英雄伝説閃の軌跡 白銀の羅刹 (天神神楽)
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皇族との歓談

ハイスクールD×Dに続き、懲りずに投稿。
こちらは特に遅いかも。見切り発車。


エレボニア帝国帝都ヘイムダルの中心にそびえるバルフレイム宮。その一室で、極秘裏に訪れた人物ユースティア・カイエン、放蕩皇子オリヴァルトと紅茶を飲んでいた。

「いやー、君のメイドさんの淹れるお茶は美味しいね。わざわざ二人呼んだ甲斐があったよ」

「でしょう? ノアの淹れるお茶は絶品ですからね。ノア、おかわりいただけるかい?」

「はい。殿下もいかがですか?」

「もちろんいただくよ。なんせ、当分飲めなくなるからね」

メイドのノアがお茶を淹れに奥に下がると、本題を話し始める。

「さて、遅くなったが、入学おめでとう。君がトールズに来てくれたこと、嬉しく思う」

「ありがとうございます、理事長。随分無理を言ったのに、押し通してくれてありがとうございます。特にオヤジ関連で」

「ははは、あれは大変だったなぁ。父上がいなかったら無理だったよ」

「それは、本当にご迷惑を。後日必ずお礼を言いに参ります」

「なに、神童と名高いユースティア君のためだ。父上も張り切っていたよ。いや、一番張り切っていたのは母上だったかな。そうだ、母上には会ったのかい?」

「いえ。今日はまだ」

「ならばお茶を飲んだらいこうではないか。おそらく、可愛い妹が頬を膨らませて待っているだろうからね」

ちょうどよいタイミングでノアがお茶を持ってくる。それを楽しみつつ、少し急いで飲み終えると、オリヴァルトとユースティアは王妃の私室に向かう。

「母上、我が妹の思い人をお連れしました」

オリヴァルトの言葉に、部屋の中から可愛らしい悲鳴が。それを気にせずオリヴァルトが扉を開くと、部屋の中にはほほえましそうに娘を見つめる王妃プリシラと顔を真っ赤にさせるアルフィンが二人のことを待っていた。

そんな二人に、ユースティアは恭しく頭を下げる。

「お久しぶりです王妃殿下、そして可愛らしい姫様」

「そ、その言い方はやめて下さいと言っているではないですか!」

「あら、あんなにニコニコしていたのに、そんなことを言って。素直じゃないわねアルフィン」

「お母様!」

ユースティアに続きプリシラにもからかわれ、慌てるアルフィン。三人に笑われ、ふくれっ面になる。

「ははは、ごめんなアルフィン。でも可愛らしいのは本当だよ?」

「そういう所を直していただきたいのです!」

「まぁまぁ、今日はせっかく来てくれたのですから。あなたのメイドの美味しいお茶を楽しみましょう?」

王妃にも認められているノアは、恐縮しつつも、先程よりも美味しいお茶を各人に振舞う。その味に、プリシラはもちろん、アルフィンも惚れ惚れとしていた。

「この味もしばらく味わえないと思うと、あなたの入学を止めてしまいたくなりますわ」

「それはご勘弁を。それより、私の入学の件、ご尽力していただき、ありがとうございました」

「私の可愛い息子の珍しいお願いです。張り切らないわけにはいけませんわ」

そういうプリシラは妙に得意げであった。

「それにしてもお兄様が士官学院に行くとは思いませんでしたわ」

カイエン公の次男であるユースティアは、帝都の名門学園に通うと思われていた。しかし、直前となり、トールズ士官学院に入学すると言ったのである。

「随分無理を言ったけど、色々殿下が面白そうなことを企んでいるようだったので。制服もかっこよかったですしね」

ちらりとオリヴァルトの方を見ると、わざとらしく肩をすくめた。

「そういえば、あなたの制服姿をまだ見ていませんでしたね。よければ見せてくれませんか?」

「もちろん。ノア、持ってきているよな?」

「はい。すぐに準備いたしますわ」

ノアと共に着替えに下がるユースティア。数分して戻ってきたユースティアは深紅の制服に着替えていた。

「お似合いですわ! まるで、お兄様のために設えたようです!」

「ありがとうアルフィン」

「本当に似合っていますね。ふふふ、学院に行ったら引く手数多ね」

プリシラがそう言うと、アルフィンがジト目でユースティアのことを睨み付ける。そんなアルフィンに対して両手を挙げる。

「そうなることも魅力的ではあるけど、アルフィン以上の可愛い子がいるとは思えないけど」

「そ、そういうことをいうから信用出来ないのです! 社交界ではいつも誘われているではないですか!」

血筋や家々の関係以上に、容姿が整っているユースティアはオリヴァルトに並ぶほどに貴族の令嬢たちに人気者である。

「彼女たちにも色々ありますから、ダンスくらいはしますけど、それ以上のことはお断りです。彼女たちに愛されるよりも、アルフィンが傍にいてくれる方が何百倍も嬉しいしね」

ユースティアの歯の浮くような言葉に、こんどこそアルフィンは撃沈。今まで以上に顔を赤くさせ、ユースティアから顔を逸らして紅茶を飲むことにした。

「あまり娘をいじめないであげないで下さいな。それより、長く引き留めてしまい、すみませんでしたね。明日入学式なのでしょう? 準備は終わっているのですか?」

ふがいない娘に助け船を出すプリシラ。

「大きなものは既に。あとは細々としたものだけです」

「でしたら、そろそろ解散といたしましょうか」

「心遣いありがとうございます。アルフィン、手紙書くから、お返事楽しみにしてるよ」

「私も楽しみにしています。たまにはこちらにも帰って下さいね」

「落ち着いたら必ず。ではこれにて失礼いたします」

もう一度礼をして部屋から出るユースティアとオリヴァルト。

「いやいや、我が妹は君には形無しだね」

「姫様が三歳の頃からの付き合いですしね。気安く接してくれるのは私も嬉しいですよ」

「君くらいだからね、気安く接することの出来る男性は。全く罪作りな男だ」

軽口を躱す二人だが、片や皇族、片や名門貴族。更には社交界の人気を二分する二人である。二人は通りかかる人全員に注目されていた。

やがて城門近くにたどり着くと、オリヴァルトともお別れである。

「さて、これから君も忙しくなるだろう。だが、それもまた学生の楽しみだ。何が起こるかは分からないが、存分に楽しみたまえ」

「はい。殿下もお体には気をつけて。それと、ミュラーさんにあまり迷惑をかけないように」

「ははっ、それは約束できないな。ではまた」

そうして、ユースティアは用意されていた導力車に乗り、宮殿を後にする。

「おつかれ、ノア。明日からも頼むな」

「いえ、こちらこそ。第一寮ではありませんが、御用がありましたらいつでもお呼び下さい」

「あぁ、頼りにしてるよ」

ヘイムダルの屋敷につき、翌日の用意を終えると、すぐにすぐ眠りについたのであった。

 

 

 




何かあれば、ご指摘お願いいたします。


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入学初日

対マキアスNIGHTMARE


入学式当日。ユースティアは少し早めに学院に来て、旧校舎を訪れていた。

「ユースティア様、ここは?」

「ドライケルス帝縁の建物でな。何かがあるらしい。出入りの魔女さんから教えてもらったんだ」

ユースティアの言葉にノアは首を傾げたが、ユースティアはそれ以上何かを語ることなく、戻ろうかと言う。

講堂に入ると新入生が集まっていた。空いている席、そして少ない紅い制服を着た女子生徒のとなりに向かう。

「隣いいかな?」

「む? もちろんだ。同じ紅い制服ということだし、これも縁ということだろうしな」

「ありがとう。君はアルゼイド家の人だったかな。間違っていたら申し訳ないけど」

ユースティアが言うと、その女子生徒は驚いたように目を見開く。

「たしかにその通りだが、その、すまないが初対面ではなかったか?」

「あぁ。でも、話には聞いていたから。俺はユースティア・カイエン。師匠がそちらにお世話になっていたようで、師匠から話を聞いてたの」

ユースティアの家名を聞き驚いたようだったが、同時に得心したようであった。

「なるほど。つまり、師匠、オーレリア将軍か」

「そういうこと。家のことは気にしないでいてくれると嬉しいかな」

「分かった。私はラウラ・アルゼイドだ。よろしく頼む、ユースティア」

座りながら握手を躱す二人。

やがて式も終わり、各員クラスに行くよう指示されるが、ラウラ同様ユースティアもそのような指示は受けていない。何事かと待機していると、一人の女性教官が紅い制服の生徒達に集合をかける。

「オリエンテーション?」

事前に伝えられていないオリエンテーション。首を傾げつつも、ラウラと共にその女性教官に着いていくと、連れられた場所は朝に来た旧校舎。思いがけず入ることが出来たことに、内心驚いたユースティアであった。

旧校舎の中に入り、先導していた教官がステージ上に登る。

「さて、サラ・ヴァレスタインよ。今日から貴女たちⅦ組の担任を務めるわ。よろしくね」

愛嬌な挨拶をするサラ。ユースティアは年上の女性の愛嬌ある仕草に眼福と思っていたが、他の生徒達はそうではないようで。

「な、Ⅶ組!?」

緑髪の少年は存在しないはずのクラスに、声を上げていた。それは他の性とも同様で、駄眼鏡の三つ編み少女が恐る恐る手をあげる。

「あ、あの、この学院は五つしかクラスはないかと思いますが。それに、各自の身分や出身に応じたクラス分けで……」

「お、流石入学主席。よく調べているわね。そう、この学院には一学年五クラスのクラス分けがあって、貴族と平民で分けられているわ。でも、それはあくまで去年までの話」

「え……?」

サラのもったいぶるような言葉に、困惑の言葉をあげる一同。

「今年からもう一つ新たなクラスが立ち上げられたわ。すなわち、君たち身分に関係なく選ばれた特化クラスⅦ組がね」

事前に聞いていたユースティアはともかく、他の面々はその言葉に驚愕していた。

そして、それに納得しないものもいるわけで。

「冗談じゃない!」

緑髪の少年がサラの説明に大声で抗議した。

「身分に関係ない!? そんな話は聞いていません!」

「えっと、君は……」

「マキアス・レーグニッツです! サラ教官、自分はそれについて納得しかねます! まさか、貴族風情と一緒のクラスで授業を受けろと言うのですか!」

「(おやおや、随分と貴族嫌いみたいだな。知事の息子さんは)」

ユースティアは貴族。それも、帝国で多大な影響力をもつ四大名門カイエン公爵家である。本人は気にした様子もないが、一般ではそうではない。

「フン……」

鼻を鳴らしたのはユースティアではない。マキアスの隣にいた金髪の少年である。

「……君、何か文句でもあるのか?」

「何、平民風情が随分と騒がしいことだと思ってな」

「はっ! どうやら大貴族のご子息殿が紛れ込んでいたようだな。その尊大な態度、さぞ名のある家だとお見受けするが?」

そう挑発するマキアスに、顔を向ける。

「ユーシス・アルバレア。なに、初戦は貴族風情だ。特に名を覚えてもらえなくとも結構」

「ア、アルバレア!?」

四大名門が一つアルバレア公爵家。予想以上の超名門の名に鼻白んだマキアスだったが、すぐに眉をつり上げる。

「だ、だからどうした! 誰もが、その名に跪くと思ったら大間違いだぞ!」

「はいはい、落ち着く落ち着く。話が進まないじゃない」

サラの呆れたような言葉に何か言いたげなマキアスであったが、その通りでもあるため、葉を食いしばりながらも踏みとどまる。

「されて、それじゃ、オリエンテーション、開始よ♪」

いつの間にか後ろに下がっていたサラがスイッチを押すと、ガコンとユースティアたちの足下の床が消え、二人を除いて、なすすべもなく落ちていってしまった。

「って、あんたたちも素直に落ちなさいよ」

「や、つい」

「落ちると分かってるのに落ちるのは、こう、師匠の教えに反するというか」

「……いいから、行きなさい。始まらないでしょうか」

サラが投げたナイフによってロープが切られ、フィーは面倒くさそうに落ちていった。

「で、あんたも行きなさいよ」

「はいはい。それにしても、面白いメンツばかり集めましたね」

「あんたがその筆頭格よ」

「それは光栄ですっと」

ピョンと穴に飛び込むユースティアに、サラはため息をつく。

「全く……殿下にも困ったものだわ。それを許可する陛下達もだけど」

取り敢えず後のことをこなすために、サラも諸々の準備を始めるのだった。

 

 

 

ユースティアが落下した先には、片頬に立派なモミジを作った少年と、顔を真っ赤にしながらそっぽを向く少女がいた。

「痴話げんか?」

「、ま、まあそんなところ、か?」

尋ねられたラウラも困っているようだった。ユースティアも何となく分かったので、それ以上突っ込むのは止めた。

『全く、これで全員集合ね』

突然サラからの《ARCUS》に通信が入り、説明を受ける。サラの指示通りにクォーツなどを準備し、部屋の中央に集合する。

『その先はダンジョンになってるけど、その先にいけば一回にたどり着くわ。魔物も徘徊してるけど、まぁ、君たちなら大丈夫でしょ。じゃ、これより《Ⅶ組》オリエンテーションを開始するわ。文句は一回にたどり着いてからにしてね。何ならご褒美にホッペにチューしてあげてもいいわよ』

「おや、それじゃさっさとクリアしましょうかね。ラウラ、一緒に行くか?」

「ふむ、それも込みで話し合った方がいいだろう」

ラウラは戦力分担しようとするが、ここでもめるのはマキアスとユーシス。あれよあれよと言い争いを始め、それぞれ一人で奥に進んでしまった。ついでにフィーもいつのまにかいなくなっていた。

「全く、困ったものだな」

「ごもっともで。で、どうする? 男女に分かれるのもいいけど、それだと四、三になるな」

「とりあえず、戦力を把握しよう。自己紹介も兼ねてな」

ラウラから提案があり、互いに自己紹介をする。

「女子三人はバランスがいいし、俺とリィンがかぶるか。ふむ、では役得ないし小回りがきくし、女子グループに参加してもいいかな?」

ユースティアの家名に驚愕していたが、当人が全く気にする必要がないというので、その通りにしていた。

「ふむ……、確かに私の大剣だと大振りになってしまうか。ではそれで行こう。そなた達もそれでよいか?」

特に異論はないようで、ユースティア達は一足先に奥に入った。

「それにしても、かのオーレリア将軍の弟子とは。これが終わったら手合わせ願いたいな」

「光の剣匠の娘さんとあれば喜んで。師匠に羨ましがられるな」

師匠の性格をよく知っているユースティアは、苦笑をしつつもラウラの要望を受け入れる。

「そ、それにしてもカイエン家の方がいるとは思ってませんでした」

「随分無理言ったからね。というか、パトリック……ハイアームズ侯爵のとこの息子もⅠ組に入学してるし、ログナー侯爵の娘さんも二年生にいるぞ。四大名門勢揃いだな」

その言葉を聞いて、エマとアリサは少し顔を引きつらせる。ユースティアはその権威をひけらかさないし、ユーシスもそういうタイプではなさそうだが、色々と大変になりそうな気がしてならなかった。

「それにしてもエマのアーツの腕は見事なものだな。威力・速度も素晴らしい。師匠に及ぶほどだ」

「師匠って、オーレリア将軍のこと?」

アリサの質問に、いいやと首を振る。

「アーツの師匠。あの人のアーツは大陸でも随一なんじゃないかな?」

「ほぅ、アーツの訓練もしていたのか」

「どっちの師匠もスパルタでね。傷が絶えないから、回復アーツばかり上達したよ。ミスティって人なんだけどね」

途中魔物に遭遇しつつも、新入生の中でもトップクラスの実力を持つユースティアとラウラがいるのである。戦闘に不慣れなアリサやエマも何とか魔物を倒していった。

「上手くなってきたじゃないか、二人とも」

「ユースティアとラウラのお陰よ。上手くフォローしてくれて、本当に助かるわ」

「そう言って貰えるならよかった。こっちに着いてきた甲斐があった」

順調に魔物を倒していき、最奥に近づくと、激しい剣戟や銃声が聞こえる。

「戦闘中のようだな」

「あぁ! 急ぐぞ!」

ラウラが先頭になって扉をくぐると、リィン達が巨大な魔物と戦っていた。

「助太刀するぞ!」

リィン達に合流し、その後、ユーシスとフィーも合流したが、いくら傷つけても回復してしまう。

「これではキリがないぞ!」

「集中だ。闇雲にいくのではなく、呼吸を合わせるんだ」

ユースティアhそう言うが、初めて会った者同士、そこまで上手な連携が出来るわけないが、《ARCUS》が光り輝き、ラインが繋がると、お互いの考えを手に取るように感じることが出来た。

「こ、これは!?」

「リィン! 驚く前に動くぞ! みんなも考えていることは分かるな?」

「「「応ッ!!」」」

謎の現象に驚きつつ、ユースティアの号令に一斉に動き出す。先程までのようなばらばらな動きではなく、熟練の兵士のような連携の取れた動きであった。

「ラウラ! とどめはお前がやれ!」

「分かった!」

ラウラは、連携の最後に、魔物の首に向けて渾身の一撃をたたき込む。その威力には耐えきれなかったのか、魔物の首はバッサリと切断され、その魔物は一瞬で石像と化してしまった。

「ふう……やったが……何だったのだ、今の光は?」

「それが《ARCUS》の真価ってことよ」

突然の声に顔を上げると、階段の上にサラが笑顔で起っていた。疑惑の表情を受けべるリィン達を尻目に、サラは笑顔を浮べながら全員の前に立つ。

「お見事だったわ。特に最後の連携」

「教えて下さいサラ教官。俺たちが最後に感じた不思議な感覚は何なのですか?」

リィンの真剣な問いに、サラも笑みから真剣な表情へと変え、その質問に答える。《ARCUS》の真価である〈戦術リンク〉についての説明をする。

「それは……戦場では凄い有利」

「そうよフィー。そして、《Ⅶ組》は、《ARCUS》の適合レベルが高い君たちを選出したのよ。でも、強制ではないわ。通常クラスよりもハードなカリキュラムもあるし、身分に関係なく集めてる。色々なしがらみを抱えている子もいるみたいだしね。それに、途中下車は許されないわ」

そこまで言って一息つく。

「だから、改めて聞くわ。《Ⅶ組》でやっていくか、それとも通常クラスに行くか。あなたたち自身で決めなさい」

説明を終えると、メンバーを見つめるサラ。皆、自分自身どうすべきか考える中、誰よりも早く一歩前にでる。

「リィン=シュバルツァー、参加します」

「あら。何やら訳ありみたいだけど……」

「元より我が儘を言って来た身です。それに、修行中の身である以上、またとない機会ですから」

リィンを皮切りに、他の皆も次々と参加を表明する。マキアスとユーシスも悪態をつきつつも参加を表明する。

「で、最後よ。あなたは?」

最後に残ったユースティアは、迷うことなく前に出る。

「もちろん参加です。私の我が儘に尽力してくれた陛下や殿下、そしてこの制服を褒めて下さった姫様のためにも、ユースティア=カイエン。《Ⅶ組》に参加します」

ユースティアは、まさしく四大名門の名にふさわしい優雅な仕草で礼をする。その洗練された動きは、カイエンの名に驚愕する三人でさえも見惚れるほどであった。

そんな中、ユースティアは何かを思い出したかのようで、サラに質問をする。

「そう言えばサラ教官。ご褒美のキスは?」

素っ頓狂な質問に、一同肩を落とす。

「それは、愛しの姫様にしてもらいなさいな」

「では今度手紙でお願いしてみますよ」

色々気になる発言があったが、《Ⅶ組》初の活動は終わりを迎えたのであった。

 



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意外な趣味

さらっと流しました


オリエンテーリングも無事終え、通常授業も始まる。

「それにしても、油断してただろリィン」

「ははは、予習していた所で助かったよ」

放課後に話している男子組。マキアスとユーシスは以内が。エリオットやガイウスは部活に向かうようで、リィンも生徒会室に用事がある。

「さて、俺は何をしようかな」

そうぼやきながら校内をうろうろするユースティア。そこで目に入るギムナジウムに入る。ひょこりと覗いたフェンシング部は色々込み入っていたのでソッと閉じ、奥のプールに向かう。

「お、ラウラ。練習に精がでるな」

「む、ユースティアか。あぁ、今はモニカに泳ぎ方を教えている所だ」

プールサイドで練習しているモニカは、大貴族であるユースティアの突然の登場に慌ててプールから上がってきていた。

「あぁ、俺の家のことは気にしないで。ラウラと同じような感じでお願い」

「で、でも、私平民ですから……」

「気にしないでくれ。ここは学院だし、身分は気にしないで欲しい。それに、公爵位を頂いているのは父だし、俺は爵位を継いでないただのユースティアだ。まぁ、他の貴族生徒はともかく、俺とは普通に接して欲しいな」

中々納得出来るものではないらしいが、取り敢えず不必要に怖がることは止めたらしいモニカ。再びプールに入った。

「そういえば、ユースティアは泳ぎは得意なのか?」

「そりゃ海の街出身だからな。父さんには怒られつつ、夏は一日中泳いでたよ」

「ならば、今度一緒に泳ごう。かく言う私も湖で泳いでいたんだ」

ラウラの故郷レグラムも湖の畔の街である。

「あぁ。剣の手合わせの後にでも泳ごうか。今日は辞退させてもらうけどね」

「楽しみにしている」

ラウラと別れ、街に出ていくつか可愛らしいアクセサリーを買うと第三寮に戻る。

「お帰りなさいませ、ユースティア様」

「ただいまノア。夕飯の用意は始めてたか?」

「いえ。材料を買ってきたので今から作ろうかと」

「じゃあ、俺も手伝おう。中々実家じゃ作らせてもらえないからな」

貴族ながら、ユースティアの趣味は料理である。実家ではシェフがいるため中々作れないが、帝都の別宅や他の別荘などでは、こうしてノアと共に料理を作っていた。

「では私は下ごしらえをいたしますので、他の作業をお願いします」

「分かった。リィン達を驚かせてやろうかな」

そういうと、二人は慣れた手つきで夕食を作っていく。やがて日も暮れ始め、Ⅶ組の面々も帰ってきた頃、料理は完成した。

夕飯が完成したと皆を呼び、料理を配る。

「美味しいわね、この魚料理。やっぱりオルディスの料理なの?」

「はい。オルディスの家庭料理となります。新鮮な魚でしたので」

「俺の得意料理でもあるな。父さんも身内だけの時なら喜んでくれるくらいだぞ」

「ふむ、あのカイエン公がか。たしかにこの美味しさなら納得だ」

「貴族趣味が強いカイエン公が好むとはな。にわかには信じがたいが、確かにこれは美味い」

ラウラとユーシスら貴族組も満足したらしく、みるみる皿が空いていく。

「最後はデザートです。こちらもオルディス発祥のスイーツとなります」

出されたスイーツはソルベとハーブティー。ほんのりと塩味が聞いたソルベである。

「美味しい……ハーブティーとピッタリの味です」

「美味しい。おかわりある?」

「はい。今お持ちしますね」

エマやフィーといった女性陣に大好評である。

「これに関しては客人にもお出ししててな。今でも帝都で作ってくれないかと誘われるくらいだ。ちなみに姫様の大好物だ」

そのための材料はバルフレイム宮にストックされているほどという。

「……というか、さっきから気になっていたのだけど、この料理ってノアさんが作ったんじゃないの?」

二皿目のデザートを食べ終え、ハーブティーのおかわりを飲みながらアリサが口を開く。

「俺とノア二人で作った。こう見えて料理は趣味なんだ」

ユースティアの言葉に皆絶句する。特に女性陣。

「もうあなた、名前といい、顔つきといい、この料理の腕といい、女じゃないの?」

「立派な男だよ。これでも社交界では女性に人気だぞ?」

それが嘘でないことは貴族でない者達も知っていたため、アリサも言い返せない。

「これじゃ女の立つ瀬がないわよ……」

「まぁ、日々の積み重ねということだ」

女子達の心に少しの傷を付けつつも、満足の夕食となり、片付けの後で自室に戻る。

予習を終え、読書をしていると扉がノックされる。

「お、リィンか。どうした、料理でも教わりに来たか?」

「ははは、それも悪くないけど、渡すものがあるんだ」

そう言って渡されたのは生徒手帳。どうやら、今日の用事はそれだったらしい。

「ありがとな。で、リィンは明日の自由行動日は何をするんだ?」

「おれは生徒会の手伝いをするつもりだ。そういうユースティアは何か予定でもあるのか?」

「俺は帝都に行くつもりだ。如何せん、お姫様が早く来ないと来るって脅迫してきたから」

ちらりと見た先の机にはやけに豪華な便箋。そこにはアルノール家の紋章が書かれていた。

「はは……頑張れよ」

「そういうリィンも。妹さんに会いに行ってやればいいのに。姫様の手紙の中にも書いてあったぞ?」

「そこまで知られてるのか。それは忘れないよ。忘れたら、それこそ恐ろしい」

何やら遠い目をしているリィン。何かやらかしたことがあるのだろう。

「じゃ、確かに渡したからな。じゃあ、お休み」

リィンと別れると、ちょうど良いということでラジオを付けるユースティア。すると、ちょうど番組が始まったらしく、軽快な音楽が流れる。

『はーい、リスナーの皆さんこんばんは。《アーベントタイム》の時間です。夜中のこの時間、私と一緒にお話ししましょう』

「……こんなことしてたのかミスティさん」

知り合いの声に多少げんなりしつつも、内容は面白いのでそのまま聞くことにする。ついでに今度は投稿してやろうと企む。

番組も終わり、本もキリが良いところだったので、眠りにつくことにした。

 



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お忍びデート

オリジナルですが、お付き合い下さい


初の自由行動日。ユースティアは早朝から駅前に来ていた。昨夜リィンに言った通り、帝都に行くためである。列車の出発にはまだ時間があるため、ユースティアはラジオ局の前に来ていた。

まだ朝早いため、もちろんラジオ局は閉まっている。だが、ちょうどよいタイミングで扉が開き、中から帽子をかぶった女性が出てきた。

「あら、ユースティア。朝からデートのお誘いかしら?」

「先約有りです。第一こんな所でなにやってるんですか。今日公演最終日でしょ?」

「大丈夫よ。それに、これをあなたに渡さなくちゃいけなかったしね」

そう言って取り出したのはチケット二枚。先程いっていた最終日の演劇チケットである。

「……即日完売だと聞いていましたけど」

「私が取っておいたのよ。姫様と一緒にいらっしゃいな」

そういってチケットを渡すと、ミスティはユースティアの腕をとる。

「……何してるんですか?」

「私も帝都にいくから、一緒に行きましょう。個室だから二人っきりよ」

「お供しますよ魔女様」

「えぇ、お供しなさいな、騎士様」

そうしてミスティと腕を組みながら、駅に向かうユースティア。人は少ないものの、結構注目される。

「全く、帰ってきた後が怖い」

「こんなに美人と一緒にいられるんだから我慢しなさいな」

電車が出発し、豪華な個室でお茶を飲みながら話すユースティアとミスティ。

「でも、あなたがトールズに入るなんてね。どう、学生生活は?」

「楽しいですよ。面白そうな奴らがいっぱいいますしね」

「そうね。本当に面白そうな子ばかり。ふふふ、今度私もお邪魔しようかしら」

「大騒ぎになるでしょうね。どちらで来ようともね」

お互いに含んだ言い方をしているが、お互いに理解しているようで、帝都までの短い時間はあっという間に過ぎてしまった。降りるときも腕を組むことになった。

ミスティを劇場まで送り届けると、そのままバルフレイム宮に向かう。

ユースティアともなれば、ほぼ顔パス。軽いチェックを受けて中に入ると、すぐさまメイドに皇族の私室のエリアに案内される。

「二週間ぶりですね姫様。お元気でしたか?」

「お久しぶりですお兄様。ふふ、士官学院でのお話楽しみにしていましたよ」

ユースティアの事をまっていたアルフィンは、早速といわんばかりにテラスへと移動し、話を始める。

「そうですか。とても面白そうですね」

「はい。とても自由で色々なことが体験できるよ。アルフィンもいい学園生活を送れているようでよかった」

「えぇ。エリゼったら、リィンお兄さんのことを話すとすぐに慌てて。とっても可愛いんですよ」

「からかうのもほどほどに。さて、実はアルフィンに贈り物があるんだ」

「まぁ、お兄様の贈り物ですか? 何でしょう?」

とても嬉しそうに手を合わせてその贈り物を待つアルフィン。

「ヴィータ・クロチルダの最終公演のチケットだ。特別観覧席だから、一番いい席で見られるぞ」

「まぁ! とても素晴らしい演劇だと評判ですね。でも、よく取れましたね? 初日で完売したと聞いていたので、残念と思っていたのですが」

「ちょっとしたコネでね。劇場関係者から譲ってもらったんだ」

というか、主役である。

「でしたら夜はお兄様とデートですね」

「いや、好ければ一日デートしよう。この間あげた服を着てくれると嬉しいけど」

「えぇ。ふふっ、楽しみです。すぐに着替えて参りますので、こちらでお待ち下さい」

そういうとアルフィンはスキップでもするかのように、ウキウキしながらこの場から離れていった。

ユースティアはお茶のおかわりを「二杯」もらうと、メイドを下げさせる。そして、奥の物陰に声をかける。

「どうぞ。ノアよりは劣るかもしれませんが、この紅茶も絶品ですよ」

声をかけられた主――ギリアス・オズボーンは、不適な笑みを浮べながら物陰から出てきた。

「そなたのメイドの淹れたものも飲みたかったがね。せっかくのお誘いだ。ぜひいただこうか、ユースティア卿」

ユースティアに勧められたまま、悠然と腰掛けると紅茶を口にする。満足そうに笑みを浮べると、ユースティアに向き合う。

「先日来たときにはご挨拶できずに申し訳ない。どうしても席を外すことができなくてね」

「宰相閣下ともあればお忙しいのでしょう。こうしてご一緒出来るだけでも幸運というものでしょう」

革新派のオズボーンと四大名門のユースティア。本来であれば不倶戴天の敵である。しかし、二人は敵意など持っておらず、それどころか、好意さえ持っているようだった。

「そう言えばあなたの子どもたちは最近いかがでしょう。クレア大尉には一度ご挨拶しておきたいのですが」

「彼らはいつでも元気だ。大尉には伝えておこう。特別実習の時に会えると良いが」

「私も月に一度は帝都に来られると思いますので、その時に。鉄道警備隊の詰め所に出向きます」

「ではそのように伝えておこう。来る前に連絡を頂きたいが、よろしいかね?」

「ではその時は取って置きのお菓子でもお持ちしましょう。では、今日の所はこれで。閣下も忙しいのでしょう?」

「あぁ。実はコッソリと抜け出してきたのでね。失礼するよ。姫様とのデート、しっかりエスコートしたまえ」

そういうとオズボーンはユースティアに礼をすると去って行った。

少し冷めた紅茶を飲みながらアルフィンが来るのを待つ。

「お待たせいたしましたお兄様」

オズボーンが去ってすぐに、アルフィンが帰ってくる。先程の紅い服ではなく、白い可愛らしい服に着替えていた。

「いかがですか?」

「うん。よく似合ってる。こんなに可愛い子とデートできるだなんて幸せ者だ」

褒められたアルフィンは嬉しそうに微笑む。そんなアルフィンに取り出した帽子をポスンとかぶせる。

「わふっ!?」

「流石にそれだけじゃバレちゃうからね。それと髪も束ねておこうか。こっちに座って」

ユースティアに勧められるままに、椅子に腰掛けるアルフィン。メイドから串を受け取ると、それをアルフィンの髪に入れる。

「ふふふ、お兄様に髪を梳いてもらうのも久しぶりですわ」

「アルフィンの髪は綺麗だからね。整えていて楽しくなる」

慣れた手つきでアルフィンの髪をまとめると、綺麗な髪留めで止める。

「よし、これで大丈夫。帽子と眼鏡をかければまぁ、バレないだろう」

ユースティアの渡した帽子や眼鏡を装着して変装完了である。街で顔を見られても、似ているというくらいで済むレベルである。

「では行きましょうか。ふふ、エスコートして下さるの?」

「もちろんですよ姫様。お手を」

少し演技のような仕草でアルフィンの手をとるユースティア。それがおかしくなったのかアルフィンはクスクス笑う。

「ふふっ、じゃあまずはどこに行きましょうか!」

ウキウキしながらユースティアの手を引くアルフィン。苦笑しつつもそれに従うユースティア。

午前中はアルフィンの買い物に付き合い、店を冷やかしつつ、細かいものをいくつか買うと、ちょうど昼時となる。ユースティアは中心街のレストランではなく、《アルト通り》にある音楽喫茶《エトワール》に入る。

「普段はこういう店には入らないだろう?」

「えぇ。でも、とてもいいお店ですね。あ、綺麗な方」

軽い昼食をとり、コーヒーを飲んでいると、店内のピアノに一人の赤髪の女性が立つ。

拍手が止み、店内が静かになると、彼女はピアノの席につく。そして、ピアノの演奏が始まると、客皆がその音色にうっとりとする。

夢のような時間が終わり、彼女がピアノから手を離すと、盛大な拍手に包まれる。その女性はお辞儀をしつつ、どうしてかユースティア達の席にやってきた。

「こんにちは、素敵なカップルさん。お邪魔させていただいても良いかしら」

「はいっ、あの、とても素敵でしたわ」

「ふふ、ありがとうございます。あなたは初めてだけれど、男の子の方は何度か来てくれてるわよね?」

「えぇ。ここはお気に入りですからね。でも、《エトワール》の人気ピアニストが同級生のお姉さんとは思いませんでしたけどね」

「あら? もしかしてトールズの学生さん?」

「はい。エリオットのクラスメイトです」

弟と一緒のクラスと聞いて、嬉しそうに微笑む女性。

「あら、そうだったの。あ、私はフィオナ・クレイグよ。エリオットのお話を聞きたいわ。あ、彼女さんもいいかしら?」

「はい。私もお兄様の学院でのお話を聞きたいですわ」

弟のこととあって、ワクワクしているフィオナ。アルフィンもユースティアの学院生活には興味があるようで、フィオナと同様ワクワクしていた。

「そうだな……一番の出来事は旧校舎の地下での探検だな。オリエンテーリングがあって、その地下で魔獣と戦ったんだ」

それから、授業のことや戦闘訓練について話すと、二人とも興味深そうに聞いていた。

「エリオットは大丈夫なのかしら?」

「えぇ。エリオットも慣れていないから大変そうですが、アーツの腕前は素晴らしいです」

「まぁ、エリオットも頑張っているのね。でも、中々手紙をくれないのよあの子」

どうやら、フィオナはエリオットが手紙をくれないことが哀しいらしい。

「ふふふ、でもお兄様。とても楽しそうで何よりですわ」

「あぁ。色々な事が出来るからな。部活は入ってないけど、たまに料理部にはたまに顔を出している。エリオットは吹奏楽部に入って練習していますよ」

「そうですか。ふふっ、今度私から手紙を出そうかしら」

話している内に、時間が結構過ぎていた。

「あら、もうこんな時間。ごめんなさいね、つい楽しくて。大切なデートの時間を邪魔しちゃって」

「いえ。とても楽しい時間でしたわ。ありがとうございました、フィオナさん」

アルフィンも満足しているようだった。

フィオナと別れ、《エトワール》を出ると、三時頃となっていた。

「会場は八時ごろでしたよね? その間何をしましょうか」

「そうだな……ん?」

何をするかと悩んでいると、《ARCUS》に通信が入る。

「ちょっと失礼するな」

通信に出ると、そこからは聞き覚えのある声。

『こんにちは。姫様とのデートはいかが?』

「……公演の準備はいいんですか?」

ミスティこと、ヴィータ・クロチルダである。

『心配はご無用よ。それより、これから時間あるかしら? せっかくだから、始まるまでお話でもしない?』

「事前練習とかは大丈夫なんですか?」

『えぇ。そういうのは全部終わったわ。あとは開演まで待つだけ』

相も変わらず飄々としているヴィータに、思わずため息をつくユースティア。

「ちょっと待ってて下さい。今聞いてみますから」

《ARCUS》を耳から外すと、首を傾げていたアルフィンに尋ねる。

「ひ……アル。これから、劇場に行かないか? 出演者の人に誘われてたんだけど」

「まぁ! はい、喜んで。どなたからのお誘いなのですか?」

「それは会ってからのお楽しみだな。というわけで、今から行きますから待ってて下さいね」

『えぇ。支配人に伝えておくわ』

《ARCUS》の通信を切ると、アルフィンと共に《ヘイムダルオペラハウス》に向かう。そこにはまだ会場前にもかかわらず、多くの人々が集まっていた。

「流石に大人気ですね」

「人気の演目に加えて、千秋楽だからな。さ、行こうか」

会場を待っている人々を尻目に、関係者出入り口から中に入る。そこでは、ヴィータから聞いていたのか、老支配人が出迎えた。

「お待ちしておりました、姫様、ユースティア様。早速ですが、クロチルダ様の部屋にご案内いたします」

アルフィンが来ることも承知していたらしく、支配人は二人を丁寧に案内した。

「クロチルダ様、お二人がいらっしゃいました」

『ありがとう。入ってもらって』

部屋に入ると、広い部屋の中で、青いドレスを着たクロチルダが二人を出迎える。支配人は三人に紅茶を淹れると、そのまま部屋を出て行った。

「こうしてお話しするのは初めてですね。初めましてアルフィン殿下。今日は私どもの公演にいらして下さりありがとうございます」

「ま、まさか、お兄様のお知り合いの方がヴィータ・クロチルダ様だとは思いませんでした。でも、今日の私は姫ではなく、ただのアルですわ。今日の公演楽しみにしていました。実はチケットが取れなくて残念に思っていたのですが、こうして観覧できること嬉しく思います」

「はい。今回の演目は我々としても自信作となっています。楽しみにしていてくださいね」

ヴィータに笑いかけられ、顔を赤らめるアルフィン。

「そうだ、ユースティア。久しぶりにお菓子作ってくれない? 簡単なのでいいから」

「いきなりか……。材料なんて持ってきてないですよ?」

「大丈夫よ。劇場にも簡単な調理場があるから。じゃ、よろしくね」

ぐいぐいと部屋から押し出されるユースティア。部屋に残されたアルフィンは、いきなりヴィータと二人きりになってしまう。

「ふふ、ごめんなさいね。姫様とどうしてもお話ししたくて」

「お話ですか?」

「えぇ。ユースティアのお話」

ヴィータの妖艶な表情にアルフィンはドキリとしたが、それよりも気になっていたことを尋ねる。

「その、クロチルダ様はお兄様とどのようなご関係なのですか?」

「あら? ふふふ、気になるかしら? そうですね、彼は私の騎士様といったところでしょうか?」

「騎士、ですか?」

謎のワードに首を傾げるアルフィン。

「えぇ。とはいっても護衛的なものですけどね。貴族の方に頼むのもアレですけど。オルディスに行くときは、必ず彼にお願いするんです。彼、尋常になく強いですしね」

ユースティアは、カイエン公爵家の次男ながらも、ラマール州領邦軍総司令官のオーレリア将軍の愛弟子である。若くして師匠に並ぶ実力を誇り、師弟ともに本気で手合わせすると、地形が変形しているという。

「実力はかねがねお聞きしていましたが、そこまででしたか……」

「お二人とも戦い出すと周りが見えなくなるんです。その後のカイエン公のお顔といったら。ふふふ、あの常に優雅たれと仰っているカイエン公がポカンと口を開けているんですよ」

「あら、ふふっ。あのカイエン公がですか?」

普段の様子からは想像できないカイエン公の姿に、アルフィンは思わず笑ってしまう。

「でもお話を聞く限り、お兄様とカイエン公は色々正反対なのですね」

「そうですね。ユースティアはカイエン公と趣味は正反対です。家庭的なものが好きで、装飾も落ち着いたものが好みみたいですしね。あの子ったら、オルディスに戻ると、街の子どもたちと一緒に遊び回ってるんです。カイエン家が領民に少なからず好まれているのは、あの子がいるからです。色々大変なことはありますが、それでも彼は領民に愛されているのです」

現在四大名門貴族のお膝元は、重い税金がかけられている。ハイアームズ家は比較的軽いが、カイエン公爵家も重い税を課しているが、ユースティアの進言によって、同時に様々な措置をとっている。同様に重税を課しているアルバレア公爵領よりも高い税収を得ている。

「そうでしたか。お兄様は本当に凄い方なのですね」

「えぇ。彼は本当に凄いわ。オズボーン宰相と同様、時代が生んだ傑物という人物なのでしょう。ルーファス卿やオリヴァルト殿下以上に光り輝く新たな星なのでしょう」

ユースティアのことを《星》と評するヴィータ。それにアルフィンも息をのむ。

「星、ですか。確かに、お兄様は光り輝いていますね」

「そんな彼に愛されている姫様が羨ましいですわ」

ヴィータにからかわれ、顔を紅くするアルフィン。そこにユースティアが戻ってくる。

「はぁ、突貫で作ったから簡単なものだけど。アルフィンも良ければ食べてくれ」

ユースティアが持ってきたのは先日Ⅶ組のメンバーに出したソルベである。

「というか、あらかじめ仕込んでありましたけどね。明らかに作らせるつもりでしたね?」

「えぇ。でも、最後の仕上げはあなたでなくてはいけないからね。姫様もお好きだと聞きました。どうぞ、お召し上がり下さい」

「作ったのは俺です。今からハーブティーも淹れますから」

ため息をつきつつ、三人分のハーブティーを淹れる。

「そう言えばクロチルダ様にお聞きしましたよ。お兄様はクロチルダ様の騎士様なんですってね」

「……変なことを吹き込まないで下さい」

「あら、だって本当のことじゃない。何度もたちの悪い男達から私を守ってくれたでしょう?」

「ですから、それはあなたが態々危ないエリアに踏み込むからでしょう」

「ふふふ、自分の騎士に守ってもらいたい女心よ」

仲良さげに話す二人に、むぅと頬を膨らませるアルフィン。

「お兄様ったら、随分クロチルダ様と仲がよろしいのですね」

「ふふふ、ごめんなさい姫様。この子の今の主は姫様でしたね」

「そ、そんなことはっ……」

慌てて否定するが、そんなことはヴィータには通じない。

「今は心の底から姫様の騎士ですもの。少し前に私の元に帰ってこないかと言ったら、姫様の騎士だからと断られてしまったんです」

「お兄様……」

「もう、やめてください……」

顔に紅くしたアルフィンに見つめられ、ヴィータに頭を下げるユースティア。そんな二人を見て、ヴィータはクスクスと笑う。

「そうね、お詫びに劇場を案内しますわ。普段では中々見られない所もありますから、姫様もご満足出来ると思います。他の出演者も紹介しますわ」

ヴィータの提案に、アルフィンは遠慮しつつも喜んでと了承した。ユースティアも反対するつもりはなかった。

「ではご案内しますわ。劇場自体が歴史的価値がありますから、楽しみにしていて下さいね」

そうして、三人は部屋を出て劇場の様々な所を巡る。出演者の一尾問い挨拶をしにいったときは、出演者たちが恐縮しきっていたが、それも含めてアルフィンにとっては楽しい時間となっていた。

 




閃の軌跡Ⅱの最終イベントの選択順は
アルフィン→エマ→アリサ→ラウラ→サラ
……もう、リィン、爆発しろよ。


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鉄道の中の密談

私は年上組がすき
ただし、アルフィンは除く


時間も良い頃となり、ヴィータと別れ、ユースティアとアルフィンは観客席に座っていた。

「それにしても、私、こちら側の席に座るのは初めてです。いつもの席も全体を見られて良いのですが、近くで見るのもいいですわ」

この劇場にはアルフィン達皇族専用の観覧席が用意されている。しかし、今回はお忍びなのでそちらの席は使っていない。確かに注目されているが、それはアルフィンでなく、ユースティアがいるからであった。

「ふふ、注目されてますわね、お兄様?」

「アルじゃないところが救いかな。まぁ、声をかけてくることもないだろうから、ゆっくりしてよう。さ、もうすぐ始まるぞ」

「えぇ。そうですね。なんだかドキドキしてきました」

その後まもなく幕が上がり、とうとう開幕する。

帝国で人気の悲恋の物語。しかし、帝国トップの劇団員たちの紡ぐセリフは、観客達の心を振るわせる。

そして、主役であるヴィータの演技はその中でも飛び抜けていた。小さな仕草一つ一つが、観客の視線を惹きつける。そして、彼女の口からこぼれる声は、聞く者すべてを聞き惚れさせた。

そして最終幕。最大の山場である王女のアリア。王女であるヴィータが歌の一節を紡いだ瞬間、劇場は涙に溢れる。どこまでも響き渡る歌声に、悲しみを添えられた歌は、王女の死に際の感情が溢れんばかりに込められていた。

そして至福の時間が終わり、ヴィータが倒れ、騎士の最後のセリフが終わり幕が下りると、会場は盛大な拍手に包まれた。

興奮冷めやらぬ中、ユースティアとアルフィンは帝都ホテルの最上階のレストランに来ていた。

「あぁ……今でもドキドキしていますわ。徳に最後のクロチルダ様のアリアは、まさしく天上の歌声というものです」

「はは、満足してもらえたみたいでよかったよ。でも、流石はヴィータさんだ。あそこまで感動したのは久しぶりだよ」

アルフィンは未だに興奮が残っているようで、うっとりとしていた。ユースティアも苦笑しつつも、アルフィンの劇の感想を聞いていた。

「それに、最高の演劇のあとに、こんなに素敵なディナーだなんて、うふふ、とても素敵なデートですわ」

「がんばってセッティングした甲斐があったよ。これからは学院も忙しくなりそうだから、ちょっと張り切ってみた」

そう言うと、アルフィンは少し寂しそうな顔をする。

「そうですわね。少し淋しいですけど……。でも、手紙は忘れないで下さいね?」

「もちろん。俺もアルフィンからの手紙楽しみにしてるからね。それと、遅くなったけど、はい」

アルフィンに渡した小さな箱。それを開けると、精緻なネックレスが入っていた。

「お兄様、これは?」

「アルフィンへのプレゼント。お守り代わりかな?」

アミュレットのようなデザインの中心に、小さな宝玉が収まっていた。

「これはクォーツですか?」

「そ。中は《熾天使》。アルフィンにピッタリだと思ってね」

「て、天使だなんて……。もうっ、あんまり照れさせないで下さい!」

嬉しいながらも恥ずかしがるアルフィンを、嬉しそうに見つめるユースティア。

食事も終わり、時間も遅くなってきたため、バルフレイム宮にアルフィンを送り届ける。

「本当でしたら、お茶でも、と言いたいところですが。今日はとても楽しかったですわ。また、いつかデートしましょうね?」

「はい。その時も張り切らせてもらうよ。じゃあ、これで。ネックレス、大事にしてね?」

「もちろんです。さっそく明日エリゼに自慢しちゃいますわ」

笑顔で別れると、ユースティアは駅に向かう。チケットを買おうとすると、なぜかその前にチケットを渡された。悔いを傾げつつ指定された個室に入り出発を待っていると、ある人物が個室に入ってきた。その人物を見て、ユースティアはすぐに得心した。

「……流石に早いですね。お疲れ様です、クレア大尉」

その人物はクレア・リーヴェルト大尉。《鉄道憲兵隊》の隊長である。

「このようなタイミングとなってしまい申しわけございません」

「どうぞ、おかけ下さい。生憎お茶などは出せませんが」

ユースティアに勧められた通りに座るクレア。するとちょうど鉄道が発車する。

「それにしても、久しぶりです。以前、オルディスにいらしたとき以来ですか。あのときはお世話になりました」

「いえ。我々こそ、ユースティア様がいらっしゃらなかったら、どうなっていたことか。改めてお礼を言わせて下さい。本当にありがとうございました」

頭を下げてくるクレアに対して、ユースティアは苦笑い。

「まぁ、そのくらいにしておきましょう。それより、急かしてしまったようですみません」

「すみません、少し前に帝都に戻ってきましたので。それで、件のことですが……」

「そのことですが、父はなにもこちらには情報を漏らしていません。おそらく、そちらと同様の知識程度かと」

その後もいくつか情報交換をすると、二人とも一息つく。

「そうですか……。しかし、そのことが分かっただけでも良かったです。この話題はこれくらいにしておきましょうか。それにしても、ユースティア様が私の後輩になるとは。世の中何があるか分かりませんね」

「はは、もしもの時はよろしくお願いしますね、クレア先輩」

「ふふふ、何だか照れてしましますね。ユースティア様が後輩でしたら、ものすごく大変な学院生活になってしまいそうです」

「俺としてはそれも楽しそうですがね。クレア大尉の制服姿も見てみたいですが」

先程までとは違い、和やかに会話をする二人。話している内にトリスタに到着する。鉄道を降りると、クレアは出口まで出てきた。

「じゃあまた。今度は連絡しますね」

「はい。何かありましたら、すぐに連絡して下さい」

「えぇ。それと」

不意に、ユースティアはクレアに顔を近づける。

「私の父には目を光らせておいて下さい。何かは分かりませんが、何かがあります」

「……分かりました。ありがとうございます」

後ろから見れば、キスをしているような体勢。しかし、頷くクレアの表情は引き締まったものとなっていた。

クレアと別れたユースティアが帰ろうと振り返ると、アリサが口を開けてこちらを凝視していた。

「お、アリサ。買い物か?」

「え、えぇ。ちょっと買い忘れたものがあって……」

「よければ持とう。ほれ」

「あ、ありがとう、って、そうじゃないわよ!」

ユースティアが袋を持つと、アリサが叫ぶ。

「い、今の人は!? こ、恋人!?」

どうやらアリサは、先程の姿を見ていたようである。

「ほほぅ? そう見えたかな?」

ユースティアも会えて訂正せず、アリサをからかうことに決めた。

「だ、だって、キ、キキキキスしてたじゃない……」

「ちょっとした知り合いでね。綺麗な人だし、結構付き合いも深いんだ。あんまり詮索するものじゃないぞ?」

「そ、そうね。ごめんなさい」

顔を真っ赤にさせてブツブツ言っているアリサに、ユースティアは耐えきれず吹き出してしまう。

「な、なによ?」

「い、いや。随分アリサは初心だなって思ってな。さっきの、冗談だぞ?」

嘘だといわれ、アリサはポカンとする。そして、先程とは違う恥ずかしさで顔を真っ赤にさせた。

「あ、あなたねーっ!!」

「まぁまぁ。ちょっとした内緒話だよ。それを勘違いしたアリサが悪い」

「うぅぅぅぅ……、納得いかないわ……」

言葉通り納得がいっていないようなアリサを無視しつつ、寮に戻る。エントランスではエマとラウラがお茶を飲んでいた。

「おかえりなさい、アリサさん。あら、ユースティアさんも帰ってきたんですね」

「ただいまっ!」

アリサは荒々しくいうと、ユースティアから荷物を奪うと、プリプリしながら階段を上っていった。

「……何をしたんだ?」

「ちょっとからかっただけなんだけどな。二人はお茶か?」

「はい。ノアさんに淹れていただきました」

じゃあ俺もと言おうとすると、言う前にノアがキッチンからやってきた。

「お帰りなさいませ。どうぞ、良い茶葉が手に入りましたので」

薫り高い紅茶を受け取り、香りを楽しむユースティア。それが、様になっているのだから、エマもラウラも苦笑するしかない。

「それより、今日は朝から出かけてみたいだが、何をしていたんだ?」

「姫様とお忍びデート。運良く、ヴィータ・クロチルダの演目のチケットを手に入れたからな。楽しかったぞ」

ユースティアの言葉に、紅茶を飲んでいたエマとラウラはむせてしまった。

「おぉ、大丈夫か? ノア、水を」

「はい。どうぞ、ゆっくりとお飲み下さい」

ノアから受け取った水を飲み落ち着くと、改めてユースティアに向き合う。

「ひ、姫様と、で、デートだと?」

「あぁ。前に行ったときは挨拶だけだったからな。初めは話だけと思ってたんだけど、さっきも言ったけど、チケットが手に入ったからデートした、というわけ」

「ほ、本当に貴族さんなんですね、ユースティアさんって」

「何を言うか。まぁ、貴族らしさは父さんに任せてるからね。俺までアレだったら、今頃第三学生寮は全面改装だろうな」

あながち間違いでないため、笑うに笑えない。

「それにしても、流石はカイエン家というか何というか。今日は手合わせをしてもらもうと思ってたんだがな」

「はは、それは実習の後だな。取り敢えず、剣が送られてきてからだな」

「む? 今の剣ではないのか? ずいぶんの業物と思っていたのだが」

「まぁ、相当な名剣だな。ちょっとある人に預けててな。ちょうど、すれ違いでこっちに来たんだ。今度の実習が終わる頃に届けられることになっているんだ」

持っていた剣を取り出すユースティア。ラウラの言うとおり、ユースティアの持つ剣は、美しい刃をも持っていた。「刀」のような波紋はないが、煌めく刃と、黄金が散りばめられた鞘は、まさしく芸術品といっても過言ではない作りとなっていた。

「確かにユースティアさんの剣は美しいと思っていましたが……。でも、これは予備の剣なのですか?」

「んー、この剣はその人の剣で、貸している間借りてるんだ。良い剣なんだけど、幾分俺の身に余るというかな。ま、身の丈に合ってないって所かな」

「ふむ。これほどまでの名剣を使いこなす人物となれば、素晴らしいお方なのだろうな。是非お会いしたいな」

「機会があれば紹介するよ」

その後はアルフィンとのデートについてあれこれ聞かれつつ、夜が更けていった。

 




クレアさんは女神
一見冷たそうなのに、とても優しいところがステキ


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師の休暇

お久しぶりです。
私は年上組が大好きなので、どんどん登場させます。



 

自由行動日も終わり21日。第一回実技テストである。

「でも、実技テストっていっても、何するんだろうね?」

首を傾げるエリオットに、ユースティアじは武器を持ち上げながら答える。

「何にせよ、態々武器持参だなんて言うくらいだから、体操とかではないことは確かだな」

「あったりまえでしょ? みんないるみたいね」

すると、サラがやってくる。そのまま指を鳴らすと、虚空から謎の機械人形があらわれた。突然のことに、リィン達は驚く。

「そ、それは?」

「とある連中から押しつけられたものでね。まぁ、細かい設定とかも出来て便利だから、こうして使おうと思って」

そのままリィン・エリオット・ガイウスが初の実技テストを始める。

最初の三人は、連携も上手くいき、次のラウラ・アリサ・エマ組も危なげなく上手くいく。

しかし、アキアス・ユーシス・フィー組は、結果自体は良いものの、連携という点については全くであった。

「さてと、最後は一人だけど、ユースティア、大丈夫かしら?」

一人残ったユースティアは、剣を抜きながら頷く。

「もちろんですよ。怪物みたいな師匠に比べれば、まだまだです」

「まぁ、それもそうかもね。じゃあ、行くわよ」

サラの合図と共に機械人形――戦術殻が動き出す。先にテストを終えたリィン達は、今まであまり実力を見せてこなかったユースティアの動きを見逃すまいと注目する。

「それじゃあ、いきましょうかっと」

まさしく一瞬。戦術殻の打撃をスレスレで躱すと、その返しで剣を目にもとまらぬ速さで振るい、戦術殻の中心に剣を当てる。すると、戦術殻はピタリと動きを止め、そのまま倒れ込んでしまった。

「ふうっ、終わりましたよ教官」

「全く、少しくらい本気を出しなさいよ。合格よ合格」

サラは呆れつつも合格を言い渡す。ユースティアはリィン達の所に戻るが、皆ポカンとしていた。

「委員長、口があいてるぞ?」

「へっ? あわわ……」

顔を赤くさせて、慌てて口を閉じるエマ。

「それにしても、凄いな。あんなに軽そうな一撃なのに、それだけで倒すなんて」

「一番弱そうな所を狙ったからな。剛剣もあるけど、今回は技の面を出したって所だ」

説明をしていると、サラが全員に紙を配る。

「それじゃ、今度の特別実習の班分けのプリントよ」

見ればユースティアはA班。実習地はケルディック。

前途多難が予想されるB班はともかく、マキアスとユーシスの反論も却下され、この場は解散となる。

放課後となり、ラウラと一手合わせようという話になっていたのだが、ノアから戻ってくるよう連絡が入る。手合わせは中止となり、ラウラと共に寮に向かう。

「悪いな。いきなり中止になっちゃって」

「急用ならば仕方あるまい。実習が終わった後に頼むぞ?」

二人で寮に入ると、そこにはノアと、彼女と話す一人の女性が紅茶を飲んでいた。その人物にラウラは絶句し、ユースティアはため息をついた。

「何をしてるんですか、師匠」

「ん? おぉ、待っていたぞ、ユースティア」

呆れる二人をよそに、呑気に二人を出迎えた人物は、ユースティアの師であるオーレリア・ルグィン将軍であった。

色々言いたいことはあるもののユースティアとラウラはオーレリアとともに紅茶を飲んでいた。

「うむ、やはりノアの淹れたお茶は最高だ。どうだ、今からでも来ないか?」

「申しわけございません。私はユースティア様に着いていくと決めておりますので」

「ふむ、ならば、ユースティアを婿にするしかないか」

「はい、それでしたら」

「まてまてまて。ノアは悪乗りしない。師匠もそんなふざけた理由で求婚しないで下さい」

オーレリアと意外に仲が良いノアを止めつつ、本題に入らせる。

「で、今日は何しに来たんですか? こんなに遠いところまで」

「なんだ、せっかく久しぶりの休暇を使って来たんだ。師匠を無碍にするな」

そう言いつつも、一つのケースを取り出す。

「……わざわざ師匠が持ってきてくれたんですか?」

「言っただろう? 休暇だと。お前の顔を見に来たんだ。それに、久しぶりにお嬢様の顔も見られたしな」

オーレリアはそこでラウラに声をかける。

「私もお会いできるとは思っていませんでした。お久しぶりです、オーレリア殿」

「最後にあったのが、まだ小さい頃だったか。いや、随分美しくなられたな。子爵殿もお喜びであろうな」

オーレリアの言葉に照れるラウラ。相変わらずだと思いつつ、ケースを開ける。そこには、白銀に輝く鞘に収められた剣が納められていた。

「それは? ユースティアの剣と同じ意匠のようだが」

「俺の剣は師匠のを元に作ってもらったからな。お返ししますね」

そう言ってオーレリアに剣を返すユースティア。

「その剣はオーレリア将軍のものだったのだな。道理で素晴らしい剣だと思った。でも、どうして剣を交換していたんだ?」

「師匠の気まぐれだよ。たまには俺の剣を使ってみたいとか何とか。しかも、入学式直前に。そのまま任務で遠出までしてくれましたけどね」

ジト目で見つめるユースティアに、オーレリアは眉を下げる。

「はは、いきなりキミの父上に命令されたんだ。それに、こうして遠方に出向いた弟子に会うことも出来たんだ。ゆるせ」

全く悪びれていない様子に、諦めるユースティア。

「どうだ、久しぶりに手合わせでも」

「そうですね。剣の癖も思い出したいですし。たしか、今日はフェンシング部が休みだから、ギムナジウムでやりましょうか。あ、ラウラも来るか?」

「も、もちろんだ! オーレリア将軍の剣技、中々見られるものではないからな」

ラウラも相当乗り気であった。その後、制服に着替え、学院に向かう。しかし、相変わらずというか、見知らぬ美女と歩いているユースティアには注目が集まっていた。

受付で許可をとり、そのままギムナジウムに向かう。フェンシング部は休みのはずだったが、そこでは二年生のフリーデルが練習をしていた。

「あら、ユースティアくん。それにラウラさんも。何か用かしら?」

「いや、今日は休みだと聞いてたので、すこしこの場をお借りしようと思っていたのですが」

「手合わせか何か? そちらのオーレリア将軍とかしら?」

貴族生徒であるフリーデルは、オーレリアのことを知っていたようだった。

「ふむ、君がフリーデル君か。評判はかねがね聞いているよ。いきなり来て済まないが、この場を少しお借りできないかな?」

「もちろんですわ。音に聞こえる黄金の羅刹の師弟の戦い、楽しみですもの」

フリーデルはレイピアを鞘に収めると場を二人に譲った。ラウラと共に壁際と移動し、ユースティアとオーレリアは中央に移動する。

「久しぶりだが、遠慮はしないぞ。まぁ、アーツを使うのは止めておこうか。純粋に剣技だけだ」

「えぇ。室内ですしね。じゃあ、行きましょうか」

ユースティアが剣を振るう仕草をすると、その瞬間、オーレリアの剣戟がユースティアを襲った。それをユースティアは受止めるのではなく、顔を逸らして避けた。そのままオーレリアに突きを繰り出すが、それを首を逸らしただけで避けたオーレリアは、蹴りでユースティアの手首を蹴り飛ばそうとする。しかし、手元を蹴られようとも剣を離さなかったユースティアは、そのまま宙返りをしてオーレリアの剣を避ける。

僅か数秒の間に、猛烈な速さで繰り広げられる剣の応酬に、観戦するラウラとフリーデルは息を飲む。

「衰えてはいないようだな!」

「衰えでもしたら怒り狂う師匠がいるもので!」

軽口を交わし合いつつも激しく剣を打ち合う二人。縦横無尽に動き回り、紙一重の所に刃が迫りつつも、共に笑顔で剣を振るい続けていた。

「……楽しそうだな」

思わずラウラが呟く。

「えぇ。二人とも子どもみたい」

フリーデルの言うとおり、二人は無邪気な子どものようであった。

互いにあえてギリギリの所で避けあい、紙一重の攻防を繰り広げる。

いつまでも続くかのようにも思える二人の手合わせは、二人の剣が落ちたことで終わりをつげた。

「ふむ、久しぶりだから、ペース配分を間違えたかな」

「確かにやり過ぎましたね。手が痺れてます」

お互いに笑いながら、剣を拾う。疲れていると言う割には、二人ともほんの僅かしか汗を垂らしていない。間違いなく本気の打ち合いだったはずなのに、である。

「お疲れ様です」

「おぉ、ありがとう」

「助かります」

フリーデルに礼を言いながら、タオルと水を受け取る。

「それにしても、少し見ない内に太刀筋が随分鋭くなったな。男子三日合わざればなんとやらだ」

「それを言うなら師匠だって。何ですかあれ。一太刀受けることに手元が響きましたよ。あと、蹴りが殺しにきてました」

先程の手合わせの感想を言い合う二人。そんな二人の間に入りたいのか、ラウラがウズウズしていた。

「さて、小腹が空いたな。ユースティア、どこか軽くつまめるものを出してくれる所に案内してくれ。君たちもよければ一緒にどうだ? 奢らせてもらうよ」

「は、はいっ。ぜひ!」

「ふふふ、是非ご一緒させてもらいますわ」

練習場を片付け、四人は《キルシェ》に向かう。先程のメンツにフリーデルが加わり、ユースティアが何をしたのかと注目していた。

「お、いらっしゃい……って、随分羨ましい限りだな。奥の席空いてるぜ」

「ありがと。じゃあ座りましょうか」

勧められてた通りに奥の席に座る。メンツがメンツなため、奥の席はありがたかった。

「ふむ、ピザでも何枚か頼もうか。あと、コーヒーを頼む」

「じゃあ俺も。二人は何にします?」

「では紅茶を頂こうかしら」

「で、では私も紅茶を……」

飲み物を受け取ると、話はユースティア達の話へと移る。

「それにしても、オーレリア将軍は、いつもあのような訓練をしているのですか?」

ラウラの問いかけにオーレリアは苦笑する。

「今日は非番だ。こんな所でまで将軍はよしてくれ」

「で、では、オーレリア殿と」

「ふふっ。それで、訓練のことだったな。領邦軍ではあんなことはしないよ。こいつとは普段は外で訓練をしている」

「外でですか?」

ラウラが首を傾げる。ラウラのアルゼイド流では、修練場の中で剣の訓練をしていた。外で行うこともあるが、それはいつもというわけではない。

「いつもは今日とは違って、アーツとかも使うからな。一度屋内でそれをやったら、ボロボロにしてしまってな」

「その時は父さんの顔がぴくぴくしてたな。それ以来、外の演習場でやることが多いな」

スケールの大きい話に、ラウラとフリーデルは苦笑いするしかなかった。

「ほい、お待ちどさん。しかし、今まで言ってたこと、本当だったのか。歩く戦略兵器め」

「こんなにいたいけな女性に戦略兵器だなんて、男らしくないですよ」

「お前だお前」

「ほう、私がいたいけか。そんなことを言われたのは初めてだ」

オーレリアも参加してきそうな気配に、マスターは退散した。

「それでユースティア。私はいたいけな女性か?」

「えぇ。師匠以上にいたいけな女性はいませんよ。な、ラウラ?」

「え、えぇと……」

凜々しい女性であるオーレリアに対して「いたいけ」とは言いにくいラウラ。フリーデルも紅茶を飲んで我関せずと横を向いていた。

「ははは、すまんな。さ、ピザでも食べよう。お、美味いな」

オーレリアがピザを口にすると、ラウラ達も安心したように、ピザを口にし出す。その後もそれぞれの剣の話について離したりと、美女三人が集まっている割には色気のない話で盛り上がった。

「さて、そろそろ学生を連れ回すのは良くないか。今日の所は解散としよう。近いが、送ろう」

《キルシェ》から第三学生寮は目と鼻の先であるが、オーレリアはまずラウラを第三学生寮に、フリーデルを第一学生寮に送る。

二人を送った後、オーレリアはトリスタを流れる川を眺めていた。

「師匠、風邪引き……ないか」

「ふふっ、言うようになったな。いや、前からか。しかし、ここには久しぶりに来たが……、やはり良い街だな」

嬉しそうに星空と川を見つめるオーレリア。そんな師匠を、気持ち悪そうに見つめるユースティア。

「何だ、その目は。こういうときは、不安げな目で見るか、愛おしげに見るのが定石だろう」

「師匠が有り得ない表情をしてると、何というか、……気持ち悪い」

「全く……可愛い弟子を持ったよ。それでこそ、私の弟子だ」

気持ち悪いと言われながらも、ケラケラと笑っていた。

「件の特別実習が始まる前に、会いに来てみたが……、問題ないみたいだな。その剣、何時までも輝かせろ。例え血に塗れても、血に取り込まれても、その輝き、絶やすなよ」

「もちろんです。あなたから《羅刹》の名前をもらったんです。血になんか負けたりしませんよ」

二人は見つめ合い、互いに笑い合う。

「さて、今夜は付き合え。久しぶりに酌でもしろ」

「承知しましたよ、お師匠様」

その日、ユースティアは、徹夜でオーレリアの我が儘に付き合ったのであった。

 



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屋上での一夜

怒られてしまうでしょうが、こうさせていただきました。
私の好きな順は
シャロン≧アルフィン>ヴィータ>エマ>クレア>ロジーヌ
この六人が登場頻度が高くなるかと。



特別実習一日目。ユースティア達は、実習先であるケルディック行きの列車に乗る。

「でもケルディックか。……あそこは地ビールが美味しくてなぁ……」

「なんであなたが知ってるのよ……」

「ははは……流石に実習中は駄目だぞ」

何とか仲直りしたリィンとアリサが、ユースティアにつっこむ。

「お、随分仲直り出来たみたいだな。良かった良かった。もしお互いに意識しっぱなしだったら、実習中背中が痒くなって仕方なかったよ。な、エリオット?」

「え、えぇ? 僕に振らないでよ」

「エ~リ~オ~ッ~ト~」

ユースティアのからかいにエリオットが巻き込まれる。エリオットが慌てているのを、元凶であるユースティアはニヤニヤとしており、それをラウラは呆れた顔で見ていた。

そんな風に楽しくやっている内に、ケルディックに到着する。

「やっぱりここは賑やかで楽しくなるな。時間があれば大市巡りもしたかったけど、まぁ、それは今回は見送らないとな」

「まずは宿に行きましょう。あそこは私の行きつけなのよねー」

サラはスキップしそうな足取りで宿に向かっていった。

「おばさーん、久しぶり!」

「おや、サラちゃん。やっと来たのかい」

「えぇ。とりあえずおばさん、ビールちょうだーい」

リィンたちをほっぽり出して、酒を注文するサラ。それに慣れつつあったリィン達はとがめることはしなかった。

「ともかく、あんたたちの部屋はこっちだよ」

女主人マゴットに案内され、部屋に向かう。案内された部屋には五つのベッドが置かれていた。

「……って、もしかして全員同じ部屋なの!?」

アリサが叫ぶと、マゴットは苦笑いをしていた。

「サラちゃんがこうしろって言うからね。ま、一応ベッドは離してあるから」

それだけ言うと、マゴットは下へ戻っていった。

「……本当に同じ部屋なの?」

「ははは……」

「んじゃ、俺は窓際で」

困惑するアリサ達を余所に、ユースティアはベッドを決め、荷物を置く。

「ちょ、ちょっと!?」

「今更ここで文句いっても仕方ないだろう。それに、士官学院の生徒なのだから、男女とか言ってられないしな」

ユースティアの言葉に、アリサ達は言い返せなかった。すると、ラウラがユースティアと同じように荷物を置いた。

「確かにユースティアの言うとおりだ。私達は実習を受けさせてもらっている身。なれば、このようなことを言ってはいられないだろう」

ラウラのこともあり、アリサ達も観念したのか、荷物を置いた。

「じゃあ、下に行こうか」

荷物も置き、リィン達は下に行く。

「おぅ、来たね。それじゃあ、これが課題だよ。頑張りな」

封筒を渡すと、マゴットは接客に戻っていった。

「課題か。リィン、開けてみろよ」

「あぁ。えーっと……」

封筒の中には課題の内容が書かれた課題には、薬の材料の調達や、魔獣の討伐などが書かれていた。

「ふーん、これはまた……じゃあ壊れた街道灯をやるわ」

ユースティアは依頼をみると、さっさと外に出ようとする。

「ちょ、ちょっと待った。いきなり進めようとするなって」

「とはいっても、魔獣と薬のは皆に任せたいんだけどな。それに、交換の依頼は時間がかかりそうだし」

ユースティアの説明に、リィン達は何か言いたそうな顔をしていたが、取り敢えず了承することにした。

リィン達と別れたユースティアは、依頼人である工房のサムスの元を訪れ、交換用の魔獣灯を受け取ると、西ケルディック街道に出た。途中途中で出てくる魔獣を倒しつつ、最後の魔獣灯を交換する。

魔獣灯の交換を終え、後は報告するだけとなった。すると、ユースティアは急にため息を吐き、木の陰に向かって声を掛けた。

「……そろそろ見られるのも恥ずかしいのですが」

ユースティアが声を掛けると、それまで何の気配も無かった所から、メイド服を着た女性が姿を現わした。

「あら、ユースティア様が恥ずかしがるだなんて、珍しいですわね」

「シャロンさん相手じゃ、私も太刀打ち出来ませんから」

シャロン・クルーガー。ラインフォルト社社長イリーナ・ラインフォルトのメイドであり、《身喰らう蛇》執行者No.Ⅸである。

「それで、今日はどうしたんですか? アリサなら、東側ですよ?」

「お嬢様にはまだ会うわけにはいきませんので。それに、ユースティア様にお会いするのも、とても楽しみにしていたんですよ?」

「それは私もですよ。それで、何か報告ですか?」

笑顔で近寄ってくるシャロンをそのままにしつつ、ユースティアは話を促す。シャロンはユースティアに更に近寄ると、本題を切り出した。

「アルバレア公爵家、カイエン公爵家が、軍備を大幅に増強しております。ラインフォルト社への発注も前期の3倍ほど増加いたしました。特にカイエン公に関しては、例の兵器の発注もございます」

「……やっぱり、近いうちに何か起こるか」

シャロンの報告に、ユースティアは苦い顔をする。

「はい。しかし、何か起爆剤となる出来事がない限り、爆発させることは難しいかと」

「反対に、何か起これば、一気に加速する、ということか。全く……父さんも色々抱え込みすぎだ。それまでして過去の栄光を掴みたいのかね」

「ユースティア様……」

ユースティアの呆れたような言葉に、シャロンは心配そうな表情を浮かべる。

「全く、姫様達にも要らぬ心配を掛けてしまうな。ともかく、ありがとう。今は無理ですけど、ルーレに行ったときには何かご馳走しますよ」

「あら、素敵なお誘いですわね。では、その時を楽しみにしていますわ。では」

シャロンは不意にユースティアに顔を近づけると、頬に口づけをし、その場から去って行った。

「……さてと、私も戻るとしましょうか」

頬を掻きながらケルディックに向かっていると、途中の民家の前にリィン達がいた。

「お、お疲れ。どうしたんだ?」

「あぁ、ユースティアか。ここの農家さんに、薬の材料を分けてもらったんだ。ユースティアの方は終わったのか?」

「あぁ。こっちは終わったよ。一緒に戻るか」

リィン達と合流して一緒にケルディックに戻ると、何やら町が騒がしい。何事かと通りがかった人に尋ねると、どうやら大市の方で騒動が起きているようだった。

「ふむ、行ってみるか」

ラウラが騒動と聞いて、何か出来ることはないかと言ったため、大市に向かうことにした。

大市に入り口に到着すると、聞いたとおりに二人の商人が、大きな声で言い争いをしていた。今にも殴り合いに発展しそうな剣幕で言い合っている。

「ふざけんな! ここは俺の場所だって言ってんだろうが!」

「だから何度も言っているだろう! 私は正式に許可証を受け取っているのだ!」

議論は収まるどころか更に悪化していき、片方の商人がついに手を振り上げた。

「こ、このやろう!!」

「危ない!」

リィン達が慌てて止めようとすると、それよりも早くユースティアが二人の間に入り、二人の動きを止めてしまった。

「まぁまぁその辺で。これ以上はただの喧嘩ではすまなくなりますよ」

ユースティアの気迫に、これまでヒートアップしていた二人の商人は急速に熱を冷ました。

「ともあれ、何か問題が起きたのは間違いないでしょうし、許可証を確認するのが一番手っ取り早いでしょう。申し訳ないですが、お二人とも許可証を見せてくれませんか?」

「な、なにを……」

「これでもこのようなことは父の言いつけで慣れていますので。もしも許可証を偽造しているのならば、判断できますので」

ユースティアの言葉から、目の前の学生が貴族であることに気が付いた二人は慌てて許可証をユースティアに渡す。

ユースティアは二つの許可証を見聞すると、それを二人に返す。

「結論だけ申せば、二つとも本物です」

「なっ!? それでは」

「はい。領主から同じ場所に二つの許可証が出された、ということですね。ですので、お二人の主張はどちらも正しく、正直言うと、お二人だけではどうしようもない、ということになります」

ユースティアの言葉に、二人の商人は項垂れる。

「じゃあ、どうすれば……」

「それならば話し合いをするしかないじゃろうな」

項垂れる二人の元に訪れたのは一人の老人。彼はこのケルディックの大市をまとめ上げているオットー元締めであった。

「お久しぶりです、オットー元締め」

「こちらこそ。ようこそケルディックにお越し下さいましたユースティア卿。そして、ご迷惑をおかけしてしまい、申しわけございません」

「今の私は学生の身です。そのような態度は不要です。まぁ、学生故、晩酌にお付き合いすることは出来ませんので、そちらの方は勘弁していただきたいですが」

ユースティアの苦笑交じりの言葉に、オットー元締めも表情を緩めた。

「では、ユースティア君、と。この場はワシが預かろう。君たちは課題を続けてくれたまえ。願わくば、何かを掴んでもらえることを祈っておるよ」

オットー元締めにこの場を譲ると、リィン達は大市から出た。

「何というか、ユースティアが別人に見えたわ」

「失礼な。私だって、オルディスの経済に貢献してるんだぞ? 税収に関する施策は私の進言だ」

カイエン公爵領の税収の高さは帝国でも有名である。それにも拘わらず、領民の不満が少ないのだ。同じ公爵家でありながら、評価は天と地の差である。

「噂には聞いていたが……本当に凄かったのだな」

「まぁ、オルディスもだけど、師匠の所でも色々やらされたから。お陰でトラブル処理ばっかり上手になったよ」

ユースティアの言葉に、リィン達は苦笑いするしかなかった。

時間も遅くなってきており、リィン達は宿屋に戻ることにした。時間も遅くなり、宿屋の一階は酒を飲む客で一杯になっていた。その中には、先程争っていた商人達もいた。席は離れているが、オットー元締めに言われているのか、言い争うようなことはしていなかった。お互いに相手に愚痴っていたがそれくらいはいいだろう。ユースティアはそれを見つけると、マゴットの元に向かう。そして、何かを渡し二、三何かを話していた。マゴットは渡された物を覗くとひどく驚いていたが、ユースティアの言葉を聞くと、ため息を吐きつつも苦笑いを浮かべながら頷いていた。

戻ってきたユースティアに、アリサが何をしたのか尋ねる。

「ユースティア、何を渡してたの?」

「レポート書き終わったら、軽くジュースでも飲もうと思ってな。あぁ、心配しなくてもお酒は飲まないよ」

「あ・た・り・ま・え・よ・っ!!」

アリサの注意も何とやら。ユースティアはさっさと部屋に入ってしまった。

「もぅっ! まったくもぅっ!」

アリサもプリプリしながら部屋に入る。そんなアリサを見て呆れつつ、リィン達も部屋に入る。

すると、部屋の中では既にレポートを書き始めているユースティアの姿が。それだけならば、然程変なことではないのだが、ペンの進むスピードが普通ではなかった。如何せん、異常なほど速いのである。手が何重にも見えるくらいに。

「ユ、ユースティア?」

その姿に思わずリィンが声を掛ける。ユースティアは手を止めずに顔を上げた。

「ん? あぁ、リィン達もさっさと書いちゃえよ。寝る時間がなくなっちゃうぞ?」

そう言いつつ、ユースティアはどんどん書き進めていく。リィン達もその姿に圧倒されつつも、レポートを書き始める。

そして、十分ほど経ったとき、ユースティアは手を止めた。

「よし、終わり。んじゃ、私は失礼するよ」

ユースティアはさっさとレポートを仕舞うと、席を立とうとした。

「えっ!? もう終わったの!?」

「あぁ。良かったら参考にするか? はい」

ユースティアは仕舞ったレポートを取り出して、エリオットに渡す。そしてそのまま部屋を出て行った。

「……本当に終わってる。しかも、凄くわかりやすい」

エリオットはユースティアのレポートを見て驚愕していた。猛スピードで書いていたとは思えないような綺麗な字。要点を絞った分かりやすい文章。そして、それに対する考察は的確に的を得たものである。

リィン達もそのレポートを見せてもらうと、改めてユースティアの非凡っぷりに驚愕したのだった。

一方部屋を出たユースティアは、酒場ではなく、外に出ていた。その手にはビールの瓶とジュースの瓶、そして二つのカップを持っていた。そのまま人目につかぬよう、宿屋の屋根に飛び乗った。

普通なら誰もいないはずの屋根の上。そこには先客がいた。

「お待ちしておりました。簡単につまめる料理を用意しておきました」

昼に姿を見せたシャロンである。彼女の手にはバスケットがあり、そこからは良い香りが漂っていた。

「それは楽しみです。さ、シャロンさんもどうぞ」

ユースティアは片方のカップをシャロンに渡すと、ビールをそこに注ぐ。自分もジュースの方を継ごうとすると、シャロンに取り上げられてしまう。

「駄目ですわ。女性にだけお酒を飲ませて、何をさせるおつもりですか?」

「シャロンさんに言われたら断れないじゃないですか。じゃあ、ありがたく」

アリサに言ったことをあっさりと反故にして、ビールをシャロンに注いでもらうユースティア。

「では……何に乾杯いたしましょうか?」

「そうですね。思いかけずシャロンさんに会えた幸運に」

いつも以上に芝居がかった口調で、シャロンとカップを打ち鳴らす。そして、二人ともビールを一気に飲み干した。

「いい飲みっぷりです」

「ユースティア様こそ。ささ、どうぞ」

シャロンはすかさずユースティアにお替わりを注ぐ。ユースティアもシャロンのカップにビールを注ぎ返す。今度は一気に飲まず、一口口にしただけである。

「今夜はトマトソースのバゲットと、チーズの小さなピザですわ。自分で言うのもアレですが、自信作ですわ」

「シャロンさんの料理は全部美味しいですからね。いただきます」

ユースティアはバゲットを口にして、ビールと一緒に食す。その美味しさに目を細めた。それを見て、シャロンも嬉しそうに微笑む。

「あぁ、やっぱり美味しい。しかも、シャロンさんみたいな絶世の美女がいるだなんて、最高の贅沢ですよ」

「うふふ、それは私も嬉しいですわ。……ふふっ、それでしたら」

シャロンは何か思いついたのか、ピザを手に取ると、そのピザをユースティアの口元に持っていった。

「あ~ん、ですわ♡」

「シャロンさん……分かりましたよ」

流石に恥ずかしいのか、それでも素直に口を開けるユースティア。シャロンはとても楽しそうにユースティアの口にピザを運んだ。シャロンは、黙ったままピザを咀嚼するユースティアの顔をニコニコしながらジッと見ていた。

「美味しかったですか?」

「えぇ。シャロンさんに食べさせてもらったんです。いつもより美味しいです」

「それなら良かったです」

その後も会話を楽しみながら、ビールとつまみを食べていった。時々シャロンに口を開けるよう言われたが、ユースティアも慣れていったため、嬉しそうに口を開けていた。

やがて、つまみも食べ終え、ビールもなくなったため、ジュースを静かに飲んでいた。

「……良い夜ですわね」

「えぇ。静かだけど下は賑やかで、星空は眩いほど煌めいている。まるでお伽噺のようですね」

「本当に……。しかし、無粋な方々もいらっしゃるようで」

シャロンは大市の方向を睨み付けていた。ユースティアも気付いていたが、そこから動く様子はなかった。それはシャロンも同様である。

「しかし、これでは明日は一騒動ありそうですわね」

「そうですね。だからこそ、今夜くらいは楽しませてもらわないとね」

ユースティアは表情を崩さずに、ジュースを口にしていた。そんなユースティアの様子に、シャロンも症状を緩める。

「では今宵はその助けになりますよう、最後までご一緒いたしますわ。実は、私の方でも果実酒を何本か持ってきているのですよ」

イタズラっぽい表情を浮かべたシャロンはバスケットの中から果実酒の瓶を取り出した。一緒に綺麗なグラスを取り出すと、中に酒を注いでユースティアに渡す。

「ではお付き合い、お願いします」

その後も静かに飲み続け、二人が屋根から降りたのは東の空が明らみ始めた頃であった。

「では、私はこれで」

「はい。こんな時間まで付き合ってもらってありがとうございました」

「……………………」

ユースティアがお礼を言うと、どうしてかシャロンが少し寂しそうな表情になる。

「シャロンさん?」

「……このように心躍る時間を過ごしてしまうと、いつも姫様が羨ましくなってしまいます。ですのでせめて……」

シャロンは自然な動きでユースティアに触れると、そのまま頬にキスをした。

「いつか、こちらにさせていただきたいですが、こちらは姫様のものですから」

シャロンはそう言うと、ユースティアから離れる。すると、今度はユースティアがシャロンに近付き、頬ではなく、唇にキスをした。

「ユースティア様?」

「シャロンさんが望むなら、私はそれを叶えるだけです。だからシャロンさんには笑顔でいて欲しいです」

ユースティアの言葉に、シャロンは珍しく顔を赤らめ、嬉しそうに微笑んだ。

「……私も少し我が儘になりましょう。良いのですね?」

「はい。もちろんです」

「では……早速」

シャロンは微笑みながらユースティアに抱きつき、首に手を回すと、そのままキスをした。

今度のキスは長く、微かに照らされる中、身動ぎしながらキスを続けていた。

やがて二人が口を離すと、二人の口の間に橋が架かり、プツリと切れる。

「んっ……。ありがとうございました。それでは今度こそ、これで」

「えぇ。必ず近いうちに」

最後にも軽く口づけを交わすと、シャロンはフッと姿を消した。

 




顔を赤くさせるシャロンさん、至高である。


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彼の放つ刃は疾風

先日、日刊ランキングに載りました。ありがとうございました。


一人になったユースティアは、一息吐きつつ宿屋に戻る。中ではマゴットが朝の準備をしていた。早速朝帰りしてきたユースティアに、マゴットは呆れたような顔を見せる。

「全く……実習中に朝帰りかい?」

「ははは。素敵な女性がいたもので。あ、カップお返ししますね」

酒を飲んだ気配を全く見せず、あっけんからんとしているユースティアに、マゴットはため息を吐いた。

「まぁ、“あなた”なら大丈夫だろうがね。どうするんだい? 少し休むのかい?」

「えぇ。二時間くらい取れますから、大丈夫です。では」

そう言うとユースティアは物音を立てずに部屋に入った。部屋の中では全員まだ眠っており、やはり疲れていたのか、ユースティアが入ってきたことには気付かず、スヤスヤとしていた。

ユースティアは静かに着替えると、ベッドの中に入る。そして、すぐに寝息を立て始めた。

そして二時間後。ユースティアは誰よりも早く目を覚ましていた。次いでリィンとラウラが目を覚まし、アリサとエリオットも目を覚ます。

下におり朝食を食べていると、アリサがユースティアに何時戻ってきたのか尋ねた。

「それで、昨日は何時戻ってきたのよ。昨日は下に降りたらいないし、いつまで経っても戻ってこないし」

「いや、昨日は美人のお姉さんと意気投合してね。結構遅くまで話していたんだ。実に楽しかったな」

ユースティアからは女性らしい香りが漂ってくる。そんなユースティアに、アリサはジト目で見つめる。そんな視線を気にせず、ユースティアは朝食を食べ続けた。

なんやかんやあったが、朝食を終えると課題を受け取り、今度は全員でやろうということで揃って宿屋を出た。

すると、大市の方が騒がしい。何事かと大市に向かうと、先日の商人二人がまた騒動を起こしていた。しかも昨日とは違い、二人とも殺気立っていた。

リィン達は慌てて二人を止めにかかる。

「ちょ、ちょっと、落ち着いて下さい!」

「何があったかは知らぬが、一旦落ち着いた方がいい」

初めは止められたことに苛ついていたようだが、ユースティアの姿を見ると二人は何とか落ち着いた。

「それで、どうしたのですか? 先日は日替わりで場所を交換することで同意していたはずですが」

「それが、こいつが俺の店を壊しやがったんだ!」

青年商人が指さす先には破壊された店があった。しかし、それには壮年の商人も反論する。

「何を言うか! 君こそ私の店を破壊したのだろう! それに商品まで盗んでいきおって! この盗人が!」

二人とも興奮しているようで、再びとっくみあいに発展しそうになるが、リィン達がそれを止める。

そんな中、ユースティアだけが冷静に手を顎に置き何かを考えていた。

「ユースティア? どうかしたの?」

「ん? あぁ。ちょっと確認したいことが……」

「この騒ぎは何事か!」

アリサに声を掛けられ、ユースティアがふと顔を上げたところに、大きな声が割り込む。そこには大勢の領邦軍が訪れていた。

「何時までも商売に戻らず何をしておるか!」

「どうやら彼らの店舗が破壊されたようで。あなた方は何をしに?」

張本人達ではなく、士官学院の制服を着るユースティアが前に出たことに一瞬たじろぐ領邦軍隊長。しかし、すぐに気を取り直し、ユースティアを無視し、二人の商人に相対す。

「ふむ……そういうことなら、貴様等が互いに恨み合っていて破壊し合ったのだろう」

隊長はあまりに無茶苦茶な理論を言う。流石にこれには反論をする。

「なっ!? それはあまりに横暴というものです!」

「そ、そうだ、俺はやってないぞ!?」

「うるさい! 文句を言うのならば貴様等二人とも逮捕するぞ!」

しかし、隊長は聞く耳を持たず、理不尽なことを言った。しかし、隊長の言うことはハッタリでも何でもなく、この無茶苦茶な理論で逮捕することは二人にも理解出来ていた。

二人とも悔しそうに俯くのを満足そうに見つめると、この場から去ろうとする。しかし、ユースティアはそれを止める。

「お待ちを。いくつかお聞きしたいことがあります」

「む? 一介の学生如きが身をわきまえよ。よそ者が首を突っ込むな」

隊長はユースティアのことを無視して通り過ぎようとしたが、ユースティアは隊長の肩を掴み無理矢理止める。

「貴様っ!!」

「駄目よ! ユースティア」

慌ててアリサがユースティアを止めようと名前を呼ぶと、隊長がギョッとした。

「ま、まさか……」

隊長の様子に、今度はユースティアが満足そうに微笑む。

「えぇ。此度の訪問は学院の実習故公式のものではありませんが、このような事件があっては無視出来ません」

「ユースティア?」

いつもと違い雰囲気を放つユースティアに、リィンは首を傾げる。

「王家直属監査官の名において、このユースティア・カイエン。此度の貴殿等の対応に異議申し立てましょう。まぁ、公式ではない故、王家に報告することは避けますが、アルバレア公並びに、父カイエン公には報告いたします。宜しいですね?」

「……はっ。おい、戻るぞ」

隊長は悔しそうな顔をしつつ大市から退散していた。

ユースティアはそれを見送ると、再び商人達の方を向く。

「さて、先程は遮られてしまいましたが、もう一度確認させて下さい。お二人は確か昨夜は酔いつぶれていましたよね?」

ユースティアは昨夜シャロンと共に二人が担がれて酒場を出て行くのを見ていたのである。その様子はしこたま酔っており、そんな状況では店を破壊するなんてことは無理であろう。

「あ、あぁ。昨日は誰かが奢ってくれたみたいだから、たくさん飲んでしまってな。正直記憶がないくらいだ」

「俺も同じだ。何時家に帰ったかも記憶にない」

二人ともそのようで、思い出したのかこめかみを押さえていた。そんなところにオットー元締めがやってくる。

「ユースティア卿、騒ぎを静めて下さり感謝いたします」

「こちらが勝手にしたことです。それより、要らぬ労をかけてしまうこと、お詫びいたします」

恭しく頭を下げるユースティアに、オットー元締めは苦笑を浮かべる。そして、今度はリィン達に顔を向ける。

「君たちもご苦労だった。今日も課題があるだろう。頑張ってくれたまえ」

「は、はい。ありがとうございます」

オットー元締めにお礼を言ってから、リィン達は大市を離れる。教会辺りまで来ると、リィンがふと立ち止まる。

「なぁ、ユースティア。このままでいいんだろうか」

「ん? さっきのことか?」

「あぁ。ただ単に課題をこなしているだけでいいのかなって思って」

リィンは先程の出来事を気にしているようだった。

「私はどのような判断を下そうとも文句はないよ。A班のリーダーはリィンだ。なら私はそれを精一杯助けるだけだ」

いつもの飄々とした雰囲気ではなく、落ち着きながらも信頼をさせてくれるようなものであった。

リィンはそんなユースティアの様子に驚きつつも、決意したように頷いた。

「俺たちA班は今回の大市の事件を解決したい。皆もそれでいいか?」

リィンはアリサ達を見回す。アリサ達はそんなこと当然だと言わんばかりに頷いた。

「私も領邦軍の態度は気になったしね」

「それに、領民を徒に苦しめることは同じ貴族として見過ごすわけにはいかない」

「僕たちも協力するよ、リィン」

全員が大市の事件を解決することで同意する。ユースティアはその様子を嬉しそうに眺めていた。

「それじゃあ、私は課題の方を片付けておこう。幸い今日のは簡単なものばかりだからな。リィン達は町で聞き込みをしていてくれ」

「今日は私も行くわ。ユースティア一人だと、何をやらかすか分からないしね」

そういうアリサも本気ではなく、クスクス笑いながら言っていた。

「それじゃあ、俺とエリオット、ラウラの三人は聞き込み。ユースティアとアリサは課題の依頼の方を頼む」

「了解。それじゃあ、まずは財布の方をやってしまうか。困っているだろうしね」

「何かあったらARCUSに連絡をして」

そうして、ユースティアとアリサは依頼人であるリジーを訪ねるために大市へと戻った。

「すみません、あなたはリジーさんで宜しいでしょうか?」

「ん? そうだけど、何かようかい?」

ユースティアは依頼の件を説明する。

「あぁ、じゃあ、あんた達がやってくれるんだね。多分困ってると思うから、頼んだよ」

仕立ての良い財布をリジーから受け取ると、二人はケルディックを歩き回る。駅や宿屋などを回り、件の人物が教会にいることを突き止める。

そして、教会を訪れると。

「あぁ、ありがとうございました!」

「いえ、私としても見つけることが出来て良かった。これで間違いありませんね?」

「えぇ! あぁ、これでご飯が食べられますわ!」

旅行者アナベルは飛び跳ねるようにして教会を出て行った。

「……何というか、凄い人だったわね」

「まぁ、パワフルな女性ではあるかな。さ、次は魔獣討伐だ。西ケルディック街道だったな。アリサはフォロー頼むぞ」

「えぇ、任せて」

続けて二人は西ケルディック街道に出る。途中で出てくる魔獣はユースティアが殆ど倒し、満を持して討伐対象の魔獣を発見する。

「ズウォーダーか。アリサ、風のアーツには気をつけて。いけるか?」

「大丈夫よ!」

「いい返事だ」

そうして、ユースティアは高速で魔獣ズウォーダーに斬りかかる。突然の攻撃にズウォーダーは反応出来ず、翼の部分を斬られ悲鳴を上げる。

「アリサ!」

「ええ! 《ファイアボルト》!」

アリサの《ファイアボルト》を発動する。アーツは体の真ん中に命中し、ズウォーダーはよろめく。それを見逃さずアリサも傷の所に矢を打ち込む。

「ナイスだアリサ! っと、発動はさせんよ」

ユースティアは、アーツを詠唱しているズウォーダーに三つの斬撃を喰らわせて詠唱を中断させる。そして、剣を構える。

「《シュタイフェ・ブリーゼ》」

技の名前を呟くと、ユースティアはズウォーダーに向かって剣を向けて突進する。その勢いは凄まじく、ユースティアが通った道には深い溝が刻まれていた。

「生き残りたいのなら、鎧の一つでも砕けるようになってからにしろ」

ユースティアが剣についた血を払うと、ようやく自分の体に大きな風穴が空いていることに気が付いたズウォーダーは、悲鳴を上げる間もなく倒れ伏した。

「ふぅ……。ん? どうしたんだアリサ?」

剣を納め振り返ると、アリサがポカンと口を開けて呆然としていた。

「え、えっと、アナタって、そんなに強かったのね」

「ははっ、師匠達に比べたらまだまだだよ。あの人達おかしいくらい強いから」

ケラケラと笑うユースティアに、アリサはガクリと肩を落とす。

「どれだけ天外魔境なのよアナタの師匠は……」

「まぁまぁ。さ、町に戻ろう。そろそろリィン達も何か掴んでるだろうしね」

肩を落とすアリサの肩をポンと叩いて、ケルディックに向かう。

すると、アリサがふと何かに気付いたように顔を上げる。

「あれ?」

「どうした?」

「あ、ちょっとね。ユースティアって、香水変えた?」

ユースティアは普段薄く香水をつけている。流石というか、普段から人に見られることを意識しているからか、それがイヤにならない。

とはいえ、実習中はユースティアは香水をつけてはおらず、昨日はいつもの香りはしていなかった。しかし、今アリサは香水の香りを感じたのだった。しかも、いつもの香りではなく、昔からよく感じていた香りであったのである。

「ん? あぁ、昨日女性と会ってたっていただろ? 魔獣も倒してたし少しつけてたんだ。因みに、シャロンさんのと同じやつな」

あっさりとシャロンの名前を出すユースティア。

「シャ、シャ、シャ、シャロンって、あなた、シャロンと知り合いなの!?」

「あぁ。ルーレにはよく行くことがあるからね。ルーレに行ったときはよくお世話してもらってるよ」

「じゃあ、シャロンが言っていた愛する男性って……」

「シャロンさん、そんなこと言ってたのか。まぁ、多分それは私だな。シャロンさんの愛と献身、少しだけでも君たちから分けてもらえているのなら、それは嬉しいことだ」

ユースティアは嬉しそうにしていたが、アリサはポカンとしたままその場で立ち止まっていた。

 




因みに今回、ちょっとした秘密が入っております。内容は秘密です。


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一瞬の邂逅

少し短め。
少々無理矢理です。


少しフラフラしているアリサと共に宿屋に戻ると、リィン達は既に待っていた。

「お、来たか……アリサはどうしたのだ?」

何故かフラフラしているアリサを見て、ラウラは首を傾げる。

「ん、あぁ、気にしなくても大丈夫さ。それで、何か分かったか?」

「え、あ、うん。それで気になったことがあるんだ」

エリオットが聞き込みについて報告する。

リィン達が抱いた疑問は、領邦軍に対するものであった。調査をしていないにも拘わらず、妙に詳細を知っている点や、ルナリア自然公園の管理人の突然の変更などを挙げた。

「状況的に、領邦軍が一番怪しいと思うんだ。ユースティアはどう思う?」

「ん、それは確実にクロだ。んで、犯人は自然公園にいるってトコだな」

ユースティアはあっさりと判断を下す。そんなユースティアに、リィンは少し驚いた表情を見せる。

「そんなに、あっさりと決めつけて大丈夫なのか?」

「あぁ。リィン達の聞き込みからでも十分だけど、今、領邦軍は大市の減税の嘆願を不満を持っているだろ? そこに降った湧いてきたのが今回の一件だ。まぁ、アルバレア公の評判については詳しいから、どういう行動に出るかは分からんでもない、ってとこかな」

「凄いな……そんなことまで分かるなんて」

「ま、こういうのは場数を踏まないとな。ともあれ、ルナリア自然公園に行こうか」

方針を決め、ルナリア自然公園へと向かうリィン達。自然公園に到着したが、門は固く閉じられており、しっかりとした鍵も掛けられていた。

「しっかりと鍵が掛けられてるわね。って、あら? これは……」

鍵を確認していたアリサが、足元に何かが落ちていることに気が付く。拾ってみると、それは何かのアクセサリーであった。

「これって……」

「それは大市で売られていたアクセサリーだな。確か、帝都でも女性、とくに聖アストライア女学院の女の子に人気があるやつだな」

「……どうしてそんなに詳しいのだ」

「姫様の手紙に書いてあった。この間帝都行ったときに一緒に見に行ったしね」

そういえば、ユースティアがアルフィンと仲が良いことを思い出す一同。

「つまり、今回の事件の実行犯は間違いなくここにいる、ということだ。みんなは門を飛び越えられるか?」

「いや、無理だよ……」

そんなこと出来るのは言っている本人くらいである。

「私が鍵を破壊しよう」

ラウラが大剣を抜こうとしたが、それをリィンが止める。

「いや、俺がやるよ。あんまり大きい音を出したらバレるかもしれないからな」

そう言うとリィンは息を整え、一瞬で太刀を抜いた。

一瞬の静寂の後、カチャンと音を立てて鍵を落ちる。

「おぉ、凄いな。八葉一刀流の剣術は久しぶりに見たよ」

「はは、初伝止まりだけどな。それより急ごう」

門を開け、リィン達は自然公園の奥へと向かう。途中には魔獣も出現しており、思ったより進むのが遅くなっていた。

「全く……こんなに魔獣が出てたらこれから大変だな」

「確かにそうだな。っと、静かに」

ラウラが前方の開けたところに数人の男がいることに気が付く。それにリィン達は武器に手を掛ける。

「しっかし、こんな簡単なことで随分稼げたな」

「あぁ。しかし、待ってるだっけてのもヒマだな」

「そう言うな。それだけで金がもらえるんだ」

「こりゃ、確定だね」

男達の会話を聞いて、リィン達は目の前の男達が犯人であることを確信する。

「それじゃ、その金儲けはお終いですね」

ユースティアが先頭に立って、男達の前に出る。男達も慌てて武器を構える。しかし、そんな隙を見逃すはずもなく、目にも止まらぬ速さで銃を斬り落とす。

「んなっ!?」

「全く、少しぐらい警戒しておかないと。さて、お縄……っ!?」

男達を確保しようとしたユースティアが、突然森の方へと首を向かせる。珍しく慌てているユースティアの姿に、リィン達も声をかけた。

「ユースティア? どうしたんだ?」

「……悪い。この場はリィン達に任せた」

「えっ? ちょ、ちょっとユースティア!?」

アリサの制止を振り切り、ユースティアは森の奥へと入っていった。

ユースティアは後ろから聞こえる音を気にしつつ、聞こえた“音”の方向に向かって猛スピードで走り抜けた。

「で、貴方は何者ですか?」

ユースティアは笛を持つ男の前に降り立つと、そのまま剣を男に突きつける。

「ふふふ、まさかこの音を聞き取られるとは思いませんでした」

「生憎、アーティファクトには敏感なものでして。それで、貴方は何者でしょう」

お互いに笑みを浮かべているが、二人の間に流れる雰囲気は重々しい。

「そうですね、私のことは《G》とでも呼んで下さい」

「では《G》さん。あなたをどうこうするつもりはありませんが、この場は退いていただきましょう」

ユースティアの申し出に、《G》は意外そうな表情を浮かべる。

「おや、私を逃がしてしまっても宜しいのですか?」

「貴方だけならともかく、後ろのあの方が一緒だと面倒ですし。今日の所は大人しく退いて下さい」

しばし見つめ合う二人。しばらくして《G》が両手を挙げると、ユースティアも剣を下ろす。

「では私はこれで失礼いたします。あちらも終わったようですし。あぁ、それと早く戻った方がよろしいかと。領邦軍が随分張り切っていましたから」

「それなら心配いりませんよ。私が行かなくても、頼りになるお姉さんがいますから」

ユースティアの言葉に、《G》は苦笑を浮かべる。

「全く……あなたの伝手はバカに出来ませんね。随分と女性の扱いがお上手なようで」

「女性と過ごす時間というものは何よりも楽しいですから。随分と興味深いお話をして下さいます。例えば、“とある”地下組織のことなんかも」

「……では今回は貴方の温情をありがたくいただきましょう。それでは」

《G》は最後に礼をすると、その場から去って行った。《G》の気配が完全に消えると、ユースティアは剣を納めた。

「全く、何をやっているんだか。…………さてと、あんまりクレアさんに任せっきりなのも悪いし、急ぐか」

ユースティアはため息を吐くと、急ぎ足でリィン達の元へと向かったのであった。

 




ユースティアをグルノージャ戦にぶつけると、一瞬で勝負がつきそうなので離脱させました。
次回、クレアさんとのイチャイチャ回(爆発しろ)。


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帝都の夜

クレアとのイチャイチャタイムその1
ユースティアがくそやろうにみえますが、彼は紳士です。
まぁ、書いている本人が爆発して欲しいと思っていますが。


ユースティアがリィン達の元に到着すると、すでに領邦軍が来ており、クレアも無事に到着していた。心配が要らないことが分かったので、ユースティアは笑みを浮かべながら領邦軍の前に出た。

「ユ、ユースティア卿!?」

「おや、あなた方も犯人の逮捕にいらしたのですか? でしたらそこにいる男達が犯人です。リィン達……我々が突き止めましたが、此度の事件、アルバレア領で起きたこと。仕事を押しつけるようで心苦しいですが、後の処理をお願いいたします」

「か、畏まりました」

慇懃無礼なユースティアの物言いに、苦い顔をしながら男達の元へと向かう。そんな隊長に、小声で声を掛ける。

「あぁ、此度の件、報告書の提出を求めます。余計なことかもしれませんが、正確な報告を。仕事を増やしてしまった手前言いにくいですが、お疲れだとしても、最後の見直しをお忘れなきよう」

「っ! ……承知しております。お心遣い感謝いたします」

やがて

領邦軍が去ると、ユースティアはクレアに声を掛ける。

「クレア大尉。リィン達を助けて下さり、ありがとうございました」

「いえ。こちらこそ此度の一件への協力、感謝いたします。この後、少し調書を取りたいので、お時間をいただけますでしょうか?」

「もちろんです。みんなももう少しで終わりだから頑張れよ」

ユースティアの珍しい雰囲気に押されていたリィン達はハッと気を取り直す。

「あ、あぁ。クレア大尉、よろしくお願いします」

「はい。ではケルディックに戻りましょうか」

クスクスと微笑むクレアとともにケルディックに戻る一同。そして、短い調書を取り終えると、リィン達はレポートを書くために部屋へと戻っていた。ユースティアはクレアと共に大市へと移動し、大市で買ったジュースを持ってテラスに席を取った。

「改めて、リィン達を助けてくれてありがとうございました」

「いえ、お気になさらないで下さい、と言っても、お礼の言い合いになってしまいますね。ここまでにしておきましょうか」

「はは、そうですね。じゃあ、乾杯でもしましょうか。ジュースで格好がつきませんけど」

ユースティアが持ったカップに、クレアが微笑みながらカップを合わせる。

「ふふ、執務中でなければここの地ビールも良いですが、今は駄目ですね」

「では今度時間があるときに是非。ゆっくり話したいですし。今度の休みも帝都に行く予定なので、仕事が終わった後ですが、お時間ありますか?」

「恐らく。予定を開けておきますね。エスコート、期待していますよ?」

クレアも随分乗り気のようで、イタズラっぽく言う。ユースティアもいつもより嬉しそうな笑みを浮かべた。

「では、美味しいところを予約しておきましょう。楽しみにしていて下さい」

二人はもう一度コップを打ち鳴らして、向かい合ってクスクスと笑うのであった。

 

 

 

波瀾万丈な最初の実習も終わり、既に5月も半ばを過ぎた。授業なども慣れ始めた頃、Ⅶ組にはある問題が生じていた。

「全く、まだマキアスは意地を張っているのか」

「マキアスの気持ちも分かるがな。確かに、このままでいいとも思えぬな」

教室から出て行った二人のことをラウラやフィーと話していた。

「マキアスも意地っ張り」

フィーも教室のイヤな雰囲気に辟易しているようだった。

「まぁ、これは当人同士でしか解決出来ないであろう。我らはそれをフォローするくらいだろう」

ラウラの言うとおり、周りの者達にはどうすることも出来ないのが真相であった。

「まぁ、今回は私はあまり役に立てないから、マキアスに対してのフォローは皆に任せるよ」

ユースティアの言葉に、ラウラは少し気まずそうな顔を浮かべた。

「その、今まで聞いてこなかったが、そなたがマキアスと仲が良くないのは何か理由があるのか?」

ラウラの問いに、ユースティアは困ったように顔を顰めた。

「うーん……私としては言ってもいいんだけど、マキアスが言っていないから説明は出来ないかな。一つ言うなら、マキアスのあの態度の原因が私達にある、ということだろうか」

ユースティアの話す姿は少し物憂げであった。ラウラとフィーはそれ以上聞くことは出来なかった。

「そんな顔をしないでくれ。二人はこれから部活だろう? あぁ、フィーにはついて行っていいか? エーデルさんに用があるんだ」

「ん、構わない」

「じゃあラウラもまた」

ラウラと別れ、ユースティアはフィーと共に中庭に向かった。

「エーデル部長、こんにちは」

中庭の向かいにある園芸部の花壇で手入れをしている麦わら帽子の女子生徒に声を掛ける。ユースティアの声に気が付いた女子生徒――エーデルは、笑顔を浮かべて立ち上がった。

「あら、こんにちはユースティア君。それにフィーちゃんも」

「ん、こんにちは」

短く挨拶するフィーの様子に、嬉しそうに微笑むエーデル。フィーもこの母親のような包容力を持つ部長にはよく懐いていた。

「頼まれていたハーブ、用意しておきましたよ。それと、ハーブティーも一緒にどうぞ」

エーデルは肩割に置いてあったバッグをユースティアに渡す。ユースティアはそれを受け取ると、持っていた箱を取り出してそれをエーデルに渡す。

「昨日焼いたものです。エーデルさんが好きなベリータルトとトマトパイです。良かったら寮の皆さんと食べて下さい」

「あらあら。ユースティア君のお菓子は美味しいから、太っちゃうわ。寮の皆も困っているのよ?」

エーデルのからかうような言葉に、ユースティアは首を横に振る。

「何を言いますか。エーデルさんはいつもお綺麗ですよ」

「あらあらあらあらっ! ふふふっ、嬉しいことを言ってくれる後輩君には、お野菜もあげちゃうわ」

褒められて嬉しくなったエーデルは、収穫していた野菜を渡したバッグにぽいぽい入れだした。

そんな二人のことを、フィーはいつもよりもジト目で見つめていた。

「ユースティア、何か用事があるって言ってたけど、時間は大丈夫なの?」

フィーに言われて、ユースティアはおっ、と声を上げる。

「ありがとなフィー。鉄道に乗り遅れる所だった」

「あら、どこかに出掛けるのですか?」

「えぇ。明日は休みですから、ちょっと帝都に。ではこれで失礼します」

エーデルとフィーに別れを告げて、ユースティアは第三学生寮に戻る。そこではノアが待っていた。

「お帰りなさいませ。お着替えの用意は出来ております」

「ありがとう。すぐに着替えてくるよ」

ユースティアは制服から、私服に着替えて玄関に戻る。

「それじゃ行こうか。あぁ、それと」

「? 何でございましょう」

扉に手を掛けたまま振り向いてくるユースティアにノアは首を傾げた。

「その服、よく似合っている。綺麗だよ」

「…………そろそろ時間も迫っています。少し急ぎましょう」

いつもより急ぎ足で寮を出たノアの耳は真っ赤になっていた。

とはいえ、ユースティアが鉄道で採るのは個室。当然、従者のノアも同席するので、二人っきりとなる。

「まったくもう……ユースティア様はあまり女性にあのようなことを言わないで下さい」

「ははは、すまんね。でも、ノアに言ったことは本当だよ。ノアは美人だからね。黒い服はよく似合う」

「~~~~~~っ!? むぅ……」

いつも冷静沈着なノアには珍しく、拗ねたような表情を見せる。これも、個室というユースティアしかいないからこそ見せる表情だった。

ユースティアはそんな自分の前でしか見せない従者の表情を見られて、嬉しそうな笑みを浮かべていた。

トリスタとヘイムダルとの距離は近いため、あっという間に到着する。

「それでは私は先に行っておりますので、明日の十時にお城で」

「あぁ。ノアも今夜はゆっくり過ごしてくれ」

「はい。ありがとうございます」

ノアと別れたユースティアは、帝都で行きつけのバーに向かう。《LUNA》というバーは、隠れ家的なお店で、常連客があまり他の人に紹介したがらないため、知る人ぞ知る名店となっている。

「おや、ユースティア君。久しぶりだね」

「お久しぶりですマスター。今士官……っと、色々ありまして。取り敢えずあと一人来ますので、それまで話に付き合って下さい」

「また女性ですか? まぁお話相手、務めさせていただきますよ。それで、最近はどうなのですか? 先月は劇場に行ったと小耳に挟みましたけど」

先月とは、アルフィンとのデートの時のことである。

「あのときは姫様とお忍びだったから、ここには流石に。姫様が大人になったとき、こっそり連れてきますよ」

「それはそれは。五年後が楽しみですね。今のうちに上物のワインを探しておかなければ」

マスターもアルフィンの名前を聞いても動じることはない。それどころか、ユースティアと同じように、クスクスと笑っていた。

その後もマスターの近況などを聞いていると、店の扉のベルが鳴った。扉の方に目をやると、クレアが入ってきた。

「お待たせしました」

「いえ、私も今来たところですから。それにしても、素敵ですよクレアさん」

クレアの服装は軍服ではなく、ドレスアップしていた。薄いブルーのドレスは《氷の乙女》という名に相応しく非常に良く似合っていた。

「ふふふ、ありがとうございます。ユースティアさんもよくお似合いですよ。流石ですね」

クレアもユースティアの服装を絶賛する。ドレス姿のクレアと並ぶと、映画のワンシーンのようだった。二人ともカクテルを頼むと、マスター自らシェイカーを振る。

「素敵な夜に、乾杯しましょうか」

「えぇ、素敵な男性との夜に」

青と白のカクテルを受け取ると、二人は静かにカクテルグラスを鳴らした。カクテルを一口口にすると、その美味しさに目を見開く。

「驚きました。とても美味しいです。私も常連になってしまいそうです」

「いつでもいらして下さい。最高のものをご用意してお待ちしておりますよ」

マスターのウインクに、クレアは微笑みで返す。

「そう言えば、ミリアムちゃんやレクターさんは元気ですか?」

「えぇ。いつも元気です。ミリアムちゃんは元気すぎて困ってしまうくらいです。アランドールさんは……まぁ、いつも通りでしょうか」

同僚の飄々とした笑顔を思い出して、クレアは苦笑する。

「それなら良かった。っと、すみません。今はクレアさんのお話をするときでしたか。クレアさんも最近お忙しいと思いますけど、何か面白いこととかありましたか?」

「そうですね……先日任務でオルディスに行ったのですが、そこでオーレリア将軍とお会いして、一席ご一緒しまして、その時にユースティアさんの小さな頃のお話をお聞きしました。とっても楽しかったですよ」

「それは……師匠め。それはそれで、オルディスに行ったのなら、新作のスイーツは食べましたか?」

この話題は分が悪いと思ったユースティアは話題を変える。

「えぇ。将軍に勧められたので食べましたよ。とても美味しかったです」

クレアの回答を聞いてユースティアは嬉しそうに微笑む。それを見て、クレアはあることに気が付く。

「もしかして、あれはユースティアさんの新作なのですか?」

「えぇ。先月実習の後に送ったものです。クレアさんをモチーフにして作ったんですよ。ミントを使ったすっきりとしたスイーツです。それを紅ササンに食べてもらえて良かった」

「さ、流石に照れてしまいますね」

自分をモチーフにしたと聞いて、戸惑うように顔を朱に染める。

「今回は私の勝ちですね」

「もぅ……大人をからかわないで下さい。でも、あれは本当にとても美味しかったです。あれほどのものを作られてしまったら、女としての立場がありません」

「ではまた今度一緒に料理をしましょう。さっきのデザートのレシピも教えますよ。クレアさんは基本に忠実ですから、教えているととても楽しいんです」

「喜んで。ふふっ、また楽しみにすることが増えてしまいました」

そう言って笑うクレアは本当に魅力的で、クレアの姿をこっそり見ていた他の常連客が見惚れてしまっていた。

話している内に時間は過ぎており、酒の量も進んでいた。

「うん、やっぱりクレアさんは魅力的だ。このまま別れるのは非常に惜しいです」

ユースティアはクレアの腰に手を回してぐいと引き寄せる。

「きゃっ」

「部屋は取ってあります。一緒に来てくれますか?」

ユースティアの言葉に、耳をそばだてていた他の女性客がくらとりしていた。クレアもそこまではいかなくとも、今までで一番というくらい顔を赤くしていた。

「は、はい。ユースティアさんがお望みであれば」

クレアの了承の言葉に、回していた腕とは逆の手でクレアの手をとり、そこにキスをする。

「では参りましょうか。マスター、代金はここにおいておきます。お釣りは……また、美味しいカクテルお願いしますということで」

マスターは苦笑しながら代金を受け取った。ユースティアの歯の浮くような行動で、店内の空気が今のようになるのは、いつものことなのである。

少し強引にクレアに腕を掴ませると、予約していたホテルにエスコートした。因みにアルフィンと訪れたホテルとは別のホテルである。高級ホテルであることには変わりないのだが。

フロントに名前を告げると、従業員は慌てて二人に待っているように言うと奥に下がる。すぐに奥から老人の従業員が出てきて、落ち着いた様子で二人を部屋へと案内した。

場所は最上階のVIP専用エリア。その中でも最もランクの高い部屋である。

 




その2に続かせます。
次回が本番。

因みにシャロンとクレアとのイチャイチャの仕方の違いは以下の通り。
シャロン→ひたすらねっとりと。「愛」と「献身」が意味深……。
クレア →普段はクールに。最後は……なギャップ。

早くシャロンのシーンを書きたい……。ノクターン行きになりそうですが。
ルーレまで待つか、それとも早めに帝都に召喚するか……。
皆さんはどちらがいいですか?


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酔い、溺れ

今回は短いです。



部屋に入ると、ユースティアは先程の老人――総支配人に飲み物を頼む。それを待っている間に、ユースティアはクレアをソファに案内する。

「どうぞ、水です。少しゆっくりしましょうか」

「あ、ありがとうございます」

クレアは水を受け取ると、一口口にする。そして、深く息を吐く。

「ふぅ……、柄にもなく緊張して疲れてしまいました」

「それはすみません。では、そのお詫びと言っては何ですが」

ユースティアはグラスを置くと、クレアの後ろに回る。

「きゃっ。ユ、ユースティアさん?」

「鉄道憲兵隊隊長の任務は激務でしょう。私といるときくらい、肩の力を抜いて下さい」

ユースティアの優しい手つき(※肩もみ)に、クレアは無意識に緊張させていた体から力を抜く。

「ありがとうございます。ふふふ、ユースティアさんといるときはリラックスしているつもりでしたが、存外私も女だったようです」

「何を言いますか。クレアさんは素敵な女性です」

そのままクレアとリラックスしていると、部屋の扉がノックされる。ユースティアがそれに応対し、ワインボトルとワイングラスを受け取った。

「リラックスもしてもらったところで、お勧めのワインです。飲みましょう」

ユースティアは笑顔を浮かべながら、ワイングラスにワインを注ぐ。

「さ、どうぞ。帝都でも人気のラマール州のワインです」

ユースティアに勧められ、二人はワインを飲む。が、同時にクレアが顔をしかめる。

「っと、ブジョネのようですね」

高級ホテルとしては、ほぼ有り得ない失態である。しかし、ユースティアは特に驚くわけもなく、淡々とワインブラスをテーブルに置く。

「ユースティアさん」

「先月の実習中、正確にはクレアさんがルナリア自然公園に来てくれた頃でしょうか。その時に、《G》と名乗る男が、その場所にいました」

唐突なユースティアの言葉に、クレアは目をつり上げる。それまで部屋にあった甘い空気は全て吹き飛んでいた。

「それは……」

「先日話した、厄介話、です。彼は魔獣を操る笛型のアーティファクトを所持していました。まぁ、持ち主自体はそこそこな人物かと思いますが、あの笛は脅威となるでしょう」

「そうでしたか。でも、どうしてあのときに教えてくれなかったのですか?」

クレアの問いに、ユースティアは懐から、数枚のメモ用紙を取り出しそれをクレアに渡す。

「ノア達に頼んで調べてもらいました。確定ではないにせよ、恐らく」

「いえ、これほどのもの、感謝いたします。我々の方でも調査していきますので、何か分かりましたら連絡いたします」

「えぇ。ありがとうございます」

ユースティアがクレアにお礼をすると、そこで扉がノックされる。ユースティアは扉を開けると、今度はその人物を中に招いた。男性が持ってきたカートにはワインボトルが数本乗っていた。

「折角の夜です。最高のソムリエが選んでくれた“今度こそ”最高のワインをご馳走しますよ」

ユースティアの言葉に、クレアは困ったようにクスリと笑う。

「さっきのはわざとだったのですね?」

「いえ、こんな素晴らしい所で無粋な話をしたことへの罰でしょう」

ユースティアのわざとらしい冗談に、クレアはそれ以上追及するのは止めた。

それからは、会話を楽しみながらワインを開けていく。

一本飲んだ所で、ユースティアがソムリエの男に声を掛けた。

「申し訳ない。予想以上に酔ってしまったようです。後一本だけ頂くから、あとは皆さんで飲んで下さい」

予想外の贈り物に、流石の一流の従業員とはいえど、喜びを隠すことが出来なかったようで、入ってくるよりもいくらか軽い足取りで部屋を出て行った。

「ユースティアさん、酔ったなんて嘘でしょう?」

「えぇ。でも、これからは二人っきりで過ごしたいですから。クレアさんとなら深く酔うのも魅力的ですが、やっぱりもったいないですから」

ユースティアは新しいグラスにワインを注ぐと、クレアに渡す。

「それに、クレアさんには一緒に酔ってもらいたいですし。さ、今度こそ美味しいお酒です」

「えぇ。では、卿はお付き合いします。ふふふ」

グラスを打ち鳴らすと、不意にクレアがクスクス笑い出した。

「どうしましたか?」

「いえ、私も存外女だったようです。こんなに悪い男性に引っかかってしまうだなんて」

「いやでしたか?」

「そこがズルいんです。イヤなわけ、ないじゃないですか」

そう言うと、クレアは何も言わず目を閉じる。ここで何かを言うほどユースティアは無粋ではない。そのまま顔を近づけると、クレアに長いキスをしたのだった。

唇をクレアから離すと、クレアの顔は真っ赤に染まっていた。それが酔いからくる赤さとは別物なのは明らかであった。

「……溺れさせてくれますか?」

「えぇ。今夜はどこまでも酔って下さい」

その夜は、何時までも部屋の明かりが消えることはなかった。

 




ノクターン候補その一
読みたい方はわっふるわっふる


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氷から漆黒へ

そろそろ爆発してほしい、今日この頃


朝となり、ユースティアとクレアはホテルのホールに出た。昨夜のドレスとは異なり、カジュアルな服装であった。

「よく似合っています。プレゼントした甲斐がありました」

「ありがとうございます。でも、本当にいいのですか?」

「えぇ。またそれを着てデートしましょう。では。本当なら送っていきたいところでしたが」

ユースティアはクレアを送ろうとしていたのだが、クレアはそれを断っていた。

「私とユースティアさんが二人で歩いているところを見られるのは現段階ではあまりよろしくありません。でも、そのお気持ちは嬉しいですよ」

クレアが小さく微笑むと、ユースティアは観念したようだった。

「では、最後に」

そういうとユースティアはクレアに顔を近づける。今は朝であり、少ないながら他の宿泊客もいる。しかし、クレアはスッと目を閉じてユースティアのキスを受け入れたのであった。

「んっ……。……ふふっ、ありがとうございます。ではまた」

最後にユースティアの頬にキスをすると、クレアはホテルから去っていった。

「全く、本当に素敵な女性だことで」

そんなことを呟きながらホテルを出て行く。

「そうは思いませんか?」

「えぇ。あなたは悪い男です。ほら」

後ろにいる女性へと話しかけると、その女性はユースティアの顔を強引に取ると、強引にキスを奪った。

「んっ、やっぱりあなたからはいつもいい香りするわ」

そう言いながら、その女性はユースティアの脇腹をキュッと抓る。

「いたた。痛いですよリズ」

リズライヒ・ヴィンター。名門ヴィンター伯爵家の次女であり、ユースティアの二つ年上の女性である。ユースティアとはただならぬ仲であり、ユースティアとは関係が深い女性である。

「それで、浮気性のユースティア。今日は私に付き合って下さいね。折角昨日はトールズまで行ったのに、まさかあの方と一夜を過ごしていたなんて思わなかったわ」

「……学院に行ったんですか?」

「それとあなたの寮にもね。随分と可愛らしい子達がいるのね。彼女たちとは駄目よ? あなたの毒牙は、初々しい女の子には猛毒なのだから」

ユースティアはトリスタに戻ったときの追及の嵐を想像して、帰るのが少し憂鬱になっていた。

「まったく……ノアと一緒にいて下さいと言っていましたよね」

「あら、昨夜は一緒にいたわよ。貴方がいないと分かったから、すぐに戻ってきたのだから」

「はぁ……分かりました。では、一緒に行きましょう」

「それでいいのよ」

リズライヒはユースティアの腕を取ると、王宮に向かって歩き始めた。リズライヒは美女である。それも、他に並び得ぬほどの美女。ユースティアの銀の長髪とは対照的に、闇夜の如き漆黒の長髪は好対照で、道行く人々の視線を集めていた。

「ふふっ、あなたの腕に抱きついてると、幸せな気分になるわね」

「私としても嬉しいですが、流石に恥ずかしいですよ」

「でしたら、昨日私を袖にした罰ですわ。それが、こんな役得ならば、嬉しいでしょう?」

「ははは……、そうですね」

珍しくユースティアは苦笑していた。そのまま王宮の前に到着すると、門にいた近衛兵に用件を伝える。すると、近衛兵は慌てたように二人を王宮内に案内する。

案内された部屋で待っていると、一人の男が部屋に入ってきた。

「よっ、お熱いことだな」

「お久しぶりです、レクター特務大尉」

レクター・アランドール特務大尉。オズボーン子飼い《鉄血の子どもたち(アイアンブリード)》の一人で、《かかし男(スケアクロウ)》と呼ばれる男である。

「おいおい、固いな。いつも通りレクターさんで構わんよ。ヴィンター嬢もお久しぶりです。相変わらず熱々ですね」

レクターはリズライヒにも頭を下げる。リズライヒはチョンとスカートをつまむと頭を下げた。

「ごきげんよう。お久しぶりです」

「さっ、ユースティアの所のメイドほどではないですが、ここのコーヒーも中々です。ユースティアもそれでいいかい?」

「構いませんよ」

レクターがベルを鳴らすと、メイドがコーヒーと菓子を持ってやってきた。素早く用意をすると下がっていった。

「じゃあ、乾杯だ。クロスベル行ったときにもらってきた豆だが、美味しいぜ?」

「では……うん、確かに。いい香りです」

「それに、このクッキーも美味しいです。流石はレクターさんですね」

二人とも、レクターのコーヒーを絶賛する。レクターは満足そうにするとカップを置いた。

「さて、早速だが本題だ。リズライヒさんが持ってきてくれた件の資料についてだが、とても役に立つ。改めて感謝する」

「お役に立ったのならなによりです。こちらとしてはお仕事を増やしてしまったので、申し訳ないと思っているんですが」

「それが俺たちの仕事だよ。リズライヒさんもありがとう。大変だっただろう?」

レクターの言葉に、リズライヒは首を振る。

「いえ。ノアさんもいましたから、それほど大変ではありませんでした。全く、この人のメイドさんは非常に優秀です。そうは思いませんか、レクター様?」

ユースティアの腕を抓りながら言うリズライヒに、レクターも流石に苦笑いするしか無かった。

「それにしても、ユースティアは相変わらず尻に敷かれているな」

「私にはもったいない女性ですよ」

少し顔をしかめつつも、リズライヒのことは愛おしげに見つめていた。それを見てレクターはやれやれと肩をすくめた。

「はいはいご馳走さん。まぁ、お前さん達のお陰で、ラマール州の方にも何とか潜り込めている。とはいっても、殆ど分からないことだらけどな」

「それは師匠が優秀だからでしょう。あまりラマールの方には深入りしない方がいいでしょう。あそこは私でも分からないことだらけですから」

「そうしたいところだけど、そうできないのが官職勤めのイヤなとこでね。まぁ、しっかり参考にさせてもらうよ。俺が言うことではないけど、お前たちもあまり危ない橋を渡るなよ?」

「それこそ今更でしょう。ですが、学校は違えど元会長のあなたに言われてはしないわけにはいきませんね」

「というか、ユースティアといるだけで、危ないことだらけですから。心配はご無用です」

「全く、大した奴らだ。分かった。心配はしないよ」

レクターはそう言うと、ソファから立ち上がった。

「呼び出しておいて悪いが、仕事が山積みでな。悪いが失礼するよ。せめてゆっくりしていってくれ」

レクターはメイドを呼ぶと、そのまま部屋を出て行った。

「ゆっくりと言われてもなぁ。リズは何かしたいことでもありますか?」

「そうですね、では久しぶりにユースティアの髪でも結わせて貰おうかしら」

リズライヒはメイドに道具を持ってくるよう言うと、ユースティアを鏡の前に座らせた。

「普通、こういうのは私がやる側ではないですか?」

「ふふっ、ではあなたにも後でやって貰いましょう」

リズライヒはメイドから受け取った櫛でユースティアの髪を梳かす。ユースティアの髪に引っかかることなくサラサラと流れ、後ろで見ていたメイドが息を漏らしていた。

「いつ見ても貴方の髪は綺麗ね。羨ましくなるわ」

「それはこちらのセリフです。私はリズの髪、好きですよ」

「私もユースティアの髪は好きですから」

二人の雰囲気に、部外者であるはずのメイドの方が照れて真っ赤になってしまっていた。

慣れた手つきでユースティアの髪の毛を結い上げると、入れ替わるようにリズライヒが座る。

「ほら、やっぱりリズの髪も綺麗じゃないですか」

「当たり前よ。貴方に負けてしまっては悔しいもの。折角だからお揃いにしてくれるかしら」

「畏まりました、お嬢様」

そう言うと、ユースティアも慣れた手つきでリズライヒの髪を結い上げる。

「ありがと。ねぇ、どうかしら?」

リズライヒは不意に後ろで顔を惚けさせているメイドに感想を求める。

「は、はいっ! お二人ともとてもお美しいです!」

「ありがとう。では、お披露目にでも行きましょうか。貴女もついてきてね」

メイドを伴って、部屋から出る二人。社交界で話題によく出てくる二人である。そんな二人がお揃いの姿でいるのだから目立つこと仕方がない。

そして、そんなことを宮殿内でしていれば、当然。

「お、お兄様?」

すぐにアルフィンに伝わる。

「ひ、姫様。何をしていらっしゃるのですか?」

この日、アルフィンはエリゼを招待していた。お茶をしているに、ふとイヤな予感がしたために、こうして宮殿内を歩いていた最中に、こうして腕を組んでいるユースティアとリズライヒを発見したのである。

廊下の影で、仲睦まじい様子の二人にワナワナと震えていた。

「あら、ユースティア様ではないですか。それにリズライヒ様も。一言ご挨拶をぐえっ」

淑女にあるまじき呻き声をあげるエリゼ。アルフィンに首根っこを引っ張られて、廊下の影に引きずり戻された。

「だめよエリゼ。今顔を出してはいけないわ」

「ごほっごほっ。ひ、姫様急に引っ張らないで下さい……」

咳き込むエリゼを余所に、アルフィンはユースティアとリズライヒを追いかけていた。このまま放っておくこともできず、エリゼもため息を吐きつつアルフィンの後を追いかける。

「第一、今日お兄様が来るだなんて聞いていませんわ」

「……私はこんなことになるだなんて聞いていませんでした」

エリゼの恨み言も何とやら、アルフィンはユースティア達の尾行を続行した。とはいえ、一国の皇女がこんなことをしていれば、注目されるのは当然である。通りかかる人々に、思わず二度見させており、集中しているアルフィンはともかく、エリゼは恥ずかしさで顔を真っ赤にしていた。

一方ユースティアとリズライヒは、しっかりと後ろの可愛い追跡者に気が付いていた。

「ふふふ、姫様は相変わらず可愛いわ」

「……まぁ、それには同感ですが。それで、いつまで知らんぷりしているんですか?」

「もちろん、向こうが出てきてくれるまでよ」

つまり、アルフィンが折れない限り、リズライヒはこの茶番を続けるつもりだということである。

「全く……姫様に嫉妬していただく、というのも悪い気はしませんけど、後が非常に大変なことになるんですよ? とくに、本人とプリシラ王妃への釈明が」

「それこそ、自業自得よ。それに、それを何とかしてこそ男の甲斐性よね?」

全く悪びれないリズライヒに、ユースティアはこれ以上お願いをしても無駄だと諦めた。

「それで、どこに行くのですか?」

「そうね、お庭に行きたいわ。あなたがいないと行けないところですし」

アルノール家と懇意にしているユースティアは、城内の多くの施設の利用を許可されている。とはいえ、普段はアルフィンやプリシラ、またはオリヴァルト達皇族の面々と利用しているのであり、今回のように皇族以外の女性とともにプライベートで利用したことはない。

それに加えて、嫉妬で後をつけてきているお姫様がいるのだから、どうなるかは火を見るよりも明らかである。その証拠に、後ろからの殺気はどんどん増していた。

「リズ、もう呼びますよ? シュバルツァー嬢もそろそろ可哀想ですし」

この場で最も可哀想なのは、やる気もないのに恥ずかしいことをさせられているエリゼであった。

一方追跡組。

「あら?」

「どうかしましたか姫様?」

影から覗くアルフィンの後ろから、ぐったりしながら訪ねるエリゼ。

「いえ、お二人を見失ってしまって」

「えっ? ここは一本道で見失うはずが……」

「もう気付かれてますから、一緒にお茶でも飲みましょうか」

「「きゃあ!?」」

突然後ろに現われたユースティアに、アルフィンとエリゼは飛び上がるほど驚いた。振り向けば、今まで追跡していたユースティアとリズライヒがいた。

「お、おおおお兄様!? どうして、えっ!? 今まで前に」

「落ち着いて下さい姫様。単純に高速移動しただけです。それより、一緒にお茶でも飲みましょう。ずっと歩いていて疲れたでしょう? さ、エリゼさんも」

「は、はい。ありがとうございます」

追跡にノリノリであったアルフィンはともかく、元々やる気のなかったエリゼは素直にユースティアの誘いに乗ったのであった。

 



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女は強し

最近忙しいので、更新出来ません……



「それで、今日はどうしていらしたのですか?」

先に宮殿に来ていたノアに紅茶を淹れてもらい席についた四人。ノアが後ろに下がると、アルフィンは早速と言わんばかりにユースティアを問いただした。

「どうして、と言われても……お仕事、としか」

「リズライヒ様との逢瀬もお仕事なのですかっ!」

この程度の説明では納得するはずもなく、アルフィンは眉尻をキッとつり上げていた。

「ですから、お仕事……、あ、来ました来ました」

どう説明しようか困っているうちに、待ち人がこっちにやってくる。その待ち人とは、他ならぬアルフィンの母、プリシラ王妃であった。

「待たせてしまったようね」

「いえ、ちょうどよいタイミングです。ほら、姫様。しっかりとお仕事でしょう?」

ユースティアはそう言うが、アルフィンはそれでも納得していない。

「お母様聞いてください! お兄様ったら、リズライヒ様と腕を組んで歩いていたのですよ?」

「あら……。あまり、娘をからかわないで下さいね?」

「……失礼いたしました」

元凶たるリズライヒはクスクスと笑うばかりで、ユースティアは諦めて頭を下げた。

「愛されているわね、ユースティア。」

「貴女に言われると困ります」

「お・に・い・さ・ま・?」

これ以上からかい続けると爆発してしまいそうだったので、ユースティアとリズライヒは本題に入った。

「ふふふ、姫様。ユースティアは姫様の為に今日いらしたのですよ」

「私の為、ですか?」

まさか自分の為だとは思っていなかったのか、アルフィンは首を傾げた。

「皇妃様、今お出ししても宜しいでしょうか?」

「そうね。これ以上アルフィンを虐めても可哀想ですし、お願いするわ」

プリシラに許可をもらい、リズライヒは小さな箱を取り出した。

「ユースティア。お願いされていた品です」

「ありがとうリズ。姫様、少し目を閉じていてくださいますか?」

「? は、はい」

何をされるのか想像も出来ないアルフィンだったが、素直にユースティアの言う通り目を閉じるアルフィン。ユースティアはリズライヒから受け取った箱から取り出したものをアルフィンの首にかけてあげた。

アルフィンはその感触に驚いて目を開き、それを見ると慌てて後ろのユースティアを見る。

「お兄様、これは」

「今度の夏至祭の時の為のネックレスです。リズにはこのネックレスの製作をお願いしていたんです」

アルフィンの胸元で輝くのは緋色のルビー。アルノール家を象徴する宝石はアルノールにとても良く似合っていた。

「なんて綺麗なんてしょう……」

これにはエリゼもうっとりとしていた。

「私がユースティアにお願いして、ネックレスを作っていただいたのですよ。アルフィン、大好きなお兄様が素敵な女性と一緒にいて落ち着かないのは分かりますが、あまり嫉妬をしていては愛想を尽かされてしまいますよ」

「お、お母様!」

プリシラのからかうような言葉に、アルフィンは顔を真っ赤にしてしまう。そして、その真っ赤な顔のままリズライヒの方を向いた。

「コ、コホン……その、リズライヒ様。先ほどは失礼なことを言ってしまい、申し訳ありませんでした」

「ふふふ、謝らないで下さいませ。私が姫様をからかってしまったことは事実なのですから。私の方こそ失礼いたしました」

お互いに頭を下げる様子をプリシラは満足そうに眺めていた。が、急にユースティアのことを睨む。

「それにしても、ユースティアは随分と愛を振り撒いているようですね」

「プ、プリシラ様?」

「貴方がアルフィンのことを愛してくれていることは分かっていますが、あまり娘を心配させないように。……そうですね。リズライヒ殿、このあとユースティアをお借りします」

「ちょっ!? プリシラ様!?」

プリシラは立ち上がると、ユースティアの腕をぐいと引っ張る。その気迫に、アルフィン達はもちろん、ユースティア自身も逆らうことも出来なかった。

プリシラとユースティアが去り、アルフィン達だけとなる。ノアが新たにお茶を淹れると、リズライヒが口を開く。

「でも、姫様がとても羨ましいですわ」

「私が、ですか?」

「はい。姫様は皆様に愛されていらっしゃいます。あのユースティアが一途に想うようになるとは思ってもいませんでしたから」

しみじみと語るリズライヒに、アルフィンは気になっていたことを尋ねる。

「その、リズライヒ様は、お兄様が修行に行っていた頃のことを知っているのですよね?」

ユースティアは、幼少のころ修行の旅に出ている。その頃の話は、アルフィンだけではなく、プリシラやオリヴァルト達も把握していない。そして、リズライヒこそ、その頃のことを知っている数少ない当事者であった。

「はい。私は家の反対を無視して彼のことを追いかけましたから。今思うと、お転婆だったものです」

「お兄様に聞いても、その頃のことはほとんど話してくれないんです。リズライヒ様は何かご存知なのですか?」

「そうですね……一応ですが、共に旅をしていましたから知ってはいます。ですが、彼が言おうとしないのにも理由があるのでしょう」

つまりは、リズライヒも話すつもりはないということだ。アルフィンもそれは分かってはいたが、やはり残念そうにしていた。

「ですが、帰ってきた後のユースティアはとても楽しそうです。そうだ、先日、トリスタに行ってきたのですが、ユースティアの学生生活についてお話しましょう。寮にも顔をだしたので、エリゼ様のお兄様ともお話したのですよ」

「「是非」」

お互いの想い人についての話である。楽しそうに微笑むリズライヒの後ろで、ノアが内心で溜め息をついていた。

 

プリシラからのお説教を受けたあと、ユースティアはトリスタ行きの列車に乗っていた。アルフィンにもお礼とお説教を受けており、エリゼの苦笑いが印象に残っていた。

「ふふふ、お疲れ様」

そして、列車にはノアの他にリズライヒも同席していた。

「どうして、貴女まで来ているのですか?」

「あら、貴方と一緒にいたいから、ではダメかしら」

「ではそれで。ともかく、今日はありがとうございました。向こうへはいつ頃帰るのですか?」

「さしたる仕事もないし、しばらくは帝都にいるつもりよ。こちらにも屋敷はあるから、不自由しないし、色々お会いしたい方もいるしね」

「そうですか。それは色々と助かります。なんだかんだ言っても、近くにいてもらった方が助かります」

一見すれば普通の会話である。しかし、個室にいる三人にはまた別の意味を理解していた。

帝都とトリスタは近い。あっという間にトリスタ駅に到着した。駅を出ると、既に暗くなっていた。

「それで、今日はどこに泊まるのですか?」

「勿論、ユースティアの部屋のつもりよ?」

「……笑いながら言わないで下さい」

「冗談よ。《キルシェ》に部屋をとってるから、そこに泊まるわ。じゃあ、おやすみなさい」

リズライヒは自然な仕草でユースティアにキスすると、手を振りながら《キルシェ》に向かった。

「さて、帰ろうか」

「はい。……あら」

クルリと寮に向かおうとすると、ノアが人影に気が付く。そこには、ノートを持ったアリサ。

「今日も遅いんだな」

「え、えぇ。ノートが切れちゃって……」

「せっかくだから一緒に帰ろう」

「……って、また同じ展開なの!? というか、今の女の人って、昨日寮に来たリズライヒさんでしょ!!」

そういえば、リズライヒが先日寮を訪れていたのを思い出す。

「そうだが?」

しかし、ユースティアは言い訳をしなかった。そうくるとは思っていなかったアリサは言い返せない。

「~~~~っ、ともかく、帰ったら説明してもらうわよ!」

ビシッと指を指し、アリサはズンズンと先に帰ってしまった。そんなアリサにユースティアは溜め息をつき、ノアはクスクスと笑っていた。

「これは、今日も遅くなりそうだ」

「リズライヒ様も仰っていたではないですか。これも自業自得、です」

「やれやれ。ノア、皆にデザートを作ってもらえるかな?」

「かしこまりました」

 




次回からは原作添いになるかと


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翡翠の公都にて

 

5月26日となり、実技テストである。リィンやユースティア達は順調に課題をクリアしたが、Ⅶ組に重くのし掛かる問題が、一月前よりも悪くなって顕在していた。

「まさか、リンクが繋がらなくなってしまったとはな」

ユーシスとマキアスの《ARCUS》のリンクが、繋ごうとした瞬間、切れてしまったのである。課題自体はクリアできたものの、二人は何も出来なかった。今もお互いを非難し合っていた。

そんな二人の間に入ったのはユースティア。

「取り合えず、言い争いはその辺にしておけ。一応まだ授業中だぞ?」

「ふん……分かっている」

「君に言われるまでもない!」

二人に背を向けられ、ユースティアは肩を竦めた。

取り合えず、言い合いも収まったのを見計らうと、サラは今月の特別実習先と班構成の書かれたプリントを配った。

そこには以下のように記されていた。

 

A班:リィン、エマ、マキアス、フィー、ユーシス、ユースティア

 (実習地:公都バリアハート)

 

B班:ラウラ、アリサ、エリオット、ガイウス

 (実習地:旧都セントアーク)

 

人数に差があるという所にも目が行くが、それよりも見逃せない項目がある。

前回に続いて、ユーシスとマキアスが同じ班だということに加え、マキアスが公都バリアハートに行くということである。

「冗談じゃないぞ!!」

「このような茶番、認めるわけにはいかない」

案の定、ユーシスとマキアスはサラに噛みついた。リィン達に説得されようとも貸す耳をもたず、班構成の見直しを主張し続けていた。

「第一、人数に偏りがある。普通ならば、5:5で分けるだろう」

「あー、それは私の事情だ」

ユーシスの言葉にユースティアが答える。

「事情だと?」

「そうだ。実は実習の期間中に別行動をしなければならなくてな。その為にA班の人数が多くなっているんだ。それに、リィン達も言っていたように、士官学院の学生ならば、教官の意向に逆らうのは問題だぞ」

「私用で動こうとする君には言われる筋合いはない」

これにはマキアスも反論した。ユーシスも口には出さないものの、同意見のようで、ユースティアはお手上げと両手を挙げた。

「降参しました。サラ教官、よろしくお願いします」

「なによ、やるなら最後までやりなさいよ。……ともかく、私としても命令したつもりではないし、君達の要望を聞くのも吝かではないんだけど……気が変わったわ」

そう言うとサラは自分の武器を取り出した。

「力を示せ、とはいうけれど、私は武力が全てだとは思わない。だけど、自分の意見を通したいのなら、あんた達の力、見せてみなさい」

そうして始まる、ユーシスとマキアス、そして巻き込まれたリィンとの戦い。結果はいうまでもなく、サラの完勝であった。

「ふむ、リィンは随分と奮闘したな。旧校舎での調査が効いたのかな」

「ははは……まだまだだよ」

疲れてはいるものの、リィンはすぐに立ち上がると太刀を鞘に納めた。

「謙遜することないぞ。教官は私達よりも遥かに格上の相手。そんな相手に対して効果的に立ち回ったんだ」

「ありがとうユースティア。とはいえ、負けたのは悔しいな」

「それでこそ武人だよ」

リィンとユースティアはほのぼのとしていたが、ユーシスとマキアスはそうはいかない。決定を覆せず、解散を告げられると、なにも言わずに校庭から去ってしまった。

 

そして、数日経ち5月29日。特別実習当日である。

前回のリィンとアリサの痴話喧嘩とは異なり、ユーシスとマキアス、そしてリィンの間に流れる空気は最悪であり、エマはタラリと汗を流していた。フィーは端から諦めている。

一方ユースティアはというと。

「はい、今朝キルシェのキッチンをお借りして作ったお弁当よ。皆で食べてちょうだい」

「なぜいるのですか」

帝都からわざわざやってきたリズライヒから弁当を受け取っていた。6人分ともなれば大きい。

「ユースティア……いくら貴方が女誑しとは言っても、これは、ねぇ……」

色々ユースティアにやらかされているアリサは、ここぞとばかりに口撃していた。

「ふふふ、お弁当はともかくとして、用があるのは本当よ。はい、昨日殿下から受け取ったから渡しておくわね」

そう言って渡されたのは、一枚の封筒であった。そこにはアルノール家の紋章が書かれている。

ユースティアは落としていた肩を戻すと、その封筒をしっかりと受けとる。

「では皆さん、様々な課題があるとは思いますが、決して挫けず、諦めずに最後まで考え抜いて行動してくださいね。帝都からではありますが、応援しています」

リズライヒからの激励にⅦ組の面々は頭を下げる。そこに列車が到着した。

「じゃあ行ってきますよ。姫様方にはよろしくお伝え下さい」

「分かりました。必ず」

最後に一言交わすと、列車の扉が閉まる。そのまま座席に着いたが、皆ユースティアに注目していた。

「ん? あぁ、リズの朝ごはんか? リズも料理は上手だから美味しいぞ」

「いや、そうじゃ……」

「まぁまぁ、まずは朝ごはんを食べようじゃないか。話はそれからだ」

リィンの言葉を遮り、ユースティアはそれぞれにリズライヒが作ったサンドイッチを渡す。皆、何か言いたそうだったが、サンドイッチを口にした瞬間、目を見開いた。

「美味しいな……」

「こんなに美味しいサンドイッチ、初めてです」

「おかわり」

「だろう? リズは私の料理の先生だからな。それに、こんなに美味しいものを食べると色々バカらしくなってこないか、ユーシスにマキアス?」

黙っていた二人に話しかけると、二人はユースティアのことを睨んだ。

「バカらしいとはなんのことだ?」

「随分強引に思えるが」

「苦しいのは百も承知だがな、そうでもしない限り、いつまでも歪みあうつもりだろう?」

あまりにストレートな物言いに、リィン達だけでなくユーシス達も絶句していた。

「マキアスの意見については、私からは何も言わない。ユーシスについても同様だ。だが、それを鑑みたとしても、二人の態度がこの特別実習にそぐわないのは一目瞭然だろう」

「くっ、ではこの男と仲良くしろとでも言うつもりか!」

マキアスが叫ぶが、ユースティアは一切動じない。

「いや、二人はそういう間柄ではないだろう。だが少なくとも、学院においては、Ⅶ組の10人は《仲間》だ。決して敵ではない。それはあの日、オリエンテーションの最後に参加を決めた私達10人が心しておかなければならないことだ」

ユースティアの言う《仲間》という言葉に、全員黙り混む。そんな中、最初に口を開いたのはユーシスであった。

「……分かった。少なくとも学院の中では、不必要にいがみ合うのはやめよう。まぁ、この男が納得するかは知らんがな」

「そ、それはこっちの台詞だ!」

またしても言い争いだしたが、これまでのものとは確かに違っていた。

「ま、堅苦しい話は終わりだ。早く食べないと、フィーが全部食べちゃうぞ」

「食べていいなら、食べる」

いつの間にか両手にサンドイッチを持っていたフィーに、リィンとエマは笑ってしまった。

バリアハートが近づき、ユーシスが街の説明をする。それが終わると、ふとユーシスが何かを思い出した。

「そう言えば結局聞いていなかったが。ユースティアとリズライヒ卿はどんな関係なんだ。先日訪ねてきた時といい今朝といい、な」

一番気になっていた件故に、特にエマが興味津々であった。

「あー、あれについては完全にリズの悪ふざけだ。で、私とリズの関係だけど、一言で言えば同僚だな」

「同僚? あちらはともかく君は学生だろう?」

前回の実習では別の班であったマキアスは首を傾げた。それはエマ達も同様だったが、唯一前回も班が一緒であったリィンはとあることを思い出す。

「領邦軍を止める時に言ったやつか?」

「そう。《王家直属監査官》ってやつだな。私はその役職に《準男爵》として特別に就いている。その経緯については極秘だけど、リズ、リズライヒ・ヴィンターは私の部下なんだよ」

想像もしていなかった解答に、全員ポカンとしてしまった。士官学院にはユースティア以外にも多くの貴族生徒が存在する。《四大名門》であるパトリック・ハイアームズ、アンゼリカ・ログナー、そしてユーシス・アルバレア。もちろんユースティア・カイエンもそうである。

しかしユースティア以外の貴族生徒は爵位を継承しているわけではなく、貴族の家の生まれであるに過ぎない。無論、貴族であることには変わりないのだが、爵位持ちというわけではない。

だが、目の前の男はカイエン公爵家の生まれに加え、自身も爵位を持っているのである。

だが、ユーシスは一つ疑問を覚えた。

「では、お前はカイエン家を継がないのか?」

「多分な。家自体は兄が継ぐだろうし、父上もそのつもりのはずだよ。それに、今の立ち位置の方が色々口出し出来るしな。オルディスで色々献策出来たのも、息子ではなくて、《準男爵》として動いたからだしな」

海都オルディスの繁栄は、帝国のみならず諸外国でも有名であり、その立役者であるユースティアも同様である。

「継承したわけではないから、対して偉いわけじゃないけどな。とはいえ、現状では言わば王家直属なわけだから、貴族には効くんだが……まぁ、そこはものは使いよう、ってやつだ」

「じゃあ、今回の私用というはもしかして」

エマがちらりと封筒を見る。するとユースティアは一枚書類を取り出した。

「いや、これは殿下から頼まれたリュートの弦のおつかいだ。ほら、あの人忙しいからバリアハートにまでいけないからな」

その書類には確かに《買ってきてほしいものリスト》なるものが書いてあった。あまりな結末に、がくりと肩を落としたのだった。

その後直ぐに駅に到着し外へ出ると、Ⅶ組A班を豪華な導力車が出迎えた。そこから出てきた青年は優雅で、まさしく貴族というような出で立ちで、その顔立ちはユーシスに似ていた。

「お疲れ様、Ⅶ組諸君。そして、ようこそバリアハートへ」

「あ、兄上!?」

ルーファス・アルバレア。ユーシスの驚きの声の通り、アルバレア公爵家の長男であり、貴族界きっての貴公子である。オリヴァルト、ユースティア、そしてルーファスの三人が、帝国の女性たちの人気を三分しているのである。

「お久しぶりです、ルーファスさん。確か、以前お会いしたのは……」

「皇宮でのパーティーだったね。あの時の君と姫様のダンスには見惚れてしまったよ」

「ルーファスさんこそ、まだまだ私では敵いません。あれこそ貴族、というのでしょうね」

二人の会話に、皆置いていかれそうになる。が、そこはしっかりと話を元に戻していた。

「おっと、すまないね。彼と話すとつい話しすぎてしまう。まずは宿泊先に案内しよう。私としては我が家でも、と思ったのだが、それでは実習の本意から外れてしまうだろうからね」

案内された車に乗り込むと、こそこそとユーシスがユースティアに声をかけた。

「お前は兄上とも親交があったのか?」

「あぁ。実家でやったことについて話し合ったりしてな。ルーファスさんにも、色々な意見をいただいたんだ。家と家の関係もあるから、頻繁に、とはいかないけど、多くのことでお世話になっているよ」

「ははは……、何だか想像出来ない世界ですね」

「ただの女誑しじゃなかったんだね」

「第一、仕事相手は男性が多いぞ。まぁ、宰相閣下なんかは、オペラで主役張れそうなくらいいい声だけど」

豪華な衣装に身を包み、オペラハウスで歌うオズボーン宰相を想像しようとして、全く想像出来なかった。

そんなどうでもよいことを話している内に、目的地に到着した。

「では、私は用事があるのでこれで失礼する。ユーシス、士官学院生として、アルバレア家の者として、確りと励むように。他の皆も頑張ってくれたまえ」

そういうとルーファスはそのまま去ってしまった。

「さて、折角ルーファスさんが用意してくれたんだ。入ろう」

ユースティアとユーシスを先頭に、ホテルに入る一行。その際、部屋割りで少々揉めたが、何とか依頼を受けとると、一旦男子達の部屋に集合する。

「さて、今日の内に殿下の用事を済ませておきたいのだが、いいだろうか?」

「ふむ、確かに今日は依頼の数も少ないから大丈夫だろう」

「俺も構わないけど、三人はどうだ?」

その言葉に、マキアス達も問題ないと頷く。

「ありがとう。あぁ、それに伴ってなんだが、えーと、エマ。悪いのだが、髪を結ってくれないか?」

「へっ? えぇっと、それはいいのですが」

いきなりの申し出に、エマを初めとした他の皆が首を傾げた。

「どうしたんだいきなり」

皆の言葉を代表してユーシスが尋ねる。

「大したことではないさ。ただ、バリアハートには知り合いの人が多いからね。少し変装しないと囲まれかねない」

相変わらずなユースティアに、皆は聞いて損したと肩を落とした。

そうしてエマは苦笑しながらユースティアの後ろに回り、髪に櫛をいれる。

「わぁ、ユースティアさんの髪の毛、凄くさらさらですね。私は癖があるので羨ましいです」

「はは、こればかりは気を付けているからな。だが、エマの髪も綺麗じゃないか。折角貴族の街にきているのだ。なに、私も結わせてもらおうか」

自分の髪のセットが終わると、ユースティアはエマを椅子に座らせ、エマの三編みをスルスルと慣れた手付きでほどく。

「ユ、ユースティアさん!?」

「ほら、ジッとしていて。エマの髪は綺麗なウェーブだから、下ろすだけでもガラリと変わる。少し整えるだけでもこの通りだ」

瞬く間にエマの髪のセットを終え、リィン達に振り向かせる。

「びっくり」

「あぁ。ただ髪を下ろしただけなのにこんなに変わるとは思わなかった」

リィンとフィーはエマの変貌ぶりに目を丸くしていた。

「ほら、そこの男二人。女性が髪型を変えたのに、何も言うことはないのか?」

「ふむ……確かに驚いた。大人しい印象だったが、随分と変わるものだな」

「確かに、いつもとは違う印象だが、似合っていると思う。というか、ユースティア。何故君はそんなにも女性の髪の扱いに慣れているんだ」

ユーシスとマキアスにも好評価で、エマは恥ずかしさで俯いてしまう。

「私は姫様やプリシラ皇妃と仲良くさせてもらっているからな。よくお二人の髪を結わせてもらっているのだ。今年の新年の舞踏会の時のお二人の髪のセット担当は私だしな」

「……貴様が特別なのはよく理解した」

ユーシスの言葉に、一同溜め息をつきながら同意した。

ともあれ、一同はフロントから依頼を受け取り内容を確認する。

「ふむ、《オーロックス峡谷道の手配魔獣》と《穢れなき半貴石》と《バスソルトの調達》の三つか。すまないが、皆には手配魔獣とバスソルトをお願いしたいのだがいいか?」

「それは構わないけど、もしかして殿下の件か?」

「あぁ、半輝石、つまりはドリアード・ティアのことだろうが、これは楽器のケースの飾りにもよく使われるものでな。リズに一つ作って貰えないかとお願いされているんだ」

「ふむ、私用といえども、課題に関係しているから構わん。皆はどうだ」

他の皆も依存はないらしく、ユースティアはリィン達と別れ、一人で《宝飾店ターナー》を訪れる。

「いらっしゃい、って、ユースティア卿!?」

「お久しぶりです。依頼を見てきたのですが、彼が依頼主ですか?」

驚く店主を宥めつつ、ユースティアは店主の隣にいる男性に視線を向ける。

「は、はい。でも、貴族のお方に依頼をするなんて……」

「確かに私は貴族ですが、今は学生です。それに、これから一世一代の告白をなさるような方には、是非ともお手伝いをさせて頂きたい」

その男性の目的をあっさりと見抜き、ユースティアは依頼を受ける。北クロイツェン街道に出向き、早々にドリアード・ティアを幾つか採取して戻ろうとすると、ユースティアは溜め息をつく。

「何か御用ですか?」

何もない空間に声をかけると、ゆらりと一人の男が姿を現す。その男は貴族のような出で立ちで、何よりも怪しい雰囲気を纏っていた。

「君相手では隠れていても無駄であったかな? 久しぶりだ、ユースティア卿」

「お久しぶりです、ブルブラン。こんな所にいていいのですか?」

ブルブラン。またの名を《身喰らう蛇》の執行者No.Ⅹ《怪盗紳士》ブルブラン。世界中で指名手配されているとんでもない男である。

そんな男と対峙しているユースティアだが、等の本人は面倒臭そうな表情をしていた。

「なに、問題はないさ。それより、随分と面白そうなことをしているではないか。いや、年齢的に考えれば妥当なのかな?」

「まぁ、楽しいですよ。で、まさか、入学祝でも届けにきたのですか?」

ユースティアは適当に言ったつもりだったが、ブルブランはうむ、と頷いた。

「え? 本当に?」

「かの《死線》が恋い焦がれ、あのお方の寵児の入学なのだ。素直に祝わせてもらおう」

ブルブランは、懐から二つの包みを取りだし、それをユースティアに渡す。

「まさか、貴方がメッセンジャーとはね。怪盗から配達人に鞍替えしたのですか?」

「それこそ、まさか、だよ。それに、君の周りには面白いことが多い。これからが楽しみだよ」

ブルブランの言葉に、ユースティアは更に嫌そうな顔をする。

「あまり、鬱陶しいようなら、容赦しませんからね」

「それだけ言ってもらえるなら、有難い。君も実習、頑張りたまえ」

それだけ言うと、ブルブランは現れたとき同様、フッといなくなってしまった。

「全く……面倒の多い人だこと。取りあえず、戻りますか」

この先の苦労を想像し、如実に疲労感を醸し出していたが、依頼の件もあるので、寄り道せずにバリアハートに戻る。

「お待たせしました……おや?」

宝飾店に戻ると、そこには暗い顔をした店主と依頼人が、そしてメイドをつれた男が待っていた。

「お久しぶりですね、カリスト男爵。奥様へのプレゼントをお探しですか?」

「ユ、ユースティア卿!? どうしてこちらに!?」

カリスト男爵は、まさかユースティアがいるとは思ってもいなかったらしく、飛び上がるようにして驚いていた。

「士官学院の実習の一環でして。いやはや、殿下のご依頼を受けてドリアード・ティアを取りにきたのですが、中々見つかりませんで。どうにか一つ手に入れたので、ここで加工してもらおうと思っているのです。そうだ、ここで会えたのも何かの縁です。宜しければ、奥様へのプレゼントのアドバイスでも……」

「い、いえっ、やはり妻へのプレゼントは自分で選ばなければなりませんので……」

「おっと、これは大変な失礼を。ははは、貴方のような男性が旦那様とは、奥様もお羨ましい」

「は、ははは……ユースティア卿にそう言ってもらえたとあれば、社交界でも自慢できますな。で、では、私はこれで……」

カリスト男爵は、愛想笑いをしながら店を出ていった。控えるメイドも困ったような顔をしていたが、ユースティアに笑みを向けられると、顔を赤くしながら店を出ていった。

その姿を見送ったユースティアは、さて、と呆然とする二人の方に振り返る。

「これで、ゆっくりと出来ますね」

「「へ?」」

ユースティアの言葉に、二人ともポカンとする。

「彼は今健康というか美容というか……老いが気になるようで、様々な物に手を伸ばしているんですよ。まぁ、殿下の名前を出せばおいそれと手を出せませんから、上手くいったということで」

「というか、殿下とはもしかして……」

店主の言いたいことに気が付いたユースティアは、大丈夫だと手を振る。

「そちらのものは確保しているから大丈夫ですよ。それに、これから式を挙げる男性からこれを取り上げたと知られれば、そちらの方が怒られてしまいますからね」

そう言いながら、ユースティアは大きめのドリアード・ティアと、小さな箱を渡す。

「ユースティア卿、これは?」

「私達からのお祝いです。素敵な結婚式になるよう応援いたしますよ」

そう気障な台詞を吐き、ユースティアは依頼を完遂したのだった。

 

依頼を終えたユースティアだったが、合流する時間にはまだまだ余裕があった。

「ふむ、折角だし一休みでもしようか」

小さく呟くと、ユースティアは《ソルシエラ》のテラス席でお茶を飲むことにした。

時間帯的にもテラス席には誰も居らず、ユースティアは丁度よい機会とばかりにブルブランから受け取った包みを開く。その中には、仕立てのよい万年筆と装飾が見事な髪留め、そして一通の手紙が入っていた。

ユースティアは万年筆を手に取ると、微妙な表情で見詰めた。

「……普通にいいものだから、どう反応すればいいのやら。流石というか、困ったというか」

帝都の老舗のメーカーの最高級モデルという、センスの良すぎる贈り物である。身なりこそ奇抜だが、それ故に世の機微に敏感な怪盗紳士を思い浮かべようとしたが、止めた。

「さて、げに恐ろしきはこちらかな」

そう言いつつも、ユースティアはどこか嬉しそうに手紙を開く。そこには短いながらも美しい筆跡で文章が綴られていた。

そして、最後にはこのように書かれていた。

 

『どこに居ようとも、どのような立場に成ろうとも、貴方は私の弟子です』

 

この言葉に、ユースティアは苦笑したが、心の中で頭を下げた。

「私は、確かにあなたに救われた。今でもそのように言っていただけること、心から感謝します」

小さく呟くと、ユースティアは髪留めを外し、騎乗の戦乙女をあしらった髪留めを新たにつけた。

すると、そこに依頼を終えたリィン達がやって来た。

「ユースティア。依頼は終わったのか?」

「あぁ。ここで待っていれば合流出来ると思ってな。サインは貰ったのか?」

「あぁ。魔獣の討伐の前に昼食と思ってたんだ」

「なら、ここで食べていこう。なに、今日は私の奢りだ。座って待っていてくれ」

そう言うと、ユースティアは手紙を仕舞い、レストランに入っていく。すぐに戻ってくると、依頼内容について報告しあい、やはりというか呆れられた。

「君という奴は、何というか……」

「ははは、場馴れというやつだよ。それに今日はあとは魔獣討伐だけなんだから、気を抜かずいくぞ?」

と、そこでエマがユースティアの髪留めが変わっていることに気が付く。

「あれ? ユースティアさん、髪留め変えたんですか?」

「そう言えば、何か持ってたけど」

フィーもユースティアが何かを持っていたことを思いだし、それについて尋ねる。

「あぁ、縁ある人と会ってね。その時に入学祝として頂いたんだ。まさか、ここで会うとは思わなかったけどね」

ユースティアは髪留めを外すと、リィン達にそれを見せる。

「これは……家でも中々見られない程だな」

ユーシスが驚愕するほどに見事な装飾に、ユースティアは嬉しそうに答える。

「ユーシスにそう言って貰えると嬉しいよ。ともあれ、今日は私も用事はないから、午後は一緒に行かせてもらうよ」

「そう言えば、ユースティアと依頼を受けるのは初めてだな」

リィンの言う通り、ユースティアはリィンと何かしらの依頼を受けるのは初めてであった。

「はは、ならば私の実力特とごらんあれ、と言いたいが、指揮はリィンに任せるよ。自惚れる訳ではないが、私が一人で突っ走っては実習の意味がないからな」

ユースティアの言葉にリィンは苦笑しながら頷いた。

昼食を終えた一向は、オーロックス峡谷道に向かう。が、そこでトラブルが起きてしまった。

リンクを繋ごうとしたマキアスとユーシスが、構築に失敗し、言い合いを始めてしまったのである。そして、そんな二人を狙う魔獣から二人を庇うためにリィンが負傷してしまったのである。

幸い、エマのお陰もあり大事には至らなかったものの、流石の二人も責任を感じていたのだった。

ともあれ、報告を終えてホテルに戻ると、ユースティアはリィンをベッドに寝かせる。そして、一人部屋を出ていくマキアスの後を追った。

「マキアス」

「……君か。説教でもしに来たのか」

「まぁ、それでもいいのだが、反省をしている者にしても逆効果だろう。少し話をと思ってね。入学以来、ろくに会話してないだろう?」

ユースティアはマキアスをテラスに誘い向かい合う。

「さて……何から話すべきかな」

「なら、僕から聞きたい」

顎に手を当てるユースティアに、マキアスが問いかける。

「君は、僕の従姉さんのことは知っているのか?」

マキアスがまだⅦ組の誰にも打ち明けていないことをユースティアに尋ねた。

ユースティアは少し目を閉じた後にはっきりと答える。

「その問いに対しては、知っている、と答えるよ。私は君の従姉に起きたことを知っている」

ユースティアの返答にマキアスは立ち上がりかけるも、それを留めて座り直す。

「その言い方では、まだ何かあるんだな?」

「あぁ。私とマキアスは同い年だ。当然、その頃は陛下から爵位を貰ってはいないし、その頃はオルディスには居なかった時期だからな」

「居なかった? ……どういうことか聞いてもいいか?」

マキアスの言葉にユースティアは少し考え込んてから説明を始める。

「そうだな。私の師がオーレリア将軍であることは知っているな?」

「あ、あぁ。ラウラが話しているのを聞いたからな。でも、それと今の話とどう関係があるんだ?」

「貴族の間では、私はオーレリア将軍の弟子、まぁ《白銀の羅刹》とか呼ばれているんだが、オーレリア将軍に本格的に師事するようになったのは13歳からなんだ。まぁ、3、4年といったところか」

話が見えてこず、首を傾げるマキアス。

「それより前は、8つの頃から5年程旅に出ていたんだ。だから、その時私は帝国にすらいなかったんだ」

それほど幼いときに旅に出ていたと聞き、唖然とするマキアス。

「まぁ、その時に私がいたとして何も出来なかったことも確かだがね」

いかにユースティアが優秀だったとしても、子供の頃では別であることは、マキアスも理解していた。

「君は……」

「ん?」

「君は、僕のことを蔑まないのか?」

マキアスの質問にユースティアはポカンとする。

「君の普段の様子を見れば、そのようなことをしない人物だというのは分かる。だが、だからこそ、貴族だからと言って無差別に嫌うような僕のことは嫌じゃないか?」

マキアスの真剣な問いかけに、ユースティアも改めて考える。

「少なくとも、マキアスのことをその様に思ったことはないよ。人の心は千差万別。ルーファス卿のこともレーグニッツ知事のことも尊敬しているし、宰相のことも素晴らしい人物だと思っている。無論、その過程における出来事には思わないことがないとは言えないが、結果を見れば素晴らしい人物だということは疑いようがないからね。マキアスもそう思っているのではないかい?」

「……そうだな。僕も色々考えている、つもりだ」

政治に関心が高いマキアスだからこそ、ルーファスやオズボーンの政策の光と闇といった部分には詳しかった。

「それでいいのではないのかな? 一つの意見を盲信するのではなく、異なる立場の意見をぶつけ合い、妥協できる点を模索し合う。それが、政治の基本だ。それに、マキアスにはそれが出来るうってつけの相手がいるだろう?」

「なっ!? ……ユーシスのことを言っているのであれば、とんだ勘違いだが?」

「ははは、それでこそだよ。さぁ、明日も早いんだ。そろそろ寝た方がいい」

ユースティアはそういうと、席を立つ。しかし、向かおうとしているのは部屋ではなかった。

「君は寝ないのか?」

「あぁ。少し目が冴えてしまったから、夜風に当たってくるよ。なに、心配はいらないさ。夜更かしは仕事柄慣れているからね」

そうして、ユースティアはマキアスから離れ、ホテルの外に出た。昼間は賑やかな街も夜では静まりかえっている。

ユースティアは街中に流れる川の橋の下に着くと、物陰に声をかける。

「ここなら誰もいませんよ」

「……少し本気で気配を消したのたが。君には敵わないな」

そこから姿を現したのはルーファスであった。消していた気配をあっさりと見破られていたのにも拘わらず、ルーファスはやけに嬉しそうであった。

「そういうのは、どこぞの奇人に嫌と言うほど鍛えられましたからね。それに、ルーファスさんには陰行は似合いません」

「それは参考にさせてもらうよ。しかし、君が思っていたより、学院生活を楽しんでいるようで何よりだ」

「それは皇妃殿下に感謝しても仕切れませんよ。帝都にだけいては経験出来ないことばかりです。そんか機会を作って下さったオリヴァルト殿下に、貴方にも感謝しています」

オリヴァルトと親しいユースティアは、Ⅶ組が設立された経緯を本人から聞いていた。

「君は殿下だけでなく、イリーナ会長とも仲が良かったね。宰相殿ともか。ともかく、ユーシスも有意義な学院生活を送れているようで安心したよ」

「だからと言って覗き見はよくないですよ。それに、こんなに遅くに出歩いていては、見張りの兵も心配するでしょうに」

「それを言うならば君もなのだが……まぁ、それも間違いないし本題に入ろうか」

そう言うと、ルーファスの雰囲気がガラリと変わる。

「君の優秀なメイドだが、これ以上深みに関わらせない方がいい」

ルーファスの言葉にユースティアはピクリと反応する。

「ノアに限ってへまはしないと思いますが」

「それは私も同感だよ。君のメイドは勿論、リズライヒ殿も非常に優秀だ。現に、父上や領邦軍は全く気が付いていない」

「貴方に気付かれては元も子もないですが」

外部の者が侵入しているのにも拘わらず、ルーファスは笑みを絶やすことはない。

「それは私が君と仲が良く、君が宰相殿と仲が良いからだ。それがなければ、私も気が付けないよ」

「ご謙遜を。……しかし、忠告は感謝いたします。これは、帰ったら訓練のし直しですね」

ユースティアの言葉にルーファスはそれまでの張りつめた雰囲気を霧散させる。

「君達がこれ以上強くなっては、誰も手をつけられなくなってしまいそうだ。ともあれ、呼び出した側ではあるが、もう夜も深い。明日も依頼があることだし、早めに休みたまえ」

「ルーファスさんも、お身体にはお気をつけ下さい」

深く頭を下げると、ユースティアはその場から離れていった。残されたルーファスは、ユースティアの姿が見えなくなると、ポツリと呟く。

「《死線》に《氷の乙女》、それに加えて《闇現(やみうつつ)》と《幻想姫》か。彼の交遊関係は脅威に値するね」

面白そうに呟くと、ルーファスも夜の闇に紛れて、その場から消えたのであった。

 



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