緋弾のアリア 残念な武偵 (ぽむむ@9)
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がーる・みーつ・ぴんくがーる
第1話 わたしはぶていです


第1話です。
主人公がうまく書けているか不安です。


ぴりりりりり…。

少し大きめな、目覚ましの音。

けれども部屋の外までは届かないくらいの、そんな音が鳴り響きます。

 

「うぅん…」

 

しばらく音を聞いていると…なんだか音に慣れて、また眠くなってしまいそう。

 

…でも、起きなきゃ…。

私は学生の身。

二度寝してしまえば遅刻確定です。

そんな未来はイヤなので、仕方なく。

私は夢の世界から現実に引き戻されます。

 

「…ふぁぁ……」

 

あくびを1つ。

未だ鳴り響く目覚ましを止めます。

ぐぅー、と背を伸ばすと、少しづつ意識がハッキリしてきました。

春の陽気は暖かく、寝起き特有の身体の重さはすぐに霧散していきます。

 

…今日は始業式。

つまり、昨日までの春休みは終わりです。

がんばれ、と自分を鼓舞して。

もう一度緩めに伸びをすると、もそり、とベッドから這い出て。

ゆったりと準備を始めます。

 

…今日から2年生。

不安半分、期待半分。

朝から少しアンニュイな気分。

学校に行くのが少しだけ気怠く感じます。

 

…ああ、そうだ。

後であの人にも声をかけておこう。

不本意ながらもルームメイトなわけですし。

 

学校に行くために、身だしなみを整えていきます。

鏡の前に立って、自分の姿を改めて確認。

 

身長139cmの小さな体躯。

絶壁に近い胸回り、すとんと落ちていきそうなくらい平坦な腰回り。

黒に近いくらいの焦げ茶色で、腰ほどまで届く長めの髪。

眠そうに垂れ眼を半開きにしている…寝間着の女の子。

こんな高校生とは思えない少女が、私。

 

相変わらず小学生から成長のカケラもない自分に嘆息しつつ。

今日から新学期、当然登校日なので制服に着替えていきます。

 

制服なんて簡単な造りで。

シャツに腕を通し。

赤いスカートを腰に巻き。

ネクタイを締めればそれだけです。

そして、制服の上から『背面ホルスター』を取り付け。

『拳銃』をしっかりと固定して装着します。

もう一つの『武装』は…今日は始業式なので置いていきましょう。

 

長い髪を櫛で梳かして、寝癖を整えて。

邪魔にならないように、軽くポニーテールに結って。

部屋の外に出て、顔を軽く洗います。

これで私の朝の準備は完了です。

 

私はそのまま、ルームメイトの部屋の前まで向かいます。

 

コン、コン。

少し軽めにドアをノック。

 

…返事がありません。

まだ寝ているようです。

 

…あの人は、無理に起こすと怒っちゃうタイプなのかな。

それとも、放っておいたら寝過ごしてしまう方なのでしょうか?

一緒に住み始めて日は浅く、未だルームメイトの性格が掴み切れていません。

…まぁ、まだ時間はありますし。

もう少し後に声を掛けなおしましょう。

そう決めた私は、朝ごはんの準備を始めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

じゅぅじゅぅ。

プライパンの上で卵を熱していきます。

ある程度固まれば塩胡椒を振り、味を調えて。

朝の定番、目玉焼きの完成です。

お皿にベーコンと一緒に盛り付けて。

昨日作り置いたサラダを冷蔵庫から出して。

白いご飯を並べれば、それっぽい手抜き朝ごはんの出来上がりです。

2人分、テーブルに並べます。

 

「…おはよう」

 

並べ終わったあたりで、リビングに響くぶっきらぼうな声。

ルームメイトさんが起きてきたみたいです。

慣れていない私は、軽く驚いて固まってしまいます。

 

……少しの空白、約3秒。

へ、返事をしなくては。

 

「…わ、えっと、お、おはようございます…」

 

吃りながら出した声は、情けない小声。

それを聞いた()もまた、口を閉ざしてしまいます。

 

「…………」

「…………」

 

またも沈黙、今度は10秒。

まるでお通夜みたいな重い空気。

段々耐えられなくなってきました。

 

「…茅間(かやま)

「は、はひっ!?」

 

無気力そうな、しかし不満そうな表情。

そんな彼が、なんだかドンヨリした声で声を発したもんだから。

私もおっかなびっくり、声が裏返ってしまいました。

 

「どうして、こうなっちまったんだろうな…」

 

彼は嘆きます。

 

「…それは……」

「………」

 

私だって、嘆きたくなってしまうその問い。

私もドンヨリ、返しました。

 

「…できれば私も遠慮したかったですよ。遠山君…」

 

私、茅間(かやま)詩穂(しほ)は少しだけ不運みたいで。

なんで女である私が男である彼と屋根を共にしているか。

普通に考えれば倫理的に超アウト。

それでも私の貞操が無事なのはある意味幸運なのでしょう。

彼が、()()()だから。

 

そんな不運な大事件。

起こったのは、3日ほど前。

春休みも終盤になった頃。

語れば長くなるので割愛しますが、とても簡単に振り返るなら。

 

私は女子寮の自室を、なんと学校の()()に理不尽に追い出され。

どこに住めばいいか尋ねれば、なんと男子寮の1人部屋を紹介され。

その部屋に住む彼…遠山(とおやま)君を全力で説得し。

彼の出す条件を全て承諾し。

泣く泣く居候することに。

 

…我ながら、とんでもない理不尽に遭ったものです。

事故と言い換えてもいいかもしれません。

しかし…この学校の教師には逆らえません。

普通の学校とは、少し違う理由で逆らえないのです。

 

 

 

 

 

 

 

目の前の彼が席に着くのを見てから、私も遅れて席に着きます。

 

「…いただきます」

「……い、いただきます」

 

不運な私と、理不尽に巻き込まれてしまった彼。

2人、ドンヨリとした空気の中。

朝食をゆったりを頂きます。

 

目の前で、私と同じ学校の制服を着て目玉焼きを頬張る彼は。

遠山(とおやま)金次(きんじ)君。

ぶっきらぼうな物言い、少し…根暗というか、ダウナーな雰囲気。

寝不足みたいな切れ目の目元、それでも整っている印象を受ける相好。

私の居候を渋々承諾してくれた彼は。

噂によると…どうやらとても『女嫌い』だそう。

…しかし、彼の噂はそれ以外もよく聞きますが…。

 

私がこの部屋に居候するにあたり、遠山君は条件を出しました。

彼の出した条件とは。

不必要に話かけないこと。

遠山君の部屋に許可なく絶対に入らないこと。

そして、必要以上に触れないこと。

この3つでした。

…女嫌い、というのが強く伝わってくる条件です。

 

最初は全力で同居を断っていた彼でしたが。

教師の理不尽という事情を話す内に酷く同情してくれて。

条件付で、とうとう同居の許可を出してくれました。

そして男子寮の寮長さんにも事情を説明し、私の転居は確定。

幸い荷物は少なかったので引越しは楽でしたが…。

 

そんな理不尽な3日前のことを思い出しつつ、朝食は静かに進みます…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…ピン、ポーン…。

 

食事も終わり、後は登校するだけの小時間。

お皿洗わなきゃな…なんて思いながら、しかしお皿を片付けるのを面倒くさがって。

テーブルに座り少しまったりしていると。

どこか遠慮したような、慎ましい雰囲気のドアチャイムが鳴りました。

 

「?……どなたでしょうか?」

 

何故か目を見開いている遠山君を横目に、立ち上がろうとすると。

 

「待てっ!」

「は、はいっ!」

 

強めに制止する遠山君の声。

余りに迫真の声に驚き、硬直してしまいます。

立ち上がる途中のポーズで止まったままでいると。

遠山君の静かに緊張した声が耳に届きます。

 

「…茅間は自分の部屋で待っててくれ…」

「はい…?」

「いいから…っ!」

 

これから戦争でも始まるのか、というくらいの鋭い声。

私は言われるがままに、静かに、しかしスピーディに部屋に戻ります。

部屋のドアを閉じる際、遠山君が警戒するような()()()で玄関に向かう所が見えました。

 

…一体、急にどうしたのでしょうか?

私がここに住むことは寮長さんにも伝えてあるので、私が隠れる意味は薄い気がします。

何より彼の放つ緊張感というか何というか。

『ヤバい!』といった風な彼の表情。

そんなヤバい来客が朝から来るとは思えませんが…。

しかしながら、そんなヤバい事も起きる可能性があるのも『この学校』の特徴なのでしょう。

 

何にせよ、気になりますね。

遠山君には少し申し訳ないですが、少しだけ盗み聞きさせてもらいましょう。

 

私はいそいそと、壁に耳を当てました。

この男子寮は、女子寮に比べやたらと壁が薄い造りです。

悲しい男女差別に心を痛めながら、耳を澄ませます。

 

「あー、わかったわかった…!」

「お…おじゃまします」

 

会話が聞こえてきました。

遠山君の諦めたような声と。

…女の人でしょうか?

透き通った、なんだか柔らかい印象を受ける声。

なんとなく聞いたことがあるような声です。

 

…え、女性!?

『女嫌い』の彼の家に、朝から女性…??

私の混乱を置いて、会話は続いて行きます。

 

「で、何をしに…」

「ねぇキンちゃん?」

 

その女性の声が遠山君のセリフをぶった切ります。

割と、強めの口調で。

どこか温度を感じない声で。

 

…キンちゃん?

あぁ、遠山()次だからキンちゃんですかね…?

仲の良い関係の方なのでしょうか。

それなら異性の部屋に朝から来ることも頷けます。

 

「どうして朝食のお皿が2人分あるの?」

「うっ…。そ、それは、だな…友達が…さっきまで来てて…」

「お友達…?キンちゃんに…?ふーん…」

 

女の人の少し低い声に、遠山君は何故か誤魔化し始めます。

…な、なんとなく展開が読めてきました…。

 

「キンちゃんは、あんまり料理は得意じゃなかったよね?」

「いや、これは…と、友達が作ってだな」

「部屋もいつもより、なんだか片付いてるね」

 

女の人の声が、更に低く、低く…地を這うように低くなっていきます。

ぞくり。

せ、背筋に悪寒が…。

生命の危機を感じます…!?

 

「玄関に、見慣れない靴があったよ?その『お友達』、まだこの部屋の中にいるんじゃないかな…?」

「お、落ち着け…」

 

 

 

 

 

 

 

「……………ねぇ、どういうこと?」

 

 

 

 

 

 

 

 

や、ヤンデレさんでした…!

まさかこんな始業式の朝に、とんでもないことに巻き込まれている予感です。

余りの恐怖に、ダラダラと冷や汗が止まりません。

 

ここにきて、遠山君の女嫌いの理由をなんとなく推察します。

もしかして遠山君、このヤンデレさんから人を遠ざけるために女嫌いを演じて…!?

そしてノコノコとこの部屋に住んでしまった私…。

このままだと、見ず知らずのヤンデレな女に()られてしまいます…!

 

「白雪っ!遅刻したらまずいから先に行っててくれ!俺はメールをチェックしてから行く!さぁ行くんだ!」

「え?え?キンちゃん?」

 

ドタドタドタ…。

遠山君が無理矢理に話題転換。

続いて焦ったような女の人の声。

2人の声が遠ざかっていき…。

 

バタン!と玄関のドアの閉まる音が聞こえました。

…どうやら危機は、一旦去ったようです…。

あの時、ドアチャイムに出てしまっていたら。

この部屋に隠れていなかったら。

遠山君が機転を利かして彼女を追い返してくれなかったら。

…1歩間違えたらこの世にはいなかったかも…。

 

 

 

 

 

白雪。

(おそらく)私の(タマ)を獲ろうとした人物。

彼女は確かに、白雪と呼ばれていました。

白雪…。

記憶間違いでなければ、おそらく。

生徒会長、星伽(ほとぎ)白雪(しらゆき)さんではないでしょうか。

聞いたことのある声なのも納得です。

遠山君…想像以上にとんでもない爆弾を持っていましたね…。

私も今後、この部屋の生活にも危機感を抱いた方がいいのかもしれません。

…いや、元の女子寮に戻れるのが一番なんですけれど。

 

コン、コン。

ドアがノックされます。

開くと、酷く疲れた表情の遠山君。

 

「茅間、待たせたな。客は帰った」

「……はい、わかり、ました…」

 

何はともあれ。

…怖かったです。

 

 

 

 

 

 

メールをチェックする遠山君を横目に。

私は…朝の星伽白雪さん事件の元凶の一つであるお皿を洗いながら。

 

うーん、遠山君に星伽さんの事を聞くべきなのでしょうか…。

でも正直巻き込まれたくないですし…。

うーん……。

 

なんて、そんな事を考えていました。

しかし結局私のコミュ障な部分が邪魔して、何も口を開けなかったまま時は過ぎ。

 

ふと時計を見ると8時ちょうど。

 

…ところで、大した話ではありませんが。

私たちが学校へ向かうには、バス通学が最も手軽で簡単です。

男子寮付近から出ているバスの中で、始業に間に合う最終ラインは7時58分発のバスです。

 

もう一度時計を見ます。

8時1分。

 

…あれ?

もしかして。

 

「と、遠山君!遅刻ですーっ!!」




以上です。
読了感謝です。

感想・批判等をお待ちしております。







※追記
誠に勝手ながら、大幅な加筆・修正を行いました。
ご容赦願います。

2018年 5/10


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第2話 であいはとうとつです

第2話です。
今回は原作ヒロインが登場します。

それでは、拙い文章ですがどうぞ。


「くそっ…!どうしてっ…!こうなるんだよっ…!」

「うぅ、ごめんなさい…」

 

当然ながら、バスには乗り遅れてしまいました。

となれば残る手段は自転車通学。

…でも残念ながら、私の自転車は女子寮に置き去りでした。

 

そして話し合った結果…。

やたら嫌がる遠山君を全力で説得して。

ママチャリの後ろの荷台に、2人乗りさせてもらっています。

 

「坂道っ……!」

「ごめんなさいぃ…」

 

謝ることしか出来ない私を乗せ。

遠山君はキツそうに声を上げながらペダルを踏み続けます。

 

…坂道は私が降りたほうが早いのでは?

という考えがふと頭によぎります。

でも何だか律儀に頑張っていただいてるので言わないことにしました。

 

…いえ、別に少しでも楽したいわけではありませんよ?

 

「うぐっ…!重い…!」

「………ごめんなさい……」

 

心が折れる音が、自分の心臓から聞こえました。

『重い』は正直グサッと来ます。

しかし…乗せてもらっている手前、何も文句は言えません。

 

…ところで。

気にしないように努めていましたが。

2人乗りということは、私は遠山君に後ろから抱き着いている形になります。

…これはかなり恥ずかしいです。

とはいえ、しっかりと腕を回しておかないと落ちてしまいます。

 

…遠山君が提示した条件の一つに、『不必要な接触をしないこと』というのがありましたが。

これは致し方ない…ですよね?

こんな偶発を理由に部屋から放り出されたら敵いません。

 

「よしっ…!学校がっ…!見えたぞっ…!」

 

だいぶ遠山君の息が上がってきてはいますが。

彼の言う通り、学校が見えてきました。

あと5分弱くらいで校門をくぐることが出来そうです。

 

…学校。

今朝の準備の中で()()を制服の背中側に仕舞ったように。

この学校は…『普通じゃない』。

 

東京武偵高校。

将来『武偵』になる人のための教育機関で、その中でも高校生を育成しています。

『武偵』、とは。

…武装探偵、を略された言葉。

DA(Detective・Armed)とも称されるその職業は、云わば『法律によって逮捕権を持つ一個人』に近しいものです。

武装を許可され、個人的に犯罪行為を解決し治安を維持することが求められます。

世界的に過激化する犯罪者・犯罪組織に対応する形で新たに設立されたこの職業は…しかし、独特な立ち位置でもあります。

 

事件や犯罪が起きた時。

市民は普通、警察に連絡します。

逆に武偵が対応する事件や犯罪は…『警察に頼ることが出来ないもの』が中心になってきてしまうのです。

結果アングラな事件であったり対暴力団であったり、更には報復やボディガードといった私的なものであったり。

つまるところ、『武偵』は『暴力的な何でも屋』のような立ち位置にあります。

 

この武偵、という職業には。

更に細分化された専門性を学ぶという特徴もあります。

単純に戦う事に重きを置く者、犯罪者への尋問、戦闘中での治療のエキスパートなど。

各武偵はそういった専門性をこの『武偵校』で学ぶのです。

例えば、私は強襲科(アサルト)と呼ばれる戦闘を中心に学ぶ専門学科に所属しています。

…あまり、成績はよろしくありませんが…。

 

そして遠山君は…。

()によれば、彼も強襲科。

それも、確か学校入学時では最高成績の…。

 

「よしっ…!なんとかっ…!間に合いそうだっ…!」

 

アレコレ考えていると、遠山君の息切れした声。

…そんな彼に声をかけるとするなら。

 

「頑張ってください!」

「他人事、みたいにっ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その チャリには 爆弾 が 仕掛けて ありやがります」

 

あと少しで到着する、というそのタイミングで。

後ろから変な声が聞こえた気がします。

明らかに人ではない、人工合成音声。

 

「チャリを 降りやがったり 減速 させやがると 爆発 しやがります」

 

どうりで聞き馴染みがあるこの声は。

『初音ミク』…最先端の技術で作られた仮想歌唱ソフトウェア(ボーカロイド)です。

その機械的な声が、随分と恐ろしい言葉を発していたような…。

 

「と、遠山君!」

「聞こえてる!状況は!?」

 

あわあわ、と周りを見渡すと。

1台の妙な機械が後ろから追ってきています。

あれは…セグウェイ、でしょうか?

小型の移動用二輪機械です。

しかしそれに乗っているものは人ではなく。

銃が。

 

「後ろからせ、セグウェイが!銃…!」

「セグウェイ…?銃だって…!?」

 

遠山君も自転車を漕ぎながら後方を確認。

そして、ギョッとしながら叫びました。

 

「な、んだ…!?サブマシンガン…UZIか!?」

 

UZI(ウージー)

イスラエルで開発された短機関銃(サブマシンガン)の1つです。

そんな恐ろしいものが、セグウェイの上にちょこんと座っています。

その銃口は…遠山君!

 

「狙いは遠山君みたいですっ!」

「クソッ…!茅間!爆弾とやらを探してくれ!」

「は、はいっ!」

 

遠山君は叫びながらも、機械音声の指示通り自転車の速度を上げていきます。

片手で遠山君にしがみ付きながら、もう片方の手で自転車を探ると。

 

すぐに見つかります。

サドルの下に…ありました。

 

「ありました…!サドルの下に…感触的にC4!それもかなりの量です!」

「マジっ…!かよっ…!」

「雷管、導火線は見当たらないです…!遠隔で起爆するタイプっぽいです!」

「くっ…!はっ、はっ…!」

 

遠山君は2人乗りの分もあるのか、息も絶え絶えです。

C4…プラスチック爆弾。

粘土っぽい感触からそう判断しました。

それが自転車のサドルの裏にこれでもかというぐらい仕掛けられていました。

自転車どころか自動車を吹っ飛ばせそうな量です。

 

解除(バラシ)は!」

「か、片手じゃ無理です…!」

 

自転車の上という不安定な場所での解除は、正直両手でも厳しいです。

粘土でかなり固めで接着されている上、遠隔の爆弾を解除しようとするのはそもそも無謀ですし…。

ど、どうしたら…!

 

「くっ…!人のいない場所に向かうっ…!茅間はセグウェイを何とかしてくれ!」

「な、なんとか!?」

「頼んだ!」

「は、はい…!」

 

後方を振り返ると、こちらに睨みを利かせるように追従するセグウェイ。

そして…銃口。

何とか、する…!

パッと思い付くなら、こちらも銃で応戦することです。

更に具体的に言うなら…セグウェイ上のUZIを銃撃する。

 

…しかし。

私は強襲科ですが、銃の扱いは正直自信がありません。

静止撃ち(まとあて)ならそこそこ当たりますが、ここは不安定な二人乗りという状況。

片手撃ち、かつ対象が動いているという非常に難しい状況です。

 

しかし、あのセグウェイを何とかしないといけないのも事実。

私は意を決して、背面から銃を取り出しました。

 

…私の銃は、不思議なカスタムがしてあります。

H&K・MARK23が元の銃ですが、銃身(バレル)を極端に長くしてあります。

そのせいで銃身が遊底(スライド)の外側に飛び出てしまっているので、それを特注の大型サイレンサーで覆い隠している。

つまり、やたら長く、そしてデカく見えるハンドガンです。

 

銃身が長い影響で、スナイパーライフルのように銃弾は真っ直ぐ飛び。

かつ空気圧も高いため通常のハンドガンより威力が高い。

代わりに取り回しが悪く、狙いをつけること自体が非常に困難で、しかも反動が大きい上にサイレンサーも飾りに近いため銃声も大きい。

 

そんなこの銃は、当然フルオートで撃ったら壊れてしまいます。

ですのでセミオートでしか撃てないようにカスタムしてあるのです。

 

…長々と頭の中で整理しましたが。

私の銃の特性は、この状況と全く合いません。

こういう動的なものを撃つ際は、フルオートで弾幕を展開することで当てに行くのが基本なのです。

 

私は銃口を…セグウェイに向けます。

こうなったら一発で当てる他ありません。

外れたら…おそらく、セグウェイ側から反撃で撃たれるに違いありません。

当たり所が悪ければ、当然…。

 

…大丈夫。

この子は、きちんと狙えば…当たってくれる。

フロントサイト・リアサイトで照準を合わせて、心を落ち着けて…。

引き金を、慎重に引きました。

 

 

 

ガギュン!

 

 

 

セグウェイに鎮座するUZI目掛けて。

私が撃った銃弾は…。

 

ガギャンッッ!!

 

見事、UZIにヒットしました。

銃弾によってUZIは破壊され、セグウェイもその衝撃で倒れて。

自転車からドンドン遠ざかっていきました…。

なんとか…しましたよ、遠山君…!

 

「や、やったっ!」

「いいぞっ…!だがっ…!爆弾を、何とかしないとっ…!」

「そ、そうでした…」

 

もう一つの問題が残っていました。

あの機械が言うには、この爆弾は減速すると爆発してしまいます。

遠山君にも限界が見えますし、このままだと時間の問題です。

どうすれば、いいんでしょうか…!?

 

加速する自転車は、とうとう学校内に入り。

校庭に侵入していきます。

始業が近いからか、辺りに生徒の姿は見えません。

 

「…うん?何だあれ…?」

 

遠山君が空のほうを見上げて何かを見つめています。

つられて私も空を見上げて。

遠山君が見つけた何かを、探します。

 

あれは…人影?

真正面の校舎の屋上に、黒い影。

長いツインテールの…女の子…?

逆光で表情は見えませんが、武偵高の服を着ているので…武偵高の生徒でしょうか?

その影はこちらに向けて腕をブン、と大きく一回振ると。

ふわり…と、校舎から飛び降りました。

 

「えぇっ!?」

 

その子はパラグライダーを空中で展開し、こっちに向かって降下してきます…!

グングンと高度を落とし…このまま来ると衝突してしまいそうです。

 

「ばッ、馬鹿…!危険だっ!この自転車には爆弾が…ッ!!」

 

しかし遠山君の叫びを無視して、彼女はどんどん近づいてきます。

もう、あと数秒で衝突してしまいます…!

 

「アンタはとっととチャリから飛び降りなさい!」

 

甲高い、けれど可愛らしいアニメ声。

ツインテールの女の子は、怒ったように叫びます。

遠山君は今自転車を漕いでいるから降りられません。

もしかして…!!

 

「私ですか!?」

「そうよ!早く!こっちのバカはあたしが何とかするから!」

「えぇぇ!?」

 

飛び降りる…っ!?

体感、時速30Kmは超えていそうです。

この速度で走行する自転車から飛び降りたら、結構危険です…!

…しかし、あの女の子は遠山君は何とかしてくれる…らしいです。

わざわざここまで飛び降りてきたということは、無策とも思えません。

 

一瞬の判断。

怖いけど…!

 

「わぁぁぁぁっっっ!」

 

私は恐怖をねじ伏せ、思いっきり自転車から飛び降りました…!

大丈夫、受け身さえ取れれば上手く着地できるはず…!

そしてっ…!

華麗に着地…っっ!

 

ズザァァァァァッッ!!

 

…そう、現実は甘くはありません。

結局私は体全体で着地しました。

というか、地面に体を叩き付けるように転がり落ちただけです。

砂埃を盛大にあげて。

おそらく他の人から見れば、かなりダサい感じに自転車から落ちたようにしか見えないでしょう。

 

「うう、痛い…」

 

手足がジンジンと痺れています。

防弾制服は頑丈な造りなので、服は破れていませんが…。

摩擦の影響で、擦った様な痛みが全身を覆います。

それでも涙目ながら、なんとか立ち上がると…。

 

 

 

 

 

 

ドガアアアアアアアアンッッッッ!!

 

 

 

 

 

 

…目の前で、閃光と爆風。

自転車に仕掛けられていたC4が、とうとう爆発したのでしょう。

暴力的な熱波と圧が私を襲います。

私が落ちた地点から少し離れた地点で爆発したようですが、衝撃波は余裕で届く距離でした。

 

「ひゃぁぁぁぁぁっ!!」

 

爆風でゴロゴロと転がりながらも顔を伏せ、匍匐して余波に耐えます。

数秒で爆発は収まり…顔を上げると、10m程先に爆心地と思われる穴がポッカリと開いていました。

あのまま自転車に乗っていたら…と考えると、寒気がします。

 

「うぅぅ…そういえば、遠山君とあの子は…?」

 

そうです。

私はなんとか助かりましたが…。

遠山君とあの女の子は、爆発に巻き込まれていたら大変です!

服に付いた砂を手で払いながら、私はよろよろと立ち上がります。

 

「…………!?」

 

辺りを探りながら歩いていくと。

校庭の端の体育倉庫の前。

そこで異様な光景が広がっていました。

 

先ほどのUZIを背負ったセグウェイ。

それが…沢山集まっています。

銃口は全て体育倉庫へと向いています。

あの二人は、おそらく。

体育倉庫の中にいる可能性が高いです…。

 

「こ、こういうときはどうすれば…!」

 

私は…正直、強いとは言えない強襲武偵。

セグウェイはここから見る限り7台。

体育倉庫の周囲は草木(ブッシュ)がそこそこあります。

場合によっては、もっと敵影(セグウェイ)がいる可能性もなくはないです。

少なくとも今ここで出ていくなら、私は7台のサブマシンガンを相手にしなくてはいけないわけで…。

 

冷静に判断するなら、ここは。

もう少し様子を見ましょう。

そう、焦りは禁物です…。

 

草葉の陰に隠れながら、そろりそろりと体育倉庫に近づきます。

なんとかセグウェイにバレずに。

最も体育倉庫に近い茂みまで近づけました。

 

あとはタイミングを見計らって…。

み、見計らって…どうしましょう…?

一台を撃てば残りにバレて、狙われてしまいます。

手元の銃に目を落としますが、反動が大きくセミオートオンリーのこの子では分が悪い…。

でも、何とかしないと二人が危ない…!

そんな情けないことを考えていると。

 

突然、体育倉庫の中から。

…遠山君が出てきました。

大量のセグウェイなど見えてもいないかのように…。

本当に何もないかのように、のんびりと歩いて。

 

当然、UZIの銃口が遠山君を狙います。

そして。

 

ガガガガガガッッ!!!

 

全ての銃口が、一斉に…激しい銃声を上げます…!

 

「あ、あぶな…!!」

 

遠山君がハチの巣になってしまう未来を想像し、目を見開きます。

その瞬間。

遠山君が体を大きく反らし、UZIの射線から逃れ。

いつの間にか持っていた彼のベレッタが、火を噴きました。

 

バギャギャギャギャ……!!

 

銃声は、ちょうど7発。

そして音を立てながら、UZIが一斉に破壊され。

気が付けばセグウェイは全て停止してしまいました。

 

い、今…一体…!?

 

余りの一瞬の出来事に、驚きを隠せません。

撃たれたUZIは、不自然な壊れ方をしています。

銃身には一切傷はなく、内部から破壊されたように見える壊れ方です。

銃口からは煙が上がり…。

まるで、その銃口にピッタリと弾丸が撃たれたかのよう…。

 

…遠山君は。

今の一瞬で、飛び交う7つの射線を正確に避けて。

…UZIの銃口を撃ち抜いた、ということでしょうか…。

 

「すごい…」

 

遠山君は何でもなかったかのように銃をホルスターにしまうと、くるり、と背を向けます。

体育倉庫に向かって…あの女の子が待っている場所へ。

 

…一瞬で射線を見切って避ける、人間離れした反射神経と運動神経。

銃口を撃ち抜く、という狂ったような射撃技術。

そして、それを気にも留めない堂々とした佇まい。

 

私はその挙動に目を奪われてしまいました…。

 

「か、かっこいい…!!」

 

それは、いつか憧れた景色と同じように。

私の目に煌めいて見えました。

私の憧れた…『武偵』という存在。

その背中を、私は眩しく見るのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

…もう、安全そうです。

二人に合流して、互いの安否確認をしないと…。

そう判断して茂みから出ると。

 

 

 

 

 

ウィーン!!

 

 

 

 

 

私の目の前に、セグウェイの生き残りと思われる1台が飛び出してきました。

どこかに隠れていたのでしょうか、突然の登場に身動きすら取れません。

銃口は…私に向いています。

しっかりと頭に狙いをつけて…。

 

「あ…」

 

叫び声すら上がりませんでした。

防弾制服で守られていない頭部は、当然撃たれれば死にます。

ここで…死ぬ。

私はここで、死ぬ。

油断しました。

安全確認を怠った私の…ミス、です。

 

 

バリバリバリバリッ!!

 

 

銃弾の嵐が、迫りくる音が聞こえます。

 

 

 

 

 

……………っっ!

 

 

 

 

………?

頭に衝撃がきません。

痛みもなく、意識はそのままです。

耳を澄ましてみると。

セグウェイの稼動音、UZIの銃声は聞こえなくなっています。

そして全身を包む、謎の浮遊感…。

うっすらと目を開けると…。

 

目の前には、遠山君の顔がありました。

 

「盗み見かい?いけない子猫ちゃんだ」

「…………っ!!??」

 

今朝見せた不愛想な表情とは真逆の、優しい微笑み。

…脳みそをドロドロに熔かされるような、甘い声。

かぁ、と体の温度が上昇していくのがわかります。

今この瞬間、大切だったはずの今の現状が…溶けて、なくなっていく感覚…。

ツインテールも、爆発も、遅刻も、UZIも。

今の状況に、甘く溶け込んで。

 

「でも、君が可愛いから…許してあげよう。それに君のことが守れたから、もうお咎めもなしだ」

「う、ぁ、あぁぅ……!」

 

ふにゃふにゃ、と体の力が抜けていきます。

甘い声は世界と私を切り離して…。

いつもの遠山君とは、全くの別人のように感じてしまいます。

優しい笑顔、私を優しく抱き上げる両腕、愛おしむような視線。

いつものぶっきらぼうで女嫌いな遠山君とは思えません。

 

 

 

 

 

…いつもの、遠山君?

なら。

目の前の彼は?

 

違和感が疑問を呼び。

疑問が好奇心を呼ぶ。

 

「うん?どうしたんだい?そんなに俺のことを見つめて」

「…本当に、遠山君、ですよね?」

「ははっ。面白いことを言うね、詩穂は」

「……!遠山君……?」

 

とうとう名前で呼び始めました。

しかし、先程までの甘い感情は何故か消えていきます。

そこには、ただ冷静な私がいました。

 

ぎしり。

頭が音を立てるように、回転を始めます

 

明らかに…別人。

そうとしか思えないくらいの変化ぶり。

あの爆発で頭がおかしくなってしまったんでしょうか?

それとも…これは、彼の隠された本当の性格なのでしょうか?

解離性同一性障害(にじゅうじんかく)

双極性障害(そううつ)

それとも何らかのパーソナリティ障害(せいしんしっかん)

 

作られたようにすら感じる微笑みと真っ直ぐ見つめる瞳。

甘い声の出し方は、技術を伴った演技性の表現法。

女の心を揺さぶることは、意図的にできる技術体系です。

熟練のホストならまだしも、女嫌いなんて噂の男子高校生が出来るものでしょうか?

 

 

 

 

…あなたは、誰?

 

 

 

 

「…遠山君。あなたは。誰、ですか?」

「……詩穂。落ち着いて、一旦眠ろう。俺の事は、忘れるんだ」

 

遠山君が、酷く困った顔でそう囁くと。

撫でるようにように私の首を軽く掴みます。

彼の手が支える位置は…頸動脈。

人体の、急所。

武偵が最も取られてはいけない弱点の一つ。

 

ああ…知りたかった。

遠山君の、異常な変化の理由を。

 

純粋な好奇心が生まれた時。

その時が一番、思考することが出来るのに…。

 

「おやすみ、良い夢を」

 

私の意識は、ここで途切れてしまうのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ょっと……なさぃ…」

 

ゆさ、ゆさ。

…誰かが私を揺すっている気がします…。

私は……。

 

………。

………そうだ、私は。

 

「ちょっと、起きなさいよ」

「はっ!!へっ!?」

 

ガバッと起き上がると。

今度は遠山君ではなく…目の前に、女の子の顔がありました。

状況を確認するために周囲を見渡しても…彼の姿はありません。

突然起き上がった私を見て驚いたのか、女の子はキョトンとしています。

 

この女の子は…さっき私と遠山君を救ってくれた、ツインテールの子。

あの時は無我夢中で、その顔をよく見る事はありませんでしたが…。

 

ピンク・ブロンドに輝く長い髪を、可愛くツインテールにまとめ。

整った顔立ち、強気そうなツリ目。

額を見せるように前髪に付けた髪留め。

少し視線を下に向ければ、まあ多少はスレンダーですが…整った体躯。

…正直、美少女以外に表現のしようがありません。

そんな彼女が、座り込んだ私を心配するようにしゃがんでいます。

 

「…お、おはようございます…?」

「何がおはようよ、全く…。もう始業式はじまっちゃったわよ?」

「えぇ!?そ、そんなぁ…」

 

呆れるように校舎を指さす女の子。

丁度そのタイミングで。

 

キーンコーンカーンコーン…。

 

ケータイで時間を確認すると…どうやら、始業式開始のチャイムだったようです。

せっかく遅刻しないように、自転車に乗せてもらったのに…。

とはいえ、とんでもない事件に巻き込まれてしまったので仕方がないのですが。

目の前のピンクツインテさん(仮称)は、問いただすように真っ直ぐ私を見つめ。

 

「にしてもアンタ。あの強猥野郎と一緒に自転車に乗っていたけど。あいつは何者なの?」

 

少し怒ったように、そう言いました。

強猥野郎…?

彼が強猥…かどうか、はわかりませんが。

状況的に遠山君の事っぽいです。

 

「遠山君のことですか?」

「トオヤマ?ふーん…」

 

なにやら思案顔でトオヤマ、トオヤマと反芻しています。

…彼女こそ、一体何者なのでしょう?

私と遠山君を助けていただいたのは確かですが…。

遠山君をどうやってあの爆弾から救ったのかは、謎です。

 

「あの…」

「何よ」

「えっ、あの、えっと…お名前を伺ってもよろしいですか?」

 

兎にも角にも。

この爆弾事件を乗り切った彼女とは知り合っておくべきでした。

事件後報告とかありますし、何よりも。

…何故か、このピンクツインテさんに不思議な魅力を感じます。

可愛らしい外見の所為でしょうか。

 

「人に名前を聞くときは、自分から名乗りなさい。武偵に限らず、一般社会でも当然の事よ」

「あ、は、はい…ごめんなさい…」

 

名前を聞いただけで怒られてしまいました…。

どこかトゲのある…というか傍若無人的な言い方をする方です。

 

「私は…その。茅間詩穂と、いいます」

「ふーん…あたしは神崎(かんざき)・H・アリアよ」

「あ、はい、神崎さん。よろしくお願いします…」

 

…神崎さん。

神崎さんですか。

…残念ながら、知らない方です。

こんなに目立つ格好をしているのに…武偵校では見かけた事の無い方です。

 

「…………」

「…………」

 

そして会話がなくなります。

…確かに、このまま教室に向かっても。

彼女との会話を終えても。

おそらく…問題はないはずです。

 

彼女と私は、助けた人と助けられた人。

でもそれは武偵同士ではよくある話で、一言のお礼程度で終わることもあるようなことです。

後は個別に事件後報告を教務科(せんせい)に提出すれば、それでおしまい。

ほんの些細な、それだけの関係なのです。

 

…でも。

私は彼女に、どことなく大切な…。

ロマンチックに言えば。

運命を、感じました。

まるで一目惚れでもしたかのように。

彼女ともっと…話してみたい。

 

「か、神崎さん!私その…!」

「ちょっといい?」

「は、はい!」

 

私の勇気を出した声は、一瞬で遮られてしまいました。

…やっぱりこの人怖いです…!

コミュ障気味な私にはあまりに重たいです…!

感じた運命が霧散していく感じがします…。

 

「……アリア」

「へ?」

「アリア、でいいわよ。神崎、なんて長いでしょ?」

 

拗ねたように、少し顔を赤くしながら。

ちょっとそっぽを向きながら。

彼女は可愛らしく、そう言いました。

 

…ああ。

よかった。

私はきっとこの子と…。

 

「…アリアさん」

「………ン…ま、いいわ」

 

アリアさんは納得したように、頷くと。

す、と立ち上がりました。

私も遅れて立ち上がりながら、アリアさんと向かい合います。

 

立ちあがり向かい合って気付きましたが。

アリアさんは…小さい。

139cmの私と殆ど大差ない身長です。

そして可愛らしい童顔から察するに…。

 

この子は多分、武偵高校に併設された武偵中学の子でしょう。

多分私を身長で同年代だと思っているみたいです。

だからこう…さっきから強気なタメ口なんですね。

小さい子に同年代と思われるなんて…自分が悲しくなりました。

 

まぁ、そこら辺は気を取り直して。

 

「アリアさん。改めて先程は…ありがとうございました」

「…いいわよ、別に。あのくらいあたしじゃなくても、誰かがやってたわ」

「それでも…ありがとうございました、です」

「…そう」

 

ちょっとだけ、アリアさんが微笑みます。

…ずっと怒ったような彼女の。

初めての、笑顔を見ることができました。

それは、花が咲くように…とても可愛らしくて。

 

「…さ、行きましょ。そろそろ始業式も終わりだろうし」

「…はい」

 

歩き出すアリアさんの横に並ぶと。

ふと、アリアさんが口を開きました。

 

「これは、独り言だから、あんまり気にしないで欲しいんだけど」

「……?」

「あたしね、わかるの。あんたとは、長い付き合いになる気がするわ。カンだけどね」

 

…アリアさん。

この方は乱暴なのは言葉遣いなだけで、きっと。

心の底は優しい方なんだろうな…。

そんな事を、私も思いました。

カンですけれどね。

 

「じゃ、あたしは先に教務科に用事あるから」

「あ、えっと。はい」

「またね。…詩穂」

「…はい!」

 

アリアさんと、始業式真っ最中の誰もいない校舎内で別れます。

…またどこかで会えるといいな。

そう思いながら、まずは新しくなったクラス分けを見に行くために。

私は足を、アリアさんとは別方向に向けました。




読了、ありがとうございました!

人生初の感想をいただけて猛烈に感動しています!

こんな子供が書いたような残念小説(いろんな意味で)を読んでいただけただけで作者は満足です!

さて、作者は恋愛経験が無いので今回のかっこいいキンジがうまく書けなくて、詩穂とヒスキンジの掛け合いが若干適当に思えるかもしれません。
アリアと詩穂の掛け合いもへたくそかもしれません。

ごめんなさい、もっと練習してきます…。

感想・批評等をお待ちしております。
アドバイスや評価もいただけたら嬉しいです。
誤字脱字もご指摘いただけると嬉しいです!

…貪欲な作者で申し訳ないです…。



※追記
2018年2/6、大変勝手ながら大幅な加筆・修正を行いました。
ご容赦願います。


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第3話 どうせいではありません

第3話です。

今更ですが作者の更新速度はかなり遅いです。
詐欺ですね。
申し訳ないです…。


さて、色々と事件的だった朝を乗り越えて。

結局始業式には間に合わなかった私は、新しいクラスを確認して。

きっと始業式も終わって、既に生徒が揃っている筈の教室へ向かいます。

 

…新しいクラスは、2年A組。

この武偵高校に入って、初めてのクラス替えです。

今回はどんなクラスになるのでしょうか。

出来れば、沢山の友達が欲しいです。

 

一年の頃、出来た友人は…残念ながら、1人でした。

『彼女』はとても良い人で、波長の合う素晴らしい友人だったので、去年の友人戦績に対して後悔や寂しさはありませんが…。

それでも、今年は。

それこそ『彼女』のように…友人に囲まれて、過ごしてみたいものです。

コミュ障の私にしては大それた目標ですが。

 

 

 

 

 

 

 

ワイワイガヤガヤ、と騒がしい教室群を通り過ぎ。

自分の教室(2年A組)を目指しながら。

軽く急ぎ足で、廊下を歩いていきます。

 

そういえば、神崎さん…アリアさん、との会話ですっかり忘れていましたが…。

先ほどの遠山君を思い出します。

 

…まるで別人でした。

いつもより言動が…なんというか、チャラい?と言いますか。

ホスト的というか、キザな感じ。

今まで彼と過ごした日数は少ないですが、あんな言葉遣いをする遠山君は初めて見ました。

 

何らかの性格が豹変する状態…。

頭に幾つかの精神疾患名やパーソナリティ性質が浮かびますが。

…何となく、しっくりきません。

 

もう一つ仮説を立てるなら。

いつも部屋で見せてるダウナーな彼は裏の顔。

普段の学校ではあんな感じの遠山君なのでしょうか?

春休みに彼と出会ったので、私は学校での遠山君を知りません。

 

知っているのは、彼の噂のみ。

『女嫌い』、『昼行燈』。

そして。

()強襲科最強のSランク』。

その噂だけです。

 

 

 

 

 

 

考え事をしている内、教室の前まで辿り着きました。

しっかり教室のプレートを確認すると…『2-A』。

間違いはありません。

そして、いざ教室に入ろうとドアに指をかけて。

 

…………。

…き、急に緊張してきました…。

 

…落ち着きましょう。

ゆっくり入れば大丈夫です。

クラス表で『彼女』が同じ教室にいる事も確認済み。

安心できる要素です。

深呼吸して…。

 

「すー…はー…すー…はー…。よし!」

 

ガラララ…。

私は教室のドアを開けるのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、勇気を以て教室に入りましたが。

ドアの周りの子たちは、こちらをチラリ、と一瞥して。

何事もなかったかのように周りの子と談笑を再開しました。

…なんとなく、悲しい気持ちになりながらも。

黒板に張り出された席順表から『茅間』の文字を見つけ、自分の席に座ります。

とりあえず無事に着席し、軽く一息ついていると…。

 

「詩穂ーっ!!!会いたかったよぉーっ!!」

「わぐぅっ!?」

 

突如横から強い衝撃。

誰かが抱き着いてきたようです。

…私に抱き着いてくるような子は一人しか知りません。

驚きながらも、未だ抱き着いたままの彼女の方を向くと。

 

「うーん…久々の詩穂成分補給…♪すべすべで気持ちいいなぁ…」

「り、理子ちゃん!」

 

やはり。

私の唯一の友人であり親友である、『彼女』でした。

 

(みね)理子(りこ)ちゃん。

明るい金髪をツーサイド・アップにまとめた、とっても可愛らしい女の子。

少し小さめの体躯、童顔と言って差し支えない整った顔立ち。

そしてその体躯に見合わない…大きめの、胸。

所謂『ロリ巨乳』な美少女です。

 

彼女は少し変な人が多い武偵高の中でも、トップクラスの変人です。

突飛で不可解な言動が多く、多くの人は彼女をおバカキャラと認識しています。

 

しかし、そんな性格と裏腹に。

武偵としての実力はハイレベルです。

彼女の専門は探偵科(インケスタ)

対人・対事件の調査等を専門に学ぶ武偵です。

彼女の情報収集能力はその探偵科でもトップクラス。

多くの人が彼女に事件調査を依頼します。

 

…理子ちゃんは、こういった色んな理由で学園でも有名人。

変人ですが人当たりも良く、沢山の友人や知り合いがいます。

 

そんな彼女は今…詩穂成分?とやらを補給すべく私に頬ずりしています。

…まぁ、これはきっと友達としてのスキンシップでしょう。

多分。

 

「こっちもすべすべだねぇ…♪」

「うひゃあぁぁぁ!?」

 

理子ちゃんは少しだけ体を離したかと思うと。

不意に私の太ももに手を添えます。

そして、すりすり…。

内股に向かって手をすりすり、スライドしてきました…!!

流石にビックリ仰天。

 

ガタッ!

 

と席を立ち上がりながら、理子ちゃんの魔の手から逃れます。

 

「な、なんばしよっとですか!」

「うーん、残念…」

「普通にセクハラですよこれ!?」

 

未だ手をワキワキさせている理子ちゃんに軽く引きながら、一歩後ずさると。

理子ちゃんも諦めたのか、ヤレヤレ、両手を上げて『何もしないよー』のポーズをしました。

 

「ま、冗談は置いといて」

「場合によっては裁判沙汰ですよ…」

 

まぁまぁヤバげなセクハラ事案が起きましたが。

周りの人は気にしてないのか、はたまた関わりたくないのか。

特にこちらを見ている人はいませんでした。

証拠不足で不起訴です。

悲しいです。

 

少し落ち着きを取り戻し、椅子に座りなおすと。

理子ちゃんは私の机に手を付きながら話の続きを始めます。

 

「いやー、しっかし。今年は詩穂と一緒のクラスになれて嬉しいよ」

「私も嬉しいです。今年は1年間、よろしくお願いします」

「こちらこそ!よろしくね」

 

うんうん。

これで今年は楽しく過ごせそうだなぁ。

なんて頷いていると。

理子ちゃんが少し真剣な表情で、少しだけ顔を近づけてきて。

 

「…ところで、詩穂。今朝、大変だったみたいだね」

 

…相変わらず情報の早い理子ちゃん。

既に今朝の、自転車爆発事件を知っているみたいです。

 

「あはは…巻き込まれた感じですけれど」

「キーくんの自転車が爆発したんだって?物騒なもんだね」

「キーくん…?」

「あ、キンジのことー」

「はぁ…」

 

変人・理子ちゃんは、どうも人に不思議なあだ名を付ける癖があります。

…何故か私にだけ、あだ名はありませんが。

本人曰く『詩穂は例外』だそうです。

 

…そういえば。

理子ちゃんとの会話で気になりましたが。

あの爆弾…『わざわざ遠山君の自転車』に付けられていたのは、少々不可解です。

しかも、自転車に対してあの過剰な量。

無差別テロ的な感じなのかもしれませんが、それならセグウェイで追い回す意味も分かりません。

…よくよく考えたら、今回の事件。

何か…よくわかりませんが、何らかの意図を感じてなりません…。

 

「…でさー、あの時ね…ありゃ。詩穂ー?聞いてる?」

「………はっ。ご、ごめんなさい…考え事しちゃってました…」

「もー。相変わらず考えこんだら聞いちゃいないんだから」

 

しまった。

理子ちゃんのトークを完全に聞き流してしまっていました。

考え込んでしまうのは悪い癖です…。

 

スルーされた理子ちゃんは、少しだけ頬を膨らませながら。

 

「で、続き。少し前…三学期の頭くらいにね、転校生が来たらしいんだ」

「転校生…ですか?」

「うん。教務科(マスターズ)で盗み聞きしちゃった♪」

「それは…命知らずですね…」

 

教務科(マスターズ)

武偵高校の教師陣を総称して、こう呼びます。

職員室を指すこともあるこの言葉ですが…。

この学校にしてこの教師アリ、というか。

とにかく危険な教師が多く、その教師陣の話を盗み聞きするなどリスキーが過ぎます。

 

「その転校生ね、名前は知らないけど女の子らしいよ」

「へぇー…女の子、ですか…」

 

ふと、先程出会った少女。

アリアさん、が頭に浮かびますが。

確か彼女の目測身長は140cm程でした。

…身長的に高校生ってことはなさそうです。

おそらく彼女は中等部の子でしょう。

理子ちゃんが言っている転校生とは関係なさそうです。

 

…身長140にギリギリ満たない私が言うのもアレなんですが。

私は同年代でも限りなく小さい方なので、私のようなチビ高校生が何人もいるはずありませんしね。

 

「でね、その子なんだけど、実はすっごく強いらしくて…」

「強い…っていうと?」

「うーんと、強襲科らしいんだけど…」

 

「おーい、理子ちゃーーん!ちょっとこっち来てぇー!」

 

と、ここら辺で。

窓際に居る知らない女子が理子ちゃんを呼び立てました。

私と違って知り合いの多い理子ちゃんは、クラス内でも挨拶が多いのでしょう。

 

「…ッチ。詩穂との会話を邪魔しやがって…」

 

…?

理子ちゃんがボソッ、と何かを呟きます。

 

「……?理子ちゃん、呼んでますよ?」

「え?あ、うん。ごめんね…詩穂。また後でねー」

「はい、また後ほど」

 

人懐っこい笑顔を浮かべながら、理子ちゃんは行ってしまいました。

まるで何かを隠そうと我慢しているような、ちょっと不自然な笑みで。

 

 

 

 

 

 

 

理子ちゃんが行って、しばらくして。

友人もいなければやることもなく、着席しながらボーっとしていると。

 

「…茅間」

 

ぶっきらぼうな声が横から聞こえました。

見上げると、やはり遠山君。

彼もまた、2年A組だったようです。

クラス表から完全に見落としていました…。

 

ダウナーそうな視線を私に向けながら、どこかいつもより暗い表情をしている彼は。

…どうやら。

先程の遠山君ではない。

いつも部屋で見る、遠山君のようです。

これで、『学校ではホスト説』も消えました。

というかそもそも、学校でもあの調子なら『女嫌い』なんて噂は立ちませんよね。

 

「あ、えっと…遠山君。先程ぶりです…?」

「…ああ」

 

しかし、まさか遠山君から話しかけてくるなんて。

例の同居の条件を思い出すなら、てっきり教室ではお互い無視する…くらいと思っていましたが。

 

「あー、その…だな。さっきの事なんだが…」

「…さっきの事…?」

 

…となれば。

朝の…不可解な遠山君、の事でしょうか。

 

「え、えっと…さっき、遠山君…様子が、少し…」

「…あー、その…アレ、なんだが…」

 

少し言いづらそうに、目線を逸らしながら。

 

「乱暴な真似をして済まなかった。そして…忘れてくれ」

 

…乱暴な真似、というのは。

私の頸動脈を圧迫して気絶させたことでしょう。

忘れてくれ…というのは。

 

「…と、遠山君。さっきの遠山君は…その、いつもとは違う感じに見えたのですが…」

「……忘れて、くれ」

 

繰り返すように。

懇願するような彼の様子を見て…。

 

「…わかりました。私は、何も見ていませんでした。忘れちゃったので。他の人にも伝えようがないです」

「……助かる」

 

安心したように。

でもどこか不安そうに。

遠山君は自身の席に戻っていきました。

 

あの遠山君について、気になることは確かですが。

彼の切羽詰まったような表情を見て、問い詰める気は起きませんでした。

色んな噂の多い彼には、きっと色んな事情がある。

先程の事はきっと。

知られてしまったら致命的なこと…だったのでしょう。

 

そこまで隠そうとする事情を詮索することは…きっと、やってはいけないことです。

だから…忘れましょう。

 

 

 

…忘れる事なんて、出来るはずないのに。

私はいつだって…好奇心を殺す事なんてできない。

いつか爆発してしまいそうな、この好奇心に無理矢理蓋をして。

 

 

 

 

 

…もうそろそろチャイムが鳴りそうですね…。

 

さぁ、新しいクラスです。

楽しい1年になりますように…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生。あたし、アイツの隣がいい」

 

黒板の前に立つ少女が、ある席に指を向けて。

わーっ!と教室中から歓声が上がり。

私は…その状況を、どこか遠い風景のように俯瞰しながら。

とにかく、言葉を失っていました。

 

さっき出会った、ツインテールの少女。

神崎・H・アリアさんもまた、2年A組(このクラス)でした。

…先程、高校生には見えない…だなんて思っていたのは、どうやらフラグだったらしいです。

 

そのアリアさんは、教務科に朝の事件を報告していたらしく。

既に教師も生徒も揃っていたこの教室に、遅れて堂々と入ってきました。

そして、黒板の前に立って直後。

 

…なんと、遠山君が座っている席を指さし。

『彼の隣に座りたい』と言い出したのでした。

 

もちろん遠山君は茫然自失。

皆、一瞬唖然として。

その後『女嫌いの遠山に春が来た』だのなんだの、かなり盛り上がっている状況です。

 

「良かったなキンジ!なんか知らんがあんな可愛い子に好かれるなんて良いじゃないか!先生!オレ、席代わりますよ!」

 

ぶんぶん、手を振りながら。

遠山君の隣の席の人が立ち上がった彼は…。

…お、大きい…。

190cmはあるでしょうか、日本人にしてはかなりの巨体です。

この人は…武藤(むとう)剛気(ごうき)君。

車輌科の有名人で、どんな乗り物も乗りこなしてしまうAランクの優秀な生徒さんだったはずです。

 

優しさか悪ノリか、武藤君はガタガタと席を空け始めます。

 

「あらあら、最近の女子高生は積極的ねぇー。神崎さん、武藤君の席を使ってね」

 

担任の教師もまた、天然なのか悪ノリなのか、OKを出してしまいます。

高天原(たかまがはら)ゆとり先生。

穏やかそうな名前の通りゆったりと話す人で、探偵科の専門教師でもあります。

天然風の優しい人で…危険人物揃いの武偵高教師における唯一の良心です。

 

わーわー。ひゅーひゅー。ぱちぱち。

 

クラスの皆さんは悪ノリを極め、拍手喝采を始めてしまいます。

 

「キンジ。これ。朝のベルト」

 

しかしアリアさんは場の空気など一切気にせず。

遠山君にベルトをポイします。

彼は半ば全てを諦めた表情で、それをキャッチ。

…ベルト?

何故アリアさんが、遠山君のベルトを…?

 

「理子分かった!ぜーんぶ分かっちゃった!」

 

こういう空気になったら、理子ちゃんという子は。

一番に悪ノリする子です。

立ち上がって何か言い始めました。

…あの目は、火に油を注ごうとしている目ですね…。

そして、このいかにも陽キャっぽい雰囲気を感じた私は。

 

「………まぁ、放っておきましょう…」

 

騒ぐ理子ちゃんと、渦中の遠山君とアリアさん。

何の因果か、私は全員と知り合いですが…。

ザ・陰キャな私は、この状況を傍観することに決めました。

 

こういう時一緒に悪ノリできないから、陰キャでぼっちなんでしょうね…。

なんて軽く自己嫌悪が進む中、理子ちゃんの大暴れは続きます。

 

「キーくん、今ベルトしてない!でもそのベルトをツインテールさんは持ってきた!これ、謎でしょ謎でしょ!?でも理子には推理できた!全部わかっちゃったよーん!!」

 

アホっぽい感じの理子ちゃんの独擅場トーク。

理子ちゃんは…割と場を盛り上げるために、敢えてああいうアホっぽい言動を取る事があります。

これが陽キャか…。

なんて思いながらも。

 

朝、自転車に乗る前遠山君はベルトを着けていた…ような気がします。

という事は…体育倉庫で何かベルトを渡すような何かがあったんだろうな。

と、ぼんやり思いました。

 

理子ちゃんは金髪を揺らしながら、手を頭の上に持って行って。

両手で敬礼するような謎のポーズ。

私が勝手に『理子ちゃんポーズ』と呼んでいる、その謎のポーズのまま演説を続けます。

 

「キーくんは彼女の前でベルトを取るような何らかの行為をしたってこと!そして彼女の部屋にベルトを忘れてきた!それを持ってきてあげたんだよ!!つまり2人は…キャー!そんな熱ぅい恋愛関係だったんだよ!」

 

…そんなわけありません。

遠山君とアリアさんが知り合ったのはついさっきのはずです。

そもそも二人がそんな関係なら、遠山君がこんなに絶望した表情をしているはずはありません。

 

しかし、クラスの皆は朝の事件なんて知っているはずもなく。

理子ちゃんの推理に納得したらしく、口々に騒ぎ立てます。

 

「キ、キンジがこんなカワイイ子といつの間に!?」

「影の薄いヤツだと思っていたのに!」

「女子どころか他人に興味なさそうなくせに、裏でそんなことを!?」

「フケツ!」

 

もう言いたい放題です。

半分悪口すらも混ざっていますし。

メチャクチャやってるなぁ、なんてボーッと見ていると。

 

「さあさあ、これについてどう思う?」

 

理子ちゃんが皆の騒ぎを遮り、またも口を開きます。

…心なしか、私を見つめて。

酷く嫌な予感がする中…。

理子ちゃんが発した言葉は、もう一段階クラスを喧騒に引き込みます。

 

「キーくんと同棲中の、茅間詩穂ちゃん?」

 

………一瞬の静けさの後。

 

「…って、えぇ!?!?」

 

思わぬ矛先に、思わず大きめのリアクション。

ここにきて『同棲』という追加燃料の投下により、クラス中にざわめきが広がります。

私のリアクションが余りにガチっぽかったので、より悪ノリは加速します。

 

「マジかよ、キンジ女の子と同棲してたのかよ!」

「ロリコンかよ!?NOタッチはどうしたんだよ!?」

「くそっ、茅間少し狙ってたのに!」

「フケツ!」

 

わーわーわー!

遠山君を弄る者、掴みかかる者、踊りだす者。

悪ノリを通り越して大騒ぎになってきました…。

遠山君は全てを諦め、真っ白な灰になっています。

ど、どうしましょう…!?

パニクった私は、余計な一言。

 

「ち、違うんです!同棲じゃなくて、居候させてもらってるだけなんです!」

 

「認めたぞ!」

「これは転入生さんと修羅場か!?」

「両手に花だなぁキンジ!!」

 

わーわーわーわー!!!

より激しい喧騒が広がってしまいました…!

一気にヒートアップした教室ですが、高天原先生は。

 

「若いっていいわねぇ」

 

と、のほほんと笑っています。

 

り、理子ちゃん…!

これはやってくれましたね…!

 

恨みを込めて理子ちゃんの方を見ると。

ぴゅぅぴゅぅ、と口笛を吹きながらそっぽを向いています。

理子ちゃんも、ここまで大騒動になると思っていなかったのか。

額に汗が少しだけ滲んでいます。

 

さて、この状況。

私まで渦中にぶち込まれ、どうしたものかと絶望していると。

 

 

 

 

 

 

ずぎゅぎゅん!

 

 

 

 

 

 

不意に2発の銃声が鳴り響きました。

突然の発砲。

武偵校では帯銃は許可されているものの。

許可された場所以外での発砲は普通行いません。

盛り上がりに盛り上がったクラスも、流石にこれには凍りつきます。

 

「れ、恋愛だの…修羅場だの…くっだらない!」

 

銃声の主は…顔を真っ赤にし、両手を横に広げたアリアさん。

2丁の拳銃は、左右の壁に向いています。

銃の先を見ると…壁には当然、銃弾が埋まっていました。

理子ちゃんもビビったのか、『理子ちゃんポーズ』のまま、すすすー…と自分の席に戻ります。

 

「全員覚えておきなさい!そういうバカなことを言うヤツには…」

 

いったん言葉を区切り。

真っ赤なまま、彼女は堂々と言い放ちました。

 

「…風穴あけるわよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、そんな地獄のような一日の放課後。

授業終わりのチャイムと同時に、私はダッシュで教室を脱出。

質問責めを予測していた私は遠山君を生贄に捧げ、ゆっくりと下校していました。

…ごめんなさい、遠山君…。

朝、白雪さんから命を救っていただいた彼には非常に申し訳ないですが。

正直、ああいう空気感は苦手なんですよね…。

コミュ障は辛いです。

 

さて、男子寮にコソコソと帰ってきた私は。

遠山君から渡された合鍵を使い、自室へ。

 

男子寮の一角である、遠山君のお部屋は。

元々4人用の部屋なのか、かなり広い造りです。

そんな部屋に遠山君は一人暮らし。

私一人が増えた所で何も問題ありませんでした。

私は5つある個人用の小部屋の中から1部屋をお借りして生活しています。

 

…今更ながら、理子ちゃんのお部屋に転がり込めばよかったなぁ、なんて。

ぼんやり思いながらも制服を脱ぎ、部屋着へと着替えます。

そして流れでPCを起動して。

さてネットゲーム(デイリー消化)でもしましょうか…。

と意気込んでキーボードに指を構えます。

ブラウザを立ち上げた辺りで…。

 

ガチャ。

 

玄関の方から、ドアを開く音。

どうやら遠山君が帰ってきたようです。

帰ってきたんだなー、なんてボーッと思いながら。

ヘッドホンを装着して、ネットの世界に閉じこもる準備を始めます。

 

…ここ数日、居候として過ごして分かったこと。

それは、私の生活スタイルと遠山君の生活スタイルの相性が『噛み合っている』、という事です。

私の趣味は、ゲームと読書、アニメ鑑賞。

つまり究極的な『インドア』なのです。

そんな私は、遠山君の『女嫌い』と相性抜群。

食事の時くらいしか彼と顔を合わせる機会はありません。

お互いに干渉しないよう生活することは簡単でした。

 

そして、ゲームに集中すること数十分後…。

 

「おい、勝手に入ってくるな!」

「ふーん、結構まぁ、良い部屋なんじゃない?かなり狭いけど」

 

リビングから、騒がしい声。

遠山君の声と…もう一つ。

可愛らしい、どこか聞き覚えのあるアニメ声。

 

…そうです。

アリアさんが遠山君の隣の席をわざわざ指定した理由。

ベルトを持っていた理由。

まだ、これらの理由がわかっていませんでしたが。

 

…まだ、終わっていない。

アリアさん、という新しいクラスメイト。

何か、また何かに巻き込まれそうな。

そんな予感がします。

 

「そういえば…詩穂、だっけ。あの子もこの部屋に住んでるんでしょ?呼んできて」

 

…その言葉が聞こえて、意を決しました。

ヘッドホンを外し、ブラウザを閉じた辺りで。

 

コン、コン。

 

ドアがノックされました。

朝の自転車爆破事件。

巻き込まれただけとはいえ…私も、無関係ではありません。

 

「は、はい」

 

心を決め、立ち上がります。

ドア越しに、遠山君の疲れ切った声。

 

「…厄介な、ことになった。悪いが来てくれ」

「…わ、分かりました…」

 

厄介な事。

その言葉の通りっぽくて、少しだけ緊張しました。

 

 

 

 

 

 

部屋を出て、遠山君に着いて行くと。

 

リビングに立つ、ピンク・ブロンドのツインテール。

夕暮れの淡いオレンジの逆光を背に、彼女は窓の前に立っていました。

たったそれだけ。

それなのにどこか絵画めいた美しさがあります。

オレンジ色とピンク色。

優しい色合いの中にある強い色が、よりアリアさんを印象付けます。

窓が少し開いているのか、少し緩やかな風が吹いて。

その美しいツインテールを揺らす。

絵画のような光景に、少しだけ見惚れてしまいます。

 

「…詩穂。教室では話せなかったけど、今朝ぶりね」

「あ、えっと…はい。アリアさん」

「お前ら、知り合いだったのか?」

 

私達が何故かお互いを知っている風だったので。

遠山君が驚き顔で尋ねてきます。

 

「あ、えっと…はい、今朝に少しだけ」

「ま、説明する必要はないわ。関係ないし」

 

…今朝話した時も少しだけ思いましたが。

アリアさんはあまり人の話を聞かない感じの方みたいです。

 

「本題よ。アンタ達」

「おい。本題でも何でもいいが、用事が済んだらさっさと出ていけよ。ここは俺の部屋だ」

 

ドンドン話を進めようとするアリアさん。

彼女に抵抗しようと、遠山君が頑張りますが。

 

「人の話は遮らない。アンタ常識がなってないわ」

「無茶苦茶だ…」

 

無茶苦茶です。

しかし矛先を向けられたくないので、私は黙る事にしました。

遠山君も諦めたのか、口を閉ざします。

 

従順になった私たちに気を良くしたのか。

口元を綻ばせながら、仁王立ちのアリアさんは。

ビシィッ!

と人差し指を私たちに突き付けて…。

 

 

 

「アンタ達。あたしの、ドレイになりなさい!」

 

 

 

……。

…………奴隷?

 

「え、えええええ!?」

 

波乱万丈。

武偵校2年の初日から、とんでもない事が始まってしまいました…。




読了ありがとうございました!

今回は少し詩穂が空気すぎた気がします。
次回以降気をつけねば…。

感想・評価・誤字脱字の指摘等々お待ちしております。




※2018年 6/8
誠に勝手ながら、大幅に改稿・修正をさせていただきました。
ご容赦願います。


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第4話 どれいはかんべんです

第4話です。

お気に入り数が9件も…!?
こんな駄作を気に入ってくださる方が9名もいてくださるなんて…!

感激です!ありがとうございます!


奴隷(ドレイ)

アリアさんから発せられたその言葉は…余りにも、非現実的で。

というか、冗談にしか聞こえませんが。

彼女の表情は…至って、真面目。

ムスッとしたようなツリ目からは、冗談の類には感じられません。

どうやら聞き間違いやギャグではなさそうです…。

 

「というか、アンタ達。客に飲み物1つ出さないの?さっさと持ってきなさい!」

 

ぽふっ。

呆然としたままの私と遠山君を横目に。

もう話は終わった、と言わんばかりに。

アリアさんは堂々とソファに座りました。

 

「コーヒー!エスプレッソ・ルンゴ・ドッピオ!砂糖はカンナ!1分以内!さっさと動く!」

 

頭が痛くなってきました…。

傍若無人を通り越して、もはや暴君です。

口を『へ』の字にして腕を組み、我が物顔で座るアリアさん。

けれどその姿勢はやたらと綺麗で…。

顔も可愛い分、これだけメチャクチャやっても何故か絵になるのは不思議です。

 

遠山君は全てを諦めたのか、台所に向かいました。

きっとコーヒーを持ってくるのでしょう。

…遠山君を見ていて思う事は。

彼はどうにも、面倒事に巻き込まれた時は諦めてしまう癖があるようです。

私も人の事を言えませんが。

 

残された棒立ちの私は一応。

何かの間違いじゃないか、確認の為に尋ねます。

 

「…あの、アリアさん。ドレイって…」

「そのままの意味よ。あたしのために働いてもらうの」

 

残念ながら、想像通りの奴隷でした。

うわ、うわー。

こういう時…どうすればいいんでしょうか…。

 

淡い希望を打ち砕かれた私が、またも呆然としていると。

遠山君がコーヒーカップを一つ、持ってきました。

…おそらく、部屋に常備してあるインスタントのコーヒーが入っているであろうモノを。

アリアさんはカップを受け取ると、一口飲んで。

 

「……?これ、コーヒー?なんか変な味」

「それしかないんだから有難く飲めよ」

 

インスタントがお気に召さなかったのか、眉を顰めました。

………?

まるで、インスタントコーヒーを初めて飲んだような反応。

確かにインスタントとそうでないコーヒーは味が大きく異なりますが…。

インスタントに対して、『これコーヒー?』なんて普通言うでしょうか?

逆説的に考えると、アリアさんは。

『インスタントでないコーヒー』しか飲んだことがない?

 

またいつもの悪い癖で、考え込んでいる間にも。

遠山君とアリアさんは話を進めています。

 

「…ドレイ云々は置いておいて。今朝助けてくれた事に感謝はしている。それに…体育倉庫で、お前を怒らすような事を言ってしまったことは、謝る」

 

前置きをするかのように、遠山君が言葉を畳みかけます。

実際、前置きなのでしょう。

 

「でも、押しかけてくる必要はだな…」

「お腹空いた。話は後にしましょ」

 

遠山君が必死に抗議しようとしますが。

遮るようにアリアさんが空腹を主張します。

…段々わかってきました。

この人、さては超面倒くさくて超厄介ですね?

 

「なんか食べ物ないの?」

「ねーよ、帰れ」

「ね、詩穂。食べ物」

 

矛先が私に向きます。

うーん、正直この状況から脱したいので、私としてもアリアさんには帰って欲しいのですが…。

…アリアさんが、まるで威嚇するかのように。

 

「ね、詩穂?た・べ・も・の」

 

真っ白な太ももに直接付けた、レッグ・ホルスターをわざと見せびらかしてきました。

当然そこには、銀色に光る…コルト・ガバメント。

 

「…わかりました。私の料理でよければ、お作りします」

 

脅しに屈した私もまた、遠山君と同じように。

色々諦める事にしたのでした。

遠山君がガッカリしたように顔を手で覆うのが、印象に残りました…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………いただきます」

「いただくわ」

「ど、どうぞ」

 

冷蔵庫にあった食材で簡単にオムライスとサラダを作りました。

ダイニングのテーブルに集まり、何とも言えない微妙な関係の三人による夕食会が開かれます。

スプーンを片手に。静かに食べるアリアさん。

それを『はよ帰れ』と言わんばかりに不満げに見つめる遠山君。

そして、コミュ障な私。

…死ぬほど空気が悪い食卓です。

 

「うーん、不味くはないのだけれど。少しこう、味が薄すぎる気がするわ。もっと味は濃くした方が武偵ウケが良いと思う。それに品数も少ないわね。もう2,3品作りなさい。栄養が偏るし、彩も無いから華に欠けるわ」

 

食べながらありがたいお説教を下さるアリアさん。

中々失礼ですが、言っていることは強ち間違っていないので何も言えません。

…しかし。

口元を隠しながら話したり、食器で音を立てないように扱ったり。

素人目でもわかる、テーブルマナー、がアリアさんから感じられました。

実は、お嬢様だったりするのでしょうか…?

 

「ね、詩穂。聞いてる?」

「…え?あ、あっはい。今後とも改善を検討し善処していく所存でございます」

 

アリアさんの所作に見惚れてあんまり聞いていませんでした。

取り敢えずテキトーに答えたものの、私の回答に何故か満足したらしいアリアさん。

結局食事が終わるまで、アリアさんの講釈は続くのでした。

…遠山君は、絡まれないようにずっと視線を逸らしていましたが。

 

 

 

 

 

 

「………ごちそうさま」

「ごちそうさま」

「お、お粗末様でした…」

 

食事も終わり、お皿洗いも終わったところで。

再び私たちはダイニング・テーブルにて顔を突き合わせます。

 

「…改めて、聞きたい」

 

遠山君が仕切りなおします。

アリアさんは相変わらず腕を組んだまま。

続きを促すように、視線だけで遠山君を促します。

 

「そもそもドレイってなんなんだ。意味を説明しろ」

「あたしとパーティを組みなさい。今後は一緒に活動するの」

 

…パーティ。

武偵は、警官や自衛隊などと同様に。

パーティ…すなわち複数人でチームを組んで仕事に当たる事が多いです。

何なら武偵校2年生である私たちは、2学期末までに『チーム編成』と呼ばれる武偵同士のパーティを組む事まで義務付けられていたりします。

その『チーム編成』も単身(ひとり)で『チーム』を名乗ることが出来たりと中々適当なものだったりするのですが…。 

 

何はともあれ。

武偵がパーティを組むというのは、結構普通だったりします。

出会って初日の人と組む、というのは聞いたことはありませんが。

 

「…あのな。俺は強襲科だが、ランクはEだ。お前のランクなんざ知らんが、俺より他の武偵を選んだ方が身のためだ。茅間は知らんが。少なくとも俺には…ムリだ」

「……遠山君、Eランクだったんですか?」

「ああ」

 

武偵ランク。

武偵には、『武偵ランク』というモノが個人各々に評価としてついています。

E~Aまで格付けされ、Aに近づくほど武偵として優秀。

逆にEやDは…まぁ、普通以下、という感じです。

Aの上にはSというランクも存在します。

…が、日本でも数えるほどしかいない特別なランク。

Aランク武偵が何人束になっても、Sランクには歯が立たないそうです。

武偵ランクはもちろん年齢や武偵歴等で左右もされますが、基本的には実力・知識・実績が主眼に置かれます。

 

…しかし。

遠山君は今、自身で『Eランク』と言いましたが…。

私が聞いた噂だと。

彼は『元強襲科最強のSランク』。

…つまり、今はSランクではない。

けれどEランク、なんて急に転落することは…普通では考えられませんが…。

 

「あたしには嫌いな言葉が3つあるわ」

「頼む、会話をしてくれ」

「『ムリ』『疲れた』『面倒くさい』。この3つは、人間の持つ可能性を自ら押し留める良くない言葉。あたしの前では二度と言わないこと」

 

…うーん。

会話の途中で考え込んでしまう私もそうですが。

武偵っていう人たちは、会話が成立しない方が多い気がします。

そして彼女は特に…ひどい。

 

「詩穂。アンタは?」

「えっと、わ、私は…強襲科、Dランクです…」

「あ、そ」

 

悲しい事に、私は正真正銘Dランク。

しかも実力ではなく、ペーパー・テストの点数が良いから。

所謂、『お情け』でDランクなのです。

普通に武偵としてはEランクが妥当、一般人に毛が生えた程度の能力しかありません…。

アリアさんは興味を無くしたのか、はたまた武偵ランクをさほど気にしていないのか。

大したリアクションもなく、私のランクの話は流れていきます。

 

「…俺たちを選んだ理由がわからない。なんで、俺や茅間なんだ」

「太陽はなんで昇る?月はなぜ輝く?」

 

……。

何故か話が太陽と月に飛びます。

全く会話になっていません…。

 

「なんで、なんで、って。質問ばっかりの子供みたい。仮にも武偵なら、自分で情報を集めて推理しなさい」

 

そういうと、アリアさんは視線を私達から逸らして。

今度こそ『話は終わった』的な雰囲気を醸し出しました。

 

自分の要求しか突きつけず、相手のことなど聞き入れもしない。

…アリアさん。

この人、相当ヤバい人です。

台風とか地震とか、そういう天災じみた理不尽さを感じます。

 

「…話は、とりあえず考える。とにかく帰れ」

「そのうちね」

「そのうちっていつだよ」

「アンタたちが、あたしのパーティに入るって言うまで」

 

…うわぁ。

これは半分、というかまんま脅しですね…。

遠山君の『女嫌い』を考えると、メチャクチャ効果覿面です。

 

…それにしても、パーティ、ですか。

私では足を引っ張る未来しか見えません。

遠山君の意思は知りませんし、アリアさんが何を思ってこんなことを言っているのか理解はできませんが…。

何故アリアさんは、こんなことを言い始めたのでしょうか…?

 

 

 

急に。

興味が出てきました。

朝の爆破事件と、アリアさん。

彼女はまるで『わかっていたかのように』遠山君と私を助けてくれました。

そしてその後、急にパーティを組め、とここに押しかけて来た。

見えない繋がり(ミッシング・リンク)』。

そこに何が隠されていて、何が起こるのか。

知りたい。

知的好奇心が、鎌首を擡げます。

 

「………アリアさん。私は、パーティに入りますよ」

「へぇ」

「条件付きです。『遠山君がパーティに入るなら』、非力ながらも喜んで」

「…詩穂、アンタ…」

 

ぎしり。

音を立てて、頭が回転し始めます。

 

目的と、手段。

人が何らかの行動をする際、必ず行動の『目的』が存在します。

そしてその目的を達成するために『手段』を用いる。

あらゆる因果関係は、それら行動心理の結果に過ぎません。

 

アリアさんの目的。

少なくとも、『パーティを組む事』が目的ではないはずです。

これは、手段。

パーティを組むを事で成し遂げたい目的は別にあるはずです。

 

そして、今日の朝の爆破事件にて。

遠山君と私を助けた彼女ですが、それは予め『知っていたかのように』助けに来てくれました。

偶然居合わせただけ、かもしれませんが…。

もし知っていたと仮定するなら、彼女は何を知っていたのか。

 

『遠山君が事件に巻き込まれる』、もしくは『爆破事件が起こる』のどちらかを知っていた。

そう考えると、アリアさんの行動に説明が付きます。

 

「アリアさん」

「…な、なんかアンタ…怖いわよ?」

「目的は『遠山君』ですか?それとも『爆破事件』ですか?」

「…………!!」

 

アリアさんが目を見開いて。

遠山君もまた、驚いたように私を見ました。

 

「…やっぱり必要だわ。キンジも、詩穂も」

「答えてください。アリアさん」

「さっきも言ったわ。自分で調べなさい」

「調べています。アリアさん本人から」

「中々言うわね…でも教えない」

 

…なるほど。

『言えない理由』、もしくは『自分で調べて欲しい理由』があることもわかりました。

そこから類推できることは、『説明を面倒くさがっているか』、それか『腕試し』か。

私は引き下がれず、更に追求しようとすると。

 

「俺は、そこまで言うなら考えてやらんことはない」

 

遠山君が口を開きました。

そして視線で私をチラリ、と制します。

どうやら…話を終わらせるから口を挟むな、という事でしょうか。

 

 

 

そこで私は、ハッと気が付きます。

そうだ、私は一体何をして…。

大事なのは、事件の真実とかアリアさんの隠していることとかではありません。

今一番大切なのは、遠山君の意思とアリアさんの今後の挙動です。

 

「あっ、えっと、あ…ごめんなさい、アリアさん。無神経でした」

「え、ううん、いいわよ…別に」

 

アリアさんはまたも驚いたように、そう返しました。

遠山君も少しだけ驚きながら、話を続けます。

 

「…だが、当然納得もいっていない。だから調べるのも妥当だと思う。だが…俺たちでは力になれない。これだけは事実だ」

「そ」

「だからとりあえず今日は帰れ。検討するから」

「そ」

 

短く答えるアリアさん。

その割に椅子から立ち上がる気配はないので…。

多分、本当に私たちが首を縦に振らない限り帰る気はないのでしょう。

 

「大丈夫。あたしの目に狂いはないわ。朝、アンタ凄かったじゃない」

 

確かに、今朝の遠山君の射撃技術は物凄かったです。

アレを見ても果たしてEランクだなんて信じられるでしょうか…?

私はともかく、確かに遠山君を誘うのは理解が出来ます。

…あれ?

私、もしかして遠山君のおまけ…?

 

「…忘れろ。アレは」

「忘れろですってェ!?」

 

急に。

どかーん、とアリアさんが爆発するように叫びました。

顔を真っ赤に染めて、ツインテールをマンガみたいに逆立てて。

 

「あ、あ、あんな強猥まがいの事をして、忘れろって!!!最低!!最低!!!」

 

ドンドン、ドンドン!

と独特なリズムで地団太を踏み始めました。

これは…アリアさんステップ、とでも名付けましょうか…。

普通に下に住んでいる方に迷惑です。

 

「あた、あたしの事!脱がせたじゃない!!!」

「えぇぇっ!!??遠山君!?」

「誤解だ!」

 

ここにきて衝撃発言…!

遠山君、出会ったばかりの…この、幼児体形(ロリ)なアリアさんを…。

正直ドン引きです。

 

「出ていきなさい!変態!!」

 

私がドン引きしているうちに。

アリアさんは驚異の腕力で遠山君の首を掴むと、玄関までぶん投げます。

うそぉ…。

 

「反省するまで戻ってくるな!」

 

そのまま遠山君を玄関の外に放り出すと。

 

ばたん!

 

全力でドアを閉めてしまうのでした。

家主なのに…。

けれど、もしアリアさんを脱がせたとするなら。

これは十分な罰なのでしょう。

南無三。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、遠山君が追い出されてしまった後。

 

「詩穂。お風呂」

 

とアリアさんのご用命を受けました。

しかも遠山君が帰ってくるまでに終わらせたい、とのことです。

というわけで。

私とアリアさんはお風呂に入ることに。

…なぜ?

 

ちゃぽーん。

 

「…あ、アリアさん。私先に出ますので…」

「ダメ。湯舟にはしっかり浸かりなさい」

 

抵抗空しく、無理矢理湯船にぶち込まれます。

そのままアリアさんも入ってくるので。

結局、向かい合うようにして2人で浸かる事になりました。

少し湯舟が狭いですが…2人とも入り切ってしまうのは。

私もアリアさんも…こう、色々小さい、からですね…。

 

水面から浮かぶアリアさんのシルエットは、とてもキレイです。

真っ白な肌、柔らかそうなピンク・ブロンドの髪の毛。

赤紫色の綺麗で大きめな瞳。

彼女から漂う、独特な…ジャスミンにも似た甘くフローラルな香り。

植物にはあまり詳しくありませんが…きっと、ジャスミンではなくて。

これはきっと、クチナシの香り。

 

「…あの、えっと…アリアさん」

「なに」

「……調べますね。色々」

「ん。その上で…あたしと、組みなさい。」

 

そう、強めに言葉を発するアリアさん。

正面にあるその顔は、やっぱり凛々しいツリ目の真剣な表情で。

けれど…何故か、少しだけ寂しそうに見える。

気のせいなのでしょうか。

 

今朝、彼女と出会った瞬間を思い出します。

あの時彼女は、『長い付き合いになる』と言っていましたが。

まさかこういう事になるとは思ってもいませんでした。

 

…でも。

揶揄っている様子や騙している様子は見えません。

きっとアリアさんは、本心から。

私と…私達、と。

『長い付き合い』をしたい。

そう祈っているようにも見えて。

 

「……アリアさん」

「なによ」

「わ、私と…。えっと、友達…に、なってくれませんか?」

「へ?」

 

突然、不思議なことを言い出す私に。

当然アリアさんは面食らいます。

今更ながら、私も『何言ってるんだ私』感が出てきて。

わぁ、わぁ。

どうしましょう、めちゃくちゃ恥ずかしい事を言ってしまった気がします…!

 

「その、あのですね!えっと、私は友人があんまりいなくてですね…!」

「…ぷっ、あははは!」

「……あぅ…」

 

笑われてしまいました。

ツボに入ったのか、アリアさんはクスクス、とずっと笑っています。

 

「うぅ。もう上がります」

「あは、ごめんって」

 

アリアさんは一頻り笑った後。

微笑みながら、優しく答えをくれます。

 

「…あたしもね。今まで対等な友人なんて、いたことがないから。だから友人なんてわかんないけど。それでも良いなら…詩穂」

「……あ、え…それって…」

「そ。じゃあ…よろしく、詩穂!」

 

びしっ!

っと効果音でもつけるように。

アリアさんは私を指さします。

 

『ん!よろしくね、詩穂!』

 

…頭の中の、私の唯一の友人が重なります。

良かった。

私、茅間詩穂。

生涯二人目の友人、誕生です。

 

「……!はい!こちらこそ、です!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後。

お風呂から上がり。

脱衣所のドアを開けると。

洗濯カゴの近くに、黒い影。

その影は…私たちの衣服を、漁っていました。

 

「………と、遠山君…」

「へぇ……あたしを前に。怖いもの知らずもいたものね」

 

黒い影の正体は…遠山君。

流石に強い恐怖と貞操の危機を感じた私は、思わず声を失い。

アリアさんも声を低くして、心底ドン引きしています。

 

「ち、違う!これは誤解なんだ…!」

 

遠山君が立ち上がると同時に。

彼の手には、アリアさんの…下着。

 

当然遠山君の『誤解なんだ』は通るはずもなく。

アリアさんにボコボコにされ、またも彼は路頭を彷徨うのでした…。

 

後から聞いた話。

彼はアリアさんから武器を奪い、家から追い出す算段を立てていたそうです。

…本当なんですかね…。

信じていますよ、遠山君?




第4話、読了ありがとうございました。

なんだか思うように話が進みません…。。
スピーディに進めたほうが良いのでしょうか?


感想・評価・誤字脱字の指摘等をいつでもお待ちしております。


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第5話 きぞくってかっこいいです

第5話です。

お気に入り数が15件…!?
前回もやりましたが、こんな小説を気に入ってくださる方がいらっしゃるなんて…。
もはや嬉しすぎて寿命が縮んでいるのではと疑いそうです。



今回は理子ちゃんが大活躍?します。
詩穂との絡みが案外普通ではないかも…?


…ぴりりりり…。

目覚ましの音が鳴りました。

今日も一日が始まります。

 

「…ふぁー…ぁふ。」

 

あくびを1つ。

さて、今日も元気に参りましょう!

…っと、その前に…。

遠山君を起こしに行かないと、ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

制服に着替えた私は、遠山君の部屋に向かいました。

 

部屋の前に着くと、ノックの準備をします。

…いつもこのときは微妙に緊張します…。

なぜかは分かりませんけど。

いざノック!

 

「バカキンジ!ほら起きる!」

 

がすっ!

 

…なにやら暴力的な音と、特徴的な声が聞こえてきました。

この声は、アリアさん?

…ああ、昨日彼女は泊まっていったんでしたっけ…?

 

私の部屋はその…せ、精密機械的なものが散乱しているというかなんというか足の踏み場も無くそもそも人が泊まれないというか何と言うか…。

 

…というわけでアリアさんを断固として入らせませんでした。

だから遠山君の2段ベットのほうに寝てもらったんでしたっけ…。

 

…さて、朝ごはんでも作りましょうか…。

私は2人をスルーしてリビングのほうへ向かいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…よし!出来ました!

今日の朝ごはんは少し豪華です!

 

理由は2つ。

1つは、アリアさんがいるからです。

3人分ともなると、やはり多めに、豪華になってしまいます。

そしてもう1つは…!

昨日の『普通』とかいう評価に少し傷ついたからにほかありません!

 

もう普通とは言わせません!

 

とかなんとか考えていると、2人が喧嘩しながらリビングに来ました。

さて、朝ごはんの時間です…!

 

「2人とも、おはようございますっ!」

「ああ、おはよう詩穂。」

「…おはよう…。」

 

と、遠山君が朝からテンションが低いです…。

やっぱりさっきの暴力的な音って…。

 

…まぁいいです。

今は私の最高の朝ごはんを食べてもらうことが優先です!

 

「2人とも!とにかく朝ごはんにしませんかっ!?」

「え、うん…。詩穂、あんたなんでそんな気合入ってるのよ…?」

「いいですから!とにかくいただきましょう!」

「わ、わかったわ…。」

 

若干私の高めのテンションに引き気味ですが、食べてもらうことには成功したようです!

 

さあ、運命の評価は…!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…普通ね。」

「普通だな。」

「うわああああん!」

 

結論。

私の料理は、普通です…。

 

「え、いや、ううん!卵焼きはおいしいわよとっても!」

「そ、そうだ!卵焼きは唯一うまかったぞ!」

「ちょっとバカキンジ!」

「うわああああん!どうせ私の料理は卵焼きしかおいしくないですよー!」

 

不意な私のガチ泣きに2人はフォローをいれてくれます。

うぅ、2人とも優しいですが悲しいです…。

 

それからたっぷり10分ほど泣きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、そんな日の翌日。

私は理子ちゃんに会いに行きました。

 

「おまたせー、詩穂!待ったー?」

「いえ、私も今来たところですよ。」

 

今日彼女を呼んだのは調査内容を聞くためでした。

アリアさん…彼女の調査依頼。

どうもアリアさんが気になってしまったのです。

理子ちゃんは情報収集能力がとても高いです。

今回の私の依頼にはもってこいの人でした。

 

「さて、今回のことはアリアさんには秘密ですよ?」

「もっちろんだよー!」

「はい。じゃあ、今回の報酬ですよ。」

 

私は鞄から紙袋を取り出します。

中身は…。

 

「おおー!さすが詩穂っ!わかってるねぇー…。」

「ふふふ、とーぜんです。」

 

私イチオシのゲームの数々でした。

マイナーですが素晴らしいグラを誇るRPG。

CVの質がいいギャルゲー。

やり込み要素の高い格ゲー。

敵の強さがえげつなくクソゲー扱いされるも、クリア後のやりきった感と良質なストーリーが売りのSTG…。

 

どれも、素晴らしい良ゲーばかりです。

 

「しかもどれもナンバリングなし、と…。ほんとに詩穂はわかってるなー。」

「いえいえ、理子ちゃんとは長い付き合いですから。」

 

彼女はなぜかナンバリングされたものを嫌います。

…バイオ4とか良作なのに、やらないのはもったいないです…。

 

「じゃあ、教えてください。理子ちゃん。」

「うん、もちろんだよ!」

 

理子ちゃんは普段クラスの子や友達などにはふざけたような…言ってしまっては申し訳ないですが、おバカな感じの話し方や行動をとります。

でもなぜか私にはそういった言動はとってくれません。

 

…信用されていないのでしょうか?

 

「ふふ、詩穂からの依頼なんて珍しいからねー。普通の人には伝えないようなすっごい情報も教えちゃうよ!」

「おおー!太っ腹ですー!」

 

…それとも信用されているんでしょうか?

本当にこの子は何を考えているのか分かりません…。

 

「っと、その前にー。」

「はい?」

「そのー…詩穂は、その…。」

「…?」

 

いつになく歯切れが悪いです。

どうしたのでしょう…?

 

「…怒ってないの?」

「へ?何をですか?」

「だから、その…き、教室で私が、キーくん同棲してることを言っちゃったこと…。」

「…ああー。」

 

そういえばそんなこともありましたね…。

そのあとの夜色々ありすぎてすっかり頭から消えていました…。

 

「…確かにあの時はびっくりしました。でも、別に怒ってはいませんよ。」

「うう、ほんと?」

「ええ、もちろんです。どうせいつかバレてしまうことでしたし、あの時バレようといつバレようとあんまり関係ないですしね。」

「うぅ…詩穂ーっ!」

「うわっ!?」

 

理子ちゃんが不意に抱きついてきました。

…若干苦しいのと胸が当たっているのが微妙につらいです…。

 

大きいです…。

ずるいです…。

 

「詩穂に嫌われたらどうしようかと…。」

「…嫌いになんてなりませんよ。なるわけないです。」

 

…理子ちゃんを嫌いになったら私、真のぼっちになっちゃうじゃないですか…。

 

「よかったー。それを聞いて安心したよー…。」

「ふふ、良かったです。…でも、私なんかに嫌われようと理子ちゃんは友達がたくさんいるから大丈夫でしょう?」

 

そう。

私とは違い、彼女にはたくさんの友達がいます。

悲しいですが、私はどうでもいいんじゃないでしょうか…?

 

「そんなこと無いよ!」

「ふぇっ?」

「私にとって詩穂だけは特別!詩穂だけは…。」

「り、理子ちゃん?」

 

理子ちゃんが真剣な顔でそういいました。

私だけは…特別?

なんだかとってもうれしいです…。

でも、どうして…?

そういえば、他の人の前では自分のことを『理子』と呼びますが、私の前では『私』を使います。

実はほんとに私って特別?

…えへへ…。

 

「詩穂ー?依頼内容だよね。」

「え…?あ、はい。」

 

緩んだ頬を引き伸ばします。

…伸ばしちゃダメです。

引き締めましょう。

 

「まず…武偵ランク。強襲科ではSランクだよ。」

「え、Sランク!?」

 

しょっぱなから、とんでもない情報が来ました。

そんな…。

高校生でSランクなんて。

そんな人はほとんどいないはずです…。

この学校でも何人かいるとは聞いていましたが、アリアさんがそうだったなんて。

…すごい人と知り合ったものです。

 

「うん、すごいよこれ。徒手格闘もすごくうまくて、流派はバリツ。」

「バリツ…バーリ・トゥードですか。」

「拳銃とナイフの扱いも天才級で、どっちも2刀流だってさ。」

 

ちょっと待ってください。

徒手格闘も出来て銃の扱いもナイフの扱いもうまい…。

近距離から中距離までは最強って事ですか!?

めちゃくちゃなチートキャラじゃないですか…。

 

「2つ名まであるんだよ。」

「2つ名まで!?」

 

今日の私は驚いてばっかりです。

2つ名。

優秀な武偵には、2つ名が自然とつきます。

アリアさんは、2つ名まで持っているというのでしょうか。

 

双剣双銃(カドラ)のアリア。それが彼女の2つ名だよ。」

「双剣双銃…。」

 

武偵では、2刀流または2丁拳銃のことをダブルからもじってダブラといいます。

4つをクアトロ、またはカトロといいます。

それをもじったのでしょう。

 

「まだまだあるよ。アリアはイギリス出身で、ロンドン武偵局としてヨーロッパで活動してたんだ。その間…。」

「……。」

 

理子ちゃんは驚きの言葉を告げました。

 

「一度も、犯罪者を逃したことが無いんだってさ。それも、全て一度の強襲で。、99回連続で。」

「え、あの…ちょっと待ってくださいね。」

 

犯罪者を捕らえるためには犯人に直接接触しなくてはいけません。

それを武偵では強襲といいます。

普通なら何度も何度も強襲して逮捕するものですが…。

1発で逮捕、それを99回連続…?

 

頭が痛くなってきました。

化け物みたいに凄い武偵じゃないですか…。

 

「…そろそろいいかな。」

「…はい。大丈夫です。」

「じゃあ次の情報。アリアは母親は普通の日本人。父親は日本人とイギリス人のハーフだそうだよ。」

「…クォーターですね。」

 

確かに神崎・H・アリアって外国人っぽいですね。

てっきりキラキラしたネームなのかと…。

 

「で、イギリスのほうのミドルネームが『H』だそうだよ。」

「なるほど。」

「凄く高名な一族らしくてね。おばあちゃんはDame(ディム)の称号を持っているそうだよ。」

「Dame…ギャルゲーで見たことがあります。確か、イギリス王家が授与する…って、アリアさんはもしかして…。」

「そう。ガチの貴族だよ。」

 

うわぁ…。

なんなんでしょう、アリアさん…。

もう色々とやばい人ですね…。

 

「でも、アリアはその『H』家とはうまくいってないんだって。だから家の名前を言いたがらないんだよね。」

「…理子ちゃんは、知っているんですか?」

「…知りたい?」

「…はい。」

 

理子ちゃん。

ネット中毒で、ハッキングが得意。

だから、情報収集がうまい…ということになっています。

 

でも、違います。

私だってネット中毒でハッキングだって出来ます。

だからこそ私は理子ちゃんに頼る前に大体のことは自分で調べられます。

しかし理子ちゃんは違います。

 

ネットが好きでハッキングも出来る。盗聴盗撮も出来る。

それだけじゃ、こんなに詳しい情報は調べられません。

そして情報を集める速度も異常に早い。

彼女にはなにかあります。

…まあ、藪蛇が怖いので突っ込みませんが。

今回は自分でも調べようとしましたが、早くアリアさんのことを知って力になるべきだと思い理子ちゃんに依頼しました。

 

「誰にも、もちろんアリアにも言っちゃダメだよ…。」

「はい、わかりました。」

「…『ホームズ』。」

「…え?」

「ホームズ。それが彼女のミドルネームだよ。」

 

ホームズ。

イギリスで高名な貴族、そしてホームズ…。

 

「まさか、彼女は…。」

 

まさか、そんなはずは無いはずです…。

そんな奇跡があったら、私はなんて人と友達になってしまったのでしょう…。

 

「シャーロック・ホームズの子孫…!?」

「…ご名答。」

 

シャーロック・ホームズ。

この世で最も有名な探偵。

探偵でありながら、拳銃の名手で徒手格闘の達人。

 

…アリアさん、ごめんなさい…。

私、次にあなたに出会ったら敬礼してしまいそうです…。

 

「さすがにこれは私もびっくりしたよ。…まさかアリアが、ねぇ。」

「……?」

 

あれ?なんでしょう…。

今、違和感が…。

まるで、驚いたような素振りを見せません。

確かに知っていることをなんだってーみたいに驚かれても不自然ですが。

 

彼女は明らかに今、知っていました。

 

アリアさんが、ホームズであることを。

 

まるで、元々知っていたかのように。

 

「理子ちゃん…。」

「…さあ、私から言えることはこのぐらいだよ。私はこの後も依頼の用事があるから!ゲームありがと。じゃーねー。」

 

彼女は逃げるように行ってしまいました…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家に帰ると、アリアさんが先に帰っていました。

遠山君はまだいません。

 

「ただいまですー…。アリアさんに鍵って渡しましたっけ?」

「あら、私は武偵よ?」

 

…簡単なことでした。

ピッキングですねわかります。

この言葉だけで通じるなんて、武偵って便利な言葉ですね。

そんなアリアさんは、手鏡を見て枝毛を探しています。

…わかります。暇なとき、やっちゃいますよねー…。

仕上げにさっさっと前髪を整えると、手鏡をしまいました。

 

「そういえばアリアさん、おでこ、かわいいですね。」

「あら、わかってるじゃない。これはあたしのチャームポイントよ。イギリスで女の子向けのヘアカタログに載ったこともあるんだから。」

「ほえー…。」

 

すごいです。さすが貴族さんです。

…とは口に出しませんけど。

私は調べはしますがそのことをわざわざ言いふらしたり本人に告げることはありません。

理由は2つ。

1つはそんな趣味は無いということ。

もう1つは、情報とは使いどころ。

切り札にもとどめの一撃にもなる、最強の武器。

情報とは隠すものだと私は思っているからです。

 

さて、アリアさんと談笑していると、遠山君も帰ってきました。

 

「おかえりなさい、遠山君。」

「…ただいま。どうやって入った、アリア。」

「あたしは武偵よ?」

 

…アリアさん、その返し方気に入ったんですか…。

 

遠山君は私がバックを持ったままアリアさんと話しているのを見て、アリアさんが先にいたことまでを推理してからアリアさんに質問したようです。

…さすがに武偵ですね。

そんなどうでもいいことからどうでもいいことを推理するとは…。

 

「まったく…。貴族様がやることとは思えないな。」

「…あたしのことを調べたわね?」

 

遠山君は洗面所で手を洗いながら、アリアさんに指摘します。

アリアさんはなぜか嬉しそうにそれを返します。

…なぜ?Mなのでしょうか…?

調べられて喜ぶへんたいさんなのでしょうか…?

 

「ちょっと。失礼なこと考えてない?」

「か、カンガエテマセンヨー。」

 

…女のカンは恐ろしいです…。

 

「お前、1人も犯罪者を逃したこと無いんだってな。」

「…へぇ。そんなことまで調べたんだ。武偵らしくなってきたじゃない。でも…。」

 

アリアさんは壁に寄りかかると、片足をぷらぷらさせつつ言いました。

 

「こないだ、1人逃したわ。生まれて初めてね。」

「へぇ、凄いヤツもいたもんだな。誰を取り逃した?」

 

…おやおや?理子ちゃんの情報に間違いがあるなんて。

珍しいこともあるものですね。

遠山君はガラガラとうがいを始めました。

 

「あんたよ。」

「ぶはっ!?」

 

遠山君は盛大に水を噴き出しました。

…ああ、この前言っていたアリアさんを脱がしたどうこうですか。

遠山君、逃げ切ったんですか…。

ということは、初めてアリアさんと会ったあの時はアリアさんが遠山君から逃げられた後…?

よくSランク武偵から逃げ切れましたね…。

…うん?そんなわけありません。

SランクとEランクは天と地ほどの差があります。

逃げ切れるはずが…ありません。

 

「お、俺は犯罪者じゃないぞ!なんでカウントされてんだよっ!」

「強猥したじゃないあたしに!あんなケダモノみたいなマネしといて、しらばっくれるつもり!?このウジ虫!」

「遠山君、そんなことまでしたんですか!?」

「してねーよ!あれは不可抗力だ!」

「うるさいうるさい!」

 

遠山君、もしかしたらあんなことやこんなことをアリアさんに…!

私の顔が赤くなっていくのを感じます。

…うう、もしかしたら私も今夜…!

 

「と、遠山君!アウトです!そんなことをしてはいけません!」

「だから違うって…!」

「だめですだめです!そんなところにさわったら…!」

「…詩穂?」

「…っは!」

 

アリアさんが怪訝そうな目で私を見ます。

…アウトなのは私でした…。

 

「…と、とにかく!あんたはあたしのドレイにしなきゃいけないの!あの時あたしから逃げ切ったパワーをもう一度見せてみなさい!」

「…っく、あの時は偶然逃げ切れただけだ!」

「ウソよ!アンタの入学試験の成績、Sランクだった!」

「…え、ほんとですか遠山君!?」

 

遠山君が入学当初はSランク…!?

って事は、私の周りにいるのはSランクばっかりじゃないですか!

…恐ろしいことです…。

むしろこの2人を怒らせてはまずいです…。

冗談抜きで死んでしまいます…!

 

…でも、やっぱりおかしいです。

元Sランクの人間が、Eランクになることなど…ありうるのでしょうか?

それこそ、ランク付けのテストをサボったり、余程のことが無い限りは…?

 

「と、とにかく今はムリだ!」

「今は?ってことは何か条件でもあるの?言ってみなさいよ、協力してあげるから。」

 

遠山君はなぜか顔を赤くしてうつむいてしまいます。

…?なぜでしょうか…。

しかし、条件付でSランクほど強くなれる、というのは確定らしいですね。

遠山君がわざわざ自滅してくれたおかげで。

 

「教えなさい!その方法!ドレイにあげる賄い代わりに、手伝ってあげるわ!」

「……!」

 

遠山君が後ずさり、それをアリアさんが追いかけるように一歩踏み出します。

…日も暮れてきて、部屋が薄暗くなってきました…。

遠山君が凄く困った顔でこっちをチラッと見ました。

…仕方ないです。

 

「…そろそろご飯にしましょうか。」

「そ、そうだな!アリア、飯にするってさ!」

「…そうね。そろそろおなかもすいてきたし。」

 

アリアさんは渋々、といった風に同意してくれました。

食欲には勝てない、ということでしょうか…。

 

私は台所に立つと、軽くお料理を始めました。

もう開き直りましょう。

普通で何が悪いんじゃあ!

 

「…出来ましたー。」

「じゃあ、いただきましょうか。」

 

…自分でも食べてて普通だとは思いますよ…。はい…。

そういえば、アリアさんに言っておきたいことがありました。

 

「…ところでアリアさん?」

「何よ。」

「食事前におやつは控えて欲しいです。」

「うぐっ!」

 

彼女は、いつもおやつとしてなのか『松本屋』の『ももまん』を食べています。

ももまんとは、少し前に流行った桃の形をしたあんまんです。

…じゃあ別にあんまんでもいいじゃないですか…。

 

「しょうがないじゃない…。おいしいんだもの…。」

「別に食べるなとは言ってないです。ただ、お食事前にも食べるのは良くないです。」

「…はーい。」

 

さすがに私が料理している後でももまんを食されると傷つきます。

いえ、確かに私の料理は普通かもしれませんが…。

 

「…茅間。お前の意見を聞きたい。」

「え?」

 

不意に、遠山君が私に意見を求めてきました。

…なんの意見でしょう?

 

「…ももまんもおいしいと思いますよ?」

「いや、そうじゃなくてだな…。お前は、アリアのパーティに入りたいと思うか?」

「私は…。私は、遠山君が入ると言ったら…。」

「そうじゃない。お前の本心としてはどうなんだ?」

 

…私の、本心。

確かに私は遠山君を盾にして、自分の意見を2人には伝えていなかったです…。

 

「私は…。友達のためなら、なんでもしてあげたいです。だから、アリアさんの力になってあげたい…です。」

 

「…そうか、わかった。」

 

遠山君は何かが吹っ切れたように少し笑いながら、そう言いました。

 

「仕方ない。アリア、俺をお前のパーティに入れてくれ。」

 

「…え!いいの!?」

「ああ。もう意地張ってお前を突っぱねるのがバカらしくなってな。」

 

遠山君がとうとうアリアさんのパーティに入ることを決意しました。

…とても、急に。

 

「…遠山君。本当にそれだけですか?」

「…ああ、そうだ。」

 

…彼は女嫌いで有名です。

わざわざ自分から女が2人いるパーティに入りたがるでしょうか?

彼はついさっきまで嫌がっていたはずです。

こんなにも早く、気が変わるものでしょうか?

何か…裏があるはずです。

 

「しかし条件がある。」

「え?」

「この後最初に起こる事件を一件、3人で解決しよう。そのあとで本当に俺たちがお前の仲間にふさわしいか、見極めて欲しい。」

「…わかった、わ…。」

 

つまり。

彼は、私と遠山君がどれだけ使えないかを見せ付けることで本当に私たちとパーティを組むべきか、アリアさんに吟味してもらおうとしているのです。

 

実質Eランク武偵1人と、現在Eランク武偵1人。

このヘロヘロ2人をよく吟味して、あきらめるんだったらあきらめてくれ、と。

 

これは遠山君の最後の警告にして、一番の大勝負でした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ところで、ご飯冷めちゃいますよ?」

 

あとから聞いたところ、私のご飯は冷めても普通だそうです。

…普通って一体…。




読了、ありがとうございました!

キンジ君が原作よりも武偵に前向きなためか、少し原作とは違った流れで最初の事件にあたります。

どうかご了承ください。

そして詩穂の洞察力が少し高いのは皆さんもうお察しでしょうか?
彼女は1年間、人間観察だけで学校生活を乗り切ってきましたから…。




感想・評価・誤字脱字の指摘等々を永遠にお待ちしております。


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第6話 げーむはだいすきです

第6話です。

今回は、話の性質上メタ発言が多めです。
…メタ発言というか、危険な発言というか…。




いろんな意味で消されないか心配です。


「おーうキンジ!死んじまえー!」

「るせー夏海。お前こそ俺よりコンマ一秒でも早く死ね。」

 

「ようキンジ!とっとと死んでくれマヌケ!」

「マヌケに言われたかねーよお前こそ死ね三上。」

 

今日は強襲科に訓練に来ていました。

…遠山君、アリアさんを連れて。

というのも、アリアさんが普段私たちがどんな訓練をしているのか気になったから、だそうです。

 

…さっきから物騒な単語がやり取りされていますが、この『死ね』というのは強襲科特有の挨拶なのだそうです。

初めてここに来たときはかなりびっくりしましたが、もう慣れてしまいました。

 

…え?

私に挨拶が来ない?

当たり前じゃないですか、やだなー。

 

「…それで、えーっと…訓練、でしたっけ?」

「そうよ!あんた達の訓練内容、かなり気になるわ!」

 

…いえ、いたって普通なのですが。

 

「さあ、見せてみなさい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

訓練終了後…。

帰路に三人で着きます。

 

「…地味だったわね。」

「そりゃそうだろ。」

 

アリアさん…。

一体何を期待していたんですか…。

 

「…にしてもキンジあんた、人気者なんだね。ちょっとびっくりしたよ。」

「あんな奴らに好かれたくない。」

 

…遠山君、その気持ちは少し理解できます…。

確かに少し凶暴というか…怖いですよね。

強襲科。

通称、『明日無き学科』。

この学科の卒業時の生存率は97.1%。

つまり、100人に約3人は任務または訓練で死亡しています。

…常に死と隣り合わせ。

そんな恐ろしい学科なのです。

 

「あんたって人付き合い悪いし、ちょっとネクラ?って感じもするんだけどさ。ここのみんなは、あんたには…なんていうのかな、一目置いてる感じがするんだよね。」

 

…言われてみれば、確かにです。

みんな、私のことは

「…っは!Dランクとかww」

みたいな目で見てくるのに、遠山君のことはどこか尊敬しているような目で見ていました。

 

「…気のせいだろ。」

「でも、キンジが皆に囲まれて歩いてるの、かっこよかったよ。」

 

あ、アリアさん、ずるいです…。

…ん?

何がずるいんでしょうか?

でも…遠山君のことを褒めるのは、どこかずるい気がします…。

 

「あたしなんか、強襲科では誰も近寄ってこないからさ。実力差がありすぎて、誰も、合わせられないのよ…。まあ、あたしは『アリア』だからそれでもいいんだけど」

「…『アリア』。独唱曲、ですね?」

「そう。1人で歌うパートのこと。あたしは、ロンドンでも、ローマでも…。」

 

アリアさんは寂しげに瞳を伏せ、どこか遠くを見ながら言います。

 

「ひとりぼっち…。」

 

私のぼっちとは、性質が違いました。

私はただ、努力をしなかっただけの自業自得。

アリアさんは…。

周りとそもそも、合わせられなかった。

Do notではなく、Can not。

それはあまりにも過酷で、あまりにも容易に想像できる悲しさでした。

 

「でも、これからは俺と茅間がお前に加わるから、『トリオ』になるな。」

 

クスクス、とアリアさんは遠山君の発言に笑いました。

…どこに笑える部分があったのでしょうか?

 

「あんたも面白いこと言えるんじゃない。」

「面白くないだろ。」

 

面白くないです。

人の笑いのツボはわからないものです。

 

「俺はゲーセンに寄ってく。お前らは先に帰れ。」

「ゲーセンですか…。私もついて行っていいですか?」

 

ゲーセンなんて最近は行ってませんでしたから、この機会に行きましょう。

…久々に腕がなります。

 

「…来たければ来い。」

「はーい。」

「ねぇ、詩穂。『げーせん』って何?」

 

おっと…。

アリアさんはイギリスに住んでいたから知らないかもです。

 

「ゲームセンターの略です。たくさんゲームが置いてあるんですよ。」

「ふーん…。じゃあ、あたしも行くわ。」

「…なんでだよ、帰れ。」

「なんであたしだけダメなのよ。」

「…っくそ、勝手にしろ!」

 

私についていくことを許可した手前、アリアさんがついていくことも断れないようです。

 

かくして、私たちはゲーセンに向かうのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、2人は好きにまわっててください。私はちょっくら全部やってきます。」

「え、おい全部って…。」

「では、また後ほど!」

 

ゲーセンにつくと、早速私はゲームの世界へと旅立っていきました…。

 

まずは定番のヤツからですね!

 

 

 

 

 

…ドドドドドドドド!…

 

…フルコンボダドーン!

 

「…やべぇぞあの子…!」

「めちゃくちゃうまいじゃん…。」

 

くそう、やはりハタラクは全良取れないですね…。

ていうかなんですかこの新曲のドンカマって。

初見でクリアギリギリ…。

2クレつぎ込んでもフルコンすら取れないなんて…!

うぅ、もういいです!

次は別のをやりましょう!

 

 

 

 

 

 

…タカタカタン!タカタカタン!タカタン!タカタカタン!タカタカタン!タカタン!…

 

…フルコンボ!ランクダブルエス!

 

「…なんだよあの子…。」

「フレグラをグレ1とか頭おかしいだろ…。」

 

…なまりましたね。

フレグラぐらいオルパ取れてたんだけどなぁ…。

そしてやっぱり新曲おかしいです。

なんですかこの…なんて読むのか知りませんがヴェルなんとか!

やっぱりフルコン取れません…。

 

くそう、もう音ゲーはいいです!

 

次は峠でも攻めてやるです…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくすると、遠山君たちが迎えに来ました。

 

「…詩穂、そろそろ帰るぞ。」

「…わかりました。このクレが終わったらでいいですか?」

 

今私は一週回って達人にいそしんでいました。

 

…ドドドドドドドドド!

 

「に、人間の動きなの?これ…。」

「さぁ…。」

 

…フルコンボダドーン!

 

「…よしっ!」

 

ようやくドンカマがフルコン出ました…!

まだまだ全良はきつそうですけども。

 

「明日また来ましょう。」

「…詩穂、アンタなんか凄いのね…。」

「…お前の手どうなってんだよ…。」

 

ドン引きされてしまいました。

…ぐすん。

 

「…あれ?2人とも、携帯についてるストラップが一緒ですね。」

「うぐっ!」

 

遠山君がなぜかギクッとした感じで携帯を隠しました。

アリアさんも少し顔を赤くして携帯を隠してしまいました。

 

「…それ、下のクレーンゲームの…なんでしたっけ?」

「ど、どうでもいいだろ!さっさと帰るぞ!」

 

そういうと遠山君はさっさと行ってしまいました。

アリアさんもトテトテと遠山君についていってしまいます。

 

「ま、まってくださいー!」

 

急いで2人を追いかけると、3人で仲良く帰宅しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、帰宅後…。

 

「ってなんでまだいるんだよ!」

「いいでしょ?あたし、この部屋が気に入ったの!」

 

なぜかアリアさんもいました。

アリアさんは初めてこの部屋を訪れたとき、パーティを組むまで帰らないといって無理矢理泊まっていきました。

しかし、今は仮とはいえパーティを組みました。

つまり、アリアさんがここに泊まる理由が消えてしまったのです。

 

「帰ってくれ…!俺は女が苦手なんだ!」

「じゃあ詩穂は何でいいのよ!」

「うぐっ…。そ、それはだな…。」

 

…まあ、そうなりますよね…。

私に女の魅力が無いからですよ、アリアさん…。

 

「…くそっ、もう勝手にしろ…!」

「そうそう。それでいいのよ。」

 

アリアさんがふふん、と胸を張ります。

今日の遠山君はアリアさんに言い負かされてばっかりですね。

大半の原因は私なのが心苦しいです…。

 

「…はぁ。茅間、そろそろ飯にしてくれ…。」

「はーい。」

 

もうそんな時間でしたか。

ではご飯を作りましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「…ごちそうさま…。」」

「おそまつさまでした。」

 

…さて、お皿を洗いましょう…。

食事のたびに心が…。

なんであんなにテンション低くごちそうさまって言うんですか…。

 

「じゃああたしはお風呂入ってくるから。…覗いたら殺す。」

「覗くかっ!」

 

アリアさんはまだ遠山君が服を漁っていたことを根に持っているようです。

遠山君曰く誤解らしいですが…。

遠山君、アリアさんに誤解多くないですか?

アリアさんは着替えを持って、さっさとお風呂に行ってしまいました。

 

…この機会です。

遠山君に聞いておきたいことを聞いておきましょう。

 

「…遠山君。事件を1つ3人で解決する…って、たとえどんなに小さくどうでもいい事件でも1つですか?」

「ああ。そして、どんなに大きな事件でも…な。」

 

…本当に大勝負ですね。

 

「…正直、こうでもしないとアリアは多分分かってくれないだろうな。俺たちが…いかに、期待はずれか。」

「…そう、ですね…。」

 

まあ、そもそも私はカンで選ばれたわけですから…。

私には期待など一ミリもしてないでしょうけど。

 

「…どうなることやら、です…。」

 

そして次の日。

その約束の『事件』が起きるとは予想だにしていませんでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぴりりりりりり…。

「んぅー…。」

目覚ましが鳴ります。

今日も一日、がんばりましょう!

 

 

 

 

「…がんばりたくないです。」

「何を言っているんだお前は…。」

 

外は結構強めの雨がザーザー降っていました…。

雨ってテンション下がりますよね…。

 

朝ごはんを食べた後、出発の準備をします。

制服に着替えて…っと。

いつも思いますが、何で皆さんはあんなにスカートが短いんでしょう?

防御できる面積も増えるし、長いほうが見えないし便利だと思うんですけど…。

 

そうこうしているうちに、いい感じの時間になりました。

 

「ほら、さっさと行くわよ!」

「…あ?まだバスには早いだろ?」

 

自分の腕時計を見ると…まあ確かに最終バスの7時58分には早いですが…。

いつもこんなにギリギリのバスに乗っているのでしょうか?

 

「ほら、まだこんな時間だ。」

「…あら、あたしの時計が間違ってるのかしら?」

 

遠山君がアリアさんに腕時計を見せます。

アリアさんも男子寮からの通学に慣れていないためか、遠山君の言葉を信じています。

 

…まあ、確かに男子寮からは遠山君が一番通い慣れてるはずですし…。

彼に従い、もう少しのんびりしましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかしい…。」

「ちょっと、どういうことよ!」

 

さて、バス停まで行くと。

7時58分のバスがすでに来ていました。

遠山君もあれ?という顔をしています。

 

「やった!乗れた!やったやった!おうキンジおはようー!」

 

ひときわ大きな声がしたのでそちらのほうを向くと、大柄な武藤君がバスのタラップのところで万歳していました。

 

「の、乗せてくれ武藤!」

「そうしたいが満員だ!女の子2人と仲良く歩いてきなっ!」

 

ぷしゅー…。

そう叫ぶ武藤君を乗せ、バスは行ってしまいました…。

 

……。

遅刻、確定です…。

 

「…あーあ、一時間目はサボりじゃない。どうしてくれんのよ…。」

「…スマン。」

「遠山君…。仕方ありません、歩いていきましょう?」

「それしかないわね。」

 

というわけで、3人で歩いていくことになりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プルルルルル…。

無駄に長い学校までの道を歩く途中。

誰かの携帯が鳴りました。

 

「あ、ごめんあたしだわ。」

 

どうやらアリアさんのようです。

アリアさんは電話を受けると、電話の主とぼそぼそと話し始めました。

 

「…スマンな、茅間。俺のせいで遅刻になっちまって…。」

「いえ、遠山君のせいではありませんよ。時計がたまたまずれていただけでしょう?」

「…そういってもらえると助かる。」

 

遠山君は苦笑とともに返します。

その姿に、何故かあのかっこいい遠山君が重なってしまい…。

 

「…あぅ…。」

 

そしてそのときの出来事を思い出してしまいました…。

うぅ、人生初のお姫様抱っこを彼氏でもない人に取られてしまいました…。

 

「……どうした?茅間?」

「ご、ごめんなさい遠山君…。しばらく話しかけないでください…。」

「あ、ああ…すまない。」

 

赤くなっている顔を見られたくないから、話しかけるなといってしまいました…。

でも遠山君はなんだかよくわかっていない様子でしたが、無理矢理納得したようです。

はぁ、それにしても…。

あのときの遠山君、いつもより声も仕草もかっこよかったなぁ…。

なんだか芸能人と会ってるような…。

でも、いつもの遠山君とは全然違いました。

なによりも、普段遠山君からは感じない知性?というか…。

そういったものを感じました。

 

つまり、なんだったのでしょう?

一番ありうる可能性としては二重人格ですが…。

でも、二重人格なら記憶は引き継がれない場合がほとんどです。

つまりまぎれも無く彼であるということになるのですが…。

 

…って、なに真面目に考察しているんでしょう。

遠山君にあのことは忘れろと言われたはずなのに…。

 

「…わかったわ。すぐ行く。」

 

どうやらアリアさんの電話が終了したようです。

…すぐ行く?どこへでしょうか…?

 

「ちょうど強襲科のそばで良かったわ…。」

 

アリアさんは立ち止まると、何がなんだかわからない私たちに向き直りわかりやすく端的に告げました。

 

「あんたたち、事件よ!」

 

…約束の、最初の1つの事件。

それは、私たちにはあまりにも大きい事件でした。




読了、ありがとうございました!


今回は少し短いかもです。
でもキリがいいので切ってしまいました。
ご了承ください。

ちなみに自分は音ゲーは好きですが、全然うまくありません。

あと詩穂の「料理の味が普通」という特徴が使いやすすぎて…。
なんだか毎回詩穂の普通な料理が出てきそうです。


感想・評価・誤字脱字の指摘等々を、全身全霊お待ちしております。


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第7話 やくそくのじけんです

第7話です。

少々忙しく、更新が遅れてしまいました。
本当に申し訳ありません。



今回は事件のお話です。
シリアス一直線なので、笑える部分はあまり無いと思います。
ご了承ください。


現在、朝の8時30分。

私たちは女子寮の屋上にいました。

 

…というのも。

私と遠山君は、アリアさんに状況もさっぱりわからないまま装備を整えさせられてここに連れてこられたのでした。

遠山君の装備はいわゆるC装備。

特殊な素材で出来た丈夫な防弾ベスト、強化プラスチックのヘルメット。

無線用のインカムと指が露出している、いわゆるフィンガーレスグローブ。

ガッチガチの攻撃用装備です。

映画に出てくる特殊部隊を想像していただけるとわかりやすいです。

 

対して、私の装備は。

防弾・防刃性能のある雨合羽のような透明な何か。

そして、これまた防弾性能のある柔らかいマフラー。

支給されたインカム。

 

…以上です。

 

ふざけてるのかと思うかもしれませんが、これが私の戦闘用の防具なのです。

理由としては。

 

家にあったウィンドブレーカーを身につけて学校に行ったら蘭豹先生にパクられ、何事かと問えば『気持ち悪いぐらい防弾性能が高いからくれ』と言われたという経緯のせいです。

もちろん返してもらいましたが蘭豹先生曰くこれは相当防弾性能が高く、蘭豹先生愛用のM500でも傷1つつかないと愚痴っていました。

 

ウィンドブレーカーにちなんで、バレットブレーカーと私は呼んでいます。

 

そしてもう1つ、マフラー。

これも同じく家から持ってきたものです。

ウィンドブレーカーがあったので他にも防弾性能のあるものが出てくるかと思ったら、案の定。

なぜマフラー状になっているのか知りませんが、こちらもありがたく使わせてもらっています。

 

…へ?名前?

防弾マフラーとかでいいです。

 

さて、そんな重装備でなぜ屋上に来ているか、ですが…。

いまだに、アリアさんは教えてくれません。

 

「ーーー!!ーーーーー!!」

 

アリアさんは無線機に何かぎゃーぎゃーと吼えています。

 

「……あれ?どなたでしょう…。」

 

ふと階段の廂の下に、誰かが体育座りで座っていました。

…向こうを向いているので顔はわかりませんが…。

ライトグリーンの綺麗なショートカットで、ヘッドホンをしています。

 

「…あいつは狙撃科のレキだ。」

「れき?」

「ああ。おい、レキ。」

 

遠山君の知り合いの方のようです。

れき?

不思議な名前の方です…。

外国人でしょうか?

 

「…だめだ。あいつ、ヘッドホンでいつもなんか聞いてるからこっちに気付かないんだよ…。」

 

どうやら気難しい方のようです。

遠山君は溜息を1つすると、レキさん?の頭をトントンとノックしました。

どうやら彼女は気付いたようで、こちらを向きました。

 

…その顔は、とても整っていました。

まるでCGで描いたような容姿端麗さ。

顔が整っているといえばアリアさんや理子ちゃんもそうですが、彼女はもっと綺麗さがあるというか…。

まるで芸術作品。

そんな綺麗な顔の方でした。

 

「お前はアリアにでも呼ばれたのか?」

「はい。」

 

抑揚の無い声。

どこか機械っぽさを感じます。

そういえばさっきからまるで表情が動きません。

どこのあやなm…ゲフンゲフン

 

「…あなたは…。」

「へ?あっはい!私は茅間詩穂と申します!はじめましてです!」

 

そうです。

初対面の方でした…。

ジロジロ見てしまって申し訳ないです…。

 

「…そうですか。あなたが…。」

「……?」

 

私が?

私がどうかしたのでしょうか…?

 

「…いえ、なんでもありません。」

「はあ、そうですか…。」

 

なんだかはぐらかされてしまいました…。

なぜ初対面で彼女は私のことを知っている素振りだったのでしょう…?

いえ、表情も抑揚も無いから素振りも何もですが…。

 

「時間切れね。」

 

どうやら通信を終えたアリアさんがこちらを振り向きました。

アリアさんも遠山君と同じC装備です。

 

「もう1人Sランクが欲しかったところだけど。他の事件で出払っているみたい。」

 

…もう1人?

アリアさんと遠山君と…。

実質2人もいるのに、まだ足らないと申しますか。

そういえば、レキさんのランクはどれくらいなのでしょう?

 

「まあ、3人いれば私が火力を補えばなんとかなるわね。」

「俺をSランクに含めるなよ…。」

 

え、3人?

…レキさんって、まさか…!

 

「4人で追跡するわよ。リーダーはあたし!」

「追跡?何をだ?何が起きた?きちんと説明してくれ。」

 

なんだかよくわからないまま事件に向かおうとしてしまうアリアさんを制し、遠山君が説明を求めます。

そういえば、どんな事件か何も聞かされていませんでしたね…。

アリアさんは相変わらず周りのことが見えていないようです。

…今まで全て1人でやってきたから、でしょうか…?

 

「バスジャックよ。」

「……バスだと?」

「武偵高の通学バス。さっき乗り遅れた、7時58分のバスよ。」

 

…そんな。

さっき、たまたま乗り遅れたバスがバスジャックなんて…!

あの中にはたくさんの生徒が乗っています…!

 

「……犯人は車内にいるのか。」

「わからないけど、多分いないでしょうね。バスには爆弾が仕掛けられているわ。」

 

私が動揺で喋れずにいる中、遠山君は冷静に情報を聞き出します。

…すごい。そこらへんは、やはり元Sランク武偵って感じです…。

 

そして、爆弾。

それを聞いて、少し前の自転車事件を思い出しました。

…嫌な予感がします。

 

「キンジ。これは『武偵殺し』。あんたの自転車をやったヤツと同一犯の仕業だわ。」

 

武偵殺し。

少し前に世間で騒がれた、連続殺人犯です。

すでに逮捕されたはずですが…。

 

「ヤツは毎回乗り物に『減速すると爆発する爆弾』を仕掛けて自由を奪い、遠隔操作でコントロールするの。でも、その操作に使う電波にパターンがあってね。あんたを助けたときも、今回も、その電波をキャッチしたのよ。」

「でも『武偵殺し』は逮捕されたハズだぞ。」

 

そう。

アリアさんは何か不思議なことを言っていますが、前提として武偵殺しはもういないのです。

名前は確か、『神崎かなえ』…。

 

…え?

()()

 

…まさか…。

私の中に1つのとんでもない仮説が浮かび上がります。

もし、この仮説があっているとしたら…!

 

…いえ、たまたま苗字が一緒である可能性もあります。

…でも…。

こういう悪い予想は大概にして当たっているものです。

 

「それは、真犯人じゃないわ。」

 

アリアさんのその一言で、確信しました。

 

ああ…。

彼女はなぜかは知りませんが『神崎かなえ』が冤罪で逮捕されたことを知っていて、彼女を救おうとしている…!

おそらく彼女と『神崎かなえ』は血縁関係…!

 

「…アリアさん、あの、私…!」

「これ以上説明する暇もないし理由も無いわ!もう一度言う!このパーティのリーダーはあたし!」

 

ダメです。

取り合ってくれそうにありません…!

あとで聞き出すしかないみたいです。

 

「ま、待てよアリア!お前…!」

「事件はすでに発生しているわ!バスは今、この瞬間にも爆破されるかもしれない!ミッションは車内にいる全員の救助!以上!」

 

独唱曲(アリア)

彼女が自分で言っていたその意味が、ようやく理解できました。

アリアさんは、あまりにもチームプレイに向いていなさすぎる…!

 

「アリアさん!待ってください!もっときちんと状況を…!」

「武偵憲章1条!『仲間を信じ、仲間を助けよ』!被害者は武偵高の仲間よ!それ以上の説明は必要ないわ!」

 

取り付く島もありません。

彼女の中ではもうすでにやるべきことは決まっているのでしょうけど…!

 

「…くそっ!ああやるよ!やりゃいいんだろ!」

 

もはや遠山君がヤケクソ気味に叫びます。

…そう、ですね。

人の命がかかっている以上グダグダしている余裕はありません。

これで納得することにしましょう。

 

バララララララ…!

 

ふと上から激しい音が聞こえました。

…ヘリコプターの音です…!

上空に車輌科のシングルローター・ヘリが降りてきます…!

アリアさん、さっきの無線でSランク武偵だけでなく、こんなものまで呼んでいたのですか…!

 

アリアさんは、なぜか笑いながら私たちに話しかけます。

 

「これが約束の、最初の事件ね。」

「…とんだ大事件だな。」

「全くです。ツイてないですね…。」

「2人とも。期待してるわよ?」

 

…えぇー。

遠山君はともかく、私に期待しちゃいますか…。

私はガチで役に立たないと思うんですけど…。

 

「言っておくが、俺にはお前が思っているような力は無い。こんなに難易度の高い事件に連れて行ってもいいのか?」

「私もです。多分…足手まといになるだけですよ?」

「まあ、それを見極めるための事件だしね。それに、万が一ピンチになったら…。」

 

彼女ははにかむように笑い、こう続けました。

 

「あたしが守ってあげるわ。安心しなさい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バラララララ…。

 

バスを追いながら、ヘリはものすごいスピードで飛びます。

インカムから入る通信科の情報によると…。

 

男子寮を出発してからすぐ、速度を上げて暴走。

その後、車内の生徒からバスジャックされたという緊急連絡を受けたそうです。

現在バスはどうやら、台場のほうへと向かっているようです。

 

「…見えました。」

 

ヘリの轟音がすさまじいため、近距離にもかかわらずインカムを通じて話さなければなりません。

そんな中、レキさんがつぶやきました。

 

「ホテル日航の前を右折しているバスです。窓に武偵高の生徒が見えています。」

 

…な、何も見えません…。

窓に張り付いて見回してみますが…見えません。

 

「よ、よくわかるわね。あんた視力いくつよ?」

「左右ともに6.0です。」

 

…超人的ィ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヘリの操縦士さんがレキさんの言ったとおりに降下していくと、本当に武偵高のバスが見えました。

…とてつもなく、速いです。

ものすごいスピードを出しています。

このヘリと併走しているから…時速160kmはくだらないです。

 

「空中からバスの上に降りるわよ。あたしと詩穂で外側のチェック。キンジは車内の状況を確認して。レキはヘリで併走しながら待機してて。」

 

アリアさんがテキパキと指示を飛ばすと、パラシュートを背負って飛び降りる準備を始めます。

 

「内側…って、もし犯人が中にいたら人質が危ないぞ。」

「『武偵殺し』なら中にはいないわ。」

「いたらどうすんだ。」

「あんたなら何とかできるでしょ。」

「お前は俺に何を期待しているんだ!」

 

またアリアさんと遠山君が言い合いを始めてしまいました。

…この2人、相性悪いのでしょうか?

 

「…って、私も外側ですか!?」

「そうよ。準備しなさい。」

「…うぅ…。」

 

正直あんな速度で走っているバスの上になんか行きたくないのですが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バスの上に降り立つと、ワイヤーをバスの屋根に打ち込んで落ちないようにします。

遠山君も比較的スムーズに車内に入っていきました。

やはり強襲慣れしているからでしょうか、こんな状況でも私と遠山君は冷静に動くことが出来ました。

 

「あんたはまわりを警戒してて!多分、変なのがくるから!」

「わ、わかりました。」

 

…変なの?

変なのとは一体…。

そんなことを考えているうちに、アリアさんは車体の下をのぞきに行ってしまいました…。

 

「け、警戒って言ったって…!」

 

私は高速で走るバスから振り落とされないようなんとか屋根を踏みしめつつ、あたりを見回しました。

 

…紺色のマフラーがバタバタとたなびいて少し邪魔に感じてしまいます。

ちなみにちゃんとピン等で服にとめてあるのでマフラーは飛んでいきませんよ?

 

「キンジ!?どう?ちゃんと状況を報告しなさい!」

 

アリアさんの声がインカムに響き渡ります。

続いて遠山君の声も聞こえてきました。

 

「お前の言ったとおりだ。このバスは遠隔操作されている!そっちは?」

「…爆弾らしきものがあるわ!」

 

…また、爆弾ですか!?

どうやらアリアさんの言うとおり、このバスジャックは数日前の自転車事件と同一の犯行と見て間違いなさそうです…。

 

…あれ?

後から、何か、変なものが…!

こっちに向かってきます…!

 

「アリアさん!屋根に戻ってください!何か変なものがこっちにきています!」

「…っく!わかったわ!」

 

アリアさんはすばやく屋根に戻ると、私と一緒に警戒態勢に入りました。

後からきているのは、真っ赤な車…。

おそらく、ルノー・スポール・スパイダーがバスに突進しようと凄いスピードでこちらに向かってきています。

そしてやはりというべきか、無人…。

人の代わりにトラウママシンガン、UZIが乗っています…!

 

「…ど、どうしましょうアリアさん!」

「キンジ!後から車が衝突するわ!皆に伝えて!」

「…ああ!わかった!」

 

どうやら追突は免れないと判断したのか、アリアさんは遠山君にそれだけ指示しました。

 

…直後。

 

ドン!

 

なかなかの衝撃がバスを揺らしました。

 

「うわっ!?」

 

その衝撃で…。

私の体が、バスの屋根から吹っ飛ばされてしまいました。

 

お、落ちる…!

そう思った矢先、私の落下する感覚がふとなくなりました。

…見ると、アリアさんが私の手首を掴んでくれていました。

 

「しっかりしなさい!」

 

アリアさんは私を引き上げてくれました。

そのアリアさんは、なぜかヘルメットをしていません…。

 

「あ、ありがとうございます!アリアさん、ヘルメットは!?」

「今のでどっかいっちゃったわ!そんなことよりアレを何とかしないと…!」

 

足を引っ張ってしまいました…。

これでもう、彼女の頭を守るものはありません。

今のドタバタの最中に、ルノーはすでにバスの側面に張り付いてそのUZIで車内を狙っていました。

 

「みんな伏せろッ!」

 

遠山君の叫び声と。

 

バリバリバリバリッ!

 

UZIの炸裂音が、ほぼ同時に響き渡りました。

 

「キンジ!?大丈夫なの!?」

「…まずい、運転手がやられた!」

 

すぐさまアリアさんが情報を確認します。

遠山君も即座に情報を出します。

 

その間にも、ルノーは後退し今度は私たちに狙いをつけていました。

 

「詩穂!伏せなさい!」

「へ?うわっ!」

 

アリアさんに言われたとおりに伏せると、頭上を無数の弾が通り過ぎていきます。

 

「…っくそ、どうしたら…!」

 

遠山君の苦々しい声も聞こえています。

…あぁ…。

私はこんな状況になっても、何一つ役に立てません…!

 

「アリアさん、一体どうしたら…!?アリアさん!?」

 

アリアさんのほうを向くと、アリアさんが屋根の上で倒れ伏していました。

…どうやら先ほどのUZIの弾が被弾してしまったようです。

アリアさんの方へ行くと、額からだらだらと血を流していました。

 

…しまった!

体を上げたらUZIに撃たれてしまいます…!

アリアさんを守るように体をサッと伏せます。

 

…あれ?

いつまでたっても弾が飛んできません。

ルノーの方を見ると、ルノーの上にあったUZIが大破していました。

今の一瞬で、アリアさんが撃ったのでしょうか…!?

 

でも、今度はルノーがもう一度体当たりの準備をしています。

やっぱり、ルノーを何とかしないと…!

それに、爆弾も…!

 

一体、どうすれば…!?

何をすればいいんでしょうか…!?

 

「と、遠山君!アリアさんが…!アリアさんが撃たれてしまいました!」

「…なんだって!?」

「ど、どうしましょう…!私が足を引っ張ったから…!」

「そんなことは今は考えるな!まずはルノーを何とかしてくれ!」

 

な、何とかしてくれといわれましても…!

相手は高速で走るスポーツカー。

しかも足場も悪いうえにこちとら狙いの悪いダメ武偵。

…も、もう何も考えられません…!

 

パァン!

 

瞬間。

破裂音が響き渡りました。

 

パァン!

 

もう一度。

すると、どうでしょう。

ルノーはくるくると回転しながら、ガードレールにぶつかって炎上してしまいました。

 

何事かとあたりを見回すと、ここがレインボーブリッジの上であることに気がつきました。

そして、このバスにぴったりと併走している武偵高のヘリも同時に見えました。

そのハッチは大きく開かれ、膝立ちしているレキさんが狙撃銃を構えていました。

 

…そうか。

建物の多い台場ではむやみに狙撃できませんが、橋の上という開けた場所に出たから…!

 

「…私は一発の銃弾。」

 

インカムから、レキさんのやけに透き通った声が聞こえてきました。

 

「銃弾は人の心を持たない。故に、何も考えない…。」

 

なにやら詩のようなことをつぶやいています。

 

「…ただ目的に向かって飛ぶだけ。」

 

ガンガンガンッ!

バスの下から、奇妙な音が聞こえました。

 

そしてもう一度。

 

ガンッ!

 

ひときわ大きくその音が鳴ると、バスの下から何かが落ちていきました。

あれは、おそらく爆弾。

バスから部品ごと落とされ、道路に転がっていきます。

 

ガンッ!

 

そしてトドメと言わんばかりに、爆弾は銃弾にはじかれ海の中に消えていきました…。

 

…ドウウウウッ!

 

ワンテンポ遅れて、爆発音が鳴り響きました。

海の中で起爆したのか、巨大な水柱があがりました。

 

…バスはゆっくりと停車しました。

 

そして残ったのは。

撃たれて動かないアリアさんと。

本当に何の役にも立たなかった私と。

あまり役に立たなかった遠山君。

 

…雨が、ざあざあと降っていました…。




読了、ありがとうございました。

今回は詩穂の推理パートと、事件パートの大きく二つのパートに分かれての構成でした。

なんだか戦闘シーンはうまくかけませんでした。
だから読んでいて非常に残念な戦闘シーンだったと思われます。

…もっと練習してきます。ハイ。


感想・評価・誤字脱字の指摘・作者への罵倒等々を心よりお待ちしております。


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第8話 おもたいじじょうです

第8話です。

またもや更新が空いてしまい、申し訳ないです…。


今回もシリアス要素が強いです。
今までの話にギャグセンスがあったとは思えませんが今回も笑えるところは少なめです。

ご了承ください。


事件が終わった後、アリアさんは武偵病院に入院となりました。

額の傷ですが…これは比較的浅く、大事には至らなかったようです。

アリアさんの気絶は脳震盪によるもので、本当に軽症で済んだようです。

 

しかし、その傷は一生残るそうです。

これはすなわち…。

彼女のチャームポイントであるおでこに傷が残ってしまうということです。

アリアさん、相当へこんでるだろうな…。

 

私は事件の次の日、遠山君と共にアリアさんの病室に足を運んでいました。

 

…アリアさんの病室はVIP専用の個室でした。

そりゃあガチ貴族、それも『ホームズ』であればこの話にもうなずけます。

病室には小さいロビーさえあって、そこには『レキより』というカード共にカサブランカが飾られていました。

…レキさんは、すでにお見舞いに来たということですね。

結局どんな方かはさっぱりわかりませんでしたが、いち早くアリアさんのお見舞いに来ているあたり友達思いの優しい方なのでしょうか。

 

…パッチン…パッチン。

 

カーテンに遮られ、向こうの見えないベッド。

その向こう側から不思議な音が聞こえました。

…はて?

私は、何の音かわかりませんがとりあえずカーテンを開けようとすると。

 

「…茅間。一旦戻るぞ。」

「はえ?はい…。」

 

小声で遠山君が話しかけてきたかと思うと、病室の外に連れ出されてしまいました。

 

「…どうしたんですか?」

「…いや、今来たところってことにしてくれ。」

「はぁ…。」

 

部屋の外に出ると、遠山君はなんだかわけのわからないことを言い出しました。

その横顔は何か見てはいけないものを見てしまったかのような表情をしていました。

…よくわかりませんが、彼の言うとおりに従っておきましょう。

 

「……アリア。」

 

遠山君はさっき言ったとおりに、今来たフリをしつつアリアさんに呼びかけました。

 

「あ、ちょ、ちょっと待ちなさい。」

 

部屋から少しの間ガサゴソと音がしたかと思うと。

 

「……いいわよ。」

 

とOKが出たので中に入らさせてもらいました。

言われたとおりベッドまで行くと、包帯を頭に巻いたアリアさんは銃の整備をしていました。

しかし、その表情はどこか焦っているようにも思えました。

 

「…お見舞い?ケガ人扱いしないでよ。こんなのかすり傷なんだから。」

「れっきとしたケガ人だろ。その額の傷…。」

「傷がなんだって言うのよ?ジロジロ見ないで。」

 

アリアさんがジトッとした目で遠山君を睨みます。

…でも。

 

「アリアさん、おでこの傷…。残るんですよね?」

「…そうよ。だから何?別にあたしは…。」

「ごめんなさい!」

 

アリアさんが何かを言い終わる前に、私は謝罪しました。

もちろん、全力で頭を下げて。

 

「そのっ…!わ、私のせいで…!」

「え、ちょ、ちょっと!顔を上げなさいよ…!」

 

アリアさんは急な私の謝罪に戸惑っています。

私は顔を上げつつ、それでも謝りました。

 

「ごめんなさいっ!本当に…!」

「べ、別に気にしてないわよ!そりゃ、ちょっと残念だけど…。」

「で、でも…!」

「…本当にいいの。あんたを助けられたと思えば、こんなのどうでもいいわ。」

 

アリアさんの暖かい、彼女なりの精一杯の言葉をもらえて。

それでも、罪悪感は一向に拭えません。

 

「わ、私さえいなければ…!せめて私がもっとしっかりしていれば…!」

「…詩穂…。」

 

それきり、私の言葉は詰まってしまいました。

なんだかズーンとした、重たい空気が流れます。

この重たい空気を何とかしようとしたのか、遠山君が話題を変えました。

 

「…そ、そういえば!お見舞いを持ってきたんだ。」

 

ガサッとコンビニの袋を取り出すと、アリアさんに突き出しました。

…中身は確か、ももまんだったはずです。

 

「…ももまん?」

 

アリアさんはくんくんと鼻を動かすと、匂いだけで袋の中身を当ててしまいました。

 

「食えよ。店にあるだけ…5つ買ってきた。好物だろ?」

 

アリアさんは私と袋を交互に見た後…。

袋を取ると、中身を取り出してはむはむはむと食べ始めました。

 

「…あむ…。詩穂。」

「はい。」

 

アリアさんはももまんを食べながら、しかし真面目に私に向き合いました。

 

「正直、自分でもわかるぐらい…悔しいわ。」

「…ごめんなさ…。」

「でも。それはあたしの実力不足のせい。あんたのせいじゃないわ。」

 

アリアさんは。

まだ、私のことを庇ってくれる。

まだ、私のせいじゃないと言ってくれる。

…とても、優しい人です。

 

「だからいいのよ。今回のことは忘れて?」

「…許して、くださるんですか?」

「もちろん!」

 

彼女は笑顔でそう言い切りました。

…ここまで言ってくれる以上、これ以上謝るのは失礼のようにも感じました。

 

「…わかりました。ありがとうございます、アリアさん。」

「ふふ、それでいいのよ。」

 

「…さて、そろそろ本題に入っていいか?」

 

遠山君が唐突に声を上げました。

…そうでした。

今日の本題はそこじゃないです。

 

「まずは今回の事件についてだ。峰理子を中心に探偵科・鑑識科の奴らで今回のバスジャックについて調べてもらったんだが…。」

 

その調査には私も参加させていただきました。

…でも、残念なことに…。

 

「結果としては、ヤツがどの部屋を使ったかぐらいしかわからなかった。」

「でしょうね。『武偵殺し』は桁外れに狡猾だもの。足跡なんて残らないわ。」

 

…ああ、思い出してしまいました…。

『武偵殺し』という単語を聞いて。

あの悪い推理を。

ぜひとも外れていて欲しいものです…。

 

「俺はてっきり模倣犯だと思っていたが…。」

「それは誤認逮捕なの。前に言ったでしょ。」

「…一応この前のチャリジャックの件と一緒に資料にしておいた。何もわからなかったに等しいけどな。」

 

徹夜で理子ちゃんと一緒に情報収集しましたが…結果は空振り。

途中から2人でデュエルしていましたっけ…。

 

「使えないヤツらね。そんな資料読む必要もないわ。」

 

…ガーン。

一応徹夜で調べたんですけど…。

 

「…確かに何も手がかりは掴めなかったが、何もそんなことを言う必要は無いだろ。」

「フン。あたしからしてみれば、結果の無い過程なんて無いものに等しいわ。」

 

…欧米人の感覚、すなわち結果至上主義。

こればっかりは文化の差なのでしょうか…?

 

「もういい。それより、もう1つの本題だ。」

「…今回の事件を見ての、あたしの判断…。」

 

そうでした。

今回の事件は、アリアさんが私と遠山君をパーティに入れるべきかどうかの試験のようなものでした。

…アリアさんの、決断とは。

 

「…やっぱり、あたしの考えは変わらないわ…。」

「それで…いいのか?」

「アリアさん…。現に今回はあなたの足を私は引っ張っているのですよ?」

「…あたしのカンに…狂いは無いわ…。」

 

アリアさんも内心自信が持てないのか、どこか苦々しげに言います。

 

「…最後の忠告だ。本当にお前は…それで、いいんだな?」

 

遠山君の最後の忠告。

それは口調は厳しくも、どこまでもアリアさんを心配した言い方です。

彼は女嫌いで、面倒ごとも嫌いなはず。

それでもアリアさんを突っぱねないのは、ひとえに彼の優しさでしょう。

…多分。

アリアさんも彼の気持ちを汲み取ってか。

 

「…そうね…もう少しだけ…考えさせて…。」

 

力なくそう呟きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリアさんのお見舞いに行った帰り道。

 

「…アリアさん、思ったより軽傷でよかったですね。」

「…ああ…。」

「アリアさん、本当に私たちとパーティを組むつもりなんでしょうか?」

「…ああ…。」

 

遠山君は私の話を聞いているのかいないのか、適当な返事を返しました。

 

「…遠山君?聞いていますか?」

「…ああ?なんだって?」

「…はぁ。私、気分転換にゲーセンに寄って行きます。」

「そうか。俺は…先に、帰らせてもらう。」

 

そういうと、遠山君はそそくさと男子寮に向かって歩いていきました…。

 

遠山君。

どうしてそんなに思いつめているのでしょう。

確かに、アリアさんのことは気になりますが…。

何も、そんなにアリアさんのことで悩まなくってもいいじゃないですか…。

私と話してるときぐらい…。

 

私はなぜか遠山君の素振りに腹を立て、そのモヤモヤをゲーセンにぶつけるのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後。

退院したアリアさんは、やっぱり遠山君の部屋に戻ってきました。

遠山君は実に絶望した表情をしていましたが…。

やはり彼は根本的に女の子を部屋に入れたくないようです。

…私は女の子にカテゴライズされていないんでしょうか…。

 

さて、アリアさんは帰ってきてすぐに私たちにとある用件を持ちかけてきました。

内容は。

明日、会わせたい人がいるからついてきて欲しい、と。

もちろん休日ですし断る理由の無い私たちは、OKを出しました。

 

 

 

 

 

 

そして、翌日の昼下がり。

アリアさんに連れられて、新宿警察署の前に私たちは立っていました。

 

「…警察署…?ここに会わせたい人がいるんですか?」

「そうよ。入りましょ。」

 

そういうアリアさんは、いつもよりも何倍もおめかしをしていました。

…警察署って、おめかししていく場所でしたっけ?

そして、もう1つ。

アリアさんは部屋では頭に包帯を巻きっぱなしていましたが、今日は前髪を作っていました。

 

…つまり、彼女の自慢のおでこはもうない…。

私は彼女の姿を見るたびに、罪悪感に苛まれます。

 

「…茅間?置いてかれるぞ。」

「へっ?あ、待ってください!」

 

ボーっとしていると、アリアさんはズンズン署の中へ入っていってしまいました。

私と遠山君も、急いでアリアさんを追うように署に入りました…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

留置人面会室。

犯罪者と面会する特別な場所です。

 

…こんなところにアリアさんが会わせたい人が…?

てっきり警察の方とお話しするのかと思っていましたが。

 

しばらくすると、アクリル板越しの扉から1人の女性が出てきました。

…その顔には、見覚えがあります。

 

「まぁ…。アリアがお友達を連れてきてくれるなんて。」

 

柔らかそうな長い髪、優しい微笑み。

いかにも温和そうな美人さん。

しかし、その顔は何度も見ました…!

 

『神崎かなえ』…!

武偵殺しとして逮捕された人です…!

 

そして、私の最悪の推理によれば、この人は冤罪…。

アリアさんがこの人に会いに来たって事は…。

私の、推理は…!

 

「そちらの方は…彼氏さん?」

 

 

 

「ちっ、違うわよママ!」

 

 

 

ああ…。

その一言で、確信しました…。

アリアさんは、母親の冤罪を晴らすために『武偵殺し』の真犯人を追っている…!

 

アリアさんは…とてもすごいことをしています。

そもそも真犯人は別にいる、と言ったところで『武偵殺し』として神埼かなえが捕まっている以上外部や警察の協力を得ることは不可能に近いです。

すなわち、アリアさんは1人で戦ってきたのでしょう…。

 

「じゃあ、そちらの方は?」

「こいつは…と、友達よ。」

 

アリアさんが顔を赤くしながら母親に報告している姿。

しかし、それすらも私には遠い風景に見えました。

 

「そう…お友達を作るのさえヘタだったアリアが、ねぇ。うふふ…。」

「違うの。詩穂は友達だけど、キンジはそういうんじゃないわ。絶対に。」

 

…いけません。

状況や感情に流されると、本質を見失ってしまいます。

武偵高に来ると最初のほうに習うことなのに…。

今は目の前のことに集中しましょう。

 

彼女は『武偵殺し』である神崎かなえではなく。

今は、『アリアさんの母親』である神崎かなえです。

 

「…キンジさんと、詩穂さん、というのかしら?」

「あ、そうだった。紹介するわ。こっちの小さいのが茅間詩穂。こっちのネクラそうなのが遠山キンジ。」

 

アリアさんに小さいとか言われたくありませんでした。

 

「キンジさん、詩穂さん、はじめまして。わたし、アリアの母で…神崎かなえと申します。娘が世話になってるみたいですね。」

「あ、いえ…。」

「…はじめまして、です。かなえさん。」

 

実は私は一方的に知っていたりしますけども。

今回は置いておきましょう。

ちなみに遠山君はなんかドギマギしているというか…。

ちょっと緊張しているのでしょうか?

 

それとも…大人の女性が好みとか?

確かにかなえさんは美人で優しそうで若々しいですが…。

 

人妻ですよ?

 

「ママ。面会時間が3分しかないから手短に話すけど…この2人は、『武偵殺し』の3番目の被害者なのよ。自転車に、爆弾を仕掛けられたの。」

「……まぁ…。」

 

かなえさんは少し表情を固くしました。

やはり、アリアさんの言うとおり冤罪で間違いなさそうですね…。

こんな優しそうで非力そうな女性がそんなおっかないこと出来るでしょうか?

 

「さらに一昨日、バスジャック事件も起きてるの。ヤツの活動が活発になってきている。てことは、多分シッポを出すハズだわ。だから、あたしは狙い通り『武偵殺し』をまずは捕まえる。」

 

…あれ?

『まず』…?

何かが、おかしいです。

どうして『まず』…?

 

「ヤツの件だけでも無実を証明すれば、ママの懲役864年が一気に742年まで減刑されるわ。最高裁までの間に、他もぜったい、何とかするから。」

 

…耳を疑いました。

懲役864年…!?

実質の終身刑です。

 

そして、減刑という単語。

それはすなわち、他にもかなえさんに容疑が他にもかかっていることに他ありません。

 

「そして、ママをスケープゴートにしたイ・ウーの連中を、全員ここにぶち込んでやるわ。」

「アリア。気持ちは嬉しいけど、イ・ウーに挑むにはまだ早いわ。…パートナーは、見つかったの?」

 

新たな情報がどんどん追加されていきます。

スケープゴート?い・うー?パートナー?

 

…ダメです。

わからないことが多すぎます…!

 

「それは…この2人が、一応候補なんだけど…。」

「…そう、なの。…そう…。」

 

かなえさんは、幾分かホッとした顔をしました。

そして先程の優しい、穏やかな表情に戻りました。

 

「嬉しいわ、アリア。あなたにもとうとうパートナーが…。」

「ま、まだ確定したわけじゃないわ。候補なだけ!」

 

パートナー…それはつまり、アリアさんの言うパーティなのでしょう。

まだパーティを組むかどうかは保留ですが…。

しかし、かなえさんの言動とアリアさんのミドルネーム、『ホームズ』から推測すると。

 

かの有名なシャーロック・ホームズには優秀なパートナーがいました。

J・H・ワトソン、その人です。

すなわち、ホームズ家はシャーロック・ホームズに習いパートナーを作ることで実績を残してきたのでしょう。

 

つまり、ホームズ家の人間にはパートナーが必要不可欠。

…ということなのでしょうか?

憶測に過ぎませんが…。

 

「…ママ。あたし、絶対にママを助けてみせる。だから…!」

「神崎。時間だ。」

 

管理官さんが面会時間の終了を告げます。

3分とは、短いものです。

 

「アリア。先走ってはいけないわ。まずはしっかりパートナーを決めなさい。」

「…でも!」

「大丈夫よ、アリア。あなたはもう友達も作れる。パートナーだって、ちゃんと決まるわ。」

 

かなえさんはアリアにそう言うと、今度は私たちのほうを向きました。

 

「…もし、アリアの力になってくれるのなら。…娘のことを、よろしくお願いします。」

「か、かなえさん…。私は…!」

「時間だ!」

 

管理官さんはかなえさんを羽交い絞めするような形で引っ張っていきます。

 

「やめろッ!ママに乱暴するな!」

 

しかしアリアさんの叫びはむなしく、かなえさんは奥の扉の向こうへ…。

…バタン、と扉は閉ざされ、私たちは退室を余儀なくされました…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「訴えてやる。あんな扱い、していいワケがない。絶対…訴えてやるッ!」

 

アリアさんは独り言を呟きながら新宿駅へと向かいます。

それを、少し離れて遠山君と追いかけます。

…そのあまりにも強い感情をむき出しにする彼女に、私たちは話しかけられずにいました。

 

不意に、アリアさんは立ち止まりました。

私たちも合わせるように立ち止まります。

 

…ぽた、ぽた。

 

アリアさんの足元に、水滴が何粒か落ちます

…アリアさんの、涙。

 

どんな状況にも気丈に振る舞ってきたアリアさん。

でも、どうやら限界なのでしょうか…。

 

「アリアさん…。」

「泣いてなんかない。」

 

アリアさんは顔を伏せたまま、泣いていないと主張しました。

…しかし、その声は震えていて。

今にも壊れそうな声でした。

 

「おい…アリア。」

 

遠山君がアリアさんの前に回りこみます。

私は…ただ呆然と、立っていることしか出来ません。

 

「な…泣いてなんか…。」

 

ぽろぽろ…。

アリアさんの足元に、いくつもの水滴が落ちてきます。

 

「ない…わぁ…!うあぁああぁぁああぁ!」

 

何かが途切れてしまったかのように、アリアさんは泣き出しました。

大きな声で、人目も気にせず。

 

「うああぁぁあぁあ!ママぁー…!ママぁああぁあぁ…!」

 

通り雨が、アリアさんの涙に呼応するように降ってきます。

ザーザーと、叩きつけるように。

アリアさんに何もしてあげられない私たちを、責めるように…。

 

私と遠山君は、何も出来ずにアリアさんのそばに突っ立っていることしか出来ませんでした…。




読了、ありがとうございました。

今回も詩穂の洞察力が冴え渡るシーンが多かったですね。
しかし地の文が多くなってしまいました…。
読みにくかったですね。
次回からは気をつけます。

感想・評価・誤字脱字の指摘・作品への質問などなどをお待ちしております。


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第9話 へんたいはとつぜんです

第9話です。


今回から視点変更システムを使っていきたいと思います。

このシステムは、いつもの詩穂の視点を中断しキンジ、アリアなどの別のキャラクターの視線から話を見ることが出来る画期的なシステムなのです!

…まぁ、他の小説家の方々は普通に使っているやつです。

私のゴミのような文章力でどこまでそんな高度なシステムが使えるか、生暖かい目で見守っていてください。


しばらくすると、アリアさんは泣き止みました。

もちろん、通り雨のせいで私も遠山君もアリアさんもずぶ濡れです。

 

「…しばらく、一人にして。あんたらは先に帰ってて。」

「……あの、アリアさん…。」

「…大丈夫、しばらくしたら落ち着くから…。お願い…。」

 

アリアさんは真っ赤に目を腫らしてそういいました。

もちろん、そんなアリアさんに掛ける言葉などなく。

 

私と遠山君は、やりきれない気持ちのまま帰路につくのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋に戻っても、何かをする元気などありませんでした。

遠山君も覇気がなく、部屋に着くなり自室にこもってしまいました。

 

もちろん私もやることなどなく…。

 

「…夜ご飯を、作りましょうか。」

 

いつもより時間は早いですが、夜ご飯を作り始めました…。

 

 

 

 

 

 

 

「…出来た。」

 

しばらくして。

鍋を開けると、ふわっと湯気が昇ります。

今日はカレーを作りました。

温かい食べ物が、今の私と遠山君に必要な気がしたからです。

 

お皿にご飯とカレーを盛り付けて…。

 

「…遠山君を、呼んであげましょう。」

 

未だに部屋から出てこない遠山君を呼びに行きました…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ごちそうさま。」

「…お粗末さまです。」

 

アリアさんのいない、遠山君と2人きりの夜ご飯を終えます。

響きだけならとてもロマンチックですが…。

 

私は、アリアさんがいないことに虚無感しか感じませんでした。

 

「…俺は、しばらくここで休む。」

 

遠山君はリビングのソファに座ると、横になってしまいました。

…食べてすぐ寝ると牛さんになっちゃいますよー?

 

…寝て、しまいました。

 

「…お皿、洗いましょうか。」

 

私は独り言を呟きつつ、流しに立ちました。

 

 

 

 

まあ、洗うものはあまり無いわけで。

ものの数十分もかからず終わってしまいました。

 

鍋にはアリアさんが帰ってきたときのためにカレーが残っています。

もちろん鍋の半分くらいは寝かせて、明後日に食べるつもりですが。

 

…本当に、やることがありません。

 

「…お風呂、入っちゃいましょうか。」

 

私は思いつきのとおりにお風呂に入ることにしました…。

 

 

 

 

 

 

 

シャー…。

ちゃぽん…。

 

「…ふぃー…。」

 

湯船につかると、ゆっくりした気分になれます。

疲れが一気に抜けていく…。

 

「…あったかいです…。」

 

湯船は私にとっては広く、足まで伸ばしてリラックスできます。

 

………ふぅ……。

 

いつまでも腑抜けていてはいけません。

アリアさんを取り巻く状況を整理しましょう。

 

まず、アリアさんの目的。

これはおそらく、アリアさんの母親・神崎かなえさんを救うことでしょう。

かなえさんにはたくさんの冤罪がある。

それを1つずつ何とかしていこうとアリアさんはしています。

そして、その冤罪の1つが『武偵殺し』。

どういうわけでアリアさんがバスジャックのとき必死だったのか、今ならわかります。

 

次に、アリアさんの倒すべき敵。

かなえさんには複数の冤罪があります。

すなわち、その冤罪の分だけ敵がいると思っても過言ではありません。

 

ここで気になるのはかなえさんの発言。

 

「イ・ウーに挑むにはまだ早いわ。」

 

…い・うー。

挑む、ということは試練的な何かなのでしょうか?

それとも、かなえさんの冤罪の根源となる人物名?

い・うーさんという方がいらっしゃるのでしょうか?

 

…さっぱりわかりません。

そもそも本当に人なのでしょうか?

情報が足らなさ過ぎます。

後で調べてみましょうか…。

 

…うーむ、まだまだわからないことだらけですね…。

アリアさんの情報は理子ちゃんから聞いていましたが…。

 

自分でも調べてみる必要がありそうです。

 

…さて、大体整理は出来ましたし…。

後はゆっくりリラックスしましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視点変更…詩穂→キンジ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は部屋に戻って早々、自室にこもった。

アリアの流した涙が。

その大きな叫びが。

頭から離れない…。

 

…いかん。

どうもアリアのことになると…ダメだ。

 

コン、コン

 

自室でそんなことを考えていると、ドアがノックされた。

 

「と、遠山君…。ちょっと早いですが、ご飯が出来ました…。」

 

そしてすぐに茅間の声が聞こえた。

…確かにいつもより早いが、食べないわけにはいかない。

 

「…わかった。」

 

俺は一言返すと、気持ちを落ち着けてリビングへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ごちそうさま。」

「…お粗末さまです。」

 

今日はカレーだった。

相変わらず茅間の作る飯は普通だ。

普通…と表現するしかないくらい、普通の味。

おいしいわけでもなく、まずいわけでもない。

食べろといわれれば食べるが、すすんで食べたいかといわれると…食べたくない。

そんな味なのだ。

一体どうやって作っているのか…。

 

…しかし、それでもアリアのいない飯は普段よりはまずかった。

 

「…俺は、しばらくここで休む。」

 

俺は茅間に一言かけると、ソファに横になった。

…これ以上アリアのことを、考えないように…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不意に、目が覚めた。

先程横になってから…まだ40分程しか経っていない。

 

「…クソッ。」

 

目が覚めても、一番最初に浮かぶのはアリアの涙だった。

…俺は、どうしてしまったのだろうか。

 

ああクソ、腹が立つ…。

 

あんなヤツ、部屋に押しかけてきたただの迷惑なヤツだったはずだ。

…気分が落ち着かない。

こういうときには風呂に入るのが一番だ。

 

そうして俺は、風呂に向かった。

 

 

 

茅間の姿が見えないことに気付かずに…。

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は風呂場の明かりが点いていることになんら疑問を持たなかった。

…アリアのことで、頭がいっぱいだった。

 

がらっ…。

 

風呂場のドアをいつものように開けると、そこには…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

湯船に浸かったままこちらを見て固まる、茅間がいた。

もちろん、ここは風呂場なので無防備な姿の。

ギリギリ湯気で大事な部分は見えなかったが逆にどこか色っぽい…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………。」

「………。」

 

たっぷり20秒ほど見つめ合ったあと。

 

「…あ……ああ…きゃ…。」

「ま、待て茅間!叫ぶな…!」

 

茅間は叫び声を上げようとしたが、俺はそれをなんとか制止した。

ここは男子寮。

いくらなんでも叫ばれたら俺は晴れて変態の称号がついてしまう。

 

「……あ、わ、わかりました…。」

 

アリアとは違い比較的冷静さを保てる茅間は、なんとか俺の意図を汲み取ってくれたらしい。

 

「…とりあえず…出てってください…。」

「…わ、わかった…。」

 

茅間は顔を真っ赤にしながらも、若干落ち着いてくれたようだ。

俺も顔を赤くしつつ、そそくさと風呂場を退出した…。

 

しかし、その茅間の無防備な姿は脳裏に焼きついてしまった…。

アリアよりも幾分かさらに小ぶりだが、それでも一応ある凹凸。

真っ白で、飯食ってんのかと言いたいぐらい病弱そうな体つき。

いつもは髪の後ろで1つに結ってある、艶のある長くて綺麗な茶髪がかった髪。

 

ここまでを無駄に鮮明に思い出したせいで。

 

…若干、なってるぞ…!

少し弱めだが、ヒステリアモードに…!

 

クソッ、相変わらずツイていない…!

茅間でだけはなりたくなかった…!

 

俺は全速力で服を着なおすと、自室にヒステリアモードが解けるまでこもっているのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒステリアモード。

正式名称、ヒステリア・サヴァン・シンドローム。

 

脳内に一定量以上のβエンドルフィンが分泌されると、脳の働きが通常の30倍以上の速度になる。

 

まあ、簡単に言うと。

 

この厄介な病気は、()()()興奮すると通常の人間の30倍以上の能力を持つスーパーマンになれる、と表現するとわかりやすい。

 

俺は…いや、俺の一家、遠山家は代々この能力を受け継いできた。

 

しかしこの能力には欠点がある。

この能力の根幹は、何が何でも子孫を残そうとする本能を利用したものなのだ。

 

つまり、とにかくとことん女子に優しくなってしまう。

そして、女子の言うことを極力優先してしまうのだ。

 

…俺はそのせいで中学時代は酷い目にあった。

女子とは恐ろしい生き物である…それを身をもって知ってしまった。

 

だからこそ俺はヒステリアモードに…特に、女子の前ではならないようにしている。

 

…今回は事故とはいえ、女子の前で半分ヒステリアモードになりかけた。

しかも、茅間相手に。

アイツははじめ見たときは確かにかわいい顔をしていたものの、幼い容姿だから平気だとタカをくくっていたのが間違いだった。

 

やはり、女子は恐ろしいものだ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視点変更…キンジ→詩穂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…な、なんだったんでしょうか…。」

 

あ、ありのまま今起こったことを話します…。

『私はただのんびりお風呂に入っていたら遠山君が入ってきた。』

な…何を言っているかわからねーと思いますが私も何をされたかわかりませんでした…。

頭がどうにかなりそうでした…。

覗きだとか盗撮だとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえです。

もっと恐ろしいものの片鱗を味わいました…。

 

…って、現実を逃避してジョジョってる場合ではありません!

 

「こ、これはさすがにアウトでしょう…。アウトです!」

 

と、とうとう私のハダカを見に来るなんて…!

へんたいです!ロリコンです!さいてーです!

 

…でも、私の体を見て顔を赤くしていました…。

ということは、少なくとも一応私のことを女の子としては見てくれている…?

そ、そう考えると嬉しいような…。

 

…いやいや、なんで嬉しいんですか。

男にハダカを見られて嬉しいとかどこぞの変態ですか。

 

うう、とても恥ずかしいです…。

 

ぶくぶくぶく…。

 

私はそのあと2時間以上、お風呂から上がれませんでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…うぅ、ふらふらします~…。」

 

まあ当然のぼせるわけでして。

 

リビングには誰もいませんでした。

遠山君も…アリアさんも。

 

しかしぐわんぐわんと揺れる頭では何一つ考えられません。

ソファに座ると、落ち着くためにしばらくボーっとすることにしました。

 

 

 

 

 

 

………。

本当に何も考えられません…。

ただただボーっとしている…そんな感じです。

 

 

 

 

 

 

 

………。

……ふぅ。

 

ようやく頭の揺れが収まり、全身の火照りも引いてきました…。

現在は21時半。

 

アリアさんは…まだ帰ってこないのでしょうか。

もしかしたら、もうこの部屋には帰ってきてくれないのでしょうか…。

 

…アリアさん。

心配です…。

 

 

 

 

「…茅間。」

「わっひゃう!?」

 

不意に遠山君の声がしました。

声の方向を見ると、遠山君がソファのすぐ横に立っていました。

先程のこともありかなりびっくりして妙な声が上がってしまいました。

 

「…な、なんですか遠山君…。」

 

ささっ!

と聞きつつも、一応いろいろ警戒してある程度距離を取ります。

 

「…いや、その…さっきのはすまなかった…。」

 

遠山君は少し傷ついた顔をしつつも先ほどのことを謝ります。

…気まずいのか、目はそっぽを向いていますが。

 

「…遠山君、やっていいことと悪いことがあるんですよ…!」

 

もちろん私もさっきのことが恥ずかしく、そっぽを向きながら返します。

 

「ち、違う!確かに俺が悪いが、アレは事故なんだ!」

「事故…ですか?」

 

…事故?

事故で人のお風呂に侵入などありえるのでしょうか…?

 

「…悪気は無かったんだ…。」

「………。」

 

…まぁ、普段の遠山君の行動ともかけ離れているのもまた事実です。

………。

 

「わ、わかりました…。今回のことはお互いに忘れましょう…。」

「…ああ、そうしよう…。」

 

結局無かったことにしてしまうのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視点変更…詩穂→キンジ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ようやくヒステリアモードが落ち着いたので、部屋から出る。

…さすがに今回のことは俺が悪い。

どう考えても俺の不注意だ。

…茅間に、謝るべきだ…。

 

リビングに着くと、茅間がボーっとしたままソファに座っていた。

…やけに子供っぽいパジャマを着て。

なんだかよくわからんが…水玉模様?のようなものが描かれた、黄色っぽいパジャマだ。

しかしそのいかにも子供用っぽいパジャマでさえ若干大きいのか、手が袖口に隠れてしまっている。

その姿はなぜかとてもかわいらしく、しばらく見とれてしまっていた…。

 

…イカンイカン。

 

そうじゃなくて、今は茅間に謝罪するべきだろ。

 

「…茅間。」

「わっひゃう!?」

 

急に声をかけたからか、茅間は全力で驚く。

そして俺のほうを見るとささっとソファの向こう側に隠れてしまった。

確かに俺のほうに非があるとはいえ…その反応は若干傷つくぞ。

 

「…な、なんですか遠山君…。」

 

茅間はこちらを窺いつつ、警戒した声で返答した。

その動作はどこか小動物チックだ。

 

「…いや、その…さっきのはすまなかった…。」

 

さすがに面向かって謝るのは恥ずかしいので、少し顔を逸らせつつも…。

一応、茅間に謝った。

 

「…遠山君、やっていいことと悪いことがあるんですよ…!」

 

さすがに許してはくれないようだ…。

茅間はものすごくジトッとした目でこちらを睨む。

しかし、俺にだって理由…というか言い訳がある。

 

「ち、違う!確かに俺が悪いが、アレは事故なんだ!」

「事故…ですか?」

 

茅間は相変わらずジトッとした目線でこちらを射抜いてくる。

…さすがに無理があったか…。

しかし、アリアのことを考えてお前がいたことに気付かなかったなどとも言えない。

 

「…悪気は無かったんだ…。」

「………。」

 

結局言い訳らしい言い訳も思いつかず、ただそう言った。

しかし茅間はなぜか納得したらしく。

 

「わ、わかりました…。今回のことはお互いに忘れましょう…。」

 

なんと水に流してくれた。

これは便乗するしかない。

 

「…ああ、そうしよう…。」

 

…というわけで、なぜかその騒動はなんとか収まってしまった…。

 

今のやり取りから見てわかるとおり。

 

茅間はとても……いや、相当優しい。

争いごとが起きても普通の武偵高生徒のように銃や剣は出さず、言葉だけで何とかしようとする。

それどころかどんなことだろうと最終的には許してしまうあたり、お人好しといったところか。

 

俺は別にアリアのことはかわいそうだと思うし、力になれればなってやろう、くらいには思っている。

 

しかし、それだけだ。

思うだけ。

 

しかし、茅間は友達を助けたいと願い、そのために行動できる。

俺よりもずっと、ずっと…アリアの幸せを、願っているのだ。

 

つまり、茅間は。

他人のために自分を捨てることが出来る。

そんな人間なのだ。

 

 

 

そんなことを、考えながら。

俺たちはアリアの帰宅を待つのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視点変更…キンジ→詩穂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…あれから30分。

やはりどこか気まずく、遠山君とは何も話さずに時間が過ぎていきます…。

 

…アリアさん…。

大丈夫でしょうか。

アリアさんほどの武偵なら襲われても心配ないのですけれど。

 

厄介な事件に巻き込まれたりしてないでしょうか?

あのまま泣きつかれて、迷子になったりしてないでしょうか?

事故に遭ってしまったりしていないでしょうか…?

 

色々と、嫌な想像が頭を巡ります。

 

 

 

 

 

 

……ガチャ。

 

 

 

 

 

突然、ドアの鍵が開きました。

そして。

 

 

 

 

 

「……ただいま。」

 

 

 

 

アリアさんが、顔を伏せたまま帰って来ました…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…アリアさん、夜ご飯は食べましたか?」

「…ううん。まだよ。」

「じゃあ、アリアさんの分も残しておいたので食べてください。」

 

アリアさんが帰ってきた後。

私はとりあえず、ご飯をいただいてもらうことにしました。

まずはご飯を食べてもらって。

お風呂にも入ってもらって。

 

お話は、それから聞くことにしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あたし、あのあと色々考えたの。」

 

アリアさんはお風呂から出ると、私と遠山君を呼び話を始めました。

 

「その前に…その、だな。お前は…もう大丈夫なのか?」

 

遠山君がアリアさんを心配します。

…遠山君は、とてもぶっきらぼうで全然優しくない方だと思っていました。

でも…本当は、とても優しい方です。

そんなことを今更ながら考えていました。

 

「ええ。心配かけて悪かったわね。もう…気持ちの整理がついたから。」

「別に…心配なんざしてねーよ。」

「…ふふっ。」

 

遠山君の明らかな照れ隠しに、アリアさんは笑みを漏らします。

 

「あたしは…もう決心したわ。」

 

アリアさんは、穏やかな笑顔のまま私たちに言葉を告げます。

…その瞳に、覚悟の炎が燃え上がっている…。

そんな気すらしてきます。

 

「…あんたたち!改めて言うわ!」

 

こうして。

物語が、ようやく幕を開けたような気がしました。

 

 

 

 

 

 

「あたしのドレイになりなさい!」

 

 

 

 

 

…ドレイって言葉だけは変えて欲しかったです。




読了、ありがとうございました。



今回の話は、あまり本編とは関係がありません。
というかストーリー自体は全くといっていいほど進んでいません…。

なんとなく詩穂とキンジの絡みをやっておきたかったのと、若干原作とは異なったアリアの決断の話を書きたかっただけです。



そして視点変更システムについてですが。

やっぱり扱いきれませんね…。
というか今まで詩穂の視点でしか書いていなかったので新鮮というか難しいというか…。
そんなこんなで、今回の話は読んでくださった方のお目汚しになってしまい申し訳ありませんでした。



感想・評価・誤字脱字の指摘・優しい読者様のアドバイス等をお待ちしております。


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第10話 てつやにはきをつけましょう

第10話です。



視点変更システムですが、いちいち「視点変更」と書いていくと長ったらしいので少しずつ短くしていこうと思います。

とりあえず今回の話では2文字ほど消去しました。

ご了承ください。




今回のお話は、詩穂の暴走(ちょっぴり)回です。

皆さんもゲームのしすぎには気をつけましょう。


さて、アリアさんのドレイ宣言のあと。

 

何を血迷ったのか、3人でゲームをしていました。

ちなみに現在22時半です。

 

そんな中、モンスターをハントするアレをやっていました。

 

なんでもアリアさんが、新宿で買ってきたからやってみたいとの事です。

都合よく遠山君もPSPを持っていて、さらに都合よくソフトまで持っていました。

というわけで、アリアさんの攻略お手伝いプレイ&3人でわいわいプレイです。

 

え、私?

持っているに決まってるじゃないですか、ヤダなー。

アリアさんが買ってきたのは3rd、つまり3作目(厳密には違いますが)。

よって、ラスボスはアルバさんです。

 

今日の目標は、とりあえずアリアさんが操作に慣れる事ととっととハンターランクを上位に挑戦できるくらいまで上げることです。

 

さあ、レッツ・ハンティング!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3時間後…。

 

「…ねぇ、もうやめない…?」

「…ああ、もう寝たほうがいいんじゃないか…?」

「何言ってるんですか?まだ1時半じゃないですか。夜はまだまだこれからですよー!」

 

最初の武器を双剣(アリアさんらしいです)にしたアリアさんが、結構疲れた目でこちらに問いかけます。

遠山君も同じ意見のようですが…。

 

正直、何を言っているのかさっぱりです。

 

まだ3時間しかやってないですよ?

全然満足できません!

 

「ほら、とっとと下位ジエンなんざ倒して、上位やりましょう上位!」

「「…はーい…。」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに3時間後…。

 

「…うぅ、もうほぼ徹夜じゃない…。」

「…茅間、さすがに少しでも寝たほうがいいんじゃないか…?」

「何言ってるんですか?そんなことよりせっかく上位まで進んだんですし、ハンターランク6にしましょう!」

 

遠山君の武器は太刀。

使いやすくていい武器です。

どんなヤツでも安定して狩れる、安定型の武器ですね。

 

ちなみに私はハンマーです。

そりゃ全部いけますけど、ハンマーが一番しっくり来ます。

 

「さあ、ファイトです!」

「「…はーい…。」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらにさらに3時間後…。

 

…ちゅんちゅん…。

外で鳥が鳴いています。

 

「んー!9時間で上位ジエン討伐!やるじゃないですか、アリアさん!」

「…ええ、そうね…。がんばったわ、あたし…。」

「…なんで俺までこんな目に…。」

 

まあ大体私一人で狩ったようなもんですけど。

遠山君、何番にモンスターが行くかのパターンくらい覚えておいてください。

渓谷のレイアなんて終盤は8に行くに決まってるじゃないですか。

 

「さぁ、学校に行きましょう!」

「…勘弁してくれー!」「勘弁してー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、学校にて。

席についた瞬間寝てしまった二人を置いて、理子ちゃんと話していました。

 

「理子ちゃん、おはようございます。」

「おはよう、詩穂…。あの2人、どうしたの?」

「さぁ?徹夜でゲームを3人でしていただけですよ?」

「詩穂、一般人はそれ相当キツイよ…。」

 

…うーん、よくわかりません。

2人は寝言のように何かを呟いています。

 

「…くそ、紅玉出ろ、紅玉出ろ…。」

「…なんで詩穂には攻撃が当たらないの…。」

 

…まぁ、授業が始まれば起きるでしょう。

 

「で、理子ちゃん。」

「あれはほっとくんだ…。どうしたの?」

「いえ、少し気になることがあって…。場所を移してもいいですか?」

「…わかった。空き教室にでも行こうか?」

 

まだ朝のHRまで時間があります。

私と理子ちゃんは、教室を離れ適当な空き教室へと向かいました…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空き教室。

ここは使われていない教室で、大量の使えない銃や麻薬の密売人から押収した大量の麻薬等が置かれている、いわばゴミ捨て場のようなものです。

理子ちゃんと2人きりで話すとき、よく使います。

 

「…で、話ってなんなのさ?」

「…えっと…理子ちゃん、この前のバスジャックの事件、覚えていますか?」

 

理子ちゃんに、それとなく話題をふります。

私の目的、それは…。

 

「うん。結局何の証拠も見つけられなかったよねー。」

「はい。調べても何にも出てきませんでした。」

「…それがどうかしたの?」

 

理子ちゃんが、私にしか見せてくれない真剣な表情で私の問いに答えてくれます。

 

…そう、何も出てこなかったのです。

不自然なくらい、何も。

 

「…いいえ。それより、聞きましたよ。前理子ちゃんがおすすめしてくれた…。」

「ああ!あれ?あの、初音ちゃんのやつでしょ?」

「はい。とってもいい曲でしたー…。」

 

話題転換。

理子ちゃんは春休みの間、初音さんにハマったらしく妙に初音さんの曲を推してきたのです。

 

「それと、何か関係でもあるの?」

「…いいえ。関係なかったです。ごめんなさい、時間取っちゃって。」

「ううん!また今度、おすすめの曲を教えてあげるねー!」

 

そういうと、理子ちゃんは教室に走っていってしまいました…。

 

…理子ちゃんは、初音さんにハマっている。

そして、あの特徴的な声。

 

『その チャリには 爆弾 が 仕掛けて ありやがります。』

 

…最初の自転車爆発事件のときに感じた、違和感。

そうです。

春休み中ずっと初音さんの声を聞いていたから…!

 

…偶然、ですよね?

たまたま、理子ちゃんが春休みにハマったのが初音さんだったのと、『武偵殺し』が春休み明けに襲ってきたときに使った声が初音さんだった…。

それだけ、です…。

 

考えすぎですよね。

それだけな、はずです…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教室にて。

4時間目までの一般科目を終え、私と遠山君とアリアさんの3人で、お昼ご飯を食べていました。

 

一般科目(ノルマーレ)

いくら武偵高といえども、ここは高等学校。

1時間目から4時間目までは普通の高校と同じように一般的な科目があります。

…まあ、お昼を食べ終わったらそれぞれの履修した専門科目の授業を受けに行くのですが…。

 

午前中の授業はほとんど寝ていたらしい遠山君とアリアさんは、それでも眠たげな顔でご飯を黙々と食べていました。

 

「…そういえば、あたし今日から少しイギリスに帰るのよ。」

「ええっ!?聞いてないですよ!?」

 

不意に、アリアさんが衝撃の事実を教えてくれました。

…な、何で今になって…?

 

「そりゃ、言ってないもの。…大丈夫よ。ほんとに少し…2週間ぐらいだから。」

「…そうですか。」

 

せっかく正式にパーティを組めたのに…。

いくらなんでも急過ぎやしませんか?

…このやり取りの間、遠山君はずっとご飯を食べていました。

…遠山君、相変わらずぶっきらぼうというかなんというか…。

 

…ピピピピピ。

 

誰かのケータイが鳴ります。

 

「…ああ、俺だ。…メール?」

 

どうやら遠山君のケータイだったようです。

ちょうどご飯を食べ終わった遠山君は、メールを確認すると苦虫を噛み潰したような顔になりました。

 

「…今日は帰りに寄るところが出来ちまった。お前らは先に帰ってくれ。」

「はぁ…。わかりました。」

 

と、私とアリアさんも食べ終わった辺りで。

 

…キーンコーンカーンコーン…。

 

チャイムが鳴りました。

…午後の授業が、始まります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視点、詩穂→キンジ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…午前の授業が終わった。

…らしい。

 

昨日の夜は茅間のせいで寝れなかったから、午前の授業はほぼ全部寝ていた。

…隣をたまに確認していたが、アリアもずっと寝ていた。

 

…茅間、今度からはもう少し自重してくれ…。

 

「…そういえば、あたし今日から少しイギリスに帰るのよ。」

「ええっ!?聞いてないですよ!?」

 

過ぎたことは仕方ないので、ちびちびと茅間の作ってくれた昼飯を食べる。

…弁当になってもこの普遍的クオリティは…恐ろしいな。

 

そんな中、アリアがなにやら突然なことを言っていた。

…が、そんなことは武偵にはよくあること。

長期のクエストになると、半年とか帰ってこないやつもザラだ。

茅間はえらく驚いているが。

 

「そりゃ、言ってないもの。…大丈夫よ。ほんとに少し…2週間ぐらいだから。」

「…そうですか。」

 

…あと少しでチャイムが鳴るな…。

早いうちに食い終わらないと。

 

…ピピピピピ。

 

ちょうど弁当を食い終わったころ、ケータイの着信音が鳴った。

…聞きなれた、俺のものだ。

 

「…ああ、俺だ。…メール?」

 

ケータイを開くと、送り主は…理子。

ちょっと嫌な予感を感じつつ、内容を見る。

 

『キーくん。授業が終わったら台場のクラブ・エステーラに来て。大事な話があるの。』

 

…普段の俺なら、スルー確定の内容だった。

しかし、理子はバスジャックの一件以来ずっとそのことを調べてくれている。

つまり、何か収穫があった、という可能性が大きい。

 

…仕方ない…か。

ぜひとも行きたくないが、今回ばかりは行かざるを得ないだろう。

 

「…今日は帰りに寄るところが出来ちまった。お前らは先に帰ってくれ。」

「はぁ…。わかりました。」

 

茅間がなんだかよくわかっていない様子で、しかし頷いた。

 

…キーンコーンカーンコーン…。

 

チャイムが、鳴った。

午後の授業が、始まる…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視点、キンジ→詩穂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリアさんは、いつ出発するんですか?」

「今から部屋に戻って、軽く準備を整えたらもう行くわ。」

「…本当に急ですね…。」

 

帰り道。

遠山君はお台場の方面にモノレールで行ってしまったため、アリアさんと2人で帰宅します。

 

…よくよく考えたら、家主が不在で居候2人が先に帰るという、おかしなことになっています…。

 

「で、でね、詩穂…実は、その、ちょっとしたミスで…その、チケットが2枚あるの。」

「…え?」

 

一瞬、何の話かわかりませんでした。

そしてすぐにイギリスに帰るための飛行機のチケットの話だとわかりました。

 

「…だ、だから…詩穂も一緒に…きっ来ても…いいのよ?」

 

顔を赤くしながら、ちらちらと様子を窺うようにこっちを見てそんなことを言うアリアさんに…。

 

「…くすっ。」

「あ!ちょっと、何がおかしいのよ!」

 

なんだか、愛おしさがわいてしまいました。

つまり、アリアさん語を翻訳すると…私のためのにチケットを取ったから、一緒に来て欲しい…って事でしょう。

 

本当に、素直じゃない人です。

 

「…わかりました。余っちゃってるのなら、私も連れて行ってもらえますか?」

「し、しょうがないわね!そこまで言うなら連れて行ってあげるわ!」

 

…というわけで。

私もイギリスに行くことになりました。

 

…遠山君に連絡しておかないとですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、部屋に戻るとアリアさん曰くあまり時間がないそうなので、すばやく荷物をまとめます。

 

私は仮にも武偵。

悲しきかな、いつ襲われてもいいように大事な荷物はしっかりまとめてあるのです。

 

向こうで着る服は…トランクに入れておきましょう。

4セットぐらいいれておけば、向こうで洗濯して使いまわせるでしょう。

 

…あとは、まあ携帯ゲーム機を3つほど持っていきましょうか。

遊び道具とパスポート、万が一のためにパスポートのコピーを肩掛けバックにいれて…。

 

「アリアさん、準備できましたよー!」

「…わかったわ。じゃあ、戸締りをしたら出発しましょうか。」

 

どうやらアリアさんも準備は完了したようです。

 

…戸締りオッケー。

私の部屋もしっかり施錠してあるのを確認して…。

 

「…さあ、空港に向かいましょ!」

「…はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

羽田空港。

平日ゆえに比較的混み合っていない第2ターミナルにて、トランクをガラガラとアリアさんと2人引きずります。

 

「…アリアさん、飛行機はどれですか?」

「ああ、言ってなかったわね。あれよ。あの…ANA600便・ボーイング737-350、ロンドン行きのアレ。」

 

アリアさんの指差す方向を見ると…確かに、電光掲示板にそう書いてありました。

…って、あの飛行機!

 

「アリアさん、わ、私たちが乗る飛行機って…あ、あの飛行機ですか?」

「……?そういってるじゃない。」

 

…なんと。

この機体は確か…。

ニュースでやっていた、通称『空飛ぶリゾート』と呼ばれる超豪華旅客機じゃないですか!

2階構造で、1階はバーに、2階は12個の個室になっています。

とてもチケット代が高く、20万はくだらないとか…。

 

「…もしかして、このチケット…。」

 

私がさっきまで平然と手に持っていたこのチケットは…!

約20万円の札束に等しい…!?

 

「うわあああ!?私、なんて物を!?」

「ど…どうしたのよ?」

 

私の明らかな挙動不審にアリアさんは戸惑います。

でもそんなことに構っている場合じゃありません!

 

私、こんなものをホイホイともらってしまいました…!

 

「アリアさん、私こんな高いものもらえません!厳しいです!」

「何言ってんのよ、このぐらいで…。」

 

このぐらい!?

そ、そうでした…。

アリアさんは『ホームズ』。

すなわち、ガチ貴族なのです。

 

アリアさんからしたら、この程度どうってこと無いのでしょう。

 

「…で、でも!やっぱりこんなのもらえないですよ!せめてお金をちゃんと払わせてください!」

「んもう!これは私のミスで一枚多く買っちゃっただけなんだから!いいから、行くわよ!」

 

そんなこんなで。

わーわーと騒ぐ私を、女の子とは思えない怪力でアリアさんはずるずると引きずって飛行機へと向かうのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機内にて。

 

「…ああ、こんなこと一生無いです…!」

 

ようやく落ち着いた私は、チケットのことはとりあえず置いておくことにしました。

…いつか、返しましょう…。

 

チケットのことが頭から消えると、今度はこんなに素敵な飛行機に乗れて嬉しくなってきました。

 

だって!

スウィートルーム!

それも最上級!

 

こんなに嬉しいことはありません!

 

テンションが上がり、部屋でクルクル回っていると…。

 

コン、コン。

部屋の扉がノックされました。

 

なんだか急に恥ずかしくなって、ちょっと顔を赤くしつつドアを開けると…。

 

「あたしよ。」

 

アリアさんでした。

 

「…どう?フライトまでもう少し時間があるし、私の部屋でトランプでもしない?」

「いいですね!行きます!」

「…もう少しテンションを下げなさいよ…。」

 

…恥ずかしいです…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フルハウスです。」

「…ま、また負けた…。」

 

アリアさんの部屋にて。

私はアリアさんとポーカーをしていました。

 

「もう一回!」

「何回でもいいですよー?」

 

…残念ながら、私は昔からトランプには自信があるのです。

どんなルールでも完全な運ゲーでなければ負けません。

 

ポーカーは、その性質上運ゲーに見えますが、どの札を捨て、どの札を引くか。

 

そのパターンさえしっかりと見極めれば、少なくとも持っている札より強い札にすることは可能です。

 

つまり、理論上相手より強い札を作ろうとすることは可能です。

 

「…フラッシュです。」

「うがーー!」

 

アリアさんがとうとう壊れてしまいました。

 

「…あ、あんた強いのね…。メヌといい勝負かも…。」

「メヌ?どなたですか?」

「あたしの妹よ。生意気だけど、かわいい妹。」

 

妹。

私は一人っ子だから、わからないなぁ…。

 

「つ、次はスピードで勝負よ!」

「いいですよー。」

 

そうしているうちに、フライト時間は迫っていくのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…機体が上空に出ます。

ベルトの着用サインが消え、もう一度アリアさんの部屋に行きましょうと立ち上がります。

…部屋に入ると、同じく座席から立ち上がりベッドの上で1人ポーカーをしていました。

 

「…あら、もう来たの?」

 

アリアさんは私に気付くと、トランプを片付けます。

…あれ?

 

「片付けちゃうんですか?」

「…うん、もうトランプはいいかな…。」

 

アリアさんはどこか疲れた表情でそういいました。

…やりすぎちゃいました…?

 

するともうやることは無いので、2人でトークすることにしました。

2人でベッドに腰掛け、ガールズトークに興じます。

 

「…キンジってさー、そもそも女心がわかってないのよ。」

「わかります…。いくら女嫌いでも、言って良いことと悪いことがあります。」

 

始業式の日の、2人乗りを思い出します。

…女の子に向かって『重い』はちょっと無いです。

 

「…でさー、あの時…。」

「あはは…それは無いですー…。」

 

しばらく2人で遠山君の陰口と叩いていると…。

 

…ガチャッ。

 

不意に、ドアが開きました。

そこに立っていたのは…あろうことか、遠山君でした。

 

「……キ、キンジ!?」

「……遠山君!?」

 

アリアさんと声がかぶるように驚きます。

…そもそも、彼がここにいるはずがありません。

彼は、日本にいたはずなのですから…。

 

「な…なぜ遠山君がここに?」

 

なんとか冷静さを取り戻し、遠山君に尋ねてみます。

遠山君はその質問の回答を用意しておいたのか、すぐに答えてくれました。

 

「武偵殺しの一件が、進展したからな。」

「ほんと!?」

 

この言葉にいち早く反応したのは、やはりというべきかアリアさんでした。

 

「どんな!どんなことがわかったの!?」

「お、落ち着けアリア…。」

 

誰が見ても興奮状態にあるアリアさんを、遠山君は宥めています。

 

「落ち着いてなんかいられないわ!」

「いや、だから話すから落ち着けって…。」

 

…アリアさんは落ち着きません。

それどころか、遠山君に掴み掛かる勢いです。

 

そして、とうとう遠山君にアリアさんが飛びかかろうとした刹那。

 

ガガーン!ガガーン!

 

雷の音が、鳴り響きました。

 

「ひゃうっ!?」

「きゃあっ!?」

 

叫び声があがります。

…前者はアリアさん。後者は…私です。

 

お恥ずかしながら、私はどうも雷が苦手で…。

ていうか近くなかったですか今の!?

 

つ、墜落しちゃったらどうしましょう…!

 

アリアさんと2人、抱き合ってガクガク震えていると…。

 

「…お前ら、怖いのか?」

「こ、怖くなんか」

「怖いです!雷やですー!」

 

ガガガーーーン!!

 

…このあたりで、私は恐怖で思考回路が止まってしまいました…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視点、詩穂→キンジ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんとかギリギリ飛行機に乗り込めた俺は、小柄なアテンダントに案内してもらいアリアの座席…というか個室に向かった。

 

…しかしまぁ、なんで茅間まで…!

ここまでくる途中、ケータイに茅間から連絡が入っていた。

 

曰く、私もイギリスに行くことになりました、と。

 

他にも堅苦しく色々書かれていたが、要約するとそんな感じだ。

 

そういうわけで茅間も飛行機に乗り込んでいるわけだが…それに関しては運が良かったな。

相手は『武偵殺し』。

こちら側には少しでも戦力があったほうがいい。

 

…はたして、兄さんを倒してしまった『武偵殺し』相手に茅間や俺を戦力として数えてもいいのかどうか微妙だが…。

 

そうこうしているうちに、アリアの個室に到着した。

…アテンダントの説明によると、茅間の部屋は向かいの部屋らしい。

 

さて、とにかくアリアたちに接触しなければ。

 

ガチャッ。

 

俺は、ノックもせずに部屋に入った。

 

「……キ、キンジ!?」

「……遠山君!?」

 

2人は俺が急に入ってきたからか、とても驚いている。

そんな2人だが…ベッドに腰掛けて、2人並んでいる。

 

こうしてみるとどちらもミニチュアサイズな身長に加えてかわいらしい顔をしているから、まるで人形みたいだな。

 

「な…なぜ遠山君がここに?」

 

やはりというべきか、先に驚きから帰ってきたのは茅間だった。

俺の勝手な推測だが…茅間は本当はとても頭のキレるヤツなのではないか、とこのごろ思う。

 

俺は茅間の質問は想定済みであり、そのために用意した台詞を言った。

 

「武偵殺しの一件が、進展したからな。」

「ほんと!?」

 

次に俺の言葉に反応したのはアリアだった。

当たり前だ。

アリアは、何よりも『武偵殺し』を…かなえさんを助けるために、捕まえようとしていたからな。

 

「どんな!どんなことがわかったの!?」

「お、落ち着けアリア…。」

 

…だが、その食いつきは予想以上だった。

前回のバスジャックで何もわからなかったから、焦っているのか?

 

「落ち着いてなんかいられないわ!」

「いや、だから話すから落ち着けって…。」

 

…ダメだ。

がう!と仔ライオンのように吠え立てるアリアは…興奮している。

今にも飛び掛ってきそうな迫力を出している。

 

ガガーン!ガガーン!

 

そんな中、雷が鳴り響いた。

かなり近い。

飛行機は雷雲のすぐそばを通っているようだ。

 

「ひゃうっ!?」

「きゃあっ!?」

 

叫び声があがる。

…ふたつ。

 

片方はカメリアの瞳をまん丸に見開いて、見るからにビビッているアリアの声だ。

もう片方は…茅間の声。

 

こいつら…まさか。

 

「…お前ら、怖いのか?」

「こ、怖くなんか」

「怖いです!雷やですー!」

 

アリアが叫び声を隠すように弁解しようとするが…茅間がそれを遮る。

よほど怖いのか、アリアのことを抱きしめてガクガクと震えている。

 

ガガガーーーン!!

 

また近くで、大きめに雷が鳴った。

 

「みゃぁぁぁぁ!!」

 

茅間は一際大きな叫び声を上げると、ダブルベッドの布団に潜ってしまった。

お前は猫か。

 

しかしまあ、茅間は置いておいてアリアまでもが雷が苦手とは…。

これはなかなかいいネタをもらったぞ。

あとでバカにしてやろう。

 

「ちっちが!詩穂はビビッてるけど、あたしは別にっ!」

 

ガガガーーン!!

 

「~~~!!き、きんじぃ~~~!!」

 

とうとう堪えきれなくなったのか、俺の袖を掴んできた。

そんないつもとは違ってしおらしいアリアに戸惑いつつ、俺はテレビのスイッチを入れた。

 

「ほ、ほら。テレビでも見てりゃ落ち着くだろ?」

 

チャンネルを適当に回していると…。

どうやら、時代劇のチャンネルらしいものがあったのでそこで止める。

 

「この桜吹雪、見覚えがねぇとは言わせねえぜ…!」

 

おっと、これは俺のご先祖様の…名奉行・遠山の金さんを描いたチャンバラだな。

彼もヒステリアモードの血が通っていたのか…他人にもろ肌を見せることで興奮したらしい。

…こんな人が先祖か…。

 

ガガーン!

 

また、雷が鳴る。

アリアがきゅっ、と袖を握るのと同時に…。

 

「みゃぁああ!みゃぁあぁぁ!!」

 

布団から、茅間が飛び出してきた…!

そしてその勢いのまま…。

 

ぎゅっと、俺に後ろから抱き着いてきやがった…!

 

「と、とおやまくん…!たすけてぇ…!」

 

どこか話し方が幼稚になった茅間は、俺を掴んで離さない。

…当たる胸が無いのが救いか、俺はギリギリヒステリアモードになるのを踏みとどまる。

 

「ちょ、ちょっと詩穂!アンタなんてことを…!」

 

ガガーン!ガガーン!

 

アリアの叫び声に合わせるかのように、雷が鳴った。

 

「きゃあ!」

 

短い叫び声をあげて、アリアも…!

俺に、抱きついてきやがった…ぞ…!

 

前後から、柔らかい女の子特有の腕が、胴体が、俺に押し付けられる…!

 

「…お、前ら…っ!離れやがれ…!」

「みゃああ!みゃああ!」

 

もはや茅間に関しては、人語を話してくれない。

アリアもアリアで、ビビッて手が硬直してるかのように硬く俺に抱きついてくる。

 

ああ、くそ…!

もうだめだ…!

 

パン!パァン!

 

 

 

 

 

…銃声。

機内に先程の雷の音とは全く異なる、音が響き渡った。

沸騰しそうだった頭を冷やすには、充分な効果音だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視点、キンジ→詩穂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パン!パァン!

 

…銃声が、鳴り響きました。

雷のせいでふわふわした頭を、現実に引き戻すにはいい薬になりました。

 

…そしてすぐに。

 

「わああ!わた、私、何で抱きついて!?」

 

なぜか遠山君に抱きついていることに気がつきました。

 

「…茅間、お前な…。」

「す、すみません!こんな真似をしてしまって…!」

 

…残念ながら、記憶が無いので私が何をしでかしてしまったのかわかりません。

とりあえず謝っておきました。

 

「…お前…まあいい。許してやる。」

「あ、ありがとうございま…す?」

「アンタたち、アホな事してないでとっとと外を確認するわよ!」

 

アリアさんはすっかり武偵の顔になって、私達に指示を出します。

 

そうでした。

なぜか機内で聞こえた銃声…。

それを確認しなければなりません!

 

 

 

 

狭い通路に出ると、乗客の皆さんがわーわーと騒ぎ立てていました。

無理もありません。

一般人の皆さんは、銃声とは無関係な日々を送ってきたのですから。

 

そんな中、銃声のした機体の前方を確認すると…。

 

「!」

 

隣で遠山君が息を呑む音が聞こえました。

そこには、小柄でいかにも無害そうな顔のアテンダントさんが…。

 

機長さんと副操縦士さんを両手に引きずって、操縦席から出てきました。

 

「……動くな!」

 

最も早く動けたのは遠山君でした。

遠山君が拳銃を抜いてアテンダントさんを牽制しようとしますが…。

 

「Attention please.でやがります。」

 

英語で「お気をつけください」と笑顔で言った後、懐から何かをこちらへと放り投げました。

 

シュウウウウ……!!

 

この音…!

強襲科で何度も聞いた、恐怖の音…!

 

ガス缶!?

 

「…みんな部屋に戻れ!ドアを閉めろ!」

 

遠山君は乗客皆に叫びながら、私とアリアさんを押し込んで部屋に戻ります。

 

ドアを閉めた刹那。

ボンッ!

と大きめな音とともに、飛行機が揺れました…。

ばちん、と飛行機の照明が消え…。

今度こそ、大パニックになりました…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤い非常灯が即座に点灯します。

 

「…キンジ!大丈夫!?」

 

アリアさんは最もガス缶の近くにいた遠山君の体を心配します。

 

「…大丈夫そうだ。それより、あのフザケた喋り方…やっぱり、出やがったか。あいつが『武偵殺し』だ。」

「…やっぱり?…アンタ、『武偵殺し』が出ることわかって…。」

 

遠山君は自身の無事をアリアさんに伝えると…なにやら、この飛行機に『武偵殺し』が出ることを予測していたようなことを言いました。

 

「遠山君、それは一体どういう…?」

「…落ち着いて聞いてくれ。特に…アリア。」

 

遠山君の推理は、こんな内容でした。

 

『武偵殺し』の起こした事件を時系列順に並べると。

 

バイクジャック。

カージャック。

シージャック。

自転車ジャック。

バスジャック。

 

遠山君が言うには、シージャックの事件で1人の武偵がやられた。

でも、アリアさんはシージャックなど知らなかったようです。

 

つまり、『武偵殺し』がいつも出していた電波を出していなかった。

これの意味するところは…遠隔操作を行っていなかった、ということ。

そのある武偵は、直接対決で仕留められた、と遠山君は言うのです。

 

そして新たに、ジャックするものが自転車に一旦小さくなる。

そして、バスジャックと大きくなる。

そして…現在の状況。

ハイジャック。

 

これはメッセージ。

そのある武偵を3件目で仕留めたように…。

アリアさんと、この3件目の事件で直接対決するつもりなのだ、と…。

 

遠山君の、いつもの遠山君とは思えないくらいの筋の通った推理。

失礼ですが、とても論理的でいつもの遠山君の考えたものとは思えません。

 

…ここでふと、体育倉庫前での遠山君を思い出します。

彼は…。

遠山君は、一体何を隠しているのでしょう…?

 

「…と、いうわけだ。」

 

遠山君が話し終えると共に、ベルトの着用サインが不規則に点滅し始めました。

 

ポポーンポポポン。ポポーン。ポポーンポポーンポーン…。

 

「和文モールス…。」

 

アリアさんが呟きます。

もちろん和文モールスの解読は日本の武偵の必須スキル。

私は、ピコピコと光るそれを解読しました。

 

オイデ オイデ イ・ウー ハ テンゴク ダヨ

オイデ オイデ ワタシ ハ イッカイ ノ バー 二 イルヨ

 

「…誘ってやがる。」

「上等よ。風穴開けてやるわ。」

 

私はいきり立つアリアさんを見ながらも、頭ではまったく別のことを考えていました。

 

…イ・ウー。

またその単語。

天国だよ…ということは、イ・ウーという場所なのでしょう。

それがどのような場所かまではわかりませんが、イ・ウー人間説は消えました。

…かなえさんとアリアさんの対話から推理すると、おそらく『武偵殺し』もそのイ・ウーに住んでいる…少なくとも、関係しているはずです。

 

それとも…イ・ウーという組織名なのでしょうか?

そうであったとすると、かなえさんを複数人で追い込んだのも組織のトップのような人物がそう命じたと考えれば納得がいきます。

 

…つまり、もし仮にイ・ウーが組織だとすると…。

 

犯罪組織に他なりません。

 

アリアさんは…。

たった1人で、犯罪組織を相手にしようとしていたということですか…!?

 

…まだ、確定ではありません。

 

もしかしたらイ・ウーという地名なのかもしれません。

人物名である可能性もゼロではありません。

 

…でも、たとえどんな相手でも…。

私は、アリアさんの力に、なってあげたいな…。

 

「…どうしたの、詩穂?行くわよ。」

「へ?あ、ハイ。」

 

考え事をしていたら、アリアさんに心配されてしまいました。

…いけない癖ですね。

 

「私は大丈夫です。いきま」

 

ガガーン!!

 

 

「きゃっ!」「みゃああ!」

 

突然の雷鳴に声を上げてびびる私たち2人を見て、遠山君はただただ不安そうな顔を見せるのでした…。




読了、ありがとうございました。



今回のお話はいつもより少々長めでした。
だって切る場所がなかったんだもん…。

今回のお話の中心は詩穂でした。
詩穂の暴走、詩穂の圧倒的洞察力、詩穂のびびりな一面…。
下手な文章のせいで伝わりにくいとは思われますが、詩穂のかわいさが伝わったのならこの上なく嬉しいです。


感想・評価・誤字脱字の指摘・皆様の生暖かい視線などをお待ちしております。


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第11話 しんゆうをたよりましょう

第11話です。


前回から更に見やすくするため、視点変更システムの表示を更に簡易化させました。

…わかりづらくなっていたら申し訳ないです。

本当に文章力が欲しい…。


慎重に1階のバーへと続く階段を降ります。

 

着くと同時に、目に入るものは…。

巨大なシャンデリア、そして誰もいないカウンター。

そして、そのカウンターに腰掛ける先程のアテンダントさん…。

 

「…な、なんで…。」

 

アリアさんが拳銃を構え、警戒しつつ呟きます。

彼女は、なぜか武偵高の制服を着ていました。

…フリフリのかわいらしいフリルのついた、改造済みの制服。

 

まるで、理子ちゃんのような改造制服。

 

「今回も、キレイに引っかかってくれやがりましたねぇ。」

 

そういうと、アテンダントさんは漫画等でよくあるような薄い特殊マスクをビリビリと剥ぎました。

…その、仮面の下の顔は。

 

「…理子ちゃん!?」

「Bon soir.」

 

理子ちゃんはフランス語で「こんばんは」と言うと、ニヤリ、と笑いました。

…そんな、バカな…。

色々とありえない…いえ、信じたくない今の状況に頭が混乱します。

 

確かに、理子ちゃんを心の奥底では少しだけ疑っていました。

でも…その可能性は低いから無視していた…いえ、無視しようとしました。

 

私の親友が、こんなことするはずが無い。

彼女は態度こそふざけてはいますが、本当は友達想いで優しい子です…!

 

少なくとも、私はそう思っています…!

 

「アタマとカラダで戦う才能ってさ、けっこー遺伝するんだよね。武偵高にも、お前たちみたいな遺伝系の天才がけっこういる。でも…お前の一族は特別だよ、オルメス。」

 

理子ちゃんは混乱する私たちを置いて、なにやら場にそぐわないおかしなことを言い始めました。

 

いつもの理子ちゃんでは出さない、冷たい視線をアリアさんに向けて。

 

オルメス…。

いえ、『holmes』…!!

ホームズのフランス読み…!?

フランス語ははじめに来る「h」は発音せず、それ以外を基本的にはローマ字読みします。

 

つまり理子ちゃんは、先程の「こんばんは」も含めフランス語を習っているもしくはフランスに住んでいたという可能性が…。

って、今はそんなことを推理している場合ではありません!

 

『オルメス』と呼ばれたアリアさんは、驚き硬直しています。

 

「あんた…一体…何者…!」

 

理子ちゃんはもう一度ニヤリと笑います。

 

「理子の本当の名前はね…。理子・峰・リュパン4世。」

 

…リュパン。

フランスの大怪盗、アルセーヌ・リュパン…!

 

まさか、理子ちゃんはアリアさんがホームズの子孫であるように…!

 

アルセーヌ・リュパンの4世…曾孫だというのですか…!?

 

「でも…家の人間はみんな理子を『理子』とは呼んでくれなかった。お母様がつけてくれた、このかっわいい名前。呼び方が、おかしいんだよ。」

「おかしい…?」

 

アリアさんが呟きます。

理子ちゃんは自分の世界に入ってしまったかのように、自分の話を始めます。

 

…おかしい、です。

明らかにおかしい。

理子ちゃんは明らかにいつもとは違う状態にあります。

その鋭い視線は、アリアさんを射抜いているようで…見ていません。

 

その瞳は虚空を…どこか遠くを見つめています。

 

「4世。4世。4世。4世さまぁー。どいつもこいつも、使用人どもまで…理子をそう呼んでたんだよ。ひっどいよねぇ。」

「そ、それがどうしたってのよ…4世の何が悪いってのよ…。」

 

アリアさんは、4世の何が悪い、と…なぜかハッキリと言い返します。

すると理子ちゃんはクワッと目を見開き、叫びました。

 

「悪いに決まってんだろ!!私は数字か!?私はただのDNAかよ!?私は理子だ!数字じゃない!どいつもこいつもよォ!」

 

理子ちゃんは突然、何の前触れも無くキレました。

しかし、やはりその瞳はアリアさんなど見ていません。

どこか遠い…遠い場所を、見ているようでした。

 

「曾お爺さまを超えなければ、私は一生私じゃない、『リュパンの曾孫』として扱われる。だからイ・ウーに入って、この力を得た…この力で、私はもぎ取るんだ……私をッ!」

 

ワケのわからない、理子ちゃんの叫び。

その目は…明らかに、狂っていました。

 

「待て、待ってくれ。お前は何を言っているんだ…!?オルメスって何だ、イ・ウーって何だ、『武偵殺し』は…本当に、お前の仕業だったのかよ!?」

 

遠山君が混乱しながらも…理子ちゃんに問いかけます。

理子ちゃんは心底どうでもよさそうに遠山君を見据えました。

 

「……『武偵殺し』?ああ、あんなのプロローグを兼ねたお遊びよ。本命はオルメス4世…アリア。お前だ。」

 

オルメス4世。

それはすなわち、アリアさんがホームズ4世…つまり、ホームズの曾孫であるということ。

 

理子ちゃんの独り言のような話は続きます。

 

「100年前、曾お爺さま同士の対決は引き分けだった。つまり、オルメス4世を斃せば、私は曾お爺さまを超えたことを証明できる。キンジ…お前もちゃんと、役割を果たせよ?」

 

今度はその狂った瞳を遠山君に向けました。

いつものように、キーくん、とは呼ばずに。

 

今の理子ちゃんはまるで他人のように思えました。

 

「オルメスの一族にはパートナーが必要なんだ。曾お爺さまと戦った初代オルメスには、優秀なパートナーがいた。だから条件を合わせるためにお前らをくっつけてやったんだよ。」

「俺と茅間とアリアを…お前が?」

「そっ♪」

 

オルメスのパートナー。

初代オルメス…すなわち、シャーロック・ホームズにはかつて優秀なパートナー…J・H・ワトソンがいました。

 

つまり、理子ちゃんは条件を合わせた。

シャーロック・ホームズとアルセーヌ・リュパンの対決を、ここでもう一度やろうというのでしょうか…!?

 

最後の「そっ♪」だけは一瞬理子ちゃんの調子に戻りました。

この様子から察するに…今までの明るいムードメーカーである彼女は、理子ちゃんの仮面に過ぎなかったのでしょう。

 

現在の少し怖い話し方をする理子ちゃんこそが、本来の彼女。

 

「キンジのチャリに爆弾を仕掛けて、わっかりやすぅーい電波を出してあげたの。」

「…あたしが『武偵殺し』の電波を追ってることに気付いてたのね…!」

「そりゃ気付くよぉー。あんなに堂々と通信科に出入りしてればねぇー。でも何を警戒したのか、くっつききらなかったから…バスジャックで協力させてあげたんだぁ。」

 

…アリアさんの目の前のことしか見ない性質が利用されていたわけですね…。

アリアさんは悔しそうに歯軋りしながら、理子ちゃんを睨みます。

 

「バスジャックもかよ…!?」

「キンジぃー。武偵はどんな理由があっても、人に腕時計を預けちゃダメだよ?狂った時計を見たら、バスに遅刻しちゃうぞー?」

 

…遠山君の腕時計の件も、何らかの細工を理子ちゃんは施していたようです。

遠山君が7時58分のバスに乗るように、あわよくば乗り遅れるように…!

 

全てが、理子ちゃんの手のひらで踊らされていた…というわけですか。

 

「何もかも…お前の計画通りだったってワケかよ…!」

「んー。そうでもないよ?バスジャックまで起こさないとくっつききらなかったのは意外だったし…何より、詩穂。お前だよ。」

「…私、ですか?」

 

その狂った瞳は、今度は私を見据えました。

 

「オルメスのパートナーは1人でいい。でもお前はいちいち絡んできやがって…。」

「り、理子ちゃん…。」

「お前はッ!家でおとなしくしてりゃ良かったのによ!出てくんじゃねぇよ!」

 

怒りのこもった目で怒鳴られます。

その目は心底、怒りと…悲しみに、包まれています。

その目に圧倒され、私はもう何も言えなくなってしまいました。

 

「…くふふっ。まあいい。もうどうでもいいさ。私がキンジのお兄さんをやったように、すぐにアリアも片付けてあげる。」

 

「……兄さんを、お前が…お前が…!?」

 

途端に、遠山君が今度は狼狽し始めました。

そして、どんどん…その目は、理子ちゃんと同じように怒りに満ちていきます。

 

「くふ。ほら、アリア。パートナーさんが怒ってるよぉー?一緒に戦ってあげなよー!」

 

理子ちゃんが、アリアさんをも挑発します。

遠山君の顔にどんどん余裕が無くなっていきます。

 

「キンジ。いいこと教えてあげる。あのね。あなたのお兄さんは…今、理子の恋人なの。」

「いいかげんにしろ!」

 

遠山君がついに大声を上げました。

…あんな理子ちゃんも見たことはありませんでしたが…こんな遠山君も、見たことはありませんでした。

アリアさんも面食らいながら遠山君を制します。

 

「キンジ!理子はあたしたちを挑発してるわ!落ち着きなさい!」

「これが落ち着いてられるかよ!」

 

ダメです。

遠山君はすでに半分我を失っている状態のようです。

遠山君がベレッタの引き金を…まさに引く!

 

……その瞬間。

 

飛行機が、ぐらりと大きく揺れました。

 

「!」

「おーらら♪」

 

そしてほぼ同時に。

ガギュン!と音が鳴り響きました。

 

今の一瞬で。

理子ちゃんは今その手に握るワルサーP99で、遠山君のベレッタを弾き飛ばした…ようです。

 

遠山君が一瞬の出来事で唖然とする中。

 

「ノン、ノン。ダメだよキンジ。()()お前じゃ、戦闘の役には立たない。それにそもそもオルメスの相棒は、戦う相棒じゃないの。パンピーの視点からヒントを与えてオルメスの能力を引き出す。そういう活躍をしなきゃ。」

 

…なんでしょう。

今の発言には、引っかかることが…。

 

その隙にアリアさんが飛び出しました。

理子ちゃんに向かってロケットのように突っ込んでいきます。

 

2人とも…銃を構えています。

武偵同士の戦いでは、銃は打撃武器です。

 

防弾服に銃弾を撃ち込むと、とんでもない衝撃としてダメージが入ります。

そして、武偵法9条…武偵はいかなる状況においても人を殺してはならない。

 

このふたつの特殊条件によって…近接での銃撃戦は、すなわち格闘に近いものとなります。

 

アリアさんは2丁拳銃、対して理子ちゃんはワルサー1丁のみ。

明らかにアリアさんが有利…!

 

「アリア。2丁拳銃が自分だけだと思っちゃダメだよ?」

 

しかし、理子ちゃんはスカートの中からもう1丁ワルサーを取り出しました。

 

アリアさんと理子ちゃんの、一瞬の戦いが始まりました。

 

アリアさんは理子ちゃんの腕をはじき、射撃を躱し、次々に位置を変えながら理子ちゃんを撃ちます。

理子ちゃんも同様に、アリアさんを狙います。

 

くるくると位置を変えて。

2人が回りながら戦う。

 

まるで、ダンスのようでした…。

 

その勝負は、一瞬で決着しました。

アリアさんが理子ちゃんの懐に潜り込み、理子ちゃんの腕を脇で抱え込むように拘束します。

 

「キンジ!詩穂!」

 

理子ちゃんはアリアさんの拘束を解けません。

…どうやら勝負あったようです。

 

遠山君がバタフライ・ナイフを構え、理子ちゃんを警戒しつつ近づいていきます。

私は…やはり、その場から一ミリも動けませんでした。

 

「双剣双銃…奇遇よね、アリア。」

 

不意に。

理子ちゃんが口を開きました。

 

「理子とアリアは色んなところが似てる。家系、キュートな姿、それと…2つ名。」

「?」

「私も同じ名前を持ってるのよ。『双剣双銃(カドラ)の理子』。でもね、アリア。」

 

…思わず、遠山君の足が止まりました。

…驚愕。

目の前の光景に、唖然とします。

 

「アリアの双剣双銃は本物じゃない。お前はまだ知らない。この力のことを…!」

 

…理子ちゃんの髪が。

 

……動いた。

 

まるで意思を持っているかのように。

ツーテールにまとめてあるその長い金髪のテールの片方が…理子ちゃんの背中に隠してあったであろうナイフを持ち…。

 

シャッ!

 

アリアさんを、斬りつけました…!

 

「!」

 

アリアさんは驚きつつもその一撃を躱したものの…。

 

ザシュッ!

 

「うあっ!」

 

もう片方のテールに同じように握られたナイフに、斬られてしまいました。

こめかみより少し上…側頭部から血を流し、アリアさんが大きく後にのけぞります。

 

「あは…あはは…曾お爺さま。108年の歳月は、こうも子孫に差を作っちゃうもんなんだね。勝負にならない。コイツ、パートナーどころか、自分の力すら使えてない!勝てる!勝てるよ!理子は今日、理子になれる!あは、あはは、あははははは!」

 

理子ちゃんはまた狂ったように叫びながら、アリアさんを髪で突き飛ばしました。

 

「アリア……アリア!」

 

遠山君が血を流し苦しそうに呻くアリアさんに近寄ります。

 

…私は。

この場から、動けない。

声も上げられない。

 

ただ…圧倒され、怖気づき、立っているだけでした…。

友達が、やられてしまったのに。

でもそれをやったのもまた私の友達で…。

 

頭が混乱します。

何も、何もかもが遠い世界の出来事に感じます。

 

…どうして。

どうして、理子ちゃんは笑っているのでしょう?

どうして、アリアさんは苦しそうにしているのでしょう?

どうして、遠山君はアリアさんを抱えて逃げてしまおうとしているのでしょう?

 

わからない。

わからない。

何も、わからなくなっていきます…。

 

 

……茅間!早く来い!殺されるぞ!

……あははは!この狭い狭い飛行機の中、どこへ行こうっていうのー?

 

 

声が、聞こえます。

でも処理できません。

私は、どうすればよいのでしょうか?

 

わからない。

わからない。

わかりません…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、数瞬にも、数時間にも感じられました。

ふと、我に返ります。

 

…違います。

私のするべきことは、疑問を持つことでも、突っ立っていることでもないはずです。

 

動け…!

動け……!!

 

「……り、こ、ちゃん…。」

「…何?」

 

やっと絞り出せた声は、ひどく弱弱しいものでした。

理子ちゃんは面倒くさそうにこっちをジロリと睨みます。

 

怖い。

でも…戦わなきゃ。

友達を…助けるために!

 

「…私は、もう逃げません。今まで立ってただけだったけど、もうおしまいです、理子ちゃん。」

「…だから?なんだっての?私を止めようっての?何の力も…無いくせに。」

 

理子ちゃんはその狂った瞳を向けつつ、ダルそうに答えます。

…それでも。

言葉は届くと信じて。

 

「…私の知っている理子ちゃんは、友達想いで、優しい人です。いつも周りの皆に元気を振りまいてくれる…凄い人です。」

「…はぁ?」

 

理子ちゃんは私の突拍子も無い発言に、声を上げます。

 

「だから…今あなたは、自分を押し殺して、1人で抱え込んで…戦っているんでしょう?」

「ッ!」

 

これは…賭け。

私は何もわからないけど、今さっきまで理子ちゃんが叫んでいた内容に合わせて…。

それっぽい抽象的な言葉で…カマをかける。

 

人間心理というのは不思議なもので、たとえあまり関係の無いことだとしても…自分の気にしていることがあると色々な内容を結び付けてしまうものです。

そして、怒りで単調になっている人間は…このトリックに引っかかりやすい。

 

私は理子ちゃんの叫んでいた言葉を、言葉を変えて理子ちゃんに言うだけ。

これだけで、カマをかける…。

とんでもなく危険な賭けです。

バレたら最後。

実質Eランクの私なんて一瞬で戦闘不能です。

 

「お前に…お前に、何がわかるッ!」

「わかりますよ、あなたのことは…。1年もそばにいたんですから。」

 

…まだ、大丈夫。

まだいけるはずです…。

 

「私は理子ちゃんの味方ですよ。いつまでも…理子ちゃんの、親友です。」

「…う、っく…!」

 

明らかな動揺。

そして、私はこの賭けに勝機を見出しました。

理子ちゃんの目が…一瞬、狂っていない、いつもの目に戻ったからです。

 

「…うう、でも…こんなことでは立ち止まっていられない…!私には、これしかないんだ…!」

「本当に?本当に、そうなんですか?」

 

私は助ける。

友達を…。

私の最高の親友を、助ける!

 

「他に方法があるかもしれません。最高の突破方法を思いついていないだけかもしれません。私が…一緒に、探してあげます。」

「うあ、あ…!黙れ、黙れ…!」

 

「私は、いつでもあなたの味方ですよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩穂→理子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はとうとう倒した。

オルメス4世を…倒した。

 

これで私は、曾お爺さまより優れていることが証明できたはず。

アリアには悪いけど…私の自由のために、死んでもらおう。

 

「……り、こ、ちゃん…。」

「…何?」

 

逃げる2人を追おうとすると…立ったまま呆然としていた詩穂が、声を上げた。

 

「…私は、もう逃げません。今まで立ってただけだったけど、もうおしまいです、理子ちゃん。」

「…だから?なんだっての?私を止めようっての?何の力も…無いくせに。」

 

なんだ?

私の邪魔をしようというのだろうか?

 

コイツは…コイツには、手を出したくないなぁ…。

私の独りよがりな戦争に、巻き込みたくない。

 

 

「…私の知っている理子ちゃんは、友達想いで、優しい人です。いつも周りの皆に元気を振りまいてくれる…凄い人です。」

「…はぁ?」

 

詩穂は、急になにやら言い出した。

あまりにも今の状況にそぐわない発言に、私は眉をひそめる。

 

「だから…今あなたは、自分を押し殺して、1人で抱え込んで…戦っているんでしょう?」

「ッ!」

 

急に。

詩穂は、核心を突いてきた。

 

…バカな、私の目的が…バレている!?

いや、そんははずはない!

 

…だが、今の発言は明らかに…!

 

混乱する。

私は叫んだ。

 

「お前に…お前に、何がわかるッ!」

「わかりますよ、あなたのことは…。1年もそばにいたんですから。」

 

こいつ…!

不意に、一瞬だがそれでも楽しかった日々を思い出した。

詩穂との…幸せな、日常を。

 

「私は理子ちゃんの味方ですよ。いつまでも…理子ちゃんの、親友です。」

「…う、っく…!」

 

親友。

詩穂は、私の味方…?

そうかもしれない。

そう、なのかな…?

 

「…うう、でも…こんなことでは立ち止まっていられない…!私には、これしかないんだ…!」

「本当に?本当に、そうなんですか?」

 

詩穂は問いかける。

私に、本当にその選択は正しかったのかと、問いかける。

 

「他に方法があるかもしれません。最高の突破方法を思いついていないだけかもしれません。私が…一緒に、探してあげます。」

「うあ、あ…!黙れ、黙れ…!」

 

詩穂は言う。

頼ってもいいのだと。

助けてあげる、と。

私はあなたの味方だよ、と。

 

アイツを…アイツの呪縛から逃れられる、方法が他にもあるのか?

わからない…でも、もう苦しいから何とかしたい。

助けて欲しい。

 

でも…。

 

「私は、いつでもあなたの味方ですよ。」

 

巻き込むわけには、いかないんだ…!

大切な友達だからこそ、私を案じてくれるからこそ…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

理子→詩穂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うあああああああああああああああああ!!」

 

理子ちゃんは、正気を取り戻した目で。

それでも大きく、大きく…叫びました。

 

「り、理子、ちゃ…。」

「詩穂…。お前には頼れない。お前だけは巻き込みたくなかったんだ…。だから…。」

 

理子ちゃんはこちらに向かって、走りこんできます。

あっという間に距離を詰められ…。

 

「ごめんね。」

 

ガスッ!

 

腹部を強く殴られ…。

私は気絶してしまいました…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を、覚まします。

立ち上がると体がひどくふらつきました。

 

た、たしか…。

理子ちゃんの説得に失敗して、私は気絶させられて…。

 

そうです!

理子ちゃんは?

アリアさん、遠山君は一体?

 

しかし…体がひどくふらついて、思うように歩けません。

赤い非常灯が点灯する中、私はふらふらと歩いて階段方向へと向かうと…。

 

「…あ。」

「……あ。」

 

階段から降りてきた理子ちゃんと、バッタリ遭遇しました。

なぜか、彼女のツーテールは短くなっています…。

 

…じゃなくて!

 

「…ごめん、詩穂。」

「みゃぁぁあぁ!」

 

ボーっとしていた私は、理子ちゃんに手際よく手足を拘束されてしまうのでした…。

 

その後。

マヌケなことに、理子ちゃんに手足を縛られて体育座りをさせられた私は理子ちゃんとお話しすることにしました。

理子ちゃんはなにやらペタペタと壁に粘土状のものを貼っていました。

 

「…理子ちゃん、私は…。」

「うん。もういいの。私の決めた道だから。詩穂を…巻き込めないよ。」

 

ああ…。

本当に優しい人です…。

 

「詩穂はもう、半分巻き込まれちゃったかもしれない。だから…今だけ、私の本音を聞いて。」

「……はい。」

 

理子ちゃんは壁に何かを貼り終わると私の前に立ちました。

…私は手足を縛られて座っているので、なんだかマヌケな光景ですが。

 

「詩穂。私は…助けて欲しい。今、すさまじい強敵と戦ってるの。」

「…はい。」

「もしかしたら、詩穂の言うとおり別の突破方法があるかもしれない。でも…やっぱり、私にも余裕ないからさ。」

 

あはは、と理子ちゃんは…いつも私に向けてくれる笑顔で語りかけます。

 

「…詩穂。もしかしたらもう会えないかもしれないけど…私ともしもう一回会えたら、私を…助けて欲しいな。」

「…だったら、今すぐに…!」

「いいの。今回はもう失敗みたいだから、私は逃げなきゃいけないの。だから約束して欲しい。身勝手なのはわかってる。それでも、詩穂…。これからも、ずっと、親友でいてくれる?」

 

理子ちゃんの、寂しそうな表情。

私の答えは、決まっていました。

 

「もちろんです。当たり前です。絶対です。」

「…詩穂…!」

「でも、代わりに理子ちゃんも約束してください。また…絶対に、会いましょう。また、どこかで。」

 

理子ちゃんは嬉しそうに、はは、と短く笑います。

 

「ずるいなぁ、詩穂は…。そしたら私、絶対に詩穂に頼らなきゃいけないじゃない…。」

 

理子ちゃんは本当に嬉しそうに笑うと、先程の壁に向かいます。

 

「…キンジ、悪いね。待たせて。」

「いや、俺は今来たところだから何も聞いていないよ。」

「くふっ。キンジのそういうところ、本当にだーい好き…。」

 

ふと声のしたほうを見ると…遠山君が、階段付近に立っていました。

その口調はいつものぶっきらぼうなものではなく。

 

とても甘く、優しい声でした。

 

遠山君はゆっくりとこちらに近づいてきます。

 

「キンジ。それ以上は近づかないほうがいいよー?」

 

理子ちゃんは、にぃ、と笑うと壁をちらりと見ました。

もう、私に向けていた優しい笑顔はありません。

狂った演技をする…理子ちゃんの顔でした。

 

「ご存知の通り、『武偵殺し(ワタクシ)』は爆弾使いですから。」

 

彼女の一言で、ハッとしました。

壁に貼り付けられてあるこれは…爆弾、なのでしょう。

 

「…それに、こっちには詩穂もいるよ。爆発に巻き込まれたら…詩穂もどうなるか、わかるよね?」

「ちょっ、理子ちゃん!?」

 

アレ?

私、地味にピンチですか?

私を拘束する縄はこれでもかというぐらい固く結ばれており…はずれそうにありません。

 

理子ちゃんは私の抗議の声を軽くスルーして遠山君に話しかけます。

 

「ねぇキンジ。この世の天国…イ・ウーに来ない?1人くらいならタンデムできるし、連れて行ってあげられるから。あのね、イ・ウーには……お兄さんも、いるよ?」

 

理子ちゃんが目を鋭くしながら、遠山君に問いかけます。

…遠山君は、怒気をはらんだ声で…しかし優しく、言いました。

 

「これ以上…怒らせないでくれ。いいか理子。あと一言でも兄さんの事を言われたら、俺は衝動的に9条を破ってしまうかもしれないんだ。それはお互いに嫌な結末だろう?」

 

武偵法9条。

武偵はいついかなる場合でも人を殺してはいけない…。

遠山君は、暗に理子ちゃんに殺すと言ったのです。

 

「あ。それはマズいなー。キンジには武偵のままでいてもらわなきゃ。」

 

理子ちゃんはまた少し不可解なことを言いつつも…。

自分の体を抱くように腕を組み…。

 

「じゃ、アリアにも伝えといて……私たちはいつでも、2人を歓迎するよ?」

 

……ドウッッッ!!!

 

理子ちゃんは言い終わると同時に…。

背後の爆薬を、起爆しました。

 

壁に大きな穴が開きます。

そして、理子ちゃんはこの穴から…。

 

飛び降りてしまいました。

 

「理子ちゃ…きゃああ!?」

 

理子ちゃんの名前を叫ぼうとしましたが…中断させられてしまいました。

室内にあるものが、気圧の変化により外に引きずり出されていきます…。

グラスが、布、お酒のビン…。

 

そして、手足の縛られている私。

 

「わあああああ!?」

 

必死に抵抗しますが…無駄。

私は外に放り出されて…!?

 

「本当に詩穂は、いつも危ない目に遭うね。」

 

気がついたら、遠山君にお姫様抱っこをされていました。

どうやら遠山君が私を抱きかかえて助けてくれたようです。

…あの強烈な風圧の中、私を抱きかかえて階段付近まで逃げた…!?

 

ありえません。

人間では決して出来ない…少なくとも、高校生にそんな真似が出来るはずが…!?

 

「…詩穂、君は俺をたまに見てくれないね。さびしいよ。」

「へっ?」

 

遠山君が、甘い声で囁きます。

…よくよく考えたら、私またお姫様抱っこされて…!?

 

「ほら、見てごらん。もう大丈夫だよ。」

 

遠山君の指差す方向を見ると…穴が、塞がっていました。

シリコンシートのようなものでぴったりと塞がっています。

 

窓の外を見ると…理子ちゃんが、下着姿でこちらに手を振りながら降りていくのが見えました。

…あのフリフリな制服が、パラシュートのように変形しています。

 

そして、理子ちゃんとは入れ替わりに…キラリと2つ、光が見えました。

 

次の瞬間。

 

ドドオオオオオン!!

 

強烈な衝撃が、飛行機を襲いました。

 

「……!?」

「ひゃあっ!?」

 

な、何が起きたのでしょう?

しかしそんな私を置いて、飛行機の高度はどんどん落ちていくように感じられます。

 

「……ミサイルだ。」

「え?」

「ミサイルが、この飛行機に直撃した。」

 

…そんなバカな。

ありえない、です…。

 

「そ、そんなことが…。」

「俺にもよくわからない…でも、そんな場合じゃないみたいだ。」

 

…やはり。

この遠山君は、おかしい。

いつもとは違って、冷静で状況分析力が高い。

そして、こちらを…女の子を、誘惑してくるような言葉遣い。

 

「あなたは…一体、誰ですか?」

「詩穂…。俺は、俺だよ。」

「いいえ。あなたは、遠山君であって遠山君ではありません。」

 

知りたい。

遠山君の秘密を、その正体を。

 

情報を制するものは、戦いを制するのだから。

 

「詩穂。今はそんな話をしている場合じゃないよ。」

「いいえ。そんな場合です。答えてください。あなたは…誰?」

 

…わかる。

今の私は、少しおかしい。

それでも、知識欲は…止められない。

 

あなたのことが知りたい。

…遠山君…。

 

「…詩穂。落ち着いてごらん。大丈夫。俺は、俺だよ。」

「遠山君…でも、違います。」

 

甘ったるい、声で私を宥める遠山君。

私は、少しうっとりとしてしまいましたがでも知りたい。

知りたい。

 

「…詩穂、君は俺を見てくれないんだね?」

「…え?」

「俺のことを呼んでごらん?」

 

甘い、声…。

思わず従ってしまいたくなる、声。

あう、ダメです…。

そんなに私を見つめないでください…。

 

遠山君の顔が、近い…。

 

「遠山君…。」

「違うよ、詩穂。俺の名前を、呼んでごらん?」

 

顔が熱くなっていきます…。

もう私に、知りたいという欲望は消えていました。

 

遠山君の、名前を呼ぶ…。

め、めちゃくちゃ恥ずかしいです…。

 

「き、キン、ジ、くん…。」

「…良くできたね。ご褒美に、少しだけ夢を見せてあげよう。」

 

するとすでに近かった遠山君の顔が…!

どんどん近づいてきました…!

 

「あ、あう、あう…。」

「ふふ、かわいいね…詩穂は。」

 

ああ、私…。

かわいいって言われて…!?

 

「失礼するよ。」

 

チュッ。

 

私は額に一瞬の熱を感じて…。

 

意識をまたもや、手放してしまいました…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩穂→キンジ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミサイルの直撃を告げ、さあアリアのところに戻ろうとしたそのとき。

腕の中で、詩穂が問うた。

 

「あなたは…一体、誰ですか?」

「詩穂…。俺は、俺だよ。」

「いいえ。あなたは、遠山君であって遠山君ではありません。」

 

詩穂は問い詰めるように、俺を見つめた。

ヒステリアモードの俺に抱かれて、それでも冷静でいるなんて。

君は本当に凄いな。

 

「詩穂。今はそんな話をしている場合じゃないよ。」

「いいえ。そんな場合です。答えてください。あなたは…誰?」

 

しかし、その瞳は…。

俺を見ていない。

俺の体質を…ヒステリアモードのことを聞く。

 

詩穂は少し、混乱しているみたいだね。

いや、混乱というよりは、1つのことしか考えられない状態かな?

 

「…詩穂。落ち着いてごらん。大丈夫。俺は、俺だよ。」

「遠山君…でも、違います。」

 

クラッと来るように優しく言ったつもりだったが…。

詩穂は納得してくれないみたいだね。

 

仕方ない。

1つのことしか考えられないのなら、俺のことだけを考えてもらおう。

 

「…詩穂、君は俺を見てくれないんだね?」

「…え?」

「俺のことを呼んでごらん?」

 

顔を近づけ、耳の近くで囁く。

 

ようやく…。

その目が、俺を見てくれたね。

 

「遠山君…。」

「違うよ、詩穂。俺の名前を、呼んでごらん?」

 

詩穂の顔がぽぽぽぽ、と赤くなっていく。

かわいらしいポニーテールが腕の下で揺れる。

 

…少し反則気味だが、女の子は恥ずかしさを感じると正常な思考が出来なくなる。

恥ずかしがり屋な詩穂は、名前を呼ぶだけでも恥ずかしいんだろうな。

 

「き、キン、ジ、くん…。」

「…良くできたね。ご褒美に、少しだけ夢を見せてあげよう。」

 

詩穂には悪いが、少し寝ていてもらおう。

これ以上詩穂を、混乱させるわけにはいかないからね。

 

顔を、更に近づける。

 

「あ、あう、あう…。」

「ふふ、かわいいね…詩穂は。」

 

かわいい、と言われただけでまた顔の赤みが増す。

詩穂はそういうのに耐性が無いのかな?

それとも、初めて言われたのかな?

 

「失礼するよ。」

 

詩穂の額に、チュッ、とキスをした。

 

と同時に、ぷしゅうううう、と音を立てるように詩穂は気絶してしまった。

 

お疲れ様、詩穂。

アリアを助けるために君を置いていってしまったが…。

 

なかなか理子が来ないと思ったら、君が足止めしてくれていたんだろう?

じゃあ今度は俺ががんばらなきゃな。

 

俺は詩穂を部屋のベッドまで運び…。

 

操縦席へと、向かった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キンジ→詩穂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あのあと。

気を失っていた私は、気がついたら病院のベッドの上でした。

 

あとから遠山君やアリアさんに話を聞いたところ…。

 

遠山君が空き地島に無理矢理飛行機を不時着させて助かったり、テレビの取材や警察の事情聴取に私の代わりに答えてくれたりがあったらしいのですが…。

 

残念ながら私は眠っていたので、ほぼ他人事のように聞こえました。

 

しかし、やはりあの遠山君は凄いですね。

なんだかよくわかりませんでしたが、遠山君が飛行機を操縦して何とかした、というわけです。

 

 

 

しかしまぁ、病院では暇なわけで。

私は、私なりに気になることをまとめてみることにしました。

 

まず、イ・ウーについて。

もはや、人物ではないことは理子ちゃんの発言から確定しました。

そして、やはり理子ちゃんの発言。

 

『イ・ウーで得たこの力で』。

 

得た…とは、どういうことなのでしょう?

この力…とは、髪を動かすことが出来るあの不思議な力のことでしょうか?

あんな超常現象的な力を()()とは…。

…ダメです。情報不足です。

 

イ・ウー…。

ますますわけのわからない単語です…。

 

 

次に、遠山君に…いえ、あの遠山君についてです。

 

どう考えてもおかしい状態です…。

あ、あんな、かっこよくて、私をかわ、かわいいだなんて…!

 

…いえ、それは置いておきましょう。

 

またもや理子ちゃんの発言より。

 

『今のお前じゃ、戦闘の役には立たない』。

 

つまり、今のお前じゃない…あの状態での遠山君は、戦闘の役に立つ…。

 

いえ、むしろ戦闘に特化している…?

…とは、限りませんが。

しかし普段の遠山君よりも強いことは確かです。

 

そして、理子ちゃんはどうやら遠山君の秘密を…あの状態になるための遠山君の条件を、知っていたようですね。

 

ある条件を満たすと、どうしてか強くなり、かっこよくなる。

 

…今遠山君についてわかることは、このぐらいでしょうか…?

 

…うーむ、まとめてみましたが…。

大してまとまってないです。

 

そんなことも考え終わると、もうやることなど本当にありません。

私は担当のお医者さんが来るまで、ただボーっとしていたのでした…。

 

 

 

 

 

…私は、特に体に異常が無かったのですぐに退院できました。

部屋に戻ると、先に退院していた遠山君とアリアさんが部屋で話していました。

 

私が退院を告げると、2人は喜んでくれました。

…部屋が若干汚くなっていたのと、ゴミ箱にコンビニ弁当がたくさん捨てられていたのは目を瞑りましょう…。

 

さて、部屋に戻ってようやくひと段落して。

もう3日も置いてあったカレーが地味にいい感じだったので、3人での食事にしました。

 

あまり時間は経っていないはずなのに、久々に感じられた3人での食事でした。

 

「…はー。にしても、本当に今回は疲れたな。」

「そうね。あんたたちも良くがんばったとは思うわ、うん。」

 

遠山君とアリアさんが、いつものようにゆるーく会話しています。

私統計では、大体遠山君とアリアさんが会話すると60%くらいの確立で口喧嘩が起きてしまうのですが…。

 

今回は大丈夫なようです。

私もカレーを食べながら、2人の会話に参加します。

 

「そういえば、ママの公判が延びたわ。『武偵殺し』の件が冤罪だって証明されたから……最高裁は年単位で延期だって。」

「…そうですか。」

 

これでアリアさんが笑顔だったら、おめでとうございます、って言えたのですが…。

まだ解決はしていませんし、アリアさんも微妙な顔をしているので、その言葉は呑み込みました。

 

…ピピピピピ…。

 

ここで、誰かのケータイが鳴りました。

 

「…あたしだわ。」

 

アリアさんは面倒そうに立ち上がると、少し離れて電話を取りました。

 

そしてぎゃーぎゃーと、英語で会話し始めました。

 

「…そ、そういえば、遠山君…。」

「?…なんだ?」

 

私は飛行機での一件を思い出し顔を赤くさせつつ、遠山君に言いました。

 

「…そっその!こ、これからは…キンジ君、と呼んでも…いいでしょうか!?」

 

…ど、どうでしょう…!?

飛行機の一件で、私はどうも彼を意識してしまうようになりました。

 

「…?まあ、別にいいけど…。」

「うあ、あ、ありがとうございます!」

 

遠山君は…キンジ君は、了承してくれました。

…これは、進展。

 

私は、気がついてしまいました。

…私の、心に。

 

「だから…キンジ君も私のこと…詩穂、って呼んでください。」

「なっ!なんでだよ…。」

「…お願い、します…。」

 

お願いしてみました。

結構自分でもあざといとは思いましたが、上目遣いで、なるべく不安そうな声で。

 

「…わ、わかった。わかったから。…詩穂。」

「……わ、わぁ…。あ、ありがとうございます…。」

 

自分で申し出ておいて、言われるとめちゃくちゃ恥ずかしいです…。

…でも。

嬉しいな…。

 

「…あー、全くしつこいんだから。」

 

電話の終わったアリアさんが、テーブルに戻ってきました。

 

「…うん?あんたら、どうしてそっぽ向いてんのよ。」

「…い、いえ、別に…。」

 

恥ずかしくなって顔をお互いに背けてしまった私たちを見て、アリアさんは不審がります。

…し、しばらくはキンジ君に話しかけられるだけでこうなってしまいそうです…。

 

「あ、アリア。それよりも何の電話だったんだ?」

「え?ああ、うん…。」

 

キンジ君が気まずい空気を押しのけ、話題を変えました。

アリアさんも納得いかないような顔をしつつも、話題に乗ります。

 

「イギリスからよ。どうもあたしをロンドンに縛るつもりだったらしいわ。」

「縛る…?」

 

キンジ君が疑問を投げかけます。

 

「あたしはイギリスに少しだけ帰る予定だった…。でも、ロンドン武偵局はあたしをロンドンにずっといさせるつもりだったの。」

 

アリアさんはご立腹、といった風に話します。

 

「だから絶対帰ってやるもんか!って言ってきたの。それだけよ。」

「…そうか。」

 

キンジ君は、いつも通りぶっきらぼうに答えます。

…いつものキンジ君です。

…私は、きっと…。

 

「…そういえば、あんたたちはもう正式なパートナーになったんだから。伝えておくわね。」

「…何をだ?」「何をですか?」

 

アリアさんはカレーを食べ終わると、口を拭いてから衝撃の事実を告げました。

 

「あたしの本名は…神崎・ホームズ・アリア。あんたたちは、あたしのJ・H・ワトソンに…選ばれたのよ!」

「な…。」

 

突然のカミングアウトに、キンジ君は硬直します。

…でも、ごめんなさいアリアさん。

 

…私、もうそれ知ってるんですよ…。

 

ドヤァ、と効果音が付くぐらい胸を張るアリアさんと。

その事実に驚いて固まっているキンジ君。

 

……いや、どうしろと?

 

 

 

 

私は反応に困り、ただ黙々とカレーを食べ続けるのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今思えば。

理子ちゃんは、私にはじめからSOSを出してくれていたのかもしれません。

 

1人、自室の布団の上で寝転がりながら、考えます。

 

理子ちゃんは実に用意周到で、足跡を残さないように事件を起こしていました。

…それなのに、なぜわざわざ私にヒントを出すかのように、初音さんをおすすめしてくれたのでしょうか?

 

…彼女のすすめてくれた曲が、頭の中で再生されます。

 

――覚悟があるのなら パーフェクトに奪ってよ――

 

この曲は、泥棒を…恋泥棒をイメージした曲です。

 

――僕らは狼で 迷える子羊で――

 

…泥棒。リュパン4世。

あなたは…どうして、私に相談してくれなかったのですか…?

 

 

 

 

 

私はもうしばらくは会えないであろう親友を想いながら、眠りに着きました…。




読了、ありがとうございました。

今回は前回よりも更に長くなってしまいました。
読んでいて、
「あれ?この駄文いつまで読ませる気だ?」
となってしまったかもしれません。

申し訳ありませんでした。


今回はvs理子戦でした。
…しかし作者の力量不足と深夜テンションのおかげでまったくわけのわからない展開になってしまいました…。

自分でも絶賛後悔中です。何だこれ。


とにかく、これでようやく第1巻の内容は終了です。
…章分けとかもしたほうがいいんでしょうかね?


ちなみに最後に出てきた曲は勝手ながらボーカロイド曲です。
勝手に使用してしまったため怒られそうです…。



感想・評価・誤字脱字の指摘・皆様の心のこもった毒舌等をお待ちしております。


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番外編 ばんがいへんです

今回は不意に番外編です。



3本立てとなっております。
…一部の話では、キャラ崩壊・メタ発言が飛び交います。
苦手な方はご注意ください。


番外編その1  詩穂とキンジの出会い

 

 

 

 

 

 

始業式3日前の夜。

いつもどおりやることも無く、俺はテレビを眺めていた。

 

…ピンポーン…。

 

ドアのチャイムが鳴った。

 

…なんだ?

こんな時間に…来客?

武藤あたりが冷やかしにでも来たのだろうか?

とりあえずドアを開けると…。

 

「…あ、えと、はじめまして、です…。」

 

…見たことも無い少女が、そこに立っていた。

茶色がかった長い髪をポニーテールにまとめてある、小さな少女。

幼い見た目だが顔立ちは整っており、上目遣いにこちらを見上げてくる姿は小動物のようだ。

 

…いや、俺はこの少女を知らないわけではない。

強襲科で何回か見かけたことがある。

…だが、それだけだ。

話したことも無ければ、何の接点も無い。

 

「あ、あの…。」

 

少女が話しかけてくる。

その手には…なぜかトランクが握ってある。

…嫌な、予感がする。

 

「わ、私を…ここに置いてください!」

「………は?」

 

何を言っているんだ、こいつは。

わけがわからん。

 

「ちょっと待て。どういうことだ?」

「…え、えと、あの、その……。」

 

ダメだ。

オロオロするだけで何も答えてくれない。

 

ここに置いてくれ、だと?

つまりそれは…ここに、住むって事か?

…冗談じゃない。

そもそもここは男子寮だし、俺は病気持ちだ。

ありえん。

 

「…事情は知らんが、ダメだ。ここは男子寮だぞ?」

「あ…え、えっと!とにきゃく、話を聞いてください!」

 

あ、コイツ今噛んだ。

 

すさまじい涙目で、上目遣いに懇願される。

…ここで話を聞いてしまうあたり、ノーと言えない日本人だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コイツ曰く。

自分は普通に女子寮で暮らしていたが、突然蘭豹の襲撃にあって泣く泣く寝る場所が無い…らしい。

そして蘭豹に教えてもらった空き部屋がここだった。

だからここしか頼れる場所が無い…だ、そうだ。

 

事情を聞いて、とにかく思ったことは。

こいつ、不運なヤツだな…ということだ。

 

コイツ…茅間詩穂と名乗った少女は、今現在俺の部屋のリビングで項垂れている。

 

…さて、どうしたものか。

正直何が何でも部屋には入れたくないが…いかんせんかわいそう過ぎる。

ただの蘭豹の気まぐれで寝床を無くし、一瞬で部屋を失ったコイツが。

 

…ああ、クソ。

まだ俺には遠山の血が、流れてるみたいだ…。

 

困っている人を助けないのは、義の道に反する。

あの時兄さんを失って、それでも兄さんの無念を遂げるため逃げ出さずに頑張ってきた。

…俺の中に眠る、義の心を信じて。

 

…だから、俺は…。

 

「…条件付だ。

 

家の中を制服以外で徘徊するな。

俺の部屋に絶対に入ってくるな。

そして、必要以上に俺に触れるな。

 

…わかったか。」

 

条件付降伏だ。

矢継ぎ早にそういうと、茅間の顔はパァァ、と明るくなって。

 

「あ、ありがとうございます!不束者ですがよろしくお願いします!」

 

そう言いつつ、何度も何度も頭を下げ続けるのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は、珍しいタイプだと思った。

基本的に、武偵は活発というか…暴力的で、好戦的だ。

部屋をなくしたら、他の部屋を取る。

抵抗されればボコす。

 

それが普通だ。

 

しかし、今現在ソファに背筋をピンと伸ばして座り固まっている茅間にはそんな好戦的な雰囲気は感じられなかった。

…非戦闘系の武偵なのだろうか?

 

通信科や鑑識科、情報科などは戦闘はあまり行わない。

…まあ、それでも行うっちゃ行うのだが…。

 

そして俺は今さっき先生にも確認してみたが…。

マジだった。

蘭豹あの野郎…。

それどころか、茅間が自分から行ったことにしろ、とまできた。

めちゃくちゃだ。

 

仕方ないので寮長にも連絡して正式に許可を取り、今に至る。

 

「あ、あの…遠山、君。」

 

不意に茅間が話しかけてきた。

その顔はこちらに向いてはいるものの…緊張していることが丸わかりのガッチガチな表情だった。

 

「なんだ?」

「えうっ、あ、あの…て、提案があるのですが…。」

「…提案?」

 

提案。

その内容によっては、俺にものすごいダメージが来るかもしれないな。

…だが、止める術も理由も無い。

 

俺は無言で先を促した。

 

「あ、あの。ただ居候させてもらうばかりじゃ悪いので…わ、私にご飯を作らせてください!あとお掃除もさせてください!」

 

……。

なるほど、な。

こいつの性格がだんだん掴めてきたぞ。

茅間は…明らかに武偵向きじゃない性格をしている。

 

しかし、この提案はなかなかにありがたいものだった。

飯はたまに白雪が作ってくるとはいえ基本的にはコンビニ弁当だからな。

掃除も…男の1人部屋、ということで察しが着くだろう。

 

よって俺は、この提案を飲むことにした。

 

「…やりたきゃやれ。」

「……はい!」

 

またパァァ、と茅間の顔が明るくなる。

犬みたいだなコイツ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、次の日の夜。

俺はゆっくりとリビングでテレビを眺めていた。

昨日突然やってきた茅間はというと、部屋でなにやらせっせと何かを設置していた。

…とても大きなパソコンのように見えたのは、気のせいだろう。

気のせいに違いない。

 

「…あ、あの、遠山君。」

 

ガチャリと部屋から出てきた茅間が声をかけてきた。

 

「…なんだ?」

 

軽くぶっきらぼうに返すと、茅間はビクッとなりながらもおどおどと答えた。

 

「あ、えと、お、お風呂を先にいただいてもよろしいでしょうか…?」

 

…風呂、か。

俺は病気的な意味で先に茅間に入られてしまうと妙な想像をしてしまいそうで怖い。

ここは…。

 

「…俺が先にシャワーを浴びてくるから待っていろ。」

「…はい。」

 

女との同居は…なかなかに難しいみたいである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…って感じだ。どうだ?」

「ふーん…。」

 

今現在、俺の部屋のリビングにて。

アリアが俺と詩穂の出会いを聞きたいと言い出したので、詩穂と2人で説明したのである。

 

「なんというか…これなんてエロゲ?」

「やめてくださいちょっと私も思っていたところなんです…。」

 

…俺はやったことが無いから知らないが、エロゲってそんなものなのか?

わからん。

 

「…さて、もうそろそろご飯にしましょうか。」

「そうねー。あたしちょっとコンビニに…。」

「アリアさん?ももまん買ってきたら没収です。」

「あははー、あたしコンビニ行くのやーめたー。」

 

…まぁ。

1人暮らしよりかはちょっと騒がしいが。

こっちのほうが多少は面白い…か?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

番外編その2  茅間詩穂の休日

 

 

 

 

 

 

あぁ、あたしよ。

神崎・H・アリアよ。

ここは番外編だから、多少メタい発言もありらしいわね…。

じゃあ言わせてもらうわ。

 

…コホン。

 

なっんっで!

第1巻の内容終了したのにあたしの視点が無いのよ!

おかしいじゃない!

あたしは原作メインヒロインよ!?

もっと尊敬しなさいよ!もっと出番をよこしなさいよ!

第一アンタらあたしがこのこと言うまで気付かなかったでしょ!?

「あ、アリアさんまだ視点もらってなかったんすかーww」

みたいに見てたんでしょ!

 

はぁ、はぁ…。

 

まぁ、いいわ。

あたしは寛大だから。

作者に風穴クラッシュで勘弁してあげるわ。

 

さて、本題だけど…。

今あたしは、レキの部屋を借りてとある調査を行っているわ。

 

依頼者はあたし。

報酬はももまん。

 

何の調査かというと…。

詩穂の実態調査よ!

 

ほら、あの子普段どんな生活送ってるか気になるじゃない?

今日は休日。

詩穂が何の依頼も受けていないことは調査済み!

つまり、今日はあの子は完全にフリー。

これはチャンスだと思ったわ。

 

…現在5時30分。

『早朝から何なんでしょうでしょうかこの人』

みたいな顔でレキがこっちを睨んでるような気がするけど、気のせいよね!

 

詩穂に気付かれないように部屋に盗聴器・小型カメラを設置して、今日は詩穂が寝るまで徹底調査よ!

…あの子の部屋、結構セキュが固くて設置にだいぶ手間取ったけど。

 

…5時40分。

まだ、詩穂は寝てるわね。

スースーと寝息を立てて気持ちよさそうに寝てるわね…。

普段は1つに纏めてある茶髪がベッドに広がってる。

…な、なんというか、普段と違う雰囲気がして…。

…かわいいわね…。

 

 

 

 

 

 

 

っは!

あ、あたしは今何を…。

 

「ふぁぁ…。あふ…。」

 

…どうやら起きたみたいね。

ピピピピと鳴っている目覚ましを止めて、背伸びしてる。

 

「…う~ん…きょうはにちようびれしたっけ~…。」

 

寝ぼけてるのか、声がふわふわしてるわね…。

武偵なんだから寝起きくらいはシャキッとしなさいよ…。

あと平仮名ばっかりで読みづらい。

 

…現在6時ちょうど。

あの子、休日もちゃんと起きるのね。

休日だからって二度寝するキンジにもぜひ見習って欲しいわ。

 

さて、詩穂は少しベッドでポケーっとしたあと部屋着らしい簡素な服に着替えた。

さぁ、どんな私生活なのかしら…!

 

「うーん、まずは歯を磨いて顔を洗ってお掃除でもしましょうか。」

 

主婦かっ!

 

「あ、お買い物もしなきゃですね。」

 

だから主婦かっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして。

色々と作業が終わった詩穂が、自室に戻ってきたわね。

 

…現在8時ちょうど。

どんだけ掃除してんのよ。

買い物と合わせてもそんなに掛からないでしょうに…。

 

「うーん、今日はアリアさんもキンジ君も依頼でいませんし…。」

 

そう。

あたしは依頼でいないことになってるし、キンジもガチの依頼でいない。

ふふふ、完璧よ…。

舞台は完璧…!

さすがあたし!

これほどまでに完璧な計画が、自分でも恐ろしいわ…!

『なんであの人一人で笑っているんでしょう』

的な視線がレキから刺さってる気がするけど、そんなことはどうでもいいわ。

 

「今日はゲーム日和ですね!」

 

うん、なんか知ってた。

そうなるかなー、みたいな予想はしてた。

 

「さて、やりますよー!やっちゃいますよー!」

 

そういうと、詩穂はなんだか色々と準備を始めた。

パソコンを起動して、携帯ゲームを2つ取り出して…!?

音楽プレイヤーを取り出して、ヘッドホンを取り出して…って!

 

どんだけ並行してやる気なのよ!

 

やっちゃいますよー、じゃないわよ!

やっちゃいすぎでしょう!

うわ、小説も出してるし!

変な形の拳銃も出してるし!

 

え、なにあれ?

形状気持ち悪っ!

銃口だけ異様に長すぎでしょう!

バランス考えなさいよバランス!

 

ていうかゲームしつつ銃の整備する気!?

それは武偵としてどうかと思うわ!

 

「さ、始めましょうか。」

 

そういうと詩穂は、ヘッドホンを装着して…音楽プレイヤーの音楽を聴き始めたわね。

そして左手で器用に小説を持ちつつ、右手だけでなにやらパソコンをいじりだした。

…あれは…?

俗に言う、おんらいんげーむ…とやらかしら?

 

「ふーむ…やはり日曜だけあってイン率高めですね…。」

 

ちょっと何を言っているのかわからなくなってきたけど、まあ今回はスルーで。

 

カメラで見えた画面には、チャットのようなものが出ている。

…えーと、なになに?

 

『雷鳴の悪魔さまが降臨なされたぞー!』

『よっしゃ勝ち確』

『悪魔さまのテクが見られるとか感動ですわー』

『悪魔降臨ktkr』

 

…悪魔?

それに対して詩穂はというと。

 

『そんなんじゃねぇよwwあんま期待すんなww』

 

とか返している。

…うん?

いつもと全然口調違うけど?

ていうか『雷鳴の悪魔』ってあんたなの!?

なんか凄い騒がれてるけど!?

 

「にゅふふ、恥ずかしいとはいえこう褒められるのは悪くないですね…。」

 

詩穂が凄い恍惚とした表情で何かを言っている。

…にゅふふってアンタ…。

 

どうやら詩穂のゲームは…なんだろう、画面が結構激しく動いて見えづらいわ…。

 

「あれはFPSと呼ばれるゲームです。」

「うわっ!びっくりした!」

 

不意にレキがにゅっとあたしのモニターを覗き込んだ。

け、気配を一ミリも感じなかった…。

怖っ!

 

「簡単に言うと、私たちが良く行う銃撃戦をゲーム化したものです。」

「ざ、ざっくりした説明ね…。ていうかなんでアンタはそんなこと知ってんのよ。」

「気にしたら負けです。」

 

そういうと、レキはまた部屋の隅に体育座りしてしまった。

…レキもなんだかわからない子ね…。

 

「さあ、戦争を始めましょう!」

 

詩穂は詩穂で凄い事言ってるし…。

 

「…え!?ま、まさか…。」

 

うん?

詩穂がなにやらびっくりしてる。

…またチャットを見てみようかしら?

 

『うわまじか、あれ雷鳴の悪魔じゃん!』

『俺らオワタ\(^o^)/』

『いや待て!こっちには瑠璃色の堕天使さまがおられる!』

 

…うーん、どうやら敵側のチャットのようね。

詩穂はなんで見れてるのかしら?

…あっ、詩穂も武偵か…。

 

『ちょ、向こう側に瑠璃色の堕天使いるっぽいww』

『マジか…』

『悪魔vs堕天使とかなんという俺得』

『ていうかこの戦いやばくね?世紀の大勝負だろ…』

 

…今度は味方側のチャットっぽいわね…。

相手側にも詩穂レベルのやばいヤツがいる、ってことかしら?

 

『ちょっ、マジか。ちょっと俺堕天使と話してくるわ』

 

と詩穂の発言。

と同時に、また別のチャットが開いたわね。

…ああもう忙しい。

 

『堕天使さんはじめまして。雷鳴の悪魔です』

『ご丁寧にどうも。瑠璃色の堕天使です』

 

…上のほうに『個人チャット』とか書かれてるわ。

…ってことは、今詩穂とその堕天使が話してるわけね?

 

『いやーいつか戦ってみたかったんですよ』

『マジっすか、奇遇です。悪魔さんとは一度戦ってみたかったんですよ』

『今日のチーム戦、悔いの無いようにやりましょう!』

『はい!よろしくお願いしますです!』

『しますです?』

『…オナシャース』

 

これを終わりに、個人チャットは終了した。

…なんだか良くわからないけど、これは凄い戦いのようね…!

どんなゲームか全く知らないけど、ちょっとあたしも興奮してきたわ…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…3時間後…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…な、なんて強さでしょう…。ここまで苦戦するとは…。」

 

あれから3時間。

詩穂はまだキーボードをガチャガチャやってる。

…しかしまあ、このゲームがわかってきたけど…。

 

明らかに、詩穂と堕天使の動きが他のやつらと違うわね。

他のやつらはアホみたいに死んでくのにこの2人だけはまだ一回も死んでないみたい。

…ていうかどうして撃ち合ってるのに弾がかすりもしないのよ…。

 

「…タイムアップ、ですか…。」

 

詩穂がそうつぶやいた瞬間、画面が切り替わった。

…結局、この2人は一度も死なずに終わったわけね…。

 

また画面が個人チャットに切り替わる。

 

『いやー、上手いっすね悪魔さん』

『いえいえそちらこそ。ぜひもう一度手合わせ願いたいものです』

『ええ、またいつか機会があれば』

『自分、他のゲームもいくつかやってるんですけど堕天使さんはどうですか?』

『あ、自分もです!じゃあまたどこかで会えるかもですね!』

『じゃ、またその時まで!』

『では』

……。

他のチャットが、

『お前がへぼいから足引っ張った』

だの

『お前の装備弱すぎ』

だのと子供みたいな口喧嘩をする中、この2人の会話はものすごく簡易で…。

友情に、あふれている気がした。

 

「…また、どこかで会えますよね。瑠璃色の堕天使さん…。」

 

詩穂は誰もいない部屋で、1人そう静かに呟いた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…現在14時30分。

詩穂は一旦ゲームをやめて、布団の上で柔軟やストレッチをしていた。

…わざわざ体操着に着替えて。

 

まぁ、強襲武偵に基礎体力は必須!

良くわかってるじゃない、詩穂。

 

「…んうっ!…ん~…。」

 

時々苦しそうな声を上げてるけど、頑張ってるわね…。

…こんな真面目なシーンだと、あたしコメントすること無いわ。

 

ここからしばらくは声だけでお送りするわ。

…あたしは少しももまんでも買ってこようかしら?

 

 

 

「…んっ!…んはぁ、はぁ…。」

「ぅん、ふぁあ…。」

「…うぅ、キツイぃ…。」

「はぁ、…ふあんっ!」

「……はぁ、ふぅ…。」

「…ぅう、あ…みゃふぅ…。」

「…そ、そろそろ大丈夫…でしょうか…?」

「…はぁ、はぁ、はぁ…。」

「……っんぅ!ふぁぁぁ!」

「…い、いっぱい頑張りました~…。」

 

(※ストレッチと筋トレです)

 

 

 

 

…そろそろ終わったかしら?

…終わってるわね。

 

…今現在の時間は15時30分。

汗ばんで火照った体を、布団に預けてる。

 

「…うーん、少し眠たいです…。」

 

詩穂はある程度体を休めたら、今度は眠くなっちゃったみたい。

本当にウトウトした目で座ってるわ。

 

「…とにかく着替えてシャワーでも浴びましょうか…。」

 

…というわけで。

詩穂はシャワーを浴びに行ってしまったわ。

…うーん、なんだかあたしも眠くなっちゃったわ…。

『朝っぱらから画面見てるからでしょう?』

みたいな視線がレキから飛んでくるけど、あたしはもう眠気に逆らえない。

 

「…うーん…むにゅ…。」

 

あたしはモニターの前で丸くなり、眠りの世界へと落ちていった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…っは!あ、あたしは…そうだ!今は一体…!?」

 

起きてすぐに、外がもう暗いことに気付いた。

今現在の時間は…18時30分…。

か、かなり寝ちゃったわね…。

朝無理に早起きしたのが悪かったのかしら?

 

「そうだ!詩穂の部屋は…!」

 

モニターを確認すると、それはもうすでに砂嵐だった。

…ザーッ、と耳障りな音が聞こえる。

盗聴器も機能してないみたいね…。

 

「…電池切れかしら?まぁ、もういいわ。大体の詩穂の生活はわかったし…。」

 

あたしは部屋を貸してくれたレキに礼を言うと、部屋に戻るのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キンジの部屋・リビングにて。

 

「…はぁ、今日の依頼は本当にきつかったなぁ…。」

「だらしないわね、キンジ。依頼ぐらいでへばってんじゃないわよ。」

 

詩穂の作ったまるで普通な味のうどんを食べながら3人で談笑する。

…もうキンジはあたしや詩穂がいることを普通のことだと思っているようね…。

最初はバカみたいに抵抗していたけど…やっぱり同じパーティ同士、分かり合えるものだわ。

などとかなりどうでもいいことを考えながらうどんをスルスルと食べていると…。

 

「あ、そうそう。聞いてくださいよ。」

 

詩穂が話題を切り出した。

 

「私今日ずっと1人だったので、夕方ごろに部屋をちょっと本格的にお掃除したんです。そしたら…。」

「なんだ?Gでも出たか?」

 

キンジが能天気に答える中、あたしのカンは話題を変えるべきだと叫んでいた。

…い、いや、まさかね…。

 

「Gは幸い出ませんでしたが…代わりに、盗聴器と小型カメラを発見したんです。」

「…なんだって?」

「し、詩穂!そ、それ…どうしたの?」

 

内心凄く焦りながら、詩穂に問い詰める。

 

「え、えっと…部屋で逆探知して、どこからパクられていたのか調べていますけど…。」

「そっそれ!あたしがやっておくわ!」

「え?で、でも…。」

「あたしに任せなさい!詩穂を覗いてた不届きなヤツなんて、あたしがとっちめてやるんだから!」

「は、はぁ…そこまで言うのなら持ってきます…。」

 

 

 

 

……後日。

部屋の盗聴器と小型カメラは理子のイタズラ…ってことにしておいた。

 

ごめん、理子。

またどこかで出会えたら、牢屋にぶち込んだ後、ももまんを持っていってあげるわ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

番外編その3  メイン3人でフリートーク

 

 

 

 

 

 

詩穂「はい。というわけでフリートークコーナーです。」

 

アリア「どういうわけよ。」

 

キンジ「ていうかなんだ?この台詞の横にある『キンジ』だの『アリア』だのは。」

 

詩穂「えーと、今回は地の文が存在しないから誰が喋っているのかわかりやすくするためですね。」

 

アリア「ふーん…。で、フリートーク…だっけ?何すんのよ?」

 

詩穂「へ?フリートークですよ?」

 

キンジ「…あれか?ラジオとかでよくやるあれか?」

 

詩穂「そうですね。というか作者の謎の迷走に近い何かですね。」

 

アリア「…まあ簡単に言うと、とにかく喋れば良いわけ?」

 

キンジ「みたいだな。」

 

詩穂「まあ、適度にやっていきましょうよ。今回は番外編なのでメタ発言もありです。」

 

キンジ「そうか…じゃあ、本編では聞けないようなことでも聞いておくか。」

 

アリア「何よ。」

 

キンジ「詩穂は無駄に洞察力が高い…というかぶっちゃけ頭いいけど、何だそのスペック?お前残念武偵じゃないのか?」

 

詩穂「あー、確かにです…。まぁ身体能力は低いですし、明らかにニート一直線の生活送ってますし、残念部分はそこらへんでしょうか?」

 

アリア「確かに、ほぼ夜通しゲームしてるイメージがあるわ…。」

 

キンジ「少なくとも俺たちが眠った後もやっているし…ていうかいつ寝ているんだ?」

 

詩穂「うーん…3時とか4時が多いですね。」

 

アリア「おそっ!武偵なんだから体調管理ぐらいしなさいよ。」

 

詩穂「うーん、でも…私は睡眠時間が短くても大丈夫なんですよね。むしろどんなに早く寝ても3時間で目が覚めてしまいます。」

 

キンジ「それはうらやましいな…。1日21時間も起きていられるわけか。」

 

アリア「狙撃手に向いてそうね。」

 

詩穂「あー、適正のある生徒は強襲科から狙撃科や探偵科に引き抜かれるパターンもあるそうですね。」

 

アリア「専門科といえば、あんた明らかに強襲科に向いてないけど…どうして強襲科を専攻してるの?」

 

キンジ「確かにな。運動できない強襲科生徒なんてなかなかいないぞ。」

 

詩穂「あはは、運動は苦手でして…。なんでかというと、私は昔からあこがれていたんです。強襲科に…というよりも、強襲武偵に。」

 

アリア「…?何か、あったの?」

 

詩穂「それはいつかお話しします。」

 

キンジ「そうか。そういや、このフリートークとやらはいつまでやればいいんだ?」

 

詩穂「…さぁ?」

 

アリア「さぁ…って。」

 

詩穂「作者にOKもらうまでです。」

 

アリア「うわー無茶振り。」

 

キンジ「…仕方ない。何か話題でもないのか?」

 

アリア「うーん…そういえば、なんであたしはキンジのベッドで寝てるのかしら?詩穂の部屋は?」

 

詩穂「あー、それについてはちょっと…。」

 

キンジ「俺も気になるな。家主として聞かせてくれ。」

 

詩穂「それを言われると弱いですね…。うーん、私の部屋は…その…、パソコンやらゲームやら漫画やらが散乱しているので、入れたくないというか…。」

 

アリア「…本当は?」

 

詩穂「成年向けの同人誌があるからです(キリッ」

 

キンジ「キリッとするな。」

 

アリア「…そ、それって…。」

 

詩穂「キンジ君もアリアさんも見たらアウトでしょう?」

 

キンジ「そ、そうだな…。」

 

アリア「…(この前忍び込んだときに見つけなくて良かったわ…。)」

 

詩穂「あ、ちなみに私は腐っていないからBLは無いですよ。」

 

キンジ「どうでもいいだろ…。」

 

詩穂「むっ!どうでもよくないです!女子の全員が全員腐っているとは思わないでください!」

 

アリア「そんなこと誰も聞いてな」

 

詩穂「大体ですね、私が好きなのはむしろギャルゲーのようなかわいい女の子がですね………。」

 

 

 

 

 

 

 

10分後……。

 

 

 

 

 

 

 

詩穂「………ということなんです。わかりましたか?」

 

アリア「わ、わかったわ…。」

 

キンジ「詩穂はモンハンの時といい、どこかこだわりがあるよな…。」

 

アリア「…コホン。こだわりといえば、詩穂の髪型はいつ見てもソレね。」

 

詩穂「…ああ、ポニーテールですか?」

 

キンジ「そういえば、他の髪型は見たことが無いな。」

 

詩穂「これは私のお気に入りの髪型なんです。ポニテに関してはちょっと自信がありますよ。」

 

アリア「うん、とっても似合ってると思うわ。」

 

詩穂「えへへ…。ありがとうございます。」

 

キンジ「でも、長くないか?それ。腰くらいまであるじゃないか。」

 

アリア「そうね。しゃがんだら地面につくでしょ?」

 

詩穂「うーん、確かに地面についちゃってますね…。まぁでも毎日ちゃんと念入りに洗っていますし、お手入れもしているのでまだまだ大丈夫なはず…です。」

 

キンジ「でも、アリアのツインテールも長くないか?」

 

詩穂「そうですねー。アリアさんも腰ぐらい…でしょうか?」

 

アリア「そうね。でもこの長いツインテールはホームズ家のしきたりなの。だからやめるわけにはいかないわ。」

 

詩穂「あー、原作でも言ってましたね。」

 

キンジ「まぁ…なんだ。女子の髪型ってのはこだわりがあるもんなんだな。」

 

詩穂「一概に全ての女子、とはいえないですけど。髪は女の命とも言いますし、気にかけてる方は多いんじゃないでしょうか。」

 

アリア「そういえば、気になってたんだけど。その詩穂の丁寧口調って…なんなの?」

 

詩穂「それ聞いちゃいますか。私のキャラの存命に掛かりますよ。」

 

キンジ「まぁ、仕方ないっちゃ仕方ないな…。原作のリサと口調がかぶっている気がしなくもないが。」

 

アリア「ちょっとその発言はアウトじゃない?まだ登場すらしてないわ。」

 

詩穂「しかもまだ原作を途中までしか読んでいない読者様に喧嘩を売っていますね。」

 

キンジ「…スマン。読者のみんな。」

 

詩穂「まあ、確かに一部のキャラとは口調がかぶりますね…。それに原作の皆さんと比べたら私のキャラクターが薄い感も否めないです。」

 

キンジ「言うな、詩穂…。」

 

アリア「ちょっとこの話題はアウト過ぎるわ。いくら番外編でもグレーゾーンよ。」

 

詩穂「そうですね。さ、次は何を…。」

 

ピンポーン♪

 

詩穂「…っと、もうOKみたいですね。」

 

キンジ「何だ今の。」

 

詩穂「なんだかよくわかりませんが、この音が鳴ったら終了してOKだそうです。」

 

アリア「ふーん…。まぁ、終わるんならいいわ。今日はももまんの特売日なの。買い占めてくるわ。」

 

キンジ「じゃあ、解散だな。」

 

詩穂「はい、お疲れ様でしたー…って、もう2人とも帰られたのですか。読者の皆様も、ここまでお疲れ様でした。次回からはおそらくまた本編が始まると思いますので、そのときにはまたよろしくお願いします。では。」




読了、ありがとうございました。


さて、皆様に謝らなければいけないことが2つほど。

まず、急に番外編を企ててしまい申し訳ありませんでした。
一応活動報告にて発表はしていたものの、やはり身勝手すぎましたね。

そしてもう1つ。
更新が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。
少々リアルが忙しくなってしまいましたので…。
言い訳は無用ですね。
楽しみにしてくださっていた方々(そんな方はいるのでしょうか?)につきましては、誠に申し訳ありませんでした。


さて、番外編でした。
いかがだったでしょうか?
ちなみに『瑠璃色の堕天使』さんはとあるライトノベルから特別出演していただきました。
性格も口調も詩穂と似ているので、是非やりたかったシーンだったりします。



感想・評価・批判・批評・ご意見・ご要望・毒舌・悪口・魑魅魍魎等を心よりお待ちしております。
…あ、やっぱり魑魅魍魎は勘弁してください。


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ざ・ばーど・ぶろーく・ぷりずん
第12話 やんでれこうりんです


第12話です。



またもや更新が遅れてしまい、申し訳ないです。
最近更新速度が日に日に遅くなっている気がします。
何とかしないとですね…。


さて、個人的にとても嬉しいことです。
お気に入り数が100突破!
評価をくださった優しい方が10名!

こんな残念小説を読んでくださってありがとうございます!


さて、ハイジャック事件も落ち着いてきたある日の夜のこと。

私たち3人は思い思いにリビングで過ごしていました。

 

私は夕食の洗い物。

アリアさんはPSPでガチャガチャとモンスターをハントするアレ。

キンジ君はケータイをいじっています。

 

なんだか平和で大きな事件らしい事件も無く、だらだらとした雰囲気。

でも私はこういう幸せな雰囲気、大好きです。

 

「ねぇキンジー。こいつ倒せないんだけど。手伝ってー。」

「なんだよ、ディアブロくらい自分で狩れよ…。」

「コイツ剣が届かないんだもの。つべこべ言わずに手伝いなさい。」

「全く…。詩穂、お前もやるか?」

「みゅっ!?あ、あとちょっとで終わるのでそしたらやります…。」

 

突然名前を呼ばれてびっくりしてしまいました…。

やっぱり、キンジ君に名前で呼ばれると恥ずかしいです…。

 

そして、最近になって気が付いたことがひとつ。

 

アリアさんの機嫌が、物凄くいいです。

だから、最近はキンジ君とアリアさんの口喧嘩勃発率が40%くらいにまで下がっている気がします。

 

…仲のいいことはとても素晴らしいことなのですが…。

 

「ふふっ。キンジが加われば余裕ね!」

「あんまり俺を当てにするなよ…。」

 

2人の仲がいいのが、ちょっと悔しかったり。

 

…べ、別にさびしくなんか無いですよ?

私もキンジ君と仲良くしたいなー、なんて考えてませんよ?

考えてないんですからねっ!

 

…はぁ…。

1人ツンデレほど淋しいものはこの世に存在しないと思うんですよ…。

 

ぴりりりりり…。

 

ここで、キンジ君がさっきまでいじっていたケータイが鳴りました。

…あれ?

なぜか、その音は鳴り止みません。

 

ぴりりりりり…。

 

連続で何度も受信しているのでしょうか?

 

「キンジ。うるさいんだけど。」

「ああ、そういやさっき電波を入れなおしたからな。」

 

ぴりりりりり…ぴりりりりり…。

 

ああ、なるほど。

確かに、電波を入れなおすと一気にメールとか受信しますものねぇ…。

 

ぴりりりりり…ぴりりりりりりり…。

 

…ちょっと、いくらなんでも受信しすぎじゃありません?

キンジ君も不審に思ったのか、ケータイを手に取ります。

 

そして、顔を一気に蒼白にしました。

 

「お、お前ら、に、にに逃げろッ!」

「な、何よ?なに急にガクガク震えてんのよ。キ、キモいわよキンジ…。」

 

そしてガタガタと震えながらなにやら逃げろ、と命令されました。

そのあまりの震え様にアリアさんも若干ビビッています。

 

そして、どこか遠くのほうから。

 

どどどどどどどどどど…!!

 

と地鳴りのような音が近づいてきました…。

なんでしょうか?

改造バイクでも近づいてきているのでしょうか?

 

「ぶ、ぶ、『武装巫女』が…うッ。マズイ…来た…。」

 

遠山君が何かをうわごとのように呟きます。

…はて?

『武装巫女』?

 

その間にも、どどどどど…という地鳴りのような音は近づいてきます…。

…って、あれ?

近づいてくる…!?

 

玄関のすぐ近くで音が止まったかと思うと…。

 

ジャキン!

 

と。

玄関のドアが真っ二つに斬られ、そこから人が入ってくるのが見えました。

 

その間わずか3秒ほど。

私もアリアさんも、驚いて言葉が出てきません。

 

「白雪!」

 

キンジ君が叫びます。

…白雪。

生徒会長、星伽白雪さん。

巫女装束を身に纏い、なぜか他にも色々とガッツリ装備した星伽さんが、鬼のような形相で仁王立ちしていました。

 

…え?

な、なんでこのタイミングで、この時間に、生徒会長さんが?

というかどうして刀を持って…!?

 

「やっぱり…いた!神崎・H・アリア!茅間詩穂!」

「ま、待て!落ち着け白雪!」

「キンちゃんは悪くない!キンちゃんは騙されたに決まってる!」

 

キンジ君が落ち着かせようと説得しますが、星伽さんは全くと言っていいほど耳を貸しません。

 

「この泥棒ネコども!き、き、キンちゃんを誑かして汚した罪!死んで償え!」

 

そういうと星伽さんは日本刀を大上段に構えます。

…って、ええ!?

攻撃態勢じゃないですか!

 

「な、なんなんですか!?キンジ君、この人生徒会長さんですよね!?というかなんで日本刀持って…!?」

「お、俺にもわからん!とにかく逃げ…!」

「覚悟ォォ!」

 

キンジ君との会話をぶった切って、星伽さんが…!

こちらに突進してきました…!

 

「わぁぁ!?来ましたー!?」

 

私は緊急回避でその場から離れると、星伽さんはアリアさんに標的を変え…。

 

「天誅ぅーーッ!」

 

アリアさんの頭目掛けて、刀を振り下ろしました。

アリアさんも混乱しつつ、応戦します。

 

「みゃッ!?」

 

アリアさんは振り下ろされた日本刀を…。

 

ばちっ!

 

っと両手で挟んで受け止めました。

…こ、これは、真剣白羽取り…!?

は、初めて生で見ました…。

 

「この、バカ女!」

 

アリアさんは臨戦モードに入ったのか、星伽さんに飛び掛りました。

 

「バリツね!?」

 

星伽さんは一瞬でアリアさんの流派を見抜き、飛び掛ってくるアリアさんを逆に投げ飛ばしました。

 

ガッシャーン!

 

と大きな音を立てて、アリアさんがソファに激突します。

…ちなみに今の一撃で、ソファはお亡くなりになりました。

キンジ君は自分のお部屋をこれ以上荒らされたくないためか、二人を制止しようとします。

 

「や、やめろ!2人ともやめるんだうおっ!?」

 

ガギュンガギュン!

 

キンジ君が何かを言い終わる前に、キンジ君の目の前を弾丸が通り抜けました。

…アリアさんの放った、二丁拳銃の弾です。

 

ギギンッ!

 

星伽さんは、いともたやすくその弾丸を刀ではじき返しました。

…え?

なんで今さらっと人間離れした業をやっちゃってるんですか星伽さん?

 

「キレた!も~~キレたっ!…風穴開けてやる!」

 

とうとうキレたアリアさんが、ソファから抜け出して星伽さんに襲い掛かります。

二丁拳銃を乱射しながら星伽さんに近づきますが…。

 

ギンッ!ギギンッ!

 

と星伽さんは全て刀ではじき返してしまいます。

アリアさんはこれ以上は無駄と判断したのか、今度は二刀流に切り替えました。

……双剣双銃。

アリアさんのそれは、手数の多さを意味します。

4つの武器から織り成す圧倒的な手数と突破力。

それがアリアさんの強さです。

 

しかし、アリアさんの2本の小太刀の一撃を。

平然と星伽さんは受け止めました。

 

ぎりぎりぎり…!

 

鍔迫り合い。

アリアさんは正真正銘のSランク武偵です。

そのアリアさんと…互角以上に、戦っています。

 

星伽さん。

なんて強さなのでしょう…。

 

「わ、私の入る幕じゃありませんね…。し、失礼しまーす…。」

「逃がさない!そっちの泥棒ネコ!」

 

ビビッて逃げようとする私を星伽さんは目ざとく捉え…。

 

じゃらじゃら!

 

「みゃうっ!」

 

私の足に、どこに隠し持っていたのか鎖鎌を巻きつけました。

もちろん足を縛られたらバランスが取れなくなり…。

 

どてっ!

 

と床に伏してしまいました…。

じたばたと抵抗するも、鎖鎌はかなり頑丈に巻かれているようで、解けません。

そのままズルズルと星伽さんに引っ張られて…。

 

せ、戦場のほうに向かっています…!?

 

「キンちゃんこの女を後ろから刺して!そうすれば全部見なかったことにするよ!」

「キンジ!あたしに援護しなさい!あんたあたしのパートナーでしょ!」

「キンジくーん!助けてくださいーっ!死にたくないですーっ!」

 

3人から、キンジ君に声が掛かります。

はたして、キンジ君の選択は…。

 

「…勝手にしろ。心ゆくまで戦えよ。」

 

見事に全員スルーでした。

 

…あ、私死にましたね。

 

「キンちゃーん!」

「キンジ!」

「キンジ君!ちょっと本格的に生命の危機がっ!うにゃーっ!」

 

私たちの叫びを背に、キンジ君はベランダのほうへ行ってしまいました…。

ああ、あそこには防弾のロッカーがありましたよね…。

 

そんなことを考えながら、私は戦場に巻き込まれていくのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間後。

キンジ君がベランダから戻ってくるころには、戦いは一応終わっていました。

 

アリアさんは疲れきって床に座り込んでいます。

星伽さんも刀を杖のようにして床に刺し、何とか立ってはいます。

 

…私はというと。

満身創痍の状態で、床にぶっ倒れていました。

一応致命傷だけは何が何でも守りましたが…それ以外はズタボロです。

途中からアリアさんもこっちに誤射しますし。

 

さて、そんな私たちを見てキンジ君は一言。

 

「…で、決着はついたのか?」

「ええええええ!?」

 

心の底から叫び声が上がりました。

なんとか私も起き上がり、キンジ君に抗議します。

 

「きっキンジ君!今の!今の私を見て何か言うことはないのですか!?」

「え?ああ…頑張ったんじゃないか?」

「ガーン…。」

 

ひ、ひどいです…。

私を華麗に見捨てた挙句、謝罪はおろか心配の言葉もないなんて…。

 

「…キンちゃんさまっ!」

 

星伽さんはキンジ君に気付くと、ヨロヨロとキンジ君に向かって正座しました。

…キンちゃんさまって…。

語呂悪っ。

 

「どうか考え直してください!こんな毒婦が2人もなんて…!」

 

…ああ、なんだか星伽さんの性格がわかってきました…。

生徒会長ェ…。

 

「ひ、1人でさえ危ないのに…2人もいたら、キンちゃんさまの貞操がー!」

「て、ていそう…?」

 

アリアさんが首を傾げます。

キンジ君も微妙にわかってない様子です。

 

「な、て、貞操は…私はまだキンジ君の貞操は奪っていません!」

「…ま、だ…ですって…?」

 

しまった!

言葉を間違えました!

…いえ、いつかは狙わないと…。

じゃなくて!

 

「この娼婦どもめが…!」

「おい待て白雪!顔がやばいって!」

 

みるみるうちに星伽さんの顔が般若のように強張っていきます…。

こ、怖いです…。

 

「い、いいか白雪!俺は、断じてそんなことはない!アリアも詩穂もただ単に武偵としてパーティを組んでいるだけなんだ!」

「…そうなの?」

 

星伽さんがやけに従順にキンジ君の言葉に従います。

…やっぱり、星伽さんはキンジ君のことが好きなようですね。

好きどころか、もはや崇拝レベルでしょうか?

 

…というか、軽いヤンデレ?

 

「じゃ、じゃあ、この2人とはそういうことはしてないんだね?」

「そういうことってなんだよ?」

 

キンジ君の説得によりある程度落ち着いた星伽さんは、確認のように問いただします。

…残念ながら、まだキスもしてないんですよね…。

星伽さんの疑念はようやく晴れそうですね。

よかったよかった。

 

「き、キス、とか……。」

 

その言葉を聞いて、キンジ君とアリアさんの動きが固まります。

…え?

…ウソでしょう?

 

アリアさんの顔がかああっ、と赤くなります。

そして口をパクパクさせながらキンジ君を睨みました。

対してキンジ君も脂汗をだらだらと掻きつつ星伽さんを見ます。

 

「……し…た…の…ね…。」

 

星伽さんがかすれた声で呟きました。

マジですか。

ま、マジですか…。

うわ、なんだか気が付いたら先を越されていました…。

星伽さんは絶望した表情でキンジ君を見ました。

 

「…そ、そ、そういうことは、したけど!」

 

なぜかこのタイミングでアリアさんは立ち上がります。

…顔は真っ赤なままですが…。

 

「で、でも、だ、だ、大丈夫だったのよ!」

 

…?

大丈夫?

何がでしょうか?

 

「こ、ここ、こ…!」

 

…こ?

 

「子 供 は 出 来 て な か っ た か ら !」

 

………。

……え?

子供?

 

…え?

 

え?

 

子供…ってことは…

 

「…え、あの…い、いつのまに…ヤったんですか…?」

「なっ…ちが、違うんだ!誤解だ詩穂!おいアリア!何で子供なんだよ!?」

「こっ…この無責任男!あたしはアレから人知れず結構悩んだのよ!?」

 

…ああ…。

負けたぜ、アリアさん…。

私の知らないうちに、もうそんな所までいっていたんですね…。

所詮私は使えないモブキャラ…。

そのくせキンジ君にそういうことを望んでいたなんて…。

 

ははっ。

とんだピエロですよ、全く…。

 

2人はぎゃーぎゃーと言い争っていたのですが、私には良く聞こえませんでした。

星伽さんはいつの間にか消えていました。

そして。

 

正気を失って半死亡状態の私と。

言い争うアリアさんとキンジ君が、部屋に残るのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、このあと。

しっかりと事情を聞いてみたところ、どうやらアリアさんはキスしただけで子供が出来ちゃうと思っていたようです。

…この言葉を聞いて私は心底安心した事は内緒です。

 

そしてアリアさんは自分で子供の作り方を図書館で学び…。

自分がかなり恥ずかしいことを言っていたことに気が付いたようです。

 

それに対し星伽さんは…。

あからさまに、キンジ君を避けるようになりました。

でも私とアリアさんを排除する意思はご健在のようで…。

 

キンジ君がいないときだと常に気配がするわ、私の机の上に油性ペンで『泥棒ネコ!』とネコのイラストつきで落書きされるわ、私の部屋の前に大量の使い終わった単三電池が置いてあるわ…なんかもう精神的にきますね。

 

アリアさんにも聞いてみたところ、似たような事例が結構来ているようです。

ひどいときにはロッカーにピアノ線が張ってあったそうです。

これはえげつないですね。

殺す気満々です。

 

私には命に関わるようなえげつないトラップは来ないので、やはり危険度的にはアリアさんのほうが危険だと判断しているのでしょうか…?

 

そんなこんなでちょっと疲れのたまったお昼休み。

私はキンジ君とアリアさんと一緒に食堂でご飯を食べていました。

…お恥ずかしながら、疲れのせいか寝坊してしまいまして…。

今日はお弁当を作れませんでした。

 

キンジ君はハンバーグ定食。

アリアさんは持ち込んだももまん。

私はメロンパンを各々食べていました。

 

…ところで、ももまんって昼食になるのでしょうか…?

 

「遠山君。ここ、いいかな?」

 

キンジ君にイケメンさんが話しかけてきました。

…この人は確か…。

 

「不知火か。かまわん。」

 

キンジ君がぶっきらぼうに返事をします。

このイケメンさんは、不知火(しらぬい)(りょう)君。

強襲科のAランク武偵とかなり優秀な方です。

とりわけ彼の優秀なところは、その万能さ。

格闘・ナイフ・銃撃の全てにおいて優秀なのです。

秀でているものこそないものの、非常にバランスのいい強さ。

彼はキンジ君とは1年生のときによくパーティーを組んでいたようですね。

また、変わった人の多い武偵高において珍しい人格者でもあるようです。

まさにパーフェクト。

完璧ですね。

 

…と、頭の中で彼の情報について整理していると。

 

「聞いたぜキンジ。ちょっと事情聴取させろ。逃げたら轢いてやる。」

 

物騒なことを言いながら、車輌科の武藤君もやってきました。

キンジ君は1年生の時はこの3人でいることが多かったようですね。

…なんなんでしょう、この敗北感は…。

 

いいですもん!

私には理子ちゃんがいましたもん!

…はぁ…。

 

「なんだよ事情聴取って。」

「キンジお前、星伽さんとケンカしたんだって?」

 

…さすが武偵高。

情報の回るスピードが段違いですね。

というかどうやったらそんな情報漏れるんでしょうか…?

 

ちなみにアリアさんと私は若干空気状態です。

 

その後もしばらく星伽さんの話題が続きますが…。

たまにアリアさんが顔を真っ赤にしてキンジ君との関係を全力で否定するくらいで、特に何の進展(?)もありませんでした。

…直接星伽さんに言わないと、嫌がらせもどきはやめてもらえそうにありませんね…。

 

さて、そんな決心を心の中でしたあたりで話題がふと変わりました。

 

「そういえば不知火。お前、アドシアードどうする?代表とかに選ばれているんじゃないのか?」

 

…アドシアード。

年に一度行われる、武偵高の国際競技会です。

まぁ簡単に言うと、武偵風のオリンピックのようなものでしょうか?

 

「たぶん競技には出ないよ。補欠だからね。」

「じゃあイベント手伝い(ヘルプ)か。何にするんだ?何かやらなきゃいけないんだろ、手伝い。」

「まだ決めてなくてねぇ。どうしようか。」

 

ふぅ、と不知火君はため息を吐きます。

…うーん、この人は何をやってもかっこいいですね…。

逆にイケメンすぎて何も感じませんが。

ほら、テレビの中のタレントに感じるような…アレ?

 

「アリアと詩穂はどうするんだ?アドシアード。」

 

不意にこっちに振られました。

…アドシアード、ですか…。

私は特に決まってはいないですね。

私もイベント手伝いになりそうです。

 

「あたしも競技には出ないわよ。拳銃射撃競技(ガンシューティング)の代表に選ばれたけど、辞退した。」

「ええっ!?じ、辞退しちゃったんですか!?」

 

びっくりしました。

アドシアードで代表に選ばれるということは、すなわちメダルを取れる可能性があるということ。

メダルを持っていると、将来的にはとても…とてつもなく優遇されます。

たとえば、武偵関係の仕事であれば一流の武偵局でも簡単に内定が取れます。

こんなおいしいチャンスを…みすみす捨てるなんて。

 

しかし、アリアさんの次の一言で納得しました。

 

「いいのよ、別に。あたしにはそんなのことじゃなくて今やらなきゃいけないことがあるの。時間が…ないの。」

 

…今、やらなきゃいけないこと。

それは紛れも無くかなえさんの事に他なりませんでした。

 

アリアさんはこれから、イ・ウーと呼ばれる何かに立ち向かわなければなりません。

おそらくそれは想像を絶するほど過激で…辛く苦しい戦い。

アリアさんのその目は、そんな恐ろしい未来に絶対に屈しない覚悟を湛えていました…。

 

「だから、あたしは今回はチアでもやるわ。」

「チア…?ああ、アル=カタのことか。」

 

キンジ君はチアの意味が一瞬わからなかったようです。

そしてすぐに納得した表情を作りました。

 

…アル=カタ。

イタリア語で『武器』を表す『アルマ』と、日本語の『型』を組み合わせた武偵用語です。

ナイフや拳銃でまるで戦うかのようにダンスする、チアリーディング風のダンスパレードです。

…とてもかわいらしいのですが、如何せん踊るのは武偵。

拳銃でガギュンガギュンしながら踊るので、実際は結構いかついです。

 

ちなみに男子は後ろでバックミュージックをバンドで演奏します。

正直、男子側は地味です。

 

「キンジもやりなさいよ。どうせ決まってないんでしょう?」

「あ、ああ…。」

 

あ、キンジ君が強制的に参加させられてしまいました…。

ということは。

 

「詩穂もやるわよね?チア。」

 

…まぁ、そう来ますよね…。

正直、恥ずかしいから絶対にやりたくないのですが…。

しかし、すっごい期待した目でアリアさんにこっちを見られると…。

…うーむ…。

 

「ま、まだ考え中です…。」

 

こういって逃げるしか私にはできませんでした…。

 

「…ふーん。まぁいいわ。アドシアードなんかより、キンジ。あんたの調教のほうが先よ。」

 

…ん?

あれ、今変な単語が…?

 

「アリア…せめて人前では訓練と言ってくれ。」

「うるさい。ドレイなんだから調教。」

 

あ、聞き間違いじゃないんですね。

…たぶんアリアさんのことですから、その…性的な意味ではないでしょうけど…。

 

…調教、かぁ…。

なんでしょう、いけない妄想をしてしまいそうです…。

 

「ていうか調教って何をするつもりなんだ。具体的には。」

「そうねー…。うーん、あ、そうだ。まずは明日から毎日、朝練をしましょ。」

 

アリアさんは朝練を今思いついたようで、ちょっとご満悦です。

まあ、キンジ君、その…ガンバレー?

 

「あ、もちろんあんたもやるのよ、詩穂。あんたもあたしのドレイなんだから。」

「ええぇぇぇぇぇ…。」

 

…私の朝が、少し短くなりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、次の日の朝。

アリアさんに指定されたとおり朝の7時にキンジ君と待ち合わせ場所に立っていました。

…ここは、『看板裏』と呼ばれる場所。

体育館と巨大な看板に挟まれた細長い空き地です。

普段から人のいない場所ですが、朝ということで人の気配が微塵にもしません。

 

「あら。あんたたち、もういたのね」

 

アリアさんがやってきました。

その格好は…なぜかチアガールの衣装。

…なぜ?

 

「アリアさん…どうしてチア衣装?」

「ああ、あんたたちを調教してる間にあたしはチアの練習をするの。そうすれば時間がムダにならないでしょ?」

 

どーだ、といわんばかりにアリアさんは胸を張ります。

…いえ、もう突っ込みませんよ?

 

「で、俺らは何をすればいい?」

「そうね…。キンジは、あたしの中ではSランク武偵よ。」

「お前の中だけな。」

「余計な口は挟まない。強襲科Sランクっていうのは、『一人で特殊部隊一個中隊と同等の戦闘力を有する』って意味の評価なの。」

 

…そう。

Sランクとは、人外のような強さを持つ人間に与えられた称号。

その強さは、例えAランクの優秀な強襲武偵が束になって襲い掛かっても勝てないそうです。

…アリアさんもそうですが、キンジ君も一度はその称号を取っているわけで…。

 

私、特殊部隊一個中隊に囲まれてる…。

 

「あんたはそれだけのポテンシャルがあるの。でも、あんたはそれを使いこなせていない。あんたにはそれを引き出す『鍵』が必要なのよ。」

 

…そこまでは私の推測どおりですね。

アリアさんもキンジ君の持つ何かについてしっかり考察していたようです。

 

「で、ハイジャックの後、あたし調べたの。…二重人格、ってものをね。」

 

…私もその可能性については考えました。

でも、おそらくその可能性は低いです。

 

理由としては、まずキンジ君は記憶を引き継いでいたこと。

例外はありますが、基本的には多重人格は他の人格と記憶を共有できません。

 

そしてもう1つ。

キンジ君は明らかに、強くなっていました、

つまり、身体能力・思考力が共に高くなっていた…ということです。

これは二重人格では説明しにくいです。

 

私としては…そのような精神的な要因ではなく、身体的な要因であると考えています。

つまり、アリアさんの言う『鍵』によって、キンジ君の体内にある物質が大量に分泌される…体質、あるいは病気だとしたら?

しかし、この考え方には少し問題点があります。

 

…なぜ、性格が変わってしまうのか?

これについては、少し苦しいですが…ドーパミンやβエンドルフィンなどの脳内麻薬が脳内に分泌されることで、キンジ君がハイになってしまったと考えれば納得できなくも無いです。

 

…でも、それだと身体能力の上昇にはあまり関係がなくなってしまいますし…。

 

…いえ、待ってください?

もし、逆だとしたら…?

つまり、ある物質が体内において一定以上分泌されることがトリガーだとしたら…?

 

そして、そのある物質が筋肉細胞を増やしたり、脳内ニューロンを一時的に増やす体質だとしたら…?

 

そして、その副作用としてキンジ君の性格が変わるものだとしたら…?

 

「…ちょっと詩穂?聞いてるの?」

「ひゃいっ!?」

 

思考に耽っていると、アリアさんに怒られてしまいました。

やっちゃいました。

反省。

 

「ご、ごめんなさい…何の話でしたっけ?」

「全くもう…。バカキンジが強くなるには戦闘時のストレスで覚醒すると思うの。だから、今からあんたとコイツで戦闘訓練よ!」

「…ま、マジですか…。」

 

いつの間にやら話が大きく進んでいたようです。

というか戦闘訓練って…。

わ、私がですか…。

 

「今から詩穂とキンジで20分間模擬戦!武器は好きに使っていいわ!あたしはその辺でチアの練習をしてる。サボったら風穴。」

 

そういうとアリアさんは、さっさと端のほうへ行ってしまいました…。

 

「…仕方ない。やるか、詩穂。」

「うぅ、あまりやりたくないです…。」

 

でも風穴は嫌だし…。

仕方ありません。

…でも、キンジ君は過去Sランクを取った猛者。

…あれ?

私死亡フラグですか?

 

「…行くぞっ!」

「ちょ、ちょっとまっ…!?」

 

制止をかける前に、キンジ君はこちらに迫ってきていました。

うぅ、やるしかないみたいです…!

 

…体格は不利。

キンジ君の武器は…今のところ、何も持っていませんね。

キンジ君の基本武器は確かベレッタとバタフライ・ナイフ。

…中距離だとベレが、近距離だとナイフが…。

しかも体格差がある以上、接近戦だけは何が何でも勘弁です。

 

ここは、銃撃戦に持っていくべきでしょう。

 

「…いきます!」

 

ガキュン!ガキュン!

 

取り回しの悪い謎の銃で、キンジ君を狙い撃ちます。

まあ、この銃の欠点は取り回しの悪さと威力の低さですが…。

命中精度と早撃ちなら、かなり優秀です。

 

当然のようにキンジ君は避け、そのまま直進してきます。

…今です!

 

「えいやぁっ!」

「何っ!?」

 

私は背中に背負っていたもう1つの武器で、近づいてきたキンジ君を一閃しました。

キンジ君はバックステップで避けますが…私の武器を見て、接近戦をあきらめたようです。

…日本刀。

家に飾ってあった日本刀をそのまま持ってきたところ、どうやら使える代物だったようでしたのでそのまま流用しているものです。

 

日本刀なら、キンジ君は近づきにくいです。

そして私の銃は左手に持ったまま。

 

この戦法は、強襲科ではガン・エッジと呼ばれているものです。

一剣一銃。

この戦法は非常に難易度が高く、拳銃戦ではあまり使われていません。

かくいう私も全く使いこなせてはいませんが…。

中距離、近距離において隙の無い、非常に強固な構えでもあります。

 

私は使いこなせていないので、守りしか出来ませんが…。

それでも、実は突破されにくいです。

防御だけに集中すればなんとかできなくもないですからね。

 

「…一剣一銃(ガン・エッジ)か…。」

「はい。」

 

キンジ君は少し嫌な相手をしたような顔をします。

………。

 

でも私は守りに集中するため、キンジ君を攻めることができません。

 

「…攻めて、来ないのか?」

 

ギクッ!

 

「…き、キンジ君から攻めてくればいいじゃないですか?」

「……お前まさか…。」

「うっ!」

「…攻めが、できないのか?」

 

ば、ばれてしまいました…。

どうしましょうどうする!?

 

「べ、べべ別にできないわけじゃ、な、ナイデスヨ…?」

「いや、どうみても…。」

「…うぅ、できないです、ハイ…。」

 

ガキュン!

試しに左手で銃を撃ってみますが…。

弾丸は全く見当違いの方向へ。

 

ガガガン!

キンジ君も試しに撃ってみますが、距離があるので私は余裕で避けます。

………あ、これ。

 

「…せ、千日手ですね…。」

「そう、だな…。」

 

というわけで。

アリアさんに終了を告げ、このことを話してみると…。

 

「うーん、詩穂は…左手で銃を撃つ練習ね。キンジは…別のメニューにしましょうか。」

 

結局、その後。

私はただひたすらに左手で木に向かって射撃し続け。

キンジ君はアリアさんにただひたすらに小太刀の峰で殴られるという、不思議な朝練になってしまうのでした…。




読了、ありがとうございました。



今回から第二巻の内容に入っていきます。
白雪編ですね。
詩穂とどう絡ませようかちょっと悩み中だったり。

そして今回は視点変更は無しです。
思った以上に文字数が多くなってしまったので、これ以上増やすのもなんだと思って入れませんでした。
ご了承ください。


あと、戦闘シーンらしきものを最後のほうで少し書いたのですが…。
全然ダメですね。
下手くそにもほどがあります。
きちんと練習してきますね。


感想・評価・誤字脱字の指摘等をお待ちしております。
特に評価をくださると大変励みになります。

低い評価ならもっと頑張ろうと思いますし、高い評価なら単純に嬉しいです。
…評価って良くできたシステムだな、とこのごろ良く思います。


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第13話 はいごにはきをつけましょう

第13話です。


評価数が合計16…!
嬉しい限りです!
ありがとうございます!



今回は本編にはあまり関係が無いです。
ご了承ください。


そんな朝練のあった日の、朝の教室。

朝練のせいでいつもより少々遅めにクラスに辿り着いた私たちに、ざわついたクラスメイトたちの声が聞こえてきました。

 

いえ、ざわついているのはいつも通りなのですが…。

 

「おーう、おはようキンジ。チビ2人も。」

「風穴。」

「さいてーです。」

 

いきなり無礼な挨拶をしてきたのは、大柄の武藤君。

それにしても、かなり失礼です。

 

…いつか、大きくなりますよ…。

多分…。

 

「す、すまんかったから銃をしまってくれ神崎さんよぉ…。」

 

アリアさんは武藤君に流れるようにガバメントを向けていました。

し、自然すぎて目に留まらなかった…。

そういう些細なことでもアリアさんにSランクの凄さを感じてしまいます。

 

「ふん。次言ったらあんた死刑ね。」

「お、おう、気をつける…。それよりも、今日転入生が来るらしいぜ!」

 

武藤君は銃を降ろしてもらうと人が変わったように話し始めました。

なんでも、今日は転入生がうちのクラスに2人も来るそうなのです。

 

しかも両方女子。

 

だからさっきから男子の皆さんが比較的騒いでいるわけですね…。

 

ガラガラガラ…。

 

「はーい、皆さん静かにしてください。HRを始めますよー。」

 

高天原先生がのんびりとした声と共に教室に入ってきました。

いつもなら高天原先生が入ってきてもしばらく騒ぎ続ける生徒たちも、転入生が気になるのかすぐに席に戻りました。

 

「はーい。それじゃあ、もう知っている人も多いと思うけど、このクラスに新しい仲間が2人加わります。…入ってきてくださーい。」

 

先生が廊下のほうに声をかけると、2人の女の子が入ってきました。

 

…1人は黒髪に限りなく近い濃い藍色の長い髪の女の子。

気だるげな目でみんなを眺めています。

…長身というか、すらっとしていて正直うらやましいです。

 

もう1人は、明るいピンク色の髪の活発そうな女の子。

ピンク色といえばアリアさんですが、アリアさんがピンクブロンドなら彼女はライトピンク…といったところでしょうか?

肩にかかるくらいのショートカットで、ニコニコしながらクラス全体を見ています。

 

「はーい。自己紹介をお願いします。」

 

高天原先生が自己紹介を促すと、2人は顔を見合わせ…長身長髪の女の子のほうが一歩前へ出ました。

 

「あー…橋田(はしだ)(かな)だ。強襲科だ。よろしく。」

 

面倒くさそうにそういいました。

見た目どおり声は少し低めで響くような声です。

しかし顔立ちは整っており、パッと見とても美人さんです。

彼女は自己紹介(?)を終えるともう1人に終わったことを促しました。

 

すると、次はピンクの髪の子が自己紹介を始めました。

 

「えーっとー…。布田(ふだ)明音(あかね)ですー。同じくー、強襲科ですー。よろしくー、おねがいしますー。」

 

…な、なんでしょうか…。

見た目とは裏腹に、というか…。

なんだか力が抜ける話し方というか…。

とても間延びした高めの声で、彼女も自己紹介を終えました。

 

「はーい。2人とも、よろしくお願いしますねー。じゃあ2人は後の空いている席に座ってください。本日のHRはおしまいです。皆さん、仲良くしてくださいね。」

 

そういうと高天原先生は行ってしまいました。

おそらく質問タイムを作ったのでしょう。

 

そしてやはりというべきか、質問攻めタイムが始まりました。

 

「ねーねー、2人はどこの高校から来たの?」

「あー、悪いそれは秘密なんだ。」

 

橋田さん…だったでしょうか、彼女は少しウザったそうに答えます。

もちろん布田さんのほうにも質問がいきます。

 

「布田さんはランクいくつなんだ?」

「うーんー、Sランクー、かなー?」

 

その瞬間、クラスがざわつきました。

当たり前です。

Sランクなんてそうそういるものではないですし、私も現にかなり驚いています。

 

「ま、マジか…橋田さんのランクは?」

「Sだ。」

 

橋田さんも軽く答えます。

う、うわー…。

転入生が両方強襲科Sランクですか…。

 

もう言葉も出ません。

 

皆が軽く引いて、一旦質問が止まると…。

 

「へー、あんたら両方Sランクなのね?」

 

アリアさんが、2人に話しかけました。

…どこか、好戦的な目で。

私やキンジ君が例外なのであって、本来強襲武偵は好戦的です。

アリアさんもその例に漏れず自分と同じくらいの強さの武偵を見て血が沸いてしまったようですね。

 

…うーん、厄介事の予感です…。

 

「まぁ、そういうことだな。」

「だねー。」

「ふーん…。あんたら、あたしと勝負しなさい!」

「ちょ、アリアさん!?」

 

アリアさんはなぜか急に勝負を吹っかけました。

…いや、流れもなしに本当に不意に。

おそらくですが最近とても平和だったので…アリアさんなりの憂さ晴らしというかストレス発散なのでしょう。

 

案の定2人は「うわ、何だコイツ。」みたいな顔でアリアさんを見ています。

 

「決闘よ決闘!あたしの思い付きよ!」

「…おいおい…どうするアカネ?」

「えー?うーんー…カナちゃん次第かなー?」

「…あれ?お2人は知り合いなんですか?」

 

2人が自然に会話しているのを見て、ふと疑問を感じました。

 

「ああ。アカネとオレは幼馴染だ。」

「うんー。カナちゃんとは仲がいいんだよー。」

 

なんと。

道理で仲が良いわけです。

…というか、橋田さん今…。

自分のこと、『オレ』と言いましたよね?

 

…そ、そんな人本当にいるんだ…。

ちょっとびっくりです。

 

「…悪いがそういうのは好きじゃないんだ。別に当たってくれ。」

「カナちゃんが言うならー、わたしもー。」

 

2人は当たり前のように断りました。

まあ、当然ですよね。

確かに武偵高では決闘は非推薦(つまりやってもOK)ですし、2人は転入してきたばかり。

さすがにアリアさんも少し冷静になったらしく。

 

「…あっそ。じゃあまた今度ね。」

 

少し不満そうにそう言って、自分の席に戻っていきました。

それを見て皆も落ち着いたのか皆各々の席に戻っていきます。

 

…私も、少しお話してみようかな…?

…ああ、でも恥ずかしいです…!

ど、どうしましょう…?

 

目の前でわたわたする私を見かねたのか、2人は声を掛けてくれました。

 

「…改めて、オレは橋田叶だ。気軽に叶とでも呼んでくれ。」

「わたしはー、布田明音だよー。明音でいいよー。」

「え、えっと…私は茅間詩穂と申します。その…。」

「わかった。詩穂だな。そう呼んでもいいか?」

「え、あの、は、はい!よろしくお願いします!叶さん、明音さん!」

 

…ということで。

ラッキーなことに早速知り合うことができました。

 

自分のことをオレと呼び、クールでさっぱりした感じの性格の叶さん。

ぽわーっとした喋り方で、おっとりしたイメージのある明音さん。

そんな2人との出会いでした。

 

…あれ?

 

ところでさっきからキンジ君がこっちに来ませんね。

元々積極的な方ではないのですが…ちょっと違和感を感じます。

 

と思った矢先。

叶さんと明音さんは徐に立ち上がると、キンジ君のほうに歩いていきました…。

…あれ?

 

どうして、キンジ君の席?

 

「…お前が遠山キンジだな?」

「…そうだ。だからなんだ?」

 

叶さんはなぜか値踏みするような目でキンジ君を見ます。

キンジ君は明らかに疑うような目で2人を睨みました。

 

…そりゃそうです。

初対面の相手に名前を知られていたら当然疑います。

 

「…別に。お前とは仲良くできそうな気がしただけさ。な、アカネ?」

「うんー、そうだねー。ちょっとネクラな感じだけどー。」

「…うるさい。用が済んだならもういいだろ。」

 

叶さんは一転、軽い感じでそういいました。

明音さんものんびりと発言。

そしてキンジ君はぶっきらぼうに返しました。

 

2人も満足したのか、席に戻っていきました…。

 

…気に、なりますね。

今の行動は明らかにおかしい…。

早速で悪いですが、お2人のことを調べる必要が出てきました…。

 

キーン…コーン…カーン…コーン…。

 

思い立ったときにちょうどチャイムが鳴りました。

…お昼休みに、空き教室で調べてみましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お昼休みにて。

アリアさんとキンジ君は教室でお弁当を食べるそうなので、私は1人空き教室にいました。

…そういえば、前はここで理子ちゃんとよくお話していましたっけ…。

…理子ちゃん…。

 

…いけないです。

今日は目的があってきたのでした。

ノートパソコンを開いて、専用のソフトを立ち上げ…。

 

 

 

 

そして、調べ始めてから5分で異変に気付きました。

 

彼女たちは同じ一般高からの転入。

転入の際の試験にて両者Sランクを獲得している。

 

…家族構成、不明。

現在の住所、不定。

出身地、不明。

転入の動機、不明。

過去の活躍・生活、不明。

 

不明、不明、不明。

 

情報の改竄がされていることはすぐにわかりました。

…おかしい。

2人は、明らかにおかしい。

 

一般高からの転入なのにSランクなんておかしいですし、そもそも一般高からの転入なら隠す必要もありません。

 

…背筋が凍りました。

こんなことって…!

リアル貴族のアリアさんですら、情報は改竄しきれていなかった。

そもそもこのソフトはネット上の情報の残滓を拾う理子ちゃん特製ソフト。

 

改竄なんて不可能に近いのです。

そう理子ちゃんのソフトに見抜けないはずなんて…!?

 

あ、あれ…?

 

…あ、あるじゃないですか…。

理子ちゃんのソフトに見抜けないことがひとつだけ…!

 

理子ちゃん自身の情報を守るためのプロテクト…。

理子ちゃんの所属する…イ・ウーのことだけは、見抜けるはずがありません…!?

 

「ま、まさかあの2人は…!?」

「よぉ、詩穂。こんなとこで何してんだ?」

「…え?」

 

声のしたほうを見ると、そこには明らかに先程とは雰囲気の異なる叶さんと明音さんがドア付近に立っていました。

 

「…はは、もうばれちまったか…。お前を尾けておいて正解だったな。」

「理子ちゃんのー、親友さんだからねー。警戒しないとー。」

 

う、うそ…!?

尾けられてた…!?

 

「頭は回るみてーだが…武偵としてはまだまだだな。」

「ふふー。詩穂ちゃんー、警戒を怠っちゃダメだよー。…そんな大事なことを調べるんだからー。」

「…あ、あ…。」

 

頭の中が混乱します。

どうしようどうしよう!?

 

ま、まずいです緊急事態です!

に、逃げないと…でもどうやって?

あの2人は確実に強いし、2対1の時点で逃げ切れるはずが…!?

 

「…ははは、そうビクつくなって。悪いようにはしない。ちょーっとだけ…一緒に来てくれよ。」

 

もちろん私は抵抗などできずに、2人に連れて行かれるほかありませんでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここなら大丈夫そうだなー…っと。」

 

連れてこられた先は、体育倉庫でした。

…な、なんなんでしょう、ボコられるのでしょうか…?

これからの恐怖にガクガクしていると…。

 

「おいおい、だからビビるなって…。大丈夫だ、お前に危害なんか加えねーよ。」

「な、な…!」

 

私には危害を加えない…?

ということは私を人質にアリアさんが…危ない!

 

「わ、私はどうなっていもいいのでアリアさんだけは見逃してください!お願いします!どうかアリアさんだけは…!」

「…だーかーら、オレたちはそういうんじゃなくてだな…。」

「ごめんなさいごめんなさい、やっぱり命だけは…!」

「…まったく、人間ができてるのかできてないのか…。いいか?オレたちは確かにイ・ウーの構成メンバーであり、武偵高にスパイとしてきている。」

「ひうっ!」

 

や、やっぱりです!

これはやはり…私は殺られてしまうのでしょうか!?

 

「…でも、イ・ウーを潰そうとも思っている。」

「…は?」

 

叶さんは少し不可解なことを言いました。

…イ・ウーの構成メンバーにも関わらず、イ・ウーを潰そうとしている?

 

「…あー、言い方が悪かったな。オレは、つまり…イ・ウーの敵なんだ。」

「へ…?あの、それって…。」

「武偵用語で言う、潜入捜査(スリップ)だ。」

 

潜入捜査。

相手の組織側に味方のフリをして介入する、いわばスパイです。

 

…もし、この言葉が本当だとすると…。

この2人は、私たちの…アリアさんの、味方であるということです。

 

「し、信じられません…。どうしてそんなことを、第一信じてもらえると思っているんですか?」

「あー、それについてはー、大丈夫だよー。」

 

ついさっきまで黙っていた明音さんが口を開きます。

…それにしても、本当にゆっくりした話し方ですね…。

と場違いなことも若干考えてしまったり。

 

「わたしたちはー、こういうものなのですー。」

 

明音さんはポケットから何かを取り出し、私に見せました。

…これは、なんでしょうか?

 

明音さんの顔写真、個人情報、そして…どこかのマークと判子。

…あ、あれ?このマークって…。

 

「こ、これは…東京武偵局?」

「…そういうこった。オレらは東京武偵局の公式スパイなんだよ。」

 

そこに印されたマークは、公式の東京武偵局のマークに違いありませんでした。

そして彼女が見せてくれたのは東京武偵局が発行している手帳。

…つまり、この2人は…。

 

「じゃ、じゃあお2人は本当に…!」

「…そういうこった。信じてもらえたか?」

 

さすがにここまで証拠を見せられると、頷かざるを得ません。

私は彼女たちに向ける敵意を解きました。

…と同時に思いっきり安心しました。

 

「そ、そういうことでしたら、良かったです…。」

「全く、警戒心が強いのやら強くないのやら…。」

 

先程の容易に尾けられていたことを叶さんは言っているのでしょう。

うぅ、恥ずかしいです…。

 

「…だが、神崎・H・アリアに、というか誰にもこのことは内緒だ。」

「え?な、なんでですか?折角味方なのに…。」

「当たり前だろう。オレたちはあくまでイ・ウーのスパイとして学校に潜り込んでいるんだ。本来ならお前にも話すことなんかない。」

 

…よくよく考えれば当たり前です。

彼女たちの行っていることは二重スパイ。

東京武偵局の命令でイ・ウーで諜報活動しているのと同時に、イ・ウーの命令でここ武偵高に来ているのです。

…アリアさんには申し訳ないですが、彼女たちの仕事を邪魔するわけには行きませんね。

 

武偵憲章第4条。

『武偵は自立せよ。要請なき手出しは無用の事』。

 

武偵の基本となる武偵憲章10ヶ条のうちの1つです。

私は余計なことをするべきでは…ないのかもしれません。

 

「まあ、ただ、その…お前はそういうやつには見えないが、周りにオレたちの事をバラされると困るんだ。だから…交換条件を出す。」

「交換条件…ですか?」

 

なんなんでしょう…。

自分で正体をバラしておいてバラされると困るって…。

この人たち、もしや残念な方々なのでしょうか…?

 

「その前に…自分から正体を明かさなければ良かったのでは?」

「あー、確かにな。その選択肢もあった。でも、もしそのまま放っておいたら…お前、神崎・H・アリアにオレたちが怪しいということを伝えるかもしれないだろ?そうでなくとも、他人にこのことを伝える可能性は無くは無い。その可能性から判断してこうしたんだよ。ちなみに考えたのは全部アカネだ。」

「うんー。わたしー、がんばったよー。」

 

…な、なんて判断力と状況分析能力…。

私はそんなこと全然思い至りませんでした…。

明音さんってのんびりしている雰囲気でしたから…正直意外です。

 

「…それで、交換条件だが。イ・ウーについての質問に、オレたちの答えうる限りなら答える…って事でどうだ?」

「…そ、それは…。」

 

正直かなり魅力的な提案です。

私は戦闘面ではほとんど役に立ちません。

ですからこういった情報の面ではアリアさんの役に立ってあげたいです。

 

「…わ、わかりました。私は一切あなたたちのことを口外しません。その代わり、教えてください。私が…アリアさんが今立ち向かっている敵のことを。」

「よし。交渉成立だな。口約束だが…オレはお前を信じるぜ。」

「わたしもー、詩穂ちゃんなら大丈夫だと思うよー。」

 

2人との交渉は、こうして成立しました。

…本当は未だに少し疑っている自分がいます。

本当に2人は信用に足りうるのでしょうか?

本当に2人はイ・ウーのスパイなのでしょうか?

でも…私にはこれくらいしか出来ません。

 

キーン…コーン…カーン…コーン…。

 

予鈴が鳴りました。

これから生徒たちはそれぞれの専門分野に分かれて訓練をしなければなりません。

 

「…っと、悪いな詩穂。話はまた今度でいいか?」

「はい。お2人は強襲科なのですよね?」

「ああ。そうだな。」

「じゃあ、一緒に向かいましょう。」

 

…今は、これしか。

今はこの2人を信じて、進むしかないのです…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強襲科練に着くと、生徒たちが2人に集まってきました。

 

「Sランクってマジ!?」

「武器は何使ってるの?」

「俺と模擬戦やってくれ!」

 

うわぁぁぁ!

と皆が2人を囲むので…。

 

「みゃっ!?」

 

比較的小柄な私はすぐに輪の外にはじき出されてしまいました。

びっくりして呆然とその光景を眺めます。

 

「あら、詩穂。あんた何やってたのよ。」

「あ、キンジ君、アリアさん。お久しぶりです。」

「…まだ1時間くらいしか経ってねぇよ…。」

 

輪から少し離れた位置で、アリアさんとキンジ君が立っていました。

先程色々ありすぎたせいか、2人を見るのが懐かしく感じます。

 

「えっと、叶さんと明音さんとお話していました。」

「昼休み中ずっと?…まぁいいわ。やっぱりあたし、あの2人と決闘する。」

「…おいおい、マジか…。」

 

キンジ君が呆れたように言いました。

アリアさん、まだ諦めてなかったんですか…。

 

「ちょっとアンタら!どきなさい!」

 

アリアさんが2人を取り囲む輪に向かって叫びました。

アリアさんが怖いのか輪になっていた人たちはすぐにその場を離れ、自分の訓練に戻っていきました…。

 

「…なんだ?さっきのお前か。…神崎だっけか?オレたちに何の用だ?」

 

叶さんが面倒そうな顔をアリアさんに向けます。

アリアさんはそんなことを意に介する様子も無く2人に言い放ちました。

 

「やっぱり決闘よ!あんたたちが本当にSランクなのか確かめてあげるわ!」

「…アカネ、どうする?こいつ言っても聞かなそうだが…。」

「うーんー、カナちゃんにお任せするよー。」

 

明音さんが間延びした声で返答します。

…明音さん、基本的には叶さんに丸投げなんですね…。

 

「…わかった。仕方ない、受けるよ。」

「うん、決まりね!じゃあ今から闘技場(コロッセオ)で勝負よ!」

 

…闘技場。

強襲科練にはいくつか体育館がありますが、それは名前だけ。

実質戦闘訓練場です。

闘技場とは第一体育館のことですが…。

 

「…は?ころっせお?わざわざイタリアでやるのか?」

 

転校生である叶さんと明音さんには通じるはずもありません。

しかしアリアさんは2人を置いてさっさと行ってしまいました。

 

「えっと…第一体育館のことです。案内しますね。」

「…ああ、助かるよ。ありがとな詩穂。」

 

叶さんはそういってニコッと笑いました。

…お、女同士なのにクラッと来てしまいました…。

叶さんの笑顔はそれほどまでに…綺麗でした。

 

私はカナさんに顔が赤いのがバレないように顔を伏せ、2人を案内するのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩穂→アリア

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あたしは一足先に闘技場に着くと、戦闘準備をしていた。

…あたしは、ついこの間の理子との戦いで思い知ったのだ。

自分は…弱い。

理子1人ですらキンジと協力してようやく追い詰めた。

そこまでしても逮捕は出来なかったのだ。

自分の情けなさに…弱さに、悲観した。

 

でも悲観している暇なんてない。

それならあたしはもっと強くならなければならない。

 

だからここ最近平和でどこかのんびりとした生活に…嫌悪を感じていた。

しかし自分より弱い相手と戦ってもあまり訓練にはならない。

 

…違う。

他の皆が弱すぎて戦いにすらならなかった。

スーパーキンジなら訓練になるけど、キンジはどうしてかあの状態になろうとしない。

なりたがらない。

白雪は…あんまりやりたくはないわ。

 

そんなあたしに、チャンスが来た。

…自称Sランクの転入生2人。

 

やるしかないと思った。

あたしは…もっと強くなりたい!

 

「…来たわね。」

 

詩穂が2人を連れて、闘技場に入ってきた。

…そういえば2人は転校生だったわね。

じゃあ闘技場といってわかるわけなかったわ。

 

…まぁいっか。

 

「…お前の相手はオレだ。文句はないな?」

「ええ。どっちでもいいわ。あたしはどっちでも容赦しない!」

 

叶は明音に見ていてくれと言うと、そのままあたしの前に立った。

…距離は15mくらい。

相手の武器は…不明。

お互いに障害物はないから…まずは様子見をしたほうがよさそうね。

相手は自称とはいえSランク。

場合によってはダメージ覚悟であたしの得意な格闘戦に持ち込んだほうが優位に立てる…。

 

「…じゃあ、詩穂。開始の合図をお願い。」

「へっ?あ、ああはいわかりました…。それでは、今から叶さんとアリアさんの模擬戦を行います。決着方法はどちらかが降参するか明らかに勝敗が決定した時点で決着とします。いいですか?」

 

詩穂はいつも蘭豹がやっているように模擬戦の仕切りをやってくれた。

…さぁ、模擬戦…。

開始よ!

 

「では…始めッ!」

 

ガガガンッ!

詩穂の掛け声と共に、あたしはホルスターからガバメントを取り出して叶を撃った。

弾は3発。

狙いは…腹に2発、ブラフで足元に1発。

 

さぁ、どう対応するのかしら…?

 

「はんっ!気が早いな!」

 

叶は一瞬で射撃線を見切ったのか冷静に体を捻って避けつつ…。

背中から何やら鉄パイプのようなものを取り出した。

 

「オレを相手に喧嘩を売ったこと…後悔するなよ?」

 

叶はその鉄パイプを大きくその場でブンッ!と振った。

すると…な、何かしら?

 

ジャキン!

と音が鳴り、鉄パイプの先から何かが飛び出した。

その飛び出した何かはジャキンジャキン!と伸び続け…。

鉄パイプ本体を含めて、2mはあるかというぐらい伸びた。

そしてその先端は…鋭く尖っていて、ちょうど畳んだ傘のような形状になっているわ。

 

…あれは、西洋ランス?

ちょうどモンスターをハントするあのゲームのランスの形にそっくりね。

 

「さぁ、神崎…。もう待ったはなしだぜ?」

「…上等!」

 

とにかく、よくわからないけどあの武器の範囲的に考えて接近戦に持ち込めばよさそうね…。

近距離では刀や剣よりも小回りの利くナイフが有利なように。

あの武器も接近戦には向いていないはずだわ。

 

ガガン!ガガガン!

 

あたしは銃を乱射しながら、一気に叶に迫った。

 

「…単純だが、いい判断だな。」

 

ギン!ギギギン!

叶はなんなくこちらの弾丸を手にしたランスではじく。

白雪といい、最近は銃弾をはじくのが流行ってるのかしら?

 

あと5m、というところまで接近したあたりで…。

あたしは武器を小太刀に代えた。

 

「…へぇ。」

 

叶は感心したように呟くと、彼女もまたこちらに迫ってきた…!

よし、なんだかよくわからないけど好都合よ!

このまま接近戦で終わらしてやる…!

 

叶はランスを横薙ぎに振るう。

でもあたしはしゃがんで避ける。

 

…もらった!

 

「あー、近づきすぎるのは勘弁な。」

 

叶はそういうとその手に持つランスを…。

グサッ、と地面に突き刺した…?

 

そしてそのまま、棒高跳びの要領で高く…跳んだ。

あたしの真上を越え、、そのまま3mほど高く。

 

「なっ!?」

「ボーっとすんなよ!」

 

一気に背後と空中を取られた。

そして叶は自由落下に合わせてランスを振り下ろした。

 

「…!!」

 

どがっ!

その振り下ろしたランスは、強い衝撃と共にあたしの右肩を捉えた。

同時にその痛みと衝撃であたしは膝をついてしまう。

 

でも、まだだ…!

あたしは反撃に転じようと顔を上げて…目の前にある切っ先に驚いた。

鋭く光るランスの先端は、あたしの顔まであと数ミリといったところで止まっている。

 

「…あ…あ…。」

「よかったな、神崎。オレがあとちょっとでも強く()()を突き出してたら…お前の頭、無かったぜ?」

 

…決着。

明らかに、敗北…した。

あたしはたった今、こいつに殺されてもおかしくなかった。

 

「詩穂。これはオレの勝ちでいいよな?」

「え、えっと…叶さんの、勝ちです…。」

 

詩穂の消えそうな声で、模擬戦は終了した。

…あたしはしばらく、悔しさと敗北感で立ち上がれなかった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリア→詩穂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…模擬戦の終了を告げると、叶さんと明音さんは体育館を出て行ってしまいました。

アリアさんはその場で右肩を押さえながら…呆然とへたり込んでいました。

 

「…アリア。その…。」

「…何よ、キンジ。あたしを笑いに来たの?」

「………。」

 

キンジ君はアリアさんを励まそうと近寄りますが、しかし何も言えませんでした。

…私は、驚いていました。

 

アリアさんが、決定的に負けてしまったこと。

叶さんは銃すら取り出さずにアリアさんを倒してしまいました。

 

…アリアさんは、悔しいはずです。

自分から勝負を仕掛けて、傷1つ付けられずに終わってしまった。

 

「…アリアさん…。とりあえず、今日はもう帰りましょう?」

「…詩穂。あたしのこと…情けないと思う?弱いって…思う?」

 

不意にアリアさんはそんな突飛なことを聞いてきました。

私は…どう答えればいいのでしょうか?

…わかりません。

でも、思っていることを口に出したほうがいいはずです。

 

「思いませんよ。負けてしまっても、アリアさんが弱くなったわけじゃないです。」

「…でも、あたしは…。」

「いいじゃないですか、次は勝てば。私なんて勝てる日の方が少ないです。」

 

自分で言ってて悲しくなってきました。

…なんででしょうね…。

 

「アリアさんは、どうして決闘を挑んだのですか?」

「あ、あたしは…もっと、強くなりたかったから。あの2人と戦って…それで、もっと強く…。」

「なら負けてもよかったんです。自分より上がいるということは、もっと上にいけるって事なんですよ?」

「…詩穂…。」

 

アリアさんはようやく、顔を上げてくれました。

…きっと、アリアさんは薄々気付いていたのでしょう。

このままだときっといけない。

理子ちゃんを取り逃がし、星伽さんと引き分けて。

 

このままイ・ウーに挑んでも、勝てない。

そう彼女のカンが…感じ取っていたのでしょうか?

きっと、アリアさんは自分でも何がなんだかわかっていないのでしょう。

それでも…動かずにはいられなかった。

 

「そう、よね…落ち込むなんてあたしらしくないわ。最近ちょっとあたしおかしかったわね。」

「アリアさん…!」

「でも負けちゃったのは事実ね…。明日から、あたしも朝練やろうかしら?」

 

…そ、それは…。

なんだかヤな予感がしますが、折角アリアさんが立ち直ってくれたので今は置いておきましょう…。

 

「そうと決まったらここにいる義理は無いわ。行きましょうか。」

 

そういうと、アリアさんはスタスタと体育館を出て行ってしまいました…。

立ち直りが早いのは助かりますが…。

なんというか…。

 

アリアさん、チョロいですね。

 

「…ところでキンジ君?今日はあまり喋っていませんでしたけど…どうかしましたか?」

「あ?ああ、いや…関係ないだろ。」

 

た、確かに関係ないですけど…。

こういうぶっきらぼうというか冷たい感じ、キンジ君はもう少し治したほうがいいと思います。

 

「朝は元気そうでしたが…どうしたんですか?」

「…別に、な。ただ、『カナ』…って言う名前に慣れないだけだ。」

 

…はて?

叶、という名前に慣れない…?

 

どういうことでしょうか?

 

「キンジー!詩穂ー!早く来なさいー!」

 

アリアさんが呼んでいます。

残念ながらキンジ君の謎の発言は…有耶無耶になってしまうのでした。




読了、ありがとうございました!

今回から新キャラを登場させてみました。
両方オリジナルのキャラクターですが…サブキャラポジションなので、あまり本編には影響してきません。

ただ私が個人的に新しいキャラクターを出したかっただけです。
少し混乱してしまうかも知れませんが、ご勘弁ください。

そして原作にもカナがいることに途中で気付いてしまい、かなり後悔しています。
混同しないように頑張って書いていくつもりですが…本当に申し訳ないです。


感想・評価・誤字脱字の指摘等をお待ちしております。


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第14話 きょうふのきょうしです

第14話です。


今回も視点変更はなしです。
そして潜入回です。



個人的には教務科とイ・ウーのメンバーって同じくらい強いと思うんですよ。


さて、ドタバタとした叶さんとアリアさんの決闘が終わった後。

私達は強襲科練である黒い体育館を出て、放課後の校内を歩いていました。

 

「…やっぱりあたしはまだまだね。あんなダルそうな顔してるヤツにやられるなんて。」

「あ、あはは…アリアさん、ダルそうな顔と強さは関係ないですよ…。」

「明日からはあたしも朝練ね。キンジをぽこぽこするわ。」

 

アリアさんはさらっとキンジ君をいじめる宣言しました。

え、えげつないです…。

かわいく言ってますけど、それは八つ当たりって言うんですよ?

キンジ君はその言葉を聞いて頭を抱えます。

 

「…頭痛がしてきた。」

「アスピリンでも飲めば?」

 

アリアさん、キンジ君の頭痛は多分病気からじゃないです…。

 

「俺は風邪とか頭痛には大和化薬の『特濃葛根湯』しか飲まねーんだよ。」

「とくのう?なにそれ。」

「あ、それ知ってます。市販の薬の中で一番効果の強い漢方薬ですよね。」

 

特濃葛根湯。

確か、大量の漢方薬という漢方薬を凝縮した薬らしいですが…。

なんとも胡散臭いです。

 

「俺はアレしか効かないんだ。薬があまり効かないからな。」

「…キンジ君、そんなに薬効かないんですか?」

「ああ…。でもちょうど今切らしてんだよな…あれはアメ横にしか売ってねーし。上野と御徒町の中間ぐらいにある店だから行くのも結構面倒なんだよなぁ…。」

 

…なるほど、です。

これはキンジ君が病気になってしまったときに私使えますよアピールする武器になりそうですね…。

なんて我ながら現金なことを考えていると。

 

「キンジ、詩穂。これ見て。」

「…何だ。」

「なんですか?」

 

アリアさんが教務科の前で立ち止まりました。

アリアさんの指差す掲示板を見上げると…。

 

「生徒呼出 2年B組 超能力捜査研究科 星伽白雪」

 

…呼び出し?

確か星伽さんは基本的に完璧な人で、呼び出しなんか食らわないハズですが…。

 

「アリア。お前、この間白雪に襲われたのをチクったのか?」

「…あたしは貴族よ?プライベートのことを教師に告げ口するような、卑怯な真似はしないわ。いくら売られたケンカでもね。バカにしないで。」

 

キンジ君はとりあえずアリアさんが告げ口した可能性を考えましたが…アリアさんの思った以上に意識の高いアリアさんに感心していました。

 

それにしても、教務科からの呼び出しですか…。

…き、恐怖しか感じませんね…。

 

「…気になるわね。この件を調査して、あいつの弱みを握るわよ!」

 

アリアさんが華麗に先程の発言を覆しました。

…それはアリアさん的には卑怯に含まれないんでしょうか…?

 

「…でも、私も星伽さんの嫌がらせは止めて欲しいので…今回はアリアさんに賛成です。」

「そうよね。アレは勘弁して欲しいわ。」

「…は?嫌がらせ?何のことだ?」

 

…どうやらキンジ君は気付いていなかったようです。

よほど星伽さんの技術力が高いのか、それともキンジ君が鈍感なのか…。

 

2人でキンジ君に嫌がらせの数々を話すと…。

さすがにキンジ君も事の大きさをわかってくれたようです。

 

「というわけで、この掲示板に指定された時刻に…教務科に潜入するわよ!」

 

…は?

 

謎の発言にキンジ君も私も固まります。

アリアさんは高らかに、恐ろしい宣言をしました。

私はこの時、確実な死を覚悟したのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教務科。

武偵高のいわゆる教師の方々がいるのですが…実は、武偵高3大危険地域に指定されている場所です。

 

武偵高3大危険地域。

一般人はおろか、武偵高生徒でもあまり行きたくない3つの場所のことです。

 

1つは強襲科(アサルト)

当たり前です。

「死ね」が公用語の時点で察してください。

強襲科では稀に訓練で死亡してしまう生徒もいます。

更に強襲科生徒は喧嘩っ早く単純な徒手格闘であれば強い…。

強襲科が危険であると同時に、強襲科生徒も危険だったりします。

 

もう1つは地下倉庫(ジャンクション)

柔らかそうな言い方ですが、本当はただの火薬庫です。

下手したら摩擦1つで武偵高が吹っ飛びます。

もちろんそんな恐ろしい場所では銃も使えません。

 

そして…教務科(マスターズ)

なぜ危険なのかというと…教師がおっかないからです。

まぁ確かに日頃から銃を撃っている生徒を教える人なんてヤバい人に決まっています。

 

聞いた話によると、先生方の前職は。

マフィア・傭兵・特殊部隊・殺し屋などなど…。

 

是非とも関わりたくない職業ばかりです。

というか殺し屋って…。

 

つまり、私たちはそんな恐怖の館に忍び込もうとしているわけで…。

簡単に言うと飛び上がり自殺です。

 

「あ、アリアさん…やっぱりやめません?」

「何言ってんのよ。ほらとっとと上がりなさい。」

「うぅ…。」

 

私たちは教務科近くの廊下からエアダクトに侵入し、教務科の上まで行く…らしいです。

私は渋々アリアさんとキンジ君に手を引いてもらい、天井裏に侵入しました。

 

薄暗く狭いダクトの中を3人並んで匍匐前進で進んでいきます。

順番としてはアリアさん、キンジ君、私…です。

しかしどうも私はこういった運動が苦手で…。

 

「ま、待ってください!」

「遅いわよ詩穂!早く来なさい!」

 

バレないように無声音でアリアさんに待ってとお願いしますが…アリアさんはどんどん行ってしまいます。

こんな暗いところに取り残されるのも勘弁なので頑張って2人を追っていると…。

 

…ごすっ!

 

「いにゃっ!?」

 

急に止まったキンジ君の足にぶつかってしまいました。

私の鼻にキンジ君の足裏がぶつかった感じです。

…痛いです…。

 

「き、キンジ君…急に止まらないでくださ…。」

「しっ!着いたわよ、詩穂。」

 

…どうやら到着したようでした。

キンジ君とアリアさんが2人肩を並べるように通気口を覗いています。

 

ここからは先生にバレると殺されかねないので私も黙ります。

2人に倣って通気口を覗いてみると…。

 

いました。

星伽さんです。

そしてその正面に足を組んで座っているのは…星伽さんのクラスの担任の先生です。

 

(つづり)梅子(うめこ)先生。

尋問科の先生で、いつもタバコのようなものを吸っています。

…多分タバコではないです。

麻薬的な何かだと思います。

彼女はいつもダルそうな顔をしていて、常に目がイッちゃっています。

…多分あのタバコ的な何かのせいです。

 

そんな教師っぽくない綴先生ですが、彼女の尋問は世界トップクラスだそうです。

…なんでも、彼女に尋問されると綴先生のことを女王様だのご主人様だの崇めるようになってしまうそうです。

…い、一体何をしたらそんな状況に…。

 

「…星伽ぃー。お前最近、急ぅーに成績下がってるよなー…。」

 

心底どうでもよさそうな目で綴先生は星伽さんを睨みました。

…いえ、いつもあんな目をしてますけど…。

 

「あふぁ…まぁ、勉強はどぉーでもいぃーんだけどさぁ。」

 

やっぱりどうでもよかったみたいです。

…あれ?

この人本当に教師?

 

「なーに…えーっと…あれ…あ、変化。変化は気になるんだよね。」

 

…もしかして『変化』という単語が出てこなかったのでしょうか…?

何だこの人。

 

「ねぇー、単刀直入に聞くけどどさぁ…。星伽、ひょっとして…アイツにコンタクトされた?」

「『魔剣(デュランダル)』、ですか。」

 

…『魔剣』。

ここ最近になって噂されている犯罪者です。

どうも超能力を使う武偵…超偵のみを誘拐する犯罪者らしいです。

 

らしい、というのも。

そもそも超能力自体眉唾物ですし、何よりも。

その姿を確認したものは、いません。

 

つまり都市伝説レベルの犯罪者なのです。

そんなものいるわけが無い、と。

 

しかし私は見逃しませんでした。

『魔剣』という単語を聞いた時、明らかにアリアさんが反応したのを。

アリアさんが反応したということは…。

 

まだ確証はありませんが、家に帰ったら調べてみる必要がありそうです。

 

「それはありません、そもそも『魔剣』なんて存在しない犯罪者で…。」

「星伽、もうすぐアドシアードだから外部の人間がわんさか校内に入ってくる。その期間だけでも、有能な武偵を…ボディガードに付けな。これは命令だぞー。」

「で、でも…。」

「これは命令だぞー。大事なことだから先生は2度言いました。3度目は怖いぞー?」

 

…な、なんて恐ろしい脅迫文句でしょう…。

仏の顔も3度まで、といいますが…綴先生は仏っていう感じではありませんね。

どっちかというと修羅とか鬼を想像します。

 

「は…はい。わかりました…。」

 

星伽さんもとうとう頷きました。

…まぁ、仕方のないことです。

教務科の先生にあそこまで言われたら首肯せざるを得ません。

 

…がっしゃん!

 

と、アリアさんが通気口をぶっ壊しました。

…え?

なぜ?

 

私とキンジ君が目を丸くする中、アリアさんは飛び降りてしまいます。

スタッと着地して、アリアさんはまたまたものすごいことを言いました。

 

「そのボディガード、あたしがやるわ!」

 

驚きの展開に星伽さんも綴先生も目を見開きます。

…そしてキンジ君が驚きのあまり、通気口に身を乗り出します。

 

「う…うぉっ!?」

「き、キンジ君危ないですっ!?」

 

案の定キンジ君は落ちてしまい…。

アリアさんの上に落下してしまいました。

 

…わ、私はここでしばらく見守っていましょう…。

 

どさっ!

とキンジ君はアリアさんの上に落っこちてしまいます。

アリアさんは一瞬潰されかけるもキンジ君を跳ね飛ばしました。

…毎回思うのですが、アリアさんのそのパワーは一体どこから…?

 

「き、きき、キンジ!変なとこにそのバカ面をみきゃうっ!?」

 

アリアさんが何か言う前に、綴先生はアリアさんの制服の襟を掴みます。

そして、キンジ君も掴んで…。

 

ダン!ダン!

 

と壁に投げつけてしまいました。

…な、なんて腕力…!

 

「んー?…何これぇ?」

 

綴先生は2人の顔を覗き込むと、どうやら思い出したらしく。

 

「…なんだぁ、こないだのハイジャックの2人じゃん。」

 

綴先生は納得したように笑いながら首をぽきぽき鳴らします。

…こ、怖…。

 

「これは神崎・H(ホームズ)・アリア。ガバメント2丁に小太刀2刀流。2つ名は『双剣双銃』。欧州で活躍したSランク武偵。でも…あんたの手柄は書類上では全部ロンドン武偵局の手柄になっちゃったみたいだね。協調性が無いからだ。マヌケェ。」

 

綴先生は思い出すようにアリアさんの情報をペラペラと話しました。

…よく、覚えているものです。

もしかしたら全ての生徒の情報を覚えているのかもしれません。

…『変化』は覚えてませんでしたが…。

 

そして、驚く点が1つ。

綴先生は、アリアさんを本名で呼びました。

…つまり、綴先生は…そしておそらく教師の先生は全員。

 

アリアさんの秘密を知っている。

貴族であり、ホームズの子孫であることを知っている。

 

これは…さすが教務科と言わざるを得ません。

 

「んで、欠点は、およ…。」

「わぁーーー!?」

 

そして綴先生の続く言葉を、アリアさんは大音量で打ち消しました。

…およ?

 

「っそそ、それは弱点じゃないわ!浮き輪があれば大丈夫だもん!」

 

見事に自爆してくれました。

…アリアさん、カナヅチなんですか…。

 

私も泳げませんけど。

 

綴先生は、あわあわするアリアさんの次にキンジ君のほうを睨みました。

 

「こっちは遠山キンジ君。性格は非社交的。他人から距離を置く傾向あり。…しかし、強襲科では遠山に一目置いている人が多く、潜在的にある種のカリスマ性を持っていると思われる。」

 

今度はキンジ君の情報を語りだしました。

…本当に全ての生徒の情報を覚えている、のかもしれません。

 

というかカリスマ性って。

そりゃ皆はSランクだったら元だとしても一目置くと思いますが…。

 

「解決事件は…ネコ探しにハイジャック。ねぇ、やることの大きさが極端すぎない?」

「俺に聞かないでください。」

「武装は…違法改造のベレッタ・M92F。」

 

違法改造、と言ったあたりで綴先生の目が鋭くなりました。

…キンジ君、違法改造って…。

 

「3点バーストに加えてフルオートも可能な通称『キンジモデル』ってやつだよなぁ?」

「あー、それはハイジャックのとき壊されました。今は合法のヤツです。」

「へへぇー?装備科に改造の予約入れてるだろ?」

 

綴先生はそういいながらキンジ君の腕にタバコ(?)を押し付けました。

当然キンジ君は熱かったようで、声を上げます。

 

…ところで、キンジモデルって言う名前誰が考えたのでしょうか…?

 

それにしても、何でも知っている綴先生にも驚きです。

 

「…おい、そこに隠れてるやつもそろそろ出て来い。出てこないと…怖いぞー?」

 

ぎくっ!

綴先生がこっちのほうを睨みながら私に声をかけました。

ば、バレてる…。

 

私は怖いのは嫌なので恐る恐る通気口から出ました。

 

「…えーっと…ああ、茅間詩穂。強襲科のDランク武偵で、性格は穏やかで消極的…。アンタ、何で武偵になろうと思ったの?」

「そ、それは色々ありまして…。」

「ふーん…。それ以外だと…1年のときの一般教科・専攻科目の定期ペーパーテストの合計点は…毎回学年1位、ねぇ…。」

 

ほ、本当によく知っていますね…。

自慢ではありませんが、実力は確実にEランクである私がなぜDランクであるかの理由がこれです。

 

「お前、一般高校に転校したら?」

「そ、それは言わないでください…。」

 

自分でも武偵には向いていないとは思いますよ、ハイ…。

 

「武装はなんだかよくわからん形の銃と、日本刀…。そして無駄に頑丈な防弾性のウィンドブレーカーとマフラー…。蘭豹が超欲しがってたよ?」

「あ、あはは…。」

 

私からどんだけ物を奪えば気が済むんでしょうか?

私の元いた部屋だけじゃ満足できないのでしょうか…。

 

「…でぇー?ボディガードをやるって?」

「そうよ。白雪のボディガード、無償であたしが引き受けるわ。」

「お、おいアリア…。」

 

キンジ君が疑問の目をアリアさんに向けます。

同じく私もです。

…なぜ?

 

「…星伽。なんか知らないけど、Sランクが無償でやってくれるてよ?」

 

綴先生に視線を向けられた星伽さんは…。

 

「い…嫌です!アリアと詩穂がいつも一緒だなんて…けがらわしい!」

 

デスヨネー。

星伽さん的にはアリアさんと私はキンジ君を取り合う敵。

そんな人に護衛されたくないはずです。

 

というか今さらっと私も護衛することが確定しましたね。

…正直勘弁願いたいのですが、皆さん疑問には思わなかったようです。

私、ボディガード確定です…。

 

「…あたしにボディガードさせないと、コイツを撃つわよ!」

 

じゃきっ。

…となぜかここでアリアさんはキンジ君の頭に銀色に光るガバメントを当てました。

発言がモロ犯罪者です。

 

「って、何やってるんですかアリアさん!?」

「いいから見てなさい、詩穂。」

 

アリアさんは邪悪な笑みを浮かべつつ顎で星伽さんを見るように私に促しました。

その通りに星伽さんを見てみると…。

 

「き…キンちゃん!」

 

はわわ、という感じでわたわたしていました。

…なんでしょうかこの茶番…。

 

「ふぅーん…へぇー。そういう関係かぁー…。で?どうすんの星伽?」

 

綴先生が面白そうにニヤニヤしています。

…何が面白いのでしょうか?

 

「…じょ、条件があります!キンちゃんも私の護衛をして!24時間体制で!」

 

星伽さんは思い切ったように叫びました。

 

「私も、私も、キンちゃんと一緒に暮らすぅー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな騒動があった次の日。

早速星伽さんが引っ越して来ることになりました。

 

キンジ君は星伽さんのお迎え、アリアさんは部屋になにやら細工。

そして私は空いている小部屋のお掃除をしていました。

…なんというか、キンジ君女嫌いなのにどんどん部屋に女の子が集まってきていますね…。

 

掃除が終了したので、自室に戻ろうとしたあたりで…。

リビングになにやらいそいそと何かを設置するアリアさんを見つけました。

…どうやら赤外線センサー天井にを取り付けているようです。

 

「…アリアさん?何をしているんですか?」

「要塞化。」

 

…よ、要塞化…?

 

「な、何でそんなことを…?」

「何でって、依頼主に敵が近づくのをわかりやすくするためよ。護衛の基本よ?」

 

いえ、そうではなくて私が言いたいのは家主であるキンジ君の許可なしにそんなことをしていいのかということなのですが…。

そんなことをアリアさんに言っても意味はなさそうですね。

キンジ君、毎回毎回お疲れ様です。

 

「…そういえば、まだ直していませんでしたね、お部屋…。」

 

私はふと部屋を見回しました。

前回のアリアさんvs星伽さん戦争の傷跡が、未だに部屋に残っていたりします。

一応ソファは買いなおして弾痕を一部修正したりしましたが…まだまだ直さなければいけないです。

 

「ああー…ま、まぁ、そういう日もあるわよね?」

 

アリアさんはちょっと気まずいのか、目を逸らしながら言いました。

そっぽを向いてヒューヒューと口を尖らせていますが…吹けてないですよ、アリアさん。

 

そうこうしているうちに。

 

がちゃっ…。

 

「お、じゃま、しまーす…。」

 

星伽さんがやってきました。

と同時にキンジ君も帰ってきます。

 

「…あ、あの、私、自分の部屋に戻っていますね。」

 

私は部屋に戻ることにしました。

だってこれ以上戦いに巻き込まれたくはないですし、星伽さんにこれ以上殺されそうな視線で見られたくはありません。

 

まさに死線ってヤツですね!

 

「ふふっ…そこの2つの粗大ゴミも処分しなきゃね?」

 

後から響いた星伽さんの恐ろしい発言を背に、私は素早く自室に戻るのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は怖かったのもありますが、自室に戻ったことには理由がありました。

…『魔剣』の調査。

 

アリアさんが『魔剣』という単語を聞いたときの反応…アレは明らかにアリアさん関係…もといかなえさんの冤罪に関係あると思ったからです。

 

…憶測でしかありませんが…。

 

私はパソコンを起動すると、叶さんと明音さんに見つかったときの二の舞にならないように周囲をちゃんと警戒して…理子ちゃん特製ソフトを起動しました。

 

…そして、やはりというべきか。

一切の情報が上がりませんでした。

失踪した超偵の情報ですら一部消されています。

 

…この不自然さ。

明らかに『武偵殺し』や叶さんと明音さんを調べたときの様子と同じです。

つまり、『魔剣』は高確率で…イ・ウーに関係していると判断してもいいでしょう。

 

…今まではここまで調べておしまいでしたが…。

今の私には、詳しく知る手段がもうひとつあります。

 

私は意を決して、叶さんを呼び出しました…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…悪いな、詩穂。待たせたか?」

「いえ。急に呼び出したりしてしまって申し訳ありません。」

「ううんー。気にしないでー。わたしたちもー、特に予定は無かったからー。」

 

私は叶さんと明音さんの2人を学校の校舎裏に呼び出しました。

もちろんイ・ウーの情報を教えていただくためです。

 

「えっと、早速で悪いのですが…。」

 

と言いかけたところで、叶さんが不自然にマバタキをしているのが目に映りました。

 

マバタキ信号(ウインキング)

武偵同士が他人に聞かれたらマズイ事を話す際に、よく使うモールス信号のようなものです。

文字通り、左右の目をパチパチして信号を送ります。

 

叶さんのそれを読み取ってみると…。

 

…トウチョウ サレテイル バショヲ ウツス…。

 

…盗聴されている、場所を移す…。

叶さんは誰かに盗聴されていることに気が付いたようです。

…ぜ、全然気が付きませんでした…。

とにかく指示通り場所を移しましょうか。

 

「…私少しお腹が空いちゃいました。どこかに食べに行きませんか?」

「全く…仕方ないな、詩穂は。アカネは?」

「うんー。わたしはー、問題ないよー。」

 

明音さんが間延びした声で賛同してくれました。

…さて、どこに場所を移したものでしょうか…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ということで、やってきたのは叶さんたちのお部屋でした。

この2人は当然の如く相部屋で、2人部屋のようでした。

…本当にこの2人は仲良しなのですね…。

 

「ここなら大丈夫だ。盗聴器なんかあったらアカネがぶっ壊してるからな。」

「ぶっ壊すよー。」

 

た、頼もしいですね…。

2人の部屋はどこかファンシーでかわいらしい印象を受けました。

多分明音さんが全部やったんだろうな、と考えていると当の明音さんが紅茶を出してくれました。

 

「どうぞー。砂糖はいるー?」

「えっと、お願いします。」

 

明音さんはゆったりとまたキッチンのほうに戻っていきました。

叶さんも気が付いたら紅茶を飲んでいて、カップをテーブルに置くとこちらを見ました。

 

「で、どんなご用件だ?」

「…えっと、私が気になっていることをたくさん聞いてもいいですか?」

「かまわん。オレに答えられる範囲なら答える。」

 

叶さんははっきりと頼もしい言葉をくれました。

…私はすっかり2人に対する警戒心は消えていました。

 

「はいー、お砂糖だよー。」

「ありがとうございます。」

 

私は明音さんから角砂糖を頂くと、2つほど紅茶に落としました。

明音さんはそれを見ると、自分の部屋であろう部屋に戻っていってしまいました。

 

…叶さんと、2人きりで部屋に残されます。

私はとにかく気になることを頭の中でまとめ、聞いてみることにしました。

 

「…まず、イ・ウーとはそもそも…なんなのですか?」

「…それは、答えづらい質問だな…。そうだなぁ、学校みたいなもんだな。」

「…学校?」

 

学校、という表現には少し疑問を抱きました。

私はてっきり犯罪組織か何かだと思っていました。

 

「うーん…学校とも少し違うんだが、お互いの技術を教えあって高めあう場所なんだ。」

「…教えあい、高めあう…。」

 

確かにそれは学校っぽいですね。

 

「…大まかな目標はそんな感じだが、集まっている奴らは個人個人が大きな目標を持っている。その目標を…どんな手段を使ってでも達成しようとする場所。それが、イ・ウーだ。」

 

…それは。

それはつまり、どんな手段を使ってでも自分の理想を追いかけようとする人たちの集まり。

 

理子ちゃんにも、そんな大きな目標があったのでしょうか?

それはアリアさんを倒すこと…では、無いような気がします。

 

「だから、根本的には欲望に忠実なヤツが多い。そんなんだからあまりまとまってはいない。」

「まとまってはいないというか…それは、組織になりうるのですか?」

「オレもそう思ったから、潰すのは楽な仕事だと思った。でも…違ったんだ。」

 

…違った?

 

「イ・ウーには、そんなやつらをたった一人でまとめ上げるリーダーがいるんだ。」

「…リーダー。」

「そう。教授(プロフェシオン)と呼ばれる人物…だそうだ。オレたちはまだ接触はおろか顔すら見ていないがな。」

 

…『教授』。

話を聞く限りでは、イ・ウーは無法者たちの無法地帯なのでしょうか。

でも、そんな危ない人たちを一人でまとめ上げている…。

 

理子ちゃんは、あのアリアさんですら勝てなかった強敵です。

そんな理子ちゃんのような強さの人が何人もいると思われるイ・ウーをたった一人で…。

 

寒気がしました。

そんな人が、強くないはずがありません。

アリアさんはそんな恐ろしいものと戦わなくてはならない…!

 

「…こんなもんかな。スマンな、まだ調べ切れていないんだ。」

「ありがとう、ございます…。」

 

話を聞いただけでげんなりしました。

そんな相手、叶さんや明音さんと力を合わせても勝てるのでしょうか…?

 

「他には何かあるか?」

 

…そうでした。

げんなりしている場合ではありません。

もっともっと、知らないと。

 

「えっと、イ・ウーにはどのくらい人がいるんですか?」

「え?人?うーん、そうだなぁ…人間はオレが見た限りでは10人もいなかったぞ。」

 

…あれ?

思っていた数字とは桁が違いました。

 

「え、そ、そんなに少ないんですか?」

「ああ、少なくともオレたちはそんなに見かけなかった。」

 

…ちょっと希望が見えました。

そのくらいならなんとかなる…かもしれません。

 

「噂によると人間じゃないのもいるらしいがな。」

「…へ?」

「どうも、化け物もいるらしい。」

 

…化け物。

それは叶さんの言い方的に比喩表現ではなさそうです。

本当の意味での、化け物。

 

「そ…そんなことが、ありうるんですか…?」

「さぁな。そいつは年がら年中変な館に引きこもって、イ・ウーにはほとんど顔を出さないそうだ。まぁ、あくまで噂だ。気にするな。」

 

…化け物。

信じられませんが、理子ちゃんの髪の毛がウネウネ動いたことも考えると…ありえそうで怖いです。

是非ただの噂に過ぎないことを願うばかりです。

 

「…他には?」

「え、えっと…『魔剣』、っていうのはいましたか?」

「…『魔剣』?うーん、イ・ウーにいたっけなぁ、そんなヤツ…。悪い、そんな名前のやつは見かけなかった。そんな名前の剣を持ってるやつはいたけどな。」

「…剣?ですか?」

 

…どういうことでしょう?

確かに『デュランダル』という名前の聖剣はゲーム等でもよく出てきますが…それは空想上の聖剣です。

 

…それとも、本当に存在するのでしょうか?

だとしたら、その剣を持っている人は凄い人なのでしょう…。

 

「ま、こんなとこだな。他にはあるか?」

「…いえ、とりあえずもう遅いので帰らせていただきます。ありがとうございました、叶さん。」

 

外を見るともう日が傾いていました。

部屋に戻って、夕食の準備をしなければです。

 

「ああ。また気になることがあったらいつでも呼んでくれ。」

 

こうして私は、進展しているようであんまり進展していない状況に首を傾げつつ部屋に戻るのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋に戻ると、びっくりしました。

部屋の弾痕や汚れが綺麗さっぱりなくなっていたのです。

 

「…これ、全部星伽さんがやったのですか?」

「そうだよ?」

 

星伽さんが冷たい声で答えてくれました。

…星伽さんは完璧だと聞いていましたが、まさかここまでとは…。

 

そしてテーブルを見ると、見事な満漢全席が広がっていました。

…キンジ君の席の前でのみ。

アリアさんはむしゃむしゃと丼の白米を食べています。

 

「はい、詩穂もこれ。」

 

私も席に着くと、私の目の前にもドン、とアリアさんと同じような白米オンリーの丼が置かれました。

…あ、あんまりです…。

 

「き、キンジ君…。」

「スマン詩穂、我慢してくれ…。」

 

助けを求めてみましたがダメでした。

アリアさんはもはやヤケになって食べています。

 

「…お米、おいしいです…。」

 

仕方なしに私も白米をただ食べるしかありませんでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が作るはずだった食事が星伽さんによって(キンジ君のみ)ちゃんと用意されていたので、私はそれこそやることなくテレビを眺めていました。

 

…途中でキンジ君とアリアさんのチャンネル戦争が起きましたが。

私は見たい番組はちゃんと録画してあるので、2人の戦争を眺めていると…。

 

星伽さんが後からやってきました。

 

「…詩穂。ちょっと来て。」

「は、はい…?な、なんでしょうか…?」

 

なんと私に用事でした。

な、なんでしょう、締められるのでしょうか…?

 

私は星伽さんに連れられて、星伽さんの部屋に入りました。

 

「…え、えと、な、なんでしょうか…?」

「…詩穂。私はあなたのことが嫌い。でも、伝えなくちゃいけないことがあるの。」

 

…?

どうやら締められるわけではなさそうです。

とても真剣な表情で、星伽さんは言いました。

 

「あなたの刀…見せて。」

「へ?ああ、ハイ…。」

 

なぜか刀を見せて欲しいと言われました。

私は言うとおりに刀を渡すと…星伽さんは真剣な表情で刀を調べ始めました。

 

…あまりにも真剣に刀を見ているので、私は少し暇になってしまいました。

ということで部屋を見回してみると…やはりというべきか、小奇麗な部屋になっています。

でも、どこかさびしい感じがしました。

アリアさんのようにぬいぐるみがあるわけでもなく…。

というか、星伽さんの部屋には遊び道具らしきものが見当たりませんでした。

 

「…ありがとう。これは返すよ。」

「…え?あっはい。」

 

部屋をじろじろと見ている間に、刀鑑定が終わったようです。

 

「まだ、詳しくは言えないけど。あなたはもしかすると…。」

「…?私は、なんなんですか?」

「…やっぱりまだ早い。なんでもない。」

 

…はて?

どこか意味深な発言をすると、星伽さんは真面目な表情を崩して…元の私を嫌悪する顔に戻りました。

 

…まだ、早い?

一体どういうことなのでしょうか…?

 

「それよりも!詩穂、あなたキンちゃんに今までご飯を作っていたんだってねぇ…?」

「は、はい、そうですけど…。」

「キンちゃんに!これから!ご飯を!作るのは!私!」

 

鬼のような形相で、星伽さんは私を睨みます。

…こ、こわ…。

 

「あ、あの、星伽さん、落ち着いてくださ…。」

「…白雪でいいよ。あなたは仮にも…対等に、ライバルなんだから。」

 

星伽さんは鬼のような形相のまま後ろを向くと、私にそう言ってくれました。

 

「…わかりました、白雪さん。ライバルです。」

「…ふんっ!早く出てって。」

 

白雪さんは自分でも言ってて少し恥ずかしかったのか、向こうを向きながら私に出て行くように促します。

私は言われたとおりに部屋を出て行き…行こうとする前に、白雪さんに宣戦布告をしました。

 

「…掃除は私がやりますよ?」

「…どうぞご勝手に。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…後日。

あまりにも白雪さんの料理がおいしかったので、白雪さんに弟子入りしたのは言うまでもありませんでした。




読了、ありがとうございました。


今回は微妙に伏線回です。
白雪にそれっぽい伏線を張っていただきました。

…回収はだいぶ先の予定だったりします。

そして今回のキンジの空気感は異常です。
ガンバレ主人公。


感想・評価・誤字脱字の指摘等をよろしくお願いします。

特に評価のほうを(ry


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第15話 かぜにはちゅういです

第15話です。


まずは謝罪をさせてください。

更新が遅れて本当に申し訳ありませんでした!
これは週一更新とか言っていたくせになんたる暴挙です。
訴えられても文句は言えないレベルです。

本当に申し訳ありませんでした!



さて、白雪さんの部屋から出た後。

 

キンジ君とアリアさんはまだチャンネルの取り合いをしていました。

…どんだけ見たい番組なんですか…。

 

2人の会話をよく聞いてみると…。

どうやらどうぶつ奇想天外の2時間スペシャルと日曜洋画劇場で取り合っているみたいです。

アリアさんは前者、キンジ君は後者です。

 

…とは言っても、この2人は強襲科。

2人とも掴みあって、今にも銃やらナイフやらが飛び出しそうです。

 

「あ、あの、2人とも落ち着いてくださ…。」

「うるさい!キンジ、そのリモコンをこっちに寄越しなさい!」

「断る。俺は今日ミッション:インポッ○ブル2を見るんだ!」

 

ミッシ○ン:インポッシブル2って…。

キンジ君、チョイスが若干古いです…。

いい映画ですけど。

 

そしてアリアさん。

銃に手が伸びてます、やめてください。

 

もうどうしようもない2人を遠くから眺めていると…。

 

「キンちゃん、あのね、これ…。巫女占札っていうんだけど…。」

「…みこせん?占いか?」

 

白雪さんが、何かカードのようなものを持ってきました。

キンジ君とアリアさんも一旦戦争をやめて、白雪さんに注目します。

 

ちなみにこの瞬間アリアさんはパパッとHDDに奇想天外を録画予約しました。

じゃあ何で争う必要があったんですか…。

この国に平和は訪れないのですか…。

 

「うん。キンちゃんを占ってあげるよ。将来のこと、気にしてたみたいだから。」

「ふーん…じゃあやってもらうか。」

 

とはいえ私もアリアさんも仮にも女の子。

占いは少し…興味がありますね。

 

「キンちゃんは何占いがいい?恋占いとか、金運占いとか、恋愛運を見るとか、健康運を占いとか、恋愛占いとかがあるけど。」

「じゃあ…数年後の将来の俺を占ってくれ。」

「チッ。」

 

白雪さん、どんだけ恋愛占いやりたかったんですか…。

というか今舌打ちしませんでしたか?

気のせい?

 

白雪さんはカードを星型に並べて伏せ、ぺらりぺらりと何枚かを表にしていきます。

…神経衰弱?

 

「どうなのよ?」

 

アリアさんも気になる様子で白雪さんに尋ねます。

そしてその白雪さんは…怖い表情のまま固まっています。

 

「どうした?」

「え?あ…ううん。総運、幸運です。よかったねキンちゃん。」

「おい。それだけかよ。何か具体的なことは分かんないのか。」

「え、えっと。黒髪の女の子と結婚します。なんちゃって?」

 

キンジ君が尋ねると、白雪さんは我に返った様子で結果を伝えました。

…明らかに、ウソです。

 

彼女は一体…何を見たのでしょうか?

 

「ハイじゃあ次あたしの番!」

 

うずうずした様子でアリアさんが名乗りを上げました。

アリアさんはとりあえず占って欲しかったようで、白雪さんの気になる発言は流れてしまいました。

…あとでダメもとで白雪さんに聞いてみましょうか?

 

「総運、ろくでもないです。ハイおしまい。」

「ちょっ、真面目に占いなさいよ!アンタ巫女でしょ!?」

「私の占いに文句があるっていうの…?許さないよ、そういうの…。」

「……闘ろうっての…?」

 

気が付いたらアリアさんと白雪さんが戦闘モードになっていました。

…あ、このままだと多分私の番がなくなってしまいます!

 

「お、落ち着いてください2人とも!アリアさん、部屋にももまんが届いていましたよ?」

「それを先に言いなさいよ!」

 

とりあえずアリアさんを私の切り札「ももまん一本釣り」で退却させます。

さて、私も白雪さんに占ってもらいましょう。

 

「白雪さん、私も…。」

「え?…面倒くさいなぁ…。」

 

この人割と本性黒いですよね…。

知ってましたけど。

 

「全く…。」

 

そういいながら、一応やってくれます。

アリアさんの場合はなんか一枚めくって終わりでしたが…。

 

白雪さんは二枚目をめくったあたりで表情が険しくなりました。

 

…え、なんですかその反応…?

怖いんですけど…。

 

白雪さんはどんどんめくっていき…。

六枚めくったあたりで、カードを片付け始めました。

 

「…え?お、終わりですか?私、どうだったんですか?」

「………別に?総運、どうしようもないです。これでいいでしょ?」

 

いや、なんですか今の間は。

 

「そんな…白雪さん、あの…。」

「なんでもないよ。それとも…詩穂も私の占いに文句をつけるの…?」

「い、いえ!なんでもないです…。」

 

問いただそうとしましたが…先程アリアさんに向けた恐ろしい表情をされてしまっては、さすがに引き下がるしかありません。

 

…気になりますが、きっと聞いても答えてはくれなさそうですし…。

私はちょっと後ろ髪を引かれる思いをしつつも、自室に逃げるのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自室にて。

私の悪い癖ではありますが…白雪さんとはどんな人物なのか、調べてみることにしました。

 

…星伽白雪。

青森県に存在する星伽神社の巫女さん。

これまでの生活としては、中学までは女巫(めかんなぎ)校という全寮制の女子高に通っていました。

…交友関係は…比較的良好。

しかしどこのお店のポイントカードや会員カードを持っていないあたりを鑑みるに、あまり外では遊ばない方のようですね。

 

…ちなみにどうでもいいですがどこの店のポイントカードを誰が持っているかは、ハッキングをかけた状態で複数の店を一斉に名前で検索すれば出てきます。

…恐るべし、理子ちゃん特製ソフト…。

 

…こんなもんですかね?

もうちょっと何かあると思ったのですが…。

 

…うーん、まだ何かある気がします。

キンジ君の事が好きなようでしたし、キンジ君に聞いてみましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩穂→キンジ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜もある程度更け、夜中の11時を回ろうとしていた。

自室で宿題や銃の整備を済ませ、そろそろ寝るかというあたりで…。

 

コン、コン。

弱々しいノックの音が聞こえた。

 

アリアだったらノックもせずに開けてくるし、白雪だったらもっと慎ましやかだ。

…となると、消去法的に…詩穂のようだ。

 

「…入っても、いいですか?」

 

予想通りドアの向こうから少し遠慮がちな声が聞こえた。

夜遅いからだろうか。

 

「いいぞ。」

 

俺は短く答えると、イスに腰を落とした。

すると、ガチャリ…とドアが開き、黄色い水玉模様のパジャマを着た詩穂がとてとてと入ってきた。

 

「あ、あの…夜遅くにすみません。聞きたいことがあって…。」

「なんだ?」

 

聞きたいこと…?

勉強か何かだろうか?

しかしコイツは綴曰く学年主席の頭を持っているらしいからな。

少なくともそういうことではなさそうだ。

 

俺が先を促すと、詩穂は軽く深呼吸して口を開いた。

 

「白雪さんに、ついてです。」

「…白雪?」

「はい。えっと…キンジ君と白雪さんは、どんな関係なのですか?」

 

白雪について、か…。

正直予想していなかった質問が来たので、少し驚きながらも対応する。

 

「どんな関係って…ただの幼馴染だ。それ以上でもそれ以下でもない。」

「…幼馴染、ですか…。」

 

詩穂は少し思案顔をした後、思い切ったようにある単語を口にした。

 

「…星伽神社、ってわかりますか?」

「………なん、だって?」

 

星伽神社。

それは白雪の神社だ。

なぜ、それを詩穂が知っている?

 

…いや、こいつを侮ってはいけない。

こんな、のほほんとしたかわいい顔しておいて割と頭の回転が速い。

大方、白雪の情報を調べたのだろう。

 

「…知っている、みたいですね。」

 

どうやら質問自体が軽いカマかけだったらしい。

…強襲科よりも尋問科や探偵科のほうが向いているんじゃないか?

 

「…確かに知っている。俺は、小さい頃…青森に住んでいたことがあるんだ。そこでよく星伽神社に遊びに行っていた。白雪とは、そこで知り合った。」

「ふむふむ。」

 

そのあと、詩穂に色々と話した。

 

星伽神社特有の厳しい制限、それによる白雪の性格。

小さい頃白雪と一緒に花火を見に行ったことまで話した。

 

正直他人のプライベートなことを話すなど言語道断だが…。

詩穂には、話しておかないといけない気がした。

コイツは出会ってまだ1ヶ月ほどしか経っていないが…。

なぜか、信頼が置けるのだ。

アリアが暴力的なことの反動かもしれないが…。

 

「…とまあ、こんなもんだ。」

「…ありがとうございました。キンジ君。」

 

そういうと詩穂は、俺のほうを見て少しだけ顔を赤くした。

…なぜ?

 

…ああ、こいつ、恥ずかしいんだな。

多分俺の話を集中して聞いていたことが恥ずかしくなったのだろう。

 

詩穂は顔を赤くしたまま俯いて、手を組んでもじもじしている。

 

…ドクン。

 

…な、なぜだろうか。

今一瞬ヒステリア的な血流が来た…ぞ?

 

なんだかよくわからないが、危険そうだ。

とっととご退室願おう。

 

「…用が終わったんなら帰れ。夜遅いし、俺は寝たいんだ。」

 

まぁ寝室にはピンクの悪魔(アリア)が爆睡しているが。

 

「…あ、わ、わかりました!ごめんなさい、もう行きますね!」

 

詩穂は顔を下に向けたまま、とたとたと行ってしまった…。

 

…しかし、なぜ詩穂は急にこんなことを聞いてきたのだろうか?

ある意味アリアと同じくらい行動が読めん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キンジ→詩穂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…はぁ、はぁ…。」

 

私はキンジ君から聞きたいことを大体聞き、私は自室に駆け込みました。

 

…う、迂闊でした…。

当たり前ながら、キンジ君はお風呂に入った後。

つまり彼がパジャマ姿であることは想定してから行くべきでした…!

 

うぅ、聞きに行ったときは白雪さんのことが知りたくて頭がいっぱいでしたが…。

聞き終わったら気が抜けて、直視してしまいました…!

 

「うぅー!うぅー、うぅー!」

 

枕に顔をうずめて、とりあえず足をパタパタしました。

は、恥ずかしいです…!

あの薄いパジャマの下にキンジ君の…!

 

「うぅーーーー!!」

 

私はその日、寝るまで足をパタパタしていました…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白雪さんのボディガード(私が白雪さんに命を狙われていますが)が始まってから数日後のこと。

 

私はアリアさんと2人、カフェに来ていました。

…というのも、ここのところはアリアさんが「魔剣」について我を失ったかのように調べ続けているので、私が誘ったのでした。

 

ちなみにキンジ君と白雪さんは、別行動中です。

白雪さんはアドシアード準備委員会に出席、キンジ君はそのボディガードです。

 

「…ふぅ。まぁ、たまには休むのもいいかもね…。」

「はい。アリアさんは頑張りすぎですよ。もう少しゆっくりしてもいいんじゃないでしょうか?」

「……そうね。でも、あんまりのんびりはしていられないけど…。」

 

頼んだ紅茶を飲みながら、アリアさんは言いました。

…やっぱり、どこか張り詰めているようですね。

少し聞いてみましょうか。

 

「…アリアさん、『魔剣』ってそもそも存在するんですか?」

「当たり前よ。ママに冤罪をかぶせた1人だもの。もう近くまで、迫ってきている…。そんな気がするわ。」

 

…根拠は、いつも通りなさそうですね。

これもまた、彼女のカン…なのでしょう。

 

アリアさんは、かのシャーロック・ホームズの曾孫だと言われても…その推理力は頼りないです。

いえ、Sランクとしては充分な推理力は持ち合わせているのですが…いかんせん、シャーロック・ホームズと比べてしまうと首を傾げざるを得ません。

 

しかしアリアさんはカンという一言で全てを悟ってしまう。

シャーロック・ホームズもすさまじいカンの持ち主だったらしいので、アリアさんにはそれが遺伝しているのかもしれません。

 

まあ私は能力の遺伝なんて本人には何も関係ないと思っていますが。

人間を構築するのは周りの環境や人間であって、遺伝子そのものが影響するのは身体的特徴やガン細胞の…話が逸れました。

 

つまり、何が言いたいかというと。

 

「わかりました。じゃあ、『魔剣』についてわかったことを…報告し合いましょうか。」

 

アリアさんを、私は信じているということです。

 

「…え?し、詩穂は…疑わないの?あたしがやっていることに…。」

「疑いません。始めから疑って掛かっていいのはなぞなぞと数学の問題だけです。」

「し、詩穂…!」

 

アリアさんは感極まったように声を漏らすと、真面目な顔に戻ります。

この切り替えの早さも、彼女の魅力のひとつだと思います。

 

「…でも、詩穂には教えられないわ。」

「…え?」

「アンタならバカキンジとは違ってもうある程度調べ始めてるだろうけど…イ・ウーを、これ以上詮索するのはやめなさい。」

 

…アリアさんが、少し不可解なことを言ってきました。

アリアさんはイ・ウーの情報を求めているはず。

なぜなら、イ・ウーを壊滅させることが彼女の母親を救うことになるのだから。

 

「ど、どうしてですか?」

「あんた、公安0課に狙われたいの?」

「……!!」

「そういうことよ。」

 

公安0課。

この国における国家武力の象徴。

その強さ、正しさゆえに特別に…人を、殺めることが認められている存在。

はっきり言って人外の強さを誇る、とんでもない集団です。

 

そしてアリアさんの言葉。

…イ・ウーは、国家機密レベルに危険なワードなのだ、ということを意味しています。

当然そんなことを知っている人間は消されるに決まっているでしょう。

 

…ど、どうしましょう!?

たまたま私が個別にイ・ウーのことを調べているのがバレていなかったので殺されなかったとすると…!?

 

わ、私は気付かずに大変なことを調べまわっていたようです…!

 

「…そういうわけだから、あたしは1人で探す。アンタは今まで通り白雪の護衛をお願いするわ。」

 

…これは。

アリアさんは突き放すような言い方をしますが…その瞳の奥には、優しい色が見えます。

 

これは、アリアさんなりに私を…キンジ君を、心配してくれているのでしょう。

本当に…優しい方です。

 

でも、だからこそ。

 

「…じゃあ、アリアさんだけ危険な目に遭うんですか?」

「そうよ。アンタたちはパートナー…でも、同時に一般人。危険なことに首を突っ込む道理は無いわ。」

「でも、私は知ってしまいました。」

「…え?」

 

私の不意の発言に、アリアさんは首を傾げます。

私は宥めるように、しかしわかってもらえるように。

ゆっくりと…アリアさんに語りかけました。

 

「アリアさんの努力を。覚悟を。信念を。私は…知ってしまったんです。」

「…詩穂。」

「私は、アリアさんの友達です。パートナーです。…仲間です。だから、どんなに頼りなくても、どんなに情けなくても…頼って、欲しいんです。」

 

アリアさんは呆然としながらも私の言葉を聞いてくれました。

私は言葉が伝わるように、続けます。

 

「アリアさん。あなたを助けて、あなたを笑顔にするために…私は、キンジ君は、あなたのパートナーになったんですよ?」

「……!!」

 

アリアさんは予想だにしていなかった言葉を聞いてしまったかのように、固まりました。

…そして、数瞬後。

彼女は苦笑いしながら答えてくれます。

 

「…全く。アンタには敵わないわ、詩穂。」

「…ふふっ。お褒めに預かり光栄です。」

 

すこしふざけた調子で返すと、ここのところあまり見られなかった…。

アリアさんの笑顔が、見えるのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、周りの人にバレないようにアリアさんと情報を交換した後。

私とアリアさんは、もう先に部屋に到着しているであろうキンジ君と白雪さんの所に向かっていました。

 

「…振り返ってみると、なんだか私とアリアさんは不思議な出会い方でしたね。」

「…あたしが、詩穂に話しかけたのよ。アンタが強猥魔に襲われた被害者だと思ったから。」

 

そ、そうだったのですか…。

確かにあの時かっこいい方のキンジ君に助けてもらい、気絶していましたが…。

あの時私を起こしてくれたアリアさんには、そういう意図があったのですね。

 

「あの時はびっくりしましたよ。急にアリアさんが名前で呼べなんて言うから…。」

「あ、あはは。そんな感じだったかしら?でも…どこか、あたしのカンが言ってたのよ。この子はあたしに必要だ…ってね。」

 

アリアさんはどこか恥ずかしげにそう言うと、ぷいっと顔を背けてしまいました。

 

…あの時。

もしもアリアさんが話しかけてくれなかったら?

もしも私が蘭豹先生に部屋を奪われていなかったら?

もしも理子ちゃんがキンジ君を狙わなかったら?

 

…私はそんなありえない偶然が重なってアリアさんと友達になれたことを、夜空に感謝しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋の前にに辿り着くと。

中から不審な声があがりました。

 

「キンちゃんやめて!放して!」

「おとなしくしろ!」

 

…うん?

疑問に思ったのも束の間、アリアさんが玄関のドアを開けました。

 

「ただいまー…。」

 

そして、アリアさんと私は目の前の光景に固まりました。

 

脱衣所の前で繰り広げられていたのは。

 

服をはだけさせて頬を上気させ、潤んだ瞳の白雪さん。

上半身裸で、白雪さんの服を掴むキンジ君。

 

そして、先程の会話。

 

『キンちゃんやめて!放して!』

『おとなしくしろ!』

 

…あっ(察し)

 

…………数瞬の沈黙の後。

 

「…こ…こんのぉぉぉぉ…!」

 

アリアさんは正気に戻ると同時に、鬼のような殺気を発し始めました。

 

「バカキンジぃぃぃぃぃ!!!!」

 

…ごめんなさい、キンジ君。

さすがにアウトです。

 

アリアさんは全力でキンジ君を撃った後…。

まだまだ寒い春の東京湾に、キンジ君を突き落としてしまうのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日。

やっぱりというべきか、キンジ君は風邪を引いてしまいました。

連日白雪さんの護衛で疲労が溜まっている中でスタイリッシュ着衣水泳をしたのだから当然です。

 

アリアさんはそんなキンジ君を見て一言、「だらしないっ!」

しかし昨日のことはさすがに水に流したのか、そのまま学校に行ってしまいました。

白雪さんも全力でキンジ君を看病しようと学校を休もうとまでしましたが…キンジ君に行くように言われ泣く泣く学校へと行きました。

 

…そして、私はというと…。

 

「…具合はどうですか?キンジ君。」

「ゴホッ…ゴホッ。なんでいるんだよ…。」

 

キンジ君の看病に残りました。

私も白雪さん同様に学校へ行くように言われましたが…正直学校の授業よりもキンジ君が心配でした。

 

というわけで、一旦学校へ行ったフリをして戻ってきたというわけです。

 

「えへへ、休んじゃいました。ご飯はいりますか?お粥でも作りましょうか?」

「今は、いらない。…悪いな。」

「いっいえ!わ、私が好きでやっていることですので!…えっと、タオルを持ってきますね!」

 

いつもより弱々しいキンジ君を見て…。

キンジ君には申し訳ないですが、かわいいと感じてしまいました。

私は顔が少し赤いことを悟られないよう、タオルを取りにいくのでした…。

 

氷水で濡らしたタオルを額の上に乗せてあげると、キンジ君は幾分か楽になったのか眠ってしまいました。

 

…さて、私はお薬でも買いにいきましょうか。

今はちょうどお昼休みくらいの時間帯です。

キンジ君が眠っている間に、この前キンジ君が言っていた怪しい薬『特濃葛根湯』を買いに行きましょう。

 

場所は確か…アメ横のほう、でしたよね。

ちゃんと場所もパソコンで確認し、私は怪しい薬を売っている怪しいお店へと向かうのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薬屋にて。

なぜか、バッタリアリアさんと遭遇しました。

 

「…あ、アリアさん?」

「し、詩穂!?アンタどうしてここに…?」

 

まさに意外。

意外な場所で意外な人物に出会ったことに、お互い目を丸くしました。

とりあえず汚い雰囲気のお店を出ます。

 

「私はキンジ君のお薬を買いに来ただけです。アリアさんは?」

「あたしだって…ち、違うわよ別に!キンジに早くよくなってもらいたいとかそういうんじゃなくて、ただアイツが機能して無いと白雪の護衛が面倒になるっていうか…!」

 

アリアさんは急に顔を真っ赤にしながらツンデレな台詞をマシンガンの如くまくし立てました。

…リアルツンデレって、かわいいなぁ…。

 

「…そ、そういうわけだから!別にあのバカのためじゃなくてあたしの為なの!そうよ!あんなだらしないバカ、知らない!」

「わかりましたって。」

 

アリアさんの言い訳を軽く受け流しつつ、アリアさんの買った薬を盗み見ると…。

やはりというべきか、特濃葛根湯でした。

アリアさんも、あのときのキンジ君の言葉を覚えていたのですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋に戻ると、アリアさんはまたそそくさと学校に戻っていってしまいました。

私は…キンジ君の看病の続きです。

 

14時頃にまた目を覚ましたキンジ君にお水をあげた後、お薬を渡しました。

 

「…助かった、ちょうど切れていたんだ。…ただ、どうして2つ袋があるんだ?」

「へ?ああ、これは…。」

 

1つは私が、1つはアリアさんが買ってきたものなのですが…。

どうしましょう、アリアさん、私が本当のことを言うと怒るでしょうか…?

…まぁ、特に隠す必要のありませんし、教えても大丈夫でしょう。

 

「…1つは私が買ってきたもので、1つはアリアさんが買ってきてくれたんですよ?」

「…アリアが?」

 

キンジ君はありえないものを見つけたように、アリアさんが買ってきた袋を見つめました。

…確かに、キンジ君ビジョンではアリアさんはただの迷惑で凶暴な人でしょうし。

 

「本当ですよ。アリアさんも、アリアさんなりにキンジ君を心配してくれているんです。」

「…そ、そうか…。」

 

…あ、失敗しました。

これ、今の私の失言のせいで絶対キンジ君の中のアリアさんの好感度が上がりましたよ…!

 

…くそう、敵に塩を送る形になってしまいました…。

し、しかし、買いに行ったのは私も同じです!

 

私の好感度だって上昇しているはず…!

 

「…また眠くなってきた。もう一度寝てくる。」

「へ?あ、はい、おやすみなさい…。」

 

キンジ君はそう言うと、あくびをしながら寝室へと向かっていきました…。

 

…もう看病の必要はなさそうですし、私も少し眠りましょうか…。

ということで、私も自室に戻って夕方まで眠るのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めると、時刻は16時になっていました。

…ちょうど、ガチャッと玄関から音がしました。

 

…足音的に、白雪さんが帰ってきたようです。

私も起き上がり、部屋を出て居間に向かいます。

 

「あっキンちゃん、カゼ、大丈夫?」

「大丈夫だ。熱も下がったし頭痛も取れた。」

「よかったぁ…よかったよう…ぐすっ、ひんっ…。」

 

白雪さんはキンジ君の熱が下がったことに安心したのか、嬉し涙を流しました。

…多少ヤンデレチックではあるものの。

白雪さんは、本当にキンジ君のことを想っているのですね…。

 

「キンジ君、治ったんですか?」

「ああ。お前たちが買ってきてくれた特濃葛根湯のおかげで、寝たら一発で治ったよ。」

「ふふ、よかったです。」

「それと…詩穂、看病してくれてありがとうな。」

「ふぇっ!?い、いえ、当たり前のことをしたまでです!」

 

キンジ君から感謝の言葉をもらえました。

…う、うれしいです…!

何はともあれ、すぐに治ってくれたみたいでよかったです。

 

「…今、詩穂が看病してたって言った…?」

 

…あ、そういえばヤンデレさんでしたっけ、白雪さん…?

 

「ふ、ふふ。詩穂、そんなうらやまゲフンゲフンうらやましいことしてたんだ…?」

 

白雪さんの瞳孔が、だんだんと開いていきます…!

こ、怖っ!

というかゲフンゲフンした割には内容が変わっていませんよ!?

 

「…詩穂も、東京湾を泳いでみたいよね?」

「ぜ、全然泳ぎたくないです!遠慮します!」

「あ、泳げないんだっけ?まあ、何でもいいけど…。キンちゃんを誑かした罪は重いよ?」

 

白雪さんの目のハイライトが…!

どんどん、どんどん消えていきます…!

 

「私ね、人間は塩分も必要な栄養だと思うんだ…。詩穂も、そう思うよね…?」

「あ、あはは、そ、そうですね…!わた、私ちょっと部屋でやりたいことが…。」

「たくさん飲んでもいいんだよ…?」

 

塩分の話とか明らかに海ですよね!?

こ、これは落とされる!

私も東京湾に落とされてしまいます!

 

白雪さんは日本刀を抜いて、ゆったりと私を追い詰めていきます。

 

え、援軍は…そうだ、キンジ君!

 

「き、キンジく…あれ!?いない!?」

「キンちゃんならもうお部屋に戻ったよ…?」

 

キンジくぅぅぅぅん!

あ、部屋の隙間からこっち見てます!

 

キンジ君をよく見ると…なにやら目をパチパチしています。

…マバタキ信号?

 

えーと、なんでしょう…?

 

シラユキ キケン ケントウ イノル…。

白雪危険、健闘祈る…って!

 

キンジサァン!!

ナズェミテルンディス!

オンドゥルルラギッタンディスカー!

 

キンジ君は手を合わせて「スマン」のポーズを取ると、そそくさと部屋に行ってしまいました…。

 

「ふ、ふふ、詩穂…覚悟はいい?」

「う、うああ…!」

 

とうとうベランダまで追い詰められてしまいました。

…これ、諦めたほうがいいんでしょうかね?

 

白雪さんは日本刀を大きく振り上げ、私の頭に標準を合わせているようです。

…マジで泳げないので、絶対に飛び込みは避けたいですが…。

そんなことを言っている場合ではないようですね、ハイ。

 

「……うぅ、もし風邪を引いたらキンジ君に看病して欲しいです…。」

 

私はその言葉を最後に、東京湾へとダイブするのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日。

なんとか生還はできましたが、もちろん風邪を引いたのは言うまでもありませんでした。

白雪さん、容赦ないですね…。

 

「うぅー、くらくらします…。」

 

しかしキンジ君が看病してくれるはずは無く、白雪さんもとっとと学校に行ってしまいました。

…アリアさんも、学校に行ってしまったようです。

 

試しに熱を測ってみたら38度くらいでした。

こんな頭じゃゲームもまともにできませんし…。

仕方なく私は、自室のベッドで寝転がっていました。

 

………暇です。

解熱剤を飲んでおいたので今はある程度楽ですが、起き上がったら頭痛が復活するので起きるに起きれません。

かといって寝てると暇です…。

 

……暇、ですねぇ…。

しばらくボーっとしていると。

 

…ガチャリ。

玄関から音がしました。

 

誰かが帰ってきたのでしょうか?

今の時間帯は…ちょうどお昼休み。

…どなたでしょう?

 

私の頭が回る前に、私の部屋のドアが開きました。

そこに立っていたのは…。

 

「…詩穂まで熱が出るなんて、白雪は本当に迷惑ね。」

 

アリアさん、でした。

 

「アリアさん…?学校は、どうしたんですか?」

「あたしは卒業に必要な単位は揃えてあるの。だから強襲科にわざわざ顔を出す必要も無いわ。」

 

アリアさんはそういうと、私のほうをじーっと見つめてきました。

 

…じーっ…。

 

「あ、あの…アリアさん?」

「え、えっと…その、な、なんか欲しいものはある?」

 

…どうやら。

看病してくれる、みたいですね。

…本当に優しい方です。

 

「…じゃあ、お水をお願いできますか?」

「わかったわ。他には?」

「えっと…大丈夫です。お願いしますね。」

「ん。行ってくる。」

 

アリアさんは部屋を出ると、キッチンのほうへ向かっていきました。

…アリアさんはわざわざ、学校から戻ってきてくれたみたいです。

授業は一般教科さえ受ければ彼女が先程言っていた通り単位は大丈夫なのでしょう。

 

…この優しさを、素直にキンジ君にも見せてあげればいいのに。

 

「はい、水。」

「ありがとうございます。」

 

頭痛を我慢して起き上がると、アリアさんから受け取った水を飲みます。

 

ごく…ごく…。

 

熱があるときに飲むお水は、本当においしいと思います。

 

ごく…ごく…。

 

お水を飲み終わると、私はアリアさんに話しかけました。

 

「…アリアさん、少しだけいいですか?」

「うん?何?」

 

アリアさんはいつもよりも優しい笑顔で私に向き直ってくれます。

…真正面から見ると、本当にかわいい顔立ちですね…。

女の子ながらドキッときます。

 

「…『魔剣』、のことですが。」

「…アンタは病人なんだから、こんなときまで依頼の話はしなくていいの。」

「いえ、ちょっとだけ、です。」

 

アリアさんは病気の私を気遣ってくれますが、私は少し話したいことがありました。

アリアさんもそれを感じ取ってくれたのか、それ以上は咎めたりしませんでした。

 

「…アリアさんは、どうやって『魔剣』を逮捕するんですか?私の予想では…『魔剣』はきっと用意周到というか、しっかり作戦を組むタイプに思えるんです。いままで都市伝説化されてしまうぐらい姿を見せてきませんでしたから。きっと白雪さんをボディガードしていても、なかなか出てきてくれないと思うんです。」

「その通りよ。『魔剣』はイ・ウーでも指折りの策士。きっと、そう簡単に尻尾は出さないでしょうね。」

「じゃあ、どうやって…?」

 

イ・ウーでも指折りの策士。

…そんな有名な方を、なぜ叶さんは知らなかったのでしょう…?

私は少し疑問を持ちつつも、アリアさんの作戦に耳を傾けます。

 

「簡単よ。あたしがボディガードを外れればいい。」

「…え!?そ、それじゃあ白雪さんが…。」

「あたしは外れるとはいっても、遠くからちゃんと見ているわ。それに…キンジにも協力してもらう。」

「…キンジ君、にも?」

「まぁあたしはあたしで動くから。詩穂も適度に守ってくれていればいいわ。アンタなら大丈夫よ。」

 

…アリアさんは。

こんな使えないダメ武偵を、信頼してくれているのでしょうか?

嬉しくもあって、でも少しプレッシャーを感じてしまいます。

 

「アドシアードに、アイツは来るわ。ちゃんとそれまでにカゼ治しときなさいよ。」

「…わかりました。」

 

アリアさんの言うカン。

根拠が無くて、本人にも自信がなさげです。

…でも、彼女は断言します。

きっと…彼女のカンは、当たります。

そんな根拠の無い私のカンが、そう告げるのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はその日一日中眠ったおかげで、次の日には元気になりました。




読了、ありがとうございました。


今回は…あまりストーリー自体は進んでいません。
次回からはアドシアードに入っていくので、ストーリーは進むと思います。

白雪のヤンデレを書こうとしたら全然上手く書けていなかったりです。
もっと努力しないとですね。
頑張ります。

感想・評価・誤字脱字の指摘等を情け程度でもいいのでお願いします。
そして評価してくれた方が合計18名!
本当にありがとうございます!


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第16話 たいへんなしごとです

第16話です。


まずは一言。

また更新が遅れてしまい、申し訳ありませんでした!

もうなんなんでしょうね。
何が週1更新だよって話ですよね。
作者は約束を守るという基本的なことが出来ないんでしょうかね。


本当に申し訳ありませんでした!


そしてそんななか評価数が20件!
嬉しい限りです!
ありがとうございます!


さて、アドシアードが近づいてきた、ある日のこと。

 

「…マジですか…。」

「マジですよ、茅間さん。」

 

私は担任の高天原先生に呼ばれ、放課後の教務科に来ていました。

 

…呼び出しの理由は。

私のアドシアードのイベントの手伝い内容が決まっていなかったからです。

…ここ連日の『魔剣』の件で全く気にしていませんでした…。

 

そして、呼び出した高天原先生の一言。

 

「茅間さんには『客捌き』をやってもらうわね。」

 

…最悪です。

『客捌き』とは。

マスコミやアドシアードを見に来た人の誘導をやる仕事です。

…言葉にするとそんな大変でも無い気がしますが。

 

正確に誘導するためにどこでどの競技が行われているかを把握したり。

色々とうるさいマスコミの人たちの対応に追われたり。

しかもそれを長い時間やるから休む暇が無く体力まで要求されたり。

 

などなど、やりたくないことこの上ない仕事だったりします。

しかも自分で言うのもなんですが私はコミュ障気味。

…こんな仕事、やってられるとは思えません。

 

「た、高天原先生…。ほ、他の仕事は…。」

「うーん…もう残ってないのよねぇ。」

「や、やりたくないです…。」

「まぁ、ここまで放っておいた茅間さんの過失もあるし…やってもらえると嬉しいの。」

 

とまぁ、高天原先生は優しく言ってくれていますが。

…彼女の雰囲気が、少しだけ妙な迫力を持ち始めています。

これは…覇気?

それとも…さ、殺気!?

 

「茅間さん?お願いできるかしら?」

「ひゃ、ひゃい!やらせていただきます!」

 

凄く怖い光の宿った瞳で睨まれてしまったので、こう言わざるを得ませんでした。

…や、やっぱり高天原先生も武偵高の先生でした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、こんな恐ろしい出来事があった数日後の放課後。

私は渋々アドシアードの競技場所の配置を覚え、声が出るように強襲科練の近くで発声練習をしていました。

 

今日の強襲科体育館からは、いつもの激しい発砲音や蘭豹先生の怒号は聞こえません。

というのも、今日はアドシアード閉会式のチアの練習に体育館が使われているからです。

 

「I'd like to thank the person...」

 

不知火君のイケメンボイスとギターやドラムの音ががこっちまで聞こえてきます。

…私は、これより大きな声くらい出せないと『客捌き』なんかできないですよね…。

 

「…はぁ…。」

 

軽く絶望です…。

 

…しばらくすると、音が止みました。

どうやら今日の練習が終わったようです。

…私はもう少し、発声練習をしていこうかな…?

私は「あめんぼあかいな あいうえお」と発声練習を再開しました。

 

 

 

 

 

…また、しばらくすると。

 

バタン!

 

と思いっきりドアを開け閉めしたような音が聞こえました。

びっくりして音のした方向を見てみると。

 

力強く閉められすぎて少し歪んでしまった強襲科練の扉と。

…涙と共に走る、アリアさんの後姿が見えました。

 

「っ!アリアさん!」

 

そんなアリアさんを放っておけるはずも無く。

私は凄まじいスピードで走るアリアさんを追いかけるのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ぜぇ…ぜぇ…。」

 

一瞬で見失ってしまいました。

アリアさん足速すぎです…。

…さすがに見失ってしまった人を探すのは骨が折れます。

今回は…アリアさんの帰宅を部屋で待っていたほうがよさそうですね。

 

そういえば、アリアさんは強襲科練から出てきましたっけ?

強襲科練に行けば、アリアさんが泣いていた理由がわかるかもしません。

私はくるりと踵を返すと、強襲科練へと向かいました。

 

 

 

 

 

「…あ、キンジ君。」

 

強襲科練に辿り着くと、ちょうどキンジ君が出てきたところでした。

…その顔は心なしか、沈んで見えます。

私が声をかけると、下を向いていた顔が私のほうを向きました。

 

「…詩穂か。悪いが、今は気分が悪いんだ。先に帰ってる。」

「え?あ、はい…?」

 

キンジ君はそれだけ言うと、寮のほうに歩いていってしまいました。

 

…うーん、気になりますね…。

でも、キンジ君の言うとおりなら今はキンジ君に話しかけることはしたくありません。

 

…さて、大体理由の察しは着きましたが…。

一応、強襲科練を見ていきましょう。

 

 

 

 

屋上にて。

 

「…これは…。」

 

私はあるものを発見してしまいました。

 

水がダバーっと貯水タンクから流れ出ていて…。

その穴は文字を形成していました。

 

『バ カ キ ン ジ』

 

と。

 

…これは、もうほぼ確定ですね。

大方、キンジ君がアリアさんとケンカに…それも、今までよりもちょっと強めにケンカしてしまったのでしょう。

なんというか、キンジ君もアリアさんも…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋に戻り夜になっても、アリアさんは帰ってきませんでした。

…心配です。

 

キンジ君に事情を聞いてみたところ、簡潔にケンカをしたとだけ答えてくれました。

白雪さんは逆に喜びました。

 

「一人減った…!」

「白雪?何か言ったか?」

「ううん?なんでもないよ、キンちゃん。」

 

白雪さんはボソッと言ったつもりでしょうが、私にはガッツリ聞こえていました。

…マジで黒いですよね、この人…。

 

「まぁ、俺と詩穂でボディガードを引き継ぐ。約束だからな。」

「約束…。うん、キンちゃん!」

 

白雪さんは約束という言葉に顔を赤らめながら、キンジ君に頷き返しました。

…ちょっと疎外感やばいです。

あの2人の周りに結界が張ってあるかのごとく、私は会話に参加できません。

 

私はそろそろお風呂にでも入ってきたほうがいいんでしょうか?

 

「…お前、不安じゃないのか?俺と詩穂がボディガードで。無いとは思うが、万が一『魔剣』が襲ってきたら…。」

「不安なんて、ないよ。私にはキンちゃんがいるもの。」

 

白雪さんは。

そこだけやけにハッキリと主張しました。

 

「だって、キンちゃんは強い人だもん。キンちゃんはちゃんと私を守ってくれる。そう、信じてる。」

「…白雪。」

 

…白雪さんは。

本当に心の底から、キンジ君を信頼しているようでした。

100%。

その瞳には、1ミリの不安もありません。

 

私はとうとういたたまれなくなり、そそくさとお風呂に向かうのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…お風呂にて。

 

シャワーを浴びて、体を洗い終わった後。

湯船にゆっくりと浸かりながら、体をリラックスさせます。

 

湯船に浸かる、という行為は実は武偵でも推薦されています。

というのも、体の血行がよくなって動きがよくなりますし、体の負担を浮力が和らげてくれるので疲れもしっかり取れます。

汗が出るので、代謝を補佐する働きもあります。

 

何より、あったかくて気持ちいいです…。

 

………。

さて、少し考え事をしましょう。

 

今お風呂から出たところで、また白雪さんとキンジ君の世界に入り込めず疎外感を感じるだけでしょうし。

 

…そういえば、アリアさん曰く。

『魔剣』はイ・ウー内でも指折りの策士だそうです。

叶さんは…そのことを知らなかった。

 

可能性として考えられるのは3つです。

 

1つ目は、叶さんと明音さんが本当に何もわかっていないという可能性。

どうやらイ・ウーに潜入したのは最近のことのようですし、何も知らないという可能性はあるにはあります。

…あの2人、特に明音さんの状況分析能力を鑑みるに可能性としては低いですが…。

 

2つ目は…あまり考えたくはありませんが、叶さんと明音さんが既にイ・ウー側に付いてしまっているという可能性です。

正直それが一番困るパターンです。

あのアリアさんを1人で制した叶さんと、おそらく同程度の実力を持つと思われる明音さん…。

この2人が敵に回ってしまったら、勝てる気がしません。

 

そして…3つ目。

彼女たちのスパイ行為が、イ・ウー側にバレているという可能性。

誰かしら…おそらく、『教授』なる人物でしょうが…その人が叶さんと明音さんのスパイ行為に気付いて、故意に情報が流れないようにしている。

…その場合も、困ったことになります。

というのも、叶さんと明音さんのスパイ行為に気が付いていながらも、2人を泳がせている。

このことが意味をすることは…あの2人などいつでも潰せる、ということ。

 

つまり相手は叶さんや明音さんよりも遥かに強い。

 

ということになってしまいます。

…そうだとしたら、脅威どころの話ではありません。

 

化け物。

 

そう表現するにふさわしい相手がイ・ウーにはいると、叶さんは言っていました。

 

 

…もう、お風呂から出ましょう。

このまま考えていても、嫌な想像しか浮かびません。

 

私は湯船から出ると同時に、恐ろしい想像をやめました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お風呂から上がってソファでゆっくりしていると…。

テーブルの上に、何かの紙が置いてあることに気が付きました。

 

キンジ君も白雪さんも、もう自室に戻ってしまったようです。

テーブルの上にあったものを手にとってみると、それはウォルトランドの花火大会のお知らせを印刷したものでした。

 

えっと…『5月5日、東京ウォルトランド・花火大会、一足お先に浴衣でスター・イリュージョンを見に行こう』

 

…ウォルトランドの、花火大会…ですか…。

正直行きたくはありませんね。

何せウォルトランド。

人ごみというか人の波で、立っていることすら危うそうです。

 

「まぁ、私にこんなリア充万歳イベントは似合いませんよね。」

 

私はそう呟くと、紙をテーブルに置いてソファに座りなおしました。

…でも、花火大会、かぁ…。

私も、キンジ君と一緒に…。

浴衣を着て、一緒に並んで立って…。

手なんかも繋いじゃったり…!

 

…わぁぁぁ!?

わた、私は一体なんてことを想像して…!?

 

そうです!

今はそんなことを想像するよりも大切なことがあるはずです。

 

…アリアさん…。

まだ、帰ってこないのでしょうか…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は自室に戻ると、ケータイにメールが入っていることに気が付きました。

差出人は…アリアさん!?

 

急いで内容を確認すると、内容は大体こんな感じでした。

 

『あたしはバカキンジに腹が立ったからボディガードを抜けさせてもらうわ。謝ってくるまで絶対に許さないんだから!それと、今は一応レキの部屋を借りて住んでる。何か用があったらレキの部屋まで来て。』

 

…この文章は。

この前アリアさんの言っていた、『作戦』の決行を意味していました。

アリアさんは、ボディガードを外れる。

『魔剣』を油断させるために。

 

…何はともあれ、アリアさんが無事で何よりです。

あとはアリアさんに言われたとおり、アリアさんを信じて動くだけです。

 

 

もうすぐゴールデンウィークが、始まります…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まぁゴールデンウィークに入ったからといって特に変わったことはありませんが。

強いて言うなら私のゲーム時間が伸びただけです。

 

朝起きたら、リビングの掃除や銃の整備。

それが終わったら白雪さんのボディガード…ついでにゲーム。

 

そんな風にだらだらと毎日を過ごして。

 

 

 

 

 

 

気が付くと、5月5日になっていました。

今日は確か…ウォルトランドの、花火大会のはずです。

 

今現在7時30分。

キンジ君の姿は見当たらず、浴衣を着た白雪さんがリビングで正座していました。

…浴衣?正座?

 

よく見ると、彼女の足元には充電器に挿したケータイが置いてありました。

…ケータイ?

 

…怪しいです。

いえ、怪しいというかなんと言うか…明らかにおかしいのですが、如何せん白雪さんの気迫のようなもののせいで近寄るに近寄れません。

仕方なしに自室のドアの影からそっと見守ります。

 

と、そのとき。

 

ピピピピ…ガッ!

 

ケータイの着信音が鳴ったと思った次の瞬間、白雪さんがケータイを手に取りました。

どうやらメールのようです。

 

そして内容を確認すると、ものすごい速度でガガガガッと返信を打ち始めました。

そしてケータイを元の場所に置き、また正座に戻りました。

 

…これなんて修行?

 

とまあこんなことがもう1、2度繰り返されたあたりで。

 

…ガチャリ。

 

と、ドアの音がしました。

キンジ君が帰ってきたみたいです。

しかし、白雪さんはケータイに集中しすぎているためかその音には気が付きません。

 

「悪い、遅くなった。」

「ひゃあっ!き、キンちゃん。びっくりした…。」

 

キンジ君が後から声をかけると、白雪さんは正座のまま20cmくらい飛び上がりました。

…どうやってんですか、それ…。

 

白雪さんとキンジ君はリビングで少し言葉を交わすと、玄関から出て行ってしまいました。

…あれ?

私、ハブられてます?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さすがの私もこうも露骨にハブられてしまっては腹が立ちます。

というわけで。

 

ただいま現在、2人を尾行中です。

…我ながら度胸が無いと思います。

直接聞けばいいものを…。

 

いっそ私の尾行に気が付いてくれれば楽なのですが、2人は全く気が付く様子はありません。

…キンジ君、それでもボディガードですか…。

 

2人を後からこそこそと追う中、ふと夜空を見上げると…。

 

…ドーン…ドーン…。

 

と花火の音が聞こえました。

…きっとこの2人はウォルトランドの花火を見に行くのでしょう。

 

私を置いて、2人きりで。

それは寂しくもあり、悔しくもあり…。

そして、羨ましくもありました。

 

急に、心がキュッと締め付けられました。

悲しく、なりました。

 

キンジ君…。

あなたの隣に、私は立つことはできないのでしょう。

アリアさん、白雪さん。

こんなにも魅力的な2人に私は勝てる自信がありません。

…でも。

私は…私は。

 

そんなことを考えているうちに、2人はモノレールの駅に到着してしまいました。

…さすがに同じモノレールに乗ってしまうとバレてしまいます。

それに…私なんかが2人の時間を邪魔してしまう道理はありません。

 

私はここまで付いてきたにもかかわらず、そのまま逃げるように部屋に戻ってしまうのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…。」

 

自室に戻った私は、手持ち無沙汰故にオンラインゲームを始めました。

…いつもそう。

嫌なことや現実から逃げたいとき…。

私はいつもゲームに逃げてしまいます。

 

…これは。

現実を受け入れるために時間を置いているだけだ、と。

負けないために力を蓄えているだけだ、と。

頭の中で意味の無い言い訳をします。

 

どうして、こんなに傷付いているのでしょうか?

私はただ、キンジ君を心の中でだけ想うだけで満足だったはずなのに。

私なんかが彼の隣に立つことはできないと知っていたはずです。

ただのチームメイトでいい。

ただの、友達でよかったのに…。

 

私は頭の中で言い訳と自己分析を繰り返しながら、ゲームに没頭していくのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

どのくらい、経ったのでしょう。

 

ガチャリと玄関のドアが開かれました。

咄嗟のことに驚き身構えます。

 

…聞こえてきたのは、少しだけ重たい足音が1つ。

…1つ?

 

私は気になってドアを開き、リビングへと向かいました。

 

…リビングには、キンジ君が少し呆然とした顔で立っていました。

なぜかというかやはりというか、白雪さんの姿は見えません。

 

「…詩穂?」

 

キンジ君は呆然とした表情のまま私に話しかけました。

私は先程の葛藤のせいで少し痞えながらも返答します。

 

「き、キンジ君…。おかえり、なさい。」

「…ああ。」

 

私は事情を聞かないといけないような気がして、キンジ君に向き直りました。

…今は、私の恋心に蓋をして。

 

「…キンジ君、白雪さんはどうしたのですか?」

「白雪は…忘れ物がどうこう言って女子寮に帰ったよ。」

「帰ったよって…キンジ君はボディガードじゃないんですか?」

 

自分の発言にかなり棘が含まれていることに自分で驚きました。

…いつもの私じゃ、無いみたいです。

 

「…なんなんだよ、詩穂まで。俺が何をしたって言うんだ?」

「そ、そんな…私は、ただ…。」

「…もういい。俺は寝る。」

 

キンジ君の少し苛立った声に萎縮し、それ以上問い詰めることはできませんでした。

キンジ君はそのまま自分の部屋へといってしまいます。

…私は、そんなつもりじゃ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩穂→キンジ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

葛西臨海公園の人口なぎさから帰ってきた俺は、部屋に戻ると少しボーっとしていた。

 

…アリアは、俺に怒って出て行ってしまった。

白雪とは気まずい雰囲気のまま別れてしまった。

 

…俺は、一体どうすればよかったのだろうか。

 

アリアとケンカするのはいつものことだった。

でも、いつもだったら俺に一方的に銃を撃ってきて終わるはずなのに…。

俺は言葉を間違えたのか、アリアは出て行ったきりだ。

 

白雪を連れ出そうとしただけだった。

外の世界を知ってもらうために、かごの鳥を外に出そうとしただけだった。

…どうして、ああなってしまったのだろうか。

俺が何をやったって言うんだ。

 

「き、キンジ君…。おかえり、なさい。」

「ああ…。」

 

リビングに突っ立っていると、詩穂が部屋から出てきた。

…こいつにも、色々と説明してやらなくちゃな。

コイツも一応白雪のボディガードなわけだし。

 

俺が口を開こうとすると、詩穂の方から話題を振ってきた。

 

「…キンジ君、白雪さんはどうしたのですか?」

「白雪は…忘れ物がどうこう言って女子寮に帰ったよ。」

「帰ったよって…キンジ君はボディガードじゃないんですか?」

 

詩穂の言葉に、驚きを感じた。

いつもの優しく気遣うような言い方ではなく…棘のある、似合わない言い方。

よく見るとその幼い顔は、いつもの優しげな微笑はなりを潜め、ひどく疲れた顔をしていた。

 

…そして、数瞬遅れて、怒りが沸いてきた。

どうしてこうも、気持ちのよくないことが次々に起こるんだ。

目の前の詩穂に、そして…何より自分に腹が立った。

 

「…なんなんだよ、詩穂まで。俺が何をしたって言うんだ?」

「そ、そんな…私は、ただ…。」

 

詩穂は俺の苛立った声に驚いたのか、怯えたような声を出した。

そして、それ以上の追求を止めた。

…こうもビビられると罪悪感が沸く。

 

…もう、何も考えたくない。

明日頭の中を整理して、もう一度考えよう。

 

「…もういい。俺は寝る。」

 

すっかり勢いを失い、俯いてしまった詩穂を置いて…。

俺は自室の扉を、閉めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キンジ→詩穂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の朝。

今日でゴールデンウィークは終了し、アドシアードが始まります。

…起きてすぐに、昨日のことを思い出してしまいました。

 

キンジ君に、謝らないといけませんね。

あのときの私は少しおかしかったです。

彼だってきっと、疲れているのに…。

 

昨日のうちは結局、白雪さんは帰ってきませんでした。

だから今日の朝ごはんは、私が作らないとです。

 

私は色々と決心して、リビングに向かうのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

リビングには。

朝早いのに珍しくキンジ君がいました。

お互いに顔を合わせると、お互いに気まずさから目を逸らしてしまいます。

 

…ダメ、です。

謝らないと。

 

「…キンジく…。」

「…詩穂…。」

 

…お互いに、声がかぶってしまいました。

またもや気まずい沈黙が流れます。

 

…ど、どうしましょう…。

私がこの部屋に来たときの朝の、何倍も気まずいです…。

 

…でも。

勇気を出さなきゃ。

このまま気まずい状態ですごすなんて、勘弁です。

 

私は勇気を振り絞って、口を開きました。

 

「…キンジ君。昨日は、その…。ごっ、ごめんなさい!」

「…詩穂…。」

 

私は頭を下げながら、謝ります。

 

「昨日は、その、私…おかしかったです。あんなに強く言うつもりは無くて、ただ、その、知りたかっただけで…。」

「…わかってるよ。そんなことぐらい。」

 

キンジ君はそっぽを向きながら、でもしっかりと私の言葉に答えてくれます。

 

「…なんだ、俺も…悪かった。気が立っていたんだ。」

「…キンジ君。」

 

お互いに視線を合わせると、微笑みあいました。

…良かった、仲直り、できたみたいです…。

 

 

 

 

 

 

「…結局、白雪さんはどこに行ってしまったんですか?」

「忘れ物がどうこう言って、女子寮に帰っちまった。今日はそのまま女子寮で寝るって昨日メールが来た。」

 

朝食を食べながら、キンジ君に昨日聞けなったことを聞きます。

…今度は、優しいゆっくりとした雰囲気の中で。

 

「…では、ボディガードはどうしましょうか?」

「うーん…まぁ、一応アドシアード終了まで続ける約束だし、俺は続ける。詩穂はどうするんだ?」

「キンジ君が続けるのなら、私も続けますよ。」

 

アリアさんも動いてくれているはずですしね、と心の中で付け足します。

…アリアさんの言葉。

「アドシアードに、アイツは来るわ。」

 

…今日からアドアシード。

アリアさん…。

信じていますよ?

 

私はそのままキンジ君に質問を続けます。

 

「…昨日の夜、何かあったんですか?」

「それ、は…。」

 

キンジ君は少し顔を赤くして、俯いてしまいました。

…あれ?

今、彼を赤くさせるような発言をしましたっけ?

 

「…ただ、白雪と花火をしてきた。それだけだ。」

「…してきた?見てきた、ではなくてですか?」

「ああ。それだけ、だ。」

 

キンジ君は少し長めに溜めた後、それだけを言いました。

…はっ!

も、もしかしたら…!

 

 

~~詩穂の妄想タイム~~

 

 

花火が上がる空、2人は見つめあった…。

 

「キンちゃん、私…!」

「白雪…!もう、我慢できない…!」

 

人の姿が見えない場所で、お互いはお互いの体を求め合う。

熱っぽい瞳が交差する。

キンジはとうとう白雪を押し倒し…。

 

「キンちゃん、キンちゃん…!」

「白雪…っ!」

 

こうして夜は更けていく…。

 

 

~~終了~~

 

 

な、なんて事があったとするなら…!

 

勢い余って襲ってしまったキンジ君が昨日イラついていたことも納得できますし、今彼が顔を赤くしていることも納得できます…!

 

しかも白雪さんが恥ずかしがって寮に帰ってしまったとするなら、これにも納得できてしまいます…っ!

 

「な、なな…き、キンジ君…!」

「…?どうした?」

 

あくまでとぼけるつもりのようです…!

こ、これは…アウトです!

超アウトです!

 

「とぼけないでください…!昨日の夜…ヤッちゃったんでしょう!?」

「…は?やった?何をだ?」

「だ、だから白雪さんとセ…って何言わせるんですか!」

 

赤くなった顔も気にせずにガタッとイスから立ち上がります。

 

「未成年なんですよ!?高校生なんですよ!?アウトですアウトです!へんたいです、きょうわいです、さいてーですーっ!」

「お、落ち着け詩穂!何がなんだかわからんが、多分違う!」

 

…その後。

私は完全に間違っていたことを冷静になってから理解するのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アドシアード本番。

私は忙しく『客捌き』をしていました。

 

「アドシアード狙撃競技(スナイピング)の競技会場は西のドアですー!」

 

マスコミの人やお客さんが怒涛の勢いで押し寄せてくるのを、文字通り『捌き』ます。

 

「と、トイレですか?トイレならあそこのホールのところです!」

 

しかしまあ、人が来るわ来るわです。

シフトとしては16時までなので頑張れますが…。

 

現在は14時。

あと2時間です…!

 

「記者の方や撮影の方は講堂のゲートを通ってください!」

 

………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つ、疲れました…。」

 

アリアさんに言ってはならないと言われている言葉も、今ばかりはこぼれてしまいました。

私はようやく長い『客捌き』を終えて、校内のベンチに座っていました。

 

…そういえば、白雪さんのボディガードはどうなったんでしたっけ?

…とりあえず白雪さんの仕事を邪魔しないように、今日のアドシアードが終わった後に白雪さんからメールをもらうようにキンジ君が言ったんでしたっけ?

 

…じゃあ、大丈夫…でしょうか?

 

…嫌な胸騒ぎがします。

今、白雪さんは誰のガードも受けていない…ということです。

そして、アドシアードに来るはずの『魔剣』…!

 

私は嫌な予想が当たらないことを祈りつつ、走り出しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

案の定、委員会室には白雪さんの姿は見えませんでした。

委員会の人たちは「白雪さんが急にいなくなって困っている。」とオロオロしています。

 

…嫌な予想は、大概当たるものです。

 

私は委員会室を出ると、闇雲に校内を走り回りました。

 

 

 

 

 

ピピピピピ。

 

…16時半ごろ。

不意に、ケータイが鳴りました。

 

…武偵高からの周知メール。

嫌な汗が背中に流れるのを感じつつ、震える指で内容を開きます。

 

内容はただこう書かれていました。

 

『星伽白雪が失踪した模様。ケースD7』

 

背筋が凍りました。

…最悪の事態のようです。

 

ケースD7。

ケースDとは、アドシアード期間中の事件の発生を意味します。

そして、D7…。

これは、事件かどうかは不明瞭であり、極秘裏に解決すること。また対象の安全のためにみだりに騒ぎ立ててはならない…という意味です。

 

…これは、失踪ではない。

アリアさんのカンを信じるなら、これは『魔剣』による白雪さんの誘拐…!

 

でも、どうやって?

学生とはいえ、たくさんの武偵がいる中そう簡単に誘拐などできるものでしょうか?

 

…今は、そんなことはどうでもいいです…!

 

白雪さんを、探さないと…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし当てが無いことには変わりありません。

とりあえずキンジ君と合流することにしました。

キンジ君の今日の持ち場は確か…講堂の前のゲートのはず。

 

…ピピピピピ。

 

急いで向かっていると、またもやケータイがなりました。

こ、今度はなんでしょうか…!?

 

ケータイを取ってみると、電話のようです。

掛けてきた主は…叶さん。

 

「…もしもし、叶さんですか!?」

「ああ。…D7、だそうだな。」

「は、はい。」

「これだけ言わせてもらう。…地下倉庫だ。」

「…地下、倉庫…?」

「ああ。あとはもう手出しは出来ない。…じゃあな。」

「え、あっあの!」

 

私がどうこう言う前に、叶さんはさっさと電話を切ってしまいました。

…地下倉庫。

 

武偵高3大危険区域の1つ…!

叶さんの電話はおそらく…白雪さんのいる場所でしょうか?

でも、どうしてそんなことが…。

 

…今はそんな場合じゃありません。

とにかく危ない、です!

 

私はキンジ君との合流も忘れ、地下倉庫へと向かいました…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地下倉庫は地下深くまで続いている多層式の倉庫です。

地下2階よりも下は水面よりも下の位置にあります。

 

私はとりあえずエレベーターを使って、最も深いところまで行くことにしました。

そして深いところから順に探していきます。

 

エレベーターは…動いているみたいです。

緊急用のパスワードを打ち込み、すぐさま下の階へ。

 

…ウィーン……。

 

地下3階…4階…。

どんどん降下していきます。

 

5階…6階…。

 

…ガターン!

 

「…えっ?」

 

急に、エレベーターの駆動音が止まりました。

…エレベーター内部のランプは…7階を点灯したまま動きません。

 

「…そ、そんなっ!こんなときに…!」

 

混乱の最中、更に厄介な事態になりました。

 

バチ…バチバチ…。

 

エレベーター内部の電気が、消えました。

すぐさま赤い非常用の電源が入りますが…。

これはおそらく、電源が落ちてしまったことを意味します。

 

これでは、脱出はほぼ不可能に近いです。

…白雪さんが、危ないのに…!

 

…いえ。

絶望している暇はありません。

こんなところはとっとと脱出して、彼女を助けないと…!

 

周りを見渡すと…上に、通気のための鉄格子があることを発見しました。

…あれを、何とかして開ければ…!

 

…でも、どうやって?

鉄格子を開けるなんて、道具でもないと無理です。

…そ、そんな…。

折角なんとかなると思ったの…に。

 

…開けられるとしたら、ただ1つ。

私は背中に忍ばせてある日本刀を取り出しました。

 

…この刀なら、ぶった切れるかもしれません…。

 

…イチかバチか…。

失敗したらおそらくこの刀は強烈な刃こぼれで使えなくなってしまう可能性があります。

 

 

それぐらい…全力で!

 

「私は…白雪さんを助けるんです!」

 

私は!

 

「友達の、ライバルのピンチを!」

 

全力で…!

 

「たすけるんだぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――そのとき――

 

――この刀が赤く、緋色に――

 

――光ったことを――

 

――私は、きっと忘れない――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気が付くと、その鉄格子は見事に四角く切り取られ。

小柄な人が1人くらいなら通れる大きさになっていました。

 

「…よし、これなら…!」

 

私は懸垂の要領で上に上がると、非常用の鉄のはしごを使って進むのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…地下7階。

地下倉庫の最下層です。

…ここから、虱潰しに探していくしかありませんね…。

 

と、少し気合いを入れて足音を消しつつ歩くと…。

…かすかに、人の声が聞こえました。

 

…あたり、ですね。

7階の中でも特に火薬の多い大倉庫と呼ばれる場所に…。

誰かが、いるようです。

 

少しずつ近づいていくと、言い争うような声が聞こえてきました。

 

片方は、白雪さん。

いつものような慎ましやかな雰囲気は無く、怯えた声です。

 

そしてもう片方は…女の人の声。

なぜかくぐもって聞こえるその声は、一瞬ながらとても綺麗な声だと感じました。

まさか、この声の主こそが…『魔剣』…!?

 

静かに近寄ると…話が聞こえてきました。

 

「…、お前の力を持っていってやろう。…イ・ウーに。」

「…私は、そんなところにはいかない。」

 

…イ・ウー。

『魔剣』。

 

…どうやら確定のようです。

『魔剣』はどうやら、白雪さんを連れて行こうとしているのでしょうか…?

 

「…ふん。遠山キンジよりも先に、臆病者が来るとはな…。」

 

心臓が止まるかと思うくらい、びっくりしました。

…その声は、確実に白雪さんから私のいる方向に向いていました。

 

…そんな、気配はしっかり消していたはずなのに…!

 

「まぁ、お前如きが来たところで何も問題は無いが…。姿を現したらどうだ?」

 

どうしよう、どうしよう…!?

ま、まだです。

まだ焦ってはいけません。

 

考えろ…どうすれば白雪さんを助けることが出来るでしょうか?

 

…突撃?

私よりおそらく強いと思われる『魔剣』に?

 

…不意打ち?

彼女はこちらの存在に一瞬で気付くほどの実力者なのに?

 

…逃走?

エレベーターの電源が落ちている今、どうやって?

 

…『魔剣』は策士。

策士を名乗るほどなら、きっとどんな状況でも想定し、あらゆることに対処しようとするはずです。

…じゃあ、予想外の事が起きれば?

 

私は角を飛び出し、そして…白雪さんのほうとは全く別方向の、棚のほうに走り出しました。

 

…私の予想では。

おそらく、『魔剣』は白雪さんにすら姿を見せていないと考えました。

なぜなら、白雪さんの声が割りと明瞭に聞こえてくることに対し、『魔剣』の声はくぐもって聞こえたから。

 

…すなわち、『魔剣』はおそらく棚を1つほどまたいだ向こう側にいる、と考えたのです。

 

「…ほう。」

 

予想通り、その声は私が向かった先の棚の向こうから聞こえてきました。

…その正体を、暴いてやる…!

 

これこそが私の狙った『魔剣』への挑戦状…!

 

「詩穂!来ちゃダメ!武偵は超偵に勝てない!」

 

白雪さんの、切羽詰った声が聞こえると同時に。

パキッと、地面から音が鳴りました。

 

「…え?」

 

私が気が付いたときはもう遅く。

私は何かに足を取られて、派手に転んでしまいました。

 

「…お前もつくづく運が無いな。私がいくつか適当に仕掛けておいた罠におめおめ引っかかるとは…。」

 

棚のほうから聞こえる『魔剣』の声を無視して足のほうに目を向けると…。

靴が、足ごと凍って床に張り付いていました。

 

「…な、なんですか…これ…。」

 

い、一体何があったというのでしょうか?

化学反応?

それとも過冷却?

 

意味がわからずに、ただ呆然と氷に縫い付けられてしまった足を見ます。

 

「…まぁ、いい。お前にもエサになってもらうぞ…。」

 

私は急に背後から聞こえた声に驚き…。

そして、後ろを振り向く前に黒い何かで目隠しされてしまうのでした…。

 

 

 

あれ?

私、ピンチですか?




読了、ありがとうございました。


今回はvs魔剣の最初のほうまででした。
戦闘描写が恐ろしく苦手なので、vs魔剣をどうやって書こうものか…。

そして今回はやたらと場面の切り替わりが多かったです。
言い換えるとスペースばかりで読みにくい、ということです。

…もっと上手くまとめられるように頑張ります…。


感想・評価・誤字脱字の指摘・作者または詩穂への罵倒などを心よりお待ちしております。


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第17話 ゆうじょうはたいせつです

第17話です。


…いえ、もう本当に。
本当に申し訳ありませんでした!

更新が全くできずに、お待たせしてしまい申し訳ありませんでした!

…お待ちしていてくださる方が本当にいらっしゃるのでしょうか?
もう忘れられている可能性のほうが高いですね…。

とにかく、申し訳ありませんでした!

…毎回の前書きで謝っている気がします…。






今回はキンジ視点からスタートです。


白雪が捕まったことに気付き、俺はレキの協力も得て地下倉庫まで来ていた。

 

迂闊だった。

白雪に脅威が迫っていることはアリアが散々いっていたことだし、俺だって一応警戒はしていた。

つもりだった。

 

しかし、心の底では『魔剣』などいないと思い込んでいたのかもしれない。

詩穂ですらいることを前提に動いていたのだ。

 

俺は…アリアを信用してやれなかった。

そして、俺のことを心から信頼してくれていた白雪すら裏切ったのだ。

 

俺は音を立てないように地下倉庫7階を走りつつ、己の失態を悔やむ。

 

だが、今は悔やんでいる暇は無い。

白雪を、助けないと…!

 

 

 

 

 

 

闇雲に探していたが、割とすぐに発見できた。

地下倉庫の中でも危険な火薬ばかりが置いてある大倉庫と呼ばれる場所…。

 

そこで複数の声が聞こえた。

 

気配を殺しながら、静かに近寄る。

そして緊急用赤色灯で一際赤く光るバタフライナイフを鏡代わりに…様子を窺った。

 

そして、目を疑った。

 

巫女装束に身を包んだ白雪。

これはある意味想定済みだ。

 

しかしもう1人の姿が見えてしまった。

 

…詩穂。

なぜかうつ伏せで倒れた状態で目隠しされている詩穂が、いたのだ。

 

しかもお尻をあげた不恰好な体勢で倒れているせいか、かわいらしい真っ白の下着まで丸見えである。

目隠しされた状態であの体勢だからか、ひどく扇情的だ。

あわてて目を逸らそうとするが…状況が状況だ。

なるべく詩穂の方は見ないように気をつけつつ、しかし無視できないものが見えてしまったので詩穂の方を見てしまう。

 

足が…凍っているのだ。

まるで床に縫い付けられているかのように靴ごと右足が凍っている。

アレのせいで…詩穂は不恰好に倒れたままなのだろうか?

 

会話を良く聞くために、曲がり角に身を寄せる。

すると、不明瞭だった会話が聞こえてきた。

 

「……、ちょっとこの体勢キツイんですけど。この氷なんとかなりませんか?」

「…能天気なものだな。お前は状況がわかっているのか?」

 

詩穂の声に答える、時代がかった男喋りの女の声が棚の向こう側から聞こえた。

…こいつが、『魔剣』…!

 

実在していたなんて…!

 

「リュパン4世が遠山キンジと同じくらい茅間詩穂を警戒するように言っていたが…全くもって理由がわからないな。」

 

リュパン4世…理子。

理子のことを知っているとなれば、やはりイ・ウーのメンバー…!

 

兄さんのことを、殺した…!

俺の憧れで、尊敬の対象で、崇拝すらしていた…!

 

兄さんを…兄さんを…!

 

「…リュパン4世?…あなたも、イ・ウーのメンバーなんですね?」

 

頭に上りかけた血を、詩穂の声がかき消した。

その声はさっきまでの声とはあまり変わっていないが…しかし、意思があった。

 

…そうだ。

落ち着け、キンジ。

ここで冷静さを失ったら白雪も詩穂も危ないかもしれない。

…まだ、動くべきではない…!

 

「ああ。だから私は、優秀な原石である星伽白雪…お前を招待しに来たのだ。」

「…優秀な原石…。私は、そんなところ…!」

 

『魔剣』の発言に白雪が怯えた声をあげる。

しかし、詩穂がその怯える声をかばうように言葉を続けた。

 

「…招待。つまり、あなたは白雪さんの力が…欲しい、ワケですね?」

「そうだ。その優秀な力を手に入れる。」

 

詩穂の声に、少しだけ力が入った。

これは…詩穂なりに状況を何とかしようとしているのだろう。

 

おそらく、『魔剣』の隙を見つけようとしている。

 

ならばなおさら俺が動くわけにはいかない。

詩穂が作り出そうとしているチャンスを…見逃さない、ためにも。

 

「でも、どうして欲しいのですか?『魔剣』さんは見た限り、その力があれば充分強いはずですよね?それなのに、必要なんですか?」

「欠陥品にしか守られていない原石に…手が伸びるのは、当たり前だろう?」

「うぐっ、欠陥品とまで言われてしまいましたか…。」

 

詩穂はおどけたように言ってはいるが…その言葉に、まだ意思が宿っている。

…『魔剣』の意識が、白雪から詩穂若干に移った。

 

「じゃあ、この氷ほんとにどうにかしてくださいよ…。足が変な方向に曲がっちゃいますし、冷たくて凍傷起こしそうなんですが…。」

「……呆れてものも言えんな。」

 

はぁ、と『魔剣』が棚の向こうで溜息をついた。

…この瞬間に、悟った。

今なら…いける!

 

「白雪逃げろ!」

 

何も束縛が見当たらない白雪に注意を呼びかけつつ、俺は走り出した。

 

「キンちゃん!?」

「キンジ君!?」

 

2人は驚くように声を上げ、そして…。

 

「無駄だ。貴様如きでは届きすらしない。」

 

と、棚の向こうから飛来する何かと共に声が聞こえた。

そして、俺の足元に…。

 

ダンッ!

と何かが飛来しぶつかった。

 

「うおっ!?」

 

俺はその何かに足を取られ、前につんのめる。

足元の床には、綺麗に湾曲した刃物が突き刺さっていた。

 

これは…ヤタガンと呼ばれる、銃剣の先に付けるフランスの小型の剣だ。

 

「これは『ラ・ピュセルの枷』…。お前はもう、動けない。」

 

『魔剣』の声と同時に、剣の先から…。

パキ、パキ…と白いものが広がってきた。

 

これは…氷!?

 

「…!キンちゃん!その場から離れて!」

 

白雪が焦るように俺に注意を促すが、時既に遅し。

足が、氷によって床に縫い付けられていく。

立ち上がろうとした肘や手にも氷は到達し…。

 

ついに俺も詩穂と同じように起き上がれなくなってしまった。

 

何が、どうなっている…?

これが『魔剣』の仕業であることに間違いはなさそうだ。

しかし物理現象を無視したその光景に動揺は収まらない。

 

「我が一族は光を纏い影の裏をかく…それはすなわち、策を策で葬るもの。その私に、安易な策など、通じない。」

 

『魔剣』の声だけが響き、そして…。

フッ、と非常灯の光が消えた。

 

そして、完全に包まれた闇の中で…。

 

「い、いやっ!何をするの!?」

「ちょ、痛い痛いです!」

 

ジャリジャリ、ベキベキという音と共に白雪と詩穂の声が上がる。

前者は何らかの金属音。

後者は、おそらく氷を床からはがす音。

 

俺は…床に縫い付けられたまま、身動き1つ出来ない。

 

2人の声は聞こえなくなり、しかし金属音だけはジャリジャリとなり続ける。

白雪と詩穂に何かがあったのは間違いないだろう。

だが、俺は動くことすらままならない。

 

…事態を、悪化させてしまった。

 

俺は、また…!

何も考えずに…!

 

シュッっと空気を裂く音が聞こえた。

…先程の銃剣がこちらに飛んでくる音だとすぐに理解し、同時に死を直感した。

 

ギンギンッ!

 

しかし、それを高い金属音が遮った。

…死んで、いない?

 

「バトンタッチね、キンジ。」

 

特徴的なアニメ声に、振り返ると…。

 

「アリア!?」

「…ふん。ホームズか。」

 

と同時に、倉庫に明かりが灯っていく。

パッパッパッ…。

 

暗闇だった倉庫は、アリアの登場に呼応するように晴れやかに光を取り戻していく。

明るくなったことで状況が把握できるようになり…そして、白雪と詩穂の姿が見えないことに気付いた。

2人とも、棚の向こう側へと引きずられてしまったのだろう。

 

火薬棚の隙間から『魔剣』が再び銃剣を放つが…。

 

ギン!ギギン!

 

「何本でも投げてくれば?こんなんバッティングセンターみたいなものだわ。」

 

小太刀を構えたアリアに、そんなものは通用しなかった。

2本の小太刀を構え悠々と立つ姿は天下の鬼武偵にふさわしい。

 

がちゃん…

 

と少し遠くの扉が閉まる音が鳴り…。

大倉庫は静寂に包まれた。

 

「…逃げたわね。」

 

その場が一旦収まったことに、俺は安堵した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キンジ→詩穂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は目隠しをされた後、氷に縫い付けられてしまった右足はそのままに両手をも縛られてしまいました。

…右足が凍ったまま倒れこんでいるので、正直体勢がかなりきついです。

というかお尻を持ち上げていないと足に負担が掛かってしまいます。

 

…という場合では、無いようですね。

 

私が変に飛び出していったせいで、事態は確実に悪化しています。

しかし…まだなんとかなる可能性は残されています。

 

先程走りこんだ時、白雪さんの姿を確認しましたが…。

何の拘束も受けていなかったように感じられたのです。

 

『魔剣』が棚の裏から銃を向けている可能性も否定できませんが…。

白雪さんは、今逃げることが不可能ではない状況に立っているということです。

 

さあ、どうする、詩穂?

 

考えろ…。

頭をフル回転させて、少しでも状況を改善するんだ…!

 

『魔剣』の先程の言葉。

 

「お前にもエサになってもらうぞ。」

 

このことから、私も…そして白雪さんも、エサに過ぎないという可能性が出てきます。

つまり私や白雪さんと関係性があって、かつイ・ウーとも関係性が高いと思われる人物をおびき出すことが…狙いである、はずです。

 

…可能性として考えられるのは。

アリアさんかキンジ君でしょう。

 

しかしキンジ君はおそらくまだイ・ウーに深く関わっていないはずです。

つまり狙いはアリアさん…でしょう。

目的はどうであれ、『魔剣』はアリアさんをここに呼び出そうとしている…。

 

では、どうすればいいでしょう?

…答えは明白。

白雪さんがここから逃げ出すことが出来れば、白雪さんも…そして私も助かる可能性が高いです。

白雪さんがここから逃げ出せれば、『魔剣』はエサを1つ失うことになります。

つまりアリアさんが…助けが来るまで私が『魔剣』に殺されてしまう可能性が低くなると思われます。

 

じゃあどうやって白雪さんを逃がしましょう?

白雪さんが何の拘束も受けていないとすれば…。

 

『魔剣』の意識が一瞬でも別のほうに向けば。

白雪さんはAランクの優秀な武偵です。

状況が変われば、きっと逃げ出してくれるはずです…!

 

なら、私がやるべきことはただ1つ。

 

「…『魔剣』さん、ちょっといいですか?」

「……なんだ。」

 

『魔剣』の意識を…!

私に移させる…!

 

「ちょっとこの体勢キツイんですけど。この氷なんとかなりませんか?」

「…能天気なものだな。お前は状況がわかっているのか?」

 

『魔剣』が私の質問に反応してくれたことに、勝機を見出しました。

…いける!

 

「リュパン4世が遠山キンジと同じくらい茅間詩穂を警戒するように言っていたが…全くもって理由がわからないな。」

 

…不意に理子ちゃんの名前が出ました。

と同時に、理子ちゃんの生死を、安否を問いだしたい気分に駆られます。

 

…今は、我慢です。

流されたら…チャンスが、消えてしまう…!

 

「…リュパン4世?…あなたも、イ・ウーのメンバーなんですね?」

 

私はまるで今気が付いたかのように『魔剣』に語りかけます。

…ここら辺からはもう気を抜けません。

私は少しでも多くの情報を白雪さんに掴んでもらうため…カマをかけてみることにしました。

 

不確かな情報を、確かなものにする。

それはとても重要なことです。

 

なぜなら。

 

情報を制したものが。

 

戦いを、制するのですから。

 

「ああ。だから私は、優秀な原石である星伽白雪…お前を招待しに来たのだ。」

「…優秀な原石…。私は、そんなところ…!」

 

白雪さんが怯えた声を上げます。

…少しでも『魔剣』の意識が白雪さんに行かないよう、私は言葉を畳み掛けます。

 

「…招待。つまり、あなたは白雪さんの力が…欲しい、ワケですね?」

「そうだ。その優秀な力を手に入れる。」

 

いいえ、違います。

あなたの目的は、白雪さんではない…!

でも、その言葉をぐっと堪えて、カマかけを開始します。

 

「でも、どうして欲しいのですか?『魔剣』さんは見た限り、その力があれば充分強いはずですよね?それなのに、必要なんですか?」

「欠陥品にしか守られていない原石に…手が伸びるのは、当たり前だろう?」

「うぐっ、欠陥品とまで言われてしまいましたか…。」

 

…否定、しませんでした。

つまり『魔剣』かが何らかの力を持っていることは、ほぼ確定したわけです。

そしてそれはおそらく床を凍らせたこの力、です…。

 

ふと、理子ちゃんのゆらゆらと蠢く髪の毛を思い出しました。

…きっと、あんな感じの言葉では説明できない力なのでしょう…。

 

『魔剣』の意識が、私の会話に向けられていくのを感じます。

…あと、少し…。

 

「じゃあ、この氷ほんとにどうにかしてくださいよ…。足が変な方向に曲がっちゃいますし、冷たくて凍傷起こしそうなんですが…。」

「……呆れてものも言えんな。」

 

もう一言か二言ぐらいで、意識が私に移る。

そう確信した瞬間。

 

「白雪逃げろ!」

 

なぜかここにいないはずの声が上がりました。

 

「キンちゃん!?」

「キンジ君!?」

 

白雪さんも同時に声を上げました。

 

…どうして!?

どうしてキンジ君が…!?

 

「無駄だ。貴様如きでは届きすらしない。」

 

混乱のせいで頭が回らない中、『魔剣』の余裕の声が聞こえました。

そして…。

 

ダンッ!

 

という音と。

 

「うおっ!?」

 

というキンジ君の叫び声が上がります。

 

そして、すぐに。

パキ、パキ…。

と先程私が体験した音が聞こてきます。

 

私は直感でキンジ君も私と同じ目にあっているのが理解できました。

 

「これは『ラ・ピュセルの枷』…。お前はもう、動けない。」

 

『魔剣』が決め台詞のような事を口走り…。

 

「…!キンちゃん!その場から離れて!」

 

白雪さんの切羽詰ったような声も聞こえました。

 

…わからない。

何が起きているのか、もうわからない、です…!

 

目隠しされたかりそめの暗闇が。

フッ、と深くなった気がしました。

部屋が…暗く、なったのでしょうか?

 

「い、いやっ!何をするの!?」

 

今度は白雪さんの悲鳴のようなものが聞こえました。

そして数瞬後。

 

私の腕が、何者かに強引に引っ張られました。

 

「ちょ、痛い痛いです!」

 

ベキベキ、と足の氷も私の体と一緒に強引に引き剥がされていきます。

…そして。

 

「…んむっ!?」

 

口にまで布を巻かれ、とうとう言葉さえ発することが出来なくなってしまいました。

 

…私は誰かに担がれているのを感じながら。

目も言葉も両手も封じられ、何も出来ないのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…私は結構長い時間担がれ、目隠しのせいで場所もわからないままドサッと降ろされました。

と同時に口を封じていた布が解かれます。

 

「…大丈夫?詩穂。」

 

…聞こえてきたのは、白雪さんの声でした。

 

…え?

白雪、さん?

 

「…白雪さん?あの、『魔剣』は?」

「危なかったよ。『魔剣』が私を鎖で捕まえようとしたけど、なんとか逃げ切れたんだ。」

 

つまり、私を担いで白雪さんは安全なところに避難してきてくれた、ということでしょうか?

…嬉しいですが…なんでしょうか?

嫌な予感が、頭から離れません。

 

白雪さんは目隠しも解いてくれます。

 

…目の前にいるのは、やっぱり白雪さんです。

 

「あ、ありがとうございます。とにかく一旦外に脱出しましょうか?」

「…ううん。私は『魔剣』を何とかしなきゃ。」

 

…やっぱり。

何か、違和感が…。

今の発言に加えて、白雪さんの態度も。

 

今さっきまで『魔剣』に怯えた声を出していた白雪さんが…どこか勇ましい雰囲気を出して『魔剣』を何とかする…だなんて言うでしょうか?

 

そもそも白雪さんなら、「キンジ君を助けに行く」という表現をするはずです。

 

…この白雪さんは…本当に、白雪さんなのでしょうか?

でも、姿も声も白雪さんです。

 

「…キンジ君は、いいんですか?」

「え?ああ、キンちゃんも助けてあげなくちゃね!」

 

まるで今気が付いたような言い方をします。

…いえ、でもやっぱりどんなに目を凝らしてみても白雪さんです。

 

じゃあ、キンジ君みたいに性格の変わる何かがあるのでしょうか?

…でも、そんなトリガーになるようなことはあったでしょうか?

 

…知りたい。

この白雪さんがどうであれ。

 

この違和感の正体を、私は知りたい…!

 

「…白雪、さん。…どうして巫女服なんですか?」

「…『魔剣』に、言われたんだよ。私が来ないとキンちゃんを殺す、って…。」

 

白雪さんは少し震えるような声を出しながら言います。

…今の発言は、自然に聞こえますね。

 

「…さっきの『魔剣』の氷も白雪さんが剥がしてくれたんですか?」

「うん。ごめんね、だいぶ強くしちゃったから…。痛くなかった?」

 

今のは、ちょっとおかしいですね。

白雪さんは仮にも私をライバルとしてみています。

…こんな優しい言い方を、するでしょうか?

それとも…ただの疑心暗鬼?

 

「いえ、剥がすときは痛みましたけどもう大丈夫です。」

「そう?良かった…。私、ちょっと疲れちゃったから少しここで休むね。」

 

白雪さんはそう言うと、その場に座り込みました。

 

…この時ようやく、自分がどこにいるのかを認識しました。

ここは…いつのまに階を上がったのか、地下6階。

そこに大量に配置してあるスーパーコンピューター…。

 

ここは、スーパーコンピューター室。

 

たくさんのコンピューターが立ち並ぶ、まるで近未来世界に迷い込んでしまったかのような感覚に包まれる場所です。

…先程の火薬棚よりは危険を感じません。

 

そして、今私と白雪さんがいる場所は…エレベーターホール。

コンピューターが多すぎて迷路のようになっているコンピューターエリアの中でも比較的広くて身を隠す場所はありません。

 

…なぜ、『魔剣』を恐れていたはずの白雪さんはこんなところに逃げてきたのでしょうか?

なぜ、Aランクの優秀な武偵である彼女は敵に襲われる可能性のある場所で休息を取ろうとしてるのでしょうか?

 

…考えれば考えるほど沸いてくる、違和感。

 

…知りたい。

暴きたい…!

 

「…白雪さん。そういえばこの前のケーキ、おいしかったです。こんな場面で言うことじゃありませんけれど…ありがとうございます。」

「ううん、いいよお礼なんて。どういたしまして。」

 

ダウトです。

私は彼女からそもそもケーキ…いえ、プレゼントなんてもらいません。

というか私を毛嫌いしている白雪さんが私にプレゼント?

ありえません。

 

「…そういえば白雪さん、ケーキで思い出したのですが今度教えてもらう料理って…なんでしたっけ?」

「え?うーん、なんだったっけ…?」

「……あ、グラタンでしたよね?」

「あ、そうそう!グラタンだよ。『魔剣』を捕まえたら教えてあげるね。」

「はい。よろしく、お願いします…。」

 

ダウトです。

私が次に彼女に教えてもらうのはグラタンではなくカルパッチョです。

…いよいよ怪しくなってきましたね。

白雪さん…いえ、『彼女』も私の現状にそぐわない発言に訝しげな表情を作ります。

 

…さぁ、今こそ化けの皮を剥いで…。

 

…いいえ。

よく、もっとよく考えてみましょう。

私は一旦『彼女』から目を逸らし、周りのコンピューターを眺めながら考えを整理してみることにしました。

 

例え仮にこの白雪さんが本物ではなかったとして…。

 

それを暴いたら、どうなってしまうでしょうか?

…間違いなく私は無事ではすまないでしょう。

 

では、どうしましょうか?

 

この白雪さんが偽者である前提で情報を整理してみましょう。

 

『彼女』が偽者であるなら、どこかに本物の白雪さんがいるはずです。

キンジ君もまだこの地下倉庫のどこかにいるはずです。

…アリアさんもきっと動いているはずです。

 

つまり、私に出来ることは…時間稼ぎ。

『彼女』をここから移動させなければ、少なくともキンジ君たちに行く被害は少なくなるはず、です。

 

…もう心の中では確信しています。

『彼女』こそ、『魔剣』。

 

おそらく何らかの変装や変声術を使って白雪さんに化けている…。

普段人の気配が無い地下倉庫に他の一般生徒がいる可能性はかなり低いです。

つまり私が上手く動けば被害は最小限に収まるはずです。

 

また、ここは比較的広いエレベーターホール。

アリアさんとキンジ君と白雪さん…。

この3人が集まってくれれば『魔剣』を捕らえることは余裕なハズです。

 

よし、私のやるべきことは決まった…!

今こそダメ武偵が役に立つときです…!

 

私は心を決め、『彼女』のほうに振り返ります。

 

…そして。

 

「…え?」

「…え?」

 

目の前の光景に、唖然としました。

 

「…は?」

「…は?」

 

まるで鏡のように私の言葉を反芻する、『彼女』。

 

「…ええ!?」

「…ええ!?」

 

そこには。

 

紛れも無く…。

 

『私』が、驚いたような顔でポニーテールを揺らしているのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩穂→キンジ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はなんとか白雪を鎖から救出し――その過程でヒステリアモードになってしまったわけだが――1つ上の階のスーパーコンピューター室に来ていた。

 

水に足を取られる白雪を補佐しながら、歩みを進める。

まるで迷路のようなコンピュータに囲まれた通路を足音を殺しながら進み…。

 

「……キンジ。」

 

先に上に行ってもらっていたアリアと、鉢合わせをした。

 

「…良かった、無事に白雪を助けられたのね…。」

「何とかね。アリア、『魔剣』は?」

「まだ見つけてないわ。この階にいることは確かなんだけど…。」

 

アリアは俺と白雪の姿を確認し、ホッと安堵した表情を作った。

『魔剣』の事を聞いてみると、まだ交戦はしていないようだった。

 

確かにこの階から上に続く扉やエレベーターは全て破壊されていたからな。

あと調べていないのは…エレベーターホールぐらいだ。

 

「…アリア。その…助けに来てくれて、ありがとう。」

 

白雪が少し照れながらも…真摯にアリアに礼を言う。

もちろんアリアは面食らった顔をしたあと、顔を真っ赤にしながら。

 

「べ、別に依頼だから助けただけよ!あたしの目的は『魔剣』の逮捕!別に感謝されることなんて無いの!」

 

しかし…まだ完全に安心したかというと、全然そんなことは無い。

詩穂…おそらく、『魔剣』に連れ去られてしまった詩穂が、未だに見つからないのだ。

 

「…まだ詩穂の安全を確保できていない。それに、『魔剣』に人質を取られている可能性だって充分考えられる。…急ぐぞ。」

「うん!」

「言われなくてもそうするわ!」

 

2人の頼れる声を聞きながら、また捜索へと向かった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エレベーターホールの近く。

そこで聞きなれた声が聞こえた。

 

「……、だから!私ですって!」

「…、違います!私なんです!」

 

…詩穂の、声だ。

しかし何かがおかしい。

同じ声が、言い争っている…?

 

「…様子がおかしいわ。」

「うん。まるで1人でケンカしてるみたい。」

 

アリアと白雪も違和感に気付いたのか、疑問を顔に浮かべている。

…しかし、ヒステリアモードの聴覚がその声の正確な位置を捉える。

 

…2つの詩穂の声は、別々の場所から聞こえている…!

 

「…とにかく行ってみよう。2人とも、戦闘態勢を維持してくれ。」

 

俺は2人の盾になるように前へ出て、エレベーターホールに入っていく。

 

…そして。

なんとなく予想はしていたものの、やはり驚くべき光景が目の前に広がっていた。

 

「私が、本物です!」

「いいえ、私です!」

 

…2人の詩穂が、言い争っていたのだ。

 

「…え?これ、どういうこと…?」

 

後ろから入ってきたアリアも思わず呆然とする。

 

すると2人の詩穂はこちらに気付いたのか、同時にこちらに首を回した。

 

「…キンジ君!良かった、来てくれたんですね!」

「アリアさんも白雪さんも、無事でよかったです!」

 

2人は全く同じ仕草で喜び、こちらに歩いてくる。

…なんだ?

一体、何が起きている…?

 

2人の詩穂は俺の数歩前で立ち止まると、今度はお互いに向き合いながら言い争いをはじめた。

 

「…キンジ君!コイツが『魔剣』です!私に化けてるんです!早く捕まえましょう!」

「違います、コイツの言葉を信じちゃいけません!コイツが本物の『魔剣』なんです!」

「なっ…!ち、違います!私が本物なんです!」

「ウソです!私が本物です!」

 

2人の詩穂は全く同じ動作で腕を真上にピンと伸ばし、ワーワーと口々に叫びだした。

 

…どちらかが『魔剣』であることに間違いは無いようだ。

どうにかして判別は付かないだろうか…?

 

しかしこの瞬間、詩穂が女性であるが故に、ヒステリアモードの目が捉えた。

片方の詩穂の胸が…もう片方より、大きいのだ。

 

…どっちが本物かは、悲しい理由だがわかってしまった。

小さいほうが正解である。

 

「…2人とも、一旦離れてくれ。」

「「…はい。」」

 

2人は俺の命令に割りと素直に従い、ある程度距離をとった。

そして俺は、そのうち胸の大きいほうの詩穂に向かって…。

 

ガキュン!

 

と、発砲した。

『魔剣』もそのくらい想定済みだったらしく、体を捻ってさも当然の如く避ける。

そして『魔剣』はすぐさま距離をとり、バッと服の裾から筒のような何かを落とす。

 

「…ふん。やむを得まい。」

 

シュゥゥゥゥゥ…。

それはどうやら発炎筒だったらしく、もくもくと煙が巻き上がる。

むやみに突っ込むことはせず、詩穂の安全を確保した上で煙から離れた。

 

ぱっぱっぱ…。

と発炎筒の煙に反応してスプリンクラーが動き出す。

後に待機してくれていたアリアと白雪も周囲を警戒しつつ俺の元によってきた。

 

「詩穂、大丈夫?」

「あ、アリアさん…。ありがとうございます、助けに来ていただいて。」

 

アリアが真っ先に詩穂に安否を確認する。

詩穂はアリアが来ていたことに気が付くと、律儀にお礼を言った。

これでようやく…詩穂の奪還も成功したわけだな。

 

…さあ、『魔剣』。

そっちの駒はもう無い。

 

ここからが、勝負だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キンジ→詩穂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はなんとかキンジ君に本物であると見分けてもらい、無事救出されました。

…しかし、残念ながらまだ事態は収束していない模様です…。

 

とにかくこの煙が晴れるまでは小休止のようですね。

 

「…キンジ君、どうして私が本物だってわかってくれたんですか?」

 

私はキンジ君にとりあえず気になったことを聞いてみました。

するとキンジ君はとてもバツの悪そうな顔をしてから、優しい声で言いました。

 

「俺が、詩穂のかわいい顔を見間違えるはず無いだろう?」

「にゃっ…!?」

 

な、なななななんななな…!

なんで、こう余計な場面で口説いてくるんでしょうか…!

 

…って、あれ?

もしかして…。

 

「…アリア、さっき向こうで切っていたワイヤーを見せてくれ。」

「え?いいけど…。」

 

キンジ君は真面目な顔に戻ると、アリアさんにさっきのワイヤーなるものを要求しました。

…私のいない間に、色々起こっているみたいです…。

 

アリアさんは制服のポケットから細すぎて目を凝らさないと見えないようなワイヤーを取り出すと、キンジ君に渡しました。

 

「…あの、アリアさん?これは?」

「さっき大倉庫に『魔剣』によって仕掛けられてた罠よ。別にこの程度のチャチな罠に引っかかるはず無いんだけどね。」

 

アリアさんは少し呆れたように肩をすくめると、キンジ君のほうに向き直りました。

当のキンジ君はというと…。

 

「…白雪、こんな感じの罠をアリアのロッカーに仕掛けたことはあるか?」

「ううん。キンちゃんに誓ってそんなことはしてないよ。」

「…やっぱり、か。…不知火に花占いを見られたりはしなかったか?」

「それは…うん、見られました。キンちゃんに誓って。」

 

キンジ君に誓ったところで信憑性が上がるのかどうかはさておき、アリアさんの証言と食い違うことを白雪さんは誓いました。

…つまり。

 

「あの女、最初から今詩穂に化けていたように白雪にも化けて学校に潜入していたらしい。現に俺は不知火が白雪を中庭で見ている時間と同時刻に白雪を別の場所で目撃している。」

「…キンジ、あんた、まさか…なったのね!?」

 

キンジ君の素早い推理を聞いて、アリアさんの目が見開かれます。

…やはり。

キンジ君は今、『あの』状態になっているようですね…。

だとすれば、何らかの方法で『魔剣』の変装を見破ったことにも頷けます。

 

…このキンジ君と、アリアさんと白雪さん。

この3人なら…!

 

しかし、私の期待を嘲笑うかのように。

部屋の温度が、グンッと下がったように感じました。

 

「…私の一族は、火に滅ぼされかけた。だからこそ、『この力』を研究し続けてきたのだ…。」

 

不意に、エレベーター付近のだいぶ離れたところから『魔剣』の声が聞こえてきました。

『魔剣』の付近には、まだ晴れない煙と共に…。

 

銀氷(ダイヤモンドダスト)が、舞っていました。

 

その美しい光景を目が認識すると共に、部屋の室温がドンドン下がっていくのを感じます。

…あれが、『魔剣』の力…!

 

「我が一族は光を纏う聖女の振りをしながらも闇に身を隠す魔女の一族。私はその30代目。」

 

バッと煙が晴れ、そこに立つ『魔剣』の姿があらわになります。

西洋の甲冑に身を包み、そこにたたずむ少女。

その髪はまさに氷を体現したかのように銀色で、その鋭くも美しさを感じてしまう瞳の色はサファイア。

…古めかしい男口調には似合わない、美しい白人の少女が幅の広い洋剣を構えて立っていました。

 

「我が名は、ジャンヌ・ダルク30世。」

 

…ジャンヌ・ダルク…!?

ありえ、ないです…。

ジャンヌ・ダルクは15世紀、フランスとイギリスの100年戦争を勝利へと導いた、フランスの聖女です。

…しかし、ジャンヌ・ダルクは…!

 

「…う、ウソよ!ジャンヌ・ダルクは火刑で処刑された…!」

「ふん。アレは影武者だ。」

 

アリアさんは動揺しながらもしかし声を上げます。

しかし、『魔剣』…ジャンヌ・ダルク30世はその言葉を鼻で笑いました。

 

「…まぁ、アンタが何者でも関係ないわ。『魔剣』!アンタを逮捕する!」

 

アリアさんは叫びながら、単身飛び出します。

白雪さんがなにやら焦った顔をしますが、しかしアリアさんが止まるはずがありません。

 

アリアさんはまるで弾丸のように走りこみ、ジャンヌさんとの距離を詰めます。

30mは離れていたはずの距離が、一瞬にして0に近い距離に。

 

アリアさんは2本の小太刀で切りかかると、ジャンヌさんもその大きい剣で受けます。

 

「…無駄なことはしないほうがいい。私の聖剣デュランダルに、斬れないものは無い。」

「……!」

 

アリアさんは何かを感じ取ったのか、すぐに小太刀を引きバッとその場を離れました。

するとアリアさんの小太刀が凍り始め…その氷がパキパキとアリアさんの手元までやってきます。

 

アリアさんは小太刀をすぐに後ろに放り、今度はホルスターからガバメントを取り出します。

そして素早く銃口を光らせます。

 

バンッ!バンッ!

 

コルト・ガバメントは大型の銃。

それゆえ銃声も大きく、弾丸も大きいです。

 

しかしそれはジャンヌさんの剣に易々と弾かれます。

アリアさんは苛立ったように声を上げました。

 

「最近銃が効かないヤツ多すぎよ!」

「余計なことを言っている場合か?」

 

ジャンヌさんはアリアさんに負ける要素が無いと判断したのか、どんどんアリアさんを押し始めます。

 

…そこに、キンジ君が飛び込みました。

 

「……!」

「ただの武偵如きが!」

 

アリアさんは驚きながらも、キンジ君の動きに合わせて立ち居地を調節します。

アリアさんがジャンヌさんの剣を狙い、キンジ君がジャンヌさんの甲冑を狙います。

ジャンヌさんはどちらの弾丸も余裕の表情で捌きつつキンジ君に狙いを定めました。

キンジ君に走りこむジャンヌさんに咄嗟にアリアさんが足払いをかけますが、それも予想済みといわんばかりにジャンヌさんは平然と飛び越えます。

 

ジャンヌさんの剣がキンジ君を捉え…!

 

「……っ!」

 

…世界が、静止しました。

ジャンヌさんが驚きの表情を顔に浮かべ、キンジ君の目の前に着地しました。

 

キンジ君が、ジャンヌさんの剣を。

左手の人差し指と中指で、止めていました。

 

しかし、驚きの時間を素直に与えてくれるほど、我らがアリアさんは甘くありません。

 

「ていあっ!」

 

アリアさんはジャンヌさんの無防備な背中に回し蹴りを叩き込みます。

ジャンヌさんはサッと自慢の剣を手放し、しゃがむことでその一撃をかわします。

 

「…オルレアンの白夜…。」

「…なっ!?」

 

ジャンヌさんが何かを呟くと同時に。

 

彼女の聖剣デュランダルが、突如凍りつきました。

当然キンジ君の手も一瞬で凍り、キンジ君は思わず剣から手を放してしまいます。

 

こ、これは…!?

もう、疑いようがありません…!

 

これは、噂でしか知りませんですが…!

 

超能力者(ステルス)――!!

 

そして落ちてきた聖剣を難なく拾うと、そのままジャンヌさんは回し蹴りのせいで体勢の整っていないアリアさんに向かって…。

 

「ラ・ピュセルの枷。」

 

アリアさんの足元に、銃剣を放ちました。

当然のようにその銃剣を中心に床が凍りつき…アリアさんも足を床に縫い付けられてしまいます。

 

ガガガン!

 

キンジ君が無事な右手でベレッタを放ちますが…。

やはりジャンヌさんは剣で弾き返してしまいます。

 

「…クソッ!」

 

キンジ君はベレッタをフルオートに切り替え。

 

ババババババ!

とジャンヌさんに向かって連射しました。

 

これはさすがに捌けないのか、ジャンヌさんは後退しながらこれを避けます。

 

「キンちゃん!アリア!」

 

そしてこの隙に白雪さんが動きました。

ジャンヌさんとアリアさんの間に入るように体を割り込ませると、ジャンヌさんを威嚇するように睨みました。

 

私も流石にアリアさんを助けるべく動きます。

幸いにも白雪さんとジャンヌさんが睨みあって動かないので、私はアリアさんの足元に座り込むと氷をペリペリと剥がします。

 

…しかし、剥がし終えた途端にアリアさんは座り込んでしまいます。

 

「アリアさん!?」

「…く、ぅ…。」

 

アリアさんの両足を見ると、見事に凍傷を起こしていました。

かなり深いもののようで、アリアさんは立ち上がれそうにありません。

 

「…ダメ、か…。」

 

キンジ君も左手の氷を壊しながらこちらに来ますが…その左手は先程の氷のせいか握力が微塵にも感じられません。

さらにキンジ君も先程足を凍らされていたダメージが来ているのか、足取りが少々おぼつきません。

 

一気に劣勢になってしまいました。

 

キンジ君はおそらく一回くらいは動けるでしょうが、あまり戦闘を続けられるような状態ではありません。

アリアさんも足の凍傷と小太刀を失った状態でとてもではありませんが戦闘ができるとは思えません。

 

何とかできるとしたら…白雪さん、ただ1人。

でも、彼女は…。

 

「…し、白雪…さん…。」

 

白雪さんは…私の予想とは裏腹に。

 

その瞳に、闘志を燃やしていました。

 

「…ジャンヌ。悪いけど、私はもうあなたを逃がすことは出来なくなったよ。」

 

気が付くと、部屋の温度が元に戻っていました。

辺りを見回すと、お札のようなものがすぐ近くの壁に貼ってありました。

 

「ふん。イ・ウーで研磨された私をお前が捕らえることができるのか?」

「…どうだろうね。私はG(グレート)17の『超能力者』なんだよ?」

 

白雪さんは、超能力捜査研究科(SSR)に所属していたはずです。

…まさか…!

ジャンヌさんが『超能力者』であるように…。

白雪さんも、『超能力者』…!?

 

白雪さんの謎の発言、『G17』という言葉に…。

ジャンヌさんの表情が固まりました。

 

「…ブラフだ。G17など、この世に数えるほども存在しない。そもそも…お前は超能力は使えない。それが『星伽』を裏切ることになるのは…お前も理解しているはずだ。」

「…ジャンヌ。あなたは見抜けなかったね。」

 

白雪さんは髪をまとめていた白いリボンを解きます。

…同時に、部屋に強烈な緊張感が走りました。

 

「私は…キンちゃんがいる限り、どこまでも強くなれるんだよ。それに、私が許せないのは…!」

 

白雪さんが刀を構えます。

その構えは…不思議な、刀を頭上に高く掲げ刀だけを相手に向けたような。

奇怪で、独特で…しかし、どこかかっこいい構えでした。

 

「私の友達を、大切な人を、ライバルを…傷付けたこと。」

 

白雪さんの刀が、フッと。

静かに、しかし堂々と揺らめく。

 

焔を燈しました。

 

これが、これこそが…!

白雪さんの超能力…!

 

「…キンちゃん、アリア、詩穂。…私はこれから、強くなるよ。だから、嫌いになっても構わない…私を、見てて。」

 

白雪さんは寂しそうに、でも力強く言います。

…私は…。

こんな強い彼女を、見ていることしか出来ない…。

 

「…白雪、安心していい。1つだけありえないことがある。」

 

低く、甘く蕩けてしまうような声が響きます。

動けないキンジ君が、しかし白雪さんを優しく励まします。

 

「…俺が、俺たちが、お前を嫌いになることなんて…ない。」

 

キンジ君…!

そうです。

見ているだけじゃ、無いはずです!

私にも、応援することぐらいは出来るはずです…!

 

「…白雪さん!私は白雪さんが…どんな白雪さんでも、白雪さんが大好きです!」

「へっ!?」

 

白雪さんが少し顔を赤くしながらこっちに若干振り返ります。

…でも、その顔はすぐに優しい顔に変わります。

 

「…白雪。アンタが負けたら、承知しないわよ。私はそのほうが嫌いになっちゃうから。」

「…キンちゃん、詩穂、アリア…。」

 

白雪さんは焔の燈る刀を構えなおし、覚悟を瞳に燈します。

 

「…ありがとう。すぐに、戻ってくるからね。」

 

白雪さんはジャンヌさんを見据え、しっかりと宣言しました。

 

「ジャンヌ。あなたを…逮捕するよ。もう、負けない!」

「…私は、600年もの歴史を背負っている。お前など…。」

「ジャンヌ。『星伽』も同じように歴史を紡いできたんだよ。アリアは150年、あなたは600年。そして、私たちは…2000年もの永い時を。」

 

白雪さんは、ジャンヌさんを諭すように、語りかけます。

 

「『白雪』っていうのは本当の名前を隠すための伏せ名。私が継いできた諱、私の真名は――『緋巫女』。」

 

白雪さんは地面を強く蹴ると、ジャンヌさんに向かって走り出しました。

ジャンヌさんは焔を宿した刀を聖剣デュランダルで防ぎ…。

 

そして、その一撃をいなして『後退』しました。

 

「炎…!」

 

ジャンヌさんの額に一筋の冷や汗が流れました。

…ジャンヌ・ダルクは火刑で処刑されかけた…。

 

彼女は、炎が怖いのでしょうか…?

 

「今のは星伽候天流の初弾、緋絃毘(ヒノカガビ)。次は緋火虞鎚(ヒノカグツチ)…その剣を、斬ります。」

 

白雪さんは威嚇するように刀を頭上に掲げます。

…そうか、あの構えは白雪さん自身に炎が燃え移らないようにするための構え…!

 

「私の刀、色金殺女(イロカネアヤメ)に斬れないものなんて無いよ。」

「…それは、私の聖剣デュランダルにも言えることだ。私の剣に斬れないものなど存在しない。」

 

2人の剣士の、斬り合いが始まりました。

 

2人の刀剣はギンギンと音を立てながら斬り結び合い…しかし、両方とも傷1つ付きません。

そして、まるで柔らかいプリンでも切るかのように。

周りのコンピューターや壁や防弾性のはずの床が2人の刀剣が触れるだけでザシュザシュと斬れていきます。

 

「…凄い。これが、一流の超偵同士の戦いなのね…。」

 

アリアさんが思わず感嘆の声を上げます。

キンジ君も見とれているようで…しかし、その目には何かを探っているようにも見えます。

 

「…アリア。なんとか加勢したいが…今の戦いに下手に手を出したら、白雪の足を引っ張りかねない。…アリアは、『超能力者』と交戦したことはあるか?」

「うん。でも、こんなに高度な戦いは初めてだわ。でも、この戦いは多分長くは続かない。」

「…長く続かない…?アリアさん、それって…。」

 

アリアさんは少し考えた後、改めて説明してくれました。

 

「超能力は、その力が強ければ強いほど消費も大きいわ。あの2人は…両方とも強い『超能力者』。もう、すぐに…均衡が、崩れる。」

 

白雪さんの表情を見ると…。

互角に見える戦いなのに、白雪さんの額に汗が滲み、呼吸も荒くなっているように見えます。

 

「だから、その瞬間がチャンスのはずよ。」

「アリア。その瞬間が…わかるか?」

「…経験則で、なんとなく。半分くらいカンなんだけど…。」

 

アリアさんは捨てられた子犬のような顔で、キンジ君を見上げます。

 

「信じて、くれる…?」

 

キンジ君はそんなアリアさんの頭を。

 

…優しく、撫でました。

 

「なっ…!き、キンジ君…!?」

 

私の驚きの叫びを無視して、キンジ君は言葉を続けます。

 

「…アリア。あの時は俺がバカだったよ。俺はアリアのことを、生涯信じるよ。」

「しょ、しょーがい…?」

「ああ。どんなときでも、どんな場所でも…俺はアリアの味方だよ。」

 

するとアリアさんは顔を真っ赤にして…しかし顔は、逸らしません。

 

…あれ?

私、ハブられてます?

 

「だからアリアも…俺のことを信じてくれるか?」

「…うん。」

 

スーパーキンジ君の前では、アリアさんですら従順になってしまいます。

…やはり。

確信しました。

 

スーパーキンジ君は女の子に優しい…とてつもなく。

つまり、スーパーキンジ君になるためのトリガーに…。

 

女の子が関係している可能性は…かなり高い、ということでしょうか?

 

私がまた状況に合わない考察をしていると…背中が、急に熱くなりました。

 

「…うあっち!?」

 

慌てて熱の原因を探ると…日本刀でした。

2人の世界に行っていたアリアさんとキンジ君も、私の異変に気が付いてくれます。

 

取り出してみると…日本刀が、赤熱していました。

…まるで、燃えているかのように…!

 

「な、なんですか、これ…。」

 

先程の緋色に光った時のものとはまた違う色の輝き。

その刀身はもはや銀色だった元の色など見えません。

 

その刀はまるで私に語りかけてくるように、赤く、赤く、輝きを増していきます。

 

「…私にも、何かしろ…ということですか?」

 

私の言葉に呼応するかのように、輝きが増します。

 

「…出来るのでしょうか?私なんかが…?」

「…出来るわ。」

 

アリアさんが、私の独り言に答えてくれます。

 

「アンタにだって、出来るはずよ。」

 

その、単純な励ましが。

心を、軽くしてくれます。

私に、勇気をくれます。

 

「あたしはもう動けない。だから…キンジを任せられるのは、今は詩穂だけ。」

「アリアさん…。」

「あたしの言った瞬間に飛び出して。あたしを…信じて。」

 

アリアさんはキンジ君から元気をもらったのか…いつもの、自信に溢れる目で私を見てくれます。

キンジ君も、何も言いませんが…優しく、私を見つめてくれます。

 

刀が、後押しするように光り続けます。

 

「わかりました。やってみます…いえ、やります!」

「…よし。2人とも…絶対に、逮捕するぞ。」

 

キンジ君の言葉に、私とアリアさんは同時に頷きます。

 

そして、白雪さんとジャンヌさんの戦いを瞬きもせずに見つめ。

その瞬間を待ちました…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間は、本当にその数分後に訪れました。

 

白雪さんがジャンヌさんを壁際まで追い詰め…。

しかし、白雪さんのほうが明らかに消耗していました。

 

「…はぁ、はぁ…。ジャンヌ、もう終わりだよ…。」

「ふ、ふふっ…。」

 

ジャンヌさんは不適に笑うと、その場にしゃがみ込み。

白雪さんの脇を通って後ろを取りました。

 

「くっ!」

 

白雪さんはそれを追うように刀を振りますが、ジャンヌさんはそれを平然と剣で弾き返します。

 

白雪さんは戦意を喪失したかのように、フラフラと後退し…。

何故かその刀を…鞘にしまってしまいました。

 

「ホームズを連れ去るついでにお前も連れ去るつもりだったのだが…こればかりは仕方がないな。」

 

ジャンヌさんは白雪さんが抵抗の意思をなくしたと判断し、ゆっくりと白雪さんに近づいていきます。

 

…やはり、アリアさんが目的でしたか…!

 

「見せてやろう。『オルレアンの氷華』を…!」

 

ジャンヌさんはその聖剣を頭上に高く掲げます。

デュランダルに、青白い光が…集まっていきます。

 

これは、素人の私にもわかりました。

ジャンヌさんは、白雪さんにトドメを刺す気です…!

 

「っく、まだか…!?」

「まだよ、キンジ。まだ、あと少し…!」

 

キンジ君が今にも飛び出しそうにするのを、アリアさんが制止します。

 

その青白い光が、一際強くなった瞬間…!

 

「キンジ!今よ、行って!」

 

アリアさんが叫ぶのとほぼ同時に、キンジ君が走り出しました。

そのスピードは、アスリート選手より速く…しかし、ジャンヌさんには嫌でもその動きはバレていました。

 

「…ただの武偵如きが!」

 

ジャンヌさんは力任せに光ったままのデュランダルを横薙ぎに振ります。

キンジ君はその動きに合わせてスライディングの要領で一閃の下を通り…。

 

銃を撃とうとしました。

 

しかし。

 

バガッ!

 

不吉な音を立てて、キンジ君のベレッタが壊れました。

 

…これは、1年の頃、強襲科で何度も見た光景…!

 

―暴発―!

 

なんで、こんなときに…!?

 

「なっ!?」

 

暴発の衝撃で銃を取り落としたキンジ君が、その場に倒れこみます。

氷のダメージに耐えていた足が…ここで限界を迎えたのでしょう。

 

「…私の超能力を侮りすぎたな。お前の銃口を…コイツで塞いだだけだ。」

 

ジャンヌさんは辺りに舞うダイヤモンドダストに目を向けながら、キンジ君を見下ろしました。

最初に発炎筒まで焚いてスプリンクラーを作動させたのは、私達武偵の武器である銃を無効化するため…!

 

『魔剣』はイ・ウー指折りの策士。

その言葉を改めて実感しました。

 

「…さあ、これで本当に終わりだ。…惜しいものを斬ってしまうな…。」

 

ジャンヌさんは白雪さんに向き直ると、今度こそデュランダルを頭上に構えました。

 

そして先程一際光り輝いたのは気のせいだといわんばかりに、更に青く、蒼く輝きます…!

もう、振り下ろしてしまう…!

 

その刹那。

 

「…詩穂。今よ。…その刀なら、多分…止められるわ。」

 

私はアリアさんの言葉を背に、走り出しました。

 

ただ、走る。

 

友達を、大切な人を、ライバルを助けるために…!

 

「…うあああぁぁぁぁぁあぁあぁ!!」

 

情けない叫びを上げながら、目的の場所に辿り着き。

 

振り下ろされた聖剣デュランダルを下から迎え撃つように。

 

力いっぱい、刀を振り上げました。

 

 

 

 

 

 

 

ガギンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

…静寂。

 

気が付いたら閉じていた瞳を開けると…。

驚いたようなジャンヌさんの顔と。

 

目の前で拮抗する、赤い光と青い光が見えました。

 

「…ありがとう、詩穂。私も…負けないよ。」

 

私のすぐ後ろにいたはずの白雪さんは、私のすぐ隣に立っていて。

そして白雪さんはスッと居合いの構えを取ります。

 

「これが私の…私たちの力だよ!」

 

白雪さんの言葉と共に、暖かい…包み込むような熱が、辺りを覆います。

 

 

 

「――緋緋星伽神(ヒヒノホトギカミ)――!!」

 

 

 

白雪さんの放った居合いは。

そのスピードは全く落ちないまま。

 

聖剣デュランダルを、真っ二つに斬り抜きました…。

 

ドガァァァァァァン!!

 

同時にその居合いから巻き上がった炎が、天井にぶつかります。

ジャンヌさんはその光景を、ただただ呆然と眺めていました…。

 

「…『魔剣』。逮捕だ。」

 

いつのまに足が回復していたキンジ君が対超能力用の手錠をジャンヌさんの手にかけ。

 

この戦いは、幕を下ろすのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日。

ジャンヌさんは逮捕され教務課に連れ去られていきました。

 

…たっぷり先生たちに()()()()から警察に身柄を渡されるんだろうなぁ…。

 

まぁ、自業自得なのでなんとも言えないですが…。

ジャンヌさん、ご愁傷様です。

 

「I'd like to thank the person...」

 

さて、私は今閉会式のチアを観客席から眺めていました。

不知火君のかっこいいボイスをバックに、チアの子が次々と出てきます。

 

キンジ君はどこか嫌そうな顔をしながら、下を向いてギターを弾いています。

…どうして、でしょうか?

 

武藤君や他の男子生徒は、まるで役得だといわんばかりにチアの皆さんを観賞しているというのに。

 

キンジ君は、なぜ見ないようにしているのでしょうか?

…それは、女嫌いだから?

どうして女嫌いなのでしょうか?

 

ハッキリ言って、ぶっきらぼうではありますが話してみれば女の子に嫌われるような性格ではありません。

むしろ割りと優しいです。

 

そこに女嫌いになってしまう理由が見つけられません。

 

…では、なぜ?

 

…それは、女の子を見てしまうといけないから。

 

…どうして?

 

…それは、きっと…。

 

わーわー!

キャーキャー!

 

一際歓声が大きくなりました。

…アリアさんと、白雪さんが出てきたからです。

 

アリアさんは始めから参加が決まっていましたが、白雪さんは飛び入り参加に近いです。

 

というもの、なにやら『星伽』の掟でこういう目立つことは禁止されていたからなんだそうですが…。

アリアさんにゴリ押されて、今に至ったそうです。

 

…当の白雪さんはめっちゃ恥ずかしそうにしています。

 

でも見ていて腹立つ位に胸がぽよんぽよん揺れていて…。

ああぁ、腹が立ちます…!

 

そして、曲がラストに差し掛かり…。

 

チアの皆さんが手に持っていたポンポンを上に放り投げ、銃でガンガンと撃ちました。

…こういうところは本当に武偵高らしいですね…。

 

こうして。

忙しかったではすまないアドシアードも、無事終了するのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

打ち上げ、と称して私達4人はファミレスに来ていました。

…なんでファミレス?

 

軽食も済ませ、4人でわいわい会話していると。

 

「…ああ、そうだ。白雪。」

 

アリアさんが話を切り出しました。

 

「アンタもあたしのドレイになりなさい。」

 

…!?

場の空気が若干凍てつきます。

しかし次の一言で白雪さんは篭絡されました。

 

「これからはあたしたちと一緒に行動しなさい。ハイ、これキンジの部屋の鍵。」

「ありがとうアリア!私、これからも頑張るね!」

「おいおいおいおい!?」

 

今度はキンジ君が焦る番です。

アリアさんが渡した偽装カードキーをサッと制服の内側にしまうと、白雪さんは何事も無かったかのように居住まいを正します。

 

「キンちゃん…!私、嬉しいよ!合鍵…愛の証だね!」

「いや、そもそも男子寮だ!」

「なによドレイ一号。文句あんの?」

 

アリアさんにすごまれるとキンジ君は勢いをなくして、ただ項垂れました。

 

…キンジ君、ふぁいとです。

 

そのあともグダグダと話し、解散したのは割りと遅くでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コン、コン。

 

「はーい。」

 

私はその日の夜、(今日から)白雪さんの部屋を訪ねました。

 

がちゃ、とドアを開けてもらい、私はそそくさと部屋に入りました。

…『魔剣』の事件から白雪さんは私をライバルとしてだけでなく、友達として扱ってくれることが多くなりました。

 

もちろん私は嬉しいですが、キンジ君が絡むとやはりアウトなのでそこらへん何とかならないでしょうか…。

 

「…で、どうしたの?」

「はい。えっと、私のこれ…。」

 

私は背中から一本の日本刀を出します。

アレほど強いジャンヌさんの一撃を受けたのに…刃こぼれ1つ起こしていません。

刀身はあの時緋色に輝いていたのが嘘のように元の銀色に戻っています。

 

「これって一体…なんなんですか?」

 

私が白雪さんを訪ねた理由。

それは、もう明らかにただの日本刀を逸脱しているこの刀のことを聞くためでした。

 

「…詩穂。このことは、誰にも…キンちゃんにも、あなたの両親ですら話しちゃダメだよ?」

「…ハイ。」

 

私が絶対に話しません、と誓うと白雪さんはその重たい口を開きました。

 

「…それは、『色金鎮女(イロカネシズメ)』。私の持つ『色金殺女』の…もう1つの姿、なんだよ。」

「イロカネシズメ…。」

 

私は刀を見ながら、白雪さんの話に耳を傾けます。

 

「正確に言ったら、それは私達『星伽』に代々伝わる色金殺女の…元となった、刀。」

「…ええ!?」

 

つまり、白雪さんの刀の元ネタとなった刀…ということでしょうか?

 

「そ、そんな…。これは私の家にたまたまあった刀なんですよ?そんなはずは…。」

「…うん。それはまだ私にもわからないけど…。でも、気をつけてね。」

 

白雪さんは言葉を1つ区切り。

こういいました。

 

「この前の占いに出てたんだけど…。詩穂は、いつか詩穂じゃなくなる時が来るの…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自室のベッドに寝転がりながら、私は色々なことを考えていました。

 

…なぜ、ジャンヌさんはアリアさんを攫おうとしたのでしょうか?

これについては何も…何も、わかりません。

イ・ウーの目的が、さっぱりわかりません。

 

次に、叶さんの『情報』。

確かに聖剣デュランダルを持っている人は存在しました。

でも、なぜ叶さんはそのこととジャンヌさんが結びつかなかったのでしょうか?

 

なぜ、彼女は『魔剣』が地下倉庫にいることがわかったのでしょうか?

 

…この2つに関しては、いつか叶さんに聞いてみないとわかりませんね。

 

そして、やはり一番引っかかるのは…先程の白雪さんの言葉。

 

私が、私で無くなるときが来る…?

 

一体どういう意味なのでしょうか?

こればっかりは、考察の余地すらありません。

 

…結局、謎ばかりが残って。

でも、今は事件を解決できたことがとても満足で。

 

 

私はいつの間にか、夢の世界に旅立っていくのでした…。




読了、ありがとうございました!


今回は…めちゃくちゃ長かったです。
読んでて飽きますよね、これ…。

とにかく2巻の内容は終了です。
次回に一旦番外編をはさんで、3巻内容に移っていきたいと思います。

vsジャンヌ戦でしたが、戦闘内容が原作から少しズレています。
そのため混乱させてしまったかもしれません。
でも原作どおりにすると詩穂の活躍がなくなっちゃうんですもの…。
その代わりキンジの活躍シーンがめっちゃスキップされまくりましたが。

ごめん、キンジ…。
その代わり視点をたくさんあげたから許してくれ…。

え?許さない?
申し訳ありませんでした。


…そして、原作のカナとうちのオリキャラの叶を区別するために、少しだけ改稿させていただきました。

今までの表記
どちらも「カナ」

改稿後
原作のほうは変わらずに「カナ」
オリジナルのほうは「叶」
それにつられて「アカネ」→「明音」
ただし、「明音→叶」もしくは「叶→明音」で話しかける場合のみ、
「カナちゃん」「アカネ」

となります。
ややこしくして申し訳ありませんが、ご了承ください。

感想・評価・誤字脱字の指摘・詩穂に叩き込みたいSッ気などを心からお待ちしております。


※追記 2015/07/16

感想欄にてsepiaさん(勝手に名前を出してしまって申し訳ありません)にルビの振り方を教えていただきました。
というわけで全ての話を見直し、ルビの振れる場所は全て修正しました。
勝手な改稿をお許しください。

修正抜けやそれに伴う誤字脱字がございましたら是非感想欄にて指摘していただくと嬉しいです。

そしてルビの振り方を教えてくださったsepiaさん、本当にありがとうございました!!


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番外編 ばんがいへんです2

今回は番外編です。



…その、毎回毎回謝っているのですが…。
今回ばかりはエタりかけていました。
そのですね、リアルがとても忙しくてですね、何というか…。

…言い訳はいらないですね。

小説を全くと更新しなかったばかりか、毎回謝っているにもかかわらず反省の兆しが見えないバカな作者をお許しください。
この場を借りて改めて謝罪させてください。

本当に申し訳ありませんでした。




今回は番外編です。

番外編が2つにおまけが1つ、という構成になっています。
相変わらず番外編はメタ発言が多いですが、そういった発言が苦手な方はそっとこの小説を見放して、他の作者様のもっとおもしろい小説を見に行くことをおすすめいたします。

おまけのほうに関してですが…。
読む人を選んでしまうようなひどい内容になっております。
あらかじめご容赦ください。


番外編その4  日常風景

 

 

 

 

 

 

 

 

ぴりりりりりりり……。

 

目覚ましの音が、遠くから聞こえてくる感覚…。

その音がどんどん近づいていくように、徐々に意識が覚醒します。

 

「…うぅ…ん…。」

 

目を覚ますと、毎日6時に鳴り続ける目覚ましを止めて起床します。

 

…朝起きると、少々の体の重さに襲われますよね。

でも、今日は何が起こるのかな、という期待と不安で朝を迎えられる私の人生はまぁまぁ充実していると思います。

 

…いいえ。

この部屋に、来たときから充実し始めたのでしょうか。

 

そんな比較的どうでもいい事を考えて、意識がハッキリするのを待ちます。

 

………よし。

 

私はしっかり目が覚めたのを確認すると、ゆったりと制服に着替えました。

 

…お気に入りの黄色い水玉模様のパジャマを脱いで…。

…寝ている間は身に付けていない、上の下着をつけて…。

…武偵高指定の防弾制服を着て、スカートを履いて…。

…最後に、髪を櫛で軽く整えてポニーテールにして…。

 

鏡を見てポニーテールがしっかり出来ていることを確認すれば準備完了です。

 

…完璧、パーフェクト、ばっちりです。

 

さぁ、今日も一日頑張りましょう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リビングに行くと、同じように今しがた起きてきた白雪さんと鉢合わせました。

 

「おはようございます、白雪さん。」

「おはよう、詩穂。早速だけど私はご飯作るから…手伝ってもらえるかな?」

「…はい!もちろんです!」

 

私に対しても仲良くしてくれるようになって白雪さんは、最近よく料理に誘ってくれます。

もちろん私としてはとても嬉しいのですが…。

 

 

 

 

「…あはは…うーん、やっぱり普通だね…。」

「…ごめんなさい…。」

 

白雪さんは私の作った味噌汁を味見しながら、いつもどおり悲しい結果を伝えます。

…白雪さんの苦笑いが心に痛いです。

 

「味付けとかも見ていた限りでは無難だったし…今度、隠し味でも入れてみようか?」

「…そうですね、やってみます。」

 

…一応、今日のお味噌汁の味付けは少し変えてみたつもりなんですけど。

正直もうどうやっても味は変わらないのではないでしょうか…?

 

今度試しに砂糖の代わりに塩を入れてみましょう。

 

などとアリアさんとキンジ君を軽く生贄にささげながら、私は料理を続けました…。

 

順調に朝ごはんが白雪さんの手によって生産されていく中。

完成も間近というあたりで、白雪さんが私に向き直りました。

 

「…さて、後は盛り付けるだけだし…キンちゃんとアリアを起こしてきてくれる?」

「はい、了解です。」

 

白雪さんのどこかオカンのようなセリフをおかしく思いながら、私は2人が寝ている部屋に足を運ぶのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コン、コン。

軽く寝室のドアをノックしますが…。

返事は無く、どうやらまだ2人とも寝ているようですね。

 

「…失礼しまーす…。」

 

ガチャ、と扉を開けると…。

 

案の定というか、2人とも割とぐっすりと眠っています。

 

…まずは…。

 

 

 

 

ピコーン♪

 

・アリアさんを起こす

・キンジ君を起こす

 

 

 

 

…ってなんですかこの脳内選択肢!?

のう○メのパクリはいらないですよ!

 

そしてこの選択肢に何の意味があるのでしょうか…?

大した差ないですよね…。

 

…とりあえず…。

 

 

 

 

ピコーン♪

 

・アリアさんを起こす

 

が選択されました!

 

 

 

 

だから選択肢いらないですって!

 

「…アリアさん、起きてください。朝ですよー?」

「うぅ…ん…くぅ…。」

 

声をかけてみますが、アリアさんは若干唸っただけで起きてはくれませんでした。

…仕方ありません。

少しだけ体を揺すってみましょうか?

 

「アリアさん。起きてくださいー。」

 

ゆっさゆっさ。

肩の辺りに手を添えて、やさしめに揺すります。

 

「うにゅ…うぅ…ん…しほ…?」

 

アリアさんは瞳は閉じたままですが、声を上げてくれました。

よかった…起きてくれたみたいです。

 

「アリアさん、おはようございます。もうご飯です…?」

「うぅん、しほ~…。」

「へ?うわわっ?」

 

起きたと思ったアリアさんはまだ寝ぼけていらっしゃったようで…。

私の手を取って、ものすごい力で布団のほうに引っ張ります。

 

当然、余裕でベッドに倒れ込んでしまい…。

 

「えへへぇ、しほ~…。うにゅ…。」

「ふわっ!?ちょっとアリアさ…!」

 

そのまま抱き枕の如く私を全身で抱きしめ…。

アリアさんは再び夢の世界へと旅立っていきました…。

 

…じゃなくて!

 

「あ、アリアさん!離してください…!」

「みゅぅぅ、くぅ…。」

 

ダメです。

このままだといつまで経っても離してもらえそうにありません…!

ど、どうにかしないと…!

 

「うぅん、しほ~…ふふ…。」

「…アリア、さん…。」

 

ネコのように私の胸を頭でゴシゴシしながら、幸せそうに眠るアリアさんを見て…。

 

なんだか、私まで幸せな雰囲気になってしまって…。

 

「…私も、少しだけ…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…うん、まぁ、そういう日もあるよね、うん。詩穂は2人を起こしに行っただけなんだよね?でもたまたま寝ちゃったんだよね?ね?詩穂?私起こしに行ってくれって言ったはずなんだけど…。まぁ、人間誰でもミスはあると思うよ?うん。でも流石に寝ちゃうのはどうかと思うんだ?あの時キンちゃんが自分から起きてくれて起こしてくれなかったら、折角作った朝ごはんも無駄になっちゃうところだったんだよ。そこらへんについてはどう思うのかな?かな?」

 

「…いえ、本当に申し訳ありませんでした…。」

 

リビングにて。

当然、一緒に少しだけアリアさんと寝てしまった私は。

正座で白雪さんにガッツリお説教を食らっていました。

 

…いえ、確かに悪いのは私ですけど。

白雪さん的には、どちらかというと私の行動ミスよりも朝ごはんが冷めちゃうから怒っているっぽいです。

 

…オカンなのかな?

 

…3分くらいのミニ説教が終了した辺りで、白雪さんは注目を集めるようにパン!と手を叩きました。

 

「さぁさぁ、3人とも食べちゃって。…味噌汁は詩穂が作ったやつだよ。」

 

白雪さんがオカンの如く号令を掛けると、皆席に着きます。

 

そして白雪さん、なんで味噌汁は地雷みたいな言い方するんですか。

アリアさんとキンジ君はその言葉を聞いて、とりあえず味噌汁を飲み…。

 

「………。」

「………。」

 

2人とも真顔になって別のものを食べ始めました。

…マズイってわけではないんでしょうけど、なんでしょうこの敗北感…。

 

「…今度本当に実行するしかないみたいですね…。」

「詩穂?なに独り言をいってるんだ?」

 

アリアさん、キンジ君…覚悟です。

あなたたちは今度、塩コーヒーの海に沈むのですよ…。

 

「…ごちそうさま。」

「ごちそうさまー。」

「ごちそうさま、です。」

「おそまつさまでした。」

 

4人とも食べ終われば、次は学校に行く準備です。

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちは一旦各々の部屋に戻ると、学校に行く準備を始めました。

 

…イロカネシズメなる日本刀を背中に差して…。

…銃身が長い妙な形の銃をホルダーに収めて…。

…鞄の中にバレットブレーカーとマフラーを入れて…。

弾倉(マガジン)を足や腕の隠せるところに隠して…。

 

さて、これで私の準備は完了です。

皆さんもそろそろ準備は出来たでしょうか…?

 

―現在7時20分―

 

私は時計を確認してバスに余裕で間に合うことを確認すると、リビングに向かいました…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リビングに行くと、もう私以外の3人は準備が整っているようでした。

 

「ご、ごめんなさい…お待たせしましたか?」

「いや、そんなに待ってないぞ。」

「さっさと行くわよ!」

 

キンジ君はフォローするように声を掛けてくれます。

アリアさんは私の姿を確認するともう玄関のほうへ歩き出してしまいました。

 

私たちもいつもどおりなアリアさんを苦笑いで追いかけ、玄関を出るのでした…。

 

 

 

 

 

私たちの通学は、基本的にバスです。

まぁ、通学が楽だからというのも理由のひとつですが…。

 

やはり、キンジ君の自転車が『武偵殺し』の一件で大破してしまったことが大きいです。

キンジ君はそれまででもバスで通っていたそうですが、自転車がないおかげで絶対に寝坊が出来なくなってしまいました。

 

南無三。

 

そんなわけで現在バスの中。

バス停で合流した武藤君や不知火君と共に学校へと向かうバスに揺られます。

 

「…ってことがあってよぉ…。」

「…はは、相変わらずだね武藤君は…。」

「…お前には落ち着きが無いんだよ、武藤…。」

 

私の右隣に吊り革に捕まって立っているキンジ君と武藤君と不知火君は雑談しています。

内容は…どうやら武藤君が行った依頼(クエスト)での失敗談のようです。

 

「…でね、この前キンジが…。」

「…それはやっぱりキンちゃんは悪くないと思うよ…。」

 

私の左隣にもやっぱり吊り革に捕まって立っているアリアさんと白雪さんが雑談に興じています。

 

…うーん、私としては…。

 

 

 

 

ピコーン♪

 

・男子の雑談に混ざりたい

・女子の雑談に混ざりたい

・1人でボーっとしていたい

 

 

 

 

…今日は脳内選択肢が自重しませんね…。

うーん、これまた割とどれを選んでも微妙ですね…。

 

まぁ、ここは無難に行きましょう。

 

 

 

 

ピコーン♪

 

・女子の会話に混ざりたい

 

が選択されました!

 

 

 

 

 

「…2人とも、何の話をしているんですか?」

「ああ、詩穂。アリアがさっきから…。」

「キンジったら、この前の日曜日なんかは…。」

「…こんな感じの会話かな?」

 

アリアさんと白雪さんに話しかけてみたところ、どうやらアリアさんがキンジ君の日頃の愚痴を語っているみたいでした。

 

「ねぇ、信じられる!?あたしの胸に触ったのよ!?ありえないわ!」

「…それは、なんともうらやま…もとい、けしからん行為ですね。」

 

つい言ってしまいましたが、別にうらやましいことはあまりありませんでした。

だって、胸を触られるのは確かに恥ずかしいですし…。

でも、キンジ君になら…。

 

「でしょ!あ、あああんな何にもない場所でこけて、ああ、あ、あんななな…。」

 

アリアさんが事件当時の記憶を思い出したのか、言語機能が崩壊してしまいました。

 

「あ、あああ、あんな、こ、ことっががが…。」

 

…顔を真っ赤にしながら恥ずかしがるアリアさん…。

…かわいいなぁ…。

元々顔は整っている…どころか普通にかわいいし、性格も明らかなツンデレだし…。

 

…ああ、なんというか、ギャルゲをプレイしているときの感覚を現実で味わえるというのは…。

感動です…。

 

そんなアリアさんを楽しんでいると、すぐに学校についてしまうのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん…やっと終わった。」

 

後のほうからアリアさんの疲れたような声が聞こえました。

 

…現在、学校の教室内。

今ちょうど、午前中の一般科目が終了してお昼休みに入るところです。

 

もうそろそろ中間考査も近いので、授業中も緊迫した雰囲気…になるはずですが、武偵高はその辺の高校とは違います。

今日も明日も、勉強のことは放っておいて武器の取引や依頼(クエスト)のことで話題は盛り上がっています。

 

案の定アリアさんとキンジ君もその例に漏れないらしく、お昼休みということなので食事の準備を始めました。

 

…白雪さんは、『魔剣(デュランダル)』の一件からはキンジ君だけでなく私やアリアさんにもお弁当を作ってくれるようになりました。

 

嬉しいのですが、お弁当もアホみたいにおいしいので…ちょっと心にダメージです。

 

「……あれ?」

 

ふと教室のドアに目を向けると、叶さんと明音さんが連れ立って教室から出て行く姿を見かけました。

 

…うーん、いつも2人ともお昼休みにはいなくなってしまうので、気になりますね…。

 

さて、どうしたものでしょう…。

 

 

 

 

ピコーン♪

 

・いつもどおりアリアさんたちと食事を取る

・叶さんと明音さんを追う

・1人寂しく食べる

 

 

 

 

本当に今日はしつこいですね、選択肢(これ)…。

 

うーん、どうしましょうか…?

どっちでもいいっちゃいいんですけど…。

 

 

 

 

ピコーン♪

 

・いつもどおりアリアさんたちと食事を取る

 

が選択されました!

 

 

 

 

まぁ、叶さんと明音さんのことですし、どこか別の場所で2人きりで食事を取っているのでしょう。

 

私はいつもどおりの風景を楽しみたいです。

 

「アリアさん、キンジ君、ご一緒してもいいですか?」

「いつもご一緒してるだろ。」

 

キンジ君のツッコミを受けつつ、2人の席の近くで私もお弁当を広げました。

 

「…あ、相変わらず白雪の料理は凄いわね…。」

「…ですね…。」

 

アリアさんはハァ、と感嘆の溜息を吐きます。

…アリアさんも最近は白雪さんにケンカを吹っかけることは少なくなりました。

といっても、たまに事故でキンジ君をめぐって戦争が発生するのですが…。

 

「…むぐむぐ…ふぉういえば、ひんじ…。」

「喋りながら食うな。喋るか食うかどっちかにしろ。」

「…むぐ、むぐ…。」

「…食うのかよ…。」

 

アリアさんがキンジ君とミニコントをやっているのを目に留めながら、私も黙々とお弁当を食べます。

 

…武偵においては、食事中というのは非常に危険な状態です。

なぜなら食事中は睡眠中、入浴中と同じくらい無防備な状態になってしまうから。

そして食事時間というのは努力しだいで短くすることが可能です。

 

…まぁ、簡単に言うと。

 

「…ごちそうさま。」

「…ごちそうさまです。」

「…ごちそうさま。」

 

武偵は、食事がとても早いです。

ものの5分もせずに、完食してしまいます。

…つまり、お昼休みの時間がとても余ってしまうわけで…。

 

…以前なら理子ちゃんと駄弁っていることが多かったのですが、ここ最近はやることが定まっていません。

 

うーん、一体どうしたものでしょうか…?

 

 

 

 

ピコーン♪

 

・アリアさんと駄弁る

・キンジ君と駄弁る

・叶さんと明音さんを探す

・さすらう

 

 

 

 

…さすらう?

なんでしょう、さすらうって…。

 

うーん、なんだかよくわかりませんが…。

 

 

 

 

ピコーン♪

 

・アリアさんと駄弁る

 

が選択されました!

 

 

 

 

よし、アリアさんのところに行きましょう。

 

「…アリアさん。」

「ああ、詩穂。どうかした?」

 

アリアさんに声を掛けると、彼女は目線を校庭のほうから私に移しました。

 

「…外を見ていたんですか?」

「ううん。暇だったからボーっとしてただけよ。それよりも、どうかしたの?」

「…いえ、大した用事ではないのですが…。私も暇だったので、お話しませんか?」

 

アリアさんはコクッと頷きを返してくれます。

…うーん、話題は何か…あ、ありました。

 

「アリアさん、もうすぐ中間テストですね。」

「……中間テスト?…ああー、あったわねそんなの…。」

 

アリアさんは意外な単語を聞いた、と言わんばかりに気の抜けた返事をくれました。

…アリアさん…。

 

「別にいいのよ、勉強なんか。数学や英語が出来るよりも徒手格闘(CQC)追跡(チェイス)が出来るほうが重要だもん。」

「…いや、そりゃそうですけども…。」

 

単位とかも依頼やってれば稼げますしね…。

 

「…アリアさんって、点数はどのくらいなんですか?」

「え、うーん…。」

 

アリアさんは…確か、去年の三学期に東京武偵高に転入してきたはずです。

つまり、学期末の定期テストは受けているはずなのですが…。

 

「~~~~、~~~~…こんなもんね。」

「…割と高いですね…。」

 

点数を聞いてみたところ、イギリス帰りだからか現代文や古典の点数は平均少し下くらいでしたが、それ以外の教科は軒並み平均よりかなり上の点数でした。

 

「詩穂こそどうなの。あたしのだけ聞くなんて許さないわよ?」

「は、はい…。」

 

なんか妙に威圧されてしまいました。

アリアさんに去年の学期末のテストの点数を伝えます。

 

「~~~~、~~~~…っていう感じでしょうか…?」

「…oh…。」

 

ネイティブな感じの発音で驚かれてしまいました。

 

「ていうか全教科ほぼ満点じゃない!何よそれ、ウソじゃないでしょうね!?」

「あうっあうっ、ウソじゃないですやめてください!」

 

アリアさんが私の制服の襟首部分を持ってガクガクと揺さぶりました。

ぐわんぐわんと頭が揺れ、目の前のアリアさんのかわいい顔がブンブンと上下に揺れます。

 

少ししたら離してくれました。

 

「う、うぇ…少し気持ち悪いです…。」

「え、あ…ご、ごめんね、詩穂…?」

「大丈夫れす…。」

 

アリアさんはどうやらやりすぎたと思ったのか、心配してくれました。

…優しいです…。

 

「…ふぅ。そういえばキンジ君はどうなんでしょうか…?」

「キンジ?アイツのことだから多分ボロボロよ、きっと。」

 

アリアさんは横の席で突っ伏して寝てしまっているキンジ君を一瞥して、はんっと鼻で笑いました。

 

…キンジ君、あなたの知らないところでディスられてます…。

 

そんなことをグダグダと話しながら、昼休みは過ぎていくのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…そして、時は放課後。

 

強襲科での訓練も終わり、キンジ君とアリアさん、そして律儀に私たちを待っていてくれた白雪さんとも合流して帰路に着いていました。

 

「…うーん、今日の夜はどうしようかな…?」

「あたし、ももまんがいい。」

「お前はバカなのか…。」

「何よバカキンジ。凄い勢いで風穴開けるわよ?」

 

とまぁ、4人もいれば賑やかな帰り道です。

白雪さんがアリアさんとケンカするか、アリアさんがキンジ君を罵るかの大体二択ですが。

…私としては、このまま到着するまでこの平和な日常を堪能していたいものですが。

 

しかし。

…帰り道の途中には、私をこの幸せ空間から抜け出すよう誘惑してくる建物がひとつだけあります。

 

ゲームセンターが、見えてきました…。

 

「…うぅ、どうしましょう…?」

 

…っく、今私のお財布はまぁまぁ潤っている状態…!

そして何よりも、今日からドラム式洗濯機に新曲が追加される…っ!

 

どうする、どうしましょう…!?

 

 

 

 

ピコーン♪

 

・ゲーセンに単身ダイブする

・むしろみんなを誘う

 

 

 

 

…なん…だと…。

おとなしく帰るという選択肢がない…!?

 

うう、なんという選択肢でしょうか…!

私は今、人生最大級に戦慄しています…!

 

…仕方ありません。

 

 

 

 

ピコーン♪

 

・むしろみんなを誘う

 

が選択されました!

 

 

 

 

さ、誘うしかないのです…。

許せ、マイフレンズ…。

 

「あの…みなさん、ゲーセン寄りません?」

「…え?詩穂から誘ってくるなんて珍しいわね。」

 

アリアさんがびっくりしています。

…確かに、普段の私はあまり自分からは動かないですもんね…。

 

「私はいいわよ。白雪はどーせ星伽の掟でもあるんでしょ?先に帰ってれば?」

「なっ…!わ、私もキンちゃんと一緒に行くもん!」

「ちょっ…俺は行くとは言ってないぞ!」

「ところでキンちゃん…げーせんって、何?」

「ふん、そんなことも知らないの?白雪、遅れてるわね!」

 

やいのやいのと騒ぎながらも、皆さんもどうやら着いてきてくれるみたいです。

 

…コホン。

では、いってみましょう!

 

レッツ☆ゲーセンタイム!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、私はちょっと一周してきますのでその間のんびりしていてください。」

「…うん、いってらっしゃい…。」

「おう…。」

「え、ええ?全部?こんなにあるんだよ?え、全部?」

 

アリアさんとキンジ君はもう知っているので反応が薄いですが、白雪さんは驚いてくれました。

 

あわあわしてる白雪さんは割とかわいいです。

…ごちそうさまでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、一周終わりましたけど…。

現在は、アリアさんたちを呼んでクイズマ○ックアカデミーをやっていました。

 

「うーん、結構難しいわね…これ。」

「…わからん。」

「き、キンちゃん、は、箱に文字が…!ぐるぐる回ってるよ~…。」

 

3人はあまりこういったゲームはしないのか、3人とも次々来る問題に頭を悩ませているようです。

 

…私はちょっとやりすぎて問題と答えを暗記しているので、あんまり楽しくは無いですが…。

まぁ、こういうゲームは多人数でわいわいやるのが定石ですからね。

というわけで、私は3人のプレイを後から見守っています。

 

「あー、もうわかんない!カンで勝負よ!」

 

アリアさんがいきり立ちながらテキトーに選択肢を選びました。

その答えは…。

 

ピンポーン♪

「あ、やった。当たったわ!」

 

…流石アリアさん。

今日もカンが冴え渡っているようです。

 

「くそっ、俺だって…!」

 

キンジ君もアリアさんと同様にカンで選びますが…。

案の定、はずしていました。

 

なんというか、キンジ君…。

ふぁいと、です…。

 

「え、え?どうすればいいの?どうしたらいいの!?」

 

白雪さんはそもそも画面をタッチするという操作を忘れているようで、画面を前にアタフタしています。

…星伽の掟のせいで、ゲームとかほとんどしたこと無かったんだろうなぁ…。

 

なんとも三者三様の風景を見つめながら、少しボーっとしていると…。

 

「…もう金が無い。」

 

というキンジ君のなんとも物寂しいセリフで現実に引き戻されました。

 

「だらしないわね、キンジ!普段から依頼を積極的にこなさないからよ!」

「うるさい!お前にはわかんないだろうよ畜生!」

「なによ!アンタがしっかりしてないのは事実じゃない!」

 

いつもどおりアリアさんとキンジ君の口ゲンカが始まってしまったので…。

 

「…そろそろ、帰りましょうか?」

 

時間もいい感じだったので、今日は解散となりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋に辿り着けば、みんなは各々の生活に戻っていきます。

 

私は部屋のお掃除。

白雪さんは夕飯の準備。

キンジ君はアリアさんのパシリでももまんを買いに。

そしてそのアリアさんはといえば…。

 

「…すぅー、すぅー…。」

 

ソファに寝そべって、お昼寝をしていました。

ついこないだまで『魔剣』騒ぎがあったので、アリアさんも疲れてしまったのかもしれません。

 

…アリアさん。

かわいらしい見た目に反して、いつも1人で頑張って、それを誇ることもせず、常に戦い続ける健気で寂しい独唱歌(アリア)

 

私は、少しでもあなたの力になれているでしょうか…?

 

アリアさんの穏やかな寝顔を見守りながら、私は不意に考えてしまいます。

 

私は、実は役に立っていないのではないか?

私は、彼女の重荷になっていないだろうか?

 

言い知れぬ不安を感じ、そして頭を振って悪い考えを払います。

 

…そうです。

そんなことは全てが終わった後に考えればいい。

今は…ただ、私に出来ることをやりましょう。

 

私は改めて心を決めると、アリアさんに掛けてあげる毛布を取りに部屋へと戻るのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜。

私は普段から夜行性なので、皆さんが寝てしまってからが本番です。

今夜はこの間購入したギャルゲをまるっとプレイする予定です。

 

へっへっへ、今夜は寝かさないぜ…。

 

などとくだらない事を考えていると。

 

コンコン、と部屋のドアがノックされました。

 

「はい、どうぞ…?」

 

こんな時間に、どなたでしょうか…?

時計の針は既に0時を回り、もう皆さんは寝たはずなのですが…。

 

ガチャッ、と扉が開かれます。

そこに立っていたのは…。

 

「お邪魔していいかしら、詩穂?」

 

アリアさん、でした。

 

「アリアさん…。どうしたんですか?」

「ううん…ちょっと、ね。大した用事は無いわ。」

 

私は起動しようとしたギャルゲを閉じ、アリアさんの方に向き直りました。

アリアさんは何故か枕を持って、そこに佇んだままモジモジしています。

 

…ま、まさか…これはッ!

 

「その…今日、詩穂の部屋で…寝てもいい?」

 

やはり、お泊りイベント…!

 

しかし、私の部屋には色々と爆弾が転がっています…!

キチンと本棚に仕舞ってありますが、取り出されたら即アウト気味な同人誌やら漫画やらが数多く眠っているのです…!

 

これは、非常に残念ですが、断ったほうが…。

 

「その…だ、ダメ?よね…。」

「大丈夫です。」

 

うわああああ!

やってしまいましたああああ!

 

あまりにもかわいく小首を傾げながら不安そうな瞳で更に更にかわいらしい声で言われるとまさに脳髄に響き渡るような(ry

 

「そう…。よかった。じゃあ、一緒に寝ましょう?」

「ぐはッ…!あ、あい、寝ましょう…。」

 

なんだかもうヤバいですね。

もういいやー。

危険物が見つかったとか見つからなかったとかもういいですよねー?

 

「じゃ、じゃあ、電気を消しますね、うへ、うへへ…。」

「う、うん…どうしたの詩穂?」

「な、なんでもないですよ、へへへ…。」

 

パソコンの電源を落とし、さっさと就寝準備を終えた私は、アリアさんを布団の中に入れて電気を消しました。

 

ぱちっ…。

 

…すぐ隣に、アリアさんの吐息が、体温が感じられて…。

 

あ、これ寝れないやつですわー。

 

さっきからキャラ崩壊が著しいですね。

でもそんな些細なことはどうだっていいのです。

なんだか体が火照ってしまって、何がなんだか…!

 

「…ねぇ、詩穂?」

「ぎゃお、な、なんでしょうかアリアさん…?」

 

急に話しかけられて謎の声を発してしまいました。

 

「あたし…このまま進んでも、いいのかな…?」

「…アリアさん?」

 

アリアさんの不安そうな、怯えるような声色に居住まいを正します。

 

「今日、今日は特に詩穂と話した気がするの。それで…思ったの。詩穂を巻き込んだまま、詩穂をこのまま私のパートナーにしておいていいのかな…って。」

 

アリアさんは申し訳なさそうに、怖がるように悩みを話してくれます。

 

アリアさんの行動原理は、そのほとんどがカンです。

そのカンはおそらくアリアさんの中では絶対的なもので…でも、それは根拠が無くて、不安定で…他の人に理解してもらえないもの。

 

アリアさんはきっと、ずっと悩んできたのでしょう。

否定され続け、仲間も出来ず理解してくれる人もいない…。

 

そんな勝手な過去のアリアさんを思い浮かべつつ、私は布団の中でアリアさんに向き合いました。

 

「アリアさん、何度も言っていますが…。私だけはいつでもアリアさんの味方ですよ。あなたの言うことを信じます。あなたは正しいと、いつでも言ってあげます。」

「詩穂…。」

「こんな言葉なんかじゃ、きっとアリアさんを励ましきれませんよね…。でも、今夜くらいは…私と、ゆっくり落ち着きませんか?」

「…そうね。ちょっと焦ってたみたい…。」

 

アリアさんはふぅ、と息を吐くと優しい笑みを浮かべました。

 

「ありがと、詩穂。…大好き。」

「はうぁっ…がはっ!」

 

その一撃は反則でした。

 

多分友達としての意味でしょうし、私もアリアさんのこと大好きですが…。

 

ヤバいです、百合の花咲く道へと足を踏み入れそうです…。

 

「…おやすみ。また、明日。」

「…はい。また明日、です。」

 

そんな色々あった夜でしたが。

 

最後の最後はちゃんと穏やかな雰囲気の中、眠りの中に落ちていくのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、起きた瞬間目の前にアリアさんの顔があってびっくりしたのはまた別のお話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

番外編その5  フリートーク

 

 

 

 

 

 

 

 

詩穂「はい、というわけでフリートークです。」

 

キンジ「またか。」

 

アリア「これ2回目だけど、もうみんな飽きてきたんじゃない?あたしは飽きた。」

 

詩穂「尺が有り余っているんですよ。許してあげてください。」

 

アリア「まぁいいわ。…で、今回は何をするの?」

 

キンジ「そうだな。結局前回は本当に駄弁っていただけだし…今回からはなんかコーナーとか作ったほうがいいんじゃないか?」

 

詩穂「…ですね。流石に同じように駄弁るだけだとただの文字数稼ぎになりかねませんからね。」

 

アリア「え、そうじゃないの?」

 

詩穂「言っちゃダメです。」

 

キンジ「おいグダってるぞ。」

 

詩穂「仕方ありません…もう1人召喚しますか。」

 

アリア「召喚?」

 

キンジ「…おい、まさか…。」

 

詩穂「召喚(サモン)!」

 

フィーン…!

 

白雪「…あれ?私さっきまで部屋にいたはずなんだけど…あれ?」

 

キンジ「やっぱりか畜生。」

 

アリア「げっ、白雪じゃない…。」

 

白雪「アリアケンカ売ってるの?」

 

詩穂「うん、失敗した気がします。あかん人を召喚してしまいました…。」

 

白雪「…で、私は何をすればいいの?召喚されたからキスして契約すればいいの?」

 

詩穂「ゼロの使○魔じゃ無いんですから…。私とキスとか嫌でしょう?」

 

白雪「えっ…わ、私の始めてはキンちゃんに…でも、詩穂ならノーカン、なのかな…?」

 

アリア「本気にしてる!?」

 

白雪「アリアケンカ売ってるの?」

 

アリア「今の発言にケンカ売ってる要素無いでしょ!?」

 

キンジ「というか今不穏な単語が聞こえたんだが…。」

 

詩穂「キンジ君、気にしたら負けです。本人は隠しきれてるつもりっぽいですし、キンジ君も本編では気付いていないでしょう?」

 

アリア「まぁいろいろ置いといて…どうするの、このフリートーク。なんか収拾付かなくなってきたわよ?」

 

キンジ「仕方ない、人が多すぎる…俺帰っていいか?」

 

詩穂「もっと協力してくださいよ。3巻内容からは理子ちゃんも帰ってくるんですから。」

 

アリア「うあ、そうだったわね…。じゃあ次のフリートークとかもっと騒がしくなりそう。」

 

キンジ「理子か…。そういえば、原作では理子の一人称は『理子』、裏理子の場合は『あたし』だが…なんで詩穂に対する一人称はおろか裏理子の一人称まで『私』になっているんだ?」

 

詩穂「ああー、そういえばそうですね…。それについては過去色々あったのです。理子ちゃんの中で。」

 

アリア「まぁどうせ後付け設定でしょ。作者のバカがミスっただけに決まってるわ。」

 

詩穂「そうでしょうね。あとで画面越しに発砲しておきます。」

 

キンジ「設定変更といえば、俺はこの作品では強襲科になってるし転校のことも考えていないらしいが…。それだと俺のEランク設定と矛盾しないか?」

 

白雪「そういえばそうだね。原作のキンちゃんの設定だと、武偵に対するモチベーションが無くなってEランク…っていう設定だったよね?」

 

詩穂「そこについては、1年生時の終業式に色々あったからモチベーションが回復した、っていう話で説明できるように作者が設定していたはずですよ。」

 

アリア「えっと…つまり…。

 

1 キンジの兄が事故に遭い殉職

2 キンジのモチベーションが低下

3 キンジ、武偵ランク付け試験をサボる

4 1年生終了時にいろいろあってキンジ復活

5 現在の『強襲科Eランクのキンジ』という状況が出来上がる

 

…こんな感じかしら?」

 

詩穂「ですね。」

 

キンジ「だな。」

 

白雪「ふーん…そんなことがあったんだ。知らなかったよ。」

 

アリア「白雪が知らないって事は少なくともあたしたちは関係なさそうね。」

 

白雪「アリアケンカ売ってんの?」

 

アリア「白雪今日あたしへの当たり強くない!?」

 

詩穂「さて、メタい話はここら辺までにして…。そろそろどうでしょうか?文字数はあとどれくらい必要なんでしょうか?」

 

天の声『あと1000文字くらいやで。』

 

キンジ「多い!」

 

アリア「そもそもどうしてここ最近文字数多いのよ。最初の方とか今よりもっと少なかったじゃない。」

 

詩穂「そうですね、最初の方は確か…1話5000文字を目安に書いていたはずです。」

 

キンジ「どこからだっけか、多くなり出したのは…。」

 

白雪「…ああ、これじゃないかな?『第10話 てつやにはきをつけましょう』。」

 

詩穂「確かに…この話を境に、文字数の平均が大体10000文字になっていますね。」

 

アリア「だから更新が遅れるのよ。文章の質も下がるし読んでて飽きるし…バカじゃないのかしら?」

 

白雪「アリアケンカ売ってるの?」

 

アリア「ちょっとそろそろ落ち着いてもらえるかしら?」

 

詩穂「うーん、これを機会に文字数を減らしていって欲しいですね。私も1つの話でたくさん話したりするのは疲れます。」

 

キンジ「…そういえば、『魔剣』事件のとき思ったんだが…俺の出番削りすぎじゃないか?」

 

詩穂「…確かに、キンジ君の活躍するピッキングのシーンは丸々カットされていますし、片手版の真剣白羽取りも片手を凍らされただけになっていますし、アリアさんに言われて飛び出してみるも銃は暴発しますし…。」

 

アリア「あたしなんかもっとひどかったわ。飛び出すタイミングを伝えた…以上。」

 

白雪「もう私の独壇場だったようなものだしね。なんか、その…ごめんね、キンちゃん。」

 

キンジ「あとで作者に桜花をぶち込んでおこう。」

 

アリア「風穴スクランブルね。」

 

詩穂「どんどん作者への処刑が決まっていきますね…。まあ自業自得ですけど。」

 

白雪「そういえば『魔剣』事件のとき原作では私は一旦キンちゃんの元を離れたから私に変装した『魔剣』が登場したけど、そうならなかったね。」

 

詩穂「私に変装していましたね、ジャンヌさん。」

 

アリア「…今思えば、あの行為に意味があったのかしら?」

 

キンジ「油断させるため…だったらもっといい方法はいくらでもあるしな。」

 

詩穂「多分…あれですよ。一回やってみたかったんじゃないですか?」

 

アリア「…なんか、ちょっと納得したわ。」

 

キンジ「まぁどうせ作者の不備だろ。」

 

白雪「そうだね。ジャンヌに代わって作者を燃やしておくよ。」

 

キンジ「…さて、もういいんじゃないか?俺は帰りたいんだが。」

 

詩穂「キンジ君どんだけ帰りたいんですか…。」

 

アリア「でもあのよくわからない音が鳴らないわね。」

 

白雪「次で鳴るよ。」

 

ピンポーン♪

 

キンジ「マジかよ…。」

 

アリア「はい、じゃあ、かいさーん。こんなアホみたいなことに付き合ってられないわ。」

 

白雪「うん、じゃあ私も戻るねー。」

 

詩穂「…というわけで、フリートークにお付き合いいただきありがとうございました。次回からはまた本編が始まりますので、そちらにも是非お付き合いしてください。それでは、また次の番外編でお会いいたしましょう…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※注意!

 

ここから先のおまけは、一部の方にしか伝わらない作者の自己満足世界です。

 

遊戯王ネタ…というか内容そのものが遊戯王です。

遊戯王OCGをプレイしている方、興味がある方、内容がわけわからなくてもいいよという心の広い方以外は飛ばしてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後。

いつものように強襲科での訓練が終わり、帰路につく途中…。

 

キンジ君の姿が見当たらないことに気が付きました。

アリアさんと白雪さんは先に帰ってしまっているのを確認しましたが、キンジ君はまだ見かけていないですね…。

 

私はキンジ君を探しに、あわよくば一緒に帰るべく校内を歩き始めました…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

探し回ると、キンジ君は自習室にいました。

…キンジ君と一緒に不知火君、武藤君の姿も見えます。

 

自習室はその3人以外の姿は無く、とても閑散としていました。

 

…まぁ、とにかく声を掛けてみましょう。

不知火君や武藤君とはあまり仲が良くないので緊張しますが、キンジ君を折角見つけることが出来たので声くらいはかけて行きたいです。

 

がららっ。

 

「…詩穂か。どうした、こんなところまで。」

 

私が入ってきたことにいち早く反応してくれたのは、やはりキンジ君でした。

 

「いえ、キンジ君の姿が見当たらないので、探しに…何をやっているんですか?」

 

3人は自習室の机の上にカードを広げていました。

…遊戯王カード。

 

「え?いや、遊戯王をやっていたんだが…如何せん武藤が強くてな。」

「武藤君…強いのですか?」

 

武藤君のほうを向くと、少し誇ったように胸を張りました。

 

「おう。少なくともこの2人には負けたことが無い。」

「武藤君は本当に強いよね。」

 

不知火君も困ったように微笑を浮かべています。

 

ほぅ…。

武藤君は遊戯王が強いのですか、そうですか…。

 

「まぁ武偵高に俺に勝てるヤツなんかいないだろうな!」

 

武藤君は気を大きくしたのか大きく出ました。

…その言葉に、私の熱いバーニングソウルが反応しました。

 

「…武藤君。その言葉…偽りはないと断言できますか?」

「え?おう…俺は強い!超強い!」

 

私は鞄からデッキケースを取り出すと、武藤君を真っ直ぐ見つめながら静かに声を出しました。

 

 

 

「現実というものを見せてあげましょう。」

 

 

 

武藤君はようやく私を決闘者(デュエリスト)として認識したのか、その大きな体に闘志をみなぎらせます。

 

 

 

「俺は最強だ。悪いが茅間さん相手でも…容赦はしないぜ…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「「決闘(デュエル)!!」」

 

 

 

 

 

ドンッ☆

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず雰囲気的にそう言っておいたほうがよさそうなので、お互いに叫んでみました。

 

割と高揚感がヤバいですね。

 

「「じゃんけん、ぽん。」」

 

じゃんけんの結果…勝ったのは、武藤君でした。

 

「俺は先攻をもらうぜ。」

「了解です。」

 

お互いにお互いのデッキをシャッフルし、いざ、デュエルです!

 

「「よろしくおねがいしまーす。」」

 

 

 

※ここから先は、人物のセリフがわかりづらいためセリフの前に人名を置いていきます。

ご容赦ください。

 

 

 

 

武藤「俺のターン。スタンバイフェイズ、メインフェイズ。」

 

 

…彼はフェイズ確認をしっかりするタイプには見えないのですが…私とのデュエルは一応初回ですし、気遣ってくれているのでしょうか?

 

 

武藤「俺は手札から『ヒーローアライブ』を発動するぜ!」

 

武藤 8000→4000

 

 

ひ、『ヒーローアライブ』…!

自分フィールド上にモンスターが存在しないとき、ライフを半分払ってデッキからレベル4以下の『E・HERO』を一体特殊召喚する凶悪な魔法カードです…!

 

1ターン目からかなりピンチな予感です…!

 

 

武藤「デッキから…『E・HEROエアーマン』を特殊召喚だ!」

エアーマン「へあっ!」

 

 

くっ、やはりそう来ますか…!

エアーマンは召喚・特殊召喚成功時にデッキから『HERO』をサーチする…!

 

 

詩穂(手札に一応ヴェーラーは握ってありますが、ここで打ってもマスクチェンジでかわされる未来が見えますね。ここはあえて放っておいてみましょう。)

 

 

武藤「エアーマンの効果発動!俺はデッキから『E・HEROシャドー・ミスト』をサーチするぜ!」

エアーマン「うえーい!」

 

 

シャドーミストですか…!

手札にわざわざシャドーを持ってきたということは、もちろん…。

 

 

武藤「俺は手札から、『ブリキンギョ』を通常召喚!」

ブリキンギョ「ギョギョッ」

 

 

来ました。

『ブリキンギョ』は召喚時に手札からモンスターを特殊召喚するモンスター…!

おそらく先程サーチしたシャドーミストを特殊召喚するみたいですね。

ここでヴェーラーを打つしかありません!

 

 

武藤「『ブリキンギョ』の効果発動!」

詩穂「させません!手札から『エフェクトヴェーラー』を発動します!」

武藤「何っ!?」

ブリキンギョ「ちょwww」

ヴェーラー「ざまぁ」

 

 

ヴェーラーは手札から捨てることで相手フィールド上のモンスター一体の効果を無効化出来ます。

持ってて良かった、エフェクトヴェーラー。

 

 

武藤「…仕方ない、フィールドのエアーマンとブリキンギョでエクシーズ召喚!『星守の騎士(テラナイト)プトレマイオス』!」

プトレマイオス「おっすおっす」

 

 

むぅ、またもや面倒なモンスターが出てきました…!

コイツはいろんなモンスターに化けるのでとても対処が厄介です。

 

 

武藤「カードを2枚セットしてターンエンド。プトレの効果でプトレの下にセイクリッドダイヤを重ねるぜ。」

プトレマイオス「どもっす」

 

 

…プトレマイオスは毎ターンのエンドフェイズ時にエクストラデッキからエクシーズ素材を補給する効果を持っています。

そして素材が3つ以上の場合、ランクの1つ高い大型エクシーズモンスターに変身することが出来るとてつもなく便利で厄介なモンスターです。

 

しかも変身は相手ターンにも可能というチート性能。

誰かこいつを止めてください。

 

 

 

 

 

現在のフィールド

 

武藤 4000 手札2枚

プトレマイオス、伏せ2枚

 

詩穂 8000 手札4枚

 

 

 

 

 

詩穂「っく、私のターンです!ドロー、スタンバイ、メイン!」

 

 

私の手札は5枚、武藤君のフィールドはプトレ一体と伏せが2枚…。

どうやって突破したものでしょうか…。

 

…よし、いきましょう!

 

 

詩穂「私は手札から『フォトン・スラッシャー』を特殊召喚します!」

フォトスラ「へっへーい!」

 

 

『フォトン・スラッシャー』は自分フィールド上にモンスターが存在しないとき、手札から特殊召喚出来るモンスターです。

…まだまだ、です。

 

 

詩穂「更に、手札から『Emダメージジャグラー』を通常召喚です!」

ジャグラー「おはジャグラー」

 

 

よし、これでランク4のエクシーズの準備は整いました…。

しかし、やはり…。

 

 

プトレマイオス「どったの?」

 

 

プトレ(あいつ)がとんでもなく厄介ですね…。

…仕方ありません、1ターン目から暴力的ですが…!

 

 

詩穂「フォトスラとジャグラーでエクシーズ召喚!焼き払え、『励騎士ヴェルズビュート』!」

武藤「なん…だと…!?」

ビュート「いくぜ☆」

 

 

ビュートは相手のフィールドと手札の枚数の合計が私のフィールドと手札の合計よりも多い場合、ビュート以外のフィールドのカードを全て破壊する効果があります!

 

私の合計枚数は4枚、対して武藤君の合計枚数は5枚…!

さぁ、行きます!

 

 

詩穂「ビュートの効果発動!」

ビュート「くらうがいい☆」

武藤「くっ…!チェーン発動、『強制脱出装置』!ビュートはエクストラデッキに帰ってもらうぜ!」

ビュート「じゃあの☆」

 

 

『強制脱出装置』は本来フィールド上のモンスターを手札に戻す罠カードですが…。

エクストラデッキから特殊召喚されたモンスターに対して打つとそのモンスターはエクストラデッキに戻されてしまいます。

 

 

詩穂「うぅ…でも、ビュートの効果自体は成立しています!フィールド上のカードを全て破壊です!」

武藤「まだまだぁ!強制脱出に更にチェーン発動!プトレマイオス!」

プトレマイオス「ようやく出番かい?」

 

 

しまった…!

この状況で出てくるモンスターは…!

 

 

武藤「プトレマイオスの効果で、俺はプトレマイオスを素材として『始祖の守護者 ティラス』を特殊召喚する!」

ティラス「………。」

 

 

やはり、ティラス…!

ティラスはエクシーズ素材を持っているときカードの効果で破壊されないという耐性を持っています。

つまり…!

 

 

ビュート「くらええええ…え?」

ティラス「…効かんな。」

 

 

ビュートの効果が発動しても、破壊できるのは武藤君の伏せカードだけ…!

 

案の定武藤君のティラスは生き残り、私のビュートは強制脱出で消えてしまいます。

武藤君のもう一枚の伏せカードは…『リビングデットの呼び声』。

エアーマンでも蘇生するつもりだったのでしょう。

 

 

詩穂「っく…。私は墓地のジャグラーの効果を発動!デッキからEmカードをサーチします。私はデッキから『Emトリッククラウン』をサーチします。」

武藤「…『クラウンブレード』か…。」

 

 

とうとう武藤君に私のデッキがバレてしまったようです。

…いえ、ジャグラーを見せていた時点でバレていたのかもしれませんが。

私の手札は…罠カードが3枚、クラウンが1枚…。

通常召喚はしてしまいましたし、もうどうしようもないみたいですね。

 

…でも、この3枚の罠カードはどれも強力な罠カード。

まだまだ逆転は可能です!

 

 

詩穂「…カードを3枚セットしてターンエンドです。」

 

 

 

 

 

現在のフィールド

 

武藤 4000 手札2枚

ティラス

 

詩穂 8000 手札1枚

伏せ3枚

 

 

 

 

 

武藤「じゃあ、俺のターン!ドロー!スタン、メイン!」

 

 

武藤君はドローしたカードを見た瞬間、ニヤリと笑みを浮かべました。

 

 

武藤「どうやら俺には運命の女神様が付いているみたいだな…!俺は手札から、『ハーピィの羽根箒』を発動!」

詩穂「…そんな!」

 

 

羽根箒は相手フィールド上の魔法罠を全て破壊する強力な制限カード…!

私の、逆転の可能性が…!

 

 

詩穂「うあ、あ…!」

武藤「『激流葬』と『手違い(ミステイク)』、『虚無空間(ヴァニティー・スペース)』か…。どれも発動していたら俺のデッキは危なかったな。」

 

 

そう、その罠カードたちはどれも武藤君の『HERO』には強力に作用するカードです…。

しかしそれすら奪われてしまったら、私は…!

 

 

武藤「まだまだ!俺は手札から『E・HEROシャドー・ミスト』を通常召喚!」

シャドーミスト「やぁ」

武藤「そしてフィールド上のシャドーミストを対象に速攻魔法『マスクチェンジ』を発動するぜ!」

 

 

…万事休す、でしょうか…。

『マスクチェンジ』はフィールド上の『HERO』を、対応する属性の『M・HERO』に変身させる速攻魔法…!

そしてシャドーミストの属性は…闇ッ!

 

 

武藤「現れよ、『M・HEROダークロウ』!」

ダークロウ「ヒャッハー!世紀末だぜぇ!」

 

 

ついに来てしまいました…!

『HERO』の最強戦士、ダークロウ…!

ダークロウはフィールドにいるだけで相手の墓地に行くカードを全て除外し、更に相手がサーチすると1ターンに一度相手の手札を除外してしまうという、強力な効果を持つモンスター…!

 

特に私のデッキは墓地を多用するデッキなので、コイツが出てくるだけで『詰み』状態になってしまいます…!

 

 

武藤「シャドーミストの効果発動!コイツは墓地に送られたときデッキから『HERO』モンスターを手札に加えることが出来る。俺はデッキから『E・HEROバブルマン』を手札に加える!」

 

 

そうでした…。

シャドーミストは最後まで働く過労死モンスター。

これで武藤君は更に手札が1枚増えたことになります。

 

 

武藤「さあ…バトルフェイズだ!ティラスとダークロウでアタック!」

ティラス「ふんっ!」

ダークロウ「オラオラァ!」

詩穂「…きゃああ!!」

 

詩穂 8000→3000

 

 

うぅ…ピンチです!

このままだと、負けてしまいます!

 

 

武藤「へへっ…茅間さんも俺の敵ではなかったな。ターンエンドだ。ティラスの効果でティラスの素材はなくなるぜ。」

 

 

 

 

 

現在のフィールド

 

武藤 4000 手札1枚

ダークロウ、ティラス

 

詩穂 3000 手札1枚

 

 

 

 

 

詩穂「うぅ…まだです!ドロー…!!」

 

 

絶望的な状況。

羽根箒強すぎるでしょう…。

 

しかし。

そんな私を励ますように、私の救世主をドローしました。

 

ネタのつもりで入れていたカード。

いつもなら、引いてもどうしようもなく邪魔でしかないカード。

そのカードが…今の状況を、打開する最強の逆転の切り札となります…!

 

 

詩穂「スタンバイ、メイン!いきますよ、武藤君…!」

武藤「無駄だぜ、『クラウンブレード』にこの状況を打開するようなパワーカードなんてほとんど無い!ましてや茅間さんの手札のうち1枚は墓地に行かないと効果が発動しないクラウンだ!ダークロウを突破することなんて…出来ない!」

ダークロウ「せやで」

 

 

…いける!

さぁ、逆転と勝利へ…!

 

 

詩穂「武藤君…。あなたは確かに強いです。『HERO』という強デッキ、引き運の強さ、そして相手に合わせて展開するカードを素早く展開できるプレイング…。でも、あなたは負けてしまうのです。」

武藤「…なんだと?」

詩穂「なぜなら、私の…バーニングソウルが、燃え上がっているからです!私は、手札から…!」

 

 

今までネタ扱いしてしまい申し訳ありませんでした…!

もうあなたは立派なデッキの切り札です!

 

 

詩穂「『カメンレオン』を通常召喚!」

カメンレオン「れろーん」

武藤「…カメン…レオン、だと…?」

 

 

そう、これこそ逆転のカード…!

『カメンレオン』は通常召喚に成功したとき、墓地から守備力0のモンスター1体を蘇生する代わりに、そのターン『カメンレオン』の効果以外の特殊召喚はエクストラデッキからしかできなくなってしまう効果を持っています…。

連続した特殊召喚を止めてしまうため普通のデッキでは採用は見送られてしまいがちです。

 

そして、私の墓地には…!

 

 

詩穂「『カメンレオン』の効果発動!私は墓地から…『フォトン・スラッシャー』を特殊召喚です!」

カメンレオン「かもーん」

フォトスラ「ただいま!」

 

 

よし…。

これで舞台は整いました。

さぁ、終わりのときです!

 

 

武藤「…まさか、ランク4エクシーズで無理矢理突破するつもりか…!?」

詩穂「普通ならそうでしょうね…。でも私はエクシーズ召喚はしない!」

 

 

『カメンレオン』のもう1つの性質…それは、『チューナーであること』!

 

 

詩穂「レベル4の『カメンレオン』とレベル4の『フォトン・スラッシャー』をチューニング!」

武藤「シンクロ召喚…だと!?」

 

詩穂「私の中では最高のエース!シンクロ召喚!『レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト』!!」

スカーライト「出てくるとは思わなかったぜよ」

 

 

スカーライト。

私がカメンレオンと共に使いたいがためにエクストラに入れていましたが…まさか本当に勝負を決めるとは。

 

スカーライトの効果は単純にして強力。

スカーライトの攻撃力以下の攻撃力を持つ、スカーライト以外のフィールド上の特殊召喚されたモンスターを全て破壊しその数×500のダメージを与えます!

 

スカーライトの攻撃力は3000!

つまり…。

 

 

詩穂「スカーライトの効果を発動!フィールド一掃!」

武藤「…そ、そんな…!」

 

スカーライト「切り捨て御免!」

ティラス「無念なり…。」

ダークロウ「アイエエエ!」

 

武藤 4000→3000

 

 

詩穂「そしてそのままバトルフェイズ!スカーライトでアタックです!」

武藤「そんな…バカなぁぁ!!」

 

武藤 3000→0

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩穂「勝った!第三部完ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

※ここからはセリフが元に戻ります。

 

 

 

 

 

 

「…ふぅ。ありがとうございました、武藤君。」

「いや、負けたな…ありがとうよ、茅間さん。」

 

デュエルが終わり、武藤君と握手を交わします。

交わした武藤君の手はゴツゴツしていて、何というか…。

 

とても、大きいです…。

 

「いやはや…ずっと見ていたけど、武藤君も茅間さんも凄かったね。」

「ああ…俺たちとは次元が違うな。」

 

ずっと横で見ていた不知火君とキンジ君も声をかけてくれます。

そういえば、この2人はいったいどんなデッキなのでしょうか…?

 

「あの、キンジ君、不知火君。お2人はどんなデッキなのですか?」

「え?こんなんだけど…。」

「うん、見ていいよ。」

 

お2人からデッキを受け取って内容を見てみましたが…。

 

まぁ、正直に言って。

初心者さんのようなデッキでしたね…。

 

キンジ君のはなんとなく光属性と闇属性の強そうなカードを入れて、カオスソルジャーを出す昔の『カオス』のようなデッキでしたが…。

墓地を肥やすカードも入ってなければ、魔法も罠もとても少なくモンスターだけで頑張る感じでした。

 

不知火君のデッキは魔法と罠は多かったですが…。

肝心のモンスターが何と通常モンスター軸。

しかも通常モンスターサポートの魔法罠は『思い出のブランコ』のみ、レスキューラビットも入っていません。

 

そして2人ともエクストラはなし。

 

…とてもじゃありませんが、武藤君の『HERO』には勝てないでしょう…。

 

「…2人とも、ありがとうございました…。」

「もういいのか?」

「…はい。満足ですよ…。」

 

…まぁ。

遊戯王は強いデッキを作って戦うのも楽しみではありますが。

 

一番は、やっぱり楽しむことですからね。

そこだけは間違えてはいけません。

 

「…いや、でもびっくりしたぜ、茅間さん。あそこでスカーライトが出てくるなんて…。」

「えへへ、実は私が一番驚いているんですよ。」

「にしてもあのときの詩穂はすごかったな。なんというか、こう…。」

「普段の落ち着いた茅間さんとは思えないくらい迫力があったね。」

「あ、あう…不知火君、あんまりいじめないでくださいよぅ…。」

 

こうして。

ある日の放課後遊戯王事件は、幕を下ろしたのでした…。

 

普段は話さない武藤君や不知火君とも、ちょっとだけ仲良くなれた気がするのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…後日。

 

「茅間さん、デュ↑エルだぁ!」

「…はい…。」

 

武藤君のデッキ調整に毎回付き合わされることになるのは、別のお話。




読了、ありがとうございました!


番外編その4はギャルゲを家でプレイしていたときに思いついたネタです。
別の選択肢を選んでいたら、という未来は皆様のご想像にお任せいたします。

フリートークは相変わらずメタ発言の塊です。
メタいですね…おっと誰か来たようだ(ry

おまけは遊戯王です。
原作2巻285ページでの武藤カードゲーム最強設定を見て思いつきました。
ただの自己満足以外の何者でもないです。
お目汚し申し訳ありませんでした。




感想・評価・誤字脱字の報告・詩穂のデッキの詳細希望などをお待ちしております。
特に評価をもらえると作者は泣きながら泣きます。
そんな姿は見たくないでしょうけど、よろしくお願いいたします。


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しー・ほーぷす・とぅるー・りばてぃー
第18話 かんどうのさいかいです


第18話です。


…え、エタってないです…!
まだ死んでいません…!

長らくお待たせしてしまって、申し訳ありませんでした。
…というか待ってくれている優しい方はいらっしゃるのでしょうか?
だとしたらとても嬉しいです。



今回はあのヒロインが帰ってきます。

そして割と全力で百合回です。
百合が苦手な方はお気を付けください。



追記


タグにガールズラブを追加いたしました。
流石に怪しくなってきましたので。


アドシアードも終了し、いつもの慌しい日々が戻ってきました。

 

白雪さんがこの部屋にやってきてからはキンジ君の帰りが遅く、たまに起きるアリアさんvs白雪さん戦争を私が何とかしなくてはならないのがちょっとアレですが。

 

まぁ、そんなことはもはや日常茶飯事。

私としても特に変わり映えのしないこの日々が続いてくれたらなぁ…という夢を描く平和な日々でした。

 

…その平和は、割とすぐに壊されてしまうのですが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日、私はいつものように自室でゲームをしていました。

 

…今日はアリアさんも白雪さんも…そしてキンジ君も遅くなるそうです。

一斉に誰もいなくなるのはよくある話なので、私は1人寂しくご飯を食べてお風呂に入ってゲームをしていました。

 

すると…。

 

ぴりりりり…。

 

携帯電話が鳴りました。

 

「……?どなたでしょうか…?」

 

ちょっと大きめでサイズの合わないヘッドホンを頭から外し、携帯を手にとってみると…。

 

非通知。

 

…非通知ですか…。

ちょっと怖いのでパソコンの逆探知機能を作動させて電波を追えるようににしてから恐る恐る電話に出ました。

 

「…は、はい、もしもし…。」

『あ、詩穂?今どこにいる?』

 

…その特徴的なアニメ声を聞いて、心底安心しました。

電話の主は、どうやらアリアさんのようです。

 

「えーと、部屋にいますが…どうかしましたか?」

『それが、ちょっと面倒なことになったの…女子寮の屋上まで来てくれる?』

「それは全然構いませんが、アリアさん、携帯はどうしたんですか?」

『充電切れた。』

 

なるほど。

確かに逆探知の位置も女子寮を指していますし、納得です。

 

…私を呼び出すなんて、一体どうしたのでしょうか?

私なんかよりも、なんだかんだ言って呼べば来てくれるキンジ君とかもっと他にも頼りがいのある人はいるはずです。

 

…まぁ、アリアさんの行動が突拍子の無いのはいつものことです。

 

「わかりました。10分くらいでいけると思います。」

『おっけー。待ってるわ。』

 

…さて、ちょいと面倒ですが折角着たパジャマを脱いで…。

…服は、一応防弾制服を着ていきましょう。

ドンパチがあったらヤですし。

 

武器は…屋上らしいので、刀のほうが便利そうですね。

銃は置いていきましょう。

 

…というわけでものの5分もせずに準備は完了し…。

 

「…いってきます。」

 

誰もいない真っ暗な部屋をあとに、私は女子寮に向かうのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…屋上に着くと、そこにはアリアさんの姿がありました。

屋上のフェンスに腰掛け、月明かりを背に受ける姿は…やはり美しいと言わざるをありません。

 

「…アリアさん。どうしたんですか?」

「…詩穂。」

 

アリアさんはカシャン、と音を立ててフェンスから降りると。

私のすぐ目の前まで、歩み寄ってきました。

 

その表情は、なぜか、とても…泣きそうな、表情で。

 

「…アリア、さん?」

「…よかった、来てくれて…。()、臆病だから…。」

 

……『私』?

アリアさんは確か、自分のことを『あたし』と呼んでいたはずですが…?

 

「え、あの…?」

「…もう。まだわからないかな…?ほら…。」

 

アリアさんは、その長いピンクのツインテールの片方を手に取ると…。

グッと、横に強く引っ張りました。

 

…すると。

 

「…え?」

 

ベリベリベリッ!

と顔が剥がれていきました。

 

…え、ええ!?

こわっ!?

 

…しかし、その驚きは。

次に来る大きな驚きと…感動を前に、塗りつぶされました。

 

その剥がれたアリアさんの顔の下にあった、本当の顔は…。

 

「………理子、ちゃん………。」

「……うん。」

 

私の、心からの、親友でした。

 

「あ…ぁ、理子ちゃん…!!」

「…うん…うん…!!」

 

私は気が付いたら、目の前が歪んで見えなくなっていて。

でも、きっと理子ちゃんも私と同じくらい前が見えないはずです。

 

「うあ、あ…りこちゃ…ん…!!」

「…ただいま、詩穂…!」

 

私たちは、その場で抱き合い。

しばらくの間、夜風に吹かれながら…。

ずっとずっと、抱き合っていました…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ふぅ…。」

 

ようやく落ち着いて、抱き合った腕をお互いに離します。

…でも、両手はお互いに繋いだまま…赤く腫れた目のまま、向き合いました。

 

「…理子ちゃん、また会えて、嬉しいです。」

「うん。私も、この時を、何度も待ち望んでいたよ…。」

 

まだ感動の波が引かないけれど、そろそろ本題に移らなければなりません。

 

「…この際理子ちゃんが今までどうしていたのとか、『武偵殺し』の件とか全部置いておきます。」

「…ありがと。詩穂の優しいところ、大好きだよ。」

「あ、あうう、恥ずかしいですから…。じゃなくて。」

 

…どうもまだ感動の波が収まりきらないようです。

前一緒にいたときよりも何倍も何倍も…理子ちゃんが、近くにいて。

それが、とても嬉しくて…。

 

理子ちゃんも、余すことの無い好意をいつも以上にストレートにぶつけてくれます。

 

「へへ、詩穂~…。」

 

理子ちゃんは夢見心地の如く、その表情を無防備に綻ばせています。

 

理子ちゃんは、私のことを特別な存在だと言ってくれました。

おそらく、この表情を見ることができるのは私だけなのでしょう。

…そう考えると、私もとても気分が高揚してしまって…。

 

「理子ちゃん、とってもかわいい表情(かお)していますよ…?」

「…詩穂になら、見られてもいい…。恥ずかしいけど、折角詩穂に会えたんだもん…。」

 

理子ちゃんは指摘されて顔を赤らめますが、しかし頬は緩んだままでした。

…なんですか、このかわいい生物は…。

え、百合ルート入ればいいんですか?

マジで理子ちゃんルートに入りそうなんですが…。

 

「…じゃなくて、ですね。このままだと夜が明けてしまいますよ。話を進めましょう。」

「私は、詩穂となら朝まで一緒に居たいな…。」

「うっ、理子ちゃん…!」

 

今日の理子ちゃんはデレがヤバいです…!

デレ期です!

私にデレてどうするんでしょう…?

 

…とにかく、本当に話が進まなそうなので少し強引にでも動かさないとマズそうです。

このままだとただの百合百合した同人誌みたいになってしまいます…!

 

「理子ちゃん、聞いていいですか?どうして…わざわざアリアさんのフリをしてまで私を呼んだんですか?」

「え…え?そ、それはその…。」

 

理子ちゃんは途端に気まずそうに目を逸らしました。

…それから、一呼吸置いて答えてくれます。

 

「…詩穂に、もし嫌われてたら…その、来てくれないかと思って…。」

 

理子ちゃんは言葉足らずにモジモジしながら言いました。

…理子ちゃんは。

私が、理子ちゃんのことを嫌っていたら…ということを考えていたみたいです。

 

…うわ、どうしましょう…!

理子ちゃんがかわいい…!!

 

うあ、ま、マズイです…!

このままだと百合同人誌に…!

 

「…もう。そんなことあるわけ無いじゃないですか。私は…一生、理子ちゃんのこと、大好きですよ。」

 

うわぁ…。

頭の中が混乱しすぎて、逆に凄いことを言ってしまっている気がします…。

そのセリフを聞いた瞬間、理子ちゃんの表情が喜びと感動に染まるのが見えました。

 

「…詩穂っ!!」

「きゃっ!?」

 

ほら、案の定感動した理子ちゃんが抱きついてきてしまいました。

 

…でも、今までの理子ちゃんの疑問の1つが確信に変わりました。

理子ちゃんは、極端に人に嫌われることを恐れている。

 

…否。

私に嫌われることを恐れている…?

 

…確証は無いですが、このことはおそらく合っているでしょう。

多少、自惚れな気もしなくはないですが。

 

「ちょ…り、理子ちゃん!話が進まないので、離してくださいっ!」

「むぅ…。しょうがない、詩穂がそういうなら…。」

 

理子ちゃんは渋々、といった感じで体を離してくれました。

…手は未だに繋いだままですが。

 

「…さて。詩穂。私は、詩穂に言わなきゃいけないことがあるの。」

 

理子ちゃんは緩んでいた頬を引き締め、真剣な表情になりました。

理子ちゃんの真剣な顔を見て、私も表情を固くします。

 

「…詩穂。私を、たすけて。」

 

…それは。

飛行機の中で約束した言葉でした。

 

…実は再会が嬉しすぎてきれいさっぱり忘れていたことは内緒です。

 

「…もちろんです。」

 

私は簡潔に、短く答えました。

 

…友人を、親友を助けることは当たり前のこと。

困っていたら、手を差し伸べてあげることが当たり前。

…こんな綺麗事は創作の中でしかありえない考え方かもしれません。

それでも…。

 

せめて、私だけでも、誰かの力になれたら…それは、とても素敵なことだと思います。

 

理子ちゃんは心底嬉しそうな笑顔になって、握り続けていた手をギュッと握り直します。

 

「…ありがと、詩穂。今までのことも、これからも。」

「そんな、大げさですよ。私は理子ちゃんの為なら何だってします。」

 

理子ちゃんはその言葉を聞くと、今度は悪戯をする子供のような笑顔になって言いました。

 

「じゃあさ、詩穂…。一緒に、ドロボーしようよ!」

 

その笑顔は、最高に楽しそうで…でも、どこか不安そうな色も混ざっていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなことがあった次の日の晩。

私は理子ちゃんに呼ばれてまた女子寮の屋上に来ていました。

 

「…やっほ、詩穂。昨日ぶり。」

「こんばんは、理子ちゃん。」

 

お互いに挨拶を交わすと、理子ちゃんは早速話を切り出しました。

…どうやら理子ちゃんも昨日よりは落ち着いているらしく、いつもどおりの調子です。

 

「さてと…私が手伝って欲しいことなんだけど、それは…。」

「…ドロボー、ですか?」

 

理子ちゃんが昨日悪戯っぽく言った台詞が脳内に再生されます。

 

『一緒に、ドロボーしようよ!』

 

それがどのような意味なのかはまだわかりませんが…。

武偵法違反だけはしたくないものです…。

 

武偵には、武器の使用や武力行使での調査・逮捕が認められている代わりに、一般の方々にはない独特のペナルティがつくことが間々あります。

それらをまとめたものが…いわゆる『武偵法』です。

 

その中の1つ…武偵三倍刑。

これは文字通り…武偵は何らかの犯罪を犯すと一般の三倍くらいの刑罰が下ります。

こういった強い法的束縛によって『武偵』という武力が間違った方向に行かないようにしているのです。

 

しかし、理子ちゃんの発言から考えるに…。

少なくとも住居不法侵入と窃盗罪くらいは覚悟しておいたほうがよさそうですね…。

 

「うん。ドロボーだよ。私のお母さまの形見の…十字架。」

「…形見…。」

「…うん。」

「わかりました。それを、盗めばいいんですね?」

 

とりあえず、色々聞きたいことはありますが…。

今は、やめておきましょう。

いちいち詮索しようとするのは私の悪い癖ですね。

 

「…詩穂、聞かないの?」

「はい。理子ちゃんが話してもいいと思ったら…聞かせてください。」

「…ありがと。優しいね…。」

 

理子ちゃんはまた、感動したように私を見つめました。

…このままじゃまた昨日みたいな中身の無い会話になりかねませんね。

軌道修正です。

 

「そんなことありませんよ。それで、詳しいことを話してくれますか?」

「…ん。ええっと、まずは…詩穂だけの協力じゃ足らない。あと2人くらい…そうだね、息の合った2人組みが欲しいかな。」

 

理子ちゃんも気を取り直してくれたように話を進めていきます。

 

「…ちょっと待ってください。それってもしかして…。」

「うん。アリアとキンジもこの作戦に加わって欲しい。」

 

…これは、想像以上に大事(おおごと)になりそうですね。

 

「というわけで!今から、あの二人を誘いに行きまーす!」

「…え、今からですか!?」

 

理子ちゃんは急にテンションを上げて両手を天に突き上げました。

…しかし。

そう考えても、あの2人がそう簡単に首を縦に振るとは思えません。

 

「…でも、難しいですよ。特にアリアさんのほうは、そんな簡単に…。」

「だいじょーぶだいじょーぶ!脅す材料はちゃんとあるからね。」

 

理子ちゃんは不敵にニヤッと笑うと、作戦を私に告げました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、あの後屋上で理子ちゃんからとんでもない作戦を聞きました。

もちろん私もああ言ってしまった手前、渋々協力します。

 

作戦内容はいたってシンプル。

 

色仕掛け(ハニートラップ)―。

 

キンジ君をとりあえずオトす、とのことです。

…2人がかりで。

これ、私要りますか?

 

「…さて、キーくんをここに呼んだから…あと10分くらいでここに来るよー♪」

「…ていうか、なんですかこの格好…。」

 

ここは第2女子寮の1011号室。

理子ちゃんが普段生活している部屋です。

部屋は何故か薄暗く、甘い匂いもします。

理子ちゃんは私を呼び出したときのようにアリアさんに化けています。

 

私はというと…。

 

「…どうして、ゴスロリなんですか…?」

「そりゃあチビッ子が着たらかわいいからだよ!」

「いえ、確かにこの服、かわいいですけど…。」

 

ゴシック&ロリータ…通称ゴスロリ服を着ていました。

黒い生地をベースにフリルをたくさんあしらった…まぁ基本的なゴスロリです。

…でも、問題点が1つ。

 

「いや、私、茶髪ですから…。似合わないですよ。絶対。」

 

ゴスロリ服には、金髪や銀髪なんかの派手な色の髪が似合います。

私みたいな地味な茶髪は、全くと言っていいほど似合いません。

 

「そんなことないって!かわいいぞ、詩穂~!」

 

アリアさんに化けた理子ちゃんに超笑顔で抱き疲れてしまいます。

そうされると、なんだかアリアさんに抱きつかれているみたいで…新鮮ですね。

 

そうこうしているうちに…。

 

がちゃり…。

 

玄関のドアが開く音がしました。

どうやらキンジ君が来てしまったようです。

 

「うわ、キンジ君来ちゃいましたよ…!」

「大丈夫だって、私について来てくれれば余裕だよ!」

 

理子ちゃんと無声音で会話しているうちに…。

とうとう、キンジ君がガチャリとリビングのドアを開けてしまいました…!

 

ど、どうしましょう、私…!

 

「…もー。遅い。でも、今日は許してあげる。」

「アリア…詩穂…。」

「こ、こんばんはです、キンジ君…。」

 

理子ちゃんはキンジ君が入ってくるなり、アリアさんの声に巧みに変えました。

私も腹を括り、その場の空気に適当に合わせることにしました。

 

もうどーにでもなーれ♪

 

「というか…ここ、アリアの部屋だったのか。そして…その、なんだ、詩穂、その格好は…。それに、この部屋…。」

 

キンジ君は不審そうな目で部屋を見渡します。

 

それもそのはず。

ピンクのキャンドルで照らされた部屋は、薄暗くとても蠱惑的なムードが漂っています。

そして、私の格好もゴスロリでいつもと違います。

 

何より…足元には、たくさんのコスプレ用の衣装が散らばっています。

もちろん理子ちゃんが用意したものです。

 

理子ちゃんはキンジ君の質問をスルーして、アリアさんの姿のままキンジ君に近寄っていきます。

 

「キンジ、どれがいい?」

「どれって…なにがだっ!」

「んもー。いくらこういうことを避けてきたからって、アンタ鈍すぎよ?」

 

理子ちゃんはそのままどんどんキンジ君に近づいていって…。

…って、近すぎじゃないですか?

 

…ああ、そうでした。

今回の目的は『色仕掛け』でしたね。

 

…仕方ないとはいえ、ちょっぴりジェラシーです。

悔しいですが私には理子ちゃんのような度胸も魅力も色気もありません。

 

「えいっ。」

 

あれこれ考えているうちに、とうとう理子ちゃんはドサッとキンジ君をベッドに押し倒してしまいました。

 

「詩穂ー。アンタも来なさい。」

「なっなんでお前らっ…!」

「3Pよ3P。よかったじゃない、両手に花よ?」

 

…理子ちゃん、ちょっと口調に素が混じり始めていますね…。

 

ていうか私もですか!?

ま、マジですか!?

 

私があわあわしていると、アリアさんのフリをした理子ちゃんが催促してきます。

 

「ほーらー、早くー。」

「うぅ…で、では、失礼します…!」

 

『色仕掛け』、ということは…。

あわよくばキンジ君と…そ、その、えっちい事が出来るというわけで…!

私はそろそろとベッドの傍に立ちました。

 

「…ほら、キンジ…。」

 

理子ちゃんが誘惑するように、キンジ君に覆いかぶさります。

胸を顔に当てるように。

 

…見てるこっちが恥ずかしいです…。

 

しかし。

不思議なことに、この瞬間空気が変わった感覚が走りました。

 

「――理子…!」

「あったりー!さっすがぁー!」

 

キンジ君の声が、低く、鋭く響きます。

甘く蕩けさせてしまうような…普段よりもはるかに魅力的な声。

キンジ君は、突然、カッコいいモードに入りました。

 

理子ちゃんは声だけ理子ちゃんの声に戻りながら、キンジ君の上で騒ぎ立て続けます。

…まるで、こうなる事がわかっていたかのように…。

 

「やったー、やったー!キーくんが()()()()ー!クララが立ったー!」

 

――ヒスった?

 

ハイジネタはおそらく関係ないですが、ヒスった、と言う単語…。

このキンジ君の状態は、『ヒスった』という状態なのでしょうか…?

 

理子ちゃんはツインテールの片方を引っ張り、ベリベリと変装を解いていきます。

 

「りっこりっこりんでーす!くふふっ、たっだいまー!」

 

キンジ君は驚きのあまり絶句しています。

…そして、その表情はみるみる険しいものに変化していきます。

 

そりゃそうです。

理子ちゃんは神崎かなえさんを『武偵殺し』に仕立て上げ、ハイジャックでも戦い、その他諸々の罪を抱えた…犯罪者なのです。

 

「キーくん、理子を助けて?」

 

甘く、理子ちゃんが囁きます。

その言葉を聞いたキンジ君の顔が…今度は、強張りました。

 

…一体、どういうことでしょう?

状況がめまぐるしく変わり、頭の整理が追いつきません。

 

それでも理子ちゃんは変わらずにふざけた調子で言葉を続けます。

 

「ていうかそもそもねぇ。せっかく理子がダブルスクールしてたのに、アリアとキーくんのせいでイ・ウー退学になっちゃったんだぞ?ぷんぷんがおー!」

 

理子ちゃんは両手の指で角を作って、可愛らしく鳴きました。

 

…退学。

少し前、叶さんにイ・ウーのことを尋ねに行ったとき…彼女はこう言っていました。

『学校みたいなもの』と。

 

「理子、キーくんにお願いがあるの。だからお母様が教えてくれた…男の子に言うことを聞かせる方法、初めて使っちゃう。」

 

なおも硬直するキンジ君に理子ちゃんが甘く…囁き続けます。

理子ちゃんはキンジ君のネクタイをしゅるしゅると外すと、床にポイッと投げ捨てました。

 

「ほら、キーくんは私だけじゃ満足できないでしょ?だから…詩穂も、協力してくれるってさ。」

 

ちょ、理子ちゃん!

何てこと言ってるんですか!?

 

…と、口を動かしますが、私は私で驚きのあまり声が出ません。

 

「ねぇ、だから…私たちと、えっちいこと…しよ?」

 

理子ちゃんはその可愛らしい見た目とは裏腹の豊満な胸を、自然な動きでキンジ君の胸板に擦り付けます。

私はそれを…間近で見ていることしか出来ません。

 

「ねぇ、好き…。キーくん、大好き…!理子ね、あのハイジャックのときから、キーくんの事が頭から離れないの。キーくん、ギュッてして?」

 

これは…なんでしょうか?

かなり雑ですが、古典催眠法のようなことを理子ちゃんはやっていますね…?

 

甘い声で、名前を囁く。

『好き』を連続して言う。

甘ったるい匂いを焚いて、部屋を薄暗くしたのは…。

男の人を、『その気』にさせるため…!

 

本当に、どこまでも計算高い人ですね…。

 

「…冗談はよしてくれ、理子。」

 

しかし、それでもキンジ君は冷静です。

明らかな敵意を持った目で理子ちゃんを睨みます。

 

…胸からは目を逸らしていますが。

 

「キミは…俺の兄さんを、奪っただろう?」

「くふふっ…。まだ殺したと思ってるの?」

 

…キンジ君の、お兄さん。

ハイジャックのとき、確かに理子ちゃんはその単語でキンジ君を挑発していましたが…。

 

「どういうことだ…?」

「そのままの意味だよぉー。そんなことどうでもいいから…ね?」

「…証拠は、あるのか?」

「んもう。しょうがないな…。H、S、S。」

 

…2人の会話に、全くついていけません。

『HSS』?

一体何の…いえ、何を表しているのでしょうか?

 

何を表して…いえ、何を略した言い方なのでしょうか…?

 

「さて、ここでキーくんに選択肢でぇーす!」

 

理子ちゃんは私の服の襟を掴むと…。

 

胸元のリボンを解き、私の服を脱がせかかってきました…!

 

「え、ちょ、理子ちゃん!?」

「詩穂と私を…今ここで、()()()くれるなら…。お兄さんのこと、たくさんお話ししてあげるよ?」

 

理子ちゃんは私の服を脱がせつつ…。

器用に私も広いベッドに押し倒しました。

 

…あれ?

私もついでに襲われてません?

 

「キーくん、どう…?今、ここで楽しいことしてくれたら…理子、キーくんの彼女になっちゃう。理子はとってもオイシイ女の子なんだよ?いつでも、どこでも、好きなときに好きな場所で…理子に、好きなことしていいの。」

 

理子ちゃんはキンジ君の耳元で囁きかけます。

甘く、誘惑する…夢魔のように。

 

「そうすれば、HSS…キーくんは、『ヒステリアモード』って呼んでるんだっけ?それにも、いつでもなれるんだよ?」

「…ヒステリア、モード…?」

 

…その単語は、明らかに。

カッコいいキンジ君の状態を表す、答えでした。

 

理子ちゃんが、彼女になったら…いつでも、『なる』事が出来る?

…それは、つまり…?

 

私は理子ちゃんに襲われているにもかかわらず、その場で頭を動かし始めました。

 

…今、キンジ君はその状態…『ヒステリアモード』です。

いつ、どの瞬間、彼はその状態になったでしょうか?

…それは。

 

理子ちゃんがキンジ君に覆いかぶさった瞬間。

 

今まで、キンジ君はどのような状況下でなっていたでしょうか?

私が過去見たのは…三回。

 

アリアさんと初めて遭遇したその直後。

ハイジャックの時、気が付いたら。

『魔剣』ことジャンヌさんと戦っていたとき。

 

これらに共通していることは…。

アリアさんが近くにいたこと?

 

否。

違います。

 

近くに、女の子がいた…?

 

…つまり。

発動のトリガーは、女の子関係。

 

…おそらく、接触。

…いいえ。

 

接触だけであれば、どこでも簡単に発生してしまいます。

 

…答えは、女の子との…いいえ。

魅力的な女の子との、強い接触…?

 

「…キンジ君。『ヒステリアモード』って…?」

「……理子。どうしてくれるんだい?詩穂に、バレてしまった。」

「くふふっ。いずれバレてたと思うよー?この娘、鋭いから。」

 

2人は私の疑問を無視して会話を続けます。

…キンジ君は、少し恨みがましく理子ちゃんを睨みつけ…。

理子ちゃんは、相変わらずその状況を楽しむようにキンジ君を見下します。

 

…不意に、理子ちゃんが呟きました。

 

 

 

 

「…もうちょっと登場が遅くてもよかったんだけどなー?」

 

 

 

 

 

がっしゃぁぁぁぁぁん!!

 

「あたしのドレイを盗むなぁっ!!」

 

まるで映画みたいに、アリアさんが颯爽と窓をかち割って部屋に入ってきました。

 

「え、あ、アリアさん!?」

「理子ッ!ここで会ったが百年目よ!」

 

理子ちゃんはサッとベッドから飛び降りると、衣装の散らかった床に低めの体勢で着地します。

アリアさんは私とキンジ君が未だに寝っ転がっているベッドの上に降り立つと、すぐさま2丁のガバメントを抜いて威嚇体制をとりました。

 

「アリアー?もうちょっと見ててもよかったんだよ?」

「なっ…!あ、あたしは何も、み見てなんかいないわ!」

 

アリアさんが顔を真っ赤にしながら理子ちゃんの言葉にあからさまに動揺します。

 

…み、見られていたんですか…。

私も後で色々言われそうですね…。

 

「くふふっ♪惜しかったなあ…。もうちょっとで、キーくんも詩穂もまとめていただけるところだったのに…。ぷんぷんがおー、だぞ?」

 

理子ちゃんはアリアさんを軽くいなしつつ、床に落ちていたコスプレの山から…。

大きめの懐中時計を拾いました。

 

「まぁ、いいや。詩穂、こっちにおいでー?」

「へっ?」

 

理子ちゃんは私に向けて手を差し出すと…。

反対の手で、ポイッと懐中時計をアリアさんの目の前に投げました。

 

――次の瞬間。

 

 

カッッ!

 

 

まばゆい…何も見えないほどの閃光が、部屋を覆いつくしました。

 

…これは。

閃光手榴弾(フラッシュグレネード)…!?

 

私は突然の閃光に視界を奪われました。

 

閃光手榴弾、とは。

よくある目くらましの兵器で、チタンやマグネシウムなんかの反応時に大きな光を出す物質を詰めたものです。

普通は大きな音が鳴るものなのですが…その音が聞こえなかったと言うことは、上手く理子ちゃんが改良したものなのでしょうか?

 

――人間は強い光を急に浴びせられると。

 

まず、視界がしばらく奪われてしまいます。

これは単純に、『残像』という現象に過ぎませんが…。

強い光を突然見たために、脳がその強い光の状態を保持してしまう人間の性質です。

 

そして、人間は…いえ、動物は。

視界や聴覚などを突発的に奪われると、本能的に怯んでしまうものです。

 

もちろんアリアさんのような世界びっくり人間も例外ではないと思われます。

…私も視界を奪われているので、わかりませんが。

 

「ほら、詩穂。」

 

理子ちゃんの声が耳元で聞こえました。

…と同時に、ベッドに横になっていたはずの私の体が、宙に浮きました。

 

「……!?」

 

視界はありませんが…感覚的に理解します。

…お姫様抱っこで、誰かに運ばれている…?

 

…数秒経って、視界が戻りました。

 

辺りを見渡すと…夜空と、理子ちゃんの楽しそうな笑顔が見えました。

 

「…理子ちゃん?」

「どうかした、詩穂?」

 

理子ちゃんは私の呼びかけに、優しく答えてくれます。

…改めて辺りを見渡すと…どうやら、いつの間にか屋上にいるようです。

 

理子ちゃんに、抱きかかえられて。

 

「…わっわわ!理子ちゃん、降ろしてください!」

「えー?どうしよっかなぁ…?」

「いえいえ、本当に!」

「しょうがないなぁ、もう…。」

 

理子ちゃんは渋々、といった様子で私を地面に降ろしてくれました。

 

…状況が、さっぱりわかりません。

アリアさんが部屋に来て、閃光手榴弾を見事喰らった辺りまでは覚えているのですが…?

 

「理子ちゃん、あの、なんで…屋上に?」

「ん?ああ、私が運んできたんだよ。それで。」

 

理子ちゃんはフェンスに引っ付いている、動力付きワイヤーを指差しました。

…なるほど。

 

理子ちゃんは、あの場にいた全員の目がくらんでいるうちに…。

窓から用意してあったワイヤーに掴まって屋上まで上がってきた、ということみたいです。

 

私をお姫様抱っこして。

 

…いえ、確かに寝ている私を運ぶにはそれしかないと思うのですが…。

 

「……って!私、この服(ゴスロリ)のままじゃないですか!?」

「ああー…まあ、いいんじゃない?」

 

よくないです。

さっきのベッドの上での理子ちゃんのせいで若干服が肌蹴てますし。

 

と、現状を把握した辺りで…。

 

 

がっしゃぁぁぁん!

 

と屋上の非常階段につながるドアが勢いよく開けられました。

 

「理子ッ!」

 

同時に、アリアさんとキンジ君が、屋上に入ってきます。

 

「…ああ。今日はいい夜。硝煙の匂いも、月明かりも、何もかもが心地いいの。何より…私の隣には、世界にただ1人だけの親友がいる。こんなに良い夜はない…。」

 

理子ちゃんは唄うように、夜空を見上げました。

 

「峰・理子・リュパン4世!今度こそ逮捕してやるわ!ママの冤罪、その身をもって償いなさい!」

 

アリアさんは親の敵を見るように理子ちゃんを睨みつけます。

…実際、アリアさんはかなえさんの無罪を証明するために『イ・ウー』と敵対しているのです。

理子ちゃんはその一員でもあります。

 

…場の空気が緊迫していくのを感じました。

次の理子ちゃんの返答で、始まる…!

 

「うーん…いいよ。」

「……は?」

 

…理子ちゃんの返答は。

その場にいた誰もが予想していなかった言葉でした。

 

アリアさんが気の抜けたような返事を返します。

 

「せっかく気分がいいのに、こんなところでお前と張り合うのはあんまり楽しくないしねー。それに、今理子は万全じゃないし…。」

 

理子ちゃんはすんなり戦闘態勢を解きました。

アリアさんもキンジ君もすっかり毒気を抜かれたのか、2人からも闘志が消えます。

 

「…で?さっき言ったことは本当なんでしょうね?」

「もっちろんだよー!アリアのママの冤罪のことを、証言すればいいんでしょ?」

 

理子ちゃんは本当にすんなりと承諾します。

アリアさんはその言葉を聞いて心底嬉しそうな顔になりました。

これに対し…例の『ヒステリアモード』のキンジ君は、未だ疑問の残る顔で問い詰めます。

 

「…やけに素直だね、理子…。」

「これも取引の条件だしねー。」

「…取引、ですか?」

 

ここで理子ちゃんはまだ聞いていない単語を出してきました。

 

…取引?

はて…一体どんな取引なのでしょうか?

 

キンジ君は一瞬考える素振りを見せた後、すぐに理子ちゃんの言葉の真意を言い当てます。

 

「…司法取引、ってことか。」

「あったりー!さっすがキーくん!」

 

…この状態のキンジ君は、本当にとんでもなく頭がいいようですね…。

わずかな情報から的確で正しい情報をすぐに引っ張ってきてしまいます…。

 

司法取引、とは。

簡単に説明すると、犯罪者が共犯者を告発したり捜査に協力したりすることによって、その罪を軽減・帳消しに出来る制度です。

海外の一部の国でのみの制度でしたが、犯罪が横行するようになった近年、とうとう日本でも採用された制度です。

 

もちろん冤罪等の可能性もある少し悪い制度なのですが、ここ最近は特に犯罪者・犯罪組織が増えてきているため、やむをえない…といったところでしょうか。

 

「…理子ちゃん、だからこうやって堂々と武偵高に帰ってきたんですか…。」

「そういうことだよ、詩穂。私は『武偵として』詩穂に再会できたの…!」

 

そう言うと理子ちゃんはまたキラキラした目でこちらに寄り添ってきました。

そして私が何か言う前にギュッと抱きしめてしまいます。

 

…本当に理子ちゃんの好感度が上昇しまくっていますね…。

しかも今回に関しては私特に何もしてないですし。

勝手に上昇しましたよ今。

 

「…理子ちゃん、続き続き。」

「っは!私とした事がついうっかり八兵衛。」

 

水戸黄門は関係ないのですけれども。

理子ちゃんは私を抱きしめていた両腕を離すと、アリアさんたちの方に向き直りました。

 

ちなみにキンジ君もアリアさんもちょっと呆気に取られていました。

 

「…で、2人にはそれぞれやるべきことをやってあげるからさ…。ちょっと、理子に協力して欲しいんだー?」

「…協力、だって?」

 

キンジ君がまたも疑いの眼差しを向けます。

アリアさんは…証言してもらえる事が嬉しいようで、ちょっと頬が緩みっぱなしです。

 

「2人とも、理子と一緒に…!」

 

理子ちゃんはくるっとその場でターンすると、悪戯っぽい笑みを浮かべて例のセリフを言い放ちました。

 

 

「ドロボーやろうよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、理子ちゃん…。」

「どうしたの?詩穂。」

 

あのあと。

 

私は何故か、理子ちゃんの部屋で理子ちゃんと一緒に添い寝をしていました。

どうして…なんていうのは野暮です。

 

久しぶりに会えた親友と、一晩中語らいあう。

それはとても自然なことです。

 

「どうして、2人は引き受けてくれたんですか?」

 

そう。

アリアさんやキンジ君は、とても正義感の強い方々です。

このような、『ドロボー』に…どうして、納得してくれたのでしょうか?

 

「ああー、それか…。えっと、2人には条件を提示したんだよ。」

「…条件?」

 

アリアさんのほうは…おそらくかなえさんの証言でしょう。

しかし…キンジ君は?

 

理子ちゃんにそのように聞いてみました。

理子ちゃんは少し面白そうに、キンジ君にあてた条件を聞かせてくれました。

 

「キーくんはね、お兄さんのことを…崇拝、といっても良いくらいに尊敬しているの。で、そのお兄さんは本当は生きているんだけど…。聞いたことない?アンベリール号のシージャック事件。」

「…アンベリール号…。」

 

私は過去に見てきたニュースの中から、その記憶を引っ張り出します。

 

「去年の12月頃に起きた…あの事件ですか?」

「うん。」

「えっと確か…私の記憶が正しければ、その事件は奇跡的に犠牲者が一名で済んで…!?」

 

そこまで思い出して、私は驚愕します。

そのとき犠牲になってしまった、1人の武偵の名前。

『遠山金一』…!!

 

「そんな、まさか…!」

 

私の中で、さまざまな情報が飛び交います。

 

…ハイジャックのとき、キンジ君は推理の中でこう言っていたはずです。

 

「シージャックの事件で、ある武偵が『武偵殺し』にやられた」

 

…それは、つまり…!

理子ちゃんが、キンジ君のお兄さんを…!

 

…しかし、理子ちゃんは『遠山金一』が死んでいない、と言いました。

これは、一体…?

 

「…理子ちゃん、その、お兄さんって…。」

「うん。察しはついてると思うけど…『遠山金一』その人だよ。」

 

やはり…。

しかし、それでは生きているって…。

 

ここで。

私の中にとある仮説が出てきました。

 

『遠山金一は、死亡に見せかけてイ・ウーに入った』

 

…理子ちゃんやジャンヌさんが発言していたように、イ・ウーの人たちは何かとイ・ウーに来るように勧誘します。

…つまり。

 

「そのお兄さんは…イ・ウーに、いるんですね?」

「…さっすが詩穂。もうわかってる、って顔だね。」

 

理子ちゃんは苦笑いをしながら私のことを見据えました。

 

ベッドの上、同じ布団の中。

すぐ目の前には、理子ちゃんの顔。

 

「キーくんはさっきも言ったように、お兄さんを凄く尊敬していたんだ。だから…ちょっとお兄さんの情報をエサに、ね。」

 

…そういうことだったのですか…。

理子ちゃんは本当に計算高い人です。

逃げ道を無くして、でも自分の逃げ道はいつでもちゃんと用意している。

そういう子なのです。

 

「…そういえば、キンジ君の『ヒステリアモード』って…。」

「あー、それはキーくんに直接聞いて。ちょっと生々しくて話したくない…。」

 

理子ちゃんは少し顔を赤くしながらそう答えてくれました。

…いつか、キンジ君に直接聞くしかないみたいですね。

 

「…と、ところでさ、詩穂…。」

「え?はい。」

 

理子ちゃんは突然、こちらに少し近づきました。

もう、お互いの顔の距離は10cmもありません。

 

…そこで、気が付きました。

理子ちゃんの顔が、紅潮していることに…!

 

「はぁ、はぁ…。さっき生殺し食らっちゃって、体が火照って仕方ないの…!詩穂、お願い…!」

「…え、ちょ、理子ちゃん…!?」

 

理子ちゃんはスルスルと私の体に手を這わせながら、更に更に近づきます。

 

「大丈夫、詩穂のことも…気持ちよくしてあげるから、ね…?」

「い、いえ、あのですね、理子ちゃん。この小説はR18ではないのでそういうことだけは出来なくてですね…!」

 

理子ちゃんの顔は、もう息のかかるくらいの近さまで来ていました。

 

…いつ見ても可愛らしい顔が、いつも以上に可愛く見えてしまいます。

その切なげな表情を見て、心が揺らぎかけます。

 

落ち着け、私…!

この小説は百合小説じゃない、えっちな小説でもない…!

ここで流れに身を任せたら負けです…!

 

「ねぇ、詩穂。さっきはキーくんに言ったけど、アレはウソなの…。」

「う、うう、ウソといいますと…?」

「私が本当に大好きなのは…詩穂だけなんだよ。詩穂さえいればいいの…!こんな気持ちは女の子に抱いちゃいけないのに…詩穂と一緒にいるだけで、止まらないよぉ…!」

 

ぐ、ぐはっ!?

か、可愛すぎる…!

 

ていうか地味に告白されてますし!

理子ちゃんは百合だったのですか、そうなのですか…。

 

でも、理子ちゃん相手ならいいかなって…!

い、いえいえ、しかし私にはキンジ君が…!

あぁ、でも、理子ちゃんも大事で、可愛くて、大好きで…!

 

理子ちゃんの2本の腕が、私の体を優しく抱き寄せます。

 

「ねぇ、詩穂…!お願い…!詩穂が好きな人はわかってるし、こんなことは許されないのも知ってる…!でも、今夜だけは…!」

 

理子ちゃんが懇願します。

切なげに、瞳を揺らして。

その目には、不安と期待と情欲が見えました。

 

…私は…!

 

「…ダメですよ、理子ちゃん。」

「詩穂…。」

 

理子ちゃんは捨てられてしまった子犬のような目で私を見つめました。

う、ううむ、精神的にキツイですが…。

理子ちゃん、ごめんなさい…。

 

今、その期待に応えてしまってはいけないんです。

 

「私は理子ちゃんも大好きですし、キンジ君も…その、好きです。アリアさんも好きなんです。でも、だからこそ…こんな曖昧な気持ちで、理子ちゃんの気持ちに応えちゃダメなんです。」

「…うん。」

「ごめんなさい、理子ちゃん。いつか、私の心に決心がつくまで…。ズルイ言い方をしてしまいます。許してください。私を…待っていてください。」

 

私には…まだよくわかりません。

キンジ君のことは、好きです。

でもそれは本当に恋情なのでしょうか?

 

…そう言われると、簡単には頷けません。

 

いつか、私が大人になるまで。

理子ちゃんに、情けなくお願いするんです。

待っていてください、と…。

 

「…ずるいよ、詩穂…。そんなこと言われたら…待っちゃうよ。いつまでも、いつまでも…詩穂のことを、待たなくちゃいけないの?」

「…ごめんなさい、理子ちゃん…。」

「…ううん。大丈夫。詩穂が私のことを考えて言ってくれてるのが、よくわかったから…。」

 

理子ちゃんは少し呆れたように首を振ると、微笑を浮かべました。

 

「待ってる。詩穂のこと、大好きだから。」

「…はい。ありがとうございます…理子ちゃん。」

 

理子ちゃんは、優しい子です。

こんな私のことを、好きと言ってもらえた。

 

今はその事が、嬉しいです。

 

「…でもキーくんに取られる前に快楽で堕とせばいいよね?」

「………は?」

 

ふと気が付くと、理子ちゃんの赤く染まった顔が見えました。

 

「…詩穂、ごめん。」

「…みゃぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

なんとか一晩中抗戦し、貞操その他諸々を守ることに成功しました…。




読了、ありがとうございました。


…書き終わってから気付きましたが、なんなんですかこの百合は…。
さすがに方向性を見失ってきましたね。
次回からはもっとまともな小説を書いていきます…。

そしてようやく詩穂が色々と気付きましたね。
あんだけヒントがあったのに、何を見ていたんだろうこの残念娘は…。


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第19話 さくせんかいぎはめいどきっさです

第19話です。


…はい。
もう言い訳する余地すらありませんね。
またもや更新が遅れてしまい、申し訳ありませんでした…。


さて、謝罪はしばらく置いておいて。
今回はいわゆる日常パートと、作戦会議パートが主です。
特に物語に進展がないという…。
じゃあなんでこんなに更新が遅れたんでしょうね。
私ってなんなんでしょうね。


理子ちゃんの部屋に泊まった翌日。

私は理子ちゃんと一緒に女子寮から登校しました。

 

…ここだけ聞くと、なんだか普通の登校風景みたいですが…。

 

「ふんふんふ~ん♪」

「…あの、理子ちゃん?」

「なーに?」

「…いえ、なんでもないです…。」

 

現在の状況を確認すると。

理子ちゃんと手を繋いで教室に向かって校内を歩いている途中です。

 

…何故か恋人繋ぎで。

 

「ふんふーん♪ふんふんふーん♪」

 

…まぁ。

理子ちゃんが幸せそうなので、良しとしましょうか…?

 

教室に入ると。

理子ちゃんは大きな声でクラスメイトに呼びかけました。

 

「たっだいまー!りこりん帰還いたしましたーっ!」

 

と、理子ちゃんの声を聞いたクラスメイトたちは。

 

わぁぁぁ、と理子ちゃんの周りを取り囲みました。

…自然、理子ちゃんと手を繋いでいた私も囲まれる形になります。

 

理子ちゃんは、私と違って人気者です。

可愛らしい見た目、高いコミュ力。

明るくとっつきやすい言動、そして幅広い趣味のおかげで誰とも仲良く接する事が出来ます。

 

…そして、私はというと。

 

「あ、あぅ…。」

 

絶賛コミュ障発動中です…。

 

「ねぇ理子ー、どこ行ってたの?」

「アメリカだよー。」

 

…事前に理子ちゃんは情報を弄っていたので、今までアメリカに特秘任務(シールドクエスト)に行っていたことになっていました。

相変わらず計算高い人です。

 

「りこりん、待ってたよ!おかえり!」

「「りこりん!りこりん!」」

 

気が付いたらクラスには『りこりん旋風(センセーション)』が起こっていました。

主にやっているのはノリのいい男子の皆さんです。

理子ちゃんも楽しそうに一緒に『りこりんりこりん』しています。

 

……あ、遠くの席にこの異常な状況を遠い目で眺めるキンジ君が見えました。

アリアさんは本来犯罪者である理子ちゃんがちやほやされているのが気に食わないのか、ぐぬぬ、と表情を歪めています。

 

「…あれ?茅間さんと理子ちゃんって仲良かったっけ?」

「うん?そうだよー。理子と詩穂はちょー仲良いのです!ね、詩穂?」

「へっ!?え、えと、あぅ……。」

 

急に矛先を向けられ、答えに窮してしまいます。

…どうも私は、不特定多数の人に囲まれてしまうとビビッてしまうようですね…。

コミュ障の典型ですね、わかります。

 

「え、えと、その…。」

「うんうん。かわいいなぁ、詩穂…!私の一生のパートナーだよねっ!

 

理子ちゃんが私に抱きつき、更に私は言葉に困ってしまいました。

…そんな私たちを見てか見ずか、遠巻きにいた1人の女子が、ぼそっと呟きました。

 

 

 

 

 

 

「…でもなんか、茅間さんってオドオドしてるっていうか暗いっていうか…理子にはもったいないよねー?」

 

 

 

 

 

 

ガァン!

 

 

 

その言葉が終わるのと、銃声が聞こえたのはほぼ同時でした。

 

「…もういっぺん言ってみな。」

 

…私のすぐ隣には、能面のような無表情をした理子ちゃんが。

その拳銃を持つ右手は高く、真っ直ぐに天井に向けられています。

周りの皆さんは、あまりの急展開に唖然としています。

 

「次、詩穂のこと悪く言ったら…風穴開けっぞ?」

 

理子ちゃんは呟いた女子に向かって静かに言い放ちました。

その女の子は数瞬呆然としたあと。

 

「…なっ何よ!ちょっと人気だからって…調子乗ってんじゃないわよ!」

 

そう言い残しドタドタと廊下に出て行ってしまいました。

…バカにされたり威嚇されたりするとすぐケンカ腰になるのはとても武偵高生徒らしいですね…。

などとかなり場違いなことを考えていると。

 

「…り、理子ちゃんの気持ちはわかるぜ!茅間さんかわいいもんな!」

「そ、そうそう!急にあんなこと言う高宮が悪いんだよ!」

 

…すぐに、周りのみんなが理子ちゃんのフォローに入りました。

ここら辺はやはり理子ちゃんのクラス内での信用がモノを言うようですね。

そしてさっきの方は高宮さんというのでしたか…。

 

当の理子ちゃんは、ただ無表情に…皆に言い放ちました。

 

「…理子の詩穂に、手ぇ出したら…だめだぞ?」

 

皆が黙り込み…クラスに静寂が舞い降ります。

…その一言を最後に、朝のHR開始のチャイムが鳴るのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…時は移り、お昼休み。

 

「…理子ちゃん、どうしたんですか?」

「へ?どうしたって?」

 

理子ちゃんと一緒にお弁当を食べながら、理子ちゃんに朝のことを問いただしてみました。

…でも、本人は何のことだかわかっていないようです。

 

「朝のことです。どうしてあんな…理子ちゃんらしくないですよ。」

 

理子ちゃんは朝のことを思い出したのか、少しバツの悪そうな顔をしながら。

 

「その…詩穂のことをバカにされたと思ったら、手が勝手に…。」

 

と答えました。

手が勝手に、って…。

 

「…だって、自分の大切な人が侮辱されたら、怒るでしょ?」

「あ、あぅ…理子ちゃん…。」

 

不意に大切な人、と言われて顔が熱くなってしまいます。

…ではなくて。

 

「…やっぱり理子ちゃんには、そんなことして欲しくないです。理子ちゃんは…優しい人、なんですから。」

「…ん。わかった。詩穂がそういうなら、もうしないよ…。」

 

理子ちゃんは渋々、といった様子で頷きました。

…私はお弁当に視線を戻すと、頭の中で考え始めます。

 

いくらなんでも、おかしい。

理子ちゃんの行動が明らかに後先を考えなくなっています。

…それは、なぜでしょう?

 

昨日のこと…というか私との再会も関係していそうですが…それだけじゃないはずです。

私と理子ちゃんの問題じゃなくて理子ちゃん自身の問題…。

 

これは、カンに過ぎませんが。

『ドロボー』のことが、関係しているような。

その事が理子ちゃんの余裕を奪っているような。

そんな気が、しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

武偵高では中間テストが行われました。

 

一般の高校が二日間に分けて行うはずの一般教科のテストは…この高校は一教科20分くらいの小規模の軽いテストで済ませてしまうので一日目の午前中で全テストが終了してしまいます。

そのあと体力テスト、身体測定、各専門科目――私だと、強襲科――のペーパーテストをやって一日で終わらせてしまいます。

 

 

 

 

…さて、一般教科のテストが終了して、現在体力テスト中…。

全種目をさっさと終わらせ、いつもどおりボロクソな自分の運動能力が記されている記録用紙を手にグラウンドの隅に座りました。

 

…すると、同じく全種目を終わらせたらしいキンジ君が私のほうに歩いてきました。

 

「…詩穂。終わったのか?」

「はい。キンジ君もですか?」

「ああ。」

 

そして私から少し離れた場所に腰を下ろすと、ボーっと他の生徒の体力テストを眺め始めました。

 

…少し、その距離に寂しさを覚えてしまいます。

その距離をごく自然に埋めるように、キンジ君に話題を振りに近寄ります。

 

「キンジ君はどうでしたか?」

「…至って普通だ。」

 

キンジ君が手渡してくれた記録用紙を見てみると…。

見事に高校2年男子の平均をなぞっていました。

…ある意味凄いですね…。

 

「詩穂はどうなんだよ。」

「へっ!?わ、私はなんというかそのあのですね…。」

 

…とかなんとか言い訳をしているうちに、キンジ君に記録用紙を覗き見られてしまいます。

キンジ君はそれに目を通すと…凄く申し訳なさそうな顔で記録用紙から目を離しました。

 

「…なんか、その…スマン。」

「…うぅ、謝られると更に惨めです…。」

 

…私だって地を這うようなこの記録には絶望しているんですよ…。

そんなことを話しながら、だんだん会話が世間話になってきたあたりで…。

 

「あら。あんたたち、一緒だったの。」

 

タオルを首にかけたアリアさんがこちらにやってきました。

手にはスポーツドリンクが入っていると思われるペットボトルが握られています。

アリアさんは私とキンジ君の記録用紙を見て…嘆息します。

 

「もうキンジはどうでもいいとして…。」

「どうでもいいってなんだよ。」

「詩穂、なんとかなんないの?」

「あぅ…ごめんなさい…。」

「ごめんなさいじゃなくて…もう。まぁいいわ。こういう努力で何とかなるものは何とかしときなさいよ?」

「…はい…。」

 

わかっているとはいえ、やっぱり直接言われるとグサッときますね…。

…でも、アリアさんの言うとおりです。

努力で何とか出来るなら…何とか出来るようになるべきです。

 

私たちは会話もそこそこに、教室に戻るのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのあとの時間割だと、自由参加のテストがいくつか残っていました。

私はというと…生物の小テストを受けることにしていました。

 

というのもこの生物のテスト、DVDを見てプリントを埋めるだけで0.1単位もらえるらしいのです。

私は他の生徒さんと違ってあまり依頼で単位が稼げないので、こういうチマチマしたことで単位が稼げるのはとても助かったりします。

 

時間的に…今は、探偵科(インケスタ)強襲科(アサルト)の生徒さんが受けられるみたいですね。

情報科(インフォルマ)棟の大視聴覚室に入ると、中はびっくりするぐらい広く…人はあまりいません。

 

あまり近くに人がいない席を探していると…見知った背中を見つけました。

 

「…キンジ君。」

「…詩穂か。」

 

キンジ君が端っこのほうの席に座っていました。

どうやらキンジ君も受けに来ていた模様です。

 

「隣、いいですか?」

「…好きにしろ。」

 

相変わらずなキンジ君のぶっきらぼうな返答に苦笑しつつ、キンジ君の右隣の席に失礼します。

…少し経つと。

 

「ほら、皆さん席についてください。テストを始めますよ。」

 

ポンポン、と手を叩きながら黒いスーツを着た先生がやってきました。

…すると途端に、教室内にいた女子生徒の皆さんがキャー、と黄色い声を上げ始めます。

 

…あの先生は…。

確か、救護科の非常勤の講師の小夜鳴(さよなき)(とおる)先生ですね。

海外の大学を飛び級で卒業し、どう見ても20歳そこいらの年齢でありながら遺伝子学者でもあるすごい先生です。

女子生徒からの評判もよく、長身で顔はいわゆるイケメンさん。

しかも武偵高の先生としては珍しく、性格も優しく礼儀正しいという…いわゆる完璧超人です。

…どことなく不知火君を思い出しますね…。

 

とまぁ、こんな感じでなぜ武偵高に就任したのか謎な感じの先生です。

 

その小夜鳴先生がプリント…おそらくテスト用紙を配り始めます。

私にも配られたプリントに目を向けると…。

内容は至ってシンプルでした。

文章の途中途中に空欄があり、その空欄を埋めればいいみたいです。

内容は…『遺伝子学』。

なるほど、中々簡単そうです。

これは単位ゲットですね。

 

「…詩穂は、あいつらみたいに小夜鳴を見に行かなくていいのか?」

「へ…?私、ですか?」

 

少し唐突で不思議な質問がキンジ君から飛んできたので、少々面食らってしまいます。

…私は…。

 

「…まぁ、かっこいいとは思いますけど…天上の人というか何と言うか、私としてはあんまり興味が沸かないですね…。」

「…そうか。」

 

キンジ君はそれだけ言うと、テスト用紙に視線を落としてしまいます。

…はて?

なんだったのでしょうか…?

 

「詩っ穂ーー!会いたかったよーぅ!」

「みぎゅっ!?」

 

不意に、後ろから何者かに抱き付かれました。

…いえ、誰だかはすぐにわかるのですが…。

主に背中に伝わる2つの大きな胸の感触で。

 

「…理子ちゃん。とりあえず離れてください…。」

「んー。」

 

理子ちゃんは案外あっさりと離れると、とさっ、と私の右隣の席に腰を下ろしました。

…これで私は理子ちゃんとキンジ君に挟まれる形になります。

 

「理子ちゃんも来たんですか?」

「そーだよー。私は詩穂に会いに来たんだよ!」

 

テストを受けに来たわけではないようです。

…理子ちゃん…。

自分で言うのもなんかアレですが、どんだけ私のこと好きなんですか…。

 

「…おい、始まるみたいだぞ。」

 

キンジ君の発言の直後、照明が落ちます。

室内が薄暗くなり、DVDの上映が始まりました。

 

『遺伝。親の情報が子供に伝えられる…。』

 

…とは言っても…。

内容自体は簡単ですし、正直DVD見なくても用紙を埋められるんですよね…。

というわけで、DVDの音声をBGMに空欄に当てはまる言葉を埋めていきます。

 

…この空欄は二重螺旋構造ですね…。

…ここは優性遺伝かな…。

…ここはメンデルの法則ですね…。

 

…ものの3分程度で空欄を埋め終わってしまいます。

 

…暇、ですねぇ…。

前のスクリーンを見ると、有名なアインシュタインとマリリン・モンローの掛け合いが映っています。

どの話も知っているので、退屈で仕方がありません。

 

「…はぁ…。」

 

思わず溜息をついてしまいます。

すると。

 

「…暇なの?」

 

右隣から理子ちゃんが小声で話しかけてきました。

 

「へ?ええ、まぁ…。」

「じゃあさ、ちょっと…遊ぼうよ。」

 

理子ちゃんは言うなり私に身を寄せました。

そしてそのまま、その大きな胸で私の腕を…って!

 

「な、何してるんですか理子ちゃん!?」

「えぇー?うーん…誘惑?」

 

ホントに何やってるんですか!?

 

「ねぇ、私と…ちょっとイケナイ遊び、しよう…?」

「ひゃぁ…ちょ、ちょっと、理子ちゃん…!」

 

理子ちゃんの指先が唐突に首筋に触れました。

そのままさわさわ、と弱くくすぐるように指先が上下します。

当然くすぐったいです。

 

「や、やめ…ストップです、理子ちゃ…やぅぅ…。」

「ほれほれ、ここがいいのか?ここか?ここか?」

 

理子ちゃんは悪ノリしてか、私の体中の色々なところを撫で回し始めます。

お腹、耳、脇腹…。

 

だんだんとくすぐったさに…なんというか…。

ゾクゾクとしたものが…!

 

「ふぁ…ぅぅ…。」

「…ふふ、詩穂。気持ち…いいかな?」

「や、やぁ…理子ちゃん…。」

「かわいい…!詩穂、かわいいよぉ…!」

「…あのですね、茅間さん、峰さん…。」

 

……あれ?

気のせいでしょうか、最後のほうに男の人の声が…。

そして部屋がやけに明るいような…?

 

前のスクリーンを見てみると、『おわり』の三文字が。

…あれ?

『おわり』?

 

そしてすぐ横の気配に気が付いたときは時既に遅し。

…とてもお怒りの表情の小夜鳴先生が、私たちの席の隣に仁王立ちしていました…。

 

「…こ、これは、あのですね…!」

「り、理子のせいなんだよ!詩穂は悪くないの!り、理子だけが…!」

 

理子ちゃんは必死に状況を説明しようとしますが…やってたことがやってたことです。

どんなに説明しても無駄でしょう。

 

「そ、そうだ!キーくん!キーくんなら証人に…っていなーい!?」

 

どうやらキンジ君は厄介事を察知したのか、早々に帰ってしまった模様です。

 

「…お2人とも、TPOというものをご存知ですか…?」

 

…どうやら弁明の余地はないようです。

そのあとガッツリお説教を食らいました…。

私も理子ちゃんも空欄はしっかり埋まっていたので、お説教だけで済んだのが不幸中の幸い、と言うべきでしょうか…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夕方。

部屋に戻ると、白雪さんが荷物をまとめているところに出くわしました。

 

「…白雪さん?どこかに出かけるんですか?」

「ああ、おかえり、詩穂。」

 

白雪さんはキャリーバッグのチャックを閉めると、こちらに向き直ります。

 

「ただいまです。…旅行、ですか?」

「うーん、そんな楽しいものじゃないかも。」

 

軽く苦笑いする白雪さんの格好は…。

いつもの巫女服ですが、なにやら顔は少し元気がありません。

 

「今夜から、星伽にしばらく帰ることになったの。だから、キンちゃんをよろしくね?あ、でもキンちゃんに近づいたらダメだよ?」

 

じゃあどうしろと。

しかし…急に白雪さんの不在が決定になってしまいました。

実を言うとここ数日も白雪さんは超能力捜査研究科(SSR)の合宿に行っており、実質白雪さん不在期間が延びてしまったことになります。

なんでも昨日までは出雲大社に行っていたのだとか。

 

「…そう、ですか。わかりました。じゃあ、またしばらく会えないんですね…。」

「そ、そんなことないよ!なるべく早く帰ってくるから…詩穂も、そっちは任せたよ?」

「…はい。わかりました。」

 

少し寂しく思ってしまい、ちょっと声のトーンを落としてしまった私を励ますように、白雪さんはえいっとガッツポーズを作って見せます。

 

…そうですね。

またしばらくはこの部屋の炊事洗濯その他諸々は私がやることになります。

頑張りましょう!

 

「…じゃあ、私はもう行くね。」

「はい。行ってらっしゃい、白雪さん。」

「うん!行ってきまーす!」

 

…こうして、なんだかよくわからないまま白雪さんは星伽の実家…青森に、行ってしまったのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな事があった翌週の休日。

梅雨に入ったのかここ最近は雨が多く、そんな中幸運にも晴れた日曜日。

 

私とキンジ君とアリアさんの3人で、何故か秋葉原に来ていました。

 

「…ほ、ほんとにこの道で合ってるの…?」

「はい、合ってますよ?」

 

アリアさんもキンジ君もアキバはあまり来ないのか、キョロキョロしながら歩きます。

 

…どうして秋葉原なんかにいるのかというと。

理子ちゃんが『ドロボー』の作戦会議をする場所として指定したのがアキバのメイド喫茶だからでした。

このメイド喫茶は…私と理子ちゃんがよく2人で遊びに行くときに行っていた場所です。

 

ちなみに作戦名は『大泥棒大作戦』。

…語呂悪いですね…。

 

「…ひ、人が多くて…たまらないわ…。」

 

アリアさんは行き交う人の量に目を回しながらも、先導する私にしっかりと付いてきてくれます。

キンジ君も戸惑いながら、無言で付いてきてくれます。

 

道行く人たちはアリアさんを見てボソッと一言。

「アホ毛だ。」

「ツインテだ。」

「妹ロリだ。」

「ミクだ。」

 

…初音さんではありませんし、妹でもありませんけれども…。

なんとなく共感します。

アリアさんの外見はとんでもなく可愛い上に、確かに創作上のキャラクターを想起させるような髪型・容姿をしていますし、当然でしょう。

 

「……??」

 

アリアさんはそんな道行く皆さんを不思議そうな目で見つめるだけでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩穂→アリア

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着きましたよ。」

 

とあるビルの、階段の踊場。

そこで詩穂は歩みを止めた。

 

「こ、ここなのね…。」

「はい。ここです。」

 

まるで戦場に行く気分のようだわ…。

とんでもなく緊張する…。

これなら犯罪者のアジトに強襲するほうがよっぽどマシね。

 

「…は、入るのか…?」

「へ?そりゃ、入りますけど…。」

 

キンジも同じように緊張しているようね。

よかった、あたしと同じ感性を持っている人がいて…。

 

おもむろに、詩穂が扉を開けた。

 

がちゃ。

コロンコロン…。

 

ドアを開けると、入店を知らせる鈴の音が店内に響いた。

と、同時に。

 

「「「お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢様!!」

 

甲高い声が耳に届く。

…こういう、店なの…。

 

「じ、実家と同じ挨拶だわ…まさか、日本で聞くとは思わなかった…。」

 

驚きのあまり率直な感想がもれてしまう。

そして、あたしたちを案内してきた詩穂はというと…。

 

「きゃあ、詩穂ちゃん!お帰りなさいませー!」

「相変わらずかわいー!」

「詩穂ちゃんもここで働けばいいのにー!」

「にゃ、ちょ、ちょっと、今日は大事な用事なので早く案内してくださいー!」

 

…メイドたちに、囲まれていた。

詩穂本人はどこか照れている様子だったけど…その顔はどこか嬉しそう。

なるほどね。

ここは詩穂にとっては、ホームグラウンドのようなものなのね…。

理子もそうだけど、どうしてこういう場所に好き好んで来れるのか謎で仕方ないわ…。

 

そのあとメイドたちにたっぷり10分程可愛がられた詩穂を鑑賞させられたあと、ようやく席に案内されたのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリア→詩穂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

約束の時間から、だいぶ経ったころ。

アリアさんは注文したコーヒーを飲み干し退屈そうに枝毛を探し、キンジ君は疲れきった表情で水を飲み続けている、そんなある意味悲しい風景を向かいの席から眺めていた辺りで。

 

…ようやく理子ちゃんが来ました。

おそらく衝動買いしまくった後であろう、数々のお店の紙袋を抱えながら。

 

「きゃー、理子さま!お帰りなさいませ!」

「理子さまデザインされた制服、凄く好評なんですよー!」

「詩穂ちゃんもお帰りになってますよ!ご案内しますね!」

 

ちょっと、そこ!

どうして理子ちゃんは『さま』で私は『ちゃん』なんですか!

…なんて抗議は何回もやっているので諦めることにします。

理由は、曰く「可愛いから」。

納得いきません。

 

「ごっめぇーん、チコクしちゃったー!」

 

理子ちゃんはパタパタとこちらに走ってくると、私の隣に座りました。

席の配置的には私と理子ちゃんの向かいにキンジ君とアリアさんが座っている形になります。

 

「理子はいつものパフェといちごオレ!そこのカッコイイ奴にはダージリン、ピンクにはももまんでも投げといてー。」

「あ、私はアッサムをお願いします。」

「かしこまりましたー♪」

 

メイドさんに理子ちゃんが注文していたので、私も追加で紅茶をもらいます。

…少しお財布に響きますが、ここのアッサムティーはミルクとの相性が抜群にいいのでたくさん飲みたくなってしまうのです。

 

 

 

 

 

「…まさか、リュパン家の人間と同じ席に着くなんてね。天国の曾お爺さまも嘆かれてるに違いないわ。」

 

理子ちゃんがパフェを食べ終わり、落ち着いた辺りで。

アリアさんが少し嫌味を言いながらも作戦会議が始まりました。

 

「理子。俺たちはお茶に来たわけじゃない。……アリアと俺にした約束、ちゃんと守るんだろうな?」

 

キンジ君が、おそらくもっとも不安要素であろうことの確認をします。

…そもそも口約束なので、なんともいえないですが…。

 

キンジ君は、お兄さんについての情報。

アリアさんは、かなえさんの裁判での証言。

 

2人に対する報酬は、確かにこうなっていたはずです。

 

「もっちろん♪」

「…全く。だったら早く始めなさいよ。」

 

アリアさんが少し苛立ったように声を上げます。

ついでにダンダン、と机を叩くことも忘れません。

 

「お前が命令すんじゃねぇよ、オルメス。」

 

理子ちゃんもケンカ腰で口悪く反発。

…どうやら、この2人は根本的に仲が悪いみたいですね…。

いえ、そもそも元犯罪者と知りながらも理子ちゃんと仲良く話している私のほうが異常なのかもしれませんが。

 

理子ちゃんは鞄からゴソゴソ、とノートパソコンを取り出すと。

全員に見えるようにテーブルの上に配置し、なにやら設計図のような画面を表示しました。

 

「横浜郊外にある『紅鳴館』。…ただの洋館に見えて、これはかなり鉄壁の要塞なのですよー。」

 

理子ちゃんはクルッといつもの調子に戻ると、説明を始めます。

ディスプレイに表示される画面を見てみると…。

 

どうやら、その『紅鳴館』とやらの見取り図、のようです。

三階から地下一階までの正確な見取り図。

そして、その館に仕掛けてある膨大な量の防犯装置や館から逃げ出すための無数の逃走経路がものすごく緻密に、詳細に書き込まれていました。

 

ぶっちゃけ、すごい、としか言いようがありません。

 

「これ…あんたが作ったの?」

「うん。」

 

頬杖をつきながら、なんでもないように答える理子ちゃん。

 

「いつから?」

「んーと、先週。」

 

アリアさんの顔が驚愕に染まります。

当たり前です。

こんな精密で完璧な計画、プロに頼んでも最低3ヶ月はかかります。

私は、とりあえず気になったことを理子ちゃんに聞いてみることにします。

 

「こんな…どこで、誰にこんな作戦立案術を習ったんですか?」

「イ・ウーでジャンヌに。」

 

…ジャンヌ。

ジャンヌ・ダルク30世。

魔剣(デュランダル)』という通り名の、この間戦った策士さんです。

 

叶さんの言葉が、身を持ってわかりました。

『お互いの技術を、教えあって高めあう場所』。

これは…想像していたよりも、恐ろしい組織なのではないでしょうか?

『イ・ウー』…。

その強いメンバーたちが、お互いの知識や技術を教えあう…だなんて。

 

「理子が欲しいお宝は、ここの地下金庫にあるはずなの。でもこれがマジのマゾゲーでねぇ。でも、優秀な…息の合った2人組みと連絡役1人、保険が1人いれば何とかなりそうなんだよ。」

「そこで、あたしとキンジと詩穂、ってワケね。」

 

アリアさんがふぅ、と軽く息を吐きます。

 

「…でね、ここの館の主なんだけど…どうもここ何十年、帰ってないらしいんだよね。管理人がいるだけらしいんだけど…その管理人も不在が多くて、謎だらけ。」

「…その管理人、ってのは誰なんだよ?」

 

今度はキンジ君が理子ちゃんの言葉に食いつきます。

アリアさんは頭の中でシミュレーションでもしているのか、目を瞑って考え込んでいます。

 

「さぁ?でも主ならわかってるよ?」

「誰だよ。」

「アリアなら知ってるんじゃないかな…?『無限罪のブラド』。」

「なんですって!?」

 

アリアさんがその言葉を聞いた途端、ガタッと立ち上がりました。

メイドさんたちや他のお客さんも何事かとこっちを見ますが、アリアさんはそんなことはお構いなしです。

 

「…『無限罪のブラド』…イ・ウーのナンバー2じゃない…!」

 

ナンバー、2…?

それはつまり。

イ・ウーで2番目に強い、ということ。

 

「まぁ、落ち着けよオルメス。ブラドはここ何十年も帰ってきていない。どうせそんなに都合よく帰ってこねぇよ。」

 

理子ちゃんが嘲笑の笑みを浮かべて口悪くアリアさんにケンカを売ります。

案の定アリアさんは少し不機嫌になり。

 

「…そんくらい、わかってるわよ…。」

 

と言いながら、ドカッと席に座りなおしました。

キンジ君はそんな状況を見かねてか話題を少し変えようとします。

 

「それで、俺たちは何を盗めばいいんだ?」

 

これは、再開した日の夜の屋上で理子ちゃんから聞いています。

確か…理子ちゃんの、お母さんの形見の…。

 

「理子のお母さまがくれた…十字架。」

「あんた、どういう神経してんの!?」

 

瞬時にアリアさんが怒りました。

…アリアさんはまたもや立ち上がると、とうとう理子ちゃんにガバメントを向けながら怒鳴りつけます。

 

「あたしのママに冤罪を着せといて…自分の母親からのプレゼントを取り返せですって!?あたしがどんな気持ちか考えてみなさいよ!」

「あ、アリアさん、落ち着いて…。」

 

確かにアリアさんの気持ちはわからなくはないです。

でも、理子ちゃんはその十字架を…『形見』と言っていました。

つまり…理子ちゃんのお母さんは、もう…。

 

「これが落ち着いてなんかいられないわよ!あたしはママと、少しの時間だけしか話せない!壁の向こうにいて触れることも抱きつくことの出来ないのよ!?」

「……私はアリアが、うらやましいよ。」

「あたしの何がうらやましいってのよ!」

 

アリアさんはものすごい剣幕で理子ちゃんを怒鳴りつけます。

それでも…理子ちゃんは寂しそうに、ただ悲しそうに答えました。

 

「アリアのママは、生きてるから。」

「…………っ!」

 

…静寂が、場を支配します。

理子ちゃんはただポツポツと言葉を続けます。

 

「理子には、もうお父さまもお母さまもいない。理子が8つの時に…ね。十字架は、理子が5つのときに、お母さまがくれたものなの…。」

「………。」

 

アリアさんはストン、と着席すると、バツが悪そうに視線を逸らしました。

…気まずい空気が場に流れ、しばし沈黙が訪れます…。

 

「……理子ちゃん。それを、取り返せば…いいんですね?」

 

空気に耐えかね、なんとか努めていつもどおりの声で理子ちゃんに話しかけます。

理子ちゃんもえへへ、と少し笑った後、いつもの笑顔を浮かべて言います。

 

「うん。ありがと、詩穂。」

「…とはいえ、これはキツイわね…。」

 

アリアさんも気を取り直したのか、作戦会議に取り組みます。

…確かに、地図を見る限りはどうやっても厳しいですね…。

 

「うーん、そのまま潜入してくるのもいいと思うんだけど…それだと成功率が低そうなんだよねぇ。トラップやら防犯装置の位置もしょっちゅう変えてるみたいだから、もっと効率よく行きたいんだよ。」

 

理子ちゃんが最もな意見で場をまとめます。

そして、理子ちゃんの言うその効率的な方法とは…!

 

「というわけで、3人には『紅鳴館』のメイドちゃんと執事くんになって館に潜入してもらいまーす!」

 

………は?

 

キンジ君とアリアさんは、本当に「は?」と言った表情で固まり…しばらくした後、動き出しました。

 

「…メイドちゃんって…これ?」

 

アリアさんの指差す先には、せわしなく働く…この店のメイドさんが、立っているのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の、夜。

私は意を決して、ドアをノックしました。

 

コン、コン。

 

「……入っていいぞ。」

 

部屋の中から聞こえたぶっきらぼうな声に背を押され、私は部屋の中におずおずと足を踏み入れました。

 

お風呂に入って、夜も更けてきた…そんな時間。

アリアさんは既に就寝し、キンジ君もそろそろ寝るであろう…そんな時間です。

なぜ…こんな時間に、キンジ君の部屋に来たのかと言うと。

 

「…すこし、し、質問しても…いいですか?」

「…………………。」

 

長い、沈黙。

おそらくキンジ君も、私の質問の目星はついているのでしょう。

 

「……ああ。かまわん。」

「ありがとう…ございます。」

 

キンジ君は視線をイスに移し…目で、座れ、と促します。

それは…長い話をする、という合図でした。

私はお言葉(視線ですが)に甘え、イスに座らせてもらいます。

 

「……あの、キンジ君。」

 

緊張で、声が震えます。

…きっとこれは、キンジ君の中の核心。

きっと…聞いては、いけないこと。

 

でも…私は…。

 

「…ヒステリアモード、って…なんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キンジ君は予想していたのか、落ち着いて…話してくれました。

 

先祖代々伝わる、体質。

そのトリガーが…性的興奮、であること。

それのせいで嫌な思いをしていたこと。

そして今はそのことを隠して生きてきたこと。

発動すると、超人になれること。

入学試験のときSランクを取れたのもこれのせいだと言うこと。

 

全てを話し終えて…キンジ君は、俯きました。

その顔は、戸惑いと…少しの後悔が、見え隠れしているようにも見えます。

 

「俺は…この力を、正義の力だと思っていた。使いこなして、いつか必ず兄さんのような人に…なりたかったんだ。」

「…はい。」

「…でも、俺はこの力が嫌いだ。大嫌いだ。人を傷つけることしか出来なかった…。」

「…はい。」

 

懺悔するように。

後悔するように。

キンジ君は…全部、全部、話してくれました。

 

「…詩穂は、軽蔑するか?こんな力で、俺は…。」

「…キンジ君。」

 

…私は、きっと。

この時、この瞬間に。

なぜか…なぜだかはわかりませんが。

キンジ君と、本当の意味で心が通じたような気がしました。

 

「私は、軽蔑もしませんし、その力を悪用もしませんし、言いふらしたりもしません。」

「………。」

「ですから…もっと、いい方向に考えましょう!」

「…いい、方向?」

 

私は中身のない頭を振り絞って…考えて、考えて、考えます。

 

「私はキンジ君の事が知れて嬉しかったです。それに、その…せ、性的にその…興奮、するのは…お、男の人なら、普通と言うか、何と言うか…。」

 

何を言っているんでしょう、私は。

…でも。

キンジ君の助けになってあげたい。

 

「…きっと、キンジ君なら、大丈夫です。」

 

…どんなに考えても。

結局、こんな情けない言葉しか…言えなくて。

そんな自分に絶望します。

 

「…ああ。」

 

でも、キンジ君は。

いつもは見せてくれない、嬉しそうな微笑で。

私に、笑いかけてくれます。

 

「ありがとな、詩穂。幾分か、心が軽くなった…気がする。」

「え、えっと、その…。」

「もういい。話を聞いてくれただけでも…嬉しかった。」

 

キンジ君は、意識か無意識か、私の頭を撫でてくれながら続けます。

 

「そっその、わだ、私は…っ!な、何にも出来なくて…っ!」

 

何故か、涙が溢れてきます。

…どうしてなんでしょう。

わかりません。

でも、溢れてきた涙は…きっと、止まりません。

 

「…ありがとな、詩穂…。」

「…うぅ、ひぐっ…うぇぇぇん…。」

 

優しく頭を撫でてくれる暖かい手は…お父さんを、思い出しました。

 

 

 

 

 

 

 

「…失礼いたしました。」

「ああ…。」

 

たっぷり20分ほど、泣いていました。

もう涙は引っ込みましたが、未だになぜ泣いてしまったのかは謎です。

 

「…ところでキンジ君。ハイジャックのときは、どうやってあの状態になったんですか?」

「えっ…そ、それはだな…。」

 

とりあえず泣いてしまったのが少し恥ずかしかったので、ちょっと反撃です。

 

「…ここまで話しておいて、教えてくれないんですか…?」

「かっ…関係ないだろ!もういい!早く寝ろ!」

「あの時いたのは…アリアさんと理子ちゃんでしたね。でもあの時理子ちゃんで性的に興奮、は考えにくいですし…。アリアさんと、ナニしたんですか?」

「い、いや、特に何も…。」

 

…でも、キンジ君はこの体質が嫌いすぎてそういう本や情報は一切触ってこなかったそうですし…。

そう考えると、割とどうしようもないことでなったに違いありません…。

 

……そういえば…。

アリアさんが前、この部屋に白雪さんが攻めてきた辺りで、確か…。

 

キスしたら子供ができるものだと思い込んでいた…。

ということは。

 

「…キス、ですね?」

「…なっ…!」

「図星ですか。」

 

キスだけで性的に興奮って。

私が言うのもなんですけれど。

…ウブですね…。

 

「…っていうことは、ジャンヌさんのときもアリアさんとキスしたんですか!?」

「違う!アリアとはしていない!」

「ほほーう…アリアさんとは、していない…と。」

 

キンジ君がしまった、という顔をしますがとき既に遅し。

消去法で白雪さんともキスしていたことになりました。

 

……あれ?

なんか私だけ…取り残されてません?

…あ、あれ?あんなに泣いたのに、また涙が…。

 

「…キンジ君。とりあえず、そこらへんはわかりました。」

「なんかまた泣いてないか、お前。」

「気のせいです!」

 

気遣いが出来ているのやらいないのやら…。

 

「…利用方法ですけれど、おそらく…自在になる事が出来れば、最も有効活用できると思います。」

「そんな…兄さんじゃあるまいし、難しいだろ…。」

「いいえ。で、出来ます…!」

 

今から私が試す方法は。

…おそらく、私の中で過去最大級に勇気を使う行為です。

 

「キンジ君…わ、私と、き…キスして、ください…!」

 

キンジ君の目が大きく見開かれるのが見えました。

 

「…む…ッ無理だ!それだけは無理だろ!」

「その言葉はアリアさんが言っちゃいけないって言ってました…!」

「おいどうした、目が据わってるって!」

 

そりゃあもう私だって命がけレベルです。

でも…これ以外に、特に思いつきませんでした。

…ほんとですよ?

 

「後生ですから!お願いします!」

「こんなところで一生の頼みを使うんじゃない…っ!」

「うぅ、キンジ君…!」

 

先程のせいか、涙目で懇願します。

それでもキンジ君はダメだそうです。

 

「お、お願いします!この通りですから…!」

「おいバカ、頭を上げろって…!」

 

ガチャ。

 

「なによ、騒がしいわね、起きちゃったじゃな…い…。」

 

私がとうとう土下座スタイルを実行した辺りで…。

寝ていたところを起こされたような不機嫌そうな顔で、部屋に入ってきました。

…そして、その可愛らしい顔は瞬時に怒りに染まっていきます…。

 

「あんた…詩穂に何してくれてんのよぉぉぉっ!!」

「ちがっ、誤解だ、違うっ!」

 

…以下、アリアさん無双でした。

 

 

 

 

 

 

そうして、色々と有耶無耶になってしまいましたが…。

キンジ君の過去や悩み事に触れる事が出来て。

どこかハッキリして清々しいような、夜だったのでした…。

 

 

 

 

 

 

…悩み事に触れて清々しいとか、何様なのでしょうか私は…。




読了、ありがとうございました!


今回の話は特に推理も少なくただ百合の花が咲いていただけ、という…。
じゃあなんだったんでしょう、今回の話は…。

しかもまた百合百合してますし。
理子のキャラ崩壊がひどくなってきましたね…。

…ここまで来たらもう収拾がつかないです。
この作品の理子は、そういうキャラということで…。

…ごめんなさい。

そして、最近視点変更少なくね?と思ったので、アリア視点を入れてみたのですが…。
とんでもない蛇足感。
無理矢理ぶっこんだのがまるわかりですね。
毎回ながら、ひどい文章です…。



また、評価してくださった心優しい方がなんと26名も!
本当にありがとうございます!
皆様の優しさのおかげで今日までやってこれたようなものです。


感想・評価・誤字脱字の指摘・ご要望などなどをお待ちしております。

特に評価を付けていただくと死ぬほど嬉しいです!
低めの評価ならもっと頑張ろうと思いますし、高め評価なら涙を流しながら土下座します。
中くらいの評価だと心に平穏が訪れます。

…本当に評価ってよく出来てるシステムだなぁ、と思うこのごろです…。


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第20話 おおかみとれきさんです

第20話です。


…もう、察しは付いていると思います。
私の更新速度が、話数を重ねるたびに遅くなっていることを…。
ご迷惑をおかけしますが、これからも見放さないでもらえると嬉しいです…。


今回の話は、割と色々な話が折り重なっています。
グルグルと場面が変わるので、読みにくかったら申し訳ないです…。


『紅鳴館』への潜入作戦が決まった、翌日…。

 

理子ちゃんから、『大泥棒大作戦』の詳細がメールで届きました。

普通なら私に直接言うはずですが、メールで届いたということは同じようにキンジ君とアリアさんにもメールで作戦内容が届いていることでしょう。

 

で、詳細ですが。

どうやら理子ちゃんは事前に色々と『仕込み』を終わらせていたそうです。

 

まず、『紅鳴館』のハウスキーパーが3人ほど元々館で働いていたそうですが…。

その3人とも急に館を暫く空けてしまうことになったので臨時のハウスキーパーを『紅鳴館』が募集していたという事実が発覚。

これを好機と見た理子ちゃんは早速派遣会社を装って接触していました。

そして見事3人分の採用通知を持って帰還。

 

…という流れで、かなり自然に『紅鳴館』に潜入できる準備が整っていました。

 

そして、メールにはこれらの顛末のほかにもう1つ、書かれていることがありました。

それは…。

 

個々に課された潜入訓練の内容、でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

潜入訓練と称して、私は今…理子ちゃんと一緒に救護科(アンビュラス)棟の一階第七保健室にいます。

 

「理子ちゃん…これのどこが潜入訓練なんですか?」

「え?えーっと、まぁ待ってればわかるよ。」

 

と、楽しげに笑う理子ちゃん。

どうやら理由も教えてはくれないようです。

 

…そして、しばらく経つと。

 

ガチャ、とドアの開く音。

そして…。

 

「だよねー。」

「ですよねー。」

「あそこで手榴弾投げるのはないわー。」

「それと便座カバー。」

 

どやどや、と武偵高女子の皆さんが保健室に入ってきました。

…え?

どういうことですか?

 

「…え、理子ちゃん?」

「うん、まぁ話を聞いてればわかると思うよ。」

 

理子ちゃんは混乱する私にまだ説明をくれません。

すると、入ってきた女子の皆さんの中に、何人か知り合いを発見しました。

 

「…アリアさん、レキさん。」

「あら、詩穂じゃない。」

「…………。」

 

アリアさんは私に気付いて、私のそばに来てくれます。

対してレキさんは、まぁ予想通りではありますが…こちらを一瞥しただけで特に反応は返ってきませんでした。

 

…そういえば、レキさんとはバスジャックの事件以来まともに話していませんね。

いえ、あの時もまともに会話なんてしていませんでしたが…。

 

「詩穂も再検査なの?」

「へ?再検査って…。」

「そーなんだよ!理子と一緒に来たんだよね!」

 

アリアさんの聞き覚えのない発言に言葉を返そうとしたところで、理子ちゃんに遮られてしまいました。

…はて?

 

「いえ、私は何でここに…もがっ!」

「そーいうことだからっ!服でも脱いで待ってたら?」

「服?なんでよ。」

「検査するんだから服脱いでとーぜんだって、アリアんや!」

「…まぁ、確かにそうかも…?」

 

私が何かを喋ろうとする前に、理子ちゃんに口を塞がれてしまいます。

そしてそのままアリアさんを適当にあしらった理子ちゃんは、私を連れて部屋の隅に行きます。

 

「……ぷはっ!もー、何するんですか?」

「いやいや…察しが悪いなぁ、詩穂。」

「……?」

 

いえ、察しが悪いと言われましても…。

今の状況がさっぱりわかりません。

 

理子ちゃんは人差し指を左右に振りながら、少しおどけたように話します。

 

「ちっちっち…。このぐらい察してもらわないと。」

「ええー…。」

「…この前、中間テストの時ついでに身体測定もやったよね?」

 

理子ちゃんはヤレヤレ、と言った様子でようやくこの状況を話し始めました。

ヤレヤレはこっちですよ…。

 

「そのときに何人か再検査に引っかかったんだ。」

「理子ちゃんも、アリアさんもですか?」

「うん。」

「…で、これのどこが潜入訓練なんですか?」

「え?」

「…え?」

 

…あれ?

私は確かに、理子ちゃんに潜入訓練として呼ばれたわけで…。

理子ちゃんは数瞬キョトン、としたあとふと我に返ったように慌てて言葉を続けました。

 

「あ、ああ!うん、そ、そうだよ、潜入訓練!詩穂が呼ばれてもいないのに再検査に来ている事がバレないように…。」

「理子ちゃん。」

「ハイ。」

「…これ、潜入とかどうこうじゃなくて、私と一緒に居たいだけですよね?」

「…ハイ。」

 

というわけで。

私は結局、意味なく再検査会場であるこの保健室に来てしまったようです…。

 

「詩穂ー?理子ー?あんたたち、そんな奥で何してんのよ。」

「あ、アリアさん。なんでもないですよ?」

 

アリアさんが呼びにきたので、とりあえず理子ちゃんに意味なく呼ばれた件は置いておきましょう。

 

…ああ、そういえば今日はオンゲーのアプデの日でした…。

あとで理子ちゃんに文句を言っておきましょう。

 

「…って、アリアさん、なんで脱いでるんですか…。」

 

呼びに来たアリアさんは何故か下着姿でした。

トランプ柄のどこか子供っぽい下着がアリアさんらしくて可愛いです。

 

「身体検査の再検査なんだから当たり前でしょ?」

 

どや、と言う感じでアリアさんが胸を張ります。

…アリアさん、理子ちゃんに言われたことをまるで自分が発案したかの如く…。

 

…というか、身体検査は普通体育着で受けるものでは…?

しかし、そこはあまり頭のよろしくない武偵高生徒の皆さん。

アリアさんが脱いだのをきっかけに回りの娘たちも次々と脱ぎ始めました。

 

「理子ちゃん、体育着は…?」

「え?ないよ?」

 

気が付くと理子ちゃんも下着姿になっていました。

そして見渡すと…私を除く保険室内の全員が既に脱いでいます。

 

…あれ?

もしかして、私のほうが間違ってる…?

 

「あれ?詩穂、脱がないのー?」

 

理子ちゃんがニヤニヤしながら近づいてきました。

この人絶対わかって言ってますよね…!

 

「ねぇねぇ、しぃほー♪」

「ふ、服を掴まないでくださいっ!伸びちゃいますー!」

 

と、理子ちゃんとミニコントをしていると。

 

「…あら、陽菜。あんたも再検査なの?」

 

アリアさんが知り合いを見つけたらしく、声をかけています。

アリアさんに呼ばれた女の子は少し周りを見渡したあと、アリアさんに気が付いたらしくこちらにやってきました。

 

「……神崎殿。あかり殿の一件以来で御座るな。」

「あの時はウチの戦妹(イモウト)が世話になったわね…。」

 

…そして、なにやら内輪話的な会話が始まってしまいました。

この方は、確か…。

 

風魔(ふうま)陽菜(ひな)さん。

諜報科(レザド)の1年生さんで、ランクは確か…Bランク。

よくは知りませんが、なにやら高名な忍者一族の末裔らしいです。

喋り方もどことなく忍者っぽくて…不思議な方です。

実力は相当高いらしいのですが、どうしても詰めが甘かったりしてBランクだ…とキンジ君は言っていました。

 

そして、キンジ君の戦妹(アミカ)でもあります。

だから無駄に情報を集めてしまっているわけですが…。

 

戦徒(アミカ)制度、とは。

別名戦姉妹(アミカ)戦兄弟(アミコ)とも呼ばれる武偵高ならではの制度の1つです。

先輩、後輩のペアで申請するツーマンセルの制度で、主に先輩が後輩を教えることで双方の能力上昇を目的としています。

先輩は、後輩をこき使える。

後輩は、先輩から技術や能力を学べる。

なんともおいしい制度故に結構この制度を利用している生徒さんは多いそうです。

ちなみに契約期間は1年間。

 

基本的に後輩から先輩に申請するものなのですが…。

残念ながら、私には戦妹(イモウト)戦弟(オトウト)もいません。

…つまり、まぁ、そういうことです。

 

「え、えっと…アリアさん、その方は?」

「ああ、1年の風魔陽菜よ。陽菜、こっちはあたしの、とっ友達の…茅間詩穂。」

 

一応初対面なので、知らないフリをして話しかけてみることにしました。

実際、話すのは初めてですしね。

 

アリアさんは律儀に紹介をしてくれますが…『友達』のところで少し顔を赤くしてしまう辺り、可愛い方です。

 

「えと…はじめまして、風魔さん。茅間詩穂と申します。」

「お初に御目にかかる、某は風魔陽菜と申す。以後、お見知りおきを。」

 

お互いとりあえず自己紹介して、頭を下げ合います。

よかった、最近まともに知り合いが増えてきて…!

 

「その…茅間殿。師匠のお部屋におわす、と聞き及んだので御座るが…。」

「あ、えっと…その、色々ありましてですね…。ハイ、住んでいます…。」

 

風魔さんが少し聞きにくそうにちょっと答えづらい質問をしてきました。

何故か後輩にも少しうろたえてしまう私、情けないです…。

 

「…ふむ、失礼致した。しかし…某が遠山師匠のことを『師匠』とお呼びしていることを、なぜ知っておられる?」

「………あ。」

 

風魔さんは打って変わって、少し訝しげに眉を顰めます。

……やっちゃいました。

鋭いですね、さすが諜報科…。

 

「え、あのですね…。…ごめんなさい、隠していたわけじゃないんですが…。キンジくんから、少し…。」

「そうで御座ったか。重ねてのご無礼をお詫び申す。」

 

正直に話すと、風魔さんは納得してくれたようです。

う、うーん…。

やっぱり諜報科の生徒さんはやりづらいです…。

元々強襲科は諜報科と相性が悪いのですが…。

私もどうやらその例に漏れないようです。

 

「…しかし、あの師匠が同居を許可するとは…某も頼み込めば…ブツブツ…。」

 

それきり、風魔さんは独り言を呟きつつ元いた場所に戻っていってしまいました。

そんな彼女も下着姿。

しかも褌付けてますし…。

…なんですか、この破廉恥というかカオスな風景…。

 

と、ここで。

なにやら理子ちゃんが体重計に肘をつき、ポーズを取っていることに気が付きました。

…なぜ?

 

「理子ちゃん、何でポーズをとってるんですか?」

「へっ!?あ、ああ、折角下着姿になったんだからさ?」

 

なぜに疑問系?

そんな理子ちゃんのケータイが不意に鳴りました。

理子ちゃんはその内容を見ると…すぐさま返事を書き、元の位置に戻します。

 

「そ、そんなことより!アリアー、スリーサイズ測らせてー!」

「なんでよ!」

 

理子ちゃんはごまかすようにアリアさんを弄りに行ってしまいました。

 

…さて。

どうしたものでしょう、脱ぐべきか脱がざるべきか…。

 

うーん…………。

 

結論。

恥ずかしいので、もうしばらく様子を見ることにしましょう、うん。

 

…とすると、やる事がありませんね…。

しばらくボーっと騒いでいる女子の皆さんを見ていると…。

 

「……あれ?」

 

違和感に、気が付きました。

ここにいる女子の皆さんには、共通点があります。

…全員、ランクが高い。

少なくとも風魔さんを除いて全員がAランク以上です。

 

そして、私の知る限り…ほとんどの人が、いい()を持っている事が予想できます。

アリアさん、理子ちゃん…。

風魔さんや、装備科で有名な平賀さん。

レキさん…はちょっとわからないですけど。

 

…一体、どういうことなのでしょうか…?

私は思考に感覚を奪われ、しばらく考え込むのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩穂→キンジ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は今、ロッカーの中に潜入している。

何故かって?

俺も知らん。

 

理子から来たメールには、『紅鳴館』に潜入する詳細と…『潜入訓練』なるものの内容が書いてあった。

 

そしてその内容どおり救護科の第七保健室、指定のロッカーの中に入ってみると…。

 

「よぉ、キンジ。お前もノゾキか?」

 

先客の武藤(バカ)がいた。

こんなバカと一緒にいるのはゴメンだとロッカーを出ようとすると…。

 

ガチャ。

 

「理子ちゃん…これのどこが潜入訓練なんですか?」

「え?えーっと、まぁ待ってればわかるよ。」

 

…聞き覚えのある声が聞こえてきた。

詩穂と理子だ。

咄嗟に開こうとしていたロッカーの扉を閉め、武藤の顔を再び見ることになる。

 

…これで、引くに引けなくなった。

 

「キンジもノゾキに来たんだろ?女子の再検査。」

「断じて違う、とだけ言っておこう。」

 

などと武藤と無声音でバカ話に興じていると…。

 

「だよねー。」

「ですよねー。」

「あそこで手榴弾投げるのはないわー。」

「それと便座カバー。」

 

更に女子が増えた。

逃げ出すことは絶望的、か…。

 

そんな俺の表情を見て察したのか、武藤はドヤ顔で語る。

 

「安心しろキンジ。外のノゾキ防止用の茂みに俺の自慢の迷彩塗装バイクが置いてある。 バレたら2ケツで逃げんべ。」

 

コイツ、どうしようもないことで武偵のスキルを発揮するな…。

 

「…アリアさん、レキさん。」

「あら、詩穂じゃない。」

「…………。」

 

外からまた聞き覚えのある声が聞こえた。

ロッカーの隙間から外を覗いてみると…レキと、アリアの姿が。

…しかも、よくよく見てみたら風魔や平賀さんの姿まで見える。

こいつらと言い、どうしてこう知り合いが集まってくるんだ…?

 

「詩穂も再検査なの?」

「へ?再検査って…。」

「そーなんだよ!理子と一緒に来たんだよね!」

 

詩穂達が話している。

…よくよく考えたら詩穂と理子はほとんど一緒にいるな。

あいつら、同時に再検査に呼ばれたのか?

 

「いえ、私は何でここに…もがっ!」

「そーいうことだからっ!服でも脱いで待ってたら?」

「服?なんでよ。」

「検査するんだから服脱いでとーぜんだって、アリアんや!」

「…まぁ、確かにそうかも…?」

 

おい、理子!

何てこと言ってやがるんだアイツは!

 

隣で武藤が「うはっ!峰さんナイス!」とかほざいてやがる。

こっちは迷惑だ、病気(ヒス)のことを考えてくれ!

 

アリアはアリアでマジで服を脱ぎ始めた。

急いでロッカーの隙間から顔を外し、目を瞑って深呼吸を開始する。

…よし、早期に対応できたおかげで血流は大丈夫だな…。

 

「おい、いいのか?神崎さんが脱いでるぜ?」

 

余計なことを言うな!

このバカ、あとで蘭豹にでも突き出してやろうか…。

とりあえず、武藤には視線で拒否を示しておく。

 

そんなことをしているうちに、詩穂と理子の声が遠ざかっていく。

どうやら離れていったらしい。

 

…まぁ、覗かなければ大丈夫か。

というわけで、しばらく瞑想に浸っていると…。

 

ブルブルッ!

 

マナーモードにしていたケータイがポケットで震えた。

内容を確認してみると…なにやら絵文字ばっかりのすごい読みにくいメールが送られてきた。

送り主は…理子。

何とか内容を読んでいくと…どうやら俺に覗いているかの確認をしたいらしい。

 

そこで…2通目が来た。

 

『理子の下着の色を当ててごらーん?制限時間は10秒!答えられなかった場合は、アリアにこのことをチクりまーす。』

 

ふざけんな!

アイツは…どうやら、俺のことをヒステリアモードにしたいらしい。

 

だがとやかく言っていられないのも事実。

天下の鬼武偵・アリアにノゾキがばれたら…武藤ともども命が吹っ飛ぶ。

 

「ど、どけっ!」

 

仕方なくバカを押しのけ、理子を探す。

見渡してみると、下着姿の女子がうじゃうじゃいやがる。

なんだこいつら、アリア1人が脱いだだけで全員乗ってんじゃねぇよ!

 

平賀さんに目が留まる。

…クマさんがプリントしてあった。

これで性的に興奮するやつは病院を紹介する。

 

レキに目が留まる。

…木綿の真っ白な下着だ。

本人に色気が一ミリもないためセーフ。

 

風魔に目が留まる。

褌だった。

アホかアイツは。

 

そして…とうとう理子を発見した。

こっちに目を向けて、わかりやすくポーズまでとっている。

色は…ハニーゴールド、としか表現できないような金色。

 

早速打ち込み、送信する。

 

「理子ちゃん、何でポーズをとってるんですか?」

「へっ!?あ、ああ、折角下着姿になったんだからさ?」

 

当の理子は、詩穂に怪しまれてアタフタしていた。

ざまぁ。

 

そして、返信が来た。

 

『おk』

 

…全く、とんだ災難だった…。

 

と、そこで詩穂にも目が留まる。

…制服を、着ている…。

 

さすがに詩穂、だった。

あいつは恥ずかしがりで、かつ冷静に状況を判断できるからな。

 

「そ、そんなことより!アリアー、スリーサイズ測らせてー!」

「なんでよ!」

 

…そして、詩穂のせいで油断していた。

視界に、下着姿のアリアがいて…。

 

そして気がつけば、ヒステリアモードになっていた。

本当に自然に、簡単に。

 

ど…どういうことだ?

こんな、簡単に…?

 

「…悪かったな、武藤…。」

 

俺にスキマを取られふてくされていた武藤に謝りつつ、背面の壁に背を預ける。

…まぁ、別になっても困るのは近くに女子がいる場合だけだ。

ここには武藤しかいない。

落ち着いて、ここで静かにしていよう…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キンジ→詩穂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガチャ。

不意に、保健室の扉が開きました。

 

「…ぬ、脱がなくていいんですよー!?再検査は採血だけなんですから!服を着てください!」

 

救護科(アンビュラス)の非常勤講師、小夜鳴先生でした。

どうやら今回の再検査の担当の先生が、彼だったようですね。

 

…というか脱がなくてよかった…。

 

「…りぃーこぉー?脱がなくってよかったじゃない…!」

「あはは?ミスっちゃった♪」

 

恥ずかしかったのか、アリアさんは顔を赤くしながら理子ちゃんに掴みかかっていました。

その理子ちゃんはてへぺろ、と言った風にのほほんとしています。

 

「…おりゃっ!」

「ぐえっ!」

 

あ、アリアさんのスープレックスが決まったぁーっ!

理子ちゃんは一応受身は取ったようですが、衝撃で目を回しています。

それ以外の女子の皆さんは服を取りに行ってしまいました。

 

…いえ。

1人だけ、動かない女子が。

 

――レキさん。

 

「……………。」

 

その視線は窓の外…その一点のみに固定されています。

 

…………。

 

レキさんの周りだけ、時が止まってしまったかのように。

静寂が、彼女の周りを包んでいるような錯覚さえ覚えます。

 

…………。

 

…しかし。

よく見てみると、本当に綺麗な方です…。

まるで吸い込まれてしまいそうな琥珀色の瞳には、何の感情も燈っていないように思えてしまいます。

でも、その悲しい瞳すら、美しさを際立たせているような…。

 

…と、見とれてしまっていた次の瞬間。

 

―ダッ!

 

レキさんが、1つの大きなロッカーに向かって走り出しました。

そして…。

 

ばんっ!

 

ロッカーを思い切り開け放ちました。

 

「うおっ!?」

「なっ…!」

 

そして中にあった何かをグイッと引っ張ります。

…あれ?

今、2つぐらい男の人の声が聞こえたような…?

 

しかし。

そんなことはどうでもよくなるような、驚くべき事態が起こりました。

 

 

 

 

――がっしゃぁぁぁぁん!!

 

 

 

 

窓ガラスが大きく音をたてながら割れ、灰色の物体がロッカーをふっとばしました。

 

…一瞬の出来事。

その瞬間を、いつもより緊迫した頭が理解します。

 

…レキさんがロッカーから引っ張り出したのは、ロッカーの中に何故かいたキンジ君と武藤君。

この際何故いたのかは置いておきましょう。

 

窓ガラスを割り、ロッカーを吹っ飛ばしたのは…灰色の物体。

灰色の物体はそのまま窓ガラスの近くに素早く移動し、ようやくその素早い動きを停止します。

 

「…ウソ…だろ…?」

 

武藤君が呟きます。

その声を聞き、武藤君の状況を確認します。

 

…彼は、吹っ飛ばされたロッカーに片足を下敷きにされていました。

しかし彼は武偵。

即座に状況を判断し、己の拳銃…コルト・パイソンを灰色の物体に向けています。

 

武藤君が銃を向ける、その先。

 

「グルルルル…。」

 

…唸る、低い鳴き声。

灰色の物体の正体は…オオカミ、でした。

 

圧倒されてしまうような強烈な威圧感。

巨大で厳つい体躯。

 

それは…強襲科の教科書に載っていた猛獣、コーカサスハクギンオオカミに違いありませんでした。

 

「…お前ら、早く逃げろッ!」

 

武藤君は思い出したように女子の皆さんに声をかけると…。

 

ドォン!

 

コルト・パイソンの大砲のような音を響かせながら、オオカミの足元に威嚇射撃を放ちます。

 

…通常、動物は大きな音や光に怯みます。

しかし、それが何だといわんばかりにオオカミは怯みません。

それどころか…まだ防弾制服を着ていない、女子の皆さんのほうに突っ込んで行きます。

 

「武藤!銃を使うな!女子が防弾制服を着ていない!跳弾するぞ!」

 

キンジ君は…武藤君に警告しつつ、オオカミに掴みかかりました。

…どうやら、ヒステリアモードを発現しているみたいです。

 

「…っく!」

 

しかし、女子の皆さんから軌道をずらせたものの…。

キンジ君はその巨体から繰り出される体当たりに吹き飛ばされてしまいます。

 

そして、オオカミは今度は…。

標的を、窓際に立ちオロオロしている小夜鳴先生に変更しました。

 

「…!ダ、ダメですっ!」

 

非常勤である小夜鳴先生は戦闘能力を持ちません。

唯一、防弾制服を着ていて安全性の高い私は…。

 

オオカミの体に飛びつくようにして、その進行を止めようと試みました。

 

「…グルオオンッ!」

 

勇気を振り絞った結果、小夜鳴先生に危害が加わるような進行方向は避けられたようです。

 

…しかし。

 

「え?ちょ、ちょっとっ!?」

 

私を背に乗せたまま、オオカミは窓の外へ走り出します。

…そしてそのまま、驚異的に加速しながら市街地のほうへ…!

 

「追いなさい、キンジ!」

 

アリアさんの叫ぶような声は、ドンドン後ろに遠ざかっていくのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひゃああああああ!?」

 

もはや車のような速度で走るオオカミの背に、必死にしがみつきます。

ここで振り落とされたら…それこそ、命に関わります!

 

…しばらくして、オオカミは工事現場のような場所に入っていきました。

そして、そのまま今度は…。

 

たん、たたんっ。

 

驚くような身軽さで、工事に使われていたであろう足場を跳躍し、登っていきます。

 

「…うあっ!あうっ!」

 

当然、背中に引っ付いている私はガクンガクンと強く上下に揺さぶられるわけで。

 

「…あっ。」

 

そして、その衝撃に耐え切れず…。

私の腕は、あっさりとオオカミの体を離してしまいます。

 

…当然、空中に投げ出されるわけで。

 

「…………!」

 

恐怖のあまり、口を含む身体の動きが停止してしまいます。

 

…一瞬の浮遊感。

 

 

そして…体が、落下します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ドサッ!

 

…誰かに身体を、受け止められました。

優しく、しかししっかりと。

 

お姫様抱っこで。

 

もはや恐怖は消し飛び、安心感に覆われます。

温かい…腕の、感触。

 

「全く…いつもいつも、詩穂は見ていて危なっかしいよ。」

 

まだヒステリアモードの続いていたらしいキンジ君の、甘い声が響きます。

少しだけ苦笑いを含んだ微笑を浮かべるキンジ君の顔を見て、今の状況が気になりました。

 

…今現在の、私の状況を確認すると。

キンジ君にお姫様抱っこで抱えられています。

 

そのキンジ君は…バイクに、跨っています。

…なぜ?

状況を確認してみたのはいいものの、全くと言っていいほど何もわかりませんでした。

 

しかし、そんな些細な疑問を掻き消すように。

 

「…私は一発の銃弾。」

 

すぐ横で、レキさんの歌うような声が聞こえました。

 

「銃弾は人の心を持たない。」

 

視線でその声を追うと…。

レキさんは下着姿のまま、バイクの座席の後ろ部分に立っていました。

恐るべき、バランス感覚です…。

 

「故に、何も考えない。」

 

レキさんの持つ狙撃銃…ドラグノフの銃口の先には。

先程私が掴まっていた、コーカサスハクギンオオカミの姿が。

 

「ただ、目的に向かって飛ぶだけ…。」

 

 

 

 

 

――タァン!

 

 

 

 

鋭い、銃声が響きます。

その銃弾を受けたはずのオオカミは…。

 

しかし、止まることなく足場を登りきって、最上階…作り途中の、屋上に行ってしまいました。

 

「…レキが、外した…?」

 

キンジ君が驚いたように呟きます。

対するレキさんはいつもの無表情でバイクから降りました。

 

「…外していませんよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちもオオカミを追って屋上に登ると。

 

「グ…ルルゥ…。」

 

白銀に光る体毛のオオカミが、威嚇するように立っていました。

…しかし、数瞬後。

 

ドサッ…。

 

突然、力無く横に倒れこんでしまいました。

 

「…ええ?ど、どうして…?」

 

混乱し、何がなんだかわからなくなります。

…横を見ると、キンジ君もよくわかっていない様子で首を捻っています。

私達の混乱をよそに、レキさんは倒れ伏したオオカミに歩み寄ります。

 

「…脊椎と胸椎の中間、その上部を銃弾で瞬間的に圧迫しました。」

 

レキさんは、語りかけます。

他でもない、私たちを襲ったはずのオオカミに。

 

…ていうか、今やたらとすごいことを言っていませんでしたか?

 

「今、あなたは脊髄の機能が一時的に麻痺しているので、首から下は動けません。ですが…5分もすれば、元のように動けるようになるでしょう。」

 

諭すようでもなく、脅すようでもなく。

レキさんはただ淡々と、オオカミに語りかけます。

 

「逃げたければ逃げなさい。ただし次は…私の矢が、あなたを射抜く。」

 

…オオカミは、まるでその言葉を理解しているかのように…。

クゥン…。

弱々しく鳴きます。

 

「…主を変えなさい。今から、私に。」

 

オオカミは、いつの間にか麻痺が解け…。

弱々しく、レキさんに頭を垂れ、追従の意を示しました。

 

…驚くべきことに、レキさんは。

たった数分で猛獣を…それも、おそらく他人によって訓練されたオオカミを手懐けて見せました。

 

「…一件落着、だな。」

 

段々私にもわかるようになってきました。

…いま、キンジ君はヒステリアモードではない。

 

「どうするんだ?そのオオカミ。」

「飼います。」

 

こともなさげにレキさんは答えます。

…しかし、問題点がたくさんあるような…?

 

「あ、あの、レキさん…。女子寮ってペット禁止では…?」

「では武偵犬とします。」

 

…武偵犬。

探偵科や鑑識科の武偵が捜査によく用いる、警察犬のようなものですが…。

 

「…それは、オオカミだろう?」

 

キンジ君が呆れたように突っ込みます。

しかしレキさんはどこ吹く風。

 

「お手。」

「ガゥ。」

 

オオカミと戯れていました。

…まぁ、レキさんがそれでいいならいいのかな…?

 

「…まぁ、その、なんだ…。」

 

キンジ君が非常に言いづらそうに視線をレキさんから逸らしました。

 

…あ、なるほど。

 

「…とりあえず、服を着てくれないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…場所は移り、始めにいた保健室にて…。

レキさんが服を取りに行くということで、その付き添いに来ていました。

 

「…レキさん。」

「はい。」

 

オオカミ事件のあと。

私は…1人、女子寮にとっとと戻ろうとするレキさんを制止します。

 

「…少し、お話をしてもいいですか?」

「構いません。」

 

…うぅ、やっぱり少しレキさんは苦手です…。

ただでさえ私はコミュ障なのに…。

 

「こほん…。えっと、初めてレキさんに会ったとき…レキさん、私のことを知っていましたよね?」

「はい。」

 

…割と、すんなり認めてくれました。

しかし、その後に言葉を続ける気はないようです。

 

「…私を、どうして…。いえ、私の何を知っているんですか…?」

「…………。」

 

思い切って、聞いてみました。

しかし…返答は、ありません。

 

「…あの、レキさん…?」

「今は。」

 

急に、電源が入ったようにレキさんが話し始めます。

 

「今は、知るべき時ではない。今は、語るべき時ではありません。そう…風が、言っています。」

「…はぁ…。」

 

…な、なんでしょう…?

電波な方なのかな…?

 

しかし、電波というにはあまりにも本質的で…。

 

レキさんの底知れない何かを感じ、背筋に悪寒が走りました。

 

「……では。」

 

レキさんはそれきり、何も語ることなく保健室を出て行ってしまうのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…男子寮に辿り着き、部屋に戻りました。

白雪さんがまだ帰ってきていないので、夕飯の支度をして…。

掃除、洗濯、お風呂などの家事を一通りさっとこなします。

 

そして、アリアさんもキンジ君も寝静まった深夜…。

 

私は、いつもの悪い癖を実行していました。

 

「…レキ、さん。」

 

彼女についての情報を調べようと、理子ちゃん特製ソフトを起動します。

…しかし、レキ、と検索しても…。

 

ガレキオバケだのレキシマスター大百科だのがヒットするだけで、全くと言っていいほど絞り込めません。

 

頑張って探して、検索ワードとかも絞り込んで探してみましたが…。

 

苗字も不明、出身校も不明、出身地も年齢も何もかも…。

 

不明、不明、不明…。

 

「…うそ、でしょう…?」

 

この事が意味するのは、今までのことからしてただ1つ。

 

――レキさんは、イ・ウーに所属している…!?――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…翌日。

今日は休日であり、梅雨も手伝ってか…雨が少し強い日、です。

私は叶さんと明音さんの部屋に赴いていました。

 

…聞きたい事が、山ほどあります。

 

コン、コン。

…ガチャ。

 

「…ああ、詩穂か。そろそろ来るんじゃないかって思ってたぞ。」

「今…時間は、大丈夫ですか?」

「問題ない。入ってくれ。」

 

叶さんに促され、部屋の中へ…。

 

相変わらずファンシーで可愛らしい部屋は、しかし何故か落ち着きます。

明音さんがお盆に紅茶を乗せて運んできてくれました。

 

「はいー、詩穂ちゃんー。」

「ありがとうございます。」

「いいのいいのー。お客さんなんてー、詩穂ちゃんしか来ないからねー。」

 

紅茶をテーブルの上に置くと、明音さんは…。

叶さんの隣に、腰掛けました。

前回とは違って、今回は彼女も話をしてくれるみたいです。

 

「それで…オレたちに聞きたいことは何だ?」

「…えっと…。」

 

頭の中で、整理します。

聞きたいことは…。

……よし。

 

「まず…『魔剣』の時のことです。あの時は助けていただいて、ありがとうございました。」

「いや。大したことはしてない。」

 

私が『魔剣』を追う時、叶さんが教えてくれたのでした。

…白雪さんが、地下倉庫(ジャンクション)にいることを。

 

「些細なことで申し訳ないんですが…どうして、わかったんですか?」

「…ああ、アレはアカネが教えてくれたんだ。」

「明音さんが…?」

「うんー。わたしがカナちゃんにー、教えましたー。」

 

明音さんはいつもどおりニコニコしながら間延びした声で答えます。

 

「それは…どうやって?」

「見たからかなー。白雪ちゃんがー、地下倉庫に入っていくのをー。」

 

明音さんは表情1つ崩さず、平然と答えました。

…それって、つまり…。

 

「…たまたま、ってことですか?」

「まぁー、そんなとこかなー。」

 

…うーん、何と言うか…。

偶然が偶然を呼んで、私は白雪さんの元に辿り着いていたようです…。

 

「ま、100%たまたまでもないがな。」

 

叶さんが補足するように言います。

 

「言ったろ?オレたちはイ・ウーの命令で、この学校に『スパイ』しに来てるんだ。」

「あ…。」

 

すっかり忘れていました。

彼女たちは『二重スパイ』。

すっかり味方だと思っていましたが…表面上では、武偵高の敵に当たるわけです。

 

「そういうわけだから、この学校にはオレたち独自の情報網や監視システムをたくさん置いてある。」

「い、いつのまに…。」

 

しかも、その辺の学校や企業にそういったものを仕掛けるのとはワケが違います。

ここは、武偵高。

タマゴとはいえ武偵が何百人ともいる、いわば武偵の巣窟です。

そんな場所である武偵高に、誰にもバレずに監視システムを大量に配置してある、と彼女は言うのです。

…それが、一体どれほど恐ろしいことか…。

 

改めてこの2人の脅威を感じました。

敵に回さないで、本当によかった…。

 

「その監視システムとかを使って星伽白雪が地下倉庫に向かうのを確認した…ってわけだ。」

 

な、なるほど…。

だからケースD7なのに彼女たちは知っていたのですね…。

……しかし。

 

「…そ、そんなこと私なんかに話しても良いんですか…?」

「詩穂ちゃんに言いふらすメリットが無いからねー。」

 

明音さんが、やはり調子の変わらない間延びした声で答えてくれます。

 

「そもそも言いふらしたらわたし達を敵に回すことになるしー、言いふらしたりしたらわたし達の武偵高での居場所がなくなっちゃうからー…詩穂ちゃんとしてはー、わたし達を味方につけていたいでしょー?」

 

…確かに、そうです。

私が言いふらしたりしたら、最悪アリアさんの足を引っ張るどころの話ではなくなる可能性があります。

 

明音さんは…そんなことを計算に入れてまで、私に話してくれたのでしょう。

明音さんを、じっと見つめてみます。

 

「………んー?」

 

しかし、彼女は首を少し傾げるだけで…。

その表情は全く崩れません。

ある意味、レキさんよりも感情が読めません…。

 

「…それだけか?」

「え?あっ、ごめんなさい。」

 

少し呆れたように叶さんが私の話を促します。

…そうでした。

今は、この2人は味方。

そして、情報を得る事が先決です。

 

「…聞きたい事が、まだたくさんあるんです。」

「いくらでも構わん。そういう約束だからな。」

 

私は少しだけ深呼吸をします。

これから、大事なことを聞くための…勇気が、欲しいから。

 

すぅー…はぁー…。

 

…よし。

 

「…イ・ウーに、『レキ』と言う人物はいらっしゃいますか?…もしくは、緑色の髪でヘッドホンをしている方を見かけたことはありますか?」

「…安心しろ、詩穂。」

 

叶さんは諭すように言います。

まるで、私が言わんとしている事を全て見透かしているかのように…。

 

「アイツは味方だ。少なくとも、神崎・H・アリアやお前と敵対するような人物じゃない。」

「……そう、なんですか?」

「ああ。あまり詳しくは話せないが、レキはイ・ウーと敵対関係に当たる組織…いや、集団か?まぁ、そういったところに所属してるんだ。何も懸念することは無い。」

 

…その言葉を聞いて。

 

「…はふぅ…。」

 

肩の力が抜けました。

よかった…。

レキさんと、いずれ敵対するような可能性が…とりあえず消えた事が、何よりも嬉しいです。

 

半分は、レキさんほどの狙撃手と敵対したら、少なくとも私には勝ち目がないという側面においての安堵感。

そして半分は…レキさんという人物と、これからも仲良くしていけるかもしれないという子供っぽい理想。

 

私は、その2つにしばし酔いしれていました…。

 

「……そろそろ、いいか?」

「あ、はい…。すみません。」

 

…そうです。

まだ、聞きたい事があります。

…次は。

 

「えっと…。ブラド、『無限罪のブラド』ってご存知ですか?」

「……ああ。」

 

叶さんは短く答えて、紅茶を口に含みました。

…少し時間を置いた後、彼女の重ためな口が開きました

 

「…このことは、極秘だ。オレ達の立場はおろか…国内でも最重要機密だ。…何があっても、言うなよ?」

「は、はい!」

 

――殺気。

微量ですが、しかし鋭すぎる殺気が一瞬だけ、叶さんから流れました。

もちろんビビッて即答してしまいます。

 

「……『無限罪のブラド』。オレ達東京武偵局が…いや、世界各国の警察組織や武偵局が追っている…特別指定犯罪者だ。」

「……はい。」

「しかしその正体は謎、だ。一部は『怪物』とか言う噂もあるが、真偽は定かじゃない。そもそも実在すらも最近は疑われている。」

「それは…どうして、ですか?」

 

叶さんは少し躊躇うような様子を見せた後…しかし、話してくれます。

 

「…ブラドの噂が流れ出してから、もう120年は経っているからだ。」

「………なっ!」

 

そんな、バカな…!

それは、つまり…。

 

「…そういうこった。もう既に『死亡している』という見解らしい。」

「そんな…でも!」

 

アリアさんは言っていたはずです。

ブラドは、イ・ウーのナンバー2であると。

これはすなわち…まだ、実在している、ということ。

 

「ああ。オレ達も初めて聞いた時は思った。『そんなやつ、もう死んでいるに決まっている』って。でもな…どうも、『いる』らしいんだよな…。」

「イ・ウーに潜入した時ー、確かに誰かが話しているのを聞いたんだよー。ブラドってやつのー…陰口?」

 

明音さんが言葉を引き継ぎます。

 

「『あいつマジ腹立つのじゃー』みたいなー?こんな陰口ー…実在していないと、叩けないと思うんだよねー…。」

 

明音さんはニコニコしたままそういって…紅茶を飲みました。

話はここまでだ、と言うかのように。

 

「…ま、つまりだ。オレ達は残念ながらまだブラドについての詳細を掴んでいない。その話題についてはこんなもんだ。」

「あ…ありがとう、ございます…。」

 

衝撃的ですが、まだなんとか平気です。

120年も生きていると考えると…。

想像したくはありませんが、『怪物』であることも視野に入れる必要があるみたいです…。

超能力(ステルス)が存在しているわけですから、怪物もいてもおかしくありません…。

そう、考えることにしましょう。

 

「…他に、なんかあるか?」

 

他には…ああ、そうだ。

 

「イ・ウー内に『遠山金一』という人物はいらっしゃいましたか?」

「『遠山金一』?そいつは確か…半年くらい前に死亡した武偵だな。」

 

流石に知っていました。

あの事件は、とても大きい事件でしたから…。

 

「…悪いがいなかったな。…ああでも、遠山って聞いて思い出した。なんか長い三つ編みの女がやけにオレに構ってきたな。」

「三つ編みの…女、ですか。」

「ああ。で、オレが武偵高にスパイに行く事が決まった時、そいつはこう言ったんだ。『遠山キンジという子を見かけたら、よろしくね』ってな。」

 

…だから、自己紹介のときに彼女たちはキンジ君のことを知っていたわけですか。

 

…しかし、雲行きが怪しくなってきました。

理子ちゃん曰く、イ・ウーには『遠山金一』が実在する。

しかし、その存在を彼女たちが知らないということは…。

 

彼女たちは、あまりに情報を掴んでいない…。

そんな気がします。

 

…部屋に戻って、考えを整理する必要があるみたいですね…。

 

「…ありがとうございました。今日は、もう聞きたいことは無いです。」

「あ、詩穂ちゃん帰っちゃうのー?」

「はい、お邪魔しまし…。」

「詩穂。ちょっと待て。」

 

帰ろうとした私を叶さんは引き止めます。

…とても、真剣な表情で。

 

「なんですか、叶さん?」

「…多分、オレの推測だけどな。」

 

叶さんは少し申し訳なさそうに語りだします。

 

「…あまりに、オレ達に情報がこなさすぎる。こっちにはアカネがいるのに、だ。」

 

…それは。

私が、さっき思っていたこと。

 

「これが何を表すか…。多分、オレ達がスパイであること自体がバレていると思われる。」

「………!!」

「つまり、元々オレ達は…手の平の上でで遊ばれてた、ってワケだ。」

 

かなり、マズイ話を聞いてしまったような気がします。

…叶さんが直接言わなくても、伝わってきます。

 

敵は明らかに、明音さんと叶さんを手玉に取れるほどの実力がある、と。

 

「…オレ達は近々、事態を変えようと大きく動くと思う。だから、これを持っていて欲しい。」

 

叶さんはポケットから、小さな機械のようなものを取り出しました。

小指の先くらいの大きさしかない、本当に小さな機械…。

 

「アカネ特製の小型発信機兼盗聴器だ。何か厄介ごとに巻き込まれたら…起動してくれ。」

 

その機械を受け取っていいのか、決めあぐねている私を見て…。

叶さんはそっと、私の手にその機械を握らせました。

 

「…かなり独特な電波を使って送信するし、耐久性能もかなり高いから安心して使って欲しい。音も光も出さないから、存在も絶対ばれないから…。」

 

叶さんは、懇願するように私の手を握り締めます。

その手は…なんだかとても、熱い。

 

「…頼む…、」

「…わ、わかり、ました…。」

 

そう答えざるを得なかった私は、その機械を手に…。

そそくさと退室するのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩穂→叶

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…情に訴えるなんてー、カナちゃんもひどいことするねー。」

「そうでもしないと、受け取りそうにも無かったからな。」

 

詩穂は用心深いが、情に脆いのと信用しやすいのが弱点だな。

…まぁ、それがアイツの長所でもあるんだろうけど。

 

「…いいのー?あのことー、話さなくってー。」

「ああ。詩穂の事は信用しているが、詩穂の実力は信用してないからな。アイツは…情報を守りきる『力』がない。」

 

アカネはつまらなそうに、ふーんー、とだけ答えた。

…まぁでも、いいさ。

 

「どうせすぐにわかるさ。」

「だよねー…。」

 

アカネは…本当に、最高のパートナーだ。

オレのやろうとしていることに…いつも、付き合ってくれるから。

オレのことを無条件に信頼してくれるアカネだからこそ…無条件に、信頼しているんだ。

 

「オレ達は、東京武偵局を抜ける、なんて…言ったら混乱するからな。」

「詩穂ちゃんはー…優しいからねー。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

叶→詩穂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…叶さんたちから話しを聞いた、数日後。

授業がすべて終了し、さぁ帰りましょう…というところで。

 

ポツ…ポツ…。

 

小雨が降り出してきました。

 

「…やだなぁ…。」

 

急いで帰宅しようと、足を速めますが。

 

ザァァァァァ…。

 

段々本降りになってきました。

仕方なく、近くにあった選択科目棟に避難します。

…すると。

 

「…ツイてないな、全く。」

「…全くです。」

 

先客と言うべきか、同じく雨に降られたキンジ君がいました。

…どうやら彼も、帰ろうとしたら雨に降られてしまったようです。

 

「……雨、止みませんねぇ…。」

「……ああ……。」

 

ざぁざぁ…。

段々大粒になってきました。

…これは、しばらく止みそうにありません。

 

2人してボーっと立っていると…どこからともなく、ピアノの音が聞こえてきました。

…そういえば、選択科目棟の一階は音楽室でしたっけ。

 

綺麗な旋律が、後ろから響きます。

…上手い。

ビックリするぐらい上手いです。

私はピアノなんて弾けないのでよくわかりませんが…相当上手いですね。

 

「嫌な予感がする…。」

「…え?どうしてですか、キンジ君。」

 

唐突にキンジ君が口を開きます。

 

「これの曲名、知ってるか?」

 

私はふるふる、と否定の意をこめて首を左右に振ります。

キンジ君はハァ、と溜息を1つ付いた後、めんどくさそうに言いました。

 

「『火刑台上のジャンヌ・ダルク』だ…。」

 

ああ…。

確かに、めんどくさそうです…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…で、何でこんなとこにいるんだよ。」

「フン。想像くらいはつくだろう。お前たちが理子と既に会っているのならば、な。」

 

音楽室にいたのは…。

案の定と言うか、ジャンヌさんでした。

武偵高の制服を着ている辺り、おそらく…理子ちゃんと同じように。

 

「司法取引、かよ…。」

「そういうことだ。」

 

ジャンヌさんはピアノのイスから腰を上げると、そのまま私達の前まで歩いてきました。

 

「今はパリから留学してきた情報科2年のジャンヌだ。」

 

…だ、そうです。

というか同い年だったんですか…。

ちょっとびっくりです。

 

「だからそんな似合わない制服着てんのか。」

 

キンジ君がちょっと悔しそうに言いました。

…いえ、メチャクチャ似合っているんですけどね。

多分負け惜しみとか、そういう類のものでしょう。

 

「…私とて、こんな服を着るのは恥ずかしいのだ…。」

 

とか言いながら割りとばっちり着こなしているジャンヌさん。

たぶんあれ、満更でもないですね。

 

「…イ・ウーに制服は無かったのかよ?」

 

キンジ君は、急にイ・ウーの話を切り出しました。

その話題は…グレーゾーンです。

 

「キンジ君、それは…。」

「知りたいのだろう?イ・ウーのことを。」

 

ジャンヌさんは私の制止を掻き消すようにキンジ君を見据えます。

キンジ君はその視線を真っ直ぐ見つめ返すと…呆れたように、答えます。

 

「アリアも理子も教えてくれないんでな。」

「…ふん。茅間、お前なら知っているだろう?」

「へっ!?」

 

思わず、ビクッと反応してしまいます。

ま、まさか私が叶さんや明音さんに協力してもらっている事がバレているんじゃ…?

 

「動揺を隠すのが下手だな、茅間。お前なら理子から聞いていてもおかしくはあるまい?」

「あ…ああ、はい、えっと…。」

 

…よ、よかった。

確かに私なら理子ちゃんから聞いていてもおかしくはありませんよね。

叶さん達との事がバレたら、それこそ私の首が吹っ飛びかねません。

 

「…え、えっと、でも私も理子ちゃんから聞いたことは少しだけ、です…。」

「だろうな。イ・ウーのことは知っているだけで身に危険が及ぶ国家機密。理子もそう簡単には教えないだろうな。」

 

自分の予想が当たったと思っているのか、ジャンヌさんはちょっとドヤ顔で語ります。

しかし…その内容は、アリアさんが前言っていたこととなんら変わりはありません。

 

「だが、私としてはむしろ事細かに教えてお前たちを消し去ってやりたいくらいだ。だが…そんなことをすると、私が狙われるのでな。」

「誰にだよ。」

 

キンジ君が少し機嫌悪そうに口を挟みます。

当たり前です。

目の前で消し去ってやりたいとかいわれたら心象に悪いです。

 

「イ・ウーにだ。」

 

…つまり。

彼女は、情報を漏らすと身内から狙われる、と。

 

「イ・ウーのことを話すこと自体は別に縛られてはいない。だが…問題は、イ・ウーが私闘を禁じていないことだ。話す内容によっては私はやられてしまうからな。」

「お前ほどの戦闘力があれば、そんなのやり過ごせるだろ。」

 

キンジ君は少し皮肉めいた様子で言います。

…でも、確かに、彼女が負けることは考えにくいです。

アリアさん、ヒステリアモードのキンジ君、白雪さんをたった一人で相手に取ったのですから。

ちなみに私は戦力外なので除外です。

 

「ムリだ。」

 

しかし、ジャンヌさんは真面目な顔で即答してしまいます。

 

「私は、イ・ウーの中では最も戦闘力の低い方なのでな。」

 

…今、なんと?

そんな、バカな…!

こんなにも強いジャンヌさんが…一番弱いほう?

 

見れば、キンジ君も驚いたように目を見開いています。

 

「…しかも、最近入ったばかりの新入りにも勝てそうに無いのだ。私もまだまだ研鑽が必要だな…。」

 

呟くようなその言葉は、聞かなかったことにしましょう。

その新入りって、叶さんと明音さん…?

 

…いえ、聞かなかったことにしましょう、ハイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一通りジャンヌさんから聞いた情報は、全て事前に叶さん達からもらった情報と一致していました。

 

外の雨音は、次第に弱まっているようにも、強まっているようにも感じました。

 

「…そういえば理子は、どうしてあんなに強くなろうとしていたんだ?」

 

一旦話しに区切りが付いたあたりでキンジ君が話題を少し変えました。

それは…理子ちゃんの、事。

 

「自由のため、だ。」

「自由、だと?」

 

私はこの話題に口を挟もうとして…しかし、話に入れません。

 

「…悪いが、茅間。席を外してくれ。」

「…え?」

 

ジャンヌさんは私を追い払うように言いました。

 

「な、なんで…。」

「この話は、お前は聞いてはならない。特に理子と親しい…お前はな。」

 

ジャンヌさんの目は、真剣で。

私なんかが口出しできる雰囲気では、到底ありませんでした。

 

「…わかり、ました…。」

 

私は、何も言えないまま。

でもどこか、ホッとしていました。

理子ちゃんのことは、理子ちゃんに直接聞きたい。

そう…思っていたからです。

 

降りしきる、雨の中。

私は傘も持たず、帰路に着くのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋に着くと、暗い気持ちのままとりあえずびしょびしょの制服を脱いで…。

お風呂に、入りました。

 

そしてお風呂から出て、夕飯の支度をしながら。

心を何とか静めます。

 

…そう、です。

理子ちゃんと親しい私だからこそ。

いつか、理子ちゃんの口から聞かなくてはならない…。

 

だから、今日は、これでよかった。

だから、このことは、置いておこう。

前に…別のことでもいいから、前に進みましょう。

 

「…よしっ!」

 

私はコトコトと音を立てる鍋のふたを外し、料理を作ることに集中することにしました…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自室にて。

ご飯も食べ終わり、落ち着いて部屋でゆっくり出来るようになりました。

 

「…出てくれるでしょうか…?」

 

私は今から、ある人物に電話をかけようとしていました。

 

プルルルルル…。

ガチャ。

 

『はい、星伽です。』

「あ、白雪さん。」

 

そう。

青森の実家に帰っているはずの、白雪さんでした。

 

『詩穂!どうかしたの、こんな夜に。』

「いえ、実はですね、その…。」

 

…ちょっと用件が若干アレなのが、いたたまれないです…。

 

「~~~~、~~~…って、持っていますか?」

『へ?アレなら私の部屋の引き出しの中にあると思うけど…。でも、そんなの何に使うの?…まさか、キンちゃんに…。』

「い、いえ!断じて違います!私情でちょっと…。」

『…ふーん。まぁ、詩穂なら大丈夫だよね。アレなら、引き出しの3段目の……。』

 

よかった。

なんとか、もらえるみたいです。

…白雪さんが家に帰ってくる前に、本格的な言い訳を考えておかないとですね…。

 

「……ハイ。わかりました。ありがとうございます、こんな夜に…。」

『ううん、全然!久しぶりに詩穂の声が聞けて嬉しかったよ。じゃあ、またね。』

「はい、またー…。」

 

…よし。

これで準備は整いました…!

いざ、計画実行です!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の晩。

 

コン、コン。

 

「…入っていいぞ。」

「し、失礼します…。」

 

私はキンジ君の部屋に来ていました。

というのも、彼のことについて話し合う必要があると思ったからです。

ちなみにアリアさんはまたもや既に就寝中。

早寝してくれるいい子で本当に助かります。

 

「…で。何の用だ?」

 

相変わらずのぶっきらぼうさにも、私は少し共感してしまいます。

キンジ君のそういう女性に対する心理が…わかっているような気がして。

 

「キンジ君の…その、病気のことについて、です…。」

 

話題が話題だけに声が少し小さくなってしまいます。

キンジ君も少し赤くなりつつ、しかし話はしてくれるようです。

 

「それで、私、色々考えたんです。ヒステリアモードについて…。」

「ああ。」

「で、その、私の勝手な考察なんですが…。聞いてくれますか?」

 

キンジ君は頷くと、イスに座りなおしました。

きし、とイスが少し音を立てます。

 

「…まず、ヒステリアモードは『女を傷つけないようにする』性質を持つ。ですよね?」

「その通りだ。どうもよくわからんが、それが最重要らしい。」

「はい。ここからが少し推測なのですが…。」

 

…深呼吸、しんこきゅう。

これから話すことは、健全なことなハズです…。

 

「その、つまり、ヒステリアモードになったあとでも…すぐには、えっと、その…え、えっちいことはしない、と思うんです。」

「……っ!そ、そう、だな…。そういうことをしたら、相手を傷つけかねないからな…っ!」

 

キンジ君は顔を真っ赤にしながらも話を続けてくれます。

…たぶん、私も顔も同じくらい真っ赤です。

 

「え、えと、ですね!ここから導き出した、推論なのですがっ!」

「あ、ああ!なんだ、それは。」

 

恥ずかしさを紛らわせるように少し声でごまかしつつ。

話を、続けます。

 

「……こほん。つまり、せ、性的興奮はあくまでトリガーであって…ヒステリアモードは、性的興奮を増長させるようなものではないと思うんです。」

「…それが、どうかしたのか?」

「つまり、性的興奮がによるβエンドルフィンの分泌が一定以上の基準を達した場合、ヒステリアモードが発現する、と考えられるわけです。」

「………。」

 

「また、おそらく発現強度や継続時間もその時のβエンドルフィンの分泌量によって比例的に変化するものである、と考えました。βエンドルフィン自体はおそらく性的興奮以外でも発生すると思うのですが…今までキンジ君が性的興奮以外から発現しなかったことを踏まえると、おそらく性的興奮のみをトリガーとして利用できるように何らかのホルモンや神経物質・神経回路が働いていると思われます。というわけで、私はいかにこの病気を利用するのかを考え…ある結論に達しました。それは、性的興奮の成長率…つまり、先程のグラフの例で言うと性的興奮の『変化の割合』を変化させ、傾きを大きくさせればよい、と考えたのです。まぁアリアさんでかかりやすかったりするのはおそらく性的興奮自体が恋愛的な物質であったり性的興奮の種類…つまり、『性癖』?といえばいいのでしょうか、そういったものでも傾きや強度は変化すると思いますが。また、少し話の論点はズレてしまいますが、発現後は基本的にヒステリアモードは自然回復以外では回復しない、と言う兆候を見る限りおそらくヒステリアモードになるための最低基準値を突破すると意図的にはその最低基準値を下回る事ができない。つまりは最低基準値を下回らない程度には性的興奮を保つ力がある、とも考えられます。この最低基準値自体もおそらく発現時の最大値や発現強度・継続時間も大きく関わっていると…。」

 

「詩穂簡単に結論だけ頼む。」

 

…ついつい熱くなってしまったようです。

割と頑張って考えてきたので、もうちょっと語りたいのですが…。

まぁ、いいでしょう。

 

「えっと…つまり、キンジ君のヒステリアモードをサポートできるようなものを、ちょっと作ってみたんです。」

 

私はあらかじめポケットに入れてあった、『例のブツ』を取り出します。

 

「…これです。」

「なんだこれは…。錠剤、か?」

「はい。」

 

それは、小さなケースに入った錠剤のようなものでした。

しかし、もちろん市販のものではありませんし、そもそも絶対安心かと言われると…微妙な代物ではありますが。

 

「…一体、なんなんだこれ。」

「えっと…そ、そのですね…。」

 

が、がんばれ私!

せめてコレの材料だけでも言わないと…!

 

「う、薄めた媚薬を、固めたものです…。」

 

白雪さんからもらったものは…。

あろうことか、液体状の媚薬でした。

 

…なんで持っているんですか、白雪さん…。

 

「……びやく?なんだ、それは。」

「へ?」

 

…ああ、そうでした。

キンジ君はそういった情報を避けてこれまで生きてきたんでしたっけ。

よく薄い本に使われる奴です、って言ってもわからないんでしょうね…。

 

「えっと…せ、性的興奮を煽る薬…です。」

「なっ…!」

 

キンジ君はこれで一体どういうことに使われる薬かなんとなく察してくれたのか、少し後ずさります。

 

「大丈夫ですって!すっごい薄めてありますから!キンジ君の…その、えっと…キンジ君の下のほうには影響はほとんど出ないはずですっ!」

「おいバカ、こんなこと夜中に叫ぶなっ!」

 

…そ、そうでした…。

なんて恥ずかしいことを…!

もうヤです。

なんかまた泣きたくなってきました…。

 

「…こ、こほん!そういうわけなので、簡単に言えば…これを飲むと、ヒステリアモードになりやすくなるんですよ。」

「…あ、ああ。わかったそういうものだと思うことにする…。」

 

2人して赤くなって。

なにやってるんでしょうか、私たちは…。

 

「…たぶん、今までよりもはるかにヒステリアモードになりやすくなると思います。おそらく、ですが…妄想だけでもなれる位に。」

「それは…なんというか、嫌だな…。」

 

でもそうするしかないじゃないですか…。

実際に戦場で誰かといちいちキスしてる余裕なんて無いでしょうし。

 

「…とりあえず、10錠くらい作ってみました。使うかどうかはキンジ君にお任せします。」

「…わかった。もらうだけもらっておく…。」

 

キンジ君はあんまり受け取りたくなさそうに薬を受け取ると、ハンガーにかかっている防弾制服の内ポケットにしまっていました。

よかった、受け取ってもらえないものだと思っていました…。

 

「…でも、色々考えてくれたことは、その…ありがとな。」

「……!!は、はい!」

 

…全く、これだからキンジ君は。

最後の最後に褒めてくれるから、いろんな女の子を落としちゃうんですよ…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、夜も更けていくのでした…。

潜入作戦はもうすぐ近くに迫っていました。




読了、ありがとうございました!


今回の話もかなり長引いてしまいました…。
と言うか今回の話のせいで平均文字数が10000文字を突破してしまいました。
初期の目標文字数5000文字は一体…。


風魔の口調がすごく難しいですね…。
あんなに古臭い話し方でしたっけ…?
というか、アリア→風魔の呼び方って『陽菜』で合ってましたっけ…?
原作を読み直してもアリアと風魔が絡むシーン自体が少なくて…。
どなたか、詳しい方、教えてくださると嬉しいです!

そして武藤→アリアの呼び方も『神崎さん』じゃなくて普通に『アリア』だったような気がしますが…これに関しては固定させていただきます。
武藤には是非全ての女子を苗字で呼んでもらいましょう。


そして今回は後半はガッツリ説明回でしたね。
地の文ばかりになってしまい、読みにくさが更に増長されていましたね。
本当に文才が無いです…。




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ご要望がある場合には、なるべく活動報告や私に直接メッセージを送ってくださると助かります。
ハーメルンのメッセージ機能も便利ですよね…。


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第21話 せんにゅうさくせんです

第21話です。


…いつものことながら、お待たせして申し訳ありません…。
でも絶対にエタることだけは無いと思いますので、これからも見放さないでもらえると嬉しいです。



今回の話は潜入作戦です。
館に潜入してから出るまでを書いただけなので実は対して内容はありません…。


『紅鳴館』への侵入当日の朝。

私達はモノレールの駅にて、理子ちゃんと合流しました。

 

アリアさんは余所行きの可愛いワンピース。

キンジ君は地味な感じの私服。

私は…まぁ、キンジ君に負けず劣らずな地味私服。

 

3人で男子寮を出て、約束の時間まで理子ちゃんを待ちます。

…しばらく、待つと。

 

「詩穂ー、キーくん、アーリアーっ!」

 

背後から理子ちゃんの声が。

その声に反応して、3人で振り返ります。

 

「……っ!」

 

そして、キンジ君が息を呑むのと同時に…時が止まったような感覚に襲われました。

 

そこにいるのは、間違いなく理子ちゃん。

仕草が彼女そのものです。

しかし…彼女は、何故か変装していました。

 

出会ったことも無いような、とんでもない美人さんに。

 

「り…理子!何でその顔なんだよっ!」

 

キンジ君が我に返ったように理子ちゃんに問い詰めます。

その表情は…どこか、ひどく狼狽しているように見えます。

 

「あは。理子、ブラドに顔が割れちゃってるからさぁ。万が一、にね?」

「だからって…どうしてカナの顔なんだっ!」

 

カナ…?

いえ、叶さんはこんな顔ではありません。

…別人?

 

…いえ。

思い出せ…確か、どうでもいいようなところにヒントがあったような気がします…。

 

「だってぇ、カナが理子の知っている中で一番美人なんだもーん。」

 

理子ちゃんの言葉も、私の頭の中を素通りしていきます。

確か…キンジ君が叶さんと初めて会った時…。

 

『「カナ」…っていう名前に慣れないだけだ。』

 

キンジ君はそう言っていたはずです…。

つまり、キンジ君が言っていた『カナ』とは…理子ちゃんが今変装している彼女のことでしょう。

しかし、ただのキンジ君の知り合いなら…キンジ君もこんなに驚くとは思えません。

 

また、理子ちゃんの知り合いでもある、ということは…?

 

「…おーい、詩穂ー?行くよー?」

 

…『カナ』さんの変装をしている理子ちゃんの髪形は…長い、三つ編み。

叶さんに聞いた、言葉が蘇ります。

 

『そいつはこう言ったんだ。「遠山キンジという子を見かけたら、よろしくね」ってな。』

 

…偶然、なんでしょうか?

ここまで、偶然とは思えないぐらい繋がっている。

 

…おそらく、私の推論ですが。

キンジ君は少なくとも、ここで出会うはずは無いはずの人物『カナ』さんの知り合いで。

理子ちゃんの知り合いで…おそらく、イ・ウー内にいて叶さんと明音さんと接触したと思われる人物…。

『カナ』さんもイ・ウーに所属していれば、理子ちゃんと知り合いである点も頷けます。

 

…しかし、全てはあくまで推論。

今の私にはこのぐらいしか…。

 

そもそもイ・ウー内で叶さんと明音さんに接触した『長い三つ編みの女性』が『カナ』さんであることは正しいとは言えませんし…。

 

「…おーい?詩穂ー?置いてっちゃうぞー?」

「ひゃわあっ!?」

 

気が付くと、目の前に理子ちゃんの…いえ、『カナ』さんの顔がありました。

…そうですね。

今は、考えることよりも…。

 

今やるべきことを、やるべきです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

横浜郊外の、森の奥。

鬱蒼と茂った木々のせいで薄暗い景色の中。

『紅鳴館』は、ひっそりとそこに建っていました…。

 

「うわぁ…。」

 

横でアリアさんがドン引きしています。

わかります、その気持ち。

 

「…い、いやぁ、意外なことになりましたねぇー…ははは…。」

 

館から出てきた管理人さんが、私達を出迎えてくれます。

…ていうか。

 

「さ、小夜鳴先生…ですか…。」

「武偵高の生徒さんが来るとは…いやー、私としては少し気恥ずかしいですね…。」

 

武偵高の非常勤講師。

管理人とは小夜鳴先生その人でした…。

早速これ、失敗臭くないですか?

普通知り合いは雇わないでしょうし…。

 

「ま、まぁとりあえず入ってください。」

 

まだ戸惑いの消えていない小夜鳴先生に案内され、少し不気味な『紅鳴館』に足を踏み入れるのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『紅鳴館』の館内は、外から見るよりも更に不気味な雰囲気でした。

壁一面に飾ってある、オオカミの剥製。

所々に置いてある、錆び付いた槍。

…なんですか、このホラゲーに出てきそうなステージは…。

 

「…どうぞ。」

 

応接室は用意していないのか、すぐにホールまで案内された私達は。

小夜鳴先生に言われて席に着きました。

 

「…ビックリしましたよ、小夜鳴先生、こんなに大きなお屋敷に住んでたんですね。」

 

キンジ君が平静を装っているのが丸わかりな態度で小夜鳴先生に話題を振ります。

 

「いやー、私の家ではないんですけどね。ここの研究施設を借りる事がよくありまして…気が付けば、管理人のような立場になっていただけですよ。」

 

はは、と小夜鳴先生は苦笑しながら続けます。

 

「ただ、私はよく研究に没頭してしまうので…そういう点では、侵入者を撃退してもらえるので武偵にハウスキーパーさんを任せるのはいいことなのかもしれませんね。」

 

ちなみに私達が侵入者なんですけどね!

 

「…では、予定通り…この3人を雇っていただけますか?」

 

派遣会社の人を装った理子ちゃんが話をまとめてくれます。

どうやらそれでいいようで、小夜鳴先生は短く大丈夫です、と答えてくれました。

 

「しかし、驚きました。まさか先生と生徒さんだったなんて…。ご主人がお戻りになったらちょっとした話の種になるかもしれませんね。」

 

…理子ちゃんもさすがに管理人さんが小夜鳴先生であったことは想定外だったのか、少し引きつったままの笑顔で話を続けます。

 

「まぁ、契約中にお戻りになられれば…の話ですけれど。」

 

理子ちゃんはさりげなく、ブラドが帰ってくるのかを聞きます。

対する返答は…。

 

「いや、今彼はとても遠くにおりまして…。しばらく帰ってこないみたいなんです。」

 

…帰っては、こないみたいです…。

よかった…のでしょうか?

 

「ご主人はお忙しい方なのですか?」

 

理子ちゃんはまだ聞きだそうとします。

小夜鳴先生は気にすることなく。

 

「それが、お恥ずかしながら…よくは、知らないんです。私と彼はとても親密ですが…直接話した事が無いものでして。」

 

…え?

どういう、意味でしょうか…?

比喩的な表現には聞こえませんでしたし…。

 

…一体、どういう意味なのでしょうか…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

理子ちゃんがこの館を去り、私達は2階の部屋に案内されました。

…どうやら、私達の部屋のようです。

3部屋使っていい、とのことなので…おそらく1人1部屋でしょう。

 

「すみませんねぇ、この館のルールというか…ハウスキーパーさんは指定の制服を着てもらうことになっているんです。それぞれの部屋に置いてあると思うので自分に合う大きさのを選んで使ってください。仕事については…前のハウスキーパーさんが置いていってくれた資料が台所にあると思いますので、それを見て適当にやっちゃってください。」

 

小夜鳴先生は少し早口で説明します。

 

「で、私は研究で忙しいので…普段は地下の研究室にいます。じゃあ、夕食になったら呼んでください。では。」

 

言いたいことを言うだけいうと、小夜鳴先生はさっさと地下に続く螺旋階段を下りていってしまいました…。

…残される、私たち3人。

 

「…始めるか。」

「そうね…。」

「はい…。」

 

最初は管理人さん…つまり小夜鳴先生に信用してもらうために、普通に働く手筈になっているはずです。

 

とりあえず、部屋に入って制服とやらを着ることにしましょう…。

クローゼットを開けると…。

そこには、男子用と思われる燕尾服が数着。

そして…女子用と思われる、メイド服。

 

「…まぁ、わかってはいましたよ、ハイ…。」

 

少し恥ずかしいですが、見せる相手はキンジ君、アリアさん、小夜鳴先生くらいのものです。

ここは…仕方なく、着替えるとしましょう。

 

…そう割り切ってしまえば、むしろ可愛い服が着られることに喜びすら感じてしまいます。

だって、メイド服!

散々ギャルゲやエロゲをプレイしてきて…こんなに可愛い服が着られるなんて…!

 

「………♪」

 

早速着てみましょう。

サイズは、一番小さいものを選びます。

…これでも少し大きいのですが、これにしましょう。

 

…まず、私服を脱いで、下着姿になって…。

…白いフリルのあしらわれたチューブトップを着て…。

…黒い、可愛らしいワンピースを着て…。

…おお、ドロワまでありますね…。

…あ、あれ?ペチコートもある…。

…ニーソまで…。

…エプロンってどこにつけるんでしょうか…?

 

…あ、あれれー?

着るのが難しいですね…。

 

…とまぁ、着替えに戸惑っていると…。

 

コン、コン。

 

「詩穂、終わったか?」

 

キンジ君が来てしまいました。

確かに、武偵憲章5条にも『行動に疾くあれ』とありますけども…!

いくらなんでも女の子の着替えの時間を早く見積もりすぎですよ、キンジ君…!

 

「ま、まだですー!もうちょっと待っててくださいー!」

「そうか。」

 

…扉の前から、キンジ君の気配が消えました。

多分アリアさんのほうに行ったのでしょう。

…なんか、字面だけ見るとキンジ君がすごい見境ない人に見えます…。

 

…そして、その数分後。

 

「…よし。」

 

何とかそれっぽく着れました。

というわけで、早速外に出て2人に合流しましょう。

 

…部屋の外に出て、アリアさんの部屋に行きます。

 

…ガチャッ。

 

「ぐ…あ…。」

「どうよ!?どうなのよ、キンジ!?」

 

扉を開けると、すぐ目の前にアリアさんとキンジ君がいました。

…なぜか、アリアさんがキンジ君を四の字固めをかけていました。

 

「…な、なにやってるんですか…?」

「あっ、詩穂!聞きなさい!この変態、あたしの着替えを覗いたのよっ!」

「え、またですかキンジ君!?」

「またってなんだ…よ…っ!」

 

大体予測がつきました。

これはまぁ…いつもの、喧嘩でしょう。

ほっといていいパターンですね。

 

「じゃあ、私は先に台所に行ってきますね。」

「オーケー…あたしはコイツをもうちょっとしばいて行くわ…。」

「お…おいっ!詩穂、たすけ…。」

「では、またあとでー。」

 

…段々とアリアさんとキンジ君の日常に慣れてきてしまってる自分にびっくりですよ…。

私はプロレス(アリアさんの暴力とも言う)している2人をおいて、さっさと仕事に取り掛かるのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…『紅鳴館』に潜入して数日が経過しました。

次第に私もアリアさんもキンジ君も仕事に慣れ、仕事の合間に休憩と称して昼寝をすることも可能なレベルになりました。

というのも、管理人であるはずの小夜鳴先生は食事のときくらいしか顔を出さないので…割とテキトーにやってしまってもバレないからです。

 

…そんな日々の中でも、目的を忘れてしまうほど私も間抜けではありません。

 

理子ちゃんから事前に聞いていた位置にある監視カメラの死角を使って、防犯システムやスムーズに動けるための通路等を調べ上げます。

もちろん地下だって調べますし、小夜鳴先生の行動パターン等もある程度把握していきます。

 

 

 

 

 

 

 

…7日目の夜。

 

ガガーン!!

 

「ひぅ…!」

 

突如鳴り出した雷に、ビクッと体が強張ります。

つ、梅雨ですねぇ…。

発達した入道雲のせいで、梅雨の雨は大抵雷を伴うものです。

 

「…うぅ、もう部屋に引き篭っていたいです…。」

 

…とはいえ、とりあえずはお風呂に入らないと…。

私は一通りの仕事を雷に怯えつつこなし、シャワールームへと向かうのでした…。

 

 

 

 

 

シャァァァ…。

 

雨の音とシャワーの音が混じりあい、一緒くたになるような音。

この館は西洋式なのか、湯船と言うものは存在していません。

よって…お風呂、といってもシャワーを浴びて汗を流し体と頭を洗うだけです。

 

「…湯船が、恋しくなってしまいますね。」

 

そんな独り言もシャワーと雨の音に掻き消されてしまいます。

 

……ガガーン!

 

「ひっ!」

 

…さ、さっさと出ましょう。

そして同じくそろそろ仕事が終わったはずのキンジ君とアリアさんに会いに行きましょう…。

1人で入るお風呂が、こんなにも怖いなんて…!

 

…ガガガーン!!

 

「えぅっ!」

 

私はお風呂の中でさえ雷にビビりつつ、急いで体を洗うのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャワールームから出たあと。

私は早速アリアさんとキンジ君に連絡を取ろうと携帯を取り出しました。

すると…。

 

ヴヴヴヴッ!

 

「きゃっ!」

 

唐突に携帯が震えだします。

雷のせいで精神的に疲労している私は、些細なことにも驚いてしまいます。

 

「で、でで電話…ですか…。」

 

少し落ち着いたあと、電話に出ます。

 

「も、もしもし…。」

「もしもし、あ、あたしよあたし…。」

 

…新手の詐欺でしょうか?

あたしあたし詐欺?

 

「あ、アリアさん、どうしました…?」

「…ねぇ、詩穂、今どこ…?」

「へ?シャワールームの前ですけど…。」

 

アリアさんはどこか不安そうな声です。

…あ、そっか。

アリアさんも確か、雷が苦手でしたっけ…?

 

「い…今から、遊戯室に来なさい…っ!」

 

…やっぱり。

私と同じく、誰かと一緒にいたいようです。

もちろん、私としてもこの提案は飲むしか選択肢がありません。

 

「り、了解です今すぐ行きます!」

 

…ところで、遊戯室ってここから割と遠いんですよね…。

 

『紅鳴館』の無駄なだだっ広さに絶望しつつ、私はアリアさんの待つ遊戯室に向かうのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遊戯室。

ビリヤード台が6台ほど置かれているその部屋の隅の台で…。

アリアさんが、キューを構えていました。

 

「アリアさん。」

「きゃぁっ!」

 

コンッ…。

アリアさんが驚いた反動で球を衝いてしまいました。

突かれた手球はコロコロと力なく転がり…。

ガコン、とどの球にもぶつからずポケットに入ってしまいます。

 

「…ファールですよ?」

「う、うるさいわねっ!ちょっと手元が狂ったのよ!」

 

ガガーン!!

 

「きゃあっ!」

「ひゃいっ!?」

 

唐突に鳴り響く雷の轟音に、2人で抱き合います。

や、やっぱり…2人いても、怖いものは怖いですね…。

 

「…あ、アリアさん、い、いい一旦落ち着きましょう…。」

「そ…そうね、2人いるんだから余裕よね…。」

 

とりあえず体を離し、お互いに呼吸を整えます。

 

「こ…こうなったらキンジも呼ぶわ…。詩穂だけじゃ頼りないし…。」

「…やっぱり余裕ないですよね…。」

 

ピカッ!

 

空が白く、一瞬光ります。

…そして、約4秒後。

 

ガガガーン!!

 

「きゃうっ!」

「うぇあっ!」

 

2人して飛び上がります。

アリアさんは操作中の携帯を取り落としてしまうほどビビッています。

…私も人の事言えませんが…。

 

「お、お、脅かさないでよ、詩穂…。」

「…え、い今のは、雷のせいですよ!」

 

ピカッ!

 

…また、空が光りました。

そして、約5秒後…。

 

ガゴゴーン!!

 

「ひゃっ…!」

「……なるほど。」

「な、なるほどって…どう、どうしたのよ詩穂…。」

 

雷が光ってから音が鳴るまでの時間の間隔が長くなっています。

これはつまり、雷雲が遠ざかっている証拠です。

 

理由としては、光が伝わる速度と音の伝わる速度が大きく異なっているからです。

光が一瞬で距離を移動するのに対し、音の伝わる速度は約340m/s。

つまり、1回目のときに光ってから約4秒経って音が伝わったのに対し。

2回目の場合は光ってから音が届くのに5秒かかりました。

 

ここから算出すると、雷雲が遠ざかる速度を求める事が出来ます。

また、雷雲と地平線のなす角度を用いて三角関数も用いると雲の高度やそれに伴う雲の大きさも求める事が…。

 

ガガガガーン!!

 

「ぎゃおっ!」

「わぅっ!」

 

しかし怖いものは怖いです!

急に来るとビックリしてしまいますよ…!

 

「だ、だだ大丈夫ですアリアさん…!雲は、遠ざかっています…!」

「そ、そうなの?」

「はい、このまま行けば大体20分もすれば音はなくなりますよ…。」

 

…まぁ、梅雨の雲なんて大体そうですけどね…。

 

私の予想通り、アリアさんと震えてしばらく固まっていると…。

 

…ががーん!

……ががーん…。

 

雷の音は、遠ざかっていきました…。

 

 

 

 

 

 

「はー…もう、こんぐらい離れれば平気ね。」

「ですね。全くもって、怖かったです…。」

 

なんとか震えが収まった私達は、ビリヤード台に手を付いて深呼吸します。

…よし。

なんとか、切り抜けました…。

 

「…ふぅ。しかし、どうして雷が遠ざかってるなんてわかったの?」

「え?えーっと…中学生くらいの知識ですよ。」

 

雷のせいか頭の回りきっていないアリアさんに、雷が遠ざかっている原理を説明します。

アリアさんは別に頭が悪いわけではないので、すぐに合点がいったように頷きました。

 

「なるほどね…言われてみれば納得だわ。」

「あはは…。ところでアリアさん、今何時ですか?」

「え?ちょっと待って。えーっと…。」

 

アリアさんは携帯を取り出すと、画面を覗き込みます。

 

「…あ、キンジを呼ぶの結局忘れてた…。」

「ま、まぁ結果的に大丈夫でしたし、いいんじゃないでしょうか…?」

「なんだっけ…そう時間よね。えーっと…23時30分。」

 

…理子ちゃんとの定期連絡をするのは、確か夜の2時のはずです。

となると…。

 

「…暇ね。」

「…ですね。」

 

うーん、何かいい暇つぶしは…。

…あ、そうだ。

 

「…アリアさん。」

「何よ?」

「コレ…やりません?」

 

私はビリヤードの台を指差し、アリアさんを誘うのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1時間後…。

 

「…よう。」

「…あ、キンジ君。」

 

彼も暇だったのか、キンジ君が遊戯室にやってきました。

対する私とアリアさんはビリヤード中…です。

 

「…な、なんであたしの番が回ってこないのかしら…?」

「あ、アリア、大丈夫か…?」

「うん…なんかもう、詩穂のこと嫌いになりそう…。」

 

私とアリアさんはビリヤードをしていたのですが…。

 

「なんで全部マスワリなのよっ!ズルよ、イカサマよっ!」

「お、落ち着けアリア…何があったんだよ。」

「詩穂が!全部!球を!落とすの!」

 

アリアさんはぎぃー!と犬歯を剥いてダンダン!と地団駄を踏みます。

…ごめんなさい、アリアさん…。

こういうゲームは…あまり、負けたくないんですよ…。

 

「つまり…なんだ?詩穂が、悉くマスワリしていくわけだな?」

「キンジ!アンタも詩穂と勝負しなさいよ!」

「何でだよバカバカしい…。」

「やりなさい!ドレイは大人しく言うことを聞いてればいいのよっ!」

 

う、うわぁー…。

アリアさん、ご機嫌ナナメですね…。

いえ、私のせいなのですが。

 

「わかったよ、ったく…。詩穂、そういうわけだから…いいか?」

「はい、大丈夫ですよ。時間はまだありますからね。」

 

チラッと時計を確認すると…0時30分。

まだ、時間には余裕があります。

 

「…じゃあ、よろしくお願いします。ルールは…ナインボールもいいですが…。全部落として落とした球の合計した数字で勝負、でどうですか?」

「ああ。それでいい。」

 

ちなみにこのルールは『はじ○てのwii』で採用されているルールです。

ファウルはマイナス3点減点ですが…あまり関係ないので、今回は割愛です。

なぜなら、ファウルなんておそらく起こらないから。

 

「ブレイクはキンジ君からでどうぞ。」

「いいのか?」

「ええ、いいですよ。」

 

本当はバンキングで決めるのですが…まぁ、そこら辺は妥協です。

というか…上から目線で失礼ですが、ハンデです。

 

「…よっ。」

 

コン…カコン!

 

キンジ君のブレイクが真っ直ぐに飛びます。

…どうやら、多少なりとも経験があるようですね。

 

コン、コンと球は散らばりますが…。

結局どのポケットにも入りませんでした。

 

「キンジ君、ビリヤードをやっていたんですか?」

「え?まぁ、昔兄に付き合わされて…な。」

 

なるほど。

しかし…キンジ君のブレイクで球は落ちませんでした。

つまり、私の番です。

 

「じゃあ、私の番ですね。」

 

私はキンジ君からキューを受け取ると…。

台を、少しだけ観察します。

 

…よし。

とりあえずキスとキャノンで2と5を落としましょうか…。

 

「…えいっ!」

 

…コンッ!

力は入れすぎないように、ラシャと平行にキューを合わせ…真っ直ぐ、衝きます。

 

…ガコン!ガコン!

 

狙い通り、2と5が落ちました。

キスとキャノン、加えてコンビネーションはどれも他の球を利用して衝く、比較的使いやすい技です。

入射角と反射角を視野に入れて衝けばいいだけですから。

…まぁ、実は衝く力によって反射角が変わってくるのでそこら辺は慣れですけど。

 

「…すごいな。」

「いえいえ。まだ終わってませんよ?」

 

そして改めて台を観察。

 

…マッセ…は、ラシャを傷付けちゃいそうなのでやめておきましょう。

となると…バンクですかね?

 

 

 

 

 

 

 

 

30分後…。

 

「…結局ダメだったわね!詩穂にボロ負けじゃない!」

「何でお前が得意げなんだよ…。」

「ご、ごめんなさい、キンジ君…。」

 

アリアさんが何故か自慢げにキンジ君を罵倒する中、私達は一旦遊戯室で解散するのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、深夜2時。

自室に戻った私達は、改めて携帯電話を手に取り…。

理子ちゃんとの、定期連絡を始めました。

 

『アリア、理子、詩穂。聞こえるか?』

『聞こえてるわ。』

『うっうー!ばっちりだよー!』

「大丈夫です。」

 

使っている通信機器は…なんと、携帯。

しかし日本の携帯の電波は非常に複雑な信号を使っているので…相当な技術者でない限り、盗聴されることはないです。

そういうわけなので、私達は4者間での通話を開始します。

 

『とりあえず、アリアから中間報告ヨロ!』

 

ちなみに理子ちゃんは夜に元気になるタイプなので、非常に元気です。

かくいう私も深夜はテンションが若干上がってしまうのですが…理子ちゃんのおかげで、あんまりバレていないようです。

 

『…目標(ターゲット)の十字架は、やっぱり地下の金庫にあるみたい。一度確認したけど…青くて小さいヤツよね?』

『そう、それだよアリア!』

『だが、地下室には小夜鳴が常にいるぞ。』

「うーん…小夜鳴先生を、どうにかして外に連れ出さないとですね…。」

 

作戦会議は順調に進んでいきます。

しかし、こういった『盗み』はやはり理子ちゃんの分野のようで…。

 

『よし、古典的だけど「誘い出し(ルアー・アウト)」を使おう。1人は先生をおびき出す、1人は盗む、1人はどっちの補佐にも回れるように…。』

 

こうして、夜が更けていくのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10日目の、夜。

作戦の決行日は最終日ということになったので、今日は4日前に当たります。

 

「山形牛の串焼き、柚子胡椒添えです。」

「ありがとうございます。」

 

小夜鳴先生に言われた料理を差し出しつつ…私は、とりあえず料理名をそれっぽく言います。

…なんとも滑稽な話ですが、一応使用人っぽく振舞います。

私自身こういった演技等は大の苦手で…傍から見たらさぞ不自然な動きでしょう。

 

「…茅間さんの料理は…評価を下しがたい味、ですね…。」

「…申し訳ありません…。」

 

小夜鳴先生はその肉を一口食べると…なんとも微妙な表情でそんな感想をくれました。

…どうしてこうなってしまうのでしょうか…?

 

小夜鳴先生に注文された料理はとても簡単なもの。

毎晩、毎食、串焼肉。

しかも表面を軽く炙るくらいのレアが好きだそうで…。

それ以外には、香辛料にニンニクの系統を使うな、という指示があるくらいで…なんとも味のアレンジがしやすいはずなのですが…。

 

というかニンニクがダメって…。

吸血鬼か何かですか…。

 

小夜鳴先生は食事を終えると、窓際に立ち庭のバラを見に行きました。

 

「Fii Bucuros...。」

 

小夜鳴先生はボソッと、何かを口にしました。

……?

ぶっころす…?

 

「Doamne,te-ai vorbi limba romana...?」

 

今度はアリアさんがまた何か別の言葉で言いました。

…うーん、発音的には…ヨーロッパ系でしょうか?

 

「…驚きました。神崎さんはルーマニア語を話せるんですか?」

「ええ。昔、ヨーロッパにいたので…先生こそ、どうしてルーマニア語を?」

 

…びっくりですね。

今の2人の会話はルーマニア語だったようです。

 

「この館の主人がルーマニアのご出身なんですよ。私たちはルーマニア語でやり取りするんです。」

 

なるほど…ブラドはルーマニアの出身である、と…。

…あれ?

ルーマニアの、ブラド…?

ブラド…いえ、ヴラド…。

 

…ドラキュラ・ヴラド・ツェペシュ…?

 

…いえ、そんなわけないでしょう。

ドラキュラ伯爵はそもそも創作上の人物です。

たまたま…響きが似ているだけでしょう。

 

「神崎さんは、何ヶ国語話せるんですか?」

「えっと…17ヶ国語です。」

 

なんて私がくだらないことを考えているうちに、会話が進んでいるようです。

…アリアさん、そんなに話せるんですか…。

なんですか、17って…。

私なんて日本語と英語が限界です。

 

素晴らしい(Fii Bucuros)!驚きですね!そして、数もぴったりです。」

「…数?」

「ええ、あの庭のバラです。あのバラは17種類のバラの長所を集めた優良種なんですよ。」

「はぁ…。」

「そうだ、あのバラの名前は『アリア』にしましょう!うん、それがいい…!素晴らしい(Fii Bucuros)、『アリア』…!」

 

…そういえば、小夜鳴先生は遺伝子学者さんでしたっけ…?

遺伝子学は未だ解明しきれていない謎が多い、ロマン溢れる学問です。

 

「…あの、先生。」

「……はい、なんですか?」

「遺伝子学について…少し、ご指導願えませんか?」

 

気が付けば、私は小夜鳴先生にとんでもないお願いをしていました。

これにはキンジ君もアリアさんも小夜鳴先生も…そして、私もビックリです。

 

「…あっ、せ、先生のお仕事が忙しくなければ全然構わないんですけれど…!」

「ええ、構いませんよ。今夜は良い日なのですから。」

 

…よ、よし。

アリアさんの…いえ、新種のバラ『アリア』のおかげで機嫌がいいみたいです。

この際授業では聞けないような少し興味のあることについても聞いちゃいましょう…!

 

 

 

 

※以降、2人の遺伝についての会話が続きます。

読み飛ばしてもらって構いません。

 

 

 

 

「えっと、では…小夜鳴先生は、遺伝子はどこまで影響するとお考えですか?」

「ふむ…というと?」

「つまり、個人の性格は親や周りの環境によって作られます。それに対して、身長や輪郭等は親の遺伝によって作られます。」

「…なるほど。つまり、茅間さんはその人の形質や実力…そういったものに、どれほど遺伝子が関係しているか、と言いたいわけですね?」

「はい。」

「これは、私の持論なんですが…それでもいいですか?茅間さん。」

「…よろしくお願いします。」

 

「…わかりました。私は、遺伝子の情報は本人の身体能力や学習能力、記憶力にまで及ぶと考えています。例えばアスリートの子供はアスリートになりやすく、アスリートを志望する事が多いですよね?また、記憶力の側面でも親の出来が良いと子供の記憶力がよく出来ている事が多いです。これは科学的根拠にも基づいていて、人が物事を『記憶』するという手段は物事をどのように捉えているか、によって決まります。特徴をしっかり覚えることの出来る人は記憶力が良い。このことは周知の事実です。この事から、親の物事の捉え方そのものが子供に遺伝される、と考えれば辻褄が合うのです。」

 

「なるほど…。先生、私の考えを話してもいいですか?」

「はい、お願いします。生徒さんの意見を聞くことも重要な教師の仕事ですからね。」

 

「…私は、あくまで遺伝とは外見のみの情報であり、本人の学習能力や身体能力にはあまり関わりがないんじゃないかと考えています。オオカミに育てられた子供の話をご存知でしょう?本人の性格や能力は環境によって形作られていく証拠です。先生が仰っていたアスリートのお話ですが、親が子供にアスリートになってもらいたいと願うのは当然の帰結だと思います。よって、それに適した環境を親が作るので子供がアスリートになりやすいのは当然です。環境や育て方で子供の能力が形作られていく、それが私の考え方です。」

 

「…茅間さんの意見にも一理ありますね…。」

「ありがとうございます、先生。」

 

「しかしながら、やはり科学的根拠が足りていないですね。アスリートの子供が適した環境内にいる。そのことは真実でしょう。でも、アスリートに適した心臓や筋肉というものをご存知ですか?血液を送る量が生まれつき多い心臓。生まれつき、強い再生能力を持つ筋肉。こういったものは全て遺伝されるものであり、そのことは脳の構造も同じです。人は脳で考え、行動する。つまり脳の機構が遺伝されるということは、能力も遺伝する事と同義なのです。」

 

「うーん、そう考えると確かにそうですね…。」

「でしょう?茅間さんの意見も最もですが、こういった考えが妥当だと思います。」

 

「…ですが、やはり能力は全て遺伝してしまうとは考えにくいです。そもそもそういった能力が全て遺伝で決まっていくとしたら、学問の発展はありえなくなってしまいます。能力の遺伝によって能力の限界値が定められてしまうのであるとすれば、子供は両親の性質を合わせて生まれていくわけですから…何世代にも渡って、全ての人間が平均に近づいていってしまいます。しかし、現実はそうではないはずです。全ての生物は環境に適応し進化しようとする論にも矛盾してしまうのです。そもそも進化論自体が間違っている感は否めませんが…しかし、それでも人類が平均に向かっているとすれば、ここまで科学力が発展した事実と矛盾してしまいます。」

 

「茅間さん、それは極論です。全ての人類が平均に向かっていく…それは間違いですよ。そもそも遺伝とは親よりも能力的に優れた子供を残していく性質なのです。遺伝の掛け合わせによって、優れた配偶子を後世に残していく…それが遺伝というシステムなのです。」

 

「…確かに、そうですね。でもやはり能力が遺伝することも極論だと思うんですよ。」

「ほう…?」

「つまりですね………。」

 

 

 

 

※ここまでが無駄な論争

 

 

 

 

「…アリア、あの2人は一体何を話しているんだ…?」

「さぁ…。あたしたちは、もう仕事終わっていいのかしら…?」

 

小夜鳴先生の講義、というか途中からただの討論会でしたが…。

この日はこうして、夜が更けていくのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作戦決行の、前日の深夜。

私達は最終定期連絡を行っていました…。

 

『掃除してるときに調べてみたんだけど…地下のセキュリティがとんでもないことになってるわ。金庫の部屋の鍵が、物理的な鍵、磁気カードキー、声紋キー、指紋キー、網膜キー…。部屋の中は、赤外線に加えて威圧床まで…。理子、どう?』

 

アリアさんの報告を聞いて愕然としました。

な、なんて厳重な…。

普通ただの十字架にここまでするでしょうか…?

 

「となると、単純に部屋に侵入する時点で難しいですね…。」

『なんだよそれ…政府の重要機密書類レベルだぞ。』

 

キンジ君の戸惑いの混じった声が聞こえます。

彼の言うとおり、かなりとんでもないですね…。

 

『うーん…じゃあプランB24で行けるかな!理子は盗むって決めたら絶対に盗んじゃうんだよっ!』

 

対して理子ちゃんの声は明るい声。

どうやら平気っぽいです。

 

『ところで、「誘い出し(ルアー・アウト)」の誘導役として、先生と一番仲の良い人がやるべきなんだけど…どう?アリア、いけそう?』

『なんであたし確定なのよっ!?』

 

理子ちゃんは特に何の脈絡もなくアリアさんを指名します。

 

『いやー、キーくんはどうせ男同士だから対して時間稼ぎは出来ないだろうし、詩穂は個人的に小夜鳴先生に近づけるのは嫌だし…ね?』

『私情じゃないっ!あたしをなんだと思ってるのよ!』

『……ツンデレ要員?』

『あんた、帰ったら風穴よ…。』

 

アリアさんが穏やかな心を持ちながら激しい怒りに目覚めた辺りで、取り敢えず『誘い出し(ルアー・アウト)』の誘導者は決まりました。

あとは…補佐役と、実行役ですね。

 

『それで、実行役なんだけど…キーくん、いける?』

『どうして俺なんだよ。』

『ちょっと理子!?あたしはまだ納得してないわよ!?』

「アリアさん、お、落ち着いてください…。」

 

アリアさんがまだ不満げにブツブツ言っていますが…理子ちゃんとキンジ君の話は続きます。

 

『いや、詩穂に実行役は…ちょっと、ねぇ?』

『ああ…わかった、俺がやる。』

 

それで納得しちゃうんですか、キンジ君…。

でも理子ちゃん…悔しいですけど、正しい判断だと思いますよ…。

 

「…じゃあ、私が補佐役をやればいいんですね?」

『うん!詩穂、理子と一緒にがんばろーねっ!』

『…役割はそれでいいとして、あたし達はどうすればいいの?』

 

アリアさんはどうやら諦めたらしく、話を進めることにしたらしいです。

 

『うーん…アリア、どのくらい時間が稼げそう?』

『先生は研究熱心だから…連れ出せても、せいぜい10分くらいね。』

『10分かぁ…難しいなぁ…。』

 

これは流石に理子ちゃんもきつそうですね。

10分で、金庫の部屋を破り、セキュリティを掻い潜り、十字架だけ奪い、痕跡を残さず、違和感を残さず、終わらせる…。

しかも盗むのは理子ちゃんではなくあくまでキンジ君。

理子ちゃんは遠くから…言葉だけで、私たちに作戦を実行させなければいけません。

 

『…キーくん、理子が渡した道具があるでしょ?その中から、針金一式とフックと…~~と、~~と…を持っていって。あとは実行するときに理子が指示するよ。』

『了解だ。…理子、信じていいんだよな?』

『うっうー!全部理子りんにお任せですよー!』

 

…どうやら、やっちゃうらしいです。

理子ちゃん、とんでもないですね…。

泥棒としての才能は、やはり理子ちゃんに及ぶものはそうそういないことでしょう。

 

『アリアは…まぁ、頑張って?』

『あたしだけ適当!さっきからっ!あたしだけ適当!』

『じゃあ、りこりん落ちまーす。また明日ねー?』

『ちょ、理子…っ!』

 

ブツッ。

アリアさんの抗議虚しく、理子ちゃんの回線が落ちる音がしました。

…アリアさん、今回の扱いひっどいですね…。

 

「…じゃ、じゃあ私も落ちまーす…。」

『ああ、また明日な。』

『ちょっと!あたしを置いてかないでよっ!』

 

…よし、切りましょう。

 

ブツッ。

 

…い、いえ、違いますよ?

アリアさんの相手が面倒だなぁ、キンジ君に全部押し付けてやろうかなぁ…なんて考えてませんよ?

 

 

 

 

 

 

 

ヴヴヴヴヴ…。

 

と、自己弁護しているところで…携帯が鳴りました。

相手は…理子ちゃん?

 

「…もしもし?どうかしましたか?」

『…詩穂。ごめんね、また…。』

「いえ、構いませんよ。」

 

理子ちゃんの声は…先程の作戦会議の時とは打って変わって…重く、沈んでいて。

 

『詩穂…。詩穂に聞いて欲しい事があるんだ。』

「…はい。」

『詩穂には嫌われたくないし、詩穂とはずっと綺麗な私を見ていて欲しい…でも、私はもう隠し事を詩穂にはしたくないよ…。』

「…理子ちゃん、大丈夫です。」

 

ひどく怯えるような、理子ちゃんの口調。

きっと…これから、理子ちゃんは本当は話したくないようなことを話してくれるのでしょう。

でも…私を、信じてくれているから、話してくれる。

私に隠し事をしたくないと、話してくれる。

 

「私が理子ちゃんを嫌いになんてなるわけありません。いつも、何度でも言いますよ。私は、理子ちゃんが大好きなんです。」

『詩穂…っ!』

 

ぐす、と少しだけ理子ちゃんが鼻を啜る音が聞こえました。

そして、先程よりいくらか元気になった声で。

 

『…えへへ。前も、言ってくれてたもんね。ごめん。』

「謝ることじゃないですよ。親友なんですから…当然、です。」

『じゃあ…ありがと、詩穂。』

 

電話越しに、理子ちゃんとお話しする。

よくよく考えたら、私はあまり理子ちゃんとは電話なんてしませんでした。

直接、いつでも会えましたから。

だから少しだけ…新鮮で、不思議な感覚です。

 

『…じゃあ、詩穂。お願いだから、私の話を聞いて欲しいな。私の…過去の、薄汚い私の話を。』

「……はい。」

 

理子ちゃんが電話越しに語る内容は…どれも凄惨で、悲しくて、信じがたい話でした。

 

幼い頃、リュパン家の理子の両親が死亡し、没落したこと。

そこで親族を騙ったブラドに連れ去られ、ルーマニアで監禁されていたこと。

家畜のように扱われ、ろくな食事も衣服も無かったこと。

何とか脱走し、イ・ウーに逃げ込んだこと。

しかし、そこでもブラドに見つかり…ある、約束を取り付けられたこと。

 

『その約束が…初代リュパンを、超えることだったの。』

「…はい。」

『だから、私はそのために…アリアを、オルメスを…超える必要があるんだよ…それしか、方法が…ないんだ。』

 

理子ちゃんが、ハイジャックの時言っていた事が…ようやく理解できました。

理子ちゃんは、きっと…それしかないと、思い込んでいる。

なら、私は…!

 

「本当に、そうなんでしょうか?」

『…え?』

「ブラドの枷から抜け出す方法は、本当にそれだけなんですか?」

『だ、だって、それしか方法が…!』

「例えば…そうですね、ブラドを倒すとか…。」

『無理だ!無理に決まってるよ!』

 

理子ちゃんは声を張り上げます。

見えない…恐怖に、怯えるように。

 

「ブラド…って、一体何者なんですか?」

『…ブラドは、化け物だよ。』

 

――化け物。

叶さんに聞いた時から、予想はしていましたが…。

 

『ただの化け物じゃない…アイツは、吸血鬼なんだ。』

「吸…血鬼?」

 

吸血鬼。

ヴァンパイア。

――ドラキュラ。

 

鋭い悪寒が背中を這いずります。

 

『他の生物の血を吸い、永遠に生きる怪物、ドラキュラ・ブラド…それが、あいつの正体。』

 

…まさか、そんなまさか。

ドラキュラ伯爵は創作上の人物で。

ヴラド・ツェペシュはルーマニアの偉人で。

確かに、ドラキュラ伯爵のモデルはヴラド・ツェペシュだという説もありますが…!

 

「…し、信じ難いですが…そんな…。」

『詩穂。これは、紛れもない…事実だよ。』

 

…しかし。

今は、その正体はあまり関係ないことを思い出した。

 

「…でも、本当に吸血鬼でも…倒せないわけじゃないでしょう?」

『ううん、無理。アイツは不死身。そもそも絶対に勝てない相手なんだよ…。』

 

理子ちゃんが、沈んだように言いました。

…確かに、この問題はそんなに簡単に終わるような問題ではありません。

 

「…理子ちゃん。また、一緒に考えましょう。突破口は、あるはずです。」

『無理なものは、無理だ…っ!』

「私のご主人様は、無理って言葉が嫌いなんです。だから…きっと、大丈夫ですよ。」

 

根拠のない自信。

理由のない励まし。

それはただの…蛮勇。

 

けれども、今はただ。

理子ちゃんに笑って欲しくて。

 

「理子ちゃん…あなたのために、私はここにいるんです。理子ちゃんのために、私は全力を尽くします。だから、どうか…信じてください。」

『詩穂…。』

「大丈夫です。私は確かに弱くて頼りなくて残念ですが…理子ちゃんを助けたい気持ちは、本物ですよ?」

『…うん。わかった。私は…そんな詩穂が、好きだから…。詩穂が信じて、って言ってくれるなら…信じるよ。』

「理子ちゃん…!」

『…うん、そうだよね!最初から諦めたら試合終了だって、誰かが言ってたもん!』

「はい!一緒に…頑張りましょう!」

『おー!』

 

お互い、虚勢を張って。

でも、励まし合えて。

優しい、夜を終えるのでした。

 

 

 

 

 

…力のない優しさほど、空虚なものは無いのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

ここで働く最後の日であり、作戦実行の日でもあります。

そして館を去る1時間前。

私達は…計画を、実行しました。

実行するのはキンジ君ですが…彼は、今きっと頑張って穴を掘りつつ地下を目指しているはずです。

 

部屋を開けられないなら、開けなければいいじゃない!

という精神のもと、地下を掘り下げ金庫の部屋の天井に穴を開け…そこからぶら下がって宝を奪い去るという、とんでもない作戦。

なんとも労力が必要な上にキンジ君がすごくキツそうな作戦ですが、かなり理にかなった作戦です。

というのも、この方法だと新たに部屋の中に仕掛けられた威圧床を踏まなくて済む上に、痕跡も非常に残りにくいです。

 

そして、アリアさんはというと…。

今頃、小夜鳴先生と頑張ってバラ園でよく知りもしない遺伝子改良トークをしていることでしょう。

 

そして、私は…。

 

『…こちらキンジ。侵入に成功した。』

『おっけー、キーくん。今から理子が指示するとおりに針金を繋いで…。』

『先生、このバラはどんな風に咲くんですか?』

 

補佐、というわけで緊急時にいつでも動けるよう…。

館で待機しつつ、聞こえてくる3人の声に耳を傾けているのでした。

 

…私、この作戦に要ります?

 

『…よし、出来た。フックを下ろすぞ。』

 

と、ここでキンジ君の方に動きがあったようです。

…ちなみにアリアさんとキンジ君の間のみ、実は無線が繋がっていません。

なんでもキンジ君が集中するためだとか。

 

『……くそ、上手くいかない…。』

 

…声だけですが、上手く行っていないみたいですね…。

…暇だなぁ…。

 

『…詩穂、動いて!アリアから暗号(サイファー)が来た!』

「えっ!?どうしたんですか!?」

『雨が降ってきたみたいで…もう館に戻ってきてるみたい!』

 

唐突に理子ちゃんの指示が響きます。

雨…なんて、不運な…!

 

『くっ、時間がない…!』

 

キンジ君の焦るような声。

…そういえば…。

 

「キンジ君、例の薬って持ってますか!?」

『え…ああ、今あるぞ。ってまさか…!』

「はい、飲んでください!」

『マジかよ…!』

 

そうです。

この前渡した、キンジ君のヒステリアモード誘発剤…!

今こそ出番です!

 

『え?え?何、何の話!?キーくんこんな時に薬なんて…!』

 

事情をわかっていない理子ちゃんが混乱するように言いますが、私は指示を続けます。

 

「キンジ君!」

『…ええい、飲めばいいんだろっ!』

 

…ゴクリ。

キンジ君が何かを飲み込むような音が聞こえました。

…あの薬は即効性。

飲んで、約5秒もしないうちに効果があるはず…!

 

「…理子ちゃん!キンジ君のわかる範囲でえっちい言葉を言ってください!」

『ええ!?なにその急な無茶振り!?』

「いいから!」

 

今のキンジ君なら、軽い性的興奮でも…!

 

『うぅ、詩穂が言うなら…!えっとキーくん、聞こえる?』

『…聞こえてるぞ。』

『……え、えと…実は、理子好きな人に縄で縛られると興奮するんだ!』

 

なんのカミングアウトですか!?

いえ、言えって指示したのは私ですけど…!

 

『な、縄…で…。』

 

キンジ君の呟きが、小さく聞こえたあと。

 

『…詩穂。君の作戦にまんまと引っかかってしまったみたいだね。』

 

急に冷静で、大人びていて…どこか蠱惑的な声に切り替わりました。

…うわぁ、ホントになりましたよ…。

自分でやっておいて、少し引きました。

 

『…理子、回収が終わった。今から帰還準備に入る。』

『「はやっ!」』

 

理子ちゃんと声を合わせてツッコミます。

本当に、ヒステリアモードのキンジ君はとんでもないですね…。

 

ちなみに、アリアさんは。

 

「て、天気がいいですねー。」

「…?今、雨が降ってきたのですが…。」

「あ、あれ?おかしいですね、あはははー…。」

「神崎さん、大丈夫ですか…?」

 

…アリアさん、強襲以外のことももう少し頑張ってください…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、無事に盗み終わった私達は。

平然とした顔で館を去り、別動隊である理子ちゃんに十字架を渡しに行くのでした…。




読了、ありがとうございました。


今回の話は…特に大きくは進展していませんね…。。
むしろ私の趣味が全開だったので、本当につまらない文章になってしまいました…。

なんですか、ビリヤードって。
遺伝子のことって。
そんなもの誰得か、って話ですよ…。
お目汚し申し訳ありませんでした…。



感想・評価・誤字脱字の指摘等を心よりお待ちしています。
また、この場をお借りして感謝を述べさせていただきます。

お気に入り数400!
評価してくださった方が35名も!
こんな駄小説を読んでくださって、本当にありがとうございます!


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第22話 じゆうをもとめて

第22話です。


…またも更新が遅れてしまいました。
本当にお待たせいたしました。
…というか、待ってくださった方。
握手してください。



今回は主にアイツとの最終決戦です。
…思ったより強くて、かなり悩みました…。


『紅鳴館』から出た私達は、そのまま武偵高の制服に着替えて。

理子ちゃんが指定した、十字架の受け渡し場所に向かっていました。

その指定された場所とは…横浜ランドマークタワーの、屋上。

そもそも立ち入り禁止の場所ゆえ、フェンスすらない危険な場所…。

 

私達が屋上に着くと、既に着いていた理子ちゃんがこちらに駆け寄ってきました。

 

「詩穂ぉーっ!会いたかったよーっ!」

「わわ、ちょっと理子ちゃん!」

 

ぽふっ、と理子ちゃんは私に抱きつくとそのままぎゅーっと私を抱きしめます。

 

ぎゅぅぅぅぅ…。

 

押し付けられる胸がグニュグニュと変形します。

正直腹立たしいというか何と言うか…。

身長と胸を私にも分けてくださいというか…。

 

…とりあえず、理子ちゃんを引き離しましょう。

話が全く進みません。

 

「理子ちゃん、とりあえず離れてください…。」

「…うぅ、はーい…。」

 

理子ちゃんは割と素直に離れてくれます。

…そして。

 

「…はい、理子ちゃん。十字架です。」

 

理子ちゃんに今回盗んできた十字架を手渡しました。

…青い、小さな十字架。

 

「わぁ…!」

 

理子ちゃんは短く歓喜の声を上げると、恐る恐る、といった感じで十字架を首から下げていたチェーンに付けます。

 

「…キーくん、アリア、詩穂…!ホントーに、ありがとう…っ!」

 

そして、数歩後ろに下がると頭を深く下げました。

…私たち、3人に向かって。

 

「な、何よ、急にしおらしくなっちゃって…。これは任務だからいいのっ!」

 

アリアさんが照れたように返します。

その光景は、かつて生死をかけて争った事があるとは思えないぐらい…平和で、優しい光景。

照れ隠しのようにアリアさんは言葉を続けます。

 

「そんなことより!あたし達との約束、覚えてるわよね?ちゃんと…守りなさいよ?」

「うん!もちろんだよ…!」

 

理子ちゃんは花が咲いたような笑顔で顔を上げました。

 

「全く…これで、一件落着だな。」

 

キンジ君も概ね満足なのか、ヤレヤレ、といった風に顔を綻ばせています。

…結果的には、私達で盗んだ、みたいになっていますが。

キンジ君が全部やった、といっても過言ではありません。

 

「理子ね…ほんとは、アリアを倒さなきゃいけないの。でも、やっぱりそれはやめにする。詩穂が言ってくれたもの。きっと、別の方法があるはずだから…!」

 

理子ちゃんは私達に正面から向き合い、言葉を紡ぎます。

その言葉は…仲直りの言葉。

きっと、そういうものです。

 

「さあ、帰ろ!理子たちの場所に…!」

 

まるでこれから何もかも上手くいく。

そう思えるくらいのまぶしい笑顔の理子ちゃんの顔は。

 

 

 

 

 

 

バチッッ!!

 

 

 

 

 

「…ぐッ!?」

 

電撃が弾けたよな、短く鋭い音に掻き消されました。

 

「な……なんで…お前が…!」

 

背後をゆっくりと振り返った理子ちゃんは。

ドサッ、とその場に倒れ伏します。

…一体、何が…!?

 

「さ…小夜鳴先生…!?」

 

アリアさんの声で、現状をようやく私は理解します。

 

アリアさんに呼ばれた小夜鳴先生は、何故か理子ちゃんの背後に立っていました。

その手に持っていた大型のスタンガンを地面に放り捨てると、懐から拳銃を取り出して倒れた理子ちゃんの後頭部に銃口を当てます。

 

それは…私達に、動いたら殺す、という脅しでした。

あまりの急展開と唐突な危機感に…私達は、動けなくなります。

 

「…どういうことですか?小夜鳴先生…。」

「茅間さんほど優秀な方なら、わかるでしょう?この…意味が。」

 

『紅鳴館』にいた頃となんら変わらない笑顔で、私に笑いかける小夜鳴先生。

しかし…その手には、拳銃。

強襲科の教科書に載っていた、その拳銃は…確か、『クジール・モデル74』。

少し昔にルーマニアで生産されていた、珍しい拳銃です。

 

「グルルルル…。」

「…ルルルゥゥ…。」

 

小夜鳴先生の背後から、更に灰色の何かが現れました。

…それは、いつしか保健室のとき見かけた…。

コーカサスハクギンオオカミ。

それも、2匹も。

 

オオカミの片方は理子ちゃんの武装…ワルサー2丁とナイフを理子ちゃんから器用に奪い…ビルの外に、落としてしまいます。

 

「おっと。3人とも動かないでください?この2匹は、少しでも近づこうとするとそちらを襲うように教えてありますから。」

 

…教えて、ある。

これの意味するところは、すなわち…!

 

「保健室をオオカミに襲わせたのは…小夜鳴先生、だったんですね…!」

「お3方の『学芸会』よりかは、マシな演技だったでしょう?」

 

クスクス、と笑う彼は…。

どこか、冷徹なものを感じさせました。

そして私達の潜入作戦もバレていたみたいですね…!

…そりゃ、わかりやすいしなんとも雑な演技だった事は認めますけども!

 

「ふふ、あなたが考えた作戦なんて所詮こんなものだったんですよ…リュパン4世。」

「……!!」

 

リュパン、4世。

もはや驚く暇もない…事実。

彼女がリュパン4世であることは、限られた一部の人間しか知らないはず…!

 

「なんで…なんで、アンタが知ってるのよ!まさか、アンタがブラドだったの!?」

 

アリアさんが少し興奮気味に『小夜鳴先生=ブラド』説を提唱します。

しかし。

 

「彼はまもなく、ここに来ます。それまで…動かないでくださいね?」

 

残念ながら、ハズレのようです。

アリアさんは自分の推理が外れてしまったことに少し顔を赤くしながら。

 

「そ、そう。それにしてもよくも騙してくれたわね?アンタはブラドに会えない…だなんて。」

「騙していたわけではありませんよ?私と彼は、会えない関係にあるのです。」

 

アリアさんが頑張って小夜鳴先生を追及しますが…悉く、流されてしまいます。

…しかし、この期に及んで彼がウソをついている風にも見えません。

これは…一体…?

 

そんな状況下、小夜鳴先生は時間稼ぎのためか…話を始めました。

 

「茅間さん…ここで1つ、あの時の話の続きをしましょう。」

「あのとき…?」

「ええ。『紅鳴館』であなたが質問してきたときのこと、ですよ。」

 

おそらく、10日目の夜の夕食後に交わしたあの議論のことでしょう。

一刻も早く理子ちゃんを助けなければいけないのに…人質を取られているせいで、身動きが取れません。

 

「遺伝子とは、気まぐれなものです。優性遺伝や劣性遺伝があるように…子に引き継がれるべき優秀な遺伝子と、そうでない遺伝子があります。」

 

小夜鳴先生は理子ちゃんを見下すと、そのまま話を続けます。

 

「昔、ブラドに頼まれて調べた事があるのですが…リュパン4世は、そういった遺伝に恵まれなかったのです。」

「や…やめ、ろ…!」

 

小夜鳴先生の足元で、呻くように声を発する理子ちゃん。

スタンガンの痺れが回復していないので、声を上げることすら困難な状況のはずなのに。

 

「この子には、リュパン家に生まれながらも一切優秀な遺伝子が遺伝されていなかったのです。遺伝的にこの子は…『無能』、だったんですよ。」

「う…うぅ…!」

 

理子ちゃんは、絶望的な表情で嗚咽を上げました。

…友人に、ライバルに、親友に…聞かれたくなかったと。

絶対にそんな屈辱的なことは許されなかった…と。

 

「残念でしたねぇ、4世さん?あなたは、『無能』なのです。優秀な遺伝子を持たない人間は、どんなに努力したって…限界など、たかが知れているのですよ、4世さん?」

 

サディスティックな笑みを浮かべ、理子ちゃんを徹底的に罵る小夜鳴先生。

まるでゴミを蹴るかのごとく…理子ちゃんの頭を、何度も蹴り、踏みにじります。

その姿に、薄ら寒さを感じました。

どこまでも執拗に、辛辣に…。

 

「人間は遺伝子で決まる。それはあなたが一番理解しているはずでしょう?無能な、4世さん…!」

「い、いい加減にしなさいよっ!!」

 

その光景に耐えられなくなったのは、アリアさんでした。

たとえ元敵であり、親の仇であったとしても…。

彼女の正義感が、そうさせたのでしょうか?

 

「どうしてそこまで、理子を…ッ!」

「絶望が、必要なんですよ。彼は絶望を糧に、やってくる…!」

 

―ゾクッ!

背中に悪寒が走りました。

と同時に…空気が、張り詰めていくのを感じます…。

 

「遠山くん。よく見ていてくださいね?あなたなら…わかるでしょう?」

 

空気が、冷たく、強い気配を纏っていく…!

気圧されるような、強烈な威圧感…!

 

まるで…これは!

キンジ君のヒステリアモード…!

 

「き…キンジ君、まさか…!」

「…ああ、間違いない…!」

 

キンジ君は驚きの表情を浮かべながらも…確かに、肯定しました。

 

「遠山くん、神崎さん、茅間さん。しばしお別れの時間です。その前に、少しだけ…イ・ウーについて、教えてあげましょう。」

 

強烈な威圧感の中…小夜鳴先生は、語り始めます。

彼がイ・ウー関係者であることは明白でした。

 

「イ・ウーはお互いの技術を教えあう場所。そう、4世かジャンヌ・ダルク30世から聞いているでしょう?しかし、それは低級階層たちのおままごとに過ぎません。イ・ウーの上層部では、もっと高次的な能力のコピーをしているのです。」

 

彼の『講義』は続きます。

その間にも…どんどん、小夜鳴先生の存在感が、膨れ上がっています…!

 

「ブラドは、今まで優秀な能力をコピーして生きてきた。その技術を私がただ単に一般化し、人工的にしたまでです。」

「…聞いた事があるわ。イ・ウーでは、人の能力をコピーする新しい方法を持っている、と。」

 

アリアさんの発言に、しかし彼は首を横に振ります。

 

「技術自体はブラドが600年も前から行っていたことです。他者の優秀な遺伝子を奪い、進化する…『吸血』という、方法でね。」

「…『吸血』…!」

 

その言葉で、確信しました。

ブラドの、正体は…!

 

「やはり、ブラドの正体は…『ドラキュラ・ヴラド・ツェペシュ』…!」

「その通り。茅間さん、正解です。」

 

小夜鳴先生はおどけたように答えました。

そしてそのまま、話を続けます。

 

「それからというもの、私は優秀な遺伝子を集めることも仕事になりました。この前武偵高に行ったときも血を集める予定だったのですが…遠山くんのせいで失敗していましたね?」

 

…それは、きっとオオカミが窓ガラスを破ってきた時のことを話しているのでしょう。

おそらく、彼は…血から遺伝子を回収して、その能力をコピーする技術まで持っている…!

 

「そして、この力は…ヒステリア・サヴァン・シンドロームは、遠山金一武偵から拝借したものです。」

 

これで、更に遠山金一…その人が、イ・ウーにいることまでもが確定しました。

しかしこの発言に対し、キンジ君は首を横に振ります。

 

「いいや、そんなはずはない…!兄さんの能力をコピーしたなら、なぜ…理子を、傷付ける事が出来るんだ…!?」

 

…そう。

ヒステリアモードの性質の1つは。

『女性に対して優しくなること』…!

今、理子ちゃんを足蹴にしている彼の姿とは矛盾してしまいます…!

 

「…良い質問ですね。最後に、答えてあげましょう。」

 

小夜鳴先生は理子ちゃんからようやく視線を外し、私達に視線を向けます。

もう…理子ちゃんを虐げるのは充分だと、言わんばかりに。

 

「はるか昔…『吸血鬼』という生物がいました。彼らは他の生物の血を『吸血』することによって進化し無限に生きる…そういう生物でした。しかし、無計画で野蛮な吸血鬼たちは次第に無計画に他の生物の血を吸い続け…結果的に、滅んでしまったのです。ただ1人、『ブラド』を除いて。」

 

小夜鳴先生の話など、もう頭に入ってこないくらい…彼の存在感が、圧倒的なものになっていきます…!

 

「ブラドは『ヒト』の血を偏執的に吸ってきたことによって知性を得ました。そして計画的に吸血を行うことで、屈強な固体として生存し続けてきたのです。」

 

まるで昔話をするかのような彼の口調はおどけています。

 

「しかし、ブラドは知性を保つために…『ヒト』の血を吸い続ける必要があったのです。やがて彼は『ヒト』の血を吸い続け…私という殻に閉じこもることでしか生活できなくなってしまったのです。」

 

彼は…小夜鳴徹は。

ブラドの、仮想人格(タルパー)に近い存在…!

これから、起こることは…つまり。

 

「ブラドが私の中から出現するためには…激しい興奮、すなわち神経分泌物質が脳内に大量に分泌される事が条件でした。そして、そこに現れたのが…遠山金一武偵、でした。」

 

いつの間にか、空は暗雲に包まれています。

…まるで、これから起きようとしている悪夢を示唆するかのように…。

 

「…遠山くん。先程の質問に答えて差し上げましょう。私はそもそも人間ではありません。よって、人間のメスは…生殖対象ではないのですよ。」

 

ガッ!

と、理子ちゃんの頭をひと蹴りすると…小夜鳴先生は、恍惚とした表情で両手を大きく掲げました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 さぁ かれが きたぞ 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の存在感が、人間のものではなくなった。

そんな感覚すらあるくらい、強烈な感覚に支配されます。

生物的な…恐怖を。

 

バキッ…!バキバキ…ッ!!

 

「なんだ…あれは!」

 

キンジ君の驚きの声が上がる中、小夜鳴先生の体は。

 

『変化』していました…!

 

バキバキッ…!

 

肉体は膨れ上がり、身に纏っていたスーツは裂け。

瞳は黄金を示し、巨大な…3mはあるんじゃないかというぐらいの巨体。

 

まさに――化け物。

 

「はじめまして、だな…人間ども。」

 

低く、聴いた者を萎縮させるような…不気味な声が響きます。

 

「今のオレは、ブラドだ。」

 

もはや、疑いようのない事実。

私達の目の前に立つのは…化け物!

 

「4世。久しぶりだな…イ・ウー以来か?」

「う…っ!」

 

太く、巨大な右腕で…ブラドは理子ちゃんを持ち上げます。

 

…そして、その瞬間。

 

ガン、ガン!

 

アリアさんのガバメントが火を噴きました。

ブラドの一瞬の隙を突いて放たれたその銃弾は正確にブラドの腹部・右腕を1発ずつ撃ち抜きます。

 

…しかし。

 

「なっ…!」

 

呻いたのはアリアさんでした。

彼の腕を貫通したはずの銃創は…シュウウウウ、と赤い煙を上げ。

何事もなかったかのように完全に塞がってしまいました。

同様に腹部も即座に修復され、まるで傷1つ付きません。

 

ブラドの黄金の瞳が…アリアさんを見据えます。

 

「ホームズ…。お前は、リンゴを握り潰せるか?」

「そ…それがどうしたって言うのよ…?」

 

…いけるんですか、アリアさん…。

 

「人間の頭なんぞ、オレにとってはそんなもんなんだよ。だから…こんなチャチな武器(モノ)に頼る必要なんざねぇ。」

 

ブラドは理子ちゃんを持っている手とは別の手で…。

クジールを、メキメキッ…と握り潰してしまいました…!

 

鋼鉄で出来た拳銃を、まるで紙で出来た玩具を握り潰すかのように…。

こんなとんでもない握力…。

理子ちゃんの頭も、それこそリンゴの如く潰されてしまうでしょう。

 

「…檻に戻れ、繁殖用牝犬(ブルード・ビッチ)。お前の居場所は…狭くて汚い、檻の中にしかないんだよぉ!」

 

ゲゥゥアバババババババ!!

 

明らかに人間のものでもない、ブラドの嘲笑が響きます。

理子ちゃんは瞳をキツく閉じ…しかし、その涙は止まることはありません。

 

「少し放し飼いにしてみても面白いと思ったが…結局、無能を証明しただけだった。お前は本当にマヌケで無能だが…良い遺伝子を持っていることには違いねぇ。交配次第ではいい5世が生まれるだろうよぉ!!」

 

ゲハハ、グァババババ!!

 

ブラドは笑う。

理子ちゃんを、4世と、ただのDNAだと罵ります。

…理子ちゃんは、だからナンバリングされていたものが嫌いだったんでしょうか…?

 

「…理子ちゃん…!」

 

私は、情けない声で…それでも、理子ちゃんを呼びます。

 

「理子ちゃん…!理子ちゃん!」

「…し………ほ……!!」

 

理子ちゃんは、涙を堪えきれずに泣きながら。

しかし、しっかりと。

 

「あり…あ…!きんじ…!」

 

震える声を、絞り出すように。

 

 

 

 

 

 

「…たす……け…て…!!」

 

 

 

 

 

 

「言うのが遅い!!」

 

理子ちゃんの声を聞いてすぐに、アリアさんはロケットの如く飛び出しました。

左右のオオカミの足を2丁のガバメントで打ち抜き、即座に無力化します。

そしてブラドに突っ込んでいきます…!

 

「ガキが…遊び方を教えて欲しいみたいだな。」

 

ブラドは笑いながら、アリアさんを無防備に迎え撃ちます。

やはり…彼は。

 

自分が決してやられないことを自覚している…?

 

「…っち!」

 

アリアさんがバスバスッ!と銃弾を理子ちゃんに当たらないように正確に当てますが…。

先程当てたときのように、赤い煙を上げて即座に回復してしまいます。

アリアさんはそれでも諦めず、様々な角度から立ち回り撃ち続けます。

 

…私が、今出来ることは…!

 

「…キンジ君!薬を飲んでください!」

 

役に立たない私に出来ることは。

キンジ君に…正確にはヒステリアモードのキンジ君に頼ることでした。

 

「あ、ああ!」

 

今回は緊急事態だからか、キンジ君も即座に対応してくれます。

錠剤型のHSS促進剤を…ゴクリ、と飲み込みました。

 

…よ、よし。

あとは、えっちい事を…!

 

「きっキンジ君!」

「………!」

 

キンジ君もこれから私がやろうとしていることを理解しているのか、少し身構えます。

 

…キスとかは恥ずかしくて出来ませんけど…!

言葉を…言うくらい、なら…!

 

「…帰ったら、理子ちゃんと一緒に…ご奉仕してあげても、いいんですよ…?」

「ご…ご奉仕、って…。」

「その…キンジ君の、好きなことを…させて、あげます…っ!」

 

顔を真っ赤にして、軽く理子ちゃんを巻き込みつつ…なんとか言い切ります。

キンジ君は内容を理解したのか…一瞬顔を赤くし、そしてすぐに。

 

「…そういうことを、軽々しく口にしてはいけないよ。詩穂はレディなんだから。」

「キンジ君…お願いします。理子ちゃんを、助けてください…!」

 

キンジ君は軽く頷くと、アリアさんとブラドのほうに…即座に駆け出しました。

私は今行っても…というか、いつ行っても足手まといになるでしょうから…。

悲しいことですが、戦いの場で無駄な判断ミスは死を招きます。

ここは、保険役(セーバー)としていつでも手助けが出来る位置で身構えるべきです。

 

そう思って背中の刀と銃に手を伸ばし…。

そして制服のポケットに何かが入っていることに気付きました。

 

「…これって…。」

 

取り出してみると…小指の先程しかない、小さな黒い機械でした。

…叶さんからもらった、小型発信機兼盗聴器…。

 

『何か厄介ごとに巻き込まれたら…起動してくれ。』

 

叶さんの言葉。

今、これを起動したところで…叶さんは、明音さんは助けに来てくれるのでしょうか?

ブラドはイ・ウーのナンバー2。

叶さんと明音さんもまた、イ・ウーのメンバー…。

つまり、スパイとしてイ・ウーにいる彼女たちは、助けに来てくれないかも…。

 

…いえ。

今は、どう考えてもマズイ状況です。

私はそっとスイッチを起動しました。

 

お願い…叶さん、明音さん…!

私の大切な人を、助けに来てください…!

 

「…ぐっ!?」

 

向こうで、ブラドの叫び声が聞こえました。

見るとキンジ君はブラドの手首をバタフライナイフで切り裂き、理子ちゃんを救出していました。

 

…今、彼が斬ったのは手首の筋肉。

短掌筋や長掌筋などの握力を司る筋肉です。

そして、その行為によってブラドの握力が緩み、その隙に理子ちゃんを素早く救出したみたいです。

 

…つまり、ブラドは吸血鬼といえど、人間と筋肉の位置は変わらない、ということでしょうか…?

人間の血を偏執的に吸った所為なのでしょうか…?

 

「…詩穂っ!」

 

キンジ君の鋭い声に、反射的に体が動きます。

理子ちゃんを抱きかかえるキンジ君のほうに駆け寄り…。

しっかりと、理子ちゃんを預かります。

 

「…理子ちゃんを看病しています。」

「ああ、任せる。」

 

短いやり取り。

しかしお互いの意思は通じ、お互いに背を向けます。

…キンジ君はアリアさんの援護に。

私は、理子ちゃんと共に…。

 

この状況を何とかするために、一旦退きます。

 

 

 

 

 

 

 

ヘリポートの大きな段差の陰。

そこに抱きかかえていた理子ちゃんを降ろすと、即座に簡易的に理子ちゃんに処置を施します。

 

「ごめんなさい、理子ちゃん…。看護科(メディカ)ではないので簡単なことしか出来ませんが…。」

「し…詩穂…。」

 

とりあえず、スタンガンの分の痺れは引いているようなので…。

目立った外傷がないことに安堵しつつ、ブラドに掴まれていたことで出来ていた爪の痕のような傷を止血します。

…本当に大した傷が無くて、よかったです…。

 

「理子ちゃん、動けますか?」

「う、うん…。そんなことより…!」

 

理子ちゃんは力無く起き上がると、震える声で訴えかけます。

 

「アリアとキンジを、退かせて…!ブラドには、勝てない…!」

「理子ちゃん…。」

「過去、曾お爺さまでも勝てなかったんだ…!どうやっても、ムリなんだよ…生き延びるには、ここから逃げないと…!」

「理子ちゃん。」

 

怯える理子ちゃんの言葉を遮ります。

 

きっと、無謀なのでしょう。

きっと、危険なのでしょう。

きっと、無様なのでしょう。

 

…でも、それでも。

 

「理子ちゃん、そんなことはありません。なんとか、なります。」

「そんな無茶な…っ!」

「今から考えましょう。なんとかする、方法を。」

 

理子ちゃんはおそらく、心の底からブラドに縛られている。

これを何とかするためには…逃げては、いけない。

 

「理子ちゃん、信じてください。理子ちゃん、負けないでください。私に、キンジ君に、アリアさんに…力を、貸してください…!」

 

理子ちゃん。

強くて、可愛くて、でも実は照屋さんで怖がりで…。

でもやっぱり、私よりも強く生きている、理子ちゃん。

 

そんなあなたを、心から助けたいから。

私では、力になれないかもしれないけれど…。

 

あなたを、助けたい…!

 

「詩穂…。うん、私…!」

「…理子ちゃ、うあっち!?」

「え!?な、なに、どうしたの詩穂!?」

 

折角良い感じのシーンの中。

唐突に背中に熱湯でも入れられたかのような熱が走りました。

急いでその熱の原因を探り…取り出してみました。

 

「…こ、これって…。」

 

――私としては、この前のように色金鎮女が光っているものだと思いました。

…しかし。

 

「…私の、銃…?」

 

それは確かに、私の銃でした。

ワルサーの銃身を長くしただけ…みたいな、変な形の銃。

その長くしただけの銃身が…。

 

青く、蒼く、揺らめくように光っています…。

 

「…ねぇ、詩穂。」

 

理子ちゃんはこちらを、真剣な表情で見つめます。

その瞳に、意思を宿して。

 

「やっぱり、『理子』は詩穂を信じたい。私がこの世で、一番信頼していて、一番好きな人で…一番、頼りたい人だから。」

「…はい。」

「…その銃、光ってるね…。」

 

理子ちゃんは視線を私の銃に移します。

…どこか、懐かしむように。

 

「…見て、詩穂。」

 

理子ちゃんは首から下げた青い十字架をそっと持ち上げます。

 

「…ほら、おんなじ色。」

「…はい。同じ、色です…。」

 

その輝きは私の銃とそっくりそのまま、同じ輝きを放っていました。

青く、優しく、包み込むように…。

 

「お母さまがくれた十字架が、光ってる…。」

「…はい。」

「がんばれ、って。優しい…お母さまの声が…聞こえる、気がするの。」

「…理子ちゃん。」

 

理子ちゃんは十字架を握り締めます。

その顔は…もう、怯えも不安も躊躇いもありませんでした。

 

「…詩穂。ブラドを倒す方法を、1つだけ知ってる。」

 

理子ちゃんはもう、迷わない。

私ももう、迷わない。

そう、信じましょう。

 

「ほら…あいつの体に目玉模様があるでしょ?」

「…本当だ…。」

 

アリアさんとキンジ君がブラドを相手に立ち回る中…。

私は、ブラドの体を注意深く観察します。

すると…見えました。

左右の肩と右の脇腹に、白い目玉模様のようなものが。

 

「あの模様の下に、『魔臓』っていう吸血鬼独特の臓器があるの。それがアイツの無限回復能力を支えている。」

「…そんなものが…。」

「ただ、『魔臓』はよく出来てる。『魔臓』が1つでも残っていると、他の『魔臓』も1秒以内に修復しちゃうんだ…。」

 

…つまり。

同時に、破壊しなければいけないということ…!

 

「あの…3つの目玉を…一気に、ですか。」

「ううん。4つ…4つ、あるんだ。」

 

…4つ?

…改めてブラドの体を観察しますが。

 

…うーん、やっぱり3つしか見当たりません。

 

「…3つしか、見えませんけれど…。」

「最後の1個は、見えない位置にあるの。目で追うとバレるから…その1個は、私がやるよ。」

「…でも理子ちゃん、銃は?」

「あるよ。お母さまと同じ場所に、1つだけ、1発だけ隠してあるの。」

 

…やるべき事が決まりました。

そうすると、残る問題は…。

 

「アリアさんとキンジ君に、一体どうやってこれを伝えればいいんでしょう…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩穂→アリア

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…戦況は、芳しくなかった。

 

「…っく!」

「ゲハハハ!!オラオラどうした、威勢がいいのは最初だけかぁ!?」

 

キンジが加わることで何とかブラドを抑えているけど…。

無限の回復能力の所為で、ジリ貧もいいところ。

 

「キンジ!なんとか…何とかしなさいよッ!」

「アリア、落ち着いてくれ…おそらく詩穂と理子が動いてくれるはずだ。それまで何とか…っ!」

 

ガギンッ!ガギンッ!

 

あたしの両方のガバメントから嫌な音が鳴った。

…弾切れ。

すぐに新しい弾倉(マガジン)を取り出そうとして…気付いた。

 

「キンジ…!もう弾が切れたわっ!」

「…っく!」

 

あたしの銃はキンジや詩穂と違って.45ACPを使用するから、弾をもらうことも出来ない。

…あたしはもう、小太刀で戦うしかなくなった…。

けれど、明らかにブラドの巨体相手に接近戦を仕掛けるのはマズイ…。

万事休す、かしら…。

 

「アリア、一旦退こう!」

「わかったわ!」

 

降り注ぐブラドの巨腕を避け、少しだけ距離をとる。

 

「………ふん。」

 

ブラドはあたし達を一瞥すると…。

こちらに背を向け、大きなアンテナのほうへ歩いていった…。

 

…背を向けるなんて、よっぽどあたしたちは舐められてるようね。

 

「…アリア。ブラドには、4ヶ所の弱点がある。」

 

キンジは今のうちに作戦を立てようと考えたのか、あたしに話しかけてくる。

ブラドは依然…アンテナのほうに、歩いていく。

 

「弱点、ですって?」

「ああ。その4ヶ所を…同時に、攻撃するんだ。そうすれば倒せる。」

「ど…どこで、聞いたのそんなこと…。」

「ジャンヌだ。詳しくは、後でな。」

 

ジャンヌ…って確か、逮捕されたはずじゃなかったかしら…?

…今、そんなことを考えている暇は無い。

あたしはキンジの言う、弱点を探した。

…そして、さっきから気になっていた白い模様を3つ、見つけた。

 

「…もしかして、あの目玉模様のこと…?」

「ああ。間違いない…。」

「でも3つしかないじゃない。」

「最後の1個の場所は…わからないんだ。」

 

わからない。

…これじゃあ、弱点を狙えない…!

 

「…戦いながら探すしかない。アリアはブラドの攻撃を引き付けてくれ。」

「…うん。わかったわ、キンジ。」

 

…でも、キンジ1人では確実に4つ同時に破壊は出来ない…。

あたしが小太刀で2つはいけるにしても、失敗したらブラドの大打撃を食らうことになる…。

キンジのナイフとベレッタで残り2つをぴったりやれば…あるいは。

 

「…こんなことなら、弾を残しとくんだったわね。」

「今更悔いても仕方ないさ。なんとか…するしかない。頑張ろう、アリア。」

「…そうね!」

 

不思議と、『この』キンジなら信頼できる。

彼がなんとかする、って言ってくれれば…なんとか、なるかもしれない!

 

…よし、勝ち目が見えてきた…。

これで…!

 

バギンッ!!

 

ちょうどよく、ブラドのほうでも動きがあった。

5mはあろうか、巨大なアンテナを…。

へし折り、槍のように構えていた。

 

「…人間を串刺しにするのは久しぶりだが、コイツで充分だろう…。」

 

ブラドはニタニタ、と笑いながらこちらに話しかけた。

ズン、ズン…と地響きを鳴らしながら、こっちに歩いてくる。

 

「…だが、ホームズが相方といる時は警戒しろって昔聞いた事があるんでな…!」

 

ブラドはそういうと、大きく体を反らし…。

 

「ワラキアの魔笛に酔え…!」

 

ズォォォォォ…!!

 

と、息を大きく吸い込み始めた…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリア→詩穂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブラドはアンテナをへし折り、アリアさん達の前で立ち止まりました。

…何かを2人に向けて言っていたようですが、詳細はよくわかりません。

 

…そして、途端体を大きく反らせました。

 

「……あ、あれは…!」

 

理子ちゃんが隣で小さく呟きます。

そして。

 

…ズォォォォォォ!!

 

こちらにまで音が聞こえるくらいのすごい勢いで、大きく、大きく…息を、吸い込み始めました。

胸が風船のように…膨らんでいく…!

 

「詩穂、耳を塞いで!」

 

両手で耳を押さえた理子ちゃんが、鋭く言い放ちます。

 

「え…えっ?」

「いいから!」

 

よくわからないですが、私も強く耳を押さえました。

 

…次の、瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

ビャアアアアァァアヴィイイイイイ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鼓膜を突き破るような、体全体を揺さぶるような。

…音なんて、生温いくらいの巨大な波動が。

強風よりも強い衝撃が。

全身を、襲いました。

 

「!!??」

 

その衝撃は恐ろしく。

私は瞼をきつく閉じ、眼球が飛び出さないように。

鼓膜が破れないようきつく耳を手で塞ぎ。

内臓がひっくり返らないよう、体を丸めて。

本能が体を守るように指示しているみたいに…。

 

…………………。

 

その巨大な音は、一瞬にも数十秒にも感じました。

音が、止み。

恐る恐る目を開き、戦況を確認します…。

 

アリアさんとキンジ君は…。

 

キンジ君は怯えたように顔を伏せ、その場に座り込み。

アリアさんは…倒れて、いました。

一目見てピンチだとわかる光景。

 

…よくわからない状況ですが。

私の体は、即座に動き出していました。

 

「しっ…詩穂!?」

 

理子ちゃんの制止の言葉も、今だけはスルーです。

ごめんね、理子ちゃん。

 

「…あぁん?お前は…。」

 

私は2人のところに辿り着きました。

キンジ君とアリアさんの前に、立ちはだかるように。

刀と青く輝く銃の一剣一銃(ガン・エッジ)で。

 

「……なんだ、よく見たら4世と仲良ししてるゴミじゃねぇか!」

 

グゥバババババ!

 

ブラドが巨体を揺らして笑います。

 

「4世なんかよりももっと価値のねぇ…無名のゴミが。ゴミはゴミらしく、ガラクタ(4世)と仲良く逃げ出したとでも思っていたぜぇ…!」

 

…とことん、血筋しか見ていないようですが…。

私が無力なのも事実。

私は、無力です。

…でも。

 

「…ブラド。あなたは1つだけ勘違いしていますよ。」

「…あんだと?」

 

普段の私だったら、きっと足が震えて縮こまっていたことでしょう。

…今だって、足はガクガクと震えています。

 

…でも、私は。

 

「理子ちゃんはそれでも、あんなにも強かったんです!あなたという存在に負けないで、今までもこれからも強く…!!」

 

 

 

「うるせぇ。」

 

 

 

ブォンッ!

 

私の言葉を遮り、ブラドはその大きな鉄槌…折ったアンテナを、横薙ぎに振るいました。

当然その範囲内は私がいて。

咄嗟に右手の刀でそれを防いでも、吹っ飛ばされて。

刀は真上に弾き飛ばされ、銃だけはしっかりと手に持って。

 

まるで、ゴミを払いのけるかのように振るわれたその一撃は。

 

屋上から、宙に。

私の体を舞わせていました。

 

 

 

 

 

 

…もう何回目になるのでしょうか、落ちるのは。

私はよく高所から落ちますね…。

にしても、ブラドのあの一撃を受けても折れないなんて…。

流石は白雪さん公認のイロカネシズメです。

 

…ああ、私、死ぬんだなぁ…。

 

今度は上から助けてくれるアリアさんも、下で優しく受け止めてくれるキンジ君もいません。

 

…終わった。

私の長いようで短い人生は、幕を閉じます。

…せめて、理子ちゃんともう一度。

お話し、したかったなぁ…。

 

 

 

 

 

…屋上から飛び降りる、誰かの影。

その誰かはまるで忍者の如くビルの側面を走り…。

落下する私の近くに迫りました。

 

…その影はきっと、私の親友。

 

「詩穂ぉぉぉぉぉっ!!」

 

髪をバタバタと靡かせながら、ビルの壁面を走っていたのは。

…やはり、理子ちゃんでした。

自在に髪を動かす不思議能力で、おそらく上手くバランスを取っているのでしょう。

ものすごい安定感で、壁面を地面を走るが如く駆け下りてきます。

 

…とうとう私と並んだ理子ちゃんは。

ダンッ!と壁を蹴り、私のほうに飛んできました。

 

そしてそのまま…。

ギュ、と私と正面から抱き合います。

 

「…り、理子、ちゃ…。」

「…詩穂。今度は私が、助ける番だよ。」

 

理子ちゃんは微笑むと、制服のブラウスのヒモを引っ張りました。

すると。

バサッ…バサバサッ!

制服にあしらわれたフリルが音を立てて変形し…。

一瞬で、パラグライダーに変形しました。

 

…どうやら、上手い感じに理子ちゃんの背中に装着されているみたいです。

理子ちゃんは上昇気流を掴むと、グンッと高度を上げました。

 

「…詩穂。私は…どうすればいいの?」

「理子ちゃん…?」

 

理子ちゃんが私を抱きながら、困ったように私に問いかけます。

正面を向かい合っているから、距離が近くて…少しだけ気恥ずかしいです。

しかも理子ちゃんは制服をパラグライダーにしてしまったため、下着姿です。

…どこに視線をやったらいいものやら…。

 

「…このまま、詩穂と一緒に地上に戻れば…少なくとも、私と詩穂は生き残れる。それが1番…私は、それが…。」

「…理子ちゃん…。」

 

…確かに、冷静に考えたらそれが1番安全で、私たちだけは確実に生き残れる方法…。

…一瞬、心が揺らぎかけます。

ブラドは強い。

アリアさんは倒れ、キンジ君も戦意がなぜか喪失し…。

残るは武装ほぼなしの理子ちゃんと、明らかな戦力外である私…。

 

………………………。

 

…でも。

それじゃあ、いけない。

弱い私は、乗り越えなきゃいけない…!

倒す道は…あります。

…だから!

 

「…理子ちゃん。負けないでください。」

「……!!」

 

ここで逃げても、何も変わらないから…!

 

「理子ちゃんが理子ちゃんであるために。」

「…私が、私で…。」

「そして、理子ちゃんが私を信じてくれてるから。」

「私は…詩穂を…!」

 

パラグライダーの高度が、ビルの屋上のすぐそこまで来ました。

…あと、1歩。

踏み出すだけ。

 

「あなたは無能じゃない。あなたは5世を生むだけのモノじゃない!」

「私は…!」

「…理子ちゃん。こんな事言うのは不謹慎ですけど…。」

 

私は、理子ちゃんの瞳を見据えました。

正面から、すごい至近距離で。

 

「…生きていても死んでいても…絶対、私と理子ちゃんは一緒です。」

「……うん。」

「まだ…怖いですか?」

「…そりゃ、怖いよ…。でも、詩穂が一緒にいてくれるなら…。」

 

理子ちゃんの顔には、もう恐怖なんてありませんでした。

その表情は、少し照れたような…可愛らしい、笑顔でした。

 

「…大丈夫、だよ。詩穂と一緒なら、地獄だって怖くない…!」

 

――パラグライダーは。

屋上の縁を越え、戦場に舞い戻っていきます…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩穂→キンジ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ビャアアアアァァアヴィイイイイイ!!!

 

 

その強烈な音に…声に。

俺は何とかして耳を塞ぎ、防御していた。

間一髪ヒステリアモードのおかげで防御が間に合ったが…。

少しでも遅ければ、ショックで失神していただろう…。

 

……………………。

 

…暴力ともいえる大音波が去ったのは、その数秒後だった。

周囲の状況を確認しようと見渡し…。

 

「……そん、な…。」

 

気が付いてしまった。

自分の今の状態に。

―ヒステリアモードが、切れている…!?

 

ブラドがニィ、と口角を吊り上げる。

周囲を見渡そうとして…すぐ隣にいたアリアが、倒れていることにも気付いてしまう。

…失神、している。

ブラドの咆哮を防御し切れなかったのだろう…。

 

ズシン、ズシン…。

ブラドが近づいてくる音が聞こえる…。

しかし、俺にはどうしたらいいのかさっぱりわからない。

今の俺には、何もわからないのだ…!

 

アリアを抱きかかえて逃げればいいのか?

ブラドに立ち向かえばいいのか?

どうやって?

どうしたらいい?

 

俺は…。

顔を伏せ、恐怖に怯えることしかできない…!

 

たったったった…。

 

背後から、足音が聞こえる。

頼りなく、でも真っ直ぐに…。

足音は、俺たちとブラドの間で止まった。

 

「…あぁん?お前は…。」

 

…顔を、上げた。

その後ろ姿は…。

 

「……なんだ、よく見たら4世と仲良ししてるゴミじゃねぇか!」

 

グゥバババババ!

 

ブラドの嘲笑を前にしながら、俺の目の前に立つ少女。

…詩穂、だった。

 

「4世なんかよりももっと価値のねぇ…無名のゴミが。ゴミはゴミらしく、ガラクタ(4世)と仲良く逃げ出したとでも思っていたぜぇ…!」

 

詩穂が、刀と銃を構え…俺たちを庇うようにして立っている。

その銃は何故か…青く、揺らめくように輝いている。

 

「…ブラド。あなたは1つだけ勘違いしていますよ。」

「…あんだと?」

 

詩穂は立ち向かうように、ブラドに言葉を放った。

…俺たちのために、そんな…!

 

「理子ちゃんはそれでも、あんなにも強かったんです!」

 

…もういい、もうやめろ…!

早く退くんだ、詩穂…!

足だって…見てられないくらい、震えているじゃないか…!

 

「あなたという存在に負けないで、今までもこれからも強く…!!」

 

 

 

 

「うるせぇ。」

 

 

 

 

ブォンッ!

 

詩穂は、一瞬で宙を舞っていた。

ブラドの薙ぎ払った、無慈悲な一撃で。

詩穂が防御に使ったはずの刀は、頭上に高く弾き飛ばされ…。

ザクッ!と俺たちとブラドの間に突き刺さった。

 

詩穂は、視界からフッと消えた。

屋上の縁から…落下、していった…。

 

そして、次の瞬間。

 

「詩穂ぉぉぉぉぉぉ…!」

 

ヘリポートの裏で待機していたはずの…。

理子が、詩穂を追うように屋上から飛び降りた!

 

…そして、何の音も聞こえなくなってしまった。

どうなったのだろうか…それすらも、この状況下では関係ないことを思い出した。

 

俺は…!

 

「…アリアッ!」

 

即座に隣で伸びているアリアを背中に背負うと、ブラドからいくらか遠ざかった。

詩穂が作ってくれたこの隙を…逃したらいけない!

 

「…フン。興が冷めた。つまらねぇ、もったいねぇが…全員殺しやる。」

 

ブラドが完全に冷え切った目でこちらを見据えた。

…その目には、もう殺気しかない。

こちらを、完全に敵とみなしている…!

 

アリアを背負った背中から、アリアの体温が伝わってくる…。

…この期に及んで、俺って奴は…。

無理に背負ったからか、アリアの胸が背中に強く当たっている。

そのふくらみは、小さいながらもしっかりと柔らかくて…。

 

…気が付けば、なっていた。

連続でのヒステリアモードなんて普段なら相当な性的興奮が必要なはずだが…。

先程の咆哮でヒステリアモードは切れてしまったが、詩穂の『クスリ』の効果は切れていなかったらしい。

などと悠長に推理していると、更に驚くべき事が起こった。

 

「…キンジ君ッ!」

 

頭上から、可愛らしい声が響いた。

…詩穂、だった。

理子と正面から抱き合い、その理子は下着姿で空を飛んでいる…!

どうやらハイジャックの時と同様、制服をパラグライダーにしてここまで戻ってきたらしい。

 

「キンジッ!今のお前に全てを任せる!」

 

理子の叫び声の聞こえてくる。

どうやらこの土壇場で決着をつけるつもりらしい。

…確かに、今ぐらいしか決着の瞬間は無い。

アリアは俺の背中で寝ている。

つまり銃は、俺のものと詩穂のものの2つ。

…でも、理子がああ言ったってことは…おそらく、理子には秘策があるのだろう。

おそらく、何らかの方法でブラドの弱点…それも、俺もまだ知らない4つ目を壊す、秘策が。

 

…ああ、いいよ。

女の子の期待には、答えなきゃいけないからね。

ブラドの視線が、理子の声に釣られ顔ごと上に向いた。

…今しか、ない…!

 

ガキュン!

 

上から、詩穂の銃と思われる銃音が鳴り響く。

ヒステリアモード特有の、スーパースローの世界が始まった。

詩穂の弾のルートは…狙っていたのかどうかは定かではないが、しっかりと右の脇腹の目玉を貫通するルートだ。

…詩穂はこういった絶対な場面では、外さない子だからね。

 

…さて、俺は。

理子を信じて残りの2つを…両肩の目玉を、撃ち抜かなくちゃいけない。

弾丸はまだ数発残っているが…セミオートだから1発ずつしか撃てない。

つまり、銃弾1つで両肩を狙う必要がある…ということだ。

こんなの無茶だ。

普通なら、な。

 

ガギュン…!

 

俺は、本当によく狙い…撃った。

その俺の銃弾の先にあるものは…!

 

先程詩穂の手にあった、刀。

ブラドにはじかれ地面に突き刺さった、刀だ…!

運良くブラドと俺の間に突き刺さり。

そして、またしても運良く刃がこちらに向いていた…!

 

銃弾は、見事その刃に真っ二つに斬られ…。

ブラドの両肩に、命中した。

 

以前ハイジャックのときにナイフでやった『銃弾切り(スプリット)』。

の、逆バージョン。

言うなれば…『銃弾裂き(ディビジョン)』。

 

そして、最後を飾るのは。

 

「よんせぇぇぇぇ!!」

 

ブラドが大きく口を開き、叫んだ。

 

バァン!!

 

理子のどこからとも無く取り出した超小型デリンジャーが火を吹いた。

…その弾丸は、吸い込まれるように…。

ブラドの、口内を直撃した。

 

「ぶわぁーか。」

 

下着姿のまま理子は詩穂と共に俺のすぐそばに着地。

そして、それを追うように…。

 

ズドォン、とブラドは倒れ伏すのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キンジ→詩穂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…全てが、終わった。

 

なんだか良くわかりませんでしたが、終わったみたいです。

私は無我夢中で、ブラドの脇腹を狙い…上手く、当てた。

と、思います。

そして理子ちゃんは胸の谷間から取り出した超小型デリンジャーでブラドの口内…正確には、舌を撃ち抜き。

キンジ君…は、どんなトリックを使ったのやら、ブラドの両肩を撃ち抜き。

 

そしてブラドは…倒れました。

 

「や…やった…のか?」

 

キンジ君が呟きます。

ブラドは倒れ伏し、槍代わりの重そうなアンテナもブラドのすぐそばに転がっています。

 

「や…やった、やりましたよ、理子ちゃん…!」

「…し、信じられないけど…詩穂…!」

 

下着姿の理子ちゃんは、泣きそうになりながらも…。

喜びを顔中に浮かべ、泣き笑いのような表情を作っていました。

私達はお互いに向かい合い、お互いの努力を称え合います。

…アリアさんは、眠っていましたけど。

 

「…これで、本当に…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…終わりだと、思ってたのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………!!」

 

その場にいた全員が、その声に振り向きます。

不気味な、声。

もう倒したはずの…その声の主は。

 

立ち上がっていました。

目玉模様から血を流しながらも。

敵意と殺意に染まった目で、こちらを見据えていました。

 

「……ゲハハ…!まさか、こんな能力もあるなんてなぁ…!」

 

ビリビリ…!

と、強烈な緊張感がこちらに伝わってきます。

先程とは…桁違いの、強烈な威圧感!

 

「…そんな、まさか…!」

 

キンジ君は呻くように言います。

 

「これも…ヒステリアモード、なのか…!?」

 

キンジ君の目は驚愕に見開き。

理子ちゃんもまた、驚きのあまり固まっています。

かくいう私も…動けない。

強烈な気配に、身動きすら取れない…!

 

「…遊びはもう終わりだ、ガキ共が。」

 

ブラドはゆっくりと、息を吸い始めました。

しかし理子ちゃんもキンジ君も…動けない。

 

私は咄嗟に耳を塞ぎました。

 

 

 

 

 

 

 

 

グゥォォオオアアアアアアァァアヴィイイイイイ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強烈な、音波…!

先程よりも重く、強く、大きい衝撃が…こちらを襲います。

これほどまでに…ブラドは、まだ強い…!

まるで地表を揺らしているかのような、凶悪な振動…!

 

………………。

 

気が付けば。

音は止み、その衝撃も止んでいます。

…そして。

 

「…キンジ君、理子ちゃん…!」

 

私の横にいたはずの2人はアリアさんと同じように。

その場に、倒れ伏していました。

 

「……皮肉なもんだな。」

 

ブラドはこちらに近づいてきます。

ズン、ズン…。

足音さえも、大きく、恐ろしい…!

 

「圧倒的弱者であるはずのお前が、最も早く、確実に防御できるとは…。」

「あ…ああ…!」

 

恐怖。

もはや、それしか感じません。

怖い、怖い、怖い――!!

 

「…弱者らしく、無様に俺に命乞いしてみろよ。…ゴミが。」

「う…うあ、ああ…!!」

 

ゲゥバババババ!!

 

その嘲笑ですら、恐怖を生み出す兵器。

もう…おわり、です…。

これいじょうは、かちめなんて…。

 

 

 

 

 

 

――ぼぅ。

 

 

――青い光が、揺れる。

 

 

――理子ちゃん…!

 

 

 

 

 

 

 

 

「わ、わた、し…は…!」

 

立ち上がる。

勝てなくても、不可能でも。

 

「み、みんなを、まも、まもるって…きめたから…!」

 

声が震えても。

足が震えても。

 

「…うあああああああ!!!」

 

銃を、撃つ。

それが武偵。

それが…私の生きる、目指す道。

 

みんなを助けたい。

みんなのために…!

 

バスッ!バスッ!

 

「………。」

 

心なしか、銃弾も青く光っている気がします。

でも、そんなことは、どうだっていい…。

私は、ただ撃つ!

 

ガキュン!バスッ!

ガキュン!バスッ!

 

「…ウゼェ!!」

 

ズガッ!!

 

「くぁっ!」

 

私は、ブラドに思いっきり殴られ。

大きく後ろに吹っ飛びました。

落下の衝撃で、骨が何本か折れる感覚。

そして…絶望。

 

「…かはっ…。うぅ…。」

 

でも、それでも、立ち上がらなくちゃ…!

みんなを、守って…!

 

「…ここまで根性のあるゴミは、初めてだ。だがな…。」

 

ブラドを良く見てみると…。

目玉模様から、血が流れていません。

まるで何事も無かったかのように…回復していました。

 

「所詮ゴミだ。俺に取っちゃ何の価値もねぇ。」

 

そん…な…!

どうして、もう復活して…!

 

「…じゃあな。ゴミはゴミらしく…潰れろ。」

 

私のすぐ目の前まで歩いてきたブラドは、その腕を振り上げ…。

 

 

 

 

 

「良く耐えたな。後は任せろ。」

 

 

 

 

 

ズガッ………!!

 

鈍い打撃音と共に、ブラドが()()()()()()()()()

な…何が、起こって…!?

 

「…よぉ、詩穂。来たぞ。」

「やっほー。」

 

私の前に立つのは…濃い藍色の髪の少女とピンクの髪の少女。

…叶さんと、明音さんでした。

 

バラララララ…。

 

そして、頭上の音にも気付きます。

…上空を、ヘリが飛んでいました。

それも…おそらく、東京武偵局のもの。

私は…2人が来たことによる安心感故か、脱力し座り込んでしまいます。

 

「…よくも、やってくれたじゃねぇか…。」

 

数メートル先に吹っ飛ばされたブラドは…。

やはり、あまりダメージがなさそうに立ち上がりました。

 

「…お前らは…確か。小夜鳴から聞いたぜ…。最近イ・ウーに来た、『お客様』だろ?」

「はっ。そういうこったろうと思ってた。どうも『お客様』なのに歓迎されてなかったみたいだな、オレ達は…!」

 

ブラドがニィ、と笑いながら。

叶さんもそれに答えるかのようにニヤリ、と笑いながら。

2人の会話は進みます。

 

「まぁ、それもここまでだ。オレ達はついさっきイ・ウーを抜けてきたところだ。お前んとこの親玉さんにももう伝えたぜ。」

「…で?そのお前らが…何の用だ?」

 

ブラドは依然殺気を放ったまま。

魔臓を撃ち抜いたはずなのに…何故か、傷はどこにも見当たりません。

 

「オレ達はもう、イ・ウーじゃない。オレ達は…東京武偵局だ。」

「こういうものですー。」

 

明音さんが東京武偵局の手帳をポケットから取り出すと、ブラドに突きつけました。

いつもと変わらない、のんびりとした口調で。

 

「アカネ…あんまり喋らないでくれ。お前が喋るだけでシリアスがほんわかする。」

「え、ええー!カナちゃんー、それはないよー…。」

 

…なにやらコントが始まりました。

いえ、確かに明音さんがコメントするだけで場の空気はのんびりとしてしまいますが…。

 

「…さて、ブラド…もとい、極悪犯罪者ドラキュラ・ヴラド!お前を…逮捕する!」

「…何を言い出すかと思えば!」

 

グァババババ!

 

ブラドの嘲笑が響きます。

 

「お前ら如きがそんなことできるわけ…ガッ!?」

 

ズドンッッ!!

 

一瞬。

ブラドが嘲笑する隙に、明音さんがブラドのすぐ前に立ち…。

そして、拳を振りぬいた。

それまでにかかる時間は…一瞬、でした。

ブラドはその衝撃でまた、同じように数メートル吹っ飛びます。

 

「…血吸いコウモリ風情がー…。」

 

明音さんは悠然と立ち、ゆったりと話し続けます。

今では気味悪いとさえ思う、笑顔を貼り付けたまま。

 

「本当の鬼ってモノをー…教えてあげるよー?」

「…お前、ただの人間じゃないな…?」

 

ブラドはそれでも無傷で、立ち上がります。

鋭いナイフのような歯を見せ…笑いながら。

 

「…わたしはー、人間だよー…。カナちゃんと共に永遠(トワ)に生きるー…人間だよー?」

「…おもしれぇ。殺す。」

 

今度はブラドが接近し、明音さんに向かって。

ブォン、ブォン!

と風圧を伴う強烈な腕撃を繰り出します。

明音さんはそれを軽く後退しつつ避け…。

 

「…ほいさー。」

 

隙を突いて、カウンターを入れました。

 

ドゴォッ!!

 

今度は、ブラドは吹っ飛ばず…モロにその衝撃を体で受けました。

しかしその表情は、余裕そうです。

 

「…ゲハハハハ…!確かに、少しはやるみてぇだが…俺には勝てねぇ。どう頑張っても…だ。」

「めんどくさいなー…。」

 

明音さんは今度はしっかりと構え…。

 

ズンッ!!

 

ブラドをまた、吹き飛ばしました。

今度は大きく、十数メートル程。

 

「…カナちゃんー、アレすごくメンドクサイよー…。」

「仕方ない…オレも出るか。アカネ、αチェインは?」

「あるよー。」

「よし、オーケー。後はオレが指示したらアイツを転倒させてくれ。」

「んー。」

 

短いやり取り。

しかし、その間にも2人の作戦会議は終わった模様です。

 

「…何度ぶっ飛ばしたって、無駄なもんは無駄なんだよぉ…!!」

 

ブラドが起き上がり、こちらにズン、ズン…と近づいてきます。

…幸い、倒れている理子ちゃんやアリアさん、キンジ君には目もくれません。

 

「…アカネ、頼む。」

「うんー。」

 

明音さんはブラドを迎え撃つように、また同様に歩き出します。

…お互いの距離が、どんどん近づき…。

もはや1mもない、そんな至近距離まで近づいた瞬間に。

 

「オラァッ!!」

 

ブゥン!!

 

ブラドの拳が振り抜かれました。

巨腕から織り成されるその強撃は、何度見ても恐怖を拭いきれないものです。

明音さんはそれをいとも容易くしゃがんで避けると…。

 

「せー!」

 

予備動作も無くその場でバク転するかのように、ブラドの顎を…。

サマーソルトキックで、ぶち抜きました。

 

「ぐッ…!?」

 

ブラドは衝撃でなんと数十センチ浮き上がります。

着地した明音さんはそのまま飛び、ブラドの頭を掴み…。

 

「うりー!」

 

ガァァァン!!

 

その頭を、地面に叩きつけました。

叩きつけられたブラドの頭を中心に、地面に薄く亀裂が走ります。

…直後。

 

バリ…ッ!バリバリ…ッ!!

 

叶さんが、ブラドの頭のすぐ近くに立っていました。

…彼女の武器である、長い(ランス)を持って。

その槍は…青白く、発光しています。

 

「…詩穂。これを見るのはアカネについで、人類で2番目だな。」

「…叶、さん…?」

「よく見とけよ。オレの超能力(ステルス)を。空も曇ってるし、正真正銘これを見れる奴はオレとお前とアカネの3人だけなんだからな…!」

 

叶さんは、青白く発光する槍を天高く掲げました…。

釣られて空を見ると、先程まであったヘリは姿も無く。

ただ、暗雲が立ち込めているだけ…。

 

「――雷の槍は、今解き放たれた…!」

 

叶さんが、呟きます。

同時に。

 

パリッ…!パリパリッ…!

 

先程も聞こえた何かが弾けるような音が、叶さんの槍から鳴り出しました…!

 

バリリ…ッ!バリバリ…!!

 

音が激しくなるに釣れ…。

叶さんの槍が…放電、し始めました。

まるで雷雲のように、青白い閃光が槍を包んでいきます…!

 

「…なぁ、ブラド。オレ達はずっと聞いてたんだが…。お前、『魔臓』とやらのおかげで死なないんだってな?」

「グ…グァ…!!」

 

叶さんはブラドを見下ろします。

限りなく…冷めた、目で。

対するブラドは、明音さんに頭を押さえられてもがきます。

しかし…明音さんの腕が、外れる気配はありません。

 

「じゃあ、こういうことしても死なないんだな?」

 

…グチャッ。

 

生々しい音が屋上に響きます。

叶さんは無表情に…ブラドの頭、脳の位置に槍を突き立てていました。

明音さんは手を離すと、叶さんの近くに寄り添いました。

グチュ、グチュ…と少し掻き回したあと。

 

バリバリ…ッ!

ジュゥゥゥゥ…!

 

…何かが、焼ける音が聞こえてきました…!

何が焼けているかは、考えたくもありません…。

しかし、叶さんは淡々と言葉を発します。

 

「…無限に再生するってことは、無限にお前の脳を焼けるんだよな…。かわいそうなこった。ここで永遠に…脳を、焼かれてろよ。」

 

ブラドは…何も、答えません。

ただビク、ビク…と体を痙攣させるだけ。

…ブラドほどのものでも、脳を焼かれ続けると…生物らしく、動けないみたいです。

 

「アカネ。αチェイン巻いてくれ。」

「りょーかいー。」

 

明音さんは叶さんから少し離れると。

ヘリポートの裏まで走っていきました…。

 

その間も、叶さんは槍を離しません。

…本当に、焼き続けています…。

 

「……なぁ、ブラド。永遠に生きることは、楽しいことなのか?」

 

叶さんは物言わぬブラドに語りかけます。

…なにやら、悲しそうな目で。

 

「永遠に生きる…それは、正しいことなのか?素晴らしいことなのか?」

 

叶さんは、1人。

語りかけます。

 

「…オレも、アカネも…永遠に生きるべきだと、思うか?」

 

…その内容はさっぱりわかりませんが。

彼女は今、何かを…何か、大事なことを語りかけている気がします。

もしかしたら、ブラドではなく。

彼女自身に。

 

「永遠は1人じゃ寂しい…。でも、2人ならどうだと思う?愛すべき親友と共に、永遠に生きる…それは、間違いなのか?」

 

叶さん…。

 

「…カナちゃんー。」

「アカネ…。」

 

明音さんが、戻ってきていました。

いつの間にか叶さんのそばに立っています。

 

「今はー、信じてー…進もー?」

「…ああ。アカネ、αチェインを頼む。」

「…うんー。」

 

明音さんはぶっとい鎖を、腕いっぱいに抱えていました。

これが…あるふぁ、ちぇいん…?

明音さんは淡々と、ブラドをぶっとい鎖で拘束していきます。

叶さんもまた。淡々とブラドの脳を暇そうに掻き回しています。

 

…数分後。

 

完全にぶっとい鎖でグルグル巻きにされたブラドの頭から…。

…グチュ、と嫌な音を立てて、叶さんが槍を引き抜きました。

 

…即座に、ブラドの頭が修復されていきます…。

 

「…ぐ、ぐぅ…動けねぇ…。」

「あたりめーだ。アカネ特製の最高に固くて太い鎖だぜ?」

「固くてー、太くてー、長いんだよー?」

「アカネ、ちょっと黙っててくれ…。」

 

ミニコントをしていました。

どうやら…ブラドは、本当に動けないようです。

 

「…ああ、終わった。ヘリを寄越してくれ…。ああ、屋上だ。頼む。」

 

叶さんは無線に向かってそう言うと、私のところに歩いてきました…。

 

「…詩穂。詳しいことは、あとで書類を送ってやる。気になる事があったら、また聞きに来てくれて構わん。今は…寝てて、いいぞ。」

 

…ああ、そういえば。

私は、ボロボロでしたっけ…。

叶さんは私のそばまで来て、ギュ、と私を抱きしめます。

 

…ああ…あったかい、です…。

…頑張って、よかった…。

…みんな、無事に…。

…ちょっと、眠いですね…。

…今くらいは…寝ても…。

 

 

私の意識は、温かさに包まれて…。

眠りに、落ちていきました…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言うと。

肋骨が数本イっていた私は、軽く入院。

キンジ君とアリアさんは、よくわからないけど即退院。

理子ちゃんは…相変わらず、何もかも司法取引で無事武偵高生徒のまま。

 

というわけでした。

ちゃんちゃん♪

 

 

 

 

 

…というわけにはいかず。

まず入院中の私のところに来てくれたのは…宅配便のお兄さんでした。

そして書類の詰まった箱を置くと、さっさと帰っていってしまいました…。

 

「…え、えぇー…。」

 

私は突然のことにもちろん困惑します。

とりあえず書類に目を通すと…。

 

どうやら、司法取引に関する資料のようでした。

要約すると…。

ブラドのことは他言無用。

その代わり、私達が働いた『紅鳴館』での悪事はお咎めナシ。

そして、ブラドのことは他言無用。

 

…そんな感じでした。

とにかく何でもいいからブラドのことは他言無用のようです…。

イ・ウーがこの国においてどんなにブラックなことなのか…身をもって理解しました。

 

 

 

 

 

 

 

そして、次にお見舞いに来たのは。

 

「詩穂ぉーーっ!!!」

「ぐはぁっ!り、りごぢゃん…。」

 

肋骨が折れていることは気にせずガッツリ私にダイブしてきたのは、当然の如く理子ちゃんでした。

頭から私のお腹に突っ込み、ぐりぐりと頭をこすりつけ…痛い!痛いです!

 

「りこちゃ、き、きびしい、きびしいですから離れて…!」

「おっと、そうだった…ゴメンね、詩穂?」

 

…その後。

とりあえず理子ちゃんに離れてもらい、ポツポツと語り合いました。

 

「…ブラドは、もう倒せた…んだよね?」

「…はい。叶さんと、明音さんが…。」

 

その時のことを掻い摘んで、理子ちゃんに話します…。

…脳を焼く云々は置いておいて。

 

「…そっか…。ブラドは…もういないんだね。」

「理子ちゃん…。」

「そっか…ひぐっ、そ…っかぁ…!!」

 

理子ちゃんは、泣き始めてしまいました。

今まで押さえていたものが…壊れて、なくなるように。

 

「うぇ…うぇぇぇん…!!」

「…理子ちゃん。」

 

私は、かける言葉も見つからないまま。

でも、言葉なんていらないと思い。

しばし、理子ちゃんの頭を撫でてあげました…。

 

 

 

…十数分後。

 

「…うぅ、ごめんね、詩穂…。」

「いえいえ。すっきり、しましたか?」

「…ん。」

 

理子ちゃんは、顔を上げました。

目の端は少し赤く腫れていましたが…その目には、もう希望が満ち溢れていました。

 

「詩穂。これからは、私も…自由に、生きていいんだよね?」

「はい…もちろん、そうに決まっています。」

「えへへ…全部、詩穂のおかげだよ。」

「そ、そんな…私なんて、ほぼ何もしていないに等しいというか、立ってただけというか…!」

 

急にお礼を言われて、しどろもどろになってしまいます。

理子ちゃんは改まったように、頭を下げました。

 

「…ありがとう、詩穂。私は詩穂に出会えて、こんなにも…救われたんだ。」

「り、理子ちゃん!頭を上げてください…!」

 

理子ちゃんは照れたように、顔を上げました。

 

「…詩穂。これから私は…詩穂のために生きようと思うんだ。」

「うえぇっ!?」

 

唐突に謎の発言が飛び出しました。

…いや、ええ!?

 

「どうか一生傍に置いてください…!」

「いやいやいやいや、理子ちゃん、それは違うといいますか折角自由になったんですし…!」

「これは私の意志なんだよ!邪魔といわれても家畜のように扱われてもいいから!」

「そんなことするわけないじゃないですか…っ!」

「あ、あんなことやこんなこともしていいから…!むしろさせてくださいお願いします。」

「それもしませんーっ!!」

 

…その後。

何とか理子ちゃんを宥め、説得し、一旦帰ってもらうことに成功しました…。

しかし、病院の看護師さんからは変な目で見られることになりました…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリアさんもキンジ君も、お見舞いに来てくれ…。

そして、その日の面会時間もあと1時間で終わろうとしていた時。

 

…叶さんと明音さんが、やってきました。

 

「…よぉ、詩穂。元気そうだな。」

「やっほー♪」

 

相変わらずの2人の姿に安堵しつつ…。

2人を、ベッドの近くのイスに座るよう促しました。

…その2人の姿は、武偵高指定の制服姿…。

 

「…叶さん、明音さん。まずは…あの時は、ありがとうございました。」

「どういたしまして。でも、お前がアレを起動してくれたおかげで…オレ達もブラドを逮捕できた。そこらへんは、こちらこそ感謝している。」

 

叶さんは真面目に私の話に答えてくれます。

明音さんは…持ってきたティーセットで、紅茶を入れていました…。

 

「はいー、詩穂ちゃんー。紅茶だよー。」

「あ、ありがとうございます…?」

「…アカネ。すぐに帰るんだぞ。」

「えー…?」

 

明音さんは少し残念そうに言いました。

しかし表情は一ミリも変化しません。

…おそろしや。

 

「…さて、まずはブラドのことだ。」

 

叶さんは話し始めました。

…確かに、気になっていたことです。

 

「アイツについて…何か、聞きたいことはあるか?」

「…ブラドは…結局、どうなったんですか?」

 

とりあえずは、理子ちゃんの不安の種であった…彼の行方を尋ねてみることにしました。

 

「アイツは今、東京武偵局が拘束している。そのうち長野のレベル5拘置所にでも送られるだろ。」

「…そう、ですか。」

 

…どうやらブラドが脱走して…とかいうことはありえなさそうですね。

安心です。

 

「そういえば、戦闘中確かにブラドの弱点を4ヶ所撃ちぬいたはずなんですが…。どうしてピンピンしてたんですか?」

「…それは、オレ達にもよくわからない。ただ、アイツは…あの時、極度の『興奮状態』にあったんだ。」

 

…確かに、ブラドが復活した瞬間に感じた威圧感は…。

ヒステリアモードのそれに、そっくりでした。

…ブラドは興奮によって脳内物質を媒介とし、小夜鳴先生の姿から変身する…。

彼が復活したとき、ヒステリアモードの気配を感じて…。

そして、撃ったはずの弱点が、回復した…。

 

うーん、なにか繋がりがありそうなんですが…。

…とにかく、この話はこれ以上進みそうに無いので、次に進みましょう。

 

「…そういえば、叶さんたちは…イ・ウーを、抜けたんですか?」

「ああ。それはもう完全に抜けた。」

「理由を…聞いても、いいですか?」

「ああ、構わない。」

 

叶さんはイスに座りなおします。

フワッと藍色の髪が揺れます。

 

「…オレ達はどうも、イ・ウーにスパイしている事が…バレていたらしい。」

「それは…誰に?」

教授(プロフェシオン)とか言う奴だ。」

 

…教授。

それは確か、イ・ウーの…頭領。

 

「というわけで、本部に潜入作戦(スリップ)は失敗と伝え…任務が、解かれたわけだ。」

「なるほど…。」

 

つまり…叶さんと明音さんの言葉を信じるなら。

どうやら…2人は、教授の手の平で遊ばれていた…ということになります。

 

「そういうわけでオレ達も晴れて、ただの東京武偵局のイチ武偵に過ぎなくなったわけだ。」

「…その割には、武偵高の制服を着てますね…。」

 

そう。

あくまで武偵高への潜入は『イ・ウーに命じられてやっていたこと』。

この2人はそれなのに…未だに、武偵高の生徒のようです。

 

「それは趣味だ。」

「趣味!?」

「ああ。別に年齢的にはオレ達もまだ余裕でJKだからな。」

「じぇ、じぇーけー…。」

 

この2人は大人びていたので、私たちよりも年上だと思っていましたが…。

まさか、タメだったとは。

 

「…話は、このぐらいか?」

「…うーんと…。」

 

頭の中で聞きたいことを整理します…。

…そういえば。

 

「叶さん。最後に…いいですか?」

「ああ、なんだ?」

「叶さんの超能力(ステルス)って…。」

 

そこで、叶さんの掌が私の口を封じました。

 

「…その話は、ここじゃ出来ない。また今度…オレの部屋まで来てくれ。」

 

…そういえば、ここは病院内でした。

このことはどうやら…叶さんの中でもトップシークレットの模様です。

 

「…じゃあ、オレ達は行く。体、早く治せよ。」

「はい、わざわざありがとうございました。」

「いや。オレ達の目的はブラドの件の礼だしな。…ほら、アカネ、起きろー。」

 

ペシペシ、と叶さんが明音さんの頬を叩きました。

明音さんはビクッ!と体を揺らすと…。

 

「…ね、寝てないよー?」

「ハイハイ。行くぞ。」

「うあー、待ってよカナちゃんー!!」

 

2人はコントをしながら、仲良く行ってしまいました。

それを生温かい目で見守ったあと…。

 

ふぅ、と1つ溜息をつきました。

 

…きっと、あのことも聞かないほうがいいのでしょう。

叶さんがブラドに対して言っていた…。

 

 

 

永遠の命、についても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩穂→叶

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…病院を出た後、オレ達はさっさと部屋に戻った。

そしてすぐさま、アカネと向き合いテーブルに座る。

 

「…やっぱり、詩穂の銃からは瑠々粒子は感じられないな。」

「うーんー…じゃあー、アレは瑠々色金じゃないのかなー…?」

「そんなはずは無い…と思う。現に峰理子の十字架からは微量だが瑠々粒子を感じた…。同様の光を放った以上、アレも瑠々色金が関係しているとは思うんだがな…。」

 

アカネと2人、頭を悩ませる。

…しかし、悩んで出てくるほど簡単な問題ではない。

 

「…でもー、イ・ウーでは確かにー…あったよねー?」

「ああ。間違いない。強烈な緋々粒子を感じた。アレは相当デカイのがある。」

 

…アカネはフフ、と笑った。

その笑顔は…オレにしか見せない、本当の笑顔。

 

「…アカネ。そろそろ次の計画に移ってもいいか?」

「カナちゃんのー、お好きなようにー。」

 

アカネの無条件の信頼。

それこそが…オレの、希望。

オレの、原動力。

 

「…さぁ、次のステップに入ろう…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

叶→詩穂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1週間後、私は無事に退院し。

アリアさんやキンジ君の待つ、部屋に帰ってきました。

 

…ドアを、開けると。

きっと、アリアさんやキンジ君がおかえり、と…!

 

ガチャ。

 

「詩穂ぉぉぉぉっ!!」

「ええぇぇぇーー!!」

 

扉を開けた瞬間に飛び出してきたのは…理子ちゃん、でした。

…いや、なんでですか?

 

「り、理子ちゃん、とりあえず離れて…!」

「うんうん!離さないよっ…!」

 

離してください!

夏場で暑いですし、ここ玄関先ですし!

 

「…ねぇ、詩穂…これ(理子)、どういうことなのよ…?」

 

アリアさんが私に抱きつく理子ちゃんを指差しつつ、玄関から出てきました。

…いえ、私が聞きたいんですが…。

 

とりあえず、理子ちゃんを何とか引き離し、部屋の中へ。

部屋の中はクーラーが入っていて涼しい環境でした。

そして、中には当然キンジ君もいました…。

 

「…理子ちゃん、結局どうしてここにいるんですか…?」

「そりゃあもう、詩穂に会いたかったからだよ!」

 

…ダメです。

会話がつながりません。

キンジ君に聞いてみることにしました。

 

「…キンジ君、どうなっているんですか?」

「…理子が、今日詩穂が退院だと聞いて…ここに来やがったんだ。」

 

どうやら、理子ちゃんは私を待つためにここに来てしまったようです。

…どんだけですか、理子ちゃん…。

散々お見舞いに来てくれていたので、毎日顔を合わせていたでしょうに…。

 

「…うん!決めた!決めたよ、詩穂!」

 

理子ちゃんが名案を思いついたが如く、バッと立ち上がりました。

…嫌な、予感がします…。

 

「今日から、私ここに住むねっ!」

「ふざけんな!」

「ふざけるんじゃないわよっ!」

 

理子ちゃんの爆弾発言にキンジ君とアリアさんが即座に反応しました。

…しかし。

 

「あは、ゴメンね、キーくん、アリア…。理子と詩穂の時間を邪魔することは、許されないんだよ…?」

 

理子ちゃんの超怖い微笑み(アリアさん談)で、理子ちゃんの同居が決定してしまいました…。

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで、色々ありましたが。

何もかもが全て終わり。

夏休みが近づいてきていました…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆おまけ☆☆

 

 

 

横浜ランドマークタワー、屋上上空にて…。

 

叶「よし…ここで待機してくれ。いつでもいけるように…な。」

 

ヘリの操縦士「了解しましたっ!」

 

明音「ふふふー…わたし達が来たらー、詩穂ちゃんびっくりするだろうねー♪」

 

叶「…お、スピーカーから音がはっきり聞こえるようになったな…。」

 

スピーカー「詩穂、耳を塞いで!」

 

叶「…うん?」

 

スピーカー「え…えっ?」

 

明音「これはー…詩穂ちゃんの声ー?」

 

スピーカー「いいから!」

 

叶「…一体、何が起こって…?」

 

スピーカー「ビャアアアアァァアヴィイイイイイ!!!」

 

叶・明音・操縦士「「「!!!!????」」」

 

 

 

…数分後…。

 

叶「…あの吸血鬼野郎、ただじゃすまねぇ…。この世の地獄を味合わせてやる…!」

 

明音「…な、なんだったのかなー…?」

 

操縦士「……………(もう実家に帰りたいお…)」

 

2人の奮闘は今日も続く!

ガンバレ、叶&明音!!




読了、ありがとうございました。


今回の話ですが…。
なんとも格好が付かないというか、ご都合主義的な面が非常に残念な仕上がりになっていますね…。
なんで刀の刃が上手い具合にキンジの方向に向いているんでしょうか?
不思議な話です…。

そして、叶や明音を登場させる関係上、ややこしくなるため理子・アリア・キンジには途中で強制退場してもらいました。
…私の文章力では、これが限界だったのです…。
お許しください。


感想・評価・誤字脱字の報告・作品や私に対する罵詈雑言等を心よりお待ちしております。


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番外編 ばんがいへんです3

番外編3です。


…この小説を覚えていてくださる方はいらっしゃるのでしょうか?
というくらい更新できずにいました…。

もし待ってくださっている方がいらっしゃるなら、本当にありがとうございます!



今回の番外編は4つです。
大した内容ではありませんが…読んでくださると嬉しいです。


番外編その6   理子と詩穂の出会い

 

 

 

 

 

出会いとは、唐突なものだ。

そう、私…峰・理子・リュパン4世は思う。

 

それと同時に。

出会いとは偶然だが、別れとは必然。

出会うことは、同時に悲しみを背負う事と同義だ。

 

そして…出会いとは、決して喜びだけじゃない。

出会いたくなかった出会いだってあるのだ。

当然、別れる事が喜びにもなりうる。

 

…でも。

一生の苦しみと別れる事ができない私は、どうすればよいのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

…春先、5月。

私はつい先月、ここ『東京武偵高』に入学した。

私の所属する組織『イ・ウー』の命令により。

一体何の意味があるのか、それは上の人間にしかわからない。

教授(プロフェシオン)にしか、わからない。

 

意味もわからず高校生になった私だったが、苦労はしなかった。

陽気な少女の仮面をつけ、何も考えていないバカを装う。

それだけでどいつもこいつも簡単に騙されてくれる。

…私の味方になってくれる。

 

かりそめの友達でも、私には心地よかった。

私は今まで泥を啜って生きてきたのだから。

学校は、嫌いじゃない。

今くらい、報われても罰は当たるまい…。

 

 

 

 

 

それでも私は昼休みには、よく教室の外に赴き1人で食事を取っていた。

ある日は中庭を、ある日は芝生を、ある日は特別教室棟を。

場所を変え、色々なところに赴いていた。

…それは罪悪感からなのか、それともここで暮らす暢気な高校生たちとはやはり生きる世界が違うと思ったからか。

私には、わからなかった。

 

…そんなある日、1人の少女を見つけた。

彼女は空き教室の隅っこで1人、食事を取りつつ。

…ゲームをしていた。

よほど夢中なのか、教室に入ってきた私に気付きもしない。

 

「…ねぇ。」

「わぁぁぁっ!!??」

「ひゃっ!?」

 

少し声をかけると、少女は座ったまま飛び上がった。

彼女の長いポニーテールが、反動で上に逆立っている。

その驚き様に、私までビックリしてしまう。

 

「…え、えっと。」

「い、いえ、すみませんでした!私がこんなところで1人DSで遊んでいたのが悪かったんです、すみませんでしたぁっ!」

 

少女は早口でまくし立てると、即座に鞄に色々と仕舞いこみ出て行こうとしてしまう。

私はほぼ反射的に呼び止めた。

 

「待って!」

「ふぇいっ!」

 

なんとも情けない声を上げながら、少女の動きが止まる。

…そして、呼び止めたあと。

何故呼び止めたかわからなくなってしまった。

 

…なんで、彼女を呼び止めちゃったんだっけ…?

 

「…な、なななんでしょう…?」

 

ほら、目をグルグルさせながら彼女がビビりきっている。

…とにかく、会話をしなきゃ。

 

「えっと、はじめまして。理子は理子って言うんだ!」

「…は、はぁ…。」

 

いつもの明るい感じのキャラで話しかける。

こういう風にすればとりあえず何とかなるはず…。

 

「じゃ、じゃあ私はこれでっ!」

「ちょいちょいちょいストップストップ!」

 

何とかならなかった。

そそくさと立ち去ろうとしてしまう彼女をまたも呼び止める。

…なにやってんだろ、私。

 

「その…さ。一緒に、食べない?」

 

とりあえず、私はそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぃー、ごちそうさま。」

「…ごちそうさま、です。」

 

少し経ち、私達は昼食を食べ終える。

食事中は会話など微塵にも無く、正直1人で食べるよりも少しキツかった。

 

「じゃ、じゃあ、私はこれで…。」

 

少女はそそくさと立ち上がり、出て行こうとしてしまう。

 

「待って!」

 

…私は、また。

どうして呼び止めてしまうのだろうか?

彼女の儚いような、脆いような雰囲気を感じ取ったからだろうか?

それとも、ただ単に気まぐれ?

それは…私には、わからなかった。

 

「明日…。明日も、ここに来て。」

 

私は、何故こう言ってしまったのだろうか?

 

「…待ってるよ。」

 

…もしかしたら、運命だったのかも。

 

「……………。」

 

たったった…。

少女はこちらを一瞥すると、恥ずかしそうに駆け足で行ってしまう。

私はしばらく、空き教室から出れないでいた。

 

…名前すら、聞けてないや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日は、私は昼食を食べる場所を探し回ったりはしなかった。

昼休みに入ってすぐ昨日の空き教室へと向かう。

あの少女をいち早く、待っていたかった。

 

空き教室に着くと案の定というか少女は来ていなかった。

私は近くの床に腰を下ろすと、少しだけ窓の外に視線を向ける。

 

…昨日はどうしてあんなことを言っちゃったんだろう?

私には教室にたくさんの友達がいる。

自室に帰ればネットの世界にもたくさん友達がいる。

…それなのに、彼女をやけに気にかけてしまうのは…。

一体、なぜ?

 

ガラララ…。

 

控えめに、教室のドアが開いた。

視線をドアに向けると、昨日の少女が恥ずかしそうに立っていた。

 

「…来て、くれたんだ。」

「……え、えっと…。」

 

少女はその場に立ち尽くし、オロオロと表情を曇らせる。

私は立ち上がり、少女の傍まで歩み寄った。

 

「…一緒に、食べよ?」

「…はい。」

 

少女は少し緊張気味に…それでも、薄く笑って。

私の言葉に頷いた。

 

私はこの時、初めて。

自分の顔が自然に笑顔を作れていることに気が付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさまー。」

「…ごちそうさまです。」

 

昨日と同じように食事中に会話は無かった。

でも…昨日よりも、どこか心地いい。

彼女が律儀に来てくれたから、そのことに安堵していたからかもしれない。

 

「…あの、さ。」

 

昨日と違って少女はすぐに帰らない。

少し緊張した様子で弁当箱を片付けている。

私は思い切って、声をかけた。

 

「キミの名前が、知りたいな。」

 

…本当に、不思議だ。

こんなに緊張したのも、こんなに期待したのも。

私の人生で…初めて。

 

「理子は峰理子、っていうんだ!よろしくっ!」

 

それでも。

怖がりな私は、仮面を外すことを拒んだ。

そのことに…罪悪感を、感じた。

 

「…わ、私は…。」

 

少女は、少しだけ間を置いて…。

 

「…茅間、詩穂…です…。」

 

これが。

私と、私の愛すべき親友との。

 

 

――はじめの一歩。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日から、私の昼休みに過ごす場所は一箇所に定まっていた。

いつも彼女と…『茅間詩穂』と名乗った彼女と会える場所。

 

また、今日も、空き教室に。

 

ガラララ…。

 

1人窓の外を眺めていると、教室のドアが控えめに開く。

そちらに目を向けると、彼女は恥ずかしそうに佇んでいる。

私がニコッ、と笑顔を向けると。

彼女も少し恥ずかしそうに、薄く笑顔を向ける。

 

今日も彼女とお弁当を食べる。

もう何回目だろうか。

でも…はじめとは、少し違っていた。

 

「…ねぇ、キミはどこのクラスなの?」

「あ…えっと、峰さんは…?」

 

会話が出来る。

 

「ねぇねぇ、何のゲームやってるの?」

「ぇ…その、『デジ○ンストーリー』です…。」

「あ!それ、理子も持ってる!今度通信しよ!」

 

共感できる。

 

「うあー!目にケチャップがぁー!!」

「だ、大丈夫ですか…!?」

「うぇぇ…へ、へーき…。」

「…クス、峰さん、目のところドロドロです…。」

「あっ!もう、笑わないでよぅ!…あはは。」

 

笑い合える。

 

そんな日々が、過ぎていく。

幸せな時間。

何もかもを忘れられる時間。

 

いつの間にか、私にとって。

この時間は一日の中で最も大切な時間になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、キミのこと、あだ名で呼んでいいかな?」

「へっ!?え、えっと…。」

「理子は、いつも友達のこと、あだ名で呼んでるんだ!」

「と、ともだ…あぅ…。」

「だからさ、キミのことも…。」

「…もう少し、待ってください、峰さん…。私はまだ、心の準備が…。」

「んもう、しょうがないなぁ。じゃあ…それまで、『詩穂』って呼んでいい?」

「…はいそれなら、すこしだけ…。」

「ん!よろしくね、詩穂!」

「…よろしくお願いします、峰さん。」

「そこは理子って呼んでよぉー!」

「それはちょっと…。」

「え、えぇー…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある、秋の日の朝のこと。

私はついに、動き出さなければいけなくなった。

 

ある武偵を、『イ・ウー』に『勧誘』する。

 

その命が教授から下ったのだ。

狙うべき相手は…『遠山金一』。

ここ最近世界的にも有名になってきた、名高い武偵だ。

なんと、全ての事件を犠牲者なし・報酬なしでクリアしてきた正義のヒーローのような武偵。

 

…でも、私なら倒すことは出来なくても、追い込むことは可能だ。

死に物狂いで努力してきた、私なら。

だから、今回の命はそんなに難しくはない。

 

私は命を受けたその日の昼休み、学校を抜けその武偵を襲うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方。

自室に向かう、私の重い足。

カラスが遠くで、鳴いている。

…もう、日が暮れそうだった。

 

…爆弾を使ったバイクジャックは、見事突破されてしまった。

流石に有名なだけあって実力は桁違いなものだった。

これは…もっともっと大掛かりな仕掛けじゃないとダメかもしれない。

 

…でも、今日をもって。

私は立派な犯罪者だ。

武偵のフリをした、爆弾魔。

人を攫おうとする、イケナイ人間。

 

 

 

…今日は、もう帰ろうかな…。

…あ、昼休み、空き教室に行けてないや…。

…でも、しょうがないよね…。

 

…私は所詮、穢れた身。

もう、これ以上は…綺麗な彼女に触れてはならない。

…だから。

 

「だから…っ!もう、空き教室には…行かないっ!」

 

どうして。

なみだが、あふれてくるのだろう。

 

夕暮れの帰り道。

雨すら降りそうにない、晴れた夕空だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1日過ぎ、1週間過ぎ、1ヶ月過ぎ。

私は更に明るくなっていった。

…汚い私が、バレないように。

彼女と別れた悲しみを、隠すように。

 

でも、廊下ですれ違うたびに私の悲しみが溢れていく。

彼女を見かけるたび、寂しくなる。

 

また話したい。

一緒にご飯を食べたい。

そばに、いたい。

 

私の中でどんどん彼女の存在が大きくなっていく。

罪を重ねるたび、彼女が離れていってしまう。

…二律背反。

いつまでたっても、私は自由になれなかった。

 

…私が板ばさみで潰されそうになってしまう。

 

助けて。

助けて、詩穂。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冬が間近に迫った、11月。

校庭の隅のベンチに座って。

寒空の下、私は1人昼食をとる。

もう空き教室はおろか、校内にすらいたくなかった。

 

詩穂に、会いたくなかった。

でも、詩穂に会いたかった。

 

私はもうほとんど思考をやめていた。

ただその2つの感情だけが、私を支配していた。

お風呂のときも、眠る前も。

遠山金一武偵を襲っているときですら、それしか考えられなかった。

 

1人、黙々と食べる。

私には、それしか行動に移せない。

 

「……峰さん。」

「!!??」

 

心臓が止まるかと思った。

驚きのあまり、ガタッと立ち上がる。

昼食のパンが地面に転がった。

 

「あ、あぅ、ごめんなさい…。」

 

私が立ち上がったことに驚いてしまったのだろう。

詩穂もまた、ビクッと震え縮こまってしまう。

 

「…でも、峰さんと、会いたかった、から…。」

 

途切れ途切れに、彼女は話す。

顔を真っ赤にしながら、それでも…ハッキリと。

 

「…峰さん。もしかしたら、私の自惚れかもしれないです。でも…私は、峰さんともう一度お話したかった…。」

「……う…うぁ…あ…。」

 

情けない。

私はどうしようもなく、ヘタレだった。

何も、言葉を返すことすら出来ない。

 

「…私なんかと話していても、つまらないかもしれません。でも…私なんかに優しくしてくれたのは、峰さんが初めてだったんです。」

「………そ、そんな…ことっ…!」

 

言葉が上手く言えない。

緊張で口の中がカラカラと乾く。

 

「…私なんかじゃ頼りないかもしれませんが…。」

 

詩穂は、ひどく真面目な顔で私に向き合っている。

私は…目を逸らして俯くことしかできない。

 

「…困っている事があったら、相談に乗るくらいなら、してあげたいんです。」

 

…この瞬間。

何かが、崩れてしまった。

大切に守ってきた…でも、いつか崩さなければいけなかった何かが。

 

「…う…うぅ…ぐすっ…!」

「へ…え、ちょ、泣かないでください、峰さん!」

 

泣いた。

心の行くままに、泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして、ようやく落ち着いた。

もうすでに昼休みなど終わっていたが、お互い気にしなかった。

 

「…詩穂。ごめん、私…。」

「…いいんですよ、峰さん。でも…ちょっとだけ、安心しました。」

 

詩穂は微笑を浮かべながら、私を見つめる。

その視線が…心地、よかった。

 

「私、嫌われてたわけじゃなかったんですね…。」

「…うん。私が、詩穂のこと嫌いになるわけ…。」

 

そこでようやく、私は気が付いた。

私を守る仮面が、外れてしまっていることに。

…でも、別にいいやと思った。

私はもう、詩穂の前では繕う必要は無いと思った。

 

「…詩穂。私、ね。」

「……はい。」

「ちょっとだけ、悩み事があったの。」

「…はい。」

「…聞いて、くれる?」

「…もちろんです。」

 

でも、洗いざらい話すわけにはいかない。

イ・ウーのことを余計に話して…詩穂の身が危険に晒されることだけは絶対に避けたかった。

 

私は核心だけ言うことにした。

 

「詩穂に嫌われちゃうんじゃないかって、怖かったの…。」

 

結局。

そういうことだった。

穢れた私とか、犯罪者だとか。

そういうのはきっかけでしかない。

私は…生まれて初めて出来た本当の友人に、嫌われるのが怖かっただけなのだ。

 

「…ねぇ、理子ちゃん。」

「…あ…。」

「私も、理子ちゃんのこと、大好きですよ。私も、理子ちゃんに嫌われたくありませんでした。」

 

心に喜びが満ちていった。

本当に、嬉しかった…。

 

「だから…私から、言わせてください。」

 

詩穂は息を軽く吸うと、優しく唄うように言ったのだった。

 

「――私と、友達になってください――」

 

 

 

 

私にとって初めて。

出会ったほうが幸せな、出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…という話だったんだよ。」

「そんな感じでしたね…。」

 

キーくんの部屋、居間にて。

私達はテーブルに座り詩穂との馴れ初めを語っていた。

 

何でかというと…アリアが突然私達の出会いを聞きたがったからだった。

折角だしキーくんも呼び、4人で顔を合わせてこんな話をしていた。

 

「…うぅ、ぐす、いい話ぢゃないの…!」

「そうか…?」

 

アリアは何故か話の途中辺りから涙ぐみ、最後らへんで号泣。

キーくんは逆に…すごい冷めた感じで話を聞いていた。

 

「なんというか…詩穂に一目惚れした、って話にしか聞こえなかったが…。」

「まぁ大体そんなところかな。詩穂可愛いし。仕方ないよね?」

「そ、そうだったんですか理子ちゃん!?」

 

むしろ私もそれしか言ってない感覚があった。

詩穂は詩穂で鈍感だなぁ…。

まぁそこが可愛いところなんだけど。

 

「…じゃあそろそろ俺は寝させてもらうぞ。…ほらアリア、泣いてないで行くぞ。」

「うぅー、り、理子、詩穂、あんた達のためにあたしはこれまで以上に協力するから…!」

 

キーくんにズルズルと引き摺られつつ、泣きながら優しい言葉を残し去っていくアリア。

…今までに協力してもらったことなんてあったっけ…?

 

でも、私のアリアに対する見方はもう過去のそれじゃない。

もう、敵でもなんでもない。

競い合うライバルであり…大切な、友達。

もちろん本人の前では言わないけれど…私にとって、彼女はもはや大切な仲間の1人だった。

 

キーくんだって、ゆきちゃんだって。

これから共に歩んで生きたい、仲間。

 

「…理子ちゃん、私達もそろそろ寝ましょう?」

「そうだね…。一緒に寝よっか?」

「…襲わないでくださいよ?」

「わかってるって♪」

 

そして…。

私の愛する、親友。

詩穂のおかげでここまで来れた。

詩穂は、私の一生で最高の…パートナー。

 

自由を手に入れた私は、永遠に詩穂と歩むことに決めた。

そう、これだけは、永遠に…変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ねぇ、理子ちゃん。」

「…なぁに?」

「私も実は、理子ちゃんのこと大好きなんです。」

「…うん。私も、詩穂のこと大好き。」

「だから、約束して欲しいんです。」

「…うん。」

「…怖いときは、守ってください。」

「うん。」

「泣いちゃうときは、慰めて欲しいです。」

「うん。」

「負けそうなときは、力になって欲しいです。」

「うん。」

「だから…理子ちゃん。助け合って、生きていけたら…。」

「私は、詩穂にたくさん助けてもらったよ。」

「…はい。」

「だから…これからも、私のこと、助けて欲しいな。」

「…もちろん、です。」

「貸し借りなしで、助け合って…。」

「…はい。」

「生きていける。だって、私達、親友だもん。」

「…はい!」

 

 

「…というわけで私の性欲が暴走しそうなのを助けて欲しいかな…。」

「そ、それはちょっと…みゃーっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

番外編その7   勉強も大事

 

 

 

 

 

 

「詩穂ー、これ教えてー。」

「理子ちゃん、くっつかないでください。暑いんですから…。」

「…わからん。」

「バカねキンジ、ちょっと見せなさい。…これ、古文じゃないの!なんであたしに聞くのよ!ケンカ売ってんの!?」

「お前が覗いてきたんだろ!」

「ねぇキンちゃん、わからないなら私が教えてあげるよ!」

「白雪、あんたは黙ってなさい!こんなバカ、あたし1人で充分だわ!」

「みなさん、落ち着いてください…。」

「しぃほー♪すりすり…。」

 

夏休みが始まる、少し前のこと。

私達はリビングに集まり、お勉強会を開いていました。

しかしまぁ、なんとも…騒がしいです。

勉強会になるんでしょうか、これ?

 

こんなことになったのも、つい先日のこと…。

白雪さんが青森から帰ってきた事がキッカケでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもどおりの部屋、少しだけ暑い今日この頃。

ブラドとの決戦からだいぶ経ち、特に大きな事件もイ・ウー関連で進展もなく。

私達は相変わらず暇な休日をダラダラしていました。

 

「…あぅー、暑いなぁ…。」

 

理子ちゃんが扇風機の前で嘆きます。

ちなみにエアコンは極力付けないようにしています。

というのも、電気代が…はい。

白雪さんがいない間、家計を預かるものとして危険なことは出来ません。

 

「…キンジー。こいつ倒せないから手伝いなさいー…。」

「お前…まだディアブロ1人で倒せないのかよ…。」

 

アリアさんとキンジ君もリビングでゴロッとしていますが、暑さの所為か覇気が微塵にもありません。

というか、もはや生気すら感じない退廃的な雰囲気を感じます。

かくいう私も…。

 

「…暑い、です…。」

 

フローリングに寝そべってノーパソを弄っています。

だ、だって、フローリング冷たくて気持ちいいんですもの…。

自分のいる場所が温くなったらちょっと移動して冷たい床をまた全身で感じます。

 

…うぁぁ、暑いです…。

 

 

ガチャ。

 

不意に、玄関の音が鳴りました。

何事かと私は立ち上がりますが、他の3人は動こうともしません。

…だ、堕落しきっています…。

 

「ただいまー。」

 

玄関のほうから、少しだけ懐かしい声が聞こえました。

…白雪さんの声です。

 

私はとりあえず、玄関まで白雪さんを迎えに行きます。

 

「…おかえりなさい、白雪さん。」

「うん、ただいま、詩穂。うーん…東京は暑いね。」

 

そうか、白雪さんの実家の星伽神社は青森にあるから…。

 

「…ところで、靴が増えてたんだけど…誰?」

「ああ、理子ちゃんもなんかこの部屋に住むことにしたらしいんです。」

「ふーん…まぁ、あの子なら心配ない、かな?」

 

白雪さんはキンジ君に近づく女の子でなければ、基本的には優しいです。

理子ちゃんは目的がハッキリしているためか白雪さん的にはOKな模様。

 

「さて、キンちゃんにもただいまって言わなくちゃ!」

「…そう、ですね…。」

 

果たしてあの荒廃した世界を見て、白雪さんがどう思うのやら…。

 

 

 

 

 

ガチャ。

白雪さんがリビングのドアを開きます。

するとそこには…。

 

「…ああ、白雪か、おかえり…。」

「…ああ、白雪ね、おかえり…。」

「…ああ、ゆきちゃんかぁ…おかえりー…。」

 

全く同じ反応の3つの声と、どこまでも惰性に満ちた空間が広がっていました。

…白雪さんのほうを見ると、あまりのダラダラムードに固まっています。

 

…そして、数瞬後。

 

「…起きなさぁぁぁぁい!!!!!」

 

我が家のオカンこと、白雪さんのガチ説教が始まるのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、説教が終わったあと。

流石にシャキッとしないと怒られる事がわかった私達は、リビングで白雪さんの久しい夕食を食べていました。

 

「…おお、美味しい…!美味しいよ、ゆきちゃん!」

「えへへ、ありがと。」

 

理子ちゃんは今まで白雪さんの料理を食べた事が無かったのか…感動したようにムシャムシャと食事を食べます。

 

「味がしっかりした料理は旨いな。」

「そうね、詩穂のは…ああ、ゴメン詩穂!あたしそんなつもりで言ったんじゃ…!」

「…うぅ、いいんです…。どーせ白雪さんの料理には勝てないんですから…。」

 

アリアさんの鋭い一撃が胸にグッサリ。

…いえ、事実ですから仕方の無いことなんですけど…。

仕方の無いことなんですけど…!

 

「…ところでみんな、そろそろ期末試験だよね?」

 

ビクッ!

白雪さんの言葉に、アリアさんとキンジ君と理子ちゃんの動きが止まります。

 

「…あ、ああ、そう、そうよね白雪…そうだったわね…。」

「…しまった、忘れてたよ…どうしよ詩穂ー…。」

「…俺は、どうすればいいんだ…っ!」

 

三者三様に焦った声が上がります。

というかキンジ君、追い詰められすぎです。

どんだけテストヤバいんですか…。

 

「…え、えーっと…キンちゃん、大丈夫?」

「…いや、俺はもうダメだ…皆を…頼んだ、ぞ…。」

「き…キンちゃぁぁぁん!」

 

テストへの恐怖のあまりキンジ君が白い灰と化してしまいました!

しかし、キンジ君だけではなくアリアさんと理子ちゃんも少しだけ不安がある様子。

一体、どうすれば…。

 

「うーん…白雪さん、どうしましょう?」

「そうだね…うーん。」

 

事の発端である白雪さんに助けを求めます。

白雪さんは少しだけ思案したあと、妙案を思いついたように顔を上げました。

 

「…そうだ!みんなで、お勉強会をしよう!」

 

…確かに、いい案でした。

が、しかし…。

 

「えー…なんかダルいなぁ、そういうの…。」

「そうね、あんまりやる気は出ないわ…。」

「…そんなの、出来るわけがない…っ!」

 

批判の声が3つほど上がります。

そしてキンジ君はなんでさっきから追い詰められてるんですか…。

 

「そうだねぇ…勉強してる間はクーラー付けてもいいよ。」

「やるわ。あたし、勉強会やる。」

「いいねぇ!ゆきちゃん、そういうのを待ってたんだよ!」

「…やるのかよ…。」

 

キンジ君以外は白雪さんの一言で一致団結。

キンジ君は…まぁ、多数決的に強制参加でしょうねぇ…。

 

そういうわけで。

次の休日に、勉強会が決まったわけでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして現在。

エアコンの効いた良い環境の中、私達はリビングに集まって各々教科書を開き、勉強に勤しんでいました。

…といっても、私はあまりやる意味はありませんが…。

 

「詩穂って確かすごい頭良かったわよね?普段から勉強してるの?」

 

ひと段落付いたのか、アリアさんが話しかけてきます。

 

「…いえ、特に勉強はしてないですよ?普段からゲームばっかです。」

「ええ!?じゃああの点数はなんなのよ!」

 

アリアさんはものすごく驚いた顔で私に迫りました。

ち、近いです…。

 

「え、えっと、落ち着いてください、アリアさん…。」

「あ、うん…。そういや皆は途中だものね。」

 

確かに皆さんは今も勉強中ですが…。

アリアさんと私が喋り始めたことで、休憩ムードになったのか皆さんも筆を止めて会話に混ざり始めました。

 

「俺も気になるぞ、詩穂。どうしてそんなに頭が良いんだ?」

「理子も気になるぅー!」

 

キンジ君と理子ちゃんも私達の話が気になるのか、、会話に乗っかっていきます。

白雪さんは諦めたようにふぅ、と息を吐くと。

 

「…そうだね、少しだけ休憩にしよっか。」

 

そういって皆の分のお茶を汲みにキッチンへ。

というわけで、自然と話題は私の頭脳になっていきます。

 

「…で、結局どうしたらそんなに頭良くなれるの?」

 

アリアさんが改めて私に尋ねました。

…正直、あまり他人にオススメするようなやり方ではないのですが…。

 

「…えっと、参考書を、読みます。」

「うんうん。」

「それだけです。」

「「「……は?」」」

 

アリアさん、理子ちゃん、キンジ君が揃って声を上げました。

だからあんまりオススメできないのですよ…。

 

「…いやいや、納得できないよ詩穂。私の今までの努力はどうなっちゃうの?」

 

理子ちゃんが少し困った顔で私に詰め寄ります。

いえ、理子ちゃん特に今まであんまり努力していたようには見えないんですが…。

 

「いえ、参考書を読むとは言ってもただ読むんじゃないんです。」

「どういうことだ?」

 

キンジ君は聞こえだけなら簡単な勉強法に興味がある様子。

…あんまり期待させると悪いですし、早いとこ真実を言うべきかもしれません。

 

「何度も何度も、読むんです。参考書の内容を完璧に暗記できるまで。」

「…へぇ。面白いやり方だけど…確かに理に適ってるわね。」

 

アリアさんはなにやら納得した様子でウンウンと頷いています。

 

「時間効率もいいですし、ペンも紙も使わない方法ですから確かに見かけは楽ですけど…結構キツイですよ?」

「でもでも!私は詩穂と同じやり方やってみるよー!」

 

理子ちゃんが食いつきました。

多分私と同じ事やりたいだけです。

 

「…まぁ、人には人の勉強方があるわけですし。自分にあった勉強法を見つけるのがいいと思うんですよ。」

 

とりあえずそう言って締めておきます。

…と同時に白雪さんがお茶を持ってきてくれました。

 

「はい皆、緑茶だよ。」

「サンキュ、白雪。」

「ありがとうございます白雪さん。」

「ねぇ聞きなさいよ白雪!この子、参考書眺めるだけで点数取ってるんですって!」

 

アリアさんがなにやらドヤ顔で白雪さんに今の話を伝えます。

…いえ、眺めてるわけじゃないんですが…。

 

「詩穂の勉強方って気になってたけど…それだけなの?」

 

ほら、案の定白雪さんが不思議そうな顔で席に着きつつ聞いてきました。

…そういえば白雪さんも定期テストの点数は上位でしたね。

 

「張り出された成績ランキングの1位がいつも『茅間詩穂』って書いてあったから、実は私ちょっと悔しかったんだよ?」

 

白雪さんはぷくっと頬を膨らませて少し不機嫌そうに言います。

…やばい、可愛い…。

 

「…と言われても、私はそういうやり方しか知らないので…。ごめんなさい。」

「し、詩穂が謝ることじゃないんだよ。でも…私、結構頑張ってお勉強もしてるんだけどなぁ…。」

 

白雪さんは少しだけ思案顔。

やっぱり…どことなく、私の方法は一般的ではないようです。

 

「…でも本当に詩穂って頭良いの?」

 

アリアさんが、ポツリと呟きました。

…確かに、彼女と知り合ったのは地味にここ数ヶ月のことですし…。

知らないほうが普通かもしれません。

 

「詩穂はヤバいよ。それはもうヤバい。」

 

理子ちゃんがしみじみと言いました。

ヤバいしか伝わってきませんが。

 

「じゃあ詩穂、あたしと勝負しなさい!」

「はあ…いいですけど。」

「そう、英語でね!」

 

アリアさん、それって…。

 

「いや、アリアはイギリス出身だからずるくないか、それ。」

「うるさい!勝負ったら勝負!!」

 

キンジ君の呟きも見事掻き消され、私はアリアさんと英語で勝負することになりました…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、今から30分ね。…はじめっ!」

 

白雪さんの掛け声と共に、英語の小テスト勝負が始まりました。

勝負内容は、単純に点数勝負。

問題は…白雪さんが用意した、どこかの国立大学の過去問題の一部。

確かにこれなら、勝負が着きやすいです。

 

…get entangled that…。

 

…彼の考え方としては…。

 

…選択肢としては、これはまず削除されるべきで…。

 

 

 

 

 

 

「…はい、そこまでー。」

 

白雪さんの声が試験終了を告げました。

手作り感溢れる解答用紙を白雪さんに渡します。

 

「……ああ、うん。難しかった、わね…。」

 

アリアさんがなにやらビックリした顔でペンをテーブルに放りました。

…そりゃ、国公立の入試ですし…。

 

「なんだ、出来なかったのか?アリア。」

「で、出来なかったわけじゃないわよ?よ、余裕よ?」

 

キンジ君はしょんぼりしているアリアさんが珍しいのか、とにかくアリアさんを煽っています。

 

「詩穂、どうだった?」

「まぁまぁ…ですかね?」

 

理子ちゃんは私達の試験中私をずっと眺めていたようですが…。

一体何が楽しいんでしょうか?

それとも顔に何か付いていたでしょうか?

気になって顔を手でペタペタ触ってみますが、特に違和感はありません。

 

「……はい、採点おしまい。記号だけのを選んでよかったよ、採点が簡単。」

 

と、ここで白雪さんの採点が終わったらしくこちらに向き直ります。

 

「じゃあ、結果発表だね。100点満点だよ。」

 

部屋に若干の緊張が走ります。

…ご、ゴクリ。

誰かが息を呑む音が聞こえました。

 

「…アリア、26点。詩穂、89点。詩穂の勝ちー!」

「おおおおおお!!おめでとう、詩穂ー!!」

「わ、わぶっ!」

 

結果を聞いてとりあえず私に突っ込んできたのは理子ちゃんでした。

いちいち私に抱きついてくるのは、暑いのでやめて欲しいのですが…。

アリアさんはというと。

 

「に…26、てん…。」

 

どちらかと言うと点数に唖然としていました。

…いえ、ですから国公立の入試ですから…。

まだ高2ですから、この点数は妥当と言えます。

 

「流石に詩穂だねー。私もこれやったことあるけど6割くらいだったもの。」

「白雪は白雪で恐ろしいな…。」

 

白雪さんは白雪さんですごいこと言っていました。

そういえば彼女、偏差値75ですものね…。

 

「…く、悔しい…。」

 

ぼそり。

アリアさんが呟きました。

 

「悔しいぞッ!未だかつて此れほどの屈辱を受けた事があろうかッッ!!」

 

口調!

口調が乱れてますよ、アリアさん!

アリアさんはテーブルに戻ると、せっせと勉強を開始しました。

 

「ただ参考書を眺めてる詩穂に負けてなんかいられないわ!勉学だって人生に必要なスキルよ!あたしは勉強の鬼になる!」

 

あれ?

この前、勉強なんて必要ない、とか何とか言ってませんでしたっけ?

 

「あたしは!次の成績ランキングで、1位を取るんだーっ!!」

 

その日のお勉強会は。

アリアさんの並々ならぬ熱気に私達は多少押されつつも、無事終える事が出来たのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日。

 

『1位 茅間 詩穂』

『2位 星伽 白雪』

『………』

『15位 神崎・H・アリア』

『………』

『185位 遠山 キンジ』

 

「納得いかないわーっっ!!」

「アリアさん、落ち着いてください…。」

「あれ?私は?可愛いりこりんの順位は公表すらされないの!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

番外編その8   休日観察部隊

 

 

 

 

 

「起きなさいキンジ!希望の朝よ!」

「ガハッ!!」

 

ある日の休日の朝。

夢も希望もないニードロップでキンジを目覚めさせる。

キンジは相当苦しかったのか…お腹を抱えてベッドの上を転げまわっていた。

 

「あ、アリア、貴様…!俺の休日の平和な朝をどうしてくれるんだ…っ!」

「いいからさっさと起きなさい!出掛けるわよ!」

 

そう、今日は休日。

あたしもゆっくりする予定だったけど、今日は少しだけ事情が違う。

キンジをさっさと起こして、やりたいことをやらなくちゃ!

 

「で、出掛けるだと…?俺にそんな予定は入っていない…!」

「うるさい!40秒で支度しなさい!」

 

こうして。

長い休日が、幕を開けるのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝8時20分。

キンジを叩き起こし、リビングに着いた。

 

すると、朝ご飯を2人で仲良く作る白雪と詩穂…。

そして眠そうにソファでゲームをしている理子の姿があった。

 

「おはよう、理子。」

「んー…おはよー、アリア、キーくん…。」

 

声を掛けてみても元気な声は返ってこない。

…この子、朝弱いのかしら?

 

「あ、おはようございます。アリアさん、キンジ君。」

 

あたし達に気付いた詩穂がとてとてとキッチンから歩いてきた。

そんな彼女はもちろんエプロン姿。

詩穂は派手な可愛さがない分、どんな格好しても結構似合うのよね…。

 

「もうすぐ朝ごはんも出来ますので、テーブルに座って待っててください。」

「ありがと、詩穂。」

「いえいえー。」

 

詩穂はえへへ、と笑うとキッチンに戻っていった。

あたしは言われたとおり、テーブルに着く。

 

「…詩穂には素直に感謝するんだな。」

 

隣に腰掛けたキンジが話しかける。

…さっきの起こし方がまずかったのか、お腹を擦っている。

痛そう。

 

「あたしがいつもお礼を言わないって言いたいの?」

「だってそうだろ、お前…。」

「何よ。」

 

キンジが少し失礼なことを言う。

全く、これだから配慮の出来ない奴隷は…。

 

「あたしだって感謝するときはきちんと感謝するし、頭を下げるときはきちんと下げるわ。貴族だもの。」

 

あたしは英国淑女。

だから、無礼であったり人道の外れた行為はそもそもしない。

…でもキンジは腹立つくらいのジト目でこっちを見ている。

 

「それ以上こっち見たら風穴。」

「…ハイハイ。」

「ハイは1回!」

 

そんなことをしているうちに…。

テーブルには、白雪と詩穂が運んできた料理が5人分並んでいた。

 

「ほら理子ちゃん、朝ごはん食べましょう?」

「うー…あとちょっとー…。」

「…いつまでもぷよ○よやってないで起きてくださいっ!」

「ああー!私のPSPがぁーっ!」

 

いつまでもソファに寝そべっている理子に痺れを切らしたのか、詩穂が理子のゲーム機を取り上げる。

理子は涙目になりながらも詩穂には逆らえないのか、渋々テーブルに着いた。

…白雪もそうだけど、詩穂も時々ママっぽい言動するわよね…。

 

「…じゃあ、いただきます。」

「いただきまーす。」

「いただきます。」

「いっただっきまーす。」

「…いただきます。」

 

白雪の号令に合わせて皆で朝の食卓を囲む。

…あたしの家族は別にいるけど、もしかしたら。

ここにいる仲間達も、家族と呼べる…存在、なのかもしれない。

 

「…ふふっ。」

「どしたのアリア?気持ち悪い笑い方して。」

「気持ち悪くなんか無いわよ!」

 

あたしの口から自然と零れた笑みに、理子が突っかかってくる。

…この子、争ってた頃の名残なのかあたしに対してだけ若干口が悪いのよね…。

ただ、口が少し悪いだけでもう悪意も敵意も感じない。

むしろ…進んで仲良くしようとしてくれているのが良くわかる。

 

…こんな平和で幸せな風景は。

誰のおかげなのかしら…?

キンジ?

白雪?

理子?

あたし?

 

それとも…。

 

「…で、どうして笑ってたんですか?アリアさん。」

 

詩穂の、おかげ?

 

「…え、ええ。ちょっとね。なんだか、家族みたいだなぁ…って。」

「…家族、か…。」

 

キンジが少し思い耽るように呟いた。

…あたしにはまだ良くわからないけど、キンジはキンジで重たい事情…のようなものがあるみたいだから。

何か思うところがあったのかもしれない。

 

「…じゃあ白雪はお母さんだな。」

「ええ!?キンちゃんの奥さんだなんて…て、照れちゃうよ。」

 

キンジの不用意な発言でまた白雪が勘違いする。

…最近薄々感づいてきたけど、キンジって誤解を生みまくってるわよね…。

 

「なっ…!キンジ君が、お父さん…ですか…。」

 

詩穂は詩穂で顔を少し赤らめる。

…でも、キンジがお父さん、かぁ…。

 

「じゃあ理子は詩穂のお嫁さんだね!抱きしめてダーリン!」

「食事中に抱きつかないでくださいーっ!」

 

理子はいつものように詩穂に抱きつく。

1日に最低5回は抱きつくため、この光景も微笑ましく見守れるようになってきた。

 

「…ちょっと待って、あたしはどうなるの?」

「アリアは…詩穂のお姉ちゃんかな?」

 

白雪が小首を傾げながら答えた。

…何、そのどうしようもないからとりあえず姉妹にしてみた、みたいな家族構成…。

 

「ええ!?それだと理子の義理姉もアリアになっちゃうよ!それはヤダ!」

「理子、いい加減にしないと風穴よ!」

 

理子が大概ふざげすぎなので、ここらでガバメントを取り出してみる。

 

「ひゃー、暴力反対!詩穂、ヘルプミー!」

「だから食事中に抱きつくの禁止ですーっ!」

 

また理子が、詩穂に抱きつく。

それを、白雪が苦笑して見守る。

キンジは少しだけ微笑みながら食事を続ける。

 

…そんな、朝の風景。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、いってきまーす!」

「いってきます。」

「うん、いってらっしゃい。」

 

玄関から出て行く理子と詩穂を、白雪が見送った。

どうやら理子と詩穂は今日2人で遊びに行くらしい。

 

「…よし、追うわよ、キンジ。白雪。」

「……は?」

「……え?」

 

2人がマヌケな声を同時に上げた。

…聞こえなかったのかしら?

 

「だから、2人を尾行するわよ。」

「…いや、何でだ。理由を聞かせろ。」

 

キンジが呆れかえった顔でこっちを見下してくる。

…ちょっと背が高いからって、あたしを見下すのやめて欲しいんだけど…。

 

「だって気になるじゃない。あの2人、食事中でもあんなんなのよ?こ、これ以上行ったら…!ぜ、絶対まずいことになるわ!だから監視よ!」

 

自分で言ってて途中から恥ずかしくなった。

でも、これもあたしの親友とライバルが道を踏み外さないため…!

 

「で、でも、私お洗濯しないと…。」

「んなもん知らないわ!詩穂が変態理子に襲われてもいいって言うの!?」

「うーん…流石に理子ちゃんでも、詩穂を襲うようなことはしないと思うけど…。」

 

白雪がまだ抵抗する。

仕方ない…切り札を使うしかないようね。

 

「白雪…言っとくけど、あんた来なかったらあたしとキンジの2人で行くから。」

「いや、俺は行くとは言ってな」

「それは許さないよ!キンちゃん、不肖星伽白雪、どこまでも着いていきます!」

 

よし、何とか白雪を焚き付けることに成功したわ。

なんとなくそう言えばいける気がしてたけど…まさかこんなに上手くいくなんて。

 

「さぁ、とっとと出発よ!詩穂の鞄には既に発信機と小型マイクを付けてあるんだから!」

「用意いいなオイ!ていうか俺を朝ニードロップで起こしやがったのはこれのためかよ!」

「そうよ。どうせほっとけばバカみたいにずっと寝てるでしょ、あんた。」

「キンちゃん、準備できたよ!私はいつでも行けます!」

「お前も用意いいなオイ!」

 

こうして。

あたし達3人の、詩穂と理子の休日を覗く計画がスタートするのであった。

 

…べ、別に暇だったわけじゃないわよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

『…でねー、あの時ジャンヌがさー…。』

『…あはは、でもそれって理子ちゃんにも…。』

 

2人を引き連れ、詩穂と理子を追う。

ようやく追いつき、死角となるような場所から様子を窺う。

あたしと白雪とキンジの片耳にはイヤホン。

そこからは、絶えず理子と詩穂の声が聞こえてくる。

 

「…アリア、本当にやるのか…?」

「もう遅いわ。事件は既に始まってるのよ…!」

「いや、これってプライバシーの…。」

「武偵の癖にプライバシー云々言って逃げようとするんじゃないの。」

 

キンジは未だに罪悪感…というか面倒くさがってるみたい。

あたしの方を抗議したげな目で見ている。

黙って従えばいいものを…。

 

「キンジ、風穴。」

「わかったって…。」

 

少しガバメントをチラつかせつつ脅す。

キンジはスーパーキンジじゃなければ、ただのキンジ。

あたしには勝てない。

 

『…そういえば、今日はどこに行くんですか?』

『そーだねー…とりまアキバ行こっか。』

『わかりました。…あ、電車来ましたよ。』

『残念、モノレールだ。』

『…ちょ、ちょっと間違えただけです…。』

 

モノレールの駅…武偵高駅にて。

駅内に入った理子と詩穂の他愛の無い会話を耳に、あたし達はこそこそと死角にいた。

 

「…この2人、ほんと仲良いよね。」

 

白雪がしみじみと呟いた。

確かにこの2人は…その辺の友達同士、では収まらない何かを感じる。

 

「…俺達もモノレールに乗るのか?」

「もちろん。」

「マジかよ…。」

 

キンジが財布の中を覗きながら溜息をついた。

金欠キンジはどうやら厳しい財布事情みたい。

確かに、この2人を付けて回るたびに出費が嵩むけど…背に腹は代えられない。

これは必要経費なのだ。

 

 

 

 

 

モノレールに乗る際も、詩穂達にバレるわけにはいかない。

ちゃんと別の車輌に乗り込み、死角となるような位置に陣取る。

 

『ああ、そういえば理子ちゃん。向こうに着いたらアニ○イト寄っていいですか?』

『うん、いいよー。というか今日はあんまり目的ないしね。詩穂の行きたいところ優先でいいんだよ?』

『そ、そんな悪いですよ!理子ちゃんにも行きたいところ、あるでしょう?』

『理子の行きたいところは、詩穂の行きたいところだよっ!』

『あ、あぅ、理子ちゃん…恥ずかしいですから、そういうことストレートに言うのやめてくださいよ…。』

 

モノレールの中でも2人の会話は続く。

…なんというか。

 

「甘ったるいわね…。」

「うん、聞いてて恥ずかしいとかを通り越すよね…。」

 

白雪と共にハァ、と息を吐く。

なにこの会話。

腹立ってきた…。

 

「キンジッ!暇よ、なんかしなさい!」

「んな理不尽な…っ!」

 

そんなこんなで、秋葉原まで電車を乗り継ぎながら、キンジを嬲って遊んでいた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おおー!理子ちゃん、新作のフィギュア出てますよ!』

『ほんとだーっ!買いたい、お金足りるかな…。』

『私も買いたいです…衝動とは恐ろしいものです…。』

 

秋葉原の、とあるお店の中。

あたし達は2人を追ってここまで来ていた。

そして、ここまで来てわかった事が1つ。

 

「…全く気付かないわね、2人…。」

「そうだな…本当に武偵なのか?」

 

そう、全くと言っていいほど2人ともあたし達の尾行に気付かないのだ。

Dランクの詩穂はともかく、Aランク、それも探偵科(インケスタ)である理子が気付かないのはとにかく不自然だ。

 

「まさか理子、わかっててほっといてるんじゃないでしょうね…?」

「うーん、それは無いと思うなぁ。」

 

白雪が少しだけ首を傾げる。

 

「どうして言い切れるのよ。」

「うーん、断定じゃないけど…理子ちゃん昨日の夜、言ってたよ。『明日は詩穂とデートッ!誰にも邪魔されずに詩穂を独占だよー!』って。」

 

…確かに。

その発言を踏まえると、バレた瞬間にこっちに文句を言うなり上手く撒くなりしそうね…。

となると。

 

『あは…フィギュアに夢中な詩穂、可愛い…♪』

 

理子の囁くような声が聞こえる。

…まさか。

 

「あの子、詩穂に夢中で気付いてない…!?」

 

結論。

理子は詩穂がいると弱体化説、濃厚。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…ふぅ、沢山買っちゃったよ。』

『ですねぇ…私としては目的の本だけ買う予定だったのですが…。』

 

秋葉原の道を、2人が並んで歩く。

それを後ろから…あたし達が尾行、しているけど…。

 

「ひ、人が多い…!」

「これは、すごいよ…!星伽にはあんまり人の多いところに行くなって言われてるんだけどね…!」

 

人の波がすごく、あたし達はもみくちゃにされる。

それなのに詩穂と理子はスイスイと難なく進んでいく。

 

「あそこにいる女の子2人、偏差値高くね?」

「マジだ、ロリツインテと黒髪ロングか…でも隣にいる野郎が邪魔だぜ…。」

「くそ、両手に花かよ忌々しい。」

「爆発しろあんにゃろう…。」

 

すれ違う人から色々な声が聞こえてくる。

…なんだかよくわからないけど、少しあたし達を見る目が怖い。

 

「…き、キンジ…。」

「なんだ?」

「…離れないように、掴んでていい?」

「…好きに、しろ。」

 

はぐれないように、キンジの服の裾を握る。

…そう、はぐれないように。

それ以外の理由なんて、無いんだから…!

 

『あ、詩穂!カラオケ行こう!』

『いいですね、行きましょう!今日声出るかな…?』

 

あたし達が四苦八苦している間に、2人は行き先を決めてしまったらしい。

 

「キンちゃぁぁん!置いてかないでぇぇ!」

 

白雪が人の波に飲まれていた。

…とりあえず、白雪を救出してから2人の入っていったお店に行きましょうか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『時間はフリー、ドリンクバーで。』

『うーん…少し広めのお部屋は空いてますか?』

『…空いてるって!じゃあ、いこっか詩穂!』

『はい!』

 

とあるカラオケにて。

詩穂と理子がさっさと入っていくのを見届けてから、あたし達もお店に向かった。

 

「おいおい、入るのかよ…。」

「もちろんよ。なにビビってるの。」

「わ、私こういうお店入ったことないよ…!いいのかな、キンちゃん…。」

 

カラオケに入るのを躊躇うキンジと白雪を引っ張り、お店に入っていく。

…実はあたしもこういう店は初めてだけど、何とかなるわよね!

 

「…キンジ。お金が無いならあたしが奢ってあげるから、お会計やっといてくれる?」

「…何だお前。もしかして、カラオケに来るの初めてとか…。」

「うるさいっ!早くテキトーに時間取りなさい!」

 

キンジは渋々、といった感じでカウンターのお姉さんのところに行った。

 

「…おい、お前ら。ドリンクは…。」

「さっきの詩穂たちの真似でいいわよ。さっさとお願い。」

 

…というわけで、何がなにやらわからないまま個室に行く。

もちろん、詩穂たちの盗聴器は繋がったままだ。

 

『…じゃあ私先に歌うよ。』

『はい、どうぞ。私は少しドリンクバーを汲みに行ってきますね。』

 

とりあえず部屋の中は適温だから暑い外とは違って快適ね。

白雪とキンジの荷物をあたしの荷物と一緒に隅に寄せる。

…さて。

 

「あたし達はこういう時どうすればいいの?」

「歌えば、いいんじゃないかな。」

 

白雪に凄く含みのある感じで言われた。

なんか腹立つわね…。

 

『理子ちゃん、何飲みます?』

『メロンソーダ!』

『はーい。』

 

…あたし達も、ドリンクバー頼んでたらしいわね。

キンジに後で汲んできてもらおうかしら。

 

「あたし達も何か歌いましょ。暇だし。」

「うーん、でも私演歌しか歌えないんだよね…。」

「俺も大して歌えんぞ。」

「…あたしも、大して歌うこと無いわね…。」

 

……………。

静寂が訪れる。

…そして、結論として。

 

「…詩穂たちの会話でも聞いてましょうか。」

「一体何のためにカラオケに入ったんだよ…。」

 

あたし達は、こういう場に慣れて無さすぎだった…。

 

 

 

 

 

 

『~~~~♪』

 

理子の歌声が聞こえる。

アニメ声でなにやら歌っているけど…曲を一ミリも知らないから何も理解できない。

 

「…やっぱり暇ね。キンジ、童謡でも歌いなさい。」

「なんでだよ、バカバカしい。」

 

…キンジには期待できなさそうね。

そりゃそうか。

キンジだもんね。

 

「…じゃあ、白雪。なんかお願い。」

「演歌でも良い?」

「もうなんでもいいわ…。」

 

白雪はおずおず、といった感じでカラオケの機械に曲を入れようとする。

…しかし。

 

「き、キンちゃん…どうやって曲入れるの?」

「あのなぁ…。」

 

キンジが呆れたように白雪から機械を受け取った。

そして、白雪に子供に説明するかのごとく教え始めた。

 

「いいか?ここを押して、曲名をだな…。」

「うーん…こう?…あ、あれ?いっぱい出てきたよ?」

「同じ曲名とかがあると候補が出るんだよ。だからこの中から…。」

 

…暇だわ…。

仕方ないのでイヤホンのほうに耳を傾けてみる。

…すると。

 

『――~~~~~♪』

 

詩穂の声が聞こえてきた。

いつもの少し高くて柔らかい声とは違って…透き通って、丁寧な感じの歌声。

…まるで、いつもの詩穂とは思えないくらい…。

 

「…で、できたっ!曲が入ったよキンちゃん!」

「わかった。わかったから飛び跳ねないでくれ…。」

 

どうやらこっちのほうでも進展があったみたい。

…どれ、白雪の歌声は…。

 

「……~~…~~~…♪」

 

ゆったりした演歌によく似合う、ゆったりとした…でも芯の通った歌声。

何よ…普通に上手いじゃない…。

 

「~~~~~………♪」

 

そしてそのまま、聞き惚れているうちに白雪は歌い終えてしまう。

 

「う…上手かったわ、白雪…。」

「へっ!?そ、そう…?ありがと、アリア。」

 

なにやらお互い照れながら、白雪に賞賛を送った。

そしてそれを…少しだけニヤけながら見つめる男が1人。

 

「キンジ、こっち見ないで気持ち悪い。」

「…いや。アリアも白雪も、ずいぶん丸くなったな…ってな。」

 

…そう、かしら?

でも確かに…白雪とは、以前ほど争いあうようなことは無くなった。

これももしかしたら…間に詩穂が入ってくれているからかも。

 

「そう、かな…。でも、私とアリアが仲良く出来るのは、多分…詩穂のおかげなんだと思うよ。」

 

…驚くべきことに白雪も同じ事を考えていた。

それぐらい、詩穂は…大事な存在、なのかも…。

 

「…ねぇ白雪。あたし達、詩穂がいなかったら…どうなってたと思う?」

「へ?うーん…どうだろ。想像できないや。」

「…そうね。」

 

白雪はあは、といった感じで微笑む。

あたしも釣られて、微笑んだ。

 

白雪は話題を変えるように、声の調子を変えて言った。

 

「じゃあ私飲み物汲んでくるよ!キンちゃん、アリア。何がいい?」

「コーヒーってあるかしら?」

「俺はコーラだ。」

 

白雪は心得たように頷くと、飲み物を汲みに部屋を出て行ってしまった。

…そうすると、キンジと部屋に2人きり…。

 

「…ね、ねぇ、キンジ…。」

「なんだよ。」

 

キンジに話しかけてみるけど、予想以上に声が出ない。

…どうしちゃったんだろ、あたし…。

 

「そ、その…キンジは、詩穂がいてよかったと思う?」

「なんだそれは。」

 

あたしは、一体。

何を聞いてるんだろう…。

どんな答えを、期待しているというのだろう…。

 

「…そうだな。俺も白雪と同じように、想像できない。」

「………そうよね。ごめんなさい、変なこと聞いて…。」

「でも。」

 

キンジはあたしの言葉を遮るように、言葉を続けた。

 

「もし今の世界でも満足なら…それで、いいんじゃないのか?」

「…キンジ…。」

 

キンジは、そういうだけ言って。

あたしから目を逸らした。

 

「……ありがと……。」

 

あたしはキンジに…もしかしたら、キンジじゃない誰かに向かって。

小さく、呟いた。

 

 

 

ガチャっ!

 

「飲み物持って来たよー。」

 

ここで白雪が帰ってきた。

ちょうどいい、しんみりした話はあんまり得意じゃないから助かったわ。

…そのしんみりした話を始めたのはあたしだけど…。

 

「はいキンちゃん、コーラ。」

 

白雪はキンジにコーラを手渡した。

ストロー付きで。

 

「それと…ごめんアリア、コーヒー無いみたいで…緑茶汲んできちゃった。」

「緑茶!?」

 

白雪からは本当にカップに注がれた熱々のお茶が渡された。

…いえ、無いなら仕方ないし緑茶も嫌いじゃないんだけど…。

他の選択肢は無かったのかしら?

 

 

 

 

 

 

そして、しばらく経つと。

 

「うーん…もう私は歌える曲大体歌っちゃったかな。」

 

白雪の演歌大会が終わってしまった。

時間にして約1時間。

演歌だけで1時間はある意味尊敬に値するわね…。

 

『~~~~♪』

『あはは!理子ちゃん、その曲はズルいですよっ!』

 

詩穂と理子の方は相変わらず盛り上がっている。

…あっちは2人、こっちは3人なのに…どうしてこんなにもテンションに差があるのかしら…?

 

「うーん…アリアも何か歌いなよ?」

「いや、あたしは…いいわ。」

 

少なくともキンジの前で歌いたくない。

…だって、なんか恥ずかしいし…。

そして、その当の本人であるキンジは。

 

「……ZZzzz…。」

「コイツ、頭カチ割ってやろうかしら…?」

「アリア、落ち着いて!テーブルは投げるものじゃないんだよ!」

 

白雪に諭され、何とか落ち着く。

全く、キンジってやつは…!

 

「…でも、そうだね…私もちょっと眠いかも…。」

 

白雪の瞼が少しだけ下がる。

比較的良識があってマトモな白雪にしては珍しく…本当に眠そうだ。

 

「何よ、ちゃんと寝てなかったの?」

「ううん…そうじゃないけど、なんかこう…ここの気温がちょうどよくって…。」

 

白雪はそのままぽふっ、とソファに横になった。

…え、マジで?

 

「ゴメンアリア…もう私、ここまでみたい…。」

「白雪!寝ちゃダメよ、あたしを置いていかないで!」

 

しかし白雪の瞼はほぼ完全に塞がってしまう。

白雪は声を振り絞るように、声を発した。

 

「アリア…次に会うときは、また笑顔を見せてね…。」

「し…白雪ぃぃぃーー!!」

 

その言葉を最後に、白雪はスゥスゥと寝息を立て始めてしまった。

…取り残される、神崎・H・アリア。

 

「…た、確かにこの部屋といい柔らかいソファといい…眠気を誘うわね…。」

 

あたしも釣られて、なんだか眠くなってきてしまう。

…だ、ダメよアリア!

ここであたしまで眠ってしまったら、おしまいじゃない…!

 

『……~~~…~~…♪』

 

ちょうどイヤホンから、詩穂が歌うスローバラードのような曲が聞こえてくる。

な、なんでこのタイミングでゆったりした曲なのよ…!

 

『~~~~…~~~♪』

 

詩穂の歌声が、遠のいていく…。

ああ…キンジ、白雪…。

 

あたしもすぐにそっちに…行くわ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…っは!!」

 

唐突にあたしの目が覚めた。

慌てて周囲を確認すると…未だ眠りこける白雪とキンジの姿が。

そして、眠っている間に外れてしまったイヤホンを改めて耳に装着する。

 

『…ふぃー、歌った歌った。もうそろ出よっか?』

『ですね。あー、もう喉カラカラです…。』

 

ちょうど聞こえてきたのは、2人の会話だった。

…あたし達も、出なきゃ!

 

「ほらアンタ達、いつまで寝てんのよ!起きなさい!」

「ぐはっ!!」

 

とりあえずキンジにボディプレスをかます。

…よし、あとは白雪だけど…。

 

「白雪ー、早く起きないと置いてくわよー。」

「…ん…んぅ…。」

 

揺さぶって起こした。

 

「あ…アリア…起こし方に明らかな差異を感じるぞ…!」

「うるさいわね、貢献度の違いよ。」

 

お腹を押さえながらよろよろと立ち上がり、弱々しく抗議するキンジ。

今日はお腹へのダメージがヤバそうね。

大体あたしの所為だけど。

後悔はしてないわ。

 

「さ、とっとと支度しなさい。詩穂と理子を追跡するわよ!」

「まだやるのかよ…。」

「キンちゃん、行こう?お腹大丈夫?」

 

キンジの抗議の目をガバメントで黙らせつつ、あたし達はカラオケを急いで出るのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、次に辿り着いたのは。

 

「…またゲームセンターじゃないの…。」

 

ゲームセンターの前だった。

好きすぎでしょ、ゲーセン…。

 

「…どうする、アリア。流石に中に入ったらバレるぞ。」

 

そう。

ゲームセンターは比較的狭く、入り組み人も多いため追跡にはあまり向かない。

その上詩穂や理子は重度のゲーマー。

きっと店内をグルグルと徘徊しているから、更に尾行の難易度が上がるのだ。

 

「そうね…でも敢えて入りましょ。」

「何でだよ!」

「そうしないといけないからよ。」

 

だってそうしないと物語にならないじゃないの!

番外編でここまでグダグダやっておいて、入らないなんてバカみたいだわ。

 

「ね、ねぇキンちゃん…私、この前やったあのゲーム…またやりたいな?」

「ほら、白雪もあの…ユーフォーキャッチ?やりたがってるじゃないの!さっさと入るわよ!」

 

こうして。

ぶっちゃけただ遊びに来たとも見紛うあたし達は、ゲームセンターに入っていくのだった…。

 

 

 

 

 

 

『うーん…詩穂、アレのアームの強度どう思う?』

『700円入れれば取れそう…ですかねぇ…。』

『どうしよ。あのフィギュア欲しいなぁ…。』

『…仕方ありません。この茅間詩穂、推して参ります!』

『いよっ!そう来なくっちゃ、詩穂サンカッケー!』

 

イヤホンから詩穂と理子の賑やかな会話が聞こえる中。

あたし達は…ユーフォーキャッチ?みたいな名前のヤツをやっていた。

 

「そこ…そこだよキンちゃん。あん、もうちょっと後ろ…。」

「違う、違うわキンジ…。もうちょい左…そう、そこよ…。」

 

キンジが慎重にアームを操作するので、あたしと白雪も一緒になって慎重にキンジに指示を飛ばす。

あたしが台の右に、白雪が台の左に張り付いている形だ。

 

キンジの操作するアームは寸分違わず獲物(ぬいぐるみ)に食らい付き…。

しっかりと捕まえ、上に上に上がっていく…。

 

「おお!」

「いいよ!」

 

白雪と一緒になってあたしも声を上げる。

…そして。

何もかも上手くいっていた…。

ように、見えた。

 

持ち上がったとき、アームが大きく揺れた。

がっしゃん!!

そして、その衝撃で…。

 

「ああっ…!」

 

白雪が悲痛な叫びを上げる中…。

獲物は宙を舞い…。

元いた位置と大して変わらない場所に、転がり落ちた。

 

「…そ、そんな…。」

「こんなのって…こんなのってないよ…!」

 

白雪と2人その場に崩れ落ちる。

これが…絶望ってヤツなの…。

 

「…だから言ったろ、こんなデカイぬいぐるみ取れるわけ無いって。」

 

キンジが呆れかえったようにあたし達に言った。

…いや。

まだ諦めるわけにはいかない。

ここで諦めてなるものですか!

 

「キンジ!次よ、早くやりなさい!」

「これ24回目だ!俺の財布を食い物にして面白いか!」

 

でも、こんなところで諦めるわけには…!

 

 

 

「…あれ?アリアさん、キンジ君、白雪さんまで…。」

 

 

 

そして、唐突に。

あたし達のすぐ傍に…よく知る声が響いた。

…ま、まさか…。

 

「あ…ああ、し、詩穂、奇遇ね…!」

 

あたし達が全員で驚きの顔を向ける先には…。

絶対に見つかっちゃいけない相手、茅間詩穂その人だった。

 

「…およよ?キーくんにゆきちゃん、アリアー。皆もゲーセン?」

 

そして詩穂の後ろからひょこっ、と理子も出てくる。

…ご、誤魔化さなきゃ!

 

「あ、あはは、うん、そうね、偶然ねー…。」

「……………。」

「……………。」

「……………。」

「……………。」

 

その場を、静寂が支配した。

…こういう時、自分の演技力の低さが嫌になるわ…。

 

「アリアさん。後で事情…聞かせてくださいね?」

「…ハイ…。」

 

そして、それ以上はこの時はお咎め無しだった。

…後が怖いわ…。

 

「…さて。アリアさん、そのぬいぐるみ…欲しいですか?」

「…へ?」

 

詩穂は気を取り直すようにユーフォーキャッチの台を指した。

…そう、キンジ…というかあたしが欲しがっていた、あのぬいぐるみが入っている台だ。

 

「そ、そうよ。アレをさっきから狙ってるんだけど…アホキンジ、ヘタクソで全然取れないの。」

「おい、いちいち指示飛ばしてきたのはお前だろ。」

 

キンジの抗議は無視。

使えないやつに興味は無い。

 

「そうですか…理子ちゃん、この台のアームの強さ覚えてます?」

「うん?うーん…見てなかったからわかんない。」

「うーん、1回無駄にやってみますかね…?」

「それでハズレ台だったら元も子もないしなぁ…。」

 

なにやら詩穂と理子が話し合い始めた。

…よくわかんないけど。

 

「キンジ。もっかいやって。」

「マジかよ…!」

 

キンジに1回やらせたほうがいいと、あたしのカンが告げている。

そう、キンジを生贄に捧げるべきだと…!

 

「くそ…っ!くそ…っ!」

 

キンジは悔しそうに25枚目の100円玉を入れた。

…流石にちょっと可哀想になってきたわね…。

あとでももまんでも分けてあげましょう。

 

ウィーン…とアームが動く。

 

「…キンジ君、もうちょい前でお願いします。」

 

詩穂が台を冷静な目で見つめる。

理子も信じられないくらい真面目な顔で台に張り付いている。

…この2人は、どうしてこう遊びのときだけ真面目になるのかしら…。

 

「…はい。もう少し左…ああ、もうちょい右です。ハイ。そこで大丈夫です。」

 

詩穂のGOサインが出たので、キンジがアームを下ろす。

 

ウィーン…。

 

ぬいぐるみを掴むまでは、さっきと同じ。

でも…持ち上がるときに、強い衝撃が…!

 

がしゅん!

 

…おち、ない…!

アームはそのまま、ウィーンと穴に向かって動き出す…。

…よ、よし!

このまま…!

 

…しかし。

現実は、悲惨なものだった。

 

…スルッ。

 

割と勢いよく移動するアームから…。

ぬいぐるみがすっぽ抜けてしまったのだ。

 

「あ…!」

 

思わず声が漏れた。

ぬいぐるみは無慈悲にも…。

穴に到達する前に、落ちてしまった。

しかも、不運なことにコロコロと転がり…最初にいた位置の辺りに戻ってきてしまった。

 

「そ、そんな!もうちょっとだったのに!もっと頑張りなさいよ!」

 

思わず声を荒げる。

だって、こんなえげつないことって…!

期待させといて落とすなんて、こんな…!

 

でも、詩穂は至って冷静に。

 

「…すみませーん、ちょっといいですか?」

 

店員さんを、呼んでいた。

…は?

 

「あの、これいくら入れても落ちないんです…。位置を調整してもらってもいいですか…?」

「……!!…う、うす…。」

 

いそいそと来た店員さんは、詩穂の顔を見た途端急にビビったように顔を強張らせた。

そして台の扉を開くと、ぬいぐるみの位置を調整し…。

そしてまたそそくさと立ち去っていった。

 

…なんだったのかしら?

 

「…さて、ここからだと6ってとこですかね…。」

 

詩穂は徐に財布を取り出すと、中から100円玉をたくさん取り出し…。

アームを操作するボタンの隣にタワーのように積んで置いた。

 

…何アレ?

 

「理子ちゃん、横お願いします。」

「りょーかい。5以下で取れたらどうする?」

「お祝いに音ゲーもう一周しましょう。」

「へっへ、意地でも5以下に収めたくなっちゃうね…!」

 

2人の謎の会話を皮切りに、詩穂は100円を台にいれユーフォーキャッチを開始した…。

 

そこからは何がなんやら、だった。

理子が横を見ながら呪文めいた早口で詩穂に情報を伝えて…。

詩穂が正面を見ながら微調整してアームを下げる。

するとどういうわけか、持ち上がったぬいぐるみが落下した地点が…少しずつ、穴に近づいていく。

 

そして…4回目辺りで。

 

ぬいぐるみが穴に隣接した。

…いや、どういうことよこれ…。

 

「あとは引っ掛けりゃ落ちますね。5で収まりました…!」

「だね!いやー、さすが詩穂!私だったら8は行っちゃうわー。」

 

詩穂はぬいぐるみのすぐ横にアームを下ろした。

アームはぬいぐるみの足だけを捉え、上に持ち上がり…。

そしてその勢いで穴に落ちた。

 

台の下から、ぬいぐるみがコロンと落ちてくる。

詩穂はぬいぐるみを手に取ると、あたしに差し出した。

 

「はい、アリアさん。どうぞ。」

「…くれるの?」

「はい。そのために取ったんですから。」

 

詩穂はえへへ、と顔を綻ばせるとあたしの腕にぬいぐるみを抱かせた。

あたしの腕に、デフォルメされた熊のぬいぐるみがすっぽり収まる。

 

「じゃ、私達はもう一周してくるので。少し待っててくださいね。」

「おし、行こう詩穂!まずは寺だ!」

「はいっ!」

 

2人は仲良くうるさい音のする方に行ってしまった。

…そして、取り残されるあたし達3人。

 

「…よ、よかったね、アリア。取ってもらえて…。」

「うん…家に帰ったら、飾るわ…。」

 

白雪が微妙なテンションで話しかける。

対するあたしもすごい微妙なテンションで答えた。

 

…いや、だって詩穂と理子が思いのほか…何というか、こう…。

ちょっと引いたわ…。

 

するとさっきの店員さんが他の店員さんと一緒にあたし達の傍を通りかかった。

 

「…マジかよ、あの台だぞ…。取れんのかよ…。」

「いや、あのポニテの子はヤバいって…。よくアキバを金髪の子と荒らしまわってるって噂だぜ。」

「マジかよ、よくここらへんのゲーセン潰れねぇな。」

「代わりに死ぬほど音ゲーとアーケードゲーに金入れてくから、収益的には平気らしいぜ…。」

 

2人はなにやらすさまじい会話をしながら、通り過ぎていった。

…詩穂達って一体…。

 

 

 

 

 

 

それから2時間後。

ツヤツヤした顔で戻ってきた詩穂と理子と共に、家に帰るのだった…。

 

もちろん尾行してたことは話した。

怒られた。

特に理子に。

 

そんなこんなで、どこか退屈で、でもどこか珍しい休日は終わりを迎えたのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

番外編その9   フリートーク

 

 

 

 

 

キンジ「またか。またなのか。」

 

アリア「相変わらずしつこいわね、この企画。」

 

詩穂「いえ、もう恒例なので諦めてください…。というわけで、フリートークも第3回目です。」

 

アリア「とはいえ…今回は初めから白雪いないのね。」

 

詩穂「そうですね。流石に回を重ねるごとに人が増えていったら収拾付きませんから。」

 

キンジ「じゃあ…毎回毎回、俺達3人ともう1人を召喚、って形になるのか?」

 

詩穂「ですね。というわけで早速行ってみましょう!」

 

アリア「なんか予想付くけどね…。」

 

詩穂「召喚(サモン)!」

 

理子「呼ばれて飛び出てりこりんだよーっ!」

 

アリア「知ってた。」

 

キンジ「知ってた。」

 

詩穂「知ってました。」

 

理子「あれ!?どうしてそんなに当たり強いの!?ジト目でこっち見ないで!」

 

アリア「まぁ、正直超予想通りね。というわけで今回のゲストは理子よ。」

 

キンジ「まぁ3巻内容自体が理子主体の物語だったしな。」

 

詩穂「しかも私という存在の所為で余計に理子ちゃんオンステージ感ありましたよね。」

 

理子「そりゃあもう。だって詩穂の事愛してるし。」

 

詩穂「…ていうかどうして理子ちゃんは私のこと大好き設定なんですか?おかしいと思いませんか?」

 

キンジ「確かにな…。この作品の理子は正直ぶっ壊れてるな。」

 

アリア「しかも詩穂に感化されたのか性格すごい丸いし。つーかあたしと完全に敵対関係なくなってるわよね?」

 

詩穂「原作のお互いを高め合う素晴らしい設定が無くなってますね。ただのほのぼの遠山一家の一員になってます。」

 

理子「いやー、なんでなんだろうね…。事の発端は1巻内容の時の私と詩穂の約束のシーンだね。」

 

詩穂「えっと…必ず助けるから必ずまた会おうね、みたいなヤツでしたっけ?」

 

キンジ「…寒いな。」

 

アリア「寒いわね。作者のゴミクズのような文才の所為で余計に寒く見えるシーンだったわね。」

 

理子「そして3巻内容冒頭で感動の再会、そして今に至ると。」

 

詩穂「なんなんですかこれ…。2巻内容辺りまでは私も普通にキンジ君のハーレム構成要因の1人だったはずなのに、いつの間にかキンジ君と理子ちゃんの間で揺れ動く系女子になってますし。」

 

理子「ええやん。百合ええやん。」

 

キンジ「いいのか、これ。実際作者は百合大好きだからな…。このままガチ百合エンドもありうるぞ。」

 

アリア「しかも厄介なことに詩穂は作中ではまだ恋心を理解していない設定なのよね…。」

 

理子「うんうん。その所為で私生殺し。放置イクナイ。」

 

詩穂「仕方ないじゃないですか!あの場をいい感じにまとめるにはアレしかなかったんです!」

 

アリア「…まぁ、そこらへんの事情はここまでにしておきましょう。ちゃんとタグにもガールズラブ入ってるし、もしミスっても作者のミスであってあたし達は悪くない。」

 

キンジ「ところで理子の話で思い出したが…理子の十字架と詩穂の銃の関係性ってまだ謎なのか?」

 

詩穂「流石にそれは物語の根底…というか作者の無い知恵絞って書いた大切な伏線なのでそっとしておいて上げてください。」

 

アリア「まぁ伏線も何もって感じだけどね。カンのいい人なら叶と明音の目的くらいは察しが付いてるんじゃないかしら?」

 

理子「叶と明音ねぇ…。そういえば、私と叶&明音コンビの関係性についてだけど。」

 

詩穂「うーん…作中では、明音さんが一度だけ理子ちゃんの名前を言っていたくらいで、それ以外関係性はないですよね?」

 

アリア「同じイ・ウーなのに不自然よね。」

 

キンジ「これは…まぁ、作者の不備なのか?」

 

詩穂「多分そうですね…。でも、イ・ウー内では結構お互いの事を言及するシーンは原作にも無いですし。その程度の関係性、って所でしょう。」

 

理子「顔見知り、って程度かぁー。まぁ確かに私もジャンヌ以外のイ・ウーメンバーとは特に仲良い描写ないしね。」

 

アリア「そういえばイ・ウーで思い出したけど…。ちょっとあたし文句があるの。いいかしら?」

 

詩穂「どうぞどうぞ。」

 

アリア「…あたしの出番削りすぎじゃない!?そもそも『紅鳴館』侵入の時点であたしのいいところほぼ無いじゃない!あたしが小夜鳴先生を引き付けるシーンでもあたしの役割勝手に割り振られたし!」

 

キンジ「そもそも『紅鳴館』のシーンってテキトーに書いた感すさまじかったけどな。」

 

アリア「ブラドとの最終決戦の時も!原作ではちゃんと2発残しておいて見事ブラドの魔臓撃ち抜くのに貢献してたのに!こっちなんて見事に弾切れ、しかも用済みの如く『ワラキアの魔笛』でワンパンよ!?これは異議を申し立てるしかないわ!」

 

詩穂「あぁ…アリアさん、覚えていますか?」

 

アリア「何よ?」

 

詩穂「原作ではブラドの付き添いのオオカミは、ヒスキンジ君が処理していましたよね?」

 

アリア「そうね…。って、まさか…。」

 

詩穂「そう。今回の決戦開始時点で、理子ちゃんがアリアさんと戦う意志を見せなかった都合上キンジ君がヒステリアモードに入っていないんです。」

 

キンジ「確かに、原作では理子に強制的にヒスらされたな。」

 

詩穂「そして…オオカミを処理したのは、アリアさん。アリアさんが銃弾を一発ずつオオカミの足に撃ち込んで無力化しています。」

 

アリア「…つまり、原作の残ってた分の銃弾って…。」

 

詩穂「はい。オオカミの時点で2発無駄に使っていたので、差し引きの結果弾切れとなりました。」

 

アリア「あんたのせいじゃないのよキンジィィィィ!!」

 

キンジ「違う!俺は決して悪くない!だからそのガバメントをしまえ!」

 

理子「…にしたって、ブラドが原作よりも強化されてたのはビックリしたねぇ。」

 

詩穂「ですね。原作では魔臓を撃ち抜いて終わりでしたが、今回は何故か復活しました。」

 

キンジ「これも原作を5巻辺りまで読み進めている人はわかるかもしれないな。ヒステリアモードの派生系の1つを、ブラドが発動させたわけだ。」

 

詩穂「原作ではブラドがヒステリアモードをどこまでコピーしていたのか謎だったので…思い切って強化してみた次第です。」

 

アリア「そして颯爽と見せ場を奪っていく叶と明音…。」

 

理子「しかも詩穂以外『ワラキアの魔笛』で全滅。まぁ、確かに叶と明音が出てくる関係上キンジと私がその場にいたら更にややこしいことになってただろうしね。」

 

キンジ「しかしまぁ…振り返ってみると、3巻内容ひどいな…。」

 

詩穂「こじ付けやら唐突な原作乖離やらがすさまじいですね。正直読者様に呆れられても文句は言えないです。」

 

アリア「…そして、3巻内容はもう1つの大きな問題を抱えているわ。」

 

理子「ほほう?」

 

キンジ「まだあるのかよ…。」

 

アリア「そう…文字数よ!」

 

詩穂「またですか。また文字数問題ですか。」

 

理子「うーんと…確かに、3巻内容だけ見たら平均文字数が20000文字くらいあるね…。」

 

アリア「そうよ!そもそも文字数多いって何の自慢にもメリットにもならないわ!」

 

キンジ「読むの飽きるし、文章の質は下がるし、更新速度下がるし…。特に良い事は無いな。」

 

詩穂「いえ、文字数が多いこと自体はいいんですよ。他の作者様の中でも平均文字数が多いにもかかわらず圧倒的文章力とものすごい読みやすさ、しかも更新スピードも速いという素晴らしい方もたくさんいますから。」

 

理子「つまり…このダメ作者に長い文章を書かせちゃダメってことだね!」

 

アリア「そういうことになるわね。何にも懲りてないわ、アホ作者。」

 

キンジ「もっと短く書けよ。読者様の貴重な視力を蝕んでいるのはお前だ。」

 

詩穂「全くです。せめて他の作者様のレベルまで文章力を上げてから出直すんですね。」

 

理子「…さて、作者なんて弄っても何にも面白くないし。他の話題に移ろうか。」

 

詩穂「うーん、あとは…。」

 

キンジ「白雪の帰宅問題だな。」

 

アリア「どういうこと?」

 

キンジ「原作では白雪が帰ってくるのは4巻の途中なんだが…なんと何故かこの番外編中に帰ってきてしまっている。」

 

理子「あ、ホントだ。ゆきちゃん地味に帰宅してるね。」

 

詩穂「どうするんですかこれ。原作とは違った展開になってますけど。しかも番外編とか言う自己満足ワールドで…。」

 

キンジ「…まぁ、原作4巻での帰宅のタイミングもあまり重要な感じじゃないし、この件は騒ぎ立てるようなことじゃないだろ多分。」

 

アリア「となると、後は…うーん…。」

 

キンジ「もう話す事が…ないな。」

 

詩穂「といってもあの鐘が鳴る気配ないですし…。後何文字ですかー!」

 

天の声『あと2000文字くらいやで』

 

アリア「多い!多すぎるわ!2000文字って400文字綴り原稿用紙5枚分よ!?」

 

キンジ「そういえばどうでもいいんだが…一般的なラノベの文字数ってどのくらいなんだ?」

 

詩穂「うーん…聞いた話によれば、大体120000文字くらいらしいですよ。」

 

理子「多いね。ラノベ作家さんって大変なんだなぁ…。」

 

アリア「原稿用紙300枚分ね。とんでもない量だわ。」

 

詩穂「さっきからやけに原稿用紙で例えますねアリアさん…。でも、とんでもない量というのは同意です。」

 

キンジ「実際120000文字はとんでもないな。とてもじゃないが厳しい。」

 

詩穂「…でも、この作品の合計文字数もなんだかんだ言って結構ありますよね。」

 

アリア「うーんと…この番外編を含めない3巻内容までの合計文字数は280000文字ね。」

 

理子「ラノベ2冊分ちょっとかぁ…。結構頑張ったね、作者。」

 

キンジ「内容無いみたいなもんだけどな。」

 

詩穂「でも3巻内容終了時点でラノベ2冊分なので、実際のラノベはもっとボリュームがあるってことですね。」

 

理子「…まあ…ガチのプロ作家さんには勝てないよねぇ…。」

 

アリア「今回メタ発言自重しないわね…。下手したら消されるわよ?」

 

詩穂「文句は言えないです。実際メタ発言どころか結構グレーでアウトな話題多いですからね。ただでさえ今回の番外編は全体的にやりたいことやっちゃってる感じですし…。」

 

キンジ「だな。しかしまぁ、よくもビビらずここまで怪しい話題を書けるもんだ。」

 

アリア「ある意味すごいわね。何も褒められたことじゃないけど。」

 

理子「うーん…結構喋った気がするけど、あと何文字くらいなの?」

 

天の声『あと1000文字くらいやで。』

 

アリア「…まだあるのね…。」

 

キンジ「そりゃ、地の文が無しだからな。会話だけだったら沢山喋ったように見えてもこんなもんだろう。」

 

詩穂「さて…あと1000文字、何して潰しましょうか…。」

 

理子「あれだよ、アレ。詩穂の豆知識披露してよ。」

 

詩穂「とうとうやる事が無くて無茶振りですか…。流石にそんな内容があるとも無いとも取れないことやっていいんですかね?」

 

アリア「今までの内容も無かった同然だし良いんじゃない?もう何やっても平気よ。」

 

キンジ「そんな無責任な…。」

 

詩穂「まぁいいです。豆知識、行きます!」

 

 

 

 

 

 

 

詩穂「薄めた水酸化ナトリウム水溶液に指を突っ込み、指の腹同士を擦り合わせていると指の表面が溶けます。結果指紋を消す事が出来ます。」

 

 

 

 

 

 

理子「その豆知識を活用する方法がまずくない!?」

 

アリア「へぇ…たまに犯罪者に指紋消してるやつがいるけど、そうやってたのね。」

 

詩穂「まぁすぐに皮膚が再生するので一時的ですけどね。それに指紋を消しても垢が残ったり掌紋で判別が付いたりするので、あんまり実用的ではないです。まぁ暇なときに実験としてやってみてください。割と楽しいですよ。」

 

キンジ「…なんか、想像しただけでも嫌な実験だな…。」

 

詩穂「アルカリ性の液体はヌルヌルしているので、実際にやってみると指がヌルヌルになります。あと、薄めないとヌルヌルしている間に骨までイッちゃうので注意してくださいねー。」

 

理子「果たしてこんな事言われてやろうと思う人はいるのやら…。」

 

アリア「でもすぐに再生するって辺り、人間ってやっぱりすごいわよね。」

 

詩穂「ですねぇ。人体にはまだまだ神秘がいっぱいです。」

 

理子「夢と脳とか、色々解明し切れていないことはあるしね。」

 

詩穂「そうですねぇ…。特に夢は本当に謎の分野です。夢を見るということは記憶の整理の具現化とも言われていますが…記憶の整理であった場合、夢の内容は今まで体験してきたことじゃないといけないですよね。でも、実際に見てきたものとは思えない不気味なものを見たり、予知夢なんてものもありますし。そう考えると、夢というものは一体なんなのか不思議です。例えば漢詩でも有名な『胡蝶の夢』という話がありますが…。」

 

キンジ「詩穂、落ち着いてくれ。話が長い。」

 

アリア「そういえば3巻内容にもこんな暴走あったわね。えっと…遺伝子のところだっけ?」

 

理子「うーん…アレ完全に作者の趣味だよね。何故入れたのか…。」

 

詩穂「まぁ、私のこの論理暴走設定も多分作者の趣味を反映するために作ったものでしょう。なんとも勝手な作者です。」

 

ピンポーン♪

 

キンジ「…ああ、終わりか。さっさと帰るぞ。」

 

アリア「そうね。全く謎企画だわ…。」

 

理子「そうだねぇ。詩穂、先行ってるよー。」

 

詩穂「了解ですー。…さて、ここまでダラダラと長い文章を読んでいただきありがとうございました。次回からは4巻内容に入っていきますので、是非読んでいただけると嬉しいです。では、またいつか…。」




読了、ありがとうございました。


まず、こんなにも長ったらしい文章を読んでくださってありがとうございました。
本当に、感謝です。


白雪→理子の呼び方がわかりません。
一応今回は『理子ちゃん』と呼ばせましたが…本編であまり絡まないので、詳しい方は教えてくださると嬉しいです。


あと今回の勉強会での具体的な点数はあくまでフィクションです。
あまり参考にしないでください。
ちなみに詩穂の勉強方は私の友人が実践していた方法です。
その人はとんでもなく頭が良かったですが…勉強方法は人それぞれです故、自分にあった勉強方が一番であることを心に留めておいてください。
流石に『この方法でやったけど点数が上がらなかった、どうしてくれる』と言われても私は謝る事位しか出来ませんので…。



感想・評価・誤字脱字の指摘等を心よりお待ちしております。


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すかーれっと・おぶ・とぅるーす
第23話 ふおんなまくあけです


第23話です。



…いえ、エタってないです。
本当です。
死んでません。

…本当に、長い間更新を空けてしまいました。
それでも待っていてくださった方がいるなら、私はとても嬉しいです。
遅れてしまって申し訳ありませんでした。
今後も実生活が大変故更新が不定期になってしまうかもしれませんが…エタることだけは絶対にありません。

今後とも、よろしくしてくださるとうれしいです。


ある、梅雨の日のこと。

とある建物の、とある一室。

薄暗く静かな部屋で…大きな声が、静寂を引き裂いた。

 

「…あれは一体…どういうつもりなんだ!?」

 

イスに偉そうに座る禿げかかった男がヒステリーでも起こしたかのように喚き散らす。

この部屋には、この男を含めて3人しかいない。

 

「…どういうことも何も、緊急事態だったから使用したまでだ。お前らにイチイチ許可を取るのも面倒だろ?操縦士も緊急事態だって言ったらすぐに出してくれたぜ?」

「そんな事が許されると思っているのかっ!!」

 

…ああ、面倒だ。

どうして大した実力も無いのに威張る事が出来るのか…。

上に立つ人間とはとても思えない。

そもそも結果を出したのはこっちだし、褒められるならまだしもキレられる筋合いなど微塵にもない。

 

「大体お前らは、新しく入ってきたくせに…!」

「……うぜぇ。」

 

小さく、口の中で呟く。

幸い男の怒声に掻き消されて聞こえていないみたいだった。

男の説教とも言えない怒号は続く。

 

「始末書を書くのも責任を取るのも私なんだ!ヘリの無断使用など…!」

「……あー、わりぃ。」

 

いい加減聞き飽きた金切り声を遮り、なるべくよく聞こえるようにゆっくり言ってあげた。

 

「オレ達は今日でここを辞めさせてもらうよ。世話になったな。」

「……は?」

 

ハゲが大きく口を開きながら固まる。

勢い余って振り上げた手が、力無く空中を彷徨っている。

オレは少し満足し、未だ着ている武偵校の制服の胸ポケットに手を突っ込んだ。

 

「ほれ、これ辞表。じゃあな、もう二度と会うことは無い。」

 

『じひょう』と平仮名で適当に書いてある紙をハゲに投げつけ、オレ達は部屋を出ようとする。

当然、ハゲも黙りっぱなしではなかった。

 

「ま、待て!冗談だろう!?ここでやめてもらっては困る!」

「知ったこっちゃねぇ。お前が困ろうとどうしようと関係ないこった。」

「私の…私の立場はどうなると言うのだ!」

「それこそ知るか。首でもくくってろ。」

 

オレは眠そうに欠伸をする親友を引き連れ、無駄に金だけ使ったような部屋を出る。

背後から悲鳴とも怒声とも取れない声が聞こえたが、もうどうでもいいことだった。

 

 

 

 

 

 

 

「…大きい組織の割りにー、大した情報は無かったねー?」

「ま、こんなもんだろ。イ・ウーで収獲があったからここはもう用済みだ。そもそも東京武偵局の下層部を引き当てちまったらしいしな…。どうりで頭の悪い命令ばっかり来ると思ったぜ。」

「でもー…勝手に抜けて大丈夫かなー?」

「知るか。オレ達に手ぇ出そうってんなら相手するだけだ。」

「……ふふふー♪」

「…あんだよ。」

「冷静に見えてー…意外と血の気多いよねー?カナちゃんー。」

「…お前が言うか、アカネ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

叶→詩穂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

梅雨も終わりが見えてきて、なんだかからっとしてきた今日この頃。

期末テストも近づいてきたある日の夕方。

 

「じゃ、行ってくるね~!」

「い、行ってくるわ。」

「はい、いってらっしゃい。」

 

理子ちゃんとアリアさんが玄関から出て行きます。

理子ちゃんは楽しそうに。

アリアさんは少し緊張気味に。

私は軽く手を振りながら、それを見送ります。

 

…というのも、今回の件で理子ちゃんは完全に足を洗ったみたいで。

アリアさんとキンジ君に全面的に協力する、という話になったわけです。

そういうわけで、たった今理子ちゃんはアリアさんのお母さんである神崎かなえさんの証言に行ってしまいました。

…どうやらアリアさん曰く、今回の証言のおかげで差戻審が確実になる、とのことです。

 

「理子、あんた本当に証言してくれるんでしょうね…?」

「昨日も散々言ったじゃん。詩穂に誓ってそれはないよ!」

 

アリアさんと理子ちゃんは、わーわーと騒ぎながら駅のほうに歩いて行ってしまいました…。

2人を見送った私はリビングに向かいました。

 

…うーん、理子ちゃんもアリアさんもいないと…少し暇ですねぇ…。

 

私は手持無沙汰故にキンジ君の部屋に向かいました。

 

 

 

 

 

…コン、コン。

キンジ君の部屋のドアを軽くノックします。

もはや恒例行事です。

 

「キンジ君、いいですか?」

「…ああ。」

 

キンジ君のぶっきらぼうな返事を確認して、部屋に入ります。

…でも、そのぶっきらぼうな声は、いつもよりもどこか…緊張感があったようにも聞こえました。

 

「おじゃましまーす…キンジ君、何を見ているんですか?」

「ん?…ああ…。」

 

ヘッドフォンをしているキンジ君は、私の声に生返事。

キンジ君はパソコンで何かを見ていました。

…失礼ながら、横から覗いてみると…。

 

「Flash動画…ですか?」

「…理子から、送られてきた。」

 

そのFlash動画は何処かで見たことのある動画とそっくりでした。

…というか、明らかに大変なものを盗んでいっているようにしか見えないんですが…。

動画の中では、アリアさんや白雪さん、理子ちゃんや私がデフォルメされたようなキャラクターがちょこまかと走り回っています。

 

…しばらくして、その動画に違和感を感じました。

動画の背景に紛れて…日付や時間のようなものが、見え隠れしているのです。

 

…動画を見終わった後、キンジ君は立ち上がりパソコンを閉じました。

そして銃やナイフなどの彼の基本装備を制服にしまい込んでいきます。

 

流石にこれでわからないほど、私はバカではありません。

 

「…キンジ君も行っちゃうんですね。」

「ああ。少し…な。」

「はい、いってらっしゃい、です…。」

 

きっちり武装を整えたキンジ君は、アリアさんたちと同じように出かけて行ってしまいました…。

私は玄関から彼を見送った後、リビングに戻ってきます。

 

うーん…キンジ君も行ってしまいました。

となると…ここに残っているのは私と白雪さんだけです。

時間的には白雪さんは…夕食を作り始める時間でしょうか?

うーん…それには少し早いかな?

などと考えつつ、台所に向かうと…。

 

「あ、詩穂。どうしたの?」

 

向かう途中で外出姿の白雪さんと出くわしました。

…あれ?

何か、この先の展開が想像できる気が…。

 

「白雪さん、その…どちらへ?」

「私も買い出しに行ってくるね。」

「…え、白雪さ…。」

 

私も一緒に行きます、と私が言う前に白雪さんはそそくさと玄関から出て行ってしまいました。

 

…ガチャン。

無情にも玄関が閉ざされる音が聞こえました。

 

…一瞬で、この部屋の住人がみんな揃って出て行ってしまいました。

ポツン、と1人部屋に部屋に取り残される私。

 

…え、なんでこんな自然にぼっちにされてるんですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当然、私は暇人なので私も外に出ることにしました。

…といっても、白雪さんの買い出しについていくのも微妙ですし、アリアさん達についていくのは論外。

というわけで、自然にキンジ君をストーキングしてしまうわけで。

…無粋なのは承知ですが、気になってしまったものは仕方ありません。

 

「……一体どこに向かっているんでしょうか…?」

 

キンジ君は何処かいつもより早足でどんどん進んで行ってしまいます。

当然歩幅が違うので、私は少しだけ小走りになりつつキンジ君を追いかけます。

 

「…『空き地島』…?」

 

キンジ君を追うにつれ。

段々と…目的地がわかってきました。

武偵校は元々、東京湾の上に浮かぶ人工浮島(メガフロート)の上にあります。

そしてその人工浮島は2つ存在していて、片方は武偵校や生徒の寮がある『学園島』。

対して…『空き地島』と呼ばれている人工浮島は、本当に何もない空き地です。

風力発電用の風車やその他色々なものがポツポツと点在しているものの、ほぼ何もない平地です。

もちろんこんな何もない場所に好き好んでいくような人はいません。

 

「…『空き地島』なんかにどうして…?」

 

しかしキンジ君は迷うことなく進んでいきます。

私もそれに倣い、キンジ君にこそこそと尾行します…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『空き地島』の端。

風力発電用の風車が立ち並ぶ場所までやってきてしまいました。

キンジ君は空を仰ぐように、視線を上げます。

私もそれを追うように顔を上げました。

 

亡霊のようにひっそりと回り続ける、機械仕掛けの風車。

そのうちの1本…何故か折れ曲がり、回っていない風車のプロペラの上に。

 

女の人が、腰かけていました。

 

「――あ――。」

 

まるで時が止まってしまったかのような、強い衝撃。

揺れる三つ編み、優雅な仕草。

その女の人は、恐ろしいまでに…綺麗な人でした。

 

…あの、顔は…。

以前理子ちゃんが、変装していた時の…!

 

キンジ君は決心したかのように女の人を目指して風車をよじ登っていきます。

私は佇む風車の陰に隠れ、その様子を見つめていました。

 

「……キンジ、ごめんね。」

 

透き通った鈴のような声が、耳に届きました。

 

「イ・ウーは遠かったわ。」

 

イ・ウー。

その単語は、今の私を一気に委縮させました。

…まだ、ブラドを倒したからって終わってなんかいなかったんだ…!

そんな簡単なことに、今更ながら気が付きます。

 

「どういうことだ…カナ!――いや……。」

 

キンジ君の言葉は、少しだけ怒りに染まっていて。

でも女の人は動揺一つ見せません。

私は頭の中で、ただ茫然と、カナという女の人を認識していました。

 

「……兄さん!!」

 

……え?

 

ただでさえ停止気味だった思考が、完全に停止します。

 

……にい、さん…?

 

「…キンジ。あなたは神崎・H・アリアのことが…好き?」

「なっ…!」

 

2人の会話が耳を通り抜けていきます。

何やら大事なことを聞き逃しているみたいですが…今の私には、理解すらできません。

 

「そんなこと…今は、関係ないだろ!」

「…そう。肯定も否定も、しないのね…。」

 

私は風に吹かれ、ただただ言葉を聞き流していました。

……次の言葉を、聞くまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、一緒にアリアを…殺しましょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!!!!」

 

口から声が零れ出そうになるのを、必死に手で抑えました。

しかしそれよりも。

今の言葉に…戦慄を覚えます。

 

アリアさんを…殺す…?

一体何を言って…!?

 

「……カナ…何を、言っているんだ…?」

 

キンジ君のお兄さん…カナさん、と便宜上呼ぶことにしましょう。

カナさんは穏やかな表情のままで、風車のプロペラに腰かけています。

 

「…今、そっちに行く。」

 

キンジ君はカナさんの座るプロペラを進んでいきます。

高さは…約15mほどでしょうか?

そんな危険な高さの上で、しかしキンジ君は進みます。

…地面は当然のようにコンクリートで出来ています。

落ちたら、ひとたまりもないでしょう。

 

「半年ぶりに会えたと思ったら…アリアを殺す、だって?冗談はやめてくれ、カナ…!」

「冗談なんかじゃないわ。私は今夜、アリアを殺す。」

 

ギィィ…。

翼端に座るカナさんにキンジ君が更に歩み寄ろうとして…しかし、行けません。

これ以上カナさんの近くに行くとバランスが取れなくなり、転落してしまうかもしれないからです。

 

遠山家(わたしたち)の使命は、悪の根源を討つこと。それが()に生きる、ということなのよ、キンジ。」

「………!」

 

義。

その言葉を聞いた途端、キンジ君の体が強張ったのが遠目でもわかりました。

カナさんは依然穏やかな口調のまま、話を続けます。

 

「出エジプト記32章27――各々腰に剣を帯び、宿営の中を入口のから入口へ行き巡って、各々その兄弟、その友、その隣人を殺せ――。」

 

聖書の、1節。

確か、民に裏切られたモーセが怒りのあまり口にした、残酷で悲しい言葉…。

 

――裏切り者(アリアさん)に、死を――

 

「アリアはまだ幼い。パートナーがいなければ、簡単に終わらせることが出来るわ。」

「だから待ってくれよ、カナ!!」

 

キンジ君が叫びます。

信じられない…信じたくない、現実を目の当たりにするかのように。

子供のように叫びます。

 

「半年も放っておいて…俺が今までどんな思いでいたのか…!それに、アリアを…殺す、だなんて…!」

「……そう。」

 

カナさんは悲しそうに、視線を落としました。

 

「あなたもまた、イ・ウーに育てられたのね。」

「…な、なにを言って…。なんだよ、それ…。」

 

キンジ君は次から次へと来る不可解な言葉に、言葉を失います。

カナさんは悲しそうな表情のまま立ち上がりました。

 

「おいで、キンジ。」

 

ギィ…。

カナさんがキンジ君に近づきます。

 

「あなたが私を信じているように、私もあなたのことを信じているわ。」

 

ギィ…。

キンジ君は…恐れるように、後ずさります。

 

「おいで。()()は一晩で終わるから。」

「………!!」

 

その瞬間。

キンジ君は何かが切れてしまったかのように。

 

バッ!

 

拳銃を…彼独自の改造が施された、ベレッタを腰から抜きました。

カナさんは目を見開き…そして、とても残念そうに首を振りました。

 

「軽々しく銃を見せるのはよくないわ…。」

 

カナさんはゆらり、と立ち位置を変えました。

手はダラリと腰のすぐ横に、足は肩幅程度に…。

それはまるで、構えてすらいない一般人のようで…。

 

「見せてしまえばそれだけで、装弾数、射程距離、使う弾の種類まで…見せることになるのだから…。」

 

 

 

――パァン!!!

 

 

 

銃声が、響きました。

しかし…音は、キンジ君のそれではない。

この場で銃を撃ったのは、間違いなくカナさんでした。

でも銃は、見えません。

 

何が、起こって…?

 

――ガッ!

 

別の大きな音のせいで、思考の世界から戻されました。

プロペラ部分のほうを改めて確認すると…キンジ君が、ワイヤーを使ってプロペラからぶら下がる音でした。

被弾したのかバランスを崩したのか…プロペラから落ちてしまったようです。

 

「…キンジ。あなたはどうして…私に立ち向かったの?」

「…………!」

 

キンジ君は必死に…ワイヤーを巻き上げ、上がっていきます。

 

――パァン!!

 

もう一度銃声が響きます。

…そして、今の一瞬で。

カナさんの腰のあたりが光るのを、見ました。

 

…そしてキンジ君のワイヤーの動きが、停止します。

よくわかりませんが…今の一瞬で、何かがあったみたいです。

 

「昔からキンジは打たれ強い子だったけど…どうして今の状況でもそんなに強い目ができるのか、わからないわ。」

 

 

……プツッ。

 

 

悲しいくらい無慈悲な音とともに。

キンジ君を支えていたワイヤーが…切れました。

 

「…キンジ君っ!!」

 

たまらず私は風車の陰から飛び出します。

しかし…落下するキンジ君の下に辿り着くことは、確実に不可能でした。

私はそれでも全力で走り…。

 

しかし残酷にも、キンジ君の体は地面に落ちていって…!

 

 

 

 

 

 

 

………ガッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

…落下するキンジ君を受け止めたのは…当然、私ではなく。

上から飛び降りたカナさんでした。

 

「…あんまりノゾキはよくないわよ?」

 

カナさんはキンジ君をゆっくりと地面に横たえると、思わず飛び出てしまった私に向き直りました。

 

「…キンジ君を、アリアさんを…どうする、つもりですか…?」

「聞こえていたんでしょう?そのままの意味よ。」

 

カナさんはあくまで優雅に…しかし、隙の全く見えない立ち振る舞いで私に近づいてきます。

私は少し後ずさり、いつでも武器が取り出せるように全力で警戒します。

 

「…………!!」

「…どんなに警戒したって、意味のないこともあるの。覚えておきなさい。」

 

 

 

――パァン!!

 

 

 

 

「……え?」

 

ドスッ!という鈍い音とともに、私の右肩が強い衝撃に襲われました。

そして…ようやく、自分の肩が防弾制服越しに被弾したことを理解します。

 

「……っく!」

 

私は更に少し後ずさり、右肩を庇いながら背中の銃を左手で取り出します。

カナさんは…まるで何もしていないかのようにその場に立っていました。

 

今のは…一体…!?

 

「目に見えることが全てではないように…あなたの知らないことはたくさんあるの。」

 

カナさんはこちらを視線で制しつつ、少しづつ私に近づいてきます。

…ジリ……ジリ……。

それに押されるように、私も後ずさっていきます。

 

「……あなたは、アリアとキンジのお友達なの?」

 

カナさんは少しだけ立ち止まり、キンジ君を守るような立ち位置を取りました。

…その仕草に、違和感を覚えます。

 

あの人は…敵?

それとも、味方?

 

判断しあぐねる頭で、しかし私はカナさんとの対話を続けることを選びました。

 

「…お友達だと、私は思っています…。」

「……………。」

 

少しだけ長い沈黙の後。

 

「……そう。」

 

カナさんは寂しそうに目を伏せ、それだけ言いました。

……今、この瞬間。

私はこの人が…カナさんが、敵ではないと判断しました。

それは…アリアさんのような、直感。

 

「…カナさん。」

「……なぁに?」

「あなたは…アリアさんを、殺しますか?」

 

端的に、それが知りたかった。

私は、友を…愛する友人たちを。

守れるなら、守りたかった。

 

「……ええ、殺すわ。」

「本当に…殺すんですか?」

「……………。」

 

カナさんの表情が…初めて、少しだけ揺らぎました。

 

…きっと、カナさんは。

何らかの理由ですが…アリアさんを、本心では殺したくない。

そう、それはまるで…そうするしかないと思い込んでいるみたいに。

 

少し前の、理子ちゃんみたいに。

 

「……あなたがどういう人なのか、私は知りませんが…アリアさんやキンジ君が、巻き込まれてしまうのなら。」

 

私は。

 

「私は、あなたをここで放っておくわけにはいかないんです。」

「…………そう。」

 

カナさんはもう、迷ったような顔をせずに。

先ほどの穏やかな顔に戻っていました。

 

「キンジは、いいお友達に恵まれたのね…。」

「…あなたは、一体…。」

「じきにわかるわ。」

 

カナさんは、両手をだらりと下げました。

…先程の、何も構えていないような…

 

『そういう構え』。

 

………来る!

 

「…バイバイ。次に会うときは、ゆっくりお話ししましょう。」

 

パァン!!!

 

来るとわかっていても、射撃線はおろか銃すら見えないのだから避けようがありません。

ですから、私はせめてもの抵抗として…。

 

カナさんの腰のあたりが、ピカッというマズルフラッシュで光るのを目に焼き付け…。

 

 

 

 

 

 

 

 

――ドスッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ぴりりり…ぴりりり…。

 

「……ん…んぅ…。」

 

…目覚ましの音が、聞こえます。

私はまどろみの中、まだ眠い、と寝返りを打とうとして…。

 

 

 

――パァン!!

 

 

 

「うひゃああ!!??」

 

脳内にフラッシュバックした銃声で、ガバッと飛び起きました。

そして…鮮明に、思い出します。

 

…あの時の、カナさん…。

アリアさんを、殺すって…!

 

「あ…アリアさん!」

 

私は寝癖で乱れた髪を直す暇もなく、寝間着のままアリアさんの眠る寝室に向かいました。

アリアさん…!

 

ガチャッ!

 

寝室のドアを開けると…アリアさんは、2段ベッドの上段ですやすやと眠っていました。

 

「…は、あはは………ふぅ……。」

 

幸せそうに眠るアリアさんを見て、心底安心しました。

少し、笑いも出てしまいます。

 

「よ…よかった…。」

 

私はへなへな、と床にへたり込みながら安堵の息を漏らしました。

 

…カナさんは、やはり…。

アリアさんを、殺さない…?

それとも…?

 

「………あれ?」

 

そういえば、なぜ私は戻ってきているのでしょうか…?

昨日、キンジ君を追いかけたらカナさんがいて、それで…?

 

…そうだ、キンジ君。

キンジ君はどうなったのでしょうか?

 

いつもキンジ君が寝ている2段ベッドの下を覗いてみましたが…そこには誰の姿もありませんでした。

もう1つある2段ベッド(理子ちゃんと白雪さん用)も覗いてみますが…。

 

「……すぴぃ…んぅ、詩穂ぉ…そこはらめぇ…。」

「…んぅ…くぅぅ…キンちゃん…既成事実ぅ…。」

 

案の定、白雪さんと理子ちゃんが寝ていました。

…ていうか2人とも寝言とんでもないですね…。

 

となると…キンジ君は、一体…?

 

 

 

 

 

 

 

 

探してみれば、あっさりと見つかりました。

キンジ君は自分の部屋のデスクの前で、椅子に寄りかかるようにして眠っていました。

 

「…じゃあ、昨日のあれは…?」

 

昨日、確かに私は見たはずです。

カナさんを…カナさんに立ち向かう、キンジ君を。

 

でも、現実に私もキンジ君も戻ってきています。

カナさんが私とキンジ君をここまで運んできた…とも考えられますが。

 

「まさか…夢?」

 

そんなはずは…でも、そんな気も…。

何が何やら、朝の寝惚けも合わさって混乱してきました…。

 

…確証。

なにか、証拠となるものが欲しいです。

 

「…昨日の、証拠になるもの…。」

 

目の前には、椅子にもたれかかって寝ているキンジ君。

昨日の騒ぎは空き地島。

空き地島…に今から行くのは少し厳しいですね。

となると…。

 

キンジ君。

彼から、何か証拠を…。

 

「…って、別に起こして聞けばいいだけじゃないですか…。」

 

…朝は頭の回転が悪くて、本当にダメです。

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず眠っているキンジ君をわざわざ起こすのも気が引けたので、私は自室に戻って身だしなみを整えることにしました。

寝癖を直して、寝間着から制服に着替えて…。

髪をポニーテールに結って、武器の状態をチェックして。

準備完了、と私は自室を出てリビングに向かいました…。

 

その、向かっている途中。

キンジ君が、少し慌てたような表情で部屋から出てきました。

 

「…あ、キンジ君、おはようございます。」

「詩穂…!アリアは…!?」

 

…今の彼の言葉で、確信しました。

夢じゃ、ない…!

 

「無事ですよ。アリアさんなら寝室で寝ていますよ。」

「…そう、か…。」

 

とりあえずキンジ君が安心できるように、なるべく落ち着いて答えました。

キンジ君はそれを聞いて、安堵したような…でも、少しまだ不安げな表情を作りました。

 

「一応、確認してくる。」

 

キンジ君はそう言って、寝室のほうに歩いていきました。

…そして、入れ替わるように白雪さんが寝室から出てきます。

 

「…おはよう、詩穂。キンちゃんがすごい顔してたけど…?」

「……おはようございます、白雪さん。」

 

…昨日のことを、白雪さんに…言うべきか。

私は一瞬迷いましたが、すぐさまこう答えました。

 

「…多分、キンジ君は寝不足なんですよ。早く朝ご飯を作りましょう?」

「そ、そう?うーん…。」

 

白雪さんは怪訝そうながらも納得してくれたらしく、リビングのほうに歩いていきます。

私も白雪さんについて行きます。

 

…多少の、罪悪感と共に…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝の、食卓。

アリアさんも理子ちゃんも起きてきて、皆で朝ご飯を食べます。

 

「…そういえばアリア。昨日の夜俺って、どこにいた?」

「んふぇ?あんふぁならあふぁしがはえっふぇきふぁふぉきにふぁ…」

 

キンジ君はそれとなーくアリアさんに昨日のことを聞いていました。

…が、アリアさんはもぐもぐとパンを食べながら話すので…。

 

「アリア。食べながら話さないの。」

「ふぁーい…。」

 

白雪さんに怒られていました。

当然っちゃ当然です。

 

「キー君なら自分の部屋で椅子にもたれて寝てたよ。少なくとも理子とアリアが一緒に帰ってきたときには。」

 

理子ちゃんが引き継ぐようにキンジ君に報告していました。

 

「詩穂も私が帰ってきたときには珍しくもう寝てたし…。だから寂しかったんだよー!」

「うにゃ、だ、抱き着かないでくださいってば!」

 

最近見境がなくなってきた理子ちゃんを引きはがし、椅子に座らせます。

…でも、今の情報はかなり気がかりですね…。

 

「そうか…。」

 

キンジ君はチラリ、と私を見るとそれ以上は口を開かなくなってしまいました。

…それ以降は、つつがなくいつも通りに朝が過ぎていくのでした…。

 

 

 

 

 

 

朝ご飯も終わり、自室で登校の準備をしていると。

 

「…詩穂。少し、いいか?」

 

ドア越しにくぐもった声が聞こえてきました。

声の主は…。

 

「…はい。構いませんよ。」

 

ガチャ。

ドアが開き、入ってきたのはやはりキンジ君でした。

…自ずと、彼が来た理由もわかってしまいます。

 

「…なあ、詩穂。聞きたいことがあるんだが。」

「な、なんですか…?」

 

真剣な眼差しが、私を見抜きます。

なんだか問い詰められている気分です。

 

「…昨日、お前…俺の後を()けたな?」

 

ギクリ。

体が強張ります。

…そ、そういえば尾行していたこと自体はあまりよろしくない行為でした…!

 

「……そ、そんなことシテマセンヨー…?」

「…さっき俺がアリアのことを聞いたときこう言ったよな。『無事ですよ。アリアさんなら寝室で寝ていますよ。』って。どうして俺がアリアの安否を気にしていることが、わかったんだ?」

 

ギクゥッ!

し、しまった…迂闊でした!

というかやけに冴えてますねキンジ君…ヒステリアモードでもないのに。

 

「……うぅ、はい。ついて行きました…。」

 

というわけであっさり白旗を振る私。

情けないというか、間抜けです…。

 

「…ということは、昨日の会話も…。」

「はい。聞こえていました…。」

 

キンジ君は、ふぅ…と息を吐くと、頭を重たそうに振りました。

 

「夢じゃ、ないか…。」

 

…どうやら。

夢であって欲しい、と思っていたのは私だけではなかったみたいです。

そりゃ当然です。

だって…。

 

「…あの人が…カナさんが、アリアさんを殺すって言っていたのは…。」

「……いや、違う…。何かの、間違いなんだ…。」

「キンジ君…。」

 

キンジ君は…兄を、崇拝レベルで信じている。

そう理子ちゃんが話していたことがありました。

 

…彼は、きっと…。

 

「キンちゃーん。詩穂ー。そろそろ行くよー?」

 

白雪さんが私たちを呼ぶ声で、その話はお終いになってしまいました…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリア。一緒に学校行くぞ。」

「へ?」

 

玄関にて。

いつもは一緒に行こうと誘うと嫌がるそぶりを見せるキンジ君が、自分からアリアさんを誘っていました。

当然アリアさんは目を見開いてびっくりしています。

 

「あっれー?キー君どしたのー急に。アプローチ?アプローチですか??」

「違う。」

 

すかさず理子ちゃんが茶化します。

しかしキンジ君は冷たく対応。

バッサリとネタを殺しましたね…。

 

「うえーん!詩穂ー、キー君が冷たいー!」

「だから急に抱き着かないでくださいってば!」

 

朝から2回も抱き着かれました。

今は涼しいですが、夏に入ってからやられると…さぞかし暑そうです。

 

「帯銃はしたか?背後に気をつけろよ。」

「な、なによ…キンジにしては随分と警戒的ね…。」

 

アリアさんはしかし、少し嬉しそうでした。

 

「でも良い心がけよ。あんたもようやく立派な武偵らしくなってきたじゃない。ほんとにどうしたの?」

 

アリアさんは嬉しそうな表情のまま、キンジ君に問いかけます。

対するキンジ君は…昨日のことなど、当然言えるはずもなく。

 

「…俺も一応、お前の…仲間、だからな。」

 

ごまかすように、そう言うのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、皆でバスに乗りいつも通り学校に着くと…何やら人だかりに遭遇しました。

どうやら、教務科(マスターズ)からの連絡掲示板の前にみんな集まっているみたいです。

 

「…あれ?あの子って…。」

 

白雪さんが何か…というか誰かを見つけたらしく、視線でそのことをみんなに伝えました。

その視線の先を追ってみると…見覚えのある、綺麗な銀髪が。

 

「…ジャンヌさん。おはようございます。」

「……ん?ああ、茅間か。」

 

ジャンヌ・ダルク30世さんことジャンヌさんでした。

いつも通りキリッと決め顔ですが、そんな彼女の両腕は塞がっています。

…何故か、松葉杖で。

 

「…ジャンヌさん、それって…?」

「ああ、少しな。バスに轢かれたのだ。」

「え、えぇ……。」

 

な、なんというか…。

ジャンヌさん、意外とドジなのでしょうか…?

 

…というあたりで私とジャンヌさんの会話は終了。

………コミュ障の辛いところですね…。

すると、今度は。

 

「…ジャンヌ。あなた、どうしてここに?」

「理子と同じだ。そういえばわかるか、星伽白雪。」

 

白雪さんが訝しげにジャンヌさんに問いました。

他の生徒が周りにいる手前上、逮捕とかそういう言葉は伏せているみたいですが…なんとも物騒な会話です。

でも、白雪さんはジャンヌさんの言葉に納得したのか少し警戒を解きました。

 

「ふぅん。じゃ、もう悪いことはできないね。おとなしくするんだよ?」

「…フン。」

「……ふふっ。」

 

茶化すように言う白雪さんと、少し拗ねたようにそっぽを向くジャンヌさん。

…今の会話を聞いて、何故か。

実は白雪さんとジャンヌさんは仲良くなれるような。

そんな気が、しました。

 

「ジャンヌ!ジャンヌじゃないか!どうしてここに!?自力で脱出を!?」

「理子…よくわからないネタで私をからかうのはやめてくれ。」

 

今度は理子ちゃんがジャンヌさんに絡んでいました。

ジャンヌさん、すごいいじられてますね…。

 

「ええい、私のことはどうでもいいのだ!」

「どうでもよくないわ!ジャンヌ、あんたも理子みたいにちゃんと……ママの裁判、出るのよ?」

「…ああ。それは心得ている。『取引』だからな。」

 

今度はアリアさん。

彼女の要件は…どうやら、『司法取引』のようです。

昨日理子ちゃんが行ったように、ジャンヌさんもまた『神崎かなえ』さんの冤罪を晴らすよう証言することが取引の内容みたいです。

 

「…それで、ジャンヌ。何を見ていたんだ?」

 

キンジ君が少し面倒くさそうに言います。

まぁ、確かにこのままジャンヌさんいじりが続くのもアレですしね…。

 

「ああ。この張り紙を見ていたのだが…遠山。お前の名前があったぞ。」

「……は?」

 

キンジ君が素っ頓狂な声を上げる中、私も目を凝らして張り紙を見ようとしました。

…しかし。

 

「み、見えません…。」

 

背の低い私は他の武偵校生達に阻まれ、全くと言っていいほど見えませんでした。

ガーン…。

 

「り、理子ちゃん…どうしましょう、見えません…。」

「あ、あはは…大丈夫、私も見えてないから…。」

 

とりあえず理子ちゃんに助けを求めてみましたが、理子ちゃんも小柄なほうなので見えないみたいです。

…困りました。

どうしましょう?

 

「…あんたたち!どきなさい、邪魔よ!」

 

と困っている私たちを見てか見ないでか、アリアさんが掲示板の前に溜まっている生徒たちに向かって大声を上げました。

すると…。

 

「お、おい、あいつA組の神崎じゃ…。」

「やべぇ、逆らったら殺られるぞ…!」

「神崎先輩!?マジか、告白を…!」

「おいやめろ。」

 

アリアさんを怖がって、掲示板の生徒たちはささーっ…とその場を後にしていきました。

…一部、変な人もいたような気はしなくもないですが。

 

「…さて。これで読めるわね。」

「ありがとうございます、アリアさん。」

 

素直にお礼を言っておくと、アリアさんは照れ臭そうにそっぽを向きました。

 

「べ、別に…あたしも見にくかっただけよ。」

 

…こういう時のアリアさんって、本当に可愛いですね…。

同性ながら惚れちゃいそうです。

 

さて…問題の掲示板を覗くと。

 

『1学期単位不足者一覧』

 

と、大きな文字が。

そしてその下にはズラーっと名前とクラス、不足単位が書かれています。

…いえ、ズラーっといるのはどうかと思うのですが…。

そして、その中に。

 

『2年A組 遠山キンジ 不足単位1.9 単位』

 

…1.9単位。

この学校は確か、1学期中に2.0単位取らなきゃいけないはずですが…。

 

「…キンジ君、どんだけサボってたんですか…?」

「いや、違うんだ!これはアリアの…いや、なんでもありません。」

 

どうやらキンジ君はアリアさんのせいで色々忙しくて単位がもらえてなかったみたいです。

まぁアリアさんの鋭い眼光に黙らされてしまうわけですが。

 

「キンちゃん…いくらなんでも、これは厳しいよ…?」

「あは、あっははは!き、キー君単位足りなさすぎ…っ!あはは、あはうぇっ!」

 

普段はキンジ君にとことん優しい白雪さんも、これには渋い顔。

ちなみに理子ちゃんはお腹を抱えて笑いすぎて呼吸困難になっていました。

 

「遠山…お前は問題児だったのだな。しかしこれがあるのだろう?」

 

ジャンヌさんは何故かドヤ顔で別の張り紙を指さしました。

そこには…『夏季休業期・緊急任務(クエスト・ブースト)』の文字が。

 

緊急任務とは、文字通り単位の足らない人のために教務科が用意した特殊な任務のことです。

単位が普通の任務よりも割増しでもらえる代わりに、報酬はとんでもなく安くなります。

無報酬であることもザラにあるみたいです。

 

「…でも、いくら緊急任務とはいえ、1.9単位なんてもらえる任務はそうそうないと思いますけど…。」

「そうだよな…。」

 

大体1学期に必要な単位のほとんどを1発でもらえるアホみたいな任務、あってはならないはずです。

ちなみに私はテストで単位を揃えてあるので、Dランクですが地味にこれに引っかかったことはありません。

 

「…あった。『カジノ・ピラディミオン台場の警備、1.9単位』。」

「ええええ!?」

 

あるんですか!?

都合良すぎませんか!?

キンジ君が見ているあたりを見てみると…確かに、1.9単位と書かれている任務が。

ええぇ…こんなんでいいんですか、武偵校…。

 

詳細のほうを眺めてみると、何やら色々なことが書かれていました。

 

要・帯銃、帯剣。

必要生徒数4名(要相談、女子を推薦)。

強襲科、探偵科を推薦、他学科も可。

被服の支給有り。

…報酬、無し。

 

「ああー…。」

 

最後の文章を見た瞬間、すべてを察しました。

ああ、そりゃ随分な単位なわけです…。

多分本来の報酬は教務科のものになるんでしょうね、これ。

 

しかしキンジ君にとっては、報酬の有無などもはや関係無いみたいです。

確かに留年は嫌ですしね。

 

「カジノ警備とか…キー君、見境ないねぇ。しかも報酬ゼロ。」

 

理子ちゃんが呆れたように言いました。

ぶっ壊れた腹筋は治ったみたいです。

 

カジノは、最近日本でも合法化された公営ギャンブル施設。

そこの警備が今回の仕事なのですが…。

そもそもカジノで事件はあまり起こらず、起きてもせいぜい乱闘騒ぎくらいです。

そういったところから、『腕の鈍る仕事』と武偵界隈では結構バカにされている仕事です。

実際、この仕事を受けるような人はほとんどいません。

 

…キンジ君のようなケースを除いて。

 

「アリア。一緒にやるぞ。」

「…え?なんでよ。あたし単位足りてる。」

 

キンジ君は思い出したように、アリアさんを誘いました。

当然アリアさんは拒否しようとしますが…。

 

「アリアもやるなら私もやるよ!負けてられないもん!キンちゃんは渡さない!」

 

と、白雪さんが何故か乱入。

すると負けず嫌いなのかアリアさんも。

 

「あ、あたしだってやるわよ!キンジは…か、カンケーないけど!白雪と2人でやらせたら何が起こるかわかったもんじゃないわ!」

 

とやる気になってしまいました。

…2人とも正常運転で何よりです。

そんな彼女たちを遠巻きに眺めていると…。

 

「いやー、修羅場って感じですなー。」

 

理子ちゃんが呑気に茶々を入れに来ました。

…いえ、どちらかというと私のほうに来た感じですけれど。

 

「…いや、理子。お前の名前も名簿にあるのだが…。」

「なんですと!?」

 

そんなマイペースな理子ちゃんを現実に戻すように、ジャンヌさんが衝撃の真実を告げました。

…理子ちゃんも足りていなかったのですか…。

 

「…理子ちゃん…。」

「ちが、違うんだよ詩穂!私は決して詩穂に夢中で単位忘れてたとか、そういうんじゃないんだよ!」

 

自分から颯爽とネタバレをしていく理子ちゃん。

そんな彼女の名簿には…1.3単位不足の文字が。

キンジ君ほどではありませんが、こちらもかなり重症です。

 

「うぅ…くっ、こうなったら…!」

 

理子ちゃんはキンジ君たちのほうに向きなおると、高らかに宣言しました。

 

「理子もカジノ警備やります!詩穂もやります!」

「私もやるんですか!?」

 

何故か唐突に巻き込まれてしまいました。

…いえ、薄々そうなるかな、とは思っていましたけど…。

一応抗議してみます。

 

「いえ、私は単位足りてますし、あんまりやりたくはないんですけど…。それに、必要生徒数4名って書いてありますし。」

「やだー!詩穂いてくれなきゃ死んじゃう!一緒にやってよぉ!」

 

う、うわぁ…。

見事に駄々っ子と化した理子ちゃんは限りなくめんどくさい感じで私にも仕事を迫ってきます。

アリアさんやキンジ君も、苦笑いするだけで特に助けてはくれません。

 

「…わ、わかりましたって。わかりました、やりますよ。」

「ほんと!?」

「はい。その代わり、今度何か奢ってくださいね?」

「イヤッホーウ!詩穂大好きー!愛してるー!」

「ちょ、抱き着かないでくださいって!」

 

理子ちゃんに押され、結局私も受けることになりました。

とはいえ…理子ちゃんだけが理由じゃありません。

 

…昨日のカナさんの言葉は、胸に引っかかったままです。

 

『アリアを殺しましょう。』

 

私はあの言葉を聞いてしまった以上、アリアさんを放っておけるほど人間出来ていません。

私はカナさんの言葉を胸に、アリアさんを見ました。

 

楽しそうな笑顔のアリアさんと…。

その向こうにある、憂いを帯びたキンジ君の顔。

 

きっとキンジ君も、私と同じように…。

アリアさんが心配で誘ったのかもしれないと、心の中で思うのでした。

 

「…ところで詩穂は、何奢ってほしいの?」

「へ?うーん…あ、今度アキバ行きたいので電車賃とかでお願いします。」

「………パフェとか思ってた私がバカだったよ…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、そんなジャンヌさんとの掛け合いもあった日の授業はというと。

 

「詩穂ー♪一緒にキャッキャウフフしよー!」

「いえ、私はいいです…。」

 

3時間目の体育は、夏も近づいてきたこともあってプールでした。

しかし、体育教員の蘭豹先生がこれまたいい加減で。

 

「銃使って水球やっとけ。何人か死んどけ。」

 

と言った後すぐに帰ってしまいました。

というわけで…私たちも自然と授業をサボることに。

 

泳げない私は当然プールサイドに上がり、同じような理由のアリアさんとおしゃべりしていました。

理子ちゃんはどちらかというと泳ぐのが好きなのか、プールに入りながらバシャバシャとやっています。

 

「まぁ、偶にはこういう平和な時間もいいものよね。」

「ですね…。」

 

アリアさんがしみじみと感想を漏らしました。

私もしみじみと言っておきます。

こういう平和な時間を壊していくのは間違いなく大半の理由がアリアさんなのですが…。

そこらへんは言わぬが華です。

 

ちなみに、男女は別なので今はキンジ君はいません。

白雪さんもクラスが違うのでいません。

 

そうやってボーっとしていると…。

 

「…ん?メール?」

 

アリアさんのケータイがヴヴヴ、と震えました。

ケータイを開いて中身を確認した彼女は…ボフンッ、と顔を一気に紅潮させました。

 

「ど、どうしたんですか?」

「べ、べべべべべ別に何ともないわっ!」

 

赤い顔のままブルブル震える彼女のケータイを盗み見ると…送り主は、キンジ君?

内容は…。

 

「何見てんのよっ!」

「わあっ、ごめんなさい!」

 

と、怒られてしまいました。

…いえ、超気になるんですけど…。

 

「ほう、どれどれ?」

「あっ!か、返しなさいよっ!」

 

いつの間にやらプールから上がっていた理子ちゃんがアリアさんのケータイをさっと取り上げてしまいます。

…こういうあたり、理子ちゃんの泥棒っぷりを垣間見ちゃいますね…。

 

「…ほーん…ふむふむ…デートのお誘いじゃないかっ!」

「な…え、ええええ!?」

 

理子ちゃんの口から衝撃発言が。

…そ、それは…とんでもないですね、キンジ君…!

しかし、俄然興味がわくのも事実。

 

「み、見せてください!」

「見ないでよーっ!」

 

騒ぐアリアさんを理子ちゃんが取り押さえ、その間にケータイを見ます。

ごめんなさい、アリアさん…。

 

「『親愛なるアリアへ。カジノ警備の練習がてら、2人っきりで七夕祭りに行かないか?7日の7時、上野駅ジャイアントパンダの前で待ち合わせだ。可愛い浴衣、着て来いよ?』って…。」

「読み上げないで!あたしを晒し者にしないで!」

 

アリアさんは理子ちゃんの拘束を抜け出すと、私の手からバッとケータイを奪い取ってしまいました。

そしてそのまま私をキッ!と睨みます。

 

「や、やっていいことと悪いことがあるでしょ!?もっとこう黙読するとかしなさいよ!」

「ご、ごめんなさい、つい…。」

「こらアリアー!私の可愛い可愛い詩穂をいじめたら許さないよ!」

「理不尽!」

 

当然アリアさんに怒られてしまいますが…理子ちゃんがカバーしてくれました。

…地味に、雰囲気が悪くならないようにふざけた調子で対応してくれる理子ちゃんに、心の中で感謝です。

まぁ事の発端も理子ちゃんですけれど。

 

「…で、どーするの?それ。キー君からお誘いなんでしょ?」

「うぅ…どうするの、なんて言われても…。」

 

アリアさんは本気で悩んでいるみたいですが…。

おそらくあれは、キンジ君が書いたものではないような気がします。

 

そもそも彼はこんなキザったらしい文章を書いたり送ったりする事の出来る人物ではありません。

文章だけ見ればヒステリアモードのキンジ君にも近いようにも見えますが…。

ヒステリアモードのキンジ君なら、もっとクラっと来るような甘ったるい文章を書くはずです。

…というわけで、私なりの結論としては。

 

「…多分、武藤君辺りによる卑劣な悪戯ですね、これ…。」

「え?何、詩穂。なんか言った?」

「い、いえ。なんでもないです。」

 

教えるべきかどうかは置いておいて…。

キンジ君もこういう約束事には真面目な人ですので、例え悪戯のせいでも責任をもって約束の時間に来るはずです。

ともなれば…アリアさんは行ったらキンジ君とデートすることに…。

 

「アリアさん!!」

「うわぁ!何よ、今度は大声出して…。」

「アリアさんが行くなら私も行きます!」

 

とりあえず阻止してみることにしました。

いえ、だって…。

 

「詩穂が行くなら私も行くよ!」

「言うと思ってたわよ!なんであんた達まで連れて行かなきゃいけないのよ。」

 

アリアさんは少し顔が赤いまま、それでも私の言葉にきっちり反応を返します。

どうやら先程のことに怒っているのか、ちょっぴり言葉が刺々しいです。

 

「そ、それは…だって、その…。そ、それよりアリアさんは行くんですか?キンジ君と、2人きりで。」

「うっ…き、キンジと2人…。」

 

咄嗟に話題を逸らしましたが、案外上手くいきました。

…とかなんとかやっているうちに。

 

キーン…コーン…カーン…コーン…。

 

と終業を告げるチャイムが鳴り響きました。

みんな次の授業が…というか一般科目はどうでもいいようで、のんびり歩きながら更衣室に向かいます。

 

「詩穂、私たちも戻ろ?」

「…はい、理子ちゃん。」

 

理子ちゃんに誘われて、私たちもまったり帰還。

…この後起こる大事件も知らずに…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼休みを挟んで、5時間目。

私たちは専門科目…つまり、強襲科(アサルト)の授業です。

 

「おらぁ!とっとと動けや!ぶっ殺すぞ!」

 

ドゥン!

という爆音を響かせるM500で生徒を脅しながら、蘭豹先生が叫んでいます。

多分、まだ強襲科(ここ)の動きに慣れていない1年生らしき子たちの悲鳴も聞こえてきました。

 

「…こんな風景に慣れてしまった私が悲しいです…。」

「いや、自分で強襲科選んだんだろ。」

 

今はキンジ君と2人で休憩中。

先程までアリアさんも一緒に訓練していたのですが、『ちょっと模擬戦申し込まれたからぶちのめしてくるわ』と闘技場(コロッセオ)のほうに行ってしまいました。

どうやら叶さんに負けてしまってから色んな生徒に申し込まれるらしく、アリアさんは最近少しご機嫌斜めです。

 

というわけで…。

先程のメールの真偽を聞くチャンスでも、あります。

 

ど、どうしましょう…もしあれが武藤君とかの悪戯ではなくて、キンジ君が本気で送っていたものだとしたら…!

 

「あ、あの。キンジ君…。」

「…なんだ。」

「…そのですね、アリアさんの……。」

「おい、闘技場でマジヤバいバトルやってるらしいぜ!」

 

私の勇気を振り絞って出した声を遮り、強襲科の男子の大声が響きました。

 

「なんでも2年の神崎が押されてるらしい!」

「まじかよ、相手は!?」

札幌武偵校(サッコウ)の女子らしいけど…見たことねぇんだ。でも、三つ編みの綺麗な人だってよ!」

 

…その瞬間。

私とキンジ君は目を合わせ、即座に闘技場に走り出しました…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれややれや!どっちか死ぬまでやれや!」

 

蘭豹先生の狂ったような大声が響く、闘技場の観客席。

沢山の人波をかき分けて、防弾ガラスの前までたどり着くと…。

 

「……アリアさん!!」

 

…防弾ガラスの向こう側。

そこに立っていたのは、ふらつく足で何とか立っているアリアさんと…。

カナさん、でした。

 

「おいで、神崎・H・アリア。あなたをもっと…見せてごらん?」

 

パァン!

乾いた銃声とともに、アリアさんの体がよろけます。

おそらく…防弾制服のどこかに当たったのでしょう。

 

「…うっ!」

 

アリアさんは短い悲鳴を上げ、その場に膝をつきます。

防弾制服は…TNK繊維を使用している性質上、銃弾が貫通することはありません。

しかし、その衝撃は…そのまま通してしまいます。

例えるなら鉄パイプで殴られるような、強烈な衝撃。

もちろん当たり所にもよりますが…その衝撃のせいで大けがを負うこともあります。

そして当然、頭部に当たれば…!

 

「蘭豹!こんなの違法だ!死者が出るぞ!」

「おう、死ねや死ねや!今後の教育のため死んで見せろや!」

 

蘭豹先生は明らかに教師とは思えない発言をしながら、手に持っているお酒をグイッと煽りました。

…キンジ君も言っている通り、本来防弾制服を着用した状態での実弾を用いた決闘は武偵法で禁止されています。

 

「…くそっ!」

 

キンジ君は見かねて、闘技場に自身も入っていこうとします。

それを私は止めようか迷っているうちに…。

 

「…待て、遠山キンジ。」

 

闘技場の扉を開けようとしたキンジ君の肩を、誰かが掴みました。

 

「…お前は…。」

「どけ。オレもあいつに用があるんでな。」

 

キンジ君をドンッと退かすと、その人は…。

叶さんは、闘技場に入っていきました。

 

「待ってよー。」

 

それに続くように明音さんも入っていきます。

…いつものように、微笑を浮かべて。

 

「…おい、橋田だぜ…。」

「布田もいるぞ。どうなっちまうんだこりゃ…。」

 

ざわざわ、と観客席がざわめきます。

キンジ君は扉に手をかけ…そして、離しました。

どうやら入ることをやめた…みたいです。

 

「…あら、あなたは…。」

「よう、久しいな。ちょっと面貸せ。」

 

叶さんは好戦的な笑みを浮かべながら、カナさんに歩み寄ります。

…2人とも読みが『かな』だから凄くややこしいですね…。

 

「…邪魔、しないで…。」

 

アリアさんはよろよろと立ち上がると、手で近寄ってくる2人を制します。

叶さんはそんなアリアさんを見ると…。

 

「邪魔なのはお前だ。寝てろ。」

 

ズガッ!

 

いつの間にアリアさんの背後にいたのか、アリアさんの肩を彼女の武器である…長い、西洋(ランス)で殴りつけました。

 

「うあっ…!」

 

アリアさんは短く悲鳴を上げると…その場に、倒れ伏しました。

 

「アリアっ!」

 

キンジ君が叫びますが…しかし、その声にもうアリアさんは答えません。

おそらく…意識を、失っているのでしょう。

 

「こいつをイジメてもらっちゃ困るんだよ…こいつの中身くらい、知ってんだろ?」

「ふぅん…。それが狙いってわけね。」

 

叶さんとカナさんは、何やらよくわからない会話をしています。

明音さんはにこやかに笑いながら、倒れたアリアさんを抱きかかえると…そのまま、少し離れた位置でアリアさんを降ろしました。

 

「…さて、お互い名乗ってなかったな。名前を言えよ。」

「『カナ』…とだけ、言っておきましょうか。」

「奇遇だな、オレも『叶』ってんだ。気が合うかもな?」

 

叶さんはニヤ、と笑うと槍を持ち直し…その場で、構えとも取れないようなポーズをしました。

槍を持つ右腕は大きく後ろに引き、足は肩幅程度に開いて横向きに。

左手は狙いを定めるかのようにカナさんのほうへ向けています。

例えるなら…槍投げでもしているかのような、不思議な態勢。

アリアさんと戦っているときには見せなかった、彼女の…戦闘態勢。

 

「…お前なら色々知ってそうだしな。全部吐いて楽になっちまえよ。」

「それは随分と物騒ね。」

 

カナさんはフフ、と笑うと…。

こちらもまた、何もしていない棒立ちのような『構え』を取りました。

…2人から、独特の気配が流れてきます。

殺気…でもない、不思議な迫力。

 

……そして、数瞬後。

 

パァン!

 

「!」

 

乾いた音が鳴り響き、直後…。

 

ガギン!!

 

金属同士がぶつかり合うような、鋭い音が聞こえました。

 

「…これを防いだのは、『教授(プロフェシオン)』に次いで2人目ね。」

「まぁ、そんなもんだろ。この世の中もっと頭のおかしい奴はごまんといる。」

 

驚いたように笑うカナさんと、少し驚きながらも…未だ好戦的な笑みを向ける叶さん。

2人の立ち位置は全くと言っていいほど、変化していませんでした。

カナさんは棒立ちのまま…叶さんも、先程の謎のポーズのまま動いていません。

 

「な、なにが起きたんだ?」

「さぁ…?」

「音は確かにしたよな…?」

 

観客席もざわつきますが、こればっかりはさっぱりわかりません。

隣で見ているキンジ君ですら、呆然と2人を眺めています。

蘭豹先生だけが、ニヤニヤと笑っていました。

 

「…次はこっちからだ!」

「……!!」

 

ヒュッ…!

 

叶さんの声が聞こえたかと思うと…。

次の瞬間、叶さんの姿が消えました。

…そして。

 

ガィン!!

ギギィン!!

 

2回、また金属音。

相変わらず叶さんの姿は見えませんでしたが、カナさんは…。

その音が聞こえている中、フラフラっとその場を横に動き、そしてグルっとその場で素早く半回転。

ブォン、と彼女の長い三つ編みが揺れました。

 

…ヒュォッ…。

 

そして、カナさんが半回転して後ろを見た…ちょうどその視線の先に。

先程の謎のポーズを解いて、直立した叶さんが…文字通り、現れました。

 

「…驚いた。防ぐくらいはすると思ったが、返してくるとはな。しかもそんなところに武器を仕込むたぁ…焦ったぜ。」

「そんな風に見えないわ。あなた、本当に強いのね…。」

 

…2人とも、笑っている…。

なんとも恐ろしい光景に、戦慄します。

 

「さっきの…縮地かと思ったけど、違うみたいね。他の子たちにも見えてなかったみたいだし…?」

「はは、ネタがバレなかっただけ御の字としよう。」

 

…2人の『かな』さんは、また構えます。

まるで、お互いが新しい遊び相手を見つけたように…!

叶さんはグッ、と大地を踏みしめ。

カナさんは構えているようないないような棒立ちで、それでも叶さんをしっかり見据えて…。

 

また、始まろうとした、そのとき…。

 

 

 

 

 

 

ぴぴぴぴーーーーーっっ!!

 

 

 

 

 

なんとも場違いな、ホイッスルの音が鳴り響きました。

観客席にいる生徒たちが、一斉にその音源を見つめます。

 

「何をやっているんですか!全員逮捕しますよ!?」

 

ホイッスルの音のほうには…小柄な婦警さんが立っていました。

誰かが通報したのでしょうか、その婦警さんは生徒たちを散らすと闘技場のほうにも歩いてきます。

 

「ほら、あなたたちも早く解散しなさい!」

 

婦警さんがこっちまでやってくると…。

 

「…はぁ。興ざめだ。アカネ、行くぞ。」

「んー。」

 

2人は、いつものように、連れ添って帰って行ってしまいました。

一方、カナさんは…。

 

「………ふぁ……ぁ。」

 

…のんきに欠伸を一つ漏らしていました。

その姿からは…もう、闘気も何も感じられません。

 

「……けっ。」

 

蘭豹先生は心底つまらなそうに、こちらにやってきました。

…鋭い眼光で、まだ残っていた生徒を散らしながら。

 

「サムイ芝居で水差しやがって。あとで教務科に来いや…峰理子。」

 

小柄な婦警さんを睨みながら、手にしたお酒をグイッと煽ります。

…ん?

峰…理子?

 

「くふっ。くふふふふっ…!」

「…理子ちゃん…?」

「そーだよ、詩穂ー!」

 

婦警さんから、今度は…理子ちゃんの笑いを押し殺すような声が聞こえました。

…理子ちゃんの変装だった、というわけですか。

どうやら理子ちゃんは、この騒ぎを聞いて…駆けつけてくれた、みたいです。

 

「……ふぁぁ…。」

 

カナさんはもう一度大きく欠伸をすると、またふらり、と向きを変えて…。

すたすた、と出口に歩いて行ってしまいました。

 

「…アリア!」

 

そしてその姿が見えなくなったことで緊張が解けたのか…キンジ君がアリアさんのもとに駆け付けました。

私もそれに倣い、アリアさんの方に歩み寄ります。

 

「アリア…アリア!」

 

キンジ君はアリアさんを抱きかかえ、何度も呼びかけますが…気を失っているアリアさんは、一向に反応を示しません。

…そこに、蘭豹先生がやってきました。

 

「大げさに騒ぐなや、阿呆が。」

「大げさも何も、殺されるところだったろっ!」

「はぁ…全く、茅間の平和ボケがうつったんか…?」

 

蘭豹先生は何やら心外なことを言いながら、キンジ君を見下します。

…私のせいになっているのは、この際黙っておきましょう。

 

「あの(アマ)、そもそも殺気なんてなかったやろ。」

 

…殺気が、なかった…?

でも確かにカナさんは『アリアさんを殺す』と…。

 

「橋田が乱入してくれて、ガキ共の勉強のために放っておいただけや。ホンマに橋田もあいつも本気やったら…。」

 

蘭豹先生は、酔っていてもその感性は衰えません。

この人は、香港で無敵の女傑と恐れられていた人だから。

 

「ウチが両方、殺っとるわ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気絶したアリアさんを、キンジ君と一緒に救護科(アンビュラス)に運びます。

小救護室と呼ばれる一般生徒でも利用できる保健室のようなところに着くと…アリアさんは、目を覚ましました。

小救護室には、救護科の人は今はいません。

今日は武偵病院で実習らしく、救護科の生徒さんはみんな不在のようです。

理子ちゃんは、教務科に出頭してから…帰ってきません。

 

「……アリアさん。」

「うるさい。話しかけないで…。」

 

声をかけてみても、アリアさんは悔しそうに俯いたままでした。

 

「…アリア。どうやっても勝負はついてた。」

「うるさい…。」

 

コールドスプレーを持ってきたキンジ君が、アリアさんを諭すように言います。

 

「だから、もうカナとは戦うな。次は、殺され…。」

「うるさいうるさいうるさい!!どっかいけ、バカキンジ!」

 

アリアさんは俯いたまま、大声で怒鳴りました。

キンジ君はそれを見た後…コールドスプレーを置いて、部屋を出て行ってしまいました。

…私に、軽く目配せをして。

 

「…わかりました、キンジ君…。」

 

小さく、呟きます。

彼は本当に、優しい人です…。

私はキンジ君の後を継ぐように、アリアさんに話しかけました。

 

「…アリアさん。その…。」

「…あたしは。」

 

アリアさんは、顔を上げません。

でも私だけしかこの場所にいないから…口を開いてくれたのかもしれません。

…そうだと、いいな。

 

「あたしは、勝たなきゃいけなかった…。理子が変装してきたカナの顔を見て、キンジはすごくびっくりしてた。あたしは…そのカナから、決闘を申し込まれたの。逃げるわけにも、負けるわけにもいかなかったのに…!」

 

…叶さんに挑んで負けた時とは、ワケが違うのでしょう。

これはきっと…戦いに負けた悔しさと、別の悔しさ。

 

「…強くならなきゃ、いけないのに。あたしは確かに、叶よりも、多分明音よりも…弱い。さっき戦ったカナだって…あたしじゃ勝てないのはわかってる。でも…でも…!」

「…アリアさん。」

 

それなら、私は。

アリアさんの力になるって決めた、私は。

 

「負けちゃうのは、仕方ないことです。アリアさんより強い人がたくさんいることも、仕方ないことです。」

「…うん。」

「…アリアさんが悔しいのも、わかります。でも…やっぱり、アリアさんには前を向いていてほしいんです。」

「…詩穂、あたし…。」

 

アリアさんは、ようやく…。

涙に濡れた瞳ごと、顔を上げてくれました。

 

「アリアさん。いつか、お母さんを救うために…強くならなきゃ、いけないんですか?」

「…そ、そうよ。あたしは今よりももっと…!」

「じゃあ、仲間を…キンジ君を、大切にしなきゃいけないです。」

「………!」

「キンジ君だけじゃありません。他のみんなも…そして、アリアさん自身も。そうすれば、前を向けなくなっても…みんなが、助けてくれますから。」

 

私は自分でも恥ずかしいセリフを言っているな、と思いつつも。

アリアさんに、語り掛けます。

 

「…えへへ。アリアさん、大丈夫です。しっかり目標があるなら…立ち止まっても、また歩き出せるはずですから。」

「…うん…。」

 

アリアさんは、目の端の滴を右手で拭うと…静かに、笑いました。

 

「詩穂…ありがと。あたしはいつも、詩穂に励まされてばっかりね。」

「アリアさん…!」

「もう、大丈夫。あたしはきっと…大丈夫。」

 

アリアさんは、立ち上がるとぐいーっと伸びをして見せました。

…そう。

アリアさんがもう大丈夫、って言ってくれるなら。

 

私は…。

これでよかった、と思えるんです…。

 

 

 

 

 

 

 

「…いたた!」

「…とりあえず、消毒の続きをやっていきましょう…。」




読了、ありがとうございました。



今回は叶とカナ、2人の『かな』が出てきて大変ややこしかったと思います。
原作の『かな』は『カナ』
この作品のオリジナルキャラである『かな』は『叶』
と表記していきます故,複雑なことは承知ですが何卒理解してくれると嬉しいです。

しかも、明音→叶の時に限っては『カナ』と表記しますのでさらに複雑です。
そこら辺はちゃんと表記に差をつけたり地の文で何とかしていきますが…こればっかりは本当にただの私のわがままです。
申し訳ありません。




感想・評価・誤字脱字の指摘・作者への罵声や嘲笑を心よりお待ちしております。


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第24話 こいとはなびとともだちと

第24話です。





………いえ、まぁ。
更新しないどころか音沙汰すらない、もはやエタっていたといっても過言ではないでしょう。
とにかく、申し訳ありませんでした!

…毎回謝っておりますが、毎回きちんと反省しております。
……が、いかんせん実生活が厳しいのもあります。
こんなどうしようもない小説ですが、見放さないでもらえると嬉しいです!

(ところで、この小説を覚えてくださっている方はどのくらいいるのでしょうか…?)


アリアさんの治療が終わった後。

私たちは部屋に戻ろうと、帰路についていました。

 

「…や、やっぱり少し気まずいものがあるわね…。」

「いえ、これは流石に自業自得と言いますか…。」

 

アリアさんは保健室でキンジ君を追い払ってしまったことに後ろめたさを感じているのか、歩く足取りは少し重ためです。

すっかり遅くなってしまったと思いましたが…景色はまだ夕暮れ。

こんな些細なことにも、夏の近づきを感じます。

 

「…にしても、『かな』って名前のやつに2回も負けるなんてね…。あたし『かな』運がないのかしら?」

「叶さんもカナさんも規格外みたいに強いですし、仕方ないですよ。それに…アリアさん自身が弱くなったわけじゃないでしょう?」

「そうだけど…。」

 

アリアさんは少し口ごもった後、恥ずかしそうに言いました。

 

「…やっぱり、負けは負け。悔しいことには変わりないし、あたしの実力不足も変わりないわ。」

「アリアさん…。」

 

…やっぱり。

この人は…アリアさんは、強い方です。

負けを認めて、自分の弱さを認める。

こんなことが出来る人が、弱いはずありません。

 

「…あたし、強くなりたい。誰にも負けないくらい強くなって、ママを…。」

「…はい。」

 

アリアさんの、夕日で伸びた長い影が。

寂しそうに、ゆらゆら揺れていました…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、部屋の前に着き、いざカギを開け…ようとして。

 

「ま、待って。心の準備が…。」

 

アリアさんに止められてしまいました。

…こういうところばっかりは、本当に乙女な方です。

 

「…大丈夫です。謝れば、キンジ君もわかってくれますよ。」

「そ、そうね…そうね。」

 

アリアさんはすぅー、はぁー…と深呼吸をすると。

 

「…よし、行くわよ…!」

 

まるで敵アジトに強襲(アタック)をかけるかのような顔つきで、カギを開けました…。

 

ガチャ…。

 

「ただいま…。」

 

アリアさんは恥ずかしそうに、少し拗ねたように…中に入っていきます。

私のそれに続いて中に入っていき…。

 

玄関に、見慣れない靴を見つけました。

その靴は…私やキンジ君、アリアさんのものではない。

 

「キンジ、あのね…さっきは、その…ごめん。あたし、なんか気が立っちゃってて…。」

 

だだだだっ、と急いで玄関に駆けてくるキンジ君の足音。

見慣れない靴は…理子ちゃんのものでも、白雪さんのものでもありません。

 

「来るな、アリア!」

 

顔面を蒼白にしたキンジ君が、玄関まで来ました。

彼は体を盾にするようにして…私達を玄関先に押し出そうとします。

 

「な、なによ?なんなのよ?」

「今夜は別のところに泊まれ!武偵校からも出ろ!」

 

キンジ君が部屋から押し出してきた、その一瞬…。

室内が、見えました。

そこには、ソファに座り穏やかに微笑む…。

 

カナさんが、いました。

 

そして、どうやらその姿は…。

 

「……!!?」

 

私の隣にいるアリアさんにも、見えてしまったみたいです。

…とうとうキンジ君に押し出されて、私たちは部屋の外へ。

キンジ君が後ろ手にパタン、とドアを閉めました。

 

「……キンジ。カナが、いたわ…。」

 

アリアさんは俯きながら、ボソリ、と呟きました。

俯くその姿は、悲壮感とも憤怒とも取れないような異様な雰囲気を醸し出しています。

 

「アリア、これは…。」

「ううん、いいの…。あたしにはわからないけど…いいの。」

 

アリアさんはとても落ち着いた眼で、顔を上げました。

…てっきりアリアさんは怒るなりなんなりすると思っていた私もキンジ君も、唖然として言葉を失います。

 

「…あたし、キンジの言うとおり、今日は別のところに行く。詳しいことは…聞かないから。」

 

アリアさんはそれだけ言うと、身を翻してその場を去っていきます。

私もキンジ君も、ただその光景をポカンと見つめていました…。

 

「……あ、き、キンジ君。」

 

アリアさんの後ろ姿が見えなくなってからたっぷり30秒後。

私はハッと正気に戻り、未だボーっとしているキンジ君に呼びかけました。

キンジ君もハッ、と気が付きこちらをゆっくりと見下ろします。

 

「…詩穂も、今日は一旦別の場所に…。」

「いいえ。私は…カナさんと、約束していますので。」

 

…空き地島での、カナさんの言葉。

『次に会うときは、ゆっくりお話ししましょう。』

 

…この言葉、忘れたとは言わせません。

私は制止するキンジ君を押しのけ、部屋に一歩、踏み出しました。

 

…アリアさんが、心配ですが。

今は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩穂→アリア

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガチャ…。

 

意を決してドアを開け、玄関からちょっとだけ顔をのぞかせて部屋の中を見る。

詩穂も後ろから、心配そうに部屋を覗き込んだ。

 

「キンジ、あのね…さっきは、その…ごめん。あたし、なんか気が立っちゃってて…。」

 

とりあえず部屋の中のキンジに謝る。

少し恥ずかしいけど…悪いのは、あたしだから。

…でも、きっとキンジなら許してくれるよね…?

 

…しかし、あたしの予想とは裏腹に…。

いや、予想外に。

キンジは随分焦った顔で玄関までドタドタと走ってきた。

 

「来るな、アリア!」

 

キンジは焦った表情のまま、部屋の外に押し出そうとグイグイあたしと詩穂を押してくる。

当然、あたしも詩穂も突然のことに混乱してしまう。

 

「な、なによ?なんなのよ?」

「今夜は別のところに泊まれ!武偵校からも出ろ!」

 

キンジが必死にあたしたちを追い返そうとする中…。

あたしには、見えてしまった。

 

ソファに揺れる…長い、三つ編み。

 

「……!!?」

 

その人物か何者か分かった瞬間、キンジが部屋のドアを閉めた。

…数秒の、沈黙。

 

キンジに…問い詰めないと…!

あたしは強い怒りに一瞬駆られて…。

 

「……キンジ。カナが、いたわ…。」

「アリア、これは…。」

 

そして、その怒りを抑えた。

無理矢理堪えた、と言い換えてもいいかもしれない。

 

「ううん、いいの…。あたしにはわからないけど…いいの。」

 

あたしは声を震わせながらも…詩穂の言葉を思い出していた。

 

『仲間を…キンジ君を、大切にしなきゃいけないです。』

 

…その通りだ。

あたしは、感情に任せてキンジにばっかり迷惑をかけている。

…だから。

今日は、これからは。

 

「…あたし、キンジの言うとおり、今日は別のところに行く。詳しいことは…聞かないから。」

 

キンジのこと、信じるよ。

 

「…………っっ!」

 

あたしは涙が出そうになるのを見せないように、2人に背を向けて早足でその場を去った。

後ろで詩穂とキンジがどんな顔をしているのか、それすら気にならなかった。

 

…そして、早足はどんどん速くなっていき…。

最後には、全力で走っていた。

 

「…う、うぅう…!!」

 

走りながら、泣きながら。

あたしは頭の中のグチャグチャな思考を、振り払っていた。

 

本当は、カナはキンジの仲間なんじゃないか?

キンジがあたしの事を疎ましく思って、パーティから抜けるためにカナをけしかけたんじゃないか?

キンジは…あたしの事が嫌いなんじゃないか?

 

でも、そうだとしたらあたしのせいだ…!

あたしが今まで、キンジにひどいことばっかりしたから…!

 

…詩穂、あたし信じるよ。

キンジも詩穂も信じるよ。

だから…あたしの事も信じて。

 

…怖い。

怖いよ、ママ…!

怖いよ、キンジ…!

怖いよ、詩穂……!

 

あたしだって、こんなつもりじゃなかったのに…!

全部悪いのはカナのせいだ!

キンジのせいだ!

…変なことを言った、詩穂の…っ!

 

違う、違うの!

悪いのはあたしなのに…!

こんなに苦しいのは、あたしの…!

 

「うぁぁぁあああああああ!!!!」

 

あたしは、デタラメな思考と共に。

泣きながら、走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリア→詩穂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…カナ、さん。」

「久しぶりね、詩穂ちゃん。」

「…さっきぶり、です…。」

 

リビングに入ると、私は早速カナさんの座るソファの前に立ちました。

ふわり、と笑うその笑顔はやはり綺麗で…しかし、どこか。

眠そうにも見えました。

 

「…そうね。本当にキンジは…そして、アリアは。いい友達を持ったのね…。」

「カナさん…。話を、聞かせてください。」

 

私とカナさんの会話に口を挟めないのか挟む気がないのか、キンジ君は黙って私たちを見つめています。

カナさんはニコッと笑うと、歌うように言葉を紡ぎます。

 

「アリア…ホームズの子は気難しい子が多いと聞いていたけれど…これなら大丈夫そう。まだ、『第2の可能性』がある限り、私は…。」

 

カナさんはゆっくりと、諭すように…。

安心できる言葉をくれます。

 

「アリアを、殺さない。」

「……!!」

 

私は驚き、安堵し…疑心を抱きます。

 

「…それは、本当なんですか?」

「もちろん。それに…キンジはもうわかっていると思うけど。」

 

カナさんはキンジ君に視線を向けます。

キンジ君は…やはり、黙ってその視線を受けました。

 

「私はこれから『寝る』わ。」

「…起きたら、アリアを殺すのか。」

 

黙っていたキンジ君が唐突に口を開きました。

その瞳からは…感情が、見えません。

 

「殺さないわ。」

「…本当に、信じていいのか?」

「こんな大事なことで、私が嘘をつくと思う?」

 

クスクス、とカナさんは笑うと…そのままソファから立ち上がって、玄関に向かいます。

 

「…待って!待って、ください…!」

 

私が呼び止めても、カナさんは音もなく…靴を履き、もうすでに玄関に立っています。

――行って、しまう…!

 

「まだ、あなたと話したいことが…!」

「詩穂ちゃん。」

 

カナさんはゆっくりと振り向くと、私とキンジ君を見守るように言います。

その表情は、慈愛に溢れていて…。

けれども、諦観しているようにも、疲弊しているようにも見えて。

 

「アリアは…危険な子。今も、いつかも。だから導いてあげる人が…仲間が、必要なの。それがあなたたちであることを…願って、いるわ。」

 

―――バタン。

玄関のドアが閉まり。

私とキンジ君が、静かに取り残されます。

 

沈む日の光で、部屋が照らされます。

…夕暮れが、赤く、紅く…。

緋色に、光って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の晩。

アリアさんはおろか…何故か、理子ちゃんや白雪さんですら戻ってこない夜。

 

私とキンジ君は2人で、食卓を囲います。

 

「…………。」

「…………。」

 

当然、カナさんが帰ってしまってから会話らしい会話はありません。

お互い黙々と…私の作った簡単な夕飯を食べます。

 

…このままじゃ、ダメな気がして。

でも、話しかけづらくて…。

 

ちらっとキンジ君を盗み見ますが…キンジ君は俯いてお茶碗の白米を食べるばかり。

 

「…………。」

「…………。」

 

無言の時間は続き…。

 

「…ごちそうさま。」

 

キンジ君はとうとう食べ終わり、立ち上がります。

そのまま少し重たそうな足取りで自室へと向かっていきました。

 

私も急いで残りのご飯を食べ終え、食器をとりあえずシンクまで運び。

急いでキンジ君を追いかけます。

 

…このままじゃ、いけない。

とにかく話をしないと、いけない。

なぜか少し気まずいけれど…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……コン、コン。

 

「…ああ。」

 

短い、返事。

どうやら入れてくれるみたいです。

 

ガチャ…。

 

私は恐る恐るドアを開け、部屋の中に入ります。

キンジ君は…私に背を向けるように、机に向かって座っていました。

 

「…キンジ君。話を、しましょう。」

「…………。」

 

キンジ君は無言のまま、キィ…と回転椅子を回して私に向き直りました。

その表情は…恐ろしいほど、静かな表情。

 

…よし。

勇気をもって…キンジ君と、いろんな話をしなくちゃ。

まずは…。

 

「…カナさんって、男なんですか?」

「っ!そ、そこかよ!」

 

キンジ君はガクッと体をよろけさせながら、鋭く突っ込みました。

…あれ?

突っ込みを入れられるようなことを言いましたっけ…?

 

「え、いえだって…何か変なこと言いました?」

「普通そこからじゃないだろ…。」

 

…何やら間違っていたみたいです。

でも…雰囲気は何処か弛緩しました。

結果オーライです。

 

「でも、お兄さん…なんですよね?」

「…………………ああ。」

 

長めの間をおいて、キンジ君は目を逸らしながらそう答えました。

……あの恰好で、男…。

 

「…え、えっとまぁ、趣味は人それぞれですし…。い、いいんじゃないですか?」

「違う!違うんだ、兄さんはそんな人じゃないんだ!」

 

キンジ君はそのあと必死に、お兄さんが変態ではないこと、ヒステリアモードになるために必要な女装であり決して変態ではないことを力説してくれました。

…でも、正直女装して性的興奮する時点で…いえ、これ以上はやめておきましょう。

 

「…まぁ、女装のことは置いておきましょう。」

「いや、だから兄さんは…!」

「話が進みませんって…。」

 

こんなことでいつまでも押し問答する必要はありません。

今は…大事な他のことを、確認するべきです。

 

「…カナさんは、アリアさんを…殺さないんですか?」

「…さぁな…。だが、1週間近くは平気なはずだ。」

 

キンジ君は平気、と断言します。

…そういえばさっき、カナさんは…。

 

『私はこれから「寝る」わ。』

 

と言っていました。

これと、関係があるのでしょうか…?

 

「兄さんはカナになることで、驚くほど長時間ヒステリアモードを継続できるんだ。」

「…はい。」

「代わりに、兄さんは活動を続けたあとは…必ず長期間の睡眠をとる。」

 

キンジ君曰く、キンジ君がヒステリアモードでいられる時間は長くて1時間程度だそうです。

しかし、カナさんは…私が初めて出会った時が昨日なので、少なくとも2日間はヒステリアモードでいられるみたいです。

おそらく…もっと長い時間続けることも可能とみていいでしょう。

 

「ヒステリアモードが脳に大きく負担をかけるからだと思う…。俺もヒステリアモードの後は少し眠たくなるしな。」

「…なるほど。カナさんは…普段はどのくらい眠るんですか?」

「10日前後だ…長いときは2週間起きてこなかった時もあった。」

「不意に起きてきたりはしないんですか?」

「…正直、わからない。」

 

…一応、アリアさんが襲われる心配は少ないみたいです。

ゼロではありませんが…。

 

「…でも。」

「?」

「カナは、アリアを殺さないと言った。…だから、殺さないと思う。」

「…………。」

 

キンジ君は苦しそうに、顔を下に向けます。

 

「カナは…優しい人なんだ。本当は戦うよりも人を治す、癒す方が好きな…そんな人なんだ。」

「…………。」

「報酬の金を使って、何処かの国の子供たちのために病院を建てたことすらあった。そんな、カナが…!」

 

キンジ君は。

信じたくない現実を受け入れたくない子供のように…。

彼の拳が、悲しそうに震えます。

 

「アリアを…こ、ころ…す、だなんて…!」

「…キンジ君。」

 

…私は。

キンジ君の言っていることが本当かどうかは判断できません。

客観的に見ればカナさんは、一度アリアさんを襲った『敵』です。

 

…けれども。

私はなんとなくカナさんは敵ではないような気がしますし…。

なにより、キンジ君が。

彼がここまで信頼していたはずの人物が、そんな悪い人には見えなくて。

 

「…キンジ君。きっと、大丈夫ですよ。」

「……え…?」

 

キンジ君は驚いたように顔を上げます。

でもその表情は、どこか…安堵していたような気がして。

 

私はまた、根拠のない励ましをします。

 

「きっと、カナさんには何か、仕方ない事があったんです。カナさんだって…アリアさんを本当は殺したいだなんて思っているはずありません。」

「…詩穂…。」

 

ああ、本当に。

私はなんて、偽善者なんでしょう。

こんな励ましや優しさなんて…残酷で空虚なものでしかありません。

 

「キンジ君、だから今は…信じましょう。カナさんの言葉を。」

「…詩穂…ああ、すまない…。」

 

でも、私は。

少しでも…誰かが悲しい顔をしているところなんて見たくないから。

この偽善を、続ける。

 

キンジ君は少しだけ微笑んで見せると、椅子から立ち上がりました。

 

「…いつも、詩穂に励まされてばかりだな。」

「そ、そんな私は…。」

 

それは違います、と言いたくて。

でも…そんなことは言えません。

 

「ありがとな、詩穂。…先に風呂に行ってくる。」

「あ、キンジ君…。」

 

私は、何かを言いかけ。

 

「…はい、どういたしまして、です…。」

 

キンジ君を見送ることしか出来なくて。

キンジ君が出ていき、バタン、と閉まるドアを前に。

罪悪感を抱えながらしばらく佇んていました…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜。

私は一人、お風呂上がりの体を冷やすために。

リビングでソファに座り、ボーっとしていました。

 

…キンジ君は、あの後すぐにお風呂に入って寝てしまいました。

私は…おそらく、色々考えて今日は眠れないんでしょうね…。

 

などと、考えているのかいないのかよくわからない思考をして。

もうすぐ日付も変わろうか、というときに…。

 

――ガチャッ。

 

「!!??」

 

唐突に…玄関からカギを回す音が聞こえました。

あまりに予想外というか意識の外からの攻撃に、文字通り体が飛び上がります。

 

…そして。

 

「うへー…ただいまぁ…。」

 

次いで聞こえてきたのは…疲れたというかやつれた声の理子ちゃんの声。

…どうやら、理子ちゃんが帰ってきたみたいです。

 

「ただいまー、詩穂~…。」

 

理子ちゃんはリビングに私の姿を認めると、よろよろと私の座るソファの方にやってきました。

先程の驚きのせいでまだバクバク言っている心臓を取り繕いつつ、理子ちゃんの方に振り向きます。

 

「お、お帰りなさい、理子ちゃん…って、どうしたんですか!?」

「あ、あはは…ちょっと、蘭豹がね…。」

 

帰ってきた理子ちゃんは…何故か、満身創痍と言っていいほどボロボロでした。

 

…そういえば。

今日の闘技場(コロッセオ)の事件の時に、理子ちゃんは…。

蘭豹先生のご機嫌を損ねて、教務科(マスターズ)に呼び出されていたんでしたっけ?

…道理でなかなか帰ってこないと思いました…。

 

それにしても、こんな夜中までお説教(物理)とは…。

蘭豹先生、やっぱり怖いです。

 

「とりあえず、消毒しましょう!理子ちゃんは座っててください。」

「ありがと…。」

 

今しがた私が座っていたソファに理子ちゃんを座らせると私は急いで自室に救急箱を取りに行きました。

 

 

 

 

 

 

そして、急いでリビングに戻ってくると。

 

「えへへぇ…。」

 

理子ちゃんが、ソファに顔を擦りつけながらニヤニヤと笑っていました。

心底、幸せそうに。

 

…………は?

 

「…あ、あの、理子ちゃん…?」

「っぴゃぁ!!」

 

私が声をかけると、理子ちゃんは素っ頓狂な声を上げて飛び上がりました。

そしてそのまま、自己弁護を捲し立てます。

 

「ち、違うの!聞いて、詩穂!今のは詩穂のお風呂上がりの残り香を嗅いでたとか、それで今夜の妄想に使おうかな、とかそういうのだから!」

「それダメなやつじゃないですか!!?」

 

自己弁護ですらありませんでした。

もはや自分の性癖を隠すことすらしませんでした。

 

「り、理子ちゃん…私は今本気で貞操の危機を感じているのですが…。」

「うわぁぁん!ドン引きしないでよー!」

 

……数分後。

 

「…これからはもうやりません…。」

「……ホントですか?」

「あい…。」

 

理子ちゃんを少しお説教して、ようやく本命の消毒に入れました。

消毒液を染み込ませた綿で、傷のところを消毒していきます。

 

「……いつつ。」

「あ、ごめんなさい!大丈夫ですか?」

「あはは、へーきへーき。続けて。」

 

理子ちゃんは傷が深いところは時折痛そうに顔を歪めますが、それでも笑い続きを促します。

…私は、丁寧に消毒しながら…。

 

…数十分かけて、ようやく治療が終わりました。

 

「…これで、おしまいです。理子ちゃん。」

「ん、ありがと!詩穂。」

 

理子ちゃんはすっ、と立ち上がると。

 

「…お風呂入ってくるー。」

 

ててて、と裸足でお風呂に行ってしまいました。

私は少し溜息をつくと、その背に向けて言います。

 

「お風呂出たら包帯巻き直してくださいねー。」

「はーい!」

 

…そのまま、救急箱を片手に。

私は部屋に戻りました…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…もう、寝なきゃ…ですね。」

 

深夜2時。

普段の私ならもう少し起きている時間なのに…誰に向けてなのか、そう呟いてしまいました。

 

私はふぅ、と溜息を吐くと…パソコンの電源を落として、布団に向かいます。

 

部屋を暗くして、布団をかぶって。

目を閉じても…眠くないので、眠れません。

 

「…どうして、でしょう。」

 

胸が、ざわつきます。

心が、警鐘を鳴らします。

 

カナさんと、叶さんと、明音さん。

本当に生きていた兄と再会したキンジ君。

帰ってこないアリアさん。

同じく帰ってこない、白雪さん。

いつも通りの理子ちゃん。

 

ゆったりと…しかし、確実に。

何か、嫌なものが迫っている気がします。

そう、私たちの騒がしくも平和な毎日を壊してしまう…何かが。

 

「…イ・ウー。」

 

叶さん達は、スパイがバレてしまったからやめたそうです。

カナさんは…イ・ウーに本当に今は所属しているのでしょうか?

理子ちゃんは、退学になったそうです。

ジャンヌさんも同じような境遇になっているのでしょうか?

 

そもそもなぜ、イ・ウーは神崎かなえさんに冤罪を被せているのでしょうか?

教授(プロフェシオン)とはいったい何者なのでしょう?

 

考えても考えても、何もわかりません。

わかることは…得体が知れないということだけ。

 

「…アリアさんを、殺す。」

 

そう、カナさんは言っていました。

 

アリアさん(こいつ)をイジメてもらっちゃ、困る…?」

 

そう、叶さんは言っていました。

 

…これじゃあ、まるで。

この事件の数々が、イ・ウーではなくて。

 

 

 

 

 

『アリアさんを中心に事件が起きている』

 

 

 

 

 

「…そんな、バカな…。」

 

…浅はかな、考えです。

空想とほんの少しの状況証拠だけで。

こんな発想に至るなんて馬鹿げています。

 

…でも。

アリアさんは悪くないにしろ…何者かがアリアさんを中心に何かをしていることは、十分に考えられます。

 

―――神崎・ホームズ・アリア―――

 

この時私は、甘かったのかもしれません。

彼女の背負う、壮大な運命を…共に背負うための覚悟を。

しっかりと持つべきだったのかもしれません…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリアさんは、翌日の早朝に帰ってきました。

…なぜか、白雪さんと共に。

 

「…お、お帰りなさい、アリアさん…。」

「うん…ただいま…。」

 

未だ少し元気がないアリアさんでしたが、でも帰ってきてくれてよかったです。

アリアさんの隣では、白雪さんが苦笑しながら立っています。

 

「昨日、夕方くらいに突然電話で呼び出されてびっくりしちゃったよ。そのまま何故かわざわざお台場まで行って泊まってきたんだ。」

 

…どうやら。

アリアさんは真面目にキンジ君の言うことを聞いて、武偵校の外まで行って一晩を過ごしていたらしいです。

…寂しかったのか、白雪さんも巻き込んでいたようですが。

 

「…ねぇ、キンジは?」

「まだ、寝ていますよ。」

 

アリアさんは恐る恐る、といった風にキンジ君の様子を聞きます。

…しかし、残念ながらキンジ君は普段はこの時間は寝ています。

今朝もまだ、寝ていたはずです。

 

「…とりあえず、上がってください。いつまでも玄関先にいるわけにはいかないでしょう?」

 

…とりあえず私は、2人に部屋に上がってもらいました。

キンジ君と理子ちゃんは、まだ起きていませんでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…いつもより、静かな食卓。

 

「………。」

「………。」

 

キンジ君とアリアさんは、お互いに再会しても…目を逸らして、何も言いません。

 

「…………。」

 

白雪さんも、空気を読んでか黙ってご飯を口に運びます。

 

「それでさー、詩穂。」

「…はい。」

 

いつも通りなのは、理子ちゃんだけ。

…それが天然なのか、わかってやっているのかはわかりませんが。

 

「…ねぇ、キンジ。」

 

アリアさんが、口を開きました。

重々しく…でも、元気のない声。

 

「なんだよ。」

「…あたし、もう、大丈夫だから。」

「…そうか。」

 

……私は。

何も、言えませんでした。

 

何も…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1日が過ぎ、数日が過ぎ。

気が付けば1週間が過ぎて。

キンジ君もアリアさんも、少しぎこちないながらもいつも通りに接していて。

 

そして…7月7日。

武偵校は今日から夏休みに入りました。

 

そして、私は。

 

「…どうして、こんなところにいるんでしょうか…?」

 

時間は夜7時ちょうど。

場所は上野駅の華やかな駅前。

周りを歩く人たちは、浴衣姿の人たちばかり。

私はひっそり隠れながら…。

 

アリアさんとキンジ君のデートを、尾行していました。

 

…事の発端は、しばらく前のアリアさんのケータイに届いたキンジ君からのメール。

7月7日の七夕祭りに、2人で行くという旨の。

 

「…遅いわよ、キンジ!」

 

アリアさんの照れたような声が聞こえます。

その姿は…かわいらしい、浴衣姿。

 

「…時間通りだろ。」

 

そんなアリアさんの浴衣姿から目を逸らしながら、キンジ君もまたぶっきらぼうに答えます。

そんな彼は…いつも通り、防弾制服。

 

そして尾行する私も、防弾制服。

 

2人は2、3言会話を交わすと…連れだって、歩き始めました。

そんな2人を、私は静かについて行きます。

 

…少しの寂しさと、少しの虚しさを胸に。

 

 

 

 

 

 

2人は、がっつりお祭りを楽しんでいました。

アリアさんが食べ物を欲しがり、キンジ君は呆れながらもそれを買ってあげる。

金魚すくいもヨーヨー釣りも、アリアさんは子供のようにはしゃぎながら楽しんでいます。

キンジ君も…なんだかんだ言って、楽しんでいるみたいです。

 

…そして、それを後ろからコソコソと追う私。

 

…なんなんでしょう、これ…。

私、なんでこんなことしてるんでしたっけ…?

ああ、そうだ。

アリアさんとキンジ君が心配で、最初は3人で行こうと提案しようとしたんです。

でも…ぶっちゃけ言い出すタイミングがなくて、ずるずるとこんな感じに…。

 

人ごみの中、2人を追っていきます。

秋葉原や新宿の人ごみに慣れている私は、スムーズに尾行できていました。

多分…アリアさんやキンジ君にもバレていないと、信じたいです。

 

 

 

…うわ、2人で短冊にお願いとか書いてますよ…。

……あーあー、手なんか繋いじゃって…。

…ずるいなぁ…。

…私も、キンジ君と…。

 

 

 

キンジ君とアリアさんは、しばらく遊ぶと。

2人して人に酔ったのか、神社のほうに歩いていきます。

 

…そっちにはあまり人がいないので、尾行しづらいのですが…。

でも仕方なく、私も木陰に隠れつつ後ろをついて行きます。

 

…ひと気のない、神社の本殿の裏まで来てしまいました。

2人は縁側のようになっている板に腰を下ろします。

…私はそれを、死角からバレないように見守ります。

 

「…ねぇ、キンジ。」

「…なんだよ。」

 

どどーん…。

空の遠くで、花火が上がります。

 

「カナの事…ごめんね?」

「なんで謝るんだ。」

 

どどん…どん…。

花火は休みなく…しかし、静かに。

空を、キンジ君を、アリアさんを、照らします。

 

「あたし、知らないうちにキンジに迷惑かけちゃってたんだ…。だから、あんたが嫌なら、もう…。」

「…何言ってんだよ。」

 

アリアさんは、悲しそうに目を伏せました。

キンジ君はそれを、ぶっきらぼうに否定します。

 

「武偵憲章8条。『任務は、その裏の裏まで完遂すべし』…だ。だから俺は、イ・ウーの一件が片付くまでお前とパーティを組む。そう、言っただろ?」

「…キンジ…!」

「2条にも『依頼人との契約は絶対守れ』ってあるしな。」

 

ぱぁぁ、とアリアさんが花火のように笑顔を咲かせました。

キンジ君は照れたようにそっぽを向きながら、でも優しく微笑んでいました。

 

…このとき私は。

アリアさんの輝くような笑顔を見て、気付いてしまいました。

 

アリアさんを本当に心から笑顔にできるのは、キンジ君なのだと。

キンジ君を心から信じることが出来るのは、アリアさんなのだと。

2人の間には、固い絆があるのだろうと。

 

 

 

私は…きっと、いらないのだと。

 

 

 

「…アリア、カナのことは、気にしないでくれ。何があったのかはわからないが…今、あいつはお前のことを狙っているらしいんだ。」

 

なんですか、それ。

まるでアリアさんを、口説いてるみたいじゃないですか。

 

「…ええ、わかってる。あたしもカンだけど…なんとなく、あんたの言っていることはわかるわ。カナは…。」

 

何ですか、その言いかた。

まるでキンジ君と、心が繋がってるみたいじゃないですか。

 

「…う、ぅ…!」

 

ぽろぽろ。

涙が何故か、出てきました。

 

どどーん…!

キンジ君とアリアさんを彩るように、花火が上がりました。

 

「……っ!」

 

私は。

その場を静かに離れると。

 

お祭りの喧騒に身を任せるように、人ごみに紛れて…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩穂→アリア

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キンジと、仲直りできた。

その日の夜。

もう23時を回っていた。

 

「…詩穂、帰ってこないなぁ…。」

 

理子がぼやくように呟く。

 

「いつもならとっくに帰ってきてるのに…どうしたんだろうね?」

 

白雪が心配そうに嘆いた。

 

「…理子、連絡は?」

「全然。電話も繋がらないから、多分電源切ってるよ…。」

 

キンジが理子に尋ねてみても、返答はいい結果ではなかった。

 

…急に。

どうしたんだろう。

詩穂は、昨日も今日も…いつも通りだった。

いつも通り、あたしたちを元気付けてくれた。

 

あたしとキンジのことを心配してくれてたのはわかっていた。

だから…仲直りできたことを、詩穂に早く伝えたいのに。

詩穂のおかげで…あたしはキンジを信じれるようになったよ、って。

 

「…詩穂…。」

 

理子がまた、寂しそうに呟く。

目に見えて、元気がない。

当たり前だ。

理子にとって詩穂は…太陽も同然なんだから。

 

「…ねぇ、アリア。」

 

理子が亡霊のような目で、あたしを見る。

 

「詩穂の事…何か、知ってる?」

「…心当たりがないわ。」

「詩穂のこと…傷つけた?」

「してないってば。」

 

理子はそこで、グワッ!と立ち上がり。

ズンズン、あたしに近づいてきて。

 

「お前がっ!詩穂になにかしたんだろっ!!」

 

ガッ!

とあたしの首元をつかみ、締め上げた。

 

「…っく、何も…知らないって言ってるでしょ!」

 

理子の手を払いのけようとして…手が、止まった。

理子が、今まで見たこともないぐらい、泣いていたから。

 

「お前が…っ!詩穂に、なにか…言ったんだろ…っ!」

 

理子は泣きながら、あたしの首元を更に締め上げようとして…。

力なく、その腕を下した。

そしてそのまま崩れ落ち、もっともっと泣いてしまう。

 

「うぅ…詩穂ぉ…!帰ってきてよぉ…!」

 

…情緒不安定、と言って差し支えないぐらい。

理子は混乱し、不安を抱えている。

…詩穂が、いないだけで。

 

「…あたし、探してくる。キンジと白雪は理子をお願い。」

「…あっ、待て、アリア!」

 

あたしは、もう見てられなかった。

詩穂を探さなきゃ…!

 

キンジの制止を振り切り、あたしは玄関を開け放って。

外に飛び出していった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1時間、2時間…。

残酷なほどに時がどんどん過ぎていく。

 

詩穂が行きそうな場所なんて…見当もつかない。

これほどまでに、あたしは…詩穂のことを、知らない。

詩穂が急に帰ってこなくなった理由も、詩穂が考えていたことも。

あたしは何一つ、わかっていないかった。

 

でも…それでも。

あたしのカンが、叫んでいる。

詩穂は今もどこかで…1人、泣いていると。

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜2時半。

武偵校、ゲーセン、近所のファミレス。

学園島の隅から隅まで、果ては空き地島まで。

そこかしこ探しても、全然見つからず。

 

そして…何故か、

探し疲れたあたしは、上野駅の。

もう終わってしまった、お祭りの場所まで来ていた。

さっきまであった賑やかな屋台も、たくさんいた人も…もう、ない。

寂しい道を、1人で歩く。

 

…さっきまでは、キンジと一緒に楽しく歩いていた。

今は…何の意味もなく、彷徨っている。

 

「……あ…。」

 

気が付けば、キンジと花火を見た…。

神社のところまで来ていた。

 

…確か、この裏の処で花火を眺めたんだっけ…。

 

あたしは、フラフラとそちらに向かい…。

 

「………っ!」

「……え?」

 

そして。

 

涙を流す、詩穂と目が合った…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩穂が泣き止むまで待った。

あたしは…待つことしかできなかった。

どうして泣いているのかすらわからないのに…励まし方がわかるわけない。

それこそ詩穂なら、うまく励ませるんだろうけど。

 

「…どうしてここがわかったんですか?」

「…わかんない。テキトーに歩いたら詩穂がいたの。」

 

キンジと並んで花火を見たように。

今は、詩穂と並んで座っている。

…明るい花火は、ないけれど。

 

「…さ、帰りましょ?理子が心配して狂っちゃうわ。」

「……ごめんなさい。」

 

あたしの言葉を否定するように。

詩穂が謝る。

 

「私はもう…帰りません。」

 

俯きながら、詩穂が言う。

 

「…私なんて、いなくてもいいじゃないですか。アリアさんもキンジ君も強いし、理子ちゃんも白雪さんも協力してくれます。イ・ウーの件で、私はいりません。」

「…そんなこと。」

 

ない、とは。

言い切れない自分が悔しい。

だって…客観的に見れば、それは揺るがない事実だから。

 

詩穂は…弱い。

イ・ウーどころか一般武偵よりも更に弱い。

 

「それに…私は、キンジ君みたいに…本当の意味で、誰かを笑顔になんてできません。アリアさんみたいに、強い覚悟もありません。」

「…詩穂…。」

「ほら…私は、いらないでしょう?私なんて足手まといなんです。だから…。」

 

詩穂は、また。

涙を一筋、流した。

 

…ああ。

詩穂はずっと、悩んでいたのかもしれない。

自分の実力不足に、そして自分の価値に。

そしてあたしもキンジも白雪も…理子でさえも。

その悩みに気付けなかった。

 

詩穂に励ましてもらうばっかりで、あたしたちは…詩穂の気持ちなんて気にもかけていなかったんだ。

 

詩穂はとうとう耐え切れずに…結論を出しちゃったんだ。

『自分には価値がない』、と。

 

「…っく、だから…っ!私、なんて…!」

 

詩穂は嗚咽を漏らしながら、寂しそうに…泣いている。

涙なんて枯れることはないくらい、今までの分…泣いている。

あたしは…。

 

「…詩穂っ!」

「…………あ……。」

 

あたしは。

詩穂に抱き着いて。

 

「…うぅっ…!ごめん、ごめんなさい、詩穂…っ!」

「あ、ありあ…さん…?」

 

結局どうしていいかわからず、私も泣いてしまった。

あたしは…泣き虫で、子供で、考えなしだ。

 

「詩穂…っ!ごめん、ごめん…!」

「どっどうして…ひっく、アリアさんが、謝るんですかぁ…っ!」

「ごめん…!ごめんね…っ!」

 

2人して、泣いた。

泣けば解決する話じゃないけど…。

今は、泣いた。

泣きながら、謝りながら。

 

「私になんて…っ!謝らないでください…!」

「ごめん…!あたし…!」

 

言葉にするとすれば。

簡単なこと。

本当のことを、言うだけ。

 

「あたしには…詩穂が、必要なの…っぐす。」

「…え…?」

「あたしはっ、いままで、何度も何度も助けてもらった…っ!何回も詩穂に励ましてもらった…!だから…うぅ…!」

 

涙なんて、止まらない。

しゃくりあげながら、でも詩穂に言わなきゃ。

素直な、あたしの気持ち。

 

「いなくならないで、詩穂…!」

 

…寂しい。

詩穂がいないと、駄目だ。

少なくとも理子は、一生あの不安定なままだろう。

あたしもキンジも白雪も…多分、いつも通りじゃいられない。

そのくらい大事な人に、いなくなられたら…平気なわけ、ないじゃない…!

 

「…私は…。」

 

詩穂は驚いたように顔を上げ、あたしと抱き合ったまま。

涙も引っ込んでしまったのか、ただ意外な事実を知ってしまったかのように呆然と聞き返した。

 

「私は…必要なんですか?」

「…うん…っ!」

「私なんかが…いても、いいんですか…?」

「いなきゃ…駄目に、決まってるでしょ…っ!」

 

詩穂。

あたしたちの、大切な…。

 

「あたしの、親友なんだから…っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリア→詩穂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は。

寂しかったんです。

アリアさんとキンジ君が、仲良さそうに話しているのを見て。

寂しくて、泣きそうで。

結局、逃げてしまいました。

拗ねてしまった、とも言い換えられます。

 

自分に自信がなくて。

自分に実力もなくて。

日ごろから、自分の偽善に疑問を持っていて。

そんな私は、いらない子。

 

でも。

今隣を歩くアリアさんは、私が必要だと言ってくれました。

拗ねた私のことを…見つけて、くれました。

だから…。

 

「…アリアさん。」

「…なに?」

「…ありがとう、ございます。」

「…ン…。」

 

…上野駅から、電車とモノレールを乗り継いで。

私たちのいるべき場所へ、帰ります。

 

…まだ、疑問が消えたわけではありません。

私は本当に必要なのか?

私は本当に力になれるのか?

 

…まだ、自分に自信がついたわけでもありません。

けれども…。

 

「…ただいま、です…。」

 

玄関を開けて、中に足を踏み入れると。

 

「詩穂ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「…詩穂、おかえり!」

「…おかえり。」

 

泣きながら迎え入れてくれる人。

優しく迎え入れてくれる人。

ぶっきらぼうに迎え入れてくれる人。

…そして。

 

「…おかえり、詩穂。」

 

私の隣で微笑んでくれる、優しくも勇敢で。

私の親友が、私に暖かいものをくれました…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…その日は、皆何も聞かないでくれました。

けれども…深夜まで私を待っていてくれた皆には…申し訳なさと感謝でいっぱいです。

 

そして次の日の朝…。

 

「おはようございます。」

「詩穂、おはよーう!!!」

「きゃ、理子ちゃん!?」

 

起きてリビングに向かうと、理子ちゃんの激しい朝の挨拶に巻き込まれました。

簡単に言うと熱い抱擁です。

夏だからマジで暑いです。

 

「あ、暑いですって…!」

「昨日寂しかったんだよ…!詩穂パワーを補充しなきゃ…!」

 

…そっか。

理子ちゃんも、私のことを心配していたんですね…。

理子ちゃんだけでなく…きっと、白雪さんもキンジ君も。

 

…本当に、申し訳ないです。

 

「…理子ちゃん、ごめんなさい…心配かけて。」

「ううん…私こそ、ごめん…!」

「どうして謝るんですか、もう…。」

「なんとなく…でも、戻ってきてくれてありがと、詩穂…!」

 

…まぁ、今朝くらいなら、と。

理子ちゃんの抱擁を、私も抱き返しました。

 

…そうやってしばらく抱き合っていると…。

 

「…あのー…朝からレズられても困るんだけど…。」

「ふわぁっ!?」

 

いつも間にか背後に立っていた白雪さんが、凄く微妙な顔で立ち往生していた。

 

「り、理子ちゃん、いったん離れて離れて…!」

「やー!あと2時間はこうする!」

「ながっ!」

「あはは…。」

 

朝っぱらからなんだかよくわからないものを見せられた白雪さんは、苦笑するだけです。

 

…そうだ。

白雪さんにも謝らなきゃ…。

 

「あの…白雪さん。」

「…うん。なに?」

「昨日は…ごめんなさい。」

 

白雪さんは数舜、何を言われたかわからないように目をぱちくりすると…。

ふわ、と優しい笑顔になって。

 

「ううん。大丈夫。もう、急にいなくなっちゃだめだよ?」

 

それだけ言うと、朝ご飯の支度にキッチンへと向かいました。

…つくづく。

優しいな、と。

…ありがとうございます、白雪さん。

 

「…おはよう。」

「キンジ君…おはよう、ございます。」

 

キンジ君も起きてきました。

…ここまで来たら、キンジ君に謝るのも礼儀というものです。

 

「あの…キンジ君。」

「なんだよ。」

「昨日は…ごめんなさい。」

 

理子ちゃんに抱き着かれたままなので頭を下げることはできませんが…。

 

「…あー、えーっとだな…。」

 

キンジ君はいきなり謝られて面食らっているのか、少し頭を掻くと。

 

「…いや、いい。気にしてないぞ。」

「……はい。ありがとうございます。」

 

ぶっきらぼうに…微笑みながら。

キンジ君はそれだけ言うと、彼もまた食卓へ。

 

「…理子ちゃん。」

「…うん?」

「私…恵まれてるんですね。」

「さぁ…ね?私は詩穂がいてくれればいいんだけど♪」

 

私は…必要とされていなくても。

この場所に、いたい。

そう思うのは…私の勝手なエゴなのでしょうか?

 

けれども…私は。

今あるこの仲間たちに…心から、感謝するのでした。

 

「…おはよ。」

 

…っと。

最後の1人、アリアさんも起きてきました。

アリアさんはいつもより5割増しで眠そうに眼をこすっています。

…昨日、探してくれたから。

 

ありがとうございます、アリアさん。

 

「…なにそんな生暖かい目で見てるのよ。」

「いえ、昨日は本当に…ありがとうございます。」

「なっ…べ、別に、あたしは理子があのままだと役に立たなそうだから、探しに行っただけ!他意はないわ!」

 

皆の前だとツンデレになってしまうみたいで、テンプレなセリフを吐き捨ててリビングに向かうアリアさん。

…これ以上言うのはくどいですから、心の中で言っておきましょう。

 

ありがとうございます、みなさん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…夏休みって、暇だねぇー…。」

 

理子ちゃんがまったりと寝転がりながら、ポチポチとゲームをしています。

キンジ君は眠たそうにケータイをいじり、アリアさんはガバメントの整備を少し気だるげにやっています。

白雪さんは一般教科の課題を黙々とこなしていました。

 

…色々あった夏祭りの日から、3日経ちました。

今はもう、そんなこともあったな、くらいのことで皆さんは接してくれます。

…理子ちゃんは、少し抱き着いてくる頻度が上がったような気もしますが。

 

さて、さっき理子ちゃんが行ったとおり少しばかり暇です。

というのも、武偵校の夏休みは緊急任務(クエスト・ブースト)の存在からか教師の怠慢からなのか、普通の高校よりも長いです。

更に一般教科もやる気がないものばかりなので課題もほとんどない…という雑っぷり。

 

「…暑いわ…。」

 

銃の整備が終わったらしいアリアさんは、ポフッとソファに倒れこむとそのまま動かなくなってしまいます。

 

…かくいう私も、やることがなくて暇です。

夏休みの課題でも白雪さんと一緒にやろうかな…。

 

……ピンポーン…。

 

だらだらした空気が流れている中、不意にドアのチャイムが鳴りました。

 

「…あれ?理子、今日何も頼んでないんだけどなぁ…?」

 

理子ちゃんがゲームを中断し、玄関の方に向かっていきました。

普段から密林だのなんだのとネットショッピングをしている理子ちゃんは、よく配達を頼みます。

よって今回も理子ちゃんの買い物かと思いましたが…どうやら違うみたいです。

 

「…あい、お疲れ様ですー。……うーん、なんだろ?」

 

宅配のお兄さんに愛想よく挨拶した理子ちゃんは…何やら少し大きめのダンボールを運んできました。

流石にリビングにいる皆も、そちらに注目を寄せます。

 

「送り主は…TCA?」

「ああ…今度行くカジノの運営会社だな。」

 

送り主を理子っちゃんが読み上げると、キンジ君はピンときたのか答えを言ってくれました。

なるほど…先日単位不足のキンジ君と理子ちゃんのために受けた、緊急任務のカジノです。

どうやら5人でもよかった…というか何人でもよかったらしく、交渉した結果簡単に人数の許可がもらえました。

そこからの届け物となると…怒らく。

 

「開けちゃうよー。」

 

とか考えているうちに、理子ちゃんが普段から携帯しているナイフで包装を剥がしていきます。

中から出てきたのは…。

 

「…なにこれ、服?」

 

アリアさんの疑問の声。

そう、それは。

…服。

というか、衣装。

正確には…。

 

「…うーん、これは…バニーだね!」

 

理子ちゃんがサムズアップでビシッ!と私にキラキラとした視線を投げてきました。

…いえ、ですから、どうしろと?

 

「よし、試着試着!被服が支給されたときはとっとと試着が基本だよ!」

 

理子ちゃんが興奮した様子で衣装を皆に渡していきます。

渡されたアリアさんと白雪さんは、ひどく狼狽した様子で…。

 

「これ…着るの?」

「これは…ちょっと。恥ずかしいな…。」

 

特にアリアさんは『紅鳴館』の時のメイド服と似たような反応をしています。

 

「ヘイヘイガールズ!依頼人(クライアント)が指定してるんだからさっさと着ちゃえ!」

「アンタ自分が楽しんでるだけじゃない!」

「はい、詩穂!詩穂の分!」

 

理子ちゃんはワーワー騒ぐアリアさんをスルーしつつ、やっぱりキラキラした目でこっちに衣装を渡してきました。

 

「はい各自、自分の部屋で着替えターイム!」

 

明らかにテンションの上がった理子ちゃんが、グイグイと私たちを押してきます。

みんなしぶしぶ自室に戻ると、各々着替えに移りました。

 

さて、私も着替えるとしましょうか。

バニー服は恥ずかしいですが…でも、可愛いので着てみたかったっちゃ着てみたかったです。

胸が足らない可能性大なので、そこは少し悲しいですが…。

 

…あれ?

 

私もてっきりバニー衣装だと思っていましたが…。

これは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…部屋を出ると、皆はすでに着替え終わっていました。

 

「背中がすーすーするわ。機動性はあっていいと思うけど!」

 

まず、アリアさん。

予想通りバニーガール衣装でした。

直球の感想は、可愛いです。

ぴょこん、としたウサミミがアリアさんのかわいらしいイメージとピッタリで、何より恥ずかしそうに耳を抑えているのが最高に可愛いです。

残念ながら胸がないので、色気は感じませんが…。

 

「な…なによ。じろじろ見ないで、詩穂。」

「あ…ごめんなさい!」

 

怒られてしまいました。

仕方なしにアリアさんから視線を外すと…。

同じような姿の白雪さんが。

 

「あは…やっぱりちょっと恥ずかしいね。」

 

もじもじしながら手を胸の前で擦り合わせている白雪さんは…アリアさんとは違った意味で可愛いです。

アリアさんが小動物的な可愛さだとしたら、白雪さんの場合は女性的な可愛さでした。

羨ましいくらい出るところが出たプロポーションはとても煽情的ですが、本人がとてもピュアな人だからかきちんと少女的な可愛さも保っています。

ていうか…改めて見ても本当に大きいですね…その胸…。

 

腹が立ってきたのでまた視線を変えると。

 

「どう、詩穂?あはーん?」

 

やたらテンションの高いバニーさんと目が合いました。

わざとらしくエロいポーズを取っているエロいウサギこと理子ちゃんも。

…やっぱり可愛いですね。

プロポーションがいい人はバニーが似合うことは白雪さんで証明されましたが…やはり理子ちゃんのようなロリ巨乳でも当てはまるようです。

そして金髪との相性もいいからでしょうか、フランス人とのハーフである理子ちゃんの金髪のせいで余計バニー服が可愛く見えます。

 

「……なぁ、部屋に戻っていいか?」

 

最後にキンジ君。

ヒステリアモードの関係でとっととこの場所から抜けたいみたいです。

そんな彼は…妙に似合うスーツ姿。

フォーマルスーツに身を包んでサングラスまでしっかりかけている彼は…いかにも成金的な雰囲気です。

多分若社長とかそういう役どころでしょう。

 

「ところで詩穂は…なんでバニーじゃないの?」

「うっ…それは…。」

 

…ずっと自分の恰好について考えないようにしていたのですが…。

私に支給された服は…ピシッとしたスーツに少し低めのハイヒール、そして伊達メガネ。

役どころは、曰く『社長の秘書』。

キンジ君とセットで、ということなのでしょう。

 

「詩穂可愛いよ詩穂!伊達メがチャーミング!」

「うぅ…や、やめてください理子ちゃん…。」

 

理子ちゃんがパシャパシャと写真と撮ってきます。

…恥ずかしいです…。

 

「…俺はもう行くぞ。」

 

キンジ君は嫌気がさしたのか、そそくさと自室に戻っていきます。

 

「あたしも、もういいわ。機動性は問題なさそうだし!」

 

続いてアリアさんは恥ずかしかったのか終始機動性を気にしつつ、部屋に戻っていきました。

白雪さんも恥ずかしそうに戻り、理子ちゃんも写真を撮り終えたのか満足そうに戻っていきました。

 

「…はぁ…。」

 

私も、着替えましょう…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…しばらくして、皆私服に戻り。

まただらだらとリビングで過ごしていると。

 

「…少し、出てくる。」

 

キンジ君が不意に立ち上がり、出て行ってしまいました。

 

「私も行こっか?」

「いや、いい。」

 

白雪さんもついて行こうとしたものの、キンジ君はぶっきらぼうにこれを断っていってしまいました。

…少し、気になりますね。

 

「…私も出かけてきます。」

 

そう軽く一声かけると、私もまた出ていくのでした。

…キンジ君を追って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…キンジ君。」

「詩穂か。」

 

早足で歩くキンジ君に小走りで追いつき、隣を一緒に歩きます。

どうやら…目的は散歩では、ないようです。

目的地は、なんとなくですが第2女子寮でしょうか。

でも、どうしてそんなところに…?

 

「…少し、見えたんだ。」

「何がですか?」

「……スコープの、反射光が。」

「………!!」

 

スコープの、反射光。

これの意味するところは…すなわち。

 

「…誰かに、監視されているってことですか?」

「そこまではわからん。だが…釘を刺しておこうか、と。」

 

確かに、監視されていながら生活するのも居心地が悪いです。

それに監視されているということは…監視する、動機というものが多かれ少なかれあるものです。

…考えたくはないですが、カナさん絡みの可能性も考慮しなくてはいけません。

 

「…いつから、ですか?」

「それもわからん。さっき気付いたからな。」

「さっき…?」

「ああ。その……軽く、ヒスってたんだ。」

 

……ああ、なるほど。

白雪さんや理子ちゃんのバニーで興奮しちゃったわけですか…。

アリアさんで…ではないと信じたいです。

 

そんなこんな、少し物騒な話をしているうちに。

…第2女子寮の最上階へ。

 

「…確か、この部屋だったんだが…。」

「うーん…表札がありませんね。」

 

辿り着いた部屋は、表札もなく…人の気配すらしません。

場所的に1人部屋なんですが…?

 

ピンポーン…。

 

ドアチャイムをとりあえず押してみました。

…すると、数秒後に。

 

ガチャ…。

 

玄関が開き。

 

「……………。」

 

無言のレキさんがいつもの感情のない目で、立っていました。

…レキさんが…?

 

「…少し、話いいか?」

「………………。」

 

キンジ君の問いに何も答えず、部屋の中に戻っていくレキさん。

…えっと。

 

「は…入っていいってことでしょうか…?」

「ああ…多分。」

 

相変わらず、何を考えているのかさっぱりわからない人です。

というかコミュニケーションを取ること自体難しいです…。

 

 

 

 

室内を見て、最初に感じたものは…空虚さ、でした。

テーブルはおろか箪笥もベッドすらもありません。

 

…な、なんでしょうか。

夏なのに寒気すら覚えます。

まるで…人の住んでいるようには見えません。

 

「…おい、レキ。」

「はい。」

 

キンジ君も居ても立ってもいられなくなったのか、さっさと用件を切り出します。

 

「さっき…俺の部屋を見てただろ。」

「はい。」

 

いともあっさり認めるレキさん。

「…どうしてだかは知らないが、もうやめろ。いいな?」

「はい。」

 

…これもまた、あっさり承諾するレキさん。

うーん…まるでロボットと会話しているみたいです。

ロボット・レキとかいうあだ名が広まっていましたが、あながち間違いではないのかもしれません。

 

レキさんは愛用の狙撃銃であるドラグノフを抱えると。

 

「…ハイマキ。おいで。」

 

レキさんが隣の部屋に向かって声をかけます。

すると、隣の部屋から。

ゆったりと、大柄のオオカミが出てきました。

 

……この子は確か。

 

「…あの、工事現場の時の…。」

「はい。」

 

小夜鳴先生…ブラドの『飼い犬』であるコーカサスハクギンオオカミ。

ついこの前武偵校に侵入してきたものをレキさんが手懐けていたんでしたっけ。

 

「……話は、それだけですか。」

「あ…ああ。それだけだ。」

 

レキさんは抑揚のない声でそう言いながら、壁際に体育座りでもたれ掛かります。

キンジ君もこれ以上言うことはないと判断したのか、そそくさと出ていく準備を始めてしまいました。

…やはり、こんな無気質な部屋にいたくないからでしょうか。

それとも…レキさんとはいえ、女の子の部屋だから?

 

とかなんとか考えているうちにキンジ君が行ってしまいます。

 

「…で、ででではまた!」

「――私からも1つ、いいですか。」

「…は、はい、なんでしょう?」

「カジノの警備をするそうですね。」

 

レキさんはこちらを向きもしないまま、淡々と言います。

…ここに来てから緊張しっぱなしです。

傍で気持ちよさそうに寝そべる銀狼が、唯一の癒しでした。

 

「私も、やります。」

「………え?」

「風を、感じるのです。――熱く、乾いた、邪な風を。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのあとは、何事もなく帰りました。

カジノの警備まで、2週間。

どことなく嫌な雰囲気を感じながらも…。

しかし何も起こらず、警備当日を迎えるのでした……。




読了ありがとうございました!!



今回の話は…いかんせんよくわからないテンションで書ききったものなので、急展開やらなんやらが多かった気がします…。
今後は気を付けて書いて行かないとですね…。
申し訳ありません。




ご感想・ご意見・評価・誤字脱字等の指摘を心よりお待ちしております。
批判や罵詈雑言等も是非送ってくださると嬉しいです!


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第25話 ぴらみっど・みっしょん

第25話です。




…お、お久しぶりです…。
作家が最も言ってはいけないセリフベスト10には入るであろう、とても読者様に失礼な発言です。

大変、長らく更新をせずに申し訳ありませんでした。
今後もおそらく、非常に不定期な更新となりますが…ぜひ、見放さずに心の片隅にでも覚えてもらっていれば幸いです。


7月24日。

いよいよカジノ警備の本番の日がやってきました。

 

従業員役のアリアさん・白雪さん・理子ちゃんの3人はもう先に働いていることでしょう。

レキさんは…そもそも何の役なのかわかりませんが。

彼女もまた、既にこの場所にいることでしょう。

 

そして、お客さん役で店内を見回りする私とキンジ君のペアは…。

 

「…お、大きいですね…。」

「何せ公営カジノの第1号店らしいからな。」

 

巨大な建物を前に、唖然としていました。

 

カジノ『ピラディミオン』。

キンジ君の言うとおり、日本でカジノが公営化された中…最もはじめに作られた巨大賭博施設です。

建物はピラミッドの形をしており、見上げれば首の皮が伸びきってしまうくらいの大きさ。

全面ガラス張りのこの建物は、相当な予算をもって建てられたもの…らしいです。

 

こんな大きさでやってることは賭博です。

…なんだか少し残念な気持ちになってしまいますが、これも立派な公営施設。

私たちの仕事も立派な依頼(クエスト)

気を引き締めて…キンジ君と中に入りました。

 

 

 

中は当然冷房が効いていて涼しく、少しばかりの幸せを感じながらも。

ニコニコしながら立っている受付のお姉さんのところまで行って。

 

「両替をお願いします。今朝は、社長のお部屋に青いカナリヤが入ってきたんですよ。きっと、今日はラッキーな日です。」

 

などと多少こっぱずかしい合言葉を言い、偽物の1000万円をその分のチップと交換して受け取ります。

1つ1つのチップがそれぞれ1万、10万、100万…。

一時的に、しかも借り物とはいえ1000万円を受け取ってしまった私は、少しビビりながら館内へと踏み込んでいきました…。

 

 

 

 

このカジノは…1階と2階の2つの階で主に賭博が行われているようです。

とりあえずキンジ君と別れ、それぞれ別行動。

まず、私は1階を中心に回ることにしました。

 

1階は、主にスロットを中心に一般の方々のためのゾーンと、トランプや

マネーホイール、ダイスといった少し高額な賭場。

ただ遊びに来た若者の方でも充分楽しめるように、スロットは手前側に配置されています。

逆にギャンブラーの方々用の賭場は奥まった場所にあって、パッと見では見つけにくくなっているみたいですね。

 

そしてこのお店は…何やら特殊な構造になっているみたいです。

四角いホールの周りを、ぐるっと一周…プールのような水路で囲ってあるのです。

そしてその水路を、バニーガールなウェイトレスさん達が水上バイクでビュンビュン移動しています。

…なるほど。

ああいった方法を使えば、早く、そしてパフォーマンス性も兼ねてお仕事ができるわけですね。

随分と豪勢というか…変わった店内です。

 

…さて。

店内の様子や仕組みはなんとなく把握しました。

とりあえず、スロットのあたりでも見て回りましょうか。

 

「……うーむ。」

「…あれ、アリアさん。」

「あら、詩穂。奇遇ね。」

 

…と。

少し歩いていると、アリアさんに遭遇しました。

この前見た通りのバニー姿で、少し不機嫌そうな顔をしています。

 

「…どうかしたんですか?」

「んーん、別に。ただお客さんが誰もあたしに話しかけてこないから暇なのよ。」

 

そりゃそうです。

残念ながら、色気が重要になってくるバニー姿において…アリアさんの体形は残念ながら色々足りていません。

…なんて言うと怒られちゃいますけど。

 

「……へー。そーなんですかー。」

「なによ、その言い方。」

「いえいえ、別に他意はありませんよ?」

「ふーん……?」

 

アリアさんは怪訝そうな顔をしながらも、またお仕事に戻っていきました。

その少し気張った感じの小さな後姿を見ながら、少しばかり違和感を覚えてしまいます。

 

…うーん、でも顔はめちゃくちゃ可愛いのに…。

そこまで人気が出ないんものなんでしょうか?

 

と、思っていると…。

 

「おや、お嬢ちゃん、コスプレかい?可愛いけど、ここは大人の遊び場だから、君みたいなお嬢ちゃんは帰ったほうが…。」

 

小太り気味のお兄さんが、アリアさんに話しかけていました。

…迷子かなにかと間違えられているみたいですが。

 

「………うん?何でしょうか、お・き・ゃ・く・さ・ま?」

「ひぃっ!?す、すみませんでしたぁっ!」

 

当然アリアさんは殺気を出してお兄さんを笑顔で迎撃。

お兄さんはたまらず退散。

そしてそれを見ていた他のお客さんも怖がって離れていきます。

 

…アリアさんがお客さんに声をかけられない悪循環の一端を垣間見たのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…さて、ところ変わって奥の方のギャンブルな場所にやってきました。

こちらは先程の場所よりも、どことなく静かで物々しい雰囲気です。

それもそのはず、ここにいる人たちは明らかに雰囲気が一般の方とは違います。

明らかにギャンブラー、って感じのサングラスをかけたおじさん。

ドレスで着飾っているものの、雰囲気が完全に一般人のそれではないお姉さん。

なにやらスマートフォンをポチポチしている眼鏡なお兄さん。

 

…うわぁ、こわ…。

 

とは言うものの、お仕事なので怪しまれないように目くばせ程度に視線をかしこに巡らせます。

…と。

 

ざわざわ、と…何やら騒がしい一角を見つけました。

何か起きているんでしょうか…?

警戒しながら近づいてみると…。

 

「なんだこの子、めっちゃ可愛いぞ!」

「なんかエロイ…!まだ若いのに!」

「こっちむいてー!」

「やぁん♪撮影は禁止だよ、おにーさん!」

 

…何故か男の人たちに囲まれている、理子ちゃんの姿が。

なんかやたら似た格好の男の人たちを魅惑していますが…額には少し汗が滲んでいました。

どうやら、ちょっと困っているみたいです。

助けてあげようか少し逡巡していると…。

 

「あ、詩穂!」

 

理子ちゃんがこっちに気付いたみたいです。

と、同時に男の人たちもこちらに一斉に向きます。

そしてそのまま一瞬、一同沈黙…。

 

…う、うわぁ…なんですかこの状況…。

男の人たちの視線が、珍獣でも見つけたかのように私に集まります。

…こ、こわ…。

 

「おにーさんたち、ごめんね!理子、この子と少しやることあるから!」

 

理子ちゃんはそう言うや否や、困惑している私を引っ張ってバックヤードまで引っ張っていきます。

取り残された男の人達もまた、唖然として私たちを見送るのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…さて、バニー姿の理子ちゃんに手を引かれて走って。

スタッフオンリーのバックヤードまで引っ張ってこられました。

 

「…ふぃー。助かったよ、詩穂ー。このままじゃ仕事にならなかったね。」

「は、はぁ…。」

 

ぎゅー、と私に抱き着きながら理子ちゃんが疲れたように嘆きます。

…1回1回抱き着かないといけないんでしょうか、理子ちゃん。

 

「というか、そもそもどうしてあんなことになっていたんですか?」

「え?…さぁ?」

 

理子ちゃんを引き剝がし、質問しつつも…。

その恰好を見て、なんとなく察しました。

 

バニーガールは、色気で勝負する衣装。

アリアさんは残念ながらあの(ロリ)体系なので人気じゃありませんでしたが、理子ちゃんなら話は別です。

 

柔らかそうな胸やら太もも。

そのくせ身長は低く顔も童顔そのもの。

金髪で活発そうなツーサイドアップの髪型。

表情豊かで明るい性格。

 

…そりゃ、ああなりますね。

 

「まぁ…理子ちゃんはこのままじゃ仕事になりませんね。」

「うーん。困ったなぁ…。じゃあ私は何しよう?」

「それなら、裏で働くのはどうかな?」

「…およ、ゆきちゃん。」

 

…と。

いつの間にやら白雪さんがいました。

 

「詩穂もいたんだね。どうしたの?」

「白雪さん。理子ちゃんに…ちょっと。」

「ああー…うん。大体わかったよ。」

 

と、少しだけ苦笑してみせる白雪さん。

やっぱりバニー衣装ですが…どうやら白雪さんは裏で働いていたみたいです。

ここで働く役割を決めていた時に、キンジ君の忠告で白雪さんはバックヤード担当になっていました。

白雪さんは知らない人相手だと人見知りが激しいので、裏の方がいいだろう…とはキンジ君談です。

 

「うーん…じゃあ、そうしよっかな。」

「うん!裏の人たちにも話しておくね。」

「ん、ありがと!」

 

理子ちゃんはよし!と意気込むと、裏の方に入っていきました。

…去り際に。

 

「詩穂、またあとでねっ!ちゅっ♪」

 

と投げキッスをしながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バックヤードから離れて、1階を見て回った後。

私は2階の方に来ました。

 

2階は、超高額のチップしか賭けられない特等のルーレット・エリア。

入ることにも会員用パスカードが要り、賭ける金額は最低でも100万と常識外れです。

見物にすらお金がかかるので、乱闘とか騒ぎはおろかお客さん自体も少ないだろう…と踏んでいましたが。

 

ワーワー、と何やら盛り上がっている一角をまたもや発見しました。

…どうやら、大勝負が行われているみたいです。

 

近寄ってみると、そのルーレット台のディーラーは…。

 

「……………。」

 

無表情で台を見つめる、レキさんでした。

レキさんはこんなところで働いていたんですか…。

急にレキさんも参加する、となってどうやることになるやらと思っていましたが。

まさかの少しカッコいいディーラー姿にびっくりです。

 

「では、次のゲームを始めます。プレイヤーは次の掛け金(ベット)をどうぞ。」

 

淡々としゃべるレキさんの正面には…何やら興奮した様子の若い男性が座っています。

 

「は、ははっ…。こんなに強くて可憐なディーラーさんは初めてだよ。僕も運は強い自信があったんだが…。」

 

その男性は…見覚えが、あります。

テレビで最近少し有名になってきた、IT企業の若社長…。

よく若い女性タレントとスキャンダルになることでも有名です。

 

「…よし、決めた。僕は次のゲームで、残りの手持ちの35枚のチップ…。このすべてを賭けよう!」

 

わぁっ!

 

っと、見物客の皆さんが大いに盛り上がります。

…そんな有名な方の、大勝負。

確かに盛り上がるのはわかりますが…。

 

少々危険かもしれません。

 

「賭ける場所は…『(ノワール)』だ!」

 

ダンッ!

と台に強く手を置く若社長さんは…明らかに、負け続けてハイになっちゃっている顔です。

このまま負ければ…ハイが高まりすぎて、ちょっとした騒ぎになる可能性もあります。

もちろん、負けて燃え尽きてもらえればそれで結構なのですが…。

 

「はい。では、『(ノワール)』にこの手球が落ちれば、賭け金の2倍の配当金が受け取れます。」

「いいや、配当も何もいらないよ。その代わり、勝てばキミを()()()。」

 

…また、妙なことを口走り始めましたね。

これには周囲の見物客の皆さんもどよめきます。

…しかし、レキさんは表情1つ、言葉1つ変化有りません。

 

「僕は強運な女性を手にすることで、強運を手にしてきたからね。」

 

うわぁ…。

これは、相当な女好きみたいですね…。

ていうかこんなこと言う割に『(ノワール)』賭けとか…。

確率2分の1じゃないですか。

こういうところは割と堅実ですね。

 

「…ちょっと失礼。」

 

しかし、このおかしな勝負に…聞き覚えのある声が割り込みました。

 

「俺も、この勝負に参加させてもらいましょう。」

「…誰だね、キミは。」

 

若社長の睨んだ先には…。

同じく若社長(偽)の、キンジ君が軽い苦笑いで立っていました。

…って、何やってんですか、キンジ君!?

 

「あなたの商売敵…の、下請けですよ。賭け金もこれだけです。」

「ちっ。さっさと賭けろ。この娘は渡さんぞ。」

「ああ、目当ては配当金だけですよ。」

 

キンジ君は1つのチップ―それでも100万ですが―を懐から取り出し、ちらり、と若社長に見せます。

若社長も見物客の皆さんも…少し、盛り上がったムードが冷めました。

 

…なるほど。

キンジ君もこの騒ぎを見て、危険だと判断したのでしょう。

そして、この場をしらけさせることで騒ぎを小さくしようとしたんですね。

 

「…掛け金(ベット)と場所を、どうぞ。」

 

レキさんはキンジ君(知り合い)が来てもやはり表情を変えず、ゲームを進行します。

うーむ、ロボット・レキ、恐るべし…。

 

「掛け金はこれだけだ。場所は、『(ルージュ)』の…23番だ。」

 

キンジ君は明らかにテキトーな場所に1つのチップを賭け、テーブルに座り込みました。

 

…ど、どうしましょう。

私も行った方がいいのかな…?

うーん、でもあんまり目立ちたくはないし…。

…ああ、でも私も出て行った方が効果的な気も…!

 

「……これで終わりです(ノー・モア・ベット)。これよりゲームを開始します。」

 

とか、悩んでいるうちに。

レキさんが淡々と参加受付終了(ノー・モア・ベット)の宣言をしてしまいました。

残念…と思う反面、どこかほっとしてしまいます。

 

「「「………!」」」

 

観客も皆さんも、若社長も。

キンジ君…は緊張しているふりでもしているのでしょうか、顔を強張らせようと頑張っています。

皆一斉に黙り、かたずをのんでレキさんの仕草を見守ります。

 

「……………。」

 

しかしレキさんはそんなことを気にも留めず、あくまで機械的にルーレットをくるりと回しました。

手に持った白い手球をぽいっと投げ入れ、また棒立ちに戻ります。

 

からっからからから…。

 

軽やかな音を立て、手球が転がります。

ルーレットの回転数が落ち、そして…。

 

……こん…。

 

小さな音を立てて、手球が入った先は…。

 

「…(ルージュ)23。2人目のプレイヤーの勝利です。」

 

レキさんが抑揚なく、そう伝えました。

…そう、キンジ君の適当に言った番号に入ってしまったのです。

 

わぁぁぁぁぁぁ!!!!

 

と観客が大いに盛り上がります。

ただ、当事者であるキンジ君と若社長は唖然とするばかり。

 

「こちらが配当です。受け取ってください。」

 

レキさんはやはり機械的な動作で、キンジ君に36枚のチップを渡しました。

キンジ君はボーっとそれを受け取ると…。

全てを察したように顔を上げ、そしてガックリと肩を落としました。

 

……おそらく。

こんなことがあり得るとは思いませんが、レキさんは…狙って(ルージュ)の23番に落としたのかもしれません。

普通はそんな芸当出来っこないですが、彼女は天才狙撃手レキさん。

彼女なら…本当にやりかねません。

そして場を盛り下げるのが目的だったキンジ君は、逆に盛り上がってしまったこの場にがっかりしているのでしょう。

 

「は…はは、キミには負けたよ、お嬢さん。7000万も持っていかれてしまった…。」

 

大金をスってしまった若社長は、よろよろとレキさんに近寄ります。

…よくもまぁ、それだけ使って立ち上がれますね…。

 

「せめて、キミのケータイ番号…いや、名前だけでも教えてくれないか!」

 

…超必死ですね。

ある意味、粘り強いことは社長である資質にぴったりです。

 

「…お引き取りください。お集りの皆さんも、お帰りください。」

 

そんな若社長を颯爽とスルーし、レキさんは冷たく呼びかけました。

…先程よりも、少し低い声で。

 

レキさんの、少し冷たい…冷静な声。

…何か、嫌な予感が、します。

悪寒が全身にゾクゾク、と流れていきます。

 

「…よくない風が、吹き込んでいます。」

 

 

 

 

………バァァァン!!

 

 

 

 

大きな音がルーレット台から鳴り響きました。

―銀狼、ハイマキ。

レキさんの飼っている、大型のコーカサスハクギンオオカミがルーレット台を踏み台にして大きく跳躍します。

 

一体、どこから…!?

 

ハイマキはそのまま観客の皆さんを飛び越し…。

フロアの片隅にいた――人間…?――に向かって、体当たりを仕掛けます。

 

ドォン!

 

ハイマキが当たる衝撃は、バイクに正面衝突するようなもの。

彼は、そのくらい強烈な図体と速度を持っています。

その体当たりを食らった男(?)は、そのまま壁までぶっ飛ばされました。

 

「……な、なんなんだあれは!?」

 

若社長が叫びます。

…どうやら、非常事態みたいですね…!

 

「……詩穂。」

「…はい。」

 

私に気付いたキンジ君が、チャキ、とベレッタを取り出しました。

私もそれにつられて、背中から銃と色金鎮女(イロカネシズメ)を抜き、戦闘態勢に入ります。

 

「………!!」

 

若社長はそんな私たちを見て、一目散に逃げだします。

周りの観客の皆さんも蜘蛛の子を散らすように逃げていき…。

そして広い2階のフロアホールには、私とレキさん、キンジ君とハイマキ…そして、例のあの男だけが残りました。

 

「…あれは…。」

 

男が亀裂の入った壁から、むくりと起き上がりました。

…そして、ようやくその姿を認識します。

 

ゆうに2mはある、真っ黒で筋肉質な巨漢。

上半身はむき出しにしていて、下半身は布のようなものを巻き付けているだけ。

…しかし、決定的に異質だと思えるものがありました。

 

「…頭が…。」

 

キンジ君が少し、緊張した声音で呟きます。

…その男の頭は、ジャッカルそのものでした。

まるでゲームに出てくるモンスターのように、頭だけが人のそれではありません。

口の動きがとても生物的で、今にもこちらに食いついてきそうです。

…被り物とか仮装とかそんな生易しい世界ではないようです。

 

しかもそんなジャッカル男の手には…大振りの、斧まで。

どう見てもただの暴漢や強盗ではないみたいですね…。

 

「グオォォォン!!」

 

立ち上がったジャッカル男にハイマキが再び突進を仕掛けますが…。

ベシッ、といとも簡単に片手で振り払われてしまいます。

ゴロゴロと床を転がったハイマキは、当たり所が悪かったのか朦朧とその場でふらついています。

 

「…気を付けてください。あれは、人間ではありません。」

 

レキさんの冷静な言葉に、やはりという確信と緊張感が体を巡ります。

…ハイマキを簡単にあしらっていることから、私や通常モードのキンジ君では勝ち目がない可能性が高いですね…。

 

「キンちゃぁぁぁん!!」

「詩穂っ!」

 

階段から、たたた、と理子ちゃんと白雪さんが駆け上がってきました。

1階にいた2人も騒ぎを聞いて駆けつけてくれたみたいです。

休憩中だったのか仕事はもう終わったのか、2人とも武偵制服姿です。

白雪さんの腰にちゃんと日本刀が据えられているあたり、武装までがっちりみたいですね。

 

…5対1。

ハイマキも入れれば6対1です。

それでも…ジャッカル男はこちらに襲い掛かろうと、威嚇するように重心を低くし構えたまま。

 

「…蟲人形(ムシヒトガタ)。あれは、魔女(マツギ)が使う魔術で動く人形だよ。だから…生物ですらないの。」

 

白雪さんが日本刀・色金殺女(イロカネアヤメ)を構えつつ、そう教えてくれます。

理子ちゃんもまた、訝しむようにジャッカル男を睨んでいます。

 

「…あれは、もしかすると…パトラの。」

「理子ちゃん、知っているんですか?」

「うん…。多分だけど。そして、もしそうなら…まずいかも。」

「………?」

 

理子ちゃんは額に汗を滲ませ、随分緊張しているように見えます。

…こちらの方が圧倒的に有利なのに、何故か。

 

「皆さん、下がってください。…キンジさん、肩をお借りします。」

 

そう告げるレキさんは、ルーレット台の上に片膝立ちで飛び乗り…。

キンジ君の肩を台座に彼女の愛銃・ドラグノフを置きます。

…狙撃銃はその性質上、銃身を固定できる場所や安定した姿勢が求められます。

強烈な反動を、支えるために。

当然、わかりやすい隙も出来てしまいます。

本来ならこんな近距離で銃弾を放つことはない狙撃手ですが…今回は緊急事態なので話は別です。

 

バズンッッ!!

ビスッ!!

 

レキさんの放った一撃が、ジャッカル男の脳天を正確に打ち抜きます。

あまりの威力にジャッカル男は大きく後ろにのけぞりました。

…人間でないとわかったら殺してもオッケー、となる武偵の思考はいつ見ても恐ろしいものです…。

 

どさり、とその場に倒れ伏したジャッカル男はその場で2、3度痙攣すると。

サァァァァ…と、砂になって溶けてしまいました。

 

「……え?」

 

砂に…なった?

状況が全く掴めません。

まるで化学の実験だかマジックだかでも見ているような気分です。

 

「………?」

 

周りを見てみると、キンジ君もよくわかっていないみたいでした。

仲間がいてよかったです。

…逆に言えば、それ以外の3人は理解しているみたいですが。

 

ぶぅぅぅん…。

 

更に、砂の中から…何かが舞い上がります。

…黒い、虫?

 

「…あのスカラベ。やっぱり星伽神社の読み通りだね。」

 

白雪さんがその虫を警戒するように見送ります。

黒い虫はそのまま、びびびび…と扉から逃げていきます。

 

「スカラベ…ですか?」

「うん。あれは、多分使い魔の一種の…。」

「…ゆきちゃん、詩穂。のんびりしてる暇は…ないみたい。」

 

白雪さんの説明を受ける前に…理子ちゃんが固い声音で私たちを制します。

彼女の…いや、皆の視線は上に向いていました。

釣られて私も上を見上げ…そして、見上げたことを後悔。

 

…天井に、それこそ虫のように張り付いたジャッカル男が10をゆうに超える数、張り付いていました。

…気持ち悪さもそうですが、なにより絶望感がある光景です…。

 

「…レキ、弾は?」

「あと3発です。キンジさんは?」

「20発はあると思うが…()の俺じゃ厳しい。」

「そうですか。」

 

キンジ君とレキさんは、淡白な会話を少しばかり。

…この2人は1年のころに何度か組んだことがあるそうです。

やはりSランク同士、ある程度の修羅場は潜り抜けているのか…どこか冷静な2人に驚きます。

 

白雪さんも色金殺女を構えなおし、理子ちゃんもワルサーを2丁両手で構えて。

私も、心底ビビりつつ一剣一銃(ガン・エッジ)を構えなおし…。

 

「あら、楽しそうじゃない。あたしも混ぜなさいよ。」

 

バスン!!バスン!!

 

…最近は聞き慣れてきた、コルト・ガバメントの銃声。

そして、特徴的なアニメ声。

 

アリアさんが、とうとう2階に来てくれました。

…バニー姿でのままで。

白雪さんと理子ちゃんは着替えていたのを考えると、アリアさんはまだ仕事中だったみたいです。

 

登場ついでに放った彼女の銃弾は、見事2体を打ち抜いていました。

どさどさ、と天井から落ちてきたジャッカル男は…また、砂になって。

スカラベが2匹ぶぅん、と逃げていきました。

 

「あ…アリアさん!」

「詩穂ー。あんたこういう非常事態が起こったんなら、ちゃんとメンバー全員に連絡しなさい。基本でしょ?」

「あ…ご、ごめんなさい…?」

 

いつもみたいに軽いお説教を交えつつ、アリアさんはこちらに合流します。

…と同時に、ジャッカル男たちが天井からボトボトと落ちてきました。

1ヶ所に固まってしまっている私たちは、大勢のジャッカル男に囲まれる形になってしまいます。

 

「こっちから上がって倒そうと思ってたんだけど…。ちょうどいいわ。あんたら、行くわよ!」

 

バスン!バスン!

 

アリアさんはやたら好戦的な笑みを浮かべ、真っ先に手近な敵の頭部を打ち抜いていきます。

そしてそのまま…ジャッカル男の群れの中へ。

 

「へへっ!そうこなくっちゃ!詩穂、私たちも行くよ!」

「あ、理子ちゃ…。」

 

そしてアリアさんに対抗心を燃やしたのか、理子ちゃんも敵の中へ飛び込んでいきます。

復活したハイマキも、やっぱり突撃しに行ってしまいます。

 

「よし!私はキンちゃんと一緒にいるね!」

 

白雪さんだけこの場に残って、威嚇するように大上段で構えました。

どうやら、私たち…というかキンジ君を守ってくれるみたいです。

 

…こういう状況のことを、白兵戦、とでもいうのでしょうか…。

それとも、ただの乱闘にすら見えます。

というか、あの2人と1匹は突撃しか頭にないんでしょうか…?

 

「…………。」

 

レキさんも、その場で狙撃銃を構えて…取りこぼしを狙うスタイルです。

完全に戦力外な私と通常モードなキンジ君は…。

 

「…レキと白雪をサポートするぞ。」

「……はい。」

 

なんともやる気のない、キンジ君の提案で。

私たちのなんだかやるせない任務は開始するのでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

戦況は、一言でいえば。

 

圧倒、でした。

 

アリアさんはそもそも近接戦のプロ、強襲科(アサルト)のSランク武偵です。

彼女がいる時点で、正直負ける気がしないレベルでした。

 

更に、そのアリアさんと近接戦でタメを張ったことのある理子ちゃんと白雪さんが加わったら…そりゃあもう、戦力過多というものです。

理子ちゃんも白雪さんはどちらも超能力は使用していませんが…それでも充分と言えます。

レキさんも途中でサポートを諦めたのか、棒立ちモードに入ってしまいました。

…確かに、乱戦状態における援護射撃は射線に味方が入りがちなので間違ってはいない判断なのですが…。

 

そして、白雪さんが私たちの方に敵が来ないように上手く近くで立ち回ってくれるため…。

 

「…おっと。」

 

ガギュン!

 

白雪さんが取りこぼした…というか仕留め損ねた足元のジャッカル男を、キンジ君が無慈悲に打ち抜きます。

憐れジャッカル男、砂に帰します。

まぁ…つまりは、そのぐらい余裕をもって相手が出来ているのでした。

 

「はぁぁぁっ!」

「うりゃりゃー!」

 

前線で戦うアリアさんや理子ちゃんも、余裕そうに動く中で…。

 

「…あれ?」

 

2人の…いえ、白雪さんやハイマキも含めて。

戦う中での不思議な共通点が見えました。

 

…みんな、倒した後のジャッカル男から出てくる…。

黒いスカラベを、大げさなくらい避けながら戦っているのです。

 

「よいしょ…っと。」

 

白雪さんがズバッと敵を切り捨て、残り3体。

…残りの3体は、アリアさん達が相手をしているので…こちらはフリーとなってしまいます。

丁度いいので聞いてみましょう。

 

「あの…白雪さん。」

「ん?どうしたの、詩穂。」

「いや、えっと…どうして皆さんはあの…スカラベ?を避けているんですか…?」

「ああ、それはね…。」

 

白雪さんはちらり、とさっき切り伏せたジャッカル男の死体を見ます。

その砂の塊からは、やはり。

ぶぅん、とスカラベが空に舞い、階段の方に逃げて行ってしまいました。

 

「あれは…敵の魔女(マツギ)の使い魔兼依り代ってところかな。」

「使い魔、兼依り代…。」

「うん。ヒトガタを動かすためには、大抵依り代がいるの。動力源とコントロール性を確保できるからね。」

「は、はぁ…。でも、それとアレを避けるのに何の関係が…?」

 

確かに、なんとなく依り代の原理とか使い魔だとかっていうのはわかります。

が…なぜスカラベを避けるのかがわかりません。

白雪さんは、アリアさん達の方を見て…。

圧倒的な戦況を確認すると、緊張を解きながら説明を続けます。

 

「使い魔はね、主人から『魔力』みたいなものを貰って動いているの。だから、使い魔自体も大抵はある程度魔術が使える。」

「…はい。」

「で、今回のあのスカラベが使う魔術は…『呪い』。」

「の、呪い…?」

 

なんだか不穏なワードです…。

そしてなんとなく、避ける理由がわかりました。

 

「…ということは、あれに触ったら…。」

「うん、つまりね。」

「死んじゃうんですか!?」

「い、いやそんなに強烈じゃないんだけどね…。不幸に、なるの。」

 

不幸。

…いつもキンジ君や私が見舞われているような気もしますが…。

 

「…どのくらい不幸になるんですか?」

「うーん…そうだなぁ…。あ、この間ジャンヌに会ったの覚えてる?」

「えっと…ああはい、覚えています。」

 

単位不足者の張り紙を見たあの日。

…確か、足を怪我して松葉杖をついていました。

 

「…多分、あの足は…スカラベの所為だよ。」

「ええっ!?」

 

ジャンヌさんの言葉を…少しだけ、思い出します。

 

『ああ、少しな。バスに轢かれたのだ。』

 

…つまり、そのくらい。

体の一部が機能停止するくらいの、不幸…。

 

…思ったより、危険かつ重要な情報です。

気を付けないと…!

 

「理子!」

「あいよー!」

 

…と。

そんなことを教えてもらっているうちに。

 

アリアさんが手負いにしたジャッカル男を、理子ちゃんが撃ち抜きます。

とどめとばかりにハイマキがジャッカル男にガブガブと食らいつき、砂に帰します。

…これで、あと2体。

 

「ォォォォーーーーン……。」

 

残った2匹は甲高い雄叫びを上げると…。

バリィン!と窓ガラスをぶち破り、屋外へと逃げて行ってしまいました。

 

「ああっ!逃げられた…!」

「観客も外に逃がしたのに、ゴレムも外に逃がしちゃ…まずいわね。」

 

倒しきれなかった理子ちゃんとアリアさんが、不服そうに唸ります。

 

「キンジ!詩穂!何ボーっとしてんのよ!追うわよ!」

「…おう。」

「は、はいっ!」

 

アリアさんは威勢良く、私たちを鼓舞し。

キンジ君は、どこか面倒そうに。

残る2体を、倒しに。

 

「…嫌な、風を感じます。白雪さんはここに。」

「え?あ…うん。わかったよ…?」

「私は詩穂と行くよっ!」

 

残る3人も方針が決まったみたいです。

よし…。

 

「それじゃ…。」

「頑張りましょう!」

 

先を駆けるアリアさんを追いながら。

キンジ君と、今一度やる気を確かめたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ…。」

 

ピラディミオン1階から、逃げて行ったジャッカル男を目で追うと…。

なんと、海上を走って逃げていました。

流石の光景に思わずドン引きしていると…。

 

「詩穂ーっ!こっちこっち!」

 

見慣れた防弾制服姿の理子ちゃんが、水上バイクの上で手招きしています。

…ああ、そういえば。

このお店の1階は、海と繋がっている水路を高速で走るための水上バイクを導入していたんでしたっけ。

この水上バイクを使って海の上を追うという寸法らしいです。

 

手を振る理子ちゃんに近づくと…既にエンジンがかかり、いつでも発進可能な状態でした。

 

「よし、これで行くよ!」

「ええー…い、嫌ですよ…。」

「なんで!?」

 

理子ちゃんがガビーン、といった風にツッコみます。

…当然ながら私は泳げないので、海の上に出たいだなんて微塵にも思いません。

というか怖いです。

以前一回白雪さんに東京湾に落とされた辺りから、海は本気でトラウマです…。

 

「私泳げないですし…。キンジ君と行ったらどうですか?」

「いやー、キー君もうアリアと乗っちゃってるし。」

 

理子ちゃんが横目でチラリ、と視線を寄越します。

私もそれを追うと…。

 

「き、きんじぃーっ!」

「おいバカ、離れろ…っ!誰が操縦すんだよ…!」

 

2人は水上バイクの上で抱き合っていました。

アリアさんが前の席(操縦主)、キンジ君が後の席(銃撃主)の体制ですが…。

アリアさんも水にビビり、キンジ君に抱き着いちゃってる感じです。

 

「……ね?」

「…はい。」

 

理子ちゃんが呆れたように息を吐き。

そして気を取り直したように私をキラキラした目で誘います。

 

「だからっ!私たちも抱き合おう?」

「そっちですか!?」

 

…というかこんなにのんびりしててジャッカル男は平気なんでしょうか?

と、ジャッカルさん2頭を目で追うと…。

 

…あんまり、速いスピードでは走っていない模様です。

そしてこの水上バイクのスピードメーターをチラリとみると…最高時速は相当出るみたいです。

これならすぐにでも追いつけそうですね。

…というか仕事用なのに何故ここまでガチ仕様なんでしょうか…。

 

「…わ、わかりました。頑張って乗ります…。」

「うぇーい!そう来なくっちゃ!」

 

渋々…心から渋々理子ちゃんの後部座席に乗り、銃を構えます。

そして、銃を構えていない右手は理子ちゃんの腰にしっかりと回し…。

 

「あんっ♪詩穂、いきなりは駄目だよ…!」

「そういうのはもういいですから…。」

「冷たーい…。」

 

…しっかりと腕を回し、落ちないように体を理子ちゃんに固定します。

高速で移動する水上バイクから海に落ちたらひとたまりもありません。

 

「ば、バカキンジぃーーーーっ!」

 

…と、ここでアリアさんの悲鳴が上がります。

何事かとそちらを見ると…。

 

ざざざざざざあああっ!

 

っと、猛スピードで海の方に進むアリアさんバイク。

…何があったのかは知りませんが、どうやらアリアさん達の方も問題なく発進できたみたいです。

 

「んじゃ…私たちも、いこっか!」

「出来ればあの2人に全部任せたいんですけどね…!」

 

生憎、ジャッカル男は微妙に別方向に行っているので二手で追撃した方がよさそうです。

もう一度、ギュッと理子ちゃんを右手で強く抱きます。

理子ちゃんは今度は茶化すことなく、私を一瞥すると。

 

「さ、On y va(れっつごー)!」

 

ドルッドルルルルルルル……!!

 

力強いエンジンを一瞬響かせた水上バイクは…。

理子ちゃんの運転で、進み始めます…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ものすごい速度で走るアリアさん達の水上バイクを遠目に、私たちのバイクも進みます。

アリアさんは…未だに若干パニックが入っているのか、明らかに危険な走行方法で走っていました。

というのも。

車体は完全に斜め上を向き、波を割りながらのフルスロットル運転です。

アリアさんらしいっちゃアリアさんらしいですけど…。

 

「ありゃ水上ウィリーだね!アリアやるじゃん、かっくいー!」

「理子ちゃん!?真似しないでくださいね!?」

「へーきへーき…っと。近いよ、詩穂。」

 

…少し前には、ジャッカル男。

先程は2足歩行で水上を走っていましたが、今は4足歩行で走っています。

頭だけでなく行動も、ここまでくるとそれこそジャッカルです。

 

「…もう少しで射程圏内、入ります。」

「はいよー…っと。」

 

流石水上バイク、圧倒的速度でジャッカル男に迫っていきます。

…ものの数分でここまで追いついてしまいました。

やはり現代科学は恐ろしいものです。

 

「…よし。」

 

射程圏内。

私の銃の腕前は、相変わらずのダメダメです。

しかも、水上…足場も悪く、狙いもつけづらく。

…でも。

 

「がんば、詩穂。」

「…理子ちゃん。」

 

いつもなら緊張で震えてしまう手も、理子ちゃんがいるなら震えません。

 

――落ち着いて狙いさえつけれれば。

 

 

 

 

 

ガギュン!

 

 

 

 

 

あとはこの銃が、当ててくれる――

 

私の撃った、弾丸は。

狂いなく、ジャッカル男の肩を、撃ち抜きました。

 

ざざぁっ!

 

バランスを失ったジャッカル男は、そのまま海へと沈み込んでいきます。

…スカラベだけは、水没する瞬間に脱出し。

びびび…と空へと逃げていきました。

 

「なーいす、詩穂。」

「えへへ…。当たって、よかったです。」

 

水上バイクを減速させながら。

私と理子ちゃんは、笑い合いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩穂→理子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…さて。

ジャッカル退治も終わったし、このままカジノに戻ろっかなー…。

と、呑気に考えていると。

 

「おーい、詩穂、理子ー!」

 

少し離れたところから、キー君の声。

声の方角を見ると、キー君がこっちに手を振っていた。

アリアは…何故か操縦席で顔を真っ赤にしながら蹲っている。

 

「…やっほー!」

 

とりあえず手を振り返してみる。

 

「こっちに来てくれないか?」

「どしたのー?」

「エンジンが()()()止まっちゃってね。助けてくれないかい?」

 

そりゃ、ウィリーなんかしたらエンストするよ…。

 

「んー、わかったー!…じゃ、詩穂。もっかい動かすね?」

「はい。」

 

ぎゅっ…と、詩穂が腰にしがみつく。

 

うおああああああ!

かわいいいいいい!!

水が怖いから毎回何かあるたびに抱きしめてくる詩穂かわいいいいい!!!

思えばさっき銃当てた後の照れ気味な顔も可愛かったあああああ!!

帰りたい!

今すぐ帰って詩穂と〇〇〇〇(ぴーーー)とか○○○○〇(ぴーーーー)とかしたいよおおおおお!!

 

「…あの、理子ちゃん?」

「うん、平気だよ!キー君たちのところにいこ!」

「は、はい…。」

 

もちろん、そんなことは口に出さない。

なぜなら私は、誇り高きフランスの淑女だから。

 

 

 

 

 

 

アリアたちの水上バイクに寄ってみると。

…キー君とアリアが、何やらを言い争っている。

 

「ま、ま、まだ6時回ってないもん!ロンドンではまだ6時じゃない!」

「そうか。じゃあ…俺の負けだ、アリア。約束通り、俺をあげよう。」

「みきゅぅ!」

 

言い争ってる…というか、キー君がアリアをからかっているだけだった。

キー君がHSSに入っている時点でなんとなく状況わかるけどね。

 

キー君たちの乗る水上バイクに並列させると、一旦私もバイクを停止。

いくらエンストといっても、エンジンをかけなおせば平気だろう。

キー君もそれをわかっているのか、ドゥルン、ドゥルン…とエンジンをかけなおそうとしている。

 

「じゃ、戻ろっか。」

「まま待ちなさいよ!バカキンジをどうにかして!」

「えー…だってアリアの問題じゃん…。理子には関係なーし。」

「ちょ、あんたねぇ…!」

 

アリアは正面対決を諦めたのか、私を使おうとするも。

残念ながら失敗。

そもそも、今気付いたけどヒスキー君は危険だ。

詩穂を取られちゃうかもしれないし。

おしゃべりもいいけど、もう戻んないとね。

 

「よし、そろそろホントに…」

 

 

 

 

 

 

 

 

タァーーーー…………ン。

 

 

 

 

 

 

 

 

私が、言いかけた言葉を。

掻き消すように聞こえたその銃声。

 

「………う……。」

 

アリアの方に、振り向く。

 

「……アンタたち…。」

 

アリアの影が、ぐらりと揺れる。

 

「第2射に…気を付けるのよ…。」

 

鮮血が、舞う。

 

 

 

ばしゃぁっ!

 

 

 

アリアは、そのまま…。

海へ、落ちて行った。

 

「…あ、アリアさんっ!?」

 

詩穂が叫ぶ。

もう、沈みゆくアリアは見えない。

銃弾の飛んできた方角を見る。

 

そこには、さっきまではなかった巨大な船。

金銀で飾られ、しかし現代のものとは思えないくらい古い造りの船。

6匹のジャッカル男が櫂を持ち、船をこぐ。

その船の船室の屋上には…知った顔が、悠然と立っていた。

 

おかっぱ頭に、体中を彩る金銀財宝。

勝気な鋭い目つきと、悔しいけど美貌な見た目。

 

…間違いない。

イ・ウーから追い出された、元イ・ウーナンバー2。

世界有数であり最高峰の魔女。

 

――砂礫の魔女、パトラ!

 

「アリアさんっ…!」

 

ばしゃあっ!

 

「え、詩穂!?」

 

詩穂が、気が付けば海に飛び込んでいった。

アリアを追うため…!

泳げないのに、無茶苦茶な!

 

私も、詩穂を追おうとしても…動けない。

パトラが、その手に持つ銃を…構えた。

 

WA2000。

ワルサー社がひと昔前に開発した、高性能狙撃銃。

セミオートマチック式ながら、高い狙撃性能を持つ。

 

…その矛先が、私を捉える。

 

やられた。

ジャッカル男のゴレムの時点で、私は気付いていたはずなのに…!

上手いことおびき寄せられて、まんまと隙を見せた。

そして…!

今、ここで…撃ち抜かれる…!

 

親友を、戦友を、仲間を。

何も出来ずに、私は…!

 

 

 

 

 

 

ビスッ!

 

 

 

 

 

 

 

銃弾が、飛来した。

 

…パトラの頭部に、向かって。

 

タァァァン…。

 

遅れて、銃声。

 

振り返ると、カジノ・ピラディミオンの窓に膝立ちでドラグノフを構えるレキュが見えた。

…おそらく、レキュは。

WA2000の銃声を聞いて、即座に援護射撃をしてくれたのだろう。

 

…しかし、パトラの額から血は流れない。

サラサラ…と、パトラの体が砂に戻っていく。

 

…あれもまた、ゴレム!

 

「……!」

 

驚きの、連続。

複数の事柄が畳みかけるように起こる。

でも…なんとか、状況に付いていけていた。

 

…その姿を、見るまでは。

 

「にい…さん…!」

 

キー君が、絞り出すように呟く。

宝石で飾られた船室から出てきた、全身真っ黒のロングコートを着た男。

端正な顔立ち、鋭く光る眼。

 

…遠山金一。

 

カナの姿ではない、男の状態の、キー君の兄。

 

…姿を認識した途端、強烈な殺気に体が覆われる。

まるでこの世のものとは思えない、鬼のような殺気。

本能が、体の動きを…止める。

 

「――夢を、見た。」

 

…低い、声。

カナの柔らかい、暖かい声ではなく。

冷たい、見下すような…遠山金一の声。

 

「長い眠りの中で、『第二の可能性』を成し遂げる夢を…。」

 

その声は、突き放すようにキー君に向けられている。

絶望と悲しみに満ちた、そんな人の声だ。

 

「キンジ…残念だ。パトラごときに不覚を取るようなら、『第二の可能性』は…ない。」

 

冷たく、冷たく。

感情を押し殺した、淡々とした声。

 

「兄さん…っ!なんなんだよ…!パトラって誰なんだ!『第二の可能性』ってなんだ!まだ、アリアを…殺そうっての言うのか!」

 

キー君が叫ぶ。

HSSを発現しているはずなのに…激しい怒りに駆られている。

私は…まだ、金一の殺気にあてられ、動けない。

詩穂を助けに行かなくてはならないのに…体が、本能が、動いたら殺されると、訴える。

 

「…パトラ。俺の弟が、呼んでいる。出てきてくれないか。」

 

金一が、海に向かって話しかけた。

その水面は…。

 

ざ…ざざ…。

 

小さく、揺れ。

 

ざばぁっ!

 

何かが…いや、何者かが勢いよく。

海の中から、飛び出した。

 

「気安く妾の名を呼ぶでない、トオヤマキンイチ。」

 

パトラ、だ。

こいつも本物だろうかはわからないが。

 

彼女はそのままスーッと、自然に金一の隣に降り立った。

…手には、何か大きなものを持っている。

 

黄金の…柩…?

古代エジプトで用いられた、王族や貴族を埋葬する聖柩。

その柩は、半分ほど蓋が開いていて。

中にはぐったりと動かないアリア。

そして…。

 

「詩穂…!」

 

アリアを庇うように抱きかかえ、同じく動かない詩穂…だった…!

 

「…ほ。」

 

パトラが、嗤う。

面白いものでも見つけたかのように。

 

「リュパンの、曾孫…か。久しいのう。小童(わっぱ)と戯れるのは、さぞ楽しかったろう?」

「…ちっ!」

 

…ばたん!

 

柩の蓋が、閉められた。

もう…詩穂の顔を見ることすら、出来ない。

 

「余計な小娘も間違えて捕らえてしもうたが、中々どうして、良い拾い物をしたようじゃの。」

 

ほほ。

ほほほ。

 

口に手を当てて、見下すように嗤う。

その癖はいつまでも、変わらないみたいだ。

 

そして、今。

『捕らえた』、と言った。

あれはおそらく、アリアは…そして、詩穂も。

死んでいないということ。

 

…しかし、まずい。

この状況は、厄介な状況になってしまった。

詩穂が…私の反応のせいで、人質としてあいつに認識された。

 

「のう、リュパンの曾孫よ。この小娘…返してやろう。」

「なっ!?」

「ここで、お前は贄になってもらうがの。」

 

パトラは嫌らしく笑うと…両手を、私に向けて差し出した。

そして、その両手の指が、妖しく…蠢く。

 

じゅぅぅ…。

 

「……!!」

 

私の体から、蒸気が…上がる。

全身から水蒸気が…まるで、湯気のように。

これは…!

 

「…パトラ。それは、ルール違反だ。」

 

金一の、制する声。

それを合図に、私の体から上がる蒸気も止まる。

…今のは、危なかったかも。

 

「なんぢゃ…気に入らんのう…。」

 

言いつつ、パトラは金一に向き直った。

船上で櫂を持っていたゴレム達も、その櫂を持ち上げ金一を威嚇する。

櫂の先端は、刃物のように尖っている。

あの櫂は、武器の役割も果たしている…!

 

「…『アリアに仕掛けてもいいが、無用の殺しは禁ずる』…。『教授(プロフェシオン)』の言葉、忘れたわけではないだろう?」

 

金一は…切っ先を向けられても、全く動じない。

それどころか、一歩、パトラに近づく。

 

「な、な、な…!」

 

明らかに…パトラは、大きく動揺を見せた。

金一が近づいたから。

 

「は、離れよ!妾を侮辱するのか…!」

 

金一は、また一歩、近づく。

パトラはそれに少し遅れて、後ずさる。

そして、また一歩…金一が、近づくと同時に。

金一が、唐突に。

 

パトラの唇を、奪った…。

 

「…これで、赦せ。俺の弟と、その大切な友人らしいからな。」

 

金一が、すっ、とパトラを抱き寄せる。

その金一から…異様な、先程とは比べ物にならない…強烈な雰囲気が漂い出す。

 

「わ…妾を、使ったな?好いてもおらぬくせに…!」

「哀しいことを言わないでくれ、パトラ。打算でこんなことが出来るほど…俺は、器用じゃない。」

 

真っ赤になったパトラは、そのままわなわな、と両手を震わせる。

それを、金一が――HSSを発言した金一が、彼女の両手首をやさしく握る。

 

パトラは数瞬呆けたのち…。

バッ、と金一を振りほどき、すごい勢いで後ずさった。

 

「…な、なんにせよ、妾はこんなところで遊んでいる暇などない!」

 

パトラは、ほいっ、と金一に何かを渡すと。

ざばぁ、とまた海の中に柩を持って行ってしまった。

 

「…アリアっ!」

 

キー君が、反射で追おうとする。

私も動こうとして…。

 

「止まれ!!」

 

金一が、鋭く制した。

その声は…もう、先程とは比べ物にならないほど…殺気に満ちている。

どうやら、パトラとの関係を茶化すような幸せな雰囲気ではないようだ。

 

「……!!」

 

いつの間にか…ジャッカル男たちが。

私とキー君の水上バイクを取り囲むように…水上に立っている。

もう、動けない。

もう詩穂を…追うことも、叶わない。

 

詩穂…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『緋弾のアリア』か。儚い、夢だったな…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

金一が、呟く。

私も知らないその言葉は…強く、耳に残った。

 

「緋弾の…アリア…?」

 

キー君が、その顔を。

怒りに、歪ませる。

 

「なんだよ、それ…!」

 

彼は、怒る。

アリアを奪われ、それを奪ったのは…尊敬していた、兄。

大切なものを同時に失い、その理不尽な世界に…憤る。

 

「アリアを…殺したのは!なぜだ!あの時殺さないって言ったじゃないか!」

「殺してはいない。看過しただけだ。」

「そんなの…!そんなの、詭弁だろ!」

「…いや、まだだ。アリアは、死んでなどいない。」

 

金一は、さっきパトラから受け取った何かを、懐から取り出した。

それは…水晶玉に入った、砂時計。

必ず下に砂が落ち続ける仕組みになっているのだろうか、しかしその砂は…やけに、少しずつしか落ちない。

 

「パトラが撃った弾は、呪弾。この砂が落ちきるまで…あと、『24時間』の間は生きている。」

「……!」

「パトラはその間…『教授』と交渉するのだろう。だが…それも、関係ない。『第二の可能性』がないのなら、アリアは……死ぬべきだ。」

「なんなんだよ…!一体、なんなんだ!さっきから『第二の可能性』って、そう言ってアリアを…!」

 

…『第二の可能性』。

それは、私も金一に…いや、カナに聞いていたことだ。

カナから、私だけが聞いた話。

 

結論からして言えば。

『第二の可能性』は不可能。

はじめてその話を聞いたときに思ったし、今も思っている。

 

「キンジ。よく聞け。」

「…………。」

「イ・ウーは、自由。法も無く、律も無い。各々がその目的や強さの為に…その邪魔となる場合や糧となる場合、『他者を殺すことも自由』なのだ。」

 

…私は。

だから、イ・ウーを、抜けたんだ。

目的を果たし、未来を掴み…。

私はもうあそこにいる意味がないから。

 

「…そんなことは、ありえない。そんな組織、すぐに内部抗争でバラバラになるに決まってる!」

「ああ。だからこそ、存続できたのだ。内部抗争は起きてもそのリーダー…『教授』が絶対的だからだ。」

 

…絶対的。

私は、知っている。

『教授』がなぜ絶対的であり、最強であるかを。

 

「だが、もうじき…イ・ウーは終わる。」

「…終わる…?」

「『教授』が、死ぬのだ。病でもなく傷でもなく。……寿命で、な。」

 

寿命で死ぬ。

詳しくは知らないが…あの『教授』なら、ありうる。

それ以外で死ぬところなんて想像できないから。

 

「…イ・ウーは、ただの超人育成機関などではない。超能力を、超人を、核を…すなわち、この世のあらゆる武力を持つ武装集団だ。そして、中には過激な一派…世界を、わが手に収めようと目論む『主戦派(イグナクティス)』という集団もいる。」

「…世界、を…。」

 

キー君が驚きのあまり目を見開く。

それは、簡単に言えば――世界征服。

あまりにも滅茶苦茶で…恐ろしい行為。

それが出来る力を、イ・ウーは持っている。

 

「当然、それだけではない。純粋に己の力を磨くことを追求し、イ・ウーを『教授』の理想のまま続けようとする集団も、いる。『研鑽派(ダイオ)』と呼ばれる集団だ。」

 

『研鑽派』。

私やジャンヌ、表向きはカナも所属していた。

逆に『主戦派』はパトラが目立っていた。

 

「そして、『研鑽派』は『教授』の死期を悟ったとき、『主戦派』にリーダーの座を渡さぬよう次期リーダーを探し始めた。そして、選ばれたのは…アリアだ。」

 

…アリア。

『教授』の正体を知れば当然のことだった。

だから私は。

私とジャンヌを含めた『研鑽派』は。

アリアの『誘拐』を、しようとしたんだ。

 

「アリア、を…?そんな、そんな方法でアリアを攫ったって、アリアがあんたらの言いなりになるはずがない!」

「いや、なるさ。必ず、アリアは『教授』の言葉を聞く。」

 

…これもまた、『教授』の正体を知っていれば予想は容易い。

『教授』とアリアは、深い関係にあるのだから。

しかしアリアは何も知らずにイ・ウーに立ち向かっているのも、また皮肉だ。

 

「キンジ……すまなかった。何も教えられずに、お前を1人にして。」

「…兄さん。」

 

金一の表情が、曇る。

 

「俺は…巨悪であるイ・ウーを殲滅するために、表舞台を去った。そして、イ・ウーを内部分裂…すなわち、『同士討ち(フォーリン・アウト)』を促すべく、イ・ウーの眷属となったのだ。」

 

…それは。

金一を私がアンベリール号で誘拐するとき、金一から聞いた言葉。

金一は…初めから、イ・ウーを崩壊させるためにイ・ウーに潜入したのだ。

つまり…結局のところ、実は私は誘拐に成功しているわけではない。

 

ちらり、と金一が私を見た。

その瞳からは…なにも、伺えない。

すぐにキー君に視線を戻す。

 

「俺はイ・ウーを崩壊させるべく、道を探した。そして、そのためにはリーダー…『教授』の存在を、消さねばならない。そして思いついた可能性は…二つ。」

 

『同士討ち』。

それは、非常にリスクの大きい行為。

下手をしてバレれば、命はない…そんな作戦だ。

 

「『第一の可能性』は、もうすぐ訪れる『教授』の死と同時に、アリアを抹殺すること。そして、『第二の可能性』とは…『教授』の、暗殺。」

 

…だから、不可能。

そんなもの、『無理』だ。

そもそもパトラですら『教授』の足元にも及ばないのに、暗殺なんて、無理に決まっている。

 

「『第二の可能性』の向こうには…『教授』と、戦う未来が待っている。ブラドをも下したお前たちなら、と思ったが…それは、俺の見込み違いだったようだ。なら、俺は…『第一の可能性』に、戻る。」

 

話は終わりだ、とでも言うように。

金一が踵を返す。

同時に船も、サラサラ…と、砂に戻り始めた。

視界が砂で覆われ、金一の姿がどんどん見えなくなっていく。

 

「…ふざ、けんな……!」

 

…ここまで聞いておいて。

キー君は、まだ…その瞳を、金一に向ける。

アリアを、助けようとしている。

抗おうとしている。

 

まだ、戦おうとしている。

 

 

 

―――不可能と。

 

 

 

「あんた…人を、殺してでも…イ・ウーを、討つのか…!」

「…ああ。そうだ。義を果たすには、犠牲が必要な時も、ある。」

 

金一は背中を向けたまま。

キー君は…キンジは。

 

水上バイクを、フルスロットルで発進させる…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

理子→キンジ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は、例えヒステリアモードであっても。

こういう時は上手いこと賢い選択ができないらしい。

 

「…兄さんッ!」

 

ジャッカル男たちを水上バイクで轢き倒しながら、もはや原形のない…砂に帰りつつある船に迫る。

当然、残りのジャッカル男は妨害しようとするが…。

 

「っっ!!」

 

ガギュン!ガギュン!

 

背後の理子が、両手のワルサーを発砲しそれを阻止した。

理子…!

 

ちらりと後ろを見ると、理子は…。

懇願するような、後押しするような…優しい目で、俺を見ていた。

 

かつて敵だった理子を信じて、俺は兄さんを追う。

 

「…………!!」

 

兄さんが、とうとう振り向いた。

その目は、怒りに染まり、殺気すらも超えた強い衝動を纏っている。

 

兄さんは、幼いころから。

俺に対して本気で怒るのは、俺が自らを危険に晒そうとした時だけだった。

…そんな、優しい人が。

 

ガァン、と水上バイクが船と衝突する。

その勢いで俺は上空に身を投げ出し…計算通り、船の上にすんなりと着地できた。

すぐに愛銃…ベレッタを腰から抜き、兄さんに向ける。

 

「…あんただって、本当はわかっているんだろ!こんな…誰かを犠牲にするやり方は間違っていると!それが遠山家の『義』に反するってことを!」

「キンジ。それは、俺も何度も考え、何度も挫折した道だ。理想は…現実と、いつだって相容れないものだ。」

 

…おそらく。

間違っているのは…俺だ。

いつだって兄さんは正しかった。

俺より数年早く生まれ、しかし俺より確実に長く生きていて。

強く、賢く、誰もが憧れる兄さんは、いつだって俺より正しい。

 

でも、俺は。

そんな兄さんと今、向かい合っている。

立ち向かっている。

 

それは、なぜか。

 

「…アリアを、殺させは、しない…!」

 

アリア…!

たった1人で気高くイ・ウーに立ち向かうアリア。

隙を見せると、普通の女の子らしく喜ぶアリア。

強く振舞いながらも、時には寂しそうに背を向けるアリア。

 

俺は、兄さんより、アリアと、この先の未来を見たいと、願ったんだ。

 

「…元武偵庁特命武偵、遠山金一!俺はあんたを、殺人未遂及び殺人幇助の容疑で逮捕する!」

 

兄さんは、ふと…。

優しげに目を、細めた。

 

「…来い、キンジ。俺はお前の実力を…まだ、確かめていなかったな。」

 

もう、兄さんの目に優しさはない。

強い殺気が、あるだけだった。

 

「この船が沈むまで、あと20秒もない。その短い時間で…俺は、お前を見極める。」

 

スッ…と。

兄さんが、つま先を僅かに動かした。

これは…そういう構え。

『無形の構え』。

 

そこから放たれるのは、決して避けることも見ることも適わない銃弾…!

――『不可視の銃弾(インヴィジビレ)』――!!

 

……パァン!

 

乾いた銃声。

俺の胸に、強い衝撃が走る。

兄さんの腰のあたりで光ったマズルフラッシュ。

そして…記憶のかなたにある、幼き日の記憶。

 

そして…舞い散る、砂の嵐。

 

「…視えたぞ…『不可視の銃弾』…!」

 

兄さんが、その表情を…強く、顰めた。

それは初めて見る…兄さんの、苦戦したような表情。

 

「…わざと、か。」

「ああ。兄さん…昔、小さいころ、見たよな。ジョン・ウェインの西部劇映画を…。」

 

『不可視の銃弾』。

そのからくりは、意外と単純だった。

 

マズルフラッシュから判断するに、兄さんの銃は…C(コルト)S(シングル)A(アクション)A(アーミー)――通称、ピースメーカーだ。

その銃は100年以上も前に作られた、骨董品のような銃。

そんな銃だが、この銃はありとあらゆる性能が現代に負ける中…唯一の長所がある。

 

それは、早撃ち。

それこそ西部劇にでも出てくる早撃ち対決なら輝くような、尖った性能の銃なのだ。

 

そして、『不可視の銃弾』とは。

このピースメーカーとヒステリアモードの驚異的な反射神経を利用して、文字通り神速で発砲する技だったのだ!

 

「…キンジ。よくぞ見破った。お前が確実に成長していることは、よく…伝わった。だが…。」

 

兄さんはまた、つま先を僅かに動かした。

もう1発、撃たれる…!

 

「見破っても、この弾丸を避けることは不可能だ。1/36秒で放たれる銃弾を躱すことなど、人間には出来ないことなのだ。」

 

…そう。

いくらヒステリアモードでも、射線が見えなければ躱すことなどできない。

…そう、躱すことは、出来ない。

 

「…浅はかな…。」

 

俺は、腕を下げ。

足は肩幅程度に開き。

つま先を、真っ直ぐ兄さんに向ける…。

 

『無形の構え』。

 

俺は鏡写しのように、兄さんと同じ構えで立った。

 

「…終わりだ、キンジ。」

 

船が、崩れる。

砂が舞う。

世界が…スローモーションに、動き始める。

 

兄さんの腕が、僅かに動く。

あまりの速度に、その腕は全く見えない。

しかし…。

 

砂が。

舞い上がる砂が、兄さんの腕の軌跡を形作る。

それはまるで、水面を薙いだ波紋のように…!

 

俺はその砂の軌跡の通りに、腕を動かした。

それは、兄さんの真似であり。

決定的な、兄さんを倒す糸口。

 

―パァン!

―ガギュン!

 

銃声が、鳴り響く。

ピースメーカーに遅れて、俺のベレッタの銃声。

 

2つの銃弾が、交差する…!

兄さんの弾は確実に俺の心臓を撃ちぬくルート。

それを俺の弾が、迎え撃つ。

 

ギィン…!

 

銃弾で、銃弾を撃つ。

銃弾撃ち(ビリヤード)』。

少し前、詩穂とブラドの館でビリヤードをしていた時に思いついていた技だ。

しかし、それだけではない。

 

弾かれた弾丸は、正確に跳ね返る。

兄さんの、そのピースメーカーの元へ…!

 

「………!!」

 

兄さんの顔が、驚愕に染まる。

銃弾は見事、計算通りに兄さんのピースメーカーの銃口に入り。

…破壊、した。

――『鏡撃ち(ミラー)』。

 

一方、弾かれた俺の銃弾もまた…。

俺のベレッタの銃口に向かっていた。

鏡合わせのように動いたのだから、これも計算していたことだった。

 

…ガギュン!

 

俺の銃から、2()()()の弾が飛び出す。

 

俺の銃…ベレッタは。

装備科(アムド)の平賀文によって、改造されている。

…通称ベレッタ・キンジモデルは、トリガー1引きで銃弾2発がほぼ同時に飛び出すセレクターが存在する。

 

その2発目が、1発目を斜めに弾き…。

その銃弾は、俺の頬をかすめて、海原に消えていく。

 

「…キンジ…。」

 

壊れたピースメイカーを兄さんが落とす。

それと、ほぼ同時に。

 

限界を迎えた船が、とうとう砂に戻り切り…。

水没、していく…。

 

俺も、兄さんも。

 

海へ、堕ちていく………。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……キー君っ!」

 

 

 

 

 

 

 

ドルルルルッッ!!

水上バイクの強烈なエンジン音が聞こえる。

理子が、堕ちる俺たちめがけて…水上を、走る。

その姿を見ながら、俺は。

 

意識が、消えていくのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

兄さん。

俺は、あんたが死んだと聞いたとき、死にたくなるぐらい泣いたさ。

あんたが生きていると知った時、心から嬉しかったんだ。

 

それぐらい、憧れていたんだ。

でも、それでも。

 

大切な、仲間のためなら。

大切な、パートナーのためなら。

 

俺はあんたを、乗り越えられたんだ…。

 

だからさ、そんな簡単に、理想を諦めないでくれ。

子供じみた夢を、捨てないでくれ。

 

そんな俺のワガママを、許してくれ…。




読了、ありがとうございました!



今回のお話ですが、長らくのブランクのせいで文体や構成が違ってしまっているかもしれません…。
ご容赦ください。
重ね重ねですが、長らく放置してしまい大変申し訳ありませんでした。


あと、意図的なものですが今回から少しだけ詩穂が空気と化します。
今回のお話でも、キンジはアリアを、理子は詩穂を意識するように書いてみた…つもりです。
オリ主作品でオリ主不在期間が少しだけ続きますが、何卒ご理解いただけると嬉しいです。


ご感想・ご意見・評価・誤字脱字等の指摘をいつでもお待ちしております!
これからもよろしくしていただけると嬉しいです!

※追記

本編第2話を大幅に加筆・修正いたしました。
また、自己紹介のページも削除させていただきました。
勝手ながら申し訳ありません。


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