最善の未来を掴むたった一つのさえたやり方 (泰邦)
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プロローグ

 突然だが、転生というものを信じる人はどれくらいいるのだろうか。

 信心深ければ云々かんぬんというのも世の中にはあるが、正直そんなものは宗教心皆無の現代日本人からしてみればお笑い草だった。

 

 そう、だった(・・・)

 

 なんの因果か、日本在住だった俺は転生……この場合は憑依になるのかもしれないが、そんな状況に陥っていた。

 あり得ないなんてことはあり得ない。事実は小説より奇なりとはよく言ったもので、実際に転生したのか憑依したのかはそっちに置いておくとして、現実逃避したい気持ちでいっぱいいっぱいだった。

 何故か、なんてそんなの決まり切ってる。

 目の前で燃え盛る街並み。街中を闊歩する異形の怪物たち。口から吐き出すレーザーのようなものに当たった人たちは軒並み石に変えられていき、町一つが死にゆくさまを見せられていた。

 正直、いろいろ起こり過ぎて頭がパニックになっている。それでも落ち着いているように見えるのは一周回って冷静になっているからではないだろうか。

 最早心情的には「どうにでもなーれ」といいたいところだが、頬をつねっても起きる気配がない。というか痛い。

 ……やっぱり夢ではないのか。

 

「うーむ……」

 

 目にかかる赤毛に、近くの民家のガラスで確認した限りだと整った顔立ち。小さい体にローブっぽい服装。

 やっぱりこれ、ネギ・スプリングフィールドだよなぁ……。

 頭からは微妙に血が流れていたり頭痛が意外と酷いのもあるんだが、やっぱり一度死にかけて俺が憑依したってパターンなのか。テンプレートだねぇ。

 確か『魔法先生ネギま!』という漫画の主人公だったはずなのだが、そう考えるとネギは傷を負う前に現れた親父殿に助けられるはずである。

 その後両足を石化され砕かれた従姉のネカネさんと共にどこぞへ連れられ、親父殿の形見として杖を渡される……はずなのだが、隣に倒れている金髪の女性(おそらく件のネカネさん)と石になっている爺さんを見る限り、タイミングがずれているというべきなのか。

 あ、異形──おそらくは悪魔──と目があった。

 

「マダ、生キテイタカ」

 

 ぱかりと口を開いた。

 これは終わったな──どこまでも冷静な頭がそれを認識し、夢なら早く覚めてくれと切に願う。

 だが無慈悲かな、この世界は現実だった。紛れもない、俺にとっての現実。

 

「つ──ッ!?」

 

 親父殿が助けに来ないとなると、どこかで何かが狂ったか。そんなことを考えた瞬間、左手の手の甲に鋭い痛みが走る。

 何かと思えば、それはどことなく見覚えのある紋様で──具体的に言えば、その紋様は『令呪』だった。

 そして、令呪が現れたということが示す事実はただ一つ。

 サーヴァント──人よりもずっと強大な英霊が、俺と契約しその力を現世で振るえるということである。

 

「サーヴァントアーチャー、ここに参上した。幼き少年よ、君が私のマスターか?」

 

 威風堂々とした青年の声。かなり高い身長と民族衣装のような服装。左手に持った弓はその役割(クラス)がアーチャーであることを示し、先程までこちらにレーザーを放とうとしていた悪魔を射抜いている。なんて早業。

 ていうか誰だこのイケメン。俺の知ってるアーチャーと違う。すごい筋骨隆々としたマッチョだし。

 あの浅黒い肌のアーチャーじゃないのか。いや、金ぴかとか出てこられても正直手綱取り切れないから好意的な相手なのはありがたいのだけど。

 

「あ、ああ。俺が、お前のマスターだ」

 

 だがそのままでは話が進まない。左手の令呪を見せつつマスターであるというと、アーチャーは頷いて微笑む。

 

「委細承知した。これより私は君の剣となり盾となることを誓おう──まずは、かの者たちの殲滅でよろしいか、マスター?」

「……ああ、頼んだぞ、アーチャー」

 

 そういった瞬間、体から少しずつ力が抜けていくような感覚を味わった。これが魔力か……まぁ、それはいい。サーヴァントってことは魔力供給が必要なはずだが、ネギの魔力量はこの世界においても有数のレベルだったはず。流石にFate本編におけるイリヤほどではないと思うが。

 これ以上俺に出来ることはない。出来ることなら隣に倒れているネカネさんの治療をしたいのだが、悪魔の石化ってのは『呪い』だ。

 それこそ第五次聖杯戦争のキャスター──メディアの宝具である『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』でも持ってこない限りは解けないだろう。

 ……そうは思うのだが、実際あの宝具のランクはCだ。悪魔の永久石化って解けるのだろうか? 宝具のランクは対象の魔術(もとい魔法)のランクに関係ないのか?

 まぁ、持ってない以上は捕らぬ狸の皮算用なのだが。

 

「……しかしスゲーな」

 

 アーチャーに任せて五分ほど。あっという間に悪魔を片付けたアーチャーは疲れた様子など微塵も見せずに微笑んでいる。

 途中離れた場所から轟音やら雷鳴やら聞こえていたのだが、もしかすると親父殿が到着したのかもしれない。そうなるとアーチャーの説明が実に面倒だ。いや、襲い掛かってくる悪魔をどうやって撃退したのかと聞かれるのも大概面倒なのだが、それは隠れてやり過ごしたとでも言えばなんとかなるだろう。

 実際、証人になり得る爺さんは石になり、ネカネさんは気絶していてこの状況を見ていない。俺が気付く以前の記憶がないのがヤバいのだが、もうここまで来たら記憶喪失になりましたとでも言って誤魔化すしかあるまい。頭の中を覗かれたらアウトだが。

 なんだこの状況。割と詰んでるぞ。

 

「マスター、すぐ近くに何者かがいるようだ。相当な手練れかと」

 

 親父殿だろ、多分。振り返ってみるとローブ姿の怪しい赤毛がいて、やっぱりかと思う。

 彼はどちらかといえばアーチャーを警戒しているようで、アーチャーは俺を守るために親父殿を警戒している。原因は俺かよ。

 アーチャーのことは一旦置いておくことにしよう。確か、親父殿──ナギは今この場でしか会うことが出来ない。

 俺の意図を読み取ったのか、アーチャーは霊体化して少し離れる。ナギはそれで警戒を薄めたのか、俺に近づいてきた。

 

「父さん……?」

 

 幼い子供っぽく演技してみるが、見抜かれている可能性は否めない。大根役者だとよく言われていたので、演技に自信はないのだ。それ以前に演技など中学の文化祭以来だ、まったく。

 そんな様子を知ってか知らずか、ナギは警戒心もほとんどなく近づいて俺の頭をなでる。フードを目深に被っているが、これだけ近くで見れば顔立ちぐらいわかる。

 笑みを見せているナギは、ふと手に持った杖を俺に渡す。

 

「すまないな、ネギ。コイツは俺の形見とでも思ってくれ」

「でも──」

「時間が無い。手短に話すからよく聞くんだ」

 

 ……どういうことだ?

 原作にこんな話はなかったはず──いや、既に俺っていうイレギュラー、アーチャーっていうイレギュラーがいる以上は変な話でもないか。

 何らかの原因があって、おそらくは過去の時点で改変を受けている世界。

 アーチャーが現れたのも「それ」絡みである可能性が高い。

 

「これから先、お前には俺のせいで迷惑をかけるかもしれない。親として不甲斐ないが、俺は何もしてやれない……済まねぇな、ネギ」

 

 そういうナギの表情は、苦虫を噛み潰したような苦渋に満ちたものだった。

 彼だって好きでこんなことをやっているわけじゃないのだろう。誰かがやらなければ、誰もがやりたくないことをやらなければ当たり前の平和さえ迎えられなかったのだろう。

 ほかの誰もが知らないことだとしても、俺は原作という存在を知っている。

 彼の行動を、知っている。

 

「困ったときは日本の麻帆良ってところにいるアルビレオ・イマってやつを頼れ。性格は悪いと思うだろうが、話してみると悪いやつじゃない」

「……アルビレオ、さん?」

「ああ、今俺がこうしていられるのもそいつの協力のおかげだ」

 

 もう原作知識が云々というのは無駄かも知れないな。状況が違い過ぎる。

 それでも有用だと思う知識は使わなければならないかもしれないが、一応は親から頼まれたのだ、無下になど出来ない。

 

「メガロも帝国もきな臭い。幼いお前に誰も信用するななんて言えないが……麻帆良の爺さんやエヴァ、それに紅き翼(アラ・ルブラ)の仲間だった奴らは信用出来る。ネカネやこの村の奴ら、お前の爺さんもな。

 何もしてやれねぇ親で悪いと思ってる。それでも、お前は、お前だけは幸せになってくれ」

「……うん。分かった」

 

 ……幸せになってくれ、か。

 英雄として生きたはずのナギだが、やっぱり血の通った人間なのだろう。

 原作において、ナギの妻でありネギの母親であるアリカは最後まで出てこなかった。とすると、彼女はどこかの段階で死亡している可能性が高い。

 過去を変えられるのなら、変えてやりたい。世界を救った英雄が最も不幸になる話など俺は好まない。

 

 なら、俺がそれを成そう。

 

 不思議とそう思った。あまりにも自然に思い浮かぶものだから、自分でも驚くくらいに。

 俺の返答を聞いたあと、最後に笑ってナギは空へ飛び立って行った。

 魔法媒体を他に用意していたということなのだろうが、最高品質である杖の他に持つ必要があるのかとも思ってしまう。不測の事態というのはどんなものにも起こりうる以上、対策としても予備を持っておくのはいいのだが。

 さて、それじゃあ次の問題に行こう。

 

「アーチャー、魔力供給は大丈夫?」

「問題なく。先程の方は──」

「父さんだよ」

 

 そうですか、とだけ言って何も聞いてこない。もっとも、訊かれたところで答えられる情報などそれほど持ってもいない。

 彼が現れた意味。アーチャーと俺が契約した意味。変わるであろう未来。

 最善の未来を目指すために──たった一つの冴えたやり方を模索するために、俺は第一歩を踏み出した。

 

 

 




勢いで始めてしまった作品です。
不定期更新。完結するかどうかそもそも怪しい。などなど地雷要素てんこ盛りになっておりますが、よろしくお願いします。


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第一話

 あのあと、俺は困った。実に困った。

 何故って、そりゃ事ここに至るまでの記憶がないからだ。憑依した(と思われる)のは悪魔襲撃の日。それ以前の記憶がない以上、周りとの溝が出来ることは間違いない。

 もっともな話、あんなことがあったのだからショックで記憶に蓋をしたとでも思ってくれると楽なのだがそうは問屋が卸さない。

 およそ三日後に救助された俺とネカネさんはまず最初に徹底的な検査を受けた。

 村のみんなは永久石化の呪いがかかっているはずだが、当然俺には伏せられた。幼馴染の女の子であるアーニャの両親も石化されたのだが、そちらは祖父がなんとか誤魔化すと言っていたらしい。

 なお、盗聴したのは俺ではなくアーチャーである。

 というか、地味に三日生き延びるのもつらかった。水は湖のものを蒸留すれば飲めたが、何と言っても季節は冬。木の実もそうだが動物なんて見つけられるわけがなく、両足が石化して砕かれたネカネさんは動くことすら出来ない。

 石化こそナギに止めてもらったのだが、食事がとれなければこの時期三日も生き延びることなど出来はしない。

 

 そこで役に立ったのはやっぱりアーチャーだった。

 

 どこからとってきたのか、水で洗えば食べられるという植物を集めてきたのでそれを食いつなぐことでなんとか生き残れた。ネカネさんはかなり不思議そうにしていたが、四の五の言っていられる状況でもないとわかっていたのだろう。何度もごめんね、ありがとうと言いながらそれらを口にしていた。

 それ、俺が取ってきたやつじゃないです。

 なんとなく騙してることに罪悪感を感じつつ、頑張って生き延びた。

 

 そして次の問題である。

 

 やっぱりというべきかなんというべきか、魔法学校の校長でもあるネギの祖父にアーチャーのことは隠し通せなかった。いや、逆に考えるんだ。実力は確かだと保障できるのだと。

 何故聖杯もないのにサーヴァントとして英霊が召喚されたのかもわからないし、そもそも真名も聞いてないしで「わからない」と言ってゴリ押しした。

 したのだが、躱せなかった。

 契約を取り消すつもりはないと言ったら、説明も兼ねて俺、爺さん、アーチャーの三人で話し合いを設けることになったのだ。

 

「……結局、君は何者なんじゃ?」

「サーヴァントだってさ。過去の英雄が現世に呼び出されて、僕と契約したんだって」

 

 ネギの振りをして一人称を改めたのだが、違和感が半端なくてあまりやりたくはないところである。

 それはさておき、アーチャーだ。

 サーヴァントは本来、聖杯を巡って争う聖杯戦争において呼び出されるクラスの一つである。

 セイバー、ランサー、アーチャー、ライダー、アサシン、キャスター、バーサーカー。

 七つのクラスに七人の英霊を当てはめることで人の身でもある程度御すこと出来るようにした……という設定だったはずだ。

 

「過去の英霊? 何故そのような存在が……」

「本来私は抑止力に呼ばれ、何かを成すはずだった。ですが、何を間違えたのか、私はサーヴァントとして召喚され、令呪を持つネギと契約を交わすこととなったのです」

 

 令呪を与えられる条件というのは原作でもよくわかっていなかった。あるいは俺がよくわかっていなかった。

 御三家である間桐、遠坂、アインツベルンは絶対に現れるといいつつ第四次聖杯戦争では担い手がいなかった間桐に令呪が現れていない。

 のちに家を飛び出した間桐の血縁者が戻ってきたことで令呪を得るに至ったが、御三家と何の関係もない言峰綺礼にはかなり早い段階から現れている。

 令呪がなければ英霊の召喚も出来ず、聖杯戦争に参加する資格すらないとみなされる。だが逆に言えば、令呪さえあればどんなマスターであろうと聖杯戦争に参加する権利があるのだ。

 Fate原作における士郎がそうであるように、偶発的に令呪を宿すこともある。判断はやっぱり聖杯任せなのだろう。何を基準に選んだのかなど知らないし正直どうでもいいが。

 ここまで長々と話したのは、抑止力と聖杯は全くの別物だということ。令呪だって人の手で作られた魔術だが、だからと言って抑止力が使えるという訳でもないだろう。

 

「抑止力?」

「この場合はアラヤ……霊長の抑止力。私は人類の滅びを避けるため、世界に呼び遣わされたということになります」

 

 それこそおかしい。

 抑止力というのは、基本的に人の意思を後押しするものであって、本格的に介入するのは人類が自滅しかけた時だけのはずだ。

 そのせいでエミヤシロウの心が摩耗したというのは、この場においては無駄話か。

 人類の持つ破滅回避の祈りである「アラヤ」と、星が思う生命延長の祈りである「ガイア」という、優先順位の違う二種類の抑止力。今回は前者の判断らしいが、あそこで間に合わなくても俺が殺されるだけだろう。それが人類破滅につながるとは思えないが……。

 ともかく、霊長の抑止力の行動方針が基本それである以上、今回のアーチャーの召喚はイレギュラー中のイレギュラーであると判断できる。

 てか、爺さん抑止力知ってるのか? と思っていたらアーチャーから詳しく説明を受けていた。霊長の抑止力だけじゃなく、ガイアの方についても話を聞いているが今回は関係ないらしいのでカット。

 

「なるほどのぅ……君は、何故召喚されたのかはわかっているのかね?」

「召喚されるからと言って全て説明されるわけではありません。それでも、あそこで彼のサーヴァントとなったこと。唯一人だけ無事にいたことなどを含め、彼を守ることが最終的に人類の破滅を防ぐ結果につながるのだと判断しました」

 

 原作的に考えれば確かにネギは火星と地球を救うのかもしれないが、抑止力が動くほどのことなのか?

 基本的に無意識に働きかけている以上、ナギを後押しして助けさせるのが最も簡単かつ単純な方法だったはず……って、ナギは間に合わなかったからアーチャーが召喚されたのか?

 わからん。自分より高位の存在である以上、考えるだけ無駄かもしれないな、これは。

 

「とりあえず、アーチャーの真名を教えてよ」

「おっと、これは失礼。未だ伝えていませんでしたね」

「真名とな?」

「我々はかつて英雄と呼ばれた人種。本来の名くらいきちんと持っていますよ」

 

 クラス名で呼ばれるのは聖杯戦争における基本的なルールみたいなものだ。聖杯に呼ばれたわけじゃないのに、ずっとアーチャーと呼んでいた。

 誰もが知る第二の主人公として有名な第五次聖杯戦争のアーチャー、エミヤシロウではない。

 同様に誰もが知る敵役として有名な第四次聖杯戦争のアーチャー、ギルガメッシュでもない。

 ならば、彼は一体誰なのか。

 

「私の真名は"ヘラクレス"です」

 

 そうか、ヘラクレスか。……へらくれす?

 

「ヘラクレスゥ!?」

 

 歴代の聖杯戦争でも傑物揃いとされる第五次聖杯戦争において、およそ単体戦闘能力では最強と目されるサーヴァントが一人いた。

 ステータスは幸運を除きオールA。その幸運にしたってB。

 バーサーカーとして呼ばれたにも拘らず狂化する必要のないステータス。加えて異常なまでに強力な宝具を併せ持つギリシャの大英雄。……バーサーカーで呼ばれてたら俺は木乃伊(ミイラ)になっていたに違いない。

 というか、ヘラクレスって英霊はむしろバーサーカーで呼ぶことで"弱く"なる。

 本来狂化させることで技量を失う代わりにステータスを上げるクラスであるバーサーカーだが、アインツベルンは余計なことを考えさせないためにバーサーカーとして呼び出し、ヘラクレスの持つ武威を失わせてしまっている。

 このことからも、ヘラクレスという英霊がどれ程怪物的かわかるだろう。

 ついでに言うと、ヘラクレスはキャスター以外全部のクラスに当てはまるし。

 

「それほどの知名度を持つ大英雄が……これはありがたい」

 

 俺だって安心できる状況ではないのだ。

 先日の悪魔襲撃事件だって、メガロの仕業だろうと爺さんともども思っている。あそこはネギの母親であるアリカをある意味で恐れているからな。

 オスティア王家の血筋である俺の存在が邪魔だって可能性もある。政治的なことはよくわからんから爺さんに丸投げしているが。

 少なくとも今後含めて命が狙われるであろうことも想像に難くない。

 そんな俺を守ってくれるというのだ。爺さんからすればありがたすぎて崇め奉ってしまいそうな雰囲気さえある。

 

「ですが、むやみやたらと吹聴しない方が良いというのもあるでしょう。私の名から弱点を推測されかねない」

 

 その設定生きてたのか。Fate原作でも役に立ったの見たことないんだが。

 

「うむ。下手にいろんなところから介入されるのも面倒じゃからのぅ」

「それじゃ、アーチャー。これからよろしく」

「こちらこそ。何時までいられるかわかりませんが、この身が滅びるまでマスターの命を守ると誓いましょう」

 

 握手をして話し合いを終わらせ、救助されて一日目である今日は何事もなく過ぎた。

 

 

        ●

 

 

 翌日。

 早朝から義足をつけたネカネさんと急いで魔法学校から戻ってきたらしいアーニャがバッティングし、早朝だというのに恐ろしく喧しい一室になりはてた。

 熟睡していた俺涙目である。朝に弱いのと未だに現実味が薄いせいでネカネさんのことを寝起きに「誰?」と言ってしまったこともあって、余計に自体がややこしくなっていた。寝たい。

 アーチャーは爺さんとの話し合いで基本的に姿を現さない方針で行くことになったので、例えネカネさんが相手でも宥めさせたりは出来ない。

 すごく眠くて適当にあしらったせいで泣かせてしまったのだが、何の騒ぎだと爺さんが出てきて事態を収束させてくれたので助かった。

 昼近くになってようやく落ち着くことが出来たので、アーチャーと二人で話すことにする。

 

「女性を泣かせるのは感心しませんが」

「寝起きでいきなり肩揺さぶられればああもなるよ。アーニャの方も適当にあしらったら泣きそうだったけど」

 

 そうでなくても考えることはいっぱいあるのだ。

 まず最初に聞きたいのはアーチャーの知識だが、これの内容次第によっては俺まで怪しまれかねない。

 

「アーチャーの知識にある魔法はどんなもの?」

「魔術師ではないのでなんとも言えませんが……一応、この世界の魔法と魔法使いについては抑止力から知識を与えられています」

 

 ……うん? この世界の魔法と魔法使い?

 てことは、アーチャーもといヘラクレスは型月世界のそれと考えていいのだろうか。

 あるいはそれが俺のサーヴァントとして召喚されるきっかけになったのかもしれないが。

 

「現代の知識……魔法と科学については基本的なものはあるってこと?」

「そうですね。分野の専門家ほどではないですが、基本的な知識は与えられています」

 

 魔法はどうせ爺さんから習うつもりだった。今回の事件を受けて俺自身が身を守れるようにする、という建前で俺が脅したのだが。

 いくらアーチャーがいるとはいえ、不測の事態なんて幾らでも起こり得る。もしもアーチャーが消えた時、俺が無力なままなら自分の身すら自分で守れない役立たずだ。

 放っておけば火星と地球で戦争になる可能性すらある以上、それを防ぐためにも魔法に関する知識は集めたい。

 

「アーチャーのクラススキルは?」

「対魔力はC、単独行動はAです」

 

 まぁ、元々何らかの加護があるわけじゃないから対魔力は妥当か。そもそも宝具である『十二の試練(ゴッド・ハンド)』がある以上Bランク以下の攻撃は効かないんだ。おまけ程度に考えていいだろう。

 単独行動についてはメリットとデメリットの両方があるが、ヘラクレスは比較的素直に従ってくれるサーヴァントだから心配の必要はない。

 ネギま世界の魔法をランクで表すとどれくらいになるのかが疑問だが……「千の雷」レベルなら通用すると考えておけばいいか。「雷の暴風」ならBかそれ以下だと思うが、このあたりは要検証だな。

 失われた分の命を俺の魔力で補填出来るのなら実験と耐性を得ることを同時に出来るんだが──このあたりはどのみち俺が魔法を覚えてからになる。

 

「ひとまず魔法の勉強と……あと、出来ればもう少し体が出来た後に杖術を教えてほしいんだけど」

「杖術ですか。使い方は槍に近くなるかもしれませんが」

「構わない。折角もらった杖だ、魔法に使うだけじゃなくて普通に使えるようにもしておきたい」

 

 あと経験を積むという意味でもいいと思う。こういうのは経験しないとわからない。

 ネギといえばマジカル八極拳だが、俺は八極拳よりも空手部員だったころの経験を活かしたいので空手をやるつもりだ。あとちょっとだけ柔術をかじるかもしれないが。

 基本的な方針としてはこんなところか。あとはひたすら学んで知って経験するだけである。

 そんなわけで今は十分に体を休めるために寝ることにした。

 

 



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第二話

 さて、世界を救うと決めた手前実に言いにくいのだが、俺はネギまの最終巻を知らない。

 頭空っぽにして読む分には楽しめたが、真面目に考察などやろうとすら思わなかった俺は週刊誌の方で確認した後全巻中古で売り払ったのである。

 最終巻手前までは何度か読み返したので覚えているのだが、最終巻になると何年も前になる上に一度しか呼んでいないので詳しいことを覚えていない。受験が重なったので誘惑を断ち切るという意味でも売り払うのが一番手っ取り早かったのもある。

 なので、最終的にネギが世界を救えたのかも知らないし、どういう手段でテラフォーミングをしたのかも知らない。

 テラフォーミングしたというのは印象深かったから覚えてるんだけどなぁ……。

 ネットで盛大に叩かれていたのは有名だが、使える手段を使ったまでの話だろう。何でも一人で出来るわけじゃないんだし、別にそこまでいうほどのことではないと個人的に思っている。

 そんなことを考えつつ魔力を練ってライター程度の火を出し続けるのは中々に苦行だった。

 

 

        ●

 

 

 ネギ、もとい俺の住んでいた村は悪魔にやられてしまったのでまず住居が必要だった。

 ネカネさんもアーニャも魔法学校に入っているから別にいいが、俺は家が焼かれて根無し草。だからと言って寒空の中放り出されるなんて爺さんが許すはずもなく、魔法学校の校長室の片隅で魔法の練習をしていた。

 どのみちアーチャーへの魔力供給もあって魔力はあればあるだけ困らないのだが、こればかりは天賦の才に頼るしかない。

 なので、俺がやることは徹底的な魔力運用効率の上昇だ。

 魔力を精密に操ることで暴発することが無いようにするのも目的の一つだが、アーチャーに魔力の供給をしつつ自身で戦闘をこなさなければならない可能性も踏まえて出来るだけ節約する術を学んでおくべきなのは自明の理。

 ひとまず「火を灯せ」と呟いて練習用の杖の先に火を灯す。

 そこからひたすら長時間火を灯し続けるだけである。

 慣れないうちは魔力が垂れ流しなのだが、続けるうちに自然と必要な量の魔力を体が覚えて効率化してくれるらしい。

 あとは魔力のコントロールを体で覚える。

 ちなみに魔法そのものは爺さんに一度見せてもらったら出来た。ネギ君の肉体マジハイスペック。

 

「普通はそう簡単に出来るものではないんじゃがのぅ……」

「出来るんだからいいでしょ。悪いことじゃないし」

「まぁ、そうじゃな」

 

 英雄の息子というだけでいろんなところから狙われるとは、難儀なものである。そうでなくても血筋的にはかなりいいところのものだし、爺さんも扱いには困っているんじゃなかろうか。

 そう考えると、早めに独り立ちしておくのが望ましい。ナギが参加した大分裂戦争では帝国にかなりの被害を出したはずだし、魔法世界人が現実世界に出てこれないと言っても怨まれ続けるのは気分の良いものではない。

 だからと言って謝罪して回るなんてしないが。

 大体全部『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』が悪い。裏で暗躍してたあいつらが戦争の原因だったはずだし。おのれ『完全なる世界』、ゆ゛る゛さ゛ん゛!

 冗談はさておき、火を灯し続けるだけというのもかなりつらい。魔力消費もそうだが、ぼーっとそれを見続けるのが苦痛だ。

 かと言って集中しないと火が消えてしまうし、そうなると魔力運用の効率化など図れない。

 

「ネギ! 魔法使えるようになったって本当!?」

 

 授業終了のチャイムが校舎内に鳴り響くとほぼ同時に、赤髪をなびかせながらアーニャが校長室に乗り込んできた。幾ら幼馴染の親類だからって、よくそんな当たり前のように乗り込めるな。ある意味尊敬するわ。

 俺の気持ちなど知らないアーニャは、杖の先に火を灯し続ける俺を見て悔しそうに顔を歪める。

 負けん気が強いのはいいが、俺に暴力を振るうのはやめてください。

 暴力と言っても癇癪を起して頬やら髪やら引っ張られたりする程度だが、地味に痛いので止めてほしい。爺さんはニコニコ笑いながら見てて止めてくれないし、ネカネさんもこの辺割と当てにならないんだよなぁ。

 怪我するわけでもないので俺も放っているが、早いとこ矯正してほしいものである。ヒステリックな女になったら面倒だぞ。

 

「私だって頑張ったのに! 私より早く使えるようになるなんて生意気よ!」

「痛っ! 痛いよ、アーニャ!」

 

 暴君過ぎだと思うのだが。

 あと、アーニャは既に魔法は使えるので、多分同じ年の時はまだ使えなかったと言っているのだろう。忘れがちだが彼女は俺の一つ上だ。

 一つ上とはいえ、まだ四歳なんだよなぁ……多少の癇癪くらいは、まぁ仕方ないのかもしれない。

 

「これこれ、アーニャ。お姉さんなら少しは落ち着きを持ちなさい」

「でも──」

「それに、アーニャはネギよりもたくさんの魔法が使えるじゃろう。ネギのお手本になるように、もっと頑張るというのはどうじゃ?」

「……そうね! 私もっと頑張って、あのサウザンドマスターの息子よりすごいって言わせて見せるわ!」

 

 その言い方はちょっとよくないと思うのだがどうだろう。

 偉大な親を持つと子供が苦労するというのはよく言われるが、自分がその気分を味わうことになるとは思わなかった。

 ていうか、アーニャってこんな性格だったか……?

 「これ、サウザンドマスターの息子ではない。ただ一人のネギを見て、それよりもすごい魔法使いになれるように頑張るのじゃ」と言っている爺さんだが、アーニャは首を傾げている。まぁ子供ってのは親の影響やら周囲の環境やらで簡単に思想が染まるからなぁ。あとわかりにくいっていうのもあるんだろう。

 爺さんがちょいちょい訂正させたり矯正させたりして原作のあのお転婆娘になったのかもしれない。

 まぁ、何はともあれ修行あるのみだ。

 

「ぜーったい負けないんだから!」

 

 微笑ましく見てたら照れ隠しで殴られた。解せぬ。

 

 

        ●

 

 

 その次の年になり、俺は俺は魔法学校に入学することとなる。

 やはりというべきか、英雄の息子というレッテルは周囲との壁が出来る。普通に接するのはアーニャかネカネさんくらいのものだ。

 暗黒の青春時代というには少しばかり早いにせよ、やることの多いこの時期、俺も周囲の人間関係になど気を配ってはいられなかった。

 とにかく修行。一に修行二に修行。三四に勉強五に修行である。

 なんどかぶっ倒れたが、倒れるたびにネカネさんが心配するので三度目以降は倒れる限界を見極めて休息をとっている。

 

 

        ●

 

 

 魔法学校二年目。

 魔法の基本は徹底的に練習して習得し、魔力運用の効率化を続けている。

 最近知ったのだが、どうにも『魔法の射手』というのは意外と後にならうものらしい。まだ幼いままで相手を怪我させる魔法を覚えさせられないということもあるのだろうか。安全上の問題というならせめて十五くらいから教えるようにしてもらいたいものである。それでは俺が困るのだが。

 覚えた魔法は『物を動かす魔法』とか『占い』など、一年次と大して変わらないが少しだけ応用も混じったものを習い始める。

 もっとも、これらは一年の時に完全にマスターしたのでほとんどやることもなく、座学は魔法に関するモノだけ勉強して学年主席をキープ。

 周りからは「英雄の息子ならこれくらいできて当たり前」みたいな雰囲気を感じるのだが、所詮は自分と相手は違うと決めつけて努力しない奴の言葉だ。対して気にする必要はないだろう。

 

 

        ●

 

 

 魔法学校三年目。

 一年分余分に学んだので飛び級でアーニャと同じクラスに配属される。最初はびっくりしていたアーニャだが、最終的にツンデレっぽい台詞を拳と共に振ってきたので拳だけは躱しておく。

 実質四年生になるのだが、この段階でようやく『魔法の射手』を習うらしい。それに伴って自分専用の始動キーを決めておくようにと担任に言われたので、原作でネギが使っていた始動キーをそのまま使わせてもらうことにする。

 始動キーは個人で変えろというが、実際のところ初心者練習用の「プラクテ・ビギ・ナル」でも何の問題もないのである。ようはノリの問題だ。

 冗談はさておき、始動キーというのは型月における魔術回路の起動と似た様なものだ。なので簡潔に「セット」というだけでいいのではないかと思ったらそういう訳でもないらしい。

 面倒かつどうでもいいと思ったので始動キーに関する模索は一週間でやめることにした。ここを短縮出来れば詠唱そのものをわずかではあるが短く出来るのでちょっと思考錯誤してみたが、先人がなしえなかったことをそう簡単に成すことは出来ない。

 世知辛い世の中である。

 

 

        ●

 

 

 魔法学校四年目。

 基本的に学校で習うことは全てマスターしたので、知識を蓄える意味でもアーチャーに手伝って貰って禁書庫に潜り込む。

 『白き雷』くらいは学校で教えてくれるが、流石に『雷の暴風』クラスとなるとウェールズの魔法学校では教えて貰えないらしい。まぁ、なんだかんだであれって戦争くらいにしか使わないだろうしなぁ。

 あとは人格面でも教えられる人間は限られるとか。その人格にしたって、基本はメガロメセンブリアに有用な人間なら大体教えて貰えるらしいが。それとメガロのお偉いさんの関係者。

 権力ってのはつくづく面倒なものなのだと思う……それで思い出したが、どうにも俺にちょっかいを出そうとした奴らがいたらしいが、アーチャーの手にかかる前に爺さんの手にかかって投獄されていた。

 まぁ、メガロのお偉いさんの関係者ならすぐにでも出てくるだろうと言っていたが。

 アーチャーは俺の障壁に見せかけて魔法を防いだだけである。『十二の試練(ゴッド・ハンド)』の前では魔法の射手なぞ豆鉄砲にすらならないとよくわかった。

 型月世界における『神秘』というのは……というか、『魔術』というのは基本的に「知っている人間が少ないほど」効果が上がる。対してこの世界の魔法は一部の魔法やオリジナルスペルを除き、魔法使いならばほとんど誰でも知っている。

 魔法も『神秘』を宿していることに違いはないが、知っている人間が多いせいでかなり神秘としてのランクは下がっているようだ。

 なお、爺さんが『千の雷』を使えたので実験してみた結果がかすり傷であったために考えた理論である。

 ヘラクレスさんマジチート。

 

 あと、そろそろ体が出来始めるので、動きだけでも杖術を教えて貰ったりする。

 幼少期に筋肉をつけると背が伸びないので、今は動きを覚えるだけだ。反復練習を繰り返すことで動きそのものを体に染みこませるやり方は、体が出来てからやるよりもむしろ小さい時からやる方が効率的だと昔テレビで言っていた。

 まぁ、間違った動きだと矯正するのも一苦労なので、きちんとしたトレーナーがいないとやるべきではないのだが。

 

 

        ●

 

 

 魔法学校五年目。

 また飛び級した。今度はアーニャも一緒にだ。まぁ、毎日のように一緒に勉強していれば成績も同じくらいになるのは道理か。それでも主席は俺だけど。

 最早学校で習うことはほとんどなくなったと言っても過言ではないし、修行もそろそろ頭打ちになり始めたので戦闘用に特化させることにした。

 俺が目指すのは『魔法使い』タイプ──いわゆる固定砲台だ。

 移動砲台のアーチャーがいるので俺個人の戦闘能力などたかが知れているし優先順位は低いが、実際に使ってみると案外応用が効くものがあったりする。

 例えば『精霊召喚』の魔法だが、呼び出した精霊はAIを組み込むことで思い通りに動かすことが出来たりする。上位精霊ともなると自分の系統の魔法がある程度使えるので驚いたものだ。

 なのでネタのつもりでファンネル扱いしてみたら予想以上に魔力を食ってぶっ倒れたのは笑い話である。ネカネさんにがっつり怒られたが。

 やっぱり最初から「雷の暴風」五連撃というのは無理があった。しかも同時に撃ったせいで相乗効果が表れて最早別の魔法じゃないのかと言わんばかりの威力になってしまった。

 使えそうなので少しずつ改良して運用効率を上げようと思う。

 あと相変わらずヘラクレスには傷一つなかった。

 

 

        ●

 

 

 魔法学校六年目──ではなく、卒業。

 本来七年通わなければならない魔法学校だが、日本と違ってイギリスには飛び級という制度が存在している。

 なので、若干十歳にして魔法学校の首席卒業である。なおアーニャも一緒に卒業する模様。彼女は次席だが。

 ドヤ顔でからかったらグーで殴られた。ほとんどお家芸状態の暴力女だが、なんだかんだで手加減するということを身に着けたらしく、怪我はしなくなった。あるいは俺が頑丈になったともいう。

 「絶対アンタよりすごい魔法使いになってやるんだからぁ──!!」と捨て台詞を残して走り去るアーニャを尻目に、俺は卒業証書を開いて修行先を確認する。

 

『日本で教師をすること』

 

 ネカネさんは卒倒した。

 アーニャはそれを訊きに戻ってきて、訊いたと思ったら校長である爺さんに直談判に行ってしまった。

 勉強に必死で原作忘れ気味だが、そんなものに頼るようでは最善の未来など掴めまい。

 自分で見て、感じて、訊いて、体験してこそ出せる答えにこそ意味があるのだ。

 

 さぁ、麻帆良へ旅立つとしよう。

 

 



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第三話

 

 吐く息が白くなるくらいには寒い時分。日本についた俺はひとまず修行先に挨拶するため、スーツ姿で空港から麻帆良へと向かう。

 憑依する以前に住んでいたのは都内ではなかったから、都内を移動するのは初めてなのだが……なんというか、恐ろしいほど複雑に絡み合ってて難しい。東京の地下鉄は現代のダンジョンという話は本当だったんだな。

 イギリスにいたころは電車に乗ることもほとんどなかったから関係なかったが、電車が時間に正確というのは本当に便利だ。

 あー、日本に永住してぇ。

 そんなことを思いつつ麻帆良の敷地内に入る。

 

(──マスター)

(ん? どうしたアーチャー)

(何らかの結界のようです。力の制限を受けているようですが)

 

 結界か……麻帆良は日本でも有数の霊地だし、おかしな話ではないだろう。特に『神木・蟠桃』──通称世界樹を守るという理由もあることだし。

 アーチャーが影響を受けたということは、原作でも存在していたかのエヴァンジェリンですら抑え込む結界がそれだけ優秀ということだ。

 『十二の試練』は攻撃にしか適応されないのか、それとも『十二の試練』を超えるだけのランクを誇る結界なのか……まぁ電力を使っているという時点で神秘性は薄れているし、多分前者だろう。

 どちらにしても多少ステータスに悪影響が出るだけの話。宝具を阻害するわけでもなく元々ずば抜けて高いステータスに多少悪影響が出たところで普通の人間相手なら誤差程度にしかならない。

 

(どれだけステータス制限を受けてる?)

(おおよそですが、全ステータスが一段階下がる程度かと)

 

 真祖の吸血鬼をほぼ完全に抑え込む結界は伊達じゃないってか。一段階下げるって相当だぞ。

 だが、完全に抑え込めていないということは何らかの理由があるな。エヴァの場合は徹底的に力を落とすために結界の力を集中させている、とか。ナギのかけた呪いをマーキングにしておけば別の誰かがかかることもない、と。

 令呪を使う事態にならなきゃいいが。

 

(宝具に問題はないんだろう? なら問題ない。どのみちお前に傷をつけられる相手がいないなら、どれだけステータスが下がろうと負けはない)

 

 いざとなれば俺が結界を砕けばいいだけの話だし。

 麻帆良と敵対するわけじゃないにしても、最悪の事態を想定しておくべきではある。自分ならどこから攻め込むか、っていう考えは逆説的に攻め込まれやすい場所でもあるからな。

 しかし結界を普通に通ってきたが、確かこの結界って侵入者を感知する仕掛けもあったはず。

 となると、どこかで接触してくる可能性もあるな。一応気を付けておくか。

 それなりに時間をかけて麻帆良の中へと入り、学園長がいると知らされている女子中等部の最寄り駅で降りる。

 時間にはまだ余裕がある。朝食はコンビニのサンドイッチで済ませたが、こう寒いと暖かいコーヒーが飲みたくなる。

 お子様舌のせいかブラックが異様に苦く感じてしまうので自販機で微糖のコーヒーを買い、暖をとりつつ迎えの人を待つ。

 本来ここでメインヒロインである神楽坂明日菜と近衛木乃香と出会うのだが、この世界ではそうもいかないらしい。

 

「失礼」

 

 コーヒーを口に含みつつ振り返ると、そこにはピリピリとした雰囲気を纏った少女が二人いた。

 一人はサイドテールに竹刀袋を抱えた少女。もう一人は色黒の中学生とは思えないプロポーションを誇る少女。

 どちらも知識としては持っているが、絵で見たほどの美少女とは感じない。やはりああいうのは二次元だからこそというのもあるのだろうか。正直十分すぎるほどの美少女ではあるのだが。

 

「何か御用ですか?」

 

 にこやかに返事をしてもう一度コーヒーを飲む。実に温まって良い。

 二人は警戒したまま一定以上の範囲に入ろうとはせず、多少の距離を置いて会話を続ける。

 

「こちらへ来た目的はなんでしょうか?」

「今日からここの学園長にお世話になることになったもので。イギリスから来たんですけど、迎えの方が来られるというのでこうして待っているのですよ」

 

 魔法先生とか魔法生徒とかがそれなりにいると聞いているが、目の前の少女二人もそうなのだろうか。

 一応片方は近衛木乃香専属のボディガードで、もう片方は金で動く傭兵だったはずだが。

 何はともあれ、学園長のところまで連れて行ってくれれば御の字である。

 

「……お名前は」

「ネギ。ネギ・スプリングフィールドです」

「ネギ・スプリングフィールド? 彼は十歳の子供だと聞いていたのですが……」

 

 サイドテールの少女が困惑気味に訪ねてくる。そこまで聞いてるのかよ。

 ちなみに俺は今年齢詐称薬を使って二十歳前後に見せている。例え修行だからと言っても十歳の子供が教師なんて個人的に駄目だろうと思ったので、年齢詐称薬を用いて適性年齢にしている。

 本来教員免許を取ろうと思うと大学まで行かないと厳しいのだが、そこはまぁ飛び級という制度がイギリスにはあるわけで。

 ん? そう考えると十歳で教員免許をとっても不思議ではないのか?

 だが「先に生きる」と書いて先生と読むわけだしなぁ。既に「十歳の子供が教師として赴任します」なんて通達がされているなら仕方がないので年齢詐称薬を解除するが、そうでなければこっちの方が色々都合もいいだろう。

 

「刹那、年齢詐称薬だ。元の顔立ちの面影がある」

「ああ、なるほど。そういうことか……なら、学園長のところまでご案内します」

「迎えというのは君たちのことだったのかな? すまないね、手間をかけさせて」

「いいえ、本来私たちではなかったのですが……」

「あなたの後ろにいる存在が気になってね、ネギ先生(・・・・)

 

 やっぱりアーチャーが原因かよ。まぁ、強いなんてもんじゃないしなぁ。うちの爺さんから麻帆良の学園長に連絡が行っているはずなんだが、ざっと感じ取れるだけでも四五人程度が周りで囲んでいる。

 それだけ脅威に思われているということでもあるだろうし、「英雄の息子」が来たから物見遊山でもというやつがいないとも限らない。

 

「心配せずとも、好き勝手に暴れたりはしないよ。一応僕の従者でね、邪険にしないでもらえるとありがたい」

 

 従者ということに驚いたらしい二人は目を丸くしていたが、「どちらかというと使い魔って言ったほうがいいかもしれないけど」というと納得したような表情をしていた。

 霊体化している状態で彼女たちが見えているかどうかは定かではないが、今の反応を見た感じだと実際に見えているわけではなさそうだ。

 まぁ、何事も学園長にあってからだ。

 

 

        ●

 

 

 二人に連れられて訪れた麻帆良女子中等部。近衛木乃香とか神楽坂明日菜とか、ここにいなければならない理由は幾らか想像は出来るかその辺はどうでもいいと思っている。

 必要なら必要だと言い張って場所を作れる権力があるわけだし、どのみち学園長もこのまま状況が動かないとは思っていないはずだ。

 ましてや、「英雄の息子」が来た以上、否が応でも状況の変化に対応せざるを得なくなる。と、爺さんは言っていた。

 俺に政治的なことなんぞ聞かれてもわからん。

 廊下を歩きながらちょいちょいこっちを気にしている二人を見つつ、見知った顔を見つけた。あちらも俺を見つけ、少し驚いた顔で声をかけてくる。

 

「ネギ、ネギ君!」

「お久しぶりです、高畑さん」

 

 イギリスにいたころ、何度か訪ねてきたこともある高畑・T・タカミチ。

 「悠久の風」というNGO団体のメンバーの一人にしてAAAクラスの実力を持つ、世界に名立たる実力者だ。

 親父殿の知り合いということで俺のところを訪ねてきたのが数年前。目の前で滝を割ったり超人的な技をいくつか見せて貰ったり、この世界の実力者の力の一端を見せて貰った。

 なお、やっぱりアーチャーにはかなわない模様。アーチャーが客観的に評価していたが、宝具無しでも勝てると言っていた。

 それはさておき。

 

「君、まだ十歳だったよね?」

「年齢詐称薬です。流石に十歳の子供が先生というのはいろいろ問題かと思いまして」

「なるほど……でも、年齢詐称薬も安くない。それに、出来ることなら隠し事は無しで生徒と接してほしいんだ」

 

 結構無茶を言うな、この人。労働法とかを躱すための俺なりの方法だというに。

 麻帆良だし、学園長の権力で揉み消すことも可能なのかもしれないが。それにしたって問題の火種は少ないほうがいいだろう。

 年齢詐称薬は確かに高いけど。すごい高いけど。

 

「……もしかして、既に十歳の天才児が来る、とか職員会議で通達してたり……?」

「あー……うん。まぁ、ね」

 

 教師だって全員が全員魔法関係者じゃないだろうし、これは仕方ないか……俺の配慮丸々無駄じゃねーか。

 まぁいいや。

 ともかく、一度学園長にあってから話を進めよう。

 少し先で立ち止まって待ってくれている二人に謝罪して、学園長のところまで連れて行ってもらう。

 

「僕も行くよ」

 

 高畑さんもついてくるらしい。勝手にせい。

 

 

        ●

 

 

「日本で教師とはまた、大変な課題をもろたのー」

「ええ、まぁ」

「日本語を覚えるのも、教員免許を取るのも大変じゃったろう。ともあれ、今日から三月まで教育実習生として入ってもらうことになる」

「僕のクラスに担任代理として入ってもらうことになるけど、君ならきっと大丈夫だよ。クラスの子たちもいい子ばかりだからね」

 

 目の前で椅子に座って笑っているのは麻帆良学園学園長こと近衛近右衛門。ぬらりひょんのような頭部を持った爺さんである。

 しかし、なんだかんだで学園長も高畑さんもアーチャーのことを警戒しているらしい。これは一度紹介しておいた方が後々面倒がないかもしれないな。

 何故かといえば、出来る限り不自然にならないようにしつつ高畑さんはポケットに手を入れているし、学園長はキセルを片手にこちらの出方を見ている。ここまで連れてきてくれた二人は俺の背後にいるし、何かあれば即座にとびかかれるようにしているのだろうか。

 高畑さんとは何度か会ったが、アーチャーは遠くから監視させるに留めてたからなぁ。

 ……学園長と高畑さんにはあとで教えておこう。説明が面倒だが、そこは爺さんと同じ感じで誤魔化すとして。

 

「もうすぐホームルームの時間じゃし、刹那君と龍宮君は教室に戻って貰おうかの。ネギ君は年齢詐称薬を解除しておくように」

「それは構いませんが……違和感を持たれませんか?」

「ふぉっふぉっふぉっ。大丈夫じゃろ、麻帆良は常時認識阻害の結界がかかっておるしの」

「必要あるんですか、それ」

「とはいえ、儂らが仕掛けたものでもないからのぅ」

 

 学園長たちが仕掛けたものではないってどういうことだよ。他に誰が仕掛けるんだ。

 

「誰が仕掛けたんじゃ、って顔をしとるの。あれは儂らじゃなく、世界樹が自身を守るために展開しておる結界じゃよ」

 

 曰く、あれだけ目立つものがあれば当然他の生物の興味を引きつけてしまうが、認識阻害の結界を展開することで世界樹の存在を周りの生物に許容させているらしい。

 あれくらい「あってもおかしくない」し、いうほど「変ではない」というように。

 政府の援助を受けた学術都市である以上は多少「外」と工学の発展に差異が出ることはあっても何ら変ではないし、この結界の影響で麻帆良の人間は多少の異常を受け入れるだけの下地が出来ているとのこと。

 確かにそのくらいやらなきゃあんなデカい樹が存続するのは難しいだろうな。

 いまどきなら天然記念物に指定されてても何らおかしくはないが。まぁ、何にしても普通の方法では目立つのは変わらない。

 唯一目立たない方法として、世界樹を中心に展開された認識阻害結界があるわけか。

 

「儂らはその恩恵を受けてここを拠点に活動しているわけじゃな。質問はあるかの?」

「いえ、納得しました。逆に言えば、魔法使いがある程度魔法を使うことが許容できるのもこの周辺のみになるわけですね」

「そうなるの。麻帆良の中ならある程度ごまかしは効くが、外では少々厳しい。このあたりは良し悪しじゃの」

 

 本来魔法は秘匿すべきという考え方がある。

 そのために一般人には魔法のことをばれてはいけないわけだが、その規制が緩い麻帆良に長くいると外に出た際困ったことになるわけで。

 逆に魔法の修練などをする場合は麻帆良以外では中々難しいところもあると。

 確かに良し悪しだな。今の世の中で魔法が必要なのかということはさておき、口伝で全てを伝え切れるほど魔法は簡単なものじゃない。文章も然り。

 何事も修練が必要になる以上、麻帆良のような場所は必要になるわけか。日本は狭いからこういう場所は限りなく少ないんだな。

 何しろ、関西には関西呪術協会ってもんがある。関東の関東魔法協会と対立している組織である以上、仲良く限られた場所で切磋琢磨しましょうとは言えないわけだ。

 

「それでは、クラスの方へ移動して皆に紹介するかの。しずな君、頼んだぞ」

「はい、わかりましたわ学園長」

 

 先に丸薬を飲んで年齢詐称薬を解除しておく。服の方はそれほど高いものではないし、十歳用というとほぼオーダーメイドだが用意だけはしておいてよかった。

 手早く着替えた後眼鏡をかけた美人な先生の後ろについて、俺と高畑さんは学園長室を退出した。

 



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第四話

 

 

 教室へと移動する途中、俺はふと高畑さんの方を見て尋ねた。

 

「そういえば、住むところって指定はされてませんよね?」

「職員寮もあるにはあるけど、ネギ君には僕の住んでる部屋を貸し出すことになってるんだ」

「高畑さんのですか?」

「まぁ、僕一人だし、出張が多くてあまり家にいないけどね」

 

 一瞬視線がアーチャーの方を向いたことを鑑みるに、かなり警戒されているらしいな。やっぱり爺さん連絡するの忘れてるんじゃねぇのか?

 いや、あるいは連絡を受けているからこそ原作通りに行かない可能性もあるのか。ガチの紳士であるアーチャーなら大丈夫だと思うが、霊体化すると物理的な壁なんて意味を成さないからな。俺一人ならまだしも、ってところか。

 女子寮になんぞ住むわけにもいかないから好都合といえば好都合ではあるけども。

 ちなみに荷物は学園長のいた部屋に置きっ放しである。杖は大きめの竹刀袋のようなもので包んでいるし、それ以外の荷物もそれほど不自然なところはないから見られても問題はあるまい。

 勝手に見るようならそれはそれで対応を考えるが。

 そんなことを考えているうちに教室の前についていた。

 

「これがクラスの名簿になります」

 

 巨乳で美人な先生──源しずな先生というらしい──から名簿を受け取り、ざっと目を通す。

 記憶にあるメンバーと変わりはなく、何らかの変化が起きたわけではないということもわかる。高畑さんのコメントまで一々覚えていないのでその辺はわからないが。

 ともあれ、実際に会って話してこそ人格その他がわかるというものだ。

 

「それじゃ、僕のあとについてきてくれ」

 

 高畑さんはそういってドアを開け、落ちてきた黒板消しを受け止める。

 その後も仕掛けられたトラップを次々と回避、あるいは受け止め、無効化してからこちらに視線を送ってきた。あんた毎朝こんなことやってんのかよ。

 とはいえ、そのままでいるわけにもいかないので堂々と教室に入る。

 入った瞬間からざわめきが起こるが、まぁそれも仕方のないことだろう。どうみても子供にしか見えない相手がスーツを着て高畑さんのあとに続いてきたのだから。

 

「それじゃ、ホームルームを始めよう。まず一つお知らせがある。ネギ君」

「はい。僕は本日からこの学校で教師をやることになりました、ネギ・スプリングフィールドです。担当教科は英語。一応三学期の間のみですが、よろしくお願いします」

 

 一瞬の静寂の後で「キャーッ!」「かわいいーッ!」などと言った黄色い声が上がるが、高畑さんの方を見ると小さく苦笑していた。止めないところを見るとこの状態になったら話を聞いてはくれないらしい。

 少し経ってやや落ち着いたところで、高畑先生は手を叩いて注目させる。

 

「それに関連して、彼には僕の代わりに担任業務についてもらうことになる」

 

 絶句している生徒が二名ほどいるがそれは置いておくとして、今回のこれは遅かれ早かれ決まっていたことらしい。

 元々高畑さんは「悠久の風」関連で海外への出張が多く、担任としての仕事が滞ることも珍しくはなかった。その辺はしずな先生が幾らか捌いてくれていたようだが、彼女だって自分の仕事がある。

 そこへ来た俺の修行の件で「いっその事一任してしまおう」という話になったらしい。いいのかそれで。

 とはいえ、流石に全部丸投げという訳ではなく、他の先生もサポートしてくれるそうなのでまだしも気が楽というものだ。

 まぁ、三学期のこの時期にいきなり担任を外すとなると色々面倒なので、扱いとしては一教員の担任代理ということになるとのこと。再度言うがそれでいいのか。俺教育実習生の扱いじゃなかったのか。それがいきなり担任て。

 任せられた以上はやるしかないのだけども。

 

「未だ十歳の若輩者ですが、どうぞよろしくお願いします」

 

 中々に大変なことではあるが、それでこそやりがいがあるというものだ。

 

 

        ●

 

 

 その後、ホームルームが終わった後に一旦職員室に行って同僚になる先生方への挨拶を済ませる。道中高畑さんに学園長含めてアーチャーについて話しておきたいと言ったのだが、高畑さんはこれから少し用事があるらしく、学園長からあとで聞くそうだ。

 つまり今からだと俺は一人で学園長のところに行ってアーチャーについて説明する必要があるわけである。

 最悪アーチャーに直接行って説明して貰えばいいわけだし、それはひとまず後回しでいいとして。放課後なら時間があるらしいし。

 一限目は早速授業だった。黒板の上の方に手が届かなくて恥をかいたが、こればかりは仕方がないだろう。下の方に集中して書くと後ろの人も見づらいだろうから。

 観察するようないくつもの視線も、まぁ仕方がないだろう。

 だが、赴任初日から生徒が死にかけるという事態は本当にやめてほしい。アーチャーならまだしも俺はそれほど身体能力が高い訳でもない以上、『戦いの歌』という身体強化の魔法を使って助けに入る必要があるわけで。

 

「い、今の何よ!?」

 

 胸倉をつかまれる、と……こういう事態になるわけである。

 

「とりあえず落ち着いてください、神楽坂さん」

「これが落ち着いていられるもんですか! いきなり現れたガキが担任になって高畑先生は担任じゃなくなるし、挙句の果てに超能力者!?」

「落ち着いてください。武術です」

「武術で瞬間移動が出来る訳ないでしょ──!!」

 

 いや、出来るけども。

 正確に言うと瞬間移動したかと錯覚するほど高速移動する歩方だ。有名なところだと「瞬動」とか呼ばれているアレである。

 素の状態では未だうまく使えないので身体強化したうえでハードルを下げているのだが、その瞬間を見られた。放課後でもそこそこ人はいたが、人命に優先するものなど無いのでやったこと自体は後悔していない。

 なお、原因というのが前が見えないほど大量の本を抱えた生徒である宮崎さんである。

 彼女が本を抱えたまま階段を降りようとして、足を踏み外して階段から落ちたところで先ほど言ったように身体強化して瞬動で助けに入ったところ、神楽坂さんに問い詰められているという訳で。

 よく考えなくても俺悪くなくね?

 階段から落ちた女の子助けただけじゃん。しかも魔法発動体は目立つ杖じゃなくて指輪を使ったし、傍目には魔法を使ったことなんてわかりゃしないというのに。

 神楽坂さんはこの時点では魔法のまの字も知らないはずだし、実際何か確証があるわけじゃないだろう。

 

「武術で瞬間移動染みたことが出来るかどうかはそれなりの達人なら出来るので、知り合いにその手の方がいれば聞いてみてください」

「う……いやに冷静なのが説得力あるわね……」

「いえ、神楽坂さんが騒ぎすぎなんです」

 

 個人的には先程助けた宮崎さんの方を気にしたいところなのだが。幾ら上手いこと受け止めたとはいえ、階段から落ちたのだから足をくじいていてもおかしくはない。

 その旨を丁寧に説明したら神楽坂さんは俺の胸倉をつかんでいた手を離してくれた。俺、一応教師なんだけどなぁ。

 軽くスーツを直してやり取りを見ていた宮崎さんの方に歩いていき、笑みを浮かべながら訊く。

 

「大丈夫ですか?」

「え……あ、は、はい!」

 

 呆けていたところから立ち直ったのか、宮崎さんは立ち上がってどこも怪我をしてないという。

 それは良かったと一安心。

 

「どこか痛むようなら、早めに保健の先生か病院に行くようにしてくださいね」

「あ、ちょっとどこ行くのよ」

「これから高畑先生と少し用事がありまして、学園長先生のところに行かなくてはならないんです」

 

 宮崎さんが無事ということを確かめ、用事のある学園長室へ向かおうとしたら神楽坂さんに引き止められた。

 アーチャーに関して説明というか、認識を共有しておかなければならないので割と急務なのだ。変に誤解されていると厄介ごとを引き起こしかねないし。

 

「じゃあ、それが終わってから高畑先生と一緒に2-Aの教室に来てよ」

「それは構いませんが……理由をお聞きしても?」

「あなたの歓迎会をやるんだって。だから、出来れば早めに来てくれると待たなくて済むからいいんだけど」

「ああ、なるほど。それでは手早く終わらせてきます」

 

 一応高畑さんも知ってはいるらしい。お祭り好きなクラスなのは間違いないようだが、それを許容してきた高畑さんにもこのクラスが形成された原因の一端はあると思うんだ。

 神楽坂さんと宮崎さんとは一度別れ、一路学園長室を目指す。

 説明そのものは姿を現したアーチャーに直接やってもらったので、認識は爺さんと同じである。まぁ、流石にアーチャーの真名までは教えていないが。

 兎にも角にも、アーチャーは危険視されるような相手じゃあないということをわかって貰えたはずだ。精神性はかなり紳士なので貞操とか気にしなくて大丈夫だと思うがね。

 というか、やっぱりその辺の危惧もあって高畑さんのところに転がり込むことになったらしい。これにはアーチャーも苦笑いである。

 誤解も解けたところで高畑さんと共に教室へ移動する。

 

「教育実習生とはいえ、いきなり担任というのは厳しい気もしますが」

「ハハハ、ネギ君なら大丈夫さ。しばらくは僕やしずな先生もサポートするし、他の先生だって嫌な顔はしないと思うよ」

「だといいのですけど」

 

 不安がないというと嘘になるが、俺なら出来ると任された以上はやり遂げる以外の選択肢は残されていない。

 課題は多いが、それも追々なんとかしていくことにしよう。

 そうこう考えているうちに教室の前に辿り着き、ドアを開けるとともにクラッカーの音が鳴り響く。

 

「ようこそ、ネギ先生──ッ!!」

 

 笑顔で迎えられたその雰囲気に思わず気圧されて一歩下がってしまう。

 なんだかんだと言ってこれだけの人数に囲まれたことはないんだよな。メルディアナ魔法学校では基本的に独りで過ごしていたし、話し相手はアーチャーがいれば十分だったし。実に筋金入りのぼっちである。

 周囲との壁は分厚かったと今更になって思う。周りのことなど歯牙にもかけなかった俺も俺で問題はあったのだろうけど。

 あれよあれよという間に真ん中まで連れて行かれ、ジュースとお菓子を用意されて質問攻めにされる。

 それと宮崎さんや、図書券はお金かかってるんだからお礼だからと言って渡す必要はないんだが。

 便乗して銅像を渡そうとしないでください雪広さん。唖然としている間にそのことで噛みついた神楽坂さんと喧嘩し始めてるし。

 あっという間に大騒ぎになっている。

 少し離れた安全圏でニコニコ笑ってる高畑さんや、助けてたもれ。

 

 

        ●

 

 

 散々もみくちゃにされた。なんというバイタリティ……2-Aは地獄だぜ……。

 それはそれとして、スナック菓子に罪はないのでありがたくいただいておく。ジュースも美味い。

 いまだ騒がしい教室内だが、ふと後ろから声をかけられた。

 

「お疲れ様、ネギ君」

「あ、高畑さん。いや、すごいですねぇ、彼女たち」

 

 凄まじい疲労感に襲われているのだが。若いってすごいなー。

 十歳の俺が言うなと突っ込みを受けそうだが、明らかに彼女たちのバイタリティは俺よりも高いと思う。テンションの高さも恐ろしい。

 

「悪い子たちじゃないし、すぐに慣れるよ」

「時間はかかるでしょうけどね」

「ハハハ」

 

 笑って誤魔化されると思うなよ。さっき助けてくれなかったことまだ根に持ってるぞ。

 それはそれとして、である。

 

「そろそろ時間もいい頃では? 外も大分暗くなっていますし、何時までも学校内に残っているわけにもいかないでしょう」

「そうだね。じゃあみんな、今日は解散しよう! 明日からまた頑張るようにね」

 

 皆口々に「はーい」と言って片付けの準備に入る。一部はまだ騒ぎ足りなさそうな顔をしているが、明日も学校なので余り遅くまで遊ばないようにと釘を刺しておく。

 ぞろぞろと女子寮に帰っていくところを確認して、高畑さんは自分の分と俺の荷物を持ってきてくれた。

 礼を言って荷物を受け取り、高畑さんの家へと向かう。

 職員寮に住んでるのかと思いきや、少しばかり年季の入った大きめのアパートの一室に部屋をとってあるらしい。年季が入っているといっても悪い意味ではなく、中に入るとかなり綺麗にしていた。

 

「ネギ君も住むことになるから、昨日頑張って掃除したんだよ」

 

 普段はかなり散らかっているらしく、所々に落ちているゴミが彼の性格を表していた。仕事一辺倒で家庭を蔑ろにするタイプじゃねぇか。

 そもそも出張が多いから部屋にいる時間もそれほど多くないということもあって、部屋はそれほど掃除していないのだろう。あ、エロ本の表紙。

 わりかし潔癖症の気があるので、俺は時間が空いたときにこの部屋を掃除しようと決める。

 夕飯はどうするのかと聞いたら外食らしい。あんた金があるからって……。

 

「こういうことでもないと使う機会もないからね」

「だからと言って度々外食というのも体に悪いでしょう。自炊はしないんですか?」

「出来なくもないけど、疲れてるとつい、ね……」

「わー、ダメ人間」

「面目ない」

 

 砕けた言い方でダメ人間扱いしてみると苦笑しながら反省の言葉が出てきた。これは相当のことがない限り変わらないだろうなぁ。

 仕方がないので、今日は外食である。帰りにスーパーに寄って食材を買おう。

 

「ネギ君は料理出来るのかい?」

「イギリス人は味付けが大雑把と言いますか、食べられると判断する範囲が異様に広いので。自分で勝手に作って食べてたら出来るようになりました」

 

 フィッシュアンドチップスなんかは割と美味なのだが、普通の料理だとちょっと勘弁願うところだ。ネカネさんも料理が下手なわけじゃないんだが。

 世界一の飯マズ国家は伊達ではない。だが紅茶とスコーンは果てしなく美味しい。

 そもそもネギ少年に憑依する以前から自炊をしていた記憶がある。調理師免許は持ってなかったが、時たま友人たちに振舞う料理は絶品だと称賛されていた。

 このネギ・スプリングフィールドに不可能はないッ!

 

「それじゃ、お願いしようかな。火とか刃物の扱いには十分気を付けてね」

「大丈夫です」

 

 でも今日は外食なんだけどな。

 



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第五話

 

 

 高畑さんのところに居候をしだして数日。

 俺がまずやったのは部屋を徹底的に掃除し、物を片付け、整理すること。これをやらなければ始まらない。

 高畑さんも教師としての仕事はあるので、俺の仕事と混ざらないように部屋の対角上に場所を確保することになった。書類が混ざると色々面倒なのである。

 そして食事。

 昼はさておき、朝夕は俺が食材を確保して料理をすることにした。高畑さんの胃袋も確保した形になる。

 ここまでやって思ったのだが──俺は家政婦かよ。

 朝食の準備をしながら、ふとそんなことを思った。

 

「おーい、ネギ君。ちょっと来てくれるかい?」

「はーい。アーチャー、ちょっと鍋見ててくれ。ふきこぼさないように」

「わかりました、マスター」

 

 戦闘面ならこれ以上ないほど優秀なアーチャーだが、料理に関してはそれほど得意ではない。食べられるものを見つけるのは得意らしいが、それを上手く調理する方法はあまり知らないのだとか。

 まぁ、家政婦と見紛うようなことが出来るアーチャーは錬鉄の魔術師だけでいいけど。

 ちなみにアーチャーを御すことが出来る唯一の手段である令呪だが、普段は特殊なクリームを塗ることによって表面上は何もないように見せている。この年で刺青とか思われるといろいろまずいだろうしな。

 エプロン姿のまま台所から出る。部屋の大きさは2DKといったところか。一人暮らしをするには少々広いくらいだ。

 これくらい場所がないと書類で埋まりそうだから、というのもあるのかもしれないがそれはさておき。

 

「何か用ですかー?」

「僕は定期的に英語の小テストをしていてね、その居残りリストを今のうちに渡しておこうと思って」

 

 手渡された一枚の紙にはクラスの面々の成績が記されていた。中でも悪いのは五人ほどいて、予備軍がさらに数名といったところか。

 

「本当は僕がどうにかしなくちゃいけない案件だったんだけどね。英語の担当もネギ君になったし、担任も変わったから君に任せようと思って」

「なるほど」

「それと、これはオフレコなんだけど……学園長が試験として2-Aのクラス成績を学年最下位から脱出させようとしているみたいなんだ」

「……それ、言っていいんですか?」

「何事も一朝一夕で身につくものではないからね。それに、学年最下位から脱出となると全教科の勉強が必要だろう? それこそ短期間で出来ることじゃない」

「やってやれないこともないですが、確実に僕は嫌われるでしょうね」

 

 鬼教官にならなければならないので確実に好感度は下がる。教師なんて嫌われてなんぼだろうから別に構わないけど。

 好き好んで嫌われたいわけでもない以上、この情報はありがたく使わせてもらうとしよう。

 まぁ、こんな情報貰うまでもなく学年最下位から脱出させようと思うくらい2-Aの成績は酷かったのだが。

 

「それと僕のネクタイはどこにあるんだい?」

「それなら昨日アイロンをかけてタンスになおしておきました」

 

 ばたばたと準備をしている高畑さんを尻目に、俺は台所に戻る。そこではアーチャーがおたまを持って鍋をゆっくりかき混ぜていた。

 てきぱきと味噌を用意して鍋にいれ、かき混ぜて味噌を溶かせば味噌汁の完成である。出汁は俺の独断で煮干しを使っている。

 魚も丁度焼き上がり、白飯も炊き上がったので二人分をよそって盆に移し、俺とアーチャーで一人前ずつ持ってテーブルのある部屋へ移動する。

 

「お、今日も美味しそうだね」

 

 とはいえ、ご飯はタイマー式の炊飯器。魚は下拵えを昨日のうちに済ませておいたので焼くだけ。付け合わせのポテトサラダは昨日の夕飯の残り物である。

 楽をしているというかもしれないが、普段から料理をしていればこんなものだ。味噌汁なんて十分あれば出来るしな。

 どこぞの腹ペコ騎士王と違ってアーチャーは食事をする必要がないからと、食事の席は辞退している。

 最初こそ高畑さんも食事に誘っていたのだが、魔法のことを知らない一般人が訪ねてくることもあるし、その際食事が三人分あるところを見られると説明が面倒なのだ。対外的には俺と高畑さんの二人で住んでることになってるし。

 アーチャー本人も特に気にしていないようなのでそのままだ。食費も浮くので万々歳である。

 

 

        ●

 

 

 そして放課後。

 予想通りと言った顔の五人を見て、わずかに嘆息する。

 

「もう慣れてるって感じですね」

「大体ずっとこの面子ですから」

 

 俺のつぶやきに律儀に返してくれたのは綾瀬さんだった。

 なんでもバカ五人衆(レンジャー)と呼ばれてるほどだとか。

 神楽坂さん、綾瀬さん、長瀬さん、古菲さん、佐々木さんの五名。順にレッド、ブラック、ブルー、イエロー、ピンクなのだとか。

 

「どうせ大学までエスカレーター式だし、勉強しなくてもなんとかなるわよ」

 

 と仰る神楽坂さん。だが、その認識は実に甘いと言わざるを得ない。

 

「……一応言っておきますが、高校からは普通に留年が存在しますよ。中学までと違って義務教育ではないので」

「えっ」

 

 まさかとは思うが知らなかったのか?

 大学までエスカレーター式というのは、高校までの勉強をきちんと終えて「この人は卒業できるだけの学力がありますよ」という前提から成り立っている。

 大学にしても単位をとれなければ当然留年するし、そこから「去年も習ったから」と蔑ろにしてまた単位を落とす、という悪循環になりかねない。

 というか成った人物を実際に知っている。

 なった知り合いのことはさておき、その辺のことを懇切丁寧に説明すると神楽坂さんと佐々木さんは顔を真っ青にしていた。

 残る三人は特に顔色を変えてはいなかったが。

 

「まぁ、当然ですし」

「拙者は将来をどうするかまだ不透明でござるゆえ。にんにん」

「私はどこか適当に就職出来ればいいアル」

「長瀬さんは忍者の里にでも就職はあるんでしょうけど、古菲さんはその認識だと痛い目見るかもしれませんよ?」

 

 今時武術家ってどうやって食っているのかは知らないが、まさか自給自足ってことはあるまい。霞を食べて生きれる仙人じゃあるまいし。

 忘れがちだが時代的には2003年である。スマホもなければ薄型テレビもない。リーマンショックは起きていないし中国の経済市場は恐ろしい勢いで伸びているが、それでも学がなければ就職は厳しいだろう。

 特に麻帆良の場合は世界樹の影響もあってか、半ば工業特区とでも言えるような状態だ。学術都市ということもあって技術は何世代か「外」よりも進んでいるしな。

 

「拙者は忍者ではないでござるよ」

 

 長瀬さんのno忍者アピールを華麗にスルーして英語の小テストを配る。

 

「何はともあれ、そういう『なんとかなるさ』という精神は個人的に嫌いなので勉強していただきます」

 

 ネギ少年という世界有数の天才の肉体を奪った俺が言うのもなんだが、世の中結局努力するしかないのだ。何にでも「なんとかなるさ」なんて軟弱な精神を持っている輩は就職だってまともにとれないし、勉強だってスポーツだってうまくいくわけがない。

 世の中には「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」という教育の真理をついた言葉もあるわけだし、それも当人の選ぶ道だろうがね。

 ともあれ、まずは今どれくらい出来るのかというところから知らなければこちらとしても教えようがない。テストの結果次第だ。

 なお合格点は六点である。

 

「……九点。合格ですね。普段からもっとまじめに勉強しないとだめですよ?」

「……勉強、嫌いなんです」

「綾瀬さんは本を読むことが好きでしたね。だったら、まずは勉強のことを面白おかしく書いてある本から手を付けるといいと思いますよ」

「善処するです」

 

 あの顔は絶対に読まないな、と思いながら次の人。

 面倒だから全部まとめるが、残りの四人は不合格である。

 それでもヘラヘラ笑っているというのは少々危機感足りないのではないかと思ってしまうのだが、それもまた当人の選ぶ選択である。

 教師が用意するのは選択肢までだ。選択権は当人が持っていなければならない。

 

「では、今回のテストの復習から」

 

 勉強なんて所詮は反復練習である。理屈と理解の歯車がカッチリ噛み合うと何故かスポンジが水を吸うようにわかるようになるが、そこまでの道が険しい。

 まぁ、中学生の間なんて「なんで勉強するのかわからない」と思っているのが大半だろうしな。

 そんなわけで再テスト。

 

「古菲さん、長瀬さんは共に八点。合格ですね」

「おおー」

「やったアル!」

「要領は悪くないので、普段から復習することを心掛けてくださいね」

「わかったでござる」

「私日本語の勉強で手一杯アルよ」

 

 その割に日本語ペラペラだが。訛りがあるといってもわかりづらい訳じゃないしなぁ。俺は日本語習得にそれほど苦労を感じなかったが、これは元々日本人だったからだろうし。

 次は佐々木さんである。

 

「六点。ギリギリ合格ですね」

「馬鹿でごめんねー、ネギ君」

「卑下する必要はないですよ。ゆっくり学んでいけばいいんですから」

 

 そして最後、神楽坂さん。

 まさかの一点である。最初の小テストが二点だったので、下がっていることになる。

 悔しげにそっぽを向いているが、彼女的には今まで高畑さんと居残り授業ということでこれを楽しんでいたんだろうな。──悪い傾向だ。

 

「神楽坂さん、ちなみに自分が英語出来ない理由ってわかります?」

「……分からないわよ、そんなの」

「高畑さんと居残り授業するのを楽しみにしてたからですよ」

 

 成績が悪ければ好意を持っている高畑さんとマンツーマンで居残り授業が出来ると思っているのだから、勉強に身が入らなくて当然だ。

 高畑さんへの好意を知られたことにびっくりしているようだが、普段の様子を見ていればすぐにわかる。高畑さんも多分気付いてて放置しているな、あれは。

 どんな理由があるにせよ、教育上の観点から見ればそれほど良いことではあるまい。悪い結果を出せば褒美が出る、なんてのは。

 

「なので、逆にしましょう」

「へ?」

 

 本当は駄目なのだが、彼女の事情は高畑さんと共に住んでいる俺は少しだけ聞かされている。

 両親のいない神楽坂さんは高畑さんを後見人としてこの学校に通っているのだ。

 彼女の生い立ちについては俺の父親であるナギも絡んでくるためかは知らないが、高畑さんを酔わせても口を割ろうとはしなかった。

 そこは関係ないので置いておくとして。

 親代わりであり、後見人である高畑さんのところならば神楽坂さんが訪れても教師と生徒の爛れた関係……などというのは噂されにくい。報道部である朝倉さんを味方につければ情報操作も容易いことだし。

 

「一定以上の成績を出せば、高畑さんと一日デートでどうでしょうか?」

「さぁ、どこがどうなっているのか詳しく教えなさい!」

 

 やる気を出してくれたのはありがたいが、一応教師なので命令口調は止めてほしいものである。

 



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第六話

 

 ウルスラ高等学部の生徒とひと悶着あった。

 年が上だから譲れなんていうのは傲慢だし、年が上だから我慢しろなんていうのも傲慢でしかないと思うが、この件に関しては明らかにウルスラの生徒が悪いと判断したので学年主任の新田先生経由で高等部の学年主任を呼び出した。

 自習でバレーやるとか……それも中等部のコートで。

 何の躊躇もなく学年主任の先生を呼び出して連れて行ってもらったが、その躊躇のなさにウルスラの生徒は恐れおののいていた。意味が分からない。

 あとで聞いた話だが、一時間正座で説教喰らわせたらしい。迷惑かけたと謝罪しに来られたが、そこまでされるほどではないと告げて一段落である。

 話してみると中々気さくな方だったので仲良くなったというのは蛇足か。

 

 それはさておき、期末試験である。

 

 高畑さんのリーク情報通り、学園長の課題は「2-Aが期末テストで学年最下位から脱出したら正式な先生にしてあげる」というものだった。文書にイラついて破りそうになったものの寸でのところで思いとどまり、かねてから各教科の先生にお願いして回っていた「2-A学力強化プロジェクト」を開始することにした。

 まぁ、やることなんて習った部分の復習以外ないのだが。

 問題なのはバカレンジャーと呼ばれている五人。プラスして桜咲さん、レイニーデイさん、マクダウェルさん、絡繰さんである。

 桜咲さんは二次界隈でもバカレンジャー候補だとかよく言われているが、実際のところ次に入るならレイニーデイさんの方が可能性は高い。……この人、一応魔族かどっかのお姫様じゃなかったっけか。

 お姫様だから頭が良いってわけでもないだろうからどうこう言うつもりはないのだが。それを言えば神楽坂さんだって記憶がないだけで魔法の国のお姫様だし。

 

「お、頑張ってるね、ネギ君」

「おや、今日は早いですね、高畑さん」

 

 普段は俺の方が早く終わることが多くスペアキーで高畑さんの家に入っているのだが、今日は高畑さんの方が帰るのが早かったらしい。まぁ居残りで補修とかいろいろやってたからな。

 

「すぐに夕飯の準備しますね」

「いやいや、今日は僕が作ったんだ。ずっとネギ君に任せっ放しというのも悪いからね」

 

 台所を見てみれば、高畑さんの作ったであろうカレーと付け合わせの野菜が用意されていた。シチューを作ろうと思っていたのだが、まぁ今からだと何を作っても時間がかかるので手間が省けて楽が出来るから良しとしよう。

 高畑さんは先程までやっていたであろう書類を片付けてテーブルを拭いていたので、俺は用意されていた料理を盛り付けて配膳する。

 今日はアーチャーがいないので俺一人でやっている。

 

「……アーチャーさんは何処に行ったんだい?」

「ちょっと仕事を頼んできました」

「仕事?」

「ええ、まぁ」

 

 学園長が課題を出すのが異様に遅かったのも疑問ではあるが、「2-A学力強化プロジェクト」は二週間ほど前から既に開始している。学力強化が必要ない上位者はさておき、他の面々は学力の底上げを図っているのだ。

 本来なら教育者である教師が期末試験を使ってこういう真似をすることはよくないのだがな。

 それもよりによって率先しているのが学園長とか。

 教師は教師という職に就いた時点で生徒に勉強を教えることは義務になる。義務を達成できなければ教師を辞めさせられることも仕方ないと思えるが、それと魔法の試験はなんら関係のないことだろう。

 俺の利害とは無関係で、俺は生徒に勉強を教えなければならなかった。

 どの道原作を知っているのだからこの流れも分かりきっている。そのためにアーチャーを図書館島に配置して侵入させないようにしているのだが。

 

「どうにも学年最下位のクラスは小学校からやり直しとか、おかしな噂を聞きまして。真に受ける生徒はいないでしょうが、原因である噂の出所が出所のようですしね」

 

 流しているのは学園長だ。それも巧妙に魔法を使って誰から聞いたかわからなくしている。

 どうしても図書館島に行かせたいらしいが、今行くべき場所ではないだろう。興味がないといえばうそになるが、後回しで良いことなら今行く利点がない。

 読むだけで頭がよくなる「魔法の本」など、本当にあればむしろ禁書指定して焚書すべきですらあるだろう。

 どこぞのライトノベルでは魔導書は読むだけで魂が汚染されるとか言われているものもあるが、頭がよくなる魔法の本とやらも似た様なものであると判断されてもおかしくない。

 頭──つまり脳に影響がある魔法ほど高度で難しい。記憶もそうだが、簡単に改ざんされるとなると悪用される可能性だって存在するわけだからな。

 所詮道具は使い手次第といえども、厳重に管理しておくべきものに変わりはない。

 それをよりにもよって「テストの点を上げるために」なんて理由で持ち出すなど言語道断だ。

 

「高畑さんは詳しい事情を知らされていないとみますが……どうですか?」

「確かに僕は詳しい事情を知らされていない。でも、図書館島には優秀な司書がいるからね」

 

 アルビレオ・イマか。だが、彼の性格を考えると余り推奨出来ることでもないだろう。

 頭の回転は速く、『紅き翼』のブレインと言っても過言ではない。だが同時に極度の愉快犯で相手をおちょくることも多い。分別がついている相手ではあるが、個人的には好かないな。

 なにはともあれ、夜通し図書館島を見張るという点においてはアーチャーが適任だ。睡眠も食事も必要がないのだから、これ以上の適任者もいない。

 別に本人は戦闘狂でも何でもないし、律儀なまでに従ってくれるが、ちょっと扱いをよくしてやらねばと考えている。どうよくするかはまだ決まっていないが。

 

「司書が優秀でも図書館島には多数のトラップがあると聞きます。春休みの間に一度その司書さんに会いに行こうとは思っていますが、高畑さんも行きますか?」

「いや……僕は春休みの間は少し忙しくてね。ちょっと時間が取れそうにない」

「そうですか。でしたら神楽坂さんへのご褒美も少し早めに考えておかないといけませんね」

「……明日菜君へのご褒美?」

「期末テストでいい成績を残せば高畑さんと一日デート、という約束をしまして」

 

 具体的に点数を明示していない以上、幾らでも難癖を付けて却下することは出来る。だが、頑張った以上は褒美がなければ今後のモチベーションにも関わってくるのだ。

 勝手な約束をしてすまないと思っているが、必要なことだと思ってやった。反省はしていない。

 高畑さんは苦笑して「出張に出かける前、少しだけなら」と了承して貰った。流石に一日は時間が取れなかったか。

 俺の方はそれほど急ぐことでもないし、今は期末テストに集中するとしよう。

 

 余談だが、高畑さんの作ったカレーは非情に辛かった。

 

 

        ●

 

 

 翌日。

 勉強漬けの生活でややげっそりしている生徒がいる中、眠そうにしている生徒もまた数名ほどいた。

 

(アーチャー?)

(秘密のドアとやらを内側から抑え込んでいたので、開けようと必死にさせてしまいまして……)

 

 なるほど。いつもなら鍵を開ければ普通に開くドアが開かなかったから、必死に開けようとして夜中まで頑張ってしまったと。

 霊体化して壁をすり抜けられるアーチャーならではの方法といえる。姿を現すわけにもいかないし、一番良い方法だったと俺も思う。ヘラクレスの腕力を超えてドアを開けるなんて普通の人間には不可能だし。

 しかし魔法なんて信じているような面子には思えないのだがな。

 まぁ、学園長の思惑通りではないにせよ、課題をこなすようにすれば文句はあるまい。

 

「期末テストまで残り三日。各先生方からも少しずつ成績が良くなっていると言われていますので、今日も頑張っていきましょう」

 

 まぁ、主にエスカレーター式だからと手を抜いていた面々に本気で勉強させていただけだが。

 それにテスト作成をするのは教育実習生である俺の仕事じゃない。俺がやったとしてもテストの内容は教えないが。

 それともう一つ疑問なのだが……幽霊である相坂さよさんの点数はもちろん除外だよな……?

 本来ならこんな疑問は抱かないのだが、学園長が学園長だし、一応このクラスに在籍していることになってるし、ばっちりこっちと目があっているのでどう対処したものか判断に困る。

 

『あ、あの! 今目が合いましたよね! ばっちり見えてますよね!?』

(アーチャー。悪いがちょっと話し相手になってやってくれ)

(了解しました、マスター)

 

 幽霊同士だからかどうかは知らないが、二人は互いに見えているらしい。そして二人はほかの魔法先生やらには見えていない。

 見えている可能性があるのは真祖の吸血鬼であるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルのみ。とはいえ、彼女は余りこちらに干渉しようとはしていないからな。

 彼女ほどの存在がここにいる理由、事情を知っていてもどこで知ったのかを疑問に思われると面倒極まりない。

 後手後手でしか動けないのは弱みだな。それでも事前に準備できるだけマシではあるのだが。

 

「これでホームルームを終わるので、一限目の準備をしてください」

 

 その言葉を告げた後教室を出て学園長室へ向かう。職員会議はないし、学園長も今日は特に出張の用事もないはずだ。

 ノックののちに許可が出たので入室する。

 

「ほ、どうしたネギ君。まさか期末テストのことで嘆願でも……」

「少々確認をしに来ました。相坂さよさんについてです」

 

 好々爺とばかりに笑っていた学園長は俺の言葉に目を見開き、長いあごひげを撫でつける。

 口を閉じる彼に対し、俺は続けろという意味だと取って口を開く。

 もっと早く来ておけばよかったというのが理想だったが、実際いきなり教育実習ともなれば対応で忙しい。仕事を覚える意味でも人間関係の構築という意味でも。

 無論良い訳でしかない以上は口にしないが、時間をとれなかったのだ。

 

「彼女、少し調べると1940年にあのクラスに在籍していますね。十五歳で死亡し、以降あの教室、あの席に地縛霊として憑りついている」

 

 年代的におそらく世界大戦が原因で死亡した可能性が高いが、当時の資料なんぞ碌に残っていないためはっきりとした原因はわかっていない。

 クラス名簿にかかれていることから高畑さんはもちろん、学園長もその存在は知っていたはずだ。

 それでも彼女に対しては何らかのアプローチを行うことはなかった。あるいは、行えなかった(・・・・・・)

 

「こういうと少々問題かもしれませんが……彼女は存在感が限りなく薄い。学園長はともかく、高畑さんは見えていない可能性の方が高い」

「……何故、儂が見えていると?」

「仮にも関西呪術協会の血筋でしょう。鬼を調伏し、使役する日本における退魔のエキスパート。例え西洋魔法を学ぶことにしたとしても、霊視は血の成せる技として消えることはない」

 

 というのは持論だが、まぁ対して間違ってはいないだろう。原作でもかなりの実力者らしいと言われていたし……戦闘はほとんどなかったが。

 桜咲さんや龍宮さんもはっきりと見えてはいなかったが、薄くとも見えていたということは学園長ならはっきり見えていてもおかしくはない。

 近衛木乃香さんの方はまだそこまでの域に至っていないだけだろう。多分。

 

「それで、どうしようというんじゃ?」

「それを訊きに来たんですよ」

 

 調伏するならとっくに学園長がしている。成仏させるにしても消滅させるにしても何らかのアプローチを行うはずだ。

 だが、俺が見えていると判断した時のあの喜びよう──今まで誰も、なにも反応すらしなかった可能性の方がずっと高い。

 原作でもそんな感じだったはずだ。多分。

 ……多分多分って、推測ばっかだな。

 

「ずっとそのままにしておくわけにもいかないでしょう。悪霊なら手早く調伏すれば良い話ですし、ただの地縛霊なら成仏出来るように何らかのアプローチを行うべきです」

「…………」

 

 腕を組んで考え込む学園長。

 一説によると相坂さんは学園長の初恋の人だというが、実際のところはどうなんだろうな。地縛霊にして自分が死ぬまでこの世に留めておきたい──なんてタイプじゃないだろうし、学園長。

 数分ほど考え込んだのち、学園長は口を開いた。

 

「……さよちゃんは、儂の初恋の人でのぅ」

 

 あ、やっぱそうなのか。ちらりとこっちの反応を見るが、特に何の反応も返さない。あいにくと、今更初恋がどうのこうので騒ぐ精神は持ち合わせていないんだ。

 

「最初のころは知らなかったんじゃが、何時だったかのう……二十年か、それより前。儂はようやく彼女の姿が見えるようになって、どうにかしてあげたいと思ったんじゃ」

 

 だが、と学園長は続ける。

 

「初恋の人をどうにか自由にしてあげたいと思ったものじゃが……合わせる顔がなかったというのも事実じゃ」

「合わせる顔がなかった?」

「直接的ではないが、彼女が死んだ原因は儂にある。当時は自身の無力に嘆いたし、やり直せるならやり直したいと思うこともあるが、それで過去は変えられん」

「……それで、結局どうしようと悩み続けて今に至ると、そういう訳ですか」

 

 重々しく頷く学園長。昔のことを語るのは構いませんが、キセルを吸わないでください。臭いので。

 そういうとしょんぼりしながら火を消す学園長。

 結局、学園長がどうしようどうしようと悩み続けた結果がこれなわけだ。

 

「何はともあれ、彼女のことはこちらでどうにかしてもよろしいのですか?」

「儂がやろうとすると踏ん切りがつかなくてのぅ……ネギ君に何か策があるというのなら、任せてもいいと思っておる」

「では何とかしておきます」

 

 アーチャーという使い魔を持つせいか、霊体のものを見る眼が強化されているっぽいんだよなぁ。

 もしくは一度死んでネギ少年に憑依でもしたのか……『死』に触れたのか? だが俺は『直死の魔眼』なんて持ってないし。

 どうにかするといっても現状を動かすだけだが、彼女の意思次第だな。どうしたいかという選択は彼女が持つべきだ。

 どんな選択であれ、現状を変えることとは総じて勇気がいるものだ。

 俺は、選択する彼女の勇気をたたえよう。

 

 

        ●

 

 

 簡潔にテストの結果を告げよう。

 2-Aは学年一位を取った。俺の計画した「2-A学力強化プロジェクト」が功を奏した結果となる。

 だが、俺がやったのはあくまでお膳立て。彼女たちの努力なくしてこの結果はあり得なかった。桜子大明神などと呼ばれて食券長者になっていた生徒も一名いたが、彼女の強運はきっと『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』では掠りもしないほどなのだろう。

 

 余談だが、相坂さんはアーチャーと話した直後からちょくちょくアーチャーに話しかけるところをみるようになった。現状まともに話せるのが彼しかいないと思っているせいでもあるだろうけど。

 その姿はさながら恋する乙女のようで……なんというか、学園長が不憫に感じてしまった。

 まぁ、今まで何もしなかったんだから仕方ないよな、と思うことにする。

 

 



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第七話

 春休みに入った。

 学年一位をとったということも含めてパーティーをおこなったが、何人かは欠席だった。まぁ、大体来ない面子はわかっているし、来ないからどうこうということもないのだが。

 問題はむしろ神楽坂さんとの約束だった。

 高畑さんも春休みに少し長めの出張があるということで、半日だけになったがデートすることが出来るようにセッティングした。

 その後のことは関与しない。告白は出来なかったと近衛さんが残念がっていたのは知っているが、出歯亀は推奨しません。

 

 それはまぁ、良いとして。

 

 元々春休みになれば図書館島の奥にいるであろうアルビレオ・イマに会いに行こうと思っていた。

 理由なら簡単で、俺が世界を救うにあたって必要な知識を集めるためである。

 原作通り那波重工やら雪広財閥の力で無理矢理火星をテラフォーミングしても解決は出来るのだろうが、それでは確か何らかの弊害が出たはずだ。社会の混乱も大きいし、戦争や紛争だって起こり得る。

 社会の混乱なんぞ火星のテラフォーミングや魔法の公表をやるという時点で避けられはしない。避けられはしないが、ある程度緩和することは可能だろう。

 まぁその辺は政治に詳しいやつに丸投げする形になるだろうけど。素人の俺がやったところで失敗するだけだ。

 図書館島の司書に会う、と高畑さんに告げたところ、詳細な地図をもらったので今回はそれを使用して行くことになる。

 いざというときの戦力はアーチャーに頼るだけだが、正直それほど危険もないだろう。盗人対策のトラップくらいはあるだろうが。

 

「よし、それじゃ行くか」

 

 箒に胡坐をかいて座り、地図を広げて逐一道を確認しながら進む。方向音痴ではないつもりだが、もともとが迷宮のように入り組んでいる施設だ。道に迷う可能性なら十分すぎるほどにある。落ちないように力場が張ってあるから特に問題もないし。

 アーチャーは箒に乗せていこうと思っていたのだが、本人が辺りを確認しながら走ってついてくるというので好きにさせている。

 自動車程度の速度が出る箒とはいえ、サーヴァントの……それもAランクの俊敏性を持つヘラクレスを相手にすればそれほどの速度ではない。

 そもそも霊体化しているからトラップなんて意味もないが。

 そうして辿り着いたのは、古ぼけた扉のある場所だった。

 デカい樹が侵食しているように見えるが、これは多分世界樹だな。侵食しているんじゃなくて世界樹の中に部屋を作った可能性が高い。

 何せアルビレオ・イマは魔力が足りずに学園祭以外では表に出てこれなかったはずだ。世界樹の魔力を使うことで自身を保っているのだろう。

 

「マスター」

「なんだアーチャー。俺は今、これをどうやって開けようか悩んでいるんだが」

「いえ、敵のようです」

「敵?」

 

 振り向いた先には竜がいた。

 二本の足と翼と前足が混じったような竜──まぁ、いわゆるワイバーンというやつだ。

 魔法生物が何故ここにいるんだという疑問はさておき、こいつがここにいるのは知っていた。

 そして当然、アーチャーにとってこの程度の相手など何ほどのものでもない。

 

「動けない程度に痛めつけてやれ」

「……気絶させればよろしいのですね?」

「ああ」

 

 ヘラクレスは元々豪勇無双の英雄だが、決して無差別な殺害を楽しんだわけじゃない。力を振るうべき場を弁え、振るうべき時に最大の力を発揮するが故にギリシャ最大の英雄とまで呼ばれるほどの存在になった。

 何が言いたいかというと、幾ら強力な魔法生物だろうとヘラクレスの前には無力でしかないわけで。

 実際何が起こっているのか俺もよくわかっていないのだが、アーチャーが弓を放つたびに光の軌跡が描かれてワイバーンを吹き飛ばしていく。

 お前が使ってるのは本当に弓なのか? と問いたくなるレベル。

 RPGでも使ってるんじゃないだろうな。当たった矢が爆発とか普通しないだろう。

 

「終わりました、マスター」

 

 そんなことを考えていたら終わっていた。体感時間では五分もかかっていない。

 殺せっていったら多分一撃で決めていた訳だろうし、十分に手加減したら余計に時間がかかった感じか。

 ワイバーンの吐いてた炎を避けもせずに矢で薙ぎ払っていたし、やっぱり化け物的に強い。コイツが俺のサーヴァントで良かったと心の底から思う。どうして俺と契約しているのかはわからないらしいが。

 ギルガメッシュは最強のサーヴァントとして名高いが、アイツどう考えても扱いづらいんだよなぁ。傲岸不遜で自分こそが唯一絶対とか考えてる奴だし、正直性格が合わないと思う。

 まぁ、それはいいや。

 

「それじゃ行こうか、アーチャー」

 

 扉に仕掛けられていた防壁はそれほど難しいものではなかった──というと簡単そうに聞こえるが、使われている魔法陣が大分古いものだったりやたらと難解なスパゲッティコードっぽいことになっていたりしたので時間がかかった。

 それでもアーチャーの戦いを見ながら片手間で出来る程度の難解さだったのだが。

 ていうか原作にこんな防壁っぽいのあったかな……。

 

「お邪魔しまーす」

 

 中にあったのは幻想的とさえいえる西洋の建物がある、凄まじいほど広々とした空間だった。

 勝手に入るのは不躾極まるが、それはこの際目を瞑って貰おう。何ならいくらか魔力を持って行ってもらっても構わないし。

 

「これはこれは。お待ちしていましたよ」

 

 招待された覚えもないのであちらが俺が来ることを知っているわけはないのだが、どうやら高畑さん経由で連絡が行っていたらしい。地図まで貰ったんだから連絡が行っていて当然かもしれないけども。

 奥に招かれた俺は椅子に座らされ、紅茶や茶菓子を振舞われていた。

 そして目の前には長い髪の女に見える男──アルビレオ・イマ。

 

「初めまして、僕の名はネギ・スプリングフィールドと言います」

「これはご丁寧に。私はアルビレオ・イマといいます。今はクウネル・サンダースと名乗っていますので、そちらで呼んでください」

 

 ニコニコと笑みを浮かべている青年だが、その考えはどうにも読めない。名前を呼ぶくらいは別に構いやしないが。

 訊きたいのはそういうことじゃないんだよ。

 

「……魔法学についての本ですか」

「ええ。様々な文献があればあるだけ読んでみたいのですが」

 

 そういうと、少し考え込むような顔をした後こちらをじっと見ている。実体化しているアーチャーの顔も時折見ているが、一体何を考えているのだろうか。

 考えがまとまったのか、クウネルさんは俺の方を見て一つの問いを投げかけた。

 

「時にネギ君。君は『蒼崎』という名に聞き覚えはありますか?」

「……『蒼崎』ですか? それと魔法学の本と何の関係が……?」

「いえ、単なる好奇心です。魔法学の本ならここにあるものを好きに持って行ってもらって構いませんよ。きちんと返していただければ」

 

 それはもちろん。というか、何故俺が蒼崎という名に聞き覚えがあると思ったんだ?

 この世界で日本人の知り合いなんて学園の中以外にいないんだが……それも蒼崎なんて知らないぞ。

 

「その様子だと知らないようですね」

「ええ、まぁ……特に聞き覚えはないですね」

 

 あくまでもこの世界に限定した話ではあるが。アーチャーがここにいる以上、俺の知る『蒼崎』という家系が本当に存在しうる可能性もまたあるわけだ。

 型月世界でもっとも有名な『蒼崎』は誰かと問えば、俺は蒼崎橙子さんだと思う。

 「人間のひな形から根源に至ること」を目指した封印指定の魔術師。ちょいちょいいろんな作品に出て足跡を残している彼女を知らない人はいないだろう。

 アーチャーと契約できたんだから型月要素的に時計塔があるかもと思って探したが存在せず、蒼崎という名の魔術師もとい魔法使いの家系すらなかった。俺、かなり好きなんだけどなぁ、橙子さん。

 そもそも型月的な協会すらないし。魔法協会はあそこまで殺伐としてないんだよなぁ。

 

「……実は、二十年ほど前ですか。蒼崎と名乗る少年に出会いまして」

「二十年前というと、大分裂戦争のころですか?」

「ええ。余計に自分は関係ないんじゃ、みたいな顔をしないでくださいネギ君」

 

 人の心を読むな。読んだのは表情だけど

 

「ともかく、その頃一度だけ会ったことがあるのですが──君と同じか少し高いくらいの身長で、同じ赤髪で、左手には令呪と呼ぶ紋様があったのですよ」

 

 それ俺じゃねぇの?

 ああ、だから俺に訊いたわけか。身長や赤髪はともかく、令呪なんて俺以外に持っているやつがいるとは思えない。

 ……だが、令呪は元々間桐の作ったサーヴァントを律するための魔術なんだよな。人の手で作れるものである以上、この世界に似た様なものがないとも限らない。

 それに、本当に俺だとしても、どうしてその年代のその場所にいたのかという問題が出てくる。

 二十年前なんてそもそも生まれてすら──

 

「……時間旅行、か?」

 

 蒼崎を名乗った理由といい、過去から「俺は過去に戻った」というメッセージを持たせた可能性もある。

 型月世界において蒼崎の家系が特別な理由はただ一つ──科学では決して再現できないとされる魔法の一つを有しているからだ。

 その名は『時間旅行』。名前の通り時間に関する魔法で、その力を使えば死者ですら生き返らせる魔法だ。だが時間旅行というのはあくまで推測であって、橙子さん曰く「あれも単なる副産物」らしいが……詳細なところはよくわかっていない。

 実際に『魔法・青』を使う蒼崎青子のことはあまり出てきてないんだよな。『魔法使いの夜』は青子さんが主人公らしいが、俺はやったことが無いし。

 

「心当たりがあるのですか?」

「いえ、今の話を統合すると、そうでもなければ矛盾するなと思って」

 

 だが、矛盾は世界によって修正される。そもそもあのレベルの域になると根源に至ると判断されて抑止力に排除されるはずだが。

 あるいは、抑止力を味方につけた結果がこの状況なのかもしれないな。そうでもなければ説明がつかない。

 ……抑止力が現世で贔屓しなければならない事態ってどんな状況だよ。あり得ねぇな。

 この世界には超鈴音という少女が時間旅行を科学の力で成し遂げている。完全に科学そのもので成し遂げたわけじゃないが、その分抑止からの力が小さくなったとすればまだ理屈は通るか?

 俺が使えないのなら世界からの修正も何もないが。

 

「そうですね。ナギの息子であるあなたが二十年前に存在しては矛盾が発生する。やはり私の勘違いだったのでしょう」

 

 超さんの時間移動を知らないから仕方ないのだが、クウネルさんはあっさりと前言を翻す。そもそも俺だと明言していなかったし。

 だが、こちらとしては収穫があった。

 少なくとも過去に戻っていること。理由はわからないが、俺が過去に戻るというのだからそれなりの理由があるのだろう。自分の性格上過去を変えることで未来を変えようなどとは思わない。それは自分が一番よくわかっている。

 例えば──大分裂戦争の際に失われた書物を探しに行くとか、な。

 ……例えてみたがこれが一番可能性が高いな。そして失われたのは俺が過去に戻ったせいというオチがつくわけか。

 

「何はともあれ、たまに来ていただければ私も魔法を教えるくらいは出来ますよ。身の安全は保障されているようですしね」

 

 アーチャーを見ながら笑みを浮かべるクウネルさん。相変わらず何を考えているかわからないが、申し出はありがたいので時々訪れて話を聞いてみようと思う。

 

「感謝します、クウネルさん」

「いえいえ。私としては、ネギ君がここに来たのはナギのことを聞くためだとばかり思っていたのですがね」

「生きていることは知っています。この杖をくれたのが父さんですから。でも、姿を現さないということはそれなりの理由があるのでしょう。僕がもっと力を付けてから探すことにしますよ」

 

 まぁ、どこにいるかは知ってるんですけどね。

 麻帆良祭直後の話でクウネルはナギの居所を知らないと言っていたが、最終巻近くになって『造物主(ライフメイカー)』の依代として世界樹の地下に封印されていることが判明した。

 隠し通したいことだったのだろう。あの時点のネギ少年が知ったところで何が出来たわけでもない。

 それは今の俺にも十分当てはまる。アーチャーがいるとはいえ、世界最強クラスの実力者を相手にして俺を守りながら戦うのは負担が大きい。

 

「今日は本を借りて、しばらくは魔法の勉強を続けることにします」

「そうですか。それがいいかもしれませんね。時間はかかりますが、確実な道です」

 

 美味しい紅茶と茶菓子の礼を言って、いくつかの本を借りて部屋から出る。

 さて、まずやるべきは過去に戻るための方法──時間旅行の魔法を開発するところからか。超さんのカシオペアがあれば話は早いんだがな。

 

 




本編と直接関係ないんですが、魔法使いの夜ってwindows8でも出来るんですかね?


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第八話

 

 短い……実に短い春休みが終了した。

 いや、日数的に言えばそこそこあったような気もするのだが、春休みの初めにクウネルさんのところで聞いた話とかやるべきことを見つけたのであっという間に時間が過ぎたのだ。

 特に『時間』に関する魔法というと、歴史上成し遂げた魔法使いは存在しない。

 存在しないのだが、限定的にならば時間のズレを引き起こすことが出来る魔法は存在する。

 それって時間に関する魔法の開発してるってことじゃね? と思うかもしれないが、あくまで仕切られた場所において時間の流れが違うだけということで、厳密には『違うモノ』として扱われているらしい。『時間跳躍(タイムスリップ)』と『時間凍結(コールドスリープ)』は別物、ってことだろう。

 だが、結界で仕切った内外の時間の流れをずらす魔法はある。原作でも出てきていた『別荘』がまさにそれである。

 強力な結界で仕切った、最早一つの異界とも呼べる状態にすることで世界の修正力から身を守る。決められた時間を結界の内外で調整することでことなきを得ているそうだ。

 代わりに内部にいる状態では外部に接触はおろか内外での情報のやり取りすら不可能にする。

 

 ちなみに結界をゆるくし、内外の情報のやり取りや接触などを可能にした場合、世界からの修正力を受けて体に多大な負担をかける。理論の段階ではまだ可能のような気がしたので、いろいろな文献を読む傍らで開発をしてみた。

 結果、作れてしまった。

 

「凄いものですね、これは……」

「体にかかる負担が大きいこと。準備にかなり時間をかけないと出来ないことが難点ですね」

 

 ぶっちゃけ『固有時制御』だ。

 あれは固有結界を用いて自身の体内の時間の経過速度を変化させるというものだが、こちらは固有結界ではなく普通の結界を用いているせいで準備に時間がかかる。

 その分、世界から受ける修正力は小さい。固有結界そのものが世界からの修正を受けるので、それを用いないで行った場合は負担が段違いに小さくなると予想した。

 まぁ、実際は「持って生まれた肉体と外界との遮断」は概念的に最も無理がないため、固有時制御の発動における固有結界の負担なんぞあまり関係ないのだが。

 そもそも固有結界自体簡単に使えるものではないため、普遍化そのものには意味がある。型月世界と違って知る人数が増えると魔術・魔法の威力が下がるということもないのだし。神秘は別だけど。

 

「私もそれなりに長い間生きていますが、このような魔法を作ったのはおそらくネギ君が初めてでしょう」

「失敗のリスクも大きいですからね」

 

 結界の緩みが大きいと修正力からの力が大きく働いて発動しない。緩みが小さいと世界からの修正力で反動が大きくなる。

 どっちに転んでも利点は少ない。精々局所的に速度を倍加させることで九死に一生を得られる程度か。それでも準備さえしておけば多少の実力差を覆せる分、有用ではあるはずだ。

 その準備が一番大変なわけだが、これは次の課題としておこう。

 

「協力感謝します、クウネルさん」

「いえいえ、私も面白いものを見せて頂きました。欲を言うならもっといろいろとやってほしいものですが、教師としての仕事がありますからね」

「よくて週一、下手をすると長めの休みまで来れないこともあるかもしれません」

「こうなるとどこかに専用の工房を用意してあげたいところですが……生憎、ネギ君はまだ立場上見習い魔法使いですからね。担当のクラスを卒業させた後なら、私から口添えして工房を用意出来るようにしましょうか?」

「まぁ、予定は未定ですよ。今後やることが無ければそれでもいいかもしれませんが、一応目標はありますから」

 

 世界を救うなんて大仰なことをやろうというのだ。彼も一応魔法世界のことは知っているはずだが、情報のすり合わせが面倒だし、実際に魔法世界に行ってみなければわからないことも多いだろう。

 協力を仰ぐのはその時でも遅くはない。夏休みに『完全なる世界』が引き起こす事件さえ乗り越えられれば、の話だが。

 戦力的にはアーチャー一人でも何とかなりそうな気さえするが、俺が足手まといになっていては話にならない。

 ……やっぱり、俺の自衛は急務か。アーウェルンクスシリーズを相手取っても時間稼ぎ程度出来なければ、アーチャーを従えていても宝の持ち腐れにしかならない。

 非常時に使える令呪という切り札もあるが、これは上限三回。

 聖杯戦争じゃない以上はサーヴァントを自害させるために一画残す必要もないが、何時までいるかわからない以上はあまり使いたくないのも事実。使い方次第では自前の魔法をブーストすることも出来るかもしれないし。

 令呪も人の手で作られた魔術(魔法)には違いないのだから、自分でも作れるはずだとは思うのだが。このあたりも課題ではあるな。

 

「それでは、また会える日を楽しみにしていますよ」

「はい。そう遠くないうちにまた来ます」

 

 クウネルさんとも案外仲良くなれたのは、大きかった。

 

 

        ●

 

 

 新学期。

 『三年A組!』『ネギ先生ーっ!』という盛大な声を聞いて苦笑しつつ、全員揃っての新学期を迎えることが出来た。

 何人かとは春休みの間も何度か会ったのだが、基本的にクウネルさんと魔法の開発をしたり文献をあさくったりでそれほど印象に残っていない。

 

「……ん?」

 

 こちらをじっと睨みつけるような視線。視線の元はマクダウェルさんで、まぁ当然かなという気持ちが湧き上がる。

 ここ数か月必死に隠しながら血液を集めていたようだが、俺の場合はアーチャーに頼んでそれを妨害できる。超長距離から狙撃できるって、それもう弓って呼ばないんじゃないかと思ったのはここだけの話である。

 というか、前回見つけてから昨日に至るまで吸血行為も毎回邪魔させているが、その原因が俺だと果たして気付いているのかどうか。図書館島の時は試験期間ということで見周りが多かったからまずやってないだろうし。

 わかりやすく桜通り一ヶ所でやるから待ち伏せされるっていうことにそろそろ気付いてもいい頃だと思うんだけどなぁ。

 一人も欠けていないクラスで卒業させたいものだが。

 

「では、まず身体測定からあるということなので、この後しずな先生の指示に従って順次済ませてください」

 

 その間ここにいても仕方ないので俺は職員室に戻るが。

 まさか彼女も真昼間から吸血に走ることもあるまい。日中は魔法先生だって碌に動けないが、逆に言うと総攻撃を受ける大義名分を相手に与えることになる。

 教室を出て職員室に向かおうとしたとき、後ろから呼び止められた。

 

「ネギ先生」

「どうしました、マクダウェルさん」

 

 薄く笑っているが、額には青筋が浮いている。これは俺だと気付いているパターンか。

 

「今日の放課後、少し話したいことがある」

「構いませんよ。放課後はあまり遅い時間帯でなければ職員室にいるので、好きなときに訪ねてきてください」

「ああ、そうさせてもらう」

 

 なんというか、取り繕うのも面倒になったって感じだな。やってることはほぼ挑発だったからああいう態度になるのはある意味仕方ないんだが。

 どんな理由があろうと何の関係もない第三者を巻き込むのは俺の義に反する。それで相手が怒るというのなら正面から対峙するだけだ。

 

 

        ●

 

 

 そして放課後。少し遅めの時間帯に彼女はやってきた。

 後ろにいるのは絡繰茶々丸さんである。原作でもパートナーという話だったから、一緒に来るのはある意味当然かもしれない。

 こちらが何か言う暇もなく狭い範囲で認識阻害の結界を張った彼女は、静かな声で告げた。

 

「貴様、散々邪魔をしてくれたようだが……貴様自身が出てこないのは一体何故だ?」

 

 吸血鬼の視力を舐めてたわけじゃないが、よくわかったもんだ。まぁ超長距離を弓で攻撃してる時点で人間じゃないと思ったのかもしれないが。

 俺が出ない理由なんてわかり切ってるだろうに。

 

「戦いに向いてないからですよ。強い使い魔がいるなら戦闘は任せてしまっても構わない。人形師が人形に戦わせることを咎めているようなものですよ、それ」

「……ふん。父親と違って随分と腑抜けている」

「そりゃあ別人ですからね。血が繋がっていても性格が似ないことはあるものですよ」

 

 というか、ナギと似てないことはウェールズにいたころから散々言われていたしな。あいつほど破天荒な奴は見たことが無かったが、お前ほど真面目に勉強するやつも見たことが無い、とは祖父の談。

 それよりも、俺は聞きたいことがある。

 

「『桜通りの吸血鬼』っていうのは、まだ続けるつもりですか?」

「当然だ。私にはお前の血が必要なんだよ。お前の父親のせいでな」

「……なるほど」

 

 わかっていたことではあるが、原因は俺にあったと。……全面的に悪いのはナギなんだが。俺の血が欲しいなら素直にそう言えばいいものを。死にたくないから血はやらんが。

 個人的にこれ以上一般の生徒に被害を出すつもりもないし、俺たち二人で話が済むならそこで終わらせておくべきだろう。

 学園長やら高畑さんが気付いていないとも思えないが、学園長はともかく高畑さんは出張も多いしな。

 

「では、僕と貴女の二人で話しを終わらせましょうか」

「……何をするつもりだ?」

「いえ、これ以上一般人を襲おうというのならそれなりの覚悟をしていただこうかと」

「ハッ、メガロの連中が好みそうな言い草だな。『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』とやらに憧れているのか? 下らんな」

「その手のものには興味がないんですよ。それに、攻撃したなら攻撃される。罵詈雑言を投げかける相手もまた、罵詈雑言を言う人間なのだと認識しているが故です」

 

 我も人。彼も人。ゆえに平等──当然の摂理だ。

 自分が上位者だから何をやっても許されるなど行き過ぎた傲慢に過ぎない。

 知性があり、理性があり、会話が出来るのならば対等であるべきだ。

 

「引き金を引くかどうかは貴女次第ですが、貴女の『他の何を犠牲にしてでも成し遂げたいこと』を僕は認められない。なので、これ以上やろうというのならそれ相応の覚悟をしてください」

 

 薄く笑みを浮かべつつも一歩も退かない姿勢を見せる。彼女は原作においてネギ少年の師匠になる少女だが、魔法に関していえばそれほど困窮していない。いざとなればクウネルさんを頼ればいいし。

 何より、彼女の在り方を俺は認めない。関係のない一般人を襲って血を吸い魔力を得るそのやり方自体は、なるほど吸血鬼らしいといえる。

 何を犠牲にしてでも──という心意気は確かに称賛しよう。元より六百万ドルの賞金首とはいえ、現状麻帆良の魔法使いを敵に回すことは世界中の魔法使いを敵に回すことと同義だ。

 鎖に繋がれたままでいられるほど安いプライドは持ち合わせていないのだろう。それでも確かに今は平穏そのものだったはずだ。

 それを捨ててでも自由を得ようとする心意気──その勇気を称えることを、俺は否とは言わん。

 だが、それを認めることは俺の義に反する。

 故に止めるのだ。

 

「……ほう。ただの腑抜けではなかったらしいな」

 

 目を細めてニヤリと笑う少女。

 ならばよし、と前置きをし、告げる。

 

「次の麻帆良全域で停電が起こるその日に、私はお前に決闘を仕掛ける。私を認められないというのならば止めてみろ。私が勝てばお前の血をもらう。私が負ければ以後お前の傘下に入る」

「それはまた……思い切った決断をしましたね」

「お前が言ったのだろう。我も人、彼も人、ゆえ対等──貴様の命を代価にしたのだ。私は不死である以上、一番重い代価はプライドだよ」

 

 なるほど、それは確かにそうといえる。

 互いの最も大事なものを賭けて決闘をするわけか。どうにも話し合いで済ます気は無いようだし、こちらもそれなりに準備を整えて挑むとしよう。

 武力をもって奪いに来るというのなら、俺は武力をもってそれを退けよう。

 ──戦争だ。

 




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第九話

 

「良かったのですか?」

「彼女のことなら問題はないだろう。本気で殺しに来ることはないだろうし、俺も本気で殺しに行こうとは思っていない」

 

 マクダウェルさんは俺の血を欲しているため、流石に爆散させるようなことはしないだろう。肝心の血を手に入れられない可能性を考えれば、出来るだけ無傷で倒したいところと思っているはず。

 とはいえ、それで油断していい理由にはならない。必要な量はわからないが、手足の二三本飛ぶような攻撃がないというだけの話だ。

 本気にさせればその限りではないかもしれないが。

 いざとなればアーチャーを盾にすればいいのだ。『十二の試練』を持つヘラクレスに対してはほとんどの魔法が通用しない。メイン盾として使うには過ぎた性能だが。

 何はともあれ、準備を入念にしなければならない。一月近くあるのだから時間は十分だ。

 

「さて、まずは──麻帆良に不法侵入してきたカモ君だよね」

 

 どこから侵入してきたのか、由緒あるオコジョ妖精(自称)のアルベール・カモミールが高畑さんと一緒に煙草を吸っていた。

 何を言っているかわからないと思うが、俺も意味が分からない。

 てか高畑さん、そこのオコジョ不法侵入ですけどいいんですかね。

 

「不法侵入とは言うけれど、そもそも日本の法律は人間にしか当てはめられないからね」

 

 そりゃそうだが……いや駄目だろう。と、思ったらちゃんとした理由もあるとのこと。

 一応彼らも知性はあるのできちんとした法律もあるにはあるのだが、俺の使い魔だと言い張って聞かないから俺の帰りを待っていたらしい。

 勝手に俺の使い魔になってるし。俺が使い魔だと認識してるのはアーチャー一人なんだが。

 あと、こういうとカモ君すごくへこむのであまり言わないが──俺は猫の妖精(ケット・シー)派だ。

 

「兄貴! ウェールズから恩を返しにきやしたぜ!」

「高畑さん、彼、僕の使い魔じゃないので早々に追い出した方がいいですよ」

「兄貴!?」

 

 二の句も告げずに裏切られた!? と叫んでいるカモ君。

 いや、だって君エロいじゃん。推測だけど、半分くらいの理由は俺がいる場所が女子高だからだろう。

 一応俺がここにいるのは教師としての仕事をするためなので、猥褻行為やら下着泥棒をやるつもりなら迷わず今日の夕飯はオコジョ鍋になる。

 

「そ、そんな……俺を助けてくれた純真な兄貴は一体どこに行ったんだ……」

「あれはそもそも気紛れだから」

 

 覚えたての回復魔法を使ってみようと罠から助けたはいいが、アーチャーに物凄い怒られた。

 一応彼の時代とは違って狩猟は必ずしも必須では無いものの、害獣を捕らえるための罠であったりその日の食卓を充実させるためのものであったり、そもそも他人の仕掛けた罠なのだから勝手に逃がすのはマナー違反だと言われた。

 ……狩猟とは縁遠い暮らしをしてたせいか、その辺の感覚は曖昧だったからな、俺。

 また一つ勉強になったと前向きに考えることにした。

 そんなわけで二度目はない。

 

「というか、どうしてここに来たの?」

「兄貴のパートナー探しを手伝うためっすよ! 兄貴の姉さんに頼まれて助っ人に来たんス!」

「ああ、そういえばネカネちゃんからエアメールが届いてたよ」

 

 高畑さんがそういうと露骨にぎくりとするカモ君。正直何が書いてあるかわかっているので見るのも憂鬱なのだが、見ないわけにもいかない。

 封筒のふちを切って中の手紙を取り出す。すると映像が投射されるが、個人的に一般の学校の教師になったんだからこういうのは止めてほしいと切に願う。こんなもん最新式の科学じゃ説明つかないぞ。

 魔法ばれを推奨してるのかと邪推したくなる気持ちを抑え、手紙を読んで内容を確認する。映像と音声もあるので当然高畑さんにも筒抜けだ。

 その間に逃げようとしたカモ君をアーチャーに言って捕まえておき、裁判を開始する。

 

「被告人、カモミール・アルベール。言い残すことはあるかね?」

「死刑確定!? ちょ、ちょっと待ってくださいよ兄貴! こんなの横暴だ! 異議あり! 異議ありィ!」

「……仲良いね、君たち」

 

 俺たちを見て苦笑している高畑さん。

 意外と楽しかったのは認める。だけどかくまう理由がないのも事実なんだよなぁ。

 

「実際問題、どうなんですかねこれ。マギステル・マギ候補生の使い魔になれば追手はないと踏んでるみたいですけど……メガロの連中が僕を祀り上げる対象として見てると考えると、どうしても認めるとは思えないんですが」

 

 英雄の息子というレッテルはいろんなところで役に立つが、その分面倒も多い。レッテルに傷をつけかねない前科ありの使い魔ってのを認めるとはどうしても思えないのだが。

 メガロと麻帆良は関係ないといえばそれで済む話……いやいやいや、そもそも前科持ちを使い魔にするなって話だよな。

 

「学園長だってメガロとの関係は大事にしてるけど、それだけさ。ネギ君のお祖父さんが修行場所としてここを選んだのも、メガロからの圧力が一番小さいからだしね」

 

 極東の島国だからそれほど重要視はされていない。それでも立場はそれなりのものである学園長の庇護下だからここに預けたと、そういうことか。

 でもここ、世界的に考えても人外魔境なんだよな。

 六百万ドルの元賞金首とか、かつての英雄とか、封印されてる『造物主』とか。

 知ってる奴から見るとここほど重要な場所もないというか、なんというか……。

 まぁ、高畑さんがいいというならいいのだろう。使い魔としてはアーチャーがいるので必要ないのだが、ペットとしてならまだ需要はある。

 

「本当に、本当にお願いしやす、兄貴!」

「……じゃあ、高畑さん、強制制約書(ギアス・スクロール)あります?」

「手に入らないこともないけど……そこまでやるのかい?」

「それでも教師としての務めを果たすにはあれくらいきちんとしたものを使わない限り安心は出来ないでしょう」

 

 今の俺は魔法使いの前に教師だ。大人だとか子供だとかは関係なく、教師の義務として生徒を守らなければならない。

 年頃の女生徒の下着を盗むオコジョなんて飼っていたらいろんなところから苦情も来るしな。世話になっている高畑さんや学園長に対しても、俺がきちんとした対応をしなければ不義理を働いていることになる。

 高畑さんは「ネギ君は真面目だなぁ」と笑っているが、教育実習生ではなく一教師としてここにいる以上は当然のことだ。

 カモ君もかなり渋っていたが、「ムショに入るのとどっちがいい?」とニッコリ笑うと迷わず署名してくれた。わかってくれたようでうれしいね、俺は。

 まぁ、内容は「今後一切女性の下着を盗まない」だから大人しく刑務所行きになった方が彼にとっては良かったかもしれないが。

 そんなこんなでまた一人(一匹)使い魔が増えました。

 

 

        ●

 

 

 マクダウェルさんが風邪をひいたらしい。吸血鬼じゃなかったんかお前、とは思ったが結界の力で今はほぼ普通の女の子と変わらないんだったな。

 授業を終わらせ、いつも通りに放課後まで過ごすと今日の分のプリントやら連絡事項をまとめたものを持って家庭訪問である。敵情視察ともいう。

 新しめのログハウスの呼び鈴を鳴らすと中から絡繰さんが出てきた。君は風邪じゃないよね。風邪ひかないよね。とは思うも二人暮らしでほかに看病する相手がいないのだからこれは仕方がない。

 ファンシーなぬいぐるみで埋め尽くされた部屋の中に案内されると、マスクをつけたマクダウェルさんがふらふらと歩いてきてソファにドカッと座る。

 

「何の用だ。決闘の日取りは言っておいたはずだが」

「別件ですよ。今日の分のプリントです」

 

 カバンから取り出したそれを見ると、彼女は露骨に嫌そうな顔をした。十五年前から嫌というほど見てきたプリントの束を受け取ると、用件はそれだけか、と目で訴えてくる。

 それだけですよ、というと舌打ちされた。まぁこんな弱みを見せたくはないよな、六百年物の真祖的には。

 メイド服の絡繰さんが紅茶を淹れてくれたので香りを楽しみつつ毒の有無を判別する。魔法って便利だね。

 

「美味しいですね、この紅茶」

「ありがとうございます、ネギ先生」

「……お前、ナチュラルに毒の有無を判別したな」

「一応今は敵対してますからね。僕個人としてはそれほど気にしていないんですが、毒の有無くらいは調べておいたほうがいいかと思いまして」

 

 プライドを賭けて戦うという真祖の吸血鬼相手ならこんな心配は基本無用だと思うのだが、万が一ということもあるしな。世の中用心には用心を重ねておくのがいいんだよ。

 病気の方はどうかと聞くと、熱は下がったらしく明日には登校できるらしい。花粉症も患っているらしいが、本当に吸血鬼か疑わしくなるな。

 

「兄貴、兄貴。何なんすか、この女。契約の力を感じますが……」

「二人はパートナーだからね。人形と人形遣いなら契約関係にあってもおかしくはないでしょ」

「……なんだそのオコジョは。オコジョ妖精か?」

「ええ。ウェールズで下着ドロしてここまで逃げてきたオコジョ妖精のカモ君です」

「兄貴!? もうちょいマシな説明してくれよ!」

 

 心配するな。基本君の扱いはこんなものだ。

 下着ドロと聞いてマクダウェルさんの目がゴミを見るようなものになった。そっち系の趣味はないので別にどうとも思わないが、実際に向けられているカモ君は猫ににらまれた鼠のように震えている。

 自業自得なので助けようとは思わないが。

 

「あ、兄貴! なんなんすか、あの女! めちゃ怖いんですけど!」

「まぁ腐っても真祖の吸血鬼だしね。そこらの犯罪者より余程怖いのは確かだよ」

「腐ってもは余計だ!」

「し、真祖!? 真祖の吸血鬼!?」

 

 目の前で額に青筋浮かべてるが、アーチャーがすぐ背後に控えているので奇襲なんぞ無駄だし、そもそも今は魔力が封印されていて肉体年齢と変わらない身体能力しかない。

 つまりわかっててやっている。他人が驚くさまを見るのは意外と面白いものだ。

 マクダウェルさんは病人なので興奮しないでほしいが、この場合は俺が悪いか。腐ってもは比喩表現だと思っていたのだが。

 

「本物なんですかい、兄貴!?」

「本物だよ。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。十五年前まで六百万ドルの賞金首だった、最強格の魔法使いだからね」

「それと喧嘩をしようというのだから、貴様の度胸も大概だな」

「使い魔の力を信用しているだけですよ」

「……前々から思っていたのだが、その使い魔は一体何なんだ? まともな使い魔とは到底と思えんが」

「まともな使い魔っていうのがカモ君たちを指すのならそうでしょうね。アーチャーは最高峰のゴーストライナーですから」

 

 本来人間に御せるような存在じゃないからな、サーヴァントってのは。基本的に普通の使い魔とは一線を画している存在だし。

 それだ、とマクダウェルさんは俺を指さす。

 

「アーチャーという名も気になっていた。まさか本名ということはないだろうが、そこまでして隠したいのか?」

「真名を教えるのは信頼の証でもありますからね」

 

 能力が予測されかねないとはいうものの、実際にそれで不意を突かれたり不利になったりしたサーヴァントっていないんだよなぁ。

 メタ的に考えて敵の名前を引っ張ろうとしているだけだと思うんだが、ヘラクレスの場合は有名すぎて宝具が予測されてもおかしくはない。……そもそも宝具の概念はあるのか?

 英霊の伝説などがもとになった形のある奇跡──その概念自体、英霊の召喚なんてことをやろうとしない以上あるとは思えないが。有名だからああいうことが出来てもおかしくはない、みたいな考えはあるかもしれないな。

 

「それでは、そろそろお暇します。余り長居するのもマクダウェルさんの体調を考えると良くないでしょうしね」

「ぼーやに心配されるほどやわではない。──それと、決闘の件だがな。場所は世界樹前の広場だ。時刻は八時ジャスト。精々逃げるなよ」

「わかりました。準備するも遅れてくるも自由ってことですね。絡繰さん、紅茶美味しかったです」

「またいらしてください、ネギ先生。マスターも楽しそうですし」

 

 にやりと笑うマクダウェルさん。この辺は共通認識というか、俺の方が若いからこれくらいのアドバンテージくらいはやろうと考えているのか。

 舐めてくれているならそれでいい。入念に準備して戦うだけだ。

 絡繰さんの言葉にブチ切れたような音が聞こえたが、それほど深刻に考えなくてもいいだろう。「ええいこのボケロボ! 巻いてやる!」とか聞こえてきてるくらいだし。

 

「あ、兄貴……決闘って、本気ですか……?」

「うん? ああ、まぁね。高畑さんとか学園長とかにも言ってないよ」

「真祖の吸血鬼ですぜ!? 世界でも数えるほどしかいない化け物みたいなやつを相手にするっていうのに、どうしてそんなにのんびりしていられるんすか!?」

「そりゃ……アーチャーがいるし」

 

 ぶっちゃけ俺を守りながら戦うという条件自体不利なのだが、それでも不可能ではないと言い切ったからな、アーチャーは。

 普段は寡黙だが、その背中は誰よりも安心してみていられる。

 カモ君はほとんど話したことはないはずだからわからないかもしれないがね。

 

「それに、決闘の時は君を連れて行く気は無いよ。危ないし、そもそも君のことまで意識を割けないからね」

「そりゃあそうでしょうが……俺っちは心配なんすよ」

「気持ちはわかるけど、秘策はあるから大丈夫だよ」

 

 ぶっちゃけ「ヒュドラの毒矢」を使えば不死の吸血鬼だろうと発狂してしまうだろうが、殺す気もない以上アーチャーには使わせない。

 これはプライドをかけた決闘だ。泥臭く勝利にかじりつくことが悪いとは言わんが、今回の勝利条件をそこに置かないというだけの話。

 互いの主張を押し通すために、互いの命とプライドを賭けて戦うのだ。現代の戦争とは違う、昔の騎士の決闘に近い形式になる。

 相手の土俵で戦う必要はない? 封印されている今倒しておくべき?

 ああ、そういう意見も確かにあるだろう。勝利だけを貪欲に求めるなら、そういった意見も確かに一考する価値はある。

 だが違うのだ。俺からしてみれば、そんなものでは根本的に意味が無い(・・・・・)

 正面から対峙せずしてどうする。男として、真正面から大いなる試練に立ち向かわずしてどうするというのだ。

 力を振り絞り、知恵を振り絞り、絶対的な差を埋め、覆してこそ不死の吸血鬼たる彼女に俺の「勝利」を認めさせることが出来る。そうでなければ男として生まれた意味があるまいよ。

 

 ──そして、時は来る。静謐な夜の世界に電気という光は消え去り、二人の魔法使いと二人の従者が対峙する、神聖なる決闘が始まるのだ。

 

 



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第十話

お好みでBGMを流すとより楽しめます。
推奨BGMは「魔法使いの夜」より「決闘/one-on-one」


 夜八時ジャスト。世界樹前の広場にて、俺はマクダウェルさんが来るのを待っていた。

 電気という科学は消え去り、月明かりに照らされる静謐な世界は実に神秘的だ。

 人の営みを感じることはなく、巨大な世界樹の魔力を肌で感じる。

 一時間前から張り込み準備していたため、こちらの心構えも十全。かの『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』が相手とあっても負ける気は無い。

 

「──逃げずに待っていたことは誉めてやろう」

 

 漆黒のマントと魔女そのものというような帽子をかぶり、メイド姿の絡繰さんを連れてやってきたマクダウェルさん。

 数分遅れでやってきた彼女の気迫は、今日学校で見たそれとはまったく違うモノだ。

 肌がピリピリするが、悪くない。思わず笑みを浮かべながら、俺はナギからもらった杖を手に持つ。

 

「なるほど──確かに強烈。伊達に六百万ドルの賞金かけられたわけじゃないみたいですね、マクダウェルさん」

「ふん。ほざいていろ。それと、私のことはエヴァンジェリンでいい。貴様の気概は中々のものだと認めているからな」

 

 そういって笑みを浮かべるマクダウェル──エヴァンジェリンさん。まぁ、別に呼び名くらいはどうでもいいというか、心の内で思ってることがそのまま口に出そうになるからファミリーネームで呼んでるだけなんだが。

 ともあれ、舞台は整った。

 俺の背後で霊体化していたアーチャーが姿を現す。

 

「では──」

「──戦争と行こうか」

 

 刹那、同時に放たれた俺とエヴァンジェリンの魔法の射手がぶつかり合う。

 

 

        ●

 

 

「アーチャー!」

「ハッ!」

 

 初撃をぶつけあった直後。一度の跳躍で大きく距離を取るアーチャーに対し、俺は身体強化用の『戦いの歌』を使って、接近する絡繰さんを待つ。

 懐まで深く入り込もうとする彼女をわずかにいなして拳を引き、打ちこもうとしたところで距離を取る。先程までいた場所をエヴァンジェリンの魔法の射手が過ぎ去っていき、同時にこちらを向いていた彼女の心臓めがけ、音を超えてアーチャーの矢が飛来した。

 

「チィッ!」

 

 寸前で気付いた彼女は体を半身にすることで矢を避けるが、曲線を描いて時間差で到達する矢に思わず舌打ちをする。

 その隙に俺は絡繰さんと拳を打ち合い、無詠唱の魔法の射手でエヴァンジェリンへと牽制する。

 

「魔法の射手、連弾・雷の百一矢!」

「その年でそこまで使いこなすか!」

 

 俺の放つ魔法の射手はその特性上色と魔力で見易い。この暗闇なら尚更だ。

 だが、それに紛れて放たれるアーチャーの矢は殺気を感じ取って躱すしかない。このレベルの達人になると銃弾でも躱すのだろうが、アーチャーの矢は銃弾より余程速い。

 威力も段違いである以上、エヴァンジェリンも避けるという選択肢を取るしかない。

 

「流石ですね、ネギ先生。魔法詠唱をしながらこちらとの近接戦闘もこなすとは」

「基本的に無詠唱ですしね!」

 

 こちらが小柄だが武術ってのは往々にして体格差を覆す。懐に潜り込まれる限り杖術は厳しいため、背負い直して魔法を使うことだけを考える。一応指輪もしているが、発動体としてはこちらが優秀だからな。

 絡繰さんの肘からブーストがかかって速度が変化するが、アーチャーの近接戦闘に比べればスローモーションにしか見えん。

 一度アーチャーの本気を見たことがあるが、本当に目に留まらないからな、あの速度は。

 即座にいなして懐に潜り込み、踏み込みと同時に腰を捻って拳を叩きこんだ。

 

「そちらに集中し過ぎると危険だぞ、ぼーや!」

「言われずとも!」

 

 硬質な肌を殴ったせいでちょっとびりびりするが、そんなことは気にしていられない。

 

「『氷瀑』!」

「『風よ』!」

 

 吹きすさぶ氷の破片を風でいなし、それでも突き破ってくるものは障壁で受け止める。その隙をアーチャーは見逃さないが、殺気を感じ取ることに慣れてきたのか、エヴァンジェリンは最小限の動きで矢を避けている。

 それでも意識の隙間を縫っている以上、完全にこちらに意識を割けないというのは十分意味がある。

 先程から鬱陶しそうにアーチャーのいる方向を見ているが、この距離でアーチャーに当てられる魔法そのものがまず存在しない。

 当てられたとしても無傷だろうが、そんなことを教える意味もないしな。

 

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック! 来たれ氷精、大地に満ちよ! 白夜の国の凍土の氷河を──『こおる大地』!」

「うぉっ!?」

 

 地面から発生した氷の棘が俺を刺し貫こうとするが、寸でのところでアーチャーの援護が入る。

 砕かれた破片が散らばりながら月明かりを反射しているも、俺は見惚れることなく距離を置く。

 

『助かった!』

『いえ、それよりもこのままだと──』

 

 わかっているさ。俺だって何もこのまま戦い続けようとは思っていない。

 基礎的な経験値が違うんだ。積み重ねた時間も潜り抜けた修羅場も何もかもが、俺とは質と量の点で圧倒的に違う。

 だから俺は奇策に走るしかない。順当な決闘では俺に勝ち目など端から存在しないんだ。例えアーチャーがいたとしても、それはアーチャーを倒すことが出来ないだけで俺を倒せないわけじゃない。

 

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!」

 

 どのみち近接でなければ隙も生み出せない。本来なら魔法戦士型じゃないんだが、上位クラスになるとそんなことはもはや関係がなくなってくる。

 絡繰さんの足を蹴って体勢を崩し、その魔法を発生させる。

 

「『白き雷』──術式改変」

 

 本来放出系であるはずの『白き雷』を右手に纏わせ、体制が崩れたままの絡繰さんへと繰り出す。まぁ、やろうと思ったのは某忍者漫画を真似したからだが。ぶっちゃけ『千鳥』である。

 言うなればこれはコーティングだ。『戦いの歌』は身体強化を施す魔法であるのに対し、こちらは雷を手に纏わせることで物体への貫通力を跳ね上げる。

 

「数え貫手──四、三、二!」

 

 異なる練り方の貫手を連続で放つ。彼女は崩れた態勢で受けようとするも受け流しきれず、その胴体ががら空きとなり、俺はそこを見逃さない。

 相手は生徒だ──が、この場においては決闘相手の従者。躊躇などする必要はなく、そもそも出来る相手ではない。

 

「一ィ!」

 

 動力部である心臓を貫こうとした刹那、視界の端に映ったエヴァンジェリンがこちらへ一瞬で近づいて俺を蹴り飛ばした。おも……っ!?

 だが、その一瞬の隙をアーチャーは見逃していない。知覚するのが遅れたエヴァンジェリンは強烈な矢を腹部に受け、魔力の込められたそれは貫通した段階で爆発を起こす。

 俺を巻き込みかねないと悟ったためか、威力はやや控えめだ。だがそれでも、貫かれた肉体の内部から受けるダメージは相当であるはず。

 距離をとって『戦いの歌』をかけ直し、呼吸を整えて油断なく構える。単なる蹴りであるにもかかわらず、障壁を紙のように破って貫通するとか……!

 煙を放って現れたのは絡繰さん。先程のダメージなど無かったかのように──というよりも、機械である以上は疲労など存在しないのだろう。痛覚もない以上は止めるのも一苦労だ。

 

「魔法の射手・戒めの風矢」

 

 まぁ、魔法を頼れば十分動きを止められる。十分接近したうえでの魔法だったため、如何に疲労を感じずとも避けられるだけの時間とタイミングがない。

 それを見越していたのか、背後からエヴァンジェリンが現れた。

 内部から吹き飛んだはずだが、服がぼろぼろになっている以外はいたって健康体だ。吸血鬼である以上、強力な再生能力も当然備えてるってわけか。

 

「やるじゃないか、ぼーや! 茶々丸をこうも容易くとらえるとはな! それに先の連携も見事だった」

「光栄です。でも、まだ全力じゃないですよ」

 

 繰り出した拳をいなされ、何をされたと考える間もなく投げ飛ばされた。そういえば合気道の達人だったか、こいつ!

 クソッ! と口をついて出た悪態を吐き捨て、受け身をとって距離を取るが、その段階で右手がプラプラしていることに気付く。このアマ……!

 外れた骨を嵌め直したが、痺れまでは完全にとれていない。

 やっぱりあのレベルの相手に接近戦は自殺行為だな。

 

「そら、どうした。全力とやらを出してみろ!」

「──アーチャー!」

 

 瞬間、先程まで散逸的だった矢が雨の如く降り注ぐ。

 これにはさすがのエヴァンジェリンも驚いたのか、真剣な顔つきで回避に動く。その隙に詠唱を開始し、この場で最も邪魔な絡繰さんの排除にかかった。

 エヴァンジェリンはこの矢の雨の中を突っ切る方法が無いため、大人しく距離を取るしかない。助けたければ矢の中を突き抜けて体中を貫かれるがいいさ。

 

「悪いが、ここで倒れて貰う」

「簡単にはやられません」

 

 『戒めの風矢』から抜け出した彼女は高速で蹴り技を繰り出してくる。それを見切って躱し、睨みつけているエヴァンジェリンの魔力が高まっているのを感じて素早く魔法を行使した。

 これ以上彼女を残しておくとまずい。エヴァンジェリン一人でも現状手に余っているのだから、数を減らすに越したことはない。

 

「風精召喚──『白き雷』」

「遅延魔法──!?」

 

 残念ながらハズレだ。上級精霊は魔法を使える。そういう風にAIを組み込めば、という話ではあるものの、俺にとっては十分以上に役に立つ。

 打撃とほぼ同時に放たれた『白き雷』を受け、ぐらついたところで足を狙って魔法の射手を連打して砕く。

 移動さえ封じてしまえばこちらのものだ。

 絡繰さんはここでフェードアウト。一段落ついたところで気が抜けてしまったのだろう、周りへの警戒が薄れていた。

 

『マスター!』

 

 アーチャーからの警告が飛んだことで危機を感知し、すぐさまそこから飛び退く。

 振り向いた視界の中では、ぎらついた視線をこちらに向けて魔法を放とうとしているエヴァンジェリンの姿があった。

 

「『闇の吹雪』──!!」

「まず──ッ!」

 

 咄嗟に障壁を最大まで強化したものの、『闇の吹雪』は攻撃範囲が広い。直撃だけは避けることが出来たものの、その余波までは避けきれなかった。

 いくら障壁で軽減してもあれはそもそもの威力が高い。加えてエヴァンジェリン自身の練度も高いため、無駄なく威力を跳ね上げている。

 歯を食いしばって何とか耐えきり、すぐさまアーチャーに指示を出す。

 

「『白き雷』──術式改変」

 

 同時に接近してきたエヴァンジェリンに対して雷を纏った貫手を放ち、その障壁を砕いた。

 目を見開いて驚くエヴァンジェリン。まさかただの貫手で障壁を砕かれるとは思っていなかったのだろうが、生憎俺が術式を改変したのは『障壁破壊』を組み込むためでもある。

 そして、障壁さえ破壊してしまえばこちらのものだ。

 

「『雷の暴風』──!!」

「く、『闇の吹雪』──!!」

 

 上位精霊に詠唱させていた『雷の暴風』を放ったが、エヴァンジェリンが一瞬遅れて『闇の吹雪』を放つ。

 なんて速度で詠唱しやがるこの女! いくら上位精霊の詠唱がそれほど速くないといっても、明らかにこちらが詠唱を始める方が早かったんだぞ!

 遠方より放たれたアーチャーの矢も組み合わさってなんとか押し切ったものの、魔力もそれなりに削られた。

 アーチャーを呼び戻しておこう。本領は遠距離から爆撃するかのような攻撃だが、そんなことを言っていられる状況じゃなくなった。

 そも、近接戦闘でも怪物的に強い。エヴァンジェリンも今までは単なる人間として舐めているような態度だったが──雰囲気が一変している。

 直に見ずとも気配だけでそれを感じ取れる。

 ここまでが本気。

 これからが本番。

 怪物の怪物たる所以を、存分に知るがいいと撒き散らされる覇気と殺意。

 なるほど、確かにこれは拙いと冷や汗を流す俺。それさえ冷気に満ちたこの場の空気に冷却され──最悪の術式が発動したことを悟った。

 

「解放・固定『千年氷華』──掌握」

 

 元々莫大な魔力がさらに肥大化する。

 当てられた魔力自体が冷気を持ち、吐き出した空気を白く染め上げる。

 低下する気温に反して俺の鼓動は熱く撃ち続け、高揚していく気分に思わず口元が緩む。

 素晴らしき苦難だ。これを乗り越えられれば俺は更に高みへと登れるだろう。そう思わなければ即座に呑まれる(・・・・)

 本来彼女は怪物だ。化け物だ。そう呼ばれるだけの実力を有しているため、原作のようなネギ少年の当て馬という役割そのものがそもそも役不足。

 

「術式装填『千年氷華』──術式兵装『氷の女王』」

 

 君臨するは絶対者。

 絶対零度の氷の女王は、先程負った傷など傷のうちに入らないとばかりに笑みを浮かべ、殺意を滾らせてこちらを見ている。

 これに呑まれてはならない。

 呑まれた瞬間に負けは確定する。

 そんなことはしない。俺とヘラクレスならばやれると、絶対の信頼で繋がれているのだ。

 

「行くぞ、アーチャー。ここからが本番だ」

「了解しました」

 

 仕込みのほとんどがまだお披露目出来ていないにも拘らずこの状況。だが魔力は大分削られた。状況はすこぶる悪くとも──俺の心を折ることなどこの程度では出来ん。

 

「悪いが、余り時間もないのでな。負ける気もないし、全力を出させてもらう」

 

 特にアーチャーの力が全て回ることが大きいのか。先程まではエヴァンジェリンへの牽制の他に隙あらば絡繰さんの心臓を狙っていたため、そちらを弾く役目もエヴァンジェリンがおっていた。

 絡繰さんが倒れた今、集中的にエヴァンジェリンを狙えるようになればどうなるのか──それは、彼女であっても厄介だと感じるほどの力だったのだろう。

 だから全力を出す。

 俺さえ倒してしまえば使い魔であるアーチャーは止まると踏んで。

 

「では──第二幕を始めよう」

 

 言葉と同時に、大質量の巨大な氷柱が上空から飛来した。

 

 

 

 

 




なお、次話は明日予約投稿済みですが、日曜までPCを触れない可能性が高いので感想返しが一時的に停止します。


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第十一話

お好みでBGMを流すとより楽しめます。
推奨BGMは「魔法使いの夜」より「絢爛/finality」


 アーチャーは俺を肩に担いで即座に攻撃範囲から離脱する。

 地面に着弾して引き起こす大規模な破壊など気にしていられる暇はない。

 追撃するように吹きすさぶ氷の槍の嵐に対して、俺はアーチャーの肩から降りてその背に隠れる。アーチャーは立ち止まって出来る限りすべての氷の槍を撃ち落し、隙間を縫ってエヴァンジェリンへと矢を放つ。

 しかしそれだけでは勝てない。

 仕込みの位置を再度確認して上位精霊を更に二体召喚しておく。

 ここから先は一瞬の判断が致命傷につながりかねない。経験値の差はアーチャーがなんとか埋めてくれるだろうが、そこにどれだけ俺が喰いついていけるかだ。

 立ち止まったままでいるのは拙いか。

 

「アーチャー」

「はい」

 

 極限状態にある今、俺たちは互いに呼ぶだけで意思の疎通が出来るまでになっている。手札は互いにわかっているから、最善の動きをしようとするとどの道思考が被るのだ。

 もっとも、俺程度がアーチャーと同じとは思えないが、その辺はアーチャーがカバーしてくれる。

 

「呆けている暇はないぞ、ぼーや!」

 

 やはり腐っても真祖。身体能力がずば抜けて高く、俺が目を離した一瞬のうちに接近を許してしまう。

 だが今は俺だけじゃない。アーチャーがいる。

 アーチャーはすぐさま俺とエヴァンジェリンの間に体をすべり込ませ、目にもとまらぬ体術の戦闘を見せつけられた。ヘラクレスとまともにやり合うか……ッ!

 化け物だと再認識しつつ、距離を取る。

 今のエヴァンジェリンはいわば『動く液体窒素』だ。魔力の質がそうさせるのか、『闇の魔法』の力か、意識した場所から高速で凍り付いていく。

 これ、多分ヘラクレス以外のサーヴァントだと対魔力なんかを持たない限りあっという間に凍り付かされるな。

 何かと踏み台扱いされたり雑魚扱いされるエヴァンジェリンだが、本気の彼女はかくも強い。

 

「魔法の射手、連弾・雷の百一矢」

 

 一瞬距離が開いた瞬間、すかさず魔法の射手を叩きこむ──が、無駄とばかりに腕を一振りされ生み出される氷の壁で防がれた。

 公式チートめ。実際相対するとここまで厄介だとはな。

 

「ふふ、何を狙ってるかは知らんが……私を失望させるなよ?」

 

 圧倒的な魔力にモノを言わせた数の暴力。

 巨大な氷の球体をアーチャーが素手で砕いた直後、俺の背後までエヴァンジェリンが回り込んできていた。

 だが、それはこちらとしても好都合。

 場所を確認しながら動いたのだ、アーチャーとしても誘導するのが大変だっただろうが、上手く嵌った。

 

「術式解凍──」

 

 浮かび上がる魔法陣は春休みのうちに研究していた『固有時制御』のそれであり。

 発動する魔法は結界内の時間を限りなく遅延させるという、うまく使えば確実な勝利を掴める絶対の檻。

 だが、現実時間単位で一分も持たないくらい脆い結界だ。

 十分すぎるその隙に、俺は上位精霊に詠唱させていた魔法を発動させる。

 

「三連・『雷の暴風』!!」

 

 ほぼ同時に放たれた三つの『雷の暴風』は相乗効果を生み出しながら結界ごとエヴァンジェリンを呑み込む。かなり魔力を使ったが、修練の甲斐あってまだ魔力は残っている。この程度で倒せるなら楽なんだが、そうは問屋が卸さねぇってか。

 着ていた服はかなりボロボロになってこそいるが、本体はその回復力を存分に生かして無傷のままだ。

 不死がここまで厄介とは……てか、不死の吸血鬼なんて物語の序盤で出てくるような敵じゃねぇだろう、普通。

 いくらヘラクレスが強力な英霊と言っても、それを使役する俺の魔力には限界がある。一番の弱点がマスターなんて笑えねぇな。

 

「く、くくく……まさか時間遅延を引き起こす魔法とはな、恐れ入ったよ。誰から習った? こんなものを作れるような魔法使いは限られているはずだがな」

「オリジナルですよ。幾つか下地にした魔法はありますがね」

「ほぅ! それはまた、殺すのが惜しくなるな」

 

 他の場所にも同じ仕掛けが施してあるが……それを見越して地面に氷のコーティングを施しやがった。俺の魔力に反応して術式を解凍するタイプだが、間にエヴァンジェリンの魔力で作られた氷を置くことで術式解凍を阻害されてしまう。

 それに、ダメージがないだけで動きが阻害されないわけじゃない。対魔力に関してはそれほど高い訳ではない以上、アーチャーの動きが鈍るもやむなし、か。

 この短い戦闘でそこまで見抜いたのか、あの女。

 

「アーチャーとやらも、どれだけ強かろうがマスターがやられてしまえば木偶に過ぎんだろう?」

「さて、どうでしょうね」

 

 実際のところ、アーチャーには単独行動のスキルが備わっている。彼自身の魔力もそれなりの高ステータスを誇っているため、俺がいなくとも数日は現界し続けられる。

 とはいえ、それそのものにはさして意味が無い。何故なら、俺以外に令呪を持つ者がいないからだ。

 聖杯もないのに俺がアーチャーと契約している理由はわからんが、再契約をするにも令呪は必要であるはずだ。それを持つ者がいない以上、マスターになり得る存在はいない。

 

「『雷の斧』!」

「ふっ、氷圏内は私の支配域だぞ」

 

 上位古代語詠唱を容易く防ぎ、指を軽く動かすだけで致命の一撃を生み出して攻撃してくる。アーチャーが寸前で抱え上げて助けてくれなかったら串刺しだぞ、今の!

 手加減もクソもねぇな。あのレベルに届くにはまだ、何もかもが足りない──ッ!

 距離を置く俺たちに対し、エヴァンジェリンは笑いながら物量の暴力に訴える。アーチャーがことごとく薙ぎ払っているが、片手で俺を担ぎ上げているため弓が使えないのだ。

 と、思ったら弦を口で引いてエヴァンジェリンに矢を撃ちやがった。しかも寸分狂わず心臓を狙って。

 おっそろしい練武だな……味方で良かった。 

 仕込みは全滅、魔力も三割強、アーチャーは回避に専念せざるを得ない。役満だぞこれ、詰み掛けか。

 

「だがそれでこそ、超える敵としてはふさわしい」

 

 生温い手加減された試練なんぞ欠伸が出るわ。

 死に瀕するほどの闘争こそ、人間が最も進化する瞬間なのだ。俺は俺を信じているが故に、この艱難辛苦を乗り越えられる。

 気合を入れろ。限界を超えろ!

 

「アーチャー、攻勢に出るぞ」

「しかし、あれを潜り抜けて接近するにしても厄介です。マスターを守りぬけるとは……」

「珍しく弱気だな、アーチャー。案ずるなよ、お前のマスターはこの程度で死にはしない」

 

 覚悟を決めた俺の言葉を聞いてアーチャーも腹を括ったのだろう。ぎらついた目つきでエヴァンジェリンを睨みつけ、今まで以上の速度で接近する。

 だが素手では戦いづらいだろうと、俺は魔法を詠唱する。

 

「『雷の投擲』──アーチャー、使え!」

「感謝します」

「は、弓兵(アーチャー)槍兵(ランサー)の真似事か?」

 

 侮ったな、エヴァンジェリン。

 俺を振り落したアーチャーは俺が背後から投げた『雷の投擲』を掴みとり、エヴァンジェリンの真正面に立つ。

 瞬間、一切の手加減なしに『凍てつく氷柩』に閉じ込められるも、内側からただの腕力で氷を砕ききった。やっぱりアイツも大概化け物だな。

 生み出される氷のことごとくを薙ぎ払ない、エヴァンジェリンの命を刈り取るかのように高速でそれ(・・)が放たれた。

 

「──射殺す百頭(ナインライブズ)

「な、があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ────ッッ!!?」

 

 目にもとまらぬ速度で繰り出される九連撃。これにはかのエヴァンジェリンとて無視は出来ない。

 一瞬で九度殺されるほどのダメージを受けたエヴァンジェリンは、血反吐を吐きながら距離をとって俺ごと巻き込む範囲で『氷神の戦鎚』を叩き落とす。

 同時に降り注ぐ『氷槍弾雨』も含めてアーチャーが壁となり、全ての攻撃から身を守ることに成功する。今の射殺す百頭(ナインライブズ)の反動で『雷の投擲』は砕けてしまっているが、十分なダメージは与えられただろう。

 だが、魔力が二割を切った。上位精霊に詠唱待機させているのが大分リソースを食っていやがるな。

 如何に不死でも痛みまでは消せない。それなりにダメージを負ったであろう今でも、エヴァンジェリンは不敵な笑みを消さないままだ。

 

「く、ははははは!! なるほど、今のも隠し玉か! 目にもとまらぬ九連撃とはな、私でも躱しきれないなど恐ろしいものだ。だが、今の技──そこらの英雄程度に出来るとも思えん」

「さぁ、どうだろうな。こいつがどんな存在であろうと、俺の従者に変わりはない」

「ふっ、化けの皮もいい感じに剥がれているじゃないか。私はそちらの方が好みだぞ」

 

 取り繕うのも面倒だ。見た目こそそれほどでもないが、精神的な疲労や肉体のダメージは大きい。エヴァンジェリンから喰らった蹴り一発が相当効いてるな。

 それよりも、俺が使役しているのが英雄だって気付きやがったのか?

 最高位のゴーストライナーから連想したにしても勘が良すぎるだろう。

 

「そろそろ時間だ。終わりにしようじゃないか」

「同感だな」

「ふふ……契約に従い、我に従え、氷の女王。来れとこしえの闇、えいえんのひょうが!」

 

 あれはまずい。俺をアーチャーごと周辺一帯を全て凍り付かせる気か!

 なるほど、アーチャー自身にダメージが通らないなら俺事巻き込む範囲で全て凍り付かせてしまえばいいとは、随分脳筋な考えだな。

 だが無駄だ、遠距離広範囲攻撃なんて一番最初に対策を立てている。

 

「アーチャー!」

「わかりました!」

 

 地面を思い切り踏みつけて石畳を覆う氷を叩き砕く。表出した石畳には事前に俺が張っておいた妨害用の術式が混在しているんだ、発動するのが遅れればアーチャーの速度で逃れられない魔法ではない!

 舌打ちしてこちらを睨みつけているエヴァンジェリンだが、次の攻撃は既に予見済みだ。

 集中された魔力は即座に形となり、エヴァンジェリンの手によって魔法を形作る。

 

「『闇の吹雪』×二十!!」

 

 最早『千の雷』などと同レベルの一撃にまで達しているのではないかと思えるような圧倒的な一撃。

 相乗効果に相乗効果が重なって恐ろしい魔法となったそれが、俺とアーチャーを呑み込まんとする。

 これならばアーチャーとて耐え切れないと踏んだのだろう。だからこそのこの攻撃。

 

「あめぇんだよ!! 五連・『雷の暴風』ッッ!!!」

 

 攻撃を真正面から受け止め防いでいるアーチャーの肩に乗り、背中の杖を引き抜いてそれに飛び乗った直後に魔法を放つ。

 『十二の試練(ゴッドハンド)』は絶対だ。神秘性の低い攻撃を幾ら重ねようとヘラクレスに通る道理はない!

 死に晒せとばかりに吹き荒ぶ魔力の暴風。

 残りの魔力全てを注ぎ込んだ、正真正銘最後の一撃だ。

 数年かけて魔力の練り方から消費まで全てを低く抑えた、俺の力だ。数年前までは魔力全開から全て持って行かれていたが、今至り得る限界ギリギリまで魔力の消費を抑えている。これ以上をやれと言われてもまだ(・・)不可能だろう。

 だが、その分威力には自信がある。

 あの状態のエヴァンジェリンには技後硬直など存在しないが、それでもアーチャーへ魔法を使いながら別の魔法を生み出すなんて真似は流石に出来ないだろう。

 先程までの物量はとにかく素早く全ての作業を終わらせたことでほぼ同時に見えていただけ。実質的には止まることのない連撃があの物量の正体だ。

 だから、アーチャーを打ち破ろうとそちらに意識を割いていれば直撃は免れない。

 そして、それに気付かない(・・・・・・・・)彼女ではない(・・・・・・)

 

「ぐ──『闇の吹雪』ッ!!」

 

 おせぇよ。

 発動させるのが遅れ、威力の減退が精々だったエヴァンジェリンの魔法を打ち破り、俺の『雷の暴風』がエヴァンジェリンを呑み込んだ。

 今出せる全力だ。これ以上をやれというなら出してやるが、気合で何とかなるレベルじゃあないな。

 一応、まだアーチャーに弓を構えさせている。これでダメなら対幻想種用の『射殺す百頭(ナインライブズ)』をぶちかますしかないだろう。

 瓦礫の山となった広場の中央。そこに叩き付けたエヴァンジェリンは、俺が与えたダメージを徐々に回復させていた。不死を打ち破るまでには至らない、か……。

 彼女は目を瞑り、口元の血を拭う。

 フラフラとした様子で立ち上がってこちらを見据えると、おもむろに口を開いた。

 

「──この勝負、私の負けだ」

 

 勝利条件はエヴァンジェリンを倒すこと。だが、実質的にはもう一つ──時間切れだ。

 直後に麻帆良の夜に電気という科学の力が戻り、勝利を確信した瞬間、俺は崩れるように意識を失った。




おそらく本日まで感想返しが停止します。ご了承ください。


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幕間一

 

 

 私が最初にその男に抱いた感情は「気味の悪さ」だった。

 人間味の薄い、まるで人間に精巧に似せられた人形を見ているような──およそ相手を人と認める類のものでなかったのは間違いない。

 何故かといえば理由は簡単で、余りにポーカーフェイスがうますぎて感情を一切感じ取ることが出来ないからだった。携えた微笑は子供らしからず、その奥を覗かせない。

 十歳だぞ。普通ならばそこらのガキと遊び回って、ポーカーフェイスが上手くなる要素などあるはずもない。

 だが、奴はある意味で特別だった。

 

 英雄の息子。

 

 そのレッテルがもたらしたせいかは知らんが、感情の発露という機能がマヒしているのではないかと疑ったものだ。

 歓喜。高揚。悲哀。憤怒。快楽。人間の感情など様々だが、私は奴と直接話すまで奴が本当に人間なのか確信が持てずにいたほどだ。そう取られてもおかしくないくらい、奴は淡白な表情で一切感情を表に出さなかった。

 ジジイもタカミチもそのあたりを気にしていたようだが、『桜通りの吸血鬼』の件で話した時、私は確信した。

 

 ──こいつは感情を隠しているだけだ、と。

 

 我も人、彼も人。ゆえ対等。

 青臭い理想論を語ったかと思えば、悪党である私の行動に一定の理解を示し、しかし己の義を通すが故にそれは認めないという。

 筋は通っているが常人とは思えない。麻帆良にいる魔法使いは私のことを疎んじているところがあるため、私の行動そのものに理解を示すなどまずありえないだろう。

 もっとも、六百年もの永い時を生きた吸血鬼だ。凍結されているとはいえ賞金首でもある以上、普通の感性で私のことを理解しようとしたり認めようとしたりはしない。

 型に嵌らないという意味ではナギも同じだが、底抜けの馬鹿だったあの男に対して息子はどうだ。感情を表に出さず、腹の内を読ませない政治家の狸のようだ。

 それにしたって、政治的なところに興味を示してはいないようだが。

 ともあれ、胸のうちに隠した激情を引っ張り出したいという私の想いは、ともすれば悪手だったのかもしれないと後に思うことになるのだが。

 

 

        ●

 

 

 あのぼーやの使い魔(サーヴァント)だという男をはっきりと見たのは家に来た時初めてだ。

 決闘が間近に控えているというのに呑気に決闘相手の家まで来てプリントを渡すなど、こいつの心臓には毛が生えているのだろうと感じたものだ。そのあたりは父親と似ているといえる。

 普段は霊体化させてどこかに居座らせているようで、屋上でサボった時に遠目で見かけたことはある。

 筋骨隆々とした肉体に物静かな佇まい、そして洗練された武人の気配。どこぞの筋肉バカ(ジャック・ラカン)が脳裏をよぎったが、あんな粗暴な奴とは根本的に異なる。

 弓兵(アーチャー)と呼ばれているからには遠距離が専門なのだろう。魔法使いとして前衛後衛どちらに置くかはぼーや次第だが、弓兵を前衛に置くような阿呆な真似はすまい。

 かと言って、ぼーや自身も近接格闘に自信があるのかと問われれば疑問だ。

 何せ、私が桜通りで一般生徒を襲っていた時、遠距離から邪魔をしてくるだけで決して近くには寄ろうとしなかった。

 私のことを認めぬというなら自身がさっさと出てきて武力でも何でも使って止めればよく、それが出来ないから邪魔をする。

 あの使い魔の力は本物だ。全力の私でも苦労するだろうことは想像に難くないほどの力を感じる。

 

 何が一番異常かといえば、それをあの年で使役しているぼーやのことなのだが。

 

 決闘の時が来るまで半信半疑だった彼のことも、決闘が始まってから程なくして理解できた。

 あんな存在は今まで生きてきて見たことがい。武勇に優れ、覇気に溢れ、穏やかな気質を持ち、いざ戦闘となれば堅実に相手を追い詰め主を補佐する。一人だけでもおそらく私と茶々丸の二人を同時に相手どれるはずだ。

 あれこそが本物の英雄だろう。ナギですら見劣りする──言うなれば、神代の英雄。

 ぼーやの未熟な戦術眼をその弓で補佐し、戦闘の流れを操る。一撃が必殺の威力を持つし、不死といえどあんなものを好き好んでくらいたいとは思わない。

 ぼーやもぼーやで類稀な才能を有している。

 時間遅延の結界なぞ、今まで多くの魔法使いがその人生を費やし挫折していった魔法だ。それをあの年で実践レベルにまで持って行くなど──言い方は悪いがイカレている。

 上級精霊を使った魔法の同時展開もそうだが、今後が楽しみになる逸材だといっていたタカミチの意見には私も同意せざるを得ない。

 ついには、私まで打ち破ったのだからな。

 

 

        ●

 

 

 目が覚めたのは私のログハウス、自室のベッドの上だった。

 結界が起動し、全ての力が抑えつけられたところまでは覚えている。急激に減衰する身体能力と魔力、そして強制的に抑えつけるためのシステムに無理矢理意識を落とされたのだろうとは思うが。

 だからと言ってここにいる理由がわからない。ジジイやタカミチがあの騒動に気付かないはずもなく、そうなれば如何にナギのお墨付きとはいえ麻帆良の魔法使いどもが私を擁護する理由は無くなる。

 自分のプライドと命を賭けて挑んだ結果だ。どうなろうとも覚悟の上だったが──。

 

「おや、気がつかれましたか」

「……貴様」

 

 アーチャーと呼ばれていた男が、二階に上がってくるなり私に向かって笑みを浮かべてきた。

 私の感覚ではつい先程まで殺し合っていた男のはずだが、何故このような笑顔を向けるのかが理解出来ない。

 

「マスターとの契約です。貴女が負けを認めた以上、その命はマスターの手の内にあるということ。であれば、あの場に残して害意の的にすることもありますまい」

「……なるほどな。ぼーやはもう目覚めているのか?」

「いえ、もうしばし眠っておられるでしょう。最後の魔法にすべての魔力を注ぎ込んでしまわれたようなので」

 

 それは仕方ないだろう。あんな馬鹿げた魔法を使ったのだ、むしろ最後まで魔力が残っていたことの方が驚きだ。

 だが、それはそれで疑問でもある。

 

「お前、ぼーやの意識が無くても行動できるのか」

「一応、この身にはそれなりの魔力を有しています。術師としては非才ながらも、マスターからの供給無しで動く程度にはあるのですよ」

 

 うちのチャチャゼロは私の魔力が解放されていれば動けるが、そうでなければ動くことさえ出来ない。魔力の制限がそれだけきついということもあるが、使い魔である以上は常に魔力の供給が不可欠であるはずなのだ。

 だというのに、魔力切れで倒れた後もこうして自由に動けているとなると、それだけ破格の存在であることがわかる。

 私とは違う意味で怪物だな。

 ──やはり、神代の英雄なのだろう。だとすれば、一体誰なのだろうか。

 術師としては非才、弓、槍に秀でている英雄など古今東西どこにでもいる。それだけで絞り込むのは無謀というほかない、が。

 

「射殺す百頭、か」

 

 奴が槍を振るった際に呟いた言葉。私を一息の間に九度殺すなどという絶技。あれほどの技量を持つ英雄となればそれこそ限られる。

 私とて、そこらの英雄如きに負けるつもりはない。

 故に、それを成せるほどの怪物的な英雄ならば、大方見当もつこうというもの。

 

「貴様、ギリシャの大英雄──ヘラクレスだな?」

「……何故、そうだと?」

「私を九度殺したあの技、ヒュドラ殺しだろう。逸話では弓矢による百の頭の殲滅となっているが、弓でなくてもあの技量だ。あんなことが出来る英雄などごく限られる」

 

 というよりも、私と張り合えるのだからそのくらいのレベルの相手でなければ私の矜持が許さん。

 肯定も否定もしないその男は、困ったように笑みを浮かべるだけだ。ぼーやに自身の正体を明かさないよう口止めをされているのか? それならば仕方あるまい。

 あとで当人に問い質すまでだ。

 今はひとまず喉が渇いた。

 そう思ってベッドから出たはいいが、足に力が入らず転びそうになる。

 

「む……」

「おっと、無茶はしないでいただきたい。貴女は先程の戦闘で多大なダメージを受けている。如何に不死とはいえ、その魔力が封じられた今は動くのもつらいはずです」

「……随分と詳しいな」

「マスターが情報を集める段階で私にも情報の共有がなされましたから」

 

 使い魔とはいえ歴戦の英雄。それもヘラクレスとなれば戦術眼は随一だろう。ぼーやの行動も理解できる。

 仕方がないのでアーチャーに頼んで下に連れて行ってもらうことにした。トイレに行くなら私自身が行かねば意味があるまい。

 何故かお姫様抱っこをされながら一階に降り、トイレを済ませてキッチンの方へ向かう途中、何かの残骸が私の視界に入る。

 いや、これは──

 

「──茶々丸!」

 

 下半身が砕け、傷だらけになった上に半ば凍り付いている茶々丸。凍り付いているのはほぼ私のせいだが、下半身を砕いたのはぼーやだったな。

 というか、この状態の茶々丸まで連れてきたのか、アーチャーは。確かに私の従者である以上はぼーやの陣営に属することになるが。

 機械のことはよくわからんが、葉加瀬と超に連絡を入れておけば明日あたり修理のためにここへ来るだろう。

 決闘の最中は防壁を作って被害を出さないようにしていたが、機械は水に弱い。凍らせた段階でデータが消える可能性もあったが、粉々に砕けるよりはマシだろう。

 学園側に回収されずに済んでよかったというべきか。どこまでバラされるかわかったものではないからな。

 

「貴様が連れてきたのだろう?」

「ええ。貴女の従者ですし、私は科学に疎いのですが、それでもまだ助かるならばと」

「感謝する。おそらく、まだ完全に壊れてはいないはずだ」

 

 おそらく今夜は世界樹前の広場の修復にかかりきりになる。明日、タカミチやジジイに対しての説明を求められることになるだろう。

 癪ではあるが、ぼーやの傘下に入ることで処罰を免れるしかあるまい。奴が呪いを解いてくれるのが一番良いのだが、どれだけ待たされるのやら。

 ともあれ、一番可能性の高い選択肢であることも確か。ぼーやの創造性は今までの魔法使いの常識を真正面から打ち破る。そこに賭けてみるのも一興。

 どのみち傘下に入ることになる契約だ。それくらいは求めてもよかろう。

 

「……んぁ」

 

 間抜けな声が背後から聞こえた。寝ぼけ眼でこちらを見るその貌は、十歳児としてみれば当然のものだ。

 だが、先の決闘を乗り越えた私としては違和感を感じざるを得なかった。コイツも確かに人の子なのだという安堵もあれば、決闘の際に見せた戦闘を望むような笑みが幻想だったのではないかという気さえもしてくる。

 どうにも、ナギと同じバトルジャンキーなところがあるらしい、というのはわかったが。おそらくはそれだけではあるまい。

 ネギ・スプリングフィールドは奇妙な子供だ。

 

「お目覚めか、ぼーや」

 

 まずは、このぼーやを知ることから始めよう。

 父親とは違う意味で興味の出てきた、この男を。

 

 

 




無意識にナギとネギを比較するえヴぁんぜりんさん。

最近眠くてずっと寝てます。起きたと思ったらヘブンズフィールをやり直して感動してるっていう状況です(故に遅々として進まない)
完結はすると思うので気長に待っててください。


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第十二話

 目覚めた場所はログハウスの中だった。

 エヴァンジェリンの住んでいるそこに一時避難することにしたアーチャーは、俺とエヴァンジェリンと絡繰さんの残骸を運んできたらしい。

 よくもまぁそんな人数を抱えてこれたもんだ。筋力は言うに及ばず、体がデカいから意外と不可能でもないのか。

 フラフラしながら歩いているエヴァンジェリンも相当疲弊しているようで、ソファにどっかりと座って息を吐いた。

 

「……ここまではっきりやられたのは初めての経験だよ。ナギは正面から戦おうとしなかったからな」

 

 思い出したくもないとばかりにイライラしているエヴァンジェリン。彼女のことは放っておくとして、今対応すべきなのはこのログハウスを囲んでいる学園の魔法使いたちの方だった。

 俺がやられたと思って助けに来たのか。それとも共謀していると判断して一度に始末しようとしているのか。

 後者はまずないだろう。高畑さんもそうだが、学園長がことに気付かないはずもない。使い魔の一匹や二匹くらいは配置しておいて当然だろう。

 あの惨状で使い魔が生きていられるかどうかはさておき、俺とエヴァンジェリンの決闘だということはあちらも把握しているはず。世界樹前の広場を修復するので手一杯かもしれないが。

 今ここを囲んでいる魔法使いは監視だろうな。

 

「どうするんだ、これから」

「学園側に事情を説明するしかないでしょう」

「……その喋り方もやめろ。私は負けた。お前の軍門に下るんだ、せめて普通に話せ」

「ここでは生徒と教師……と言っても聞き入れてもらえなさそうだ。ああ、構わない」

 

 アーチャーがいなければ確実に負けていた勝負だが、この結果が全てだ。思い返せばアーチャー一人でも勝てたんじゃないかと思わなくもないけれど。

 エヴァンジェリンという魔法使いが味方になってくれたことは実に心強い。今後様々な点で有益となるだろう。

 元が犯罪者なので一部足を引っ張りかねないが、その辺は俺の英雄の息子としてのネームバリューをうまく使うしかない。政治的な理由なんて面倒だから考えたくないんだが。

 ともあれ、一度高畑さんや学園長に連絡を取らねばならないだろう。

 教えれば常識的に考えて止められるであろう決闘だった。故に通達はしていない。怒られることは重々承知の上だが、それでも互いの命とプライドを賭けて戦った決闘そのものを侮辱するような真似だけは絶対にさせない。男なら誰しもそうだと俺は思っている。

 ……しかし、あれだ。魔力が枯渇して頭が痛い。

 

「あんな馬鹿げた魔法を使うからだ。あんな使い方をする馬鹿は初めて見たぞ」

「ああでもしないと、格上相手にまともには戦えないからな。アーチャーがいれば何とかなるが、前衛は他人任せで自分は後ろで見ているだけなんてのはやりたくない」

 

 元々固定砲台として能力を伸ばしていたが、上位クラスになればどの道接近戦は避けられない。出来る才能があるなら伸ばすべきだと判断したが、あれもこれもでは器用貧乏にしかならないと思っていた。

 実際なんとかなっているものだから、俺としては万々歳だ。ほぼアーチャーの補佐のおかげだが。

 横になっていたソファから立ち上がり、体を軽く動かして調子を確かめる。魔力が枯渇している以外は左程怪我はないと思ったら、打撲がかなり多い。骨は折れていないが痣になっている。

 さて、学園長のところに向かわなければならないのだが──連絡手段が無い。

 携帯は壊れる可能性を考えて家においてきたし、それ以外に連絡出来る手段なんてないのだが。

 

「まっすぐジジイのところへ行けばいいだろう」

「俺はそれでも構わないけど、その場合、エヴァンジェリンが襲撃される恐れがある」

「……まぁ、私も疲弊しているから余り戦いたくはないが、どうにか出来ないという訳ではないぞ」

「それでも念には念を入れておくべきだろう。俺の軍門に下ったというなら尚更な」

 

 俺自身、人の上に立つ器じゃあないと思っているのだがな。

 どの道他人を使うことは覚えなければならないだろう。集団で動く場合、適材適所で人材を割り振るというのは難しい。早いうちに慣れてしまえば後々楽になる。

 それはさておき、俺が動かずに高畑さんや学園長に連絡を取るための手段というと……。

 自然と俺の視線はアーチャーの方へ向いた。

 

「アーチャー、今は魔力供給がされていないが、どれくらい残っている?」

「余裕はあります。多少の戦闘には持ちこたえられるでしょう」

「……いや、アーチャーには学園長への伝言を頼む。霊体化すれば見つかることもないはずだ」

 

 スムーズに話しを進めるには学園長と話を進めておく必要があり、その場合連絡を取る手段としてアーチャーを介すれば良いのだと判断した。

 アーチャーとなら多少は慣れていても念話で情報伝達が出来るし、そうすれば学園長と間接的に情報交換が出来る。

 ……あと、しばらくは魔力が枯渇することを承知でアーチャーに魔力を供給しておかないとな。総量でいえば俺よりも遥かに多いはずだから、いざというときのために貯蓄しておく必要がある。

 ふと思ったことを心の中でメモして、アーチャーを学園長室へと向かわせる。

 その間俺とエヴァンジェリンは暇だ。疲労困憊なのは変わらないので休むのが正解だと思うが、彼女はじっと俺を見続けていた。

 

「……ナギに似ているようで似ていない。同じ顔の別人を見ているような気分だ」

「親子なんですから似ていて当然。あと、うちの父親は一応結婚しているので貴女の片思いは届きません」

「な、何を突然ッ!?」

 

 こちらがびっくりするような狼狽えぶりに思わず悪戯心がむくむくと。

 というか、わかりやすいなこの幼女。俺を見続けてナギとの相違点なんかを洗い出してるところを見ると、やっぱり未練たらたららしい。

 

「人間、父親と母親がいて初めて子供がいるわけだし。まさかうちの父親に限ってそこらの娼婦に産ませたわけもあるまいよ」

 

 というか、そうなると多分いろんなところから命を狙われかねない。母親の胎の中にいる時点で死亡確定と言っていいほどだ。

 ナギはいろんなところで馬鹿だ阿呆だと聞くが、女性関係にだらしなかったという話は聞かない。仮にも英雄なら女の方から勝手に「抱いて!」と寄ってくることも多かろうに、軽く調べた限りではナギは全て断っている。

 祖父も俺の母に関しては口を閉ざしているが、しつこく聞き続けた結果、ナギの女性関係については簡潔に教えてくれた。

 「あいつは一人だけを想い続けた」と。

 

「……そうか、子供がいる以上は母もいて当然か。私と会った時点ではまだわからんが、少なくとも十年前にはすでに結婚していたと」

「俺の年齢から逆算しても、まぁそうなるな」

 

 なんとも言い難い表情をしているエヴァンジェリンを尻目に、疲労から眠ってしまいそうな頭を必死に動かす。

 よくよく考えなくても今はまだ夜中。朝まで倒れていてもおかしくはなかったはずだが、外からビンビン向けられている敵意に落ち着いて寝ていることなど俺には出来なかったわけで。

 軽くストレッチでもしながら待つこと三分。カップ麺でも出来そうな時間で、アーチャーは学園長を見つけ出した。

 ちょうど高畑さんもそこに居合わせているようで、アーチャーと念話で会話しつつ間接的に話しを進めることにした。

 

 

        ●

 

 

 アーチャーが事情を話すこと五分ほど。

 最終的にエヴァンジェリンが俺に負けて軍門に下るということでこっちは纏まったと話すと、それはそれは驚いたらしい。実際に見てみたかったものだ。

 まぁ、信じられない気持ちもわかる。

 魔法世界におけるなまはげ的存在である『闇の福音』が、英雄の遺児とはいえ十歳の子供に敗北し軍門に下るなど到底信じられる出来事ではない。

 信じられる出来事ではないが、信じざるを得ない確たる証拠が──証拠というか、証言する当人がここにいる。

 それに、学園長と高畑さんにしか教えてないがアーチャーの存在だってあるのだ。彼がいれば必ずしも不可能ではないと悟ったのか、驚きながらも事実と認めてはくれたらしい。

 

「ひとまずこれで学園の魔法使いの方は何とかなった。茶々丸の方は?」

「明日、朝一番で葉加瀬に連絡する。数日あれば元通りだろうよ」

 

 間接的にお前の従者なのだから呼び捨てで呼べ、というエヴァ(と呼ぶよう命令口調で言われた)の言により、呼ぶときは呼び捨てである。正直公私混同しかねないのでこういうのはあまりしたくはないのだが。

 まぁ、橙子さんよろしく眼鏡で人格のスイッチでも切り替えるようにしてみるか。俺は眼鏡してないけど。

 しかし、上半身と下半身を泣き別れにさせた側の俺が言うのもなんだが、数日で直るのかあれ。治るといえばいいのか直るといえばいいのか迷うところではあるけれど。

 機械である以上は記憶の根幹である頭部が破壊されない限り修復可能ということなのだろう。

 機械が専門というところが惜しいが、もしも人体を工業製品で置き換えられるようになれば──葉加瀬聡美は疑似的な不死を創り出せるようになるのかもしれない。

 戯言だがね。

 

「それよりも、貴様の母は誰だ? ナギはまごう事なき現代の英雄だ。その伴侶ともなれば情報が出回っていてもおかしくはないはずだが──」

「現代の英雄だからこそ晒せない情報なんだろ。先に言ったいきずりの娼婦じゃないが、誰が母親かっていうのは結構頭の痛い問題だ」

 

 実際問題、これがそこらにいるような普通の女性なら情報が錯綜しまくってわからなくなっているんだろうが、ナギの場合はそうじゃない。

 根本的に、彼と関係があった可能性のある女性が存在していない。どこを探しても情報が出てこない。

 かろうじて可能性があるのは一時期『紅き翼』にいた女性である、とある王国の女王アリカ・アナルキア・エンテオフォシア。あるいは帝国第三皇女のテオドラ。

 まぁ、俺は原作読んだから誰が母親か知ってるけど。

 それ以外でナギと男女の関係にあった可能性のある女性というのがそもそも見つからない。

 ナギが一途であったというだけの話かもしれないが、それでもおかしいといえばおかしい。ナギの影響力は果てしなく大きいのだから、一晩二人きりで酒を飲むだけでも「想像妊娠」する輩だっていてもおかしくはない。

 それをするだけの価値が、ナギにはある。

 

「仮に俺の母親がどっかのスラム出身の女だった──その場合、女の方は玉の輿で喜べるかもしれないが周りは頭の痛い問題になる」

 

 亜人だったらさらに問題だ。

 一時期は指名手配をしていたくせに、今は掌を返して英雄扱い。亜人の国である帝国と仲の悪いメガロは確実に子供と母親を殺しにかかる。

 そして、その事情は亡国の女王であった俺の母──つまりはアリカにも当てはまる。

 彼女は世界を守るために己の国を犠牲にした。犠牲にされた方はたまったものではないにしろ、それで世界が守られたのは事実。ある程度擁護されても何らおかしくはない──が、メガロメセンブリアは彼女を「完全なる世界」の黒幕として公表し、処刑した。

 実際のところがどうだったのかは関係ない。彼らにとってそちらの方が都合がいいから(・・・・・・・)そうなっただけだ。

 

「母親が誰であっても、俺は一度殺されかけてる。殺しにかかった相手もわかってる。──いずれは思い知らせるさ」

 

 母の名誉は今になってもなお貶められ続けている。

 想い知らせる、というのは単なる方便にすぎない。

 他人に自分の罪をかぶせ、悠々と今も過ごしている──それがどうしても我慢できない。

 大人なら自分の行動に責任を持つべきだろう。自分がやったことには責任を持ち、結果としてどうなろうが悪事をおこなったのが真実ならば大人しく裁かれるべきだ。

 正義の味方を気取るつもりはないが、こういった連中には大多数の人間が嫌悪感を抱いて当然だと俺は考える。

 自浄作用が働かないというのなら、俺がやろう。他者がやることを期待するのではなく、俺が俺自身の手で奴らに責任を追及する。

 何故なら、それが正しいことだと──俺の義に即した行動であると信じているのだから。

 




後日内容を修正する可能性があります。


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第十三話

 

 一晩をエヴァの家で明かしたのち、朝一番で俺はアーチャーを伴って学園長のところへ向かう。

 今回のことはかなり迷惑をかけたので菓子折りもって謝るのが筋だが、疲れ切った体はそんなことを許してくれなかった。爆睡していたので既に朝早い。

 ついでに言うと朝一番で向かったのは高畑さんの家だった。気分は初めて朝帰りした子供が親に叱られるのではないかと戦々恐々しているような感じ。

 実際に体感したことはないけれども。

 それはさておき、スーツに着替えて出勤してまずは学園長のところである。

 

「このたびはご迷惑をおかけしました」

「ふぉっふぉっふぉっ。なに、このくらいは軽いもんじゃよ」

 

 快活に笑って許してくれる学園長。まぁ、彼にも恩恵があるのだし一概に怒鳴ることもしづらいのかもしれない。

 

「エヴァも君の軍門に下るということじゃし、今後文句を付けてくる輩も少なくなるじゃろう」

「しかし、その場合は僕が傀儡にされていると言い出す場合があるのでは?」

「もっともな質問じゃが、生憎と結界の中ではエヴァは吸血行為自体ほぼ出来ん。加えて呪いが消失したわけでもなし、外に出てネギ君を手駒にすることは出来んからのぅ。懇切丁寧に説明すれば反対派の声も徐々に収まるじゃろうて」

 

 ふむ。エヴァの呪いは親父の負の遺産でもあるし、卒業と同時に解けるようには書き換えられるはずだ。筋を通すという意味でも俺がやっておくべきだが、現時点では悪手にしかならないか。

 海千山千の老獪に政治のことは任せておくとしても、下手な行動は自分の首を絞めるだけだ。──この世界に来る前から、それは十分身に染みているのだがな。

 派閥争いも結構だが、仕事をきちんとやってくれよ。

 

「それでは、僕は仕事に──」

「おっと、待っとくれ、ネギ君。今後こういうことがあっても大丈夫なように、ネギ君の『功績』を作っておきたい」

「……なるほど。して、何をすればいいのですか?」

「話が早くて助かるわい。──東西の仲違いを解消させようと思っておる」

 

 唐突だが、日本には関東魔法協会と関西呪術協会という二つの組織が存在している。

 今いる麻帆良を拠点とする関西。京都に本山を構える関西。二つの組織の長は親類だというあたりがまた面倒な話で、近衛木乃香さんもその身内なのだという。

 近衛さん自身は魔法のことは知らないが、その魔力量は極東一。ナギすら超えるほどだというのだからその凄まじさがわかる。

 彼女が麻帆良にいるのは近衛さんの父親、つまり関西の長である近衛詠春さんが関西を完全に掌握できていないからだという。下手をすれば利用される可能性が非常に高いのだから、彼女の扱いは俺以上に難しい。

 そのあたりの事情もあってか中々二つの組織の距離は縮まらなかったのだが、今回学園長はそこに踏み込むという。

 

「修学旅行の際、折を見てこれを長に届けてほしいんじゃよ」

 

 取り出したのは東から西への親書である。

 

「……修学旅行に乗じて親書を渡すというのもいかがなものかと思いますが」

「こうでもせんと二つの組織の距離が縮まらんのじゃよ。既成事実さえ作ってしまえば、あとはどうとでもなる」

 

 ついでに言うと魔法先生が現地入りすることにも苦言を呈しているそうだが、今回は魔法先生を引率に連れて行くという。

 名目は親書の受け渡しとその補佐である。直前の既成事実を作るという言葉は何処に行った。周囲に隠して親書を渡して、東西の融和を図るのが目的なのだろうに。

 まぁ、それはそれで反発する輩も出てくるだろうが。

 どちらにしても、多少強引に事を進めなければならないほど二つの組織は敵対関係に近くなっているのか。急いては事を仕損じるというが、今回の場合拙速は巧遅に勝るというべきかね。

 

「了承しました。関西の長に届ければいいのですね?」

「うむ。婿殿にはこちらから連絡を入れておく。修学旅行の前日に渡しておこうと思ったのじゃが、忘れる前にと思っての」

「直前に渡されてもそれはそれで困る気もしますが」

 

 学園内部に関西との不和を望む一派があれば必ず阻止しようとするのではないか、とも思うのだが、学園長は抜かりないと答えた。

 俺、思っただけで口にすら出していないのだが。表情だけで思考を読んだのか?

 

「関西との関係を改善することは儂らとしても望ましい。関東側の反乱分子はこちらで抑え込むので心配はせずともよい」

「感謝します。最悪アーチャーに守らせようかと思っていました」

 

 実際それが一番安全だしな。問題は親書を持たせておくと霊体化出来なくなるということだが、京都に行くまでの間だ。桜通りの吸血鬼事件が解決した以上、見張りに使うこともあるまい。

 ある程度なら俺も気配で気付けるが、アーチャーの感知性能には遠く及ばないのだし。

 勢力に入ったエヴァの出番がないというのも味気ない話だが。

 

「ふぉっふぉっ。頼もしいのう。エヴァに勝ったのも彼の力あってかね?」

「ええ、まぁ。アーチャーがいなければ今頃失血死していました」

 

 まぁ、それはいいんだ。起こり得た可能性ではあるが、負けるとも思っていなかった。アーチャーがいるだけで人生イージーモードになった気分だ。

 それはさておき、親書もとい関西についてもう一つ質問をしておかねばならない。

 

「近衛さんの扱いはどうしましょう?」

「うむ。あちらの過激派が木乃香の身柄を狙ってくることは十分に考えられる。流石に一般人には手を出しはせんじゃろうがの。今は護衛に刹那君を付けているが、彼女一人では手が足りんじゃろうて」

「出来る限り僕も目を離さないようにしておけと」

「そうじゃな。ネギ君なら大丈夫じゃよ──ああ、それと、親側の都合での。木乃香には魔法のことはばらさないよう注意してくれ」

 

 楽観的に笑いながら学園長はそういった。そういう油断や慢心が付け入られる隙になるとわかっているだろうに、この爺さんは……。

 もっとも、やることに変わりはない。生徒が誘拐される可能性があるというなら、それを全力で退けるのが教師の役目だ。……いや、実際には警察の役目かもしれないが。

 要人警護という意味でいうとアーチャーが適役過ぎて俺の出番がない。無い方が俺は楽が出来ていいのだが、それで今後やっていけるかというとそうでもないだろうし。

 結局、自分の地力を上げていかないとアーウェルンクスなんかにも対抗できなくなる。何でもかんでも他人任せにするのはやめろという話だな。

 

 

        ●

 

 

 挨拶をして学園長室から出た後、ホームルームを終わらせて授業に移る。

 エヴァは気怠そうに授業を受けているが、茶々丸と超さん、葉加瀬さんはこの教室にいない。授業は出てほしいものだが、ぶっ壊した手前文句も言いづらい。

 それとこれとは話が別、とは思うが、茶々丸もクラスの一員であることに変わりはない訳で。早く復帰できるようサポートする方が正解なのかもしれない。工学に関しては門外漢なのでさっぱりわからないが。

 授業もつつがなく終わり、昼休みになる。今日は家に帰ったのが朝で時間もなかったので弁当はない。なので近場のカフェに足を伸ばしたところ、エヴァとばったり遭遇した。

 

「こんにちは、マクダウェルさん」

「……気持ち悪いから普通に呼べ」

「公私混同はしないタチですから」

 

 そういって購入したサンドイッチを食べ始めると、エヴァは無言で認識阻害の結界を張る。そこまでして普通の口調にしたいのか。

 まぁ、こちらとしても猫を被らずに済むのでありがたくはあるのだが。

 

「エヴァは京都には行けないのか?」

「生憎と、ナギの呪いのせいで学園から出ることも出来んのだ。適当にかけられた呪いだからかは知らんが、構成がバグを起こしている」

「成程」

 

 わかり切っていたが、確認することに意味がある。

 というか、ナギはそんな適当な呪いをよく使おうと思ったものだ。やはり知り合いの大半が言うように馬鹿だったのだろう。

 それはさておき。

 

「京都には父さんの別荘があるはずだし、何かしらの情報が得られれば僥倖というところか」

「情報? どこで死んだのかを知りたいのか?」

「……あれ、まだ生きてるって言ってなかったっけ」

 

 クウネル・サンダースことアルビレオ・イマの仮契約カードは今も生きている。この目で確認もしたし、生存は間違いない。

 俺が知っている限りでは造物主の依代になっているはずだが、絶対にそうだとは言い切れない。世の中何事も不測の事態というのは起こり得るのだし。

 ここまで俺の知っている通りに進んでいるとはいえ、細部で完全に一致しているわけではない。

 物語はまだ序盤。バタフライエフェクトが起こり得るのはむしろここからだといえる。

 

「生き、てる……だと?」

「ええ。根拠は口止めされていて話せませんが、確たる証拠を掴んでいます」

 

 クウネルさんに「キティには内緒でお願いします」というお願いをされたので黙っていることにする。多分単なる嫌がらせかからかっているだけだと思うが、確かエヴァは造物主の依代として調整されたとかいう裏設定だか二次設定だかがあったはずだ。

 吸血鬼にした相手だというのは確実である以上、何らかのストッパーや限定条件下でのスイッチが用意されていないとも限らない。

 簡潔に言って、造物主相手では乗っ取られる可能性が非常に高い。不死の体に不滅の魂など、相手にするだけ面倒だ。

 こうなると「ヒュドラの毒矢」待ったなしだな。

 

「そうか、……そうか、奴は生きているのか」

 

 こうなるとエヴァのテンションの上がり具合が非常にうざかった。笑いながら人の背中を叩くなというに。

 サンドイッチを食べ終え、食後のコーヒーを楽しみつつ落ち着いたエヴァに再度話しかける。

 

「──それで、一つ訊きたい」

「ん? 京都の別荘以外に私の持つ情報はないぞ」

「そちらではなく、『蒼崎』と呼ばれる人物についてです」

 

 クウネルさんからの情報を聞く限りだと過去に戻った俺だという可能性が高いものの、俺の他に似たような境遇の人間がいないとも限らない。

 念には念を。不測の事態に対処するには多くの情報が必要だ。

 受け売りだが、「人は得てして自分だけが手に入れたものだと思い込む」ものだ。

 俺以外の──俗に言う「転生者」や「憑依者」がいないと、どうして言い切れる。

 

「『蒼崎』……? いや、聞いたことはないな。そいつがナギにつながる手がかりなのか?」

「別件だよ。ちょっと気になることがあったから、何か知ってるかと思って聞いただけ」

「なるほどな。何時頃の話かは知らんが、大戦期ごろなら情報が幾らか錯綜していてもおかしくはあるまい。どこの町も戦争に夢中で賞金首にかまけているほど暇じゃなかったが、それでもそれなりに有名なら尾ひれがついて噂が流れたものだ」

 

 ふむ。戦争だからこそ情報は重要になるはずだが、機密情報をまことしやかに流して敵の動きを誘導する、なんてことも不可能ではないだろうからな。

 信憑性は限りなく低いと考えておくべきか。ナギたちのようにド派手に暴れたわけでもなさそうだから、噂そのものが発生しなかった可能性はある。目立つことを嫌ったのなら尚更そういう風に動いてもおかしくはないだろう。

 

「そうか……高畑さんにも聞いてみるとしよう」

「そうしろ。どんな奴かは知らんが、ここ十数年ひきこもっている私よりは余程情報通だろうさ」

 

 自虐気味というか、俺への嫌味かそれは。ナギが生きていると知っただけでハイテンションになったくせに。

 まぁ、エヴァは知らないということがわかっただけでも前進だ。同じ『紅き翼』に属していた高畑さんなら、クウネルさん同様会ったことがあるかもしれない。

 

「今は目の前のことに目を向けておくとするよ。俺とていくつものことを並行してできるほど器用じゃない」

 

 エヴァに物凄い微妙な顔された。何故だ。

 

「……なんだ?」

「……いや、何でもない。そうだな。ジジイに親書を頼まれたんだろう? 精々がんばれ。私は出れんがな」

 

 いざというときの最終兵器として構えていてほしいものだが、出られないのだからまず不可能なんだよなぁ。

 仮契約をするかどうかという話も持ち上がったが、今のところは保留である。そんなに急ぐ話でもないからな。アーチャーがいれば局地的な戦力としては十分だろうし。

 そろそろ昼休みも終わる。一度職員室に戻って次の授業の準備をしなければならない。

 教室に戻るエヴァと途中でわかれ、先のことに思いを馳せた。

 

 



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第十四話

やや短めです。


 

 突然だが、俺は私服をほとんど持っていない。

 イギリスにいたころは基本的にローブなどを数着着まわせばどうにでもなったし、風呂にあまり入らない国風からして数日同じ服を着ていることも多々あった。……元日本人であることを考えるとかなり不潔な気がするが、周りみんなそうだからと流されるのも元日本人の気質だな。

 それほど潔癖症でもなかったのが幸いか。

 ともあれ、修学旅行に行くにあたっていくらか服を調達しておこうと思ったわけだ。

 ファッションなんてものはほとほと縁がなかった身の上だが、自分のセンスで選べばそれでいいだろう。余程奇抜なものでない限り、目立つことなんてそうそうない。

 アーチャーに現代のセンスで服を選べと言っても困るだけだろうしなぁ。ワンポイントのシャツとかでいいから誰か適当に買ってきてくれないものか。

 そんなことを考えつつ街へ繰り出した俺とアーチャー。

 うーむ。長らくイギリスの片田舎に住んでいたからか、現代日本のファッションはとんとわからん。雑誌なんぞ買ってまで選びたいとは思わないからなぁ。

 さてどうしようかと歩き回っていると、一人の少女を見つけた。

 

「おや」

「あ」

 

 ばったり会ったのはウィンドウショッピングをしていたのであろう近衛木乃香さん。やや遠方に桜咲さんの姿が垣間見えるが、あの人は一歩間違うとストーカーなのでは……?

 常識をわきまえているなら大丈夫だと思うが、なんとも将来が心配になる娘である。

 今は遠くからこちらを見ている桜咲さんより、目の前に居る近衛さんの相手をするべきか。

 

「ネギ先生、こんなところであうなんて珍しいなぁ」

「そうですね。僕は基本的に麻帆良の外へは出ないので」

「てことは、今日はなんか用事あるん、ですか?」

「少々服を買いに来ました。恥ずかしながら、私服をあまり持ってないんです。それと、学外ですから敬語は要りませんよ」

 

 苦笑交じりに返すと、近衛さんはカラカラと笑いながら「てつだったるよー」と朗らかに言う。

 まぁ、服のセンスは壊滅的だという自負もあるし、ここは近衛さんに任せるのが一番良いのかもしれない。

 

「しかし、近衛さん一人とは珍しいですね。神楽坂さんとよく一緒にいるイメージがあるんですが」

「あー。アスナは休みだからってずっと寝てるんよ。修学旅行のために新しい服を買おうとおもっとったんやけど、丁度いいしアスナの誕生日プレゼントも買おうと思ってな」

「なるほど。近衛さんは友達思いですね」

 

 やや照れながらはにかむ彼女は実に可愛らしい。

 町にも不慣れである以上、仕方ないことではあるが……女性にリードされるというのはなんとも言い難い。イギリス紳士として俺がリードすべきなのだろうが、道に迷うどころか目的の店も知らないしなぁ。

 大人しく雑談しながら近衛さんの半歩後ろを歩くことにする。

 

「修学旅行の準備はどうですか?」

「大体すんどるよ。久々やから結構楽しみなんよ」

「久々? 近衛さんの実家は京都ですし、里帰りしたりはしないんですか?」

「よくわからんのやけど、お祖父ちゃんが『婿殿も忙しそうじゃからまた今度の』ってはぐらかされてばっかりなんよ」

 

 ……やっぱりていのいい人質じゃないか? 近衛さん曰く「中学に入学するときは一度帰った」そうだが、それでも二年ほどあってない計算になるわけだし。

 人のことを言えた立場じゃないが、親と子が一緒に暮らせないっていうのはどうなんだろうな。せめて小学校くらいは親元で育ててやるべきじゃないかと思うんだが。

 中学生なら、まぁ多少自立し始める時期だし、寮に入ってもいいと本人が望むならそれでもいいかもしれない。

 教師としてここにきている以上はこのあたりもきちんと自分の考えを持つべきだが、過去を変えられるわけじゃあるまいし、彼女に関してそれを言うのは筋違いだろう。

 本人がどう思っているかは知らないがね。

 

「だったら、修学旅行の際に会えるといいですね」

「……自分の都合で班のみんなに迷惑をかけるわけにはいかん思うとるんやけど……」

「親御さんに顔を見せるくらい、班員の方も理解してくれると思いますよ」

 

 ここの生徒はやること成すことお祭り騒ぎにしたがるが、本当に空気を読むべきところは読んでくれる……はずだ。

 班員も気心の知れたメンバーだったと記憶しているし、どの道彼女は関西の本山に行くことになる。委細問題なく、彼女の願いは叶えられるのだ。

 

「お、あったあった。ここやでネギ先生」

 

 洒落たブティックに到着するなり、近衛さんに手を引かれて店内へ。

 何が何だかと思っているうちに服が積み上げられ、あれよあれよという間に着せ替え人形に。どれを着ても大体似合うんじゃないかと思ったが、近衛さん的にはもう少し絞りたいらしく頭を悩ませている。

 俺はもうこの状況になってしまったことを早くも後悔しつつある。店だけ聞いて適当に買って帰ればよかった。

 

(マスター。外でこちらを見ている者がいるようですが)

(こっちを見てる? 桜咲さんじゃなくて?)

(いえ、三人の少女が先程からずっとこちらを付けているようですが)

 

 アーチャーに言われた方を確認してみると、隠れきれてない三人の少女の姿が見えた。柿崎さん、釘宮さん、椎名さんのチアガールズである。

 まぁ、放っておいても実害はないだろうから放っておいていいだろう。

 相変わらず桜咲さんは遠くからこちらを観察しているようだし。あちらも基本は無視で構わないだろう。

 

「ネギ先生ー、これなんてどうや?」

「あまり派手なのはちょっと……一応修学旅行用ですし」

「えー? そんなに派手な奴じゃないと思うんやけど」

 

 暗色系でいいんだよ。真っ赤なシャツとかド派手じゃないですか。しかも黒で絵が描かれてるし。

 普段着るタイプの服としては別に構わないけど、修学旅行の引率としてはちょっと駄目だろうその服。……スーツで回れって話になるか? いやでも、一応教員も私服で大丈夫って聞いてるしなぁ。自由行動の間だけだけど。

 新田先生なんかは何かあった際の連絡要員として宿に残るらしいが、外を回る教員は別にスーツじゃなくてもいいし……。

 ……着る着ないはさておき、今買っておけば今後私服が足りないなんてあほらしいことも起こるまい。

 

「お金ならあるので、似合いそうだと思ったそのあたりの服は買いますよ」

「え、こんなに買うん?」

「サイズは合わせますけどね。あ、多少大きめでお願いします」

 

 子供服ってのは大人用より安いがすぐサイズが合わなくなるからな。多分半年もすれば秋物を買うついでにサイズを一回り大きくしなくちゃならなくなるだろう。

 だからある程度あれば十分だ。金ならそれなりに貯まってるしな。

 

「神楽坂さんに誕生日プレゼントを買いに行くんでしょう? 何時までも服を選んでいると時間が無くなりますよ」

「あ、そっか。あはは……」

 

 自分の目的を忘れていたのか、笑いながら誤魔化す近衛さん。

 手早く買ったは良いものの、それなりの量なので嵩張って重い。アーチャーに持たせたいがこの場で実体化させるわけにもいかないしなぁ……仕方がないので我慢して普通に運ぶことにする。

 まさかこの程度のことで魔法を使う訳にもいかないし、遠くで見てる桜咲さんは手伝う気もないようだし、ストーキングしてる三人娘もストーカーするので忙しいようだし。

 左右に紙袋を持ってウィンドウショッピングと洒落込むこととなった。神楽坂さんに何かいいプレゼントがないか探しているらしい。

 原作では何渡してたかなぁとおぼろげに考えつつ、目に留まった雑貨屋へと入る。

 

「お揃いのアクセサリーを買うんですか?」

「んー……どうしようって迷ってるんよ。アクセサリーって言っても、アスナそういうのはあんまり付けへんからね」

 

 あー、まぁそれは想像がつく。精々髪留め辺りがいいところだろうが、あれは確か高畑さんがプレゼントしたものだったっけ。この辺はよく覚えてないな。

 近衛さん。だからってダンベルは女子中学生に買うものじゃないと思いますが。

 トレーニング機材も売ってるとはずいぶん幅の広い雑貨屋だが、普通そんなものはプレゼントされても喜ばないのでは……?

 とは言ったものの、俺だって年頃の女の子が何欲しがるかなんてわかりはしないしなぁ。明石教授にでも聞いてみるか?

 生命球──いわゆるアクアリウムなんかだとお洒落でいいんじゃないかと思うが、神楽坂さんのイメージとは実にかけ離れている。運動系の元気娘だからなぁ。

 

「これなんてどやろ」

「オルゴールですか。いいと思いますよ」

 

 どんな曲かは知らないが、近衛さんが選んだのなら間違いはあるまい。俺は彼女の好みなんてわからないからな。

 あるいは高畑先生とデートする約束を取り付けるのが、彼女にとっては一番の誕生日プレゼントかもしれない。肝心の高畑さんが出張で麻帆良にはいないが。

 時間も良い頃合いだし、そろそろ麻帆良に戻ろうと提案する。近衛さんも目的のものが買えて満足したようで、雑談しながら帰ることに。

 結構重くて両手がプルプルしてるが、途中休憩を挟んだとはいえ歩きっ放しで数時間だからな。仕方ないといえば仕方ないが、鍛錬が足りないか? しかし子供のうちから筋肉をつけると背が伸びなくなるし……うーむ、悩ましいな。

 

「ネギ先生、大丈夫? 疲れたやろ?」

「いえいえ、大丈夫ですよ」

 

 今休むよりも早いところ家に帰って荷物を片付けたい。筋肉痛に治癒魔法は効かないだろうし……いや、使ったことはないけど。

 夕食の準備もあるのだから、ちんたらしている暇もない。

 麻帆良に戻ってきたところで、雪広さんと神楽坂さんの二人とばったり会った。

 

「おや、お二人が一緒に行動するとは珍しいですね」

「せやなー。気がついたらいつも喧嘩してるし」

「ほっといてよ!」

 

 からかう俺と近衛さんの言葉に神楽坂さんが反応した。雪広さんはそれどころではないようで、俺と近衛さんを交互に見ている。

 俺と近衛さんの関係性を疑っているのか、やや顔が青い。一応言っておくと、近衛さんのことは美少女だと思ってはいるがそれ以前の問題として教師と生徒だ。他の生徒にも言えることだが、職務に忠実であるべきだと俺は考えているため、淫行などと言われてもそんな気は全くない。

 昔から性欲は薄いんだよ。

 

「ていうか、二人でどこ行ってたわけ?」

「二人で行ったんやなくて、町に行ったらたまたまネギ先生と会ったんよ」

「服選びをすると言ったら、近衛さんが手伝ってくれるといいましてね。元々私服のセンスには自信がなかったので、これ幸いとお願いしたんです」

 

 両手に持った紙袋を見せながら説明すると、神楽坂さんはどっと疲れたような顔をしてため息を吐いた。雪広さんは必死な顔でこちらを向いて俺の手を握る。

 

「では、木乃香さんとネギ先生の間には何もないのですね!?」

「生徒と教師以上の関係性はありませんよ」

 

 ホッとしたのも束の間、俺たちの背後に視線を向けこそこそ逃げ出そうとしていた三人娘を捉えた。

 神楽坂さんへのプレゼントは明日になってから渡すと言っていたし、今日はこのまま帰るのだろう。大騒ぎしている三人娘+一を放って、俺たちは各々帰路についた。

 




いやぁ、カプさばは強敵でしたね(何
ホロウをクリアしてないことを思い出してずっとやってました。あと仕事です。
本編そっちのけでカプさばずっとやってたので未だにクリア出来てませんが。

ホロウが終わったらアポクリファを買おうか迷っているんですが、あれって面白いんですかねぇ。ジャンヌが出るとか言峰士郎が出るとかは聞いてるんですが。


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第十五話

原作は投げ捨てるものだと思いました。(小並感)


 

 

 修学旅行。京都に行く修学旅行なんて珍しくもないどころか普遍化し過ぎてて面白みもない。高校なら北海道だとか沖縄だとか、はては海外まで行く学校もあるらしいがそこはそれ。うちの学校とは何ら関係のない話である。

 早朝からカモ君を肩にのせて、集合場所を目指す。教員は生徒と違って時間がさらに早いので、如何に早起きに慣れている俺といえどもなかなか起きるのはつらい。

 なお朝食は簡易的におにぎりを用意した。凝ったものを作っている時間はないし、昼食は向こうで用意されている。

 移動の電車の中で朝食を終え、ペットボトルのお茶を飲んで一息つく。

 ガキでもあるまいし、楽しみで前日に寝れなかったということはなかった。が、直前まで準備に手間取ったのは痛手だった。

 近衛さんの護衛である桜咲さんについては学園長を通じて知らされているものの、気がつくと本人がいなくなるので話が出来ていない。出来ることなら事前に話し合っておきたかったのだが、いざとなればカモ君かアーチャーにメッセージを頼むしかないか。

 ……そう言えば、桜咲さんと同じ班にはレイニーデイさんもいたな。

 魔族の王女だか何だか、という話だったが、それを知っている人は果たしてこの学園内にどれだけいるのか。少なくとも学園長は把握しているはずだが、エヴァや高畑さんも把握しているのかどうかは定かではない。

 そもそも、彼女が麻帆良に何しに来たのか、ということも明らかにされていないのだ。おそらくは魔法世界と似たような問題が魔族の住む魔界──金星でも起こっているのではないかと予測はつけられるのだが。

 あくまでこれらは予測でしかない。

 原作後半で出てきたポヨ・レイニーデイなる人物の強さを鑑みても、ザジ・レイニーデイさんを味方に引き入れることは決してマイナスにはならないと思うのだが。

 と、考えている間に集合場所に到着した。

 

「みなさん、早いですね」

「そりゃあもう、楽しみでね!」

 

 既に集まったいくらかの生徒たち。中には始発できたというのだから驚きだ。ここの始発って四時ごろじゃなかったか……?

 そんな時間からきても待つのがつらいだろうに、とは口に出さない。旅行を楽しみにして早く来ているのは決して悪いことではないのだから、わざわざ盛り下げるようなことを言う必要はないだろう。

 マイ枕は、まぁバッグに入るのならいいと俺は思う。持ち込み制限をされてるわけでもなし、熟睡出来ないというなら無理に止める気は無いよ。

 傍目に見えた桜咲さんも竹刀袋を持ってたしね。

 時間になり、新幹線に乗り込む麻帆良の生徒たち。皆今日の修学旅行を楽しみにしていたようで、遅刻する生徒はいなかった。

 一人だけ遅れて来て迷惑かける奴が大体一人か二人はいるものだが、こういうことに関してはそういうことをする生徒がいない麻帆良は凄いな。いい意味で。

 わいわいがやがやと騒がしく新幹線の中に入っていき、3-A最後の班が入ってくる。

 

「桜咲さんとレイニーデイさんですね」

「はい。ですが、マクダウェルさんと絡繰さんが欠席していますので、班員は二人になってしまうのですが……」

 

 ナチュラルに忘れていたが、あの二人も一応は参加するていで話は進んでいたな、そういえば。

 ある意味わかっていたことではあるので、手早く二人をほかの班に合流させる。このクラスなら除け者扱いもされまいて。

 ……今のうちにカモ君に伝言を任せておくか。

 

「合点承知でさぁ、兄貴!」

 

 二言、三言告げておくようにカモ君に頼み、俺は3-Aの面々に注意喚起をしておく。旅行先で迷惑をかけるといろんなところに苦情が来るしね。節度を持って行動するというのは何事においても大事なことだ。

 その後は見周りになる。

 それほど時間をおかずに帰ってきたカモ君を肩にのせ、新幹線の中を歩き回る。

 

「…………?」

「どうかしたんですかい、兄貴」

「いや、ちょっと変な魔力の流れがね……悪いけど、座席の下を見てくれる?」

 

 西洋魔法ではない、小さな違和感を感じ取ってカモ君にそう頼む。扱き使っているようでちょっとあれだが、きちんとした契約に基づく使い魔としての役割なので何も問題はなかった。

 ちょろちょろとカモ君が走り回っている間、生徒の子たちと話して場所を動かないようにしていたが、カードゲームというのはやはり子供に人気のあるものなのか……どちらかといえば、こういうのは女子よりも男子の方が好むものだと思っていたのだが。

 変に感心している間にカモ君が何か口にくわえて戻ってきた。

 

「これが座席の真下に張られてやした」

「……何これ」

「いや、俺っちに聞かれても……」

「西洋魔法じゃないね。東洋の……陰陽道に属するタイプかな」

 

 ミミズののたくったような文字が書かれた札──というか、符を発見した。何かしらのキーワードに従って起動する仕組みなのだろうか?

 戻ってきたカモ君を扱き使うようで気が引けたが、この状況だと彼が一番の適任者なので手早く全ての符を剥がして貰った。集めたのちに焼却処分である。

 流石に新幹線の中で焼却などするわけにもいかないので、今は封じておいて後で処理することになるが。

 

「しかし、これが関西の妨害なんですかねぇ」

「ちゃちな悪戯だよ。本気で攪乱できると思ってるなら関西の術者の評価を下方修正するほかないね」

「案外そう思わせるのが目的なのかも知れませんぜ」

「そうかもしれないね。油断をするつもりはないけど、待ちの一手になるのはちょっとまずいかな」

 

 守る側というのは常に先手を取られ続ける。相手の行動はある程度予想がつくとはいえ、絶対にそうなると確信をもっていえるわけではないのだ。

 戦力的な面でいえばアーチャーがいればどうとでもなる。俺から離しても令呪があれば最悪の事態は回避できるだろうが──やはり、こちらから牽制しておくのがいいかもしれないな。

 とはいえ、俺は相手のひそむ場所を知らないわけで。桜咲さんに「常に近衛さんの近くにいるように」と言っておいたとはいえ、本当に四六時中一緒にいられるわけでもあるまいし。

 ──釣るとしたら、やはり親書を使うのがいいか。

 念のために準備をしておいてよかったというべきか。

 

「こんなものを狙ってくるなんて、ご苦労なことだよ」

 

 懐から取り出した封筒をこれ見よがしに晒す。相手の『本命』が親書なのか近衛さんなのか、それとも同率で狙っているのかは原作からしてよくわからなかった。

 とはいえ、四六時中監視の目がある近衛さんを狙うより、十才の子供に運ばせている親書を狙うのが容易いと取られるのは当然といえよう。

 誰だってそーする。俺だってそーする。

 ──そして、案の定喰いついた。

 おそらくは式神であろう燕が親書を奪い取り、後部車両へと高速で飛翔する。

 

「アーチャー」

『追跡します』

 

 あとはそれを追って式神の所有者と関係者をあぶりだす。ついでに言うとあれは外側を似せただけの紛い物なので盗まれようと焼かれようと痛くも痒くもない。

 本物は横向きに手紙を入れてあるが、さっき盗ませた偽物は縦向きに手紙を入れてある。ついでに言うと学園長のハンコもない。

 式神に見分けられるわけも無し、それっぽいだけの紛い物に騙されたわけだ。

 加えて霊体化したアーチャーをたかが式神如きが振り切れるはずもなく、逃げ場のない新幹線の中なら追い詰めるのも容易だ。

 ……しかし、本当に逃げ場のない新幹線で奪ってどうするつもりだったんだろうか。転移符を持ってるとしても、あの偽親書には仮契約カードのそれを応用した位置探査の術式が施してあるので一発で場所がわかるのだが。

 今でこそこうだが、原作だとどうするつもりだったのだろう?

 考えても詮無きことではあるが、気になってしまうな。

 

「兄貴、桜咲ってやつがこっちを見てますぜ」

「うん。追いかけなくていいのか、って顔だね」

「アーチャーの兄貴に追跡を任せてるって言わなくてもいいんですかい?」

「敵をだますにはまず味方からっていうでしょ。それに、僕らの会話が誰に聞かれてるともわからないしね」

 

 問題ないとは思うが、桜咲刹那って子が本当は反体制派って可能性がゼロって言い切れるわけじゃない。

 原作は絶対か? 違うだろう。今この時を生きている彼ら彼女らは確かに一人の人間だ。用意されたレールの上を走り、用意されたセリフをしゃべるNPCじゃあない。

 そこに意思があるのなら、どんなに小さい可能性でも『起こり得る』と考えるべきだ。

 もっとも、長年政治的なことに関わってきたであろう学園長の目を騙せるとも思えないが。

 

『マスター、使い魔の主を発見しました』

(よし、そのまま監視を続けてくれ。あ、一応視界を繋げて顔だけ確認させてくれ)

『了解しました。監視を続けるというと、何時まででしょうか?』

(あー……そうだな。アジトらしき場所に戻って誰かと会ったら報告してくれ)

 

 一先ずアーチャーの視界を共有して偽親書を盗んだ相手を確認しておく。……確か、天ヶ崎千草だったかな。普通の洋服姿でわかりにくいが、それっぽい女が一人座っているのが確認できた。

 それ以外に見知った顔はいない。あるいはアーウェルンクス辺りが出張っているかもしれないと思ったが、杞憂だったらしいな。

 場所と人数が確認でき次第、学園長を通して関西に情報をリークすればそれでゲームセットと。アーウェルンクスがいれば逃げられるだろうが、十分牽制にはなるだろう。

 さて、京都までそれほどかからないのだから、俺もゆったりとしながら到着するのを待つとしよう。

 

 

        ●

 

 

 京都、清水寺。

 クラスの集合写真を撮り、各自清水寺の中を散策する。とは言ってもいうほど広くないので、あっちを見てもこっちを見ても麻帆良の生徒ばっかりである。

 一応先んじてカモ君に調べてもらったが、やっぱり恋占いの石の場所には落とし穴があったし、音羽の滝には酒が仕込まれていた。面倒なので一緒に来ている瀬流彦先生に丸投げしたが。

 こんな悪戯に一々かかずらっている暇はないのである。

 親書の件で桜咲さんに詰め寄られたが「大丈夫です」の一点張りでゴリ押しし、アーチャーからの連絡を待っている今。余計な事件で手間取らされるのも面倒なのだ。

 心配事があるとすれば、アーチャーがそれほど魔法関係に詳しくないこと──

 

『マスター、すみません、気付かれました』

 

 ──考えた瞬間にこれとは、フラグ回収の速度は圧倒的だな。まぁ文句は言うまい。

 

(何があった?)

『魔法関係のトラップのようです。何気なく弾いてしまい、気付かれたようで……』

 

 低いとはいえ一応は対魔力持ちで宝具の影響もあってダメージはないだろうが、気付かれたか……まぁ、アーウェルンクスレベルがいれば魔法でその手の罠には事欠かないだろうし、知識も直感も無しに気付けってのはちと無理があるか。レンジャー技能があるっぽいから普通の罠なら気付けたはずだが。

 仕方ない。その場で全員戦闘不能にしてしまえばそれでゲームセットだ。

 

(予定を変更する。出来れば切り札(おまえ)を早速出すようなことはしたくなかったが仕方ない。全員気絶させてしまえ)

『一人、少々手ごわい相手がいるようですが』

 

 アーチャーをして手強い、か。

 まぁ思いつく相手は一人しかいないわけだが、それでも『十二の試練(ゴッド・ハンド)』があればダメージはないだろう。というか、既存の魔法で『十二の試練』を抜けるものってあるのか……?

 それはさておき、一人二人戦闘不能に追い込めれば成果としては十分だろう。

 アーウェルンクスは転移魔法を使えるはずだから仕留められるとは思っていない。

 

(敵の数は?)

女性三人(・・・・)少年一人(・・・・)です』

 

 ……女性、三人?

 




グランドオーダーは一体何時になったら配信されるんですかねぇ。


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第十六話

 

 

 一先ず清水寺から宿泊することになっている旅館に移動することとなった俺たちは、騒がしいバスの中で思いを馳せる。

 アーチャーが戦闘したという四人組。

 剣士一人に武術家一人、術師二人らしいが術師のうち一人はかなりの武術の使い手でもあるという。

 女性と言ったのは武術家以外の三人。おそらくは天ヶ崎、月詠、アーウェルンクス。

 アーウェルンクスの転移魔法で逃げられたらしいが、戦力を図ることは十分できたらしい。武術家一人を戦闘不能寸前まで追い込んだとも言っていた。

 アーチャーの評価としては──現段階だと、俺一人では月詠とアーウェルンクスには勝てない。後者は当然として前者は前衛としての地力が違うらしい。剣士としての腕前は一級品だとか。

 アーチャーをしてそこまで言わせるとは、月詠はかなり強いとみていい。原作との比較になる情報がないのでどうとも言えないが、完全な前衛と前衛気味の後衛では地力が違って当然である。

 だがまぁ、少なくともアーチャーの力を見せられたということは下手にこちらに手出しするようなことはあるまい。

 

「今夜は騒がしくなりそうですな」

「修学旅行最初の夜ですからねぇ。皆多少は落ち着いてくれるといいんですが」

「他のクラスならともかく、3-Aですから……悪い意味でもいい意味でも元気に満ち溢れていますからね」

 

 旅館についた俺たちは各班に割り当てられた部屋へと移動させる。桜咲さんとレイニーデイさんは別の部屋に移動することになってしまったので布団を移動させる時間が必要だったが、問題といえばその程度だ。

 日も沈み、生徒たちはいくつかの班ごとに入浴時間となっている。

 俺はといえば、教師同士で軽く談笑しているところに入る。今はロビーの一角に集まっているが、教師は小部屋を一室ずつ与えられている。考え事はそっちでするとして、今は教師同士での交流を深めておくべきだと判断した。

 それはさておき、お茶のペットボトルを購入して教師の集まっている中に入ると、新田先生が笑いながら椅子を一脚用意してくれた。

 

「おお、ネギ先生。先生も修学旅行は初めてでしょうし、疲れてるでしょう? どうですか、引率してみて」

「そうですね……みなさん元気が有り余っていて、ついていくので精一杯ですよ」

「ははは。3-Aは麻帆良中等部でも屈指のバイタリティを誇りますからな」

「ネギ先生はまだ十歳ですからね。もっと私たちを頼っていただいていいんですよ?」

「はい。まだ若輩の身ですから、先輩である先生方を手本に頑張りますよ」

「いやいや、ネギ先生は十分しっかりしていますよ。まだ若いんです、これから学んでいけばいいでしょう」

 

 学生だったころはグチグチいう先生が嫌いだったが、新田先生はきちんと生徒の将来を想ってるからなぁ……愛の反対は無関心というのは誰の言葉だったか。

 生徒のためを思って言うことも多かろうが、世の中こんなに出来た先生ばかりじゃないのがな……彼女たちは幸運だったということだ。

 鬼の新田と恐れられているのは彼にとってどうなんだろうか。

 それはさておき、今後のことである。

 

「夜も騒ぐでしょうが、最低限節度を守らせるようにはしたいですね。ここの従業員の方に迷惑をかけるわけにもいかないですし」

「そうですね。と言っても夜通し見張り番など出来ませんからな……ある程度ローテーションを組んで、騒いでも対応できるようにしなければ」

 

 先生の夜は地獄である。

 なお俺は子供だから寝てていいと新田先生に言われた。明日の朝も早いので寝たいところではあるが、流石に九時に寝て六時に起きるような生活をしているわけではないのでローテーションの最初の方に入れてもらった。

 俺だって一応は教師だ。他の先生に負担が多くかかることになるかも知れないのならローテーションに組み込んでもらっても構わないのだが。

 まぁ、その辺は新田先生に「無理をする必要はありません。明日も朝早く大変な一日になりますから、しっかり英気を養ってください」と諭されてしまった。

 外敵に対しては睡眠が不要のアーチャーを配備する予定なので問題はない。

 唯一の疑念としてはアーウェルンクスが遠距離からいきなり内部に侵入してくる可能性だが、一応結界は張ってあるし、アサシンでもない以上は気配遮断のスキルもないのだからアーチャーが勘付く。

 

「生徒たちは入浴を済ませたようですし、我々も遅まきながら温泉を楽しみましょうか」

「日本の温泉は初めてなので楽しみです!」

「イギリスには日本ほど温泉の文化はないでしょうし、これも一つの文化交流と思って楽しむといいですよ」

 

 浴衣に着替えて温泉へと向かい、新田先生や瀬流彦先生と共に体を洗って入浴を楽しむ。

 やや熱めのお湯だが、冷えた外気と相まって心地良い。

 湯気の合間から見える星空もあって、修学旅行で一番楽しい瞬間は今かもしれないと思ってしまう。一応憑依前には京都に行ったことがあるうえ、引率としての仕事があるので街を見るより温泉に入る方が楽しいというのはやはり老けているのだろうか。

 夢見心地で風呂から上がり、誰もいないロビーで晩酌代わりに自販機のコーヒー牛乳を飲む。

 

「……兄貴、なんだかんだでかなり満喫してないか?」

「来たからには楽しまないと損だからね。それに、今日は大丈夫だと思うけど」

 

 あちらも戦力の再確認をしなくてはならないだろう。少なくとも、俺なら下手に攻め込んでアーチャーの相手をしようとは思わないが。

 アーチャーが言うには少年一人──おそらくは犬上小太郎──を戦闘不能寸前まで追い込んだようだし、危機意識があるなら今日はまず行動しない。

 飲み終えたコーヒー牛乳の瓶を専用のケースに戻していると、桜咲さんが外から帰ってきた。

 

「あ、ネギ先生」

「外の見張りですか? 先生としては、夜中に出歩くのは感心できないんですけどね」

 

 苦笑すると、桜咲さんも同じように苦笑する。

 ここは言うなれば敵陣のど真ん中。警戒するなという方が無理な話ではある。桜咲さんにとっては故郷でもあり、裏切り者としての扱いを受けてもおかしくはない場所だ。

 関西とは表向き敵対している組織である関東の本拠地、麻帆良にいるんだからな。

 

「何時襲ってくるかわかりませんから」

「今夜は大丈夫だと思いますけどね。体調を崩さないように注意してくださいよ」

「はい。修学旅行の途中で倒れるわけにはいきませんから」

 

 ……しかし、彼女には親書が偽物だとは話していないはずだが、不自然なほど気にしていないな。優先順位が違うからなのか、別の理由があるのか。

 敵だとは思いたくないが、近衛さんを守ろうとする姿勢は本物だと思いたい。

 

 

        ●

 

 

 修学旅行二日目。

 京都の料理は何だろうかと思ったら普通の朝食だった。まぁ、日本なら大体朝ご飯は何処も一緒だよなぁ。

 朝食を終えた後は奈良での班別行動の準備となる。教師陣は見回りになるが、ほぼ自由行動と言っても差し支えない。

 なので、一部生徒から「一緒に回ろー!」と熱烈なラブコールを受け取ることになった。

 俺自身そんなに言われるような行動をした覚えはないのだが、十歳の子供ということで可愛がられているのだろうか。うーむ、女心はよくわからんな。

 喧嘩になりそうな勢いだったので「じゃあじゃんけんで決めましょう」というと、凄まじい気迫で勝負が始まった。

 雪広さん、鳴滝さん、佐々木さん、宮崎さんの四つ巴である。

 勝負直前に桜咲さんが宮崎さんに何事か囁いていたが、あれは何だったのだろうか──と思っている間に勝負がついた。一瞬の出来事である。

 

「ほ、本屋が勝った!」

「のどかが勝った!」

「本屋ちゃんが動いた!」

 

 ざわめきと共に勝者である宮崎さんが称えられ、負けた三人は這いつくばって屈辱に耐える……このシーンだけを見ると演劇っぽいな。

 ハッとした様子の宮崎さんは、部屋に戻ろうとしていた桜咲さんを追いかけ、何か告げてこちらに戻ってくる。

 

「よ、よろしくお願いしますー!」

「はい。そんな固くならなくても大丈夫ですよ」

 

 ガチガチに固まったまま話す宮崎さんに苦笑しながら告げる。それよりも、俺は少しだけ気になったことを聞いた。

 

「桜咲さんから何か聞いていたようですが、何を話していたんですか?」

「あ……えっと、パーを出せば勝てますよ、って……」

 

 ……宮崎さんの班には近衛さんがいる。関西呪術協会の最優先事項がおそらくは近衛さんの誘拐であると仮定すると、一番狙われる可能性の高い班であるといえる。

 確かに桜咲さんだけでは対応できない可能性は高いが、だからと言ってじゃんけんでどうやれば勝てるかなんてのはわかるものじゃないだろう。

 確率として考えるのなら三分の一。

 決して低い確率ではないが、かと言って高い確率でもない。……ただの偶然か?

 

「そうですか。まぁ、とにかく今日はよろしくお願いしますね」

「は、はいっ!」

 

 まぁ、気にする必要はないだろう。今の時点で十分対応できているのだから、もし何かを隠していてもそれに頼ることはない。

 敵である、という可能性が潰えたわけではないのだし、警戒だけはすべきかもしれないが。

 

 

        ●

 

 

 奈良公園である。鹿である。

 着いた瞬間に鹿煎餅を買って食わせていたら、何時の間にか群がられて全部ぱっくり食べられてしまった。始めからやるつもりだったとはいえ、あっという間に全部なくなるとは、強欲な鹿である。

 ちょっとはしゃいでいたら生暖かい目で見られてしまった。反省。

 

『マスターも子供らしいところがあるんですね』

 

 アーチャーにまで笑われた。肉体的には子供でも精神はそれなりに成熟した大人のそれだと自負していたのだが、こういうときは童心に帰ってしまう。

 悪いことではないかもしれないが、他人に迷惑をかけないようにすることだけは徹底したい。

 それはさておき、アーチャーの配置だ。

 この辺で一番高い場所に陣取り、辺りを警戒して貰っている。桜咲さんが式を放って他の班を監視しているようだが、これだけ人の多いところで仕掛けては来ないだろう。

 関係者だけならともかく、一般人が多すぎる。人払いも認識阻害もこの状況では効果が薄いだろうし、何より奈良公園には重要文化財も多い。滅多な理由では仕掛けてこないはずだ。

 そして桜咲さんはというと、近衛さんから逃げ回っていた。

 

「……何してるんでしょうね、あれ」

「桜咲さんとは幼馴染らしいんですけど、中学に入って一緒の学校になってあまり話さなくなったから、これを機にまた仲良くなりたいそうですよ」

「へぇ、出身が同じ京都だったので可能性はありましたが、幼馴染ですか」

 

 何かを飲みながら隣に立つ綾瀬さんが疑問に答えた。幼馴染ってことは知ってたが、近衛さんはあそこまでアグレッシブだったかな……。まぁ、幼馴染っていうのは得てして思い入れが深いもんだ。かくいう俺には幼馴染なんて──アーニャがいたか。あれはあれで忘れようもない女ではある。

 二人を除いた班四人としばらく歩いていると、あっちこっちに引き寄せられてあっという間に三人とはぐれた。神楽坂さんはなんとなくよくわかっていない感じだったが、綾瀬さんたちの押しに負けていろんな店に入っているようだ。

 仕方がないか。

 

「みんなどこか行っちゃったようなので、二人で回りましょうか」

「え、あっ、はい! 喜んで──……」

 

 やや顔を赤くしながら隣に並んで歩き始める宮崎さん。

 うーむ……この反応というか、展開を考えるとどうしても思うのだが。

 彼女は、俺に惚れているのだろうか?

 普通なら勘違い野郎の恥ずかしい妄想で片がつくところだが、生憎と全く同じ状況を俺は知っているわけで。

 こういう言い方をしたくはないが、彼女は俺のうわべを見て判断しているのかもしれない。状況だけを思い返すなら基本的に原作と同じように対応していたし、結果として彼女が惚れてしまうのも可能性としてはある。無論、この(・・)俺に惚れた可能性だってあるが、俺は彼女のような子に惚れられるような男ではないのだがな。

 人間は中身だというが、実際は見た目が九割だ。辛辣な言い方だが、俺は彼女に生徒以上の感情を持っていない。未来はどうなるかわからないが、少なくとも今はそうだ。

 だが──もし、俺に告白できたのなら、俺は彼女を尊敬しよう。

 生徒と教師であるという前提すら彼女にとっては阻む壁にならず、愛のためには積極的な行動を見せる。

 なるほど、それは並大抵の覚悟で出来ることではない。俺の方が年下だからとて、生半(なまなか)な思慕で出来ることではあるまいよ。

 普段から大人しく、他人に積極的に発言することが無い彼女だからこそ、その壁は高く厚い。初恋は実らぬとよく言われるが、俗説に惑わされるようならそれまで。

 一度恥ずかしくなったのか姿を消したが、戻ってきたときは覚悟を決めた顔だった。

 

「あ、あの……私、先生……」

 

 一度深呼吸をして落ち着いたと感じた後、宮崎さんははっきりとした意思を持って告げた。

 

「私、ネギ先生のこと出会った日からずっと好きでした! 私……私、ネギ先生のこと大好きです!!」

 




幕間とどっちを先に投稿しようか散々悩んでこっちを先に投稿することにしました。


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第十七話

幕間を挟むタイミングが掴めなくて難儀してます。何時入れよう……。


 

 宮崎さんは言いたいことだけ言って走り去っていった。始めからこちらの返答を聞く気は無かった、ということだろう。

 それとも恥ずかしくなって逃げ出してしまったのか……どちらにしても、彼女の勇気は色褪せない。

 まぁ、俺自身恋愛なぞほとんどしたことが無いからその手の感覚はよくわからんが。

 ともあれ、今のところは以前と同じように接するほかあるまい。変にぎくしゃくした対応をすると他の生徒に気取られるし、感情のコントロールくらいは出来ないと今後変な契約を結ばされる可能性だってある。英雄の息子ってのも面倒なものだ。

 集合場所に戻ろうと足を向け、土産物屋を物色していた時、アーチャーから念話が届いた。

 

『先日戦った剣士が生徒の一人と接触しているようです』

(……内通者か? 視界を繋いでくれ)

 

 状況を確認しないことには始まらない。

 剣士というからにはおそらく月詠だろうが、彼女とつながりがありそうな生徒と言われても想像できるのは一人だけだ。

 そして、その予想は当たっていた。

 金髪のゴスロリ服を着た少女。竹刀袋を背負っているのが酷く不釣合いだが、緩んだ笑みとは真逆で立ち振る舞いには隙が無い。

 一方の内通者の可能性が挙げられた生徒──黒髪サイドテールの少女、桜咲刹那は無表情だった。こちらも竹刀袋を背負っているが、学生服なので違和感はそれほどない。

 二人の間には緊張感も剣呑とした雰囲気もなく、ただ会話だけをしているように見える。読唇術など持ってないので何を話しているかは読み取れないが、俺に報告がなければ黒として処理しても構わんだろう。

 ……本当に黒だったら学園長も関西の長も見る眼がない、としか言いようがないが。

 

『監視を続けますか?』

(何か動きがあれば教えてくれ。今は、どちらかといえば近衛さんのマークが薄くなる方が俺としては怖い)

 

 自由行動ともなれば否が応でも離れることになる。俺は親書を届けに行かなければならないし、それに近衛さんたちを連れて行くわけにもいくまい。

 まぁ、近衛さんの実家だからってことで立ち寄ることは可能かも知れないが、それはそれで彼女をこちら側に巻き込む可能性が出てくるわけで。学園長から『出来る限り巻き込むな』と釘を刺されている以上はとれない選択肢である。

 危険に晒されるから取りたくない、という訳ではない。アーチャーが一緒にいるのだから、下手に別行動をするより余程安全ではある。

 が、それも桜咲さんが味方であるという前提があって成り立っているわけで。

 その前提が覆されたとあっては策を練り直さねばならなくなる。

 原作を過度に信用する気は無いとはいえ、流石にこれは予想外というものだ。

 

「……だが、あり得ないわけではない、か」

 

 彼女も一人の人間だ。原作通りに動くなどとは思わない。……宮崎さんの場合は逆に修正力でも働いてるのかと感じてしまったが、それはさておき。

 俺個人の意見だが、桜咲さんは原作からして他者に依存する悪癖がある。原作を過度に信用しないと直前に言ったばかりだが、この辺りの性質はそうそう変わるものでもない。三つ子の魂百まで、だ。

 対象が変われば行動も変わる。彼女が近衛さん以外の誰かを依存する対象と定めたのなら──確かに想定外の行動も起こり得るだろう。

 もっとも、主の意向に反して身分だ立場だを気にする古臭い人間であることも確かだが、この辺は単純な価値観の問題だ。あとから幾らでも矯正できる。

 まだ裏切り者だと決まったわけでは無いものの、グレーゾーンであることは確か。

 最悪の事態に備えて切り札を用意しておいたほうがいいかもしれない。

 

 

        ●

 

 

 夕刻、宿に戻って部屋で休んでいるとノックの音が聞こえた。

 誰が来たのかと思えば、桜咲さんだ。見張りとして外に出ているアーチャーを呼び戻そうかと思ったが、部屋の外に待機させておくことにする。

 報告があるというので部屋に招き入れ、適当に腰を下ろすと彼女は正座して話し始めた。

 

「奈良での自由行動の時間中、おそらく敵勢力と思しき人物と遭遇しました」

「敵勢力と判断できる相手だったんですか?」

「一応、神鳴流として繋がりはありますから。彼女の名は月詠。同年代の中でも飛び抜けて練達した剣士です」

 

 やはりあれは月詠か。

 同じ京都神鳴流だからつながりがあるというのも納得がいくが、それは自分から内通者ですと言っているようなものなのだが……まぁ、彼女からすれば単に「同門の姉妹弟子」であるというだけの話かもしれない。

 

「私は関東に行った時点で神鳴流を破門扱いされているので基本的に情報が入ってくることはないのですが、どうにも私の首を狙っている者が複数名いるようです」

「……桜咲さんの首を狙っている?」

「はい。麻帆良の中学に入るまでは同門の門弟と日々練磨していたのですが、実力主義の神鳴流においても男女の差別というのはやはりあるわけで……」

 

 ああ、男が女に負けるなんてあり得ないなんてプライドだけは一人前の雑魚がいたのか。

 妖怪を相手にする神鳴流がそんな凝り固まった価値観でいいのかという気もするが、本来の神鳴流はそれこそ彼女の言ったように「実力主義」なのだろう。

 

「破門されて出ていくとき、これが最後のチャンスだと思って私の首を狙いに来たところを片っ端から返り討ちにしたので逆恨みを買っているのだと」

「それを、その月詠さんから聞いたわけですか」

「まぁ、そうですね」

 

 首を狙いに行って返り討ちにされた挙句命を取らないとか、侍みたいなやつにとっては死ぬよりひどい侮辱かもしれないな。

 しかも相手は女。幾ら実力主義が罷り通る神鳴流でも、嘲笑は免れないのだろう。……俺の想像にすぎないが、神鳴流って修羅の世界だな。

 それはさておき、そのような情報を持ってきたということは彼女は味方なのだろうか?

 

「……一応言っておきますが、彼女は敵ですよ。私の首を狙っている他の門弟を斬り殺したうえで、私の首を狙っているようですから」

 

 競争相手を先に潰して、そのあとで宣戦布告に来たということか。彼女と桜咲さんの間には何かしらの因縁でもあるのだろうか。

 しかし、そうなると桜咲さんの立場がわからない。

 敵か味方か、疑心暗鬼になるのも行動を阻害するだけとはいえ、個人の護衛として派遣されている以上は護衛対象が一番危険という状況になってしまう訳で。

 情報の真偽まで疑い始めると雁字搦めで動けなくなる。こうなると「いどのえにっき」が欲しくなるところだが、一般人である宮崎さんと仮契約など以ての外だし、第一仮契約をしたところで本当に「いどのえにっき」が出るとは限らない。

 ヘラクレスもどちらかといえば武闘派のサーヴァントで知略知謀を駆使して相手を嵌めるタイプじゃないからな。頭を使うのはマスターである俺の仕事だ。

 

「なるほど、では月詠さんの相手は桜咲さんに任せることになりますが……実際、彼女はどれくらい強いんですか?」

「実際に剣を打ち合わせたことはありません。彼女は私とは別の意味で『特別扱い』でしたから」

「……『特別扱い』、ですか?」

「彼女は『人斬り』と呼ばれています。由来は、その名の通り人を斬ることを何よりも優先するから、です」

 

 ……原作からして彼女は戦闘狂の気があったが、この世界ではそれに更に磨きがかかったような状態なのか。物騒な呼び名だ。

 アーチャーはその月詠と一度戦闘しているわけだが、アイツは規格外だからなぁ。接近戦は避けろ、とアドバイスを受けているので素直に従うことにする。

 現段階で気をつけるべきだと判断しているのはおよそ二人になるわけか。

 フェイト・アーウェルンクスと月詠。現段階の俺では勝てないだろう二人は、アーチャーをうまく運用して戦うしかない。桜咲さんは現段階でグレーだから、最悪裏切る可能性も視野に入れておく必要がある。

 伝えておくのはそれだけだと言って桜咲さんは部屋から出ていき、俺は考え続けた。

 

「…………うーむ、どうしたものかな」

 

 戦力という意味でいえばこちらが優勢だ。アーチャーがいる以上は負けることはないと信じている。

 が、絶望的に手が足りない。桜咲さんが敵に回った可能性を考えた場合になるが、俺とアーチャーだけで近衛さんが攫われないように注意しつつ生徒に被害が出ないよう留意し親書を届けろなど、無茶ぶりにもほどがある。

 仕方がないので、俺は瀬流彦先生の部屋を訪ねることにした。

 

「あれ、ネギ先生、どうしたんですか?」

「ちょっと相談がありまして。お時間いいですか?」

「うん、大丈夫ですよ」

 

 比較的若い先生で、尚且つ魔法先生である瀬流彦先生。俺が親書を届けるにあたって補佐をすることになった(貧乏くじを引いたともいう)先生である。

 時間もそれほどあるわけではないし、桜咲さんが敵と考えた場合この人だって味方と断言できるわけじゃ……と思ったが、関西の過激派が過激派である所以を思い出して考え直した。西洋魔法使いと手を組んでいては本末転倒もいいところだ。

 なので、簡潔に事情を説明する。

 桜咲さんが敵である可能性を。

 

「……それ、本当かい?」

「断言はできません。が、可能性があるというだけで保険をかける理由にはなるはずです」

「石橋を叩いて渡る精神は素晴らしいと思うよ。でも考え過ぎだと思うけどなぁ」

「それならそれでいいんですよ。杞憂だったって笑い話で済む話ですから」

 

 問題は杞憂にならず、笑い話で済まなかった場合の話だ。

 近衛さんが攫われ、生徒に被害が出て、関西の長が入れ替わって傀儡化され、関西と関東で戦争が起こる。考え過ぎだと思われるかもしれないが、原作でリョウメンスクナを復活させた時点で戦争秒読み段階である。エヴァが処理したからこそ事なきを得たが、逆に言うとエヴァレベルが出なければ処理すらままならない怪物を使おうとしているのだ、過激派は。

 原作ネギ少年の放った「雷の暴風」ですらダメージを碌に与えられない、「紅き翼」がどうにかしたという怪物を持ち出される可能性を危惧すれば、先んじて芽を潰しておきたいと考えるのが当然だろう。

 アーチャーがいるから、というのは言い訳にすらならない。最悪の事態を引き起こさないように立ち回るのが「最善」だからだ。

 

「学園長に連絡を取ります。携帯を貸してください」

 

 数秒悩んだ瀬流彦先生は、立ち上がって鞄の中をあさくり、携帯を取り出す。

 あくまでも保険だという前提である以上、組織を大規模に動かすことは出来ないだろう。密会していたという確たる証拠があるならばともかく、昼間に堂々と会いに来ていたのだから桜咲さんが敵のスパイであるという可能性も決して高くはない。

 だから、動かすのは関東という組織ではない。

 

「魔法使いが携帯というのも何だけど、学園長に繋げてある。何とか説得してほしい」

「任せてください」

 

 最悪の場合に実害が出るのは京都にいる生徒たちだ。魔法使いである前に教師である以上、彼女たちに被害を出すことだけは絶対に避けねばならない。

 学園長に協力を仰ぐことになるが、切り札だけでも用意しておくべきだと判断した。

 数コールほど後に携帯が繋がり、学園長の声が聞こえてきた。

 

『……瀬流彦君かね? どうした?』

「学園長、ネギです」

『む、ネギ君か。何かあったのかね?』

「単刀直入に言うと、桜咲さんに敵スパイの疑いがあります」

『なんじゃと!?』

 

 俺の言葉があまりに予想外だったのか、学園長が驚きの声を上げている。

 軽く事情を説明すると、悩むように唸り声を上げた。

 

『むぅ……それだけで敵スパイの疑いというのは、ちと性急過ぎやせんかね?』

「疑いで済めばただの笑い話ですが、本当だった場合の被害が最悪になります。加えて、アーチャーが過激派と思しきメンバーと一戦交えました。中にはかなり出来るレベルの魔法使いがいるようですし、単純に手が足りません」

『成るほどのぅ……じゃが、こっちもそちらへ向かわせることの出来るメンバーなどおらんのだよ』

「わかっています。修学旅行の影響で魔法先生の手が足りないことも。なので、魔法先生ではない魔法使いを使います」

『生徒の中でアーチャー君をして「出来る」レベルの魔法使いを相手取ることの出来るものなど──』

「学園長、京都に封印されている妖怪で有名なものを知っていますか?」

 

 突然の質問に口をつぐむ学園長。こちらの真意を測りかねているような様子だが、この言い方は少し迂遠すぎたか。

 だが、学園長とて京都出身で関西から出奔した元陰陽師で魔法使い。京都に封じられている存在を多少は知っているはずだが。

 

「最も有名なものでいえば酒呑童子です。そして、近衛の血筋にはその手の『魔』を従える特殊な因子がある」

『……まさか、それを使う気だと?』

「可能性の話です。紅き翼が封じたという飛騨のリョウメンスクナかもしれませんし、牛頭天皇や崇徳上皇かもしれません。どれにしても名の通った神格、大妖怪です」

『そのレベルともなると、婿殿一人でも厳しいかもしれんな……じゃが、アーチャー君がいれば──』

「先も言いましたが、アーチャー一人では純粋に手が足りないんです。最悪の事態は出来る限り避けるようにしますが、絶対とは言い切れません」

 

 だから、桜咲さんの立ち位置が問題なのだ。

 彼女が本当に自分の意思で近衛木乃香の護衛をやっているのか、それとも誰かの命令で仕方なく護衛をやっているのか。あるいは近衛さんのためか、護衛をするよう命じた誰かのためか。

 アーウェルンクスもナギやラカンと同レベルの怪物だ。年老いた詠春さんではおそらく出来て時間稼ぎ程度。

 そちらにアーチャーと言う戦力を割くにしても、桜咲さんが裏切っていれば俺一人で四人を相手取らなければならなくなる。

 無論、近衛さんを諦めればアーチャーに絨毯爆撃でもさせることで倒せるかもしれない。神鳴流に飛び道具は通じないとはいえ、絶対ではあるまい。

 

「なので、最悪の場合はエヴァンジェリンの封印を解く許可を」

『……まさか、解けるのかの?』

「いえ、まだ研究段階ですから解くのは不可能です。ですが、学園長なら『登校地獄』を誤魔化すことは可能でしょう」

『む……確かに不可能ではないが』

「今すぐやれと言っているわけではありません。最悪の事態になったと判断したらすぐに連絡を取るので、エヴァがこちらに来れるようにして欲しいんです」

『むむむ……じゃが、彼女がやるというかどうかは別の話で──』

「僕がやれと言った──それだけで十分ですよ」

 

 エヴァは既に俺の軍門に下っている。つまり彼女は今俺の部下という訳だ。

 一応褒賞としてナギの情報、もしくは登校地獄の軽減を考えてはいるが。時間が無かったとはいえエヴァがナギの登校地獄に苦しめられていたことは知っていたのだから、基礎的な情報として登校地獄の呪いは俺も使えるようになっている。

 さて、学園長はどう出るかと思えば、聞き慣れた笑い声が聞こえてきた。

 

『ククク……この私をまさか顎で使うやつが出てくるとはな、少し感心したよ、ぼーや』

「あくまで最悪の事態に備えて──です。上手いこと役に立ってくれれば、登校地獄の呪いを何とかしましょう」

『ほう、吹かすじゃないか。ならばよし、準備だけはしておいてやる。京都全土を永久凍土に変えるつもりでな』

「やり過ぎた場合は呪いを更に強化しますので」

『むっ。いや、言い過ぎた。敵を永久に凍結する程度にとどめておこう』

 

 意外と扱いやすいな、この幼女。

 その後学園長に変わって二、三話し、準備だけはしておいてもらうように念を押しておく。

 願わくば、杞憂であってほしいものだが。

 

 



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幕間二

何時入れればいいのかタイミングを掴めなかったので今いれます(何


 私は世界に二人いる。

 

 未来(あっち)現在(こっち)に一人ずつ。

 

 

        ◆

 

 

 私が生まれた場所はどことも知れない山奥だった。

 小さい村落からも離れた、人のいない場所にひっそりと建つ一軒の家。私と両親はそこに住み、外界との関わりなど今となっては考えられないほどないままに幼少期を過ごしたのだ。

 日々を生きることで精一杯。

 糧を得ること以外に考えることなど無い。

 だけど、家においてある刀に魅了されて、私は父に剣を教わった。

 繰り返される同じ日常の中に一つだけ混じった異物。剣を振るだけの簡単なことでも、私にはそれが後々どうなるのかがはっきりと見てとれて(・・・・・)いた。

 それは『未来』だ。

 ただ愚直に剣を振るうだけでいいのかと疑問に思う私の目には、それがもたらす結果が見えた。

 魔を裂き、妖を切り、退魔のために鍛え上げられた剣術。

 剣は腕の延長だと教わり、そういう感覚に慣れるように振り続けた。

 それで終われば、私はきっと何も知らずに今もあの場所で剣を振り続けていたに違いない。

 

 ──転機は突如として訪れた。

 

 私の目は未来を視る。

 村にも一人だけいる胡散臭いおばあさんの理解不能な占いよりも余程信用出来る、絶対の未来。私が『こういう未来にしたい』と願えば、私の目にはそれを成すための行動が映る。それに従えば何の間違いもなく私の見た未来に辿り着く。それは『必然』だ。

 だから、それはきっと必然だったのだと思うのだ。

 何をしに来たのかはわからなかったが、閉鎖的な村にある日現れた謎の二人組。二人は剣を持ち、村の人々を次々に切り殺していった。

 目的も同様に知る由はない。

 興味もないのだから、別に知ろうとも思わない。

 私に言えるのは、その二人がいたから現在(いま)の素晴らしさに気付いた。それだけだ。

 肉を切り裂く刃物の感触。あげられる悲鳴、阿鼻叫喚の地獄絵図。ふりまかれた血潮は災禍の爪痕として村を赤く染め上げ、私は村の人々が全滅したのちに二人を切り殺した。

 確かに二人は強かったが、それだけだ。未来の見える私にとって、二人の剣に当たる理由がない。身体能力の差も、技術的な差も、『未来が見える』という一点だけで容易く上回った。気を扱うことさえ出来れば最低限のことが出来るのだから、ある意味でそれもまた必然だった。

 化け物でも見るような目で私を見る二人。

 二人には感謝をしようと思った。

 未来はあくまで『視えている』だけ。感触もなければ音もない。五感のうち視覚だけでしか得られない断片的な未来は確かに便利といえるが、私にとっては邪魔でしか無いものだ。

 刃が肉を切り裂いた。白い骨とピンク色の筋繊維。真っ赤に噴き出す赤い血潮。これは今にしかない。視えるだけの未来には、私が欲しいものなど無い。

 絶叫は耳に心地よく、死にたくないと死に物狂いで刃を振るうその姿に笑みを浮かべた。

 

 だって、無駄だろう、そんなもの。未来が見えている私に当たるはずがない。未来は確定しているのに変わるわけがない。

 

 つい(・・)調子に乗って両親まで切り殺したあと、私は途方に暮れた。

 村は小さいながらも共同体として存在していた。野菜を作るのも、魚を捕るのも、獣を狩るのも、私一人で賄うことは出来ない。このまま備蓄している食料を食いつぶして死ぬだけ。

 それは嫌だなぁと思ったけれど、どうしてかこの地獄から出たいとは思えず。

 そんな折、私は関西呪術協会とやらの長と出会ったのだ。

 

 

        ●

 

 

 私を引き取ることにしたらしい関西呪術協会の長は、長の一人娘と出会わせた。

 両親もいなくなり、一人ぼっちになった私が寂しがらないように──立場上易々と友人さえも作れない娘を寂しがらせないように、私を連れてきたらしい。

 嬉しい、という気持ちは当然あった。生まれてこの方友人なんていた試しがない。それが例え閉鎖的な村の中であろうと、私は常に異物だった。

 呪い子、あるいは忌子と人は呼ぶ。

 生まれてくるべきではなかったと村中から罵詈雑言を浴びせられたこともある。

 幼い私の理解できる言葉ではなかったが、確かな悪意を持ってぶつけられた言葉は私の精神を鬱屈させていた。

 臆病になっていたといってもいい。

 裏切られたことこそないが、それは初めから悪意を持って相手することしか考えていないから。両親以外の生物は皆自分の敵なのだと、幼いながらになんとなく理解はしていた。

 

「あなたの名前を教えて。うち、近衛木乃香っていうんよ」

「う、うちの名前は──」

 

 あの時の私は、諦観していた。

 人の振りをしていれば問題はないと長に言われたけれど、それはやはり本当の『私』を認めて貰えないことと同義で。

 私が私ではない誰かの振りをしていれば、痛みもないし苦しくもない。

 両親だって、最後は私を捨てた。

 生まれてくるべきではなかったと吐き捨てた二人。望まれて生まれてきたのではない私は、私ではない『誰か』の殻を被ることでようやくここにいることが出来た。

 両親からの最後の選別──名前という名の呪いを貰って。

 

 桜が咲く刹那のように生きる。

 それが、私の貰った『名』の呪いだった。

 

 未来を視る力も誰かに言えるはずはなく、ただ自分が変えられない未来を勝手に視て苦しむしかなかった。

 本当はわかっていたのだ。彼女はきっと裏切らないだろう。彼女は、このまま真実を語らずにいる限り私の境遇に同情こそしても敵意や悪意を向けることはない。──だが、今に至るまでにその『未来』を見ることはなかった。

 元より長期での未来を視たことなどほとんどない。精々が二三日程度の短い間隔で訪れる簡易的な未来予知。

 それでも、変えることは出来なかった。

 視た瞬間にその未来は『確定』する。今があってその結果として未来があるのではなく、未来という結果ありきの現在(いま)

 木乃香お嬢様が川でおぼれかけた時も、それを事前に知っていながら助けることは出来なかった。

 せめて、たった一人の友人である彼女のためになることがしたくて、私は剣を習い始めた。

 

 

        ◆

 

 

 京都神鳴流。

 退魔を旨とし、古来より日本の裏稼業をやってきた流派だ。その極地は『肉体に傷をつけることなく憑依した妖を斬る』ことであり、私の理想とは真逆を行く流派でもある。

 友人など出来るはずもなかった。どこから来たとも知れない不気味な女を、他の門弟たちは遠巻きに眺めて観察するだけ。話をするどころか近づこうとすらしてこない。

 もっとも、それは私にとって実に心地のいい環境だった。

 私が今を生きていると感じられるのは剣を振っているときだ。剣が肉を裂き血をまき散らして叫喚を上げさせるその瞬間だけは、過去も未来も現在も関係なく『私』の存在を感じられる。

 私の眼無しでも、私が門弟の中で最も熟達した剣士になるのにはそれほど時間がかからなかった。剣にかける意気込みが、情熱が、想いが違う。

 人間の力で人間以上の存在である妖魔と戦う以上、神鳴流という流派は他のそれよりもずっと才能の有無による差は大きい。何年も愚直に剣を振り続けても碌に奥義を使えない愚図さえ門弟の中にはいたのだ。

 そのくせ、プライドだけは一人前にある。

 年功序列など意味を成さない実力主義のはずの神鳴流の中でさえ、そんな屑が罷り通る。

 女だからと私の剣を奪い取ろうとし、あまつさえ暴行してどちらが上かを知らしめようなど笑わせる。

 だから斬った。

 神鳴流は得物を選ばないのに、この愚図は人の刀を奪おうとしたのだから、私は手刀で愚図の両手両足を切り裂いて徹底的に切り刻んだ。

 面白くない。

 あの時は確かに生きていると感じられたはずなのに、今の私は人を斬っても生きているという感覚がない。絶頂してしまいそうなほどの高揚感がまるで湧いてこない。

 何が違うのかと考えても、私はあまり頭がよくないからわからない。

 一先ずあの時と同じように、同門の門弟を次々に切り殺してみたけれど──やはり高揚感は得られない。

 

「面白いやつやな」

 

 私に目を付けられたのは普通の人よりちょっとだけ長生きをしているという関西の重鎮。

 私は彼に興味はなかったけれど、退魔にあって人を斬る私の剣を認めてくれるというから庇護下に入った。何時の世も私のような剣士は出てくるらしいし、協会に反旗を翻した術師を相手取るときには普通の神鳴流剣士だと足手まといになりかねないのだという。

 それも当然。

 何故なら、退魔の剣は元々人を斬るためのものではない。

 関西の長も元は人斬りで過去の大戦に参加していたというし、同門の門弟を切り殺したからと言っても反旗を翻したわけではないのなら多少の罰則で済む。

 それが実力社会の本質だ。日本の裏社会というのも中々にどす黒い。

 

「俺は関東なんぞ認めん。あの狸も中々どうしてやってくれおるが、俺らとて古来より日本を守ってきたんや。ぶっ潰してでもあの土地を取り返したる」

 

 一時期は東京の首塚に眠る平将門を使い、災厄を引き起こして関東を滅ぼす計画まで持ち上がっていたらしい。

 それだけ関東に恨みつらみがあるということであり、過激派が追い詰められているという証拠でもあった。

 実際、関東融和派が力を伸ばしてきている。おそらく関東の首魁の仕業だろうと彼は言っていたが、例によって興味はない。

 首塚の件もその後の対処に非常に手間取るうえ、元が特級の霊地ということもあって過激派でさえ二の足を踏むレベルの存在だ。私もあそこの封印を解けば、未来を視るまでもなく生きていられるとは到底思えない。

 手に持った刀の手入れをしながらそう思っていると、彼はおもむろに私の方を見た。

 

「……そやな、外側から崩すことが難しいなら内側から崩したるか。おい、お前ちょっくら麻帆良に転入してこいや」

 

 思わず私が呆れるほどに自信満々な顔で、彼はそう言った。

 

「期待しとんで、『一斬り』」

 

 

        ●

 

 

 麻帆良女子中等部。私の入るクラスはAで、木乃香お嬢様と同じだった。

 元より私の剣はお嬢様を守るために存在する。別クラスでもやり遂げて見せるつもりではあったが、お嬢様の祖父である学園長はそのあたりを配慮してくれたらしい。

 未来は変えられないが、逆に言えばお嬢様が危険に会う未来さえ視なければ安全だということ。加えて、私の視る未来は如何にしてお嬢様を危険から遠ざけるかを知るために利用できる。

 関東にいるということは、関西を裏切るということ。

 お嬢様がこちらにいるのだから仕方のないことではあるが、同門の門弟や師範たちからは猛烈に反発された。

 性格も気質も気に入らないと常々言われていたが、実力主義の神鳴流においては一人でも多くの強い剣士を育て上げることが協会の力につながる。それが寄りにもよって関西ではなく関東の協会の庇護下に入るなどあり得ないことだ。

 全てを捨てる覚悟があるか、と長に問われた。

 私にそんな質問をする意味が、私にはわからなかった。

 

 元より私には何もない。

 お嬢様との縁だけを失いたくないと感じるのだから、それ以外の何を犠牲にしようとも構わない。

 

 何も持っていないものに捨てる覚悟を問われても答えられるわけがない。だから私は、「私はお嬢様のために剣を振るうだけです」とだけ答えた。

 それだけが、私の唯一見つけた居場所だと思っているから。

 長はなんとも言えないような表情をしていたけれど、今麻帆良にいるということは少なくとも認めてくれたということだ。

 お嬢様のために命を捨てろと言われればそうするし、お嬢様の敵になるなら誰であろうと──例えお嬢様の友人であっても斬り殺す。

 惜しむべくは、「関西からの刺客である」という可能性を潰すために、中等部で過ごす間はお嬢様との接触を出来る限りしないよう言われていることか。

 疑われることには慣れている。敵意や悪意を受けることもなれている。

 同郷であり、関東関西の融和政策の一環でこちらに嫁いできた葛葉先生も似たような境遇だと聞いたが、浮気されて離婚したとかで同情されたこともあってうまくいっているらしい。

 対して私は友達と呼べる相手はお嬢様しかいなかった。まともに会話をするのも長、お嬢様、師範くらいで他人と話す話題も持っていない。同じ部屋になった龍宮とはそれなりにうまくいっていると思っているが、彼女は何時敵に回ってもおかしくない傭兵だ。

 神鳴流は武器を選ばないが、常に武器を携帯することにしている。

 何事もなく二年が経ち、三年になる。

 ネギ先生という驚きの相手はいたが、それ以外はいたって平穏と言っていい。剣の腕が鈍っていないことを祈るばかりだ。一応毎日振って修行はしているのだが。

 最大の難関であろう京都への修学旅行も、私は本来ならば反対する立場だ。

 学園長にも考えがあるのだろうが、今の京都は危険だ。活発になっている過激派の動きもさることながら、ネギ先生という特大級の爆弾が直接乗り込むというのだから穏健派もあまりいい顔はしていない。

 それでも、お嬢様がこれを機に一度帰省することを聞いたからにはそれに従うまで。

 私の最優先事項は、あくまでお嬢様の意思なのだから。

 

「ちょっといいかい、(あね)さんよ」

 

 修学旅行の朝、ネギ先生と話す機会がなかったからと言伝を頼まれたらしい使い魔のカモさんは、周りに気を付けながらしっかり伝えてくれた。

 

「兄貴からの伝言だ。『過激派の相手はこちらで何とかするつもりですが、桜咲さんは近衛さんを最優先で守ってください』ってよ。生徒の方は兄貴が守るそうだ」

 

 学園長から親書の受け渡しも頼まれていたはずだが、ネギ先生はそれよりも生徒の安全を優先するのだろうか。

 私は誰よりも優先してお嬢様を守る。ネギ先生がそれをどこまで理解しているのかはわからないが、先生もお嬢様を優先するよう言ったのなら問題はない。

 今のところ致命的なことが起こるような未来は視ていない。無事に修学旅行が終わればいいが──と思った瞬間にネギ先生は親書を奪われていた。

 唖然とした私だが、ネギ先生は焦ることもなくこちらを一度だけ見た。

 その瞬間に──私は未来を視た。

 突発的に視たその未来は、ネギ先生が初めて会ったときと同じようにアーチャーと呼ばれる大男を連れて長に親書を渡している場面。

 これを見たということは、少なくとも親書を渡すことに成功するということだ。心配する必要はない。

 だから、私はお嬢様の身を守ることだけを最優先にした。

 

 

        ◆

 

 

 謎の大男に監視されていたのを仲間のフェイトが気付き、未来視を以てしても手も足も出ない相手だと悟って逃走を決断した。

 強敵に挑むというのも中々悪くはないが、今捕まるわけにもいかないし戦闘不能にされるのも御免被る。

 血気盛んな小太郎は早々に正面から殴りかかって潰されていたけれど、フェイトが回収していたから別にいいだろう。

 多分、というより、まず確実に私たちの中で一番強いのは彼女だ。飛び抜けている、と言っても過言ではない。

 まぁ、私は人を斬れればそれで良いのだけれど──やはり、快感を得るにはただ斬るだけではつまらない。

 実力が離れすぎていては駄目なのだろうと思う。自分が強すぎれば瞬く間に敵を切り裂き血を浴びることになるし、敵が強すぎれば自分が何かをやる間もなく殺される可能性がある。それではとても退屈にすぎる。

 剣をぶつけあい、殺気をぶつけあい、実力の伯仲した相手と死と隣り合わせの殺し合いをするのが良いのだ。

 それが出来る相手自体少ないのだけれど──一応、目星はつけてある。

 

「初めまして、センパイ」

 

 初めましてと言っても、見かけたこと自体なら何度かある。

 門弟の中でもかなり出来る(・・・)方の逸材として師範が目をかけていたことも知っているし、それをよく思わない門弟が陰湿な陰口などを口走っていたことも知っている。

 それらは全てどうでもいい。

 ただ、私に釣り合うだけの敵対者が欲しい。強すぎず弱すぎず、死と隣り合わせの中で生を感じられるような殺し合いがしたい。

 未来を視る私とまともにやり合えるのは実力が隔絶しているフェイトやあの大男、それと長もそうだろうが、こうなると戦闘そのものが長続きしない。

 

「……お前は」

「月詠言います。噂はかねがね聞いてますえ、刹那センパイ」

「……なるほど、私もお前のことは聞いている」

 

 同門の姉妹弟子ということもあってか、私と彼女はよく間違えられる。

 見た目も、剣筋も、雰囲気も何もかもが全く違うのに、年が近いというだけで間違われる。上の人間がどれだけ個人を見ていないかがよくわかるというものだ。

 

「うち、強い人が好きなんです」

 

 弱い人に興味はない。

 

「剣を交えて殺し合って、死を間近に感じながら生きていることを感じたいんです」

 

 そのためには強い人が必要だ。

 

「なので──センパイを近いうちに殺しに行きます」

 

 結局はそこに落ち着く。

 彼女は実力主義の神鳴流にあって師範代が気にかけるほどの逸材だ。いわゆる天才の一種なのだろう。

 私の場合は相手をした師範代のプライドをズタズタに引き裂くまで剣を打ち合うことをやめないから、別の意味で気にかけられていたけれど。まぁ、そんなことに意味はない。

 未来を視ない素の実力でいえば、おそらくは彼女の方が一回り強い。

 事情は知らないけれど、彼女もまた私と同じように退魔にありながら人を斬ることを目的とした剣の持ち主だ。それは振るわれる剣を見ればわかる。

 だから──彼女となら、きっと今までで最高の快感を得られることだろう。

 そう考えると、私は思わず口元を緩めてしまっていた。

 



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第十八話

 

 多少の不安を抱えながら、修学旅行は三日目に入った。

 相変わらず騒がしい3-Aの生徒を宥めるのに忙しかったのはあったが、逆に言えばそれだけで済んだのは僥倖といえるかもしれない。

 襲撃されることもなく、ラブラブキッス大作戦などというアホ臭いイベントもない。教師陣が寝静まらない生徒に頭を痛めただけで終わった二日目の夜である。

 朝から元気の良いことで、事前に立てた計画を確認している超さんなどを除けば出掛けたくてウズウズしているようだ。

 まぁ、俺も親書を渡しに行かなければならないので今日は暇ではない。悪いが生徒の誘いは全てパスさせて貰う。

 そう思っていたが、当然のようについてくる宮崎さんたちの班。

 

「……僕は行くところがあるんですが、班で行くところは決めていないんですか?」

「まーね。特にこれと言って予定はないかなー」

「ゲームセンターで関西限定のカードでも手に入れに行こうかと思っていたです」

 

 早乙女さんが頭の後ろに手を回しながら俺の言葉に返答し、綾瀬さんがそれに付け加える。

 しかし、関西まで来てゲームセンターで遊ぶとは……なんというか、面白みがないのではないだろうか。本人がいいならそれでもいいだろうが、何か見に行くなり食い倒れなりやることはあるだろうに。

 

「ネギ先生はどこにいくつもりなの?」

「行くところはいろいろあるんですが、まずは近衛さんのご実家ですかね」

「うちの実家?」

 

 きょとんとした顔をする面々。桜咲さんだけは相変わらず無表情だが、今更気にすることでもない。

 近衛さんの実家に行くのは親書を届けると同時にナギの別荘の在処を聞くためでもある。やることが多くていろいろ大変だ。

 

「なんで木乃香の実家に?」

「学園長から仕事を頼まれているんですよ。近衛さんのお父さんに重要書類を渡すことと、もう一つ別件で私事もあります」

「ふーん。修学旅行に来てまで仕事かー……先生も大変だね」

「……パル。修学旅行は元々生徒の見聞を広めるための行事ですよ。先生にとっては紛れもない仕事の一環です」

 

 綾瀬さんの言うとおりだが、今となっては有名無実も等しいし、そもそもその修学旅行中に別の仕事なんて普通は持ちこまない。多分。

 先生たちも先生たちで割と楽しんでる部分があるから、修学旅行っていうのは学業の合間の休みみたいなものだと俺は思っているわけだが、今は関係ない。

 

「ずっとそこにいるわけではないですが、行くというなら時間をずらしたほうがいいと思いますよ。僕は早めに行って仕事を片付ける必要がありますから、その間近衛さんはお父さんと話すことも出来ないでしょう」

「そうだね、木乃香の実家も見てみたくはあるけど、先生と時間が被ってると迷惑だろうし」

「仕方ないですね」

 

 意外とあっさり引いてくれたが、事は俺に関するだけじゃなく近衛さんにも関わるからな。積もる話もあるだろうが、同時に行っても迷惑だと察してくれたのかもしれない。出来れば来ないでほしいというのが本音だが、無理にストーカーされるよりは別口で行ってもらった方が内々に処理もしやすい。

 アーウェルンクスも殺人は基本的にしないようだし、組織に属する以上は一般人相手に殺戮をするような連中ではないはずだ。……まぁ、どの道アーチャーに監視して貰う以外対処する方法はないのだが。

 後ろで雑談していた宮崎さんと神楽坂さんもその案に同意したようで、しばらく京都を散策してから近衛さんの実家に行くことにしたらしい。

 近衛さんも割と早い時期から麻帆良にいたし、地元っていう感覚はあまりないかもしれない。旅行会社のパンフレットを見ながら行くところを探しているのを見ると余計にそう思う。

 その間に宮崎さんを少し離れたところまで連れて行く。

 

「え、えっと……」

「この間の返事ですが」

「あ、あうぅ……その、えと、私が気持ちを伝えたかっただけで、返事は別に……」

「いえ、僕も恋愛というのはよくわからないので……教師と生徒という立場もありますし、まずは友達から、ということでどうでしょう」

 

 これでも問題あるかもしれないが、年齢でいうならむしろ俺の方が低いからな。原作でも思ったが、これはこれで無難なところに落ち着いたということだろう。

 最後に桜咲さんの方を向き、儀礼的に「近衛さんを任せます」と小さく告げて、頷いたのを確認してから立ち去る。

 信用出来るかどうかでいえば否に傾いている今だが、アーチャーをこのあたりで最も高い位置に配置している現在、彼女が裏切ってもすぐさま駆けつけられるようにしている。どちらかといえば俺よりもそちらを気にするように言ってあるからな。

 俺の場合は緊急だったら令呪を使えばいいわけだから、この配置が最善だと思っている。

 ともあれ、正攻法で抜け出した俺は単身で関西呪術協会へと向かうことになった。

 

 

        ●

 

 

 伏見神社のように多数の鳥居が立ち並ぶ石段の前。

 夜に行くと幽霊でも出そうな感じだ。霊体って意味なら普段からアーチャーで見慣れてるが、あれとはまた意味合いが違うし。

 まぁ、グズグズしているほど暇はない。過激派の妨害が来ることは予想済みだし、あとから来るであろう近衛さんたちのためにも罠の類は念入りに潰しておかねばならないのだから。

 ということで階段をのぼりはじめ、いくつか仕掛けられていた罠を潰しつつ進む。

 罠というか、これは結界だな。原作でも言われていた無限なんたらの咒法。対象を切り取られた空間内に隔離する結界だ。

 わかりにくいし陰陽道に詳しくない俺では危うく引っかかるところだったが、注意してみれば鳥居の裏に符が貼り付けてあったので何とか気付けた。

 あとはどれほどのものかと考えていた時、彼は目の前に現れる。

 

「結界見破るとは思わんかったが、中々楽しめそうやな、お前」

 

 体の節々に包帯を巻いた学ランの少年──おそらく犬上小太郎──は、蜘蛛の式を携えて現れた。

 どうせなら奇襲でもすればよかったのにと思わなくもないが、こちらに都合がいいので言うことはない。されたとしても対応は可能だがね。

 

「……過激派かな?」

「せや。お前の持っとる親書、渡してもらうで」

「大きい口を叩くなら勝ってからにして欲しいものだけど」

「は、言うやないか西洋魔術師。なら──力づくで奪ったるわ!」

 

 『気』を使った身体強化。鋭い踏み込みと速い拳。

 大口叩くだけはあってそれなり以上には出来るようだが……まぁ、相手が悪かったと思って貰おう。手早く『戦いの歌』を発動させ、動きを見切る。

 はっきり言って、この程度なら相手にならない。普段からアーチャーの動きを見て、少し前にはエヴァと死闘をやったのだ。動きがスローモーションに感じられる。

 初撃に続いて顔を狙って振るわれる拳をいなし、密着した状態で拳を小太郎の脇腹にそっと触れさせるように当てた。

 

「魔法の射手、連弾・雷の十七矢」

 

 魔法の射手という術は基本的な術なだけあって応用性が非常に高い。一撃一撃の威力は術者の力量に左右されるものの、使い手によっては無数の魔法の射手を束ねて弱い一撃を圧倒的なまでの破壊力に引き上げることが出来る。

 俺がやったのはまさにそれ。

 手から放出し、散弾のように散らばる前の収束した状態で敵にぶつけ、その威力を跳ね上げる。

 あばらの一本や二本くらいは折れたかもしれないが、高い授業料だと思って諦めて貰おう。

 血を吐いて吹き飛ぶ小太郎を尻目に、おそらくは壁として用意したであろう蜘蛛の式神を一瞥して石段を再度昇り始めた。

 

「ま、待てや……!」

「……骨の一本くらいはいっているはずだ。余り動かない方がいい」

 

 小太郎の方を見ると、服の内側から見えるいくつかの呪符。陰陽道に関してはそれほど詳しくないものの、攻撃のあとにあれが破れて落ちたということは防御用の呪符なのだろう。

 物理攻撃はほとんどしていないからな。確かに呪符を仕込んでおけば魔法の射手の直撃を受けても立ち上がれるのは納得できる。

 それが賢明な判断かどうかはさておき、数度拳を打ちこんでいながらかすり傷一つ負わせられないのだから、彼我の差くらい理解してほしいものだが。

 傲慢と言われようが、俺と小太郎の間に埋め難い差が生まれているのは確かだ。弱者をなじるのもいびるのも趣味ではない。

 というか、基本的に俺が習熟した魔法は威力が高すぎて加減が効かないのだ。魔法の射手の本数を減らすくらいしか小太郎レベルの相手は出来ないし、それ以上を使うと下手すれば即死しかねない。

 非殺傷なんて便利な機能もないし。

 

「俺が……このまま、やられるわけないやろ!!」

 

 髪が白く染まって腰まで伸び、肌が白く染まって可視化出来るほど濃密な気が吹き出る。

 獣化。うろ覚えだが、小太郎は犬神の一族か何かだから使えたはずだ。

 奥の手だということはわかるが、果たしてどれほど強化がなされているのか──気にならないといえばうそになる。

 

「おおおおおおおっ!!」

 

 先程よりもより速く鋭い踏み込み。だが、それでも俺に傷を与えるにはまだ遅い。

 心臓を狙って穿つ貫手を弾き、そのまま回転して小太郎の脇腹を蹴り飛ばす。多少は硬くなったようだが、魔法使いのそれと違って呪符は障壁のように万能ではないらしい。

 

「ふっ!」

 

 息を吐き出すと同時に踏み込み、再度向かってきた小太郎を正面から殴り飛ばす。カウンターとしてはなった一撃はかなり効いたようで、口元から血を流して足元がふらついている。

 杖を持ってきていればヘラクレス直伝の杖術でもっと上手いこと戦えるんだが、生憎と持ってきていないので、昔少しだけかじっていた空手で相手をしているのだ。

 だがまぁ、こうなると余りよくない。

 元々俺の有利な距離は近距離ではあっても至近距離ではない。アーチャーがいれば話は別だが、今ここにはいない以上考えるだけ無駄といえる。狙撃して貰えば一瞬で片は付くが、それをやると小太郎の命の保証が出来かねる。

 これから融和をしようというのに、過激派だからと西洋魔法使いが殺してしまっては元の木阿弥だ。

 だから死なない程度に加減しつつ倒さなければならないのだが……時間をかけるのも余りよくないというのがまた面倒なところだ。

 

「……仕方ないな」

「なんや、捌けてるからってもう勝った気か!」

 

 随分とタフだ。これはもう本当に時間をかけすぎると厄介なことになりかねないので、次の一撃で決めることにする。

 というか、魔力と体力は出来る限り温存したい。おそらくは今夜あたりに仕掛けてくるだろうと踏んでいるため、対アーウェルンクスを想定するなら疲弊はなるべく少ないほうがいいのは当然だ。

 

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル。闇夜切り裂く一条の光、我が手に宿りて敵を喰らえ──『白き雷』・術式改変」

 

 貫手は駄目だ、殺しかねない。

 だから、比較的ダメージを浸透させつつ相手の動きを奪う打撃で落とす。

 『白き雷』を纏った右手で拳を作り、地面を陥没させるほど強く踏み込むと同時に胸の中央へと拳を叩きこんだ。

 

「ぐ、おっ──ッ!!?」

 

 『白き雷』の効果もあって体が麻痺しているであろう小太郎は碌に動けなくなった。目だけは諦めまいとしているが、根性論でどうにか出来るような差ではない。

 相手が格上であろうとも戦おうとするその意思を悪いとは言わないが、一般的にそれは蛮勇と呼ぶ。どうしてもそれをしなければなら無い状況ならばともかく、今回に限って言えばもっと手段はほかにあっただろう。

 こっちは楽できていいがね。

 

「『眠りの霧』」

 

 動けなくなったところで重ねて『眠りの霧』を使い、小太郎を眠らせておく。ここに置いておくと後からくる面々に邪魔になりそうなのがあれだが、連れて行く方法が無い。背負っていくなんて論外だしなぁ。

 ……放っておいていいか。しばらく寝たままだろうし、起きたとしても流石に一般人に手を出すことはあるまい。

 早めに本山を訪ねて捕縛をお願いしておけばいいことでもある。

 

「……彼がこちらに来たということは、残りが近衛さんを狙っているということか」

 

 それはそれで面倒だが、アーチャーを割り振れば最悪の事態は避けられる。親書を狙ってきたのが彼だけならそれほど重要視されていなかったのかもしれないが、関東と関西の関係性を変える一つの切っ掛けにはなるだろう。

 近衛さんに関しては、桜咲さんの立ち位置次第。

 今の俺は魔法使いである前に一人の教師だ。桜咲さんもまた俺の生徒である以上、敵だとしても更生の余地はあると信じるほかにない。

 幸い疲労は左程ない。アーウェルンクス相手に対等に戦えるとは思っていないが、足止めくらいなら可能だと思いたいものだ。

 何故アーウェルンクスだとわかったのかを説明出来ないため、「実力者がいる」という程度の警告しか詠春さんに出来ないのは痛いが──その分アーチャーに頑張って貰おう。

 そう考えながら、俺は関西呪術協会総本山へとたどり着いた。

 




次の投稿予定日は四月一日です。


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幕間三

 

 ネギ先生と別れた私たちは、どこへ行こうかとパンフレットと睨みあう綾瀬さんと早乙女さんを伴ってひとまずゲームセンターに来ていた。

 神楽坂さんと私を除く全員が関西限定のカードを手に入れると息巻いており、手持無沙汰となった私と神楽坂さんはゲームセンターの前で景色でも見て暇を潰す以外やることが無かった。

 無言の空間。私は自分から話題を振ることはないし、神楽坂さんは気まずい空気を感じているのかもしれないが、このまま穏やかなひと時を過ごすのも悪くはないと感じる。

 そうしていると、見慣れた顔の同級生が近付いてくるのに気付いた。

 

「おや、こんなところで何をしているのかナ、明日菜サンに刹那サン」

「京都まで来てゲーセンアルか?」

 

 こちらに気付いた超さんと古菲さんが声をかけてきた。

 それに続いて班員である長瀬さん、葉加瀬さん、四葉さん、春日さんもこちらに近づいてくる。普段私服で会うようなメンバーではないため、少しばかり珍しさがある。

 私服を持って来ずに制服でいる私は一人浮いている気もするが、そんなことをいちいち気にしていては護衛など出来はしない。

 

「まぁ、うん……関西限定のカード集めるんだって意気込んでるのよ」

「あやや。大変だねー、明日菜も」

 

 春日さんが同情するように苦笑している。ゲームセンターの中で熱中していたこちらの班員も超さんたちに気付いたようで、きりのいいところで切り上げて表に出てくる。

 

「おー、こんなとこで何やってんの?」

「それはこっちのセリフヨ。京都まで来てゲームセンターとは風情がないナ」

「いーじゃん別にー。でもま、目的のカードはあらかた手に入れたし、これからやることないのは事実なんだよねー」

「どこか行くところは決めてないのカ?」

「木乃香の実家に行こうって話になってるんだけど、ネギ先生も何か用事があるらしくて時間をずらしたほうがいいかなーって」

 

 ふむ、と超さんは納得する。

 関西の総本山でもあるお嬢様の実家に行くことは望ましくないのだが、お嬢様が行きたいというならそれに従うまで。私はお嬢様の命を守るだけで、それ以外のことには頓着しない。

 ネギ先生がどういう考えで一般人である早乙女さんや綾瀬さんたちを巻き込む危険のある総本山へ連れて行くような話をしたのかわからないが、優先順位だけは理解してもらいたいものだ。

 ──ふと、視線をずらす。

 飛ばされる殺気に気付いて視線を向けた先には、昨日の昼に宣戦布告をしてきた金髪の少女の姿。

 私同様、殺気に気付いた長瀬さん、古菲さん、超さんは同時に視線を交わしてこちらに視線を向けてきた。

 彼女たちは無関係だ。巻き込むわけにはいかないという訳ではなく、ネギ先生の負担が増えるという意味で、関わらせるべきではないだろう。

 首を振って「関わるな」と意思表示するも、二度目のアイコンタクトであちらの意思は固まったらしく、超さんが早乙女さんに声をかけた。

 

「これから私たちはシネマ村に行こうと思てるが、一緒に行くカ?」

「シネマ村かー。ま、暇つぶしには面白そうだし、私は別にいいよ」

 

 元より適当に歩き回るとしか考えていなかったためか、超さんの提案を否定することなく全員が賛成の意を示した。

 私はお嬢様が行きたいというならそうするだけで、もう一度だけ月詠の方を見て未来が視えないものかと目を凝らす。

 ……視たい時に未来が視れるわけではなく、突発的に、脈絡なく視えるそれを意図的に視ようとすること自体が無駄だと悟り、すぐに視線を逸らして歩き始めた彼女たちの後に続く。

 

「……なーんか、すっごいヤバいことに巻き込まれたような感じが……」

 

 春日さんの呟いた、聞こえるか聞こえないかというような小さい言葉だけが妙に耳に残った。

 

 

      ●

 

 

 シネマ村では有料で衣装の貸し出しが行われている。

 必要経費として生活費は振り込まれているし、仕事としてやっているのだからと長からその分の賃金を頂いてもいるため、懐にはそれなりの余裕がある。

 なので、お嬢様が望んだ結果として私は新撰組の格好をすることになった。

 

「……あの、これは……」

「これはヤバいね……超似合ってんじゃん」

「かっこええで、せっちゃん!」

「にんにん、拙者の忍者装束はどうでござるか?」

 

 普段から忍者のような言動をしている長瀬さんが忍者の格好をしているのはさておき、それぞれ好き勝手に衣装を選んで着替えた彼女たちは思い思いに店を冷かしている。

 一際目立つのはやはり一番可憐なお嬢様だが、忍ぶべき忍者の長瀬さんがスタイルも相まって異様に注目を浴びている。超さんと古菲さんの二人は和服を着て動きにくそうにしているが、どこぞの武士のような格好だ。

 神楽坂さんたちが店を冷かしている間に長瀬さん、超さん、古菲さんの三人がこちらに近づいてきた。

 

「それで、さっきのは何アルか?」

「誰かに狙われてるのでござるか?」

「……余り話すべきことではないのですが……」

「水臭いこというなヨ。クラスメートくらい頼っても構わないと思うヨ、私ハ」

 

 そもそも、魔法関係者以外にことの顛末を詳しく話すわけにもいかない。それは色々な意味でまずいことだ。

 だが、だからと言って彼女たちに引き下がるような殊勝さがあるとも到底思えない。三人ともそれなり以上の武術の使い手だと聞いているが、裏関係者はその一歩先を行くだろう。気を使えることを確認している長瀬さんはともかく他二人は危険に過ぎる。

 口を割らない私に業を煮やしたのか、超さんはため息を吐いて言葉を述べる。

 

「信用できないのはわかるし、巻き込みたくないと考えるのも理解できるネ。でも、話さないなら話さないで私たちは勝手に狙われてる誰かを守るだけヨ」

 

 具体的に誰が狙われているかもわかっていない。だが、クラスメートだから助ける。

 ……私には、超さんの精神が理解出来ない。

 二年間同じ教室で過ごした仲間だから命を賭けて助ける? 私にそのようなことは出来ない。お嬢様を守るためならば誰であろうと斬り捨てると決めているし、例えその相手が知り合いだろうと躊躇はしない。

 だが、それは私が幼いころからその為だけに生きてきたからだ。親を失くし、全てに裏切られたときに唯一裏切らないと感じた私の希望(ひかり)。たまたま同じ教室で過ごすようになったからと言って、そんなことが出来る道理はない。

 あるいは何か目的があるのではないかと考えるが、それこそ意味が無い行為だろう。

 仇名すならば即座に斬る。私に出来るのはそれだけだと、幼いころから十全に理解している。

 利用してもいいと言っているのなら利用させてもらおう。

 

「……狙われているのは木乃香お嬢様です。ご実家の家業絡みで、少々面倒なことになっていて」

「なるほど……マフィアの抗争みたいなものカ」

「平たく言ってしまえばそんなものです」

「それは厄介でござるなぁ」

 

 厄介で済む話なら良かったのだが、実際は対処そのものが厳しい段階に来ている。

 ネギ先生はどういう訳か私を疑い始めているようだし、関西の中でも指折りの剣士や術師が出張ってくるのは想像に難くない。私一人で完全に守り切れるかといえば否だろう。

 自身の実力のほどはわかっている。殺しの処女ではないが人を斬り殺して何も感じないわけではないし、師範レベルが出てくれば容易に苦戦する。

 悔しいが、ネギ先生の使い魔であるアーチャーという人に期待をかけるしかないのだ。

 

「微力ながら、クラスメイトのよしみで拙者も手伝うでござるよ」

「そうアル。皆ぶっ飛ばせばいいアルよ」

 

 手練れが来た場合、彼女たちでも対応は難しい。というか、考えなしに暴れられるのも困る。

 まぁ、詳しい事情は話せないのだから仕方のないことだろう。その割に超さんは何か悟ったような雰囲気を出しているのが気になるところだが。

 

「……とりあえずは大丈夫だと思うネ。一般人が多いところではマフィアだって動かないヨ」

 

 マフィアではないのだが。

 それはともかく、超さんのいうことにも一理ある。あちらとしても余り表沙汰にしたいことではないし、秘匿という点から見ても下手に手を出しては来ないはずだ。

 ──と、思っていたのだが。

 古い馬車のようなものに乗って、月詠は白昼堂々と姿を現した。

 

「どうもー、しんめ……こほん。そこの東の洋館のお金持ちの貴婦人にございますー。そこな剣士はん。今日こそは借金のかたにお姫様を貰い受けに来ましたえ」

「……正面から連れ去りに来るとは思わなかたヨ」

「お嬢様は私が守る。連れて行かせはしない!」

 

 超さんはやや頭が痛そうに指で額をつついている。

 シネマ村では客を巻き込んで劇が始まることがあり、おそらくはそれに乗じてお嬢様を連れ去ろうとしているのだろう。

 私の返答に当然とばかりに長瀬さんと古菲さんが頷き、それをみた月詠は「仕方ありませんなー」と手袋を投げて渡してきた。

 

「お姫様を賭けて決闘を申し込ませていただきますー。場所はシネマ村正門横『日本橋』に、三十分後にて──」

 

 彼女は『人斬り』だ。お嬢様を狙っているのは確かだろうが、それはあくまで依頼人の願い。彼女自身はお嬢様を守る私のような護衛を斬りたいと思っているのだろう。

 その証拠に、彼女の意識はほかの誰でも無い私を向いている。先日の宣戦布告のことも相まって余計にそう感じた。

 ぶつけられる殺意に淀みはなく、ピリピリと肌を刺す。

 その月詠が、私から視線を逸らした。

 

「…………?」

 

 奇妙なものでも見るように超さんの方へと視線をずらした月詠は、何か考え込むようにしてその場を後にした。

 

 

        ●

 

 

 三十分後、私たちは日本橋へと来ていた。

 月詠の言葉を無視して出ていこうにも、出入り口である正門の近くが決闘場所に指定されては逃げようが無い。壁を超えてもいいが、目立つ行動は控えるべきだと判断した。

 妙に大量の観客がいるあたりやりにくくて仕方ないが、この程度のことで心を乱していては剣が鈍る。

 日本橋の上で佇むドレス姿の月詠は、笑みを浮かべて口を開いた。

 

「ぎょーさん連れてきはっておおきにー。楽しくなりそうですなぁ」

 

 既に両手に刀を持ち、臨戦態勢を維持している。漏れ出る殺意を浴びて背後のお嬢様が怯えているが、月詠から守るように間に立って長から預かっている刀──『夕凪』を構えた。

 こちらには超さんや古菲さんを含めて一般人が加勢すると言っているし、その後ろには観客である一般人もいる。そちらをどう対処するつもりなのかと思えば、月詠は呪符を使った疑似的な百鬼夜行を呼び出した。

 

「ま、害はありませんからなー」

「……ならいいがな」

 

 無双している約三名から意図的に視線を外し、一歩踏み出すと同時に月詠が飛び出した。

 私の刀は野太刀だ。月詠の持つ二刀よりも長い分、懐に入られると取り回しづらい。

 一歩分だけ距離を長めにとるよう意識しつつ、怒涛の勢いで放たれる連撃を捌く。確かに驚異的なほど強いが、勝てないことはないだろう。

 致死の一撃が来ることを突発的に視たため、私は視たとおりに動いてその一撃を避ける。あちらもそれはわかっていたようで、手を休めずに急所を狙い続けている。

 じりじりと距離が詰められている。こちらの剣は相手に届かず、相手の剣は少しずつ私に当たり始めていた。

 

「く──ッ!」

「ふふ、中々やりますなぁ、センパイ。でも、この程度じゃまだまだ──」

 

 ゾッとするような殺意が吹き出し、またも突発的に未来を垣間見る。

 断頭の一撃を無様に転がりながら避け、追撃に備える。同じ神鳴流だからこそ、相手がどのような手で来るのかある程度は予測が出来た。未来を見たことも相まって確実に避けられたのは運がよかったというほかない。

 だが、状況は変わらない。

 まずい状況は依然としてそのままで、本物の刀を持った月詠相手に素手の超さんたちが挑むようなことだけはさせたくはないものだが──これは、私が斬られるのも時間の問題かも知れない。

 せめて相討ちに持ち込みたいものだが──と、考えた時。

 

「きゃっ!」

「──お嬢様!?」

「余所見はあきまへんでー」

 

 僧服を来た数人の男がお嬢様を取り囲むようにして立っていた。

 そちらに目移りした隙に斬り込まれたため、私も体勢が悪いまま月詠の剣を受けてしまった。うまく弾くことは出来たが、二撃目を捌けなければそのまま斬られる。

 だが、それを無視してでもお嬢様の方へ行かなければ連れ去られてしまう。

 無理矢理動こうとした私が視たのは、僧服の男たちを相手取る古菲さんと長瀬さんだった。

 

「クー! 楓!」

「任せるアル!」

「あいあい」

 

 気がつけば超さんが横合いから月詠を蹴り飛ばしており、体勢を立て直すことが出来た。

 しかし、あの僧服たちはおそらく神鳴流だ。気を扱える長瀬さんはともかく、古菲さんには荷が重いだろう。そちらの加勢に行きたいが、私は月詠の相手をするだけで手一杯だ。

 

「こっちは私に任せるネ。刹那サンは木乃香サンの傍にいたほうがいいヨ」

「しかし──」

「心配無用ヨ。自分でいうのもなんだガ、そこそこ強いと自負してるネ」

 

 グズグズしているとまたぞろ厄介ごとがやってくるヨ、と超さんはいう。

 反論したいが、京都は敵陣の真中。味方がいないわけではないにしても、圧倒的に不利なことに変わりはない。

 政治的な理由など知らないが、お嬢様の身すら守れないのでは何のために剣を習ったのかわからなくなる。──その為に必要なら、誰であろうと犠牲にしよう。

 

「……彼女の相手は任せます」

「合点承知ヨ!」

「逃がすと思うてるんですかー?」

「追わせると思うなヨ」

 

 超さんは素手にも拘らず月詠の刀を捌いて弾いて吹き飛ばす。先程までの洗練されていた月詠の動きが、奇妙なほどに精彩を欠いているのが気になる。

 

「さっきから無駄なことをやってるネ。──生憎、私にその"眼"は通用しないヨ」

 

 お嬢様のもとへ向かう直前、月詠へ向かってそう告げる超さんの言葉が聞こえた。

 




エイプリルフールッ!


……ってやろうと思ったんですが、ネタがありませんでした。
アーチャーが目立たないのでいっそ魔人アーチャーにしておけばと思ったりもしたもんですが、性格と口調がよくわからないので没。ヘラクレスも似たようなもんですが。
別鯖ネタは中々難しいところです。


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第十九話

前回までのあらすじ

エヴァンジェリンを下したネギとアーチャーは修学旅行で京都へ向かう。
桜咲刹那の裏切りを警戒し、フェイト・アーウェルンクスを警戒し、近衛木乃香と一般人全員を守り切るには猫の手でも借りたい状況だった。
学園長に頼んでエヴァの救援準備を整え、関西呪術協会の本山へ向かう途中で犬山小太郎を倒して本山へ到着する。
一方、桜咲刹那は月詠と戦い、木乃香を連れてシネマ村を脱出し一路本山へと向かうことに。




 

 

 派手に出迎えられ、今は少々立て込んでいるということで待たせてもらうこと三十分強。

 緑茶とお茶菓子を手に侍女さんと軽く世間話をしていると、アーチャーが実体化したまま傍に来ていた。

 侍女さんには事前に退出して貰い、アーチャーへと視線を向ける。

 

「何かあったのか?」

 

 普通なら念話で済むだろうが、どうしてかアーチャーはわざわざここまで出向いた。近衛さんの監視も仕事の範疇のはずだし、それを放棄してまで来るというならそれなり以上の理由があるはずだ。

 実際、厄介ごとのようだった。

 実体化したアーチャーの手にあったのは携帯電話だ。無論俺はアーチャーに携帯など持たせない。

 つまり、これは──

 

「戦闘した二人の女性のうち、一人が落としたものです。あるいはこれから敵が辿れるやもしれません」

「…………」

 

 携帯を使うことに異議はない。魔法使いでも便利だと思えば機械を使うことはあるだろう。実際、麻帆良の魔法教師だって文明の利器を使いこなしている。型月の頭が固い魔術師とは違う。

 だが、それを奪われる可能性を危惧していない、というのはやや楽観的に過ぎる気もする。

 後ろめたいことをするならプリペイド式の携帯で非通知設定をすれば簡単に使い捨てに出来るし、足取りを追われる可能性もほとんどない。

 ゆえに、アーチャーが持ってきたストラップがじゃらじゃらついた明らかに「私物」と言えるような携帯には逆に警戒心を抱いてしまう訳だが。

 これも心理戦の一種と考えるなら、罠と言ってもいいだろう。敵とつながっていると錯覚させれば相手の陣営を弄せず自壊させてしまう可能性だってあるわけだからな。

 まぁ、そのあたりは政治屋でもない俺の考えることではない。

 そう考えていると、襖の向こう側から関西呪術協会の長の準備が出来たと報告を受けた。

 

「すぐに行きます。報告すべきこともありますから」

「では、僭越ながらご案内させていただきます」

 

 広い和風の屋敷は迷ってしまいそうになるほどだ。これに住むというのは色々と大変だとは思うが、組織としての見栄もあるのだろうな。

 アーチャーは俺が携帯を受け取って霊体化させている。一応関西の長にお目通りしておいた方が何かと都合がいいだろうし、彼曰く「それなりに手応えはあった」ようだから。

 しかし、なんだ。楽観視していた訳ではないが、アーチャーがいればアーウェルンクスに関しては問題はないだろう。あと問題があるとすれば、天ヶ崎千草以外の関西の内憂か──

 そう考えていると、一人の老人とすれ違った。

 

「──ほぅ、奇妙なもん連れとるようじゃのぉ」

 

 思わずといった様子で漏れた言葉が聞こえたが、俺は振り返ることはしなかった。

 関西において俺は外患に等しい。関西内部の誰を信用すればいいかわからない以上、長を除いて全員を疑ってかかるべきだ。

 故に、振り返る必要はない。すれ違った際に顔は覚えた。

 

「こちらで長がお待ちしております」

 

 侍女さんの言葉に頷き、襖を開けて一礼する。

 奥にいたのは痩身の眼鏡をかけた男性。やややつれているようだが、彼が関西の長である近衛詠春さんだろう。事前に見せて貰った写真と同じ顔をしている。

 立ち上がって笑みを見せる彼に対し、俺は対面まで進んで懐から親書を取り出す。

 

「こちらが関東魔法協会、麻帆良学園学園長近衛近右衛門から関西呪術協会が長、近衛詠春様への親書です」

「確かに。──私も東の長の意を汲み、東西の仲違いの解消に尽力するとお伝え下さい。任務ご苦労様、ネギ・スプリングフィールド君」

「承りました」

 

 続いて後ろに控えるアーチャーを紹介し、彼の持ってきた携帯電話を詠春さんへと手渡す。

 どれほど役に立つかはわからないが、無いよりはマシであろう。貴重な情報源だ。

 ついでに、私事ではあるが一つだけ聞きたいことがある。

 

「父さんと共に魔法世界の戦争に参加したと聞いたのですが、一つだけ質問をしてもいいですか?」

「構いませんよ。私にわかることであれば」

「──蒼崎、という名に聞き覚えはありますか?」

 

 アルビレオ・イマ──もといクウネル・サンダースから聞いた過去の人物。杞憂ならばいいのだが、どうにも気になって仕方がない。

 二十年前の大戦に参加しているのかもわからないし、その人物が何を目的として動いていたのかもわからない。令呪を持った赤髪の少年と言われると俺が過去に行ったとしか思えないが、別の可能性が無いともいえないのだから。

 

「……蒼崎、ですか」

 

 ふむ、と少し考え込むように腕を組む詠春さん。

 やや長い沈黙の後、詠春さんは俺の方を向いて口を開いた。

 

「二十年前に関連して蒼崎という名が出たということは、誰かから聞いたのですか?」

「はい。アルビレオ・イマ──今はクウネル・サンダースと名乗っている方から」

「なるほど、アルから……結論から言うと、私たち『紅き翼』はそれほど蒼崎と名乗る少年と接触があったわけではありません。私たちとの接触を必要最低限にしていたようにも見えますし、何かを隠していたことは確実でしょう」

 

 ただ、と詠春は前置きをして。

 

「最低でももう一人、行動を共にしていた人物がいます」

「行動を共にしていた人物が……」

「最低でも、ですよ。加えてあと一人、協力者がいるかもしれません」

 

 詳細は詠春もわからないという。

 背格好は先に行った赤髪の少年と、少年よりも背の高い黒髪の少女。認識阻害のかかったローブを常日頃から着用していたせいでそれ以上のことはわからなかったようだが、俺としては十分な収穫である。

 礼を言い、詠春さんと共に広間を出る。

 

「ネギ君はこれからどうするのですか?」

「ひとまず宿に戻って、学園長に仕事の報告でしょうか。今はまだ、長居するのはいい目で見られないでしょうし」

「……そうですね。申し訳ないですが、そちらの方がいいでしょう」

 

 別に皮肉を言ったつもりはないのだが、詠春さんにはそう取られてしまったらしい。苦笑交じりの顔を見ていると、やっぱり内政向きの人では無いように思える。

 本来の近衛の血筋である木乃香さんの母親に関して、訊きたいことがない訳ではないのだが……まぁ、そこまで行くと深入りし過ぎだ。部外者が聞いていいことでもあるまい。

 門まで見送ろうとしていた詠春さんの前に、侍女さんが現れて小さく耳打ちをする。

 

「ふむ……ネギ君。どうやら、木乃香を含む君の生徒たちがここに来ているようだ」

 

 

        ●

 

 

「案外遅かったですね。自由時間はそれほど残ってませんよ?」

「いやー、シネマ村行ってたら遅くなっちゃってさー。私たちももう明日でいいかなー、って思ってたんだけど」

「すみません、私が少々無理を言ってしまって」

「ああ、いや、いいっていいって。私たちも木乃香の実家には興味あったしさ」

 

 日が傾いてきている今、近衛さんの実家であるここを訪れてもそれほど滞在できない。だから明日にしようと綾瀬さんたちは思っていたようだが、桜咲さんがやや無理矢理に連れてきたらしい。

 まぁ、現状近衛さんにとってどこが安全かと言われれば関西の本山である実家だと判断するだろうし、そう考えるとおかしくはないのか。

 しかし俺が気になるのはそこよりも。

 

「まさか超さんたちも来ているとは思いませんでしたよ」

「ま、私たちは勝手についてきただけヨ。木乃香サンの実家に興味もあったしネ」

「でっかいアルなー」

「侍女さんの数も凄いでござる」

 

 綾瀬さんたちの後ろについてきていた超さんたちの方だ。春日さんだけは微妙に緊張した面持ちで固まっているが、西洋魔法使いだからって本山で手を出すようなことはないだろうから安心してほしいものだ。

 ちなみにアーチャーは霊体化させているため、この場の誰にも見えていない。周囲を警戒させているため、そもそもこの場にいないのだが。

 ともあれ、彼女たちまで来たのはやや計算外だった。

 近衛さんは詠春さんと久しぶりに再会したということで、少し離れたところで二人で話している。積もる話もあるだろうが、修学旅行中なのでそろそろ帰らねば時間的にもまずい。

 

「そろそろ帰らないと予定時間からオーバーしてしまうですよ、パル」

「そだねー。今から帰ると日が暮れそうだけど、急いで帰れば間に合うっしょ」

「木乃香サンの実家も見れて満足したし、そろそろお暇するヨ」

 

 彼女たちはぞろぞろと変える用意をしており、俺もそれに続いて帰ろうとしていると、詠春さんから声がかかった。

 

「それなのですが、もう遅いですし、こちらに泊まっていかれませんか?」

「申し出はありがたいのですが、今は修学旅行中の身でして……こう言ってしまうとなんですが、僕も生徒の責任を預かる立場なので」

 

 それに、関西の本山にいては内部抗争に巻き込まれる可能性が高い。彼女たちをここに留めておくのは不要なリスクを負うことに繋がるだろう。

 ……近衛さんと桜咲さんに関していえば、彼女たちの被保護者は詠春さんになっているらしいので特例措置として一泊くらいなら、とは思うのだが。

 合理的に考えると近衛さんと桜咲さんを本山に置いておいた方が何かと都合がいい訳で。教師としては失格の判断ではあるが。

 

「こちらで身代わりを立てておくことも出来ますが?」

「下手に呪術や魔法で誤魔化すと後々面倒ですよ。彼女たちは一般人なのですし、そういう手段は極力取らない方がいいと思います」

「……君は、まだ十歳だというのによく考えていますね。ですが、木乃香と刹那君に関しては今晩はこちらで預かろうと思います」

「被保護者が詠春さんである以上、特例措置として説得できなくはないですが……」

「今晩だけで良いのですよ。明日には各地に散った関西の腕利きたちが戻ってきますからね。……それに、木乃香に関しても、もう隠し通すのは難しいでしょう」

 

 元々俺と同じで英雄の子供だ。色眼鏡で見られることは確かにあったが、彼女の場合は裏関係の事実を知らずに過ごしてきた。

 それを悪いことだとは言わない。裏の世界に身を置いているからこそ、娘には普通の生活をして欲しいと願う詠春さんの気持ちも確かに理解できる。

 だが、近衛さんの場合はその身に宿す魔力が異常だった。ナギを超えるほどの魔力を保有しているうえ、関西でも一握りの特別な血筋なのだ。一人娘である以上、何時までも隠し通すという訳にはいくまい。

 

「……分かりました。他の先生方には、僕から報告しておきます」

 

 ことは近衛さんの将来に関わる。修学旅行中にやらなくても、とは思うのだが、また京都に戻ってくるのが何時になるかわからないとなれば話は別。

 新田先生も口うるさくはあるが生徒に対して理解の深い人だ。理由をしっかり説明すれば、近衛さんにとって必要なことだと判断して貰えるだろう。

 ……事前に相談しろ、とは怒られそうだが。携帯を持っていないから仕方がない。

 

「ではみなさん、帰りますよ」

「ああ、山のふもとにバスを用意したので、そちらを使って宿まで帰ってください」

「そこまでしてもらう訳には……」

「いいんですよ。これくらいなら」

 

 笑みを浮かべながらそう告げる詠春さん。

 あまり好意を無下にするのも憚られるので、侍女さんの運転するバスに乗って宿へと帰ることになった。

 桜咲さんと近衛さんは大事な話があるから今晩は宿に帰らないというと、あからさまに残念な顔をしたのと目が輝いているのがいた。変なことを考えているのははたから見てもわかったが、その辺は生徒の自主性である。

 丸投げ、ともいう。

 ともあれ、アーチャーを本山の護衛で残して俺たちは宿へと無事につくことが出来た。

 明日には関西の腕利きが戻ってくる。なら、過激派が動くのは今夜になるだろう──やはり、切り札を切る準備をしておかねばならない。

 

 




私用で暇がなくなり、夏休みに入ったと思ったら艦これの夏イベで精神を削られ、瑞穂を諦めてようやく続きに着手しました。磯風が手に入ったからもういいです(

次はそれほど間が開かないといいなー、と思いつつ。


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第二十話

「俺を置いて散策した京都は楽しかったですかい、兄貴」

 

 宿に戻ってきた俺を待ち構えていたのは、やさぐれた様子で煙草を吸うカモ君。その不快な臭いに眉をしかめ、いざというときのために持たせておいた紙を回収する。

 これは緊急連絡用のもので、二枚一対で効果を発揮する。片方に魔力を送ればもう片方が反応して、何かあったと知らせるわけだ。

 携帯を持たない俺に代わり、瀬流彦先生にも一枚渡しておいたので緊急時には学園長に連絡する手筈になっていた。使わずに済んだのはよかったが、これから使う機会が訪れない訳じゃない。

 

「で、実際どうだったんですか、兄貴」

「楽しかったよ。京都の街並みを見るだけでもね。置いていったのは悪かったと思ってるけど、途中で過激派に襲われる可能性があったし。カモ君がいると巻き込む可能性もあったんだよ」

「……ま、そッスね。俺は留守番でよかったッスよ」

 

 身の危険があったというとあっさり前言を翻すあたり、小物臭が漂うカモ君。まぁ、そういうところも彼の強みだろう。

 彼は彼で色々と知恵が回る。ある種俺よりも知略に長けているかもしれないし、そうでなくても無下に扱うことはない……と、思う。

 いや、今はそれはいいんだ。

 

「ひとまず新田先生に報告をしないと。あと、今夜中にことが起きる可能性もある。カモ君は危ないからここにいてね」

「ガッテンでさぁ、兄貴!」

 

 危ないことには首を突っ込まない。余計な事態を引き起こさないにはこれを徹底すればいいのだけど、カモ君の場合エロが絡むと途端に信用なくなるからなぁ。生徒の下着が無くなってるとか、そんな事件が起きてなければいいけど。

 

 

        ●

 

 

 新田先生には事実をある程度ありのまま告げて理解をしてもらった。

 予定になかったが、近衛さんの将来に関わることで、なおかつ実家の家業に関することだから今日一日だけ例外を認めてほしい、と。

 詠春さんも気を利かせたのか学園長に連絡し、学園長から新田先生に話は行っていたようで、それほど時間をかけずに納得してもらうことが出来た。

 生徒一人の連絡のために学園長から連絡が来ることはそうそうないだろうが……まぁ、新田先生も知ってるだろうけど学園長も近衛さんの身内だしな。

 

「でも、本当に彼女たちを置いてきてよかったのかい?」

「おいてきてよかったというか、リスクを考えるとこれが最良ですよ。瀬流彦先生だって一般人を巻き込まれると困るでしょう」

 

 月詠の狙いは桜咲さんで、天ヶ崎の狙いは近衛さん。アーウェルンクスが何を狙ってきているかは知らないが、神楽坂さんは遠ざけておくに越したことはない。

 そう考えると、やはり今の状況は最高だといえる。教師としては失格の判断だが、アーチャーを配置しているから勘弁して貰いたいものだ。

 どこぞの正義の味方のように、多数のために小数を切り捨てようとは思わない。出来うる限り努力して、救える人は全部救う。例えどれほどの苦難が訪れようと、諦めなければ夢は叶うと信じているのだ。

 

「しかし、何時頃動くかな」

「予想はついているのかい?」

「今夜中に動くことは確実でしょう。時間帯までは予測できませんが、明日中には関西の腕利きが戻ってくることを考えると早ければ早いほど都合がいいはず」

 

 加えて桜咲さんの行動次第で状況はさらに悪化する。裏切らないことを願いたいものだけど、希望的観測で動くには俺と彼女の間に信頼関係が足りない。

 あくまで考え方はドライに。冷静に、最悪の状況をシミュレートして対策を考えなばならない。

 アーチャーの相手は十中八九アーウェルンクスだろう。それさえ防いでしまえば詠春さんとて負けはしないはずだ。……あくまで現時点で把握できている戦力比を考えれば、の話だが。

 内側から裏切りが出れば内心の動揺と戦力に多大な影響を与える。敵は過激派。天ヶ崎たちだけではないと仮定しておくべきだ。

 ……ここで厄介なのは、単純に数が多ければ良いという訳ではないというところか。魔法が絡まない通常戦闘なら対人戦闘の経験の有無があるとはいえ、武装と兵力の数は絶対的だ。

 だが、魔法使いを相手にする場合は単純に数の比だけで表すことが出来ない。個々人が一軍に匹敵する能力を持つ可能性がある以上、無意味とまではいわないが数の利は絶対的なアドバンテージではない。

 個々人の戦闘能力が対局を左右するなど、近代的な戦闘では基本的にあり得ない。多少の例外はあるだろうが。

 

「……面倒だな」

 

 時間はそれほど残されていないだろう。今日動かなければもう身動きが取れなくなる。

 おそらく天ヶ崎が落としたのであろう携帯には過激派組織の横の繋がり、あるいは縦の繋がりが白日の下にさらされる要因となるデータが入っているはずだ。それが本物であれ偽物であれ、詠春さんの手元にあるという事実は消えない。過激派にとっては分水嶺となるわけだ。

 夜は深まり、星が瞬く。

 お湯から立ち上る湯気を吸い込み、十分温まったと判断して温泉から上がる。その時だった。

 

『──マスター』

「動いたか」

『最初に動いたのは内側です。近衛詠春が撃退に動いていますが、純粋に手が足りません』

「お前の方には誰が来た?」

『先日も一戦交えた少女です。救援に向かいたいところですが、石化する術を使うようで下手に近づくと巻き込みかねません』

 

 アーウェルンクスは土で確定。石化されると面倒だからアーチャーの判断は正解として、内側に潜んでいたやつがいたか。

 ……誰であれ、詠春さんを相手取って近衛さんを攫うほどの術師がいるというのは厄介だな。

 どちらにしても切り札を切らなければ対処は出来ないと思っておこう。

 

「瀬流彦先生」

 

 同じように温泉から上がり、浴衣姿で緊張からかいている汗を誤魔化している瀬流彦先生に声をかける。

 俺は携帯を持っていないし、事態は一刻を争う。手早く学園長に連絡して貰い、エヴァを一時的に麻帆良の鎖から解き放つ。

 生憎と杖は持ってきていないので空を飛んでいくという手段は使えないが、エヴァの準備が整い次第転移でこちらに来るというのでそれで一緒に連れて行ってもらうとしよう。

 戦力を逐次投入する意味など無いし、情報共有という意味でも一緒に向かった方が何かと都合がいい。

 俺は多少でも情報を得ようと、準備を整えたのちにアーチャーと視界を共有して目を閉じた。

 

 

        ●

 

 

 まず最初に見えたのは一人の少女の姿。

 白い学生服に白い髪。人形のように整った顔立ちと能面のように表情を動かさない冷静さ。

 共有しているのは視界だけなので声は聞こえてこないが、ほとんど何かをしゃべる様子はない。そんな暇があれば攻撃の手を緩めないように魔法を行使している。

 

(厄介だな)

 

 アーチャー以外が触れれば石化する雲。当たった部分から石化していく無数の釘。石化の邪眼。

 土のアーウェルンクスは膂力に秀でるらしいが、基礎的なスペックの部分で並の魔法使いを大きく凌駕している以上、こちらで彼女と戦える戦力はアーチャーとエヴァの二人だけだろう。

 詠春さんは厳しい。長年前線から離れていただろうし、そうでなくても大戦から二十年たっているのだ。どんな人間でも老いには勝てない。

 距離を取るアーチャーに対して距離を詰めるアーウェルンクス。

 目で追えないほどの速度で放たれる矢はアーウェルンクスの動きを的確に牽制しているが、あの女はそれを見越したうえで魔法を使って一定以上の距離を開けられないように間合いを保っている。

 矢を放つ呼吸の合間に石化の雲で視界を遮ったアーウェルンクスはアーチャーの視界から消えたが、何を以てか上空に移動したアーウェルンクスをすぐに捉えた。

 

(どんな魔法が来るか)

『あまり周りに被害を出さない方がいいでしょうか?』

(気にするな。あれを相手にそれだけの余裕があるってのはいいことだが、取り逃がすと厄介だ)

 

 相手できる人間が限られている以上、足止めなり倒すなりさせなければならない。下手に動かれるとこちらに甚大な被害が出るのだ。

 アーウェルンクスが行使した魔法は莫大な魔力を持って形となり、巨大な石柱をいくつも空に浮かべた。『冥府の石柱』だ。

 

『撃ち抜きます』

 

 先程までと違い、力を込めるように大きく弓を構えたアーチャーは石柱の影に隠れているアーウェルンクスの位置を予測し、打ち放つ。

 今までのものとは比べ物にならないほどの魔力を込められた一撃は石柱を貫通し、奥にいたであろうアーウェルンクスを撃ち抜かんと貫通したのちに爆発を起こした。

 ……味方だからいいが、これを敵に回すような事態になれば逃げの一手すら打てないだろうな、これは。ケタが違い過ぎる。

 末恐ろしい一撃に驚いていると、急にアーチャーが横っ飛びをして背後に三連射。地面から上半身をはやした状態だったアーウェルンクスはアーチャーの行動にやや驚きをにじませつつ、放たれた矢を躱して代わりに地面から生やした石の槍を投擲する。

 当然、それを容易く躱すアーチャー。

 先程急に現れたのは、おそらく『冥府の石柱』で姿を隠したのちに転移魔法でアーチャーの背後に回ってきたのだろう。普通ならば完全な奇襲として成功するはずだが、アーチャーに対してその行動は成功しない。

 

(……アーチャー、奴から絶対に目を離すな。転移が使えるということは、何時でも戦闘から離脱できるということだ。こちらに来られると容易く戦線が崩壊しかねない)

『エヴァンジェリン嬢がおられるのでは?』

(エヴァでも相手は出来るだろうが、そう容易く飛び回られると対処に困るんだ。他との戦闘中に奇襲でもされるとエヴァでも一撃貰いかねない)

 

 一撃貰うだけで死にはしないだろうがね。何せ不死の吸血鬼だ。

 それはさておき、一番厄介なのはエヴァの存在に気付いて俺や他のメンバーから潰されるのがもっともやられたくない戦法だ。現状では石化を解呪する方法が無い。

 そこまで切羽詰った戦法をとってしまいかねないほど、俺たちは過激派を追い込んでいるともいえるのだが。どちらにせよ、もっとも安定してアーウェルンクスを抑えられるのはアーチャーを置いて他にはいないだろう。俺との連絡も容易いし。

 ……ここで仕留められるなら仕留めてしまいたいが、そう容易くやれる相手でもない。エヴァと違って時間制限があるわけでも無いからな。

 

(斃せるなら斃してしまえ。後願の憂いを断つ意味でもな)

 

 神楽坂さんの存在が気付かれていない今、アーウェルンクスが麻帆良に攻めいる理由は無い。だが、情報がどこから漏れるかなどわかったものではないし、そうでなくても時間が無いと彼らも焦っているはずだ。

 魔法世界を救う方法は俺も探しているが、成果は芳しくない。出来るなら『完全なる世界』の持つ魔法世界のデータが欲しいところだが、不可能だろう。

 ……魔法の根本について、もっと知識を得なければならない。魔法世界を構成しているのが文字通り魔法である以上、それが最も最善へとつながる近道だ。

 そういう意味では『完全なる世界』と目的は被っているといえなくもないが……連中は思想が凝り固まっている。まぁ、話し合いなんぞ無駄だろうな。具体的なプランを提示できないガキの言葉なぞ真に受けるのは狂人か阿呆だけだ。

 故に俺は俺だけで目的を完遂させなければならない。魔法世界の崩壊という事実をどれだけの人数が知っているかわからない以上、下手に助力を頼むとそこから情報が漏れてパニックが起こりかねない。

 あるいは、超鈴音ならば協力者足り得るかもしれないが。

 

「おい、ぼーや。寝ているのか?」

 

 聴覚は共有していないため、今聞こえた声は俺の側のもの。つまりエヴァが到着したのだろう。

 アーウェルンクスはアーチャーが抑えている。他の面子はわからないが、アーウェルンクスに匹敵する魔法使いがいなければそれだけでこちらが有利に傾く。

 近衛さんの現状が気になるところだが、それは本山についてからでいいだろう。

 俺はアーチャーとの視界共有を断ち、目を開いて黒いワンピース姿のエヴァを捉える。後ろには絡繰さんが佇んでおり、二人とも準備は万端という感じだ。

 

「アーチャーと視界を共有して敵の情報を集めていた」

「ほう、あいつを使わねばならないほどの敵がいるのか?」

「現状では一人だけ確認できているが、アーチャーに抑えて貰っている。問題はないだろう。他にそのレベルがいなければな」

 

 アーチャーに魔力を供給している関係でそれほど魔力を潤沢に使える状況にない今、当てになるのはエヴァだけだ。

 全力での戦闘はなるべく避けたい。魔力供給がなくても存在は出来るが、消滅させないように戦うとスペックダウンは避けられないだろう。

 そうでなくても事態は切羽詰っている。迅速に事態を終息させなければならない。

 

「では、征こうか」

 

 カモ君と瀬流彦先生は念のために宿に残し、エヴァは転移魔法で俺と絡繰さんを連れて本山へと向かう。

 

 

 



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第二十一話

 

 

 関西総本山の屋敷では断続的に爆発音が上がり、正面の入口で戦闘があっていることがわかる。

 俺とエヴァ、絡繰さんはひとまずそちらに向かい、詠春さんを探すことにした。指揮官が前線に出るというのは愚の骨頂だが、彼の場合は大戦の英雄と呼ばれるほどの剣士だ。守られるより前に出る方が性にあっているだろう。

 その辺の俺の予想は当たり、前線で剣を振るっておそらく過激派であろう敵を切り捨てている。

 ……実際に人が死ぬ現場に立ち会わせるのは初めてだな。イギリスの村では石化だし、エヴァとは殺す気で戦ったがそれは相手が不死だったというのもある。

 酩酊感を誘うような濃い血の臭い。吐くほどではないが、気分が悪くなりそうだ。

 

「……大丈夫か、ぼーや」

「心配されるほどではない」

 

 不快な臭いだが、慣れてしまえば左程のものでもない。意識を切り替え、俺は詠春さんと戦っている過激派の相手を見る。

 刀を使っているあたり、相手も京都神鳴流なのだろう。その背後には幾人もの陰陽師と思しき術者たち。

 五行思想の陰陽術に鬼や天狗を使役する術式と、彼らの使う術式は西洋のそれから見ても多岐にわたる。

 ともあれ、あれらをどうにかしなければ詠春さんとまともに話をする時間もない。

 

「エヴァ、正面にいる敵を片付けてくれ」

「殺し……は、駄目だろうな。仮死状態にしておけば文句も言われまい」

 

 直後に放出される膨大な魔力。

 学園の結界から解き放たれたことで取り戻した本来の力が、一握りの敵意と共にその手より放たれる。

 

「リク・ラクラ・ラック・ライラック。契約に従い、我に従え、氷の女王。来れとこしえの闇、えいえんのひょうが!」

 

 しかし、一体誰が四方150フィート完全凍結呪文を使えといった。詠春さんはこっちに気付いたみたいで範囲からギリギリ抜けられるだろうが、下手をしなくても味方を巻き込む形になってないかこれ?

 監督責任は俺にあるので、怒られるのは俺なんだけど。

 

「全てのものを妙なる氷牢に閉じよ──"こおるせかい"!」

 

 とりあえず視界に映る範囲での敵は氷漬けにしてやったわけだが、これ後処理が大変だな。詠春さんに丸投げという訳にもいかんだろうし……かと言って、最大戦力のエヴァを呼ばないって選択肢はなかったから仕方ない。

 怒られるで済むといいんだけど。

 

「助かりました、ネギ君、エヴァ」

「助けたのはエヴァだけですがね」

「監督責任はぼーやにあるとジジイが言っていたから、功績もやらかしたこともお前の責任になるがな」

 

 あのジジイ……!

 

「いえ、それは今はいいんです。木乃香さんは?」

「木乃香は連れ去られてしまいました……恥ずかしながら、穏健派だと思っていた者が裏切りましてね。これが術者として厄介なものですから、私が騒ぎに気付く前に木乃香を連れて逃げられてしまい……」

「……正面に殺到した過激派の相手をするために大立ち回りをしなければならなくなった、と」

「概ねそんなところです」

 

 なら、すぐにでも追いかける必要がある。

 ここからでも見えるが、アーチャーとアーウェルンクスのドンパチやっている音がかなり響いている。俺の魔力もそれなりに吸われているため、長期戦は不利だろう。

 最悪エヴァ一人でもどうにかしてくれるだろうが、完全な他人任せは性に合わん。

 足を引っ張りかねないというのは重々承知の上だが、やると決めた以上男に二言はない。

 

「ところで、桜咲さんはどちらに?」

「刹那君なら私と同じように他の神鳴流の相手をしていましたが、少し離れていたので……」

「……エヴァ」

「あっちにいるぞ。氷漬けにはなってない」

 

 心外だと言わんばかりに腕を組むエヴァ。悪かったと一言告げ、神鳴流同士の戦いで傷が多い桜咲さんを迎える。

 焦りと怒りで敵意が撒き散らされているが、今更俺やエヴァ、詠春さんはそんなことで動じるわけもなく。ピリピリとした雰囲気の彼女へ言葉を投げかける。

 

「近衛さんの救出に向かいます。桜咲さんも行きますか?」

「許されるのなら、私も共に」

 

 今の彼女は危険だ。実力的に月詠とどれほど張り合えるのかはわからないが、精神的にまずい状況にあることはわかる。

 焦りと怒りで我を忘れれば、倒せる相手も倒せなくなるだろう。

 エヴァもそれはわかっているようで、そこだけ何とかできれば桜咲さんも十分な戦力になると思う訳だが。

 

「桜咲さん。貴女が焦る理由も怒る理由もわかりますが、その状態では敵の剣士にやられる可能性が高い。まずは落ち着いてください」

 

 戦力が足りていない訳ではないのだ。

 練達の魔法使いであるエヴァと、その従者である絡繰さん。詠春さんは本山の守護もあって動けないだろうが、最悪アーチャーもいる。アーウェルンクスを縫い止められるのはアーチャーしかいないが、場合によっては呼び出さざるを得ない状況になるかもしれないからな。

 ともあれ、どんな状況であっても彼女は俺の生徒だ。むやみやたらに危険な場所へと連れて行くことはしたくない。

 エヴァはあれだから除外するけども。

 

「落ち着いたうえで、よく考えてください。エヴァがいる今、近衛さんを連れ戻すことは可能でしょう。そこに貴女まで行く必要はない」

 

 冷静に状況だけを見るならば、近衛さんを連れ戻しにかかるのは俺たち三人だけでも十分だろう。エヴァの実力がチートクラスだから言えることだが、そうでなければなりふり構わず助力を募る。

 アーチャーが使えない以上はフォローできる部分も限られるのだ。生徒にけがをさせたくないというのは教師として当然のことでもある。

 それでもなお近衛さんを連れ戻すためについてきたいというのならば、そうすれば良い。

 危険があることを承知で選ぶのならば、俺はその選択を尊重する。

 

「それでも、私はお嬢様の護衛として過ごしてきました。ここで救出されるのをただ黙ってみているだけなど、出来ません!」

「……そうですか。では、すぐに出発します」

 

 エヴァに最悪の場合のフォローを目で頼み、仕方ないとばかりにため息を吐くエヴァ。俺の配下と対外的にはなっているものの、これは実質エヴァへの借りが出来たということだ。

 後で登校地獄を緩める方法を探さなければな。

 

「申し訳ありませんが、私は行けません。本山が落とされては事態がより厄介なことになりますし、過激派も後がないため、かなり攻防が激化しています」

 

 詠春さんは悔しそうにそう言う。

 組織の長であることに縛られるというのは、権力という便利なものを手に入れる反面動きづらくなるということだ。

 だが、近衛さんを連れ戻した後にここで防衛線が出来ると考えれば拠点防衛は重要だ。

 

「では、出発します」

 

 連中のいる場所は詠春さんの部下が追跡しているようで、逐一使い魔を通して報告してきているようだ。

 向かった先は湖──よって、やはり目的はリョウメンスクナなのだろう。

 時間もそれほどないため、俺たち四人はすぐに湖へと向かって急いだ。

 

 

        ●

 

 

 鬼、鬼、鬼。

 森の中で開けた一角に大量の鬼が召喚されていた。

 おそらくは近衛さんの魔力を用いて強引に召喚されたのだろうと推察できるが、だからと言って面倒なのは変わりない。

 こちらは四人。雑魚の掃除をやるなら俺が出るべきだが、エヴァはそうは思わなかったらしい。

 

「お前たちは先に行け。コイツらは私が全滅させておこう」

「ですが……」

「目的を間違えるなよ桜咲刹那。私たちの第一目標は近衛木乃香の救出だ。ここで一人いなくなるより、私が残って全滅させてから向かった方がずっといい」

「どれほどで殲滅出来る?」

「さて……百以上はいるからな。少し時間はかかるだろうが、まぁ十分は要るまい」

「よし、ならその案で行こう」

 

 エヴァなら数を集めただけの鬼など物の数ではない。本山の正面でやったように広域殲滅呪文を使ってもいい訳だからな。

 問題は詠春さんが裏切ったと言っていた男だが……術者としてはそれなり以上に強いらしいし、出来るならエヴァをぶつけたいところだが。俺でも倒せるならそれでいいんだが確実性はない。

 

「茶々丸。お前はそっちを手伝ってやれ」

「イエス、マスター」

 

 ぺこりとお辞儀をする絡繰さんを傍目に、俺は魔法を準備しておく。どちらにしても突破口を開かねばならないのだから当然だ。

 エヴァもそれに気付いているため、俺に合わせて周りの鬼を倒しにかかるのだろう。長年生きた吸血鬼だし、フォローも期待しておくとしよう。

 

「では、なるべく早く合流することを願うよ」

「善処してやる」

 

 正面に放たれる『雷の暴風』と周囲に散った鬼を撃滅する『氷槍弾雨』──これによって出来た正面の道を、俺と桜咲さん、絡繰さんが駆け抜ける。

 行かせまいとする鬼はエヴァの魔法や膂力によりちぎっては投げちぎっては投げという状況になっていた。元からしていないが、心配は不要だな。

 とにかく今は湖に辿り着くのが先決だ。

 リョウメンスクナがどれ程の強さを誇るかは知らないが、出させないに越したことはない。状況を悪い方に傾ける意味もないのだから。

 

「しかし、奇襲が通用するかどうか──」

「……いえ、どうやら奇襲は無理なようです」

 

 正面に現れたのは犬上小太郎と月詠の二人。絡繰さんと桜咲さんも構えているが、正直この二人に構っている時間は左程ない。

 出来る限り万全の状態で湖に辿り着くことを最優先に考えるべきだが──少し厳しいな。

 小太郎の方はともかく、月詠は現時点で接近戦では俺よりも強い。その辺はアーチャーも同様の意見だ。

 故に正面から戦うのは愚策。同じ神鳴流の剣士である桜咲さんの方をちらりと見れば、既に刀を構えて臨戦態勢に入っていた。

 

「ネギ先生。先生はあの少年の方をお願いします」

「……桜咲さんはあの女の子に勝てますか?」

「一度斬り合いましたが、少々厳しいでしょう……ですが、やらないわけにはいかない」

「絡繰さんは後ろで待機を。こちらはすぐに終わらせるので、桜咲さんを置いて先へ進みます」

「了解しました。それと、私のことは茶々丸で構いません」

 

 俺たちの会話を聞いていたのであろう小太郎が、俺たちに対して言葉を投げかける。

 

「えらい余裕かましとるやないか。今回は前みたいに簡単にはやられへんで!」

「うちは刹那センパイとやり合えるならどーでもええんですけどねー」

 

 負けてなお諦めないその執念には敬意を示すが、この場でそれをやられると非常に邪魔だ。非常事態や厄介な事態が起こった場合でなければ相手をするぐらいは構わんのだが、まぁそれを聞き入れられるほど大人ではあるまい。

 仕方がない。時間のロスだが、力づくで突破するしかないだろう。

 

「「押し通る」」

「行かせませんー」

「今度こそぶっ倒したる!」

 

 瞬動で近づき刀をぶつけあう女二人を傍目に、俺はいきなり獣化して襲い掛かってきた小太郎の一撃を交わして脇腹に手を添える。

 

「それはもう効かんで!」

 

 体を捻って俺の魔法を避けようとする小太郎。

 とびかかった体制で無理に避けようとしたため、当然その体は不自然に捻じれて次の動きを阻害する。

 

「(威力抑えめで)『雷の斧』」

 

 いくら身体の強化がなされているとはいえ、この至近距離で上位古代語呪文を叩きこまれればただでは済まない。現に直撃した小太郎の口からは血が出ているし、二次的な被害である身体のマヒも起こっているようだ。

 続けざまにもう一発『雷の斧』を叩きこんで意識を強制的に落としてやり、気絶していることを確かめたのちに桜咲さんの方を見る。

 激戦だ。

 桜咲さんの振るう刀は野太刀であるため、近距離での戦闘には基本的に向いていない。増してや相手は二刀流だ。

 対人戦闘における経験値は知らないが、桜咲さんとて護衛として麻帆良にいた以上ゼロということはあるまい。だが相手が悪い。

 

「ネギ先生、湖に向かうのでは?」

「ああ、そうですね。桜咲さんの方も気になりますが、こっちも時間が無い」

 

 儀式を止めるのがベスト。完全に出てくる前に倒せればベター。どちらにしても要は近衛さんにあるため、彼女を助け出すことが出来れば打つ手は増える。

 問題は、どうやって止めるかだが──

 

「危ない、ネギ先生!」

 

 

        ●

 

 

「ごほっ、ごほっ!」

 

 一瞬意識が飛んでいた。茶々丸さんの警告が聞こえていなければ障壁を強化する間もなくやられていただろう。

 しかし、一体何が起きた?

 俺は警戒しつつやられた左頬を撫で、左側の服が少し焼けていることに気付く。

 火系統の魔法だ。しかも、俺の障壁を突破してなお意識を飛ばしかけるだけの威力を誇る。

 

「おや、あれで気絶しないとは。流石に『千の呪文の男(サウザンドマスター)』の息子というだけはある」

 

 現れたのは一人の少年。

 白髪に白の学生服。

 弱者をなぶる悦に浸って笑みを浮かべるその少年は──

 

「はじめまして、と言っておこうか」

「おま、えは……!」

「おや、僕を知っているのか? あのサーヴァントといい、もしや君が『蒼崎』なのかな?」

 

 ここでもまた、『蒼崎』の名前。

 二十年前に何を引き起こし、何をやったのかはわからないが……俺に被害が来る理由がわからんぞクソッたれ。過去に行った俺が何かやらかしたのか?

 だとすれば、奴らが俺を目の敵にしている理由にも一応の説明はつく。サーヴァントという単語といい、アーチャーを知っている口ぶりといい、俺の仮説が間違いではなかったということか。

 だが、ここで冷静に思考している場合じゃない。

 アーウェルンクスの相手なんぞ今の俺には荷が重──

 

「何をやっている、クゥァルトゥム」

 

 声が聞こえたのは俺の背後から。茶々丸さんは無表情のままそちらを向いて構え、俺の背を守るように立つ。

 視線を向けてみれば、そちらにも白髪に白の学生服の少年の姿があった。

 

「少しくらいはいいだろう、クゥィントゥム。ようやく見つけたんだぞ」

 

 火のアーウェルンクス──クゥァルトゥム。

 風のアーウェルンクス──クゥィントゥム。

 最悪だ。アーウェルンクス二体を同時に相手取るなんぞ、俺には不可能だぞ。連中をまとめて相手どるならアーチャーかエヴァを連れてこなけりゃならん!

 冷や汗が背筋を伝う。出来る限り時間を稼いでエヴァが来るまで待ちたいところだが、それまで待ってくれるとも思えない。

 二人が会話している間に念話を飛ばしてアーチャーを呼び寄せておこう。令呪もあるが、補充手段がない以上は出来る限り使わないことを念頭に置くべきだ。

 

「だが妙だな。『蒼崎』は二十年前の時点で存在した。しかしナギの息子でもある。イコールで結び付けられるのか?」

「僕に質問をしないでもらいたい。そもそも、彼が『蒼崎』であるという保証もないだろう」

「サーヴァントは同じようだが?」

「今と二十年前で同じサーヴァントを使役する他人という可能性もある。第一、我々は『蒼崎』の素顔を知らないんだ」

 

 脳筋気味のクゥァルトゥムに対し、冷静に答えるクゥィントゥム。

 静かに待って呼吸を整え魔力を練り上げるが、正直俺の魔法じゃダメージを与えられるかどうかも疑問だな。障壁を抜くための魔法も開発はしたが、奴らを相手取るにはまず身体的な能力が足りない。

 どうするかとぐるぐる頭を悩ませていると、二人はついにこちらを向いた。

 

「まぁ、どちらでもいい。ナギの息子の調査と──」

「もし本当に『蒼崎』だというのなら、返してもらわねばならないものがある──」

 

 




週一ぐらいで安定出来ればなぁ……と思いつつ。

FGOやってるんですけど鯖の引きが悪いのか十連なんて待ってられねぇ!とばかりに貯まった傍から引くからなのか、戦力が整わずに育てるのも苦労するという状況。
ヘラクレス貰ったんでAU王に感謝しつつ頑張ろうと思ってます。

友達がアルテラとジャンヌを同時に引き当てた時は絶望してスマホを投げかけましたが(


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第二十二話

 

 

 世界が爆発したかのような衝撃だった。

 火系統の魔法は文字通り火力が高いため、手加減がしにくいというデメリットが存在する。それは造物主の使徒であるアーウェルンクスだって例外じゃない。

 クゥァルトゥムの使った『紅蓮蜂』は、威力の高い爆発する蜂をいくつも高速で飛来させる非情に危険な魔法だ。下手すれば俺が死ぬくらいには危険だ。

 

「ご、あ──ッ!」

 

 茶々丸さんを抱えて後ろに飛ぶと同時に魔法の射手で迎撃したが、流石に無傷とはいかない。爆発の余波で吹き飛ばされ、クゥィントゥムの方へと転がる。

 下手に抵抗するよりも流れに任せたほうがダメージは少ないため、勢いよく転がる俺はタイミングを見計らってクゥィントゥムへと『雷の斧』を放つ。

 どうやったって勝ち目はない。ある程度目くらましと攪乱で時間を稼げれば御の字だが──

 

「舐めないで貰いたいな」

 

 アーチャーとの訓練で培った危機察知が見事に仕事をした。

 咄嗟に茶々丸さんを抱えて別の方向へ転がり、体勢を立て直して向き直ると、そこにはすでにクゥィントゥムの姿があった。

 

「う、お──!」

 

 素早く左手に『術式改変・白き雷』を纏わせ、多重障壁を無理矢理殴り壊す。これにはさすがにクゥィントゥムも虚を突かれたのか、目を見開いて驚きの表情を浮かべていた。

 その一瞬のうちに『魔法の射手・戒めの風矢』を使って動きを阻害する。

 すぐさまクゥァルトゥムの対処をしようと視線を向けてみれば、茶々丸さんが高速で吹き飛ばされていた。

 しかも右腕が圧し折られている。

 

「クソッたれ……」

 

 時間稼ぎも碌に出来やしない。

 アーチャーを呼んではいるが、あっちもあっちでアーウェルンクスが足止めしてる状態だ。アルトリア・ペンドラゴンやジャンヌ・ダルクと違ってヘラクレスの対魔力は左程高くない。無効化するのではなく傷を負わないだけである以上、足止めだけならばアーウェルンクスでも可能なのだ。

 しかもいくら『十二の試練』があってダメージを受けないとはいえ、俺がやられればアーチャーも終わり。人を殺せないというプログラムが入っているはずだが、それだってナギの息子である俺に対してまで律儀に働いているとは思えない。

 まさかこんなところで広域殲滅魔法を使うとは思わないが、使われるとアーチャーを盾にしても逃げきれない可能性がある。

 まったくもって鬱陶しい。

 

「ナギの息子だという割にはそれほど強くもないね」

「子供だと侮るつもりはないが、やはりまだ未熟か?」

 

 好き勝手言ってくれる。

 茶々丸さんは右腕を失ってなお立ち上がって俺を守ろうとしてくれているようだが、どちらかといえば邪魔なので下がっていてほしいものだ。

 アーチャーがここに来るまで残り一分も要らないだろう。だが、その一分が問題だ。

 

「──セット」

 

 並列起動した精霊に同時に詠唱させ、俺はそれを束ねて使う。その為だけに作り出した並列処理魔法。

 エヴァとの戦闘の時も使っていたが、こいつを使うと魔力の消費が凄まじく激しい。唯でさえアーチャーへの魔力供給と複数の魔法を同時に準備させているのに、それを並列で処理して適切に扱うための魔法を使うとなると恐ろしい勢いで魔力が削れていく。

 故に短期決戦しか道はない。

 

「『雷の暴風』」

 

 同時に放たれる二発の『雷の暴風』を見て驚くアーウェルンクスだが、そんなことに一々構っていられない。

 上位精霊への詠唱待機命令を済ませ、茶々丸さんを抱えて距離を取る。俺と奴らでは近距離での戦闘力がケタ違いだ。前衛のいない後衛など唯の的に過ぎん。

 

「驚いたな。同じ魔法とはいえ、まったく同時に使うなんて」

 

 クゥァルトゥムは酷薄な笑みを浮かべて再び魔力を練り上げ、『紅蓮蜂』を使ってこちらの動きを阻害すると同時にダメージを与えにかかる。

 クゥィントゥムは元より速度に秀でたアーウェルンクスだ。同型とはいえ火のアーウェルンクスであるクゥァルトゥムの攻撃に巻き込まれつつも、それらすべてを避けて俺へと肉薄してくる。

 

「『魔法の射手 連弾・雷の百一矢』『奈落の炎』」

 

 火系統の魔法は左程得意ではないのだが、威力があって広範囲に広がる攻撃というとこれくらいしかないのだ。『雷の暴風』は一直線に進む魔法だから周囲を巻き込まないし。

 同時に精霊を呼び出してデコイを生み出し、散開させて注意を引く。

 『紅蓮蜂』の誘爆によって爆風が吹き荒れるが、その爆風すら利用して俺はアーウェルンクスから距離を取る。

 

「ネギ先生。私を置いて行って下さい。足手纏いになるようだとマスターにお叱りを受けます」

「駄目です」

 

 彼女も俺の生徒だ。どんな理由があったとしても、この危険な戦場において見捨てる理由にはならない。

 だが、同時に彼女を連れていると危険度が跳ね上がっているのも事実だ。置いていった場合奴らが茶々丸さんをどのように扱うか定かではない以上、置いていくという選択肢はないのだが。

 

「余裕だね。話している暇があるのかい?」

 

 振り向いた瞬間に強烈な衝撃が頬を撫でた。

 咄嗟に障壁を強化したものの、それを貫いて拳を当ててきた以上は威力の減衰程度しか見込めない。つまり凄く痛い訳で……。

 身体強化をしていたおかげで大木にぶつかっても大丈夫だったが、体が軋んで痛みが走る。

 

「君が本当に『蒼崎』だというのなら、返して貰わねばならないものがある。僕はさっきそういっただろう」

「……だったら、なんだ」

「君は『蒼崎』か?」

 

 ここで否と答えるのは簡単だが、何故か連中はアーチャーのことを知っている。どこまで知っているかはわからないが、半ば確信をもって俺を『蒼崎』ってやつだと思っている。

 ふざけたことだが、今の俺には何の関連性もない。奴らが何か盗まれたとしても、今の俺はその存在を欠片も知らないのだ。

 だが、沈黙は肯定と取られてしまうかもしれない。ならば、いっそ否と答えるしかないだろう。

 

「──否。俺はネギ・スプリングフィールドだ。『蒼崎』なんて知らないな」

「そうか──では、あのサーヴァントを連れている理由を答えて貰おうか」

「教える必要があるのかよ」

「……なるほど、君は確かにあの男の息子だ」

 

 再び強烈な衝撃が腕に走る。

 今回は両手を盾にしたからさっきよりはましだが、当然のように障壁を突破しやがって……!

 そのせいで両手が痺れ、茶々丸さんとも引き離されてしまった。偶発的ではあるが、奴らの興味が俺に向いているなら今の状態の方が安全かもしれない。

 反撃の手管を整える間もなく追撃に入るクゥィントゥム。手加減しているのか舐めているのか、その速度は俺にも知覚出来る程度でしかない。

 痺れが取れていない両手でクゥィントゥムの追撃を弾くも、ここでは地力の差が如実に表れる。至近距離で魔法を放っても曼荼羅のような障壁にすべて阻まれてしまうのだ。

 ──この程度じゃ、喰らいつくのも難しい……ッ!

 

「──遅くなりました」

 

 瞬間、俺とクゥィントゥムの間に入り込む巨大な影。

 弓矢を背に、拳を握ってクゥィントゥムを容易く吹き飛ばすアーチャー。

 

「サーヴァントか!」

 

 クゥァルトゥムは練り上げた魔力によって爆炎をまき散らしながらアーチャーへと畳みかけ、その全てを後ろへ逃さないように受け止め弾く。

 いるだけで違うこの安心感はヘラクレスならではだな……。

 もう一人のアーウェルンクスもすぐに来るだろうし、こちらもすぐに準備を整える。

 

「三連・『雷の暴風』!」

 

 アーチャーの横からアーウェルンクス二人を巻き込む形で『雷の暴風』を放つ。だが、これもただの時間稼ぎに過ぎない。

 俺はアーチャーの肩に乗り、茶々丸さんを抱きかかえて距離を取る。そう遅くないうちにエヴァも来るはずだが──悠長に待っていられる段階でもなくなった。

 否が応でも視界に入るそれを見て、アーチャーは思わず声を漏らす。

 

「あれは……」

「おそらく、近衛さんを連れて行った最大の理由だろう」

 

 湖のある方向から立ち上る光の柱。封じられているであろう飛騨の大鬼、リョウメンスクナノカミを手中に収めるために彼女を連れて行った。

 かの大鬼の戦闘力はどれ程かわからないが、最悪エヴァに任せてこちらは俺とアーチャーで撃退するしかない。

 もしくはその逆だ。アーチャーでも宝具を使えばリョウメンスクナを撃滅することは可能だろうが、その後再封印を施すとなれば話は別。関西の術者に任せられればいいのだが……。

 ともあれ、現状ではエヴァが合流するまでアーウェルンクスの相手をしなければならない。

 

「距離はどれくらいを保ってる?」

「およそ七十メートルほどです。このまま湖に向かうとしても、彼らの速度を考えれば立ち止まった瞬間に追いつかれるかと」

 

 だが、逆に言えばこのままの速度を保てば追いつかれることはない。──だが妙だ。

 風のアーウェルンクスは、あいまいな記憶ではあるが瞬間的な雷化で雷速をたたき出すことが可能なはず。幾らアーチャーとはいえ、乗っている俺たちの身が持たない以上今の速度が雷速よりも速い訳がない。

 だったらなぜ、奴らは追いついてこないのか。

 湖に向かわせようとしている? ならその理由は──道中に何かしらの罠を仕掛けているということに他ならないはず。

 

「アーチャー、回り道をしろ。多少時間がかかってもお前とエヴァがいればリョウメンスクナはどうとでもなる」

「わかりました」

 

 やはりというべきか、アーチャーが進路を変えた瞬間に後方からそれをさせまいと攻撃が始まった。

 速度だけならアーチャーをも凌駕するクゥィントゥムは、アーチャーに並走してちょっかいを出し始める。

 ちょっかいというと軽そうな響きだが、実態は俺の障壁を容易く突き破る体術やら風系統の魔法の連打だ。アーチャーが防いでくれなければ簡単に吹き飛ばされてしまうほど、俺と奴には力の差がある。

 加えて、疑問が一つ。

 

 ──土のアーウェルンクスが姿を見せない。

 

 頭を働かせろ。アーチャーが俺の剣であり盾となるならば、俺はそれを操るための頭脳として役割をはっきりさせねばならない。

 何時までも守ってもらうだけの子供で居るつもりは毛頭ないのだ。サーヴァントといえど完璧ではない以上、アーチャーに足りないものを俺が補う。

 

「ヴィシュ・タル、リ・シュタル、ヴァンゲイト」

 

 声は隣ではなく後方から。クゥァルトゥムが何らかの動きをし始めたということだ。

 

「九つの鍵を開きて レーギャルンの筺より出て来れ──『燃え盛る炎の神剣』」

 

 速度はそれほどでなくともクゥァルトゥムにはほかのアーウェルンクスシリーズ以上の火力がある。振るわれる大剣は森を焼き払い、アーチャーがそれから俺を守るために速度を落とし、別の道を行こうと──

 

「駄目だアーチャー! そのまま炎を突っ切れ!」

 

 警告の声は既に遅い。

 攻めて俺と茶々丸さんだけは逃がそうと、アーチャーは炎が回っていない場所へ俺たちを放り投げる。

 俺が受け身を取ってアーチャーの方を見れば、そこには地系の捕縛陣によって動きを阻害されているアーチャーの姿があった。

 土のアーウェルンクス──フェイトの姿が見えなかったのはこれを準備するためか!

 

「大人しく見ていたほうが身の為だよ。僕もあっちに意識を割いている以上、手加減できる自信はない」

 

 見れば何をするつもりなのか、クゥィントゥムとクゥァルトゥムが魔力を練り上げてアーチャーに相対している。

 『十二の試練』がある以上は心配など不要。だが、どうにも嫌な予感が拭えない。

 

「「ヴィシュ・タル、リ・シュタル、ヴァンゲイト」」

「イグドラシルの恩寵を以って来れ貫くもの──『轟き渡る雷の神槍(グングナール)

「契約に従い、我に従え、炎の覇王。来れ浄化の炎、燃え盛る大剣。ほとばしれよ、ソドムを焼きし火と硫黄。罪ありしものを死の塵に──『燃える天空(ウーラニア・フロゴーシス)』」

 

 二人とも世界で指折りの魔法使いであることに異論はなく、故にこれだけの強力な魔法を使えることに疑問はない。

 だが、これまで戦ってアーチャーにはほとんどまともにダメージが入らないことは理解しているはず。だというのに、正面から強力な魔法を使えば打ち破れると思っているのかと考える。

 アーチャーにダメージが入らない原因が強力な障壁などではない、もっと別のものだと二人もわかっているはずだ。

 何をしようとしている──そう考え、二人のとった次の行動に目を見開く。

 

「「──術式統合(ウニソネント)」」

 

 二人の手中に存在し固定化された『轟き渡る雷の神槍』と『燃える天空』が、術式レベルで統合される。

 それは単純に放つだけではない、全く新しい魔法の出現であり──雷と炎を纏った神殺しの槍は、まっすぐにアーチャーへと向けられた。

 

「我が主の作りし魔法だ。とくとその身で味わうがいい」

「──『万象貫く死滅の槍(トリシューラ)』」

 

 クゥァルトゥムの投擲したその槍は、まっすぐにアーチャーの心臓を貫き穿った。

 




※なおまだ1/12


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幕間四

今回はやや短め。刹那視点です。


 

 未来が視える、というのは凄まじいアドバンテージだ。

 相手の先を見ることで攻撃を避け、攻撃を当て、防御をし、防御をすり抜け、確実な勝利を得ることが出来る。

 冷たい刃は脈動する命を奪うために鋭く振るわれ、月下に輝く。

 

「月、詠……!」

 

 未来が視える。

 全身全霊の連撃は容易く躱され、刃を交わすことすら出来ずに反撃を許してしまう。

 未来が視えた。

 ならばと変則的に斬撃を振るうも、それすら月詠は容易く防ぎきる。

 未来が視えない。

 月詠の攻撃は鋭く早く、意識の隙間を縫うように踏み込んでくる。並大抵の実力ではこんなことは出来ない。

 だというのに、太刀筋そのものはその辺りの神鳴流剣士と同程度。あくまで彼女は対人戦闘が上手いだけで、剣術の実力は私以下だと判断できる。

 それも一つの道だろう。強さとは剣術が上手いだけではなく、蓄積された経験などの総合的なものだ。

 剣士として、彼女は私よりも高みにいる。

 

「この程度ですかー? もっと楽しませてくださいな、センパイ」

 

 月詠は両手に持った二刀を振るう。

 どれだけ意識の隙間を縫うように攻撃しようとも、変則的な攻撃をしようとも、彼女はものともせずにそれを避け、防ぐ。まるで未来が視えている(・・・・・・・・)かのようだ。

 奇抜な攻撃だろうと彼女の顔に驚きはない。まるで事前に知っていたように振舞うその姿を見れば、私という前例もあって十分にあり得る可能性を浮上させた。

 だが、それに意味はない。

 同じように未来を視ているというのなら、月詠と私の視る未来は同じはずだ。そこに差がない以上、純粋に対人戦闘で彼女が上回っているというほかない。

 だけど、それでも。

 

「負けられない……ッ!」

 

 お嬢様を助けるためだけに剣を学んだ。

 お嬢様を守るためだけに剣を振るった。

 それ以上でも以下でもない。その為だけに私は剣をとり、友人だと言ってくれた彼女を守りたいと思ったのだ。

 長から預かった野太刀「夕凪」を正眼に構える。

 未来が視えることに意味はない。同じ未来が視えているなら結果は同じなのだから、それに頼ることは同じ結果しかもたらさない。だったら、やることは一つしかない。

 

「──」

 

 既に私の体にはいくつもの切り傷が出来ている。

 実力の差はあれど、手も足もまだ動く。

 光の柱が立ち上る湖へはネギ先生たちが向かっているが、先程から響く爆音も気になるところだ。

 ──いや、今は目の前の敵にすべてを集中する。

 一挙一動をわずかたりとも見逃さないように。息遣い、重心の動き、剣先のブレ、視線──それら全てを見て、視て、観る。

 

「ふ──ッ!」

 

 瞬動で踏み込む月詠に取る対処は一つだけ。私に出来ることはそれだけであり、それを躱されれば成す術はない。

 横薙ぎに振るわれる二刀連撃・斬空閃。

 連続して迫るそれらの斬撃を弾き、目の前まで迫る月詠に対して、私は振り上げた夕凪をただ高速で振り下ろす。

 

 狙いは一つ──わかっていても避けられない一撃。

 

 左肩と右の脇腹に突き刺さる刀を筋肉を引き締めて逃がさないようにし、目の前にいる月詠の頭部へと──

 

「甘いなぁ、刹那センパイ」

 

 囁くように告げた月詠は、振り下ろした私の刃を紙一重で避けた。

 

「所詮は線。来る場所がわかっていれば取れる手段なんて幾らでもありますえ、刹那センパイ」

 

 神鳴流は全身が武器だ。例え刀がなくとも、その身そのものが人を殺すための武器となる。加えて今の私は技後かつ裂傷によって動きも鈍い。

 胸元を狙って放たれる貫手を防ぐ手段はない。

 今から起こす行動では彼女の手を止められない。死を覚悟して、軋む体を無視して無理矢理右手を動かそうとした瞬間。

 

「お前に死なれるとぼーやに説教されそうだ。『助けられるのに助けないのは怠慢だ』とな」

 

 視界の外。私の影から現れた白い腕は、月詠の貫手を横から掴んで止めていた。

 ゆらりと現れたのは金色の髪をなびかせた少女──エヴァンジェリンさん。

 チラリと私を見た彼女は、小さくため息を吐いた。「私は治癒魔法は得意じゃないんだ。怪我は自分で止血しろ」と言い残し、月詠を片手で大きく投げ飛ばした。

 私はゆっくり刀を引き抜き、着ていた制服を破いて圧迫しつつ止血する。出血は抑えたが、戦おうとすれば失血死する可能性があるだろう。……それを推してでも、私はお嬢様を助けに行かなければならない。

 

「おい、桜咲刹那」

「は、はい。何ですか?」

「お前がそこまでボロボロになるんだ。相当強いのか?」

「……対人戦闘では私よりも余程上でしょう。加えて、彼女は未来が視えているかのような動きをします」

「未来が視えている……未来視の能力持ちか。厄介な」

 

 仮にも六百年という悠久の時を生きた吸血鬼であるためか、エヴァンジェリンさんの顔に憂鬱さはあっても驚きはない。

 ということは、未来が視えている相手への対処法も心得ているのだろうか?

 

「いたた……あんさん、無粋ですなー」

「ふん。未来視持ちなのだろう。現に今の一撃を防いでいるではないか」

 

 来るとわかっていても避けられないし、防御が出来てもエヴァンジェリンさんの一撃は私よりも遥かに重い。現に防いだ左手はろくに動かせていないようだし、危機は脱したとみていいのかもしれない。

 それでも、ここが戦場である以上は慢心など愚の骨頂なのだが。

 

「桜咲刹那。今後お前があの手合いと戦うときの手本を見せてやる」

「手本、ですか?」

「ああ。未来視持ちは厄介だが、基本的に視えているのは視界の中での未来だ」

 

 故にこうやって、とエヴァンジェリンさんの言葉が紡がれると同時に姿が消えた。

 

「──視界の外に回り込めば、奴の視ている未来からは容易に逃れられる」

 

 派手な轟音と共に月詠が吹き飛ばされ、木々を薙ぎ倒してようやく止まる。……しかし、その方法はエヴァンジェリンさんにしか出来ないのでは……?

 唖然としている私の顔を見て、エヴァンジェリンさんはため息を吐いた。

 何故か凄く馬鹿にされているような気が……。

 

「私の場合はこれが早いからこうしただけだ。お前の場合は別の策を講じる必要がある。ともあれ、最終的な方法は一緒だよ」

 

 要は相手の視界に入らないように攻撃することで、月詠の視ている未来から逃れるということらしい。

 それは当然、私にも同様のことが言えるわけで……今後私の力に気付く人も出てくるだろうし、イタチごっこのようだがこれの対処法も考えなければならない。

 いや、今はそれよりも。

 

「お嬢様を助けに……ぐっ」

「落ち着け。何を復活させようとしているかは知らんが、私とぼーや、ぼーやの従者もいる。そうそう対処できないことなど起こりはせんさ」

 

 傷口がズキズキと痛むが、それを気にしてはいられない。一刻も早くお嬢様を助けに行こうとする私を宥めるエヴァンジェリンさんは呆れているようだった。

 そびえ立つ光の柱は先程から徐々にその光を強くしている。何かの復活はそう遠くないだろう。

 月詠を拘束して、早く助け出さねばならない。落ち着くのは全てが終わった後でいい!

 

「無理をするなというに……ん?」

 

 呆れた顔のエヴァンジェリンさんが、突然眉をひそめながらどこかを見る。

 光の柱の方向ではなく、別の方向だ。何があるかは見えないが、エヴァンジェリンさんには何か見えているのだろうか?

 

「……厄介なことになっているようだな」

「あの、何が……?」

「見てみろ。あのあたりの地面が焼け焦げている」

 

 エヴァンジェリンさんが指差した先には、木々が黒くなっている場所や地面に焦げ跡のようなものがあった。

 それらはネギ先生が付けたものなのでは? と首を傾げた私に対し、エヴァンジェリンさんは訥々と話す。

 

「ぼーやの得意属性は風と光だ。火の魔法など滅多に使わん。風系統でも雷の発生する魔法なら似たような状況を作れるが、ああも放射状には広がらん。使わざるを得ない状況に追い込まれたか、それとも他の誰かが使ったか……どちらにせよ、使い手はそれなり以上の魔法使いらしいな」

「な、なるほど……では、ネギ先生と茶々丸さんが危ないのでは──」

「ぼーやの従者が一緒なら杞憂だがな。ここに来る途中もドンパチやっていたのは視たが、今はデカい音もしていない。合流したとみるのが自然だろうさ」

 

 状況が全て把握できているのか、エヴァンジェリンさんに焦る様子は見られない。

 私は納刀した夕凪を手に立ち上がり、エヴァンジェリンさんへと尋ねる。

 

「月詠はどうしますか?」

「月詠? ……ああ、あのガキか。放っておけ。どの道しばらく動けんだろう」

 

 今はそれよりも急いで湖に向かわなければならないという。

 

「ぼーやはアーチャーを合流させるつもりはないと言っていた。敵の主力を引きつけておくためだとな……だが、そのアーチャーを連れてこなければならないほどの事態になったとみるのが妥当だ。私は私で湖の方を手早く片付けることにする。ぼーやはぼーやで何とかするだろう」

 

 焦る必要はないが、あまり時間をかけると事態がより厄介なことになるとエヴァンジェリンさんは言う。

 私もそれには同意だし、お嬢様を何時までも誘拐させているわけにはいかない。

 ──私はお嬢様を守るためだけに生きているのだから。

 

「ふん……傷が開かないようにしておけ。ついてから足手まといになられると厄介だからな」

「はい。感謝します」

 

 ここでおいていかれては、何のために来たのかわからなくなる。

 私たちは、出来る限り急いで湖へと歩を進めた。

 

 




月詠から見るとイージーモードでやってたところに突如ルナティックモードの裏ボスが乱入してきたような感じ。負け確定のイベント戦と言ってもいいレベル。
……自分で出しておいて何ですが、未来視は解釈によって能力の強さが変わるので厄介だなぁと思ったり。


FGOの話。
今週ずっとレベル上げにいそしんでたら再臨素材が尽きました。再臨素材は泥率悪いから集めるの大変なんですよねぇ……再臨も一回やったレベルですし。


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第二十三話

お好みでBGMをかけて頂けるとより楽しめます。
おすすめはFate/stay nightより「蘇る神話」


 

 燃え盛る槍は一切の慈悲もなくアーチャーの心臓を貫く。

 アーウェルンクス三体の視線と注目を集めている今、視界の外にいる俺は奴らの目から逃れて行動できる。

 遅延呪文と上位精霊による詠唱待機を準備し、死したアーチャーへと視線を向けた。

 今回アーチャーがやられるのは予想外ではあったが、死ぬ可能性自体は想定内。元より彼の持つ宝具がある以上、一度死を迎えた程度で倒れる男ではないのだ。

 

「──何ッ!?」

 

 クゥァルトゥムの驚愕が混じった言葉が森に響いた。

 心臓を貫き死したはずのアーチャーが、時を巻き戻すかのように傷を塞いでアーウェルンクスを睨みつける。

 

「アーチャー!」

 

 地形の捕縛陣を発生させている石柱を『白き雷』で砕いて壊し、その一瞬で弓矢を構えたアーチャーは寸分違わずアーウェルンクスの心臓めがけて三連射を決める。

 茶々丸さんを抱き上げて湖の方へと走り出す俺に続き、アーチャーは油断なく弓を構えて後方を警戒する。

 優先すべきはリョウメンスクナだ。

 今の戦闘である程度把握できたアーウェルンクスとは違い、リョウメンスクナは完全に情報不足。暴れ出したら厄介だし、近衛さんがいてはエヴァも全力は出せない。

 それ故に、最優先でリョウメンスクナに対処したのち、エヴァとアーチャーの力でもってアーウェルンクスの殲滅を図る。今なおアーウェルンクスの目的はわかっていないとはいえ、過激派に手を貸していたことを考えると目的は同じか似通っていると考えていいだろう。

 ならば当然、優先順位は自ずと決まる。

 

「先にリョウメンスクナを始末する。後方からくるアーウェルンクスの対処は任せた」

 

 了承の意を受けて先を急ぐ。

 一度死したアーチャーのことなど欠片も心配していない。

 ──『十二の試練(ゴッド・ハンド)

 アーチャー──ヘラクレスの持つ宝具の中でクラスを問わずに所有し、ヘラクレスを最強の英霊たる要因の一つとしたモノ。

 十一の命をストックとして所有し、一度そのストックを減らしても魔力によって回復が可能となる。加え、死した要因に対しての耐性を獲得する。

 それは決して『完全なる耐性』ではないにせよ、同じ攻撃に対して死ににくくなるということを示す。更にはアーチャーとして現界したことで見切りの能力があるため、死ににくさは倍率ドンという訳だ。

 もっとも、高い対魔力でもあれば容易に弾いただろうがそれはそれ。

 

「茶々丸さん。何か武器などは?」

「持ってきてはいましたが、生憎と途中で落としてしまいました。右腕が使えない今、私の存在は完全にお荷物かと」

「状況だけ見ればそうですが、あなたを置いていくとエヴァに何を言われるかもわかりませんしね」

 

 緊急事態であるとはいえ、茶々丸さんを連れてくるだけの余裕がない訳ではないのだ。下手にエヴァの不興を買うよりはマシだろう。

 足場の悪い森の中を出来る限りの速度で全力疾走する。杖があれば空飛んでいくんだが、それはそれで良い的だからあまりやりたくない。アーチャーに迎撃させればいいだけの話ではあるのだが。

 時折後方から爆音やら鋼をぶつけあったような轟音がするのだが、前だけ見ていないと確実に転ぶので気にしてなどいられない。

 身体強化を使っているとはいえ、この身はまだ十歳。そこそこ鍛えているつもりだが、茶々丸さん一人抱えて自動車並みの速度を出しつつ木々を避けて走るとなると流石に疲弊する。加えて後方からアーウェルンクスが迫っているのだ。そりゃ疲弊もするってものだろう。

 魔力だってここに来るまでにそこそこ使った。詠唱待機させている以上今もガリガリと残りの魔力が目減りしていく状態だ。

 

「ぼーや、無事だったか」

「ネギ先生!」

 

 ふと視線を少しだけずらせば、そこにはこちらを見て並走しようとしている二人の少女。

 エヴァは余裕そうだが、桜咲さんは腹部に滲む血を抑えて苦しそうに走っている。どうにかしてやりたいが、両手はふさがっているし立ち止まれば追いつかれる。

 ……エヴァと合流できたんだし、エヴァとアーチャーで一時的に迎撃して貰えばいいのか。その間に策を練ろう。

 湖はもう目の前だ。魔力に余裕はなく、状況も予断を許さない。

 さてどうするかと考え、ひとまず考えるための時間が欲しくなる。

 

「エヴァ、アーチャー。後ろの連中を足止めしろ。その間に桜咲さんの治療と作戦を練る」

「いいだろう。どれくらい必要だ?」

「五分──いや、三分で何とかしよう」

「よし、では行くぞ」

「こちらも了承しました」

 

 並走していたエヴァは反転してアーチャーの隣に立ち、アーチャーは弓を手に飛んでくる石槍と炎の蜂を迎撃する。

 エヴァが発生させた氷が俺たちとアーチャー、エヴァを分断し、俺と桜咲さんは立ち止まって息を整える。

 まずは桜咲さんの怪我の治療だ。

 

「すみません、先生……」

「気にしないでください。今治療しておかなければ結構危ない傷のようですしね」

 

 脇腹を貫通している。よくこの状態で走ろうと思ったものだが、気を纏うことで治癒能力を引き上げていたのか。だが無茶であることに変わりはない。

 すぐに止血として用いていた破れた制服をほどき、患部を治療していく。完全に治療するには俺の技量が足りないが、一時的に治癒させてしまえばある程度は持つだろう。少なくともさっきよりは余程マシなはずだ。

 清潔な包帯があればよいのだが、俺はそんなものは持ってないし先程まで使っていた破れた制服を使いまわすのも衛生上よくない。

 やや厚手ではあるが、俺の着ている服を使うことにした。ややもったいなく感じる気持ちがない訳ではないが、元より桜咲さんは制服を破いているし、そもそも俺の私服と言ってもクゥァルトゥムの奇襲のせいで焼けてしまっているところがある。

 手早く処置を終え、氷の向こう側で凄まじい爆音を響かせている五人の方を見る。

 アーウェルンクスが三体もいたのは予想外だった。もういないと思いたいが──最悪、あと一体にプラスしてデュナミスがいる可能性まで考えておくべきか。

 やることは変わりないにせよ、辿り着くまでの難易度が違い過ぎる。

 

「……桜咲さん、動けますか?」

「愚問です。お嬢様を助けるためならば、命も惜しくはありません」

 

 命を捨てさせるまでやれとは言わないが、それだけの覚悟を持ってくれればいい。

 近衛さんを救出するにあたって障害となるのは天ヶ崎千草と過激派の敵で数は不明と来た。こちらは桜咲さんとエヴァがいればいいだろう。ある程度の不確定要素があってもエヴァなら対処出来るはずだ。

 茶々丸さんは申し訳ないが待機して貰うしかあるまい。今のままだとどうやっても足手まといだし、この状況だと俺とアーチャーでアーウェルンクス三体を相手取らなければならない。

 近衛さんを救出し次第、俺が時間を稼いでアーウェルンクスとリョウメンスクナを射程範囲に収めてアーチャーが宝具を使う。

 問題はアーウェルンクスを相手取って俺が逃げ切れるかってところだが、一発限りの切り札もある。最悪エヴァに助けて貰うが、アーチャーの腕を信用するのが一番か。不確定ではあるが。

 方針と桜咲さんがやるべきこと、次いでエヴァに伝えるべきことをしっかりと伝えて置き、アーチャーへと連絡を取る。

 

「アーチャー、こっちの作戦は決まった。合図をしたら氷を壊してエヴァに桜咲さんを連れて湖に行くように指示をしてくれ」

『私とマスターでこちらの相手をするのですか?』

「ああ。近衛さんをエヴァたちが救出し次第お前の宝具を以て殲滅する」

『分かりました。少々賭けの要素が強いように思えますが、マスターを信じましょう』

 

 遅延魔法を準備し、詠唱待機させていた上位精霊を侍らせてから桜咲さんに先に湖に向かうよう指示を出す。

 エヴァの速度なら追いつくのは容易いだろうし、不確定要素も踏み潰せるはずだ。……この後に及んで桜咲さんが裏切る可能性はないとみていいだろう。結局、俺の判断が間違っていたわけだ。

 まぁ、それはいい。

 ある程度の距離を稼ぎ、アーチャーからエヴァへの指示が届いたと知らされた段階で遅延魔法を発動させる。

 

「『雷の暴風』」

 

 轟音を立てて砕けた氷の破片が空を舞う。月明かりに照らされて幻想的に輝くその中をエヴァは疾走し、俺の横をすり抜けて桜咲さんの方へと。

 そしてアーチャーは俺の後ろに侍り、弓を構えて油断なくアーウェルンクスを見据えた。

 

「──さぁ、行くぞアーウェルンクス」

 

 挑発するように不敵に笑う俺の両手から、雷の奔流がまっすぐに放たれた。

 

 

        ●

 

 

 爆風が吹き荒れる森の中。

 アーチャーを背に疾走する俺は連続して詠唱を待機させ、残りの魔力を使い切る勢いで時間を稼ぐ。

 

「魔法の射手、連弾・雷の百一矢!」

 

 あくまで牽制に過ぎない魔法の射手だが、アーチャーがその隙間を縫って威力を持つ矢を放つことで迂闊に近づくことが出来なくなる。加えて迎撃もアーチャーがやっているため、冷静に時間稼ぎの準備が出来る。

 宝具で仕留めるには時間が必要だ。発動までの時間もそうだが、射程範囲にリョウメンスクナとアーウェルンクスを納めなければならない。

 そして重要なのはその宝具の盾として俺が使われないようにすること。

 そのための仕込みは入念に行いつつ、湖の周りを円を描くように距離を保ちながら散発的に攻撃を重ねる。

 

「……そろそろか」

「百メートル右前方に最初の仕掛けがあります」

「エヴァからの合図を見逃すな。ここから視界が悪くなる」

「はい──彼女ならどれほど時間をかけずに救出できると考えているのですか?」

「余計な邪魔が入らなければ、リョウメンスクナの術者を落とすだけだからさほど時間は必要ない。が、詠春さんが術者として厄介だという」

 

 部類にもよるが、嫌がらせで策をいくつも練るタイプだと相性が悪い。

 湖にはリョウメンスクナがほぼ現界している。早く動きを止めなければあれを使って妨害される可能性もあるのだから、エヴァには手早く行動して貰いたいものだが──言うは易し行うは難し、というやつだな。

 少なくとも湖の円一周分の罠は仕掛け終えた。アーチャーの攻撃を気にしながら気付けるものではないだろう。エヴァだって気付かなかったのだし、その辺は自身の腕を信じている。

 

「よし──やるぞ」

 

 まず一つ目。全力疾走していた状態から反転して地面に手を付け、術式を解凍する。

 続いて詠唱待機させていた上位精霊に魔法を発動させ、アーウェルンクスのうちクゥァルトゥムに狙いを定める。

 狙うなら速度に秀でるでもなく膂力に秀でるでもない火のアーウェルンクスが最もやりやすい。風は当たらず土はタフだからな。

 

「アーチャー」

「撃ちます」

 

 弓につがえられたのは雷を纏った槍。これ自体は『雷の投槍』だが、『白き雷』同様に少しばかり術式を改変して矢として使いやすく調整してある。

 付加効果は軽度の麻痺。とはいえ、アーウェルンクスにこんなものが通用するとは思っていない。

 つがえられた矢は勢いよくクゥァルトゥムへと向かうが、矢は障壁一枚突破するだけで止まる。──が、そこへ俺は待機させていた魔法と術式を解凍した魔法を同時に使う。

 雷が目標に向かって移動するプロセスは実に簡単で、『電気が通りやすいか否か』だ。

 魔法による雷も原理は同様だが、こちらは空気の電位差を利用したり風魔法で一時的に空気を薄くしたりして電気の通りやすい道を創り出している。

 つまり──意図的に道を作ってやれば、雷は勝手に目標を捕捉する。

 

「『白き雷』『雷の暴風』」

 

 術式改変した『白き雷』は本来手に纏うだけだが、通り道を用意すればそちらへと勝手に流れる。何故なら手に纏うように改変したのも原理は同じものを用いているからだ。

 そこへ加えて『雷の暴風』をぶつけてやれば──

 

「な、にィ──ッ!?」

 

 ──アーチャーの放った矢を通じて曼荼羅のような障壁を破壊し、『雷の暴風』はクゥァルトゥムへと直撃する。

 

「……うまくいったか」

「ですが、直撃ではないようです。ギリギリで身を躱していました」

 

 流石にアーウェルンクスか。そう簡単に倒れはしないな。

 ……この方法、べらぼうに魔力を食うからあまりやりたくないんだがな。

 術式を解凍して生み出した『雷の投擲』はあと五本。同じ方法がどこまで通用するかわからないが、クゥィントゥム相手なら別の使い方も出来る。

 アーチャーはすぐさま()をつがえてフェイトへと直撃させ、その隣で雷化して移動しようとしていたクゥィントゥムが俺と矢の直線状に入る。

 この直線状には雷が通りやすい環境が生まれている。そこへ下手に雷化して移動しようとすれば誘導されるのも道理だ。

 いわゆる「テレフォンパンチ」状態になったクゥィントゥムをアーチャーは思い切り殴り、障壁をものともせずに吹き飛ばした。今ので『雷の投擲』の効果は消えたが、残り四本でどこまで粘れるか。

 そもそも、同じ手が二度通用する相手じゃない。これらの魔法は使い捨てと考えるべきだ。

 そしてこの術式の問題点は二つ。

 術式を解凍する場所で固定されるため、移動が出来ないという点だ。魔力消費が多いのも難点ではあるが、それは今後どうにでも出来る。

 術式から生み出された槍は雷を通しやすい『場』を作るための糸を地面の魔法陣から繋げてあるので、それ故に移動が出来ない。移動するなら槍は破棄する必要がある。

 

「まだか、エヴァ……」

 

 一つの場所で粘れる時間にも限度がある。

 用意した術式はあと二つ。残りの魔力は二割を切っているし、これも全てアーチャーの宝具の方に使用するとすれば完全に赤字だ。アーチャーが単独行動のスキルを持っていなければ消えてもおかしくはない。

 詠唱待機させている分だけで足りるといいが、足りなければあとは順次精霊を還して魔力の回復を図るしかない。

 今も隙を見つけては魔力の回復に努めているが、削れ続けている現状ではゼロになるのを遅らせているに過ぎないのだ。

 怒りに魔力を滾らせたクァゥルトゥムが『燃え盛る炎の神剣』を振りかざし、爆炎をまき散らして迫る。

 

「アーチャー、俺は左右をやる」

「では私は上を──」

 

 ギリギリと弦を絞り、魔力を強めに込めてクゥァルトゥムの額へと矢を放つ。

 同時に左右から接近してきたフェイトとクゥィントゥムに対し、俺は至近距離まで待って魔法陣を暴発させる。

 これは術式のもう一つの問題──この『場』にはその性質上、雷が非常に通りやすい。加えて先程『術式改変・白き雷』を使ったために俺の障壁ですら(・・・・・・・)すべて砕けているのだ。

 俺には特殊な宝具で身を守る障壁よりも強い盾があるが、奴らにそれはない。

 暴発した魔法陣はその『場』を一時的に広げ、アーウェルンクスを呑み込んでその障壁を砕く。

 

「二連・『雷の暴風』」

 

 タイミングは完璧だった。距離は非情に近く、この距離なら避けることは不可能だと──そう思っていた。

 だが、フェイトは雷が貫いた瞬間に水となり、クゥィントゥムは雷化して避けた。それを視認出来ただけでもマシだが、フェイトとクゥァルトゥムの同時攻撃を防ぐために移動していたアーチャーにはクゥィントゥムの攻撃を防ぐ余裕はなかった。

 障壁を張り直す前に喰らった強烈な蹴りで意識が飛びかけるが、何とか堪えて吹き飛ばされつつ距離を取る──が、クゥィントゥムはそれを許さずに追撃へと移った。

 俺には視認すら難しい速度で、連打を加えてくるクゥィントゥム。

 この速さから逃れる術はない。全てを俯瞰するように冷静な自分がそんなことを考える。

 

 ──強く、速く、重い。『造物主の使徒』を名乗るだけはある。

 ──故に、だからこそ、超える壁としてはふさわしい。

 

 どの道避けては通れない道だ。魔法世界の救済を目的とするならば、どうあれぶつかるであろう最強の敵。ならば、今の時点で負けていても仕方ないなどと考えるのは負け犬の考え方だろう。

 たとえ視認が出来ずとも攻撃の瞬間に芯をずらすことで体へのダメージは極力抑えられる。

 タコ殴りにされていても身体強化のみに魔力を回せば多少は余力がある。

 この状態をどれほど続けたかもわからない中──アーチャーがクゥィントゥムを弾き飛ばすのを視認した。

 

「彼女からの合図がありました。このままマスターを次のポイントへ連れて行ったあと、指定の位置へ移動します。余力はありますか?」

「……まだ手も足も動く。問題はない」

 

 口の中の血を吐き出し、腫れあがった顔を触る。魔力の無駄だから回復はしたくないが、視認しずらいというのは駄目だ。目の周りだけ軽く治療し、指定のポイントへ着いたことを確認する。

 ここからアーチャーが移動するまで一分弱。射程に収めてチャージするまで三十秒。

 それまで俺一人で耐えねばならない。

 そのための仕込みは済ませたのだから、あとは俺がどれだけ上手くやれるか。

 アーチャーはすぐに準備に動き、俺は迎撃の準備を整える。

 

「──君一人で僕らをどうにか出来ると、そういうことかい?」

「……まぁ、そうともいえるな。俺一人でお前ら三人を相手取る」

 

 フェイトが目を細め、クゥィントゥムは雷化し、クゥァルトゥムは馬鹿にされたと魔力を練り上げる。

 正直なところ、こいつらの魔力は怪物的だ。しかもそれをかなり効率的に運用しているため、世界でも最上位の実力を誇るのだろう。

 その手練手管は未熟な俺にとって学ぶべきものだ。

 もっとも、だからと言って敗北を喫するつもりなど毛頭ない。

 

「『千刃黒耀剣』」

「『轟き渡る雷の神槍』」

「『燃え盛る炎の神剣』」

 

 無数の石の刃。雷の槍。燃える大剣が一斉に俺へと襲い掛かる。

 一見容赦がないように見えるが、その全ては俺の急所を外して殺さないようにダメージを与えようとしていることが見て取れる。さっきも言っていた「蒼崎に盗られたもの」を俺が持っていると思っているからこそ、聞きだすためには殺せないということだろう。

 俺には一切の覚えがないが、都合がいいので放っておこう。

 逃げ場のないほどに襲い来る刃に対し、俺は待機させていた魔法を発動させる。

 

「『風精召喚』『剣を取る戦友』」

 

 風の中位精霊を呼び出すことで囮とし、俺の姿を隠す。

 アーウェルンクス相手に十秒持てばましな方だが、基礎魔法には自信がある。仕込みは手堅く入念に、視界を引っ掻き回してやるよ。

 光の魔法の射手を放って視界をくらませ、囮に紛れてまずはフェイトへ向かう。

 暗闇の中でチカチカと光る魔法の射手を鬱陶しそうに対処している彼女の懐まで潜り込み、『白き雷』を纏わせた貫手でその喉へと手を伸ばす。

 フェイトは当然それに対処して俺の手を弾き、そのまま反撃に出た。

 俺はその攻撃を受けると同時に『戒めの風矢』で動きを止め、続いてこちらを薙ぎ払おうとしてくるクゥァルトゥムをみる。

 

「人間風情がちょろちょろと鬱陶しい!」

 

 爆炎で囮を薙ぎ払った彼の後ろに回り込み、フェイト同様に貫手で障壁を破って『戒めの風矢』で停止させる。

 ──あとはクゥィントゥムだけだが、動きを止めるにあたってこいつが最も厄介な相手となる。

 

『準備完了です。何時でも行けます』

 

 アーチャーからの連絡が来た。これで憂いなく全ての手札を切れる。

 

「『風精召喚』──『雷の投擲』」

 

 投げつけた槍を簡単に避け、その圧倒的な速度で(デコイ)として生み出した中位精霊を消していく。

 その隙に俺は地面に描いていた術式を解凍し、気付いて動いたクゥィントゥムを迎撃する。

 

「何をやろうとしているかは知らないが、やらせないよ」

「残念だが、もう逃げられないぜ」

 

 先程の槍を使ったことも含め、アーチャーが放って誘導された術式と同じものだと思ったのか、俺を魔法陣の外へと弾き飛ばすクゥィントゥム。

 だが──それは俺の狙い通りだ。

 

「な──に──!?」

 

 時間遅延の結界。エヴァとの戦闘の際にも使ったそれを、クゥィントゥムに対して使う。

 単純な速度では雷化するアイツにはかなわない。故に、結界で区切って時間遅延を引き起こすことで無理矢理機動力を奪う。

 最適な行動を取ったことが裏目に出たな、アーウェルンクス。

 その隙に俺は最大速度で距離を取り、アーチャーへと準備完了の連絡を出す。

 時間遅延は世界の修正を呼び込むため、外界と接触している状態ではそれほど長い時間の遅延は出来ない。内部にいるクゥィントゥムの肉体にも少なからず負担はかかっているはずだが、その程度でどうにかなる男でもあるまい。

 十分な距離を取ったところでアーチャーのいる方向へと目を向ける。

 魔力が高まり、射程範囲に入っている者たちを残らず殲滅するための宝具の解放。対幻想種用の切り札を、彼は放つ。

 

『──射殺す百頭(ナインライブズ)

 

 暴風のように吹き荒れる魔力は竜となり、うねりをあげてリョウメンスクナと三体のアーウェルンクスを滅ぼそうと吹き荒ぶ──

 

 




次話辺りまでは大丈夫だと思うんですが、その次あたりからはリアルが忙しくなるので更新頻度が下がります。もしかしたらまた大分期間が開くかもしれませんがご容赦ください。


FGOの話。
来た!赤セイバー来た!これで勝つる!って十連回して大騒ぎしてました。
ちなみにこの小説書くにあたって候補は赤セイバー、青セイバー、ジャンヌ、ヘラクレス、真アサシンという謎の面子だったんですが、前者三人はこのネギより原作ネギの方が絡ませやすいよなぁとか考えてました。後半に関してはヘラクレスはともかくアサシンだとどいつもこいつもハートキャッチ(物理)されることになるという。
そしてよくよく考えるとエクストラをやったことが無いから赤セイバーに関してはほぼ想像という。

ついでにカレスコも来たんですが、誰に持たせればいいのかわかりません(え


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幕間五

盛大に遅れまして申し訳ない。
投稿できるとか言っててこの始末ですよ。計画性の無さは最早どうしようもないレベルですね。


 

 

 ぼーやと別れた私たちはまっすぐ湖へと向かい、徐々に顕現しつつある二面四手の大鬼へと狙いを定める。

 リョウメンスクナ。かつて飛騨に在ったという巨躯の鬼。

 内包する神秘の度合いで言えば六百年物の吸血鬼である私より断然上だろうが、だからと言って魔法が効かないわけではない。

 先行した桜咲刹那に追いつき、どうすべきか方針を決める。

 

「私はお嬢様を助けに行きます。エヴァンジェリンさんはリョウメンスクナの方を」

「いいだろう。どの道それしかなさそうだしな」

 

 未来視の魔眼持ちと戦った傷も完全には癒えていない。コイツも完全な人ではないようだが、治癒能力が飛び抜けて高い訳でもなさそうだし、妥当なところだ。

 リョウメンスクナを止められるのはこの場において私かあの弓兵のみ。詠春の言う「厄介な術者」も近くにいることを考えると、少しばかり憂鬱になってしまう。

 ぼーやと戦っている連中もそれなり以上の実力者のようだし──まぁ、あの弓兵がいる以上負けることはないだろうが──厄介なことに変わりない。

 手早く済ませるに限る。

 

「桜咲。近衛の場所を確認し次第まっすぐ向かえ。サポートはしてやる」

「わかりました!」

 

 刀を握り締め、やる気十分に返答する桜咲。

 主を守るために全霊をかけるか。悪くはないが、実力が伴っていないのは仕方あるまい。

 森を抜け、湖の手前で足を止める。桟橋の奥にてリョウメンスクナの前に浮かぶ三人を、私たちは睨みつけた。

 布一枚かけられただけの近衛。にやついた口元を隠そうともしない和服の女。そして冷静にこちらを見ている着物姿の初老の男。

 女は確か、天ヶ崎といったか。男の方は知らんが、何もしていないところを見ると実質的にリョウメンスクナの顕現をしているのは女の方のようだな。

 

「おうおう、ここまで来るっちゅうことはそれなり以上の奴けェの」

「うん? なんや、追いつかれたんかいな。まぁええわ。リョウメンスクナの顕現もそろそろ終わるころやし、アンタらで力試しっちゅうんも悪くはないやろ」

「自分の仕事に集中せんか、千草ァ。おめェが失敗すりゃあ全部終わりじゃろォがよ」

「……わかっとります。けど──」

「口答えしとる暇があるんなら、スクナの手綱引くんに集中せェよ」

 

 ゆらりと羽織をはためかせながら桟橋に降り立つ男。

 ピリピリとした殺気を感じるが、それほど実力があるようにも思えないな。政治屋か?

 詳しく説明を受けている暇はなかったとはいえ、少なくとも詠春が厄介と表する程度には術の扱いに長けているはずだが。

 

「そう構えんなや、嬢ちゃん。儂ァ一介の政治屋じゃけェの、戦闘なんぞからっきしよ」

「という割には、そっちの女は随分とお前のことを恐れている様だが」

「昔っから世話ァ焼いてやったから儂に頭が上がらんだけよ。術者としての力量ならとうに超えられとるわ」

 

 ぼーやの方も気になるところだが、焦って罠に飛び込んでも面倒だ。私一人ならともかく、桜咲もいるなら余計に力技で終わらせることも難しい。

 第一、優先目標はスクナではなく近衛の奪還。注意深く辺りを見回してもこの二人以外に気配はない。

 私とて西洋魔法ならともかく、東洋──それもこんな島国の呪術などそれほど詳しい知識があるわけではない。世界的に見ても日本の魔術・魔法というのは珍しいところも多いしな。

 

「さて──それが事実かどうかも判断しかねるな」

「このまま釘付けに出来るっちゅうんならそれも好都合。儂もこの年になって呪術合戦なんぞしとォないわ」

 

 懐から取り出したキセルに火を入れ、ぷかぷかと呑気に吸いだす始末。

 周りの森から派手な音が聞こえてくるが、時間が無いと焦らせるのも策のうちかもな。あの手の食えないジジイ共は揃って嘘とハッタリと煽りでこちらを誘導する。

 だが、時間が無いのは事実。下手にリョウメンスクナを暴れさせられても面倒かつ厄介だし、私が先に行って罠ごと踏み潰すか。

 

「私が前に出る。お前は少し距離を置いてから近衛へと向かえ」

「しかし」

「罠だとしても、逡巡している暇はないんだ。ぼーやだってそう長く押しとどめていられるわけじゃない」

 

 弓兵だけならまだしもぼーやがいる。実力的に劣っている以上、弓兵も劣勢にならざるを得まい。……頭脳役がぼーやである以上、ある程度近くにいたほうがいいのかもしれんがな。

 ともあれ、つらつらと考えているだけでは時間の浪費だ。ぼーやの魔力だって無尽蔵じゃない。

 一歩踏み込み、最速でもって男の意識を刈り取る──!

 

「まァ、そうくるじゃろォとはおもっとったわ」

 

 少々手荒ではあるが、顎を揺らして意識を落とすために喉元を狙い──その直前で、私の手が男をすり抜けた。

 

「な、に──?」

「オン・ビシビシ・カラカラ・シバリ・ソワカ」

「不動金縛りの術です! それにこれは──」

「自分から手ェばらすんは三流なんじゃがのォ。まァええ、奇門遁甲じゃ。こっちにゃ届かん」

 

 どういうことだ、と桜咲に視線を送る。その間に体にかけられた不動金縛りとやらを力づくで抜けなければならない。

 クソ──最初から囮か。結界とはそれ自体を悟らせないことが一流の結界だというが、これもその類。学園長(ジジイ)の生まれだけあって侮れんな。

 ビキビキと音を立てて砕けていく術を尻目に、桜咲はどうにかしようと符を出しているが、効果は薄い。

 関西の術に疎いのが仇になったか。

 時間が無い。時間が無い。時間が無い。

 だが焦ってはならない。本来なら結界ごと吹き飛ばしてやるところだが、中に近衛がいるから却下。

 結界を砕きたいが原理がわからん。奇門遁甲くらいは流石に有名だが、具体的にどうすれば破れるのかを知らなければならない。

 

「リョウメンスクナもじき目覚める。そうすりゃ相手しちゃるけェ待っとけや」

 

 歪む口元に思わず舌打ちをし、そして気付いた。

 桜咲が刀を振り上げ、桟橋に突き刺す──たったそれだけの行動で、湖を覆っていた結界が砕け散る。

 これには男も驚愕したのか、銜えていたキセルを思わずといって様子で取り落としていた。

 

「……そうか……未来は(・・・)変えられる(・・・・・)んだ」

 

 桜咲が何を見たのかは知らん。だが、あいつもあいつで何かが吹っ切れたようだ。先程までの奴とは顔つきが違う。……あるいは、こいつも何かしらの魔眼を持っているのかもしれないな。

 だが、それを追及するのは後だ。

 結界を強制的に破られたフィードバックもあってか、男の動きは鈍い。私は次の行動を許すことなく腹に一撃強烈なパンチを打ちこみ、意識を強制的に沈ませた。

 ジジイにはちときつい一撃だったかもしれんが、邪魔をした以上は容赦する必要もない。殺すなと言われていたから律儀に殺さなかっただけなのだから。……むやみに殺す理由もないしな。

 

「行け、桜咲! リョウメンスクナは私が抑えてやる!」

「はい!」

 

 飛び出した桜咲の背には純白の翼があった。──なるほど、烏族の忌子か。

 近衛への態度も、桜咲の性格を考えれば自ずと理解できる。随分と不器用な奴だ。

 好きな奴、守りたい奴がいるのなら、立場なぞ気にせずにずっとそばにいればよかったものを。

 少なくとも私はそうして、結果的にこうなっているのだが……思いだしたら腹が立ってきたな。八つ当たりではあるが、あとでぼーやに血液でも貰うとしよう。

 

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック」

 

 完全に顕現しているとはいえ、リョウメンスクナの巨躯では至近距離に対応できない。

 桜咲はそのフットワークを生かして天ヶ崎の懐へと入り込み、式神を切り裂いて近衛を奪還していた。

 私はその間、ひたすらリョウメンスクナの意識をこちらに向けておくだけの仕事だ。

 ある程度離れたところを見計らって上空に魔法の射手を打ちあげ、ぼーやへの合図とする。

 

「離れるぞ、桜咲」

「ですが、リョウメンスクナは……」

「ぼーやの策のうちだ。最悪私が薙ぎ倒す」

 

 前衛がいなくとも、私の前であの弓兵が壁役になれば魔法を使う時間も稼げるだろう。

 が、まぁその考えは杞憂だな。

 

 圧倒的な魔力の高まり。矢に込められた恐ろしいほどの魔力は形となって放たれ──分裂し、竜の形を取ってリョウメンスクナを打ち滅ぼす。

 

 爆音、轟音、それらが辺り一帯に激しく響く。その一撃はまさに神話と言っても過言ではあるまい。

 幻想を打ち砕く竜の牙。あの弓兵の持つ、『対幻想種用』の宝具とやらがこれか。

 放たれた竜のうち何頭かは別のところへ向かったようだが、それの行方も気になる。一度ぼーやたちと合流すべきだな。

 

「……やれやれ。まさかこんな任務でこんなことになるとは思っても見ませんでした」

 

 白い髪に学生服を来た女。テルティウム、と呼ばれていた奴か……と思ったが、その後ろにボロボロの姿で浮かんでいる中にも同じ顔の奴がいる。

 髪型が微妙に違うな。違いといえばそれと……胸くらいか。ボロボロの奴よりも新しく現れた奴の方が見てわかるくらいにはデカい。

 まぁ、それはいい。

 

「何者だ、貴様ら」

「今は造物主の使徒、とだけ」

 

 ……造物主、と来たか。

 ナギを追いかけまわしていたころ、一度だけその単語をこぼしたことがあったようななかったような……。

 ……あとで詠春にでも聞けばいいだけだな。

 

「それで、貴様らの目的は何だ?」

「リョウメンスクナを使っての英雄の子供たちの戦力評価です。が、それ以上の戦果があったようですね」

「……随分と素直じゃないか。知られてもいいということか? それとも、ここで口封じでもしてみるか?」

「それには及びません。というより、この状況であなたに喧嘩を売っても勝つことは難しいでしょう、『闇の福音』」

 

 足手纏い三人を抱えて戦う気は無いということか。

 ならば余計に素直に話したことが気になるものだ。そんな義理はないだろうに。

 

「ある程度の情報は流せとの命令が下っていますので。その後の行動によって、彼が本当に『蒼崎』なのかどうかを見極めるつもりです」

「……ぐ、おい、何もすべてを話せと命令されたわけではないぞ、セクストゥム……!」

「負け犬が吠えたところで遠吠えにしかなりませんよ、クゥァルトゥム」

 

 3(テルティウム)4(クゥァルトゥム)6(セクストゥム)と来たか。ならばあとの一人は5、か?

 『蒼崎』という単語然り、またぞろ妙なことに巻き込まれているようだな。ぼーやも因果なものだ。

 

「それでは、『闇の福音』。縁があればまたお会いすることもあるでしょう」

 

 わめく後ろの男を引きずるようにして影の中に沈み、造物主の使徒と名乗った四人は消えた。

 追いかけるのも一つの手だが、他に残党がいないとも限らん。ぼーやと弓兵もそれなりに疲弊しているであろう今、大した疲れもない私が最大戦力。下手に動いてことを長引かせるのも悪手、か。

 ぼーやとて魔力を相当消費しているはずだ。怪我もしているだろう。……私は治癒魔法は使えんが、この抗争を手早く終わらせることは出来る。

 

 そうして、長い夜は終わりを告げた。

 




本当はもっと書こうと思ってたんですけど、久々に書くとこう、筆のノリが悪いというか上手くいかないというか(いい訳
基本的に時間のある2、3月と8、9月しか投稿してないんで上手くなるはずもないんですけど。

Fgoの話。
嫁ネロがきます。
嫁ネロが来ます。
大事なことなのでもう一度。嫁ネロが来ます(迫真

私は生涯で二度課金した。
一度目は艦これの母港のため。二度目はFgoの星5確定ガチャのため(二枚目ジャンヌ)(なお星5はジャンヌしか持ってない模様)
そして私は、ネロを手に入れるために三度目の課金をする覚悟を決めた。
何を置いても手に入れたいと思ったものが、そこにある──!

I'll be back.


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第二十四話

 遠い昔の、ユメを見た。

 人の歴史よりも遥か昔。未だ神々が黄昏を迎える前の神話の時代。

 神と人の血を引いて生まれた男の物語だ。

 彼はかつて大いなる怪物であるメドゥーサを討伐したとされるペルセウスの子孫アルクメネと、神々の王ゼウスの間に生まれた。アルクメネを見初めたゼウスが夫に化けて抱いたため、神々の血が混じったのだ。

 双子の兄弟であるイーピクレスと共に、ゼウスの妻であるヘラの嫉妬を受けて育つ。

 誰よりも強い豪勇無双の英雄である彼の生まれは、不義と嫉妬によって彩られていた。

 

 彼は幼い頃より様々な師を得て学び、成長していた。

 アムピトリュオーン、アウトリュコス、エウリュトス、カストール、リノス、ケイローン。彼の師事した者たちはそうそうたる面子であり、その教えを余すことなく吸収した彼が大英雄として後の世に名を残すのは、ある意味で当然の話だったのだろう。

 そこが、誰もが知る英雄アキレウスに比肩するほどの大英雄の物語の始まりだった。

 

 

        ●

 

 

 ゆっくりと意識が浮上し、重い瞼を開けて周りを見る。

 和風の部屋だ。服は誰かに着替えさせられたのか着物に変わっているが、それ以外の変化はない。精々魔力を使い過ぎたせいで体がだるく感じるくらいだ。

 まだ回らない頭を動かすのと目を覚まさせるのも兼ねて、顔を洗いに行こうと起き上がる。

 ……それにしても、久しぶりにあの夢を見た。

 サーヴァントと契約者は令呪によって繋がる。そのせいか、俺は時たまアーチャーの過去を夢に見ることがあった。

 最近はあまり見ていなかったのだが、他人の過去を勝手に視るというのは……なんといえばいいのか、申し訳なさが出てくる。アーチャー本人は気にした素振りもないようだが。

 和室から出て縁側を歩く。ひとまず洗面台を探そうとしていたところ、丁度よく詠春さんと鉢合った。

 

「おや、ネギ君。体の調子はどうですか? 魔力は?」

「大丈夫です。少々だるさは残ってますが、それほど問題視するようなものでもありません」

 

 昨夜、アーチャーが宝具を撃った直後に魔力切れで気絶してしまった。俺が無事だということは即ちそういうことなのだろうが、顛末くらいは聞いておくべきだろう。

 アーウェルンクスたちがどうなったかもわからない。あれは黙っているべきことでもないだろうし、アーウェルンクス三体を寄越して調査するほどの何かがあったとみていい。

 アーチャーならどうなったかわかっているはずだが……そういえば、アーチャーは何処へ行ったんだろうな。

 霊体化して傍にいるわけではないようだし、どこかに出歩いているのだろうか。

 

「昨夜は結局どのように事態を収めたのですか?」

「リョウメンスクナは打ち倒され、大きく力を削がれたところを再封印しました。首領と実行犯である天ヶ崎は捕縛。犬上小太郎と月詠も同様に捕縛して牢に繋いでいます……ですが、四人(・・)いたという白髪の少年少女たちについては逃げられたとエヴァから聞きました」

「……そう、ですか」

 

 魔力が枯渇寸前で最大威力が発揮できなかったためか? あの宝具を受けてなお生きているなんて信じられない気分だ。

 あるいは、横やりが入ったか防御して直撃だけは避けたか。

 ──いや、待て。

 

「四人、ですか?」

「ええ。造物主の使徒と名乗る四人の少年少女。三人は瀕死だったそうですが、一人は無傷で三人を連れて帰ったと」

 

 ということは、俺が戦った三人の他にもう一人アーウェルンクスがいたということか?

 何が目的かは知らないが、流石に俺も四人同時なら確実に負けていただろう。アーチャー単体なら四人を同時に相手をしても勝利出来るだろうが、俺という足かせ付きではそうもいくまい。

 仕掛けてこなかったのは幸運と思うべきだ。慢心は人を殺すからな。

 詳しい話を聞くため、詠春さんと共にエヴァたちのいる部屋へと向かう。

 道中で『蒼崎』についてもう一度聞いてみたのだが、やはり詳しいことはわからないとのこと。

 

「彼ら、あるいは彼女らとまともに会話したのはアルとラカンのみなのですよ。あるいは他に会ったことのあるメンバーもいるかもしれませんが、少なくとも私とナギはまともに接触したことが無いのです」

 

 アルビレオ・イマ……もといクウネル・サンダースが接触したのは彼が『紅き翼』の頭脳担当だからだろうが、ジャック・ラカンも立ち会っていたのか?

 アーウェルンクスの発言を考えると、『蒼崎』の契約したサーヴァントもヘラクレスである可能性は高いし、クウネルだけでは身を守り切れないと考えたのかもしれない。

 ……もう一度彼から詳しく話を聞きだすべきだな。おそらく、最初に俺に対して『蒼崎』の話を持ちかけたのも俺のサーヴァントのことを知っての行動だろう。

 二十年前に存在したアーチャーと、今現在俺と契約しているアーチャー。

 それが同一人物である可能性。

 英霊の座の機能から考えれば不可能ではないし、矛盾は起こり得ない。が、その辺りの詳しいことをクウネルが知っているかは別の話。

 俺に対して疑惑の目を向けていたのも、今考えれば俺が『蒼崎』本人であると考えたというより『蒼崎』からサーヴァントを譲り受けたと考えたのかもしれないな。

 どちらにせよ、憶測に過ぎない。

 

「ラカンと会うのは難しいでしょうから、アルに聞くのが一番なのですがね。アルもアルで捻くれているところがありますから」

「……そうですね。ですが、やはり蒼崎という存在について調べなければ」

 

 アーウェルンクスの言っていた『返して貰わねばならないもの』が何かにもよるが──アーウェルンクス四体も導入するほどのものともなれば限られる。

 例えば、『黄昏の姫御子』

 例えば、『造物主』

 例えば──『グレートグランドマスターキー』

 能力、あるいは権能の質としてはグレートグランドマスターキーが最高にあり、グランドマスターキーが数本。そして無数のマスターキーが存在する。

 その中でグランドマスターキー、あるいはグレートグランドマスターキーが盗まれたと考えればアーウェルンクスがあれだけ必死になって探しているのも納得がいく。何せ儀式に必要な要素を満たせないのだから。

 黄昏の姫御子は神楽坂さんであるはずだ。確認はしていないが、魔法無効化能力があるならば本人と考えていい。

 造物主も、十年前に消息を絶ったナギの体に憑依して封じられているはずだが……それが事実かどうかを確かめる術はない。

 ……クウネルはどこまで把握しているんだろうな。

 

「…………」

 

 最初に話を聞いたときは俺が過去に戻ったのだと思ったが、よくよく考えれば俺ではない可能性は十分にある。

 英霊の座の機能は元より、令呪も同じ形である可能性もゼロじゃない。第一、複数人だというなら──いや、過去に戻ったのが俺だけで現地で味方を集めた可能性もあるのか。

 うーむ、朝っぱらから頭が痛くなりそうだ。

 何か決定的な証拠でもあればいいんだが。

 

「……そう悩むこともないでしょう。君はまだ幼い。大人の庇護下で育つべきだと、私は思いますがね」

 

 詠春さんは複雑そうな顔で俺を見ていた。

 あるいは、俺を通してナギの姿を見ていたのかもしれない。俺が言うのも何だがよく似ていると思うし。眼鏡なんかもかけてないから、ネカネ姉さんや爺さんにもよく懐かしそうな目を向けられたものだ。

 不快ではないにしろ、むずがゆいものはあった。

 誰も『自分(ネギ)』を見てくれていない──なんて青臭いことを言うつもりはないが、見た目通りの精神年齢なら十分に歪む環境は整っていたということはわかる。

 ああも事あるごとに立て親父殿(ナギ)と比べられていればな。

 ナギなら、ナギなら、ナギなら──なまじ偉大な親を持つと子供は苦労する。

 いや、思考がそれたな。これは今考えるべきことじゃあない。

 

「着きました。エヴァたちはこの部屋にいるはずですが……」

「いないでしょうね。声が外から聞こえている」

 

 具体的には門の近くから聞こえている。

 そちらの方へと歩を向けてみれば、桜咲さんと近衛さんが言い争いをしており、それをエヴァがにやにや笑いながら見ていた。その隣には何故かアーチャーの姿もある。

 茶々丸さんは機体の損傷が酷いのでスリープモードだと聞いた。

 俺は呆れた目をして近づく。

 

「……何をしているんです?」

「烏族の掟がどうこうと言って出ていこうとしていた桜咲を、近衛が止めようとして口論している」

 

 ……そう言えばそんなのもあったな。

 彼女は烏族の里から追放された身だし、気にする必要などないと思うのだが。この辺は桜咲さんの生真面目な性格が現れているな。

 「せっちゃんの石頭ー!」とか「うちの傍にいてもええやん!」という近衛さんの声や、「いえ、でも……」とか「掟は掟で……」とかいう煮え切らない桜咲さんの声が響いている。

 詠春さんもこれには苦笑いをしており、エヴァは「お前がどうにかしろ」と言わんばかりの目線を向けてきている。

 いや、まぁ……進路相談だと思えばこれも教師の仕事なのだろうか?

 どちらにしても、これは仲裁しなければ納まるものも納まらないような感じだ。

 

「そこまでですよ、二人とも」

「あ、ネギ先生! 先生も言うたってや、せっちゃんはここにいてもええんやって!」

「ですから、私が穢れた忌子であることは否定できない事実なので、あの姿もばれた以上私がお嬢様の傍にいるわけには……」

「ストップ。二人とも落ち着いて、深呼吸でもしてください」

 

 ステレオで話さないでほしい。俺は聖徳太子では無いのだから、同時に話されても処理しきれない。

 マルチタスクは厳密には同時に処理しているわけではないのだけど、というどうでもいいことを考えつつ、まず桜咲さんの方へと向く。

 

「烏族の里の掟で、でしたっけ?」

「ええ……」

「僕は実際に姿を見たわけではありませんが、どうなるんです?」

「えっとな、真っ白い翼が生えるんよ。まるで天使みたいに」

 

 近衛さんに視線を向けたところ、ニコニコしながらどうなったかを教えてくれた。……それを軽々しくばらして欲しくないから出ていこうとしているのでは、と一瞬思ったが、無理矢理無視することにした。

 話が進まない。

 

「その姿を見られると、どうするんです?」

「……その、本来ならば口封じをしなければならないのですが、私は……」

「そんなことはしたくないから、ここから出ていくしかないと?」

「……はい」

「なるほど……考え過ぎですよ、桜咲さん」

 

 烏族の掟も方便にすぎないだろう。彼女に取って何が一番なのかは彼女自身が一番よくわかっているはずだ。

 でなければ、これだけボロボロになってまで近衛さんを助けようとは考えない。……同時に俺の目の節穴さもわかったわけだが。

 

「あなたにとって、何が一番なんですか?」

「それ、は……お嬢様の安全で」

「今後も危険があるかもしれないのに? 仮にも彼女は英雄の娘です。こちら側に踏み入った以上、ある程度以上のトラブルは間違いなく起こるでしょう。僕が保証します」

「そんな保証は欲しくないです……」

 

 一度は死にかけた身だ。それを知らない桜咲さんでも、こちら側の事情は近衛さんよりもずっと詳しい。故に説得力は十二分にある。

 何せ俺が英雄の息子だからな! 村一つ滅ぼそうとさえしてくるからな!

 

「そんな危ない世界に入った彼女を近くで守れる人が、貴女以外にいるんですか?」

「……それ、は」

「仮にいたとして、その人が本当に近衛さんの味方だとも限らないのに?」

「…………」

「それに、僕が言うのも何ですが──掟やセオリー、ルールなんて破ってなんぼです」

 

 唖然として顔で俺の顔を見つめる桜咲さん。ルールを重んじ道徳性を説くべき教師が率先して「ルールを破れ」と言っているのだから、こうなるのも仕方がない。

 だが、俺とて伊達や酔狂でこんなことを言っているわけではないのだ。

 彼女は既に烏族の里を追放された身である。ならば、彼女がその掟に縛られる理由にはならない。

 

「貴女は縛られ過ぎです。こちら側の世界には暗黙の了解もありますが、明確なルールなんてありません──この場において、貴女がしたいことが貴女のすべきことです」

「……でも、私はッ!」

「烏族の忌子だと? 今更近衛さんがそんなことを気にするとでも? 現に一度見せた今でも近衛さんの態度は変わっていない……いえ、訂正します。より貴女のことを想って、こうして引き止めているのでしょう」

 

 多分、彼女の中で結論は出ているはずだ。

 桜咲さんは現状をいるべきか去るべきかで考えているが、後者の方が近衛さんのためだと思って去ろうとしている。

 彼女自身の願いを押し殺したまま。

 

「この先貴女が政治的に近衛さんの弱点になる可能性も否定はしません。それでも──未来のことなんて誰もわからないんです」

「……私が、未来が視えると言ったら……私がいるから不都合なことになる未来が視えたからここを去ろうとしていると言ったら、どうするんですか」

「本当に視えるなら大したものですが、視えたところで気にする必要はないでしょう」

 

 ──何故なら、未来はわからないからこそ、あやふやで不確定だからこそ無敵なんです。視える未来なんて簡単に打ち砕けますよ。

 

 そう言うと、桜咲さんはハッとした様子でこちらを見ていた。

 受け売りだがね。

 "偶然には手が出せないけど、必然には手を出せる"──ああそうだろう。確定してしまうならそれはあやふやな未来ではない。

 桜咲さんが未来視の魔眼を持っていたとして、測定であろうと予測であろうと同じこと。

 

「貴女は視た未来を"変えられない"と嘆くことはないでしょう。"視えるからすべてが確定する"わけじゃない。"視えるからそれを変えるために行動できる"だけなんですから」

 

 この辺は考え方の違いだ。行動一つで未来は容易に変わると考えれば、未来が視えることもそう悪いものじゃない。

 あとは彼女の努力次第。

 彼女は願いを押し殺して生きるか。それとも願いを叶えるために生きるか。

 未来を変えるために足掻くことは誰しもが持つ権利なのだから。

 

「……私は、ここにいたいです」

「はい。近衛さんだってそれを望んでいるでしょう」

「私は、ここにいていいんですか」

「はい。誰が決めることでもない、貴女がいたいならいていいんです」

「わたしは──わがままを言って、いいんですか」

 

 彼女は常に虐げられてきたのだろう。

 彼女は常に奪われてきたのだろう。

 彼女は常に弱者であったのだろう。

 それ故に、己の思い通りに事が進むことを体験したことが無い。

 だったら、一度くらい願いが叶っても罰は当たらないだろうさ。

 あとは二人の話だ。俺は一歩足を引き、近衛さんを押し出して桜咲さんと向き合わせる。

 

「お嬢様……」

「せっちゃんがどんな境遇で生きてきたか、うちは知らん。けど、昔のことより前を見て歩けばええやん。過去のことなんか気にせんよ、うち」

「……はい!」

 

 桜咲さんは片膝をつき、近衛さんを敬うように視線を向けた。

 

「これより私はあなたの剣となり、盾となることを生涯誓います。……お嬢様に許していただけるなら、友人として傍にいることも」

「もちろんや!」

 

 がばっ! と近衛さんが桜咲さんに抱き着き、それを顔を赤くしながら支える桜咲さん。

 まぁ、これで一件落着といったところか。

 エヴァのところに戻ると、緑茶をすすりながら「若いなー」などと年寄りのようなことをのたまっていた。実際年寄りではあるが。

 

「まるでお前とアーチャーのような関係だな、あの二人は」

「そうですね。主と従者という点では似たようなものかも知れません」

 

 令呪のような縛りもないし、友人として培った間柄は俺とアーチャーにはないものだ。

 もっとも、師匠と弟子とかの考え方なら俺たちもそうだといえるのだが。

 

「……ふん。従者、か」

 

 抱き付いている二人を見ながら、エヴァは小さくそう呟いていた。




 うーむ……こういう話をかこうと思っていたわけじゃないんですがねぇ……なんとも上手くいかないものです。このシーン書いておかないと後々のシーンがなぁ、という状態。
 あとは最終日の話をちらっと書いて修学旅行編は終了の予定です。

 あ、嫁王は当たりました。
 一万課金した結果、メンテ明け直後の十連の一回目で出てきて石が百個ほど余る事態にもなりましたが。残りはコラボに全部注ぎ込みます。
 メンテ明け五分で出てきてくれるなんて、やっぱりこれは運命ですね!(


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第二十五話

 

 修学旅行最終日。

 エヴァは大はしゃぎで「観光に行くぞ!」と言っているが、彼女がこちらにいる間学園長はペタペタとハンコを押し続けなければならないはず。

 ということで事が終わったと学園長に連絡したのだが、エヴァが「お前の見通しの甘さが招いた事態だ。甘んじてそれを続けろ」と言って電話を切ってしまい、瀬流彦先生と二人肩をすくめることになった。

 結果的に言えば、エヴァがいなかったら負けていたわけだからな。アーウェルンクスが四体もいるとは思わなかったが、念には念を入れておいて正解だったという訳だ。

 ……あとで学園長に差し入れるお茶とお茶菓子でも買っておこう。なんだかんだと苦労しているだろうし。

 俺がいなかった辺りの仕事やら何やらは全て瀬流彦先生に押し付ける形となってしまったし、そちらにも菓子折り持って行く必要があるだろう。

 あちらも仕事だったとはいえ、人間関係を円滑にするならこういった配慮も必要だ。

 

「……で、結局何をしていたんだ?」

「報告書を書いてた」

 

 エヴァのお守りは茶々丸さんに任せたいところではあったが、彼女は故障しているので留守番である。葉加瀬さんと超さんが直そうとしていたが、そもそもパーツがないので修理のしようがなかった。

 なので最低限データ保護だけして俺と一緒に留守番をしていた。

 お守りは近衛さんたちに任せることにした。過激派も完全に沈黙したわけではないだろうし、その点護衛としては優秀だろう。

 ちなみに俺は今回の事件に関する報告書と始末書を書きあげる必要があったので行っていない。午後からは詠春さんに頼んでナギの別荘へと案内して貰う予定だ。

 

「エヴァを呼んだことで麻帆良の先生方を納得させるための始末書、それから関西呪術協会との進展に関する報告書、そして近衛木乃香さんに関する報告書。最低でもこれらは必須だったんだ」

「ジジイの見通しが甘かったせいだろうに、お前も苦労するな」

「半ば死にかけたしな。だが生きているなら十分だ……それより、エヴァもついてくるのか?」

「当たり前だ。ナギの手掛かりがあるかもしれんのだろう? なら、私が行かなくてどうする」

 

 ナギが生きている可能性を示唆しただけだが、機嫌のいいエヴァに水を差してやる必要もあるまい。

 十年前に失踪して以来、手掛かり一つなかったのだ。生きている可能性と足取りを掴めるかもしれないという期待がテンションを上げているのだろう。

 俺としても期待している……もしかしたら、『蒼崎』に関して何らかの情報がつかめるかもしれないしな。

 無論ナギに関しても情報があれば御の字だが、現状差し迫った脅威としてはアーウェルンクスが狙っている『蒼崎』に比重が傾く。

 『蒼崎』が盗んだという何かを俺が持っていると判断している以上、今後も執拗に狙ってくるはずだ。まずは情報を手に入れることが最優先だろう。

 

「まぁ、『紅き翼』とはそれほど接触はなかったようだし、『蒼崎』に関しては望み薄だな」

「つくづく厄介ごとに巻き込まれる男だよ、お前は。どちらかといえばナギのせいだが」

「アーチャーがいれば並大抵のことはどうにか出来る。そうだろう?」

『もちろんです』

 

 霊体化しているアーチャーが短く告げる。

 実力に裏打ちされた自信から出た言葉は頼もしく、それに疑問を持たないくらいには俺もアーチャーを信用している。

 

「そろそろ時間だが……」

「──おや、早いですね。時間通りに来たつもりでしたが……」

「気にしないでください。予定の時間よりはまだ早いですから」

 

 待ち合わせ場所に現れたのは私服姿の詠春さん。今回はこの三人でナギの別荘へと向かうことになる。

 近衛さんや桜咲さんも興味がありそうだったが、詠春さんが「また別の機会に」と言って三人で向かうことになったのだ。

 そこにどういう理由があるかは知らないが。

 

「では少し早いですが、別荘の方へ行きましょうか」

 

 そう言って先導する詠春さん。それほど遠くない場所に見える三階建ての白い建物を見て、意外と金を持っていたことに驚く。

 まぁ一応は大戦の英雄だし、金くらいは持っているのだろう。その辺の事情は子供だからと聞かされていないが。

 草木が生い茂った林の中ではあるが、外観は立派だ。

 

「彼が最後に訪れた時のまま保存しています。多少埃をかぶってはいますが、綺麗なものですよ」

 

 そう言って鍵を開け、そのまま鍵を俺の方へと渡してくる。ナギの持ち物だったから、所有権は今俺にあるということか? 訪れる機会はそれほどないと思うが、貰っておこう。

 しかし、この別荘のことはイギリスの爺さんも知らなかったのだろうか。一度も話を聞いたことが無いが……。

 中はやや埃っぽいところがあるものの、日の光が心地よく降り注ぐ建物だった。

 

「へぇ……」

「ほう」

「ナギはここを資料庫としても使っていましたから、様々な本もおいてあります。ナギの手掛かりもいくらかあるかもしれません」

 

 埃をかぶった蔵書から何冊か本を取り出し、パラパラとめくって中身を確認する。……これはギリシャ語か。魔法を使うにあたって覚えるギリシャ語やラテン語ならば十分読めるが、事典のような厚さだ。読むのに時間がかかるだろう。よくよく考えるとナギは英国人なのだから日本語の本が少ないのは当然か。

 背表紙で確認してみると、このあたりは星に関する本らしい。星の運行、星座、それから計算表。

 別の棚を見ると、こちらにあるのは神話の類がかかれた本だ。ギリシャ神話、ケルト神話、それにアーサー王物語。メジャーどころは抑えてある感じだな。

 

「……ん?」

 

 興味を持った本を一冊抜き取ると、本の合間に挟まっていたであろうメモがはらりと床に落ちた。

 どこにでもあるメモ帳から切り取られているであろうそれにかかれていた内容は、驚くべきものだった。

 

「『魔法世界の寿命は持って三十年』、だと……?」

 

 裏側にはおそらく棚の番号であろう数字が書かれており、それに従って本を探す。

 指定された場所にあったのは魔法世界の神話関係の本。そして魔法が発動する理論と合わせて、魔力──マナの生成される理論が書かれた蔵書。手書きの計算表もあるが、これは地球と火星の運行周期から割り出す日数のズレを確認するためのものだな。イギリスの実家にも同じようなものがあった。

 ……確定だな。

 他の場所もあらかた探したが、メモはこれ一枚だけしか残っていなかった。偶然捨てられずに残った一枚と考えていいだろう。

 ナギの手記でもあれば、とは思うが……いや、それは高望みのし過ぎだな。

 十年前に消息を絶ったというナギ。残されたメモと蔵書の偏り方。

 ……ナギはきっと、魔法世界を封印しようとする造物主を止めたのだろう。二十年前の事件同様、十年前にも人知れない戦いがあった。

 結果として消息を絶つことになり、魔法世界を救うための方法を模索することも出来なくなった。

 

「──なら、俺がやるべきだな」

 

 俺と同様に建物の中を物色していたエヴァと合流し、詠春さんのところへと向かう。

 エヴァは俺の方を見て何かを感じたようだが、言葉には出さないでいる。気を使ってくれたのかもしれないが、自分ではそれほど変わったとは思わない。

 やるべきことがはっきりと見えただけだ。元よりやることに変わりはない。

 

「──詠春さん」

「どうしましたか、ネギ君……それは?」

「ええ、残念ながら確定こそできませんが、父さんが書いたメモです」

「ほう、ナギの書いたメモか」

 

 興味あり気に視線を向けるのでメモを渡すと、すぐにとって内容を確認するエヴァ。一瞬眉をひそめるが、裏返すと驚愕に目を見開いていた。

 詠春さんにそのまま渡すと、腕を組んで考え込むエヴァ。それを尻目に、俺は質問をする。

 

「このメモに書かれている内容、詠春さんも心当たりがあるでしょう?」

「……ええ。いくらか心当たりがあります」

「計算表も残っていましたよ。地球と、火星の日数のずれを確認するためのものが」

「なるほど……では、頭のいい君のことだ。理解したのでしょう?」

「八割方は。ですが、僕の認識と貴方の認識が食い違っている可能性もある。だから、確認をさせてください」

 

 念を入れるやり方に「そういうところはナギとは大違いですね」と苦笑を浮かべる詠春さん。ふと別のところに向けたその視線の先にあるのは、かつて魔法世界で戦った『紅き翼』の六人が写った写真。

 俺は一呼吸置き、詠春さんに問い質す。

 

「魔法世界は何者かが火星の表面上に作り出した異界であり、それを維持するための魔力が枯渇しつつある──合っていますか?」

「正解です。我々『紅き翼』は、その結果として魔法世界を封じ込めようとする組織と戦い、これに勝った……故に英雄と呼ばれたのですよ」

 

 そういう詠春さんの顔には自嘲が浮かんでいた。

 ……その組織との戦いにこそ勝ったが、きっと救えなかったものもあったのだろう。

 詠春さんの事情には詳しくないのだから、訳知り顔で語るわけにもいかない。

 

「その後、とある事情から我々はメガロから指名手配を受けました。それ自体は後悔などしていませんし、誇りに思っています」

 

 何故か俺を見る眼が優しくなった。

 詳しく語ろうとはしないが、俺の母親であるアリカ女王関連のことなのだろう。皆が皆、母親に関して尋ねると困った顔をして何も教えてはくれない。

 というか、不自然なほどに情報をシャットアウトしている。どこから情報が漏れるかわからないからだろうが、一番漏らしてはいけないであろうメガロに漏れているのだから無駄だと思うがね。

 

「指名手配を受けた我々はメガロの追手と時折交戦しながら紛争地帯を回りました。もっとも、私は一身上の理由でこちらに戻ってきたのですがね」

「旧姓青山、ということは神鳴流本家の青山家から近衛家への婿入りをしたのですね」

「そうなります。婚約自体は大分前から話が持ち上がっていたのですが、私の見聞を広めるという意味でも旅をしたかったので」

 

 話がずれましたね、と詠春さんは眼鏡の位置を直す。

 

「その後のことは私は左程詳しくはありません。一度ナギ達が京都を観光したいといったので案内をしたことがあり、その時にこの地が気に入ったようで別荘を購入したのです。何をしていたかはそのメモを見ればわかる通りです」

「別荘の中に入ることはなかったのですか?」

「いえ、時折訪れては酒を飲み交わすこともありましたよ。その時に聞いたのです、『これらの事実を知って、お前はどうするつもりなんだ』とね」

「……父さんの答えは?」

「『俺が何とかしてやるよ』、です。ナギ一人に任せるべきではない、大きな問題でしたが……下手に公表してしまえば、大きな混乱が避けられないものでもありましたから」

 

 旧世界の極東の島国の、その中でも一つの勢力でしかない関西呪術協会では協力出来ることは多くなかったのだろう。

 実際、こちら側の人間にとってはあまり関係ないと思う事柄であるのは否定しない。外国で紛争が起こっているとして、テレビでそれを知っても実感が湧かないのと同じだ。

 世界を隔てている以上危機感など持ちようもあるはずがないし、下手に公表することの出来る話でも無かった。

 公表したところで、ホラ話扱いされる可能性も大きいだろうしな。

 

「そして十年前、ナギは行方を晦ましました……私から話すことが出来るのは、これくらいです」

「父さんの行方は聞きません。それより、質問したいことが──」

「おい、詠春。つい昨日戦った白髪のガキども、『造物主の使徒』と名乗っていたぞ。心当たりはあるのか?」

「……ええ、あります。先程話した、二十年前に戦ったとある組織──『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』と呼ばれる組織の一員です」

 

 無論造物主の使徒の名を騙る偽物である可能性だってゼロじゃないが、造物主の存在を知る者がまず少ない以上、偽物なんて現れようがないだろう。

 詠春さんは実際に二十年前に戦っているが、今回戦ったアーウェルンクスと直接会ったわけではない。それでもそこだけはまず間違いないと確信していたようだ。

 あれほどの実力者がそうポンポン現れられても困るがな。

 

「彼らは『蒼崎』に何かを盗まれたと思われる発言をしていました。それを取り返すことも今の目的の一つだと……詠春さんに心当たりはありますか?」

「残念ながら、そちらに関しては何も。『蒼崎』に関しては先日話した通りですが、盗られたものですか……彼らが盗まれて困るものなど、それほど多くはないはずですが」

「結局、お前は魔法世界の寿命とやらに関してはどれ程知っているんだ?」

「魔法はそれほど詳しい訳ではないのですが……なんでも、火星表面上に作られた異界を保持するための魔力が消失しつつあるそうです。その根本的な原因は全くの不明。対処法もなく、どうにか出来ないかとあがいていたのですがね」

「メモがいつ書かれたものかにもよるが、短くても十年から十五年程度と考えるべきか」

「現時点での試算ですから、ズレは出てくると思います。ですが、時間が無いのは事実でしょう」

 

 すぐにでも行動を始めなければ魔法世界が崩壊を始める。ただ闇雲に造物主を倒せばハッピーエンドってわけでもないあたり、面倒な話ではある。

 とはいえ、造物主を止めなければ魔法世界は消失してしまうことに変わりない。

 造物主を止める。魔法世界を救う。両方やらなくっちゃあならないのが英雄のつらいところだな。

 

「これを知っているのは?」

「紅き翼の面々はおおよそ知っているはずです。ですが、私とアル、ナギが気付いた段階で誰にも話さないようにと示し合わせたので、他のメンバーも知らないかと。ジャックあたりは気付いているかもしれませんが」

「ふん。あの野生人なら勝手に気付いてもおかしくはないな」

「なんだかんだであいつも口が堅いので、知ったとしても無闇に言いふらすことはしないでしょう」

「ですが、対処は出来ていないのでしょう?」

「残念ですが……どうにか出来ないかと考えてはいたのですがね。私もナギも剣を振るうことや魔法を放つことしか知らない子供でしたから」

 

 回答の一つを知っているものの、出来ることならギリギリまで別の道を探したい。テラフォーミングでは旧世界を巻き込み過ぎる。

 いずれ二つの世界は広くまじりあっていくのは確実だろうが、今の段階でそれをやってしまえば軋轢が余りに大きい。時間をかけてやるべきことを急いでやっても事を仕損じるだけだ。

 それに、俺に『ネギ・スプリングフィールド』ほどの開発力は無いと自負している。

 地道な努力でコネを増やし、なるべく影響を小さくするために奮闘しなければならない。

 

「……ヒントがない訳ではないがな」

「何かあるのですか?」

「ダーナ、という女がいる。吸血鬼の貴族で、『狭間の魔女』と呼ばれている奴でな。かなり永い時を生きた存在だから、何かしらのヒントは得られるかもしれ──ん?」

 

 ゆらゆらと頭上から一枚の紙が落ちてくる。

 どこから落ちてきたのかと上を見るが、何かがいるような気配はない。

 足元に落ちた紙を拾い上げ、それにかかれている内容を読む。

 

『わたしはこの件に関しちゃノータッチだ。ある盟約でその時代には手を出せないからねぇ』

 

 無言でエヴァに渡し、エヴァを見る。

 エヴァは渡した紙を一度見て、二度見て、おもむろにびりびりと破り始めた。

 

「今の話は忘れろ。元よりこっちから会うことなど難しい相手だからな。それにあまり借りを作りたくない」

「はぁ……まぁ、構いませんが」

「だが、ふりだしに戻ったのは事実だ。ナギの研究成果を書いた手記とかはないのか?」

「あるとすればむしろイギリスにある生家の方が可能性は高いと思いますが……どうでしょうね」

「父さんの生家はウェールズにあるはずですが、僕はそこに住んでいた記憶はありませんから……五歳くらいまでは住んでいたはずですが、それからあとは大量の悪魔に襲われて壊滅状態になりましたし」

「なら手記が残っている可能性は低いか……手詰まりだな」

「いえ、幼い子供がいる場所にそんな重要なものをポンと放置するはずもないでしょうし、いくつか心当たりがある場所を探してみれば、あるいは」

 

 何故か微妙な顔で視線を交わすエヴァと詠春さん。幾らナギでもそんな重要なものを悪戯するかもしれない子供のいるところにポンと置かないだろう。というか、公的には俺が生まれたのはナギが死んだ後だ。

 別の場所に保管してあってもおかしくはない。

 ……そう考えると、やはり一度はイギリスに帰る必要があるか。夏休みにでも時間が取れるといいが。

 

 

        ●

 

 

 帰りの新幹線の中で俺は一人考え込んでいた。

 ナギの行方はこの際置いておくとして、魔法世界の今後だ。わかっていたことではあるが、実際にその理論が目の前に提示されると焦りを覚える。

 何せ時間が無い。どうあっても最短あと十年前後で魔法世界の崩壊が始まるというのだから、こればかりはどうしようもない。

 俺は試練を良しとするが、それを乗り越えてこそだ。

 富も名声も地位も名誉も興味はない。ただ、未知を知り、道を見つけ、誰もが笑顔で居られる未来を目指すのみ。

 アーウェルンクスも今後こちらに目を付けて動き始めるだろう。それに対処する方法と、力をつけなければならない。

 そして魔法世界を救う方法も。

 

「忙しくなりそうだな」

『マスターなら出来るでしょう。必要ならば私の力を貸すし、周りにはマスターよりも知識もつながりも持っている者が多い。きっと解決出来るはずです』

「信頼が重いな。解決できるよう尽力するよ」

 

 まずは俺自身を鍛え上げ、同時に魔法世界を救うために魔法世界の成り立ちを知るところからだな。

 




 最近いろんなところで見るダーナさん。意外と使い勝手良さそうですがUQホルダー読んだことないので出てこないよと釘を刺すの回。
 ……そう言えば、Fateにも不死身で英霊の座に登録されてない某ケルトの人とか、どこぞの世界に幽閉されて死なないから英霊の座に登録されない魔術師とかもいましたね(フラグ

 FGOの話
 前回嫁王引くために課金し、余った石80余りを全力で投入。見事にセイバー式を引き当てました。カワイイヤッター!
 まぁおかげでスキル上げしようとしてQPとクッキーと素材が吹き飛んで阿鼻叫喚の状態ですけど。アサシン式の魔眼が「おっ。行けるやん」とポチポチ押してたら何時の間にかスキレベ10になってたり。勢いって怖いですね。


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第二十六話

 

 修学旅行が終わった翌日。

 報告書やら始末書やらは修学旅行が終わった当日に学園長に提出しておいたので本日は休日である。学園長はグロッキー状態だったがちょっと高めのお茶とお茶菓子を買ってきたので勘弁してほしい。

 考えをまとめるためにも軽く体を動かそうと、アーチャーの指示の元で杖術を反復練習する。

 決まった型を何度もなぞり、体に染みこませて反射的に体が動くようにするのだ。こればかりは一日二日で身につくものではない。

 何度も何度も丁寧に体を動かし、無意識下でも出来るように洗練する。

 早朝の中で汗をかくことはいいことだと個人的には思う。ごちゃごちゃ考えるのは嫌いではないが、どうしたって煮詰まるときはあるものだ。運動して気分をリフレッシュするという意味でも、この行為には十分な意味がある。

 そう感じながら通算十回以上の反復練習を迎えたころ、ふと近くを通った神楽坂さんと目が合った。

 

「おや、おはようございます。神楽坂さん」

「あ、おはようございます、ネギ先生」

 

 新聞配達を終えた帰りなのか、やや息を整えながらこちらへと歩いてくる。

 一応先生だからという理由なのか敬語を使っているが、余り使い慣れている風ではない。

 なので学校じゃないから敬語はいいですよ、というとあからさまにホッとした様子を見せた。年下っていうのも敬語を使うことに抵抗を覚えているのだろうな。

 ……社会に出ると、年下の上司なんて珍しくもないのだが。その辺は言わなくてもいいか。

 

「こんな時間に何してんの?」

「修学旅行中に出来なかった武術の鍛錬ですね。型をなぞるだけなのでそれほど難しくもないですよ」

 

 ちなみにアーチャーは霊体化したままである。元々第三者に見られると説明が難しいので余程の事態以外は霊体化したまま会話している。

 アーチャーの警戒網を抜けてここに来るのも難しいだろうから、たまにアーチャー自身が杖を使った型を見せてくれたりもするが。

 

「へー、アンタも頑張ってるのね」

「神楽坂さんはバイトですか? 修学旅行の次の日だというのに、熱心ですね」

「私の場合は学費を稼ぐってことでもあるから……先生みたいに自発的にやってるわけじゃないわ」

 

 そうでもないだろう。世話になったからという理由で学費を稼ぐなど、中学生の身の上では中々出来ることではない。

 少なくとも俺が同じ年代のころは友達と馬鹿をやってよく怒られていたものだ。それに比べれば余程しっかりした子である。

 勉学の出来などこの年代なら十分に取り戻せる。年を取ると新しいことに挑戦することも難しくなるし、やりたいことがあれば今のうちに挑戦して欲しいものだ。

 

「……でも、先生はなんでそこまで頑張ってるの?」

「と、言うと?」

「ほら、私は学費を稼ぐっていう目標があるけど、先生は何を目標にしてるのかなって」

「なるほど……武術をやってるのは単なる護身術代わりですが、勉学を頑張るのは単なる気質ですよ」

 

 今やれることを今やらずに後で後悔などしたくない。目標は世界を救うことだが、誰かがやってくれるだろうでは駄目なのだ。

 自分こそが世界を救う。誇大妄想と取られようが、それだけの意気込みを持って物事に当たらねば何を成せるというのか。

 『関係無い』とか『どうでもいい』なんてのは単なる思考放棄だ。そんな十把一絡げの量産品になどなりたくはない。

 

「何事にも全力で、というのが僕のモットーです。目標といえる目標はまだ見えていませんが、後で『あれをやっておけばよかった』とか『これをやっていれば』なんて後悔したくありませんからね」

「はー……十歳の子供とは思えないわね」

「年齢は関係ないと思いますよ。誰であろうと、諦めなければ夢は叶うと信じていますから」

 

 だから俺は基本的に諦めが悪い方だと思っている。敵ならば相手が誰であろうと薙ぎ倒し、壁ならばどれだけの難問が立ちはだかろうと打ち破る。

 かくあるべしと自身に定めているから──そうやって生きることを自分に課しているからこその今がある。

 神楽坂さんはぽかんとした顔でこっちを見つめているが、そんなに驚くことなのだろうか。

 

「……いや驚いたわ。アンタ意外と馬鹿なのね」

「……幼馴染にも同じことを言われましたよ」

 

 アーニャも事あるごとに「アンタ馬鹿じゃないの!?」とヒステリックに叫んでいた。常識的な行動を取っていたはずなのだが、何かしらの怒るようなことをしでかしていたのだろうか?

 今考えても答えは出ない。再会した時に忘れていなければ聞いてみるのも一興か。

 

「神楽坂さんも他人ごとではないでしょう。将来のことだからなんて悠長に考えてるとあっという間に高校、大学、就職です。バイトが悪いことだという気はありませんが、他に何か興味のあることとかはないんですか?」

「んー……そう言われても、中々出てくるもんじゃないのよね。強いて言えば走るのは好きだけど、これは別に趣味とか興味があるとかじゃないし」

「どちらにせよ、選択を迫られる時というのはいずれ来るでしょう。その時自分はどうしたいのか、それを考えるのは悪いことではありませんよ」

 

 神楽坂さんの場合、最悪魔法の世界のお姫様をやらなければならないかもしれないからな。

 選択肢とさえ言えない選択肢が唐突に訪れる場合もある。自身の意思を無視して無理矢理その座につかされることもある。

 なんにせよ、一日一日を後悔しない生き方をするのがいいと思うがね。

 

「難しいとは思いますが、後悔しない生き方を。自分に誇れるような、自分の憧れた人に誇れるような選択が出来ることを祈っています」

「……十歳だからってちょっと馬鹿にしてたけど、いろいろ考えてるのね」

「『人は考える葦である』とも言いますし、考えることをやめたら何も出来ませんからね」

 

 日課より少し増やしてやっていた型をなぞる訓練も終わった。掻いた汗を近くに置いていたタオルで拭き、飲み物を口にして一息つく。

 色々と悩み始めた神楽坂さんとはここでわかれ、女子寮へ行く彼女を見送ってから俺も帰路につく。

 高畑さんもそろそろ起きているだろうし、朝食の準備をせねば。

 

 

        ●

 

 

 朝食を終え、昼はいないから各自でと高畑さんに告げてアルビレオ・イマのところへ足を運ぶ。

 もう一度『蒼崎』について質問する必要が出てきたこともあるし、魔法世界に関する情報も持っている可能性が高いからだ。

 やや眠そうなカモ君を連れ、もう一度そこへ訪れた。

 図書館島の奥、滝の流れる静かな部屋へと。

 

「──それほど時間が経ったわけではありませんが、随分と久しく感じますね」

「日がな一日ここで本を読むばかりでは時間の感覚も薄れるでしょう。偶には外に出たらどうですか」

「そうしたいのは山々なのですが、私は学祭中を除いてここから出ることが出来ないものでして」

 

 魔力の濃度が違うから、だろうか。

 学際中は世界樹に満ちる魔力が放出され、一時的に麻帆良の内部に濃密な魔力が満ちる。それを使うことで学祭期間のみ外に出ているのだろう。

 俺の目の前にいるのも幻術かそれに近い魔法のようだしな。……アーチャーにも見えているあたり、幻術ではないのだろうが。

 あえて言うなら姿を投影している、というべきか。

 

「それで、今回はどうしたのです?」

「質問がいくつか。『蒼崎』に関する情報と──魔法世界の寿命と対策方法について」

「……なるほど。修学旅行は京都と聞きました。そこで詠春に聞いたか、ナギの別荘で何かを知ったのですね」

「察しがよくて助かります」

 

 アルビレオ・イマは紅茶をカップに注ぎ、お茶菓子を用意してこちらを見る。

 座れ、ということだろうか。長々とした話をするつもりはないが、内容次第では質問が増える可能性もある。大人しくごちそうになるとしよう。

 紅茶に軽く砂糖を入れて口に含む。

 紅茶の香りと味を楽しみながら一息つく。イギリスに生まれてよかったと感じる要素の一つだな。紅茶の味に詳しくなる。

 

「さて……どこから話しましょうか」

 

 どこか遠くを見るようなアルビレオ・イマの視線はゆっくりとこちらを向き、微笑をたたえたまま口を開いた。

 

「まず、魔法世界に関して話しましょう。どれからでもいいのですが、全てに通じる話の根幹がここにありますから。かの世界の寿命に関してはどれ程?」

「魔法世界の寿命は持ってあと十年前後、と」

「そうですね。おおよその試算はその程度だとナギも言っていました。このあたりの検証は私も手伝いましたから、ほぼ間違いないはずです」

 

 元々魔法学校すら中退するような男である以上、魔法以外の知識なんてさほどなかったのだろう。

 だが、アルビレオ・イマは知識の宝庫のような男だ。彼の助力があればその辺りの問題はクリア出来る。

 

「我々が二十年前の大戦において討ち果たした相手も、おそらくはこの事実を知っているがために行動したのでしょう。君が修学旅行であったというアーウェルンクスも彼らの手駒です」

 

 学園長に提出した報告書のコピーを見せるアルビレオ・イマ。

 俺はそれに頷き、続きを促す。

 

「彼らは魔法世界を封じることで世界を救おうとし、我々はそれに抗って勝利した。……何せ、彼らの案では魔法世界人はともかく旧世界人は軒並み火星の荒野に投げ出されることにもなりますしね」

「……弾きだされるのですか?」

「ええ。彼らが救うのはあくまでも魔法世界人のみ。それ以前に旧世界人は確固とした肉体を持つので彼らの世界に封じ込められないのですよ」

 

 なるほど。自身が生み出した世界の中で生まれた魔法世界人はそのまま封じることが出来るが、旧世界人はその枠に縛られることはない。

 『造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)』が魔法世界人に通用して旧世界人に通用しないのも同様の理屈だろう。

 

「彼らは焦っています。何せ、救済案はほかになく、かと言って同じ方法ではまた邪魔が入る。そう思っているでしょうから」

「……父さんが行方不明になったのは、つまり」

「彼らとの戦いの結果です。結果として、こちらも何かしらの救済案を用意することが叶わなくなってしまいましたが……理論はいくつかあっても、それで本当にうまくいくかどうかは分の悪い賭けですからね」

「……行方不明になったのは僕が生まれる前です。ならば、六年前に現れた父さんは、一体……」

「それに関して、今私から言うことは出来ません。あなたの母君との盟約ですので、ご勘弁を」

「母さんとの?」

「ええ。その時ネギ君の手に令呪が現れたのも、ナギがあの場に現れたのも決して偶然ではありません。ただ、アーチャーさんが現れることだけは予想外だったのですが……それら全てを説明するには、あなたの母君に関することを話さねばならないもので」

 

 それは盟約によって不可能、と。ギアススクロールでも使ったのだろうか?

 だが、令呪とアリカ、そして現れたいないはずのナギ……ある程度予想することは出来るがな。

 確信を得るために、もう一つ質問をした。

 

「過去、貴方がみた令呪の持ち主は誰ですか?」

「……過去、というと少々曖昧ですね。ここ二十年でいえばネギ君を含めて三人。『蒼崎』と、貴方の母君になります。持っていたであろう人物も知ってはいるのですが、確定は出来ません」

 

 ……血筋に寄るもの、か。俺を『蒼崎』だと思って問うたのもわかるというものだ。

 令呪自体、俺の知識によれば人の手によって創り出された術の一つに過ぎない。英霊召喚だって降霊術の一種だろう。

 問題は、彼らを維持するための魔力と彼らが召喚に応じてくれるだけの理由だが……血筋による契約というなら、どこかから魔力を汲みだしているのだろうか? 聖杯がどこかにあってもおかしくはないな。

 後者に関しては単純に聖杯を求めるものばかりが聖杯戦争に参加していたわけでは無かったように、個々人の理由を以て契約を交わしていたのだろう。

 

「現在、魔法世界を救うプランは存在しません。厳密に言えばあるのですが、リスクが高く失敗する可能性が大きいので実行できないものばかりです」

「父さんが遺した資料などはあるんですか?」

「ナギのものならイギリスにあるはずです。こちらには残していないでしょう」

 

 アルビレオ・イマにとって、魔法世界を救うことも重要だがそちらに注力出来ていないのだろう。

 何故なら、この地下にはおそらく造物主がいる。その封印を逐一確認して綻びを起こさせないようにしなければ封印が解けて出てきてしまうかもしれないから。

 確認は出来ていないが、十年もの時間があってアルビレオ・イマほどの魔法使いが何の解決策も出せないなどそれくらいしか思い浮かばない。

 

「そして、最後に『蒼崎』について。これに関してはあまり知っていることはありませんが……彼の目的は我々と同じようでした」

「魔法世界の救済、ですか」

「恐らくは。わずかな期間のみ現れ、二十年前の決戦の日を境に音沙汰がなくなりました。何を狙っていたのかはわかりませんが……目的は同じだといえるでしょう」

 

 彼は造物主から何かを盗み出し、それを持ってどこかへと消えたのですから。

 アルビレオ・イマはそう言い、紅茶を飲んで一息つく。

 『蒼崎』に関してはこれ以上の情報収集は難しいだろう。あるいはどこかに痕跡が残っているかもしれないが、二十年前の少しの期間だけ現れ、その後音沙汰無し。

 そうそう痕跡を残すような相手とも思えない。一旦棚上げだな。

 そうなると、次に考えるべきは魔法世界に関してか。

 

「父さんが遺した物以外で、何か魔法世界を救うためのヒントになるようなものはありますか?」

「ある程度の情報ならば残っています。実験資料も残っているので、必要であれば見るのは構いませんよ。持って行くのは駄目ですが」

 

 どこから情報が漏れるかわからない以上、厳戒態勢で情報を遮断する必要があるわけか。

 魔法の開発を進める傍らで魔法世界のことをどうにかするために考えてみよう。──最悪、テラフォーミングで強引に解決するために準備をする必要もあるわけだが。

 正直な話、魔法を隠し続けるのは無理だろうと思っている。表側の世界は科学が発達して今があり、裏側の世界は魔法が発達して今がある。完全に隠し通すことはこの現代では不可能になっていくだろう。

 ならばどれだけ二つの世界が血を流すことなく融和できるか、ということに話は持って行かなければならないわけだが……流石に一朝一夕でどうにかなるものでも無い。

 仕事が増えたな、と紅茶を飲みながら思う俺であった。

 

 




 更新するたびにお気に入り登録がごそっと減っていくんですが、しばらくすると数値が戻っている不思議。やっぱり新しく更新された場所にあると人目につきやすいんですかね。




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第二十七話

 

 修学旅行が終わり一週間余り。

 気が抜けたようになっていた3-Aの面々もゴールデンウィークを前にしてテンションを上げていたが、五月末には定期試験もあるしそうそう気を抜いていられない。

 にこやかに課題を出すと一転してお通夜のような状況になってしまうが、これくらいのテンションの上げ下げは最早恒例行事なので気にもしなくなった。

 あとは佐々木さんが大会選抜を前に悩んでいたと同室の和泉さんから聞いたくらいか。

 テストには合格したらしいが、どういう訳か「ネギ先生のおかげや」と言われた。俺は特に何も話した覚えはないのだが……思わず神楽坂さんの方を見ると、それに合わせるように視線を逸らされた。

 ……まぁ、別に悪いことでもないので構わないのだが。

 あと、時期的にはまだ早いが麻帆良祭での出し物を考えておくように言っておくくらいだ。

 それらの仕事を終え、やることをやってからエヴァの家で『別荘』を使う。

 

「……よくもまぁ飽きもせずに同じ魔法を使い続けられるものだな」

「ルーチンワークの見直しだからな。発動が早くなればそれだけ別のことに思考を割ける」

 

 パターンはいくつか用意しているからそれを組み合わせて戦闘用に改良するだけだが、パズルみたいなもので面白いといえば面白い。

 どちらかといえば『魔法使い型』の魔法使いである俺だが、杖術をこのまま修練しておけば『魔法剣士型』としてもそこそこ戦えはするだろう。

 

「今でもある程度喰らいつくことは出来るが、アーチャーを頼りにしている部分が大きいからな。無駄を省いて隙を無くし、改良しないと話にならん」

「生真面目なことだ。お前らしいといえばお前らしいがな」

 

 酒瓶片手にツマミのチーズを食べるエヴァ。絡繰さんが持ってきてくれたお茶を手に、新しく構成したパターンにそって魔法を発動させる。

 

「遅延呪文が主体になるのか?」

「主に使うのは遅延呪文だが、俺の場合は高位の精霊を使って呪文詠唱そのものをおこなっている。遅延呪文というより詠唱待機というべきじゃないか?」

 

 結局維持するために魔力を使う分遅延呪文より使い勝手は悪いのだが、エヴァ相手に使った『雷の暴風×五』などというアホなことも出来る分自由度は高い。

 まったく別の呪文を同時に唱えて使用可能な状態にしておくなど、戦闘を一から十まで組み立てて思い通りに戦わないと失敗する遅延呪文より取り回しがいいのだ。

 何せ、自身で決めたタイマー通りにしか発動しないからな、遅延呪文。

 

「アドリブを効かせられるなら遅延呪文でも有効に使えるだろうが、自由度が高いこちらの方が取り回しがいいんだ。対応力が上がる」

「その分無駄に魔力を使っているんだから一長一短だと思うがな」

 

 魔法の射手を纏った雷の暴風が結界にぶち当たって轟音を立てる。

 うーむ。雷の暴風をいくつも重ねるより安価に使えて貫通力もそれなりか。魔力対効果としてはそれなりだが、魔法の射手の本数次第ではまた変わってくるな。要調整だ。

 

「無詠唱魔法の練度は高めないのか?」

「優先度は高いが、効率を上げるには少し時間がかかる。それならこっちのパターンを増やして手札を充実させた方が手っ取り早く戦力強化につながるのさ」

「そんなものか。効率に拘るのはいいが、使える魔力量を増やしたほうが余程戦力強化につながると思うがな」

 

 そっちも並行してやっているが、師になってくれそうな相手がいない。エヴァはやる気ゼロだし、アルビレオ・イマも今は忙しいという。

 麻帆良の魔法先生も魔法使いとしての質はそれなりだし、これ以上俺自身の技量を高めようと思うと師がいなければ厳しいものがある。

 理論だけを突き詰めても机上の空論になりかねないし、学ぶべき知識はまだ多い。

 と、そこまで考えて思いだした。

 

「ああ、そういえばエヴァの登校地獄、緩和するための術式が完成したぞ」

「そうか……何ッ!? 私が十五年かけて解けなかったものを解呪できるのか!?」

「いや、解呪じゃなくて緩和。解呪も時間をかければ出来ないことはないだろうけど、今の時点でそれをやると政治的観点からもまずいことになる」

「……それもそうだな。学生生活はともかく、平和な生活というのは存外悪くもない」

 

 かの高名な『闇の福音』が解き放たれたとなれば、俺の責任はもちろん学園長や高畑さんにまで被害が及ぶ。

 今すぐ緩和するという訳にもいかないし、経過観察という名目で監視がつくだろうが、そこは勘弁してほしい。

 

「その程度でこの呪いが緩和されるなら安いものだ」

「……ちなみに、魔力が封じられているのは学園の結界に寄るものだからな。あくまで正常な登校地獄の効果に戻すだけだ」

 

 それだけでも十数枚に及ぶ報告書と始末書の提出を求められるのだから厄介だ。エヴァの自業自得な部分も多いのだから当然ではあるけども。

 人道的観点はさておき、これって犯罪者を刑務所に閉じ込めておくのと何ら変わりないからな。保釈可能かどうかって話であって、その辺りの話をするとエヴァは完全にアウトで永久に投獄されててもおかしくはないレベルなのだが。

 そこをナギの『英雄』という肩書と高畑さんの名声、それに学園長の持つ麻帆良での基盤があって現状がある。そこから俺の『英雄の息子』って肩書でエヴァを保釈するわけだが、傍から聞くとどう見ても洗脳されたとか思うんじゃなかろうか。

 俺はさておき、アーチャーをその手の方法で傀儡にすることは不可能なのだがな。

 

「構わん。で、いつ解呪するんだ?」

「解呪自体は卒業と同時に行われるようにしておく。緩和に関してはまだ学園長の許可が下りてないから駄目だ」

「チッ。まぁいい、卒業ということは今の学年の連中と一緒にだろうな?」

「そのつもりだ。なるべく大人しくしていて貰いたいものだが。俺とて庇いきれないこともある」

 

 わかっている、と軽く手を振ってまた摘みのチーズを口に運ぶエヴァ。その姿に嘆息し、俺は残った別荘内の時間でいくつかの魔法を改良しようと書庫を歩き回った。

 

 

        ●

 

 

「近衛木乃香さんの魔法の修行ですか?」

「そうじゃ。君に任せたいと思っておる」

 

 次の日。授業が始まる前の朝の時間に学園長に呼び出されていた。内容は近衛さんの魔法に関しての話である。ちなみにカモ君は昨日からずっと出かけている。どこへ行ったのだろうか。

 関西呪術協会の長である詠春さんが最終的に決定を下したのだろうが、それでも西洋魔法使いの俺の元へ弟子入りさせるというのは些か早計ではなかろうか。

 内部の反発は大きいだろうし、今度こそ本当に内部で戦争が起こる可能性もあるのでは? と婉曲に学園長に聞いてみたところ、その筆頭である過激派が京都の件で全滅したからこの判断が出来た、と返答をもらった。

 ……そうか。過激派の大半は京都での一件でほぼ離反したし、和平派は元々関東魔法協会との融和を望んでいた。それでも多少なり反発があったからここまで遅れたと。

 

「本当ならば京都から帰ってすぐに婿殿と話し合って決めていたのじゃが、根回しに時間がかかってのう」

「いえ、それは理解出来ます。組織の規模が大きければ大きいほど急激な変化を嫌うでしょうからね」

「うむ。理解してくれればよい」

「疑問なのは、何故僕なのか、ということです」

 

 もちろん予想はつく。

 俺と同じ英雄の子であるため、同じ派閥であると内外に理解させるため、外部から余計な思想を持ちこませないため、等々。

 最後のに関していえば、学園長も授業を行うことで東洋西洋それぞれの考え方を理解させるため、ともいえる。教えるだけならここの魔法先生でいいのだろうが、英雄の子供ということでどうしても色眼鏡がかかってしまう。その点俺ならば、とも思ったのかもしれない。

 ……十歳の子供にやらせる仕事ではないと思うがな。

 ついでに言えば、エヴァとのつながりを作っておきたいというのもあるかもしれない。ああ見えてエヴァは一度心を許すとそれなりに情が深いからな。

 

「君が考えていることも予想がつくがの、そう難しいことでも無い。君は座学に関しては魔法学校を飛び級できるほどじゃし、実力も婿殿とエヴァのお墨付き、そして何より木乃香が安全じゃ」

「……麻帆良内部に不和を撒いている人物がいると?」

「どんな組織であろうと一枚岩であることの方が少ないわい。基本は和平を結ぶことに反対意見こそないが、無理矢理従わせる手段に出る愚か者がいないとも限らんしの」

「組織というのは厄介なものですね」

「ま、内部のことに関しては儂とタカミチ君に任せてくれて構わんわい。むしろ、外部から和平を崩すための刺客が来かねん。君の使い魔君には十分期待しておるよ」

「了解しました。アーチャーにも気にかけておくよう言っておきます」

 

 それだけ言って一礼し、部屋を出て職員室へと向かう。時間はあまりないが、一限目は英語ではないから朝のホームルームだけ行うためにプリント類の確認をしなければならない。

 それと近衛さんに対する魔法の授業の用意か。これは放課後にでもエヴァのところで別荘を使わせてもらおう。

 使うのは最初の一回だけだが、この一番最初が肝心なところでもある。エヴァに話を通すのと、魔法学校のカリキュラムを確認しなければならないな。

 

 

        ●

 

 

 放課後。近衛さんと桜咲さんを呼び止め、進路指導室に結界を張って軽く事情を説明する。

 西洋魔法を教えることになったことと、それに対する近衛さんと桜咲さんの意見を聞くためだ。魔法を習うことは本人も聞いていたらしいが、俺が教えると聞いて少しびっくりしていた。

 無理に教えたところで本人にやる気がなければ身につかない。魔法も所詮は技術にすぎない以上、使うのは本人の意思次第だ。

 

「……うちは、魔法を勉強したい」

「どうしてそう思ったんです?」

「だって、うちの適性は回復魔法とかなんやろ? やったら、せっちゃんとかネギ先生が怪我しても治してあげられるやん」

 

 適性は事前に教えられていたらしいが、ナギや俺を超えるほどの莫大な魔力を有する近衛さんの魔法適性は光や回復系統だ。それを十全に生かせれば瀕死になろうと強大な呪いをかけられようと助けることが出来る。

 当然それは本人の修練次第だが、可能性としては十分すぎるほどだろう。

 元々関西の長の娘ってだけで魔法関連に関わるのは確定的だったんだ。ここまで教えるのが遅かった方が異常といえる。身を守るにも知ると知らないのでは大違いだからな。

 

「わかりました。では、一度寮に戻った後、私服でエヴァンジェリンさんの家へと来てください。そこで授業をします」

「エヴァンジェリンさんの家にですか?」

「はい。僕が住んでるのは高畑先生のアパートですが、そちらは少々手狭で魔法の授業をやるには向いていませんしね」

「なるほど……」

「でも、なんでエヴァちゃんの家なん?」

「丁度いい場所があるんです。何よりちょっかい出せる人もいないでしょうからね」

 

 近衛さんはよくわかっていないようだったが、桜咲さんは深刻な顔で頷いている。近衛さんは奇襲されるとかいった経験はまずないだろうから、実感が湧かないのも無理はない。

 あの学園長が下手を踏むとは思えないが、警戒するに越したことはないからな。桜咲さんと神楽坂さんが仲良くなれば入り浸る理由にもなろうというものだが。

 ……まぁ、その辺はまだ後回しでも問題あるまい。今は近衛さんの魔法についてだ。

 

「今日やるべき仕事はほとんど終わっているので、僕もすぐに向かいます。エヴァンジェリンさんの家の住所はわかっていますか?」

「うちは知らんよ?」

「私が知っていますから、着替えてから合流しましょう」

「そか、ならそうしよ。じゃあね、ネギ先生。またあとでなー」

「はい。気を付けて帰ってくださいね」

 

 結界を解き、進路指導室から出ていく二人を見送る。

 そして部屋の外でパパラッチ朝倉さんがカメラ片手に潜んでいるところへ歩み寄り、手に持っていたクラス名簿で軽く頭を叩く。

 朝倉さんは笑っているが口元が引きつっているし、やや顔色も悪い。

 

「新聞部の活動をするのは結構ですが、個人のことにまで踏み入るのは余り褒められたこととはいえませんね」

「あはは……でもやっぱ気になるじゃん? 進路指導っていうなら、呼ばれるのは普通二人のうちどっちか片方ずつだろうしさ」

「近衛さんは先日京都へ行った際に少し進路相談をしてましてね。桜咲さんの身元保証人も近衛さんのお父さんですし、その関係で二人一緒に進路相談をしました」

「……あの二人、高校に上がるときに転校でもするの?」

「いえ、そういう訳ではないですよ。もう少し先の将来を見据えた話です」

 

 そっかー、と安心したように笑う朝倉さん。

 そこでホッとするのは構わないのだが、俺に見つかったという事実をどうするつもりなのだろうか、この人は。

 相手が俺だから大丈夫だとでも思っているのかもしれないな。まぁ、罰則を緩くする気など到底ないのだが。

 俺は笑顔で朝倉さんの顔を見る。

 

「では朝倉さん。反省文を書いて明日までに提出してくださいね。このようなことが続く場合は新聞部の部費を考え直さなければなりませんから」

「ゲッ!? ま、マジで!? そこをなんとか……」

「駄目です。説教で時間を取られないだけマシだと思ってください」

 

 がっくりとうなだれた朝倉さんは俺が進路指導室から持ってきた反省文を手にとぼとぼと歩いていった。

 

 



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幕間六

 

 

 しとしとと雨が降る。

 傘を持たぬ以上は仕方のないことだが、雨でびしょぬれになってしまうな。さして困ることがあるわけではないが、久々に会うのだから身なりをしっかりしておきたかったのだがね。

 かのハイデイライトウォーカーに気付かれぬようステルス重視にしているため、余計な装備は極力持ちこまないようにする必要があった。……傘がそれに入るかどうかは微妙なところだが。

 まぁ気にすることはないな。

 

『どーする? オレたちが先行してさっきの奴を見つけるか?』

『また封印されるのはいやですぅ』

「そうだね。君たち三人が先の少年──小次郎君と言ったかな。彼を見つけてくれれば懸念も消える。並行してネギ君の居場所も探りたいところだが……」

 

 彼は己の派閥にかのハイデイライトウォーカーを入れているという。ならばその周辺にいるであろう可能性が高い。

 出来れば他の場所にいることを祈ろうか。流石にあれを相手に戦うのは御免被りたい。

 私は学園の調査を先にしておくべきだろうな。出来ることならネギ君と一戦交えたいところだが、依頼主の意向としてはそれを望まないようだから無理かもしれない。

 やれやれ、我ながら益にならない依頼を受けたものだ。多少の恩義があるとはいえ、もう少し条件を粘ってみるべきだったかな。

 

『……その必要はないみたいですぅ』

「む?」

 

 どういうことかと尋ねかけ、聞こえた足音に耳を澄ます。

 聞こえる足音は段々と近づいてくる。三人の足音は規則正しく、急いでいるわけでも無ければこちらを奇襲しようとするゆっくりした足取りでも無い。

 そして姿を現したのは──私の目的とするネギ・スプリングフィールドだった。

 その後ろにいるのは刀を持って臨戦態勢である退魔師の少女と不安げな表情の、確か近衛木乃香嬢、だったかな。

 

「こんばんは。というにはいささか早い時間帯でしょうか」

「……私のことに気付いたのかね? だとしたら素晴らしい魔力感知能力だが」

「いいえ。魔力的には探知できませんでした。あなた方のステルス能力は十二分に発揮されていましたよ」

 

 だとしたら、何故だという疑問が浮かぶ。

 魔力的に見つけられないのなら物理的に見つけてしまえとでも言うのかね? 何時、どこから、どうやって侵入してくるかもわからないというのに?

 薄く笑みを浮かべたままのネギ君は私の疑問に答えるかのように種を明かした。

 

「僕の使い魔(サーヴァント)が偶然あなたを見つけたので」

「……偶然。偶然か」

 

 時の運ばかりはどうしようもない。が、ステルスを重視したがためにこの雨の日を選んだというのに、無駄になったとあっては骨折り損のくたびれ儲けだ。加えてここは視界の悪い森の中だというのに。

 加えて、彼に見つかっているということは学園側、ひいてはハイデイライトウォーカーにも気付かれているはずだ。

 ここは出直すのが吉かもしれないな。

 そんな心の動きを読まれたかのように、ネギ君はこちらへと釘を刺す。

 

「逃げるのはご自由ですが、その場合は不躾ながら背後から攻撃させていただくことになります」

「それでも逃げ切れる自信は十分にあるがね。君が学園側に話していないというなら話は別だが」

「急行したので誰にも話していませんし、逃がすつもりも毛頭ありません」

 

 学園側に漏れていないというのならこのまま依頼を達成するだけの話だが、彼の話が本当とは思えない。わざわざ自身が不利になることを教えることに意味があるとも思えないからね。

 右手に傘を持ち、杖を背にした私服姿のネギ君はまるで狙撃手がスコープをのぞき込むように左手をこちらに向ける。

 多少の魔法ならばすぐにでも対処できる。だが、依頼人から言われたように彼の使い魔が破格の狙撃能力を持つとすれば、その行為は──

 

「まずは、貴方の部下三名から」

 

 ──音を超えてなお速く、その矢は飛来しスライムたちの霊核を撃ち抜いた。

 霊核はこちらに留まっているための魔力の源だ。これを破壊された以上、彼女たちがこちらに留まっていることは出来ない。

 「出番これだけかヨ!」「あんまりですぅ」などと言いながら消えていくスライムたちを尻目に、警戒しつつネギ君を見つめる。それなりの威圧感があると自負していたが、彼は一切気にした様子もなくこちらを観察している。

 すぐにでも攻撃できるようにか、左手でこちらに狙いを定めたまま。

 

「聞きたいことはたくさんありますが、答えたくなければ無言でも構いません。元より悪魔の言葉を鵜呑みにする気もありませんが」

「……なるほど。六年前に死にかけて泣いていた子供とは到底思えないな」

 

 火に包まれる村を見て必死に生きている人を探し、私が殺害一歩手前まで追い込んだところで不意打ち気味に老人に封じられた。あのあとどうやって生き残ったのかも疑問だったが……予想以上に強力な使い魔を召喚したらしい。

 これは依頼主も「慎重に慎重を期して捜索を」という訳だ。

 無駄かもしれないが、ここら一帯に結界を張らせてもらおう。出来る限り外からの干渉は防ぎたい。

 

「……六年前。やはり、あなたは」

「ほう、中々に聡い。伏兵のスライムたちに気付いたことといい、使い魔の力だけではなさそうだね──多少は楽しませてくれよ、ネギ君」

「『風楯(デフレクシオ)』」

 

 一歩踏み込み、拳を振るう。

 激しい拳圧は暴威を振るってネギ君を吹き飛ばそうとするが、彼はあろうことかその一撃を無詠唱魔法で防ぎきった。並の魔法使いなら対応すら出来ない一撃だと自負していたのだがね。

 驚きもあるが、それ以上に楽しみになってくるよ。

 君のような才ある若者と戦うのは私にとっての快楽だからね。

 

「やめておいた方がいいと思いますが」

「ふふ……余裕ぶるのもいいが、まずは自身の状況を考えたまえ」

 

 背後には教師として守るべき二人の生徒がいる。彼女たちを連れてきた理由はわからないが、ネギ君一人であれば十分私と渡り合えるだけの実力を持つように感じられる。

 わざわざ足手まといを連れてくる理由など無いはずだ。

 もっとも、私にとっての目的は学園の調査とネギ君の戦力調査だ。出来れば接触をしないようにと念を押されていたが、こうなってはそうもいかない。

 

「君の厄介な使い魔もいる。悪いが、そこのお嬢さん二人を利用させてもらうよ」

「出来ると思っているのなら」

 

 セット、とネギ君が呟く。

 どんな魔法を使おうとしているかは知らないが、例え無詠唱魔法でも私の方が数秒速い。そう考え拳を振るった。

 瞬間、ネギ君の周りに現れた五体の上位精霊がほぼ──いや、まったく同時に魔法を使った。

 

「『魔法の射手 連弾・雷の百一矢』『魔法の射手 連弾・光の百一矢』」

 

 ──ッ!!?

 一本一本は私のパンチよりも低い威力だが、これを数本束ねれば私の一撃に十分匹敵する。それを、壁を思い起こさせる量の弾幕として放たれた。

 

「ぐ、おおおおおお!?」

 

 な、なんという……いくらかは弾いて直撃は避けられたが、それでもダメージがゼロとはいかない。

 父親と違って戦闘に向かない性格ではないかと思っていたが、中々どうして容赦がない。

 ……とはいえ、どうにも『本気で戦っている』という感覚ではないな。彼が本気なら、今の一撃である程度勝負を決する流れにも出来たはずだ。

 現に、ダメージを負って動いていない私に対して追撃すらしてこない。

 

「……どうした、ネギ君。六年前の仇だとわかっていてなお私に止めを刺すことが出来ないのかね?」

「聞きたいことがいくつか。それが聞き終われば、すぐにでも止めを刺してあげますよ」

 

 聞きたいこと。聞きたいことか。おおよその検討はつくが、それを口にするのは野暮というものだろう。

 人間味の薄い子供だと思ったが、それは外面だったか。

 瞳の奥に見える激情。彼とて六年前の事件に対して思うことがない訳ではない、ということだな。

 

「なるほど……だが、私も悪魔としての矜持がある。今更だが名乗らせてもらおう。ヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン伯爵。今はしがない没落貴族の雇われだよ」

「ネギ・スプリングフィールド。麻帆良学園の教師で、貴方を討ち果たすものです」

「ふむ。良いな、それは。やれるものならやってみたまえ。私もそう簡単にやられるつもりはないがね──!」

 

 リズムよく悪魔パンチを繰り出し、森に生えている木々を薙ぎ倒しながらネギ君へと攻撃を繰り返す。

 ネギ君はそれを先程同様に風の魔法を使った障壁で見事に防ぎきっている。後ろの生徒にけがをさせないためだろうが、そのままではジリ貧だぞ!

 

「ふっ!」

 

 一際強烈に放った悪魔アッパーで地面ごとめくり上げてみたが、どうにも手応えが薄い。

 雨のおかげで土煙もさほど立たず、攻撃した先を見てみるが──泥の汚れさえついていないネギ君を見て私は絶句した。

 

「無駄だということはわかりませんか、ヘルマン伯爵」

「……いや、驚いた。だが無駄だとは思っていないよ。君の魔力とて無尽蔵ではあるまい」

「そうではありません。聞きたいことがあると、言ったばかりでしょうに」

「そうだったな。ならば先に聞いておこう──何が聞きたいのかね?」

「六年前。貴方を使役し、僕らの村を襲わせた依頼主について」

「残念だが──悪魔の矜持として、依頼主のことは話せないな」

 

 そうですか、と顔色一つ変えずにネギ君は言った。始めからこの結果を知っていたとばかりに。

 まぁ、悪魔は契約にはうるさい。依頼主について情報を漏らさないための契約も結んである以上、情報を漏らすことは万一にもない。

 

「そうでしょうね。いえ、別に構いませんよ。おおよその予測は出来ていますから」

「聞きたいことはそれだけかね?」

「もう一つ。あなたたちのかけた永久石化の呪いはどうやって解くのですか?」

 

 あれは我々の中でも高位の魔物しか使えない術だ。単純な魔法の石化とは少し違う。

 どうやって解くか、と言われると少し考えてみる。答えとしては最上級の霊薬か、それこそ治癒師として最高峰の力を持っていれば解呪できるはずだ。

 

「それは私を倒せれば教えてあげよう」

「そうですか──では、消滅しないギリギリで抑えるとしましょう」

 

 瞬間、私は絶句した。

 彼は決して攻撃せず守っていただけでは無かったのだ。

 父親と違って前衛型ではないネギ君は、己の領分をしかと理解して行動に移していたということを、否が応にも理解させられた。

 

「──全魔法待機、解除」

 

 降り注ぐ魔法の射手、白き雷、雷の斧。

 逃げ場のない飽和攻撃の前に私は膝をつくしかなく、苦し紛れに放つ悪魔パンチもこの濁流のような魔法の嵐の前には小さな抵抗に過ぎなかった。

 逆に言えば、逃げ場を無くすために魔法を無駄打ちしているからこそ私は未だ消えることなく残っている、と考えるべきなのだろう。

 

「──おっと」

 

 最後の一撃であろう雷の斧は私の真横に落とされた。彼の見立てでは今の一撃を喰らわせては私は消滅してしまうと思ったのだろう。

 実際、今の一撃を喰らっていれば消滅していた。ネギ君の見立ては正しい。

 ……この手の目利きはサディストに多いと聞くが、ネギ君もそうなのだろうか?

 

「では、答えて頂きましょうか。あなたの石化の呪いを解呪する方法を」

「……具体的な方法があるかどうかは私は知らない。だが、そこの彼女──近衛木乃香嬢ならば、あるいは世界最高峰の治癒師として修行を積むことで石化の呪いを解くことも可能だろう」

「……そうですか。やはり、それしかありませんか」

 

 ……それ以外の方法を探していた、ということなのだろうか。

 単純に治癒の魔法で解呪するにはそれなり以上の経験を積まねばならない。単に解呪するためだけの魔法が存在するわけではないのだ。

 熟練の魔法使いが使う治癒魔法と魔法学校で習う治癒魔法は同じものだ。二つを分けるのは熟練度の差に過ぎない。

 当然、才能の有無という壁もあるがね。

 ネギ君は数秒考え込み、やがて納得したように頷いた。

 

「わかりました。知りたいことはほぼ知ることは出来ませんでしたが、まぁよしとしましょう」

「ふふ……手厳しいな、君は」

「ヘルマン伯爵は敵ですからね。情け容赦は刃を鈍らせるのみ、ですよ」

「確かにそうだ。君自身はあまり闘争に向かない性格だと思っていたが、訂正しよう。やはりあの男の子供だよ、君は」

「褒められていないように感じるのはどうしてでしょうね」

「ははは! それは君が父親のことを理解しているからだろう」

 

 一般には英雄として称えられているが、実際のナギ・スプリングフィールドは随分と奔放な人間だったと聞く。

 戦争に若くして参加し、英雄として称えられるほどの戦果を挙げた彼に似ているといったことに「褒められているように感じない」というのは、つまりネギ君もそういう面を知っているのだろう。

 本人はいないのだから、恐らくは彼の周囲の誰かから。

 私は左程かの英雄について詳しい訳ではないからネギ君に話せることは少ない。それに、これ以上話すこともない。

 ──もっとも。

 

「これで終わるつもりもないがね──!」

 

 悪魔として、契約は最後まで順守させてもらおう──!

 

「──無駄だと、何度言えば理解できるんだ、お前は。その最後まであきらめない姿勢も嫌いではないがな」

 

 私が最後に見たのは、矢だ。

 音速を超え、私には知覚することさえ難しいほどの速度で迫りくるそれは、私の頭部へと正確に──いや、頭部ではなく、石化の光線を放とうとしていた咽喉へと直撃し、収束していた魔力と共に霧散するのを感じた。

 く、ははは……なるほど。彼が最後まで余裕だったのは、彼自身の実力ではなく、彼の有する使い魔が破格の力を有しているがゆえのことだったか。

 若く才能溢れる幼子よ。また会いまみえる日を楽しみにしているよ──。

 

 

 

「──お疲れ様でした、ヘルマン伯爵、ネギ先生」

 




ちょいちょい話が飛んでる感じもしますが、割と原作の時間軸準拠でやってます。
……イベント前倒しでやってる場合もありますが。

>FGO
 どう書いても批判になるので活動報告にでも書いておきます。そのうち。
 あとエクステラの発表で浮足立った直後にシナリオ桜井女史とか止めてください絶望します。


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幕間七

三月以来の更新。時間が取れない…


 

 ネギ先生が悪魔を討伐しに行く、と言ったときは正直、頭を疑った。

 麻帆良において高位低位に関わらず魔性の類は結界に寄って探知されるし、仮に探知をすり抜けてもエヴァンジェリンさんのように大きく力を制限される。

 加えて、安全を優先するならどう考えても私たちが動くべきではないと思うのだが…それでも、ネギ先生は保険としてオコジョ妖精のカモさんを学園長への伝達役とし、私たちは悪魔の迎撃に行くと言った。

 私だけならばともかく、お嬢様まで連れてだ。

 有無を言わさず傘を差し、お嬢様の斜め後ろで警戒しながら先生の後をついていく。

 

「……しかし、本当に大丈夫なのですか? いくら麻帆良の結界によって悪魔の力が弱まっているといっても、アーチャーさんが言うには高位の悪魔なのでしょう?」

「アーチャーがいるから大丈夫ですよ。それに、二人は見ているだけで構いません。……それと、勘違いしてるようですが、麻帆良の結界はエヴァの魔力を抑え込むのに全力を使っているので彼女以外の存在には余り効果はありませんよ」

「……アーチャーさんは影響を受けてませんでしたか?」

「どうにも霊体の状態だと結界の影響をもろに受けるようですからね。現界すれば影響はほぼゼロです」

 

 ここに来た当初は疑問に思ったものです、とネギ先生は過去を思いだすように顎に手をやっている。どうでもいいですが、その仕草をしていると十歳には見えませんよ。

 しとどに降りしきる雨の中、泥に足を取られないよう気をつけながら歩くこと十数分。

 そこに、黒い外套を着た男性が立っていた。

 警戒する私をよそに、ネギ先生は親しみさえ覚えるような声色で語りかける。

 

「こんばんは。というにはいささか早い時間帯でしょうか」

 

 目を細めて警戒を露わにする男性──その悪魔は、帽子を被り直しながらネギ先生と二、三言葉を交わしている。

 後ろからでは先生の顔は見えないが、その声色からろくに警戒していないことも感じ取れる。思わず私はお嬢様の傍により、傘を左手に持って刀に手をかけていた。

 あるいは、先生が悪魔の内通者なのかとも考えた。しかし、かの悪魔はネギ先生を強く警戒しているし、言葉を交わすごとに雰囲気が段々と剣呑になっていく。

 ネギ先生はおもむろに左手をあげ、宣告した。

 

「まずは、貴方の部下三名から」

 

 首筋がチリチリする。自身が狙われているわけでも、お嬢様が狙われているわけではないというのに──寸分違わず擬態して姿を隠していた周囲のスライムを撃ち抜く矢に戦慄した。

 音よりもなお速い。神鳴流を修めている私に対して飛び道具は効かないが、彼の矢は対処できるかも怪しい。

 銃弾でさえ容易くはじき返すだけの反射神経はあるつもりだが、それを容易く超える速度。それに加えて、矢の威力そのものに押し負けかねないのだ。

 今見ているそれでさえ彼の本気には程遠いのだろう。エヴァンジェリンさんと模擬戦をやっていた時はもっと速く、連射すらこなしていた。

 周囲にいたスライムを掃討し、更に優位に立ったネギ先生は余裕を持って悪魔に問いかけた。「聞きたいことがある」と。

 

「なぁ、せっちゃん。先生、大丈夫なんかな……?」

「……先ほど援護したアーチャーさんもいます。負けることはないでしょう」

 

 実際、戦闘になってしまえばアーチャーさんの出る幕すらなかった。先生は唯一人で嵐の如く魔法を放ち、悪魔を消滅一歩手前まで追いつめたのだから。

 そして、再度問いかけた言葉に倒れ伏した悪魔、ヘルマン伯爵は敗者の矜持だとネギ先生の疑問に答える。

 ──その問い掛けと返答を聞けば、ネギ先生が私たちを連れてきた理由の一端がなんとなく理解できた。

 お嬢様は治癒を最も得意とする魔法使いになるのだろう。故に、ネギ先生は自身よりも適性のあるお嬢様に「永久石化」の治癒を頼みたい。今回のこれは、詰まる所ネギ先生の遠回しの依頼のようなものだ。

 お嬢様の善性を利用し、ネギ先生が助けたい人を自発的に助けさせようとしている。私には、そうとしか思えない。

 ヘルマン伯爵の言葉にどこか落胆した様子さえ見せていたネギ先生だが、最後の抵抗をしようとしていたヘルマン伯爵を見て私は咄嗟にお嬢様の前に出た。

 だが、それは不要だったらしい。

 

「これで終わるつもりもないがね──!」

「──無駄だと、何度言えば理解できるんだ、お前は。その最後まであきらめない姿勢も嫌いではないがな」

 

 別人のような雰囲気を感じさせたネギ先生は、自身ではなくアーチャーさんの援護によってヘルマン伯爵を消滅に追い込んだ。

 彼が張っていたであろう結界を貫き、咽喉を正確に撃ち抜いたのだ。どれほどの距離があるかはわからないが、この精密さもアーチャーさんの強さなのだろう。

 これで終わりだと思い、緊張を解こうとした瞬間。聞き覚えのない声が耳を打つ。

 

「──お疲れ様でした、ヘルマン伯爵、ネギ先生」

 

 雨に紛れて足音が聞こえなかったとはいえ、こうも容易く接近を許すとは思っていなかった。

 木々に紛れていたといっても気配を感じることすら出来ないなど、次の相手は格上でしかない。そう、思っていたのだが……。

 

「……ザジ、さん?」

 

 驚愕に目を見開く。

 普段無口無表情のザジさんが薄く笑みを浮かべて話しかけているのもそうだが、いつもの人畜無害というか、何事にも関心がないような雰囲気が全くない。

 既に日は落ち、雨が降っていることも相まって視界は非常に悪い。顔はなんとなくわかっても表情までは読めない中でも、彼女が笑っていることだけはどうしてかわかる。

 観察されているような視線。普段と違い過ぎる様子に、私はお嬢様への視線を遮るように前へと出た。

 

「そう警戒なさらずとも、私は何もしませんよ」

 

 この場に現れたということは、彼女もまた魔法関係者であることは間違いないのだろう。ヘルマン伯爵の名も出していた以上それは間違いない。

 だが、このタイミングで出てきた理由がわからない。彼女の目的も、何も。ネギ先生は何も話していないが、先生もザジさんのことを推し量りかねているのだろうか。

 その中でザジさんは気負うことなく告げた。

 

「私は"観測者"です、ネギ先生。貴方が令呪を持ってサーヴァント・アーチャーを召喚したことも。エヴァンジェリンを下したことも。京都で造物主の人形相手に戦ったことも。私たちの計算通りです」

「……計算通り、ですか」

「はい。我々は貴方を見定める義務がある。これまで計算通りに動いてきた貴方を、これからも私たちの計算通りに動くのかどうか、そしてそれが世界のためになるのかどうかを見定めねばならない」

「随分と傲慢な考え方をするのですね、レイニーデイさん」

「ザジで構いません」

 

 笑っていた彼女の顔が、無表情に戻った。

 同時に、温和な雰囲気が鋭利な刃物のように鋭く突き刺さる敵意に変わる。私は思わず刀に手をかけ、ネギ先生はそれを止めるように開いている左手を上げてこちらを見てきた。

 それを気にした様子もなく──いや、気付いた様子もなく、彼女は淡々と言葉を吐きだし続ける。

 

「これまでに観測してきた未来はどれも暗い。造物主の再封印。依代になった■■の討伐による依代の変更。魔法世界の封印。テラフォーミング。世界の再構成──条件を変えて何度再計算しても、未来が滅びから遠ざかることはなかった。むしろ、我々が行動を起こすたびに未来はより悲惨な方向へと転がり落ちてさえいる。

 貴方にこれを覆すだけの可能性は残されているのか? 我々の計算では『否』としか出なかった──未来はもう閉ざされている」

「……その割に、まだ諦めきれていないような雰囲気さえ感じられますが」

「当然です。我々は常に種族の、ひいてはすべての生き物が幸福であれる未来を探し出すために未来の観測を始めた。それが、このような結果で終わるなど断じて許せるものではありません」

 

 私は、そこに狂気を見た。

 表情はなく、言葉に揺らぎはなく、彼女の信念に小さな欠けすら存在しない。ただ未来を案じて計算し続ける機械のような存在。先に感じた敵意も、あれは彼女に取っていらだちをぶつけるような行動に過ぎないのかもしれない。

 私と違って具体的に未来を視るわけではないようだが、ある種私と彼女は似た者同士ということだろうか。

 いや、私自身の感想はともかく……何故今になってネギ先生と接触を図ったのか。それが現状では一番の疑問だ。

 

「ザジさん。何故あなたはネギ先生に接触したのですか。しかもこのタイミングで」

「単純なことですよ、桜咲さん。このタイミングが私にとって──いえ、私たち(・・・)にとって最も都合がよかったからに他なりません。高畑先生は出張。エヴァンジェリンは興味を持たず、故に絡繰茶々丸の監視からも逃れ、アルベール・カモミールは私が眠らせたことによって学園側は誰も現状を認識していない。何よりヘルマン伯爵の襲撃によって魔族の痕跡を誤魔化せる(・・・・・・・・・・・・)

 

 魔族──ということは、彼女は。

 

「はい。貴女の想像通りですよ桜咲さん。私は魔族です」

 

 ……なるほど、人外魔境のようなクラスだと思っていましたが、私やエヴァンジェリンさん以外にも人外が混じり込んでいましたか……。

 驚きはある。だが、私を始めとして普通ではない生徒を集めたフシがあるあのクラスならば、確かに魔族が混じっていても不思議ではない。エヴァンジェリンさんがこれに気付いていたかどうかは定かではないにせよ、もっと爆弾的な人物が混じっていてもおかしくはない。

 ネギ先生なら何か知っているのかもしれないが、彼はずっとザジさんの言葉を受けて考え込んでいる。

 ザジさんは私へと向けていた視線を切り、ネギ先生へと向けて視線を送る。ネギ先生はそれに気付いたのか、おもむろに口を開いた。

 

「……あなたたちの考えうる限りの方法では、未来は救えなかった。そう言う話でいい訳ですね」

「はい。我々が何度計算しても、何度軌道を修正しようとしても、人類が滅びる道を避けることは出来なかった。接触することも変化を考えれば大きな賭けでしたが、イレギュラーを防ぐために私はこうして……」

「それはどの時代での(・・・・・・)話ですか?」

「……最速でいえば、今年の夏。遅くとも百年後の未来。もう、脅威は直近まで迫っています」

 

 ──ッ!?

 

「今年の夏だと!? それは、幾らなんでも早すぎる! 信じられるわけがない!」

「あなたが信じようと信じまいと、結果として起きる可能性がある。それが事実です」

 

 淡々とした口調でザジさんは告げた。ネギ先生も同様に反論するだろうと視線を向けるも、先生は一欠片の動揺すら表に出してはいなかった。

 それどころか、可能性は十分にあることを知ってすらいるような口ぶりだ。

 

「まぁ、ゼロではないでしょう。選択肢次第では魔法世界の崩壊から火星での生存競争につながり、と……しかしザジさん。貴女の言葉には語弊がある。それは滅亡の切っ掛けであっても人類滅亡そのものでは無いはずだ」

「……魔法世界の崩壊だけならば、そうでしょう。ですが、それ以外に原因があるとしたら?」

「だったら、僕はそちらの理由に心当たりはありません。未来に起き得る可能性の一つとして、教えて貰えませんか?」

「構いません。知ることで避けられる未来もありますから」

 

 そう言って、ザジさんは少しだけ口を噤んでから、言葉を整理するようにゆっくりと告げた。

 

「我々は『それ』のことを適切に表す言葉を持ちません。故に、過去の偉人からその名を取り、便宜的に"アリストテレス"と呼称しています。『それ』は単体で惑星に住まう生物の全てを虐殺することが可能である存在であり、その為の権能を持つ存在であるその星の究極の一、"アルテミット・ワン"──魔法世界の崩壊の原因は造物主によるものではなく、造物主が使った魔法の副次的な効果によって削られた火星の魔力(いのち)であり、このまま星が滅ぶことを良しとせずに動きだした"アリストテレス"が火星の全ての生物を鏖にします」

 

 私とお嬢様は飛躍した話に最早ついていくことは出来ない。だが、ネギ先生はその単語の意味がはっきりと理解できたのだろう。

 見たこともないほどに動揺し、顔を青ざめさせて呟いた。

 

「"アリストテレス"──それが、全ての生物を殺すために動く……?」

「サーヴァントでの対応は不可能です。サーヴァントでは彼らの理に対応できない。かの黄金の王であろうとも、施しの英雄であろうとも、星の聖剣の担い手であろうとも──あなたの使役するギリシャの大英雄であっても、それは変わらない」

「だが、それは火星においての話でしか無いはずだ。地球にいる人類まで滅ぶのでなければ、人類滅亡とは到底言えない」

「貴方の言葉も理解出来ます。しかし、我々の計算では高確率で"アリストテレス"はこう判断する──『二度目が起きない可能性はない。ならば先んじて滅ぼすべきだ』と」

「……それで、滅ぶという訳か」

「理解いただけたようで何よりです。"アリストテレス"に関していえば、もう少しかみ砕いた説明が必要だと思っていましたが」

「不要だ。言いたいことは大体わかる。──それに、その説明を聞く限りだと魔族も危ないのだろう」

「はい。人類すべてを滅ぼしたのち、"アリストテレス"は我々魔族をも滅ぼすでしょう。一度滅ぼされたかけた火星の意地とでもいうべきでしょうか、その行動は全ての生物が太陽系から一掃されるまで続くはずです」

 

 ネギ先生は口調さえ変わっている。何か、大きなことがすぐ傍で起きているような感覚。それでも私とお嬢様には理解が及ばない。

 ザジさんは変わらず無表情のまま言葉を終え、ネギ先生は空いた左手を額に当てて何かを考え込んでいる。

 会話はここに停滞した。それを終わらせたのは理解出来ない私たちでも考え込むネギ先生でもなく、爆弾のような話題を提供したザジさんだった。

 

「──時間です。これ以上の遅延は学園に、そして我々の中でも『諦めた者たち』に勘付かれてしまいます。また何かしら話す機会があるとすれば、それは貴方が我々に協力を申し出る時になるでしょう。我々は貴方が鍵だと思っていますから、協力を要請されれば喜んで手伝います。すべては、貴方の決断次第で」

 

 それだけ告げて、ザジさんは姿を消した。

 雨が降りしきる中、足音もなく、足跡さえ残さずに。

 ネギ先生は随分と憔悴していたが、それでも弱音を吐くことさえせずに一度エヴァのところへと戻るべきだと言い、私たちは頷く。

 これ以上ここにいてもやることはないし、出来ることもない。

 

「……桜咲さん、近衛さん。今日聞いた話は全て他言無用です。要らない騒ぎが起きかねません」

「はい。承知しています」

「うん、うちも……」

 

 正直、私もお嬢様も事態の動きが早すぎてついていけていない。今回ザジさんの話したことについても、問わねばならないだろう。

 語られたことが事実ならば、私たちも関係ないとは言えないことだろうから。

 

 

 




色々作中でのことについて語りたいことはあるんですが、重要なのは魔族の一部が型月でいうアトラス院と化していることです。
これはとても重要なことです。

何故ならザジは は い て な い から。


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第二十八話

 

 ネカネさんへの手紙を書き終え、封をして内ポケットに入れる。仕事が終わり次第ポストに入れておけばいいだろうと思い、カモ君に「行ってきます」と告げて書類を入れたカバンを片手に家を出る。

 麻帆良祭まで残り二週間ほどといった時期。毎朝の登校風景も普段とは打って変わって毎日がハロウィンのような仮装パーティーと化している。

 まぁ、俺が学校につくのは生徒よりも大分早い時間帯なので余りすれ違う生徒も多くはないのだが。

 

「おはようございます」

「おぉ、おはようございます、ネギ先生。今日も早いですな」

「新田先生ほどではありませんよ。それに、まだうちのクラスの出し物が決まってないので何か参考になるものがあればと」

「ほぅ、そうですか。そろそろ決めておかないと間に合わないかもしれませんからなぁ……例年だと喫茶店や屋台をやるクラスも多いのですが、お化け屋敷や輪投げ、射的などのゲームもあります。まぁ、どれをやるにしても生徒のやる気次第でしょう」

「3-Aの子たちならどんな出し物でも意欲的に取り組んでくれそうですけどね」

 

 苦笑しながら俺が言うと、新田先生は去年のことを思い出したのかやや疲れた顔をし、同情的な視線を向けてきた。

 去年は高畑先生が担任をしていたが、彼は彼で出張が多く、暴走気味な2-Aを諌めたのは新田先生なのだ。主に被害にあったともいえるが、他のクラスの見回りもある関係上目が届かないところはどうしても出るわけで。

 

「……今年はネギ先生が担任ということで、少しは落ち着いてくれるといいのですが」

 

 無理だろう。

 十歳の教師に出来るだけ負担をかけないようにみんなで頑張ろう! というようなことが出来れば去年の時点で苦労もしていないはずである。今年に入って少しは落ち着いたと聞くが、それでも螺子の外れ具合は他クラスを見て3-Aを見れば自ずと察することが出来る。

 ……ある程度根回しすれば話は早く済みそうだが。主に暴走している柿崎さんと早乙女さん辺りを。

 ……これが一番か。あまり時間をかけて決めていると本当に間に合わなくなるし。余裕を持って本番を迎えたければ早め早めの行動だな。

 朝のHRで配る予定のプリントを印刷しながらそう考え、そのままプリントをもって職員室を後にする。

 ちなみにカモ君は例によって例の如く留守番である。オコジョ妖精とは言え普通に見る分には単なるオコジョの上、カモ君自身のエロ気質も相まって学園には基本的に連れてこないことにしているからだ。それに、俺の名代としてイギリス経由で魔法世界行きの準備もしてもらっている。給金も弾まねばなるまい。

 

「みなさん、おはようござ──どうしたんですかこれ」

「あら、ネギ先生。おはようございます! これはメイド喫茶なるものの衣装ですわ!」

 

 ロングスカートにフリルのエプロン、それとあれはカチューシャか? この手の衣装はよくわからないが、そう言ったものを着ている生徒たち。

 というか、決まったのならそれはそれで申請しないといけないので衣装を揃える前に一言言ってほしかったものだが。

 やる気満々で着こなしているし、見た目が悪い訳ではないので問題はないだろう。喫茶店をやるのなら保健所に申請も必要なので書類を用意せねば……と考えていたら、柿崎さんに腕を引かれてどこからか調達してきたのであろうソファに座らされる。

 

「ほらほら、折角だからネギ先生がお客様第一号になってよ!」

「構いませんが、とりあえず必要なプリント類だけ配らせてください」

 

 あと、これは教室の雰囲気的にメイド喫茶というよりイメクラなのでは……あるいはぼったくりのコスプレバーと言ったとこか。

 見た目がいいので噂になるだろうし売れるだろうが、中学生とはいえセクハラまがいのことをしてくる輩はいるからな。この手の店をやるつもりなら多少は覚悟しないといけないことだが。

 というか、まだ期間があるのにもう飲食物を用意しているのか? 流石に当日に使う物ではないだろうが、まだ中学生だからな……実際に飲食店を経営している面子がいる以上は問題ないはずだが、念のために俺も確認しておくか。

 

「あ、ネギくーん。このカクテル飲んでもいいかなぁ?」

「駄目です」

「え、なん……」

「カクテルってことはアルコール飲料でしょう。仮にお店に来るのが大人でも、提供している場所が中学である以上はアルコール飲料は出せません」

 

 その辺は徹底しておかないと怒られるのは俺だからな。ノンアルコールだと言っても上の面々は中々納得しないのが常だ。中学校の出し物でそんなものを出すな、とな。

 ただでさえ3-Aは騒ぎを起こして目をつけられているところがあるから、あまりとがり過ぎたことはやらないほうがいい。というか生徒が着替えた姿を見たら金払えとは本当にぼったくりバーにでもするつもりか。全力で止めるしかなくなるぞ。

 説教染みたことを言ってしまったが、こればかりはきちんとしておかねばこの子たちのためにもなるまい。自分の容姿で金を取れると考えると、行きつく先は援交や売春になりかねない。

 考えて行動しなければ転がり落ちていくだけになる。この話だけは妥協できない。

 と、年甲斐もなく語ってしまったが、彼女たちはなんとなくではあってもわかってくれたようだ。

 

「ひとまずHRの時間も終わりますから、この話はここでおしまいです。帰りのHRの時間にもう一度出し物については討議するので、きちんと考えてくださいね」

 

 はーい、という彼女たちの返事を聞き、俺は教室を出て一息つく。そうしたところで、俺は教室の外にいた新田先生に話しかけられた。

 

「お疲れ様です、ネギ先生」

「……見ていらしたんですか、新田先生」

「3-Aがまた騒いでいると来てみたのですがね。いや、ネギ先生もしっかり彼女たちのことを想ってくれているようでなによりです」

 

 新田先生は実に嬉しそうに語りながら、ともに職員室へと歩を進める。

 生徒のことを第一に思うのなら、教師としては及第点だと。一応魔法の修行という名目ではあるが、教師の仕事は全力で取り組んでいる。評価されるのは気分の悪いものではない。

 だが、教師としては高畑先生も悪くはないはずだ、と伝えてみると、新田先生は困ったように笑う。

 

「高畑先生も悪い人ではないのですが、如何せん出張が多すぎましてね……学園長にせめて副担任に変えるようにとは言ったのですが、聞き入れてもらえませんでしたからな」

 

 まぁ、そうだろうな。あの生徒たちを一ヶ所に集めて御しきれる人はそうそういないだろう。新田先生は学年統括という仕事がある以上、担任の仕事を手伝うこともあるだろうが……それでも高畑先生の出張の回数は少しばかり行き過ぎている。記録を見ると他の教師の倍では済まないレベルだ。

 ……よくよく考えると、よく首にならなかったな。学園長が各方面に手を回していたんだろうが、それをするくらいならどちらかに絞ってしまえばよかっただろうに。

 教師の仕事は夢だから。『悠久の風』の仕事はただ『紅き翼』として遺した仕事をこなすため、というところなのだろうが、どちらも中途半端になっているあたりがどうにもな。

 中学生や高校生というのは多感な時期だ。その時期に頼るべき担任教師が出張で飛び回っていては頼れるものも頼れまい。……十歳の子供に頼るのとどっちがマシかと言われると、俺も答えに窮するがね。

 そうして職員室前まで来たところで、新田先生がふと思いだしたと告げる。

 

「おっと、そうだ。学園長からネギ先生を呼ぶよう言われていました。急ぎではないでしょうが、なるべく早くと言われていましてな」

「わかりました。このあとすぐに伺います」

「よろしくお願いします」

 

 職員室に入って新田先生と別れ、授業の時間を再度確認して学園長室へと向かう。

 十中八九先日のヘルマン伯爵の件だろうが、どこまで話すべきか。そもそも大体のことは始末書を書くことで学園長も納得したはずなのだが……。

 彼の目的はおそらく戦力調査で、それには俺とアーチャー、加えて桜咲さんや近衛さんのものも入っていたはずだ。誰が、と言われるとやや困るところではあるが。

 何故なら、京都で戦ったアーウェルンクスの誰かが犯人だとするなら、あの程度の戦力でこちらの戦力を推し量ろうなど度し難いにもほどがある。アーチャーの実力をよくわかっている以上はそんな無意味なことに時間を割くとも思えない。

 ……が、これが『調査』なら別の意味を持ってくる。

 アーチャーの知覚範囲とは言え、ステルスは完璧に近かった。見逃す可能性は決してゼロではない。

 そうしてまで見つけたいアーウェルンクス、というより『完全なる世界』の探し物。俺が思い当たるのは現状一つ──『黄昏の姫御子』神楽坂明日菜。

 魔法世界救済を謳う彼らに取って、姫御子である神楽坂さんの存在はなくてはならないものだ。高畑先生の属する関東魔法協会だからという理由で探りに来た可能性は十分にあるとみていい。

 そして気をつけるべきは、俺が口を滑らせないことだな。現状で俺が知っているはずのない情報なのだし。

 学園長室の前まで来た俺は、一息おいてノックをする。

 

「学園長、ネギです」

「おお、ネギ君。鍵はあいとるから入ってくれ」

 

 促されるままにドアを開け、同時に感じた殺意に対して反射的に障壁を構築、繰り出された蹴りを受け止めて無詠唱で魔法の射手を打ちこむ寸前まで持って行く。

 相手はニヤリと笑ったまま次の手に移ろうとし──学園長に窘められる。

 

「これ、あまり粗相をすると婿殿のところに送り返すぞい」

「わーっとるわ。これくらいは遊びみたいなもんやで」

「……遊びで殺気を飛ばすというなら、幾らでもやってやりますが」

 

 礼儀を知らない奴に容赦など必要あるまい。

 そう思いながら襟を正し、扉を閉めて学園長の前まで歩く。俺が無視したその少年はむっとした顔で回り込み、挑発するような笑みを浮かべる。

 

「なんやネギ。何か一言くらい言うことあるやろ」

「犯罪者が今更ここに何の用ですか」

「なんやと!?」

「これこれ、小太郎。ネギ君もあまり挑発しないでおくれ」

 

 そう思うのならきちんと手綱を握って貰いたいものだな。これでは誰にでも吠える狂犬だ。鬱陶しくなって潰してしまうぞ。

 ……いかんな。思考が暴力的だ。理性的に、クールに行こう。決して考えることが多いところに新しい問題を入れられて怒りたいわけじゃない。

 

「今日君を呼んだのはほかでもない。先日、ネギ君が斃したという爵位持ちの悪魔の件についてじゃ」

「それについては後日報告書を上げるということで納得して貰ったはずですが」

「もう一つ付け加えておきたいことがあってのぅ……あの時、儂らは侵入者に気付いていなかったんじゃが、ヘルマン伯爵と名乗った悪魔の他に高位魔族がいなかったかね?」

「……高位魔族ですか。特に見てはいませんが」

「アーチャー君もかね?」

「そのはずです」

「であればよい。儂の考え過ぎじゃった、というだけの話じゃよ」

 

 ……侮れないな、近衛近右衛門。ヘルマン伯爵が消えたあの場で、限りなく存在感を薄くしたザジの痕跡に気付くとは。それだけ有能なら侵入にも気付いてほしかったものだが。

 力を解放したわけでも無く、誰かと戦ったわけでも無いザジさんの気配を感知できるとは到底思えないが……まぁ、気付いたのが学園長とは限らない。

 脳裏に浮かんだ胡散臭い笑みの司書を思いだしつつ、続きを促した。

 

「それとこれは単なる通達じゃ。京都で君が戦ったという犬上小太郎君が、今日付けで関東魔法協会預かりとなる」

「理由をお聞きしても?」

「先日侵入したヘルマン伯爵の対抗策をもってこちらに接触してきたから、ということにしてある。君も同年代に才能のある子がいればもっと上を目指せるじゃろうしな」

 

 明らかに後者が本音だろう。

 犬上小太郎の悪行を今更掘り返すつもりはないが、正直言って現時点では俺の相手が務まるとは思えない。エヴァとアーチャーだけでは戦闘経験を積むにも限界があるとはいえ、それでも犬上小太郎では力不足も甚だしい。現状見たところ、身体強化のみかつ魔法無しの俺以下だろう。

 加えて、京都で手のうちはほぼ見た、二度目が通用するほど頭の螺子は緩んでいないと自負しているし、考えたいこともある以上あまり人を増やしたくないのだが。機密の点から見ても。

 ……学園長の通達である以上、もう犬上小太郎の処遇を変えることは不可能だろうがな。

 

「……わかりました。用事はそれだけですか?」

「まぁ、そうじゃな。転校手続きもしておいたし、近場に住むことになるじゃろうから仲良くしてやってくれ」

「よろしくな、ネギ。今度こそお前をぶっ倒すくらい強くなったるわ」

「そうですか。期待しておきます。それでは授業の準備があるのでこれで」

「うむ。貴重な朝の時間に済まんかったの」

 

 一礼して退室する。小太郎は最後まで俺の仕事モードに文句を言っていたが、公人として公私の区別くらいつけているとわからないのか。

 ……駄目だな。どうしてもあの少年に関してはあまり良い感情が先行しない。

 自分のやったことを後悔しないというのはいい。だが、自分のやったことに対して責任を持つということを考えてない。その時その時を楽しめればいいという刹那的な快楽を求める戦闘狂い。

 ああいうのは嫌いだ。はっきり言ってしまえば。

 自分が何をやったのか。自分がやったことのせいで誰が被害を受け、誰に迷惑をかけたのか。それをまったくもって理解していない。

 子供だから許される、などと言うのは俺ははっきりと言おう──ふざけるなと。

 子供だからこそ善悪、道徳の問題をはっきりと認識させてやるべきなのだ。倫理観の欠如はそのまま大人になった時まで治りはしない。いや、下手すると大人になっても治りはしない。

 時間があれば性格の矯正も考えるのだが、生憎と今の俺には時間が無い。

 魔法世界。『完全なる世界』。造物主。更に加えて魔族に"アリストテレス"だ。

 考えなければならないことは非常に多い。やらなければならないことも非常に多い。それでも教師の仕事を手抜きすることなど俺の矜持が許さない。なら、小太郎のことは放置するしかあるまい。

 考えることをやめれば、それは即ち死を意味するのだから。

 




インターバル回。なんか主人公の性格を意識して書いてたら妙に説教くさいことになりましたが、まぁ甘粕大尉をモチーフにすればこうなるよなぁと納得しております。

Q.魔族がアトラス院ポジってことは美少女魔族は必然的にノーパン…?
A.その理論で行くと高位魔族、つまりヘルマン伯爵もはいてない側に…。
 あとはいてないのとはいてるのはほぼ同数です。全員が全員はいてない訳じゃないです。


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第二十九話

 

 

「──では、今年の3-Aの出し物はメイドカフェということで」

「「「異議なーし!!」」」

 

 夕暮れ時のHRで、彼女たちは喝采を上げている。他の候補としてはお化け屋敷だったり演劇だったりと、このクラスのバイタリティをもってすれば繁盛するであろう物もあったのだが……まぁ、メイドはさておきカフェというのは悪くないんじゃなかろうか。

 社会経験という意味でも接客や調理というのはどこかに就職した場合でも役に立つだろうし。

 ……このクラスの面子だとそういうことはあまり考えていなさそうだが。あと、滅多に関わろうとしない長谷川さんが生き生きしているのもこの出し物にした理由の一つでもある。

 小さなきっかけでも、少しずつクラスに馴染んで欲しいものだ。あと一年もないが、まだ遅くはない。

 何かを始めるのに遅すぎるということはない。誰しも願いを叶える権利は平等だ。

 

「出し物も決まったので、キッチンとホールの班分けに内装、それからシフト割も作らなければなりません。部活の出し物もあるでしょうから、最低限の人数を確保するためにもシフトの希望日時と時間帯、キッチンかホールかを紙に書いて提出して下さい。あ、これは部活などの兼ね合いもあるでしょうから、明日か明後日までに提出して貰えれば構いません」

 

 朝のHRでメイドカフェをやると言っていた彼女たちにたいし、真っ白な紙を配る。レイアウトを作っている暇はなかったので仕方がない。

 ワクワクしながら話している彼女たちに対し、つまらなそうな目でぼーっとしているエヴァのもとにも紙を配る。

 彼女もこのクラスの一員だ。今のままで行けばこのクラスの一員として卒業できるのだから、最後だと思って頑張ってほしい。

 

「……私にもこれをやれということか」

「ええ。貴女が何者かということは関係ありません。皆対等、平等に権利はありますから」

 

 どうあれ、エヴァに配っておかねば怪しまれるかもしれないしな。

 さて、と教壇で一息つく。

 

「ひとまず出し物は決まりました。これから内装と何を出すかを決めたいのですが……まぁ、今すぐメニューを決めろと言っても無理でしょう。先程配ったシフト割のための紙を含め、明日か明後日当たりまでに簡単なレイアウトを決めたいと思っています」

「どんなものでもいいんですかー?」

「公序良俗に反しないレベルにしてくださいね」

 

 こーじょりょーぞく? と首を傾げている鳴滝姉妹。まぁこの二人は暴走するとしたら周りに乗せられてだろうし、特に暴走しやすい柿崎さんや早乙女さんには釘を刺しておくべきだろうか。

 チラリと視線を向けてみれば、二人とも明後日の方向を向いて全力で目をそむけている。

 ……釘を刺しておくべきだろうなぁ。

 

「公序良俗に反するような店になると僕が判断した場合、この案は取りやめになります。期間によっては出し物無しになる可能性もありますから、気を付けてくださいね」

 

 ええー、というクラスの少女たち。当たり前のことです。

 それをきちんと理解している数名の少女たちにはしっかりと念を押して置き、今日のHRは解散とした。

 ワイワイガヤガヤと話しながら部活に行く者、この場でレイアウトを考え始めた者、帰ろうとしている者などにわかれる。

 俺は出し物を決定したとして書類にその旨を書き、新田先生に提出するために職員室へと戻る。

 職員室にはHRで決定したであろう書類を持って新田先生のところに足を運ぶ先生たちがおり、俺もその中に混じって書類を出す。

 

「おお、3-Aも出し物が決まったのですか……カフェですか。ふむ、いいですね」

「彼女たちもやる気を見せてくれていますから、成功させたいですね」

 

 ちなみに、メイドカフェというのはカフェの一種なので軽食を出せる飲食店として提出している。そのままでも却下はされないだろうが、念のためである。

 書類も提出し終わりやることもなくなったので帰ろうかとしていたのだが、荷物を持ったところで瀬流彦先生に声をかけられた。

 

「あ、丁度よかったよネギ君。これから僕らでご飯を食べに行く予定なんだけど、一緒にどうだい?」

「今からですか?」

 

 高畑先生も出張から帰ってきており、彼の分の夕飯を作る必要もあるのだが、高畑さんも一緒ということだし別に構うまい。

 なんでもこの時期にしか出店しない超包子という名前の屋台があるらしい。らしいといっても、一応超さんや四葉さんのことだし担任の俺には話が来ているので知ってはいたが。

 美味い、安い、早いの三拍子揃った麻帆良祭準備期間限定の屋台ともなれば人も多く、かなりの大繁盛をしているのだとか。

 

 

        ●

 

 

 そうして終業時刻となり、鞄を持って俺たちは超包子へと足を運ぶ。高畑さんは一度学園長のところに寄る必要があるとかで遅れるらしいが、左程気にするほどではあるまい。

 料理に限らず人が作るものには癖があるものだが、四葉さんは中学生にして癖が少なく安定した味の料理を作れるのだとか。料理人の癖を好んでやってきて、それを食べる人も多いのだろうが。

 ついた場所は大賑わいだった。中等部に高等部、大学生に教師だってそこらじゅうにいる。

 こちらに気がついた超さんが小走りで近づき、ニコニコしながら席へと案内する。同時にポケットからペンと紙を取り出し、注文を取ろうと構えた。

 

「お飲み物はどうしましょうカ?」

「私たちにはビールを。ネギ君は何がいいかね?」

「僕は烏龍茶で」

「はいはい。少々お待ちヨ」

 

 手早く持ってきたジョッキのビールとグラスに入った烏龍茶。キンキンに冷えたそれで乾杯し、暑くなってきた中でのどを潤す。至福のひと時だな。

 人数が多いので複数のテーブルに分かれたが、新田先生は提案者として時折テーブルを回っている。

 料理は初めての俺はわからないので他の先生たちのおすすめをちょっとずつつまんでいく。どの料理も安定して美味しい。ピリッとした辛みが強いエビチリや摘みとして丁度いいチンジャオロース、それから誰が頼んだのかぐつぐつに煮えたぎった激辛麻婆豆腐などもある。

 炒飯を少しずつ食べながら他の料理に手を出す。人気なのは摘みとしての春巻きや餃子か。チンジャオロースはすぐになくなったし、高畑さんが来るまでにもう一皿くらい頼んでおくのもいいかもな。

 激辛麻婆豆腐は誰が食べるのかと思っていたら、瀬流彦先生が汗だくになりながらも一心不乱に食べている。

 

「……瀬流彦先生、ここに来ると毎回あれ食べてるんですよ?」

 

 と、教えてくれたのはしずな先生である。彼女は彼女で焼酎片手に回鍋肉を食べていた。

 しかしあの真っ赤に煮えたぎった麻婆豆腐を毎回食べているのか……ある意味凄いな、瀬流彦先生。あそこまで辛そうなのは俺には無理だ。

 

「こうして見ていると、先生たちの個性が視えますね」

「そうですねぇ……瀬流彦先生は言うまでもなく、新田先生なんてほとんど飲んでばかりで食べていませんものね」

 

 摘みを軽く口にしているだけで、酒を飲んでばかりの新田先生。遠目に見える葛葉刀子先生やら神多羅木先生もそれぞれ自分の好みの飲み方をしている。

 人間観察はかくも面白い、ってね。

 烏龍茶を傾けながらそんなことを思っていると、高畑さんが遅れて到着した。

 

「やぁ、ネギ君。すまないね」

「いえいえ、いいですよ。こっちに別口で注文したのが取ってあるので、好きな飲み物を注文してから好きに食べてください」

「悪いね。助かるよ」

「ふふ……まるで出来る子供とだらしのない父親みたいですね」

 

 俺と高畑さんのやり取りを見て、しずな先生がくすくすと笑う。高畑さんも記録としてはそれほど年を取っているわけではないんだろうが、エヴァの別荘を使って修行をしていたと聞いている。

 あそこは外の一時間に対して一日が過ぎるから、使い過ぎると周りよりも老けていくんだよな。多少年を取るくらいは今更気にもしないが、高畑さんはばっちり見た目に来ているし。

 そう考えると、まぁ確かに親子には見えなくもないか。見た目はともかくとして。

 

「ははは、僕なんかじゃ親は務まりませんよ」

「あら、そんなことはないんじゃないかしら。煙草をやめて健康に気を付けて、もっと自分を大切に出来るようにすればね」

「そうですよ。煙草は臭いもつくのでやめるよう努力してください」

「こりゃまいったなぁ……どこかに味方はいないものか」

 

 苦笑して箸で春巻きをつまむ高畑さん。煙草の臭いというのは落ちにくいし、そうでなくても高畑さんの健康にもあまり良いとは言えない。

 ……誰かの面影を追っているから、その誰かがやっていた煙草を吸うという行為をまねているのかもしれないがね。

 確かガトーだったか。……最近、過去の記憶があいまいになりつつあるな。さほど重要なことでもないが。

 

「高畑さんは誰かいい人はいないんですか?」

「僕なんかと付き合ってくれる人もいないしねぇ……そうでなくても、誰かに愛される資格なんて僕にはないよ」

 

 ……これは根が深いな。

 誰であろうと幸せになる権利は存在する。それを自ら捨てるとは、中々に筋金入りといえるだろう。

 人殺しであろうと大罪人であろうと幸せになる権利は存在する。それを快く思わない者たちがそうさせまいとしているに過ぎない。もちろん被害者の気持ちも十分に理解出来るが、そのうえで言っている。

 誰もが「あいつが不幸になればいい」などという後ろ向きな考えではつまらんだろう。前を向き、現実と向き合い、乗り越えることが人間には出来るのだから。

 ユメを見るのは人の自由だ。それを奪う権利など誰にもありはしない。

 

「何に対して後悔しているかは知りませんが、一人で後悔を抱えて生きていくつもりですか?」

「…………」

 

 驚いたような顔でこちらを見る高畑さん。まさか俺に見破られるとは思ってもいなかったのだろう。

 厳密に言えば見破ったわけではないのだがね。

 

「……僕は、それでもいいと思っている。僕の後悔を他人に押し付けることはしたくないからね」

「……そうですか。高畑さんがそう言うなら──そう思っているならそうするといいでしょう」

 

 楽しいことも悲しいことも共有できる仲間がいることを、貴方は知っているだろうに。そしてそんな奴らが世界を救うということも、俺よりずっと知っているはずなのに。

 俺が言ったところで何の重みもない言葉だ。高畑さんの決意は固いし、言うだけ無駄というものだろう。

 だが、これだけは言わせてもらおう。

 

「あなたに幸せになってほしいと思っている人だって、少なからずいるんですよ」

「……そう、かもしれないね」

「辛気臭い話はこれで終わりです。美味しいものを食べているのなら笑顔でいるべきでしょう」

「そうですね。高畑先生もほら、飲んでください」

 

 コップになみなみと注がれた焼酎に口をつけ、一息ついて微笑む高畑さん。ひとまず気分を切り替えることは出来たようだ。

 そこから軽い雑談をして、いい時間となったのでお開きとなった。

 カモ君のためにいくらか包んでもらい、教えてくれたことや誘ってくれたことを新田先生たちにお礼を言っておく。

 その後、多少遅い時間ながらも俺と高畑さんは帰路につきながら星を見ていた。

 

 

        ●

 

 

 考える。

 エヴァの殺意の籠った『断罪の剣』を紙一重で躱し、ごく至近距離で魔法の射手を使って迎撃する。

 全力には程遠いとはいえ、その速度は目を見張る。最強格の存在ということに偽りはなく、その動きの一つ一つに無駄がなく、確実に追い詰められている。

 まだ遅い。思考を洗練させ、相手の攻撃に対して反射的に防御と迎撃を行わねば死ぬだけだ。

 相手の行動を見て、考えていたのでは間に合わない──ッ!!

 

「──お前は目が良すぎるんだ。だからこんなちゃちなフェイントに引っかかる」

 

 わずかに視界の端に捉えたエヴァの行動に対応しようとした瞬間、逆方向から右肩へと斬撃が振り下ろされる。

 確実に殺しにかかった一撃だ。そして俺には、それを防ぐ手段はない。

 痛みに備えて覚悟を決めるも、エヴァは肩に触れる直前でその刃を止めた。

 

「ここまでだな。やはり砲台型としての力に特化し過ぎだ。アーチャー自身どちらも出来るとはいえ、お前が前衛をやれるようにすれば奴はその力を十全に発揮できるだろう」

「……分かっている。だが、そうそう身につくものでも無いだろうが」

「当然だ。だからこそこうして模擬戦を繰り返して経験値を蓄積させているのだろう」

 

 近接戦闘というのはどうしたって積み重ねた経験が地力として生きる。前よりは持つようになったが、それでも本気のエヴァ相手では一分持つことなどほとんどないと言っていい。

 アーチャーがいなければ文字通り即死だったわけだ。

 ……やはり、センスの問題もあるか。それ以外にも身体強化の魔法の洗練。あとは前々から構想を練っていた新しい魔法の開発。

 この辺りで近接戦闘の穴を埋めるしかあるまい。時間はないが、別荘を使えばある程度はこちらに時間を割ける。

 そうでなくても魔法世界救済のための方法を立案・実用段階に持って行く必要があるのだから頭が痛い。この辺はエヴァの知識も使っているが、それだけでは埋まり切らない知識の量だ。

 

「ところでお前、魔法世界に行くつもりなのか?」

「……そのつもりで準備はしている。どちらにせよ、一度は行かなければ何もわからないからな」

 

 現状の魔法世界の状態、『完全なる世界』との因縁、本場に埋もれている可能性のある魔法に関する知識。それらを確認し、場合によっては行動を起こす必要もある。

 戦力でいえばアーチャーがいればいいのだが、何時までも彼に頼りっぱなしではいずれ来る可能性のある"アリストテレス"の相手など夢のまた夢だ。

 

「入国に関する手続きはどうしている?」

「カモ君を通じて、メルディアナの校長──つまりは俺の爺さんに頼んである。手続きの大部分はあっちで処理してくれるはずだ」

 

 メガロの圧力もあるが、面倒なのは俺がオスティア王家の血筋ということにある。それを知っている元老院の一部、あるいはほとんどが俺を殺害するために動くはずだ。

 向こうに行ったとして、俺の協力者足り得る存在など今のところ存在しない。高畑さんでもいれば別だが、彼も彼で『悠久の風』関係の仕事で忙しかろう。

 加えて味方になってくれそうな"千の刃"のジャック・ラカンは行方不明と来た。このまま向こうに渡るのなら自殺志願もいいところだ。

 

「……それがわかっていても、向こうに渡るつもりなのか?」

 

 呆れた顔でエヴァはそう言うが、俺にはそれしか選択肢がないともいえる。魔族と協力するならある程度協力者もいるだろうがな。

 神楽坂さんの存在がばれる可能性は年々高まっていると考えていい。特にヘルマン伯爵がここを襲撃したことを考えると、大方の当たりはつけているはずだ。

 例え造物主関連の情報収集であって神楽坂さんに関係のない襲撃だったとしても、何かしらの偶発的要素で見つからないとも限らない。最悪の事態は常に想定してしかるべきだろう。

 そんなことを考えていると、エヴァはこれ見よがしにため息を吐いた。

 

「私がここから動ければ、あの程度の奴らを捻り潰すなど造作もないんだがな……」

「……なんだ、心配してくれているのか?」

「馬鹿を言うな。貴様が死ぬビジョンなど見えないし、そもそもあの使い魔を倒すことなどほぼ不可能に近い。心配なのはむしろ私の登校地獄の呪いが中途半端になったまま放置されることだ」

 

 まぁ、エヴァはアーチャーと本気の殺し合いをしている分、その強さが骨身に染みているのだろう。それはアーウェルンクスも同じはずだが、奴らとて何の策も無しに二度目の接触などしてくるまい。

 実際に二十年前に現れた『蒼崎』とやらのせいでアーチャーの『十二の試練(ゴッド・ハンド)』の能力が一部ばれているようだし、それを貫くための術式まで用意していた。

 ……すっかり忘れていたが、『蒼崎』は二十年前に姿を消してからどこにいったのだろうな。英霊の座にいる本体にフィードバックされるとはいえ、呼び出されたときの記憶はアーチャーにはない。厳密に言えば泡沫の夢のようなものだから思いだせないという状況に近いはずだが、手掛かりがないのだから同じことだ。

 あるいは、俺と同じような存在がいるのかもしれない。

 

「おーい、兄貴ー!」

「お疲れ様でした、マスター、ネギ先生。お飲み物をどうぞ」

「ああ、ありがとう茶々丸」

 

 よく冷えた麦茶をぐいっと飲み、運動したせいで火照った体を冷やす。

 戦っていたはずのエヴァは息を乱すことすらしておらず、余裕しゃくしゃくと言った顔でビンから酒をラッパ飲みしている。行儀が悪いぞ。

 

「兄貴、よくあんなの相手に戦えてましたね……」

「あれくらいは出来ないと生き残れないからね。アーチャー任せにも限度がある」

「いや、普通あれだけ強い使い魔がいると術者ってのは固定砲台として戦うか隠れているもんだと思うんですけど」

「隠れているのは性に合わない。固定砲台として戦うのは今のスタイルに近いが、それでも常にアーチャーが傍にいられるわけじゃないんだよ」

 

 特に今後、麻帆良祭でも何かしらの騒ぎが起きるだろうからな。俺一人の戦闘能力など高が知れているが、それでも鍛えないわけにはいかない。

 ……さて、今まで考えていたことだが、魔族関連。特にザジさんとの密約をエヴァに話しておくべきかどうか。

 強力な味方を増やせるのが短期的な強みだが、ザジさんの方も「魔族は一枚岩ではない」と取れる話し方をしていた。エヴァの封印を無理に解けば俺の立場も悪くなり、それに追随して高畑さんや学園長の支持も落ちるだろう。そうなればさらに敵を増やすことにつながる。

 現時点で優先すべきは知識を蓄えること。"アリストテレス"の出現確率がどの程度かわからない以上は判断のしようもない。

 ……やはり、ザジさんとは何かしらの方法でもう一度話し合いの場を作らなければならないか。

 




備考:エヴァの本気速度→原作終盤ネギ(雷天双装未使用)でも反応しきれず防御すら間に合わない



 スカサハピックアップ、初期からFGOやってる身としては「当たらんだろなー」と思いながらガチャガチャ回してたんです。
 もし仮に出たら小説に出してもいいかもなーとかも思ってたんです。

 出 ま し た 。

 そんなわけでどっかのタイミングでおっぱいタイツ師匠がでると思います。プロットなんか投げ捨てた(おい


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幕間八

今回は手抜きに手抜きをしたただの時間稼ぎです。
時間がないので感想返しは後日まとめて行います。


 

「やはりメイド服としての意匠とはいえ、中学生ですからスカート丈は長めにするべきでしょう」

「えー。スカート長いとダサくない?」

「元々メイド服はゴテゴテとしたデザインですが、長谷川さんの構想だとシンプルにまとめてあるのでダサいとは思いませんが。無暗にスカートを短くするのは痴漢盗撮防止も兼ねて避けるべきです」

「でもなー……あ、これ? どれどれ……おー、これいいじゃん。これなら可愛いし。千雨ちゃんいい仕事してるね!」

「任されたからにはきちんとやるっての……で、先生。これ幾らくらいか試算してみたんですけど」

「ふむ……意外と安く済むんですね。これなら学校からの支給金である程度は賄えそうです」

「細かいパーツはそぎ落として模様でごまかした部分も多いですから。あとは体格に合わせて発注するだけですけど」

「……オーダーメイドですから、どうしても時間はかかるでしょうね。麻帆良祭までに間に合うかは少し賭けになるかもしれません」

「じゃーさ、基本部分だけ発注して細かい部分は自分たちで装飾するってのはどうよ。裁縫未経験の子も多いけど、千雨ちゃんが指導してくれれば一人一人個性も出るしいいんじゃないかな」

「おい待て、それ私の負担めちゃくちゃ増えてるじゃねぇか」

「代わりに当日のシフト少なくするってのはどうよ? それかほかの作業免除とか」

「……それなら、まぁ多少はいいかもしれないけどよ。私だって全部は見きれないし、どっかで失敗するかもしれないぞ?」

「まーその辺はね。それに千雨ちゃんだけが裁縫得意ってわけでもないし、いざとなればいいんちょにお金の力で……」

「そういうのはやめておくのがいいですよ。お金が絡むと仲のいい友人同士でもあっという間に交友関係が破綻します……それはともかく、アイデア自体はいいと思いますよ。カフェとしてほかにない特色というのはあるべきでしょうからね」

「でしょー。ゆえっちとかのどかとか、言っちゃなんだけど地味だからねー。地味でもきちんと着飾れば可愛いってことをネギ先生に教えてあげるよ!」

「楽しみにしてますよ……っと、ではこちらで学校の援助の申請を出しておくので、こちらの紙に必要な布などを書いておいてください」

「わかりました……おら早乙女。そっちは人数分のメイド服だぞ。こっちは追加分で使う装飾関係書いておくから」

「りょーかい。じゃ、先生また後でね。書いたら職員室の先生の机においておけばいい?」

「はい、では僕はいいんちょさんとシフト関係の話をしてきますね」

 

 

        ●

 

 

「よく来てくださいましたわ、ネギ先生!」

「こんにちは、いいんちょさん。シフト割はどうなってますか?」

「部活動関係で忙しい人、自由時間が欲しくてシフトを少なく書く人、とまぁ色々いますけれど、なんとか回していけそうではありますわ」

「装飾も大体皆の要望通りに行きそうですね。シャンデリアつけようなどと言い出した時は溜息が漏れましたが」

「おほほ……まぁ、それっぽい雰囲気を楽しむ場ですからね。調度品もそれっぽい見た目のものを融通しますから、大丈夫でしょう」

「いいんちょさんが融通するということは、家から持ってくるんですか?」

「グループ系列に家具関連の会社もありまして、そこに頼んでみるつもりですわ。新商品の宣伝代わりだと言えばある程度は何とかなると思っています」

「そこまでしてもらうのはいいんちょうさんの負担が大きいのでは?」

「それほどでもありませんわよ。ネギ先生にとって初めての学園祭ですし、ネギ先生の負担にならなければ私としては問題ありませんもの!」

「……厚意を無下にするつもりもありませんが、無理はしないようにしてくださいね?」

「もちろんです……か、代わりと言っては何ですけれど……」

「? 僕に出来ることなら何でも言ってください。いつもクラスのまとめ役として頑張ってもらってますからね」

「で、本当ですか!? で、では是非学園祭を一緒に──!」

「あ、ずるーいいいんちょ! じゃあじゃあ、私たちライブイベントあるから来てよ!」

「そう来るならこっちも! 新体操部のエキシビションあるから見に来て!」

「ちょ、ちょっとみなさん! これは先生が日頃頑張っているからとわたくしに向けて……!」

「いいんちょだけとかずるいじゃん! 私たちもネギ先生に来てほしいもんねー!」

「まぁまぁ、落ち着きなっていいんちょ。ネギ先生だってそんないっぺんに言われても困るだろうしさ、ここは私が何とかしてみるよ」

「何とかって……どうするつもりですの、朝倉さん」

「そりゃー私がネギ先生の専属秘書としてだね」

「納得いきませんわ!」

「というか、皆さんの部活の出し物には基本的に顔を出すつもりなので、いる時間と設営する場所を教えてもらえれば行きますけど」

「私の出番が!?」

「ではメモしておくので、どこで何時やってるのかを教えてください」

『はーい!!』

「元気があってよろしい、と」

 

 

        ●

 

 

「結構スケジュールが埋まったな、兄貴」

「なんでいるのさ、カモ君」

「おれっちだって散歩位するぜ。やることなくて暇だしな」

「ここで煙草は禁止だよ。吸うんなら家に戻ってからね」

「うい、すまねぇ兄貴。……で、さっきの話なんだが」

「ああ、スケジュール? 元々みんなのところは回るつもりだったから別に問題ないよ」

「先生もまめですね……なんかいろいろとチケットも貰っていたようですけど」

「あれは割引券とか優待券とか、その手の類ですね。身内に配るものなんでしょうけど、意外と余りが出てるものと見ました」

「人気がないというより、どこもとりあえず大量に刷っておけといった感じですからね。余ったら処分しているのだとは思いますが」

「部室にあるから好きなだけ持ってけーって渡されることが多いんよ。知り合いに配って宣伝してるんやけど、それでも足りないってなったことはないなー」

「麻帆良は人が多いでしょうに、それでも余らないとは……どれだけ印刷しているのやら」

「さぁ……ん?」

「こ、こんにちは、ネギせんせー」

「おや、宮崎さん。それに綾瀬さんと早乙女さんも。どうしました?」

「え、えっと……あの、……その……と、とと、図書館探検部で探検大会があるので、ぜひ来てください!」

「……この子は……あ、そーだネギ先生! これ漫研の招待状! 似顔絵描きやってるからぜひ来てよ!」

「児童文学研究会で絵本の朗読と、哲学研でハイデガーとアリストテレスの勉強会があるのでぜひ!」

「(ほら、のどか! 違うでしょっ)」

「(のどかなら大丈夫です。頑張って!)」

「は、はうぅ……あう……え、えっと、その……学園祭、一緒に回りませんかー……?」

「はい、いいですよ」

「あ、ありがとうございますー!!」

「あ、ちょっとのどか! あの子ったら時間も決めないで……」

「できれば最終日がいいですが、先生の予定は空いてますか?」

「最終日に回る予定の出し物はありますが、それでも良ければ」

「デートの最中にほかの女の子のところに、と言いたいところだけど、ネギ先生も先生として回るんだろうからそれは仕方ないか」

「ですね。デートの予定が取り付けられただけでも良しとしましょう。で、のどかはどこ行ったですか?」

「ああそうだ、早く追いかけないと! 待ってよのどかー!」

「……行ってしまいましたね」

「嵐のような嬢ちゃんたちだったな……」

「でも、のどかの勇気はすごいと思うえ」

「そうですね……意中の相手をデートに誘うなんて、中々出来ることでは無いでしょうし」

「ネギ君には本命はおらんの?」

「いませんよ。教師としての仕事を優先していると出会いもないですし、もう少し年を取ってから考えます」

「……まぁ、まだ十歳だしな、兄貴。大人びてるが、色恋を知るにはまだ早いんだろう」

「恋に年齢なんて関係ないと思うんやけどなー」

「おーい、ネギー!」

「……今度は小太郎君ですか」

「微妙に嫌な顔しましたね、先生」

「ネギ君、コタ君が苦手なん?」

「苦手というわけではないんですが……付きまとわれると鬱陶しいといいますか。桜咲さんにとっての月詠さんのようなものです」

「ああ、なるほど……」

「せっちゃんも微妙に嫌な顔を……」

「おい、ネギ。聞いてるんか? 格闘大会でよーぜ。もうすぐ申し込み締め切るらしいからはよ申し込まなな!」

「出ないよ。興味もないし出てるほど暇でもない」

「冷たいこと言わんと、実力試しと思うて出ろや。それとも何か、実は大したことないってばれるのが嫌なんか?」

「賞金十万円……スケジュールならどうにかなんべ。出ようぜ兄貴!」

「カモ君、君には少しお灸が必要かな。それに格闘大会といっても、これを見る限りだと十二歳以下の部門になるでしょう。そんなものに出る気はありません」

「いや、兄貴。一応年齢詐称薬ってもんがあってな」

「それ結構値段はるけど、君の給料削ってもいいなら買っても構わないよ。どのみちでないことに変わりないけど」

「なんでや! お前だって戦うの好きやろ!」

「好きで戦ってるわけじゃない。不可抗力がほとんどだ。それと、君はそろそろ自分がやったことに対して何かしら考えるべきだ。考えなしに誰かれ喧嘩を売っていてはいずれ破綻するぞ」

「うっさいな。格闘技やってりゃちょっと不良っぽくても健全なんやて言われとるんや。お前にとやかく言われとうないわ」

「だったら僕を誘うのもやめてほしいものだ。京都でのリベンジマッチをしたいのかもしれないが、今のままやっても京都の二の舞になるだけだ」

「ネギ先生、何もそこまで……」

「強くなるのに理由がいるとは言わない。だけど、自分一人で技を磨くだけで強くなったとうぬぼれるのだけはやめておけ」

「……チッ。わーったわ。今回は諦める。けど覚えとけよ、そのうち絶対お前をぶったおしたるからな!」

「……行っちゃいましたね」

「しばらくは放置しておいてもいいでしょう。やるべきことが多くて小太郎君にまで気を回している余裕はありません」

「けど、結構辛辣やな、ネギ先生も。同年代の男の子同士やからかな?」

「自分がやったことの結果を考えずに京都でいいように扱われ、それを反省して物事に対して考えることができるようになればもう少しまともに扱いますよ」

「あー、ネギ先生的にはああいう直情型の子は苦手なんやな」

「苦手というわけではないですが……自分がやったことについて後悔しないことに関しては別に構わないと思いますけど、それと何も考えてないのは別だと思っているだけですよ」

「ま、兄貴はイギリスにいたころもアーニャの嬢ちゃんは苦手そうだったしな、ああいう考えるより先に動くタイプは生来苦手なんだと思うぜ」

「アーニャ、ですか?」

「おう。兄貴の一つ上の幼馴染の女の子なんだがな──」

「プライベートだからあまり話されると困るんだけどな」

「えー、うちは気になるけどなー」

「その辺はまたいずれ、ですね」

 

 

        ●

 

 

「あ、あの……学園祭の日、一緒に回りませんか!」

「……学園祭、ですか?」

「は、はい……あの、やっぱり駄目、ですか?」

「いえ……私も使い魔としての仕事があるのですが、マスター──ネギ君から緊急事態が起こるまでは好きにしていいと言われています。なので大丈夫ですよ」

「ほ、ほんとですか!? 私、誰かと一緒に学園祭を回るのって夢だったんです! 死んでから誰にも見えなくて、独りぼっちだったので……ありがとうございます、アーチャーさん!」

「でしたら、何も事件が起きないことを祈って、ともに学園祭を楽しみましょう──相坂さん」

 

 




今死ぬほど忙しくて時間がない(アンドPC故障中につき修理に出してる)ので、本編の投稿は八月ごろになると思います。
時間が、時間が欲しい……。

ついでに師匠出そうと思ってプロット練り直してたんですが、ついでとばかりにほかのサーヴァントも出そうな勢いです。コンセプト的に難易度は次々上げていく予定なんですけど、アーウェルンクス四体プラス両面宿儺より上で造物主の使途無限再生より下の難易度ってどれくらいなんだろう、と思いつつ……元の予定では超が荒ぶる親友のポーズしながらいろいろやらかす予定だったんですけど、興が乗ってプロット破棄しちゃたので。


ちなみに頼光欲しかったのに当たらず、知り合いが次々と当ててちょっと呪い殺したくなりました。



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第三十話

 初めての星5→ジャンヌ
 正月福袋→ジャンヌ
 一周年福袋→ジャンヌ

 ま た お ま え か !
 エロ同人みたいな目にあわされたいんかワレェ!

 獅子王ほ゛し゛い゛よ゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!


「ネギ君、今日は放課後に桜咲君と近衛君を連れて世界樹前広場まで来てくれるかい?」

「はぁ、それは構いませんが……何かの集まりでもあるんですか?」

「まぁね。今年はちょっとややこしいことになりそうだから。詳しいことはそこで学園長が説明するけど、ネギ君たちにも手伝ってもらうことが出てきた」

「わかりました。桜咲さんと近衛さんを連れて世界樹前広場ですね」

「うん。よろしく頼むよ──ああ、それと、アーチャーさんも一緒にね」

 

 高畑さんはそう言って朝食を食べ終え、席を立って超さんに支払いをしている。

 最近はずっと『超包子』で朝食をとっている。高畑さんにとっては使い道があまりないから余っているであろう金を湯水のように使い、普段家事を任せている俺を労っているつもりらしい。

 そういうのは別に必要ないのだがな……まぁ、感謝の意は受け取っておくだけだ。

 高畑さんと共に学校へと出勤し、挨拶を交わして書類をまとめる。ここ最近は麻帆良祭が近いせいか生徒同士の諍いも増えているようだし、高畑さんも含めて広域指導員は忙しい。俺は広域指導員ではないから最低限目が届く範囲のみだが、仲裁することも増えている。

 問題といえばそれくらいで、徹夜で作業する必要がない分うちのクラスは楽な方だろう。何せ外装はそれほど凝る必要もなく、衣装も大半は完成している状態だ。あとやることは前日に食材の仕込みをするくらいだろう。

 部活の方の手伝いもある。無理に忙しくする必要もない。

 

 

        ●

 

 

 そうして一日の授業が終わる。

 桜咲さんと近衛さん、アーチャーを伴って世界樹前広場へと歩を進めながら四人で雑談を交える。

 

「マスター、麻帆良祭の期間中は少々時間を頂いてもいいでしょうか?」

「構わない。だが、アーチャーがそういうことを言いだすのは珍しいな」

「とあるレディからお誘いを受けまして。勇気を振り絞っての誘いを断るなど紳士の名折れです」

「わ、アーチャーさんデートの誘い受けたんです?」

「……相坂さんか?」

「ええ。無論、何かあれば呼んで貰っていいのですが、基本的な空き時間さえあれば好きに見て回れますので」

「そうだな……」

 

 実際、アーチャーは本格的に事が起こるまでは自由にしておくのが一番だと俺は思っている。多少高い所に上れば麻帆良全域をカバーできる射程距離といい、戦闘においてはアーチャー以上に頼りになる存在はいない。

 が、反面戦闘行為以外ではあまり活躍の場はない。レンジャー技能などもあるが、現代日本でレンジャー技能を有効活用できる場などそうそうないだろう。

 犯罪行為の抑止という点で見ればアーチャーは目立つしいいとは思うが、霊体化出来る強みを消すことに繋がる。

 よって基本的に暇になるだろう。事件でも起こらない限りは、だが。

 

「……これから聞く学園長の話次第ではあるが、事件が起こらない限りはアーチャーは暇だろうな」

「ありがとうございます、マスター」

「そうなんですか?」

「まぁ、戦闘行為以外は余り役立つところもないですしね。相坂さんもうちのクラスの一人ですし、楽しんでもらえるように努力するのは教師の務めです」

「……うちのクラスに相坂さんなんていましたっけ……」

「さぁ……うちは知らんよ?」

「そうでしょうね。何せ幽霊ですし、隠密性が高いので僕でもまだ数度しか見たことがありません」

「幽霊!?」

 

 退魔の剣を振るう桜咲さんとしては聞き逃せない一言だったのか、目を見開いて驚く。近衛さんは近衛さんで驚いているらしいが、見たことがないためかイメージが固まらないらしい。

 エヴァは知っていたようだが、あのクラスで相坂さんのことを把握している人物は他にいたのか……ザジさんあたりならば把握していてもおかしくはないか。

 ともあれ、彼女の未練を断ち切って成仏出来るようにするのも俺の役目ではあるのだろう。やり方など知らないのだが、手探りでやるしかない。

 

「学園長も把握していたようですし、下手なことはしないようにしてくださいね、桜咲さん」

「はぁ……学園長が把握しているのなら大丈夫ですね。わかりました」

 

 何とも言い難い顔をしていたが、なんとか納得しようと頷いていた。

 退魔、祓魔を生業とする以上は納得しがたいことかも知れないが、今の桜咲さんの職業は学生だ。近衛さんの護衛という役職もあるが、この学園にいる以上は安全は保障されている。そう気負うことでもあるまい。……ナンパなどは流石に桜咲さん頼みになるかもしれないのだけど。

 そうこう話しているうちに世界樹前広場に辿り着き、そこにいた魔法教師、魔法生徒たちをぐるりと見やる。

 瀬流彦先生や高畑先生等見知った顔もあるが、知らない顔も多い。俺の行動範囲自体がそれほど広くないとはいえ、ガンドルフィーニ先生や葛葉先生などは見かけたことがある程度か。

 

「お、来たかの。待っとったぞ、ネギ君」

「お待たせしました」

「まずは彼ら彼女らの紹介からかのぅ。ネギ君、ここにいるのは麻帆良学園都市に常在勤務しておる小中高大の教師、教授職にして魔法先生、及び魔法生徒じゃ。ここにいる者たちで全員ではないがの──ではネギ君も自己紹介をしてくれ」

「はい。麻帆良学園女子中等部勤務、3-A担任のネギ・スプリングフィールドです。こちらは使い魔のアーチャー」

「とある事情により真名を伏しての紹介となりますが、平にご容赦ください。ネギ・スプリングフィールドの使い魔をやっているアーチャーです」

 

 綺麗に一礼をして注目を浴びるアーチャー。なんだかんだ言って俺は元より桜咲さんたちも慣れていたが、アーチャーは最高位のゴーストライナーだ。武人、魔法使いとしてそれなりに技量のある人ならば直感的に実力を悟ることが出来る。

 そんな存在を使い魔にしているというだけで、俺の名声は勝手に上がるという訳だ。求めてもいないものを勝手に与えられても困るだけではあるがね。

 続けて桜咲さんと近衛さんの紹介もあり、軽い御目通しと相成った。あちらからは個別に挨拶もあるだろう。

 時間もそれほどないのか、学園長が「さて」と声をかけた。

 

「今日諸君に集まって貰ったのは他でもない、世界樹のことについてじゃ」

 

 世界樹については最近様々なうわさが流れている。

 曰く、麻帆良祭最終日に告白すると必ず恋が成就する。

 曰く、世界樹の下で願いを言うと叶う。

 他にもバリエーションはあるが、おおよその話はこの二つを起点にしているとみられる。小太郎は同じクラスの面々が占いで一喜一憂していることを馬鹿にしていたが、子供だろうと大人だろうとオカルトに縋りたくなることはあるものだ。

 

「まぁ色々聞いとると思うんじゃがの、それ実は全部本当なんじゃよ」

「えっ」

「ええーッ!? 本当なんか!?」

「よ、よくある迷信なんじゃなかったんですか?」

「言いたいことはわかるがの、本当じゃよ。この世界樹と呼ばれてる木は真名を『神木・蟠桃』と言って、そのうちに莫大な魔力を有しておる。つまりは『魔法の木』じゃな」

 

 なんでも、その莫大な魔力を二十二年に一度放出しており、その影響で人の精神に干渉する魔法が勝手に発動するようになっているのだとか。

 高まった莫大な魔力は世界樹の周りの六か所の広場に強大な魔力だまりを形成する。広場で告白をした場合、その成就率は脅威の百二十%と言われた。

 一番マズいのは学園祭最終日らしいが、現段階でも軽度の影響は起き始めているようで、立ち入りの制限こそないが告白しないように見張りをするのが今回の仕事らしい。

 ……やはりアーチャーの力を借りる場面はなさそうだな。

 

「ま、今回の通達はこんなところじゃな。シフトは今行ったようにするつもりじゃが、ある程度意を汲めるので予定がある場合は先に言っておくように」

 

 それでは解散、と全員がバラバラの方向に歩きだし、同時に人払いの結界が解かれたことを知覚した。

 

 

        ●

 

 

 さてどうしようかと少し迷い、高畑さんと学園長先生がこちらに近づいてくることに気付く。

 

「どうかしましたか、学園長、高畑さん」

「うん。アーチャーさんのことなんだけどね」

「かなり強力な力を持ってるようじゃが、今回の麻帆良祭ではあまり力を振るわないようにと釘を刺しに来たんじゃよ。ま、ネギ君は聡明じゃし問題はないと思うがの。一応じゃ」

「今回の件でアーチャーが役立つ場面も早々ないでしょうから、自由行動を許すつもりではあります。何か問題はありますか?」

「ないとは思うが、アーチャーさんが告白されないようにね。彼を止めるのは至難の業だ」

 

 高畑さんが笑いながらそんなことを言う。

 大丈夫だろう。要は世界樹の魔力に指向性を与えただけだし、アーチャーにはそんなものは通用しない。対魔力もそうだが、勇猛のスキルもある。問題はないだろう。

 もし──もし仮にだが。

 アーチャーの対魔力及び勇猛のスキルを突破できるだけの力を世界樹の魔力が発揮できたとしたら、それは一つの希望でもある。

 世界樹はここにある一本ですべてではない。一本でサーヴァントの神秘を突破できる力を有するとすれば、世界中にある世界樹、あるいはその魔力だまりの力を使って"アリストテレス"の対抗策を生み出すことも可能かも知れない。

 もっとも、これらはあくまで可能性の話に過ぎない。現実はそう簡単に行くはずもないだろう。

 第一、麻帆良の世界樹は精神に影響を与えるだけの魔力しかばらまいていない。物理攻撃として使うには性質が違い過ぎる。

 

「その時は令呪を使ってでも止めますよ」

「令呪、とな?」

「三画だけ存在する絶対命令権です。今は見えないように細工を施してますが、三画ばっちり残ってますよ」

 

 ……令呪も、精神に影響を与える魔法とみていいだろう。魔法という言い方は違うかもしれないが、こちらでは神秘に関するモノは全て魔法だ。あの莫大な魔力の制御が出来れば、令呪の回復も可能になるかもしれないな。

 あるいは。

 あるいは、世界樹の魔力を収集し、新たに色を付けるための何らかのろ過装置があれば。そんなものが仮に存在するとすれば、恋の成就だけではなく別のことにも魔力を使用出来るかもしれない。

 そう、例えば──聖杯だ。

 




 獅子王欲しいんですけど書けば出るんですかね?(真顔)


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第三十一話

一時間ほど遅刻しましたが投稿。
駆け足で書いたので誤字脱字が多いかもしれません。

あと、麻帆良祭編は視点変更が多いので三人称で書こうかな、と思っている最中であります。


 

 ──麻帆良祭が始まった。

 空を彩る飛行機雲は大学の生徒であろうパイロットが作ったもので、アクロバティックな動きに合わせて色とりどりの雲が尾を引いている。

 道路を埋め尽くすほどの人の波はいつもの比ではなく、遠目に見えるパレードの出来も凄まじい。

 なるほど、これは人が集まるはずだ。ここまで様々なパレードや飲食店、アトラクションがある場所など、それこそ某社の遊園地くらいのものだろう。

 綾瀬さん、早乙女さん、宮崎さん、桜咲さん、近衛さんと一緒にチラシを配りながらパンフレットを確認して、そう思う。ちなみにアーチャーは相坂さんとデートに行っているのでここにはいない。

 前者三人は仕事着でもあるメイド服だが、後者二人は制服と占い研の衣装だ。

 綾瀬さんが言うにはのべ四十万人ほどの入場者がいるらしいし、一説では二億六千万もの金額が動くらしい。そこまで行くともはや学園祭というレベルではないな。

 

「チラシもあらかた配りましたし、一旦教室に様子を見に行ってみますかー」

「そうですね。その恰好でいても宣伝にはなるでしょうが、疲れるでしょう。休憩がてら戻りましょうか」

「賛成です」

「せやねー。パルたちのシフトも次やしなー」

 

 雑談交じりに校舎へと足を運ぶと、えらく長い行列があることに気付いた。

 その列を横目に教室へ戻ると、行列がうちのクラスに続いていた。……ここまで人気が出たのか。凄いな。

 

「ここまで人気が出るとは……」

「ふっふっふ。私と千雨ちゃんのプロデュース力を舐めないで貰いたいね!」

 

 ドヤ顔で胸を張る早乙女さんに素直に感嘆する。元の素材がいいとはいえ、それだけでここまで客を呼ぶというのは中々出来ることではあるまい。

 料理に超包子の面々が関わっているという点もあるのだろうが、それにしたって客層は幅広いし外部の客も多いように見える。

 宣伝力の差か……誰が宣伝してるんだろうな。

 媒体としてはチラシ、ネット、人伝──色々あるが、時代的に見てもネットで下調べなどしている人は左程多くないだろう。ネットが普及してもそれがどれだけ多くの人に使われているかという話だ。

 そのあたりで考えるとやはり人伝かチラシの可能性が高い訳だが。

 

「同人誌やってた伝手で色々宣伝して貰ったからねー。これくらいやらないと客が来ないし、うっはうはよ!」

「……回転率とか考えてます?」

「あんまり。いうほど長居する場所でもないよ? 軽食は出せるけどほとんど用意してあるからすぐ出せるし、テイクアウトも可能だし。写真とかはちょっと遠慮して貰ってるけど」

「そうですね。売り上げを伸ばすというよりいろんな人に来てもらうことを念頭にしている感じです」

「や、やっぱり、お店やるからにはお客さんにも楽しんでほしいですし……」

 

 ふむ。そういうことなら別に構わないか。

 生徒の自己自立を促すための商業活動だと聞いたが、無理に金を稼ぐ必要もあるまいよ。クラスで手に入れたお金ならクラスで使い切れるようにすればよいだけの話でもある。

 金儲けに夢中になり過ぎないように、というよりも俺が以前説教したことが効いているのか。見た目は十歳だが、そんな教師の言葉でもきちんと理解を示してくれたようで俺は嬉しい限りだ。

 理解していなければ強権を発動するしかないのだが。

 

「お、ネギ先生! ちゃんと来てくれたんだ?」

「担任ですからね。それより、お店の様子はどうですか?」

「ばっちり! 大盛況でいい感じだよ」

 

 明石さんがいい笑顔でサムズアップしてくるので、笑顔で答える。

 皆頑張ってくれているようで何より。行列が長くて待ち時間も長いだろうが、お客も時折姿を現す彼女たちのメイド服姿に心惹かれているようで、余り苦に思っていないらしい。

 客層が男性ばかりなのはもう仕方ないだろうが、良識をしっかり持っているかどうかは別の話だからな。俺では抑止力にならないので、新田先生たちには申し訳ないが巡回をしっかりして貰おう。

 店内を覗いてみると、メイド服姿の少女たちが忙しく店内をかけずり回っている。

 一見すると全員同じ衣装だが、よくよく見ると一人一人個性が出るように意匠が異なっており、作り手の『色』とでもいうべきものが視えている。

 スカート丈の長さ。スカーフの色合い。アップリケ。フリルのつけ方に至るまで違いが出ており、その違いを見るだけでも意外と面白い。

 まぁ、それは今はいい。視察も兼ねて現状の確認を行うべく、教室の奥へと足を踏み入れて今の時間帯の責任者であるいいんちょさんに問いかけた。

 

「どこも問題は起きてないですか? 食べ物飲み物、あとはお客関連のこととか」

「心配していただいてありがとうございます、ネギ先生。今のところは特には問題は起きていませんわ。強いて言うなら、ホールの手が足りていないことくらいでしょうか」

「……それ、割と重要な問題では? かと言って、今からシフトを変更するのもつらいところがありますからね……」

「それだけ注文が多いということですからね。厨房の方は大丈夫なのでしょうか?」

「そちらはまだ余裕がありますわ。というのも、この時間帯は飲み物がメインで食事をとる方が少ないからですけれど」

「なるほど。とはいえ、テイクアウトは現時点でもそれなりに出ているようですが」

「軽食ですので。手軽に食べられるという点では他のクラスと差別化出来ていると思いますわ」

 

 大抵が店の中で食べて貰う形なのに対し、うちのクラスではパックに入れた軽食と飲み物も販売している。そのあたりもあって差別化が上手くいっているのだろう。

 回転率も高いため、お客をあまり待たせることが無いというのもいいな。

 ……聞くべきことは聞いたか。いいんちょさんも暇ではないだろうし、うちのクラスの宣伝を兼ねてクラスメイトの部活などの出し物を見に行ってみよう。

 

「今のところは順調なので、僕は宣伝しながらクラスの方たちの部活の出し物にでも顔を出してきますね」

「ネギ先生にとっては初めての麻帆良祭ですし、存分に楽しんでくださいまし」

 

 ニコニコしながら送り出された俺は桜咲さんと行き先が同じだという近衛さんを連れて教室を出る。図書館探検部の三人娘はシフトの交代の関係上残らざるを得なかったのだ。

 パンフレットを確認しつつ学校の外に出て、まずどこから行ってみるかと頭を悩ませる。

 アトラクション系、飲食系、美術系や音楽系もあり、どれも面白そうで目が惹かれてしまう。

 とはいえ、まずは3-Aの生徒たちがやっている出し物に顔を出すべきだろう。それを念頭に置いてメモ帳とにらめっこしながらルートを決めた。

 急ぐ話でもないのだし、ゆるりと見て回るとしよう。

 

 

        ●

 

 

 大河内さん謹製のタコ焼きを頬張り、古菲さんの功夫を見て、神楽坂さんの描いた絵を見に行き、早乙女さんに似顔絵を描いて貰い、那波さんにプラネタリウムを案内して貰い、四葉さんのところで昼食を取り、近衛さんの占いで大凶を引き当てた。

 俺は生前を含めても祭りは規模の小さい祭りしか行ったことが無いため、ここまで規模の大きい祭りを体験するというのは初めてだ。

 親友こそいたが、そいつもこういう場は苦手だったしな。誰かとこうして祭りを楽しむということ自体が初めてではある。

 

「桜咲さんは楽しんでいますか?」

「は、はい。一応私もここに住んでから麻帆良祭は毎年体験していますが、誰かと回るのは初めてで…」

 

 彼女は近衛さんの護衛に忙しく、余り楽しんだことはないという。

 もったいないことだ。何時も張りつめていては疲れてしまうだろうに。……人のことは言えないか。

 この後の予定としては、世界樹の魔力が発動しないようにパトロールを行い、道中で佐々木さんの新体操部での出し物を見る。その後宮崎さんとデートをして再びパトロールだ。

 かなり切迫したスケジュールだが、まぁ分単位で行動するのは慣れている。

 

「ですが、よかったのですか? 宮崎さんとのデートは二時間から三時間くらいほどしか取れていないようですが……」

「こればかりはどうにもなりませんからね。僕が二人いるか、タイムマシンで過去に戻りでもしない限りは不可能でしょう」

「それはそうですが……」

「一応教師と生徒ですので、あまり特別扱いし過ぎるのも不公平というものですよ」

 

 元々最終日に入れる予定ではあったが、宮崎さん自身がそれを断ったのと超さんの動きが全く読めないことから前倒しにした。

 どこかで動きだしているはずだが、高畑さんたちもそれほど警戒していないようなので逆に強く警戒している。彼女は要注意生徒ですらないから大丈夫、などと言われては疑いが強くなる一方だ。

 

「……それは、やはりザジさんの一件でそう考えているのですか?」

「絡繰茶々丸さんの監視から逃れる、ということは彼女のデータを見ることが出来る人物に知られたくないということでしょう。そして、茶々丸さんの創造者は葉加瀬さんと超さん。であれば、彼女たちが何かしらザジさんの動きを見張っていると考えてもおかしくはありません」

 

 ザジさんが動いたからどうするつもりなのか──というところまでは予想がつかないものの、彼女を取り巻く監視を考えるとこちらから迂闊に接触も出来ない。

 何が起こるかが未知数に過ぎる。未来を計算し観測するのが魔族の役割だというのなら、俺がどこかで接触する可能性さえ見破られていると考えるべきだ。

 どこからどこまでが彼らの計算の範疇なのか。監視はザジさんとは別の派閥による仕業なのだろうが、俺はその辺りについて無知だ。考えなしに行動してはザジさんにも迷惑をかけることになるだろう。

 連絡するためには何かしらの悟られない方法があればいいのだがな……少なくとも今の俺には思い浮かばない。

 

「何をしようとしているのかさえ分かりません。……貴女の眼では、視えませんか?」

「残念ながら。視ようと思って視えるものでもありませんから」

「それならしょうがない。"未来視"もきちんと制御して使えるようになれば随分と便利だと思うんですけどね」

「……エヴァさんは未来視について知っているような口ぶりでしたが、教えてくれませんからね」

「エヴァは知っているだけで持ってはいませんからね。あるいは制御の方法くらいならわかるかもしれませんが、桜咲さんの眼は"予測"ですからね」

「……"予測"、ですか?」

「未来視には大別して二つがあると言います。それが"予測"と"測定"──限定的に未来を視る眼と、確定した未来を視る眼です」

 

 二つの違いは視た未来が"確定"しているかどうかだ。

 前者であれば未来は変えられる。後者であれば未来は変えられない。ただ、それだけのこと。

 極論を言ってしまえば"予測"の未来視は文字通り未来を予測しているだけだ。うまくすれば制御は可能なのかもしれないが、不確定要素の多いものに頼り切るのも不安が残る。

 直死の魔眼でもあれば確定した未来を変えることは容易なのだろうけれど。そんなものはないし必要だとさえ思わない。

 

「桜咲さんの場合は未来視をコントロールするよりも未来視に頼らない戦い方を探るべきだと思いますけど」

「それは、まぁ……しかし、視えてしまうものはどうしようもないと言いますか」

「視えることが悪いとは言いませんが、それに頼り切ると足元をすくわれるってだけです。貴女の戦い方は貴女自身が決めるべきですよ」

 

 心眼にも似たような力なのだし、観察眼が優れているといえるのだからそれを活かすようにすればいいのだと思うが、そう簡単な話でもないのだろうな。

 ──さて、そろそろ時間だ。パトロールはアーチャーのサポートがないが、遠距離を把握することが出来なくなるくらいで左程困りはしないだろう。

 

 

        ●

 

 

 パトロールも無事終わり、二時間半ほどの休憩時間を宮崎さんと過ごすために急いで移動する。

 屋根の上を駆けまわり、パルクールの要領で待ち合わせ場所へと辿り着く。

 白いワンピース姿で緊張気味に辺りを見回しており、俺を見つけてホッとした様子を見せる宮崎さん。約束は守るのでちゃんと来ますよ?

 

「こんにちは、宮崎さん。可愛らしい洋服ですね」

「あ、ありがとうございますー。先生も私服姿は新鮮ですね」

 

 二時間ちょっとしか時間は取れなかったが、十分思い出になるように最善を尽くさせてもらおう。

 後方でストーキングしている面々は、まぁ放っておいてもいいか。害にはなるまいよ。

 

「どこか行きたいところはありますか?」

「あ、えと……その、余り思い浮かばなくて」

「宮崎さんの好きなところで良かったんですが……そうですね。古本市があったはずなので、そこに行ってみますか?」

「は、はいっ!」

 

 緊張でガチガチになっている宮崎さんに対し、緊張をほぐすために話題をいくつか振ってみる。

 どんな本が好きか。図書館探検部はどんなことをしているのか。近い未来でどんなことをしてみたいのか。

 彼女は魔法のことを一切知らない一般人だ。余り近づきすぎれば俺に対して政治的に利用しようと考える輩などに巻き込まれかねない。近すぎず遠すぎず。人と人との適切な距離を保つというのは、難しい。

 好きなものを語る彼女の笑顔は綺麗で、友人と過ごす日常を語る彼女は楽しそうで、未来を語る彼女の顔は不安と希望に満ちていて。

 俺が一番"尊い"と感じるものを持っている単なる一般人。

 彼女たちのような存在が要るからこそ、"アリストテレス"なぞに人類を滅ぼさせてたまるかという気になるのだ。

 

「……先生? 何かいいことでもあったんですか?」

「え? 何か変な顔でもしてました?」

「いえ、なんていうか……すごく、嬉しそうな顔で笑ってて……」

「あー……なんていうか、こういうの、すごくいいなぁって思ったんですよ」

 

 過去を振り返る趣味はない。だから駆け抜けてきた道に何かを落としたとしても俺はそれを取り戻そうとはしない。

 そもそも、俺自身何が欠落しているのかがわからない。けれど、魔法学校で過ごした時間だけでも俺は他者と違うのだろうとなんとなく察することが出来る。

 才能の有無で自分の限界を勝手に作り、努力しないことの言い訳をしている連中。

 英雄(ナギ)の息子なら当然だと言って難度の高い問題を作り、俺がそれを解くたびに悔しそうな顔をした教員。

 どいつもこいつも、つまらない連中だ。己が出来ない理由を他人に求めたがる、あれは俺以下なのだと優越感に浸りたがる愚図のようなその精神性はどうしようもなく理解出来ない。

 そのくせ根拠もなく自分は偉いのだとふんぞり返る。一年早く生まれてもより多くを学ぶことすらせず、ただ漫然と早く生まれたから偉いのだとする風潮。

 そんな中で育ったが故に、この学園はひどく居心地がいい。

 誰もが夢を見、希望を持ち、未来を目指して努力している。そうでない者もいるだろうが、メルディアナよりは余程マシだ。

 が、この場でそれを宮崎さんに言うのは場違いというものだろう。雰囲気を悪くする必要など無い。

 

「楽しそうな学園生活で羨ましい限りです」

「あ……ごめんなさい、先生。先生は飛び級ですし、こういう話は……」

「いえいえ。体験したことが無いからこそ、聞いてみたいものです。宮崎さんの楽しい学校生活、僕も聞いてるだけで楽しそうだって思えますから」

 

 そう言うと、彼女は顔を赤くして俯いてしまう。ふむ。少しばかり度が過ぎたか。

 とは言え、紳士足るもの女性に対してはこういう扱いになるものだろう。アーチャーだってそう言っていたし。俺の生前は女っ気がなかったから参考にならん。

 宮崎さんは赤い顔のままではにかみながら頷いてくれたし、古本市を回りながら色々と聞いてみるのも悪くはない。

 

 

        ●

 

 

 日が沈みかけている夕刻のテラス。とある建物の屋上でカフェになっている一角に俺と宮崎さんはいた。

 古本市で面白い本をいくつか見繕い、宮崎さんが気に入った本をプレゼントした。アクセサリーなどの洒落たものはセンスがないせいかよくわからないので、無難に本を送ることにしたのだ。

 どうせ金なんて余るほど口座に入っている。使い道もないのだからこのくらいは構うまい。

 宮崎さんも今日のデートは楽しんでくれたようで、最初の緊張は見る影もない。今は自然体で接してくれている。

 

「あの、先生……最後に、いいですか?」

「なんですか?」

「先生には、好きな人はいないんですか?」

 

 好きな人、好きな人と来たか。

 俺は人を愛するってことがよくわからない。人間賛歌なら他人が引くほど言ってきたが、誰か一人を愛そうとするその感覚は未だわからないままだ。

 経験したことが無いから、なのだろうか。

 

「一緒にいると心がドキドキしたり、一緒にいるだけで幸せな気持ちになれたり。そんなことってありませんか?」

「……僕は従姉妹の姉が親代わりになってくれていました。幼馴染の女の子もいて、代えがたい存在だとは思っています。けれど、そういう感情では決してないのでしょうね」

 

 ネカネさんの愛は献身だ。アーニャの愛は友愛だ。

 愛とは形のないもので、形を変えるものだと聞く。愛の前に現実は歪む、とは誰の言葉だったか。

 それほどまでに誰かを愛した経験など俺にはない。だから、少し羨ましくはある。

 

「私、ネギ先生が好きです。十歳なのに大人びてて、だけどちょっとドジした時とか可愛くて、誰よりもクラスのみんなの将来を考えてくれている──そんな先生が、大好きです」

 

 ──けれど、俺は彼女の告白に応えることは出来ない。

 視界の端に映った世界樹がぼうと光ったような気がしたが、それすら気に留めることはなく。

 生徒と先生だからではない。

 一般人と魔法使いだからでもない。

 ただ、彼女が知っているのは俺の一面だけだ。別の側面を見ればまた別の感想が出てくる。それが彼女に取って絶望かも知れなくとも、それを知らなければ俺のことを好きだという言葉は軽くなる。

 相手を尊重するからこそ、俺の全てを知ってからその言葉を聞きたいと願ってしまう。

 ……例え、魔法のことを知らせることが出来ないとしても。

 

「……僕はその告白に応えることが出来ません。教師と生徒だからではなく。まだ出会って日が浅く、貴女は僕のことをよく知らず、僕も貴女のことをよく知らないからです」

 

 故にこそ、真摯に答えよう。

 

「少しずつ知っていって、大人になった時にまだ同じ気持ちでいれたなら。その時にこそ、きちんとした返答をしましょう」

「……はいっ」

 

 断られたのだという気持ちはあったのだろうが、続く俺の言葉で気を取り戻したらしい。

 そろそろいい時間だ。この後俺は世界樹の周りで告白する生徒が出ないかパトロールしなければならない。

 また一つ、考えることが増えたな。そう思いながら、宮崎さんと別れた俺は着替えるために一度家に戻ることにした。

 




ちなみに世界樹の魔力が飛んでいったのはネギじゃないです。


FGOの話はここですると長くなりそうなので活動報告にでも。


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第三十二話

 

「貴方のことが好きです。せめて少しでも長く、隣にいさせてもらうことは出来ませんか?」

 

 赤く染まった頬。涙で潤む瞳。緊張でわなわなと震えている唇。

 長い髪を揺らして答えを待つ少女に対し、問われた男は「否」と答えた。

 

「私はただの使い魔にすぎません。元より刹那的なゴーストライナー、役目を終えれば消えるだけです。それゆえに貴女の願いを叶えることは出来ない」

 

 光る世界樹の魔力を以てしてもアーチャーの心は揺らがない。高い対魔力と勇猛のスキルの前では世界樹の魔力さえ容易く弾く。

 夕刻の世界樹近くの広場からこちらへ向かってくる魔法教師がいるが、遠目から確認して誰もいないと困惑しているのが視える。

 一日共に過ごし、同じ人の世から外れたものとして共感し、故にともにありたいと相坂さよは願った。

 それでもアーチャーは彼女を拒絶した。死んでいるから大丈夫などということはない世界だ、滅ぼされてもおかしくないように目立たないほうがいいというのもある。

 何より、アーチャーとネギが歩む道は決して平凡なそれではないだろう。単なる女子中学生だったさよが見るべきものではないものばかりだろうと、アーチャーはそう判断した。

 だがさよはそれだけで納得は出来ないだろう。ずっと長い間一人で過ごしてきた中で、唯一出会えた「似た存在」なのだから。

 

「でも……でも、せめて、麻帆良にいるときだけは……たまにでも会うことは出来ませんか……?」

「それくらいで良ければ、私も否とは言いません」

 

 彼女には成仏してほしいとアーチャーは思う。だが、その為の手法などは全く知らないので他者に放り投げてしまうことになる。ネギやエヴァならば彼女の姿をはっきりと捉えることも出来ているのだろうが、エヴァはともかくマスターであるネギにこれ以上の重責は負わせるべきではない。

 だからせめて、未練なく逝ってほしいと願っている。

 

「──では、もうすぐ中夜祭があるとのことですし、もう少しいろんな場所を歩き回ってみましょう」

「……はい!」

 

 夕日が地平線の彼方に沈みゆく中、二人は人ごみの中に溶けて消えた。

 

 

        ●

 

 

 ザジ・レイニーデイは魔族である。

 それも魔族の中では一際特殊な立場の存在だ。本来ならばこの学園にいるような存在ではない。

 しかし彼女には彼女の目的があってここにいる。ネギの目的を推察し、ネギに接触するという目的の大半は果たせているモノの、協力関係を築くという最大の目的が未だ果たされていない。

 だがそれも仕方のないことだろう。

 ザジの周りには常に複数の監視がついている。魔族と超鈴音が別個に監視を続けているのだ。

 魔族の方の監視は幾らか回避する方法があるが、超の方は科学に詳しくなければ監視を撒くのは厳しい。それでもヘルマンが来た時はあらゆる手を尽くして監視を躱した。

 同じ手が二度通じる相手ではないし、そもそも何故監視をされているのかがわからないのだから無闇に接触も計れない。

 

「せめて私を監視する理由があれば、懐柔することも視野に入れられるのですが、ね……」

 

 無表情で呟くザジは、麻帆良武道会と書かれた看板を見上げていた。顔を見られないように全身を覆うローブを下げ、慎重を期して。

 隣に佇む女性はそんなザジを横目にそこらへんに売っていたモップの重心を確認していた。

 

「勝てそうですか?」

「素人ばかりの大会で何をいまさら。多少見込みのある者がいるならまだしも、ここにいるのはどいつもこいつも見込みのない凡人ばかりよ」

「元より貴女を呼んだのは私から目を逸らすためですから、出来る限り派手に暴れてくださいね」

「言われずともそうするつもりだ。表裏関係なく最強が見たい、などと宣伝されては見せつけてやるしかあるまい──もっとも、裏の住人も多少なり混じっているようだがな」

 

 好都合だが、戦闘民族のような言葉を聞いてザジは思わずため息を吐いた。

 本来ならば彼女は現時点で出てくる存在では無かった。だが、超が動き始めると同時に『観測する未来の最終地点が変わらないのに過程において大きくぶれる』という現象が起き始めている。

 どんな手を使ってもその計算は覆らない。逆に言えばその最終地点まで確実に人類は生き延びることになるわけだが、その最終地点から先に人類の存在は観測できない。

 つまり──その地点、仮に特異点αとして──特異点αに辿り着いた時点で人類を含める全ての生物は死に絶えている。

 なんとしても避けなければならない未来だ。その為には、起点となる二日後──麻帆良祭三日目に起こるであろう何かを警戒しなければならない。ゆえに同時期に動きだした超のことを疑うのは当然だろう。

 だが、ザジは未だ超の計画の一端すらつかめていない。

 

「貴女の眼から見て、何か異変は感じ取れませんか?」

「さて、どうかな。今日見て回った限りでは世界樹の魔力が高まっていること以外に異変といえる異変は見当たらないが……どうにも魔術だけで隠蔽しているわけではなさそうだからな。私の眼でも流石に科学まではわからん」

「分野の違い、ですか」

「そうだ。これで使われているのが単なる隠蔽のための魔法や魔術なら即座に対策を練ることも可能であろうが、こと科学一辺倒ともなると流石にな」

 

 専門分野が違う以上、下手に踏み入れれば即座にばれる。

 特に詳しいであろう二人──あちらに組していると思われる絡繰茶々丸、葉加瀬聡美の両名は最悪処分することも視野に入れているものの、ネギとの共闘を考えるならばそれは破棄するべきだろうと考えていた。

 ネギの人間性をまだ完全につかめていないということもあるし、彼が教師としての己に誇りを持っているからでもある。同じ生徒であっても下手な真似をすれば敵対しかねない。

 よりよい未来のために。

 全ての種が一分一秒でも長く生き延びるために。

 この時点で『彼女』を呼び出せば魔族からの監視が増えるだろうし、最悪あちらに呼び戻される恐れもあった。だが、そのリスクを負ってでもザジは手を出すべき案件だと感じたのだ。

 閉ざされた未来を変えるにはネギという鍵が必要だ。

 ネギが関わらない場所でも未来を変えることが出来る場所がある。

 背反しているようだが矛盾はない。ネギの行動一つですべてが決まっているわけではなく、大きな流れの一つに過ぎないのだから。別の流れを変えるなり堰き止めるなりして変化を与えることは出来るだろう。

 今回その為の必要なピースが『彼女』だったというだけ。

 

「武道会の途中で何かしらのボロを出すかもしれません。注意はしておいてください」

「頭の片隅には入れておこう」

 

 超が雇ったと思われる傭兵、龍宮真名は実力者だが留意するほどではない。取引を持ちかけたとみられる朝倉和美に戦闘能力はない。その他、長瀬楓も古菲も武道会に参加するようだが気をつけるべき相手ではない。

 留意すべきとザジが意識を向けるのは二人、タカミチ・T・高畑とアルビレオ・イマだ。

 前者はばれてしまえば動きづらくなるためであり、後者は実力とその目的が見えないために。

 タカミチ程度ならばどうとでも出来るが、アルビレオは歴戦の猛者だ。『紅き翼』つながりでネギに敵対しない限りは大丈夫だと思うが、邪魔をされるのも面倒だ。彼自身も魔法世界救済の方法を探っているとはいえ、魔族との交流はない。

 加えてかなりの昔からその姿が確認されている。現時点での接触は控えるべきだ。

 

「一から十まで計算しなければ動けないというのも不便なものだな」

「私はそうあるべきと育てられてきましたから。位が上の魔族ほど偏屈なのは貴女もよく知っているでしょう」

「まぁ、そうだな。お前の父母も祖父母も同様だった──時に、姉はどうした?」

「姉とは袂を別ちました。我々は見ているビジョンが違うと──未来に対する考え方が違い過ぎると痛感しましたので」

「ほぅ? 考え方の違いで袂を別つとは、相当に根が深いと見える」

 

 同じように生まれ、同じように育ってきた姉妹だ。考え方が似通ってもおかしくはないはずだが、幸か不幸か二人の考え方は全くの逆だった。

 

「姉は未来ではなく今を見ている。私は今ではなく未来を見ている。ただ、それだけのことです」

 

 例えば飢えた状態でここに食物があったとして。

 ザジの姉は飢えを満たすためにそれを食すだろう。いま活力を取り戻すことで別の場所で別の食物を入手できると考えるから。

 ザジは今飢えを満たせずともそれを植えるだろう。いま活力を取り戻せずとも将来的により多く手に入れられると考えるから。

 二人の違いはそこにある。

 

「いずれ私たちの前に立ち塞がるでしょう。誓約(ゲッシュ)によって貴女を呼び寄せましたが、その時どちらにつくかは貴女次第です」

「私を縛ろうとはしないのだな」

「縛ろうにも抑えつけるための縄がありません。貴女に勝てる存在を私は知らない、ということもありますが」

「ふふ……そうだな。お前の姉に一度会ってから決めるとしよう」

「今は私の願うとおりに動いて貰えれば、それだけで構いません」

「それが誓約(ゲッシュ)を果たすものであることを願っているよ」

 

 女性は小さく笑って受付を済ませ、軽い様子で右手に持ったモップの先を左手に持った槍で切り裂く。

 やや小さく強度も心配だが問題はないだろう。補強する術などいくらでもあるし、リーチの違いくらいは感覚で補正が効く。

 

「さて──私を楽しませてくれる戦士はいるのだろうか」

 

 紅い瞳を細め、長い髪を揺らしてその女性は会場へと踏み入った。

 

 

        ●

 

 

 こつん、と通路に足音が響く。

 それに気付いた超は口元に笑みを浮かべながら訪問者を歓迎した。

 夜も遅いが、超と葉加瀬にとって徹夜は茶飯事だ。中夜祭に顔を出せないことを残念に思うが、まだ日付が変わったばかりだ。3-Aの面々は酒も入らずに朝方近くまで騒ぐだろうから顔を出すくらいは出来るだろう。

 そう考えながら、無遠慮に入ってきた訪問者の顔を見る。顔中を包帯でぐるぐる巻きにされ、感情の一切を見せまいとしている少女の顔を。

 

「お帰り、セイバー(・・・・)。何か気になることでもあったカ?」

「特には何も。だがいい場所だ。誰もが平和を謳歌できる夢のような場所だよ」

「それは良かった。気分転換をして、私に真名を教えてくれる気にはなったかナ?」

「さて、どうかな。お前が私を信用していないように、私もお前を信用していない。それとも令呪を使って無理矢理にでも吐かせてみるか?」

「……いや、それには及ばないヨ。令呪を使ってまで知りたいことじゃあないからネ」

「なら構わんだろうさ。こっちもあのアーチャーに気付かれないように細心の注意を払って疲れているんだ。準備が出来たら呼べ」

 

 それだけ言うと、セイバーと呼ばれる和服の少女は霊体化して姿を消した。

 超は肩をすくめて葉加瀬と目を合わせる。茶化したように小さく笑う。

 

「あのセイバーとはちょっと馬が合わないみたいヨ。ハズレを引いたわけではないと思うけど、運が悪かったと思うべきかナ」

「でも、超さんは未来でも彼女をサーヴァントにしていたんでしょう? その時も今と同じような対応だったんですか?」

「まぁネ。愛想が悪いのはともかく、出来る限り私に情報を与えまいとしている感じがあるヨ。持っているスキルからある程度は想像できるとはいえ、まともに情報共有してくれないのは困ったものだヨ」

 

 困ったように頬を掻く超の左手には、淡く光る令呪の紋様が浮かんでいた。

 今までの超になかったわけではない。ネギがそうだったように、巧妙に隠していただけだ。サーヴァント自体はつい最近召喚したばかりだが、アーチャーの索敵範囲に入らないことと仮に索敵範囲に入っても誤魔化せるように準備を整えている。

 二日間だけ誤魔化せればいいのだ。その間だけ誤魔化せれば、超の悲願に手が届く。

 

「……ま、そっちはそっちでなんとかするヨ。未来でも彼女は口ではなんだかんだ言いつつちゃんと仕事してくれてたしネ。それよりもザジさんの行動はどうなってるのかナ」

「三十分ほど見失っていましたが、今は監視カメラの映像に映っています」

「ふむ。たかが三十分、とは言い切れないのが彼女の怖いところだナ」

 

 ザジが魔族であることは超とて重々承知している。三十分有れば誰かと連絡を取るには十分すぎるし、何かをやっていても不思議ではない。

 超鈴音は未来人だ。

 未来において強力な味方であったザジが、この時代でどう動くかを知らないが故にどこかで接触を図るべきだと考えつつも、他の魔族からの監視を警戒しているため何も行動を起こせなかった。

 超の存在はトランプでいえばジョーカーだ。自身のいた未来を知る以上、そこに至る過程もまた知っている。

 そこに至らせない(・・・・・)ための選択も可能というわけだ。

 

「準備は既に完了しています。麻帆良武道会は……魔法使いの人が予想以上に少ないですが、これくらいならまだ許容範囲内でしょう」

「高畑先生に謎のローブ男。それとこの棒を振り回して相手を吹き飛ばしている女性あたりはおそらく関係者ヨ。ま、こっちはかるーく人目にさらす程度の布石だし問題ないネ」

「そうですね。あれ(・・)の設置も完了していますし、あとは三日目になるのを待つばかりです」

 

 静かに、かつ確実に。魔法先生の中には超のことを警戒している者もいるだろうが、これまで特に彼らから目をつけられる行動は起こしてこなかった。動きだすまでには至らないだろう。

 雌伏の時は残りわずかだ。

 超鈴音が動きだすとき、否が応にも世界は変革を迫られる。

 ──それは全て、未来を取り戻すために。

 

 




先日シン・ゴジラを見てきたんですが、この作品におけるアリストテレスに対する絶望感ってこういうのなんだなぁってちょっと実感が湧きました。
絶望感半端ないっていうか、希望が一つずつ摘み取られていくというか。

まぁ、FGOやってて滅茶苦茶欲しい鯖のピックアップ時に石も金もない絶望感、っていった方が共感されそうな気がしますけども。


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第三十三話

とりあえず生きてます


 

 

 麻帆良祭二日目の朝、疑問を浮かべながらアーチャーからの報告を聞いていた。

 

「麻帆良武道会にアルビレオ・イマが……?」

「麻帆良祭一日目の夕刻から行われた予選会に姿を現したようです。高畑教諭も出場しているようでした」

 

 何をやっているんだ、と言いたくなる。そもそも魔力が満ちる麻帆良祭の期間しか表に出てこられないため、気分転換の意味もあるのだろうが──まぁ、やることが増えたとは言ってもたまに息抜きするくらいは構うまい、と思う。

 だが武道会に出るなど意味がわからない。何か理由があるのかと考えつつアーチャーに質問を重ねる。

 

「……主催者は?」

「マスターのクラスの超鈴音です。そのほか、気になる出場者もいるにはいましたが……」

「アーチャーが気になる、というほどか。実力者か、厄介ごとか。どっちだ?」

「両方かもしれません。同名の別人であればいいのですが、出場者の中に"スカサハ"という名があったもので」

 

 その言葉に目を見開く。

 "影の国"の女王にして門番。不死の神殺しとまで呼ばれるスカサハと同名を語るとは──。

 俺は出身こそウェールズだが、グレートブリテンとして統一されている以上ケルト神話に触れることも多かった。大英雄クー・フーリンを語る上では外せない存在でもあるし、彼女自身格としては最上位に位置する英雄でもある。そして、そもそも彼女は『死んだという伝説そのもの』が存在しない。

 人理が焼却されるような事態にならない限り、スカサハはサーヴァントとして召喚することも出来ない。

 そのスカサハがいる。どういうことだ、と軽く頭を悩ませる。

 偽物ならば話は早い。放っておけばいいだけのことだ。

 だが仮に本物である場合、対処できる者はおよそ存在しない。サーヴァントとして召喚されるとは生前に比べて力を制限されるということでもある以上、生身のスカサハであれば神殺しの特性も相まって神性持ちのアーチャーでは分が悪い。

 

「……本人である可能性は?」

「気配遮断をしているのか、予選以降姿を追えませんでした。私の追跡を振り切ることが出来たあたりを加味しても、本人である可能性は十分にあります」

 

 思わず舌打ちをする。

 目的に寄るが、敵対した場合打てる手がかなり限られてくる。

 そもそもどうしてここに現れたのか。何を目的として武道会に出るのか。

 アーチャーの眼を以てしても捉えられず、対応は後手に回るしかない。千里眼でも持っていれば別かもしれないが、生憎アーチャーは千里眼のスキルを持っていない。ネギはここにきて現れた謎の存在に頭を痛めるも、すぐに報告すべきだと判断した。

 

「電話で一報しておくが、直接的な連絡はお前が行ってくれ。盗聴されている可能性がある」

「はい。学園長殿に伝えた後、もう一度足取りを追ってみましょう」

 

 すぐに学園長に電話をし、早朝にも拘らず電話したことを謝罪して報告にアーチャーを向かわせたことを伝える。

 ただ事ではないと思ったのか、学園長はすぐに了解して電話を切った。

 電話は盗聴の危険がある。魔法使い同士で連絡を取り合う場合は念話をすることが多いが、こちらも盗聴の危険性はゼロではない。現段階では真偽が判別できないものの、盗聴している可能性のある超にわざわざ聞かせる必要もない。

 ──超鈴音。

 俺が知っている限りでは学園祭で行動を起こす可能性が高いはずだが、未だ行動を起こさないどころかこれまでの行動そのものが大人しくなっている。

 だが麻帆良武道会を開こうとしている以上、何かしらの行動はしているのだろう。禁止項目に『呪文詠唱の禁止』が入っていることからもそれは明らかだ。

 

「麻帆良武道会にスカサハか……仮に本物だとしたら、なぜ影の国から出てきたんだろうな」

 

 彼女は影の国の女王であり門番。生半な理由で出てくるような存在ではない。そこには確かな理由がある。

 闘争を好むケルトの英雄。

 ならば現れた理由は闘争か……あるいは、誰かと交わした誓約(ゲッシュ)の可能性もある。

 一つ一つ考えるが、やはり情報が少ない。麻帆良武道会に出ることはわかっているのだから、一度見てみるべきだと判断し、すぐに準備を整えて部屋を出た。

 

 

        ●

 

 

 麻帆良武道会は全員が一度目の試合を終え、二回戦へと進んでいた。

 まるで弱者のみを振るい落とすがごとく振り分けされたトーナメント戦で、残ったのは八人。

 タカミチ・T・高畑、桜咲刹那、犬上小太郎、クウネル・サンダース、龍宮真名、古菲、長瀬楓──そしてスカサハ。

 表の実力者も混じってはいるが、ほぼ裏の実力者たちだ。超鈴音の思惑もあってか、残された面々はそうそうたる実力者といえるだろう……あくまでもこの大会に集った中では、となるが。

 

「……どう思う」

「間違いないでしょう。本物です」

 

 アーチャーはスカサハと実際に会ったことがあるわけではない。だが、その動きを見て実力をある程度把握することは出来る。

 具体的にどう判断しているのかはわからないが、彼が言うのなら本物なのだろう。

 手に持つモップは単なる市販品のようだが、刻まれた見慣れない文字を見る限り、おそらくルーンを刻んで強度を上げているのだろう。

 ……というか、正直彼女はいろんな意味でかなり目立っている。

 実力者ということもそうだが、全身タイツで赤目でスタイルのいい女性というだけで目立つ。

 

「試合は……次か」

 

 二回戦最初の試合は龍宮さんと古菲さん。スカサハの試合はその次だ。超さんが警戒している二人をぶつけるとは主催者の権限をうまく利用しているな。

 試合内容に興味が無いとは言わないが、スカサハの対応を考えておかねばならないので見ることは出来ない。アルビレオ・イマと話しておく必要もあるだろう。

 そう考えて選手控室の方へと足を運ぶと、すぐ近くに高畑さんがいた。一応控室は選手以外立ち入り禁止なのだが緊急ということでここは一つ誤魔化してしまうとしよう。超さんにはあまり見つかりたくないがこればかりは仕方ない。

 

「おや、ネギ君。アーチャーさんも連れてどうしたんだい?」

「ちょっと緊急の用事が出来まして。クウネル・サンダースという選手がいるはずですが」

「緊急? ……彼なら開会式の時と一回戦の時以来見ていないね」

 

 ふむ。どこに行ったのやら。と考えていると、背後から声が聞こえた。

 

「こちらにいらしてたんですか、ネギ君。丁度よかった」

「アル──クウネルさん。こちらも丁度話したいことがあったんですよ。高畑さんも出来れば」

「アル!? なんであなたがここに……」

「長々と話す時間はありませんので、手短に話しましょう」

 

 そういえば高畑さんはこの胡散臭い男が麻帆良にいると知らなかったんだったな。その辺の話は追々二人でしてもらうこととして、俺は俺の用件を済ませることにする。

 スカサハの姿は外で確認している。ここなら話が漏れることもないだろう。

 アーチャーの気配察知をすり抜けるのは如何にスカサハとはいえ難しいだろうし、込み入った話をするには都合がいい。

 

「この大会に出ているスカサハという女性についてですが」

「それに関して私も話をしたかったところです」

「僕の対戦相手の? 彼女がどうかしたのかい?」

本物(・・)です。目的は不明なので何とも言えませんが、少なくとも無差別に暴れるような人ではない……はずです」

「歯切れが悪いですね」

「伝承でしか知りませんから。ですが、おそらく実際の実力はアーチャーに匹敵するかそれ以上です」

 

 そう伝えると、二人とも悩ましそうに考え込む。無闇に暴れることはないはずだが、ケルトだからな。

 アーチャーの実力はそれなり以上だとわかってはいるはずだが、その彼に並ぶかあるいは超える実力者だということは想像しにくいのかもしれない。実際に戦っているところを見たことがあるのはエヴァや桜咲さんくらいだしな。

 ……アルビレオ・イマならどこかで覗き見していてもおかしくはないが。

 

「なので、高畑さんは油断も慢心もなく最初から全力で戦ってください」

「ぜ、全力でかい? それはちょっと厳しいんじゃないかな……」

 

 一般人も多く、居合拳は攻撃範囲が広いこともあって全力で戦うには向いていないという。

 そういわれるとそうだな……しかも衆人環視の中で咸卦法を使うのもどうかって話になるし。魔法ばれを防ぐのも俺たちの仕事である以上、下手に動くことは出来ないか。

 ともあれ、様子見するしかないか。

 

「クウネルさん。あなたも気を付けてください。彼女は原初のルーン使いでもあります。どれだけ魔法に長けていてもそれだけでは抑えることは不可能でしょう」

「……どこからそういう情報を手に入れるのか気になるところですが、気を付けましょう。私も死にたくはありませんしね」

 

 クーフーリンもそうだったが、武勇に秀でているうえに魔法魔術に精通している相手など戦いたくはない。

 純粋な武勇でヘラクレスを超える英雄はそうそういないが、出来ることの多さでは負けることもある。というか、クーフーリンだってヘラクレスに負けず劣らずの大英雄だ。その師であるスカサハも言わずもがな。

 もし超一派の差し金なら学園にいる全戦力でようやく差し違えるくらいの覚悟が必要だろう。

 

「……そろそろ時間だね。色々聞いたけど、やはり実際に戦ってみるのが一番だろう。僕がどれだけ食いつけるかはわからないけど、出来る範囲でやってみるよ」

 

 そういって、高畑さんは控室を後にした。

 

 




忙しいのが欠片も変わってないどころか余計に忙しくなってる気さえしますが、生きてるのは生きてるのでそのうちまた更新すると思います。
申し訳ないですが気長に待っていただけると嬉しいです。

一応いろんな鯖が出る見せ場とか考えてるので、早いうちにそこまで書きたいところ……。


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第三十四話

 高畑さんを見送ったあと、俺はアーチャーを伴ってアルビレオと舞台が見える場所へ移動した。

 茶々丸さんがいるから、という訳でもないが、ふとエヴァの姿を探す。多少興味があれば違うかもしれないが、彼女はこの手の騒がしい催し物は苦手だっただろうか。

 ……嫌いということもなかったはずだが、何度も祭りを見ていれば飽きもするかもしれんな。今頃騒がしさに嫌気が差してふて寝をしているかもしれん。

 などと考えていたせいか、ふと視界に金髪の少女が入り込む。反射的に確認すればそこにいたのはエヴァだった。

 

「珍しいですね、貴女がこの手の催し物に興味があるとは思いませんでしたが」

「……ぼーやか。何、お前の使い魔ではないが、変な気配を感じたからな」

「変な気配、と言うと?」

「私とはまた違う、魔性の気配だ」

 

 舞台に上がり、高畑さんと相対する女性──影の国の女王スカサハを見る。同じ不老不死として思うところでもあったのか、その目付きは酷く鋭い。アルビレオにも気付いていないようだし、それほどスカサハのことが気になるのだろう。

 舞台の一角から観戦している身である以上、それほど殺気をまき散らしてはいないようだが……目に余るようであれば抑えつける必要があるかな、これは。周囲もエヴァを避けているようだ。

 ひとまず観戦するうえでアーチャーは大きすぎたので体育座りをすることになった。

 それでも体格的に俺やエヴァよりも目線は上にあるのだが、大分マシになったはずだ。アーチャーの意見も聞く以上、現界しておいたままの方が何かと都合がいい。

 

「さて、高畑さんはどれだけ善戦できるか……」

「ネギ君としては何分持ちこたえられると思いますか?」

「彼女の戦いを直接見ていないのでまだ何とも言えませんが……おおよそ3分も持てばいい方でしょう」

 

 サーヴァントとして現界した状態ですら超級の一角なのだ。生身ならば言わずもがな。

 彼女がどういう目的で現れ、何をしようとしているのかがわからない以上手加減のほども予測できない。

 それでも制限時間一杯戦うということはなかろうさ。その手の嬲るような戦いを、彼女は、ケルトの戦士は好まない。

 

『さぁ、一方は学園内で知らぬ者はいないとされる、言わずと知れた「死の眼鏡(デスメガネ)」高畑選手! 一回戦でもその実力は圧倒的でしたが、どんな試合を見せてくれるのか!

 そしてもう一方は謎の美女スカサハ選手! 予選、本戦ともに市販のモップを手に戦い、相対する人全員を薙ぎ払っているその実力は如何に!』

 

 朝倉さんの声が会場内に響く。熱狂に浮かされているこの会場の中で、どれほどの人間がスカサハのことを正しく認識しているのだろうか。

 被害は出ないと思うが……出ないことを祈るか。

 

『トトカルチョは高畑選手優位! 底の見えない強さを誇るスカサハ選手も人気はあるようですが、やはりここは高畑選手の方が人気があるようです!』

 

 ちらりとアルビレオを見る。

 いい笑顔でグッとサムズアップされた。

 あれは賭けてるな。それもスカサハの方に。

 

『それでは皆さまお待たせしました! 二回戦第二試合、Fight!!』

 

 ──それは、まさしく一瞬だった。

 

『……え?』

 

 思わずといった様子で朝倉さんの声がこぼれる。

 

「視えましたか、今の」

「何とか。凄まじい速度ですね……」

「タカミチ君の居合い拳を弾いて、それから一瞬で距離を詰めています。あの速度は正直ナギやラカンでも追いつけないでしょう」

 

 試合が始まった瞬間に居合い拳で牽制した高畑さんと、それを弾いて縮地で距離を詰めて彼を横薙ぎにモップを振るい吹き飛ばしたスカサハ。

 速度は確かに驚異的だが、ガードが間に合っていたようだし気絶しているということもあるまい。

 

『な、なんと! 謎の美女スカサハ選手があっという間に高畑選手を吹き飛ばしたーッ! こ、これは予想外です。これほどに強いとは誰が予想したでしょうか!?』

 

 客席まで吹き飛んでいないあたり、手加減はしているのだろう。

 水煙が晴れる前に瞬動で舞台へと移動する高畑さんを視界に入れつつ、モップを再度構えて迫りくる居合い拳をことごとく弾いているスカサハを見つめる。

 これはやはり無理だな。高畑さんの持つカードじゃ太刀打ちできない。

 居合い拳の間合いでも完全にあしらわれているし、居合拳が使えないほどの近距離で戦うのは無謀に過ぎる。

 やはり咸卦法を──と考えた瞬間、スカサハの声がわずかに耳に届いた。

 

「──期待外れだな。少しは出来ると期待したものだが、儂の見込み違いだったようだ」

 

 踏み込みと同時に一閃。スカサハのモップは吸い込まれるように高畑さんの側頭部へと直撃し、意識を飛ばした。

 高畑さんだって相当なタフネスさを持ってるはずだが、ああも容易く意識を落とすとは……。

 

「……いえ、一撃ではありません。三回当てています」

「頭部は一撃ですが、その直前に胴体に二撃当てて意識を逸らし、防御を疎かにしたところで意識を落としていますね」

 

 アルビレオとアーチャーが続けて解説する。頭部への一撃は見えたが、その直前に二発入れていたのか。

 意識の隙間を縫うように攻撃し、流れるように落とすとは。

 スカサハの強さの一端を目の当たりにしたせいか、アーチャーが少しばかりそわそわしている。

 

「……機会があれば戦うかもしれないが、周りに配慮はしてくれよ」

「ええ、はい。もちろんわかっていますとも」

 

 ……いや、まぁ、うん。わかっていればいいのだが。

 

 

        ●

 

 

 気絶して敗北、その後医務室へと運ばれた高畑さんは、それほど間をおかずに意識を取り戻した。

 

「いやぁ、完敗だったね」

「でしょうね」

 

 時間にして一分もなかった。

 笑いながら完敗だったという高畑さんは、見た目はそれほど気にしていないようだが……シーツに隠れて見えない左拳には随分と力が入っているようだ。

 無様と言えば無様。相手が悪かったなど何の慰めにもなるまいよ。

 それに、ああも一方的にやられてへらへらしているようでは男が廃るというもの。

 悔しさを胸に、次につなげられるなら敗北にも意味はある。

 

「……そういえば、アルは?」

「エヴァに見つかって詰問されてます」

 

 あのピリピリした状態でも、横でぺらぺら喋っていればそりゃあ気付く。

 話が長くなりそうだったので置いてきた。そのうちこっちに来るだろう。

 アーチャーが持ってきてくれた椅子に座りつつ、簡易型の人払いの結界を張って会話が漏れないように配慮する。

 

「どうでしたか、英雄の中でも超一流の戦士と戦った気分は」

「……正直、あそこまで凄まじいとは思っていなかったよ。この年になって手も足も出なかったことなんて、流石になかったからね」

 

 だろうな、と思う。

 高畑さんの実力は既に世界有数のレベルだ。ああも簡単にやられるのは本当に相手が悪かったとしかいいようが無い。

 『完全なる世界』の幹部と渡り合える程度には強いはずなんだが……そう考えると、スカサハ一人であの組織を全滅させることも可能なのか。

 ……あちら側に超級サーヴァントがいなければ。

 ヘラクレスと渡り合えるレベルのサーヴァントなどそうそういないが……ギルガメッシュを筆頭にオジマンディアス、カルナ、アルジュナあたりか。全力を出させるとまずいサーヴァントばかりだな。

 

「ともあれ、彼女がどれほど強いかというのは身をもって知ったでしょう」

「嫌というほどにね。それで、これからどうするんだい?」

「どうにかして接触を図るしかないでしょう。彼女が何をしようとしているのか知らなければ、おちおち学園祭を楽しむことも出来ません」

「そうだね。じゃあ、まずは──」

「それは不要です、ネギ先生、高畑先生」

 

 簡易型の人払いを抜け、医務室に現れたのはザジさんだった。

 高畑先生はびっくりしたような、鳩が豆鉄砲を食ったような顔でザジさんを見ている。

 ここまで気配を感じさせず近づかれるとは……俺もなまったか、思い上がっていたかのどちらかだな。

 どちらにせよ、感情を顔に出さず声をかける。

 

「あまり人前に出ない方が良かったのでは?」

「そうも言っていられる状況では無くなりました」

 

 フード付きのコートを着ている彼女は、どことなく焦った様子で口を開く。

 

「スカサハは私が呼び出しました。我らの祖先と結んだ誓約(ゲッシュ)によるものです」

「なるほど……それなら彼女が現れるのも納得できる」

 

 ケルトの戦士にとって、誓約(ゲッシュ)とは何より重い誓いだ。スカサハが破ることはまずないと言っていいだろう。

 だが、彼女と結べるような誓約(ゲッシュ)とは……。

 

「いえ、それは今はいいのです。関係ありません。重要なのはあなたです、ネギ先生」

「僕ですか?」

「はい。気を付けてください。私が何より気に賭けているのは、超一派の未来がこちらの計算をことごとく上回っていることです」

 

 計算に常に看過できない誤差が発生し続けていると、彼女はいつもの冷静さが嘘のように言葉をまくしたてている。

 彼女がここまで焦るとなると、確かなことなのだろう。何かの間違いではなさそうだ。

 だが、一体何故今になってそんなことが……。

 

「わかりません……時間的には昨日の夕刻ごろからです。そちらでは何かありませんでしたか?」

「昨日の夕刻……いえ、これと言って何か起こったとは記憶していませんが」

 

 何か起きているならアーチャーは元より、麻帆良の教職員たちも気付くはずだ。そちらで把握できていないのであれば、こちらでわかることは何もない。

 高畑さんも、あまり話にはついていけてない顔だが……何か起きていなかったか記憶をたどっているようだ。

 

「何か覚えはありますか、高畑さん」

「いや……僕の方でも何か起きたとは聞いてないよ」

 

 そもそも、未来を計算していると言っても方法がわからない以上、それに干渉できる可能性などこちらでは提示できない。

 魔族の秘奥なのかもしれないが、情報の一端でも開示してほしいものだが。

 

「……いえ、そうですね。協力者として情報を共有するのは重要事項です」

「では、多少なりとも情報は開示できると?」

「はい……ですが、出来ればネギ先生一人にして欲しいのですが」

 

 ちらりと高畑先生の方を見ながら、彼女はそういう。

 高畑先生と視線を合わせ、どちらからともなく頷いて俺は部屋を出る。人目につかない場所、かつ盗聴や盗撮がされていないか入念に確認して、最後に結界を張っておく。

 厳重に過ぎるということはない。どこから情報が漏れるともわからない以上、知る者は少ない方がいい。

 アーチャーが知るのは仕方ないが、彼の口を割らせて情報を開示させることは俺から聞きだすより困難だろう。

 

「では、お話します──魔族が未来観測を行えている理由を」

 

 それは、驚愕の事実だった。

 

「魔族では疑似地球環境モデル・カルデアスと呼ばれる小さな地球儀のようなものを使用して、この星の疑似環境を構築しています。このカルデアスを使用し、疑似環境を構築することで過去現在未来における地球の状態──様々な可能性を観測可能とします。我々魔族の住む金星、魔法世界の存在する火星のものも存在しますが、こちらも同様なので説明は省きます。

 そして近未来観測レンズ・シバ──先程お話したカルデアスを観測するための望遠鏡のようなものです。

 これらの計算を霊子演算装置・トリスメギストスと呼ばれる装置で行い、導き出した値が我々の言う『未来』なのです」




聖杯戦争は起きないと言ったな。あれは本当だ(人理定礎が崩壊しないとは言ってない)



果てしなく関係ない余談ですが、内定ってどうやったらもらえるんですかね…(就活終わらない勢)


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第三十五話

FGOの水着イベント、ちょっと塩辛いですね。
まぁ私はネロの水着Verが手に入っただけで満足して夏を終えられるのですが。


 

 疑似地球環境モデル・カルデアス。

 近未来観測レンズ・シバ。

 霊子演算装置トリスメギストス。

 これらを利用した局地的未来予知。それが、魔族の持つ『未来観測』の手法。

 ──未来を取り戻す物語。グランドオーダー。七つの特異点を巡る戦い。

 それらの言葉が煩雑に脳裏をよぎる。まさか、と思わず思考にふける。

 あり得ない、と言い切ることは出来ない。事実として魔族にそれらの装置があるのなら、可能性はゼロではないのだ。

 思考が雑になってきたところで切り上げる。どこまで考えても俺一人では確認することすら出来ない以上、目の前の人物に聞くしかあるまい。

 

「──以上が、魔族における『未来観測』の手法です」

「……一つ、質問をいいですか?」

「どうぞ」

「魔族は未来を観測する手法を持つ訳ですが……それは同時に過去の観測も可能とするのですか?」

「……原理的には可能です」

「では、過去への時間旅行(・・・・・・・・)は可能ですか?」

「────」

 

 ザジさんは驚きに目を見開く。普段無表情で感情が読み取れないだけに新鮮な反応だが、今はそういうことを考えている場合ではない。

 こうして反応したということは、即ち魔族にその手の技術あるいは構想があると見てもいいだろう。

 過去、未来を観測することが出来るのならば、そこに介入してより良い未来を勝ち取ることを良しとする可能性を、決して否定することは出来ない。

 

「……現段階では構想にすぎませんが、もしも全ての種族の命運──あえてここでは人理と称しますが──人理を何らかの方法で脅かされた場合のカウンターとして、過去への介入を可能とする手段を模索しています」

 

 十分にあり得る話だ。

 これだけ深いところまで知っているということは、ザジさんは魔族の中でも特に重鎮といえる立ち位置なのだろう。そうでもなければここまではっきりと断言できないはずだ。

 だが、現段階では不可能でも今後可能となるかもしれない……か。

 ……まさかとは思うが、超鈴音がこの時代にやってきた理由は──。

 

「……いや、まだ情報が足りないか」

 

 何を判断するにも未だ情報が不足している。どうにかして超さんの情報を集めておきたい。

 この大会を開いた理由も、ここで何をしようとしているのかも、何故ザジさんを警戒しているのかも、何もわからないのだから。

 ひとまずスカサハについての懸念は消えたのだ。ここからは超さんについて本腰を入れて調べることになるだろう。……何せ、俺自身も何故彼女を警戒すべきなのかわかっていない。

 ただ、この大会やザジさんが警戒していることを根拠にしているだけだ。

 こんな理由でも動いているのは、ひとえにあの手の策略家に先手を取らせると碌なことが無いと知っているからだが。

 

「この大会の後にでも仕掛けてみましょう。何か情報が掴めればよし、掴めなくても牽制にはなるはずです」

「……確かに、このままあちらが好きなように動く状況にしておくのも不都合ですね。私は私で別口から調べてみます。監視されている私よりも先生の方が動きやすいでしょう」

「ただで放置するとは思えませんがね……アーチャーの存在を隠しているわけではないのですから、どこかから情報が漏れて警戒されていてもおかしくはありません」

 

 だが、俺一人を監視するならまだしもアーチャーの監視など無理だろう。

 俺と同じようにサーヴァントでもいない限り……それも、アーチャーに気付かれない範囲で監視できるほど上位のサーヴァントという制限付きだ。一部のアサシンならば不可能でもないだろうが、アーチャーでも対処できないなら考えるだけ無駄と言えよう。

 

「まずは先手を打つところから、ですね」

 

 

        ●

 

 

「で、何やってるんですかあなたたちは」

 

 フードを被り直してどこかへ行ったザジさんを尻目に俺は観客席で未だに騒いでいるアルビレオ・イマとエヴァを見つける。……しかし、ザジさんが被っていたフード、いやに気配が薄くなったように感じたが……あれも一種の魔法道具だろうか。

 まぁそれは今はいい。エヴァたちのことだ。

 

「この腐れ外道、今の今まで私に姿を見せなかった理由を言ってみろ!」

「ははは嫌ですねキティ。別に悪意があって姿を見せなかったわけでも無いんですよ? 悪戯心はありましたが」

「ええいこの……! だから貴様は嫌いなんだ!」

 

 胸倉を掴んでキレているエヴァを宥めながら引きはがし、俺はアルビレオ・イマへと言葉をかける。

 

「スカサハのことですが、あちらについては片がつきました。後ほど詳しく説明しますが、今は放置で構いません」

「……なるほど、何か進展があったようですね」

「ええ、ちょっとばかり面倒な話ではありましたが……それより」

 

 二回戦が全て終わり、ハイライトがスクリーンに映し出されている。

 これは駄目だ(・・・)

 魔法の秘匿を第一と考えるなら、この行為は麻帆良に敵対することを示す。幸いにも一回戦、二回戦ともにそれほど魔法を使用した戦闘はなかったようだが……そうでなくても裏関係者の戦闘は一般人には刺激が強い。

 というか、一番魔法を使ったと思われるのは目の前にいるアルビレオ・イマ(クウネル・サンダース)なのだが。

 長瀬さんとの一戦で派手に戦ったらしく、重力魔法まで使っている。

 

「あれは少々問題ですね」

「フフ……しかしまぁ、何とかなるでしょう。あの程度なら麻帆良側も気付いていますし、情報操作もお手のものですよ」

 

 胡散臭い男の言葉に思わずため息を吐く。羽交い絞めをしていたエヴァを離し、まっすぐに見据えて。

 

「何とかなる、などと言うのは彼女らに対する侮辱ですよ。格下が何をしようと無駄だと言わんばかりの傲慢です──何をしようとしているのかは知りませんが、彼女らの努力そのものを否定する意味はない」

 

 超さんたちは超さんたちで努力を重ねてきたのだろう。その果てに今こうして行動している。

 それを上から目線で「このくらいなら何とかなる」──などと。

 努力をしたものには真摯であるべきだ。たとえそれが間違った方向であろうとも、努力したことそのものは決して蔑まれるようなことではない。

 

「……なるほど。つくづくあなたはナギとは正反対の性格をしている」

「どうだかな。方向性が違うだけでどっちも大馬鹿だろうよ」

 

 フン、と鼻を鳴らすエヴァと昔を思い出すかのように薄く笑うアルビレオ。

 どちらも同じ人物を脳内で描いているのだろうが、印象は全くの別者らしい。エヴァに関しては多少なり脚色されている可能性もあるが。

 

「最後まで見ていきたいところですが、余り悠長にしている暇もなさそうですから、僕はこれで」

「ああ、何かやるなら後で話を聞こう」

「では私もその時に」

「貴様にはもっと重要なことを話して貰わねばならんのだがな……!」

 

 額に青筋を浮かべて睨むエヴァを尻目に、俺はアーチャーに指示を出して会場を出た。

 

 

        ●

 

 

「兄貴、遅かったっすね」

「ああ、ごめんねカモ君。仕事任せっぱなしにしちゃって」

「学園長からの連絡受け取るだけの留守番ですし、別に大したことはありませんぜ」

 

 自室に戻った俺は、煙草を吸いながら笑うカモ君に近くの屋台で買ってきたタコ焼きを渡す。

 昼食はまだのはずだし、これは差し入れだ。クラスの皆がそれぞれクラブで出し物もやっている以上、そちらにも時間を割かねばならない。教師として自身に課した義務のようなものだ。

 早速開けて一つ頬張っているカモ君が、思いだしたかのように言う。

 

「連絡をメモしたもんが机の上にあるんで、学園長からの連絡はそっちを見てくだせぇ」

「わかったよ」

 

 メモ帳には『現在ではどうにかすることは出来ないから監視に留める』と書かれてある。

 スカサハに関しての対応を頼んでいたが、あっちはあっちでもう解決してしまったからな……動かないわけにもいかなかった以上、行動は最善だったと思っている。

 超鈴音というより大きな面倒の種が出てきてしまったが、これはもう仕方がない。

 あちらこちらに手を回していたようだし、事前準備に気付けなかったこちらの落ち度だろう。

 

「またちょっと出掛けるけど、カモ君はどうする?」

「んん……そっすねぇ。俺っちとしちゃここにいるのも暇なんでどっか行きたいんですが」

「この後クラスの子のライブに行く予定なんだけど、ついてくるかい?」

「いいっすね! 俺っちもお供しますよ」

 

 急いでタコ焼きを食べつくして俺の方に乗るカモ君。ま、ここ最近は余り構ってやれなかったのもあるし、これくらいは構うまい。下手なことをしようとすればまた折檻するだけだ。

 流石に懲りたとは思うが。

 

「そういや、アーチャーの兄貴はどこにいったんでさ?」

「超さんの監視だよ。昼には武道会も終わるだろうけど、こっちもこっちで処理すべき案件はあるからね」

 

 学園長に一度は報告した以上、経過も報告する義務がある。ザジさんのことは話せないから上手いこと誤魔化さねばならないのだが……どうしたものか。俺はその手の嘘というか、工作が苦手なんだよな。

 混乱が起きないように根回しはしておくべきだが、どうしたものか……。

 ……うむ。やはり一度は学園長のところに顔を出しておくべきか。超さんと敵対している誰かが呼び寄せた、とでも言っておこう。本人とは接触していないが、アーチャーとザジさんを通して連絡をつけるしかない。

 そうと決まれば善は急げだ。

 カモ君に寄り道すると詫びながら学園長室へと向かい、手早く先程考えていたことを報告する。

 

「ふーむ……影の国の女王と呼びだした何者か、それに敵対している超君、のぅ……」

 

 お茶を飲みながら、やや呑気とも言えるほど学園長は楽観的に呟いている。

 スカサハはまだしも、超さんのことはあまり重要視していないらしい。

 

「少なくともサーヴァントでは……アーチャー君と同じ存在ではないんじゃな?」

「ええ、それは確実です。彼女は不死であるが故にサーヴァントとして呼び出されることはありません」

 

 人理焼却によって影の国も丸ごと焼き尽くされるような事態にならない限り、彼女は英霊の座に登録されないのだ。アヴァロンに引き籠ったマーリンも同じようなものか。

 

「厄介なもんじゃが……まぁ、君がそういうならそうなのじゃろう。信用しとるからな?」

 

 釘をさすようにこちらをちらりと見る学園長。

 そんな目をせずとも裏切る真似はしないというに。

 ……何故そんなことを知っていると聞かれたら答えられないのがつらいところではあるが。

 

「ちなみに、アーチャー君は今どこにおるんじゃ?」

「超さんへの牽制をしに。場合によっては捕縛まで命じてあります」

 

 完全に敵対行動と判断出来た場合のみ、ではあるがな。それでも何かしらの証拠は出てくるだろう。

 学園長も武道会で超の取った行動を聞いているのか、しかめっ面ではあるものの、俺の行動をとがめることはなかった。

 ……今思えば、先に学園長に指示を仰ぐべきだったな。勝手な行動は組織の和を乱すだけだ。そのあたりは今後のために反省するとしよう。

 

「ま、何かあってもアーチャー君なら失敗することはなかろうて」

 

 

        ◆

 

 

 ──アーチャーは文字通り超鈴音を追いつめていた。

 下水道内の不審な部屋を見つけ、そこから潜入した先には無数のロボットが置かれていた。そこから更に奥、妙に自然あふれる地下室の一角に、超鈴音と葉加瀬聡美がいた。

 抵抗のために向かわせたロボットたちはことごとく破壊され、最早ただのガラクタとしかいいようが無い状態であった。

 

「……まさかここまでとはネ。防衛システムに反応が無いからアサシンかと思たヨ」

 

 その言葉に、アーチャーはぴくりと反応する。

 サーヴァントのクラス、システムを把握しているかのような台詞。ネギにはアーチャー自身が説明したし、過去にもサーヴァント召喚の事例はあったと聞いている。

 つまり、そういうこと(・・・・・・)か。

 

「──セイバー!」

 

 超の掛け声と共に背後から襲い来る斬撃。

 アーチャーはそれを振り返りながら見切って避け、その姿を見る。

 和装の女性だ。右手に長刀、左手は腰に二本ある短刀にかけられており、いつでも抜ける構えをしている。

 が、特徴的なのは顔から喉までを覆うぐるぐる巻きの包帯だろう。まるで顔を隠すようにして巻かれているその隙間から、射殺さんばかりの眼光が覗いている。

 

「……随分と厄介な状況のようだな」

「まったくだヨ。隙が全くなくて困ってたところネ」

「私とて長くは持たんぞ」

「一瞬あれば十分。合流は例の場所で頼むヨ」

 

 承知した、とばかりに左手に短刀を構える。

 この距離で弓は扱いにくいと判断したのか、アーチャーは素手で拳を握って構える。一瞬でも隙があれば超と葉加瀬を取り押さえられるように、視野は広く腰を落とす。

 

「────」

「────」

 

 合図をしたわけではない。

 だが、二人のサーヴァントは同時に動いていた。

 無数の斬撃がアーチャーを襲い、アーチャーは慌てることなくその斬撃を見切る。大丈夫だ(・・・・)と。

 斬撃をものともせずに拳を振るう姿に虚を突かれたのか、セイバーと呼ばれた少女はあっけなく吹き飛ばされる。いや、自分で後ろへと跳んで衝撃を逃がしていた。

 その一瞬の攻防の合間に、超と葉加瀬は消えていた。

 アーチャーは近くの気配を探るも、どこにも姿はなく気配はない。瞬間移動か、それに近い何かで移動されたのだと判断し、目の前のサーヴァントへと再度視線を向ける。

 

「──やはり、強いな」

 

 衝撃を逃がし、受け身もしっかり取っていたセイバーはほぼノーダメージ。

 せめて彼女を倒すか捕縛するかしてネギへ報告すべきだと判断したアーチャーは拳を構えるが、セイバーは逆に刀を鞘へ納めた。

 

「……何の真似ですか?」

取引をしよう(・・・・・・)ヘラクレス(・・・・・)

 

 至って真面目に、彼女は口を開いた。

 

 




このセイバーは一体誰なんだー(棒)


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