自宅警備隊 (乙女心)
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自宅警備員‐志願兵

ニート(英語: Not in Education, Employment or Training, NEET)とは、就学、就労、職業訓練のいずれも行っていないことを意味する用語である。
つまり無職の事だ。ネットではニートの事を自宅警備隊などと呼ばれているらしいが、全くもって不愉快だ。大人にもなって職に付けないなどありえない。
何故こんな話をしているのかと言うと、先日「職に付かない若者」という題で論文を書かされたからだ。何故こんな事を書かなければいけないのか全くもって疑問である。

俺は今高校三年生だ。自分で言うのもなんだが友人も多く、中三の頃から付き合っている彼女もいる。テニス部の部長で、夏休み前には大きな大会があり、それと同時に引退する。
成績もそれなりにいい。高二から志望している大学も学力的に充分届いている。
 「━━━━君たちの殆どは受験生だ、大学に落ちてそのまま無職なんて事にならないように、今の内から勉強に励んでおくように」
担任のどうでもいい言葉で朝のホームルームは終わった。辺りは喧騒に包まれる。
 「・・・無職ねぇ」
自分が職に付けないイメージが湧かない、数年後にはどこかの会社で働いているとしか思えない。
それより今は夏休み前の大会に向けてテニスの腕を磨く方が重要だ。部長として部員の士気を下げるような事だけはしてはいけない。
春だというのに、窓の外は少し薄暗かった。


部屋に心地の良い筈の日差しが差し込む。しかしどうも眩しくて俺はカーテンを全て閉めた。

時計を見ると14時51分。何曜日かは忘れてしまった。

ベッドから起きて机に向かう、ここ数年全く掃除をしていなかったので足の踏み場がないくらい散らかっているが、気にしない。どうせ踏んで困る様な物は無い。

机に向かう理由、それはパソコンに向かうためだ。電源は切るのがめんどくさく、ここ数日付けっぱなしだ。

背もたれに体重を掛け、PC眼鏡を付ける。髪の毛は数ヶ月切っておらず寝癖が酷い、それどころか身体中が痒い。確かシャワーを浴びたのは二週間くらい前だったか。

勝元巧、27歳、無職。この三語で今の俺の全てが理解されると思う。

結果から言うと俺は大学に落ちた。まず高三の春、長い間共にしてきた彼女に振られた。理由は単純「他に好きな人が出来たから」だそうだ。そこから俺の人生は少しずつ狂っていった。

振られたショックで俺はテニスの練習に身が入らず、夏休み前の大会の予選で負けてしまった。

そのまま何も残せず引退し、当時顧問をしていた先生もとてもショックを受けていた。それもそうだ、これまで育ててきた生徒が最後の大会で不甲斐無い結果を出したんだから。

打ち込める物が無くなり、心の拠り所である彼女も失い、その頃の俺は冷静さを失っていた。何も考えず一心不乱に勉強をしたが、成績はみるみる落ちていき志望校のランクは3つくらい下がってしまった。しかし結果は不合格。

それっきり俺はやる気を無くし、部屋に篭るようになってしまった。

何もかも順調に行っていたあの時期が嘘みたいだ、多かった友人も高校を卒業してから劣等感で一切連絡を取らなくなり、気がつけば一人も仲のいい人はいなくなってしまった。

最近はパソコンに向かってはいるが何一つやることが無く、一日無駄に過ごしては寝て、また無駄に過ごしては寝ての繰り返しになっている。トイレや入浴、食事も最低限にしてなるべく外部と遮断して生活している。

 「・・・ん?なんだこれ・・・」

総合掲示板を眺めていたら、タイムリーな広告を発見し、クリックしてみた。

飛んだ先のページには大きく「自宅警備員募集。無職なら無料」と表示されていた。無職なら無料・・・。

募集要項を見てみると、コスプレ集団のようだ。イメージ画像には戦闘服に身を包み、思い思いの武器で武装した兵士の姿が。そして全員共通してヘルメットに「NEET」と刻まれていた。

最近娯楽に困っていた。こういった集まりに属するのも悪くないかもしれない。早速「入会する」をクリックするとメールアドレス、ハンドルネーム、警備隊IDなどの入力欄が出て来た。全て記入し、利用条約に同意するにチェックを入れる。

「登録する」を押すと、今度は同じようなページに飛び画面中央に大きく「貴方は無職ですか?はい いいえ」と表示された。

 「勿論・・・」

「はい」をクリックすると、ページが再度読み込まれトップページに戻った。・・・本当にこれで登録が完了したのだろうか。完了したところで、何をすればいいのか全くわからない。メールも確認してみたが何も受信されていない。

その時、唐突に窓ガラスが割れた。カーテンが開けられ、外から人が入ってくる音がする。いきなり光が目に入った事により思わず目に手を当ててしまう。

そのまま閉じていたが何も起こらなかったのでゆっくりと目を開けてみると、目の前に先ほどイメージ画像で見たような「武装した兵士」たちが立っていた。各々獲物を手にしている。

 「えっ・・・ちょっと・・・」

 「こいつが新人だな?よし、名前を教えろ」

目の前に立っていた男が後ろの兵士に確認をした後、名前を訪ねた。これで俺が登録をしていない一般人だったらどうするつもりだったのか。

 「ええっと、自宅警備員の方・・・ですか?」

 「そうだ、いいから名前を教えてくれ・・・ん?そうか、お前は勝元巧と言うのだな」

一連で起こったことが急すぎて全くついていけない。自宅警備員とはコスプレ集団の事じゃなかったのか・・・。

 「君が自宅警備員に志願してくれたのだな、あのサイトは24時間体制で事務が登録者の監視をしている。・・・まあ、最近は全く志願者がいなかったんだが・・・」

 「は、はぁ・・・って、自宅警備員ってコスプレ集団じゃないんですか?それにその窓ガラス・・・」

そういえばそうだ、窓ガラスを割られているんだ。どうしてくれるのだろう。

 「元々コスプレをして楽しむ集まりだった。だが今は国からも認められている特殊部隊の様な物だ。一般人には余り馴染みが無いかもな・・・それにこの銃だって本物だぞ?」

 「マジっすか・・・」

確かによく見れば見る程ただのモデルガンには見えない。本物特有のゴツさがあるように見える、実際に見たことがこれが初めてだが。

 「窓ガラスは後ほど弁償しよう。君に罪は無いからな」

 「はぁ・・・」

確かに登録しただけで部屋の窓ガラスが蹴破られるというのはいささか理不尽だ。

 「さて・・・君に一つ問おう」

急に改まり、真剣な顔をこちらに向けてきた。最も、顔の殆どは装備で隠れているのだが。

 「・・・彼女はいるか?」

 「・・・いません」

嫌な事を思い出してしまった。あんなに愛していたのにあいつは・・・。

 「・・・よくやった。我々は君を歓迎しよう。ようこそ自宅警備員へ」

彼が拍手をすると周りの隊員も続けて拍手をし始めた。全員目元はヘルメットやゴーグルやらで隠されているから詳しい表情はわからないが口元は綻んでいた。

なんだかよくわからないが歓迎されているようだ。ただのコスプレ集団だと思っていたが実際はそういうわけでは無いらしい。

久々に自分の表情が動いたような気がした。




※この物語は実際に存在する自宅警備員の方々とは一切関係ありません


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自宅警備員-訓練兵

兵士の装備というのは、見た目より重いらしい。らしいというか実際に重い。
FPSゲームをした事がある人なら、その理由がわかる筈だ。ゲームではマウススクロールや数字キーで装備入れ替えが出来るが、実際はそんなお手軽じゃない。
武器だけでもかなり重量がある上に、防弾チョッキやらポーチやらで攻撃手段が無くてもすごく重い。訓練されていなければ装備しているだけでバテるだろう。



 「はぁ・・・はぁ・・・」

 「おいおい・・・階段を下りるだけでそれは無いだろ・・・」

そして俺は装備しているだけでバテていた。

自宅警備員として迎えられた俺はまず装備の装着方法から教えて貰う事になった。ヘルメットは付けていないが、10年近く部屋に篭っていたせいで日常生活に必要な筋力さえ衰えてしまったようだ。お陰で「戦闘服を着て玄関まで行く」という行為が拷問になっていた。

 「はぁ・・・疲れた・・・」

やっと階段を降りきった。家の階段はかなり急で、今の格好だと注意して降りないと転倒しかねなかった。戦闘服を脱ぎながら、ふと疑問に思ったことを聞いた。

 「ところで、親はどうしたんだ?アンタら勝手に窓から侵入してるけど・・・」

 「それなら問題ない。突入と同時に職員が訪ねて『息子さんの職が決まった、今後は私たちの管理下の寮で生活してもらう』との旨を伝えたら泣いて喜んでいたよ。窓の件はサプライズだから気にしないでくれとも言ってある」

やけに準備がいい。国から認められてるみたいな事を言っていたから細かい対応もこなせているのだろう。

 「そういえば名前を教えていなかったな。俺は自宅警備隊、カンヘル軍第24班指揮官のマト少尉だ。少尉なのに班の指揮官をしているのは・・・ワケありだ。軍と班の間は長くなるから省略するが・・・君は今日からカンヘル軍第24班の一人だ。私の事は隊長と呼んでくれ」

 「・・・はい、隊長」

重さで忘れていたが、今思えばこの男・・・マトは上官なのだ。上下関係が苦手な俺が馴染めるのかとても不安だ。

 「・・・って日本人じゃないんですか!?」

 「ああ、これはそうだな・・・『ハンドルネーム』だ。自宅警備隊では本名で名乗る事は余りないぞ、憶えておけ。確か君のハンドルネームは・・・」

そういってマトは腰につけたポーチから小さな紙を取り、指差しながら確認をした。

 「そうだそうだ、君は『イロハ』だったな。では今から君には我々の管理下の寮に行ってもらい、訓練を受けて貰う。その間君の大好きなパソコンやらゲームやらは一切する事は出来なくなる。それでもいいか?」

 「・・・構いませんよ」

元々暇を潰す為に志願したのだ。それに今のままでは一生部屋に閉じこもったまま死んでいく、悲惨な人生しか思い浮かばない。

 「よし!では向かおう、外にトラックを停めてある。すぐに出発だ」

 

 

 

車から出たとき、まず感じたことは空気の違いだった。何より澄んでいる、深呼吸をすると身体の悪い物が浄化されていくような感覚だった。

そして何より・・・。

 「すごく広いですね」

 「国が関与してるからな・・・自宅警備員に志願した無職達は、まずここに行き、訓練兵となる。ひと月に二度・・・1日と15日に、昇格が懸かる試験が行われる。それに受かり次第正規の自宅警備員になれるというシステムだ」

このシステムなら実力を持つ者はすぐに上位に上がる事ができ、逆に実力の無い者は訓練兵のままという分別ができる。納得出来るが一つ気になることがあった。

 「隊長、何度やっても正規の警備員になれない人は・・・どうなるんですか」

 「なるほど、いい質問だ。2N.E.E.T.あげよう」

N.E.E.T.とは何かの単位なのだろうか。

 「一年だ。訓練兵として過ごせるのは一年のみ。その一年を超えてしまうと、才能無しとして無職へ逆戻りだ」

 「・・・怖いですね」

結果が残せないと一年無駄にしてしまうという事だ。

 「ああ、だがそのまま帰すわけにもいかないだろう?自宅警備隊っていうのは、表立って活動はしないんだ。国民にバレると色々厄介だからな・・・つまり、一年経っても訓練兵を抜け出せなかった奴の記憶から『自宅警備隊』は無かったことになる」

 「・・・はい?」

 「そのままの意味だよ。ちょっと記憶を書き換えるだけだ。痛くないよ」

自宅警備隊には国が関与している。いつか聞いた台詞が脳内を反響していた。

 「さあ、行こうか。こっちだ」

俺は隊長に促され、自衛隊の基地の様な建物へと進んでいった。

 

 

 

基地の中は外と同じように空気が澄んでいて、窓が多く光が多く取り入れられていた。太陽光をこんなに浴びる事は無かったので清々しい気分になる。

隊長についていきある程度進むと、トレーニングルームがあったり、会議室の様な椅子が多く並んだ部屋があったり、地下へと続く階段があったりと、本格的な基地の様だった。

基地の最奥に連れられ、マトがドアのロックを解除していると部屋の前にいる警備員と目が合った。ヘルメットで頭の半分は隠れているが、口元から察すると女性のようだ。体つきもどことなく女性っぽい。

 (自宅警備隊にも女性はいるんだな)

意外に思っていると、部屋に通され、ドアが閉められる。壁一面に本棚が置いてあり、文字通り本に囲まれている部屋だった。光源は天窓から取り入れている様だ。

 「さて・・・ところで今日は何日かわかるか?」

マトが椅子に腰掛け唐突に質問をして来た。促されたので、取り敢えず対面に座っておく。

引きこもってから毎日が休日の様な物だったので、カレンダーを確認するクセが無くなってしまった。今日が何月何日か、何曜日か、全く検討も付かなかった。

 「えー・・・わかりません」

 「未だにここに連れてきた志願兵が今の質問に答えられた事が無いよ」

マトは苦笑しながら言った。おそらくここに来る志願兵全員それぞれ違いはあれど俺と同じような境遇なのだろう。

 「今日は5月10日だ。これが何を意味するかわかるな?」

 「・・・あ」

基地に来て5日後に試験があるなんて急すぎる、何より俺は戦闘服を着ていられる体力すら無いのだ。

 「そう、試験だ。だが5日後の試験で受かる確率なんて0に等しい。次の試験は諦めて、その次の試験で全力を出すんだ」

何ともマイペースである。一年の内にクリア出来なければ記憶が改ざんされると言うのに。

 「そういうものなんですか?」

こういったところなら「常に全力を出しきれ」みたいな事を言われると思っていた。俺は高校で入っていたテニス部もそうだった。そう考えるとこの自宅警備隊は優しい職業だと言えるだろう・・・失敗すれば記憶を弄られるが。

 「イロハに一つ教訓を教えよう、俺たち自宅警備隊は『明日本気出す』というスタイルだ。これ入試に出るから憶えておけよ」

なるほど、確かに自宅警備隊らしいといえばらしい。ここの人間は潜在的にその意識が無いとやっていけないのだろう。

と、その時ドアがノックされ、「伝令です!」と告げる声がした。マトが「入れ」と言うと、軽装の男が急いで部屋に入ってきた。

 「緊急です!基地に五月病が蔓延し始めました!す、既に十名程感染し、ワクチンが無ければ全員に感染する程の力を持っています!至急指示を!」

 「五月病だと・・・!」

五月病と言えば、新人や新入生が新しい環境に適応できないことが原因によって起こるうつ病の一種だ。症状としては無気力、不安感、焦りなどの精神的な物なのだが、感染とは一体・・・。

 「至急本部にヘリを飛ばせろ、基地に残っているワクチンはパイロットに服用しろよ、あとは間違っても感染者を隔離部屋から出すな!」

 「御意!」

何がなんだか解からない内にマトは素早く指示をし、伝令を動かした。流石指揮官だ・・・と呑気に関心してる暇はあまりないようだが・・・。

 「おい、イロハ。任務だ」

記念すべき初任務が緊急とはつくづくついてない。だが、これまでには無い、自分自身のやる気を感じた。




※この物語は実際に存在する自宅警備員の方々とは一切関係ありません


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自宅警備員-衛生兵

五月病(ごがつびょう)とは、新人社員や大学の新入生などに見られる、新しい環境に適応できないことに起因する精神的な症状の総称である。
うつ病の一種とも言えるだろう。主な症状は抑うつ、無気力、不安感、焦りなどが特徴的な症状である。主訴には、不眠、疲労感、食欲不振、やる気が出ない、人との関わりが億劫などが多い。
一般的な対処法は気分転換を行ったり、ストレスをためないようにする等の心がけが必要だ。
しかしここでの「五月病」は一般的な五月病とは症状も主訴も違う。つまり対処法も違うということだ。


書斎部屋を入るときは人影が全くなかったというのに廊下には訓練兵や教官らしき人たちが走り回っていた。いや、駆け回っていたと表現すべきか。

基地内は慌ただしく、非常事態を体現しているような状態だった。「五月病」がどれほど由々しき事態なのかが伺える。俺は先ほどマトに指示された事を一つ一つ思い出した。

 ―「廊下に出たら真っ直ぐ行って突き当たりで右に曲がれ。また真っ直ぐ進むと左側に階段があるから、そこを降れ。その先にいる兵士から指示を仰げ。いいな?」

廊下を真っ直ぐだが、多くの人々が行き交い直進だけでもかなり時間が掛かりそうだった。駆け回る兵士達を避けながら階段へと進む。10年近く無職だったがやり込んでいたSTGのお陰か避ける動きは抜群だった。

 「君が隊長の言っていた新入りだな?こっちに来るんだ!」

階段を降りると鉄でできた重厚な扉があり、前に立っていた男が声を掛ける。ヘルメットを装着しておらず、顔が伺えた。体付きや顔つきから20代前半くらいの若い男だ。髪の毛は短くかられており、シャープな顔立ちをしている。

言われるまま部屋に入ると、今度は壁の上半分が一面ガラスの部屋があった、だが相変わらず扉は鉄製で、部屋の中には苦しそうな表情を浮かべた男たちが硬そうなベッドに横たわっていた。扉に一番近いベッドで寝ている男は額に脂汗を浮かべている。

 「これが五月病・・・ですか」

イメージとは全く違う。そもそも俺が知ってる五月病とは症状も違う。

 「細かいことは後だ。俺はお前と同じ24班のツクモだ。お前さんが今日訓練兵への入団って事で歓迎会でもしてやろうと思ってたんだが・・・ちょっとそういうわけにも行かないな」

ツクモは苦虫を磨り潰したような顔で部屋の様子を見ている。五月病が兵士達の天敵である事が伺えた。

 「俺は隊長から言われてここに来ました。何をすればいいんですか?」

 「・・・なるほどね、優秀な兵士になるぞ、お前は」

ごく普通な事を言ったつもりだが何か評価されるような事があったのだろうか。しかし今はこの非常事態をどうにかするのが先だ。

 「お前、人と話すのは好きか?」

一体この質問が何を意味しているのか、さっぱりわからなかった。しかし人とコミュニケーションを取るのは好きな方だ。今でさえこんな堕落しているが俗に言う「リア充」だった時期もある。

 「好きですよ、上手いかと聞かれると少し自信ないですが・・・」

 「よし、上出来だ。早速この防護服を着て中に入ってくれ」

ツクモは青い、ゾンビゲームなどで馴染みが深い感染症などから身を守る防護服を籠から出すと俺に差し出した。どうやら命が掛かってくる様だ。

 

 

 

数分後、俺は無線を付け防護服を身に纏い、ツクモがいる部屋と隔離部屋をつなぐエアシャワー室の中にいた。

 『あーあー、聞こえるか?』

 「聞こえてますよ」

耳に入ってくる無線に応答する。マイクの位置が少し下がっていたので声を拾いやすい位置へと直す。

 『よし、いいな。今からお前は患者一人一人に接触して「嫁は誰か」聞いてくるんだ。きちんと確認しろよ、間違えたらそいつは助からないと思え』

嫁というと、実際の嫁なのか、溺愛しているキャラクターの事なのかがはっきりしないが、薄っぺらく言うとニートの集まりなのだ。きっと後者だろう。

 『ではエアシャワーを始動する、ドアが開いたら速やかに潜入せよ』

 「はい」

返事をすると上方向から風圧が感じられた。一瞬視界が曇る。が、その後すぐに晴れてドアが開く。指示通り素早く部屋に潜入し、先ほどガラス越しに見た一番近い患者へと近寄り声を掛けた。

 「おい、息はあるか?俺の質問に答えられるか?」

 「う・・・うう・・・助け・・・」

男は辛うじて意識は失っていないが、見ているだけでこちらも苦しくなるような表情を浮かべていた。

 「大丈夫だ、すぐに助かる。お前の嫁を教えてくれ」

ツクモにされた指示通り男に嫁を尋ねる。男は苦しそうに息をし、途切れながらも受け応えてくれた。

 「俺の・・・嫁・・・は・・・黒猫・・・異論・・・グハッ・・・」

 「黒猫?お前の嫁は黒猫と言うんだな、もう喋るな、楽にするんだ」

 『あー、黒猫だな?その黒猫はきっとあの黒猫だな。では次に移ってくれ』

その後も黒猫の彼含め他の患者11名それぞれの嫁を聞き、それぞれ正確にツクモへと伝えた。中には最近流行っている児童向けゲームのキャラの幽霊と答える猛者もいた。

 『よし、任務は完了だ。すぐに戻ってこい、次の任務がある』

ドアへと戻り、洗浄を受けた後防護服の頭部分を取り汗を拭った。幾ら五月とはいえ防護服でウロウロしていたので流石にこもって暑い。

 「ご苦労だった、これで彼らは助かる。さて、何故嫁を聞いたかというとだな・・・」

ツクモの説明では、本部から支給されるワクチンでは不十分だと言う。しかしワクチン摂取時にほんの少しでも自分の愛するキャラクターの要素があると生存率がグッと上がるそうだ。流石自宅警備員といったところか。

と、説明が終わると同時にドアが開き、オレンジ色のつなぎを来た男がスーツケースの様な箱を抱えて入室して来た。

 「ワクチンです!急いで投与してくださいとの事です!」

つなぎの男は早口でそう告げると急いで部屋を出て行った。まだまだ仕事が山積みなのだろう。

 「さて、これで奴らは助かるな。イロハ・・・だったよな?申し訳ないが投与はちょっと骨が折れるからな・・・俺がやるとしよう。あ、洗浄よろしくね。そこのスイッチ」

ツクモは立ち上がると手早く防護服を身に付けスーツケースを持ちエアシャワー室に入っていった。なんともノリが軽い男だ、五月病は命が掛かっているのか少し疑問に思えてくる。

彼は洗浄されると一人一人患者にワクチンを投与していった。その際、患者の耳にイヤホンを付けて何かを聞かせたり、ワクチンに何かを混ぜたりと、全く意味が解からない行為をしながらワクチンを投与していった。

 

 

 

 「・・・と、言う訳で緊急事態も去った事だし新兵の参加を祝って・・・乾杯!」

マトが杯を掲げると兵士たちはそれにならい「乾杯!」とそれぞれ杯を掲げていた。テーブルには酒のつまみになりそうな居酒屋メニューが並べられている。

 「いやいや、助かったよイロハ。奴ら俺にやけにビビっててなー、嫁誰って聞くと無難な奴選ぶんだよ。お前がいなければ奴らは死んでただろうよ」

ツクモが唐揚げを食べながら俺の肩を叩く。一応ツクモも上官って事なんだろう、階級は知らないが。

宴会会場をそれとなく見渡すと、一人の男がこちらに近づいてくるのに気が付いた。何事かと思っていると、男は俺の隣に腰を掛けた。

 「よう、お前がイロハだな?お手柄だったな、この宴会は歓迎会って事になってるがお前の業績を称える宴会でもあるんだぜ」

隣に座るなり男は饒舌に喋った。年齢は30代といったところか。顔には熟練兵士のそれが浮かんでおり、一目見ただけで「頼れる兄貴」を連想させる。

 「そうだ、そうだ。自己紹介だよな。俺はテミスだ、お前と同じ24班だぞ、お前が訓練兵を卒業できる日が来た時、任務を共に出来る日を楽しみにしてるぞ」

 「テミスさん・・・ん、神様の名前ですか?」

たしかテミスは法、掟にまつわる神だった記憶がある。記憶が正しければギリシア神話に登場する神の名前だ。

その事について尋ねるとテミスは少し驚いたような、感心したような表情をこちらへ向けた。

 「詳しいんだな、だけどこれは俺がつけた名前じゃないからな、そこだけは知っておけよ」

 「はぁ・・・」

誰が何とつけようと別に勝手だとは思うが彼なりのプライドがあるのだろう。

 「明日以降の詳しい訓練内容はまた教官から教えられるだろう、それより今日は呑もう。イロハも呑めよ?」

 「そうだ、そうだ。というか俺たち明日も任務じゃないのか?」

まあ細かいことはいいだろう、というふうに二人は笑い合う。24班はかなり熟練の兵士の集まりなのだろう。自分もこの班の一員だと思うと身が引き締まる。

明日以降、どんな訓練が待ち受けているのか。果たして卒業できるのか。しかし今は二人にならって呑もう、訓練は明日本気出せばいいのだ。




※この物語は実際に存在する自宅警備員の方々とは一切関係ありません


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自宅警備隊-伝達兵

自宅警備隊訓練基地では、自宅警備員に志願する訓練兵達が日々鍛錬する場として国から提供された場所だ。立地条件は非常に良く、空気が澄んでいる上に眺めも良く、銃声等が響いても問題がない辺境に作られている。日本にこんな場所があったのかと疑うほどの自然豊かな土地だ。


目が覚めると見知らぬ天井だった。

・・・と、一瞬思いかけたがここは訓練基地の宿泊棟だ。ここの寮は何人かでまとまって一部屋なのだが、まだ準備が整っていないらしく物置の小さなスペースに寝袋を置かれ「どうぞごゆっくり」という風にツクモに促された。

若干二日酔いがする、ちなみにこの部屋には窓が無いため空気を入れ替えることもままならない。昨日入団した訓練兵だという事は重々承知しているがこれほどまでに寝床の扱いが酷いとは思わなかった。

頭を抑えているとドアがノックされた。一応「どうぞ」と促すと数センチドアが開き間からテミスが顔を出した。

 「起きたな、ピッタリだ。これはここでの制服みたいなもんだ、基地では必ず着ていてくれ。着たら昨日宴会をした大広間に来てくれ、これから朝礼というか、朝の集会がある」

そう言うとテミスは黒いつなぎの様な物を投げ込みドアを閉めていった。シンプルなデザインだが右肩に「N.E.E.T.」と刻まれており、胸元には「訓練兵 イロハ」と書かれていた。なかなか格好良いデザインだ。

寝袋から出て着替えると、それなりに着心地が良かった。寝袋は一応畳んでおき、近くに着ていた服も置いておいた。とにかく今は集会に行かなくては。

 

 

 

大広間に行くと大半の訓練兵が並んで集会が始まるのを待っていた。寝癖を整えながら近くにあった列の最後尾に並んでおく。この髪の毛もそろそろ切らないと邪魔で訓練に集中できないだろう。

列に並び待っていると、一番前にマトが立った。ここではマトが一番階級が高いという事だろう。確か少尉だった気がする。

 「訓練兵諸君、今朝の調子はどうだ。いつもなら基地長のイナ軍曹が朝礼を行うのだが、彼女は特殊な任務に抜擢された為この地域を管理している私が集会を行う」

なるほど、ここはマトが管理しているわけでは無いようだ。それにしても「彼女」という事はここの基地長は女性なのだろう、女性も割と自宅警備員に志願しているのかもしれない。

 「四日後には昇格試験があるが、いつもどおり訓練に励んでくれ。次の試験がダメでもまた次があるので危機感を持つ必要はない」

思わず「それでいいのかよ」と脳内で突っ込んでしまう。確かに次があるという心構えが必要だと言っていたが次で記憶を消される人がいるかもしれないのに。

マトはその後細かい日程やら注意事項やらを簡潔に話していった。中学や高校の校長の話はやけに長い上に学生にとっては「わかってるよ」と言いたくなるような事をループして話すから聞いているだけで疲れるのだが、マトは要点だけをかいつまんで聞き手が理解しやすいように話している。

更にぶっきらぼうな口調なのだが上から目線に感じない。流石隊長だな、と関心してしまう。部下の士気が戦況に関わる仕事故、そういった能力も必要なのだろう、見習わなくては。

 「話は以上だ。この後訓練班の班長はミューティングがあるから前に集まるように、解散」

それと同時に訓練兵はダルそうに出口へと向かっていった。目を見てみると眠そうだったりギラついていたりするが、無気力では無い。全員ちゃんと「やる気」を持っているようだ。

しかし班とは何なのだろうか。何も聞かされていない為今後の訓練に支障が出そうだ。マトに聞きたいところだが、彼は生憎ミューティングを既に行っている。

 「おーい、そこの君!」

どうしようか、と思案していると後ろから声が掛けられた。そこには昨日書斎の前にいた女性兵士が立っていた。昨日はヘルメットをつけていたが、今は付けてない。

年齢は20代前半くらいだろうか、肩に掛からない程度長さの髪、思わず触りたくなるように艶がある髪質、パッチリとした目と人が善さそうな目元、かなりの美人だ。俗に言うボーイッシュと言う種類の可愛さだろう。

顔の特徴を吟味していると、何も言わない俺を変に思ったのか、再び声を掛けてきた。

 「君って、昨日入ってきた人だよね?昨日の宴会で班長が新しいメンバーが増えるって言ってたからさ、君なんじゃないかなーって思って声掛けたんだ。メガネの彼が班長」

そういって彼女はミューティング中の訓練兵の中の眼鏡を掛けた男を指差した。なるほど、となるとこの娘は同じ訓練班という事か。

 「なるほど、俺は何も聞かされてないんだけど同じ班って事かな。俺はイロハって名前だよ、これからよろしく」

 「よろしくね、イロハくん。私はコウジンって言うの、憶えてくれたら嬉しいな」

コウジン、コウジン・・・。こんな美人に憶えて、と言われたら憶える他ない。コウジンはミューティングが終わったのを見ると「じゃあねー」と手を小さく振りながら戻って行ってしまった。何か不都合でもあるのだろうか。

 「おはよう、イロハ。どうだ調子は」

マトに細かい事を聞こうと思っていたら向こうから声を掛けてくれた。質問には取り敢えず「好調です」とだけ言っておいた。

 「ところで隊長、俺って訓練班だと誰の班になるんですか?」

質問をするとマトは「忘れてた」という顔を一瞬してすぐにメモ帳を取り出した。

 「あー、お前は第6班だな。お前と班員の部屋割りはこんな感じだ」

そういってマトは簡易的に宿泊棟の地図を描いてメンバーの部屋と自分の配属先の部屋に○をつけてくれた。どうやらここの部屋のシステムは三人部屋でなるべく班員と同じになるようになっているらしい。○がされた部屋番号を必死に憶えようとしていると笑いながら地図が描かれたメモを切り取って渡してくれた。

 「現在時刻は8時10分だ。訓練開始は8時30分からだから、それまでに同じ部屋の者や同じ班の者に挨拶を済ませておけよ、ここの訓練は協力しなくてはならない物も多いからな。詳しい訓練内容は部屋員に聞いてくれ」

その後マトは大まかな予定表を渡してくれた。何から何まで気が回る男と言うか、如何にも好かれそうな上司だ。マトの班に配属されて良かったと心から思う。

 「それじゃあ俺はこれで。このあと重要な任務があるからな。おい、ツクモ、テミス、はよ行くぞ」

出口付近で待機していた二人はマトに名前を呼ばれると背伸びや欠伸をしながらマトのあとに続いていった。重要な任務に向かうと言っていたが緊張感がまるでないと心から思う。

そうこうしている内に広間に人がいなくなってしまった。訓練が始まるまえに全員に挨拶をして来ようと急ぎ足で宿泊棟へと向かった。

 

 

 

地図に書かれた番号と確認をして、ドアを二回ノックする。前どこかで二回ノックはトイレにするノック限定だから普段使うのは失礼だと聞いた事があるが、結局のところ二回ノックを使っている。

 「はいはい?」

中からミューティングで見た、メガネで細身の男が出て来た。男は俺を見るなり「すげぇ髪・・・」と小声で呟いていた。俺もそろそろ切りたいところである。

 「昨日訓練兵に入ったイロハって言うんだけど、この部屋が俺の生活部屋って聞いたから」

 「ああ、なるほど!アンタか!どうぞ入って入って」

男はドアを開けるとどうぞと促した。部屋は一般的なマンションの様な間取りだが、やはり小さい。生活部屋と言うより寝るためだけの部屋だろう。

 「・・・なるほどね」

だが、何より散らかっている。自分の部屋より遥かにマシだが何に使うのかいまいち解からない荷物だったり、Tシャツが床に張り付いていたり、何かの書類が散らばっていたりとかなり汚れていた。

 「片付けておけば良かったなー今日訓練終わったら片付けるよ」

二段ベッドが一つと同じ大きさのベッドが一つ隣に並んでいた。二段ベッドの方は使われている形跡があったため、きっとシングルの方を使うのだろう。

ベッドの反対側には机があり、一応仕切りがあったり電気スタンドがあったりと何か勉強したりするのに快適な環境に見えるのだが、いかんせん汚い。机の表面がどんな見た目なのか判別できないくらい物が乗っている。

その間のスペースには丸い机が置いてあり、座るスペースを中心に物が退けてあった。自分が生活する場所は綺麗にすると言う典型的な汚部屋のパターンである、実際俺もPC周りはこまめに掃除をしていた。

 「おい、起きろトト。新入りが来たぞ」

トトと呼ばれた男はその机に突っ伏して寝ている。座っているのでよくわからないが少しふくよかな体型の様だ。

 「うん・・・うん?うお、ビックリした・・・って、お前か!昨日入ったって奴は!」

トトは目を覚ますとこちらを指差し騒ぎ立てた。短髪で、少し顔がふっくらしているが中々ハンサムだ。

 「だからさっき言うたやないか・・・って、自己紹介してなかったな。俺はシニクスだ、そっちのデブはトト」

 「デブ言うな」

漫才でも見ているかのようなテンポの良さだ。思わず吹き出してしまう。

 「お前も笑うなって!えーっと、イロハだったよな。一応俺ら三人は同じ班だ、これからよろしくな!」

 「よろしくなー、一応俺班長だよ」

そういえばシニクスは班長だった。トトが手を差し出して来たのできっちりと握手を交わし、シニクスとも握手をする。

 「お前違う班員に挨拶したか?」

 「いや、これからするところだ。まず自分の部屋に行った方がいいかと思って」

そう伝えるとシニクスは指を鳴らし「思いついた」といった表情でこちらを指差した。

 「それなら俺が付いて行ってやるよ、ついでに班員に伝える事もあるからな」

いきなり初対面の人に会うのは少しハードルが高いかもしれないが、班長が同行するとなれば心強い。シニクスにその役割を頼む事にした。

 「そうか、アレだな。その間俺は部屋を片付けといてやるよ」

そう言うとトトは早速慣れた手つきで片付けをし始めた。出来るのにしないと言うのが俺たち無職の思考回路なのだろう。

 「それじゃあ行こうか、モタモタしてると訓練始まっちまうしな」

マト程では無いにしろこのシニクスと言う男もかなり「引っ張り役」が上手い。出世するな、と心の中で思った。

 

 

 

この基地の訓練班は大体一班7人程度だと言う。シニクスの班も7人という事で、つまり俺、シニクス、トト、コウジンで四人。あと三人だ。

 「そうか、コウジンはもうお前と挨拶したんだな・・・。まあどっちにしろ2、2で分かれてるからまた会うことになる、準備しておけよ」

またコウジンに会える、と思うと少し心が浮ついた。あんな美人早々出会えない筈である。

二部屋目は部屋から角を曲がってすぐだった。ちなみにシニクスの部屋は訓練棟と宿泊棟を繋ぐ渡り廊下を真っ直ぐ進んだ一番奥だ。トイレも一番近い。

ドアをノックすると中から天然パーマの男が顔を出した。180は優に超えるであろう高身長だった。

 「・・・ん?シニクス?」

彼はシニクスと俺の顔を交互に見てハテナマークと言った顔をしている。何も聞かされていないのだろうか。

 「こいつは新兵のイロハだ。んで、この天然パーマはダース。ちょっとラミ呼んできて」

 「ああ!昨日言ってた奴かー、ちょっと待ってろ」

そういってダースは引っ込んでしまった。天然パーマの彼がダース、これから来るのがラミ・・・。覚える人物が多すぎて混乱しそうだ。

混乱が表情に出ていたのか、シニクスが肩を叩いてきた。

 「最初は覚えるのしんどいよな、俺は一ヶ月くらい掛かった」

流石に一ヶ月は掛かり過ぎじゃないだろうか。一見なんでもこなせそうな雰囲気だが意外である。・・・いや、なんでもこなせたらここにいないだろう。

 「はいよ、来たよ・・・おー、お前がイロハか。俺はラミだ、よろしくな」

部屋から出てくるなりラミは唐突に握手をしてきた。髪の毛が長く後ろで縛っているようだ。想像よりも整った顔立ちをしている。

 「はいはい、じゃあ二人にはこれね。次の試験終わったら清掃場所変わるから確認しとけよ」

そういってシニクスは綺麗なプリントを一枚出して二人に渡した。基地では清掃というシステムがあるらしく、訓練後使われた場所は決まった班が掃除するそうだ。これを聞いたときまるで学校の様だな、と思ってしまった。

 「ん、おっけー、じゃあなーこの後の訓練でな」

二人は部屋へと戻っていった。俺も他の班員と一緒に訓練を受けるのだろうか、後でシニクスに確認しよう。

 「さて・・・あと二人だな・・・」

シニクスは辛そうな表情をしている。

 「後の二人は何か問題でもあるのか?」

 「ああ、閻魔様だと思って接すると楽だぞ」

一体どう言う事なのだろうか。閻魔様と接した事が無いからわからない。移動しながら考えていたが見当も付かない。これから挨拶に行く二人の内一人はコウジンなのだ。という事は後の一人が問題と言う事だろう。

そうこうしている内に部屋へと着いた。ここは数少ない女子部屋で、ここ付近では異質な空気が感じ取れる。

ドアをノックしたが、全く物音がしない。というか気配がない。何か用事があったりして留守なのだろうか。

 「なあ、留守―」

シニクスに留守では無いのか?と問おうとした時、ドアが物凄い音を立てて開いた。俺は位置的に当たる場所では無かったのだがシニクスは間一髪、後ろに仰け反って避けた様だ。

 「はい、どなた?」

中からコウジンが出て来た。相変わらずの美貌である。コウジンは俺を見ると「あっイロハくんだ」と小さく声を上げた。

シニクスは小声で「お前が話を進めろ」と囁いていたので、先ほどと同じように挨拶をする事にした。

 「コウジンはさっき挨拶したけど、この部屋にいるもう一人の班員とはまだ挨拶してなかったからさ、呼んできて貰えないかな?」

 「ああ、そうだったね。ちょっと待っててね」

そう言うとコウジンは扉を閉めた。一体何が閻魔様だと言うのだろうか。

 「シニクス、閻魔様ってどう言う事だ?」

 「奴ら、自分の部屋で何か怪しい事をしているんだ。教官も目を瞑っている。少しでも部屋に入ろうとしたり、覗こうとすると首が飛ぶからな、コウジンは今お前を油断させようとしているだけだから、気を抜くなよ」

なんということだ、あんな美人がそんな顔を持っていたなんて。確かにコウジンは漢字で書くと荒神だしハマっているといえばハマっている。シニクスの言葉を信じるなら警戒するに越したことは無い。

さっきまで浮ついていた心が一気に地面までめり込んだ気分だ。と、ドアがさっきと同じように物凄い音を立てて開いた。ここの訓練生の女性は「静かにドアを開ける」という動作ができないのだろうか。

 「君がイロハだね?私はムスビ。これからよろしくね。それじゃ」

肩くらいまでの艶のある黒髪が特徴的な、少し身長が小さい女性がドアから顔を出して簡潔に自己紹介をした。そしてすぐにドアを閉めようとしたのでシニクスが急いで「ちょっと待った!」と呼び止める。ムスビはこの世のものとは思えないほどの形相でシニクスを睨んだ。

そんな視線にもシニクスは負けずに先ほどと同じ連絡をし、紙を手渡した。ムスビはひったくるように紙を受け取ると今度こそドアを閉めた。なんというか全体的にガサツだ。

そんな光景を傍から見ていたらシニクスが「・・・大変だろ?」という風な眼差しを向けてきた。ここの女子は少し個性的なのかもしれない。

トト、シニクス、ダース、ラミ、コウジン、ムスビ。同じ班と限定されているだけなのに覚える人物がかなり多い。廊下の時計を見ると8時23分を指していた。もう7分で訓練が始まる。

これから初訓練だ。気を引き締めなければならない。そんな心持ちで部屋へと歩いて行った。




※この物語は実際に存在する自宅警備員の方々とは一切関係ありません


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