを繰り出した。シャロンはラテンの行動を予想していなかったのか受け身も取れず、派手にすっ転ぶ。

 

「痛ったぁ……ラテン先輩、卑怯ですよ!」

 

「悪いな、戦場は臨機応変に対応するもんだ」

 

 明らかに卑劣な行為だが、これが通用するのは油断している相手だけだろう。最も、鎧をフル装備している奴にやったら、こちらの脚がどうなるかは想像したくない。

 

「お前が油断しているからだよ。油断をするなんてまだまだ「やあっ!」――ぎょえ!?」

 

 バチーンとラテンが頭から地面に突っ込む。その足からはジンジンと鈍い痛みが発生していた。

 

「お、お前っ。卑怯だぞ!」

 

「先輩が言いますか!?」

 

 シャロンが油断していたラテンの脚に木剣を叩きつけたのだ。もちろん、これで終了だと思っていたラテンはそれに対応することができずに地面に倒れこむ。普通は先輩相手にこんなことはしないのだが、その先輩がラテンであるからだろう。

 

(他人行儀にしなくていいとは言ったが、さすがは貴族様だ。いや、負けず嫌いな女性と言ったほうがいいかもな)

 

 足をおさえながら、ラテンはその場に座り込む。シャロンはその隣で、木剣を眺めていた。

 

「……お前と稽古したら、命がいくつあっても足りないような気がする」

 

「……先輩。先ほど可愛げないと言いましたよね?」

 

「……言いましたっけ?」

 

「………」

 

「……はい。言ってしまいました」

 

「女性にそれは失礼です。ということで、今度の休息日にパイを奢ってください」

 

「パイ?……パイってあれか!?あの、ウルトラスーパーデラックスなんとかっていう名前の……」

 

「なんですかそれ?……まあ、先輩想像しているモノだと思いますよ」

 

「……勘弁してくれ」

 

 シャロンが言っているパイ。それは、パイのくせに豪華な盛り付けがされてあって、とてもおいしいらしい。この前シャロンに教えてもらったのだが、蜂蜜パイ約三十個分の値段という恐ろしい化け物だったので食べたことはない。

 よもや、衛兵隊時代に稼いだ金でどうにかやりくりしているラテンにそんな化け物を要求するとは…。

 

「化け物取りはすでに化け物だってことか」

 

「……何言ってるんですか?」

 

「なんでもありません」

 

 これ以上何か言ったら、何を要求されるかわからない。事は穏便に済まさなければ最悪の事態がラテンを迎えに行ってしまうだろう。

 

「今日の稽古はこれで終わりだ。なかなかハードだったが、しっかり体を休ませろよ?」

 

「わかりました。ありがとうございました」

 

「おう」

 

「……今度は忘れないでくださいね?」

 

「わ、わかってるって」

 

 シャロンはニッと笑うと修練場から出ていった。ようやく足の痛みが引いてきたラテンは木剣を手に取り、定位置に戻すと自室へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 

 午前八時半の鐘が鳴り、ラテンは着替えて自室から共有スペースへ足を運んだ。そこには、いつも通り早起きのアスベルがソファーに座っている。だが、いつもの日課の読書をしていない。それどころか、その顔には焦燥感が浮かび上がっていた。

 

「……どうしたんだ、アスベル。そんな顔をして」

 

「ら、ラテン。ようやく起きたか。……その様子じゃお前は聞いていないみたいだな」

 

「え、何のことだ?」

 

「……実は、キリトとユージオが禁忌目録違反をしたらしい」

 

「……は?」

 

「今は懲罰房にいるが、今日連れていかれるそうだ―――って、おい!ラテン!」

 

 ラテンはアスベルの言葉を最後まで聞かずに、廊下へ飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもなら教室移動する生徒たちが行き交っているはずの学院敷地なのだが、今日はしんと静まり返り誰の姿も見当たらなかった。

 先ほど懲罰房に行ったのだが門はもう開いていて、キリトとユージオの姿はどこにも見当たらなかった。そうなると、もう連れて行かれた可能性が高くなる。もう手遅れかもしれないが、全力で学院内を走り続けた。

 

 しばらく走り、大修練場前のある広場にたどり着くと、前から険しい表情をしたアズリカ寮監が歩いてくる。ラテンはアズリカ寮監の元まで走ると、ものすごい形相で問い詰めた。

 

「キリトとユージオはっ!今どこですか?!」

 

「……二人はこの先だ。先ほど、ロニエ初等練士とティーゼ初等練士が向かって行きました。あなたは……」

 

 アズリカ寮監はそこまで言って口を閉ざした。おそらくラテンのしようとしていることを理解したのだろう。その目に迷いがないことを理解したのかアズリカ寮監はその場から無言で立ち去る。ラテンは深く一礼すると、アズリカ寮監が歩いてきた道を走って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し走った先に、大きな影が二つと小さな影が六つ視認することができた。そこに向かって全力で声を張り上げる。

 

「待てぇ!!!」

 

 そこにいた影全員がこちらに顔を向けた。そこまで走っていくと、影四つの正体がキリトとユージオ、ロニエにティーゼだということが分かった。そして、見慣れない二人の女性と二匹の飛龍。 

 

 一人は薄手の黄金の鎧に身を包み、青色のロングスカートとマント。癖のない、つややかな長い金髪。ひと目見て美人だと思ったが、その瞳には冷酷さが浮かんでいる。

 もう一人は、見たところ鎧を付けてはいない。純白の服の上に模様が入ったコートを着ており、これまた純白のロングスカートを身に付けている。先ほどの女性と同様金髪で美人だが、違うところは先ほどの女性は後ろで髪をまとめているが、この女性はまとめていないということだ。腰には白い鞘に桜色の柄をした剣を帯刀してある。

 

「……あなたは何者ですか?」

 

「俺はラテンだ。この学院の上級修剣士三席」

 

「そのあなたが何の用ですか?」

 

「………」

 

 ラテンは無言でキリトとユージオを見据える。ユージオは困惑している様子だったが、キリトは「何で来た?」という視線を送ってきた。

 

「……どうしても、キリトとユージオを連れていく気なんだな」

 

「もちろんです。罪人ですから」

 

 純白の服を着た女性がラテンを冷ややかな目で見る。その顔は誰かに似ているような気がしたが、今はそんなことを考えている暇もない。

 

「その二人を連れていくなら、俺も連れて行け」

 

「おいっ、ラテン!」

 

「キリトは黙ってろ」

 

 ラテンは目の前の女性を見据える。その女性は、ラテンに事を怪訝に思っているに違いない。なぜなら、何の罪もない者が進んで牢にぶち込まれたいなんて、変人以外の何物でもないからだ。

 

「残念ながら、罪人ではない限り連れていくことはできません。速やかに、学院に戻りなさい」

 

 もちろんラテンは罪人ではない。今までに学院で少々やらかしたこともあるが、禁忌目録違反や学院則違反まではしなかった。そう。今までは(・・・・)

 

(こうなったらやるしかない、か)

 

「どんなことをしても俺を連れて行ってくれないんだな?」

 

「そういうことです。ですから……!」

 

 純白の服を着た女性が少々目を見開く。なぜなら、ラテンが刀を抜き放ったからだ。それをその女性に向けている。

 

「これで、俺にも罪が与えられるな。《反逆罪》」

 

 キリトとユージオが目を見開いた。だが、二人の女性はあくまで冷ややかな視線をラテンに向け続けている。

 

「……いいでしょう。あなたも罪人として連れていきます」

 

 その言葉を聞いてラテンは納刀すると、純白の服を着た女性に刀を投げ渡した。そして、キリトとユージオと同じく拘束具を巻かれ、飛龍の脚に繋がれる。

 

「ロニエ、ティーゼ。シャロンに約束は守れそうにないと伝えておいてくれ」

 

「ラテン先輩……」

 

 ラテンは二人に微笑む。本当は本人に言うべきなのだろうが、今回はそれもできそうにない。

 

「上級修剣士ユージオ。上級修剣士キリト。上級修剣士ラテン。そなたらを禁忌条項抵触の咎により捕縛、連行し、審問ののち処刑します」

 

 処刑という言葉に少々驚いたがよくよく考えたら当たり前だ。禁忌目録違反、現実世界で言う法律違反を犯してしまったからには、それ相応の罰が与えられる。現実世界とはそれが、処刑か投獄かの違いだ。

 黄金の鎧を身に包んだ女性がもう一人の女性に声をかける。

 

「それでは行きましょう、リリア」

 

「……!?」

 

(リリア?今、リリアって言ったか!?)

 

 ラテンが飛龍に乗っている純白の服を着た女性を見つめる。確かに、よく見たらマリンに似ている気がする。ラテンの探していた女性をようやく見つけることができた。形式は予想と大きく異なっているが。

 

「……何故笑っているのですか?」

 

「いや、なんでもないさ」

 

 飛龍が大きく翼をはばたかせる。たちまち、周囲に風が発生し二人の少女の髪を揺らした。大きな足を蹴ると同時にラテンが宙に浮き始める。

 飛龍が螺旋を描いて空に舞い上がるにつれて、眼下のロニエとティーゼがどんどん小さくなっていく。やがて、それも見えなくなり、北セントリア帝立修剣学院の全景もたちまち遠ざかっていく。

 

 二体の飛龍は真ん中にそびえる巨大な塔、公理教会セントラル・カセドラルを目指して、一直線で飛翔し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後半はやっぱり無理やり感がある……。すいませんm(_ _)m



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第十六話 独房

 人の運命は偶然のようで必然なのかもしれない。 

 

 ふとそんなことを考えてしまった。

 人っていうのは人生においていくつもの選択肢が与えられる。人はその中の一つを選び取って今日まで生きているのだ。当然、その選択肢を誤ってしまった者は数えきれないほどいる。そのうちの一人にラテン……いや、<大空天理>が含まれているのかもしれない。

 もし天理がSAOというBRMMOゲームを購入していなかったら、もっと言うと茅場晶彦が生まれてこなかったら、こんな世界はありえなかっただろう。

 だが、この世界は実現され天理SAOを経験し、数々の仲間と出会ってきた。それは、もしかしたら茅場晶彦が生まれてきた時点で決まっていたシナリオなのかもしれない。そう考えると、この世界には本当に偶然があるのかと思ってきてしまう。

 

 茅場晶彦には数々の仲間と出会えたこと、紺野木綿季と出会えたことに感謝している。だが今はそれ以上に早く現実世界に戻らなくてはならないという思いが強い。キリトの予想通りだと、現実世界にいる天理はまだ一日も経っていない。だが、おそらく失踪中だろう。きっと、みんなが心配している。だから、この世界を早く脱出しなければならない。一刻も早くリリアを取り戻して…。

 

  

 そこまで考えていると、一つはさんで隣の独房から耳障りな金属音が聞こえてきた。この独房にはラテンのほかに、キリトとユージオしかいない。それに加え、キリトとユージオは相独房だ。この音を引き起こしているのはその二人しか考えられない。

 その音はのテンポはどんどん速くなり、ピキン!という音が聞こえたかと思うと、

ゴン!という何かに衝突するような音が続けられた。

 

 今の大きさの音でも獄吏は気が付いていないようで、詰め所からは何の反応もなかった。思わずほっと息をついたラテンは、二人に聞こえるぐらいの声で口を開いた。

 

「お前ら何やってるんだ?」

 

「……だっ…しゅ……るん…よ…って…」

 

 音が小さくてよく聞き取れないが、おそらく『脱出するんだよ、待ってろ』と言っているんだろう。

 しばらく待っていると今度は、ばがあぁぁーん! というとてつもなく大きな音が聞こえてきた。それと共に何かが倒れる音が聞こえる。

 きっとキリトたちは直ぐにこっちに来るのかもしれないが、さすがに今の音なら獄吏も異変に気が付いたはずだ。ラテンは今最優先にすべきことを口にする。

 

「俺のことは気にするな、それより早く行け!俺は自力で何とかする!」

 

「わかった!」

 

 その声がしたあと、階段を上い始める音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Sideキリト寄りの三人称

 

 

「せ……整合騎士……!」

 

「そんな所に立っていないで、入ってきたまえ、囚人君たち」

 

 長い螺旋階段を上り終えてから五分ほど走っただろうか、東西に延びる長方形の広場に辿りつくと北側のベンチに白銀の鎧を身にまとった騎士が座っていた。

 ゆるく波打つ長髪にやや細めの体躯、左腰にはやや反りのある長剣が携えられている。そして、両の肩当てからは、濃い色のマントが垂れていた。

 

 ひょいっと持ち上げられた右手に光っているのは、ワイングラス。見ればベンチにはボトルも一本置かれている。

 

「へぇ、俺達にもそのワインを振る舞ってくれるのかな」

 

「残念ながら、これは君たちのような子供……しかも罪人が口にできるものではないよ。西帝国産、百五十年物だ。香りくらいなら分けてやらないこともないがね」

 

 キリトの物言いに、整合騎士はあくまで穏やかに対応した。ワインを一息に飲み干した騎士は立ち上がると、続けて思わぬ台詞を口にした。

 

「さすがに、我が師アリス様とリリア様は慧眼であることよ。囚人の脱走という、万に一つの事態を見事に予期なさるのだから」

 

「あ……アリス様?り、リリア様?我が、師……?」

 

 キリトは唖然として繰り返した。

 整合騎士は鷹揚と頷き、気障な台詞を続ける。

 

「君たちの脱走に備えて一晩ここで過ごせと命じられたものの、正直私もまさかと思っていたからね。一瓶のワインを供に夜明かしするつもりでいたのにこうして本当に現れるとは。でも、一人だけ足りないね。恐れて出てこなかったのかな?」

 

 微笑みながら、騎士はワイングラスをベンチに置いた。空いた右手で長髪を掻き上げ、ほんの少し語気を強める。

 

「もちろんすぐに地下牢に戻ってもらうが、その前に、少々厳しいお仕置きが必要だな。もちろん君たちも覚悟の上だろうね?」

 

 薄い笑みは消えていないのに、長身痩躯のシルエットから圧倒的な闘気が吹き付けてきて、キリトとユージオは一歩下がりそうになるのを懸命にこらえた。

 

「なら、もちろんあんたも、俺達が無抵抗にお仕置きを受けるとは思ってないよな」

 

「ははは、威勢がいいね。まだ学院も卒業してないヒヨコだと聞いたけど、大したものだ。その空元気に敬意を表して君たちの天命が残り一滴まで減らす前に名乗っておこう。――――私は整合騎士、エルドリエ・シンセシス・サーティツー。ほんのひと月前に《召喚》されたばかりで、いまだ統括地もない若輩だが、そこはお許し願おうかな」

 

 騎士の長広舌を聞いた途端、キリトの後ろでユージオが軽く息をもらしたが、キリトはその反応に注意を向けられなかった。なぜなら、小憎らしいほど美声で述べられた台詞には、いくつか重症情報が含まれていたからだ。

 

 まず、整合騎士の名前には法則性があることが、これで明らかになった。整合騎士のアリスのやリリアそして《エルドリエ》が個人名。続く《シンセシス》が共通名。そしてラストネームは、名前でなくは番号だ。英語なのでユージオには判らないだろうが、恐らくアリスが三十番目、リリアが三十一番目の整合騎士。そしてこのエルドリエが三十二番目―――。

 

 しかも、彼は『ほんのひと月前に召喚された』と言った。召喚という言葉は意味不明だが、エルドリエが最も新しく騎士に任ぜられた人間ならば、整合騎士の総数はわずか三十二人ということになる。しかも少なからぬ数の騎士が、人界各地を警護するためにカセドラルから離れているはずなので、塔内にいる騎士は多くても十数人というところではあるまいか。

 だがそんな計算も、眼の前の新米騎士を撃破しなければ、捕らぬ狸の何とやらだ。

 キリトは左斜め後方に立つユージオに向けて低く囁いた。

 

「戦うぞ。俺が先に相手するから、ユージオは合図を待っててくれ」

 

「う、うん。でも……キリト、僕……」

 

「言ったろ、もう迷ってる場合じゃないんだ。あいつに勝てなきゃ、とてもカセドラルは上れないぞ」

 

「いや、迷ってるわけじゃなくて、僕、あいつの名前……―――ううん、後にしよう。了解、だけど無理はするなよ、キリト」

 

 作戦が伝わっているのかやや不安なユージオの反応だが、のんびり打ち合わせをしている暇はない。

 二歩前に出て、広場のゲートをくぐると、キリトは右手に巻き付けていた鉄鎖を解いて緩く握った。それを見た騎士は、ほうっというように眉を軽く動かした。

 

「なるほど、剣もなしにどうするのかと思っていたが、その鎖を武器にするつもりかこれなら、少しは戦いがましい戦いを期待できそうかな」

 

 その声も、表情も余裕たっぷりだ。そして、続けざまにこう言い放つ。

 

「ならば、私も剣ではなく、こちらを使うとしよう」

 

 さっと背中からひかれた右手が握りしめるのは、剣帯の後ろ側に留められていたらしい二つ目の武器――純銀の輝きを帯びる、細身の鞭だった。

 愕然とするキリトの視線の先で、鞭はエルドリエの右手からぱらぱらと解かれ、蛇のように石畳の上にわだかまった。

 見た感じ四メートルほどあるような気がする。それに加え、薔薇の茎のように鋭い棘が螺旋状に生えていた。

 

「それでは……公理教会と禁忌目録に背いたあげく、牢破りまでしたその覚悟に敬意を表して最初から全力で相手させてもらうよ」

 

 キリトとユージオが反応する間もなく、エルドリエは右手の鞭に左手をかざすと、凛とした声で高らかに叫んだ。

 

「システム・コール!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Sideラテン寄りの三人称

 

 

 

「あんなことは言ったけど、これからどうするか……」

 

 キリトたちがこの独房から脱出してすでに二時間近く経過していた。キリトたちが出ていった後、二時間ずっと考えていたわけだが、いいアイデアがさっぱり出てこない。おそらく、キリトとユージオは協力して鎖を切ったのだろう。もしそうなら、ラテンが一人で脱出することは不可能に等しい。

 

「この鎖、地味に優先度が高いのな」

 

 先ほど右手に繋がれている鎖の優先度を確認したところなんとクラス38だった。まさか、そこらの銘剣よりも高い優先度を持つ鎖でつながれているとは光栄のようで光栄ではない。

 

「はぁ。こんなんだったら、助けてもらうんだったな……」

 

 今更後悔しても遅い。もしあの時ラテンを助けていたら、この牢獄を脱出するまでに獄吏が援軍を呼んでいたかもしれない。

 だが、その獄吏のいる詰め所からは何の反応も見られなかった。てっきり、騒ぎ立てるのかと思ったのだが。

 

 ラテンはもう一度ため息をつくと、ベットに腰かけようとした。だがその瞬間、牢獄の鉄格子の前に大きな影が出現する。

 げっ、と思って身を構えると今ではもう聞きなれた声が聞こえてきた。

 

『ラテン、おれっちだよ。ジャビだ』

 

「ジャビィ!?」

 

 すぐさま両手で口を閉ざす。詰め所の反応を伺うが何の反応もない。改めて、声のした物体に視線を向けると、だんだんその輪郭が見えてきた。

 

「じゃ、ジャビ?……それ、なんだ?」

 

『服だよ。お前の服はもうボロボロになってると思ったからな』

 

 ラテンは自分の服を見る。それは連れてきた時と同様、上級修剣士の服装だが、この牢から脱出するためにいろいろ試行錯誤していたからなのか、リリアが引きずってここまで連れてきたからなのか、よくは判らないのだがボロくなっていることは確かだ。

 

「それはありがたいな。だけどお前はどうやってここまで来たんだ?」

 

 ジャビはいったん体に覆いかぶさっている服を地面に置くと、ようやく黄色いボディを現し、牢の中に入りながら声を発した。

 

『おれっちをなんだと思ってる。ドアなんておれっちにかかれば一つや二つ簡単に突破できる』

 

「そうか。なんか俺って、ほんとにピンチなときだけ運がいいな……」

 

 ラテンの左手にジャビが乗っかる。そして、まぶしい光を発しながら刀の姿へと変形した。

 鞘から刀を抜き放つと、右手に繋がれている鎖を叩き斬る。少々大きな音が出たが相変わらず詰め所から反応はない。

 

「よし、脱出だ」

 

 続いて鉄格子を斬り破ると、ジャビが持ってきてくれた服にすぐさま着替える。着てみてわかったのだが、何とも肌触りのいい服だった。その服の色も純白で、上級修剣士の服にも似ている。

 

「サイズはぴったりだな。ありがとうな、ジャビ」

 

 刀から再び変形したジャビが、ラテンの頭に乗っかる。

 

『あたりまだ。それより、早く行くんだ。さっき赤い甲冑の騎士みたいなやつが上へあがって行ってた。キリトとユージオが危ないかもしれない』

 

「わかった。とりあえず、あいつらが無事なら作戦は成功だな。ジャビがいたところに案内してくれ。きっとキリトたちが武器を回収しに行ってるはずだ」

 

『おれっちについて来い』

 

 ジャビが螺旋階段のようなところへ飛んでいく。ラテンはできるだけジャビから離れないように、キリトとユージオがいるかもしれない所へ走っていった。

 

 

 

 




ラテンの服はキリトの服の白黒が反転したものです。

ちなみに、エルドリエはサーティツーにしました。リリアがサーティワンという設定なので(笑)


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第十七話 灼熱の弓使い

Side ユージオよりの三人称

 

 

「さてと……そろそろ、行こうか?」

 

「ああ……行くか」

 

 青薔薇の剣と黒い剣を取り戻したユージオとキリトは、新しい服に着替えると武器庫の扉に手をかける。

 ユージオが右、キリトが左の取っ手を手に取ると同時のそっと引いた。その瞬間―――。

 どかかかっ! と音を立てて、分厚い扉の表面に、何本のも鋼矢が突き立った。

 

「うわっ!」

 

「おわぁ!?」

 

 着弾の圧力で扉は勢いよく開かれると、ユージオとキリトは尻餅をつく。

 出入り口の向こうに広がる長方形の部屋、その正面奥から伸び上がる大階段の踊り場に、見覚えある赤い鎧の騎士が立ち、身の丈ほどあるような長弓に新たな矢をつがえようとしていた。

 

 その距離、およそ三十メル。剣ならば絶対に届かないが、弓ならば必中距離だ。あいにくユージオとキリトは無様に尻餅をついているため、身を隠す時間はない。

 かくなる上は、無傷の回避はあきらめて、せめて致命傷―――いや、行動不能に陥るような深手の回避に全力を注ぐしかない。

 ユージオは両目を見開き、つがえられた四本の矢を凝視した。その照準は二人の心臓ではなく、脚を狙っているようだ。カーディナルが言っていた通り、騎士に出ている命令は抹殺ではなく捕獲なのだろう。二人にとっては、抹殺も捕獲もほぼ同じ意味だが。

 

 整合騎士が、弦をきりりと引き絞った。

 何もかも停止したような、一瞬の静寂―――。

 その空隙を、キリトのびんと張った叫び声が貫いた。

 

「バースト・エレメント!」

 

 あまりの早口だったため、ユージオは相棒がとっさに言ったことが聞き取れなかった。その内容を理解できたのはその現象が起きる直後。

 

 突如、視界が、白一色に塗りつぶされた。

 ソルスが降ってきたかのような、強烈な光。属性系神聖術の起点となる《素因(エレメント)》のひとつ、光素をタダ解放しただけの単純な術だが、キリトは素因生成の術式を唱えていない。

 それでもそれができたのは、先ほど武器庫内部を照らすために呼び出した光素を使ったからだろう。

 

「前だ!」

 

「わかった!」

 

 相棒が叫んだ瞬間、ユージオは床を蹴った。斜め右ではなくまっすぐ前方に。

 光素が爆発したのは二人の頭上後方、つまりユージオとキリトは直接光源を見ていないが、こちらを狙っていた整合騎士の目には届いているはずだ。足にの近くに二本の鋼矢が突き刺さる。

 主に治癒術に使われる光素だが、強く発光させれば眩惑や威圧効果が期待できる。

 

 ユージオは大階段に突入した。一段、二段、三段目に足をかけた、その時。

 十数段先の踊り場に立つ騎士が、右手の面頬から離して背中に回すと、矢筒の鋼矢を引き抜いた。残るすべての本数を、一度に。どう見ても三十本はある。

 

「な……」

 

 細い弦一本で、三十もの矢をまともに撃てるはずがない。

 ぎりぎりぎりっ、と金属が軋む音が耳に届く。

 右隣で立ち止まったキリトも騎士の意図を咄嗟に判断しかねたようだった。苦し紛れのはったりか、それとも―――。

 ひときわ激しい軋み音を振り撒き、長弓がいっぱいに引かれた。

 

「―――左後ろに跳べ!」

 

 キリトが鋭く叫んだ。

 びんっ! と空気が鳴り、直後ばつんと響いたのは、弦が堪えかねて切れた音か。

 しかし、三十本もの鋼矢が放射線状に放たれ、致命的な銀色の雨となって二人の頭上に降り注いだ。

 ユージオは右足が折れるかと思うほどの力で階段を蹴り、左に身を投げ出した。同時に、体の中心線を青薔薇の剣を横にして守る。

 騎士の視力が万全ならば、二人の身体は穴だらけになっていたはずだ。何本かが体を掠り、肩から床面に落下した。

 

「キリト!無事か!」

 

「な……なんとか。足の指の間を抜けたらしい」

 

 キリトの足元を見ると、左の靴のつま先に矢が一本突き刺さり、靴底まで抜けている。

 

「……今のは危なかった……」

 

 呟きながら、痺れかけた体に鞭を打って立つ。

 踊り場を見上げると、今度こそ整合騎士は動きを止めていた。背中の矢筒は空っぽ、長弓の弦も切れてだらりと垂れ下がっている。弓折れ矢尽きる、とはまさにこのことだ。

 

「……行こう」

 

 相棒に低く呼びかけ、ユージオは再び右足を乗せた。

 しかしキリトが、靴から抜いた矢を握ったまま左手でユージオを制した。

 

「待て……あの騎士、術式を……」

 

「えっ」

 

 ユージオは耳を澄ませると、かなり速い詠唱が聞こえてくる。

 

「まずい、これは……」

 

 その時、キリトが喘ぐように声を発した。

 

「これは属性攻撃じゃない。《完全武装支配術》だ」

 

 張り詰めた言葉が終わらないうちに、騎士が最後の一句を朗々と叫んだ。

 

「―――エンハンス・アーマメント!」

 

 ぽっ、とかすかな音を発して、切れて垂れ下がった二本の弦の先端に橙色の炎が生まれた。炎はあっという間に弦を燃やし尽くし、そして長弓の両端に達した瞬間。

 銅の弓全体から、真紅の火炎が巻き上がった。

 

「こりゃあ凄いな……。あの弓は何が元になってるんだろうな」

 

「感心してる場合じゃないよ」

 

 反射的に肩をどやしつけたくなるが、我慢して騎士を見上げる。敵の術式に対抗するために、こちらも憶えたばかりの完全支配術を使う手もあるが、間違いなく向こうが許すまい。

 

「―――こうして《熾焔弓(しえんきゅう)》の炎を浴びるのは実に二年ぶりだ。なるほど、騎士エルドリエ・サーティツーと渡り合うだけの技はあるようだな、咎人どもよ。しかし、なれば尚のこと許せん。正しき騎士の戦いではなく、穢れた闇の術によってサーティツーを惑わしたことがな!」

 

「な……闇の術だって?」

 

 隣でキリトが呆気をとられたように言った。ユージオも一瞬息をつめてから、激しく首を横に振りながら叫んだ。

 

「ち……違う、僕らは闇の術なんか使ってない!ただ、エルドリエさんが整合騎士になる前の話をしただけで……」

 

「騎士になる前、だと!?我らには過去など存在しない!我らは、天界より召喚されたその時から常に光輝ある整合騎士である!!」

 

 鋼のような怒声が大階段を震わせ、ユージオはうっと息を呑み込んだ。

 カーディナルという少女によれば、すべての整合騎士は自分が騎士になる前の記憶を封印されているらしい。つまり眼前の赤い騎士も《自分は天界から召喚された》と思い込まされているだけなのだ。

 

「生かして捕らえろと命じられているゆえ、貴様らを消し炭にまではせぬが、こうして熾焔弓を解放した以上は腕の一本なりとも焼け落ちると覚悟せよ!断罪の炎を掻い潜り、その貧弱な剣を我に届かせられるかどうか、試してみるがよい!!」

 

 強烈な炎が弓の前方へと迸り、それはたちまち一本の矢へと形を変えた。炎の矢の赤々とした輝きからは、内包されたとてつもない威力がまざまざと感じられ、ユージオの背中を強張らせる。

 

「弦切れも弾切れも関係なしか」

 

「何か策はある?」

 

「連射は不可能、そう信じる。初撃をどうにかして止めるから、お前が斬り込むんだ」

 

「信じる、って……」

 

―――つまり、あの炎を連射されたらお手上げ、ということだろう。しかし仮に単発だとしても、それはそれで一撃必殺の威力を有している証のようなかがする。

 

「―――わかった」

 

 キリトが止めるというなら止めるのだろう。ギガスシダーを倒すと言って倒した無茶に比べれば、まだしも現実味がある。

 二人が剣を構えると、覚悟を決めたと見て取ったのか、整合騎士が悠然たる動作で不可視の弦を引きはじめた。

 

 そして、不意にキリトが動く。

 雄たけびを上げるでもなく、床を強く蹴りもしない、木の葉が早瀬に吸い込まれるような突進。一呼吸遅れてしまい、ユージオは慌てて後を追う。

 

「フォームエレメント・シールドシェイプ!ディスチャージ!」

 

 鋭く突き出した左掌から、一列になって射ち出された素因の数は、片手で同時生成の上限である五個。

 

「笑止!―――貫けいッ!!」

 

 火竜の吐息を思わせる衝撃音を轟かせ、ついに炎の矢―――いや、もはや槍と言うべき劫火の塊が発射された。

 刹那の飛翔を経て、炎の槍は、キリトが作り出した氷の盾に触れた。その瞬間ことごとく四枚の盾が破壊される。残りは一枚。

 

「うおおおおお!!」

 

 ユージオが全力で階段を駆け上がる中、キリトの口から裂帛の気合が迸る。右手に握った黒い剣を鋭く前に突き出す。

 キリトがまっすぐ伸ばした剣は、思いもよらない軌道を描いた。目にも留まらぬ速さで閃く五指を中心に、風車の如く回転する。

 しかしその速さは尋常じゃない。いったい指をどう動かしているのか、刀身は視認不可能なほどの勢いで旋回し、まるでそこに半透明の黒い盾が出現したかのようだ。

 炎の槍が五枚の氷壁を破り、新たな六枚目の盾に接触する。回転する刃により、幾千にも火焔が切り裂かれ、放射線状に飛び散る。そのうちの少なくない量がキリトの全身を押し包み、次々と小爆発を引きおこした。

 

「キリト―――!!」

 

「止まるな、ユージオ!!」

 

 ユージオは階段を飛ぶように上る。

 宙に漂う火焔の残滓を一気に突っ切ると、騎士が立ちはだかる踊り場までは、もう目と鼻の距離だ。

 

「おおおおおお!!」

 

 ユージオが整合騎士の前に立ちはだかり、青薔薇の剣を高く振りかぶった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Sideキリト

 

――やばいな。

 

 俺は内心そう思っていた。

 先ほどから飛び散る火の塊が全身に衝突して、幾つか火傷を引き起こしている。このままでは、押し切られてしまう。

 我ながら良い作戦だと思っていたが、眼前の火炎がこうもねちっこいとは予想していなかった。てっきり映画のようにかっこよく弾けるかと思ったのだが…。

 

 押してくる火焔によって俺の剣の回転の速さが落ちてくる。

 もうだめかと思ったその時―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Sideラテン寄りの三人称

 

 

 全力で階段を駆け上がると、目の先で炎に襲われているキリトの姿が目に入った。ユージオは階段を駆け上がっている。おそらく、あの炎を出した術者を叩く気だろう。十中八九整合騎士だと思うが。

 

「ジャビ、刀に戻れ!」

 

『あいよ!』

 

 顔の近くで飛んでいたジャビがラテンの腰に移動し、光を発しながら刀の姿に変形していく。ラテンはそれを確認すると、キリトの元へ全力で駆け出した。先ほどまで、全力で階段を上ってきたので体は少々疲れてはいたが、そんなことは気にしている場合ではない。

 ラテンはキリトの元にたどり着くと、その腰を両手でつかむ。

 

「キリト!一気に引っぱるから、力を抜け!」

 

「ラテン!?―――わかった!」

 

「行くぞ!」

 

 ラテンの掛け声とともにキリトが回転させていた剣を止める。その瞬間、キリトが抑えていた炎が襲ってくるが、ラテンが力を振り絞り大きく横へ飛ぶと、炎はそのまま直進していった。

 

「ハア…ハア……、大丈夫かキリト」

 

「ああ。助かったぜ」

 

 キリトの身体は見たところ目立った外傷はなく、軽い火傷で済んだようだ。だが、無固形の炎を剣を回転させて防ぐなんて改めて化け物だと思う。キリトを立たせて、ユージオの元へ向かおうと、肩を貸す。

 ユージオの方を見ると、術者との決着をつけたようで術者と思われる赤い鎧の騎士が床に横たわっていた。

 

「……小僧……最初に使った秘奥義はなんだ……?」

 

「……アインクラッド流剣術、二連撃技《バーチカル・アーク》」

 

「二……連撃技」

 

 赤い騎士はそう繰り返し、少しの沈黙の後こちらに視線をやりながら口を開く。

 

「そっちの……貴様が使った技は……?」

 

「俺が使ったのはアインクラッド流防御技《スピニングシールド》だよ」

 

「………」

 

 それを聞いた騎士は、がしゃりと兜を鳴らして天井を仰ぐと、再び黙り込んだ。

 数秒後に流れた声は、ラテンたちではなく、自分自身に語り掛けているようにも密やかだった。

 

「……人界の端から端まで……その果てを超えた先まで見てきたつもりでいたが……世にはまだ知らぬ剣、知らぬ技があったのだな……。―――貴様らの技には、真摯な修練を積み重ねた重みがこもっていた。貴様らが、穢れた術によって騎士エルドリエを惑わせたと言ったのは……我の誤りであった……」

 

 整合騎士はもう一度首を動かし、面頬の奥からユージオに視線を向けた。

 

「……名を……教えてくれ」

 

「……剣士ユージオ。姓はない」

 

「俺は剣士キリトだ」

 

「……貴様も咎人だったな。名を教えてくれ」

 

「……俺は、ラテンだ」

 

 三人の名前を噛みしめるように頷いてから、整合騎士は、いっそう意外な言葉を発した。

 

「……カセドラル五十階、《霊光の大回廊》にて複数の整合騎士が貴様らを待ち受けている。生け捕りではなく天命を消し去れと言う命を受けてな……。先刻のように正面から突撃すれば、刹那のうちに息の根を止められるだろう。

 

「……そうか。でも、整合騎士さんよ、そんなことを言って大丈夫なのか?情報漏えいをすると身の危険が…」

 

「アドミニストレータ様の御下命を完遂できなかった以上……我は騎士の証たる鎧と神器の没収され、無期限の凍結刑となろう……。―――そのような辱めを受ける前に、天命を絶ってくれ……貴様らの手で」

 

「………」

 

「迷うことはない……貴様らは……堂々たる剣技によって倒したのだからな……。我……整合騎士、デュソルバート・シンセシス・セブンを」

 

「デュソル……バート?あんたが……あの時の……?」

 

 ユージオから別人のような響きの言葉が発せられた。おそらく、ユージオはこの男のことを知っているのかもしれない。もしかしたら……。

 そう考えた瞬間ユージオが青薔薇の剣を振りかぶる。

 

「お前が…アリスを……!よくも、よくもー!!」

 

「ゆ、ユージオ!」

 

 キリトがユージオの手を取る。ユージオは、何故止めるの、と言いたげな視線を投げかけた。

 

「そのおっさんは、もう戦う気はないよ。そういう相手に剣を振るっちゃだめだ……」

 

「でも……こいつは…こいつは、アリスを連れて行ったんだよ……」

 

「そうなのかもしれないけど、たぶん記憶は消されていると思うぜ?俺の予想ではな」

 

「え……?」

 

 ユージオは愕然として、横たわる騎士のかぶとを見下ろした。整合騎士は意識がもうろうとしているようで、何のことかわからない様子だった。

 

「詳しくは後で説明するよ。とにかくこいつを殺してはいけない。殺したらお前がいつか後悔すると思うぞ。心のどこかで抱え込んで」

 

「………」

 

 ユージオは黙ったままだ。

 キリトはそれを見て、ユージオの肩をポンと叩くと剣を納刀しながら口を開く。

 

「……これからはどうするかはおっさんが決めるんだ。アドミニストレータのところに戻って処罰を受けるか、傷を治療して俺達を追ってくるか……」

 

 キリトは踊り場の右側から延びる階段へと数歩進んだ。そこで立ち止まり、肩越しに振り向いて、ユージオとラテンの目を交互に見る。

 

「……行こう」

 

「ああ」

 

「……わかった」

 

 整合騎士デュソルバート・シンセンス・セブンがこれからどんな選択をするのかはわからないが、三人は前に進み続ける。それぞれの思いを胸に……。

 

 

 




ラテンとキリトたちが合流しましたね。おそらく、サイドチェンジはしばらくなくなると思います。

これからもよろしくお願いします!


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第十八話 少女たちの牙

 

 

 しばらくの間、三人の靴底が大理石の階段を蹴る音だけが鳴り響き続けた。

 それを除けばあたりには静寂が漂っている。ユージオの情報によると、ここには大勢の見習いの修道士等がいるらしいが、見渡す限りでは人の気配はない。

 

「……なあ。俺達、同じところを上っているように感じるんだが」

 

「確かに。……なあ、ユージオ。今何階だっけ?」

 

「あのねえ……次が二十九階だよ。まさかと思うけど二人とも数えてなかったんじゃないんだろうね」

 

「安心しろ。これで何階か把握したから」

 

「……はあ」

 

 ユージオが溜息をついた。そんな、ユージオを見てラテンとキリトは踊り場の壁に背中を預ける。ラテンの至ってはそのまま、背中がずるずると滑り落ちていった」

 

「あ~腹減ったぁ。……お前らは大丈夫なのか?二日も食ってないのに、あんなに動いたんだから」

 

「え、あ、ああ。……俺とユージオは五時間前に食ったから」

 

「何ィ!?そんなバカな!!いったいどこで食料なんて見つけたんだ!?」

 

「そ、それはカーディナルに《武装完全支配術》を教えてもらったときに、ね?」

 

「……いろいろと聞きたいんだが、まず《武装完全支配術》ってなんだよ」

 

「まあ簡単に説明すると、《剣の記憶》を呼び覚まして能力を強化することだ」

 

 《剣の記憶》という言葉については、キリトが私用の剣を預けるときに聞いたことがある。だが、《武装完全支配術》については聞いたことがない。もしかしたら、どっかで聞いたことがあるのかもしれないが、記憶にないということはそこまで印象が大きくなかったのだろう。

 その《武装完全支配術》についてもっと詳しく聞こうと口を開いたとき、懐に潜りこんでいたジャビが出てきた。

 

『残念ながら、ラテンは武装完全支配術は使えないぞ?』

 

「え、なんで?」

 

『おれっちには《武器としての記憶》がないからな。最初に言っただろ?おれっちとお前は特別だって』

 

「じ、じゃあ、そういうことにしとくわ……」

 

 キリトとユージオには何のことかわからないようで、頭の上にクエスチョンマークが出ているようにも見える。

 

「なんかよくわからないけど、とりあえずキリト。ポケットに入ってるのを一つ寄越せよ」

 

「えっ……いや、これはその、非常事態用に……。―――意外と目敏いな、ユージオ」

 

「そんなに詰め込んどいて、気づかないはずないだろ」

 

 キリトは観念したような顔で右のポケットを突っ込むと、蒸し饅頭を三つ取り出して、一つはユージオ、一つはラテンに放ってきた。

 それを受け取ると、香ばしい匂いによって胃が暴れだす。それはまさに猛獣のように。

 

「ああっ、俺の胃が!お前らは早く自分の分を食ってくれ!もしかしたら、お前らを襲ってしまうかもしれん!」

 

「ま、まじかよ。早く食わねえと……!」

 

 ラテンの言葉を聞いて、キリトとユージオが急いで焼き目のついた饅頭を食べ始める。ラテンも手早く饅頭を食べる。何とか暴れた胃を抑えることに成功するが、やはり何か物足りない。何故かキリトの右手が蜂蜜パイに見えてくる。そんなキリトの手に向かって一歩一歩進んでいく。

 

「……ん?ラテン、何やってんだ?―――――え?」

 

ガブリッ。

 

「うわああああ!!!?お、お前っ。何やってんだよ!?」

 

「へ?……うわっ!なんで俺、キリトの手を噛んで……言っとくけど、俺はノーマルだからな!ユウキがいるからな!」

 

「それは俺が言いてえよ……」

 

 痛いのだろうか、キリトは右手をブンブン振っていた。ラテンはジャビに突進されて、地面に寝転がっている。そんな二人を見たユージオは苦笑いするほかなかった。

 

「……リーファにちゃんと謝らないとな」

 

「……なんのこと?」

 

「あ、いや。気にしないでくれ。そんなことより、腹も膨れたことたし、先に進もうぜ」

 

「そうだね」

 

 二人は未だに地面に倒れているラテンを無理やり起こすと、カセドラル二十九階へと続く階段に視線を向けた。

 そして、三人は唖然と両目を見開く。

 手すりの陰から、小さな頭がふたつ覗き、四つの瞳がじっとこちらを凝視している。

 ラテンの視線が二人を交互に突き刺すと、二つの頭はさっと引っ込んだ。しかし、すぐさま頭はもう一度現れ、あどけなさが残る両目がぱちぱちと瞬きを繰り返す。

 

「……君たちは誰?」

 

 二つの頭は顔を見合わせ、同時に頷いてから、おずおずとその全身を露わにした。

 

「……子供かよ」

 

 階上に立つのは、まったく同じ黒色の服に身を包んだ、二人の少女だった。

 年齢は十歳前後に見える。その少女らの腰帯には全長三十センほどの小剣が携えてある。その小剣は刀身だけでなく柄までも、赤みがかった木製でできているように見えた。どこかで見たことがある気がする。

 

(いや、あれは刀身じゃなくて鞘か。それにあれは見たところ南方の《紅玉樫》製だな。《ルベリエの毒鋼》で作られた剣に触れても唯一腐らない素材だったはずだ。ここは一応唱えておくか)

 

 ラテンは周りに聞こえないような声で、詠唱し始める。詠唱が終わると同時に、麦わら色の髪を短く切った少女が唐突に自己紹介を始めた。

 

「あの……あたし、じゃない私は、公理教会修道女見習いのフィゼルです。そんでこっちが、同じく修道女見習いの……」

 

「り……リネルです」

 

 リネルと名乗った少女は、薄い茶色の髪を二本のお下げに編んでおり、フィゼルと名乗った少女とは逆に、いかにも気弱そうな少女だった。

 

「あの……ダークテリトリーからの侵入者っていうのは、お三方のことですか?」

 

「「「は……?」」」

 

 思わず顔を見合わせる。キリトもユージオもこの状況をどう判断したものか決めかねているようだ。仕方がない。ここは、アインクラッドで鍛え上げた対子供攻略術を披露するしかない。

 

「ここは俺に任せろ。この手は何度も経験してるつもりだ。……ロリコンじゃねえぞ?」

 

「わかってるから。頼むわ」

 

 ラテンは釘をさすと、階上の二人視線を再び向ける。

 

「そんなに警戒しなくていいぜ、お嬢さん方(こっちは警戒してるんだけどね)。俺達は一応人界から来たんだ。……まあ、侵入者には変わりはないけど」

 

「……なによ、見た目は全然普通の人間じゃないのよ、ネル。角も尻尾もないわよ」

 

「わ、私は本にそう書いてあるって言っただけですよう。早とちりしたのはゼルの方です」

 

「うーん、でも、もしかしたら隠してるだけかも。近づけばわかるかな?」

 

「ええー、どう見ても普通の人間ですよ。でも……ひょっとしたら牙はあるかも……」

 

 ラテンの返答など無視をして、二人は何とも微笑ましいやり取りをし始めた。これが本当に優しい心を持った子供なら、完全に警戒を解いているだろう。だが、何故かこの二人には違和感を感じる。

 

「あのぉ……お三方は本当に、ダークテリトリーの魔物じゃないんですか?」

 

「ないない。もしそうなら、とっくに君たちを食べちゃってるって」

 

「なら、すいませんが、近くでよく見せていただけませんか……その、おでこと、歯を」

 

「……わかった」

 

 ラテンは渋々承諾すると、キリトとユージオの近くまで一応下がった。ラテンの返答にフィゼルとリネルが顔を輝かせると、好奇心と警戒心が綯い交ぜになった足取りでとことこと階段を降りてきた。

 ラテンは身をかがめ、右手で額の髪を押し上げながら、歯を剥き出して見せた。子供たちはラテンの顔を瞬きもせずに十秒くらい凝視した後、納得したように頷く。

 

「人間よ」

 

「人間ですね」

 

 二人の顔には露骨なまでに失望が浮かんでいるので、つい苦笑する。そんなラテンに二人が首を傾げた。

 

「でも、お三方がダークテリトリーの怪物じゃないなら、どうしてセントラル・カセドラルに侵入しようなんて思ったんですか?」

 

「……人を取り戻しに来たんだよ。多分その人は整合騎士だから、ここまで来たんだ」

 

「そうだったの。結構普通の理由だったのね」

 

 明らかに公理教会に対する反逆行為なのだが、その公理教会を信じてる二人が嫌悪感一つ浮かばせないなんて驚きだった。

 

「じゃ、じゃあ最後にお名前を教えてもらってもいいですか?」

 

「……俺はラテン。後ろの黒髪がキリトで、亜麻色がユージオだ」

 

「姓はないの?」

 

「ああ。俺達は平民上がりだから。……フィゼルとリネルは?」

 

「私たちにはありますよ」

 

 そこまで言って、リネルはにっこりと笑った。明るく無邪気なまるで普通の女の子のような笑顔。

 

「私はリネル・シンセシス・トゥエニエイトです」

 

「……やっぱりか」

 

 ラテンはとっさに腹部に左手を移動させる。その手は少女の手を掴んでいた。ラテンの腹部二㎝手前ほどに、濁った緑色の刀身をした剣尖が向けられていた。少女の顔を見ると、明らかに動揺しているように見える。

 ラテンはその手を振り払い大きくバックステップをし、二人の少女と対峙した。

 

「動かないで!」

 

「……!」

 

 視線を上げると、キリトとユージオの腹部に似たような形状をした小剣が五センチほど刺さっている。

 

「―――で、あたしがフィゼル・シンセシス・トゥエ二ナイン」

 

「きみ……た……せいご……き……」

 

 ユージオがそんな声を絞り出した直後、膝から崩れ落ちた。それと同時にキリトも倒れ込む。何の抵抗もなく崩れ落ちたということは痺れている―――すなわち毒だろう。

 

「そこから一歩でも動いたら、この喉を掻っ切りわよ?」

 

「……嬢ちゃんにしてはなかなかワイルドなことを言うなあ」

 

「……この二人の命が惜しいのなら、何も言わずについて来てください」

 

「いまさら、抵抗する気なんてねえよ。こっちは人質を取られてるんだし」

 

 キリトとユージオに視線を向けると、謝罪を述べているようなまなざしが投げかけられた。もっとも、キリトに関しては先ほど何かを詠唱していた気がするが、ここで使う気はないようだ。

 

「あら。あなたは剣を持ってないようね。もしかして、生身でここに侵入してきたの?」

 

 フィゼルは嘲笑しながらキリトとユージオの剣を取ると、リネルと共に二人を引きずり始めた。普通ならば階段を引きずれられれば、痛いはずなのだが全身に毒が回っているのか、声一つ出さなかった。もう、感触が失われているのかもしれない。

 ラテンは大人しく二人についていく。引きずっているにもかかわらず少女たちは驚くべき速さで階段を上がっていた。

 

 

 階段を上っている間にフィゼルとリネルは過去のことを話し始めた。

 二人は五歳の時に天職を与えられたこと。その天職が、お互いを殺し合うこと。アドミニストレータが蘇生術の実験をしていたこと。前整合騎士のなんとかシンセンス・トゥエニエイトとトゥエニナインを二人で殺して整合騎士になったこと。 

 

 その内容を聞く限り、この二人があれほどの体術を身に付けていることも納得がいく。この二人は幼い時から地獄を経験して、整合騎士になったのだ。まあ、二人ともまだ幼いが。

 

 何度目かの方向転換の後、ついに《霊光の大回廊》という場所にたどり着いたのか、二人は足を止めた。

 天井は二十メルほどあるだろうか、遙か頭上で弧を作る大理石の天蓋には、創世の三女神と従者たちの似姿が色彩豊かに描かれている。天蓋を支える円柱も無数の彫刻で飾られ、左右の壁に設けられた大きな窓からはまぶしい光がふんだんに降り注いでいた。

 

 視線を前方に向けると、鎧兜に身を固めた複数の騎士たちが、何者も通さぬという威圧感を放ちながら立っていた。等間隔に四人、少し前に一人。

 後ろの四人は同じ鎧を身にまとっているが、その前に立つ騎士は明らかに四人と異なる鎧を身にまとっている。全体が優美な薄紫色の輝きを帯び、装甲も比較的華奢だ。腰に携えているのは、刺突技に特化している細剣。

 同じ整合騎士なのにフィゼルやリネルとは違い、ただならぬ闘気が感じられる。

 

「―――そこにいらっしゃるのは、副騎士長のファナティオ・シンセシス・ツー殿ですね」

 

「《天穿剣(てんせんけん)》のファナティオ殿がわざわざお出ましとは、元老もよっぽど慌てているようですね。それとも慌てているのはファナティオ様ご自身でしょうか?このままじゃ、副騎士長の座を《金木犀(きんもくせい)》殿か《八重桜(やえざくら)》殿に奪われかねませんし、ね?」

 

 張り詰めた数秒間の静寂の後、紫の騎士が、金属質の残響を伴うやや高めの声で被った。その声には苛立ちが含まれているように聞こえる。

 

「……見習いの子供が、何故名誉ある騎士の戦場にいるのだ」

 

「あは、くーっだらなぁい!」

 

「戦いに名誉とか格式とか持ち込むから、一騎当千の整合騎士様が三度も負けるんだよーだ。でも安心していいわよ、騎士様がこれ以上醜態をさらさなくても済むように、あたしたちが侵入者を捕まえてきてあげたから!」

 

「これから、私たちが侵入者さんの首を落としますから、よく見てちゃんと最高司祭様に報告してくださいね。まさか名誉ある整合騎士様が、手柄を横取りするような真似はしないと思いますけどね」

 

 超人的な強さを持つ整合騎士を五人も向こうに回して、ここまで遠慮のない口を利けるなんて、まだ少女と言えどさすがは整合騎士か。だが、彼女らは向こうにいる整合騎士に意識を向けすぎた。

 

「「………!?」」

 

 黒衣の人影が、音もなく少女らの背後に回り込む。ラテンもその動きを見た瞬間ユージオの元に駆け出した。

 黒衣の人影―――キリトがフィゼルとリネルの小剣を抜き取ると、二人の剥き出しになった左腕に浅く切りつけた。二人がぽかんとした顔でこちらを見たのはそれらがすべて終わったあとだった。

 

「なんで……」

 

「動け……」

 

 二人は軽い音を立てて床に倒れ込む。それに入れ替わるようにキリトが立ち上がった。ラテンはユージオの首を持ち、座らせる。

 

「大丈夫か、ユージオ?」

 

 ユージオが口をゆっくりとパクパクさせる。おそらくまだ筋肉がしびれているのだろう。キリトがフィゼルの懐から取り出した解読薬らしきものを持ってきて、ユージオに飲ませる。

 

「麻痺は数分で解ける。しゃべれるようになったら、騎士たちに気付かれないように武装完全支配術の詠唱を始めるんだ。準備ができたらそのまま保持して、俺の合図を待て」

 

 キリトはそれを言うと、再び少女たちの元へ歩いていく。ラテンもそれに続く。キリトは少女たちが離した黒い剣を手に持ち、じゃりん、という音と共に引き抜いた。

 

「……ジャビ」

 

 ジャビがラテンの懐から出てきて左手に乗る。光を放出しながら刀の姿へと変形した。それを帯刀すると、倒れている少女を壁に寄りかかせる。

 

「種明かしはこれが終わってからな。本当ならお前らは死んでるんだぞ?まあ、俺達はお前らを殺さない。その代り見ておけよ?本物の整合騎士の実力を」

 

 ラテンはにこっと笑うと、キリトの隣に移動した。刀を抜刀し大空天真流(おおぞらてんしんりゅう)の構えをとる。

 

「お前はあのファナティオをやってくれ。後ろの四人は俺に任せろ」

 

「わかった。――――我が名は剣士キリト。騎士ファナティオ!堂々たる立ち合いを申し込む!」

 

「我が名は整合騎士第二位、ファナティオ・シンセシス・ツー。いいだろう。その立ち合い、引き受ける」

 

「……後は任せたぜ?」

 

「わかってる」

 

 ラテンとキリトが腰を低くし足に力を入れる。

 

「剣士キリト―――」

 

「剣士ラテン―――」

 

「「参る!!」」

 

 

 

 

 

 

 




なんか最後、キリトは名乗ったのにラテンは名乗ってませんね(笑)
今回はユージオのポジションにラテンを入れてみました。前回はユージオが活躍してくれたので、彼も許してくれるでしょう(笑)

これからもよろしくお願いします!


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第十九話 十五番目

 

 

 ラテンとキリトが走り出すと、ファナティオの後ろにいた四人の整合騎士が動き出した。左端に立っていた騎士が両手持ちの大剣を、重い唸り声と共に横なぎに繰り出す。

 

「あんたらの相手は、俺だ!」

 

 ラテンがその一撃を受け止めると、キリトが武装完全支配術の詠唱を始めているファナティオの元の駆け出す。

 

 

 ラテンは騎士の大剣を押し返すと、そのまま追撃態勢に入る。大きく体勢を崩した騎士の懐にもぐりこみ刀を振り下ろす。だが……

 

「………!?」

 

 一人目の撃破を確信した直後、もう一人の騎士が最初の騎士の影から出現した。そのまま、渾身の水平斬りを放とうとしている。しかし、ラテンの反応は速かった。

 

「あまいぜ!」

 

 左手で腰から鞘を取り出すと、騎士の斬撃の軌道に合わせた。さすがは整合騎士か、その一撃はリーバンテインより重い。だが、一撃の威力で勝負が決まるわけではない。少なくとも相手がラテンだった場合は。

 

 ラテンは鞘で防いだわずかな時間を利用して思い切りしゃがみこむ。ブレーキが無くなったため、騎士の剣はとどまることを知らずに振り切れられる。そのまま、斬りこめばラテンの勝ちだ。

 

「……くそっ、またかよ!?」

 

 またもや斬撃動作に入っているラテンに、二人目の騎士の陰から出現した三人目の騎士の水平斬りが襲い掛かる。

 

(さっきから俺が斬る直後に出てきやがって。それに水平斬りばっか……!もしかしたら……!)

 

 ラテンは左手に持っている鞘を床に突き立て、左足に力を入れる。三人目の騎士の斬撃がラテンに届く寸前、左足で地面を蹴り込み、鞘を支点として回転しながらジャンプする。

 もちろん先ほどの二人と同じく、大きく体勢を崩した三人目の騎士は隙だらけだ。しかし、ラテンはそれに斬りかからない。鞘を使った分、普段より高く飛び上がったラテンは地に降りることを知らない。

 

 次の瞬間三人目の騎士の陰から四人目の騎士が出現した。また、性懲りもなく水平斬りをしようとしている。おそらく着地直後を狙う気だろう。しかし、それを読んだうえでラテンはジャンプしたのだ。

 

「おらああああああ!!!!」

 

 がら空きになった脳天をラテンが斬り下ろした。刀が四人目の騎士の体を貫通する。その光景を見ていた誰もがこの後、血を吹き出しながら真っ二つになる騎士の姿を予想していただろう。しかし、現実は全部セオリー通りに行くとは限らない。

 ラテンが刀を振り下ろし終わると、四人目の騎士は倒れ込んだ。無傷のままで(・・・・・・)

 着地直後ラテンは未だに状況を理解しきれていない騎士たちに斬りかかった。一人、二人と、誰がどう見ても体を真っ二つにしたとしか思えないような斬撃を繰り出したはずなのだが、斬られた二人も先ほどと同様無傷でその場に倒れ込む。そのまま、残る一人の騎士に斬撃を放ったが、間一髪で防がれた。仕方なく、バックステップをとると、最後の一人となった騎士と対峙する。

 

「……貴様、何をした」

 

「何もしてねえよ。ただ、斬っただけだ」

 

 騎士はラテンのことを怪訝な眼差しで見つめる。そしてすぐさま、倒れている整合騎士に視線を向けた。

 ラテンの斬撃は完全に天命が全損するものだった。だがそれでも外傷はなく、死んでいるわけでもない。おそらく、倒れている整合騎士の天命は残り200ほど残っているだろう。

 それをラテンが知っている理由はこの刀の性能だからだ。この刀はラテンの思いによって、能力が分かれる。

 

 一つは、ラテンが《心の底から殺人衝動を湧きあがらせたとき》だ。その場合は、普通の剣と同様相手を傷つけることもできるし、相手を殺すこともできる。まさに《普通の武器》だ。だが、ラテンの刀が普通の武器と違うのはもう一つの条件の場合。それは『殺人衝動が心の底から湧き出ていないとき』。

 完全な殺意がなければラテンの刀は、相手を斬っても傷を付けずに天命だけを削り取る。それも、相手の天命を一%ほど残して。

 

 とても使い勝手のいい武器だが、デメリットは《痛み》を消せないことだ。致命傷にならない程度の斬撃なら、誰でも痛みに耐えることができる。しかし、致命傷かもしくは天命が全損する斬撃を受けた場合、常人ならば必ず失神する。それは整合騎士と言えでも、耐えられなかったようだ。まあ普通ならば<死んでいる>ため、当たり前と言ったら当たり前なのかもしれないが。

 

「でも、あんたは強そうだ」

 

「確かに私は先の三人よりも剣の技術は上だ」

 

「こりゃあ、簡単にはいきそうにないな」

 

 ラテンが再び構える。一方騎士は先ほどと違う構え方をする。さっきの四人のうち、何番目かはわからないが、恐らく一番目だろう。四人の中で一番身のこなしがうまかった。

 

「我が名はダンレクト・シンセシス・フィフティーン。剛襲剣(ごうしゅうけん)の使い手だ」

 

「俺の名はラテン。流派は大空天真流」

 

「では改めて―――参る!」

 

 ダンレクトが地を蹴り、ラテンに斬りかかる。先ほどの連携プレイのような単純な軌道ではなく、確実に殺しにかかっている。

 斜め上から振り下ろされる大剣をラテンは両手持ちで受け止めた。

 

「―――!」

 

 ラテンはその斬撃の重さから、思わず片膝をつく。床にはラテンの膝を中心にして蜘蛛の巣のようにヒビが入った。

 先ほどはやはり自分の剣術よりも連携重視で、斬撃を放っていたらしい。今まで感じた中で間違いなく一番威力が高いものだ。

 

「お、らあ!」

 

 ラテンは刀の角度を変えることで、真横に大剣の軌道を変えることに成功した。そのままがら空きの腹部に斬撃を繰り出した。

 しかし、腹部の鎧によって刀が防がれる。先ほどの三人の鎧よりも強度が段違いだった。十分な威力を発揮していないとはいえ、クラス49の武器の斬撃をいとも簡単に防ぐとは、相当優先度の高い鎧に違いない。

 ラテンは右足で騎士の鎧を蹴り、無理やり後ろに体を押し出す。そうしなければ、大剣で体を真っ二つにされていただろう。

 

 体を反転させて身を起こす。すぐさま視線を騎士に向けると、すでにラテンの元へ向かってきていた。再び振り下ろされる大剣はいなすだけで精一杯だ。この騎士は相当腕力に自信があるのか、大剣を使っているというのにまるで片手剣のように斬撃を繰り出してくる。

 なすすべもなくままラテンはどんどん押されていく。

 

(く…そ!何か手はないか。何か……!)

 

 一瞬鞘を使う手も考えたが、ここで叩き折られたら刀の天命を回復する手段がなくなる。それは、ラテンがこれから戦うことができないことを意味する。

 頭をフル回転させて、手を考える。だが…

 

「……しまっt」

 

「終わりだあああ!!」

 

 ラテンの剣が右にはじかれ、完全に体勢を崩した。体全体が後ろに押されているため、体勢を立て直すことは不可能。そのまま、後ろに倒れても確実に騎士の一撃をくらってお陀仏。ラテンに選択肢なんて残されていなかった。

 

(こんなところで、俺は……俺は……!)

 

 思考がクリアになった瞬間ラテンの中の何かがはじける。

 両目を見開き、剣筋に視線が一転集中する。今のラテンには、騎士の斬撃の軌道が完全に読めていた。

 自然に逆らわず、そのまま床に倒れ込む。だが倒れ込む瞬間、体を全力でひねり、斬撃をすれすれでかわした。そのまま、体を回転させて騎士と距離をとると立ち上がる。

 

「ほう。今のをかわすとは、なかなかやるな」

 

「……これで終わりだ」

 

 ラテンは刀を納刀し、腰を低くした。右半身を前に突き出し、右手を騎士の身体に向ける。抜刀術の構えだ。

 

「おもしろい構えだ。その技を見せてみろ!」

 

 ダンレクトが大剣を大きく構える。その大剣に黄緑色の閃光が帯び始めた。その姿は両手剣重突進技<テンペスト>の構え方を酷似している。テンペストはアバランシュよりも威力と攻撃範囲が段違いで、直撃したらひとたまりもない。その代り、カウンター専用なので、相手が斬りこまなければ発動されることはない。

 だが、あくまでラテンは真っ向勝負をする気らしい。ラテンの視線は騎士の手元に集中している。大きく息を吐いた瞬間、ラテンは思い切り地を蹴った。

 

「うおおおおおおお!!!!」

 

 ダンレクトが大きく水平斬りを放った。その斬撃がラテンの身体目掛けて襲い掛かる。普通ならば回避することは不可能だ。

 ラテンは水平斬りを行なってる大剣目掛けて、下から抜刀した。下から叩きつけられた大剣は軌道が上にずれる。だが、これで終わりではない。

 ラテンは抜刀した勢いを使って、がら空きになったダンレクト両ひじに鞘を思い切り叩きつけた。

 

(きゅう)大空天真流抜刀術(たいくうてんしんりゅうばっとうじゅつ)(れん)(かた)流絶天閃(りゅうぜつてんせん)》。

 

 その衝撃によって、ダンレクトは大剣を手放す。その両手は、痙攣しているかのように上下に小刻みに震えていた。おそらく、今のダンレクトは剣を持つどころか両手に力を入れることさえできないだろう。

 

「……見事」

 

 そのままダンレクト・シンセンス・フィフティーンは地面に倒れ込んだ。ラテンは刀を納刀する。それと同時にキリトの方へ顔を向けた。

 

 見ればそこではすでに戦闘を終えたらしく、あちらこちらに傷を負ったキリトの傍にユージオがいた。ラテンも二人の元へ駆けていく。

 

「……終わったか?」

 

「ああ……ほいっ」

 

「わっと……なんだこれ?」

 

「まあ、とりあえず飲んでみろって」

 

 仕方なく、覚悟を決めてキリトに渡された小さな瓶の中に入っている液体を飲み干すと、減っていた天命がみるみるうちに回復していった。体にできた傷も塞がっていく。

 

「すげーな、これ」

 

「ラテンも無事でよかったよ。ごめん、援護できなくて」

 

「いいよいいよ。キリトの方はやばかったみたいだし。ユージオの判断は間違っていなかったぜ」

 

 ラテンはユージオの肩に、ぽんっと手を置いた。ユージオが微笑むと同時に、キリトが素っ頓狂な声を上げる。

 

「うわっ!?」

 

「何だよキリト…って、わっ!」

 

 ラテンには何故キリトが素っ頓狂な声を出したのか、すぐさま理解できた。その原因は床にいる十五センほどの大きな虫だ。ムカデのような形をしたそれは、ユージオの靴の上に張り付き、触覚らしきものをゆらゆらと揺らしていた。

 

「ひい!?」

 

 ユージオがヒステリックな声を上げて大きな虫を振り落すと、垂直跳びを何度も繰り返した。だが、このままでは嫌な予感しかしない。

 

「お、おい、ユージオ。お前、そのままだt――――」

 

 くしゃ、ぷちぷち。

 うむ、なんとも簡潔でわかりやすい音だ。その音は、どんな人でもあの光景を連想させてくれる。

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

 しばらくの静寂。だが、それは破られることもなくラテンとキリトが無言で三メルほどユージオから離れた。

 

「おい……おおい!どっか行くなよ!」

 

「ごめん、俺、そういうのちょっと苦手だから」

 

「お前って虫が苦手なくせにいろんな種類を知ってるよな……。あっ、ユージオ。安心しろって。虫は無視ってよく言うじゃないか。何もなかったことにすればいいんだよ」

 

「ならなんで僕から離れるのさ!」

 

「こ、これは……本能?」

 

 ラテンはとぼけて見せる。だが、ユージオは納得がいかない様子で、何やら小言を言い始めた。

 

「こ、こうなったら………二人とも道ずれにしてやるぅ!!」

 

「あっ、お前って実は黒いのな!」

 

 三人がクラウチングスタートの形をとって、逃げる側と追いかける側の死逃(しとう)が開幕される瞬間、ユージオが声を上げた。

 

「こ、これって……」

 

「え?」

 

 ユージオの視線の先を見ると、先ほどまで四散していた無残なもんじゃがきれいさっぱり消えていた。

 

「……なるほどな。今のが、アドミニストレータがカーディナル捜索用に放った使い魔か。図書室と通路をかぎ分けたんだな……」

 

「………じゃあ、この塔は、さっきみたいな奴がたくさんうろついてるってこと?」

 

「もしかしたら、かくれんぼが大好きなのかもな。存在を無視されるほどに……」

 

 ラテンがまたもつまらないシャレを言うと、ユージオは再び苦笑する。キリトは肩を上げて、おどけたようにすると口を開いた。

 

「はいはい。ってことで、後半戦に行ってみようか!」

 

 こっちとしては延長戦に突入している気分なのだが、まだまだ先は長い。こんなことでへばっていたら、整合騎士でも最強クラスの奴らとなんて、ひとたまりもない。

 ラテンは大きく深呼吸すると、巨大な扉に視線を向けた。

 

「んじゃあ、PK戦に入る前に終わらすぞ」

 

「おお!」

 

「ぴーけーせん?……あっ、ちょっと!二人とも待ってぇ!」

 

 先に進んでいく二人の背中にユージオは慌てて追いかけていった。

 

 

 

 

 

 




 
なんか戦闘シーンが雑だったような気がします。すいませんm(_ _)m

ダンレクトは完全にオリキャラです。あと、テンペストはホロウフラグメントからいただきました。


そして、新たな技が出てきたので、説明します。


旧・大空天真流(きゅう・たいくうてんしんりゅう)

大空天真流(おおぞらてんしんりゅう)の元になった剣術で、戦国時代から明治時代まで受け継がれてきた殺人剣。そのスタイルは、大空天真流と同じようにカウンターを主流としている。


旧・大空天真流抜刀術 天照雷閃(てんしょうらいせん)

雷の如く放たれる高速抜刀術。主に殺傷用だが、ラテンのように武器だけをはじくことも可能。

旧・大空天真流抜刀術・連の型 流絶天閃(りゅうぜつてんせん)

二段式抜刀術。速さは天照雷閃よりも劣るが、旧・大空天真流の中で唯一殺傷用ではない技。初撃で相手の剣の軌道をずらし、二撃目の鞘で相手の肘の関節を砕くことで、受け手が二度と剣を振れないようにする。

旧・大空天真流には三種類の抜刀術がある。


ラテンの一時的覚醒について。

天理の潜在能力。五感で伝わる情報が瞬時に運動神経に送られることによって、反応速度が飛躍的に向上する。
だがそれが理由なのか、発動した後のラテンは発動前とは違って冷酷になり、口数も少なくなる模様。

この作中ではこれから 真思(しんし)という名称で出したいと思っています。

これからもよろしくお願いします!



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第二十話 約束への道

 

 大扉の奥に存在したのは、ラテンたちが上ってきた大回廊南側の階段ホールとほぼ同じ広さの空間だった。形も同じく長方形、奥の壁には細長い窓が並び、濃い青色の北空を覗き見ることができる。

 しかし、黒と白の意志が交互に嵌め込んだ床には、肝心な五十一階へと続く筈の階段がなかった。

 

「おいおい。アドミニストレータは俺達にロッククライミングさせたいのかよ……」

 

 キリトとユージオも驚いているようで、周りを見渡していた。梯子もなければ縄一本すらない。おまけに壁は、憎たらしいほどに真平面だ。これではよじ登ることも不可能。

 

「……な……」

 

「なんだこりゃ……」

 

 キリトとユージオがそんな声を上げたので、ラテンも二人の視線をたどる。だが、ラテンの視線は物体をとらえることができなかった。

 

「思った以上に高いというか……高すぎね?」

 

 天井がない。いや、本当はあるのかもしれないが、今のラテンにはそれを視認することはできない。それほど長い縦穴がどこまでも続いているのだ。

 視線を上から徐々に下に持っていくと、小さい扉がいくつも設けられていることに気が付いた。おそらくその扉一つ一つが、五十階以上のフロア―――部屋なのだろう。

 

「……届くわけないよ……」

 

 いつの間にかユージオが右手を伸ばし、ぴょんと軽く飛び上がっている。だがそれはやるだけ無駄だ。どう見積もっても、一番近い扉までは二十メル以上ある。エクスキャリバーを取りに行った時のクラインの大ジャンプの記録でさえも、ここでは蟻んこ同然だった。

 

「あのさ……一応確認しとくけど、空飛ぶ神聖術ってないよな?」

 

「ないよ」

 

 キリトの問いにユージオが問答無用で即答する。ラテンも一瞬そのことを思ったのだが、よくよく考えればそんな術があればここまで苦労していないはずだ。

 

「ちぇ。飛龍の一、二体いただいてくればよかったな」

 

「その飛龍がどこにいるのかわからなかったけどね……」

 

 こうなったら、先ほど倒したダンレクトに聞く以外道はない。ラテンが道を引き返そうとしたとき、キリトが緊張した声で囁いた。

 

「おい、なんか来るぞ」

 

「え?」

 

 キリトの視線をたどる。そこには確かに上から何かが近づいてくるのが見えた。一列になって突き出しているテラスの端を掠めるように、黒い影がゆっくりと降下してくる。三人は大きくバックステップをして、剣の柄に手を添えた。

 

 そのままの体勢で降りてくる物体を見ると、どうやらエレベーターか何かのようなものだということが理解できた。完全な円形で、直径二メルと言ったところか。

 その円盤が三人の前で円い窪みにぴったりと着地する。その上には、一人の少女が静かに立っていた。

 

「………」

 

 一瞬新手の整合騎士かなんかかと思っていたのだが、少女の腰や背中には鎧どころか武器一本見当たらなかった。身に付けているのは胸から膝まで伸びた白いエプロン。それに簡素な黒いロングスカートだ。

 少し灰色がかった茶色の髪は眉と肩の線までまっすぐ切り揃えられ、血色の薄い顔も特徴を見出しにくい造作だった。

 

「お待たせいたしました。何階をご利用でしょうか」

 

「ああ、いいの?じゃあ―――」

 

「「ちょっと待ったー!!」」

 

 さっそくエレベーターらしきものに乗り込もうとするラテンの両肩を、キリトとユージオが思い切り鷲掴む。

 ラテンは「冗談だよ」と笑ってみせると、改めて少女に顔を向けた。

 

「俺たちここに侵入したお尋ね者なんだけど、そのエレb―――円盤に乗せていいのか?」

 

「わたくしの仕事は、この昇降板を動かすことだけでございます。それ以外はいかなる命令も受けておりません」

 

「そう。じゃあ、問題ないな。行こうぜ」

 

「ああ」

 

「え?お、おい、大丈夫なのか?」

 

「安心しろ。もしもの時はこの嬢ちゃんを人質にする」

 

「ええっ!?」

 

 キリトがユージオの背中を押し、無理やり円盤に乗せた。ラテンもその後に続く。

 

「ええと、これでいける一番高いところは何階?やっぱ、無難に七十五階とか?」

 

「いえ、七十五階はリリア様がいらっしゃる《桜花庭園》です。それでは、八十階《雲上庭園》まで参ります。お体を手摺りの外に出しませんようにお願いいたします」

 

 今この少女はなんて言っただろうか。ラテン聞き間違えでなければ、七十五階にリリアがいるということになる。それをみすみすスルーするわけにはいかない。

 

「あ、ちょ、ちょっと待ってくれ。先に七十五階で止まってくれないか?」

 

「おい、ラテン」

 

「キリトとユージオはそのまま《雲上庭園》行ってくれ。俺が単身でリリアのところに行く。」

 

「それは危険すぎる。僕とキリトも……」

 

「いや、大丈夫だ。お前らはアリスを取り戻しに来たんだろ?なら、お前らはそのまま先に行くべきだ。おそらくアリスはその先にいる」

 

 ラテンが今までにない真剣な眼差して訴えると、キリトもユージオも渋々応じてくれたらしく、頷いた。

 円盤に乗っていた少女が一礼をしてから、筒の天辺に両手をあてる。

 

「システム・コール。ジェネレート・エアリアル・エレメント」

 

 突然の術式詠唱によって、緑色に輝く風素が出現した。その数はなんと十個。これほどの量を同時生成できるということは、この少女は術者として相当高位に位置しているはずだ。

 少女は硝子筒に当てた華奢な十指のうち、右手の親指、人差し指、中指をまっすぐ立てると、そっと呟いた。

 

「バースト・エレメント」

 

 途端、風素のうち四個が緑の閃光とともに弾け、ごうっ!という唸りが足の下から湧き起った。直後、四人もの人間が乗った金属の円盤が、見えない手に引っ張られたかのように上昇を開始する。

 

「なるほどなあ!そういう仕組みなのか」

 

 感心したようなキリトの声にラテンも同意する。この円盤が上下する原理は、円盤を貫く硝子筒の内部で風素を解放し、生み出された爆発的な突風を下向きに噴出することで、四人の体重に円盤自体の重さを足しただけの重量を持ち上げているのだ。

 円盤はどんどん上昇していく。

 

「……君はいつからこの仕事をしているの?」

 

 キリトが少女にそう尋ねると、少女はほんの少し不思議そうな声で尋ねた。

 

「この天職を頂いてから、今年で百七十年になります」

 

「へぇ~。じゃあ、君は百七十歳ってことになるのか~………って、ええっ!?」

 

 ラテンは腰が抜ける思いだった。

 天職とはそれが終わるまで、変更されることはない。つまりこの少女は百七十年間ずっと、この円盤を上下に動かし続けているのだ。そんなにやってたら、目を瞑っててもこなせる勢いではないか。

 

「……君……名前は?」

 

 キリトが不意にそう尋ねる。  

 少女はこれまでで一番長く首を傾げた後、ぽつりと答えた。

 

「名前は……忘れてしまいました。皆様は、わたくしを《昇降係》とお呼びになります。昇降係……それがわたくしの名前です」

 

 頭の中で自分を少女に置き換えて想像してみる。

 

―――昇降係、〇〇階。 ――かしこまりました。

 

―――昇降係、〇〇階へ行ってくれ。  ――かしこまりました。

 

―――昇降係、〇〇階を頼む。   ――かしこまりました。

 

―――昇降係、―――昇降係、―――昇降係、

 

 

「うわああああ!!」

 

「ど、どうした!?」

 

「あ、いや。何でもない……」

 

 百七十年間も同じようなワードを言われ続けたら、それこそノイローゼになってしまいそうだ。

 それ以降は無言の状態が続き、定期的に階を言っていたユージオはそれに耐えかねたのか、口を開いた。

 

「……あの……あのさ、僕たち……公理教会の偉い人を倒しに行くんだ。君にこの天職を命じた人を」

 

「そうですか」

 

 少女が返した言葉はそれだけだった。それでもユージオは再び口を開く。

 

「もし……教会が無くなって、この天職から解放されたら、君はどうするの……?」

 

「……解放……?」

 

 おぼつかない口調でそう繰り返すと、昇降係と言う名の少女は、円盤がさらに五つのテラスを通り過ぎるあいだ沈黙を続けた。

 ちらりと上空を見上げると、いつの間にか行く手に灰色の大きな天井が出現していることにか気が付いた。いよいよ、リリアとご対面することになる。

 

「わたくしは……この昇降洞以外の世界を知りません」

 

 不意に、少女がぽつりとつぶやく。

 

「ゆえに……新たな天職を仰られても決めかねますが……でも、してみたいこ、と言う意味ならば……」

 

 これまでずっと俯かせていた顔を上げ、少女は右側に設けられた細い窓を―――その向こう側の澄み渡る北空を見やった。

 

「……あの空を……この昇降盤で、自由に飛んでみたい……」

 

 今更のようだが、初めて見た少女の瞳は深い藍色だった。

 最後の風素が消えそうになる寸前、円盤は二十五番目のテラスに到着し、ふわりとその動きを止めた。

 昇降係の少女は、硝子筒から両手を離すとエプロンの前で揃え、深く一礼する。

 

「お待たせいたしました、七十五階、《桜花庭園》でございます」

 

 ラテンが一歩前に出る。キリトもユージオも何も言わなかった。ただ「信じてるぞ」という眼差しをラテンに向けている。

 

「ありがとうな、お嬢さん。夢がかなうといいな。……キリト、ユージオ……また会おう」

 

 二人は深くうなずく。それと同時に昇降係が再び硝子筒に両手をかざし、円盤は上昇していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを見送った後、ラテンは眼前の大扉に手を当てる。重々しい音を立てて開いた扉の先で最初に見たのは、舞い上がる花びらだった。

 一瞬体が停止したが、迷いなくその先に踏み込む。

 

 内部は白い大理石の壁が遠くに見えることから、塔内には間違いないはずなのだが、その目の前に広がる光景はとても塔の内部にいるとは思えないものだった。

 横幅二メルほどの土でできた道の両隣にはいろんな種類の花がいくつも咲いており、ゆるやかな坂を彩っていた。ラテンの視線そのさきにあるものに釘づけになった。

 

 柔らかそうな芝の中央に堂々と生えている大きな桜の木。花びらが八重咲になっていることから、八重桜の一種に違いないだろう。

 その桜の木は満開に咲き誇り、幾つもの花びらが風に揺られて舞い降りている。桜吹雪ともいえるその光景の中に、一つの影が視認できた。桜の木の根元で、寄りかかりながら座っている。

 

「……ここまで来ましたか」

 

「……リリアだよな?」

 

 純白の服とロングスカートを身にまとったその少女は無言で立ち上がった。

 ラテンは一歩一歩踏みしめて、桜の木の元へ歩いていく。そしてその少女十メルほど離れた位置で停止する。

 対峙した二人の周りには依然として、桜が待っていた。

 

 

 




中途半端なところで、終わってしまいました。
次回はラテンとリリアの戦闘ですね。
これからもよろしくお願いします!

次話は午後八時に投稿します。
同じ日に連続投稿してしまうことになりますが、早く皆様にお見せしたくて(笑)
もちろん明日も投稿します!



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第二十一話 最速VS神速

早くなってしまいましたが、皆様に早くお見せしたかったので投稿させていただきました(笑)


 

「何故あなたたちは、多くの整合騎士を傷つけるんですか」

 

 目の前の可憐な少女は静かに口を開いた。その声は決して大きくなく怒声も混じってはいないが、刃物の如く鋭くとがっているようにも感じられる。

 

「俺は…俺達は、大切な人を取り戻しに来たんだ」

 

「大切な人……?」

 

 リリアは首を傾げる。確かに、理解不可能だろう。

 整合騎士たちは召喚されてから、街の人たちとは極力会っていないはずだ。すなわち大切な人までの思い出を作ってはいないはずなのである。

 それにここは七十五階。見習いの修道士などは、ここよりもずっと下にいる。見習いの修道士に会いに来たというならば、ここまで来る必要はない。それが、リリアが抱いている疑問だろう。

 

「ああ、大切な人だ。俺達にとっても、一人の少女にとっても」

 

「そのためだけに、ここまで来たのですか」

 

 その声には苛立ちと怒りが混じっていた。しかし、あくまでラテンは表情を動かさない。その視線はずっとリリアに向けられている。

 

「あなたは…あなたたちは解っているんですか!多くの整合騎士を傷つけるということは、闇の勢力に対する力が大幅に削られるというこのなんですよ!」

 

 ラテンは無言のままリリアを見据える。その瞳には明らかに怒りが漂っている。

 リリアは小さく息をはいて、そっと目を閉じるとゆっくりと口を開く。

 

「やはり、剣で訊くしかないようですね」

 

 リリアは腰に帯刀していた剣を引き抜く。その動きは決して速くはなかったはずなのだが、シャリィィン!と心地よい金属音を奏でた。

 

 右手に持っている剣は、全体を通して薄い桃色であり、少しの透明感がいっそうとその剣の美しさを引き立てていた。鍔には桜の紋章が施されている。だが、その紋章はラテンがよく知る花びらを正五角形のように並べたものではなかった。平面に刻まれているというのに、立体的に見える八重桜の紋章だ。

 いったいどんな風に作られているのか近くで見てみたいものなのだが、あいにくこの状況では近づいた瞬間に、体が八つに切り刻まれるだろう。八つとは限らないが。

 

「俺だって穏便にいけるとは思ってないよ。剣で語れと言うなら、望むところだ」

 

 リリアが一呼吸おいて口を開いた。

 

「我が名はリリア・シンセシス・サーティワン。我が神器の銘は《八重桜(やえざくら)の剣》。この剣は創世神ステイシアに愛されたこの世界でただ一つの八重桜の木から生まれたもの。善良な心を持つ者しか扱うことができない剣です」

 

「凄い剣だな、それ」

 

 ますます興味がわいてくるが、リリアが持っているものは片手剣だ。刀愛好家のラテンには最大限に活用することはできないだろう。

 ラテンは帯刀してある刀の柄をぽんぽんと叩いた。

 

「俺の名はラテン。流派は大空天真流。この刀の銘は………ジョージ二十三世にしておいてくれ。銘が決まったら改めて申し上げる」

 

 とっさに出てきたあだ名を口にしてみたのだが、リリアは相変わらずの無表情だ。だが、その瞳には「ふざけているのですか」と物語っているように見える。

 確かに一般人から見たら、ふざけている以外のなにものでもないのだが、どのみちこの刀の銘をリリアに教えるためには勝たなければならない。

 

「つまりあなたは負ける気はないと」

 

「最初から負けを認めてる奴なんて、そうそういないと思うぜ?特に女性相手だったらなおさらだ」

 

 普段はこんなことを言ったりも考えたりもしないのだが、挑発するのにはもってこいだ。相手の冷静さを崩し、自分が有利な状況で立ち合いを進める。勝負においては、セオリーともいえるものだ。この立場が逆になった場合、相当な実力の差がないと勝つのは難しい。

 

「挑発をしてるつもりですか?悪いですが、あなたのような軟弱ひよっこ剣士に逆上する私ではありませんよ?そんなんでよくここまで来れましたね」

 

 ムカッ  

 

「この……っと、あぶないあぶない。俺をはめようなんて百年早いぜ。それに俺だって、八重桜殿って言われるほどだからどんな奴だと思いきやこんな愛想のないお嬢様だったなんて……泣けるぜ」

 

「む……そうですか。でもそれだと、愛想があれば残念ではないということになりますが」

 

「くっ……」

 

(いつのまにか形勢逆転してるぅ!?あれ、さっきまで俺が有利だったよな?ならなんでこんな風になった!?……こうなったら開き直るしかねぇ!)

 

「ああ、そうだよ!あんたに愛想があれば完璧だよ!愛想があれば嫁に欲しいくらいだぜ……まったく」

 

「なっ……あなたよくそんなこと女性に対して言えますね!もういいです!あなたをここで処刑します!」

 

 可愛い動作をしてとんでもないことを口走っている。普段なら、「ひどくねっ!?」と言い返すラテンだが、さっきまでのやり取りが影響なのか、強気で言い返した。

 

「やれるもんなら、やってみろ!」

 

 ラテンは思い切り地を蹴る。舞い散る桜の花びらが、ラテンの影響で巻き上がった。

 リリアの目の前までいくと、すかさず抜刀する。これはただの抜刀術なのだが、その速さはソードスキルの速さに負けず劣らずだった。

 ラテンの速さに少々驚いたのか、リリアを目を見開くと剣を持つ右手を動かした。

 

(案外遅いな……!)

 

 ラテンは勝利を確信した瞬間、思いもよらなかったことが起きた。

 

カァァァン!

 

「……っ!」

 

 今度はラテンが両目を見開く番だった。ラテンの視線は自分の刀に向けられている。

 そこでは、キリキリと音を立ててラテンの斬撃を防いでいる八重桜の剣があったのだ。

 いったい、何故…?そう思ったラテンだったが、それは直ぐに解決される。

 

「セヤァァァ!」

 

「くっ……!」

 

 ラテンは刀を押し返されると体勢を崩した。もっとも二メルぐらい押し出されたのだが、目の前を見るとすでにリリアが迫っていた。上段から剣を振り下ろしてくる。しかし、それは尋常じゃない速さだった。

 

(ちっ……!)

 

 ラテンはリリアの剣の軌道に鞘をねじ込む。たちまち左手に剣の衝撃が入るが、これでリリアの剣は防ぐことに成功した。あとは、がら空きになった腹部を狙うだけだ。だが……

 

「やあっ!」

 

「いっ…!」

 

 いつの間に剣を戻していたのだろうか。リリアの剣は鞘の上にはすでになく、そのかわりラテンの右腹部からでた血と共に体の右を通過した。

 ラテンは左足を軸に思いきり後ろに飛ぶ。すかさず鞘を戻し、左手で腹部に触れた。その手には血がついている。

 

「……今のは警告です。先ほどは処刑すると言いましたが、降伏するならばこの場では処刑しません」

 

「……結局、処刑することには変わりないじゃねえか」

 

 ラテンはふっと笑うと、再びリリアに視線を向けた。その表情は先ほどまでとは違い、この場で会った時と同じようなものだった。

 

(それにしても、速すぎるな)

 

 ラテンは大空天真流の構えをしながらそんなことを思っていた。そう。彼女は速すぎるのだ。

 それは、抜刀術を受け止めた時と先ほどの斬撃によって簡単に理解することができた。

 剣の威力はダンレクトよりも劣るが、それでもキリトやラテンよりはあるだろう。それに加えこの速さ。ラテンでさえもついていくのがやっとだ。おそらく《絶剣》と言われたユウキよりも速い。

 つまり、ひとつひとつの斬撃がソードスキル以上の速さを持っているのだ。これでは、さすがの副騎士長でも負けるだろう。

 だが、こんな実力を持ったやつでもまだ騎士長(・・・)は倒していない。ならば、騎士長はどのくらいの化け物なのだろうか。今のラテンには想像もできない。

 

「整合騎士ってとんだ化け物ぞろいだな」

 

「あなたは整合騎士をあまく見すぎなんですよ」

 

「俺としてはそうでもなかったんだけど、な!」

 

 ラテンは再び地を蹴る。

 彼女が速いのは嫌と言うほど理解できた。だからといって、最速の座を譲ることはできない。

 上段から斬り下ろすのを初撃として、そのまま高速の斬撃を応襲した。だが、ことごとくリリアに防がれていく。それどころか、ラテンの身体にいくつもの切り傷が作られていく。

 

 二人の周りには多数の風が発生し、そのたびに桜の花びらが舞い上がった。

 何度目かの斬撃の後、ラテンは大きくバックステップをとった。しかし、着地直後思わず片膝をついてしゃがみこむ。

 ラテンの身体のは無数の切り傷が出来上がっていた。

 

「ここまで私の斬撃を耐えきったのは三人目です。さすがは、ダンレクトさんを倒しただけありますね」

 

「褒め言葉どうも。でも、あんたの斬撃を耐えきるどころか、押し負かす騎士長ってのはどんだけ強いんだよ…」

 

「小父様は最強の整合騎士なので、あなたでは太刀打ちできませんよ?私とアリスを同時に相手しても善戦するほどの人ですから」

 

「わぁお。とんだ化け物だな、そりゃあ」

 

 ラテンは地面に刀を突き刺し、立ち上がる。

 反撃覚悟で再び抜刀術をやるしかないと思ったラテンは鞘に剣を納刀しようとした。だが……

 

 

「あなたの実力は認めましょう。ですが、ここで終わりです」

 

 リリアの剣が白い光に包まれる。構えからして、奥義技ではないことを瞬時に理解できたのだが、リリアが何をやろうとしているのかはすぐには理解できなかった。だが、おそらく《武装完全支配術》を使おうとしているのかもしれない。

 

 リリアの剣は白い光を発しながらその周りに桜の花びらが渦を巻くようにして漂わせている。しかし、それ以外は何の変化もなかった。キリトがさっき戦ったファナティオのように白い光の槍のようなものを出すわけでもなく、デュソルバートのように火焔の槍を出すわけでもない。

 

「武装完全支配術……なのか?」

 

 そう口にした瞬間、リリアが地を蹴った。

 一瞬でラテンとの間合いを縮めると、両手持ちで上段からを叩き込んできた。ラテンはとっさに刀を上に向け、防御態勢をとる。

 剣と刀が接触した瞬間、大きな金属音と共に激しい火花が散った。

 その威力はダンレクトの一撃に負けず劣らずと言ったところか、ラテンは再び片膝をつく羽目になった。

 

「くっ……ほんと勘弁してくれ」

 

「罪人相手に勘弁なんてできますか?普通」

 

「それもそうd―――――ぐはっ!」

 

 ラテンはそこまで言うと、吐血する。

 体をどうにか捻ってリリアとの距離をとるが、意識は朦朧としていた。自分の身体を見ると、八つの大きな切り傷が出来上がっており、そこからは血がどんどん流れていた。すぐさま、治癒術を詠唱してどうにか止血するが天命は相当減っただろう。

 

「なん…だ……」

 

「これが私の《八重桜の剣》の武装完全支配術。私の斬撃が対象物に当たると、その先に八つの衝撃()が出現するんです。それは斬撃と同等の威力です。普通ならば、先ほどのように大きく叩きつけないのですが、隙だらけでしたので」

 

「……いちいち嫌味を混ぜてきやがって」

 

 簡単に言えば、ALOの世界でラテンが使っていた《月光刀》の能力の進化版だろう。それにしても、チートに近い能力だ。一度の攻撃で九回分の攻撃を出し、そのうち八回は必ず当たると言ったところか。

 

 再びリリアが地を蹴り、ラテンに斬りかかってくる。ラテンは初撃を何とかかわすと、そのままカウンターをするが速さは変わっていないようで難なく防がれてしまう。再び体中に深い傷が何個も出来上がり、そのたびにラテンは意識が遠のいていくのを感じた。

 

 

「早く倒れてください。さもないと、あなたは死んでしまいますよ?」

 

「お…俺は……」

 

 朦朧とする意識の中、ラテンはここまで来た目的を思い浮かべた。マリンにリリアを必ず取り戻すと言ったあの瞬間を。

 

「俺は……お前を取り戻しに来たんだ!」

 

 そう叫んだ瞬間、真思(しんし)が発動する。神経が研ぎ澄まされ、今のラテンにはリリアの剣筋が見えていた。そして頭の中で、誰かが話しかけてくるのが聞こえる。

 

アーマメント・トゥルー・リリース(武器の真理を解放する)

 

「……アーマメント・トゥルー・リリース」

 

 頭に聞こえてきた通りに口を開く。するとラテンの刀が光を放ち始めた。ラテンはその剣でリリアの剣にぶつける。

 すると、リリアの剣の光が突如消え去った。

 

「……!」

 

 リリアは大きくバックステップをとる。その表情は何が起きたかわからないと語っているようだった。それもそのはずだ。

 さっきまでリリアの剣は武装完全支配術を使っていたはずなのに、光を放ち始めたラテンの刀が当たった瞬間それが強制的に閉じられたのだから。

 

「あなたはいったい何を……!」

 

「……この刀は《始まりの原石》から生まれてきた。この刀は始まり、つまり原点に戻すことができる。この刀の能力を簡単に言えば《原点回帰》だ。この刀に触れたものは俺が思う通りの過去に戻せる。上限はあるが」

 

「過去に……戻す?」

 

「つまり、お前の武装完全支配術をなかったことにしたんだ。俺には武装完全支配術なんて通用しない。俺に通用するのは、己の剣術のみだ」

 

「剣術勝負ということ、ですね。なら、なおさらあなたに負けるわけにはいきません」

 

 リリアは八重桜の剣を上段に構える。一方ラテンは刀を鞘に戻し、抜刀術の構えをとった。

 二人の呼吸があった瞬間、同時に地を蹴る。

 ラテンはリリアの剣目掛けて抜刀した。

 

(きゅう)大空天真流(たいくうてんしんりゅう)抜刀術(ばっとうじゅつ)(れん)(かた)流絶天閃(りゅうぜつてんせん)》。

 

 抜刀された刀がリリアの剣に向かっていく。しかし、ダンレクトと同じようにはいかなかった。

 リリアは斬撃を止め、剣をラテンの刀の軌道から外すと二連撃目の鞘に、振り上げた。

 たちまち乾いた金属音が鳴り響き、鞘が真上に吹き飛ばされる。だが、ラテンは技が失敗したにもかかわらず、まるでそれを予想していたかのように体勢を立て直すと、リリアに斬りかかった。

 

 先ほどに比べて段違いに速くなっている二人の斬撃は、もはや視認不可能だった。限界を超えた速さで、お互いの剣をぶつけている。

 お互いに一歩も譲り合わず、斬撃と斬撃が相殺される均衡がいつまでも続くと思われたが、それも終止符が打たれようとしていた。

 

「《八重桜の剣》よその力を解放し、あらゆるものを切り刻め!――――リリース・リコレクション!!」

 

「……!」

 

 《八重桜の剣》の周囲から桜の花びらが大量に発生した。それは渦を形成し、ラテンとリリアをあっという間に呑み込む。

 先ほどリリアが切り刻めと言ったので、おそらくこの桜の花びら一枚一枚が殺傷能力があるのだろう。だが、ラテンだけではなくリリア自身までも呑み込んだということは、相打ち覚悟で放ったのだろう。

 真思が発動しているのもかかわらず、ラテンの頭には怒りが満ちていた。

 

(ここまでするほど、アドミニストレータが与えた命令は守らなきゃいけないのか!)

 

「俺はお前をここで死なせるわけにはいかないんだ!!」

 

 ラテンは未だに桜の花びらを大量に放出している《八重桜の剣》に刀を叩きつけた。《八重桜の剣》から放出される花びらは格段に減り、周囲を包み込んでいた渦が《八重桜の剣》に吸い込まれていった。だが、わずかながらに放出していることが見て取れる。

 

 

 戻ろうとする力と放出しようとする力。それが互いにぶつかり合い、大きな歪んだ力を生み出していく。

 

「えっ……!」

 

「なっ……!」

 

 そしてそれが目に見えた瞬間、大爆発を引き起こした。

 天地を揺るがす爆発音とともに、近くにあった白亜の壁が崩壊する。その瞬間、烈風が《桜花庭園》に発生し、ラテンとリリアを呑み込んだ

 

 あれほどの大爆発が起こったというのにラテンもリリアも嘘みたいに軽症で、ラテンは空中に舞う鞘を掴むとリリアを左腕で抱きとめた。リリアは気を失っているらしく、声すら出さない。

 

 そのまま二人は青い空と白い雲が広がる空中へと投げ出された。

 二人が投げ出された後《桜花庭園》に残ったのは、無残に花びらを引きちぎられた無数の花と、すべての花が散った桜の木だけであった。

 

 

 

 

 

 

 




なんか、後半展開が速かったですね(笑)

ちなみにラテンの刀の解放は、半永続的にしているつもりです。あっ、もちろんずっと光っているわけではありませんよ?(笑)

皆さんは、ラテンの刀がチートのように思えてきたかも知れませんが、《原点回帰》といっても、本当の最初に戻るわけではないのでご了承ください。(たとえば、相手の剣が加工前の鉄に戻るなど)

これからもよろしくお願いします!



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第二十二話 とりあえず同盟

 

 

 きしっ。

 

 きりきりっ。

 

 そんな音が鳴る度に、脳内が最悪な情景を本人の意志とは関係なく満たしていく。

 その音源は、白い大理石ブロックの間に突き刺さっているラテンの刀の切っ先だ。謎の力の影響により、強制的にそとへ放出されたラテンは落下している時に何とか刀を突き刺したのだ。

 だが、突き刺したと言っても所詮は一、二セン程度。確実に落ちないようにするためにはもう五、六センは欲しいところだ。

 普段のラテンなら左手をブロックの間に掴まり、力を入れて突き刺すのだが、今のラテンにはそれは不可能に近いと言える。

 

「……おい、起きろよ。いつまで気を失ってんだよ」

 

「う……うーん……」

 

 ラテンの左腕に抱かれている、純白の服とロングスカートに身を包んだ少女―――リリアはわずかの呻き声を上げたが、まだ意識を取り戻す気配がない。

 そう。ラテンが先ほどの行為を実行できない理由はここにあるのだ。成人に近い女性とおそらくラテンの刀並に優先度が高い剣。その二つの重みが今のラテンの右腕に集中しているのだ。

 

「なあ、頼むって。早くしないと二人とも、太陽に晩ご飯が待ってるぞってを言わないといけなくなるぞ?」

 

「………」

 

「……こうなったら、強硬手段に出るしかない、か」

 

 ラテンは何とかリリアの顔を自分の顔の位置まで引き寄せると、耳元で優しくつぶやいた。

 

「早く起きないと……キス、しちまうぞ?」

 

「うわああああああ!!!」

 

「いってぇぇ!!?」

 

 バチーンと言う張り手の音が雲と空しかない空中に響き渡った。何故かいきなり意識を取り戻したリリアはラテンを見て、今の状況を把握すると暴れだした。

 

「は、離してくださいっ。いったいどういうつもりですか!わ、私に何をするつもりなんですか!」

 

「ちょ、ちょっと!確かに今のは俺が悪かったけど…周りを見ろって!!落ちるぅ!落ちちゃうぅ!!」

 

 リリアは怒りと羞恥が入り混じったかのような表情で周りを見渡すと、今の二人はぶら下がっている状態ということにようやく気が付いたのか、暴れるのをほんの少し弱めた。ほんの少しだが。

 

「だからと言って、私を抱いていいことにはなりません!早く離してください!罪人に救われたら、生き恥をさらすことになります!」

 

「てんめぇ、生きることよりも整合騎士の名誉が大事なのかよ!このアホ!」

 

「なっ……」

 

 リリアの顔が先ほどよりも紅潮する。

 

「あ、あなた今私を愚弄しましたね!撤回して、この手を離しなさい!」

 

「まだ言うか、このアホ!アホなお嬢様にアホって言って何が悪いんだよ!今やるべきことをちゃんと考えろ、このアホ!」

 

 ここまで相手を罵倒したことなんて今までにないのだが、どうもこのお嬢様の目の前だとついつい頭に血が上ってしまう。

 

「う、うるさいっ!こんな状況を作ったのはあなたじゃないですか!こうなることを予想してなかったあなたがアホなんです!」

 

「ま、まだ言うか!あれは不可抗力だったし、第一お前がリリース・リコレクションを発動しなければこんなことにならなかった!しっかり考えなかったあんたがアホだ!」

 

「いいえ!元々あなたがここに来なければよかったんです!あなたのせいです!このアホ!」

 

「うっせえ!ここまで来たのはお前のためなんだよ!察しろよ、このアホ!」

 

「ま、またっ………えっ?」

 

 ラテンの言葉にリリアが目を見開くが、その瞳には疑問しか浮かんでいなかった。それもそうだろう。リリアにはそんなことをされる理由がないのだから。

 

「……俺がここまで来たのはお前のためなんだ。でもその理由を教えるのはこの窮地を脱してからだ。お前だって、ここで喚いても意味がないことぐらい理解できるだろ?」

 

「………わかりました。ですがこの状況を脱して、あなたの理由を聞いたらあなたを処刑します」

 

「処刑好きだな!?……まあ、いいよ。とりあえず、お前の剣をそこに刺してくれ。こっちはそろそろ限界だ」

 

 リリアはラテンが顎で指した場所に無言で八重桜の剣を突き刺す。その瞬間、ラテンの刀が繋ぎ目から抜けた。ラテンはリリアにしがみつきながら今度こそ刀を深くつきさすと、左腕を話す。

 ラテンとリリアは向かい合う形で、それぞれの武器にぶら下がった。

 

「んじゃあ、同盟を結ぼう。この状況を脱するまで」

 

「同盟…?なんで私があなたと同盟を結ばなければならないのですか?」

 

「なんだよ。……あれだな、可愛げがあって素直だったらもっとよかったのに……」

 

「む……先ほどからあなたは私に何を求めているのですか?もしかして、私をよ、よ、嫁にしようとしているんじゃ……私は認めませんからね!」

 

「お前、性格の割に想像が豊かだな」

 

 ラテンはリリアが言っていることが、意味不明なようだ。もっとも無自覚にそう誘導しているのはラテンの方だが。

 

「それにしても、どうするか。なんかいいアイd……意見はないか?」

 

「……あなたの鞘は何でできていますか」

 

「うん?えーっと、よくはわからないけど刀の鞘は基本木製だな。……でも、これは相当硬いぞ?何に使うんだ?」

 

「とりあえず、貸してください」

 

 ラテンはリリアに鞘を受け渡す。いったい何をしようとしているのかまったくもって理解できない。

 そんなラテンを無視して、リリアは鞘を握りながら口を開く。

 

「システム・コール!」

 

 神聖術の起句に続いて、聞いたこともないような術式が高速詠唱される。それが終わると同時にリリアが持っていたラテンの鞘が光を放ちながら、みるみると伸びていった。その光が途絶えると、茶色い長い棒が出現する。

 長さは五メートルぐらいだろうか。その棒は、鞘から変化したとは思えないような長さをしている。

 

「すげー、物質変換術か。……で、どうするんだ?」

 

「ここまでしたのにまだわからないんですか?」

 

「……降参だ。教えてくれ」

 

「これを持ってください」

 

 いつの間に作り出したのか、リリアが先端のとがったてる一つの鉄の棒のようなものを渡してきた。それを刀が刺されているところに刺せと言うことなのか、リリアが指をさした。

 リリアの指示通りに鉄の棒を繋ぎ目に突き刺し、刀を腰のベルトに挟み込む。残念ながら、鞘がないので刀の天命を回復することはできないが、減らし続けるよりはましだ。リリアの方を見ると、無言で木の棒を渡される。そして、ラテンと同じように剣を鞘に戻すと、再び木の棒を端っこを持ち始めた。

 

「……九十五階に《暁星(ぎょうせい)望楼(ぼうろう)》と呼ばれる場所があります。そこまで行けば中に戻ることが可能です」

 

「そ、そうか。でも―――」

 

「はずしてください」

 

「……は?」

 

「いや、だから、その鉄の棒をはずしてください」

 

「ま、まさか……!」

 

「男ならくよくよしないでください!」

 

 リリアがラテンの身体を蹴る。それによってラテンは鉄の棒を握ったまま、宙に放りだされてしまった。

 

「うわあああああああ!!!!!!」

 

 もうラテンには木の棒を死ぬ気で掴む他に道はない。宙づり状態になったラテンは、リリアによって左右に揺さぶられる。

 そこまでされて、ようやくラテンはリリアがしようとしていることを理解した。放り出される前から薄々感づいてはいたが、おそらくリリアは遠心力を使って上へ上がろうとしているのだ。

 なかなかの名案だとは思うが、これは揺さぶる方にとても負荷がかかるため、長時間はできない。つまり、お互いのテンポを合わせて、いかに負荷を軽量化するのかがカギだ。

 

「ったく、結構荒いのな」

 

「行きますよ!」

 

 リリアが叫ぶと、ラテンは棒ごと宙に舞い上がる。それが限界高度まで達した時、ラテンは鉄の棒を大理石に突き刺した。それと同時に、左手に重みが加わる。勢いが消え去る前にラテンはリリアと同じように、棒を左右に揺さぶった。

 その作業が休む暇もなく続けられ、二人はどんどん上へ上がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何度目かの作業の後、上に投げ出されるときにラテンは気が付いた。

 わずか十五メートルほど上の壁面から、複雑な形の影が等間隔に突き出している。日が沈むと同時に塔にまとわりついていた靄が消え、隠されていたオブジェクトが出現したのかもしれない。だが、おそらく九十五階ではないはずだ。数えた限りそこまで行っていない。

 

「おい、あそこに休めそうなところがあるぞ!」

 

「本当ですか?」

 

 リリアは宙に揺さぶられながら答えた。その表情はよく見えないが、声音からして喜んでいるだろう。

 その気持ちはラテンにもよくわかる。何せ腕がもう限界なのだ。このままでは九十五階に到達する前に、ラテンの握力が無くなりリリアが落下していくだろう。無論それはリリアも同じ状況だ。どっちかの握力が無くなる前に何としてでもあそこに到達しなければならない。

 

 そのオブジェクトまであと五メートルほどになった時、二人にピンチが訪れる。鉄の棒を突き刺したラテンが上の方を凝視すると、いつの間にいたのだろうか二体の石像が空を飛んでいた。

 

 その容姿は人間型ではあるものの、四肢は筋肉もりもりで、背中からはナイフのような鋭い形をした翼が伸びていた。

 石像の頭部は異形としか言えないようなものであり、頭だけで見ればゾウムシのようにも見える。

 その石像たちがこちらを凝視した瞬間、ラテンはこれから起きる状況をすぐさま理解することができた。

 

「おいおい、嘘だろ!?」

 

「どうしましたか……えっ?あれは!」

 

「知っているのか!?」

 

「そんな……あれはダークテリトリーの……!」

 

 リリアは何かを知っているのだろうか。だが、今はそれを詳しく聞く時間はない。今にも石像たちがこちらに向かってくる勢いなのだ。残念ながら二人はそれを迎撃するすべはない。ならば、一刻も早く目の前にあるオブジェクトに行かなければならない。

 

「ちっ。リリア!壁に当たっても恨むなよ!」

 

「えっ?」

 

 ラテンは十分な勢いを作らないままリリアを上に放り投げた。リリアは息が合わなかったのか、空中でバランスを崩したのだがなんとかオブジェクトの上に着地すると、ありったけの力を込めてラテンをまるで魚を釣るがごとく引き上げる。

 ラテンは空中で腰から刀を取り出すと、下から襲い掛かってくる石像目掛けて上から突き刺した。「ガァァァァ!」という奇妙な鳴き声と共に、ラテンがオブジェクト方向へ放り投げられる。

 

「うっ……!」

 

 たちまち背中から激痛が走るが、それどころではない。何とか立ち上がり、刀を構える。ラテンが突き刺した石像は、空中で旋回すると再びこちらに向かってくる。

 ふとリリアの方へ視線を向けた。その表情は疑問で埋め尽くされていたが、今やるべきことを理解しているのか、八重桜の剣をラテンが知っている構え方で構えた。

 

単発ソードスキル《バーチカル》。

 

 桃色に光り輝いた八重桜の剣は驚くべき速さで、リリアに向かってくる石像に襲い掛かる。その光が途絶えた頃にはすでに石像の身体は真っ二つになっていた。

 そして憎たらしい笑顔をこちらに向けてくる。

 

「手伝いましょうか?ひよっこ剣士さん?」

 

「ほんと、可愛くねえな!」

 

 ラテンは刀がブルーの輝きを帯びた。久しぶりに使う技だが、体はまだ覚えているようだ。

 

垂直四連撃技《バーチカル・スクエア》。

 

 放たれた斬撃は空中に青い正方形を残して、石像の身体を四つに切り刻んだ。ばらばらになった石像にはもはや天命は残っておらず、空中で消滅する。

 ラテンは空中から落ちてきた五メートルほどの棒をぎりぎり掴むと、オブジェクトの上に乗せる。

 

「……おもしろい技を使いますね」

 

「まあ俺よりキリトの方が得意だけどな」

 

「確かこうやってましたよね?」

 

「……え?」

 

 オブジェクトの上に座り込んだラテンは、いきなり口を開いたリリアに顔を向けた。ラテンの視界に映ったのは、先ほどラテンが構えていたのと同じ構え方。すると、リリアの剣がブルーを帯び始めた。

 

「うそ……だろ?」

 

 そのままリリアは演武をするがごとく《バーチカル・スクエア》を放つ。空中には青い正方形が浮かび上がっていた。

 

「……まさか、一回見ただけで憶えたのか?」

 

「なにかいいました?」

 

「あ、いえ」

 

 ラテンは視線を刀に戻す。リリアと出会ってからは驚くことばかりだ。

 ありえない斬撃速度。ありえない状況把握とその解決策。ありえない暗記力。

 まさにありえないことだらけだ。

 

(俺の周りには化け物しかいないのか……)

 

 少々めまいがしてきたので、頭を冷やすために立ち上がった。

 

「悪い、リリア。俺ちょっと、一周してくるわ」

 

「わかりました。とりあえずこれは返しておきます」

 

 リリアから見覚えのある黒い物体を投げ渡される。それは正真正銘ラテンの鞘だった。すぐさま刀を納刀し、腰に帯刀する。久しぶりに安心感を覚えた。

 

「んじゃあ、ちょいと待っててくれ」

 

「せいぜい落ちないように気を付けてくださいね」

 

「ここまできて落ちてたまるかよ……」

 

 ラテンはリリアに背を向けた歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さすがはセントラル・カセドラルで一分ほど歩いたにもかかわらず、まだリリアの元にはたどり着かなかった。

 ラテンは一つ大きなあくびをする。

 

「やっと左手の感覚が元に戻ったぜ」

 

 両手を頭の後ろに組みながら歩いていると、しかしに人影らしきものが見えてきた。ようやくついたか、と思ったラテンだがよく見ると二人いるような気がする。怪訝に思いながらその人影に近づいた。

 

「……え、キリト……?」

 

「うわっ、なんだラテンか………ラテン!?」

 

「やっぱりキリトだよな!?なんでここに?」

 

「それはこっちの台詞だ。お前は?」

 

「ああ。俺さ、リリアの武装完全支配術を止めようとしたらいきなり爆発して、外に放り出されたんだよ」

 

「お前もか!?……実は俺達もだ」

 

 「俺達?」とつぶやきながら、キリトの先にいるもう一人の人影に顔を向ける。そこには、修剣学院で見た整合騎士の姿があった。その目には驚きが浮かんでいる。

 

「リリア?リリアがいるのですか?どこに!」

 

「え、あ、ああ。この反対側位かもな。距離的に」

 

 そう言い終わるとその整合騎士は反対側方向に走って行ってしまった。ラテンは仕方なくキリトに顔を向ける。

 

「ユージオは?」

 

「ユージオはたぶん上まで行ってる。俺とアリスだけが外に放り込まれたからな」

 

「そうか……とりあえず行くか?」

 

「ああ」

 

 ラテンはキリトの手を取ると立ち上がらせた。二人はそのまま、アリスが走って行った後を追いかけていった。

 

 

 

 

 




なんかむちゃくちゃですね(笑)

ラテンとリリアの脱出方法については本当にすいません。これ以外思い付きませんでした。よく考えると、ラテンとリリアって相当超人ですよね(笑)

ラテンが使ったバーチカル・スクエアですが、勝手に刀で使わせてもらいました。原作では使えるかはわかりませんが、この作品では使えるという設定にしたいと思います。すいませんm(_ _)m

これからもよろしくお願いします!


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第二十三話 小さな抵抗と大きな一歩

 

 

 

 

「それにしても、お互いに運が良かったな」

 

「ああ、まったくだ」

 

 キリトの言葉にラテンは素直な気持ちで答えた。

 リリアとアリスの元へと行くまでにキリトからこのオブジェクトまで来た道のりを尋ねる。どうやら、アリスと二人で協力してここまで来たらしい。そしてそのアリスについてキリトから愚痴をさんざん聞かされた。

 

「……まあ、アリスもリリアも似てるんだな」

 

「え?もしかして、リリアもアリスみたいなのか?」

 

「いやいや、アリスなんて可愛いもんだろ。リリアなんて話の最後には『処刑します!』って必ず言うんだぜ?何なんだよあいつ。ドSかよ……」

 

「それは、どんまいだな……」

 

 キリトは苦笑する。キリトから聞いた限りでは、アリスもなかなかの者だが素直な一面もあるためリリアよりはましだ。

 あのお嬢様は口を開けば食って掛かる猛獣のようなものだ。

 

「早く上に行かないとな」

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人はそれからしばらく歩くと視界に二つの影が入ってくる。

 

「うーん。ここから見ると姉妹みたいだな」

 

「そうか?俺には双子に見えるけど」

 

 ラテンとキリトはリリアとアリスから少し離れたところでしゃがみこんだ。静かにしていれば二人とも美少女だというのに、なぜこんなにも性格がひねくれているのか。それが整合騎士の性格なのだろうか。と疑い始めたくなる。

 

「いま、失礼なことを考えませんでしたか?」

 

「ん?ああ。静かにしてれば美少女なのになあ、と思っただけだよ」

 

「本当にあなたは私に何を求めているのですか?気持ち悪いですよ?」

 

「おまっ………はあ。すいませんでした」

 

 これ以上反論したら十中八九、口げんかになるだろう。ヒートアップしたら斬り合いになりかねない。

 どうにかラテンは自分を抑え込むと、これからどうするか意見を出し合うことにした。

 

「これからどうする?壁登りに関してはキリトとアリスの方法でやろうと思ってるけど、月が昇らないとできそうにもないな」

 

「ああ、とりあえずそれまで待つことにするか」

 

 それから五分ほど無言の時間が続く。

 なんか気まずくなってきたので、ラテンは何か話題がないかと考えていると、可愛らしい音が四人の耳に入ってきた。

 ラテン、キリト、アリスの三人は音のした方向に顔を向ける。そこではリリアが顔を真っ赤にして、膝に顔を埋めていた。

 その音の正体をラテンが知った瞬間、何かを思いついたようにニヤニヤしながらリリアの隣に歩いていく。

 

「あれあれ~?まさか、天下の整合騎士様はお腹が空いたんですか~?」

 

「………」

 

「そんなわけないですよねぇ?だってあなたは整g――――ちょっ!冗談ですよ、リリアお嬢様!今のはほんと冗談ですから、剣をしまってくださいませ!!」

 

「……言っておきますけど、整合騎士だからってお腹はすきます!ですが、一度や二度抜いたくらいでは死にはしません」

 

(なんて頑固な野郎だ)

 

 ラテンは心の底でそう思った。

 お腹が空いたならば素直にそう言えばいいだけの話なのだが、生憎このお嬢様は変なところで意地を張る。

 ラテンは一つため息をつくと、自分のポケットに手を突っ込んだ。そして、掴んだものをリリアに手渡す。

 

「……これは?」

 

「饅頭だ。さっき、と言ってもやんちゃな二人組に出会う前だけど、その時にキリトのポケットから拝借したんだ」

 

「ああっ!。だから、二つしかなかったのかよ…」

 

「悪いな、キリト。まあ、貸し一つにしておいてくれ」

 

 キリトはしぶしぶ了承する。

 それにもかかわらず、リリアは饅頭を食べなかった。

 

「……あなたは……」

 

「ん?」

 

「……あなたは食べないのですか?これはあなたのものなんでしょう?それなのに、私に……」

 

「ああっ、もう!面倒くさい!いいからさっさと食え!」

 

「えっ?あっ―――――むぐっ!?」

 

 ラテンはリリアの手を掴むと饅頭を無理やり口の中に押し込んだ。先ほど、キリトたちに出会う前に少し温めておいてから、食べれないということはないだろう。

 それに、一度口に入れたからには選択肢は食べるか吐き捨てるかのどちらかしかなくなる。整合騎士ならばどちらが最善かは理解できるはずだ。まあ、ラテン手がリリアの口をふさいでいる以上、後者の選択肢は自動的に切り捨てられるのだが。

 案の定、リリアは口をもごもごと動かした。ラテンはリリアが呑み込んだのを確認すると手を放す。

 

「一体何をするんですか!」

 

「そんなに怒るなって。おかげで、空腹は免れただろ?」

 

「……確かに食べ物をくださったことには感謝していますけど……それはそれ、これはこれです!あんな強要の仕方……」

 

「なんだよ。『あーん』的なことをやってほしかったのか?」

 

「……もういいです。とりあえず、お礼を言っておきます。ありがとう」

 

 普段からそうすればいいのに。という言葉を投げかけそうになるが、危うく止める。さすがのラテンも、このお嬢様の取り扱い方を理解してきた。

 だが、昔からこういう性格なのだろうか。サインやリリアから聞いた話では、誰にでも優しかったらしいなのだが。もしかしたら、ラテンにだけこういう態度をとっているのか。どのみち、この性格では素直ではない妹のマリンと似たようなものだ。

 言ったら口喧嘩になると頭でわかっていても、思わず口に出してしまう。

 

「まったく、素直じゃない所は妹のマリンに似てるのな。……あ、でも、お前がお姉さんだから、向こうがこっちと似てるのか。どっちにしても、姉妹は似てるもんだな」

 

 そう言った瞬間。

 今まで口喧嘩に発展しても手は出さなかったリリアが、猛烈なスピードでラテンの襟首を強く掴む。ラテンは驚きのあまり、リリアの顔を凝視するが、その表情は呆れも蔑みでもなかった。顔を蒼白に染め、口は小刻みに震えている。

 

「あなた、いま、何と言いました」

 

「えっ?お前は妹のマリンに似ていると……あ」

 

 思わず口に出したのが、仇になった。

 キリトの話では、整合騎士には整合騎士になる前の記憶がない。つまり、妹がいることなんて知らないのである。

 ラテンは時期を考えてそのことをリリアに教えようと思ったのだが、それも後の祭りになってしまった。

 ここまで言ってしまったのだから、誤魔化すことはできない。そうなると、ラテンにはここですべてを話すしか選択肢がなくなる。

 

(まあ、順序が先送りになっただけか)

 

 ラテンは覚悟を決めて、リリアにすべてを話すことを決意した。

 

「リリア。お前には妹がいるんだ。俺の知っている限りのことをお前に話すよ」

 

「……もし、あなたが言っていることが嘘だと判断したら私はあなたをこの場で処刑します」

 

「……わかった。でも、その判断がお前の本当の思いから湧き出たものならな。なんでこんなことを言うかというと、お前には、お前以外の人間に与えられ、そう意識できない命令が存在するからだ」

 

「……私たち整合騎士の責務のことですか」

 

「そういうことだ」

 

 リリアの目がすうっと細まる。その瞳には敵意が宿っていることが見て取れた。だが、ラテンはそれに構わず話を続ける。

 

「整合騎士は、公理教会最高司祭アドミニストレータによって、秩序と正義を維持するために召喚された……とお前たちは思っているはずだ。だけど、そう信じているのはセントラル・カセドラル内部の人間だけだ。人界に暮らす何万もの人たちはそんなことを、少しも思ってはいない」

 

「何を……言って――」

 

「お前も一度下界の王都の住民に訊いてみればいい。毎年開催される四大帝国統一武術大会の優勝者に与えられるものは何か。そいつは、ほぼ百%の確率でこう答えるはずだ。《教会の整合騎士に取り立てられる栄誉》だとな」

 

「そ、そんなこと……」

 

「リリア。お前は誰から生まれ、どこで育ったか覚えていないだろ?おそらく最初の記憶は、アドミニストレータがお前に向かって《天から使わされた神の騎士》って言われたところとかだろ」

 

「………はい」

 

 ラテンの言葉を理解しているのか、リリアは唇をかみしめてそう答えた。

 

「……ですが、アドミニストレータ様は、ダークテリトリの邪悪な者どもを打ち滅ぼし、騎士の責務を全うしたら、ステイシア神によって封印されていた天界の記憶がすべて蘇ると……おしゃって……」

 

「確かにアドミニストレータが言ったことは、正しい。でも、封印したのはステイシア神ではなく、アドミニストレータ本人なんだ。それに封印されているのは天界の記憶ではなく、お前が人のことして生まれ育ったという記憶だ。お前以外の整合騎士も全員同じ。整合騎士最強と呼ばれている騎士団長様でもな」

 

「………」

 

「いいか?お前の話をするぞ」

 

 リリアがラテンの言葉を受け入れてくれるか、そうでないかはわからない。だが、ラテンは決断したのだ。目の前にいる少女の失われた記憶の部分を話すことを。

 リリアはラテンの襟首から手を放し、目の前で力が抜けたかのようにぺたんと座り込む。そして、ラテンの言葉を待つかのように俯いた。

 そこまで確認したラテンは口を開く。

 

「お前の本当の名前は、《リリア・アインシャルト》。北部の辺境に位置するサイリス村がお前の故郷だ。お前の妹、マリンの話だと八年前に連れていかれてその時の歳が十二歳。つまりお前は俺と同じ二十歳だ。何故整合騎士に連れていかれたのかは詳しくはわからないけど、たぶんお前には才能があったからだ。村始まって以来の天才、そしてどんなことをされても揺るがない正義感。それに加え、誰にでも優しく接する優しい心の持ち主。人の心を和やかにする無邪気な笑顔。村のみんなから愛され、信頼された。それに目を付けたアドミニストレータが整合騎士に命令して、お前は連れていかれて……」

 

 そこでラテンは口を閉じた。 

 サインやマリンからリリアの話をそこまで詳しく教えてもらっただろうか……。

 普通ならばそのはずだ。二年前にこの世界にやってきたラテンが、六年前のことなんて知るはずもない。それなのに、ラテンの脳裏には自分の元へ駆けよってくる幼い少女や、自分に向けられた無邪気な笑顔が鮮明に浮かび上がる。

 きっとその光景を現実の記憶と混同してしまったのだろうと自分に言い聞かせ、ラテンは顔を上げたが、リリアは不自然に切ったラテンの言葉を気にする余裕はなかったようだ。その表情は蒼ざめていて、ほとんど声にならない声が、細かく流れる。

 

「リリア・アインシャルト……。私の、名前……?サイリス……妹……思い出せない、何も……」

 

「無理にして思い出そうとするな、意識を失うぞ」

 

「今更そんなことを言ったって……私は知りたいんです、すべてを。あなたの話を信じるか信じないかは……すべてを聞いたうえで決めます」

 

「……そうか。でも俺にだってお前の昔のことを全部知っているわけじゃない。知っていることをできる限り話すよ。お前のお父さんの名前はツヴァイ・アインシャルト。サイリス村の村長をしていた人だ。お母さんの名前はルミア・フレステイン。優しい人とだったそうだ。でも残念ながら、お前の両親はすでに亡くなっている。今はお前の祖父が村長をしているんだ。そして、さっき言った通りお前には一人の妹がいる。その名前はマリン・アインシャルト。今は、小さな宿でソコロフさんとアイシャさんの手伝いをしている。今のお前に似てちょっと素直じゃないけど、優しいやつだ」

 

 知っていることをすべて話したラテンはリリアに顔を向けるが、何の反応を示さない。先ほどまでの表情が嘘みたいに消え去り、目の前に広がる空一面を見つめていた。

 

 

(失敗……かもな)

 

 作戦が失敗に終わったならば、この場でリリアを気絶させてアドミニストレータの元へ急ぐしか方法はない。

 ラテンは刀を握り、腰から鞘ごと引き抜こうとするがその動作もリリアが口にした瞬間停止する。

 

「マリン……」

 

「………」

 

「……思い出せません。顔も、声も、体も。でも、この名前を呼ぶのは初めてではありません。私の口が……心が、憶えている」

 

「……そうか」

 

「何度も呼びました。毎日、毎晩、どんな時も……マリン……マリン……」

 

 リリアの瞳から次々と流れていく滴が星の光を受けて煌びやかに落ちていく。ラテンはその光景を見て驚愕した。対面してから弱みを見せなかったリリアが涙を流しているのだ。どんな性格でもリリアは女の子だと改めて感じてしまう。

 

「本当なのですね……私に、父が、母が………妹が、この夜空の下に……」

 

 その声は次第に嗚咽へと変わっていく。

 無意識にラテンはリリアに手を伸ばすが、その手をリリアは手の甲で強く払った。

 

「見ないでください!」

 

 濡れた声でそう叫んだリリアは、右手でラテンの胸を衝き、左手で目元を何度もぬぐった。だが、涙はいっこうに止まらず、とうとうリリアは顔を両ひざに埋め、激しく肩を震わせた。

 

「……リリア」

 

 目の前の少女を必ず故郷に連れて行かなければならない。

 改めて強く決心する。どんなことが起きようとも、マリンの元へ連れていく。例えそれでラテンが死ぬことになっても。

 

 

 

 

 

 

 激しい嗚咽が徐々にその音量を落とし、密やかなすすり泣きに変わるまでに、随分と長い時間を要した。その間ラテンは目の前に広がる空を見つめながら、これからのことを考えていた。

 それを頭の中で整理していると膝を抱えて俯いたままリリアが口を開いた。

 

「あなたの話を聞いて、アドミニストレータ様が私たちを深く欺いておられることは理解できました」

 

「そうか、助かるよ」

 

「ですが、アドミニストレータ様が私たちに与えてくださった第一使命は、ダークテリトリーからの侵略に対する防衛ということも事実です。現に十数名の騎士たちが今も果ての山脈で戦っています」

 

「………」

 

「あなたは私の故郷が北方の辺境の地にあると言いました。つまり、ダークテリトリーからの侵略が始まったら、真っ先に蹂躙されてしまう地域です。もし、あなたたちがすべての整合騎士を倒し、アドミニストレータ様に刃をかけたとして、いったい誰が闇の軍勢を撃退するんですか。まさか、あなたたちだけで迎え撃つとでも?」

 

「……確かに、そうなるかもしれないな。でも逆に訊くけど、お前は整合騎士団が万全の態勢で迎え撃てば、闇の軍勢を一掃できると思っているのか?」

 

「それは……」

 

「たった三十人そこらで、何万もの闇の軍勢を対処しきれるなんて到底思えない。闇の軍勢にだって、整合騎士並の…もしかしたらそれ以上の実力を持ったやつだっている可能性があるんだぜ?いざ戦うとなると、敗北するのはどっちか誰にだって理解できるだろ」

 

 リリアはラテンの言葉にしばらくの沈黙を経て、再び口を開く。

 

「……それは、騎士長ベルクーリ閣下も、胸の裡には同様の懸念を持っているようでした。それは私自身も同じです。ですが、私たち整合騎士以外に戦力と呼べるものがないこともまた事実。結局は私たちがいなければ、抗うことさえできなくなります」

 

「ああ。でも、闇の軍勢から自分の街を家族を守りたいっている人だっているだろ?そう思っている貴族や一般民にここのある無数の武具を分け与えて、お前たち整合騎士から本物の剣技や神聖術を学ばせれば、闇の軍勢の侵略を防ぐことも夢じゃない。だけど、今のアドミニストレータの絶対支配ではそんなことが不可能なんだ。だから、早急にアドミニストレータを打ち破って、残されたわずかな時間を使って防衛力を築き上げるしかないんだ」

 

「………」

 

 リリアは再び俯く。

 おそらく、公理教会への絶対的忠誠と捕縛した侵入者の言葉を天秤にかけているのだろう。それもそうだ。もし、リリアがラテンの言葉に賛同すれば、公理教会に刃向かうことになる。それは彼女にとっては人生最大の選択であり、どっちの転ぶかは彼女次第だ。悩んだ結果、再び公理教会……アドミニストレータに忠誠を誓うのならば仕方がない。そうなったら、ラテンは再び彼女と本気で剣を交えることになるだろう。

 やがて―――。

 短い言葉が、ぽつりとつぶやかれた。

 

「……会えますか」

 

「………」

 

「もしあなたに協力して、封印されていた記憶を取り戻せたら、私はマリンに会えますか」

 

 ラテンは少しの間沈黙する。

 会える。その言葉は嘘のようで嘘ではない。

 しかし、それを告げていいかラテンは迷っていた。だが、ここまできて逃げる、と言う選択肢はラテンの頭の中には残っていないかった。

 

「……会うことはできる。飛龍を使えばすぐにな。だけど……」

 

「……だけど?」

 

「マリンと再会するのはリリアであってリリアでない。記憶を取り戻した瞬間、お前の……整合騎士リリア・シンセンス・サーティワンとしての人格は消滅して、リリア・アインシャルトへと戻る。お前が整合騎士として生きてきた記憶はそれと共に消え去り、その体を本来の人格へと明け渡す。簡単だが残酷な言い方をすると、今のリリアはアドミニストレータが作り出した《仮のリリア》なんだ」

 

「……そうですか。この体は借りているものなんですね……」

 

 その声はとても弱々しく、風が吹けば消えてしまいそうな、そんな声だった。おそらくリリアは今、複雑な心境を持っているだろう。今まで自分だと思っていた体が本当は他人のようなもの。そう言われれば誰だって動揺や何らかを考えてしまうだろう。人によっては精神が崩壊してしまうかもしれない。

 

「……借りたものはしっかり返さないといけませんね。それが、サイリス村の人々……マリンが望んでいることなら」

 

「………リリア……」

 

「……一つだけ頼みごとがあるのですが、聞いていただけませんか?」

 

「俺ができる範囲でなら何でも」

 

「私が……仮のリリアとしての人格が失われる前に、私をサイリス村へ連れて行ってくれませんか。一目だけでいいんです。妹の、マリンの姿を見せてほしいです」

 

 ラテンに向けられた顔は今までのような、呆れや蔑みが混じった表情ではなく、正真正銘の女の子の笑顔だった。その笑顔はとても美しく、まるで一輪の花が咲いたようだ。それは、何重もの花弁を持った八重桜の花がようやく咲いたかのように……。

 ラテンはリリアの顔を真正面から見据えると、口を開いた。

 

「わかった……約束する」

 

「……絶対ですよ」

 

「ああ。絶対だ」

 

 ラテンは深くうなずくと、リリアはそれに答えるようにこくりと頷いた。そして一つ深呼吸すると、いつものように凛とした表情になった。

 

「……人界と、そこに暮らす人々を守るため、私、リリア・シンセシス・サーティワンは、たった今より整合騎士の使命を捨て―――――ッ!!」

 

「リリア?……リリア!!どうしたんだ!?」

 

 リリアは毅然たる宣言の途中で、体をのけぞらせ右目を右手で抑え込んだ。その表情から、かなりの激痛だと理解できる。

 

「くっ!―――リリア、何も考えるな!」

 

 ラテンはリリアに近づき、右手で体を押さえた。左手でリリアの右目に添えられている手をゆっくりと外す。

 

「……なんなんだよ、これは!」

 

 薄い蒼色の瞳には、ちかちかと赤い光が点滅していた。それを間近から覗き込むと、奇妙な記号の羅列が並んでいる。

 

〖TRELA METSYS〗

 

 それが何を意味しているのかは直ぐには理解できなかったのだが、おそらく鏡文字だ。今のリリアにはこの文字が反転したものが見えているはずだ。つまり、

 

〖SYSTEM ALERT〗

 

 システム・アラート。その意味ならラテンにも理解できる。PCを使っている人なら、多少は経験しているだろう。不愉快な警告のくせに、ポーンというなかなか印象的な音を出すものだ。

 それはこの世界の住人にとっては関係のない単語のはず。そしてそれは、警告を意味するもの。つまり、公理教会に刃向かうことへの《警告》なのだ。このままにしておけば、何が起きるかわからない。

 

「右目が、焼けるように痛いです……!それに……文字が……!」

 

「リリア!何も考えるな!」

 

 ラテンは両手でリリアの顔を挟み込む。

 

「お前に起きてる現象は、たぶん公理教会に逆らうと発動する障壁みたいなものだ。そのままにしてたら、右目が吹き飛ぶかもしれない!」

 

 頭に浮かんだことをとっさに口にしてみたのだが、この場合ではむしろ逆効果かもしれない。どんな人間だって、考えるなと言われて思考を停止させるような器用な真似などできるはずもない。

 リリアはラテンの言葉を聞いて、強く目を閉じる。しかし、閉じたところで彼女の右目には赤い文字列が浮かんでいるだろう。リリアの両手は宙をさまよい、ラテンの両肩に触れると強く掴んだ。その力の強さから、ラテンでさえも経験したことのないような苦痛がリリアに襲っているのだと理解できる。

 ラテンはリリアの後頭部に右手を回し、自分の胸へ引き寄せた。断続的に小さな悲鳴がラテンの耳に響いてくる。

 

「……ひどい…です」

 

「リリア?」

 

「…記憶、だけでなく……意識すら……誰かに、操られる…なんて……」

 

「これは、アドミニストレータの仕業じゃないと思う。……たぶん、お前らにとって《神》という存在が引き起こしているのかもしれない」

 

 頭の中で浮かんだ推測をリリアに投げかける。だが、今のリリアには理解不能だろう。それでも、痛みを緩和、もしくはこの現象の停止ができればと口を開いたのだ。

 

「私たちは神のために戦い続けたのに、何故このような仕打ち……このような強要をするんですか。私にだって、意志はあります!例え造られた存在だとしても、私にだって本当の思いがあります!私は、この世界を……この世界で暮らす人々を守りたい……!」

 

 ラテンは真下に視線を向けるとリリアの瞳のあたりから、赤い強烈な光が発生していることに気付いた。

 

「リリア……!」

 

「ラテン……私を、しっかり……」

 

「…………ああ」

 

 もうラテンにはリリアを止めるすべがない。となると、できるだけ彼女のサポートをするしか道はない。 

 ラテンはリリアを力いっぱい抱きしめると、リリアがこれでもかと言うほどの大きな声で叫んだ。

 

「アドミニストレータ並びに神よ!!私は、私の思いを叶えるために……あなたたちと戦います!!」

 

 そう叫び終わった瞬間、ラテンの胸の辺りが物凄い速さで濡れ、それが広がり、白い服を赤く染め上げた。

 そして次第に両肩を襲っていた力が徐々に抜けていく。それが完全になくなるころには、リリアは意識を失っていた。

 

 

 

 

 

 

 




投稿が遅れて申し訳ありませんでした!m(_ _)m
実は、ソードアート・オンライン ロストソングを先日購入しまして、やりこんでたんです。本当にすいません。m(_ _)m

今回は今までで一番長くて、二本に切ればよかったと思っていましたが、話の内容的に切るのは不自然だったので、このような長さにさせていただきました。

ちなみに、途中から、ラテンとリリア二人だけの世界でしたが、少し離れた位置でキリトとアリスも同じ状況に合っていると思っていただければ結構です。
 
これからもこの作品をよろしくお願いします!


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第二十四話 二人の運命

 

「まったく、どこまでも世話が焼けるお嬢様だ」

 

 ラテンは自分の服の一部を引きちぎり、リリアの左目を覆うように巻きつけた。

 先ほどから流れていた血はとっさの神聖術により、止血することに成功したのだが、依然としてリリアは気を失ったままだ。見たところもうしばらくは起きそうにない。

 つまりラテンはリリアを担いで上へ上らなければならないのである。もしここにいるのがラテン本人だけならばリリアの回復を待つのだが、あいにくユージオが単身でアドミニストレータの元へ向かっているため、そうも言ってられない。

 

「というか、このお嬢様だけじゃなくそっちもか」

 

「ああ」

 

 キリトの方へ顔を向けると、リリアと同じくオブジェクトの上に横たわっているアリスが視界に入った。どうやら、同じようなことが起こったらしい。

 

「しかし、どうするか。超高優先度の武器に加え、ドSお嬢様を担いで上へ行くとなると……完全に重量オーバーだな。お前はどうか知らんが」

 

「いやいや。お前、俺を何だと思ってんだよ。超人ハ〇クじゃあるまいし…」

 

「……約七フロア。これを成し遂げればハ〇クになるのも夢じゃなさそうだな」

 

 ラテンはキリトから長い鎖を受け取る。それを使ってリリアを背中に固定すると、ハーケンを作り出した。

 

「おい、ラテン。上まで行ったらリポ〇タンDを用意しておいてくれ」

 

「それがあったらとっくに俺の胃の生贄になってるわ」

 

 お互いに冗談を叩きあいながら、ラテンとキリトはハーケンを使い上まで登って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおしょいっ………よっしゃああああ!!!」

 

「どっ……こい……しゃあああ!」

 

 見事二時間かけて七フロア分、約四十メルを懸垂で登り切ったラテンとキリトは九十五階《暁星の望楼》のテラスの床面にダイブした。

 関節のあちこちが悲鳴を上げている。こんな経験、祖父との特訓以来のものだった。

 

「……お、い……きりと……mうmrだsんじmう……」

 

「……なんて…言ってるか……わからないぞ……」

 

 ラテンは悲鳴を上げている体に鞭を打ってリリアを鎖から離そうとするのだが、腕がうまく動かず、脱力したかのように再び地面に突っ伏した。

 

「ああ、もう無理。動きたくねぇ……」

 

「安心しろ、ラテン。三分ぐらいはこのままでも文句を言うやつはいない」

 

「まあ、確かにこの場にいるのは気を失っている二人と、ある意味死にかけている二人しかいないもんな。……よし!さすがにアホの中のアホのアh「う……ううん……」じゃなくて、とてもすばらしいお嬢様なら、理解してくださるはずだ」

 

「ラテン……お前…」

 

「……言うな」

 

 背中にいるリリアの息づかいが首筋をくすぐる。

 長い道のりを登り終わった瞬間意識を取り戻すとは、偶然なのかもしくは狙っていたのか、ラテンには解らないが、この状況ならばさすがに前者だろう。

 

「……この鎖は……えっ。……まさか私を背負って……」

 

「そうだ。ひよっこ剣士でm「いやあああ!!」―――ひでふっ!?」

 

「へ、変態ですよ!しかも、汗だくじゃないですか!早く離れてくださいぃ!」

 

 リリアに後頭部を掴まれ地面に顔面をクリーンヒットしたラテンにはもはや、反論する力など残されてはいなかった。

 そのかわり顔面を床面に密着させながら、やっとの思いで鎖をほどくと、なんとも無情なお嬢様はねぎらいの言葉を一切かけず、ラテンから三メルほど離れた。

 

「……お前、いつか神から天罰が下るぞ…」

 

「その神と戦うことを先ほど宣言しましたよ?……そんなことよりも、ありがとうと言っておきます」

 

「素直でよろしい」

 

 ラテンはその場に座り込むとリリアを凝視する。そのリリアはまるで服に付いたシミを探すように……実際探しているのかもしれないが、白い服とロングスカートを揺らしていた。

 

「というか、言っていいか?」

 

「……なんでしょうか」

 

「お前の服にシミなんて一つもついていないけど、俺の服装を見てみろよ。お前との戦闘でもう服なのか昭和のファッションなのかわからないまでにボロボロになって、おまけに今度は赤く染まっちまってるんだぜ?俺は何回着替えれば清潔を保てるんだよ!?」

 

「……よくわからないのですが、大丈夫ですよ。ただの罪人に、変態という設定が付け加えられただけですから」

 

「全然大丈夫じゃねぇ!!」

 

 盛大なツッコミに涼しい顔で返したリリアは、ラテンに手を差し伸べた。ラテンは一瞬怪訝な顔を向けた後、素直にその手を取る。その手に引っ張られたラテンは立ち上がるや否や、すぐさまリリアのおでこに右手を乗せた。

 

「な、なんですか」

 

「いや、熱でもあるんじゃないかと思って」

 

「ありません!!」

 

 ラテンの手を振り払うとリリアはキリトとアリスの方向へ歩いていく。その後を慌てて追いかけると、キリトが声をかけてくる。

 

「青薔薇の剣は下にあるみたいだから、俺とアリスはいったん下まで戻るけど、お前はどうするんだ?」

 

「……ユージオはひとまず二人に任せるよ。俺は上へ行く。リリアは……」

 

「私も上に行きます。この変態だけでは頼りないですから」

 

「お前……出会ってからより毒舌になってないか?」

 

「そうでしょうか?」

 

 なんとも人の神経を逆なでするような言動をしてくるが、前よりも自然に話せているような気がする。出会ったときは絶対的が壁があったようにも感じていたのだが、今ではそうでもない。

 もしかしたら《仮のリリア》としての人格が徐々に心を許している証拠のかもしれない。それでも、もう少し素直なら分かり合えそうな気がするがどうせ「あなたとわかり合う必要はありません」と一蹴されるのが落ちだろう。

 

「じゃあ、またな。キリト、アリス」

 

「ああ、またあとで」

 

 キリトとアリスは頷くとフロアの北端に設けられた大階段を下って行った。その姿を確認した後リリアに顔を向け、お互いに頷き合うと大階段を上って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人界全土を統治する組織の中枢であるというのに、上へと続く大階段は妙に薄暗く、まるで廃墟のようだ。それに加え、誰もいないことが廃墟という認識を引き上げる。

そんな階段を一歩一歩登りながら、ラテンは左にいるリリアに顔を向けた。

 

「右目、大丈夫か?」

 

「えっ?…はい。片目が見えなくても、戦うことはできます」

 

「仮にもお前は重傷だぜ?こんな状態でも、戦いのことを気にするなんて……。それにお前は女の子なんだから…」

 

「その『女の子』に負けたあなたが言える立場ですか。自分の身は自分で守ります」

 

「なっ……ま、負けてねぇし!……でも、もし戦闘になったらできる限り後方にいてくれ。俺はお前を死なせたくない」

 

「っ、……わかりました。ですが、あなたが危険と判断したら、私が出ます」

 

 ラテンは無言で頷くと顔を前に向けた。

 ワンフロア分を上った二人を待っていたのは、やけに狭く薄暗い通路と、突き当りに立ちふさがる黒い扉だった。

 気味の悪い緑色のランプに照らされた通路の幅は約一メル半。その先にはさらに小さい片開きの扉がある。

 はっきり言って、その光景はしょぼすぎた。普通ならば上に上がれば上がるほど、飾りや見栄えが豪華になっていくものなのだが、目の前に広がるものはまるで小人の家に行くまでの道のりのようだった。

 

「この先には《元老院》があります。……あるはずです」

 

「なぜ言い直した!?……まあ、整合騎士といえどここまでは普通はこないのか」

 

「ええ。とりあえず、先に進みましょう」

 

 リリアは金色の髪をなびかせてどんどん歩いていく。先ほど、戦闘になったら後方にいろと言ったのを聞いていなかったのだろうか。ラテンは慌てて追いかけると、リリアの肩を掴み無理やり自分の後方へ押し込んだ。

 

「何するんですか!」

 

「レディファースト…と言いたいところだが、ここから先はR-18になりそうだから、俺が先に行く」

 

「あなたは聞きなれない言語を使うのですね。まあいいです。お願いします」

 

「了~解」

 

 ラテンは刀の柄に左手を添えながら、ドアノブを握った。《元老院》らしいのだが、無用心にも施錠されてはいない。

 だが、その扉を開けた瞬間この先には進んで踏み入れがたい気持ちがこみ上げてきた。この感情は、そう。例えるならば、ボス部屋に入り込んだ時のようだ。自然に刀に添えている左手に力が入る。

 

 中に入ると、再び狭い通路が出現し、その奥にはほとんど照明がない暗い空間だった。おまけに足を踏み入れた瞬間からぶつぶつと何かを詠唱しているような声が聞こえている。その声は音の種類からして複数人はいるはずだ。

 

「何を言っているんだ?」

 

「攻撃術ではないことは確かですが、私も聞いたことはありません」

 

「そうか」

 

 再び前進を開始する。やけに冷たい空気と度々鼻に届く食べ物を饐えたようなにおいは本当に《元老院》なのかと疑いたくなる。謎の闇組織の方がよっぽど似合っていた。

 

 薄暗い空間にたどり着くと、広いというよりも高いと言ったほうがよさそうな場所で、湾曲した壁はこの塔の三フロア分ほどの規模で伸び上がり、天井は暗すぎて見ることができない。その壁のあちこちで仄かに紫色の光が瞬いている。それに加え丸いものが等間隔についている。

 

 どう思うとリリアに顔を向けた瞬間、二人からかなり近い場所で新たな光が生まれる。それは淡い紫に発光する《ステイシアの窓》だった。そしてその奥に何か球体のようなものが存在している。

 

「人間の頭、でしょうか?」

 

「ということは、ここらいったいにある円筒形の中身は全部同じものっぽいな」

 

 ラテンはそのままその人間の顔を凝視する。しかし、それを本当に人間の頭といっていいのか少々疑問を持ち始めた。

 その頭には髪もひげも眉毛もしわもない。ただ生白い顔に硝子玉のような二つの眼球がついているだけだ。その視線はすぐ目の前に浮かぶステイシアの窓に向けられている。その窓には細かい文字列が刻まれており、箱人間はそれを見ながら抑揚のない声を発する。

 

「システム・コール……ディスプレイ・リべリング・インデックス……」

 

「聞いたことあるか?」

 

「いえ。でも、何かの数値を現しているのかもしれません…ですが」

 

「その数値は何を現しているのかはわからない、か…」

 

 ますますわけがわからない。

 だが、一つ言えることはここが《元老院》だとすると、彼らのほかに誰もいない以上彼らが《元老》だということになる。その光景はラテンが、いや、おそらくこのセントラル・カセドラルにいるほぼ全員が思ってもいなかったものだろう。

 

「……行こう。アドミニストレータの元にたどり着けば、何かができるかもしれない」

 

「……わかりました。行きましょう」

 

 再び歩き出した二人は広間の奥の方へ進み、その先に先ほどのような狭い通路があることに気が付いた。その通路から、ぼそぼそと誰かがしゃべっている声が聞こえてくる。

 誰かを罵倒しているのだろうか。途切れ途切れだが、「この坊主」や「害虫め」と聞き取れた。

 ラテンは今度こそ刀を抜くと、一歩一歩ゆっくりと先に進んでいく。声色からして味方になってくれそうにないため、用心に越したことはない。

 

 先に進んでいくと、広間ほどではないがなかなか大きな部屋にたどり着いた。しかし、同時に奇妙な部屋でもあった。

 ありとあらゆるものが金色に輝いており、スリュムヘイムの時とはまた別の光景だ。あらゆるものが照明の光に反射して、ギラギラと光っている。そしてその上には、たくさんのオモチャが乗っていた。数えきれないほどの量のオモチャをいったい誰が遊ぶのだろうかと思ったのだが、こんな部屋の趣味をしている以上変人であることは確定したようなものだ。

 

「ここに誰が住んでるんだよ…」

 

「私に訊かれてもわかりません。ですが、あなた以上に―――」

 

「わかった、わかったって。どうせ俺以上の変人とでも言いたいんだろ。言っとくけど俺は変人でも変態でもないから。いや、もしかしたら変人かもしれないが、変態ではないから!」

 

 ラテンが必死で弁論をした瞬間、オモチャに埋もれて何かが二人に向かって口を開いた。

 

「お前ら、誰だ!!」

 

「……チュデルキン……!彼が元老長です」

 

「こいつが?」

 

 またもや、ラテンの予想を裏切る結果となった。

 てっきり、長いひげを生やしていかにも威圧感があるおじいさん的なものを想像していたのだが、目の前にいる元老長と呼ばれている奴は、はっきり言ってカー〇ィだ。頭がある点ではカー〇ィではないのかもしれないが、頭を取り除いて腹の部分に顔を書けば間違いなくカー〇ィに見える。

 そいつの服装は右半身が赤、左半身が青で道化師のようなデザインだ。頭には金色の帽子が乗っている。もしかしたら、リ〇クをコピーしたカー〇ィなのかもしれない。

 という冗談はさておき、目の前の元老長が口を開いた。

 

「三十一号……なんでこんなとこにいるんですよゥ。反逆者と共に塔の外に落ちて死んだはずですよゥ」

 

「私はリリアです!それに私はもう三十一号(サーティワン)ではありません!」

 

 チュデルキンはリリアの返答に顔をひきつらせ、その顔のままラテンに視線を向ける。そして再び小さく細い目が大きく見開かれ、口を開いた。

 

「おま、オマエ!なんで……ゴホン。なぜこいつを斬らないんですゥ。こいつは教会への反逆者。ダークテリトリーからの手先と言ったじゃないですかぁぁぁッ!!」

 

「確かにこの変態は反逆者です。しかし、闇の兵じゃない。今の私と同じです」

 

 その言葉を聞いてチュデルキンは短い手足をブンブンと振り回し、駄々をこねる子供のように口を開いた。

 

「お、オマエ!う、裏切る気かぁぁぁッこの騎士風情がぁぁぁぁッ!!」

 

「「………」」

 

「てめえら整合騎士はァッ!!単なる木偶のくせにッ!!あたしの命ずるまンまに動く操り人形のくせにぃぃッ!!こともあろうに猊下をッ!!最高司祭アドミニストレータ様を裏切るだとぉぉぉッ!!」

 

「おい、カー〇ィ。少しは落ち着けよ」

 

 チュデルキンの口から飛び出る唾液を避けながら、ラテンはできるだけ落ち着かせるために口を開いた。どのみちすべてを聞いたら斬るつもりだが。

 すると、チュデルキンはいきなり不気味な笑い声を発する。

 

「おほ、おほゥ!オマエらは今有利な立場にいると思っているでしょう!」

 

「……どういうことだ?」

 

「お前たちにアレを試してあげますよ。おほ、おっほっほっほ!精々楽に死ねるといいですねぇ!!」

 

「何を言って……えっ?」

 

「はっ?」

 

 チュデルキンが指を鳴らした瞬間、二人が立っている辺りに半径三メートルほどの大きな円が出現した。

 それが巨大な穴だと認識するころには二人の身体は重力に従い落下を始めていた。 

 どのくらい落ちるのかはわからないが、一回下に落ちるとしたら再び《暁星の望楼》に着くということなのだろうか。だが、チュデルキンは言っていた。『アレを試す』と。それは落とし穴だけを意味しているとは考えにくい。

 

 ラテンはとっさにリリアを抱き寄せた。そしてチュデルキンの甲高い笑い声を背に浴びながら、二人はどこまで続いているのかわからない穴に落下していった。

 

 

 




本当に無理やり感がありますね……。
チュデルキンが言っていた《アレ》がどんなものなのかは楽しみにしていてください。きっと無理やり感がありますが……(笑)


話しが大きく変わりますけど、ソードアート・オンラインの歌ってテンション上がりません?(笑)いろいろありますけど、特にテンションが上がるのは<シンシアの光>ですかね(笑)

そんなこんなで、これからもよろしくお願いします!


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第二十五話 暁の死闘

 

 

 視線の先はまったくもって真っ暗だったのだが、すぐに地面が見えてきた。右手に持った刀をどうにか壁に突き刺そうとしたが、何故かここの部分の壁だけ周りよりも硬く、刃が通らない。。

 仕方なく、ラテンは自分が下になるようにリリアを左手で抱きかかえそのまま地面に落下した。

 直後、背中に強烈な痛みが電流のように突き抜けるが、どうやら天命は全損していないらしい。そんなことよりも、リリアが心配だったのだがこちらは無傷だ。

 

「あなた……なんで……?」

 

「ろくに受け身をとってなかったお前がそのまま地面に激突したら、天命が消し飛ぶかもしれないだろ?それにどうせ天命が減るんだったら、一人は軽症の方があとあといいかもしれないし……まあ、お前は俺を利用したっていう認識をしてくれれば丸く収まるかな」

 

「………」

 

 リリアはラテンの言葉に無言で受け止めると、治癒術を詠唱し始めた。すぐさまラテンの天命が回復するが、完璧にとは言い難い。つまり、チュデルキンが言っていた《アレ》がリリアやアリス並の敵だった場合、一人で対処するのは不可能ということになる。

 

「そんなことより、ここは?」

 

「わかりません。落ちた長さ的に《暁星の望楼》で間違いはないはずなのですが、この場所は見たことがありません」

 

「そうか。でも構造的に《暁星の望楼》は中央に壁を挟んで、二つに分かれてるみたいだな。……ほら、不自然に壁が途切れてるし」

 

 ラテンの視線の先には滑らかな曲線を描くようにあった壁が、垂直に分断されている。つまり、ラテンとリリアがいるのは、四人が上ってきた場所の反対側の半円にいるということになる。だが、おそらく大階段は共通なので上へ戻るにはそう苦労しないだろう。

 

「……時間稼ぎのつもりですかね、これは」

 

「いや、あいつの言い方からして、時間稼ぎだけじゃない……はずだ」

 

「どのみち、何も起こりそうにないので、上へ急ぎましょう」

 

 リリアはスタスタと歩いていく。ラテンもその後を追うが、どうも違和感がぬぐいきれない。チュデルキンはあんな容姿をしているが一応は《元老長》だ。おそらく、このセントラル・カセドラルのなかでアドミニストレータの次に強い術者だろう。

 もちろん、接近戦となればこちらの方が断然有利だ。だが、神聖術の知識はチュデルキンの方が数倍上。遠距離型に特化していると言っても過言ではないだろう。

 そんな奴が神聖術も使わないで、わざわざこんな子供じみた手段をはたして使うのだろうか。そう考えると、嫌な予感しかしない。

 

 それはリリアも感じているはずなのだが、ここに留まるよりかは行動したほうがいいと判断したのだろう。警戒心を滲み出しながら、どんどん歩いていく。

 しかし、大階段との距離が残り半ばに差し掛かった瞬間、上から何かが来る気配がした。

 

「リリア!」

 

「えっ?」

 

 ラテンはリリアの右腕を強引に引き寄せ、後ろの下がる。それと同時に、二人の目の前に何者かが落下してきた。その姿を見た瞬間、二人は大きく目を見開いた。

 

 背骨らしき部分や肋骨らしきが金属でできており、二本の腕と二本の足がつややかな黒紫の大剣でできている。そいつの頭は人間のものでもなければ動物のものでもない。あえて言い例えるならばトカゲの頭が金属でできていて所々がとがっている、という何とも歪な形をしたものだ。

 

 二メートルを超えるその物体は、ラテンとリリアの方向に顔を向けると、瞳に赤い光を宿し始めた。

 もしかしたらチュデルキンが言っていた《アレ》とはこいつのことかもしれない。見た目からして近代的なロボットにも見えるが、人間のようにも見える。だが、そいつの行動を見る限り、平和的に解決できそうもない。

 

「……かなり、やばそうだな」

 

「ええ。四本の剣……全方位攻撃が可能なのかもしれません。どうしますか?」

 

 リリアと二人同時でかかれば四本の剣は対処できるだろう。だがそれは視認できる範囲の武装で、ほかに何かを隠している可能性だって無きにしも非ずだ。

 

「リリア。武装完全支配術は……」

 

「あと二回ほどならなんとか」

 

「わかった。とりあえず俺が奴の攻撃を止める。隙ができたら、武装完全支配術を使ってくれ」

 

「……わかりました。ですが、あなただけでは無理と判断した場合私も行きます」

 

「ああ、頼む」

 

 ラテンは頷くと、抜刀した。

 どんな攻撃をしてくるかわからないため、いきなり抜刀術を使うのはあまりにもリスクが大きすぎる。それに今のラテンでは《真思》の時ほどの斬撃を出すことはできない。まず、相手の攻撃パターンを見切り、それに合わせた攻撃をする。ゲームにおいて、基本中の基本だ。

 

「……らあぁ!!」

 

 ラテンが地を蹴り、上段から斬り下ろす。ロボットはそれを難なく左腕で受け止めると、右腕を水平に振ってきた。

 ラテンは刀を滑らせ、ロボットの斬撃軌道に合わせると、ガキィィン!という金属音と共に火花が散る。そのままそれを弾き返し、攻勢に出ようと思ったのだがそれは叶わなかった。

 

「……!?―――がはっ!」

 

 ロボットの水平切りにコンマ三秒遅れて左脚がラテンの腹部に襲ったのだ。とっさに体を後ろに移動させたが、ロボットの左脚は的確にラテンの腹部をとらえており、それが地面に着くころには、ラテンは腹部から大量の血を吹き出しながら三メルほど吹き飛ばされていた。

 

「ラテン!!」

 

 リリアは血を流しているラテンの援護をするために、ロボットに上段から振り下ろした。その《八重桜の剣》は白い光に包まれている。すなわち、《武装完全支配術》状態だということだ。

 リリアの剣は受け止められるが、《八重桜の剣》の武装完全支配術は一撃を防がれても問題はない。なぜなら、残る八つの斬撃が受け手に襲い掛かるからだ。

 案の定、リリアの武装完全支配術により、ロボットの身体のいたるところから金属音が聞こえたのだが、ロボットはひるむ様子もなく、逆に反撃に出た。

 それをリリアは高速で受け止めるが、全方位からコンマ三秒以下の斬撃が次々と襲い掛かるため、リリアの身体のいたるところに切り傷ができ、新たなものができるたびに、鮮血が宙を舞った。

 

「くっ……そ……!」

 

 なんとか止血に成功したラテンは刀を取り、ロボットの背後に回り込んでがら空きになった背骨に刀を叩きつけようとするが、ロボットは大きく跳躍して二人から距離をとった。それを確認したリリアは治癒術を自分にかける。

 

「大丈夫か?」

 

「私よりあなたの方が重傷じゃないですか。私が前衛を務めますか?」

 

「いや、いい。何とか俺が隙を作るから、また頼む。直接くらわせたほうが効果があるかもしれないからな」

 

「わかりました」

 

 ラテンは納刀すると、思い切り地を蹴る。

 ラテンには神聖術の知識が乏しい。学院生が知っている程度ならラテンも知っているのだが、戦闘で効果が発揮する神聖術は指で数えるほどしか知らない。それだって、高度なものではなく、あくまで小細工なので、このような戦闘能力の高いかつ人間ではないもの相手だと効果はないはずだ。

 そこのところは整合騎士であるリリアに任せるのも手なのだが、リリアに任せると武装完全支配術を叩き込めないし、第一この場ではソルスの光が足りなくて、ロボットに効果がある高度な神聖術は使えない可能性が高い。

 つまり、神聖術で奴の動きを止める手段がない以上、体を張って止めるしかないということだ。

 

 ラテンはロボットの腹部目掛けて抜刀する。しかし、それはいとも簡単に防がれてしまう。逆に右脚で反撃されるが、左手で持ったままの鞘を抜き取ると、右脚の軌道に合わせ防いだ。

 たちまちロボットは右腕をラテンの肩と首の間に振り下ろす。当然普通の奴ならばバックステップをして、その斬撃を避けるだろう。それが自分の身を守るための一番の手段だからだ。だがそれは普通の奴(・・・・)の場合だ。

 

 ラテンは左手首を反転させて、今度は右腕に軌道に合わせる。もちろんロボットの右脚は防ぐものがなくなった今、まっすぐにラテンの腹部に向かっていくが最初の一撃よりも威力を随分と殺したため、致命傷にはならないはずだ。

 ラテンの予想通り右脚が腹部を軽くえぐる。それと同時に再び血が噴き出すが、これがラテンの本当の狙いだ。

 防御している左腕、防御されている右腕。振り切ったことで宙に浮いている右脚。つまり、今のロボットの支点は左脚だけだ。この左脚を攻撃に使ってしまうと、完全に体勢が崩れてしまう。

 すなわち、ロボットは右脚が地に着くまで待たなければならないのである。もちろんそれはこのロボットの動きからコンマ何秒分の動きだが、そのコンマ何秒分があれば二人には十分だった。

 

「やあああああ!!!!」

 

 リリアが持ち前の速さで、ロボットの背後に回り込み両手持ちで背骨に振りかざす。今のロボットにはそれを防ぐ手段がなく、かといって地面の倒れ込めばすぐさまラテンやリリアの猛攻撃に合ってしまう。つまり、チェックメイトだ。

 

 ガァァン!!という重い金属音と共に、ロボットが吹き飛ばされる。

 きっとその光景を見れば誰もが勝ったと思うだろう。ラテンでさえそう思っていたのだが、その考えは甘かった。

 

「待っててください。今、傷の手当てを……」

 

「―――リリア!!」

 

「えっ?」

 

 その瞬間、ラテンの目の前でリリアが吹き飛ばされる。腹部に、大剣を伴いながら(・・・・・・・・)

 

「リリア!リリア!!」

 

 ラテンはすぐさま駆け寄る。壁にもたれかかっているリリアの腹部の大剣の刺さり口からは血がどんどん流れてくる。もしこのまま、大剣を抜かれたらリリアは大量出血で死んでしまう可能性があるだろう。 

 しかし、不幸なことにその大剣は鎖に繋がれており、その鎖がピンと張った瞬間、大剣が勢いよく引き抜かれた。

 それを合図にラテンが予想したくなかった光景が現実となる。

 

「待ってろ、リリア。すぐにっ、すぐに止めてやるから……」

 

「ら……て…ん……」

 

「しゃべるな!しゃべるんじゃない!!」

 

 ラテンはボロボロになった服を脱ぎ、リリアの腹部に力いっぱい押し当てる。そのまま、治癒術を何度も何度も唱え続けた。

 幸いなのかロボットはリリアの攻撃によって意気消沈しているのだが、先ほどのように、いきなり復活するかもしれない。その証拠に、背骨の接合部分はリリアの渾身の一撃を受けたにもかかわらず、つながったままなのだ。

 

「ら…てん。……きを…つ……けて……」

 

「リリア?リリア!」

 

 そう口にしてリリアは目を閉じた。何度も何度も呼びかけるが答える様子がない。すぐさまステイシアの窓を開くが、リリアのまだ天命は残っていた。急激に減ってはいるが、その減り具合も小さくなっている。どうやら、リリアはただ気を失っただけのようだ。

 

「まったく……心配させんなよ」

 

 ようやく減りが止まった天命の残量はどう見ても少ない。ロボットの一撃を掠ったら、とは言わないにしても、軽く受けたら消滅してしまうような量だ。

 

 ラテンはその場に無言で立ち上がる。

 振り返るともう復活したのか、ロボットがラテンを見据えていた。

 

「お前は……絶対に許さない……!!」

 

 その瞬間《真思》が発動する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラテンは地を蹴るとロボットに向かって抜き放った。

 

(きゅう)大空天真流(たいくうてんしんりゅう)抜刀術(ばっとうじゅつ)《天照雷閃》。

 

 雷の如く刀がロボットの左腕を弾き飛ばすと、背骨の接合部に斬撃をお見舞いする。だが、ロボットの反応も早く、すぐさまそれを防ぐと攻勢に出た。だが、ラテンはそれに迎え撃つ。

 

 一人と一体の斬撃は空中の様々な角度でぶつかり合い、所々に花火のような火花が発生する。

 四本VS一本。どんな剣の達人であってもこの状況を打破するのは難しい。相手の斬撃を防御するのが精一杯か、もしくは押し切られて殺られるか。

 そんな状況だというのに、ラテンは押されるどころか、押している。つまり、コンマ三秒の斬撃に対応しているのだ。

 その剣筋はもはや視認不可能。

 わかるのはラテンとロボットの間の火花が、ロボットの近くで発生していることだけだ。

 だが、それも長くは続けられない。

 限界を超えたスピードで全身を使っているため、きっとラテンの筋肉は悲鳴を上げているだろう。それでもラテンが違う戦略ではなく押し切ろうとしているのは、リリアを傷つけられた怒りに思考が支配されているからだ。

 

 しかし、実力がある剣士が見ればほぼ全員が、ラテンの負けだと認識するはずだ。戦いはどんなことでも、冷静さを失えば負ける。それが普通であって、どんな達人でもそれだけは失わないようにする。

 

 ただ、そんな状態で超高速の斬撃に反応できるラテンが<例外>なだけだ。

 

 だが、所詮は人間対ロボットもしくはモンスター。どちらにせよ、人間よりもはるかに高い身体能力を持つ彼らに対して持久戦は不利だ。

 彼らに勝つ手段があるとすればそれは、頭脳戦もしくは心理戦だ。どっちにしろ、今のラテンには関係のないことなのだが。

 

「ブォォォォン!!」

 

「………!?」

 

 奇妙な音を発しながら、右脚を支点にしてそのばで高速に回転し始める。

 突然の出来事にラテンは刀で防御態勢をとるが、三つの大剣を同時に受けたため、いとも簡単に吹き飛ぶ。

 

 ラテンは床面に手を付き受け身をとるが、筋肉が悲鳴を上げ、バランスを崩して床面に転げまわった。それに追い打ちをかけるように、体が動かなくなる。

 だが、それを待ってくれるわけもなく、ロボットは追撃する。

 地面に刀を突き刺し、無理やり起き上がると、ロボットから放たれる高速の突き技を避け続けた。

 だが、体はすでに限界のようで、所々に鮮血が飛び散った。そのたびに歯を食いしばり攻勢に出るが、斬撃速度は徐々に落ちていき、火花と共にラテンの血が宙を舞う。

 

 何度目かの打ち合いの後、再び回転技によりラテンは吹き飛ばされる。何とか刀を頼りに立ち上がるが、足元はフラフラだ。

 それにいつの間に場所が変わったのだろうか。ロボットの向こう側に、壁に寄りかかっているリリアの姿が見えた。見たところ、意識はまだ回復していないようだ。

 その視界にロボットの姿がかぶる。瞬間、ラテンは悟った。自分と奴が一メルしか離れていないことを。

 

「―――――がはっ!」

 

 左腹部に大剣の先端が突き刺さる。

 それが抜かれる瞬間、大量の血があふれ出してきた。

 ラテンは左手で自分の腹部を抑え、改めて血を確認すると、その場に倒れ込んだ。

 

 ロボットはまるで自分の仕事が終わったかのように、チャキ、チャキと金属音を鳴らしながらラテンから離れていく。その音の方向から、リリアの元へ向かっているのが理解できた。

 おそらく、ラテンは死確定と認識して、やっとの思いで止血してまだ死んではいないリリアを標的に変えたのだろう。やつをそのままそこに向かわせたら、今までの苦労が水の泡になる。

 二年かけてやっとみつけたのだ。自分が……大切な人が探していた人を。

 

(ここで…リリアを………!……約束を……したんだ!)

 

 声にならない声を出して立ち上がる。

 腹部からぼたぼたと血が落ちるが、今はそんなことよりもリリアの安全だ。リリアを何としてでも、マリンに会わせなければならない。

 ラテンは刀を杖の代わりにして、ロボットに近づく。その距離が三メルになった瞬間、ラテンが生きていることにようやく気が付いたのか、ロボットは後ろを振り返った。そして、とどめを刺すために近づいていく。

 足元がおぼつかないまま刀を中段に構える。まさに、剣道のような構え方だ。

 ロボットが右腕を振り下ろす。それを両手で弾き飛ばすと、ロボットが動くよりも早く斬撃を繰り出した。

 

「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」

 

 超高速でロボットの体のあらゆる場所を刀で叩きこむ。一本しか持っていないというのに、まるで何本も持って、同時に攻撃しているようにも見える。

 

 その速さ、まさに神速。

 

 最後に上段から振り下ろすと、ゆっくりと納刀していく。

 

(きゅう)大空天真流(たいくうてんしんりゅう)連撃納刀術(れんげきのうとうじゅつ)(あま)暁光(ぎょうこう)》」

 

 カツン、と鞘と鍔が当たった瞬間、ロボットの体の隅々が鈍い音を立てて、形を崩していく。ラテンが瞳を開けるころには、眼の前は金属の瓦礫の山になっていた。

 

 それを確認したラテンは刀を地面について、リリアの元にゆっくりと歩いていく。

 そこにたどり着いたラテンは、リリアが無事なのを確認してから、その場に音を立てて倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

 




凄い・無理・やり・感!
 
ラテンとリリアの前に現れたのは、アドミニストレータが作ってた《ソードゴーレム》の試作版という設定です。
なんか、もう途中から名前がロボットになってましたよね。実際は剣なのに……(笑)
ちなみに《ソードゴーレム》が神器級武器三十本に対して、こちらの《ロボット笑》は四本です。

これからもよろしくお願いします!



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第二十六話 百階へ

 

 

 一人の少女がこちらに振り向き、笑顔で駆け寄ってくる。それは、何の悪意もない、見た人の心が和やかになり、自然に笑みがこぼれる、そんな無邪気な子供の笑顔。

 周りには心地よい風に揺られて、まるで海のような風景を見せてくれる草原があり、少女と向かった場所にはいつものように、大きな木があった。

 少女は小さな籠から、サンドイッチのようなものを手渡してくる。それを受け取ると、とてもおいしそうな匂いに誘惑され、かぶりついた。隣の少女は笑いながら、口元を白いハンカチでぬぐってくれる。いつもの日常。

 

 

 なんだろう。こんな経験、十八年間の中にあっただろうか。

 

 祖父から剣を教わり、夢中に練習した日々。

 それがラテンが知っている、そしてラテンが経験した幼少期だ。

 

 それならばこの夢は、この記憶は何なのか。

 ただの妄想。普通の人ならばこう判断するだろう。だが、ラテンはそうは思わなかった。その記憶は、自分が経験した幼少期のように頭の中に残っているのだ。まるで、もう一度、いや、自分の知らない自分が体験した幼少期であるかのように。

 

 ああ。またあの笑顔で少女がやってくる。いつものように小さな籠を片手にぶら下げ、長い金色の髪を風に揺らしながら駆け寄ってくる。

 そして、突然頭に手を乗せられ、なでられる。それは赤ん坊をなでるかのように優しく、心地いい。叶うことなら、いつまでもこうされたい。

 そんなことを思いながら、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭に感じる心地い感覚によって、ゆっくりと瞼を開いた。

 目の前に広がるのは、白い大理石の天井と、間近からこちらを見ているリリアの顔。自然に視線がぶつかり合う。

 

 ラテンと五秒ほど見つめ合ったリリアは、瞬時に顔を赤くして、目つぶしをするかのごとく二本の指でラテンの瞳に突っ込もうとする。ラテンは両目を見開くと、瞳に到達する寸前で、それを両手で止めた。

 進もうする力と押し戻そうとする力。それが均衡し、空中で静止しているように見える。実際は一ミリ単位で、動いているのだが。

 

「な、なあ、リリア。そんなに恥ずかしいなら、膝枕なんてするなよ」

 

「ひ、膝枕などしていません。か、勘違いしないでいただけます?」

 

「いやいや、ツンデレですか!?というか、膝枕以外に何があるんだよ」

 

「死にかけて、頭がおかしくなったんですか?」

 

「なら、指を離してくれませんかね?起き上がりたくても、起き上がれないんですけど」

 

 そう言うと、リリアはようやく指の力を緩めてくれた。ラテンは多少名残惜しがったが、これ以上頭を乗せ続けると、剣で刺される可能性があるので、起き上がる。

 まだ、体の節々から痛みを感じる。先ほどの戦闘が大きかったのだろう。何せ、限界を超えた状態で剣を交えていたのだから。

 

(というか膝枕なんて、ユウキにもされたことなくね?)

 

 記憶を巡らせる。

 思えば、手をつないだ以降の進展がないような気がする。キスだって、ホワイトデーの日いらいしていない。二年前にしようとしていたところを、襲撃されたのだが。

 

「……どのくらい時間が経ったんだ?」

 

「さあ。私が目覚めた時には、あなたは大量に血を出しながら隣に倒れてましたから。私が目を覚まさなかったら、あなたは死んでましたよ?」

 

「それは助かった。まあ、俺も多少なら戦闘できるし、上へ急ぐか」

 

「わかりました。ですが……」

 

 言葉を濁したリリアの方向に顔を向ける。その表情には少々罪悪感が混じっているように見える。ラテンは自分の姿を確認してリリアが思っていることを理解した。

 

「いいよいいよ。このくらい大丈夫だって。それに俺より先にお前が死にかけてたんだぜ?もう少し、自分の心配をしろよ」

 

「……申し訳ありません。十分なソルスがあれば、その傷を治すことができるのですが……」

 

 ラテンは苦笑する。

 リリアの思っていることはわからないでもない。

 なんせラテンの身体には、あらゆるところに切り傷ができており、腹部には大きな傷が二つほどある。どれも止血には成功しているが、見ているほうからすると痛々しい光景だ。

 ラテンにとっては、止血されただけでもありがたいのだが、リリアは申し訳ない気持ちに満たされているらしい。

 

「気にすんなって。行こうぜ」

 

「はい」

 

 二人は大階段に戻り、上へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五分ほど経っただろうか。

 できるだけ早く移動したつもりなのだが、思った以上に痛みが大きく、常人より遅いペースで、九十九階にたどり着いた。

 痛みといっても、切り傷の痛みではない。筋肉の痛みだ。

 まるであちらこちらが攣っているような、そんな痛みが駆け抜ける。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ああ、大丈夫だ。……って、あれは…!」

 

 ラテンが視線を向けた先にリリアもむける。そこには、辺り一面に広がる氷の世界があった。思わず、九十九階がそういうエリアなのかと思いたくなるほどのものだった。だがそれも、氷の中に埋もれる二つの影によって打ち消される。

 

「キリト、アリス!?」

 

 二人はキリトとアリスの元に向かう。

 見事なまでに氷漬けにされており、出ている部位は手と頭だけだ。これをやったのがユージオだとすると、いったい何のためにしたのか。

 きっとそれはキリトが説明してくれるはずだ。まずは、二人を助けるために刀を振りかざす。

 途端、上方部で何かが動く音が聞こえてきた。

 

「まずい。ラテン、リリア!隠れてくれ!」

 

 キリトの言われた通りに氷の中に隠れる。その間にアリスが《武装完全支配術》を詠唱していたのは気のせいではないだろう。

 

 氷の間から、見つからないように音がする方向に視線を向ける。

 その源は、昇降盤が動く音で、その中に見覚えのある奴が立っていた。

 

(チュデルキン……!)

 

 今からでも斬りかかりたいのだが、キリトもアリスもこれを狙って今まで脱出しなかったのかもしれない。普通ならば、氷漬けにだれてから一分もたたずにどちらかの《武装完全支配術》で脱出し、ユージオを追っているはずだ。

 

 チュデルキンが不気味な笑みをしながら、こちらに近づいてくる。

 二人の前に立つと、くせのある口調で口を開いた。

 

「ホオオオオオオッ。これはこれは。罪人と騎士風情が、この私に逆らうからこんなことになるんですよぅ!たーっぷり、可愛がってあげますからねぇ!」

 

 完全にこちらに気付いてない。それどころか、隙だらけではないか。

 普通ならば、相手がどんな状況でも、最後の最後まで油断をしてはいけない。こちらとしては、警戒心が皆無な方が動きやすいのが事実なのだが。

 

「……お前、そんな余裕たーっぷりでいいのか?」

 

「何ィ!この罪人が、私に口を利くとはいい度胸ですねぇ!」

 

「私たちを見くびらないほうがいいですよ。――――エンハンス・アーマメント!!」

 

「ホアァ!?」

 

 間抜けが声が放たれた瞬間、アリスの剣が無数の花弁となって、氷を切り刻んだ。それにより脱出したキリトは、黒い剣でチュデルキンに突き技を放つ。だが、氷漬けにされていたことが影響していたのか、狙いが定まらず、チュデルキンの腹部に掠る。キリトはさらに踏み込もうとするが、アリスの花弁の方が速かった。

 

 無数の花弁がチュデルキンを襲い、体の隅々まで切り刻んでいく。

 だが、当のチュデルキンはどんな仕組みなのかよくわからないが、アリスの《武装完全支配術》から脱出すると、未だ下がり続けている昇降盤に飛び乗り、上にあいている大きな穴に大ジャンプした。

 

 マリオかよ、と一瞬言いたくなる衝動を抑えて、昇降盤に飛び乗る。三人もそれに続き、リリアが昇降係と同じような単語を詠唱した。

 

「システム・コール。ジェネレート・エアリアル・エレメント……バースト・エレメント!」

 

 途端、昇降盤は上昇し、四人はアドミニストレータがいる第百階へと向かって行った。 

 

 





今回は今までよりも、短かいです。
この後の区切りが難しいところから、今回はここで区切らせていただきました。
おそらく人界編は、あと、二、三話になると思います。
これからもよろしくお願いします!


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第二十七話 宣戦布告

「お前、本当に大丈夫なのかよ」

 

「いや、だから。止血はしてるから、安心しろって」

 

 

 キリトがラテンの身体を見て、何度も同じことを言ってくる。まあ、今のラテンの姿を初めて見た人なら、当然の反応だとは思う。

 だが、そんなことでいちいち驚いていたら、この先に待つアドミニストレータとの戦いは持たないだろう。

 今以上の被害、もしくこの中の誰かが犠牲になるかもしれない。しかし、リリアだけは守り通す。ラテンはそう決意している。

 

 

 百階へと残り五メートルに差し掛かった時、大穴の端から、チュデルキンがのぞいてきた。チュデルキンは顔を一瞬真っ青にして後ろに振りむき、何かを叫んでいる。そして、その方向に逃げようとしていたチュデルキンの靴を、ラテンは左足、キリトは右足を担当して掴んだ。

 

「ホヒイエエエエ――――――ッ!!」

 

 いきなり絶叫したチュデルキンは、両足をばたばたと振り動かす。本当はそのまま引っ張り出したかったのだが、思った以上の力で振り動かされたため、つま先がとがった靴が脱げてしまった。

 キリトを見ると、どうやら同じらしい。脱げた靴を眺めている。

 

 

 そのまま四人は百階に到達した。辺りを見渡すと、十メートル先の壁際にユージオの姿があることを確認した。

 右手にキリトが持っていた短剣と同じようなものを持っている。つまり、ユージオは正気を取り戻しているのである。

 もし戻っていなかったら、斬るつもりだったのだが、こういう結果になってよかったと思えてくる。

 

「よう、ユージオ」

 

「一人でパーティなんて、寂しいじゃねえか」

 

 キリトに続きラテンも亜麻色の髪の青年い声をかける。その顔には不安と共に安心感が隠れていることが見て取れた。

 きっとユージオは整合騎士となって、キリトを傷つけてしまった償いとして、単身でアドミニストレータの元へ乗り込んだのだろう。もし、ラテンがユージオの立場でも同じことをしたかもしれない。

 

 

 ユージオは右手にぶら下がっている短剣を強く握ると、部屋の中央に視線を移動させた。ラテンはその視線をたどる。

 巨大なベットの奥にひっそりとたたずんでいる、銀髪の少女。その口元には、謎めいた微笑を浮かべていた。

 しかし、それはあまり問題ではない。本当の問題は、その少女が裸だということだ。

 

「なんて、破廉恥な……」

 

 女性の裸なんて見たことがないラテンは、思わずつぶやいた。 

 だが、だからといって手加減するわけにはいかない。ここでその少女を倒さなければリリアがサイリス村の戻るどころか、この人界がダークテリトリーの侵略者によって呑み込まれてしまう。

 

 

 おそらくこの世界に来たばかりのラテンならそんなことは気にしなかっただろう。だが、この人界に暮らし始めて早二年。その間にたくさんの人と出会った。

 サイリス村にいる、サインやマリン。宿主のソコロフさんやアイシャさん。金細工店のサードレ。修剣学院のアスベルやリンク。傍付きだったシャロン。そして、リリア。

 それ以外にもたくさんの人にお世話になった。今は、現実世界にいる仲間と同等以上に大事な存在だ。そんな人たちを、守りたい。

 今はその気持ちでいっぱいだ。

 

 

 ユージオがこちらに歩いてくる。だが、その足はキリトの隣に現れたアリスを見た瞬間に止まった。きっと今のユージオの胸の中では、色々な思いが混在しているだろう。

 アリス・ツーベルクとしての人格が戻った瞬間、アリス・シンセンス・サーティとしての人格が消える。それがユージオに一番の願いであり、脚を止めている原因でもあるはずだ。

 

 ラテンはユージオを見て、大きくうなずく。ユージオはそれを返すように頷くと、じりじりとこちらに再び移動してきた。

 ようやく四人の元にたどり着くと、キリトがユージオにささやきかける。

 

「怪我してるのか。俺のせい……じゃないよな?」

 

「…………お前の剣は一発も当たってないよ。ちょっと、背中を柱にぶつけたんだ」

 

「だから俺達が来るまで待ってればよかったのに」

 

「……あのねキリト、お前たちを足止めしたのは僕なんだよ」

 

「あれくらいで止められるほどヤワな足じゃないぜ」

 

 二人で小声で言い合いを続ける。

 ラテンはそれを見ながら、隣に立つリリアに声をかけた。

 

「あれが、アドミニストレータ?」

 

「はい。六年前と何も変わっていません」

 

「……脱ぎ癖でもあんの?」

 

「それは……って、やっぱり変態ですね、あなたは!」

 

「いやいや、客観的な予想を述べただけだろ!?反逆者が目の前にいるのに、裸なんて……そう予想せざる負えないだろ」

 

「まあ、そうは思いますが……」

 

 リリアはアドミニストレータに顔を向ける。ラテンもそちらに顔を向けるが、当のアドミニストレータはこちらの視線に気が付くと、ニコッと笑いかけてきた。

 今更なのだが、脱ぎ癖がなかったら、どこをどう見ても美少女だ。脱ぎ癖がなくてもその事実は変わらないのだが、そのせいで全体ではなく一部を凝視してしまうから、会った瞬間には思わなかったのだろう。

 

「ど、どこを見てるんですか!」

 

「へっ?……あ、いや。だって自然現象だし、それに暗くて見えてないから大丈夫だろ」

 

「女性の裸を見たら胸に視線がいくのが本当に自然現象なんですか?あなたの性格なんじゃないんですか?」

 

「いやいや、俺だけじゃないよ!?きっと、キリトやユージオだって……」

 

 二人の方向に視線を送ると、未だにこそこそと話し合っている。こういうときだけ、味方になってくれない二人が恨めしく感じてしまうのは気のせいではないだろう。

 

「た、確かに……胸は大きいですが……それだけで女性を選ぶなんてどうかしていると思います!」

 

「話が脱線しすぎだろ!?……もういいよ。俺が悪かったよ……」

 

 このままだと延々に続きそうなので、とりあえず話を終わらせる。リリアは横目でこちらを凝視しているが、優先順位は理解しているのか、意識をアドミニストレータに持っていく。

 

「あらあら……この部屋に、こんなにたくさん来客があるなんて初めてよ。ねえチュデルキン、おまえ、アリスちゃんとリリアちゃん、それにイレギュラー坊やとクレイジー坊やの処理は任せると言ってなかったかしら?」

 

(クレイジー坊やって、俺のことか!?)

 

 まったくクレイジーなことをしたつもりはないのだが、アドミニストレータにはそう認識されているらしい。

 

「ホッ、ホヒイイッ! そっ、それはそのっ、小生、猊下のために勇猛果敢、獅子奮迅の戦いを……」

 

「……来て速攻逃げ帰ってたじゃねえかよ」

 

「だまらっしゃい! げ、猊下! しっ、小生のせいじゃァないんですよおおゥっ! 三十三号が手抜きをして、反逆者どもを半分しか氷漬けにしなかったもんですからっ……」

 

「……あやつだけは……」

 

 冷ややかな殺気を含む声でアリスがつぶやいた。

 それに気が付いたのか、何かをしゃべっているチュデルキンを「黙ってなさい」と言って制すと、ほのかに微笑みながら一歩前に出た。

 

「ねぇ、アリスちゃん。あなた、私に何か言いたいことがあるのよね? 怒らないから、いま言ってごらんなさいな」

 

 アドミニストレータに合わせてアリスが一歩下がる。

 視線をちらりを向けると、騎士の顔は月明かりよりも青白く血の気を失い、唇も薄く引き結ばれていた。しかし、アリスはそこで踏みとどまり、黄金の小手をはずすと、左手の指先でそっと右目の眼帯の包帯に触れた。

 まるでそこから力を貰ったかのように、右足を一歩前に出す。

 

「最高司祭様。栄えある我らが整合騎士団は、本日を以て壊滅いたしました。私の隣に立つ僅か三名の反逆者たちの剣によって。……そして、最高司祭アドミニストレータ、あなたがこの塔と共に築き上げた果てしなき執着と欺瞞ゆえに!!」

 

 

 




今回も短いです。

前回人界編は残り二、三話で終わると言いましたが、完全に無理でした。すいませんm(_ _)m

次話からは今回よりも長くなります。
その状態で、あと四、五話になりそうです。

アドミニストレータ戦は細かく描写していきたいので、これからもよろしくお願いします!


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第二十八話 開戦

 

 

(おお、すげ。はっきりと言い切ったな……)

 

 アリスが言い放った言葉。

 それは、今回の出来事がすべてアドミニストレータ本人が引き起こしたものであることと共に、アドミニストレータに対する宣戦布告とも取れた。右目の封印がそのままだったら決して言うことができない台詞だろう。

 だが、それでもアリスがそれを言う前に一歩後ずさったのは理由がある。

 それは《敬神モジュール》がまだ残っている、ということだ。

 

 ユージオがアリスほど反抗することに躊躇していないのは、おそらく《敬神モジュール》がアドミニストレータの手によって、取り除かれたからだろう。リリアに関しては冷静を保っているようにも見えるのだが、その瞳の奥には恐怖がないわけでもなさそうだ。三人がこうして絶対的支配者に対峙しているだけで、どれほどの恐怖を感じているのか、ラテンもキリトも想像することができない。

 

 それでもアリスはあくまで毅然と胸を張り、よく通る声で口上を続けた。

 

「我らが究極の使命は、公理教会の守護ではありません! 剣泣き幾万の民の穏やかなる営みと安らかなる眠りを守ることです! しかるに最高司祭様、あなたの行いは、人界に暮らす人々の安寧を損なうものに他なりません!!」

 

 その言葉を聞いた絶対的支配者は、怒りの気配を一つも見せず、むしろ興がるように唇の両端をわずかに吊り上げた。

 代わりに金切り声で喚いたのは、いつのまにかベットの中にもぐりこんでいたチュデルキンだった。

 

「だっ、だまっ、だまらっしゃぁぁぁぁぁイッ!!」

 

 垂れ下がっているシーツの中から勢いよく飛び出すと、ごろごろと前転を繰り返してから立ち上がる。

 赤と青の道化服は先ほどのアリスの《武装完全支配術》によってずたずたに切り裂かれ、そこから見える手足は恐ろしく細いものだった。それに今では丸いボディではなく、棒人間を書いたかのような容姿をしている。

 

 後ろに立つアドミニストレータの威を借りているつもりなのか、チュデルキンは両手を高々に振り上げると、二本の人差し指を勢いよくアリスに向けた。

 

「この半壊れの騎士人形風情があぁぁぁッ! 使命ィ!? 守護ォ!? 笑わせてくれますねえ、ホォ―――ッホッホッホッホォ―――――――ッ!!」

 

 甲高く笑いながら体を一回転させると、ずたぼろになった道化服がひらひらと舞い上がり、赤と青の縦縞の下穿きが露わになる。両手を腰に当て、今度は左脚をアリスに向けて喚いた。

 

「お前ら騎士どもは!! 所詮、あたしの命令通りに動くしかない木偶人形なんですよッ!! この足を舐めろと言われたら舐め、お馬さんになれと言われたらなるッ!! それがお前ら整合騎士の、ありがたぁぁぁぁい使命なんですよぉぉぉぉッ!!」

 

 そこまで言うとバランスを崩し、巨大な頭ごと後ろにひっくり返りそうになるが、両手をばたばたとさせて立ち直る。

 

「だいたいですねェ! 騎士団が壊滅したとか、ちゃんちゃらおかしいぃぃんですよゥ!使えなくなったのはおよそ十人足らずじゃないですかッ! つまり、アタシにはまだ二十のも駒が残っているんですよォ!」

 

「馬鹿はお前です、カカシ男。残る騎士二十のうち、半数の十名は、最高司祭様によって記憶調整を行われており、動かせないでしょう。そして残る半数は今も飛龍に打ち跨り、果ての山脈で戦っています。彼らを呼び戻すということは、《東の大門》から闇の軍勢が人界に侵略することを許すとともに、公理教会の支配が崩れ去ることにもなります。それにその騎士たちでさえも、永遠に戦えるわけではありません。しかし、このカセドラルには交代要員などいない。それともチュデルキン、お前がダークテリトリーに赴き、暗黒騎士たちと一戦交えますか?」

 

 なんともきれいな論破だ。

 後半の交代要員に関しては、ラテンとキリトとユージオが病院送りにしてしまったため、潔くうなずくには何か引っかかるところがあるのだが、リリアとアリスを取り戻し、アドミニストレータを倒せば帳消しにしてくれるだろう。もちろんラテンの心の中で、だが。

 

「ムッホォォォォォ!! こっ、こっ、小賢ッしいぃぃぃぃぃッ!! それで一本取ったつもりですか小娘ぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 怒りの表情をおもむろに露わにしたチュデルキンは、子供のように地団太を踏み始めた。そして再び口を開こうとしたチュデルキンを黙らせたのは、後方に立っているアドミニストレータの短い一言だった。

 

「……ふぅーん」

 

 顔色をたちまち白に戻し、直立不動で沈黙するチュデルキンを全く無視して、アドミニストレータはアリスに向けた顔を軽く傾げた。

 

「やっぱり、倫理回路エラーじゃなさそうね。それに、敬神モジュールもまだ機能している……。となると、あのものが施した《コード871》を自発的に解除したのかしら……?突発的な感情ではなく……?」

 

 ラテンにはアドミニストレータの言っていることが理解できなかった。

 アドミニストレータは肩にかかった銀髪の髪を右手で後ろに払いながら口調を切り替える。

 

「ま、これ以上は解析してみないと解らないわね。……さてチュデルキン。私は寛大だから、下がりきったお前の評価を回復する機会をあげるわよ。あの五人を、お前の術で凍結してみせなさい。天命は、残り二割まで減らしていいわ」

 

 言い終わると同時に、右手の人差し指を軽く一振り。

 途端、アドミニストレータの足元に鎮座する天蓋付きのベットは、巨大なネジの如く床へと沈んでいく。

 ベットが消滅した最上階は驚くほど広大に感じられた。

 

 ともあれ遮蔽物がないのは痛手だ。神聖術師相手に遮蔽物なしの戦闘となると、術を詠唱される前に突っ込むか、《武装完全支配術》で先手を打つか。

 

 どちらにせよラテンには関係ない。

 ラテンの持っている刀の能力は《原点回帰》。つまり、ラテンには術式も《武装完全支配術》も通用しないのだ。ある意味では、戦闘において最強の能力だろう。相手が、剣士ではなく術者だったら、一方的に殴ることも可能だ。まあ、リリアのようなイレギュラーが起こらないとも限らないが。

 そんなことを思っていたら、アリスを口を開く。

 

「不用意な突進は危険です。最高司祭様も、手で触れさえすれば私たちを生け捕りにできる術式を持っているはず。チュデルキンに先に仕掛けさせるのは、隙をついて接触するのを狙っているからに違いありません」

 

「そういえば……最高司祭は。僕を殺せるのに殺そうとしなかったような気がする。それに、元老長も、ベルクーリさんを石に変えるときわざわざ乗っかって、……いや、直接触れていたよ」

 

「なるほど《対象接触の原則》か」

 

 投射型攻撃術、つまり遠距離攻撃の術以外で対象に働きかける場合は、原則として手や足で触れる必要がある。それが神聖術の基本ルールだ。

 元老長ならそのルールに従うだろうが、問題はアドミニストレータだ。この人界の支配者ということは、神聖術のルールを覆す技を持っている可能性もある。それに、ラテンの刀がそれをも無力化するとは限らない。

 

(リアルラックが試されるな……)

 

 どのみちアドミニストレータとは戦うことになる。その可能性はその時に考えればいい。

 

「ホホホウッ!」

 

 いきなりチュデルキンが、バネ仕掛けのような勢いで飛び起きる。慌てて身構える四人ととっさに柄を握る一人に、これまでにないいやらしい笑みを向けながら、背後の支配者につらってみせる。

 

「……あのようなクソ野郎ども、猊下にあらせられましては小指の一押しでぶっ潰せますものを、わざわざ小生にその喜びをお与えくださる寛大さ! 小生泣けます! 泣けますですぞぉ!! ホグッ、ホグググ……」

 

 言葉通りに、チュデルキンは目尻から粘液質の涙をぼとり、ぼとりと落とす様は、はっきり言って哀れ以外の何者でもなかった。

 アドミニストレータは相手をするのが疲れたのか、素っ気ない一言と共に五メートルばかり後退する。

 

「……ま、適当にやって」

 

「ははぁいッ! 小生、死力を尽くしてご期待に応えますぞぉぉぉぉぉぉッ!」

 

 まるでそこにスイッチがあるかの如く、両手の親指でこめかみを押すと、先ほどまでぼとぼと垂らしていた涙も止まり、ニンマリと笑いながら五人を睨めつけた。

 

「さぁてさてさて……テメエらはそう簡単にゴメンナサイさせてやらねえんですよゥ。ひぃひぃ泣いて這いつくばる前に、天命を最低八割はちっくりちくちく削ってやるから覚悟しなさいよゥ?」

 

「……お前のたわ言はもう聞き飽きました。その小汚い舌を根本から切り飛ばしてあげますから、早くかかってきなさい」

 

 舌戦でも一歩も引かないアリス。それに容姿の割にえげつないことを言うのはリリアと同じようだ。だが、前に思ったことを訂正しよう。

 

 リリア以上にアリスとは口喧嘩したくない。

 

「ンンンンンンもぉ許しませんようぉぉぉぉぉッ!! そんなにあたしの麗しの下ベロがほしいのなら、たっぷり舐めまわしてやりますよゥッ!!」

 

 そう喚くとチュデルキンは高々とジャンプし、後方心身一回半宙返り一回ひねりを決めると、どすんと着地した。それくらいゲーム内ならできるだろう。だが、驚いたのはその後だ。

 チュデルキンが着地の支点に使ったのは、手でも足でもなく頭。

 確かに見た目的にそちらの方が安定しそうだが、いったいどうする気なのか。

 そう疑問に思った瞬間、チュデルキンは両手両足を広げると、金切り声で神聖術の起句を喚いた。

 

「システムゥ……コォォォォ――――ルッ!!」

 

 それと共にラテンは抜刀術の構えをとる。ほかの四人は抜剣し、構えた。

 

「ジェネレイット・クライオゼニック・エレメントゥ!!」

 

 やけに巻き舌な発音で、チュデルキンが凍素生成の術式を叫んだ。

 ぱぁん!! と逆立チュデルキンが両手を打ち合わせ、大きく広げる。その指一つ一つに青い光が生み出された。

 その数、十。

 

「くそっ、最大数か」

 

 キリトが毒づいた。

 だが、それでも十個だ。初心者に等しいラテンが生成できる熱素は三。キリトとユージオが五個づつ生成できるため、チュデルキンを上回ることができる。

 そう思った瞬間、再び、ぱぁん!!という乾いた音が再び響いた。

 それは、はだしの両足を器用に打ち合わせた音だった。続けて二本の脚を開き、両手と同じようにする。直後、指先から十個の凍素が生成された。

 

(二十か……だが)

 

 そう。それでも二十がチュデルキンの限界だ。どうあがいてもそれ以上は生成できない。だがこちらには整合騎士のアリスとリリアがいる。いくら神聖術が苦手でも整合騎士になるくらいなのだから、片手で五個は生成できるだろう。

 つまり、こちらは二十三個の熱素を生成できるということだ。

 

 そう確信して、アリスとリリアを見る。だが、二人とも熱素を生成するどころか術式を唱えていた。

 聞こえてくる単語から予想して、おそらく二人とも《武装完全支配術》を使う気なのだろう。

 まあ、当のラテンも二人が熱素を生成しようとしていたら、同じく生成するつもりだったのだが、やはり使い慣れている刀の方が何百倍も安心感がある。

 

 チュデルキンは超高速で素因変形コマンドを詠唱すると、五人に向かってまずは右手を、わずかな時間をおいて左手を鋭く振りぬいた。

 

「ディスチャアァァ――ジョワッ!!」

 

シュゴッ!!

 

 と空気を切り裂いて、五本の氷柱が冷気の渦を引きながら打ち出された。それを追いかけてさらに五本。

 ラテンはその氷柱に向かって刀を―――――抜刀できなかった。いや。正確にはしなかったのだ。

 五人の目の前に突如現れた無数の花弁と八つの衝撃刃。

 それらが、合計十個の氷柱をいとも簡単に無力化すると、チュデルキンは悔しそうな唸り声をあげる。

 

 それにしてもなんて美しいのだろう。

 衝撃刃の周りを彩るように舞う黄金の花弁。この二つはそれこそ、古代中国の演舞に出てきそうな美しさを帯びていた。

 

「……そんなチンケなした下ろし金で勝った気になってんじゃねぇんですよゥッ! ならこいつはどうですかッ! ホォォォォォッ!!」

 

 真横に倒したまま十個の素因を保持する両脚を、左右から勢いよく振り上げる。

 青い平行線を描きながら舞い上がった凍素たちは、天井近くで一つに融合すると、四角い氷の塊を発生させた。

 

 ごつん、ごつんと硬質な振動音を響かせながら氷はみるみる巨大化し、一辺が二メートルはありそうな立方体へと成長する。変形はそれで終わらず、すべての面に、凶悪に鋭いスパイクがびっしりと突き出す。

 見たところ重さは七トンほどか。

 これから起きようとしている光景を思い浮かべると、なかなか面倒くさいことになりそうだが、いくら二人とはいえ、この大きさのサイコロを破壊するには骨が折れるだろう。

 

「……んじゃあ、今度は俺の出番だな」

 

「……ラテン?」

 

「ああ、四人とも。ちょっと濡れるかもしれないけど、勘弁しろよな」

 

「「「「は?」」」」

 

 ラテンは抜刀術の構えをとる。

 逆立ち状態のチュデルキンは、真上に伸ばしていた両足を前に倒した。

 

「ぺっちゃんこになりなさああァァァァ―――いッ!!」

 

 そう叫んだ瞬間、トゲトゲのサイコロが、轟音とともに落下し始める。その距離が二メートルを切った瞬間、ラテンはサイコロに向かって抜刀した。

 

 途端、バッシャァァァァン!!という壮大な音を立てながら、氷のさいころが水に変化した。

 七トンの氷を作り出した水の量は計り知れないが、あいにく最上階はこれでもかというほど広い。この広さなら、膝下ほどの量だろう。

 だがここで懸念するのが、水の勢いだ。

 氷をできるだけ垂直に斬ったため、真っ二つに割れて左右に分かれる。

 斬った瞬間まではそう思っていた。そう。斬った瞬間までは。

 

 膨大な水は確かに左右に流れたのだが、現実は予想通りにはいかなかった。

 一部の水が五人を飲み込み、五人は後ろへと押し出される。そのまま水はフロアに広がると、昇降盤のわずかに開いた隙間から下へと流れ込む。

 水位は次第に下がり、五人が立ち上がるころにはすでに最上階から水が無くなっていた。

 一応これで危機は脱した。その場にいた四人はそう思っていた。ただ一人を除いて。

 

「げほっ、げほっ。……おいラテン。これのどこがちょっと濡れる、だよ」

 

「うへぇ~!!めっちゃ、しみるんだけど!!」

 

 

「だ、大丈夫ですか?……でも、これだからクレイジーな坊やと最高司祭様に揶揄されるんですよ?」

 

「クレイジーなことをしたのはこれが初めてだった気がするんだけど……まあいいか」

 

 ラテンは刀を納刀しながら、再びアドミニストレーターとチュデルキンと対峙した。

 

 

 




中途半端な終わり方ですいませんm(_ _)m
それに何度も言うようですが、すごい無理やり感があります(泣)

アドミニストレーター戦は細かく描写したいので、オリジナルは本当に少なくなるかもしれません。でも、ラテンとその刀がある時点で、原作通りにはいかないですよね(笑)

チュデルキンの技はもう通用しないわけですし(笑)

ちなみに私の作品のチュデルキンがしょぼいのは気のせいでしょうか?(笑)

これからもよろしくお願いします!


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第二十九話 チュデルキンの愛

 

「そっ……そんな、バカチンなっ……。げ、猊下に頂戴した、アタシの超絶に美しくて究極にカッコいい術式がっ……」

 

 毒々しいまでに赤い唇からついに侮蔑的な笑みが消え去った。

 ラテンは何が起こったのかわからないような表情のチュデルキンに刀を向けると、最初に会ったときに言われた言葉をそのままそっくり返した。

 

「お前は自分が有利な立場にあると思ってただろ。現実はそう簡単にはいかないぜ、カカシ男」

 

「なっ……な、な、なんっ……」

 

 ついにチュデルキンの口から悪口雑言が消え去った。限界まで歪めた顔は、蒼白に染まり激しく痙攣している。

 アドミニストレーターの方に視線を向けると、こちらは今起こった現象を面白がるように笑っていた。だが、ラテンには解った。

 アドミニストレーターが浮かべている笑みには先ほどまでの余裕が含まれていないということを。

 

「ふぅーん。その刀。おもしろいわね」

 

「これはこれは。最高司祭様に褒められるなんて、光栄の限りです」

 

 アドミニストレーターの言葉に、皮肉を込めて言い返した。アドミニストレーターは優美な動作で体を傾け、まるでその場に透明なソファがあるかの如く寝そべった。その姿勢でふわりと浮きあがると、細い足を組みながら口を開く。

 

「でも、弱点もあるでしょう?」

 

「………」

 

「あなたのその刀。範囲攻撃には弱そうね。自分の身を守るくらいなら全然問題はなさそうだけど、周りの人間を守るのはつらいんじゃないかしら?」

 

「……ちっ」

 

 見事にアドミニストレーターにこの刀の弱点を看破されてしまった。

 ラテンの刀は確かにあらゆる神聖術や《武装完全支配術》を無力化できる。だがそれは、この刀が触れた範囲だけだ。

 さっきのチュデルキンのように、一つ一つの神聖術が独立している場合、それぞれに刀を当てなければならない。《真思》が発動したラテンでさえも、迎撃できるのはせいぜい五、六個程度だろう。しかし、その数が二十個になると、自分の身を守るのが精一杯になる。

 つまり、全方位攻撃に対しては自分以外の人間を守れない――――弱いのである。

 

 

 一度見ただけで瞬時にラテンの刀の弱点を把握するとは、さすがは人界の支配者と言ったところか。

 ラテンは無言ままで見据えると、アドミニストレーターは微笑む。それは周りから見たら、微笑ましいものなのかもしれないが、ラテンにとっては憎たらしい笑み以外の何者でもなかった。

 

「チュデルキン、今のでわかったでしょう?」

 

「はっ……ほほはひっ……」

 

 甲高い声を漏らしたチュデルキンは、いきなり両目から涙をぼろりぼろりと零した。相変わらず逆立ち状態なので、大粒の滴は額に流れ落ち、絨毯に染みを作る。

 

「おほおおぉッ……なんともったいないっ、有り難いっ、畏れ多いっ!! 猊下御自ら、小生めに御教示くださるとはっ……! 応えますぞっ、このチュデルキン、必ずや猊下の御厚情にお応えしますぞおおおおおっ!!」

 

 たった一言のアドミニストレーターの言葉は、チュデルキンに対して治癒術以上の効果をもたらしたようだ。先ほどまでの表情は一瞬にして消え去り、元老長は、彼なりの気迫を込めた形相でラテンを睨みつけた。

 

「小僧ッ!! お前をこの偽りなき愛によって消し去ってやりますよォォォォゥッ!!」

 

 この棒人間は何を言っているのだろうか。今までの展開から、愛のことなんて一ミリも触れたつもりはないので、勝手に自己解釈したのだろうか。

 どのみちぶった斬ることには変わりないので、刀の握る手の力を強める。

 

 

 チュデルキンは燃え上がるまでにラテンを、続けてアリスとリリアを凝視すると、両手両足を大きく広げながら、背後のアドミニストレーターにむかって金切り声を絞り出した。

 

「さ、ささ、最高司祭猊下ッ!!」

 

「なぁに? チュデルキン」

 

「小生、元老長チュデルキン、猊下にお仕えした永の年月におきまして初めて不遜なお願いを申し上げたてまつりまするぅっ!! 小生これより、身体を賭して反逆者どもを殲滅いたしますゆえっ! それを成し遂げた暁には、猊下のっ! げっ、猊下のぉぉっ、貴き御身をこの手で触れっ、口付けしっ、い、い、一夜の夢を共にするお許しを、なにとぞ、なにとぞ、なにとぞ頂戴いたしたくぅぅぅぅぅッ!!」

 

(こいつは本当に何を言ってるんだぁぁぁぁ!?)

 

 ラテンは絶句せざる負えなかった。

 最高司祭に対して、なんというストレートなお願い。ここまでくればむしろ清々しく思えてくる。

 しかしそれでも、そんなお願いアドミニストレーターが承諾するとは思えない。もちろん立場のこともあるかもしれないが、一人の女性としてこんな棒人間と……。

 

 

 いっぽうのアドミニストレーターは、可笑しくてたまらぬというように真珠色の唇をきゅうっと吊り上げた。そして―――

 

「……いいわよ、チュデルキン」

 

 と囁いた。

 

(いいのかよ!?というか、こんな状況でよくそんな話ができるな!?)

 

 ラテンは脱力する気分だった。

 とはいえ、そんなことをさせるわけにはいかない。というか、させるつもりはない。

 アドミニストレーターはその言葉に続いて口を開く。

 

「創世神ステイシアに誓うわ。役目を果たしたその時には、私の体の隅々までも、一夜お前に与えましょう」

 

 その言葉を聞いた途端、アドミニストレーターが言っていることは嘘だと理解した。瞳の奥では嘲笑と侮蔑が色が揺らぎ、今もそれを必死にこらえているように見える。

 だがもちろん、チュデルキンはそれを見抜けない。

 

「おお……おおうっ………小生、ただいま、無上の……無上の歓喜に包まれておりますよぅ………もはや……もはや小生、闘志万倍、精気横溢、はっきり言いますれば無敵ですようぅぅぅぅッ!!」

 

 じゅっ、と音を立てて涙が蒸発し―――。

 突如チュデルキンの全身が、赤々とした炎の如き輝きに包まれた。

 

「シスッ! テムッ! コォォォォォル!! ジェネレイトォォ、サァァマルゥゥゥ、エレメ――――――ントオオオゥッ!!」

 

 指先までがピンと広げられたその四肢に、赤熱するいくつもの光点が宿った。どうみても、これがチュデルキン最大最後の攻撃であろう。

 先ほどと同じく生成された熱素は合計二十個。

 おそらくそのうち半分は対ラテンのために全方位攻撃に回すはずだ。そして、残り十個はサイコロと同じようにするはず。

 ならば弱攻撃はキリトとユージオに任せて、強攻撃をラテンが無力化するべきか―――

 

 

 そこまで思ったラテンは両目を見開く。

 なんとチュデルキンは両眼をも端末として二十一個目と二十二個目の素因を生成したのだ。

 指先だけなら、熱さを感じるぐらいで済む。だが、眼球の至近距離で大型の熱素を生成するとなると、周りの皮膚が無事で済むとは思えない。

 

 

 案の定、両岸の周りの皮膚が音を立てて焦げはじめる。しかし、元老長は熱さを感じていないようだった。それどころか、ニンマリ笑ってみせると、ひときわ甲高い声で絶叫する。

 

「お見せしましょォォォォォゥ、我が最大最強の神聖術ウゥゥゥゥッ……! 出でよ魔人ッ! 反逆者どもを焼き尽くせェェッ!!」

 

 いったん縮められた両手足が、目にも止まらぬ速さで振り回された。発射された二十の素因は直ぐには変形せず、宙に五個ずつ平行線を描きながら、チュデルキンと五人のあいだを猛烈なスピードで飛び回った。

 赤く輝く奇跡が、たちまちのうちに巨大な人間の姿と、先端が鋭くとがった鎖のようなものが出来上がるのを呆然と見守る。

 

 

 その巨人の姿はまるで、最初に会った時のチュデルキンがそのまま肥大化したような姿をしていた。

 巨人はこちらをぎろりと一瞥すると、右足を少し浮かせ、少し前の床を踏みつける。重い地響きとともに、大量の炎が巨人の足元から巻き起こり、周囲を熱素で揺らめかせた。

 

「……あやつにこれほどの術が使えるとは、私も知りませんでした」

 

「これはちょっとヤバそうだ」

 

 アリスの言葉は毅然としていたのだが、内心では動揺しているのか、語尾が少しだけ掠れていた。さすがのラテンもそれには同意せざる負えない。

 巨人単体なら問題はなさそうだが、その周りに漂う数本の鎖が厄介だ。自分の身を守ることができそうだが、残る四人を守るとなると……十秒ほどか。

 

「チュデルキンを甘く見すぎたようです。残念ですが、あの実体なき炎の巨人と槍を私の花たちでもリリアの衝撃刃でも破壊できない。防御に徹しても、そう長くはもたないでしょう」

 

「まあ、持って十秒と言ったところだな。その間に本体を倒すしかない」

 

「十……」

 

「……秒」

 

 キリトとユージオが同時に唸った。

 きっと二人の頭の中では、神聖術を使うか《武装完全支配術》を使うかを、天秤にかけているだろう。だが、神聖術はチュデルキンに対抗できるほどのものを持っていない。かといって《武装完全支配術》を使おうと思っても、十秒で術式は詠唱できないだろう。ならばどうするべきか。

 

「キリト」

 

「………」

 

「……覚悟を決めろ」

 

 キリトを正面から見据える。

 その黒い瞳は、懐かしい存在感を宿していることに気が付いた。あの、アインクラッドで生きていた時のように。

 

「……ああ」

 

 キリトは短く返事をする。

 ラテンはそれ以上何も言わずに、チュデルキンに体を向けた。巨大なピエロは一歩一歩こちらに近づいてくる。

 

 

 その距離が五メルほどになった時、チュデルキンの周りに漂っていた数本の槍の先端がすべてこちら側に向いた。

 ラテンは自発的に《真思》を発動させる。

 

「二人は槍を…………奴をやってくれ」

 

 ラテンはアリスとリリアに顔を向けるが、二人がこちらを一瞥した瞬間、方針を変える。なぜなら、その瞳には怒りが満ちていたからだ。

 普通ならば安全を考えてラテンがやるべきことなのだが、二人なら大丈夫だろう。もしもの時が起こったら、身を挺しても二人を守ればよいのだから。

 

 

 アリスは巨人の前に立つと、大上段に振りかぶる。

 アリスの足元からは突如、竜巻の如き突風が湧き起こり、白のロングスカートと長い金髪を激しくはためかせた。金木犀の剣の刀身が、黄金の光に包まれて数百の花弁へと分離し、列を作って空中を滑り始める。

 

 

 リリアは両手で柄を持つと、地面に突き刺した。

 桜色に輝いた刀身を中心に突風を発生させ、目に見える風の刃をいくつも作りだした。それがアリスの作り出した黄金の竜巻と融合し、あらゆるものを切り刻みそうな巨大な竜巻へと変貌させた。

 

 

 伸し掛からんばかりに接近していた火炎ピエロは、にやにや笑いを消さぬまま高々とジャンプして天井近くにまで舞い上がり、アリスとリリアが作り出した巨大な竜巻を恐れずに落下してきた。

 どばあああっ! と、燃えさかる溶鉱炉を思わせる轟音が、それ以外のあらゆる音をかき消す。

 落下してきたチュデルキンと共に数本の槍が全方位から襲ってくるが、二人は動けないため、できる限り全力の速さで迎撃していく。

 

 

 巨大な竜巻はほとんど垂直に伸び上がり、その中心に火炎ピエロの両足が呑み込まれている。高速回転する刃たちに引き裂かれた炎が、大掛かりの花火のように放射線状に飛び散り、空気を焦がした。

 しかしピエロは巨大なサイズを保ったまま、ゆっくりと竜巻を踏みつぶし始める。真下で支える二人の両脚は小刻みに震えていた。

 

 

 とっさに二人の援護に回ろうとするが、炎の槍が次々と襲ってくるため、二人を助けるために炎を消し去ったら、二人が炎の槍に襲われる。そうなったら、軽症じゃ済まないだろう。

 

「キリト!」

 

 いつの間にか叫んでいた。

 一瞬キリトの方向へ顔を向けると、見たことがある構え方をしていた。その初期モーションが検出され、漆黒の剣の刀身が赤い光に包まれる。

 キリトは地を蹴ると、ジェットエンジンじみた金属質の轟音と、炎よりもずっと深いクリムゾン・レッドの閃光を放ちながら、剣が一直線に撃ち出されていく。

 

 片手直剣用単発技、《ヴォーパル・ストライク》。

 

 ラテンも使ったことがあるその技は、時として長槍のリーチをも凌駕する。だが、それでもチュデルキンとは十五メートルほど離れているため、届かない。だが―――

 

「う……おおおおお――――――ッ!!」

 

 雄たけびを発した瞬間、キリトに変化が訪れる。

 ほつれていた袖の上から艶やかな黒革が出現し、腕から肩へ、そして体へと伸びていく。それは瞬時にロングコートへと変貌し、鋲を打たれた裾が激しく翻る。その容姿はまさに《英雄キリト》そのものだった。

 剣を包むライトエフェクトが、爆発したかのように光量を増した。火炎ピエロが撒き散らす朱色をかき消すほどに広がった深紅の輝きが、剣尖の一点に収縮する。

 

「オオオッ!!」

 

 気合の掛け声とともに、倒立するチュデルキンの胴体の真ん中を、深紅の光が貫いた。光の刃は二メル近く伸び続けてから、赤い粒へと分解する。

 途端、大量の血がチュデルキンの胴体から噴き出した。見るも無残な傷口は、身体を分断せんばかりに大きい。

 

「おほおおおぉぉぉぉぅぅ………」

 

 空気が抜けるような力のない声を発しながら、チュデルキンはゆっくりと自らが作り出した鮮血に倒れ込んだ。

 

 

 

 




なんかめちゃくちゃですね(笑)

ラテンとリリアはまだ全然活躍していませんが、次から活躍すると思います。

これからもよろしくお願いします!


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第三十話 嫌な予感

 

 

 チュデルキンが倒れたと同時に大型の竜巻を踏み破ろうとしていた炎の巨人が、大量の白煙に変化し、消え去った。

 もう反撃はされないと悟ったラテンは、見事にチュデルキンを撃破したキリトの方へ顔を向ける。

 黒の剣士が纏っていた懐かしい服は弱い光を放ちながら消えていく。それが完全に消さり簡素な黒いシャツとズボン姿に戻ってからも、深くに腰を降ろしている。

 

 

 その表情は読み取れないが、きっとキリトの心の中では複雑な気持ちで満たされているだろう。なぜなら一人の人間の天命を―――――命を奪ってしまったのだから。

 

 

 ラテンはキリトの元へ歩いていく。しかし、その足取りもアドミニストレータがチュデルキンのもとへふわりと浮かぶと同時に停止した。

 

 

 アドミニストレーターは何をする気なのか。

 まさか、治癒術を施す気なのだろうか。いくらアドミニストレータであっても、骸に天命を呼び戻す、なんてことはできるはずが……いや、最高司祭ならそういう術を持っている可能性もある。

 ラテンは刀を握り、脚に力を入れる。

 だがアドミニストレータはラテンを見てにっこり笑うと、右手で制した。

 

「片づけるだけよ、見苦しいから」

 

 無造作に左手を振ると、チュデルキンの骸は紙の人形でもあるかのように軽々と吹き飛び、遙か離れた東側の窓にぶつかってから、その下の床に落下して小さくわだかまった。

 

「……あんまりだな」

 

 確かにチュデルキンは尊敬できそうにない人物だった。だが、それでも最高司祭に対する忠誠心だけは本物に違いはない。主のために死力を尽くした結果、命を落としたというのに、アドミニストレータはそんなことを一切気にせず、道具同然のように放り投げた。さすがのラテンも、チュデルキンに同情せざるを得なかった。

 

「……ま、退屈なショーではあったけれど、それなりに意味のあるデータも少しばかり拾えたわね」

 

 アドミニストレーターは見えない寝椅子に体を横たえた姿勢のまま、空中をふわりと五メルばかり滑り、広間の中央まで移動する。

 そして磁力的な視線を、キリトとラテンに向ける。

 

「イレギュラーの坊やとクレイジーな坊や。詳細プロパティを参照できないのは、非正規婚姻から発生した未登録ユニットだからかな、って思ってたんだけれど……違うわね。あなたたち、あっちから来たのね? 《向こう側》の人間……そうなんでしょ?」

 

「……!?」

 

 ラテンはそれを聞いて目を見開く。

 《向こう側の人間》つまり現実世界の人間だ。もちろんそれを知っているのは、ラテンと今なお俯いたままのキリトだけのはずだ。

 それだというのに、このアドミニストレータは何故現実世界のことを知っているのだろうか。いや。最高司祭という立場なら、知ってて当たり前なのかもしれない。ラテン自身、それを期待しながらここまで来たのだ。

 

 

 ここは正直に答えたほうがいいのかもしれない。

 ラテンはアドミニストレータの言葉を肯定すべく、口を開こうとするが、先に静寂を破ったのはキリトだった。

 

「そうだ」

 

 恐ろしく短く簡単な言葉。だがそれは不思議と重く感じる言葉だった。

 ユージオはキリトの方へ顔を向ける。きっとユージオは困惑しているはずだ。おそらくキリトからは迷子になったとでも言われて、それを今の今まで信じていたのだろう。それが否定されれば誰だって困惑する。

 それでもユージオは表には出していない。共に過ごした約二年間はたった一言で終わるような脆さではなかった、ということなのだろうか。

 

(やっぱユージオは信頼できる奴だな)

 

 ラテンはアドミニストレータを改めて見据える。

 

「俺は……俺とキリトはそのことについてここまで来たんだけど……教えてくれそうにもないな」

 

「あら、よくわかってるじゃない。私を楽しませてくれれば教えてあげないこともなかったけど……もう遅いわね」

 

「……どういうことだ?」

 

 アドミニストレータは不敵な笑みを浮かべる。そのままラテンの言葉を無視して、左手を高々と掲げた。その中にあるのは、紫色の三角形――――ユージオの《敬神モジュール》。

 

「チュデルキンも少しは役に立ったわね。長ったらしいこの術式を最後まで組み上げる時間を作ってくれたんだもの。さあ……目覚めなさい、私の忠実なる僕! 魂の殺戮者よ!!」

 

 アドミニストレーターは一体何をするつもりなのだろうか。最高司祭が、意志力で詠唱をすることができず、その上とてつもなく長い術式。どう考えても嫌な予感しかしない。

 

 ラテンは咄嗟に身構えた瞬間、アドミニストレータが発した言葉。それは短いが恐ろしい意味を持つ単語だった。

 

「リリース・リコレクション!!」

 

 武装完全支配術の神髄。武器の記憶を解放し、どんな神聖術すら超える力を引き出す、真なる秘術―――。

 だが、それでもそれは武装完全支配術(・・・・・・・)に分類される。武装完全支配術ならば、イレギュラーが起こらない限り、ラテンには通用しない。

 

 

 ラテンはキリトたちの元へ歩を進めた。途端、直径四十メルに達する、広大な広間を取り囲む何本もの柱に取り付けられていた、黄金に輝く模造の剣が小刻みに震えはじめた。

 

「こ……これは……!」

 

「まさか……!」

 

 リリアに続いてアリスがつぶやく。

 模造剣は最大のもので三メルにも及ぶ。どう考えてもアドミニストレータでは振り回すことはできないだろう。それに加え、震えているのは二本だけではなく、すべての柱―――すなわち六十本だ。一人でそれだけの量の武器を扱う、もとい記憶を解放術を使うなど不可能に等しい。なら何をやるつもりなのか。

 

  

 立ち尽くす五人の眼前で、ひときわ激しい振動音を放ち、巨大な剣たちが柱から離れて浮き上がった。

 慌てて身をかがめるユージオの髪を掠め、剣は猛然と回転しながら舞い上がると、アドミニストレーターのすぐ事情に寄り集まった。そして驚くべきことはその次だった。

 大小合わせて六十本の剣が、がきん、がきんと金属音を放ちながら接触し、組み合わさって、二つの巨大な塊を作り上げていく。それはどこかで見覚えがある気がした。

 

 

 中心を貫く太い背骨と、左右に伸びる長い腕。下側には脚も生えているが、よく見ると四本ある。

 たちまち異様な巨人、どちらかというとロボットへと変化した剣たちに向かって、アドミニストレータが左手に握られた敬神モジュールを差し伸べた。

 たちまち三角形は二つに分かれると上昇し始め、巨人たちの背骨を構成する三本の剣の内側へと吸い込まれた。紫色の光はそのまま、人間でいう心臓の位置まで上がり、停止する。そしてその輝きは二体の巨人の全身に行き渡り、丸みをびていた剣たちが鋭利な刃へと変化する。

 

 

 剣の巨人たちは、四本の脚を広げると空中で飛翔し、ラテンたちとアドミニストレータの中間位置に、硬質な地響きを轟かせて着地した。

 身の丈は五メルほどあるだろうか。その姿はやはりどこかで見たことがあるような気がする。いや、あった。その剣の巨人は似ているだ。《暁星の望楼》に降ってきた、あのロボットと。

 

「あ~。なあ。俺、降参していい?」

 

「は?いきなりどうしたんだよ……」

 

「いや、だって……」

 

 その言葉が続く前に、剣の巨人の後方にいるアドミニストレータが満足そうな含み笑いを漏らし始めた。

 

「うふふ……ふふ、ふふふ。これこそ、私の求めた力。永遠に戦い続ける、純粋なる攻撃力。名前は……そうね、《ソードゴーレム》とでもしておきましょうか。ちなみに、クレイジーな坊の相手をしたのは、試作機とでも言っておこうかしら。四本だけだったし」

 

「あっ、はい。……俺は泣いてもいいですか」

 

 ラテンとリリアが死にかけるほどのダメージを負わせた、あのロボットが試作機ならば、ソードゴーレムはどれだけの強さを持っているのだろうか。

 五人いるというのがせめてもの救いなのだが、向こうも二体いる。だが、はっきり言って五人で一体を相手しても、勝てる気がしない。

 

(ほんと、泣けてくる)

 

 このカセドラルに来てから、悪いことしか起きていないような気がする。まあ、罪人の身なので当然と言えば当然なのだが、もうちょっと優しくしてくれてもいい気がする。

 

「ラテン、こいつと戦ったことがあるのか?」

 

「ついさっきな。この傷跡は全部あの試作版(・・・)にやられたんだ。……言っておくけど、チーターだぞ」

 

「そうか……でも、負けは認めなくないな」

 

「五分後に同じことを言えたら、蜂蜜パイ百個でも二百個でもおごってやるよ」

 

 ラテンは《真思》を発動し、リリアに顔を向ける。リリアも覚悟を決めたようで、視線が合った瞬間、頷いた。

 試作版としか戦ってないとはいえ、動きは似ているはずだ。ならば一度それを見ているラテンとリリアが片方を担当し、もう片方に人数を当てる。

 

 

 いくら動きが分からないとはいえ、三人は神器持ちだ。簡単にはやられるはずはない。というかあの三人だから片方を任せられる。

 戦うことを決意した表情を見たアドミニストレータは、冷たい微笑を浮かべたまま、ゆるやかに手を振りかざした。

 

「さあ……戦いなさい、ゴーレム。お前たちの敵を滅ぼすために」

 

 その命令を待ちわびていたかのように、ソードゴーレムたちの心臓部で、紫色の光が強烈に瞬いた。

 それと同時に、金属質の咆哮を轟かせながら、四本足の巨人たちが突進を開始する。

 

「……!」

 

 動きを完全に見きれてないとはいえラテンほどの速さなら深手を負わずに戦うことができる。

 ラテンは巨人に突っ込んで行った。

 

 

 

 




中途半端&短くてすいませんm(_ _)m
そして更新が遅れて申し訳ありませんでした!!M(_ _)M

そして今頃なんですが、『アドミニストレータ』を『アドミニストレーター』にしていました。すいませんm(_ _)m

なんか謝罪してばかりですね(笑)

これからもよろしくお願いします!


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第三十一話 剣の巨人

 

 

 一気にソードゴーレムとの間合いを詰めたラテンは、左手で鞘を掴みながら体重を乗せた水平切りを放つ。

 

 ラテンとリリアが戦ったのはソードゴーレムの試作版に過ぎないが、それでも形状は脚が四本ある以外に大きな変化はない。つまり戦う手順としては同じだ。

 まずラテンがソードゴーレムの斬撃を受け止め、リリアが接合部に斬撃を叩き込む。それでバランスの崩したソードゴーレムをラテンが一気に畳みかける。

 

 一見簡単な手順だが、問題はソードゴーレムの能力の高さだ。瀕死の重傷を負ってまで倒した奴が目の前の試作版。ならば完全版は斬撃速度も威力も試作版の桁違いだろう。それにラテンが対処しきれるかが、この手順の最大のポイントだ。

 

 ラテンの斬撃に合わせてソードゴーレムが左腕は轟然と振り下ろされる。ラテンの刀と巨人の腕が相対した瞬間、一人と一体の動きが一瞬停止した。次の瞬間、ラテンが弾き飛ばされる。

 

 何が起こったかわからないラテンが最初に感じたのは、右腕の違和感だった。巨人の腕に刀を当てた時は、注射を刺されたかのような痛みが、巨人に弾き飛ばされる頃には耐えがたい激痛に変わっている。

 

「うっ……!」

 

 思わず左手を添える。

 筋肉の痛みなら、ロボットと戦い終えてから先ほどに至るまで感じてはいたのだが、この痛みは筋肉の痛みとは違うはずだ。

 

(力が……強すぎる……!)

 

 ロボットと剣を交えた時は腕の痛みなどなかった。それは、それを感じないほどラテンの試作機の力量が互角だったことを意味する。だが今のはどうだろう。

 

 全体重を乗せた渾身の一撃ではなかったとしても、七、八割は出していた。それだというのにラテンは弾き飛ばされた挙句、腕に激痛を感じた。

 つまりラテンとソードゴレームとの間には力量の差がありすぎるのだ。これにはラテンが作り出した方程式も簡単に崩れ去る。

 

「ラテン!」

 

 戸惑いに見舞われた思考を断ち切らせてくれたのはリリアの叫びだった。

 ラテンは意識を右腕から足に向ける。

 そのまま踏ん張ってもいいのだが、今の右腕の状況では二撃目を防ぐのは困難であり、あの威力だ。威力と速度が比例して上がっているのなら、速度もロボットは段違いだろう。それをラテンが完全に見切れるとは思えない。

 

 だからラテンは意識を足に向けたのだ。防御するのを完全に無視して、二撃目を避けることだけに集中する。

 床に体が接する瞬間、ラテンは体全体をを使い横に転げまわると、巨人の右腕がラテンが倒れた位置に深々と突き刺さった。

 その光景を見たラテンは目を見開く。巨人は右腕をゆっくりと引き抜くと顔らしきものだけこちらに向けてきた。しかしそんなことはどうでもいい。今、目の前で繰り出した巨人の斬撃。ラテンには見えなかった(・・・・・・)のだ。コンマ三秒の斬撃にも反応できたラテンが、見ることができなかった。それは正攻法では、ラテンたちに勝機がないことを意味するものでもある。

 

「くそっ……」

 

 悪態をついて素早く起き上がると、タイミングをうかがう。ラテンが一人で対処できないのは今のでよくわかった。だがそれはあくまでラテンが一人でソードゴーレムと戦った場合だ。今はラテンが信頼できる仲間がいる。

 

 ソードゴーレムは完全にラテンに意識を向けているため、リリアの存在には気づかないはずだ。いくら力量の差があろうが、反撃できない状態ならば、有効的なダメージを与えられるはずだ。

 

「やあああああ!!!」

 

 リリアが気合を込めて、《ホリゾンタル》を放つ。できれば《武装完全支配術》の方が好ましかったのだが、リリアの剣はすでに何度も使っているためもう使えないだろう。それでも整合騎士として鍛錬してきた八年間の完成形はアインクラッドの<ホリゾンタル>とは比べ物にならないほどの威力だろう。

 水色の輝きを放つ八重桜の剣がソードゴーレムの背骨と脚の接合部分に向かっていく。突如、甲高い金属音と共に、キシャァァ!という悲鳴を巨人が上げる。いや。ラテンの耳には悲鳴などには聞こえなかった。

 

「リリア!」

 

 次に起こる最悪の事態を回避するために、ラテンは床を蹴り、リリアに体当たりすると振り下ろされた右腕を両手持ちで受け止めた。

 それと同時に一撃の衝撃が体中に駆け巡る。歯を食いしばり何とか持ち直すと、ラテンが次に見たのは自分の右腹部に振り下ろされようとしている巨人の左腕だった。

 その一撃はどう考えても避けきれるものではなく、受けたら体が真っ二つになるであろうものだった。

 

(終わった……)

 

 これから訪れるであろう<死>を考えた瞬間、ラテンに不思議な現象が起こった。もちろん外見ではなく内面だ。

 体中に駆けまわっていた激痛が嘘みたいに消えていき、身体が不思議と軽くなりはじめる。

 そしてラテンの意志に関係なく、身体が勝手に動き始めた。

 

「……!」

 

 勝手に動いた右手が巨人の左腕の軌道に刀を合わせた瞬間、このカセドラル全体を揺るがすような衝撃が引き起った。刀と左手を中心に、猛烈な風が発生し、百階全体に行き渡る。

 

 一瞬時が停止したような感覚に襲われたラテンは、巨人の右腕が動いたのと同時に右手を動かす。

 

「うっ……らああああ!!!」

 

 気合を込めた一撃でソードゴーレムの右腕を弾き飛ばすと、がら空きになった接合部分に刀を叩き込もうとする。

 しかしさすがは完成版の兵器といったところか。後ろの二つの脚を軸に四本の腕脚でラテンと剣を交える。

 

 一人と一体の速さはほぼ互角。いや、ソードゴーレムの方が上だ。それでもラテンが切り傷一つ作らないのは、身に迫る危険に意志とは関係なく体が勝手に反応しているからだ。

 

(これは《真思》なのか)

 

 しかしラテンはすでに真思を発動していたはずだ。

 それだというのにラテンが不思議な感覚に包まれたのは、もしかしたら死を感じたからだろうか。

 死に対する理解が深まったときにそれを退けようとする。つまり、一種の防衛本能なのかもしれない。だからラテンはソードゴーレムに押されているにもかかわらず、すべてを防いでいるのだ。

 

 リリアの方をちらりと見ると、すでに体勢を立て直し、ソードゴーレムの裏手に回っていた。

 今のソードゴーレムは二本の腕と二本の前足でラテンと打ち合っているため後ろ側はがら空きだ。それにソードゴーレムは完全に意識をこちらに向けている。

 

 リリアはラテンが見たことのある構えをした。途端、八重桜の剣が水色の光に包まれる。それは八十八階のオブジェクトの上でラテンのを見ただけで覚えた技。

 

 水平四連撃《ホリゾンタル・スクエア》

 

 初撃でリリアの存在に気が付いたのか、ソードゴーレムは左後ろ脚だけを軸にして、後ろ右脚でリリアに応戦し始める。だが、それが仇となった。

 リリアは巨人の一撃を避けると、神速とも呼べる速さで次々と斬撃を打ちこんでいく。

 今まですべての意識をラテンの向けていたため、ソードゴーレムがリリアに意識を向けた瞬間、四本の剣の動きが鈍くなる。それをラテンは見逃さなかった。

 

 最小限の動作で構えをとると、ラテンの刀が水色の光を放ち始める。左腕の一撃を避けると、同じく神速とも呼べる速さで刀を振るう。

 

 垂直四連撃《バーチカル・スクエア》

 

 前方と後方から合計八連撃の奥義技。それだけではない。

 ラテンがリリアの技の一撃後に発動したため、最後の一撃はラテンが担当することになる。すなわち、これで決められなくても、後方へ押しやることはできるのだ。

 

 最後の一撃がソードゴーレムに触れた瞬間、巨人が十メルほど吹き飛んだ。先ほど巨人がいたところには水色の立体形が出来上がる。まるでスキルオーバーラップ《シェイプ・スクエア》のようだ。

 

 二人は並んでソードゴーレムを見据える。

 リリアはどうか知らないが、ラテンにとっては少々本気で叩きつけたつもりなのだが、目の前の巨人は二人の技が通用していないように軽々と立ち上がり、二人を見返すように赤い眼を光らせた。

 

「私としては本気でやったつもりなんですが……」

 

「全然効いてないみたいだな」

 

「……本気でやりましたか?」

 

「当たり前だろ」

 

「本当ですか?」

 

「本当だ」

 

「そうは見えませんが」

 

「それはあいつに聞いてくれ」

 

 ラテンの言葉に反応したのか、ソードゴーレムは奇妙な金属音を発し始める。そして、床が揺れるほどの衝撃で二人に向かってきた。

 もう巨人は同じ二の足は踏まないだろう。今の連携技でリリアの存在を無視できなくなった。つまり今からは殴り合いの肉弾戦ということだ。

 

 二人はお互いに顔を合わせ、一つ頷くと武器を構える。

 二人と巨人の距離が五メルに差し掛かった途端、視界が白く染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は!?」

 

「なっ!?」

 

 ガガァァン!! という恐ろしく大きい衝撃音と共に、ソードゴーレムが軽々しく後方へ吹き飛んだ。

 あんな巨体を軽々しく吹き飛ばすには超強力な神聖術か、如来神掌(にょらいしんしょう)を会得するしかないだろう。

 ひっくり返ったゴーレムはあちらこちらに白い煙を発しながら、動きを完全に停止させていた。しかし天命は尽きていないだろう。おそらく一時的に戦闘不能になっているだけだ。

 

 技が飛び出してきた方向に二人は顔を向ける。突き破られた奥の扉。その闇の中から現れたのは、細身の長杖とそれを握る小さな手だった。続けて華奢な手首にかかる、ゆったりとした袖。幾重にもドレープを作る、黒いベルベットのローブ。房飾りつきの角ばった帽子。ローブの裾からちらりと覗く平底の靴が一歩前に出され、音もなく絨毯を踏む。柔らかそうな栗色の巻き毛と、銀縁の小さな眼鏡が月光に照らし出された。

 

(すげー強そうだ。でも、何とも、小さい……)

 

「お主、今失礼なことを考えたじゃろう」

 

「え、いや」

 

「考えたじゃろう」

 

「……はい」

 

 この小さn……賢者は容姿の割にすごい貫録が感じられる。いったい何者なのだろうか。今の神聖術からして、相当な実力があると伺えるが、アドミニストレータに反抗したということは少なくとも味方のはずだ。

 

「ふふふ。来ると思ったわ」

 

 突如アドミニストレータが不敵に笑い始める。まるで、楽しみにしていたものがようやく来たかのように。

 

「そこの二人は予想外だったけど、後の三人を苛めていれば、いつかは黴臭い穴倉から出てくると思ってた。それがお前の限界ね、おちびさん。私に対抗するための手駒を仕立てておきながら、それを駒として使い捨てることもできないなんて。まったく度しがたいわね、人間というものは」

 

 やはりアドミニストレータはそこの賢者に用があったらしい。しかし言葉からして、いい雰囲気ではないことは確かだ。

 

「ふん。しばらく見ぬうちに、貴様こそずいぶん人間の真似がうまくなったものじゃな。二百年のあいだ、ずっと鏡の相手に笑う練習でもしておったのか」

 

「あら、そういうおちびさんこそ、そのおかしな喋り方は何のつもりなのかしら。二百年前、私の前に連れてこられた時は、心細そうに震えていたのに。ねぇ、リセリスちゃん」

 

「わしをその名で呼ぶな、クィネラ! わしの名はカーディナル、貴様を消し去るためのみ存在するプログラムじゃ」

 

「うふふ、そうだったわね。そして私はアドミニストレータ、すべてのプログラムを管理する者。挨拶が遅くなって悪かったわね、おちびさん。あなたを歓迎するための術式を用意するのにちょっと手間取っちゃったものだから」

 

 にこやかに言い終えたアドミニストレータは、ふわりと右手を掲げた。

 大きく広げられた五本の指が、まるで見えない何かを握りつぶそうとするかのような形に曲げられる。そしてそれが強く握り絞められた瞬間、がっしゃあぁぁん!! という、十重二十重の硬質な破砕音が、広間の全方向から響き渡った。

 

「貴様……アドレスを切り離したな」

 

「……二百年前、あと一息で殺せるというところでお前を取りのがしたのは、確かに私の失点だっだわ、おちびさん。あの黴臭い穴倉を、非連続アドレスに設置したのは私自身だものね?だからね、私はその失敗から学ぶことにしたの。いつかお前を誘い出せたら、今度はこっち側に閉じ込めてあげようって。鼠を狩る猫のいる檻に、ね」

 

 口を閉じた最高司祭は、左手の指先をパチンと鳴らす。

 途端に、先刻に比べ控えめな破壊音と共に、後方に屹立していた焦げ茶色の扉が砕け散った。辺りを見渡すと、先ほどまであった昇降盤が消えていた。つまり完全にこの部屋、カセドラルの百階が切り離されたということだ。

 しかし―――

 

「その喩えは正確さに欠けると思うがな」

 

 確かにその通りだ。今のこの状況をどう見ても分が悪いのはアドミニストレータだ。

 

「切断するのは数分でも、繋ぎ直すのは容易ではないぞ。つまり、貴様自身もこの場所に完全に囚われたということじゃ。そしてこの状況ではどちらが猫でどちらが鼠七日は確定しておらぬと思うが? 何せ我々は六人、そして貴様は一人。この若者たちを侮っておるなら、それは大いなる過ちじゃぞ、クィネラよ」

 

「六人対一人? ……いいえ、その計算はちょっとだけ間違ってるわね。正しくは……六人対六百人なのよ。 私を加えなくても、ね」

 

「それはどういう――――!?」

 

 ラテンの言葉は金属の塊が不協和音によってかき消される。

 先ほどまで消えていたソードゴーレムの双眸が今では赤く光っていた。カーディナルの術がまるで効いていなかったように、立ち上がる。

 よく見ればラテンとリリアとカーディナルによってボロボロになっていた剣パーツが新品同様になっていた。

 

「おいおい。これじゃあ本当にチーターじゃねえか……」

 

「お主ら、わしの後ろに! 決して前に出るではないぞ!」

 

 キリト以外の四人はカーディナルの後ろに回る。

 リリア以外の三人を見ると、容姿が変わっているのはアリスだけだった。黄金の胸当てはどこかへ行ってしまい、右胸を抑えている。重傷を負ったようだが、短期間に回復したということは、カーディナルがやったのだろうか。

 

「大丈夫か、アリス」

 

「ええ。ラテンとリリアは?」

 

「俺は大丈夫だ。リリアも攻撃は受けてはいないから大丈夫だと思う」

 

「はい。まあラテンのおかげです。ありがとうございます」

 

「お前を死なせるつもりはないからな」

 

 ラテンはリリアの肩に手を置く。

 それにしてもアドミニストレータの発言が気になる。六人対六百人とはどういうことなのだろうか。

 アドミニストレータが不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 




中途半端ですいませんm(_ _)m

ソードゴーレムって原作を見る限り強すぎないですか?
なんかラテンとリリアが超人に見えてきたのは気のせいですよね(笑)

ちなみにラテンに起きた異変ですが、あれは《真思》です。真思の完成版と言ったほうがいいかもしれません。

設定が滅茶苦茶ですが、これからもよろしくお願いします!


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第三十二話 終わりと始まり

 

「…………貴様」

 

 カーディナルの言葉にはその容姿から発せられたとは思えないほどの怒気が満ちていた。それほど怒っているということは、その言葉をそのまま受け取っていいのだろうか。

 六人対六百人。その六百人はヒューマン・ユニット、つまりこの世界で暮らす人間たちの数だということを。

 

 もしそうならば、非人道的な行いだ。ソードゴーレム一体の中には三百人の魂が詰まっている。想像しただけでもむごすぎる。

 

「アドミニストレータ。お前は……!」

 

「あら、クレイジーな坊やはやっと気づいたのかしら。このままじゃ、種明かしする前に死んじゃうかもって思ってたのよ」

 

 本心から嬉しそうに、ひとしきり無邪気な笑い声をあげると、最高司祭は両手を打ち合わせ、言葉を続けた。

 

「まさか、ユニットたかだか六百個程度、物質変換したくらいで驚いているわけじゃないわよねえ?」

 

「たかが……じゃと?」

 

「そうそう。ほんのこれっぽっちよ、おちびさん。実はこれは完璧な完全体じゃないのよ?そうねえ……いやったらしい負荷実験に対抗するための完成型を量産するには、ざっと半分くらいは必要って感じだわ」

 

「半分って……全ヒューマン・ユニットの半分か!?」

 

「その半分。四万ユニットほどあれば足りるんじゃないかしら。ダークテリトリーの侵攻を退けて、向こう側に攻め込むのは」

 

 あまりに恐ろしい言葉をこの最高司祭は軽々しく言ってくれる。

 確かにこの世界はラテンやキリトにとって仮想現実であり、どんなことをやらせたって所詮は二人に実害はない。仮想現実世界の人間が犠牲にされようが死のうが、二人には関係ないのだ。「所詮仮想現実だ」この言葉ですべてが解決する。

 

 だが二人はこの世界の人間と触れ合って、与えるどころかいろいろなことを貰った。ただのNPC(・・・)から学んだのだ。いや。その言い方は合っているようで間違っている。

 この世界の住人は仮想世界で魂を持って生きている。それは現実世界の人間と大差がないとこの二年間で嫌というほどわかった。むしろこっちの世界の人たちの方が現実世界の人間よりも優れているのではないか、と思うほどだ。

 もちろんこの世界の貴族の中や住民の中には、卑しいことを考えている人がいる。だが現実世界と比べれば、それこそほんのこれっぽっちだ。それほどこの世界の人間の心は穏やかだということになる。

 つまり何が言いたいかというと、二人にとってこの世界の人たちは偽物ではないのだ。本物の人間と同等だと思っている。

 そのうちの四万人を犠牲にして、ダークテリトリーの侵攻を抑えるという手段はラテンの頭にはなかった。

 ラテンの右手に自然と力が入る。

 

「あら。このまま戦ってもいいのよ?でもあなたたちが戦うのは、単なる兵器ではなくて六百人の生きた人間だけどね」

 

「……なかなか卑劣な手を使うんだな。アドミニストレータ」

 

「あなたたちはそう感じるかもしれないけれど、私にとってはただの人形みたいな存在だから気にしないわよ?」

 

 相手が兵器ではなく多くの人間ならば、進んで斬ることはできない。そうする理由がないからだ。

 今までは、リリアをサイリス村に連れ戻すために戦ってきた。何人斬ろうと相手が死ぬことは決してなかった。だが今はそれとはわけが違う。

 目の前のソードゴーレムには六百人の魂が宿っている。だが肉体はない。つまりソードゴーレムを倒すということは、六百人の命を奪うということなのだ。それだけはどうしてもできない。

 そもそも戦ったって勝てる保証はない。カーディナルがいたとしても、その力はアドミニストレータとほぼ互角。二体のソードゴーレムと五人には天と地ほどの差がある。そんな相手に勝てと言われても、最善を尽くしますで終わりなのだ。

 事実上の敗北。

 それが決定づけられた瞬間、カーディナルが口を開いた。

 

「……取引じゃ、クィネラ。わしの命をくれてやる……代わりに、この若者たちの命は奪わんでやってくれ」

 

「………!?」

 

 カーディナルは何を言っているのか。自分の命を犠牲にしてラテンたちを救おうということなのか。

 しかし今のラテンにはそれに抗議することはできない。それほどカーディナルの小さな背中から感じられる意志が強固だった。

 

「あら……この状況で、今更そんな交換条件を受け入れて、私にどんなメリットがあるのかしら?」

 

「戦闘を望むのなら、その哀れな人形の動きを封じながらでも、貴様の天命の半分くらいは削ってみせるぞ。それほど負荷がかかれば、貴様の心もとない記憶容量が、さらに危うくなるのではないか?」

 

「ん、んー……」

 

 あくまで笑みを浮かべたまま、アドミニストレータは右手の人差し指に頬を当て、考えるそぶりを見せる。

 

「まあ面倒ではあるわね。……その《逃がす》っていうのは、この閉鎖空間から下界のどこかに飛ばしてやれば条件を満たすのよね? 今後永遠に手を出すな、なんてことなら拒否するわよ」

 

「いや、一度退避させるだけでよい。彼らなら、きっと……」

 

 カーディナルはこちらに振り向く。その瞳には優しい光が宿っていた。

 本当は否定したかった。所詮ラテンの命は偽物のもの。ここでラテンが斬りかかって、カーディナルを退避させることは可能だ。だが、それを実行できない理由は、リリアたちを巻き込んでしまうからだ。キリトならこの作戦を遂行するだろう。この場にいるのがカーディナルだけだったら。

 

「ま、いいわ」

 

 ラテンの思考を遮るようにアドミニストレータは無垢な微笑をあげながら頷く。

 

「私も、おもしろい遊びを後にとっておけるし、ね? ……じゃあ、ステイシアの神に誓いましょう。おちびさんを……」

 

「いや、神ではなく、自らのフラクトライトに誓え」

 

「はいはい、それでは私のフラクトライトと、そこに蓄積された大切なデータに誓うわ。おちびさんを殺した後、後ろの五人を逃がしてあげる。この誓約だけは私にも破れない……いまのところ、ね」

 

 最高司祭の右手が軽々しく振られると、部屋の中央に到達しつつあったソードゴーレムの歩みがピタリと止まった。

 掲げられた手はそのまま何かを握るように動かされると、空間からにじみ出たかのように光が集まり、銀色の細剣が出現する。

 それをカーディナルに向けると、賢者は恐れる様子もなく歩き始めた。ラテンはそれを無言で見続ける。

 カーディナルがアドミニストレータの前で立ち止まった瞬間、最高司祭の瞳が歓喜に満たされる。それと同時に、極細の剣尖から極大な稲妻が迸り、賢者の身体を貫いた。

 

「ふ………ん、こんなもの……か、貴様の術は。これでは、何度……撃とうが……」

 

 ガガァァァン!!

 カーディナルの言葉を遮るように再び稲妻が轟く。

 小さな体が痛々しく痙攣し、ぐらりと右に倒れそうになるが、寸前で片膝をついた。

 

「もちろん手加減はしているわよ。一瞬で片づけちゃったら詰まらないもの。何たって私は、二百年もこの瞬間を待ったんだもの……ね!!」

 

 ガガッ!!

 三度目の雷閃。

 幼い体はひとたまりもなく吹き飛び、床の上を数メートルも転がった。

 

「さあ……そろそろ終わりにしましょうか。私とお前、二百年のかくれんぼを。さようならリセリス」

 

 アドミニストレータの振り降ろしたレイピアから、最終撃が放たれる。それは無情にもカーディナルの体を撃ち、焼き焦がし、破壊した。

 賢者は高々と舞い、キリトの足元に落下する。しかしその音は質量を感じさせない、乾いた音だった。黒い煤が体のあちこちから飛び散り、空気に溶けて消える。

 

「見える……見えるわ、お前の天命がぽとりぽとりと尽きていくのが!! さあ、最後の一幕を見せてちょうだい。特別に、お別れを言う時間を許してあげるから」

 

 その言葉に諾々従うかのように、キリトはひざから崩れ降りた。小さな賢者の体を抱きかかえ、声にならない声を出している。隣に跪いたアリスは右手を、ユージオは左手を握り、涙を流している。

 ラテンの隣に立つリリアは、ラテンの腕を掴む。その手は細かく震え、小さな嗚咽が耳に届いた。

 だが不思議とラテンは涙を流さなかった。

 悲しい。

 確かにそれはラテンの胸に満ちている。だがそれでも泣けないのは、その行為がカーディナルに対して適切な礼儀ではないと心のどこかで思っているからなのかもしれない。

 

「僕は、いまようやく、僕の果たすべき使命を悟りました。……僕は逃げない。僕には為さねばならない役目があります」

 

 突如ユージオがそんなことを言った。

 

「カーディナルさん。あなたの残された力で、僕を―――僕のこの体を、剣に変えてください。あの人形と同じように」

 

 その言葉が衝撃的だったのか、光が失われつつあったカーディナルの瞳がわずかに見開かれる。

 

「ユージオ……そなた……」

 

 カーディナルはユージオを見据える。その瞳が決意に満たされていると悟ったのか、ユージオの左手を両手で包み込むと、囁き声で詠唱する。

 

「システム・コール。……リムーブ・コア・プロテクション」

 

 初めて聞く術式だった。

 それを唱えたユージオが、そっと瞼を閉じる。滑らかな額に、電気回路のような複雑な模様が出現し、紫色のラインが指先へと達する。

 

「お願いします。アドミニストレータが気づく前に」

 

 その言葉を聞いたカーディナルは一度目を閉じると、かっ、と見開き、瞳の奥に紫にきらめきが宿った。

 ユージオの手からカーディナルの手へと接続された光の回路が強烈に輝く。その輝きは一瞬でユージオの体を駆け巡り、額の紋様まで達すると、そこからあふれて光の柱を作り出し、天井にまで届くほど高く伸び上がった。

 

「なにっ……っ!」

 

 その言葉を発したのはアドミニストレータだった。勝利の余韻を一瞬で消し去り、銀の瞳に怒りをみなぎらせ、支配者は鋭く叫んだ。

 

「死にぞこないが、何をしているッ!!」

 

 右手のレイピアが、カーディナルとユージオを狙う。刀身に純白のスパークがまとわりつく。

 

「させない!!」

 

 叫び返したのは、アリスだった。

 天命の残量も限界に近いはずの金木犀の剣が、じゃあっ!! と音を立てて刀身を分裂させ、黄金の鎖となって宙に舞う。

 放たれた巨大な稲妻は、鎖に触れた瞬間、エネルギーの奔流が一直線に伝う。しかしその時にはもう、黄金の鎖は後方にその身を伸ばし、端の子刃を床に突き立てていた。稲妻はアース線から逃れることができず、エネルギーのすべてを構造物に流し込み、爆発音と白煙を生み出して消滅した。

 

「私には雷撃は効かない!!」

 

「騎士人形風情が……生意気を言うわね!!」

 

 アドミニストレータがそう口にした瞬間、一体のソードゴーレムが目にも止まらぬ速さで動き出した。明らかにアリスを狙っている。

 ラテンが反応するよりも早くリリアが動いた。桃色の剣をしっかりと握りしめ、アリスに振り下ろされようとしていた、右腕を受け止める。

 だが……

 

「リリア!!」

 

「っ!?」

 

 まるでそれを予期していたかのように、コンマ一秒以下の時間をずらして、左脚がリリアとアリスに襲い掛かる。

 アリスの刀身はまだ戻ってはいなく、それを防ぐことはできない。

 

 リリアは目を見開くと、八重桜の剣を滑らせ、柄でそれを受け止める。だが当然柄で防ぎきれるはずがなく、リリアとアリスはまるでダルマ落としのようにラテンの方向へ吹き飛んだ。

 ラテンは二人を受け止めるが、あまりの衝撃で床に倒れ込む。しかしすぐさま起き上がり、二人の体に視線を巡らせた。

 幸いアリスは無傷のようだったが、リリアの腹部からはだらだらと血が流れていた。しかし止血している間にソードゴーレムが、ユージオとカーディナルを襲うだろう。キリトはカーディナルを抱きかかえており、アリスは剣がまだ戻ってはいない。今この瞬間、動けるのは……動くべきなのはラテンだ。

 

「アリス……リリアを頼む」

 

「ですg―――」

 

 アリスが言い終える前にラテンは飛び出していた。

 リリアとアリスから、キリト、ユージオ、カーディナルの三人の標的を変えたソードゴーレムは突進しようとしていた。

 ラテンはその間に無理やり割り込み、刀を振り下ろす。

 右腕を弾き、反撃ができない状態を作り出すと、後方へ押し返すために、手首を反転させ、水平切りを放った。

 黄金の刀身を包む銀の刃がソードゴーレムに迫る。だがその太刀筋は、あと五センチというところで停止した。

 意志が体を無理やり停止させたのだ。

 

 ラテンはとっさに鞘を掴むと、ソードゴーレムの左腕の軌道にねじ込んだ。だが、コンマ三秒遅く、左腕がラテンの胸を貫いた。

 

「がはっ……!」

 

 口から大量の血を吐きだし、金色に輝くソードゴーレムのボディに降りかかる。

 左腕が抜き取られると、衝撃で二メートルほど後退し、膝から崩れ落ちた。床にラテンの鮮血が広がる。

 

 やはりラテンには無理だったのだ。 

 たとえ兵器になったとしても、その中に三百人の魂があることに変わりはない。それをラテンが手にかけることはできなかった。

 

(結局、何も守れないじゃねえか……)

 

 三百人、いや、六百人を犠牲にして、四人を救うか、四人を犠牲にして六百人を殺さないか。

 その選択はラテンには重すぎた。

 

 どちらも救いたい。

 

 それがラテンの純粋な気持ちだ。だがそれは事実上不可能であり、どちらもやり遂げることができない。

 

 ラテンは歯を食いしばり顔を前に向ける。視界が霞んでよく見えないが、ソードゴーレムがとどめを刺しにこちらに近づいてくるのが分かる。

 朦朧とする意識の中、ラテンはそっと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『しっかりしろよ』

 

 暗闇の中そんな言葉が響き渡った。

 その声の主はよく知っている。ジャビだ。

 

「いや、今回ばかりは無理だわ。すまん」

 

 本来は口にしたくない言葉なのだが、今回ばかりはそうはいかない。

 無理なのだ。

 ラテンは瀕死ダメージを追って、ソードゴーレムを撃退する力は残っていない。いや、あったとしてもそれはできない。

 

『お前は三百人の魂がどんなことを思っているのかわかるのか』

 

「………」

 

『きっと早く解き放たれたいと思ってるんじゃないか?魂があるとするのなら、きっとそう思ってるはずだぞ』

 

「だけど、俺は……」

 

 たとえソードゴーレムの中に魂がなかったとしても、ソードゴーレム自体、三百人のヒューマン・ユニットによって作られているのだ。魂が無くとも、ソードゴーレムを倒すということは三百人を殺すということに等しい。

 

『お前はおれっちが何からできたか忘れたのか?』

 

「……始まりの……原石…」

 

『そうだ。ほかの奴が無理でも、おれっちなら、お前なら元に戻すことができる。お前が願えば、三百人のユニットを元々いた場所に戻すことができるんだ』

 

「俺は……どうすればいいんだ」

 

『ただ思うだけでいい。お前の思いがこの刀の強さになるんだ。お前の思いが大きければ大きいほど刀はお前に応える』

 

 ラテンの思い。

 リリアもアリスもユージオもキリトも三百人のヒューマン・ユニットも、すべてを救いたい。

 選択なんて最初から存在しなかった。どちらとも救えばいい。それだけの話だ。

 

『そしてこう言うんだ―――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ルアー・オリジン(呼び戻される起源)

 

 その瞬間、右手に握られた刀が白い閃光を放ち始めた。それが合図だったかのようにラテンが立ち上がる。

 胸に開いていた傷はすでに塞がっており、血も止まっていた。

 

「お前……何を……!」

 

 アドミニストレータがつぶやく。この現象については予想していなかったようだ。もっともラテン自身もまったく予想していなかったのだが。

 ラテンは足元がおぼつかないまま、大きく上段に構えた。白い閃光は光量を増し、部屋全体を照らす。

 ソードゴーレムが右腕を振り上げた瞬間、ラテンの両目が、かっ、と見開いた。

 

「うおおおおおおおお!!!!!!」

 

 裂帛の気合いと共に振り下ろされた刀からは、幅一メートル、高さ数メートルに及ぶ白い斬撃が放たれた。

 それは一体のソードゴーレムを呑み込み、部屋の端まで到達すると、ガァァァン!!という衝撃音と共に壁の一部を消し去った。

 白い斬撃が通過した場所の床や柱も消え去っている。アドミニストレータ言っていた閉鎖空間はどうやら本当のことだったらしい。消え去った壁の奥には、青い空ではなく深い闇が広がっていた。

 

「あとは……頼む」

 

 倒れ込んだラテンはそうつぶやいた。

 ユージオの方へ顔を向けると、視線が合う。

 

「あとは、任せて」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ラテンは意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 

 

 ラテンが再び目を開けるころにはすべてが終わった後だった。

 

「……大丈夫か?」

 

「ああ。……ユージオは?」

 

「………」

 

 キリトが急に口を閉ざす。

 ラテンは不思議に思って辺りを見渡すと、壁際で意識を失っているアリスとリリアだけしか確認できなかった。

 ユージオの姿はどこにも見当たらない。

 わかるのは刀身が半分になった、青薔薇の剣だけ。

 

「うそ……だろ?」

 

「……行こう」

 

 キリトがラテンの手を掴み立たせる。

 よく見ればキリトの左腕も見当たらない。おそらくアドミニストレータと戦って失ったのだろう。

 かける言葉が見つからないまま、おぼつかない足取りでキリトについていく。その先にあるものを見た瞬間、ラテンは絶句した。

 

 目の前にあるもの。それはノート型のコンピューターだった。そしてそれが唯一の外部との連絡手段であることも理解できた。

 キリトは監視者の呼び出しボタンに触れる。すると日本語のダイアログと共に、警告音が鳴る。

 

〖この操作を実行すると、フラクトライト加速倍率が1.0倍に固定されます。よろしいですか?〗

 

 ラテンがOKボタンをためらいなく押した。

 その瞬間、何もかもがスローモーションになるような違和感が二人に襲い掛かる。だがそれも一瞬で、二人は再び画面に視線を戻した。

 画面の真ん中には、一つのウインドウが開いている。中央に音声レベルメーターが表示され、その上にSOUND ONLYの文字列が点滅している。

 虹色のメーターが、ぴくりと、跳ね上がった。

 次いで一気に上昇する。同時にざわざわというノイズが耳に入ってきた。

 

 キリトが端末に顔を近づけ、出せる限りの声で、二人をこのアンダーワールドに導いた男の名前を呼んだ。

 

「菊岡……、聞こえるか、菊岡!!」

 

 キリトの拳が震える。今のキリトなら菊岡と会った瞬間殴りかかるだろう。それほど怒りが満ちているのだ。

 

「菊岡ぁぁぁっ!!!」

 

「おい!菊岡!!」

 

 その怒りはラテンも同じだ。

 もちろんこの世界での二年間は有意義なものだった。たくさんの人間と触れ合い多くのことを学んだ。だがそれはそれだ。

 この世界に何故導いたのか、理由を述べてほしかった。

 

 再び菊岡の名前を叫ぼうとした瞬間、メーターが上昇する。

 

『――メです、A6通路、侵入者に占拠されました! 後退します!!』

 

『A7で何とか応戦しろ! システムをロックする時間を稼げ!!』

 

 叫び声とともに聞こえてくるカタカタという破裂音。それはゲーム好きだったラテンが聞いたことのあるものだった。銃の発射音だ。

 なぜ現実世界で銃の発射音がするのだろうか。この画面の先はラースの研究室のはずだ。

すると、

 

『菊岡二佐、もう限界です! メインコンは放棄して、耐圧隔壁を閉鎖します!!』

 

『すまん、あと二分耐えてくれ! いまここを奪われるわけにはいかん!!』

 

 後者の声は紛れもない、菊岡誠二郎の声だった。

 しかしいつものんきな彼のこれほどまで切迫した声を聞いたことがない。やはり《向こう側》で何かが起こっているのだ。

 

『比嘉くん、ロックはまだ終わらないのか!?』

 

『あと八……いや七十秒ッス……。――――あ…………ああああ!?』

 

 その声にも聞き覚えがあった。

 確か名前は比嘉タケル。菊岡と会っていた時に、その場に居合わせたプログラマーだったはずだ。

 それに何に驚いたのだろうか。いきなり声が裏返った。

 

『菊さんッ!! 中から呼び出しです! ちがいます、アンダーワールドの中っすよ!! これは…………あああっ、彼らです、桐ケ谷くんと大空くんだッ!!』

 

『な……なにぃっ!?』

 

 走りよる足音。ガッ、とマイクを掴む音。

 

『キリト君、ラテン君、いるのか!? そこにいるのか!?』

 

「ああ!俺達は、ここにいる!!」

 

「いいか菊岡……あんたは……あんたのしたことは……っ!」

 

『誹りは後でいくらでも受ける! いまは僕の言葉を聞いてくれ!!』

 

 あまりの必死さに二人は口を閉じた。

 

『いいか……キリト君、ラテン君、アリスという少女を探すんだ! そして彼女を……』

 

「アリス?……アリスはここにいるぞ!」

 

『な、なんてことだ……奇跡だ! よ……よし、この通信が切れ次第、FLAを一千倍に戻すから、アリスを連れて《ワールド・エンド・オールター》を目指してくれ! 今君たちが使っている内部コンソールはこのメインコントロール直結だが、ここはもう陥ちる!』

 

「陥ちる……って、いったい何が……」

 

『すまないが、説明している暇はない! いいか、オールターは、東の大門から出てずっと南へ……』

 

 その時、最初に聞いた声が、至近距離で響いた。

 

『二佐、A7の隔壁は閉じましたが、稼げても数分………いや、ああっ、まずい! 奴ら、主電源ラインの切断を開始した模様ッ!!』

 

『えええっ、駄目だ、それはやばいっすよ!!』

 

 反応したのは菊岡ではなく、比嘉の甲高い悲鳴だった。

 

『菊さんッ、いま主電源ラインを切られたらサージが起きる!二人のSTLに過電流が……フラクトライトが焼かれちまいます!!』

 

『なにっ……馬鹿な、STLにはセーフティ・リミッターが何重にも……』

 

『全部切ってるんですってば! 彼らはいま治療中なんだ!!』

 

 いったい何を言っているのだろうか。

 電源が切れたらどうなるのか。

 

『ここのロック作業は僕がやる! 比嘉くん、君は神代博士と明日奈くんと木綿季くんを連れてアッパー・シャフトに退避、キリト君とラテンくんを保護してくれッ!!』

 

『で、でも、アリスはどうするんスか!?』

 

『FLA倍率をリミットまで上げる!! 後のことはまた考えるッ、今は彼の保護を……』

 

 続く言葉はラテンの耳には入らなかった。その代り鮮明に聞こえたのは、一人の名前。

 

「木綿……季?」

 

 なぜ木綿季がラースにいるのか。

 まさか、ラテンのためにラースまで来たというのか。

 どちらにせよ木綿季の声を聞くために、口を開こうとした瞬間、最初の声の持ち主が悲痛な叫びをあげた。

 

『ダメだ……電源、切れます!! スクリューが止まります、全員衝撃に備えて!!』

 

 そして、不思議なものが見えた。

 はるか上空から、カセドラルの天蓋を貫いて、音もなく舞い降りる白い光の柱たち。 ラテンはとっさにそれを避けようとするが所詮は無駄なあがき。白い光は二人を貫いた。痛みも衝撃もない感覚。

 だが何か大切な時間が失われていく、そんな感覚に襲われる。

 急に意識が薄くなり、瞼が自然に閉じていく。その直前、どこからか懐かしい声が聞こえてきた。

 

『ラテン!ラテンッ!!』

 

 頭に浮かぶ現実世界という単語。それを追い求めてここまで来た。だがそれが消えた瞬間、その単語はラテンにとって意味不明なものになる。

 

(現実世界って………それに今の声は……誰のだったっけ……?)

 

 

 




なんか今までの中で一番めちゃくちゃでしたね(泣

キリトは精神喪失でしたが、ラテンはどうなることやら……(笑)
ちなみにラテンは意識を失いすぎですよね。この世界に迷い込んでから、すでに三回以上は意識を失っています(笑)

さて、今回で人界編は終わりですが、正直二つに分けてもいいんじゃないか?という疑問を持っていました(笑)
ここで一応言います。

メインヒロインはユウキです!

なんかリリアばっかりですからね。アリシゼーション編に入って(笑)
今回ちょこっとだけ出てきてくれましたが、しばらくはでないかもしれません。
ちなみにこの後の展開もめちゃくちゃになるかと思いますが、ご指摘よろしくお願いします。
感想もどんどんください!

この作品をこれからもよろしくお願いします!



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第三十三話 主人と愛犬?

 

 

「大丈夫ですか?」

 

「え?あ、ああ」

 

 小さなガラス窓の向こう側に広がる大空は、あの深い闇とは違い、青かった。

 

 ラテンは今、サイリス村の宿屋のリビングに椅子に座っている。その近くでリリアとマリンが料理の練習をしていた。

 

 アドミニストレータとの激闘から半年がたった今でも、あの時のことは鮮明に覚えている。

 

 

 

 ロボットとソードゴーレムとの死闘。カーディナルの死。そして親友ユージオの死。

 最悪な出来事が立て続けに起こった半年前。

 そこまでは鮮明に覚えているのだが、ラテンにはその後の記憶がない。

 ソードゴーレムを倒してから意識を失い、目を覚ますころにはここの客室のベットの上にいたのだ。

 しかしそれは事実のようで事実ではない。

 ラテンの頭の中には二つの出来事の間にもやもやが残っている。確かに何かがあったのだ。それでもその部分は半年たった今でもぽっかり穴が開いたように思い出すことができなかった。

 それだけではない。洞窟の近くで目を覚ます以前の記憶がないのだ。それに加え、所々記憶が抜けている。

 自分は一体どこから来たのだろうか。

 ラテンにとって大切な記憶が失われているような気がするのである。

 

 それに変化したことはそれだけではない。

 

「………」

 

 机の上に置いてある刀に手を伸ばす。

 左手でつかむと、腕に懐かしい重量感が加わった。一年間共に戦ってきた相棒とも呼べる刀。この刀にまだ銘は存在しない。いい加減決めたいところなのだが、この半年間それをすることはできなかった。

 その理由はすぐにわかる。

 

 刀を持った左手が何の前触れもなしに震えはじめる。これはラテンの意志で起こっているのではない。体が勝手に反応しているのだ。

 その震えは次第に大きくなり、ついには刀を手放してしまう。

 ガタン、という音と共に刀が地面に落ちると、それが光に包まれ見慣れた姿に変形し始めた。

 

『やっぱ、無理か』

 

「ああ。……何でだろうな……」

 

 そう。半年前と違うのは、ラテンが刀を……武器を持つことができなくなったことだ。片手剣でも槍でも斧でも、手に取った瞬間腕が震えだしそれを落としてしまう。もちろん振るうことはできない。

 身体が武器を拒絶しているのだ。その原因は半年たってもわからない。おそらく失った記憶と関係しているのだろう。

 そう思うのは自分がどうやってロボットやソードゴーレムを倒したか思い出せないからだ。ノルキア流とバーステル流は思い出せる。しかしそれだけであの怪物を倒したとは思えない。大切な記憶と共に大切な剣術が失われているのだ。

 脳が憶えてなくとも体は覚えているかもしれないが、こんな状態ではそれを確かめるのも不可能に近い。

 

 ジャビがラテンの頭の上に乗る。ラテンはそのまま立ち上がり、リリアとマリンの元へ足を運んだ。

 

「もう焦がさないでくれよ?」

 

「わかっています。あなたはそこに座っていてください」

 

「マリンが付いてるからましな料理になるけど、リリア一人じゃなぁ」

 

「……処刑しますよ?」

 

「冗談だって」

 

 リリアの瞳に一瞬炎が宿ったのを見て、ラテンは慌てて両手をあげ降参のポーズをとる。それを横目で見ていたマリンが噴き出す。

 

「こら、マリン!」

 

「ふふっ。だって夫婦喧嘩みたいだったから……ふふふ」

 

「夫婦って……そ、そんなんじゃありませんからね!誤解しちゃだめよ!」

 

 そういえばリリアがマリンに対して丁寧語を使わなくなるまでにずいぶんとかかっていたような気がする。姉妹だというのに最初はマリンのことを他人と同じのように接していた。今でもその時を思い出すと、自然と笑みがこぼれてしまう。

 

「何ニヤニヤしているんですか。気持ち悪いですよ」

 

「おまっ……本当に可愛くねえな!!」

 

「あなたに可愛いなんて思われても嬉しくありません!」

 

「ふふふ」

 

「「マリン!!」」

 

 どこからどう見ても痴話喧嘩だ。確かにそれを見た反応は笑うか、「リア充〇発しろ!」と叫ぶかだろう。

 ラテンは脱力すると、ガラス窓を眺めながら口を開いた。

 

「いい天気だし、散歩してくるわ」

 

「……一人で大丈夫ですか?」

 

「お前はこういうときだけ素直だな」

 

「女性に対して変態な行為をしないか心配ですから」

 

「俺って信用ないのな!?」

 

 大きくため息をつくと、「じゃあ」と言って宿屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『で、なんでわざわざ東の森まで来たんだ?』

 

「散歩と言ったら冒険だろ?さっさと行こうぜ」

 

『……お前の思考はおれっちには理解不能だ』

 

 ラテンは木々が生い茂る東の森へ歩き出す。ここの森は行ったことがないため、何があるかわからないが、さすがにゴブリンは出ないだろう。ダークテリトリーの奴らを今の整合騎士たちが無視するはずがない。

 

 アドミニストレータが死んでから、整合騎士を指揮し始めたのは整合騎士団長ベルクーリ・シンセンス・ワンだ。リリアから聞いた話では、整合騎士の記憶は一体のソードゴーレムと共にカセドラル百階に封印したらしい。確かにダークテリトリーの侵攻が今にも始められようとしているのに、整合騎士が元の記憶を取り戻してしまうと戦う者がいなくなってしまう。それを考慮して、封印したのだろう。

 

 さすがは騎士団長と言ったところか。直接会ったことはないが、だいたいどんな容姿か想像できる。どうせ筋肉もりもりマッチョメンだろう。

 

『お前本当に大丈夫なのか?』

 

「何が?」

 

『この森、魔獣がでるぞ?』

 

「魔獣?あの飛竜の比じゃないくらい膨大な天命を持っている生き物のことか?もしいたとしても整合騎士が連れて行ってるだろ。ダークテリトリーに対する貴重な戦力だからな」

 

 飛竜は整合騎士が連れている最強に近い生物だ。計り知れないほどの膨大な量の天命を持ち、飛竜が火を吐いたあとは草木一本残らない、といわれるほどの強さ。そんな生物を凌駕するのが魔獣だ。そんなのが発見されれば、整合騎士が神聖術を使い、使い魔にしているだろう。噂だからって整合騎士が無視するはずがない。

 

『お前、魔獣を舐めすぎだろ。あいつらは神器持ちの整合騎士が五人いたって勝てるかわからないだぞ?そんな奴が整合騎士如きに屈服すると思うのか?』

 

「そんなに強いのかよ。……まあ、会った瞬間全速力で逃げるから安心しとけ」

 

 ラテンは笑いながら森の奥へ進んでいく。

 ジャビはもう何を言っても無駄だと判断したのか、溜息をつくと静かになった。

 それにしても高い木々たちだ。高いもので二十メートルくらいあるのではないのだろうか。木の太さから相当な年月、成長し続けていると理解できる。ここでは太陽の光もあまり届かない。

 

「おっ?なんか開けた場所が見えるぞ。なんかの住処みたいだな」

 

『おいラテン。まじでヤバいと思うぞ?』

 

「いやでも、ここまで来たんだし。……木の影からなら大丈夫じゃないのか?」

 

『……見つかっても知らないぞ?』

 

 ラテンはジャビを警告を無視して、木の影を使いながら開けた場所に向かっていく。ラテンにとってこの半年間はとても退屈なものだった。武器の鍛錬もすることができず、料理をしようと思っても包丁を持つことができない。暇というのは人間の本当の敵だと改めて思ったものだ。

 

 しばらく歩くと開けた場所の全貌が見えてきた。木々はてっきり切られているのかと思っていたが、よく見たら折られている。こんな野太い木を折ったということは、相当な化け物がいると予想される。

 開けた場所の中央。草がたくさん集まっており、寝床のように見える。

 というか寝床だろう。草の上に巨大な生物が丸まって寝ている。

 

「……狐?」

 

『狐だな』

 

 それにしても巨大な狐だ。

 薄い黄色の毛に、三本の尻尾。尻尾が三本ある時点で普通の狐ではないのだが、大きさ的にも全長二十メートルと言ったところか。

 前足を組んでぐっすりと寝ている。たとえ巨大であろうが極小だろうが、寝姿は共通して可愛いというか癒される。

 

 ラテンはしばらく狐を眺め続けたが周りに何かがいると気が付いたのか、何の前触れもなしに狐が顔を上げた。

 とっさに木の陰に隠れる。そこから顔を少しずつ覗かせるが、意味がないことが瞬時に分かった。

 

「めっちゃガン見してるやん……」

 

『終わったな』

 

 狐がこちらをガン見している。その瞳にどんな思いが満ちているのかラテンには到底わからない。

 不意に三つの尻尾を揺らしながら、左前脚を前にだし、自分の元に引き寄せる。最初は何をしているのか理解できなかったが、繰り返す動作を見ていると、手招きをしているように見える。つまり「来い」ということだ。

 残念ながら、ラテンには拒否権はないらしい。

 

「俺は何をされるんだ」

 

『良くてオモチャ。悪くて胃の中』

 

「拒否権は………ないよな」

 

『当たり前だ』

 

 ラテンは深呼吸すると、覚悟を決めて開けた場所に足を踏み出す。狐は襲う素振りを見せず、じっとラテンを見据えていた。

 ラテンが狐の目の前にたどり着くと、大きなあくびをしてから鼻を近づけた。危険な相手か見極めているのだろうか、それが終わると何かを考えるように目を閉じる。

 

「あの~狐さん?わたくし、帰りたいのですが……」

 

 そう口にした瞬間、狐の両目が見開く。

 しばらくラテンをじっと見ると、今度は右前脚を前に出した。それは人間が犬に対してする動作、《お手》と酷似している。

 

「……どういう状況?」

 

『よかったな。気に入られたみたいだぞ』

 

「それはつまり、この狐が俺に従うってことか!?」

 

『そうかもな』

 

「そんなこともあるんだな………って、あれ?」

 

 ラテンは手を差し出そうとした。しかしようやく違和感に気付く。

 《お手》とは主人が愛犬に対してする動作のことだ。ザッカリアの街で何度も見ている。普通この場合、手を差し出すのは主人側の方はずだ。

 だが今手を差し出しているのはラテンではなく()。つまり狐がご主人様でラテンが愛犬の立場ということになる。

 

「……俺は、奴隷ですか………」

 

『食べられないだけましだろ』

 

「それはそうだけれでも!!」

 

 ジャビが言っていることはもっともなのだが、何故か心の底から喜べない。

 肩をがっくり落とすラテンを見て、狐が立ち上がる。そしてのそのそと歩いたかと思えば、尻尾を使ってラテンを無理やり歩かせた。

 ラテンは半ば押される感じで、来た道を巨大な狐と謎の生物であるジャビと共に引き返すこととなった。

 

 

 

 





安定のむちゃくちゃ設定。
勝手にこの世界に犬がいることにしましたが、飛竜がいるのなら犬もいますよね(震え声

ラテンが失ったのは現実世界の記憶だけです。もちろん現実世界で学んだ剣術も、出会った人もすべて忘れています。
武器を拒絶するのは………後日説明します。

ハチャメチャな展開になっていくと思いますが、これからもよろしくお願いします!


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第三十四話 旅立ち


いつの間にかこの作品も、七十話に突入していました。
こんな作品に目を通してくださる読者様、本当にありがとうございます。


 

 

 ソルス――――現実世界における太陽が、気が付けば真上まで昇っていた。そろそろ昼食の時間、あるいは宿屋のみんなはもう食べてしまったのかもしれないが、ラテンは昼食のことよりももっと深刻な問題に直面していた。

 

「……こいつ、どうしよう――――あでっ!?」

 

 『こいつ』という言葉に反応したのか、巨大狐は三尾のうちの一尾をラテンに叩きつける。

 狐といえど魔獣であるため、飛竜以上にプライドが高いように見える。人間をペットにしていることが、それを一層物語っていた。

 

 とはいえ、このまま巨大狐を連れてサイリス村に入るのは非常にまずいことだ。魔獣クラスの生物を連れてきたとなると、ダークテリトリーの侵攻された時以上にパニックになる可能性がある。

 それを防ぐために巨大狐を村から離れた位置に置くのは、おそらく巨大狐が許さないだろう。『あっち行ってくれ』の『あ』を言う前に、尻尾によって吹っ飛ばされるのが落ちだ。

 

 となるとラテン自身が村から離れた位置に引っ越しをするしかない。しかし、それにも問題がある。

 小屋を建てるのは長老あたりに教えてもらえば何とかなるのだが、食料はどうすることもできない。

 今やラテンは『天職』を持たないただの村人だ。いや、斧おろか包丁一本持つことができないラテンは、はっきり言って<無能>以外の何者でもない。

 料理をすることができないし、仕事をすることができない。つまり『引きこもり』状態なのだ。外に出ている時点で引きこもりではないが、そこまで大差ないだろう。

 

 今までのことをまとめると、今のラテンは一人で生活できないのだ。それも致命的に。

 そのことをまるであざ笑うかのように、狐が尻尾をバシバシと背中に当ててくる。この状況に陥っているのは十中八九この巨大狐のせいなのだが。

 

「ジャビ、なんかいい案ないか?」

 

『おれっちに訊くのか?……リリアと一緒にお引越しするんだな』

 

「……やっぱ、それしかないよな」

 

 ラテンはリリアにどう交渉しようか、考えながら歩いていく。村は、およそ五百メルほど先だろう。考える猶予は多少ある。問題はリリアが乗ってくれるかだ。

 もしリリアが乗ってくれなかった場合は仕方がない。村の人ひとりひとりに許可をもらうしかない。この狐が問題を起こさなければ、許してくれるような気がする。

 だが、騒がれれば、整合騎士に捕えられる可能性がある。そうなった場合、全力で逃げなければならない。

 

 空を見上げるとソルスが暖かい日差しで顔を包み込む。こんな時間がいつまでも続く。そう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 

 村に戻ると狐を見つからない所で待っているように促し、リリアがいるであろう宿屋に足を向ける。

 その足取りは少しばかり重かったが、それもすぐさま消え去る。

 

 村が騒がしいのだ。

 いつもならこの時間帯は昼食をとるため、自宅であるいは天職場に人が集まっているはずだ。だが今日だけは違った。

 道に村人が溢れかえり、表情は心なしか青白く見える。ほとんどの人たちがひそひそと話しており、よく聞き取ることはできない。しかし、中には何かにおびえるように身体を震わせている人もいるので、ただ事ではないはずだ。

 

 嫌な予感を身に感じながら、早足で宿屋に向かう。

 宿屋に着くと、家主のソコロフさんを中心に、宿屋のほぼ全員が集まっていた。中にはサインやマリン、リリアの姿がある。

 

「一体どうしたんだよ」

 

 ラテンの言葉にリリアは困惑の眼差しを向けた。その瞳には何かを迷っているような感じに満ちていた。

 

「……ルーリッド村が、襲われたらしいです」

 

「はっ!?」

 

 ルーリッド村。

 それはサイリス村から、二千メルほど離れた位置にある村だ。昔はその近くにギガスシダーが生えており、それをキリトとユージオが切り倒したのは有名な話だ。

 

 あそこの近くには、精神喪失したキリトと看病しているアリスが住んでいる。つまり、二人も襲われる可能性が高い。もしかしたらリリアは、再び剣を持って戦うかどうかを迷っていたのかもしれない。

 しかし、それは迷ってはいけないことだ。襲われているとしたらルーリッドの村人が何人死んでいるかわからない。今この瞬間に誰かが死んでいるかもしれない。一人でも多く助けるには、迷っている暇などないのだ。

 

「くそっ!」

 

 ラテンは踵を返そうとする。

 もちろんラテンは戦うことはできない。それはラテン自身がよく分かっている。だがそれはあくまで、ラテン自身だ。魔獣と呼ばれる狐に頼み込めば、望みがあるかもしれない。

 しかし、そんなラテンをリリアが引き止めた。

 

「ちょっと、待ってください!」

 

「何だよ!早く行かないと、救える命も救えないんだぞ!」

 

「最後まで話を聞いてください!」

 

 あまりの形相で言われたため、ラテンは素直にリリアに向き直る。これほどまでに必死なリリアは久しぶりに見たような気がする。

 

「……で、どうしたんだよ」

 

「ルーリッド村はもう大丈夫です。アリスがゴブリンたちを撃退しました」

 

「なっ……!?」

 

 リリア同様アリスも、今まで信じてきたアドミニストレータを倒してからは剣を持つことは決してなかった。ラテンが見ていないだけなのかも知らないが、一週間前に会ったときは、整合騎士としての誇りは捨て去ったような感じだったのだ。

 そんなアリスが剣をとって、ダークテリトリーの侵攻を抑えたということは、整合騎士として人界を守ることを決意したのかもしれない。彼女は、平穏な生活よりも人界の人々を守ることを優先したのだ。一見当たり前のことのような気がするが、アリスにとっては大きな一歩だ。

 

「……アリスは整合騎士たちの所に戻るのか?」

 

「はい。おそらくそうだと思います」

 

「で、お前はそれについて迷っている」

 

「………はい」

 

 リリアは小さく俯く。

 さっきまでの迷いは、このことだったのだ。リリアはアリス同様平穏な生活を求めた。ダークテリトリーに対する戦力増強をほかの騎士に任せて、半年間平穏な暮らしをしていたのだ。引き目を感じるのは当然だ。

 ラテンにとってはこのままこの村で平穏に暮らしてほしいのだが、リリアに対して投げかける言葉は一つしかなかった。

 

「……お前は行くべきだ。この生活は、ダークテリトリーから守ってからでもできる。まずは人界を守ることからだな。……まあ、ひよっこ剣士に勝った(、、、、、、、、、、)、お嬢様なら楽勝かもな」

 

「私はあなたに勝っていません」

 

「そこは潔く勝ったって言えよ……」

 

 リリアは、にこっと笑うと宿屋の中に戻っていく。その後姿にはもう迷いなどなかった。

 その姿を見たマリンが後をついていく。ラテンはそれを追いかける気にはなれなかった。

 

「結局、またマリンとリリアを離ればなれにしちまったか……」

 

 後ろめたい気持ちをどうにか押さえ込んで、宿屋の裏口に回る。ここには村人がいないので、きっとリリアはここから出てくるだろう。

 

 ドアの近くに背中を預けてこれからのことを考える。

 問題は移動手段だ。サイリス村から、おそらく整合騎士がいるであろうイスタバリエス東帝国まで徒歩で行くには、軽く一か月かかるだろう。そこから東の大門に向かわなければならないため、単純に考えて二か月ほどかかることになる。そんなにかけていたら、着くころにはおそらく戦いは終わっているだろう。人界かダークテリトリーかのどちらかが勝利した形で。

 

 ここで飛竜を使うのも手なのだが、生憎リリアの飛竜はカセドラルにいる。飛龍の方は、神聖術を解かれた状態だというのに、本当の住処に戻らず、リリアについていこうとしていたのだが、さすがに飛竜が来たとなると村中がパニックになる。

 そのためここまで送ってもらってから、リリアがカセドラルに戻るように命じたのだ。最初の二、三日はずっとこの村の近くにいたのだが、リリアが毎日説得していたため、それに応じたのかカセドラルに戻っていった。

 それでも二週間に一回はリリアの元に飛んでくる。

 

 しかし、今日はリリアの飛竜が戻ってくる日ではない。つまり飛竜は使えないのだ。こうなったらアリスの元に向かって、飛竜に乗せてもらうか、整合騎士たちを信じて遅れることを承知でカセドラルに徒歩で向かうか。それしかない。

 

「参ったなあ」

 

 青空を見つめると不意に何かが近づいてくる音がした。足音から人間ではないことは確かだ。

 そちらに目を向けると、何と狐が塀の隙間からこちらを見ていた。幸いなことにこの宿屋の裏口は、村の広場から死角にあるため、狐がいることは誰も知らない。

 

「……あっ」

 

 狐を何秒か見つめた後何かが閃いたかのように、つぶやく。

 そのまま狐の元に歩いていくと、鼻先に手を触れさせた。

 

「なあ、狐さん。俺達を乗せてってくれないか?」

 

 狐はしばらくラテンを見つめた後、左前脚を前に出す。もちろん例のあのポーズだ。ラテンは躊躇わずその左前脚の上に右手を乗せる。

 

「交渉成立だな」

 

 そう言うと三尾が左右に揺れた。それと同時に後方からドアを開ける音が聞こえてくる。

 そちらに振り向くと、懐かしの服装をしたリリアとその横で目元を赤くしているマリンの姿があった。

 

「これは、魔獣ですか?」

 

「ああ、一応な」

 

 後頭部を尻尾に叩きつけられる。

 それを見たリリアは首を傾げたが、とりあえず優先順位を考えたのか、こちらに歩いてくる。その背中にマリンが声をかけた。

 

「お姉さま」

 

 リリアが振り向く。途端、マリンがリリアの胸に飛び込んできた。そこからすすり泣きが聞こえてくる。

 

「ごめんね、マリン……」

 

「……必ず戻って来てね。ラテンと一緒に」

 

「うん」

 

 リリアはぎゅっとマリンを抱き返す。それを見て胸がちくりと痛むが、表情には出さない。きっとラテン以上に二人の方が痛んでいるはずだ。

 

(俺に……力があれば……)

 

 ラテンがアドミニストレータと戦ったときのように剣を振るうことができれば、リリアをここに残すことができたかもしれない。

 記憶がないことを今までの中で一番呪った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気を付けてね」

 

「マリンもいい子にしているのよ?」

 

「うん」

 

 ラテンはリリアに手を差し伸べる。

 それを素直に受け取ったリリアを引っぱり上げ、後ろに座らせる。

 

「マリン」

 

「……?」

 

「俺はリリアを連れて必ず戻ってくる」

 

「……うん!」

 

 マリンに笑顔が戻ったことを確認すると、滑らかな毛並みをした背中をポンポンと叩く。狐はそれに応えるかのように尻尾を揺らすと、地を蹴った。

 二人と一匹は中央向かって行った。

 

 

 





最後短いですね(笑)

さて、この作品もそろそろ原作に追いついてきました。
あと二、三話くらいで原作と並ぶことになると思います。更新は一週間に一回くらいになると思います。
そして、私エンジは迷っております。SAO編、ALO編をこれから書き直したいと思っているのですが、その後どうするかは

1、『東京レイヴンズ ~神の契約者~』をメインに書いていくこと。

2、後日談を書くこと(アリシゼーション編に入る前の)

3、ラテンとリリアの関係を、別の主人公とヒロインに置き換えて、ソードアートオンラインの新しい作品を書くこと。

この三つに分かれています。
『1』はこの作品の読者様には関係ないこととして、問題は『2』と『3』です。
『2』は、求めている方が多いと思いますが、時系列的におかしくなるのではと思ってしまって、微妙なところです。
『3』は『3』で、それこそ皆様には関係のないことですし、逆にこの作品の更新が遅くなるので返って迷惑をかけることになってしまいます。

やはり皆さん的には『2』ですかね?
個人的に『3』を選びたいのですが、「迷惑だ」と仰るのなら選びません。もちろん書くからには全力で書きたいと思っています。

ご意見があったら、聞かせていただければ幸いです。
もちろんこの選択肢以外に、やってほしいことがあったらどんどん言ってください。できるだけ、皆様の気持ちにお応えできるように努力します。


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第三十五話 決戦場

 

 

 

 人界の中央、セントラル・カセドラルから東域の果てへ。

 四帝国の中でもっとも謎めいた地と呼ばれるイスタバリエス東帝国は、整合騎士であったリリアでさえ行ったことのないところらしい。

 こちらを指さす過ぎゆく人々の髪色はほとんど黒。自分の髪色からしてここが故郷なのでは、と思ってしまうが、おそらく違う気がする。どこか、遠くから自分は来たような気がするのだ。

 聞いた話によると、副騎士団長ファナティオがこちらの出身らしいが、この地方が戦争場所とは何ともいたたまれない気持ちになってしまう。

 

 夜は人里離れたところで過ごし、巨大な狐とリリアのために果実や魚などを採取しながら旅路を急ぐこと九日。

 北と変わらぬただずまいをした果ての山脈と、それを断ち切ったかのような渓谷から煙が立ち上っているのを視認することができた。

 

「リリア、あれか?」

 

「ええ、そのはずです。どうやら間に合ったようですね」

 

「ああ」

 

 巨大な狐の首をポンポンと叩くと、最初から煙の居場所が分かっていたかのように向かっていく。

 

 それにしても魔獣のに分類されるこの狐のタフさには驚かれる。

 人界の生物最大級の天命を持ってはいるが、それでも人間二人と超高優先度の神器二本を担うことは大変なことだ。だが、この狐は速度を一切変えず、終始涼しい顔のままここまで走ってきた。それには正直驚いてしまう。

 

 谷に近づくにつれて、その全貌がはっきりと見えてくる。

 幅は百メルほどで、ダークテリトリーの歩兵軍団が横列を作って突進するには十分な広さだ。

 これはだいぶ苦労しそうだと思いながら眺めていると、だんだんと気勢が聞こえてくる。それは煙が立ち上る方向から出ているので、おそらく兵士たちが訓練をしているのだろう。

 

「よし、行くぞ」

 

「はい」

 

 その言葉と同時に、巨大な狐がスピードを上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 守備隊の野営地は、中央の草地を広く分けてあった。隣接して巨大な天幕が並んでいることから、あそこが飛竜の発着場なのかもしれない。だが今は、中から薄暗い火の光が漏れていた。

 そこに近づいていき、暴れないないように念を押すとリリアと共に狐から降りる。ここにとどまるということは、共に戦ってくれるということなのだろうか。

 魔獣となれば整合騎士二、三人に匹敵する生物だ。もしかしたら戦況をひっくり返す大きな戦力になるのかもしれない。

 となると狐と呼ぶのは少々不便だ。いい加減、刀もろとも名前を決めなければならない。

 

 残念ながらラテンは武器を持つことができないため、神器二本をリリアに任せ、その他もろもろを持つことにした。

 ソルスの残照はすでに西の彼方に消え去っている。夜にも訓練するということは、士気に関しては問題はなさそうだ。あとは実戦でどれほどの実力を出し切るかが、この戦争の勝敗を左右するだろう。 

 

「この中で作戦会議中か?」

 

「そうかもしれないですね。入りましょう」

 

 正直ラテンは戦力にはならないのだが、作戦を知ることぐらい問題はないだろう。作戦を知ることぐらい問題はないかもしれないが、ラテン自身の見られ方が気になる。いくら最強の兵器《ソードゴーレム》を倒しているからって、大罪人には変わりない。ラテンの本意を知っているのは片手で数えるほどしかいないため、敵ではないことを証明するのは難しい。

 

「俺は……」

 

「いいですから、とりあえず行きましょう」

 

 半ばリリアに引っ張られる感じで純白の陣幕の中に入り込む。途端、中にいたほぼ全員がこちらに顔を向けた。

 人数的に全員が整合騎士かと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。輝くような銀甲の鎧をまとったのが整合騎士ならば、十分に高そうな優先度を持った鋼鉄の鎧を着こんだ人たちはおそらく隊長クラスの人間だろう。

 

 その場にいたほぼ全員がリリアを見た瞬間、表情が和やかになる。おそらくリリアが来るのを待っていたのだろう。

 だがそれももう一人を見た瞬間、ランプの灯を消すように表情が切り替わった。

 一部の人間以外がラテンを見て、眉を寄せる。そのうちの一人、エルドリエ・シンセンス・サーティツーが唐突に立ち上がり、口を開いた。

 

「わが師リリア様! なぜそのような大罪人と共に……!」

 

「ラテンは私をここまで連れて来てくれました。大罪人といえど、戦力になる者は一人でも多いほうがいいはずです。それが整合騎士を凌駕するのなら、なおさら」

 

 リリアはラテンを必死に弁論する。だが、その場にいるものは納得しないようだ。無理もない。戦力になるとはいえど、所詮は悪人。戦争途中で反乱を起こされたらひとたまりもないだろう。

 隊長クラスの人間がひそひそと話し合うのを見て、リリアは再び弁論しようとするがラテンはそれを制した。

 

「……俺はお呼びでないってことだ。まあ、大罪人がいたら集中できないだろうからな。帰らせてもらうよ………リリア、死ぬなよ」

 

 ラテンは笑いかけて踵を返す。

 ここで帰るということは、マリンの約束を破ってしまうことになる。少なくとも今後のラテンができることは、リリアが死なないように祈るだけだ。

 そのまま出口に歩いていくが、その背中に砕けた言い方ながら迫力を感じることができる声が投げかけられた。

 

「お前さん、戦えるのかい?」

 

 騎士団長ベルクーリ・シンセンス・ワンだ。

 それは鶴の一声の如く、その場を静寂に包ませラテンに投げかけられる。ラテンは一息つくと、リリアが持っている刀を手に取り、ベルクーリの方向に突き出した。

 

「このっ……!」

 

 エルドリエがたちまち片手剣を抜こうとするが、ベルクーリはそれを左手で制すと、ラテンの行動をじっと見ていた。

 その場にいたリリア以外の全員がラテンの右腕に集中する。一方リリアは俯いたままだ。

 途端、一人の隊長が口を開こうとした瞬間、その現象は起こった。

 

『………!?』

 

 リリアとラテン以外が息を呑むのが分かる。 

 右手が何の前触れもなしにカタカタと震えはじめ、それが伝染するように右腕全体を震わせる。

 次第にそれが激しくなり、体全体が震えはじめた瞬間右手から刀が音を立てて地面に落下した。

 

「………それが、お前さんが戦えない理由か」

 

「そうだ。俺は刀おろか武器となるものすべてを持つことができなくなった。仮に持てたとしても、剣術がすべて思い出せない。今の俺じゃ、戦力にもならないよ」

 

 刀が光を出して変形すると、ラテンの頭に乗っかる。それを見たラテンは今度こそ踵を返した。

 三十人にも及ぶ視線を背中に浴びながら、歩いていくラテンの心境は複雑なものだ。

 

『戦える力はあるはずなのに、戦うことができない』

 

 それはラテンにとって最も苦しいことだった。

 戦うことができない、すなわち誰も守ることができない。目の前にいる人でさえも救うことができないのだ。

 自分の存在が否定された気持ちに満たされながら陣幕をかけた瞬間、まるで自分ではないように体が勝手に動いた。

 

「………っ!?」

 

 地面に転がり込み、すぐさま片膝で起きると先ほどまで陣幕があった場所から外の風景が見ることができた。

 そのまま顔をスライドさせると、両手で剣を持ったままこちらを見ているベルクーリの姿が視認できる。

 

「何を……!」

 

「どうやら、体は覚えてるみてぇだな」

 

 そう言って納刀した。

 どういうことだ、と思いながらベルクーリの視線をたどると、そこにはラテン自身が予想もしていなかったことが起こっていた。

 いつも帯刀していた部分のあるはずもない刀をまるで握っているかのように、両手が動いている。

 これはラテンの意志関係なく、身体が憶えていることなのだろうか。ならば何故、武器を持つことができないのか。残念ながら脳をフル回転させてもその答えは出てこない。

 

「武器を持って戦うことだけが、『戦い』じゃねぇ。お前さんもそう思わなかい?」

 

「………つまり、俺に補給係をやれということか?」

 

「まあ、そうなるが………お前さんの事象が解決され次第、最前線で整合騎士と共に戦ってもらうことになる」

 

 確かに妥当な意見だ。 

 補給係といえど人員は一人でも多いほうがいいはず。それに今のラテンがリリアの手助けをできるのならやらないわけにはいかない。

 

「閣下……!」

 

「いいじゃねえか、エルドリエ。一人でも多いほうがいい。それに………この坊やは俺より強い」

 

 その言葉が放たれた瞬間、周囲がざわめく。

 何たってこの人界最強とも呼べるベルクーリが言ったのだ。自らの口で、自分よりも強い奴がいることを言ったに加え、その人物が大罪人であるラテンなのだ。それは普通の兵士ならば戸惑うだろう。

 

「……根拠は?」

 

「目を見ればわかる」

 

 ラテンの問いに、おどけたように答える。 

 ベルクーリはリリアを一瞥し、再びラテンを見つめると口を開いた。

 

「で、やるのかい? やらないのかい?」

 

 そんなのはもう決まっている。

 リリアを生きて連れ戻すためなら、兵士であろうと補給員であろうとかまわない。マリンとの約束を守るためなら、何でも。

 

「……わかった。やらせてもらうよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦会議場を離れたラテンは、言われた通り《人界守備軍補給部隊》のテントへと足を運んだ。補給部隊のほとんどが戦場で戦わない人間たちだろう。それでも戦場と同じように戦うことになる。

 補給部隊というのは、それが途切れた瞬間ほぼ戦争の負けを意味する重要な集団だ。いかに迅速に補給を行うかが、人ひとりの命の生死を分ける。

 

 そんな部隊に配属されたラテンは、リリアの要望通り、最前線に行くことはない。もちろんラテンはそれに反対したが、いつも通り頑固属性を発動させたリリアに押し負けてしまった。

 ベルクーリに小声で「痴話喧嘩みたいだな」と言われたが、それに反論するほどの気力はすでに残っておらず、とぼとぼ会議場を出たのだ。

 

「………すごいでかいテントだな」

 

 一目見ただけで大きいと感じるテントは、一辺五十メートルほどの正方形をしたものだった。高さは一番高いところで同じく五十メートルほどあり、これを『テント』と呼んで本当にいいのだろうかと思ってしまう。

 しばらくそれを眺めていたが、自分の目的を思い出すとその中に入っていく。

 

 中では大量の物資と大量のおそらく補給部隊と思われる人間が行き来していた。しかし、ラテンのことを知っている人はいないようだ。

 それはそれでとてもありがたい。

 

 そのまま中に歩いていくと、正面から見たことのある制服を着た見たことのある少女二人とすれ違った。

 ラテンはそのまま数歩歩くが、途中で立ち止まり、神速とも呼べる速さで振り向く。その少女たちもラテンの存在に気づいていたのか、振り返っていた。

 

「……ロニエとティーゼ?」

 

「もしかして、ラテン先輩ですか?」

 

 燃えるような赤毛の少女が口を開く。

 ラテンは数秒間二人を交互に見ると、ようやくあのキリトとユージオの傍付きであった、ロニエとティーゼだということを認識する。

 

「お前ら、ここで何を……?」

 

「はい。私たち、人界のために何かできないかと思いまして、補給部隊に志願したんです」

 

「ラテン先輩は、何故ここに?」

 

 驚いた。

 ロニエとティーゼは、今、修剣学院で剣術や神聖術を学んでいる最中だったはずだ。それをなげうって、死ぬ可能性があるこの場にやってきたとは。

 顔見知りがいて少しだけ嬉しく思い、笑おうとするがすぐさま暗い表情に戻す。

 

「俺はリリアのためにな…………それよりも」

 

「………ユージオ先輩のことですか?」

 

「……ああ」

 

 そう。ラテンはユージオを助けることができなかった。共に生きてアドミニストレータを倒すことができなかったのだ。 

 もちろん大いなる戦いには大いなる犠牲が伴う。それでも、誰も死なずに、笑顔で戻れる時を心待ちにしていた。

 今のラテンには二人を正面から顔向けできない。

 

「……ユージオ先輩はきっと生きています。青薔薇の剣の中で……ずっと…」

 

「………そうだと、いいな」

 

 ラテンにはそう言うことしかできなかった。 

 きっとユージオに対する悲しみは、誰よりもティーゼの方が強い。たった一ヶ月傍付きだったからとはいえ、ここまで後輩に慕われているとはユージオがうらやましく思う。

 「では、また」と言ってラテンとは反対方向に歩いていく二人。その背中は、半年前よりも強く感じられた。

 ラテンはそれを見届けると踵を返す。ベルクーリに言われた通り補給部隊隊長に指示を受けなければならない。 

 そのまま歩いていこうとするが、すぐさま立ち止まった。その原因は、目の前にいる人物が、ロニエとティーゼと同じく、ラテンの顔見知りだったからだ。

 

「………シャロン?」

 

 長い髪をポニーテールにまとめ上げている少女。

 上級修剣士とその傍付きの半年ぶりの再会だった。

 

 

 

 

 





なんかラテンのキャラが変わっているような気がするのは私だけですかね?
前半はもはや別人みたい(笑)

それはそうと、人界軍とダークテリトリー軍の決戦の地。
『幅百メートルの谷』と読んだ瞬間、「あれ? これ神聖術なかったら、スパルタ人圧勝じゃん」と思ってしまいました(笑)
300(スリーハンドレット)でも似たような場所で戦っていましたよね?まあ、あちらは全員マッチョメンですが(笑)

そして、発表し遅れましたがソードアートオンラインの第二作目を書きはじめました。(もうすでに、六話も投稿していますが笑)
題名は

『ソードアート・オンライン 逆襲のエンジ』

・・・。


嘘です!すいません!
なんかジオン軍が出てきそうな感じですね(笑)
本当の題名はこちら!

『ソードアート・オンライン ~失われた片翼~』

これはラテンとリリアの関係をSAOから始めたら、ということで書きました。
四か月前よりかは文章力が上達していると思いますので、読みやすくはなっていると思います。

『ソードアート・オンライン ~失われた片翼~』共々これからもよろしくお願いします!


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第三十六話 再会と別れ

「「………」」

 

 補給係としての仕事を終えたラテンは、かつての傍付きであったシャロンと共に、簡易宿舎に来ていた。自室に入るや否や、椅子に座るよう促したラテンはベットに座り込み、何を言えばいいかわからないまま、今現在に至る。

 先ほどから続いている無言状態は、正直に言って気まずい。相手と何もなかったならたわいのない話ができるのだが、残念ながらラテンとシャロンは最悪な別れ方をした。その再会をいつもの調子で喜ぶことはラテンにはできない。

 

「ぁ………」

 

(俺の意気地なし!!)

 

 口を開いても言葉を出すことができない。これではいつまでたっても変わらないだろう。開いては閉じて、また開いては閉じてを繰り返しているラテンに気が付いたのか、先ほどから俯いていたシャロンが顔を上げた。

 

「……お久し…ぶりです」

 

「あ、ああ」

 

 正直に言って、ラテンの人生の中で一番気まずい状況だろう。シャロンに対する罪悪感が頭の中を駆け回り、思考が正常に動いてくれない。

 だから……

 

「あ、あのさ………元気だった?」

 

 何とか絞り出した一言。しかし、この一言は完全にアウトだろう。もしラテンがシャロンの立場であったら、「アホかこいつ」と思ってしまうはずだ。

 自分の言ったことを少々悔やんでいると、先ほどと同じようにトーンが低い声が聞こえてくる。

 

「……先輩のことは全部聞きました。大変…だったんですよね」

 

「ま、まあな」

 

 シャロンが自分のことを知っているとは、正直驚いた。確かにロニエとティーゼには、約束を守れないと伝えておいてくれと言ったが、どうやら二人はその理由までも言ってしまったらしい。

 

(まあ、しょうがないか……)

 

 ラテンは大きく深呼吸すると、ベットから立ち上がる。ラテンの行動を見て、首を傾げたシャロンはラテンの顔をじっと見ていた。

 そして……

 

「……すまなかった。約束を守れなくて」

 

「………」

 

 まさか頭を下げてくるとは思わなかったのだろう、シャロンは目を丸くしている。しかしそれも一瞬で、すぐさま表情を変えた。

 

「……そんなことは………」

 

「……え?」

 

「そんなことは、どうでもいいです!!」

 

(何で怒ってんの―――!?)

 

 今度はラテンが目を丸くする番だった。シャロンの勢いに思わず、ベットに倒れ込む。何が何だかわからないラテンに、シャロンは目元をにじませながら口を開いた。

 

「なんで、一言言ってくれなかったんですか……」

 

「そ、それは本当にすまないと…」

 

「約束のことじゃありません! なんでラテン先輩は何でもかんでも一人でやろうとするんですか……」

 

「………」

 

 約束のことではないとなると、残ることはただ一つしかない。カセドラルに行ったことだ。

 正確にはラテン一人ではなく、キリト、ユージオの三人だったのだが、カセドラルでの行動からラテン一人だったと言っても過言ではないだろう。しかし彼女がそのことについて怒っているのなら、改めて彼女に伝えずに行ったことは正解だったかもしれない。

 

「……私だって、一言言ってくれれば……!」

 

「……言わずに行ったのは正解だったかもな」

 

「え?」

 

 シャロンは目を丸くする。

 あの時にシャロンに伝えれば確実について来ようとしたはずだ。それを認めるということは、カセドラルで体験した地獄を彼女に見せることと同義。一歩間違っていたら、死んでいたかもしれないのだ。そんなところに大切な傍付きを連れていくほど馬鹿ではない。

 

「お前が来てたら……俺はたぶん一生後悔してたかもしれない」

 

「………」

 

「……まあ、それは今回にも共通するかもな。シャロンがこの場にいることは、俺としては嬉しいんだけど……。でも、できれば、修剣学院にいてほしかった」

 

「人界の危機だというのに、そんな所でのこのこ戦争が終わるのを待っている私ではないですよ」

 

「それもそうか」

 

 ラテンは苦笑する。彼女のことは、結構理解しているつもりだ。

 待つことができない。それが彼女の難点でもあり、彼女のいいところでもある。しかし、彼女が今回の戦争に来てほしくなかったのは、本当だ。

 

 人界対ダークテリトリー。おそらくこの戦争は今までの戦いの中で間違いなく一番大きなもの。そこに参加するということは、それ相応の覚悟をしなければならない。整合騎士の実力は本物だが、正直分が悪いだろう。

 整合騎士と言えど、所詮は一騎当千の兵。最高でも四万から五万の兵を倒すのが精一杯のはずだ。それに対して、ダークテリトリーの兵は予想では五万以上。下手したら十万に登るかもしれない。そんな相手に整合騎士を含めたたった三千人の兵が勝てる保証はどこにもない。

 もし人界軍に戦況を大きく動かす切り札があるとすれば……

 

「……くそっ」

 

 ラテンは吐き捨てるようにつぶやいた。その拳は固く握りしめられており、小さく震えている。

 

「先輩……」

 

 シャロンは立ち上がり、ラテンの右手をそっと自身の両手で包み込む。それを胸元まで寄せると、優しい声音でつぶやいた。

 

「先輩ならきっと大丈夫ですよ」

 

「………シャロン」

 

 ラテンはそっと顔を上げる。

 やはり彼女は少々毒舌だが、優しい一面がある。改めてそう感じた。しかし、ラテンの感動も次の言葉ですぐさま消し飛ぶ。

 

「……先輩は、バカで、アホで、すぐ約束を忘れたり破ったりする人ですが」

 

「なぬっ!? この状況で言うことかよ!?」

 

「ええ。だって本当のことじゃないですか」

 

「…………否定はするよ!? ちゃんとするからね!?」

 

 それを聞いたシャロンは笑いながら、ドアへと向かっていく。最後に笑っていたということは、許してもらえたということなのだろうか。

 そうだといいな、と思いながらラテンも見送ろうと一歩踏み出すと、シャロンが振り向いた。

 

「……どうした?」

 

 シャロンはまっすぐラテンの瞳を見つめながら、今までで見た最大級の笑顔で口を開く。

 

「先輩なら大丈夫ですよ」

 

「え? ……あ、ああ」

 

 ラテンの返事を聞いたシャロンは、ゆっくりとドアを開け、ラテンの部屋から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 

 野営地に到着してからすでに五日が経過していた。それはもうすぐ開戦と言うことも意味する。

 リリアとは結局、初日以来、顔を合わせていないのだが、彼女は彼女なりに頑張っているはずだ。正直ラテンとしては、その隣に同じく剣士として立ちたかったのだが、今は補給係として自分のできる精一杯のことをするしかない。

 ラテンはジャビと共に、自分の配置へと行くため自室を出る。しかしドアを開けた時点で立ち止まった。

 

「……よう、リリア。まだ五日しかたってないのに、ずいぶんと久しぶりに感じるな」

 

「私としては、このまま会わなかった方がいいのですけどね」

 

「相変わらず素直じゃねぇな」

 

 そのまま自室を出るとリリアと共に、歩き出す。

 おそらく彼女と会うのはこれが最後になるはずだ。補給係と言えど、最前線で戦うリリアと会う確率は少ない。会ってもせいぜい、守備軍の隊長クラスだろう。もし会うことがあるとすれば、それはラテンが記憶を取り戻す瞬間だ。彼女はそれを知った上でここに来たはずだ。

 

「で、守備軍はどんな戦略で勝つつもりなんだ?」

 

「峡谷で従深陣を敷き、敵軍の突撃をひたすら受け止め、削りきる。というものです」

 

「そうか。でもそれだと、大弓部隊や魔術師団相手に苦戦するんじゃないのか?」

 

「ええ。ですからその前に私たちが神聖力を根こそぎ消費することで、強力な術式を防ぎます」

 

「おいおい、まじかよ」

 

 確かにファナティオの作戦には一理ある。遠距離攻撃に対してはとてもすばらしい効力を発揮するだろう。しかし、神聖力は何も、攻撃にだけ消費するものではない。神聖力あ枯渇してしまえば、傷ついた者に治癒術を施すことができなくなる。数が圧倒的に少ない守備軍としては、大きな痛手になるだろう。

 リリアはラテンが何を懸念しているのか理解したのか、続けて口を開く。

 

「治癒に関しては心配はありません、と言いたいところです。ファナティオ様はそれを見越して、カセドラルの宝物庫から高級触媒と治療薬を運んできました。使用する術式を治癒術に限定すれば、二、三日はもつはずです」

 

「へぇ、それはご苦労なことだな。でも問題はもう一つあるぞ」

 

 確かに遠距離攻撃対策の弱点はそれで解決するだろう。しかし峡谷はいくらソルスやテラリアの恵みが薄いと言っても、届いていることは確かだ。つまり長い年月の間に膨大な神聖力が蓄積されている可能性がある。それを短時間で消費するには、アドミニストレータやカーディナル並の術者がいなければ無理だろう。そこをファナティオはどうするつもりなのか。

 ラテンがそれをリリアに聞く前に、リリアが口を開く。

 

「それに関しては、一人だけいます」

 

「一人? ベルクーリか? それともファナティオか?」

 

「いえ」

 

 彼女は一呼吸置く。

 膨大な神聖力を短時間で消費することができる人物。それが最強の整合騎士、ベルクーリ・シンセンス・ワンでも、副騎士長のファナティオ・シンセンス・ツーでもないのなら、ラテンの知っている中では一人しかいない。

 次にリリアの口から発せられた名前は、ラテンの予想通りのものだった。

 

「アリスです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらく歩いた。

 最初はリリアがラテンを見送るはずだったのだが、ラテンとしては性に合わず、リリアを見送るため守備軍本体へと足を運んだのだ。

 しばらくは無言状態だったのだが、不思議とその状況を嫌とは感じなかった。おそらくリリアは、ラテンの言いたいことをすべてわかっている。それ以上に今は二人でいたいという気持ちが大きかったのかもしれない。

 守備軍の元まで辿り着くと、リリアは振り向く。

 

「今までありがとうございます」

 

「……何だよ。一生の別れみたいに…」

 

「いえ。私はあなたと出会って変わることができました。あなたに出会わなかったら、今もカセドラルで桜の木を見上げていたでしょう」

 

「それはそれで、似合うと思うけどな」

 

 ラテンの言葉にリリアがフッと笑う。彼女の笑顔はあまり見たことがないので、得をした気分なのだが、どうにも素直に喜べない。

 ラテンは思わず頭をかくと、リリアが口を開く。

 

「……また、会えたらいいですね」

 

「いきなり素直になるんだな、お前は」

 

「素直な私は変ですか」

 

「……いや、変じゃない。いいと思うぜ、俺はな」

 

 リリアは再び笑うと踵を返す。その背中は、華奢な少女とは思えないような、迫力が感じられる。黄金の髪が風に揺られるのを見て、ラテンは口を開いた。

 

「今度も……俺から会いに行くよ。そして、お前を守る」

 

「……ぜひ、お願いしますよ」

 

 リリアは振り返らなかったが、その言葉を聞いたラテンは踵を返し、まっすぐ歩いていった。

  

 

 

 

 

 

 

 




安定のめちゃくちゃですね(笑)

それに加え一か月ぶりの更新、本当に申し訳ありませんでしたm(_ _)m
しかし、神速の剣帝は完全に原作に追いついてしまったので、再び長い未更新が続くと思われます。早く原作を発売してほしいですね!
 

そして、とても遅くなりましたが、
㊗お気に入り四百件&UA80000!

皆様本当にありがとうございます!

さて今回は…………何もないです(泣)
なんかすいません。ですが、今は結構練習しているので新たなラテンが見れると思いますよ(笑)


失われた片翼、神の契約者、共々これからもよろしくお願いします!


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第三十七話 アンダーワールド大戦

…。


 

開戦の火蓋が切られてから十数分。戦場から響き渡る無数の叫び声は、前線から数百メル離れているここ、補給部隊本部にまで届くほどのものだった。その叫び声のほとんどは、もちろん人間のものではない。耳にしたことのある声があることからおそらく、最初に突撃してきたのはゴブリンの集団だろう。その咆哮がだんだん近づいていることから、防衛線を強行突破したか、守備軍を避ける道から来ているということになる。後者ならば集団の長は、相当頭がきれるということになる。

 そのためか補給部隊のほぼ全員がいくつも設けられた天幕に避難している。しかし、それもゴブリンたちがこの場に到着してしまえば意味がないということは、誰しも理解していた。だからと言ってこの場を離れれば、前線を支えることが不可能になってしまう。補給部隊にとって『逃げる』ということは、『戦争での敗北を促す』と同義だ。だから一人でも多く生き残るために、隠れているのだ。

 もちろんそれに対抗する手段がないわけではない。この補給部隊には、修剣学院にいた生徒が少なからず参加している。彼らが率先してゴブリンたちと戦ってくれれば、この場にいる全員の恐怖心が少しばかり和らぐのだが、いくら才能があるからと言っても所詮は『寸止め』での立ち会いだけだ。実戦は、あんなものとはわけが違う。

 ラテン自身、ダークテリトリーの住人と戦闘したことは一度しかない。あの時感じた恐れを今の学院生が耐えられるとは到底思えない。

 そうなると、頼れるのは魔獣である狐だけなのだが、残念ながら前線でリリアを支えるように命じてしまっているため、この場にはいない。唯一ゴブリンたちに対抗できるのは……。

 

「………」

 

 ラテンは無言で手のひらを見つめた。しかし、何度見つめても武器を握ることはできない。

 そのまま握りしめると同じ天幕にいるシャロンが、両手を包み込むようにそっと添える。

 

「大丈夫ですよ。先輩は、私が守ります」

 

「後輩を頼ることしかできないなんて、先輩失格かもな」

 

 思わず苦笑すると、「そんなことないです」という否定がすぐさま返ってくる。

 シャロンの実力は誰よりも知っているつもりだ。彼女の剣筋はとても正確であり、誰かに似ているような感じなのだが、その『誰か』を思い出すことができない。おそらく自分にとって大切なものの一部だったのだろう。

 無駄だとわかっていながらも思い出そうと悶々していると、いつの間にか先ほどまで絶え間なく聞こえていた叫び声は消え去っていた。意識を切り替え、外に向ける。

 すると、ひたひた、ひたひた、と湿った足音が耳に入り込んできた。それは明らかに人のものではない。

 まずい、と思った時にはすでに遅く、ばりりっ! という音とともに、入口の垂れ幕が引きちぎられた。

 とっさに腰に手を当てるが、望みの刀は帯刀していない。

 そんなラテンをあざ笑うかのように、垂れ幕を引きちぎった本人がニタッを不敵な笑みを浮かべる。

 

「ここにも白イウム……おおっ! 娘っこもいるじゃねえかぁ……!」

 

 その言葉を聞き終えるのと同時に、隣のシャロンが抜剣した。シャリィィン、という軽い金属音とともに鞘から現れたのは、半透明の美しい細剣。サードレのおっさんに頼んでいた武器が完成していたのだ。

 触れたら簡単に突き刺さりそうな鋭利な剣先を向けられているのにもかかわらず、ゴブリンの表情は崩れない。その原因は瞬時に分かった。

 僅かながら震えている剣尖。そこから連想される光景は一つしかない。

 

「おいおい、震えてるじゃねえか」

 

「っ! ……それ以上近づいたら、八つ裂きにします!」

 

 残念ながら、シャロンの言葉には威圧感が微塵も感じられない。彼女自身、まだ決心がついてなかったのだ。敵と出会うこと。そして、命のやり取りをすることに……

 今の彼女では無理と判断したラテンは、身構える。ゴブリンの力に対抗できるかは不明だが、少なくともシャロンをこの場から逃がす時間を稼ぐことぐらいはできるだろう。

 目の前のゴブリンが踏み込んだ瞬間、ラテンは地を蹴ることが―――できなかった。その理由はゴブリンの胸に突如出現した剣尖が原因だった。

 ごく薄い鋼鉄の刃。足音が聞こえなかったことから、おそらく誰かが投げたものだろう。

――――一体誰が……

 その答えは、ゴブリンが前に倒れたと同時に現れた。

 容姿は優しそうな少年そのものだが、その身に包む鎧は返り血を浴びて薄汚れている。胸当ての中央には公理教会の紋章が刻まれており、背中から白マントが垂れていることから、彼が整合騎士であることを理解するのに、数秒もいらなかった。

 

「大丈夫かい? ……!」

 

 目前の騎士が息を呑むのが伝わってくる。おそらくラテンを姿を見たからだろう。整合騎士ならば、作戦会議の時に一度ラテンを見ているはずだ。

 

「ああ、ありがとう。助かったよ」

 

 素直な感謝を述べると、またもや騎士に驚かれたが、その表情は、聞き覚えのある声でかき消される。

 

「上位騎士さま、命令をお願いします」

 

 誰がどう聞いても皮肉にしか聞こえないような言葉を投げかけたのは、カセドラルで出会ったあの二人組だ。服には少しばかり返り血が付いており、おそらく少年騎士とともにここら辺一帯にいたゴブリンたちを殲滅したのだろう。

 あちらのほうもラテンの存在に気付いたのか、ひょこひょこ、と近づいてくる。

 

「こんなところにいたんだ。死んだかと思っちゃった」

 

「笑顔でとんでもないことを口にしてんじゃねぇよ……」

 

 あはははは、とフィゼルとリネルが無邪気に笑ると、少年騎士が大げさに咳ばらいをした。

 

「僕は部隊に戻るから、君たちもそうしたほうがいいよ」

 

「はぁい」「了解です」

 

 何とも気抜けた返事をすると、戦闘の疲れを感じさせないような軽い足取りで、走って行った。それを見た少年騎士は、こちらを向き頷くと、二人の後をついていくように走って行った。

 

「俺たちも行くか」

 

「…はい」

 

 ゴブリンに恐れをなしてしまった自分を許せないのか、弱弱しく返事したシャロンの頭を撫でてやると、補給部隊のみんながいる元へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「………」 

 

 開戦から数十分。

 盛大な爆発音とともに、人界軍とダークテリトリーとの戦争は一旦停戦した。ラテンたち補給部隊は、怪我人を介抱するために前線へと来たのだが、その先に広がる光景は悲惨なものだった。

 悲惨といっても死体が辺り一面に転がっているわけではない。おそらく、アリスが放った光線によって蒸発したのだろう。残っているのは、黒く焦げた土だけだ。

 

 薄暗くなっていく空を見上げながら、そろそろ戻ろうかと考えていると、後ろから二つの足音が近づいてくる。一つは、のそのそと。もう一つは、すたすたと。歩くペースが明らかに違う気がするが、大きさのせいだろう。

 

「怪我は……ないか」

 

「ええ。私は第二部隊でしたから」

 

 そう言って、隣で立ち止まる。もう一つの足音は、ラテンの後ろのほうで消えると、代わりにふさふさのしっぽが頭にのしかかってくる。それを撫でてやると、満足したのか引っ込めてしまった。

 そしてしばらく無言の状態が続くが、それを先に破ったのはリリアだった。

 

「次の作戦が決まりました」

 

「そうか」

 

「あなたにも同行してもらいます」

 

「……マジで?」

 

「マジです」

 

 今のラテンができることは補給部隊として支えるか、戦争を傍観することぐらいだ。そんな戦力にもならないラテンを連れていくというとは、いったいどんな内容なのか。

思わずリリアのほうに顔を向けると、彼女は突然つぶやく。

 

「先ほどの襲撃の話は聞きました。あなたとシャロンをここに残しておくわけにはいきません」

 

 つまり、”私が守ります”ということなのだろうか。本来守るべき立場にあるのはラテンであるはずなのだが、今のラテンにはそのために力がない。

 

(お荷物になるのなら……って言ったら、怒るよなぁ)

 

 ラテンは大きくため息をつくと、踵を返す。

 目の前では、狐が伏せて目を閉じていた。その頭をそっとなでると、大きな欠伸を一つして、のそりと立ち上がる。

 

「俺はお前を守りたかったんだけどな」

 

「なっ……私には必要ありませんっ。早く準備をしてください」

 

 ぷいっと顔をそむけると、すたすたと先を歩いて行ってしまう。その作戦とは、どうやらもうすぐで始まるらしい。

 

「それを先に言えよ……!」

 

 もう一度ため息をつきながら、ラテンはリリアの後を追っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リリアの言う作戦とは、ダークテリトリーの軍勢から、何故か《光の巫女》と呼ばれているアリスに人界軍の五割を同行させ、囮という形で闇の軍勢を分断するというものだ。もちろん有効的な策だとは思うが、一歩間違えれば囮部隊が全滅してしまう可能性だってある。もしくは残留部隊が全滅するか。その行く末は神のみぞ知る、というところか。

 

 囮部隊に加わる上位騎士は、ベルクーリ、アリス、リリア、レンリ、シェータの五人。レンリという少年騎士は先ほど会っているため、大体わかるが、シェータという整合騎士のことは全く知らない。リリアやアリスに聞いてみたのだが、二人とも詳しくは知らないらしい。何がともあれ、上位整合騎士に選ばれるほどだ。相当な実力者であることは確かだろう。

 囮部隊の物資については、四頭立ての高速馬車が八台用意されており、その一つに、車椅子のキリトと、シャロン、ロニエ、ティーゼが乗っている。

 ラテンもそれに同乗しようとしたのだが、狐が明らかに”乗れ”と言わんばかりに、背中を向けてくるため、そこに乗ることにした。

 その背中に乗り込むのと同時に、ベルクーリの騎竜《星咬(ホシガミ)》が重々しく助走を開始すると、衛士たちからは抑えられた歓声が上がる。

 その後ろを狐がついていく。他の騎士たちも騎竜を離陸させた。微速で先に行くベルクーリが、振り向いて叫ぶ。

 

「よし、峡谷を出ると同時に、竜の熱線を敵本体に一斉射! 向こうはもう遠距離攻撃手段はほとんどないはずだが、竜騎士だけは気を付けろよ!」

 

 その言葉にアリスが、はいっ、と鋭く応える。

 どう考えても飛龍のほうが効率的なのだが、この狐は飛龍の天命をも超える魔獣。どんなことができるのかわからないが、強力な攻撃をしてくれるだろう……根拠はないが。

 

「……あれ? 俺って結構やばくないか?」

 

『お前がこれでおれっちを持てたら、結構様になってたけどな』

 

「いや、それ以前に、確実に地上の俺のほうが危ないよね?」

 

『まあ、このキツネっちが乗れって言ったんだから大丈夫だろ』

 

 それに応えるようにキツネっちが頼もしそうに唸る。

 しかし、残念ながら今のラテンにとっては、飛龍のほうが数倍頼もしく感じてしまっている。

 

「ちょ、ちょまっ……!」

 

 ラテンが動きを制止しようとするが、ベルクーリの騎竜が飛び立つのと同時に、狐は思い切り地を蹴った。

 

「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 ラテンの叫びが空しく響いた。

 

 

 




安定のむちゃくちゃですね…。
原作の場面展開をちょっとだけ変えてます。

この後の展開は、こんなテンションで行くものではないんですけどね(笑)
何がともあれ、原作十六巻はニヤニヤできる場面が数多くありましたね。あの場面をどうやって書いていくか……考えただけでもニヤニヤが……(笑)

それと、遅れてしまいましたがUA90000突破ありがとうございます!
お気に入り件数も五百件に到達しそうな勢い…!
これもすべて皆様のおかげです。
こんな駄目なエンジの作品を読んでくださり、本当にありがとうございます!

しばらくは早めに投稿したいと思っていますので、これからもよろしくお願いします!


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第三十八話 犠牲

 

 何メル離れていようが、一帯が暗ければ光は目立つ。それはどんな環境であれ、同じことだ。

 視線の先―――実際は千メル以上離れているのだが―――には、地上からでもわかるくらい大量の篝火がまるで存在を主張するようにとどまっている。

 あれだけの大攻撃を受けたというのに、まだあれだけの数が残っている。聞いた話では、人界軍が減らしたのはオークやゴブリンなどの先方部隊であり、主戦力である暗黒騎士や拳闘士はまだまだ健在だ。どちらも人界軍にとって脅威といえる存在だが、幸いなことに、その二大戦力はどちらも近接戦闘に特化している部隊だ。飛龍に騎乗した整合騎士に対しての有効的な攻撃は持たず、綿密に作戦を練れば、普通の兵士でも勝ち目があるだろう。

 戦況を有利に進めるには、飛龍や魔獣でできるだけ数を減らしておく必要がある。

 

 飛竜に騎乗した五人の整合騎士と魔獣にまたがるラテンは、できるだけ本隊の移動時間を稼ぐため、おそらく大量にいるであろうダークテリトリーの軍隊に向かった。

 奇襲をかければ敵部隊も混乱するはずだ、と思っていたラテンであったが、それ以上に自分の置かれている状況を考えざるおえなかった。

 

(俺は何もできずに終わるのか……)

 

 肩をがっくり落とすのを堪えていると、風切り音に不穏な音が紛れ込んでくる。反射的に顔をあげ、その音の正体を確かめるため耳を澄ませると、それが動物の唸り声ではなく、人の声であることが理解できた。それとともに、その内容が耳に入り込んできた。

 

「おいおい……この辺りの神聖力はアリスが根こそぎ消費したんじゃねえのかよ…!?」

 

『どうやら大量の天命を暗黒力に変換してるみたいだな。勝つためには犠牲なんて何とも思わないらしい』

 

「それって……っ!? あいつら…まさか……!」

 

『そのまさかだ』

 

 暗黒力の知識は足を踏み入れた程度しか知らないのだが、それでもやつらが行ったことは知っている。

 天命を直接暗黒力に変換する術式。命を犠牲にして暗黒力を生み出すものだ。

 

 理解した瞬間、きりきりと歯が悲鳴を上げる。何とか理性を取り戻すために、深呼吸を何度かするのだが、奴らへの嫌悪感は膨れ上がるばかりであった。

 一体どれほどの命を犠牲にしたのだろうか。遠くからでもわかるくらい膨大な暗黒力からして、数百…いや、数千はこんな巨大術式のために虚しく散って行ったはずだ。

 漆黒の大破となって押し寄せてくる攻撃術。それを視認した瞬間、魔獣が急停止する。本能で停止したのだろう。

 

 おそらくアリスが放った光素術を上回るであろう超高優先度の闇素術。物理防御不可能の呪詛系遠隔攻撃。これを回避するには、同等の光素を生み出して相殺させるか、もしくは……。

 ラテンはすぐ目の前に座るジャビを見つめる。武器を解放すればあれほどの術でも無効化できるはずだ。しかし、肝心のラテン自身が解放するどころか武器を持つことすらできない。

 そう考えているうちに、上空にいる五匹の飛竜が反転し急上昇し始める。おそらくベルクーリが指示を出したのだろう、無数の長虫の群れはそれを追うように向きを転じ始める。

 あの術式は天命に引き寄せられているのだ。膨大な天命を持つ飛竜五体に引き寄せられるのは当然。もちろん飛竜以上の天命を持つ魔獣である狐にも引き寄せられる。

 長虫の群れはもう一つの膨大な天命を感じ取ったのか、半分ほどが綺麗に再び向きを転じてこちらに向かってくる。

 「ラテン!」と上空から叫び声が聞こえてくるが、残念ながら、それを迎え撃つ手段をラテンは持っていない。

 

 クソッ、と地面に拳を叩き付けたい衝動に駆られるが、そんなラテンをよそに、上体をゆっくりと上げた魔獣は、何かを吐こうかとしているように口を大きく開け始める。

 

「お、おい。何を……!」

 

 そこまで言いかけて、魔獣が何をしようとしているか理解できた。

 口を開いてから数秒。魔獣から一メルほど離れたところに光素が発生していることがわかる。

 まるで周囲から吸い寄せられているかのように、小さな光の粒が集まっていく。やがてそれらが、直径一メルほどの球体を作り出すと、向かってくる長虫の群れに合わせるように狐が口を動かした。

 そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界が白に包まれるというのはこういうことを言うのだろうと、ラテンは頭の片隅で思っていた。

 狐が身を震わせた瞬間、すさまじい轟音とともに巨大な閃光が放たれた。それとともに視界が白に染まったのだ。威力はファナティオの《天穿剣》と同等かそれ以上だろうか。そこら辺は定かではないが、こんなものを正面から受ければ一瞬で身が消え去ることだけは誰にでも理解できるだろう。

 案の定こちらに向かっていた長虫の群れは、視界が戻るころには消え去っており、再び薄暗い峡谷へと姿を戻していた。

 徐々に目と耳の感覚が戻ってくるのを感じながら、呆気に取られていると、目下の狐がいきなり体を動かし犬でいう”おすわり”の状態を取ろうとしたため、口をあんぐり開けたままゆっくりと背中から降りる。

 そして狐を見上げるが、まるで「当然の結果」と言わんばかりに、大欠伸をし始める。この瞬間、ラテンは悟った。

 

(こいつとは喧嘩しないように配慮しないと……)

 

 頭の中でその光景を浮かべると、無意識に身震いをしてしまう。

 大きなため息をついたラテンは、一仕事終えた魔獣に感謝を述べるため、近づいた瞬間、上空から「エルドリエ!!」という絶叫が聞こえ、すぐさま顔を向ける。

 もう一つの群れに関して完全に忘れていたラテンに、焦燥感が戻ってくる。

 魔獣が殺ったのはあの群れの”半分”だ。いくら半分といえど、大術に変わりはない。それを回避するほどの力があるとは到底…

 

 無意識にリリアの行方を探すが、彼女はすぐに見つかった。他の整合騎士もすぐに見つけることができたが、様子がおかしい。一点を囲うように佇む飛竜の数は六。

 そんなはずはない。ベルクーリが率いた囮部隊の整合騎士の数は五人だ。それと同じ数の飛竜しかいないはずである。その瞬間、先ほどの絶叫の意味を理解した。

 エルドリエ―――彼はこの囮部隊にはいなかった。つまり、為すすべもなく引いていた整合騎士たちを救うため、やってきたということなのだろうか。もしそうならば、あの絶叫は…

 

「まじ…かよ……」

 

 こぼれ出るようにつぶやく。

 彼とはそこまで面識がなかった。面識があっても、そのうちのほとんどが、彼の師であるリリアにラテンがどれほど危険な存在かを説得する話であったため、直接言葉を交わしたのは、一言二言だろう。正直あまりいい印象ではなかったのだが、彼の師に対する思いは本物だった。印象が良くないとはいえ、リリアにとって大切な存在。死んでほしくない奴だった。

 戦争はそんな者を簡単に奪ってしまう。ダークテリトリーの奴らだって、そう思う者たちが何千人もいたはずだ。それを簡単に奪うもの。それが戦争であり、今のラテンたちが置かれている状況なのだ。一刻も早く終結させなければならない。しかし、その力をラテンは持っていない。

 

 もう何度目だろうか。こんなに自分憎んだのは、人生で初めてだろう。

 視線を落とし、左手を狐の手に添える。その瞬間、上空で三匹の飛竜が方向を轟かせた。反射的に再び顔を上げると、三匹の飛竜が大量の篝火のある元へ向かっているのを視認できた。

 

「リリア!!」

 

 三匹の飛竜と共に向かっているのは二人の整合騎士。リリアとアリスだ。ラテンの叫びも虚しく、二人と三匹は、術師隊がいると思われる場所に突っ込むと、大きな爆発を起こした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔獣に急ぐように促すと、リリアとアリスの元へ全力で駆けだし始めた。相当な距離が離れているというのに、無数の悲鳴が耳に届いてくる。おそらく二人とも武装完全支配術を使って、術師隊を殲滅しているのだ。もう二度とあのような技を使わせないために。

 

 ラテンが到着するころには、辺り一帯が血だまりと化していた。所々に暗黒術師の物だと思われる衣服や杖が転がっている。おそらく術師隊のほとんどを殲滅したのだろう、顔を上げると、ベルクーリたちがリリアたちと合流しており、上空で滞空している。それを確認し、徐々に視線を前に移動させると、十騎ほどの暗黒騎士と思われる集団が隊列を組んで滞空している。ベルクーリたちが来なかったら今頃、上空で激しい戦闘がおこっていただろう。

 再び上空を見上げると一匹の飛竜がこちらに降下してくるのが見て取れた。そのままゆっくりと地上に降り立つと、その背中にまたがる騎士に声をかける。

 

「無茶しすぎだ。死んだらどうするつもりだったんだ……!」

 

 無意識に強めに言うと、リリアは暗い表情のまま一言「軽率でした」と言って、俯いてしまう。その瞬間ほど、自分をぶん殴りたいと思った時はない。すぐさま「すまん」と謝る。

 しばらく無言状態が続くが、ラテンはリリアに顔を向けると小さく笑いながら口を開いた。

 

「まあお前に無茶するなって言っても意味ないかもな。”頑固”だし」

 

「……なんですかそれ。私よりもあなたのほうが頑固だと思いますが?」

 

「いやいやお前…俺とマリンが料理を手伝おうとしたのに、”一人でできます”って、拒否した挙句失敗してたじゃねえかよ」

 

「あ、あれは……!」

 

「しかも失敗した理由が”器具が言うこと聞かなかった”って……もっとましな言い訳を考えろよな」

 

「……ぐぬぬ」

 

 どうやら的確すぎて反論ができないらしい。いつものラテンならここで喜ぶのだが、今回争いを吹っ掛けたのは別の理由があるからだ。

 リリアは相当屈辱的な出来事だったのか、顔をそらしてなかったことにしようとしている。これならば大丈夫だろう。

 そう思っていると、リリアが勢いよくこちらに顔を向ける。

 

「つ、次はあなたが物乞いするほどのものを作って見せますから…!」

 

「へぇ、それは楽しみだな」

 

 ニヤニヤと笑って見せる。

 どう考えてもリリアを逆上させるような行為なのだが、これはこれで面白い。久しぶりに主導権を握っているのだ。思う存分振るうのが男ってものだろう。

 そんなラテンを見て、再び何かを言おうとしたリリアだが、それは一人の声によって遮断される。

 

「―――我が名はアリス!! 整合騎士アリス・シンセンス・サーティ!! 人界を守護する三神の代行者、《光の巫女》である!!」

 

 アリスの宣言に目前に構える敵の全軍が大きくどよめいた。光の巫女を捕らえんとする渇望がこの距離でも感じ取ることができるほどだ。どうやら予想通り、敵は光の巫女を欲しているらしい。敵のどれくらいが追ってくるのか定かではないが、おそらく主戦力のほとんどは流れてくるだろう。

 ひとまず作戦第一段階成功ということだ。そう思っていると、アリスが再び口を開く。

 

「我が前に立つ者は、ことごとく聖なる威光に打ち砕かれると覚悟せよ!!」

 

「ここからが本番だな」

 

「ええ」

 

 そう交わしたラテンとリリアは、重い空気を放っている敵軍をいつまでも睨んでいた。

 

 

 

 





うーん、リリアの絡みが少ないような気がしますね。もうちょっと頑張って取り入れていきたいと思います。
それにしてもエルドリエさん最後の最後までかっこよかったですね! 五千からマイナス五十万てどんだけや!( ゚Д゚) と思いながら読んでいたわけですが、三千人も犠牲にしてるんだからそれぐらい出てくれないと、虚しいですよね。

それにしてもアリスは堂々と喧嘩を売りましたね(笑) この語の展開にご期待ください!

これからもよろしくお願いします!


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第三十九話 降臨

 

 アリスの堂々たる宣言にまるで誘発されたかのように、闇の大軍勢が動き始める。それによって巻き起こる土埃が、瞬く間に闇の軍勢を包み込んだ。

 近くの丘の上から遠目で見つめていたラテンだったが、リリアに呼び戻され、その場を離れる。

 守備軍囮部隊は現在、最初の小休憩を取っているため、呼び戻されるということは、こちらも移動を始めるということなのだろう。丘のふもとで待っていた、魔獣に移動するように促すと、大きな欠伸をしながら、のっそのっそと歩き始めた。

 

「んで、今度はどこまで移動するんだ?」

 

 ラテンの隣を黙々と歩くリリアに顔を向けると、引き締まった表情で答える。

 

「この先、一キロほど南下したところに、待ち伏せに利用できそうな灌木地帯が広がっているそうです。そこに向かいます」

 

「なるほどね。んで、俺はどこにいればいいんだ? 整合騎士の近くか?」

 

 ラテン自身としては、整合騎士の近く―――というよりもリリアの近くで彼女を守りたいのだが、今のラテンにそんな力はない。魔獣に頼る手もあるが、おそらくここからが激戦になるため、それよりも前に消耗させるのはあまり得策ではないだろう。だとすると、やはり囮部隊本体に合流したほうがいいのかもしれない。

 自分の中で答えを導き出したラテンだったが、あえてリリアの返答を待つ。指揮権は整合騎士にあり、どんな理不尽なことでもそれに従うべきだからだ。あの団長様なら無茶な作戦を考えないような気がするが。

 一呼吸置いたリリアは、不安の色が見え隠れする表情でこちらに顔を向ける。

 

「ラテンには、囮部隊の後方についてもらいます。私としては―――」

 

「それ以上は言わなくていい。お前はお前の役割に集中してくれ。こっちはこっちで何とかするからよ」

 

 お前の重荷にはなりたくないんだ、という言葉が出そうになったら、ぎりぎり呑み込んだ。そんなことを言えばおそらく彼女は怒るだろう。

 できるだけ明るい口調で言うとリリアは、「わかりました」と一言だけ言って、再び黙々と歩き続ける。

 

 

 しばらく歩き囮部隊に合流すると、先ほどから黙っていたリリアが顔を向ける。

 

「それでは、私は小z……団長の元に向かいます。気を付けてください」

 

「了解」

 

 そう返すと、リリアは一つ頷いて、囮部隊前方方面へ歩き出した。それを無言で見つめると、ラテンは囮部隊最後尾へ足を運び始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 囮部隊が移動を始めて十五分ぐらい経っただろうか。最後尾にいるラテンは、ようやく目的地である灌木地帯に足を踏み入れた。少々霧をかぶっており、数十メートル先までしか視認することができないが、ここならば確かに待ち伏せにはうってつけな場所だ。

 補給部隊の馬車の後ろをついていきながら、周辺を見渡す。

 今回の作戦は、一本の細い道に刻まれている補給部隊の馬車の轍を追ってきた敵を、なるべく深いところまで引き込んだところで、左右から挟撃するというものだ。

 残念ながら、迅速な後退を念願に置いた、灌木地帯の最南部で待機している補給部隊の近くにいるラテンは、その攻撃に参加することはできないが、衛士と修道士の士気は非常に高まっている。被害はあまりでないはずだ。

 

 補給部隊が持ち場に待機すると、改めて周りを見渡す。いくら待機をすると言っても、魔獣を近くに置くわけにはいかない。もし、強い力を感知できる敵がいたとしたら、補給部隊の位置がばれてしまうだろう。戦う術をあまり持たない、補給部隊にとって、魔獣の存在はあまりも危険すぎる。そのため、補給部隊から少々離れた位置で、いい隠れどころがないか探しているのである。

 

「おっ、良さげなところがあるじゃん」

 

 およそ十メルほど先、霧の影響で周りがどうなっているのかわからないが、見た限りでは逃走による障害物は少ない。それに加え、他よりも一回りほど大きな木ならば容易にばれる心配がない。

 

「だいぶ離れてるし、ここなら大丈夫そうだな」

 

 魔獣に座るように促すと、自分は木にもたれ掛かるように腰を下ろす。自分と魔獣の足音が消え、周りが静寂を取り戻すと、不意にラテンは疑問に思ってしまう。

 自分は何のためにここにいるのか、と。

 

 リリアを守るという名目でここまで来ているのだが、今のところ、直接的に彼女を守ったことはない。もちろん、暗黒術師による超高優先度の闇素術の約半分を消し去ることはできたが、それでもエルドリエがいなかったら、リリアたち整合騎士五人は肉片一つ残らず消え去ったいただろう。それに防いだのは魔獣であり、ラテンではない。

 ふと頭に浮かんだ整合騎士《エルドリエ》。自分が力を失ってなければ彼も救えたかもしれない。

 

 緊張感が薄くなったせいか、どんどん心が沈んでいくラテンを見た魔獣は、そっと尻尾を押し付ける。ラテンは何も言わず、抱き枕のようにそれを抱き寄せた。

 途端、突如発生した安心感が、ラテンの心の中を少しづつ満たしていく。

 初めて魔獣の尻尾に抱き着いたというのに、この感触は初めてではなく、どこか懐かしい感じがして――

 

「……誰だ?」

 

 その感触をもっと感じていたかったのだが、すぐさま意識を切り替える。自分に近づいてくる気配を感じたラテンは、尻尾をどかし立ち上がる。

 しかし、ラテンの質問に答えたのは目前の人物ではなく、左斜め上から降ってくる剣だった。いくら武器を持てないラテンと言えど回避できないわけではない。不意打ちを一瞬で反応すると、体を捻り、紙一重で躱す。そのままバックステップを取り、いきなり攻撃してきた人物と対峙した。否、《人物たち》だ。

 

 見た限り、この場にいるのは四人。どの人物も軽装をしており、手には剣身約七十センチメルほどの剣が握られている。高優先度とは言わないにしても、どれもクラス20は超えているだろう。

 そして攻撃してきたということは、明らかに味方ではない。見た感じ人間と同じ容姿をしているため、おそらく暗黒騎士団の偵察兵か何かであるはずだ。

 

 とにもかくにも、相手が軽装であることはラテンにとっては非常にありがたい。武器は持てなくても、殴る蹴るはできる。相手が重装備なら話が違うが、軽装ならば鎧のない部分に何度か攻撃すれば、撃退できるはずだ。しかし、問題は相手が四人であること。

 

 こちらには魔獣がいるため、簡単に相手を一蹴することは可能だが、周りに気づかれずに倒すことは難しい。もし攻撃をさせれば、ここら一帯で《戦闘をしている》ということを周りに知られることになる。そうなれば、衛士が数十人。下手したら整合騎士がこちらに向かってくるはずだ。その間に、前線のほうで戦闘が発生すれば苦しくなるだろう。そうさせないためにも、ここはラテン自身で四人を倒さなければならない。

 ラテンは魔獣に攻撃をしないように促すと、魔獣から少々離れて身構える。それを見た偵察兵たちは各々武器を構えながら、地を蹴った。

 ラテンは1人目の初撃を躱すと腹部に蹴りを入れるため、左足に体重を乗せる。

 

「っ!?」

 

 しかし、いつの間に後ろに回っていたのか、もう一人の存在に気付くと、浮かびかけていた右足を何とか停止させた。そしてすぐさま、左足を踏み込み横へジャンプするが完全に体勢を崩してしまう。

 肩から地面に衝突したラテンはとっさに体を捻り、一回転すると体勢を立て直す。だが、それを見逃さないところはさすが鍛錬していると褒めるべきか、ラテンが体勢を立て直したと同時に追撃が来る。

 それを横っ飛びで躱すが、おそらく相手はそれを知っていたはずだ。連続的に攻撃を仕掛ければ、反撃ができないラテンは躱すことしかできなくなる。それを続ければ、ラテンにもボロが出てしまうわけであって、そこを狙う魂胆だろう。

 ラテンの予想が正しければ着地したのと同時に目前以外の誰かが、攻撃してくるだろう。

 

(だったらその裏を突くまでだ……!)

 

 ラテンは攻撃してきた敵をちらりと見る。その顔には余裕の表情が見え隠れしており、おそらく完全に油断しているはずだ。しっかり鍛錬していることは認めるが、こういうところはまだまだ未熟だ。

 

 右足で着地すると、後ろから人の気配を感じることができる。しかしそれは予想通りであり、ラテンは右足に意識を集中し、一切の迷いなく跳んできた方向に再びジャンプする。

 それを予想していなかったのか、目前の敵の動作が一瞬固まり、左足を踏み込むのと同時に隙だらけの顔面に拳を振るった。

 

「ぶへっ!」

 

 奇妙な叫びとともに、目前の偵察へは三メルほど吹き飛ぶ。ラテンの全体重を乗せた一撃は、吹き飛ばされた偵察兵の意識を奪うには十分な威力だった。しかし、ラテンはラテンで、初めて思い切り人を殴ったので、右手の変な感覚を振り払うようにぶらんぶらんさせる。だがまだ戦闘は続行中であり、すぐさま意識を切り替え残りの三人と対峙する。

 数秒間のにらみ合いの末、三人のうちの一人が足を踏み入れようかというところで、ラテンは突如訪れた異変に気づく。それは三人にも感じたようで、今にも飛び出しそうだった勢いを完全に止めた。

 途端、四人と一匹がいた地面が天地が張り裂けんばかりの地響きとともに、大きく揺れ始める。

 

「一体なんだよ!?」

 

 立つことが困難な揺れに抗うことなくしゃがんで周りの様子を確認するラテンは、補給部隊が駐留している場所の上空に小さな光が発生していることに気が付く。

 

「あれは……」

 

『この感じ……ステイシア様だ……!』

 

「は?」

 

 服の中から突如現れたジャビがそんなことを言う。

 ジャビが言うステイシア様とは、《創世神ステイシア》のことだろう。だが、神が降臨するなど一度も聞いたことがない。あれが本物ならば、何故やってきたのだろうか。

 

『おい、狐! おれっちとラテンを、ステイシア様のところへ連れてけ!』

 

「おまっ、何を勝手に……!」

 

 ステイシアが敵か味方かわからないというのに行くのは少々危険だ。ジャビの命令を受けないように魔獣に顔を向けるが、時すでに遅く、魔獣はジャビの命令を嫌々受けながら、ラテンの服を加える。未だ何が起こっているのかわかっていない三人の偵察兵を尻尾で吹き飛ばすと、ステイシアがいるであろう補給部隊の位置まで駆けだした。

 

 

 




超久しぶりの投稿です。
どういう展開にするか迷っていたら、いつの間にか相当経ってました。申し訳ありません。

書いてて疑問に思ったのですが、手をぶらんぶらんさせる、という表現は正しいんですかね? 何故か考えれば考えるほど笑いがこみ上げてしまいます(笑)

ちなみにラテンがちょうどいい場所を探し求めて三千里途中で、ヴィサゴさんは「ファイブ、ダウーン」してます(笑)

現在の原作上、不定期更新になると思いますが、これからもこの作品をよろしくお願いします!


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第四十話 呼び戻される

―――謎の地響きから数分前。

 

 

 

 拳闘士団の長であるイスカーンと整合騎士の《無音》――シェータ・シンセンス・トゥエルブが戦闘を止めてから数分後。最前線から本隊に戻ってきたリリア、アリス、ベルクーリ、シェータの四人だったが、こちらはこちらで大きな問題が発生していた。

 

「まさか、俺たちの南進を見抜いて、ここに兵を伏せさせてたとはな……」

 

 ベルクーリが険しい表情で呟く。

 シェータの戦闘を止めさせ、本隊まで戻ってきた理由は、先方部隊であった拳闘士団百人に拳闘士団本隊が近づいてきたからである。その数はおよそ五千に上り、その他にも暗黒騎師団や亜人隊がおり、どう見積もっても上位整合騎士四人では食い止めきれない。しかし、元々その大部隊に奇襲するのが本来の目的であり、その時が来れば整合騎士は真正面から戦闘することになる。無論整合騎士たちは覚悟をしていた。

 だが、その《奇襲部隊》が《奇襲》されては話が変わってしまう。場所がばれていれば奇襲することができない。一刻も早く後退させ、大部隊と正面から戦闘する準備をしなければならないのだ。

 ベルクーリは肩越しに北を見やる。リリアもそちらのほうへ顔を向けると、丘陵地帯の向こうに、接近しつつある大部隊が巻き上げる土煙がうっすらと見て取れる。 

 

「レンリ、本隊を後退させろ。アリス、リリア、すぐに補給隊の救援に向かえ。北からの敵はオレが食い止める」

 

 騎士長は一瞬瞑目すると、かっと見開いてそう指示した。

 

「止めると言っても……小父様、敵の拳闘士団は五千を超えます! それに彼らには剣は効かないと……」

 

「アリスの言う通りです! それに騎士長の剣は……」

 

「まあ、何とかするさ。そんなことよりも早く行け!!」

 

 ベルクーリはそれだけ言うと、くるりと北を向きながら時穿剣をゆっくりと抜き放った。その刀身の色褪せた輝きを見れば、リリアの言う通り剣に残っている天命がわずかであることは明らかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 

 

 謎の地割れから数分後、補給隊の元へとたどり着いたリリアとアリスであったが、到着するや否や、二人の目に飛び込んできたのは、キリトがいるはずの馬車から武装をした見知らぬ女性が出てきた所だった。しかし、見知らぬ女性は一人だけではない。その馬車の入り口にもう一人立っている。

 

 一人は栗色の長い髪にそれと同様の透き通るような色をした瞳。リリアと同じように白を中心とした服装に、真珠でできているかのように輝くブラストプレート。籠手とブーツも同じように輝いている。

 もう一人の女性――というよりも少女は、前者と違って深紫色の長い髪に赤紫色の瞳。その髪には真っ赤なヘアバンドがあり、この辺では貴重である黒曜石のブラストプレートを着けている。その下には青紫色のチュニックがあり、それと同様に青紫色のロングスカートを着用していた。

 

 どちらも見た目は軽武装で、一瞬奇襲してきた《敵》だと思い、柄に手を添えていたリリアであったが、近くにラテンとキリトを知るロニエ、ティーゼ、シャロンがいることに気付くと、そっと離した。

 しかし、隣のアリスにはキリトがいる馬車から出てきた女性を《敵》としか認識しなかったのか、閃光の如く地を蹴った。

 

「アリス!」

 

 どうやらリリアの声は彼女には届いていないようで、アリスの瞳には怒りをにじませながら栗色の髪をした女性だけを捉えていた。

 金木犀の剣が謎の女性に届く寸前、きゃりいいん! と高く澄んだ音が、夜の森を貫く。アリスの一撃を防いだ女性は、次撃が来る前に押し切られると判断したのか、自身に迫りくる刃へ細剣を連続して突き込んだ。その結果、三撃目でアリスの刃が止まり両者は鍔迫り合いに移行する。

 少し離れた場所にいたロニエたちは眼を丸くして立ち尽くしていたが、ようやく状況を把握したのか、細い悲鳴を上げ始める。

 

「き……騎士様、おやめください!」

 

「この方たちは敵ではありません、アリス様!!」

 

 敵ではない以上すぐさまアリスを止めなければならないのだが、それ以上に謎の女性に驚いていた。

 突然のアリスの斬撃に対しての反応速度、彼女の怒りの一撃を防ぎ、次撃の時点で先を予測する判断能力、そしてアリスと同等……それ以上の速さを誇る剣撃。もはやただ者ではないことは明白であった。

 となると、彼女に加勢しようか迷っている少女も彼女と同等の実力があると推測される。少女にも手を出されたら明らかにアリスに分が悪いだろう。少女が手を出す前にアリスを止めなければならない。

 

 リリアがそう考えている内にさらに戦闘が激化しており、剣を使わなければ止められないかもしれない。

 八重桜の剣を引き抜きアリスたちのもとに歩き出したのと同時に、隣からのんびりとした口調が聞こえてきた。

 

「うーむ、こりゃあ実に何とも、見事な眺めだな。咲き誇る麗しき花二輪、いや絶景絶景」

 

 その声の主はリリアがよく知る人物、ベルクーリだ。

 ベルクーリは鍔迫り合いにより動きが止まっている両者の剣をひょいと摘まむと、唖然とする両者を剣ごとつり上げ大きく引き離して着地させた。それを見たリリアは剣をしまうと、アリスのもとへ近づいていく。

 しかし、当のアリスは何歳か幼くなってしまったような雰囲気で、ベルクーリに膨れ顔で抗議し始める。

 

「なぜ邪魔をするのですか小父様! この者は、恐らく敵の間者……」

 

「ではない、と思うぞ。早々戦死するところだったオレを命拾いさせてくれたのは、こちらのお嬢さんたちなんだからな。君らもそうだろ?」

 

 最後のは、相変わらず目を見開いている三人の少女たちに向けられたものだった。

 三人は恐る恐る頷き、か細い声を発した。

 

「は……はい、騎士長閣下。その方たちは私たちを助けてくれたのです」

 

「腕の一振りで、敵の大部隊を奈落に落として……まさしく神の御業でした」

 

 ベルクーリは、栗色の髪の女性が作り出したという大峡谷の方向をちらりと見やると、アリスの肩にぽんと右手を乗せた。

 

「オレも見たのさ。天から七色の光が降り注いで、大地が幅百メルも裂けた。さしもの拳闘士の連中も、飛び越えられずに泡を食ってたよ。ひと息に蹂躙されるはずだったオレたちを、このお嬢さんが救ってくれたのは間違いない事実だ」

 

「…………」

 

 右手に抜き身の金木犀の剣を下げたまま、胡散臭そうに栗色の女性を睨めつける。

 

「……ならば、小父様は、この者が敵の間者でも、神画に描かれた装束を真似た不心得者でもなく、本物のステイシア神だなどと仰るおつもりですか」

 

「そうは思わん。もしこのお嬢さんが本物の神サマなら最高司祭よりおっかないはずだろ? たとえば、いきなり切りかかってきた乱暴者をなぞ、容赦なく地の底に突き落とすくらいには、な」

 

 ベルクーリの言葉はまったくもって正論であり、これにはアリスも反論できないようだった。尚も敵意の消えない瞳で栗色の髪をした女性に一睨み浴びせてから、長剣を鞘に収める。同じように彼女も鞘に細剣を収めると、ベルクーリに向き直り、口を開いた。

 

「はい……あなたが仰るとおり、私は神などではありません。もちろんこちらの少女も。私たちは皆さんと全く同じ人間です。ただ、あなたがたの置かれた状況については、いくらかの知識を持っています。なぜなら私は、この世界の外側から来たからです」

 

 《この世界の外側》という単語にリリアが反応する。外の世界とは、ラテンやキリトがやって来た世界のことをさすのだろうか。もしくは、さらに違う世界をさすのか、とにかく今は彼女の話を聞くことが先決だろう。

 

「外側……ね」

 

 それを聞いたベルクーリは、薄くヒゲの浮いた顎をザラリと擦りながら、太い笑みを浮かべた。

 しかし、それとは対照的に、アリスのほうは、鋭く空気を吸い込んでから叫んだ。

 

「外の世界……!? キリトやラテンがやってきた場所からお前たちも来たというの!?」

 

 その言葉に二人の女性は驚くが、深紫色の髪をした少女がアリスに食いつく。

 

「お、お姉さんたち、ラテンを知ってるの!? キリトのところにはいなかったけど……ラテンは……ラテンは今、どこにいるの!?」

 

 ラテンに対する少女の食いつき具合に、リリアは目を丸くする。これほど食いつくということは、彼と親しい関係ということなのか。そう考えると、心の底で何故かもやっとした気持ちが沸き上がる。

 それを無理やり押し込み、ラテンの居場所について教えようと口を開こうとした瞬間、後方から新たな声が降りかかってきた。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャビの命令により強制的にあの場から離れたラテンであったが、正直これはこれでよかったのかもしれない。

 ラテンとしては何があったのが知りたかったし、残り三人とやり合うことによって天命を無駄に削りたくはなかったからだ。

 

「いきなりどうしたんだよ」

 

『だからステイシア様が来たって言ってるだろ? そんなことよりお前、どんだけ本隊から離れた位置を選んだんだよ、このバカチョンが!』

 

「何でいきなりダメ出し!? 俺はみんなのためにだなぁ――」

 

『もうすぐ着くぞ!』

 

「え、もう!? というか、人の話くらいちゃんと聞きなさい! こ~のバカチョンが!」

 

 ラテンの話にまったく耳を貸さないジャビであったが、ジャビの言う通り前方にキリトがいる馬車が見えてくる。それに加え、その周りに集まる人たちの姿も。

 前方を遮る低い木々をなぎ倒すように進んでいく魔獣は、ジャビが指示したであろう場所にたどり着くと立ち止まった。

 

 集まっている人たちに目を向けると、その中にはリリアやアリス、ベルクーリの姿が見て取れた。ラテンは魔獣に降りながら集まっている方向に叫ぶ。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

 駆け出しながら近寄ると、そこに集まっていた人たちが一斉にこちらに顔を向ける。ほとんどの人が少々驚いた表情をしている。

 

「一体何があっt「ラテン!」…ん……だ…よ…?」

 

 自分の言葉を遮るように聞こえた声は、どこか聞き覚えのあるものだった。しかし、それが誰のものか考える前に恐らく声の主であろう人物が抱き着いてくる。

 ゆっくりと顔を下に向けると、そこにはどこか見覚えのある少女がいた。

 

(あれ、この子……誰だっけ……?)

 

「っ! ラテン!?」

 

 突然リリアの焦った声が耳に入り込み、そちらに顔を向ける。しかし、彼女の顔が滲んでいてよく見えない。

 一体何故、と考える間もなく頬に伝う熱がその存在を主張し始めた。それにはその場にいた人たちも驚いたようで、ゆっくりと近寄ってきた。

 

(俺、泣いてるのか……?)

 

 そう思った瞬間、突如頭に割れるような痛みが電流の如く突き抜け、思わず両手で頭を押さえながらその場に崩れ落ちる。

 

「ぁ……がっ……ぃ………!」

 

「ラテン!? ラテン、しっかりして!」

 

 懐かしい声が真横から聞こえてくる。それ以外にも、周りから自分に対する声がかけられているが、なんて言っているのかはわからない。

 この痛みはなぜ発生したのか。そんなことも考えさせてくれないような、強烈な痛みが頭の中に流れ込んでくる。しかし、悪いことばかりではない。その痛みによって自分の空白だった記憶の部分がどんどん埋め尽くされていくのだ。

 長い間眠っていた記憶が埋め尽くされていく。そのたびに、頭にその部分の情景が繊細に現れ、消えていく。

 

 

 

 

 

 

 何分経っただろうか。いや、おそらく実際には数秒しか経っていない。それほどこの痛みは長いものだった。しかし、それでもいつかは終わりが来る。いつの間にか頭の中には、今までのラテンにはなかった記憶が存在していた。

 そして最後に頭に浮かび上がったもの。それは先ほどの少女とよく似た少女だった。

 髪色や瞳の色がほんの少しだけ違うが、それでも彼女のことは知っているような気がする。否、良く知っている。

 彼女の名は、そう――

 

 

「……ユウキ」

 

 

 そう口にした瞬間、意識がぷっつりと途切れた。

 

 

 

 




ラテンの番短っ!?
思わず自分でツッコんでしまいました(笑)

まあ何がともあれようやく再開した? ラテンとユウキですが、一言言わせてください。

『長すぎてすいませんでした!!』


はい。
皆さん、この作品がアリシゼーション編に突入してからもう十ヵ月経ちます。単純に計算して、一か月に四話というとても遅い更新本当に申し訳ありませんでした。しかし、ここまできたこの作品の更新ペースは原作に左右されるので………皆さんのお察しの通り、さらに遅く…………………きゃあああああああああああ!!!!!!!



はい。申し訳ありません。本当に申し訳ありません。



ちなみにこの作品はいつのまにか書き始めてから一年が過ぎてますね(笑)
そんなことを忘れて過ごしてきた私ですが、ほんと駄作者ですね……。
まるでだめなエンジ……略して『まだゑ』と以後呼んでもらっても構いません。



ここまでこれたのは紛れもなくこの作品を読んでくださる皆様のおかげです。本当にありがとうございました。
そしてこれからも、この作品とまだゑをよろしくお願いします!



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第四十一話 対面

 

「「ラテン!?」」

 

 緊迫した二つの声が同時に上がる。

 一人は突如現れた《外側》から来たという人物の話を一歩引いた形で聞いていた、整合騎士リリア・シンセンス・サーティワン。もう一人は、《外側》の世界から来たという二人の女性のうちの一人。深紫色の髪をした少女だ。

 

 

 ラテンはその少女を見るや否や、ぷっつりと糸が切れたように膝から崩れ落ちる。それを目前に立っていた少女が受け止めるが、突然の事態にびっくりしたのだろう、体勢が少し崩れる。それをいち早く察したリリアはすぐさま少女へ駆け寄り、その肩を支えた。

 

「あ、ありがとう。お姉さん」

 

「いえ、気にしないでください」

 

 少女と気を失ったラテンをゆっくりと立ち上がらせると、ラテンの腕を自分の首に回し、右手を腰に添える。

 そこまですると、先ほどまで見ていた周囲の人たちがゆっくりと近寄ってきた。

 

「ラテンは私が運びます。皆さんはあの方たちと話を」

 

 突如崩れ落ちたラテンも心配だが、今は《外側》の世界から来た女性の話を聞くのが先決だ。

 その言葉を聞いたベルクーリは、顎を手でさすりながら数秒意識を失っているラテンを見るとゆっくりと口を開く。

 

「わかった。その若者は、リリア嬢ちゃんに任せよう。そちらのお嬢ちゃんは……」

 

「ボk……私は皆さんといます。ラテンのそばにはいたいけど、今は自分の素性を明かさないと……お姉さん、ラテンをお願いします」

 

 少女は深々と頭を下げる。

 彼女のラテンを気にかける気持ちは強い。少女の瞳に不安の色が広がっているのがその証拠だ。

 リリアは深くうなずくと、馬車のほうを歩き出す。二人の女性を含めたベルクーリたちは、それとは反対方向へ歩き出した。

 

 

 彼女たちのことは後でアリスから教えてもらえばいい。そう思いながら、すぐ横にいるラテンに視線を移す。指一本ピクリとも動かないことから、しばらくは起きそうにない。最悪、明日以降も眠っている可能性もある。

 

「ラテン……」

 

 リリアは静かにつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あれ? どこだここ……」

 

 瞼を開けるとそこに広がっていたのは、ひたすら白く何もない空間。周りを見渡しながらじっと目を凝らすが、残念ながらこの空間は思った以上に広く、終わりがないように見える。

 

(俺は、さっき……)

 

 先ほどの出来事を頭に浮かび上がらせると、それと同時に再び激痛が脳裏を駆け巡り、浮かび上がった情景が消えかかる。

 

「っ……!」

 

 慌てて頭を押さえると、だんだんと痛みが和らぎ、それとは対照的に消えかかっていた情景はより鮮明に変わっていく。

 

「……そうだ。俺は……」

 

 その言葉とともに浮かんだのは、誰よりも愛おしい彼女の顔。その声を思い出すと、不思議と涙が溢れ出す。

 どうして忘れてしまっていたのだろうか。彼女――ユウキとの思い出は何よりも大切なものだったっというのに。

 

 

 彼女がこの世界にいる自分のもとへ来てくれたのはとても嬉しかった。今すぐにでも小さな、それでも強い芯を持った彼女の体をめいっぱい抱きしめたいという気持ちに駆られる。ユウキの存在は自分の中でも相当大きいものなんだなと、ラテンは思わず苦笑した。だが、嬉しい反面哀しい気持ちも湧き上がる。

 

 

 この世界、《アンダーワールド》は現在、人界側とダークテリトリー側とで大きな戦争状態発展している。ユウキのことだから、ラテンとともに戦うと言い出すだろう。しかし、この世界はALOのようなゲームの世界とはまるっきり違うのだ。

 剣で斬られれば、ゲームの世界のような《斬られた感覚》だけではとどまらず、それ相応の痛みが発生する。現実世界と同等の痛みなのだ。これはまだ来たばかりの彼女にとっては非常にまずい。個人的にも彼女が苦しむ姿は見たくない。

 もちろんユウキの反応速度や剣術を疑っているわけではない。この世界でもおそらくトップレベルの実力を持っているだろう。

 痛みが存在する。たったそれだけなら、この世界が《ALOに痛覚が加えられた世界》と考えればいい話だ。無邪気な彼女とて慎重に動くだろう。だが、問題はそれだけではない。

 

 

 アンダーワールドに存在する《人界》と《暗黒界》。住んでいるところ、姿かたちが違えど、この二つに住んでいる者に共通することがある。それは、《本物同等の生物》だということだ。 

 ここに住んでいる者たちを間近で見れば、余程冷淡で冷酷な者でなければ彼らを《NPC

》としてではなく《生物》として認識するはずだ。それほどこの世界に住んでいる者は、現実感あるのだ。

 本物同等の生物を斬るということは、それすなわち殺人と同意義だ。いくら第三者が、『本物ではないから殺人ではない』と言っても、実行した本人はそんな思考することができない。感覚でわかるのだ。ラテン自身もそうだった。

 約三年前、マリンをゴブリンたちから救うために彼らを斬ったとき、自分は確かに彼らを倒した(・・・)のではなく殺した(・・・)のだという感覚に包まれた。

 人を殺めた罪悪感、だけで行動不能に陥らなかったのは、人を殺すことをSAOの時に経験していたからであり、そんな経験がないユウキがダークテリトリー側の《敵》を殺せば、彼女を深く傷つけてしまうことになる。彼女のきれいな手を、人殺しという名目と共に血で汚してしまうことになるのだ。そんな重荷を彼女に背負わせたくはない。 

 だからこそユウキには今のこの世界に来てほしくはなかった。

 

 

 だが彼女が来てくれたからこそ、ラテンは記憶を取り戻し、無力な自分を責めることがなくなった。これでリリアを自分の手で守ることができる。もちろんリリアだけではない。

 《光の巫女》として狙われているアリスや、この世界にやって来たユウキ。精神が治っていないキリトや、人界軍として戦う仲間たち。

 そのすべてを例え自分が大量の血で汚れても守り通す。

 

(……汚れんのは……俺一人で十分だ)

 

 決意を胸にラテンは立ち上がる。まずはこの場から脱出しなければならない。

 指先を組み、大きく伸びをしながら改めて周りを見渡す。が、先ほど同様、何もない。

 

「はぁ。どうやって出ましょうかねぇ……」

 

 頭をかきながら途方に暮れていると、違和感のある声が耳に入り込んでくる。

 

『ようやく思い出したみたいだな……』

 

「は?」

 

 この声は聞き覚えがある。

 まるで録音した自分の声を聞いているような、そんな声だ。疑問が浮かび上がるが、その声の主にきけばここから出る手段がわかるかもしれない。

 

「お前は誰だ……いったいどこにいるんだ?」

 

 途端、目の前に縦横五十センチほどの黒い靄が現れる。そして、その靄の中央よりもやや上ほどか、そこに二つの赤い目が目が出現した。

 それを見て思わずぎょっとする。

 その場から全力で逃げることが頭に浮かんだのと同時に、その黒い靄が口もないのに話し始める。

 

『俺はお前だ。正確にはお前の中の《真意》だが』

 

「はあぁ!? お前が何言っているのか全然わかんないんだけど……」

 

 いきなりの意味不明な発言にラテンは戸惑う。

 それに真意とは何なのか。目の前の奴の正体よりもそちらのほうが気になってしまう。

 

「その《真意》ってなんなんだよ」

 

『……お前が戦闘時に何度も経験している状態のことだ』

 

「戦闘時の時に何度も……?」

 

 目の前の奴が言っているのは、SAOの時にも何度か経験していた不思議な感覚のことなのだろうか。あの状態に名前があるなんて知りもしなかった。

 

「ああ、あの状態のことね…………って、それじゃ尚更意味が分かんねえよ!? 百歩譲ってお前が俺だとしよう。なんで俺が俺の前に現れるんだよ」

 

『それは……忠告するためだ』

 

「忠告ぅ?」

 

 何かまずいことでもしでかしてしまったのだろうか。必死に記憶を呼び起こすが、まったく身に覚えがない。ここは自分自身の話を聞いたほうがいいだろう。

 

『いいか? 俺の発動条件は、お前の強い意志だ』

 

 確かによくよく思い出してみれば、《真意》の状態になったときはすべて、何かを強く思った時だったような気がする。それならば意図的に発動させることもできるかもしれない。我ながらいいアイデアだ。

 

『だが、俺の発動の本筋は《自己防衛本能》だ』

 

「自己防衛本能?」

 

『そうだ。自分以外を拒絶し、すべてを無力化するように働く。まあ殺人衝動といったほうがわかりやすいかもな』

 

「へぇ~…………は? 殺人衝動?」

 

『そう。それも、無差別に、だ』

 

 無差別の殺人衝動。つまり、あの状態の自分は対象以外にも……仲間にも刀を振るう可能性があったということだ。

 だが、それでは一つ疑問が浮かぶ。それは、アドミニストレータが作り出した《ソードゴーレム》と戦った時だ。あの時はリリアたちを見ても、何も思わなかった。自分以外を無差別に拒絶、無力化するように働くのなら、他の者と協力などするはずがない。

 

「……でも、ソードゴーレムの時はリリアたちを見ても何も思わなかったじゃねえか。どういうことなんだよ?」

 

『その答えは簡単だ。そして、俺が忠告する理由でもある』

 

「それは……?」

 

 忠告する理由。

 《真意》が味方にも被害を及ぼす可能性が発生した今、この忠告はしっかりと聞くべきかもしれない。内容次第では、超がつくほど役に立つ《真意》を発動させないような行動をしなければならない。

 黒い靄が少しの間隔をあけて、再び話す。

 

『今のお前と俺が未完全だからだ』

 

「未完全……」

 

『だから、まだ(・・)お前には仲間を斬るという考えはない。お前にとって今が一番いい状態なのかもな』

 

 確かに今の未完成な《真意》ならば、仲間に被害を及ぼすことはない。問題は、あと何回発動すれば、完成してしまうかだ。

 

「あと……あと何回発動したら完成するんだ?」

 

『……あと、一度だ』

 

「あと、一回……」

 

 限界を超えた力を出すことができるのはあと一回。つまり、ダークテリトリー側の大将の元にたどり着く前に一度でも発動すれば、次に発動するときその場にいる仲間も殺してしまうことになる。

 次発動すれば、人界軍を離れるか、一対一で敵の大将と殺りあうかの二択しかなくなるということだ。

 これからのことを考えていると、突然目前の黒い靄が大きく揺れる。

 

『俺は忠告をした。あとはお前次第だ。お前がどんな選択をしようが俺はお前を尊重する。俺はお前だからな』

 

「え……?」

 

 黒い靄はそれだけ言うと、ゆっくりと消えていく。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! まだ聞きたいことが……あっ、おい!」

 

 ラテンの叫びも虚しく、黒い靄が跡形もなく消えると、視界がだんだんと黒く染まっていく。

 それがすべてを埋め尽くすとラテンは意識を手放した。

 

 

 

 

 





あ………あれ? なんかおかしいな。これ、ソードアートオンラインの二次創作小説ですよね? あれ、あれれ? 


ま、いっか!(笑)




というわけでお待たせしました。最新話です。
最新話といっても物語自体はまったく進んでいません(笑) 
書いてて思ったんですが、ユウキの一人称が『私』って、結構違和感がありますよね。まあ私は、『ボク』でも『私』でも、ユウキはかわいいからいいかな(笑)


話が変わりますが皆さん、米山シヲ先生作 『ブラッディ・クロス』という漫画はご存知でしょうか? 
最近はこの漫画にはまっていまして、全巻買ってから何度も読み直してます(笑) 
↑お前は投稿ペースを上げろ

というわけで、これからもこの作品をよろしくお願いします!


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第四十二話 ドSの疑惑

 

 

 

 彼を横たえてから数十分。

 聞こえてくるのは規則正しい呼吸音のみ。意識を失ったのではなく、ただ寝ているのではないかと思ってしまうほど気持ちよさそうな顔をしている。

 もし本当にただ寝ているだけなのだとしたらどう叩き起こしてやろうか、頭の隅でそんなことを考えながら頬杖をつく。試しにラテンの頬をつついてみるが反応はない。

 

(思った以上に柔らかい……)

 

 もしかしたら自分の頬もこれほど柔らかいのだろうか、と思わず先ほどラテンの頬をつついた指で自分の左頬触ってみるが、正直なところよくわからない。わかるのは、ラテンの頬が柔らかいことだけだ。

 先ほどの感触を思い出すと、もっと触ってみたいという欲求が湧き上がってくる。無意識のうちに左手を伸ばすが、すぐさま今の状況を思い出し、はっとしながら周りを見渡す。

 この場にいるのは先ほどと変わらず、リリア、ラテン、キリトの三人だ。出入り口からは人が近づいてくる気配がない。キリトのほうへ顔を向けると俯いたまま静かにじっとしている。キリトが記憶を取り戻したらからかわれる可能性がないわけではないが、正直これほど絶好の機会は二度と訪れないだろう。

 もしからかわれた場合、その部分の『記憶』だけを消せばいい話だ。きっと起きたときには『謎の痛み』だけしか疑問に思わないはずだ。

 

 

 今一度周りを見渡し、問題がないことを確認すると大きく深呼吸をする。そして、欲求とともに発射した少し震える指先が再びラテンの頬に着地した。その瞬間、好ましい感触が指から伝わり、リリアは目を輝かせた。それと同時に、『つまんでみたらどうなのか』という考えが頭に浮かび上がってくる。

 

(す、少しだけなら……)

 

 自分に言い聞かせるように親指も動かし、ゆっくりとラテンの頬をつまむ。すると、再び何とも言えない好ましい感触が指先から伝わってきた。

 もっと触ってみたい、という欲求とともにリリアの指先に少しずつ力が入り込む。それに比例するように、指先から伝わる感触は好ましくなっていく。

 まるで別の生き物のように勝手に動く左手に少々驚くが、それ以上のその手から感じる感触が気持ちいいため、自然に笑みを浮かべてしまう。

 

(……できることならずっと触っていたいですね)

 

 ふふっ、と笑いながら視線を指先からラテンの顔へと移動させる。きっと変な顔になっているだろうと、頭でラテンの変顔を思い浮かべながら、リリアの視線はラテンの顔全体をとらえた。

 案の定、伸びきった右頬とそれにつられて伸びている唇がラテンの顔を変顔に変えている。

 

(これに加えて瞼の周りに落書きをすれば完璧に……)

 

 もちろん落書きができるものを持っていないため、ラテンの顔を見ながら想像する。

 ある程度完成した想像に、ぷっと小さく噴き出してしまうが、完成したのはあくまで瞼の周り。肝心の瞼には手を付けていない。

 

(そうですね。瞼に瞳なんかはどうでしょうか……ぷぷっ)

 

 アイデアの時点で笑いながらラテンの瞼に視線を動かす。だが、そこにはすでに瞳が描かれていた。

 あれ、先ほどまではなかったはず、そう思いながらその落書きを見つめる。しかし、よくよく見れば落書きにしては細部まで丁寧に表現している。

 

(そういえばこの瞳、先ほどからずっと私と目が合っているような……)

 

 試しに顎から手を放し、頭を横に移動させる。それを追いかけるように、双眸はリリアを捉えていた。

 不思議な落書きだ。そう思いながら目を細めると、突然聞き覚えのある声が耳に入り込んでくる。

 

「い、いひゃいです、りりあしゃま……」

 

「……え?」

 

 その声を聴いた瞬間、ようやく自分を見つめる双眸が落書きではなく、本物のラテンの瞳であることを理解した。

 それを理解したのと同時にリリアが固まる。先ほどまで別の生き物のように動いていた左手の指先もピタリと止まっている。

 

「…………」

 

「…………あの、リリアさん?」

 

「…………」

 

「……聞こえてます?」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……ぁ……」

 

「あ……?」

 

 その瞬間、リリアの右手が閃光のごとく動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先ほどの自分との会話から数秒。いや、実際には数秒も経ってはいないはずだ。意識が途切れて間もないからか、奇妙な感覚が漂うがそれ以上に何故か右頬の痛みが気になっていた。その正体を確認するため、ゆっくりと瞼を持ち上げる。

 先ほどまでずっと真っ暗な視界だった――正確にはずっとではないが――せいか、流れ込んでくる光に思わず目を細める。

 だが、その光にもすぐに慣れ、瞳を動かす。どうやら運び込まれたらしい。

 

 

 ラテンは一度瞼を閉じ、今度は右頬に発生する痛みを正体を知るべく、視線を右側に移動した。それと同時に目を見開く。

 

(…………え?)

 

 右頬には手が添えられていた。おそらくこの手が頬をつまんでいるのがこの痛みの原因なのだろう。

 その手から腕へと視線を動かし、最終的に自分の頬をつまんでいる人物を捉える。そこにいたのは、ラテンがよく知る人物。リリアだ。

 正直リリアがこんなことしているだけで驚くことなのだが、先ほどはそれに驚いたのではない。ラテンが驚いたのは――

 

(こいつ……笑っていやがる……!)

 

 そう。彼女は『笑いながら』、ラテンの頬『つまんで』いるのだ。誰がどう見ても痛いと思うであろう力加減で――。

 

(前々から思ってたけどこいつ……絶対ドSだ……)

 

 もちろん自分のしていることが分かってなくて、ただ指先から伝わる感触だけで無自覚に笑っている可能性もある。

 だが、よくよく考えてみてほしい。もし仮に彼女が無自覚でこれほどの力加減をして笑っているのなら、それはそれで『S』だ。『ドS』だ。彼女の内なる才能が隅々まで『S』に埋め尽くされているのだ。無自覚な『S』ほど怖いものはない。

 思わず冷や汗をかいたラテンはじっとリリアを見つめる。彼女がラテンと目を合わせ、このような拷問を止めれば彼女にはまだ希望がある。ドSの道を歩ませない希望が――。

 

 

 だが、この世は残酷だ。

 行って欲しくない方向に、事が進んでしまう。もしかしたら、この世自体が超弩級の『S』なのかもしれない。

 リリアはラテンと目を合わせると不思議そうな表情をしながら行為を止めなかったのだ。もうこの領域まで行ってしまったら、ラテンに止める術はない。

 

(あはは…………この世にまた一人の『ドS』が生まれたよ、神様。あはははは……)

 

 内心で笑っているラテンは未だに不思議そうな表情をしたリリアを見つめ続ける。この場合、この状況を一刻も早く抜け出すには止めてもらうように懇願するしかない。

 

「い、いひゃいです、りりあしゃま……」

 

 できるだけ主に請うような声で口を開いた。

 正直『様』までつける必要はないように思えるが、この場合は一刻も早く主に満足していただけなければならない。そのために、主と下僕の関係を即興で成立させたのだ。

 

「……え?」

 

 そう言って、リリアが固まった。

 『様』づけで呼ばれたことに、ぞくりと来たのかもしれない。

 

(このドSがぁぁぁ……!)

 

 もし次の言葉がラテンの予想通りなら、「もう一度言ってみなさい? この駄犬」と言ってくるだろう。

 せっかく記憶を取り戻したというのに、何故開始早々メンタルをズタボロされなければならないのか。大きなため息をつきたくなるが、ここでつけばさらに追い打ちがやってくるだろう。

 

「…………」 

 

 静かにリリアの言葉を待つ。だが、彼女は先ほどからずっと固まったままだ。

 

「…………あの、リリアさん?」

 

「…………」

 

 無言。

 何故ずっと固まっているのだろうか。脳内でこれからどう調教してあげようか考えているから聞こえていないのだろうか。

 

「……聞こえてます?」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……ぁ……」

 

(あれ? この感じ、どこかで……)

 

 頭の隅でそう考えながら、彼女が言おうとしたことを尋ねる。

 

「あ……?」

 

 そう言った瞬間リリアの右手が閃光のごとく動き出す。その右手は人差し指と中指がピンと伸ばされていて、真っすぐラテンの目に向かってくる。

 その瞬間、ラテンは思い出した。《暁星の望楼》での出来事を。

 

「させるかぁぁぁぁ!!!」

 

 頭上から降ってきた二本の槍を左手で受け止める。正直目にも止まらぬ速さで降ってきた槍を止めるのは至難の業だろう。だが、この感覚は体で覚えている。

 何とか瞳から約五cmほどのところで槍を止めることができた。だが、ここで気を抜けば、一瞬で守りを崩されるだろう。

 一進一退の攻防の中ラテンはゆっくりを呟いた。

 

「お前、いきなり何しやがる……!」

 

「あなたは何も見ていないあなたは何も見ていないあなたは何も見ていない……」

 

「武力で証拠隠滅かよ!? どうせこれも面白がってるんだろ! このドS女王様がぁ!」

 

 押し進もうとしている力とそれを止めようとする力。この二つの均衡は数十秒経っても、崩れることはない。はたから見れば、その部分だけ時間が停止しているように少しも動くことはなかった。

 目の前の槍に意識を集中させながら、瞳をリリアの顔へ向ける。リリアはラテンの視線に気が付くと、ラテンに向かってにこりと笑った。

 

「あなたは何も見てないですよね?」

 

「は? 何の――」

 

「――見てないですよね?」

 

 今度はにっこりと笑った。

 うん、いい笑顔だ。とてもきれいで彼女に似合っている。きっと誰もがそう思い、感じるだろう。ラテン以外は。

 彼女の笑顔を見た瞬間、全身から冷や汗が噴き出した――ような感覚に包まれた。ラテンの顔は引きつり、左手が微かに震えている。

 それでも彼女に抗うのは、男だからか。それとも自分は悪いことを何もしていないからか。実際ラテンは何もしていないが。

 だがやはりここは最後まで踏ん張ってみようと思う。きっとここで押し勝てれば彼女は罪を認めるはずだ。

 だから、あきらめなければ――

 

「もう一度聞きます。何も見てないですよね?」

 

「――あ、はい」

 

(人を殺せる笑顔があるとするならば、きっとこんなのなんだろうな……)

 

 今度こそ大きなため息をつくと、リリアの手がゆっくりと離れていった。それにつられてラテンは手を放す。

 そのままゆっくりと上体を起こし、大きく伸びをする。

 

「……具合はどうですか?」

 

「ん? ……ああ。いや大丈夫だ。ちょっと頭が痛いけど、そこまで気にするほどじゃない」

 

「そうですか……よかったです」

 

 その言葉を聞いてラテンは目を丸くする。

 それに気づいたリリアは「何か?」と聞いてくるが、別に大きな問題ではないような気がするため「何でもない」と返す。

 簡易ベットから立ち上がると、そのままあたりを見渡す。どうやらジャビはこの場にはいないようだ。大方《ステイシア(アスナ)》の頭の上にでも乗っているのだろう。

 ラテンはそのまま出入り口に向かおうとするが、ふと気が付いて後ろを振り向き、その先にいる人物のそばでしゃがみ込む。

 

「よう、キリト。久しぶり……でもないか」

 

「…………」

 

 相変わらず無言だが少しだけ顔を上げた気がした。

 何度見ても今の彼の姿は痛々しい。正直、本当にキリトなのかと疑いたくなるほどだ。

 

 

 何故こんなことになったのかはわからない。わかるのは、ユウキのおかげでラテンは記憶を取り戻すことができたということだけ。大切な彼女が目の前に現れたから自分を取り戻すことができたのだ。

 だがキリトは元に戻っていない。きっとアスナのことだから、真っ先にキリトと出会っているはずだ。だとすれば、キリトの心にぽっかり空いた溝は大切なアスナでさえも一人では埋めることができないほど深い溝だということだ。

 キリトが元に戻るまでもうしばらく時間がかかるだろう。その間はキリトの代わりに……いや、キリトの分までみんなを守る。

 

「あとは俺に任せろ……って言っても、最後までは無理かもな。もしも(・・・)のときは、お前にすべて任せるよ。それまでは俺にすべてを任せとけ」

 

 にかっ、とラテンは笑うと、そのまま後ろを振り向き、真剣なまなざしをリリアに向ける。そんなラテンを不審に思いながら口を開こうとしたリリアを遮って、ラテンが口を開いた。

 

「リリア。お前にしか頼めない大事な話があるんだ」

 

 

 

 

 

 





結局あまり進んでませんね(笑) 
さすがにもう動き出しますから、ご安心ください!

目つぶしって正直恐ろしいですよね。想像しただけでも身震いが……(笑)


というわけで、これからもこの作品をよろしくお願いします!


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第四十三話 決意

(゚∀゚)アヒャヒャヒャヒャヒャ


 

 

 

 

 ほぼ等間隔に置かれた篝火に照らされながら斜め少し前を歩く男は、大きなあくびを一つしてゆっくりを歩を進めている。残念ながら、辺りは篝火の明かりがあるとはいえ薄暗く、その男の表情は見えない。きっとアホ面を浮かべていることだろう。

 ――先ほどまでの緊張感が嘘みたいですね。

 先ほど真剣な表情で言われた内容を思い出しながら、リリアは小さなため息をこぼした。それに気づいたのか、ラテンはリリアの顔にちらりと視線を向けると小さな笑いをこぼして正面に視線を戻す。

 

「……なにがおかしいんですか?」

「いや……呆れてんなぁと思って」

「わかってるならもっと……!」

 

 そこまで言って口を閉じる。目の前の男が立ち止まったからだ。それと同時に聞こえてきたのは凛とした、しかし少し動揺が混じった声だ。おそらく『ステイシア神』と思われる女性のものだろう。次に聞こえてきたのはリリアと同じ整合騎士である少年、レンリのものだ。ステイシア神と思われる女性に質問を終えたタイミングでラテンが歩を進める。

 

「――右眼の封印を、破ったから」

「それが理由だとしたら、リリアも狙われる可能性があるってことだな」

 

 灰色の整合騎士、シェータの言葉にあたかも最初からこの場にいたかのような自然体でラテンは返す。

 突然の乱入者に会議に参加していた者全員が、驚きの表情を浮かべながら声の主へ顔を向けた。

 

「ラテンっ!!」

 

 一瞬の沈黙の後、ステイシア神と思われる女性の隣に座っていた紫色の装備に包まれた少女が声を上げた。犬のように素早い動作で立ち上がり、ラテンの胸に飛び込むと、うげっ、と情けない声を上げながらラテンは地面に倒れこんだ。

 その光景を見て少しムッとしてしまうが、嗚咽を上げながらラテンの名前を何度も呼んでいる少女を見るとそんな気持ちもどこかへ消えてしまっていた。きっとこの瞬間を心待ちにしていたのだろう。

 

「ユウキ……久しぶりだな。アスナも……」

「うん。無事でよかったよ」

 

 抱き着くユウキと呼ばれた少女の頭を愛おしく撫でながらゆったりとした口調でつぶやいたラテンに、アスナと呼ばれたもう一人の女性は優しい笑みを浮かべる。

 ラテンと異世界から来た二人との感動の再会によって和やかな雰囲気に包まれる中、野太い声がラテンにかけられる。

 

「お前さんその様子じゃあ記憶のほうは戻ったみたいだな」

「ああ。ユウキのおかげでどうにかな」

 

 ぽんぽん、とユウキの頭を優しく撫でるとラテンに抱き着いていた腕の力が少しだけ増す。顔を上げないのは、まだ涙でぐしょぐしょになっているからだ。

 

「復帰のほうはできそうか?」

「……さあ」

 

 短く生えた顎鬚を右手でさすりながらじっくりに観察するベルクーリに対して、まるで他人事のように返したラテンは「ただ……」と続ける。

 

「ただ……もう自分の無力さに絶望するつもりはない、とだけは言っておくよ」

 

 一言一言噛みしめるようにつぶやくラテンに思わず手を伸ばしそうになるが、わずかに指を動かしただけで踏みとどまる。

 

―――その時は、お前が……

 

 不意につい先ほど打ち明けられた話を思い出す。

 記憶を取り戻してからそう時間は経っていないはずであるのに、随分と距離が離れてしまったような気がする。それは、自分の知らないラテンの姿を見ているからであろうか。いや、きっと違う。もちろんそれもあるのかもしれないが、一番の理由は、

 

「そりゃあ頼もしいな。じゃあ、感動の再会のとこ悪いが話を戻させてもらうぞ」

 

 ベルクーリの言葉に、ハッと我に返る。

 ラテンのことは気になるが、優先順位はこれからこの場で話されるであろう内容だ。今、気にしても仕方がない。『その時』が来た時にまた考えればいい。

 ラテンの隣にゆっくりと腰を下ろすと、アスナのほうへ体を向ける。和やかな雰囲気だったこの場をたった一言で引き締めた騎士団長は流石というべきだろう。

 

「なあ」

 

 ふと、隣から小声で耳打ちされる。

 もちろん隣にいるのはラテンだけだ。ユウキと呼ばれた少女も一応いるが、未だにラテンの胸に顔をうずめている。

 これから大切な話が始まるというのに、耳打ちしてくるとはよっぽど大切な話なのだろう。深呼吸を一つしてラテンへと顔を向ける。

 真っすぐを見つめてくる瞳は真剣そのものだ。

 

「俺の……」

「俺の……?」

 

 「俺の」、何だろうか。もしや「実は俺の記憶は戻っていませんでした。てへっ」とでも言うつもりなのだろうか。正直なところ、この男ならありえなくはない。

 リリアは、じっと次の言葉を待つ。

 

「俺の…………顔になんかついてる?」

「…………は?」

 

 まったくの見当違いな質問にリリアの目が点になる。

 

「いや、だから……俺の顔に何かついてる? ……さっきお前、ずっと俺の顔見てたろ?」

「私が……あなたの顔を……?」

「そう」

 

 ふと先ほどまでに自分を振り返る。

 そんなに長くこの男の顔を見てたのだろうか。確かにラテンの表情を見ていたのは事実だが、それは伸ばしかけた手を抑えたのと同時に、視線は逸らしたはずだ。だが、周囲に敏感なラテンが内容がどうであれ真剣に聞いてきたのだ。もしかしたら無意識に見つめていたのかもしれない。

 どう返そうか迷っているリリアに、ますます疑問がわくラテンは、突然思いついたかのように口を開いた。

 

「ああ、わかった。もしかしてお前……」

「……?」

「……ユウキみたいに誰かに思いっきり抱き着いてみたかったのか?」

「……はい?」

 

 もはや意味不明なことを言ってきたラテンに思考が停止する。

 しかし、固まったリリアを肯定と判断したのか、うんうんと頷きながら何故か同情の眼差しを向けてきた。

 

「そういえばお前、整合騎士になってからはそういうことできなくなったもんなぁ。任せなさい。ここはお兄さんが一肌脱いでさs―――ぶべらっ」

「何意味の分からないことを言ってるんですか。殴りますよ」

「だから、殴ってから言うな!」

 

 頬を擦りながら涙目で抗議するラテンを無視して、再びアスナのほうへ体を向ける。

 一部始終を見ていたベルクーリは苦笑しながら咳払いをすると、ゆっくりと口を開いた。

  

「それで、右眼の封印についてなんだが……この場にも覚えのある者がいるんじゃねえか? 最高司祭の権威や公理協会の支配体制わずかな疑問を抱くと右の目ん玉に赤い光がチラチラして、激痛に襲われる現象だ。そしてそのまま思考を続けると視界が徐々に赤く染まって、しまいにゃぁ……」

「右目そのものが、あとかたもなく吹き飛びます」

 

 アリスは静かな口調で呟いた。それを聞いていたリリアは自分の顔が少々青ざめたのを感じる。極力思い出したくない『その瞬間』が脳裏にちらついたからだ。

 衛士長たちの顔からは畏怖の色が浮かぶ。

 

「では……アリス殿は……」

「はい。私は……私とリリアは元老長チュデルキン、そして最高司祭アドミニストレータ様と戦いました。その決意を得るために一時右眼を失いました」

「そういやさっき坊主が言ってたな。リリア嬢ちゃんもかい」

「……はい」

 

 少し間をあけてリリアが答える。

 やはり話題になればなるほど忘れていたかった記憶が掘り起こされる。正直それは避けたいのだが仕方がないだろう。

 

「あ、あの………」

 

 すると話の最中発言機会を求めたのはそれまで聞いているだけだった、補給部隊の少女連士ティーゼだった。

 

「ユージオ先輩も……。私とティーゼを守るために剣を抜いてくださった時、右眼から、血が……」

 

 ユージオ。ラテンとキリトと共にアドミニストレータに立ち向かった亜麻色の青年だ。あの青年なら右目の封印を破った、と言われても納得がいく。一度は手合わせをしてみたかったものだ。

 

「ううーむ……。つまり、アスナ嬢ちゃんの言う敵とやらは、右眼の封印を自力で突破したものを欲しがっているというわけか。アスナさん、ちょいと訊くが、あんたたちリアルワールド人にも同じ封印があるのかい?」

 

 ベルクーリが顎を擦りながら唸り声を発した。

 それに対してアスナは、わずかな逡巡を経て「いえ」と否定する。

 

「わたしには、そういう経験はありません。おそらく、法や命令に従うことを絶対的に強制されているか否か、という一点だけがリアルワールド人とアンダーワールド人の差異なのだと思います」

「ならば、つまりアリス嬢ちゃんとリリア嬢ちゃんは、いまや完全にあんたらと同じ存在ってわけだな? だが、となると妙じゃないか? ベクタは、同じものをなぜそんなに欲しがるんだ。リアルワールドにも人間はわんさかと住んでるんだろうに」

「それは…………」

 

 アスナは強い迷いの色を滲ませて口篭もる。

 迷っている、ということはその理由を知っている、ということだ。それをこの場で伝えることに躊躇しているのは、リリアたちにとってあまりよろしくない理由だからであろう。

 ふと、隣に顔を向ける。ラテンは話し合いを始めてから沈黙を保っている。この男ももしかしたら知っているのかもしれない。アスナがこの場で言わないのは、善意からくるものなのかもしれないが、リリアとしては右眼の封印を破ったことがベクタにばれていないとはいえ、狙われている側なのだ。理由ぐらい知っていてもいいのではないのだろうか。

 先ほどされたようにラテンに耳打ちをしようとしたリリアを、大きな声が遮る。

 

「そうよ! コードハチナナイチ!」

 

 両手を握り締め、急き込むように続ける。

 

「最高司祭は、右眼の封印のことをそう呼んでいたわ。《あの者》が施したコード871って。その時は意味が分からなかったけど……これも、古代神聖語じゃなくて、リアルワールドの言葉じゃないの!?」

「コード……87、1……?」

 

 呆気に取られたようにつぶやいたアスナが、訝しむように強く眉を寄せた。

 コード871。確かに、最高司祭アドミニストレータが決戦の前に呟いていたような気がする。

 

「……封印は、向こうの……ラースの人間が……? そんなの……目的を邪魔するだけなのに……」

 

 椅子に腰かけ、しばし考え込む様子だったアスナの顔が――。

 突然、深甚な驚愕に彩られた。薄紅色の唇がわななき、掠れ声が絞り出される。だが残念ながら、彼女が言っている言葉の意味はわからない。

 

「…………いけない……ラースのスタッフに、内通者がいるんだわ……! 隔壁の、こっち側に……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 内通者。簡単に言えば、敵だ。

 セントラル・カセドラル最上階で、ようやく見つけた現実世界との連絡手段。しかし、聞こえてきたのはアンダーワールドを脱出するための手段を教えてくれる、ラテンとキリトの二人をこの世界へ導いた男の声ではなく、乾いた銃の発砲音だった。内通者とはおそらくラースを襲撃した者たちの仲間だろう。

 

 アスナが呟いていたことから察すると、その内通者は菊岡の近くにいるはずだ。アンダーワールドの現状を確認できない位置にいるとは考えにくいからだ。つまり、その内通者は眠っているラテンやキリトを現実世界で殺すことができるということだ。それはあまりよろしい状況ではない。

 

 ユウキやアスナを現実世界に戻すべきだろうか。

 おそらく菊岡はラース内部に敵の内通者がいることに気付いていない。二人を戻せばその内通者を捕らえることができるが、それには一つ問題がある。それは、内通者が武器を隠し持っている可能性がある、ということだ。自分が内通者とばれた時、自分の身を守るために武器を持っていてもおかしくはない。ラテン自身、自分の知らない所で大切な人が危険にさらされることは避けたかった。それに、大切な人を任せられるほど菊岡を信用してはいない。状況が状況ゆえに。

 

 だったら自分はどうすればいいのだろうか。

 現実世界へ二人を戻す選択肢がなくなった今、ユウキやアスナ、リリアをベルクーリに守ってもらい、ラテンとアリスは菊岡に言われた《ワールド・エンド・オールター》に向かうべきか。それとも、人界軍と共に侵略軍と戦いながら向かうべきか。この戦争を一刻も早く終わらせたいのなら前者、大切な人を守るのなら後者のほうがいいだろう。

 

 正直に言ってユウキやアスナにはこの世界に来てほしくはなかった。

 確かに、ユウキが来てくれなかったらラテンの記憶は戻らなかったし、アスナがいなければ人界軍は今頃全滅していた可能性がある。だが、それはそれだ。

 この世界の痛みは現実世界の痛みとまったく同じものであり、人を殺せばまるで本物の人間を殺したかのような感覚に襲われる。そうなればきっとユウキやアスナは酷く後悔し、傷ついてしまうだろう。

 そんな姿を見たくはない。

 

「……ラテン?」

 

 難しい顔をしながら考え込むラテンに、それまでラテンの胸に顔をうずめていたユウキが声をかける。いつもよりもトーンの低いそれは先ほどまで号泣していたからであろう。瞳の周りはウサギのように赤くなっており、上目遣いで心配そうに見つめてくるユウキは、正直に言って非常に可愛らしい。思わず抱きしめたくなるが、場が場であるため理性をフル稼働させてなんとか抑え込む。そのかわりユウキの頭をくしゃくしゃと撫でた。

 

「なんでもねぇよ」

 

 乱れた綺麗なパープルブラックを直しながらぷりぷりと怒るユウキを見て、小さく笑いながらラテンは決意を固めた。

 考えていたことが解決すると、進んでいた会話の内容が耳に入り込んでくる。とりあえず、会議の話に集中するべきだろう。

 

「……敵は、アンダーワールドにおいて封印を破る者……彼らの言葉を借りれば《光の巫女》が現れ、彼ら以外の勢力の手に落ちることを恐れたのです。なぜなら、光の巫女は、リアルワールドにおいてとてつもなく貴重な存在となり得るからです」

「そいつが解らんのだようなぁ」

 

 ベルクーリが火酒の壺をちゃぷちゃぷ揺らしながら唸った。

 

「光の巫女、つまりアリス嬢ちゃんは、リアルワールド人と同等の存在ってわけだろ? さっきも訊いたが、同じものになぜそれほど固執するんだ? 敵にせよアスナさんの陣営にせよ、いったい、アリス嬢ちゃんを外の世界に連れ出して、何をさせるつもりなんだい?」

「それは……」

 

 アスナは言葉に詰まったかのように唇を噛んだ。

 その理由はなんとなくわかる。だがそれはあまりにもこの世界の住人にとって不憫であり、教えてくれと言われてもきっと答えることができないだろう。アスナが言葉に詰まった理由は、おそらくラテンと同じ思いを抱いているからだ。

 暗い表情で顔を伏せながらゆっくりとアスナは続ける。

 

「…………ごめんなさい、いまは言えません。なぜならわたしは、アリスさんに、自分の眼でリアルワールドを見て判断してほしいのです。向こう側は、決して神様の国でも理想郷でもない。それどころか、この世界に比べればずっと醜く、汚れています。アリスさんを欲しがる人たちの動機もそう。いまここでそれを説明すれば、アリスさんはリアルワールドを、そこに暮らす人間たちを許せないと思うでしょう。でも、そんな部分ばっかりじゃないんです。この世界を守りたい、皆さんと仲良くしたいって思う人も、たくさんいます。そう……キリト君やラテン君のように」

 

 訴えかけるような言葉を黙って聞く。

 その言葉にアリスはゆっくりと頷きながら口を開いた。

 

「……いいわよ。いまはこれ以上訊かないわ」

 

 軽く両手を上げ、肩をすくめながら続けた。

 

「どうあれ、私はしたくない事をするつもりなんてないしね。それ以前に、リアルワールドに行くって決めたわけでもない。外の世界を見てみたい気はするけど、それは目の前の敵を……暗黒神ベクタ率いる侵略軍を打ち破って、ダークテリトリーとのあいだに和平が成立してからのことよ」

 

 どうやらラテンが考えていた選択肢は最初から一つだったようだ。確かによくよく考えてみれば、アリスが大切な仲間を置いていくような行為はしないだろう。

 アスナは短い沈黙を経てゆっくりと首肯した。

 

「……ええ。ダークテリトリー軍を指揮している暗黒神ベクタがリアルワールド人だと解った以上、私とアリスさんが単独でこの部隊を離れるのは危険かもしれない。敵も、そのくらいは予想してくるでしょうから。私も……皆さんと一緒に戦います。ベクタの相手は、私に任せてください」

「ベクタ……ねぇ……」

 

 おおっという歓声が衛士長たちから上がったが、ラテンが呟いた言葉に全員が反応数する。

 

「どうかしましたか?」

 

 隣から不思議そうな顔でリリアが聞いてくる。それもそうだ。彼女らにとってアスナは、本人がどう言おうがステイシア神と変わらない存在なのだろう。そんな彼女が敵の中で一番の脅威を相手にしてくれると言っているのだ。これほど心強い言葉はない。だが。

 

「いや…………なあ、アスナ。そのベクタってやつがリアルワールドの人間なら、当然お前と同じ特殊なアカウントで来てるわけだよな」

「ええ、おそらくスーパーアカウント04《暗黒神ベクタ》でログインしているはずだわ」

 

 スーパーアカウント《暗黒神ベクタ》。アスナがこの世界にログインするために使った《ステイシア》と同じようなものならば、当然チート級の能力を持っているだろう。

 ユウキがどのような立場でこの世界に来たのか気になるが、それは後にでも聞けばいい。

 

「お前は、その……地形操作とか高優先度の装備以外の他に何か持ってるのか?」

「他、って?」

「そうだな……例えば、ヒースクリフが使っていたシステムアシスト的なものだ」

「うーん。さっきアリスさんと剣を交えた時は感じなかったかなぁ」

「そうか」

 

 ラテンは短く返す。

 ステイシア神であるアスナが持っていないのならベクタにもないのかもしれないが、持っている可能性だってある。ラテンがわざわざそれを聞いたことには理由がある。それはアスナがベクタと戦うよりもラテンが戦ったほうがいいということだ。

 もちろんスーパーアカウントにはスーパーアカウントで対抗するのがベストなのだろうが、アスナは一度、ステイシア神の固有能力であろう地形操作を使っている。おそらくあれは何回も使えないだろう。使えるのならとっくにアリスを連れてワールド・エンド・オールターに向かっているはずだ。

 それに対して暗黒神ベクタはそれらしい能力を使ってはいない。いや、使わないのではなく使えないのだろう。そこから予想するに、広範囲ではなく狭い範囲で発動することができる能力だと推測できる。

 回数制限が同じだと仮定すると、どう考えてもアスナのほうが分が悪い。相手も飛竜を持っている。いくら広範囲に地形操作できるとしても、空に飛ばれたらあまり意味がない。つまりベクタとの戦いは近距離戦になる可能性が高いのだ。

 

「……もしベクタと戦うことになったら、俺に任せてくれないか」

 

 ラテンにはアスナのような大規模な地形操作の能力や、アリスやリリア、ベルクーリたちのような強力な武装完全支配術を持っていない。ただあるのは一本の刀のみ。だがその刀が、どんな相手でも同条件で戦うことができるようにしてくれる。たとえその相手が、チートレベルの能力を持っていたとしても。

 ラテンの言葉に衛士長たちがざわめく。

 それはそうだ。目の前であのような神の力で助けてくれた者が敵の中で最強であろうベクタの相手を引き受けた手前、今まで何もしていなかったラテンに任せてほしいなどと言われても信用しきれるはずがない。そのくらいわかっていた。しかし、それでも信用してほしかった。唯一同条件で戦うことができる自分を。

 すると、それまで黙ってやり取りを聞いていたベルクーリがゆっくりと口を開いた。

 

「お前さん、勝てるのかい」

 

 勝てる、とここで即答できたらかっこよかったかもしれない。だがラテンにはとびっきりの切り札や必殺技があるわけではない。できるのは同条件に持ち込むことだけだ。

 

「わからない…………でも、死ぬつもりはねぇよ」

 

 静かな口調で告げたラテンをベルクーリは観察するようにじっと見つめた。きっとラテンがどのくらい本気なのか見極めているのだろう。

 短い沈黙の後、再びベルクーリが口を開く。

 

「……いいだろう」

「騎士長!?」

 

 ベルクーリの言葉に衛士長たちが驚きの声を上げる。だが、すぐさま「だだし」と続けた。

 

「絶対に負けるな。それが条件だ」

「……ああ。わかった」

 

 ラテンの返答を聞くとベルクーリは火酒に口を付ける。ぐいっと大きく仰いで口から離すと、先ほどまでの真剣な表情が消えていた。そして今度はラテンにではなく、この場にいる整合騎士や衛士長たちに向けて大きく口を開いた。

 

「お前たち、いまのを聞いたな。これでベクタのことは考えなくていい。俺たちは俺たちのやり方でこの戦いを終わらせる。いいな!!」

 

 騎士長のこれ以上ない鼓舞に衛士長たちは力強い声を一斉に上げる。

 大勢の意思に同調したのか、焚き火の炎が一際激しく燃え上がり、夜空を赤く焦がした。

 

 




ういーっす!
どうもみなさん、エンジですよー!
なんやかんや一年ぶりの投稿ですね(笑)

ちゃんと生きてますから安心してください(笑)


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第四十四話 ソッチ系


_(:3」∠)_


 

 

 暗黒神ベクタ。《光の巫女》であるアリスを狙い侵攻軍を指揮する敵の大将。

 素性がまったくわからないそいつを倒せば本当にこの戦争が終わるのだろうか。ラテンはキリトと共に与えられた天幕の中でふと考えた。

 アリスやベルクーリは完全勝利ではなく侵攻軍と人界軍の和解を望んでいる。きっと侵攻軍の中にもこの戦争を目の当たりにして、いや、戦争が始まる前から人界との和平を望んでいた者がいるのだろう。だが全員が全員そうはいかない。

 

 この戦いで大切な人が犠牲になり相手のことが憎くて憎くてたまらない者だってお互いに少なからずいるはずだ。そんな人たちを果たして説得しきることができるのだろうか。否、説得するしかない。和解をするためにはお互いに妥協点を見つけるしかないのだ。それを実現するためには和解する気のないベクタにこの世界から退いてもらうしかない。

 

「へぇ、蜂蜜パイかぁ。ボクも食べてみたいなぁ」

「ええ、とてもおいしいですよ。私はそのはんばーぐ、とやらを食べてみたいです」

「あ、私も食べてみたいです!」

「じゃあ全部終わったらボクが作ってあげるね!」

 

 キャッキャッウフフと先ほどから後ろで盛り上がっている話の内容は、ラテンの好きな食べ物だ。ラテンは呆れながら後ろを振り向いた。

 

「お前たちいつまでいるつもりだよ」

「うーん、明日の朝までですかね」

「完全にここで寝るつもりだよね、それ!」

 

 シャロンの言葉にラテンはがっくりと項垂れる。

 この天幕にユウキ、リリア、シャロンが入ってきたのはかれこれ三十分ぐらい前だ。ラテンとキリトの二人にしては広めの天幕に少し物足りなさを感じていたところにこの三人がちょうどやってきた。

 その目的はラテンの情報交換。ユウキはアンダーワールドでの生活、リリアとシャロンは現実世界での生活を知りたかったかららしい。わざわざこの場で交換する必要はない気がするのだが、三人と出会う以前のラテンのことラテン自信から聞くためにこの場を選んだのだ。

 

 人が増えるのは賑やかになるので嬉しいが、二人用の天幕に三人も増えるのは別だ。いくら広いといってもさすがに少し多いだろう。これならまだ素直に二人でこの天幕を使ったほうが快適だ。

 そう思って三人を自分の天幕に返そうとしてるのだが、三人はラテンの話を聞いているようで聞いていない。遅くまで起きていると寝不足で明日に支障をきたしてしまう可能性があるのだが、それを伝えようとしても喉からその言葉が出てこない。結局、心の底ではこの場にいてほしいのだろう。

 そんな自分に小さく笑うと、天幕の外から聞きなれた声が耳に入り込んできた。

 嫌な予感がして天幕から外におそるおそる顔を出す。だが残念ながら、ラテンの嫌な予感は的中してしまった。

 

「……何やってんの、お前ら」

「あっ、ラテン君……」

 

 あははと苦笑いしながら答えたのはキリトの最愛の人、アスナだった。大方、キリトの傍にいたくて来たのだろう。それはあの三人が来る前に予想はしていたのだが、キリトに会いに来たのはアスナだけではなかった。

 

「アリスにロニエ、リーナ先輩まで……」

「久しぶりだなラテン」

 

 ソルティリーナ・セルルト元上級修剣士次席。ポニーテールが特徴で目を見張るほどの美貌の持ち主である彼女は、修剣学院で少なからずお世話になった人だ。何故彼女がこの場にいるのか疑問に思ったが、よくよく思い出してみれば、先ほどの話し合いの場の衛士長の中に一人だけ女性がいたような気がする。おそらくその人物がリーナ先輩だったのだろう。

 リーナ先輩がいるということは同じく修剣学院で傍付きをさせていただき、大変お世話になったアル先輩もいるのだろうか。あの人のことだおそらく参加しているに違いない。この囮部隊にいるかはわからないが。

 

「……で、四人はやっぱり」

「キリトの情報交換よ」

 

 凛とした声でアリスが答える。それに対して「そうですか」と返すと、四人を天幕の中に入るように促した。

 中に入るや否や、ユウキたちはアスナたちが来たことに、アスナたちはユウキたちがいたことに驚いていたのだが、お互いに同じ考えだとすぐさまわかったのだろう横たわっているキリトを囲う形で七人が円形に座った。ユウキたちが座り直したのはキリトの話も気になったからだろう。ラテンはというと蚊帳の外のような状態になっており、隅っこで寂しく体育座りをしていた。ジャビはというとユウキの頭の上に乗っている。

 キリトの話題で盛り上がっている七人をぼーっと眺めていると、不意にロニエがラテンに声をかけてきた。

 

「そういえばラテン先輩は、どのくらいキリト先輩といたんですか」

 

 アスナやユウキは知っているが、他の五人はラテンとキリトがどのようにして出会いどれくらいの期間共に戦ってきたのかは知らない。

 寂しく隅っこにいた矢先、話題を振られたのが嬉しかったせいか、この後どうなるか考えもせずにラテンは安易に答えてしまう。

 

「そうだな……。SAOで二年、ALO、GGOで一年半、この世界で二年半くらいだから…………かれこれ六年くらいかな、うん」

 

 指で数えながら答えたラテンは、最後に頷いた。よくよく考えてみれば、キリトとは随分長く一緒にいる。数々の事件を解決してきた、相棒ともいえる存在だ。最初に出会った頃の二人には想像もつかなかっただろう。

 人生って何が起こるかわからないな、と思わず笑みを浮かべた。

 

「じゃ、じゃあラテン先輩はキリト先輩の……ぜ、全部を知っていると……?」

 

 震えながら聞いてくるシャロンに首をかしげるが、別に隠す必要もないので素直に答える。

 

「まあ、ほとんど全部知ってるかn…………」

 

 そこまで言ってようやく失言をしてしまったことに気が付いた。今の話の流れでこの発言は、勘違いされてもおかしくはない。

 

「い、いや待て。今の『全部知ってる』は趣味とかそういう類だから! 全然やましいことじゃないから! ソッチ系じゃないから!」

 

 必死に弁解するも時すでに遅し。

 

「ね、ねぇ、ちょっと待って! そんな目で俺を見ないで! 俺は本当にノーマr……ユ、ユウキまで!? 誤解なんだって、信じてくれ! ……ちょ、アリスさん? ナニヲモッテイルンデスカ? 俺の見間違いじゃなければ金木犀の剣ですよね、それ。敵はどこにもいませんよ? あ、あああああ。ジャ、ジャビ!」

 

 ゆるりと立ち上がったアリスの表情はよく見えない。だがそれは簡単に脳内で補完できた。わずかに見える口元に微笑が浮かんでいるのに気が付くと、身の危険を感じて必死に愛刀を探すが、残念ながら見当たらない。それもそのはず。そいつはユウキの頭の上に乗っているのだから。

 

「ア、アリスさん? 一旦落ち着きましょうよ。落ち着いて話し合いましょ? ね、ねぇ、聞いてます? あ、ちょっ、ほんとに、やめ―――ぎゃあああああああああああ!」

 

 寒空の夜、一人の男の木霊が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒンヤリとした空気を肌に感じ、まだ閉じていたいという主張を押しのけてゆっくりと瞼を持ち上げる。

 深く息を吸うと冷たい空気が肺を刺激し、思わずむせそうになる。何とかそれに耐えながら、すぐ隣から伝わってくる体温へと顔を向けた。

 

 規則正しい静かな寝息でラテンに抱き着いているのは、綺麗なパープルブラックの髪を持つ、ラテンにとって何よりも大切な人、ユウキだ。久しぶりに見る彼女の寝顔が愛おしくなり、その頭を撫でようと左手に意識を向けると、そこからも違う体温が伝わっていることに気が付いた。ゆっくりと反対側に顔を向ける。

 飛び込んできたのは整った顔と見とれてしまいそうになるほどの綺麗な金髪。触れている面積とは対照的に思いのほか近くにいたのはこの半年間ずっと一緒にいたリリアだった。

 あまりの近さに反射的に顔を引く。この状態で起きられでもしたら大変だ。「変態」と罵られながら平手か拳が飛んでくるのが目に見えているからだ。

 

 冷や汗をかきながらリリアを見つめるラテンであったが、彼女がユウキと同じように規則正しい寝息で起きる気配がないことを察すると安堵のため息をついた。

 それもそのはず。彼女らは昨晩、相当遅くまで話し込んでいたのだ。ラテンも最初こそ付き合っていたものの、自分とキリトの恥ずかしいエピソードが暴露され始めたあたりで狸寝入りを決め、結局そのまま寝てしまった。

 忘れかけていたことが再び頭に戻ってくるのは感じて苦笑いをしたラテンは、そっと繋がれているリリアの手に一瞬だけ力を籠める。

 彼女はアリスのようにベクタからは狙われてはいない。だが、ベクタがアリスを狙う理由が右眼の封印を破った者ならば、リリアも狙われる可能性があるのだ。

 

(絶対に守って見せる)

 

 マリンと約束したのだ。リリアを連れて、必ず戻ると。

 力を込めた手をゆっくりと離すと、そのまま左手を支えにして上体を起こす。自分の体に密着しているユウキが起きないか心配だったが、「ん」と小さく息を漏らしただけで何事もなかったかのように再び寝息を立て始めた。

 誰も起こさないようにゆっくりと音を立てずに立ち上がると、そのまま天幕の外に出る。氷のように冷たい空気が体を包み込み、眠気を掻っ攫ってくれた。

 

「うう、寒いな」

 

 腕をさすりながら呟いたラテンは、衛士たちが寝ているたくさんの天幕から離れていく。理由は一つだ。

 

「おお、こんなところにいたのか」

 

 人気がないところまで歩いてきたラテンが声をかけたのは、東の森で出会ってから、ここまでついてきてくれたこの世界最強の生物、魔獣だ。

 前足を組んで瞼を閉じていた三つの尾を持つ狐は、ラテンの言葉にゆっくりと頭を持ち上げた。そのまま大きな欠伸をする巨大狐にラテンは歩を進める。

 笑顔で歩いていくラテンとは対照的に、狐はじっとラテンを見据えたまま動かない。結局、昨晩ユウキに出会って気を失ってからは会いに行っていないため、何らかのアクションをしてくるだろうと予想していたのだが、案外何もされずに済むのかもしれない。

 だが、残念ながらラテン希望は儚く散った。

 狐はラテンが目の前で立ち止まったのを確認すると、のそりと立ち上がり三つの尾を揺らす。そしてそのままラテンに叩き付け、ラテンをもみくちゃにし始めた。

 

「ちょ、悪かったって! 本当は昨日戻ろうと思ったんだって!」

 

 本当は昨晩あの場から抜け出すつもりだったのだが、予想以上に彼女らのガードが固く抜け出せなかったのだ。

 しかし狐にとってそれは知ったことではないため、数分間ラテンをもみくちゃにし続けた。

 ようやく解放されたラテンはまだ戦ってもいないのにすでにボロボロになっていた。

 

「お前……やりすぎだろ」

 

 息を荒くしながら呟いたラテンは息を整えながら、魔獣に向き直る。

 真剣な表情に戻ったラテンに対して魔獣は尾を揺らしながらおすわりをしていた。

 

「今までは隠れてもらっていたけど、今日からは力を貸してくれ」

 

 人界軍と侵略軍の兵力差は圧倒的に人界軍のほうが少ない。いくら、ベクタを倒せば終わる戦いであっても、それまでは敵同士なのだ。ベクタを倒す前にこちら側が全滅したら意味がない。そのため、この世界で最強の生物である魔獣の存在は大きいのだ。

 ラテンの目の前にいる魔獣は気まぐれでついて来ているだけなのかもしれないが、この状況で味方に付いてくれれば、それほど心強いものはない。

 

「頼む」

 

 ユウキを守るため、この戦いを終わらせるためにラテンは誠心誠意込めて頭を下げた。

 ここで断られればきっとこの魔獣は東の森に帰ってしまうだろう。自分は関係ない、と。それはそれで仕方がない。他の方法を考えるだけだ。

 頭を下げたままじっと待っていると、魔獣の体が動き出したのを感じた。

 ゆっくりと顔を上げる。そして、目に入り込んできた光景に小さく笑いながら手を差し伸べた。

 それは、ラテンと狐だけの誓いだった。

 

 





今回はちょっと短めです。
次回は長めに書かせていただきます!


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第四十五話 乱入者

(-"-)


 

 

 

 起床を伝える角笛が鳴るころにラテンは自分の天幕に戻った。

 魔獣には先ほどの場所に待機してもらい、二回目の角笛が鳴ったときに自分のところに来るように伝えた。魔獣自身はそのままラテンについていきたかったらしく、途中まで一緒に来ていたのだが、起床してからこの世界最強の生物である魔獣に出会ったら衛士たちがパニックに陥るのは目に見えているためあの場にとどまってもらった。開戦に便乗して魔獣が味方になることを伝えれば衛士たちの士気が一層上がると考えたからだ。

 

「お前ら、絶対睡眠足りてないだろ」

 

 天幕を開いて目に映ったのは、寝ているのか食べているのか見分けがつかない五人の女性たちだ。堅焼きパン二枚の間にチーズと干し肉、干し果物を挟んだシンプルなサンドイッチをゆっくり口に運んでいる。その傍らではロニエが少しずつそれを千切ってキリトに食べさせていた。

 変わってやるからお前も食べろ、と喉に出かかった寸前、それよりも早く自分の腹部が空腹を主張した。よくよく思い出してみれば、ラテンは朝食を取っていない。その場にいた全員がラテンのほうへ顔を向け、数秒遅れてぷっ、と噴き出した。

 

「あなたは食事が足りてないようですね」

 

 リリアの返しに苦笑いをすると、傍にいたシャロンからサンドイッチを渡された。一言お礼を言うと、口に運ぶ。お腹が減っているからであろうか、あるいは単純に組み合わせがいいからなのであろうか、非常においしく感じられた。

 不意にユウキから声をかけられる。

 

「ラテンはどこに行ってたの?」

「え? ああ…………森の中?」

「なにそれ」

 

 この場で魔獣のことを説明するのもいいのだが、長くなりそうな気がするため後にしたほうがいいだろう。

 ラテンのサンドイッチがすべてなくなるころに、敵襲を告げる角笛が野営地に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャビを刀の姿に戻し、帯刀しながら黒い森を走る。後ろには武装を終えたユウキとリリアがついてきている。

 黒い森が切れるあたりに到着すると、そこにはすでにベルクーリの姿があった。

 少し遅れてアスナ、アリス、レンリ、シェータが到着すると、厳しい表情でうなり始めた。

 

「なるほど、敵側のリアルワールド人の遣り口は相当なモンだな。皇帝ベクタが、思い切った手に出たようだ」

 

 続いた言葉にラテンは渋面を作る。

 侵攻軍はアスナが作った巨大な峡谷を十本の荒縄を橋代わりにして横断を強行しているらしい。いくら強靭な肉体を持っているとはいえ、幅は約百メル。渡り切るには、膨大な体力及び精神力を消費するだろう。それが足りない者は落下し、命を落とす。

 どう考えても命を重んじている作戦とは言えない。ベクタにとってこの世界の住人は、《光の巫女》を手に入れるための捨て石でしかないのだ。

 やり場のない怒りが溜まるのを感じると、後ろから巨大なしっぽがラテンを包み込んだ。その場にいた全員がラテンの後方へと顔を向ける。

 

「ま、魔獣!? 何でこんなところに!?」

 

 第一声を上げたのは少年騎士レンリだった。急いで神器を抜き、構える。さすがは整合騎士だ。対応力が高い。

 他の整合騎士も神器に手を付け始めるとラテンはしっぽを無理やりどかしながら声を上げた。

 

「ま、待ってくれ。こいつは敵じゃない」

 

 警戒心を緩めない騎士たちに続ける。

 

「この魔獣は東の森で出会って、リリアと俺を連れてきてくれたんだよ。それで、興味本位でここまでついて来てくれたんだ。な?」

「え、ええ」

 

 とっさにリリアは答える。

 それを見たベルクーリは《時穿剣》から手を放す。

 

「じゃあそいつは敵じゃねぇってことでいいんだな?」

「ああ」

「そうか。それはありがてぇな」

「騎士長!?」

 

 レンリが驚きの声を上げる。確かにレンリの気持ちはわかる。この魔獣は、飛竜のように整合騎士に従っているわけではない。ただ興味本位でここまでついてきただけなのだ。今は味方でも興味を失えば敵になる可能性がある。

 ベルクーリはレンリが懸念していることが分かっているらしく、顎をさすりながら口を開いた。

 

「あの魔獣が味方に付いてくれるほど心強いものはねぇだろ。敵になったときは俺が斬るから安心しろ」

「……わかりました」

 

 しぶしぶ了承したレンリは神器をしまう。

 一方魔獣は、ベルクーリの言葉が癪に障ったのか「ぐるる」と小さく唸った。それを慌ててラテンがなだめる。

 

「そんで、話を戻すが……」

 

 再び真剣な表情に戻ったベルクーリがさらに続けた。

 

 「こいつは戦争だ」

 

 その両目には苛烈な光が浮かんでいる。ベルクーリ自身もベクタのやり方に怒りを感じているのだろう。そのまま、この世界最年長の男は続けた。

 

「異界人のアスナさんたちはともかく、オレたちが暗黒界軍に情けをかけてる場合じゃねぇ。この機は……活かさねばならん」

「機……と?」

 

 鸚鵡返しにアリスが問う。

 

「そうだとも。……騎士レンリよ」

 

 突然名前を呼ばれた若い騎士はさっと背筋を伸ばした。

 

「は……はいっ!」

「お前さんの神器、《雙翼刃(そうよくじん)》の最大射程はどれくらいだ?」

「はい、通常時で三十メル、武装完全支配術を使えば七十……いや百メルは」

「よし。では……これから我ら五騎士で、敵を攻撃する。オレとアリス、リリア、シェータはレンリの護衛に専念。レンリは、神器で敵軍の張った綱を片っ端から切れ」

 

 容赦の欠片もない作戦。

 敵は横断用の綱を必死に防衛するだろうが、その頭上を飛び越えて直接攻撃をするレンリの雙翼刃の前では意味がない。

 こいつは戦争だ、というベルクーリの言葉が頭の中に強く浮かび上がる。敵がラテンの大切な人を傷つけてくるのならラテンも容赦はしない。容赦はできない。

 

「ラテン?」

 

 厳しい表情をしていたラテンの左手から体温が伝わってくる。

 その手を強く握り返した。

 

「絶対……守るから」

「うん」

 

 ユウキが小さく笑いながら頷いた。それを見ていたベルクーリはラテンに声をかける。

 

「お前さんたちはどうする」

 

 ラテンとユウキは顔を見合わせると、同時に頷いた。

 

「もちろん俺たちも行くよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦ 

 

 

 

 銀色の光を反射させながら暁の空に弧を描く《雙翼刃》が、太いロープを真ん中から切断すると、長大な蛇のように宙をうねりながら、しがみついていた数十人の敵兵たちを弾き飛ばしていく。掴むものがなくなった彼らは底無しの峡谷へと落ちていく以外に選択肢はなく、怒りや虚しさに似た悲鳴が数十メル離れているラテンの耳に届く。その声を振り払うようにラテンは刀を抜いた。

 正面から三人。左から二人。

 ラテンは正面方向に地を蹴った。

 最初の一人の大振りを体をひねって避けると、がら空きになった腹部に刀をたたきつける。分厚い鎧をものともせず貫通させると、右腕を引き戻し、二人目の上段斬りを両手持ちで受ける。だがそれも一瞬で、手に重みを感じるのと同時に左手首をひねり受け流すと、首に向かって刀を振り切った。そのまま左足を踏みだし、三人目が剣を振るよりも早くラテンが左腕を伸ばす。首に刀が突き刺さった暗黒騎士はうめき声をあげながらその場に崩れた。

 刀を素早く引くと、振り向く。左から迫っていた二人の暗黒騎士がラテンに剣を振ってくる頃合いだからだ。だが、振り向いたラテンの目の前にいたのは、漆黒の鎧を包んだ二人の騎士ではなく、一人の少女だった。

 

「ユウキ……」

 

 すぐさまその少女に駆け寄る。

 ユウキの手は心なしか小さく震えていた。ラテンも初めはそうだった。マリンを助けるためにゴブリンを斬ったあの感触。あれは偽物なんかじゃない。きっとユウキは今、あの恐怖と罪悪感を味わっているのだろう。

 ラテンができることは何か。彼女の手を包んで、一人じゃないことを伝えるだけだ。

 だが、ラテンがユウキの手を握るよりも早く彼女がラテンの手を握ってきた。

 

「大丈夫だよ。ボクは大丈夫」

 

 彼女はなんて強いのだろう。戦意喪失してもおかしくはないというのに、強いまなざしを保ったままでいる。

 

「ユウキは、強いな……とても、強い」

「ううん、違うよ。ボクが立っていられるのは、ラテンが……いるから」

 

 小さく呟きながらユウキの手がラテンの手に絡む。彼女もラテンと同じなのだ。大切な人がいるから、立っていられる。前を向き続けられる。

 ラテンがユウキの手を強く握り返そうとしたのと同時に、凛とした声が二人に降りかかる。

 

「ちょっと、そこの二人! ここは戦場ですよ!」

 

 ビクッと肩を震わせて慌てて手を放す。振り向けば、鬼の形相をしたリリアが立っていた。

 

「わ、悪い。ついな」

「……別にああいうのは構いませんが、場所を選んでください。場所を」

 

 最後に一つ大きなため息をつくと、《雙翼刃》を操っているレンリの元へ戻っていく。ラテンとユウキも一度顔を見合わせて、その後をついていく。

 ラテンたちが到着するころにはすでに数百人の敵兵が峡谷を渡り終えていて、ロープを守るために果敢に攻撃をしてきた。ほとんどの敵兵は、ベルクーリ、シェータ、アリスの三人で斬り伏せていたのだが、先ほどの敵のように数名は側面を回ってくるため、ラテン、ユウキ、リリア、アスナの四人はレンリの近くにいる。

 

「――よし、六本目いくぞ!!」

 

 ベルクーリの力強い声が後方に降りかかる。それと同時に、さらに後方から角笛の音が高らかに響き渡った。

 振り向けば、約一キロ離れた丘を、整然と隊列を組んだ人界守備軍囮部隊の衛士たちが駆け下りてくる光景が見えた。騎士たちに遅れること僅か十五分で武装と編成を整え、出撃してきたのだ。

 

「ったく……大人しくしてない奴らだ」

 

 ベルクーリは渋い顔で衛士たちを見たが、峡谷を渡り終えた敵兵の数は五百ほどに達しているため、ラテンたちにとってこのタイミングの援軍はありがたい。この調子なら残り五本のロープもすぐに切ることができるだろう。

 

「問題はベクタだな。こんな状況ならいつ単身で乗り込んできてもおk……!?」

 

 ラテンはそこまで言って言葉を切る。理由はその視線の先に広がる空だ。

 血の色のような朝焼けのそこから、不思議なものが降りてくる。

 空よりも真っ赤に輝く線。一本だけではない。数百……いや、数千。

 無数の線によく目を凝らしてみると、微細なドットの連なりであることが解る。

 大量のドットの連なりが、峡谷のこちら側、戦場から東に一、二キロほど離れた場所に音もなく降り注ぐ。そしてそれらが乾いた地面に突き刺さると、スライムのような形から人の形をとる。

 

「なんだよ……あれ」

 

 ラテンの問いに答えるものはこの場にはいない。

 皇帝ベクタが呼び出した軍勢であることは明らかだろう。しかし、一体どこから三万にも上る兵士たちを引っ張り出してきたのだろうか。

 ――兵士生成がベクタの能力。

 一瞬その考えが頭をよぎったが、その可能性は低いだろう。そんな能力なら、人界軍はとっくに数に飲み込まれていただろう。

 正体不明の大軍が数百メートル先まで迫った途端、ラテンの疑問が解決する。

 

Charge ahead(突っ込め)!!」

Give’em hell(ぶっ飛ばせ)!!」

 

 間違いなくそれは、現実世界の言語である英語だ。英語圏の中にはたくさんの国があるが、どの国からやってきたのかはこの際どうでもいいだろう。どう見ても彼らはこちらを敵と認識して突っ込んできている。三万もの軍勢を相手にできるほどこちらには数がいない。

 《真思》を発動するべきか。

 いやそれでは全員を対処しきれない。この場にラテンだけしかいないなら今すぐにでも使うのだが、同時に相手にできるのはせいぜい両幅三メル前後。それ以上はとりこぼしてしまう。

 それに加えおそらくベクタはこの混乱に乗じて乗り込んでくるはずだ。アリスから目を離すことはできない。

 頭をフル回転させるラテンに叫び声が耳に入り込む。

 

「な、何を……!?」

「お前たち、味方じゃないのか……!?」

 

 見れば暗黒騎士や拳闘士たちが、赤い兵士たちに襲われていた。彼らは驚愕の声を漏らしながら攻撃を防ごうとするが、数が違い過ぎることに加え、赤い兵士たちの武器や鎧のスペックは侵攻軍よりも上らしく、次々と剣や盾がへし折られ、砕かれていく。

 侵攻軍を皆殺しにしたら、すぐにでもこちらに襲い掛かってくるだろう。迷う余地はない。ベルクーリの武装完全支配術で横を埋めてくれれば多少は時間を稼ぐことができるはずだ。その間に人界軍を退避させればいい。

 

「リリア、アリスから目を離さないでくれ。ユウキはアスナの傍に――ってアスナ!?」

「システム・コール! クリエイト・フィールド・オブジェクト!!」

 

 ラテンが指示し終えるよりも早く、アスナが細剣を振り下ろした。

 ラ――――、という荘重なサウンドエフェクトが響き渡る。虹色の光が赤い軍団と暗黒界人たちの衝突点よりも少し先に突き刺さる。

 突如、地面が震動し、五つの巨大な岩石が出現し、一気に三十メートルほどせり上がった。岩石の上にいた赤い兵士たちは、何も抵抗できず数百単位で宙を舞う。いくらスペックが高い防具とはいえ、高所から落下すればひとたまりもない。ほとんどの者が地面に激突し、大量の血肉をばら撒いた。

 きっと彼らは今頃ログアウトし、痛みと死の恐怖に震えていることだろう。中にはこのことがトラウマでゲームができなくなる者もいるかもしれない。だが、この世界で死ぬということはそういうことなのだ。彼らには悪いが、こちらもいっぱいいっぱいなのだ。だから、手加減はしない。

 

「アスナ!」

 

 ユウキが馬の背中に倒れこんだアスナを慌てて支える。地形操作をしたためおそらく強烈な痛みが頭に襲い掛かっているのだろう。

 

「おい、無理はするな」

 

 ゆっくりと鞍上で体を起こしているアスナに声をかける。だが、ラテンの声が聞こえているのかいないのか、荒い呼吸を繰り返しながら彼女は再び剣を掲げようとする。

 無理やりにでも止めるべきか。

 ラテンが右手を上げるのと同時に、アスナの右腕を金色の籠手が押さえた。

 

「……アリス……!?」

「無理をしないで、アスナ。あとは私たち整合騎士に任せなさい」

「で、でも、あの赤い兵士たちは、リアルワールドの……私たちの世界からやってきた敵なの……!」

「……だとしても。ただ闇雲に血を求め、剣を振り回すような連中ならば、何万いようと恐れるに足りません」

「そうだとも。オレたちにも、少しは出番を分けてくれよ」

 

 アリス言葉を引き取り、騎士長ベルクーリが太く笑った。

 

「こいつらは強いよ。俺が一番よく知ってる。だから……もう少し信じて任せてもいいと思うぜ」

「……うん」

 

 アスナはゆっくりと、そして強くうなずいた。

 それを見届けたベルクーリは磨き込まれた長剣を高々と掲げると、強靭な声を響かせた。

 

「よおォし!! 全軍密集陣形!! 一点突破でずらかるぞ!!」

 

 

 

 




ちょっと更新遅れました。すいません!!
それと今回は長くなりそうだったのでいったん切りました。申し訳ないですm(_ _)m


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第四十六話 約束

 

 

「Take this!」

「邪魔だ、どけぇ!」

 

 大声で叫びながらバトルアックスを振るう赤い兵士の一撃を最小限の動作で避けると、そのまま有無言わさず斬り捨てる。だが、息のつく暇も与えずに次の赤い兵士が、先ほどの奴と似たような言葉を放ちながら剣を振るってきた。そいつも同じように一瞬で斬り伏せる。

 もう何人斬ったかはわからない。

 隣では五人の整合騎士と二人の少女が鬼神の如く剣を振るって、敵の屍を量産していた。それでも向かってくる敵の勢いはとどまることは知らない。

 

「くそっ、数が多すぎるな……!」

 

 一騎当千の整合騎士五人とユウキ、アスナがいれば一点突破も難しくはないだろうと踏んでいたのだが、現実は甘かった。

 次々と押し寄せる敵には死ぬことに躊躇いがない。もちろんそれは彼らがこの世界をゲームの中だと思っているからであるのだが、その思考が非常に厄介なのだ。

 死ぬことに躊躇いのない人間は、思っている以上に勢いがある。彼らにとって戦いとは、死ぬか殺すかの二択であり、生きるために戦っている者とは根本的に違う。

 無謀な突撃をすればその分死ぬ確率が高まる。だから生きるために戦う人間はそんなことはしない。その差が人界軍の進行を妨げている大きな要因なのだ。

 

「どけぇぇぇぇ!!」

 

 ふと凛とした叫び声が耳に入り込む。

 はっ、とそちらに顔を向ければ、アリスが今にも走り出しそうな勢いで一点を見ていた。その視線の先には盛り上がった丘がある。

 

(あのバカ……!)

 

 アリスがこれからすることはだいたい予想できた。

 この戦場から発散される膨大な空間神聖力を使って、暗黒術師団を一掃した時のように《反射凝集光線》を放つ気だろう。

 もちろんそれは、この状況を打開するには最も手っ取り早く、かつ最も有効的な手段だ。だが同時に今、最もしてはいけない行動でもあった。

 

「アリス、待て!!」

 

 ラテンの叫びは彼女には届かず、アリスは地を蹴った。

 視界に黒い竜が出現し、思わずラテンもそのあとを追おうとしたが、数歩進んだところで急停止して後ろを振り向く。その視線の先には、赤い兵士と戦っているユウキとリリアがいた。

 ラテンとアリスが戦線から抜けたことで、一人当たりにかかる敵の数が増大する。

 ラテンが今するべきことはアリスを追うことではなく、ユウキとリリアを近くで守ることではないのか。

 脳裏でそれがよぎり、すぐさま彼女らに加勢する。だが二人は、ラテンが戻って来るや否や驚いた表情をする。ラテンがそのままアリスを追っていくと思っていたからだ。

 

「ラテン、何で戻ってきたの!?」

「何でって、当たり前だろ!」

 

 ユウキに群がる敵を一掃しながら叫び返す。

 ラテンは決めたのだ。何よりも大切なユウキを守ると。

 ラテンの思いは彼女にも伝わっているはずなのだが、それでもユウキは新たに向かってくる敵に剣を振るいながら叫び返してくる。

 

「ボクたちのことはいいから早くアリスを追って!」

「だめだ!」

「っ、ラテンのわからずや!!」

 

 最後にそう叫ぶと、彼女の剣が水色の光を帯びる。

 水平四連撃技《ホリゾンタル・スクエア》だ。

 彼女の周りにいた敵に水色の光が襲い掛かると、たちまち呻き声を上げ、血を噴き出しながら地面に倒れた。

 一瞬だけ敵の勢いが止むと、ユウキはラテンの胸ぐらを掴む。

 

「ユウキ!?」

 

 いきなり引き寄せられたことと、彼女に胸ぐらを掴まれたことに驚き、素っ頓狂な声で彼女の名前を呼んだ。

 ユウキはそのままラテンの顔をじっと見つめてくる。その瞳には心なしか怒気が混じっていた。

 

「……ラテン、わかってるの。アリスが連れていかれたら終わりなんだよ!」

「わかってる、それはわかってる! でも……でも、お前を一人にするわけにいかないんだ!」

「何を最優先にするべきか考えてよ!」

「だから、これが俺の出した答えだ!」

 

 強く言い過ぎてしまったか。

 薄紫色の瞳が小さく揺れ、彼女はそのまま俯く。だが、ゆっくりと首を左右に振りながら呟いた。

 

「ちがう……ちがうよ、ラテン。ボクは……ラテンに守られるためのこの世界に来たんじゃない……」

 

 ぱっ、と顔を上げたユウキの瞳には涙がにじんでいた。

 

「ボクは……ラテンを助けるために来たんだよ……?」

「俺を……助ける、ため?」

 

 その瞬間、自分の導き出した答えが間違っていたことに気が付いた。

 いつの間に自己中心的な考えをしてしまっていたのだろう。

 彼女を一方的に守って、彼女が喜ぶか。そんなのは考えずとも解りきっている。

 ユウキは自分を助けるためにこの世界に来たのだ。自分の隣で一緒に戦うためにこの世界に来たのだ。

 口の中に鉄の味が広がる。

 

「だから……すぐに戻ってきて。アリスを連れて『待たせたな』って、いつもみたいに笑って……そしたら、一緒に――」

 

 この世界から出よう、とおそらく続けられただろう。だがラテンはそれを許さなかった。彼女が言い終える前に思い切り抱きしめたからだ。

 

「すぐに……戻るから…………絶対に、戻ってくるから……」

「……うん」

 

 ユウキもラテンを強く抱きしめ返す。

 すると、ラテンの正面から声をかけられる。

 

「大丈夫ですよ。私がついてますから」

「ああ……頼む」

 

 リリアは強く頷いた。

 そしてゆっくりとユウキを放し、踵を返す。

 もう、後ろは振り返らない。

 次に彼女の顔を見るのは、すべてが終わる直前の時だ。

 ラテンは大きく息を吸い込む。

 

「……魔獣! 道を開けろ!!」

 

 途端、大きな唸り声と共にラテンの目の前が白い光に包まれた。

 それが止むのと同時にラテンは地を蹴る。

 全力疾走。

 自分が出せる最大速度でアリスの後を追う。

 魔獣の光線によって切り広げられた道を埋めるように左右から赤い兵士がなだれ込むが、一陣の風のようにその間を通り抜ける。

 視界にアリスを捉えると、まだ上げられると頭の中でイメージ(・・・・)をする。すると、ラテンのイメージに呼応したかのように速度が上がった。

 この世界の仕組みについてはアスナから詳しく聞いている。

 STLを使ってこの世界にダイブしているラテンたちや、この世界の住人である人工フラクトライトにとって、この世界の万物はメイン・ビジュアライザーからロードされる《共有記憶》なのらしい。簡単に言えば、イマジネーションによって具現化するもう一つの現実、ということだ。

 ラテンが赤い兵士の大軍を抜けるのと同時に、黒い飛竜がアリスを掴む。その上には、一人の男が乗っていた。

 あの男こそが、この戦争を勃発させた張本人である皇帝ベクタなのだろう。

 胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込む。

 

「待てぇ! ベクタァァァァァ!!」

 

 びりっ、と空気が震えるが、ベクタはこちらを見向きもしない。

 黒き飛竜が高度を上げる。

 十メル。十五メル。二十メル。

 

「ふざけんなァァァァァ!」

 

 黒い飛竜が二十五メルに達するのと同時に、ラテンは地を蹴った。

 必死にアリスに向けて手を伸ばす。

 最悪、黒い飛竜をつかめれば問題ない。飛竜もろともベクタを地面に引きずりおろすことができるからだ。

 だが、無情にも飛竜の足から約十センチのところでラテンの上昇が止まってしまった。

 たった十センチ。

 その差が、ラテンを妨げる。

 

「くそっ……!」

 

 アリスが視界から遠ざかっていくのを見て、思わず吐き捨てた。

 もう彼女を助けることはできない。キリトとユージオが必死に取り戻した彼女を。

 落下しながらラテンは目を瞑った。

 この後はどうすればいいのだろうか。

 のこのことユウキとリリアのところに戻って、せめて人界軍だけでも助けるべきか。そもそもラテンが飛んだ距離はおよそ三十メルだ。このまま落下して無事である保証はない。

 

(ああ、らしくないな……)

 

 今まで諦めたことは思い出すほうが大変なくらいな数ほどだが、今回は心に突き刺さる。

 自分がもっと早く走っていれば。自分がもっと早く気付いていれば。

 こんなことにならなかったかもしれない。

 しても意味のない後悔を感じていると、一つの鳴き声が耳に入り込んできた。そちらのほうへ顔を向けるのと同時に、背中に衝撃が走り思わず目を瞑る。

 思ったよりもずいぶん早い地面に少々驚きながら、ゆっくりと目を開けると謎の浮遊感に襲われた。

 近くにあった硬い物体を掴み、上体を起こす。目の前に広がるのは、果てしなく続く赤い大地ではなく、銀色の鬣だった。

 数秒間固まった後、はっと我に返る。

 

「お前は……雨緑(アマヨリ)!? それに、滝刳(タキグリ)も……」

 

 銀色の竜はラテンの言葉に低く唸る。主の救出に力を貸してくれるのだろう。

 

「ありがとうな、お前たち。 ……待っていろベクタ」

 

 視界の先にある黒い点から黄金色の光が瞬いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 背中が見えなくなってもその方向から目を離せないでいた。 

 本当は傍にいてほしかった。

 話すこともできなかったこの一週間は、紺野木綿季にとってとてもつらく、苦しいものだった。

 

 両親と双子の姉である蘭子を失ってから生涯孤独になった木綿季の心のよりどころは、スリーピング・ナイツだけであった。だがそれでも深い溝を埋めることができないでいた。

 

 そんな時に出会ったのがあの青年だ。

 もう長くはないとうすうす感じ、沈んでいたユウキの心を簡単に引き上げたのだ。同情なんかではなく本心で。

 それ以来、ラテンと会うのが日々の楽しみになった。もちろんスリーピング・ナイツのメンバーと一緒にいる時も、アスナとお話してる時も楽しかった。でもそれ以上にラテンといると、不思議と安心感が湧いてきて、時には胸がドキドキして。

 きっと、この時点で彼に惹かれていたのだろうと思う。そうでもなきゃ、カップル限定ダンジョンなんかに誘わなかっただろう。

 ラテンと恋仲になって以来は、毎日が楽しく、毎日が幸せだった。ラテンがいない生活なんて考えもしなかった。

 だから、ラテンが襲われて、それでも一命をとりとめて、再びあの優しくて心強いに胸に飛び込むことができた時は本当にうれしかった。もう絶対に離さない、という思いでめいっぱいに泣いたものだ。

 

 しかし、ラテンは戦っていた。この世界で。

 この世界で生きている人たちのために。

 だったらその手助けをするのが、恋人である自分の役目ではないのか。

 自分を守るためにこの場に残ろうとしてくれたことはとても嬉しかったが、自分のせいでラテンの優先順位を変えるのは嫌だった。だから、彼の背中を押した。

 戻ってきてくれると信じて。

 

「変態ですが、約束は破らない男ですよ」

「うん。知ってるよ」

 

 いつまでもラテンが走って行った、すでに赤い兵士たちに埋もれた道を見つめていた自分を元気づけようとしてくれたのだろう。

 ユウキはその言葉を笑顔で返した。

 リリアは満足そうにうなずくと、桜色の剣を構える。ユウキも同じようにALOで使っていた愛剣《マクアフィテル》に似た黒曜石の剣を構えた。銘は《シンビオセス》。

 

 ユウキはアスナのようにスーパーアカウントでこの世界にダイブしたわけではない。ステイシアの傍付きの騎士としてSTLでダイブしてきたのだ。

 もちろんステイシアでダイブしたアスナのように地形操作などの固有能力はないが、流石は神に仕える騎士だ、装備のスペックやこの世界で天命と呼ばれるHPはスーパーアカウントと引けを取らない。

 

「アスナ!」

 

 迫りくる赤い兵士を迎撃しながら、後方に下がったアスナと合流する。

 そのさらに後方ではラテンが連れてきた魔獣が、ラテンの指示通り衛士たちの手助けをしていた。衛士たちも魔獣の存在が心強いのか、延々に迫ってくる赤い兵士に奮闘している。

 

「くっ、こんな時に……!」

 

 アスナと合流するや否や、リリアが小さく呟きながら剣を構えた。そちらの方へ顔を向ければ、複数の集団がいつの間にかできた石橋を一気呵成に突進してくるのが見えた。

 

「一気に片付ける! リリース・リコr――」

「――待って、リリアさん! 彼らは敵じゃないわ」

 

 アスナが慌てて叫ぶと、リリアは記憶解放術を中断する。そのかわり、何故、とでも言いたげな瞳をアスナに向けた。それも、すぐに解決する。

 

「あ、あなたは……」

「俺の名はイスカーン、拳闘士団の長だ」

 

 精悍な容貌と炎のような赤毛を持った浅黒い肌の若者は拳をゆっくり緩めながら名乗った。アスナが止めていなかったら、力づくで止めようとしていたのだろう。

 

「どうして拳闘士の長がここに?」

「取引をしたんだ。このお嬢さんに橋をかけてもらう代わりに俺たちはあの赤い兵士たちをぶっ潰すってな」

 

 リリアはその言葉に目を丸くすると、にわかに信じがたいような表情をした。彼女は人界軍と侵攻軍が協力して赤い兵士たちと戦うことを考えていなかったらしい。

 だが、今は彼らを信じるしかないだろう。

 約四千の援軍は、今の人界軍にとって今の人界軍にとっては非常にありがたいからだ。リリアはそれは瞬時に判断したのか、一言「申し訳ありませんでした」と謝った。

 それを見たイスカーンは目を丸くする。こちらもこちらで素直に謝罪されると思っていなかったのだろう。数秒の沈黙を経て「おう」と短く返す。

 

「アスナ、ボクたちはどうするの?」

「敵陣を破って南に抜けたら、そのまま一気に前進して敵から距離を取って。わたしがもう一度、地割れを作って敵を隔離するわ」

 

 アスナはかすれ声で答えた。

 その理由は、本当にできるか不安になっているからであろう。こういう時はどうすればいいか。答えは決まっている。

 

「大丈夫だよ、アスナ。アスナならきっとできる」

「……うん、ありがとう、ユウキ」

 

 そっと手を握れば優しく握り返してくる。 

 すると一人の衛士が南から駆けつけてきた。

 

「伝令!! 伝令――!!」

 

 移動中に負傷したのか、顔の半分を地に染めた衛士が、ユウキたちの前に膝をつくとかすれ声で叫ぶ。

 

「整合騎士レンリ様より伝令であります!! 整合騎士アリス様が、敵総大将の駆る飛竜に拉致されました! 飛竜はそのまま南に飛び去った模様……!!」

「ラテン……」

 

 思わずつぶやいた。

 きっとラテンはベクタの後を追って南進しているのだろう。

 

「なるほどな。なら、あんたらは気合で追っかけるっきゃねぇな!!」

 

 若き拳闘士の長が掌に拳を打ち付けて叫んだ。

 

「……俺は……俺たちは、皇帝に逆らうことはできねぇ。あの力は圧倒的だ……もし皇帝に、改めてあんたらと戦うように命じられたら、従うしかねぇ。だから、俺たちがここを食い止める。野郎に、教えてやってくれ。俺たちは、てめぇの人形じゃねぇってな」

 

 そこまで言い終えるのと同時に、一際高らかな拳闘士たちの喚声が戦場の南から響く。橋を渡り終えるや否や、赤い兵士たちにぶつかった拳闘士たちの先頭の部隊が、赤い囲みを破り、荒野へと抜け出たのだ。

 

「よぉし……」

 

 若い長は、ずだん! と右足を踏み鳴らし、すさまじい声量で命じた。

 

「てめぇら、その突破口を保持しろ!! ……あんたらは早く脱出してくれ。そう長くは持たねぇ」

 

 ユウキたちは強く頷く。

 一言「ありがとう」と口にすると、ユウキ、リリア、アスナの三人は身を翻す。その背中に細い声がかけられた。

 

「私も、ここに残る」

 

 整合騎士シェータだ。

 

「解りました。しんがりをお願いします」

 

 

 

 




ああああああああああああああああ!!!!!!!!
何が何だかわかりませぇぇぇぇぇぇぇぇん!!!

そして、

ごめんなさい、ベルクーリさぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!
ラテンに譲ってください(泣

ユウキの剣の名前はEWからとりました。ごめんなんさいm(_ _)m



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第四十七話 それぞれの決戦前

"(-""-)"


 

 

 

 

 拳闘士団が決死の思いで開いてくれた突破口を抜けてから数分後。枯れ木が連なっていた森が途切れ、すり鉢状の巨大な窪地が前方に出現した。その中に細い道がまっすぐに伸びている。菊岡の話が正しければこの先に《果ての祭壇》ことワールド・エンド・オ―ルターがあり、どこかにアリスを連れ去った皇帝ベクタとそれを追ったラテンがいるはずだ。

 きっと大丈夫。

 そんなことを願いながら、すでに七百にまで減ってしまった人界軍の兵士たちと共に可能な限りのスピードで南進する。

 巨大なクレータのふちを越え、下り坂を駆け下り、、すり鉢の底に部隊が差しかかった、その時。

 何かが低く震えた。

 虫の羽音のような震動音。

 

「……なんでしょう?」

 

 隣にいたリリアも気づいたようで、辺りを見渡す。ユウキもそれに続いて四方八方を見渡すが、あるのは赤黒い地面だけだ。

 

(疲れてるのかな)

 

 極限の集中状態で赤い兵士の軍団と戦っていたため、その疲れが今になってどっと出たのだろうか。しかしそれならば、リリアや同じように辺りを見渡しているアスナにも共通のものが聞こえているのはおかしい。

 視線を再び正面に戻すと、ユウキは目を見開く。

 目の前に広がる光景は先ほどまでとは少しだけ違った。

 

「…………え?」

 

 か細い声がユウキの口からこぼれる。

 赤く、細いライン。

 ランダムに点滅する小さなフォントの羅列が、空から何百本も伸びてくる光景を見たのはこれで二度目だ。

 この後に起こるであろう光景が頭の中で自然に浮かび上がる。

 同時に、驟雨にも似た轟音が炸裂した。

 赤いラインは左右へと広がりながら、無数に降り注ぐ。クレーターの縁に沿って高密度のスクリーンを作り、人界軍を完全に閉じ込めた。

 

「くそっ、囲まれやがったか……。全軍、密集陣形で一点突破だ! リリア、レンリ、武装完全支配術で道を開け!」

 

 ベルクーリが指示を飛ばすと、二人の整合騎士が即座に返事をして詠唱し始める。それが終わると、二人を先頭に人界軍はクレーターの斜面をまっすぐ駆け上がり始めた。赤い兵士の軍団は、目の前にまで迫ってきている。

 それらが衝突する寸前、クレーターの真上で突然、空の色が変わった。

 血のように赤い空が十字に引き裂かれ、紺碧の青空がその奥に広がっている。

 突進を始めていた人界軍もそれを待ち構えていた赤い軍団も、同時に天を振り仰いだ。

 まるで宇宙まで続くかのような、無限の蒼穹。

 その彼方から、白く輝く星が降ってくる。

 よく目を凝らしてみれば、星ではなく人だとわかった。

 空と同じ濃紺の鎧と、雲のように白いスカート。激しく揺れる短い髪は水色。手には巨大な長弓が握られており、それに白い光が反射して星のように見せていたのだ。

 顔は逆光によって、よく見えない。

 

 その謎の人物はこちらを一瞥すると、身の丈に迫るほどの長弓を天に向けて構える。

 右手が朧に光る弦を引き絞った途端、一際強烈な閃光を放ちながら、純白に煌めく光の矢が出現した。

 誰もが唖然とその人物を見つめていると、ユウキのすぐ後ろにいたソルティリーナが囁いた。

 

「………ソルスさま……?」

 

 まるで、その呼びかけに応えるかのように眩い光の矢が、空に向けて垂直に発射された。

 瞬時に分裂し、あらゆる方向に広がる。

 鋭角な弧を描いてターンすると、白熱するレーザー光線と化して地上に降り注いだ。

 光が止むと、人界軍の前にいた赤い兵士たちは黒焦げになった死体へと姿を変えていた。次々と光になって消滅していく。

 人界軍の進行方向の敵をなぎ倒したということは、人界軍の味方であるに違いない。ゆっくりと浮遊しながら降りてくる人物を目で追う。

 その人がユウキとアスナの前に降り立つと、二人は目を丸くした。

 

「お待たせ、アスナ、ユウキ」

「「シノン!?」」

 

 絶望的な状況を助けてくれた謎の人物は、ALOで出会って、友達になったシノンだったのだ。

 ユウキとアスナの二人は戦闘中にも関わらずシノンに抱き着く。

 その二人の背中を優しく擦りながら、シノンはそっと囁いた。

 

「頑張ったね。もう大丈夫……あとは私に任せといて」

 

 二人が離れるとシノンは、長弓を前方に向け、右手で軽く弦をはじく。

 十センチほど引いたところでそれを止めると、先ほどよりもずっと細い矢が出現した。その先端を南で立ちふさがっている赤い兵士たちに照準した。

 ビシュッ、とささやかな発射音と共に放たれた光線は、分裂しながら直径十メートルの範囲に着弾し、大きな爆発を引き起こす。赤い兵士たちはたちまち空中に吹き飛び、光となって消滅した。

 

「いやぁ、こいつは驚いた」

 

 ぬっ、と顔を出したのは騎士長ベルクーリだ。

 

「アスナさんとユウキさんの知り合いかい?」

「はい、大切な……友達です」

 

 アスナの言葉にベルクーリは顎をこする。

 

「つうことは、リアルワールドから来たってことか。……まあ、何にせよ助かった。ありがとう」

 

 感謝の言葉にシノンは頷く。

 すると、ようやく状況が把握できたのか、赤い兵士たちが口々にに罵り声を喚きながら、津波となって人界軍へと駆けだしてきた。

 シノンが素早く口を開いた。

 

「ここから五キロくらい南に行ったところに、遺跡みたいな廃墟が見えたわ。道はその真ん中を貫いてて、左右にはでっかい石像がいくつも並んでる。あそこでなら、包囲されずに敵を迎え撃てると思うわ」

「そりゃあ、ありがてぇ情報だ」

 

 ベルクーリは頷くと、即座に指示を飛ばす。

 それを見たシノンは、小声でアスナに訪ねた。

 

「……その、キリトは、この部隊にいるの?」

「いまさらそんな、水臭い訊き方しなくてもいいわよ。キリトくんは、ココ」

「え、そうなの。じゃあ……ちょっと、挨拶してくるね」

 

 ごほんと咳払いしてから、シノンはキリトがいる馬車の中へと歩いて行った。

 一分ほどで戻ってくると、ユウキとアスナに声をかける。

 

「そういえば、ラテンはどこにいるの? 別の場所?」

 

 ユウキとアスナは顔を見合わせると、シノンに状況を説明した。

 すべての鍵となる整合騎士アリスが、アスナとシノンと同じくスーパーアカウントを使ってダイブした皇帝ベクタに拉致され、遥か南を竜に乗って飛行中であること。それを追っているのがラテン一人であること。

 

「となると……私はラテンの加勢に行った方がいいかもしれないわね」

 

 シノンが小さく呟いた。

 ラテンは昨夜、『皇帝ベクタを俺に任せてくれ』と言った。もちろんラテンの強さを誰よりも知り、誰よりも信じているユウキにとって、ラテンが負けるところなど想像できない。

 だが、先ほどのシノンの攻撃といい、アスナの地形操作といい、ああもぶっ飛んだスーパーアカウントの能力を目の前で見せられれば、信じているとはいえ少しだけ不安になってしまう。

 ここはシノンがいなくても突破できそうなため、シノンにはラテンの手助けをしてもらった方がいいのかもしれない。

 

「うん、ラテンを助けて……シノン」

「大丈夫よ。アイツのことだもの。きっと私が着く頃には終わっていると思うわ」

 

 シノンがそう笑えば、ユウキも自然の笑顔になる。

 ――そうだよね。きっとシノンが着く頃にはベクタを倒しているよ。

 そう思っていると隣にいたアスナが口をひらいた。

 

「詩乃のんはどうやってラテンくんのところへ行くの?」

「え? 普通に飛んでいくわよ?」

 

 至極当然のように言ったシノンに、二人は驚愕の表情を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界をとらえていた小さな黒い点が、今でははっきりとした黒き飛竜のシルエットへと変わっている。あと数分もすれば、並行することができる位置まで近づけるだろう。

 ――もう少しだ。あと、もう少し。

 銀色の飛竜にまたがりながラテンは、一瞬たりともこちらを振り向かない背中に「待っていろ」と念じながら睨み続ける。

 

 飛竜二頭による皇帝ベクタの追跡は、もう二時間近く続いている。

 囮部隊が野営していた森、その南に広がっていた巨大なクレーターを越え、奇怪な虚像が林立する遺跡を通過し、数十分。やっとこの距離まで詰めることができた。二人を乗せて飛ぶ黒い飛竜と、ラテンだけを順番に騎乗させている雨緑と滝刳の疲労度の差が縮めることができた要因だ。

 

 やがて黒い飛竜の隣で並行飛行をすることができたラテンは、滝刳の背中の上でゆっくりと立ち上がる。

 高速で飛んでいることによって発生する突風の波が全身を襲うが、全身に心意を練り上げ全力で踏ん張る。そこでようやく、今まで動くことのなかったベクタがチラリとラテンを一瞥した。

 その瞳は憎たらしいほど無関心で、あたかもラテンがそこにいなかったかのように視線を正面に戻した。

 ラテンは滝刳の背中をポンポンと叩く。そしてすぐ後ろで飛行している雨緑に片手を上げ小さく下におろした。

 二頭の飛竜はラテンの思いに応えるかのように、雨緑は下へ、滝刳は上へと移動していく。

 

「あそこがいいな……」

 

 目を細めたラテンの視線の先には、テーブル上になった巨大な円形の岩山が天に向かって伸びている。

 大きく深呼吸をしたラテンは、ゆっくりと抜刀した。

 僅かにタイミングや狙いが外れれば、ラテンが――人界軍がここまで戦ってきた意味がなくなってしまう。

 だから。

 タイミング。狙い。両方とも絶対に外さない。

 

「―――ッラ!!」

 

 瞼を開けたラテンは突然滝刳から飛び降りると、裂帛した気合と共に刀を振り下ろす。

 白い一筋の閃光が刀から放たれ、騎乗しているベクタに襲い掛かるが、僅かに横にずれたため、彼には当たらなかった。否。わざと当てなかった(・・・・・・)のだ。

 白い閃光はベクタの右隣に直撃する。ラテンの狙いは最初から黒い飛竜の翼だったのだ。

 黒い飛竜はラテンの斬撃が当たると、少しずつその強靭な体が小さくさせていく。

 次第に翼の動きがおぼつかなくなり、やがて小型化が止まる。

 その姿は数分前の僅か半分になってしまっていた。

 もちろんそんな体で二人も支えきることができるわけがなく、掴んでいたアリスが空中に放たれ、ベクタと共に先ほどまでラテンが見ていた岩山に落下していった。

 

「雨緑ッ!!」

 

 空中でめいっぱいに叫ぶと、空中に投げ出されたアリスの体を雨緑が背中でキャッチをする。

 それを見てラテンは心の中でガッツポーズをした。

 別に翼でなくてもよかった。

 頭部。腕。足。尻尾。

 どの位置でもアリスに当たらずかつ黒い飛竜に掠りさえすれば、同じような現象が起こっていただろう。

 あの黒い飛竜は数分前までベクタを乗せていた飛竜とは違う。小型化した飛竜はいわば、数年前の飛竜(・・・・・・)だ。

 ラテンは、順調に成長しようやく飛べるようになった瞬間まで、飛竜そのものをルアー・オリジンで戻したのだ。

 大幅に天命を消費した刀に、心の中でねぎらいの言葉をかけながら納刀し体をひねって体勢をを整えると、空中を蹴った(・・・)

 一歩ずつ、まるで見えない階段を下りていくようにベクタが落ちていった岩山へと近づいていく。

 もちろんチートを使っているわけではない。足の裏で《風素》を生成、炸裂させているのだ。神聖術が苦手なラテンでも時間はいやと言うほどあったため、このように足で風素を発生させることができるようになった。

 残念ながら、風素を炸裂させて得られる勢いよりも重力のほうが強く、上昇することができないため、こうして落下速度を殺すことしかできない。もしかしたら、イマジネーションすなわち《心意》次第で、浮いたり飛んだりすることができるのかもしれないが、今は必要ないだろう。

 とっ、と軽い足取りで岩山の頂上へ降りたつと、ゆっくりと歩を進める。

 十五メルほど先では、先客が相変わらずの無表情で立っていた。

 

「よう、待たせたな」

 

 今必要なのは、

 

「邪魔だ。消えろ」

 

 ――こいつに対する殺意だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 流星のごとき発行の軌跡を残して飛び去ったシノンの後を追うように、人界軍七百人は必死の南進を続けてから二十分後。

 地平線に巨大な神殿めいた遺跡の影が浮かび上がった。シノンが言っていた場所だろう。

 風化したばかりの石が並んでいるその場所は、まっすぐ伸びる道を挟んで、二棟の平べったい神殿が横たわっていた。高さは二十メートルほど、幅は一棟が三百メートル以上はあるだろうか。少なくとも、敵軍の包囲を防ぐ障壁としては十分な規模であると言える。

 

「なんだろうね、これ」

「さあ。きっとラースの誰かが趣味で作ったのよ」

「そうなのかなぁ。でも、こんなもの隣にいたら気分が悪くなっちゃうよ……」

 

 ユウキが見ていたのは東洋の仏像でも、西洋の神像でもない不気味な石像だ。全体的に四角いシルエットの石像の顔には、真ん丸い目と巨大な口が彫り込まれ、胸の手前では短い手を合わせている。 

 うへー、と苦い顔をしたユウキにアスナは小さく笑った。

 

「よし、前衛部隊は左右に分かれて停止だ! 馬車と後衛部隊を通せ!」

 

 途端、先頭を走っていたベルクーリが声を上げた。

 突然の命令に、ラグを生じさせることなくさっと割れた前衛の間を八代の馬車が進み、修道士を主にした後衛もそれに続くと、参道の一番奥で停止する。

 

「そこで待機だ。いつでも戦えるように準備しておけ!!」

 

 ベルクーリはそう言い放つと、長剣を抜きながら数メートル先へと歩いて行った。そのままゆったりとした動作で剣を掲げると、剣筋が見えないほどの速さで振り下ろした。それを二十メートルある横幅の端から端までまで繰り返す。

 はたから見れば空振りしているように見えるが、よく目を凝らしてみると、先ほどまでベルクーリが振っていたところが少しだけ歪んでいるのがわかる。

 いったい何だろう、と疑問に思っているユウキに答えるかのようにリリアが口を開いた。

 

「あれは小父様の武装完全支配術《空斬(カラギリ)》です。あの揺らいでいるように見える場所には、小父様がの斬った威力がしばらくの間留まるんですよ」

「へぇ~、すごいなー! ボクもやってみたいよ!」

「私も一度くらいは使ってみたいですね」

 

 二人の会話が聞こえていたのか、苦笑いを浮かべながらベルクーリが戻ってくると、巨大な地響きが人界軍たちのもとへ届いた。

 笑っていたユウキとリリアの顔が一瞬で引きしまる。

 

「いくぞ、てめぇら! ここが正念場だ!」

 

 ベルクーリの鼓舞に、衛士たちが剣を掲げて返事をした。

 赤い兵士たちはもう目の前にまで迫っていた。

 

 

 

 

 

  

 




今回は短いです。申し訳ない!


皆さんお気づきになったでしょうか? 
実はこの《神速の剣帝》。
なんと、一話から大幅修正されています!
とは言っても、SAO編までしか終わっていませんが……(笑)

前よりか読めるくらいには修正してあると思います。(修正と言うよりは、9割以上書き直しているので、書き直しているといったほうが正しいかもしれません)
その過程で、話の内容も少しだけ変わっています。また違った《神速の剣帝》を楽しめるかもしれませんよ!(笑) 
まあでも、『少し』ましになった(ような気がする)だけですので、ご期待はしないほうがいいかもしれません……(笑)

これからもこの作品をよろしくお願いします!


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第四十八話 神と前菜

(@_@)


 

 

 二頭の銀色の飛竜が隅で着地するのを確認して正面に顔を向け直す。

 黒い甲冑に身を包んだ最大最強の敵――ベクタは依然こちらを見据えたまま動かない。どこまでも冷たい瞳には感情がなく、ひたすら闇が広がっているだけだ。

 

「……そんな悲しいこと言うなよ。せっかくここまで追ってきたんだ。もちろん、相手をしてくれるよな?」

 

 ラテンはにやっと笑いながら鞘に手をかけた。

 暗黒神ベクタ。

 この世界そのものである『システム』に干渉できる、『神』と呼ぶべき存在だ。実際にこのアンダーワールドでは神として崇められている。

 同じこの世界の『神』であるステイシアと同等の天命量、及び超高優先度の武器を持っているだろう。それに加え《暗黒神ベクタ》専用の能力があるはずだ。どんなものかは把握していないが、何にせよ長期戦に持ち込まないほうがいいだろう。

 

 ――五分で片を付ける……!

 

 左手に据えられた刀に心意を込める。

 無限にも等しいベクタの天命を一撃で仕留められるとは思っていない。無限ではないにしろ膨大な天命をゼロにするには、ありったけ心意を込めた一撃を何度か命中させる必要があるはずだ。それでは必然的に長期戦にもつれてしまうため、できれば避けたいところだ。

 ではどうすればいいか。それは簡単だ。

 

 無限にも等しい天命があるとしても所詮は人間だ。奴が感じる『痛み』には限界がある。肉体ではなく精神に攻撃することで、システムによる保護が実行され奴はこの世界からログアウトすることになる。そうなればこちらの勝利だ。

 大きく深呼吸をし瞼を開けて見れば、変わらずただじっとこちらを見据えている神の姿。

 無防備とはいえ、遠慮はいらない。

 

「……行くぜ」

 

 その瞬間、ラテンの姿が消えた。

 ベクタは僅かに目を見開くが、もう遅い。皇帝の目の前には半分以上抜刀し終わっているラテンの姿があった。

 数十メートルの距離を一瞬で詰めたラテンの刀は心意が込められたことによって、白く発光している。

 (きゅう)大空天真流(たいくうてんしんりゅう)抜刀術《天照雷閃(てんしょうらいせん)》。

 挨拶代わりの一撃が、稲妻の如くベクタに襲い掛かる。

 

 ――捉えた!

 

 今までの戦闘経験からそう確信した。目測だが、このまま何にも阻まれなければベクタの体を真っ二つにすることができるはずだ。いくら強靭な男であっても、自らの体が真っ二つに斬られる痛みには耐えられない。

 ラテンの刀がすべて鞘から抜け、高速の刃がベクタの脇腹に触れる瞬間。

 

「……っ!?」

 

 ラテンは目を見開いた。

 ベクタの体がラテンの刀から離れていく。それはいわば、すべてがスローモーションの中で、ベクタの体だけが普通の速さで動いているような感覚。

 ベクタが一歩下がり終えた瞬間、世界の時間が噛み合いだす。

 

 ラテンの確実に当たるはずだった一撃は、対象に衝突することなく空を切った。引き抜かれた刀のあまりの速さに、突風が生じるが皇帝ベクタは表情を変えない。

 ただ、その瞳にわずかに色が染まるのを見て、ラテンは大きくバックステップを取る。

 

「どういう……ことだ……?」

 

 ラテンの一撃は確実に当たっているはずだった。半年ぶりに放つ技だったため、感覚が鈍っていたのだろうか。

 いや、それはあり得ない。

 見ていたのだ。自分の刀が奴の脇腹を捉えるのを。

 ゆっくりと顔を上げると、それまでピクリとも動かなかったベクタの口元が微かに動く。

  

「……しつこい男だ」

 

 あまりにも無機質な声。

 暗黒神ベクタでこの世界にダイブしているのは現実世界の人間だとアスナから聞いているのだが、目の前の男からは人間味が伝わってこない。まるですべてを包み込む虚無のような。

 何にせよこの世界の住人のほうがよっぽど人間くさいだろう。

 ラテンは刀をゆっくりと納刀する。

 

「お前に言われたくないな。このメンヘラストーカー野郎」

「……ほう」

 

 ベクタは僅かに眉をあげた。

 無感情に送られていた視線に興味が宿る。

 

「お前はリアルワールドの人間なのか」

「だったら、どうする?」

 

 やや挑発的に答えるとベクタの表情に感情が生まれた。

 こちらを見る瞳には期待が籠っており、口元には薄っすらと笑みを浮かべている。ようやくラテンを敵とし認識したようだ。

 

「お前は違うな……今まで私が殺してきた者たちとは格が違う」

 

 その言葉を聞いて背筋が一瞬凍りつく。

 『殺してきた者たち』。

 それはこのアンダーワールド内でのことだろうか。いや、きっと違うだろう。この男はおそらく現実世界で何人もの人間を殺している。そうでもなければ突然恐怖に襲われることなどないだろう。

 

「……へぇ、それはあがりたいな。急に弱気にでもなったのか? 暗黒神ベクタ様」

 

 一瞬してしまった動揺を隠すように挑発をする。

 ベクタはラテンの挑発など気にも留めていない様子で、笑みを張り付けたまま口を開いた。

 

「弱気? 違うな。私は楽しみなのだよ……お前の『魂』は、いったいどんな味がするのか、ね」

 

 青白い右手が動き、腰の長剣の柄を握る。

 ぬらりと鞘から抜き出された細身の刀身は、青紫色の燐光に包まれている。

 なんて不気味な長剣なのだろう。まるでベクタ、いや、この男そのもののようだ。

 

「コース通り前菜(オードブル)からいただくとしよう」

「……おいおいそりゃないぜ。《スープ以降(本番)》はアリス一人で補うってか?」

 

 おどけたように肩をすくめれば、ベクタの笑みはより深くなる。

 

「アリス……アリシアはそれだけの価値がある」

「ふーん、そうか」

 

 この男のアリスに対する執着心は異常だ。心の底からアリスを欲しがっている。もしかしたら目の前の男は軍事目的のためにアリスを手に入れようとしているわけではないかもしれない。だがそれはどうでもいいことだ。

 アリスを助け出すことに変わりはないのだから。

 

「……残念だけど、前菜()だけで満足してもらうぜ!」

 

 その瞬間、再びラテンは風になる。

 一瞬でベクタの懐に入ると、先ほどと同じように刀を抜き放つ。

 一筋の閃光がまたもやベクタの右わき腹に向かっていく。今回の一撃も、ベクタを完全に捉えた(・・・)はずだった。

 

「――ちっ!」 

 

 再び時間の歯車が狂いだす。

 ベクタが滑るように後ろに下がり、刀の斬撃圏内から外れる。すると、止まっていた時間が動き出した。

 

 空気を斬る音が聞こえ、突風が発生する。

 盛大に空振りを決めたラテンに、音もなく青白い長剣が振り下ろされた。

 先ほどと同じ《天照雷閃》だったらこの一撃を防ぐことはできないだろう。《天照雷閃》だったら(・・・・)

 

「……!?」

 

 ベクタが驚いたように目を開く。

 無理もない。ラテンの一撃からコンマ数秒遅れて次の一撃が向かってきたのだから。

 (きゅう)大空天真流抜刀術(たいくうてんしんりゅうばっとうじゅつ)(れん)(かた)流絶天閃(りゅうぜつてんせん)》。

 本来殺傷用ではないこの技も、相手から見れば身の危険を感じるはずだ。二撃目が鞘であっても、初撃の威力となんら変わりがないからだ。

 ベクタの剣とラテンの鞘が互いの体に到達するのはほぼ同時だ。この瞬間、ベクタには三つの選択肢が提示される。

 

 一つ目はラテンの鞘を躱すこと。しかしこの距離では不可能なはずだ。避けきる前に鞘が到達してしまう。

 二つ目はラテンの鞘を剣で防ぐこと。残念ながらこれも不可能だ。ラテンの鞘はベクタの剣よりも若干速いため、『防ぐ』ための時間がない。そんなことをすれば剣が鞘の軌道に乗るよりも早く鞘がベクタの体に到達してしまう。だからこれもないといっていいだろう。

 三つ目は相打ち覚悟で剣を振り下ろすこと。先の二つに比べて最もましな選択肢だろう。むしろこの選択肢しか残されていないと言っても過言ではない。普通ならば(・・・・・)の話だが。

 

 鞘と剣が互いの体に到達する刹那、再び時間が狂いだす。

 ベクタがラテンから離れていき、青白い剣もそれに伴って下がっていく。だが若干届く範囲なため、時間が元に戻ったのと同時に体を少しだけ捻った。

 二つの一撃が空振りに終わるとラテンは三歩ほど下がった。不意の一撃が謎の現象に邪魔されたにも関わらず、ラテンの口元には笑みが浮かんでいた。

 

「なるほど。そーいうことね」

 

 今の一瞬で足りなかった情報(・・・・・・・・)を手に入れることができた。それらを照らし合わせて一つの確信にたどり着く。

 

「お前()持ってんのか」

「何の話だ?」

「とぼけやがって……」

 

 不敵に笑ったベクタに睨みつける。

 アスナが持っていなかったことから《この男にも》と思っていたのだがどうやらこの男――暗黒神ベクタにはあるらしい。

 

「システムアシスト……厄介なもん搭載してんじゃねぇよ、菊岡さん」

 

 届くはずのない愚痴をこぼす。

 もちろんこの世界をコントロールするために造られた存在であるため、そういったものがついていてもおかしくはない。むしろ当然のことだろう。ただ、今この瞬間だけは恨めしく思ってしまう。

 

「――どこを見ている」

 

 刹那。

 まるで全方向から声をかけられたような感覚がラテンを襲う。ラテンが見せた隙はほんの一瞬だった。隙とは言えないほどのもののはずだったのだが。

 はっ、と気づいた時にはもう遅かった。

 

「くっ!!」

 

 黒い影に刀を振るうが、影は影。当たるはずもなくラテンから離れていく。それが数メル離れたところで停止すると、笑みを浮かべた男が立っていた。

 

「どうしたその程度か」

 

 返事の代わりに舌打ちをくれてやると、ちらりと視線を落とす。

 ぽたぽたと地面で弾む真新しい鮮血。その元を辿ってみれば、浅いとは言い難い傷が胸から腹部にかけて伸びている。

 すぐに左手をかざし、無詠唱で治癒術を発動させ、止血する。

 

 本来だったら、この切り傷は視線の先にいる男に付いているはずだった。完璧なタイミングで放った不意の一撃があっさりと躱され、あまつさえ自分が最初に剣を受けてしまった。わかってはいたが、一筋縄ではいかないようだ。

 

「……長期戦待ったなしだな、これは」

 

 ゆっくりと中段に構えると、ベクタを見据える。

 いくら長期戦になろうがラテンがすべきことは最初から決まっている。

 

「――コンセプトは変わらねぇ!」

「私を満足させてみろ」

 

 ベクタは不敵に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベルクーリの武装完全支配術はそれはそれは恐ろしいものだった。

 何も知らずに突っ込んでくる赤い兵士たちの先頭を一瞬にして殲滅させ、それ以上の進軍を許さない。側面に回ろうにもこのような一方通行しかない場所では不可能なため、赤い兵士たちは《空斬》が完全に消えるまでその場で留まることを余儀なくされた。その間にも後方から修道士たちが支援魔法を炸裂させ、赤い兵士たちは徐々にその数を減らしていった。

 

 この世界最古の剣士は、たった一人で津波の如く押し寄せてきた赤い兵士たちの勢いを消し去ったのだ。いくら普通ではあり得ないほどの天命量と高優先度の武器を持ったユウキやアスナでも、この男と一対一で戦ったら互角か下手したら負けるかもしれない。間違いなくアンダーワールド最強の剣士だろう。

 ただ何事にも終わりは来るもので、ベルクーリの「そろそろだ」という言葉が開戦の合図となった。

 

 

 

 

 

 自分の丈を超える大剣の横なぎを紙一重でしゃがんで避けると、無防備になった首元に必要な分だけの力を入れて剣を突き出す。罵り声と共に鮮血が口から噴き出すのを見て、無造作に腕を動かし首を跳ね飛ばした。

 

 返り血がユウキの顔を跳ね、条件反射で瞼を閉じて血を拭う。瞼を開けた時には槍が目の前に迫ってきていて、間一髪で躱すが、完璧に避けることができず左頬に一寸ほどの傷が出来上がった。

 じーん、と来る痛みに顔を少しだけ歪めるが、いつまでもその傷に構ってはいられない。追撃してくる槍男に紫色の剣が閃き、呻き声を上げながらその男は絶命した。

 

 新しくつけられた左頬の傷に手を当てる。

 ALOでは決して感じることのなかった痛み。

 もちろんモンスターに攻撃されればそれ相応の衝撃に襲われるが、ペインアブソーバによって痛みは緩和され、感じたとしても《違和感》程度のものでしかなかった。

 しかし、同じVRワールドであってもこの世界は違う。

 ラテンがユウキを優先した理由が改めてわかった気がした。ユウキ自身ラテンにもこのような痛みを味わって欲しくはない。

 

「「Assaaaaaaalt(つっこめ―――っ)!!」

 

 もう何人目かわからない敵を斬り伏せると、不意に何人もの叫び声が耳に入り込んできた。見れば、二メートル以上はある長大なランスを持った赤い兵士二十人が横一列に並んで押し寄せてきた。このままでは埒が明かないと思い、攻め方を変えたのだろう。

 正面から長物を手に突撃してくる敵に、同じく正面で対抗するのは愚行だ。長物同士なら何とかなるが、ユウキのような小回りの利く武器を持っている者は初撃を回避し、カウンターをするのが定石(じょうせき)だ。

 

 ――ここだ!

 

 迫ってくる黒光りしたランスをギリギリのところでパリィする。

 火花を散らしながら、切っ先を側面に押しやると、左足を踏み込む。そのまま流れるように、勢いのまま向かってくる無防備な首元に剣を振り切った。

 噴水の如く血を噴き出しながら倒れた男に目もくれずに後ろを振り返る。見れば、重槍兵の突撃を避けきれず、何人かが体を貫かれていた。

 

 すぐさま地を蹴り、衛士からランスを引き抜こうとしている赤い兵士の背中に、水平二連撃技《ホリゾンタル・アーク》の初撃を浴びせると、ランスを捨て帯刀してあった剣を引き抜こうとするもう一人の赤い兵士に二撃目を放った。

 たちまち二人の男が地面に沈む。だが、残念ながら助けた衛士には深々とランスが突き刺さっており、一見して助からないことが理解できた。

 

「あと……を……たの……み……ます……」

 

 最後の力を振り絞りそう告げた衛士は、糸が切れたように動かなくなった。

 もしかしたらこの衛士には大切な人がいたかもしれない。帰りを待っていた人がいたのかもしれない。こんな意味のない戦いで命を落とす必要などないはずなのに。

 ユウキはせめてもと、衛士に突き刺さったランスを抜き、目を見開いたまま一筋の涙涙流していた瞼をゆっくりと閉じた。

 無言で立ち上がったユウキは俯いたまま動かない。

 

「こんなの……ないよ……」

 

 ぽつりと呟く。

 剣を持つ血みどろになった右手が微かに震える。

 後ろからは重槍突撃の第二波が早くも迫ってきていた。

 

「ユウキ!!」

 

 近くからリリアの叫び声が聞こえてくる。

 注意を促しているのであろうリリアに見向きもせず、ユウキは踵を返し少しだけ前に出た。

 

 ちょうど直線上で立っているユウキに気が付いたのか、一人の赤い兵士は槍の持つ角度を少しだけ変えた。

 地響きと共に第二波が迫ってくる。

 赤い兵士の叫び声がすぐ傍まで近づいてきた瞬間、ユウキはばっ、と顔を上げた。

 あの世界で培われた反応速度を最大限に発揮し、紙一重で避けると長大なランスを掴む。ALOでならユウキはこのランスを止めることができただろう。だが、アンダーワールドにはALOでは無視されるパラメータが無数に存在しているようで、返り血で濡れた左手はランスを止めることなくずるりと滑る。

 だがユウキは焦っていなかった。元々止める気はなかったからだ。

 

 僅かに勢いが緩んだランスを横から剣の腹で叩き付ける。刃で叩き付ければ折れてしまうランスでも、腹で押せば折れることはない。

 ユウキのアカウントのパラメータと剣の勢いで赤い兵士が二人を巻き込んで横に倒れ込む。個人的にはもう二、三人ほど巻き込みたかったが、この際わがままを言っても仕方がないだろう。

 

 槍を手放すと、足を踏み込む。

 片手剣単発重攻撃《ヴォ―パル・ストライク》。

 ジェットエンジンめいたサウンドと共に赤い閃光を伴った《シンビオセス》が、体勢を崩し、無防備になった三人を貫いた。

 

 軽い動作で剣を引き抜き、絶命した三人に一瞥もせずに正面を向き直る。後ろでは第二波で突撃してきた赤い兵士たちと衛士たちが交戦しているが、ユウキはそのまま走り出した。

 後ろの衛士たちの手助けよりも、第三波を事前に止めることを優先したからだ。

 

「これ以上は、させない!!」

「ユウキ、待って!」

 

 ようやく敵を捌ききったリリアの制止も聞かず、ユウキは一列に並び長槍を突き出している赤い兵士たちに斬りこんだ。

 

 

 




ぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!

明確な表記はないですけど、ベクタさんにはシステムアシストをつけさせていただきました。さすがに、ベルクーリの剣撃を何度も簡単に避けられるわけはないと思ったので……。
もし違ったら、すいません!!

あと旧・大空天真流の抜刀術ですが、表記を変えました。いきなりで申し訳ありません! 以前の技は訂正させていただきます。


何がともあれ、開戦したわけですけども。
ちょっと余裕そうに見えるラテン君ですが……
君、一応ボコされてるからね!?

果たして彼は勝てるのでしょうか  ←お前が言うな

これからもよろしくお願いします!




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第四十九話 救いと絶望

(*´Д`)


 

 

 

 青い正方形が宙に展開されると、ユウキは崩れるように膝をついた。荒い呼吸で顔を上げれば、目の前に広がるのは真っ赤な鎧のみ。

 重槍突撃の第三派、第四波を抑えることができたものの、ユウキの体には無数の傷が出来上がっていた。綺麗なパープルの服も所々が引きちぎれ、そこから赤い鮮血が静かに流れている。

 

「まだ……まだ……!」

 

 自分を叱咤するように絞り出すと、血濡れた紫の剣を支えにしてよろよろを立ち上がる。

 視界が歪み、敵の輪郭さえおぼつかなくなってもあきらめることはない。ラテンが戻ってくるまで、倒れるわけにはいかないのだ。

 

Drop dead(死ね)!」

 

 息を整えていたユウキに怒号が降りかかってきた。

 見れば、消耗しているユウキをチャンスと捉えたのか、赤い兵士の一人が、第五波の戦列から抜け出して突っ込んできていた。

 それに対応しようと、支えにしていた紫色の剣を握るが、鉛のように重く思うように動かない。視線を前方に戻してみれば、赤い兵士が目の前まで迫ってきている。

 この距離まで詰められれば、今のユウキの体では避けることができない。目前の兵士の一撃を受け、確実に一撃を打ち込むしか撃退する方法がなかった。

 幸い天命は心配する必要がないほど大量に残っている。ユウキ自身が戦うことを止めなければ、何時間でも戦うことができるだろう。

 

「調子に……乗るな!」

 

 紅の剣がユウキの体に襲い掛かろうとした瞬間、背後から凛とした叫び声とともに桜色の剣が赤い兵士の体を分断した。

 

「りり……あ…」

 

 血濡れてもなお輝いて見える綺麗な金髪が振り向く。その顔には心配と怒気の色が混ざり合っていた。

 

「ごめんなさい。思って以上に手間取ってしまって……」

「……ううん、ボクは大丈夫だよ。だから――」

「ダメです」

 

 再び凛とした声が今度はユウキをピシャリと遮った。

 

「な、なんで……」

「……ユウキは一人で背負い過ぎですよ」

 

 まっすぐな瞳がユウキを映す。

 

「確かに、相手はリアルワールドから来た人間たちなのかもしれません。それを同じリアルワールドからやってきたあなたが必死になって止めようとする気持ちはわかります。きっと、私が同じ立場だったら同じことをしていたでしょう……でも、ユウキが一人で背負う必要はないんですよ?」

 

 怒気が混じった顔が少し微笑んだ。

 

「この場には私がいるじゃないですか。私や、小父様、アスナさんや衛士たちが」

 

 振り向けば、必死に指示を飛ばしている大男やそれに応じて動いている衛士たちの姿があった。顔を戻せば、リリアの後ろには同じくボロボロになりながらも懸命に立っているアスナの姿があった。

 みんな戦っているのだ。一緒に。

 

「……せっかく一緒にいるんですから、私にも背負わせてください。あなたの思いを」

「……うん、ありがとう」

 

 ユウキの言葉を聞いたリリアは深く頷いた。

 ようやく鮮明になってきた視界で赤い兵士たちをとらえる。

 全身を包んでいた疲労が少しは軽くなったが、現状が変わったわけではない。視線の先では、二十人の重槍兵が今にも走り出しそうな勢いでこちらを睨んでおり、その後ろにはまだ大量の兵士たちが残っている。人数比はまだまだ向こうのほうが上だ。

 

 

 ユウキの隣にリリアが立つ。

 アスナを含めた三人だけでは、残念ながら二十人全員を迎撃することはできないだろう。だが、全員を迎撃する必要はない。後ろには信念を持った衛士たちがいるのだ。彼らになら任せても大丈夫だろう。ユウキがするべきことは、自分が捌くことができる限界人数を相手にすることだけだ。

 

「――いくよ!」

「――はい!」

 

 二人が気合を入れるのと同時に、二十人の重槍兵が突進を開始した。

 地面が震え、赤い兵士たちが濁流の如く押し寄せてくると、重い足音とは別の甲高い震動音がどことなく混入してきた。

 思わず視線を音のする方へ向ければ。

 赤い空から、一本のラインが伸びてきていた。それには見覚えがある。ユウキたちが戦っている赤い兵士たちを次々と生み出したものだ。

 

「……また、ですか」

 

 隣でリリアが奥歯を噛む。

 無理もない。こんな苦しい状況で敵の援軍が来たのだ。喜ぶ奴などいるはずがないだろう。しかし、今回は違った。

 

「……青、色?」

 

 赤い空に伸びるラインは、先の赤い兵士たちを生み出した赤いラインではなく、澄みきった深い青色のラインだった。

 そのラインは、高さ十メートルほどの空中で凝集し、一瞬の閃光に続いて、人の姿へと変わる。その人影がとてつもない速さで動くと、いつしか止まって見上げていた二十人の重槍兵の目の前へ降りたった。 

 刹那。

 二十人が深紅の鮮血を噴き出しながら倒れた。

 ぽかんと見つめるユウキの視線の先には竜巻が発生しており、その勢いが弱まっていくと、突如現れた人影の正体が鮮明に見えてくる。

 背中を向けて立つ、やや細身の長身。艶やかな和風の鎧が、逆光を受けて煌めいている。左手を腰の鞘に添え、右手には恐ろしく長い刀が姿を見せていた。

 その人影がゆっくりとこちらに振り返る。口元にはにやりと笑みが浮かんでいた。

 

「おう、待たせたな、アスナ、ユウキ」

 

 目の前の男をユウキは知っている。

 ユウキの知り合いの中でも最も刀が好きな野武士ヅラ――クラインだ。

 

「なん――」

 

 ユウキの言葉は無数の震動音にかき消される。

 顔を上げればユウキが良く知る人たちが次々と青いラインから出現していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 浅くなっていく呼吸で苦しくなりつつも、刀だけはしっかりと握りしめて地を蹴る。

 こうして突進するのはもう何度目かわからない。

 地獄の世界を経験した時よりもずっと前から鍛えてきた己の剣術を最大限に駆使しても、数センチの差を埋めることはできなかった。数多の斬撃を黒い影となってするりと避けられ、時折飛んでくる青紫の剣光が新しい鮮血を生成する。

 今朝渡された、セントラルカセドラルでジャビが持ってきてくれた服と似たような純白の服も、その大部分が赤黒く変色してしまっていた。

 まとわりつくような不快な感触が肌を撫でながらも、ラテンは剣を振るうことを止めない。下手な鉄砲も数を撃ちゃ当たるからだ。

 

「ハッ!」

 

 火花が激しく散る中、水が流れるように動いていたラテンの刀が一瞬止まり、コンマ半秒かからずに真逆から繰り出された。

 しかし、誰もが引っかかりそうなフェイントでさえも目の前の男には通用せず、いとも簡単に躱される。

 

「これでもダメか……」

 

 絞り出すように呟きながらも、ラテンは頭の中で次の策を講じていた。

 ベクタの動きは今まで戦ってきた者とは全然違う。

 最小限の動きで避ける者なら何人か見たことがあるが、こう何度も簡単に躱されたのは初めてだった。それに加え、奴の剣は何の前振りもなく突然飛んでくる。僅かな動きを見逃さないラテンでさえも、ベクタの剣だけは予測することができない。だからこうして一方的にやられているのだ。

 ――アレを使うしかないのか

 ベクタを睨みながら奥歯を噛む。

 

 

 アレ、とはラテンの奥の手である《真思》のことだ。だがそれには問題が二つある。

 一つ目は自分自身が言っていた『忠告』だ。限界を超える力を出すことができる反面、自分以外のすべてを拒絶し殲滅しようとする自己防衛本能。つまり、この場で使えばベクタだけでなくアリスも『標的』になってしまう可能性があるのだ。仮にベクタを倒せたとしても《真思》が継続していたらアリスを助けた意味がない。自分を止める『誰か』がいなければ。

 

 

 二つ目は《真思》を使ってもベクタを倒せる保証がないことだ。もちろん真思は己の限界を超える力を引き出せる。これのおかげで何度もピンチを潜り抜けることができた。真思のすごさは自分が一番よく分かっている。だが、それでもベクタを倒すことができるだろうか。

 ラテンが今まで倒してきた相手はいずれも設定されたシステムの範疇でしか動くことができなかった。しかし、目の前の皇帝ベクタは違う。設定されたシステムの範疇を書き換えることができる、システムアシストが搭載されているのだ。そんな相手に、設定されたシステムの範疇でしか動けないラテンが勝てる確率はものすごく低いだろう。

 

「くそっ……啖呵を切ったはいいんだけどな……」

 

 ラテンが自らベクタと一対一で戦うことを名乗り出たとのはあくまでベクタの《固有能力》を無効化できると考えたからだ。剣術対決に持ち込むことができれば、ラテンにも勝機があった。

 しかし現実は違った。皇帝ベクタは《固有能力》を発動させるどころか、システムアシストを搭載していた。剣術に自信のあるラテンでさえもさすがにこれは厳しい。そろばんの達人がスーパーコンピューターに計算速度で勝負を挑むようなものだ。

 

「……お前にいいものを見せてやろう」

 

 不意に無機質な声が真横から降りかかってきた。

 ――いつの間に……!

 刀を振るうもベクタの青紫の剣が先にラテンの肩を掠めた。

 その瞬間、ラテンの中で渦巻いていた殺意が意識と共に遠のいていった。あらゆる思考が遮断され、頭の中に残ったのは自分がこの場で何をしていたのかという疑問のみ。

 戦いの最中突然惚けたラテンの意識を引き戻したのは、背中に流れた電流だった。

 

「がはっ!?」

 

 鋭い痛みを感じ、膝が折れながらも前方へ足を踏み出し背後から距離を取って振り返る。

 ぽたぽたと地面に血が滴るのを聞いて自然の息が荒くなる。

 どう考えても浅くはないだろう。

 

「……それがお前の《能力》か」

 

 ラテンの問いにベクタは微笑をもって答える。

 青紫の剣が触れた瞬間、意識がすべて遠のいた。それは奴がラテンの《心意》を消したということだ。つまり、《暗黒神ベクタ》の固有能力は《意識操作》ということになる。

 

「……おいおいこの世界にはドSしかいねぇのかよ」

 

 剣が触れただけで意識操作をできるということは、ベクタはいつでもラテンを殺すことができた、ということだ。つまり、今の今までベクタはラテンとの一騎打ちを楽しんでいた(・・・・・・)のだ。ラテンの苦しむ姿を、前菜の如く味わうように。

 

「……気が緩む暇があったら足を動かすのだな」

「――っ!?」

 

 ベクタが無造作に剣を突き出すと、青紫の切っ先から青黒い粘液めいた光が伸びる。

 反射的に伸びてきた光へ刀を振るえば、四散するように消えた。

 

「……ほう」

 

 ベクタはラテンを無表情に見つめる。

 

「そう思い通りになると思うなよ」

 

 ラテンは息を整えながら睨みつけた。

 おそらく先ほどの青黒い光もベクタの能力を伴っているはずだ。あれに触れてしまえば最後、ラテンは簡単にベクタの剣を受けることになる。

 これに関してはラテンが来て正解だっただろう。ラテンの持つ刀でなければ遠方からの攻撃を防ぐ手段がない。しかし、遠方からの攻撃が通用しないとはいえ現状が大きく変わるわけではない。

 奴はシステムアシストに加え意識操作ができるのだ。こうなってしまうと簡単に攻めることができない。いよいよ勝つ見込みがゼロになってきた。

 そんな状況でも、ラテンは刀を持つ手の力を緩めない。

 

「俺は」

 

 ベクタとの距離を一瞬で詰め、高速の斬撃をベクタにお見舞いする。

 しかし、涼しい顔ですべて避けられ、防がれ。

 二人の間を飛び交うのは、無数の火花とラテンの鮮血だけだ。

 

「負けるわけにはいかねぇんだ」

 

 一歩。また一歩踏み出す。

 決して届くことはないとわかっていても、ここで足を止めるわけにはいかない。

 ベクタの顔にだんだんと嫌悪の色が滲む。

 

「刺し違えてでもお前を、なんて空しいことは言わねぇよ」

 

 伸びてくるいくつもの青黒い光を何度も何度も避けては迎撃し。

 自分が作り出した血だまりに足を取られそうになりながらも、ベクタとの距離を詰め続ける。

 

「お前を倒して――」

 

 ラテンの返り血がベクタの瞳に飛び込み、一瞬だけ皇帝の動きが止まる。

 そのタイミングを待っていたかのように、ラテンがありったけの心意を込めた刀を振り下ろした。

 ガキィィィン! と、一際大きな金属音と火花が辺りに広がった。

 キリキリと音を立ててラテンの刀を阻んでいるものは青白い不気味な剣。視界を奪い、動きを停止させても、ラテンの一撃が通ることはなかった。

 刀に宿った心意が、青紫の剣に吸われるようにその輝きを褪せさせていく。それでもラテンは、刀に体重を乗せ続けた。

 やがて圧力に耐えかねたように皇帝の膝が折れた。

 

「――約束を果たす!」

 

 気合を込めると、青紫の刃がベクタの鎧に食い込んだ。

 

「――飽きたな」

「っ!?」

 

 おそろしく冷たい一言と共に、押さえつけていたラテンの刀がいとも簡単に弾かれる。体勢を崩したラテンが次に捉えたのは、振り切ったはずの青紫の剣が振り下ろされる瞬間だった。

 

「くそっ……!」

 

 弾かれた刀を慌てて引き戻したものの間に合わず、視界の半分が血に染まった。

 

 

 

 





いやあああああああああああああああああ!!!!


今回はちょっと短いです。申し訳ありません!



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第五十話 死闘と決着



( ゚Д゚)( ゚Д゚)( ゚Д゚)( ゚Д゚)( ゚Д゚)( ゚Д゚)( ゚Д゚)( ゚Д゚)( ゚Д゚)


 

 

 

 

 ドクン。

 奥底に眠る『何か』が脈打つ。

 ――やめろ。

 奥底に眠る『何か』に懇願する。

 ドクン。ドクン。

 しかし、願いに反して『何か』は暴れだす。

 ドクン。ドクン。ドクン。

 ――やめろ。やめてくれ。

 次第に早くなっていく鼓動を止めることはできない。

 ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。

 ある一点を中心に、体が黒く染まっていく。

 抗うように懇願しても、その勢いは弱まらない。

 ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。

 ――やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!

 やがて『黒い何か』はラテンのすべてを覆った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 顔を跳ねた不快感を指で拭う。

 指先についた赤色を一瞥すると、この血の所有者に顔を向けた。

 自分に反抗してきた青年は、左手で顔を抑えながら荒い呼吸を繰り返している。俯いているため、表情はよく見えない。だが、おそらく自分の無力さに打ちひしがれているはずだ。現に、先ほどまでの威勢のよさは綺麗さっぱり消えている。

 

 暗黒神ベクタ――ガブリエル・ミラーはこの青年に期待してしまった自分を少し呪った。今まで殺してきた者たちとは違う『何か』を感じたのだが、どうやら気のせいだったらしい。

 青紫の剣をゆっくりと持ち上げ、青年に向ける。

 途端、青黒い光が剣先から伸び、青年に衝突した。

 

「……消えろ」

 

 音もなく近づいたベクタは、顔を抑えたまま動かない青年の無防備な腹に右手の剣を突き刺した。自分の体に剣が刺さったにもかかわらず、悲鳴一つ上げない青年にベクタは嫌悪の色を顔に浮かべた。

 

 つまらない。実につまらない。

 普通の人間であれば、自分の死が近づけば懇願や悲鳴を上げるものだろう。その中でも、自分の力に自信を持っておりそれが通用しなかった者の絶望は一際大きいはずだ。

 それだというのに、この青年は黙ったまま自分の剣を受け入れている。

 結局、この青年も今まで殺してきた者たちと同じだった、ということだろう。

 

「……アリシア……待っていろ」

 

 そう呟いたベクタの思考からはラテンの存在が完璧に排除されていた。思考を埋め尽くすのは、銀色の竜の背で眠っているアリスのみ。

 銀色の竜たちがこちらを睨んで、ぐるると唸る。

 さっさと飛び立てば少しは時間を稼げるはずだが、それをしないのはアリスが気を失っているからであろう。

 この場所はおおよそ百ヤードある。万が一、気を失っているアリスがバランスを崩して落下してしまったら助からない。だからこの竜たちは青年にすべてを託したのだ。結果は、見ての通りだが。

 

 そこで、ベクタは忘れていたかのように右手を引く。

 ずろろ、と不快な感触と共にゆっくりと抜けていく剣が、不意にその動きを停止させた。それと共に感じたのは、自分の右手を掴む『何か』。

 

「…………?」

 

 先ほど消し去った青年の思考を戻しながらその『何か』に視線を向ける。

 皇帝の青い双眸に、血みどろになった手が映りこんだ。

 

「なん――」

「つ~かま~えた」

 

 おそろしく低い声音には似つかわしくないイントネーションが目前から聞こえてきた。

 驚いて視線を向けてみれば、血まみれの顔の中こちらを凝視する一点の瞳。その少し下には口角が上がった唇が――

 次の瞬間。

 右腕の感触が無くなった(・・・・・)

 

「――っ!?」

 

 ベクタは顔を大きく歪ませながら後ずさる。

 ちらりと視線を右に動かせば、ついさっきまであった右腕が消えている。あるのは痛みと、肩から噴き出している鮮血のみ。

 

「……止まれ」

 

 左手を傷口にかざし、命令するように口を開けば、噴き出していた血がぴたりと止む。それを確認すると、再び正面を向き直った。

 見れば、青年が左手でベクタの右腕を持ち、腹部に深々と刺さった青紫色の剣を抜いていた。その顔はとても痛みに耐えているような表情ではない。ただただ笑っていた。

 

「……お前は、一体――」

 

 そこまで言って、視界から青年の姿が消える。

 目を見開き急いで視線を動かすが、どこにも青年の姿はない。

 ガブリエルにとって、戦闘で相手を見失うのは初めての経験だった。だから一瞬だけ判断が遅れてしまう。

 

「――ここだ」

 

 不意に背後から声が降りかかってきた。それと同時に訪れるのは、鋭い痛み。

 

「――っ」

 

 しかし、ベクタの反撃も早かった。

 振り向きざまに残った左腕でエルボーを顔面にお見舞いする。

 長年鍛え上げたマーシャル・アーツの威力は絶大で、ラテンの動きを止めた。そのまま青年の腹部にニ―・キックをめり込ませると、大量の血がラテンの口から飛び出した。

 無防備になった背中に左手を振り下ろす。しかし、その手がラテンの背中に触れるのと同時に、ベクタの体に刀が振り切られた。

 ラテンは地に叩き付けられ、ベクタは腹部を抑えながら数歩下がる。

 ドクドクとラテンを中心に鮮血が床に広がるのをベクタは無表情で見つめていた。しかし、その足は後ろに下がっていく一方で、先ほどよりも余裕がない。

 やがてベクタのかかとに堅いものが当たる。

 

「……?」

 

 視線をそちらに向ければ、誰かの(・・・)右腕に握られた青紫色の剣が静かに横たわっていた。無論、誰かの(・・・)右腕はベクタ自身のものだ。

 自分の右手を何のためらいもなく払いのけると、青紫色の剣に手をかける。そのまま振り向きながら勢いよく剣を突き出した。

 ベクタに迫っていた黒い影がピタリと止まる。

 

「……死の危機を感じて内なる力が目覚めたか」

 

 ラテンは答えない。

 ベクタの能力を受けたからだ。 

 

「……だが、残念だったな。それでも私を倒すことはできない」

 

 ベクタは青紫色の剣を掲げる。

 そして、無造作に振り下ろした。

 青紫の剣先がラテンの体に触れた瞬間、二つの鮮血が迸った。

 

「っ!?」

 

 ベクタは自分の体を駆け抜けた電流に目を見開く。見れば、青年が刀を振り切っていた。

 ――ありえない。

 《暗黒神ベクタ》の能力は完璧だ。それにガブリエル・ミラーの心意が合わさることで、唯一無二の絶対的な力へと変貌した。どんなに強靭な精神を持つ人間でも今のガブリエルの前では無力。つまり、青年がベクタの能力を抜け出すことなど不可能なはずだ。現に先ほどは青年の動きが止まっていた。

 しかし、今の反撃の速さは異常だった。

 ベクタの剣が触れたのと同時に、青年の刀が動き出していた。そこから推測すると、自らの体を取り巻いていた虚無に、ほんの僅かな違和感が加わったことで瞬時に正気に戻った、というところだろうか。それでも先の速さは異常だ。システムアシストが働く前に速く動くなど、人間業ではない。

 

 

 ベクタが後ずさると、それを追うようにラテンが詰めた。

 ついさっきよりも格段に速くなっている斬撃をベクタは防ぐので手一杯だった。まるであらゆる方向から同時に攻撃されているようだ。

 しかし、それでもシステムアシストの力は強大で、ベクタにこれ以上の傷を付けさせない。

 

 視認不可能な斬撃の応酬が二人の間を行き交い、衝突する。時節飛び散る火花が、辺りを明るく照らした。

 数秒間の均衡状態が続いたのち、青紫の剣がラテンの肩を掠める。同時にラテンは動きを止めた。

 無表情にベクタはラテンに剣を突き刺す。そのまま壁に突き刺さった剣を抜くかのように、傷が塞がっていない腹部へ前蹴りをする。強烈な連撃に、ラテンは数メートルほど吹き飛んだ。

 ベクタはちらりと自分の体を一瞥する。

 胸元にできた新たな傷が、大量の鮮血を噴き出していた。

 

「……あきらめろ」

 

 このまま戦えば、間違いなくベクタが勝つ。

 今の二人の速さはほぼ同等。有効的なダメージを与えるには、それ相応のダメージを受けることになる。つまりこの戦いは我慢比べ、すなわち天命が多い(・・・・・)方が最後に立っていられるのだ。

 ただの『一般人』であるラテンと『神』であるベクタの天命量は、言うまでもなくベクタに軍配が上がる。

 しかし、そんなことなどまったく気にしていない様子で、吹き飛ばされたラテンはよろよろと立ち上がった。

 体には無数の傷と、二つの大きな穴。片目は斬られ、体中は血に染まっている。

 どう見ても致死量を超えた出血をしていた。立っていられるはずがない。

 

「――化け物め」

 

 そう呟いたベクタの口元には淡い微笑が浮かんでいた。

 緊迫した戦闘は何度も経験している。しかしこれほどまでの高揚感を得るのは、初めてだった。

 自分と対等な実力を持つ者。そんな人間の魂も長年待ち望んでいた。アリスの魂を味わう前にそんな人間と出会うことができたのは奇跡だろう。あるいは、こうなる運命だったのか。どちらにせよ今のガブリエルにとってはアリスに次ぐ収穫物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分でも立っていられるのが不思議だった。 

 失われた血液すなわち天命は、自分の許容量を遥かに超えている。体はすでに限界を超え、正常な思考もままならない。

 こんなに生きているのが苦しいと感じたのは初めてだ。体中が悲鳴を上げ、呼吸をすることさえ躊躇われる。きっと、ベクタの次の一撃を無感情に受ければ、苦しみから解放されるだろう。それでも立っていられるのは、目の前の男に向かっていけるのは、自分はまだ死ねないと思っているからだろうか。

 

 

 ラテンは地を蹴る。

 黒い『何か』に染められ、もはや自分ではなくなってしまった自分の力は凄まじかった。システムアシストを搭載し、絶対的な能力を持ったベクタと対等に渡り合っている自分の本能は、システムの力を超え、人間の力すら越えようとしている。

 『自分を守るために』。

 そこで何かに引っかかった。

 ――俺は、自分を守るために戦っているのか?

 不意にベクタの剣が再び掠る。意識が、ふっ、と途切れ、虚無が思考を覆う。そして何かが自分に触れると、反射的に刀を振り切った。

 

 意識が戻れば視界に映るのは宙に飛び散る新たな自分の血液。

 それを無感情に眺めながら、先ほど中断した思考を再び地を蹴るのと同時に再開する。心の底にあるのは、『死ねない』という感情と『ベクタを殺す』という殺意のみ。それ以外は何もなかった。しかし、何故か引っかかる。

 ベクタに対する殺意はわかる。この戦いが始まる前からずっと抱いていたことだ。だが、『死ねない』という感情は何だろう。即座に『自分のために』という言葉が浮かんでくるがどうもしっくりと来ない。この言葉以外にもっと適切な言葉があるような気がしてならないのだ。

 

 

 何度目かの打ち合いの後、再び虚無がラテンを襲い、ベクタに吹き飛ばされる。もちろんベクタもただでは済まず、新たな傷ができていた。

 

「この楽しい時間も、次で終わりだ」

 

 ベクタは剣を突き出す。

 仰向けに地面に倒れたラテンは視界の隅に映った銀色に、視線を動かした。

 静かに見守る二頭の銀色の竜。その背に見える僅かな金色。

 その金色には見覚えがあるような気がした。

 

「あ……りす……」

 

 口が勝手に動く。

 思い出せなくても、体が覚えている。いや、思い出せないのではない。思い出そうとしていないのだ。思考を埋め尽くす殺意がそれを許さないだけで、本当は記憶の中に眠っている。彼女のことや、自分が引っかかる原因の正体が。

 途端、激しい頭痛と何度も味わった虚無に襲われた。

 

 ――ころせ。

 何もない真っ黒な空間で、自分の中にいる『何か』が語り掛けてくる。

 ――じぶんをまもるために。

 それが正しいと言わんばかりにつきつけてくる。

 

「……違う」

 

 ――なにもいらない。

 

「違う」

 

 ――おれだけがいればいい。

 

「違う!」

 

 頭の中に響いてくる声をかき消すように叫んだ。

 

「俺は……俺は……!」

 

 ひたすら闇が広がる空間を懸命に走り出す。

 自分が戦う本当の理由を、忘れている何かを探すために。

 やがて足がもつれてその場に倒れ込んだ。息が上がり、視界がぼやける。すると、ぼやけた視界に白い光が舞い込んできた。温かく、優しい光に思わず手を伸ばす。その光を取ることができれば、すべてがわかる気がするのだ。

 

「……教えてくれよ。俺は何のために……」

『――待ってるよ』

「っ!?」

 

  

 絞り出したように呟いたラテンに優しい声がかけられる。

 顔を上げれば笑顔を向けてくる一人の少女。

 

「――ユウキ」

 

 その言葉を引き金に、たくさんの人の顔が頭の中に飛び込んできた。

 この世界にやってきて最初に話し、色々なことを教えてくれたサイン。

 困っていたラテンに居場所を提供してくれたソコロフさんとアイシャさん。

 素直じゃないけど根はとても優しく姉思いのマリン。

 この世界で数々の修羅場をくぐり抜けてきた相棒とも呼べる存在であるリリア。

 そしてラテンの最も大切な存在であるユウキ。

 

「そうだ……俺は」

 

 ゆるりと立ち上がる。

 何も存在しない虚無の中で、一筋の光を手に取ったラテンはゆっくりと瞼を上げた。

 

「俺は、大切な人を守るために――死ねない!」

 

 ラテンの視界が光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……な、に」

「言っただろ。そう思い通りにはならないって」

 

 笑みを浮かべたラテンの首元には、散々苦しめられた青紫色の剣の切っ先が制止していた。喉元を貫通させるよりも早く、ラテンが刀身を掴んだのだ。

 

「……なぜ動けた」

「教えねぇよ。きっとお前が生涯をかけても理解できないことだからな」

 

 ぱっ、と刀身を離して、刀を振るう。しかし、案の定システムアシストによりいとも簡単に避けられてしまった。だが、ラテンは笑みを崩さない。

 左手をかざし、遠くで転がっていた鞘を呼び寄せる。

 

「……またその瞳、か」

 

 ベクタは静かに呟く。

 

「……その瞳のお前には興味はない。消えろ」

「とんだホモ野郎だな。言っておくが俺はノーマルだ」

 

 ラテンはゆっくりと納刀した。そのまま腰を落とし、抜刀術の構えを取る。

 

「またその技か。愚かだな。私には通用しない」

「……そうか、まあ見てろよ。今の俺にしかできないとっておきだからな」

 

 大きく息を吸って呼吸を整える。

 受けた傷からしてこれが最後の攻撃になるだろう。だから――

 

「――ルアー・オリジン」

 

 左手に持つ鞘が白い閃光を伴う。

 ベクタは無表情でそれを眺めると、ゆっくりと剣を突き出した。

 

「……終わりだ」

「――ああ。これで終わりだ」

 

 自分の中に残っているすべての力を使い、ラテンは一陣の風になる。ベクタの心意が込められた光を、風の如く避け続けるとやがてベクタの前へ到達した。

 右足を踏み込み鞘から刀を抜く。

 白い稲妻がベクタに襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この瞬間、ベクタは勝利を確信した。

 青年が繰り出したのは何の変哲もない抜刀術。違うところは、システムアシストと同等の速さということくらいか。しかし、それは何の問題もない。

 この状況。先に仕掛けたのは青年であり、その一撃をシステムアシストで躱すことは厳しいだろう。だが、躱すことはできなくても、防ぐことはできるのだ。システムアシストをフル活用し、最適な角度で刀を受け、そのまま受け流す。そして無防備になった体に剣を突き刺してすべてが終わりだ。

 ベクタは剣を持ち上げた。

 迫りくる白い稲妻を寸分の狂いもない動作で受け、そのまま――

 

「――っ!?」

 

 ベクタは目を見開いた。

 何故なら、阻まれ、受け流されるはずの白い稲妻が青紫の剣を通り抜けた(・・・・・)からだ。

 次の瞬間、暗黒神ベクタの膨大な天命が消し飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――(きゅう)大空天真流(たいくうてんしんりゅう)抜刀術(ばっとうじゅつ)()(かた)神隠(かみかく)し》」

 

 最初の右足踏み込みと同時に刀を抜き、重心を上半身へ移動させる。左足が浮くのと同時に一瞬だけ手首を動かし刀を引き寄せ、左足の踏み込みと同時に再び手首だけを動かし、軌道を元に戻してそのまま振り抜く。旧・大空天真流最後の抜刀術。

 一歩間違えれば自分だけが剣を受けてしまう非常に危険なこの技が成功したのは、ラテンの『死ねない』という思いが大きな要因だろう。

 

 大きく息を吐いたラテンは両手に持った刀と鞘を離す。

 糸が切れたかのように膝が折れ、膝立ち状態になった。

 

「……悪い、ユウキ。少しだけ……休ませてくれ」

 

 そう呟いたのを最後に、ラテンは動かなくなった。

 

 

 






いやあああああああああああああああああああ!!!!!!

いや、ほんとうにもうなんといえばよいか……
ごめんなさい。本当にごめんなさい。



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第五十一話 願い


( 一一)


 

 

 

 ……あったかい。

 整合騎士アリスは、おぼろげな意識の中で確かな温かさを感じていた。

 体を包み込むふさふさな感触。肌を撫でる柔らかな毛。これらは先ほどまで自分を包み込んでいた、暗くて冷たい虚無とは全く違う何か懐かしいものだった。

 もっとこの心地よさに身をゆだねていたい。

 しかし、自分の願望とは裏腹に意識は徐々に覚醒し始める。まるで誰かが『起きろ』とでも言っているように、自分の体が小さく揺れた。

 

「……もう少し」

 

 懇願するように呟けば、再び体が小さく揺れる。それはだんだんと強く、連続的に続いていく。どうやら自分を起こそうとしている主は何か急いでいるようだ。

 この心地よさを邪魔する主に鬱陶しさを感じながらも、アリスはゆっくりと瞼を持ち上げる。

 まず視界に飛び込んできたのは艶やかな銀色の毛だった。これには見覚えがある。整合騎士一人に一頭与えられる、飛竜の鬣だ。

 そこでようやくあやふやだった意識がはっきりする。

 

「……そうだ、私は――」

 

 斬っても斬っても勢いが止まない赤い兵士の大軍に苛立ったこと。後ろから聞こえてくる制止も聞かずに一人で飛び出したこと。その結果、皇帝ベクタの飛竜に捕らわれたこと。

 頭の中に自分の過ちがすべて、鮮明に浮かび上がってくる。

 なんて迂闊だったのだろう。

 光の巫女として狙われている自分が単体行動をとることは非常に危険だと何度も忠告されていたはずだ。自分自身、それはわかっていた。しかし、あの瞬間だけ感情が理性に勝ってしまったのだ。これは反省するべきだろう。

 自分を戒めるように奥歯をかんだアリスはゆっくりと首を持ち上げ小さく体をよじれば、それが引き金になったのかずるっと滑り、浮遊感に襲われた。

 

「……え、――きゃあああああああ!!」

 

 むぎゅ、奇妙な呻き声と共にアリスは冷たい地面に叩き付けられる。

 幸いにも意外に高くはなかったらしく、アリスはすぐに体を持ち上げた。おでこを擦りながら顔を上げれば、二頭の飛竜がこちらに顔を向けていた。

 

「雨緑、滝刳……。お前たちが助けに来てくれたのね」

 

 近づけられた頭を優しく撫でれば二頭の飛竜は、ぐるる、と小さく唸った。嬉しそうに頭を持ち上げれば、二頭の飛竜はある一点に視線を向ける。それにつられて視線を向ければ、膝立ちでピクリとも動かない人影が数十メル先にあった。

 

「あれは……」

 

 まだ少し重い体を持ち上げて、視線の先にいる人影に向かって駆けだす。雨緑や滝刳が唸っていないということは、少なくとも自分をさらった皇帝ベクタではないはずだ。

 そこで昨晩の出来事を思い出す。

 

『……もしベクタと戦うことになったら、俺に任せてくれないか』

 

 リアルワールドの記憶を取り戻したラテンの言葉だ。

 そういえば、自分が《反射凝集光線》術式を使おうとして一人で駆けだした時、自分を制止した声の持ち主もラテンだったような気がする。

 

 少しずつ距離が縮まっていくのにつれて、人影のシルエットが鮮明になっていく。体格、髪型、そして地面に落ちている金色の刀身を持った刀。あれは間違いなくラテンだろう。

 ――宣言通り、本当にベクタを……!

 アリスの顔が自然と緩む。

 

「――ラテっ…………?」

 

 嬉しそうに叫んだアリスだったが、途中で口を閉ざした。ラテン様子がおかしかったからだ。

 ピクリとも動かないラテンの服は、今朝のような純白ではなく血が変色したような赤黒い色に染まっている。その周りには大きな赤い水たまりが広がっていた。

 駆けだしながら辺りに視線を動かせば、所々に血が飛び散っている。

 

 それだけ激戦だった、ということかもしれないが如何せん量が多すぎる気がする。ベクタのも含まれているならばおかしくはないが、暗黒神ベクタにはステイシア神の姿をしたアスナのように膨大な天命が施されているとアスナから聞いている。そんなベクタを倒したならば、もっとあってもいいはずだ。

 となると辺りに飛び散っている血はすべてラテンのもの、ということになる。だとしたら、この量は明らかにラテンが持っている天命量よりも――

 

「――ラテン!」

 

 血だまりに足を持っていかれそうになるのを何とかこらえて、自分を救ってくれた男の傍にたどり着けば、アリスは目を見開いた。

 俯いたままピクリとも動かない男。

 体中には無数の傷が刻まれていて、赤黒く染まった服はボロボロだ。胸の下と腹部には、何かに突き刺されたかのような惨たらしい傷がドロドロと血を噴き出している。そして、閉じた瞼の片方には深い切り傷が縦に伸びていた。

 

「嘘……でしょ?」

 

 膝を折り、急いで治癒術をかけて止血をするとアリスはラテンの両肩に手を置いた。

 

「ラテン、ラテン! 起きて、ラテン!」

 

 必死に肩を揺らすが軽くなった身体が前後に動くだけで、ラテンの意識が戻らない。

 

「死んではだめ、ラテン……!」

 

 懇願するように呟きながらアリスはラテンの頭を胸に抱きよせる。

 視界が徐々に滲んでいくが、アリスは叫ぶのを止めない。

 

「ねえ、ラテン……本当は起きてるんでしょう? 寝ているだけなんでしょう? いつもみたいにふざけているだけなんでしょう?」

 

 ラテンは答えない。

 

「お願い……起きて………あなたが死んでしまったら、私はどんな顔してリリアとユウキに…………」

 

 アリスの瞳から宝石のような滴が零れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「手を貸すぜ、ユウキ!」

 

 赤銅色の鎧を身にまとい、身の丈と同じくらいの大剣を背中から引き抜きながらオレンジの髪色の少年がユウキの少し前に降り立った。ギルド《スリーピング・ナイツ》で前衛(フォワード)をしているサラマンダーの《ジュン》だ。

 ジュンに続いて巨漢のノーム《テッチ》、眼鏡のレプラコーン《タルケン》、姉御肌のスプリガン《ノリ》、最も古い友人のウンディーネ《シウネー》がユウキを囲うように降りたつ。

 

「みんな、どうしてここに……」

 

 スリーピングナイツの面々が顔を見合わせる。

 そして、さしても当然だという表情でノリが口を開いた。

 

「そりゃあ、あたしらのリーダーがピンチなんだ。それを助けるのがギルド仲間ってもんだろう?」

「でも、みんなのアバター、コンバートなんじゃ……」

「そうだな。だから、みんなで生き残らないとな!」

「…………ありがとう」

 

 目元を抑えるユウキにスリーピングナイツの面々の表情が自然と綻ぶ。

 そして、何かを思いついたのかジュンが右手を突き出した。その上に重ねるようにテッチ、タルケン、ノリ、シウネーが手を出す。

 ユウキは潤んだ瞳でそれを見て、そっと右手を上に乗せた。

 

「最近は、ユウキがご無沙汰だったからな。久しぶりにギルド活動するか!」

「……まあ、本当は私とノリが忙しかっただけなんですけどね」

 

 ノリの言葉に、タルケンが眼鏡を上げながら冷静に返す。

 その背中を「冗談に決まってんだろ!」と笑いながらノリが豪快に叩くと、情けない声を上げながらタルケンが背筋を曲げた。

 

「ユウキ、私たちがついてます」

 

 にこっと笑ったシウネーにユウキは強く頷いた。

 

「よぉし! ギルド《スリーピング・ナイツ》久々に行くよ!」

「おおー!!」

 

 固い絆で結ばれた六人はそれぞれの手を赤く染まった空へと掲げた。

 その光景を一部始終見ていたリリアは、鼓舞が終わるのを待って声をかける。

 

「ユウキの仲間、ということはあなたたちもリアルワールドから来たんですね」

「うわっ、すっげぇ美人」

「何言ってんだい! ……まあ美人ではあるけど」

 

 目を丸くしながら口走ったジュンの頭をノリがペシッとツッコミを入れる。

 それを見たリリアは苦笑いを浮かべる。

 

「初めまして、私はシウネーと申します。ユウキとは旧知の仲です」

 

 律儀に挨拶するシウネーに慌ててリリアも返答した。

 

「ああ、私は整合騎士、リリア――」

 

 そこまで言ってリリアは口を閉ざし、一瞬だけ顔を伏せる。

 いきなり口を閉ざしたリリアにシウネーたちは首を傾げたが、すぐさま顔を上げたリリアは顔を上げた。

 

「リリア・アインシャルトです。ユウキとは――先日、『友達』になった仲です」

 

 それを聞いたユウキは、ぱあっと明るくなる。

 対して他のメンバーは目を丸くした。

 

「とも、だち…………すごいですね。こうして接してみると本当の……」

 

 タルケンはそこで口を閉ざす。おそらくリリアに配慮したのだろう。

 

「まあ何にせよアイツらをぶっ飛ばせばいいんだろ? 何人ぐらいいるんだ?」

 

 赤い兵士たちを睨みながらジュンがユウキに聞く。

 視線の先では最初に駆け付けてくれたクラインに続いて、アスナを通して知り合ったエギル、リズ、シリカ、そして鮮やかな色彩を身にまとう何百人もの剣士たちが戦闘に入り始めていた。

 

「だいたい一万人くらいかなぁ」

「そうか……っていちまんっ!?」

 

 ジュンがぎょっとする。

 その驚き方から察するに、駆けつけてくれたALOの勇士たちの数はそれほど多くないだろう。それでも今の人界軍にとっては非常にありがたい援軍だ。

 

「ボクたちならきっと大丈夫。なんたって、七人であの二十七層のボスを倒したんだから!」

「そ、それもそうだな。んじゃあいつものように前衛は俺とテッチとユウキで行くか!」

 

 ユウキが鼓舞すると、一瞬怯んだジュンも強く頷いた。

 

「じゃあリリアもボクたちと一緒に……」

「そうですね。私も一緒に行かせていただきます。ですが、先に小z……騎士長の所へこのことを報告に行ってきます。すぐに追いつくので先に行っててください」

「おっけー、待ってるね!」

 

 踵を返したリリアの背中を見送って、再び赤い兵士たちへ顔を向ける。さすがは、長い時間と多大な努力をつぎ込んで育てたキャラクターをコンバートしただけあって、ALOプレイヤーたちの勢いは止まらず、数で勝る赤い兵士たちを押し返している。このままいけば、この戦いに勝利することができるだろう。

 

「そういえば、ユウキ。ラテンさんの姿が見えないけど、どこにいるんだ?」

 

 辺りをきょろきょろしながらジュンが口を開く。

 ユウキとの関係上、近くにいると思っていたのだろう。

 

「ここにはいないよ。でも……」

「でも?」

 

 ユウキは一呼吸おいて、後方の空を仰いだ。

 

「きっとすぐに来てくれる」

「そっか」

 

 ジュンはそれ以上何も言わず、大剣を構えた。

 スリーピングナイツの面々も同じように武器を構える。

 それを見たユウキは改めて前方へ顔を向けた。

 

「行くよ!」

 

 ユウキが叫ぶのと同時にスリーピングナイツが動き出した。

 

 

 

 

 

 

 





久しぶりの投稿だというのにこの短さ……。
大変申し訳ありません!m(_ _)m

まあなんといいますか……。
テッチが喋ってないですね(笑)

何か気になった点、アドバイス等がありましたら気軽に言ってください!どんな言葉でも私は受け止めます……。

これからもよろしくお願いします!



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第五十二話 天国と地獄、主に地獄

_(_^_)_


 

 

「……ここは?」

 

 瞼を開けば広がっていたのは、先ほどまで皇帝ベクタと激戦を繰り広げていた巨大な円形の岩山の上ではなく、やや橙色の何もない空間だった。

 

「まーたいつものやつか」

 

 今までの経験上、このようなとてつもなく広く何もない空間で目を覚ましたということは、どこかにもう一人の自分(・・・・・・・)もしくは内に眠る防衛本能(・・・・・・・・)がいる可能性が高い。だから、ラテンは特に慌てるわけもなくゆっくりとその場に腰を下ろす。

 辺りを二、三度見まわした後、ふと自分の体を見てみれば、ベクタから受けた傷がきれいさっぱり消えていた。それだけではない。赤黒く染まった服も、今朝着たばかりのようにシミ一つない純白だ。

 

「まあ、ありがたいっちゃありがたいけどな」

 

 左目に手を当てながらラテンは呟く。

 あのような瀕死の状態では、この場へ来るであろう訪問者の話よりも自分の意識を保つのが精一杯だっただろう。

 

「それにしても今回はやけに遅いな…………おーい!!」

 

 腰を下ろしてから五分ほど経っているはずだが、肝心の訪問者がこの場へ来ていない。痺れを切らしてラテンは立ち上がる。

 

「おーい、いるんだろ!」

 

 きょろきょろと周りを見渡すが、一向に現れる気配がない。

 

「いったい何なんだよ…………あれ?」

 

 いつまで経っても現れない訪問者のことは無視して、この空間からの脱出方法を考えようとした矢先、ラテンの視界の隅に先ほどまではなかった物体が映りこんだ。

 ゆっくりとその物体に近づいていけば、その物体はより鮮明になる。

 

「……蜂蜜パイ?」

 

 おそるおそる拾い上げたラテンは蜂蜜パイらしき物体を顔を近くまで持っていく。手の平からは、熱すぎず、かといって冷めているわけでもない丁度良い熱が伝わってくる。それと同時に、甘く香ばしい匂いが鼻孔をくすぐった。

 

「蜂蜜パイ、だよな」

 

 目の前にあるものは正真正銘蜂蜜パイだ。現に、これでもかというくらい蜂蜜パイを食らいつくした胃袋が唸っている。

 

「……腹減ってるし、いいよね?」

 

 どのくらい落ちていたのかも分からないものを拾い食いするのは気が引けるが、如何せん先ほどまでぐっすり眠っていた胃袋が暴れ出すのだ。これは食べるしかないだろう。

 まあ、この空間はラテンの夢の中のようなものであるため、実際に腹が膨れるわけではないが。

 

「――んめぇ! やっぱ蜂蜜パイは最高だな! ……これは琴音に作らせるしかないな。仮想世界だけしか味わえないなんて勿体なさすぎる!」

 

 思わず感動の涙を流しながらラテンは上を見上げた。視界にとても小さな黒い物体が映りこむ。

 

「…………あ?」

 

 滲んでいた視界を袖で擦りながらもう一度見上げれば、黒い物体は先ほどの二倍ほどの大きさになっていた。それも一つだけではない。次々と黒い物体が空中に発生していく。

 

「……なんだ、あれ」

 

 徐々に大きくなっていく黒い物体にラテンは目を離さずにはいられない。

 

「こっちに、落ちてきてる?」

 

 気づいた時には黒いシルエットは目の前にまで迫ってきていた。

 

「嘘だろ!?」

 

 持ち前の反射神経で大きくバックステップを取ると、黒い影が地面へと衝突する。最初の一つに呼応するかのように一つ、また一つと黒い影が地面に衝突していった。その度に爆風が辺りに舞い、ラテンは思わず両腕で視界を遮る。

 ドコッ、ドコッ、と断続的に続く鈍い音が止むまで吹き飛ばされないように踏ん張っていれば、ものの数秒で音が止み再び静寂が辺りを包み込んだ。

 

「今度はなんだ……よ……」

 

 両腕を下げながら瞼を開ければ、ラテンは両目を見開いた。

 

「た、大量の蜂蜜パイィィ!?」

 

 目の前には、大量の蜂蜜パイが山のように積み上げられていた。

 甘く香ばしい匂いが瞬時に辺りに充満し、ラテンの胃袋が再び唸り声を上げる。

 

「これって、食べていいってことだよな?」

 

 きょろきょろと辺りに誰もいないことを確認すると、ゆっくりと蜂蜜パイの山へと歩を進める。辺りに誰もいないということは、目の前にある大量の蜂蜜パイはラテンが全部食べてもいいということだ。

 

「俺、食べるからなー! お代とか請求されても俺は知らんからなー!」

「ソレデダイジョウブダヨ」

 

 確認するように叫んだラテンの問いに、ラテン自身で返答する。

 

「それじゃあお言葉に甘えさせていただいて……いっただっきまーす!」

 

 空中で美しい『大』の字を形作ったラテンはそのまま蜂蜜パイの山へと落下していく。数秒後には、フワッとした感触がラテンを包み込むはずだ。

 しかし、現実はそううまくはいかない。

 

「――ぐへぇ!?」

 

 ラテンが待っていたのは体を優しく包み込んでくれる甘い蜂蜜パイではなく、明るい色の割に随分の冷たい床だった。

 鼻を抑えながら顔を上げれば、先ほどと同じように蜂蜜パイの山が目の前でそびえ立っている。どうやら目測を見誤っただけらしい。

 

「ったく、びっくりさせんなよな」

 

 首に手を当てコキコキと鳴らすと、改めて蜂蜜パイの前に立つ。

 今度はしっかりと距離を確認済みだ。

 

「では改めまして……いっただっきまーす! ――ぐへぇ!?」

 

 再びダイブしたラテンを待っていたのは、先ほどと同じように冷たい橙色の床だった。同じく鼻を抑えて顔を上げれば、そこには当然のように蜂蜜パイの山がある。

 

「……きっと疲れてるんだろうな。余計なことしないで普通に食べよう」

 

 肩を落としながらラテンは積み上げられた蜂蜜パイの内の一つに手を伸ばす。しかし、その手は何故か空を切った。

 

「……あれ?」

 

 右手を閉じては開いてを何度か繰り返し、再び手を伸ばせば先ほどと同じように空しく空を切る。何度手を伸ばしても、手に取るのは最高にうまい蜂蜜パイではなく、ただの空気。しかし、蜂蜜パイは消えたわけではなく、今もなおラテンの前に佇んでいる。

 

「……おい、いい加減にしろよ」

 

 額に青筋を浮かべたラテンは、勢いよく右手をパイに突っ込んだ。だが、パイはラテンの手の動きに合わせるかのように後ろへ下がる。

 

「まさか……」

 

 嫌な予感がして、ラテンはおそるおそる一歩踏み出す。その歩幅と同じ距離、パイたちは後ろに下がった。また一歩踏み出せば、それと同じ距離を。また一歩踏み出せば、同じ距離を。また一歩、また一歩、また一歩。

 

「――こなくそぉぉぉぉ!!」

 

 いきなり全力疾駆を開始したラテンはごり押しでパイに到達しようとする。しかし、パイはラテンと常に同じ距離を保ちながら後ろへ下がり続ける。

 

(手を伸ばせば……手を伸ばせばそこに、パイがあるのに!!)

 

「くそったれぇぇ!!」

 

 

 

 

 

 ラテンとパイの鬼ごっこは数十分間にも及んだ。しかし、依然としてラテンはパイの山へたどり着くことができず、途中でダウン。両ひざに手を当てて呼吸を整えていた。

 

「はぁ、はぁ……何で、お前たちは俺に応えてくれないんだ。というかそもそも俺は何を……」

 

 静かに呟いたラテンの言葉がトリガーとなったのか、パイの山は少しずつラテンから離れていく。

 

「え、おい。ちょっと、待てよ」

 

 慌ててラテンも歩き始めるが先ほどまでとは違い、ラテンのペースよりも速いペースでラテンから離れていく。

 

「冗談だろ。なあ、ここまで来たんだぜ? さすがに少しぐらいは慈悲を――」

 

 そこまで言うと、大量の蜂蜜パイは一気に加速し先ほどのラテンの全速力よりも速い速度で動き出した。当然ながらバテバテのラテンは、それに追いつけるほどの体力があるわけもなく膝から崩れ落ち、離れていくパイたちに手を伸ばす。

 

おっ(・・)、おい! 待ってくれ、俺の蜂蜜パイ(・・)! 行かない(・・)でくれぇぇ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ラテン」

 

 依然としてピクリとも動かないラテンを抱きしめたままアリスは静かに呟く。背後ではいつの間にか近づいてきていた二頭の飛竜がラテンに向けて頭を垂れていた。結果はどうあれ、主人であるアリスを救ってくれた事に対しての感謝の意だろう。

 

「あなたが私のために死ぬ必要なんて……」

 

 ラテンは変人ではあったが嫌いな人間ではなかった。はたから見ればおかしな行動や行為でも芯だけはしっかりとしていて、まったくと言っていいほどぶれない。

 初めて出会った時なんて特にひどいものだ。普通に考えて、友人のためにわざわざ禁忌目録違反を犯してまでついていこうとするだろうか。いや、しないだろう。当時は一体どのような思考を持っているのか気になったものだが、今はわかる。

 どうなってもいいのだ。たとえ深い傷を負うことになり、死の危機に瀕しても。大切な人を守るためなら。

 ともすれば自分はラテンにとっての『大切な人』の内に含まれているのだろうか。もしそうならばラテンには死んでほしくはない。

 今回の出来事はすべて自分が軽率だったのが原因だ。自分の浅はかな行動のせいでラテンが死ぬ必要などないのだ。

 

「ラテン、お願いだから死なないで……」

 

 もう一度、届くことはないとわかってはいても祈らずにはいられなかった。

 

「うっ……」

「っ!?」

 

 いきなり聞こえた呻き声にアリスは体をびくつかせる。この場にいるのはアリス以外に二頭の飛竜だけだ。当然飛竜たちが人間めいた呻き声など上げるわけがない。となると今の声の持ち主は一人だけになる。

 

「ラテン!? 生きていたのですね!」

 

 急いで両手をラテンの肩に乗せて自分の胸から離してみれば、ラテンの首はかくんと折れる。しかし目に見えて呼吸はしているので、どうやらただ気を失っていただけらしい。

 何度も体をゆすってみれば、再びラテンが呟いた。

 

「……お」

「お?」

 

 続く言葉をアリスはじっと待った。

 気を失ってでも呟こうとしているのだ。きっと大切な言葉なのだろう。

 

「……おっ……………………パイ…………ない…………」

「……」

「――ゔへぇ!?」

 

 強烈なアッパーが気を失っている基、寝ているラテンの顎に炸裂した。

 二メルほど吹き飛ばされたラテンは後頭部を地面に打ち付け、左右に転がりながら悶絶する。

 そして、そんなラテンに一言。

 

「訂正。死んでください」

「本当に死ぬとこだったわ!!」

 

 ようやく顔を上げたラテンは涙目で叫ぶ。

 しかし、さすがは慣れてる(?)だけあって回復も早く、ラテンはゆっくりと上体を起こした。

 

「どうやら無事だったみたいだな」

「ええ……その…………申し訳ありませんでした」

 

 無事、とはラテン自信のことではなくアリスに対して言ったのだろう。目立った外傷がないアリスは頭を下げて謝罪する。自分の軽率な行動と、ラテンの手助けができなかった二つの意味を込めて。

 そんなアリスを見たラテンは頭を掻きながら口を開く。

 

「ああ、まああれに関しては説教が必要だな。すべてが終わった後で」

「うぐ……」

「まあ、そんなことよりも」

「……何か?」

 

 いきなりじっと視線を向けられたアリスは怪訝なまなざしをラテンに向ける。ラテンはそのまま小刻みに頷くと不意に口元に笑みを浮かべた。

 

「いや? 泣いてるってことはそれほど心配してくれてたってことだと思ってな」

「なっ……」

 

 慌てて目元を拭うが時すでに遅し。ラテンは笑みを止めない。

 

「こ、これはあれです。突如飛来した謎の物体が目に入って――」

「言い訳下手くそだな!?」

 

 ラテンは苦笑いしながら左右に落ちていた鞘と刀を拾い上げると納刀する。すると、すぐにラテンの手元から光が発生し、刀が小さな物体へと形を変えた。

 

『おせぇぇぇ!!』

「悪かったって」

 

 ジャビは現れるや否やラテンに突進をかました。

 それを右手でキャッチすると、自分の頭にジャビを乗せる。

  

『ったく、大変だったんだぜ? お前は刀を鞘に戻さないわ、そこの小娘は必死に「死なないで」連呼しながらピィピィ泣き出すわ――』

「――すぐに黙らないとその羽ぶち抜きますよ」

『ひぃぃぃぃ!』

 

 ジャビは怯えるようにラテンの肩へ移動し首の後ろに隠れた。そんなジャビを慰めながらラテンは額にしわを寄せる。

 

「……ん? 『死なないで』を連呼してた? そんなの天命を確認すれば生きてることぐらい一発で……」

「…………」

「おおい、ちょっと待てぃ!?」

 

 無言で金木犀の剣の柄に手をかけたアリスの右手をラテンは慌てて押さえる。

 

「お前が剣を抜くタイミングがだいたいわかってきたわ……」

「……はあ」

 

 アリスはため息を一つ着くと、柄から手を離す。そのままラテンに視線を向けながら口を開いた。

 

「……あの、一つ聞きたいことが」

「何だよ急に改まって」

「…………何故命を懸けてまで私を――いたっ」

 

 言葉の途中でおでこに軽い痛みが発生し、思わず手で押さえる。どう考えても犯人は一人しかいないため、腕を上げて正面にいる男に睨みつける。対してラテンはゆっくりと立ち上がりながら口を開いた。

 

「んなもん決まってんだろ。お前がベクタの手に渡ったら俺たちの負けだろうが」

「そう、ですか……」

 

 どうやら自分が思っていたこととは違ったようだ。確かにラテンとはそこまで濃い付き合いをしていなかったため、彼にとっての『大切な人』入るわけがない。

 わかってはいたが少し心にくるのはなぜだろうか。きっと、キリトやリリアと同じように大切な仲間だと思っていたからだろう。

 思わず少し目を伏せれば、再びおでこに軽い痛みが発生した。

 驚いて顔を上げれば、笑みを浮かべながらラテンがこちらを見ている。

 

「ばーか。さっきのは建前の話だ。なんせお前はすでに俺が守るべき大切な()の内に含まれてるんだからな」

 

 そう言って手を差し伸べてくる。

 

「そうですか」

 

 先ほどよりも明るい口調で呟きながらその手を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁて、どうしますかね」

 

 周りを見渡しながら呟く。

 この場には飛竜が二頭いるが乗り手も二人いる。それぞれ一頭ずつ乗ったとしても、ベクタを追うために飛んだ距離は二頭の乗り継ぎによるものであるため、単純に考えて移動時間が二倍になってしまうだろう。

 ラテン自身はユウキの元へ戻るために、来た道を戻らなければならないのだが、アリスには《果ての祭壇》行ってもらいたい。アリスがそこへたどり着ければ、すべてが終わるからだ。しかし当の本人は

 

「なぜ私が仲間を見捨てて一人で逃げなければならないのですか!」

 

 と頑なに拒否している。

 ここは再びアリスを気絶させて飛竜に任せるべきだろうか。ロープぐらいなら何とか作れそうだ。

 

「こうなったらやるしかないか」

 

 時間はかかってしまうが二頭の飛竜にそれぞれ乗ってそれぞれの向かうべき場所へ行くしかない。

 ジャビに刀の姿へ戻るように促したラテンを見て、アリスは怪訝なまなざしを向けながら柄に手を乗せる。

 

「何をですか? まさか私を気絶させて《果ての祭壇》へ連れていく気ではないでしょうね? 残念ながら瀕死のあなた相手には後れを取りませんよ」

「ほーう。じゃあやってみるか? 何やかんやお前とは手合わせしたことがなかったからな」

 

 じりっと間合いを取りながらラテンは刀を抜く。それに合わせるようにアリスも金木犀の剣を抜いた。

 両者のにらみ合いが数秒続き、いざ駆けだそうと足に力を込めた瞬間、二人に呆れが含まれた声が降りかかった。

 

「あなたたち、一体何をしてるの?」

 

 この声には聞き覚えがある。

 はっと顔を上げれば、ALOで見慣れた猫耳が視界に入ってきた。

 

「――シノン!?」

 

 間違いなくGGOの死銃事件で知り合ったシノンのアバターだった。しかし、ALOのそれとは比べものにならないくらい妙に神々しい。

 

「なんでお前がここに?」

「ユウキに頼まれたのよ、あなたの手助けをしてって……どうやらその必要はなかったようね」

 

 シノンはそのままゆっくりと降りたつ。

 

「……あなたもリアルワールドから来たのですか」

「ええ、私はシノン。そこにいるラテンとアスナ、キリト、ユウキの友達よ。あなたがアリスさん?」

「……ええ。私は整合騎士アリスです」

 

 シノンは「よろしく」と言いながら手を差し出せば、アリスもゆっくりとそれに応え二人は握手を交わす。それを見届けてからラテンはシノンに声をかけた。

 

「あっちの方はどうなってるんだ? ユウキとリリアは?」

「アスナたちが何とか防いでいるわ」

「そうか、じゃあ急がないとな……それはそうとシノン」

「何?」

 

 そこまで言ってラテンはシノンに詰め寄ると、その両肩をがしっと掴んだ。シノンは驚きながらもラテンの次の言葉を待つ。

 

「……お前、さっき飛んで……たよな」

「え、ええ。このソルスには《無制限飛行》が――」

「ソルスぅ!?」

 

 いきなり叫んだラテンにシノンは体をびくつかせる。

 

「ソルスってことは《スーパーアカウント》ってことか?」

「え、ええ、そうよ」

 

 それを聞いたラテンは肩を落とした。

 そのままブツブツと小声で何かを言い始める。

 

「……なんでおまえらだけすーぱーあかうんとなの? なんで? なんでなの? おれらはいちからがんばってるんだよ? もうすこしくらいじひがあってもよくない? たとえばちょうきょうりょくなぶきとか、ちょうつよいあいぼうもんすたーとか……ぶつぶつ」

『それ、だいぶお前に当てはまってるぞ』

「チキショォォォォ!!」

 

 絶望するラテンを見てシノンとアリスは苦笑する。アリスに至っては「なぜこんな男がベクタを倒せたのか」とでも言いたげな視線を向けているが気にしても仕方がないだろう。

 

「……それにしても相当苦戦したのね。あなた、ボロボロじゃない」

「それ、今言いますか!?」

 

 ラテンは改めて自分の姿を見る。

 相変わらず半分近く視野は狭まっており、見るのも耐え難い傷が無数に存在している。しかし、見た目に反して何故か痛みや気だるさはなく、頭も妙にすっきりしている。本当に瀕死なのかどうか疑問に思うくらいだ。天命の数値を見れば一目瞭然ではあるが。

 

「……まあ、もう一度あいつと戦えって言われたらさすがに拒否するかもな。正直なところ、百回やっても一回勝てるかどうか……」

 

 頭の掻きながら呟くラテンにシノンは声をかける。

 

「そう。じゃああなたはここに残らないほうがいいわね。見た目的にも精神的にも」

「……何のこと?」

「ベクタがこの場で復活するってことよ」

 

 その言葉にはさすがのラテンも絶句した。

 しかしそれも一瞬で、先ほどまで自分がしていた軽い冗談を言っているのだと思い口元に笑みを浮かべる。

 

「何言ってんだよ。ベクタならさっきそこで……え?」

 

 振り返ってベクタの死体に指を差そうとしたが、その肝心なベクタの死体が見当たらない。あるのは赤黒く変色した血だまりだけだ。

 

「……そうか。そういうことか」

 

 数秒の思考を経てラテンはようやくこの場になぜベクタがいないのか理解した。

 暗黒神ベクタとはアスナやシノンと《スーパーアカウント》すなわち単なるアカウントでしかないのだ。アカウントがいくら消滅しようがそれを制御する本体さえあればいくらでもこの世界へ再ログインすることができる。つまりこの場には、暗黒神ベクタを操っていた人間が別のアカウントでログインしてくる可能性が高いのだ。狙いはもちろん《光の巫女》と呼んでいるアリスただ一人。

 とはいえ、ラテンが暗黒神ベクタに苦戦した最も大きな理由は、奴に搭載されていたシステムアシストだ。アスナの話によれば《スーパーアカウント》は四つあるらしいが、今回の黒幕が手に入れたのは一つだけらしく、次にこの場へ現れるアカウントにはほぼ百パーセントの確率でシステムアシストが搭載されていないだろう。

 ならば瀕死のラテンでさえも勝機はある。

 

「シノン、やっぱりここは俺が――」

「ユウキが。待ってるわよ」

 

 ラテンの言葉を遮るようにシノンが静かに呟いた。

 

「わかった……だけどベクタが復活するなら話は別だ。アリス……《果ての祭壇》に行ってくれないか」

「私は……」

 

 再び抗議の声を上げようとしたアリスだったが、途中で口を閉ざす。おそらく自分の置かれた立場をしっかりと再思考しているのだろう。

 一分ほどの静寂が訪れ、最初にそれを破ったのはアリスだった。

 

「……私は、もう一度この世界へ戻ってこられますか? 大切な人たちに、もう一度会えますか?」

 

 その言葉にラテンとシノンは顔を見合わせる。

 二人は同時に頷きアリスに向き直った。

 

「ああ、きっと戻って来られる。いざとなったら俺が菊岡さんをぶん殴っててでもお前をこの世界へ戻れるように説得するよ」

 

 さすがに殴るのは冗談だが、説得はするだろう。彼らがまいた種なのだ。彼らには責任を取ってもらわなければならない。

 

「……解りました。ならば、私は南へ向かいましょう。《果ての祭壇》へ」

 

 アリスの言葉にラテンはもう一度頷く。

 ベクタが復活する可能性があるのなら、一刻も早く《果ての祭壇》へ到達するために、二頭の飛竜にはアリスを運んでもらう方がいいだろう。

 となれば問題はラテンだ。

 シノンのアカウントのように《飛ぶ》ことができれば話は簡単なのだが、ソルスアカウントから《無制限飛行》を譲渡できるわけがなく、手段がない。やはりここは全速力で走っていくしかないのだろうか。

 

「……ん? 待てよ……《飛ぶ》?」

 

 ラテンは顎に手を当てながらシノンへ顔を向ける。その視線の先には、シノンの武器であろう、巨大な弓。

 

「ひらめいた!」

 

 ポンッとでも効果音が鳴りそうな仕草で両手を叩く。シノンとアリスは怪訝な視線をラテンに向けた。

 

「なあ、シノン。その弓の射程はどのくらいなんだ?」

「え? そうね……というか何故そんなことを?」

 

 シノンの問いにラテンは「ふっふっふっ」と、完璧なアイデアが閃きすべてを見通しているかのような態度で口を開いた。

 

「聞いて驚きたまえ。何か細い棒状の物に俺を括り付けて、その弓で北の方向へ発射するんだ……完璧なアイデアだろ!! ああ着地に関しては安心してくれ。神聖術で何とかするから」

「「…………」」

 

 これぞまさに絶句という言葉がふさわしいだろう。二人はぽかんと口を上げてラテンを凝視している。

 

「おい、どうしたよ二人とも。そんなアホみたいな顔をして――」

「「アホはあなたの方でしょォォォ!!」」

「ひぃぃぃぃ!?」

 

 二人の形相に怖気づき、思わずラテンは尻餅をつく。いつの間にか刀から変形していたジャビはというとすでに遠くへ避難していた。

 

「棒状の物にくくられて矢のように発射? 何を言っているのですかあなたは。バカも休み休み言いなさい」

「さすがの私もそんな発想はしないわよ。それに弓と言ってもあなたの重さで簡単に失速するわよ? この高さだと良くて二百メートルってところね。現実的じゃないわ」

「い、いや。俺なりにいい考えかな、と、思いまして……」

 

 二人の言葉にラテンはだんだんと小さくなっていく。さすがにここまで言われるとは思ってはいなかったからだろう。

 ガミガミと説教されて数分が経過した頃、突然ラテンたちがいる岩山の地面が大きく揺れる。

 

「おい、俺の後ろに下がれ!」

 

 すぐさま戦闘態勢に入ったラテンは驚いている二人に声を飛ばした。

 刀を抜き去りだんだんと近づいてくる音の方向へと構える。後ろではシノンが弓を、アリスは記憶解放術の準備をしている。

 やがて一瞬の静寂が辺りに訪れたと思うと、迫ってきていた音の正体が三人の目の前に現れた。

 

「お、お前は」

 

 その姿を見たのと同時にラテンは刀を下げた。

 先ほどまでの音の正体、それは東の森で出会ったあの魔獣であった。

 

「何でこんなところに」

 

 刀を納刀し、魔獣へ近づく。後ろでは魔獣を知っているアリスと、ラテンの反応から察したシノンが武装を解除して近づいてきていた。

 

「ラテン、これは」

「ああ、こいつはとある森で出会ったモンスターだよ。ありがたいことに俺たちに協力してくれているんだ」

 

 魔獣はのそりと前足を上げるとラテンの頭の上へ乗せる。

 

「……見ての通りにこいつが主人で俺が下僕みたいな関係だけどな」

 

 青筋を浮かべているラテンにシノンは苦笑する。

 ラテンは魔獣の足に手を乗せていつもの儀式をすると、魔獣に声をかける。もちろん通訳はジャビだ。

 

「俺は、お前に人界軍を守れって頼んだはずなんだが」

『どうやら人界軍側に大量の援軍が来ていて優勢だったからラテンの元へ向かうように頼まれたらしいぞ』

「大量の援軍? どんなやつらなんだ?」

『え~と……ほとんど全員が羽を持っていて、中には赤いバンダナをしたいかにもモテなさそうな男とか、斧を持った巨漢なチョコレートとか――』

「ああ、なんとなくわかったわ……」

 

 二人ともおそらくラテンがよく知る人物だろう。しかし問題はそこではない。何故彼らがこの世界へ来ているかだ。

 

「シノン、お前何か知ってるか?」

「ええ……知っているわ」

 

 シノンは今回の出来事を簡潔に話す。

 どうやらこういうことらしい。

 キリトのナビゲーションピクシーで娘でもあるユイが俺たちの危機を察知して、それをいつものメンツに伝えた。その後リズベットたちがALOで、助けてもらうように呼びかけ、その呼びかけに応じた何千人ものALOプレイヤーたちがアカウント消失の危険を顧みず、コンバートして駆けつけてくれたらしい。

 

「……だったらなおさら急がないとな。魔獣、走れるよな?」

 

 魔獣は当然とでも言いたげに反転し背中に乗るようにラテンへ促す。ジャビを刀に戻してラテンは振り向いた。

 

「シノン、ここは任せる。アリス、すべてが終わったらまた会おうぜ。まだ説教が残ってるしな」

 

 二人は強く頷くとアリスは二頭の飛竜の元へ、シノンはこの場の中央へと足を運んだ。ラテンは急いで魔獣の背中に乗る。

 

「全速力で頼むぜ、相棒」

「ぐるる」

 

 巨大な狐型の魔獣はラテンの言葉に応えて駆けだした。

 

 

 

 

 

 






それが強みであり、弱点でもある。


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第五十三話

「なあ、クリッター。確かSTLってもう一台余ってたよな?」

「あ? ああ、まあな。もしもの時の保健用にな」

 

 そう言うとクリッターと呼ばれた男は再びモニターに視線を映した。

 最初に質問した男は、手に持っていたジッポーの火を消すと、咥えていたタバコ近くに置いてあった灰皿に押し付ける。

 男の名は、ハリス。オーシャンタートル襲撃を計画したガブリエル・ミラーが連れてきた、小柄だが筋肉質な男だ。

 ハリスは一度大きく深呼吸すると、持ってきたバックの中を弄り始める。そして何かを掴むのと同時に、クリッターへ顔を向けた。

 

「つまんねぇから、俺もあの世界へ行っていいか?」

「……はあ?」

 

 クリッターは呆れた顔をハリスに向ける。

 ハリスはガブリエルからメインコントロールルームの防衛を任されている。ここはいわば、ガブリエルたちにとっての本部であり、ここが取られたら計画がすべて台無しになるため、この状況でのハリスの言葉に呆れるのは当然と言えば当然だろう。

 

「だってよぉ、すげぇ暇なんだよ」

 

 左手に持ったジッポーを開いて閉じてを繰り返す。

 そんなハリスへクリッターがモニターに視線を映しながら口を開いた。

 

「なんだ、血が疼くのか? ゲーマーとしての」

 

 クリッターの言葉にハリスは淡い微笑を浮かべる。

 ハリスはガブリエルが最高作戦責任者を務める《グロージェン・ディフェンス・システムズ》で働いている。この会社は主に軍や大企業から委託されて警護や訓練、戦地での直接戦闘まで行う民間軍事会社だ。

 その中でも優秀なハリスは、勤務時間の半分以上をゲームに費やしている。もちろん本来ならば即クビになるものだが、誰も注意しないのは、ガブリエルさえ一目置く男だからだ。彼がいなくなることは会社に多大なる損失を与えると言っても過言ではないほど能力は高い。現に、彼は依頼された仕事すべてを完璧にこなしている。作戦成功率100%は、何が起こるかわからない戦場において異例の数字だろう。

 そんな彼がゲームにはまった理由はただ一つ。彼と同レベルの実力を持った人間と戦いたいからだ。それもノーリスクで。

 

「だってさっきのヴィサゴの野郎の表情見るとやりたくなってもしょうがねぇだろ?」

「……俺はそうは思わなかったけどな」

 

 肩をすくめたクリッターは続けて口を開く。

 

「黒騎士アカウントはもうねぇから、行くならただの兵士アカウントだぞ?」

「それなら問題ない」

 

 ハリスはゆっくりと立ち上がると、手に持った紙をクリッターに手渡した。

 

「お前もコンバートか?」

「ちょっくら遊んでくるわ。ヴィサゴのいる座標に飛ばしてくれ」

「へいへい」

 

 クリーターの返事を聞いた後、ハリスはゆっくりとSTL室へ歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぃ~、それにしても大仕事だったな」

「ええ、まったくですよ。まさかあんな大軍を相手にするなんて……」

「男のくせにだらしないねぇ、タルは……まあ確かにアタシも今回はきつかったかなぁ」

 

 ジュン、タルケン、ノリが後方の陣地に戻ったや否や、地面に座り込んで呟いた。そんな彼らを見て苦笑しながら、シウネーがユウキに近づく。

 

「ユウキは大丈夫? どこかけがしてたら治癒魔法をかけるけど」

「ううん、みんながいてくれたからボクは大丈夫だよ。それよりもシウネーたちは――」

 

 ユウキの心配するような声に対して、スリーピングナイツの面々は笑みを浮かべながら親指を立てた手を掲げた。心配されるような傷は負っていないということだろう、ユウキは安堵の息をつく。

 とはいえ、相手はこちらの五倍近くの戦力だったのだ。口では大丈夫と言っても、疲労は溜まっているはずだ。本来ならば、たっぷりと休憩時間を取ってあげるべきなのだが、現実にはそうはいかない。今は、人界軍を連れて一刻も早くアリスと――ラテンと合流しなければならないのだ。

 

「あ…………」

 

 ユウキは一言発すると口を閉ざした。スリーピングナイツの面々からは不思議そうな顔を向けられる。

 ただでさえ窮地を救ってもらったばかりなのだ。その上、何のねぎらいもなしに頼みごとをするのは、昔から共にゲームをプレイしてきた大切な仲間だとはいえ、少々気が引けてしまう。

 口を開けたり閉じたりと、はたから見れば奇妙な行動をしているユウキに、シウネーが声をかけようとしたとき、奥からやってきた新たな人物に声をかけられた。

 

「よぉ、お前たちも駆けつけてたのか。大丈夫だったか?」

「みんな、助けに来てくれて、本当にありがとう」

 

 振り返れば、ユウキと同じくバンダナがお気に入りなクラインとアスナだった。どうやら二人とも大した怪我は負っていないようで、ピンピンしている。

 

「お礼なんて必要ないですよ。だって私たち、同じスリーピングナイツの仲間じゃない位ですか。仲間を助けるのは当然ですよ」

 

 言葉を詰まらせたアスナに対して、シウネーは笑みを返す。アスナもそれに呼応して笑みを浮かべて頷いた。

 

「リアルワールドにはいろんな人がいるのですね」

 

 声のした方向へ顔を向ければ、そこにはスリーピングナイツと合流するまで一緒だったリリアが、不思議そうな表情を浮かべながら立っていた。

 

「リリア、無事だったんだね」

「ええ、あの程度に私は後れを取りませんよ。それよりもユウキたちも無事でよかったです。それにしても――」

 

 リリアはクラインとスリーピングナイツの面々、さらにはユウキたちの救援に駆け付けてくれたALOプレイヤーたちに視線を動かすと再び口を開いた。

 

「あの赤い兵士たちとあなたたちが、同じリアルワールドから来たとは信じられませんね。楽しそうに人を殺すあの赤い兵士たちは、リアルワールドではやはり悪の立ち位置なのでしょうか?」

「えーと、そこら辺は複雑だから詳しくは説明できないけど、決して全員が全員悪い人ではないのよ。簡単に言えば、彼らは騙されてるというか……」

 

 アスナの応えにリリアは「そうですか」と一言述べた後、これ以上はこの場で聞いても仕方がないと思ったのか続けることはなかった。

 話がひと段落したため、ユウキはアスナに現状を聞こうと声をかけようとしたが、当の本人のアスナがクラインを見て固まっていた。それを見たユウキは眉をひそめながら同じようにクラインを見る。しかし、これと言っておかしいところをは見当たらない。しいと言えば、リリアを見ながら体を小さく震わせているくらいか。

 

「どうしたのクラ――あれ!?」

 

 ユウキがクラインに声をかけようとした瞬間、目にもとまらぬ速さでクラインがユウキの視界から消えた。

 素っ頓狂な声を上げながら辺りを見渡せば、リリアの前で跪くクラインの姿が目に入って来る。それと同時にユウキはすべてを察した。

 

「失礼ですがお嬢さん、お名前は」

「うぇ!? え、えーと、リリア・アインシャルト、ですが……」

「美しいお名前ですね……」

 

 クラインはリリアの手を取ると、両手でそれを優しく包んでいつもとは違ったトーンで続ける。

 

「どうですかお嬢さん。この戦いが終わった後、一緒にお茶など……」

「え、えーと……」

 

 クラインのいきなりの行動にどう対応したらいいのかわからないのか、助けを乞うような視線がユウキとアスナに飛んでくる。リリアにとってはクラインも、スリーピングナイツの面々のような、リアルワールドの優しい人の分類に入る人だと思っているのか、本来のように簡単に突っぱねるようなまねができないのだろう。

 ユウキはアスナと顔を見合わせると、ぷっと小さく噴き出してから、キラキラと目を輝かせ、いかにもイケメンな雰囲気を醸し出している野武士ヅラの男をリリアから引き離す。

 

「はいはい、手あたり次第女性を口説くのはやめようねぇ」

「ちょ、ユウキちゃん!? それじゃまるで俺が遊び人みたいじゃねぇか!」

「間違ってはないでしょ」

「アスナさんまで!?」

 

 涙目になるクラインに、リリアは思わず噴き出した。スリーピングナイツの面々も笑みを浮かべてその光景を見つめる。それはとても戦争中とは思えない雰囲気だった。

 しばらく、和やかな時間が続いていると不意に思い出したかのようにリリアが口を開いた。

 

「すいません、伝えるのが遅くなりました。後方にいる負傷者の大半は治療を終えました。今は小父様が指示を出してるので、準備ができ次第移動できるようになりますよ」

「わかったわ。ありがとう、リリアさん」

 

 リリアの言葉に頷いたアスナは、リリアが言っていた後方へ視線を向ける。そして小さく呟いた。

 

「……大丈夫、何もかもうまくいくわ……きっと」

「うん大丈夫だよ、絶対!」

 

 アスナの言葉にユウキが笑顔で答える。それを見たアスナは、もう一度頷くと、視線を前線へと向けた。

 

「んじゃあ俺たちは前線に行きますか!」

 

 ジュンの言葉にユウキが一瞬驚く。

 まるで最初から人界軍と共に移動するような口ぶりだったからだ。

 

「どうしたんですかそんな顔をして」

「えっと……ううん、なんでもない」

 

 シウネーの言葉に一呼吸置いた後ユウキは笑顔で答える。きっとユウキが、頼み事を言うべきか迷っていたことを明かせば、みんなに怒られるだろう。『俺たちは仲間だろ』と。改めて、スリーピングナイツのメンバーに感謝しながら、ユウキも彼らについていこうとしたとき、不意にアスナが静かに呟いた。

 

「ねぇ、クライン。あの人……」

 

 聞いている相手はクラインだが、何故か今のアスナの言葉を聞き逃してはいけないような気がして、彼女らの会話に耳を傾ける。

 

「あそこに立っている人、なんだか見覚えがある気がしない……?」

「へ……? ありゃ、あんなとこで見物してやがる。誰だよまったく……見覚えっつたって、あんなカッパ着てりゃあ、顔……なんか……」

 

 アスナが指示した方向へ視線を向けてみれば、確かに遺跡参道に立ち並ぶ巨大な神像の上に、クラインが言うような黒いかっぱのようなものを着て座っている人と、その後ろで立っているこちらも黒いコートのようなものを着た人の姿が見て取れる。クラインたちのように、助けに来てくれたプレイヤーの一人だろうか。であれば、あの高さから索敵していると言われれ、ば神像の上にいたとしても納得がいく。それよりも、クラインの言葉が途中で途切れたほうが気になり、再びクラインに顔を向ければ先ほどまで能天気だった顔が、嘘のように色を失っている。

 

「ちょっと、どうしたのよ。思い出したの? 誰だっけ、あの人?」

「いや……まさか。ありえねぇよ、そんな……。亡霊を見てるのか……?」

 

 クラインの言葉にリリアやスリーピングナイツの面々も眉をひそめた。

 

「亡霊、ってどういうこと?」

「だ、だってよう、あの黒いカッパ、いや革のポンチョの方は……ラフコフの……」

「ラフ……コフ……?」

 

 そのような単語には聞き覚えがある、が完全には思い出すことができない以前にラテンが言っていたような気がするのは確かなのだが。

 その《ラフコフ》についてアスナに聞こうと顔を向ければ、クラインと違って青ざめた表情をした彼女の姿があった。明らかにただ事ではない。周囲の人間もアスナを見て、ユウキと同じ何ことを感じ取ったようで、静かに彼女を待った。

 

「…………嘘、よ」

 

 数秒の沈黙の後、アスナは掠れ声で囁いた。再び黒いポンチョと黒いコートのプレイヤーたちに視線を向ければ、まるでアスナの声が聞こえているかのように、黒いポンチョのプレイヤーがゆるりと右手を持ち上げた。そして、からかうような動きでひょいひょいと左右に振った。

 続く光景は、嫌というほど目にしたものだった。

 

「嘘……でしょ……」

 

 ユウキがぽつりと呟く。

 近くにいたリリアも、スリーピングナイツの面々も、そしておそらく後方にいる人界軍や救援に来たALOプレイヤーたちも唖然とその光景を見ていることだろう。

 新たな赤い兵士たちが、黒いポンチョと黒いコートのプレイヤーたちの後ろで次々と出現する。その数は、先ほど撃退したばかりの赤い軍勢の比ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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ggo8話 ???

 

 

 ラテンがギルド《自由に気ままに》へ助っ人として入ってから一か月近く経過した。

 現在の最前線は第五十三層で、すでに迷宮区を発見しその七割が探索し終わりそうなところだ。このまま行けば、五十二、五十三層と同じように十日ほど、つまりあと二日ぐらいでボス部屋が発見され攻略戦が始まるだろう。もちろん、ラテンはこのギルドの一員として参加するつもりだ。

 あらゆるギルドからの勧誘を断り続けたラテンがギルドに所属していることを表に出せば、シーナたちに迷惑がかかる可能性があるため広めてはいない。知っているのは、このギルドのメンバーとキリトぐらいだろう。もしかしたら、情報屋として名高い《アルゴ》の耳にも入っているかもしれないが、ラテンがギルドに入ったかどうかの情報を買うプレイヤーなど、今になってはいないはずだ。それぐらい長く、ソロを続けている。

 そこでラテンは、思考を目の前の狼型モンスターへ戻した。

 

「カイザー、防御頼む……シーナ!」

 

 カイザーが盾を構えてラテンと狼との間に割って入ると、鋭い牙による攻撃で火花が散る。その横をするりと通り抜け、無防備な狼に横っ腹に三連撃ソードスキル《緋扇》を繰り出すと、モンスターに大きなノックバックが発生する。

 狼の攻撃対象がカイザーからラテンに変わったのとほぼ同時に、ラテンの後ろからシーナが出現し、高速の三連刺突からの八連撃ソードスキル《スター・スプラッシュ》で狼のHPを消し飛ばした。

 

「ナイスプレイ! 次、来るぞ……ガリル!」

「おう!」

 

 この層の迷宮区にいる狼型モンスターは、基本的に集団PoPする。そのため、一体を倒してもすぐに二体目の処理をしなければならず、ソロとして活動しているプレイヤーたちにとってはそれ相応の準備や対応を要求される。だが、ギルドに参加した現在のラテンにとっては彼らよりも負担はかなり小さい。

 跳躍しながら噛みつこうとしてくる狼を単発ソードスキル《絶空》で弾くと、間髪入れずにガリルがその着地地点目がけてソードスキルを振るい、可愛らしい鳴き声と共にモンスターがポリゴン片へと姿を変えた。

 同じ要領で三、四体目を倒すと、ようやくブレイクポイントができ一息つく。

 

「結構倒したな。今ので何体目だ?」

「今ので六十一体目だな」

 

 ラテンの返答にガリルは口笛を吹くとその場にドカッと座り込んだ。

 この迷宮区に入り込んで二時間半ほど経過している。集中力を回復させるためここら辺でいったん休憩を取るのも手だろう。

 

「じゃあ、休憩にしましょうか。昼食の時間でもあるからね」

 

 シーナの言葉にカイザーとオルフィがその場で腰を下ろす。

 先ほど戦闘した狼型モンスターたちはここから少し離れた位置でPopし、この位置ではギリギリ認知されないため、ある種の安全地帯であると言える。

 ラテンも同じように腰を下ろし、後ろにあった木へ背中を預けると、そのすぐ隣でシーナが腰を下ろした。

 

「だいぶ息が合ってんきたんじゃないかしら」

「そうだな。あれだけ綺麗に仕留めてくれるとこっちも気持ちいいよ」

「あなたには感謝しているわ。前までは私が主にやってたからアタッカーがガリル一人で、集団戦は今よりも時間がかかっていたわ」

 

 このギルドでのラテンの役割はいわば《中継地点》的なものだ。モンスターの攻撃を弾くもしくはノックバックさせることで、他のアタッカーにとどめを刺させるという行動をしているが、はっきり言って地味な役割だ。

 モンスターを気持ちよくポリゴン片へ変えることはできないし、バランスよくフィニッシャーを選択しなければならない。何より前者が問題だ。

 MMORPGは簡単に言えば、戦闘時の緊張感によるストレスをモンスターを倒すことで発散している。だが、ラテンの役回りはそれをすることができず、ただただフラストレーションが溜まっていく一方だ。だから、普通のギルドではこの役割を交代している。

 だが、ラテンにとっては何の苦でもなかった。経験値やアイテムは自動分配されるし、今までは陽動から止めまですべて自分一人でやっていたため、むしろ楽になったほうだ。

 それに多くのプレイヤーはこの役回りを軽視しているが、プレイヤーの腕次第で戦闘時間が短縮され効率が段違いに変わる。やりがいがないわけではないのだ。

 

「やっぱり最前線の迷宮区は他よりも多く経験値がもらえるわね。攻略組が上位ギルドがどんどん強くなっていく理由も納得だわ」

「……シーナは俺を入れる前に、他の人を勧誘しようとか思わなかったのか?」

「何人かには声をかけたわ。でも全員、大型ギルドに誘われているだとか、ソロでしかやらないとかで断られたの。 ……一応、あなたにも断られていたら、あの黒の剣士にも声をかけようとしていたわ」

「ああ、キリトのことか。まあ、あいつにも事情があるし俺が受けといて正解だったかも」

「事情……?」

 

 シーナが不思議そうな表情を浮かべながらこちらに顔を向けるが、それ以上は深く聞かずすぐに顔を正面へ戻した。

 

「誰しも事情(・・)は抱えてるものよね……よいしょ、っと」

 

 肩をすくめながら答えたシーナは、アイテムウインドウを出現させ何度かタップすると、彼女の手の上に突然アイテムが出現した。否、ただのアイテムではなく、俗にいう《サンドイッチ》だった。包装からして、NPC店で売っているではないことは確かだ。

 緑色の葉のものと卵らしき黄色いものがソースのようなもので照り輝いている肉を挟んでおり、それを見ただけで無意識につばを飲み込んでしまう。

 シーナはそのまま大きく口を開いてサンドイッチにかぶりつくと、頬をパンパンに膨らませながら口を動かした。

 ――ハムスターみたいだな……。

 思わずその頬をつつこうとした右手を抑えると、ごっくんと隣にいるラテンに聞こえるほどの音でシーナは飲み込んだ。途端、口元にソースを付けながらその顔にうっとりとした幸せそうな表情が浮かんだ。

 

「ふっ」

「ん……?」

 

 思わず笑みをこぼすと、シーナが再び不思議そうな表情で顔を向けてくる。

 

「いや、うまそうに食べるなぁって思ってさ」

「っ!」

 

 シーナは慌てて取り出したハンカチで口元を拭うが、ラテンの脳には彼女の表情がすでにインプットされていた。

 む、と恨めしそうな視線が飛んでくるが笑いながら両肩をすくめて見せる。

 

「それ、自分で作ったのか?」

「ええ、そうよ」

「へぇ……すごいな」

 

 この世界にも料理は存在する。

 だが現実世界のように、猫の手をしながら包丁を持って食材を切る、なんて動作はなく包丁をかざすだけで、システムが自動で食材を切ってくれるのだ。ただ、全員が全員同じように切れるわけではなく《料理スキル》というものを習得しなければそのようなことはできない。それに加え、そのスキルの熟練度に応じて完成した品の味も変化するのだ。

 ただし、《料理スキル》は戦闘には全く関係ないスキルであることに加え、ちゃんとした味の品になるまで熟練度を上げるのが相当大変らしいのだ。

 だが、隣の彼女のサンドイッチがまずそうには見えない。それどころかあんな表情を浮かべるのだ。相当美味しいのだろう。

 

「現実でも料理はできるのか? ……って、悪い。現実のことを聞くのはマナー違反だよな」

「別にそれぐらいなら気にしないわよ。そうねぇ……凄く凝ったものはできないけどそれなりには作れたわ。あなたは?」

「俺は基本的に妹に頼りっぱなしだったからなぁ。本当に簡単なものしか作れないぞ。それこそ、サンドイッチとか。パンに具を挟むだけだけど」

「ふふっ、そうね」

 

 シーナは小さく笑って見せると、今度は小さくサンドイッチにかぶりつく。

 そんな彼女を横目に見ながら、ラテンは静かに呟いた。

 

「シーナは本当にすごいな。頭もいいし、運動神経抜群。誰にでも優しいし、心も強い。おまけに料理もできるし……まさに完璧な人間だな」

「その言葉はありがたく受け取っておくわ、ありがとう………………でも、あなたが思っているほど私はすごくなんかないわ…………」

「え?」

「……なんでもない」

 

 後半が小声で聞き取ることができず聞き返してみれば、返ってきたのは可愛らしい笑みだった。

 

「あなたも良かったら食べる? 味はあまり保証できないけど」

「え、いいのか?」

「私そんなに食べる方じゃないからね……はい」

 

 先ほどと同じようにアイテムウインドウを操作したシーナは、彼女が手に持つ包装と同じものを差し出してきた。

 感謝を述べながらそれを受け取ると、前方から足音が近づいてくる。

 

「姉ちゃん、そろそろ行こう」

「もうこんなに時間が経ってたのね」

 

 ラテンも同じように時刻を確認すれば、休憩に入ってから四十分近く経過していた。

 別に休憩を取ること自体問題があるわけではないのだが、あまりに取りすぎるとかえって集中力が切れてしまう。何が起こるかわからない最前線の迷宮区をそのような状態でうろつくのはよろしくはないだろう。

 

「ごめんね、ラテン。できるだけ早く食べちゃってくれるかしら」

「そうだな。じゃあ、ありがたく食べさせていただきます」

 

 ラテンはしっかり味わいながらも素早くサンドイッチを食べ終え、ゆっくりと立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《自由に気ままに》のメンバーたちと別れてから一時間、ラテンは宿屋から出て迷宮区へ向かっていた。

 時刻は午後十一時。連れ立っている者はいない。

 ラテンがこの時間からベットを抜け出した目的は、単純にレベリングだ。別に今のギルドメンバーで狩りをすることに不満があるわけではない。だが、どうしても暇な時間ができてしまうと昔のように一日の大半をレベル上げに捧げてきた血が騒いでしまうのだ。だからこうして時々一人で迷宮区に潜り込んでいる。しかし、この日だけは違った。

 

「よォ、ラテンじゃねぇか!」

 

 振り向けば立っていたのは趣味の悪いバンダナを額に巻いた野武士ヅラの男だった。

 

「クラインか。久しぶりだな」

「ああ。確か一週間ぶりぐらいじゃねぇか?」

 

 顎を小さく擦ったクラインは、ラテンの顔をじっと見ると急ににやにやと笑いだしながら近づいてくる。

 

「な、なんだよ……」

「いやぁ実はな、おもしれェことを聞いてよ……お前、ギルドに入ったんだって?」

「うぇ!?」

 

 いきなりの言葉にラテンは奇妙な声を上げる。

 ラテンがギルドに入ったことを知っているのはほんの僅かな人間しかいない。この世界ではだいぶ信頼を置いているクラインにすら教えていないのだ。

 

「な、何で知ってるんだよ。もしかして……キリトか?」

 

 ギルドのメンバーは考えられないし、残る選択肢はキリトがうっかり漏らしてしまったぐらいしかない。しかし、真実はラテンの予想を裏切るものだった。

 

「いや、かまかけだ」

「は?」

「だってお前さん、最近やけにあのメンバーとつるんでるだろ? ボス攻略戦だって三回連続であいつらと組んでるし、攻略組では噂になってんぞ」

「まじかよ……」

 

 失態だった。

 確かに、第五十層から五十二層までのボス戦では、偶然とはいえ連続でパーティを組んでいた。だが、それだけだったらいくらか誤魔化すことができたのだが、決定的だったのは先ほどのラテン自信の反応だ。あれでは、ギルドに入っていることを宣言したようなものだ。

 

「あー、お前意外とやるな。これからは詐欺師と呼ばせてもらおう」

「なんか不名誉なあだ名だな!? ……まあ、なんつーか良かったよ」

「え?」

 

 クラインが頬をポリポリと掻きながら続ける。

 

「お前ェ、ずっとソロでやってきただろ? キリトは、まあ……あんなことが起こったから何も言えねェけど、一人じゃなんか起こった時本当に危険だからな。お前がギルドに入ってくれてよかった、ってことをだな……」

 

 ラテンはポカンと口を開ける。そして次いで、小さく笑った。

 この男は多少くせはあるが本当に仲間思いの人間だ。ゲームの中でたまたま出会った浅い関係なんて関係なしに接してくれる。きっと現実世界でもたくさんの人に慕われていただろう。

 

「お前は本当に良い奴だな」

「う、うるせェ! ……ったく、そう言えばこんな時間にフィールドへ出るつもりか?」

 

 クラインに声をかけられたのはこの街の門を出る時だった。そう考えても不思議なことではない。

 

「ああ、レベリングをしようと思ってな」

「……一人でか?」

「不満はないけど、昔の血が疼くんでね」

「……はぁ」

 

 クラインが呆れたようにため息をこぼす。確かに、あんな話の後に一人で迷宮区に行くなんて知ったらため息の一つや二つぐらいついてしまうだろう。

 

「……んじゃあ、久しぶりに俺と組もうぜ」

「はい?」

「俺もそういう気分になったんだよ。ほら、ちゃっちゃとパーティ申請を受諾しろ」

「……過保護か」

「うっせェ!」

 

 そうしてクラインと何か月かぶりのパーティを組むことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三時間後。

 迷宮区のモンスターを狩り尽くさんばりの勢いでクラインと暴れまわった後、再び迷宮区に近い街へと帰ってきた。

 クラインとは門で別れたラテンは、夜遅くまで開いているNPCの店へ足を運んだ。深夜に迷宮区へ潜り込んでは、こうして街へ帰ってきた時に何かと小腹がすいてしまうのだ。

 店の中へ入ると、予想通り人は少なく店内はガラッとしていた。適当に座るところの目星を付けるため、ぐるっと見回すとクラインに次いで思わぬ人物が窓側の席に座っていた。

 

「あれ、シーナ?」

「え……?」

 

 ラテンに声をかけられた女性はビクッと肩を震わせて目を丸くする。

 

「ラテン? 何でこんな時間に……」

「それはこっちの台詞だよ。解散した後すぐに部屋を戻ったんじゃなかったのか?」

「えーと、うん。そんなんだけど……」

 

 目をそらしたシーナにラテンは首をかしげる。

 

「……ここ、相席いいか?」

「あ、いいわよ。どうぞ」

 

 向かい側の席に座ったラテンは、やってきたNPCのウェイトレスへ適当に品を頼むと、改めてシーナへ向き直る。

 

「いやぁ、この世界だとカロリーなんて気にしなくていいから、こんな時間でも抵抗ないよな」

「そんなこと言って、現実世界に戻ったら痛い目に合うわよ……まあ、否定はしないけどね」

 

 そう言ってシーナはコーヒーらしきものに口を付ける。カップを持つ姿も、それを仰ぐ姿も非常に上品で、どこかの御令嬢なのかと疑ってしまいそうになる。

 シーナはゆっくりとカップを机の上に置くと、小さく口を開いた。

 

「それで? 何でこんな時間にこんな所に?」

「ああ、まあ、その……ちょっと迷宮区にな」

「え?」

 

 一瞬誤魔化すか迷ったのだが、不思議と彼女に対しては嘘をつきたくはなかった。それは何故かと頭の中で論争し始めるのを無理やり打ち消すと、ラテンは慌てて弁解する。

 

「あ、別に現状に対して不満があるわけじゃないぜ? みんなのおかげで楽に戦えるし。さっきのはなんつーかほら、昔に読んだことのある漫画を今になってもう一度読みたくなる現象、みたいな感じといいますか、何と言いますか……」

 

 うまい表現が見つからずあたふたしていると、シーナはクスッと小さく笑った。

 

「別にそんなに慌てなくても怒らないわよ……あ、でもギルドのリーダーとしてはちょっと心配するわね。一人なんでしょ?」

「あー、一応な」

「本当に気を付けなさいよね。あなたがいなくなったら私は――」

 

 言葉を不自然にぶった切ったシーナは、次いで顔を真っ赤に染める。ラテンは彼女の挙動に首を傾げながら聞き返す。

 

「私は……?」

「な、何でもないわ……!」

 

 首をぶんぶんと振り回すシーナにますます疑問が湧き上がるが、彼女が何でもないと言っている以上、別にその言葉の先を聞く必要はなさそうだ。

 

「まあいいや。で、今度は俺の番だな。シーナは何でこんな時間に出歩いていたんだ?」

「うーん……」

 

 ラテンの言葉にシーナは唸りを上げながら店内を見渡す。人が少ないとはいえ、見覚えのあるプレイヤーがちらほらいる。この場では言いづらいことなのかもしれない。

 

「あ、別に無理に聞こうとかは思ってないぞ?」

「…………いや、ラテンになら別にいいわ。ただ、この場所だとちょっと……」

「……じゃあ、ちょっと歩くか?」

「え? でも料理が……」

「現実世界に戻った時に、痛い目には合いたくないからな」

 

 ラテンは小さく笑うと、おもむろに席を立ちあがる。シーナも同じように笑った後、ラテンの後ろをついていった。

 

 

 

 

 この世界では《食い逃げ》をすることはできない。手持ちの金が足りなければ料理を注文することはできないし、食事を終えた後黙って店を出ても、出た時点で自動的に手持ちの金が消費される。だから、食事に手を付けずに店を出ても何の問題もないのだ。現実世界でやったら、大迷惑どころの話ではないが。

 夜風に舞った艶やかな黒い長髪が月明かりに照らされて、美術の作品の如く美しさを漂わせている。シーナは、手で髪を抑えながらゆっくりを歩を進めると、その隣にラテンは移動した。

 

「……あなた、私のことどう思う?」

「……はい?」

 

 不意に掛けられた質問にラテンの心臓は大きく脈動する。

 今まで意識したことはなかったが、改めて考えてみても彼女のことは好きだ。シーナという女性とは一ヵ月しか接したことはないが、彼女の良さを知るのは一ヵ月もあれば十分すぎるほどだ。

 きっと、ラテン自信彼女に憧れていたのかもしれない。勉学、運動、人間関係。どれも不自由はなかった。だからこそ退屈であって、刺激を求めていたラテンにとって茅場晶彦が作り出したこの世界は天国に似たような場所であった。

 ラテンが攻略組の上位集団に位置しているのは、はっきり言って退屈しのぎの結果だ。刺激を求めた以外に攻略することに対して動機何て存在せず、他人のために行動しているシーナがとてもまぶしかった。ラテンも彼女にようになりたいと心の底で感じていた。

 だから、ラテンは正直な気持ちを口にする。

 

「あー、その……すごく魅力的だと思う」

「へ?」

「たぶん彼女にできたらそいつは幸せ者だと思うし、それが俺だったら絶対に一生大切にs――ふご!?」

「わー!! そうじゃなくて!」

 

 シーナは両手でラテンの口をふさぐ。顔は俯いててよく見えないが、耳の色を見るかがり真っ赤に染まっていそうだ。

 ぐいっと押し込んでくる両手を掴んで引き離すと、案の定顔を真っ赤にしたシーナが口を開いた。

 

「いや、あなたの気持ちはとても嬉しいし私もそうなれたらいいな、なんて思っt――って、何言ってるのよ、私……あー、もう!!」

「わ、悪かった! だから一旦落ち着こう、な?」

 

 可愛らしい声で憤慨する彼女を慌ててなだめる。これでは場所を変えて外に出た意味がない。

 ラテンの言っている意味を察したのか、シーナは荒い息を弾ませながら胸に手を当てて深呼吸をする。何度目かの後、ようやくいつものような凛とした彼女に戻った。だが、妙に気まずい雰囲気が二人の周りを漂い始めた。

 ただ、このまま放置するわけにもいかず、ラテンはおずおずと口を開く。

 

「え、えっと……シーナはどういう意味で言ったんだ?」

「うっ……」

 

 ラテンの言葉に、先ほどの出来事を思い出したのか一瞬顔を赤くしたシーナであったが、すぐに平静を取り戻す。

 

「……今日の昼ぐらいに、あなた言ってくれたでしょ? 『完璧な人間だな』って」

「え? ……ああ、言ったな」

 

 彼女にサンドイッチを分けてもらった時を思い出す。だが、それと今の話がどう繋がるのかは想像できない。

 彼女は、先ほどの慌てようとはうって変わって今度は神妙な顔つきになった。

 

「……私、あなたが思っているほど完璧な人間じゃないのよ」

 

 シーナは静かに続けた。

 

「現実世界での私の家はそこそこの家柄でね、幼いころから周囲に期待されながら育ったの。その期待に応えられるように、勉強も運動も人間関係も一生懸命頑張った。でも本当の理由は違った」

「…………」

「失望されたくなかったのよ。親から、親戚から、友達から、見放されたくなかった。この世界での行動だって、全部それがゆえのものよ。本当は勉強なんて頑張りたくないし、お行儀よく振る舞いたくない。ギルドのリーダーなんてやりたくないし、怖くて逃げだしたい。こうして夜に出歩くのも、明日強くあろうとするため。本当の私は自分の弱さを必死で隠すような弱い人間なのよ……」

 

 ラテンは黙って聞いていた。

 『彼女は完璧な人間ではない』、そんなことはどうでもいい。不謹慎かもしれないが、シーナが彼女自身の胸の内を吐露してくれたことが嬉しかった。だからラテンも、応えなければならない。

 

「……俺が最前線にいる理由は、退屈しないためだ。現実世界では苦も無く生活できてたから、心の底では刺激を求めている。だから俺は、このゲームをクリアしたいのと同時に、クリアしたくないって思ってるんだ。理由は単純。退屈な時間に戻りたくはないから。この世界に囚われたプレイヤーたちを現実に戻したい、なんてのは建前で本当の俺は、自分が満足し続けらればそれでいい自分勝手で最低で、小さくて弱い奴だ」

「そんなこと――」

 

 ラテンは彼女の言葉を遮る。

 

「俺は、本音と現状の行動が伴っていなくても別にいいと思う。人間って弱さがあるから生きて行けるって思うんだ。だからそんなに卑下する必要はないよ」

「…………」

「……ごめん。たぶん俺じゃ、君が求めてるものを渡すことはできない。でも、その代り側にはいられる。ありがとうな。本当の君を教えてくれて」

「……ううん。私こそごめんなさい、急にこんなことを言ってしまって。 ……これからも一緒にいてくれる……?」

「ああ、もちろん」

 

 月明かりに照らされた彼女の嬉しそうな笑みは、今まで見た中で一番美しいものだった。

 



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ggo 第一話

 

「うわぁ……。セレブ感がすごいな」

 

 到着早々、喫茶店の前で思わずこぼれる。

 派手な装飾があちらこちらに施されており、それを囲うのは甘い香りをはっする色鮮やかな花たちだ。入口の前には精巧に造られたオブジェが門番のようにどっしりと構えており、そこはかとなく漂うセレブ感と相まって本当にここが待ち合わせの場所なのか疑ってしまうほどだ。

 

「まあ、高給取だし間違ってはなさそうかな」

 

 意を決して俺はセレブ空間へと足を踏み込んだ。

 

「いらっしゃいませ。お一人様でしょうか?」

「ああ、いえ。あの、待ち合わせで……」

 

 決意を胸に踏み込んだ俺を待っていたのは、上品なクラシック音楽と丁寧を丁寧に磨き上げたような丁寧な対応をしたウェイターだった。

 入って、たった一歩で分かってしまった場違い感に圧倒されて、思わずどもりながら返答した俺の態度に眉一つ動かさず、ウェイターは続ける。

 

「かしこまりました。待ち合わせのお客様のお名前は何でしょうか」

「あ、『菊岡』でお願いします」

「菊岡様ですね。こちらになります」

 

 慣れた様子でウェイターは俺を案内する。そして、ここに呼んだ張本人が俺に気付くと、周りの商品な雰囲気などお構いなしに大きく手を振ってくる。その向かい席に座っていた黒い服を身にまとった少年は、その人物とは対照的に軽く手を上げてきた。

 

「やあやあ、待っていたよ天理君」

「どーも、菊岡さん。……と、やっぱりお前も呼ばれてたか、和人」

「それはお互い様だろ」

 

 いつものように拳を合わせると、和人の隣の席に座る。俺を案内してくれたウェイターは一言「失礼します」と言って静かに下がった。それを目で確認してから、俺は改めて正面を向く。迎えたのは、にっこりと笑みを浮かべた眼鏡をかけている男だった。

 この男の名は、菊岡誠二郎。生真面目そうな顔立ちをした男だが、実際の性格はだらけている、と今までの付き合いからそう判断している。というのも、この男はそう簡単に《自分》を見せてこない。その理由はこの男の職に関係している。

 総務省総合通信基盤局高度通信網振興課第二別室、別名通信ネットワーク内仮想空間管理課。後者の間をとって通称《仮想課》。簡単に言えば、VRワールドを監視している官僚だ。国に使える役人だけあって、この男の脳には世間で公にできないような秘密をいくつも抱えていることだろう。俺たちとも仕事上の関係に過ぎない、と思っていると勝手に解釈している。

 

「……男三人で来るような店じゃないでしょ、ここ」

「いやいや、男だけだからこそ映えるモノがあるってもんさ」

 

 菊岡は笑みを崩さず肩をすくめて見せる。周りを見渡せば、上流階級のマダムたちがこの喫茶店の八割を占めていた。どう見ても男だけじゃ場違いだろう。

 そんな俺の思いを知ってかしらでか、菊岡はメニューを差し出してくる。

 

「ここは僕が持つから、何でも好きに頼んでいいよ」

「まあ、そういうなら……へ?」

 

 しぶしぶメニューを受け取り中を開いてみると、飛び込んできたのは無駄に長いカタカナと四桁の数字だった。目を擦って確認しても、桁が変わることはない。

 

「これ、本当にいいんですか?」

「いいよいいよ、気にしないで」

 

 相変わらず笑みを崩さない男から再びメニューに視線を移す。一番廉価なのが《シュー・ア・ラ・クレーム》、値段にして千二百円。俺が知っている喫茶店のメニューとは三倍近く値段が違うのは気のせいではないだろう。

 

「……和人、お前何を頼んだんだ」

「ええと……ショコラとミルフィーユと……コーヒーだな」

 

 俺が手に持つメニュー表の中を一つずつ指さしてくる。和人が指したメニューはどれも、口で言った倍ほどの長さを持つ名前であった。最後に至っては《ヘーゼルナッツ・カフェ》であり、掠りもしていない。それはともかく。

 

「……お前、容赦ないな」

「まあな」

 

 和人が頼んだメニューをざっと計算してみるとおよそ四千円。学生が喫茶店で出すような額ではないのだが、目の前の男が奢ると言ったから頼んだのだろう。俺はお冷とお絞りを持ってきたウェイターに《ヘーゼルナッツ・カフェ》だけをオーダーする。「かしこまりました」とウェイターが下がると、菊岡が片眉を上げて口を開いた。

 

「おや、えらく控えめなんだね」

「実は一昨日妹にケーキバイキングへ連行されたもんでね。甘いものは今はちょっと……うっぷ」

 

 一昨日のことを思い出して、少々気持ち悪くなる。そんな俺を見て、菊岡は笑い始めた。

 

「あはは、それは大変そうだね」

「そんなことより、要件は?」

「まあまあ、せっかく来たんだしまずは食べようじゃないか」

 

 本題に入ろうとした俺を、菊岡は陽気に制止する。それと同時に、菊岡と和人が先に頼んでいたのであろう商品がテーブルに置かれる。ウェイターが下がるの見てから、菊岡は生クリームがどっさりと乗った巨大プリンを頬張り始める。俺は口を手に当てて無言で目をそらした。

 やがて俺のコーヒーが到着するころには、菊岡の目の前にあった巨大なプリンが跡形もなく消え去っていた。幸せそうな表情を浮かべる菊岡をよそに、俺は運ばれてきたナッツの香りが漂うコーヒーを一口含んだ。甘さと苦みが絶妙なバランスを保っており、さすがはセレブ感漂う喫茶店だ。

 

「……で?」

 

 和人が食べ終わったのを確認すると、再び本題に入る。とはいっても、この男が俺たちに持ちかける要件は一つしか思い当たらない。

 

「うん……君たちも薄々わかっていると思うけどバーチャル犯罪の調査をしてもらいたくてね。これを見てくれないかい」

 

 ほれみたことか、と内心で思っていると、菊岡が黒いアタッシュケースからタブレットを取り出し和人に渡した。俺は横からそれを覗き込む。

 液晶画面には見知らぬ男の顔写真と、受所などのプロフィールが記載されていた。

 

「……誰だ?」

 

 和人の言葉に菊岡は端末を取り返し、指先を走らせる。

 

「ええと、先月……十一月の十四日だな。東京都中野区某アパートで、掃除をしていた大家が異臭に気付いた。発生源と思われる部屋のインターホンを鳴らしたが返事がない。電話にも出ない。しかし部屋の中の電気は点いている。これはということで電子ロックを開錠して踏み込んで、この男……茂村保二十六歳が死んでいるのを発見した。死後五日半だったらしい。部屋は散らかっていたが荒らされた様子はなく、遺体はベッドに横になっていた。そして頭に……」

「アミュスフィア、か」

 

 和人の言葉に菊岡が頷く。

 

「その通り。――すぐに家族に連絡が行き、変死ということで司法解剖が行われた。死因は急性心不全となっている」

「心不全? 何で心臓が止まったんだ?」

「解らない。……死亡してから時間が立ち過ぎていたし、犯罪性が薄かったこともあってあまり精密な解剖が行われなかったんだ。ただ、彼はほぼ二日にわたって何も食べないで、ログインしっぱなしだったらしい」

 

 菊岡が言った『ログインしっぱなし』は珍しい話ではない。仮想世界は便利なのか厄介なのか、そこで食事をとれば満腹感が発生し数時間持続する。つまり現実世界で食事をとらなくても空腹感を誤魔化すことができるのだ。

 しかし、それはあくまで誤魔化すことができるのであって、現実世界で食事をとらなければ栄養失調やらなんやらで、タブレットに表示されていた男のように……なんてことはよくあるのだ。飯代が浮くし、プレイ時間も増やせるため、便利な機能といえばそうだがこんな落とし穴があるため気を付けなければいけないのがVRワールドだ。

 

「……わざわざありがちな話を持ってくる、ということは世間一般で起こっているケースと『何か』が違うってことか?」

「さすが天理君。話が早い」

 

 菊岡は満足そうにうなずくと、真剣な表情に戻して続ける。

 

「この茂村君のアミュスフィアにインストールされていたVRゲームは一タイトルだけだった。《ガンゲイル・オンライン》……君たちは知っているかい?」

「そりゃ……もちろん。日本で唯一《プロ》がいるMMOゲームだからな。プレイしたことはないけど」

 

 和人の言葉に俺も頷く。

 ガンゲイル・オンライン、通称《GGO》。剣や魔法といったものがメインのALOとは違い、銃をメインにした硬派なVRMMOだ。和人が言ったようにこのゲームには《プロ》が存在する。とは言っても彼らのバックにスポンサーがついているわけではない。

 GGOには《ゲームコイン現実還元システム》が採用されている。簡単に言えばこれは、ゲーム内で稼いだ通貨を現実世界の通貨へ還元できるということだ。《プロ》と呼ばれる連中はこのシステムを使い、現実での生活費を稼いでいる。

 もちろん全員が全員稼げるわけではない。月の接続料が三千であるGGOは他のVRMMOに比べてかなり高い。そして、平均プレイヤーが一か月で稼ぐことのできる金額はその十分の一程度だ。ただたまに超レアアイテムなるものが出現し、それをオークションで売って電子マネーへ還元すると数十万のカネになる。そしてそれを毎月のようにできるのはごく限られたトッププレイヤーたちだけだ。

 菊岡はお冷を一口含むとさらに続けた。

 

「彼はそのゲームでトップに位置するプレイヤーだったらしい。十月に行われた、最強者決定イベントで優勝したそうだ。キャラクター名は《ゼクシード》」

「ゼクシードって、なんか聞いたことあるようなないような」

「たぶん天理君は《MMOストリーム》で見たことがあるんだと思うよ」

「ああ、そういえばそうだった」

 

 現在は《MMOストリーム》というネット放送局の番組が存在している。無数に存在するVRMMOの中で注目されているゲームなどを紹介したり、ゲストを呼んで雑談したりする内容だ。俺はその番組の中の《今週の勝ち組さん》というコーナーで《ゼクシード》というプレイヤーを見ている。確か青髪でサングラスをかけたイケメン風のアバターだったような気がする。しかし、そのコーナーの途中で突然そのプレイヤーの回線が切れてそのまま番組が中断していたはずだ。それと関係あるのだろうか。

 

「じゃあ、回線落ちした理由と今回の件に関連性があるんですか?」

「僕はそう考えている。二つの出来事の時刻は同じだ。出演中に心臓発作を起こしたのは間違いないだろう。でもね、実はその時刻にGGOの中で妙なことが有ったってブログに書いているユーザーがいたんだ」

「「妙なこと?」」

「GGOの世界の首都、《SBCグロッケン》という街のとある酒場でも放送されていた。で、問題の時刻ちょうどに、一人のプレイヤーがおかしな行動をしたらしい」

 

 俺たちが黙って聞いていると、菊岡は再びお冷を一口含んで続ける。

 

「なんでも、テレビに映っているゼクシード氏の映像に向かって、裁きを受けろ、死ね、等と叫んで銃を発射したということだ。それを見ていたプレイヤーの一人が、偶然音声ログを取っていて、それを動画サイトにアップした。ファイルには日本標準時のカウンターも記録されていてね……。ええと……テレビへの銃撃があったのが、十一月九日午後十時三十分二秒。茂村君が番組出演中に突如消滅したのが、十時三十分十五秒」

「……偶然だろう」

 

 和人がそう言うと俺も同意した。

 どんなゲームでも妬み嫉みは付き物であり、有名な番組に出演していたゼクシードに嫉妬して思わず撃った、なんてことは容易に想像つく。その情報と茂村氏が死亡した件とでは関連性が薄いだろう。

 俺は残ったコーヒーを仰ぐとゆっくりとティーカップを置いた。しかし、菊岡は深刻な表情をして、続けた。

 

「実は、もう一件あるんだ」

「…………なに?」

 

 俺たちは視線を菊岡に戻し次の言葉を待つ。

 

「今度は約十日前、十一月二十八だな。埼玉県さいたま市大宮区某所、やはり二階建てアパートの一室で死体が発見された。新聞の勧誘員が、電気が点いているのに応答がないんで居留守を使われたと思って腹を立て、ドアノブを回したら鍵がかかっていなかった。中を覗くと、布団の上にアミュスフィアを被った人間が横たわっていて、死因はやはり心不全。三十一歳男性で、彼もGGOの有力プレイヤーだった。プレイヤーネームは《薄塩たらこ》……かな?」

 

 新聞勧誘員の行動やらプレイヤーネームやらに突っ込みたくなるが、後者の方に至っては故人であるがゆえに不謹慎だろう。

 コーヒーを含んだ和人が疑問を投げかける。

 

「そのたらこ氏も、テレビに出ていたのか?」

「いや、今度はゲームの中だね。アミュスフィアのログから、通信が途絶えたのは死体発見の三日前、十一月二十五日午後十時零分四秒と判明している。死亡推定時刻もそのあたりだね。彼はその時刻、グロッケン市の中央広場でギルドの集会に出ていたらしい。壇上で檄を飛ばしていたところを、集会に乱入したプレイヤーに銃撃された。街の中だからダメージは入らなかったようだが、怒って銃撃者に詰め寄ろうとしたところでいきなり落ちたそうだ。この情報もネットの掲示板からのものだから正確さには欠けるが……」

「銃撃した奴ってのは、《ゼクシード》の時と同じプレイヤーなのか?」

「そう考えていいだろう。やはり裁き、力、といった言葉の後に前回と同じキャラクターネームを名乗っている」

「……どんな……?」

 

 和人の言葉に菊岡はお冷を一口含むと、タブレットを眺め、眉をひそめた。

 

「《シジュウ》……それに、《デス・ガン》」

 

 つまり漢字で書くと《死銃》ということだろう。

 どんな思いでそんなキャラクター名を付けたかはわからないが、嫌な予感がするのは気のせいではないだろう。そしてそれは、この後にも起きそうだ。

 

「そこで、なんだけど……二人とも。このガンゲイル・オンラインにログインして、この《死銃》なる男と接触してくれないかな」

「「断る!!」」

 

 俺たちの声が綺麗にハモる。周囲からは突然の大声に疑問の視線を投げかけられ、すぐに膝の上に手を置いた。

 

「なんで俺たちに依頼するんだよ。菊岡さんが行けばいいだろ」

「いやぁ……本当そうしたいのは山々なんだけど、この《死銃》氏はターゲットにかなり厳密なこだわりがあるようでね」

 

 前半部分に全然気持ちがこもってない返答に若干腹が立つが、菊岡が言った『こだわり』が気になり、次の言葉を待つ。

 

「ゲーム内で《死銃》が撃った二人はどちらも名の通ったプレイヤーだった。つまり、強くないと撃ってくれないんだよ、多分。僕じゃ何年たってもそんなに強くなれないよ。でも茅場氏が認めていた君達なら……」

「とは言っても和人は知らないが、俺はこのゲームをやったことすらないぞ。それにゲームに命なんかかけてられるか!」

 

 もし本当にこの件が《死銃》による犯行なのだとしたらそれと接触する俺たちも殺される可能性がある。ゲーム内で撃たれて本当に死ぬなんてバカみたいな話だが、実際に経験している俺たちからしたら、あまり無視できるような内容ではない。

 だが、菊岡は俺の考えを予期していたようで厚い資料手渡してきた。

 和人と共にざっと目を通せば、《死銃》の犯行の仕組みの予想とそれを否定する理論がいくつも記されていた。おそらく、総務省のエリートたちが出せるだけ出した予想なのだろう。これを見る限り、ゲーム内で撃たれても現実世界で死ぬことはないと思われる。だが、実際には起きているのだ。いくら理論では不可能だからって怖いものは怖い。

 和人も同意見のようで、冷ややかな目線を菊岡に投げかける。

 

「だとしてもGGOのトッププレイヤーは他のMMOとは比較にならないほどの時間と情熱をつぎ込んでいる。そんな連中相手に、何の知識もない俺と天理が向かったってもてあそばれるだけだ! 悪いが他をあたってくれ」

 

 和人が椅子を引くと俺もそれに合わせて立ち上がる。しかし、菊岡が俺たちの袖を掴んで必死に懇願してきた。

 

「わぁ、待った待った! 君たち以外に頼れるアテなんてないんだよ! これだけ出すからさ!」

 

 そう言って右手の内、人差し指、中指、薬指を立てる。見たところ、依頼料として三万円といったところか。

 ないない、と首を振る俺と和人を見て菊岡がボソッと呟く。

 

「……掛ける十」

「っ!?」

 

 俺たちは目を丸くする。三に十を掛けたら三十。つまり菊岡が俺たちに払おうとしている金額は、三十万ということになる。高校生相手にそのような取引を普通するだろうか。

 菊岡はさらに続ける。

 

「もちろん最大限の安全措置は取る。君達には、こちらが用意する部屋からダイブしてもらって、モニターしているアミュスフィアの出力に何らかの異常があった場合はすぐに切断する。銃撃されろとは言わない、君たちの眼から見た印象で判断してくれればいい。――行ってくれるね?」

 

 簡単に言えば、確認だけすればいいという依頼だ。菊岡が、言った通りの準備をしてくれるのであれば何かとましな気がする。乗せられている気もするが、ここまでするほど本気なのだ。こちらも無下にはできそうにない。

 

「……解ったよ、行くだけは行ってやる。天理はどうする?」

「俺も行くよ。それに銃ゲー……ちょっとやってみたかったし」

 

 和人から呆れた表情が向けられるが、菊岡からは全く逆の表情が向けられる。

 

「ありがとう、二人とも! ではこれを渡しておこう。居合わせたプレイヤーが音声ログを取ってたデータをコピーしてある。《死銃》氏の声だよ」

 

 そう言って、USBメモリーを俺と和人にそれぞれ渡してくる。これで探せ、ということだろう。

 俺たちはそれをポケットにしまって、セレブ感漂う喫茶店を後にした。

 

 



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ggo2話

 菊岡から直接依頼を受けてから約一週間後。

 俺は彼が言っていた『安全措置』の内の一つであるとある病院の一室の前に来ていた。この一週間、GGOというゲームの情報を集められるだけ集めたが、それだけでトッププレイヤーたちに太刀打ちできるとは到底思えなかった。

 とはいえ、有益な情報を手に入れたことも事実だ。

 どうやらGGOにもSAOにあったような、ステータスが存在している。プレイヤーたちはレベルを上げるごとに受け取ることができるポイントを好きなように割り振ることで自分好みのキャラを作るそうだ。ただ、そのステータス値はGGO内の戦闘に大きく左右されるようで、今回のターゲットである《死銃》の手によって亡くなったとされる茂村氏も、《ゼクシード》としてどのようなタイプのキャラクターが強いのかあちらこちらに提唱していたらしい。もっとも、彼がなくなる直前にいた《MMOストリーム》では、彼が今まで提唱してきた《AGI(敏捷力)》型最強説を自ら否定し、《STR(筋力)-VIT(体力)》型が最強を提唱し始めていた。その理由もしっかりと筋が通っていて、今後の変動予想としてはよく出来ていたものだった。

 しかし、AGI型が強かったのは事実であり、実際《ゼクシード》と共に《MMOストリーム》に出演していた《闇風》と呼ばれるプレイヤーはAGIがん振りのステータスだった。そのステータス値で、ゼクシードに競り負けたにも関わらず前回の最強者決定大会で準優勝だったということは、俺にとっては大きな援護射撃だ。

 何故なら、これから俺はALOのキャラクター・データをGGOにコンバートするからだ。

 

 コンバートとは、簡単に言えば能力値の継承だ。

 ある会社が運営しているゲームで使っていたアカウントで、他の会社が運営しているゲームをプレイしようと思った場合、最初に二つの選択肢が与えられる。

 一つは新規アバターを製作してそのままプレイすること。

 もう一つが、そのアカウントでプレイしていたゲーム内のキャラクター・データを移行させることだ。この二つ目が、《コンバート》というシステムに該当する。

 コンバートで作成されたキャラクターは、前のゲームのキャラクターのステータス値を相対的に引き継いでいる。簡単に言えば、前のキャラクターが《中の上》程度の能力値だった場合、引き継ぎ先のキャラクターも《中の上》程度の能力を持つことができる、ということだ。

 ただしこれは、キャラクターのコピーを増やすというシステムではない。コンバートをした瞬間、元のゲームのキャラクター・データは完全消滅し、そのキャラクターが持っていたアイテム類も引き継がれることなく消滅する。そのため俺は、ALOでの《ラテン》が持っていたアイテム、装備すべてを妹であるコトネに預けている。

 もちろん事情はすべて説明しており、彼女も渋々納得して受け入れてくれた。ただ、俺が再び危険に飛び込もうとしていることに対して怒っているようで、その日から態度がちょっとだけ冷たいのは気のせいではないだろう。

 

「無事帰ってきたら、ご機嫌取りにまたスイーツ食べ放題にでも連れて行ってやろうかな」

 

 一週間たった今でも、思い出すと若干気持ち悪くなるが妹の機嫌が直るのなら安いものだ。

 一呼吸おいて、病室のドアをノックする。数秒も立たず中に入るよう促されたため、ゆっくりとドアをスライドさせた。

 

「今日一日お世話になります。大空天理です」

「君が大空君ね。私はあなたたちの状態管理を任されている《安岐ナツキ》です。よろしくね」

 

 中に入れば、若い女性看護師が自己紹介をしてくれた。

 ナースキャップの下の長い髪を一本の太い三編みにまとめ、その先端には小さなリボンが揺れている。目線は俺よりも少し低いものの、女性にしてはかなりの長身だ。おまけに、ボンッキュッボンでメガネ付き。こんな人に看護されていたら別の意味で心臓に悪いだろう。

 

「はい、よろしくおねが――」

 

 にこにこと笑みを浮かべた小作りな顔のナースに頭を下げようとした時、視界に相棒である和人の姿が映った。上半身裸姿の。

 

「お、おまっ……明日奈という人がいながら……!」

「誤解だ! で、電極貼るために脱げって言われたんだ、信じてくれ!」

「あ、ああ、なるほどな……でもお前、そういうところがあるからなぁ……」

「ねぇよ!」

 

 よく見れば、二つの用意されたベットの横には仰々しいモニター機器が並んでいる。おそらくこれも『安全措置』の一環だろう。

 納得しつつも怪訝な視線を送り続ける俺と弁解する和人を見て、安岐が小さく噴き出した。

 

「じゃあ、大空君も服を脱いでベットに横たわってねー」

「わかりました」

 

 俺は多少羞恥心を拭いきれないまま、おずおずと来ていた服を脱ぐと電極を貼るために目の前に来ていた安岐が声を漏らす。

 

「へぇ、大空君ってたくましい身体をしてるのね」

「そ、そうですかね?」

 

 確かに日ごろからトレーニングをしているため、あまり無駄な肉はついていないが、こうも初対面の人――しかも女性にまじまじと見られると流石に恥ずかしい。

 

「あらら、照れちゃって。可愛い」

 

 小悪魔的笑みを浮かべる安岐に対抗するカードを俺は持っていない。なすがままにされていると、不意に冷たい視線が投げかけられていることに気が付いた。

 

「天理……お前……」

「…………何も言うな」

 

 静かに言えば、呆れたようなため息が聞こえてくる。

 とりあえず俺は言われた通りにベットに横たわると、安岐が慣れた手つきで電極を貼っていった。それを終えるのを見届けると、頭上にあったアミュスフィアを頭にかぶった。

 

「二人のカラダはしっかりと見てるから、安心してね」

 

 安岐の言葉に俺と和人は頷くと、同時に叫ぶ。

 

「「リンク・スタート」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白い放射光が止み、一番最初に目に飛び込んできたのは無数の高層建築群だった。空高く伸びるそれらを空中回廊が網目のようにつながれており、どこか近代的な建物を連想させる。その下を形成するのは、この街のメインストリートらしき広い通りだ。道の左右には怪しげな雰囲気の商店が並び、その前を行き交う人々を見て思わず声がこぼれる。

 

「うわ……ごつい男ばっかだな」

 

 いつもよりトーンが高いような気がするが気にせず正面を見据える。

 メインストリートを歩く人々はそのほとんどが迷彩のミリタリージャケットやら黒いボディアーマーやらを着た筋骨隆々な男性ばかりだ。そして、その肩や腰にはこの世界のメインウェポンである《銃》をぶら下げられている。はたから見たら物騒にもほどがあるが、それがこのGGOという世界なのだろう。

 とりあえず一緒にこの世界へ来たはずのキリトを探すため辺りを見回してみる。しかし、二メートルほど左に離れた、黒い長髪を持った俺よりも少し背の高い女性以外にこの周辺にはプレイヤーはいなかった。後ろを見れば、初期キャラクターの出現位置に設定されているであろうドーム状の建物が存在しており、キリトもこの場所にいるはずだ。

 

「……気が乗らないけど、あの人に聞いてみるか」

 

 俺が上を見ている間に先に進んでいった可能性もあるため、ほぼ同じタイミングでこの世界にやってきたであろう少女へ声をかけた。

 

「あの、すいません。ここら辺で僕の他にプレイヤーを見かけませんでしたか? その人と待ち合わせをしてて……」

 

 できるだけ丁寧で慎重に聞く。初対面でいきなり男性プレイヤーから陽気に声を掛けられれば、ナンパだと思われるだろう。この場限りの関係であるとはいえ、嫌な目で見られるのは気分が乗らない。

 とはいえ、声をかけてから思ったのだが俺よりも身長が高いにもかかわらず少女のような小ぶりな顔づくりだ。てっきり凛とした大人な女性だと思っていたのだが。

 

「……えっと、見てはいないかな。実は俺も人と待ち合わせしてるんだ。逆に、見かけてないかな?」

「いや、見かけてはないですね……」

 

 少女の言葉に口ではそう答えながらも心の中では疑問が浮かぶ。

 ――『俺』?

 確かにこの少女は自分のことを『俺』と言っていた。もちろん、女性にも自称するときに『俺』を使う人はいるかもしれないが、大半の女性は使わないだろう。とはいえ、こんな血なまぐさい世界へやってきたのだ。雰囲気に合わせて自称を変えていても不思議ではない。心の中で何かが引っかかりつつも、それを押しとどめていると、目の前の少女が困ったような表情をしながら辺りを見渡す。

 

「そうですか……」

「お役に立てず申し訳ありません」

「いえいえ、こちらこそすいません…………ったくどこに行ったんだよ『ラテン』の奴……」

 

 少女に頭を下げて踵を返そうとしたとき、少女が小声で言った言葉を俺は聞き逃さなかった。

 

「……今、なんて……?」

「え?」

「いや、今誰かの名前を呼んだ気がして」

「……ああ。俺が待ち合わせしているプレイヤーです。『ラテン』っていうプレイヤーネームなんだけど……」

「……もしかしてお前、『キリト』か?」

「へ……?」

 

 目の前の少女が目を丸くする。

 これで間違っていたら相当恥ずかしいのだが、ここで待ち合わせをしていてそのプレイヤーの名前が自分と同じなんて偶然、起きるだろうか。

 呆けた表情のまま目の前の少女は震える手で俺に指をさす。

 

「お、お前、ラテンなのか…………でも、だったらなんで女に……」

「いや、それはこっちの台詞だ。どっからどう見たってお前も女にしか――え? 女?」

「へ?」

 

 俺たちは互いに間抜けな表情をすると、同時に自身の体に視線を向けた。

 両手の肌は白く滑らかであり、指は男のものとは思えないほど細い。腕も、ストリートを歩く男たちのようなたくましいものではなく、服の上からでもわかるほど華奢なものだ。そして、それを見ている間に、はらりと白銀の毛髪が俺の頭上から垂れてくる。

 

「……は?」

 

 驚いて掴んでみれば、しっかりと掴んだ感触と掴まれた感触が伝わってくる。間違いなくこれは俺の髪の毛だ。

 次いで背名に手を当ててみれば、腰までとは言わないが随分と長くまで伸びた自分の髪が存在を主張していた。

 ――なんか違和感があると思っていたけど……これか 

 この世界にやってきてからの違和感を解決する。

 しかし、何故キリトは俺のことを『女』だと言ったのだろうか。髪の長い男性プレイヤーだって存在する。いや、確かにこれほど細い体つきでは間違えるかもしれないが、顔つきまでは――

 そこまで考えて、顔を上げれば俺と同じように顔を上げた少女と目が合った。ほぼ同時に、ごくりとつばを飲み込むと、背後にあったドームの外壁を飾るミラーガラスへこれもまたほぼ同時に張り付いた。

 

「なんだよ、これ……」

「うそだろ……」

 

 キリトと俺は絶句する。

 ガラスに映っていたのは、まぎれもなく女姿のプレイヤーだった。

 夜空に輝く月のような白銀の長髪に、小ぶりな顔立ち。瞳はクリッとしていて、髪と同じ銀色がこちらをじっと見つめている。身長も心なしか低く見えるのは気のせいではないだろう。

 固まったまま動かない二人の少女を映した鏡に、突然男性プレイヤーが飛び込んできた。

 

「おおっ、お姉さんたち運がいいね! そのアバター、F一三〇〇番系でしょ! め~~~ったにでないんだよ、そのタイプ。どう、今なら始めたばっかだろうしさあ、アカウント事占い? 二メガクレジット出すよ!」

「お姉さん……?」

 

 その言葉である可能性に至った俺は、慌てて自分の胸部を両手でまさぐる。だが幸いにも、柔らかな双璧はなくひたすら平らな胸板があっただけだ。どうやら本当に女性プレイヤーになってしまったわけではないらしい。

 最近のVR系ゲームは、そのほとんどすべてのタイトルでプレイヤーとアバターの性別を変えることを禁じている。異性のアバターを長期間使用していると、精神的・肉体的に無視できない悪影響があるから、というのが理由らしい。

 

「あー……、悪いけど俺、男なんだ」

「あ、俺もそうです」

 

 いつもよりも声のトーンが高かったのは気のせいではないらしい。否定したはいいが、この声では誤解されても文句は言えない。

 心の中で苦笑していると、肩を落とし残念がると思っていた目の前の男はしばし絶句した後、先ほどよりも大きな勢いでまくしたて始めた。

 

「じゃ、じゃあ……そてM九〇〇〇番系かい!? す、すごいな、それなら四、いや五メガ出す。う、売ってくれ、ぜひ売ってくれ!!」

 

 よっぽどレアなのだろうここまで言われると少し考えてしまうほどだが、このアバターはコンバートしたものだ。これを売ってしまえば俺は、ALOに《ラテン》として戻ってくることはできなくなってしまう。

 

「すいません、このキャラ、コンバートなんです。金には替えられません」

「俺もだ」

「そ……そうか……」

 

 キリトも俺に同調すると、今度こそ目の前の男は肩を落として残念がっていた。しかし、よくある悪質なセールスマンとは違い聞き分けはいいらしく、透明なカード上のアイテムを渡しながら潔く引き下がった。

 

「まあ、気が変わったら連絡してくれ」

 

 そう言うと、踵を返して立ち去って行った。キャラ名などが記されたそのカードは数秒もしないうちに発光し、跡形もなく消滅する。おそらくアドレス帳のようなものにデータが保存されたのだろう。

 

「……どうする?」

「どうもこうもこのままで行くしかないだろ」

 

 俺の問いにキリトが肩をすくめながら答えた。

 キリトの言う通り、この容姿に文句を垂れたところで変化するわけではない。《死銃》と接触し、依頼を果たしてこの世界から出るまでは我慢しなければならないだろう。

 

「確か今日、大会があるんだよな」

「ああ。早速エントリーしに行こうぜ」

 

 本日から《バレット・オブ・バレッツ》と呼ばれる最強者決定イベントが開催される予定だ。この大会の前回優勝者は今回犠牲になった《ゼクシード》であるため、この大会で目立つことができれば《死銃》と接触できる可能性がある。

 先に歩いていくキリトを俺は慌てて追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おいキリト。ここどこだよ」

「さ、さあ……?」

「さあ、ってお前……」

 

 俺が意味ありげな視線を送って見せると、キリトは大げさに目を逸らした。

 勢いよく歩いていったキリトの後を付いていくこと数分。もはや引き返すこともかなわないほどに、道に迷ってしまった。こういう時に頼りになるのはマップなのだが、あまりにも道が入り組んでいるため、表示されている現在位置と照合するのには骨が折れる。こういう時は、人に聞くのが手っ取り早いだろう。

 キリトもその結論に達したようで、さっそく近場にいたプレイヤーに声をかけた。

 

「あのー、すいません、ちょっと道を……」

「お、おい……」

 

 俺が制止するとキリトも気が付いたようで、しまった、とでも言いたげな表情をする。そう。振り向いたのは、どう見ても女の子だったからだ。後姿を見てもわかるはずだというのに、この男の頭の中には道を尋ねることでいっぱいだったらしい。

 俺は心の中でため息をついた。

 VRMMOにおいて、男性プレイヤーが女性プレイヤーに「道に迷った」等々声をかける場合、その七割までナンパ目的だと断じていい。そんな行動をキリトはしてしまったのだ。

 危惧した通り、振り向いた女性プレイヤーの顔にあからさまな警戒の色が浮かんでいた。しかし、俺たちの予想を裏切って、意外にもその表情はすぐに消え去った。

 

「……あなたたち、このゲーム始めて? どこに行くの?」

 

 綺麗に澄んだ声で言うその口許には、かすかな微笑を浮かべている。

 可愛い、よりかは美しい類の顔立ちをした少女だ。さらさらと細いペールブルーの髪は無造作なショートヘアで、額の両側で結わえた細い房が印象的だ。くっきりとした眉の下に、猫科な雰囲気を漂わせる藍色の大きな瞳が輝やいている。

 嬉しそうな表情を見て、何故すぐに警戒を緩めたのか直感的に理解する。

 

 ――俺たち、女性プレイヤーだと思われてね?

 

 初期地点にも、道に迷うまでの道のりにも誰一人として女性プレイヤーは見かけなかった。おそらく、このGGOは圧倒的に男性プレイヤーが多いのだろう。まあ《銃》をメインに添えるような硬派な世界観が女性受けするか、と言われれば首を振るし、仕方ないと言えば仕方ない。

 そんな世界で自分と同じ女性プレイヤー――しかも初心者(ビギナー)から声を掛けられれば、嬉しくなるのは当然だろう。

 

「あー、えっと……」

 

 キリトは少し考えるかのように黙り込むと、数秒後、まるで開き直ったかのようにハスキーな響きのある声で続けた。

 

「はい、私たち初めてなんです。どこか安い武器屋さんと、あと総督府、っていうところに行きたいんですが……」

 

 ――こいつ、彼女を利用する気か!?

 

 どうやらさっきの沈黙は俺たちの性別が男であることを正直に白状するかどうかを迷っていたからだったようだ。とはいえ確かに、彼女には悪いがこのまま女性プレイヤーを演じ続けていたほうがいいのかもしれない。

 

「総督府? 何しに行くの?」

「あの……もうすぐあるっていう、バトルロイヤルイベントのエントリーに……」

 

 彼女の眼がぱちくりと丸くなる。

 

「え……ええと、今日ゲームを始めたばかりなんだよね? その、イベントに出ちゃいけないことはぜんぜんないけど、ちょっとステータスが足りないかも……」

「あ、私たち初期キャラってわけじゃないんです。二人で他のゲームからコンバートで……」

「へぇ、そうなんだ」

 

 藍色の瞳がきらりと輝き、口元に今度こそ明確な笑みが浮かんだ。

 

「いいよ、案内してあげる。私もどうせ総督府へ行くところだったんだ。その前にガンショップだったね。好みの銃とか、ある?」

「え、えっと……」

「私は特にないです」

「じゃあ、色々揃ってる大きいマーケットに行こう。こっち」

 

 くるりと振り向き、歩き始めた彼女の後ろを二人で追いかける。

 どうやらこの女性プレイヤーは相当このゲームをやっているらしく、迷路のような道をマップで確認もせずに涼しい顔を通り抜け、わずか数分で、先ほど言ったものであろう大きな店にたどり着いた。

 

「入ろっか」

 

 少女に促されるまま、俺とキリトは歩を進める。

 中に入ってまず驚いたのは、広大な店内だった。スペースを大胆に使い、多くのプレイヤーが不自由なく行き来している。壁際には、銃を映したパネルが無数に存在していて、この中のどれかをタッチすれば購入できるという仕組みだろうか。パネルの近くで、NPC店員らしき露出の大きい服を着た美女がプレイヤーたちに説明をしている。

 

「な……なんだか、すごい店ですね」

 

 キリトの言葉に、女の子は苦笑した。

 

「ほんとは、こういう初心者向けの総合ショップよりも、もっとディープな専門店の方が掘り出し物があったりするんだけどね。まあ、ここで好みの銃系統を見つけてから、そういうとこに行ってもいいし」

 

 この女性が言った通り、よくよく見てみれば店内をうろついているプレイヤーたちの服はどれも派手めな色のコーディネートが多く、初心者感が漂ってこないわけではない。

 

「さてと。あなたたち、ステータスはどんなタイプ?」

「……えっと、筋力優先、その次が素早さ……かな?」

 

 キリトが顎に手を当てながら答える。おそらくコンバートしてきた俺たちのステータスタイプは、コンバート前とほぼ同じ能力傾向のはずだ。

 

「私はAGIガン振り型ですね」

「そ、そっか……」

 

 女の子は一瞬驚いた表情をすると、すぐに目を伏せた。

 

「STA-AGI型のあなたは、ちょっと重めのアサルトライフルか、もうちょっと大口径のマシンガンをメインアームにしてサブにハンド感を持つ中距離戦闘タイプがいいかなあ……。AGI型のあなたは、メインをサブマシンガンか軽めのアサルトライフルにして、ランガンスタイルにするのがいいのかも……。あ……でも、あなたたちコンバートしたばかりだよね? てことは、お金が……」

「あ……そ、そっか」

 

 キリトは慌てて右手を振りウインドウを出す。俺も同じようにウインドウを出してみれば、〖 G: 1000 〗と表記されていた。どうみてもバリバリの初期金額だ。

 とはいえ、コンバートすればこうなることは当然だ。だから、この世界にログインする前に菊岡が言っていた『必要経費はこちらで出す』という言葉に従って、ある程度金が入ったクレジットカード情報を登録している。こうすれば、銃を購入するときにたとえ足りなくても、必要な分だけ現実世界のお金からこちらの通貨に換金される。

 

「私は大丈夫です。この時のために準備してきましたから」

「そっか。あなたは?」

「ええと……千クレジットしかありません……」

「まあそうだよね」

 

 女の子は小さく苦笑する。

 キリトはそれに伴って空笑いしたが、目線だけをこちらに向けてくる。その瞳には、『なんでお前は金があるんだよ』とでも言いたげなものだ。どうやらキリトは菊岡の援助からの援助を受けていないらしい。口頭で説明もされたし、渡された資料の中にも書いてあったはずなのだが。

 

「うーん……その金額だと、小型のレイガンぐらいしか買えないかも……。実弾系だと、中古のリボルバーが……どうかなあ……。――あのね、もし、よかったら……」

 

 女の子が次に言わんとしていることを俺はすぐに察した。どのゲームでも初心者が熟練者から過剰な援助を受けることはあまり褒められたことではない。とはいえ、キリトがこのままでは装備を揃えることができないのも事実だ。ここは俺の金で購入したほうがいいだろう。

 

「いや、ここは私が――」

 

 そこまで言いかけて俺は口を紡いだ。

 よく考えてみればキリトと同じ初心者である俺が、キリトに対して金を貸すというのはいかがなものだろうか。いくら準備してあるとはいえ、二人分の装備を揃えるにはそれなりの額が必要になる。それを軽く出してしまう俺の姿を、彼女の瞳はどう写すだろうか。

 きょとんと眼を丸くした女の子に対して、どういえば悩んでいるとキリトが慌てて首を振った。

 

「い、いや、いいですよ、そこまでは。えっと……どこか、どかんと手っ取り早く儲けられるような場所ってないですか? 確か、このゲームにはカジノがあるって聞いたんですが……」

 

 ――すまん、キリト!

 心の中で謝っていると、女の子は呆れたような笑みを浮かべた。

 

「ああいうのは、お金が余っているときに、スるのは前提でやった方がいいよ。そりゃあ、あちこちに大きいのも小さいのもあるけどね。確かこの店にだって……」

 

 くるりと頭を巡らせて、店の奥を指さす。

 

「似たようなギャンブルゲームはあるよ。ほら」

 

 細い指先が示す先には、ぴかぴかと電飾が瞬く装置が見えた。どうやら巨大なゲーム機のようだ。

 幅三メートル、長さは約二十メートル。金属のタイルを敷いた床を、腰の高さほどの柵が囲い、一番奥には西部劇に出てきそうなガンマンめいたNPCが笑いながら立っている。その横には看板があり、そこには三十万と少しの金額が表示されていた。大方、このゲームで勝てば、あのうちのいくらか、もしくは全額を入手できる、というような結構ありがちなギャンブルだろう。

 俺は再びウインドウを表示させて時刻を見る。現在時刻は十四時二十分。《BoB》のエントリーが終了するのが十五時ちょうどであることを考えると、二人分の装備を彼女に考えてもらう時間はなさそうだ。

 

「あ、じゃあ私は先に装備を買ってきますね」

「私が付いていなくて大丈夫?」

「一応いろいろ事前に調べてはいるので大丈夫だと思います。終わったらお店の外で合流、でいいですか?」

「うん、わかった」

 

 女の子が頷くのを見て、俺は踵を返した。案内板をよく見ながら店内を歩き回る。

 このゲームで、ステータスに対応する基本的な武器は一応抑えているつもりだ。STR型なら重火器、AGI型なら小火器などといったようなもので、俺はバリバリのAGI型であるため小火器であるサブマシンガンなどが基本的な武器だろう。そしてAGI型の戦い方は先ほど彼女が言っていたような《ランガン》スタイルがオーソドックスだ。

 ランガン――Run&Gun、簡単に言えば《走りまくって撃ちまくる》というスタイルだ。敏捷力を生かすことで、相手の弾を避けつつサブマシンガンの特徴である装弾数が多いことを利用して、弾をばら撒いて相手のHPを削る戦い方であり、前回《BoB》準優勝者である《闇風》も使っていたものだ。有効的な戦い方であることは間違いないだろう。

 

「サブマシンガン、ねぇ……」

 

 ただし、いくら《闇風》の戦い方をまねてもこの世界での戦闘経験が乏しい俺では、本人と戦闘することになったとき経験の差で負けてしまうような気がしてしまう。そして、AGIガン振り型の俺ならば、もっと他の戦い方ができるような気がするのだ。

 

「接近戦の瞬間火力ならやっぱりショットガンがいいかな……」

 

 敏捷力を最大限に発揮して近距離に持ち込めたら、サブマシンガンよりもショットガンの方がダメージを稼ぐことができる。ただし、重量はショットガンの方があるためその差がどれほど敏捷力に影響するのかはわかっていない。念のため軽めのサブマシンガンの方がいいだろうか。

 唸りながら徘徊していると、視界の隅にあるものが映った。

 

「これ……剣、か?」 

 

 見れば、銃が羅列する中に金属の筒のようなものが並んでいる。商品名には〖Photon Sword〗と書かれているため、剣なのだろう。事前に調べた時に見落としていたらしい。

 

「うーん、剣ねぇ……。ありかもな……」

 

 不慣れな銃よりも使い慣れた剣の方が幾ばくか安心感がある。戦闘スタイルを調べている時に見かけなかったということは、使用者があまりいないということなのだろうが、この世界に存在するということはきっと何かしら役に立つ可能性があるということだ。

 

「とりあえず……君に決めた!」

 

 ケースに並ぶフォトンソードの内、パールホワイト塗装のものを指先でタップする。出てきたウインドウから〖BUY〗を選択すると、ものすごい速さでNPCの美女が走ってきて、笑顔で金属のパネルのようなものを差し出してくる。板の中央には駅で改札口を通るときにICカードをかざすところのようなものがあり、戸惑いながらもそこに手をかざした。すると、軽やかなレジスター的効果音が響き、パネル上面に白いフォトンソードが実体化した。持ち上げてみれば、店員が「お買い上げありがとうございましたぁ~」と笑顔で一礼し、来た時と同じ速度で元の位置まで戻って行った。

 俺は右手に持ったフォトンソードのスイッチを動かすと、低い振動音と共に白銀に光るエネルギー刃が一メートルほど伸長した。さながらライ〇セイバーのようだ。

 

「意外と、軽いな」

 

 周囲に人がいないことを確認し、軽く振ってみる。円形断面の細長い筒状の剣からは、重さによる慣性の抵抗がほとんど感じられない。

 もう一度スイッチを動かしエネルギーの刃を引っ込めると、ストレージの中へしまう。

 

「装備するとしたら右の方がいいよな。そっちの方が抜きやすいし」

 

 長さ一メートルほどの実体剣ならば、いつものように左側に装備するのだが、このフォトンソードの実態部分は直径三センチ、長さ二十五センチの筒状の部分だけだ。このリーチで素早く抜くのなら西部劇の早打ちかのように、利き手である右側に装備しておく方がいいだろう。

 

「後は、牽制用武器だけど……」

 

 牽制するならばやはりサブマシンガンか、ハンドガンが一番最初に思い浮かぶ。ほとんどのプレイヤーがそのどちらかを選択するだろう。しかし、俺の中ではある武器が頭を離れようとはしなかった。

 自然に足取りはその武器の前に行く。

 

「……ショットガンは外せないよなぁ」

 

 確かに実用的なのはサブマシンガンやハンドガンだが、男心をくすぐられるのはやはりショットガンだ。

 俺は頭でイメージしたものと形状が近いものである、《ルイギ・フランキ製上下二段散弾銃 フィーリングスティール》をタップした。先ほどフォトンソードを買った時と同じ手順で購入すると、手に持ってみる。

 

「こっちは意外と重いな」

 

 刀の三倍から四倍くらいだろうか。あわよくば刀を帯刀するように左側に装備できれば、と思っていたのだがこれほどの重量ならばバランス的に厳しいだろう。

 

「買うとしたらショットガン用のホルスターだな」

 

 フィーリングスティールをストレージにしまうと今度は防具や弾が売っている場所へ歩を進める。

 ウエスト型のショットガンホルスターや予備の弾倉、接近するために使えそうな投擲物や事前の対人戦マニュアルに従って腕輪型の《対光学銃防護フィールド発生器》を買い込み、最後に薄手で白を基調とした服を購入購入してストレージにしまうと俺はマーケットを出た。

 行き交う人々にじろじろ見られながら待っていること数分。ようやく、ここへ案内してくれた女の子と装備を整えたであろうキリトがマーケットの入り口から姿を現した。しかし、出てきたや否や女の子の方はどこか険しそうな表情をしながら早口で開口する。

 

「ごめん、お待たせ。でも急がないといけないかも」

「へっ?」

「走りながら説明するね!」

 

 そう言って、呆けている俺をよそに女の子は猛ダッシュを始める。その後ろを慌てて追いかけ、数秒かかって隣に並ぶと張り詰めた声を上げた。

 

「あと九分で総督府に行かないと、《BoB》のエントリーに間に合わないの。いや、エントリー操作には五分は必要だからあと四分で……!」

 

 ウインドウを開いて時刻を見れば、ちょうど十四時五十二分になったところだった。だが、そこまで焦る必要があるだろうか。どのVRMMOゲームにも快適にプレイするためにテレポート的移動手段は設置されているはずだ。総督府がこの街の中心ならば、簡単に行けそうなものだが。

 

「あの、テレポートみたいなことはできないんですか?」

「……このGGOには、プレイヤーが起こせる瞬間移動現象はたった一つしかないの。死んで、蘇生ポイントに戻るときだけ。グロッケン地区の蘇生ポイントは総督府の近くだけど、街中じゃHPは絶対減らないから、その手は使えない……」

 

 キリトの言葉に女の子は焦った表情で答えた。

 俺は女の子の解説を聞いて絶句する。事前に調べたとはいえ、テレポート的移動手段の有無までは気にしていなかった。よくよく思い出してみれば、不自然な点はいくつか存在していた。初期キャラクターの出現地点や歩き回った街中、さらにはこの街で一番大きいであろうマーケットの近く。どの場所にもテレポートできるような装置は見かけなかった。マーケットにいる間に気付くべきだったと、思わず唇を噛む。

 

「……総督府は、あそこ。市街の北の端だから、まだ三キロはある……!」

 

 障害物が何もないまっすぐな道ならば、高い敏捷力を存分に活用すれば三分で三キロを走り抜けることはできそうだが、如何せんメインストリートを走っているため人が多い。この中をかき分けつつ走るのは非常に厳しいだろう。

 

「……お願い……おねがい、間に合って…………」

 

 女の子の悲痛な叫びに俺は何かないか、と周囲を模索する。すると、女の子の左隣を走っていたキリトが声を上げた。

 

「……あれだ!」

 

 キリトは女の子の手を掴み針路を傾ける。それに続くように追随してみれば、視線の先に〖Rent-A-Buggy!〗とネオンサインで表示された看板が首を伸ばしていた。おそらくキリトはあれを使おうとしているのだろう。

 人ごみを抜け三輪バギーの並ぶ場所に到達すると、キリトは半ば放り込むように女の子を後部座席に座らせ、前シートにまたがった。

 

「ラテン!」

「わかってる!」

 

 俺は飛び乗るようにして女の子の横に座り込むと、キリトが勢いよくスロットルを煽った。バギーは前輪を浮かせながら、弾かれたように車道へと飛び出す。

 

「きゃっ……!」

 

 隣で可愛らしい悲鳴が聞こえ、俺の左腕が強く掴まれる。

 

「しっかり掴まってて!」

 

 キリトが叫ぶと、俺は目の前に設置されていた手すりのようなものを両手で強くつかんだ。途端、バギーが猛加速をはじめ、キリトの前に設置されている速度メーターはあっという間に百キロを超える。空気を切り裂く音は、さながらジェットコースターに乗っているようだ。

 風圧で体が押しつぶされそうになっていると、隣で嬉しそうな笑い声が響く。

 

「あはは……凄い、気持ちいい!」

 

 見れば、少女が瞳を輝かせながら前方を眺めていた。最初に会った時は、どこか物静かで、クールという言葉が似合うような女の子だったが、彼女もこんな風に無邪気に笑うのか、と少し驚く。

 

「ねぇ、もっと……もっと飛ばして!」

「おーけー!」

「ちょっ……!」

 

 少女の言葉にキリトが呼応した。どんどん速度が上昇していき、メーターの針が二百キロに迫る。

 

「ちょっと待ってェェ!!」

 

 日本一速いジェットコースターと同等の速度の前に、俺はひたすら絶叫するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 総督府へと続く広い階段の手前にゆっくりと停車すると、俺はよろよろとバギーから降りた。だが、少女は俺の休息許さず、左手を掴まれると無理やり走らされる。

 

「これなら間に合う! こっち!」

 

 時計を見れば十五時まであと五分少々残っていた。これならば、エントリーに間に合うだろう。

 強引に引っ張られながら入った俺の眼に飛び込んできたのは、かなり広大な円形のホールだった。未来的なディティールの施された円柱が、十字の列を作って遥か高い天井まで続いている。周囲の壁には数多くのパネルパネルが設置され、正面にある一際大きなモニターには《第三回バレット・オブ・バレッツ》のプロモーション映像が流れていた。

 さらに引っ張られて、コンビニにあるATMのような形のした機械の前にたどり着くと少女は早口に言う。

 

「これで大会のエントリーをするの。よくあるタッチパネル式端末だけど、操作のやり方、大丈夫そう?」

「はい、やってみます」

「……私も、頑張ります……」

「ん。私も隣でやってるから、解らなかったら訊いて」

 

 少女に小さく感謝すると、俺は最後の力を振り絞ってモニターをタップする。メニューが開かれると、第三回BoB予選エントリーのボタンがすぐに見つかりそれをタップした。それらしき選択ボタンをタップし続けていると、名前や住所なのどの現実世界での各種データを入力するメニューが表示される。一番上には、

 〖以下のフォームには、現実世界におけるプレイヤー本人の氏名や住所等を入力してください。空欄や虚偽データでもイベントへの参加は可能ですが、上位入賞サプライズを受け取ることはできません〗

 と書かれていた。

 ここでいう《上位入賞サプライズ》とは、おそらくゲーム内ではどれだけ頑張っても手に入れることができないレアアイテムが相場だろう。

 

「うわぁ……」

 

 流石にこの選択肢には迷ってしまう。

 ただ、ゲーム内で現実世界の情報を入力するのはあまりよくないだろう。特に、今回の《死銃》の手口が解らない以上、安易に入力しないほうがいい。

 ――菊岡さんの情報でも聞いてくればよかったな……。

 小さくため息をつきながら、空欄のまま一番下の〖SUBMIT〗ボタンを押す。

 画面が切り替わり、エントリーを受け付けた旨の文章と、予選トーナメント表及び一回戦の時間が表示されていた。時間は三十分後、ブロックは〖B〗だ。

 

「終わった?」

 

 横から少女が声をかけてきた。

 

「ええ、無事終わりました。ありがとうございます」

「ううん、これくらい大丈夫だよ。それより、彼女と私は〖F〗ブロックだけど、あなたはどこ?」

「〖B〗ブロックですね。Bの三十一番」

「へぇ、Bなんだ……」

 

 少女は自分の画面に戻ると何やら操作し始める。数秒待った後、小さく驚いたように口を開いた。

 

「うわぁ……闇風がいるね。ら……て、ん……? これがあなたのプレイヤーネーム?」

「あ、はい。イタリアが好きなので……」

 

 苦笑してみせると、少女は「そう」と納得したかのように再び画面に視線を戻した。

 

「この番号だと……準決勝で当たっちゃうね。決勝だったら勝ち負け関係なしに上がれたのに……」

 

 どうやらこの大会は各ブロックの上位二人が《本戦》へと出場する権利をもらえるらしい。

 画面に再び視線を戻してみれば、《闇風》と書かれたプレイヤーの番号は二番だった。ブロックの人数は六十四人。彼女の言う通り、順調にいけば闇風とは準決勝で当たる計算だ。思わぬ巨壁が俺の道を塞ぐ。

 

「でも、頑張ってね。何でかな……あなたなら大丈夫って気がする」

「ありがとうございます。お二人も頑張ってくださいね」

 

 ブロックごとに予選待機場所は違うらしく、二人とはひとまずここでお別れだ。今の俺には、二人が本戦に行けるように祈ることしかできないだろう。

 

「じゃあ、また後で」

「うん」

 

 少女に軽く手を上げ、キリトとは目を合わせて小さく頷くと、俺はBブロック予選待機場へ歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 



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ggo3話

 ぽーん、という聞きなれた軽いサウンド音と共に開かれたエレベーターのドアの先には、先ほどBoBのエントリーを済ませたホールと同等の広さを持つドーム状の部屋が待ち受けていた。中には、俺と同じくBブロックに組まれたであろうプレイヤーたちが各々の場所で試合の時を待っているようだった。

 メタルなBGMが流れる中、意を決して一歩踏み出した瞬間、重苦しい空気がいきなり俺の身体に襲い掛かる。まるで心臓を鷲掴みにされているような感覚の原因は、自身の体によるものではない。周囲にいるプレイヤーから放たれている、闘志の固まりのような威圧感だ。

 そして俺はすぐに悟った。この場にいる者は誰一人として、この予選を楽しむために参加しているのではない。もちろん《楽しむ》という思いが完全にないという訳ではなく、それ以上に《他人に勝ちたい》という欲求が前面に押し出されているのだ。そしてそれは殺意にも似たオーラへと変換され、この場の空気を形成している。

 張り詰めた雰囲気の中、俺は再び足を動かした。設置された簡易的なテーブルや、壁際に背を預ずけたむろしているプレイヤーたちの横を通り過ぎれば、他人を観察するかのような視線が背中に突き刺さってくる。ふと視線を巡らせれば、会場の隅で、円いゴーグルと赤いモヒカン刈りが特徴な灰色のマントに身を包んだ男が腕を組んで立っているのを見つけた。

 ――闇風……。

 前回大会の準優勝者は他の誰かと話を共有するわけでもなくただ静かにその《時》を待っていた。

 俺が本戦を出場することを阻害する最も大きな壁であるが、どうやらそう簡単にいきそうもない。一度大きく息を吸ってから近くにあった凹型の空いているソファへ腰を下ろす。

 

「思った以上に厳しい戦いになるかもな……」

 

 誰にも聞こえないような小声で呟きながら、自身の両ももに膝をついた。

 今この場にいるプレイヤーたちは、すべて《本物》だ。PvP(対人戦)を専門としており、一分一秒に神経を研ぎ澄ませ、限界ギリギリまで己の肉体を動かし続ける――いわば全身全霊を持って戦っている奴らだ。だがこれは、P v P(対人戦)を専門としているプレイヤーたちが《本物》で、P v E(対モンスター戦)を生業にしているプレイヤーたちが《偽物》だと言っているわけではなく、俺の個人的な解釈によるものだ。

 本来ゲームというものは、ゲームで動かすアバターと現実にいるプレイヤー自身とでは大きな隔たりがある。現実で身体を動かしてもゲーム内のアバターに影響があるわけではないし、ゲーム内のアバターが体を動かしても現実の身体に影響があるわけではない。だが、VRMMOはその隔たりを縮めることに成功した。結果、現実世界のプレイヤー自身と、ゲーム内のアバターとで魂――というべきかどうかはわからないが――がリンクしているような状態になった。これは《PvP》《PvE》に関わらず起きている。

 ただ、《PvP》と《PvE》との間には共鳴具合に差があると俺は考えている。

 モンスターを相手にするのとプレイヤーを相手にするのとでは大きく異なる。いくら現実世界のように身体を動かしている感覚を持とうが、モンスターは非現実的なものだ。モンスターと戦う度に、現実のプレイヤーとアバターに小さな隔たりが生まれる。脳内の奥底で、自分は《ゲームをしている》と意識してしまうのだ。

 それに対して対人戦は、《ゲームをしている》ということを忘れさせてくれる。自身と相対するのは、情報の固まりであるポリゴンではなく、自分と同じように魂を持った人間であり、しのぎを削り合うことによって自分はこの世界で《生きている》のだと錯覚する。これは、限界まで現実とゲームの隔たりが縮まったことで起こる現象だ。

 現実世界の自分自身と《本当》の意味で共鳴することができるプレイヤー――それを俺は《本物》と呼んでいる。もちろんゲーム内の構成要素によっては意識してしまう場合もあるが、対モンスター戦とは明らかに異なるだろう。

 

「……俺も全力でやんないとな」

 

 《本物》のプレイヤーは強い。まず、戦闘への切り替え方が違う。最大の障壁の前にいくつもの壁が無慈悲に出現したのを黙って見ているだけの気分だ。

 それに加え、実のところ今日までの約半年間、対人戦闘はほとんど経験していない。度々、サラマンダーの将軍であるユージーンから対戦の要望があったが、決まって日取りが悪く、新生アインクラッドの攻略も相まって機を逃していた。SAOの世界から脱出してから、《ゲームを楽しむ》ということを第一に考えるようになっていたのも機を逃した理由の一つかもしれない。

 とはいえ、今更嘆いてもしょうがないだろう。今の俺が出せる全力で相手にぶつかるだけだ。これで失敗したら、別の件を考えればいい。

 喉にたまった嫌な空気を吐き出すように顔を上げれば、突然会場を包んでいたBGMが止まる。代わりに、荒々しいエレキギターによるファンファーレが轟いた。次いで、甘い響きの合成音声が大音量で響き渡る。

 

『大変長らくお待たせしました。ただ今より、第三回バレット・オブ・バレッツ予選トーナメントを開始します。エントリーされたプレイヤーの皆様は、カウントダウン終了後に、予選第一回戦のフィールドマップに自動転送されます。幸運をお祈りします』

 

 途端、ドーム内に盛大な拍手と歓声が沸き起こる。おそらくどのブロック会場も同じようなことになっているだろう。いよいよ始まるのだ。己の力すべてを叩き付け合う

ハードな戦いが。

 

「まずは一回戦。……よしっ」

 

 両手で自分の頬を叩いて気合を入れると、進行していたカウントダウンがゼロになり、俺の体を青い光が包み込んだ。

 

 

 

 

 

 転送された先は、六角形の小さなパネルの上だった。俺以外にプレイヤーはおらず、目の前に浮いている大きなモニターがこの空間を薄暗く照らしていた。画面内の上部には〖Raten VS 屋台のおでん〗と表示されていることから、一回戦の相手は《屋台のおでん》さんということになるのだろう。

 

「……屋台のおでんが好きなのかな、たぶん……」

 

 プレイヤーネームなど意外と安易な考えで決めるものだ。それ以上は深く考えず、画面下部へ視線を移す。そこには〖準備時間:残り55秒 フィールド:廃れた工場〗と表示されており、プレイヤーたちはこの情報をもとに与えられた一分間で準備するのだろう。残り時間が五十秒を切ったのを見て、慌てて右手を振りかざしウインドウを出現させた。

 先ほど大型マーケットで購入した白を基調とした戦闘服とショットガン用のホルスターを身にまとい、大会の間だけ相棒になるであろうフィーリングスティールと光剣の固有名であろう《カゲミツG4》を装備した。

 ホルスターは腰と平行なものを選択しており、グリップは左方向に出している。これで素早く左手でショットガンを抜くことができることに加え、よほど狭い場所でもなければ走るときに障害になることはない。

 最後に腕輪型の対光学銃防護フィールド発生器が装備されていることを確認したところで、残り時間が十秒を切っていた。

 大きく深呼吸をし、残り秒数がゼロになると同時に俺は再び光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 次に目を開ければ、現れたのは巨大な廃工場跡だった。手前には壊れかけの小さな倉庫がいくつもあり、その奥にはおそらく運搬に使ったのであろうダンプカーなどが所々に点在し、その身を錆びつかせながら運転主を心細く待っているようだった。さらにその先にはこの廃工場のメインであろう、二対の巨大な倉庫が物々しく立っており、屋上にはそれぞれ大きめの煙突が空に伸びている。少し下がった所からは筋交い状の鉄に囲まれた太い配管がわずかな間を空けて二本伸び、それぞれの煙突を内部から繋いでいるようだった。

 どことなくカラスのような鳴き声が空に響き、辺りに無造作に生える枯れた草木の間からはスズムシやコオロギなどの啼き声がBGMのように奏でられている。そして沈みかけた夕日をバックに佇む錆びついた倉庫は、さながらホラーゲームのステージを連想させる雰囲気だ。

 

「ここから入れるみたいだな」

 

 半壊した鉄格子の間を通り抜け、工場の敷地へと足を踏み入れる。外から見ても分かっていたが、この敷地内には思いのほか障害物が多い。敏捷力を生かして接近戦で戦おうと思っている俺にとっては好条件の場所だろう。

 設置されたオブジェクトの位置を記憶するために辺りをキョロキョロと見渡していると、視界右上の位置する片方の巨大倉庫の屋上でパッと何かが光ったような気がした。その瞬間、俺の頭からつま先までが突然警笛を鳴らし、ぞわっと体を震わせた。反射的に横転すると、工場内に轟いた轟音と共に、聞いたこともないような音を立てながら俺が先ほどまでいた場所に大穴が開いた。

 

「これは……――やべっ!」

 

 突然えぐられた地面に視線を向けるのと同時に、今度ははっきりと工場の屋上から赤い光が出現し、一条の線となって俺の腹部へ突き刺さる。慌てて右足を踏み込んで近くにあった小さな倉庫目がけて再び横転、二発目の弾丸は倉庫の壁に激突し、つんざく様な金属音を上げた。

 

「もうあんなところに陣取っていやがったのか……!」

 

 舌打ちをしながら体勢を低くする。

 大会の概要によれば、予選でのプレイヤー間の距離は試合開始時点で最低でも五百メートルは離れていると記されてあった。

 確かに、このフィールドに来て呆けていた時間はあったがせいぜい一、二分であり、その間に五百メートルの距離を縮めて工場の屋上に到達し標的を見つけ射撃してきた《おでん》というプレイヤーは相当場数を踏んでいるのだろう。

 低姿勢のまま一瞬だけ倉庫の裏から顔をのぞかせれば、再び赤い線が俺の視界を照らしすぐに頭を引っ込める。

 ――見事に張られてるな……。

 俺を指したあの赤い一条の光の線はこのGGOに搭載されている守備的システム・アシスト――《弾道予測線(バレットライン)》と呼ばれるものだ。プレイヤーに向けられた銃から放たれる弾丸は、描かれた赤いライン上を寸分違わず正確に通過していく。これはこのゲーム内のどの銃にも共通しているため、この予測線さえ見つけることができれば相手の位置を特定することができるのだ。

 だが唯一、《初弾》だけこのシステム・アシストを相手に発動させない武器が存在する。それが《スナイパーライフル》だ。

 

「スナイパーか……何とか近距離に持ち込めればな」

 

 スナイパーライフルの威力は言わずもがな、胴体に一発でも当たればHP全損は必然であり、四肢のどこかに当たったとしても部位欠損は免れないだろう。まさに一撃必殺の武器だが、弱点がないわけではない。

 スナイパーライフルはその威力を引き出すために、他の武器種よりも長い銃身を持っている。結果的に重量は増加し、比例するように取り回しも悪くなる。距離が開いた遠距離なら本来の性能が存分に発揮されるが、近距離になればその取り回しの悪さから重荷にもなるのだ。近距離ならだいぶ有利とはいえ、まずは近づかなければ話にならない。

 

「やっぱりこれを持ってきておいてよかったな」

 

 俺は左腰にぶら下がっていた円筒系の小さな擲弾を手に取った。

 おでんがいる場所は巨大倉庫の屋上であり、ある程度倉庫に近づければ死角となって弾丸は飛んでこなくなるはずだ。

 一呼吸おいて右手でピンを抜くと、倉庫の裏から正面あたりへ放り投げる。カラン、という音に次いでブシュゥゥと、何かが噴射される音が耳に入り込んでいた。俺が投げたのは、煙幕を周囲に放出し相手の視界を遮る擲弾であるスモークグレネードだ。近距離戦に持ち込むならと、購入したのだが思いのほか早くお世話になりそうだ。

 壁の隅まで体を寄せ、一テンポだけ飛び出すタイミングをずらす。煙幕を焚かれた時点でおそらくおでんは一発分だけ俺が出てくるであろう場所に撃ちこむだろう。張られている側からしたら一刻も早くこの場を移動したいと考えるからだ。だから無駄にも思える一発は、焦って動き出した人間に命中する可能性がある。それで勝てれば、儲けものだろう。

 どうやら相手も俺と同じ考え方をしていたようで、予想通り煙の中から一発の弾丸が通り抜けた。それを確認したタイミングで煙幕の中へ飛び出す。

 スナイパーライフルには《単発(ボルトアクション)》と半自動(セミオートマチック)の二種類存在する。前者は威力が高い分、一発ごとにボルトハンドルを引かなければ次弾装填することができない。後者は威力はそこそこなものの、ボルトハンドルによる弾の入れ替えは必要ないため前者に比べて早く次弾を発射することができる。相手のスナイパーライフルがどちらか判明していないとはいえ、どちらにせよ二発目を発射するまでのわずかな時間さえあれば、別の障害物へ移動することが可能だ。

 十五メートルほど先にあった錆びついたダンプカーに背を押し付けて、隙間から上部を確認する。だが、予想していた追撃はないらしく、弾道予測線が俺に警告することはなかった。この隙に屋上からは完全に死角の場所まで走り抜けた俺は、巨大倉庫に設置された長大な梯子を凝視した。

 

「はしごか……ちょっと怖いな」

 

 このフィールド出現した時点でプレイヤー同士は五百メートル離れているというルールがあるのなら、おでんは俺の目の前にある梯子を利用して屋上に上ったとは考えにくい。何故ならこの梯子は、工場を視認した時には既に見えており、視覚には自信のある俺が上がっていく物体を見逃すはずがない。

 しかし、おでんは屋上にいた。ものの一、二分で屋上の奥側へ到達するためには、別の梯子を使うほかない。

 ここで俺に二つの選択肢が要求される。

 一つは、目の前か別の梯子を使って屋上へあがること。

 二つ目は、別ルートで屋上へあがることだ。

 ただし、この二つにはそれぞれ問題がある。

 一つ目の選択肢は、梯子であがった直前を狙うため敵が待ち伏せしている可能性がある。いくら敏捷力に自信があったとしても、梯子をあがり終える直前だけは無防備になってしまうため回避のしようがない。下手したら一発で終わりだ。それに梯子の怖さは到達する直前だけではない。梯子は金属製で、どんなに慎重に踏んでも音が鳴ってしまう。それに気づかれて、もしあがっている途中で上から狙われでもしたら為すすべなく負けるだろう。

 二つ目の選択肢は、屋上へ辿りつくまでの間におでんを見失う可能性があるということだ。距離を取られて先ほどのような張りつけ状態になったら、もうスモークグレネードがない俺は奴に近づくことが難しくなる。

 

「何かいい方法はないか……何か……」

 

 この場で考える時間を作るということは、それだけおでんに時間を与えてしまうということに繋がってしまう。今この状況で必要なのは、方法の良し悪しを吟味することではなく即決することだ。

 意を決して壁の隅に設置されている梯子に左手をかけてみれば、思わぬものが視界に飛び込んでくる。

 

「これは……パイプ……?」

 

 巨大倉庫の側面には雨を通すためであろう細いパイプが屋上まで伸びていた。ご丁寧に、その周りを筋交い型の鉄作が囲んであった。

 

「これに賭けてみるか……!」

 

 経年劣化による耐久面が少々気になるが、それは梯子とて同じこと。相手の意表を突いて屋上に上がるには打ってつけだ。

 俺は助走をつけるために五メートルほど下がる。

 おそらく屋上にいるおでんは、俺がこのパイプ上がっている途中で音で存在に気づくだろう。上からの一方的な射撃を回避するためには、音を消さなければならない。

 ――()()で消せばいい話だ!

 左腰にぶら下げていたもう一種類の擲弾を手に取る。そして自身の腕力をフル稼働させて、屋上へそれを投擲した。それと同時に、地を蹴り倉庫の側面を駆け上がった。

 視界が上空へと切り替わったのと同じタイミングで、屋上で強烈な光が発生した。それと共に、大気を震わすほどの轟音が空に響き渡った。

 俺が今投げた擲弾はスタングレネード。爆音と閃光によって、相手を一時的にマヒに似た状態にするための擲弾だ。梯子を使っても同じ結果にはなると思うが、パイプルートでは壁を蹴りながら上がれるため幾分か早い。スタングレネードによる牽制で相手が動きを封じている今は早さが肝心だ。

 重力を感じさせないほどの速さで二十メートルの高さを登り、屋上の縁を掴むと最後に壁を蹴って反動で勢いよく身を乗り出す。それと同時に左手で、腰に添えてあったフィーリングスティールを取り出し、片手で構えながら視線を巡らせた。

 

「っ……いない!?」

 

 待ち伏せしていると思われたおでんの姿はどこにもいなかった。おそらく俺がスモークグレネードの中を抜けた時点で移動したのだろう。飛び出した反動を殺すように前方へ一回転して静止する。

 すぐさま立ち上がり、辺りを見渡してもあるのは煙突とその隣に設置された簡易的な小屋だけだ。

 

「どこに行きやがったんだ。さっきは確かこの辺に……」

 

 小屋と煙突の小さな間から弾道予測線が伸びていたことを思い出し、警戒をしながら一歩一歩、先ほどおでんが使用していたであろう狙撃ポイントへと足を運ぶ。

 念のためショットガンを右手に持って、それを構えながら小屋の正面から側面へと半分だけ体を出してみれば、案の定おでんの姿はなかった。だが代わりに、濃い緑色のした長方形の小さな箱のようなものが壁にくっつけられてあり、受信機のようなものが黒いガムテープでぐるぐる巻きにされて――

 

「――やばっ!!]

 

 それが何かを理解した瞬間、ショットガンを投げながら俺は小屋の壁を蹴り後方へ跳んだ。それと同時に眼前が発光し、視界を真っ白に包み込んだ。

 抵抗できないほどの衝撃波と、耳をつんざくような爆音に揉まれて為すすべもなく吹き飛ばされる。

 

「くっ、そ……!」

 

 おぼろげな意識の中、屋上の縁へ手を伸ばし間一髪で掴むことに成功した。視界に映るHPバーは五分の三までに減り、イエローゾーンへ突入していた。このまま落下していたら間違いなくHPバーは全損していたはずだ。

 しかし、これは幸運だっただろう。

 とっさに距離を取ったとはいえ、あの距離では普通ならばHPバーはフル状態でも全損していたはずだ。それを防いだのは、偶然にも設置されていた簡易的な小屋であった。

 ――まじ感謝です……!

 両手で体を持ち上げると屋上で膝をつく。辺りはクリーム色の煙に包まれており一メートル先からは視認不可能だ。

 口に袖を当ててショットガンを投げたであろう場所へ歩を進める。衝撃により若干位置は変わっていたが、どうやら壊れていないらしく、ホルスターにしまい込む。

 

「あのc4は時限式じゃなくて、起爆式だったってことは……」

 

 ようやく正常に働き始めた意識の中、ある結論に達する。

 確かにおでんが狙撃していたポジションは見晴らしがよかったが、プラスチック爆弾を設置されていた場所はもっと内側だった。さらに一メートルほど奥から顔を覗かせた俺を確認することは、下からでは不可能なはずだ。加えて工場周囲は平たんで、山があるわけではない。つまり、俺がプラスチック爆弾に近づいてから起爆するためには、同じ高さであるもう一対の巨大な倉庫からでなければならないのだ。

 

「やってくれるじゃねぇか……!」

 

 ポジション取り、不意打ち、誘導そして罠。《屋台のおでん》は明らかにこのGGOでの戦闘に慣れている。それどころか、相当頭のキレるプレイヤーなのだろう。ここまで、手玉に取られたのは幼少時の祖父の稽古以来だ。このまま黙ってやられているのは性に合わない。

 一旦瞼を閉じ、心を落ち着かせる。おそらくこの罠でおでんは俺を仕留めたと思っているはずだ。いや、通常なら仕留められていた。だが、試合終了を告げるメッセージが届かないことを不審に思っている今なら、もう一つの屋上からは移動していないだろう。別の罠があったとしても、プラスチック爆弾の所持上限は一つであり同じようなことは起こらないはずだ。

 この屋上からもう一つの屋上へ移動する手段は一つだけ存在する。俺は煙の中、迷わずその場所へ飛び込んだ。

 

「……見つけた!」

 

 煙を突き抜け、倉庫と倉庫を繋ぐ太い配管の上に着地すると、案の定試合が終わらないことを不審に思っていたのであろう屋台のおでんが、長大なスナイパーライフルの銃口を地面に向けながら呆けていた。

 煙から飛び出してきた俺を見たおでんは、慌てて膝を折りスナイパーライフルを向けてくる。同時に弾道予測線が俺の胴体を貫くが、その動きが制止するよりも早く配管の上を走りだした。

 

「本当の勝負は、ここからだ!」

 

 敏捷力をフル活用し、全力で配管を走り抜ける。その後を追うように弾道予測線が後ろから今度は俺の前方へと動き出しそのまま一定の距離感をキープする。タイミングを見計らって撃つ気なのだろう、残念ながらそう簡単に当たる俺ではない。弾道予測線に全神経を集中させる。

 そして赤いラインがその動きを止めた瞬間、俺は姿勢を低くした。

 空気を切り裂く音が頭上で響き渡る。

 《単発》式なら次弾装填して再び狙いを定めるまで、最速でも一秒以上。《半自動》式でも、再び正確に狙いを定めるまで約一秒。距離は残り七メートル。一秒もあれば充分すぎるぐらいだ。

 ――俺の予想が正しければ次の一発は……!

 もう一つの屋上到達付近で僅かに速度を緩めて跳躍する。空中で体をひねりながら、左手でホルスターからフィーリングスティールを抜き放ち、左足でブレーキしながら照準を片膝立ちのおでんに向けた。同時にライトグリーンに光る半透明の円が視界に表示される。

 これは攻撃的システム・アシスト――《着弾予測円(バレットサークル)》と呼ばれるもので、銃口から発射される弾丸はこの円の内側のどこかに命中する。このサークルは、標的との距離や銃の性能などによって大きさが変動するが、情報ではもっとも重要なのは心拍数らしい。心拍数を下げる――つまり心を落ち着かせることでサークルは徐々に縮まり、相手にヒットさせやすくなるということだ。

 だが、今の俺は全力疾走直後で通常のような安定した射撃は期待できない。サークルの拡大は心臓の鼓動に合わせられているため、限界まで息が上がっていないとはいえあり得ない速度で交互に拡縮を繰り返している。

 突然視界に、赤いラインが表示された。予想通りおでんは着地直後を狙う予定だったらしい。俺のするべきことはただ一つ――おでんよりも先に弾丸を当てることだ。

 全神経が研ぎ澄まされ、まるで世界そのものがスローモーションなったような感覚に襲われる。

 俺の胴体を貫く赤いライン。

 徐々に縮まっていく緑のサークル。

 そして――

 

「――っ!」

 

 一つの銃声にコンマ五秒遅れてもう一つの銃声が轟いた。

 俺の左上腕部に申し訳程度に付けられていた薄い金属装甲がおでんの弾丸によって跡形もなく吹き飛んだ。それによる衝撃か、HPバーがほんの僅か減少する。

 一方俺の散弾は何発かおでんに命中していた。もちろん距離が距離であるため、ダメージはハンドガン一発分程度だろう。だが俺の狙いはダメージを与えることではない。心理的負荷を与えることだ。

 いくら熟練者といえど、自身に向けられた予測線による圧迫感を無視することはできない。心のどこかで小さな歪みを発生させ、完璧だと思われた体勢に綻びを生む。そして予測線通りに着弾し、弾丸の衝撃と相まって綻びが広がりズレが生じる。

 おでんの弾丸が俺の胴体に着弾しなかったのは、そのズレが原因だ。

 

「ラッ!!」

 

 ショットガンを手放し、言葉に気迫を乗せ今度はおでんに向かって地を蹴った。

 距離はおよそ十メートル。相手は射撃によって、次弾発射までほんの僅か時間がかかる。おでんを仕留めるまたとないチャンスだろう。

 右腰にぶら下げていた光剣を手に取り、親指をスライドさせる。白銀に輝く刃が、待ってましたと言わんばかりに勢いよく伸びた。

 目前のおでんは、左手をスナイパーライフルから離し腰へ動かす。おそらく俺がおでんに到達する時間と、スナイパーライフルの次弾発射までの時間とを天秤に掛け、前者が早いと判断したのだろう。

 おでんの左腰から引き抜かれたのは、サブマシンガンだった。赤いラインが何本も俺の体へ伸びてくる。

 ――どうする……避けるか……!?

 ハンドガンならば避けながら接近することは可能だった。だがサブマシンガンとなると話は別だ。近づけば近づくほど命中精度が上がってしまい、レートとノックバックにより、俺が光剣を振るう前にHPバーが削り切られる可能性がある。かと言って近づかなければ勝ち目はない。スピードを重視してショットガンを置き去りにしたのが裏目に出てしまった。

 内心で舌打ちしながら俺は脳をフル回転させた。

 ――サブマシンガン、命中、レート、予測線、光剣…………剣……そうか……!

 予測線が示す弾丸の順番と軌道が正確ならばまだ勝ち目は存在する。俺は脳内で、先ほど伸びてきた予測線の順番を思い出す。そしてそれらを斬る(・・)ための最短ルートを組み立てた。

 約五メートルほどまでに迫り、フードの下に隠れたおでんの口元に笑みが浮かんだのがはっきりと見えた。同時に、左手に持っていたサブマシンガンの銃口が発光する。

 ――今!

 その瞬間、頭の中で組み立てたルート通りに白い閃光が通過すると、バシッという衝撃音と共に鮮やかな火花が視界を彩った。次々と伸びてくる赤いラインを最小限の動きで切り払い、十発の弾丸を斬った頃にはおでんとの差が一メートルにまで縮んでいた。もうすでに俺の間合いだ。

 

「おおおおおおお!!」

 

 雄叫びと共に、発射されたばかりの弾丸ごとサブマシンガンを真っ二つにする。

 

「冗談だろ……!」

 

 ぽかんと口を開けてこちらを見上げるおでんに、ニコッと可愛らしく笑みを返してからその身体を両断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やべーな。一回戦でこれかよ……」

 

 Bブロック待機会場に戻ってきて早々、近くにあったソファーに崩れる。久方ぶりの緊張感のある戦いに、俺の体は予想以上の疲労感を主張していた。これほどのレベルの戦闘――いや、上に行くごとにさらなる熟練者と対戦しなければならないことを考えると憂鬱にならざる負えない。

 ――いっそのことキリトの奴に任せて次の試合でわざと負けてしまおうか

 性分に合わないことを思い浮かべながら、瞼を閉じていると突然耳元で音源が発生した。

 

「ラテンさん……ですよね?」

「うわぁ!?」

 

 ぞわりと体を震わせて慌てて飛び退くと、俺のオーバーリアクションに驚いたのか好青年が目を丸くして立っていた。

 装備は濃い緑色の薄い長袖に簡易的な防弾ジャケットを着た、この会場内でも珍しい軽装だった。ハードボイルドな世界観のGGOで生きていけるのか心配なほどの優しそうな顔立ちに、ほっそりとした身体。このプレイヤーもBoB参加者なのだろうか。いや、それよりも何故俺の名前を知っているのだろうか。

 

「えっと、……誰ですか?」

 

 自分の声を改めて聞いて、俺を女性プレイヤーだと思って声をかけてきたナンパ目的の男、という可能性が脳裏をよぎる。

 だが、好青年に俺が思ったことが伝わったのか慌てて両手を振った。

 

「あ、ナンパとかじゃないですよ。『フライ』です。ALOでシルフ族の……」

「フライ、って……あの《空将》フライか!?」

 

 俺が素っ頓狂な声を上げると、苦笑いしながらフライというプレイヤーは頷いた。 

 目の前のプレイヤーと最初に出会ったのは、アスナを救出するために四人で挑んだグランドクエストだ。戦いの最中で、シルフ領主のサクヤとケットシー領主のアリシャ・ルーが援軍として助けに来てくれたのだが、サクヤが連れてきた五十人ほどのシルフプレイヤーの中にこの青年がいて、間一髪でコトネを助けてくれたのだ。事件終了後、改めてコトネから紹介を受け、この半年間、何度かともに狩りをしている仲だ。

 そして、俺が言った《空将》というのは彼のあだ名だ。『シルフの空にはフライあり』と言われるほどのプレイヤーで、こと空中戦に限ってはあのユージーン将軍でも勝てないほどの実力者だ。彼から空中姿勢の極意を学んだことは記憶に新しい。

 

「お前もGGOやってたのか。というか、ここにいるってことはこのBoBに出てるのか?」

「ああ、いえ。僕は出場していませんよ。クリスハイトさんから、ラテンさんとキリトさんの様子を見てきてくれないか、って頼まれまして……」

「なんで引き受けたんだよ!?」

 

 あはは、と乾いた笑みを浮かべるフライに俺は頭を抱えた。《クリスハイト》というのは、この事件の調査を依頼してきた菊岡誠二郎のALOアバターのキャラクターネームである。もちろん菊岡=クリスハイトだと知っているのはほんの極わずかであり、フライが菊岡を知った上で引き受けたというのは考えにくい。となると、《俺とキリトの保険》として派遣されてきたのだろう。どんな交渉をされたのか知らないが、わざわざ別のゲームでアバター作ってまで引き受けるのは、いくら何でも人が好すぎるような気がする。

 

「お前……クリスハイトのことはあんまり信用すんなよ。これはあいつの知り合いである上での忠告だ」

「ラテンさんがそう言うなら」

 

 おずおずと頷いたフライは、辺りを見渡して近くに人がいないと確認すると、俺の耳元に顔を寄せてきた。

 

「えっと……ラテンさんたちは《死銃》について調べてるんですよね」

「はい……?」

 

 フライからの衝撃の一言に俺は一瞬思考停止した。そんな俺を気にすることなくフライは続ける。

 

「クリスハイトさんから聞きました。ラテンさんとキリトさんに依頼したのは僕だ、と……あの噂って本当なんですか? だとしたらクリスハイトさんも物好きですよね。『誰よりも早く真相に辿りついてにちゃんねるでどやりたい』なんて……」

「ああ……そういう……」

 

 フライの言葉にすべてを理解した。どうやらクリスハイトは《総務省の役人》としてではなく、《友人》として俺とキリトに真相の調査を頼んだのだと説明したらしい。

 ――だとしてもフライを巻き込むことはないだろ……

 この仕事の真相を知らない一般人を巻き込むのは少々やり過ぎではないだろうか。この仕事が終わった後、ゆっくりと説教してやらないと気が済まない。

 

「まあいいや。この話はこれで終わりにしよう」

「そうですね……それにしてもラテンさん凄いですね! 弾丸を斬る、だなんて……!」

 

 目を輝かせた優男に俺は頭を掻きながら答える。

 

「集中力使うから、めっちゃ疲れるけどな……」

「それでも神業ですよ。相手だった《屋台のおでん》さんは、前回のBoBの本戦に出場してるベテランプレイヤーでしたし、今後の相手のも通用しそうですね」

「えっ、そうなの?」

 

 それは初耳だった。とはいえ確かに、フライが言っていることが正しければ、あの強さに納得がいく。

 

「運が……よかったのかもな」

「とりあえず残る壁は闇風さんだけでしょうか。その他にプレイヤーは初参加マークがちらほらといる感じなので」

「このマークの意味って、初参加だったのか」

 

 トーナメント表を見てみれば、俺がいる山には初参加のプレイヤーが半分近くいた。全員が全員おでんレベルの強さだと思っていた俺にとっては、ありがたい情報だ。

 ウインドウを閉じると、ちょうど次の試合を告げるアナウンスが会場に響き渡る。

 

「何かあったら言ってくださいね」

「ああ、頼むわ」

 

 片手を上げて応えた俺は、青白い光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何度目かのテレポートにすっかり慣れた俺の視界に、燃えるような夕焼けが優しく迎える。眩い光に目を細めつつ背後に顔を向ければ、飛び込んできたのは巨大な白い大理石でできた柱だった。柱の横から顔を覗かせれば、崩壊した階段のようなものや、内部に設置されていたであろう目前の柱と同じような柱が根本から崩れ去り、瓦礫となり果てていた。

 一見したところ、どの柱もエンタシスであり配置の仕方的に、パルテノン神殿をモチーフに造られたフィールドなのだろうか。障害物が多いため、こちらにとってはありがたいステージなのだが、それは相手も同じだろう。

 フライが予想していた通り、二回戦、三回戦、四回戦の相手は《屋台のおでん》ほど苦戦することはなかった。ただ、光剣で弾丸を斬りながら詰めるというやや強引な手段を取っていたため、疲労が相当溜まっている。ここが現実世界の自室だったら、迷わずベットに飛び込みたいくらいだ。

 そして、俺の予想通り準決勝の相手は《闇風》だ。スタイルは俺と同じAGI一極型。違うのは、超近距離でなければ効果が薄いショットガンと光剣がメインの俺に対して、ある程度離れていてもダメージを稼ぐことができるサブマシンガンをメインにしていることぐらいだろう。

 

「さて、どう戦いましょうかねぇ……」

 

 闇風は《ランガンの鬼》という二つ名を持つほど、フィールドを駆け回るプレイヤーだ。俺がダメージを与えるためには、相当接近しなければならないのだが今までの相手とは違って闇風は停滞する時間が極度に少ない。無理に接近してもサブマシンガンで弾をばら撒かれながら距離を取られるだけだ。いくら弾丸を斬ることができるとはいえ、永遠に追いかけっこを続けては、俺の集中力が持たない。

 となると擲弾であるスタングレネードとスモークグレネードをうまく利用するのが定石なのだろうが、生憎スタングレネードに至っては本来の使い方をしても闇風にはあまり効果がないだろう。その理由は、彼が付けているゴーグルは光耐性が非常に強いのだ。ボーナス効果で音耐性もついているとの情報も得ている。動き回りたい闇風にとっては非常にありがたいアイテムなのだろうが、俺にとっては非常に厄介な機能だ。

 突然、軽い発砲音が神殿跡を包み込む。

 俺は反射的に身を伏せ、聴覚を集中させる。だが、こちらに近づいてくる気配はない。それを確認して、俺はすぐに先ほどの発砲音の意図を理解した。

 

「野郎……速さに相当な自信があるんだな」

 

 自らの位置を特定させ先に手を出させることで相手の位置を特定し、持ち前の敏捷力で接近・撃破する算段なのだろう。だったら俺も持ち前の敏捷力を披露するしかない。

 

「これは……置いていくか」

 

 腰に装備したショットガンを手に取り、瓦礫の傍に置く。そして光剣を右手に携えて銃声のした方向へと足を動かす。

 瓦礫を抜けてみれば待っていたのは、黒衣のマントに身を包んだ赤トサカヘア―男だった。隠密などせず堂々と前に現れてみれば、闇風は少し驚いた表情をする。だが、俺が手に持つ白銀の刃を目にして、口角は僅かに上げた。

 

「このゲームは、《(ガン)》ゲーだぞ?」

「ああ、知ってるよ」

 

 こちらもにやりと笑みを返して、右手を引いて小さく腰を落とした。それを確認した闇風は、一呼吸の後、大理石を蹴り上げた。同時に無数の弾道予測線が俺の体を貫く。

 だがこれまでの試合によって弾丸を斬ることには慣れた俺は、臆することなく冷静に着弾の順番を整理する。そして、闇風のサブマシンガンが咆哮を上げるのとほぼ同時に白銀の刃を閃かせた。

 撃ち放たれた弾丸で火花を咲かせると、闇風は俺のもとに向かってくる足を止め、右へ針路を変更した。おそらく弾丸を弾く剣裁きを見てどの程度まで斬れるのか様子を見るためだろう、その動きに比例するように身体を貫く赤いラインの数が減ると、俺は地を蹴り闇風を追う。

 

「やるな……」

「どーも」

 

 敏捷力とコンバートによって与えられた小柄な体形を最大限に利用して弾丸を避け続けるが、時節末端部に掠り、HPバーは少しずつ減っていく。だが俺は、距離を取り続ける闇風を追い続けた。

 右へ左へと黒と白の影が高速で動き続ける。

 

「こんなのはどうだ」

 

 位置確認のため一瞬正面を向いた闇風は、振り向きざまに笑みを浮かべた。そのまま柱の残骸方面へ足を向ける。

 いくら障害物が増え弾避けが容易になったとはいえ、不安定な足場の上で弾丸を斬りながら闇風を追い続けるのは少々骨が折れる。マズルフラッシュの雨に打たれる中、前方を走る闇風が障害物のない一本道へ差しかかるのを見て、俺は腰に携えたスモークグレネードを闇風の先へ放り投げる。すぐさま煙が発生し、左右合わせて二メートル半の壁に挟まれた行き場のない煙は、前後へ広がる。もちろんスモークを焚いたからって闇風の足が止まるわけではない。彼にとっては俺の眼から逃れることができるため、むしろ好都合だ。

 

「これでもくらえ!」

 

 だから俺は、右手に持つ光剣を逆手に持ち替えて煙の中に消えた闇風目がけて、今度はフォトンソードを投げ入れた。放たれた白銀の刃は猛烈な勢いで煙をかき分け、闇風の左耳すれすれで奥に通り抜ける。

 

「おいおい……いいのかそんなことして……!」

 

 これには一瞬驚いた闇風も、笑みを浮かべざる負えなかった。すぐさま煙の中で反転し、来た道を全力で引き返す。メインアームである光剣を手放したということは、攻撃の手段が無くなったということだからだ。

 煙の中を駆け抜け、脱出と同時にサブマシンガンのトリガーを引こうとした闇風は視界が晴れるや否や目を見開いた。

 

「おかえり」

 

 笑みを浮かべながら俺はトリガーを引く。たちまちフィーリングスティールから閃光が迸り、無数の弾丸が無防備の闇風を襲い掛かる。辛うじて回避行動を取ったがHPバーはたちまちイエローゾーンへ突入し、ノックバックのよるコンマ数秒の硬直が彼に襲い掛かる。そんな隙を俺が見逃すわけもなく、すぐさま懐に入り込み、その黒衣をがっちりと掴んで今度は避けられないようにする。この間合いではさすがに、闇風がサブマシンガンの銃口をこちらに向ける速さよりも、俺が心臓付近に銃口を当てたショットガンのトリガーを引くほうが速い。

 

「な、ぜ……」

「なぜ、って……? そんなの決まってるだろ」

 

 絞り出された低音に、俺は再び笑みを浮かべた。

 

「このゲームは、《(ガン)》ゲーだろ?」

 

 同時に俺はトリガーを引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 待機会場に戻って来てみれば、到着早々フライが嬉しそうに駆け寄って来る。

 

「おめでとうございます、ラテンさん。これで本戦出場確定ですね」

「おう、ありがとう」

 

 短く返事をすれば、フライはさらに詰め寄ってきた。

 

「ところで、なんで闇風がラテンさんが来た道を通る(・・・・・・・・・・・・)ってわかったんですか?」

「まあ、そうなるように動いたからな」

 

 先ほどの戦い。フライの言う通り、闇風は俺が銃声に導かれて通った道を駆けた。そのおかげで、置いていったショットガンによって奴を仕留めることができた。無論、偶然ではない。

 闇風は俺が考えていた通りに、ある程度距離を離しながらサブマシンガンでダメージを稼ぐ戦法に出た。この手段を取られては、光剣とショットガンしか持たない俺では意表でも付かない限り奴にダメージを与えることはできない。だから、ショットガンをあらかじめ瓦礫のそばに放置していき、闇風と接敵。やや広めの場所で戦闘しながら、彼が俺の来た道を通るようにさりげなく誘導したというわけだ。

 とはいえ、理論は簡単に説明できるが、それを実行するために膨大な集中力を要した。ただでさえ弾丸を剣で斬らねばならぬというのに、その上さらに相手を誘導するためのルート微調整。もう自室ではなくこの場で寝てもいいくらいだ。

 

「次の決勝戦はどうしますか? 一応目的である本戦出場は達成しているわけですし、明日に備えて……というのも選択肢としてはありますが」

「そうだなぁ……」

 

 本戦は決勝に進んだ二人のプレイヤーが参加することができる。すなわち、次を決勝戦は棄権しても本戦出場には支障がないのだ。それにもとより個人情報を入力していないため、ブロック優勝したとしてもエントリー画面で書いてあったことが正しいのなら、報酬を受け取ることはできない。

 ここは疲れ切った体を休ませ、フライの言う通り明日の本戦に備えるべきだろうか。

 

「…………どうせなら決勝戦までやるか。別に全力を出す必要はないんだし、のんびり戦ってみるわ」

「わかりました。じゃあ僕も最後まで付き合いますね」

「……言っとくけど、俺はノーマルだぞ?」

「僕もノーマルですよ!?」

 

 慌てて否定するフライを見て思わず笑みがこぼれる。そして俺はゆっくりと立ち上がり、青白い光に包まれながら片手を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、準決勝までとまったく同じ戦い方をして優勝をもぎ取った俺を、フライは呆れた表情で迎えたのだった。

 

 

 

 





なんかラテンが悪役っぽいのは気のせいですかね……?
ともあれ修正いたしました。


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ggo4話

 

 白色のカーテンをスライドさせると気持ちのいい日差しが薄暗かった部屋を優しく照らす。クローゼットを開け、パジャマからルームウェアに着替えるとまだ覚醒し切らない瞼を擦りながら階段を下りた。たちまちリビングから腹の虫を刺激する香りが漂ってきて、欠伸をしながらにおいの元へ歩く。

 

「あ、お兄ちゃん。おはよー」

「おう、おはようさん」

 

 笑顔で迎えてくれた妹に涙目で応えると、無駄に広いテーブルに着席する。

 今日の朝食の当番は琴音だ。台所に立っている彼女は、慣れた手つきでテーブルの上に二人分の食事を並べ始める。どうやらいい香りの原因は豚汁だったらしく、様々な具材が入った琴音特製豚汁に食指が動かされる。

 妹が席に着席をするのを確認して、二人同時に「いただきます」と口にした。

 一口豚汁を啜れば、優しい味噌の味が口の中で広がり、寝起きだった俺の体全体に染み渡るように温かさが伝染する。

 

「はあ……うまい……」

「そ。ありがと」

 

 心の底から湧き出た言葉に妹は嬉しそうに返したが、不意に箸を持った手を止め、真剣みの帯びた表情を向けてきた。

 

「……お兄ちゃん。昨日、何があったの」

「へ? 別に何もなかったけど」

「嘘。帰ってきたときは平静を装ってたけど、私、わかるんだからね」

「…………」

 

 むっとした表情をした琴音に、しばらく豚汁を啜ることでお茶を濁していたが、いつまで経っても逸らされない視線に俺は観念するようにお椀を置いた。

 

「やっぱりお前に隠し事なんて簡単にできやしないな」

「そりゃあ妹ですから! お兄ちゃんのことなら何でも知ってるよ」

「……ブラコンめ」

 

 むふ、とドヤ顔で胸を張る琴音に小声で茶化せば、むきになって反論してくるが、それを沈めて俺は昨日起きた出来事を話し始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

―――

――

 

 

 結局全力で優勝をもぎ取ってGGOからログアウトした俺を迎えたのは、暗い表情のまま俯いた和人であった。

 最初はFブロックで予選敗退をし、本戦へ出場できなかったことへの悔やみから出たものだと思っていたが、それにしては雰囲気が真剣みを帯びすぎていた。

 

「……何か、あったのか?」

「…………死銃の正体がわかったかもしれない」

「何!?」

 

 食い気味に身を乗り出せば、上半身についていた電極に繋がれたコードが悲鳴を上げ、慌てて元の位置に戻る。困った表情をした安岐さんに電極を取ってもらいながら、俺はできる限り体を和人の方へ向けた。

 

「それで、その正体ってのは、一体誰なんだ?」

 

 人物が特定することができれば、後は菊岡に任せれば国家権力の力でこの事件を解決することができる。

 だが、和人は首を小さく振りながら口を開いた。

 

「誰……とまではわからない。でも……」

「でも……?」

「……奴は、俺たちと同じSAOサバイバーだ」

「まじかよ……」

 

 SAOサバイバーとは茅場晶彦によって囚われたアインクラッドから脱出することができた約六千人の人間たちの呼称だ。無論、世間一般にではなくVRMMO内での呼び名だが。

 とはいえ、SAOサバイバーが事件に関与しているのはあり得ない話ではない。あの狂ったような世界に二年間も閉じ込められ精神が摩耗し、犯罪に手を染める可能性は大いになる。そのためのカウンセリングなのだが、今回の首謀者には効果がなかったらしい。

 しかし、和人の言葉で効果がなかった理由を、俺は無理やり納得させられた。

 

「そして、奴は…………《ラフィンコフィン》の元メンバーだ」

「なっ……!?」

 

 思わず絶句する。

 《ラフィンコフィン》は、SAOに存在した殺人(レッド)ギルドだ。ゲーム内での死は、現実世界での死を意味したあの世界では、《HP全損だけはさせない》ことが絶対的な不文律だったのだが、それを平気で破ったのが《ラフィンコフィン》というギルドだ。約三十人からなるそのギルドは、ありとあらゆる手段でPK(殺人)行為を繰り返した。被害者は数百人にも上り、SAO最凶最悪の集団という位置づけは、何年たっても変わることはないだろう。

 もちろん、人間の身体に異常が見つかればそれを治療するように、最前線で戦う《攻略組》の中から五十人規模の討伐部隊が編成され、俺もそれに参加していた。最も、その出来事以前にもラフィンコフィンとは因縁があったのだが。

 

「……いよいよ面倒なことになってきたな。リーダーの《PoH(プー)》……ではなさそうだな」

「ああ。あいつだったら口調でわかる」

「ラフコフか……菊岡さんにも報告しておかないとな」

 

 そこで俺たちは病室を後にした。

 

 

――

―――

――――

 

「そんなことが……」

 

 琴音は俯いて呟く。できれば彼女に不安を与えたくはなかったのだが、変に誤魔化しても余計な不安を煽るだけだっただろう。

 

「でも大丈夫だ。協力者によって安全は保障されてるし……危険はないよ」

「…………うん」

 

 できるだけ穏やかに伝えると、数秒の沈黙の後小さい返事が聞こえてきた。

 『危険はない』。それは百パーセントと呼べるものではない。相手がわかっても、手口がわからない以上、調査している俺やキリトの身に何か起こっても不思議ではない。可能な限り素早くかつ慎重に解決させなければならない。

 穏やかな朝だと言うのに重苦しい雰囲気が食卓を漂い始め、何とかそれを解消しようと色々考えを巡らせていると、突然インターホンが鳴り響いた。

 

「あ、もしかして……」

「何、友達が来たのか?」

「まあ、そんなとこ」

 

 まだ時刻は朝の八時。友人を呼ぶのには早すぎる時間のような気がするが、さすがに琴音の兄として彼女の友人にだらしない姿を見られるわけにはいかない。そそくさに玄関へ足を運んだ妹の後を追うように玄関へを赴く。

 ドアを開ければ、現れたのは栗色の髪をした俺よりも少し背の低い少年だった。いかにも優しさが滲み出ている顔立ちに俺は眉をひそめる。

 

 ――え、何こいつ。琴音の彼氏? 

 

 訝し気な視線を向けていると、琴音に迎えられた少年は俺を見るや否や、嬉しそうに頭を下げた。

 

「ラテンさん、おはようございます……あっ、現実世界では天理さん、でしたね」

「ああ、おはよう……って、え?」

 

 いきなりの丁寧な対応に慌てて返すが、から笑いしているこの少年に見覚えはない。琴音があらかじめ兄として伝えていたとしても、俺に対する呼び方に違和感を感じ思わず聞き返す。

 

「ラテン、って……」

「あ、そういえばお兄ちゃんには言ってなかってね。彼は大庭(おおば)(さとる)くん。ALOでは《フライ》っていうアバターを使ってるの。一緒に何度か狩りをしてるでしょ。で、中学時代からの同級生で一人暮らししてるんだけど、今日からこの家に住むことになったから」

「よろしくお願いします」

「え、は、ちょ、え?」

 

 妹からの急な捲し立てに俺は思考を停止せざる負えなかった。そして数秒をもってして、頭の中で簡易的に整理すると俺は目玉がとび出しそうな勢いで絶叫した。

 

「えええええええええええええええ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――で、今日からはここに住むと……」

「うん、高校もこっちの方が近いからね」

 

 朝食を急いで片付け、テーブルを囲んで琴音と聡から事情を聴いた。何でも、俺の父親が彼の父親の上司で仲がいいらしく、ある時二人で飲んでいたところ、聡が東京で一人暮らしをしていることを俺の父親に伝えると、「じゃあうちに来なよ。部屋は有り余ってるし」と、軽いノリで誘ったらしい。もちろん母親の承諾ももらっている――琴音と聡が通っている高校の理事長であり、琴音が直談判したらしい――ため、俺抜きで決まったらしい。

 

「あのあほ親父め……!」

 

 小さく悪態をつく。とはいえ別に俺は聡の同居に否定的ではない。彼の性格は、ALOを通してよく知っているし、人の見る目が鋭い琴音が賛成しているのだ。問題はないだろう。ただ、一つ問題があるとすれば

 

「……せめて俺も会議に参加させてほしかった……!」

「まあまあ、お兄ちゃんなら大丈夫だろうっていうのが私たち三人の見解だったから。ほら、元気出して」

 

 椅子の上で体育座りする俺の背中を琴音が優しくさする。

 とはいえ、重苦しかった朝の雰囲気がすっかりと元通りになった。今日のところは、これでよかったのかもしれない。

 その後、部屋の案内やら荷物の運び込みやら整理やらで――特にベットの持ち運びが大変だった――あっという間に家を出なければならない時刻になってしまっていた。

 

「じゃあ、行ってくるわ」

「うん、行ってらっしゃい」

「僕は、先にログインしておきますね」

「おう」

 

 二人に見送られながら、俺は駅へと歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思わぬ交通機関の遅延と、ナビを頼らなければならないほど入り組んだ初めて通る道に妨害され、病室に着いたのは予定よりも三十分ほど過ぎたころだった。和人には予め『遅れる』とメッセージを飛ばしているため問題はないのだが、やはり遅刻と言うのはどこか罪悪感を伴ってしまう。

 待っていてくれた安岐ナースに謝罪してからダイブした俺の視界に最初に映ったのは天を突き破るかの如く高く伸びた、総督府のタワーだった。ログインと同時に、メッセージの受信を知らせる効果音が鳴りウインドウを開くと、キリトからのものだった。

 

「『地下一階の酒場にいる』ね……」

 

 どうやら先にエントリーを済ましたらしく、俺はキリトと合流する前に二度目のエントリーに取り掛かった。

 およそ四分の操作で完了した後、昨夜も乗ったエレベーターに乗り込み地下一階を選択する。すると、突然すでに乗っていたごつい男性プレイヤーが俺の背中に声をかけてきた。

 

「あ……もしかして、《ラテン》ちゃん?」

「へ?」

 

 あたかも有名人を見つけましたよ、と言う風な声の掛け方についつい間抜けな声を出してしまう。いや、それだけではない。俺の耳が異常ではないのなら間違いなくこの男は――

 

「おっ、本当だ! ラテンちゃん(・・・)じゃねぇか! 今日の本戦、頑張ってね!」

「え、ああ、はい……」

 

 最初に声をかけてきた男性プレイヤーの連れなのであろう、もう一人の男が大げさな手ぶりで目を輝かせる。

 《ちゃん》。間違いなくプレイヤーネームの後にそう付けられた俺は、自分の風貌を今になって思い出した。

 白銀の輝く艶のある長髪に、抱きしめられたら儚く散ってしまいそうな華奢な身体。極めつけは、明らかに男性とは思えないような高音ボイス。どう考えても目の前の男性プレイヤーたちは、俺のことを《女》だと思っているだろう。

 

「あの……良かったら、握手してください……!」

「あ、はい……」

 

 ボキャブラリーを半分失いかけた俺は、流されるまま頬を赤らめた男性に手を握られ上下にぶんぶん振り回される。その横では、「次、俺な!」「いや、俺だって!」などと、男性たちが興奮しながら口論していた。

 ――人生最大のモテ期キター! …………って、あほか!

 自分で自分をツッコんでいると、後方でぽーん、という軽やかなサウンド音が鳴り響き、咄嗟に体を反転させる。

 

「じゃ、じゃあ、またね!」

「あっ、ラテンちゅぁ~ん!」

 

 瞳を潤わせながら甘い声で嘆くプレイヤーたちに少々引きながら、駆け足で進むと広大な酒場ゾーンへと辿りついた。頭上には大型モニターが何台も設置されており、その下に広がる無数のテーブルには多くのプレイヤーたちが、BoB開始時刻までまだ二時間と少しあるにも関わらず、すでに出来上がっている様子だった。

 低く多少威圧感も混ざった低音ボイスがあちらこちらに飛び出す中を歩いていくと、この世界で数少ない顔見知りを見つけ、早足でそのテーブルへと向かう。

 

「悪い、待たせ――お待たせしました!」

 

 途中で声を造ったのは、何度見ても女プレイヤーに見えるキリトの隣に、大変お世話になった水色の髪をした少女が座っていたからだ。昨日の結果を確認したところ、キリトと彼女が決勝で当たったらしく、優勝者はキリトになっていた。とはいえ、予選は決勝まで進めれば本戦に出られるという規定であるため、めでたく彼女も本戦に出場できるということになる。

 

「遅れましたがおめでとうございます、シノンさん。これで三人とも本戦に出ることができますね!」

「……そうね」

 

 可能な限り《元気な女の子》を振る舞う俺とは対照的に、シノンは冷めた目でこちらを見ていた。彼女とは予選のエントリーを済まして以来、会ってはいないような気がするのだが、態度を見る限り何かやらかしてしまったのだろうか。

 あはは、と苦笑するキリトの横にゆっくりと座ると、依然としてシノンは何かを詮索するような視線をこちらに向けてくる。

 キリトと同じようにから笑いをしながら、小声でキリトに囁きかける。

 

「あはは…………私、なんかした?」

「えーっとだな……」

 

 いくら小声でも小さなテーブルを挟んで正面にいるため、自分への呼称は《私》にした。

 俺の言葉に対してキリトは宙に視線を彷徨わせること数秒経った後に、申し訳ないような表情を俺に向けてくる。

 

「すまん。実は…………『俺』たちの性別、ばれちゃった」

「は……?」

 

 最後にてへっ、と舌を巻いたキリトに一瞬だけイラッとするが、それ以上に気にしなければならない問題がある。

 ――ばれた……? てことは……

 恐る恐る正面へ顔を向ければ、眉間にしわを寄せたシノンの姿があった。その周りには心なしか黒いオーラが立ち込めており、今にも爆発しそうな勢いだった。

 

「――すみませんでした、シノン()!」

 

 早くも訪れたログアウトの危機に、テーブルへ頭をぶつけながら誠心誠意の謝罪を込めた土下座を解き放つ。土下座と言っても椅子に座わっているが。

 ぎゅっと目を瞑ること数秒、重苦しい沈黙の後、心底呆れたようなため息が頭上に吐き出された。

 

「もういいわよ……昨日散々似たようなことしたからもう疲れたわ」

「そ、そうでしたか……」

 

 思わず敬語になりながらも、隣にいるキリトに心の中で『ご愁傷さま』と投げかけておいた。

 

「……それで。あなたも確認が必要かしら、本戦の解説」

「あっと……一応お願いします」

 

 『解説』の部分に妙ないらだちが含まれていることを敢えて気にせずに、小さく頭を下げた。それを見たシノンは、目の前にあったコーヒーのグラスを一口仰いでからおもむろに解説し始めた。

 予め届いた、本戦の概要が含まれたメールに書いてある通り、本戦は参加者三十人の同一マップによる遭遇戦であり、どのプレイヤーも最低千メートル離れた位置でランダムに出現する。マップは直径十キロメートルの円形で、都市や砂漠といった様々な場所が存在する複合ステージだ。それによって装備やステータスタイプでの有利不利はなくなっているらしい。

 そして、フィールドに出現した際、この本戦で最も重要なアイテムである《サテライト・スキャン端末》が自動配布されるらしく、何でも十五分に一度この端末にマップ内の全プレイヤーの位置が送信されるのだ。設定では、上空の監視衛星が通過する、といったものらしいがこの際どうでもいいだろう。

 

「なるほどな。つまり、同じ場所での潜伏は十五分が限度ってわけか……」

「そうね。それ以上は、不意打ちされる可能性が高いわ」

「さすがだな……」

 

 シノンという少女はこの本戦の仕組みを解りきっている。それは彼女が、前回の本戦(・・・・・)に出場していたからであろう。昨日《屋台のおでん》との試合が終わった後に、前回大会の出場者を全員確認したのだ。その中に彼女の名前があったことには、驚いたものだ。

 一度話が落ち着いたのを見計らって俺はキリトやシノンと同じように、ドリンクを注文する。すると、酒場で一際大きな盛り上がりが発生し俺はそちらに視線を向けた。

 

「あれは……何をしてるんだ?」

 

 視線の先には、ホロウインドウを掲げたNPCらしき人物と、、それを食い気味に眺めながら叫び散らしているプレイヤーたちの姿があった。

 

「……あれはトトカルチョ――誰が優勝するかを賭けているのよ、まったく」

「へぇ……でもあれ、NPCじゃないのか?」

「だから問題なのよ。よりによって、あれを用意したのはこのゲームの《運営》なんだから」

「はえ~……」

 

 届いたオレンジジュースを飲みながら、肘をテーブルに付ける。

 こういうものは基本的に、要領がいいプレイヤーが思い付きで始めるイベントのようなものだが、運営が進んで行うのは少々驚きだ。とはいえ、何時間も飲み物を仰ぎながらモニターを眺めるのも退屈ではあるためこういうイベントは必要かもしれない。そう考えるとGGOの運営は、プレイヤーたちの心理をよく理解しているような気がする。

 それから、シノンの機嫌を伺いながら雑談していると、話の着地点を見計らって、彼女は立ち上がった。

 

「そろそろ、待機ドームに移動しないと。装備の点検やウォーミング・アップの時間が無くなっちゃうわ」

「あ、ああ。そうだな」

 

 キリトの肯定に合わせて時刻を見れば、午後七時を僅かに過ぎたころだった。本大会のスタートまで残り約一時間。俺とキリトはシノンに追随する形で立ち上がり、エレベータへ足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開ければ広がるのは広大な砂漠だった。時節吹く強風で砂塵が舞い上がり、数十メートル先は視認することができない。

 袖を口に当てながらその場にしゃがみ込む。転送されたプレイヤーは、最低でも千メートル離れているため、開始数秒で戦闘するにはスナイパーライフルを持っていなければ到底不可能だ。さらにそのスナイパーライフルでも、この砂塵の中ではまともにプレイヤーを狙撃することはできないだろう。

 右手を振りかざし、マップを表示させる。

 今、俺がいるのは全体マップの最北端である砂漠エリアだ。本戦開始前にキリトとの合流地点に決めた森林エリアはほぼ反対側だ。そこへ行くためには、マップ中央にある都市廃墟エリアを経由しなければならない。

 

「くそっ……ここから最短で六キロか……」

 

 隅に表示されたメモリを頼りに目測で計算する。途中で遭遇戦になったときの時間を考えると、最悪一時間ほどかかってしまうかもしれない。とはいえ、キリト曰くこの本戦に出場しているであろう《死銃》と相対するには、合流したほうがいいだろう。マップで自身が向いている方角を確認してからウインドウを閉じた。

 注意するべき場所は、砂漠エリアから都市廃墟エリアに移行する直前だ。視界の悪い砂漠エリアならまだしも、視界良好であろう都市廃墟エリアで待たれていたら出てきた瞬間ハチの巣にされてしまう。だが、そこを越えなければ合流地点へ行けないのも事実だ。

 

「……行くか」

 

 自身の装備に手を当てて改めてその存在を確認した俺は、都市廃墟エリアへ走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本戦が開幕してからおよそ三十分。俺は、都市廃墟エリアから森林エリアへ通ずる道を走っていた。砂漠エリアに転送されてから想定していた、都市廃墟エリアからの射撃は発生しなかった。そのため、楽々都市エリアへ侵入することができたのだが、視界不良な砂漠エリアとは違って身を潜めることができる建物および障害物が数多に存在するため、このエリア内では緊張の糸を張り詰ませながら移動せざる負えなかった。だがそれも、あと二ブロック進めば一旦ほどくことができる。

 

「……ここら辺で一旦待機するか」

 

 時間を確認して近くにあった建物へ身をひそめる。目を閉じ、聴覚を集中させるが周囲十メートルに動きがないのを確認して、壁にもたれ掛かりながら二回目のサテライトスキャンを待つ。

 一回目のスキャンは、都市エリアに到達してから数分経った時だった。その時点では、このエリアには俺を含めて七名のプレイヤーが存在していた。そのうち三名のプレイヤーが相当近くにいたため、おそらく戦闘をしていたはずだ。残りの三名は、それぞれ都市エリアでも端の方におり、確認したところキリトの姿はいなかった。そこで、スキャン情報が途絶え、現在二回目のスキャンを待っているところだ。

 

「……確か、こっち方面には敵がいたよな」

 

 端にいた三名のプレイヤーの内一人が、都市エリアから森林エリアへ行く途中にいたのだ。森林エリアから抜けてきた敵を待伏せしようとしていたのであろうが、一回目のスキャンから十五分経っている今も同じ場所にいるとは限らない。とはいえ、もし同じ場所にいたら、森林エリアに行くためには避けることができない戦闘が発生する。

 

「頼むからどっかに行っててくれよ……」

 

 優勝を狙っているわけではない俺にとっては、無駄な戦闘は可能な限り回避したい。

 配布された腕時計の時刻が、三十へ変化したのと同時にマップを出現させる。

 

「ちっ……」

 

 全体マップに出現した点は二十一。そのうち五名のプレイヤーが都市エリアにいたのだが、俺の先にいるであろうプレイヤーは一回目のスキャンから移動をしてはいなかった。名前を確認すると、同じプレイヤーだということを確証する。だが、後方一キロには敵がいないようで先ほど三つの点が重なっていた場所には、今では一つの点しか存在しない。そして新たに増えた点は砂漠エリアから抜けてきたプレイヤーだろうか、これまた反対方向に位置していた。ともあれ、これで森林エリアを抜けるためには戦闘が必須になってしまったわけだ。

 

「……よし」

 

 スキャンが終了し一度深呼吸をすると、全速力で近くにあった点へと移動する。壁に背を当てて、敵がいるであろう場所に顔を向ければ市役所のような建物が、所々崩壊させながら佇んでいた。

 残念ながら市役所を囲うように存在していたコンクリート製の塀も東側半分が全壊しており、森林エリアに伸びている道を移動する姿は、市役所からははっきりと確認することができるだろ。

 このまま走り抜けてもいいのだが、後ろから追いかけられでもしたら少々めんどくさいことになる。やはりこの敵はこの場でリタイアさせた方がよさそうだ。

 広めの駐車場の先にある建物へと目を凝らしていると、右上から複数の赤いラインがこちらに向かって伸びてきた。

 

「くお……!」

 

 とっさに顔を引くと、数十発の弾丸によって鈍い音を立てながらコンクリート塀が抉られ、破片が辺りに飛び散る。

 それにより、相手の持っている武器が何なのか、だいたい予想が付いた。

 

「軽機関銃か、射撃レートが早めのアサルトライフルだな……」

 

 一瞬のうちに数十発の弾丸が発射されたことに加え、十五分も同じ場所から動いていないことを考えると、待ち伏せスタイルの軽機関銃の方がアサルトライフルよりも可能性としては高いかもしれない。

 

「さて、どう戦うか……」

 

 この場所から市役所の入り口まではおよそ五十メートル。相手がいる場所が右端だということを考えると、四十五メートル地点まで到達できればそれ以上の追撃はなくなるだろう。ただし、その地点に到達するためには弾丸の雨の中を通過しなければならず、駐車場だというのに市役所の前には障害物になり得る車両が一台も見当たらない。

 

「これを使うしかないか」

 

 俺は腰にぶら下げてあった二つのスモークグレネードを手に取った。

 一人を倒せば終了だった予選とは違って、本戦は三十人によるバトルロイヤル形式だ。すなわち、今市役所にいる敵を倒しても装備が補充されるわけではないため、今後有効活用できるであろうスモークグレネードをここですべて消費してしまうのはあまりとりたくない戦法なのだ。

 

「……まあ、ここで負けたら意味がないしな」

 

 右手に持った二つの擲弾のピンを抜き、壁越しに前方へ放り投げる。たちまち、噴射音が鳴り響き駐車場を煙で覆った。それを見計らって、市役所へと走り抜ける。

 無論、機関銃野郎が黙っているわけがなく、煙の中を弾丸の雨が突き破る。だが二つ投げたことにより、広範囲に広がった煙の中を移動する俺は運よく一発も当たらずに煙から脱出した。

 入口まであと二十メートル。機関銃野郎が俺の姿を発見し、発砲しながらこちらに合わせてくる。しかし、煙の中を無傷で走ったことにより、最大まで加速した俺を狙うには奴の動きはあまりにも遅すぎた。

 耳障りな音が背後で止まると、そのまま全速力で階段をのぼる。その勢いのまま、突き当りを左に曲がろうとした瞬間、俺の体を数本の予測線が貫いた。

 

「なっ……!」

 

 慌ててバックステップをすると、目の前を弾丸が通過し奥の壁に当たって弾けた。

 ――幾らなんでも早すぎる……!

 建物の中に入った時点で、機関銃野郎のいた部屋の奥行きは把握できていた。俺が侵入したのと同時に廊下へ移動したとしても、軽機関銃には移動ペナルティがあるため、こちらが階段をのぼり切る頃に廊下でどっしりと待つことなどできないはずなのだ。

 だが、相手の行動を否定するのと同時にある可能性が俺の頭に浮かび上がる。

 

「バイポッドのアサルトライフルか……!」

 

 奴が持っていたのは軽機関銃などではなく、射撃レートが高いアサルトライフルだったのだ。では、何故取り回しのしやすいアサルトライフルでわざわざ同じ場所にとどまり続けていたのか。それはおそらく彼の戦闘スタイルの問題だろう。わざと建物まで誘い込んで、一本道である廊下で仕留めるつもりでいたはずだ。

 

「……あそこにありそうだな」

 

 一瞬だけ顔を出し廊下を覗けば、崩れた瓦礫の後ろに僅かながらクレイモア地雷が角を覗かせていた。正面を強行突破してきた敵を仕留めるために設置したのであろう。

 

「……やるしかないか」

 

 ふう、と深呼吸をすると白銀の刃を出現させる。左手でショットガンを抜き取り、壁際まで体を寄せた。

 心の中で三秒のカウントダウンをとると、一のタイミングで俺は廊下へ飛び出した。途端、無数の赤いラインが出現するがそれを記憶しながら、フィーリングスティールのトリガーを引いた。同時に、ショットガンを手放す。

 

「ぐわ……!」

 

 十五メートル弱。この距離感ならば、ショットガンの弾丸は相手に到達し、小さなノックバックを発生させる。もちろん、目の前の男はのけ反りながらもトリガーを引いてアサルトライフルの弾丸をばら撒くが、幾ら射撃レートが早くとも精密性が無ければ意味がない。

 案の定、ノックバックによって俺の体を貫いていた予測線の数本が左へずれ、自身に向かってくる弾丸は正確に切り払った。

 火花の中を抜けながらクレイモア地雷が置いてある場所へ到達すると、何の躊躇いもなく右の壁を蹴った。否、走った。

 

「何!?」

 

 何とか銃身を引き戻したプレイヤーも、左右でなく上下に動いた俺が予想外だったのか、一瞬だけ対応が遅れる。

 

「オラッ!!」

 

 気合と共にアサルトライフルの銃身を真っ二つに両断すると、流れるようにサイドアームを引き抜こうとしたプレイヤーの首を跳ね飛ばした。その男の体は、まるで動力を失ったからくり人形のようにぴたりと停止し、そのまま力なく床に崩れ込んだ。それを確認してようやく一息つく。

 

「……ふう。それじゃあ、森林エリアへ行きますか」

 

 二回目のスキャンのよれば、森林エリアでは《ダイン》というプレイヤーが《ペイルライダー》というプレイヤーに追われていた意外に、プレイヤーは存在しなかった。このまま行けば、キリトよりも先に合流地点へ辿りつけそうだ。

 クレイモア地雷を慎重に避け、廊下にほったらかしにしていたショットガンをしまうと俺は森林エリアへと足を向けた。

  

 

 

 



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ggo9話

 

 

 翌日。

 ラテンたちは再び迷宮区の森へ足を運んでいた。

 どうやら昨日の時点でこの第五十三層のボス部屋を発見することができたらしく、今日の午後にボス攻略会議が開かれる。おそらく明日にはボス攻略が始まるだろう。それまでにできるだけレベルを上げるため、こうして迷宮区に潜っているのだ。

 

「スイッチ!」

「はい!」

 

 ラテンと交代するようにシーナが狼型モンスターをポリゴン片へと変える。ラテンたちは昨日と同じ要領で順調にモンスターを狩っていき、午前十一時の時点で全員が一レベル上げることに成功した。

 

「そろそろ街へ戻りましょうか」

「おう、そうだな」

 

 シーナの言葉に全員が頷く。

 全員安全マージン――すなわち階層+10以上のレベルは確保しているため、安全に戦えばボス戦でも死者を出すことはないだろう。後は予定通り、このまま午後の雄攻略会議に参加して明日に備えるだけだ。

 

「……ん?」

「どうしたの?」

 

 ラテンたちが街へ向かって歩を進めること数分。不意にラテンが、横一面に生い茂っている林へ顔を向けた。

 

「……いや、何か人の気配がしたような気がしてな」

「索敵スキルには?」

「反応してないから、気のせいかもしれないな」

 

 そう言って、再び歩き出そうとしたラテンに珍しい人物が声をかける。

 

「……ラテンさんがそう感じたならもしかしたら何かあるかもしれませんね」

「いや、単に気のせいかもしれないぞ。現に索敵スキルに引っかかってないし」

「でも、不安要素は潰しておくべきです」

 

 カイザーが食い下がると、ラテンたちは顔を見合わせる。普段の彼は物静かで、必要以上の会話をすることはない。だが、そんな彼がこうも気にするということは、彼自身がラテンの感じたものに嫌な予感がしているのだろうか。

 カイザーの言う通り不安要素を消しておくことは大事であるため、最初に感じたラテンが確認しに行くべきかもしれない。

 

「じゃあ、俺が確認してくるよ。皆は先に行っててくれ」

「それなら私も――」

「たぶん気のせいだし、わざわざ一緒に来なくてもいいよ」

「……わかったわ」

 

 何故か不満げな視線を投げかけてくるシーナにラテンは首をかしげるが、ただ心配しているのかと思い、気配を感じた方向へ足を踏み出す。

 他のギルドメンバーたちは、林にラテンが入っていくのを見送ってから再び歩を進め始めた。

 

「んー、やっぱ気のせいかな」

 

 地面に生えた草を踏みしめる音以外に、周りからは音が聞こえない。もしモンスター化プレイヤーがいるならば、同じように他の場所から聞こえてくるはずだ。

 止まっている、という可能性もなくはないが向こうにはラテンの足音が聞こえているはずだ。その場合、何かしらのアクションが起きても不思議ではないのだが。

 

「……何か嫌な予感がするな。戻るか……」

 

 ここで感じたのとは別に頭の中で何か引っかかる。

 素早くシーナたちと合流するために、踵を返すと黒い二つの影がラテンに立ちふさがった。

 

「――なっ、お前らは……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 

「今日の昼飯は何にすっかなー」

「意外とガッツリとしたものが食べたいですね」

「おお、それは賛成だ!」

 

 オルフェの提案にガリルが相槌を打つ。

 

「まあ、最近は迷宮区内でお昼を食べることが多かったからそれもいいかもしれないわね」

 

 シーナは賛同しながらも、そわそわと後方へ顔を向けていた。

 その姿はデートの待ち合わせ場所に早く着いてしまった乙女の仕草そのもので、ガリルは目を丸くした後にニヤニヤと笑みを浮かべた。

 

「なんだ、シーナはラテンとできてたのか」

「うぇ!? そ、そんなんじゃないわよ!」

「そんな隠さなくてもいいだろ。お前たちが二人きりになる時って結構多いしな」

「だから、まだそんなんじゃないって……!」

「へェ……『まだ』、ね……」

「ガリル!」

 

 顔を真っ赤にしながらシーナはガリルに詰め寄るが、当の彼は笑みを崩さない。そんな二人のやり取りを見て、カイザーは小さく歯を噛んだ。

 

「……よそ者のくせに」

「ん? カイザー、何か言いましたか?」

「いえ、言ってません」

 

 オルフェはそれ以上深くは聞かず、前を歩くガリルとシーナに追随する。

 その三人を恨めしげに見ながら、カイザーはアイテムウインドウを操作した。

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 

 

 

「何でお前がこんなところにいるんだ、PoH……!」

 

 PoHと呼ばれた黒いマントを身にまとった男性プレイヤーがにやりと笑みを浮かべる。

 

「そりゃあ、お前に会いたかったからだよ」

「……目的は何だ」

 

 ラテンは睨みながら刀に手を添える。

 この男は殺人ギルド《ラフィンコフィン》のリーダーだ。ギルドとはいえ、彼らの生業はモンスターを狩ることではなくプレイヤーを殺すこと。必然的に彼らのレベルは攻略組よりもずいぶんと低く、そのためこのような攻略組の巣と言っても過言ではないほどの最前線に出没するのは非常に珍しい。余程おいしい話がなければあり得ないのだ。

 

「まあ、そんなに警戒するなよ。今回のターゲットはお前じゃない」

「何……?」

「実は、現状に不満を持っている奴がいてな。そいつにちょっと協力してやったんだ」

 

 肩をすくめたPoHは不意に、明後日の方向へ顔を向ける。その仕草は演技というには本物じみていて、思わずつられてラテンもその方向へ視線を向ける。しかし、その行動が仇となってしまった。

 

「っ!?」

 

 後方から出現した気配にラテンは体を捻って対処するが、PoHの仕草に釣られたおかげで一瞬だけ対処が遅れてしまい、投擲物のようなものが体を掠め、体制を整えたのと同時にラテンはその場で膝をついた。

 

「これは……!」

 

 視界の隅にあるHPバーの下に黄色いアイコンが出現していた。それは状態異常を示すもので、麻痺による硬直がラテンに襲い掛かっていた。おそらく投擲物に麻痺毒が塗られていたのだろう。

 ――しまった……!

 PoHのいる前で麻痺になるということは、殺してくれと言っているようなものだ。現に、同じような手口でこのギルドは何人ものプレイヤーを殺している。生き残るためには、ラテンのHPが麻痺が解けるまで奴らの攻撃に耐え切らなければならない。

 歯を食いしばったラテンに近づいたPoHはその肩に手を置いてにっこりと笑った。

 

「だから、安心しろって。さっきも言ったがお前をここで殺すつもりはない」

「いいんすかヘッドォ。こいつは攻略組でもトップレベルですぜ?」

 

 抑揚のある声で近づいてきたのは、ラフィンコフィンの幹部である《ジョニー・ブラック》だ。

 

「こいつにはもっと面白い舞台で戦ってもらわねぇとな。ここで殺すのは、かわいそうだろ?」

「『かわいそう』、ねぇ……」

 

 ゲラゲラと笑いだすジョニーにラテンは睨みつける。この男たちは、人の命を奪うことに何の躊躇いも感じられない。正義の味方を気取っているわけではないが、こいつらには嫌悪せざる負えなかった。

 

「……じゃあ何なんだ、お前たちの目的h――」

 

 そこまで言って、ラテンはハッとする。それと同時に、先ほど感じた違和感の正体を理解した。

 

「その様子じゃ、わかったみたいだな」

「ふざけんな!!」

 

 ラテンは噛みつかんばかりの勢いで叫ぶ。だがPoHはただ静かに笑っただけだった。

 

「言っただろう、不満がある奴に協力した、って」

「ッ……!」

 

 あのメンバーの中にラフコフへ協力を依頼した人物がいるならば、それ相応の挙動をするはずだ。そして、シーナたちと別れる前に様子がおかしかったのは――。

 

「なんで……!」

「それはお前自身で聞くんだな」

 

 そう言うとPoHは周りを囲んでいたラフコフのメンバーたちに合図をする。そろそろラテンを縛っていた麻痺が解ける頃だ。その手慣れた行動にますます嫌悪感が沸いてくるが、それ以上にシーナたちが気がかりであった。

 予めわかっているのなら彼女たちほどの実力があれば対処をすることができる。しかし、今回の相手は信頼を置いている身内だ。どう考えても不意打ちされるほかない。

 

「じゃあな、ラテン」

「くっ……PoH!!」

 

 不敵に笑いながら林へ消えてッたPoHにラテンは叫ぶことしかできなかった。

 そしてラフコフのメンバーたちが視界から消えたのとほぼ同時に、男性の叫び声らしきものが、この場に木霊する。

 

「嘘だろ……やめてくれ……!」

 

 一向に解除されない麻痺にラテンはいらだちを募らせる。

 ――早く……早く……!

 

「うわあああああ!!」

 

 そして再び男性の叫び声。

 ラテンは歯が割れんばかりの強さで食いしばった。

 実際の時間は三十秒。だが、今のラテンにとっては永遠の時間とも感じられた麻痺の残り時間に心の中でありったけの罵声を浴びせながら、地を蹴った。

 自身の敏捷値を最大限に発揮したそのダッシュは今までで一番速いものだった。

 僅か十秒で百数メートルを走り抜けると、目に飛び込んでいたのは長剣に刺されて地面に伏せていたシーナの姿だった。

 

「シーナっ!!」

「ら、てん……」

 

 顔を上げた彼女の瞳からは大量の涙が溢れていた。

 そして次の瞬間。

 

 

 

 パリィィィン。

 

 

 

 無情なポリゴンサウンドが辺りを包み込んだ。

 

「ぁ……ぁぁ…………」

 

 声にならない声を発しながら、ラテンは自分の眼がしらが熱くなるのを感じた。それと同時に、彼女との一か月間の思い出が走馬灯のように脳裏によぎる。

 

「遅かったね、ラテン」

 

 カイザーの言葉が引き金になったのか、獰猛な野獣のようにラテンは地を蹴り刀を振るう。それに応戦するようにカイザーも剣を構えるが、この瞬間のラテンの速さは彼の数倍上回っており、いとも簡単に剣を持つ右腕が斬り飛ばされた。

 

「何でこんなことをした!!」

 

 左手で胸ぐらを掴み、ラテンは目一杯叫ぶ。

 そしてようやくそこで表情が見えなかったカイザーの顔を見ることができた。

 彼の瞳からは涙が流れており、口元には笑みが浮かんでいる。その表情が示すカイザーの心境が理解できず、ラテンはおもむろに突き飛ばした。

 

「シーナは……お前の従姉だったんだろ……! なんで……なんで……」

「お前のせいだ、ラテン」

「な……」

「お前が、僕から姉さんを奪ったんだ!」

「奪った、って……!」

 

 確かにラテンはシーナと関わることは多かったが、決してそれはシーナとカイザーの絆を壊すものではなかったはずだ。現に、彼がいない所でシーナはよくカイザーの良い所をラテンに話してくれていた。 

 引っ込み思案だが友達思いのところとか、周囲に気配りができることだとか。決まって彼のことを話す彼女は嬉しそうだった。本当に姉弟のように接していたことがひしひしと伝わってきていた。

 ――それなのに……そうだというのに……!

 憎しみが胸の奥から湧き上がってくるのを感じる。

 激情に流されるままラテンは突き飛ばしたカイザーへ歩を進めた。

 

「お前がいなければ姉さんは僕のものだった。お前のせいで姉さんは変わってしまった。お前に染まった姉さんなんて僕はいらない……!」

「っ、お前は!!」

 

 腕を振り上げ、細い首目がけて振り切ろうとしたラテンは寸のところで刀を止める。

 

「……シーナは、お前のことを大切に思っていた。本当に大切に……」

「そんなの関係ない!」

「ッ!!」

 

 命を奪うことは簡単だった。己を包んだ憎しみに流されるまま刀を振るえればどれだけ良かったか。

 だが、それをさせなかったのは思い出の中の人になってしまったシーナの姿だった。彼女の姿を思い浮かべるたび、ラテンの衝動は止められる。

 

「……シーナに感謝するんだな」

 

 おそろしく低い声音で呟いたラテンは、もしもの時ように黒鉄宮へ繋いでいる回廊結晶を取り出し、その中にカイザーを放り込んだ。

 円形の空間に消える寸前までカイザーは何かを喚いていたが、ラテンの耳に入ることはなかった。やがて、空間が消滅するとラテンはその場に崩れるように座り込む。

 

「シーナ……俺は…………」

 

 頬を伝う滴が地面にこぼれる。それが合図だったかのように、次々と涙が零れははじめた。視界はぼやけ、思考は停止していた。

 

「――ああああああああああ!!」

 

 咆哮。

 胸の奥底から湧き上がってくる感情のままラテンは叫んだ。頭を地面に何度も打ち付け、自分の無力さを何度も呪う。

 

「そばにいるって……約束したのに……!」

 

 ギリッと歯を食いしばり何度も何度も拳と頭を打ち付ける。

 ラテンはそれから他の攻略組が見つけるまでの数時間、叫び続けた。

 

 





あああああああああああああああああああ


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ggo10話

 

 

 闇を穿つ二発の弾丸が立て続けに放たれる。

 月明かりにも似た白銀の刃でそれらを両断すると、足場が悪い砂地にも拘らずそれを感じさせないような跳躍の後、ラテンは光剣を振り下ろした。

 カイザーの持っていた武器は、通常よりもほんの少し大きいリボルバー。その他には見られなかったため、ラテンの剣を受け止めることはできないはずだった。

 しかし。

 

「……!」

 

 ビシッ、と光剣のエネルギーの奔流が薄水色の光に受け止められたと思いきや、そのまま横へ受け流されると、光点がラテンの胴体目がけて飛び込んでくる。

 体を捻っとそれを回避し、牽制の切り払いと共に一旦下がると、その正体を視認する。

 

「光剣は何もお前たちの特権じゃない」

「…………」

 

 カイザーは手首を動かして水色の刃を回転させた。

 あの世界ではタンク役ではあったが、カイザーも片手用直剣を使用していたため、ラテンの剣撃を簡単に受け流したのも不思議なことではない。

 

「……お前は俺と()で戦うつもりなんだな」

「さぁて、それはどうかな!」

 

 ラテンの言葉にカイザーはリボルバーに込められた残りの弾丸で返答した。

 当たれば死が確実の銃弾だが、ここまでの試合でより一層洗練された光剣による弾丸弾きの前では、ヒラヒラと羽ばたく蝶を虫取り網で捕まえるも同然だ。

 二つの火花が視界を彩るが、すぐさまそれは左右へ消えていき代わりに水色の刃がラテンを塞き止める。

 

「くっ……!」

 

 いくら剣を扱う技術があると言っても、それは所詮常人よりも幾ばくか、というレベルの話だ。つまり、あの世界に囚われるよりもずっと前から剣と接してきたラテンに、カイザー食らいつくことがやっとであった。

 次第に体の各所に白銀の刃が掠り始めると、カイザーは僅かに顔を歪ませる。

 

「くそがぁ!!」

 

 咆哮と共に苦し紛れの大振りが闇の砂漠を照らすが、軌道も意図もまるわかりのその一撃を避けることなど造作もなく、ラテンは膝を折ってしゃがむのと同時に右斜め前へ低い跳躍をした。

 

「ぐふぅ!」

 

 ラテンの動きに伴って振るわれた光剣がカイザーの腹部をえぐり取り、奴のHPを半分ほどにまで減少させる。

 すぐさま体を反転させ追撃を行おうとしたラテンだったが、一応あの世界で最前線に通用するぐらいは実力を持っていたプレイヤーというべきか、はたまた奴自身の意地か、ラテンの追撃は読んでいたようですでに数メートルほどの距離を取っていた。

 だがもちろん、その程度の距離などコンマ五秒もあれば縮めるには充分で、ラテンは闇夜に吹く風となる。

 砂を撒き散らし、カイザーを貫かんばかりの勢いで放たれたラテンの一撃は思わぬ赤い線によって遮られる。

 ――……リボルバー!

 脳から緊急命令を送り、右腕をすぐ停止させバックステップを取る。

 ラテンを止めたのはすでに空になったと思われたリボルバーによる弾道予測線だった。先ほどの銃撃で発射数は合計六発だった。基本的にリボルバーの類は、一度に込められる弾の数が六発であり、ラテンはその情報に則って突進したのだが奴の持つ物はそれ以上の装填数を誇るものだったらしい。

 弾道予測線に臆することなくそのまま右腕を動かしていれば、カイザーのHPを吹き飛ばすことは可能だったが、残り一発でも受けてしまったら即死という冷静な分析が感情的だったラテンの決断を鈍らせてしまったのだ。

 

「ちっ……!」

 

 そして奴の悪運が強かったのか、着地した足場が他と比べてほんの少し脆く、再びの追撃をすることはできずラテンはゆっくりと体勢を整えた。

 その間にもカイザーはラテンと距離を取り、僅かに山になった砂地の前で急停止をする。そして、不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「……確かに『剣』ではお前には敵わない。だが、ここは『銃』の世界だ!」

「――ッ!?」

 

 叫びながら砂地に両手を突き刺したカイザーは、笑いながらそのまま何かを引っ張り出す。

 円形型の機関部に、黒光りする六つもの銃身。それが三脚に支えられ、脇にはたっぷりと弾が詰め込まれた四角い弾薬箱がペットのように付き添っていた。

 ――ミニガン……!

 GGOにやって来る前にその存在は確認済みだ。だがSTR要求値が相当高く、なおかつ移動ペナルティが加算されるため、このBoBでは使用者がほぼいないに等しいものだと思っていたがとんでもない切札を隠し持っていたらしい。

 この武器は秒間百発(・・・・)という恐ろしいほどの速さで弾丸をばら撒く。ただ、カイザーの持つそれは事前に見たものよりか一回り小さいため、もしかしたらもう少し少ないかもしれないが誤差の範囲だ。

 

「苦労して設置したんだ。存分に味わってくれよ」

 

 カイザーが再び笑った。

 ここに伏せられていたということは、すでにこの場所で戦うことをわかっていたということだろうか。もしくは他にこの武器を運ぶ協力者がいるということなのか――。

 そこまで考えて、それらの思考はすべて無意味だと斬り捨てる。

 目の前にあるミニガンの猛攻を回避しつつカイザーに光剣を突き刺すには手段が限られる。特に、あのミニガンを支える三脚が厄介だ。あれがあることで、左右の動きには対処しづらいと予想されるミニガンも、全方向攻撃可能な化け物に早変わりする。

 

「……ここまで来たら、もうやるしかないか」

 

 ラテンは大きく深呼吸する。

 不必要な思考を排除し、必要なものだけを選別する。夜の砂漠に吹き荒れる風の音、それによって舞い上がる砂塵など、もうラテンの耳には入ってこない。

 奴との距離が頭の中で描写され、身体が嘘みたいに軽くなる。この感覚は、あの世界以来だろうか。

 

「んじゃあ――See you again!(またな)

 

 無情にも黒い化け物のトリガーが引かれる。それと同時にラテンは地面を蹴った。

 バァァァァ! と雷鳴に似た轟音が砂漠を貫くが、ラテンが意識するのは自らに伸びる赤いラインの順番だった。

 秒間数十発というのは予想以上に恐ろしく、あり得ないほどの速さで弾道予測線が更新されていく。これでは濁流を素っ裸で泳ぐようなものだ。

 だがラテンはそれをやる。

 

「――!」

 

 ラテンは光剣を逆手に持ち替え、その切っ先で迫りくる濁流の最初の一発を弾く。それが開戦の狼煙となって瞬く間に花火が視界を彩った。

 

「うそ……だろ……!」

 

 あり得ない光景にカイザーが目を見開く。

 十メートルほどあった二人の距離は赤とオレンジの残光と共にすぐに縮まると、ラテンは右腕を押し出し、弾丸の雨を吐き出し続けるミニガンへ光剣を突き刺した。

 途端、風船が破裂するようにミニガンが爆発し二人の間を遮る。

 

「ラァァァ!」

 

 黒い煙の壁を先に突き破ったのは、カイザーだった。

 未だ持っていた水色の刃を爆発に包まれたラテン目がけて振り下ろす。

 しかし、動いていたのはラテンも同じであり、光剣が握られた手首目がけてラテンは左腕を振るう。

 ――銃が撃つ(・・)だけのものだなんて、誰が決めた……!

 左手に握られたのは今の今まで相棒として付き添ってくれていた、フィーリングフィールド。

 

「なっ……!」

 

 その銃身がカイザーの右手を弾きながら振り切られると、役目を交代するかのように白銀の刃がラテンの右手から姿を現す。

 

「おおおおおおおおお!!」

「あああああああああ!!」

 

 雄叫びと共に、無防備になった心臓を光剣が貫いた。

 同時にカイザーの残りのHPバーが吹き飛び、その身体は突然糸が切れたかのように弛緩させる。

 

「今度は刑務所でお前がしたことを悔い改めろ」

 

 そう吐き捨てながらラテンは右腕を引いた。

 途端、支えるものがなくなったカイザーの体は砂の大地に倒れ込み、その頭の上に〖DEAD〗という文字が表示された。

 

「……終わった」

 

 おそらく数日と経たずに菊岡によってカイザーの足取りは特定され、逮捕されるだろう。そしたら数年間は刑務所暮らしだ。死刑だってあり得る。それほど奴がしでかした罪は重いのだ。

 

「……! そういえばキリトたちは!」

 

 シノンが走っていた方向へ顔を向ければ、すぐにラテンは安堵する。そしてゆっくりと歩を進めて、傷だらけの二人と合流した。

 

「やけに苦戦したみたいだな、キリト」

「お前こそよく無事だったな。えぐい音がこっちまで聞こえてきたぞ」

「まあ、何とかなったわ」

 

 涼しい顔で応えるラテンに、先ほどの音の正体が分かっていたのかシノンは呆れた表情を浮かべる。

 それを見て苦笑しながらキリトは口を開いた。

 

「じゃあ、そろそろ大会の方を終わらせないとな。ギャラリーが怒ってるだろうし」

「あ、そうか。今も中継されてるんだっけな……ってことは今からバトルロイヤル再開か? 俺、即行退場しそうなんだけど」

 

 見れば先ほどのミニガンの爆発の影響か、HPバーレッド領域まで減っておりハンドガン一発でも死にそうなほどしか存在していない。

 キリトとシノンはラテンのHPバーを見た後に顔を見合わせる。その行動が、「最初にラテンを殺ろう」という合図にも思えてきて、ラテンはほんの少し身構える。とはいえ、景品がもらえないのでは優勝にはあまり興味がないのだが。

 

「別にそんな身構えなくていいわよ」

 

 シノンが小さく笑いながら肩をすくめて続ける。

 

「レアケースだけど、北米サーバーの第一回BoBは、二人同時優勝だったんだって。理由は、優勝するはずだった人が油断して、《お土産グレネード》なんていうケチ臭い手に引っかかったから」

「オミヤゲグレネード? それ、何?」

「負けそうな人が、巻き添え狙いで死に際にグレネードを転がすこと」

 

 もしそれが本当の話であったら、勝てそうだったプレイヤーが気の毒だ。しかし、同時優勝判定になっているということは損はなかったはずだ。プライドはどうなっているか知らないが。

 そこまで考えてラテンの頭の中に疑問が浮かび上がる。

 

「あれ、何でその話を今するんだ……?」

「そりゃあ、遊園地のアトラクションでも最初に説明を受けるでしょ? それと同じよ」

「「はい……?」」

 

 ニコッと可愛らしい笑顔と共にシノンはキリトに黒い球体を放り投げる。キリトがそれを反射的に受け取っている隙に、ラテンはシノンに腕を引かれ三人で抱き合う形となった。

 混乱している状態で何とかキリトが受け取ったものを視認すると、黒い球体には四という数字が表示されており、それがすぐさま三になった時点でラテンはすべてを察した。

 

「ちょ、ま……あ――」

 

 ラテンの抵抗も空しく、三人は白い光に包まれた。

 

 試合時間、二時間四分三十七秒。

 第三回バレット・オブ・バレッツ本大会バトルロイヤル、終了。

 リザルト――〖Sinon〗〖Kirito〗及び〖Raten〗同時優勝。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 GGOからログアウトし病室に戻ってきて早々ラテンはキリトのベットの隣にいた人物にぎょっとする。

 

「あ、明日奈?」

「天理君……お帰りなさい」

「え、ああ、ただいま……?」

 

 優しい微笑に流されて返事をしてしまうが、ラテンの脳内には疑問が浮かび上がるだけだった。

 この病院の一室は関係者――つまり天理と和人、ナースの安岐に菊岡ぐらいしか知らないはずだ。和人が彼女に伝えたのならログインする前からこの場にいただろうし、ずっとこの場で天理たちを見守っていてくれた安岐は明日奈と連絡するとは考えられない。残る選択肢は菊岡ぐらいだが――。

 

「……ああ。『クリスハイト』が吐いたのね」

「う、うん。そういうことに、なるのかな?」

 

 目をそらしながら答える明日奈を見てラテンは小さくため息をつく。どうやら彼女の和人に対する愛は生半可なものでは切れないらしい。

 そのやり取りを微笑んでみていた安岐が天理の体に張られた電極を手慣れた手つきで取っていると、突然ベットで横になっていた和人がその身を起こした。

 

「うわっ……びっくりしたな。どうしたんだよ」

「お帰りなさい、和人くん」

 

 各々声をかけるが、和人は天理の言葉はともかく愛しの明日奈の言葉にさえ返事せずにその体勢のまま数秒固まった。

 その様子にその場にいた三人が首をかしげていると、何を思い立ったのか急にその身に張られた電極を力ずくで剥がし始めた。

 

「ちょ、ちょっと、桐ケ谷君……!?」

「すいません! 明日奈も、ごめん……後で説明するから。――天理、一緒に来てくれ!」

「え? あ、ああ」

 

 乱暴にTシャツを着たキリトは、黒いライダージャケットを片手に病室の入口へ走り出す。その後を同じく服を着終えた天理が慌てて追いかけた。

 

「か、和人くん!?」

 

 病室から顔を出した明日奈の驚き声が天理たちの背中に降りかかった。

 

 

 

 

「一体、どうしたんだよ。そんなに慌てて」

「もしかしたら、シノンが危ないかもしれない。お前は警察に連絡してくれ! 住所は――」

 

 病院の駐車場に到着するや否や、和人はガソリン駆動式のバイクのエンジンを稼働させる。天理は和人の後ろにまたがり、その腰に手を当てながらスマホを取り出すと和人はヘルメットもせずにバイクを動かし始めた。

 

「おまっ、ヘルメットは!?」

「しっかり掴まってろ!」

「お、おい……ぎゃああああああ!」

 

 いつぞやのバイク走行を思い出し思わず叫んでしまう天理だっただが、流石にあの世界のバイクほどの速度は出ないためすぐに冷静さを取り戻す。

 片手で110を辛うじて押して、警察に和人が言っていた住所へ来るように連絡するとズボンのポケットにしまい込む。

 

「……で、何でそういう考えに至ったんだ!?」

「シノンが言っていたんだ。彼女が連絡する友達が『お医者さんちの子』だって!」

「それの何が問題なんだよ!」

「それは後で話す! ――もう着くぞ!」

 

 耳を切るような風と共に辛うじて聞こえた和人の言葉で天理は気合を入れ直す。彼がここまで焦るということは、シノンの『お友達』がもしかしたら危険な存在なのかもしれない。下手したら取っ組み合いに発展してしまう可能性だってある。

 あるアパートの前に到着すると、和人はバイクをしっかりと駐車もせずに階段へと走りだす。天理は彼のバイクを駐車するかどうかを迷った挙句、彼についていくことを選んだ。

 一段飛ばしで階段を駆け上がり、数秒遅れて和人が侵入した部屋にたどり着くと、玄関で小柄の少女が驚いた表情でこちらに顔を向けた。

 

「シノンか!?」

「あなた……ラテン?」

 

 GGOの世界と同じように透き通った声の彼女は間違いなくシノンなのだろう。彼女の先では、和人が栗色の髪をした少年と取っ組み合いをしていた。

 

「天理! 彼女を頼む!」

「頼むって……!」

 

 先制攻撃したのか、栗色の髪の少年の鼻からは血が流れているが彼の力が想像以上に強いのか、はたまた見るからに理性を失っているからか、決して和人が優勢とは言えない状況だった。

 助けに入るか、彼の言う通りまずシノンを安全な場所へ連れていくか迷っていると天理の袖が小さく引っ張られる。

 

「あ、あの、新川君は注射器を――!」

「僕の朝田さんに近づくなああああああッ!!」

 

 和人の顔面に新川と呼ばれた少年の左拳がめり込み、鈍い音を立てる。そして、右手から今しがたシノンが言っていた注射器を取り出した。

 

「死ねえええええッ!!」

「キリト――ッ!!」

 

 新川とシノンが叫ぶのはほぼ同時だった。何の躊躇いもなく和人の胸に注射器が差し込まれる。

 ブシュッ、という音と天理が地を蹴ったのはほぼ同時だった。

 

「てめェ!!」

 

 助走の勢いのまま力一杯新川を蹴飛ばすと、奥の一室へ繋がるドアの横の壁に背中を打ち付け新川はそのまま気を失った。

 それを見てすぐに天理とシノンは和人へ駆けよる。

 

「やられた……まさか、あれが……注射器だったなんて……」

「どこ!? どこに打たれたの!?」

 

 シノンは和人のライダージャケットを強引に開くと、黒のTシャツをたくし上げる。その間に天理は119へ電話をかけていた。

 

「ええ、そうです! 友達が注射を打たれて――え?」

 

 和人の現在の症状を確認するためちらりと一瞥した後、もう一度天理は和人の注射器で刺されたであろう箇所を見た。

 直径三センチほどの黒い円形の物体。その表面は先ほどの注射器から放たれた透明な液体によって濡れ、一筋の雫が下方に流れていた。

 天理とシノンは顔を見合わせ、彼女はティッシュボックスから二枚抜き取ってその液体を拭う。

 

「……あっ、はい。お願いします」

 

 先ほどの切迫したトーンとは真逆の声音で電話を切ると、突然和人が呻き声を上げる。

 

「うう……駄目だ……呼吸が……苦しい……」

 

 もう一度、天理とシノンは顔を見合わせる。

 シノンが確認した限り、注射器の液体はすべてこの金属板によって弾かれていた。つまり、和人には薬品による影響がないはずだ。

 

「……ねえ、ちょっと」

「……ちくしょう……咄嗟に遺言なんて……思いつかないぜ……」

「あー……そうだよな。普通は咄嗟に思いつかないよな、遺言なんて。 ……つか、思いつかなくてもいいんだけどな……」

「あとは、頼む……天理」

「あー、うん……」

 

 よろよろと差し出された手をゆっくりと握ってやると、和人はまるで映画の感動的なお別れシーンのような笑みを浮かべた。

 それを見ていたシノンはついに爆発する。

 

「ちょっと! これ、何!」

「……へ?」

 

 そこでようやく自分の身に何も起こっていないことを理解したのか、間抜けな声を共に和人は首を動かした。

 金属円を見て固まった和人の代わりに、彼の言葉を待つシノンに天理は説明する。

 

「……たぶん、心電モニター装置の電極だな。強引に剥がしてたから、外れたんだと思う」

「ひょっとして……注射は、この上に?」

「ああ、そうだな」

 

 天理が答えると、和人は力が抜けたように大きな息を吐いた。

 

「え、なに。心臓が悪いの……?」

「いや、ぜんぜん……。《死銃》対策でつけてもらってたんだ」

「そ、そうなの……」

「まったく……、脅かしてくれるなあ」

「そりゃあ……」

 

 シノンは両手でぎゅっと和人の首を掴むと、締め上げた。

 

「――こっちの台詞よ! し……死んじゃうかと思ったんだからね!!」

「お、落ち着け、シノン! このままじゃ本当に和人が死んじまう……!」

 

 ハッとしたシノンは両手を離すと少し離れた場所でうつぶせに倒れたままの恭二に視線を向ける。

 天理もそちらへ顔を向けながら口を開いた。

 

「拘束しておくか?」

「……ううん」

 

 シノンはそれ以上何も言わなかったため、天理も彼女に従った。

 

「とりあえず……来てくれて、ありがとう」

 

 ぺたんと座り込んだシノンがぽつりと呟いた。

 

「いや……結局何もできなかったし……それに遅くなって悪かった」

「……まあ、大切な友達(・・・・・)を助けるのは当たり前だからな」

 

 和人と天理が笑って見せれば、シノンはこくんと小さく頷いた。

 そこからは誰も喋らず静寂が三人を包み込む。

 やがて外からサイレンの音が聞こえてきて、天理は思い出したかのように口を開いた。

 

「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺の名前は――」

 

 そしうて二日間の《死銃事件》は幕を閉じた。

 

 

 



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