黎明の魔法師 (ノスフェラトゥ)
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prologue

魔法―――

それが伝説や御伽噺の産物ではなく、現実の技術となったこの時代。

かつては超能力と言われていた超常の力も科学技術の粋により魔法として再現された。

超能力は魔法によって体系化され、魔法は技能となった。だが、その実力は変わりなく脅威。

核兵器すら捻じ伏せる強力な魔法技能師は、国家にとって兵器であり力そのもの。

 

 

―――そして魔法という力は、人の欲望を際限なく溢れ出させる代物でもある。

優秀な魔法師を生み出すための人体実験を繰り返された。それは非人道的な実験もあるが、力に取り憑かれた国は多くの兵器の開発(・・・・・)に躍起になっている。

 

そしてその過去の産物である研究所から、一人の少年が生まれた。

 

 

 

 

 

 

 

山梨県某所―――

とある屋敷にて一人の女性と一人の少年が椅子に腰を掛けて対面していた。

お互いの手元には紅茶―――最高級の茶葉使用したもの―――が置かれており、二人とも味わいながら飲んでいる。

 

「明日には、あなたはこの屋敷から出るのね……」

 

女性の言葉に少年はただ苦笑する。

 

「まあ、何時までもこの屋敷にいるのは些か窮屈過ぎる。羽目を伸ばしたいんだよ」

 

少年は窓から空を見上げながら言う。そう、少年は今までの人生の大半をこの地で過ごしてきた。まだ十五歳だが、色々な事情が重なり今まであまり自由が取れなかったが、今日からは比較的自由な生活が出来る。

 

「私もそれには反対しないわ。亜夜子さんが暴走しなければいいのだけれど」

 

「…………亜夜子なら分かってくれるだろう。多分」

 

親族である亜夜子は、少年をかなり慕っており一種の好意を向けているほどだ。その好意は兄に向ける兄妹愛に近くもあり、異性に向ける好意にも近いという、どういう反応をすればいいのか分からない感情を向けられているのだ。

 

「ふふ、かなり慕われているようね。貴方がこの四葉の次期当主候補だと知っての行動。恋というのが人を盲目にする、という噂は本当のようね」

 

四葉―――

数字付き(ナンバーズ)と呼ばれる優れた魔法的素質を持つ家系であり、その中でも日本で最強の家系の一つである。四葉は黒い噂が絶えないが、それでも十師族では頂点に立っているほどだ。

少年は、その四葉の次期当主候補の一人だ。

 

「貴方には四葉を引き継いで欲しいのだけれど……あまり乗り気じゃなさそうね」

 

「まあ……確かにそうだが、俺としてはその深雪って子に継がせた方がメリットが大きいと思うのだが?」

 

「言いたい事は分からなくともないわね。あの二人―――特にガーディアンである達也さんと私の相性は悪いもの。楔は必要なのは必然ね」

 

少年以外にも四葉の次期当主候補はまだ居る。最有力候補が先ほど言った深雪という女性。プロフィールを見るからに、四葉を引き継ぐには十分過ぎるほどの素質がある。少年の出生情報は四葉でもかなり秘匿されており、限られた人間しか知らない。もし明るみに出れば、最有力候補は少年となる。

 

「それに、達也って本当に失敗作なのか?確かに魔法師としては欠陥しているが、これは魔法師としては異常だぞ。分解魔法に再成、そして挙句の果てには戦略級魔法……なんかもう色々な意味で魔法師としても像を破壊してくれるなぁ……」

 

「確かに魔法師としては達也さんは異端ね。手元に置いておきたい程優秀よ」

 

「優秀、ね……それにしても随分冷遇されているようだが?」

 

少年は目の前の女性を呆れを含んだ視線で睨む。そんな視線を何処か吹く風のように女性は紅茶を飲んでいる。

 

「それで……あの子たちとは今の所どのような関係まで行ったのかしら?」

 

女性は真剣な目付きとなり、少年を射抜いている。その視線を受ければ常人なら冷や汗を掻きまくり冷静な判断が出来ないほどだ。だが、少年はその程度では動じないで口を開く。

 

「無論、問題ない。『忍術使い』九重八雲の師事を受ける事にはなったが、特には問題は無かった。達也とはCADに関して話は通じるし、深雪にとっても俺は良き相談相手として接してくれる。一言で表すなら良好な関係だ」

 

「……そう、それなら結構だわ。くれぐれも四葉の関係者だって事は気付かされないでちょうだい」

 

「了解。しかし……あの二人による叛意を承知しているのに驚きだわ。それを地味に楽しんでいる母上も母上だが」

 

「あら、酷い言い草ね。息子である貴方に同意されないのは悲しいわ。私はこんなに蓮夜さんを愛しているというのに」

 

「……実の息子を利用している母上には言われたくは無いね」

 

蓮夜はやや呆れ気味にため息を吐いてから、少し温くなってしまった紅茶で喉を潤す。

彼女は、息子である蓮夜を使って司波兄妹に四葉を裏切れないようにするのだ。仲良くなればなるほど司波兄妹は泥沼に嵌ることとなるのだ。

 

「だが……達也なら平気で俺を殺しに掛かるだろうな」

 

「恐らくは、ね。けど、深雪さんは違うわ。あの子はそんな簡単に割り切れない。あの子が悲しむような事は達也さんは絶対にしないから、問題はないわね」

 

「ああ……深夜さんによる人造魔法師実験の被験者だったっけ?やる事がエグイよ、母上」

 

「一応は褒め言葉として受け取っておくわ」

 

流石十師族が一つ、四葉家当主。その程度の皮肉では一向も変化も見られない。蓮夜自身もこの程度では動じないのは百も承知である。別に揺さぶりを掛けようとも思っていない。

 

「取り敢えずは、四葉だってバレなければ好きに行動して構わないわ。一応、実力を抑えるのを推奨するわよ、あそこには七草と十文字の家の者が居るから」

 

「そこは知ってるよ。俺も一応は自分で調べて、要注意人物はピックアップしている。後は予想外な展開にならない事を祈るしかない」

 

「分かっているなら問題はないわね―――ああ、それと貴方に送るものがあるわ」

 

そろそろ出発しようと思った矢先、母親である四葉真夜が蓮夜を引き止めた。真夜は手元にあるベルを鳴らし、数秒後に室内へと誰かが入ってきた。

 

「失礼します、奥様、蓮夜様」

 

礼儀正しく中に入ってきたのは、黒色の小さめのアタッシュケース両手に持っている少女であった。

机に置かれ、アタッシュケースが開かれた。中に入っているのは黒色に染められた拳銃―――拳銃の形態をした特化型CADであった。

 

「これは……CAD?俺には自分専用のがあるんだが……」

 

「入学祝いよ。貴方は汎用型CADしか持っていないでしょう?せっかくの機会に特化型も使用してはどうかしら。着色はしているけど、そのCADはトーラス・シルバーが作り出したのだから。勿論限定モデルよ」

 

「シルバー・ホーンか。色的にはブラック・ホーンだな」

 

拳銃型CADを手に持って観察する。銃身が長いことから本当に限定モデルのようだ。そして、蓮夜は少し驚きの色を見せた視線で真夜を見つめる。

 

「あら、どうしたのかしら?」

 

「いや……まさか入学祝なんてものをくれるとは思っていなかったから。急にどうした?」

 

「……何よ、文句ある?息子にプレゼントして何が悪いのよ」

 

少し拗ねたような口調で言うが、実際違和感がないから逆に恐ろしい。一応年は四十代なのだが、初対面では絶対に三十代前半としか思わないほどの若さだ。詐欺とも言う。

そして真夜は蓮夜にとってとんでもない爆弾発言をする。

 

「ああ、それと入学祝いに水波ちゃんもあげるわ。大切にしてちょうだい」

 

「ああ、わかっ―――いや待て、何かどんでもない事を言わなかったか?」

 

「あら、もう一回言うわね。今日から貴方は桜井水波ちゃんと一緒に生活することになっているわ。挨拶しなさい」

 

「はい、奥様」

 

先ほどアタッシュケースを持ってきた少女―――桜井水波は一歩前に出て綺麗な作法で蓮夜に向かって頭を下げた。

 

「どうかこれからよろしくお願いします、蓮夜様」

 

何か決定事項のようになっているが、蓮夜は拒否したい入学祝いだ。

悪戯を成功させた子供のように、真夜は口に手を当てて上品に笑っている。

 

「人を入学祝いにするな。俺は一人暮らしも可能だぞ」

 

蓮夜は一応は料理も出来るし洗濯も出来る。一人暮らしするのに十分な技量を持っているため、女中などは要らないのだ。

 

「そこは大丈夫だと思うのだけれど、彼女は貴方の『ガーディアン』として側に置くのよ。貴方は四葉家当主であるこの私の実子。いくら魔法技能が優れててもガーディアンを付けなさい」

 

そこには母親として、息子である蓮夜を心配する感情が見れ―――ない。

そんな真夜にショックを受けるわけもなく、淡々を受け入れている蓮夜は面倒そうにため息を吐く。

 

「……深雪と達也を雁字搦めにするつもりか?」

 

「そこまで縛らないわ。けど、水波ちゃんが手札の一つだって事は否定しないわ」

 

かつて真夜の姉である深夜には一人のガーディアンが護衛していた。

遺伝子操作により魔法資質を強化された調整体魔法師シリーズ『桜』の第一世代である桜井穂波。彼女はすでに故人ではあるが、彼女と司波兄妹はかなり仲が良かった。そして、『桜』の第二世代である桜井水波は、穂波と瓜二つなのだ。それ故、深雪たちには効果があるだろうと思われる。

蓮夜との交友関係、水波は穂波の姪など二重布陣を敷いたのだ。真夜の企みに蓮夜は再びため息を吐く。自分の母親の腹黒さに呆れている。

 

「けど、まだ引き合わせては駄目よ。そしたら芋づる式に貴方の素性が露見してしまうから」

 

「分かった。俺も出来る限りの事はしよう。悪巧みも程々にしといてよ。最近、とある十師族が四葉の権力を落そうと画策してるらしいし」

 

「分かったわ。その時は、力を貸してくれるかしら?」

 

「……()としての頼みなら、な」

 

CADをアタッシュケースに戻し、立ち上がる。ケースは水波が持ち、蓮夜の二歩後ろからついて来ている。

 

「それと……夏になったら帰って来てちょうだい。じゃないと亜夜子さんが暴走しちゃうから」

 

「分かったよ。母上も達者でな」

 

蓮夜と水波はそのまま外に配置された高級車に乗り、四葉の本拠から出た。



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~入学編~
episode:1


桜が舞う季節―――四月となり、蓮夜が国立魔法大付属第一高校へと入学が決まった。

まだ時間がある、と確信している蓮夜は未だにベッドから起き上がろうとしない。蓮夜は昨夜遅くまでCADを弄っており、就寝時間が遅かったのだ。

 

「まだ目を閉じてよう……脳が睡眠を欲している」

 

目を開けようにもあまりの睡魔に目を開けられない状態である蓮夜は、完全に睡魔に負けて二度寝を決め込む。幸いにもまだ時間があるからギリギリまで寝ていよう、と思っていたがその決意はすぐに破られた。

 

「蓮夜様、そろそろ起床のお時間です」

 

蓮夜の部屋のドアをノックしてから入ってきたのは、今現在ともに生活している水波だ。

本来なら、ノックした後返事返ってきたら開けるのが女中の基本なのだが、蓮夜は四葉の家以外でそのような待遇はあまり受けたくないのが本音である。最初の数ヶ月はかなり戸惑ってはいたが、今では普通の兄妹のように感じる雰囲気だ。だが、口調や細かい所は直せなかった。そこだけは譲れないらしい。

 

「もうちょっと寝かせてくれ……」

 

「今日は入学式ですから遅れてはいけません。お支度をお願い致します」

 

基本、女中である水波は主人である蓮夜に意見できる立場では無いのだが、こうして蓮夜が間違いを起こしている場合はしっかりと進言・注意できるようになった。

 

「いや、まだ時間あるのだが……」

 

先ほど思っていたようにまだ家を出る時間までは一時間ほどある。そこまで急がなくてもいい、と思ったのだが水波が口に出した固有人物により一気に納得した。

 

「司波達也様と深雪様と約束されていたと記憶していますが……」

 

「約束……ああ、そう言えばそんな約束したな」

 

思い出したのは数日前に約束した事―――始業式の日は共に登校する、という約束だ。深雪は魔法力が相当高く、新入生総代に選ばれたのだ。そのため、他の新入生よりか早く赴かねばならない。蓮夜はそんな二人と共に登校するのをすっかり忘れていた。

 

「仕方ないか……」

 

蓮夜はベッドから起き上がり、クローゼットへと歩いて行く。

 

「水波は下に居てくれ、数分後にリビングへ行くから」

 

「分かりました。では、下で朝食の準備をしています」

 

水波はそのままドアを閉め、リビングへと下りて行く。そして、蓮夜はクローゼットから白を基調とした制服を取り出す。制服には八枚花弁のデザインが施されたブレザーであり、一科生であるという象徴だ。

 

「……くだらん」

 

エンブレムを一瞥する。

一科生と二科生に分けられている一高は、エンブレム有無で判別される。一科生の過半数が二科生を見下し、差別している。蓮夜は差別はしないし見下したりもしない。例え強力な魔法力を持っていたとしても、実力=魔法力とは限らないからだ。

 

蓮夜は姿鏡に写る自分の胸にあるエンブレムを再び一瞥して部屋を出た。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「納得できません」

 

「まだ言っているのか……?」

 

第一高校の校門前で一組の男女が言い争っていた。

新入生なのだが、二人の制服の刺繍が微妙に異なっている。女子生徒の胸には八枚花弁のエンブレムが、男子生徒の胸にはそのエンブレムが存在しない。

 

「何故お兄様が二科生なのですか?入試の成績はトップだったじゃありませんか!」

 

そう女子生徒の言う通り、兄と呼ばれた男子生徒は二科生であり、妹と思われる女子生徒は一科生なのだ。女子生徒は兄が二科生なのに納得していないようだ。

 

「魔法科高校では、ペーパーテストよりか魔法実技が優先されるのは当然じゃないか。自分じゃあ、二科生徒とはいえよくここに受かったものだ」

 

「そんな覇気の無い事でどうしますか!勉強も体術もお兄様に勝てる者などいないというのに!」

 

それでも食って掛かる女子に困惑の色を示す少年。そしてその少年は少し離れた場所から見ている友人の方に首を動かす。

 

「蓮夜、お前からも深雪に言ってくれ」

 

「……何故俺に振る?」

 

少し離れた所から兄妹のやり取りを見ていた蓮夜だが、急に話を振られて眉を顰めた。

 

「兄妹間の問題なんだから、お前らで片付けろよ……」

 

蓮夜はその要請をばっさりと切り、傍観を決め込んでいる。少年は一度息を吐いて深雪と目を合わせる。

 

「お前の気持ちは嬉しいよ。俺の代わりにお前が怒ってくれるから俺はいつも救われている」

 

「嘘です」

 

「嘘じゃない」

 

「嘘です。お兄様はいつも、私をこと叱ってばかり……」

 

「嘘じゃないって。でも。お前が俺のことを考えてくれているように、俺もお前のことを思っているんだ」

 

その一言で、深雪は頬を赤らめている。

 

「お兄様……そんな、『想っている』だなんて……」

 

何かとてつもない齟齬が発生しているのは見ていて分かる。

そんな兄弟間を包み込む雰囲気を見て、蓮夜はポツリと呟く。

 

「なに、この甘ったるい空間……?」

 

 

 

 

 

深雪たちと登校してきた蓮夜は、時間的に早過ぎる登校となってしまったため、何処で時間を潰そうか迷っている。

 

「達也、何かいい場所ないか?」

 

「この時間は殆どの場所には行けない。なら、あそこのベンチで時間を潰すしかないだろう」

 

達也の視線を先には中庭に設置されているベンチがある。蓮夜と達也はベンチに腰掛け、達也は携帯端末を開いて書籍サイトにアクセスしていた。

 

その際、中庭を通っていった上級生だと思われる生徒が達也を見て陰口を叩いている。

 

―――あの子、ウィードじゃない?

 

―――こんなに早くから……補欠なのに張り切っちゃってさ。

 

―――でも隣にいる子ってブルームじゃないかしら?

 

そんな言葉が蓮夜と達也の耳に入ってくる。

ブルームは一科生の事を指し、ウィードとは二科生の事を指している言葉だ。

一科生には八枚花弁を意匠が施されているから「ブルーム」と呼ばれ、二科生には存在しない事から雑草と揶揄して「ウィード」と蔑称される。

 

「くだらないな……所詮は同じ魔法師。差別など意味が無いものを」

 

「仕方ないさ、二科生がスペアなのには変わりない。それに、俺は別に気にしていない」

 

「お前が気にしなくても深雪は気にするだろ?」

 

深雪は少々―――いや、ブラコンな気質があるから達也に向けられる侮蔑や嫌悪、悪意などを許さない。表面上は満面の笑みなのだが、内心ではどす黒い感情が渦巻いているのが直感的に分かる。

今の言葉を深雪が聞いていたのなら、不機嫌になっていただろう。

 

「あーあ、お前も一科生だったら万事解決なんだがな」

 

「それは無理だろう。知っているだろ、俺が実技が苦手ってことくらい」

 

達也は筆記はかなり優秀なのだが、魔法師としてはあまり優秀ではない。だが、優秀ではないと判断されているのは、第一高校の魔法技能試験の項目通りであるなら、だ。

 

「苦手だって言われても、実戦で俺と互角ってのがおかしい。戦闘技術だけで言えば達也は一高でトップじゃね?」

 

「例えそうだとしても、俺には関係ない。俺は平穏な学園生活を送れればそれでいい」

 

それ絶対に無理、と言いたかった蓮夜だが、何とか口から出なかった。深雪は他者から見ても美少女であり、十人擦れ違えば十人振り向くほどの容姿を有している。そんな妹が居る兄である達也は絶対に平穏な生活を送る事が出来ない、と確信に近い何かを抱いている。もし、此処が一般の高校だったなら平穏な学園生活を成就出来ただろう。

 

(ガーディアンが守護対象と離れるってのも変な話だな)

 

そんな事を思っていると、二人に話しかけてくるものが居た。

 

「新入生ですね?開場の時間ですよ」

 

話しかけてきた人物は女子生徒である。小柄でありながら出る所は出ているスタイルは服の上から見て取れる。だが、蓮夜と達也が一番に注目したのはその手首に巻かれている銀色のブレスレットだ。

 

(CAD、ね……ということは生徒会役員か?)

 

基本、学内でのCADの携帯は原則として禁止されている。だが、例外も存在する。その例外が生徒会と特定の委員会のメンバーのみ。

 

「ありがとうございます。すぐに行きます」

 

達也は生徒会と思われる人物に返事をした。

 

「先輩……生徒会役員の方ですか?」

 

「ええ、その通りです。私は七草真由美。第一高校の生徒会長を務めています。よろしくね」

 

蓮夜の質問に丁寧に返された、と思いきや最後の最後で口調が砕け、ウィンクしてきた。どうやら真由美は明るい性格のようだ。

 

数字付き(ナンバーズ)……しかも七草って四葉に次ぐ第二位か)

 

いきなり十師族との邂逅に蓮夜は苦い顔になりかけたが、すぐに普通の表情に戻した。流石に四葉であることはバレていないと思うが、進んで会いたくないというのが本音だ。

 

「初めまして、自分の名は紫鏡蓮夜です」

 

「自分は司波達也です」

 

「紫鏡蓮夜くんに司波達也くん……そう、あなたたちが……」

 

目を丸くして驚く真由美に蓮夜は本格的に冷や汗を掻く。此処まで驚くという事は四葉との繋がりがバレた可能性が大きい、と判断したからだ。達也の方は、深雪の兄でありながら魔法師として落ちこぼれ、という意味だろうと思っていたが、二人の予想はいい意味で裏切られた。

 

「先生方の間では、あなたたちの噂で持ちきりよ」

 

どうやら真由美の話では、入学試験の筆記の高得点さに噂になったらしい。達也が入試で平均九十六点、蓮夜が平均九十点という前代未聞の九十点台らしい。

 

「そんな凄い点数、少なくとも私には真似出来ないわよ?」

 

「……そろそろ時間ですので失礼します」

 

達也はこれ以上時間を取りたくないのか、半ば無理矢理話を終わらせて背を向けた。

 

「では会長、自分も失礼します」

 

蓮夜も真由美に礼をしてから達也の背中を追いかけるように歩き出した。

 

(さて……二人の十師族の者相手にどこまで通用するかな?)

 

七草家の長女との邂逅は思いも寄らない過程だったが、十文字家の代理当主との邂逅もそう遠くないだろうと思う。

蓮夜は自分が四葉である事をどうやって秘匿しようかと模索する。

 

 

 

 

 

「これは……見事なまでに分かれている」

 

「そうだな。此処で目立つのは出来るだけ避けたい。ここは一旦別れよう」

 

講堂の中に入ったのはいいのだが、新入生が座る席の分布には明らかな規則性が有り、一科生が前二科生が後ろといった感じに綺麗に分かれている。別に学園側ではそんな事指示されていないのに関わらず。

達也の言う通り、ここは別れて座るという結論の達し蓮夜は前の方、達也は後ろの方へと座った。

 

「……暇だ」

 

講堂で席に座ったのはいいのだが、あと二十分もあるので凄い暇だ。

まず頭に思い浮かべるのは四葉の事だ。初めての学園生活に心躍っている自分に、真夜が苦笑していたのを覚えている。第一高校に通う事となったのは母である真夜の命だが、学校に通ってみたかった蓮夜にしてくれば嬉しい誤算だった。

そして、ガーディアンである水波を思い出し、来年になれば通えるのかどうか分からないが、共に登校してみたいと感じる。

 

「あの、すみません……」

 

「うん……?」

 

そんな考え事をしていたら、声が掛かってきた。

其方を確認すると、二人の女子生徒が立っており胸には一科生の証であるエンブレムがあった。

 

「隣の席って空いていますか?」

 

「ああ、空いているよ」

 

そう言うが、始業式には未だ早く、空席も目立つのに何故見知らぬ男の隣に座るのだろうか、と疑問に思っていた。

少女は少し慌てながら頭を下げ、連れである少女に話しかけている。

 

(何とも対極そうな二人だ)

 

傍から見れば、二人の少女の性格が少しだけ分かった。

片方は明るくて感情豊かではあるが、もう片方はあまり感情を表に出さないのか相槌を打っている。対極な性格であるがゆえ、波長が合うのも珍しくもない。

そんな蓮夜の視線に気付いたのか、最初に話しかけてきた子が話しかけてくる。

 

「私は光井ほのかです。で、此方が友人の北山雫です」

 

「どうも、北山雫です」

 

 

急に自己紹介してきたから少し驚いたが、同じ一科生でありもしかすると同じクラスになるかもしれないのだ。理に適っている。

 

「俺は紫鏡蓮夜。苗字で呼ばれ慣れてないから、蓮夜で構わない」

 

「あ、じゃあ私の事もほのかでいいですよ!」

 

「私の雫でいい。よろしく、蓮夜さん」

 

ほのかはやっぱり思ったとおり活発そうである。雫は表情こそはあまり変わらないが、無口ってほどじゃないようだ。

 

「あ、あの……蓮夜さんの得意魔法ってなんですか?私は光波振動系魔法が得意です」

 

「光波振動系か……俺は収束系魔法が得意だな。雫は何の魔法が得意なんだ?」

 

「私……?私は振動系魔法が得意」

 

どうやら二人は振動系の魔法を得意としているようだ。それと同時に蓮夜はほのかの素性に疑問を持った。

 

(光波振動系魔法……光井……もしかすると『光』のエレメンツの家系か?)

 

エレメンツとは、古くから伝わる属性である地、水、火、風、光、雷の属性を得意とする日本で最初に開発された魔法師である。

そんな事は今必要ないため、頭を隅に追いやる。

それから蓮夜は二人と他愛もない話で時間を潰していると、丁度二十分が過ぎて始まった。

 

 

 

 

 

「はぁ……素敵だったね、深雪さん……」

 

深雪の答辞が終わり、蓮夜たちは講堂から出ている最中だ。

相変わらずの美貌で上級生下級生問わず、男子のハートを鷲掴みにしていた。男子だけではなく、ほのかのように女子に対して憧れを持たせていた。

答辞の中には魔法科高校では中々際どい単語が入っていたが、みんな深雪の美貌によりみんなそんな事は気にしていなかったが。

 

「ほのかって深雪とあった事があるんだったか?」

 

「はい!入試の時に魔法技能を直に見たんです!」

 

凄い目をキラキラさせながら饒舌に話すほのかに若干引き気味になっている蓮夜。そんな蓮夜に雫が話しかけてきた。

 

「ほのかってああいう子だから、気にしなくてもいいよ」

 

「……そうか。まあ賑やかでいいんじゃない……かな?」

 

蓮夜は未だ興奮を収まらないほのかを見て、少し変わっている子と認識した。

未だトリップ状態のほのかを雫が引き摺るようにIDカードか交付される。ここでもやはり一科生と二科生が壁が存在していた。

蓮夜は窓口でカードを受け取り、雫たちと合流する。

 

「あ、蓮夜さん。蓮夜さんって何組ですか?」

 

「俺か?俺はA組だな。雫とほのかは?」

 

「私も一緒のA組ですよ!」

 

「私もA組。三人一緒だね」

 

三人共同じクラスであり、しかもA組という事は一科生の中でも魔法技能が優秀ということだ。

 

「蓮夜さんはこれからどうしますか?私たちはホームルームに出ますが……」

 

「ああ、スマンな。俺はこれから友人と待ち合わせをしているんだ」

 

友人というのは達也と深雪であり、あまり兄妹の間に入りたくないというのが本音だ。だが、この二年間で随分と親しくなってしまっているため、普通に誘われるようななったのだ(流石の真夜もここまで進展するとは思っていなかったらしい)。

 

「ここで分かれる事に―――」

 

なるな、と言葉を紡ぐ前に急に騒がしくなった。

一体何事だ、と思いうるさい方を見ると、かなりの人垣が存在しており全く中の様子が分からない。

蓮夜たちは疑問に思い、その人垣の間から中の様子を見る。

 

「あっ、あの人は……」

 

「新入生総代の司波深雪さん……?」

 

そう、人垣の中心には深雪が居る。しかも多数の一科生と思われる人から声を掛けられており、その人気が窺える。が、

 

(あ、我慢の限界に近いかもしんない……)

 

短くない付き合いをしている蓮夜だから判った。どうやら深雪は色々ストレスが徐々に溜まってきているようだ。

 

「ふぅ……仕方ないか」

 

あまり気乗りはしないが、蓮夜は深雪を救出する事にした。達也も恐らくは校門近くで待っていると思うから、あとは深雪のご機嫌取りとやらせればいい。

深雪に分かるように、蓮夜はサイオンで編まれた糸を深雪に飛ばす(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

サイオンの糸が深雪に触れるのと同時に、何かに気付いたかのように此方を見てくる。蓮夜と目が合った深雪は他の人たちに頭を下げて向かってくる。その際、モーゼの十戒のように縦に割れた光景に、内心で呆れた。

 

「し、雫!ど、どうしようこっちに来るよ!?」

 

「落ち着いて、ほのか」

 

メチャメチャ慌てているほのかに、ほのかを宥める落ち着いている雫。

 

「相変わらずの人気だな、深雪」

 

「ありがとうございます、蓮夜くん。お互いより良い学園生活を送りましょうね」

 

「ああ、そうだな」

 

仲が良い蓮夜と深雪を見て周りの人たちが騒ぎ出す。ほのかは口を開けて唖然としており、雫も目を見開いて驚いていた。

 

「深雪、この二人が俺の高校生活最初の友達だ」

 

「まあ、その御二人が?」

 

深雪は少し驚いたような声で、雫とほのかを見る。その視線を受け、雫は平常心を保っていたがほのかは違った。かなりテンパってあわあわしている。

 

「え、ええっと……わ、私は光井ほのかと言います!ど、どうぞよろしくです!」

 

「初めまして、私は司波深雪といいます。蓮夜くんの友人です」

 

慌てながらもほのかは深雪に勢いよく頭を下げていた。そんなほのかに蓮夜は苦笑する。

 

「ほのか、そんなに慌てるな。深雪、すまんな。コイツはお前を見て緊張してるんだよ」

 

「そうですか……光井さん、これからよろしくお願いしますね?」

 

「は、はいっ!」

 

ほのかは目をキラキラさせながらしきりに頷いている。相当感動したらしい。そして、深雪の視線が雫へと移る。

 

「そちらは……?」

 

「北山雫です。新入生総代見てました。素晴らしいスピーチでした」

 

「ふふ、ありがとうございます。北山さんもよろしくお願いしますね」

 

どうやら親睦が深まったようで、仲良くお喋りをしている。そんな風景を少し離れた所から見ている。ちなみに未だに人垣が出来ており、深雪と親しげに話していた蓮夜に嫉妬の視線が突き刺さりまくっている。

 

その後、七草真由美がやってきて更に面倒事になったのに精神的に疲れた蓮夜であった。



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episode:2

高校生となり、二日目の朝。

この日もガーディアン兼メイドである水波に起こされて、眠気と戦いながらベッドから起き上がった。今日はいつもよりかかない早く起床した。寄る場所があるからだ。

 

「おはようございます、蓮夜様。朝食の準備が出来ています」

 

「ああ、おはよう。悪いな、俺の都合でこんな朝早くに起こしてしまって」

 

「いえ、問題ありません。主である蓮夜様を差し置いて寝ているわけにも参りませんから」

 

水波が朝食の準備を終えていたらしく、デーブルに並べていた。

そして、未だに眠そうにしている蓮夜の前にコーヒーが差し出された。

 

「サンキュ、いつもながら助かる」

 

「ありがとうございます……」

 

水波は蓮夜の礼に少し顔を赤くしながら、軽く頭を下げている。コーヒーには砂糖もミルクも入れていない完全ブラックなものであるが、この苦味で脳を覚醒させるのが蓮夜の朝の始まりと言っても過言ではない。

 

「良し……」

 

コーヒーを飲み、完全に目を覚ました蓮夜は思わず声を出してしまった。

 

「今日はいつも通りの時刻には帰ってくる。遅れるようならば、連絡はするから」

 

「はい、かしこまりました」

 

蓮夜は水波に返事を聞き、満足げに頷いていた。

これかあ出かける場所は学校ではない。そして今から行く場には、達也も行くという事なのでついでに蓮夜も赴くのだ。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「チッ、達也お前手加減してくれよ」

 

「いや、無理だろ。あそこで手加減をすればお前に負けてしまう」

 

第一高校へと蓮夜、達也、深雪は足を運んでいるが、蓮夜は自身の首に手を当てて調子を確かめている。

 

「八雲さんめ……ヘンな提案をしやがって」

 

三人が先ほどまで言っていた場所は―――寺だ。

ただの寺ではなく、古式魔法の使い手である九重八雲に指南してもらっているのだ。深雪も一応指南を受けているが、達也と蓮夜ほど本格的にやってはいない。

 

「手加減は無理だとしても、頚動脈に踵落しは無い、有り得ない。俺じゃなければ死んでるぞ」

 

「……悪かったな。それに関しては弁明のしようが無い」

 

達也が珍しくもバツが悪そうな顔をしている。

 

「お兄様も蓮夜くんもお相子じゃないかしら?踵落としと鎧通し、どちらも危険な気がするのですが……」

 

「……それもそうだな」

 

達也との戦闘は、実質どっちもどっちだ。敗北したのは蓮夜なのだが、その過程で蓮夜は鎧通しという技を、達也が踵落としという技を当てているため、蓮夜も達也を非難できない。

 

「体術は達也には一生勝てないかなぁ」

 

「それは飛躍し過ぎだ。お前も十分強いと思うが?」

 

「お兄様の言う通りですよ、蓮夜くん。先生が賞賛してくださったのですから、胸を張ってもいいじゃないかしら?」

 

「そうかねぇ……」

 

蓮夜の体術の実力は、達人クラスに極めて近い状態。同年代でも近接格闘術は最高レベルだろう。だが、師匠である九重八雲や達也には及ばない。ここ数年達也と行動をともにする機会が増え、規格外だという事が分かった。

 

「まあ、主体は魔法による中、遠距離からの攻撃だし。いや……近接格闘の術式も作ろうかねぇ?」

 

「近接格闘?加速術式や自己強化の魔法か?」

 

「まあ、それらはCADなぞ無くてもどうとでもなる。ふむ……『分子ディバイダー』でも再現してみるか?」

 

「……それは、些かマズイんじゃないか?あの術式はUSNAの軍事機密術式だぞ?」

 

『分子ディバイダー』という魔法はアメリカ軍の秘匿術式であり、おいそれと再現出来るものではない。だが、蓮夜の側には分割術式に類似する魔法を使える者が居る。その術式を解析し、応用すれば同じ術式かもしくはそれに類似する術式を構築できる。

 

「それを言うならば、お前は『ニヴルヘイム』とか『氷炎地獄(インフェルノ)』の起動式を再現しているようだが?」

 

「あれは俺だけの実力じゃない。FLTの人たちが手伝って出来た起動式だ。その点、お前は一人で起動式を構築しているからな」

 

「……再現するのに、約一年近く掛かったがな。その点、俺は発想力は低くてね。新しい起動式の構築やら応用などはあまり考え付かないんだよ」

 

蓮夜は現存する起動式を一応は構築できるが、高等魔法プログラムは一年くらいの年月が必要なのだ。実際、蓮夜はエンジニアとしての実力もある。だが、これらは殆ど達也に師事を受けていたからだ。達也はソフトもハードももはやプロ顔負けの実力者だ。蓮夜もプロレベルなのだがやはり達也には及ばない。達也ほどの発想力がないのだ。

 

「……深雪、このチートで規格外な兄をどうお思いですか?」

 

酷い言い草だな、と達也は言うが事実なのでしょうがない。蓮夜の質問に深雪は満面の笑みで答える。

 

「―――もちろん自慢のお兄様ですわ」

 

……相変わらずおブラコンっぷりで。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

達也と深雪と一緒に登校してきた蓮夜なのだが……やはりと言うべきかかなり注目を集めてしまっている。

二科生である達也は早々に自分のクラスであるE組に行ってしまった。そして、蓮夜と深雪はお互い成績優秀者であるから同じA組。

本人は自覚なしであるが、蓮夜も結構容姿が整っている。父は誰かも全く分からないが、母である真夜の血を引いているだけあり、地味に少しだけ中性的な顔立ちをしている。

そんな二人が一緒にA組に入れば、目立たないわけじゃない。

 

(うわお、メッチャ注目されている。なんか男子諸君からは殺気が……)

 

嫉妬のあまり殺気に近い視線が突き刺さる蓮夜だが、表では全く気にしていないかのように装っている。

 

「こっちを見てますね、皆」

 

「……誰の所為だろうなぁ」

 

「さあ?」

 

蓮夜の皮肉も、深雪はいい笑顔で受け止めている。その笑みに多数の男が軽いノックダウンを喰らっている。

 

「『しきょう』と『しば』……席は俺の後ろか」

 

「ええ、そのようですね」

 

座ろうと席に向かっている最中、自席の側に雫とほのかがいた。

 

「おはようさん、雫にほのか」

 

「おはようございます、光井さんに北山さん」

 

『きたやま』という名前なのでどうやら雫は自分の一つ前なようだ。知り合いて固まるのは気が楽でいい。まあそれが全員女子っているのはどうかと思うが。

 

「お、おはようございます!蓮夜さんに司波さん」

 

「おはよう、蓮夜さんに司波さん。もしかして、家近所なの?」

 

どうやら雫は一緒に登校してきた蓮夜と深雪の関係が知りたいようだ。ほのかも頷いてるし、クラスメイトも気になっているようで耳を傾けているのが分かる。

 

「確かに家はそこそこ近いな。達也を含め、良き友人だ」

 

「ええ、蓮夜くんは良き友人ですわ。相談相手にもなってくれるので、親友という言葉が合いますね」

 

「え、えっと……お、お二人は、つ、つつつ付き合っていたりするのでしょうかっ!?」

 

かなり顔を赤くしてほのかは勇気を振り絞って聞いてみる。これはA組の者たちが一番知りたい情報であり、その事を勇気を振り絞って言ったほのかに心の中で賞賛している。

蓮夜と深雪はその質問に少々驚いたようで目を軽く見開いている。そして、お互い顔を合わせてからほのかに向き直る。

 

「いや、それは違う」「いいえ、それは違います」

 

異口同音で言葉を発する蓮夜たちだが、息が合い過ぎて説得力がない。

 

「俺と深雪は恋人になることは、ほぼ有り得ない。今、この関係が一番落ち着く」

 

「蓮夜くんの言う通りですわ。私と蓮夜くんが付き合うことはまず無いでしょう。私たちは親友なのですから」

 

「そ、そうなんですか……良かった」

 

ほのかは安心しとように深い息を吐いていた。それはクラスメイトほぼ全員に言えることだ。

最後の言葉はしっかりと蓮夜と深雪の耳に入っていた。だが、深雪は意味有り気な視線を蓮夜に送っている。

 

「……なんだ、その視線は?」

 

「いえ、別に。だた、蓮夜くんは罪作りな人ですね、と」

 

「……?」

 

深雪の意図が全く分からない蓮夜はただ首を傾げるしかなかった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

四人でも雑談が終わり、予鈴が鳴り響いた。

 

『―――五分後にオリエンテーションを始めます。自席で待機していてください』

 

メッセージが鳴り響くと、生徒たちは自分の席まで移動して着席する。そして、本鈴とともにスーツを着た男性が入ってきた。

 

「皆さん、入学おめでとうございます。1-A指導教官の百舌谷です」

 

一科生には指導教官が付いて指導を行われるが、二科生には指導教官は存在しない。これは魔法師が不足しているのにも関係しており、一科生と二科生の大きな違いと言える。

 

「難関である一高の中でもA組は特に優秀な成績で試験を通過した者たちで構成されています。ここでは―――」

 

少々長いオリエンテーションが終わって、専門授業の見学へと移った。

 

「専門授業か……面倒だなぁ……」

 

「上級生たちによる実験とかもあるから言っておいた方がいいんじゃない?」

 

蓮夜の呟きに答えたのが、前の席に座っている雫だ。確かに、他の一科生には魅力的な見学時間だろう。だが、幼少から四葉の訓練を受けていたのは伊達じゃない。実際、この高校で学ぶことなど何一つ無い。あくまで深雪と達也が行くから、という理由だ。

しかし、行かないとなると悪目立ちする恐れがある。面倒ながらも、蓮夜は「そうだなぁ」とやる気なさげに答える。

一応は深雪を誘おうと後ろを見たが、

 

「ちょっといいですか、司波さん!」

 

他のA組の生徒の方が早かったらしく、深雪の席の側には男子生徒数人がいた。

 

「司波さんはどちらを回る予定ですか?」

 

「私は先生について……」

 

「奇遇ですね!僕もです!やっぱり一科なら引率してもらう方がいいですよね!補欠と工作なんてやってられませんよね!」

 

「いえ、そういうわけでは……」

 

何か自慢げに言っている生徒だが、深雪は一科生至上主義者でもないため、賛同できない。だが、普段は猫被り?をしている深雪は言い淀むしかなかった。

 

「何あれ?ちょっと言い過ぎじゃないの?」

 

側にいた雫も眉を顰めて不機嫌を露わにしている。

 

「ほう……雫は二科生を差別しないのか?」

 

「うん、確かに私は一科生に誇りを持っているけど、あんな風にはなりたくないな」

 

深雪に話しかけている男子生徒は、一科生に多数存在する二科生をウィードやスペアと蔑んでいる典型的な魔法師だ。親愛なる兄が二科生にある今、そんな侮蔑を聞きたいくないだろう。

 

「……どうしようかねぇ」

 

「その必要ないかも」

 

ん?と疑問に思っていると、深雪と男子生徒に身体を割り込んで生徒がいた―――ほのかである。

 

「だったらもう集合場所に急がないといけませんね!」

 

「ええ、そうですね。行きましょう光井さん」

 

渡りに船だったようだ。深雪はほのかに連れられ、教室に出て行こうとしていく過程で此方に来て雫を誘っていた。蓮夜は他のクラスメイトと親睦を深めた方がいいと思って手を振って、

 

「蓮夜さんも行くんですよ!」

 

「……マジ?」

 

ガシ、とほのかに手を掴まれた。

 

「うん、蓮夜さんも行こうよ」

 

反対の手も雫に掴まれてしまい、逃げ道は完全に塞がれた。深雪は口に手を当てて微笑ましそうに見ていた。

 

「おい、深雪―――」

 

「蓮夜くんも行きましょう。大勢の方がいいじゃない?」

 

「……分かったよ。はぁ……」

 

蓮夜は半ば引き摺られる形で、A組から出た。その際、唐突にほのかに割り込まれ、誘う事が出来なかったA組男子生徒はポカン、と口を開けて立っていた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

入学二日目で、蓮夜は親しき友が数人でできた。

これは嬉しい誤算であり、深雪にと親しい自分に嫉妬を向けない男子がいる事に嬉しく思った。

雫もほのかも客観的に見て、かない可愛い。ほのかに関しても、明るい性格であり意外とムードメーカーとなりつつある。そして、身体的特徴のある部分(・・・・)は深雪に勝っている。二人も二科生に偏見的な思想を持っていないから、深雪ともすぐに打ち解けた。ただ、男女の割合がおかしいのが若干気になるけど。

そう、一科生でもほのかたちの思想はかなり少ないのだ。他の一科生は面倒な事この上ない。

 

「……こういう時ってどう止めればいいんだ?達也よ、お前の脳を総動員して答えを導き出してくれ」

 

「無茶言うな。俺だってこうなるとは思わなかったんだ。まさか美月があんな性格だったとは……」

 

「ええ、エリカならまだ分かったのですが……」

 

「……ふう、入学二日目にして平和な学園生活崩壊の危機、か」

 

三人の視線に先には、専門授業の際、深雪の取り巻きと化していた一科生と達也の友人であるE組のメンバーがいがみ合っていた。

 

達也も蓮夜も、こういう展開は全く望んでいなかったのだ。



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episode:3

一科生の二科生の一触即発の雰囲気に中、蓮夜は水波に少し遅れると連絡しておこう、などと違うことを考えていた。これは、一種の現実逃避である。

 

「いい加減に諦めたらどうですか?深雪さんは、お兄さんと一緒に帰ると言っているんです。他人が口を挿むことじゃないでしょう」

 

当初は、蓮夜はほのかと雫とどっかのカフェなどで談笑しようと約束していた(これは俗に言うデートだと蓮夜は認識していなかった)。

放課後、深雪と待っていた達也にA組のクラスメイトが難癖を付けてきたのだ。達也自身はそんな事を気にしていなかったが、E組メンバーの懐は達也ほど寛容ではなかった(達也は達観しているとも言う)。

一科生の理不尽な行動に、意外なことに達也のクラスメイトである美月が切れた。

 

「別に深雪さんは貴方たちを邪魔者扱いしていないじゃないですか。いったい何の権利があって二人の仲を引き裂こうとするんですか」

 

「……だとよ?」

 

「……どう反応しろと?」

 

その二人の仲の元である達也と深雪から若干距離を取る蓮夜。だが、距離を取る感覚が絶妙過ぎて達也以外気付いていない。

 

「み、美月は何を勘違いしているのでしょうね?」

 

「深雪……何故お前が焦る?」

 

「えっ?いえ、焦ってなどおりませんよ?」

 

渦中の兄妹の片割れである深雪が、美月の言葉に混乱している。そんな深雪の態度を見た一科生が益々ヒートアップしていった。

 

(……これ、収拾が着くのか?)

 

なんか終わることがなさそうな雰囲気に蓮夜は段々と不安を募らせていく。どうやら達也の僅かに緊張の顔持ちをしている。蓮夜も達也も、魔法が使われる事を危惧しているのだ。

 

「うるさい!他のクラス、ましてやウィード如きが僕たちブルームに口出しするな!」

 

ウィードとブルームという呼称は差別用語として校則で禁止されている。そして、この暴言に反応したのは、一番興奮している美月だった。

 

「同じ新入生じゃないですか。貴方たちブルームが、今の時点でどれだけ優れているというんですかっ?」

 

美月の言葉は、不思議と校庭に響いた。一瞬の静寂―――嵐の予感だ。

 

「……どれだけ優れているか、だと?いいだろう―――だったら教えてやる!」

 

一科生の男子が取り出したのは―――特化型のCADだ。

汎用型のCADは最大九十九種類の起動式を格納出来る。特化型は起動式が九種類しか格納できない代わりに、使用者の負担がかなり少ない。

蓮夜が真夜から入学祝で貰ったCADとメーカーは違うが、同じである拳銃形態の特化型CADを向けている。

 

「ちぃ!面倒な!」

 

蓮夜は左手を前に突き出し、何かをしようとする。が、

 

「なっ!?」

 

驚愕の声を上げたのはギャラリーでもなく、特化型CADを向けていた一科生の方だ。

CADは弾き飛ばされ、その眼前では伸縮警棒を振り抜いた姿勢で、不敵な笑みを浮かべている千葉エリカがいた。

 

「この間合いなら身体を動かした方が速かったようね」

 

これで事態が収拾したのかと思ったが、どうやら一科生のプライドは思いのほか無駄に高かったようだ。

一科生数人が二科生に負けた、という事実に躍起になったらしく、起動式を展開し始めた。

 

「―――って何故ほのかまで!?」

 

起動式を展開したほのかの側で、慌てている雫が居た。

蓮夜はほのかが展開した起動式を見て、大丈夫(・・・)だと判断した。彼女はやはり心優しい性格の様だ。

 

「蓮夜!」

 

その時、達也から呼ばれたが、一体何故呼ばれたのか分かっていた蓮夜はすぐさま行動に移した。

 

「―――ったく、馬鹿どもが」

 

タン、と蓮夜は地面を踏むのと同時に全方位にサイオンが放たれる。

蓮夜のサイオンが広がり、その範囲内に居た起動式を展開した魔法師たちは、全て無効化(・・・・・)された。

正確には、しっかりと起動式を読み込み魔法は発動した。だが、蓮夜により事象改変をジャミングされたのだ。しかも、殆どの者が知覚出来ないほど薄く展開しているため、バレる事が無い。

だが、どうやら一番遠くに居たほのかまでは届かず、第三者によりその起動式が破壊された。

 

「止めなさい!自衛目的以外の魔法による対人攻撃は、校則違反である以前に、犯罪行為ですよ!」

 

ほのかの起動式が、サイオンによって構成された弾丸によって砕け散った。

チラリとほのかを見ると顔面蒼白になって、今にも倒れそうになっていた―――いや、実際には倒れそうな所を雫に受け止められていた。

ほのかの起動式を破壊した人物は、生徒会長である七草真由美だった。

 

「貴方たち、1-Aと1-Eの生徒ね。事情を聞きます、ついて来てください」

 

そう命じてきたのは、真由美の側で立っている風紀委員長、渡辺摩利だ。それ以前に、何か自分まで巻き込まれたのに異を唱えたい。

誰一人動かない中、達也は全く意に介さず泰然とした足取りで摩利の前へ歩み出た。

 

「すみません、悪ふざけが過ぎました」

 

「悪ふざけ?」

 

その言葉に摩利は眉を顰めていた。無理もない、唐突にそんなそんな事を言われれば。

 

「はい。森崎一門のクイックドロウは有名ですから。後学のため見せてもらうだけだったんですが、あまりに真に迫っていたもので、思わず手を出してしまいました」

 

エリカにCADを突きつけられていた男子生徒である森崎駿は目を丸くして驚いている。

 

「では、その後に1-Aの女子が攻撃性の魔法を軌道しようとしていたのはどうしてだ?」

 

本来なら、他の一科生たちは魔法を発動した。だが、他の者にとって不可解な現象を追求するのは無意味と考えたのか、真由美が防ぐのに成功した一科生であるほのかに矛先を変えた。

 

「驚いたんでしょう。条件反射で起動プロセスを実行できるとは、流石一科生ですね」

 

真面目な声で言っているようだが、あまりに白々しかったので達也に呆れが混ざった視線を送る蓮夜。

 

「君の友人は、魔法によって攻撃されそうになっていたわけだが、それでも悪ふざけだと主張するのか?」

 

「攻撃といっても、彼女が発動しようと意図したのは目くらましの閃光魔法ですから。それも、失明したり視力障害を起こしたりするほどのレベルではありませんでしたし」

 

達也の言葉を聞き、深雪と蓮夜以外は息を吞む。

 

「ほぅ……どうやら君は、展開された起動式を読み取ることが出来るらしいな」

 

「実技は苦手ですが、分析は得意です」

 

「……どうやら誤魔化すのも得意なようだな」

 

摩利は達也を見極めようとするような、値踏みするような眼差しを向けていた。

丁度話が区切られた所で、深雪が一歩前に出た。

 

「兄が申した通り、本当に、ちょっとした行き違いだったんです。先輩方のお手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」

 

深雪の懇切丁寧に、真正面から頭を下げる深雪に、摩利もすっかり毒気を抜かれてしまい、軽くため息を吐いた。

 

「摩利、もういいじゃない。達也くん、本当にただの見学だったのよね?」

 

なんか親しげになっている達也と真由美に若干訝しげに見ている深雪と蓮夜。自身の記憶が正しければ、入学式の日以来あっていないはずだ。

 

「生徒同士で教え合うことが禁止されているわけではありませんが、魔法の行使には、起動するだけでも細かな制限があります。魔法の発動を伴う自習活動は、それまで控えた方がいいかもしれませんね」

 

「……会長がこう仰られていることでもあるし、今回は不問にします。以後このようなことの無いように」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「で、お前は何魔法発動しようとしたんだ、おい」

 

「痛い!痛いです、蓮夜さん!」

 

事態が収拾した後、蓮夜は一目散にほのかと雫の方へと赴き、ほのかのこめかみに指の第二関節を押し当て、ぐりぐりしている。痛いらしく、ほのかは若干涙目で訴えている。

 

「し、雫、助けてっ!」

 

「ごめん、ほのか。私も少し怒ってるの」

 

「そんなっ!?」

 

友人である雫にまで拒絶され、若干絶望している。雫が手を出すことがないのは、それが一因しているが蓮夜の笑顔が怖いという理由もある。

 

「みんなを止める為に魔法を行使したのは、心優しいお前なら納得できる。だ・が・何でも魔法で解決しようとするな!」

 

「分かりましたからやめて下さーい!」

 

ほのかの悲痛な叫び声が聞こえたらしく、深雪が苦笑しながらやってきた。

 

「蓮夜くんもそれくらいにしたらどうですか?流石にやり過ぎだと思うのだけれども」

 

「む……そう、だな。はぁ、確かにやり過ぎたな、こりゃ」

 

深雪の一声に、蓮夜は自分の精神状態がよろしくない事に気付いた。

 

「……悪いな、ほのか。どうやら思った以上に苛立っていたようだ」

 

「い、いえ……私も深雪さんのお兄さんのおかげで大事に至りませんでした」

 

「……そうか」

 

蓮夜はほのかの頭をポンポンと優しく叩いた後に達也の方を見る。どうやら、一科生の生徒である森崎駿と何か言い合っているようだ。

 

「風紀委員長の前に出たのは深雪の兄である達也だ。礼をした方がいいんじゃないか?」

 

「えっ?ええっと……はい、分かりました!」

 

ちょっと困惑気味だったが、すぐに調子を取り戻して達也の方へと向かって行った。

 

「じゃあ私はほのかについて行きます。あの子だけじゃちょっと不安だから」

 

「ああ、行って来い。ほのかのフォロー、よろしく」

 

「うん」

 

雫は少し微笑んでからほのかの後を追って行った。ほのかが達也に謝っている側でエリカたちが少し驚いている。どうやら一科生の生徒が二科生である自分たちに頭を下げるとは思っていなかったのだろう。

その時、達也が此方の方に視線だけを動かしてきたので、蓮夜と深雪は微笑む。達也はやれやれを言った感じに肩を竦めていた。

 

「ふっ、俺たちも行くか」

 

「ええ、そうですね。お兄様たちを待たせるわけには参りませんから」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「おかえりなさいませ、蓮夜様」

 

無事高校二日目が終わり、蓮夜は水波の出迎えとともに中に入る。

 

「ああ、ただいま。ふぅ……」

 

「……?高校で何かありましたか?」

 

疲れたように深いため息を吐いた蓮夜に、水波は小首を傾げて聞いてきた。

 

「ちょっとな……一科生と二科生のイザコザだ。それに巻き込まれた、とでも言っておく」

 

「それは……お疲れ様でした。一高の差別意識は高いと聞いていますけど、本当のようですね」

 

水波は主人である蓮夜に複雑そうな、そして同情の色も見て取れる眼差しを送っている。

 

「まーな。一科生のプライドが無駄に高いから対処のしようが無い」

 

ヘンにプライドが高い一科生は、少しでも二科生に挑発されたら簡単に買ってしまうほどだ。良く考えてみれば、一科生の方が精神的に子供であり、あまり同類に見られたくないというのが本音だ。

 

「ほのかと雫も大事に至らなくって良かったものだ」

 

あの騒動で、達也が前に出ていなければ少々危なかった。流石の入学して早々騒ぎを起こすとは思っていなかったものの、まさか生徒会まで出張ってくるとは思っていなかったからだ。

 

「ほのか?雫?……蓮夜様、その方々は?」

 

どうやら独り言が聞こえていたらしく、今まで聞いた事が無かった者の名前が、水波は気になったようだ。

 

「ああ、同じクラスの女子なのだが、早速友人になったんだ。中々素直でいい子だちだったな」

 

「……そうですか」

 

水波はそう言うが、その声色には寂しさがあった。何故寂しく思うのか追求したかったが、これ以上踏み込んでは悪い、と第六感的なものが感知したので何も言わなかった。

 

「夕食の準備は出来ております。いつでも食べれますが、すぐにしますか?」

 

「そうだな、すぐに食べよう」

 

今日は色々なことがあった所為で、精神的にも疲れたので早々にゆっくりしたいのだ。

 

「今日の夕食は?」

 

「今日は和食です。今日はボイル焼きにしてみました」

 

「へぇ……珍しい。だがまあ、偶には悪くはないか」

 

蓮夜は目を瞑り、笑みを浮かべる。その笑みは表面上、取り繕っているような笑みではなく、心から思っているのを表に出しているのだ。水波はその意味を理解しており、自分が信頼されているのに嬉しく思っている。

 

 

ゆったりとした時間が過ぎて行く―――



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episode:4

面倒な事というのは、得てして巻き込まれるだけではなく、降りかかって来るという事を改めて知ったのだ。

 

「達也さん、蓮夜さん……会長さんとは知り合いだったんですか?」

 

「一昨日の入学式の日が初対面……の、はず」

 

「俺も達也に同意見だ。知り合いなら覚えているはずだ」

 

美月の質問に、蓮夜と達也は一緒に首を捻っている。

 

「そうは見えねえけどな」

 

「わざわざ走ってくるくらいだもんね」

 

達也と同じクラスである西城レオンハルト―――レオとエリカが言うように妙に親しげだったのだ。蓮夜なら、事情がアレであるため十師族との邂逅は絶対に忘れないものとなる。だから初対面と言い切れるのだが、

 

「……御二人の名前を呼んでいらっしゃいますね」

 

「……そうだな」

 

もう固定になりつつある朝の登校メンバーで高校に行くのは気分的に悪くは無い。達也に紹介された二科生であるエリカとレオ、美月は一科生だとしても偏見的な態度を取ってこないから、一科生である蓮夜と深雪は話しやすかった。

そんな感じで、一日の始まりを彩っていたのだが唐突に背後から、蓮夜と達也の名前を叫び声と共に小柄な少女が現われた。相手は生徒会長である七草真由美だが、直感的に関わりたくない、と思った。横にいる達也を見れば、表情こそ変わっていないがなんか蓮夜と同じく出来れば関わりたくないオーラを発している。

 

「達也くんに蓮夜くんオハヨ~。深雪さんもおはようございます」

 

深雪に比べて蓮夜と達也の扱いが随分と雑だ。良く言えば親しげだ。

 

「お一人ですか、会長」

 

達也が見て分かる事をわざわざ訊ねたのは、このまま一緒に来るのか、という問いかけでもあるのは蓮夜にも分かった。

 

「うん。朝は特に待ち合わせがないんだよ」

 

そこは十師族が一つ、七草家の者であって全く動じない(七草家とは全く関係ない)。

 

「深雪さんも少しお話したいこともあるし……ご一緒しても構わないかしら?」

 

やはり言葉の砕け方に違いがある。今の所達也だけしか真由美に話しかけていないが、恐らくは自分も達也と同じ対応をされるだろうな、と呆れている。

そして、自身の直感に従って蓮夜は速攻で離れようとする。

 

「じゃあ俺は先に言ってる。雫とほのかに訊きたい事があるしな」

 

蓮夜はそう言うと、達也は非難の視線を向けてきた。だが、それも完全にスルーしてそそくさと、けどいつも通りの歩幅で立ち去ろうとす―――

 

「あら、ダメよ。蓮夜くんも一緒に行きましょ」

 

速攻で真由美に止められた。

 

「……用があるのは深雪にでしょう?俺は関係ないと思うのですが……」

 

「けど、光井さんに北山さんとはご一緒のクラスでしょ。HR前に聞けば問題ないわ」

 

理に適っているだけあって蓮夜は反論の仕様が無い。もしこれが裏の方のやり取りならば、心を完全に沈めて母親譲りの腹黒さと化すのだが、真由美はもちろん達也ですらそういう蓮夜に気付いていないから、本性?を曝け出したくは無い。

 

「…………」

 

何も言えなくなった蓮夜は、チラリと達也を見る。その目には憐憫や同情、そして諦めの色があった。簡単に言えば、もう諦めろ、だ。

 

「……分かりました」

 

「よしっ、では行きましょうか」

 

真由美はいつも通りの笑顔で歩き出す。蓮夜はあまりの理不尽っぷりにため息を吐いて肩を落とし、エリカが優しく、慰めるように肩に手を置かれた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

そして昼休み。

蓮夜はこれから生徒会に行かなければならない、という強制という名の約束取り付けられた事実に端末の上で突っ伏していた。

行くのは蓮夜だけではなく、深雪と達也も同じ。一人だけじゃないから、幾分か気が楽にはなったが、それでも気分が重い。

 

「蓮夜さん、大丈夫?なんか元気がないけど」

 

そんな蓮夜の気遣ってか、雫が声を掛けてくれる。側にいるほのかも凄い心配しているようだ。後ろの席にいる深雪は何故こんなにも気落ちしているのか分かっているから、苦笑するだけ。

 

「ああ……なんか生徒会に行かなくちゃいけないらしくてな。ったく、いったい俺に何の用だか……」

 

「生徒会、ですか?」

 

ほのかが首を傾げ、疑問に思っている。それ以前に呼ばれた本人である蓮夜が分かっていないから、ほのかにも分からないだろう。

 

「生徒会に入る……のは有り得ないか。あそこは代々新入生総代―――入試成績トップが生徒会入りするのが慣わしだしな」

 

「新入生総代……という事は司波さんが?」

 

ほのかが蓮夜の言葉を聞き、後ろにいる深雪へと視線を向けていた。深雪もいつもの笑顔で、けど僅かに陰りが見えるのは気のせいだろうか?

 

「ええ。私も生徒会に呼ばれているけど、恐らくは生徒会入りの件だとは思うわ。けど、お兄様と蓮夜くんが呼ばれる理由は……」

 

「やはり深雪にも分からんか……」

 

蓮夜は行きたくない、と身体で表現するように突っ伏しているが、これで行かなければこの後何が待っているのは恐ろしくて行かない、という選択肢は存在しない。『行く』、『行かなければならない』、『Let's Go』の三択しかない。

 

「はぁ……じゃあ行くとするか、深雪」

 

「そうですね。お兄様を待たせるわけには参りません」

 

深雪はそう言って立ち上がる。蓮夜もゆっくりとした動作で立ち上がる。雫とほのかは、そこまで行きたくないのか、と蓮夜の雰囲気やら行動を見て思う。

 

 

 

 

 

生徒会に行くまで、気落ちしている達也と蓮夜そして軽い足取りの深雪という何とも対照的な雰囲気を醸し出している。

 

「……体調悪くなったから、帰っていいかな?」

 

「ダメだろ。まあ今の気分で行けば早退出来るかもな」

 

ここまで暗い雰囲気ならカウンセラーに行かされそうな気がするけど、それでもいいや、と思ってしまう。

 

「しかし、今行かなければ後で報復でも食らいそうだな」

 

「それ言うな。一番真っ先に考え付いて尚且つ否定出来ないことなんだから」

 

「……蓮夜くん、もう諦めたらどうですか?」

 

どう理由を付けて逃げようと画策している蓮夜に深雪は諭す様な口調で言う。

 

「……はぁ」

 

もう諦めたかのようにため息を吐くのと同時に、生徒会室まで辿り着いた。プレートにはしっかり『生徒会室』と刻まれている為、間違いないだろう。

先ほどのような暗い雰囲気を持っていた二人だが、表面上だけとはいえいつも通りの調子となった。切り替えが早い蓮夜と達也である。

深雪がドアホンを鳴らすと、スピーカーから明るい歓迎するような真由美の声が聞こえてきた。それと同時にドアのロックが解除され、達也が深雪を護るようにして戸を開く。その行為に、蓮夜はガーディアンとしての心構えは問題ない、と判断した。

もちろん、一高でそんな身の危険な事が起こるはずも無く、中に入れた。

 

「いらっしゃい。遠慮しないで入って」

 

奥の机に座っている真由美から声を掛けられた。

達也は深雪のニ歩後ろに立ち、蓮夜は深雪の一歩後ろに立っている。

深雪は礼儀作法のお手本のようなお辞儀を見せた。蓮夜も母である真夜に四葉の者として恥かしくないように作法は徹底的に仕込まれたが、ここでそんな作法をするわけにはいかない。色々と勘繰られそうだからだ。

 

「えーっと……ご丁寧にどうも」

 

あまりに洗練された動き、そして深雪の容姿からどこから宮中晩餐会にでも通ったような所作で、真由美はたじろいているようだ。

 

「どうぞ掛けて。お話は、お食事をしながらにしましょう」

 

蓮夜、深雪、達也はそれぞれ席に座る。

そして、ダイニングサーバーがあるのは知っていたが、どうやらメニューも複数ある事に、驚き半分呆れ半分だ。

 

「入学式で紹介しましたけど、念の為、もう一度紹介しておきますね。私の隣が会計の市原鈴音、通称リンちゃん」

 

「……私のことをそう呼ぶのは会長だけです」

 

表情を崩さず、淡々と述べる姿は雫を思い出すが、容姿や雰囲気からは雫とは違いきつめの印象がある。だが、仕事は忠実かつ真面目にやりそうな感じだ。

 

「その隣はしていますよね?風紀委員会の渡辺摩利」

 

「よろしく」

 

摩利は簡単に挨拶を済ませた。

 

「それから書記の中条あずさ、通称あーちゃん」

 

「会長……お願いですから下級生の前で『あーちゃん』は止めて下さい。わたしにも立場というものがあるんです」

 

あずさは同学年からみても結構な小柄であり、童顔。中学生にも見えるし、ちょっと気が小さい性格から確かに『あーちゃん』だと思う。

 

「もう一人、副会長のはんぞーくんを加えたメンバーが、今期の生徒会役員です」

 

「私は違うがな」

 

「そうね。摩利は別だけど。あっ、準備が出来たようです」

 

ダイニングサーバーのパネルが開き、それぞれ頼んだ料理が出て来た。

その数、合計五つ。

二つほど足りないが、摩利と蓮夜がおもむろに弁当箱を取り出した。ちなみに蓮夜は予め不要だと伝えていた。

 

「なんだ、君も弁当なのか?てっきり昼食は取らないかと思ったのだが」

 

「いえ、流石に無理があります。俺もしっかりと食事をとりますよ」

 

そして、蓮夜は水波が作ってくれた弁当を開けた。

中は相変わらず全て手作りであり、栄養バランスを考えられている色彩際立つ野菜。水波のメイドに賭ける本気度が窺える。

弁当からその迫力が伝わったのか、真由美たちだけでなく達也までもが感嘆していた。

 

「凄いわね、そのお弁当。本格的だけど、蓮夜くんは自分で作ったの?」

 

「自分で作っていませんね。作ろうと思えば作れるんですが……まあ同居人がそれを許してくれません」

 

「同居人?親とかではないのか?」

 

「ええ、年が一つ下のメイドが家事全般やってもらっています。この弁当もメイドが作ってもらいました」

 

水波はメイドとして主人である蓮夜の手を煩わせようとしない。ガーディアンとしても達也のように本格的ではなく、見習いなので責めて家事だけでも役に立ちたい、と思っているらしい。とは言っても帰ってくるとき、出迎えがいるというのは心も安らぐ。十分に役に立っているのだ。

だが、そんな蓮夜の心情を他所に、全く事情を知らない生徒会役員+兄妹は訝しげな視線を送っている。メイドと暮らしているのは達也たちも知らない事実なのだ。最も、約数ヶ月前に同居し始めたばっかだから仕方が無い。

 

「メイドと一つ屋根の下、か……」

 

「しかも一つ年下、という事実ねぇ……」

 

摩利と真由美が少し棘のあるトーンで呟く。無理もない、未だ十代半ばという思春期の時にメイドと―――しかも一つ年下という年が近い者同士ならば、発展してもおかしくはないとでも思っているのだろう。

蓮夜は一呼吸置いてからその考えを拒否する。

 

「それに関しては問題ありません。俺は彼女の事を妹のように思っていますし、彼女も俺の事を信頼してくれていますから。そんな彼女を裏切る事など有り得ません」

 

水波とは会って僅か数ヶ月という仲だが、それでも妹のように思っているのは確かだ。そんな彼女と間違いを起こすなど、到底有り得ない。

その確固たる意思が伝わったようで、全員が納得してくれた。そして、この雰囲気を打ち消す為に、深雪が摩利を見て口を開く。

 

「渡辺先輩のお弁当は、ご自分でお作りになられたのですか?」

 

深雪に問われ答えた後に少し意地悪な口調で少し答えにくい質問を返した。

 

「いえ、少しも」

 

「……そうか」

 

質問した摩利の方が狼狽する、という結果に終わってしまった。本来なら下級生である深雪を軽くからかっただけだが、手痛い仕返しが来てしまった様だ。

 

「お兄様、私たちも明日からはお弁当に致しましょうか」

 

「深雪の弁当はとても魅力的だけど、食べる場所がね…」

 

「そうですね、まずはそれを探さなければ……」

 

二人の会話はとても兄妹のものとは思えずあるいは恋人、はたまた新婚のような雰囲気を醸し出している。そして、こんな雰囲気を見たことある蓮夜は、ああまたかこの兄妹は……、と呆れている。

 

「兄妹というよりは、まるで恋人同士の会話ですね」

 

鈴音は何も表情を変えずに爆弾発言を投下した。その言葉を今まで蓮夜が言いたかったけど、言えなかった言葉だ。

 

「そうですか?まあでも…考えた事はあります。血の繋がりがなければ恋人にしたいと」

 

その言葉は不発どころか誤爆に終わり、その結果少々ヤバイ発言となってしまった。冗談でもその言葉に、蓮夜はドン引きしている。

 

「……もちろん冗談ですよ」

 

本気にして顔を赤くしているあずさと、マジで引いている蓮夜が分かったのかすぐさま修正した。達也も別に焦りの表情など見せず、鈴音のように無表情で告げた。

 

「そろそろ本題に入りましょうか」

 

唐突ではあるが、確かに本題に入った方がいい。昼休みの時間は有限だ。

 

「当校は生徒の自治を重視しており、成果と会は学内で大きな権限を与えられています。これは公立高校では一般的な傾向です。当校の生徒会は伝統的に、生徒会長に権限が集められます。大統領型、一極集中型と言ってもいいかもしれませんが」

 

蓮夜はフットワークの軽い真由美に任されているのに一種の不安に駆られたが、七草の名を背負っているから取り合えずは大丈夫だろうと思った。

 

「生徒会長は選挙で選ばれますが、他の役員は生徒会長が選任します。解任も生徒会長の一存に委ねられます。各委員会の委員長も一部を除いて任免権があります」

 

「私が務める風紀委員長はその例外の一つだ。生徒会、部活連、教職員会の三者が三名ずつ選任する風紀委員の互選で選ばれる」

 

「という訳で、生徒会長には自由に役員を任免することができますね。これは毎年の恒例なのですが、新入生総代を務めた一年生は生徒会の役員になってもらっています。ここ五年はそういうパターンが続いています。深雪さん、私は貴女が生徒会に入ってくださることを希望します」

 

珍しく真顔で真由美は深雪を見据えて勧誘をする。深雪は悩んでいるのか達也の方を一度見ている。達也は背中を押す意味を含めて小さく頷く。それを見た後深雪は顔を上げて真由美を見て声を発する。

 

「会長は兄の入試の成績をご存知ですか?」

 

「っ!?」

 

予想外の深雪の言葉に達也は顔色を変える。深雪を抑制しようと深雪の名前を呼ぶが深雪は止まらない。そして、その事は蓮夜にも予想外なことであり目を丸くしている。

 

「成績優秀者―――有能な人材を迎え入れると言うのなら、兄の方が相応しいと思います。デスクワークならば、実技の成績は関係ないと思います。むしろ、知識や判断力の方が重要かと存じます」

 

深雪は熱意を込めて言っている。こんなに熱くなる深雪は滅多に無い。しかも、兄である達也の意思関係なく押すことは殆ど無い。

 

「残念ながら、それは出来ません」

 

そんな深雪の願いを一刀両断したのは、真由美の隣に座っている鈴音だった。

 

「生徒会の役員は第一科の生徒から選ばれます。これは不文律ではなく、規則です。これを覆す為には全校生徒の参加する生徒総会で制度の改定が決議される必要があります。決議には必要な票数は在校生徒の三分の二以上ですから、一科生と二科生がほぼ同数の現状では、精度改定は事実上不可能です」

 

事務的に淡々と話す鈴音だが、決して冷たいわけでは無い。鈴音も言いたい事はわかるようであり、声色にはすまなさそうに感じる。

 

「……申し訳ありませんでした。分を弁えぬ差し出口、お許しください」

 

だから深雪も謝るしかない。だが、深雪の言う事も最もでありここが魔法科高校でなければ、通っていたかもしれない考案だ。だから誰も深雪を咎めたりはしない。

 

「えと、それでは、深雪さんには書記として、今期の生徒会に加わっていただくということでよろしいですね?」

 

「はい、精一杯務めさせていただきますので、よろしくお願い致します」

 

了承の意を示す深雪を見て満足そうに真由美は頷く。

 

「ふむ、時間もあるし丁度良いか……風紀委員会の生徒会選任枠のうち、前年度卒業生の一枠がまだ埋まっていない」

 

「それは今、人選中でしょう?それに新年度が始まって月日も経っていないからそんなに急かさないで」

 

「確か、生徒会役員の選任規定は、生徒会長を除き第一科生徒を任命しなければならない、だったよな?」

 

真由美の言葉を取り合わずに、摩利は話を進めて行く。

 

「第一科の縛りがあるのは、副会長、書記、会計だけだ。つまり―――風紀委員の生徒会枠に、二科の生徒を選らんでも既定違反にはならないわけだ」

 

そこまでの言葉を言われれば、魔利の意図は誰しも分かる。真由美も驚いたような表情をしており、達也は僅かに眉を顰め、蓮夜も校則の穴を突くような意見に感心している。そして、そこで蓮夜は気付いた。

 

(あれ?じゃあ俺っていったい何のために呼ばれたんだ?)

 

生徒会に入るわけでも、風紀委員に入るわけでもない蓮夜は疑問に思った。そして、本当に用が無いのなら呼ばなくてもいいじゃないか、と。

 

「―――ナイスよ!」

 

「はぁ?」

 

唐突に真由美が歓声を上げ、達也は間の抜けた声が漏れた。恐らくは、こんな提案通る訳も無いと思っていたのだろう。

 

「そうよ!風紀委員なら問題ないじゃない。摩利、生徒会は司波達也くんを風紀委員に任命します」

 

いきなり過ぎる展開、そして予想以上にスムーズに事が運んでいる現状は、絶対に仕組んだと思われるが、全くそうではない。

 

「ちょっと待ってください!俺の意思はどうなるんですか?」

 

達也はもちろんの事、抗議の声を上げている。

達也はあずさに風紀委員とは、どのような仕事があるのかを聞き出した。風紀委員とは、校則違反者を取り締まる組織であり警察と検察を兼ねた組織だ。

 

「凄いじゃないですか、お兄様!」

 

「いや、深雪……そんな「決まりですね」みたいな目をするのはちょっと待ってくれ……」

 

深雪は親愛なる兄がそんな役職に就ける事を我が事のように喜んでいるから、達也もはっきりと断ることが出来ない。

 

「念のために確認させてもらいますが、風紀委員は喧嘩が起こったら、それを力ずくで止めなければならない、ということですね?」

 

「まあそうだな、魔法が使われていなくても、それは我々の任務だ」

 

「あのですね、俺は実技の成績が悪くて二科生なのですが……それに実力行使という意味では、この場にもう一人適任がいるでしょう?」

 

達也はそう言い、蓮夜を見る。

 

「なるほど、蓮夜くんか……確かに適任でもあるが、風紀委員の枠は一つしか無いのだよ」

 

「いえ、ですから俺じゃなく蓮夜を選んだ方がいいという意味なのですが」

 

どう動いても達也を風紀委員に入れる気満々な摩利は、達也を外すという選択肢が無い。

 

「それに、渡辺先輩は俺が起動式を読み取れる、という点で勧誘しているのかもしれませんが、その芸当ならば蓮夜にも出来ます」

 

「えっ?……それは本当なの、蓮夜くん」

 

「……ええまあ、読み取れますが……」

 

蓮夜は好奇の視線の中、言葉を濁しながら視線を明後日の方に向ける。その際、達也を一瞬睨み付けた。どうやら、このシスコン兄は親友を犠牲にしてでも逃れようとする魂胆らしい。

 

「残念ながら、私はそれでも達也くんが風紀委員に欲しいのだよ」

 

「……何故ですか?」

 

本当に分からないようで、達也は摩利に疑問を投げかける。

 

「今まで、風紀委員には一科生のみ任命され二科生は決して任命されていなかった。それはつまり、二科による魔法使用違反も、一科生が取り締まっていた、と言う事だ。一科生と二科生には大きな溝があり、私が指揮する委員会が差別意識は無い、という意思を生徒に知らしめる、という意味も含まれている。そのためには、一科生の蓮夜くんよりか二科生の達也くんを招き入れたいのだよ」

 

圧倒的に通る無いようなだけに、反論のしようがない達也はぐうの音も出ない状況だ。

蓮夜も、ここまで達也が論破された所を見るのもかなり珍しかった。

 

その後、また放課後という事となったが、特に用が無いのなら、私用で帰るというとあっさりと許可をくれた。

何故自分が生徒会室に呼ばれたのかと言われると、真由美曰く一緒に食べたかったらしい。

その言葉を聞いて唖然としていた蓮夜の肩を優しく叩く兄妹が居た。



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episode:5

学校からの帰宅し、蓮夜は早速自身のCADを調整―――メンテナンスをしている。

この家は四葉から提供されている為、CADをチューニングするための設備などは最先端だ。CADはかなり精密な機械なため、こまめな調整を必要としている。蓮夜も週に一度は必ずしている。

蓮夜が普段私用しているCADは三つ。

一つはブレスレット形状の汎用型CAD。もう一つが入学祝いに母親である真夜から貰ったカラーリングが黒のシルバー・ホーン。そして最後の一つが汎用型(・・・)であり拳銃形状のCADだ。

 

「む……基本はブレスレットとシルバー・ホーンにして、予備をこっちにするか」

 

蓮夜の持ち味は複数のCADを操作する技術である『パラレル・キャスト』にある。

深雪に迫る魔法技能を有している蓮夜が使えば、脅威の一言に尽きる。しかも、固有魔法に四葉の秘匿技術を駆使すれば世界最高峰に名を連ねる事すら夢ではない。

だが、蓮夜はそのような名声は塵にも等しいし、四葉にとってもデメリットしかない。

 

(さて……シルバー・ホーンには何の起動式を組み込もうかねえ。……放出系魔法か?)

 

自身の得意な魔法を組み込む事に決め、早速データを送り込む。

数分掛けて起動式を入れたあと、背中を伸ばしていた時後ろのドアが開いた。この家には二人しか住んでいないため、必然的に誰か分かる。

 

「お忙しい所申し訳ございません」

 

「気にするな、丁度終わった所だ。で、何の用だ?」

 

「ご夕食の支度が出来ましたので、呼びに来ました」

 

「そうか……分かった。すぐ行こう」

 

蓮夜は席を立ち、水波と一緒に夕食を摂る事にした。

 

 

 

 

 

いつもながら美味である水波のご飯を食べた後、二人は大型のディスプレイの前に座る。座るとは言っても、実際ソファーに座っているのは蓮夜だけであり、水波は斜め後ろに立っている。正に主人と従者の関係を改めて思わせる。

蓮夜はコーヒーを一口飲んで、秘匿回線を用いて通信を始める。

ブゥン、という音と共に一人の女性が映った。その人物は蓮夜の母である四葉真夜だ。

 

『お久し振りね、蓮夜さん。それに水波ちゃんも』

 

「ご無沙汰しております、奥様」

 

水波は深く、丁寧なお辞儀をする。そんな水波を見て、真夜は満足そうに笑みを浮かべている。

 

『どうやら彼女は自分の使命を全うしているようね、安心したわ』

 

「水波はしっかりと働いてくれている。問題らしい問題は今の所ない」

 

この僅かな期間しか共に居ないが、かなり助かっている。下手をすれば、自堕落しかねないほど水波の仕事は丁寧かつ隙が無いため、出る幕が無い。

 

『一高で変わったことはあるかしら?』

 

「いいや、特には無いな。ただ……報告なら達也が風紀委員に入ったことくらいか?」

 

蓮夜が思い浮かべるのは今日の昼休みのやり取り。摩利に言い包められた達也の姿だ。

そしてその達也だが、今日の放課後に達也が風紀委員に入るのを反対した副会長と模擬戦することとなっているのを蓮夜は知らない。

更に瞬殺しているのも知らないし、その過程で蓮夜の実力の一部を達也が真由美に漏らした事も知らない。

 

『あら、達也さんが……どうしてか分かる?』

 

「現生徒会長七草真由美に気に入られた、からかねぇ……深雪が主席入学したから仕方ないって言えばそれまでだが」

 

『七草の長女に……達也さんのことだから露見される事は無いでしょうけど、少し心配ね。相手が十師族ともなれば』

 

真夜の懸念の分かる。十師族が相手となれば、その権力で素性を調べる事など造作も無い。蓮夜も達也も一応は偽造されては居るが、意図せぬ事態で四葉の関係者だとバレるか不安だ。一高には十師族は二人もいるのだから慎重になる必要がある。

 

「まぁ、深雪の場合は特に問題は無いとは思うが、一番の問題は達也だな。二科生だから少し目立ってしまったら、一気に注目される。あぁ……面倒事を運んで来ないのを祈るしかない」

 

蓮夜の表情は、本当に面倒そうだ。すでに一度面倒事が起きている。げんなりとしてる蓮夜を見て真夜は微笑を浮かべていた。

 

『苦労しているようね。そこまで気張る必要は無いと思うのだけれど。裏で処理するのは私たちでやるから、貴方は達也さんをフォローしてちょうだい。あの子、深雪さんのためなら色々とやるから』

 

「知ってるよ。兄妹愛か……それだけ残っていれば、精神的にも狂うのは当然か」

 

人と言うのは繊細かつ精密だ。内臓に関しても、全て揃っているから健全に機能しており、どれか欠損、異常をきたせば不健康となる。それは感情、心なども同じである。しかも達也の場合は情動が消されているから精神的にかなりアンバランスだ。しかも唯一情動で残っている兄弟愛に偏るのは当然の結果だ。だから達也は狂っている、異常という言葉が当てはまる。

 

「魔法師としても不完全。そして人間性でも不完全となった、か……哀れだな」

 

蓮夜の目は、親友である達也を気遣う目ではない。ただ単に真実を見て、言っているだけ。とてもじゃないが、友人を想っているような雰囲気ではない。

無機質な目をしている蓮夜を見て真夜は深い笑みを浮かべていた。その笑みもどこか狂気的ではあるが、同時に理性的でもある。

 

「―――まあいい。母上、前置きはいいから本題に入ろう。あるんだろ?」

 

『あら、やっぱり分かっちゃうのね。そうね、本題に入りましょう』

 

真夜はテーブルに置かれている紅茶を一口飲み、一拍置いてから口を開く。

 

『今一高は"白の一味"に汚染されているわ』

 

その言葉に蓮夜は僅かに眉を顰め、後ろに居る水波は僅かに目を見開いている。

 

「"白の一味"―――『ブランシュ』か。反魔法国際政治団体だったな」

 

『ええ、ブランシュでも一高に居るのは若年層で構成された下部組織の『エガリテ』よ。蓮夜さんにとって取るに足らない相手だろうけども』

 

反魔法国際政治団体『ブランシュ』。

既に魔法が浸透した世界だが、今も尚そういう反対運動している組織がいくつかあるのだ。ブランシュはその代表だ。中には「魔法師は生粋人間ではない。造られた人間だ」と思っている奴もいるし、魔法師を同じ人間として見ない者もいる。

簡単に言えば、魔法師排斥運動をしている者たちだ。そして、今の現状に満足していないのは一般人だけではなく、魔法師も同じ。

主に冷遇されている二科の生徒たちだ。魔法技能により差別され、今のシステムを変えたいと思っているのも少なからず存在する。

ブランシュは「現代の行政システムに反対し、魔法能力による差別を根絶する」のを理念として掲げている。

才能に劣り、差別されている二科にはお誂え向きの理念がゆえに、付け込まれるのだ。面倒なことこの上ない。

 

「で、俺はどうすればいいんだ?日本支部を壊滅させればいいのか?」

 

『いえ、今の所は様子見って所かしら。実害は無いのだし、気にする必要は無いわ』

 

「……なら、被害が加われば動き出すのか?」

 

『蓮夜さんが動く必要性は無いわ。静観、かしらね……派手に活躍しなければ問題ないわ』

 

「了解。俺的には十師族が早々に解決して欲しいんだけどな」

 

未だあまり表立って行動していないと思われるエガリテは、一高にメンバーは居るが誰かも分かっていない状態だろう。中々骨が折れるかもな、と蓮夜は思う。

そして、極力関わりたくないのに何故か関わるだろうと確信に近い思いを抱くのは何故だろう?

 

『あらどうかしたの、蓮夜さん』

 

「……いや、なんでもない」

 

苦虫を噛み潰したような顔をしていた蓮夜に、真夜は問いかけるが首を振って問題ないと言った。

蓮夜はソファーに深く座り、息を吐く。

 

「なぁ……母上」

 

『なにかしら?』

 

「もし俺が、四葉の一員だと達也たちに知られたらどうするんだ?このまま一高に通う?それとも実家に帰るのか?」

 

急にそんな質問をする息子である蓮夜を訝しげに思った真夜だが、質問に答えることにした。

 

『蓮夜さんの心情次第、といったところかしら。思った以上にあの子たちに情を抱いているようね』

 

「まあね。数年間も一緒に居れば、情も移るわ。もしバレて、露骨な敵対心を見せられれば、いくら俺でも精神的にショックを受けるだろうよ」

 

最初は真夜の命で達也たちと接触した蓮夜だが、今では良き親友という印象を与えてるし、自身もそう思っている。特に深雪からは恋愛感情などはお互い一切無いが、かなりの信頼を寄せられている。達也も自身には好意的なのは見て取れる。

そんな彼らとの関係が一気に崩れるのを忌避しているのは、自覚している。それほど四葉の名は重いのだ。

 

『私としては、今まで通りの態度で蓮夜さんに接してくれれば文句は無いわ』

 

「俺としてもそれがベストだ。願わくば、そうなる事を祈ろう」

 

秘密が何れ何処かで必ず露見する。とは言っても、この程度の隠し事なら何時バレでもおかしくはない。丸く収まる事には越した事は無いが。

 

「ホント、面倒だな。あの二人は厄介事を持ってくる性質(たち)なのか?」

 

『面倒、とか言っておきながら貴方は何処か嬉しそうよ?』

 

「そうだな……」

 

蓮夜は口で言っていることと表情が全くの逆だ。それは理解している。そう、蓮夜は退屈なのだ。何もない平穏な学園生活というのは。

本当に面倒そうにしている時もあるが、心の奥深くでは、歓喜している。

だから嬉しい。厄介事を運んできてくれるのが。やっと四葉の監視という名の護衛が居なくなり自由と成ったのだ。少しぐらいは刺激が欲しい。

 

「―――俺も所詮、人間としては屑なのかもしれないな」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

同日の夜。

すでに寝る支度まで終えたほのかは、携帯端末を耳に当ててベッドに転がりながら通話している。通話相手は自分の親友である雫だ。

そしてその話題はもちろん魔法―――第一高関連であり、主な内容は深雪や蓮夜について話している。

 

「―――でね、蓮夜さんと深雪さんは凄い仲良いよね。魔法力も凄いけど、お互い信頼してるのが判るよ、あの二人は」

 

『そうだね。最初に恋愛感情は一切無いって言ってたけど、どちらかというと"家族"に近いかも』

 

雫の推論は遠からず、といった感じだ。その事はほのかも雫も分かってはいないが、第三者から見れば二人はそう映っていたのだろう。

 

『それに良かったね。蓮夜さんと一緒のクラスになって。入学式の時から気になってたんでしょ?』

 

「……うん。私、あんな繊細に魔法式を編み上げる人初めて見たから。余剰想子(サイオン)光もノイズも全く出てなかったし」

 

余剰想子光とは、魔法師が起動式を展開する時に、使いきれずに余ったサイオンの光の事だ。これが少なければ少ないほど、力をキチンと制御出来ている証拠だ。

 

『それに、友達に成れたし、憧れの司波さんと仲良くもなれたから万々歳だね』

 

「うん!私、あの時の感動を忘れないよ!」

 

ほのかは興奮したように声を上げる。それほど感動的だったのが、感情豊かなほのかから見て取れる。

 

入学試験の時、ほのかは深雪と蓮夜を見ていたのだ。

深雪の美貌は一回見れば忘れないほどであり、魔法力も圧倒的な事から憧れを抱くようになった。対して蓮夜も結構容姿は整っており、女性なら通りかかれば一度は見るくらいだ。しかも、魔法式の発動の際の余剰想子光が他者よりか全く出ず、魔法式から出る光波のノイズも全く無かったのだ。

光のエレメンツの末裔であるほのかは光波に対してかなり敏感だ。そのほのかが言うのなら相当だろう。

 

「それに、二人とも思った以上に気さで話しやすかったなぁ……」

 

『うん、それは私も思った。蓮夜さん、基本的に面倒臭がりなのに何だかんだ言って付き合ってくれるし』

 

面倒とか何とか言いながらも、ほのかたちと行動してくれて、今日もカフェに寄るのは面倒とか言ってたのに一緒に来てくれた。しかも奢ってくれた。本人はそんな自覚は全く無いが、女心が分かっているとほのかは思っている。それは雫も同じだ。

 

「深雪さんのような魔法力に精密に編み上げる魔法式……まるで|魔法を使うために生まれていたような存在だね《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》!」

 

この時、ほのかは深く考えないで言った言葉だが、この言葉に隠された意味までは分からなかったようだ。雫も蓮夜の魔法力に賞賛しているようで、気付いていないようだ。

 

『ほのか、頑張って二人に並べるように努力しようね』

 

「うん!雫も一緒に頑張ろう!」

 

二人の目標は深雪と蓮夜―――主席と次席だ。

地元ではツートップだったほのかと雫は、見事蓮夜と深雪に叩きのめされた。

 

 

二人は明日に向けて気合を入れてから、就寝した。



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episode:6

蓮夜は1-Aで携帯端末を見て何か考え事している。

そんな様子が珍しいと思ったのか、深雪から声を掛けられる。

 

「どうしたの、蓮夜くん。珍しく困っているようだけれども」

 

「ああ、別に魔法関連ではないんだが……ホラ、今日から部活動勧誘が新入生を的に始まるだろ」

 

「ええ、そうですわね。なるほど……入部する部活について悩んでいるのね」

 

「そういう事だ」

 

魔法科高校とはいえ、ただ魔法の勉強をするだけではない。ここら辺は一般の普通高と対して変わらない。魔法を使わない部活もあるし、魔法を駆使する部活もある。クラブ予算もその部の成績の評価で反映されるため、若干不遇されている部もある。だからこそ、新入部員獲得はある種の競争となっており、成績上位の者ほど狙われる。

蓮夜自身も一応は自分が次席なのは真由美たちに教えられたからであり、他の者たちは自分の順位を知らない(だが、入試成績リストが流出しているのは確かだ)。

ゆえに一番狙われるのは蓮夜だと言っても過言ではない。

 

「あ、そうだ……クラブ決めなくちゃいけないんだった」

 

ほのかは思い出したかのように口を開く。

 

「そうだね。でも、見学とかできるのかな?」

 

「できるだろうよ。まあ頑張れ、雫ほのか」

 

「その言葉、蓮夜くんにも返ってくるのよ?」

 

深雪の言葉に蓮夜は黙るしかなかった。

携帯端末をスクロールさせ、ざっと目を通した時に気になる部活動があった。

 

「ふむ……『SSボード・バイアスロン部』か。中々新鮮な活動内容だ」

 

マーシャル・マジックアーツやらでも良かったのだが、基本的にそこまで近接格闘に入れ込んでいない。実際、九重八雲に師事してもらった主な理由としては達也の監視の名目だったからだ。八雲には薄々感付かれているのだが、直接的に言って来ないという事は今の所問題ないと思われているからだろう。

 

「そんな部活があるんですか……聞いたこと無いですね」

 

ひょっこりとほのかは顔を出して蓮夜の携帯端末を覗いている。バイアスロン部はスケートボードやスノーボードで移動しながら魔法で設置されている的を打ち抜くらしい。

 

「今日、此処に行ってみようかな。体験して面白かったら入るか」

 

「じゃあ私も見てみようかな」

 

「あ、じゃあ私も見学したいです!」

 

雫とほのかが蓮夜と一緒に見学したい、と言い出した。特に迷惑でも何でもないから了承した。

 

「深雪は……生徒会で何すんの?」

 

「勧誘期間の追加予算の見積もりとか、苦情の受付けとか……かしら?」

 

「そっか、深雪さんも大変だね」

 

ほのかは深雪の―――生徒会の大変さに舌を巻く。一高は生徒の自主性を重んじる事から普通の高校よりか厳しいだろうと予測できる。

 

「過労で倒れるなよ?達也が暴走するから」

 

「問題ないわ。お兄様に心配掛けるわけにはいかないですもの」

 

「それならいいや。そっちも頑張れよ」

 

「ええ」

 

そして、蓮夜は雫とほのかと一緒に回ることとなった。

 

 

 

 

 

放課後。

蓮夜とほのか、雫は校舎の外―――ロビーのような場所にいる。A組は他のクラスに比べて終わるのが少々遅かった。そして蓮夜たちはこの勧誘期間を噂に聞いていたが、何処か軽視していたのは認めよう。だが……

 

「やっべ、これ無理じゃね?」

 

「こ、これ選ぶ所じゃないよ!蓮夜さん、雫助けてー!」

 

「無理。私も助けて」

 

軽い気持ちで出たら……一瞬で捕まった。

すでに待機していたように現われ、僅か数秒のうちに人垣に埋まった。これは入学式の時の深雪を超える。

無理もない。蓮夜はともかく、ほのかと雫は自分の成績を知らない。ほのかと雫は蓮夜に続く第三席と第四席なのだ。そんな成績上位固まれば、格好の得物となってしまうのも分かる。

 

「入りませんか!」「軽体操部に入部しませんか!」「テニス部どうでしょうか!」「是非、軽音部に!」

 

勧誘が殺到し、三人は身動き取れなくなっていた。

 

「ちょ……っ!」「んっ……苦しい」

 

ほのかも雫も精神的にも厳しくなってきており、蓮夜でさえ軽くグロッキー状態だ。

 

「いや、俺は……。ちょっとどいて―――って誰だ俺の尻を撫でている奴は!?」

 

セクハラ紛いな行為を受けている蓮夜が居た。

ほのかたちの方は女子が殺到しているから、男子からセクハラ行為を受けはしないが、蓮夜の方には男女両方殺到している。中には女子限定の部のマネージャーの勧誘も入っていることから、随分買われているようだ。

とは言っても、今代の主席は絶世の美少女と全学年に伝わっており、そしてのその親友は次席である蓮夜だというのは周知の事実と化した。男子の主な目的は戦力としてもそうだが、深雪狙いも存在する。簡単な話、蓮夜と仲良くなれば深雪を紹介してくると思っているから狙っているのだ。

 

「くっ……!こ、の……ッ!!」

 

遂に堪忍袋の緒が切れた蓮夜は魔法を行使する。密着状態でCADが取り出せないため、腰に掛けてある拳銃型CADのトリガーを引く。

その魔法は奇しくも達也がエリカを助ける為に使った魔法と同系統だ。単一振動系魔法を展開し、地面に足を叩きつけた。波紋状に広がる振動は生徒たちの身体を揺さぶり、体勢を崩すこととなった。

 

「わっ……?」

 

「っとと」

 

それは雫とほのかも例外ではなく、たたらを踏む。そして他の生徒たちはほぼ密着状態であったため、上手くバランスが取れずどんどん尻餅などを着いている。

そして蓮夜は雫たちの方を振り向くのと同時に二人の手を引っ張る。雫を左腕で、ほのかを右腕で抱きかかえるようにする。

突然に出来事により、雫とほのかは顔を赤くし、ほのかに関してはテンパっている。

 

「しっかり捕まってろ!」

 

そして、すぐさま別の魔法式を構築する。だが、今手元にはシルバー・ホーンしかないため、CAD無しで魔法を発動する。

一人だけなら増幅魔法を用いた加速で撤退するのだが、今両手には人がいる。揺らすわけにはいかないから、高速移動術式を発動した。

慣性中和術式、移動術式の複合魔法。実質的に古術である瞬動に近い魔法だ。

慣性中和により、ほのかと雫にも慣性が働いていないため、一瞬で景色が変わったように見えただろう。だが、それは蓮夜個人にしか作用しないため、二人と自分を集合概念を定義して、一つの存在として移動したから二人は問題なかった。

 

「あ、あれ……?」

 

「景色、変わった?」

 

疑問符を浮かべている二人を他所にもう一度発動して、勧誘する生徒がいない所で止まる。

 

「ふぅ……これでもう大丈夫か」

 

蓮夜は演算を終了させ、一息吐く。

 

「今の魔法……CAD使わなかったの?」

 

雫は蓮夜の方を見て平坦な口調で質問するが、驚きの色が混ざっているのが分かった。その言葉にほのかもハッと意識を戻してきた。

 

「今の複雑な魔法式を、CAD無しで編み上げたのですか!?」

 

「あー、まぁ……そうだなぁ」

 

普通はCADを用いて使用する複雑な魔法を無しでやればそんな反応をされるのは、考えてみれば分かる事だ。だが、あの場から逃げるのに意識が向いていたためミスを犯した。蓮夜がミスするほど切羽詰まっていた状況だったのだ。

言葉を濁した蓮夜を見て、雫とほのかは詮索を止めた。この情勢、魔法師にとっては隠したい事の一つや二つはある。調整魔法師であったり、人造魔法師であったり、家に関してだったり。

蓮夜にとっては有り難い気遣いであり、話を逸らすことにした。

 

「まあいいい。取り敢えず俺は部活動勧誘を甘く見てたらしい」

 

「……そうですね。まさかあそこまでとは思いませんでした」

 

先ほどの勧誘を思い出したのか、何処か遠い目をするほのか。蓮夜も疲れたようにため息を吐き、雫は表情が変わっていないが雰囲気が若干暗い。

 

「さて、思った以上に慎重に行動しないとな。じゃないとさっきの二の舞になる」

 

その言葉に激しく同意する二人。どうやらあんな思いはもうしたくないようだ。

 

「蓮夜さんは何か良い案ある?」

 

「……いや、特には無いな」

 

あの軍勢を相手にするとなれば手荒な行為になるし、それを行えば生徒会と風紀委員にお世話になるため本当の非常手段だ。その行為は絶対ほのかと雫が許容しないのは聞かなくても分かる。

すぐに攻撃性の魔法を思い浮かべる辺り、随分と非道に染まってきたな、と蓮夜は自分に呆れる。

 

「じゃあ、見つからないようにこそこそ行く?」

 

「それしかないね。うぅ、もっと堂々とクラブ見学したかったよ」

 

ほのかが落ち込んでいる時、後方から人が複数来るのが分かった。さきほどの事があったからCADを持って臨戦態勢に入った。やり過ぎだと思うが、これくらいの心構えがないとあの『狂気の軍勢』から逃れられない。

 

「―――あれ、貴方たちは……もしかして、光井ほのかに北山雫……さん?それに紫鏡蓮夜さん?どうして此処に……」

 

先頭に居る女子生徒に名前を言い当てられて動揺するほのかと雫。蓮夜に関しては、完全に心を沈めて機会を窺っている。

 

「え、えーと……ど、どうしよう」

 

ほのかがオロオロしている時、蓮夜は先頭に立つ生徒の顔に見覚えがあった。それは、極最近―――というか教室で携帯端末を見ていた時だ。

 

「えーっと、私たちはバイアスロン部。正式名称はSSボード・バイアスロン部よ」

 

「バイアスロン部?それって蓮夜さんが興味を持ったクラブですよね?」

 

「……ああ、そうだな。どうりで見覚えがあるわけだ」

 

女性生徒の顔は部活動のベージに乗っていたメンバー紹介の欄にいた者だ。

 

その後、蓮夜は体験をして雫も完全に興味を持ち、結局折れる形でほのかも入部することとなった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

帰りに達也たちに捕まり、カフェで随分話し込んでしまった。

話した内容は、予想通りの部活についてであり後半は体育館の話題となった。どうやら、体育館で剣術部と剣道部のイザコザが起きてしまい、達也が止めたとの事だ。だが、そこは無駄にプライドが高い一科生が達也の態度が琴線に触れたのか次々と襲い掛かってきたらしい。それらを全て回避したりして随分と目立ったらしい。

それにパラレルキャストを応用した『特定魔法のジャミング』を使用した事を聞いた。直に受けた事がある蓮夜は思い出して気持ち悪くなったりもした。

最後には美月を弄ってお開きとなった。

 

「―――まあ、そういうわけで無駄に達也が目立ったため、どう対処した方がいいのか考え中なんだ」

 

「はぁ、そういうわけですか。ですが、あまり無闇に介入しない方がいいと思います」

 

「そうすると、今度は俺が目立つか……もう放置でいいかね?」

 

水波の自室にて、蓮夜と水波は今日起こった事柄について話している。主に蓮夜が話し、水波が相槌を打つくらいだが。

そして、何故蓮夜が水波の部屋に居るのかと問われれば、決して邪な気持ちがあって来たわけじゃないのは断言出来る。そこまで欲求に素直ではない。

 

「母上に言った通り静観かな―――っと、そこ間違っているぞ」

 

「えっ、本当ですか?この問題の解はこれだと思ったのですが……」

 

蓮夜は今、水波に勉強を教えているのだ。

達也ほどではないにしろ、基本的に頭が良い。それも天才肌ではなく、努力で掴んだ成果なのだ。そして、水波は四葉家に買われてからメイドとしての作法や一通りの家事を叩き込まれている。それに併用して、蓮夜を護れるくらいの実力者になるための訓練も受けていた。そして、水波は蓮夜に合わせて山梨県の中学から東京の中学へと編入した。だが、水波の本来の仕事は蓮夜の奉仕であることには変わりない。結構金持ちのご子息が通う学校へ現在身を置いている。高校はまだ決まってはいないが、恐らくは主である蓮夜と一緒の一高へ進学する可能性が大。そのための勉強でもある。

だが、水波はメイドしては中々役にはやっているのだが、一番重要な魔法師として経験が足りない。だから長期休みの日などは四葉家本拠に移動して訓練している。これは仕方がない。未だ、水波は蓮夜の正式なガーディアンではなく、見習いガーディアンというワケだ。見習いである彼女を何故四葉家当主の息子に配備したのかと言うと、簡単な理由であり年が一番近いからだ。そこら辺は感謝している。おかげで気兼ねなく話せる。

 

「蓮夜様、これでよろしいでしょうか?」

 

「どれどれ……うん。今度は合ってるな。飲み込みが早いものだ」

 

「ありがとうござます」

 

表情が乏しい彼女だが、こうして褒めると嬉しそうに僅かに笑みを浮かべるのだ。出来ればもっと感情表現して欲しいのだが、そこは本人の性格なのが四葉の訓練なのか控えめだ。強要するわけじゃないが、別に困るわけじゃないので問題ない。いざとなればサイオンの揺らめきで判断すればいい。

そんな思考は隅に置いといて今は水波の勉強を見ている最中だ。

 

「さて、次に行こうか」

 

「はい」

 

蓮夜の夜は、水波の勉強を教える時間で終わった。



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episode:7

部活勧誘―――蓮夜とほのか、雫が部活へ入部してから一週間あまりが経った。

だが、成績上位である蓮夜たちは入部していたとしても、色々と大変な毎日を送っていた。

ほのかの光学系の魔法で光学迷彩みたいな壁を作り出して移動したり、逃げ道をふさがれた時は、魔法を駆使して逃げ遂せたりと心身ともに若干疲れ果ててしまった。

 

それでも一番大変なのが達也だ。

部活勧誘期間初日で一気に目立ったため、魔法による不意打ちを受けているとの事だ。そして『魔法を使わずに並み居る魔法競技者(レギュラー)を連破した謎の一年生』という噂も流れていた。

 

大変なんだな、と思ったのだが、どうもただ傍観している場合ではなくなったのだ。

達也を闇討ちしている中に、ブランシュの若年層で構成されているエガリテのメンバーらしき者がいたのだ。その場の近くに俺が居たのは本当に偶然だった。達也に追われている生徒の右手首には青と赤のラインで縁取られた白いリストバンドを付けていたからだ。

 

蓮夜はこの件に干渉しようかしないか考えたが、結果としては達也の行動次第と結論付けた。もし達也が介入いなくても、十師族が解決するだろうと思っている。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

部活勧誘一週間が経過した。

ここ最近でやっと、蓮夜が部活に入っている事が知れ渡ったようで、勧誘はあまり(・・・)来なくなった。それは雫とほのかも一緒だ。

そして、今現在蓮夜たちはいつものようにカフェで談笑をしているのだが、蓮夜の目にはやや呆れを含んだ視線を対面に座っている女子三人に向けている。

 

「―――お前等バカか?」

 

「いきなりバカ呼ばわりは酷くない!?」

 

そういって蓮夜にうがー、と怒っているのは、明智英美という女子生徒。本名はアメリア=英美=明智=ゴールディという。愛称はエイミィであり、蓮夜もそう呼んでいる。英美の両隣にはほのかと雫が居る。ほのかは表情をコロコロ変え、雫はいつも通りの表情。いったいどういう組み合わせなのか全く分からない蓮夜。

 

「いや、だってさ……何故に達也のために動く必要が?」

 

この三人は、ここ最近―――体育館の騒動が収まってから多発している誤発と偽った明確な闇討ちを達也が受けてる場面を見たらしいのだ。そこで、憧れでもある深雪と蓮夜の親友と深い繋がりを持っている達也の力になりたいとの事だ。

ほのかは本気でそう思っているお人好しであり、雫はほのかがやるから手伝っている感じだ。そして英美は、

 

「…………」

 

「ん?どうしたの?―――ハッ、まさか惚れちゃった!?」

 

「え、えぇぇぇぇ!?」

 

「んなワケあるか」

 

完全に遊び心八割だと、何故か確信できた。

 

「蓮夜くんだって司波さんのお兄さんの事は心配でしょ?」

 

全く以って心配ないんだが、とは言えない。それ以前に達也には高位の知覚系魔法を持っているから闇討ちに関しては心配していないが、精神的に疲れているようだから、労ってはいる。蓮夜は達也の実力を知っているが、ほのかたちは知らないのだ。

だから蓮夜は「まぁ、多少は……」としか言えない。

 

「だが、心配ないだろ?もうすぐ勧誘期間も終わるし」

 

「それでもよ!私たち探偵団はそのような悪事を見過ごすわけにはいかない!私たちで証拠を捉えてひっ捕らえるぞー!」

 

「おい待て、なにさり気無く俺を頭数に入れてる?」

 

やる気ゲージがMAXである英美を見て、蓮夜は手に負えないと悟る。唯一の頼みである雫にアイコンタクトでどうにかしろ、と言うが首を横に振られてしまった。ようするに、止められない、という意味だ。

 

「はぁ……とにかく俺を巻き込むな。俺は俺で忙しいんだよ。この事を生徒会に報告した方がい―――いや、止めておこう」

 

生徒会に報告すれば万事解決、となるのだが達也を闇討ちした犯人は、深雪は絶対に許さないだろう。下手をすれば氷漬けにしてしまう。

その意図が分かったのか、ほのかは若干顔を青褪めて振るえている。

 

「雫、この二人のストッパー役任せてもいいか?」

 

英美のやる気に感化されたようにテンションを上げているほのかを見て、一番冷静な雫に頼んだ。

 

「うん、任せて。けど、蓮夜さんは一緒に来ないの?」

 

「時間があればそれでもいいんだけどなぁ……」

 

ここ最近蓮夜は調べ物に勤しんでいるし、くだらないとまでは言わないが達也に関しては然程心配していないからそんな事に時間を割くのは勿体無いと感じている。

そんな非情な意図を汲み取れなかった雫たちは、「それならしょうがない」といった感じで纏まった。

 

「それじゃ、この三人で親睦を深めましょー!」

 

話が180度変わり、親睦会となった。自由人というのが、蓮夜から見た英美の第一印象だ。

それと同時に蓮夜は思う―――こんな感じで騒いだ事がなかったのを。

旧山梨県の本拠から中学には通っていたが、有り余る才能のせいで友人らしい友人が誰一人居なかった(その時、蓮夜には手加減という言葉を知らず、どんどん他の生徒を追い抜いて孤立していた)。

だから蓮夜にとっては新鮮であり、興味深いのだ。

 

(偶にこういうのも、悪くはない……か)

 

 

―――蓮夜の心に温かみが帯び始めてきた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

達也にとってはトラブルの毎日だったが、蓮夜にとっては平穏に近い毎日だった。そんな日常も終わりつつある。部活勧誘期間がもう少しで終わるからだ。

トラブルメイカー事司波達也は教室で集まって昼食を摂っている。

メンバーはE組の達也、美月、エリカ、レオの四人とA組である蓮夜、深雪、ほのか、雫の四人の計八人だ。

今日行った魔法実技の居残りメンバーとなったレオとエリカに合わせた食事となっている。

今回の実技は基礎単一系魔法の魔法式を制限時間内にコンパイルして発動する、という課題を行う。

 

「ねえねえ達也くん。そういえばさ、何で手を重ねただけで、あんなにタイムが上がったの?」

 

エリカは達也に問いかける。エリカとレオの居残りに付き合わされた達也はコツを教えたのだが、その時授業用のCADに両手を重ねて発動したら、制限時間内にクリア出来たのだ。それは達也の助言であり、エリカは何故か知りたいようだ。

 

「なに簡単なことだ。エリカは片手で握るスタイルのCADに慣れているだけだ」

 

「両手を重ねる……?ああ、剣術を習得しているからか?」

 

エリカが千葉の人間とは調べがついているので、自然とその結論に達した蓮夜。エリかも「あ、ナルホド」と納得しているようだ。

 

「そうだ。A組も同じ実技受けたんでしょ?ねえ、参考までにどれ位のタイムがやってみてくれない?」

 

「私が、ですか?」

 

「そそ、いいでしょ」

 

エリカの言葉に深雪は目を丸くしている。

 

「いいんじゃないか、深雪」

 

達也の一声で、深雪の意思は決まった。深雪に達也の言葉を否定する、ということ事態全く無い。

一番近くにある授業用のCADの前に立ち、パネルに両指を置いた。

余剰想子(サイオン)光が閃き、一瞬で魔法式を構築し、発動した。

 

「……二三五ms……」

 

「えっ……」

 

「すげ……」

 

見月の言葉に、達也を除くE組が驚愕を露わにした。それほど凄いことなのだ。A組である蓮夜たちはすでに知っているため、相変わらず凄いなぁ、程度だ。

 

「蓮夜、お前もやってみたらどうだ?」

 

「はっ?俺が?」

 

達也に何の前触れも無く、言われ柄にも無く戸惑ってしまう。

 

「深雪の両手をパネルに置くスタイルと、蓮夜の片手にパネルを置くスタイル。どちらも見ておいた方がいいと思うからな」

 

「……まあ、いいか」

 

蓮夜は呆れたようにため息を吐き、面倒そうに立ち上がる。

CADの前に立ち、左手の手の平をパネルの上に乗せて、集中する。

計測が始まったのと同時に、蓮夜の余剰想子光は全く放出されなかった。

余すことなく想子を使った蓮夜の技量に、蓮夜の事を殆ど知らないレオたちは驚き、同時に蓮夜の技量を思い知った瞬間である。

しかも、それだけではない。

 

「……二七三ms、です」

 

「なんかもう……言葉が思いつかねえや」

 

驚きの連続であったレオは若干投げやり気味に呟く。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「はぁ……はぁ……もうむりぽ」

 

若干キャラ崩壊しつつある蓮夜は、地面の上に寝っ転がって息を整えている。

 

「いやはや……達也くんもそうだけど、蓮夜くんもやるねえ……これは僕が負ける日も遠くないかな?」

 

大の字で転がっている蓮夜を縁側に腰を下ろしながら、見下ろしている人物がいた。

 

「はぁ……ふぅ……達也と一緒にしないでください、八雲さん」

 

九重八雲。忍術使いと言われる古式魔法の使い手であり、近接格闘を主体とする魔法師の大半は知っている『忍び』だ。忍者ではない、といつも言われる。

 

「俺は、あそこまで至る事は出来ませんよ」

 

「分からないよ。達也くんも並々ならぬ努力の果てに手に入れた力だしねえ……才能溢れる蓮夜くんならきっと追い抜けるさ」

 

「……どうでしょうね。精神面もそうだが、アイツには一生勝てない気がする」

 

息を整え終わったら立ち上がり、魔法を使って土を落とす。そんな蓮夜を見て、八雲は口を開く。

 

「魔法の才能は蓮夜くん。戦闘の才能は達也くん。ふむ、相反する二人は見てて面白いよ。だから僕も君たちを応援しているんだよ」

 

「魔法の才能、か。達也を見てると本当に分からなくなりますよ。果たして自分は魔法師として未熟すぎるのではないかと」

 

「それは違うよ。今まで僕が見た魔法師の中でも、蓮夜くんはトップクラスだ。そうだね……蓮夜くん、君は達也くんをどう思う?」

 

八雲の問いに蓮夜は僅かに考え込んでしまったが、元々思っていた事を口にする事にした。八雲にはウソが全く通じないからだ。

 

「―――魔法師の天敵。この世を根本から揺るがす危険因子」

 

「……親友(とも)である達也くんに随分と辛辣な評価をしているんだね」

 

歯に布を着せぬ物言いに八雲は苦笑しているが、その答えは予期していたようで全く驚いていない。食えない僧だ、と蓮夜は内心で舌打ちする。

 

「俺も達也のことは親友だと思っている。敵対しない事を祈るよ」

 

蓮夜はそう言葉にしたが、内心では絶対に敵対する、という確信がある。蓮夜が四葉であり、達也と深雪も四葉である限り絶対に避けては通れない道だ。

八雲はまるで心を見透かしたように頷いているが、その表情が何処か寂しげに映ったのは気のせいではないと思う。

 

「お互い、譲れない道があるのは見てて分かるよ。けれど、僕は愛弟子同士の死闘は見たくないかなぁ……」

 

「…………」

 

蓮夜はその問いに答えられない。軍人以外の者たちならば、騙す事が出来るが元軍人でもあり、心理戦に長けている八雲を騙すのは蓮夜では実質不可能。だからこそ、余計な言葉を発するわけにはいかないのだ。

 

「まぁ、そんな辛気臭い話しは置いておこうか。どうだい、蓮夜くん、『仙術』の感触は」

 

「そこそこ、ですかね。かなり使えるようにはなっていますが、案外―――いや、かなり難しいです」

 

仙術とは、古式魔法の一つであり習得するのが困難な系統の一つ。想子制御を主体とした古式魔法であり、現代魔法風に言うならば無系統魔法に分類される。

仙術の使い手となった者は、中々居ない。それ以前に会得している者が比較的少な過ぎる。

 

「うーん、もう僕を超えちゃっているかもね。仙術に関してはそこまで得意じゃかったし……うん、もう教える事は何も無いよ」

 

「えっ、それは本当ですか?」

 

「本当だよ。蓮夜くんはサイオンの制御に天性の才能を感じるよ。いや、サイオンだけじゃないね、魔法も精密さを誇っているから仙術も生かされているようだ」

 

蓮夜は必要最低限の力で敵を殲滅する能力を持ち、生来の魔法の特性にも影響居ているのだろう、と推察した。

 

「褒められるのは吝かではないですが、本題に入りましょう」

 

「そうだね。じゃあ君が知りたい事―――ブランシュの日本支部リーダーの事と本拠地について教えよう」



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