星空凛は猫を被りたい (Kano)
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前編

 

 「え? 真姫ちゃんが凛におしゃれを教える?」

 

 もう二学期も始まって一息が付き、秋分もとうに過ぎたある日のこと。かなり遅れてきた残暑によって、肌を刺すような日光を十二分に受けた放課後練習も終わったころ、クールダウン中に真姫ちゃんがそう言って話しかけてきた。

 

 「そうよ。あの日以来ちょっとは女の子らしい服装をするようになっているけれど、まだまだ女の子初心者でしょ?」

 「女の子初心者って……。それだと凛が、今まで男の子だったみたいだにゃー……」

 「ち、ちがっ! 凛はおしゃれをし慣れてないって言いたいのよ! とにかく、今週の土曜日って空いてる? ショッピングに連れて行ってあげるわ」

 

 今週の土曜日と言えば、テスト前最後の休日だ。つまりそれは凛にとって最後の砦を意味している。

 

 「その日から凛は真面目に学業に励むつもりなんだにゃ」

 「それっぽい言い方して、テスト勉強と言うより、要するにテスト前の課題を全然終わらせていないんでしょ?」

 

 返す言葉が見つからなかった。

 

 「ま、どうせそんなことだろうと思ったわ。だからショッピングが終わったら私の家に来ればいいのよ。私が着なくなったものとかもいろいろと試着させてみたいし、そのついでに課題も手伝ってあげる。二日もあれば終わるでしょ」

 

 学年トップの真姫ちゃんが手伝ってくれるとなると百人力だ。提出期限当日になっても終わっていなかった時の頼みの綱として考えていたけれど、その前に終わらせられるとなるなら凛としては願ったり叶ったりである。……って、あれ?

 

 「え? 凛、真姫ちゃん家に泊まるの?」

 「何か都合悪かったかしら? 凛のことだから、土日を目いっぱい課題に使う予定で開けているものだと思ったけれど」

 

 心の中にある見えない的の、ど真ん中を射抜かれた気分になる。確かに凛は、土日の48時間をどのように効率よく使うかの計画まで練っていた。でも……。

 

 「なんか先回りして言われると、腹が立つにゃ」

 「ならそういうことでいいわね。朝の10時にUTX学院前で会いましょ。時間厳守でお願いね」

 

 画して凛は、真姫ちゃんによって半ば強制的に、ほとんど上から目線で約束を漕ぎ着けられたのである。

 

 

 ◆

 

 

 「おはよ真姫ちゃん。早いね、待たせちゃったかな?」

 

 ショッピングの約束をした日が嘘だったかのような、暑さを感じない綺麗な秋晴れに恵まれた当日の朝。集合の時間になるかならないかの頃、凛は少し早く待ち合わせ場所に向かったものの、すでに真姫ちゃんはそこで待っていた。

 

 「おはよ凛。私も今来たとこよ。それより……ふむ」

 「な、何かにゃ……?」

 

 真姫ちゃんは顎に手を当て、凛のすぐそばまで顔をずいと寄せてきた。その距離の近さに凛は少し後退る。さっそく凛のファッションセンスのチェックということなんだろうか。真姫ちゃんは凛の周りを一周すると、納得したようにこっちを向いて笑顔を見せた。今日の服装は、まあいつもの服装と大して変わらないんだけど、上はクリーム色のシャツで中に厚着を、下はブラウンのボーダー柄のオーバーオールにレギンスで肌は完全に隠している。

 

 「ま、合格点ってとこかしら。おしゃれとは言い難いけど、凛らしさは出ているわね」

 

 それはどうも、と小さく返事をすると、ようやく真姫ちゃんは凛から距離を取ってくれる。そんな真姫ちゃんの服装と言えば、……うん、高そう。どこかで見たことあると思ったら、秋合宿の行きに来ていた服装と、バッグから羽織っている白いコートまで同じだった。凛が人のことを言えた口じゃないけど、μ’sの中には他にもっとおしゃれさんがいると思う。

 

 「さ、こんなところで油を売っている時間はないの。早く行きましょう? 凛のプロデュース大作戦、始めるわよ!」

 

 その言葉に何かと反論したかったけど、真姫ちゃんはくるりと凛に背を向けると足早に駅へと向かって歩き出してしまった。

 この二日間、凛は果たして無事でいられるのかな……。

 

 

 ◆

 

 

 電車に乗って向かった先は、都会の中の都会、原宿だった。普段かよちんとですら、ここまで遠出して買い物することもなく、目新しさに思わずきょろきょろとしてしまう。

 

 「なに挙動不審になってんの。田舎者みたいに見えるから止めてよ。……っと、着いたわ。ここの店に入るわよ」

 「凛はこれでも一応東京住みなんだけど……あ、待って」

 

 店に入った途端、凛は思わずそこで立ち止まった。

 

 「うわぁー……!」

 

 意図せずに感嘆の声が漏れてしまう。真姫ちゃんによって連れてこられたそこは、凛の知らない世界だった。せいぜい近くの大型ショッピングセンターにある服屋程度にしか行ったことのない凛にとって、その店の中はあまりにも眩しすぎた。

 

 「別に、普通のアパレルショップでしょこんなの。……早く入りなさいよ」

 

 固まっている凛をじっとりと見る真姫ちゃんの視線が痛い。これが普通と言われれば、凛はどうしようもなくなってしまう。

 

 「り、凛には似合わないにゃー……」

 「まーたそんなこと言って。あんなにばっちりとウェディングドレスを着こなした人が言うセリフかしら? 今日は凛に自信を付けさせる目的も含んでいるの。主役は主役らしく、しゃんとして頂戴」

 

 真姫ちゃんはそう言って凛を軽く叱ると、店の奥に向かって手を振って声をかける。すると奥から出てきたのは、上下スーツに身を包んだ中年くらいのダンディーなおじさまだった。髪は半分くらい白んでいて、いわゆるちょび髭を鼻下に蓄えた彼はどこかの執事でもやっていそうだ。すぐに真姫ちゃんの存在に気付くと、柔和な笑みを浮かべて凛たちのそばに来る。

 

 「いらっしゃいませ。これはこれは、西木野様のところの真姫お嬢さんではありませんか。おやおや、ご友人も一緒なのですね」

 「今日は彼女の服を選びに来たの。手伝ってくれる?」

 「もちろんでございます。早速見ていきましょうか──」

 

 そこから凛は、文字通り着せ替え人形だった。着ては脱がされ、脱がされては着てを繰り返し、真姫ちゃんはおじさまと、ああでもないこうでもないと話し合いながら凛の服を選んでいく。最初は男性だからとおじさまのことを不安に思っていたが、真姫ちゃんよりもおじさまが勧める服のほうが候補として多く上がっていくのには驚いた。体を触ってもいないのに凛の体系を完全に把握していて、凛にぴったりの服を持ってきてくれる。

 

 ……何時間が経過したんだろう。そろそろ目が回りそうになってきた頃にようやく、遅めの昼食をと店の奥にあるカフェスペースに案内された。どうやら店がランチをご馳走してくれるらしい。

 

 「こんな高そうなお店、真姫ちゃんはよく来るの?」

 

 凛の一週間分の昼食代くらい値が張りそうなランチに舌鼓を打ちながら、丸いテーブルを挟んで正面に座る真姫ちゃんに尋ねてみた。

 

 「季節の変わり目に来るくらいかしら? 家族ぐるみでお世話になっているから、来たときはこうやってランチをご馳走してくれるのよ」

 

 常連ならではの特典ということなのかな。それにしても気になっていたことが一つ。

 

 「じゃあ真姫ちゃんの服はいつもおじさま……おほん、店員さんに選んでもらっているの?」

 

 ファッションのことは先日真姫ちゃんに言われたように素人に等しいのだけれど、そんな素人眼に見てもおじさまのセンスは凄く良い。凛の中ではどうしてもおじさまのチョイスが真姫ちゃんの私服に結びつかないのだ。

 

 「いや、私って人に決められるのとかあまり好きじゃないのよね。服くらい自分で選べるものだし、いつもは一人で選んでるわ」

 「そうなんだ……」

 「なんでほっとしてるのよ」

 「い、いや、気のせいだにゃ」

 

 うっかり顔に出ていたようだ。せっかく連れてきてもらったのに、あまり失礼なことを考えるべきではないよね。

 ……そういえば、どうして真姫ちゃんはわざわざ凛のためにここまでしてくれるんだろう。こんな高そうなお店に……高そうな……高そうな?

 

 「に"ゃーーーー!!!!」

 「うぇっ!! ななな、何よ突然! びっくりするじゃない!」

 「あんな高そうな服を買えるほど、凛はお金を持ってないよ……」

 「ああそんなこと」

 

 椅子をひっくり返してまで驚いていた真姫ちゃんは凛の発言をそんなことの一言で片づけると、座り直して食後の珈琲を優雅にすすって見せた。

 

 「私が払うに決まってるじゃない。こっちが勝手に選んで、さあお金を払ってなんて言うわけないでしょ」

 「そんなの、申し訳なさいっぱいで、これから真姫ちゃんの顔を見るたびに赤面しちゃうにゃー」

 「なんで初恋の女の子みたいになってるのよ……」

 

 眉間にしわを寄せ、真姫ちゃんが凛のことを見る。

 

 「じゃあこうしましょ? 私はこの服で凛に先行投資をするわ。凛がこれから売れっ子アイドルになったら、そうね、私の服を買ってちょうだい」

 「売れっ子アイドルって、メンバーの中でも断トツにかわいくない凛がなれるわけないよ……。それにスカウトさんも来てないのに……あだっ!」

 

 ダシッ!

 と真姫ちゃんは凛の頭頂部をなかなかの力でチョップした。二人の騒ぎが聞こえているのか、扉の隙間から見える店内では他のお客さんが何事かとこちらを覗いているのがわかる。

 

 「スカウトはこれからきっと、いや、絶対に来るわ! ……まったく、凛ってやっぱり……うん。ま、お金はそういうことで、服の方をさっさと決めてしまいましょ」

 

 何かを言いかけた真姫ちゃんは珈琲を一気に飲み干すと、凛を置いて店のほうに行ってしまった。

 何を、言いかけたんだろう。

 

 

 ◆

 

 

 それからの時間はあっという間だった。昼食前にある程度絞っていた候補をもう一度着ながら、真姫ちゃんとおじさまと三人で一つのコーディネートへと絞り込む。

 

 「さぁ、出てきて凛」

 

 選んでもらった服に着替えたものの試着室で渋っていた凛は、真姫ちゃんにそう声を掛けられて恐る恐るカーテンを開ける。

 

 「おお! やっぱりこれが一番お似合いですな。凛お嬢さん、本当に素敵でございますよ」

 

 そういってにこやかに凛を見つめてくれるおじさまを見ていると、なんとか試着室から足を踏み出す気になれる。

 秋らしい少し深みかかった柿色のカットソーにはワンポイントで円形のブランドマークが入っていて、首回りからクリーム色のシャツを覗かせている。そしてその襟を通して胸元には焦げ茶の紐リボンがぶら下がっていた。下は膝上10センチ弱の淡い緑色をしたフレアの入ったスカートを履き、左前にちょこんと二つ蝶ネクタイのような赤いリボンが二つ付いている。さらにキャメル色のチャッカーブーツとグレイ基調のアーガイル柄靴下までおまけしてもらい、凛の全身がそっくりそのまま完全にコーディネートされてしまった。

 

 「どう? 少しは自信がついたかしら? しっかり鏡で自分を見てごらんなさい」

 

 肩を掴まれて試着室の鏡へと体ごと顔を向けられた凛は、否応なしに自分と対面してしまう。そこにいるのは確かに自分なのだけれど……。

 

 「やっぱり凛はあんまりこういうお淑やかな服は似合わないよ……。ボーイッシュはボーイッシュらしく、もっと動きやすい格好がいいな」

 「何言ってるのよ凛。あなたの今の姿を見て誰がボーイッシュだなんて言うのかしら。ねぇ?」

 「はい。それはそれはどこかのご令嬢のような、立派な淑女に見えますよ」

 

 おじさまの後押しも受け自信満々に頷いた真姫ちゃんは、財布の中から何やらカードを取り出す。高校生なのにもうクレジットカードなんて持っていることに驚きを隠せない。

 

 「じゃあ私は会計してくるから、凛は出口で待っててね」

 「う、うん。ごめんね真姫ちゃん。いつか必ず返すから」

 「ごめんじゃなくて、ありがとうでしょ」

 

 カードをひらつかせながら、真姫ちゃんはレジの方へ歩いて行った。全身を着替えてしまった今、さっきまで来ていた服を持ち帰らなくてはならないことを思い出し、凛は慌てて試着室へ入ろうとする。すると、すぐ横でおじさまが大きめの茶袋を両手に抱えていた。

 

 「着てきた服を持ち帰るのにお使いください」

 「あ、どうもです。……今日はありがとうございました」

 

 ぺこりと頭を下げ、凛は壁に掛けていた自分の服を畳み始める。

 

 「お店に来る前と今では、果たしてどちらが凛お嬢さんなのでしょうね」

 「……へ?」

 

 唐突に脈略もないことを話しかけられて、振り返りながら素っ頓狂な声を上げてしまう。そこには凛が履いていた靴を箱に入れて抱えているおじさまがいた。この人、凄い。

 

 「何を言っているのか、凛にはさっぱりわからないにゃ……?」

 「これから言うことは年寄りの戯言として聞き流してください」

 

 おじさまはそう前置きをすると、優しくほほえみながら諭すように話し出した。

 

 「……凛お嬢さんも真姫お嬢さんも今、変化の多い多感な時期です。自分とはどういうものなのか、決して見失わないように」

 「りーん? 準備できたの? 早く帰らないと、どんどん時間なくなるわよ」

 

 お店の出口で真姫ちゃんが腕組みをして凛を待っている。すぐ行くと返事をした凛は、おじさまから靴を受け取り乱暴に茶袋に突っ込むと、もう一度深々とお辞儀をして真姫ちゃんの下へ向かう。聞き流せと言われたものの、おじさまの言葉は凛の心の片隅でぷらぷらと引っかかっていた。

 おじさまが何を言っているのか、凛にはさっぱり、わからない。

 

 そうして凛のプロデュース大作戦はひとまず幕を下ろしたのだった。



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中編

 「ただいま。飲み物を持っていくわ。二階に上がってて?」

 「お、おじゃまします」

 

 誰も居ない暗い家に明かりをつけていきながら、私は凛を二階の自分の部屋へと促した。お化け屋敷を探検するかのように身を縮めながら歩いていく凛だけど、扉の前にはネームプレートを掛けているから迷うことはないと思う。一人台所へ行き適当にジュースとグラスを盆に乗せると、そこでようやく一息付く。

 

 「……ふぅ、やっと家に着いた 」

 

 ほんと凛ったら、私の予想以上に人の視線を集めるんだから、横にいる私が気疲れしてしまう。あれだけ可愛い子がにゃあにゃあ言いながらはしゃいでいたら、そりゃあ人目にも付くわよね。挙げ句の果てには、最後に立ち寄ったカフェで後ろの人たちに同性カップル扱いされるし。

 

 「カップル、か……」

 

 カップル、彼女、ガールフレンド、アベック……って、これは古いか。私と凛がカップル……

 

 「いやいやいや、ないないない」

 

 邪念以外の何物でもないその考えを私は振り飛ばす。それこそ花陽のほうがお似合いじゃない、幼馴染だし。って、そういう話じゃなくて。

 

 「真姫ちゃーん! 遅いにゃー!」

 「わわわ……っ!!」

 

 凛の声で我に帰る。あの店を出てからというもの、どうも調子がおかしい。急いで盆を持ち上げると、私は台所を出て階段を駆け上がった。

 

 「おまたせ。適当にオレンジジュースを注いだけど、他に飲みたいものがあったら……あっ」

 

 部屋に居た凛は、机の上に飾ってあった写真立てを手にしていた。あのファッションショーの時に撮った、ウェディングドレスに身を包んだ凛とタキシード姿の私とのツーショット写真。

 

 「真姫ちゃん……これ……」

 「わーっ!!! 違うの! いや違うくないんだけど、そそそ、そう! これは日替わりよ!」

 「なるほど! つまり今日は凛の日ってことかにゃ! 凛がお泊まりする日だもんね!」

 

 ……どうにか誤魔化せた。昨日で掃除は徹底したはずなのに、写真立ては盲点だったわ。深読みはされていないみたいだし、とりあえず安心ってとこかしら。……安心? 何を?

 

 「真姫ちゃんのベッド、ふっかふっかにゃー! おー、枕から真姫ちゃんの匂いがする!」

 「こ、こら凛! 埃が立つから止めて! 枕も返しなさい!」

 

 凛の手から枕を奪い取った私は、ベッドの上で凛と対峙する。すると怪しい手の動きをさせながら凛が私に迫ってきた。希から体得したと思われるそれからは、確かな恐怖しか湧かない。

 

 「ちょっと、いい加減にしないと課題見せてあげないわよ!」

 「にゃっ、それは困るにゃー……」

 

 耳があったら垂れていそうなくらいしょんぼりとする凛。罪悪感に苛まれるけど、貞操を守る為ならそうも言ってられない。

 

 「まずはお風呂に入って、そこから夕ご飯よ。その後に私のお古を幾つか試着してもらって、最後に勉強ね。いい?」

 

 

 ◆

 

 

 思いの外、凛が課題をやっていない範囲が多くて、試着を次の日に回し先に課題に取り掛かった。そして熱心に教えていたせいか、気付いた時には時計の針はとっくに頂点を過ぎていた。凛もうつらうつらと舟を漕ぎ始めたことだし、これ以上は効率が悪いと判断した私は、渋々と凛の欲求もとい要求を飲むことにする。

 一発だけデコピンをかました後に、身悶える声を聞きながら敷布団を準備するために部屋を出た。客人用の寝室もあるにはあるのだが、凛に対してはその選択をする必要がない。

 両腕でなんとか抱えきれる程度の寝具一式を持って部屋に入ると、凛は既に私のベッドの中に潜り込んでいた。身動きをしていないあたり、もう寝ているのかもしれない。そんな凛をわざわざ起こさないように静かに布団を敷き始めると、しかし残念ながら彼女は起きてしまう。

 

 「ごめん起こしちゃった? もう用事はないから寝てていいわよ。ただし試着は明日の朝にするからね」

 「違うにゃ。真姫ちゃんがベッドに入ってくるのを待ってたんだよ! ほらはやくはやく!」

 

 顔と片手だけを出した凛は、さながら招き猫のように私を呼ぶ。同じ布団で寝ることを予想していなかった私は、反応が追いつかずにきょとんとしてしまった。

 

 「い、意味わかんない」

 「せっかくお泊まりに来たのに、一緒に寝ないなんてあり得ないにゃ! かよちんとはいつもそうしてるよ!」

 「……そう、花陽とはいつもそうしてるのね」

 

 少しだけ、本当にほんの少しだけ、心の中にもやがかかったような気がして、私は押し黙ったままベットの中に潜り込んだ。急に様子が変わった私を見て不安げな表情をする凛の頬を、両手でしっかりと抓る。

 

 「あいだだだだだだだ!」

 

 涙目になる凛がとてつもなく可愛いけど、跡が付くと可哀想なのでほどほどで程々で手を放してあげる。

 

 「ごめん、つい」

 「つい、でほっぺを抓られたらたまったもんじゃないにゃ! 凛怒ったよ! もう寝るにゃー!」

 

 りすみたいに頬を膨らました凛は、そのまま私にそっぽを向いて寝てしまう。いちいち仕草が可愛くて思わず後ろから抱きしめたくなるのだけど、流石にそこは思い留まった。意思が固いのかそれとも本当に寝てしまったのか、凛は一向にこちらを向いてくれない。

 ぼーっとしたまま十分程経った頃に、寝てしまって聞こえなかったならそれでいいと、私は一つの質問を彼女に投げかけた。

 

 「――凛の昔話が聞きたいな」

 

 それは今回、凛を誘った本当の目的。それはショッピングをして凛を飾り付けるのでもなく、家で凛の課題を手伝ってあげるのでもなく、ただこの質問をしたかっただけ。この質問の意味するところは、恐らく凛が一番知っていると思う。

 

 「…………凛の昔話なんて、面白くないよ。……それよりも真姫ちゃんの昔話を聞きたいにゃ」

 

 背中を向けたまま、凛がそう言った。一見するとさっきの流れからただ不機嫌を示しているだけのように見えるけど、実際は違う。

 

 「私が話したら、凛も教えてくれる?」

 「だから凛の話なんて面白くもなんともないにゃ。幼稚園からかよちんと一緒にいて、小中と今みたいにわいわい過ごしてきて、はい終わり!」

 「もっと詳しく聞きたいのよ。なによ、せっかく丸一日お世話してあげたのに、少しぐらい付き合ってくれてもいいじゃない」

 

 わざとらしくため息をついた私は、凛と同じように彼女から背を向けてみせる。話を聞き出すためとはいえ少し意地悪な仕打ちだけど、しかし背に腹は変えられない。誰に聞かれても話したがらない、凛の昔話。

 

 「……じゃあ、真姫ちゃんから教えてくれたら、仕方ないから話してあげる」

 「そう? なら話すわね。うふふ、お泊まりの醍醐味はやっぱりここからよね。まずは幼稚園から始めようかしら──」

 

 あくまで軽い感じを出しながら、私は自分語りを始めた。小さい頃から複数の習い事に通わされて、友達が少なかったこと。それでもピアノだけは楽しくて好きになって、高校受験と同時に教室を辞めてからもずっと続けていること。父親からは音楽を止めて学業に励むよう言われたこと。もっと学力の高い高校にも行けたけど、親の意向で音ノ木坂に来たこと。

 まさに私の半生を簡潔に凛に語った。途中で寝落ちするだろうなと踏んでいたものの、凛は最後まで真剣に聞いてくれて、少し嬉しくなる。

 

 「そして未練がましく音楽室でピアノを弾き語っている時に穂乃果に見つかって、個人的にも色々あってμ'sに加入したのよ。ま、凛と花陽と仲良くなるきっかけにもなったし、結果オーライだと思っているわ」

 

 一呼吸おいて、私はこう続けた。

 

 「もちろん私を受け入れてくれた凛と花陽には感謝してる」

 「感謝だなんてそんな、凛たちは大したことしてないにゃ」

 「大したことしてるのよ。私みたいな、話しかけるなオーラを出している人間にも気さくに話しかけられる人なんて、そうそういないんだから」

 

 面と向かって感謝され恥ずかしいからなのか、凛はうつ伏せになり私の枕に顔を埋めた。そんな私は今、部屋のクッションを枕代わりにしている。うつ伏せになったまま身動きをしなくなった凛だけど、私は敢えて何も行動を起こさなかった。凛が自発的に語り出すのを、静寂の訪れた部屋の中で静かに待つ。

 

 「……幼稚園の時にね、凛はかよちんと出会ったの」

 

 彼女の、本当の彼女の、物語。

 

 「きっかけはよく覚えていないけど、気付いたらそばにいたんだ」

 

 思い出しているのか、はたまた言い辛いのか、凛の口から一言一言がゆっくりと出てくる。

 

 「かよちんはあまり外で遊びたがらなかったけど、凛は身体を動かすことが大好きだった。まあそれは今も変わらないんだけど、とにかく中でも外でも走り回っていた」

 

 容易に想像できるその姿に、私の口角は自然と上がる。

 

 「幼稚園の頃はスモックがあったけど、小学校にあがると特に指定もなかったから、自然と動きやすい格好をするようになった」

 「……それが『男の子らしい格好』ってことね」

 「うん。スカートだと引っ掛けちゃったりするからね。……でもね、ある日思い立ってスカートを履いて学校に行ったの」

 

 あぁ、花陽が話していたあの話かと、私は内心で理解した。そういえば凛は、私が既に知っているということを知らなかったわね。

 凛が変化を迎えた日から少し前、二年生組が修学旅行に行っていた期間の帰り道での出来事。あの日の凛は、自分に向けられた期待に耐えられなくなっていた。そして私たちの凛に対する評価を頑なに拒み、自分を下げて相手を上げることに躍起になっていた。

 

 「登校中に会った男の子たちにさ、案の定笑われちゃったよ。指をさされて、馬鹿にするように通り過ぎて行った」

 「小学校は変化に敏感だからね。凛がいつもと違う格好をしてるから、反応せずにはいられなかったのよ」

 

 男の子とよく遊んでいた凛なら特にそう。その男の子たちには、気になる子は苛めたくなるといった気持ちも少なからずあったはず。異性を気にし始める小学生なら特段珍しいことでもない。

 

 「今の凛でも、そうなんだろうなとは思うよ。けど、その時の凛には重い出来事だった。自分の姿が恥ずかしくなって、人の目が気になって、世界のみんなに笑われているように思えて、かよちんを置いて家に逃げ帰ったの」

 

 逃げ帰る。

 凛があえてこの表現を選んだのには理由があるように思えた。僅かにだけど、本当の凛への緒が見える。私は凛に先を促す。

 

 「自分の部屋で鏡を見てさ、凛、驚いちゃった。真っ赤に泣き腫らした目と、くっしゃくしゃな顔をした子が、スカートを履いて立っているの」

 

 凛は矢継ぎ早に自虐の言葉を並べていく。

 

 「全然似合ってもないのに、全然可愛くもないのに、それこそ横にいたかよちんのほうがかわいいのに、凛はなんでこんな格好をしてるんだろうって。それからは私服でスカートを履くことはなくなった」

 「……………………」

 

 当時の凛の心境を考えると、直ぐには言葉が出てこなかった。喉から胸にかけて、かぁっと熱くなってくるのがわかる。自分の抱えていた不安と、それが顕著に表れてしまった鏡の中の自分。一人で悩み、一人で傷付いた凛は、その鏡の中に何かを閉じ込めた。いや、凛の言葉を借りるなら、鏡の中に『逃げた』のほうが正しいのかも。

 

 「……なるほど、ね」

 

 また部屋から声が消えた。きっと今まで花陽にも話したことがない話を、今私にしている彼女は一体何を考えているのだろう。それは凛だけが知っていて、私の推測できることではない。

 ……そろそろ頃合かしらね。これから凛の体に複雑に絡まってしまった糸を、一本一本解いていく。もがくうちに毛糸にくるまってしまった猫を、私が救い出してみせる。

 

 「……凛はさ、花陽に憧れてるんじゃない?」

 「…………っ!!」

 

 凛の女の子への憧れというのは何処から来るのかと、以前考えてみたことがある。普通の女の子なら、普通の女の子である限り、普通の女の子であるはず。要領を得ない表現だけど、つまり可愛い服を着て、お洒落に興味を持ち、男の子を気にするというのが女の子としての普通になる。ところが凛は、物心が付いた頃から男の子同然に遊んでいた。一般的に小学校中学年にでもなる頃には、自分と異性との違いを実感し、異性としての道を歩む。凛を取り巻く環境は、それを許さなかった。



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後編

 花陽という、幼馴染であり親友の女の子がいた。アイドルを目指す、女の子を目指す、ませた女の子がいた。自分の全く知らない世界に憧れを持つ、大人びた女の子がいた。自分が男の子の遊びをしている間に、花陽は女の子として一つ先を行く……いや、正負真逆を向く彼女たちの差は大きかった。花陽に誘われ一緒になってアイドルの映像を見るたびに、自分と花陽の違いを朧げながらも理解していった。

 

 「そして凛は、花陽のファンでもある。いわゆるファン第一号ってとこかしら?」

 「……よく知ってるね。そうだよ。凛はかよちんの親友でもあり、ファンでもあるの」

 

 女の子がスカートを履くことは、当然であり不思議な話ではない。しかし凛にとっては特別な話だった。それは普段しない格好だからではなく、花陽への憧れとして、花陽というアイドルへの憧れとして、そして女の子への憧れとして、あくまで真似事のようにスカートを履いたのだろう。さながら年頃の女の子が、アイドルの髪型やメイクを真似するかのように。それ故に、男の子に笑われたというショックは大きかったはず。

 

 「かよちんは凄いんだよ? アイドルへの情熱っていうのかな、自分を可愛くするだけじゃなくて、それこそ研究熱心なんだ」

 

 花陽を自慢する凛の顔は、とても嬉しそうで、そして寂しそうだ。

 

 「同じDVDを何度も見たり、ショップにも凛を引っ張って行ったり。だからにこちゃんに出会えたのは本当に良かったんじゃないかな?」

 

 凛はいつでも花陽を凄いという。花陽も凛をよく褒めることから、それは一見お互い様のように見えるが、凛のそれには憧れを孕んだ応援の意味が強い。

 そう、凛にとっては花陽が中心であり、地球であり、大地であり、凛自身は周りから包み込む小さな星の一つなのだ。舞台に立つアイドルを応援する為に揺れる、黄色いサイリウムの一つ。

 そして凛はよくこう口にする。自分には似合わないから、端っこだから、みんなと一緒だから。

 自分に自信のない言葉のように聞こえるが、今となっては違うように捉えられる。

 花陽が一番似合うから──、花陽が目立つように──、花陽と一緒だから──。

 

 「でも花陽がμ'sに入るときは、凛が引っ張っていたじゃない」

 「あれは……、かよちんがアイドルになる為の折角のチャンスだったから」

 「まるで花陽のプロデューサーみたいね」

 「あはは……。凛はかよちんの親友でファンでプロデューサーなんだね」

 

 凛と真姫の視線が交差する。涙こそ流してはいないものの、伏し目がちな凛のその瞳は、たまに見せる潤んだ瞳よりも泣いているように見えた。そしてその裏にある意志を、真姫は明確に読み取ることができた。

 

 「凛は将来何になりたいの?」

 「将来? うーん、なんだろ。それこそかよちんのプロデューサーかな? マネージャーさんでもいいかも!」

 「…………違うでしょ?」

 「……えっ?」

 「違う。凛の在るべき姿はプロデューサーやマネージャーなんかじゃない……」

 

 どうして苛立ちが起こっているのか、今の真姫には理解できていないが、その語調は自然と強くなっていく。

 

 「凛は、女の子になりたいんじゃないの?」

 「突然どうしたの? 真姫ちゃん」

 

 凛の眼が猫のようにまん丸になる。その顔は驚いているようで、しかし質問の意図を理解しているようでもある。

 

 「凛は、アイドルになりたいんじゃないの?」

 「いや……そんなはずが……。凛はかよちんに引っ付いて加入しただけで」

 

 おそらくμ'sの誰一人としてまだ誰も気付いていないであろう、凛の加入理由。時折見せる凛の引っ込み思案な行動と、そして花陽の性格から導ける凛の思惑は一つだった。

 

 「凛は……自分を変えたかったのよね?」

 「……………………」

 「別に取って食おうってわけじゃないのよ。ただ凛のことが知りたいなって」

 「…………そこまでわかってるんだもん。もう真姫ちゃんは凛のことよく知ってるよ」

 「それは違うわね。全部憶測で言ってるだけ。それこそ人の気持ちを察することなんて、人と接してこなかった私にはできないことだわ。だから……凛の口から詳しく聞きたいな」

 

 再び訪れた静寂。普段はさほど気にならないのに、カチリコチリと置き時計の刻む音が耳にうるさい。真姫は今、ただ凛の声だけに集中したかった。

 

 「……実は……さ。凛って、あがり症なんだ」

 「……へぇー、意外ね」

 

 予想もしていなかった単語に、真姫は素直に驚いた。内気な花陽ならともかく、あの元気な凛本人が自分をあがり症だと言うのだ。

 

 「そうなの。かよちんにも言ったことないし、たぶん気付いてないと思う」

 「でも凛って陸上部だったんでしょ? しかもそれなりに大会で結果を残してたって聞いたわ」

 「あまり覚えてないけど、何個か賞は貰ってるね。……その陸上の引退試合で、自分があがり症だって自覚したんだ──」

 

 真姫は、凛の引退試合での出来事を事細かに聞く。初めて他人の期待を背負ったことを自覚し、そして期待に添えなかった悔しさで、凛は自分でも驚くほどに泣いたという。星空凛はただ、本当に走ることが好きだから走るだけなのだろう。勝負事なんて、ましてや他人の視線なんて二の次。

 

 「そのあがり症を克服するために、μ'sに入ったの。みんなの前で歌って踊るなんて、相当な勇気がいるんだよ?」

 

 それなら真姫だってそうだった。音楽室でこそこそ弾き語りをしていたような女子が、人前で歌うなんて。その上、素人がアイドルの真似事をしてダンスをしてみせるのだから、人によっては真姫たちを見ているだけで恥ずかしい気持ちになるだろう。

 

 「……………………」

 

 真姫は凛の話のどこかに引っかかっていた。あがり症と言うわりには、ファーストライブから今まで、大きな失敗した凛を一度も見たことがない。本人が言うのだからあがり症なのは間違いないのだろうけど、しかしそのまま陸上を続けていても克服には繋がるはず。つまり……

 

 「……それで? 建前を話したところで、本当の理由を聞きたいわね。凛の本当の目的」

 「まったく……真姫ちゃんには敵わないな」

 

 真姫にそう言われることはまるでわかってたかのような口調で凛は言う。はなから全てを話すつもりでいたようだ。

 

 「本当の、凛がμ'sに加入した本当の理由は、かよちんを越えるためなの」

 

 唯一無二の親友である、花陽を越える。

 

 「……アイドルを目指す花陽を越えることで、自分がより女の子に近づけると思ったのね」

 「かよちんは逃げない子だった。自分のできないことだって知ってても、絶対に逃げなかった。例えばアイドルだって、上手く踊れないってわかった後でも、さっき言ったようにDVDとかで研究することで、できることを見つけていった」

 

 お世辞にも踊りが上手いとは言えない花陽。それはおそらく小学生の頃にでも本人が自覚していただろう。アイドルにとって踊れないことは致命的と言える。しかし花陽は別の手段を取ることで、アイドルになりたいという夢を追い続けたのだ。

 

 「そして凛も、周りの女の子と自分が違うことはわかってた。でもね、あの日以来、凛は逃げたの。女の子になるっていう夢から」

 「……私だって、たまたまピアノが自分に合ったから続けているだけで、途中で限界を感じていたならそこで辞めていたはずよ。……まあ、例え辞めたくてもやめられない立場だったけどね」

 

 慰めにもならない話しかできない自分を、真姫は悔しく思う。しかし真姫の中で、今の凛の言葉ではっきりしたことが一つあった。

 男の子たちに弄られ家に帰った時にも使った『逃げる』という表現。これは花陽と凛自身を比べた結果に出てきたもの。

 『逃げない』強さを持つ花陽に対し、『逃げる』選択肢を取った凛の抱えるコンプレックスは、もはや言うまでもない。

 

 「どこかで納得したつもりだった。もう諦めていたつもりだった。でも、音乃木坂に入学して、かよちんがμ'sに興味を持ち出して、また引っかかっちゃって」

 「それで陸上部を蹴ってまで、花陽の側で、花陽を越えることにしたのね」

 「……ははっ。なんか、気持ち悪いよね、凛って」

 

 そう言って凛は自虐した。どこか狂気じみても見える凛の花陽に対する執着心というものは、もはや周りの人たちの尺度で測ること自体が間違っている。彼女たちが築いてきた関係というものは、ただの幼馴染で片付く話ではない。

 

 「同じ土俵で戦おうとすることに、何の気持ち悪さがあるっていうのよ。μ'sに入ることが花陽にとってアイドルになる最善手と言うなら、それは凛にとって女の子になる最善手とも言っていいんじゃない? それに……」

 

 悪戯っぽく笑って、真姫は凛の頬をつねる。

 

 「入学してから毎日のようにぼっちでピアノを弾き語ってた私に、勝る気持ち悪さがありまして?」

 「……うぇー。まひひゃん、痛いにゃー」

 

 ようやく凛の語尾がいつも通りに戻った。真姫が少し冗談を言ったことで落ち着いたのだろう。

 

 「凛に足りないものは自分の持つ魅力に対する自信だけよ。凛はそこいらの女の子よりかは格段に可愛いんだから、凛が否定し続けるなら私が肯定し続けるわ」

 「真姫ちゃん……」

 

 凛の持つ闇は深い。自分が何かを言ったところで変えられるものは何もないのだと、真姫は自覚した。せめて真姫ができることは、凛という曖昧な存在を肯定することと、もう一つ。

 

 「よーっし。凛、今すぐ服を脱ぎなさい。私の服で、凛が可愛いことを改めて自覚させてあげる!」

 

 真姫は布団を蹴り飛ばした。突然肌に触れる寒気に、凛は体を丸くする。聞き方によっては勘違いされかねない発言をした真姫は、無言でガタガタとクローゼットを漁る。しばらく黙って眺めていた凛は、何か吹っ切れたように指示通りに動いた。

 

 「──ほら、やっぱりこれとかよく似合ってるじゃない」

 

 真姫が凛に着せたのは、至ってシンプルにワンピースだった。真姫が中学生の頃に少し着ただけというそのワンピースは、凛らしい薄い黄色のシフォン生地をしている。恥ずかしそうにスカートの端を掴む凛をシャンと立たせた真姫は、凛の両肩に手を置いて鏡を覗き込んだ。

 

 「凛は難しく考えるより、これくらい単純でいるほうが似合ってる。変に着飾ろうとしないで、ありのままに生きなさい。元気にはしゃぎ回る、そんな凛が私は好きよ」

 

 真姫は凛から少し離れ、鏡には凛だけが映るようにした。

 

 「……私にできることは、凛を可愛く見せるためにお手伝いするだけ。衣装はことりに任せるとして、私服は私に任せなさいね」

 

 恐る恐る鏡の中の自分を見ていた凛は、その場でくるりと回る。

 

 「……かわいい」

 

 凛の口からその言葉が漏れた。

 

 「……っ!」

 

 華奢な脚を見せているスカートをひらつかせながら、控えめにくるくる回る凛を見て、真姫は少しときめいた。普段からは考えられない大人しさを見せる凛は、しかしいつもの凛よりも魅力的に見える。まるで、凛自身がそう望んでいたかのように。

 

 「……ふふっ」

 「にゃっ! やっぱり凛、可笑しいかにゃ?!」

 「いいえ、違うわ。凛のことをよく知れて嬉しいのよ。……そうだ、今度一曲書いてあげる。元気いっぱいの凛のイメージソング」

 

 そう言いだした真姫には、既に曲のイメージができあがっていた。あとは海未と相談して形にするだけのところまで構成は固まっている。スクールアイドルとしての、いや、アイドルとしての、はじめの一歩となるような曲。

 

 「ほんとにほんとに?! どんな曲になるの?」

 「そうね、詳しくは秘密だけど、コンセプトは『女の子初心者』よ」

 「あー! また凛のこと女の子初心者って言ったー!」

 「うふふ、馬鹿にしているわけじゃないわ。……さあ、残りの試着はもう明日にして寝ちゃいましょ」

 「よーっし! じゃあ、真姫ちゃん、寝るにゃー!」

 

 

 

 

 『星空凛は猫を被りたい』



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