ソードアート・オンライン【魔を滅する転生剣】 (月乃杜)
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第一章:アインクラッド
第1話:剣技の世界


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「何処だ、此処って?」

 

 行き成り転移させられ、首を傾げているのは黒髪に黒瞳の少年。

 

 少年の名前は緒方優斗。

 

 様々な戦いを経て、歴戦の勇士と呼んでも差し支えないくらい戦闘を経験し、そこら辺の人外程度であれば瞬殺も可能な程だ。

 

 魔法使いやら神の闘士や悪魔やらと、頭がおかしいのでは? そう思えるくらいそんな輩と殺し合った。

 

 だが、ユートが転移して来たこの世界は平和そのものにしか見えず、戦闘者としての自分が必要だと到底思えない。

 

 近場にあったコンビニで軽食と新聞を購入すると、公園を捜してベンチに落ち着き食事がてら新聞を広げて先ず日付を確かめてみると10月30日。

 

「ナーヴギア専用、世界初のフルダイブVRMMOをアーガス社より発売か」

 

 デカデカと新聞に載っているという事は、この時代でそれが画期的なモノだと云う事の証左だろう。

 

 ユートもハルケギニアで生きていた時代に、魔法と義妹から齎された科学技術を用いてVRMMOを造って、王候貴族、平民、亜人など身分や種族に拘わりが無く遊べる環境を整えて、GM兼プレイヤーとして遊んだものだった。

 

 勿論、GMの立場があるから余り対等とは云えず、それが故に色々と制約なども有ったりしたが、あれも愉しい想い出だ。

 

 今でも人工精霊をAI代わりに、GMの役割を任せて稼働しているのは確認しており、修行場として仲間内に利用させる事も屡々あった程である。

 

 元々は義妹が転生前に、高倉コーポレーションにて開発してたのがVRMMOシステムだった事もあり、割とスムーズに開発が出来たのだ。

 

 確か義妹が創った世界観は【夢幻王(インフィニット・ドリーム)】だとか。

 

 高倉コーポレーションから出ていたMMO―RPG──【幻想界(インフィニット・ファンタジー)】なら知っていたが、シリーズになって三作目を義妹が手掛けたとは思わなかった。

 

 因みに、二作目は【英雄譚(インフィニット・ブレイバー)】というらしい。

 

「折角だし、買えるもんなら買ってみるか?」

 

 ユートはゴミを屑籠に放り込み、電気屋だか玩具屋か電気屋に向かってみる。

 

「とはいえ、初期ロットが僅かに一万本じゃあねぇ、買うのは難しいか?」

 

 予約でしか買えないと、そう言われたら無理だ。

 

 取り敢えずは行くだけ行ってみて、買えたら買おうと考えて店を捜した。

 

 幸いな事に店は直ぐに見付かって、並べば買える状態にある様だ。

 

 何時間待っただろうか? 漸く次にまで順番が回ってきたが、どういう訳なのか黒髪の少年がアタフタして進まない。

 

「あれ? 財布が……」

 

 どうやら財布を落としでもしたのか、ポケットや鞄を探っているらしく、時間がどんどん過ぎていき後ろの客が焦れてきた。

 

 見知らぬ人間を助けてやる義理立ても無いが、唐突に閃くものがあって少年に声を掛ける。

 

「君、どうした?」

 

「え? いや、それが……財布を落としたらしくて、これじゃあ買えない」

 

「そうか……それなら提案があるんだが、それを呑むなら僕が出そう」

 

「へ? でも、見ず知らずの人にそんな……」

 

 当然の反応をする少年、ユートは振り向きもしないで右腕を親指を立て、後ろの方を指し示す。

 

 その仕種に首を傾げて、示された方向を見て怯えた表情となり、血の気が引いて青褪める。

 

「うわぁ……!」

 

 ユートの後ろに居る連中がイライラとして、自分の事を睨み付けている訳で、其処は当然であろう。

 

「わ、判った。提案を呑むから頼むよ!」

 

 諦めるという選択肢は無かったらしくて、まんまと提案に乗る約束をしてしまった少年に、ユートは一万円札を渡してやった。

 

 お互いにソフトを買い、列から抜け出すと先ずお互いに自己紹介をする。

 

「僕の名前は緒方優斗」

 

「俺は桐ヶ谷和人」

 

「和人……君ね」

 

「ああ、和人で良いよ? アンタの方が幾らか歳上っぽいしさ」

 

 少年──桐ヶ谷和人は見た目に中学生だし、ユートは肉体的に18歳程度だ、確かに対外的にユートの方が歳上であろう。

 

「判ったよ和人。僕の方も優斗で構わない」

 

「ん、了解」

 

 ユートも和人も互いに呼び捨てにする事で同意し、先程の提案というか条件について話し合う。

 

「先ずは前提条件として訊きたいんだけど、和人ってこのゲームについて詳しいのかな?」

 

「俺は一応、βテスターだったからそれなりには」

 

「βテスター? それなら水先案内人にはピッタリな訳だね」

 

 βテスターとは、ゲームの完成一歩手前のβ版というのを、実際にプレイしてみて不具合の有無などを確かめたり、プレイヤーの要望などを聞いたりする為に行う人の事だ。

 

 この手のゲームの場合、一般公募されて数少ない人達が先行してプレイの恩恵に与れる。

 

「処でこのゲームってさ、ハードは何?」

 

 ズルッ! 思わずコケてしまう和人。

 

「其処からかよ!?」

 

 よもや、ゲームソフトを買いに来ておきながらハードが何かすら知らない等、誰が思うであろうか?

 

「いや、新聞にデカデカと載っていたからやってみたくなったんだ」

 

「行き当たりばったりか。というより、ナーヴギアを知らないなんて思わなかったよ」

 

 どうやらこのゲームを動かすハードは、田舎者でさえ知っているくらいに有名だったらしい。

 

「えっと、まだ金はある? 若しかして、俺に貸して無くなったとか?」

 

「大丈夫」

 

「じゃあ、ナーヴギアを買いに行こうか」

 

 和人に連れられ、玩具屋の方へ再び向かった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

11月6日……

 

 ナーヴギアを手に入れ、一週間はカプセルホテルを利用しつつ、住む場所を捜していたユートだったが、連帯保証人が居ない事などもあり、簡単にはアパートも見付からない。

 

 ゲームの正式サービスが始まる日になって、ユートは桐ヶ谷家にお邪魔した。

 

 ゲーム代金を出す条件、それは住む場所がまだ無いから、見付けるまでゲームする場所を提供する事。

 

 まあ、一週間の内に見付かればそれでも良しと考えていたのだが、一応の保険として頼んでおいたのだ。

 

 和人はその提案を飲む。

 

 余り人慣れしない若干、引き篭り思考のある和人ではあったが、不思議と警戒心が沸かなかったというのが大きい。

 

 待ち合わせをし、ユートは和人の家にお邪魔させて貰う事になった。

 

 家へと帰り着くまでに、取り留めのない会話をしていた2人だったが、ユートは和人に謝らなければならないと思った事が一つ。

 

 とはいえ、事が事だけに謝り様がなかった。

 

 元々βテスターの和人にはゲームの優先購買権が、アーガスより与えられていた筈だったのに、その権利が何故か消失していた上、慌てて買いに出たら財布を落としたとか……

 

 まるで“神の悪戯”だと苦笑いする和人であるが、ユートは頭を抱えた。

 

 明らかにユートの上司──【純白の天魔王】によって干渉を受けた結果だ。

 

 【神の悪戯】は良かったと思う、それはとても皮肉が利いているから。

 

 内心では和人に謝罪しながらもナーヴギアのセットアップをしていき、ユートと和人は簡単な会話をしていた。

 

 【ソードアート・オンライン】……それこそがこのゲームのタイトルで、まるで本物の異世界に降り立つ気分になれるのだという。

 

 【ソードアート】の名が示す通り、基本的に剣を主流に使うゲームで、魔法という概念は完全に排除しているらしい。

 

「まあ、後は実際にやってみりゃ解るよ」

 

 とは、和人の弁である。

 

 ユートのナーヴギアのセットアップが終了し、時間は午後の12:50。

 

 ソードアート・オンラインの正式サービス開始時間は13:00だから、始まるまであと5分だ。

 

「お兄ちゃん! 私、部活に行ってくるからね!」

 

 外から元気な女の子の声が響く。

 

 一応は、名前だけは和人から教えて貰っている。

 

 桐ヶ谷直葉。

 

 和人は愛称の“スグ”と呼んでいるらしく、剣道部エースの才女という話だ。

 

 落ち零れた兄と剣の才気溢れる妹の構図──厳しい祖父からの教え……

 

 ユートの嘗て──大元での世界を思い出す。

 

 祖父、緒方優介からの教えを受けたユートと妹である緒方白亜。

 

 後から始めた五歳も下の白亜に剣術で追い抜かれた時の脱力感、それでも救いとなったのは、祖父は厳しくも優しかった事と白亜は強くなってもユートを慕っていてくれた事だろう。

 

 其処は、和人より恵まれていたのかも知れない。

 

 2022年 11月6日 13:00……

 

「「リンク、スタート」」

 

 この日この時間が桐ヶ谷和人を取り巻く全てが変わる切っ掛けになるなどと、原作を知らないユートには知る由もない事であった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 βテスター時代のデータがアバターのみとはいえ、残されていた和人は直ぐにも【アインクラッド】へと降り立ったのだが、ユートの場合はキャラクター・メイキングから始めていた事もあり、少し遅れて降り立つ事になる。

 

 リアルで培った身体能力やスキルなど、ほぼ全てが使えないゲームは、少し面白いと感じていた。

 

「あ、来たな」

 

「ゴメン、遅れたかな?」

 

「仕方ないさ。キャラクター・メイキングから始めたんだから」

 

 和人のアバターは、実際の素顔に比べて大人っぽく男前な感じだ。

 

「えーっと、キャラクター・ネームは……キリトか。若しや“桐”ヶ谷和“人”から取った?」

 

「ま、まあね。そっちは……ってぇ、ユート? そのまんまじゃん!」

 

「アハハ、此方の方がしっくりくるからね」

 

 ユートの創るアバター、それは出来得る限り本人のリアルと似せたモノに仕上がっている。

 

 完全にその侭ではないにせよ、和人が直ぐにユートだと判るくらいにソックリなアバターだ。

 

「今日はどうする? 何ならレクチャーするけど」

 

「いや、ゲームのセットアップとかは兎も角、ゲームそのものは暗中模索というのも面白いし、今日は別々に行動して明日から暫くはパーティを組んで、狩りでもしようか」

 

「そっか。よし、それじゃ今日は此処で一旦、解散って訳だな」

 

「ああ!」

 

 同じ部屋に寝ていても、解散とはこれ如何に……と思ったが、取り敢えずは好きに動こうと思った。

 

 和人──キリトが見えなくなってから、ユートは先ず初期装備を良くしようかと考え、迷宮区と呼ばれている場所へ向かう。

 

 ドスン!

 

「キャア!」

 

「あ、ゴメン」

 

「うう、痛いです……」

 

 アブソーブ・ペインによって実際に痛みは感じないのだが、ちょっとした悪寒の様なものは感じる。

 

「大丈夫か?」

 

「あ、すみません……」

 

 その人物こそが、ユートの知り合ったキリト以外の“原作組”の1人であったという。

 

 

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 可成り無理がある展開となったかも……




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第2話:迷宮区惨殺事件?

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 髪の毛をちょっとした、ツインテールに結った少女にユートは手を伸ばして貸してやる。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 VRMMOの性質上で、異性との接触には気を付けないと場合によって、ハラスメントコードに引っ掛かり、ユートは割と過剰接触する機会が多い為、そこら辺には気を遣っていた。

 

「ゴメン、人がごった返してたから気付けなかった」

 

「いえ、私もお上りさんみたいになってましたし」

 

 お互い笑いながら話す。

 

 以前、ユートが義妹の手も借りて作ったVRMMOでもそうだったが、やっぱりゲーム画面を介さないで直接向き合っての会話というのは愉しい。

 

 現実(リアル)では多少の柵もあるが、この仮想世界はそこら辺を気にする必要が無いのだから。

 

 お互いにこのゲームを始めてファーストコンタクトだった事もあり、折角だから今日は一緒にやってみようという話になる。

 

「つまり、パーティを組んで遊ぶんですね?」

 

「ああ、嫌だったり他にも約束があったりするなら、僕も他を当たるなりソロるなりするけど」

 

「いえ、特にそういうのはありませんので、ご一緒させて下さい」

 

「そう? じゃあ……」

 

 ユートが人差し指を伸ばした状態で、右腕を上から下へ下ろす仕種をすると、現実だと決して有り得ないモニタが空中に出現した。

 

 否、少なくともユートに限って言うなら、現実にも存在しているのだが……

 

 モニタはこのゲームに於ける一種のインターフェースであり、メニュー画面を開いてモニタを触る。

 

 すると、少女の目の前にもモニタが顕れ、其処には文字が表示されていた。

 

 端的に云えば『パーティ申請がきています。受けますか?』と書かれており、YESとNOの選択ボタンが設置されている。

 

 少女がYESを押すと、システムが2人をパーティと判断し、幾つかの情報が判る様になった。

 

 例えば名前。

 

 生命力を指すHPバーにSilicaとある。

 

「シリカ……か」

 

「あ、名前ですか?」

 

「ん、パーティを組んだからかな。HPバーの下の方にアルファベットで名前が付いてる」

 

「あ、本当だ。Yuuto……ユウト?」

 

「そういえば、まだ名前も交換してなかったか。僕の名前はユートと延ばして呼んでくれる?」

 

「あっ! そうでしたね。ユートさんという事で良いですか?」

 

「ああ、それで頼むよ」

 

「判りました」

 

 最初のやり取りがあったからか、その侭ズルズルと自己紹介をしていなかった事に気が付いた。

 

 よくこんな状態でお互いパーティを組もうと思ったものである。

 

「まあ、パーティも組んだ事だし行こうか」

 

「はい」

 

 今日限りの野良パーティと考えて先ずは狩りでもするかと、モンスターの出そうな場所へと移動した。

 

 フレンジーボアと名前が表示されたMobが湧出、ユートは透かさず曲刀を振って叩き斬る。

 

 普通なら曲刀用のソードスキル、リーパーなりを使って斃すのが普通だったのだが、ユートはソードスキル、何それ美味しいの? と言わんばかりに素の通常攻撃をぶつけた。

 

 それでも他のRPGではスライム相当の雑魚故か、二〜三発も斬り付けてやれば蒼白いポリゴン片となって四散する。

 

 リザルトウィンドウが顕れて、其処には獲得コルと経験値とドロップアイテムの名前が表示された。

 

【50コルを獲得】

 

【経験値を10獲得】

 

【ボアの肉 ボアの毛皮を獲得】

 

 まあ、ハッキリと云えばショボいものである。

 

「さあ、次に行こうか」

 

 最初の戦闘、それをただ見ているだけだったシリカは『はぁ……』と苦笑いをしながら付いていく。

 

 フィールドを走り抜け、モンスターを蹴散らしながら辿り着いたのは……

 

「此処って」

 

 それは塔にも、アインクラッドの各階層を支える柱にも見える場所だった。

 

 この時点でレベルも2にまで上昇している。

 

「……あの」

 

「何かな?」

 

「此処って若しかして?」

 

「アインクラッド迷宮区」

 

「ですよねー」

 

 少女──シリカも付いてきておいて何ではあるが、よもや行き成り迷宮区へと突入するとは思ってなく、呆然となっていた。

 

 アインクラッド最北端に存在する迷宮区に突っ込むパーティは、どうやらこのユート組だけらしく、他は無難にフィールドに出て狩るか街中での準備に勤しんでいる様で、迷宮区内には未だ誰も居なくてシンとしている。

 

 そもそも、他に点在する町やら村をガン無視で迷宮区にまで来るバカは、普通に居ないだろうし。

 

 一番迷宮区に近い町……【トールバーナ】にすらも寄っていないのだから。

 

 だけど当然でもあろう、ユートが和人──キリトから聞いた情報では、βテスト時代にも最大で第9層までしか上がれず、ボスは第8層のモノまでしか見ていない。

 

 ソードアート・オンラインのグランドクエストは、全部で100層もあるというアインクラッド迷宮区を駆け上がる事にあり、迷宮区内の難易度はフィールドのMobなど及びもつかないのだから。

 

 本来なら適正レベルに+して、安全マージンを取るべきだろうに、ユートはと云えばシリカを連れて先々進んでレベルは1から2に上がったとはいえ、最速で挑んでいる訳でありそれは無謀以外の何物でもない。

 

 斬っ!

 

 現れた敵モンスターを試しに曲刀で斬ると、HPバーがある程度だったが確実に減った。

 

「ふん、やっぱりね」

 

「何がですか?」

 

 ニヤリと口角を吊り上げながら呟くユートに、疑問をぶつけるシリカへその答えを返す。

 

「迷宮区内のモンスターとはいえ、レベル2程度でもダメージは通る。それなら戦い様は幾らでも有る!」

 

 斬! 斬! 斬! 斬!

 

 続けざまにモンスターを斬り裂いて、HPバーを0にしてやるとポリゴン片になり砕けて消えた。

 

 それに伴って、アイテムと経験値とコル──アインクラッドのお金の単位──が手に入った様である。

 

 流石にフィールドよりは強めに設定されている為、獲られたものもそれなりに大きい。

 

 シリカにもパーティを組んでいるからか、戦闘をしていなくても数値がシェアされて入っている。

 

「さて、シリカ?」

 

「はい?」

 

「僕は此処で稼ぐ心算なんだけど、君はどうする? 一緒に来て狩りをするか、パーティを解散して無難に外でレベリングに勤しむか……或いは、此処に来るまでに見掛けた町の近くで、一緒にレベリングする?」

 

 浅い部分で現れる雑魚とはいえ、迷宮区のモンスターは【はじまりの街】の直ぐ外に現れる猪──フレンジーボア──みたくスライム相当とはいかない。

 

 恐らくは最低レベルでも4くらいはあるだろうに、それをレベル2で相手にするなど、普通のコマンド型RPGだと無謀な試みとも云える。

 

 だが、従来のそれとは違うのがVRMMORPG、自らのアバターを動かして戦う為、ランダム要素でのミスというのは無く、その気になればレベル差が5くらい開いていても、攻撃を躱そうと思えば躱せた。

 

 そして、ダメージが通るというのならば、斃す事も決して不可能ではない。

 

 とはいえ、安全マージンも取らずに迷宮区に潜り、モンスターに囲まれでもしたら終わりではあるが……

 

「一緒に行きます」

 

「そう?」

 

「はい!」

 

 シリカはβテスターでもないユートに、だが何処か戦い慣れた部分を感じた。

 

 現状ではそれだけで心強いと思える。

 

 ユートは優しい表情で、シリカに言う。

 

「少し戦闘に慣れ、レベルが上がるまでは安全な場所に控えていようか」

 

「判りました」

 

「時々、手負いにして送るから慣れる意味合いで斃していけば良いよ」

 

 こうして狩りが始まる。

 

 出てくるMobは所謂、コボルドと呼ばれるモンスターで、第一層の一階には雑魚ボルトと揶揄出来そうな連中で、ルインコボルド・ソルジャー。

 

 正真正銘の雑魚なのだろうが、迷宮区内のMobは基本的にフィールドに湧出するMobと比べて強く、流石にフレンジーボアみたいにはいかなかった。

 

「はっ!」

 

 敵の左肩から斬り降ろす袈裟懸け、足元から左薙ぎに斬り、今度は左の足元から斬り上げる左斬り上げ、最後には首を叩き斬る形での左薙ぎ──8の字を描くが如く四連続攻撃。

 

「緒方逸真流──【八叉禍】!」

 

 現実世界の人間が相手ならば、見事な斬殺死体が出来上がっている処だ。

 

 ポリゴン片になり四散したルインコボルド・ソルジャーは、無慈悲に消滅してユートとシリカの為にコルと経験値とアイテムを遺してくれた。

 

「す、凄いです! あっという間に斃しちゃった!」

 

 新規参加(ニュービー)とは思えない動き、圧倒的な美しいとさえ云える剣技、どれを取っても今のシリカには持ち得ないものだ。

 

「さあ、どんどん行こうかシリカ」

 

「はい!」

 

 

 元気に返事をしたシリカを連れ、更に迷宮区の奥に進んで行くと、再びルインコボルド・ソルジャーが剣を振り回しつつ湧出する。

 

「じゃあ、今度はシリカが斃してみようか?」

 

「は、はい!」

 

「先ずは僕が軽くダメージを与えるから、通常攻撃を繰り出して斃しそう」

 

 そう言うと、曲刀を揮いながらルインコボルド・ソルジャーに斬り付けた。

 

 見た目には、片手剣系の斜め斬りソードスキルである【スラント】を放った様にも見えるが、使った武器は曲刀だし何よりライト・エフェクトが灯らない。

 

 つまり歴とした通常攻撃である。

 

 更には逆風──下から真っ直ぐに斬り上げる──を打ち込み、ルインコボルド・ソルジャーが持つ片手剣を弾いてしまう。

 

「シリカ!」

 

「はい!」

 

 戦いそのものが初めて、そんなたどたどしい手付きでフラフラと掛け、傍から見れば『命(タマ)、取ったらぁぁっ!』と言わんばかりの体勢で短剣を構えて、

ルインコボルド・ソルジャーへと突っ込む。

 

「うわぁぁぁぁああっ!」

 

 ズシュッ!

 

 肉を突き刺したみたいなSEが響き、シリカの短剣がコボルド兵士に刺さる。

 

 それでもまだ動こうとしているのを見て……

 

「いやぁぁっ! 死んで、早く死んで下さいぃっ!」

 

 力一杯に押すと、コボルド兵士が押し倒されるのと同時に、マウントポジションとなったシリカは、短剣を両手に持って振り上げ、それをコボルド兵士の胸に降ろした。

 

 ズシュッ! ザシュッ!

 

「死んで、死んで、死んでよぉぉぉぉおおっ!」

 

 目を閉じた侭、一心不乱となり短剣を何度も何度も突き立てる。

 

 コボルド兵士のHPバーがどんどん減り、遂に全損してしまうとカシャーンという、軽快なSEを響かせながら蒼白いポリゴン片に変わって四散した。

 

「うわ……」

 

 ドン引きするユート。

 

 現実ならば血塗れの惨殺現場の出来上がりだ。

 

 まあ、ちゃんと戦い方を教えていなかったユートも悪いと言えば悪いのだが、いつかシリカがNice boatを仕出かさないか心配となる。

 

 まあ、この場合は仕出かされる一番候補がユートとなる訳だが……

 

「シリカ、シリカ!」

 

「うわぁぁぁああんっ!」

 

 既に乗っかっていた筈のコボルド兵士が消滅しているにも拘わらず、シリカは何も無い地面に短剣を突き立てつつ泣き叫んでいた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 約十分が過ぎ、漸く落ち着きを取り戻したシリカ。

 

「ごめんなさい」

 

 真っ赤になって座り込むシリカに、ユートはソッと手を触れ──ハラスメント・コードに引っ掛からない程度──苦笑いをしながら優しく言う。

 

「いや、僕も普通のRPGみたいに誰でも普通に戦えると勘違いしてたよ」

 

「うう……」

 

 フルダイブ環境による、このSAOは初めての本格的なRPGだという。

 

 とはいえ、よもや素人の惨殺現場を見せられるとは思わなかった。

 

「少し戦い方を教えるよ。ああ、ちょっと触る事になるけど構わない?」

 

「えう? はわわ!」

 

 ユートはハラスメント・コードに極力、引っ掛からない様に手取り足取り教えてやった。

 

 数分のレクチャーだが、短剣による通常攻撃の仕方やソードスキルの使い方、防御や回避のやり方。

 

 呑み込みが早いシリカはすぐに吸収してくれた。

 

 再び迷宮区内を歩くと、湧出する新しいMob。

 

 ルインコボルド・ソルジャーと、弓矢を使うルインコボルド・アーチャーだ。

 

「飛び道具使いの方は此方で処理する。コボルド兵士はシリカが斃せ!」

 

「判りました!」

 

 放たれる矢をカトラスで斬り上げて弾くと、一気にコボルド弓兵へ身体を斬り上げた勢いを利用して回転を加えながら詰め寄って、左斬り上げ──左斜め下から右斜め上へ斬る──によって斬撃を入れた。

 

 更に回転しながら首を刎ねてしまう。

 

 部位欠損というにも程がある形で、一気にHPバーが全損して四散した。

 

 シリカも流石に先程みたいな無様は晒さず、無難に短剣の初期ソードスキル──【ピアース】を放つと、次に技後硬直を出来る限り小さく抑え、通常攻撃を繰り出した。

 

 もっと上の【アーマーピアース】みたいな敵の防御をある程度、無視をしての突き攻撃よりはダメージも小さいが、確り弱点に極った為にHPバーも半分近く減っており、後は通常攻撃を二発も当てれば勝てるという程度だったのだ。

 

「や、殺りました!」

 

 随分と剣呑ではあるが、〝まとも〟な状態で初めての勝利である。

 

 その後も順調に狩りを続ける事となった。

 

 第一層の迷宮区二階まで進んで、それなりにMobも斃してたんまり獲るべきを獲たものだった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 迷宮区第Mob斃すだけでなはく、宝箱を開けてみたりマッピングの為に同じ場所を廻ったりと、RPGとしての楽しみ方をある意味で満喫していた。

 

 その中でもシリカは戦いに舌を巻く、最初があんなだったから暫くは気付けなかったが、ユートは大してダメージも受けず、次々とモンスターを撃破しているのだが、本来なら使うべき【ソードスキル】を一度も使ってはおらず、恐らくはリアルで身に付けたと思しき技術でのみ戦っている様に見受けられたのだ。

 

 そもそも【ソードスキル】を使えば、剣がライト・エフェクトで光る。

 

 流石に数値の問題上か、動きにちぐはぐな処もあった様だが、それでも充分に洗練されている動きはまるで舞いだった。

 

 実際に、ユートは本物の戦場を知っているし、剣の扱いにも長ける。

 

 ゲーム内ではまだまだ、完全再現が出来てはいなかったが、少しずつ慣らしていけば最適な動きが出来る様になると考えていた。

 

 シリカも剣による戦い方を学びながら、笑顔を浮かべて愉しく戦い続ける。

 

 初めの無様に比べれば、可成り心に余裕が出来たという証拠だろう。

 

 午後13:00から始めたゲームだが、いい加減で時間も過ぎていく。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ユートとシリカの迷宮区内でのレベリングも順調に進んでいた。

 

 四時間に亘るプレイ……迷宮区ではニ時間程度ではあるが、その時間の殆んどをモンスターとの戦闘に費やしていた結果、ユートがレベル6となってシリカもレベル4で落ち着く。

 

 どうやらトドメを刺す刺さないが、経験値の多寡に影響を与えるらしいのは、間違いない。

 

 まあ、今日一日での成果としては上々と云えよう、他のプレイヤーは其処まで一日のレベルアップに勤しんではいないだろうから、現状でのレベルはトップだと思われる。

 

 そもそも、ユートくらいの現実での強さが無いと、本来なら無茶無謀な行動でしかない事を繰り返した訳だから、それも当然だ。

 

 とはいえ、現実の能力がまるで使用出来ないから、飽く迄もゲーム内で応用が利く範囲の話である。

 

 ユートはメニューを呼び出して、コルとアイテムの確認をしてみた。

 

「初期のものと合わせれば一万二千コルくらいだね。パーティでシェアリングされてるにしては稼げたか。アイテムも回復系が幾つかと少し強めの曲刀(タルワール)か」

 

 多少強いとはいっても、所詮は序盤の宝箱から手に入れた武器で、数値的には大した差もない。

 

 だが、全てのアイテムには耐久値が設定されているが故に、いつかは壊れてしまう事を鑑みれば、予備の武器は有り難かった。

 

 ユートは本来使う刀とは感じが一番近い曲刀を使っており、戦い方も【緒方逸真流】を再現する形だ。

 

 ゲームでの感覚を掴み、何処まで再現が可能なのか暗中模索でやっていたが、とんでも技の奥義や秘奥などでもなければ、練習次第で再現出来そうだと、手応えを感じている。

 

 実際に幾つか試しに使ってもいた。

 

 因みにシリカは短剣……ブロンズダガーを買って使っていた。

 

「はふー」

 

「シリカ、疲れたか?」

 

「はい、物凄い緊張感ですから……」

 

「まあ、これだけリアルに仮想を設えてるからね」

 

「リアルに仮想って、矛盾してませんか?」

 

「まあね」

 

 吊り橋効果とでも云うのかどうか判らないが、それなりに仲好くなったシリカと笑い合う。

 

 事実として、リアリティーの豊かなモンスターを低レベルで相手にするというのは集中力を要し、緊張感も半端ではない。

 

 それは精神的な疲労感を誘発し、肉体的ではないが疲れを感じてしまう。

 

 シリカが時間を確認し、驚いた表情になる。

 

「わっ、もうこんな時間。迷宮内は暗いから気が付かなかったよ」

 

 時間はもう17:15。

 

 仮想体(アバター)からは判り難いが、シリカの年齢は高校生より低いからいい加減で一旦、落ちないと親に叱られてしまう。

 

「あの、そろそろ街に戻って落ちませんか? 時間も時間ですし……」

 

「問題ないよ。既に出口の近くだからね」

 

「え?」

 

 ユートがシリカの手を取って引っ張りがら走ると、直ぐに明かりが見えた。

 

 時間は丁度17:30となっており、リンゴーン、リンゴーンと何処からか鐘の音が鳴る。

 

 その瞬間、ユートの目の前が行き成りブレた。

 

「ん? これ、転移か?」

 

 ユートが不思議そうに呟くと、其処は【はじまりの街】の転移門前広場、最初にログインした時に顕れた場所だった。

 

 

 

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 行き成りの迷宮区は無理があったかな……



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第3話:Not ソードスキル

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「此処は……」

 

「転移門前広場。ログインの時に始めに訪れた場所だろうね」

 

 誰に言うでもなかったのであろうシリカの呟きに、ユートは律儀にも回答をしてやる。

 

 第一層フロアの最北端にある迷宮区に居た筈だが、先程の転移によって【はじまりの街】に戻されたという事であろう。

 

 走って行くだけでそれなりに時間を掛けたのだが、転移であっという間に戻されては脱力感に襲われる。

 

 実際、ユートとシリカは迷宮区に行く際に、フィールドでポップしたモンスターを斃して一つレベルを上げていた。

 

「けど、どうして?」

 

「流石にそれは判らない。オープニングイベントでもする気なのか?」

 

 よくよく見れば、下手をするとプレイヤー全員が集まっているのでは? そう思わせる人数だ。

 

 歩いていると、どうにも無視出来ない会話がチラホラと耳に入ってくる。

 

「ログアウトが出来ない、どうなってんだ?」

 

「GM出てこい!」

 

 騒ぐプレイヤーの怨嗟の如く声は、シリカを不安にさせるのに充分であった。

 

 ユートの服の裾を握り、辺りを見回している。

 

「シリカ、不安なら手を繋いでいようか?」

 

「あ……はい!」

 

 何が起きたのか、起きるのかも判らない状況下で、決して独りではないという証の様に、ユートはシリカの手を繋ぐ。その温もりを感じて、やっと少しだけでも小さな胸を撫で下ろす。

 

 そんな2人を嘲笑うかの如く、空に血の様に真紅のフォントで文字が浮かぶ。

 

【Warning】

 

【System Announcement】

 

 この英文が、交互に表示されていた。

 

「ワーニング? システムアナウンスメント? 運営が言い訳でもする気か?」

 

 ログアウト出来ないと言っていたが、若しかしたらシステムの不具合……バグでも発生したのかも知れないと考えたユート、たけど事態はそんな簡単なモノでは無いと実感させるには、充分だと云えるもの。

 

 パターン化された真紅の空から、まるで血液の様な塊がヌルリと落ち、それがローブを纏う人型を執る。

 

 ローブにフードと魔導師の様な姿だが、フードには中身──顔が無い。

 

 ユートは所謂、ニュービーというヤツであり、知識も全く無いからあの赤い色のローブがGMなのか何なのか理解が出来なかった。

 

 その赤ローブは高らかに宣言するのだ……

 

「プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ」

 

 私の世界と言った。

 

 彼がGM(ゲームマスター)だと云うなら、確かにこのソードアート・オンラインのアインクラッドに於いては、正に神の如く存在とも云えるから、その言葉の意味には沿うだろうが、赤ローブは更に信じ難い事を宣ってくれる。

 

「私の名前は茅場晶彦……今やこの世界をコントロール出来る唯一の人間だ」

 

 と言われても、ユートには茅場晶彦の知識が微塵も無いので、コメントなどはしようがない。

 

 判るのは、彼がGMとしてこのソードアート・オンラインを支配出来る権限を持つ事と、彼がゲームデザイナーだという事くらい。

 

 茅場晶彦は、この世界のルールを伝えてきた。

 

 先ず、彼の目的は世界の完成にあり、故に目的は既に果たされたらしい。

 

 ログアウトボタンは消滅しており、プレイヤー達はログアウトによるゲームの脱出は不可能。

 

 試しにメニューを呼び出してみると、確かに少し前──15:20頃には存在していた筈の、ログアウトボタンが見当たらない。

 

 そしてこれは、動作不良などのバグではなくソードアート・オンラインの正式サービスの仕様らしい。

 

 初めからこの心算だったという事だ。

 

 更には、外部からナーヴギアの停止も有り得ない。

 

 万が一にもナーヴギアの強制的な停止などが為された場合、本体の信号素子から発するマイクロ波により脳を破壊すると言う。

 

  高出力バッテリーセルを内蔵したナーヴギアは、それが可能である。

 

 茅場晶彦は言う、具体的には10分間の外部電源の遮断、2時間に亘るネットワークからの回線の切断、ナーヴギアへの過度な干渉の試み……これらを行った場合に脳破壊が実行に移される様だ。

 

 そしてこの事は各種メディアを通じて通告をしてあるが、既に213人のプレイヤーがアインクラッドからも現実からも永久に退場……端的に言えば死んでいるのだと言った。

 

 プレイヤーがゲームから解放される条件は一つ……アインクラッド最上部たる第百層まで辿り着き所謂、ラスボスを斃してゲームをクリアする事。

 

 ゲームクリアの瞬間に、生き残ったプレイヤー達は全員ログアウト出来る。

 

 茅場晶彦の目的は身代金だとかではなく、飽く迄もこのアインクラッドの完成にあり、それを鑑賞する事であるという。

 

 彼は最後に贈り物をしたから、アイテムストレージを見る様に促す。其処には【手鏡】という見慣れないアイテムが納まっていた。

 

 シリカも意図の判らないアイテムに首を傾げる。

 

「何でしょう、これ?」

 

「さてね、鏡か。取り敢えずは見てみるか」

 

「そうですね」

 

 オブジェクト化すると、2人が手にした【手鏡】が行き成り輝きを放った。

 

「チィ! 何だ?」

 

「キャッ! 眩し……」

 

 光が収まり再び【手鏡】を見てみると、其処には見慣れた顔が……

 

「これは、僕……だと?」

 

 キャラクターメイキングに於いて、ユートは出来得る限り元の自分の姿に似せてアバターを作った心算だったが、どうしたって全く同じにはならなかったが、今現在に【手鏡】に映るのはユート自身の容貌。

 

「はっ! シリカ?」

 

 はたと気付き、シリカの方を見やれば……

 

「あうう、何だったんですか今のは」

 

 全体的には変化が無いのだが、明らかに縮んで髪の色も栗毛色となった少女がユートと繋いだ反対側の手で目を擦っていた。

 

 手が繋がれているという事はつまり、この義妹と同じくらいにしか見えない、ミニマムな少女こそシリカだという事になる。

 

 自身がリアルの容姿になっている訳だから、この姿こそシリカのリアルな容姿なのだろう。

 

 ユートの義妹の様に成長の見込みがまるっきり無い合法ロリでないなら、彼女は小学生か或いは中学校に上がったばかりという事。

 

 漸く視力が回復したのかシリカが此方を見て……

 

「え? だ、誰ですか?」

 

 驚愕と共に叫んだ。

 

「落ち着け、多少は変化しているとはいえ、判らない程には変わってないだろ」

 

「その声、ユートさん?」

 

 そう言って未だに繋がれている手を見て、その温もりが変わらないのを確認、ホッと胸を撫で下ろす。

 

 まあ、仮想体(アバター)に温もりも何も無いが……

 

「【手鏡】で自分を見てみると良い」

 

「……え?」

 

 指摘をされ、慌てて未だ手にした【手鏡】を覗いてみると、髪の毛や瞳の色と身長などが明らかにリアルと同じな自分が映った。

 

「な、何で?」

 

「恐らくはこれが現実だと知らしめす為、アバターをリアルに変化させたんだ」

 

「そ、そんな……」

 

 広場は真の姿を晒したが故に、何処かのコスプレ会場も斯くやだ。

 

 どうやらチュートリアルが終わったらしく、茅場はそう宣言する。

 

「待て、茅場晶彦!」

 

 これは一種の賭けだ。

 

 上手くいけば御慰み程度の事でしかない。

 

「何かね?」

 

 返事をしたという事は、あれがインタラクティブに会話が出来る本人の可能性が高いと踏む。

 

「今の侭だと通常攻撃が弱いんだ。ソードスキル前提だから仕方ないけど、これではゲームとして面白味に欠けるんだよね」

 

「ほう?」

 

「だから、通常攻撃であってもコンボ……連撃を極めたら一撃毎に10%ずつ、ダメージが増えていく様にアップデート出来ない?」

 

「つまり与えるダメージが100なら、コンボを極めると110、120と与えられる様にか?」

 

「そうだよ」

 

 即ち、10回のコンボを極めればダメージが2倍となる訳だ。

 

 茅場晶彦はソードスキルを使う事を前提に、ゲームをデザインした。

 

 それはシステムアシスト無しでは、幾ら何でも戦えないと考えたからに他ならない。だが、この提案をしてきた少年はこう言っているのである。

 

『ソードスキルのシステムアシスト無しで同じ事をしてやる、だから通常攻撃の扱いを佳くしろ』

 

 素直に面白いと思った。

 

 ゲームデザイナーの自分へこの状態で挑戦しよう、そう言うのだから。

 

「良いだろう、システムアシスト無しで何処までやれるか、見せて貰おうか」

 

 賭けには勝った、ゲームをしていて不満に思ったのがソードスキル前提という事だったが、これでユートは十全とはいかない迄も、戦い易くなる。

 

「序でに要望があれば聞くぞ?」

 

「このゲーム、刀は無いのかな?」

 

「条件さえ満たせば使える仕様だが、何故かね?」

 

 どうやら、何らかの方法で出てくるものらしい。

 

「別に、僕の得意な武器は刀だってだけだよ」

 

「ふむ、ならば何か代償を支払えばこの場に限って、使える様にしようか」

 

 興が乗ったのか、デザイナーとしては有り得ない事を宣う。ユートはチャンスを活かすべく言った。

 

「ソードスキルと引き換えに刀を扱うスキルと、初期装備に刀を貰える?」

 

「! それは要するに……このゲームで最大の力たるソードスキルを破棄するという事かね?」

 

「当たり」

 

「クックック……」

 

 茅場晶彦は笑う、余りにも愉快で思わず笑みが零れてしまう。

 

「ハハハハハハハハッ! 良かろう、君のソードスキルを全て消去し、エクストラスキル:刀を与えよう」

 

 ピコン! 何かが変わったらしく、作業を終えた事を示す音が響く。

 

「他の者も、ソードスキルと引き換えに、この処置を施そう……公平にな」

 

 茅場晶彦は言うが、誰も声を上げる者は居ない。

 

 ソードスキルと引き換えてもメリットは無いのだ、当然だろう。そして、今度こそチュートリアルは終了した。

 

 茅場晶彦が消えた後で、ユートは混乱する転移門広場からシリカを連れて直ぐに離れる。

 

「私達、どうなっちゃうんでしょうか?」

 

「さてね、茅場晶彦という名の神が思う通りだろ」

 

 涙ぐむシリカに、ユートも元気付けたい処ではあったが、流石に現状では大した慰めも出来ない。

 

 そういえば、何だか茶髪の少女がヘタリ込んでいたみたいだが、あの娘は大丈夫なのだろうか?

 

 また逢う事があったら、今度は声でも掛けてみようと思った。勿論、変な意味ではなくてだ。

 

 ユートには茅場の目的は未だに判らないが兎に角、早目早目に強くならねばなるまい、シリカを引っ張りながらプランを考える。

 

 この手のゲームは謂わばリソースの奪い合い、早く良いポジションを得なければ出遅れてしまうのだ。

 

「あれは!」

 

 黒髪の少年、桐ヶ谷和人が赤毛にバンダナの男と話しをしていた。

 

「キリト!」

 

「ユート!?」

 

 こうして、取り敢えずはキリトとの合流は果たされた訳だが、どうにもこんな事態では素直に喜べない。

 

 故に、合流と同時に溜息を吐くのであった。

 

 

.




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 本当は時限式の録音みたいなモノかも知れないし、有り得ない可能性もあるけどインタラクティブに話せたという事で……




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第4話:現実の世界へ

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 ユートは冷たい──否、生暖かい視線を向け……

 

「何をしてるんだ? 男の手なんて繋いでさ」

 

 そう言ってやる。

 

「「へ?」」

 

 キリトと赤毛の男は自らの置かれた状況を鑑みて……

 

「「うわぁぁぁっ!」」

 

 驚愕のハーモニーを奏でながら手を放した。

 

「あ! 私、知ってます。こういうのってBLって言うんですよね?」

 

「「言わんで良い!」」

 

「息がピッタリです」

 

 シリカからの突っ込みにキリトも赤毛の男も、ガックリと項垂れてしまう。

 

 先程までは沈んでいただけに、笑える様になったのは良い傾向だろう。

 

「そういうユートこそさ、何だってその子と手を繋いでるんだよ?」

 

「パーティ組んでるのに、置いてきぼりには出来ないだろ?」

 

「じゃあ、昼間はその子とプレイをしてたのか」

 

「まあね」

 

 キリトは何気無く赤毛の男を見て溜息を吐く。

 

「な、何だよ?」

 

「いや、俺はむさい男相手にレクチャーしていてさ、相棒は女の子と宜しくやってたなんて、世の無情ってのを嘆いていたんだよ」

 

「って、そりゃないだろうキリトよぉ」

 

 今度は違う意味合いで、同時に項垂れた。

 

「で? 結局、何をしていたんだよ」

 

「ああ、この侭だと判るだろうがリソースの奪い合いになる。俺はβテスト時代の情報で、ある程度は有利にれるんだ。【はじまりの街】周辺のモンスターなんて直ぐに狩り尽くされる。そうなれば、再湧出(リポップ)をひたすら探し回る事になるぞ。だから今の内に次の村を目指した方が良いんだ。それでクラインを誘っていたんだ。ユートとはフレ登録してるし、連絡は出来るからな」

 

「えーと、クラインってのはこの赤毛に、趣味の良くないバンダナの男のキャラネームだよね?」

 

「趣味が良くなくて悪かったな。結構気に入ってるんだぜ、これ」

 

赤毛の男──クラインは、憮然となって言う。

 

「で、次の村を拠点に動こうって訳か」

 

「ああ、俺は安全な道やらモンスターの湧出(ポップ)場所もだいたい判るんだ。レベル1でも死なずに向かえる筈だ」

 

「確かにね、近場で狩りなんて素人でも思い付くし、今の内に拠点を移すか……僕は元々、一緒に行動する事になってたけど、シリカも一緒で構わないか?」

 

「う、ん……一人くらいなら何とかなるよ」

 

 正直に言えば、三人でも割とギリギリな感じだし、四人はキツいのだが……

 

 ふと、シリカを見やると不安そうな表情だ。

 

 見た目には中学生か? 或いは小学生の可能性も。

 

 知り合ってしまった以上はこの侭、彼女を見捨てるのは後味が悪過ぎた。

 

「キリトよぉ、俺ゃやっぱやめとくわ」

 

「クライン!?」

 

「だってよ、広場にゃさ、俺の仲間達が居んのよ……あいつら見捨てるのは俺には出来ねぇ。あいつらと、徹夜で並んでソフトを買ったんだしな」

 

 キリトには解った、解ってしまった。クラインという男は面倒見が良く、友達を全員連れて行きたいと願っており、それが不可能なのを理解しているから置いていけと言っているのだ。

 

 前情報を持つキリトは、レベル1でもクラインを連れて行くのは可能。

 

 だがこれに+してユートとシリカを連れて行くとなれば、話は可成り違ってしまう。安全な道とはいえ、モンスターは湧出(ポップ)するし、そうなれば誰かが死ぬかも知れないのだ。

 

 キリトにそんな責任を負える訳がない。

 

「あれ? そういえばさ、ユートとシリカのレベルって幾つなんだ?」

 

「レベル? 6だけど?」

 

「4ですよ」

 

「ハァ!? 何でそんなに上がってるんだよ?」

 

 有り得ないレベルに驚愕するキリト。クラインも驚きが隠せないのか、あんぐりと口を開け放っている。

 

「三時間掛けて最北端にある迷宮区に行って、一時間掛けてひたすらモンスターを狩り尽くした」

 

「ば、バカな……」

 

 迷宮区のモンスターは、グランドクエスト真っ只中に出る為、フィールドに出るMobに比べてレベルも高い。

 

 確か【ルインコボルド・ソルジャー】がレベル4くらいで【ルインコボルド・トルーパー】というのが、レベル8くらいだった。

 

 雑魚には違いないのだろうが、レベル1で何体も狩るのは難しいを通り越し、不可能に近い。

 

 それが、僅か一時間程度でレベル6とか、どれだけのペースで狩ったのか……というよりも、レベル1で迷宮区に突っ込むなんて、どれだけ無謀なのか。

 

 正確には一時間半くらいではあるが、キリトからすれば大して変わりない。

 

 だが、こうなれば話は少し違ってくる。

 

「クライン、仲間を連れて直ぐに戻って来い!」

 

「へ?」

 

「ユートとシリカのレベルなら、レベル1のクラインと仲間を護りながら次の村まで行ける!」

 

「い、良いのか?」

 

「急げ!」

 

「お、応よ!」

 

 急かされて、急ぎ広場に取って返すクラインを見送りながら、レベリングに励んでいたユートとシリカに心の中で感謝した。

 

 その後は、数分足らずで仲間を連れて来たクラインを伴い、次の村までの道程をひた走る。

 

 草原と森林を越えた先にある小村【ホルンカ】へ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ユートの使う【緒方逸真流】は、先祖の緒方優之介が戦国時代に大名達が群雄割拠していた頃、生き残る為に強くなりたいと思い、修業に修業を重ねて考案をした技が幾つも有る。

 

 しかも『苔の一念は岩をも徹す』と言わんばかりの勢いで、岩石を斬ったり、大滝を斬ったり、果てには様々な動植物や人間を斬っていき強くなったのだから空恐ろしい。

 

 ユートにはそんな無茶な御先祖様の血が脈々と受け継がれ……てはいないが、魂に刻み込んでいた。

 

 今のユートの肉体には、緒方家の血は全く受け継がれておらず、既に日本人ですらないのだ。

 

 見た目は変わらないが、一応の国籍は英国である。

 

 それは兎も角、緒方家の創始者たる緒方優之介は、現実の日本に存在していた動植物や人なら大方は斬っているから、ある程度なら如何なるモノとも戦えた。

 

 猪そのもののフレンジーボア、狼そのもののアッシュウルフに、蟻そのもののアントワーカー。

 

 どれもこれもレベルは1〜2の雑魚ばかりであり、迷宮区に湧出したルインコボルド・ソルジャーやルインコボルド・ソードマンに比べれば簡単に屠れた。

 

 人型ではないMobだとはいえ【緒方逸真流】には全く問題は無く、ユートは狩り尽くす勢いで斬り斃していく。

 

 斬っ!

 

 横薙ぎ一閃、アッシュウルフを切り裂いてポリゴン片へと還すユート。

 

 メニューには獲得をしたコルと経験値とドロップしたアイテムが、いつもの如く表示される。

 

 とはいってもユートばかりが戦う訳にもいかない、パーティはユートとシリカとキリトの三人が組んで、クラインはクライン一味の五人とパーティを組んでいるから、ユートがMobを斃す事によって、パーティシェアで経験値が入るのはキリトとシリカだけ。

 

 クラインとその一味にはコルも経験値も入らない。

 

 従って、クライン達は付いて行きながらもMobを見付け、自分達で斃していかなければならなかった。

 

「おおりゃぁぁぁっ!」

 

 クラインによる曲刀カテゴリーのソードスキルである【リーパー】が、フレンジーボアを切り裂く。

 

 【ホルンカ村】までには時間も少し掛かる事だし、キリトとユートとで素人丸出しのクライン一味を指導しながら進んでおり、その成果もあってかフィールドのMobを相手にならば、もう苦戦もしない。

 

 それでも戦闘を続けていた甲斐もあって、キリトとクライン一味はそれぞれ、レベルが1つ上がって2となっていた。

 

 流石に、レベル6であるユートとレベル4のシリカは上がらなかったが……

 

 ユートとシリカみたいに迷宮区に篭り、レベリングだけを目的にMob狩りをしていた訳ではないから、これ以上のレベルアップは無い侭、目的地に着く。

 

「っにしてもよ、ユートはβテスターでも何でも無かったんだろ?」

 

「そうだけど?」

 

「にしちゃあ、なんか慣れ過ぎてねーか?」

 

「僕がSAOをやるのは、間違いなく初めてだよ」

 

 だが、ユートの場合だとフルダイブ型のゲーム自体は初めてではない。

 

 義妹のユーキが開発したVR型のMMOを応用し、様々な分野で使ってきた。

 

 慣れていて当然なのだ。

 

 後年は、フルダイブ処かデジタライズにより肉体と共にゲームに入るなんて、無茶苦茶もやっている。

 

「さて、仕上げにクライン一味の武器や防具の新調をしないと……な」

 

 ホルンカ村にはそんなに良い武具は置いてないが、ユートとシリカのアイテム

ストレージ内には、迷宮区で手に入れた武器や防具も幾つか入っていた。

 

 アイアンソードやタルワール、レザーチュニックにレザーチェスト。

 

 どれも、初期装備よりはまだマシなレベルだ。

 

「いやあ、キリト。マジに助かったわ」

 

「ユートとシリカに言ってくれ。正直さ、俺だけだったらクライン達を置いていくしかなかったんだ」

 

「おう、あの二人にも感謝だよな。仲間を助けて戦ってくれたしよ」

 

 本当にさっぱりした性格なのだろう、爽やかな笑顔を浮かべていた。キリトを苦笑をしつつ肩を竦める。

 

 其処へユートとシリカが連れ立って戻って来た。

 

「取り敢えず、クラインの一味の武装は揃ったよ」

 

「案外、揃いました」

 

「お、わりーな二人共よ」

 

 迷宮区でのドロップ品なだけに、一段階か二段階上の装備でしかないとはいえ今はこれで充分であろう。

 

「お、それが刀かよ。中々良いじゃねーか。俺もいつかは使いてーな」

 

 ユートが装備しているのはあの時、茅場晶彦に物申した際に手に入れた刀。

 

 茅場曰く、ユートが持っていた武器を同レベルの刀に変えておいたらしくて、アイテムストレージの武器が軒並み刀になっていた。

 

 そうなる前に、武器を幾つかシリカに預けてあったからクライン一味の武器を変える事が出来たのだ。

 

 刀は予備武器も含めて、四振りが残っている。

 

 エクストラスキル【刀】と武器の刀は、ソードスキルと引き換えにした訳ではあるが、ユート自身は特に困りはしない。

 

 どうせソードスキルなど使いはしないのだから。

 

「さて、僕は試してみたい事があるから、暫く留守にするよ」

 

「試してみたい事……ですか?」

 

「ああ、ベッド借りるぞ」

 

「あの、ユートさん。留守にするのでは?」

 

「身体はね」

 

 キリトの座るベッドへと腰掛けると目を閉じる。

 

「いったい、何を?」

 

「ログアウトを試みる」

 

「ああ、ログアウトね……ログアウト……? ログ、アウト? ハァッ!?」

 

 キリトはキャラ崩壊寸前なまでに驚愕して、目の玉が飛び出るリアクションで絶叫した。

 

「待て、死ぬ気か?」

 

「いや、大丈夫だよ。確かに電子レンジの要領でチンされるだろうし、ダメージは受けるだろうけど、死にはしないから」

 

「そんな訳が無いだろ! 間違いなく死ぬぞ!」

 

「そこら辺も事実かどうか知りたくないか?」

 

「それは……」

 

 口籠るキリト。茅場晶彦の言葉が真実かどうかこの場に於いては、確かめ様も無いだけに知りたいと考えてはいた。それは確かだ。

 

 だからといって、誰かを犠牲には出来ない。

 

「それに、どうやってログアウトなんてする? 俺達の感覚はナーヴギアに此処で止められてるんだぜ」

 

 首筋を指で指しながら、ユートに指摘する。

 

「脳幹で止まっているのは知ってるけどね、それでも集中すれば自発的に動けるんだよ、僕は」

 

 その昔、黄金聖闘士たる乙女座(バルゴ)のシャカに頼み、天舞宝輪という五感を剥奪する技で、五感を断って貰って修業するというのを試みた事があった。

 

 それ故、多少の事で五感を喪う事は無い。

 

「けど、ユートさん。私はやっぱり心配です。若しもユートさんが帰って来れなかったら……」

 

「そうだぜ、シリカちゃんの言う通りだ」

 

「だから、大丈夫だよ……僕はその程度じゃ死なないというか、死ねないから」

 

 苦笑しつつ、脳の命令を阻害する部分を抜けて触覚に働き掛けていく。

 

 五感の全てを感じ取り、普段は何気無く動かしている手足を、自らの意志を以て恣意的に動かす。

 

 現実世界でユートの肉体が起き上がり、ナーヴギアに手を掛けると一気に腕を上げて脱いだ。

 

 バチリ! 破滅的な音が響いたかと思うと、激痛がユートの頭を襲う。

 

「がはっ!」

 

 直接的な火なら防げたかも知れないが、流石にマイクロ波による沸騰現象までは勝手が違ったらしい。

 

 電撃は氷結と同じで四属性に当たらない為、ユートにダメージを与えるのだ。

 

「ぐっ、嗚呼!」

 

 とはいえ、脳を沸騰させられたからといって死ぬ程に柔ではなく、激痛によりのた打ち回ってはいるが、死には至らない。

 

 ガシリと何か柔らかい物を掴む。

 

「キャッ!?」

 

 何やら声が聴こえた気もするが、今のユートはそれ処ではなかった。

 

 痛みに耐える為にギュッと目を固く閉じた侭、それにしがみつく。

 

 柔らかで温かいそれは、激痛に耐えるユートにとっては唯一の……

 

「……え?」

 

 漸く痛みが和らぎ、固く閉じた目をゆっくりと開いてみると、目の前にとても柔らかい何かが有り、その何かに顔を挟んでいた。

 

 恐る恐る視線を上げていけば、おかっぱ頭の少女が頬を朱に染めて、涙ぐみながらユートを睨んでいる。

 

「や、めて……お願い」

 

 その弱々しい声色と涙で潤んだ瞳は、これから直ぐにもレ○プされそうな少女の図だ。

 

「ご、ごめん!」

 

 流石のユートもこんな事になるとは思わず、謝りながらパッとしがみついていた手を放すと……

 

 パンッ! 小気味良い軽快な音がキリト──桐ヶ谷和人の部屋に鳴り響いた。

 

 

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 まあ、実際にはゲームから排除されそうですが……


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第5話:桐ヶ谷直葉

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 少女には兄が居る。

 

 二歳程歳上の兄は自分と一緒に、祖父から剣道をやらされていた。そう、強制的に……だ。

 

 身体が丈夫だとは云えなかった兄は早々に限界がきてしまい、祖父に何度も何度も竹刀で撲られた。

 

 少女は泣きながら祖父に懇願した、『私が頑張るから、お兄ちゃんを赦して』……と。それ以降、少女は竹刀を振り続けていたし、兄は趣味のパソコンに没頭する様になってしまう。

 

 自然と距離は開いてしまって、昔の様に仲良く遊びたいと願っていた。

 

 そんなある日、兄が珍しい事を言う。

 

『スグ、明日は友達……? が来て一緒にゲームして遊ぶから』

 

 何故か“友達”の処で、首を傾げていた兄だったが本当に珍しい。コミュ症と云うのだったか、人付き合いが良いとはいえないあの兄が、友達を家に招待したとそう言ったのだ。

 

 というか、兄とまともに会話をしたのは本当にいつ以来だろうか?

 

 少女は兄との会話の切っ掛けとなった友達に感謝をすると同時に、少し不安が最近になって頓に大きく成りつつある胸に去来する。

 

 その友達というのはそもそも、誰なのかという事。

 

 若しかして彼女とか?

 

 妹の自分を差し置いて、他の女の子と仲好く会話を楽しむ兄……何故か竹刀を強く握り締めてしまう。

 

 その後に少女が兄を軽く問い詰めたら、呆然としながら友達は男だと答える。

 

 当日、少女の兄はゲームをしていながら意識を喪ってしまった。

 

 それは世界初のVRMMO−RPGを謳う【ソードアート・オンライン】というゲームを、友達と部屋で繋いでプレイしていた時、少女は部活動をしていたのだが、帰ってTVを観たら【ソードアート・オンライン】を作ったゲームデザイナーの茅場晶彦からの声明文が発表された事にある。

 

 ナーヴギアへの仕掛けにより、一万人のプレイヤーはゲームをクリアしなければ現実へと帰還出来ない。

 

 端的に言えばそういう事だったと思う。兄の部屋に入ってみれば、ベッドへと横たわる兄と床に毛布を敷いて寝転がる男の子の姿。

 

 帰ってこれない処の話ではなく、ゲーム中にHPが全損した場合はナーヴギアに仕込まれたシステムで、マイクロ波を発生して脳を破壊するのだという。

 

 即ち、ゲームでの死亡は現実での死亡と同義。

 

 若しも兄が、桐ヶ谷和人がそうなったらと思うと、我知らず涙がポロポロと零れ落ちた。その直後の事、床に寝ていた男の子が急に起き上がり、悲鳴を上げたかと思えば少女──桐ヶ谷直葉へと抱き着いてくる。

 

「キャァァァッ!?」

 

 男の子が漸く身体を離した瞬間、直葉は平手打ちを男の子へとかましていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「痛たたた〜」

 

 理不尽な掌の痛みに呻く少女を見やるユート。

 

 引っ叩いた掌が真っ赤に腫れ上がり、それはまるで鉄板でも叩いたかの感触であったろう。

 

「ああ、ごめん。僕は無駄に丈夫だから、手の方が痛かったろう?」

 

 少女は涙ぐみながら首肯した。その視線が恨みがましく突き刺さってるのは、決して気のせいではない。

 

「貴方がお兄ちゃんの友達ですか?」

 

「お兄ちゃん……やっぱり君が妹の桐ヶ谷直葉ちゃんなんだね」

 

 まあ、この家にお年頃の女の子が居るとすれば普通は家族だから、兄妹くらいのものなのだが……

 

「私の事、お兄ちゃんから聴いたんですか?」

 

「名前と剣道をやっている事くらいは」

 

 流石に年齢の話までする事もあるまい。納得をした表情になる直葉は次の質問をする為に口を開いた。

 

 本当は馴れ馴れしく名前にちゃん付けなど、初対面で呼ばれればムッとなるのだが、何故か優斗を相手にはそう思わなかったのだ。

 

「あの、お兄ちゃんはどうしてるんですか? 貴方はどうやってナーヴギアを外せたんです? 若しかして外したら死ぬって嘘?」

 

「直葉ちゃん、少し落ち着いて。先ず、キ……和人はホルンカって村で仲間達と宿屋に居る。僕がナーヴギアを外せたのは、マイクロ波で脳を焼かれても死なない力があったから。僕以外の人間のナーヴギアを外せば確実に死ぬ。君だって見ただろう? マイクロ波で脳を焼かれて醜態を晒した僕の姿を……さ」

 

「……あ!」

 

 痛いものは痛いとはいっても、死ぬ事だけは無いからユートはナーヴギアを外すという蛮行をした。

 

 そして、実際に喰らってみて判ったのは和人が同じマイクロ波を受けたなら、間違いなく死ぬという事。

 

 ユートのアバターは魂の抜けた身体という感じで、ベッドに横たわっていると思われる。何しろ、正規のログアウトではないのだ、ナーヴギアを外しただけであり、動かす意志が消えたに過ぎないのだから。

 

 だが、マイクロ波の発生を=死亡ととられてしまうとアバターが消える可能性もあり、保険として彼方にはユートとは同じくして、然れど別の存在を置いてきている。

 

 これでシステム側も意志が在る=生存と、その様に判断してくれると思う。

 

 因みに、ユートは全く知らなかったがカーディナル・システムはこの行為で、大いに混乱してしまった。

 

 プレイヤーの精神ケアの為のAIプログラム【メンタルヘルス・カウンセリングプログラム】MHCP試作一号【Yui】は、生存と判断した為、カーディナルはユートに手を出さなかったらしい。

 

 カーディナルにとっては下位プログラムとはいえ、高度な判断基準を持っている【Yui】の選考は参考となっている様だ。

 

 後にそれを“彼女”から聴いて、危ない橋を渡っていたのだと冷や汗を掻く。

 

 それは兎も角、ユートとしてはこの家に居るのは難しいなと考えた。

 

 何しろまだ幼いと云える女の子が、身も知らぬ男と同じ屋根の下に暮らすなんて出来る訳も無いし、両親とて良い顔は決してしないだろう。

 

「それで、貴方はこれからどうするんですか?」

 

「ゲームの攻略をするよ。和人や他のプレイヤー達を解放するには、どうしてもソードアート・オンラインをクリアしなければならないみたいだしね」

 

「またナーヴギアを被るんですか!?」

 

「既にシステムが作動した以上、またマイクロ波に焼かれはしないだろうから、僕にとってはデスゲーム足り得ない。まあ、HPが0になったら流石にアバターが消滅してしまうからね、そうなれば彼方では死んだのと同じだけど……」

 

 そうなれば最早ログインは叶うまい。

 

「直葉ちゃんのご両親は、いつ帰って来る?」

 

「え? 連絡があったからお母さんはもうすぐ帰って来るけど、お父さんは海外出張だから……」

 

 ユートは頭を抱えたくなってしまった。せめて父親が在宅中であるなら、まだ交渉のしようも有ったが、和人がこの状態では疑似的な女所帯だ。

 

見た目に18歳の男など、家には置いておけまい。

 

「取り敢えず、向こう側で待ってる和人達に状況を報せに戻るから、お母さんが帰ったら今の話をしておいて貰えないかな?」

 

「え、と……判りました」

 

 まだ整理の付かない直葉を置いて、ユートは頭に再びナーヴギアを被る。

 

「あ、待って!」

 

「うん?」

 

「お、お兄ちゃんに宜しく伝えて下さい!」

 

「了解」

 

 直葉の願いに、ウィンクをしながら応えると、完全にナーヴギアを被った。

 

 その瞬間、首筋から下の五感は断たれて意識は彼方……【アインクラッド】へ落ちていく。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 アインクラッド側では、シリカを始めとしてキリトとクライン、クライン一味が不安な表情で眠る様に倒れているユートのアバターを視ていた。

 

「おせー、やっぱり無理にでも止めるべきだったぜ」

 

「クライン、信じよう」

 

「けど、キリトよぉ……」

 

「俺も出会って一週間しか経ってないけど、アイツは出来ない事を出来るとは言わないと思う。少なくとも勝算はあるんだろう」

 

 勿論、本人ならぬキリトにはそれが何なのかまでは判らない。それでも……

 

「ユートさん……」

 

 全員の心配を他所にし、行き成り目を開くとムクッと起き上がるユート。

 

「うおっ!」

 

 思わずクラインが、驚きの余りに飛び跳ねる。

 

「ただいま」

 

「お帰り」

 

 ユートとキリトはお互い苦笑いをしながら、帰還の挨拶を交わした。

 

「……ユートさん、お帰りなさい」

 

 きっと不安で一杯になりながらも、ずっと黙って待っていたシリカは、涙ぐみながら精一杯の笑顔で迎えてくれる。

 

「うん、ただいまシリカ」

 

 ユートは安心させる様に頭を撫でてやる。この時、無粋なハラスメントコードが響く事は無かった。

 

 直ぐに離れたからだろうけど……

 

 その後、ナーヴギアを外してログアウトした結果、ユートは茅場晶彦の言葉が本当だと話す。

 

 マイクロ波は確かに発生して、ユートでなかったら間違いなく死んでいた。

 

 その事実にまた暗くなる一同。

 

「キリト、僕は此方で戦いながら向こう側で色々と動く心算だ。それと、病院に搬送されると回線を一時的に遮断する事になるから、場合によっては危険を伴うだろう」

 

「どういう意味だ?」

 

「例えば、モンスターに囲まれている状況で回線遮断なんてされたら……」

 

「フルボッコだな」

 

 キリトは大粒の汗を流しながら答えた。

 

「だからキリトの身体は、医療用ポッドに容れるよ。あれなら、ハイバネーション機能も有るし、代謝機能を制御して10年は何もしなくても生命維持出来る」

 

「えっと? つまり……」

 

「現実の肉体は本来だと、栄養補給、身体の汚れなどの世話、下の世話を誰かがやらなければならないし、若し年単位で眠る事になったら筋肉も衰えるけどね、医療用ポッドに入ったならそれらの心配は無い」

 

「マジに? 良いのかよ」

 

「構わないよ。此方の都合もあるし……」

 

「ありがとう、助かるよ」

 

 これで現実の肉体の心配はしなくて済むし、心置き無く攻略に専念出来る。

 

「ガアッ、羨ましいぜぇ。俺なんか一人暮らしだし、餓死したらどうしよう!」

 

「一万人の生命が懸かってるんだし、政府が動いてくれるだろう……多分」

 

「かーっ! リアルな俺、どうなっちまうんだ?」

 

 頭を抱えて絶叫しているクラインを扨置き、シリカにソッと近付くと耳打ちをした。

 

「リアル情報を教えて貰えれば、キリトと同じ処置が出来るけどどうする?」

 

「え?」

 

 暫し黙考して答える。

 

「お、お願いします。本名は綾野珪子、住所は……」

 

 男性に個人情報を伝えるのは流石に怖いが、キリトへの処置が余りに魅力的だった為、恐怖を押し殺して願うシリカであった。

 

 

 

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第6話:行ってらっしゃい

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「僕はもう一度ログアウトして、キリトの家族と話をしようと思うから、その後でクエストなんかをやっていこうか?」

 

「そうだな。ってか、まだウチの家族と話す事が?」

 

「出来たら君の家に宿泊したいんだよ。正直、カプホでインするのはあれだし、アパートかホテルを捜すのにも時間が少ないし」

 

 本当なら今日明日くらいをキリトの家で遊びつつ、カプセルホテルからインをして、アパートを捜す予定だったのだが、デスゲームをクリアするには余計な時間は取りたくない。

 

 ゲームだけであるのならまだしも、リアルでやる事が別にある。

 

「そうそう、妹さんから宜しく言って欲しいと伝言を受けたから」

 

「! そっか、スグが」

 

 直葉と上手くいっていた訳ではなく、かといっても決して仲が悪かった訳でもない微妙な間柄、戻れたらもう少し向き合おうと思うキリトだった。

 

「それで、何かクエストはある?」

 

「このホルンカで請けられるクエストが丁度あるな。アニールブレードって片手剣をクリア報酬に貰える」

 

「そっか、楽しみだね」

 

 そう言うとユートは再び目を閉じる。ナーヴギアを外してリアルへと……

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ユートが起き上がったのを見た直葉は……

 

「あっ!」

 

 思わず声を上げる。

 

 そんな彼女に、ユートは直ぐ様確認を取った。

 

「直葉ちゃん、お母さんは帰ってきた?」

 

「う、はい。直ぐに呼んで来ますね」

 

 パタパタと和人の部屋から出て、母親が居るであろう居間へと向かうと、数分しない内に母親らしき女性を伴って戻ってくる。

 

 桐ヶ谷和人と桐ヶ谷直葉の母親、桐ヶ谷 翠は部屋に入って来るとユートに頭を下げた。

 

「初めまして、和人の母の桐ヶ谷 翠です」

 

「ご丁寧に、緒方優斗といいます」

 

 ユートは現状のゲーム内での状況を説明する。

 

 茅場晶彦のデスゲームの開始宣言後、直ぐに次の村である【ホルンカ】に移動して、一時的にログアウトを無理矢理に敢行、直葉と話した後に再びログインをして、和人達との話の後でまたログアウト。

 

 和人はホルンカ村の宿屋で仲間と状況待ちであり、少なくとも直ぐ生命の危険などは無いという事を。

 

「それで翠さんに頼みたい事があります」

 

「何でしょう?」

 

「出来たら、ゲームクリアまでこの家に置いて貰えませんか?」

 

 難しいのは理解出来る、何しろ和人が起きて来なければ現在は女所帯。

 

 況してや、年頃の娘が居る中で同じくらいの年齢の男を泊めるなど、何処ぞの二次創作のTAKAMACHI家でもなれば、有ろう筈がない。

 

 やはりと言うか、翠女史は難しい顔となる。

 

 戸惑いと申し訳なさが綯い交ぜとなった表情には、少なくとも嫌悪の色は見えなかった。

 

「その、出来たらそうして貰ってもいいのだけれど、流石に夫も帰ってませんから……」

 

「まあ、そうでしょうね。仕方ないか、こうなったら政府を脅して……」

 

「え゛?」

 

「寧ろ政府から情報を餌に豪華なマンションでも買わせて、リラクゼーションルームで優雅に……」

 

「ちょっ!」

 

「国民の血税を使い潰す勢いで贅沢するか?」

 

「お母さん、何だか物凄く悪い事を考えてるよ?」

 

 ぶつぶつと呟く言葉は、物騒窮まるモノや、ヤバい事が多分に含まれている。

 

「よし、今すぐに政府へと連絡を取ろう!」

 

「「ストーップ!」」

 

 本気で計画を実行に移そうとするユートを、直葉も翠も慌てて止めた。

 

「うん?」

 

「ま、まあ、大変でしょうから家でゆっくりゲームのクリアを目指して下さい」

 

「は?」

 

 先程と打って変わって、意見を翻した翠に首を傾げてしまうユート。何故であろうか? 笑みが引き攣っている様な気がする。

 

「良いんですか? 旦那さんに相談も無しに」

 

 首を傾げつつ訊くと……

 

「ええ、和人のお友達を放り出せないし、ご飯も家で用意しますから」

 

 破格の条件でご宿泊決定と相成る。

 

「まあ、助かりますけど。脅さなくて済むし……」

 

 ボソリと言った心算であろうが、バッチリと聴こえていた翠は苦笑いした。

 

「さてそれじゃ、ちゃっちゃとやるべき事をやってしまうかな」

 

「やるべき事って?」

 

「あ、少し外で待機しててくれる? 兄といっても、男の裸を視たいなら構わないけど」

 

「へ?」

 

 直葉は硬直してしまう。

 

 取り敢えず、母親と一緒に部屋の外に出て10分くらいすると再び入る。

 

 其処には見慣れない機器が鎮座しており、ベッドに寝ていた筈の和人の姿が無くなっていた。

 

「え? お兄ちゃんは?」

 

「この中」

 

 機器を指差すユートに促されて覗くと、ナーヴギアを被った和人が機器の中で眠っている。

 

「これは?」

 

「医療用ポッド【somnus o resurrectio vorago】」

 

「え、と……?」

 

「ラテン語で深淵なる眠りという意味。このポッドで眠れば約10年、何もしなくても生きられる」

 

「10年……っていうか、こんなの何処から持ってきたの!?」

 

「それは……」

 

「それは?」

 

 一拍置いて、茶目っ気をたっぷりにウィンクをしながら……

 

「秘密です♪」

 

 ズルッ!

 

 茶目っ気をたっぷりに、ウィンクしながら何処ぞの獣神官の如く言ったものだった。

 

 直葉は、一拍置かれたからかずっこけてしまう。

 

 これで和人=キリトの身は保証された。

 

「次だな」

 

「次って?」

 

「ああ、僕がパーティ組んでる子の家に行ってポッドに放り込むんだよ」

 

「そうなんだ」

 

 ユートは直葉と翠に早目に帰る事を約束し、シリカのリアルの家に向かう。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「綾野……此処だな」

 

 ピンポーン……

 

「はい」

 

 パタパタと玄関に近付く足音が聴こえてきた、扉が開くと女性が姿を見せる。

 

「どちら様でしょう?」

 

 瞳が赤い、恐らくは娘の事で泣いていたのだろう。

 

「初めまして……綾野珪子ちゃんの友人で緒方優斗といいます」

 

「珪子の?」

 

「はい、今も娘さんを捉える【ソードアート・オンライン】でパーティを組んでいます」

 

 そう言うと、女性は表情を怒りに染めて怒鳴る。

 

「ふ、巫山戯ないでっ! あの中に居たのなら出られる訳が無いでしょう?」

 

「マイクロ波を出来得る限り遮断し、直ぐに再生すれば死ななくてもログアウトは出来ますよ。但し、彼女がそれをしても即死するでしょうが……」

 

「……何のご用ですか?」

 

「彼方側でシリカ……珪子ちゃんからリアルの実家を教えて貰って、本体の保全をする事になったので」

 

 ユートが指差す先には、人間大の巨大な包みが鎮座してある。

 

「珪子ちゃんもログアウト出来ない間に、筋肉が衰えたり、下の世話をされたりは勘弁願いたいそうだし、パーティの誼でお世話になってる家の子と同じ処置を申し出たら、是非にと頼まれたんですよ」

 

 やっぱり胡散臭げな目で見られているが、ユートは仲間に対しては優しい。

 

 何とかしてシリカの身体を保全したいと思う。

 

「シリカというのは?」

 

「アインクラッドで名乗ってる、キャラクターネームの事ですよ。茅場晶彦による画策で今はリアルと同じ姿で、今はツインテールにしていますね」

 

「……少なくとも、娘の顔を知ってはいるのですね」

 

 娘がどんな姿でゲームをしているかを知る母親は、珪子の容姿を当てたユートが顔を知っていると判断。

 

 苦渋の決断だろう、瞑目して再び開けると……

 

「信じます、どうぞ」

 

 ユートを招き入れた。

 

 珪子の部屋に通されて、ユートは持って来たポッドを出し、セットアップ作業を始める。次々と空中に浮かんだインターフェースを弄ると、セットアップ作業が完了した。

 

「準備が終わりました……珪子ちゃんの着ている物をナーヴギア以外、全て脱がしてポッドに入れて、このスイッチを押して下さい。僕は外に出ているので」

 

 そう言い残し、さっさと部屋から退去する。幼さが残るとはいえ、よもや裸を見る訳にもいかないから。

 

 ユートが部屋の外に出たのを確認して、珪子の服を脱がせてしまうと抱き上げてポッドに入れた。

 

 言われた通りスイッチを押すと、蓋が閉まって機能が動き始める。

 

 コンセントを通す為の、スリットが有るから引っ掛かる事もなく、蓋は確りと閉められた。

 

「終わりました」

 

「そうですか。それじゃ、僕は帰ってゲームに復帰しますので。それと、政府の人間が訪ねて来たら此処へ来る様に言って下さいね。ポッドは弄らせない様に、不具合を起こしたら責任は持てません」

 

「わ、判りました」

 

 政府とて人1人殺してまでポッドを召し上げまい。ポッドの持ち主を怒らせてしまっても、良い事は何も有りはしないのだから。

 

「珪子ちゃんとはパーティを組んでいます。ずっとではありませんが、組んでいる間は死なない様、留意はします」

 

「娘をお願いします」

 

 頭を下げる珪子の母に、ユートは手を振りながら帰っていく。近い内に政府の者が現れるだろう、その時の立ち回り方を考えつつ、誰も居ない場所に移動をすると……

 

「転移呪文(ルーラ)!」

 

 転移呪文で跳んだ。

 

 桐ヶ谷家に戻ってきて、家に入ると直葉が迎え入れてくれる。

 

「お帰りなさい」

 

「え? と、ただいま?」

 

 挨拶もそこそこに引っ張られて来たのはダイニングであり、テーブルには温かいご飯が用意されていた。

 

「これは?」

 

「あっちで食べてもお腹は膨れないし、あ……膨れはするんだっけ? でも栄養は摂れないよね。だからね毎日、出来る限りご飯を食べにログアウトしてきて」

 

「それは助かるけど……」

 

「その代わり、知っている限りの情報を頂戴。お兄ちゃんと常に一緒じゃないだろうけど、色んな事を」

 

 切実な瞳、きっと和人の事が心配なのだろう。

 

「了解。食事代くらいには頑張りましょう」

 

 ついつい、妹や義妹達を相手にする様に頭をポンポンと軽く叩き、直葉に笑顔を浮かべて言った。

 

 食事終了後、お茶を飲んで再びナーヴギアを被る。

 

 「じゃあ。直葉ちゃん、翠さん、行ってきます」

 

「行ってらっしゃい」

 

 ユートはまるで家族の様な挨拶と共にダイブした。

 

 

 

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第7話:リアルソードスキル

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 ムクリとベッドで眠る様に倒れていた身体を起き上がらせ、閉じていた目を開いたら其処には黒髪の少年キリトと、栗色ツインテールの少女シリカと、それに赤毛に無精髭な野武士面の男クラインが居る。

 

 クライン一味は見当たらない辺り、他の場所に居るのであろう。

 

「ただいま」

 

「お帰りなさい」

 

 寝起き故か、薄くて儚い笑みを浮かべながら帰ってきた挨拶をすると、シリカが挨拶を返してくれた。

 

「取り敢えず、次は政府と交渉を持とうと思う。明日までは暇だろうし、買い物を済ませたらクエストにでも行こうか」

 

「そうだな。けど、報酬は片手剣のアニールブレードだぜ? 刀使いのユートには要らなくないか?」

 

「有れば有ったで役に立つ事もあるよ。シリカはどうする? パーティを解消して僕だけで行く事も出来るんだけど。短剣(ダガー)がメインなら、シリカにも要らない訳だけど」

 

「行きます」

 

 即答するシリカに、少し吃驚してしまう。

 

「クラインは?」

 

「おりゃ、仲間を連れてっからよぉ。此処等で連中とレベリングするさ」

 

 この【ホルンカの村】に来るまでに、ある程度にはレベリングを意識した行軍をしたのだが、まだレベルは僅か3でしかない。

 

 この辺のMobを相手にするなら、ユートが提供した武具も相俟って、無理をしなければ死ぬ事も無いだろうと思われる。

 

「そっか、それじゃ暫くはお別れだなクライン」

 

「ああ、最初の方で戦い方をレクチャーしてくれて、サンキューなキリト」

 

「ああ!」

 

 キリトとクラインは固く握手をして……

 

「ユート、アンタも一緒に行動しようって言ってくれて嬉しかったぜ。サンキューな?」

 

 ユートにも手を差し出し握手を求めてくる。

 

「ああ、パーティメンバーと頑張ってくれ」

 

「応よ!」

 

 清々しいまでの笑みを浮かべ、サムズアップをしながら応えるクライン。

 

 ユートはそんな彼が生き残れる事を、切に願わずにはいられなかった。

 

 互いに宿屋を出てから、暫くは独自行動という事になって、ユートとシリカもクライン一味とフレ登録をしておく。何かしらあれば連絡を取れるからだ。

 

「さて、キリトとシリカの装備は……僕が居ない間にきっちり変えたみたいだ。キリトは初期のスモールソードみたいだけど?」

 

「ああ、この村に売ってるブロンズソードはこれから行く場所で使えないんだ。リトルネペントの攻撃で、直ぐにダメになるから」

 

 威力と使い勝手を比べるなら、使い勝手だと言う事なのだろう。

 

「そっか、元βテスターの情報なら参考にはなるな」

 

 まあ、ユートには関係の無い情報ではあるが……

 

「キリト、シリカ、それじゃ動き始めようか?」

 

「ああ!」

 

「はい!」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 村の奥の家屋を目指して歩きつつ、情報のやり取りを行う2人。

 

 アニールブレードを獲られるクエストは、【秘薬クエ】と呼ばれている。

 

 3人が家に入ると、家人に迎え入れられるのだが、此処でクエストを始める為のフラグが立つ。

 

 台所で鍋を掻き回している女性NPCが振り向き、ユート達に話し掛ける。

 

 誰かしらプレイヤーが傍に立つと、そういう行動を取るアルゴリズムで動くのであろう。

 

「今晩は、旅の剣士さん。お疲れでしょう、食事を差し上げたいけれど、今は何も無いの。出せるのは一杯のお水くらいのもの」

 

 おかみさんといった風情のNPCが言うと、キリトはその言葉を待っていたのだと言わんばかりに、透かさず答えた。

 

「それで構いません」

 

 恐らく、肯定の台詞であれば何でも良かったのであろうが、キリトは心情的に普通の受け答えをする。

 

 その後、長々とイベント台詞を聴いて開始となる訳だが、問題は他のプレイヤーが別口で請けられるのか否かだ。

 

「さて、βじゃ他のプレイヤーがイベントを終わらせるまで請けられなかったんだがな……」

 

「ま、試してみよう」

 

 今度はユートがおかみさんの前に立つ。

 

「今晩は、旅の剣士さん。お疲れでしょう、食事を差し上げたいけれど、今は何も無いの。出せるのは一杯のお水くらいのもの」

 

 キリトの時と一字一句違わず、おかみさんが先程と同じ台詞を言ってきた。

 

 金色のクエスチョンマークが、おかみさんの頭上に点灯してクエストが発生した事を報せる。

 

「何か困っているの?」

 

「旅の剣士さん、実は私の娘が……」

 

 これによって、ユートもイベントを請け負う事が出来た事になる。

 

 シリカには全く必要が無いのだが、一応はクエストを請けておく事になった。

 

 ユート達パーティは西の方にある森へ向かう。

 

 森に出る【リトルネペント】というモンスター……身の丈は一メートル弱で、レベルは3。植物型の食人植物といった感じだ。

 

 キリトのレベルも現在は3だから、ギリギリで戦えるモンスターとなる。

 

 初めてなら……だが。

 

 今のキリトであれば一匹なら大した事の無い、だが実際の処は問題があった。

 

 この【リトルネペント】というモンスターは、通常のモノ以外に花付きと実付きが存在し、実付きを攻撃して身を割ると異臭と共に周囲の【リトルネぺント】を呼び寄せてしまう。

 

 湧出(ポップ)したばかりなら最悪で、下手をすると一度に何十もの【リトルネペント】を相手にしなければならない。

 

 そしてクエストで必要となるのは、花付きが落とす胚珠というキーアイテム。

 

 キリト曰く、花付き出現率は通常のリトルネペントの1%程度らしい。

 

 花付きが湧出(ポップ)するまで、ひたすらに斃していかねばならないのだ。

 

「そういやユートはスキルスロットに何を入れた?」

 

「ん? 技能スキル【鍛冶】と武器スキル【鎚】」

 

「は? 行き成り生産系のスキルをって……ん、武器スキルは……と思ったけどレベル6だからスキルスロットがもう1つ有るんだったな」

 

 スキルスロットにどんな武器を使うか、武器スキルを入れて初めて武器を装備出来る。

 

 キリトなら【片手用直剣】武器スキルで、シリカは【短剣】だ。

 

 このスキルスロットは、初期で二つが在る

 

 其処からレベルが5上がると1つ、それから10になる度に増えていく。

 

 故に、ユートのスロットはもう一つ有り、其処には【カタナ】の武器スキルが入っている筈なのだ……

 

「確か、僕は【曲刀】を入れてた筈だけど、スキルに【カタナ】が付いている。【曲刀】の代わりだね。

試してみたら刀は間違いなく装備可能だったよ」

 

「そっか、使い心地は?」

 

「まあまあかな」

 

 ユートは【大太刀】を振りながら答えた。

 

「で、キリトは?」

 

「武器スキルは【片手用直剣】だな。で、もう一つは【索敵】を入れてる。ソロで動く事も視野に入ってるからな」

 

 キリトは苦笑いをしながら言う。よもやユートが、戦闘には直接的に関与しない生産系を入れているとは思わなかったのだ。

 

 武器スキルが変化しているのは、茅場本人が了解している以上、許容範囲。

 

 どうやらユートは初期の装備である、クラインも持っている曲刀が変化させられた小太刀ではなく、少しグレードの高い大太刀を使うらしい。

 

 暫く3人で探索すると、目的の【リトルネペント】が居る。カーソルには狭いイエローの縁取りがあり、それはクエストターゲットMobの証だった。

 

「じゃあ、ハントを始めようか」

 

「え゛?」

 

 ユートが突然、飛び出してしまい狼狽するものの、直ぐに気を取り直す。

 

「俺達も行こう!」

 

「はい、キリトさん!」

 

 キリトもスモールソードを、シリカはダガーを手に持って飛び出す。

 

「せあっ! でやぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「なっ!」

 

キリトが驚愕するのは仕方ない、ソードスキルを喪ったユートが、ソードスキル張りの連続攻撃を放って、リトルネペントを一撃の元に葬り去っていくのだ。

 

 リトルネペントは防御力が低い為、レベルが6であるユートが一撃で斃しているのはおかしくもないが、このソードスキルも斯くやの攻撃には驚いた。

 

 終わらない、まるで舞いでも舞うかの如く攻撃速度を維持した侭、ユートの刀がリトルネペントを次々と屑っていく。

 

「な、なんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 鬱蒼としている森の中、キリトの驚愕の絶叫が響いて谺した。

 

「って、キリト……叫んでないで戦えよ」

 

「わ、わかってら!」

 

 キリトは漸く理解が出来た気がする。ユートがわざわざソードスキルを代償にしてまで【カタナ】スキルを茅場から貰った理由。

 

 先ず、ユートの剣技とは刀を揮うのを前提に構築がされている。その気になれば他の武器でも往けるが、相性は刀が一番だ。

 

 一つ一つ、別に技を放ちながらも円環して決して留まる事を知らないユートの身体は、リトルネペントの群れの第一陣を容易く殲滅せしめた。

 

 キリトも大成しなかったとはいえ、剣道を祖父から習っていたのだ。

 

 その程度の事は解る。

 

 言われた通り、キリトもリトルネペントを叩き斬りながらも、ユートと刀舞(ソードダンス)に目が釘付けになり見惚れていた。

 

 剛剣という力に任せている剣技ではなく、華麗に舞う様な美しい動き。

 

 剣の道に無理矢理ながら足を踏み入れ、妹の直葉の半分も大成しなかった自分と比べ、あれだけの動きが出来るユート。

 

「リアルソードスキル」

 

 キリトは我知らず、呟いていた。

 

 ふと、隣のダガー使いの少女を見やれば、拙いながらもユートの技と近い動きで武器を揮っている。

 

 技が途切れがちなのは、シリカ自身の未熟によるもので、ユートの様な集中が続かないのと、敵の攻撃で受けるノックバックが主な原因の様だ。

 

 ユートはリトルネペント程度の動きには捕まらず、被弾そのものが無いからか動きは終ぞ止まらない侭、第一陣は全滅してしまう。

 

「凄いな、ソードスキルが要らないなんて豪語出来る訳だよ。あんなのリアルにソードスキルを放っている様なもんだ」

 

「まあね、システムアシストは僕にとっては邪魔でしかないんだよ。茅場晶彦もそれを感じたから、ソードスキルと引き換えにして、カタナを持たせようと思ったんだろうね」

 

 ソードスキルというこの世界の根幹を成す部分を、ユートはぶち壊す真似をしたのだが、茅場晶彦はそれを容認した。

 

「ソードスキル……剣技に何かしらの拘りでもあるんだろうけどね」

 

 言いながらユートは自らの刀をキリトに向ける。

 

「いっ!?」

 

「ユートさん?」

 

 険しい表情のユートから何と無く殺気が感じられると思うのは、果たして気のせいだろうか?

 

 真逆、此処でPKされるのかと喉を鳴らしながら、切っ先を見つめて視線を上に上げると……

 

「(違う、視線は俺に向いていない。後ろ?)」

 

 ユートの視線は明らかにキリトの背後を睨み、恐らくは殺気に似た何かを放っていた。

 

「ユートさん、キリトさんに剣を向けるなんて!」

 

 突然のユートの行為に対して戸惑い、焦燥に駈られながら叫ぶシリカ。

 

 だが、ユートはその訴えをガン無視しキリトの背後に声を掛けた。

 

「おい、いつまでそうしている心算だ? 出て来ないならこの侭ぶち抜くぞ!」

 

「へ?」

 

 事、此処に至ってシリカにも漸く理解出来た。

 

 どうやら他のプレイヤーがキリトの背後に居るという事らしい。見えないのは何らかのスキルだろう。

 

「待った、待った! 僕の負けだよ。出るから攻撃はしないで!」

 

 其処には初期装備であるスモールソードを佩いて、革鎧に円形盾を身に付けた少年が所謂、ホールドアップした状態で立っており、困った表情になって言ってきたものだった。

 

 

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 第一層の固定パーティはユートとシリカ。キリトは基本的にソロで、偶に合流してクエストをしたりしています。




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第8話:二人のエゴイスト

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「待って、待って!」

 

 ホールドアップの侭で、少年はゆっくり歩く。

 

「何者かな? つけてきたって感じじゃないけど……身を隠して様子を窺うのは在らぬ疑いを掛けられる」

 

「そう、つけてきた訳じゃなくてさ、僕の方が先に来ていたんだよ。だけど君達が来ちゃったから思わず隠れたんだ……!」

 

 少年は慌てて弁明する。

 

「どう思う、ユート?」

 

「嘘ではなさそうだ」

 

 キリトからの質問を聴いて答えるユート。

 

「君達もやってるんだろ、【森の秘薬】クエをさ」

 

「俺も片手剣を使う。3層まで【アニールブレード】は使えるからな」

 

 キリトは答える。

 

 見た目こそいまいちだと思っているが、改造せずとも一層では充分だし、3層から最大で4層までは改造すれば充分に使えるのだ。

 

 だからこそキリトはこのクエストを請けた。

 

 序盤に限れば【アニールブレード】は強力な片手剣という訳である。

 

「あ、あのさ……良ければこのクエストを一緒にやらないかい?」

 

「え? けどこのクエストって……」

 

「判ってるよ。どちらにしても胚珠は人数分が必要になるんだって事は。けど、花付きはノーマルを斃していけば出現率も上がるし、4人で乱獲すれば効率も上がると思うんだ」

 

 少年の情報が本当なら、確かに人数が増えれば胚珠も効率良く見付けられるという可能性が高い。

 

「キリトさん、ユートさん……どうしますか?」

 

「此処で争っても意味は無いだろうし、協力が可能ならやった方が良い」

 

 シリカの問いに答えて、ユートと頷き合い少年に向き合う。

 

「判った、協力しよう」

 

「えっと? 見た処、他の2人は曲刀と短剣みたいなんだけど、君らも胚珠狙いなの?」

 

 キリトから色良い答えを聞けた少年は、武器が片手剣ではないユートとシリカを見つめて訊ねてきた。

 

 曲刀でなく刀なのだが、それをいちいち訂正する事もあるまい。

 

 刀だと知られたらあの時に茅場と交渉したプレイヤーだと、わざわざ喧伝する様なものだ。

 

「僕らは手に入るならって感じだし、入り用な奴に優先して譲るさ」

 

「そっか……じゃあ、暫く宜しくね。僕はコペル」

 

「キリトだ」

 

「ユート」

 

「シリカです」

 

 お互いに名乗り合うと、コペルが何かに気が付いた様な表情で言う。

 

「キリト? それって何処かで……」

 

「人違いだろ。さあ、ガンガン征こうぜ! 他の連中が来る前に胚珠を最低でも2つ、手に入れなきゃいけないんだからな」

 

「ああ、そうだね。頑張んなきゃ」

 

 若干、コミュ症なきらいのあるキリトだったけど、ユートとの遠慮の無い付き合いのお陰か、これだけの事が言えてリーダーシップも執れる様になっていた。

 

 そんなキリトにコペルが答え、森の深奥を目指して進み出す。

 

 リトルネペントが数匹、此方に向かってきているのを見遣り、武器を構えると4人は一斉に駆け出した。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 あれから結構な時間を狩りに当てたが、花付きと呼ばれるリトルネペントは、全く湧出(ポップ)しない。

 

 可成りの数を乱獲したにも拘わらず、花付きが出ない事に訝しむキリト。

 

 コペルも一息吐いて辺りを見回しながら言う。

 

「出ないね。若しかして、βの時と出現率が変わっているのかな?」

 

「そう……かもな……」

 

 キリトはコペルが自身と同様、元βテスターであると踏んでいたが、会話からそれが確定だと考える。

 

 恐らくコペルもキリトと同じ考えだったのだろう、自然とβテスター時代の話が出た。

 

 唯でさえ出現率が低いというのに、更に出現率が下がっているらしい。

 

 或いは、キリト達のリアルラックが悪いのか……

 

 一時間以上が経過して、百を越えるリトルネペントを狩り、キリトのレベルも上がっているが、そろそろ武器の耐久値がヤバい。

 

 若し、β時代の知識無しで挑んでいたら、ホルンカのブロンズソードに替えていたかもと思うとゾッとしない話だ。

 

 威力的にはブロンズソードの方が高いが、如何せん耐久度の消耗が初期装備のスモールソードより早く、植物系モンスターの放ってくる腐蝕液にも弱い。

 

 数を狩りたいなら今の侭の装備の方が良かった。

 

 まあ、一応はユートからの奨めもあって、ブロンズソードを購入してある。

 

 これは飽く迄も保険で、ストレージを圧迫するけど万が一、今の武器が壊れた場合に備えていた。

 

「レベルは上がったけど、本当に出ないな」

 

 嘆息するキリト。

 

 キリトのレベルが3に、シリカは5になっているがユートのレベルは流石に、上がってはいない。

 

 尤も、この勢いの侭で狩っていればクエスト終了の時に貰えるボーナス経験値により、ユートのレベルも7に上がりそうだが……

 

「どうするキリト? 武器の耐久を考えると一度は戻った方が賢明だけど」

 

 ユートはまだ良い、予備武器が豊富に有るのだし、新しいのに替えれば済む。

 

 一応シリカも予備としてもう一振り用意している。

 

 キリトも予備のブロンズソードは持っているけど、保険用の武器など使わなければ使わないに越した事はない。

 

 要らなくなれば売ってしまえば良いのだし……

 

 其処へ、粗いポリゴンブロックが組み合わされて、形をなそうとするナニか。

 

 最早、見慣れた光景……湧出(ポップ)だった。

 

 新たなリトルネペントが動き始める。

 

「あれは……」

 

「花付きか!」

 

 キリトとコペルが同時に気が付くが、同時にキリトは花付きの奥に居る存在にも気が付いてしまう。

 

 それは実付き。

 

 リトルネペントの実付きというのは、言ってみれば罠Mobである。

 

 若しあのパンパンに脹れ上がった実を壊してしまったなら、異臭を周囲へと撒き散らして其処ら中に生息するリトルネペントを呼び込んでしまう。

 

 それこそ、クエスト達成処か離脱すらも不可能なくらいに囲まれる。

 

 普通ならデスペナルティを払い、【はじまりの街】の黒鉄宮からもう一度直せるが、デスゲームと化した【ソードアート・オンライン】ではそうもいかない。

 

 ゲームでの死はリアルでの死と同義、死の危険を犯す訳にもいかないのなら、やはり退くしかなかった。

 

 だけどキリトはβ時代、一つの噂を聞いている。

 

 花付きのリトルネペントは時間経過と共に、実付きとなる……と。

 

 妙にリアリティーを追求したゲームだけに、花付きの花弁が散っていき実付きが二匹になる可能性は決して無い話とは云えない。

 

「どうするべきだ?」

 

 キリトの呟きを聞くと、ユートが意見を言った。

 

「花付きと実付きを離してから狩ろう」

 

「それは誰か囮になって、実付きのタゲを取っている内に、花付きを斃すって事なのか?」

 

「そう、素早く花付きを狩れば後は一旦、退いてしまうのも手だからね」

 

 そんなデスゲームを何とも思わない意見に……

 

「じゃあ、僕が実付きからタゲを取るから、キリト達は花付きを狩ってくれ」

 

 コペルが自ら、囮役を引き受けた。そして返事など待たずに駆け出す。

 

 正しく賽は投げられたと形容するのが相応しい。

 

「わ、判った!」

 

 キリトも駆け出し、それにユートとシリカも続く。

 

「キリトが花付きを斃せ。僕とシリカは他のネペントに邪魔されない様に潰す」

 

「ああ、頼んだユート!」

 

 レアなモンスターである花付きは、ノーマルに比べて多少は攻撃力と防御力が高いと聞いていたキリトだったが、レベル3となった今なら誤差の範囲だ。

 

 コペルをターゲットに取り続けていた花付きの隙を突き、キリトは一気呵成に肉薄する。

 

 蔓による攻撃を受け流したり、躱す事でダメージを抑えてスモールソードでの攻撃を加えていく。

 

 みるみる花付きのHPが減っていき、あっという間に危険域(イエロー)にまで落ち込んだ。

 

「今だ!」

 

 キリトが特定の動きを執ると、システムアシストが仮想体(アバター)を自動で動かし、スモールソードにライト・エフェクトが灯って単発水平斬り──【ホリゾンタル】を発動……

 

「せやぁっ!」

 

 ザクンとリトルネペントの花付きを斬り裂き、HPバーを空にした。

 

 パリーン! という軽快なSEを響かせて、花付きは硝子の如くポリゴンを撒き散らして消えていく。

 

 花弁を散らしたリトルネペントは、コロコロと仄かな輝きを放つ球を転がして逝った。

 

 アイテム【リトルネペントの胚珠】を拾い上げて、腰のベルトポーチに放り込むと、キリトは実付きからタゲを取り続けている筈のコペルを見やる。

 

 ふと見れば、ユート達も既に他のリトルネペントを屑った後の様だ。

 

「コペル、待たせ……?」

 

 不意に脚を止めたキリトはコペルの目付きに戦慄を覚え、蹈鞴を踏んだ。

 

「ごめんね」

 

「コペル……お前、それ」

 

 目を見開きながら呟く。

 

 青いライト・エフェクトを放ち、コペルが実付きのリトルネペントに放つ技、それは単発垂直斬り──【バーチカル】……

 

 リトルネペントの弱点たる茎の上部が頑丈な補食器に隠されており、故に縦斬りが効き難いという理由もあるが、何よりも周囲から仲間を呼び寄せる実を持つ実付きに縦斬りを放てば、当然ながら……

 

 パーン!

 

 けたたましい音を響かせながら、実付きが頭に付けていた身が割れた。

 

 声も出ないキリト。

 

 明らかにわざと割った様にしか見えない。

 

 すわ、みんなを巻き込んで自殺かと思ったが、直ぐに気が付いた。

 

「そういう事なのか?」

 

 MMO時代から存在する用語に、PK(プレイヤーキラー)というのが有る。

 

 他のプレイヤーを攻撃、殺すという行為だ。コペルがやったのはMPKと呼ばれるモノで、プレイヤーにわざと引き連れたモンスターを押し付けて殺す悪質なPK方法。

 

 端から見れば、プレイヤーが単にモンスターに囲まれている様にしか見えないのだから。

 

 コペルの姿が消えた。

 

 転移結晶が無い第1層で転移だとは思えないから、恐らくは【隠蔽(ハイディング)】で姿を消したのであろう。

 

 キリトは隠れたコペルに対し、静かに呟いた。

 

「そっか、コペルは【隠蔽】を取るのは初めてだったんだな……」

 

 【隠蔽】のスキルは便利だが、視覚に頼らないタイプのモンスターには実は、効き難い。

 

 だけど、そもそもキリトも知らなかった。

 

 コペルの行為がユートに対しては、完全無欠に悪手であるという事を。

 

 キリトの死角から観ていたコペルは、行き成り背中を蹴られる感触を覚えて、リトルネペントの集まっている中心に押しやられた。

 

「……え?」

 

「自分のやらかした事だ、てめえで始末を付けろ」

 

 驚愕に目を見開いて背後を見れば、其処にはユートが居る。つまり押しやった犯人は……

 

 【隠蔽】で姿を隠している筈のコペルは、リトルネペントのターゲットとなって攻撃を受け始めた。

 

 この侭、ダメージを受け続ければ死ぬ。だが完全に囲まれたコペルに逃走するという選択肢は、初めから与えられてはいない。

 

 堪らず姿を現して、少し前に居るキリトに手を伸ばして助けを求める。

 

「キ、キリト、助け……」

 

 声に振り向いたキリトとシリカは、行き成りコペルが襲われている事実に驚愕を禁じ得ない。

 

 放っておくのは後味が悪いキリトは、助けるべく剣を手にして……

 

「ヤバい、躱せコペル!」

 

 コペルの背後を見やり、声の有らん限り叫んだ。

 

「へ?」

 

 ガブリ!

 

「いやぁぁぁぁぁっ!」

 

「コペルゥゥーーッ!」

 

「はりゃ?」

 

 絶叫を上げて目を逸らすシリカと、手を伸ばしながら叫ぶキリト。

 

 コペルは、間抜けな声を出しながら顎から上が無くなった首を傾げた。

 

 リトルネペントの補食器により、顎から上の頭部分を喰われたのだ。

 

 コペルのアバターが仰向けに倒れ、そんなコペルに殺到するリトルネペント。

 

 助ける暇も無く、コペルのHPバーは空になって、カシャーン! と軽快な音を響かせてポリゴン片と化して消滅する。

 

 ユートはそんなコペルの様子を静かに、絶対零度も斯くやの視線で見つめるのだった。

 

 

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第9話:解離した暴力

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 PK(プレイヤーキラー)という概念がある。

 

 大規模ネットゲーム──MMO−RPGの頃から、脈々と在り続けてきた概念であり、それはプレイヤーがプレイヤーを殺すという一種のロールプレイ。

 

 システム上で可能であるが故に、それを免罪符(いいわけ)としていた。

 

 だが、そんな中でとある物語ではPKアンチテーゼとも云える存在が現れる。

 

 即ち、PKを専門に狩るPK──PKK(プレイヤーキルキラー)だ。

 

 ユートが行った事とは、コペルというMPKを敢行してきた者に、PKを仕返したPKKに当たる。

 

 まあPKだろうがPKKだろうがPKには変わりがないし、決して誉められたプレイイングでもない。

 

 況してや、HPが0となれば本当に死ぬデスゲームでやる事でもないのだ。

 

 あと少し頑張ったなら、ドロップが出来たであろうクエストキーアイテム1個の為に、コペルは横着してキリトとその仲間をMPKしようとしたが、その相手が悪すぎた。

 

 敵対者なら、親しい間柄にある女の子の姉であってもボロボロに壊すし、裏切り者には仮にそれまで親しくとも、確実に殲滅する。

 

 そんな相手を──ユートを敵に回したのだ。

 

 コペルは自らが引寄せたモンスターによって殺されたが、そのモンスターの群れに放り込んだのは他ならないユートである。

 

 否、実際には少し違う。

 

 ユートというより優雅、緒方優雅が殺ったのだ。

 

 緒方優斗は世間一般で言う処の、解離性同一性障害……二重人格である。

 

 前々世に於いて、優斗は元来だと双子として産まれる筈だったが、優斗の兄になったであろう緒方優雅、彼は生きて産まれて来る事は無かった。

 

 ではその魂はどうしたのかと云えば、冥土へと逝かないで優斗の魂と融合していたらしい。

 

 とはいえ、人格が生まれる訳もなかったのに、ある時を境に人格が生まれた。

 

 それは優斗の荒御霊を主とした為か、人格的に荒々しさを持っており、優斗の容赦の無さは優雅の影響を受けたものだ。

 

 優斗は和御霊が主の為、基本的には優しい性格をしており、優雅に比べてみれば甘さも目立つ。

 

 そんな優斗の和御霊に、やはり影響されている優雅も単なる乱暴者ではない。

 

 優雅が表に出るには条件があって、優斗の荒御霊が一定以上のボルテージに上がった場合、スイッチみたいに自動的に切り替わる。

 

 今回が正にそれだ。

 

 だが、幾らなんでも沸点がこれでは低すぎる。

 

 どうやら肉体ではなく、ゲーム内は精神に依存する部分が多いらしく、感情的になって切り替わったというのがユートの考えだ。

 

 まあ多少の後悔はあるのだが、それでもこれは仕方ない事だと自分自身へと言い聞かせる。

 

 キリト、ユート、シリカを殺す為に実付きのリトルネペントの実を破壊して、それで自分が殺されたのだから、自業自得、因果応報というものだからだ。

 

 ただ、皮肉な事が一つ。

 

 コペルの死後、直ぐ新しい花付きのリトルネペントが湧出(ポップ)し、それを撃破する事で、【ネペントの胚珠】を都合二つ手に入れる事に成功した。

 

 本当にもう少し待てば、ユートとシリカには必要が無かったのだから、普通に手に入っていたのだ。

 

 もう一個有ればコペルの一時的な墓標にとキリトは考えたが、自分とユートの分しか手に入らなかった。

 

 一同は、何とも言えない暗い雰囲気で、ホルンカ村へと戻る。

 

 NPCのおばさんにキーアイテム【ネペントの胚珠】を渡すと、涙ながらに礼を言われた。アガサはこれで助かる……と。

 

 【アニールブレード】を

手渡され、それはアイテムストレージへと格納され、手元から消えた。

 

 キリトは正式に自分の物となった【アニールブレード】をオブジェクト化し、早々に装備する。

 

 βテスター時代だったならば、意気揚々と新しく手に入れた武器を振り回し、森の更に深奥に湧出(ポップ)する【ラージネペント】を狩りに行ったろうが、あんなショッキングな場面をまざまざと見せ付けられてしまっては、とてもそういう気分にはならない。

 

「お待たせ、僕も【アニールブレード】を手に入れたけどこれからどうする?」

 

 ユートもイベントを熟す事により、使いもしないであろう片手剣を手にして、家から出てきた。

 

「ああ、今日はもう宿屋で休もう。流石に二百を越えるリトルネペントを相手にしたからかな、疲れた」

 

「そうか、シリカは?」

 

「は、はい。私もやっぱり疲れましたし、休みたいと思います」

 

「じゃあ、ちょっと早いけど宿屋に向かおうか」

 

 言葉少なく宿屋に移動をして、部屋も三部屋でゆっくりと気分を落ち着かせる事にする。明日になれば、また頑張ろうと決めて……

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 現実世界……

 

 桐ヶ谷家の和人の部屋に眠るユートは、ナーヴギアを頭から外すと傍に直葉が居るのに気が付く。

 

「あ、予定より少し早かったですね?」

 

「直葉ちゃん……」

 

 ガバリとユートは直葉に抱き着いた。

 

「え? キャーッ!」

 

 襲われるとでも思ったのか悲鳴を上げるが、様子がおかしい事に気が付くと、黙り込んでしまう。

 

「ごめん、少し……少しの間で良いから、こうさせて欲しいんだ」

 

「ユート……さん?」

 

 ここ最近になって膨らみが顕著な胸に顔を埋めて、ユートは何処か慟哭している様にも見える。

 

 直葉は何も訊かず、何も言わずに唯、肩を抱きしめる様に腕を廻した。

 

 十五分もそうしていただろうか、漸くユートが顔を上げたのだが、疲れた様な苦笑いを浮かべている。

 

 直葉も顔を合わせ辛い、兄にもした事がないくらいの急接近を赦し、頬に朱が差すのを止められない。

 

「あの、ご飯が出来ていますから食べましょう」

 

「うん、ありがとう」

 

 直葉はユートと食事を摂って、その後にお茶を飲みながら政府の人間が訪れ、ユートに会いたい旨を伝えて欲しいと言われた事を、教えておいた。

 

 ユートも約束通り、今日の出来事を伝える。

 

 和人とパーティを組み、ホルンカ村の近くの森に赴いて、キーアイテムとなる【ネペントの胚珠】を手に入れる事で【アニールブレード】を入手した事を。

 

 そして、途中で同行した男が【ネペントの胚珠】を奪うべくMPKに走ったという事実。

 

 当然、ゲーム用語に詳しくはない直葉は首を傾げていたが、意味を教えられて仰天してしまう。

 

 そして肝となる部分……

 

「MPKで僕らを殺そうとしたコペルは、自分で呼び込んだモンスターに総攻撃を受けて……HPバーが0になった」

 

 HPバーが0になる。

 

 ゲームで云うなら、それは死亡を意味しているし、ソードアート・オンラインに於いてHPバーが空になるというのは、即ち現実で脳を沸騰させられて死ぬと云う事である。

 

 その意味を理解し、血の気が引き顔を青褪めさせ、直葉は俯いてしまった。

 

 流石に〝自分が〟リトルネペントの群れに放り込んだ……とまでは言わない。無意味に直葉を怖がらせる必要もあるまいし。

 

 夕飯後に直葉が風呂に入ってしまうと、ユートも後で入浴する。アインクラッドでは全てが擬似的であるが故に、こんな痺れる様な熱いお湯にタップリと浸かるのは贅沢な事だ。

 

 風呂から出ると、和人の部屋で暫く眠る。飽く迄も仮眠でしかないが、少しでも疲れを癒さねば……

 

「どうしてコペルを殺ったんだ?」

 

『解っている筈だろう? ああいう手合いは味を占めれば調子に乗る。そうなれば被害は弥増すばかりだ。奴1人が死ぬ事で、未来の被害を抑えた』

 

「詭弁だ。そうはならなかったかも知れない!」

 

『いいや、なったさ。奴の様な連中にとって、誰かを蹴落とすのは楽しい娯楽。予言しても良い。必ずPKを楽しむ屑が現れるとな』

 

「……それはっ!」

 

『けど、〝お前は〟それで良いのさ。泥は〝俺が〟被ってやるよ』

 

「僕と優雅兄は!」

 

『俺と優斗は……』

 

 実の処、コペル殺害には特に後悔は無い。

 

 今までにユートが殺してきた敵、その数を思ったらコペルの一人が増えた処で何程の事があろうか?

 

 ただ、魔が差すという事だってあるのだし、簡単に殺さずとも良かったのではないかと思った。

 

 それを考えたら、こうも容易く誰かを殺す自分に、少しだけ嫌気が差す。

 

 殺ったのは優雅であるが誤魔化しはしない。

 

 ユートはコペルの死を背負いつつ、暫くの眠りへと就くのであった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 アインクラッド……

 

 ユートは大量のダガーを買い付けると、素材や鎚などの第1層でも手に入る様な簡単なモノではあるが、それらも大量に買い付けてトンカントンカンと鎚を揮い続けていた。

 

 兎にも角にも、回数を熟すべくひたすらに鎚を揮い続けて、【鍛冶】のスキルアップを目指す。

 

 失敗、失敗、また失敗、トライ&エラーを繰り返していき、何度も何度も何度も挫ける事も無く、熟練度を上げていった。

 

 後はもう、リアルラック任せとしか言い様がない。

 

「完成だ!」

 

 リアルラックはそれなりに有ったらしく、ダガーは遂に望む形となった。

 

 アイアンダガー+4(3S1A)という、現状で望み得る最高の出来となる。

 

 SAOの武器強化は割と簡単なシステムで、五つの強化パラメーターをNPC乃至、プレイヤーの鍛冶職人が性能を強化させる事が出来るらしい。

 

 ユートは元βテスターだと思われる情報屋が配布したっぽい冊子を買い、件の【鍛冶】スキルを付けた。

 

 ユートが鍛えたダガーの【強化試行上限数】は四回となっている。

 

 故に+4とは、最大限に鍛えた事を意味していた。

 

 シリカが今、装備しているブロンズダガーの【試行上限】は二回だから、このアイアンダガーはそれなりに上等で、店買いとしては最高かも知れない。

 

 鍛える事が可能なプロパティの内訳は【鋭さ】【速さ】【正確さ】【重さ】【丈夫さ】であり、ユートがアイアンダガーに施工したのは【鋭さ】に3、【正確さ】に1だ。

 

 わざわざ、武器スキルの【鎚】と技能スキル【鍛冶】を貴重なスキルスロット現在三つの中に入れ、こうして自分で【鍛冶】を楽しんでいた。

 

 そう、楽しんでいる。

 

 何かを造るという行為、それそのものを楽しみながらやっていた。

 

 この数日、基本的に鍛冶でダガーをや片手剣を鍛えたりしていたが、レベリングにも励んでいる。

 

 ラージネペントやリトルネペントを相手に戦って、ユートはレベル8、シリカはレベル6、キリトはレベル5となっていた。

 

 スタートダッシュこそは早かったが、デスゲームになる前にレベリングしていたユートとシリカには一歩を譲るキリト。

 

 それでも次の街や村……というか、トールバーナを拠点にクエストを受けて、レベリングは迷宮区で行う事を考えていた。

 

 また、現実世界では政府からの遣いと称して、眼鏡を掛けた胡散臭い男が接触を図ってくる。

 

 名前は菊岡誠二郎、政府が設立したSAO対策委員会という組織に所属しているのだという。

 

 彼は医療ポッドに可成りの興味を示し、是非とも譲り受けたいと申し出たが、剰りにも法外な値段設定に閉口してしまう。

 

 ユートは〝とある〟条件を聞くなら、百台のポッドを十分の一の値段で譲る事を提案した。

 

 一万人に対して百台となると、揉める事は請け合いだろうが、無い袖は振れないという事で納得する。

 

 足場固めも出来て、後はソードアート・オンラインをクリアすべく邁進するだけだと、迷宮区に籠ってはレベリングに励み、必要なアイテムを手に入れるべくクエストを受注した。

 

 朝から晩までアインクラッドで戦い、20時から0時までは現実世界で動き、5時までは和人のベッドで眠って、起きたら再びログインをする。

 

 これが現状でのユートの生活のサイクルだ。

 

 ユートはアイアンダガー+4を、シリカにお詫びも兼ねてプレゼントした。

 

 お詫びとは、デスゲームの事など知らず、低レベルで迷宮区に連れて行って、場合によっては生命の危険に晒していた事である。

 

 とはいえ、ソードアート・オンラインがデスゲームとなったのは恐らく、転移門前広場に移動し、チュートリアルを始めた時からだと推測しているが……

 

 然もないと、チュートリアルを行う前に大混乱に陥ってしまうのだから。

 

 幸いにもシリカは苦笑いをしながら赦してくれた。

 

 そうした生活をしている内に、約四週間──一ヶ月という時間が過ぎ去って、実に一万人の二割にも及ぶ二千人の死者を出す。

 

 情報屋曰く、βテスターだったプレイヤーでさえ、三百人が死んだという。

 

 然れどその死は無味乾燥な【生命の碑】に書かれた名前に線が引かれ、その証とするのみであった。

 

 

 

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 設定を勘違いとかしてないと良いけど……




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第10話:ボスと御対面

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 迷宮区の奥深く、第一層は二十階から成る訳だが、既に十九階は完全制覇しており、今は最後の階層でのレベリングである。

 

 ユートのレベルは16、シリカが13と最前線でのプレイヤーとしてもトップクラスだろう程に高い。

 

 イベントを熟す以外で、二人して常に迷宮区の奥深くにまで潜り、無茶苦茶なレベリングをしてきた結果がこれだ。

 

 元々、最初のデスゲーム前のスタートダッシュで、他人よりレベルを5は上げていたユートは、失速する事もなく他人より先に先に潜って、自分のレベルより高いMobを潰しており、リソースも取り放題だったのが功を奏した。

 

 フレンド登録こそしているが、パーティは必要に応じて組む程度で、キリトは基本的にソロで動いている為に、どんな感じかは杳として知れないが、少し前に連絡を取り合った時には、レベルが10になったと言っていたから、同じペースならレベルも12くらいに上がっていると思われる。

 

 通常なら、このゲームの適正レベルは階層の数字が=で、迷宮区は+5程度が安全マージンだったらしいのだが、デスゲームとなった今は迷宮区のフロアボスにマージンを取るならば、+10は欲しいと【鼠】の情報で言っていた。

 

 シリカとのコンビネーションも取り易くなったし、レベルも充分ではある。

 

「そろそろ、フロアボスとの御対面といきたいな」

 

「その場合、逝きたい……ですよ?」

 

「違いないね」

 

 今ではこんなブラックなジョークを言い合える程、精神的に余裕もあった。

 

 くーっ、なんて音が幻聴だろうが何と無く聞こえた気がする。

 

「お腹、空きましたね」

 

「んー、そうだな〜」

 

 安全な領域へと待避して疲れを癒していたが、本当にお腹の音が鳴りそうなくらい空腹感を感じている。

 

 勿論、仮想体(アバター)にそんな情緒は無いが……

 

 ユートはアイテムストレージから、1個で1コルという最安値の黒パンをオブジェクト化し、更に【逆襲の雌牛】というクエストで手に入れたクリームを同じくオブジェクト化、黒パンに使用した。

 

「あ、私にも下さい」

 

「ん、はい」

 

 シリカに渡してやると、嬉しそうに黒パンへと塗りたくる。こうすると、ボソボソとした食感でしかない黒パンが、どっしりとした質感のあり田舎風ケーキになった様な味わいになってしまい、甘くて滑らかなヨーグルトみたいな爽やかな酸味まで付く……というのはキリトの談で、ユートもシリカもわざわざ何度も、クエストをクリアしてまで好んで食べたものだ。

 

 味覚再生エンジンによる偽の感覚とはいえ、現在のこの状況では偽物も本物も違いはない。それを理解するが故に、シリカも折り合いも付けられたのだから。

 

「シリカ、お願いな」

 

「むう、それだと私が休めませんよ」

 

「後で代わったげるよ」

 

「絶対ですからね?」

 

 シリカが少し崩した感じで正座すると、ユートは頭を膝というか太股に載せ、目を閉じた。

 

 膝枕という奴だ。

 

 そして直ぐに寝息を立ててしまう。そんなユートの姿を見たシリカは、彼方側でも余り休んでいないのだと判ってしまう。

 

 ユートはアインクラッドと現実世界を往き来でき、彼方側でも色々と動いているのだと聞いていた。

 

 キリトの家を拠点とし、SAO対策委員会とかいう組織にゲーム内での情報を渡しつつ、それを対価として足場固めをしているとか何とか、前にユートが言っていたのを覚えている。

 

 少なくともそれが終わるまでの間、きっと休む暇も余り無いのであろう。

 

 長丁場となるのはシリカにも判るし、年単位で攻略をせねばならないのだが、問題はプレイヤーはゲームのクリア後、どう社会復帰を為すのかという事。

 

 一年、二年と勉強を全くしていなければどう考えても進級も進学も叶わない。

 

 それをどうにかする為、ユートはログアウトをして動いているのだという。

 

「ユートさん、社会復帰の期待をしても良いんでしょうか? 流石にそこら辺がどうにもならないと凹んでしまいますよぉ……」

 

 やはり12歳でドロップアウト・ガールというのはキツいのか、涙ぐみながらユートの黒い髪の毛を撫でるシリカであった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 何と見付けてしまう……

 

「ボス部屋……ですね?」

 

「そうだろうね」

 

 重厚なる鉄の扉がユートとシリカの眼前に、威圧感を漂わせつつ鎮座する。

 

「どうします?」

 

「偵察しておきたいな……往けそうならキリトと合流して戦うだけだ!」

 

「私達、3人だけで!?」

 

 それは余りに無謀極まりない話だ、そもそもMMO−RPGというのは基本的にパーティプレイ推奨で、ソロでのボス戦は不可能ではないレベル。

 

 況してや、このSAOは今やデスゲームと化して、失敗して死亡するのは同時に現実での死を意味する。

 

 ユートは死なないのかも知れないが、そうなってはもうアバターが消滅して、ゲームからの退場となってしまい、ユートの攻略趣旨から完全に外れるのだ。

 

「偵察戦をしてどうしても無理そうなら、レベルの高い何処かのパーティを幾つか募って、レイドパーティを組んで戦うさ」

 

 SAOは通常の、全六人から構成されるパーティを組む以外にも、パーティを複数で組むレイドパーティというものが在る。

 

 六人パーティを八組……全部で四十八人パーティとなって、これでボスに挑む事が可能となっていた。

 

 フルレイドで、役割分担を確りして挑むのが最善、それはユートも解る。

 

 だけど、果たしてどれだけのプレイヤーがアインクラッド百層の攻略に心血を注いでいるのだろうか。

 

 ユートにはそれが判らないから、最悪でソロというのが選択肢に存在する。

 

 死んでしまえば終わりである以上、シリカもキリトも無理はさせられない。

 

「可能そうならクラインにも声を掛けて……」

 

「あの赤毛の方ですか」

 

 クラインも攻略に向け、パーティの強化を頑張っていると聞いている。

 

「偵察戦は僕だけで征く、シリカは入らない方が」

 

「行きます!」

 

「最悪でもゲームから排除されるだけの僕と違って、シリカは殺られれば現実でも死ぬんだぞ?」

 

「構いません! とは言えません……死ぬのは怖いですし、嫌です」

 

「なら!」

 

「それでも! それでも、この侭置いて行かれてしまうのも怖いし、嫌です!」

 

 こんなデスゲームになってしまったからこそ、繋がりを大事にしたいと切に願うシリカに、ユートは条件付きで共に往く事を許可する事にした。

 

「万が一の時には僕を囮にしてでも逃げろ。それが、一緒に往く条件だ。言っておくけどね、これはボスのデータを持ち帰るって役目があるからこそ、そう言っているんだ。聞き分けて貰うよ?」

 

「……はい」

 

 何かを言い掛けたシリカだったが、矢継ぎ早に理由を説明された上に、それが正論ではシリカも反論などしようが無く、俯きがちにだが首肯するしかない。

 

「それじゃ、一足早くボスとの御対面といくかな」

 

 尤も、βテスターは既に知っている訳だが……

 

 ゴゴゴゴ……

 

 正に重厚なる扉が音を立てて開く演出は、茅場晶彦の趣味なのか知らないが、とても凝っていた。

 

 ボス部屋に侵入すると、其処は真っ暗闇な世界に充たされている。だが、侵入して少し経つとボッ、ボッと左右の壁に在る松明の灯が奥に向かい点っていく。

 

 部屋の明度が上がるに連れて、ハッキリとした部屋全体の輪郭も見えてきた。

 

 転がる大小、無数の髑髏が不気味さに拍車を掛け、部屋の最奥には玉座が鎮座しており、其処に坐するはコボルドの王……

 

「イルファング・ザ・コボルドロードか」

 

 フィールドにも時々、顕れる名前持ち……ネームド・モンスター。

 

 固有名称を持ったモンスターは、他の十把一絡げの連中とは違って強い。

 

 フィールドに出るそれをフィールドボスと呼んで、この迷宮区に出る奴らの事をフロアボスと呼ぶ。

 

 イルファング・ザ・コボルドロードは、青みが掛かった毛皮を纏う獣人の王。

 

 二メートルを越える筋骨隆々の巨躯、血走った赤金色の隻眼、玉座に立て掛けられた骨を削って造っただろう斧と、革を貼り合わせて造られた円形盾。

 

 ユートがある一定まで進むと、イルファング・ザ・コボルドロードが玉座より立ち上がって咆哮を上げ、ジャンプ一番……

 

「グルァァァァァッ!」

 

 一回転をして、地響きを起こしながら降り立った。

 

 右手にはボーン・アックスを、左手には円形盾(バックラー)を持ち、雄叫びを上げる事により戦いの始まりを告げる。

 

 そして、待っていたと言わんばかりに左右の壁の穴から三匹の重武装コボルドが現れた。

 

 ルインコボルド・センチネル……謂わば、イルファング・ザ・コボルドロードの護衛兵である。

 

「【イルファング・ザ・コボルドロード】と【ルインコボルド・センチネル】。コイツらを斃さない事には先に進めないって訳だね、征くぞシリカ!」

 

「はい!」

 

「シリカは取り巻きを!」

 

「了解!」

 

 シリカは【ルインコボルド・センチネル】へと……ユートは【イルファング・ザ・コボルドロード】に向かって駈け出した。

 

「おらぁぁぁぁぁっ!」

 

 ユートが右手に持つは、大太刀+8【A6D2】。

 

 この一ヶ月の間に鍛えていた【鍛冶】を用い、自らが鍛造した現在に於いて、最高位の刀である。

 

 使うはソードスキルではなく、ユート自身が現実で鍛え上げた緒方逸真流。

 

 キリト曰く、リアルソードスキル。

 

 システムアシストは無くとも、何百何千何万と揮ってきた技は今更、語るまでもない絶大な自信と信頼に充ち溢れていた。

 

 所謂処の、練度が違うというやつだ。

 

 イルファング・ザ・コボルドロードの骨斧を先ずは下段から上段に弾き、その勢いを利用した鋭い一撃を上段斬りで与える。

 

「緒方逸真流……【木霊落とし】!」

 

 敵の武器や盾などを跳ね上げて、此方側で隙を強引に作り出し、無防備な所へ斬り付ける基本の技。

 

 これを以前に見たキリトが『一人スイッチかよ』と洩らしていたが、ユートは苦笑いするしかない。

 

 ソードスキルではないが故に、威力のブーストが無い一撃ではあるが、どうも茅場晶彦は可成りリアリティーというのを大事にしていたらしく、普通に斬るより大きくHPバーを削り、数ドットが減った。

 

 それで終わりはしない。

 

 元々、緒方逸真流の剣技──剣に限らず使える──というのは、一撃のみに懸ける特殊なとんでも技と、通常攻撃による連続(コンボ)技の二種類が在る。

 

 奥義や秘奥が前者にあたって、基本技の組み合わせが後者に当たるが……

 

「うりゃぁぁぁっ!」

 

 昔ならいざ知らず、今は完全に使い熟している技。

 

「【独楽乃舞】!」

 

 上段斬りから継ぎの舞を経て、背後に廻ると無防備な背中を一回、二回、三回と斬り付ける。

 

「【天籟牙】っ!」

 

 その最中に見た腰に佩いた武器……

 

「湾刀(タルワール)、確かHPバーが残り一本に減ったら使うんだっけ、けど……これは?」

 

 違和感がある。

 

 だけどその違和感の正体が判らず、首を傾げた。

 

 その間も斬り付け続け、僅かずつHPバーを減らしていくユート。

 

 【木霊落とし】【独楽乃舞】【天籟牙】【弐真刀】【呀佩雨】【龍星刃】……

 

 百撃を放ち、連撃に繋げてイルファング・ザ・コボルドロードのHPバーは、どんどん減る。

 

 何しろ、茅場晶彦は約束通りにソードスキルを使わない連撃(コンボ)に対し、一撃に10%のダメージボーナスを付けていた。

 

 100のダメージが次には110、その次が120と段々と弥増していって、10回叩けば200のダメージとなる。

 

 飛び飛びで叩いた場合は1000ダメージに対し、コンボなら1650ダメージにもなるのだから実に、1.6倍強だ。

 

 勿論、コンボをすればする程にダメージ率は更に上がっていくだろう。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 ユートは一気呵成に攻め立て続けた。

 

 

 

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第11話:ボス攻略会議

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 迷宮区から最も近い街、【トールバーナ】……

 

 ユートとシリカはキリトと共に、とある農家の二階を借り切って拠点として、時折帰って来ては進捗などを報告をしている。

 

「キリトは戻ってないか」

 

「みたいですね……」

 

 シリカは椅子に腰掛け、ユートはグッタリとベッドに身体を投げ出していた。

 

 二人共、疲労の色が顔にありありと出て、今は何もする気にはなれない。

 

「ごめんなさい、私が足を引っ張ってしまいました」

 

「いや、ポットの数を確認していなかった僕のミスだから。まあ、あれだけ迷宮に篭ってたんだし、ポットが切れても仕方ないよ」

 

 結局の処、【イルファング・ザ・コボルドロード】を斃すには到らなかった。

 

 残りHPバーが一本になるまでは追い詰める事も出来たのだが、攻撃の変化に対応し切れなかった上に、シリカの回復薬が無くなってしまい、撤退を余儀無くされてしまったのである。

 

「あの攻撃……少し厚手の湾刀──タルワールなんかじゃない。あれは……」

 

「ユートさんの使う武器と同じ刀でしたね」

 

「ああ、思った通りキリトからの情報と違った」

 

 今までもキリトはMobのアルゴリズムに変更が加えられていると明言していたし、こうなったらボスも当然ながらヤバいとはお互いに言い合っていたのだ。

 

「うう、もう少し私が強ければ……色々と教えて貰ったのに、余りお役に立てた気がしません」

 

 項垂れるシリカだったが斃せるならと思っただけ、予定では威力偵察の心算で戦ったに過ぎないし、欲を掻いて殺られたら本末転倒も甚だしい。

 

 少なくとも、あれだけの回復ポッドでは足りないと判ったし、何よりもう少しレベルが欲しかった。

 

 今のレベルでも殺れそうではあったが、やはり無理を押し通さねばならないのが辛い。

 

 その事実が判明したのだから寧ろ御の字。

 

「そんな事は無い。【ルインコボルド・センチネル】のタゲを取り続け、斃してくれていたからボスに集中出来たんだから」

 

 ユートはシリカの働きを誉め称え、軽くポンポンと頭を叩いて撫でてやった。

 

「えへへ」

 

 これはユートの前々世から続いた癖で、緒方白亜やユーキ達を相手によくやっていた仕種。

 

 相手が喜ぶから抜けない癖となっている。

 

「だけど確信はしたよ……第1層のボスは斃せるね。少し無理をすれば……さ」

 

 互いにフォローを出来る状況に無く、ポットも使いまくってシリカは【ルインコボルド・センチネル】を屑り続け、ユートは【イルファング・ザ・コボルドロード】に専念していたが、ギリギリ何とかなっていたという感じだ。

 

 ちょっとでも天秤が傾けば直ぐに崩れる危うさは、もう一度やれと言われても余りやりたくないが……

 

「だけど四時間強の戦闘は精神にクる。手数を増やす意味でもパーティを組みたい処なんだけどな」

 

「ですよね、私も死ぬかと思いましたもん」

 

 現状、トップのレベルであるが故に生き残ったが、次も何とかなる保証などは何処にも無い。

 

「ここら辺、キリトが戻ったら要相談だな」

 

「はい」

 

 ユートは話したい事があるから、一度は戻って来いとキリトに連絡を入れようとしたら……

 

「あれ? キリトから?」

 

 向こうから連絡が来た。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「ほう?」

 

「な、何だよ?」

 

「いやいや、随分と可愛らしいパートナーだなと」

 

「な!? 違うぞ!」

 

 第一回アインクラッドのボス攻略会議があるのだとの連絡を受けて、ユートとシリカの二人はキリトと共に出席するべく動く。

 

 流石に一人乃至、二人だけでボス戦に何度も挑む気にはなれず、参加してみる事にした訳だが、キリトがフードコートを着た女の子と座っていたのだ。

 

「何故、私が女性プレイヤーだと判ったの?」

 

「何故も何も、もっと深くフードを被らないと顔が見えてるし……」

 

 それを聞いて目深く被り直すが今更だろう。

 

「貴女、顔を出しても平気なの?」

 

 小さなツインテールを結ったシリカを見て、女の子は訊ねてくる。

 

「──? えっと、それは変な声を掛けてくる人が居ないかって事ですか?」

 

 コクリと首肯されたという事は、彼女は顔を出していてそんな奇異な目で見られたり、或いはナンパでもされたりしたのだろう。

 

「一応、虫除けは居ます」

 

「成程……」

 

 ユートを見遣る。

 

 そんな下心の無い……とは言わないまでも、純粋にシリカを心配しパーティを初期段階から組んでいて、気心の知れたユートが居る為か、遠巻きには視られてもナンパはされない。

 

 しかもユートから剣技や戦い方を教わって、練習をしがてらレベリングをしていた結果、その小さく可憐な容姿も相俟って、シリカは【迷宮区の小舞姫(リトル・ダンサー)】と二つ名で呼ばれていた。

 

 因みに、ユートも戦い方から【黒き剣舞士(ブラック・ソードダンサー)】という厨二な二つ名を襲名していたりする。

 

 二人が舞姫や舞士とされているのは、パーティを組んで舞う様に敵を切り刻む姿からという、華麗な名前とは裏腹なとても殺伐とした理由からだった。

 

「それで、二人が出逢った馴れ初めは?」

 

「変な事を言うなよな? 単にこの子が迷宮区の奥で無茶な戦闘をしてたから、ちょっと余計な御世話を焼いたってだけさ」

 

 取り敢えず、誤解の無い様にキリトは出逢った時の話を克明に説明をする。

 

「ふーん、オーバーキルによる余裕無き攻撃……ね。確かに危険だな」

 

「そういうものなの?」

 

 キリトにも言われたが、納得をしていなかったらしい女の子は、ユートまでも同じ事を言うから興味が沸いたのか、訊ねてきた。

 

「例えば、君が使っていた一番簡単な突き技にせよ、放てば少なからず技後硬直を起こす。万が一にその隙を狙われ、其処から立て直しが出来なかったら?」

 

「そ、それは……」

 

 彼女が唯一、使っていたソードスキル【リニアー】という刺突技。

 

 ユートは知らない事ではあるが、実は彼女のそれは凄まじい完成度であって、準備動作と技後硬直が恐ろしく短い。

 

 キリトをして戦慄を覚えるくらい、身震いする程の美しい技だった。

 

「カウンターを受けて防御に失敗したら、下手を打てば致命的な隙……一時行動不能化(スタン)を起こす。そうなればソロだと終わりにも等しい。戦闘者じゃないから理解し難いかも知れないけど、無意味に生命を散らして誰にも知られる事も無い侭、黒鉄宮の慰霊碑に名前を刻むのが本懐では無いんだろう?」

 

「……考えてみるわ」

 

 少女にも思う処があったのか、何かが琴線に触れたのかは窺い知れなかった。

 

 それでも建設的な答えをだしたのだから、説得自体は成功だと云えよう。

 

 そんな四方山話をしていると、一人のプレイヤーがジャンプして噴水広場中心の噴水の縁に立った。

 

 助走もせずに一っ跳び、しかも青年プレイヤーを見れば全身を金属製の見た目にきらびやかな、恐らくは青銅鎧で身を包んでいる。

 

 あんな装備でそれが出来たという事は、筋力値や敏捷値が高いという証左で、翻ってみれば即ちレベルも高いという事だ。

 

 成程……自信満々にボス攻略会議を開ける訳だと、

ユートは思った。

 

「はーい! それじゃあ、五分おくれだけどそろそろ始めさせて貰いまーす! みんな、もうちょっと前に……其処、あと三歩こっちに来ようか!」

 

 実に堂々たる振る舞い、しかも現実の顔に変えられた筈なのに、鮮やかな青髪を緩やかなウェーブが掛かった見事なまでの爽やかなイケメン、女性プレイヤーが二人では趣に欠けるのではなかろうか?

 

 そんな邪推をしてしまうくらい似合う。

 

 場違いとも云える爽やかハンサムフェイスながら、騎士の如く出で立ちの片手剣使い(ソードマン)。

 

 この手のタイプは経験上では、途中まで仲間を引っ張る牽引役を務めながら、敵に斃されて『後は頼む』とか言いながら消えるか、最後まで牽引するか運命的な二者択一となる。

 

「今日は俺の呼び掛けに応えてくれてありがとう! 知ってる人も居るかも知れないけど、改めて自己紹介をしとくな。俺の名前は、ディアベル。気持ち的にはナイトをやってまーす!」

 

 そんなユーモアに溢れる言葉に、広場に集うプレイヤー達がドッと沸いた。

 

 そもそも、このゲームに【職業】なんて概念などは無く、取った職業スキルで【お針子】や【料理人】と呼ばれる程度。

 

 当たり前だが、【勇者】や【騎士】なんてユートは勿論、元βテスター上がりのキリトでさえ寡聞にして聞いた事が無い。

 

 とはいえ、ディアベルの姿はブロンズ系装備に身体を包み、佩刀には片手剣、背中にはカイトシールドを背負っており、見た目には確かに【ナイト】に見えなくもなかった。

 

 あれだけの装備を揃え、ボス攻略会議を開催するのだから、きっとレベルの方も結構な高さだろう。

 

「さて……今回、こうして最前線で活躍をしている、謂わばトッププレイヤー達に集まって貰ったのは他でもない。今日、俺達のパーティが第一層の最上階に続く階段を発見したんだ! つまりは明日か、遅くとも明後日には遂に辿り着く訳だ……第一層ボス部屋に」

 

 どうやら、ディアベルのパーティが一足違いで最上階の階段を発見した様だ。

 

 ユートとシリカは一週間くらい前に、最上階に続く階段を見付けており、其処でのレベリングに精を出していた。序でにボスである【イルファング・ザ・コボルドロード】の顔も拝み、明日にでもそれらの情報を出そうとした矢先だった。

 

 常に最前線と一般に言われている迷宮区の、更なる最前線で戦ってきたユートは【鼠】を通し、それらの情報を解放している。

 

 それこそ【鼠】やキリトが知るβテスト時代での、モンスターのアルゴリズムの違いを検討し、情報にもそれを載せていたくらいに正確なモノを……だ。

 

 実際、あの【イルファング・ザ・コボルドロード】との戦いを経て理解した。

 

 茅場晶彦は確実に行動のアルゴリズムを変えてきており、雑魚にあれだけ変更を加えたのだからボスから確実にヤバいと思ったが、最後の最後でやはり仕出かしてくれていたのだ。

 

「此処までくるのに一ヶ月も掛かったけど、俺達は示さなければならないんだ。この第一層をクリアして、第二層に到達し、このデスゲームはクリア可能なんだって事を! 【始まりの町】で待っているみんなに、伝えなきゃならないんだ。それが俺達、トッププレイヤーの義務なんだ。そうだろう、みんな!?」

 

 言っている事はいちいち御尤もだし、ディアベルのパーティメンバー以外にも支持をするプレイヤーが居るらしく、拍手喝采で応える者も何人か居た。

 

 この場に居るのは合計で四十六人、レイドパーティを組む上限に少し足りないのだが、これなら情報を渡

しても上手く使ってくれるかも知れない。

 

 ユートがそう考えていた時に……

 

「ちょう、待ってんか? ナイトはん!」

 

 チェインメイルを着込んでいるサボテン頭の男が、行き成り立ち上がって来てディアベルに物申す。

 

 その男の行動にざわめく周囲だったが、ディアベルは両手を挙げて静まる様に指示を出した。

 

 ユートも首を傾げる。

 

「そん前にこいつだけは言わして貰わんと、仲間ゴッコはでけへんな!」

 

 ディアベルとは正反対なダミ声で、サボテン頭ががなってきたが、ディアベルは余裕の笑みを浮かべて、寧ろ手招きをしながら……

 

「こいつっていうのはいったい何かな? まあ、何にせよ意見なら大歓迎だよ。でも発言するなら、一応は名乗って貰いたいな」

 

 などと言い放つ。

 

「ふん、ワイはキバオウって者や」

 

 手招きに応じたキバオウとやらは、鼻を鳴らしながら噴水前にまで歩むと自らの名前を名乗った。

 

 そして、注目をしていたプレイヤーを睥睨しつつ、声にドスを利かせて言う。

 

「こん中に数人、詫びぃ入れなあかん奴が居る筈や」

 

「詫び? 誰にだい?」

 

「決まっとるやろ、今までに死んで逝った二千人に対してや! 奴らが何もかんも独り占めにしたからこそ僅か一ヶ月で、二千人もが死んだんや。そやろが!」

 

 ユートは理解した。

 

 これが茶番劇(ファルス)に過ぎない事だと。

 

 そう考えると途端に何処か冷めた視線となり、溜息を吐いてしまう。

 

 ソッと横目に見てみればキリトが青褪め、俯いてしまっていた。

 

 罪悪感に囚われているのかも知れない、自分が元はβテスターであり、最初のスタートダッシュで殆んどのプレイヤーを置き去りにして、自分のリソース確保に走った事に。

 

 

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第12話:対立

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「キバオウさん、貴方の言う奴らというのはつまり、元βテスターの事かな?」

 

「決まっとるやろがっ! 奴ら、こん糞ゲームが始まったその日にダッシュで街から消えよった! 右も左もよー判らん九千何百人ものビギナーを見捨ててな! 奴らはな、ウマい狩場やらボロいクエストを独り占めして、ジブンらばっかりがポンポンつよーなりよってからに、後は知らん顔や。こん中にもちょー居る筈やで? βテスター上がりの分際でな、それを隠してボス攻略に入れて貰おーゆう小狡い連中が! そいつらに土下座さして、溜め込んだコルやらアイテムを、こん作戦の為に吐き出して貰わなー、パーティとして命預けられんし預かれん言うとるんや!」

 

 まあ、要するにあれだ。

 

 この手のゲームには有りがちなトラブル、他人が妬ましいから言い掛かりを付けてアイテムや金を上手く掠め取りたい、そういう話なのだろう。

 

 それにユートは【鼠】を経由して知っている。

 

 さて、誰も何も言わないというか言えないのか。

 

 実際に何人かが元βテスターだったのか、それともその元βテスターが名乗り出るのを待ち、魔女裁判にでも掛ける心算なのかも知れない。

 

 少なくとも、キリトは生きた心地がしないだろう、何しろ件の元βテスターというのは、正にキリトの事を指すのだから。

 

「ふー、下らない茶番劇は其処までにして貰おうか」

 

「何やと!?」

 

 溜息を吐きながら立ち上がるユートに、キバオウは睨み付けてがなる。

 

 そんなキバオウを尻目にディアベルがユートを見遣ると……

 

「君は? それに茶番劇とはどういう意味だい?」

 

 続きを促した。

 

「僕はユート。魔女裁判の心算かは知らないが、先ず前提条件からして間違っているんだよ」

 

「前提条件、それは?」

 

「僕が知り合いに頼んで、死んだ二千人の内訳を調べて貰ったんだが、その対比は実に千七百と三百」

 

「何なんだい? その内訳の意味は……」

 

 ディアベルにも恐らくは理解が出来たのだろうか、少し苦々しい表情となっているが、それでも敢えて訊いてきた。

 

「ニュービー千七百人に、元βテスターが三百人だ。これが死者二千人の内訳。聞いた話だとβテスターは千人、つまりは約十八パーセントがビギナーであり、四十パーセントが元βテスターの死亡率という訳だ」

 

 周囲がざわつく。

 

 これでは寧ろ、ビギナーの方が生き残っていると云う事になる。

 

「しかも、実際に元βテスターの全員があの日にログインしたとは限らないし、ひょっとしたら二〜三百人の誤差があるかもねぇ? それともう一つ、一番最終に二百十三人……家族なり友人なりがナーヴギアを外して死んでいるし、十数人は外周部から飛び下り自殺をしていた筈だ。つまりは都合、二百数十人はβ云々以前の問題で死んでいる。これで内訳は元βテスターが三百人、問題外が二百数十人と、ならニュービーは千五百人にまで減るね」

 

 二千人中、五百人という人数が元βテスターがどうのとは関係無い場所で死んでいる。

 

 更なるざわめきの中でもキバオウは言い募った。

 

「せ、せやけど元βテスターが独り占めしとったんは事実やないか! 千五百人言うても相当の数や!」

 

「だけど、その元βテスターがレクチャーをしたのだとして、実際に何人が街から出たのかな?」

 

「うっ!」

 

 一万人中の二千人が死んだという事は、街から出たのは最低人数で死亡している千五百人プラス、現在会議に出ている四十六人。

 

 勿論、それ以外にも外に出ている者は居るだろう。

 

 だが、大半が【はじまりの街】に引き篭り、その日暮らしをしていたプレイヤーでもある。

 

 ユートの試算では半分、それが引き篭りの人数。

 

 若しも第一層をクリアしたなら、引き篭りの者達の中から出てくる者も居るかも知れない。

 

 半分の引き篭り、二千人の死者、三千人のプレイヤーに五十人たらずの現在に於けるトッププレイヤー。

 

 攻略が進めば改善される可能性はあるが、果たして何処まで当てになるのか、所詮は試算でしかない。

 

「レクチャーしました……でも殆んどが街から出ませんでしたとか、正に時間の無駄になる。そんなのに関わるくらいなら自分がさっさと強くなって、攻略していった方が寧ろ速いだろ。それに、情報なら出されていた筈だが?」

 

「な……に?」

 

 ユートがピラピラと本の様な物を取り出して動かしているが、それはキバオウも知っている鼠印のガイドブック。

 

「何処の道具屋にも無料で配布されてる情報本だよ。こいつには行く先々の詳しい情報が載っているけど、この本を発行しているのが元βテスターだ。因みに、僕はβテスターじゃないけれど、この本の為のデータ提供をしてきたから間違いは無いよ。本の発行者を見付けて、データ提供を申し出たんだ。β版とはモンスターの行動アルゴリズムが変化していたり、明らかにβ版と違う部分の情報を擦り合わせて、情報を出してきたんだ。本にもβ版との違いが記載されてる筈」

 

 キバオウが押し黙る。

 

 ユートの言った内容は、彼も確認済みだからだ。

 

「今日も攻略会議の事を、知り合いから教えて貰っていなければ、情報を纏めて新しい本に載せるべく件の元βテスターに渡していた処だよ」

 

 其処へキバオウではなくディアベルが口を挟む。

 

「その情報とは?」

 

「詳しくは言わないけど、第一層十九階から二十階の詳細なマップデータ及び、下の階には出てこない新規モンスターのアルゴリズムのデータ、ボスモンスターである【イルファング・ザ・コボルドロード】の行動パターンや使用武器、取り巻きの【ルイン・コボルド・センチネル】の出現するパターンや行動、聞いていた【イルファング・ザ・コボルドロード】の行動との差異などだね」

 

「ま、待ってくれ! それでは君は既にボスの間にまで辿り着き、ボスと一戦をやらかしているのかい?」

 

「そうだけど?」

 

 ディアベルのパーティのメンバーらしきプレイヤー達がざわめき、互いに視線を彷徨わせていた。

 

 自分達こそがトップでの攻略をしていると思っていたのが、既に二十階にまで到達してボスとも戦っているとまで言うのだ、流石に有り得ないと思ったのかも知れない。

 

「恐らく、ディアベル達が二十階への入口を見付けた頃には、僕も別ルートから迷宮区を出た後でスレ違ったんじゃないかな?」

 

「君のレベルは?」

 

「レベルは16。ディアベルは12か其処らかな?」

 

「む、う? どうやって、それだけのレベルを?」

 

「僕は最初に大変な思いをして、後で楽をしたいってタイプでね。RPGなんかでも、相手が可能なギリギリの所のモンスターと戦ってレベルアップを目指していくんだ。デスゲーム前、迷宮区で狩りをし続けたら周りがレベル1か、精々がレベル2の処を僕だけは、レベルが5にまで上がっていたよ」

 

「莫迦な、不可能だ!」

 

 名も知らないディアベルのパーティメンバーの一人らしき青年が、ユートの言を否定した。

 

「不可能なんかじゃない。これはゲームだから精神的な疲れはあっても、肉体的な疲労は無いに等しいし、全力で走れば迷宮区までは簡単に行ける。その場所は元βテスターから聞いていたからね」

 

 これは事実だ。

 

 キリトから予め迷宮区の詳しい場所や、Mob達のあらましは聞いていた。

 

 だから判った事もある。

 

「迷宮区のMobはフィールドに湧出するのと比べ、可成り強い筈なんだがね」

 

「ダメージが通れば斃せるもんだよ。それに何も迷宮区でレベル1だった訳でもない。其処に行くまでにもMobは湧出しているし、レベルは上がる」

 

 筋力値にボーナスを割り振れば、当然ながら攻撃力

も上がるから迷宮区に於いても普通にダメージが通った為、レベルを5にまで上げる事が出来た。

 

 最初に苦労をして、後で楽をするユートだからこその荒業と言えよう。

 

「まあ、後は純粋にリアルでの戦闘技能が高いから、ダメージも受けずに戦えたって訳だよ。そしてボスとやり合って確信した」

 

「確信?」

 

「少なくとも、僕であれば【イルファング・ザ・コボルドロード】を斃せる」

 

『『『『──っ!』』』』

 

 ユートの宣言に、全員が一様に息を呑む。

 

 それはキリトも同様だ。

 

「そういう訳だから、攻略会議が元βテスターを炙り出す魔女裁判……乃至は、異端審問の場という茶番劇の劇場ならもう用は無い」

 

 クルリと踵を返すユートを見て、慌てたディアベルは声を掛ける。

 

「ま、待ってくれ! 何処に行くんだ?」

 

「勿論、これから準備を整えてボス戦に……だ」

 

「なっ!?」

 

「魔女裁判に興味は無い。僕は元βテスターを妬んで吊し上げるより、自分自身の手で情報を掴むしな」

 

 妬み嫉み、自分達が情報蒐集を怠った事の責任転嫁で元βテスターを吊し上げにして、コルやアイテムを巻き上げようなんて集団とこれ以上は一緒に居たくはなかった。

 

「待てや! 自分、何勝手言うとんね! 足並み乱されて堪るかい!」

 

「勘違いするな。僕は既にボスの間に辿り着いてる。お前らの足りない情報など必要無いし、ボスとの決着も見えている。元βテスター吊し上げなんて、時間の無駄には付き合えんから、お前らは勝手にやってろと言ってるんだ!」

 

「ぐっ、せやったら決闘(デュエル)せぇ! ワイが勝ったら自分の情報、吐き出して貰うで!」

 

「断る!」

 

 ユートはにべもなく断ってしまう。

 

「ハッ、ボスと戦り合おう云うんが恐いんか?」

 

「莫迦か、サボテン頭!」

 

「うなっ! 誰がサボテン頭や!」

 

 周りで失笑が漏れると、キバオウは睨み付けて周囲を黙らせた。

 

「決闘(デュエル)で自分が敗けた場合の条件を言わない莫迦が、それで受けると思ったのか?」

 

「うぐっ!」

 

 キバオウは自身が勝利をした場合の条件として情報を求めたが、敗北した時に支払う掛け金に関して何も言っていない。

 

 何の利益にもならない様な無駄決闘なぞ、ユートが受けてやる謂われなんて無かった。

 

 本来ならばだが……

 

「まあ、良い。どうせ敗ければ支払いなど出来ないんだしな。今回に限り受けてやるよ」

 

 ユートはニヤリと嗤い、右手の人差し指と中指を揃えて下に振ると、メインメニュー・ウィンドウを出現させ、決闘(デュエル)を選んでキバオウを指定する。

 

『ユートから1VS1デュエルを申し込まれました。受諾しますか?』

 

「さあ……YESを押せば決闘(デュエル)開始だ」

 

 ニヤつくユートに怒りを感じつつ、勝って全てを捻り出させてやると勢い込んだキバオウが、ウィンドウ内に表示されているYES/NOからYESを押そうと手を動かすと……

 

「ちょっと待つんだ、キバオウさん!」

 

 ディアベルが止めた。

 

「な、何で止めるんや? ナイトはん!」

 

「よく見るんだ、この決闘(デュエル)の決着方法!」

 

「決着方法? って、完全決着やと!」

 

 大声で叫ぶキバオウ。

 

 彼が驚くのも無理は無い話で、SAOに於ける決闘システムによる決着には、三種類の方法が有る。

 

 初撃決着──その名の通りで、先に有効ダメージを与えた方が勝利する方法。デスゲームとなったSAOでは、基本的にこれがメインとなるだろう。

 

 半減決着──HPを先に半分まで削った方が勝利を得る方法。

 

 完全決着──つまりHPを0にしたら勝利。だが、デスゲームでのHP0というのは、決闘だろうと何だろうと全て死に直結する。現在のデスゲームと化したSAOに於いて、ある意味でタブーな決着方法だ。

 

 一応は降参すれば終われるだろうが、そうする前にHPバーを全損させられてしまうと死亡確定となる。

 

 カタカタと押そうとしていた右手の人差し指が震えており、まるで見えない壁に阻まれる演技をしているパントマイマーの様だ。

 

 そんなキバオウを見遣りながら『そう言えば、僕は全損してもSAOに干渉が不可能になるだけで、死なないんだっけ?』などと考えていた。

 

 となればだ、この決闘はフェアと言えないだろう。

 

 まあ、これは自分のデュエルが全て全損決着だと、そうアピールする為の謂わばそれこそ茶番劇(ファルス)に過ぎない。

 

 これから先、ユートに対して無闇に決闘(デュエル)を仕掛けられない様に。

 

 結局、キバオウはデュエルにYESを押さなかったから成立はしない侭。

 

 周りもキバオウを臆病と罵りはしない、それで若しも『なら自分がやれ』などと混ぜっ返されては困る。

 

 ユートは瞑目しながら、再び踵を返す。

 

 そして去り際……

 

「ディアベル、機会をもう一度だけやる。本気で攻略会議をする気があるなら、明日のこの時間にこのメンバーを集めろ。まだ魔女裁判がやりたいのなら勝手にやれば良い。その場合は、此方も勝手にやるから」

 

 そう伝えてきた。

 

 ディアベルには先程の事もあって、多少の強引さや都合の押し付けは出来る。

 

 一方的に言うとその侭、噴水広場から立ち去った。

 

 ユートだけでなく小柄な少女、黒い少年、フードを被った人、更に大柄で褐色肌の斧使いまでがこの場から去ってしまう。

 

 唯でさえフルレイドには足りなかったというのに、数人が減ってしまってボス攻略処ではなくなった。

 

 已むを得ずディアベルは一旦、会議を解散させる事にして明日の今と同じ時間に再び集合を呼び掛ける。

 

 そしてユートは、褐色肌の斧使いに呼び止められ、少し会話をした。

 

「よう、アンタ。ボスの間まで到達したのは本当なのかい?」

 

「? 貴方は?」

 

「おう、俺はエギル。見ての通りの斧使いよ」

 

「僕はユート。刀舞(ソードダンサー)とか呼ばれてるみたいだね」

 

「お、アンタがあの噂の【黒き刀舞士(ブラック・ソードダンサー)】か。って事は此方のお嬢ちゃんが、相方の【迷宮区の小舞姫(リトル・ダンサー)】」

 

「誰が付けたのやら」

 

「情報屋の出してるこいつに書かれてたぞ?」

 

 エギルが取り出したのは元βテスターが無料で道具屋に配布しているという、謂わば【アインクラッド・ガイドブック】である。

 

「ああ、【鼠】か。アイツ……情報の対価は貰ってるギブ&テイクといえ、人の噂を勝手に広めるなよ」

 

 頭を抱えてしまう。

 

「情報誌の情報はアンタが渡していたのか?」

 

「これでも第一層のトップレベルのプレイヤーだよ。元βテスターもMobなんかのアルゴリズムに変更が加えられて、引き際を見誤ってアボンってパターンもあるみたいでね。それで、最新の情報を持っていた僕に【鼠】が接触したんだ」

 

 お陰様でこの一ヶ月間、それなりに稼がせて貰っていたし、何より【鼠】とはキリト同様に元βテスターだったから、ユートが知らないクエストの情報も聞き出せていた。

 

 そんな【鼠】が【黒き刀舞士】と【迷宮区の小舞姫】の情報を出したのだ。

 

 常に最前線で戦いつつ、並み居るMobをぶった斬る二人の舞士(ダンサー)の噂は、未だに【始まりの町】に燻るしかないプレイヤーに希望を与えていた。

 

 少し未来で、シリカには別の二つ名が付くのだが、それはまた別の話である。

 

 いずれ、この二つ名持ちの中に【ブラッキー先生】や【閃光】や【神聖剣】が混じる事となる。

 

「じゃあな。明日、攻略会議が再開されたらアンタの情報ってのを楽しみにしているぜ!」

 

 エギルはそう言って去っていく。

 

 本来の世界線では翌日、第一層の迷宮区・二十階をマッピングしていた筈が、士気がただ下がりでそれ処では無かったという。

 

 

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第13話:菊岡の依頼

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「ふぃー」

 

 ユートはナーヴギアを頭から外すと、固まった身体を解して一息吐く。

 

 一旦、食事をしてから再びアインクラッドに戻り、迷宮区で一つくらいレベルを上げようと思う。

 

 このSAO──ソードアート・オンラインに於いてレベルが上がると、ステータス強化ポイント3が手に入る。

 

 ユートの現在レベル16とは都合、ステータス強化ポイントは45Pが入ったという事だ。

 

 SAOのステータスは、HP、筋力値、俊敏値……この三種類しかない。

 

 隠しステータスは見えない訳だし今は良いとして、他の細かい部分は装備スキルや装備品などで変化していく事になる。

 

 そしてHPはレベルアップで自動的に上がるから、強化ポイントは筋力値と俊敏値に割り振っていく。

 

 初期値はどちらも10、ユートは筋力値に18Pで俊敏値に27Pと、若干ながら速さ寄りの剣士だ。

 

 現在のステータスは……

 

 

名前:ユート

レベル:16

スキルスロット:3

HP:3025

筋力値:28

俊敏値:37

 

【装備】

大太刀+8

レザーコート

クローク

クロースベルト

レザーグリーブ

 

【装備スキル】

刀装備

片手武器作成

金属装備修理

 

 

 

 ユートにとってソードスキルは不要だったが故に、これと引き換えに刀装備という──どうやらエクストラ・スキルらしい──と、持っていた武器を同程度の威力の刀系武器に変更して貰っていた。

 

 ゲームが進めばその内に刀装備も珍しくはなくなるだろうと考え、ソードスキルに関しては基本的に自身が身に付けている剣技……【緒方逸真流】を使っていけば後はコンボ毎で一割のダメージボーナスにより、Mobもボスも斃せるのだと確信も出来た。

 

「第一層の攻略も近いか」

 

 あれから約一ヶ月、漸く次の段階に進める。

 

 ユートが階下に降りるとダイニングルームに直葉と翠以外に男が居た。

 

 桐ヶ谷家の大黒柱である米国へ出張中の桐ヶ谷峰嵩では勿論なく、菊岡誠二郎という国の役人である。

 

 SAO対策委員会なんて呼ばれる機関に所属して、被害者を病院に搬送したり死亡者の確認をしたりと、東奔西走している男だ。

 

「やあ、優斗君」

 

「菊岡さんか」

 

 ユートが提供したポッドの事もあり、またSAOで唯一のログアウト可能者という稀有な存在でもあるからか、彼はよく桐ヶ谷家に訪れては情報を得ようとしてくる。

 

「最近ではどうだい?」

 

「漸く第一層のボス攻略会議が始まったよ」

 

「ほう?」

 

 色めき立つ菊岡。

 

「お兄ちゃんは?」

 

 ご飯をよそいながら直葉が訊ねてきた。

 

「和人なら元気だよ。攻略会議に誘ってくれたのも、和人だからね。とはいえ、基本的にソロプレイヤーな訳だから、常に一緒って訳じゃないけどね」

 

「そうなんだ、良かった」

 

 兄が無事と知り、中学生には年齢的に不釣り合いとも云える大きな胸を撫で下ろす。

 

「それで? 菊岡さんは、攻略の進捗を訊く為にだけ来た訳かな? だとすればSAO対策委員会は閑職も良い処だね」

 

「ははは、耳が痛いな……実はとある人物が我々へと接触して来られましてね」

 

「……目的はポッド?」

 

「御明察ですよ」

 

 菊岡が眼鏡の位置を直しながら言う。

 

 御明察も何も、ポッドの存在は割と大々的に発表をしており、知らない日本人などもう居ないと言っても過言ではあるまい。

 

 そしてポッドのスペックを訊いてきたり、どうすれば手に入れられるのか訊ねて来たりするが、恥知らずにも設計図を要求してくる諸外国も在る。

 

「で? ポッドを寄越せとでも言ってるのかな?」

 

「いえいえ、レンタルしたいと言われまして」

 

「レンタルゥ?」

 

「はい、どうにも娘さんがSAOにログインしていたらしくて、娘さんの身体を保護したい……と」

 

 成程、それは解らない話でもなかった。

 

「掛かり付けの病院に連れて言った後、ポッドの事を知ったらしくて、先着百人しか使えないとして溢れてしまったらしく……」

 

「そりゃ運が無かったね」

 

「はぁ、それでポッドの持ち主と直接、交渉を行いたいと仰有られまして」

 

「………………数日、待って貰うよ」

 

 暫く黙考して答えた。

 

「数日?」

 

「現在、トラブルがあってボス攻略会議が止まっているんだけどね、再開されるにせよ僕が単独で攻略するにせよ、もうすぐ第一層のボスと戦う事になる」

 

「ボス戦の後でと?」

 

「そういう事だね。待てないとか身勝手な事を言うのなら、初めから交渉なんてする気は無いから」

 

「判りました。結城氏にはその様に伝えます」

 

「そうしてくれる?」

 

 ユートはそれっきりで、夕飯を食べ始める。

 

 食後のお茶をユートが飲んでいると、直葉が自分のお茶を淹れながら話し掛けてきた。

 

「ねえ、この後はゲームに行くんだよね?」

 

「そうだよ」

 

「どんな事をするの?」

 

「相方と迷宮区に行って、レベリング」

 

「レベリングって?」

 

「雑魚を狩って経験値稼ぎする事だよ」

 

 質問に答えるとズズーとお茶を飲む。

 

「明日の夕方にもう一度、ボス攻略会議をする予定だからね、ボス戦に向けてのレベルアップって訳だ」

 

「ふーん……」

 

 現在は、ユートがレベル16でシリカが13。

 

 キリトはレベル12だと言っており、細剣使い(フェンサー)は答えてくれなかった。

 

 

 折角だから後二つくらいは上げておきたいと思っていたし、何より少し無理をすれば不可能ではなさそうだと見たからだ。

 

 実際、ユートのレベルが16なのは間違いないが、もうすぐレベルアップしそうなくらい経験値が有る。

 

 これから明日の夕方まで頑張れば、何とかなりそうな数値だった。

 

「そっか、頑張ってね?」

 

「ああ」

 

 何処か憂いを帯びた表情で言う直葉、やはり和人を心配しているのだろうか。

 

 ユートは再びナーヴギアを頭に被り、トールバーナへと向かった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「ただいま」

 

「お帰りなさい」

 

 シリカが迎えてくれる。

 

 因みに、シリカとは別に同じ部屋を取っている訳ではなく、単にユートの部屋へ寝る時以外は入り浸っているに過ぎない。

 

 それに今回は……

 

「よう、今晩は何だったんだ?」

 

 キリトも居る。

 

「チーズハンバーグ」

 

「ぐっ、こちとらよく解らんハンバーガーっぽいモノのテイクアウトだっていうのに、ユートは美味そうな飯を食いやがって!」

 

「キリトの母さん手作り」

 

「コンチクショー!」

 

 泊まり掛けが多い翠女史なだけに、夕飯が簡素なものになる事も屡々あるが、今夜の夕飯は良かった。

 

「そういや細剣使いは?」

 

「私のお部屋に付いてる、お風呂に入ってますよ」

 

「風呂? 入りたい気分だったのかな?」

 

「そうかも知れません」

 

 ボス攻略会議が潰れて、取り敢えずエギルを除いた四人が成り行きで行動し、ユートが先に戻ってログアウトしている間に、キリトと細剣使い(フェンサー)の二人に会話があり、ユート達が宿泊している家では、風呂が完備されているのだと知って、入りたいと言い出したらしい。

 

 余りの剣幕に、シリカの部屋の風呂を貸したのだと言う。

 

 四方山話に花を咲かせていると、今ユートと組んでガイドブックを作成している【鼠】が入ってくる。

 

 対外的にユートは通り名の【鼠】と呼ぶが、彼女のプレイヤーネームはアルゴという。

 

 本来の世界線から見て、一日早かったのはディアベルの焦燥故か……

 

「で、【鼠】? 今日は何の用だ? 見ていたなら知ってるだろうけど、少なくとも二十階のマップとボスの新規情報は、攻略会議を終えるまで出さないぞ」

 

「連れないナ。まあ、今日の御相手はユウちんじゃあなくて、キー坊だヨ」

 

「キーボード?」

 

「キー坊。そっちの黒い子サ」

 

 アルゴが指差した方にはキリトが居る。

 

 即ちそういう事だろう。

 

「キリトとも知り合いだったのか。まあ、情報屋らしいっちゃらしいか」

 

 情報屋は顔が広くなければやっていられないから、アルゴも幅広い交遊関係を持っているという事だ。

 

「何度来られても俺は売る気なんてないぞ? 前回もそう言ったぜ」

 

「売る? キリトの持ってる何かが欲しいってのか? だとしたら……」

 

 アイテムなんて基本的にストレージ内かポシェットの中で判らない筈、ならば装備品という事になるが、キリトの防具はトールバーナで店売りしている物。

 

「アニールブレードか?」

 

「流石だネ、御明察だヨ。キー坊のアニールブレード+6を買い取りたいって、プレイヤーが居るのサ」

 

「本当、ネトゲじゃよくある話だね。要はキリトの持つアニールブレードが羨ましいって事?」

 

「さあナ。クライアントの心情までは与り知らんシ」

 

 ユートの言葉に、アルゴもやれやれとオーバーアクションで応えた。

 

「んで、本題だがナ。クライアントは今日中ならば、三万九千八百コルを出すそーダ」

 

「──は? 三万って」

 

 驚愕するキリト、そしてユートも驚いてしまう。

 

「なあ【鼠】? お前さんを侮辱する気はないけど、流石におかしくないか? 素体のアニールブレードの今の相場が一万五千コル、時間は少し掛かるが二万を足せば普通に+6まで強化が出来る素材アイテムが買えるんだ。極論、三万五千でキリトのと同じアニールブレードが手に入るぞ?」

 

「オレっちも依頼人に再三言ったんだけどナー」

 

 出来るだけ安く安全にと云うならまだ解るが、自分で強化してしまえば手に入る物をわざわざ買うというのもおかしな話だ。

 

 否、三万五千というのはアニールブレードの相場も含めての話で、本人がクエストでアニールブレードを手に入れさえすれば、それこそ二万コルで強化可能。

 

 この層で万単位のコルを稼ぐのは、それなりに骨な作業だというのに、これではコルをドブに棄ててしまうに等しい。

 

「うん? 真逆……」

 

 ふと思い付いた事があるユートは、その検証を脳内で試行をしてみる。

 

「どうしたんだユート?」

 

「いや、過剰な金を払ってまでキリトのアニールブレードを買う理由を考えて、少し思い付いた」

 

「本当かよ?」

 

「ああ」

 

 ユートはキリトに頷く。

 

「そいつぁ、お姉さんも聴いてみたいナー。【黒き刀舞士】の御高説をサ」

 

 アルゴがからかう様に言うが、其処は放っておいて説明を始めた。

 

「多分だけどクライアントはキリトを知っている筈。これを前提にする。だからその人物は元βテスター。キリト、君はクローズド・βテストに於いて、どんなプレイイングをしてた?」

 

「う゛、それは……」

 

「言えないくらい酷い事? PKしまくりとか?」

 

「するか! ちょっとな、ラストアタックボーナスを獲る為に、えげつないやり方で……さ」

 

 ラストアタックボーナスとは、トドメをさした者に与えられる通常ドロップとは別物のアイテムを獲られる文字通りボーナスだ。

 

 斯く云うユートも、一度だけフィールドボスと戦闘になり、ラストアタックボーナスを獲ている。

 

 夕暮れにのみ出現するという蜥蜴系のボスであり、手に入ったのは【トワイライト・クロス】という、緋色の服。

 

 防御力はそこら辺の店売り鎧より高く、ソードスキルによる命中ブーストと、技後硬直の短縮が付いている第一層では望み得る最高の装備品だ。

 

 ただ、色が好みでなかったのとソードスキルを持たないから意味が無かったのも相俟って、ユートにとっては無用の長物、ストレージの肥やし決定の代物。

 

 だからシリカに上げた。

 

 現在、シリカが装備しているのは正にソレである。

 

 

名前:シリカ

レベル:13

スキルスロット:3

HP:2410

筋力値:23

俊敏値:33

 

【装備】

アイアンダガー+4

レザーチェスト

トワイライト・クロス

クロースベルト

レザーグリーブ

レザーマント

 

【装備スキル】

片手用短剣

軽金属装備

裁縫

 

 

 

 閑話休題……

 

「LAの取り方か。キリトはそれで警戒対象なんだろうね。だからこそ、上手くやって武器を取り上げて、キリトを弱体化させた上で自身の強化って訳だ」

 

「それで過剰な金額を支払ってまで俺の剣を?」

 

「そういう事。【鼠】への依頼も最低一人は別の奴を通してるだろうね」

 

「じゃあ、アルゴに依頼したのは……」

 

「直接は無関係な仲介者だろうな」

 

「じゃあ、若し口止め料を上回るコルを積んでクライアントの名前を知っても、意味は無いのか?」

 

「何人、仲介者を挟んでるか知らないけど、訊くだけ無駄だね。それに予測は付いているよ」

 

「──へ?」

 

 思わず間抜けた声を出すキリトに、ユートは更なる言葉を紡いだ。

 

「【鼠】、仲介者に言え。サンキュッパなんて半端な額じゃなく、きっかり四万でなら売却すると」

 

「はぁ?」

 

「ちょ、俺のアニールブレードを勝手に売るなよ!」

 

 行き成りの所業に二人は目を白黒させる。

 

「キリト、二万コルくらいの蓄えは有るよな?」

 

「は? まあ、有るけど」

 

「僕のアニールブレード+8(5S3D)を六万コルで買わないか?」

 

「んなっ!? +8?」

 

 アニールブレードの強化試行限度数は八回。

 

 つまり、ユートが持っているアニールブレード+8というのは、最大限にまでノーミスで鍛え上げた逸品という事になる。

 

 鍛冶スキルなんて攻略に寄与しないスキル、現段階で取っているのが珍しい。

 

 それで強化試行限度数をコンプリートするなどと、どれだけ熟練度を上げているのかという話だ。

 

「本来ならもう少し取る処だけど、今回は少し嫌がらせをしたくなった」

 

「嫌がらせって?」

 

「クライアントの目的は、十中八九でキリト弱体化。なのにアニールブレードを高いコルを払ってまで取り上げたのに、しれっと更に強い──数値は見えないが──アニールブレードを提げていたらどう思う?」

 

 悪い笑顔を浮かべつつ、そんな事を宣うと何故だか全員が若干、引いていた。

 

「まあ、面白そうかな? アルゴ、さっきのユートの提案でならオッケーを出してくれないか?」

 

「わ、判ったヨ」

 

 こうして、キリトと名も知らぬ──ユートは気付いている──誰かさんと交渉は円満? に終わる。

 

 ユートは後で六万コルを貰うと約束し、シリカと共に迷宮区へと向かった。

 

 第一層二十階のコボルド系Mobを斃し、目的だったレベルアップを達成。

 

 ユートはレベル18に、シリカはレベル15となってお開きとする。

 

 入った強化ポイント6はユートが筋力値3と俊敏値3で入れて、シリカは筋力値2と俊敏値4とした。

 

 そして夕暮れ、噴水広場でボス攻略会議の仕切り直しとなる。

 

 この場には先日のメンバーが一人として欠けずに、更にはフルレイドパーティを組む為、クラインとその一味の一人を誘い、合計で四十八名が集合した。

 

 

.

 




 ステータスやスキル設定は色んなのをひっくり返した上で、オリジナルを加えて書き起こしました。

 初期値はHPが500、筋力俊敏を各々10としています。HPはレベルアップに伴い、150〜180が前後した数値が上がると仮定すれば、キリトの最終ステータスのHPになる……筈です。

 ユートのスキル、プログレッシブのネズオ君の持つスキルなら出来るみたいなので、そちらから採用。




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第14話:攻略開始

 オリジナルMobや武器が登場。設定的に茅場晶彦が注目したプレイヤー達の練度を見る為に配置しているレアMobで、アイテムはその報酬です。





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 レベルを上げた事により更なる戦力アップをして、ユートとシリカは噴水広場へと来ている。

 

 まあ、戦力アップといっても強化ポイントが+6、HPが約+400前後くらい上がったに過ぎない。

 

 それでもHPの上昇が、リアルの生命に直結している以上、頼もしいという事に変わりはなかった。

 

「ふむ、ディアベルを含めて四十八人。丁度フルレイドを組める様になったね。悪いなクライン」

 

「気にすんな。俺もボス戦に出てーとは思っていたんだよ。誘ってくれてありがたいとすら思ってらー」

 

「そう言ってくれるのならありがたいよ」

 

「序盤でオメーらにゃあ、色々と教えて貰ったりしたからな。俺らはオメーらとボスを殺りゃ良いんだろ」

 

「頼むな」

 

「任せろよ。な?」

 

 サムズアップをしながら仲間に声を掛ける。

 

 クライン一味の恐らくはナンバー2の男、その人物が頷いた。

 

 夕方の五時となり、広場には青髪の青年ディアベルが現れる。

 

 キバオウも近くに陣取っているが、これでは自分がディアベル一味だと言っている様なものだが、きっと昨日の内に仲間入りしたとでも言う心算だろう。

 

 ユートとしてはもう既に判っていた事であるが故、驚きもしないし関心すらもなかった。

 

 現れたディアベルだが、これ見よがしにキリトが背中に背負う剣──アニールブレード+8──を見て、ギョッと目を見張る。

 

 だがすぐに落ち着いた処を見ると、キリトのアニールブレードが未強化品だと思ったのかも知れない。

 

 実はディアベルが昨日までは無かった筈の、腰に佩いたアニールブレード+6よりも強力な剣なのだが、そんな事が判る訳もなくて気を取り直すと会議を始めるべく口を開いた。

 

「はーい、みんなー注目をしてくれ!」

 

 爽やかな勇者王ボイスがトールバーナの町に響き、四十七人の出席者達が彼へと傾注をした。

 

「これからボス攻略会議をやり直したいと思う!」

 

 昨日は結局、攻略会議にならなかったと自分でも考えたのだろう。

 

「えっと、ユートさんは来ているよね?」

 

「来てるよ」

 

 呼ばれたユートが立ち上がると、前へと出る。

 

「俺は昨日、キバオウさんと話し合った。その結果、もう過去を──元βテスターだとか新規だとか言わないで、共に攻略をしようという話になったんだ」

 

「つまり、魔女狩りはやめにした……と?」

 

「そういう事だよ」

 

 ディアベルがキバオウの方を向くと……

 

「はん、確かに情報を活かせなかったんは事実やし、また引っ掻き回されても敵わんからな」

 

 腕組みをしてそっぽを向いた侭、キバオウが言う。

 

「そんかし、第一層のボスの情報は全部吐き出して貰うで!」

 

「判った」

 

 双方が合意をする事で、ボス攻略会議が本当の意味で始まった。

 

「先ず、二十階のMobの事だけど、どうやらβ版には出なかったのが湧出してくるみたいだね。予め聞いていたMobも出たけど、確率は他より低めで恐らくレアMobが出る」

 

「レアMob?」

 

「そう、ルインコボルド・ナイト、ルインコボルド・ポーン、ルインコボルド・ビショップ、ルインコボルド・ルークだな。数日間でニ〜三体ずつくらいしか現れてないけど、ステータスは第二層迷宮区レベルだと推測される」

 

 アルゴとキリトに報告をした処、そんなMobなどβ版には現れていないし、若しかしたら正式サービスになり、増やしたのかも知れないと結論付けている。

 

「流石に獲られる経験値やコルも、他のMobよりは多かったし、β版第二層の迷宮区に出るMob並だと言っていたよ」

 

「成程な、どうやら慌てて二十階に行かなくて正解だったかも知れないね」

 

 ディアベルが顎に手を添えながら唸った。

 

「何かレアアイテムを落としたんか?」

 

「レアかどうかは知らないけど多分、レアドロップを一つだけ落としているな。それ以外のアイテムは他と変わりないから」

 

「レアドロップやと?」

 

「所謂、リアルラックが良かったんだろう。ルイン・ザ・アクスという斧をドロップした。落としたのは、ルインコボルド・ルークだったからね、若しかしたらルインコボルド・ナイトが片手剣、ルインコボルド・ビショップがメイス、ルインコボルド・ポーンだったらダガーを落としたかも」

 

「何故、そう思うんだ?」

 

「ルインコボルド・ルークが手に持っていた武器が、両手斧だったからね。形としては持っている武器を落とすんだと思うよ」

 

「そういう事か。確かに、有り得そうな話だな」

 

 ユートの説明を聞いて、ディアベルもウンウンと頷きながら肯定をする。

 

「ひょっとしたらクイーンも居て、細剣か両手剣でもドロップするのかも」

 

 チェスの駒っぽい名前な訳だし、ユートが出会わなかっただけで、クイーンも居た可能性があった。

 

「威力はどうだい?」

 

「攻撃力だけ見ればアイアンアクスより三段階上で、強化試行上限数も今までより多い十回だ。アニールブレードより一段階上と見るべきかね」

 

 尤も、ユートは斧なんて使わないから、ストレージを圧迫するだけの武器は、さっさと売るのが吉。

 

 NPCの店に売っても、大した値段は付かない。

 

 強力な武器を欲するのはプレイヤーだし、彼らへと売ればそれなりの儲けになると考えて、少し強化して斧使いに売ったのだ。

 

 相手はエギルだが……

 

 ルイン・ザ・アクス+4(3S1D)を四万コルで、エギルは泣きながら喜んでいた……多分。

 

 元手がドロップのタダ、素材も基本的にドロップ品だから、ユート丸儲け。

 

 エギルとてボス戦で何があるか判らない状況下で、ストレージに数万コルを取って置いても意味が無く、きっと嬉しかったに違いあるまい。

 

 それは兎も角、ユートはMobの情報を伝えた。

 

 ポーン……HPバーを減らすと四分の一くらいで、昇格する。武器は短剣。

 

 ナイト……どのコボルドより速く、片手剣を持ってソードスキル【スラント】や【ホリゾンタル】をよく使ってきた。

 

 ビショップ……使用武器は片手棍で、HPを回復してくるのが厄介。

 

 ルーク……硬い強いと、二拍子が揃っている。然し速さはナイト程ではない。武器は両手斧。

 

「女王や王は現れなかったけど、元々がレアMob。単に遭遇しなかっただけという可能性もあるから其処は注意が必要だね。それからルークが斧をドロップした事から、レアドロップで武器を落とす可能性大」

 

「ありがとう、知らずに突っ込んでいたらヤバかったかも知れないな」

 

 何と無くうっすら冷や汗を掻いている気がした。

 

 これが現実世界ならば、実際に汗が流れていたのだろうくらい焦っている。

 

「さて、次がボスだけど……【ルインコボルド・センチネル】は初回から三匹、四本のHPバーが一本減る毎に三匹ずつ、合計で四回の十二匹分が湧出(ポップ)をする。問題の【イルファング・コボルド・ロード】だけど、このガイドブックの通りのスペックに間違いは無いな」

 

「変更点は無かったと?」

 

「いや、スペックは確かにそうだけどね、HPバーが最後の一本になった際に、使ってくる腰に佩いた武器が湾刀(タルワール)じゃなくて刀だった」

 

「──っ!?」

 

 ディアベルが息を呑み、他にも未知数な武器に驚愕を覚えたプレイヤーが居たのか、緊張感がユートの許に伝わってくる。

 

「当然ながら曲刀のスキルではなく、刀のスキルだろうソードスキルを繰り出して来たよ。今から実演して見せるから覚えておくと、便利だろう」

 

「待ちいや、実演って何やねん? アンさん、ソードスキルは使えん筈やろ!」

 

 キバオウが口を挟むと、周囲がざわめく。

 

「ホントにカバ夫は莫迦なのか?」

 

「誰がカバ夫やねん!? ワイはキバオウや!」

 

 キバオウの訴えを無視、ユートは説明をする。

 

「ソードスキルは間違いなく使えないさ。だけどね、システムアシストとそれに伴うダメージブーストを受けないだけで、動きを真似る事くらいは出来るさね。例えば【スラント】や【ホリゾンタル】を真似するのは簡単だろ?」

 

 斜めに斬るだけ、水平に斬るだけのソードスキルなだけに、真似は比較的簡単と云えた。

 

 当たり前だが威力は普通に斬り付けたのと変わらないから、敢えて真似る必要も無いのだが……

 

 然し、もっと上層で出てくるソードスキルならば、真似るのが難しいスキルもあるだろう。

 

「圏内だからアンチクリミナル・コードでダメージは受けないし、何ならカバ夫が試しに受けてみるか?」

 

「せやからカバ夫ちゃう、キバオウや! エエでぇ、受けたろうやないか!」

 

 ユートとキバオウは対峙して、ユートは自身の腰に佩いていた大太刀+8を手に持つと駆け出した。

 

「旋車!」

 

「おばぁぁぁちゃん!?」

 

 水平で周囲三百六十度の重範囲攻撃、カタナ専用のソードスキルが極った。

 

 ノックバックで吹き飛ばされるキバオウは、まるでコントの如く空を舞うと、頭から墜ちる。

 

 所謂、車田落ちだった。

 

「次っ!」

 

「え、ちょい待っ!」

 

 起き上がった処を追撃で放つは……

 

「浮舟!」

 

 床すれすれの軌道から、高く斬り上げるスキル。

 

「はーびんじゃーっ!?」

 

 心の骨を折る勢いだが、これで済む筈もない。

 

 何故なら【浮舟】とは、スキルコンボを始める為の開始技で、キバオウが執るべきは足掻かず身体を丸めての最大防御姿勢。

 

 キリトはそう言っていたのだが、カタナスキルなど識らないキバオウにそんな機転が利く筈もなく……

 

「緋扇!」

 

 下から二連、更に一拍を溜めての突きという三連撃のソードスキル【緋扇】が極ってしまう。

 

「あばばばば!」

 

 顔から地面に落ちると、ギャグ漫画の一幕でも観ているかの如く、顔が地面に接触をした侭に滑る。

 

 ゲームだから良かった、現実なら顔が酷い事になっていたであろう。

 

 ソードアート・オンラインというゲームには、特殊な【ペイン・アブゾーバ】なるシステムが存在して、それが最大の数値に設定されており、痛みは無く不快感を感じる程度。

 

 それでもポッキリと心の骨を折られたか、キバオウは気絶していた。

 

「ありゃ、まだ居合い系の【辻風】や【幻月】なんかが在るんだけど、気絶しちゃったか……」

 

 大太刀を手に、反対側の手で頭を掻きながら言う。

 

「凄いな、あれだけの技を簡単に放つとは……」

 

「システムアシスト無し、なんちゃって【緋扇】なんだけどね」

 

「いやいや、充分だよ」

 

 その後、まだ出していなかった居合い系【辻風】、同じ体勢から上下ランダムに発動する【幻月】を見せてお開きとなった。

 

 そして翌日の12月4日の日曜日……

 

 いよいよボス攻略が始まる事となる。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 サクサクと十九階までを踏破し、四十八連結(フルレイド)パーティは第一層の二十階へとやって来た。

 湧出(ポップ)するMobはルインコボルド・トルーパーなど、下の階に現れるものと変わらない。

 

 お陰で特に損害を出す事もなく進めている。

 

 マップは提供しているのだが、この階を一週間以上にも亘って狩場としていたユートは、シリカやキリトやクラインやエギルや細剣使いを伴って六人パーティを組んで、レイドを先導していた。

 

 因みに、クライン一味の一人である男は残念ながら別のパーティに組み込まれており、ユートも少し申し訳がなく思う。

 

 刀使い、短剣使い、片手剣使い、曲刀使い、斧使いに細剣使いとバラバラで、別パーティに居るクライン一味の男は片手棍使いだ。

 

 順調に進んでいると……

 

「うわぁぁぁっ!」

 

 後ろから悲鳴が聞こえ、俄にざわめき始める。

 

「どうした、ディアベル? 何があった!?」

 

「強い細剣使いのコボルドが湧出したんだ!」

 

「チィ、よりによって女王かよ?」

 

「女王……成程、予想では細剣系武器だと言っていたんだったな!」

 

「気を付けろ、膂力に速度に堅牢さはそれぞれの駒の名前を冠したコボルド並の筈だ!」

 

「了解した!」

 

 ディアベル達のパーティだけでなく、他のパーティも戦闘に参加した。

 

 若しもレアドロップ──ルイン・ザ・レイピア──をドロップすれば使えるなら使えば良し、使えなくても売ればそれなりのコルになるだろう。

 

 それを欲してのものだ。

 

 とはいえ、多少の混乱はあってもディアベルが統制しているお陰か、取り敢えず何も損害を受けず斃す事が出来ていた。

 

 まあ、レアドロップの方は出なかった様だが……

 

 ユートの方にもポーンが出たが、此方は危なげ無くポリゴン片へと還した。

 

【Result】

 ルイン・ザ・ダガー

 鉄片

 古い革

 

「ありゃ? ルイン・ザ・ダガーか……落とすときゃ落とすんだな」

 

 こればかりはシステム外スキルとも言うべきか? リアルラック次第。

 

 ユートには要らないし、シリカにでも渡せば良いかと思った。

 

 壊さず強化していけば、恐らく第六層までは使えるであろうダガー。

 

 エギルに売った両手斧、ルイン・ザ・アクスもそうだろうから、ひょっとしたらデスゲーム化した茅場がボーナス的に配置したのかも知れない。

 

 第一層から脱落者が出ても面白くないし、アジュカが嘗て言っていた。

 

『ゲーム開発の醍醐味は、ユーザーが隠し要素や開発者すら思わなかった何かを発見する事にある』

 

 茅場晶彦もそんな考えを持ったのだろうか?

 

 口角を吊り上げてユートは少しだけ笑った。

 

 SAOで最悪のデスゲームを演出した【悪の科学者】にしては、中々に凝った事をする。

 

 茅場晶彦がこのゲームに懸ける情熱は、きっと並大抵のものではないのだ。

 

 それを認められるか否かは別にして……

 

 Mobを全滅させ、安全を確保してユートがディアベルに提案をする。

 

「ディアベル、大丈夫か? この先に安全地帯が有るから其処で休憩しよう」

 

「そうだな」

 

 先の戦闘で疲れ果てて、少しダレたレイドパーティを見回すと、ディアベルはその意見に頷いた。

 

 念の為の見張り以外には休憩を申し渡して、順番に休憩を取る事にする。

 

「ユートさん、何をしてるんですか?」

 

「ん? アイテムの整理」

 

 見ればユートはアイテムを広げて整理をしており、しかもわざわざオブジェクト化までしていた。

 

「何故、オブジェクト化をしてるんです?」

 

「名前の羅列じゃ、ちょい味気無いから」

 

「は、はぁ……」

 

 隅っこでやっているのは目立たない為、一応は仲間であるキリトとクラインとエギルとクライン一味の男が壁役をしている。

 

 細剣使いも一応は壁役になり体育座りをしていた。

 

「よし、終わりだな」

 

 形状が地味なダガー以外は全て仕舞う。

 

 残されていたのは先程のルインコボルド・ポーンがドロップしたアイテムで、ルイン・ザ・ダガー。

 

 強化試行上限数は10と多く、素の攻撃力さえ強化されたアイアンダガーよりも優れた武器だ。

 

「シリカ、アイアンダガー+4からこれに更新しておくと良いよ」

 

「え? 良いんですか?」

 

 ウィンドウメニューから操作し、シリカの前にアイテムを渡す旨のウィンドウが開く。これでYESを押せば、ルイン・ザ・ダガーはシリカのストレージへと移されるだろう。

 

「どっち道、ダガーは僕に必要無いし」

 

「うう、余り返せるものがないのに……ありがとうございます!」

 

 ペコリと頭を下げる。

 

 この子の裏表の無いこういう部分は、ユートも好感が持てると思う。

 

 その後も一時間くらいの休憩して、ディアベルからの号令の許にボス部屋の扉まで辿り着いた。

 

 

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第15話:Congratulations

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 もうすぐボスの間の扉、ユートは隣のディアベルへと話し掛ける。

 

「ディアベル……」

 

「何だい?」

 

「キリトのアニールブレードを買い取ろうとしたのはアンタだな?」

 

「……どうしてそう思うのかな?」

 

 否定も肯定もしないで、ディアベルは質問に質問で返した。

 

「というか、アンタが腰に佩いた剣は昨日までと異なる物だし、アニールブレードその物だからね」

 

「まあ、確かに」

 

 周りには聞こえない様、声のボリュームは絞っての会話は続く。

 

 ディアベルが昨日まで腰の佩刀としていた武器は、アニールブレードではなくスティールソード。

 

 トールバーナでも普通に店売りしている中で、最高の片手剣だったりする。

 

 スティールブレードに対する強化試行上限数は僅か五回だが、果たしてそれでも最後まで強化していたか怪しいもの。

 

 だからこそ初期パラメーターが第一層としては最高であり、強化試行上限数が八回の上に既に六回までも強化されたキリトのアニールブレードを欲した。

 

「って言うか、自分のアニールブレードはどうした? 元βテスターのアンタが知らない訳無いし、直ぐに取りに言ったんだろ?」

 

 『やはり気付いていたか』と前置きし……

 

「強化はしていないけど、取ってはいる。それは仲間の戦力底上げの為に渡してしまっているんだ」

 

 笑顔と共に答える。

 

「成程、強い人間を更に強くするんじゃなくて、弱い人間の戦力アップでバランスを取った訳か」

 

 ディアベルの意図を察したユートは、少しだけ感心した様に頷いた。

 

「(元βテスター吊し上げなんて愚にも付かない事をするかと思えば、真面目に攻略も考えている。これはLAが欲しいのも自分の為じゃなく、第一層のボスを斃した象徴として欲しているのかもね)」

 

 キリトからの情報だが、フロアボスのドロップするLAはユニークアイテム。

 

 即ち、アインクラッドでも唯一無二の物だ。

 

 第一層ボスのLAは変更が無ければ【コート・オブ・ミッドナイト】という、その名の如く装身具。

 

 剣よりも目立つ装身具であれば、象徴には丁度良いアイテムとなる。

 

「(求心力を得てアインクラッドを攻略するリーダーとなり、少しでも早く皆を解放するのが目的か?)」

 

 彼の言動には嘘が見当たらない、ディアベルは本気でアインクラッドを攻略したいと望んでいる。

 

 そして、確かにこういう事には現場を纏めるリーダーシップ溢れる者が必要となるだろう。

 

「(そうなると、えげつない方法を以てクローズド・βテストの際、LAを取り捲ったキリトは邪魔か)」

 

 リーダーシップを執るのは綺麗事だけでは難しく、兎にも角にも求心力を維持していかなければならないもので、お金や物も可成り稼がねばなるまい。

 

 プレッシャーで潰れる事もあれば、手段が目的に擦り変わる事だって往々にしてあるのだ。

 

 そして瓦解する。

 

「(ディアベルはそれでも敢えて進むか、修羅の道ってヤツを)」

 

 チャラチャラした爽やか青年かと思いきや、その実は誰よりも攻略に一生懸命な漢だった様だと、彼への評価を上方修正した。

 

 そしていよいよボスの間へと続く扉の前に……

 

 重々しい金属製の赤茶けた扉というのは、雰囲気が半端ではない。

 

「さあ、いよいよだ諸君! 我々がこのアインクラッドから数多のプレイヤーを救う狼煙を今こそ、高らかに上げようではないか!」

 

 外連味をタップリ利かせた科白を、キリトから購入したアニールブレード+6を掲げながら、プレイヤー一人一人を見遣り叫び……

 

「みんな、勝とうぜ!」

 

 〆には正に自分の心の内を吐露した言葉を紡いだ。

 

 ギギギギ……

 

 その外観に負けじと重たく雰囲気のあるSEを響き渡らせ、ボスの間と通路を遮る扉が開かれた。

 

「征くぜっ!」

 

『『『『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!』』』』

 

 この時ばかりは目の前の優男が、本物の勇者王にも見えたから不思議だ。

 

 鬨の声を上げ、SAOで最初の攻略を行う四十八名のプレイヤーがボスの間へ雪崩れ込む。

 

 ボッ!

 

 その瞬間、蒼白い焔が壁のランプに灯り……

 

 ボッ! ボッ! ボッ! ボッ! ボッ! ボッ! ボッ!

 

 全てのランプが蒼白い焔を灯していった。

 

 焔の灯りに照らされて、薄暗い円形の部屋の奥に有る玉座に座るコボルド王の姿が露わとなる。

 

 コボルド王の頭上に映し出される名前……【イルファング・ザ・コボルドロード】が記され、四本の緑色のHPバーが伸びていく。

 

 【イルファング・ザ・コボルドロード】が、玉座に立て掛けてあったボーン・アックスを手に持ち……

 

『ウォォォォォォォォォォォォォォォォオオオッ!』

 

 戦闘開始の雄叫びを高らかに上げた。

 

 取り巻きの【ルインコボルド・センチネル】が三匹湧出(ポップ)してくる。

 

「掛かれぇぇっ!」

 

 ディアベルの声を合図に全員が役割を以て、ボスの【イルファング・ザ・コボルドロード】に当たった。

 

 役割……壁役(タンク)がコボルド王の攻撃を凌ぎ、攻撃役(アタッカー)が攻撃してHPを減らす。

 

 壁役と攻撃役がコボルド王と相対している際に邪魔となる護衛兵(センチネル)を押さえて潰す役割の者も居るし、HPがヤバくなればポットローテで下がった壁役と攻撃役の代わりに前へと出る後衛(バックス)も存在している。

 

 魔法が存在しないSAOに於いて、飛ばすタイプの攻撃など【投剣】スキルで武器や石ころを投げる程度にしか遠隔攻撃は存在しない為、後衛(バックス)というのは交代要員の事だ。

 

 ディアベルの率いているC部隊が一本目のHPバーを削り、二本目をD部隊が削り切る。

 

 交代部隊のF、G部隊が現在のメイン火力となり、壁役のA、B部隊が何度か注意域(イエローゾーン)にまでHPを減らしたものの未だに健在、センチネルを斃すEとH部隊もこれまでに湧出してきた九匹を見事に撃滅していた。

 

 ディアベルの指揮が的確且つ、大胆なまでの用兵が大当たりしているのもその要因の一つだろう。

 

 既に次の湧出待ちとなっている【取り巻き潰し隊】であるが、こんな場合には他の部隊に混じってボスを攻撃しても良いと、確約を貰っていた。

 

 勿論、他の部隊を邪魔しない様に気を付けなければならない訳だが、ボス戦に於ける報酬を考えたなら、ボスにアタックを出来ないポジションは、モチベーションを下げかねないとし、ユートがディアベルに申し出た事から決まった話だ。

 

 【ルインコボルド・センチネル】とて、この第一層ボスの間でのボス戦にしか顕れないレアモンスター、他のMobに比べればコルも経験値もアイテムも大量にドロップする。

 

 コルはレイド全員による自動均等分配だが、経験値はパーティで共闘していた者達に入り、ドロップするアイテムはLAをした者に確率ブーストが与えられる事となる為、割と美味しいというのも確かだった。

 

 それでもボス戦だから、ボスにアタックしたいと思うのは当然といえる。

 

 ボスから獲られる経験値というのは、ボスに対する攻撃の貢献度が関わってくるからだ。

 

 とはいえ、然しもユート

もこの提案が危機を招くとは思いもよらなかった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 細剣型(レイピア)の単撃刺突ソードスキル。

 

 名前は【リニアー】……

 

 フードコートの少女は、システムに規定されているソードスキルを、モノの見事に使い熟していた。

 

 キリトもβでの時代からソードスキルによる意図的なブーストを練習したが、単純な速度だけを見たなら彼女程の加速は不可能。

 

 それに加えて、キリトが指摘した効率の悪い【過剰殺傷(オーバーキル)】をやめてからは、目覚まし速度の躍進をしていた。

 

 少女はキリトに出逢う直前まで、全てをソードスキルで斃していたが、僅かなミリ単位のHPを削るのには大袈裟な【リニアー】を放っていた為、技後硬直を近くのMobに狙われてしまうと危険だし、何よりも視野狭窄に陥っていては、斃せる敵も斃せない。

 

 事実、今の少女には余裕が感じられており、【ルインコボルド・トルーパー】より強い筈の【ルインコボルド・センチネル】も容易く屠っていた。

 

 唯一の弱点、喉元を正確に突く【リニアー】は他人事とはいえ、キリトでさえも冷や汗が出そうなくらい恐怖を誘う。

 

「スイッチ!」

 

 センチネルの武器を弾いたキリトから声を掛けられた少女は、すぐに立ち位置を入れ替えて前へ出ると、【リニアー】で喉を突いて青いポリゴン片に還した。

 

 だが目覚ましいというのならば、ユートとシリカのコンビが正にそうだ。

 

 【黒き刀舞士(ブラック・ソードダンサー)】と、中二病にも程がある二つ名を【鼠】のアルゴが広めた訳だが、相方は可憐な容姿で迷宮区を踊る舞姫とし、【迷宮区の小舞姫(リトル・ダンサー)】などと呼ばれる程に成っていた。

 

 キリトはその真なる意味をこの場でありありと見せ付けられ、正直に言ってしまえばボス戦でなければ、きっと見惚れている。

 

 真っ当な剣術で舞い踊るユートと、ソードスキルを以て舞うシリカの二人は、まるでデュエットをしているかの如く──アルゴの付けた二つ名がこれ程にまで似合うとは思わなかった。

 

 ダメージブーストが存在するからか、ユートが攻撃にコンボを極めれば極める程にダメージが弥増して、あっという間にセンチネルをシリカと共に屠る。

 

 そのシリカも、通常攻撃でダメージブーストをし、トドメとばかりに短剣系の二連撃ソードスキル【クロス・バイト】から、技後硬直キャンセルからの単撃刺突ソードスキル【アーマーピアース】を極めていた。

 

 まったく【小舞姫】とはよく言ったものである。

 

「二人だけの輪舞曲(デュエット・ロンド)……」

 

「え? 何か言った?」

 

「いや、何でもないさ!」

 

 思わず見惚れた二人への感想を洩らすが、少女──キリトはHPバーから既にAsunaと知ってる──にかぶりを振りながら答えると、次のセンチネルを狙うべく走った。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 肝心要の【イルファング・ザ・コボルドロード】の攻略は、当初の予想に反して順調に推移している。

 

 未だにだれもHPバーが危険域(レッドゾーン)へと落ち込まず、センチネルはキバオウの率いるE部隊、ユートの率いるH部隊によって悉くが粉砕され、遂にHPバーも残す処は後一本のみとなり……

 

『グォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオオッ!』

 

 雄叫びを上げた【イルファング・ザ・コボルドロード】は、持っていた骨斧と革の円形盾を捨て去ると、後ろ腰に佩いた骨太な刀である野太刀を抜刀した。

 

 狂乱(バーサク)しているコボルド王、若しも曲刀にカテゴライズされている、

湾刀(タルワール)だと思って突っ込めば、どれくらい高位のプレイヤーであれ、刀スキルに翻弄されてしまっていただろう。

 

 キリトやアルゴが曰く、【イルファング・ザ・コボルドロード】の使う湾刀によるソードスキルは、基本的に直線長射程な攻撃だけらしく、密着状態であっても躱すのに苦労は無い。

 

 だが刀のソードスキルはそうじゃなかった。

 

 万が一、知らずにβ時代と同様に動けば犠牲者が既に出ていただろう。

 

 昨日のユートが再現して見せた、【イルファング・ザ・コボルドロード】の使う刀系ソードスキルを知らなければどうなってたか、キリトはゾッとした。

 

 とはいえ、多彩な刀系のソードスキルを使ってくるという、ただそれだけでしかないのに攻め倦ねる。

 

 元よりもっと上層に現れているモンスターが使ってきたソードスキルだけに、最も初期の単撃重範囲技──【旋車】でさえ厄介だ。

 

「この侭、手を拱いていられないな……」

 

 ディアベルが意を決して呟くと、単身でコボルド王へと突っ込んで行った。

 

「よせ、ディアベル!」

 

 コボルド王がニヤリと、口角を吊り上げた……そんな錯覚を覚えるユート。

 

 それは誰しも思わなかった事……

 

 コボルド王が放つ技は、重範囲攻撃──【旋車】だった事もあり、ディアベルも余裕を以て身体を僅かに横へ逸らして紙一重に躱しながら跳躍して、地面からの衝撃をも受け流す。

 

ディアベルが手に持っていたアニールブレードへと、ライト・エフェクトが灯ったのは彼がソードスキルを起動させた証拠だ。

 

 これより、ディアベルの身体はシステムアシストを受け、自動的に威力ブーストされたソードスキルを放つ体勢に入る。

 

「な、にぃ!?」

 

 そう、ユートにも予想外の出来事、コボルドの王は【旋車】を地面へと叩き付けて、返す刀で【浮雲】を放ってきたのだ。

 

「莫迦な、システムに規定されたモンスターがシステム外スキルだと!?」

 

 システム外スキルとは、システムに規定されているスキル、スキル欄に名前が載ったモノではなく、システムの外側であるプレイヤーがよりプレイし易くするべく創意工夫したスキル。

 

 例えば、キリトが住み善い宿屋を見付けたのもそうだし、技後硬直を格闘ゲームよろしくキャンセルし、次の技に繋げるというのもそうだ。

 

 ソードスキルによる多重攻撃(コンボ)、シリカが使った【小舞姫】と称されるコンボも同じ理屈である。

 

 然しそれが可能なのは、飽く迄もシステムでの縛りが少ないプレイヤーのみ。

 

 モンスターはシステムで動く関係上、システム外スキルなど使わない……否、使えない──筈だった。

 

 〝誰か〟がシステムに手を加えない限りは。

 

 そしてこんな改変が行えるのは、このSAOの唯一とも云えるGM権限持ち。

 

 茅場晶彦だけだ。

 

 菊岡誠二郎から聞いた限りでは、SAOの発売元のアーガス社でさえ茅場晶彦の動向を把握しておらず、いつの間にかデスゲームに変えられていたらしい。

 

 既にアーガス社はとんでもない迷惑を被っていて、社会的な制裁すら喰らってしまっているのに、茅場が居る場所だけは掴めずにいるのだとか。

 

 彼がシステムを弄って、【イルファング・ザ・コボルドロード】のアルゴリズムにあのコンボを入れたというなら、果たして茅場はクリアさせる気があるのか否か、解らなかった。

 

 閑話休題……

 

 下段から斬り上げる技──【浮雲】でディアベルを斬った後、トドメだと謂わんばかりに袈裟懸けと逆袈裟懸から突きに征く三連撃技──【緋扇】に繋げる。

 

 身体を斬り上げられて、

もう身動ぎ出来ず自由落下しているディアベルには、打つ手など無かった。

 

 だけど……

 

「さぁぁぁせぇぇぇるぅぅぅぅかぁぁぁぁぁっ!」

 

 ディアベルを死なせない為にユートが動く。

 

 ソードアート・オンラインは、近接武器オンリーで戦う性格上、敵の武器攻撃を自らの武器で防御をする【武器防御】というスキルが存在する。

 

 これはシステムに規定をされた正式なスキルだが、その気になればブーストは無い武器による防御だって不可能ではない。

 

 本来はソードスキルによって弾くのがセオリーではあるが、ユートは【緒方逸真流】に在る基本技から、敵の武器を受け流したり、弾いてしまう技を持つ。

 

 【緒方逸真流】防御技──【流転】という。

 

 ディアベルの目の前へと躍り出たユートは、自身の大太刀でコボルド王の袈裟懸けを弾く。

 

 【流転】には二種類──弾くタイプと受け流すタイプが存在しており、今回は弾くタイプで対応。

 

 パリィと呼ばれる技術で其処から即、ユートは袈裟懸けにコボルド王を斬る。

 

「緒方逸真流・基本技──【木霊落とし】!」

 

 傍目からは、本来ならば二人で行うパリィからの、スイッチを一人で行っての斜め斬り──【スラント】にしか見えない。

 

 威力ブーストは、武器への一撃も敵のモノであればコンボの開始と認められ、斜め斬りにした攻撃は通常の一割増しだった。

 

「キリト、アスナ!」

 

「「──っ!」」

 

 呼び掛けられてはたと気付いた二人。

 

「ディアベルを頼む!」

 

 意図を察してすぐに動き出したキリトに、アスナと呼ばれた少女も名前を知られていた驚きを押し込め、駆け出した。

 

 その場から動けない状態のディアベルに、キリトがポーションを与える。

 

「何でこんな無謀な真似をしたんだ!」

 

「キリトさん、貴方もよくやっていたじゃないか」

 

「LA狙いか……やっぱりディアベル、アンタは!」

 

 キリトも理解はしていたのだ、ディアベルが自分と同じくクローズド・βテストに受かった元βテスターである事は。

 

 だけどディアベルの場合はキリトと違い、私利私欲の為ではなく皆をデスゲームから解放する象徴とし、更にはその効果に期待して欲したのだ。

 

「ハハハ、貴方の様に上手くはいかなかったよ」

 

「ディアベル、俺は!」

 

 だが、呑気に話している場合ではなかった。

 

 コボルド王が一際、高く跳躍をすると野太刀を振り上げている。

 

「くっ、また【旋車】!」

 

「危ない!」

 

「──っな!?」

 

 アスナが二人を庇う様に前に出て、刃を紙一重に躱しながら【リニアー】を放った。

 

 外套が刃に引き裂かれ、その素顔が露わとなる。

 

 ハラリと亜麻色の髪の毛が風圧で靡き、戦闘中にも拘わらずその美しい容貌に誰しも釘付けとなった。

 

 【リニアー】で吹き飛ばされたコボルド王、ユートはここぞとばかりに大太刀を揮って攻撃する。

 

 コボルド王も体勢を空中で立て直してユートへ攻撃を加えてきたが、それに対して今度は受け流すタイプの【流転】──刃を併せた瞬間に身体を攻撃の反対側に回転し、その勢いを利用して攻撃を加える基本技──【山彦返し】を放つ。

 

 更には【継ぎの舞い】を踊り、身体を再び回転させるとコボルド王の腰目掛けて横薙ぎ──【剣渦独楽】を一閃、二閃、三閃。

 

 その間にも背後へと移動すると、次は背中をバッサリと袈裟懸けに斬る【独楽の舞】を放つ。

 

 ライト・エフェクトが灯らない事から、ユートの技がソードスキルではないと誰の目にも明らか。

 

 だけど、攻撃が十回にも亘れば威力は二倍。

 

 最初の一撃では数ミリしか動かなかったHPバー、それが十撃目ともなったら一センチを削った。

 

 留まる事を知らない怒濤の連続攻撃は、コボルド王のHPバーを容赦無く減らしていき、遂にはその命数も尽き果てると、巨躯を床に倒してポリゴン片に還ってしまう。

 

 余りにも現実離れをした光景──仮想世界だが──に茫然自失となって見守っていたレイドパーティは、シンと静まり返っていた。

 

 目の前で起きた出来事が信じられず、誰も口を開く事が出来ずにいる。

 

 それは同じく【ダンサー】の名を冠したシリカですらそうで、まるで起きた事が夢か幻の如く映った。

 

【Congratulations】

 

 ファンファーレと共に、そんな文字が空中に躍ると同時に、全員の目前に出現するリザルトウィンドウ。

 

 それによって漸く全員が勝利を認識した。

 

『『『『『う、うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!』』』』』

 

 その瞬間、割れんばかりの勝鬨を上げる一同。

 

 涙に頬を濡らす者、溢れんばかりの歓びを身体全身を使って表す者、ペタリと尻餅を付いて座り込んでしまう者など、各自が銘々にリアクションを執った。

 

 ボス撃破を報せるファンファーレまで、身動き一つしないで大太刀を構えていたユートも、それでやっと一息を吐くと自身の画面を見つめる。

 

 莫大な獲得コルと経験値が表示され、センチネルとコボルド王のLAボーナスが出てきた。

 

【You got the Last Attack】

 

 紫色のシステムメッセージが顕れ……

 

〔コート・オブ・ミッドナイト〕

 

 アイテム名が瞬いた。

 

「黄昏のトワイライトに、真夜中のミッドナイト……これは東雲のドーンとかも在るのかな?」

 

 苦笑いしながらリザルトウィンドウを閉じる。

 

「コングラッチレーション……アンタが斃したんだ。脱帽だぜ」

 

 褐色肌でスキンヘッドな巨漢、エギルが背中に地味な両手斧──ルイン・ザ・アクス──を担いでユートに右手を挙げて近付く。

 

「エギルか……」

 

 キリトとアスナとシリカとクラインも、パーティのメンバーが歩いてきた。

 

「おめでとう、ユート」

 

「まあ、おめでとう」

 

「流石はユートさんです、おめでとうございます!」

 

「やってくれたぜ!」

 

 皆が一様に讃えてくれ、ユートも多少は苦々しいものが混じりながら、それでも笑顔を返した時……

 

「何なんだよ、あれは!」

 

 ディアベルのパーティに居た男が声を荒げた。

 

 

.

 




 今回の事で、ユートやキリトがビーターと呼ばれたりはしません。




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第16話:アップデート

 今回、もっと先でなければ出てこないモノが登場。具体的には第7巻以降。





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 ユートは何かしら言ってきた男に対し、いっそ冷たい目を向けて訊ねる。

 

「何だとは?」

 

「おかしいじゃねーか! 何でボスのパターンが違ってんだよ!? それにあの動きは何だ? 有り得ねーよあんなのは!」

 

 騒ぎ立てる男、だが然し勝利の余韻を邪魔しているこの男に賛同する者は殆んど居らず、似た様ないちゃもんを会議で付けた事のあるキバオウでさえ、煩わしいモノを見る眼だ。

 

 とはいえ、賛同こそしないがユートの情報に欠損があったのは事実であるし、周りも互いに顔を見合わせながらざわめいている。

 

「拙い雰囲気だ……」

 

「ああ」

 

 キリトの呟きに首肯するディアベルは、この侭ではユートが吊し上げを喰らうと懸念していた。

 

「お前、LAの為に情報を隠してたんだろ! いや、そうに違いない!」

 

 言い掛かりも甚だしい、クラインやエギルはこの男の暴言に怒りを覚える。

 

「僕は自分の知る限り情報は伝えた」

 

「だったら何であんな訳の解んねー攻撃してきた!」

 

「カバ夫以上に莫迦だな」

 

「何だと!」

 

「何やて!?」

 

 互いに一緒にするなと、そう言わんばかりだったが如何せん、二人はハモって同じ程度だと証明した。

 

「僕は自分の知る限り情報は伝えた。だけどボスは僕が知る以上のアルゴリズムを持ってた。それだけだ」

 

「ぐっ!」

 

 流石に其処まで言われて理解出来ない程、愚かではなかったのか言葉に詰まってしまう。

 

 ユートが知る限りとは、即ち知らない動きまでは伝えようがないと云う事。

 

 最後のコボルド王のあのアルゴリズムは、ユートも読み切れないくらい有り得なかったのだ。

 

「確かにあれは俺にも判らなかった。正直、庇って貰えなかったらヤバかったと思うよ」

 

 快復し終えたディアベルが立ち上がり、ユートへと近付くと笑顔で言う。

 

 ディアベルもあれは死んだと思ったのだろう、笑顔ではあっても現実なら冷や汗を掻いていた処だ。

 

「けど、ディアベルさん! 奴がもっと情報を得ていれば!」

 

「自分は何もしてない分際でよく言うな?」

 

「何だと!」

 

「言っておくが、僕が全ての情報を得ていたらボスを斃していたんだ。お前如きの出番など有りはしない。それで良かったんなら初めから僕が一人で斃せばそれで済む話だ」

 

「なっ!?」

 

 更に冷たい目で見つつ、辛辣に言い放った。

 

 それにシリカが続く。

 

「実際、私のポーションが無くなったから退いただけですし、無理をすれば斃していましたもんね」

 

「まあね。ただシリカを死なせる可能性を極力、廃したいと思ったのとボスから獲られる大量のリソース、それを二人だけでというのも気が引けたし、キリトやクラインにも相談しようと考えたからね」

 

「まあ、そのキリトさんからボス攻略会議に誘われたから、今回の情報を出したんでしたっけ?」

 

「ああ、それが無けりゃあ……ディアベルは未しも」

 

 チラリと名前も知らないというか、知る価値すらも無い男に一瞥し……

 

「お前なんかにボス攻略をさせやしないさ」

 

「ぐっ!」

 

 ボス戦で獲られるリソースは、そこら辺のMobとは比べ物にならない。

 

 何しろ、ユートはほんのつい先日にレベルアップを果たしたばかりで、それもレベル18と有り得ないけらいの高さだというのに、リザルトウィンドウを見てみれば、19へとレベルアップしていたのだから。

 

 HPが182、強化ポイントが3上がっている。

 

 後は強化ポイントを各々のステータスに──筋力値と俊敏値に割り振ればそれで良い。

 

 尤も、レベルアップした

のはコボルド王にトドメを刺したからこそだが。

 

「だったらあの動きは何なんだよ? あんなのどう考えてもチートたろう!」

 

「ゲーム用語でチートという場合、それはプログラムをクラックをするなり何なりして、アイテムを増殖したり、パラメーターを不正に強化したり、仮想体(アバター)を規定されたもの以外に変えたりする行為のことだ。だけどな、SAOみたいなフルダイブ型だと少し勝手が違う。謂わば、本当の身体を動かすのにも近い感覚だ。パラメーターが動きに影響するのは間違いないが、現実で動けるなら此方でも似た動きは可能となる。僕の動きは現実でやっていたものだ。言っておくが、今の僕のパラメーターでは〝現実の僕の身体能力から一割〟も出せない状態なんだ」

 

「何だって!?」

 

「それをチートとか言うのなら、ゲーマーがゲームをするのはチートだ、サッカーが得意な人間がサッカー選手になるのはチートだと叫ぶ愚行に他ならない」

 

 周囲から失笑が漏れて、漸く自分が嘲笑の的になる様なバカを仕出かしていると気付いたのか、悔しそうに歯軋りをする。

 

「何より、お前は一ヶ月前のチュートリアルって時に聴いてなかったか?」

 

「な、何をだよ?」

 

「僕は刀を得意としているから、ソードスキルと引き換えにエクストラスキルであるカタナ装備を貰った。勿論、チャンスは平等に与えられていたな。僕は素の剣術で闘えるからこそこのゲームの根幹、ソードスキルを捨ててでも得意な武器の刀を欲したんだよ。あの程度には動けて当然だ」

 

 元より村正を揮っているのだから、刀が得意になるのは必然ではある。

 

 一応は、武器を選ばない流派だからどの武器であれ応用は利くのだが……

 

「ハッキリ言うが、リアルでの武器習熟度が高いってのいうのは、チートでも何でも無いぞ」

 

「うっ!」

 

 名前も知らない男はそれきり俯いてしまった。

 

「ディアベル」

 

「何だい?」

 

「第ニ層の転移門の有効化(アクティベート)は僕がしておくけど、レイドパーティはどうする?」

 

「俺達は一旦戻ろうと思っている。町のみんなにこの第一層がクリアされた事を伝えないとな。だからさ、【はじまりの町】の転移門が有効化(アクティベート)するのを待たせて貰うさ」

 

「了解。きっとお祭り騒ぎになるだろうね。シリカは一緒に来る?」

 

「はい!」

 

 次の行動方針を話し合うユートとディアベル。

 

 第一層攻略の指揮を執ったディアベルと、コボルド王を斃したユート。

 

 図らずもこの二人は今後の攻略に於ける大きな発言力を得ており、誰も口を挟んだりはしなかった。

 

「キリト達は?」

 

「俺も行くよ」

 

「私も行くわ。訊きたい事もあるし」

 

 キリトとアスナは一も無くニも無く答える。

 

「ふむ、俺も行こうかな」

 

 エギルもご一緒する事に決めたらしい。

 

「おりゃ、他に四人ばかり残してっからよ、一度町に戻る事にするわ」

 

 右手を挙げて言う赤毛にバンダナな男、クライン。

 

 確かにクラインは責任感が強いから、そう言うのも当然であった。

 

 結局はユート、シリカ、キリト、アスナ、エギルの五人だけが第二層主街区に向かう事になり、ディアベル以下四十三人は【はじまりの町】へと戻る。

 

 入ってきた方から見て、反対側の扉開くと其処には雄大な……ゲームの中だと忘れそうなくらいの絶景が広がっていた。

 

 第一層とはまた異なり、目の前にはテーブル状の岩山が端から端まで連なっていた。テーブルマウンテンというヤツだろう。

 

 山の上は柔らかそうな青々とした草に覆われ、其処

を大型の野牛系モンスターがノッシノッシと歩き回っている。

 

「此処から第二層主街区の【ウルバス】までは、だいたい一キロばかり歩く」

 

「って事は、あの牛共を潰しながら行くべきかな」

 

「いや、別に潰さなくても良くないか?」

 

「んー、僕は必要無いよ。けど皆はもうすぐレベルが上がるんじゃないか?」

 

「え?」

 

 ユートの問いに、キリトが自分のステータスメニューを開くと……

 

「あ、本当だ。もう少しでレベルが14になる」

 

 経験値を少し稼げば上がりそうだった。

 

「あ、私ももうすぐ12」

 

「俺もだな。あと少し頑張りゃ12って処だ」

 

 それに倣って、アスナとエギルもステータスメニューを開いて確認をすると、確かにもう少しばかり頑張れば上がる。

 

「あ、私は上がりません。ボス戦で16に上がっていますもん」

 

「シリカも上がっていたんだな。僕もレベル19になっていたんだよ」

 

 どうやらシリカも上がっていたらしい。

 

「どうでも良いけどお前らのレベル、頭一つ抜きん出てるよな……」

 

 エギルが呆れた口調で言い放った。

 

「あのトレンブリング・オックスを、徒党(パーティ)を組んで襲えば十匹も潰してレベルアップしそうだ」

 

「けどあれな、外見に違わずタフだし攻撃力もある。その上、タゲられたら持続と距離が長いんだ」

 

 要は面倒なMobという事らしい。

 

「逃げるなら面倒だけど、この五人でBRAVE PHOENIXすれば、時間の節約になるだろ?」

 

「いや、BRAVE PHOENIXって何だよ?」

 

 勿論、敵単体を取り囲んでのフルボッコの事だ。

 

「まあ、もうすぐ上がるって時に放ったらかしにするのも気持ち悪いし、みんなはどうする?」

 

「そうね、私は賛成」

 

「俺もだ。主街区までに少しくらい稼いでも文句は言われんだろう」

 

 キリトも乗り気になったのか、率先してアスナ達に訊ねた処、二人もレベルを上げるのに賛成する。

 

「んじゃ、目の前の牛から叩くとするか?」

 

「「「「応っ!」」」」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ウルバスに着いた一行、ユートは早速【転移門】に触れて有効化(アクティベート)をした。

 

 別に手動で有効化しなくても、二時間くらいすれば自動的に有効化されるし、その間にクエストを受けるなり、レベリングをするなりしても良いが、コボルド王を斃した情報はとっくに【はじまりの町】に伝わっているだろうし、そんな事をすれば顰蹙を買う。

 

「有効化(アクティベート)完了っと」

 

 後は何もしなくても動きたい奴は第二層に来るであろうし、動きたくなければ【はじまりの町】に留まるであろう。

 

「そういやアスナ、訊きたい事って何だ?」

 

「あ! 忘れる処だった。名前よ、名前!」

 

「名前?」

 

「アンタ達、私の名前を呼んだわよね? 教えてない筈なのに何で?」

 

「「は?」」

 

 何を言われたのか理解が及ばず、ユートもキリトも間抜けた声を上げる。

 

「ああ、付かぬ事を伺いますが……貴女はパーティを組んだのは初めてで?」

 

「ええ」

 

 キリトの問いに頷く。

 

「成程、ならアスナ。少し視線を動かしてみ?」

 

「視線?」

 

「僕のHPバーの下、アルファベットが有るだろ?」

 

「HPバーの下? これ、Yuuto。それに……」

 

 視線を動かしてキリトを見遣る。

 

「Kirito? これ、貴方達の名前?」

 

「そういう事だね」

 

 苦笑いするユート。

 

「く、くくく……」

 

「「──?」」

 

「アハハハハハ! 何だ、こんな所にずっと書いてあったのね!?」

 

 アスナは竹を割ったみたいに笑い出す。

 

 

 和んでいる処、主街区のBGMが行き成り止んで、不吉な色が空を満たす。

 

 それは一ヶ月前、SAOがデスゲームと化した事を唯一のGMとも云うべき、茅場晶彦が顕れた時と同じ現象であった。

 

「何だ?」

 

「イベント?」

 

「にしちゃあ、こいつは」

 

 ユートとキリトとエギルが口々に呟きながら、キョロキョロと辺りを見回す。

 

 不安気にシリカとアスナも表情を曇らせていた。

 

「ユートさん……」

 

「大丈夫、イベントか何かだよ。茅場晶彦がまた出てくるのかな?」

 

 イベントかどうかは兎も角として、真っ赤なローブに顔が無いGMアバターが第二層と第一層の赤くなった空へと映し出される。

 

〔諸君、第一層のクリアは見事だった。おめでとうと言わせて貰おう〕

 

 巫山戯ている……誰しもがそう思っていた。

 

 二千人を殺したデスゲームの主宰者に言われても、嬉しくもなんともない。

 

〔諸君らの健闘を讃えて、本来ならSAOに実装する予定のなかったシステムをアップデートした。一つ、十ある特別なスキルに追加を加えた。これをどうすれば取れるのかは、諸君らが自ら捜したまえ〕

 

 ヒントも何も無くただ捜せときた。

 

 だけど、全員が思ったのは『十ある特別なスキル』という部分、これが何の事か解らない。

 

〔今一つは、オリジナル・ソードスキルというもの。通称OSSだ〕

 

『『『──っ!?』』』

 

〔なに、やり方は簡単だ。メニュー画面からOSSのタブに移動、剣技記録モードに入り記録を開始する。後は武器を振り、技が終わった時点で記録を終了だ。まあ、既存のソードスキルに在る動きは登録されないのだがね〕

 

 それは取りも直さず……『ぼくのかんがえた必殺技』を編み出せるという事。

 

〔また、OSSには【剣技伝承システム】が存在し、OSSを編み出すのに成功した者は、一代コピーに限って技の【秘伝書】を他のプレイヤーに伝授出来る〕

 

 茅場晶彦が何を思って、こんな要素を入れたのかは解らなかったが、どうやらこの大胆なアップデートにユートは無関係ではなさそうだった。

 

「面白い、つまり僕の剣技を登録したら、僕自身では使えなくても他のプレイヤーなら使える訳か」

 

「それって……」

 

「試してみるかな」

 

 ユートはずっと握ってたシリカの手をソッと放し、メニュー画面を呼び出す。

 

 OSSのタブから記録モードにすると、腰に佩いた大太刀を抜き放って目にも留まらぬ速業で、一閃二閃と大太刀を振り抜いた。

 

 僅かに五閃、五連撃でしかなかったものの、ピコンとチャイムが鳴ってOSS登録を報せてくる。

 

 ユートは成立したOSSに名前を付けると、アイテムストレージを開いた。

 

「これが【秘伝書】か」

 

 アイテム欄には【秘伝書・テンソウレッパ】と書かれたアイテムがある。

 

 名前自体は初めて創ったから、割かし適当に入れたものだったが、これを他のプレイヤーが使ったなら、今のユートの動きをシステム・アシストを付けて揮う事が可能となる訳だ。

 

〔どうやら早速、試してみてくれたみたいで何より。それでは、引き続き攻略に挑んでくれたまえ〕

 

 そう言い残すと、茅場であろうGMアバターは煙の如く消えてしまう。

 

 シンと静まり返り、再び主街区のBGMが鳴り響き始めた。

 

「どうやら茅場晶彦はこのデスゲームを堪能しているみたいだね。少なくとも、最初のボスを退治した程度で出てくるくらいには」

 

 もうすぐ第一層から上がってくるプレイヤーも居るだろう、ユートはクエストをしてからレベリングに励もうかと考えている。

 

「これからどうする?」

 

「俺は何かクエストでも」

 

「私は……取り敢えず休む事にするわ」

 

「俺もだな」

 

 現状、基本的にはユートと一緒のシリカは兎も角、キリトとアスナとエギルはその様に答えた。

 

「じゃあ、パーティを解消して銘々に動こうか」

 

 臨時に組んだパーティを解消し、アスナとエギルは宿屋を目指して、ユートはシリカを伴い、目的が同じなキリトと動く。

 

「【鼠】なら第二層のクエストも何か知ってるだろ」

 

 そう言いつつ、アルゴへとメールにて連絡を入れるユートであった。

 

 

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 原作でALOを引き継いだのは、何処かのベンチャーでしたが、此方では別の組織になるのでOSSは、本来なら出てきません。

 なのでこの形です。




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第17話:明日奈とアスナ

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 ユートとキリトとシリカの三人は、クエストでもやってみようかとアルゴへと連絡を入れようとした矢先の事、当のアルゴが二人の男に囲まれていた。

 

 何事かと思って訊けば、第二層にはエクストラスキルの【体術】を覚える事が出来るクエストが存在し、情報を言い値で買うと言うのにアルゴは頑なに教えようとしないという。

 

 値段の吊り上げを狙っていると邪推されながらも、アルゴは『恨まれたくないから売らない』と言って憚らない。

 

 結局、ギルド【風魔忍軍】のコタローとイスケという元βテスターの二人は、トレンブリング・オックスに追い掛けられ、行ってしまったのだが……

 

 その後、エクストラスキルの【体術】に興味が沸いたユートとキリトは、是非とも教えて欲しいと頼み、アルゴを説得した。

 

 ユートには色々と情報を交換し合い、ガイドブックを作る手伝いをして貰っているアルゴは、どんな結果になっても決して恨まないという約束を三人として、教える事にしたらしい。

 

 案内された先で、何とも言えない微妙な空気が流れている。

 

 それもその筈、ユート達の顔には消えない髭が書かれており、余り人には会いたくない姿だからだ。

 

 どうやらアルゴの【鼠】髭はこのイベントに失敗してしまい、定着してしまったイメージで今も髭を続けていた様だ。

 

「体術を身に付けるには、師範NPCが言った通りにこの大岩を砕かなきゃならないんダガ、オイラは出来なかったってぇ訳サ」

 

 キリトもシリカも大岩を見て、既にクエストを受けた事を後悔し始めていた。

 

「破壊不能オブジェクトって訳ではなく、かといってHPバーがある訳でもないのなら、こいつは一撃破壊オブジェクトだね」

 

「一撃破壊?」

 

 キリトが試しに一発とばかりに殴る……

 

「おりゃ!」

 

 ガイン!

 

 大岩は壊れなかった。

 

「話は最後まで聞けって! 但しこれ、多分なんだけどVRゲームならではで、ある一点のみしか破壊を受け付けない様だ。意味もなく殴った処で壊れないよ」

 

「じゃあ、どうすんだ?」

 

「その一点を捜し出して、そこを殴ればクリアだよ……っと!」

 

 おもむろに自分が宛がわれた大岩を殴り付けると、バガン! というSEを響かせて大岩が砕け散る。

 

「嘘だろ?」

 

「凄いです!」

 

 キリトもシリカも驚愕を露わにし、ユートと砕けた大岩を交互に見た。

 

 すぐに師範NPCがやって来て、ユートの髭は胴着の懐から薄茶色の手拭いを出して消される。

 

『よくぞ達成したな、我が弟子よ。お前に教える事は最早無い。その【体術】で世界に羽ばたくのだ!』

 

 クエストは達成されたのだろう、師範がそう言うとまた奥に引っ込んだ。

 

 スキル欄を見てみれば、確かに【体術】とある。

 

 今のユートはレベル19であり、スキルスロットは三つしか無い。

 

 レベルを20に上げて、スキルスロットが増えた時にでも入れようと考えていると、早く髭を消したいと願うシリカが闇雲に大岩を殴っていた。

 

「シリカ、焦って闇雲に叩いても駄目だって。一点を捜して殴らないと」

 

「うう……だって、私にはその一点というのが判りませんもん!」

 

 ユートと目を合わせないのは、髭を書かれた顔を見られたくないからだろう。

 

 ユートが教えれば済む話だろうが、流石に其処まで甘やかす心算も無い。

 

「まあ、取り敢えず僕は少し違う所に行ってみるし、頑張ってくれ」

 

「はうぅ……見捨てないで下さ〜い、ユートさ〜ん」

 

 情けないへちゃ顔で涙ぐむシリカに、ユートは手で頭頂部を軽く叩いて撫でてやると……

 

「二日間で達成出来たら、何か御褒美を上げよう」

 

「御褒美ですか?」

 

「ああ、無理じゃない程度の内容でね」

 

「うう、解りました。それじゃあこれを最大まで強化して下さいね」

 

 取り出したのは腰に佩いていた短剣──ルイン・ザ・ダガー──だった。

 

「最大って+10まで? また、ハードな事を」

 

 素材が可成り必要になりそうだが、何とかなる程度のお願いではある。

 

 ふと視線を感じて見るとキリトが、ジーッとユートを見つめていた。

 

「……因みにキリトは?」

 

 そう訊いてやると、まるで尻尾を振る犬の如くで、身を乗り出す。

 

「あのさ、コボルド王から手に入れたLAボーナス。あれ使っていないんなら、欲しいんだ!」

 

「【コート・オブ・ミッドナイト】の事か? まあ、確かに形状が僕の趣味から少し外れていたし、ストレージの肥やしなのもアレだからな……」

 

「マジか?」

 

「二日以内に壊せたらね」

 

 やり方は見せたのだし、出来ないならそちらの方が悪いと云う事になる。

 

 ユートは修業場? から離れると、【はじまりの町】へと向かった。

 

 主街区【ウルバス】へと戻り、転移門の前に立って起動させる。

 

「転移、はじまりの町!」

 

 【はじまりの町】に来た理由、それはデスゲームの初日に見た絶望に膝を付く少女が気になったから。

 

 まあ、見た目には茶髪を短く刈った少女で、ちょっと地味目だったのだが……

 

 もうこの町に居ないのならばそれも良し、前向きに動き始めたという事。

 

 とはいえ、少なくとも上の【ウルバス】には来ていなかったのも事実だ。

 

 一応、隅々まで捜したのだから間違いない。

 

 【はじまりの町】を散策していると、宿屋の隅っこでスモールソードやダガーを並べる少女を見付けた。

 

 それも【ベンダーズ・カーペット】ではなく、普通の藁葺きな茣蓙(ござ)だ。

 

 その茣蓙の上に椅子を置いて座り、鉄床(アンビル)とブロンズハンマーを置いている鍛冶屋の定番といった感じである。

 

 ハッキリと言ってしまうと外に出ず、元々のコルを使って素材は店売りの物を買った、間違いなく失敗をする流れだ。

 

 外に出て素材を集めなければ、素材を店売りに頼るとどうしても頭打ちになり易いし、売れなければ素材の分が丸損となる。

 

 良い素材が欲しければ、どうあっても外に採りに出掛けるしかない。

 

 あんな初期装備で持っている武器、外に出るプレイヤーに売れる筈もないのだから。

 

「売れてる?」

 

「そんな風に見えるの?」

 

 関西風に言うなら『儲かりまっか』みたいな挨拶であったが、やさぐれている少女は険を含む目で睨み付けてきた。

 

 まあ、ユートからしても『ぼちぼちでんな』とか、そんな返しを期待していた訳でもないから良い。

 

「それにしてもさ、見事に初期装備ばかりだね」

 

「放っておいてよ! 冷やかしならお断り!」

 

 少女はプイッとそっぽを向いてしまう。どうやら、拗ねてしまったらしい。

 

「素材は外に出ないとね、店売りじゃ大して手に入らないだろ?」

 

「私のレベルでソロだと、死にに行くようなものよ」

 

「レベルは?」

 

「……3」

 

「低っ! 鍛冶の経験値で上げてるのか?」

 

「うっさいわね!」

 

 どうやら初期装備であれ少しは売れたらしく、それでレベルを二つ上げる程度には経験値を得た様だ。

 

 確かに初期装備は丈夫で長持ちする。

 

 それで最初の頃は予備に買っていたのだろう。

 

「何なら僕と素材捜しにでも行く?」

 

「は? 何でよ? 何を企んでるの?」

 

 信用がまるで無い。

 

 初対面なのだし当然か。

 

「企むも何も、企む程の物なんて持ってないだろ?」

 

「うぐっ!」

 

 財産なんて僅かなコル、茣蓙と鉄床と武器にもなるブロンズハンマー。

 

 後は店に二束三文で売るしかない初期装備群。

 

 唯一の価値あるモノは、少女本人くらいだろう。

 

「嫌なら別に構わないよ。とはいえ、これでも僕ならもっと良い物を造れるし、少しは参考になるんじゃないかな?」

 

「アンタも鍛冶職?」

 

「いや、バリバリの前線組だけど……」

 

「……」

 

 沈黙が痛い。

 

「何で前線組が鍛冶スキルなんて持ってんのよ!」

 

 少女が思わず怒鳴るのも無理はなく、普通は戦闘職がこんな序盤から直接的に戦闘と関係無いスキルなど取らないものなのだから。

 

 ユートの持つ【片手武器作成】のスキルは、その名の通り片手武器を造る為のスキルで、片手剣や片手槌や短剣といった片手で扱う武器全般を造り、また修理や強化も出来るスキルだ。

 

 これを使い続けて、一定以上まで熟練度を上げると【両手武器作成】Modが出ると【鼠】のアルゴから聞いている。

 

「アンタ、前線組だったらレベルは幾つよ?」

 

「先日、19になったな」

 

「レベル19? 六倍以上も上じゃない!」

 

「一般平均レベルは12か其処らだけどね、初めから迷宮区でレベリングしてたから、可成り上がった」

 

 鍛冶スキルを上げるなら只菅、鍛冶をしていかなければならないし、それには素材が沢山必要となる。

 

 少女はリスクを計って、メリットとデメリットを越えるか否かを考えた。

 

「何処で素材を捜すの?」

 

「第二層迷宮区」

 

「はい?」

 

「フィールドよりダンジョンだし、普通のダンジョンよりは迷宮区の方が稼げるからね」

 

 パーティを組めば、敵を斃さずともシェアリングされた経験値が入る。

 

 トドメを刺すよりは少ないが、ユートと組むだけでレベルは上がる筈。

 

 更には素材も手に入り、一石二鳥となるだろう。

 

 とはいえ、迷宮区は言ってみれば最前線となる。

 

 レベル3で、戦闘が素人の少女ではそれこそ死にに行くようなものだった。

 

「まあ、僕も連れが用事を済ますまでの二日間が暇だからさ、君の事が無くても迷宮区に行く気だったし、それに迷宮区の入口捜しが先だからね」

 

 アルゴに聞いているから知っているが……

 

「判った、行くわ」

 

 どうせこの侭ではジリ貧だし、一発大きく稼ぐならそれしかあるまい。

 

「それじゃあ、まずは名乗ろうか。僕はユート」

 

「リズベットよ」

 

 ユートはメニューを操作すると、パーティの申請をリズベットに送る。

 

 それに大してリズベットがYESを押し、パーティが結成さるのだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「せやぁぁぁぁっ!」

 

 掛け声と共に一閃して、Mobを斬り裂くユート。

 

 レベルが19になって間もない為に上がったりしないものの、裂帛の気合いと共に放たれる斬撃はMobを悉く屠っていく。

 

 その戦闘を見て呆れてしまうリズベット。

 

 迷宮区の位置情報自体は持っていた為、ユートには楽過ぎる場所だった。

 

 キリト達には数日間で、迷宮区探索する旨をメールで伝え、リズベットと共に二日間を掛けて迷宮区に入ると、牛(トーラス)Mobをザックザックと斬り捨てていくのだから。

 

 所謂、ギリシア神話に登場するミノタウロスみたいな半裸Mobで、トーラス族と呼ばれる連中だ。

 

 外の【トレンブリング・オックス】みたいなまんま牛ではなく、人型をしているからには人間と同じ部位が弱点となるのは理屈上、理解も出来る。

 

 だからといって、連続でクリティカルを当てるし、レベルがバカみたいに高いとはいえ、ニ〜三撃で斃してしまうのは有り得ない。

 

 場合によってはたったの一撃で屠る。

 

 しかも……

 

「ソードスキルも使わず、まるで舞い踊るみたい」

 

 噂くらいは聴いていた。

 

 迷宮区の攻略をしていたプレイヤーが見たという、舞う様に戦う黒髪の剣士。

 

 付いた二つ名が【黒き刀舞士(ブラック・ソードダンサー)】とか。

 

 今、目の前でトーラス族を斬殺しているユートが、つまり最前線組の【黒き刀舞士】その人なのだろう。

 

 恐ろしい速度でトーラス族を狩ると、再湧出(リポップ)を待たずに迷宮区内を移動して、既に湧出(ポップ)しているトーラス族を斬っていく。

 

 そして戻ってくる頃に、再湧出(リポップ)しているMobをまた狩るのだ。

 

 階層のマッピングも凄い速度で埋めていき、湧出したトレジャーボックスも、次々に取っていく。

 

 第二層ではまだ罠(トラップ)も擬態(ミミック)も無くて、割と良い稼ぎを獲られていた。

 

 トレジャーボックスも、Mobと同じく湧出式である為、一度取っても幾日か時間を置けば再湧出する。

 

 閑話休題……

 

 トーラスと直接に戦っているユートは、可成り経験値を稼いでいると思うが、殆んど戦闘などしていないリズベットも、実際に斃しているユートの半分程度ではあるが、経験値が入手出来ていてレベル3とショボいものだったのが、レベル6にまで上がっていた。

 

 やっている事は、血腥い斬殺シーンだというのに、こうも美しいとさえ思えるものなのかと、リズベットは惚けながら観ている。

 

 時折、ダメージを受けてリズベットでも斃せる様に調節されたトーラス族が、何度か随時送られて来るからそれで経験値やコルなどを稼げていた。

 

 そんな事をする余裕があるという事だ。

 

 槌持ちの【レッサートーラス・ストライカー】ならまだしも、槍持ちである【レッサートーラス・スピナー】相手にそのリーチ差など無きが如く懐に入って、巨駆の首を叩き落とす。

 

 剣道三倍段というのは、リズベットでも知っている有名な言葉だが、リーチのある者に互角で戦う為には三倍の段位が必要らしい。

 

 ならばMobトーラスとユートの間には、隔絶した段位差があるという事。

 

「道理で、フィールドボスの【ブルバス・バウ】を、一人で狩れた訳よね」

 

 この世界に規定されているボスは二種類、フィールドボスと呼ばれる中ボス級とエリアボスというその層のボスだ。

 

 ネームド・モンスターとも云い、どちらにせよ強力なボスクラスである。

 

 中ボス故にフロアボス程ではないのが殆んどだが、中にはもっと上の層でボスを張れるのも居て、普通はフロアボスと同じくレイドを組んで挑みたい。

 

 これが通常のMMOなら稼ぐ為に一人で挑む無茶、これもアリだろう。

 

 然しだ、デスゲームでは死ねば終わりなのだから、こんな無茶はやれない。

 

 まだ低い層だとはいえ、平然とやれるのだから怖いというか何と言うか……

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 迷宮区にキャンプ狩りを始めて二日目。

 

「今夜は先に休んでくれないかな?」

 

「良いけど、何で?」

 

「うん、ちょっとね。集中力を取り戻す為に纏めて休みたいから」

 

「そう、判った」

 

 安全地帯で休む。

 

 昨日はユートが先に仮眠を取り、リズベットが朝まで寝転けたのだし、文句を言う気など無い。

 

 眠りに就いたリズベットを見つめるのはマナー違反だろうし、ユートは今の内にストレージ内のアイテムを整理し始めた。

 

 数時間後、リズベットが起きて次はユートが眠る。

 

 より正確にはログアウトしているのだ。

 

「あ、お早う……というか今晩は?」

 

「お早うで良いよ」

 

 何故か起きたら殆んどの場合、直葉が居るというのも気になる話だ。

 

 居ないのが稀、この娘さんは兄の部屋に入り浸ってどうしているのやら……

 

「菊岡さんは?」

 

「待ってるよ」

 

「了解」

 

 今日は菊岡誠二郎氏が迎えに来る日。

 

 彼は【総務省SAO事件対策委員会本部】の人間であり、ユートに接触をして来た人間だ。

 

 その縁もあり、今回の様な話を彼は持ってきた。

 

 件のポッドをSAOに居る娘の為、どうしても交渉がしたいという結城彰三氏と会う約束をしている。

 

 そんな我侭にも等しい、個人の願いを聞く気になったのは、何と無く第六感が働き掛けてきたのだ。

 

 聞いた方が良いと。

 

 車に乗って連れて行かれたのは、大きなホテル内の高級そうなレストラン。

 

 テーブルに着いていたのは恰幅の良い初老の男性、オールバックのシルバーグレーの髪の毛に、引き締まった顔付きはとても精力に満ちていた。

 

「初めまして、緒方優斗と云います」

 

「これは御丁寧に、私の名前は結城彰三。【レクト・プログレス】を経営しておりますCEOです」

 

 CEO──最高経営責任者の事だ。成程、こんな所に平然と予約を入れられる結構なVIPである。

 

「席にどうぞ」

 

 見た目には高校生くらいの若造──実際には彼より長生き──のユートを相手にして、まるで同格の如く扱う度量は大したものだ。

 

 大概、ユートを見た目や種族で侮って怒らせる莫迦ばっかだった為、少しばかり新鮮な気持ちとなる。

 

「菊岡さんも座ったら?」

 

「は? いや、然し……」

 

 突っ立っている菊岡に、ユートが座る様に促したが躊躇する。

 

「此処で話をするって事は食事をするんだよね?」

 

「勿論」

 

 ユートの質問に結城彰三氏は頷いた。

 

「菊岡さんは仲介者として此処に居る必要があるし、突っ立っていられても困るんだよね。なら御相伴に与っても良いんじゃない?」

 

「は、はぁ……」

 

 チラリと結城彰三氏を見遣ると、彼もまたその言葉に首肯した。

 

「解りました」

 

 取り敢えず、話し合いの前の食事会と相成る。

 

 そして、食後には珈琲を飲みながら本来の話し合いを行う。

 

「さて、娘さんがSAOに囚われているんでしたね」

 

「はい、本当なら息子が買ったナーヴギアとSAOのソフトでしたが、その息子がサービス開始当日に用事が出来ましてな。それで、娘……息子からすれば妹が貸して欲しいと言ったので貸したそうです」

 

 よもや結城彰三氏の息子も娘も、SAOがその日にデスゲームになるとは思わなかったのだろう。

 

 因みに、ユートがSAOをプレイしている最中だという事は、結城彰三氏も聞かされている。

 

「日に日に窶れていく娘を見るのは辛い。息子も貸すべきではなかったと、後悔をしております」

 

「成程。ですが、御存知でしょうけどポッドを欲するのは一万人のプレイヤーの全員……今は約八千人な訳ですが、この全てに供給は不可能です。だから百人に限定して貸し出したのですから」

 

 正確に言うと、百人に+キリトとシリカの二人だ。

 

 ユートも一万基なんて、とんでもない数は保有していないし、どうしても生命の選別が為されてしまう。

 

「まあ、持ち主の僕の匙加減な訳ですが、当然ながら対価は必要でしょう。それは一般では文句を付けられない様なものになります」

 

「はい、そうでしょう」

 

「後々、お願いに上がる事もありますが、貴方が個人的にレンタルする形にして可成りの額を支払って貰う事になりますが?」

 

「判りました。幾ら掛かってもお願いしたい!」

 

 ユートは結城彰三氏に対し満足そうに頷くと、契約書を取り出して渡す。

 

 彼は契約書の内容を読み進めて、確りと読み込んだ上で捺印をした。

 

「明日、娘さんが収容された病院に持っていきます。ああ、そういえば娘さんの名前も顔も知らないけど、若しかしたら会う事もあるだろうし、写真か何か有りますか?」

 

「おお、そうですな」

 

 結城彰三氏は懐から手帳を出すと、家族写真らしきモノを入れた部分を開く。

 

「名前は結城明日奈と云います。年齢は十五歳」

 

「は? アスナ?」

 

「どうかしましたか?」

 

 亜麻色の美しいロングヘアーの少女、それは数日前にコボルド王を斃すべく、一時的にパーティを組んだアスナその人だったのだ。

 

 

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第18話:這い寄る悪意

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「驚いたな、世間は狭いってやつかね……結城さん、この娘と僕は数日前まではパーティを組んでいた」

 

「な、何ですと!?」

 

 驚愕に目を見開き此処が高級レストランである事も忘れ、結城彰三氏は思わず身を乗り出してしまう。

 

 無理もあるまい。

 

 SAOゲーム内の出来事を知る術は殆んど無いし、いまだに死んでいない事がプレイヤーの生と死を知る唯一の方法だ。

 

 大まかになら知る方法が無いでもないが、やっぱり生の情報を得られる訳でもないのがネックとなる。

 

「落ち着いて貰えます?」

 

「は! すみませんな……年甲斐もなく慌ててしまった様です」

 

「まあ、貴方が娘さんを愛している証左として受けておきましょう」

 

「うぐ、申し訳ない」

 

 オッサンの赤面、誰得な感じではあるが結城彰三氏が明日奈へ強い想いを抱いているのは確かな様だ。

 

「先日、第一層のボスたる【イルファング・ザ・コボルドロード】を、多少は危なかったとはいえ犠牲者を出す事もなく撃破、第二層へと歩を進めました」

 

「おお!」

 

「元βテスターに仲間が居ますが、彼らの言によればβテストの時より進みが遅いとか」

 

「む? 何故ですかな?」

 

 βテストの時より遅い、その言葉に眉を顰める。

 

「要因が幾つか。第一に、クローズド・βテストの時とモンスターのアルゴリズムが変わり、先入観を持つ元βテスターが三百人も死んだ事。第二に、デスゲームである以上はレベルなどもタップリ安全マージンを取らなければ、デス&トライが出来ない以上は全滅も有り得るという事」

 

「な、成程……」

 

 普通なら死ねばやり直しをすれば良いから、ボス戦でも第一層ならレベル6くらいで挑んでいたらしい。

 

 それが出来ないからにはレベルも最低、10は欲しい処だ。

 

 たった4の差だが、強化ポイントなら12、HPなら700〜800の差異が出来る。

 

 それだけ死に難くなるのだから、誰しも先ずは自身の強化を優先するだろう。

 

「まあ、第二層は第一層より早く攻略も出来ると思うので。流石にみんな慣れてきたし、一ヶ月も掛からないでしょう」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 家に帰ったユートは直葉や翠ともキリトに関する話をしてから、再びSAOにログインをした。

 

「おはよう、リズベット」

 

「うん、おはよう」

 

 目を開いたユート。

 

 其処には自分を見守る様に座るリズベットの姿。

 

 数日間という時を経て、リズベットのレベルも10に上がり、ユートの方も漸く20になった。

 

 それに伴い、リズベットはスキルスロットが二つから三つに、ユートは三つから四つに増える。

 

 予定の通りに【体術】のエクストラスキルを入れ、試しにトーラス族を相手に使ってみた。

 

 威力は武器の攻撃力が無い分、それ程には感じなかったものの、それでも今まで当たり判定が無かったのに比べれば戦いの幅は拡がる事になる。

 

 【体術】スキルに関してリズベットから訊かれはしたが、詳しく教えたら自分には必要が無いスキルだと理解したらしい。

 

 リズベットに必要なのは生産系スキルであり、武器を握るスキル以外の戦闘系スキルを取る余裕など有りはしないのだから。

 

 素材ドロップもタップリと獲て、レベルもそれなりに上がったリズベットは、迷宮区から無事に出る事が出来る事に歓喜した。

 

 二人で近場の村に戻っている最中、道中で青い髪の美青年と他に五名のパーティが歩いて来る。

 

「やあ、ユートさん」

 

「ディアベルとその他か」

 

 名前を知らない為に言ったのだが、その他呼ばわり

された五名──特にキバオウ──はムスっとした表情となってしまう。

 

「やっぱり【ブルバス・バウ】を斃したのは貴方だったんだな」

 

「うん? あの巨大牛? そうだけど」

 

「イルファング・ザ・コボルドロード程じゃないとはいえ、単独で撃破してしまえるなんてね」

 

「ああ、巨大牛の能力なんかも【鼠】がガイドブックで公開したのか」

 

 ユートは既にディアベルが元βテスターだと知ってはいるが、それをおくびにも出さないで話す。

 

 ディアベルは必要だ。

 

 主にバラバラなみんなを纏める為に、ユートは単独での戦闘能力は高くても、それを前面に押し出すからにはどうしても他のプレイヤーと軋轢を生む。

 

 自分がやり難い事をしてくれるディアベルに多少、便宜を図るのは当然だ。

 

「迷宮区に入っていたんだよね?」

 

「ああ、四階までマッピングはコンプリートしたよ」

 

 ディアベルのパーティがざわめく。

 

「どうせガイドブック作成のデータとして、Mobの彼是と一緒に【鼠】に渡す予定だし、迷宮区に行くなら一足早く渡そうか?」

 

「そうかい? そうして貰えると助かる」

 

 システムメニューを開いて操作すると、マッピングデータをディアベルの方へコピーする。

 

「感謝するよ」

 

 序でにMobのデータも渡しておく。

 

 アルゴからβテスト時のアルゴリズムは聞いて知っていたし、やはり多少なりと差異があったから教えておいた方が良いと考えたからだ。

 

 ディアベルと別れたら、主街区【ウルバス】へと向かった。

 

 街に戻ったユート達。

 

「じゃあ、私は【はじまりの街】に一旦戻るわ」

 

「そうか」

 

「腕を上げたら私も拠点を上に移すし、そん時は宜しくね?」

 

「僕は同じ技能を持っているけどね」

 

「うぐっ!」

 

 こうしてリズベットは、【はじまりの街】に転移をしていった。

 

 それを見送ったユートは踵を返し、待ち合わせ場所である【ウルバス】の宿屋へ向かう。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「……あのさ、何でアスナは落ち込んでるんだ?」

 

 何故か宿屋にはキリトとシリカだけでなく、アスナまで居た。

 

 そのアスナはドップリと沈み込んでいる。

 

「ああ、実はさ……」

 

 キリトが説明をした。

 

 事の始まりはキリト達が何とか大岩を二日間で割るのに成功し、エクストラスキル【体術】を獲得して、街に戻った時だ。

 

 因みに、この二人には後で御褒美を渡す事になる。

 

 【体術】を獲るべく時間を数十時間も遅れた為に、キリトとシリカはユートを除けば最前線の【マロメの村】へと急いだ。

 

 キリトは現在使っているアニールブレードが最大まで強化されているから必要もないが、アスナは未だに伸び代のある【ウィンド・フルーレ+4】を強化するべく素材集めに勤しんでいたのだという。

 

 そんなアスナと再会し、プレイヤー同士のいざこざを見掛けたのだ。

 

 鍛冶屋プレイヤーと剣士プレイヤー、どうも剣士のアニールブレードを連続で強化失敗して、試行上限の残り四回を使い切りエンドさせてしまったらしい。

 

 アスナも手に入れた素材である【ブランク・オブ・スチール】四個、【ニードル・オブ・ウィンドワスプ】十二個で強化しようとしていたが、少し心配になってきたみたいだったので、少しでも確率ブースト出来る様に素材をもう少し集めようという話になった。

 

 シリカも暇だから手伝って素材を手に入れ、鍛冶屋プレイヤーの許に向かった訳だが……

 

「ああ、つまり」

 

 失敗したのだ。

 

「ユートに連絡が付けば、紹介したんだけどな」

 

 流石に数日間連絡が付かない迷宮区に居るのでは、『いつ帰るか判らないけど良い職人が居る』なんて言えなかった。

 

 まあ、確率ブーストでは九十五パーセントと、最大の成功率だから大丈夫だろうと考えて強化を頼んだ。

 

「そしたら見事に失敗で、壊れちゃったんだよ」

 

 締め括るキリトの言葉に首を傾げると……

 

「待て、壊れた? それは【ウィンド・フルーレ】がエンドしていたんじゃないのか?」

 

「してないわよ! 間違いなく残りニ回あった!」

 

 【ウィンド・フルーレ】は実はモンスタードロップで手に入る細剣で、第一層では可成りのレア武器。

 

 試行上限数もアニールブレードに次ぐ六回と多い。

 

 +4なら当然エンド品な訳もなかった。それまでに失敗をしてなければ。

 

「変だな、【鼠】に鍛冶のスキルを取る際に教えて貰ったけど、鍛冶で武器が壊れる事は無いらしいぞ?」

 

「それはβ時代の話だろ。正式サービスで追加されたんじゃないか?」

 

「違う、失敗のペナルティは【+数値はその侭で素材のみ消費】【+数値の内容が入れ替わる】【+数値が1下がる】の三種類で変わってないそうだ」

 

 アルゴからの情報なら、ガセではあるまい。

 

 キリトは息を呑む。

 

「じゃあ……壊れるとしたらどんな場合だ?」

 

「叩いたのが強化しようの無いエンド品だった場合、それを更に強化しようとしたら壊れるそうだよ」

 

「だけど、それじゃあ……やっぱり強化詐欺か?」

 

「そうなるね」

 

 アスナもシリカも二人の会話に付いてこれず黙りこくっているが、詐欺に引っ掛かったというのだけは、何とか理解して青褪める。

 

「アスナ、今から言う操作をしてくれないか?」

 

「へ?」

 

「キリトは【隠蔽(ハイディング)】を取ってたな? 鍛冶屋を付けて調べて来てくれる?」

 

「お、おう」

 

 あれよあれよと指示をされて、アスナとキリトは動き始めた。

 

 アスナに教えた操作は、【所有アイテム完全オブジェクト化(コンプリートリィ・オール・アイテム・オブジェクタイズ)】というもので、遍く全ての持ち物をオブジェクト化してしまうコマンド。

 

 勿論、ユートは部屋の外に出ておく事を忘れない。

 

 アスナはユートとキリトが部屋から居なくなって、早速コマンドを試す。

 

 その結果、【ウィンド・フルーレ+4】はアスナの手元に戻ってきた。

 

 【ウィンド・フルーレ+4】を抱き締めるアスナ、そんな彼女から武器と素材を受け取ると、自身が【ウルバス】で借りている部屋に篭って強化を行う。

 

 素材もタップリと有る事だし、強化コンプリートをしておこうという話になったのだ。

 

 二度に亘り成功率は八十パーセント程度だったが、全てに成功して無事に強化された。

 

 元々の内訳が【3A1D】で、正確さ(アキュラシー)に3を、丈夫さ(デュラビリティ)に1を割り振ってある。

 

 アスナからの注文では、鋭さに1を、正確さに1を配分するという事で現在は【1S4A1D】となる。

 

 鋭さにもいれたのは単純な攻撃力を上げる為だ。

 

 暫く経ってキリト帰ってきたら早速、話を聞く為に全員で集合をした。

 

 やはり強化詐欺らしく、鍛冶屋プレイヤーネズハとやらが詐欺により武器を奪い取り、聖騎士オルランド達……チーム【レジェンド・ブレイブス】は金に替えたりして自分達の強化に努めていたらしい。

 

 因みにシリカにも一働きして貰っている。

 

 詐欺に遭った被害者を、なるべく捜してきて貰ったのだ。

 

 幾つかドロップ品など、強化した武器を少し安値で売るのが目的。

 

 放っておけば一人や二人は死にかねないし、そうなれば賠償で済む話ではなくなってしまう。

 

 それこそ処刑される。

 

 別に詐欺師連中を慮っている訳ではない。

 

 若しもユートがそんな気遣いをするなら、コペルを彼自身が呼び込んだリトルネペントの群れに蹴り落としたりはしてないだろう。

 

 尤も、それをやったのはユートではなく優雅の方な訳だが……

 

 どちらにせよ、ユートの目的はおかしな前例を作ってしまい、少しでも何かがあればプレイヤー同士による処刑が常態化されるなんて事態にならない様にする事で、それだけは阻止したいと考えていた。

 

 ほんの僅かなナニかが、世界の崩壊を招く事をよく知るが故に。

 

 とはいえ、慈善事業など出来ないから売るといった形となる訳だ。

 

 更に、次の詐欺が行われる前にキリトが変装をし、ネズハに強化を頼む。

 

 手口に関してはアルゴの予測で判っているから。

 

 どうやら【クイックチェンジ】というModを応用したらしく、手にした強化用に渡された武器を自分のストレージ内の武器と入れ換え、失敗をした振りをする手口の様だ。

 

 ならば、直接押さえてやれば言い逃れも出来ない。

 

 翌日、キリトはネズハに近付くとアニールブレードの強化を頼む。

 

 これはシリカが持っていた物で、それをディアベルに売ったのと同じ強化を施している。

 

 このアニールブレード、使った後はリュフィオールというプレイヤーに売る事になっており、詐欺についても話しておいた。

 

 但し、彼らに対して騒がない約束をして貰い、対価として可成りの安値で売る事にしている。

 

 勿論、リュフィオールから『何故、詐欺師にそこまでする?』と訊かれたが、これには場合によって処刑が為され、PKの壁を低くしない為だと正直に言う。

 

 納得してくれたのか彼は頷いてくれた。

 

「これは、アニールブレード+6ですか。凄い、しかも内訳が【3S3D】……使い手を選ぶ強化ですね」

 

 ネズハは何処か辛そうな瞳を湛え、変装したキリトに訊ねる。

 

「……強化の種類はどうしますか?」

 

「スピードで頼む。素材は料金込みで、九十パー分を使ってくれ」

 

「解りました。確率ブースト九十パーセントの料金、手数料込みでニ千七百コルとなります……」

 

 ニ千七百コルを支払うとネズハは『確かに受け取りました』と言い、強化の……正確には詐欺の準備に取り掛かった。

 

 キリトは思う。

 

 彼はやはりこの詐欺行為を嬉々としてやっているのではなく、苦しんでいるのではないか? ……と。

 

 オルランド達【レジェンド・ブレイブス】は、この詐欺行為の果てにあるであろう破滅の未来を考えなかったのだろうか?

 

 フルフェイスの兜の向こうで、キリトは苦々しい顔になりながら考えた。

 

 ネズハがハンマーでアニールブレードを叩く。

 

 武器作成の場合、インゴットの種類や出来上がるであろう武器の強さにより、叩く回数が異なる。

 

 時にはニ百回も叩かねばならないとか。

 

 だが強化とは規定の回数を叩くだけで、その回数とは僅かに十回で済む。

 

 +1だろうと、+50だろうと関係は無い。

 

 まあ、高が強化に何百回なんてやっていられないだろうから、SAOを作ったスタッフがそう規定をしたのだろう。

 

 ネズハが五回、六回と叩き続けて、遂に十回目を叩いた瞬間……

 

 カシャーン!

 

 甲高い音を周りに響かせながら、アニールブレードはポリゴン片と変わり四散してしまった。

 

「す、すみま……」

 

「謝る必要は無いよ」

 

「──え?」

 

 叫ぼうとしたネズハを制してキリトは兜を脱ぐ。

 

 素顔を見たネズハは表情を青褪め、まるで化物でも見るかの如く引き攣る。

 

「あ、貴方は!」

 

「騙すみたいな事をしたけどさ、どうしてこんな仕儀になったかは自分でも理解しているよな?」

 

「は、はい……」

 

 これまでと諦めたのか、それとも違う感情なのかは窺い知れないが、ネズハはアッサリと認めた。

 

 ユートは【レジェンド・ブレイブス】のメンバーを集め、ネズハの自白を以て彼らへ罪の追及をする。

 

 彼らには欲があった。

 

 それはMMO−RPGでありがちな欲で、攻略組となって名を挙げたいというささやかなものだ。

 

 然し此処で問題が起きてしまう、ネズハはナーヴギアへの重度のFNC判定が出ていたという事。

 

 FNC──フルダイブ・不適合(ノン・コンフォーミング)とは、初期接続時に行われるテストで不適合と判定される事だ。

 

 この場合、様々な不都合が起きてしまう。

 

 時にはダイブ自体が出来ない事もある。

 

 ネズハは遠近感が上手く働かないらしく、ハンマーで武器を叩くのにも慎重にならなければならない程。

 

 三ヶ月前から別のゲームで組んでいたが、その時からこの症状の所為でチームの成績は上がらない。

 

 それでも全員でSAOに移住が決まって、チームを抜ける事を躊躇っていた。

 

 飛び道具なら戦えるのではないか? そう考えて、【投剣】スキルを上げてみたが、投剣の為の武器も安くはないし、そこら辺の石を投げても威力が足りないという事もあり、熟練度を50まで上げた時点で諦めてしまう。

 

 ネズハの修業に付き合っていて、攻略組に乗り遅れていたオルランド達は険悪な雰囲気となったが、その時に話し掛けられた。

 

 ネズハが【クイックチェンジ】を取っているなら、『スゲー、クールな稼ぎ方があるぜ』……と。

 

 つまり、この強化詐欺は何者かが吹き込んだ悪意。

 

 ユートは目を見開くと、ギチリと歯軋りをする。

 

 その凶悪な雰囲気を察したのか、シリカやアスナは疎かキリトまでもドン引きしていた。

 

「ど、どうしたんだよ?」

 

 キリトが訊ねると忌々しそうな顔で答える。

 

「同じだ、奴と……」

 

「奴?」

 

「誰かに悪意を吹き込み、自分は観ているだけ。嗤っているだけの最悪な奴!」

 

 あの、いつの間にか誰かに這い寄り、悪意を囁く事で世界に破滅を齎らす混沌の邪神──ナイアルラトホテップと……

 

 あの銀髪アホ毛の邪神はまだ可愛気もあるが、彼らに接触した雨合羽(ポンチョ)姿の某は、そんなモノ微塵にも有るまい。

 

「お前達もお前達だな……名誉欲に踊らされて!」

 

「うっ……だけど、アイツはシステム上は可能だからクリエイターが認めてるんだって!」

 

「言い訳するな!」

 

『『『『っ!』』』』

 

 初めての怒気を受けて、チーム【レジェンド・ブレイブス】だけでなくキリト達までが身を竦める。

 

「システムでは可能だからやっても良いだと?」

 

 ユートはシステムメニューを操作……

 

「え?」

 

 すると、オルランドの前にデュエル申請が顕れた。

 

 一対一完全決着モード、YESを押せば街中という安全圏内でも、他者のSATSUGAIが可能。

 

 ユートは素早くオルランドの背後に回り込み、腕を取るとYESを押させる。

 

「ヒッ!?」

 

 六十秒のカウントがダウンし始めて、この侭ならばデュエルが始まってしまうだろう。

 

 腰に佩いた大太刀を抜き放つと、オルランドの目先に突き付けた。

 

「システム上、このやり方でPKが可能な訳だが?

君の言ならアリだよな?」

「あ、ああ……」

 

 オルランドは完全に腰が退けている。

 

 六十秒が経過し……

 

 DUEL!

 

 システムメッセージが鳴り響いた。

 

「さあ、システムが認めたデュエルだ。殺り合おうじゃないか?」

 

 そう言って大太刀を振り被ると……

 

「ウワァァァァァァッ! ごめんなさい、ごめんなさいっっ! 俺が悪かったんです!」

 

 ユートが最前線で第一層ボスを斃したプレイヤーだと教えてあり、レベルの方も20とオルランドの11に比べて遥かに高い事も知らせておいたからか、アッサリと謝ってくる。

 

 何より、本当に殺すという気迫みたいなものが何故か伝わってきて、現実世界なら漏らしてもおかしくない状態だった。

 

 ユートは詐欺を働いた事を騙したプレイヤーに謝罪するなら、降参(リザイン)を認めると伝える。

 

 アルゴとシリカに頼んで被害者を集めて貰っていたユートは、【レジェンド・ブレイブス】に土下座させた上でやり直すチャンスを与えて欲しいと頼んだ。

 

 別に【レジェンド・ブレイブス】に同情したとか、赦したいとか思った訳ではなく、今はプレイヤーが減るのが良くないからだ。

 

 こんな低層でこんな事件があった事が、余り拡まるのも宜しくない。

 

 何より、彼らを排除する行為そのものが、彼らを唆した〝誰か〟を利する可能性を鑑みれば、嫌がらせになるのは間違いないから。

 

 その説明に一応は納得してくれたのと、事件解決の立役者のたっての願いだと云う事も手伝い、被害者達も鞘に納めてくれる。

 

 全てが丸く収まった訳でもないが、幸いにも死者はまだ出ておらず賠償金で済ませる事も出来た。

 

 【レジェンド・ブレイブス】は一からのやり直しを始め、ネズハには鍛冶系のスキルを【体術】に換え、迷宮区の方でドロップしたチャクラムを修業しようという話になる。

 

 

 こうしてユート達は再び攻略へと戻った。

 

 不気味な【レジェンド・ブレイブス】を唆したという這い寄る影を、後の攻略に引き摺りながら……

 

 

.

 




 詐欺事件終了〜。

 出来るだけさらっと終わらせた心算です。

 勿論、這い寄る悪意とはナイアルラトホテップではなく、彼らの事ですよ?




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第19話:第二層ボス攻略準備

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「くふ、くふふ!」

 

 ニヤニヤしながらキリトが宿屋に置かれた姿見に、自身の着た服を伸ばしたり触ったりして映していた。

 

 そんな彼を見るアスナは怪訝な表情だ。

 

「ねぇ、彼はどうしたの? スッゴく不気味なんですけど……」

 

「ああ、上げた【コート・オブ・ミッドナイト】が嬉しいんだろ? 生暖かい目で見てあげると良いよ」

 

「っていうか、此方は此方でシリカちゃんが不気味なんだけど?」

 

 ふと見れば、地味な短剣に頬擦りするシリカの姿が在った。

 

「シリカも【ルイン・ザ・ダガー】を最大強化したからね、+10は流石に辛かったよ」

 

 苦笑いするユート。

 

 素材はタップリと有った訳だが、確率ブースト最大限とはいかなかった。

 

 +1だけなら割と簡単、だが+10ともかれば素材も多く必要となるし、素材が足りなければ確率ブーストも低くなって失敗する。

 

 確率ブースト最大限で、九十五パーセントまでだから必ず成功する訳でなく、故にネズハの失敗も場合によれば許容されるものだ。

 

 確率が百パーセントではない以上は、システム的に失敗は有り得るのだから。

 

 例えば、スパロボの攻撃が当たる確率が九十九パーセントでも外す時は外してしまうし、二十数パーセントでも当たる時は当たる。

 

 オフラインなゲームであればセーブして、トライ&エラーを繰り返せば良い。

 

 だが然し、SAOみたいなオンラインゲームの場合だと、それが出来ないからなるべく確率ブーストを取るのが成功の元。

 

「素材が殆んど無くなったから、また攻略序でに集めないとなぁ」

 

「大変ね」

 

 アスナも素材集めをしたから解るが、素材の数を揃えるのは大変なのだ。

 

 何しろ、ウインド・ワスプの針のドロップ確率は、僅かに八パーセント。

 

 それで一つ強化する素材を確率ブーストを九十五パーセントにする為だけに、百匹は狩ったのだから。

 

 アスナとキリトとシリカの三人で三十三匹を狩り、ラストの一匹を斃したのがアスナだった。

 

 キリトとアスナは賭けをしており、一番多く狩った方が奢る約束で見事アスナが勝ち取る。

 

「あの【コート・オブ・ミッドナイト】? あれってどれくらい使えるの?」

 

「強化を続ければ十層までは往けるらしいよ」

 

 とはいえ、流石にユートは【コート・オブ・ミッドナイト】を強化出来ない。

 

 この場合に必要なのは、【裁縫】スキルである。

 

「まあ、トリップしている二人は取り敢えず置いておいて、アスナに大事な話があるんだが?」

 

「──話?」

 

「余り周りに吹聴出来ない内容だから、決して洩らさないと約束して欲しい」

 

「……解った」

 

 アスナは頷く。

 

 纏う雰囲気から茶化す事が出来る内容でないと感じたのか、真面目な表情になると椅子に座った。

 

「まず、僕はログアウトをする事が出来る」

 

「は?」

 

「正確にはナーヴギアを外して、アバターをその侭に外と接触が出来るんだ」

 

「ハァァァァァァッ!?」

 

 アスナは目玉が飛び出す程驚愕したものだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ナーヴギアを外してマイクロ波による脳破壊を受け容れ、治療を施す事でその後のログアウトを可能とするというのは驚きだ。

 

 だが、それに普通の人間は絶対に耐え切れず死ぬ。

 

 ユートが生きているのは偏に、普通の人間から外れた者だからだ。

 

「多分、茅場も気付いてはいるんだろうね。小細工はしたけど、向こうは監視をしているだろう。こう頻繁にナーヴギアを外せばすぐに判る筈だ」

 

「じゃあ、何で排除されないの?」

 

 ある意味でルールを破っているにも拘わらず、排除されない理由……

 

「僕が何をやっているのか知ってるんだろう」

 

「それは?」

 

「SAOのクリアなんて、簡単にはいかない。第一層攻略に一ヶ月。単純計算で三年以上掛かる。早くても二年以上だからね、学生は留年、社会人ならクビだ」

 

「あ゛……」

 

 ユートが何を言いたいのか理解出来た。

 

 まあ、良心的な会社なら置いてくれるだろうけど、やはり二年以上も居なかった人間では、すぐには元の生活へと戻れまい。

 

 ユートはそれを支援するアフターケアが行える様、色々と菊岡を通して根回しをしていた。

 

「でだ、先日のログアウトの時に【レクト】の最高経営責任者に会った」

 

「え? 【レクト】のって真逆……」

 

「結城彰三氏。君のお父さんだよ、結城明日奈」

 

「──っ!」

 

 再び驚愕に目を見開き、信じられない表情となる。

 

「目的は医療用ポッド」

 

「医療用ポッド? 聞いた事も無いわ」

 

「僕が造った──正確にはユートとユーキ──カプセル型のメディカルケア・システムでね、正式名称にはラテン語を使っているし、面倒だから単にポッドと呼んでる。主な用途は治療だけど、ハイバネーション機能も付いていて、人工冬眠が可能なんだよ」

 

「人工冬眠……」

 

「因みにキリトとシリカは初めからこれを使ってる。キリトは家に居候させて貰っいてる御礼に、シリカの場合は相方だからね」

 

「は、はぁ……」

 

「でだ、二人以外は百基、政府からのエージェントに貸し出した。つまり百人の人間がクリア後のキッツいリハビリをしなくて済む」

 

「へ? リハビリ?」

 

 考えた事もなかったか、敢えて考えない様にしていたのか、アスナは間抜けた表情で首を傾げた。

 

「攻略に年単位。それなら現実での肉体は点滴を打たれて病院に収容される訳だけど、二年以上も寝た切りの肉体は痩せこけ、さぞや衰えてるだろうね」

 

「ああ、成程。それじゃ、キリト君とシリカちゃんはそれが無いの?」

 

「まあね。それと無作為に選ばれた百人のプレイヤーがそうなる。残念ながら、アスナは選ばれなかった。だから結城彰三氏が僕へと接触を図ったんだ。是非、レンタルしたいってね」

 

「お父さんが……」

 

 胸が温かい。

 

 アスナの母親は厳しい人だが、父親はある程度だが明日奈に心を砕いてくれていたのを思い出す。

 

「お兄さんの浩一郎だったっけ? 彼とは会ってないけど、ナーヴギアとSAOを貸すんじゃなかったって悔いてるそうだ」

 

「兄さん……」

 

 どうしてあの時に我侭を言ってしまったのだろう、どうしてSAOをやりたいと思ったのだろう。

 

 ずっと後悔していたが、兄も後悔していたと聞いて涙が零れる。

 

「死ねないな、君が死ねばお兄さんが一生の傷を心に負ってしまう」

 

「……うん!」

 

 この世界は精神だけで居るみたいなもので、アスナは肉体の軛から解き放たれているが故に、涙を止める事が出来なかった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 迷宮区での攻略は順調に進んでおり、ディアベルもユートから一足早く受け取ったマッピングデータで、五階から十階までを踏破してしまい、最終的に二十階まで十日間程度でコンプリートしてしまう。

 

 アスナが初めて迷宮区に入った際、レ○プ魔にでも襲われている女性も掻くやの悲鳴──半裸の大男は視覚的にツラかったとか──を上げていたりもしたが、何とか慣れて貰いユートはディアベルのチームと交代で迷宮区の攻略を行って、先日で遂にディアベル達がボス部屋の前に辿り着く。

 

 本日は迷宮区に程近い、タランの村に於いてボス攻略会議が開かれた。

 

 主宰はディアベル。

 

 キバオウやコボルド王の撃破時に文句を言ってきた男も居り、他にもシミター使いや片手剣使い達が隣に立っている。

 

「集まってくれた諸君! 第一層が攻略されて早十日が経とうとしている!」

 

 相変わらずである勇者王ボイスによる熱い語りは、前線組を惹き付けていた。

 

「そして昨日、早くもボス部屋を発見した!」

 

 会議に出席した前線組が『おー!』とざわめく。

 

「これも偏に、SAO攻略を旨とする皆の協力の賜物だと俺は思う! ガイドブックに載っている情報で、ボスは【バラン・ザ・ジェネラルトーラス】。取り巻きは【ナト・ザ・カーネルトーラス】が一匹、再湧出(リポップ)はしないとあるのだが、第一層の例を鑑みれば何かしら変更が加えられている可能性も高い! 否、確実に加えられていると見るべきだろう!」

 

 全員が頷く。

 

 第一層でのコボルド王、曲刀カテゴリーのタルワールと刀カテゴリーの野太刀では、使うソードスキルも違う為対応が間に合わず、危うくディアベルが死ぬ処だった。

 

「さて、判っているだろうけどガイドブックの情報は飽く迄もβ時代のものでしかない。故にボスに何らかの変更が加えられているのだとすれば、どんな可能性があるか意見があったなら言って貰いたい!」

 

 ユートとしては偵察し、情報を得てから挑んだ方が無難だと思うが、危険でもあるからどうしたものかと考えていると……

 

「ユートさん、貴方は色々と考えているみたいだが、何かあるだろうか?」

 

「僕? そうだな……」

 

 交代で迷宮区を攻略していた関係上、ユートはこのディアベルとフレンド登録をしており、意見など交わし合っている。

 

 故にか、自然とユートの意見を訊きにきた。

 

「可能性としては第一層の時と同様に武器の変更……若しくはボスのステータスの強化。この程度はみんなも考えてると思う。他に在るなら【ナト・ザ・カーネルトーラス】の数が増えているとか……」

 

「成程、中ボスクラスである【ナト・ザ・カーネルトーラス】が増えていたら、被害は甚大だろうな」

 

 第二層の唯一の取り巻きの【ナト・ザ・カーネルトーラス】は、第一層に於ける取り巻き【ルインコボルド・センチネル】に比べ、遥かに強力なのだ。

 

 それが一匹でも増えていたなら、一パーティで相対するのは拙いだろう。

 

「後、気になったのは名前だろうか」

 

「名前?」

 

「【ナト・ザ・カーネルトーラス】に【バラン・ザ・ジェネラルトーラス】……第一層のコボルド王(ロード)と比べると、名前的に迫力不足じゃないかな? 大佐(カーネル)と将軍(ジェネラル)じゃあねぇ」

 

「どういう意味だい?」

 

 顎に手を添え、ディアベルが問うてきた。

 

「例えば『あと一回、あと一回俺は弟より多く変身出来るのだ』と言わんばかりに、【バラン・ザ・ジェネラルトーラス】が変身して王になったり……とか?」

 

「ブフッ!」

 

 何かが琴線に触れたか、ディアベルが噴き出す。

 

 というより、『弟って誰だよ?』と皆が一様に思っていた。

 

「まあ、そんなのが在るかも判らないけど、戦略戦術を考えるなら常に最悪ってのを想定した方が良い」

 

「確かに……ね」

 

 真面目な表情に戻ると、ディアベルも同意する。

 

「その場合のトリガーは、やっぱりコボルド王が武器を野太刀へと替えた時みたいに、HPバーが一定以上に減少の可能性が高い」

 

「ああ、そこら辺は注意が必要になるな」

 

「だとすれば、【バラン・ザ・ジェネラルトーラス】

よりも、【ナト・ザ・カーネルトーラス】を先に斃してしまわないと、三体ものボス級のモンスターと戦う羽目に陥るな。変身ならば兎も角、新たに湧出(ポップ)してきたら」

 

 ユートの言葉を聞いて、一同が息を呑んだ。

 

 確かに言う通り、HPが減少して湧出(ポップ)するならば、ボス級モンスターが増える事になるが、そのトリガーは【バラン・ザ・ジェネラルトーラス】の方だと考えるべきである。

 

 【ナト・ザ・カーネルトーラス】を斃す前に【バラン・ザ・ジェネラルトーラス】のHPバーを減らしてしまうと、下手をしたなら更に強力な真のボスを含め三体が一同に会する事態となるのだから、戦略的には【ナト・ザ・カーネルトーラス】を優先して斃しておかねばなるまい。

 

 とはいえ、だからと言って【バラン・ザ・ジェネラルトーラス】を御座なりにしても置けず、レイドパーティをどの様に動かすか、確りと考えねばレイド壊滅(ワイプ)すら有り得る。

 

 若しも最前線組が此処で壊滅したら、アインクラッドの攻略は遠退く処の話ではなく、下手を打てば完全に夢物語となりかねない。

 

「何なら、偵察戦を挟んだ方が安全かもね」

 

「ふむ、そうだな……」

 

 ディアベルもそれの必要性を思案していると……

 

「ちょい、待ってぇな!」

 

 サボテン頭の男が口を挟んできた。

 

「何だい、キバオウさん」

 

「ディアベルはん! そん偵察戦とやらは誰がやるゆーうんや?」

 

「む、危険な役回りだし、立候補を募るかな」

 

「僕が行くよ。提案したのは僕だし、他人にやらせる程に外道じゃないさ」

 

 この場に居る中でも最も高いレベルを保持しているユートは、確かに危険窮まる偵察戦には打って付け。

 

「それでバラン将軍とナト大佐を、アンタが斃さんゆー保証は無いやろ! ブルバス・バウん時みたいに」

 

「斃せるならそれで構わないって気もするけど?」

 

「アホ言いなや! んな事したら、膨大なボスから獲られるモンを、一切合切がアンタに奪られるやろ!」

 

 捲し立てるキバオウに、ユートは呆れた声で言う。

 

「第一層ならまだしもね、第二層のボスまで僕が単体で斃すのは難しいと思うんだけどな。心配ならカバ夫も偵察戦に加われば?」

 

「せやから誰がカバ夫や! ワイはキバオウやで!」

 

 難しい……決して無理とは言わない辺り、可能であると見ているのが窺えた。

 

「取り敢えず、真のボスが湧出(ポップ)するのを前提で戦略を組んだなら危険も減るけど、ディアベルならどうしたい?」

 

 この攻略会議のリーダーはディアベルで、ユートはオブザーバーな立場だ。

 

 発言権こそあるにせよ、本来であれば議決権は疎か発議権すら無い。

 

「そうだな、危険を伴うであろう偵察戦を行うか否かだけど、決戦の危険度を減らすには必要だろうな」

 

「そうだね」

 

「やはり先の話の通りに、立候補を募るべきだろう。だから皆に問いたい!」

 

 大仰に両腕を広げると、周囲のみんなを見回しながらディアベルは言う。

 

「偵察戦を行うか否かと、行うなら誰が行くかだ! 先ずは偵察戦の有無を訊ねたい。必要だと思う者は、挙手してくれ!」

 

 パラパラと手が挙がり、ディアベルがその人数を数えていく。

 

 この場に居るのは合計で四十八人、丁度フルレイドを組めるメンバーだから、二十五人以上の挙手により決定が為される。

 

「二十一人……か。どうやら今回は偵察戦無しだね」

 

「そうみたいだ。未知の怖さを知らないねぇ……」

 

 苦笑いするユート。

 

 だけど、決定が覆る事もない以上はこれ以上ごねてみても仕方がない。

 

「なら行こうか、第二層のボスを攻略しに……さ」

 

「……そうだな」

 

 ディアベルとしても実は偵察戦が必要だと感じていたが、多数決に決議を委ねたからには最早どうしようも無かった。

 

 幾らなんでも自分の考えだけでは決められないし、危険が有るのも事実だ。

 

 とはいえ、夕方であるから取り敢えず攻略は翌朝から出発となる。

 

「よし、それじゃあ今日は解散! 明日は朝の七時に此処へ集合とする!」

 

 ディアベルの言葉を受けて皆が銘々に散った。

 

 よもや勝手に偵察戦をする訳にもいかないし、宿屋に戻ってログアウトしたら夕食を摂ろうと考える。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「はい、珈琲」

 

「ありがと、直葉ちゃん」

 

「あの、御仕事は?」

 

 夕食前に一仕事、病院に行って結城彰三氏との契約に従い、ユートはアスナ──結城明日奈の動かぬ身体をポッドへと容れた。

 

 最も効果的に運用したいなら裸が一番な為、明日奈は全裸でポッド内だ。

 

 勿論、大事な部位は見えない仕様だし、見えるのはそもそも首から上だけという事も手伝って、ユートは決して明日奈の肢体は見ていない。

 

 ポッドに明日奈を容れたのも、掛かり付けの看護師の仕事だった。

 

「終わったよ。まあ、例のポッドを病院に運ぶだけの簡単な仕事だからね」

 

 しかもナーヴギアの電力も賄える為、仮に事故などで停電になっても問題無く稼働し続ける。

 

 和人と綾野珪子のポッドは少し旧型で、電力自体は内部で賄えるものの、残念ながらナーヴギアを接続する事は出来ない。

 

 まあ、好意で提供したのと高額のレンタル料金を取った場合の差異、その様に考えれば良いだろう。

 

 コトリとカップを置き、現在の状況を話す。

 

 これは居候させて貰っている対価みたいなもので、現在の攻略状況やキリト──此方では和人と呼んでいる──のレベルや装備品、それに今の様子を直葉に教えていた。

 

 単純な攻略情報ならば、菊岡にも伝えている。

 

「そうなんだ、第二層でのボス戦。一ヶ月も掛かった第一層に比べると早いね」

 

「レベルを1から始めて、全体の九割がVRMMOの未経験者。これじゃ仕方がないよ」

 

「うん……」

 

 元βテスターが千人で、SAO正式サービスでログインしたのが、元βテスターを含めて一万人。

 

 その内の九千人が初めてフルダイブを経験した素人の集まりだし、元βテスターとてMMO経験者でなければ苦戦も免れない。

 

 逆にユートは前々世でもMMO−RPGはプレイをしていたし、VRMMOも幾度と無く経験した謂わば玄人の域に在る。

 

 ユートがステータスの低さにも拘わらず、あれだけの──それでも弱体化は免れないが──動きが可能だったのも、言ってしまえば慣れていたからだ。

 

 VRMMOの総体験時間が一万時間を越え、どの様に動けばどういう結果となるかなど、経験則から理解しているユートは、キリトすら及ばない領域に居た。

 

 後は、SAOのシステムへと擦り合わせを行えば、普通以上の動きを再現してしまえるのだから。

 

 まあ、その擦り合わせが割と大変な作業だったが、今のユートは少しではあるものの、本来の肉体で行使する剣技を扱える。

 

 筋力値と俊敏値を最大限にまで引き出し、抜刀術を扱う事すら可能だ。

 

 システムアシストの無いそれを、正に神速必刀にまで扱うのは骨が……というより頭が疲れる。

 

 VRMMOに於いては、肉体を使う行為の殆んどを脳内での思考力に依存し、残りをパラメーターが担当していると云って良い。

 

 システムを越えるとなれば当然、脳のリソース全てを肉体行動に割かねばならなくなり、そんな事をすれば必然的に精神が疲れる。

 

 故にボス戦はユートにとって非常に神経を使う。

 

「和人も攻略に参加する。だけど問題は無い。どんな事情であれ、和人はMMO−RPGに慣れ親しんでいるから、簡単にはやられたりはしないよ」

 

「そう……だよね。ユート君も死なないで、ボス戦、頑張って!」

 

「ああ、勿論だ!」

 

 そして仮眠を数時間だけ取り、夜中のフィールドでMob狩りをするべく再びSAOへとダイブした。

 

 

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 ボス戦まで書いてたら、ちょっと長くなりそうだったので、途中でバッサリと切りました。




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第20話:亀裂

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 夜のMob狩りを済ませたユートは、ベッドに腰掛けると自身のステータス値を少し見てみた。

 

 もう少しで上がる処まで来ていたから、序でに上げておいたユートのレベルは21となって、今は恐らく首位を独走中だろう。

 

「ふう、やっとレベルアップしました!」

 

 数日間とはいえ、随分と出遅れた感じのシリカは、レベル17だった。

 

 装備品は胸当てをハードレザーチェストに替えて、強化ポイントは筋力値2、俊敏値4に振っている。

 

 翌朝、クラインやエギルを加えたパーティを組み、いよいよ第二層ボス部屋へ挑む事となった。

 

「いやあ、助かるぜ。人数的に俺のパーティは全員が参加出来ねーし、今回は別の奴を連れて来たぜ」

 

 赤毛にバンダナの男は、サッパリとした口調で言い放つ。

 

「ハァー。俺よー、刀が使いてーんだわ。何か情報はねーか?」

 

 元βテスターとはいえ、第十層のボスすら見てないキリト、そもそもβテスターでさえなかったユートに判る筈もないが……

 

「コボルド王がβ版とは違って、曲刀カテゴリーである湾刀(タルワール)から、刀カテゴリーの野太刀に変わっていたし、それが若しヒントなら曲刀の熟練度を上げていったら、その内に選択が可能になるんじゃないかな? どうやら片手剣を使い続ければ両手剣を使える様になるらしいし」

 

 推測だけどね……ユートはそう締め括った。

 

 アルゴから聞いた情報の中で、両手剣カテゴリーの選択肢が出るのは片手剣を使い続ける事にあるとか。

 

 ならば、似た形状の曲刀を使っていれば刀を選択する事が可能だというのも、ある意味で理に叶う。

 

「そっか、先はなげーか」

 

 と言って行軍に戻る。

 

「前にも思ったけど、こんな感じなのかしら?」

 

「何が?」

 

「うん、他のゲームも移動の時ってこんな感じなの? 何だか遠足っぽい……」

 

「ああ、成程。はは、遠足は良かったな」

 

 少し先を往くキリトは、アスナの呟きに応じた。

 

「これがVRMMOだからだろうな。普通のMMOの場合だと静かなもんだよ。キーボードやマウスを使って動くから。ボイスチャット実装ならその限りでもないけどな」

 

「ふーん、そうなんだ」

 

 アスナは平面の画面上で無言のダッシュを続けて、進軍を行うキャラクターを想像しながら呟く。

 

「本物はどうかな?」

 

「は?」

 

「こんなファンタジー世界が本当に在るとして、こんな風に怪物退治に行くならどんな具合なんだろう?」

 

「さあな」

 

 キリトにも窺い知れないものだろう。

 

「まあ、基本的には無言。後は勇ましく自分を鼓舞する科白で恐怖を誤魔化すって感じたね」

 

「「へ?」」

 

 アスナの質問に答えたのはユートだった。

 

「それってどういう……」

 

「着いたみたいだ。ボスの部屋に」

 

 訊ねるアスナを遮って、ユートが指差す先に重々しい金属製の扉。

 

 ディアベルがコボルド王の時と同じく、皆を鼓舞する役回りを演じた。

 

「さあ……今日も勝とうぜみんな!」

 

 重厚な音を響かせながら扉が開き、レイドパーティは一斉に雪崩れ込む。

 

 ユートのパーティはナト大佐と戦い、若し予測の通りに真のボスが湧出(ポップ)したなら、抑え役をする事になっている。

 

 その為、単にアッペンデックスに過ぎないナト大佐に梃摺る訳にはいかない。

 

 あのナト大佐は昔の貴鬼と同じ扱いなのだから。

 

「ナミング注意!」

 

 キリトが叫んだ。

 

 トーラス族の御得意……【ナミング・インパクト】をナト大佐が放つ。

 

 喰らえば阻害効果(デバフ)を追加で受けるが故、ユートでさえ受ける訳にはいかない攻撃だ。

 

 全員がナト大佐の攻撃を避け、ユートが一番槍──刀だけど──を入れる。

 

 元よりユートの使う剣技(ソードアート)は連続技、一度入れて終わる攻撃などとんでも技な秘奥くらい。

 

 正面から入れたかと思ったら、直ぐに〝攻撃を入れながら〟背後へと回って、完全無防備な上にダメージが弥増す背中を斬る。

 

 どうやらSAOというのは可成り現実に則しているらしく、無防備な所や弱点などに攻撃したらクリティカルが出易い上に、大きなダメージも与えられる仕様みたいだ。

 

 憎悪値(ヘイト)が加速的に増え、クルリとユートの方を向いた瞬間に、キリトが片手剣垂直二連続斬りの【バーチカル・アーク】を放ち、シリカも短剣二連続攻撃【クロス・エッジ】で斬り裂き、アスナが細剣系単一攻撃【リニアー】を放ってやり、クラインが曲刀の基本技【リーパー】を喰らわせた。

 

 再びクルリと向きを変えたナト大佐の攻撃に対し、エギルがパリングして切り払う。

 

 そして自分に攻撃が集中していた時すら、絶え間無く打ち込み続けるユート、そんなユートがその決定的な隙を見逃しはしない。

 

 ナト大佐の左肩から右肩に向けて斬り、右肩から左腰に斬り、其処から首筋に掛けて斬り上げ、首筋から右腰に斬って、最後に右腰から再び首筋まで斬る。

 

 緒方逸真流では珍しく、一人を対象に斬殺する様な攻撃……【斬華】だ。

 

 その勢いの侭でユートは納刀すると、緒方逸真流の抜刀術……【斬月】で斬り付けてやった。

 

 怒濤の連続攻撃、更にはエギルの防御も相俟って、ナト大佐のHPバーは全損しポリゴン片となり、四散してしまう。

 

 所詮はオマケの取り巻きに過ぎず、バラン将軍とは比べ物にならない。

 

 ナト大佐撃破後、ユートがバラン将軍と戦う部隊を見遣ると……

 

「征けぇぇぇ! もう少しだぞっ!」

 

 ディアベルの激が飛ぶ。

 

 最初は見るからにジリ貧だったバラン将軍攻撃隊、然しながらそれでもリーダーのディアベルの的確なる指揮の下に、バラン将軍のHPも随分と減った。

 

 残り一本のHPバーすら黄色になると……

 

 ゴゴゴゴゴッ!

 

「これは!」

 

 三段ステージが作られ、上空が揺らぐ。

 

 嘗てロキがフェンリルを喚んだ時も似た現象が起きたのだが、このエフェクトは巨大なオブジェクト湧出の前兆だった。

 

 王冠を被る髭の牛男で、漆黒の体躯にバラン将軍をも凌駕する巨体、牛頭には角が六本も生えている。

 

 六段ものHPバーの下には【アステリオス・ザ・トーラスキング】とあった。

 

 思った通りの展開。

 

「ディアベル達はバラン将軍を斃せ! アステリオス王は此方で抑える!」

 

「りょ、了解だ!」

 

 ユート達は既にポーションでHP回復を終えたし、直ぐにもアステリオス王へ突っ込んだ。

 

 雷ブレスを駆使する王、あれを喰らえば麻痺というデバフを受ける。

 

 というか何人かが出会い頭に受けてしまった。

 

「くっ、【鼠】はまだか? 壊滅するぞ!」

 

「鼠って、アルゴか?」

 

 ユートの呟きを偶々だが聞いたキリト。

 

 バラン将軍も何とかかんとかディアベルが討って、此方に合流したまでは良かったが、アステリオス王の雷ブレスをディアベルのパーティが受けた。

 

 現状、阻害効果を打ち消すアイテムが無く、麻痺ったらその侭で自然回復するのを待つしかない。

 

 ユートはタゲを取る。

 

 昨夜、ユートはフレンド登録をしてある情報屋……【鼠】のアルゴに連絡を取って呼び出した。

 

 理由はアステリオス王──その時は名前を知らなかった──が実際に顕れるという前提条件を考えた上、彼女に情報を捜して貰えないか頼む為だ。

 

 答えはまだ貰ってない、間に合わなかったという事なのだろうが、致命的なものにならないのを祈るしかあるまい。

 

 ユートが大太刀を揮い、アステリオス王の巨大なる右腕に斬り付ける。

 

『ブモォォォォオオッ!』

 

 痛かったのか、絶叫を上げるアステリオス王だが、その程度では終わらない。

 

 ユートは大太刀を鞘へと納刀し、居合い抜きの要領で抜刀と納刀を繰り返す。

 

 緒方逸真流・抜刀術──【弐真刀】と呼ばれる技、それは高速の抜刀で一回と納刀で二回斬る二連撃。

 

 システムアシストが無い攻撃故に、威力が上がるという訳でもないが、現実で出来る技術ならSAOでも可能だし、茅場晶彦の拘り故か加速度が攻撃力に変換されるのも現実と同じ。

 

 日本刀というのは西洋剣と異なり、重さで叩き斬るのではなく刃を引いた時の速度で斬る武器だ。

 

 正しく運用すれば現実と同じ効果を得られる。

 

 それを何度も何度も何度も何度も繰り返していき、そして遂にはアステリオス王が武器を手放した。

 

 ボスにもファンブル判定があるか判らなかったが、見事に落としてくれる。

 

 恐らく暫く時間が経てば復帰するだろうが、それでも貴重な武器無し状態。

 

 アステリオス王の雷ブレスに気を付けつつ、攻撃を仕掛けてHPバーをどんどん減らしていく。

 

 今の内だとレイドが次々と攻撃を始めた。

 

 ふと、アステリオス王の動きに僅かながら変化が起きたのに気付いたユート、すぐに叫ぶ。

 

「武器を装備するぞ、全員離れろ!」

 

 だが、その忠告を無視する者が……

 

「おりゃぁぁぁっ!」

 

 それはキバオウだった。

 

 チャンスだと思ったのだろう、レイドが離れている内にダメージを与える事によって、より多くのモノを手に入れられる。

 

 だがそれが間違いの元、アステリオス王の右手には再び戦槌が握られており、キバオウへと広範囲行動不能攻撃──【ナミング・デトネーション】を放つ。

 

 此処で身動きが取れなくなれば、キバオウは間違いなく追撃を受けてHPバーを全損して、今まで葬った数多くのMobと同様に、蒼白いポリゴン片となって爆散する事だろう。

 

 壁役もナミングを避けるべく下がった為、庇える者も救いに行ける者もこの場には居ない。

 

 無慈悲に振り降ろされる鉄塊にも等しい戦槌……

 

「ひ、ひぁぁぁああっ!」

 

 キバオウは腕で頭を庇う仕種で目を閉じる。

 

「莫迦が! …………!」

 

 ユートが小さく呟いて、左腰を左手で叩くと一瞬で姿が掻き消え、キバオウとアステリオス王の間に現れると……

 

「緒方逸真流【流転】──【山彦返し】っ!」

 

 戦槌の威力に逆らわず、然れど僅かにインパクトのポイントをずらしてやり、【ナミング・デトネーション】を在らぬ方向へと受け流す。

 

 それと同時に身体を勢いを付けた侭に回転させて、アステリオス王の巨躯へと攻撃をヒットさせた。

 

 少しだけ揺れた隙を突いたユートは、キバオウと共に退避をする。

 

 そんな場合でもないが、皆が唖然としていた。

 

 有り得ない速度。

 

「何をボーッとしているんだ? アステリオス王が立て直す前にダメージを与えていくぞ!」

 

「え、あ……ああ!」

 

 訝し気なユートに言われたディアベルは、レイドの仲間に叱咤激励する。

 

「みんな! このチャンスに王を叩くぞ!」

 

 それに伴い、戦闘の気運が高まったのか……

 

『『『『応!』』』』

 

 今は兎に角、アステリオス王を討つ事に集中をするべく剣を執った。

 

「お、間に合ったかナ?」

 

「っ! 【鼠】か、それで情報の方は?」

 

「おねーさんを誰だと思ってるんダ? どうやら王は王冠に隠された額が弱点の様だヨ。其処に投擲武器をぶつければ百パーの確率でディレイさせられるんダ。それと、雷ブレスを吐く時は目が光るから、それを見ればタイミングも取れるだろうサ」

 

「よし、上手く情報を得られたか!」

 

「まあ、あんたには色々と借りもあるしナ、情報代はまけといてやるヨ」

 

 飽く迄もタダにしないのは情報屋根性か、アルゴは悪戯っ子みたいな笑顔を向けてピースサインを出す。

 

「フッ、後で情報料は確り払うよ。【鼠】に借りを作るのは怖いしね」

 

 ユートはアルゴにサムズアップで応え、ディアベルにアルゴからの情報を伝えに向かう。

 

「良かったのカ? あんたの武器ならアステリオス王をディレイさせられるヨ」

 

「僕なんかが行かなくても彼なら勝てますよ。それに僕にはその資格はありませんから……」

 

「そうカ」

 

 情報屋と協力者はソッとその場を離れた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「緒方逸真流・抜刀術──【月輪】!」

 

 元来は囲まれた時に使う全周囲攻撃技だが、それでも基本的には別の技に繋ぐ事が出来る連続技だから、すぐに納刀すると再び抜刀して斬り付けた。

 

「緒方逸真流・抜刀術──【三日月】、【穿月】!」

 

 納刀した状態から抜刀をする際、下から斬り上げる【三日月】を放った瞬間、跳躍したユートは逆に下に斬り降ろしながら納刀し、更に王冠に目掛けて抜刀をすると、鋭い突きを放つ。

 

『グギャァァァァァァァァァァァァァァァアアッ!』

 

 その間にも相手が巨躯故に三パーティが、アステリオスの周囲に展開して攻撃を繰り返し、ダメージが溜まったら下がって後衛とのチェンジを行う。

 

 ユートが派手にタゲり、憎悪値(ヘイト)を上げているからか、他の前線組には目もくれない。

 

 とはいえ、巨大な戦槌を操るアステリオス王の攻撃の余波は、前線組に確実なダメージを与えていた。

 

 一方でシリカも独自に戦いを繰り広げている。

 

 第一層の頃にユートから習った戦い方、他の前線組より【小舞姫(リトル・ダンサー)】と呼ばれるに足る舞う様なソードスキル。

 

 コボルド王が使い現実的となったシステム外スキルである【スキルキャンセル】を操り、ユート程の自由さは無いが次々と短剣系のソードスキルを放つ。

 

 技後硬直を極端に減少させるだけで、ソードスキルの冷却期間(クーリング・タイム)は存在するから、同じ技を続けて使う事など出来ないし、ソードスキル自体がまだ少ない事も手伝って、どうしてもソードスキルが途切れるが、それは通常攻撃を冷却期間(クーリング・タイム)中に混ぜる事で対応している。

 

 アステリオス王のHPバーは、最後の一本が危険域(レッドゾーン)に突入し、最後の攻撃を仕掛けた。

 

 短剣系突進技【ピアース】を放つシリカ。

 

 細剣系突進技【シューティングスター】で攻撃するアスナ。

 

 曲刀系突進技【ブラストリーパー】で、クラインも攻撃する。

 

 トドメと謂わんばかりにユートから譲られたOSS【テンソウレッパ】を放つキリトと、緒方逸真流──【牙突輪倶】による連続突きを放ったユート。

 

 キリトの持つOSS──【テンソウレッパ】とは、高速で袈裟懸け、逆袈裟、右薙ぎ、左薙ぎ、刺突という基本の攻撃を行う五連撃技で、最後の刺突はユートとほぼ同時に攻撃が極り、遂にアステリオス王の巨躯が蒼白いポリゴン片となって爆発四散した。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「ふぃーっ!」

 

 汗を拭う仕種でユートは額を擦り、手にした大太刀を鞘へと納める。

 

 目の前にはリザルトメニューが顕れており、其処にはLAが表示されていた。

 

「うん?」

 

 【Simultaneous・Knockdown・Bonus】

 

 其処に見慣れない文字が書かれているのに気付き、首を傾げながらキリトの方を見遣ると、同じ思いらしくキリトもユートの方を、呆けた表情で見ている。

 

 

「(同時撃破ボーナス?)」

 

 言葉通りなら、恐らくはアステリオス王をユートとキリトが同時に撃破して、それで表示されているという事だろうが、この先ではきっと見られない貴重過ぎるモノだと理解した。

 

 ボスの同時撃破なんて、可成りシビアなタイミングとなるし、意識してやれる事は無いからだ。

 

 茅場晶彦も設定だけはしたものの、出せるとは思っていなかったろう。

 

 MMO−RPGがリソースの奪い合いである以上、ボスとの戦いも基本的には同様で、特にこのSAOはLAボーナスが在るから、協力して同時に撃破なんて普通は出来ない。

 

 偶然というか運を頼るしかないだろう。

 

「(後でキリトに訊くか。同じ物か別物なのかが気になるしね……)」

 

 そんな事ユートがを考えていると……

 

「コングラッチュレーション!」

 

 褐色肌の巨漢な斧使い、エギルがナチュラルな言語で言ってきた。

 

「お二人さん、大活躍だったじゃないか!」

 

 嫌味の無い笑顔を向けて来るエギルは心底、祝福をしてくれているのが解る。

 

「おめでとうは良いけど、周りの雰囲気は喜んでいる感じじゃないな」

 

 レイド四十八人の中で、一部を除くと殆んどの者が睨む様に視ていた。

 

「ああ、俺にもよくは判らないんだがな……」

 

 だから殊更、明るい声で祝福をしたのだろう。

 

「まさかとは思うけどね、アステリオス王の情報が無かったのが僕の所為だとか言わないよな? 偵察戦をするなり、情報を改めて集める時間を取るなりすれば情報は獲られた筈だぞ?」

 

 ユートの息が少し荒い。

 

「いや、そうじゃない」

 

 渋々といった感じで前に出たのはディアベル。

 

「じゃあ、何だ?」

 

「キバオウさんを助けた時の君の速度、余りにも数値的に有り得ないから、若しかしたら茅場の言っていた特殊なスキルを獲たのか、或いは……」

 

 その後の言葉を口篭る。

 

「特殊なスキル? こんな百層中の第二層でそんなのが出る筈ないだろう?」

 

 まだ一割すらクリアしていないし、フラグロックが掛かっているとか、何らかのイベントをクリアするなどしなければ手に入るとは思えない。

 

「だったらやっぱりチートなんだ!」

 

 誰かが言った。

 

 それが伝播したかの如く『チート』だ、『チーター』だと叫ぶ。

 

「成程、僕が何らかの特別なスキルを持つか、或いは不正な改造をしているか、そう言いたい訳か。下らない話だね。そして莫迦ばっかだな」

 

 ユートの侮蔑の言葉に、騒ぐプレイヤーが鼻白む。

 

「姑息で卑劣な不正プレイヤーが、その能力を詳びらかにしてまで他プレイヤーを救う訳がないだろう?」

 

 全員が息を呑む、その通りだからだ。

 

 そんな姑息なプレイヤーが倫理観や正義感などで、果たして他のプレイヤーを救うだろうか?

 

「せやけどあの速さは説明出来んやないか!」

 

 キバオウが言う。

 

「生きてるんだからどうでも良い話だろうに。チートじゃないし、スキルなんて持ってないぞ〝バカ王〟」

 

『『『何か、ランクダウンした?』』』

 

 キリト達が思わず叫び、当のキバオウは……

 

「誰がバカ王やねんっ! ワイはキバオウや!」

 

 カバ夫から、何気にある意味で王へとランクアップしていたのが気に入らないらしく、エキサイトした。

 

「だったらステータスを見せてみろよ!」

 

 それを言ったのは何の事はない、第一層でユートにいちゃもんを付けた男だ。

 

「特別なスキルもチートも無いなら、ステータスを見せられるだろう!」

 

 呆れた表情となるユートと慌てるディアベル。

 

 この手のゲームに於いて禁忌(タブー)視される事柄があり、それを行うというのはマナー違反。

 

 それがリアルとステータスの詮索。

 

「驚いたね、莫迦だ莫迦だとは思っていたが、堂々とマナー違反をやらかしてくるプレイヤーが居たとは」

 

 スキル構成を見られるというだけで、大きなアドバンテージを取られるという事に他ならない。

 

 アルゴなら自分のステータスを売るかも知れない、だがユートはステータスを曝け出す気は無い。

 

 然し、ユートは口角を吊り上げながら言う。

 

「見せても構わないが……条件がある」

 

「なっ! 良いのか?」

 

 ディアベルが驚愕しながら訊くと、ユートは間違いなく頷いた。

 

「条件、それは見せる代わりに暫く僕はボス戦をしないという事だ。第一層でも面倒ばかり起こされ、この第二層もだ。やってられないからな。ああ、ボス戦までの攻略はしてやるよ」

 

 ボス戦をしない。

 

 大したペナルティではないと誰しも考えたが、それを聞いたディアベルが青褪めてしまう。

 

 ユートはSAOに於けるトッププレイヤー、今回も迂闊な行動の所為だとはいえキバオウが犠牲になりそうだったし、第一層の時は自分が助けられた。

 

 ユートがタゲる事によりタンク並の壁もし、ダメージを受け難くしていた故にポットの減りも少ない。

 

 そんなトッププレイヤーが抜ければ犠牲が出るかも知れないし、ポットだって消耗が激しくなる。

 

 第三層からはギルドも組めるし、安定もしてくるかも知れないが、トッププレイヤーが不在となるのは、正直に言って辛い。

 

 だが然し、ディアベルはこの気運を止められないと思った。

 

 そして結局、条件を呑んでステータスのスキル画面を見せて貰う。

 

 見たのはレイドで代表のディアベルと、今回の発端でもあるキバオウだ。

 

 そして二人は愕然となってしまった。

 

「刀装備、片手武器作成、金属装備修理、体術……」

 

 エクストラスキルである【体術】と、ソードスキルの代わりに得た【刀装備】以外は、何の変哲もない単なる鍛冶スキル。

 

 四つのスキルスロットはレベルが二十を越えていたからだし、念の為に筋力値と俊敏値を見たら……

 

 

 

名前:ユート

レベル:22

スキルスロット:4

HP:4050

筋力値:35

俊敏値:45

 

【装備】

大太刀+8

ハードレザーアーマー

クローク

レザーマント

クロースベルト

レザーグリーブ

 

【装備スキル】

刀装備

片手武器作成

金属装備修理

体術

 

強化P:3

 

 

 

 到って普通のステータスでしかない。

 

 強化ポイントが有るのは先程の戦闘で、レベルアップをしたからだろう。

 

「どうだ? ディアベル。金の卵を産む鶏を絞めて、喪った気分は?」

 

「っ! すまない!」

 

 正にその通りだ。

 

 とはいえ、余りにユートらしくない対応だと思う。

 

「まったくさ、頭が痛くてイラついてんのに、さっさと終わらせたいね」

 

 先程から息が荒いのは、どうやら本調子でないというのが理由らしいが、このゲームはペイン・アブソー

バで保護され、戦闘ダメージは不快感を受けるだけの筈なのだが……

 

「バカ王を助けた時に使った〝システム外スキル〟、あれは使うと頭痛が酷い。終わったならアクティベートはするから、僕は第三層に行かせて貰うぞ」

 

「なっ! システム外スキルだって!?」

 

「そうだ、シリカに教えたシステム外スキル【スキルキャンセル】と同じ、あれはシステムに存在しない、謂わば技術によるスキル。緒方逸真流奥義【颯眞刀】を此方風に呼んで【クロックアップ】。フルダイブ式のMMOだからこそ可能となる武術によるスキルだ」

 

 瞑目をしながら言うと、さっさとアクティベートをするべく、向こう側に続く金属扉を開けて階段を上がって行ってしまった。

 

 システム外スキルとは、システムに規定されていない本人の技術から成る。

 

 キリトが便利な宿を捜すのもまた、システム外スキルだと本人は言っていた。

 

 ゲームのシステムに組まれたスキルでも、況してやチートなどでは決して有り得ない。

 

 すぐにシリカが動き……

 

「ユートさんがボス戦に参加しないなら、私も参加しませんので!」

 

 そう宣言して走り去る。

 

 期せずしてトッププレイヤーを二人、死による強制退去とは全く違う形で喪ってしまった。

 

 そんな重苦しい現実に、全プレイヤーが茫然自失となってしまう。

 

「ディアベル、悪い」

 

「どうしてキリトさんが謝るんだ?」

 

「俺、知っていたんだよ。スキルの内容は聞いてなかったけど、まだ見せてないシステム外スキルが在るって事は教えて貰ってたし、ユートのスキル構成は自分のを見せる代わりに、見せて貰っていたからな」

 

「──っ! どうして黙っていたんだ?」

 

「視線で言っていたんだ。黙ってろって……」

 

「そうか……魔女裁判沙汰の時もそうだったが、彼はこういうのが事の他嫌いみたいだな。キリトさん達はボス戦には?」

 

「心配しなくても、俺は出るよ」

 

「そうか……」

 

「だけど厳しい事になる。前回はディアベル、今回はキバオウ。死にそうなプレイヤーをユートが救った。だけど次からはそういったフォローが無い」

 

 ユートとて常に助けられる訳でもないが、出来得る限りのフォローはしてくれていた。

 

「アイテムも大量消費は免れないな」

 

 溜息を吐きながら、重たい雰囲気で解散となる。

 

 キリトとディアベルの懸念は正鵠を射て、この先の層で第十層までの七層間での攻略に、十数人の死者を出す事となった。

 

 アイテムも大量に使用してしまい、アイテム分配に不満が出始める。

 

 因みに、ユートへと食って掛かったプレイヤーは、第三層で無茶なLA取りに出て、アッサリとポリゴン片となって四散してしまったという。

 

 

 

.




 キリトが手にいれたオリジナルアイテム。

【Ring・ob・Cooling】

 冷却する指環という意味の指環型アクセサリー。

 効果は『ソードスキルの冷却期間の半減』であり、仮にユートへドロップしても何の役にも立たない。




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第21話:ペイン・オブ・スカーレット

.

 第十層の主街区。

 

 その宿屋というか、本来であれば単なる空き家に過ぎなかった借家を、ユートが丸々と借り受けた家。

 

 この層に於ける、ギルド【女神の十二宮】──通称【ZoG】のギルドホームとなっている。

 

 ギルド【ZoG】のメンバーは少なくて、ユートをギルドリーダーに、シリカとキリトとエギルが所属しており、最近はリズベットを加えてやっと五人。

 

 一パーティにも満たない人数で運営されていた。

 

 基本的に自由なギルドであり、それ故に入るのを悩んでいたアスナは決まるまでフリーという事で通し、メンバーにはなってない。

 

 それは兎も角、ユートは目の前の青年に少しばかり困っていた。

 

 銀色の軽金属鎧を着て、髪の毛を鮮やかな青に染めた青年、ディアベル。

 

 ギルド【アインクラッド解放隊】のマスターだ。

 

 何が困っているのかと云うと、ディアベルがユートの前でDOGEZAをしているのである。

 

「ディアベル、いい加減に頭を上げてくれないか? 今日はギルドマスター同士で話したい、そう言ってきたから応じたんだ。それがDOGEZAとかされても困るんだけどな?」

 

「いや、やめない!」

 

 先程からこの有り様だ。

 

「その話はそもそも、第二層のボス戦後に終わった話だろう。僕はボス戦から外れる……僕のステータスを見る条件として提示して、それを了承したのは他ならない、ディアベルだぞ」

 

「それを曲げて頼むっ! ユートさんにボス戦に復帰して欲しい!」

 

 頭を上げようともせず、ディアベルが懇願するのはユートのボス戦復帰。

 

「小ギルドのマスターに、しかも単なる一プレイヤーの僕に其処までするか?」

 

「するとも! 貴方は今でも変わらずトッププレイヤーなんだ! しかも幾つかの層で、フィールドボスやフラグボスを単独撃破すらする程の!」

 

 アルゴ経由か、それともキリト達から聞いたのか、ディアベルは至極当然と謂わんばかりに例を挙げた。

 

 フロアボス以外、つまりクリアと直接的には関わらないボスとは戦っており、特別なアイテムをドロップするフラグボスや、フィールドに顕れる中ボスであるフィールドボスは、ユートが単独で撃破している。

 

 シリカはまだ完全に併せられない為、この時は観ているしか出来ない。

 

 またギルド運営をしている関係上、ギルドメンバーはその事を知っている。

 

 それにシリカは、ユートと共に相変わらずボス戦に出ないが、キリトとエギルは普通に参加をしていて、ディアベルと話す事も当然ながらあった。

 

 キリトやエギルは元よりアルゴにも口止めなどしておらず、訊かれれば答えもするのだろう。

 

 それ自体は問題無い。

 

 円滑なレイド運用の為、パーティ内での会話は必要不可欠なのだし、ギルドは基本的に自由を標榜しているのだから。

 

 レベリングやコル稼ぎにノルマも無いし、アイテムはギルド運営の為に倉庫へ入れねばならないが、手に入れたレアアイテムは自分の物にしても良い事にしていて、報告の義務も無い。

 

 逆説的に、ユートがボス戦に出ないのも自由だ。

 

 アイテム納入は義務とされているが、これは言ってみれば修学旅行の積み立て金にも等しく、必要とあらばコルに換えて使う。

 

 エギルはリアルで喫茶店を経営していて、折角だからSAOでも店をやりたいと考えているし、リズベットも自分の武具店を持ちたいと思っていた。

 

 その為の投資となれば、拒否する理由も無い。

 

 キリトにそういったのは無かったものの、将来的にはエギルの店やリズベットの武具店を利用する際に、割引きして貰える約束だ。

 

 それはシリカ達も同様。

 

 マルクス主義にも似ているが、これは少人数で自己を律する事が出来る者達が集まっているから可能な事であって、罷り間違っても【アインクラッド解放隊】には不可能な運営法だ。

 

 何故なら、ディアベルが纏めるあのギルドは、二層のボス戦後にユートを非難した連中が集まっており、謂わば究極の利己的集団であるのだから。

 

 ユートはどんな御立派な主義主張を唱えても、人数が集まればいつかは破綻すると考えている。

 

 故にこそ、可及的速やかにこのゲームを終わらせる必要を感じていた。

 

 だからと言って、ボス戦への参加をするかと云えばそうではない。

 

 

 何故か? それはユートにはユートでやるべき事があるからだ。

 

 まあ、成果は全く上がっていないから流石に無意味だと思い始めている。

 

「迷宮区の攻略は普通にしているし、ボスを斃すくらいディアベル達でも充分にやれるだろう?」

 

「それでも、十四人が死んだんだ!」

 

 大分安定したとはいえ、全く犠牲者を出す事無く終えるのは難しく、十層までのボス戦で十四人ものプレイヤーが犠牲となった。

 

「ユートさんをチート呼ばわりした彼も、第三層でのボス戦で……」

 

「ふーん」

 

「良い気味だと思うか?」

 

「いや、どんな奴だろうと生命は生命。自業自得ではあっても僕が感情に任せて罵る気は無いよ」

 

 ディアベルは却って難しい顔になる。

 

 それは即ち、ユートにとってあの男はどうでも良い存在だと云う事だからだ。

 

 男の存在はユートに対して何ら響かせる事もなく、名前すら知られずに逝ってしまった。

 

「で、アインクラッド解放隊のリーダーがこんな所で油を売ってるって事はだ、二日も前に僕らが二十階まで迷宮区を攻略したのに、未だボス攻略会議を開いていないって事だよね?」

 

「次々に死んでいく仲間を視てきて、第二層まで犠牲無しだった勢いが、完全に萎えてしまったらしくて、キバオウさんやリンド達が鼓舞してるんだが中々ね」

 

 幸いというか、キリトとエギルとアスナやクライン一味に関しては、犠牲者が出ていない。

 

 オルランド達【レジェンド・ブレイブス】も第五層からは参戦をしているが、彼らにもまだ欠員が出ていないと聞く。

 

 つまり、犠牲者はギルド【アインクラッド解放隊】のメンバーのみという事。

 

 確かにそれは勢いも失ってしまうだろう。

 

 ディアベルの指揮に問題がある訳でなく、不測の事態に対応出来なかったり、欲を掻いてLAを無理矢理に取りに行ったり、それが原因で自らをボスの攻撃に晒し、ポリゴン片へと還っているらしい。

 

 不測の事態はまだしも、LAを取りに行った連中は明らかに自業自得だ。

 

「まさかとは思うけどさ、僕がボス戦に出ないからって僕の所為にしてない? 連中、システム外スキルにあんな罵倒をするくらいな訳だし……」

 

「それこそまさかだよ」

 

「なら良いけど」

 

「だけどアインクラッド解放隊でも、正真正銘のトッププレイヤーを遊ばせているのはどうなのかと、そういった意見は出ている」

 

「遊んでる気は無いが?」

 

 不快感を露わにユートが言うと、慌てたディアベルが……

 

「す、すまない!」

 

 冷たい目で見つめてくるユートに謝罪した。

 

「だ、だけどユートさんはいったい何処で何をしているんだ?」

 

 遊んでいるのではないのなら、何処かで何かしらをやっているのだろうけど、ディアベルにはそれが解らなかった。

 

 迷宮区を二十階まで攻略しつつ、ユートがイベントやクエストをも熟しているのは知っている。

 

 アルゴの攻略本……

 

 あれにクエストなど詳しい情報が載るが、アルゴも知らなかったり本サービスから新しく実装されたり、そんなイベントやクエストも網羅されるのも、ユートがそこかしこから見付け、自分でやってみてから攻略の仕方と共に、アルゴへと情報を渡しているのだ。

 

 勿論、ユートだけが捜して見付けている訳ではなかったが、比率だけを見れば確実にユートの探索成功率の方が明らかに高い。

 

 だが、ボス戦の時までに大体のクエストやイベントを熟している筈のユート、ならボス戦の際には何をしているのかという話になるのは当然の帰結だろう。

 

「ディアベルは聞いた事があるかな? 強化詐欺事件の話を……」

 

「ああ、噂程度にはね」

 

「あの事件は当事者同士、所謂処の示談で片付いた。だからその事件はそれで終わった訳だが、問題が残らなかった訳じゃない」

 

「問題とは?」

 

 示談で済んだというのであれば、問題らしい問題は無いとディアベルは考え、首を傾げている。

 

「彼らに強化詐欺を唆したトリックスターが居る」

 

「──っ! 詐欺を教唆した者が?」

 

「そうだ、僕はソイツを捜していたんだ。まあ、見付けられなかったけどね」

 

 自嘲気味に笑う。

 

「幸い、弱体化した所為で死んだプレイヤーは居なかったが、彼らを唆した奴が次にどんな手を使うか知れないし、下手をしたら直接的なPKにまで及び兼ねないからね」

 

「このデスゲームで、皆が協力し合わなければならないという時に、詐欺を教唆したりするなんて!」

 

「今にして思えば、第三層で死んだとかいう奴もそうだっのかもね」

 

「そう……とは?」

 

「何かしら吹き込まれて、それであんなバカをやらかしたのかも知れない」

 

「そんな……」

 

「人に悪意を吹き込んで、自分は傍らで見物しながら嗤っている。奴を思い出して甚だ不愉快だ!」

 

「奴?」

 

「いや、リアルの話だからわすれてくれ」

 

「あ、ああ」

 

 奴──銀髪アホ毛美少女な姿を執っている邪神。

 

 いつの間にやら傍らへと這い寄り、人の欲望などに付け込んで悪意を吹き込み世界を破滅させる存在──【這い寄る混沌ナイアルラトホテップ】。

 

 人の心を弄ぶのが事の他上手い、それ故に誰しもがいつの間にか舞台上で踊っているのだ。

 

 周防達哉然り、マスターテリオン然り、大十字九郎然り、天野舞耶然り、大十字九朔然り、ユート然り。

 

 その為、ユートはアレにも似た行動を取るソイツを赦せないし、嫌悪感に似た感情を持っていた。

 

「まあ、あれだ。捜しても見付からないし、出てくるのを待って後手に回るしかないみたいだね」

 

「……そうか」

 

 そろそろ本題に戻ろう、ユートはそう考える。

 

「そうだな、ボス戦に戻るのはまあ構わないが条件がある」

 

「条件?」

 

「第十層のボスは僕が一人で殺る。正直な話ね、僕の能力を見てやれ特殊スキルだの、チートだチーターだのと騒がれるのは面倒だ。だからボス戦に出たくないというのも本当だ。だが、やるからには万難を排して臨みたいしさ、リハビリが必要だろう?」

 

「だから一人で戦うと?」

 

「そうだよ」

 

 ディアベルは険しい表情になり、顎に手を添えながら思案をしていた。

 

 ユートへの危険もだが、ボスを斃して獲られるであろう大量のリソースを鑑みると、果たして他プレイヤーが納得するか否か。

 

 経験値にコルにLAボーナスと、ボスを斃したならそれがそこら辺の雑魚に比べるべくもないモノを獲る事が可能なのだ。

 

 

「まあ、嫌なら別に無理にとは言わないから、勝手にそっちでやってくれる?」

 

「うっ……」

 

「死んでも僕は責任を取らないけどね。僕が加わっても死ぬ時は死ぬんだし」

 

 本人から聞いたが現在のユートのレベルは32で、序でに訊いてみたシリカのレベルが27。

 

 自分のレベルが24で、キリトが26だという。

 

 やはり名実共にトップをひた走るプレイヤー。

 

 現在は第十層だから安全マージン最低でも20だと云うのに、それを更に一回り以上も上回る。

 

 ユートなら二十層処か、三十層でも通用しそうだ。

 

「俺だけでは判断出来ないから、取り敢えず今日の処は帰って皆と話し合ってみよう……」

 

「そう? どうしても嫌ならその日の内に攻略したら良い。僕は特に気にしないから」

 

「そうか……今日はこれからどうするんだ?」

 

「新しいクエストを見付けてね。それを攻略する」

 

「新しいクエスト?」

 

 ディアベルは驚愕した。

 

 ユートは先ず、自分自身がクエストに挑んでから、アルゴに情報を渡す。

 

 つまりはそのクエスト、アルゴすら知らないという事になる。

 

「だけど妙な話だよね」

 

「? 何がだい?」

 

「第十層のクエストは全て出尽くしたと思ったのに、まだ残っているなんて……まるでGMの居ないSAOなのに、誰かがクエストを加えているみたいだ」

 

「……確かに」

 

 このSAOに厳密な意味でのGM──ゲームマスターは存在しない。

 

 茅場晶彦も観ているだけであり、最早SAOに手を加えてはいないとユートは思っている。

 

 それでもクエストが湧いて出るのは、某かがSAOのクエストに手を入れているのか、初めからクエストが無数に存在しているだけなのか……

 

「ユートさん、そのクエストに付いていって構わないだろうか?」

 

「は? ボス戦の話し合いはどうするんだ?」

 

「どうせ今日はボス戦をしないし、少しくらい遅れても構わないさ。説得に時間が掛かったとでも言い訳をさせて貰うけどね」

 

「……邪魔さえしないなら御自由に」

 

 ユートはいつも通りに、シリカを伴いつつも今回はディアベルを連れ、クエストを熟すべく出発した。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 クエスト:凶悪な真紅の大蠍を倒せ

 

 第十層にある小さな村、その村から向こうには広大な砂漠が広がり、其処には突然変異か巨大な蠍が生息している。

 

 巨大な蠍は村に度々現れては村人達を襲っていた。

 

 真紅の大蠍を斃せる勇者を村は募る。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 クエストの内容は、よくある討伐系のモノだった。

 

 ○○○を斃せというのは下層でもそれなりにあった訳だし、恐らくはそれなりに強い中ボスでも出てくるのだろうと、ディアベルは当たりを付ける。

 

 それなら自分もその内、やってみても良いかも知れないと考えた。

 

 実際に見るまでは……

 

「アレが大蠍?」

 

 呆然とディアベルは見上げながら問う。

 

「みたいだね」

 

「大きいです」

 

 ユートは肯定し、シリカもその巨体に驚いている。

 

 見上げねばならない巨体な上に、それでもNPCが曰く素早いらしい。

 

 特に蠍の尻尾による攻撃の速度が。

 

「だ、大丈夫なのか?」

 

「まあ、問題は無いだろ」

 

 ユートは【朝時雨+12】を抜刀し、大蠍に向かって駆け出した。

 

 Scarlet pain Scorpion

 

 見れば名前が表示され、HPバーが四段まで展開される。

 

 真紅の蠍が多脚をワシャワシャと動かして、ユートの方へと移動してきた。

 

 NPCの言う通り速い。

 

 尻尾を振り回し、真紅の蠍が鋭い針で攻撃をする。

 

 下手に喰らえば蠍の針の特性上、良くてスタン。

 

 悪ければ麻痺るか毒で、最悪ならば麻痺と毒を併発しかねない。

 

 ユートは危なげ無く針を避けると、右脚の側に素早く移動をして脚に朝時雨で斬り付けた。

 

 朝時雨は強化試行上限数15で、現在は+12まで強化してある刀だ。

 

 この第十層のクエストで手に入れ、現在はアルゴを経由して受注法から攻略法まで広まっている。

 

 尤も、第一層から曲刀を使い続けていたクラインですら、未だに刀装備というエクストラスキルを得てはいない為、宝の持ち腐れとしてストレージの肥やしになっているのだが……

 

 そんな朝時雨は、威力も第十層としては強力だが、甲殻系の固さは侮れないとユートは思った。

 

 真紅の蠍の脚を斬り落とせなかったのだ。

 

「どうやら機動力や攻撃力を奪おうとするより、寧ろダメージを狙うべきか」

 

 素早く動いて身体の向きを変え、真紅の大蠍が再び針で攻撃を加えにくる。

 

「緒方逸真流【流転】──【木霊落とし】!」

 

 針に刃を併せて弾くと、返す刀で顔の部位を斬りにいった。

 

『オオオッ!』

 

 唸る様な聲……

 

 どうやら少しは攻撃が通ったらしい。

 

 そしてダメージを与えられるなら、ユートは攻撃を繰り返しコンボを極める。

 

 僅にしか減っていなかったHPバーが、攻撃を連続で極める度に加速度的に、ダメージが蓄積していた。

 

 不意に尻尾がユートへとヒットする。

 

「ぐっ!?」

 

 吹き飛ぶユートの顔には苦悶に満ちていた。

 

「どうしたんだ?」

 

「判りません、ただ……」

 

 ディアベル首を傾げながら問うも、シリカにもよくは判らないがその表情にはただならぬものを感じる。

 

「ああああああっ!」

 

 振り回される尻尾に掴まったユート、その侭上空に投げ出されると朝時雨を逆手に持つと、重力に従って落下し……

 

「喰・ら・えぇぇっ!」

 

 蠍の最大の急所、蠍座で云えばアンタレスに当たる位置に突き立てた。

 

『グギァァァァアアッ!』

 

 鼬の最後っ屁というか、未だにHPバーが残っていた真紅の大蠍が、自身に刀を突き立てたユートに向けて尻尾を揮う。

 

「オオオオリャァァァァァァァァァアアッ!」

 

 ユートは突き立てた大蠍の身体を鞘代わりにして、抜刀術の要領で抜き去ると尻尾に斬り付けた。

 

 斬り裂かれた尻尾が宙を舞い、真紅の大蠍のHPがそれを以て全損。

 

 蒼白いポリゴン片になり爆散するのであった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「ユートさん、針を受けてましたが大丈夫ですか? 毒とか!」

 

 身体が問題無く動いていたから、バッドステータスを受けたとすれば毒状態だと判断したシリカ。

 

「毒? ああ、そうだね。確かにある意味で毒だよ」

 

「あわわ! は、早く解毒しないと!」

 

 解毒結晶は貴重ではあるものの、使わずにHP全損をするくらいなら使う。

 

 シリカが最近になってからドロップし始めた【結晶】を出し、ユートに向けて使おうとする。

 

 だがユートはそれを手で制した。

 

「え……ユートさん?」

 

 ユートのHPはそれなりに減っているし、毒を受けたなら早く解毒をしないと危険だというのに、治療を拒否してきたのだから訝しむしかない。

 

「なあ、ディアベル」

 

「どうした? 早く治療をしないといけない! 話すのは後で……」

 

「SAOに閉じ込められてからどの程度、時間が経ったかな?」

 

「うん? 四ヶ月近くだ」

 

 最初の第一層で一ヶ月、後は凡そ十日前後でクリアをしている。

 

 早ければ一週間で終わる事もあるし、遅ければ倍は掛かった事もあるのだ。

 

 平均で約十日という。

 

 二層から十層で九十日とすれば三ヶ月で、第一層が一ヶ月ならだいたい四ヶ月が過ぎた計算である。

 

「ふふ、四ヶ月振りだね。こんな痛みを受けたのは」

 

「痛み? それはいったいどういう……」

 

 

 SAOではペインアブソーバに護られ、現実的な痛みを感じずに得も知れない不快感がプレイヤーを襲うだけで済んでいた。

 

 モンスターからダメージを受ける度に現実的な痛みを感じては、誰もゲームの攻略なんて出来ないから、当然の措置だと云えよう。

 

 不快感を感じるのは痛みが傷を負ったシグナルで、ダメージを受けた事に気付けないのも問題だからだ。

 

 然しユートが感じたのは痛みだという。

 

 ディアベルもシリカも、ユートの言っている意味が理解出来ない。

 

 取扱い説明書くらい読んでいるが、ペインアブソーバがあるのに痛みを感じるのだろうか?

 

 二人はそんな表情だ。

 

「あの真紅の大蠍……針の攻撃に現実と同じ痛みを感じたよ。受けた瞬間に酷い激痛が走った」

 

「「──っ!?」」

 

「恐らくペインアブソーバを無効にするんだろうな。だとすれば他のプレイヤーはこのクエスト、やらない方が良いかも知れない」

 

「た、確かに。ユートさんの言う通りなら、危険過ぎる相手だ」

 

 痛みが無いからまだ戦っていられるのに、真紅の大蠍から針の攻撃を受けたら痛みを感じるなら、果たして耐えられるだろうか?

 

「あの、ユートさんは大丈夫ですか?」

 

「ああ、大丈夫だよ。僕はこれでも慣れてるんでね」

 

「慣れてる?」

 

 ユートを心配するシリカだが、まるで戦闘を日常としているかの如く不思議な言い方に、首を傾げた。

 

「このクエストが一度きりのモノなら後に続く奴は出ないだろうが、一応は【鼠】に根回ししておくか」

 

 クエストを終え、ユート達は第十層の主街区に戻って来ると、仮ギルドホームの前でディアベルと別れ、部屋へと戻る。

 

 会議を開いて結果が出れば報せると云う事になり、ディアベルも【アインクラッド解放隊】や他のギルドなど、ボス戦に向かう面々に話さねばならない。

 

 まあ、時間は掛かるだろうからアイテムの整理を行おうと考えた。

 

 曲がりなりにも中ボス、色々とドロップをしている筈だろうし、LAボーナスも気に掛かる。

 

 メインメニューを開き、アイテムストレージを呼び出すと、新規のアイテムを鼻唄混じりに見てみた。

 

「大蠍の甲殻、転移結晶、蠍の針、回復結晶、それに……何だこれは?」

 

 どうやらLAボーナスの様だが、その効果を見ると眉根を顰めてしまう。

 

「Emblem of Blood duel?」

 

 直訳すれば【血闘紋】とでも云うのだろうか?

 

 種類はアクセサリーで、装飾装備品となる。

 

 その効果は余りにも余りなモノで、開いた口が塞がらない代物だった。

 

「取り敢えず、ストレージの肥やし決定だな」

 

 使い道など無い。

 

 これなら第二層アステリオス王の同時撃破ボーナスの方が、余程使えるというものだろう。

 

 それ以降、ボス戦をしていないかはLAボーナスを手にしてはいないが、流石はユニークアイテムというだけあり、中々に使い勝手の良いアイテムだった。

 

 まあ、然しだ……

 

「そういや、キリトが取ったボーナスは僕は何の使い道も無かったな」

 

 何しろスキル硬直を半減する指環だ、ソードスキルを持たないユートには売るくらいしか出来ない。

 

 シリカはキリトを羨望の眼差しで見ていたが……

 

 因みにユートが手に入れたのは、【増力の指環(Ring of Boost)】と云う装飾系装備品で、筋力値を+5と俊敏値を+5してくれる。

 

 実質的にレベルが3くらい上がったのと同じ程度、能力値が上がるのだ。

 

 因みに現在ユートはその指環を持っていない。

 

 シリカの能力の底上げの為に譲ったからだ。

 

 シリカは真っ赤な顔をして指環を見つめ……

 

『ゆ、ゆ、指環を贈られちゃいました!』

 

 と言って喜んでいた。

 

 能力云々に関係の無い喜びに見えたが、これで足りないレベルが底上げされたのは確かである。

 

 何しろユートの狩りは、少し独特で付いていくのも大変なのだ。

 

 それは兎も角、アイテムの中でもレアリティの低い素材系アイテムや結晶の方は仕舞っておき、【血闘紋】はストレージの肥やしとする事になった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 翌日、ユートは第十層の二十階……ボス部屋の前に立っている。

 

 夜中にメールが届いて、ユートにボス戦を任せる旨を伝えてきたのだ。

 

 条件として、本来であればボス戦に参加していたであろう前線組を見学させる事も書かれていたが、それは問題ではない。

 

 ユートの傍に【ZoG】のメンバー、その近くには【レジェンド・ブレイブス】の面々、遠巻きに【アインクラッド解放隊】。

 

 アスナもどうやら来ている様だが、やはりユートは睨まれていた。

 

 アスナには我慢が出来なかったのだろう、戦える力を持ちながらボス戦に参加しないユートに。

 

 勿論各層で死んでしまった十四人が、ユートの所為だとは言わない。

 

 だが然し、ユートならば或いは助けられた〝かも〟知れないと思うと、どうにもやり切れないのだろう。

 

 自分も悪いのだと解っているだけに、ユート一人に文句を言っても仕方ない。

 

 止めるべきだったのだ、あんなマナー違反を。

 

『これがデスゲームでなければ、間違いなくKillっていたね』

 

 などと、第三層主街区の宿屋に泊まった際に、PKしかねない表情で言っていたのを覚えている。

 

 キレていた、これ以上はないと云うくらいに。

 

 唯でさえ、『クロックアップ』の影響で鈍い頭痛に苛まれていたのに、それを使っての人助けの結果が、チートだチーターだと罵倒されれば、確かにキレる。

 

 例え話をされたら何だか納得してしまったし。

 

『良い高校に主席入学をしたら、裏口だ、点数の水増しだと罵倒されました……気持ちよく学園生活を送れると思うかな? 事実無根だというのに……だ』

 

 他にも……

 

『交通事故から身を挺して子供を救った結果、子供は掠り傷で済んだ。然しだ、母親からはどうして無傷で助けなかったと罵倒され、事故を起こしたドライバーからは、もっと早く動いていれば事故にならなかったんだと罵倒されました……それはどんな気分だろう』

 

 なんて言われたのだ。

 

 居た堪れない気分になってしまった。

 

 それにアスナは当然ながら知らない、ユートが強化詐欺教唆をした犯人を捜していた事を。とはいえ、余り意味は無かったが……

 

 アルゴとも協力をして、雨合羽姿を目印にして捜したり、他プレイヤーに接触しないかを監視してみたりもしたが、やはり後手に回るしかないと判断した。

 

 そして第十層のボス戦が始まりを告げる。

 

 ディアベルの宣言。

 

「さて、始めるか……」

 

 ユートは重々しい金属扉を開き、朝時雨を手にしてボスへと駆け出した。

 

 

.

 




 ギルド【女神の十二宮(Zodiac・of・Godis)】です。


 次回はまた飛びます。




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第22話:全か零か

 飛ばなかった……





.

 第十層のボスを斃して、ユートとシリカは約束通りにボス戦に復帰する。

 

 それは兎も角、ログアウトして現実世界に戻ってきたユートは菊岡から再び、ポッドに関して相談をされていた。

 

 正確には随分と前からのオファーは受けていたが、ユートも攻略の方に忙しくて会う機会が訪れない侭、時間だけが過ぎたのだ。

 

 そして目の前には男性、小柄で少しばかり肉付きの良いアラサーで、髪の毛を七三分けにしており縁の太い眼鏡を掛けている。

 

「初めまして、僕は【横浜港北総合病院】で第二内科に所属している倉橋と云います。貴方が緒方優斗さんですか……」

 

「ええ、SAOプレイヤーとして唯一、ログアウトをして情報を伝えている」

 

「お会い出来て光栄です。宜しくお願いします」

 

 倉橋医師が頭を下げて、挨拶をしてきた。

 

「それで、本題に入りたいのだけど……今回の面会の理由は何ですか?」

 

 理解していながらわざとらしく訊ねる。

 

「ポッドです」

 

 だからだろう、倉橋医師もズバリと言った。

 

「ハァ、あのさ菊岡さん。こういうのはシャットアウトしてと言ったよね?」

 

「はは、そうなんですが、どうしてもと言われてしまいまして……話だけでも聞いて頂けませんかね?」

 

「ハァー」

 

 あからさまな溜息を吐きつつ、ユートは倉橋医師に向き直ると口を開く。

 

「僕はポッドを本来なら、世に出す気は無かった……図らずも世に出たのはあのSAOにより、一万の人間が囚われたから人道的見地に基づき、已むを得ず出したというのが大きい」

 

「な、何故ですか? あれは私も見ましたが素晴らしい代物だった! 大病を患う患者さんに必要な物だ、私は担当するとある家族の為にも!」

 

「御立派、御立派。そんな風に言ってポッドをせしめ様とする莫迦も居たしね。更には設計図を寄越せだ、ポッドその物を寄越せって煩いの何のってねぇ?」

 

「なっ! ち、違います。私は純粋に医療の為に!」

 

「症状は?」

 

「そ、それは……患者さんの個人情報に抵触します」

 

「話にならないね」

 

 ユートはやれやれと嘆息しながら言う。

 

「ぐっ!」

 

「確かにポッドのカタログスペックは高い。SAOに囚われた人間をハイバネーション機能で保全するだけでなく、病気や怪我の治療までを熟せる。だけど決して万能じゃないし、患者の病状次第じゃ使えない」

 

 そもそも治すべき症状が何なのか判らない事には、治す為のプログラムを起動する事すら叶わない。

 

「此方も攻略に忙しいし、余り時間は取れないんだ。レベリングだってしなきゃならないのに……」

 

「な、何ですか? ゲームはどうでも良いでしょう! 此方は命が掛かっているのです……ぐっ!?」

 

 行き成り胸ぐらを掴まれ吊り上げられた倉橋医師、苦しそうに表情を歪めた。

 

「何を舐めた事を言っているんだ? こちとら遊びでやってんじゃないんだ! 攻略の遅れがどれだけ大勢の生命を奪うか、解っての科白だろうな?」

 

「が、ぐっ……苦しい!」

 

「とっとと言え!」

 

「う゛、AIDS……だ」

 

「AIDS? 後天性免疫不全症候群……か」

 

 後天性免疫不全症候群という病が在る。

 

 ヒト免疫不全ウィルス(HIV)による感染症で、免疫細胞に感染する事により後天的に免疫不全を引き起こす病気の事だ。

 

 一般的にAIDSと呼ばれる性的感染症。

 

 間違っても空気感染しないもので、仮にキャリアが傍に居ても決して移る病気ではない。

 

 だが発症した場合は死亡率が高い為、そして昔からの誤解もある所為でキャリアと知られると差別の対象

とされた。

 

 感染経路は三種類あり、性的感染、血液感染、母子感染となっている。

 

「成程、それなら治療可能だろうね」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「時間が可成り掛かるし、その間はずっとポッドの中に閉じ込めなけりゃならないけど、ウィルス性であれば何とか治療出来る」

 

「時間……」

 

「ニ〜三年くらいだな」

 

「そんなに?」

 

「ナーヴギアに変な仕掛けがなけりゃ、VR世界にでも行ってりゃ済むんだが、残念だね」

 

 眠り続ける分、どうしても時間を喪う事になる。

 

 だがVR世界に居れば、現実の時間は兎も角として眠り続ける必要はない。

 

「それで? レンタル料金に関してだけど……」

 

「へ? レンタル料……金……ですか?」

 

「あのさ、まさかとは思うんだけど……無料(タダ)でせしめようなんて考えてないよね? この世の中では何かをして貰うには必ず、対価が要るんだけど」

 

「そ、れは……」

 

 どうやら考えてもいなかったのか、倉橋医師は言葉に詰まってしまう。

 

「先日、結城彰三氏に対して提示したのが五千万円な訳だけど?」

 

「ご、せん……まん……? 無茶な、払える訳がないじゃないか! し、しかも家族四人となれば二億!」

 

 仮に住んでいた家などを抵当に入れたとして、それでも二億円など用意出来ないであろうと、倉橋医師は判断をした。

 

「ポッドには限りがある。誰かを特別扱いするなら、されるだけの何かを支払うのは当然だろう?」

 

「そ、其処に喪われていく生命があるのですよ!?」

 

「生命の価値は等価じゃないよ。平等なんて何処にも存在していない。医者である貴方はよく知っている筈だろう? 仮令、その家族を助けたとしても、その他の生命は見捨てねばならないんだから」

 

「くっ!」

 

「ポッドの総数は百二十基だけ、既に百三基は使ってい訳だが、その家族が何人か知らないけど、その分のリソースを割く事になる」

 

 倉橋医師は紺野家四人を思い、残りのポッドが減る意味を考えた。

 

「更にこの事が洩れたら、数が無いのに自分も自分もと溢れ返る。僅かなパンを一人に恵む意味は無いよ。やるなら村ごと救うのか、或いは見捨てるかの二者択一になるだろうね」

 

「そ、それは……」

 

 【終末期医療】を行っているのは倉橋医師が診ている患者の家族だけでなく、それこそ世界中に居る。

 

 倉橋医師の患者だけ特別に救って、それを誰かしら知れば同じ連中がやって来る事になるだろうが、数的に足りる訳もない。

 

 それを防ぐ為に結城彰三氏に対して、べらぼうに高いレンタル料金を請求したのだから。

 

 百基のポッドとてユートが自身の目的の為、政府に対して貸与したに過ぎず、和人の場合は家賃と食事代の代わり、綾野珪子の場合は仲間への親切心に加え、政府への繋ぎとしての意味合いもあった。

 

 決して完全な御人好しで使わせた訳ではない。

 

 貧しい村に来たらお腹を空かせた子供で溢れ返り、小さな子が自分の食べているパンを見つめていたら、果たしてどうするべきか?

 

 ユートが言った通りで、全部か零かのいずれかを選ぶしかなく、村人全員に施すか誰にも施さないかだ。

 

 全てを救えないのなら、誰か一人に仏心を出すべきではない。

 

 その結果として、余計な争いを村に齎らす可能性もあるのだから。

 

 全か零か……それが救うという事。

 

 救う力も無いと云うのに無理矢理に救おうとして、失敗をする事で全てに憎まれる事例とてあるのだし、救わない事=悪ではない。

 

 寧ろ、誰かを救ったからこそ悪とされる場合もあるのだから。

 

 だから必要なのは過剰な仏心ではなく理由付けで、その人物を救う理由が有れば問題は無い。

 

 だからこそユートは先ず拒絶をした。

 

「生命と財産、貴方の患者はどちらを優先するかな? それ次第では譲歩も可能だろうね」

 

「判りました、それは帰ってから紺野さんに訊いてみます」

 

「後は足りないであろう、残りの分だけど……この話を持ってきたからには菊岡さんも理解してるよね?」

 

 ユートが菊岡を見遣ると心得たもので、ゆっくりと首を縦に振った。

 

「貴方の要望は政府が必ず叶えると、既に確約を貰って来ています。それと……SAO特別法案としては、例の案件にも各省庁が捺印済みですよ」

 

「滞りなく進んでいるみたいだね」

 

 ユートと菊岡の話の意味が解らず、自分が口を挟む問題ではないと知りつつ、倉橋医師は訊ねる。

 

「あの、何の話を?」

 

「ん? ああ、SAO特別法案を政府に対して案件を出していてね」

 

「SAO特別法案?」

 

「そう、デスゲームと化したSAOで誰かを殺すPKを行った場合、それ以外にも犯罪行為を行った者に、現実世界と同じかそれ以上の罪に問うってものだよ」

 

「っ!? な、何と?」

 

「残念ながら既に何処かのプレイヤーが詐欺教唆をしているし、いずれはPKも現れるだろうね。アーガスにも最後の仕事をして貰わないと……」

 

 本来なら会社が取得した個人情報を流す事は、それ自体が犯罪行為に当たるのだろうが、少なくとも犯罪者プレイヤーのプレイヤー・ネームと照らし合わせ、犯罪者(オレンジ)プレイヤーを逮捕出来る特別法案をユートの働き掛けにより、可決する動きとなった。

 

 この話をプレイヤーにする事は基本的に無い。

 

 だけど、ユートを通して確実に犯罪者プレイヤーの情報は外に洩れて、生身の身体を確保される。

 

 こんな無茶な法案が通ったのは、犯罪者プレイヤーがポッド使用者だった場合の事を話したからだ。

 

 犯罪者プレイヤーと一般プレイヤー、どちらの保護を優先するべきか?

 

 考えるまでもない。

 

 まあ、現在の七千数百人のプレイヤーから僅か百人のポッドの使用者の中に、犯罪者プレイヤーが現れる可能性は窮めて低い。

 

 杞憂だとは考えていた。

 

 それでも敢えてその法案を出したのは、〝奴〟と同じ〝影〟を現実で確保し易くする為に他ならない。

 

「さて、此方にも用意があるし倉橋医師も、患者さんからの答えを聞かないといけない。事態が急変しない限りは一週間後にまたお会いしましょう」

 

「判りました」

 

 第十層を攻略したばかりだし、第十一層の攻略には一週間から十日は掛かる。

 

 ユートは一つの目安として一週間を設定した。

 

 そしてユートはSAOに再びログインし、レベリングや攻略を熟す事になる。

 

 そして一週間後、無事に第十一層のボスを撃破したユート達。

 

 ユートは約束通りに倉橋医師と会い、全ての契約をした上で用意したポッドを四基、横浜港北総合病院に対してレンタルする。

 

 紺野夫妻とその双子の娘……紺野藍子と紺野木綿季を裸でポッドに放り込み、二人の少女を大いに恥ずかしがらせてしまった。

 

 まあ、そろそろ思春期真っ盛りの女の子な訳だし、姉の藍子は特に恥ずかしそうにしていたものである。

 

 妹の木綿季(ユウキ)は、漢字は違うが名前が何処ぞのこまっしゃくれた義妹と同じで、一人称も『ボク』と言っていて他人に見えなかった事もあり、決断して良かったとユートは胸を撫で下ろす。

 

 世の中、何が幸いするか判らないものである。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 あれから暫く時が経ち、シリカが別の意味で有名となった。

 

 ビーストテイマー。

 

 青い小型の竜を飼い慣らし(テイミング)に成功し、使い魔にしたのだ。

 

 青い小型の竜、それこそが【フェザーリドラ】というモンスターで、シリカが設定した名前はピナ。

 

 現実で飼っている猫の名だと云う。

 

 可成りのモンスターを殺していたが、フェザーリドラは元が珍しい為に今まで遭遇しておらず、偶然にもアクティブでなかった為、ナッツを与えたら懐かれたのだと嬉しそうに語った。

 

 以来、シリカはピナを肩に乗せて歩いている。

 

 それから更に暫くして、ユートとシリカとディアベルでパーティを組み、狩りへと出掛けた。

 

 ディアベルとしてみればユートのレベリングに興味があり、同行してその秘密の一端にでも触れたいとの考えだったが、それが如何に甘いものか思い知らされてしまう。

 

 ユートは森の中で手にした鈴を鳴らす。

 

 チリンチリンと軽快な音が鳴り響いて一分、周囲にモンスターが集まった。

 

「ユ、ユートさん? これはいったい?」

 

「第四層のクエストで手に入れたレアアイテムでね、【サモンスター・ベル】と云うんだ。鳴らせば忽ち、周囲のMobを呼び寄せてしまうアイテム。但しこれを使って呼び寄せた場合、攻撃をしない限りはベルの持ち主以外にアクティブしないんだ」

 

「つまり、俺とシリカさんは安全だと?」

 

「攻撃さえしなけりゃね」

 

 即ち、この場に集まったMobは全てユートを襲う為に居るという事だ。

 

 その性質上、MPKをする事など出来ないのだが、行き成りMobを呼び寄せれば、驚いて攻撃してしまうだろうから、やり方次第では可能かも知れない。

 

「これだけのMobを呼んでいったい何を……って、まさか!?」

 

「そのまさかだよ」

 

 言うが早いか、ユートは大量に集まったMobへと駆け出した。

 

 その全てがユートへ襲い掛かる。

 

「何て無茶苦茶な……」

 

「けど、いつもの事なんですよ?」

 

「いつもって、確かにこのやり方なら死にさえしなければ大量の経験値が得られそうだけど……」

 

 三桁にも上る数のMobに普通は押し潰される筈。

 

 ユートが執った方法は、至ってシンプルだ。

 

 大量のMobをベルで集めて全てを潰す。

 

 それだけでこのフィールドのMobは、全て残らずユートの経験値と消える。

 

 目の前で展開されているのは、Mob狩りというかもう惨殺現場だった。

 

「ユートさんのレベルが高いのは、こんなレベリングの所為だったのか……」

 

 ちょっと真似が出来そうにないやり方に、ドン引きしてしまうディアベル。

 

 くるくると目まぐるしく舞うユートは、次々Mobを斬り捨てていた。

 

 特に完全な全周囲抜刀術【真月】を放つと、ダメージと共にノックバックを引き起こし、一時的行動不能(スタン)状態となる様で、喰らったMobが速やかに狩られて逝く。

 

 やがてMobを狩り尽くすと、ファンファーレが響きレベルアップを示した。

 

 

名前:ユート

レベル:35

スキルスロット:5

HP:6510

筋力値:52+3

俊敏値:70

 

【装備】

朝時雨+15

ブラックレザーアーマー

スケイルマント

レザーベルト

ブラックレザーグリーブ

ブラックレザーグラブ

へヴィリング

 

【装備スキル】

刀装備

片手武器作成

金属装備修理

体術

料理

 

 

「これで良しっと」

 

 強化ポイントを俊敏値に全て振り、満足そうに頷くとシリカとディアベルの方を見遣って訊ねる。

 

「それで、今度はシリカとディアベルがやる?」

 

「──へ?」

 

 間の抜けた表情で首を傾げるディアベルだったが、すぐにその意味を理解してしまい、スーッと血の気が引いて真っ青になる。

 

「あ、あんなの俺には無理だろう!」

 

「シリカと二人で狩れば、何とかなるだろう?」

 

 何も一人でやれとは言っておらず、飽く迄もシリカと二人で狩るのだ。

 

 実際、わざわざ付いて来たのはユートのレベリングを見たいが為だ、とはいえ目的を達しただけであり、今日はまだ碌にMob狩りをしておらず、経験値稼ぎになっていなかった。

 

「良いか? 【サモンスター・ベル】の効果、それはベルの持ち主にアクティブ状態で、Mobを大量に引き寄せるというものだ……つまり、二人にはワンテンポが遅れる筈。その隙を突いて狩り立てろ!」

 

「はい、ユートさん!」

 

「りょ、了解した……」

 

 二人がスタンバイして、ユートがベルを鳴らす。

 

 ユートが狩り尽くした後に湧出(ポップ)しただろうMobが、続々と引き寄せられて集まってきた。

 

「こうなれば破れかぶれというヤツだ!」

 

「逝きます!」

 

 覚悟を決めたディアベルとシリカが、それぞれ片手直剣と短剣を揮うとMobへと突っ込んだ。

 

 片手直剣のソードスキルを駆使して、ディアベルがMobを屠るのをシリカがピナと共にサポートをし、やはり三桁をいくMobを一時間くらい掛けてやっと狩り尽くす。

 

 それを三周していたら、朝から動いていたというのに日がだいぶ傾いた。

 

 この日、シリカのレベルが30となり、ディアベルのレベルが26となる。

 

 漸くスキルスロットが増えたと、シリカは大喜びしたという。

 

 

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 次回こそは時間が結構、飛びます。二十層以上まで上がっている筈……




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第23話:月夜の黒猫団

 前半が黒猫団、後半には第二十五層のボス戦。





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 世界には流れと云うものがあり、その流れに沿って時間は動いて世界が運営をされていく。

 

 世界線と呼ばれる流れを線に例える場合もあるが、例えばユートが干渉しない世界線──その中でも謂わば最良解世界線というものが存在し、それを原典世界(ワールド・ザ・オリジン)と呼んでいる。

 

 原典世界、即ちイレギュラーの干渉しないユート達が〝原作〟と云う世界。

 

 そしてその原作を基に、世界構築されたのがユートの移動する派生世界。

 

 ハルケギニア時代に移動した、とある世界線の地球に於いて六千五百万年前に遡ったユートが、ちょっとした目印気分でクトゥルーの神氣を用いて穿ったのは五大神獣。

 

 応龍、麒麟、鳳凰、霊亀の四霊に加えて黄龍を生み出して置いた。

 

 東西南北中央で、基点が設定された事によってそれは平行世界を繋ぐゲートとして作用する。

 

 そのゲートを通りユートは平行世界間を移動して、こうしてユートの世界でのライトノベルやアニメなどの世界へ行っていた。

 

 とはいえ、何故かユートの記憶が呼び寄せる世界の基点の筈が、ユートの知らない噺まで混じっている。

 

 この世界の事もユートはよく識らない。

 

 ソードアート・オンラインというVRMMOが存在して、主人公っぽい少年と接触した事から、漠然とだが【ソードアート・オンライン】の世界と呼んでいるだけであった。

 

 さて、最良解世界線ではこの時期にキリトは十層も下の階に素材を採りに来ていたが、その際にピンチに陥るパーティと出逢う。

 

 その出逢いが最悪の別れと共に、キリトへと楔を穿つ事になった訳だ。

 

 だがその流れを識らないユートが、キリトをギルド【ZoG(ゾディアック・オブ・ザ・ゴッデス)】に入れてしまい、素材などの汎用アイテムの確保をしていた事により、キリトは下の階層に降りなかった。

 

 よって第十一層の迷宮区で戦ってた【月夜の黒猫団】というギルドメンバー、彼らはキリトという救世主が現れない侭、大ピンチに陥ってしまっている。

 

 全員のレベルがまだ十代であり、この階層のMobには安全マージンが充分に取れておらず、言ってみればこのピンチは自業自得というものだ。

 

 然し先にも記述した通り世界には流れが存在して、つまる処が修正力というものが働く。

 

 別名、世界意思。

 

 これにより、ユート自身がキリトの代わりを果たす事になってしまう。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 久方振りに第十一層へと降りてきたユート。

 

 既に最前線は二十三層にまで上がっており、ユートのレベルも50だった。

 

 第十一層でレベリングをしていた頃がレベル35、それから十二層掛けて15ものレベルを上げたという訳だが、初期のペースからみると減速している。

 

 まだしもキリトは常識の範囲で、現在はレベル43程度だった。

 

 それでも原作よりかは、ハイペースだろう。

 

 そして……

 

 2023年4月8日

 

 この日、ユートはギルド【月夜の黒猫団】と逢う。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 第十一層主街区タフト、その宿屋の一角ではギルド【月夜の黒猫団】がユートと共に乾杯をしていた。

 

 助けて貰った御礼をする為に、ギルドリーダーであるケイタが誘ったのだ。

 

『『『乾杯!』』』

 

 ケイタによる乾杯の音頭でグラスを掲げると、全員が一気に中身のジュースを煽り笑顔で会話を始める。

 

「いやぁ、助かったよ」

 

「ホント、ホント」

 

「ユートが来てくれなきゃマジ、サチがヤバかった」

 

 テツオ、ダッカー、ササマルが口々に言う。

 

「ありがとう、本当に恐かったから……助けてくれて嬉しかったの。本当にありがとう」

 

 おずおずという感じで、ギルドの紅一点のサチが薄い笑みを浮かべ、感謝の意を示した。

 

 ケイタの率いるギルド【月夜の黒猫団】は、元々がリアルでは高校のパソコン研究会で一緒だったメンバーがSAOでも一緒に活動しているらしくて、五人だけの小さなギルドの様だ。

 

 クォータースタッフという棍使いのケイタ。

 

 盾持ちのメイサーであるテツオ。

 

 短剣を装備したシーフ的スキル──鍵開け、罠解除など──持ちのダッカー。

 

 長槍使いのササマル。

 

 同じく長槍使いのサチ。

 

 だが前衛を出来るのが、テツオだけという事もありサチを盾持ちの片手剣使いに転向させようと考えた。

 

 確かにバランスが悪い。

 

 そんなパーティが第十三層の迷宮区でMobに追われているのを見付け、助太刀をしたのが切っ掛けだ。

 

 ユートはいつもの通り、刀──夕霧+20──を手に構えると、彼らを狩り立てるMobを屠っていき、時々は後ろに合図を出してダメージを負ったMobをスルーし、彼らにも狩らせていった。

 

 助けたとはいえ、元来は彼らの獲物だった訳だし、今更この層のMobを潰してもレベルに影響を及ぼさないから、殊更に斃す事を注視しなくても良いのだ、だったら助けた序でに彼らの経験値稼ぎに付き合っても良かろうと考えたのだ。

 

 その結果、ギルドリーダーのケイタが感謝をして、打ち上げをしようという事になり、懐かしい第十一層の主街区タフトに来る。

 

 現在の最前線は二十三層だし、この層は倉橋医師との会談した頃以来だ。

 

「なあ、ユート。マナー違反は承知だけど、レベルって今、幾つくらい?」

 

 宿屋のオープンスペース故に、ギルドメンバー以外にも周囲にプレイヤーが居るのを考慮してか、ケイタが耳打ち加減に訊ねた。

 

「レベル? こないだ50になったばかりだよ」

 

『『『ごっ!?』』』

 

 全員が驚愕する。

 

 SAOの安全マージンは本来だとその層の数字と=だったが、デスゲームと化した今はプラス10は必要だと云われていた。

 

 ならば、最前線の階層に10ならば33で事足りるのだろうし、40なんてのも居るとはいえ50は上がり過ぎている。

 

「デスゲームになる前に、スタートダッシュで迷宮区に篭って、レベリングに励んだら周りが1か2程度だった時に、僕はレベル5にまでなっていたからね」

 

「スタートダッシュ……」

 

 ケイタが呆れた。

 

「まあ、結果的に大正解だった訳だけど」

 

 安全マージンというが、そもそもそれはフィールドを歩くのに必要なマージンであり、ボス戦は更に上である必要がある。

 

「あのさ、ユートはギルドに入ってるんだよな?」

 

「ああ、僕は最前線組……今は攻略組と呼ばれている面子に居て、ギルド【ZoG】のマスターをしてる」

 

「ああ、知っているよ! 確か【アインクラッド解放隊】や【聖竜連合】なんかに小規模ながらも比肩するギルドだって。そんな所のマスターなのか!」

 

 小規模ギルドは幾つもの数が存在するが、【ZoG】はその中でも異彩を放っていた。

 

 僅か数人で二つ名持ちが三人も居るのだから、有名にならない訳がない。

 

「う〜ん、だとしたらこんな事は頼めないかな……」

 

「こんな事?」

 

「サチを盾持ちの片手剣士にって、そう考えてるのは話したと思う」

 

 ユートは首肯する。

 

 今でこそ両手長槍を使って後ろから攻撃してるが、実質的に前衛が出来るのは盾持ち片手槌使いのテツオだけで、スキル構成にしてもバランスに欠くのは解っていたらしく、長槍持ちが二人で中衛をさせるより、一人を盾持ち片手剣使いに転向させ、前衛に出そうと考えていた。

 

 その考えは最初に聞いていたし、サチのスキル熟練度がまだ低いから転向するのはサチと決まったのも、やはり聞いている。

 

「でさ、ユートさえ良ければサチをコーチして貰えたらと思ってさ」

 

「僕は片手剣使いじゃなく刀使いだぞ?」

 

「前衛のいろはは僕らより心得てるだろう?」

 

「……まぁね」

 

「だけどさ、攻略組な上にギルドマスターってんじゃ無理は言えないなって」

 

 それでも短期間くらいはとの思いからか、ケイタはチラチラと見てきた。

 

「まあ、攻略の兼ね合いもあるけど……取り敢えずは一週間を目処に鍛える分には問題無いか。ウチは小規模ギルドだからノルマってのも無いしね」

 

「ほ、本当かい?」

 

「ああ、但し……」

 

「但し?」

 

「その間は僕の指示に従って貰うよ? サチだけじゃなくて、ケイタ達にも」

 

「へ? 僕らも?」

 

 吃驚した顔で自分を右の人差し指で差し、間抜けた声で訊ねるとユートが当然と言わんばかりに頷く。

 

「サチが訓練中、ケイタ達はどうするんだ? 言っておくけど未熟者を行き成り矢面に立たせたりしない。前にそれをやって散々だったからね」

 

 つまり、実戦で鍛えるのではなく安全な圏内で先ずは片手剣のいろはを教えようと、ユートはそう言っているのだ。

 

 何しろ以前、シリカ相手にそれをやったら恐慌を来して、現実なら惨殺現場と変わらない様相だった。

 

「サチを預かる間、経験値やコルを稼ぐのはクエストで行って貰う。唯でさえ、バランスの悪いパーティが人数を減らした状態だし、格下Mob相手に後れを取りかねないからね」

 

「う、解った。任せる」

 

「な〜に、敵を斃す虐殺(スローター)系や討伐系のクエストでさえなければ、もっと上層の主街区で効率良く稼げる。第二十三層の主街区のクエストに幾つか丁度良いのがあるし、何なら第二十二層の南西エリア南岸にギルドホームがあるから、其処の【ZoG】のメンバーに助力を求めるのも良い。彼処はフィールドMobが出ないから行くのは不可能じゃない」

 

「りょ、了解した」

 

 第二十二層はアインクラッドでも珍しい層であり、その大部分が常緑樹の森林と点在する湖で占められており、主街区であるコラルも小さな村に過ぎない。

 

 フィールドMobは出現しないし、迷宮区の難易度は窮めて低く、ユート率いる【ZoG】があっという間に攻略し、さっさと次の第二十三層に上がった。

 

 フィールドMobが存在せず、人も殆んど居ないという環境をユートが気に入った事もあり、幾つか売りに出されていたログハウスをギルドホームとして購入したのだ。

 

 御値段は何と千五百K、一Kが千の単位を表すからつまり百五十万コル。

 

 こじんまりした物件では流石に狭い為、中でも一番大きいのを購入している。

 

 余談だが、原典に於いてキリトとアスナが結婚時に買ったログハウスが、割と近場──といっても十分ばかり歩く──に在った。

 

 ユートが購入したログハウスはそれより規模が大きくて、部屋もリビングを含めて八部屋在り、すぐ近くには小さな湖がある。

 

 こうしてサチは第十一層のタフトで、ケイタ達は上の第二十三層でそれぞれが動く事となった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「じゃあ、サチ」

 

「は、はい!」

 

「最初に君にやって貰いたいのは、【倫理コード解除設定】というものだ」

 

「? 何、それ?」

 

「SAOでは基本的に接触行為に対し、ハラスメントコードが働く。プレイヤー同士ならセクハラをされたプレイヤーが倫理コードを発動する事で、第一層にある黒鉄宮の奥、監獄エリアに送られる」

 

 サチは頷く。

 

 当然ながら基本的な知識故に知っていたからだ。

 

「で、この【倫理コード解除設定】を行うと、ハラスメントコードが出なくなるんだよ」

 

「──へ? それって……つまり?」

 

 ユートの言葉の意味を、サチは素早く脳内で咀嚼をすると、理解がまるで全身を満たすかの如く駆け巡ると真っ赤になってしまい、両頬を手で挟み頭から湯気を出す。

 

「サチが想像した通りで、色々と出来てしまう。それこそR18な世界へようこそ的な……」

 

「え、と……」

 

 ズリズリと両腕で身体を庇いながら、後ろへと下がっていくサチ。

 

「後退るな、後退るな」

 

 ユートは苦笑いしながらパタパタと手を振る。

 

「フォームを直したりするのに触れないといけない。いちいち、ハラスメントコードがピーピー鳴っても煩わしいしね」

 

 そんな訳で、サチは【倫理コード解除設定】を行って後、ユートから剣術を習う事となる。

 

 他の【月夜の黒猫団】のメンバーは、第二十二層にあるというユートのギルドホームに向かい、キリトと出会ってクエストを熟す。

 

 一週間後、レベルが幾つか上がった黒猫団。

 

 だけど、残念ながらサチの修業は上手くいかなかったらしく、結局は長槍を使う事で同意した。

 

 第二十三層が攻略され、続いて第二十四層も攻略が成されて、現在は第二十五層を探索している。

 

 ユートのレベルも52にまで上がり、この探索に加わりながらも黒猫団との関わりを続けていた。

 

「ナーヴギアの働きってのが人間の脳に信号を送り、それで擬似的なシナプスを形成して、ネットワークにに意識を反映する。大雑把な言い方をすれば集合無意識の中で、みんなが同じ夢を視ているみたいなもの」

 

 サチのSAOというのは何なのか、フルダイブ技術とは何なのかという質問に答えたのだが、嘗てユーキ──義妹──に教わった事を話してみる。

 

「それならレベル制MMOでなければ身体能力の反映も可能な筈なんだ。とはいっても、人間の身体能力ではフレンジーボア──スライム相当だけどな──でさえ武器を持ってすら斃すのは困難だよ。このSAOがレベル制なのはその為だと思うんだ」

 

「どういう事?」

 

「例えば、サチは第一層のコボルドが実際に……というか、そうだな……普通の猪の方が解り易いかな? 現実世界で荒ぶる猪と会ったとして、長槍を一本持って戦える?」

 

「無理、ムリムリ!」

 

 サチはブンブンと首と腕を振って否定する。

 

 当然と言えば当然。

 

 現実のサチは非力な少女に過ぎないし、このSAOでさえ恐怖で縮こまっているのだから。

 

「でも、レベルを上げているサチはパラメーターも上がっているから、フレンジーボアくらいなら斃せる。そうだろう?」

 

「う、うん……」

 

「僕はその逆」

 

「逆?」

 

「現実世界で巨大な熊に襲われても斃す自信がある」

 

「──へ?」

 

「SAOでは非力で碌すっぽ戦闘経験の無いプレイヤーの為、レベルによる補正と武器と……ソードスキルが存在している。僕にとってはレベルアップは強くなる行為じゃなく、現実世界での身体能力を取り戻すという事なんだ」

 

 もやしっ子のキリトも、SAOでレベルを上げれば伝説の怪物さえ斃せる剣士になるが、ユートの場合は元々の能力が抑え込まれている感じだ。

 

「逆説的に、少し無理をしてやれば本来の能力を出す事も出来る。パラメーターと関係なく……ね」

 

 これこそ、ユートがボスを独力でも斃せる理由で、システム外スキル【クロックアップ】なんて、SAOでは有り得ないスキルを使える秘密でもあった。

 

 ユートが人知れず使っているシステム外スキル……【オーバーブースト】というのが在り、一時的にしろ身体パラメーターをニ倍にまで引き上げていて、それはユートの本来の身体能力をシナプスを介し、SAOのアバターに僅かな時間、反映しているのだ。

 

 勿論デメリットも在り、この【オーバーブースト】を使用したら、時間切れと共に身体能力パラメーターが半減してしまう。

 

 見た目の数値は変わらないのだが、明らかに動きが悪くなっていたし、与えるダメージも低くなっていたから間違いない。

 

 一時間近くはこの状態が続くから、滅多矢鱈と使う事が出来ないモノだ。

 

 これは鈍い頭痛が起きる【クロックアップ】も同様であり、ユートがこれらをボス戦以外で使う事は決して無かった。

 

 ユートはこのデメリットが起きる理由に、レベルがアバターの能力数値を受け止める謂わば、キャパシティを表しているからだと、そう推測している。

 

 ユートのシステム外スキルはそのキャパシティ限界を越え、過剰なまでに数値を増幅させてしまうから、不具合が出ていると云う事なのだろう。

 

 といっても、数値その物が改竄されてるチートという訳でなく、茅場晶彦が思いもよらなかった現実世界で怪物と闘える存在だったが故のバグという他無い。

 

 正しくSAOという世界の中では、バグキャラという訳である。

 

 茅場晶彦はユートのこれに気付いている筈。

 

 なのに排除しないのは、茅場晶彦が求めているのが正にユートみたいな存在だったからだろう。

 

 その身と武器のみを以て鉄の城に挑む命の煌めき、だけど現代人にそれは望むべくもなく、代替案としてレベルによる数値補正と、ソードスキルを与えた。

 

 茅場晶彦が云う、十個に+αの特別なスキルとやらも特に秀でた何かの持ち主に与える所謂、勇者の証といった処か。

 

 閑話休題……

 

 再び集まって、ケイタ達と話し合うユート。

 

「結局さ、サチは前に出て戦うには余り向かないみたいだし、長槍で前衛レベルの戦いをさせるべきかな」

 

「う〜ん、それじゃ前衛が足りないのは解決にならないんだけど……」

 

「ケイタが盾持ちの前衛に転向するか、ササマルが槍を止めるかどちらかを推奨するよ?」

 

 元々は、サチが盾持ちの片手剣使いに転向する理由が熟練度の低さからだし、それなら少し時間を掛けてでもケイタかササマルが前に出た方が寧ろ、早く熟練度を上げる事が出来るのではないかと考えた。

 

 今のサチでは熟練度を上げるのに時間が掛かり過ぎてしまい、結局は攻略組への加入が遅れてしまう。

 

「何より、怯える女の子を前に出して、自分達は後ろからってのもアレだろ?」

 

 ユートが指摘をすると、ばつの悪そうな表情になり顔を見合わせて頷く。

 

「今一度、スキル構成から見直してやり直した方が、時間短縮になると思う」

 

「判った、考えてみるよ」

 

 結局、サチは長槍の侭でササマルが槍から盾持ちの片手剣使いに転向した。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 第二十五層の迷宮区。

 

 先日、遂に二十階までが攻略された。

 

 ボスの間の前の金属扉、重々しい雰囲気を放つそれが聳え、安全地帯とボスの間を隔てている。

 

 【月夜の黒猫団】からは一時的に離れて、ユートも今回のボス戦に参加をする事になっていた。

 

 当然ながら【ZoG】のメンバーも参加する。

 

 ギルドでパーティを組めばヒールなどは付かないまでも、僅かながら戦闘力に上昇補正が掛かるのだ。

 

 故に、【月夜の黒猫団】も単なるパーティでなく、ギルドを組んでいる。

 

 ギギギギギギギ……

 

 無駄にリアリティー溢れる重たい音を響かせつつ、金属扉が両側に開く。

 

 巨体……それは第二層のアステリオス王すら越える巨躯の持ち主で、二つの顔を持った魔人だった。

 

 武器は両手で持たねばならないくらい長い柄の斧、そんな武器を軽々と振り回している辺り、その腕力たるや相当なものだろう。

 

 流石に一撃で死んだり、危険域に達したりはしないと思うが、あれを見て攻撃を受けたいなんて思う奴が居れば、その人物は間違いなくMだ。

 

「征くぞ!」

 

『『『『応っ!』』』』

 

 レイドリーダーを務めるのは、毎度毎度お馴染みのディアベルだった。

 

 第一層の時からずっと、彼がレイドを率いている。

 

 最近では【聖竜連合】というギルドがアイテム分配など口出しをしてくるが、そのカリスマ性は健在だし何よりも、第一層から皆を引っ張ってきた実績もあるからか、強くは言ってこれないらしい。

 

 プレイヤー達が近づくとボスが動き、HPバーが浮かび上がってくる。

 

 六段のHPバーの下に、名前が書かれていた。

 

 【The Twinhead】

 

 まんま【双頭】らしい。

 

「壁役(タンク)がボスの攻撃を受けつつ、ディレイした瞬間に攻撃役(ダメージディーラー)にスイッチ! 掛かれぇぇぇええっ!」

 

 堅実な作戦だ。

 

 第一層からの基本的戦術であり、それが故に殆んどの層で通用する。

 

 だが、今回ばかりは相手が悪かった。

 

 事前にクォーターポイントのボスが、今までのボスを凌駕する可能性について話していた。

 

 底意地の悪い改変をしていた茅場晶彦の事だから、間違いないとみんな思っていたのだ。

 

 やはりクォーターポイントの第二十五層のボスは、他の階層のボスとは比べ物にならないくらい強い。

 

 壁役(タンク)がアッサリ【双頭】の斧によるソードスキルで吹き飛ばされて、攻撃役(ダメージディーラー)まで一緒に飛ばされてしまった。

 

 エギル達、タンクのHPがごっそりと減っており、あの一撃で……単なる周囲攻撃に過ぎない【ワールウィンド】でこれだ。

 

 それも筋力値に極振り、防御力を高める為のスキル構成と装備をした壁役が、僅か一撃を喰らっただけでHPを半分以下にされた。

 

「思った通りだが、これは……五十層クラスなんじゃないか?」

 

 ユートの洩らした言葉を聞き、全員の血の気が引き顔を青褪めさせてしまう。

 

 ひょっとしたらクォーターポイントのボスは、その階層に+二十五層分の能力パラメーターを与えられているのかも知れない。

 

 そうでもなければ壁役のHPが減り過ぎている。

 

 防御に徹した壁役なら、ユートでさえ真っ正面からだと微々たるダメージしか与えられない。

 

「チィッ! ディアベル、僕がタゲを取る。壁役達のHPを早く回復させろ!」

 

「わ、判った! みんな、ユートがツインヘッドからタゲを取って、引き付けている間に壁役達にポットを使って回復させるんだ!」

 

 ディアベルからの指示を受け、エギルを含む壁役に対してハイポーションなどの回復アイテムを使用し、HPを徐々に回復させる。

 

 回復結晶など、結晶でなければ一瞬で回復はしないから、多少の時間は掛かるだろうが、取り巻きが居ないからボスのタゲさえ誰かが取れば何とか回復可能。

 

「わ、私も往きます!」

 

「俺もだ!」

 

「私も行くわ!」

 

「俺もだぜ!」

 

 シリカが攻撃に出る旨を伝えると、キリトとアスナとクラインも立ち上がり、各々に武器を構えた。

 

 リズベットはエギル達を治療するのに忙しい上に、決して単独で前衛を張れるスキル構成ではない。

 

 ユートはツインヘッドの斧を躱し、背後へと廻ると無防備な背中を斬り付け、憎悪値(ヘイト)を稼ぐ。

 

 これはアステリオス王や他のボスにも通用し、同じく【双頭】にも通用した。

 

 問題なのは巨体過ぎて、背中を攻撃するには可成り上空へと跳ばねばならず、ユートは背後の壁を蹴り付けると、次には【双頭】の脚を蹴り付けて、また壁、【双頭】と交互に蹴っては登り、背中が見えたら連続で斬り付けてやった。

 

 更には落ちる際に刃を、【双頭】の背中に突き立てる事で、背中から腰に掛けて斬り裂いてやる。

 

 それによるダメージか、一センチばかり【双頭】のHPが減っていた。

 

 【双頭】の動きに変化を見て取り、その動きがあるモンスターに似ているのに気付いたユートが叫ぶ。

 

「ブレスが来るぞ! 退避しろぉぉおおっ!」

 

 その絶叫に驚いた攻撃していたプレイヤー達、すぐに全速力で逃げ出した。

 

 【双頭】が大きく息を吸い込み、吐き出したブレスは片方が氷結、片方が火炎のブレス。

 

 この分では追い詰めた後の変化がどうなるか、全員が恐怖を抱いた。

 

 それでもユートが必死にタゲを取り、隙を見せたらキリト達が攻撃を当てるという戦術で壁役も復活し、戦線を建て直す。

 

 少しずつHPを減らし、ラスト一本になった時こそユートがシステム外スキル【オーバーブースト】を使って、本来の身体能力からフィードバックした動きで攻撃を加えた。

 

「【双頭】が斧を振り降ろしたら、奴の武器を伝って跳んでソードスキルをぶつけろ! 僕が【山彦返し】で受け流した瞬間、スキル・ディレイが発生する!」

 

 機会はそう何度も無い。

 

 緒方逸真流【山彦返し】は敵の振り降ろした武器を下に受け流し、地面に叩き付けさせる事により動きを封じて、その刹那に攻撃をぶつける技。

 

 だが、流石に【オーバーブースト】を使っても尚、攻撃にまで転じるのは無理だと判断し、キリト達に任せる事にした。

 

 その作戦は確かに当たったものの、退避に失敗したアスナが空中で停滞をしてしまい、再び攻撃に転じた【双頭】の巨大な斧が身体を引き裂かんと、横薙ぎに揮われる。

 

 死……

 

 ユートから聞いてアスナは知っていた。

 

 HPがゼロになってしまったSAOプレイヤーは、間違いなく現実の世界にて死亡しているのだと。

 

『嫌だ!』

 

 そう思ってもアスナは声が出せない。

 

 脳が死を認識しており、刹那の刻を思考が加速して揺ったりした時間を過ごしている故に、アスナは肉体を動かせないのだ。

 

 この状態で動ける様になるのが、緒方逸真流の奥義の一つ【颯眞刀】であり、システム外スキル【クロックアップ】……

 

 ゆっくり、ゆっくりと、【双頭】の斧がアスナへと近付いてくる。

 

 それは正に死の恐怖。

 

 ──死んだ!

 

 目を閉じた瞬間……

 

 ガキィィィィンッ!

 

 甲高い金属同士がぶつかる嫌な音がフロア全体に鳴り響き、アスナはナニかにぶつかって吹き飛んだ。

 

「キャァァアアッ!」

 

 その衝撃は、決して斧により真っ二つにされたものなどではなく、誰かしらが自分にぶつかってきたものだとすぐに理解した。

 

「大丈夫だったかね?」

 

 アッシュブロンドの髪をオールバックにした髪型、赤い鎧に盾と片手剣という騎士みたいな出で立ち。

 

 それでいてディアベルともまた違う。

 

「ふむ、私の【神聖剣】でなければ真っ二つにされていたかも知れんな」

 

 聞いた事もないスキル。

 

 だが然し、禍が転じて福というヤツだろう、必勝を期して【双頭】が放ったであろうソードスキルが防がれた事で、完全に無防備な状態となっていた。

 

 ブレイク状態だ。

 

「い・ま・だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああっっ!」

 

 ユートの合図とも取れる絶叫に応えると、キリトがOSS【テンソウレッパ】を放ち、ディアベルもまた五連撃OSS【コウガゴセン】を放ち……

 

『グォォォォォォォォォォォォォオオオオッ!』

 

 HPが全損した【双頭】は蒼白いポリゴンに還り、完全に爆発四散した。

 

 

 

.

 




 サチが云々は次回……




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第24話:消える黒猫団

 変わらない流れ、新たな支流……





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 七人──それが第二十五層のボス戦に於ける死亡者の人数だった。

 

 クォーターポイントは、今までの意地の悪いβからの改変や、トラップなどから相当な強さではないか?

 

 その様にアルゴやユートは予測して、攻略本に記載しておいた訳だが、流石にそれを読んで無謀な真似をするギルドもプレイヤーも居なかったものの、結局は壁役が三人、攻撃役が四人もポリゴンの塵に還った。

 

 彼らはSAO内部のみならず、現実からも脳を焼かれてログアウトしたのだ。

 

 とはいえ、基本的に感覚を遮断されているのだし、彼らはきっと痛いと思う間も無く逝った筈。

 

 本来の世界線で【アインクラッド解放〝軍〟】が壊滅していた事を鑑みれば、驚く程に犠牲者は少なかったとも云える。

 

 そんな事は当事者達に、何の救いにもならないのだろうが……

 

「大丈夫だったかね?」

 

「あ、はい。助けて貰ってありがとうございます」

 

 余程怖かったのだろう、目尻に涙を浮かべながらも助けてくれた人物に頭を下げてお礼を言う。

 

「いやいや、君程のプレイヤーを死なせるのは忍びなくてね。攻略に追い付いたと思ったらあんな場面だ、助けられて良かった」

 

 ユートには本音を言っている様に聞こえるが、何処か違和感を感じる。

 

 だけど僅かな違和感は、すぐにも消えた。

 

 気のせいかと頭を振り、心身の疲れに嘆息する。

 

「なあ、アンタ」

 

「何かね?」

 

 リンド──アインクラッド解放隊のサブリーダー──が男に話し掛ける。

 

「さっきの何なんだよ? 【双頭】の攻撃を喰らって殆んどHPが減ってない。何かのスキルか?」

 

 やはり気になったのか、全員が男に注視した。

 

「ふむ、確かに私のスキルによるものだ。スキル名は【神聖剣】と云い、効力は盾による攻撃判定と、高い防御力といった処だな」

 

「しゅ、取得条件は?」

 

「さてな? 私もいつの間にか得ていてね」

 

 SAOのスキルは初めから選択可能なモノと、条件を満たして選択出来る様になるモノがある。

 

 例えば、片手剣を使っていれば両手剣や細剣を使える様になるし、曲刀を使っていれば刀を使える様になって、短槍を使い続ければ長槍を使える様になる等、基本武器から派生武器を使えるスキルが顕れる訳だ。

 

 短剣の様な派生武器スキルが出ないモノもあるし、一概には言えないが……

 

 他にも幾つかのスキルを取得し、それを鍛えていく事により顕れるスキルというのも存在するらしいし、武器の中には複数のスキルが無ければ使えないなんてモノも在る。

 

 第二層のレアドロップ、チャクラムがそれだ。

 

 あの武器は、【投剣】のスキルと【体術】のスキルを取得しないと使えない。

 

 だとすれば、彼のスキル構成が【神聖剣】とやらの発現に合致したのだろう。

 

「スキル構成を教えろよ、そしたら判るだろう?」

 

「やれやれ、こんな階層まで来て未だにマナーを守れないプレイヤーが居るか。嘆かわしいな」

 

「な、何だと!?」

 

「よすんだ!」

 

 激昂するリンドの肩を掴むディアベル。

 

「ディアベルさん……だけどこいつが!」

 

「第二層でのミスを繰り返す気か?」

 

「うっ!」

 

 ふと見れば、ユートが睨んでいるのが判る。

 

「理解して貰えた様だな。私の名はヒースクリフ……ギルド【血盟騎士団】ではギルドマスターをしている者だ」

 

 この日から【血盟騎士団】──通称【KoB(ナイト・オブ・ザ・ブラッド)】は名を上げていく。

 

 そして、ヒースクリフの攻略の意志に感銘を受け、アスナが【KoB】に入団を果たした。

 

 第二十六層への有効化(アクティベート)も済み、ユート達は解散する。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 第十一層主街区タフト。

 

 ボス戦も終わり、現在はユートとサチの模擬戦が繰り広げられていた。

 

 ユートが使うのは以前にダッカーが使っていた長槍であり、同じ武器での戦闘を行っている。

 

 武器装備のスキルを持たずに装備しても、エラーとなってソードスキルが使えなくなってしまうという、SAOに於いては致命的なまでのペナルティが発生するのだが、ユートは元よりソードスキルを使えない。

 

 従って、装備フィギアに入れて装備をするだけなら問題は無かった。

 

 両手で長柄を持ち、高速で槍を攻撃や防御に使い、サチは全くユートに攻撃が出来ていない。

 

 【圏内】とはいえ、武器をぶつけられるのは怖いと思うサチだったが、これでも当初に比べれば大分良くなっていた。

 

「サチ、長柄を利用しての円運動を心掛けろ!」

 

「う、うん!」

 

 足運び、槍捌き、それらの基本は円運動にある。

 

 現にユートは左脚を軸として、その場から一歩足りとも移動せずにコンパスの様な円運動で動いており、槍も振り回す形は円を描いていた。

 

 無論、基本の円運動さえ出来ていれば移動して構わないのだが、サチの実力でユートを動かす事は無理という事なのだろう。

 

「やあぁぁぁぁっ!」

 

 長槍系のソードスキル、二連突きの【ダブルスラスト】を放つサチだったが、二連攻撃を穂先で裁き防御したら次の一撃を胸部に極めると……

 

「キャァァァァッ!」

 

 悲鳴と共にノックバックで後ろへとばされたサチ、その侭ゴロゴロと地面を転がっていく。

 

 痛みは感じないのだが、ノックバックの際の衝撃は受けてしまい、これが慣れないというか結構キツい。

 

 素のレベルやソードスキルの強さなど、全ての要素によってこれらの現象は強くなる。

 

 ユートはソードスキルを使えないが故に、まだしもマシなのだが……

 

 それでも激しい音や光、ノックバックがキツかったりする。

 

 戦いの心得や戦術など、【月夜の黒猫団】のメンツが習い初めて随分と経つ。

 

 ユートは迷宮攻略と月夜の黒猫団の訓練、二足の草鞋を続けていた。

 

 まだレベルが二十代という事もあり、黒猫団が攻略組に名を連ねる事は無く、有名な攻略組ギルドとしては【聖竜連合】【アインクラッド解放隊】【女神の十二宮団】【血盟騎士団】が名を上げていた。

 

 最近、ここ暫くユートはギルドホームに帰ってない事が多く、キリト達は月夜の黒猫団に関わっている事を知っているから何も言ってこないが、【血盟騎士団】に入団したアスナが更に煩くなっている。

 

 【ZoG】の一員ではなかったが故に、アスナは彼らをよく知らない。

 

 キリトやエギルはケイタ達を鍛えるべく、模擬戦を繰り返したりクエストをしたりと仲を深めていたし、シリカやリズベットも一緒にパーティを組み、上層の迷宮区でレベリングしていみたり、傷付いてしまった武器をメンテナンスをしたりと、何だかんだで深く関わりを持っていたのだが、アスナはキリトとコンビを組む事はあれ、【月夜の黒猫団】と関わる事は全く無かったのだ。

 

 どうやらアスナは彼らを攻略の足を引っ張るお荷物ギルド、その程度にしか考えていないらしい。

 

 まあ、そんなアスナの二つ名は【狂乱細剣(バーサークフェンサー)】だ。

 

 兎に角、攻略の鬼であり妥協を許さない方向性。

 

 ユートの様な名実共に、トッププレイヤーが弱小なギルドにかかずらうのが、面白くないのだろう。

 

 トッププレイヤーの義務がどうのと言ってる辺り、選民主義者にしか見えないアスナの態度は、ユートも不快感を持つ。

 

 何処ぞの選民主義者連中を思い出すからだ。

 

 ボス戦には出ているし、迷宮区攻略も率先しているというのに、まるで休暇の自由も有り得ないと言わんばかりだ。

 

 【KoB】に入団してからはそれが顕著になる。

 

 とはいえ、ユートは団員でも何でもないのだから、アスナに命令をされる謂われなどありはしない。

 

 というよりも、現段階では【KoB】のどの団員より攻略に貢献している。

 

 マップ未踏破エリアへの積極的な侵入、クエストの発見及び攻略法の発表等、情報屋のアルゴと組んでの一般プレイヤーへの流布。

 

 攻略組も当然ながらその恩恵を受けていた。

 

 現在のユートのレベルは56である。

 

 このレベルにはアスナは疎か、ヒースクリフでさえ追い付いてはいないが故、攻略の速度という意味ではユートに敵うべくもない。

 

 ユートが一ヶ月か其処らを無駄にしてたとしても、追い越す処か追い付くのも困難を窮める。

 

 結局、模擬戦で勝った方の意見を優先する事に……結果は一顧だにせずユートがアスナを降して勝った。

 

 こうしてユートは束縛を振り切り、月夜の黒猫団の鍛練を続けている。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 攻略最前線が第二十八層に移った頃、何故かユートはサチと同じベッドに寝ていたりするのだが、こうなった経緯を考えつつユートは少し嘆息した。

 

 SAOに閉じ込められた事を嘆くサチ、ケイタ達には──否、ケイタ達だからこそ言えない悩み。

 

 それは潜在的に大抵の者が持つ原初の恐怖。

 

『死にたくない!』

 

 これを感じない存在は、生物として壊れているか、完全に乗り越えてしまったか……いずれにせよ歪んだモノだとも云える。

 

 だから恐怖を感じるのは恥じ入る事ではない。

 

 鍵も掛けないで、宿屋の部屋の片隅に体育座りをしながら俯くサチを見付け、ユートが話を聞いた。

 

 再度言うが、世界には流れと云うものがあり、その流れに沿って時間は動いて世界が運営をされていく。

 

 世界線と呼ばれる流れを線に例える場合もあるが、例えばユートが干渉しない世界線──その中でも謂わば〝最良解世界線〟というものが存在し、それを原典世界(ワールド・ザ・オリジン)と呼んでいる。

 

 ユートは知らない事ではあるが、サチのこれはその世界の流れに沿った行動であり、サチの中の根本的なナニかを変えなければ必ず起きる、ゲームで云うなら不可避のイベントだ。

 

 勿論、幾つかの相違点があるのだから少しは改善が成されているのだろうが、〝イベントの進行者〟が変わっても起きたという事。

 

 唯それだけでしかない。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「ねえ、ユート」

 

「どうした?」

 

「何で私達、ログアウトが出来ないのかな?」

 

「ログアウトボタンが無いからだろ」

 

 正論で返す。

 

「どうしてゲームなのに、本当に死ななきゃならないの?」

 

「HPがゼロになったら、ナーヴギアがレンジ代わりに頭を焼くからだな」

 

 理詰めで返した。

 

 因みに一度は外してしまったからか、ユートのナーヴギアはもう誰かの頭を焼く事は無い。

 

「茅場晶彦って、どうしてこんな事をしたの?」

 

「僕は茅場の知り合いでもなければ、況んや茅場本人でもないから解らないな。とはいえ、彼はデスゲーム初日で目的は達したと言っていたし、其処から推測は可能だろうけどね」

 

「推測?」

 

 サチが顔を上げてユートの方を見る。

 

「SAOには様々な存在が居るよね? モンスター、NPC、プレイヤー」

 

「うん」

 

「だけどSAOがサービスを始める前、その時に決して足りないモノが在った」

 

「足りないモノ?」

 

「意思を持った存在だ……即ち、プレイヤー」

 

「──?」

 

 サチは首を傾げた。

 

 言っている意味を推し量れず、理解が出来ないから戸惑っているのであろう。

 

「彼の目的、それはアダムとイヴが住まう世界の構築そのものにあった。自身がアダムになる気は無くて、NPCのイヴで遊ぶ気も全く無かったんだよ。彼は、世界の創造主──聖書の神に成りたかったのさ」

 

「神様……に?」

 

「神ってのは大抵、身勝手で気侭で我侭で人間の都合なんて考えもしないんだ。SAOの創造主・茅場晶彦も御多分に洩れず、自分の都合を最優先にした」

 

「それって……」

 

「アダムとイヴ──人間を自分の世界に閉じ込める。これにより、生ある存在の無かった無機質なこの世界には、命の輝きが満ちた」

 

「それって、まさか?」

 

「茅場晶彦が欲したのは、生命の輝きと生命が足掻く際の煌めき。彼はそれを、現実世界ではなく虚構なる世界に求めたんだ」

 

 世界──生命の受け皿は時間こそ掛かったが割かし容易く完成した。

 

 だが然し、彼は月や金星を創りたかった訳でなく、地球を創りたかったのだ。

 

 NPCやモンスターでは彼の要求は満たせないし、仮想世界(ヴァーチャル)に意思を持つ生命体を産み出すには、更なる時間と研究が必要となる。

 

 だからこそ、既に存在している場所から掻っ浚ってきたという訳だ。

 

「酷いよ、そんなの……」

 

「言ったろ? 神は人間の都合なんて知らないって。それにこれは飽く迄も想像でしかないんだ」

 

 当然ながら間違っている可能性が無きにしも非ず。

 

 結局、大真面目に話したからかサチも落ち込むのが莫迦みたいに思った様で、『話、聞いてくれてありがとう。嬉しかったよ』と言って微笑んだ。

 

 その日からユートが一緒に居る場合は、枕を持って部屋に押し掛けて来ると、『ユートの生命の煌めき、教えて欲しいな』などと嘯きながら同じベッドに眠る様になった。

 

 こうなると中々、ギルドホームに帰れない。

 

 ログアウトは眠っている内にすれば良いから問題は無いが、ここ暫くホームには戻ってないのだ。

 

 因みに、ユートは正式にログアウトをしているのではなく、延髄の辺りで止められている五感を無理にでも動かして、ナーヴギアを外す形の為にアバターが消えたりはしない。

 

 寝落ちしたのと同じで、アバターが動かなくなるだけだったりする。

 

 故に、ログアウトは宿屋以外で決して出来ない。

 

 睡眠(ログアウト)をした後は、現実の御飯を食べて菊岡や桐ヶ谷家の二人──父親は海外出張中──へとSAOでの出来事を備(つぶさ)に報告をしている。

 

 特に一週間から十日置きに行われるボス戦、これで死んだプレイヤーネームを伝え、アーガス社が保有していたプレイヤーの情報と照らし合わせ、更に死んだと報告されたSAOプレイヤーの情報と擦り合わせ、忙しい毎日を菊岡は送っているそうな。

 

『もう私、完全に夜型人間ですねぇ……アハハ』

 

 なんて、苦笑いをしながら言っていた。

 

 乞われて直葉とは剣道の打ち合いをする事もあり、身体が鈍るのをある程度は緩和出来ている。

 

 直葉もユートとの試合で少しずつ腕を上げていた。

 

 ユートがログインして、直葉は眠るユートとポッド内の和人を見ながら思う、彼らが見ている世界はどんなモノなのか……と。

 

 そんな思いは、半年後に第二世代機アミュスフィアが発売された時、強く結実する事となる。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 目を覚ますと同じベッドに寝ていたが、少し離れた位置だった筈のサチがいつの間にかユートに抱き付いて眠っていた。

 

 これは単なるアバター、本物の肉体ではない。

 

 それでも、モンスターやNPCとは違う生命を宿す意志在る者。

 

 この仮想体(アバター)の消失とは、即ち彼女という意志の消失と同義。

 

 ユートはサチの小さな手を握り、溜息を吐きながら起き上がってステータスを確認し始めた。

 

 もうすぐ、第三十層でのボス戦が始まるし、これは必要な作業だ。

 

 

 

名前:ユート

レベル:60

スキルスロット:8

HP:11260

筋力値:90+3

俊敏値:107

 

【装備】

夕霧+20

Bレザーアーマー+12

スケイルマント

レザーベルト

Bレザーグリーブ+8

Bレザーグラブ+8

へヴィリング(筋力値+3)

 

【装備スキル】

刀装備

片手武器作成

金属装備修理

体術

料理

両手武器作成

戦闘時回復

武器防御

 

 

 

 武器以外は第二十五層から変化は無い。

 

 両手武器作成スキルを取ったから、武器に関しては自作した夕霧を最大限まで鍛えているがそれだけだ。

 

 因みに、リズベットから自分のアイデンティティーが何ちゃらとか言われて、怒られてしまった。

 

 ユートは武器を造る為のスキルしか上げてないし、それ以外はリズベット任せなのだが、やはり鍛治職人としては気になるらしい。

 

 それから数日後、ユートは第三十層のボス戦に参戦をする為、月夜の黒猫団は資金や経験値稼ぎを迷宮区でやっていた。

 

 そして遂にギルドホームを買える程の資金を得て、ケイタは【はじまりの街】で購入の手続きをするべく向かう。

 

 彼らはすっかり舞い上がっていたのだろう、ユートから言われていた事を忘れたかの如く話を始めた。

 

「なあ、ケイタが戻ってくるまでに一稼ぎしないか」

 

「お、良いねぇ」

 

 テツオの提案する言葉に頷いたダッカー。

 

「あ、家具を買って驚かすんだね?」

 

 サチの言葉に我が意を得たりと笑顔を浮かべた。

 

 第二十七層の迷宮区……

 

 既に攻略されている場所だとはいえ、この層は未だに完全踏破されていない。

 

 しかも平均レベル的に、月夜の黒猫団のメンバーは33程度であり、この層の安全マージンには届いてはいなかった。

 

 サチは稼ぐのに賛成はしたが、よもや上の階層にまで行くとは思わず少し困ってしまう。

 

 

 決して相手が出来ない訳でもなかったが、言われていた安全マージンは階層の数字+10、つまりこの層を行くならレベル37はないと危険な場所。

 

 然し、舞い上がっていた上に今まで上手くいき過ぎていたのが奢りを生んだ。

 

「見ろよ、隠し部屋だぜ」

 

 ダッカーが見付けた部屋には宝箱が一つ、Mobも居ないから見付けた宝箱に飛び付く。

 

「ヒャッホー! トレジャーボックスだぁああ!」

 

 攻略未踏破エリア、その隠し部屋のトレジャーボックスなら正真正銘、自分達が初めて開ける物だ。

 

 テンションが上がっていたダッカーは、鍵明けスキルを用いてトレジャーボックスを開く。

 

「さあて、御宝、御宝♪」

 

 ガチャガチャとダッカーが宝箱を開くと……

 

 ビーッ! ビーッ! ビーッ! ビーッ! ビーッ! ビーッ! ビーッ!

 

「な、何だ?」

 

 赤いエフェクトが点滅を繰り返しながら、アラームが鳴り響いた。

 

 ガシャン! ガシャン!

 

 壁が開くと、ドワーフ・ファイターらしきモンスターが顕れ、他にもロック・ゴーレムやボーン・ソルジャーなどが通路や部屋を埋め尽くす勢いで、床が競り上がって顕れたり湧出(ポップ)したりしてくる。

 

 正にモンスターハウスな状態で、Mobのレベルも同等か下手すればそれ以上らしくて、カーソルの色が薄いMobは居ない。

 

 これが単体ならば対処も可能なのだが、この数ではすぐにも呑まれる。

 

「みんな、逃げよう!」

 

「わ、判った!」

 

 サチの言葉にダッカーがポシェットから青い結晶を取り出し、高らかに頭上へと掲げると叫ぶ。

 

「転移、タフト!」

 

 だが何も起きない。

 

「? 転移、タフト!」

 

 やはり無情にも何も起きなかった。

 

 転移結晶はその名の通りテレポートが可能な結晶系アイテムであり、その階層の主街区に戻れる物だ。

 

 それが発動しないという事は即ち……

 

「嘘、結晶無効化空間?」

 

 結晶無効化空間は数あるトラップの一つ、其処では結晶と名の付くアイテムが使用出来なくなるのだ。

 

 回復系の結晶も使えなくなる為、そんな場所で囲まれては終わりだろう。

 

「う、うわ……」

 

「慌てちゃダメ!」

 

 恐慌を来したダッカーが叫ぼうとするのを一喝したのは、何と一番恐慌を来しそうなサチだった。

 

「兎に角、四人で円陣を組んで背中を狙われない様にしよう! ユートからの教えの通りだよ!」

 

「お、応!」

 

 サチの言葉に従って動くテツオ。

 

 それに合わせ、ダッカーとササマルも四人で背中合わせとなり、互いの背後を護る陣形を執った。

 

 囲まれた場合の戦い方を教わっていた事もあって、すぐに三人は反応出来たという訳だ。

 

 それに、テツオには解ってしまったから、サチが震えているのが。

 

 本当は恐くて早く逃げ出したいだろうに、そんな思いを振り切って指示を出してきたのだ、此処で慌てて震えていては格好付かないにも程がある。

 

「死なない、死んでなんてあげない、死んで……堪るもんかぁぁぁぁああっ!」

 

 涙を溢しながらサチは、自らが持つ長槍を揮った。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 時は少し遡り……

 

 第三十層のボスを無事に斃したレイドパーティは、第三十一層へと向かう扉を開いて、主街区にある転移門の有効化(アクティベート)に向かった。

 

 ユートが主街区に辿り着くと、メッセージが着ているのに気付く。

 

「ケイタから?」

 

 メッセージをタップして開いてみると、その内容にギョッと目を見開いた。

 

 ケイタが【はじまりの街】でギルドホームを買う為に留守にした間に、テツオ達が第二十七層の迷宮区に向かう旨をサチがメールを飛ばして来たのだと。

 

 恐らく少し稼ごうと話したは良いが、場所が上層であった事を知ったサチが、メッセージを出したのだろうとケイタは予測した。

 

 パーティを組んでいるのならまだ何とかなるのだろうが、ケイタが一人で向かっても二重遭難をするのが関の山だ。

 

 メッセージを見たら助けに行って欲しいとある。

 

「チッ、あのおバカ共! ケイタは良い判断だな」

 

 ケイタが単独で行っても途中で死ぬか、サチ達の所に着いても役に立たないで心中するかのいずれかだ。

 

「キリト、シリカ、リズ、エギル! 悪いんだが来てくれ!」

 

 【ZoG】のメンバーを集めると、事情の説明をして第二十七層の迷宮区へと向かう事にする。

 

 壁役のエギルと攻撃役のキリトを連れ、リズベットとシリカには各方面に連絡をする役目を頼んだ。

 

 直ぐ、第二十七層の主街区へと転移門から戻ると、迷宮区に向かって走る。

 

 サチ達がトラップに引っ掛かった頃に、ユート達は迷宮区の入口に着いた。

 

「急ぐぞ!」

 

「応っ!」

 

「了解だ!」

 

 ユートを先頭にキリトとエギルが続く。

 

 場所は判らないが、それ程に遠くでもあるまい。

 

「何処に行ったか判るか? 万が一にも未踏破エリアに行っていたら拙いぞ」

 

「それだ、エギル!」

 

「うぉっ! どうした?」

 

「あいつらは、取り分けてダッカーは好奇心が強い。未踏破エリアが有ったら、間違いなく行きそうだ!」

 

 シーフは伊達ではない。

 

 SAOにジョブシステムは存在しないが、装備品やスキルによりそのジョブを名乗る者も居た。

 

 鍛冶屋のリズベットなど最たるものだし、ディアベルが『気持ち的にナイトやってまーす!』というのもその類いだと云えよう。

 

 ダッカーはスキル構成や武器や防具からしてシーフと呼ぶに相応しく、好奇心もどうやら旺盛らしい。

 

 ユート達は未踏破エリアへと侵入して走った。

 

「死なない、死んでなんてあげない、死んで……堪るもんかぁぁぁぁああっ!」

 少女の声が谺する。

 

 どうやらサチの様だが、最悪だと中のプレイヤーが全滅するまで開かない扉の向こうだったが、声がしたなら其処まで底意地の悪いトラップではなさそうだ。

 

「サチ、テツオ、ダッカーにササマル! 無事か?」

 

「ユ、ユート!」

 

 サチは涙を溢しながら、ユートの姿を見て笑顔を浮かべた。

 

「エギル、壁になって皆を護ってくれ!」

 

「任せろ!」

 

「キリトは僕とモンスターを掃討だ! トラップらしきトレジャーボックス破壊を最優先でっ!」

 

「判った!」

 

 ユートの指示を受けて、HPバーが注意域(イエローゾーン)に入っていた、月夜の黒猫団のメンバーを護る様に動くエギルが黒猫団のみんなに、ポット──ハイポーション──を渡して回復を促す。

 

 キリトはトレジャーボックスを破壊するべく動き、周りの骨や石人形や短足を蹴散らして進んだ。

 

 二十分も経っただろう、漸くモンスターを殲滅したユート達は、すぐにも結晶無効化エリアを抜けて転移結晶でタフトに戻る。

 

 莫迦な事を仕出かしてくれた四人は、コッテリと叱られる羽目になった。

 

「ユート、キリト、エギル……皆を救ってくれて本当にありがとう!」

 

 ケイタは三人に頭を下げて御礼を言う。

 

「いや、無事で良かった。もう少し遅かったらヤバかったからね」

 

 教えを守って戦術を組んでいたのは評価出来るが、それならそもそもマージンの取れてない場所に行かないで欲しかったものだ。

 

「それで、折り入って頼みたい事があるんだ」

 

「うん? 何だ?」

 

「今日を以て月夜の黒猫団は解散しようと思うんだ」

 

「はぁ?」

 

 ユートばかりかサチ達も驚愕している。

 

「ちょ、リーダー。どうしてなんだよ?」

 

「そうだ! 折角、ギルドホームを買ったのに!」

 

 ダッカーとテツオが文句を言うが、ケイタは頭を振ると……

 

「ホームはまだ買っていないんだ。サチからのメッセを受けて、買わずに飛び出して連絡したからな」

 

「──え?」

 

 サチが驚く。

 

「じゃあ、頼みというのはつまり……」

 

「そう、ギルド【ZoG】に入れて貰いたいんだ!」

 

「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」」」」

 

 サチ達四人が声を揃えて絶叫した。

 

「この侭、いつまでも手を煩わせるくらいならいっその事、僕らがユートの居るギルドに入った方が良いと思うんだ」

 

「随分と思い切った決断をしたな?」

 

「そうかな?」

 

「まあ、歓迎するけどね。四人は良いのか?」

 

 顔を見合わせると四人共が肯定の意を示す。

 

「これからも宜しくね? ユート」

 

 握手するサチとユート。

 

 この日を限りに、ギルド【月夜の黒猫団】は消滅したのであった。

 

 

.




 ギルド【月夜の黒猫団】は消滅しました。メンバーは生き残ってるけど……




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第25話:鍛治師リズベット

 タイトルはこうだけど、クリスマスイベントも同時に進行します。





.

 【リンダース】

 

 第四十八層の主街区へと上がり、【ZoG】の面々は綺麗な景観の街並みを観て回っていた。

 

「うわぁ! 第四十七層の主街区フローリアも良かったですけど、此処も綺麗な所ですね!」

 

 シリカは、キョロキョロと御上りさんの如く辺りを見回している。

 

 このすぐ下の、四十七層主街区であるフローリア、そしてフィールドダンジョンというカテゴリーに入る【想い出の丘】など、綺麗な場所には事欠かなかったのだが、此処も結構観れた場所であった。

 

 そして街中の探索をしていたリズベットが、瞳を煌めかせて見ていたモノ……

 

 それはこじんまりとした水車小屋だった。

 

「こ、こ、此処、良い! この水車小屋! 此処しか無い! 私、此処でお店を開きたい!」

 

 リズベットのフィーリングにビビッ! ときたのだろうか、まるで玩具売場でお気に入りの玩具を見ている子供の様で、ギルドメンバーは苦笑する。

 

 第二十二層でギルドホームを買って以来、誰も言い出さなかった家が欲しいという言葉だったが、此処に来て遂にリズベットが言い出したという訳だ。

 

 問題は特に無い。

 

 第二十二層から武器などは基本的にドロップ品か、若しくはギルド・スミスのリズベットやユートが造っていたし、素材そのものは殆んどがドロップ品で事足りていた。

 

 それに、下層とはいってもギルドホームを買おうとしていた元月夜の黒猫団の運用資金、これも【ZoG】に武具購入の為の資金以外を全額、ギルド資金へと回している。

 

 それ故にお金は有り余っていた。

 

「えっと、御値段は?」

 

 売り地なのは立て看板から判るし、値段もそれに書かれている。

 

 【3000000Cor】とあった。

 

「高っ!」

 

 第二十二層でも良い物件は普通に百万越えしていた訳だし、ギルドホーム近くのもっと小さな物件など、数百万コルだったのだ。

 

 こんな倍以上も上層で、三百万コルなら破格の値段であるとも云える。

 

「あ、あの〜、ユート?」

 

「どうした? リズ」

 

 恐る恐る訊ねてみた。

 

「これ、買っても良い?」

 

 契約上、店を持ちたいのならギルドで資金を貯めて買う事にしており、実際に第二十二層のギルドホームはそれで買ったのだ。

 

 とはいえ、三百万コルは決して御安くはない。

 

 幾ら何でも高値が過ぎると思い、ついつい窺う様な表情で訊ねてしまう。

 

「クックッ! この水車小屋が欲しいんだろ? 構わないよ。資金は充分に貯まっているし、リズベットは基本的にバックアップへと回って貰おうか」

 

「い、良いの!? 凄い高いのよ? 三百万コルよ、三百万!」

 

「大丈夫、武器は無料同然でやって来たし、防具なんかもドロップ品が多かったからね。それにディアベル辺りに売り付けたアレで、資金は充実しているんだ。その水車小屋を買う資金は有るよ」

 

「やったー! 万歳!」

 

 余程、嬉しかったのか、リズベットは万歳をしながらクルクル回る。

 

 バレリーナも斯くやだ。

 

 取り敢えず、ユート達は他人の振りを貫いた。

 

 すぐに購入手続きをし、晴れて水車小屋はリズベットのモノとなる。

 

 リズベット・ハイネマン武具店……

 

 ハイネマンというのは、この水車小屋というか武具店で接客を務めるNPCの名前である。

 

「うわーい! これから、此処が私のお城になるって訳ね!」

 

 未だに何も無い水車小屋の中で、リズベットはこれからの展望に耽った。

 

「それじゃ、バックアップはリズベットに任せるよ」

 

「オッケー! この私が、確り武具のメンテや製作を

承るわよ!」

 

 胸を叩いて自信タップリに言うリズベット。

 

 月夜の黒猫団のメンバーの五人が入り、元々の人数から随分と増えたが故に、そろそろリズベット辺りをバックアップへと回しても大丈夫だろうと考えていたユートは、これを丁度良い区切りと考えていた。

 

 その内にエギルも自分の店を持とうと考えているみたいだし、この二人は基本的にバックアップを任せ、自分達がフォワードとなり攻略の方を進める二段構えで往く心算だ。

 

 ユート、シリカ、キリトが主力となって、リズベットをバックアップ、エギルをバックアップ兼壁役に、ケイタ達を前線や素材収集組としてリズベットの護衛などをして貰う。

 

 取り敢えず今のパーティはユートを前線リーダーとして、キリトをサブリーダーに回し、シリカとエギルとケイタとサチの六人での攻略を行い、リズベットを鍛治師としてバックアップにし、素材収集組にテツオとダッカーとササマル。

 

 四人というのは危険かも知れないが、下の方の階層ならこれでも大丈夫だし、必要なら前線組からキリトを外して、素材収集組でのリーダーにする手もある。

 

 攻略に最大戦力を当てないと、何処ぞの【攻略の鬼】が煩いから余り長々とは外せないが、ギルドメンバーの強化に武器の更新とて必要不可欠。

 

 第一、違うギルドの者が此方の方針に口出しをして欲しくない。

 

 とはいえユートとアスナは険悪だが、リズベットとアスナは割と仲が良くて、偶に武具のメンテナンスを頼みに来る。

 

 また、稀にだがキリトとパーティを組んで探索する事もあるし、エギルも店を持ってはいないが、将来的に店を持つのに備えて売買なんかをしていた。

 

 ユートと仲が余り良くないのは、やはり第三層から第九層までの七層間のボス攻略をしなかったのが原因なのだろう。

 

 その間に十四名が死んでいるし、原因が原因だとはいっても納得はし切れないのかも知れない。

 

 まあ、ユートはギルドのメンバーとは仲良くしているみたいだし、それで良いかと考えていた。

 

 流石にギルドメンバーまで自分が原因で険悪とか、勘弁して欲しいから。

 

 因みに、キリトを誘うのはどうやら攻略以外に何らかの思惑があるみたいだったが、取り敢えずはどうでも良いと判断している。

 

「嗚呼、これで【ベンダーズ・カーペット】を卒業なのね!」

 

 【ベンダーズ・カーペット】とは、鍛治職人が使う簡易的な店の為のアイテムであり、リズベットが持ってたのはネズハ──ナタク──から譲られていたのをユートが与えた物であり、この階層までずっと使って馴染んでいた。

 

「内装はどうしようか? 流石にギルドのお金で内装までは駄目……よね?」

 

 チラッ、チラッと見てくるリズベットに、ユートのみならず全員が苦笑いし、簡単な内装くらいは整えようという話になった。

 

 内装が無ければ店開きも出来ない事だし。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ユート達が攻略へと出た後で、まだ店開きをしていない【リズベット・ハイネマン武具店】に客が来る。

 

 カランコロンと、来客を報せる鐘の音にリズベットが奥から出て来て……

 

「あ、ごめんなさいねぇ。店開きはまだなんですよ」

 

 ハイネマンも設置していないカウンター、当然ながら商品も飾っていないし、御断りの言葉を言う。

 

「あ、リズ。その、今日は御客じゃなくて御祝いを言いに来たの」

 

「なんだ、アスナじゃん。私が此処にお店を開く事、よく知っていたね?」

 

「キリト君からメッセージが届いてね。それで開店祝いに来たの」

 

「そっか、ありがとうね。にしても……」

 

「な、何よリズ?」

 

 ニヤニヤするリズベットに引き気味なアスナ。

 

「キリトとはマメにメールしてんのね?」

 

「う゛……べ、別に他意はないわよ!」

 

 顔を赤く染めて言っては説得力も無いが、弄り過ぎてもアレなので話題を変える事にする。

 

「けど、此処を買った時期を考えると遅かったよね。若しかしてユートが出るのを待ってた?」

 

「そ、それは……」

 

「アンタ達って、もう少し仲良く出来ないかな〜?」

 

「し、仕方ないじゃない。どうにも合わないのよ!」

 

「聞いた話じゃ、ユートが攻略に出なかったのって、ボス戦に出てたメンバーのマナー違反が悪いんじゃないかな? そんなの度々、受けていたら誰だって腹が立つわよ? ステータスを見せろって、女の子に例えたら裸になれってのと同義だと思うわよ」

 

「ぐっ、例え方がユート君に似てきたわね、リズ」

 

「そりゃね、一年近く一緒のギルドに居れば……さ」

 

 とは言うものの、的確な例えだとも思うアスナ。

 

 ステータスを見せるというのは謂わば、アバターの持つ全てを見せるに等しい行為であり、確かに女の子に裸になれと言うのと同義とは、正にリズベットが言う通りだろう。

 

 しかも自分はそれを見ていながら止めなかったし、直接的にはステータスを見ていなくても、同罪ではないだろうかと考えた。

 

「それに、これはシリカから聞いたんだけどね、そのボス戦を休んでいた間は、強化詐欺教唆をしたプレイヤーを捜してたみたいよ」

 

「え!? 何それ、私は聞いてないわよ?」

 

「見付かるとは思ってなかったし、実際に第十層まで見付けられなかったしね。自分からそれを言っても、単なる言い訳にしか聞こえないと思ったんじゃない? 今も暇を見付けては捜しているみたいよ?」

 

「……彼、いつ寝てるのかしら?」

 

 リズベットから説明をされて、少しばかり思い立ったアスナは、顎に手を添えながら呟く。

 

「うん? 何が?」

 

「確か、ユート君って夜に宿屋でログアウトをして、報告とかしてるのよね?」

 

「そうみたいね。ログアウトが出来るのにSAOを続けてるのは吃驚だけど」

 

「昼間は攻略、更にそんなプレイヤー捜しをしつつ、アルゴさんの攻略本作成の手伝い、夜中にもレベリングをしてるみたいだけど、彼っていつ寝てるの?」

 

「ああ、成程ねぇ……」

 

 忙しくなってきてから、夜にログアウトした際には一時間くらい仮眠を取り、それから再びログインしているのだが、睡眠時間は殆んど取れていない。

 

 勿論、限界がくる前には眠っているのだが……

 

「たまにだけどギルド活動を休みにして、ガッツリと寝てはいるみたいよ?」

 

「そうなの?」

 

「まあ、誰かさんが寝てる処を『また攻略をサボってる!』とか言って、叩き起こしに来てるけどね」

 

「うぐっ!」

 

 心当たりがある誰かさんは胸を押さえて呻く。

 

「因みに、今日は街開きの後の恒例でフィールドに出ているわ」

 

 ユートはボス戦を終え、新しい階層の主街区に来た場合、一通り街を観て回ってからフィールドに出て、レベリングを兼ねた探索を行い、ダンジョンなどを見付けては攻略をしていき、情報をアルゴへと渡す。

 

 常に先へ先へと向かい、誰よりもレベルを上げつつ攻略をしてきたのだ。

 

 レベルは高い為、階層が一つ上がった程度で揺るぐ事はないし、ギルド仲間もそれに合わせる様にレベルが上がっている。

 

 決して無茶ではない。

 

「私はさ、誰が一番、攻略に貢献してるかって訊かれたらユートって答えるよ」

 

 偽らざる、リズベットの正直な気持ちだ。

 

「そ、そうなの?」

 

「そりゃさ、【血盟騎士団】とかも頑張ってるわよ。けど、それでも迷宮区攻略はいつも後塵を拝しているじゃない?」

 

「そうかもね」

 

 ボス攻略後は大抵が一日くらい休むもので、それは【攻略の鬼】と称されているアスナも同じだ。

 

 だが、ユートは誰しもが休む中で先へと攻略を進めている。

 

 それは別に狩り場の独占やらではなく──結果的にそうなるが──迷宮区までの道を捜したり、ダンジョンを攻略したりして情報を得る為だった。

 

「今頃、MPKも真っ青なくらいMobを集めて無双でもしてるんじゃない?」

 

「──は?」

 

「私らのレベルが高いのってね、ユートが持つMobを集めるアイテムで集められるだけ集めて、それを斃しまくってるからなのよ」

 

「そんなアイテム、聞いた事もないんだけど……?」

 

「ユニークアイテムみたいだし、他に手に入れた人は居ないんじゃない?」

 

「だけどそれって、危ないアイテムなんじゃ……」

 

「アイテムを持ってる人は兎も角、他は攻撃を加えない限りアクティブにならないから、危ないのは持ってるユートだけね。それに、使うのはまだ誰もフィールドやダンジョンに入ってない初期だけよ。だから湧出の独占という訳でもない」

 

 特に街開き直後であればフィールドはがら空きで、湧出したMobが勿体無いと言わんばかりに使って、レベリングしている。

 

「ま、アスナが思っているみたいな事は無いわよ」

 

「そう、なんだ……」

 

「さて、話し込んじゃったわね。取り敢えず、今日は開店記念に無料で武器を研いで上げるわ」

 

「え? 悪いわよ。普通は私が御祝いを渡さなきゃ、なんだし」

 

「良いの良いの、これからも【リズベット・ハイネマン武具店】を宜しくねって事で、付け届けよ」

 

「あ、ありがとう」

 

 その後、また少し話してからアスナは帰る。

 

 数日後、ある程度は店内の装いも整い、【リズベット・ハイネマン武具店】を開店するのであった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 十二月に入り、ユート達のギルドはレベリングに励んでいた。

 

 理由は簡単、NPCから十二月二十五日の午前零時にだけ現れるという、限定Mobの情報を得たからである。

 

 クリスマス限定、つまり一年に一度のみのチャンスしか無いこのイベントで、【背教者ニコラス】という限定Mobがとある場所──アルゴも調べ中──に行けば顕れ、斃したら数有るドロップ品の中に死者蘇生のアイテムが出ると噂が立っていたのだ。

 

 ユートがそのアイテムに興味を示し、【ZoG】で最もレベルが高い六人によるパーティを組んで、件の【背教者ニコラス】を斃しに行こうという話になる。

 

 最前線は第四十九層で、主街区ミュージエンを拠点として動いていた。

 

 別に無理して死者蘇生のアイテムを手にする必要性もないが、デスゲームでの蘇生アイテムがどんな物かは興味深い。

 

 使い物にならないクズアイテムと化しているのか、或いはデスゲームに併せて仕様変更がなされているのかが気になるのだ。

 

 本当に必要なプレイヤーが欲したにしても、それを手に入れられなければ意味を為さないし、ユート達が手にしたとて問題無い。

 

 第四十七層のアリ谷は、狩り場として美味しい場所の為、多くねプレイヤーが順番待ち時間制限制で利用をしている。

 

 ユート達【ZoG】は、クライン一味──ギルド【風林火山】と合同でフラグボスを斃すべく、レベリングに励んでいた。

 

 とはいえ、ユートの場合は自身の強化より、ギルドメンバーの強化を最優先にしている。

 

 ユートのレベルは75。

 

 当然ながらこの時点での全プレイヤー中で、最高のレベルを誇っていた。

 

 単純にレベルだけを見たなら、【KoB】の団長であるヒースクリフより僅かに上だ。

 

 彼が現時点で二番目か、若しくは三番目の筈。

 

 シリカが70、キリトが68と僅差となっていた。

 

 エギルが63、リズベットが55、サチがリズベットを抜いて58、ケイタが60、テツオが59、ササマルが58で、ダッカーが59と団栗の背比べ状態。

 

 リズベットが下回るのは仕方がない、ケイタ達が頑張っているのも勿論あるのだが、【リズベット・ハイネマン武具店】で鍛治仕事に熱中しており、鍛治による経験点こそ入ってるが、やはり前線レベルの経験には程遠い。

 

 驚きなのはサチだろう。

 

 以前まで、月夜の黒猫団時代はレベルが最も低かったにも拘らず、今では最前線の安全マージンギリギリにまで上げているのだ。

 

 あと数日もすればフラグボス、【背教者ニコラス】が現れるし、クライン一味と協力して事に当たる。

 

 出現場所に関しては既に見当が付いており、その時になったら動く予定だ。

 

「うぉぉぉぉぉおおっ! 喰らえ、ゲツリンソウハァァァァァァアア!」

 

 クラインが働きアリに囲まれた瞬間、繰り出したのはOSS【ゲツリンソウハ】と呼ばれる技だ。

 

 雑魚に囲まれた場合に使うOSSで、刀を鞘に納刀した状態から抜刀をして、大きく一回転をしながら敵を斬り、元の位置に戻ったら上段斬りを放つ。

 

 ボスクラスに使うには、少々パワー不足の感は否めないが、こうして囲まれるという状況を覆すには最も適していた。

 

 OSSといっても、自身が開発したのではなくて、ユートに依頼をして秘伝書を買ったのである。

 

 威力に欠ける分は割安ではあったが、三十万コルはやはり財布に痛かった。

 

 OSSは五連撃から始まって五十万コル、一撃増える毎に十万コルが足され、十連撃ともなれば百万コルという値段となる。

 

 ディアベルも第二十五層のボス戦前に、ユートからOSSを五十万コルを支払って買っており、あの時にキリトと共に初御披露目をした。爾来、強敵を討つのによく使用している様だ。

 

 無論、お金を払いたくない……払えないというなら自分でOSSを開発するより他には無い。

 

 だけどユートみたいに、武術の一端を極めている者がアインクラッドに居る筈もなく、今までにOSSを成功させた事例は、ユート以外だと【閃光】のアスナくらいだという。

 

「ふう、どうするよ?」

 

「うん?」

 

「今日の処はもう時間的におせーし、帰らねーか?」

 

「そうだな、みんなはどうする?」

 

 クラインの提案を受け、キリト達に訊ねた。

 

「そうだな、まだ数日くらいはあるんだし、こんな所で無茶しても……な」

 

 キリトが頷きながら言って周りを見遣ると、シリカとサチとケイタとエギルも一様に頷く。

 

 引き返してから翌日に、ユート達は再びアリ谷へとやって来て戦った。

 

 それから数日が経って、第三十五層の主街区であるミーシェに移動する。

 

 この層の【迷いの森】のとある位置、其処に存在する捻くれた巨大な樅の木。

 

 意味ありげな感じだったから、みんなで検証をしてみたものだが、クエストが始まるでもなく何も見付けられなかった。

 

 然し、クリスマスイベントを知った際、キリトが思い出したかの様に気付く。

 

 キリトの家には樅の木が杉の木と一緒にあり、だから【迷いの森】の巨木こそクリスマスイベントの為の樅の木だと判ったのだ。

 

 ミーシェでクライン一味と合流し、【迷いの森】へと移動を開始する。

 

 レベルは多分、大丈夫だと思われる。

 

 ユートは変わらないが、数日で全員が1ずつ上がっているし、罷り間違ってもソロで挑む訳ではない。

 

 他のギルド、取り分けて【聖竜連合】もクリスマスイベントを狙っているらしいし、【追跡】や尾行には充分に注意をして集合したから、他のプレイヤー達と搗ち合う事もなく樅の木まで辿り着いた。

 

 【ZoG】のメンバーはユート、シリカ、キリト、エギル、ケイタ、サチによる六人パーティだ。

 

 これはレベルが高い者から数えており、他の選外なメンバーは別のギルドが来たら足留めをするべく森の外で、木々に隠れて見張っている。

 

「それじゃ、たったニパーティによるレイドだけど、【背教者ニコラス】討伐を行う訳だが、基本的に獲られたアイテムはドロップした者が貰うって事で」

 

「応、それで恨みっこ無しにしようぜ!」

 

 ギルドマスターのユートとクラインで最後の確認、そして二十四時……時間となった。

 

「よし、征こうか!」

 

『『『『『応!』』』』』

 

 十二人は先にある樅の木へと一斉に駆け出す。

 

 捻れた樅の巨木。

 

 シャンシャンシャン! 鈴の音が辺りに鳴り響き、上空には馴鹿が引く橇が飛んでおり、その刹那……

 

 ズドォォォォオオン!

 

 巨大な赤いサンタ服に身を包む、数メートルはあろうかという背丈の狂人が落ちて来た。

 

 異常なまでの長さの腕、その手には右に斧、左には白い頭陀袋を持っている。

 

『メリークリスマスゥゥ! 今日まで生き抜いてきた諸君に、プレゼントを上げよう。諸君に上げるのは、苦痛と絶望と死だぁぁ!』

 

 クエストに沿った科白を言った赤服の狂人。

 

 緑色のHPバーが伸び、其処には名前がある。

 

 【Nicholas the renegade】

 

 背教者ニコラスという、まんまな名前だった。

 

「レネゲイドか、背教者……ね。全員、戦闘開始!」

 

 ユートは村雨+35を構えると、全員を鼓舞するかの如く叫んだ。

 

 村雨はモンスタードロップ系の魔剣であり、ユートやリズベットが打った物ではなかったが、使い勝手も良いので強化試行上限まで鍛えて使っている。

 

 中々に素材と根気が要ったが、それに見合うだけの働きはしてくれていた。

 

 ニコラスはあろう事か、本来なら子供達の夢(よくぼう)が詰まっているであろう、担いだ白い袋を使って攻撃をしてくる。

 

「チィッ! バイオレンスなサンタクロースだな!」

 

 全員が範囲攻撃なそれを躱し、ユートはすぐ体勢を立て直すと斬り付ける。

 

「喰らっとけ!」

 

 斬っ! 斬っ! 斬っ!

 

 三回連続で、ニコラスのド頭に斬り付けてやると、苦しそうに仰け反った。

 

 そんな機会を見逃す様な柔なパーティではないし、キリトが中距離から一気に詰め寄り、赤いライトエフェクトを纏いながら攻撃をする重攻撃のソードスキル──【ヴォーパル・ストライク】を放って、ニコラスの腹の辺りに突き刺す。

 

 片手直剣系のスキルで、熟練度が950を越えた頃スキル欄に現れた技。

 

 使い勝手も良く、アリ谷の働きアリを相手にして、便利に使っていた。

 

「おりゃぁぁっ!」

 

 クラインも、ランダムに上下攻撃をした後で突きを放つ三連続技【緋扇】で、ニコラスを攻撃。

 

「サチ、スイッチだ!」

 

「判った!」

 

 ケイタがニコラスの袋を弾いて一旦下がり、サチが前に出て両手長槍系単発重攻撃【フェイタル・スラスト】を放つ。

 

 エギルは仲間に攻撃が往かない様に壁として盾になりながらも、自らの装備する両手斧を揮う。

 

「でやぁぁぁああっ!」

 

 単発重攻撃【スマッシュ】を唐竹に放ち、ニコラスをノックバックさせた。

 

 クライン一味もそれぞれが役割を果たし、ニコラスのHPバーを削っていく。

 

「ハァァァァアアッ!」

 

 シリカによるOSS──上下からの連続斬りを三回放つ六連撃【レッコウランブ】が極って、ニコラスは残り一本のHPバーが赤く染まった。

 

 ユートが何事かメニューを操作して、ニコラスへの最後の攻撃を仕掛ける。

 

「緒方逸真流──【崩呀尖刀】っっ!」

 

 筋力値と俊敏値を最大限にまで利用し、システム外スキル【オーバーブースト】まで使い、一時に十二回の突きを放ってニコラスのHPバーを全損させた。

 

『うぐ、ゴゴゴゴッッ……メリィィィィ・クリスマァァァァァァスゥゥ!』

 

 断末魔こ叫びを上げて、【背教者ニコラス】は爆発四散し、蒼白いポリゴン片へと還ってしまう。

 

 暫くの静寂……

 

「や、やったぁぁあっ!」

 

 サチの喜びの声に漸く、三十分にも及ぶニコラスとの戦いが終わった事を自覚して、【オーバーブースト】の疲労からユートは雪の布団に座り込む。

 

「ふぃぃ!」

 

 一息吐いて、リザルトメニューを見てみると流石はサンタクロースの姿が伊達ではないのか、沢山のアイテムがメニュー内を埋め尽くしていた。

 

 結晶系アイテムや金属鋳塊(インゴット)系アイテムに素材や換金アイテムに、そして──【還魂の聖晶石】という如何にも死者蘇生っぽい名前のアイテム。

 

「だぁぁぁあっ! 此方はドロップしてねーっっ! キリトよぅ、オメーの方はどうだ?」

 

「いや、此方も無いな」

 

 クラインとキリトが確認をし合っている。

 

「ユート、どう? 私達もドロップしてないんだ」

 

 サチとシリカが近付いてサチが訊ねて来た。

 

「あったよ、【還魂の聖晶石】……これだろうね」

 

 その言葉に全員がユートに注目する。

 

 メニューを操作すると、オブジェクト化してアイテムの説明文を読む。

 

「何々? 『プレイヤーのHPが0になって十秒以内にプレイヤー名+アイテム名と叫べば蘇生する』……十秒、確か死んでからアバターが四散するまでの時間だったな。つまり、脳味噌がチンされるまでに使えって事か? 今までに死んだ人間には使えない……か」

 

 其処まで都合の良い物ではないが、いざという時の保険程度にはなりそうだ。

 

「初めっからデスゲームを目論んでいた筈だからな、アイテムのこれは手に入る時期を鑑みて、説明文なんか変更無しだろう。逆説的にだけどね」

 

「そうなんですねぇ」

 

 少し残念そうなシリカ。

 

 このアイテムの説明文、ある意味でこれがデスゲームの証明とも云える。

 

 まあ、この場のメンバーは基本的にはデスゲームが本物だと、ユートから聞かされて知っているが……

 

「この先で万が一の保険に使うか、それともプレイヤーに高値で売るか……」

 

 アイテムはドロップした者が手に入れる。

 

 どうするかはパーティやギルドではなく、ユートが個人で判断して良い。

 

 そういう取り決めだ。

 

「よー、終わったんだし、さっさと帰ろうぜ。俺ゃ、腹減っちまったぜ」

 

 クラインがぼやく。

 

 【還魂の聖晶石】こそ手に入らなかったが、それなりに良いアイテムをドロップして機嫌は良い。

 

「そうだなぁ、クリスマスケーキも用意しているし、帰ってニコラス討伐記念&クリスマスパーティーでもやるか!」

 

『『『『応!』』』』

 

 こうして一つのイベントクエストが終わった。

 

 

.




 戦闘はピックアップ型だから短い……





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第26話:紺野姉妹

.

 アインクラッド第五〇層に到達したのは大晦日前、一二月二九日の事。

 

 新年に入る前に五〇層に来れたのは、普通に嬉しいと全員が思っていた。

 

 当然ながら【ZoG】の前線組は、主街区アルゲートを見て回ったらすぐにもレベリングするべく街の外へと向かう。

 

 いつもの事で、基本的に新しい主街区に着いたら、他のプレイヤーは休みを取って街中を見て回ったり、パレードに参加したりしている訳だが、【ZoG】もいつもの事ながら邪魔者が居ない中、さっさと外に出てレベリングだ。

 

 これによりユートも最高レベルを維持しているし、その他の仲間達にしてみても高位レベルで攻略を邁進する事が出来る。

 

 そしてクエストやイベントの情報を捜し出したり、ダンジョンのマッピングを行って、街に戻った際にはアルゴに情報を根刮ぎ渡してしまう。

 

 出会ったMobの動き、パターンなども出来るだけ詳細に確かめてその都度、手に入ったアイテムなどもデータ化して渡しており、後発で攻略に向かっているプレイヤーは、そのデータを元にして動いていた。

 

 一二月三一日の大晦日、ユート達はフラグボスを叩き潰し、遂には迷宮区にまで到達する事に成功。

 

 サブダンジョンの方は、キリトを中心とした組に任せておいて、ユートの組が迷宮区を捜す担当をしていたが、お陰で随分と時間の短縮が出来た。

 

 ユート、シリカ、サチ、エギル、ケイタ、ダッカーの六人が迷宮区を上手く見付け出して、キリト、ササマル、テツオ、素材を集める名目でリズベット、それに何故かアスナが着いてきて五人パーティを結成し、サブダンジョンを攻略。

 

 アルゲートに戻った。

 

 そして、情報屋のアルゴといつも通りに会う。

 

 勿論、これは【アルゴの攻略本】の為だ。

 

「いつも悪いナ」

 

「構わない。自分じゃ動きもしないで、抜け駆けだの何だのといちゃもん付ける莫迦を抑えてくれてるし」

 

「ニシシ、そんな連中には邪魔されたくないからナ」

 

 アルゴは人の悪い笑みを浮かべて言う。

 

「それにしても、第五〇層まで来ると流石にそろそろ今の規模じゃキツいな」

 

「ああ、メンバーの拡充が必要だと云う事カ?」

 

「うん、少なくともサブのメンバーに四人は欲しい」

 

「四人? 随分と欲しがるんだナ。どうしてダ?」

 

「リズベットには店の方に専念させたいし、エギルも街を探索している際に良さげな物件を見付けていたみたいだし、この二人を戦力に数えるのはどうかとね」

 

「ふむ、それに元から六人に足りてない二人を含め、四人という訳なのカ」

 

 アルゴは顎に手を添え、『フムフム』と頷きながらユートの話を聞く。

 

 彼女からしてみたなら、ユートは最大級の情報提供者だし、最初の第一層からの〝共犯者〟みたいなものだから、何とかしてやりたいという気持ちはある。

 

 最近は──第四七層以降──マシになっているが、何処ぞの【攻略の鬼】によりまともに休める時間が少ないらしいし、ゲーム内で肉体的な疲労は余り無いにしても、精神や脳の疲労はダイレクトに響くのだからメンバー拡充は、ユートを休ませるのにも必須だ。

 

「う〜ん、オレっちもソロや小規模ギルドやらから、声を掛けてみるヨ」

 

「良いのか?」

 

「アンタに倒れられる方が寧ろ困るのサ。とはいえ、期待をされても応えられんかも知れないがナ」

 

 パタパタと手を振りながらその場を離れていく。

 

 いざとなればサブパーティを解散し、メインのみで交代しながら動く事も視野に入れていたが、代わりのメンバーを補充が出来れば今の体制の侭で動ける。

 

 アルゴ本人も言っていた通り、こればかりは人間の思惑もあるから期待を籠めるのは酷だろう。

 

 それでも増えたら良いなとは思っていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 一月一日、ユートは久方振りに休みを取り、現実の方で過ごしている。

 

 他のログアウトが出来ないプレイヤーには悪いが、折角ログアウト可能な状態なのだし、正月くらい現実で過ごさないか? などと誘われたのだ。

 

 という訳で、ゲーム内の皆には餅っぽいナニか──味は餅に調整──を残しておき、ユートは現実で直葉と共に雑煮を食べている。

 

「そっか、こないだやっと半分まで攻略が出来たんだっけ? 迷宮区の攻略にはまだ難儀してるんだね」

 

「仕方ないさ。第五〇層はハーフポイント。第二五層のクォーターポイントではボスが滅茶苦茶強かった、ハーフポイントともなればダンジョンもトラップや、Mobだってキツくなる。レベルが他より高い僕も、多少は慎重に為らざるを得ないからね」

 

「だよね、お兄ちゃんの方はどんな様子?」

 

「特に変わりはないかな。レベルもトップクラスで、二つ名は【黒の剣士】とか【ブラッキー先生】」

 

「ぶふっ!」

 

 直葉は噴き出した。

 

「ケホケホ……」

 

「って、何をやってるんだ直葉?」

 

 咽び返る直葉の背中を軽く叩いてやりながら、手元の水を飲ませてやった。

 

「ゴクゴクゴク……ふう、ありがとう。あれ? これって私のグラスじゃない? 優斗……君の……!?」

 

 『間接キス』という考えが脳裏を過り、直葉は顔を真っ赤にしてしまうのだがすぐに頭を振る。

 

 〝前のアクシデントから鑑みて〟も、そんな意図をユートが考えていないのは明らかだ。

 

 寧ろ下手に意識した方が敗けなのだと思い直す。

 

 深呼吸をするとニコリと笑って席に戻った。

 

「ゴメンね、お兄ちゃんの【ブラッキー先生】だったっけ? 二つ名が可笑しくてつい噴いちゃった」

 

「そうか? まあ、兄貴が変な二つ名を襲名してりゃ噴くかもね……」

 

 ユートも納得する。

 

「そういえばさ、優斗君の二つ名は何ていうの?」

 

「僕の二つ名ぁ?」

 

「うん、そう」

 

「前にも教えた【黒き刀舞士(ブラック・ソードダンサー)】だね。それと……黒い装備が多いのと、闘い方がアレなのも相俟って、【暗黒の聖騎士(ダーク・パラディン)】とか、訳の解らない二つ名が……ね」

 

「【暗黒の聖騎士(ダーク・パラディン)】?」

 

 ユートは闘い方がエグい処もあり、その時には黒い鎧系装備をしてた事もあってか、騎士っぽく見られてあんな二つ名が出回る。

 

 まあ、基本的に【黒き刀舞士(ブラック・ソードダンサー)】の方が、長く使われていたから有名だし、此方で呼ばれる確率が圧倒的に多いのだが、パーティに居ればマスコットになりそうな美少女剣士のシリカを独占しており、攻略組の方ではやっかみから美少女を手練手管で独り占めする【暗黒の聖騎士(ダーク・パラディン)】と、不本意ながら呼ばれる事も……

 

 それだけではなく、最近になって頭角を顕してきた美少女がもう一人、その娘もユートにベッタリだから男プレイヤーは堪らない。

 

 女性プレイヤーは全体の二割程度しか居らず、残りの八割はむさ苦しい男共。

 

 女性プレイヤー、それもシリカやサチの様なタイプは貴重な存在だ。

 

 女の子のタイプとしてはまだしも、それでいて強い攻略組ともなれば希少性は一気に高まる。

 

 【攻略の鬼】【狂戦士】などと呼ばれていたアスナとて、攻略組として名高い【血盟騎士団】の【閃光】と呼ばれ、そのブランドを高めていた。

 

 何しろ、トップクラスの強さに加えて、あれだけの美貌ともなれば男共が挙って御近づきになりたいと、そう考えて不思議はない。

 

 正に世の男共が、彼女らを〝ブランド者〟として視ている証左だろう。

 

 

 閑話休題……

 

 

「そうそう……私ね、次の全国大会に出るんだ!」

 

「そういや、あったな……勝ち残れてたのか」

 

「むう、敗けるとか思ってたの?」

 

 プクーっと剥れる直葉に苦笑するユート。

 

 前回のログアウトの時には報告が無かったし、敗けたのかと思っていた。

 

「それでね、ちょっと相手をしてくれないかな?」

 

「相手って、剣道の?」

 

「うん!」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 剣道場に防具を纏って立つ直葉と、防具を着ける処か普段着の侭で立つユートという、何とも温度差の激しいテンション。

 

「ちょっと、若しかすると私って舐められてる?」

 

「……そこら辺の剣道家が僕とやり合って、勝てるとでも思ってるのか?」

 

 カチーン!

 

 流石にこれにはムカついたのか、竹刀を構え直して突き付けると叫んだ。

 

「だったら私が勝ったら、何でも一つ言う事を聞いて貰うんだから!」

 

「それは構わないんだが、自分も同じ条件でベットをするんだろうね?」

 

「へ?」

 

 直葉は目をパチクリし、間抜けな声を上げた。

 

「普段なら『断る』けど、それで相手が『恐いのか』とか言ってくれば、さっきの通りに言う。勝ってから言っても『自分は賭けるなんて言ってない』とか逃げるに決まっているからね。予め相手から言質を取っておくと云う訳さ」

 

「うわっ!」

 

 エグい上に狡っ辛くて、しかも黒い考え方には直葉も引いてしまう。

 

「〝何でも〟ってーのは、可成り危険な掛け金だって理解してる?」

 

「あ゛……!」

 

 クスクスと笑みを浮かべながら言うユート、直葉も漸く意味を正しく理解したのか頬を真っ赤に染めた。

 

「言っておくけど、SAOで僕はソードスキル無しにトッププレイヤーのレベルを維持している。ゲームをしてない直葉ちゃんに理解はし難いだろうが、それは英雄譚の勇者が通る道筋。況してやSAO内と違ってフルパフォーマンスで闘える分、此方の方が僕は強いんだよ。他のプレイヤーは和人も含め、SAO内での方が強いんだろうけどね」

 

 膨大な現実での戦闘経験に裏打ちされたSAOでのバトルは、ユートにとって生命線ともなっている。

 

 現実世界で寧ろ幻想的な力を揮うユート、それこそ光と同じ速度で動いたり、小惑星を粉砕するパワーを発揮したり、都市を滅ぼせる大魔法さえ行使出来るのだから、システムに規定をされたゲーム内では本当に普通の能力でしかない。

 

 初めから飛ばしてレベルアップに努めた挙げ句に、それを第二層以降も変わる事なく行ってきたからこそ実戦経験も含めて、強力なトッププレイヤーとしての強さを持ち合わせている。

 

 ゲームシステムの穴を突いた【システム外スキル】により、少しだけ現実に則した能力を使える訳だが、正にこれも生命線だ。

「そういや、直葉ちゃんは僕にいったい何をやらせたかったんだ?」

 

「……私ね、お兄ちゃんや優斗君がSAOで頑張ってるのは知ってるんだけど、それがどんな感じなのかが理解出来ないの。だから、私も新しく出るアミュスフィアと、アルヴヘイム・オンラインをプレイしてみようかなって……」

 

「アミュスフィア……? それにアルヴヘイム・オンラインって、若しかしたらVRMMOの新型ハードと専用ソフト?」

 

「う、うん」

 

 ユートは多少なり呆れてしまった。

 

 幾ら何でもこんなに早く新しく、ハードやソフトを開発して売ろうとは。

 

 SAOショックから未だ一年が経たず、プレイヤー達も脱出が叶わないという御時世に、その大元とも云えるゲームを作るだなんて正気の沙汰とは思えない。

 

「SAOはあんな事になっちゃったけどね、それでもVRMMOをプレイしてみたいって声はユーザーから多いんだってさ。それで、レクト・プログレス社から発表があったの」

 

「レクト・プログレス……レクト? 娘がSAOに囚われてるのに、VRMMOを開発しているのか?」

 

「娘って?」

 

「ん、レクトの最高経営責任者の結城氏の長女がね、SAOをプレイして囚われているんだ。彼からポッドを借りたいという要請を受けたからね」

 

「そういえば!」

 

 何を考えているのか解らないが今一度、結城氏と会った方が良いのだろうか?

 

 そう思ったが、ユーザーが求めてメーカーが応えるのは普通の事であると思い直して、今は放っておく事に決めた。

 

「けど、僕はSAOをやってる最中なんだけどな? 発売日的に視て、それまでにクリアが出来るか判らないんだけど。いや、というより十中八九ムリだろ」

 

 雑誌の広告を見てみると割とすぐ発売みたいだし、それまでにSAOをクリアする自信は流石に無い。

 

「うん、それは私にも理解出来てるよ。だから……」

 

 直葉はモジモジと視線をあちこちに彷徨わせつつ、顔を紅潮させて深呼吸をすると、思い切ってユートに言ってみる。

 

「私だけでプレイするのは怖いから、優斗君も一緒にプレイしてくれるって保証が欲しかったの!」

 

 初めから一緒にプレイは無理だとしても、SAOがクリアされた後ならプレイが出来るだろう。

 

 直葉はそう考えたのだ。

 

「その、ね……本当は賭けとかじゃなく普通に頼もうと思ってたんだ。だけど、優斗君の言葉にカチンときちゃって、あんな風に言っちゃった……ゴメン、少し無神経だったかも。SAOでは今でも誰かが死んでるかも知れないのに、また違うVRMMOだなんて」

 

「いや、別に構わないんじゃないかな? 確かに少しばかり不謹慎だろうけど、神経質になるべき事でもないと思うしね。取り敢えず発売されたら、キャラクターだけ作っておけば良いだろうし、ソフトは買ってきておいてくれれば良いよ。お金は払うから」

 

「本当に良いの?」

 

「ああ、直葉ちゃんとVRMMOで遊ぶのも愉しそうだしね」

 

「う……そう?」

 

 直葉は顔を更に紅潮させながら思う──『優斗君はナチュラルに誑しなんだ』……と。

 

「さて、それじゃあ賭けは不成立って事で、試合を始めようか」

 

 お互いに竹刀を正眼に構えると一度、中腰になって向き合った。

 

「僕は剣道家じゃない……実戦を潜り抜けてきた剣術を扱う。剣道の型には嵌まらないけど、構わない?」

 

「うん、構わないよ!」

 

 二人は中腰から同時に立ち上がり……

 

「「始めっっ!」」

 

 示し合わしたかの様に、始まりを告げて打ち合う。

 

 摺り足で一気呵成に間合いを詰めに往く直葉、先に面を放ったユートに対して抜き胴を放ってきた。

 

「どぉぉぉぉうっ!」

 

 極れば直葉の勝利。

 

 だがユートはそれを時計回りに一回転をしながら、アッサリと躱してしまうと直葉の背後を取り……

 

「終わりだ」

 

 竹刀を右肩口に置いた。

 

「剣道だと認められない、だけど実戦ならこれで君は死んでいる」

 

 振り返った直葉にそう言うと、竹刀を納刀するかの様な仕種で左腰に据える。

 

 剣道では今の動きなどで【一本】にはならないが、SAOでMobを相手に振り降ろせばダメージが通るだろうし、HP次第で殺す事だって可能だ。

 

 勿論、デュエルでの対人戦闘でもそれは同様。

 

 予め剣道で闘う訳ではないと伝えてあるし、剣道の試合ではな兎も角として、決して反則ではない。

 

 えげつないけど。

 

 試合後にユートは玄関へ向かう。

 

「あれ、出掛けるんだ?」

 

「ちょっと病院に……ね」

 

「病院って、若しかしたらどっか悪いの?」

 

「いや、見舞いだよ」

 

「え? 御正月に?」

 

 出来るものなのか判らない直葉だが、思い付きで行こうとしてる訳でも無さそうだった。

 

「ちゃんと向こうにアポは取ってあるよ」

 

「ふーん……行ってらっしゃい」

 

「行ってきます」

 

 まるで桐ヶ谷家がユートの家みたいな、そんな遣り取りがおかしくて思わず、笑みを浮かべてしまう。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 【横浜港北総合病院】

 

 ユートが来たのは紺野家が眠る【横浜港北総合病院】で、倉橋医師から至急に来て欲しいのだと、ユートが要請を受けた。

 

 ポッドを設置した無菌室に入ると、ポッドに見知らぬ機器が繋がれており表情を顰めると、倉橋医師の方から説明をされる。

 

「あれはメディキュボイドの試作機です」

 

「メディキュボイド……? 確か医療用VRMMOみたいな物だっけか?」

 

「はい」

 

「それが何でポッドと繋がってるんだ? 確かにあれは他の機器と高い親和性を以て繋げられるが、試作機を繋げるとか莫迦なのか? どんな不具合……が……って、まさか既に!?」

 

 倉橋医師を睨み付けると項垂れながら白状した。

 

「はい、眠り続けているのもアレなので、二人にVRMMOの空間にダイブしてみないかと訊ねた処、了承されたので第三世代試作機メディキュボイドを繋ぎ、試しにダイブしたら……」

 

「したら?」

 

「何処かのネットワークに混線したのか、二人の意識が戻って来れなくなって、回線切断は危険かも知れないので、先ずは貴方に報せるべく菊岡さんに頼んだのです。藍子君も木綿季君もどうなったのか……」

 

「混線……ねぇ」

 

 ユートはすぐにディスプレイを喚び出し、空中へとモニターを表示させる。

 

「な、何とっ!?」

 

 驚愕する倉橋医師を無視して指を動かす。

 

 二人の意識がどういった経路で、何処に向かったのかをトレーサーで追跡をすると、ユートの指がピタリと止まった。

 

「な、に……? これは、まさかSAOのサーバーとでも云うのか? バカな、博士(ヒースクリフ)に聞いた事があるけど、SAOはカーディナルによって制御を受けていた筈。不具合が在れば随時、修正を行っているのに他の機器と混線? どうしてだ!?」

 

 Closedという訳ではないにせよ、あからさまにOpenな訳でもない。

 

 しかも、カーディナルがいつも見張っているなら、こんな不具合自体が有り得ない筈なのに……

 

「うん? このOSは……これって」

 

 アーガス社からせしめたナーヴギアのOSに近く、恐らくはこれを参考に組んだのだと推測出来た。

 

 即ち、試作機だからといって参考にしたOSでその侭にレッツ・トライして、カーディナルは新たなログインだと判断、人間のGMが居れば判ったかも知れないが、所詮は機械であるが故に見逃してしまったという事なのだろう。

 

 何てこったいと天を仰ぎたくなる。

「くそ、こうしちゃいられないぞ!」

 

「ど、どうしたのです? SAOがどうのと言っていましたが……」

 

「紺野木綿季ちゃんと紺野藍子ちゃんは、SAO内に居るみたいだ」

 

「は? な、何故です!」

 

 倉橋医師は驚愕した。

 

「メディキュボイド試作機のOSには、ナーヴギアのモノが流用されていた! だからか、SAOと混線して新しいIDが作られて、ログインという形で二人の意識はSAOに入ってしまったらしい。どういった形でログインしたかは判らないけど、普通ならレベルは1で初期装備、【はじまりの町】の中央部にあるだろう転移門前に出る筈だが、こんなイレギュラーな形でログインだし、下手するとレベル1の初期装備で上層に出た可能性もある」

 

「なっ! そんな……」

 

「若し、現在の最上層近い場所だったら一撃を貰えば死ぬぞ」

 

 ユートでもそんな状態で第五〇層の敵を斃せないだろうし、攻撃を受けたなら確実に死んでしまう。

 

「ナーヴギアじゃないし、死んでもレンジでチンとはいかないけど、意識が消滅も有り得るから試す訳にもいかないな」

 

「こんな、こんな事になるなんて……」

 

 落ち込む倉橋医師だが、構ってはいられない。

 

 ユートは言うべき事を言って、すぐにもSAOへと戻る必要があった。

 

「落ち込んでいる場合じゃない。良いか、もうポッドには決して触るな。余計な事をして二人が死んでしまったら目も当てられない」

 

「わ、解りました」

 

「僕は戻って二人を捜す、ログアウトは恐らく無理だろうから、クリアまで動かせないと思え。見付けたら菊岡さんを通じて連絡を入れるから!」

 

「は、はい!」

 

 ユートは急ぎ桐ヶ谷家に帰ると、事情を直葉と翠に伝えてログインし、SAOに戻っていく。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 ガバリ! アバターを起こしたユートは、すぐにも自室を出て【鼠】のアルゴに連絡を付けた。

 

「どうしたんダ? 約束もしてないのに会いたいだなんて珍しいナ。オレっちに愛の告白とか、そんな話じゃ無さそうだガ……」

 

「頼みたい事がある!」

 

「ふむ、どうやら真面目な話らしいナ。話してみな、アンタには色々と借りがあるから、余程でない限りは無理も聞くゼ」

 

 βテストまでの情報なら兎も角、それ以降の情報は脚と実力で先に進まないと簡単には手に入らない。

 

 当然【アルゴの攻略本】とも云えるガイドブック、あれも第一〇層までで打ち止めの筈で、後はアルゴも手探りで他の情報屋と共に自らが動き情報を手にするしかなかった。

 

 第一層で初めてユートに接触した日の事、その際にアルゴは一つの取り引きを持ち掛けられる。

 

 それは悪魔の囁き。

 

 ある意味で情報屋としての矜持に悖る行為にもなり兼ねず、ハッキリと言えば迷ってしまった。

 

 『攻略本に載せる前に、優先的に情報が欲しい』

 

 つまり、識っている情報を全てくれと言ったのだ。

 

 勿論、ガイドブックに載せる以前から情報を欲するなら無料(タダ)とはいかない訳だが、第一層の時点でコルなどそんなに持ってる訳がないのは、ステータスを見ずとも判る事。

 

 ユートが対価にしたのは第一〇層以降、アルゴ達の様なβテスターも五里霧中な未知の世界に入ったら、ユートが先導して情報を手に入れ、アルゴに渡すというものだった。

 

 【情報は力也】というのはユートの弁。

 

 それ故に、デスゲームで情報の最先端を得る事の、その意味を正しく理解してアルゴから情報を得たいと考えたのである。

 

『一つ訊かせろヨ』

 

『何かな?』

 

『アンタは情報を他よりも先に手にして、どうしようってんダ?』

 

『攻略を支えるのは単純なレベルだけじゃないんだ。情報、これが無ければボス戦だって覚束無いだろう。これを優先的に得て、僕はトッププレイヤーとなり、攻略を支えていこう』

 

 

 それがズルをする代償。

 

 的確に情報を手にして、必要なアイテム、美味しい狩場を先に貪り尽くす事でトッププレイヤーとなり、ユートはデスゲームの先導者となる心算だ。

 

 その言葉の通り、ユートは第一〇層以降では先々と他プレイヤーを越えて進んでいき、アルゴに攻略本の為の情報を渡してきた。

 

 そして当然ながらユートはキリトも識らない情報、【倫理コード解除設定】についても識っており、これをとある人物と一緒に解除して愉しんだ訳であるが、これはその人物とユートの秘密である。

 

 アルゴにも葛藤はあったのだが、俊敏値に極振りのアルゴではユートが言う様な事が出来ないし、魅力的なオファーでもあった。

 

 正に悪魔の囁きであり、最終的にアルゴは頷く。

 

 結果として第一〇層までの持てる全ての情報程度、遥かに越える情報を他人に先んじて手に入れ、攻略本を続ける事が出来た。

 

 貸し借りという意味で、アルゴの方が既に借りを作っているくらいだ。

 

「プレイヤーネームは多分aikoとyuukiだ」

 

「多分?」

 

「ひょっとしたら若干くらいは変えてるかも」

 

「成程ナ……」

 

 ユートは出来るだけ詳細に外見的な特徴を話す。

 

 二卵性の双子である事、初期装備である事、レベルも低い可能性があるから、上層に居たらすぐにも死に兼ねない事など。

 

 まあ、殆んどバグによるログインだけに、若しかしたら杞憂なくらい強化をされている可能性もあるが、それを期待する訳にもいかないのだ。

 

「解ったヨ、情報屋仲間にも声を掛けて捜すサ」

 

「感謝する」

 

「よせよせ。んで、アンタはどうするんダ?」

 

「【はじまりの町】に行ってみるよ。普通なら彼処の転移門前にログインする。それならサーシャの孤児院に居るかも知れない」

 

「了解だヨ」

 

 ユートはアルゴと別れ、【ZoG】のメンバーにも話し協力を仰ぐと第一層の【はじまりの町】へと急ぎ向かった。

 

 【はじまりの町】の北側の川縁にある教会、其処にサーシャという女性プレイヤーと、十数人の子供達が暮らしている。

 

 ルール上、一二歳未満の子供がナーヴギアを使う事は禁止されているのだが、何処にでもそれを守らない者は居て、そんな子供達を保護しているのが彼女だ。

 

 因みに、一二歳未満というのは一二歳を含まないからシリカはギリギリセーフとなる。

 

 今は一三歳だし。

 

 教会でサーシャに確認を取った処、やはりというか紺野姉妹は居なかった。

 

 ユートはサーシャに捜索を頼むと、第二層から順繰りに登りながら捜す。

 

 のんびりと捜す暇は無いのだが、闇雲に捜した処で見付かりはしない。

 

 倉橋医師が相談に来た時には見捨てる事も辞さない言い方をしたが、救ってしまった以上は最後まで救う心算で居る。

 

 願わくは、性質の良さそうなプレイヤーに保護をされん事を……

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 あれから数日が経過し、迷宮区の攻略もボス部屋まで完了した。

 

 今回はユートが不在だった為に、キリトをリーダーにシリカ、ケイタ、サチ、エギル、ササマルの六人で迷宮区の攻略を行う。

 

 それまではユート不在を誤魔化せていたが、流石にボス攻略会議が始まってしまっては、もう誤魔化し様もなかった。

 

「居ないとはいったいどういう事ですか!?」

 

 苛立つ【血盟騎士団】の副団長アスナ。

 

「ギルド【ZoG】のギルドマスター、ユートは現在は所用で居ないんだ」

 

「所用? 攻略以上の用事とは何です?」

 

「それは……」

 

 察しの悪いアスナに少し苛立つが、それをぶつける事に意味は無い。

 

 ユートも【血盟騎士団】との不和は望んでないし、いざとなればアスナにだけは明かしても構わないと、キリトは言われていた。

 

 紺野姉妹のログインは、外の情報を知り得ない筈のSAOで判る筈もない。

 

 それをユートが知っている事実、その意味はユートが外の情報を知る術を持つという事だ。

 

 既に知っているアスナはまだしも、一般のプレイヤーに教える訳にはいかない情報である以上、こんな所で迂闊には言えない。

 

 仕方ないので事実を暈して伝える事にする。

 

「ユートは低レベルの子供二人が、誤って上層に行ってしまって行方不明なのを捜索中なんだ。アスナには無関係だし、攻略と関わらない事だから、ボス戦の方を優先しろとか言いたいのかも知れないが、懸念材料があったらいつも通りには戦えない。だったら捜索を優先させた方が良い!」

 

「ちょっ、その言い方だとまるで私が今喪われるかも知れない子供の生命より、自分の都合を優先する様な人非人みたいじゃない」

 

 キリトにそう思われているのかと考えると、アスナは少しばかり哀しかった。

 

 アスナは溜息を吐くと、仕方ないと言いたげに……

 

「そういう理由なら判りました。今回は彼無しでボス戦を行います」

 

 そう宣言をする。

 

 第二のクォーターポイント故に、万難を排して臨みたかったアスナであるが、よもや知り合いを捨て置いてまで攻略に参加しろと、其処まで言う気は無い。

 

 それだと最早、【攻略の鬼】というより【悪魔】でしかないのだから。

 

 参戦ギルドは【KoB】からアスナを始めとした、精鋭を十名。

 

 【アインクラッド解放隊】からはディアベルを隊長とし、やはり十名が参戦を表明している。

 

 【聖竜連合】から十名が参戦し、【ZoG】からはキリトをリーダーとして、六人パーティー。

 

 他にもクライン達が参戦していた。

 

 後詰めにヒースクリフと二十余名から成る【KoB】の人員が控え、第五〇層のボス戦が行われる。

 

 ボス部屋前ではアスナが激を飛ばす。

 

「皆さん、第五〇層です。第二のクォーターポイントであり、ハーフポイントの此処では恐らく強大なボスが待ち構えてます。ですが私達は退けない、だから……皆で生きましょう!」

 

『『『『『『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!』』』』』』

 

 まるで戦女神の如く静謐な美しさと強さを合わせ持ったアスナの激に、男性のプレイヤーのテンションは大幅に上がる。

 

 ボス部屋の扉が重々しいSEと共にゆっくり開き、いつも通りの大部屋に全員で雪崩れ込んだ。

 

 ボッ! ボッ! ボッ!

 

 灯りが室内に灯ると……

 

「な、何だ……仏像?」

 

 三面六臂の仏像らしき物が浮かび上がる。

 

 その仏像にHPバーが表れて動き始めた。

 

「ま、まさか……あの像がボスなの!?」

 

 アスナの呟いた言葉に、全員が注視する。

 

『グオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオオオッッ!』

 

 独鈷などの武器を手に、雄叫びを上げる像のHPバーに名前が付く。

 

【Living the Ashurastatue】

 

「動く阿修羅像って訳? 良いわ、やって上げる! 全員、作戦通り突撃ぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!」

 

 アスナが細剣を片手に突き付けると、戦闘を開始する号令を掛けるのだった。

 

 

.




 今回の噺までのユートのステータスです。

【ステータス】
名前:Yuuto
レベル:80
スキルスロット:10
HP:15200
筋力値:120+3
俊敏値:137

【装備】
村雨+35
ダークネスベスト+22
スケイルマント
ブラックベルト
Bレザーグリーブ+15
Bレザーグラブ+15
へヴィリング(筋力値+3)

【装備スキル】
刀装備
片手武器作成
金属装備修理
体術
料理
両手武器作成
戦闘時回復
武器防御
疾走




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第27話:強さの定義 新たな仲間

 予定していたオリキャラが思い付かず、唐突になりますが戦姫絶唱シンフォギアGと習合しました。

 なので、藍子と木綿季を保護した相手はシンフォギアGの登場キャラクターとなります。

 詳しくは活動報告で……





.

 阿修羅像型のボスを相手取り、アスナをリーダーとして戦うレイドパーティ。

 

 理解はしていたがやはり強くて、明らかに第五〇層相当だとは思えない。

 

「こんの、野郎がぁぁ!」

 

 赤毛にセンスの無いバンダナを巻いた不精髭の男、クラインが紅いライトエフェクトを灯した刀を、力の限りに振り降ろす。

 

 ヒットしたがHPバーは僅か数ドット減ったのみ、六段も在るHPバーは未だに一段しか減っていない。

 

 残りが五段もある中で、僅か数ドットなど減った内にも入らないがどっち道、今までもこれからもそんな積み重ねだ。

 

「ウオォォォォォォォォォォォォォオオオッ!」

 

 キリトの持つ片手直剣、ミスリルブレードがライトエフェクトを灯す。

 

 垂直四連続斬り──【バーチカル・スクエア】が極って、動く阿修羅像はまた数ドットのHPバーを減らしていた。

 

 刹那、物凄い違和感を感じたキリトは目を見開き、技後硬直を最低限に減らす【システム外スキル】の、キャンセルを使って阿修羅像とは関係無い方向に技を放ち、その場から離れる。

 

 勢い余って無様に転がってしまうが、その場に留まるよりはマシだったのだとすぐに理解した。

 

 青いライトエフェクトを灯した六本の腕が、キリトの居た位置を直撃しているのを転げながら見てしまったからだ。

 

 六連続ソードスキルといった処か、あの阿修羅像のオリジナルスキルだろう、何しろ腕が六本も無ければ成立しないスキルだし。

 

 手にしたヴァジュラなどであれだけの攻撃を受けてしまえば、例えHPバーがフルでもすぐに危険域(レッドゾーン)だと考えられるし、最悪だとあっという間に全損し兼ねない。

 

「おい、キリの字! 大丈夫なのかよ?」

 

「ああ、咄嗟に別のソードスキルを繋げて躱したから何とかなったよ」

 

「こんちくしょー! 見た目からかてーとは思ってたけどよ、ソードスキル使ってあんだけっきゃ減らねーのは無ーだろ!」

 

 減らせるのが僅か数ドットでは、一本を減らすだけに可成り時間を喰う。

 

 長丁場となれば焦りを生むし、焦りは集中力を奪い去ってしまう、そうなったら些細なミスを連発して、いずれは大きなミスに繋がってしまい、最期に待ち受けてるのは〝死〟という、このデスゲームに於いては絶対なるルールに従って、SAOからも現実の世界からも永劫にログアウトし、消え去る事となる。

 

「ユートなら通常連続攻撃でコンボを稼いで、最終的には一発デカイのをドーンと放てそうだけどな……」

 

 ソードスキルではコンボを極めたからと、ダメージに何らボーナスも無いが、ユートの口車に乗ってきた茅場晶彦は、通常攻撃でのコンボには一回に付き一割のダメージボーナスが付く様にしたのだ。

 

 故に、ユートの通常攻撃の一発一発はソードスキルにやや劣るものの、敵からの攻撃を躱しながらコンボを途切れさせる事も無く、次々と極めていくユートの与えるダメージは、いつしかソードスキルが数発分のダメージを一撃に籠める事さえ可能としていた。

 

 仮に単発型水平攻撃──ホリゾンタルのダメージが一〇〇だとして、ユートの通常攻撃は約七割と考えてみれば解り易い。

 

 実際にはホリゾンタルを放ったプレイヤーとユートの筋力値や、他にも剣速といった要素で変化するだろうから、そんな数値を簡単には出せないのだろうが、飽く迄も例えだ。

 

 ダメージが七〇、それが初期値という事になる。

 

 然し、ソードスキルであるホリゾンタルを何度ぶつけようが一〇〇は一〇〇、積み重ねても二発で二〇〇になり、十発で一〇〇〇となるだけでしかない。

 

 勿論、上位スキルの──ホリゾンタル・アークやホリゾンタルスクエアなど──連続攻撃なら威力はまた別なのだろうが……

 

 だけどユートの場合は、通常攻撃の意味合い的にも少し事情が異なる。

 

 正確には通常攻撃の場合というべきだし、ユートだけではなく全員がそうだ。

 

 初撃を七〇、二撃目なら七七、三撃目で八五と与えるダメージが初撃から一割ずつが増えていく。

 

 四撃目から順次計算していくと……

 

 九四、一〇三、一一三、一二四、一三六、一四〇、一五四となり、合計した値は一〇九六と確実に十撃目に同じだけのソードスキルをぶつけるよりも、ずっと威力は強い。

 

 他のプレイヤーの場合、大概が途中でコンボが崩れてしまい、ダメージ計算が初期化されるから基本的にソードスキルを使った方が効率は良い、況してや安定したダメージが期待出来るのだから、クールタイムでスキルが使えない事態でもなければ、ボス戦で好んで通常攻撃はしないだろう。

 

 ユートは寧ろ、十発以上のコンボを安定して当てていける為、ソードスキルが無くとも最終ダメージ値がソードスキルより上なんて状態も、ボス戦では珍しくもなかった。

 

 十発では先の単純計算で僅か九六ダメージ差だが、ユートは普通に百発なんてコンボを極める。

 

 単純計算でも百発ならば九六〇と大きいが、実際にはどんどんダメージが弥増すから、この違いはボス戦ではとても大きい。

 

 それにダメージ値は実際には可成り変動があって、一撃毎に剣を振った速度や距離からくる彼是などで、重たい攻撃に変わっていく為か、最終的なダメージ値は百発目に一万越えになっている筈だ。

 

 何故なら、初撃が七〇であっても二撃目のユートの攻撃が成立した場合では、剣を振るスピードが更に増して、その分も計上されるから事実上で次のダメージ値は七七を越えて八〇くらいにはなっている。

 

 それは初撃より二撃目の方が速度などが乗り、威力を増していて三ダメージ分が更に計上されたから。

 

 そして三撃目のコンボに於いては、八〇の一割分が計上されて八八で、しかも速度などによるダメージボーナスが更に増えて、九五くらいにはなる。

 

 先の計算はソードスキルよろしく、初撃と同じだけ安定したダメージを与えた場合であり、三撃目以降は筋力値と俊敏値を更に活かして徐々に威力を増す。

 

 本来は初撃が七〇なら、二撃目が七七、三撃目には〝七七の一割〟で四捨五入して八五となって、四撃目は更に八五の一割の数値の九が増えて九四ダメージとなり、速度などが計上され一〇〇前後となる。

 

 ソードスキルはシステムに規定され、基本的な速度などは同じに設定されているから、ダメージ値などに変化は無い。

 

 だけど通常攻撃は別で、筋力値と俊敏値の数値的な補正以外に、プレイヤーの物理学的なダメージ値なども計上されている。

 

 簡単に云えば、スピードが速ければ威力が増すし、回転を加えたりすればやはり威力が増す。

 

 そしてこれも大事な事なのだが、ソードスキルだと延々と放つ事はシステム的に不可能だ。

 

 先に語った百発の攻撃を当てるなど、それこそ全てのソードスキルをクールタイムの間に代わる代わるに放っても到底続かない。

 

 通常攻撃にクールタイムは無いから、その気になったら百発でも千発でも攻撃を途切れさせなかったら、幾らでも放てる。

 

 結果的にユートの場合、ソードスキル無しでそれを越えたダメージを、最終的には見込めるという事だ。

 

 今までそうしてボス達を屠ってきたし、第一〇層のボスを単独で撃破が出来たのも、それが理由である。

 

 その時は他のプレイヤーが居ない分、寧ろコンボで本当に千回を成立させて、斃す事が出来たくらいだ。

 

 現実の身体能力はSAOで出せないが、数値の赦す範囲内でユートは敵を屠る事が可能という。

 

 クラインはそれを知るが故に言うのだ。

 

 ユートのレベルはSAOの誰よりも高いが、単純なレベルだけでは決して計れないモノが在る。

 

 己が持つ全てを使い熟せる者、人はそれを〝強い〟と云うのだ。

 

 単に力が在るだけの者を〝強い〟とは云わない。

 

そして、ユートは少なくともSAOに於いて強者であると云えた。

 

 だけど誰もが強者足り得ぬのが世界というもので、阿修羅像を相手にした攻略のレイドパーティは、最終的に潰走してしまう。

 

 具体的には、阿修羅像の余りの強大さに恐れを為したプレイヤー達が、大量に転移結晶で逃げ出してしまったのだ。

 

 レイドは潰滅状態となりあわや全滅となる処だが、第二クォーターポイント故に万一備えで後方待機をしていたヒースクリフが率いる第二レイドが、ボス部屋に雪崩れ込んでパーティ立て直しの時間を得て全滅を免れる事が出来た。

 

 戦況は膠着状態にまで持っていけたが、すぐに逆転をするという訳にいかず、この侭では何人かが死ぬかも知れない。

 

 そんな恐怖がアスナを襲っていた。

 

 細剣を杖代わりに突き、キリトやクラインやケイタが果敢に戦うのを見遣り、下唇を噛んだ。

 

 其処へ阿修羅像の攻撃が飛んでくる。

 

「(ああ、死んじゃったな……私)」

 

 アスナの脳裏に走馬灯が駆け巡り、そんな中で忌々しい筈のSAOでの記憶が一番鮮明なのが皮肉過ぎ、思わず笑いながら涙した。

 

「諦めるなっっっ!」

 

 斬っ! 撃っ!

 

『ギエエエエエエエッ!』

 

 痛みでも感じてるのか、阿修羅像は悲鳴を上げながら仰け反る。

 

 何とも細かい演出。

 

 茅場晶彦は幻想世界(ファンタジーワールド)を創り出しながら、物理学的なモノを採り入れてみたり、こうしてモンスターでさえダメージにのた打ち回ったりと、リアリティーというものを追及していた。

 

 アスナが弱々しく頭を上げてみれば、漆黒の装備に刀を手にした黒髪の青年が目の前に立っている。

 

「ユー、ト……くん?」

 

 其処に居たのは本来だと居ない筈の人間、ボス戦には参加しないと思っていたユートだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 少しばかり時間を遡って第四〇層の主街区……

 

 アルゴからの連絡を受けたユートは、此処まで急いで登って来ていた。

 

 転移門からすぐに宿屋へ向かうと、二人組の女性のパーティが顔立ちの似た、見覚えのある二人の少女を連れて席に着いている。

 

 それを認めるとパーティに近付き、ユートは少女達に声を掛けた。

 

「藍子ちゃん、木綿季ちゃん!」

 

 プレイヤーネームは知らなかった為、取り敢えずはリアルネームで呼ぶ。

 

 本来はこういう場所でのリアルネーム呼びはマナー違反で、明らかに空気読めない阿呆とされるのだが、プレイヤーネームを知らないのだから仕方ない。

 

「優斗さん!」

 

「優斗!」

 

 因みに二人もリアルネームで呼んできたが、ユートの場合はプレイヤーネームの読みが同じだから、特に問題など有りはしない。

 

 余程、二人は心細かったのだろう、藍子も木綿季も席を立つとユートの腰に飛び付いて来た。

 

 見た感じだと、装備品はスモールソードにソフトレザーという、誰から見ても完全無欠な初期装備。

 

 普通、第四〇層で身に付けている装備ではない。

 

 思っていた通りの状態、此方を見ている二人の女性プレイヤーが保護してくれてなければ、藍子も木綿季も確実に命を落としていたであろう。

 

 アルゴが急いで作り上げたチラシ、謂わば捜し人のチラシを情報屋仲間と共に配ってくれて、つい先程に捜索本部へ連絡が着た。

 

 初期装備でうろちょろとしていた、顔立ちがよく似ている少女を二人、保護をしたというパーティから。

 

「えっと、二人を保護してくれてありがとう。助かったよ」

 

「問題無いデェス!」

 

「事態が事態だし、助け合えるならそうした方が良いと思う」

 

「そうか」

 

 元気な金髪少女と、表情の起伏が小さい黒髪ツインテールな少女達、恐らくは一五歳か其処らの年齢。

 

 女性プレイヤーと称したものの、明らかに〝少女〟のカテゴリーだった。

 

「二人を保護する報酬は、十万コルだった筈だよな。二人に五万コルずつ渡せば良いのか?」

 

「ええ」

 

 ユートはメニュー画面を操作し、二人に五万コルを受け渡す。

 

「とまあ、報酬のコルを渡せば終わりなんだが、それは味気無いし、何か困った事でもあれば連絡をしてくれれば応じるよ」

 

「困った……事?」

 

「そう、僕はギルド【ZoG】のリーダーをしてる。武器職人や道具屋を抱えているから、口利きくらいは出来るだろうし、依頼してくれれば素材集めなんかもやれるから」

 

「ギルド【ZoG】って、小規模ながら攻略組の?」

 

 黒髪ツインテールな少女が目を見開く。

 

「まあね、本来なら五〇層のボスと戦っているけど、二人を保護しなけりゃならなくてね。これからすぐに二人をギルドホームに連れて行って、ボス戦に向かわなければならないんだ」

 

 少女二人は顔を見合わせると、互いに頷いてユートの方を向くと言った。

 

「「私達も連れて行って欲しい!」デェス!」

 

「は?」

 

 元々、この二人はダンジョンのトラップによって、はぐれた仲間と合流しようとしていた矢先で、藍子と木綿季を保護したらしい。

 

 早くSAOから出たい、それを目指していた仲間と共に動き、攻略組に合流をするべく戦った。

 

 とはいえ、MMOすらもプレイした事が無い処か、ゲームをする環境すらなかった所為か、レベルアップも遅々として進まない。

 

 結果、最新第五〇層まで攻略が進んだ今でさえも、パーティのレベルは僅かに六〇前後。

 

 攻略組が七〇前後だというのを鑑みれば、合流するには難しいと考えていた。

 

 まあ、正確には七〇を越えているのはトップクラスのプレイヤーであり、二人のレベルは攻略組としては中堅といった感じだ。

 

 多分だがこの二人は現実世界(リアルワールド)でも何らかの戦闘行為をして、闘い慣れているのだと勘ではあるがそう思う。

 

「判った、だけどギルドのメンバーは良いのか?」

 

「私達──【レリック】のメンバーはそんなに脆くはないから」

 

「デェス!」

 

「取り敢えず、メールを飛ばしておけばダンジョンから出たら判る筈」

 

 ダンジョン、迷宮区などにはメッセージは飛ばせないが、飛ばしておいたなら街に戻った際に受け取る事は可能。

 

「それじゃ、藍子ちゃんと木綿季ちゃんを一度ギルドホームに……」

 

「待って! 私達も連れて行って下さい!」

 

「いや、無理だろ。此方の二人はレベルも六〇越え、武器や防具も普通に更新されてるから連れて行ける。だけど、君らはレベル四〇で武器と防具は初期装備、しかも強化ポイントの割り振りやスキルの取得もしていないんだぞ? HPだけはレベル相当に上がっているけど、そんなんじゃすぐに殺られるだけだ!」

 

 藍子のHPは八二〇〇、木綿季が八三四〇程度。

 

 レベル四〇だと平均的なHP数値と云えた。

 

 跳ばされた階層と同じなレベル、だがデスゲームと化したSAOに於ける安全マージンは階層プラス一〇となっている。

 

 つまり、普通にプレイをしていたとしてもこの二人の適正階層は第三〇層。

 

 この第四〇層に居るだけでも危険なのに、この二人は通常プレイで来た訳では決してなく、レベルだけが階層相当で他の全て初期の状態で、第三〇層にすらも居られない状態なのだ。

 

 況してや、更に上の階層である第五〇層のボス戦に行くなど、自殺行為でしか有り得ない。

 

「……ボス戦には参加させないで見るだけなら?」

 

 黒髪ツインテールな少女が提案をしとくる。

 

「いや、然しだな」

 

「いざとなれば私達が護れば良いし、これからの指針を決めるのにも役立つ」

 

「これからの指針……ね」

 

 SAOへと来てしまった以上は、決めなければならない事があった。

 

 それはクリアの為に闘うのか、それとも何処か安全そうな場所にでも引き篭ってしまうのか?

 

 幸いにもレベルは四〇、引くも進むも可能だ。

 

 ユートは早くボス部屋に行き、ボス戦を行わなければならない。何故ならまだ勝利の報が無いのだから。

 

 こんな所で無駄な問答はしていられない。

 

「二人共、強化ポイントは一一七ある筈だな?」

 

「え? えっと……うん」

 

 メニュー画面を見様見真似で開き、強化ポイントの有無をステータス画面から確認をすると頷いた。

 

「筋力値に五七、俊敏値に六〇と振り分けるんだ」

 

「「は、はい!」」

 

 藍子も木綿季も言われた通りに振り分けを始める。

 

「君らは筋力値五七までで使えそうな防具、持っていないかな?」

 

「へ? えーっと、幾つか有るデェス」

 

「……此方も」

 

「なら悪いが売ってくれないか?」

 

「了解」

 

 だいたいの適正価格で、二人は武器や防具をユートとトレードした。

 

 アイアンバックラー×二

 

 スチールガード×二

 

 アイアングリーブ

 

 ミスリルローブ

 

 チェストガード・オブ・シルバー

 

 メタルブーツ

 

 ミスリルソード

 

 レイピア・オブ・カレント

 

 トレードをしたこれらを装備させた。

 

 

【ステータス】

名前:Yuuki

レベル:40

スキルスロット:6

HP:8340

筋力値:62

俊敏値:65

 

【装備】

ミスリルソード

チェスト・ガード・オブ・シルバー

アイアンバックラー

スチールガード

メタルブーツ

レザーマント

メタルベルト

 

【装備スキル】

片手剣装備

 

 

名前:Ai

レベル:40

スキルスロット:6

HP:8200

筋力値:62

俊敏値:65

 

【装備】

レイピア・オブ・カレント

ミスリルローブ

アイアンバックラー

スチールガード

アイアングリーブ

レザーマント

メタルベルト

 

【装備スキル】

細剣装備

 

 

 装備スキルに関しては、後々を鑑みれば焦って決める訳にもいかないから後回しにする。

 

 木綿季はまんまユウキ、だが藍子はアイがプレイヤーネームらしい。

 

 臨時とはいえパーティを組んだ二人組の少女達は、やはり此処まで来ただけはあるレベルで、装備品の方も充実している。

 

 

名前:Igarima

レベル:62

スキルスロット:8

HP:11230

筋力値:93

俊敏値:100

 

【装備】

サイズ・オブ・デス

チェストガード・オブ・シルバー

ミスリルガントレット

メタルブーツ

スケイルマント

ダマスカスベルト

 

【装備スキル】

両手鎌装備

体術

戦闘時回復

疾走

武器防御

隠蔽

索敵

投擲

 

 

名前:Shul shagana

レベル:61

スキルスロット:8

HP:11180

筋力値:88

俊敏値:105

 

【装備】

チャクラム・オブ・ウィンドウ

チェストガード・オブ・ミスリル

チェインアーム

ラセットグリーブ

 

【装備スキル】

体術

投擲

料理

戦闘時回復

疾走

裁縫

隠蔽

鼓舞

 

 

 驚いた事に、割とレアな投擲武器のチャクラム系を持っていたり、今まで見た事のない大鎌だったりと、意外な強化具合だった。

 

 戦輪──チャクラム系の武器は投擲武器に類する、だけど他の投擲武器とは異なっており、投げても手元に戻ってくるから捨て系の投擲武器としては破格。

 

 今までの街や村で店売りしてなかったから、基本的にモンスタードロップか、或いは鍛治による作成しか手にする機会は無い。

 

 また、使うには投擲スキルだけでなく体術も必須、よくもまあ使っている。

 

 両手鎌スキルは知らないスキルだった。

 

 どうもエクストラスキルの一種らしく、未だに出現方法は売っていないとか。

 

 HPバーの下に書かれた名前──プレイヤーネームを見たユート。

 

「Ai? アイか?」

 

「あ、はい。だから私の事はアイと呼んで下さい」

 

 ニコリと笑みを浮かべ、藍子……アイは言う。

 

「木綿季ちゃんはユウキ。で、そっちの二人が……? Igarimaねぇ……イガリマか? それにShul shagana? シュルシャガナと読む……んだよな……? シュメール神話の戦女神ザババの持つ赤と緑の刃の名前か? 随分とコアなネーミングをしたもんだ」

 

 ちょっと驚く二人。

 

「お兄さん、よく解ったデェス!」

 

「普通、神話に詳しくないと判らない」

 

「ああ、ちょっとね」

 

 昔、神話に詳しくなる様な出来事があり、そのお陰と云うべきかも知れない。

 

 それに、何処ぞの慢心王もそんな来歴の武器を飛ばしてきていたから、何と無く覚えていた。

 

「兎に角、準備は済んだ。急いでボス部屋に向かう。アイとユウキはイガリマとシュルシャガナの傍を離れない様に、僕が前から出るMobは潰すから」

 

「Mob?」

 

「ああ……モンスターの事だと思えば正解だ」

 

 アイの疑問に答える。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 第五〇層の迷宮区に入る五人のパーティ、聞いた話ではレイドパーティが入ったのは少し前、上手くすればボス戦前に合流が出来るかも知れない……

 

「……と思っていた時期が僕にもあった」

 

「何を言ってるデス?」

 

 意味不明な事を呟くと、イガリマからツッコミを入れられた。

 

 ちょっとばかり舐めていたかも知れない、完全なる素人を連れて上層迷宮区を突き進む難しさを。

 

 ハッキリと言ってしまうとスッゲー邪魔、碌に闘えないアイとユウキの代わりに闘うイガリマとシュルシャガナだが、この二人とて適正レベルがギリギリ。

 

 頑張っているし、思った通りで闘いには慣れている様だが、数値的に護る余裕は余り無さそうだ。

 

 結果的にユートは足を止めて、アイとユウキを護るべく下がらなければならなくなるし、時にはイガリマとシュルシャガナもユートが護っていた。

 

 最初は誰でも素人──とは誰の言葉だったろうか? こればかりは長い目で見るしかあるまい。

 

 まあ、イガリマとシュルシャガナの二人が癖の強い武器を使っているのも要因の一つなのだが、それを言ってしまうと二進も三進もいかなくなる。

 

 イガリマが曰く、元々は両手斧を使っていたのが、ある一定まで熟練度を上げるとイベントが起き、この大鎌を使える武器スキルを得たらしい。

 

 完全なエクストラスキルという訳だ。

 

 しかも熟練度を上げたら顕れる刀装備や両手剣装備とは異なり、イベント修得型のスキルだから、斧使いの全員が必ず得るスキルではないのだろう。

 

 刀装備は湾刀装備を鍛える事で、両手剣は片手剣を鍛える事で修得可能だ。

 

 両手斧は片手斧を鍛えれば修得可能なスキルだが、その上にイベントで修得が出来る両手鎌が在るなど、誰も思うまい。

 

「それにしても、お兄さんって凄いデェス」

 

「……うん。あんなに連続して動き回りながら敵を斬ってる。あれだけ動けるのなら、現実世界で何かしらやっていたのかも」

 

 Mobを狩り、ユウキとアイを護りながら話し合うイガリマとシュルシャガナだったが、ユートの動きに驚きを露わにしていた。

 

 とはいえ、この二人とてコンビネーションを駆使すれば大したもの。

 

 シュルシャガナが戦輪を投げ付け、僅かな無防備の時間をイガリマが護る。

 

 互いに信頼をし合って、息をピッタリと合わせられるという、長い時間を共に在った二人だからこそ成せる事であった。

 

 イガリマがライムグリーンのライトエフェクトを灯すと……

 

「切・呪りeッTぉ!」

 

 武器の両手鎌を投げる。

 

「って、投げた!?」

 

 ユウキはイガリマの唐突な暴挙に驚愕した。

 

 どうやら両手鎌というのは投擲すら可能らしいが、Mobを切り刻みながらも投げられたサイズ・オブ・デスが、イガリマの手へと戻ってくる。

 

 形状からブーメラン的な扱いなのかも知れないが、余りにも予想外な使い方にユートも呆然となった。

 

 因みに、本来の名称だと両手鎌スキル【ブーメランショット】というらしい。

 

「然し、何でこの娘ら……切り刻んでとか何とか唱いながら闘ってるんだ?」

 

 そう、先程から戦闘の度に二人は唱っていた。

 

 もう、熱唱だと言っても過言ではないくらい唱いまくっているのだ。

 

「……気にしないで」

 

「これは癖デス」

 

 三人は、『気にするなというのが無理だから』と、図らずも同時に思う。

 

「う〜ん、だけど……ひょっとして? でも知らないんだよな……イガリマとかシュルシャガナって。あ、でも第二期という可能性もあるのか?」

 

 頭を掻きながらブツブツと呟くユートは、ちょっと思い付いてシュルシャガナに訊いてみた。

 

「なあ、ギルド【レリック】のメンバーにガングニールとかイチイバルとか居ないか?」

 

「「っ!?」」

 

 バッ! と、バックステップで下がった二人は警戒心を露わにして、ユートを睨み付けてきた。

 

「……どうして」

 

「知っているデェス!?」

 

 どうやら当たりらしく、ユートは嘆息をする。

 

 菊岡にこの世界の歴史について、幾らか訊いた方が良いかも知れない。

 

 どうも第二期が存在していたらしく、このSAOを主体とした世界に習合されているみたいだ。

 

 ユートが知るのは第一期のみだから、二人を知らないのも無理はない。

 

「(この世界でゆっくりと月見なんてしてないけど、見上げたら文字通り欠けた月なのかも知れないな)」

 

 ユートは警戒する二人を見遣りながら、そんな益体も無い事を考えていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 暫く迷宮区を登り続けていると、漸く二十階にまで辿り着いて開いたボス部屋が目に留まる。

 

「着いた! ここら辺なら安全区域だから、ユウキとアイは扉の前で待機を」

 

「うん!」

 

「はい!」

 

 ユートの言葉に頷く。

 

「イガリマとシュルシャガナの二人は……まだ僕を疑ってるみたいだけど、ボス戦が済んだらある程度なら教えて上げる。だから今は手伝って欲しい」

 

「判ったデェス、だけど」

 

「怪しい事をしてきたら、後ろからでも切り刻んで上げる!」

 

 剣呑な事を言うものの、どうやら指示には従ってくれそうだ。

 

 パーティーを組んでいるから、闘わなくても経験値は僅かだがシェアリングされて入る。

 

 ユウキとアイにはそれによって、レベルを少しでも上げて貰う心算だ。

 

「突入っ!」

 

「……了解!」

 

「デェス!」

 

 三人がボス部屋に駆け込むんだら、ボスらしき阿修羅像がアスナへ向かって、ヴァジュラを振り降ろさんとしていた。

 

 当のアスナは瞑目をし、〝その時〟がくるのを待っている様だ。

 

「諦めるなっっっ!」

 

 斬っ! 撃っ!

 

『ギエエエエエエエッ!』

 

 痛みでも感じてるのか、阿修羅像は悲鳴を上げながら仰け反る。

 

 アスナが弱々しく頭を上げてみれば、この場に居ない筈のプレイヤーの姿が、その目に映っていた。

 

「ユー、ト……くん?」

 

 弱々しい声で呟くアスナに向かって、ユートは更に叫んだ。

 

「生きる事を、闘い抗う事を諦めるんじゃないっ! それは生ける者に与えられた特権だ!」

 

 そう言って駆け出すと、見た事の無いプレイヤーの二人と共に阿修羅像へ攻撃を開始する。

 

 先ずは牽制と謂わんばかりに……

 

「切・呪りeッTぉ!」

 

「α式・百輪廻!」

 

 ライムグリーンのライトエフェクトに、サーモンピンクのライトエフェクトを各々が灯すと、自分の武器を阿修羅像へ投擲した。

 

 恐らくは現実世界で実際に似た武器を使い、その時の技の名前なのだろうが、SAOでは普通にソードスキルでしかない。

 

 両手鎌──サイズ・オブ・デスが阿修羅像の右側、戦輪──チャクラム・オブ・ウィンドウが左側を押さえ付けるかの如く当たり、阿修羅像の動きを停めてしまい刹那の刻を稼ぐ。

 

 その隙を見逃す程に甘くはないユートが、停まった阿修羅像に向かって攻撃を繰り出した。

 

 それはいつもの通りで、一撃で終わりはしない。

 

 流れる様なスピーディーな機動力、俊敏値を全開で用いた肉体運用は見事としか言い様がなくて、しかも着実にダメージを加えているのが判る。

 

 HPバーが目に見えて減じているのだ。

 

「どうなってやがるんだ? 幾ら通常攻撃でコンボを極めてるっつってもよー、最初からダメージが多過ぎじゃねーか?」

 

 ポーションでHPの快復しながらも、ダサい赤色のバンダナを着けた赤毛の男──クラインが驚きの声を上げていた。

 

「関節だ」

 

「は? 関節ぅぅ?」

 

「そうだ、あの阿修羅像の関節部をユート君は攻撃しているのだよ。確かにあの手のモンスターなら関節部が弱い可能性は高いな」

 

 ヒースクリフは顎を擦りながら、検分をした内容を皆に伝える。

 

 キリトとディアベルが、ヒースクリフの言葉を確かめる様に見つめ……

 

「ほ、本当だ!」

 

「器用に関節部だけを攻撃している!」

 

 驚愕に満ちた声色で叫んだものだった。

 

「瞬時に敵の弱点を見抜いたのか? 或いは〝そんな敵と戦った経験〟があるとでも云うのか? いずれにせよ素晴らしい! 如何な逆境に在ろうとも、これ程の戦いを魅せてくれるか。正に彼は〝強者〟だな」

 

 キリトも諦めていない、ヒースクリフはまるで見たかったナニかを見付けたとばかりに、アニメを鑑賞して興奮する子供の如く瞳をキラキラさせている。

 

 その様はとてもキモ……純粋なモノだったと云う。

 

「弱点が解ったんだ!」

 

「俺達も征くぞ!」

 

「応よ!」

 

 キリトとディアベルによる鼓舞、それにクラインが応えると刀を揮い阿修羅像に斬り着ける。

 

 装甲部分ではなく、比較的に脆い関節部を斬られた阿修羅像は、今までとは違ってHPバーを目に見えて減らしながら仰け反った。

 

 凶悪な阿修羅像のソードスキル──【ザンバー・オブ・シックスハンド】も、牽制役のイガリマとシュルシャガナにより抑えられ、最強のダメージディーラー足るユートが攻撃の一撃につき、二センチ、三センチと削っていく。

 

 アスナはそれを見つめ、先の言葉を反芻していた。

 

 いつの間にか生きる事、抗う事を諦めていた自分に驚き、自らの弱さを図らずも自覚する。

 

 仕方ないではないか?

 

 若しリアルな痛みがあるなら、とっくの昔に心折れていた処だ。

 

 ペイン・アブソーバが、ダメージを受けても不快感だけに抑え、強烈な痛みを感じさせないからまだ戦っていられる。

 

 そんな中であんな強敵、何人も死んだし、死ななかったメンバーも逃げた。

 

 第一層でキリトと出逢った時にも、無茶なレベリングをしていたのは、きっと生きる為に抗っていた訳ではなくて、諦めていたからこそのものだったのかも知れない。

 

「力が弱くても抗い続けるのが強者、力が強くても諦めるなら弱者……か」

 

 瞳に力が戻る。

 

 立ち上がったアスナは、右手に持ったレイピアに力を籠めて、ソードスキルの初動を行うとライトエフェクトが灯った。

 

 原点回帰。

 

 それはアスナが最も使ったであろうソードスキル、キリトをして見切れないとまで言わしめた……

 

「せやぁぁぁぁぁっ!」

 

 刺突単一型ソードスキル──【リニアー】を放つ。

 

 身体の関節部位を貫き、阿修羅像のHPバーが最後の一段にまで減った。

 

「気を付け給え、攻撃パターンが変化するぞ!」

 

 ヒースクリフが叫ぶが、それはいつもの事なのだから心得たものだ。

 

 そしてヒースクリフの言う通りで、阿修羅像の攻撃パターンが変化する。

 

 シュルシャガナの使っている物より大きな戦輪を、阿修羅像が投擲してきた。

 

 ユートはそれを武器防御のスキルで防ぎ、コンボを継続させるべく駆ける。

 

 

 

名前:Yuuto

レベル:80

スキルスロット:10

HP:15200

筋力値:120+3

俊敏値:137

 

【装備】

村雨+35

ダークネスベスト+22

スケイルマント

ブラックベルト

Bレザーグリーブ+15

Bレザーグラブ+15

へヴィリング(筋力値+3)

 

【装備スキル】

刀装備

片手武器作成

金属装備修理

体術

料理

両手武器作成

戦闘時回復

武器防御

疾走

 

 

 この第五〇層に於いて、ユートのレベル八〇は異常なまでに高い。

 

 それに伴い、強化ポイントの総計が二三七Pと一際に大きく、筋力値と俊敏値も一〇〇を越えている為、阿修羅像へのダメージ計算も他の一般プレイヤーより大きかった。

 

 同じ武器に同じ筋力値で放った場合、ソードスキルは通常攻撃の三割増しというのが基本だが、そこら辺のプレイヤーのソードスキルより、ユートの通常攻撃の方が強力なくらいだ。

 

 しかもそのダメージ値はコンボで弥増す。

 

 阿修羅像の攻撃パターンに投擲が加わったものの、ユートはそれを容易く捌いているし、何度もやらせはしないとばかりにイガリマとシュルシャガナが攻撃をして、阿修羅像の投擲を抑えてくれていたお陰もあるからか、事此処に至っても脱落者は居ない。

 

 ユートはシステム外スキルである【オーバーブースト】を発動する、数値的には何も変わっていないが、倍化された筋力値と俊敏値による、最大限のコンボを阿修羅像に極めていく。

 

 キリトも五連続斬撃──【テンソウレッパ】を極めていき、ディアベルもそれに続いて同じく五連続斬撃──【コウガゴセン】を撃ち放った。

 

 ユートがオリジナル・ソードスキル・システムを用いて構築したOSS。

 

 ソードスキルとして組み込まれた為、ユートが通常攻撃で放つよりもキリトとディアベルがシステムアシスト付きで放った方がより強い威力を出せた。

 

 アスナも三連続刺突──【ペネトレイト】を放ち、阿修羅像のHPを削る。

 

 一撃一撃が他より強力な中位スキルだ。

 

 それはイガリマとシュルシャガナも同様、イガリマは両手鎌による投擲スキル──【ブーメラン・ブレイク】を放ち、シュルシャガナも投擲スキル──【スリー・スロープ】を放った。

 

 【ブーメラン・ブレイク】は投げた大鎌が敵に当たると、暫く回転をしながら滞空して継続ダメージを加えると、持ち主の手元へと還ってくるスキル。

 

 【スリー・スロープ】は投げたチャクラムが敵に当たると、斜を描く様に三回連続でヒットしてから持ち主に戻るスキルだ。

 

 ユートの前をひた走るとシリカがユートから貰ったOSS、上下からの連続斬りを三回放つ六連撃【レッコウランブ】を撃ち放ち、阿修羅像のHPバーはもう風前の灯だった。

 

 そしてユートは、最後の攻撃を加えると阿修羅像のHPバーを全損させる。

 

 阿修羅像の荘厳な肉体が砕け散り、青白いポリゴン片へと還るのを見つめて、全員が静かに佇む。

 

【Congratulations】

 

 空中に浮かぶ称賛。

 

 それはつまり、取りも直さず阿修羅像を完全撃破した証明である。

 

 ファンファーレが響き、ユートのリザルトメニューに【You got the Last Attack】という文字が浮かんだ。

 

 それは武器で、カテゴリーは片手直剣というユートには不要な物──【Elucidator】とある。

 

「エリュシデータ……か。使わないから要らんな」

 

 キリトにでも売ろうか、能力的に流石はラストアタック・ボーナスと呼べる程の物だし、最大強化試行限界は五〇と大きいから強化さえすれば可成り上の層まで使えるだろう。

 

 とはいえWaitも重めに設定され、一七〇となっているから要求される筋力値が六一と高めだ。

 

 まあ、キリトなら装備も可能なレベルだったが……

 

 エリュシデータの欄へとタップすると、この武器のステータスが表示された。

 

 

【Elucidator】

ロングソード/片手剣

レンジ:ショート

攻撃力:700−710

重さ:170

タイプ:斬撃

耐久値:1350

要求値:61

防御:+50

敏捷性:+28

力:+48

防御力付加

鍛治師:―

 

 

 当たり前だが鍛治師の銘が入っていない、ドロップ品で強力な物を鍛治師達は〝魔剣〟と揶揄している。

 

 まあ、エリュシデータの処遇など後でも構うまい。

 

 大量の経験値を獲たが、やはり元のレベルが高いからか、ユートのは上がっていなかった。

 

「アイ、ユウキ!」

 

 ユートに呼ばれた二人がトコトコと入って来る。

 

「ユート、彼女らは?」

 

「僕が捜していたプレイヤーだよ。どうしてもボス戦を見たいと言うんで、保護してくれたプレイヤーと共に連れて来たんだ。五一層への有効化(アクティベート)が済めば一度、ギルドホームに戻るから」

 

「あ、ああ……」

 

 頷くキリト。

 

「行くよ、四人共」

 

「はい」

 

「うん」

 

「……了解」

 

「判ったデス!」

 

 ユートの動きが鈍いのは【オーバーブースト】による後遺症、強大なるパワーを与えてくれるシステム外スキルだが、一時間の間は逆にステータスが感覚的には半減してしまう。

 

「(はてさて、約束通りにイガリマとシュルシャガナには真実を教えるけれど、果たして耐えられるかな? 残酷な現実に……)」

 

 ユートは疲れた肉体(アバター)を引き摺りつつ、第五一層への扉を有効化(アクティベート)する。

 

 それから暫くの時間が経つと、第五一層へと直通の転移門が有効化(アクティベート)されるのだった。

 

 

.




 という訳で、暁 切歌=イガリマと月読 調=シュルシャガナの登場でした。

 時間軸的には第二期終了から数ヶ月……かな?

 エリュシデータのデータはアニメ版からです。




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第28話:結成! 【ZoG&レリック連合】

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 ユートは考える。

 

 現在、シュルシャガナとイガリマの二人はユウキとアイを連れ、風呂へと入っていた。

 

 その間に考えを纏めておかねばならない。

 

「特異災害対策機動部二課だったっけか? 【戦姫絶唱シンフォギア】の主人公サイドの組織は……」

 

 認定特異災害ノイズ──神代の頃に人(ルル・アメル)が神(カストディアン)の逆鱗に触れて神と語り合える統一言語を奪われた、人々が言葉を分かつ呪い『バラルの呪詛』を受けて、相互理解を失った人間達が造り出した『惑星環境を損なわず同じ人類を殺戮するためだけの自律兵器』──に対抗する組織の筈。

 

 第二号聖遺物【イチイバル】を奪われた後に、責任を取って辞職した風鳴訃堂に代わり、二代目の司令となった風鳴弦十郎が率いているというのが、ユートの持つ彼の組織の情報。

 

 組織である以上は色々と後ろ暗い事も有りそうではあるが、少なくとも第一期を観た限りで風鳴弦十郎は善良なOTONAだった。

 

 恐らくは接触をして構わないタイプだと思われる。

 

 問題なのはユートが知るのは、第一期──続編が出たなら第二期と称するのが一般的だから──とされるストーリーのみであって、それに登場するヒロインは立花 響、風鳴 翼、雪音クリスの三名と、第一話以降は翼の妄そ……もとい、想い出みたいな形でのみ現れる天羽 奏、そしてシンフォギアの奏者ではないが、響をヒーローに見立てると『帰って来るべき居場所』的なヒロイン、小日向未来だけだと云う事だ。

 

 シンフォギアシステム、聖遺物の欠片より構築されたFG式回天特機装束。

 

 第一号聖遺物【天羽々斬】奏者の風鳴 翼。

 

 第二号聖遺物【イチイバル】の奏者の雪音クリス。

 

 第三号聖遺物【ガングニール】の奏者の天羽 奏。

 

 【ガングニール】奏者で融合症例一号の立花 響。

 

 あの時、どさくさ紛れで訊いた限りでは【レリック】のメンバーにガングニールとイチイバルが存在するのは確かであり、それならアメノハバキリも居るのだと考えるべきだろう。

 

「少なくとも、メンバーは五人って訳か」

 

 問題なのは多分、第二期の方で登場したであろう、イガリマとシュルシャガナの二人の情報が皆無であるという事。

 

 だけど、イガリマとシュルシャガナも聖遺物の一種なのは間違いし、彼女らが第二期でシンフォギアを纏った奏者なのだろう。

 

 そして、【レリック】のメンバーに響とクリスらしき存在が居るなら、第二期の時間軸は第一期からそれ程には経ってはいまい。

 

「長くて数年、下手をしたら一年以内だろうな。だとしたら、あの二人が新しい主人公だったのか?」

 

 まあ、何処ぞの運命だと種時代の主人公に存在感を喰われ、最後にはエンディングテロップでトップを奪われた似非主人公が居るくらいだし、響が主人公を乗っ取った可能性も否定する事は出来ないのだが……

 

「ふむ、これは実際に話を聞いてみない事にはな」

 

 前回に当たるであろう、第一期では立花 響と風鳴 翼と雪音クリスのトリプルヒロインだったし、第二期では彼女ら二人のダブルヒロインでもおかしくない。

 

 ユートはそんな風に考えていたが、それが間違いだという事はすぐに判る。

 

「ふーっ、気持ち良かったデェス!」

 

 開口一番、ニコニコしながら言うイガリマ。

 

 シュルシャガナは相変わらずの口数の少なさだし、アイとユウキはまだ遠慮というのが抜けていない。

 

 ユートは【料理】スキルで作ったお茶とお茶菓子をテーブルに出し、ソファーへ掛ける様に促した。

 

 四人は促されるが侭に、ソファーへと座る。

 

「さて、約束通り話そう」

 

 イガリマは早速、お茶菓子をパクつき始めた。

 

 真剣な表情のシュルシャガナが頷き、ユートは一息入れて話し始める。

 

「まず、僕が知るのは恐らく君らの事じゃない」

 

「どういう意味?」

 

「正確にはガングニール、アメノハバキリ、イチイバル、カ・ディンギル、デュランダル、フィーネ、ネフシュタンの鎧、ソロモンの杖に纏わる話であり、砕かれた月の欠片を破壊した、三人の奏者の〝物語〟だ」

 

 ユートが二人──とはいっても四人居るのだが──に話したのは【戦姫絶唱シンフォギア】の物語。

 

 ガングニールの奏者である立花 響を中心に据え、カ・ディンギルでフィーネと闘い、最終的に後の世に【ルナ・アタック】と呼ばれる奏者三人による絶唱により、フィーネが落とそうとした月の欠片を砕いたという部分まで話す。

 

「問題なのは、僕の知識は此処まででしかないって事でね、君らの事は知らないんだよ。立花 響達が月の欠片を破壊してどのくらいの時間が経って、どうして君らが奏者をしているのかとか、さっぱりだね」

 

 アイとユウキは月の欠片の破壊だとか、入院をしていたから全く判らないにも等しいが、一応は認定特異災害ノイズについては知っているらしい。

 

 イガリマとシュルシャガナの二人は、互いに顔を見合わせる。

 

「マリア・カデンツァヴナ・イヴは知ってる?」

 

「マリア・カデンツァヴナ・イヴ? 誰だそれは?」

 

「デビューしてから、僅か二ヶ月で全米ヒットチャートのトップにまで上り詰めた歌姫なんだけど……?」

 

「二ヶ月でねぇ。それっていつの話?」

 

「……一年くらい前」

 

 シュルシャガナが曰く、彼女らが武装組織【フィーネ】を名乗り、世界へ宣戦布告をしたのが約一年前。

 

 その後、特異災害対策機動部二課が率いる奏者達、一部では英雄とも称される響と翼とクリスの三人と、自分──月読 調と隣でお茶菓子を食べてる暁 切歌がマリア・カデンツァヴナ・イヴと共に戦った。

 

 シュルシャガナのリアルネームが月読 調。

 

 イガリマが暁 切歌。

 

 そして黒いガングニールを纏うのが、マリア・カデンツァヴナ・イヴらしい。

 

「私は……立花 響が嫌いだった。何も背負ってもない癖に、月の欠片の落下を止めて英雄視される彼女の事が。何も……背負っていないと思ってた」

 

 ギュッと膝の上の両手に力を籠める調(しらべ)。

 

 第一期ではそこら辺が確か曖昧だった気がするが、どうやら第二期で明かされたみたいだ。

 

「まあ、人に歴史ありだ。君らが何を背負ってテロを起こしたかは窺い知れないけど、立花 響だって某かを背負っていたからこそ、あんな性格になったんじゃないかな?」

 

 あんな性格──それは、雪音クリスとぶつかり合った日の事、未来に隠し事をしていたのがバレたあの日……響が自己紹介をした。

 

『どんくさいなんて名前じゃない! 私は立花 響、一五歳ッ! 誕生日は九月の一三日で血液型はO型、身長はこの間の測定では一五七センチッ! 体重はもう少し仲良くなったら教えて上げる! 趣味は人助けで好きなものはごはん&ごはんっ! 後、彼氏居ない歴は年齢と同じっ!』

 

 この科白の中でも重要な立花 響を表すファクターとなるのが、『趣味は人助け』という部分だろう。

 

 絶対ではないにしても、人助けを趣味だと言い切れる人間は、基本的に何処かが歪んでいる。

 

 ユートだって無償の助けなどしない、きちんと対価を請求するのだから。

 

 まあ、状況によりけりという事もあるだろうが……

 

 突発的な事態で助けに入る人間は居る、だが趣味とまで言える人間は居ない。

 

 そんな事を平然と言える人間は、大概は贖罪を求め誰かを助けるのを代償行為にしているのだ。

 

 何らかの形で心に傷を負ってしまい、無意識の内にではあるのだろう。

 

 それは某・正義の味方もその類いだった。

 

 仮令、歪んでいるのだとしても突き詰めればそれは即ち真実となって、一つの個性として根付くのだし、必ずしも悪い訳ではない。

 

「結局、立花 響は何かしら背負っていたのか?」

 

 調はコクンと頷いた。

 

 ユートが知る限りだと、天羽 奏の死を目の前で見てしまった上に、『生きるのを諦めないでくれ!』と哭きそうな表情と声で言われたエピソードがある。

 

 それ以外にも何か有ったのかも知れない。

 

 とはいえ、ユートも知っている事がある。

 

 それは響自身が気付いていても、理解はしていなかった自分の行動原理。

 

『そうだ、私が誰かを助けたいと思う気持ちは惨劇を生き残った負い目なんかじゃない! 二年前、奏さんから託されて私が受け取った──気持ちなんだっ!』

 

 だから、立花 響は駆け抜けた、最速で、最短で、まっすぐに、一直線に胸の響き、想いを伝える為に。

 

 事件の終了後、簡単には会えないという事もあり、風鳴司令が用意してくれたのがナーヴギアとSAO。

 

 一万本限定販売だというのに、どうやって人数分を確保したのかは知らない。

 

 唯、数人のOTONAが疲れた表情をしていたのが印象的で、調は見なかった事にした。

 

「私は響のしている事が、偽善じゃないと信じたくなったから……」

 

「別に良いけど、既に完全にリアルネーム呼びをしてるよね?」

 

「ハッ!」

 

 やってしまったとばかりに目を見開く。

 

「と、兎に角! ちゃんと会って話したかったから、みんなでこのSAOに」

 

「そしたらデスゲームに囚われた……か」

 

 コクンと頷いた。

 

「そういえば、君らの身柄って今はどうなってる? テロっていた上に米国とか思惑もあるだろう?」

 

 シュルシャガナはその辺の顛末について、ユートに問われる侭に語る。

 

──口封じの為に、ウェル博士やマリアのみならず、未成年である調や切歌にも死刑適用を進める米国政府だったが、それに先んじて仕掛けた外務省事務次官・斯波田賢仁。

 

 月の落下の情報隠蔽や、F.I.S.の組織経緯などが激しく糾弾された米国政府は事実の否定をする。

 

 最終的にはそもそも米国にF.I.S.などと云うブラックな組織は存在していない、公式にはそう云う事になったが為に、結果としてマリアや調や切歌は元よりウェル博士までもが、死刑適用を回避された。

 

 存在しない存在がテロルは不可能、ならばテロを起こしていないマリア達が、罪を問われる理由も無い。

 

 米国の保身による謂わばパラドックスにより罪状も〝無かった事〟にされて、逮捕されたマリア達全員が国連指導の特別保護観察下に置かれているのだとか。

 

「うん? それって米国は今も懲りずに君らを暗殺したがってるんじゃ?」

 

「……かもね。今この瞬間にも暗殺の魔の手が迫っている可能性は否定出来ないと思う。まあ、マリアが向こうに居るし二課の人達もむざむざと暗殺を許さないと思うけどね」

 

「成程……ねぇ」

 

「? 何?」

 

「ん、いや……別に」

 

 ユートはシュルシャガナ──月読 調をジッと見つめながら考える。

 

「(それならいっその事、暗殺されたっていう事実を米国に突き付ければ、寧ろ安全かも知れないな)」

 

 第三期? SAOに囚われて凡そ半年が経過している時点で、そんなものこの世界に無かった。

 

 考え込むユートに、調が質問をぶつける。

 

「貴方は私達の事を知らない割に、ルナ・アタックについては知っていたけど、それはどうして?」

 

「最初にも言ったよね? 僕が知るのは『砕かれた月の欠片を破壊した、三人の奏者の〝物語〟』だと」

 

「……ええ、確かに」

 

「それは文字通りの意味なんだよ」

 

「? 文字通り……?」

 

「僕が知るのは〝物語〟、アニメ『戦姫絶唱シンフォギア』の……ね」

 

「……は?」

 

 行き成り何を言い出しているのかと、シュルシャガナは間抜けた声を上げた。

 

「今、この場で証明しろと言われても無理だけどね、無事に出られたら見せても構わない。君達の〝物語〟はアニメとして第二期らしいからそれは持っていないけど、第一期に当たるであろう【ルナ・アタック】の出来事は、アニメの映像物を持っているからね」

 

「ふ……」

 

「ふ?」

 

「巫山戯ないで!」

 

 絶叫して立ち上がる。

 

「私達の悲劇が、覚悟が、そんなアニメなんて娯楽で観られていたとでも、そう言う心算なの!?」

 

「怒鳴られてもね、事実は変わらないし……」

 

 処置なしと言いたげに、ユートは瞑目しながら手にカップを持ち、ダージリンっぽいけど碧いお茶を口にしつつ片目を開く。

 

 味は間違いなくダージリンだけど、色が少しばかり毒々しいのは何とかならないかな? なんて、場違いな感想まで抱いていた。

 

「僕の知り合いが言っていたよ。君らからしたなら、身を削られる思いや覚悟かも知れないけど、そんなの結局はよくある有り触れた悲劇の一つに過ぎない」

 

「なっ!?」

 

「例えば、英雄と災厄の間に生まれたというだけで、村ごと滅ぼされ掛けた子供が居た。これだって有り触れた悲劇の一つなんだよ」

 

 鼻白むシュルシャガナに畳み掛け、自身の経験すら話すユート。

 

「当事者からすれば身を切られる経験も、第三者的な観測者から見たらその程度の認識になる」

 

「あの……」

 

「うん? どうしたのかなユウキ」

 

 小さく手を挙げたのは、紺野木綿季ことユウキ。

 

「ボクの事もそんな感じなのかな? その、アニメみたいな……」

 

「う〜ん、ひょっとしたらそうかも知れないけどな。僕は知らないんだよ」

 

「そうなんだ?」

 

 実際、ユートはこの世界の根幹を成す原作は読んだ事が無いから、知る由すらないだろう。

 

 木綿季と藍子の本来での運命というやつを。

 

「まあ、取り敢えずシュルシャガナは落ち着こうか。話の主題は君らの悲劇とかそんなのじゃなく、どうして僕がガングニール達の事を知っていたのかだろ?」

 

「それは……」

 

 チラリと隣のイガリマを見遣り、何だか莫迦らしくなったのか座る直す。

 

 お腹一杯になったからなのか、イガリマは寝息を立てていたのだ。

 

「ハァー、そろそろ仲間……達が来ると思う。メッセは飛ばしておいたから」

 

「そうか? だったら後は適当に寛いでいてくれ……まあ、アレだな。ちょっと無神経な事を言い過ぎた」

 

「……別に構わない」

 

 暫くすると、ログハウスの扉を叩く音が聞こえた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 第二二層のログハウス、ギルド【ZoG】の本拠地となっているこの建物に、【ZoG】と【レリック】のメンバーが揃っている。

 

 【ZoG】のギルドマスターのユートを始めとし、サブマスターのキリト。

 

 シリカ、エギル、リズベット、ケイタ、サチ、ササマル、ダッカー、テツオ。

 

 【レリック】のギルドマスターはアメノハバキリ、サブマスターにはガングニールが据えられている。

 

 メンバーにイチイバル、シェンショウジン、シュルシャガナ、イガリマ。

 

 序でにエキストラと言うべきか? ユウキとアイの二人も混じっていた。

 

「(よもや、シェンショウジンというのが小日向未来の事だったとはね。だとしたなら、第二期では彼女もシンフォギアを纏うって事になるのかな……)」

 

 どういう経緯でそんな話になったのか判らないが、確かシェンショウジン──これは【神獣鏡】の事だった筈だ。

 

「さてと、取り敢えず訊きたいんだけど……セレナという名前に覚えは?」

 

「「っ!?」」

 

 シュルシャガナとイガリマが反応をする。

 

「マリアを知らないのに、どうして貴方がセレナの名を知ってるの?」

 

「過去、僕の所に跳ばされてきたからだよ。ファミリーネームは知らないけど、その言い方だとマリア・カデンツァヴナ・イヴの姉妹か何かかな?」

 

「妹よ、私達より四つ歳上だった」

 

 ユートがスプリングフィールドとして生まれた世界に於いて、時空震と共に顕れた二人の少女。

 

 それが奏とセレナ。

 

 この二人は未だにユートが保持して、使い手が定まっていなかった冥界三巨頭の冥衣を持っていた。

 

 その一人が天羽 奏で、『戦姫絶唱シンフォギア』に於いて、死亡していた筈の少女である。

 

 だがユートは奏の素性は知っていても、セレナの事は知識に無かった。

 

 特に聞き出す事もなく、邪神大戦後には元の時間軸に還した訳だが、どうやらこの世界だったらしいと、立花 響の事を知って理解をする。

 

「セレナは七年前、ネフィリムの暴走を抑える為に、絶唱を使って……」

 

「それ、此処で言っても良かったのか?」

 

「あ!」

 

 キリト達が居る中で迂闊に話してしまうシュルシャガナは、思わず掌で口を覆って視線を彷徨わせる。

 

 ついつい、先程までからの話の続きの体で話をしていたが、此処には一般人が複数人居るのを忘れてた。

 

「ネフィリム? 絶唱? 何の話なんだ?」

 

「キリト、人には命が惜しくば知らなくて良い事柄が沢山あるんだ」

 

 笑顔で両肩を掴まれて、キリトはコクコクと頷く。

 

 取り敢えずは、触れてはならないのだと理解をしたらしく、何も訊かない事を選択をする賢明なキリト。

 

「えっと、ギルドマスターはアメノハバキリだね?」

 

「うむ、宜しく頼む」

 

 長い青髪をサイドテールに結っている長身の少女、ユートも知ってる風鳴 翼と握手を交わす。

 

「んでぇ、私がサブマスターのたち……じゃなくて、ガングニールです!」

 

 リアルネームを言おうとしたのだろう、立花 響は途中で言い直してユートと握手をする。

 

「彼方(うら)側の話については、シュルシャガナ達に一通りは話してあるから、後で聞いておいてくれ」

 

「了解した」

 

「差し当たり、これからのSAO攻略についての話し合いをしようか」

 

 アメノハバキリを始めとする、ギルド【レリック】の面々はそれに頷く。

 

 折角だから協力体制を取ろうと云うのが、話し合いの骨子となっていた。

 

 ユートの率いてるギルド【ZoG(ゾディアック・オブ・ザ・ゴッデス)】のメンバーも、それなりには充実してきているのだが、やはりメンバーの絶対数が少ないのは痛い。

 

 そしてギルド【レリック】には、戦闘を不得手とするシェンショウジンを抱えているし、イチイバルにしても短剣以外で投擲スキルを取り、中距離から武器を投げるという貧乏投擲師という事もあって、どうにも攻略組には追い付けないでいたのだ。

 

 利害は一致しているし、それならギルド運営をどうするか? これを考えていかなければなるまい。

 

「案は二つだね」

 

「ふむ、確かに……な」

 

「一つめが、【ZoG】か【レリック】を解体して、どちらかに吸収一体化」

 

 右の人差し指を立てて、案を言うユート。

 

 問題点としては、どちらが吸収するのか? という事だろうか。

 

 どちらのギルドも可成りの蓄財が有り、吸収されると云う事はつまり蓄財すら全て吸収されると云う意味になる。

 

 平均レベルが高いのは、ギルド【ZoG】の方なのだが、だからといって吸収されるのは……と云う事。

 

「第二案、単純な協力体制を敷く事……そうだな?」

 

 アメノハバキリの確認にユートが頷いた。

 

 デメリットはギルドを組まないと、パーティを組んでも攻撃力の微上昇ボーナスの恩恵に与れない。

 

「この場合、ドロップしたアイテムはどうなるのだ? ウチでは基本的に手に入れた者が獲るのだが」

 

「ウチもそうだよ。アイテムはドロップした者が手に入れる権利を持つ。欲しければ要交渉……かな?」

 

「ふむ、体制的には今までの通りか。戦力が拡充されれば無理にこひ……シェンショウジンを出さなくても済むしな」

 

 まあ、今まで戦闘などはした事が無いのだろうし、唯一シェンショウジンが戦ったのは、シュルシャガナから聞いた通りならウェル博士の洗脳紛いの行為で、立花 響と行った戦闘のみであろうし、それでさえも自動的な戦闘システムっぽいモノに頼っての戦いだった様だから。

 

「折り合いが付くのなら、それで良いんじゃない?」

 

「折り合いって?」

 

「シェンショウジンが待つ事が出来るのなら、ギルドホームで待っているのも、アリと云えばアリだから。ガングニールにとっては、シェンショウジンは帰ってこれる場所で、陽溜まりなんだろう?」

 

「え゛? 何でそれを?」

 

 ガングニールが驚愕をしているが、それは勿論の事原作知識である。

 

 恥ずかしそうに俯いて、ガングニールの腕を取ったシェンショウジンは、伏し目がちで頬を朱に初めた。

 

 その様子を見ていて目を見開いたシュルシャガナ、先のユートの科白に信憑性が出てきたのだ。

 

「それじゃ、連合を組んで一緒に攻略で動こうか」

 

「そうだな、皆もそれで構わないか?」

 

 アメノハバキリが確認を取るべく仲間を見渡すと、全員が頷いて肯定の意を示していた。

 

「此方も構わない?」

 

 ユートがが確認を取り、【ZoG】のメンバーも頷いて、それを以ち連合を組む事が決定する。

 

「あの、私達は?」

 

 藍子──アイが小さく手を挙げて訊ねてきた。

 

「アイとユウキはレベルが四〇で、パラメーターに関しては半々。スキルは武器装備スキル以外はスロットに入れていない。可成りの微妙さだからね、どうすると言うより、どうしたいかで決めた方が良いな」

 

「どうしたいか?」

 

「レベルを上げて攻略へと参加するなら人数も連合で増えたし、攻略組でも通用するレベルまで上げていくチームを作って、先ず強くなる事から始めれば良い。参加しないならギルドホームに引き篭るも良しだ」

 

 レベル制MMOの場合、パラメーターさえ上げてしまえばある程度は戦える。

 

 現実での運動能力より、このアインクラッドで活かされるのはレベル、そしてパラメーターとスキルだ。

 

 ユートの場合は逆の意味で活きているが……

 

 事実として、今のユートであれば第一層のボスである【イルファング・ザ・コボルドロード】を一人で、しかもあの時にレイドを組んだタイムより早く潰せる自信があった。

 

「少し、ユウキと一緒に考えてみます」

 

「そうすると良い。若しも攻略に参加をするのなら、スキル構成とかも一緒に考えるから」

 

「え? ……はい!」

 

 一瞬、ポカンとしたアイだったけど、直ぐに目も眩みそうな笑顔で応えた。

 

 その日、取り敢えずアイとユウキの二人は置いて、第五一層のフィールドへと連合で出ると、【ZoG】特有のフィールド狩りを行って経験値やアイテムなどを荒稼ぎした。

 

 それで判った事があるとするならば、ガングニールのメインウェポンとなるのが何と素手──というか、籠手だったと云う事。

 

 彼女のスキル構成では、エクストラスキル【格闘】により、籠手を武器代わりにして闘えるらしい。

 

 サブウェポンが両手槍、スキル【両手槍】で激しい突きをかましている。

 

 【格闘】のソードスキルは結構使えるものらしく、しかも現実世界での謂わばシンフォギアを装着した闘い方と似ており、本人としてもやり易いらしい。

 

 アメノハバキリの場合、やっぱりエクストラスキル【刀】を使う様で、持っているのはそれなりに強力な刀だった。

 

 同じ種類の武器だから、彼女の持つ刀より数段強い刀を使うユートを、まじまじとガン見されてしまう。

 

 残念なのがイチイバル。

 

 何しろこのソードアート・オンラインというのは、基本的に飛び道具というのが存在しておらず、彼女の真骨頂は発揮出来ない。

 

 仕方無く短剣を装備し、後は【投擲】スキルを使っているのが現状で、正しく貧乏投擲師である。

 

 シェンショウジンはどうやら、元陸上部なのを活かして俊敏値に可成りのパラメーターを振ってあるらしくて、速度が他のメンバーから見て抜きん出ていた。

 

 そしてスピードを活かした細剣使用のフェンサー、但し盾持ちの防御重視という訳の解らないスキル構成だと云う。

 

 何だか知らないのだが、彼女は『流星!』とか言いながら、ソードスキルによる連続突きを放っていた。

 

 というよりも、彼女──だけでなく全員が唱いながら戦闘を熟している。

 

 アメノハバキリも唱いながらだが時折、『どうすれば蒼ノ一閃を出せるのだろうか?』 とか呟いている辺りが怖かった。

 

 序でに【投擲】スキルで『千ノ落涙は使えないのか?』など、どうも現実世界で使っていた技を使えないか模索しているみたいだ。

 

 そんなソードスキルなど存在はしないのだが……

「ふむ、確かあれならイケる可能性もあるのか?」

 

 ユートはメニューを操作すると熊の様なMobに突っ込み、一気呵成に攻撃を仕掛けてやる。

 

 先ずは上段からの唐竹、次に下段からの逆風の二段斬りを放ち、その侭後ろへジャンプをして身体は前転させながら刀を手放すと、足で保持した状態でMobへと突っ込む。

 

 全重量に、武器の鋭さ、筋力値と、俊敏値の四つをフルに使ったOSS。

 

 三連型攻撃──【天ノ逆鱗(アメノゲキリン)】。

 

 見遣ればアメノハバキリ──風鳴 翼が『おお!』と目を見開きながら、先程の技に見惚れていた。

 

 そしてどうも、さっきのモーションはきっちり登録されたらしい。

 

 【秘伝書】を翼に渡し、彼女が使えば先程より威力の高いソードスキルとして発動して、今の熊より強力なMobをも斃せる筈。

 

 三連撃だとはいえども、決して五連撃の【甲牙五閃】や【天奏裂破】に見劣りはしない、立派なOSSとして機能する筈だ。

 

 ギルドマスターから連合のギルドマスターへ、付け届けみたいな感じでOSSの秘伝書をプレゼント。

 

「我が戦場(いくさば)は、此処に有りぃぃぃっ!」

 

 アメノハバキリは甚く喜んでおり、実際にOSSを発動させてMobをぶった斬っていた。

 

「すぐに使い熟せるとか、システムアシストがあるとはいえ、流石はSAKIMORIという事か?」

 

 ユートの技術でも失敗をしないかヒヤヒヤものが、システムアシストを受けたソードスキルとしつ発動をしているとはいえ、ああも簡単に使っている姿は正直に言うと、嫉妬すら覚えるセンスによるものだ。

 

 後は実際にシンフォギアを纏って、【天ノ逆鱗】を使っていた経験か。

 

「う〜ん、これはスピニング・バードキックとかも、普通にやれそうだな」

 

 とはいえ、あれは刀スキルより体術……否、格闘のスキルが無くば使えまい。

 

 第一、脚に刀を装備するなんて事は、ソードアート・オンラインでは出来ない訳だし……

 

 フィールドMobを狩り尽くした連合は、幾人かに分かれてのダンジョンやらクエストの探索に出る。

 

 折角の連合だし、今回は完全に複合パーティによる探索を慣行する事にした。

 

 ユート、ガングニール、サチ、シリカ、ササマル、ダッカーの組。

 

 キリト、アスナ、イチイバル、シュルシャガナ、シェンショウジン、イガリマの組。

 

 アメノハバキリ、リズベット、エギル、ケイタ、ディアベル、アルゴの組。

 

「いや、待て! アスナとディアベルとアルゴはいつ来たんだ?」

 

 分けていて気が付いた、いつの間にか三組が出来上がっており、呼んでもいない者がしれっとメンバーに入り込んでいる。

 

「たまには監視と言うか、パーティを組んでどんな事をしてるのか、それを見てみようと思って……」

 

「いやぁ、俺も探索や狩りの仲間に入れて貰いたくってさ。アハハハハ!」

 

「護衛付きで探索が出来るチャンスだと思ってナ?」

 

 三者三様の答えを言い、結局は三組に分かれて探索をする事になった。

 

「アメノハバキリは五人になるけど大丈夫か? 何なら僕の方を五人にしても構わないけど」

 

「問題は無い。多少の人数不足なぞ、防人の刃を曇らせはせぬ!」

 

「さいですか……」

 

 自信を持ち、腕を前へと真っ直ぐに伸ばすと、刀を右手一本で構えて豪語するアメノハバキリに、ユートは苦笑いをするしかない。

 

 その日の狩りの結果は、全員を幾らかレベルアップさせて、探索をして見付けたダンジョンやクエストにより、全員がだいぶ稼ぐ事が出来た。

 

 また、アルゴの攻略本と称したガイドブックも道具屋で無料配布されて、翌日からプレイヤーの指針として役立ったらしい。

 

 

.




名前:ユート
レベル:81
スキルスロット:10
HP:15320
筋力値:120+3
俊敏値:140

【装備】
村雨+35
ダークネスベスト+22
スケイルマント
ブラックベルト
Bレザーグリーブ+15
Bレザーグラブ+15
へヴィリング(筋力値+3)

【装備スキル】
刀装備
片手武器作成
金属装備修理
体術
料理
両手武器作成
戦闘時回復
武器防御
限界重量拡張
疾走


名前:キリト
レベル:73
スキルスロット:9
HP:12400
筋力値:101
俊敏値:135

【装備】
エリュシデータ+10
クロスジャケット+17
ブラックグラブ
ブラックブーツ
ブラックベルト
アニールチェーン

【装備スキル】
片手剣装備
隠蔽
体術
索敵
武器防御
限界重量拡張
戦闘時回復
疾走
釣り


名前:シリカ
レベル:78
スキルスロット:9
HP:14700
筋力値:113
俊敏値:141

【装備】
イーボン・ダガー+21
トワイライトジャケット
トワイライトクロース
スケイルベルト
レザーグリーブ
レザーグラブ
スケイルマント

【装備スキル】
片手用短剣
軽金属装備
裁縫
体術
隠蔽
索敵
料理
戦闘時回復
武器防御


名前:リズベット
レベル:62
スキルスロット:8
HP:10750
筋力値:113
俊敏値:81

【装備】
ゾリゲンハンマー+5
アイアンチェスト+10
スミスクロース
スケイルベルト
レザーグリーブ
レザーグラブ
グロースマント

【装備スキル】
片手槌装備
片手武器作成
金属装備修理
両手武器作成
金属鎧作成
軽金属装備
鑑定
彫金


名前:サチ
レベル:68
スキルスロット:8
HP:11950
筋力値:95
俊敏値:116

【装備】
ディニタースピア
スティール・スレッドアーマー
ブルークロース
レザーベルト
レザーグリーブ
レザーグラブ

【装備スキル】
両手槍装備
軽金属装備
体術
隠蔽
索敵
武器防御
危険感知
戦闘時回復


名前:アスナ
レベル:63
スキルスロット:8
HP:11200
筋力値:71
俊敏値:125

【装備】
エストック・オブ・ミスリル+18
ミスリルチェスト+8
フェンサークロス+10
レザーベルト
レッドグリーブ
レッドグラブ

【装備スキル】
細剣装備
軽金属装備
隠蔽
体術
料理
索敵
裁縫
鼓舞


名前:ガングニール
レベル:65
スキルスロット:8
HP:11720
筋力値:117
俊敏値:85

【装備】
スピア・オブ・ミスリル+15
チェストガード・オブ・ミスリル+12
アイアン・スレッド・クロース
ガントレット・オブ・ミスリル+20
ラセットグリーブ+15

【装備スキル】
両手槍装備
格闘
戦闘時回復
限界重量拡張
金属鎧装備
疾走
電光石火
武器防御


名前:アメノハバキリ
レベル:67
スキルスロット:8
HP:11810
筋力値:113
俊敏値:95

【装備】
菊一文字+15
シルヴァンメイル+13
シルバー・スレッド・クロース+5
スティールガントレット
ミスリルグリーブ
スケイルベルト

【装備スキル】
刀装備
投擲
金属鎧装備
体術
戦闘時回復
限界重量拡張
疾走
武器防御


名前:イチイバル
レベル:65
スキルスロット:8
HP:11680
筋力値:105
俊敏値:97

【装備】
イーボン・ダガー
ライトガード
ブルークロース
スティールガントレット
メタルグリーブ
スケイルベルト
スケイルマント

【装備スキル】
短剣装備
投擲
体術
軽金属装備
戦闘時回復
限界重量拡張
商談
鑑定


名前:イガリマ
レベル:64
スキルスロット:8
HP:11610
筋力値:99
俊敏値:100

【装備】
サイズ・オブ・デス
チェストガード・オブ・シルバー
グリーンクロース
ミスリルガントレット
メタルブーツ
スケイルマント
ダマスカスベルト

【装備スキル】
両手鎌装備
体術
戦闘時回復
金属鎧装備
武器防御
隠蔽
索敵
投擲


名前:シュルシャガナ
レベル:63
スキルスロット:8
HP:11560
筋力値:79
俊敏値:120

【装備】
チャクラム・オブ・ウィンドウ
チェストガード・オブ・ミスリル
レッドクロース
チェインアーム
ラセットグリーブ

【装備スキル】
体術
投擲
料理
戦闘時回復
金属鎧装備
裁縫
隠蔽
鼓舞


名前:シェンショウジン
レベル:62
スキルスロット:8
HP:11420
筋力値:68
俊敏値:125

【装備】
ライトフェンサー+20
スティールシールド+14
シルバーチェイン
ホワイトクロース
メタルベルト
レザーグラブ
レザーグリーブ
リーフペンダント

【装備スキル】
細剣装備
隠蔽
金属鎧装備
索敵
体術
料理
投擲
限界重量拡張


名前:ユウキ
レベル:40
スキルスロット:6
HP:8340
筋力値:62
俊敏値:65

【装備】
ミスリルソード
チェスト・ガード・オブ・シルバー
ブルークロース
アイアンバックラー
スチールガード
メタルブーツ
レザーマント
メタルベルト

【装備スキル】
片手剣装備


名前:アイ
レベル:40
スキルスロット:6
HP:8200
筋力値:62
俊敏値:65

【装備】
レイピア・オブ・カレント
ミスリルローブ
アイアンバックラー
ブルークロース
スチールガード
アイアングリーブ
レザーマント
メタルベルト

【装備スキル】
細剣装備






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第29話:撃槍!

 今回、本当に可能か判らないけどIMから可能かもと妄想した結果、設定をした事が出てきます。

 尚、ストーリーはシンフォギア勢の登場に伴って、新たに構築をしています。





.

 第五一層フロアボス戦、赤毛のポニーテールな少女がボスの攻撃に晒されて、息を呑んで顔を庇うかの如く両腕でガードしながら、思わず目を閉じている。

 

 HPバーも半分を既に切っており、まともに受けたなら待っているのは確実な死であった。

 

 これが普通のMMOや、単なる遊びでゲームのVRMMOならば良かったが、これはデスゲーム。

 

 ゲームデザイナーである茅場晶彦により、自分ではログアウトが出来なくなっており、HPがゼロになれば現実で被ったナーヴギアからはマイクロ波が放射されて、脳を沸騰させて死に追い込んでしまう。

 

『これはゲームであっても遊びではない!』

 

 茅場晶彦はそう宣った。

 

 それを見たガングニール──立花 響が素早く装備欄の武装をタップすると、それらを身に纏いながら前へと躍り出て、ボスの攻撃を両腕に装備されたガントレットで受け止める。

 

「すぐに下がって回復を! 此処は私が何とかする、だからね……生きるのを諦めないで!」

 

 ギルド【レリック】……唱いながら闘うギルドだとして、可成り名が真しやかに囁かれている密かな有名ギルドのメンバー。

 

 それがプレイヤーネーム:ガングニール。

 

 ガングニール=立花 響が装備する武装を見遣り、事情を知らない全員が目を剥いていた。

 

 橙と黒を基調としている身体にピッチリとフィットをするスーツスパッツに、グリーブ、少しゴツいめの白いガントレットに同じく白いヘッドギア。

 

 まるで見た事の無い装備だったのだ。

 

 否、ギルド【レリック】のメンバーは知っている。

 

「ガングニールだと!?」

 

 アメノハバキリ──風鳴 翼は、思わず叔父である風鳴弦十郎の如く叫ぶ。

 

 マフラーの付いていない以前の……初めてガングニールを纏ってからカ・ディンギルでの戦いまでに使っていたシンフォギアと同じデザインだったが、間違いなくガングニール。

 

 

名前:ガングニール

レベル:66

スキルスロット:9

HP:11910

筋力値:117

俊敏値:88

 

【装備】

ガングニール・ガントレット

ガングニール・ウェア

ガングニール・レンギス

ガングニール・ヘッドギア

ガングニール・グリーブ

 

ガングニール・ベルト

 

【装備スキル】

両手槍装備

格闘

戦闘時回復

限界重量拡張

金属鎧装備

疾走

電光石火

武器防御

舞踏

 

 

「呆けるな! 今はボスを撃破する事だけを考えて集中をしろ!」

 

 ユートに発破を掛けられて我に返ったボス戦レイドメンバーは、今は兎にも角にもボス撃破に集中する。

 

 それから暫くの時間が経って、無事に第五一層ボスが蒼白いポリゴン片へと還るのだった

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 認定特異災害ノイズが顕れたら、人は逃げ惑う事しか出来ない。

 

 何しろ直接的に触れたら炭素転換されてしまうのだから、少なくとも素手で触る訳にもいかない存在だ。

 

 空間から滲み出る様に、突如として発生するノイズに有効な撃退方法は無く、同じ体積に匹敵する人間を炭素転換し、自身も炭素の塊と崩れ落ちる以外には、自壊を待つしかない。

 

 また、ノイズを斃しべくミサイルなど撃ち込んだとしてもすり抜けてしまう。

 

 これは位相差障壁の所為であり、存在を異なる世界に跨がらせる事で、通常物理法則下にあるエネルギーを減衰させたり無効化する能力だ。

 

 簡単に云えばスレイヤーズの魔族に近い。

 

 魔族は本体をアストラルサイドに置き、一部のみをマテリアルサイドに顕現をさせており、攻撃をしても単なる物理攻撃は無効化されてしまう。

 

 ダメージを与えたくば、アストラルサイドに存在している本体を直接叩くしか無く、その手の魔法や武器を使わなければならない。

 

 ノイズも自らの存在比率を彼方側へと置き、攻撃の瞬間のみ此方側に顕れているらしく、つまりその時なら通常攻撃も通る事が確認されている。

 

 対ノイズ戦に於いて現状で最も有効な手段となっているのが、櫻井了子により提唱される櫻井理論を基に

造られた【FG式回天特機装束】──シンフォギア・システムである。

 

 奏者の戦意に反応して、共振共鳴をしたギアにより旋律を奏でる機構を内蔵、この旋律に合わせて奏者が歌を唱えば、シンフォギアはより力強く機能を発揮してくれるのだと云う。

 

 シンフォギアが攻撃を当てた瞬間、複数の世界へと跨がるノイズを調律して、此方側へと引き摺り出す事により、位相差障壁を無効化する事で、コンスタントなダメージを与える。

 

 だが然し、シンフォギアの奏者が現状では一人も居ないが故、仮に今ノイズがこの場に顕れた場合は対抗手段が全く無かった。

 

 そう、無いのだ……

 

 シンフォギア奏者は全員がSAO──ソードアート・オンラインに囚われて、一切身動きが取れない状態であり、シンフォギア・システムは適合者以外には使えなかった。

 

 スーツ姿の男が忙しそうに駆けずり回る。

 

 緒川慎次、ノイズが出ない普段は風鳴 翼のスケジュールを切り盛りをする、敏腕マネージャー。

 

 その正体は忍者の家系、故に身体能力が極めて高い水準にあり、実は普通に水の上を走れるくらいだ。

 

 そんな緒川もノイズには勝てず、ノイズが出現した場合は専ら避難誘導などを行っている。

 

 米国の闇を担う部隊によるマリア、切歌、調の暗殺決行だったが、その最中にノイズが出現した。

 

 暗殺部隊はノイズにより全滅して、その対処をしていた緒川は逃げ遅れていた子供を救う為、何とか共に逃げていたものの……

 

「くそ、これまでかっ! せめてこの子だけでも!」

 

 これが【戦姫絶唱シンフォギア】の第一期ならば、響が聖詠を唱ってガングニールを纏ったのだろうが、生憎と緒川にそんなモノは存在していない。

 

 そしてノイズに触れられたが最後、炭素転換されて死ぬしかないのだ。

 

 だけど、本人にはそれが無かったとしても……

 

「馬鹿野郎! 生きるのを諦めるな! さあ、来いよ……ガングニィィィィィィィィールッ!」

 

 派手な槍を手にしているのは、朱色の翼の如く髪の毛の十代後半の少女。

 

 叫んだ少女は槍から分離されたパーツは漆黒に近い鎧となり、それを身に纏うと手にした抜き身の槍を、力一杯に投擲した。

 

「おらぁぁっ!」

 

 槍は投擲した少女の思念を受けると、自在に飛翔をしながらノイズ共を次々と穿っていく。

 

「そ、そんな……この声、この槍……まさか?」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 特異災害対策機動部二課の仮本部、其処ではピンチとなった緒川を見て全員が戦慄していた。

 

「緒川っっ!」

 

 本部で幾ら叫んでも緒川が助かる訳ではない。

 

 そうと理解していても、風鳴弦十郎はこの場で叫ぶ事しか出来ないのだ。

 

 せめてマリアが居れば、響の胸元で鈍い反射光を放つ赤いペンダント──第三号聖遺物ガングニールと同じ機体、日本で管理をしていた訳では無かったが故にナンバリング無しとなっているガングニールを使い、ノイズを迎撃する事も可能だったのだろうが、残念ながら現在はこの場にマリアは居ない。

 

 急ぎ此方に向かっているとは聞いているが……

 

 そんな時だった。

 

〔馬鹿野郎! 生きるのを諦めるな! さあ、来いよ……ガングニィィィィィィィィールッ!〕

 

 

「ガングニールだと!?」

 

 その形状は間違いなく、弦十郎の知るガングニールと同じである。

 

 そして漆黒の鎧兜を身に付けている少女──

 

「ば、莫迦な! あれは、奏だとでも云うのか!?」

 

 奇しくも緒川の科白を引き継ぐかの如く、弦十郎は叫んでいた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 緒川は知っている。

 

 緒川は識っている。

 

 その勇壮なる歌声を……

 

 その勇敢なる戦いを……

 

 第三号聖遺物【ガングニール】の元奏者、三年前にノイズとの戦闘に際して、立花 響の目の前で絶唱──適合係数が低いとバックファイアが酷い──を唱って肉体が塵に還った少女。

 

「奏……さん……?」

 

 天羽 奏、その人だったと云う。

 

 見た事もない鎧で肉体を護り、色は全く異なってはいるものの記憶の中にあるガングニールの【アームドギア】と同じ形の槍を揮う天羽 奏の勇姿。

 

「ど、どうして奏さんが……?」

 

 風鳴 翼の腕の中で殉職をした筈の天羽 奏が生きており、あまつさえノイズを相手に戦っている。

 

 見た事のない鎧で身を護っているとはいえ、シンフォギア・システムを使わずにノイズと戦う術は皆無でこそないが、それでも恐ろしいまでに少ない。

 

 何しろ、触れれば炭化して終わるだろうし、かといって触られる前に斃そうにも異次元に跨がって存在をするノイズに、単純な力ではすり抜けてしまうのだ。

 

「斃せている……」

 

 今の奏は間違いなく斃しており、それは即ちノイズ打倒の為に何らかの手段を得ているという事。

 

 それ以前に、彼女は本当にあの【ツヴァイウイング】の一翼──『天羽 奏』本人なのかも解らない。

 

「いったい、何が起こっているんだ……」

 

 戦う奏を見遣りながら、緒川は呟くのだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 同じ頃、マリア・カデンツァヴナ・イヴはノイズの突如とした出現に、舌打ちをしなくなるくらい忌々し気に睨み付けながら、二課へと向かって駆ける。

 

 彼処には立花 響が収用されており、彼女の胸元には嘗ては自らが使っていた【ガングニール】が……

 

 ナスターシャ──マムがウェル博士により月に飛ばされて、怒り狂った自分が彼を殺そうとアームドギアを突き出した時、目の前に躍り出た立花 響。

 

『其処を退け、融合症例第一号!』

 

『違う! 私は立花 響、一六歳! 融合症例なんかじゃない! 只の立花 響がマリアさんとお話したくて此所に来てる!』

 

『お前と話す必要はない! マムがこの男に殺されたのだ。ならば、私もこいつを殺すっ! 世界を守れないのなら私も生きる意味なんてないっっ!」

 

 突き出された槍を素手で受け止め俄に血を流す響。

 

『お前!?』

 

『意味なんて、後から探せば良いじゃないですか……だから、生きるのを諦めないでっ!」

 

 そして紡がれるは聖詠、謂わばシンフォギア起動の為のキーワード。

 

『聖詠……何の心算で?』

 

 神獣鏡(シェンショウジン)の光を浴びた響には、もうガングニールを纏う為の欠片は無い。

 

 聖詠を詠った処でどうにもならない……筈だった。

 

 だが然し、掴まれたアームドギアが光の粒子となって消え、更にはガングニールのギアその物が消える。

 

 全国中継でマッパに!?

 

 それは兎も角、驚愕に目を見開いて叫ぶマリア。

 

「何が起きているっ!? こんな事ってあり得ない! 融合者は適合者ではない筈っ! これは貴女の歌? 胸の歌がして見せた事? 貴女の歌って何っ!? 何なのっっ!?」

 

 マリアの叫びを他所に、響へと移った光の粒子群がシンフォギアに結実する。

 

『撃槍……ガングニールだぁぁぁぁああっっっ!』

 

 響の歌は撃槍ガングニールだったらしい。

 

 あれ以来、マリアが持っていたガングニールは響に譲られていた。

 

 あれを一時的に返して貰えばノイズとも戦える。

 

 とはいえ、事はそう簡単にいかなかったらしい。

 

「くっ、囲まれた!?」

 

 どうしてノイズが現れたのかは判らないが、元よりノイズは統一言語を喪った人間が同じ人間を効率よく殺すべく、人間によって造り出された殺戮兵器。

 

 近くに獲物(にんげん)が在らば、確実に狙いを定めて追って来るは必定。

 

「この侭では……」

 

 既に追い付かれつつあるマリアは、悔しそうな表情できつく目を閉じた。

 

「ごめんなさい、セレナ! 私は……」

 

 結局は何も成せないし、何も残せない。

 

 アガートラームの奇跡、今回は起きなかった……

 

「アガートラームよ!」

 

 そう思ってマリアが目を閉じた瞬間聞こえたのは、数年を経て尚も忘れぬ愛しい妹の声。

 

「今の声?」

 

 振り向けば黒い鎧と剣を持つ、橙色の髪の毛に青い瞳の……最後に見た時と変わらぬ姿の妹本人……

 

「セ、レナ……?」

 

 セレナ・カデンツァヴナ・イヴであった。

 

 黒い剣──アガートラームと呼んだ大剣を手にし、ノイズへと揮って斬り裂き消滅させていく。

 

 それはあっという間の出来事であったと云う。

 

「我が楚真(ソーマ)、アガートラーム! 征って!」

 

 大剣を掲げると、アガートラームらしき剣は銀色の光を放って、残ったノイズを纏めて炭化させた。

 

 アガートラームはセレナのシンフォギアの銘。

 

 だがあれはシンフォギアではないし、楚真なんて鎧は寡聞にして知らない。

 

 理解が出来たのは、死んだ筈である妹のセレナが、何故か生きてこの場に現れた事実と、シンフォギアを使わないでノイズを滅ぼしたという現実。

 

 そもそもノイズが出現をしたのも想定外。

 

 てっきり、バビロンの宝物庫は閉じたとばかり思っていたし、然もなくばあのネフィリム・ノヴァの爆発で破壊されたか、悪くてもノイズは爆発に巻き込まれて消滅したと考えた。

 

 米国から刺客が送られてくるのは想定内だったが、それ以外は二課ですら考えが及ばなかったのである。

 

「セレナ、本当にセレナ……なの?」

 

「久し振り、お姉ちゃん」

 

 マリアの呟く様な呼び掛けに、当のセレナは笑顔を浮かべて応えるのだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 特異災害対策機動部二課の仮設本部……

 

 其処に緒川からの案内を受けて、天羽 奏とセレナ・カデンツァヴナ・イヴ

と共にユートは来ていた。

 

「信じられん、本当に奏だと云うのか?」

 

「旦那、アタシが天羽 奏以外の何に見えるのさ?」

 

 かんらかんらと笑いながら言う姿は、往年の天羽 奏とまるで変わらない。

 

 そう、年齢までもが……

 

 天羽 奏は【ツヴァイウイング】の実質、最後となるライブに於いてノイズの襲撃に遭い、ガングニールで戦って時間切れとなり、それでも響を救うべく絶唱を口にし、バックファイアをモロに受けて塵となり死んだ筈である。

 

 それは死を看取った翼の証言からも、風鳴弦十郎は知っている事だ。

 

 にも拘らず、目の前にはあの頃と見た目にも全く変わらない奏の姿。

 

 そればかりか……

 

「セレナ……貴女、どうして?」

 

 セレナ・カデンツァヴナ・イヴも数年前、暴走したネフィリムを元の状態に戻す為に、やはり絶唱を唱って死亡していたというのに生きている。

 

 そして何より、この二人が連れて来た黒髪の青年──ユートの存在だ。

 

「それじゃあ、再会も酣って事でそろそろ自己紹介をさせて貰おうか」

 

 太々しい態度でユートがそう宣言をした。

 

 ユートは話す。

 

 名前を名乗ったのを皮切りとし、自分が異世界人である事を明かすと、二人の生存の意味と理由を。

 

 誰もが──風鳴弦十郎でさえ信じられない面持ちで聞いていた。

 

 世界が違えば理も異なるというのは理解出来たが、だからといってよもや神様が闊歩する世界が存在し、其処で得た力で奏とセレナの魂を確保、十二時間限定だとはいえ仮初めの肉体を与えて生き返らせるなど、常識の範疇外なのだから。

 

 シンフォギアの必殺技を素手で殴って止める非常識な弦十郎をして、非常識だと言わしめるくらいだ。

 

 奏もセレナもユートの擁する冥王軍に所属している冥闘士で、天猛星ワイバーンの冥衣を奏が、天貴星グリフォンをセレナが与えられている。

 

 二人の復活劇についての説明を受け、兎にも角にも不可思議な異世界パワーで蘇生させられたのは理解が出来たらしい。

 

 とはいえ、絶対に蘇生を世間に教える訳にはいかない禁即事項だ。

 

 何故かと問われれば理由は極簡単で、死者の蘇生が可能であれば世間は確実にそれを強要してくる。

 

 だけどユートはそんな事をする心算などない。

 

 蘇生の権能は他人の為より自分の為、そもそもにして十二時間しか保たないのだから意味は無かった。

 

 一応は時間制限を解除も出来るが、悪魔化をしない【悪魔の駒(イーヴィル・ピース)】か【魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)】を使う関係上、簡単にはいかない。

 

 第一、ユートは対価無しに他人へ施しなどする事はないだろう。

 

 況してや、SAOが原因で死んだプレイヤーの被害者遺族は煩いと思われる訳だが、ユートにとっては知った事でもなかった。

 

 特に最初期で勝手に自殺をした莫迦などは。

 

 また、眠る響達を助ける術は実の処無くもないが、それはハッキリきっぱりと悪手だと解る。

 

 それはこの世界がSAO単体ではなく、【戦姫絶唱シンフォギア】の習合世界だという事が手伝う。

 

 ユートは響から聞き出していた、あの惨劇の後にあったという反吐が出るくらいの人間の醜さを……

 

 SAOでもネットゲーマーの嫉妬深さがそれを象徴しており、安易な救いなど却って苦しめるものだ。

 

 ユートが安易にキリト──和人を救ったとしたら、世間がそれを知れば助かった和人を、助けたユートを弾劾するであろう。

 

 ノイズに襲われた【ツヴァイウイング】のライブから生存した響が、世間からバッシングをされ石持て逐われた様に。

 

 何しろ、この方法で救われるのは恐らく多くて十人未満だろうから。

 

 数千人の内の数人など、間違いなく弾劾される。

 

 なればこそユートは至極真っ当? にSAOを攻略しているのだ。

 

 全てを語り終え、ユートは特異災害対策機動部二課と協力を約束、奏とセレナは響やマリアの防衛戦力として置いていく。

 

 何よりも、数年振りでの姉妹の再会であるのだし、邪魔をする気は無い。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 連合を組んで一週間。

 

 第五一層も可成りクリア出来ており、やはりというかクォーターにしてハーフポイントに比べて楽だ。

 

 ユートが第五〇層のボスから手に入れたラストアタックボーナス、エリュシデータはキリトに売った。

 

 ギルド仲間割り引きという事で、そこそこの値段だった訳だが、現在のキリトのメインウェポンである。

 

 第五一層の攻略に乗り出した攻略組、いつもの通りにダンジョンやクエストを熟していく。

 

 その日はダンジョン探索を終えて、ユートも休みを取ろうかと思っていた。

 

 其処へガングニール──響とシェンショウジン──未来が話し掛けてくる。

 

「格闘?」

 

「うん……格闘スキルってユートさんが見付けたって本当?」

 

「ああ、そういやアルゴの攻略本にはクエストを見付けて情報を売ったら、その売り手の名前が載るんだったな。相手が拒否らない限りは……」

 

 情報提供者として名前が載る訳だが勿論、拒否をしたなら載せる事はない。

 

 ユートは特に拒否をしてはいないから、普通に掲載をされていたのである。

 

「それで、格闘スキルがどうしたんだ?」

 

「はい! 若しかしたら、ユートさんも格闘スキルを持っているのかなと思いまして!」

 

「いや、条件を満たしてないから付けてない」

 

「へ?」

 

 響がポカンとした表情となり、未来はやれやれと頭を抱えてしまう。

 

 エクストラスキル【格闘】とは、イベントによって覚える事が可能なスキルであり、イガリマ──切歌のエクストラスキル【両手鎌】と同様に上位互換スキルとなっている。

 

 【両手鎌】が【両手斧】の上位スキルで、【格闘】は名前から解る通り【体術】の上位スキルだ。

 

 修得の条件は【体術】の熟練度をマスターする事、つまり一〇〇〇にまで上げる事が条件となる。

 

 ユートの【体術】スキルの現熟練度は八四五。

 

 まだ少しばかり足りず、現在のユートではどうにも修得のしようが無い。

 

「ほらぁ、響! 幾ら何でも【格闘】を取ってるとは限らないって」

 

「うう、折角の格闘仲間かと思ったのにぃ!」

 

「いったい、何の話だ?」

 

 ユートが訊ねると未来が頬に手を当て、苦笑いをしながら説明をしてくれる。

 

 響は元々が戦闘達者ではなかったものの、師匠からの教えを受けて格闘に自信を持っていた。

 

 故にこそこのSAOでもエクストラスキル【体術】を知り、すぐにも取りに行ったくらいだ。

 

 まあ、顔が暫く不遇な事になったのは御約束。

 

 それでもユートが流した攻略情報を元に、どうにか【体術】を会得した。

 

 それから第四〇層だったであろうか、今度は【体術】の上位スキル【格闘】の情報が出回る。

 

 【体術】では素手の戦闘が可能となり、他のソードスキルと併せて体術剣技の複合スキルを覚えられた。

 

 だが【格闘】は素手というか、ガントレットやグリーブも武器に見立てて闘えるスキルで、正にメインと出来るモノである。

 

 響は現在、スキル【格闘】をメインに【両手槍】をサブとして使っていた。

 

 エクストラスキル【格闘】の発見者がユートだし、てっきり取っているものだとばかり思っていた響は、少しばかりガッカリしてしまったらしい。

 

「まあ、まだ使えないってだけだからね。スキル上げに協力してくれるのなら、【体術】と差し替えるよ」

 

 上位互換だから同時に持つ意味は無い。

 

「はい、協力しちゃいますよ! ね、未来?」

 

「え、私も?」

 

 自分を指差して驚く。

 

「未来、ひょっとして来てくれないの?」

 

「ま、まぁ……行くけど」

 

 ウルウルな瞳の響に対して頬を染め、プイッとそっぽを向きながら言う。

 

「ああ、そうだ。響に渡す物が有ったんだ」

 

「ふえ? 何ですか?」

 

 ユートはシステムメニューを呼び出して、アイテムストレージ画面でアイテムをタップし、響とトレードをする。

 

 尤も、交換などではなく一方通行なトレードとは名ばかりのものだが……

 

「えっと……へ? これ、ガングニール・メタルウェアとガングニール・ガントレットとガングニール・グリーブ、ガングニール・レンギス? ガングニール・ヘッドギア、ガングニール・ベルトにスピア・オブ・ガングニール……?」

 

 正に、ガングニール一式とも云える装備。

 

「装備してみ?」

 

「は、はぁ……」

 

 響が懐疑的な面持ちなのも無理はあるまい、何しろガングニールとは現実世界で自分が纏うシンフォギアの名前である。

 

 そんな物がこの世界に、SAOに存在する筈などある訳がないのだから。

 

「ユートさん……? これってどうしたんですか?」

 

「造った」

 

「造ったって……」

 

 苦笑いの未来。

 

 響はトレードされたガングニール一式をタップし、装備欄へと移動させる。

 

 何と無く興が乗ったのだろうか、目を閉じて軽快に聖詠を唱いながら装備を変える響の姿が、第一期でのシンフォギア・スタイルと成っていく。

 

「けど、どうやって造ったんですか? SAOにアレが在るとは思えませんよ」

 

「方法はあるものさ」

 

 ユートはウインクしながら笑みを浮かべていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 第五一層のボスが撃破されて一日が過ぎ、攻略組でちょっとした会議が行われる事となる。

 

 ボスの撃破に功があったガングニールの力が、あの見た事の無い装備品にあるのは明確だったし、やはり攻略組の誰もが気になっていた事だ。

 

 別に弾劾の場ではないにせよ、説明くらいはして欲しいというのが会合の趣旨であるし、ヒースクリフはその場でユートが言いたい事を言うのも良かろうと、説明の対価に言っている。

 

 参加ギルドは……

 

 【血盟騎士団】【女神十二宮団】【アインクラッド解放隊】【聖竜連合】【アインクラッド解放軍】【レリック】【ソーシャルゲーマーズ】【風林火山】【レジェンド・ブレイブス】

 

 主だった攻略組ギルドが揃っていた。

 

 因みに、アインクラッド解放軍はアインクラッド解放隊からの離反者が主に、第一層にてとあるギルドを吸収合併して創設をされたギルドだ。

 

 紛らわしい名前だと皆が言うが、どちらも今の名前を変える気は無いらしい。

 

 まあ、元祖と本家の争いみたいなものである。

 

「では、揃った様だし始めるとしようか」

 

 紅い聖騎士風の鎧を纏うオールバックな男、ヒースクリフが開会を宣言した。

 

 元よりこの集会自体が、【KoB】副団長のアスナが開いたもので、取り纏めとしてヒースクリフがこの場に居る。

 

「今回の議題ですが、先ず第五一層のフロアボス撃破はお疲れ様でした。ですがその際に、ギルド【レリック】のサブマスターであるガングニールさん……が、見た事の無い武装を使ってギルド【ソーシャルゲーマーズ】のギルドマスター・エリスさんを救いました。普通の鎧や剣なら兎も角、あれはアインクラッドには明らかに異質で、SAOのデスゲーム前に全国ネットで放映された番組、その時に居た人が着ていた服装? に近い物でした。それについて、ガングニールさんはどうお考えでしょう?」

 

「ふえ?」

 

 水を向けられた響が素っ頓狂な声を上げる。

 

「それは僕が実験的に渡した装備だ。ガングニールはそれを使ったに過ぎない。訊いても貰い物だ……としか答えられないぞ?」

 

「〝また〟貴方なのね……そうじゃないかとは思っていたけれど」

 

 司会進行をするアスナが疲れた表情で呆れた。

 

「それで? あれは何?」

 

「勿論、造ったんだが? ああ! 若し不正(チート)だと思うなら間違いだぞ、僕は正規の手続きに基づいて造ったんだからな」

 

「正規の手続き? だとすると彼女の装備は鍛治スキルで造られた……と?」

 

「それはハズレだ。何故ならあれは秘匿されたモノ、茅場晶彦とはいえ流出したとか云う映像で何とかなるとも思えない」

 

 尤も、カーディナルならそれで形作るのは可能かも知れないが……

 

 基本的に装備品などは、元から存在しているデータと使われた素材、鍛治スキルの熟練度や運(アトランダム)で決定され、SAOへと出力される。

 

 若しもデータが存在していたなら、低い確率であれ出てくるかも知れないが、ファンタジーな世界観にはそぐわない外観なガングニール、データが在ったとも思えなかった。

 

 余りにも異質な装備品であったが故に、アスナ達は不正(チート)な品を疑ったのだから。

 

「アルバイト系クエストが有るだろう?」

 

「ハァ?」

 

「あれってさ、粉挽きとかパン作りとかをするけど、スキルは要らないだろう? それと同じ、鍛治バイトのクエストからだいたいが想定出来た。スキル無しで物作りが可能だってなら、鍛治だって現実(リアル)に則したやり方で出来る筈。それをバイトで確認して、可能だと判断したから試しに造ってみたんだ。それがガングニール」

 

「鍛治のバイト……」

 

「第五〇層の主街区アルゲートに新しく見付かった、鍛治のアルバイト。リズベットも熟しているから聞いていただろう?」

 

「ええ、初回のみ鍛治系のスキルが一〇〇も上がる。バイト代が一時間拘束で、三万五千コル……だっけ」

 

 バイト代は大した稼ぎとも云えないが、鍛治を今になって始めようと考えてみたり、新しくスキルを付けたりした場合は便利極まりないアルバイト系クエストだった。

 

 しかも、可成り見付け難い場所に存在していた為、或いはSAOがクリアされるまで見付からなかったという可能性もある。

 

「現実(リアル)に則しての鍛治、メリットは名前から形まで自分で決定出来る。デメリットは上手く造れないと雑魚装備しか出来ないって点かな?」

 

 歪な形になったとしてもデータ的に装備自体は可能だが、パラメーターとして視れば弱い物でしかない。

 

 だけどユートは現実での鍛治能力を持つ為、普通に装備品を造り出してしまえたし、そのパラメーターも素材の在った最新階層より上の強力な物となった。

 

 実際、ガングニール一式も第五〇層クラスでなく、強化無しでも六〇層クラスの強力な装備品である。

 

「成程……君は本当に面白いな」

 

 これまでずっと黙っていたヒースクリフだったが、此処にきて薄い笑みを浮かべながら口を開く。

 

「私も鍛治のリアルスキルについては確認している。君はリアル・ソードスキルと呼ばれているが、よもや鍛治能力もリアルスキルを使えるとはな。実に面白いものだ」

 

「やはり博識だね、ヒースクリフ団長殿は」

 

 図らずもヒースクリフにより、リアル鍛治スキルの確認が為された。

 

「団長は御存知だったのですか?」

 

「ああ、第五〇層クエストの中には鍛治のアルバイトが存在しており、クエストを五十回熟せばセリフが変わって、百回を熟す事により免許皆伝としてリアルの鍛治について教えて貰える様になるらしいな」

 

「確かに、百回を熟すのは骨だったけど……ね」

 

 百時間……正味約四日間もの拘束時間だ。

 

 当然ながら全ての時間を鍛治アルバイトに費やせる筈もなく、実質的に十日間を掛けた確認作業は確かに骨であったろう。

 

「事情は理解したよ」

 

 ディアベルが言う。

 

 見遣れば、他のギルドのマスターやサブマスターも頷いていた。

 

「その上で君に訊ねたいのだが、その装備品を造っては貰えるだろうか?」

 

「無理だね。時間的な余裕がそんなに無い。リアルなスキルとはいえ、システムのアシストがあるからね、何とか時間は短くなるにしても、流石に鍛治スキルをやるより遥かに時間が掛かるんだからな。僕は飽く迄も戦闘職、鍛治は余技に過ぎないんだ。ギルド仲間には与えるにせよ、他に造る心算は無いな」

 

「むう、そうか……」

 

 唸るディアベル。

 

「という訳で、アメノハバキリ用の装備品だ」

 

 ユートがシステムメニューを立ち上げ、アイテム欄から武装をタップすると、オブジェクト化された。

 

 それはグリーブの一種だと思われるが、外部踝の辺りには翼を模した刃が取り付けられている。

 

「そ、それは!」

 

「銘は【ウイングエッジ・グリーブ】という。体術なり格闘なりが有れば効果的に使えるだろう」

 

 奇抜な形状のグリーブ、恐らくはユートを除いたらアメノハバキリ──翼以外には使い熟せまい。

 

「まあ、後は気紛れに造ったらウチのギルドメンバーがやっている店で、時々は売っているだろうからね。それを買ってくれるかな? 可成りの高価だけど」

 

 注文は受け付けないが、エギルの店に卸した物を買うくらいは可能だと、それを提示した。

 

「了解したよ」

 

「一応、言っておくと……既に片手直剣を五振りと、曲刀、刀、槍、槌、短剣を一振りずつ卸してあるし、早い内に買いに行った方が良いよ?」

 

 ピシリッ!

 

 まだ議題が残っているというのに、これでは買いに行くなど出来ない。

 

 ディアベルを始めとし、殆んどの者が固まってしまったと云う。

 

 

.




 時間があったらキバオウも絡ませよう……




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第30話:過去のユニークアイテムと未来のレッドプレイヤー

 半年以上が経ちましたが何とか更新です。





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「さてと、それじゃあ話を再開しようか」

 

 無情にもユートは再び話をし始め、各々で該当する武器が有る者達が絶望感の溢れる表情となる。

 

 細剣は無かったからか、アスナは普通の表情をしていたし、【聖騎士の剣】という武器を持つヒースクリフにも焦燥感は無い。

 

「まず、一つ目だけど……実は前々から判っていた事だが、とある理由から話さなかった事がある」

 

「それは?」

 

 会議に集中していなかったディアベル達は置いてきぼりに、アスナがユートの言葉に反応を示す。

 

「数度に亘り僕はレイドは疎か、通常パーティでさえ組まずにフロアボスとクエスト型のフラグボスを一人で斃した事がある」

 

「フロアボスというのは確か第十層よね? クエスト型のフラグボスとは?」

 

「Scarlet pain the Scorpion……真紅なる痛みの蠍」

 

「ああ! あの時のか」

 

 ディアベルには覚えがあったのか、右手を左掌へとポンと打って言う。

 

 第十層のとある小村にて受注したクエストであり、パーティは組まずにシリカとディアベルを伴って闘ったボス戦だ。

 

 四ヶ月振りにリアルな痛みを受けたとか言っていた事もあってか、ディアベルも確りと覚えている。

 

「あの時、僕はLAボーナス以外にも特殊ボーナスが入っているのに気付いた」

 

「キリト君と手に入れたみたいな?」

 

「まあ、性質的には似た様なもんだな。単独撃破ボーナスってやつだ」

 

 ヒースクリフを除く全員が目を見張る。

 

「た、単独撃破ボーナス? それはいったい……」

 

 声を震わせて訊ねてくるディアベル。

 

「ワンマン・クラッシュ・ボーナス……OCボーナスだね。第十層で手に入れたのは指輪。【武錬の指輪(リング・オブ・アーツマスター)】という。効果は、筋力値に+一五、俊敏値に+一五、HPを+一〇〇〇した上で防御力を+三〇%上昇だ。それと僕には全く意味がないけど、どうやらソードスキルの性能も上がるみたいだね」

 

 その巫山戯た効果を聞いた──ヒースクリフを除く──皆が……

 

『『『『なんじゃそりゃぁぁぁぁああっ!?』』』』

 

 会議室を響かせる絶叫を上げたものだった。

 

「そ、んなもんチートやないけ。チーターや!」

 

「ほう? 確かに不正に造ったというならそうだが、これは第十層のボスを単独撃破したドロップ品だぞ? 何を以てチートと断じるんだ、バカ王」

 

「カバ夫から……ある意味ではランクアップをしたや……と?」

 

 キバオウが戦慄する。

 

 ゲーム用語に於いては、チートとは【不正行為による製作者側が意図していない動作を行う乃至、プログラム改変による強化やアイテムの増加などを促す】というもので、単純に強力なアイテムを持っていたとしてもチートではない。

 

 少なくとも、このアイテムはユートがボスを撃破した事によって手にした物。

 

 つまり、製作者(かやばあきひこ)の仕込みであり決して不正(チート)行為などは働いてはいない。

 

 まあ、その場にそぐわない強力なアイテムやスキル──例えば第一層で武錬の指輪を単独撃破ボーナスで獲れば、チートアイテムといった感じに──を手にしたならオーパーツみたいな感覚で、チートアイテムとかチートスキルと呼ぶ事は有るかも知れないが……

 

「茅場晶彦も冗談の心算で設定したんだろ。MMO−RPGでのボスは基本的にパーティやレイドを率いて行うもの。単独撃破は普通に考ると現実的じゃない。だけど無いかも知れないと思いつつ一応は設定した」

 

「確かに……な」

 

 キリトが頷く。

 

「だけど情勢、僕のレベル

とプレイヤー技能。それにまだ第十層という低階層だった事、全てが綯い交ぜとなって成功させたんだよ。単独撃破(ワンマン・クラッシュ)ってやつをね」

 

「何故、今まで黙っていたのですか?」

 

 非難がましく睨み付け、アスナが訊ねる。

 

「教える義務は無いさね。僕は君の部下でも下僕でも眷属でも無いのだから」

 

「そ、それは……」

 

 口籠るアスナは何かしら言おうと口を再び開くが、何も言える言葉が出なかったのか、また閉じる。

 

「それに情報とは教えても良いモノと悪いモノが有るんだ。何でもかんでも開示すれば良い訳じゃない」

 

「それは情報を操作するって事?」

 

「操作? 意図的に改変をした情報を流すなら操作かも知れないけど、不要だと思われる情報を開示しない──悪く言えば隠蔽をしただけだ。それも操作には違いないけど、政府程に悪辣な心算も無いな」

 

「政府?」

 

「ノイズって知ってる?」

 

 この世界は【混淆世界】の一種で、数多の世界観が複雑に混じり合っていた。

 

 別に珍しくもない。

 

 ユートが生まれ変わった世界も、幾つかの作品群が入り交じっていたのだ。

 

 単純にこの世界もそうであっただけの事。

 

「知ってるわ。特異認定災害ノイズ……現実に人間を襲う私達の〝敵〟よ」

 

「敵……ね」

 

「何? 間違った事を言ったかしら?」

 

「いや、単なる道具を敵って認定するのも……な?」

 

「道具?」

 

「ノイズの正体は既に割れている。そして少なくとも日本政府や米国政府はそれを識っている」

 

『『『『っ!?』』』』

 

 ユートの科白にアスナは疎か、ギルド【レリック】のマスターである翼やサブマスターの響も息を呑む。

 

「ノイズは古代の人間が、同じ人間を効率良く殺す為に造り上げた、対人類用の殺戮兵器。その性質は飽く迄も機械的であり、一切の感情は廃されている。人類を自ら対消滅で炭素化させているに過ぎない。言ってみればアスナは、爆弾や銃を〝敵〟だと言ったに等しいだろうね。まあ、単なる簡易AI制御のSAOボスも同じ事が言えるからな、気持ちは解らないでもないんだけど……さ」

 

 SAOのMobもノイズとある意味で変わらない。

 

 アクティブ型Mobは、プレイヤーを認識したならAIに規定され、襲撃をしてくるのだから。

 

 それはノイズと何処が違うというのか?

 

「まあ、問題は其処じゃないからね。政府はノイズの正体を識っているし、出所も掴んでない訳じゃない。数は少ないながら対抗策も用意されている」

 

 ノイズの謂わば存在意義というのも、バラルの巫女だったフィーネから聞いていた。

 

「対抗策……あの裸の少女達の事かな?」

 

 ディアベルが訊いてきた瞬間、響の顔が真っ赤に染まってしまう。

 

「裸の少女達ぃ?」

 

「ああ、我々がSAOに閉じ込められる少し前だが、全国中継されていたじゃないか? マリア・カデンツァヴナ・イヴと謎の少女が相対して、何故か光と共に裸になっていた。少女に関してはよく判らなかったんだが、マリア・カデンツァヴナ・イヴは有名人だったからね。ああ、裸とは云っても光の膜が包み込んで、明らかに服を着ていないって状態になっただけだよ」

 

 穿いてない?

 

 要は肢体の線がハッキリとしていて、服を着ているとは思えない姿だったと云う事なのだろう。

 

 魔法少女モノや一昔前のセーラー服風のレオタードを着て、美少女と自ら名乗る戦士の変身シーンの如くというやつだ。

 

 寧ろ、某・鉄仮面剣みたく素っ裸を晒して変身する方が珍しい。

 

 あれは男も女も基本的に素っ裸で変身していた。

 

 ディアベル曰く……

 

 何だかそんな中継に出た少女らしき子が、武装して唱いながらノイズと戦っている姿を見た人間も居るらしいとか何とか。

 

 二課も万能ではないし、見逃している人間も居たのだろう、翼も響もダラダラと冷や汗を掻いている。

 

「ま、まあ……あれだね。兎に角、指輪の話は秘匿する必要があったんだ」

 

 取り敢えず強引に話を戻しておいた。

 

「必要があった?」

 

「考えてもみると良いさ。まだボスの危険性を強くは認識してない頃だ。犠牲は出ていたが、何処か遊びの延長と考えていた。その考えが、認識が変わったのは第二五層のクォーターポイントでの戦闘でだ」

 

「そうだったね……」

 

 これまでにも何度か犠牲は出ていたが、ボスの恐ろしさを決定的なものとしたのは第二五層──クォーターポイントでの戦闘。

 

 そしてハーフポイント、第五〇層だろう。

 

「事、此処に至っては莫迦をやらかす輩も少ないと思うしね」

 

「と、云うと?」

 

「単独撃破ボーナスを狙ってボスに単独特攻、間違いなく死ねるよ」

 

「ああ、それは……ね」

 

 実際に有り得そうで怖い……というか、ディアベルは第一層のコボルド王の時にやらかし、死に掛けているのだから笑えない。

 

 事実、ディアベルは苦笑いすら出せず困った表情となっていた。

 

「正直、僕としても奴らみたいな真似はしたくない」

 

「奴らって誰だ?」

 

 ユートの発言にキリトが反応を返す。

 

「僕が追っている奴さね。正確には〝奴ら〟……複数な訳だけど。何処ぞのね、超攻略派ギルドの副団長様に睨まれながら、ずっと捜していた連中なんだ」

 

 【KoB】副団長である閃光のアスナへと、会議に出席をしていたメンバーが一斉に視線を向ける。

 

「な、何ですか?」

 

 胡乱な表情とジト目になったアスナが皆を睨むと、全員がやはり一斉に視線を背けてしまった。

 

 まあ、プックリと頬を膨らませる姿は可愛らしく、ディアベルやキバオウなどの男性陣は萌えている。

 

 勿論、ヒースクリフは特に反応をしてはいない。

 

「で、で? 追っているって連中の事は俺も知っているけど、詳しくはないな。この際だから教えてくれないか? ユート」

 

「キリト……聞けば最早、SAOの攻略だけに集中が出来なくなるぞ? だから今まで僕は詳しく教えず、独りで追っていたんだし。某・副団長殿に物凄く睨まれながら」

 

「それはもう良いわよ!」

 

 

 諄いユートにガーッ! と怒鳴るアスナ。

 

「確かにSAO攻略組には知る権利が有る……かな? 判った、知りたいと思うなら挙手を。多数決で話すかどうかを決めよう」

 

 民主制に則ったというよりも、合議制を採っている現在の攻略組としては当然の採決法であろう。

 

 果たして、形だけとはいえ議長的なヒースクリフは扨置き、アスナとキリトも含めて全員が挙手した。

 

「フゥ、判ったよ。君らの決意に敬意を表して奴らに関して話そう」

 

 どうせ、今の侭では手詰まり感もあったのだから、状況の打破の為にも今までとは違う方策も必要だ。

 

「先ず、僕が追っているのは恐らくは第一層から既に存在が見え隠れしていた。尤も、僕が下手に介入をしたからか直接的には口を出して来なかったけどね」

 

「第一層から? つまりは最初期からって事?」

 

「そうだよアスナ。奴ら、いつの間にか人の傍らに這い寄って悪意を囁くんだ。こそこそと、決して自分達は表には出ずにね」

 

「そんな……」

 

「実際に事を起こしたのは第二層でだね」

 

「第二層?」

 

 小首を傾げるアスナは、『あっ!』と口元を押さえながら小さく声を出す。

 

「気が付いたか? そう、アスナも知っている話だ。あの事件で奴らの首領格か幹部が動いた。最初期だし首領本人かもな」

 

 余り大きな声では言えないが、一応は示談で終えたとはいえこの会議に出席をしている【レジェンドブレイブス】が行った強化詐欺事件、あれこそはユートが奴らを追う切っ掛けとなった事件である。

 

「これまでの攻略でも誰かに事件を巧みに起こさせ、何らかの問題点をわざわざ肥大化させる。そうやって連中は暗躍を続けていた」

 

「確かに……」

 

 頷くアスナも心当たりがあったらしい。

 

「奴らは今の処だと方針的に搦め手ばかり、直接的な手段には出てきてないが、第三層では多少の実行者の介入があった」

 

「第三層……?」

 

 第三層といえばギルドを創る為のクエストが在り、ユートも【ZoG】を創設するのにクエストをクリアしている。

 

「キリト、覚えているか? ディアベルがβテスターだった事をいつの間にか知られ、ギルド派閥が別れ別れになってしまった事件、それに際して僕らが進めていたクエストで、目立たない様に立ち回りながら僕らを邪魔してきた奴の事を」

 

「ああ、其処に繋がるのは解っていたさ」

 

 キリトは苦々しい表情となり、もう随分と前に起きた第三層での連続クエストを思い出す。

 

 勿論、それは当事者でもあったディアベルとキバオウとリンドも、その表情は複雑なものであった。

 

 アスナもキリトもユートも苦々しいものばかりではなく、楽しい想い出っぽいものもあったから、余計に複雑な気分にもなる。

 

 例えば、アスナは【ウインド・フルーレ】を心材──【アルゲンティウム・インゴット】を用い、エルフの鍛冶師により鍛えて貰った【シバルリック・レイピア】を手に入れたアスナの喜びとキリトの驚愕。

 

 何しろ、第三層で単純に概算して第六層クラスにもなる剣が手に入った訳で、元βテスターのキリトとしては驚きを禁じ得まい。

 

 自分の武器ではないが、仲間の武器が大幅な強化が成された訳で、アスナも嬉しそうだったから良かったと思ったものだった。

 

 黒エルフのお姉さん……キズメルとの邂逅。

 

 本来なら勝てない筈だった森エルフ──【フォレストエルブン・ハロウドナイト】を、ユートとアスナが苛烈に攻撃をしてキリトとシリカが呆然となり、十分もしたら敵を斃していて、それによりオロオロ? としてたキズメルが居たり。

 

 そしてあの『翡翠の秘鍵』クエストで、モルテという蝙蝠野郎がとある行動の邪魔をしてくれた。

 

 因みに、パーティを組んだ中でもユートが一番で、シリカが二番目にレベルが高かったのだが……

 

 キズメルのレベルが僅かに15だったのは、味方になると弱体化をするというやつだろうか?

 

 それは兎も角、ユートはずっと追い続けていた連中の話を皆にする。

 

「今までは避けてきたが、そろそろ奴らも痺れを切らしている頃合いだろうし、話しておく事にしたんだ」

 

「痺れを切らすとは?」

 

「ディアベル、これまでは連中も搦め手ばかりでやってきた。例えばディアベル自身もそうじゃないか?」

 

「──え?」

 

「妙な使命感、LAを狙ってまでリーダーシップを執ろうとしたり、それは本当に君が自ら思っての事か? 或いは二ヶ月の間に言葉巧みにその気にさせられ、あんな無謀な行動を取った可能性は無いか?」

 

「……」

 

 驚愕に目を見開いたかと思えば、心当たりがあったのか難しい顔になった。

 

「例えば【月夜の黒猫団】の無謀な行動」

 

「なっ!?」

 

 今度はキリトが驚く。

 

 何故ならキリトも彼らには多少なり関わった。

 

 第二七層へと稼ぎに出掛けて、トレジャー・トラップに掛かりモンスターハウス状態になり、あわや死にそうになったのを救出するのに手を貸している。

 

 それ以前に、サチが訓練をしている最中のケイタ達を鍛える手伝いもした。

 

 だからキリトも彼らへの思い入れがある。

 

「まあ、黒猫団は大概が僕と一緒だったから、接触をしているかは微妙だけど。とはいえ、今にして思えば余りにもサチ達は無防備に上層へ行った。だからね」

 

「な、成程……」

 

 誰かに唆された可能性、確かに無いとは言い切れないキリトは納得した。

 

「他にも催眠PKとかね。兎に角、奴らは搦め手で以て間接的にだけど、唆した相手ばかりか周囲までをも殺すから。だけどさっきも言った様に奴らはそこそこに人数も増えただろうし、統制を執る意味でも直接的な手に出始めてもおかしくは無いだろう。つまりは、完全に善悪の区別が付かなくなった連中が、自ら手を下す様にもなるんだ」

 

 無論の事ながら最大限の効果を狙い、搦め手の方から移るのだろうが……

 

「ちょっと待って! その人達は解っているの!? そんな事をしていたら攻略が遅れるのよ? 自分達も不利益を蒙るわ!」

 

「其処は何を以て利益とするかに依るだろう」

 

「? どういう……」

 

「僕の見立てでは少なくとも首領、或いはその幹部は出られなくても殺しが楽しめるなら問題無いと考えているし、幹部以外であれ、擬似的な万能感に愉悦を感じていれば、それを無くす現実世界(リアルワールド)には戻りたく無いだろう。束の間の栄華だとは知りつつも……な」

 

「そんな、有り得ないわ。こんなHPが全損すれば、本当に死ぬデスゲームから出たくないなんて!」

 

「果たしてそうかな?」

 

「え?」

 

 ユートの否定する言葉を信じられないと、アスナは驚きに目を見開く。

 

「成績優秀、スポーツ万能な人間なら理解も出来ないかもね。人間は誰しもが、現実に折り合いを付けられる訳じゃない。それにHPが全損したら本当に死ぬ……デスゲームだと言うが、そんなのは現実でも普通な話だろ? 病気になるかも知れないし怪我をするかも知れない、ひょっとしたら明日には行き成り何の前触れも無く心臓が止まるかも知れない。日常を暮らしていて殺人は対岸の火事みたいに視ていても、いつかは巻き込まれるかも知れないよね? いつだって生命はそんな危機に瀕している。デスゲームもリアルワールドも変わらない」

 

「そ、それは……」

 

「だけど違う処が一つ……力さえ付ければ他者を虐げるのはどちらでも可能だろうが、少なくともレベルを上層クラスにまで上げておけば、中層や下層で他者を虐げられるからね」

 

 帰りたくないというのはつまり、そんな特権意識を持った人間が力を捨てたくないという我侭。

 

「オレンジがそうだろ? レベルが自分より低い連中を狙い、殺すなりアイテムを奪うなりして実に愉しげに暮らしてるじゃないか。前にそんなオレンジを相手にしたけど、僕のレベルが自分達より遥かに上だと知るや否や、逃げ出そうとしたからね」

 

 その時は一人で中層にて素材を集めていたからか、数人のオレンジプレイヤーがニヤニヤと、気持ち悪い笑みを浮かべながら近付いてきたものだ。

 

 これから始まる蹂躙劇を想像したか、軽く頭の中身がイっていた連中だった。

 

 尤も、すぐにそんな夢想からは醒めざるを得なかった様だが……

 

 飛び交う鮮血にリアルな痛み、目に見えて減っていく命の灯火(HP)に連中の心はアッサリとへし折れ、命乞いすらしてきた。

 

 連中が何より恐ろしかったのは、そんな虐殺にも似たナニかをしていながら、ユートの目には全く感情が宿っていなかった事。

 

 路傍の石とすら認識をしていなかった事だろう。

 

「そんな話は聞いた事が無いけど、そいつらはどうなったんだよ? まさかとは思うが殺してないよな?」

 

「……別に殺しても良かったんだが、そんなに強かった訳でもなくてね。だから全員手足を斬り落として、黒鉄宮送りにしたよ」

 

「そ、そうか……」

 

 流石のキリトも引き攣った表情となる。

 

 手足の欠損はそれなりに技術が要るのに、アッサリそれをやる辺りはユートの技能が高い事を窺わせた。

 

「(それにしても〝アレ〟はビジュアル面でも凄まじかったな。性能面だけでも壊れっぷりが凄いのに)」

 

 〝あのアイテム〟を思い出したユートは、若し連中を上手く捕捉出来たなら、必ず使おうと考える。

 

 そうしていると、沈痛な面持ちでユートを見遣りながらアスナが口を開く

 

「貴方が追っている連中ってそんなに危険なの?」

 

「ああ、今は犯罪者(オレンジ)プレイヤーだけど、奴らはいずれシステムには存在しない別のナニがしかになるよ」

 

「別のナニがしかって?」

 

「犯罪を行うというより、殺人を行う……殺人者(レッド)プレイヤーに」

 

「──っ!」

 

「そいつらが集まったら、それはもう殺人集団(レッド・ギルド)だろうね」

 

「レ、レッドギルド……」

 

 ショックを受けたのか、フラりと蹌踉めくアスナだったが、それを咄嗟に支えるキリト。

 

「だ、大丈夫か?」

 

「ええ、ありがとう」

 

 何だか何処ぞのゴキブリ頭の同人作家であるなら、『ラブ臭がする』と言い出しそうな雰囲気だ。

 

 アスナは気丈に振る舞い毅然とした態度を取って、ユートへと詰め寄る。

 

「今まで独りで追っていたって言うけど、そんな危険な相手ならどうして私達に相談しなかったの?」

 

「攻略とは関係が無いし、あの頃は今程に根拠なんか示せなかった。もっと前に君に話した処で、そんな暇は無いとか放っておくべきだとか言っただろうね」

 

「うっ!」

 

 個人の力など高が知れているし、企みの一つを──ユートが──潰した実績もあるから確かに突っぱねた可能性が高い。

 

「それで何か取り返しの付かない事態が起きたなら、君の【血盟騎士団】副団長……閃光のアスナの名前に傷が付くぞ? 知っていて対処をしなかった結果とか言われて……な。こういうのも奴らの口撃対象になるから下手な事は出来ない」

 

 アスナ的に名前などどうでも良いが、確かに口撃に晒されるのは可成り面白くない事態に発展しそうだ。

 

「まあ、事此処に至っては奴らが表に出てきてから、叩いた方が堅実だろう」

 

「……そうね」

 

「僕の話はそれだけだよ」

 

 そう言って着席する。

 

 その後も会議は続くが、ディアベルやキバオウ達は早く終われと思っていた。

 

 エギルの店に早く行き、強力な武器を買う為に。

 

 そんな中で第五二層以降の攻略に関して話し合い、一通りの話を終える。

 

 アスナが会議終了宣言を出した瞬間、ダッシュして会議場を走り去るプレイヤー達にアスナは呆れて言葉も出ない。

 

「さて、ガングニールでもアメノハバキリでも良い。こいつをイチイバルに届けてくれないか?」

 

 メニューからアイテム・ストレージを呼び出して、アイテムの名前をタップすると、ユートの手の内へと実体化をする。

 

「これは!」

 

「赤いボウガンだと!? まさかこいつは……」

 

「そう、アメノハバキリが思った通り。イチイバル・ボウガンという。流石に、ミサイルや機関銃なんてのは無理だったけど、これくらいなら何とか……ね」

 

 シュルシャガナとイガリマの武器は、能力や形などがまだ判らないから造り様もないが、イチイバルなら取り敢えず造れたのだ。

 

「矢の代えは専用になる訳だけど、投擲武器よりは安くしておくよ」

 

「アイツも喜ぶだろう」

 

 主に貧乏投擲師としての資金的な意味で。

 

「然し、こんな武器をよく造れたな?」

 

「そうですよね、翼さん。私、今までにボウガンなんて見た事ありませんよ!」

 

 感心するアメノハバキリ──翼と、リアルネームでアッサリと呼ぶガングニール──響。

 

「まあ、リアル鍛冶が可能と判って試してみた幾つかが有るんだけど、まずを以てミサイルとか銃は造れなかった……訳じゃ無い」

 

「だが、さっきは無理だと言わなかったか?」

 

「無理だと言ったのは造れないという意味じゃなく、算盤的な問題だったんだ」

 

「つまり、身も蓋も無い事を言うとコストか?」

 

「そう。そも、ミサイルや銃器は武器カテゴリーとして存在しない。形ばかりは整えられたが、素材が一気に減った上に威力も大したものじゃなかった。しかも装備スキルが存在してないからソードスキルも無い。要はちょっと威力の増した投擲武器と変わらないし、完全な使い捨てだ」

 

「……確かに使えないわ」

 

 一発のミサイルを放つ毎に素材価格で百万コル以上を使うし、ミサイルの場合は周りを巻き込んだりする使い難さと、第一層の雑魚すら殲滅が出来ない威力。

 

 拳銃など装弾数が二発、しかもフレンジーボア──スライム相当だけどな──を拳銃だけで殺すのに必要な弾数は十発以上。

 

 限り無く使えない。

 

 しかも装備フィギアへと入れているだけに過ぎず、単にソードスキルの存在しない投擲武器以下のナニかにしかならなかった。

 

「不思議なのはボウガンは武器カテゴリー『弓』というのに当て嵌まったんだ」

 

「な、に? では、アインクラッドには弓が存在していると云うのか?」

 

「店売り、ドロップ、トレジャーのいずれにしても見た事は無いけど、カテゴリーは確かに『弓』となっていたし、装備スキルが存在すればスキルも使える筈」

 

「む、装備スキル……か。雪音はそんなスキルは持ち合わせていないぞ?」

 

「ソードスキルを捨てて、いっそ後ろから連続で射ってコンボで威力を上げるのが現実的だろう。いずれにせよサブウエポンだね」

 

「そうだな」

 

 相変わらず短剣をメインウエポンとし、ボウガンはサブウエポンとして活用という事になりそうだ。

 

 ユートも翼も知らない、弓の装備スキルとなるのは『射撃』であり、それこそ十から存在するユニークスキルの一つである事を。

 

 その後、ギルド【ZoG】とギルド【レリック】のメンバーは、第五二層にて恒例のレベリング兼探索へと向かうのだった。

 

 尚、ディアベル達は何とかユート謹製の武器を確保したのだと云う。

 

 

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第31話:心の温度 武器屋リズベットの事情

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 リズベット──愛称となるのはリズ。

 

 そのスキル構成は鍛冶師に成る為と謂わんばかり、第四八層の主街区リンダースに在る水車の付いた家を購入し、リズベット&ハイネマン武具店を開業中だ。

 

 本来なら稼ぐのも大変な三百万コルでの販売だが、ギルドに入ってやって来たが故に、ギルドマスターのユートとの契約通りギルド資金から出して貰った。

 

 それ故に、本来の世界線より早く店を入手出来たのは言うまでもあるまい。

 

 店の壁には自らが鍛えた武器の数々が所狭しと飾ってあり、自慢の白銀色の刃が煌めいている。

 

 正しくリズベットの城。

 

 そんなリズベットだが、つい最近になって片手棍をコンプリートし、マスターメイサーとなっていた。

 

 そしてとある一つの噂を聞いたリズベット。

 

 それは第五五層の竜が棲む西の山にて、強力な武器防具を造り出せるインゴットが手に入る……と。

 

 だが然し、今までに採りに行ったプレイヤーは数居れど、インゴットを持ち帰った者は皆無だとか。

 

「そういう訳でケイタ!」

 

「な、何かな?」

 

「鉱石を採取しに竜が棲む西の山へ向かうわよ!」

 

「ま、まさか僕達だけで行くってのか!?」

 

「それこそまさかでしょ。ギルドマスターとパートナーも道連れよ!」

 

 つまりはユートとシリカも連れて行くという事らしいが、強引で・マイウェイなリズベットは謝らない。

 

 更に何故かガングニールとシェンショウジンまでが付いて来る事が決まって、リズベットはいざ竜の棲まう西の山へと、パーティで向かうのであった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「いやぁ、何だかピクニックみたいだね、未来!」

 

「もう、響ってば……」

 

 最早、ギルドのメンバーだけの時はリアルネームを隠す気がゼロなガングニールこと、立花 響に対してシェンショウジンと名乗る小日向未来は呆れる。

 

 リアルネーム呼びなんて本来、この手のゲームではタブー視されるものだが、やはり慣れないという事なのだろう、響はどうしても『翼さん』『未来』『クリスちゃん』『調ちゃん』『切歌ちゃん』と呼ぶ癖が抜けなかった。

 

 お陰でギルド【ZoG】のメンバーも、既にギルド【レリック】のメンバーの名前だけは知っている。

 

 勿論、翼が【ツヴァイ・ウィング】の風鳴 翼である事もバレていた。

 

 西の山に入る前に少しばかり長い、クエストフラグをオンにしなければならなかったものの、クエストは順調に推移している。

 

 氷雪地帯であるが故に、毛皮のマントが必須だったにも拘わらず、リズベットと響が用意していなかったのは情報不足だった。

 

 まあ、ユートがこんな事もあろうかと用意していたから事無きを得たが……

 

「うわ、寒い!」

 

「毛皮のマントを着けていても寒いねぇ」

 

 カタカタと身体を震わせながら、リズベットと響は毛皮のマントを確り手にして寒気を防がんとする。

 

「モンスターと戦えばちょっとはマシになるさ」

 

「ユートは寒くないの?」

 

「心頭滅却すれば火もまた涼しと云う。ならその逆もまた然りってね」

 

 リズベットからの質問にやれやれ的なアクションを執り、片目を瞑りながらも答えにならない答えを言い放った。

 

「要するにアンタには効かないって訳ね……」

 

 だからこそ、リズベットも呆れるしかないのだ。

 

 ユートとてまさか本当に寒くないなんて、ゲーム中でそんな特異現象に見舞われてはいない。

 

 現実世界の方が強いが故にユートは彼方側での方が我慢も出来るし、抵抗だって仕様が有ると云うもの。

 

 今のユートは脳に直接的

な信号を送られ、寒いのだと誤認させられている状態にあり、装備品たる毛皮のマントがある程度は防いでくれていても、寒さは確りとその肌に感じている。

 

「響は寒くない?」

 

「うん、平気へっちゃら。それに未来にくっ付いていればね、日溜まりみたいにポカポカなんだ♪」

 

「もう、響ってば……」

 

 まるで恋人がデートでもするかの如く、響に腕を組まれた未来は苦笑いを浮かべながらも、頬を軽く朱に染めて受け止める。

 

 最早、名前を隠す意味が全く無いとはいえ、完全にリアルネーム割れしている【レリック】のメンバーは割と普通に呼び合う。

 

 わざわざ彼女らが纏っている乃至、纏っていたシンフォギアの名前をゲーム中に使っていたのに、これでは本当に意味が無い。

 

 どうにも響にはゲームネームで呼び捨てはいまいちだったらしく、いの一番にリアルネームで呼んでしまっていた。

 

「えっと、ガングニール……じゃなくって響さんは、あれって素なんですよね? ロールじゃなくて」

 

「まあね、僕も一応は彼女の素をしっているけれど、あんな感じだよ」

 

「実は男の人よりも女の子が好き……とか?」

 

「別にそういった性癖は持ち合わせてないだろうね。ちょっと過剰な友愛表現がそう見えるだけだよ?」

 

「何故に疑問符を……」

 

 シリカとしては万が一にも狙われたくなかったし、普通に否定をして欲しい処であったが、ユートも響が本格的に百合かも知れない……とほんの少しばかりではあるが疑っている為に、否定をし切れない。

 

 未来とのラブっ振りが、ロールプレイではないのは間違いないのだし……

 

「まあ、飽く迄も好意を向ける相手はシェンショウジン……未来だから。シリカが警戒をする必要は無い」

 

「そ、そうですか?」

 

 響の百合疑惑だったが、それは基本的に未来へ限定された安全な疑惑。

 

 実質、受け容れているに等しい未来が相手ならば、特に注意する必要は無い。

 

「ま、勿体無いけどね」

 

「何がですか?」

 

「いや、何でも無いよ……っと!」

 

 ユートは腰に佩いている刀を抜刀しつつ、首を横に振って目の前に湧出(ポップ)したMobに向かって駆け出すと、一気呵成に振り上げて両断をする。

 

「さあ、雑談の時間も終わりみたいだ! Mobが顕れるんだから確り殺るぞ」

 

「「「「「了解」」」」」

 

 ユートから発破掛けられたパーティは、強く頷いて各々が武器を構えた。

 

 Mobは経験とコルを含めて雑多なアイテムをドロップする存在、ユート達がMobを見逃す理由なんて有りはしない。

 

 ユートは刀。

 

 シリカは短剣。

 

 リズベットは片手棍。

 

 ケイタも同じく片手棍。

 

 響はガングニールの籠手を構え、未来は細剣を盾と共に構えている。

 

 ユート以外のメンバーの武器にライトエフェクトが灯り、ソードアート・オンラインの最もな持ち味たるソードスキルが炸裂して、Mobを蒼白いポリゴン片へと換えていく。

 

 ユートも攻撃力は充分であり、ソードスキルに頼れない分を差っ引いても確実にMobを片付けていた。

 

 正に大暴れするパーティメンバーは、寒さをコロッと忘れて頂上を目指す。

 

 全員がこの山を登るのに必要とされるレベルに達している事も手伝っており、Mobは次々と撃破されていって経験値と資金と素材などを遺し、全てがポリゴン片となって消える。

 

 そして大した時間も掛ける事は無く、ユート達は山の頂上付近まで登った。

 

「此処に白竜が居る筈だ」

 

 周囲の水晶体に身を隠しながら、辺りの警戒をして小声で話し掛けるリーダーを務めるユート。

 

 アルゴ情報によれば白竜は大抵が空から襲撃をして来るらしいが、とはいえど巣は地上に有る訳だし必ず空からとも限らない訳で、当然ながらそちらも注視している。

 

「さて、取り敢えずは情報の纏めと御復習をしよう」

 

「まとめと……」

 

「おさらい?」

 

 ユートからの言葉を聞いてよく解らないと首を傾げたのは、響とリズベットの二人だけであったと云う。

 

「まず、アルゴから買った情報では未だに目的となるアイテム──インゴットを手にしたという話は無い。つまり、誰も入手はしていないという事だ」

 

「そうらしいわね」

 

 首肯するリズベット。

 

 当然だが、リズベットも情報に関してはある程度を得ており、未だにインゴットを手に入れたという情報が無いのを知っていた。

 

「? 白竜からのドロップじゃないんですか?」

 

「いや、シリカ。そもそもドロップアイテムなのかも判っていない。単に水晶体を食べる竜の元にアイテムが有るってだけでね。水晶体を食べた竜を退治すればドロップする、そんな思い込みから今まで白竜退治に勤しんでいたらしいけど、全くのドロップ無しだったらしいよ」

 

「そうなんですか?」

 

 驚くシリカにユートは頷いた。

 

「という事は……?」

 

「考えられる可能性は……フラグが立っていないか、何らかのアイテムが必要となるか若しくは、ドロップアイテムではないかだね」

 

 未来の質問に答える。

 

「とはいえ、こんな中途半端な場所でちょっとレアなアイテムが手に入る程度、そんな複雑なフラグが必要だとも思えない。茅場辺りが作ったイベントだったら有り得そうだけど、きっとこういった部分を担当していたのは別の人間だろう」

 

「ユートさん、どうしてそう思うんですか?」

 

「響、僕の印象で茅場晶彦ってのはアインクラッドの本体にしか興味は無いよ。だから彼がイベントを作ったとしたら、それは全てがアインクラッド本塔のみに集約されている筈だ」

 

「そっかぁ」

 

 ユートがあのオープニングイベントとも云うべき、あの第一層【はじまりの街】での出来事……

 

 あの時にユートは茅場を知った訳だが、第一印象が正にそうであった。

 

 自身の興味が有る事以外には御座なり、全くとまでは言わないまでも手を出さないのでは? ……と。

 

 だからこそ、こんな場所のイベントには関与してはいないと考えたのだ。

 

 因みにその推測は正しかったのだが、イベント発生のシステムには誤りがあったりする。

 

 実はこのSAOに関する全ての事象は、カーディナルと呼ばれる中枢コンピュータが掌握していた。

 

 イベントやクエストなどの発生も然り。

 

 予めゲーム内に組み込まれていたモノ以外、突発的に起きる新しいクエストはカーディナルが起こしているのだと、ユートは後に知る事になる。

 

「んで? ユート的に云うとアイテムはどうすれば手に入る訳よ?」

 

「考えられるのは、白竜が水晶体を喰った後に排泄をされたのがインゴットじゃないか? って事。つまり巣の中に転がっているって可能性が高いかな?」

 

「は、排泄ってまさか……ウン?」

 

「いや、女の子の口からは言うなよ……リズベット」

 

 まあ要するに……それは俗に〝ウンも〟と云うやつであった。

 

 げんなりとした表情となる一同だが、取りに来たのが〝ソレ〟である以上は、手に入れるしかない。

 

「巣の中か。全員で行くのは危険……よね?」

 

「そりゃそうだろう」

 

 リズベットの心配は的を射ていた。

 

 何しろ白竜の巣の中で、白竜を放って入り込もうというのは危険極まりない。

 

「じゃあ、まずは白竜退治になるの?」

 

「未来、それもどうかな? 白竜を斃して変なフラグを立てたら、インゴットを手に入れられなくなるかも知れない。だから白竜に関しては何人かで足止めし、巣にはそれ以外の者が入って捜すのが良いだろうね」

 

 このクエストの達成条件は勿論、インゴットを手に入れる事な訳だが、白竜がインゴットを体内に蓄えた水晶体で精製をしていると云うなら、ハッキリ言って殺すのは悪手でしかない。

 

「そうなるんだ……」

 

 納得をしたのか首肯をしながら呟く。

 

「それじゃあ、どういう風にパーティションする?」

 

「いや、パーティションは違うだろうに。取り敢えず戦闘は四人、巣の探索には二人って感じかな」

 

「うーん、一応はフィールドボス的な扱いだろうし、三人じゃ心許ないか」

 

 頷くリズベット。

 

「内訳は?」

 

「今回の初台詞おめでとう……ケイタ」

 

「ほっとけ!」

 

「メタ台詞は置いといて、内訳は探索にはマスターメイサーを使いたいしリズベットを。それと万が一での護衛兼探索係として僕だ。戦闘は響、未来、ケイタ、シリカの四人に任せる」

 

 全員が真面目な表情となって頷くが、リズベットはチラチラと余所見をして、同じく別の誰かもちょっと余所見気味である。

 

 とはいえ、特に某かを言う事も無く行動を開始。

 

 まずは白竜を誘き寄せるべく、戦闘人員の中で最もすばしっこいだろうシリカが雪山の頂上を行ったり来たりする。

 

 暫く動き回るとバサリ、バサリと羽音が聞こえてきてシリカの頭上に影が。

 

「き、来ましたね!」

 

 白竜――ゼーファン・ザ・ホワイトウィルム。

 

 チャキン!

 

 手にした短剣──スカーレット・マインゴーシュを構えるシリカ。

 

「ピナ、バブルブレス!」

 

『ピーッ!』

 

 白竜が上空からシリカを急襲してきたのと同時に、ピナのバブルブレスによる奇襲を行う。

 

 大したダメージにはならないが、目にぶつけてやればそれなりに視界を奪えるのは今までの戦闘に於いて確認済みだった。

 

 隙を見せた白竜に対し、シリカがソードスキルを使って攻撃。

 

「やぁっ!」

 

『ギュオオオオオッ!』

 

 この流れが決まったら、残りの三人が飛び出していき背後から攻撃。

 

「通背拳!」

 

「違うでしょ! 流星!」

 

「未来も違うよね!?」

 

 ツッコミを入れ合う響と未来だが、白竜への攻撃は確りと入っている。

 

「うん、グダグダだよね」

 

 ケイタも序でに攻撃。

 

 ノックバックした白竜は当然ながら背後の三人へと注意を移すから、シリカはその隙を狙って再びソードスキルを当てに行く。

 

「てあっっ!」

 

 この場合、三人を無視してシリカに向かって行くと云う選択肢が白竜にあり、その時は背後の三人こそがシリカの役割を果たす。

 

 必要は無かったが……

 

 巧く流れを掴んだのなら後は此方のもので、普段のボス戦と何も変わらないのだから慣れている。

 

 といっても、問題は変なフラグを立てない為に殺さない様にしなければならないが故、手加減をしなければならなかった。

 

 後の検証でそんな必要は無かったと知って、全員が脱力をしたものだが……

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「よっ、ほっ……」

 

「上、ちょっとでも見たらぶん殴るからね!?」

 

「了解、了解っと」

 

 ロープと木板を組み合わせた梯子を降ろし、巣穴に向かっているユート達。

 

 結構な深さがある訳で、リズベットは恐る恐るゆっくりと降りているのだが、ユートは慣れた感じですいすいと降りていた。

 

 マントを身に付けているとはいえ、その下は無防備なミニスカートである為、リズベットは頬を朱に染めながら叫ぶ。

 

 勿論、ユートは上を見る心算など無い。

 

 正直、リズベットとしては全くその気の無いユートに対して胸を撫で下ろしている反面、女としての魅力を否定された気になって、少しだけ複雑であった。

 

 まあ、若しもユートへと想いを募らせていたなら、その気になっていたかも知れないが、ユートは相手に気が無い場合は食指も動かないから仕方がない。

 

「それで、リズベット的にはケイタに武器を造ってやりたいんだよな?」

 

「んな!? 何を言っちゃってんのよ!」

 

 基本的にはバックヤード・スタッフなリズベット、そして彼女が素材を手に入れる為に動くのに付いて回るのは、バックヤード軍を指揮しているケイタだ。

 

 二人の仲が良くなって、更に深まったとしてもおかしくはなかったりする。

 

 今の二人は仲良しというより〝仲好し〟レベルとなっており、余り周囲に見せてはいないが割とよく話をしていた。

 

 端から見れば恋人か夫婦かと言わんばかりな二人、その所為かよっぽどの事がない限り、元月夜の黒猫団のメンバーは近付かない。

 

 何故か?

 

 何処のあんぽんたんが、バカップル寸前の男女へと近付きたがるものだろう?

 

 断じて否である。

 

「今回の一件、ケイタの為なんじゃないのか?」

 

「──うっ!」

 

 ハッキリと言われては、もう二の句が継げなかったリズベット。

 

「ああ、もう! そうよ、ケイタの為! あいつっていっつも自分の装備を御座なりに、仲間の装備をまずは充実させるじゃない?」

 

「そうだな。バックヤード軍だからって、前線メンバーを先にするのは兎も角、他のバックヤードにまでも同じ態度だしね……」

 

 ケイタの装備品は常に、ランクが最大三ランクくらい落ちる。

 

 その理由がユートの言った通り、フォワードとなるキリト達を優先しながら、バックヤード軍まで自分を後回しにするから。

 

 DQで云えば勇者が既に鋼の剣を使っているのに、未だに自分は聖なるナイフを揮うに等しい。

 

「バックヤードの役割は、装備品の為の素材集めとかだし、最前線に比べたならそりゃ敵の質も落ちるわ。だけどそれでも生命の遣り取りをしてるのには違いないのよ? いつまでも貧相な武器なんて使わせていられないわ!」

 

「まぁ、それもそうだね。基本的にケイタの武器って前線からのお古だし」

 

 回ってきた前線で使わなくなった武器防具が有り、ケイタはそれを使う。

 

 前線ともなれば強化だけでなく、更新もやはり激しくなってくるからだ。

 

 二束三文でNPCショップに売ったり、況してや捨てるのは勿体無い事もあってか、そうやって武具類の再利用が為されている。

 

 そして、基本的にケイタは全てがそんなお古な武具で占められていた。

 

 だが、バックヤードが往く道も平坦ではない。

 

 生命の遣り取りとは先にリズベットが言った通り、いずれは武器の弱さによって敵に斃され、ポリゴン片と化すかも知れなかった。

 

 普通ならVRMMOでの一つの結果、単純に【死に戻り】をするだけの事でしかない。

 

 だが然し、このSAOは創り手【茅場晶彦】が言う通り『これはゲームであっても遊びではない!』と、頭をマイクロ波にて焼かれて本当に死ぬ。

 

 リズベットはそれを許容など出来はしなかった。

 

 そんな折りの情報。

 

 それがこの山の頂上に棲まう竜から獲られると噂されるインゴット、それから強力な装備品が造れるらしいという話だ。

 

 幾らケイタとはいえど、気になる女の子が自分の為に造った武器を、他の仲間に優先して渡すなんてデリカシーゼロな事はすまい。

 

 だからこそリズベットはユートをも巻き込んだ末、レアな武装などを造れそうなインゴットを手に入れるべく、こんな場所くんだりまでやって来たのだ。

 

 ユートもそれを理解していたからこそ、リズベットの提案に乗ったのである。

 

「何も無いわね……」

 

「まあ、そうだな」

 

 地面……白雪に覆われたその場には何も無い様に思われるが、ならばとユートは雪を手で掘り始めた。

 

「ユート?」

 

「白竜はモンスターだし、所詮はプログラミングされたデータに過ぎないけど、妙にリアルな世界なんだ。若しかしたら喰ったモノを排泄してるかもって言っただろう? なら、雪の下に埋まっている可能性だってある筈だよ」

 

「な、成程ね。よし!」

 

 説明を聞いたリズベットも掘り始める。

 

 ザックザックと雪を掘り進めていると、まるで水晶の様な分厚い金属? 板の塊を見付け出す。

 

「ユート、これ!」

 

「有ったか!」

 

 スキル【鑑定】を使って視ると──

 

「クリスタライト・インゴット!」

 

 それは明らかに欲して止まなかったアイテム。

 

「よし、取り敢えず巣穴の中に有るだけ見付けよう。仲間の分も確保が出来たら御の字だしね」

 

「オッケー!」

 

 目的の素材を見付けたからだろう、ハイテンションなリズベットはサムズアップで応えたものだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 結局、【クリスタライト・インゴット】は四本だけが見付かる。

 

 上手く素材を組み合わせたならば、四人分の武器を製造が可能だろう。

 

 とはいえ、ユートは自分で製造が可能であったし、響は六十層クラスの武器など既に持っている。

 

 故に、必要なのは未来の細剣系武器とケイタの使う片手棍、序でにリズベットの片手棍も造るとしたら、一人分は余る計算だ。

 

 よって、第五〇層で入手をしてキリトに譲られている【エリュシデータ】とは対為す片手剣として新たに【ダーク・リパルサー】が造られ、譲渡される。

 

 これによってキリトは、漆黒の魔剣と白き闇払う剣の二刀を同時に所持する事となった。

 

 そう、いつの間にか彼のスキル欄に追加がされていた【二刀流】の為に。

 

 

.

 




 次はシリカが主役回?




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第32話:黒の剣士……NO! 漆黒の刀舞士!

 前回の更新から半年を越えてしまった……





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 赤毛で右目が隠れた女──ロザリア。

 

 彼女はオレンジギルド、タイタンズ・ハンドのリーダーを務めている。

 

 オレンジギルドというのは謂わば、犯罪を犯した事で認識カーソルがオレンジになった犯罪者プレイヤーが設立したギルド。

 

 つまり、彼女はオレンジプレイヤーという事。

 

 とはいえ、ロザリア自身はグリーンカーソル。

 

 オレンジギルドの中には最低限、一人はグリーンカーソルのプレイヤーが入っており、そのプレイヤーはオレンジカーソルでは入れない街や村に入って情報を集め、武具やアイテムなどの調達などを行う。

 

 二十代半ばで男好きのする肢体であるロザリアは、そんな容姿を利用しパーティに入り込み、金やアイテムなどを持つプレイヤーの下調べをしていた。

 

 今回のターゲットとなったのが【シルバーフラグス】で、色々と美味しいモノが有るか観察していたが、はっきり云えば失望。

 

 貧乏パーティでしかない連中に旨味なんか無くて、これ以上は付き合っていても意味を見出だせない。

 

 ロザリアは早々に自分のギルド──タイタンズ・ハンドを動かした。

 

 その結果リーダー格には逃げられたものの、その他の四人に関してはキルする事に成功。

 

 貧乏パーティのなけなしな財産を強奪した。

 

 大して実入りも無かったからか、舌打ちをしていたロザリアだったが、気を取り直して宴会を開く。

 

 そして一週間くらいが過ぎて、タイタンズ・ハンドの新たなる獲物を見付け、ロザリアはいつもの様に潜り込んだ。

 

 男ばかりのパーティに、一人だけビーストテイマーらしき少女が居る。

 

 まあ、男共は自分の魅力にあっさり負けてパーティ入りを許したし、少女の方は気にしなくても良いだろうと考えた。

 

 それに変わった能力持ちなら或いは、変わったアイテムも持っているかも? 

 そんな風に考えれば夢は薔薇色であった。

 

 第三五層の迷いの森……何度かイベントも組み込まれた森らしいが、名前の通りプレイヤーはマップ無しだと簡単に迷う。

 

 危険な目に遇いたくないロザリアは、槍装備を理由に大概は後ろでのんびりと観ていた。

 

「(へぇ?)」

 

 フェザーリドラを連れたビーストテイマーの少女、シリカはそれなりに使える短剣使いらしく、Mobを相手に怯まず迷わず斬り裂いていくのを観て、思わず感嘆の溜息を吐く。

 

 明らかに戦い慣れている様子だし、まるで踊るかの如くステップを踏みMobをポリゴン片に還した。

 

 仮令ダメージを受けてもフェザーリドラが癒すし、万難を排している。

 

 巧い戦い方だ。

 

 フェザーリドラのブレス──バブルブレスやヒールブレスも相俟って、戦力は可成りのものである。

 

 探索も終盤となり、余裕も出てきたので休憩がてら報酬の話を始めた。

 

「あんたはさ、そのトカゲが回復してくれるんだし、回復結晶は要らないわね」

 カチンとキたシリカは、そんなロザリアに対し果敢に言い返す。

 

「そういう貴女だって……碌に前面に出ないで安全な後ろをちょろちょろしてるだけだから、クリスタルなんか必要無いんじゃないですか!?」

 

 最早こうなってしまえば水掛け論的な売り言葉に買い言葉となり、リーダーの仲裁も聞き入れずにシリカは言い放つ。

 

「だったらアイテムなんか要らない。貴女と組むのは金輪際ごめんだわ。私を欲しいっていうパーティは山ほどあるんですからね!」

 

「シ、シリカちゃ〜ん」

 

 情けない声を上げる男、そんなのは聞こえないのだと言わんばかりに森の向こうへ消えた。

 

 ロザリアにとっては計画通りである。

 

 彼女は少し強過ぎた。

 

 三五層のレベルなら余裕を持てる程度に強いなら、このパーティを襲う時には邪魔でしかない。

 

 だからわざと怒らせて、パーティを自発的に出て行って貰ったのだ。

 

 それに、仮に出て行かなくとも不和はそれだけでも士気に影響を及ぼし、結局は自分の思い通りになる。

 

 最上の結果にロザリアは赤い唇を吊り上げた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 あのパーティをどう襲うかを考えつつ、ロザリアが街を散策しているとシリカと再会をする。

 

 黒い装備品に身を固め、腰に漆黒の鞘へと納まった刀を佩いた青年と一緒で、何やら楽し気に会話をしている様だ。

 

 とはいえ、何故かフェザーリドラの姿が見えない。

 

「あら、シリカちゃんじゃないの」

 

「ロ、ロザリアさん……」

 

 話し掛けると身を固くして厭そうに応えた。

 

「へぇ? 森から脱出出来たんだぁ、良かったわね。でも今更帰って来ても遅いわよ? アイテム分配は終わっちゃったもの」

 

 分配でも問題は無い。

 

 あのアイテムやコルは、後からギルド総出で連中をキルし、全てを手に入れてやるのだから。

 

「要らないって言った筈ですよ。失礼します!」

 

「あら? あの蜥蜴はどうしたのかしら?」

 

「それは……必ず取り戻します!」

 

「ああ、死んじゃったの。取り戻すって事は四七層の【思い出の丘】に行く気なんだ? けどさ、アンタのレベルで攻略なんて出来るのかしら?」

 

 嘲るロザリアに対して答えたのは黒い剣士。

 

「出来るさ。彼処は大した難度のダンジョンって訳じゃないからね」

 

「ふーん、アンタもその子に誑し込まれた口? 全然強そうじゃないけど」

 

「行こうか」

 

「は、はい!」

 

 ロザリアを無視して剣士がシリカの手を引く。

 

「ま、精々頑張ってね」

 

 面白い事になった。

 

 使い魔が死んだ場合は、【こころ】というアイテムが遺されるが、三日間が経つと【形見】へと変化をしてしまう。

 

 然し、【こころ】が遺っている間に【思い出の丘】の最奥まで行くと、使い魔を蘇生するアイテムが手に入るらしいという情報が、最近になって出回った。

 

 使い魔が死んだ状態で、尚且つ一つしか手に入らないアイテム故に、難易度は兎も角としてレアアイテムに相当する。

 

「ふふ、予定変更ね」

 

 あんなキモいパーティを襲うより、レアアイテムを手に入れる方が余程良い。

 

「そうだわ、シリカちゃんには死ぬ前に男共の慰めになって貰おうかしら?」

 

 嫌がるシリカがギルドの連中に無理矢理散らされるのを肴代わりにし、自分もちょっと楽しむのもアリかも知れない。

 

 考えただけでゾクゾクと興奮してきた。

 

「それより、宿屋に入って行ったけど……案外とこれからお楽しみかしら?」

 

 シリカも多少は強いが、こんな階層に居るのだから四七層はキツい筈。

 

 ならばどうやって?

 

 先程の男が護衛、装備品も一新されていたのだから装備も貰ったと考えれば、身体で支払うのもゲームではアリだろう。

 

 どれだけリアルに則していようが、所詮はゲームに過ぎないSAO内で貞操は気にし過ぎても仕方ない。

 

 現実の肉体がロストバージンする訳でなし、ならば互いに愉しめば良いのだ。

 

 シリカは背が低くて胸もなだらか、だけど可愛らしい顔立ちで無垢で元気な処が人気の少女だ。

 

 自らの肢体を餌にして、男を誑し込めばある程度の無茶は利く。

 

 窓から【風見鶏亭】を覗くと、シリカと男が二階の宿泊施設へ赴こうとしているのが見え、更には顔を朱く染めたシリカが腕を絡めて体重を乗せ、男に着いて行っている辺りビンゴ! と指パッチン。

 

 きっとこれから『お楽しみ』なのだろう。

 

「こりゃ、聞き耳スキルを取っといて正解だね」

 

 本来ならば手下に任せる仕事だが、ロザリアは今回ばかりは自分で情報収集(でばがめ)しようと考え、【風見鶏亭】に入った。

 

 【聞き耳】というスキルをアクティベーションし、二人が泊まる部屋を捜したらアッサリと見付かる。

 

 もう始まっていたのだ。

 

『あ、ダメです……』

 

『今更何を言ってるんだ? シリカだって了承したから此処に居るんだろ?』

 

『そ、そうですけどぉ……ア! そんな、ソコは本当にダメですよぉぉ!』

 

『初めて?』

 

『だって、私まだ…………ですし……』

 

『そりゃ良いな。この小さな肢体の温もりを楽しめるんだから』

 

『や、そんな……そんな所まで……ダメぇぇっ!』

 

『すぐに気持ち良くなる、だから今は僕に任せて身体を楽にしていれば良いよ。委ねてしまえば……ね』

 

『あ、あああああっ!? 指が……指がそんな所を? あうっ! 真っ白にぃ、何も考えられなくなっちゃうよぉぉぉぉおおっ!』

 

 時間にしてみれば大した事もないが、どうやら濃密なプレイにシリカが翻弄をされているらしく、思わず自分を慰めたくなる。

 

 結局は二時間くらい嬌声ばかりで情報は集まらなかったものの、取り敢えずはその声だけでタップリと楽しめたので良しとした。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 第四七層

 

 【思い出の丘】と呼ばれる場所は、見た目にはダンジョンとは名ばかりの謂わばデートスポットだ。

 

 ちゃんと植物型のMobは湧出もするが、実際にはそれ程に強い訳ではない。

 

 だけどどういう訳か? シリカは毎度の様に捕まっては逆さ吊りにされた。

 

「もう、此処って綺麗だけどエッチなモンスターばっかりだよ!」

 

 純白のショーツを逆さ吊りにされる度、見られていると思うと涙目である。

 

「さて、そろそろ出てきたらどうだ?」

 

 黒い剣士が誰も居ない木の方へ話し掛けた。

 

「へぇ、私の隠蔽(ハイディング)を見破るなんてやるじゃないの?」

 

 出てきたのはロザリア。

 

 ケバい年増女……という程でもあるまいが、どちらにせよ過剰化粧は好みから外れるからどうでも良い。

 

「シリカちゃん、例の物は手に入れたのよね? 渡して貰いましょうか、コルや他のアイテム共々ね!」

 

 ぞろぞろと現れた男共、それこそがロザリアの強気理由であり、たったの二人なんて人数で迫れば恐くも何とも無い。

 

「フッ、正に『お前達、僕に釣られてみる?』って処だな。レアアイテムに釣られてノコノコ来たか」

 

「な、なにぃ!?」

 

「罠だったのさ。全てが、初めっからね」

 

「わ、罠だって?」

 

「シリカがあのパーティに居たのはお前が、お前ら──タイタンズ・ハンドが次の獲物に狙っていると知ったからさ。まあ、候補は幾つか有ったから他の所にも潜入させてるけどな」

 

 リズベットやサチや響や未来、いたいけな少女達を囮にロザリア達を嵌めようと送り込んだ。

 

 当然ながらシリカとは別の方法を取るが、罠は初めから二重三重にしていた。

 

「言っておくがピナ、あのフェザーリドラは生きているから、プラウネの花なら手に入れてないぞ」

 

「なっ! じゃあ、アイツは何処に!?」

 

「宿屋。システム外スキル──置き去り……何てな」

 

 宿屋の一室に入り込み、一応の説得? はしておいたが仲間に捕まえさせて、シリカだけが部屋を出る。

 

 幾らシステム上の繋がりが在ろうとも、密室に閉じ込められては出れないし、だからといって主人の行動が阻害されもしない。

 

 それを利用してシリカは単体で黒い剣士──ユートと合流を果たしたのだ。

 

「さて、ピナにはナッツを死ぬ程食わせてやるとして……だ。お前らタイタンズ・ハンドは黒鉄宮の牢獄へ入って貰うぞ」

 

「どういう意味さ?」

 

 騙されたと知って悔しげにしながら訊ねてくる。

 

「シルバー・フレグス……知っているな?」

 

「ああ、あの貧乏パーティのね? それで?」

 

「あそこのリーダーだけが生き残り、なけなしの金で買った回廊結晶を持って、泣きながら道々にプレイヤーに懇願していた。こいつで奴らを捕まえてくれと。『殺してくれ』でないのが気に入って依頼を受けた」

 

 プラプラと手に持つのは濃紺色の結晶アイテムで、名前は回廊結晶と云う。

 

 任意の場所を記録して、其処へ複数のプレイヤーを転移出来るアイテム。

 

 最近ではボスの間の直前を記録して、レイドパーティ全員を移動させていた。

 

 歩いて行くのは面倒だからこそだろう。

 

「コイツには黒鉄宮の牢獄エリアの記録をしてある。大人しく入ってくれるなら面倒が無くて良いんだが」

 

「はん、お巫山戯じゃないんだよ! 誰が捕まるもんか! だいたい、PKしたからって現実で本当に死ぬとは限らないんだ! 何で必死になるのさ!」

 

「死ぬさ」

 

「あ?」

 

「僕はログアウトが出来るからね。死ぬかどうか確認もしている」

 

「なっ!?」

 

 絶句するロザリア。

 

 否、ロザリアだけではなくタイタンズ・ハンド全員が絶句をしていた。

 

「ログアウトが出来るってアンタ、まさか運営(アーガス)側の回し者かい!?」

 

「それこそまさかだろ? 単にナーヴ・ギアを外しただけだ。まあ、マイクロ・ウェーブくる! 的な感じで死ぬ程痛かったがな」

 

 何処のXとゼロか?

 

 いや、ロックマンの方では無いよ?

 

 生身はカンピオーネの身だとはいえ、流石に内部を物理的に直接焼かれるのは痛かった。

 

 お陰様で直葉を抱き締めてしまったのだが、痛みで気が回らなかったから余り意味は無い。

 

「リアルじゃあ、SAO対策委員会が起ち上がっていて僕は情報源として重宝されてるし、アルバイト感覚で色々と情報を渡してる。PKの犯人のプレイヤーネームとモンタージュ写真……とかな?」

 

 真っ青になるタイタンズ・ハンドの面々。

 

「お前らもリアル割れして捕まるさ。向こうでヴァーチャル犯罪法も施行される事になったからな」

 

「っ! ハッタリだよ! 仮にそうでも、アイツらを殺せば死人に口無しさ!」

 

「ま、確かにそうだけど」

 

 ロザリアが言った科白は確かに間違いないのだが、然しそれはユートとシリカを殺せればの話。

 

「クスクス」

 

「くっくっくっ」

 

「な、何が可笑しい?」

 

 シリカがクスクス笑い、ユートも釣られて笑うのが気に障ったか、ロザリアは体裁も気にせず叫ぶ。

 

「中層組が攻略組に勝てると本気で思ってるのか?」

 

「恥ずかしいですけど……漆黒の刀舞士と緋色の小竜姫の二つ名は伊達じゃありませんよ!」

 

「ブラックソードダンサーとスカーレット・リトルプリンセスだって!?」

 

 攻略組でもトップクラスの二人だ。

 

 そのプレイヤーネームは兎も角、二つ名は中層にも威名が轟いていた。

 

 微妙に変化しているが、(アルゴ)を使って改めて流した二つ名、その雷名はオレンジにも伝わっているくらいである。

 

「だけど結局は二人だよ、攻略組だか何だか知らないけど、戦いは数さ!」

 

「知ってるか?」

 

「──あ?」

 

「何処ぞの将軍様はたった三人で、何処ぞの先の副将軍様でも数人で二十人以上の悪党を倒しているんだ。量より質がモノを言う事も侭あるってね?」

 

「ざけんな! お前ら、殺っちまいな!」

 

 破れかぶれか、武器を構えるタイタンズ・ハンドに嘆息をすると……

 

姉上(らごうきょうしゅ)に則って、三手は譲ってやるから掛かって来い」

 

 挑発しながらひょいひょいと手招きをする。

 

「舐・め・る・なっ!」

 

 ロザリアのそれが合図となり、タイタンズ・ハンドの全員が主にユートへ向かって駆け出した。

 

 斬! 斬! 斬! 斬! 斬! 斬! 斬! 斬! 斬! 斬! 斬! 斬!

 

 何の躊躇いもなく斬撃を受けるユートとシリカ。

 

「ど、どうして?」

 

 HPバーが減らない事に気付き、ロザリアは戦慄と共に呟いた。

 

 否、断じて否だ。

 

 減ってはいるが微々たる量であり、減る先から戻っていたのである。

 

 それはつまり、相対的には減っていないのと同義。

 

「十秒間で三〇〇以下か」

 

「此方は四〇〇以下です」

 

「な、に?」

 

「お前らタイタンズ・ハンドの全員が、僕とシリカに与えている十秒間に於けるダメージの平均値さ」

 

「そして私達は基本的に、戦闘時回復(バトル・ヒーリング)というスキルによって十秒毎に九〇〇くらい回復しています」

 

「僕のレベルが九二」

 

「私が八八ですね」

 

 それが攻略組トップクラス・プレイヤーのレベル、そもそも四〇〜五〇もあれば英雄な中層クラスで手が出せる相手ではない。

 

 装備品とてユート謹製、最高品質な武具を装備しているのだから。

 

「HPも一万七千越えだ。果たしてタイタンズ・ハンドは僕らを殺せるかな?」

 

「うっ!? そんな無茶苦茶だ!」

 

 誰かが言う。

 

「そんな無茶苦茶が罷り通っている──高が数字が増えるだけでこれだけの差が付く。それこそがレベル制MMOの理不尽さだよ」

 

 ユートも昔、大元の世界でMMO−RPGをプレイした事があるし、その程度は熟知している。

 

「それじゃあ、始めよう。数多のボスを屠ってきた……漆黒の刀舞士の蹂躙を」

 

 シャリン! 抜刀された刀の刃は黒い光沢を放ち、太陽の反射を受けて妖しく煌めいていた。

 

「ブラック・サン・インゴットを使って打ち鍛えた、僕の武器──羅刹王」

 

 攻略組が使う最新のレアアイテムで造った武器は、中層の連中が使うノーマル武器など曇らせてしまう。

 

「今一度に訊いてやろう、大人しく回廊結晶で牢獄に行け。無駄な戦いで死んでも嫌だろ? 因みにお前らと違って僕は犯罪者を相手に限り、殺しても御咎めは受けない。仮にグリーンであってもオレンジのリーダーなら問題は……無い!」

 

 それは即ち、ユートならPKも容認をすると政府がお墨付きを与えたという事に他ならない。

 

 【SAO対策委員会】もPKをするオレンジには、ほとほと頭を痛めていた。

 

 これでは万が一に攻略組の士気が下がってしまい、攻略が進まなくなってしまうだろう。

 

 かといって、捕まえるしか出来ないのでは実力者であっても逃がしてしまう。

 

 其処で彼らは唯一無二の情報提供者兼攻略組最強とされるユートに、オレンジやレッドと称される者達の所謂、PKKを許可した。

 

 生命を秤に掛け、オレンジやレッドの生命と攻略組の生命、委員会は後者を選んだという訳だ。

 

 とはいえ、ユートも敵に容赦無い性格ではあるが、殺人鬼ではないし血に餓えてもいない。

 

 説得に耳を貸すのなら、殺害まではしない心算だ。

 

 多かれ少なかれ、この手のゲームでは人格が反転する人間も居るのだから。

 

 アレだ、ハンドルを握るとスピード狂になるとか、そんな類いである。

 

「う、うわあああっ!」

 

 恐怖心に負けたタイタンズ・ハンドAが、両手斧でユートに襲い掛かる。

 

 ガキィィッ!

 

 パリィで武器を弾き飛ばした瞬間、取って返された漆黒の刃がタイタンズ・ハンドAの右腕を肩から切断してしまう。

 

「ヒッ、ヒィィィッ!」

 

 血も出ない切り口を左手で押さえ、尻餅を突きながら無様に後退する。

 

 ペイン・アブソーヴにより痛みは無いが、ダメージによる違和感は感じる為に右肩の欠如を確り受けた。

 

 その一連の動作に淀みは全く無く、ユートが人斬りを慣れていると思い知り、タイタンズ・ハンドの面子はロザリアを除き、一斉に武器を手放してホールド・アップしてしまう。

 

 死ぬ事が確定していると聞き、尚も死地に赴ける程に覚悟は無いらしい。

 

「コリドー・オープン」

 

 濃紺色の結晶を有効化、回廊を通じて牢獄に場所を繋げたのだ。

 

 タイタンズ・ハンドは何も言わずとも、トボトボとゲートへ入っていく。

 

 残されたのはたった一人──ロザリアのみだ。

 

「さあ、死ぬか牢獄か? 二者択一を選べ」

 

「あ、私はグリーンだよ! 手を出せばアンタがオレンジになる! そうなれば施設が使えなくなるよ!」

 

「それなら御心配無く……とあるレアアイテムを装備すれば、対人戦をデュエル扱いに近いものとしてくれるからね。殺してもカーソルは変わらないさ。しかも……ちょっと相手は手痛い目にも遭う」

 

 くつくつと笑うユート、ロザリアは空恐ろしいものを感じた。

 

 チャキッ!

 

「試してみるか?」

 

 羅刹王を突き付けて訊ねると、ギリギリと歯軋りをしながら諦めたのだろう、大人しく牢獄へ向かう。

 

 コリドーが閉じて任務を完了した二人。

 

「終わったな」

 

「はい」

 

「じゃ、皆には約束通りに食事を奢りますか」

 

「へへ、ユートさん。御馳走様です」

 

 今回の一件、【ZoG】だけではなく他の面子にも手回しを頼み、その代価は夕食を一回奢る事だ。

 

 ユートが個人的に受けたのだから、ギルドの面子にも奢るのは確定している。

 

 とはいえ……

 

「ま、夕飯にはまだ時間もあるしな。デートと洒落込もうか?」

 

「は、はい!」

 

 それはもう、尻尾が生えていればブンブンと振っているであろう、満面の笑みと返事であった。

 

「夜は昨夜のマッサージの続きも……な?」

 

「は、はい……」

 

 何の事はない、ロザリアが興奮しながら聴いていた桃色な会話は、マッサージによるものだったと云う。

 

 これぞ御約束(テンプレ)というやつだった。

 

 

 

.

 




 次回はあのギルド絡み。




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第33話:圏内事件なんて無かったんや!

.

 濃紺色な髪の毛をミドルロングにした女性が、ユートの隣で何も身に付けない──生まれた侭の姿で寝息を立てており、縋る様な仕草でユートの腕を確りと放さないと謂わんばかりに、力強く抱き締めている。

 

 それ程には豊満と云えないが、それでも脹らんでいる双丘が当たっていた。

 

 彼女のプレイヤーネームはヨルコ、嘗て【黄金林檎】というギルドに加入していたが、今やあのギルドは存在していない。

 

 ギルド消滅から半年……ギルドリーダーを伴って、ヨルコがユートを訊ねてきたのである。

 

 別に危機的状況だった訳ではなく、単純にギルドの消滅後に心の準備が整い、約束通りに【ZoG】へと加わりに来たに過ぎない。

 

 半年前の秋口頃に起きた事件、【黄金林檎】のギルドリーダーのグリセルダがPKされ掛けたのだけど、ユートがこれに介在をした事により縁を繋いだ。

 

 それから度々パーティを組む事もあったし、こうして冒険を終わらせれば互いに肉体の快楽を求め合い、耽る事だってある。

 

 この世界ではそんな欲望を懐けば、以外とセーフティを外してしまう。

 

 何しろ、この身はアバターであって本来の生身ではないのだから仮令、処女であっても痛みは無いから、経験するだけなら簡単に出来てしまうのだから。

 

 それを盾にというとおかしいが、ユートは囁く際にそれを前面に押し出す。

 

 女の子の方も、警戒心や初めてなら初めての抵抗感が可成り減り、『ちょっとくらいなら』と軽い気持ちでベッドを共にする。

 

 ヨルコも興味が無いといえば嘘になり、ユートには感謝の気持ちや仄かな好意を持っていたし、アバターだからという免罪符を突き付けられて、仮初めの肉体でならと捧げたのだ。

 

 ユートからすれば本物の肉体での行為に比べると、どうしても一段下がる悦楽に過ぎないが、ヨルコだと初めてだったのもあって、充分以上に痺れる様に甘い快楽に酔えた。

 

 正確にはこのSAOによる性行為は、直接的に快楽神経だけを刺激する行為なだけに、実はユートくらいになると話は別だが普通はSAO内の方が気持ち良くなってしまうものなのだ。

 

 何度か逢ってパーティを組み、レベルアップを目指したり簡単なクエストなどを熟したり、二人きりでの愉しいRPG生活を暮らしつつ、それが終われば宿で互いを求め合うというこの関係をそれなりに続けて、引き篭っていたグリセルダを強引に引っ張って来て、何とユートの前で百合ってしまい、更には快楽に溺れ始めたグリセルダの股を開いてユートに挿入させて、漸く此方側に意識を向けさせる事に成功した。

 

 ユート的にも、美少女と美女が目の前で睦み合っているのを見せ付けられて、その気になってしまっていたから、殆んどグリセルダの中でも元に為りつつある夫が居た事実も忘却して、愉しんでしまったもの。

 

 NTRには当たらない。

 

 幾ら夫に献身的な良妻だったとはいえ、流石に殺され掛けては……しかも自分の頑張りを全く理解しようともしない、そんな男だとは思いもしなかったから、失望感で引き篭ったのだ。

 

 若し、SAOから脱出が出来たとして彼との関係をどうするか? 決断が出来なかったグリセルダだが、ユートに抱かれた事も手伝って、最初の作業は離婚届にサインさせる事になる。

 

 

 閑話休題

 

 

 パチッとタレ気味な目を開くヨルコ。

 

「ユート? おはよう」

 

「おはようにはまだちょっと早いな」

 

「そうなんだ……」

 

 まだ起きる時間には早いと知り、ヨルコは頬を胸に押し付けてスリスリと擦りながら温もりを楽しむ。

 

「ふふ……」

 

 おもむろにユートの分身を右手で掴む。

 

「昨夜はあれだけヤったのにまたおっきくしてる」

 

 そう言いながら刺激を与えてくるヨルコを、ユートは少し強引に押し倒して、再びめくるめく熱い快楽に耽る事、約一時間。

 

 所謂、ピロートークを始めた二人は……

 

「ねえ、覚えてる?」

 

「何を?」

 

「私と貴方がこんな関係を持った切っ掛け」

 

「思い出したくないのかと思ったけど?」

 

「うん、でもユートに出逢えた切っ掛けでもあるし、忘れたくはないの」

 

 出逢った切っ掛けとなる事件、それをお互いに語り始めるのだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 その日、ギルド【黄金林檎】はちょっと特殊だと思われる漆黒のモンスターと遭遇して偶々、攻撃が上手く当たって斃してしまう。

 

 明らかに普段から湧出をするモンスターと異なり、見るからにレアモノだった訳だが、間違いなくそれがレアなモンスターだと判ったのはドロップアイテム。

 

 【俊敏の指輪】と呼ばれるそれは、アクセサリーとして身に付けるとその名に違わぬ効力として、俊敏をニ〇も上げてくれるというレアアイテム。

 

 SAOはステータス面が可成り簡略化されており、攻撃力に直結をする筋力と動きに直結する俊敏、二つしか上げる要素がない。

 

 SAOをゲーム足らしめる要素は、膨大なスキルにあるといっても過言ではないであろう。

 

 武器を揮う上で必須となるソードスキル、その他に探知や料理や釣りや裁縫や鍛冶といったスキル。

 

 二つのパラメーターと、これらスキルの取得と武器の習熟で、プレイヤー達は個性を得ているのだ。

 

 一回のレベルアップにて獲られるボーナスポイントは三ポイント、当然ながら上げられる数値はレベルによって固定された限界値が存在するが、中にはそんな限界より上のパラメーターを持つプレイヤーも居た。

 

 レアアイテムを手に入れた運の良いプレイヤーで、【黄金林檎】が今回で手にした指輪もそうだし、中には酒類に恒久的なパラメーター上昇効果が認められるアイテムも在る。

 

 たった一つしかなかった指輪、どうするのかを揉めるのは仕方がないだろう。

 

 総勢で八名のメンバー、その中で出た意見は二つ。

 

 自分達で使いたいという者と、一つしかない指輪をどうこうするより、売ってしまってコルに変えようという者だ。

 

 民主主義の名前を借りた多数決の結果、使いたい者が三人に売りたい者が五人という事で、ギルドリーダーのグリセルダが競売に掛ける事となった。

 

 使いたいと言っていたのは完全な前衛、シュミットとカインズの二人であり、もう一人はヨルコ。

 

 当時、ヨルコはカインズと付き合い始めていた為、彼氏の意見に同調した形で売るのに反対をした。

 

 だけど、この時にヨルコは言い知れぬ不安感に襲われており、何かを見落としていて破滅を迎えると……そんな最悪な気分に少しだけ青褪めてしまう。

 

 黄金林檎】へ入る前に、ヨルコはモンスターに一人きりで襲われ、死に掛ける経験をしていた。

 

 その際に救ってくれたのは黒髪黒瞳、見た目に凡庸で女の子寄りな中性的青年であり、その気になってのメイクアップで何と無くだが自分より美人になりそうな感じだった。

 

 プレイヤーネームが本名だという彼はユート。

 

 凡庸な顔立ちというのは飽く迄も、割と何処にでも在りそうな顔だという意味であって、綺麗に整っているから女としては羨望の眼差しを向けるしかない。

 

 自分こそ凡庸に過ぎると思っていたから。

 

 手を取って貰って立たせられたヨルコは、茫然自失となっていたけどすぐに我を取り戻し、頭を下げるとお礼を言った。

 

 危うくアバターはポリゴン片に変わり、現実の肉体は脳をチンされて死んでいたのだから当然である。

 

 もう、涙目でペコペコと頭がもげるくらいに下げ、顔は恐怖から逃れた反動からか、林檎みたいに真っ赤に染まっていたと云う。

 

 因みに、ユートは原典を識らないから判らなかったけど、実はヨルコはこの後で【黄金林檎】のグリセルダに救われて助かる予定であったのだが、知る由もないユートは助けてしまう。

 

 その後に暫くパーティを組み、レベリングやクエストに勤しんだ訳だったが、世界の修正力か結局は彼女はグリセルダのギルドへと入り帳尻は合ってしまう。

 

 クエストを熟している間にユートは、ヨルコに自分が持つ技能で使えそうなのを教えていった。

 

 ユートが教えると余程の事がない限り、上手く覚える事が可能な為にヨルコはアバターの性能をレベルアップで上げるだけでなく、プレイヤー技能も充分過ぎるくらい上げ、本来辿った世界線に比べても遥かに強くなっている。

 

 尚、何も知識が無い娘にえちぃ知識をユートを相手に現地習得させると、凄まじい手練手管を覚えてしまう為に、本当に一ヶ月前まで処女で性知識に疎かったのか? と思うくらいにまで性長してしまう。

 

 ハルケギニア時代では、貴族のアホ共がそんな噂を聞き付け、妾をユートの所に送り出して性知識を会得させようなんてしており、貴族が妾にするだけあって綺麗処で若い娘さんだし、『まあ、良いか』とヤってみて一ヶ月後、貴族家へと還された妾によって腹上死し掛けた者が多数。

 

 妾であるが故に、貞淑を旨とするトリステイン貴族が挙って進んだアホな道。

 

 まあ、ユートとしてみれば様々な娘──平民や下級貴族など──を喰えたので良しとしておいた。

 

 

 閑話休題

 

 

 戦い方をレクチャーされたヨルコは、最終的にシステム外スキルとして【虫の知らせ】を習う。

 

 第六感だとか兎にも角にも危機回避能力を高める為の訓練で、【倫理コード解除設定】を使って倫理コードを解除した上でユートが〝エロく〟触るのを避けるという事をしていた。

 

 流石に何度も御触りされてしまい、色々と感じさせられてしまった。

 

 色々と。

 

 結局、時間的にオーバーしてしまったから離れるまでに覚えられなかったが、【黄金林檎】に入団してから暫くして迷宮の先に不安を感じたのだ。

 

 その時は気のせいであると黙っていたが、実際に先へと進んだら死に掛けた。

 

 次の機会があって今度は話したものの、グリセルダ以外には信じて貰えなかった為、再び其処へ進んだらまたも死に掛けた。

 

 三度目、今度こそ仲間も信じてくれて回避したら、風の噂で進んだ先へ行ったパーティが帰って来なかったのだと聞く。

 

 ヨルコは震えたが仲間を救えた為、グリセルダからは誉めて貰えたし、カインズと付き合う切っ掛けにもなったから折り合いを付ける事が出来た。

 

 その不安感をグリセルダが競売に行くと決まった時に感じ、つまりはグリセルダが危ないと考える。

 

 仲間には言えない。

 

 場合によっては仲間による裏切りすらあるから。

 

 ヨルコは久方振りになるフレンド登録した師匠──ユートに連絡を取った。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 第二二層……【ZoG】の本部。

 

「久し振りだねヨルコ」

 

「はい、ユートさん」

 

 テーブルを挟みソファーに座った二人、未来が淹れてくれたお茶を飲んで互いに挨拶を交わす。

 

「それで? 君は君の場所で頑張っていると思っていたんだが、話があるというのは何なんだ?」

 

「はい、実は……」

 

 ヨルコは話す。

 

 ギルド【黄金林檎】が手にしたレアアイテムを競売に掛けるべく、グリセルダが一人で向かう事と自らが感じた不安感の事を。

 

「成程……パーティを組んでいた時には覚えきれなかった第六感、それを会得したから感じた不安感か」

 

「……」

 

 表情を歪めて歯を食い縛って頷くヨルコ。

 

「君の不安感はきっと正しいだろう。恐らく某か認識をしていたから感じた……話したな? システム外スキル【虫の知らせ】とは、自身が受け取った意識と無意識に保全された情報を、統合する事によって得られるモノだ。オカルトなんかではない、もっと科学的なもんなんだって」

 

「はい」

 

「なら、君の目的は護衛って処かな?」

 

「そうです! お願いしますユートさん! グリセルダさんを影から護衛をして貰えませんか!?」

 

「対価はどうするんだ?」

 

「勿論、考えてます。正直な話、最低でも百万コルなんて用意は出来ませんが、代わりになる何かを提示すれば受けて貰えますよね」

 

「そうだね、前にそう言った筈だよ」

 

 親しき仲にも対価有り、ユートは仮令仲間であっても対価は僅かでも取る。

 

 与えられたモノには須くそれに見合うだけの代償、対価が必要。

 

 その際には与え過ぎてもいけない、奪い過ぎてもいけない、過不足無く対等に均等に。でないとキズが付く……現世の躰に星世の運に天世の魂に。

 

 などと言ったのは何処の魔女だったか?

 

「二割くらい割引くが?」

 

「支払えません。だから、私を対価にします」

 

「……意味、理解が出来ているのかな?」

 

「はい」

 

「彼氏が居るとか言わなかった?」

 

「何と無く付き合っていただけです。グリセルダさんには代えられません」

 

「了解した。これから行けば良いのか?」

 

「いえ、明日の午前六時。競売に向かいます」

 

「なら、明日の五時には出るかな」

 

「お、お願いします!」

 

 そう言ってヨルコはソッと唇を重ねてきた。

 

「カ、カインズとは何度かしてるから初めてじゃないのですけど……あ! 身体の方は未だですから!」

 

 何だかヨルコが余計な事を暴露し始める。

 

「解った解った」

 

 ポンポンと軽く頭を叩いて家の奥へ進む。

 

「取り敢えず、食事くらいは出すから泊まっていくと良いよ」

 

「とま!?」

 

 おかしな誤解をするのはテンプレだろうか?

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 翌朝、ユートはすぐにもグリセルダが出発する筈の転移門近くに潜んだ。

 

 果たしてグリセルダに何が起きるのかは解らない、だが然しヨルコが得たのはユートが伝えたスキル。

 

 信じるに価するだろう。

 

 競売に向かうのに何故か圏外に出るグリセルダ。

 

 何がしたいのかは解らないが、モンスターなら幾らでも湧出するし、その気になれば誰かしらが潜むのだって難しくはないのだ。

 

 どうやらヨルコの不安は的中らしいと考え、ユートはある程度の距離を取り、気付かれない様にストーキングをする。

 

 隠れる場所が割かし有るのは有り難かった。

 

「だ、誰!? 貴方達は」

 

 警戒心バリバリに訊ねるグリセルダ、彼女の目の前にはフーデッドマントを被る三人組が立ち塞がった。

 

 何やら会話をしているみたいだか、ユートの所までは流石に響いてこない。

 

「キャァアッ!」

 

 グリセルダが悲鳴を上げると同時に、力無く地面に倒れてしまう。

 

「麻痺毒か!」

 

 ユートは駆けた。

 

 腰に佩いた自らの刀──正宗+28の高い攻撃力を持つ武器を抜刀し、敵に対して切っ先を突き付ける。

 

「ホー、まさかの援軍か」

 

 ポンチョを被る男が何処か驚きを見せた。

 

「あ、なた……は?」

 

「ヨルコに頼まれてね」

 

「よる……こ……そう、またいやな……よ……かん」

 

「そういう事だよ」

 

「ハッ、嫌な予感ときたかよ? これはこれは、折角の作戦が予感でパーか!」

 

 然も可笑しそうなポンチョの男、それは自らが自信を持っていた謀略が予感なんてモノに阻まれたのが、どうやらツボにハマってしまったらしい。

 

「さて、PKなんざぁ格下ばかりを相手にしてたんだろうけど、初の格上を相手にたった三人で向こうに回せると思うなよ?」

 

 PK──これが成立するのは基本的に真っ正面からだろうが、或いは罠を使うにしてもレベルが上の相手に敵対したりしない。

 

 万が一に殺られては堪らないからだ。

 

「ハッハッ! てめえが、俺らより格上だぁ?」

 

「……おも……白い……」

 

 他の二人も笑う。

 

「殺り合うなら付き合う。その代わり……目には目、歯には歯、PKにはPKを以て応えようか」

 

 タン!

 

 それはまるで現実世界でやる様な縮地法の如く瞬間的な移動で、餓鬼っぽく笑う男の首筋に切っ先を僅かに当ててやった。

 

「ぐっ!?」

 

「もう一度だけ忠告をしてやる。お前らは弱い、此処で殺り合いたいなら付き合ってやるが、死ぬ覚悟だけはしておけよ?」

 

 ズズ……

 

 少しずつ刃がめり込む。

 

「ヘ、ヘッドォ!」

 

 情けない声を上げる。

 

 彼に痛みこそ無いのだろうが、刀の切っ先が首へとめり込む不快感は感じていたし、ユートの本気が態度や仕草や雰囲気から決してハッタリではないと、殺しをしてきた自分自身が理解をしてしまったからだ。

 

「良いだろう。此処は退くぞジョニー、ザザ」

 

「オッケー、ヘッド」

 

「判った……」

 

 三人は殊更に慌てず騒がず退き、その侭踵を返して行ってしまう。

 

「待て、お前だな?」

 

「何がだ?」

 

「今までの搦め手なPKを教唆してきたのは。例えば第二層の強化詐欺事件……例えば睡眠PKとかな」

 

「ハッ! そうか、お前さんが今まで邪魔をしてくれた奴か? 楽しませてくれるなBoy!」

 

 おかしなイントネーションであり、少なくともバイリンガルなのは間違いないくらい英語が達者な様だ。

 

 基本は日本語らしいが。

 

 去り行くレッドプレイヤーは追わず、アイテムストレージより解毒結晶を取り出してグリセルダに使う。

 

 パキン! 砕け散る結晶が効果を発してグリセルダは起き上がった。

 

「あ、ありがとう」

 

「ああ。だけど競売に行くのにどうして圏外へ?」

 

「それが……」

 

 メッセージが有ったから待ち合わせに来たという、つまりヨルコ以外の誰かがグリセルダを殺害するべく罠を張ったのだろう。

 

 PK専門らしいプレイヤーに通じてまで。

 

「成程、それがお前か? 隠れていても無駄だぞ……ヨルコのシステム外スキルと同じく、僕は気配を読む事が出来るからな」

 

 確りと視線を向けてくる辺り、ハッタリではないと諦めたのか出てきたのは、トレンチコートに帽子を被ってサングラスを掛けた男が木陰より出て来た。

 

「グリムロック、アナタ」

 

「……アナタってのは二人称的な意味じゃなく?」

 

「グリムロックはSAOでも現実でも夫なのよ」

 

「納得した。それで、どうして夫のアンタが妻であるグリセルダを殺そうとしたんだ? 今更、惚けるなんてよしてくれよ? この場に居る唯一の【黄金林檎】のメンバー、そして奴らに殺され掛けた彼女を黙って見ていた事。少なくとも、状況証拠は充分だ」

 

「く、ふふ……」

 

 観念したのか、グリムロックはポツリポツリと殺意の理由を語り始める。

 

「私は許せなかったのだ。ユウコの愛情が失われつつある事が」

 

「? どういう事? 私は今でもアナタを愛して……いるわ……」

 

 殺され掛けた事からハッキリ言えなかったものの、グリセルダは別にグリムロックへの──夫への愛情を失ってはいない。

 

「不倫でもしてたか?」

 

「する筈ないわ!」

 

「なら確かに意味不明だ。何を以て愛情が失われたなんて思った?」

 

「ユウコは私と共にSAOに囚われたが、この世界で活き活きとしていた」

 

「は?」

 

 良い事ではないか?

 

「現実の世界でユウコは、私に従順で可愛らしかったというのに、この世界に囚われてから君は変わってしまったんだ」

 

「か、変わった? 私が、変わったってどういう?」

 

「さっきも言ったろう? 活き活きとしていると……こんなデスゲームに怯え、怖れていた私を置き去りにする勢いでユウコ……君は充実した様子を見せたよ。私は認めざるを得なかったのさ、私が愛した君はもう居ないのだとね!」

 

「そ、そんな……私はただ……ただ……」

 

「ならばいっそ、合法的に殺人が可能なこの世界に居る内にユウコを永遠の想い出の中に封じてしまいたいと願った私を、いったい誰が責められるかね?」

 

「そんな下らない理由からグリセルダを、自分の妻を殺そうとしたのか?」

 

「充分過ぎる理由だろう。君にもいずれは解るのさ、探偵君。愛情を手に入れ、それが儚くも失われようとした時に……ね」

 

「まるで僕が愛情を知らないみたいに言うな?」

 

「君の年齢では解らない、愛情の何たるかを」

 

 オーバーアクションも甚だしい大仰な手振りで芝居掛かった科白を口にしているグリムロックは、ハッキリ云えば自分に酔った性質の悪い人間にしか見えず、またグリセルダはショックから茫然としている。

 

「舐めるな、若造が!」

 

「な、なにぃ!?」

 

「高が百年も生きていない程度の若造の分際で、既に世界を覚った心算かよ! お前みたいなのが独覚になって意気がるんだろうな。さっき、アンタはユウコは居なくなったと言ったが、それは違う。彼女がSAOで活き活きしていたのは、愛するアンタを早く解放するべく、先を見据えて動いていたからに他ならない」

 

「な、んだと?」

 

 グリセルダを見遣ると、顔を上げて首肯した。

 

「ば、莫迦な!」

 

「これが現実だ」

 

 その後、意気消沈をしたグリムロックはコリドー結晶で記録していた黒鉄宮の牢獄に叩き込み、グリセルダを連れて帰る。

 

 ギルドは解散、指輪に関してはユートが買い取り、お金はヨルコを含む六人に分配されて、グリセルダは『暫く独りになりたい』と引き篭り、ヨルコはカインズと正式に別れてユートに対価を支払う。

 

 カインズや他のメンバーは別のギルドへ、ヨルコはグリセルダの面倒を見ながらいつかユートに合流したいと語る。

 

 それから半年、ヨルコはグリセルダを無理矢理にでも引っ張ってきて、二人してギルド【ZoG】に入団をするのであった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 グリセルダは夫に裏切られて、ヨルコは彼氏と別れてしまった為、云ってみればフリーな状態に等しかった──グリセルダは現実で離婚しないとフリーじゃないが──とはいえ、ユートと爛れた性活をする様にもなり、SAO自体も楽しんでプレイしている。

 

 そして来るべき日……

 

 バタバタとギルドホームに入ってきたキリト。

 

「ユート!」

 

「どうした、キリト?」

 

 

 グリセルダが元人妻的なパワーで淹れたお茶を飲みながら、ユートは慌ただしいキリトに声を掛けた。

 

「密告があったんだ!」

 

「密告? そいつは穏やかじゃないな」

 

「ユートが追っていたあの【笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】の元メンバー、それが投降してきてアジトの場所が判明した!」

 

「! そうか、奴らに辿り着いたって訳だね」

 

 腰を上げたユート。

 

「これから主だった攻略組のギルドが集まって、奴らの討伐任務を行うってさ」

 

「了解した」

 

 ギルド【ZoG】マスターのユート、サブマスターのキリトは最大派閥となる【血盟騎士団】が本拠地としているグランザムへと向かうのだった。

 

 

.

 




 ちょっとグダグダ感が。




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第34話:独りの討伐戦

.

 第五五層の主街地である【グランザム】へと転移してきたのは、【ZoG】のギルドマスターのユート、サブマスターのキリト。

 

 更にギルド【レリック】のギルドマスターの翼に、サブマスターである響。

 

 大勢居ても意味が無いからいつも通りに、ギルドの代表たるマスターとサブマスターの二人に限定され、他のメンバーは基本的にはホームで待つ。

 

「よう、ユートにキリトじゃねーか!」

 

「クライン!」

 

 ユートが名前を口ずさみ手を挙げて応える。

 

 赤毛に趣味の余り良くないバンダナを巻く野武士面な青年、彼は僅か六人程度の少数ギルド【風林火山】のギルドマスター。

 

 嘗て、第一層ではユートにギルドのメンバー全員が世話になった経験もあり、本人の明朗快活な性格もあって【レリック】みたいな同盟を結んではいないが、それに近い付き合いだ。

 

 隣の人物はサブマスターだろう、特に口を開くでもなかったがペコリと挨拶代わりに頭を下げてきた。

 

「にしても、ユートよぉ。オメーの苦労もようやっと報われるなぁ?」

 

「フ、そうだな」

 

 第一層から可能性自体は考えていたし、第二層から明確に敵が居ると認識し、第三層からは攻略そっちのけとまではいかないけど、出来る限り捜し始めた。

 

 第十層から十層のボスをソロで攻略する見返りに、本格的なアインクラッドの攻略に戻りはしたものの、〝敵〟を捜す事そのものは行い続けてきたのだ。

 

 然し見付からない侭に、遂に犠牲者が出始める。

 

 睡眠PKを始めとして、システムの穴を突いたPKを教唆、それで本来ならば一般プレイヤーの筈の連中が道を踏み外す。

 

 何人も死んだ。

 

 そしてユートの懸念通り現れたレッドギルド。

 

 自分達自身がPKを愉しむ殺人ギルド【笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】、ギルドマスターのPoHは間抜けな名前とは裏腹に、【友切包丁(メイトチョッパー)】を手にし凄まじい技量を魅せ、ギルドのメンバーを増やしていた。

 

 【友切包丁】は現段階でユートが造る武器以外で、最高の威力を誇る魔剣級のモンスタードロップによるダガーである。

 

 ユート以外だと何とか、リズベットが少し前に作成した【ランベントライト】や【ダークリパルサー】が匹敵するレベルか?

 

 PoHは【友切包丁】と謎のカリスマを以てして、厄介な敵と成りつつある。

 

 【血盟騎士団】の本部に招かれた各ギルドのマスターとサブマスター、それにソロでも攻略組に入れる程の実力者も含めての会議。

 

 別の世界線では、キリトもソロ攻略組の一人として動くが、この世界線に於いてはギルド【ZoG】でのサブマスターだ。

 

「皆さん、不参加無く集まって頂いて感謝してます」

 

 今回ばかりはアスナの声に堅さが含まれているが、その理由を知る面々は特に何を言うでもない。

 

「本日、こうやって皆さんに集まって頂いたのは他でもありません。殺人ギルドの【笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】のアジトが、彼らのギルドを抜けた者から情報が齎らされ、これにより彼らを捕縛するに足る作戦を話し合える事になったからです!」

 

『『『『おお!』』』』

 

 既に聞かされていたとはいえ、【KoB】の副団長たる【閃光】のアスナから直に言われると、真実味が五割増しと云えた。

 

 実の処、【聖竜連合】や【アインクラッド解放軍】や【アインクラッド解放隊】など、大きなギルドだと中堅レベルのギルドメンバーが被害に遭っている。

 

 極小規模なギルドである【ZoG】や、【レジェンドブレイブス】や【レリック】などは特筆する被害は無かったが……

 

 とはいえ【レジェンドブレイブス】の場合、ユートの見立てでは加害者にされる被害を第二層で受けて、強化詐欺事件を起こしてしまっており、決して他人事と宣っていられない。

 

 中規模ギルド【ソーシャルゲーマーズ】も、人死にこそ出さなかったものの、トラップに掛けられたとか女性プレイヤーがレ○プをされ掛けただとか、色々と被害を受けている。

 

 オレンジギルド【タイタンズハンド】も、思想的にはPoHから薫陶を受けた可能性もあった。

 

 まあ、仮にそうだとして連中を出す理由も無い。

 

 いつもと同じくで最大のギルド【KoB】の副団長アスナが司会進行役をし、ユートやディアベルやシンカーといった面子に意見を求めていき、大体の案件は纏まったと見て良いくらい意見も出揃う。

 

「では、アジト襲撃は今日より三日後に。その準備の期間中で武器防具のメンテナンス、アイテムの補充といった事をして貰います。また、今回に限り【ZoG】専属契約鍛冶師でもあるリズベットがメンテナンスを二割引きで引き受けてくれると、ユート君から言質を戴いています」

 

 リズベットは本来の世界線だと専属契約をしてない鍛冶師だったが、この世界では【ZoG】のメンバーの一人でもある。

 

 フリーではないのだし、ある意味で【ZoG】との専属契約をしている形だ。

 

 アスナから頼み込まれ、リズベットも自身が襲撃班に加われないから、そちら方面で役に立ちたいと願っていた事も手伝って頼んでいたが、ユートはあっさりとオッケーを出した。

 

 本来の世界線では知る人ぞ知る鍛冶師であったが、この世界線では【ZoG】所属という一種のブランドとなり、客足も可成り多い事から謂わば有名店みたいな感じで、アスナの言葉には皆が沸いたものだ。

 

 何しろ、唯でさえユートという剣士兼鍛冶師なんて冗談みたいな事を仕出かす者が居り、リズベットの様な武器造り故のメイサーとは明らかに異なるタイプ、戦闘で勝てないならせめて鍛冶師として負けたくないなんて、負けず嫌いを発揮したリズベットはグングンと熟練度を上げていく。

 

 今やSAO切っての鍛冶師として有名となる。

 

 まあ、ユートはリアルな鍛冶が可能と判ってから、更なる技術による鍛冶というのを魅せ、リズベットはちょっと焦っているが……

 

 特に、ユートが響──もうプレイヤーネームで呼ぶ仲間は居ないに等しい──に実験的に与えた武具は、正に秀逸と言っても良い。

 

 ガングニール・シリーズと呼ばれ、ボス戦に参加をしたプレイヤー達が欲する武具の筆頭だった。

 

 尤も、ユートはシンフォギア・シリーズをギルド【レリック】のメンバー以外に与える気は無い。

 

 現状、アメノハバキリとイチイバルは完成している訳だが、【笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】の処理が最優先として未だに渡さず仕舞いである。

 

 尚、イガリマとシュル・シャガナはユートが見た事が無い為、今は造れないと切歌と調に断った。

 

 殺るべき事は決定して、合同ギルド会議は終了。

 

 三日後に各ギルドからのトップクラスが選出され、【笑う棺桶】のアジトへと襲撃を仕掛ける予定だ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 合同ギルド会議が終わった夜更けて、もう朝方だとも云える時間帯にユートはたった独りで、とある場所に立っていた。

 

「所詮、予定は未定なんだよアスナ。悪いな……」

 

 独り言ちると歩を進め、その手にはこの日の為に打った【景光】を執る。

 

 今まで使っていた刀──【兼光】より数段上の武器レベルで、耐久性や切れ味が格段に上がっていた。

 

 

兼光:カタナ/両手剣 レンジ:ショート 攻撃力:800-1500 重さ:130 タイプ:斬撃 耐久値:2000 要求値:68 敏捷性:+55 腕力:+10

 

 

景光:カタナ/両手剣 レンジ:ショート 攻撃力:2000-3200 重さ:110 タイプ:斬撃 耐久値:3500 要求値:75 敏捷性:+90 腕力:+50

 

 

 実際に打ち合った事など無いが、噂の【友切包丁(メイトチョッパー)】とやらが強力な魔剣らしいし、万全を期する為にと打っておいた刀系。

 

 現時点で、プレイヤーメイドや魔剣など全てに於いてトップクラスの刀であると自負している。

 

 当然ながら【友切包丁】などに負ける気は無い。

 

 因みに、使わなくなった兼光は某・赤毛バンダナが涎を垂らさんばかりに見つめていた為に、格安で──百万コル──譲ってやったらメガっさ喜んだ。

 

「待て! 何だお前は!」

 

 漸く現れた〝獲物〟に、ユートはニヤリと嗤ってから景光を掲げて叫んだ。

 

「貴様らの敵だ!」

 

 意を威に変えて叫ばれ、ビクリと震えた相手だったがすぐに合図を送る。

 

 稍あって、バラバラと現れてユートを取り囲んでくるプレイヤー、そして別格だと謂わんばかりの三人が揺ったりと現れる。

 

 黒いポンチョを中心に、髑髏仮面に赤い眼光を灯した男と、ニヤつくハイテンションな男の三人は、嘗てギルド【黄金林檎】が瓦解する切っ掛けとなった者、【笑う棺桶】のヘッドであるPoHと、赤眼のザザ、ジョニーブラックだ。

 

 流石はヘッドと幹部……部下を嗾けて高みの見物と洒落込む気らしい。

 

「Ho、まさか翌日の早朝から仕掛けてくるとはな。確か三日後と決まった筈ではなかったか?」

 

「やっぱりか。お前らの所を抜ける者が居れば、此方にも裏切者が居る。そんな可能性は考えていたさ」

 

「成程な、だから裏を掻いて初日からと? だが独りで来たみたいだが、それでどうする心算だ?」

 

「勿論、一人でもお前らを殲滅出来るさ。だけど勧告はしておこう、投降するなら命までは奪わん。黒鉄宮の奥でSAOがクリアされるまで、大人しくしていて貰うだろうがな」

 

 一応、親切心で言ってやっているユート。

 

 当たり前だが非難轟々、『巫山戯るな!』だとか『ぶっ殺してやる!』などと声が上がる。

 

「そうかい、殺す心算で往くから生き残ったらラッキーだと思え」

 

 ガチャリ、景光を構えながら不敵な笑みで言う。

 

 纏うはミスリル銀糸製の陣羽織、下手な鎧兜を身に付けるより防御力が高く、更に軽いから動き易い。

 

 ミスリル銀糸は、ユートがミスリルインゴットから構築した代物であったが、それを陣羽織に縫い上げたのはSAO随一の縫製職人アシュレイだ。

 

 本当に良い仕事をする。

 

 その下には陣羽織に合わせた鎧、籠手、具足などを装備していた。

 

 正に今回は大将といった趣で闘うのだろう。

 

「さあ、始めよう。金色の御許へ還るが良い!」

 

 ユートの宣言と同時……

 

「イッツ、ショータイム」

 

 PoHの命令が下る。

 

『『『『おおお!』』』』

 

 鬨の声を上げて【笑う棺桶】のメンバーが、ユートへと向かって駆け出した。

 

 斬! 斬!

 

 運悪く、最初にユートの所へ辿り着いた男の腕を、ソードスキルとは異なる技で斬り落とすと……

 

「ウギャァァァァァッ! いてー! いてーよぉぉぉぉぉぉぉっっっ!?」

 

 のた打ち回りながら痛みを訴えた。

 

『『『『っ!?』』』』

 

 全員の脚が止まる。

 

 ゲームでいちいち痛みを覚えてはいられないから、通常はこの痛みをシステム的なカットをしている筈。

 

 ペインアブソーバによるモノで、これにはレベルが設定されており、レベルが最大値の一〇だと不快感を受ける程度で、SAOでは基本的にこれで固定が為されている。

 

 最低値の〇ともなれば、現実の痛みをその侭に受ける事となる為、剣で斬られたその激痛は如何程のものか想像もしたくはない。

 

「ギャアギャアと喚くな、煩いし何よりみっともないんだよ!」

 

 ザクッ!

 

「ゲボッ!」

 

 煩く叫ぶ男の喉を景光の白刃で貫いた。

 

 更にはグリグリと刃を動かしてやると、涙をボロボロと流しながら叫ぶ事すら出来ずに、HPバーをどんどん減らしていく。

 

 満タンで緑色だったが、両腕を斬られた時点で既に五分の一まで減り、HPバーは今や半分にまでなって黄色く変わっている。

 

 腕が無いから刃に触れる事も叶わず、脚をジタバタと動かしてもがき苦しむ。

 

 激痛を感じているのか、気絶も出来ない侭で危険域たるレッドゾーンまでHPが減り、そして遂にパリンという軽い音を響かせて、HPを全損した男は蒼白いポリゴン片と散った。

 

 シンと静まり返る。

 

 【笑う棺桶】のメンバーはPoHのカリスマ的なる薫陶を受け、生命なぞ惜しくも無い連中が揃っていた筈なのに、今や恐怖で顔を引き攣らせていた。

 

「不思議か? システム的に痛みを感じない筈なのに今消えた奴が、激しく痛みを訴えていたのが」

 

 男が消滅した為に地面へ突き刺さるだけだった景光を引き抜き、凄惨な笑みを浮かべながら訊ねる。

 

 答えは無い。

 

 というより、連中は声も出せない状態らしかった。

 

「偶にゲームで有るだろ? システム介入のアイテムやクエストがさ」

 

 初期には使えないシステムを使える様にする道具、若しくはクエストなどによってフラグを立て、開示をさせるなどの話。

 

 よく有るのがムービーや画像や音楽鑑賞で、ゲームクリアが条件の場合が多いのだが、アイテムなんかでそれらの鑑賞が可能となるものも少ないが在った。

 

「それと似たアイテムを手に入れていてね。アイテム名は【血闘(ブラッドデュエル・)勲章(オブ・メダリオン)】と云う。効果は装備者と戦闘を行った双方のペインアブソーバを〇にし、リアルな痛みを演出するという事」

 

 驚愕をする【笑う棺桶】のメンバー。

 

「双方という事は、お前も痛みを受けるのか? 【黒き刀舞士(ブラック・ソードダンサー)】」

 

 ユートの二つ名、それを知る程にPoHはユートを調べていた。

 

「その通りだ」

 

「HA、イカれてやがる。Crazyな奴だぜ」

 

「そりゃどうも……」

 

 

 ユートに言わせるなら、レッドギルドのヘッドだって充分にイカれ野郎だ。

 

 周囲を見回すと恐怖にて竦むラフコフのメンバー、誰も動かない……否、動く事が出来ない。

 

 先程、消滅をしてSAOからも現実(リアル)からもログアウトした男の末路、それを視てしまっては仕方がない話だろう。

 

 本来なら死をも恐れずに向かっていく筈が、やはりリアルな痛みを受けるのは嫌なのか、互いに顔を見合せつつ震えるだけだ。

 

「HEY、いつまでお見合いをしている? ショータイムは既に宣言しているんだぞ、殺れ!」

 

 

 其処には確かな威圧感を感じ、鳥肌が立つカリスマが際立っていた。

 

 前門のユートに、後門のPoHという彼らからすれば泣きたくなるシチュエーション、然しそれを自覚するユートは自業自得だとしか考えていない。

 

「待つのは時間の無駄か。武器を捨てれば投降と見なして命は助けよう。捨てなければ仮令、攻撃をしてこなくても敵意有りと見なして殺す!」

 

 その優しい恫喝に何人かが武器を落とし、ホールドアップをした。

 

「コリドー・オープン」

 

 廻廊結晶を起動。

 

「こいつは黒鉄宮の牢獄に通じている。投降するなら入るんだな」

 

 十人くらいだろうか? 慌てて歪む空間へと走る。

 

 突然の事で逃走は誰にも防げず、人数が可成り減った形になったラフコフ。

 

 コリドーが消滅をして、ユートは瞑目しながら景光を揮い、ラフコフのメンバーへと逆に駆け出す。

 

 粛清、殲滅、潰滅、如何なる言葉を飾るにしても、ユートが投降をしなかった連中を生かす理由は最早、有りはしないのだから。

 

 響き渡る悲鳴。

 

 命の軽さを物語るかの如くパリンパリンと割れて、ポリゴン片へと還っていく仮想体(アバター)

 

 それを観ていたPoHと幹部達は話し合う。

 

「うへー、中々にヤるぜ」

 

「ジョニー、奴は確かに可成りの腕前だ」

 

「ヘッドもそう思う?」

 

「ああ、技のキレもそうだが……何よりソードスキルに頼らないでアレで、しかも慣れを感じる」

 

「慣れっすか?」

 

「ああ、奴は……殺しに慣れている」

 

 PoHから見たユートは殺しに慣れた殺人鬼。

 

「……ヤツは……此方側……なのか?」

 

 口を出すは赤眼のザザ。

 

「判らんがな、少なくともまともな神経で二十人もの人間は殺せん」

 

 観察する内にラフコフはPoH達を残して全滅し、ユートは次は貴様らだと言わんばかりに睨み付ける。

 

「へぇ、尻尾を巻かなかったのか?」

 

「見逃しはしないだろう? なら、無駄は省く」

 

 PoHが【友切包丁】を構えると、ジョニー・ブラックとザザも武器を構え、三人が高みから一斉に襲い掛かって来た。

 

「莫迦が!」

 

 勢いを付けた三人同時の攻撃、普通なら恐怖を覚えそうなものだがユートには意味を為さない。

 

 そも、ユートの使う技とは大元の世界で習熟していた【緒方逸真流】であり、その始祖である緒方優玄が戦国時代の戦にて多対一を想定し編み上げたものを、その子供が完成させたという技術、敵は万の大軍だというのも珍しくはない時代に作られ、練られた技に対して三人では足りない。

 

 何処ぞの敗北は無い的な千年の殺人技程の歴史などは無いが、それでも数百年を経て尚も継承され続けてきた技故に、慢心は無くとも自信は有った。

 

 だからこそ……

 

「終わりだ、ゴキブリ野郎にバカ眼!」

 

 斬っ! 斬っ!

 

「緒方逸真流・抜刀術──【弐真刀】……」

 

 チン!

 

 抜刀の最中に一度と納刀の最中に一度、都合にして二度の斬撃を放つ技。

 

「俺はジョニーさんじゃ、ねー!?」

 

「バカ眼……じゃない……赤眼……だ……」

 

 パリン、パリン!

 

 首を落とされながら辞世の言葉を遺し、首が地面に落ちる頃にはポリゴン片に還っていく。

 

 嘗て、ユートが【ハイスクールD×D】主体世界に行った際に起きた事件──【聖剣強奪事件】に於いて紫堂イリナと闘ったけど、その時に彼女の両手首を斬り落とした技がこれだが、【弐真刀】の本来の使い方は此方の方。

 

 駆け抜ける最中に抜刀と納刀をする刹那、敵の首を斬り落とすというモノだ。

 

 敵を確実に仕留めるなら首を落とすのが手っ取り早い訳で、しかも抜刀の速度が並ではなかったからか、相手は首を落とされ事にも実際に落ちるまで気付かない侭に死ぬ。

 

 勢いよく掛かってきたのは良いが、ジョニー・ブラックもザザもユートの狙いに気付かないで首を斬られてしまい、こうして散ってしまったのである。

 

「Woo、あの二人をこうもアッサリとKill殺るか。だがその代償はあったな」

 

「このゴキブリ野郎の短刀の事か?」

 

「なにぃ?」

 

 意にも介さないユートを見て、流石に驚愕したのか珍しく目を見開いた。

 

「ふん……大方、麻痺毒でも在ったんだろうが、僕のこの【大戦の陣羽織】には対状態異常のバフ付きだ。それにこのアクセサリー、コイツもだな」

 

「Oh、ジョニーの奴……無駄死にかよ」

 

「ご苦労さんだな」

 

 なんの同情すら感じない声色、ユートにとってみればジョニー・ブラックなぞ単なる敵キャラ、殺られ役に過ぎない。

 

「最後はお前の番だブウ」

 

「誰が太った魔人か!? おっと、何だか電波が」

 

「ジョークだ、PoH」

 

 ギャリンッッ!

 

 互いの獲物がぶつかり合って火花を散らす。

 

 無駄に凝ったエフェクトだが、金属武器がぶつかる瞬間にエフェクトを散らすだけの処理は、SAOに於ける基幹コンピュータには朝飯前らしい。

 

 常に処理し続けるのは、どうにも重たいから処理を軽減する処置もするが……

 

 ユートの景光とPoHの【友切包丁】が一合二合、幾度となくぶつかってぶつかってぶつかって、その度にきらびやかな火花を散らしていた。

 

 ユートの現レベルは既に一〇〇に達し、それに対するPoHは攻略組の平均値よりやや高め、九〇には達していない程度。

 

 糅てて加えて、単純なる戦闘経験に関しても生きた年数が五十年にも満たないPoHと、既に数百年を在り続けて闘いに興じてきたユートではやはり開きがあるにも拘わらず、何故だか互角に戦り合っている。

 

 勿論、経験など密度やら限界値で割と覆るとはいってみても、ここまで互角なのは何故だろうか?

 

「はぁぁっ!」

 

 バキィィッ!

 

「な、にぃ!?」

 

 嫌な音を立ててPoHの【友切包丁】が、刃中程から砕けて折れた。

 

「システム外スキルの武器破壊(アームブラスト)……これでお前御自慢の武器、【友切包丁】は喪失した」

 

「……これが狙いか!」

 

 確かに【友切包丁】を手にしてからのPoHには、凶悪なまでの存在感が増していた訳で、実力も然る事ながらこの武器がPoHの代名詞となるくらいに強力無比だったのだ。

 

 それの喪失は彼の矜持を確かに傷付けている。

 

 そして、ユートは新たな動作に入っていた。

 

 【緒方逸真流】は動きの全てを繋げ、連続攻撃へと持っていく事で振り抜いた後の僅かな隙を潰す。

 

 これを【継ぎの舞い】と……刀舞と呼ばれる流派に確かな舞踊を意識した動きの名前を付けている。

 

 斬っ!

 

 武器破壊から繋げられた一撃は、躱さんと動いていたPoHの右腕を奪った。

 

「グッ!」

 

「お前は闘いの前に言っていたな……イッツ、ショータイムと。ショーに開演があるなら終演もまたある。ラフコフの終幕だ」

 

 

 ゾブリッ! 心臓部を捉えた会心の一撃が極って、景光の九〇層クラスの攻撃力も相俟ってか、PoHのHPバーはまだグリーンだったのが一気にレッドへ、そしてグレーとなって喪われてしまう。

 

「HA、お前は結局は俺達の御同類って訳だ……」

 

「その通りだ、それで? それがどうかしたのか? お前が個人で何百人を殺したか知らないが、僕は百万は殺した大量虐殺者さ」

 

 せめて嫌味を言ってでも精神にダメージを与えようとしたのか、普通に薄ら笑いを浮かべて肯定されて、今度こそ絶句した。

 

「ラフコフは全員地獄逝きが決定だ。サディストチックな元修道女に虐められて無間地獄にでも堕ちろ!」

 

 パリィン!

 

 言った瞬間、仮想体消滅の音と共にPoHの意識は闇へと堕ちる。

 

 この世界の冥界はユートの冥界に塗り替えられて、死ねばそちらへと魂が運ばれてしまう。

 

 そして冥界の入口となる冥界門の向こう、第一獄・裁きの館は天英星バルロンが任されている。

 

 ユートの冥闘士であり、天英星の冥衣を与えられているのは、カレン・オルテンシアという名前の再誕世界のある教会に居た少女。

 

 二十数年前に跳ばされたユートは、彼女が母親を喪った頃に引き取っている。

 

 本来の彼女程に苛烈ではないが、そこそこの毒舌で軽いS気質な持ち主。

 

「さてと、終わったな……最初の頃からの因縁も」

 

 特に感慨深い訳でもなかったし、軽く溜息を吐いて踵を返すと……

 

「居た!」

 

 血相を変えたキリト達が現れるのだった。

 

 

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 ユートが持つ景光とは、備前国長船住景光の事ではなくて、銘的にはそれが元のウィザードリィの漫画に出てきた主人公の武器。

 兼光も同様で、景光の方が強いのは漫画からです。




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第35話:未来の重い想い

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「ユートが居ない!?」

 

 普段ならとっくに起きている筈のユートだったが、今朝に限って何の連絡も無く起きて来ない。

 

 此方側で眠りに就くと、彼方側──リアルに戻っているのはギルド内で周知の事実、そしてユートも向こうで遊んでいる訳でなく、色々とやっている事だってキリトを始めとするギルドメンバーは理解していた。

 

 勿論、仕事漬けという事もなくて直葉という可愛い娘が傍に居り、今やそれなりにこの二年間で仲好くしているのだから、その仲を深めるくらいはする。

 

 まあ、折角買ってきて貰ったアミュスフィアや専用ゲームのALO──アルヴヘイム・オンラインに関しては、残念ながら一緒に遊ぶ暇を作れていない。

 

 取り敢えず、キャラクターだけ作って止まっている状態であり、暇が出来たら直葉と遊ぼうと約束を取り付けてはある。

 

 直葉もSAOが忙しく、更に何やら認定特異災害とも関わりを持ち始めたらしくて、ノイズがどうのこうのアルカ・ノイズがどうのと電話口にて話していたのを聞いた事もある直葉。

 

 流石に無理は言えない。

 

 そんなユートが起きて来ないのは、まだリアルの方に居るからだと思っていたのだが、幾ら何でも十時も過ぎて起きないのはおかしいと考えて、部屋をノックしてみたらロックが掛かっていないのに気付く。

 

 入ってみれば藻抜けの殻であり、朝から既に居なかったのは明白だった。

 

「いったい何処に?」

 

 ラフィン・コフィン討伐戦の為に、連携訓練をやっておきたいとアスナからの問い合わせがキリトに届いたから、その相談をしたかったというのに居ない。

 

 まさか、討伐戦に恐れを為したなど有り得ないし、だからといって意味も無く連絡を断つとも思えなかったキリトは、【追跡】を掛けてみても街に居ないのが判っただけ、フレ登録してあるのだから連絡を試みるものの、どの街にも居ないのか全く届かない。

 

「外に出ているのか?」

 

 こうなっては【レリック】や【風林火山】にも協力を仰ぎ、何としてでも見付けるしかないと考える。

 

 連絡をして待つ事三十分が経って、三つのギルドのメンバーが揃った。

 

「それで、ユートさんが居ないって事ですけど?」

 

 響が訊ねる。

 

「ああ、何処にも居ない。最初は寝坊は無いにしても向こうの用事かと思ったんだが、ロックがされていなかったから部屋を覗いたら藻抜けの空だったんだ」

 

「ラフィン・コフィンとの決戦に臆した……とも流石に思えんしな」

 

「ったりめーだ。んな腑抜けが第一〇層たぁいえよ、一人で攻略なんて出来るかっつーの」

 

「……それに、ラフィン・コフィンは彼がずっと追い続けていた敵」

 

「デース!」

 

 翼の言葉にクリスは信頼を籠めて応え、調と切歌も頷きながら肯定した。

 

 どうやらシンフォギア組はユートへの信頼が高いらしく、響も当然の如く強く確りと頷く。

 

「だな、俺も逃げたとかは考えられねーぜ」

 

「クライン……俺達だって逃げたなんて思わないさ」

 

 キリトが言うと、未来が青褪めた顔で口を開いた。

 

「わ、私の所為かも……」

 

「どういう事、未来?」

 

 ガタガタと震える親友に訊ねる響、翼やクリスや調や切歌といったシンフォギア組も未来を気遣う。

 

「ラフィン・コフィンとの戦いは、相手を殺さないと止められないかもって聞いたから……私、響達に人を殺して欲しくなかったの。響の手は誰かと繋ぐ事で初めて意味があるから、血で濡れて欲しくなかった……翼さんやクリスの歌だってそうだよ? 切歌ちゃんも調ちゃんも……私、自分勝手にそう思って頼んだの、

ユート君に。響達を連れていかないでって!」

 

「未来……」

 

 泣き崩れた未来を支え、困った表情となる響。

 

「確かに、今回の作戦では万が一の場合にPKも視野に入っていたよ。あんたが仲間を想ってそんな風に言っても責められないさ」

 

 キリトも理解はしていたのだ、所詮は如何な言葉で綺麗事を装飾しようがPKはPK、殺人に変わりは無いのだという事を。

 

 最悪、殺すしかないとは確かに会議では言ってあった訳だが、今にして思えば響の表情が固かった。

 

 公然の秘密と言おうか、プレイヤーネーム【アメノハバキリ】は人気アイドルの風鳴 翼その人であり、未来は翼の唄が人殺しに穢れて欲しくなく、クリスも翼とはタイプは違えど唄が大好き──第一期では心ならず大嫌いと叫んだが──な少女で、やはり彼女の唄が血に塗れるのは嫌だと考えている。

 

 そして新しい友達である調と切歌、年下という事もあったから傲慢とかエゴとか言われたり、調に偽善者と呼ばれようと殺人に手を染めて欲しくない。

 

 何より響、大好きな響の心は絶対に苛まれる。

 

 それが嫌で、酷い女だと自嘲しながらユートに頼み込みに行った。

 

 ユートに手を汚させてでも友達にそれをさせたくないなんて、自分はどれだけエゴイストなのだろうか?

 

 それでも、未来はユートに頼んだのである。

 

 ユートは基本的に牽引力が高く、ユートが言うなら他の者も話を聞いてくれるかも知れないから。

 

 ただ、まだ一年にも満たない付き合いだがユートが基本、無償奉仕など普通にやらない事は知っている。

 

 頼むなら何らかの報酬を支払わねばならない。

 

 結果、未来は『何でもするから』……という禁断の言葉を紡いでしまう。

 

 勢いに任せてしまったのも事実だが──『閨事でも?』と訊かれて頷いてしまったのは、今思っても顔から火が出るくらい恥ずかしい事だった。

 

『ま、未来くらい可愛い娘を閨に呼べるなら嬉しいからね。何とかしよう』

 

 未来とて小学生なんかではないから【閨】の意味は識っているし、そこからきている【閨事】の意味だって熟知(笑)している。

 

 まあ所詮、この身体なんて仮想体(アバター)に過ぎない訳であり、本当に未来の乙女の証を散らされるという話でもない。

 

 だからちょっと我慢すれば済む話だし、未来としてはユートを嫌っている訳でもなかった。

 

 響が居るから其処まではいかないが、ひょっとしたら少しは好意も有る。

 

 だから問題は無い。

 

 そんな小さな言い訳を頭に浮かべつつ、だけど意外なくらいアッサリと頷いた自分に吃驚したが……

 

「だがキリトよぉ、アイツが今居る場所は」

 

「ああ、ユートの居場所は【笑う棺桶】のアジトって事だよな!」

 

 クラインの確認にキリトが答えると、全員が頷き合い誰とはなしに駆け出す。

 

 既に随分と陽が高いし、ユートが出てから結構経っているなら一刻の猶予すら無く最早、問答なんて無用で向かうしかあるまい。

 

「って、待て待て!」

 

「へ?」

 

「何だ?」

 

「おい、何だよ?」

 

「……何?」

 

「何デース?」

 

 キリトのちょっと待ったコールが、それは明らかにギルド【レリック】のメンバーに対してだった。

 

 故にか、響も翼もクリスも調も切歌も仕方なく足を停めて訊ねる。

 

「向こうで戦闘になるかも知れない。なら、ユートがあんたらを戦わせないと決めた以上、連れて行く訳にもいかないだろう!?」

 

「む、然しだな……我らの矜持を守るべく動いた友を救う為、これが鞘走らずにいられようか!?」

 

 流石は自らを防人の劒と謳うだけあり、自分達にも関わる内容だったからか? 翼が納得をしない。

 

 寧ろ、SAKIMORIと云うべきか。

 

「抑えてくれないかな? 後、本当に鞘走るな!」

 

 翼が腰に佩いた刀を抜刀しそうになっている。

 

 生真面目に過ぎるのは、翼の長所であり短所。

 

「だが!」

 

「連れていかないのは彼女──シェンショウジン……未来さんの為でもある」

 

「? 小日向の為?」

 

 仲間内だからか翼も遠慮無く未来を、プレイヤーネームではなく本来の呼び方で呼ぶ。

 

「君は多分、対価を求められた筈だ。ユートはそれで応じて動いたのに、あんたらが来たらユートの行動は無駄に終わる。そうなれば未来さんは嘘を吐いたにも等しいんだぞ!?」

 

「む!」

 

「どんな対価かは兎も角、そうなればユートとは話しすら出来なくなる」

 

 ユート自身の心情は別にしても、未来はもう近付く事も躊躇うだろう。

 

 キリトが対価を扨置いたのは、どんな対価なのかがサチとかギルド【黄金林檎】の二人とか、そんな例があるから想像がついた為。

 

 もう一つオマケに何だか義妹(すぐは)の方も怪しい感じだし、何だかんだ二年間の付き合いだから何と無く察してしまう。

 

 ま・た・か! と……

 

 キリトは男だからそれで済むが、SAO初期からの付き合いという意味では、シリカが居る訳で。

 

 元の肉体がどうかは判らないが、仮想体(アバター)的に見れば成長の余地が無いから二年経とうが変わらない姿であり、アピールがいまいちだったから。

 

 尚、戸籍上は二年分の上乗せが為されているけど、そもそも冬眠状態であるが故に、本体は二年前と全く変わっていない。

 

 戸籍年齢が一五歳でも、見た目は一三歳の侭だ。

 

 尤も、ミニマムなユーキを美味しく戴けるだけに、シリカが迫れば割とアッサリと『戴きます』をされるのだろうけど。

 

 況してや今はアバター、垣根は更に低いのだから。

 

「……了解した」

 

「おい、センパイ! 本当に良いのかよ!?」

 

「仕方があるまい。小日向が約束をしたなら、それを守るのも防人の務めだ!」

 

「けどよ……」

 

「それに、下手にユートの機嫌を損ねて絶刀天羽々斬の完成が遅れるのはな」

 

 ドギャァァアン! という背景音を響かせながら、クリスはそりゃあ恐ろしいまでの劇画チックな顔芸を披露しつつも、フラフラと千鳥足でよろめく。

 

「イチイバルも……か?」

 

「そうだ!」

 

「くっ、仕方ねー!」

 

 雪音クリス……陥落。

 

「ちょっと」

 

「待つデース!」

 

 其処へ月読 調──シュル・シャガナと暁 切歌──イガリマのちょっと待ったコールが掛かる。

 

「貴女達は響の装備と同じシンフォギアを貰える約束をしてるの?」

 

「うむ、勿論だが対価として大量のコルを支払う羽目になったがな」

 

「私なんざセンパイよりも金がねーから、仕方がないとはいえ分割払いだ」

 

 貧乏投擲師なだけにコルを湯水の如く消費する。

 

 スキルに体術を持たず、投剣スキルだけでは円輪は使えない。

 

 残念ながらクリスも決しておバカさんではないが、それでも武術を嗜んでいるでなく、野生児という訳でもない彼女は感覚的にあの岩は砕けないと判断した。

 

 つまり、翼や響や未来や調や切歌が修得した体術の試練、それ自体を受けなかったのである。

 

 どの道、クリスは射撃手(シューター)だから近接戦は視野に入っていない。

 

 流石にガン=カタは現実で未修得だったし。

 

「それより、お金で解決が可能な問題?」

 

「あ、私も神獣鏡のシンフォギアを模した武装を貰う予定だから」

 

「え?」

 

「何故にデスか!?」

 

 手を挙げて激白した未来の言葉に驚愕の二人。

 

「対価とはいえこの身を任せるんだもの、私としてはこのくらいの役得は有って良いと思うんだ」

 

「この身を任せるって」

 

 頬を朱に染める響。

 

 シンフォギア組がこの程に拘る理由、それは本物みたいなエネルギーを物質化した訳ではないから、何処ぞのゲッター合金みたいなとんでも変形などは不可能なのだが、それでも余りあるガングニールの機能に、シンフォギア組の誰もが欲していたのだ。

 

 未来も神獣鏡のシンフォギアで暴れ、あまつさえ響に怪我まで負わせてしまったとはいえど、それで響を蝕むガングニールの欠片が消去されて、『未来のお陰』と抱き付かれた想い出は大切なもの。

 

 あの日、指をすり抜けた響の左手……自分だって響に護られるだけではなく、(きみ)を護りたいんだ!

 

 だからこの世界で欲したシンフォギア擬きの武装、現実世界ではシンフォギアが無くとも何かしら手伝いくらいは出来るし、響が言う日溜まりとして待つのも不可能ではないのだろう。

 

 然しこのSAOは違う。

 

 今度こそ確りと響と手を繋ぎ合い、繋ぎ留めたいと思っているし出来る筈。

 

 ただ待っているだけだなんて本当は嫌だから。

 

 未来にとってユートとは響が興味を持った敵……という認識だった。

 

 だが然し、マイナスとはいえ興味を持ったのが或いは運の尽きなのか? 嫌いの反意語は好きであると、未来は好意を持って初めて気が付いてしまう。

 

 好きと嫌いは同じコインの表と裏、無関心というのは裏にも表にもなれる中心であり中立。

 

 そんな当たり前な事に、何故か誰もが解らない。

 

 無関心なら恐らく対価を別の何かにして貰ったし、ユートも未来に無関心を貫いたかも知れないが、それを未来は許容する事が出来なかったのだ。

 

 一方的なライバル心は、いつしか強い興味に変わっており、それはユートからの対価を容認出来るまでの感情にまで高まった。

 

 だけど、気付けなかったのはユートが一人でラフィン・コフィン討伐に乗り出すという事実。

 

 焦燥感。

 

 それが未来に涙を流させた原因であった。

 

 でも、よく考えればそもそもユートは出来ない事をしない筈。

 

「フッ、自慢とは小日向も大分落ち着いたな」

 

「翼さん……」

 

 確かに先程までの自分は冷静ではなかった。

 

 ユートが一人でアジトに向かったと知り、未来としては『自分の所為で』と責めてしまったから。

 

 だけどだけどだ、ユートとはこれまでにも冒険をしてきた仲だが、無理ならば先ずは無理を無理で無くす努力をしてきた。

 

 そんなユートがアジトへ独力アタック、なら無理では無いという事だろう。

 

 まあ、レベルがSAO内でもトップなユートが無理なダンジョンなど、発見が成されても余人に攻略など出来る訳も無いのだが……

 

「私達もコルは大量に持っていない」

 

「ならどうするデスか?」

 

「取り敢えずは、ユートの御機嫌を損ねたくない」

 

「デスねぇ」

 

 漸く話も纏まったのか、キリトは【レリック】を残してアジトへと向かう。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 【笑う棺桶】のアジト、それは簡素な洞窟を利用しただけの荒れ地。

 

 其処に唯一立つプレイヤーは漆黒の鎧と戦闘衣を身に纏い、キリト達から見て後ろを向いていた。

 

「居た!」

 

 叫ぶキリト。

 

 手にしている刀は強力なプレイヤーメイドだと理解が出来、即ち自らがリアル鍛冶スキルで打った物。

 

 最新作の筈。

 

 恐らく、刀を使うプレイヤーなら涎物の武器だ、

 

「あ、あれが景光!」

 

「知ってるのか雷電!? じゃなくてリズ!」

 

「名前だけは聞かされていたんだけどね……」

 

 踵を返したユートの持つ景光、リズベットは鍛冶師として羨望と嫉妬を籠めた瞳で見つめる。

 

「やあ、キリトにリズベット……クラインにディアベルにシンカーにアスナに、その他諸々の皆」

 

『『『その他じゃない!』』』』

 

 一括りにされた皆が叫ぶのであった。

 

「しっかし、リズベットまで来るとはね」

 

「アンタ、景光を完成させてると思ったからね」

 

 ユートから景光を引ったくり、【鑑定】をして溜息を吐くリズベット。

 

 鍛冶師は基本的に【片手武器作成】や【両手武器作成】など、スキルを使って槌で叩いて造る。

 

 叩く回数がイコール武器や防具の能力で、最近では百回くらい叩くのも珍しくはなくなっていた。

 

 因みに、修理は如何なる武具であれ一律で十回だ。

 

「ラフコフは?」

 

「十人弱は黒鉄宮の牢獄に送った。二十人か其処らは牢獄に行かなかったから……地獄に送った」

 

 地獄逝きのラフコフは、今頃だと天英星バルロンのカレンに鞭でシバかれているのだろうか?

 

 バルロンの冥衣には鞭が標準装備だし。

 

「幹部連中とPoHは?」

 

「奴らこそ現実に生かして帰せんから、地獄に逝かしてやったけど?」

 

「……」

 

「何かツッコめよ」

 

「……」

 

「解ったよ、悪かったな。まあ、地獄逝きは確かだ。生きていたら下手をすると現実でも人殺しをしそうな連中だし、そうなった場合だとSAOを無事に脱出が出来ても、世間の視線は厳しくなるからね。何しろ、ノイズに襲われて唯一生き延びた誰かを『人殺し』だの『お前だけ生き延びた』だの、誹謗中傷を当たり前にするのが人間だしな」

 

「……そうか」

 

 奴らはPoH達とSAOのサバイバーを同一視し、誹謗してくる事だろう。

 

「ふわ、やっぱり凄いわ。今はクラインが持っている【兼光】も相当な代物だったけど、この【景光】なんかその比じゃないわね……少なくとも何ら強化無しで八〇層でも行けるわ」

 

 キリトが持つ第五〇層のドロップ品、魔剣の【エリュシデータ】やリズベットが打った【ダーク・リパルサー】も上手く強化試行限度数まで強化をしたなら、七〇層〜八〇層までは更新無しでもやれると思うが、それは元々の武器の威力にキリトという使い手が在って初めて言える話。

 

 そもそも、強化試行限度が五〇回というのが魔剣の【エリュシデータ】と自らが打った【ダーク・リパルサー】な訳だが、それだけの強化の成功ブーストには可成りの素材が要る。

 

 それを鑑みて強化無しで八〇層クラスというのは、正しく現段階で怪物レベルの武器という事だ。

 

 【兼光】も強化無しにて七〇層クラス、スキルなど使わないリアル鍛冶でこれだけ打てるのは、鍛冶師として悔しく思う。

 

 リアル鍛冶が攻略本にて開示され、実際に試した者がリズベットを含み十人を越えていたけど、スキルを越えた武器は打ててない。

 

 それ処か一〇層クラスになれば未しもマシであり、大概は一層でも使えない屑剣に仕上がるか若しくは、正しく屑と成り果てるか。

 

 当たり前の話だ。

 

 リアル鍛冶は現実で鍛冶師をして初めて意味を持つシステム外スキルに近く、システムは掛かる時間などを簡略化する為の補正に過ぎないのだから。

 

 否、そもそもSAOに於ける【ソードスキル】自体がSAOの魅力という意味と同じく、現代人が武器を振り回せない事への補正。

 

 茅場晶彦はSAO開発で予め理解していただろう、ネックとなるのは現代人に武器系武術の嗜みが有ろう筈もない事だと。

 

 だからこそ魅力的に映るソードスキルであったし、しかも戦力の底上げにも使えて一石二鳥。

 

 ソードスキルが無ければプレイヤーは第一層すらもクリアは叶わなかったと、茅場晶彦は本気でそう思っているし事実、そうなっていたのは想像に難くない。

 

 ユート以外は。

 

 ユートは数百年前から受け継がれてきた剣術を修得していたし、実戦経験の方も豊富……過ぎるくらい、更には趣味が高じて鍛冶師みたいな事をしている。

 

 こんなSAOをプレイする為の人間だと言われてもおかしくなくて、茅場晶彦もとある場所で口角を吊り上げていたものだった。

 

 刀のカテゴリーはユートが使う関係から、割と数を打ってきている代物だし、ユートに必要でなくなっても他のプレイヤーにとっては欲しい武器となるから、実は刀使いには結構な数がばら撒かれている。

 

 例えばクラインへ【兼光】を売ったみたいに。

 

 実は兼光より上の武器で【一文字】有ったのだが、これは別のプレイヤーに売ったからユートも実際には使っていない。

 

 元々の刀の名前の由来、それは大元の世界で読んだ古い──一九九〇年代──漫画に出てきたもの。

 

 勿論、これらは現実にも存在していた──現存するかは不明──刀でもある。

 

 ユートの実家にも長曽禰乕徹が現存はしていたし、資料館などにも保管されていたり、士族の末裔が今も持っていたりと現存自体はユートも疑っていない。

 

 【兼光】→【一文字】→【景光】の順に強くなり、主人公は最初に【一文字】を使っていたが、第二部では二段階は劣る【兼光】を揮い、第三部でヒロインが見付けて買った【景光】に持ち換えている。

 

 尚、最終的にはユートも馴染み深い【村正】を使っており、ユートもゆくゆくは造る心算でいた。

 

「さて、取り敢えず辛気臭い大量殺人現場は離れて、グランザムでラフコフ潰滅の報告してホームに帰ってゆっくりしようか」

 

「そうだな」

 

 キリトも賛成らしくて、立ち上がる二人。

 

「……リズベット、そろそろ景光を返してくれる?」

 

「うう……」

 

 手放したくないと目が言っているが、ユートとしても現在保有する中で最強の刀だけに返して貰いたい。

 

「仕方がないな、ほら」

 

 アイテムストレージから取り出したのは【景光】、リズベットは驚愕に目を見開いて受け取った【景光】を【鑑定】してみる。

 

 

景光(影打ち):カタナ/両手剣 レンジ:ショート 攻撃力:1800-3000 重さ:110 タイプ:斬撃 耐久値:3200 要求値:72 敏捷性:+75 腕力:+20

 

 

「影打ち?」

 

「識ってるかは知らんが、刀を打つ刀匠は一振りの刃を世に出す為に、実際には何振りも打つ。その中でも失敗もせず、最高の一振りと認めた刀を真打ちにし、残りは影打ちとするんだ。そいつは若干ながら理想に届かなかった影打ちだよ。そいつをやるから返せ」

 

「うう、判ったわよ」

 

 景光を返して影打ちの方は返さないとばかりに抱え込む姿は、とても微笑ましく映ったものだった。

 

 グランザムに帰ってきたユートは、【KoB】本部で再び攻略組会議を開催してまずは勝手にラフコフを潰滅させた事の謝罪をし、次の攻略の為に尽力する事を約束しておく。

 

 また、喪われた【友切包丁】は除くラフコフのメンバーのドロップ品を提出、全てを他のギルドに譲渡。

 

 それなりのレアアイテムも有り、人死にが出たのを忘れて色めき立つ者も。

 

 取り敢えず、独断専行は出来たら慎んで欲しいという話で落ち着き、無罪放免となったユートはレアアイテムの取り分を決める会議は関係無いし、【KoB】本部を出るべく出入口まで移動をすると……

 

「待ち給え」

 

「何だ? 謝罪もしたし、アイテムも差し出したからもう終わりだろ?」

 

 振り返れば【koB】のイメージカラーたる赤と白の鎧姿、ロマンスグレーな髪の毛をオールバックにした男が立っていた。

 

「ヒースクリフ」

 

 その名も高き【KoB】団長──【神聖剣】というユニークスキルを持っているSAOでもトップクラスのプレイヤー、ヒースクリフである。

 

 まあ、三十代くらいにしか見えないけど……

 

「いや、なに。これで攻略も邪魔されなくなるしな、君に礼が言いたかった」

 

「珍しいな? それこそ、攻略以外はアスナに任せっきりなアンタが」

 

「フッ、その攻略に翳りが差していたからね」

 

「成程……」

 

「これは攻略組のトップ、【血盟騎士団】の団長としてささやかな礼だ」

 

 ウィンドウを操作して、ユートの方に移されたのは【玉鋼】が十個に【日緋色金】が十個。

 

「これは?」

 

「それなりにレアな金属、君には武器や防具を進呈するより、そちらの方が良かろうと思ってね」

 

「……礼は言っておく」

 

「気にしなくても良いさ、更なる攻略に力を入れてさえくれればね。そう、解放の日の為にも」

 

 ニヤリと笑うヒースクリフを他所に、一応は手を挙げてから二二層のホームへと戻った。

 

 その夜、ユートは確りと未来から対価を受け取った訳だが、何故か未来だけでなく響の姿も在ったとか。

 

 

.

 




 実は下書き感覚でサイトの方に非公開のSAO編の小説が在りますが、ラストの詳しい内容も書いていたりします。

 書いてる内、サブタイトル通りの重さになってしまったから、簡単に切り上げて此方ではカットです。




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第36話:二色の刃

 何度か手直ししていたら遅れに遅れてしまったり。





.

 彼の殺人(レッド)ギルドの【笑う棺桶】は潰滅し、首領のPoHと二大幹部の赤眼のザザ及びジョニー・ブラックは死亡。

 

 その他の一般ギルド員は三分の二が死亡し、残りは投降して黒鉄宮の奥エリアの監獄に送られている。

 

 こうして、殺人ギルドが消滅をしたのは良いけど、必然的にラフコフが押さえ付けていた他の犯罪ギルドが盛大に暴れていた。

 

 今までの反動だろうが、お陰様で攻略組は攻略にも乗り出せず、犯罪ギルドへの対応に追われている。

 

 最低でも二人組のコンビを組み、決して一人だけで動かない事を全員に徹底、犯罪ギルドのメンバーを見たら仲間に連絡をしつつ、適宜応対をする様に……としている。

 

 ユートは現在、シリカとサチとヨルコと他にも響と未来……六人でパーティを組んで動いていた。

 

 因みに、この中で直接的に手を出していない相手はシリカのみ、というよりは彼女の好感度はこの二年間でMAXだというのに……何しろ二年前の時点でギリギリ、ナーヴギア使用年齢だったシリカ。

 

 現在だとリアルでさえも中学三年生くらいの年齢、そして成長の概念が存在しないこのSAOに於いて、二年前の姿の侭であり見た目が小さいから、シリカは小学生にも見えるのだ。

 

 ユートは合法ロリは好きだけど、真正のロリコンではないから簡単には手を出せなかった。

 

 まあ、十二歳なら一応は守備範囲内だが……

 

 シリカとしては見た目は兎も角、頭の中は確り成長をしているからそろそろ、押し倒して貰いたいと考えていたりする。

 

 自分だって精神的には、食べ頃だと思っていたし。

 

 正確にはシリカ自身は……思っていた。

 

 グリセルダはパーティの限度人数だった事もあり、離婚確定とはいえど一度は結婚もしてた大人として、遠慮をしてくれている。

 

 既に犯罪ギルドを二組、潰滅させて黒鉄宮の牢獄に送っていたが、はっきりと云って頭が痛い。

 

 数人から十数人の規模、数千人からSAOにはプレイヤーが存在しているが、こんなアホ者が何組も──何十組も在るのだから。

 

 お陰で折角、閨を伴にした響や未来とデートをする事も出来やしない。

 

「三組め……か」

 

「うわぁ」

 

「本当に凄いね」

 

 呆れるユート、驚くのは響と未来の二人である。

 

「ったく、ようやっとの事でリアルと此方の厄介事が片付いたと思ったのに!」

 

 SAOでの【笑う棺桶】もそうだが、リアルの側でも問題は起きていた。

 

 とはいえ、そちらに関しては彼方側に残留していたマリア・カデンツァヴナ・イヴと、ユートが過去の為に蘇生をした【天羽 奏】と【セレナ・カデンツァヴナ・イヴ】の三人と共に、本人が解決している。

 

 マリアと緒川を襲撃したノイズ──あれがアルカ・ノイズという人工的な手を加えた新種で、それを造った者が本格的に手を出して来たのを逆襲してやった。

 

 向こうの目論見は装者、だが然し二課が残していた装者はマリア一人のみ。

 

 嘗ての装者は冥闘士として闘った為、向こうは初めから目論見が崩れていた。

 

 最終的に想い出を焼却して闘ったラスボス、そして力尽きたラスボスの写し身たる存在──ユートはその二人に【至高と究極の(アナイアレイションメイカー・)聖魔獣(ハイエンドシフト)】で創った肉体を与え、 生き長らえさせた上で回収をしている。

 

 奪った神器だとはいえ、割と相性が良かったが故に使い熟しは早かった。

 

 ユートはこれでエミュレーションした肉体を創造、相手に与えて生命を繋ぐ事が出来るし、仮面ライダーの装甲を聖魔獣として創造したり、デジタルモンスターを創造している。

 

 といっても、人間の肉体を創造しても普通は蘇生なんて出来はしない。

 

 ユートがそれを可能とするのは、生命を操る積尸気の使い手であり冥王の権能を持つが故に……だ。

 

 それは兎も角、目の前に現れた犯罪ギルドの連中に対して【景光】を抜刀し、疾く駆け出した。

 

 所詮、相手は中層で暴れるだけの連中でしかなく、レベルも低いからか大した損害も受けず、僅かな時間で制圧して黒鉄宮の牢獄へと送り込んだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ユート達が余裕を持ってオレンジを叩いている中、調と切歌のコンビがやはりオレンジギルドの連中との遭遇をはたしていた。

 

 本来は【レリック】四人で動いていたが、バラバラになって逃走してしまった相手を追うべく、最低限のエレメントで二手に分かれて動いたのである。

 

 だけどこれは慌てていたとはいえ、ギルドマスターであるアメノハバキリ──風鳴 翼のミスだ。

 

 つい、やり易かったという理由でシュル・シャガナ──月読 調とイガリマ──暁 切歌をコンビにして追わせてしまった。

 

 本来なら近接戦闘要員の翼と中距離戦闘要員である調が組み、同じくクリスと切歌が組んで然るべきだったのだが……

 

 翼とてリーダーを務めてはいるが、所詮は二一歳の小娘に過ぎない。

 

 SAOでそれなりに戦闘の経験を積んだが、叔父の風鳴司令に比べて纏め役には少々、そちら側の経験値は不足気味だ。

 

 まあ、彼は彼で自分が飛び出す方が御好みみたいであり、フィーネ襲撃の際にも自らが拳を揮った。

 

 フィーネ──桜井了子の魂を塗り潰し、現世に甦った古の巫女だった女。

 

 仮令、肉体が滅びたとしてもアウフヴァッフェン波形を受ければ、DNAへと保存された意識が浮上して受容体の魂を、意識を塗り潰して復活を遂げる。

 

 今生では風鳴 翼が放った波形により、桜井了子の魂を塗り潰しての復活で、謂わばずっと獅子身中の虫として活動していたのだ。

 

 月の欠片を落とそうとしたが、響の余りにも余りな──放ってはおけない性格に毒気を抜かれ、桜井了子の表情で困った様な顔をして──『胸の歌を信じなさい』──そう言い遺すと、肉体が滅びて消滅した。

 

 尚、ユートは知らなかったがフィーネは月読 調を受容体としていたのだが、もう誰かの魂を塗り潰して復活をする意志は無くて、静かに調の中で見守っていたのだけど、調の危機に力を使ったり自らの魂を盾にイガリマの刃から守ったりして、最期に響への伝言を頼んで滅びの刻を迎えた。

 

 結構、爽やかに逝ったのはどうなんだろう?

 

 因みに、上司(なのは)様に頼んでDVDを入手し、【戦姫絶唱シンフォギアG】を現在はユートも内容を識っている。

 

 それで切歌を弄ったら、真っ赤になってあわあわとし始め、調からは可成りのジト目で視られた。

 

 何しろ──『手紙はどうなった?』と訊いたなら、それで──『デ〜ス!?』と叫んでいたし。

 

 意味不明な謎ポエム──よっぽどのトラウマとなっていたらしい。

 

 まあ、自分がフィーネの魂を受け容れた受容体であると勘違をいして、暴走した挙げ句の果ての【手紙】なんて、黒歴史以外の何物でもないのだろう。

 

 しかも本当にフィーネを受け容れたのは調であり、結局はやる事成す事が全て裏目裏目に出てしまった。

 

 これは確かに恥ずかしさに身悶える。

 

 

「相手は数人だし征くよ、切ちゃん!」

 

「征くっ、デース!」

 

 調は戦輪チャクラムという円盤が輪の状態になった武器を手に、切歌は両手鎌という普通は武器とするにはちょっと使い熟すのが難しい物を、切歌が前衛をして突っ込んで行って、調が中衛で援護を行うといった形でいつも通りに動く。

 

 接敵から数分間の戦闘、突っ込みがちな切歌は兎も角として、サポートをする調は違和感を感じていた。

 

「おかしい、まるでやる気が感じられないくらい逃げに徹している?」

 

 向こうからの攻撃などは殆んど無く、よくても牽制レベルのものばかり。

 

「切ちゃん、少し様子が変だから……一旦下がろう」

 

「調? 判っ……っ!? 調、後ろデース!」

 

「──え?」

 

 振り向いたが故に切歌は調の背後を突く敵に気が付けたが、調本人は不意討ちを受けて前のめりに倒れ、その隙に攻撃をされた。

 

「くっ!」

 

 ゴロリと横に転がっての回避が成功、立ち上がって切歌に合流しようと彼女の方を見遣れば、何と切歌は後ろから絞められて身動ぎが出来ない状態に。

 

「切ちゃん!」

 

「ごめん、調……しくじったのデス!」

 

 切歌が調の方へと振り向いた一瞬の隙を突かれて、追われていたオレンジギルドのメンバーの一人が逆に切歌を捕らえたのだ。

 

 それに数人というのも、向こうのブラフだったらしくて、今や連中は十数人にまで数を増やしている。

 

 見れば全員が下卑た笑みを浮かべており、捕まえていた切歌に武器を突き付けながら調に叫ぶ。

 

「さぁて、お仲間を殺されたくはないよな〜?」

 

「ぐっ!」

 

 調としては、『大好きな切ちゃん』を害されるのは我慢ならない話。

 

 だから動きを停めざるを得なかった。

 

「ようし、よく解っているじゃねーかよ。次はアレを解除して貰おうか」

 

「? アレって何?」

 

 本気で解らないといった表情を見せる調、オレンジギルドのメンバーが大喜びで野次る野次る。

 

「うっひょー、マジかよ」

 

「やっぱ見た目からして、処女だとは思ったぜ」

 

 尚、見た目からしてとは小さい──中学生くらいの容姿という意味であって、醜女という意味ではない。

 

 成長をしないゲーム内、だから本来は今より成長はしているだろうが、現段階では二年前の侭である。

 

 これは特殊な性癖がある連中には堪らないもので、美少女ではあっても切歌に比べて成長の度合いが低い調は、だからこそその一部特殊性癖者を目の前にして身震いをした。

 

「ハァハァ、何も識らないロリっ子ちゃんだぁ」

 

 気持ちが悪い。

 

 調からすれば『誰がロリだ!』と言いたいのだが、如何せんシンフォギア装者の中でも最も背が低くて、おっぱいも小さい。

 

 とはいえ、雪音クリスと比べて背は一センチ低いに過ぎないのだが……

 

 胸? ソコは比べ物にはなりませぬ。

 

「アレだよ、ア・レ!」

 

「だから、アレって何? 意味が解らない……」

 

 本当に理解が不可能だと謂わんばかり、男はニヤリと気色の悪い笑みを満面と浮かべる。

 

 男は決してロリコンではないが、SAOに閉じ込められてから約二年間は女とヤっていない。

 

 そこへきて、サイズ不足とはいえ女──少女を捕らえたのだから、ヤる事など一つしかないだろう。

 

 つまり男が要求をしているのは……

 

「オプションメニューを開いてみな」

 

「……」

 

 切歌の生命が掛かっているとなれば、嫌な連中からの命令とはいえ聞き入れるしかない調は、言われるが侭にオプションメニューを展開する。

 

「一番奥底にまでメニューを動かせ」

 

 逐一の命令に眉を顰めながらも、人差し指でメニューをスクロールしていく。

 

 奥へ奥へと。

 

「倫理コード解除設定?」

 

「そーだ、そいつを解除するんだ」

 

 言われたが躊躇う調。

 

 倫理コード解除設定──それは本当に奥底に存在するコマンドで、普段から目にする機会など無い。

 

 ユートならば、夜になる度に目にする処か使ってすらいるコマンド。

 

 だから調もこの解除設定を識りはしなかっけれど、【倫理コード】そのものはきちんと理解していた。

 

 例えば、プレイヤーなりNPCなりに過度な接触を何秒も続けると、警告音がピーピーと鳴り響く。

 

 更に続けるとセクハラと取られ、相手側に黒鉄宮の牢獄送りをするコマンドが出てきて、それを行ったら触れたプレイヤーはあっという間に牢獄に送られる。

 

 これが【倫理コード】によるものだ。

 

 SAOは健全──デスゲームの時点で健全とは云い難いが──なRPG。

 

 よって、この【倫理コード】は他プレイヤーに対する不適切な接触、NPCに対する卑猥な接触を禁止するシステムとなる。

 

 とはいえ、結婚システムが存在したりする訳だし、ゲーム内でもそんな行為に耽る事も可能なコマンドも用意されていた。

 

 それが、相手に接触を赦す【倫理コード解除設定】と云う訳である。

 

 【倫理コード】を識るならば、それを解除する為のコマンドの意味だって理解する事は出来た。

 

 同時に奴らの狙いが何なのか、血の気が引いて青褪めた表情となって気付く。

 

「ほら、どうしたよ?」

 

「……うっ」

 

 指をタップさせればすぐに解除がされる。

 

 だけど押せずに引っ込めてしまった。

 

 当然だ、次に連中が何を要求してくるかは火を見るより明らか。

 

 躊躇わない理由は無い。

 

「早くしろよな」

 

「デスゥ!?」

 

 武器が切歌に突き立てられて悲鳴を上げ、その瞬間にイガリマとして持っているHPバーが減る。

 

「切ちゃん!? やめて、すぐにやるから!」

 

 涙を流し膝を屈した。

 

 震える指を【倫理コード解除設定】へタップする。

 

「この侭じゃ何も変わらない──変えられない!」

 

 解除された調──シュル・シャガナの【倫理コード】と共に、目を固く閉じながら叫んだ。

 

 自分が捕まった所為で、調が苦しんでいるのを見せ付けられ、切歌もまたイヤイヤと首を横に振る。

 

「こんなに頑張っているのにどうしてデスかっっ! こんなの嫌デスよ、変わりたいデス!」

 

 嘲笑する男共。

 

「今度は……解るよな? 全装備を解除して貰う」

 

 そう……〝全装備〟だ。

 

 鎧兜に武器だけでなく、インナーや下着も全て。

 

 調は男連中を睨み付け、そして目を逸らして諦念の瞳でタップした。

 

 装備品がポリゴンの残滓を撒き散らしながら消え、本来ならMobが湧出するフィールドで裸身を晒す。

 

 只のアバターに過ぎないとはいえ、今は自らの肉体と同義なれば羞恥心に頬を赤らめ、大事な部位は手で隠して頬には涙が伝った。

 

「よう、リーダー。初めに良いだろう? そろそろ、我慢の限界だってのにアレを見せられちゃ堪らねぇ」

 

 小柄でミニムネな調を見て興奮する太めな男。

 

 現実ならば醜く腫れ上がったであろう下半身だが、仮想体(アバター)の身なれば特に変化は無い。

 

「ま、好きにしろ」

 

 ゲーム内だから幾ら射精()しても汚れないから、リーダー的にも問題無い。

 

「ヒャッホー!」

 

 ロリ夫(仮)は汚ならしい笑いで自らの醜く裸身を晒すと、『ヒッ!』と息を呑んだ調の方へと歩み進む。

 

 周囲の男共はニヤニヤと下種の笑い。

 

「に、逃げるデス調!」

 

「切ちゃんを置いて逃げられない……」

 

 確かに、拘束を受けてはいない調なら単独での逃走は可能だったが、切歌を置いて逃げる選択肢なんて、彼女には初めから無い。

 

 切歌の拘束そのものが、調の心を縛っていた。

 

 だからといって、切歌も調が目の前で陵辱される事など望みやしない。

 

「誰か……助けて欲しいデス! 私の友達、大好きな調を……」

 

 お互いがお互いの為に、相棒が救われる事を望む。

 

 穢らわしい手が無遠慮に調の肩に触れる。

 

「い、いや……」

 

 調が感じたであろうそれは恐怖心と嫌悪感。

 

「誰か調を……」

 

 切歌は動きを封じられて泣いて叫ぶしか出来ない。

 

 だから切歌は……

 

 だから調は……

 

「「ユートォォォッ!」」

 

 出逢って、一緒に冒険をして、初めて互いの半身とは別の──笑い合えた異性の名前を叫んでいた。

 

 そしてそれは一瞬か──或いは刹那の出来事。

 

「誰かとかユートだなんて……連れねー事を言ってくれるなよ」

 

 声が響く。

 

「つるぎ……?」

 

 刃が煌めく。

 

「ああ、振り抜けば風が鳴る(つるぎ)だ!」

 

「「嗚呼!」」

 

 希み望んだ援軍。

 

 其処には魔弓と絶刀を身に纏った二人、雪音クリスと風鳴 翼が立っていた。

 

 声も無く倒れたオレンジギルドのリーダー、身体には矢が数本刺さっている。

 

 ロリ夫(仮)には斬撃の痕が残っていた。

 

「あれ? 二人が彼処に居るなら私を抱えているのは……誰?」

 

 攻撃をしたのは確かに、彼処に居る二人なのだろうけど、ならば同時にロリ夫(仮)から掻っ浚ったのは、果たして誰なのか?

 

「助けてと言ったのは君じゃないか、調」

 

「……え?」

 

 裸身を晒す調をお姫様の如く抱くのは……

 

「ゆーと……さん?」

 

 たった今、助けて欲しいと願った相手だった。

 

「あうっ!」

 

 とはいえ、自らは謂わばすっぽんぽんであるが故、別の意味で涙目になりつつ僅かに身を捩る。

 

 落ち着いたものなユートはメニューウィンドウを開いて、アイテムストレージからアイテム名をタップ、すると調の方に何やら別にウィンドウが開く。

 

「これ、アイテム交換?」

 

 交換とはいっても調からは何かを差し出す必要性も無くて、単に【YES】をタップすればユートが渡すアイテムを受け取れる。

 

 よく判らないがタップをしてみる調。

 

「これ……はっ!」

 

 力強くメニューを操作、裸体から新たに装備が装着されていく。

 

 この際、聖詠を詠うのは様式美というやつなのか?

 

 前が黒で白いスカート、ピンクを基調とした装甲──鏖鋸・シュルシャガナ。

 

 同時に、切歌の方も碧を基調とした獄鎌・イガリマを装備していた。

 

「「はっ!」」

 

 装備後にはポージング。

 

「古代神話の戦女神ザババが手にした紅の刃、シュル・シャガナと……」

 

「碧の刃イガリマ──デェェスッッ!」

 

 尚、二人が装着しているのは魔法少女事変(アルケミックカルト)後に入手、観賞した【戦姫絶唱シンフォギアGX】のデザイン。

 

 それは絶刀天之羽々斬と魔弓イチイバルも同様。

 

「けっ、リーダーがやられたとはいえ三人が増えたからってどうした!」

 

 数の利を叫ぶのは恐らくサブリーダー。

 

「三人? アメーよ!」

 

 クリスが笑う。

 

 ザッザッと足を踏み鳴らす音が辺りに響き渡って、オレンジギルドのメンバーが見回せば、それこそ数十にも及ぶプレイヤーによって囲まれている。

 

「なっ!? い、いつの間にこんな!」

 

 しかも【黒の剣士】やら【緋の小舞士】など所謂、攻略組と呼ばれるメンバーまで勢揃いしていた。

 

「愚かだったな」

 

「な、なにぃ!?」

 

「我々は常に相互援助をしている。連絡を受ければ、何を置いても救けるさ……いつだって、どんな時であろうとも!」

 

 救援要請は翼とクリスに伝わり、其処からユートへと伝わった瞬間、ステータスの全てを以て加速して、こうやって翼達と共に調と切歌を救出に来たのだ。

 

「さて、オレンジギルドの諸君……今まで抑えられていた反動ではしゃいでいたのだろうが、これで御仕舞いだね。死ぬか、それとも黒鉄宮の牢獄に行くのか、選ぶが良い」

 

「クソッ!」

 

 悠然としたユート声に、オレンジギルドの一つを束ねるサブリーダーは毒吐きながら悔しげな表情をし、ユートを睨み付ける。

 

 

 だが然し流石にこの人数を相手に歯向かう程、この連中とて莫迦ではなかったらしい。

 

 全員が武器を捨てて投降をするしかなかった。

 

 名も知らぬオレンジギルドが潰滅、これによって殆んどの犯罪者プレイヤーが一掃された事になる。

 

 勿論、逃げおおせた者も多数が居たであろう。

 

 然しなからこの時世にて敢えて犯罪を犯す愚など、彼らとて行いはしない。

 

 連中に他者を殺す程度の輩は居ても、自分が殺される覚悟が定まった者なんて居なかったからだ。

 

「取り敢えず、これで連中も大人しくなるだろうね」

 

「そうですね。ユートさんの御決断は英断でしたよ」

 

 赤毛をポニーテールに結わい付けた少女──ギルド【SGs】のリーダーであるエリスが頷く。

 

 彼女は以前のボス戦で、響に救われた経験があったからか、調と切歌の救出にも全力を尽くしてくれた。

 

「いよいよ七〇層も越えた訳ですし、漸く終わりが欠片でも見えてきました」

 

 【閃光】のアスナも感慨深そうだ。

 

「調……」

 

「切ちゃん」

 

 二人は手と手を合わせ、抱き締め合う。

 

「「重ね合わせたこの手、絶対に離さない」デス!」

 

 それはきっと誓いの言葉──誓約。

 

「そして、私と響みたいにするんだろうね」

 

「え、未来……ナニを?」

 

「何だろうね、響!」

 

 此方は此方でラブラブなオーラを醸し出す。

 

 スパカーン!

 

 ハリセンの一撃。

 

「ひゃうっ!? クリスちゃんどうしたの?」

 

「そういうのは家でヤれ」

 

 真っ赤なクリス。

 

 ともあれ、事態は終息。

 

 そして第一の終演へ向かって世界は動く。

 

 

.

 




 これで原作に戻れる……中身は別物だろうけど。




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第37話:最速で最短で

 書き直し乱舞……





.

 第七四層。

 

 ユートは単身で迷宮区の探索をしていた。

 

 偶には一人で心行くまでMobの虐殺を……という訳ではないが、経験値稼ぎや迷宮区の攻略も兼ねているのは間違いない。

 

「うりゃりゃりゃりゃ!」

 

 現れたMob現れたMobを引き連れ、集めてから一気に撃破をしていく様はMobの大量虐殺者と呼ばれそうな勢いである。

 

 ピチュン!

 

「あれ?」

 

 斃したMobの中に見知りながら、今まで斃した覚えの無い薄い茶灰色な兎の姿を見付けた。

 

 知識的には存在するが、確かに出逢った記憶は無いから斃していない筈。

 

 リザルト画面に表れていたのは【ラグー・ラビットの肉】であり、【ラグー・ラビットの爪】だ。

 

「ラグー・ラビットか……しかもS級食材ドロップ」

 

 【ラグー・ラビットの爪】の価値は知らないけど、コイツの肉はS級食材だけあり高価且つ美味いとか。

 

 そんな噂が階層解放時、何故か行き成り情報が出回ったのを覚えている。

 

「さて、前は取っていたが使わないから捨てたよな。料理のスキルって……」

 

 取った事はあるのだが、ユートはそもそも家事炊事が好きではない。

 

 というより、二〇歳までの一八年間は家で母親から面倒を見て貰い、以後での二年間の死ぬまでには白亜を始めとする緒方の女の子が何故か――今は理由も知っているけど――面倒を見てくれていたから基本的に家事は出来るが、やった事など数える程度。

 

 二度目の人生、ハルケギニア時代は貴族様に生まれたから、メイドさんが家の事はしてくれていた。

 

 現在、やはりシエスタに頼ったり木乃香に頼ったりなど、家事をしていない。

 

 結果として、家事をやらない男になってしまった。

 

 好きではないから他者に任せる訳で、そういう意味では献身的なシエスタとかアーシアとか、内助の功的な万里谷裕理とか、或いは酒場の娘だったジェシカだとかは丁度良い人材だ。

 

 結局料理スキルも殆んど上げない侭、違うスキルに取って変わられてしまうから何とも云えないし。

 

 まあ、この世界というかSAO内でも料理スキル持ちも何人か居て、ユートが美味しいものを食べたい時はそんな人物に頼む。

 

「そういや、サチが料理をコンプリートしたとか言っていたな。アスナと色々な研究もしていたし」

 

 勿論、アスナもスキルはコンプリート済みらしい。

 

 因みに、シュル・シャガナ――というか調だけど、実は料理スキルを取っているのだと聞いた。

 

 尤も、大した熟練度ではないから【ラグー・ラビットの肉】も無駄にしてしまうだろう。

 

「折角だしサチに料理して貰うか」

 

 コルや武装には困っていないし、売って新しい武器や防具を買う必要性も無かったユートは、普通に食べるという選択肢となる。

 

「うーん、もう一つ二つも有ればギルドホームで皆を集めてパーティーとか良さそうだけどな」

 

 とはいえ、元が小さな兎の肉なのだから二〜三匹分でもパーティーには足らないだろうし、メインにするにしても他の食材など集めての大掛かりなパーティーになるだろうが……

 

「よし、捜すか!」

 

 ラグーラビットもう一度とばかりに捜し歩き始め、幸運というか豪運で二匹目を狩り、肉もゲットしてしまうユートであった。

 

 但し、時間は掛かったりしたのだが……

 

 第五〇層 主街区【アルゲード】に降りたユート、自分のホームが第二二層なのだから、場所的には中間に位置している。

 

 少し大きめの建物に入ると其処にはユートみたいな黒ずくめ――酒の名前とかアバターネームにしてないけど――の少年が、褐色肌にガチムチなスキンヘッドの男と何やら話し込んでいる様子だ。

 

「よう、キリトにエギル」

 

「応、ユートか」

 

「よう、いらっしゃい」

 

 それぞれがユートを認識して挨拶を口にする。

 

「珍しいな、一人か?」

 

「僕だって常に誰かを連れ回してないよ、エギル」

 

「いや、あんたの場合だと常に色んな女を連れているイメージだぜ?」

 

「な、んだと……!?」

 

 エギルの言葉には色々と驚愕のユートであった。

 

「で、ユートはまたこの店に何の用だ? アンタ謹製の武具の売却なら勿論だが歓迎するぜ」

 

 ユートが打った武具――それはとても素晴らしい、現最大階層より遥かに高い性能を持たされたモノ。

 

 唯のロングソードにしか見えない剣を一つ見ても、例えば階層相当なモノなら切れ味が一〇〇〇だったとして、ユートが打ったモノなら二五〇〇だったとしてもおかしくない。

 

 そんな武具ならば多少は高値でも買う、何しろ事は生命に直結するのだから。

 

 SAO内で死んだなら、脳をまるで電子レンジにてチンッ! するみたいに焼かれてしまい、その生命を現実世界(リアルワールド)からもログアウトされる。

 

 とはいえ、ユートにだって予定は幾らでも在るし、武器や防具ばかりを打つ訳にもいかないのだ。

 

 何故ならユート本人こそ攻略組の最前線で、本当の意味でのトッププレイヤーというやつだからである。

 

 未だに誰も到達してないレベル一〇〇越え、これを唯一達成しているが故に。

 

 まあ、キリトやシリカやアスナ辺りはそろそろ達成に近付いているが……

 

 タイタンズ・ハンドとの戦闘から実に、レベル的に八を越えて上がっている。

 

 尚、タイタンズ・ハンドを潰した際に持っていた刀――羅刹王は今現在であれば【SGS】の刀使いへと譲渡され、今でも現役として活躍中だとか。

 

 ユートが懇意にしている攻略組の一角、団長であるエリスに渡した後で刀を扱うプレイヤーに渡された。

 

 早い内に更新しており、現在の【景光】までで既に二回は更新している訳で、前回の【兼光】はクラインに売却、前々回の【一文字】はエギルに売っている。

 

 それに【景光】にしてもいずれ新たな武器を打ったならば、また誰かしら譲渡をする事になるだろう。

 

 とはいえ、この【景光】とは可成りの高性能だから今暫くは使い続ける筈。

 

 第一、まだ【村正】だとか【正宗】だとかを打てる素材も無いし。

 

「取り敢えず幾つか数打ちを持って来てるよ」

 

「おお! 数打ちとか言っても性能は折紙付きだぜ。問題はねーよ!」

 

 現在の最前線たる七四層では、魔剣レベルですらも今のユートが持ち合わせる数打ちにすら及ばない。

 

 匹敵するのはキリトが持つ二振り――【エリュシデータ+40】と【ダークリパルサー+40】くらい。

 

 それにしたって+をこれだけ付けたリズベットの腕が良かったのと、最大試行限度数50の武器その物の性能が在るからだし。

 

 数個の武器と二個の防具を渡すと、エギルはスキルの【鑑定】で性能を視てから『ヒューッ』と口笛を吹きながら少し呆れた。

 

「ほんっと、相変わらずの高性能な武具だぜ。数打ちの癖に最前線クラスを越えるって何だよ?」

 

 販売の情報が流れたら、その瞬間には売り切れるとか最早、人気アイドルとかのライブチケット並な売れ筋となっているらしい。

 

 基本的にエギルへと売却をした場合だと、総売上の三〇%がユートに支払われてお題となる。

 

 一二〇〇〇〇〇〇コルだったなら、三六〇〇〇〇〇コルがユートの懐な訳だ。

 

 エギルとの話し合いで、ユートの武具の分け前による内訳は――ユートが三〇%でエギルが四〇%を手にして、残りの三〇%は中層クラスのプレイヤーを鍛えるのに使っていると云う。

 

 だからこんな内訳で納得をしたのである。

 

 エギルのやる事を知った者の中で口さがない奴は、大金を投じてそんな連中を鍛える意味が無いと批判していたが、デッド・オア・アライブな世界で生き残る為の投資だと理解をして、エギルを少しだけだが手伝っているのだ。

 

『まあ、偽善かもだけど』

 

 とか宣ったら……

 

『偽善者と吐いた言葉は合っているの?』

 

 紅い刃が口ずさみつつ、蹲っていたけど……

 

 まあ、ぶっちゃけてこの恩恵はSGSも受けているのだと、エリスからも聞いていたからこそ手伝っているのだと考えると。

 

 実は意外な人物が恩恵を受けている事は、ユートも知らない事実だったり。

 

「それとだな……そろそろ最後のクォーターポイントの七五層になるだろ?」

 

「……だな」

 

 エギルだけでなくキリトも難しい表情となるのは、最初のクォーターポイントの二五層、次のクォーターポイントの五〇層と犠牲者も結構、出したポイントとなっているからだ。

 

 概算で二五層分は実力が上のボス、普通じゃあない性能でプレイヤーを殺す。

 

「その前にパーティーでも開かないか?」

 

「パーティーだと?」

 

「場所は、グランザムでも此処――アルゲードでも構わないんだが、折角なんだし知り合いを集めてやってみないか?」

 

「まあ、士気は高まるか」

 

「だろう?」

 

「けど、パーティーするなら料理は……」

 

「ウチのギルドのサチが、【KoB】のアスナと一緒に料理スキルをコンプしたって云うし、任せるのが吉だと思うんだ。メインディッシュには僕がS級食材を提供しよう」

 

「――え?」

 

 何故かキリトが反応。

 

「どうした、キリト?」

 

「う、それは……」

 

 様子がおかしいキリト、問い詰めてゲロさせた。

 

 何と、キリトもユートと同じくS級食材の【ラグー・ラビットの肉】を手に入れていたらしい。

 

 当然、提供をさせた。

 

「トホホ……売ろうかと思ってたのにな」

 

 ガックリと項垂れた。

 

「食えば良いだろうに? S級だけあって、味覚再生エンジンに最高の旨味を与えてくれるだろうし、今は三つも有るけど本来ならば滅多矢鱈と手に入らないんだからさ」

 

「そりゃそうだが……」

 

「ウチのサチと、それからアスナにもシェフ役を頼んでクォーターポイント前のパーティーだ。【風林火山】や【SGS】や【KoB】からも知り合いを呼ぶ。ディアベルも呼ぼうか」

 

「けどよ、パーティーは良いけど流石に三つだけじゃ足りなくないか?」

 

 ラグー・ラビットの肉が三つもあるとは言っても、大勢を呼べば幾ら何でも足りないだろうと心配をするエギルだったが、ユートもそれは考えている。

 

「ラグー・ラビットの【ラグー】って煮込むって意味なんだが、三つ共をシチューにして出せば良いよ」

 

「シチューなぁ」

 

「それ以外にも食材を持ち寄れば、腹にも溜まるだろうから問題も無いさ」

 

「まあ、それなら確かに」

 

「それなりに人数も集まるからエギル、今から食材を集めてくれないか? 人を使って大々的に。パーティーに参加予定の連中だけで動かせる人数も可成りになるだろう?」

 

「判った、任せろよ」

 

 上手くやれれば美味しい料理が食えるとあっては、エギルとしても張り切りざるを得ない。

 

「キリトはアスナを……」

 

 カランコロン。

 

 言っているとアスナが、護衛らしき長身に額が広く不健康そうな顔をした男と共に入ってきた。

 

「アスナ!」

 

「久し振りねキリト君……ユート君も。前回の攻略戦以来かしら?」

 

「そうだね」

 

「エギルさんもお久し振りになりますね」

 

「俺は前回、攻略には出ていないからな」

 

 エギルは商売を兼任している為、必ずしも攻略戦に参加する訳ではない。

 

 前回も丁度、急ぎの用事が出来たから攻略に参加をしていなかったのだ。

 

 そうなると、一ヶ月くらい会わないなんてざらにもなってしまう。

 

 そんな風に楽しく会話をしていると、護衛らしき男が睨み付けてきた。

 

 まあ、知った事でもないからユートは完全無視を決め込んでいる。

 

 少なくとも口出ししてくりまでは、自分から関わりたいとも思えなかったし。

 

「アスナ、丁度良かった。今さっき連絡をしようと思っていたんだよ」

 

「え、連絡って?」

 

「実はクォーターポイント前の懇親パーティーを開こうと思ってね、アスナにはコックとして動いて欲しかったんだ。ウチのサチとは料理仲間なんだろ?」

 

「へぇ、パーティーかぁ」

 

「ああ、主だった攻略組で第七五層に向かう連中と、【ZoG】と【レリック】の主催でさ。良い食材が手に入ったからね」

 

「良いわよ。それじゃあ、連絡網はどうするの?」

 

「攻略組の主だったギルドはアスナに任せる。此方は親交の深い【風林火山】や【SGS】に声を掛ける」

 

「ん、了解」

 

 一時期に比べて仲は良くなった方か、アスナも此方へにこやかに応じた。

 

 攻略の鬼とサボリ魔では仲違いも已むを得ないが、ユートのサボリがラフコフを捜す為のもの、延いてはレッドの駆逐をして攻略を進め易くする為だと理解を示し、アスナの態度も改まったという訳だ。

 

 まあ、ラフコフとの決着が着いてから関係に変化が起きたのはアスナだけではなく、未来との関係が+に動いていたし響はその未来に引っ張られて、訳も解らない侭に朝チュンしてしまって以来、割と積極的――ハマったらしい――に関係をしていたりする。

 

 基本は三人で……だ。

 

 それは兎も角、アスナは二つ返事で了承をしたが、それが不服だという人間も居たりする。

 

「アスナ様!」

 

「……クラディール、いったい何ですか?」

 

 クラディールと呼ばれた【KoB】団員らしき男、神経質なのか表情が歪んでいる辺り気色が悪い。

 

 ユートの見立てでは偏見も込み込みではあるけど、【血盟騎士団】よりも寧ろオンラインギルドの方こそお似合いだろうと考える。

 

 こいつの気配……それはあのPoHに比べるべくもないが、ラフコフのモブ共――名前を知らないプレイヤー――と似たネチャつく汚ならしいものだった。

 

「いつも私が言っていますでしょう、あの様な得体の知れない連中と付き合うのはお止め下さいと!」

 

「プッ!」

 

 アスナが真っ赤になって怒る前に、ユートが思わずといった感じに吹き出す。

 

「な、何がおかしい?」

 

「いやいや、ロールプレイ乙……ってねぇ?」

 

「なっ!?」

 

 寧ろ、アスナではなくてクラディールが真っ赤になって怒りを露わにした。

 

 全然、萌えないけど。

 

「得体の知れないってさ、此処が何処だか理解しての言葉だろうな?」

 

「SAOだろう、それが何だと云うんだ!?」

 

 苛立たし気なクラディールだが、ユートからの問いに律儀な回答をする。

 

「そう、SAOだ。そしてこのゲームはVRといった要素を抜いても、MMOと呼ばれるジャンルだな?」

 

「それがどうした!?」

 

「MMORPGとはつまりネットワーク上で不特定多数がプレイするゲームで、簡単に言えば僕やキリトやエギルは疎か、アスナにせよお前にせよ誰しもが正体の判らない誰かなんだよ」

 

「っ!?」

 

 そろそろ言いたい事が解ってきたのか、クラディールが目を見開きながら睨み付けてきた。

 

「とはいえ、僕はそもそもキリトとはリアルな知り合いだし、それ処かキリトの家でログインしたからね。それにエギルもリアルネームも含めて知っているし、アスナもそれは同じだな。寧ろ僕からすればこの場に於いて、不審者は何処の誰とも知れないお前なんだよクラディールとやら」

 

「き、貴様ぁぁっ!」

 

 不審者呼ばわりに怒る。

 

 アスナはといえばやはり素性がもろバレな辺りで、どうしても口元が引き攣ってしまう。

 

 エギルの場合は話してあるのもそうだが、ポッドを格安で使わせて貰えているから澄まし顔だ。

 

 行く度に奥さんの淹れた珈琲に、軽食を食べさせて貰う約束を取り付けている訳だから。

 

 使っている間中だから、SAOをクリアするまでは奢りで一食という。

 

 キリトの場合実質的に、一緒にプレイをしているのだからしたり顔だ。

 

「序でだから訊くんだが、アスナ……」

 

「何かしら?」

 

「クラディールとやらは、ストーカーか?」

 

「いえ、一応は護衛よ」

 

 まあ、憑かれているにも等しいからストーカーというなも強ち間違いでなく、だからアスナも――一応と付けていたり。

 

「フッ、護衛対象より弱い護衛とか」

 

 ビキリ! クラディールの額に青筋が浮かぶ。

 

「何が言いたい貴様!」

 

「別に……クラディールのレベルは?」

 

 笑いながら〝アスナ〟に訊ねるユート。

 

「確か、七二よ」

 

「へぇ? 六十台くらいかと思ったが……」

 

 ちょっと吃驚。

 

「で、アスナは?」

 

「九三ね」

 

「だろうな。僕の周囲から無茶と言われるレベリングに幾度と無く付き合ってきたからね。そのくらいにはなっているだろう」

 

 最早、クラディールの顔は蛸にも似た赤さ。

 

 攻略組の上位プレイヤーは既に九十台。

 

 低くとも八十台後半にはなっているのだ。

 

「己れぇ」

 

 プライドだけは一人前、既にクラディールの怒りは絶頂だった。

 

「決闘だ! この私が……アスナ様の護衛だと判らせてくれるわ!」

 

 怒鳴り散らすかの如く、クラディールがデュエルを申し込んできた。

 

 そんな彼を、ユートだけではなくアスナもキリトもエギルまで、呆然と見つめてしまうのは無理もない。

 

 ユートは意外とデュエル経験が無かった。

 

 理由はユートのデュエルの仕方にあり……

 

「良いだろう」

 

 ユートの方がデュエルを申し込む形で、クラディールの方にウィンドウが開かれたのだが、其処にあった表示にギョッとなる。

 

「完全決着だと!?」

 

 デュエルには三種類存在する――初撃決着、半減決着、完全決着だ。

 

 初撃決着モードは最初にダメージを与えた方が勝者となり、半減決着モードは相手にHPの半分までダメージをあたえたら勝利。

 

 そして完全決着モードは言わずもがな、相手のHPを全損させたら勝利だ。

 

 SAOは現状、デスゲームだからこの完全決着モードは使われない。

 

 決着する=どちらかの死なのだから当然だろう。

 

 そして、ユートは挑まれたデュエルは基本的にこの完全決着モードでのみ行う事から、デュエルを申し込むプレイヤーが居ない。

 

 ギルドの発足した当初、綺麗所な少女が多く所属するというやっかみからか、デュエルを挑む莫迦も多く居たのだが、ユートが完全決着モードのみしかしないから軈て、デュエルは申し込まなくなった。

 

 デュエル自体は行われていたが、基本的にもう一つの決着で終わる。

 

 つまりはリザイン。

 

 誰だってデスゲーム中にHP全損は嫌だろうし。

 

「愉しい愉しいデュエル、さぁ……始めようか」

 

「うっ!?」

 

 YESを押せばデュエルが始まる。

 

 だが、クラディールには躊躇いがあった。

 

 やはり、全損での決着はやりたくないのだろう。

 

「くっ!」

 

「因みに……私のレベルは百越えです」

 

 ビクッ!

 

 何処ぞの宇宙の帝王様が自分の戦闘力を自慢するかの如く、ユートは自らの持つ今のレベルを軽く明かしてみせた。

 

「どうした? 自分から申し込んだデュエルだろう。それとも……逃げるか?」

 

「誰が!」

 

 その挑発に乗ったのか、クラディールはYESを押してしまう。

 

 余りにも莫迦だった。

 

 デュエルの成立により、二人は武器を出す。

 

 クラディールは大剣を手に取っており、ユートはといえば当然ながらも刀――である。

 

 クラディールの大剣とて一線級の武器なのだろう、だがユートの【景光】であれば一線級処の話では決してなく、武器の格ですらも激しく負けていた。

 

 【景光】でさえ……だ。

 

「き、貴様? その刀は……いったい何なんだ!」

 

「【正宗】だ。影打ちに過ぎないけどな」

 

 満足がいかないから未だに影打ちがやっとだけど、実は一応【正宗】の名前を持つ刀が存在する。

 

 その威力は満足いかないまでも【景光】を越えて、間違いなく現SAOに於ける最強の刀。

 

 待機時間の六〇秒が経過して、デュエルスタートのウィンドウが出現。

 

 瞬間、ユートのスピードは有り得ないものとなり、【正宗・影打ち】の切っ先がクラディールの首元に突き付けられて……

 

 斬!

 

「ウギャァァァッ!」

 

 血を撒き散らすエフェクトが上がり、悲鳴を上げてのた打ち回るクラディールの姿が見える。

 

「ああ、やっぱり」

 

 アスナが頭を抱えた。

 

 通常、痛みはペインアブソーバにより斬られたとしても不快感を受ける程度、だけどユートがクエストで獲たアクセサリーを使う事により、そのシステムすら越えてダメージを与える。

 

 システム権限アイテム、通常のゲームにもある程度は存在しているモノ。

 

 ユートの持つアイテムは度を越しているが……

 

 茅場晶彦が何を思って作ったアイテムか解らない、だけどこれは正に血闘の為のアイテムだった。

 

 ペインアブソーバを越えて痛みを与えるが、それは装備者たるユートにも適用されるから、ユートが装備中にダメージを受けたなら当然、リアルな痛みを受ける事となるのだから。

 

 

「どうした? デュエルの最中なんだから立てよ」

 

 チャキッ! 【正宗・影打ち】をこれ見よがしに突き付けて言う。

 

「アギャァァァッ!」

 

 然しながらクラディールは絶叫を上げ、無様に転げ回るのみだった。

 

「チッ、面白くも無いな」

 

 ザクッ!

 

「ギィィィィィッ!」

 

 太股に刃を突き刺され、クラディールは悲鳴にもならない悲鳴を上げる。

 

「HPはレッドゾーンか。僅か手加減の二撃でこれとはね、弱いなこの自称護衛さんは……」

 

 尚、突き刺した侭な為に継続ダメージが入り続け、ジワジワとHPバーが減り続けていた。

 

「そこまでよ、ユート君」

 

 ゼロになる前にアスナが止めに入り、ユートも素直に【正宗・影打ち】を引き抜いてやると、クラディールのHP減少が……

 

「嗚呼アア?」

 

 止まらない。

 

 出血のデバフによって、血が流れ続けていると判断されており、その結果としてHPが先程よりはやんわりとだが、確実にHPは減っていくのだ。

 

 圏内でありながらHPが減少するのは、デュエルによるダメージのみ。

 

 圏内で死亡するのなら、それは完全決着モードによるデュエルでのみ。

 

 クラディールは今正に、死に向かって一直線。

 

「ハイポーションだ。死にたくなければ使え」

 

 投げたハイポーションが地面に落ちる。

 

 早く拾わなければこの手の消費アイテムは、寿命が可成り短いから暫く経つと青白いポリゴン片に変わって消滅してしまう。

 

 クラディールは涙を滂沱の如く流しながら、地面のハイポーションを〝取得〟してから使用した。

 

 出血のデバフは消えて、HPバーも少しずつだけど回復し始める。

 

 回復結晶なばらあっという間にHPが回復するが、ポーションの類いは回復に時間が掛かる為、ここまで上層になると余り使われたりはしない。

 

 ユートにしても、これが残り物に過ぎないから与えただけなのだ。

 

「精々、生命の有り難さを痛感するんだな? なあ、ラフコフの残党さん」

 

「「「え?」」」

 

 その場に居たキリト達が目を見開いてクラディールの方を見遣り、ユートの顔を見てから再びクラディールに目を向ける。

 

「こいつの気配、ラフコフの雑魚プレイヤー共と同じ粘ったく気色悪いものだ。間違いなくラフコフ残党、何処かに偽装したギルド印を刻んでる筈だ」

 

 ラフコフのメンバーから尋問した結果、ラフコフのマークは偽装し隠している者が普通のギルドに入り込んでいるケースがあると、それを聞いていた。

 

 それの解除方法も。

 

 案の定、腕に偽装されて隠れていたギルド印が現れており、当然クラディールは黒鉄宮逝きとなった。

 

 後でリアルの身体も確保する様に、SAO対策委員会に伝えねばなるまい。

 

「さて、それじゃ余興も終わったし本題に入ろうか」

 

 最早、リーダーと幹部を喪ったラフコフに求心力は存在しないし、ユートにとって余興でしかなかった。

 

 数日後、素晴らしいまでにパーティーは催される。

 

 S級食材のシチューは、何とか全員に行き渡った訳だけど、やはり美味しいものだったのは云うまでも無い事柄であろう。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 SAOは基本的に六人が一組で最大限のパーティ、ユートはメンバーを募って第七四層の探索に出た。

 

 一パーティの六名で。

 

 ユート、シリカ、サチ、響、未来、キリト。

 

 正確にはパーティメンバーではないアスナも含め、七人での探索だったが……

 

「何でアスナが憑いてきたんだ?」

 

「人を幽霊みたく言わないで欲しいんですけど……」

 

「いや、だってな。キリトに憑いてきたんだろ?」

 

「アスナ……」

 

「キリト君、微妙な表情で見ないでよ!?」

 

 真っ赤なアスナに対し、密かに萌えるキリト。

 

 可成りの美少女なだけに羞恥に朱くなると可愛い。

 

「それにパーティも組まずに来てどうする? そりゃ多少のフォローくらい出来るけど、パーティを組んだ方が戦闘は効率的だって、アスナなら解るだろう?」

 

「だ、大丈夫! そろそろ来てくれる頃だから!」

 

「ギルメンでも呼んでいたのか?」

 

 アスナがソワソワしていたのは、恐らくギルメンか誰かを待っていたのだろうと当たりを付ける。

 

「来たよ」

 

「デース!」

 

 違った。

 

 滅茶苦茶、ユートの方の同盟ギルドメンバーだ。

 

「何をしてるんだ君らは」

 

「ちょっとしたお手伝い」

 

「なのデスよ」

 

 月読 調と暁 切歌に+、何故かササマルとテツオの二人が現れる。

 

「五人パーティか。まあ、フルメンバーじゃないけど危険性は低くなったかな」

 

 ササオとテツマルは流石に一線級とは云えない装備だったが、それでも可成り頑張ったレベルである。

 

 調と切歌はユートから買ったシンフォギア装備で、超一線級のものだけど。

 

 装者だからあってかよく似合っており、誉めてあげたら頬を朱に染めてはにかんできた。

 

「さてと、もうこの七四層の攻略は殆んど済んでる。此処からマッピングされてないこの道、真っ直ぐみたいだけど進めば恐らく」

 

「ボス部屋……か」

 

「ああ」

 

 クォーターポイントではなくとも第七四層であり、強敵なのは間違いない。

 

「それにどんな罠が待ち構えているか」

 

「罠?」

 

「ボス部屋だけにそろそろ結晶無効化エリアとか?」

 

「げっ!」

 

 今まででも単なる部屋に結晶無効化エリアは存在していたし、ボス部屋にとて在っておかしくなかった。

 

「下手したら扉が閉まって出られなくなったりな」

 

『『『『怖っ!』』』』

 

 余りに怖い最悪な想像。

 

 偵察戦すら許されないというのは、つまり情報を得る事すら叶わず戦いに挑まねばならないという事。

 

「兎に角、此処はもう!」

 

「最速で最短で真っ直ぐに一直線に?」

 

「へう!?」

 

 続きを言われてしまった響は真っ赤になる。

 

「所謂、ヒビキッシュだ。最速で! 最短で! 真っ直ぐに! 一直線に! 胸の響きを……この想いを伝える為にぃぃぃぃっっ! ってな具合にね」

 

「はう……」

 

 響の『へいきへっちゃら』のレベルで有名な科白、正しくハートの全部で往く響らしいもの。

 

「ま、確かに一直線だな」

 

 真っ直ぐ一直線な道なりに進むと――

 

「扉!」

 

 鉄の扉が鎮座する。

 

 響はガングニールの手甲をガチガチと鳴らす。

 

「取り敢えず開けようか」

 

 そうしないと始まらない訳で、ユートが扉に手を当てるといつも通り――ギギギギギ! と重苦しいSEを響かせながら扉が開く。

 

 その向こう側は真っ暗な闇の支配する空間。

 

「さあ、何が出てくるか」

 

 足を踏み入れて一歩二歩と進むと――

 

 ボッ! ボッ! ボッ!

 

 部屋には篝火が灯されて闇が開かれた。

 

『グオオオオオオッッ!』

 

「青い……悪魔……?」

 

 アスナが驚く。

 

「ザ・グリーム・アイズ」

 

 ユートが読み上げるのはボスの名前。

 

 その顔は愉しそうだ。

 

 戦闘民族との接触以来、少しばかりユートは戦闘好きになっていた。

 

 だから……

 

『『『『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』』』』

 

 ザ・グリーム・アイズの威容に逃げ出した仲間達は目に入らず、手にしている【正宗・影打ち】を振り上げて駆け出した。

 

 

正宗・影打ち:カタナ/両手剣 レンジ:ショート 攻撃力:3500-4000 重さ:100 タイプ:斬撃 耐久値:4600 要求値:90 敏捷性:+100 腕力:+80 防御:+20

 

 

 超超一線級の武器を手に闘うまでである。

 

 

.

 




 漸く原作ラスト近くに。




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第38話:【二刀流】スターバースト・ストリーム

 最後が一昨年の10月の後半だから、一年以上停滞していた計算に……

 少しずつ書いてはいたのですが、予定にもう少しの部分で詰まってその侭に。





.

 ザ・グリーム・アイズなる青い悪魔の余りの威容に驚愕し、思わず全員で逃走してしまったキリト達。

 

「ハァァ、吃驚した」

 

 アスナが大きな溜息を吐いて吐露する。

 

「あんなんと戦うのか」

 

 とはいえキリトも少しばかり弱気な発言だ。

 

「驚き桃の木山椒の木……デース!」

 

「ブリキに狸に洗濯機って……切ちゃん、大巨神でも喚ぶ気なの?」

 

 何故か可〜成〜り古い、何処ぞのアニメの召喚文言を呟いた二人、切歌と調もどうやら少しばかりテンパっているらしい。

 

「あれ?」

 

「どうしたの、響?」

 

「ユート君が居ない……」

 

『『『『え?』』』』

 

 響の言葉に全員が辺りを見回すと、確かにユートの姿がこの場に無かった。

 

「ひょっとして……」

 

「ああ、ですね」

 

 サチとシリカは心当たりがあるらしく呟く。

 

 特にシリカは第一層での最初の最初からパーティを組んだ相棒(バディ)だし、いい加減でユートの行動が読める様になっているから頭を抱えてしまう。

 

「二人共、心当たりが?」

 

「はい、キリトさん。恐らくは私達が逃走した後で、普通に武器を手にしてボスと対戦を〝楽しんで〟いるんじゃないでしょうか」

 

「ああ……」

 

 キリトもシリカより遅かったが、それでも第一層からの付き合いだから何と無く理解が出来た。

 

 ユートは戦闘狂ではないと自称するが、間違いなくその気はあるんじゃないかと思えたから。

 

「はぁ、仕方がない。俺達もパーティを組んでる手前として無視は出来ないな」

 

「本当は偵察だけの心算だったんだけどなぁ」

 

 諦め気味なキリトと同じくシリカも溜息、他の面子も座り込む前に『行こうか』という雰囲気だが……

 

「うん?」

 

 はたと気付くキリト。

 

 目の前に趣味の良くないバンダナを着けた野武士、更には数人の男共がやって来たのである。

 

「クライン!」

 

「お、キリトじゃねーか。お前も来てたのかよ」

 

「まあな。そうだ!」

 

「ん?」

 

「実は――斯々然々で!」

 

 一気にクラインへ現状を説明するキリト。

 

「な、何だってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

 そして内容に驚愕をするクラインは絶叫した。

 

「あ、あんの莫迦はっ! 一人でボス戦とか、何を考えてやがる!」

 

「第一〇層でもソロでボス――カガチ・ザ・サムライロードを斃しましたが」

 

「んな低層のボスとじゃ、強さが違うだろうがよ!」

 

 シリカの呟きにクラインは唾を飛ばす勢いだ。

 

 悪態を吐いてはいるが、基本的に面倒見が良い謂わば兄貴的ポジなクラインなだけに、ユートを心配して叫んでいるのだ。

 

「んで、雁首揃えてどうする心算なんだ?」

 

「勿論、行くさ」

 

「は、流石はキリの字! ならサクサク行こうぜ?」

 

 クラインの激にすっかりやる気を起こし、全員で動こうとしたその時……

 

「待て、その前にお客さんみたいだぜ」

 

 キリトが先程、クライン達のパーティが現れた方を見遣りながら言う。

 

 現れたのは画一的な鎧兜に身を包む一団。

 

「ありゃ、軍じゃねーか」

 

「ああ、【アインクラッド解放軍】――【アインクラッド解放隊】のやり方を温いと言った連中が寄り集まって出来たギルドだな」

 

 【アインクラッド解放隊】――シンカーという人物が興したギルド【MTD】とディアベルの興したギルドが一つになり、規模の大きなギルドへと発展をしたは良かったが、そのやり方に不満を持つ連中が離反して新たに興したギルドというのが【アインクラッド解放軍】で、通称は【軍】。

 

 とはいえ、【軍】はそもそも【アインクラッド解放隊】の理念を掲げながら、その実態は単なる893と何ら変わらない。

 

 しかも任侠とかでなく、単なる暴力団である。

 

 物資などリソースの均等化と分配、共産主義みたいな理念を掲げているけど、最近では何の権限も持たない癖に【はじまりの街】で税金を徴収、これを払わなければ嫌がらせに(いとま)がないくらい。

 

 最終的には暴力にも訴える始末で、当然ながら二つのギルドは仲が悪かった。

 

 しかも今は碌な戦力にもならない連中が、何故だかこんな最前線まで来る。

 

「全隊、停まれ!」

 

 一番前の偉そうな奴が、隊に号令を掛けると一斉に足を停めた。

 

 皆が疲れ気味らしくて、草臥れた息を吐いている。

 

 何と云おうか温度差が激しすぎるきらいがあって、先頭の部隊長らしい指揮者のオッサンはテンションがフォルテッシモなのだが、部隊員は勘弁してくれと謂わんばかりだ。

 

「私は【アインクラッド解放軍】のコーバッツ中佐」

 

「キリト――ギルド【ZoG】の副団長だ」

 

 代表として互いに名乗り合うキリトとコーバッツ。

 

 中佐なんて名乗ったが、勿論の事ながらそんな階級のシステムは存在しない。

 

 ディアベルの――『気持ち的にナイトやってます』みたいな自称である。

 

「君達はこの先も攻略はしているのか?」

 

「ああ、ボス部屋まで既にマッピングもしてある」

 

「ふむ、ではそのマップデータを提供して貰おう」

 

 余りに横柄でしかも横暴な物言い。

 

「んなっ! タダで提供しろだと? てめえ、マッピングする苦労ってのを解って言ってんのか!?」

 

 そんなコーバッツにキレたのはクラインだ。

 

「我々は情報と資源を平等に分配し、秩序を維持するのと共にぃ! 一刻も早くこの世界から全プレイヤーを解放する為に戦っているのだ! 故に、我々に諸君らが協力するのは当然の義務であるっ!」

 

 激昂するクラインに対しコーバッツも、そのダミ声を張り上げて叫んだ。

 

「よせ、クライン。どうせ街に戻ったら公開する心算のデータ、構わないよ」

 

「おいおい、キリトよぅ……そりゃ人が好過ぎるぜ」

 

「別にマップデータで商売する気は無いさ。ユートもそうやる心算だしな」

 

 キリトは答えながらも、マップデータをコーバッツの方へ送信する。

 

「協力を感謝する」

 

 協力を当然と主張してるコーバッツであるだけに、とても感謝には程遠い声色であったと云う。

 

 正直、【軍】に協力する謂われはなかったのだが、意味も無く対立するというのも莫迦らしいとキリトは考え、大人しく自分の持つマップデータを渡した。

 

 マップデータを手にしたコーバッツは、部下を叱り付けながら行ってしまう。

 

「キリトよぉ、あいつらはボスに挑む気か?」

 

「判らないな。とはいえ、ボス部屋にはユートが居る筈だから滅多な事は起きないだろうさ」

 

 クラインの言葉にキリトは返答をした。

 

「あ、急がないとユート君が危ないよ!」

 

 響が言う。

 

「大丈夫だろ。ソロであっても時間は掛かるが戦えるユートだ。死んだりはしないと思うし」

 

 そこら辺は信頼しているキリト、兎に角コーバッツ達を追い掛ける形で一同は再びボス部屋へと向かう。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ザ・グリーム・アイズ――青い悪魔が猛威を振るう中で、ユートは笑みを浮かべながら闘っていた。

 

 コンボを極めてダメージを増すプログラムは確りと働いており、十発も剣撃を入れると元の倍にダメージが増えている。

 

 例えば最初のダメージが一〇だったなら、十発目には二〇になっている訳だ。

 

 勿論、その間に一割二割と増していくダメージ蓄積もあるから、十発目を喰らわせた頃にはもっとダメージを入れていた。

 

 ザ・グリーム・アイズのの攻撃に関しては、向こうがソードスキルだった場合は受け流し、通常攻撃なら受け止めつつも脇へ逸らしてからダメージを入れに動くという、いつもの通りの闘いを愉しんでいる。

 

 仲間が居ないから出来る完全にソロ専用の闘い。

 

 自分の身を担保にして、生と死の狭間にて思う夢は一つだけ……

 

「ねばぁぎぶあっぷ・ふぁいてぃんぐ!」

 

 ソードスキルが売りであるSAOで、自らのそれを無くしてまで欲した刀。

 

 疾っくの疾うに熟練度は一〇〇〇に達し、これ以上は無い到達点を極めた。

 

 元々がEXスキルな為、条件解放で刀スキルを獲たクラインなどは、未まだに五〇〇を越えたくらいだと聞いている。

 

 因みに、解放の為の条件は曲刀スキルを一定以上に上げる事らしい。

 

 ユートの場合はデスゲームが始まった最初っから、このEXスキルを手にしているからこその熟練度。

 

 尚、熟練度を幾ら上げてもソードスキルは覚えないのだが、熟練度の向上とは武器を扱う技能が上がっているという事で、システムの上で命中率やダメージに補正が入るから、熟練度の上昇は決して無駄ではないという話だ。

 

「甘い!」

 

 ザ・グリーム・アイズの大剣用ソードスキルが発動をするが、ユートはそれを無理せず刀――正宗で受けると、直ぐ様に身体の打点ずらして躱すと大剣自体はその侭、地面に向かう様に誘導をしてやる。

 

 基本的にソードスキルを通常の攻撃では防いだり、パリィみたいに跳ね上げたりといった行動は不可能。

 

 それだけソードスキルは茅場晶彦により優遇され、だからこそ強力なる必殺技足り得るのだ。

 

 ソードスキルを防御するならソードスキルが一番、それがこのSAOをプレイする者の常識。

 

 それ以外は最早、何とか避けてHPの損耗を少しでも減らすしか無い。

 

 まともに受けた日には、グリーンゾーンから一気にイエローになりかねなかったし、下手をしたらレッドゾーンにまで下がる危険性も有り得た。

 

 事実、ユートが識らない原典ではディアベルを簡単に殺していたし。

 

 一番恐いのが即死攻撃を受ける事だろう。

 

 受けたが最後、満タンであってもHPバーは全損をしてしまうのだから。

 

 とはいえ、ソードスキルを受ける方法がソードスキルしか無い訳でもない。

 

 実際、吹き飛ばされてしまいノックバックとすらも云えないレベルで壁にぶつかるが、剣を盾代わりにして直接的なダメージを受けなかったりもする。

 

 そこら辺が現実とも変わらないのは、茅場晶彦の拘りなのかも知れなかった。

 

 その拘りがユートとしても助かるというか、お陰で物理法則なんかを利用して防御などを行える。

 

 ゲームとはいえHPが無くなれば真実、死んでしまうデスゲームであるが故にユートはギリギリの限界を見極め、生命の力を感じる事で闘士としての勘を働かせる事が出来た。

 

 だけど愉しい時間を邪魔する者は居るもので……

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 キリトやアスナ達が軍に遅れてボス部屋にまで戻ってみれば、入口で背中を預けながら腕組みをして部屋を視ているユートの姿。

 

「ユート君!」

 

 アスナが声を掛けると、つまらなそうな顔で振り返って溜息を一つ。

 

「【軍】の連中が此方にまで来なかったか?」

 

 キリトが訊ねるとユートは首をしゃくり上げると、部屋の方を見ろと謂わんばかりに視線を向ける。

 

 急ぎ皆でボス部屋の中を覗くと、【軍】の装備に身を包んだ連中が青い悪魔と戦って……

 

「ウギャァァァッ!」

 

 いるというより一方的に嬲られていた。

 

「こ、これは?」

 

「見ての通りだよ響。連中は好き勝手に入ってきて、戦いを始めた。連携も何も取れない連中とは戦えないからね、僕はこうやって視ているという訳さ」

 

 【軍】はコーバッツ中佐とやらを中心に、果敢とも云える戦いをしている……心算だろうが、実はHPは1ドット足りとも減らしてはいない。

 

 グリーム・アイズのHPが半分――イエローゾーンにまで減っているのは偏にユートが減らしたからだ。

 

 間違っても【軍】の連中はザ・グリーム・アイズを相手取り、戦いの趨勢へと寄与なぞしてはいない。

 

 その癖に……

 

「奴のHPはイエローだ! もうすぐ、もうすぐ奴を斃せるぞ! 奮起せよ!」

 

 まるで自分達の手柄だと謂わんばかりの激励をしている辺り、恥知らずにも程というものがあるだろう。

 

 まあ、雑兵連中は理解もしているのか応える声など皆無に等しい。

 

 というより、グリームアイズが余りにも強過ぎて、返事なぞする余裕が彼らには無かった。

 

 今までに外の世界で怪物クラス……或いは怪物そのものと闘ったユートなれば一人でグリームアイズ相手に闘えたが、中途半端に過ぎるレベルのコーバッツや雑兵では、何人で束になろうと勝てる筈もない。

 

「ウワァァッ!」

 

「ヒィッ!」

 

「ギャァァァァッ!」

 

 グリームアイズの武器がクリティカルにヒットし、まだグリーンだったHPが一気にレッドになり、更にはエンプティしてポリゴン片となり砕け散る。

 

「あ、ああ……」

 

 響は消え逝く命に声も出ないらしい。

 

「ど、どうして助けて上げないの!?」

 

「理由が無いし義務が無いし義理も無い。総じて助ける意味が無いな」

 

「理由?」

 

「人助けが趣味と言い切る響なら理由は要らないな」

 

「義務?」

 

「MMO−RPGではね、他パーティの獲物を頼まれもしないのに横取りって、経験値泥棒(シーフ)というマナー違反になる場合があるんだよ」

 

「義理?」

 

「そもそも連中は僕が闘っていたのを勝手に横入り、しかも連携が取れないからと追い出したんだ。それで義理が有る……とでも?」

 

「意味って?」

 

「連中の言葉に〝僕がイエローまで減らした〟HP、あれをまるで自分達の手柄の如く叫んでいた。それを鑑みれば勝手に入って闘ったら逆に経験値泥棒やら、資金泥棒やら、アイテム泥棒に仕立て上げられる可能性があるからね」

 

 つまり、救いなぞ要らないというより救い様が無い連中という訳だ。

 

「そんな……」

 

 今にも全滅しそうな勢いの【軍】だが、ユートの瞳は冷やかで温もりなぞ一片も感じられない。

 

 正に絶対零度の視線。

 

「チィ、早く転移結晶を使って脱出しろ!」

 

 敵の強さに腰が引けているのか、クラインが外から【軍】の連中に叫ぶ。

 

「回復結晶が使えなかったから、恐らく結晶禁止区域って罠ゾーンだろうね」

 

「なっ!?」

 

 いつかは有り得るのではないか? 真しやかに語られていた罠……ボス部屋の結晶禁止区域。

 

 遂に出たのだ。

 

 ブオンッ!

 

 グリーム・アイズによる痛恨撃、一人のプレイヤーが吹き飛んで入口に倒れ、割れた仮面から覗く素顔より涙を流す。

 

「あ、有り得ない……」

 

「充分に有り得た話だよ。さよならコーバッツ中佐」

 

 皮肉気に……薄く嗤いながら言ってやると、HPが無くなって十秒が過ぎたらしくパリンとポリゴン片となって散った。

 

「ダメ、ダメだよ……」

 

 イヤイヤするみたいに、アスナが首を横に振りながら呟いている。

 

 響は……

 

「だったら【軍】の人達を助けてなんて言いません」

 

 顔を伏せて呟く。

 

「ユートさんとね、閨を伴にした私を助けて下さい」

 

「な、なにぃ!?」

 

 そう言って響がボス部屋へと飛び込んだ。

 

「もうすぐ助かる、私は私に出来る事をするから……だから、生きるのを諦めないでっっ!」

 

 意味は無かった。

 

 このゲーム内のガングニールは飽く迄も、ユートが造った武装に過ぎない。

 

 だけど、覚悟を口にするという意味から……

 

「へいき、へっちゃら!」

 

 そう叫んで絶唱を詠う。

 

「まったく、あの御莫迦! 仕方がないか……助けるのは飽く迄も響だ!」

 

 正宗を抜刀。

 

「キリト、此方で抑えているからアレを使え!」

 

「アレをか?」

 

「今が使い時だろ」

 

「……了解だ、団長!」

 

 そしてユートを……否、響を先頭に闘いを開始。

 

 全く以て抱いた女に甘いのはいつも通りか。

 

 響が持つのは槍。

 

 天羽 奏が使っていた際のアームド・ギア。

 

 勿論、単なる槍――ガングニール・スピアだから、奏の必殺技は使えない。

 

 だけど槍のソードスキルは使用可能である。

 

 響が何故か『スピア・ザ・グングニル!』だとか、『クラッシュ・イントルード!』だとか叫びながら、普通に投擲したり突っ込んで往ったりするが……

 

 前者はユートにもよく解らないのだけど、後者は確か【宇宙の騎士テッカマンブレード】の技だった筈。

 

 実際には出せてないし、『ボルテッカァァァッ!』なんてやってたから間違いないだろう。

 

 勿論、そんな対消滅物質なんて発射されない。

 

 見られていたのに気付いた響が、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして逃げた辺り自覚はあった様だ。

 

「せやっ!」

 

 槍系のソードスキルに加えて、ユートが造ったというガングニール・スピアの威力は中々なものであり、揮う毎にHPバーが五ドット程度は減っていた。

 

 とはいえ、やはりボスなだけに硬いし強い。

 

 サポートに未来が入り、更にユート達が響を助けるべく攻撃開始、ユートにはソードスキルが無いけれど通常攻撃によるコンボは、僅かずつながらダメージを蓄積させていく。

 

 更に同じ槍使いとして、サチが響をサポート。

 

 切歌と調はシンフォギアを纏った時と同じ、二人によるユニゾンアタック……モドキで戦う。

 

 アスナやクラインも奮起しているし、シリカだってOSSでザ・グリーム・アイズをザクザクと斬った。

 

 キリトがステイタスを開いて装備を片手剣に加え、背中にも片手剣を出す。

 

 五〇層のボスのラストアッタクボーナス……漆黒の刃……エリュシデータ。

 

 リスベットがクリスタライト・インゴットから造った闇祓う白き刃……ダークリパルサー。

 

 それを引き抜いた状態で叫んだ。

 

「準備オッケーだ!」

 

 ザ・グリーム・アイズのHPバーは既に危険域たるレッドゾーン、しかも残るは殆んど十数ドット程度。

 

 全員が離れる。

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!」

 

 二刀流というスキル。

 

 片手剣を両手に装備し、二刀流専用ソードスキルを放つ事が可能。

 

 これは一六連斬のソードスキル……

 

「スターバースト……ストリィィィームッ!」

 

 斬っ! 斬っ! 斬っ! 斬っ! 斬っ! 斬っ! 斬っ! 斬っ! 斬っ! 斬っ! 斬っ! 斬っ! 斬っ! 斬っ! 斬っ!

 

 最後の一撃を、ザ・グリーム・アイズの大剣を躱しながら放つキリト。

 

 斬っっ!

 

 これによりザ・グリーム・アイズのHPバーは全損をしてしまい、パリン! という軽快な音を鳴り響かせつつポリゴン片になる。

 

 危なげ無く勝てたという程でもないが、元よりHPがユートにより減っていたからこその勝利。

 

『Congratulations!』

 

 その証が浮かぶ。

 

 ユートが居なければきっとキリトのHPは、一ドットくらいしか残らない死闘となっていた事だろう。

 

「おいおい、キリトよぉ。何なんだよ今の? 見た事が無〜ぞあんなのは」

 

「クライン、ああ……言わなきゃ駄目か?」

 

「ったりめーだ!」

 

 キリトがふとユートの方を見遣ると、厳粛に受け止めて頷いて見せた。

 

 周りを見れば期待をする感じで視線が突き刺さる。

 

「はぁ」

 

 溜息を吐き観念したか、キリトが口を開いた。

 

「EXスキル【二刀流】」

 

「二刀流!?」

 

 【軍】の連中も『おお!』と唸り声を上げる。

 

「だ、出し方は?」

 

「判らない、知っていたら既に上げてるよ。ある日、突然にスキルウインドウへ名前が出てたんだ」

 

 そして欲したのは五〇層のボスのラストアッタクボーナス並、つまり魔剣級の片手剣という訳である。

 

 それがあの白竜――ゼーファン・ザ・ホワイトウィルムのンコから造った剣、ダークリパルサーだった。

 

 ンコから造ったとなるとちょっとアレだろうけど、何をどう言い繕おうとンコなのは変わらない。

 

 尚、仲間は既にユートが鍛えた強力な武器を持っている中、キリトだけは強化をする事で此処まで使い続けていたりする。

 

 +四〇ともなると素材もコルもバカにならないが、拘りというのかもう執念をすら感じてしまう程。

 

「ユートはこのスキルを知っていたのかよ?」

 

「相談されたからな」

 

「そうなのか?」

 

「これでもギルドの団長、相談を受ける事もあるさ。キリトの【二刀流】って、ユニークスキルの可能性が高いから、他には内緒にしとけとアドバイスした」

 

「ああ、ネットゲーマーは嫉妬深いからなぁ」

 

 キリトがユニークスキルなんて獲たのを知ったら、果たして何を言ってくるか判らない。

 

 単なるEXスキルなら、獲得方法さえ確立してしまえば他のプレイヤーも入手可能だが、ユニークスキルともなると唯一のモノだ。

 

 平等ではなくとも公平でなければ成り立たない筈のネットゲーム、それなのに出現の条件があるとはいえ特定プレイヤーしか手に入れられないナニか。

 

 それを持つ者が居れば?

 

 ユートはキリトに決してスキルを公言しない様に、念を押して言い含めた。

 

 キリト本人も元よりその心算だったらしく、すぐに頷いてくれたのは助かる。

 

 この世界は【戦姫絶唱シンフォギア】と混ざっているが故に、人間のレベルが低いと考えていた。

 

 理由は簡単。

 

 唯一、といえる四年前のツヴァイ・ウイングのライブで起きたノイズ発生による生き残り、立花 響への虐めやバッシングといった人として最低な行為を平然とやれる人間が居るから。

 

 そんな世界観なだけに、ユニークスキルを獲てしまったキリトが、他のプレイヤーからどんな目で視られるか判らない。

 

 クラインの言葉の通り、ネットゲーマーの嫉妬深さを鑑みても、公開させるのは躊躇われたのである。

 

 とはいえ、そもそも便利なスキルを封印した侭では何の為のものか判らない。

 

 次はラストクォーターポイント、第七五層となるのもあるからボス相手の謂わば試金石とした。

 

 雑魚を相手にチマチマと熟練度を上げ、キリトからの報告では最近になって漸く【ジ・イクリプス】という最強のソードスキルを得られたのだと云う。

 

 クォーターポイント最後の第七五層までに、ボス戦を経験させておきたかったというのもあり、フィールドボスを捜して貰っていたのだが、手間が省けたと思えば正解だろう。

 

 ザ・グリーム・アイズを相手に使った【スターバースト・ストリーム】とは、【ジ・イクリプス】の一段階前のソードスキルだ。

 

 一六連斬なスターバースト・ストリームに対して、キリトが言うにはジ・イクリプスは二七連斬だとか。

 

「そういや、スターバースト・ストリームは初めて見たんだっけ」

 

 ジ・イクリプスにしても話に聞いていただけでしかないから、実際に見た事は無かったりする。

 

「ふむ……」

 

 【軍】は任務の失敗と、コーバッツの死を報告するべく【はじまりの街】へと戻り、ユート達も第七五層の転移門をアクティベートしてホームに戻った。

 

 翌朝にはキリトのユニークスキル――【二刀流】の噂が流れていたと云う。

 

 

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第39話:直葉との一時

 リリなのに集中していた事もあり、此方が遅くなってしまいました。





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 ユートはキリトをぶん殴りたくてぶん殴りたくて、本当に抑えるのに苦労をしてしまう。

 

 否、マジに殴り掛かろうとしたのをシリカやサチに止められたのだ。

 

『今夜、サービスしちゃいますから!』

 

『わ、私も一杯、気持ち良くして上げる!』

 

 聞いていたキリトが真っ赤になってしまう科白で、仕方がないとユートも取り敢えずは収めた。

 

 高校生なサチは兎も角、シリカともヤっている訳だけど一応、彼女もリアルでは一四歳だから守備範囲。

 

 貴族として生きた前世、寧ろ一〇歳以下を勧めてくるバカ貴族も居たし、ある意味で麻痺した結果か?

 

 勿論、一二歳を越えなければ手出しなどはしない……数えで。

 

 なのでアバターの見た目は変わらないが、割と最近になってユートが女の子と関係を持った事を知って、VRのアバターという本体ではない気安さも手伝い、一夜を伴にしたのである。

 

「もう一度訊くがキリト、何でそんな事になった?」

 

「えーっと、それはその……何と言いますか……」

 

 しどろもどろな口調で、目を逸らしながら呟く様な物言いにて、キリトは事の詳細をユートに語る。

 

 それは【軍】の暴走にも似た七四層へのアタック、その際に居合わせたユートらのパーティでボスを屠った翌日の事。

 

 ユートはいつも通りに、ホームで酒池は無いが肉林を愉しんでいたが、キリトはちょっとしたロマンスに足を突っ込んでいた。

 

 ユートの識らない原典、【黒の剣士】と【閃光】が結ばれた切っ掛け、それは勿論ながら少しずつ接近をしていたのも有ったけど、一番のそれはクラディール関連の出来事。

 

 その後は【KoB】団長のヒースクリフとの決闘、敗北後に【KoB】に入団をして訓練、クラディールが本性を顕してキリト殺害を敢行、そしてキリトによるクラディールへのPK。

 

 ギルドへの不審を理由に退団後、結婚して今現在では【ZoG】のホームとなっている家で新婚生活と、そんな流れであった。

 

 とはいえ、クラディールに関しては既に決着もしているし、これでは決闘とかも起きないと思われたが、何故かキリトはユートまで巻き込んだ決闘騒ぎを起こしてくれていたのである。

 

 正に主人公体質。

 

 更にはユートを巻き込む辺り、ぶん殴りたくなっても仕方がないだろう。

 

「つまり、ヒースクリフの口車に乗ってキリトだけでなく僕も決闘に、二人が敗けたらギルドを解体して、全員が【KoB】に入団しろと? そういう事か?」

 

「は、はい……」

 

「そりゃ、お前が勝ったらアスナを自分のモノに出来るからウハウハだろうが、僕に何のメリットがある? アスナを夜に貸してくれでもするのか?」

 

「だ、駄目に決まっているだろ!」

 

 慌てて拒否するキリト。

 

 想い通じ合って結ばれ、初めての夜を迎えたばかりで他の男になんて、キリトでなくとも許容出来まい。

 

「じゃあ、僕にメリットを示さないと……な」

 

「うぐぐっ!」

 

 キリトに示せるユートのメリットなんて無い。

 

「仕方がない、貸し一だ。必ず回収させて貰うぞ?」

 

「お、応!」

 

 ホッと胸を撫で下ろす。

 

「キリトが勝てば問題も無いしな」

 

 貸し一なのはキリトが敗けた場合の話。

 

 勝ったらユートが出たりする必要も無く、貸しにもならないという事だ。

 

 取り敢えず情報を調べてみると、新聞に『黒の剣士VS聖騎士』とか見出しが書かれており、ユニークスキル同士の決闘として派手に載せられていた。

 

 ユートも記事になってはいるが、ユニークスキルを持たないだけに扱いは至極小さめなものである。

 

 別に構わない。

 

 只でさえ目立って仕方ないユートだが、目立ちたかった訳ではないからだ。

 

(ヒースクリフとの決闘後は目立ちそうだけどね)

 

 キリトが敗北を喫したらユートが勝つ。

 

 其処に一切の油断は無かったし、侮りも皆無だというのに“勝つ”と決まっているみたいに考えていた。

 

 ゲームであり肉体的にはアシストされているが故、キリトみたいな現実で強い訳ではないタイプであれ、SAOでは【黒の剣士】と呼ばれる一流プレイヤーにカテゴライズをされるが、ユートは寧ろ現実の方こそ強いタイプであり、経験値もキリトやヒースクリフに比べて多いのだ。

 

 現実での力は使えない、それでも単純に剣術という意味なら仮令、キリトだろうがヒースクリフだろうが敗ける心算は更々無い。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 現実世界でユートは黒髪ショートボブな美少女――桐ヶ谷直葉と道場にて稽古をしていた。

 

 直葉は剣道着に防具姿、ユートはラフな服装。

 

 端から見ると剣道小町な直葉を虚仮にしている格好だが、この二年間でユートは一度たりとも土を付けられてはいない。

 

 何よりユートが選択した武器は竹刀でも木刀でも無くて、何と何の仕掛けも無い扇子だったりする。

 

 直葉は竹刀だから単なる扇子で充分らしい。

 

 否、そうは説明したけど実際には直葉の腕前程度、仮にそれが正宗とか村正とか虎徹とかの名刀であれ、単なる扇子で充分である。

 

 直葉の腕が悪いとかでは決して無く、飽く迄も相手がユートだからだ。

 

 実戦経験も肉体的な能力もユートが上、しかも目は視る事に特化をした魔眼であり、更にメティスという【まつろわぬ神】から権能を簒奪した結果、【叡智の瞳(ウィズダム・アイ)】は上位互換の【神秘の瞳(ミスティック・アイ)】へと進化までしている。

 

 それにサルバトーレ・ドニみたいなのが持つ【心眼之法訣】も普通に体得し、直葉からの攻撃なぞ正しく止まって見えていた。

 

 これでは直葉に勝ち目がある筈もない。

 

「――――あ!?」

 

 結局はいつもユートからあしらわれて終わる。

 

 今回も扇子で竹刀を受けた瞬間、ユートが扇子を引いて誘導をしたら返す刀でポン! と頭を叩いた。

 

 それだけの簡単な御仕事である。

 

「むう、やっぱり勝てなかったよ〜」

 

 初めての試合から二年、何とか頑張ってみたものの直葉は未だ勝てない処か、一度もまともに打ち合ってすらいない。

 

 打ち合わせて貰えない。

 

 あしらわれて終わりと、果たして自分は上達しているのか否か? はっきりと自信を持てなかった。

 

「僕も打ち合いくらいなら出来たけど、数分も掛からず妹に打ちのめされていたからね。気持ちは解らないでもないんだよ」

 

「妹さんに?」

 

「名前は緒方白亜。ウチは長男に優を、長女に白の字を入れる慣習があってね。だから宗家分家を含めて、長女は全員が白○って感じの名前になる。因みにだけど双子の場合はどちらも同じく優や白の名前になる。僕は双子の予定だったから緒方優雅という長男が居て次男ながら、優斗と名付けられたんだよ」

 

「へぇ?」

 

「話を戻すが、白亜は謂わば“天才”ってやつでね。【緒方逸真流宗家刀舞術】を僅か一二歳でマスター、一五歳で印可を得る程だ」

 

「印可? 免許皆伝すっ飛ばして!?」

 

「一二歳で免許皆伝だよ」

 

「あ、マスターってそういう事なんだ!」

 

 免許皆伝とは武芸などに於いて、全ての……奥義に至るまで修得した事を意味している。

 

 印可とは印定許可の事であり、一種の卒業した事を意味するもの。

 

 違いは前者が知るべきを全てマスターしただけで、未だに修業中の身であるのに対して、後者だと新たに自身が弟子を取る事も可能な卒業証書を貰った扱いだという事か?

 

 ○○流の新しい師匠を名乗れます的な。

 

 修業中の身に弟子を取るなど一〇年早いと怒鳴られるが、印可状を与えられたら卒業だから許される。

 

 それだけ白亜は強くて、ユートは弱かったのだ。

 

 とはいっても、勘違いをしてはならないのがユートは分家筋の誰とやり合っても勝てる腕前で、分家から言われている程に無能だった訳ではない。

 

 単に白亜に勝てないというだけである。

 

「さて、それじゃあいつものをヤろうか?」

 

「うっ!」

 

 ニッコリと笑いながら言ってやると、直葉は苦笑いを押し殺す表情となりつつ僅かに身を退いた。

 

 いつもの……試合をしてユートが勝った場合の謂わば御褒美だ。

 

 因みに直葉が勝ったら、緒方逸真流を教える約束となっている。

 

 ハルケギニア時代に於ける放浪期後、白亜を連れて元の世界に一時的に帰った際の事、元祖父と試合をして勝利をしたユートは彼から印可状を受け取った。

 

 つまり、ユートは弟子を取る資格を有している。

 

「あ、あん!」

 

 甘い声が道場に響いた。

 

 ユートが直葉のおっぱいに顔を埋めながら、あちこちを触れているからだ。

 

 ヤっている事は間違いなくセクハラだが、約束したからにはユートは合法的にヤれている。

 

 最後まではヤらないが、それ以外はオッケーという約束なのだから。

 

 ヴァーチャルリアリティーも悪くはないが、やはり数日に一夜くらいは本物を味わいたい。

 

 とはいっても、ユートの知り合いでヤらせてくれる娘はそう居なかった。

 

 一応、生き返らせ冥闘士にした天羽 奏、セレナ・カデンツァヴナ・イヴは、そういうのもアリとは言ってくれるが、奏の場合だと後で翼にアメノハバキリで追い回されそうだったし、セレナはマリアがベッタリな上に一三歳の享年時で生き返っていたから、マリアが反対をしていた。

 

『じゃあ、マリア姉さんが御相手をする?』

 

 そんな風にセレナに訊ねられて、割と悪くない反応を返してきたのはやっぱりセレナと再び会えたから……だろうか?

 

 まあ、そんな訳で直葉との賭けは悪くなかった。

 

 勿論、桐ヶ谷の両親とかキリトには内緒の関係。

 

 嘗て、【カンピオーネ!】な世界では万里谷祐理とヤっていたイケナイ遊び、後には草薙静花ともヤった愉しい遊びだ。

 

 羞恥心に悶えながら自分で触らねばならないので、毎回毎回で顔を真っ赤に染めてヤってくれる。

 

 ただ、嫌悪感は無い。

 

 あるのは好奇心と羞恥心であろうか?

 

 自分とは違う身体の作りに興味津々、直葉の表情からはそれが窺えた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 桐ヶ谷直葉。

 

 キリト――桐ヶ谷和人の従妹であり、現在は義妹という形に収まっている。

 

 とはいえ、キリトが養子となったのは随分と昔であった為に、直葉もキリトがSAOに囚われて両親から真実を聞かされるまで実妹だと信じていた。

 

 だからか? キリトへの想いが深まった感じだが、最近はちょっと違う。

 

 今までにも多少なりとも影響はあったけど、直葉にとって一番の影響だったのが“あんな”出来事。

 

 それは遅くまでゲームをしていて、改めてシャワーを浴びていた時だ。

 

 そう、ゲーム。

 

 直葉はナーヴギアに代わり新たに発売された機器、【アミュスフィア】を使うVRMMO−RPGにハマっていた。

 

 未だ義兄がSAOに囚われてる状況だと云うのに、端から視れば不謹慎の極みでしかないだろう。

 

 とはいえ直葉にも言い分というものがあった。

 

 大好きな兄がのめり込むゲーム、そんな世界を一度くらい体験してみたい。

 

 尚、ユートのアミュスフィアとゲームソフトも実は買われており、一応の環境整備だけはしてある。

 

 その内に一緒に遊んでみようという約束だ。

 

 ソフトの名前は【アルヴヘイム・オンライン】で、通称が【ALO】と呼ばれているVRMMO−RPGである。

 

 火妖精(サラマンダー)水妖精(ウンディーネ)風妖精(シルフ)土妖精(ノーム)闇妖精(インプ)影妖精(スプリガン)猫妖精(ケットシー)工匠妖精(レプラコーン)音楽妖精(プーカ)という九種の妖精が生きる世界観だ。

 

 直葉は風妖精を選んで、金髪ポニーテールに碧眼で巨乳な美少女キャラ。

 

 スクリーンショットを見せて貰ったから知ってる。

 

 活き活きと空を翔んでいるらしい。

 

 このALOは翔べるのがウリのゲームだとか。

 

 本来の目的は兄の世界を知りたいとかだったけど、それはそれとしてすっかり翔ぶのにハマってる様で、最近は毎日の様にログインをしていた。

 

 そしてまだログイン自体はしてないが、キャラだけは一応ながら作ってある。

 

 種族は闇妖精(インプ)、ユートの真属性が闇なだけにこれを選んだ。

 

 名前もSAOと同じくでユートと名付けた。

 

 SAOが終われば約束の通りに遊ぶ心算だ。

 

 そんな毎日の中で直葉はユートも和人も居ないし、両親すら居ない家の中での生活、既に慣れてしまっていたのが間違いか?

 

 シャワーを浴びるのに、鍵を掛けていなかった。

 

 ガチャリと背後で音がして吃驚しながら振り返り、『ヒッ!』と喉を鳴らしながら息を呑んだ。

 

 其処には素っ裸なユートが居り、下半身で普段ならぶら下がっている分身が、ガチガチに硬くなって屹立をしていたからだ。

 

 所謂、勃起状態。

 

 真っ赤になったと同時に戦慄を覚えた。

 

 普段のユートは当然だが服を着ており、だからこそ気付けなかった事実が一つ――凄まじい筋肉。

 

 見た目は細くてヒョロい様な感じで、下手をしたらそこら辺のチンピラにカモられそうだった筈なのに、裸になったユートの全身を見てそれが間違いだと直葉には理解が出来た。

 

 確かに細い。

 

 とはいえ、女の直葉程に細くはないのだが……

 

 その細さは極限にまでも絞り込まれた筋肉であり、恐らく触れば正に鋼鉄とか称せる硬さ。

 

 何処ぞの哲学する柔術家と同じくという訳だ。

 

 きっと直葉では竹刀とか木刀が有っても勝てない。

 

 そんなユートの下半身、股座に付いている分身……以前に小説で『臍まで反り返る』なんて表現が在ったのを見ているが、義兄のを小さい頃とはいえ見た事がある直葉は、誇張表現にも程があると思ったものだ。

 

 小さくて皮かむりな分身をぶら下げていたのが義兄の和人で、あれを基準にしていたからこその思考。

 

 だけど違う。

 

 ユートのそれは間違いなくその表現が相応しい。

 

 文字通り臍まで反り返りつつ、先っぽに皮なんてのは存在してなかった。

 

 あんなの入る訳が無い、直葉はそう思う。

 

 いつの間にか挿入される事を前提に考えていた。

 

 お兄ちゃんはどうした? とか思うかも知れないだろうが、この頃の直葉にとって和人とは大好きだけど距離感が掴めない感じ。

 

 だから普段は割と素っ気なくしている。

 

 其処に現れたのが兄とは違う男の子、しかも桐ヶ谷の家の為に色々としてくれているし、兄の動向を教えてくれる情報源。

 

 顔立ちも整っているし、剣の腕は直葉より上。

 

 気にならない筈もない。

 

 特にまだキリトが目覚めていない今、直葉の心の中には“和人”は居ないし。

 

 とはいえど、幾ら何でもまだ処女を散らすには早いと思うし、何よりあんなのが入る筈も無いと思った。

 

 実際には入る。

 

 そもそもユートの分身よりデカイのが出てくる道、ならばユートの分身が入らぬ道理はあるまい。

 

 狭いバスルームでは後退りなんてした処で、やった意味は全く以てなかった。

 

 ドンッ!

 

(所謂、壁ドン!?)

 

 もうダメ!

 

 目を閉じながら次の瞬間に備えたが、シャワーの音が響く以外は特に何も無いからソッと目を開けると、ユートは普通にシャワーを浴びていた。

 

「……へ?」

 

 処女喪失も覚悟したのに全くスルーされ、シャワーを浴びるとか何が何やら?

 

 よく見ればユートの目はさっきから開いてない。

 

「まさか……ね、寝惚けてるの?」

 

 さっきまでの行動が寝惚けての事、安堵か落胆かは判然としないけど兎に角、ズルズルと背中を預けていた壁を伝って座り込む。

 

 ならばあの屹立した分身というのも、寝起きに近いから……謂わば朝勃ちみたいなものだろうか?

 

 直葉の肢体に興奮をしたという訳ではなく。

 

 ホッと胸を撫で下ろしたと同時に恥ずかしくなり、顔を上げたら目の前に屹立したユートの分身が……

 

「っ!?」

 

 まるで漫画やゲームの如く大袈裟な表現が成されたみたく、ビクンビクンッと脈打つ余りにもグロテスクなそれが、後一歩を進めばぶつかる程の目前にある。

 

 思春期な女の子からしたら凄まじい状況だった。

 

 一〇分か其処らが経ち、シャワーが終わったらしいユートがバスルームを出て行き、漸く息を吐ける直葉だったが然しながら未だにユートの気配があるみたいで落ち着かない。

 

「す、凄かった……」

 

 思えば直葉はこの時期からユートの事を強く、性的な意味で意識をし始めていたのだろう。

 

 あの賭けにしても顔を赤くしながら、然し何処かしら期待した目で受けた。

 

 流石にまだアレを胎内に受け容れる勇気は無いが、ユートのを触れている際の直葉は、瞳が蕩けて本当に嬉しそうに扱いているし。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「え、決闘? 違うギルドの団長さんと?」

 

「キリトの所為でね」

 

 夕飯を食べながら会話、内容は件の決闘騒ぎだ。

 

「ヒースクリフって奴で、現状ではユニークスキルを持つ二人の内の一人」

 

「もう一人は?」

 

「キリト」

 

「お兄ちゃんかぁ」

 

「【神聖剣】のヒースクリフか【二刀流】のキリトかってさ、僕は全くプレイヤーからスルーされてるね」

 

 これでも正真正銘トッププレイヤーなのだが……

 

「それで、賭け?」

 

「そ、ヒースクリフが勝ったらギルドを解体して僕らは【KoB】に入団だよ」

 

「優斗君かお兄ちゃんが勝った場合は?」

 

「さて、交渉したのがそもそもキリトだからね」

 

 ユートは何も聞いてない状態である。

 

 本来ならユートは自分が向こうの賭けるモノを聞くまで、こんな賭けなんかに興じる気など無い。

 

 だけど今回は交渉人となったのがキリトだけだし、ユートの意志なんて関わってすらなかった。

 

「本当にお兄ちゃんは……もう!」

 

 兄の不甲斐なさに頭を抱えてしまう直葉。

 

「それで、ヒースクリフって強いの?」

 

「少なくとも、対ボス戦でHPバーがイエローゾーンに落ちた事は無いな」

 

「それって滅茶苦茶な強さなんじゃないの?」

 

「自慢じゃないが、僕だってイエローゾーンに落ちた事なんて無いぞ」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 確かに自慢したい訳ではないが、取り敢えずユートが受けたダメージは間違いなくイエローゾーンにまで逝ってない。

 

(とはいえど、計算上で云うとヒースクリフは何度かイエローまで逝った筈だ。それがブルーで停まっていたってのは……ね)

 

 堅さがウリの【神聖剣】とはいっても、だからといってまさか不死身では有り得ないだろう。

 

 幾らか検証はしたけど、ユートにとってはもう確定した事態、ヒースクリフの正体は間違いなく……

 

(そうだよな。他人がやってるRPGを傍から眺めている程つまらないものはないもんな)

 

 ある意味で絶大なチートと云っても良い筈なのを、ユートは何故か告発しようとはしなかった。

 

(愉しみたいなら愉しめ。自分自身でデザインをしたアインクラッドを……な)

 

 いつか誰かが気付くかも知れない、だからそれまではユートも何を言う心算もないのである。

 

「ま、決闘に臨む剣士にはお姫様なり女神様なり祝福が欲しいな」

 

「――へ?」

 

 一瞬、何を言っているのか理解が追い付かなくて、呆然となり間抜けた声を上げた直葉ではあるものの、すぐにどういう意味か理解した為に真っ赤になった。

 

「バ、バ、バカじゃない? そんな……そんなの!」

 

 視線を彷徨わせながら、然し時折はユートの唇へと向かわせ、直葉は更に真っ赤になってしまう。

 

「も、もう! したげる、だから勝ってよね!」

 

「了解」

 

 恥ずかしそうに目を閉じながら、直葉はユートに近付いてソッとその唇へ自らの唇を重ねたのだと云う。

 

 

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第40話:決闘騒動

 最後に書いたの二〇一八年の一〇月だったから実に五年振り……




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 コロッセオ。

 

 イタリアはローマ帝政期に造られた円形闘技場で、正式名称は【フラウィウス円形闘技場】という。

 

 因みに、ユートが行った世界の一つのコロッセオは壊れていたりする。

 

 二〇メートルもの大猪に突進をされて。

 

 この第七五層の主街区、【コリニア】に存在してる闘技場であり、今回の決闘の場として提供された。

 

 【KoB】の経理係であるダイゼンが、この決闘を大々的に演出してくれていた所為で、観客がこれでもかと押し寄せている。

 

 既に観客席は一杯だ。

 

「やれやれ、暇人が多い」

 

 それを見回したユートは愚痴る様に呟く。

 

「仕方がありませんよ」

 

「そうだよね」

 

「一応、トッププレイヤー同士の決闘だもんね」

 

 シリカ、響、未来が愚痴に対して答える。

 

「【聖騎士VS黒の剣士】或いは【神聖剣VS二刀流】であって、僕は単なるオマケに過ぎないんだけどね」

 

「……ホントは此方が本命なのに」

 

「見る目が無いデスよ」

 

 調も切歌もプンプンだ。

 

 やはりと云うか、ユートが一推しなだけにキリトよりは此方を応援する。

 

「や、ダイゼンガー」

 

「誰が親分やねん!?」

 

「ジョークだよ。イッツ、アメリカンジョーク?」

 

「何でやねん!」

 

 別に仲良しという訳でもないが、【KoB】と共にボス戦をするのは十回以上であるからには、補給担当な経理係たるダイゼンとも話はよくしていた。

 

「いや~それにしてもや、おおきにな。ユートはんとキリトはんのお陰でえろう儲けさせて貰っとります。ほらあれですなぁ、こりゃ週一でやって貰えるとえろー助かりますわ」

 

「めんどいからヤダよ」

 

「はっはっは! そう言わんとちょぉ考えてくれません?」

 

「イ・ヤ・だ!」

 

「しゃーないなぁ」

 

 まるで此方が悪いみたいな言い方で、オーバーアクションな身振り手振り。

 

 ちょっと腹が立つ。

 

「それより当然ながら賭けしてんだよね?」

 

「しとりますが?」

 

「それじゃあ、第一試合ではヒースクリフの勝ちに。第二試合は僕の勝ちにそれぞれ百万コルな」

 

「ハァァッ!?」

 

 百万コルなんて法外に賭けるのも驚くしかないが、まさか自分の試合に賭けをするとはダイゼンを以てしても判らなかった。

 

 というか、トッププレイヤーなユートだとはいえ、ソードスキルを持たないのも有名であり、【神聖剣】というユニークスキル持ちなヒースクリフと決闘しても勝てないと判断されたらしく、何と三百倍とオッズが出ていたりする。

 

 まあ、逆に云えばユートが勝てば百万コルが瞬時に三億コルに化けてしまう。

 

 勝てさえすれば。

 

「ちょ、自分で買うんか? エエんかなそれ……」

 

「敗けに賭けたら八百長を疑われるが、勝ちに賭けているからにはそうじゃないのはダイゼンなら理解も出来るだろ?」

 

「それは……まぁなぁ」

 

 仕方がないとばかりに、ダイゼンはユートの賭け札を渡してしまう。

 

 八百長でさえなければ構わないという判断だ。

 

 ユートが賭けに負ければ痛い目見るのはユート自身なのだし、それにダイゼンがとやかくは言わない。

 

 賭けに勝たれたらちょっと痛いけど。

 

 何せ三億コル。

 

 賭博は基本的に胴元が損をしたりしないというが、三億コルの支出は痛いというのが本音だ。

 

 だからといって今更ながら賭けを無かった事になど出来ず、ダイゼンとしては無事にヒースクリフが勝利するのを祈るばかり。

 

 第一試合はヒースクリフVSキリト、観客としてはメインイベントである。

 

 ユニークスキル同士……神聖剣と二刀流の戦いだ。

 

 ユートがトッププレイヤーだとはいえ、やはりというかユニークスキルは魅力が違うのだろう。

 

「フッ、よく来たね」

 

「来ざるを得ないだろう。アンタに勝たないとユートから何を要求されるのか、今から戦々恐々としているんだからな」

 

「流石にそれは知らんよ。君の不手際だろう?」

 

「アンタがユートを巻き込む提案をしたからだろ!」

 

 本気でアスナとの一晩を要求されたら怖い。

 

 ユートが抱いた後の少女を見た事があるのだけど、満足そうと云うか正に比喩ではなく天国を味わった、そんな感じで朝を迎えていたのである。

 

 果たしてアスナは自分との彼是で、そんな表情をしているであろうか?

 

 万が一にもユートに抱かれたら即日、別れ話にまで縺れ込みそうだった。

 

 アスナとの逢瀬の為にも頑張りたいのに、当の彼女が離れたら意味が無い。

 

『無様な敗けを喫してみろ……アスナには一晩を僕と過ごして貰うからな?』

 

 そう言われた。

 

 つまり敗けても構わないが無様に敗けるなという、何ら痛痒すら与えない敗けは確実に無様。

 

 せめて一太刀は与えないとアスナがNTRれる。

 

 尚、アスナもそこら辺に関しては承諾をした。

 

 キリトを信じて。

 

『キリト君……御願いがあるの、離婚しましょ?』

 

 昨夜に視た悪夢。

 

 何故だかヒースクリフに一蹴され、悲し気なアスナがユートとホームに消えて翌朝、頬を朱に染め瞳を潤ませながら別れ話を持ち掛ける正にキリトにとって、ユートはロード・オブ・ナイトメアであったと云う。

 

 ブンブンと頭を振って、昨夜の悪夢を頭の中から振り払い、コロッセオ中央でヒースクリフと対峙する。

 

 そして始まる戦い。

 

「キリト君は団長に勝てるのかしら?」

 

「どうだかね」

 

「敗けても良いのよね?」

 

「無様を晒さなければね」

 

「判定が曖昧だわ」

 

「そう、どうとでも取れる言い方だよな。それでも賭けを受けた訳だ?」

 

「……ええ、キリト君なら無様には敗けないわ」

 

「敗けるかもとは思っているんだな」

 

「それは団長が相手だし」

 

「そ、納得した」

 

 相手はヒースクリフで、今までにHPがグリーンより下回った事が無い。

 

 ユニークスキル【神聖剣】とは攻防一体のスキル、特にHPが減り難いというのはスキルの効果なのか、そしてシールドバッシュが可能なスキルでもある為、ある意味で両手に武器を持つに等しかった。

 

 二刀流と対になるスキルなのかも知れない。

 

「さて、どうなるかな?」

 

 今の処は無様という程のものではないが、それでも果敢に攻めていると言えば聞こえも良いけど、現在は放った全ての攻撃を盾により防がれている。

 

「せめて一回くらい攻撃を当てて欲しいな」

 

「難しくない?」

 

「僕に抱かれる心の準備をしておくか?」

 

「うっ!」

 

 アスナが賭けを受けたのはキリトを信じていたからというのもあったのだが、ほんのちょっと……本当にちょっとだけユートと寝るのに興味があるから。

 

 キリトと同じくアスナも見ていた、切歌と調の二人が真っ赤な顔に蕩けた表情で夢見心地だったのを。

 

 所詮はアバターであり、本当の身体じゃないからこその火遊び感覚。

 

 流石に本物の身体で彼氏以外に抱かれたいとか思えないし、アスナがそういうアホな考えをしたのは飽く迄もユートだったから。

 

 例えば、ディアベルとかキバオウ……ではなくてもクラインやエギルであろうとも、身体を許したりは決してしない。

 

 仲好くしていて天秤が違えば或いは、そんな仲になっていたかも知れなかったユートだからこそだ。

 

 まあ、そうだからといってキリトが無様に敗北するのは嫌だった。

 

「ふむ、僕とのPvP訓練が活きているか」

 

「PvP訓練?」

 

「プレイヤーVSプレイヤーという戦闘の訓練だね。モンスターとだけ戦えば良い訳じゃないんだし」

 

「まぁ、確かに。貴方だけで終わらせちゃったけど、ラフコフと泥沼な戦いを繰り広げていた場合もあったんだもの」

 

「正しくその為でもある。万が一に備えて……ね」

 

「そっか……」

 

 結局はユートが全ての咎を背負った戦いだった。

 

 それは兎も角……

 

 キリトの猛攻は続くが、ヒースクリフは余裕の表情で盾を以て防ぐ。

 

「まるで予定調和」

 

「え?」

 

「否、何でも無いよ」

 

 ユートは武術家であり、故に戦いを見れば見えてくるナニかがあった。

 

「一六連撃二刀流スキル……【スターバーストストリーム】か」

 

 それすらもヒースクリフは盾により防ぎ切る。

 

「団長……凄い……」

 

 キリトのレベルやプレイヤーとしての技能は高く、アスナもこれまでの攻略で信頼を置いていた。

 

 そんなキリトが満を持して放った必殺の一撃だが、それすらもヒースクリフには通じない。

 

「う~ん、アスナ」

 

「な、何かな?」

 

「ベッドの軟らかさはどの程度が好みだ? それと、脱がされるのと自分で脱ぐのはどっちが良い?」

 

「イヤァァァァァ!?」

 

 質問に頭を抱えて絶叫をするアスナ。

 

 現段階ではキリトに誉めるべき点は無く、アスナとセ○クスをするのは確定……かな? と考える。

 

 理由は簡単。

 

 その全ての攻撃が盾により防がれ、一撃すら見舞っていないのだ。

 

「とはいえ……」

 

 まるでキリトのソードスキルを初見で見切ったかの如く防御、ユートとて一度でも視れば見切れるけど、初見で此処まで見事に防げるものだろうか?

「ちょっと有り得ない……よなぁ」

 

 【情報は力也】というのがユートの持論ではあるし、情報が無くば決して十全な行動は取れないという【未知こそ真なる敵】も同じく持論。

 

 と云うのにヒースクリフは全く意に介さずに、キリトのスターバースト・ストリームを完全無欠で防いでいた。

 

 まるで情報を持つかの様に。

 

 とはいえ想定外な威力故にか? 盾を押し切られていたけど、スターバーストストリームの軌道をヒースクリフが予め識るかの如く。

 

(若し、スターバーストストリームの軌道を識る人間が居るとしたら、使い手であるキリト本人以外だと)

 

 それは一人しか居ない。

 

(やはりそういう事か?)

 

 ユートには一応の予測は出来ていた訳でそれが当たっていたに過ぎないのだろう。

 

(何をしたい? 茅場……晶彦……)

 

 思えばヒースクリフは妙な情報通であったし、実際にユートも幾つかの情報を貰っている。

 

 とはいえ、情報通ならば某鼠も居たりするのだしそんなもんかと割と悠長に構えていた。

 

(だけど茅場……否さヒースクリフ、僕を後にしたのはミスだったな?)

 

 ニヤリと口角を吊り上げながら茅場晶彦……というかヒースクリフを視る。

 

 尚、それを見たアスナが『終わったわね』と諦念に囚われていたり。

 

 キリトが無様を晒してしまい、自分はユートとベッドインと考えたからだ。

 

 キリトとの初めてを迎えたばかりで、もう他の男に抱かれるのか……と思えば仕方がない話。

 

 所詮は仮想体(アバター)とはいえ精神は本人。

 

 どうなってしまうのか、予測も付かなかったから。

 

(スターバーストストリームに入る前、僅かに掠っていたから多少頭に血が上ったか? シールドを弾かれた瞬間のアレは幾ら何でも逸過ぎたぞ)

 

 ユートのクロックアップ――システム外スキルも斯くやの逸さである。

 

 同じ技ではあるまい。

 

(恐らくアレは……)

 

「あの、ユート君?」

 

「ん? どうした」

 

「や、優しくしてね?」

 

「は? 何が?」

 

「だ、だから……ベッドで……まだ余りシてない訳だし……その……な、慣れてないから……」

 

「何を勘違いしてるんだ」

 

「……へ?」

 

「キリトは充分に役割を果たしてくれた。問題無い」

 

「そ、そうなの?」

 

「ああ。それともヤりたいなら構わないけど?」

 

「良いから! ヤらないから!」

 

 真っ赤になったアスナが両手をパタパタ振りながら言うものの、ちょっとだけだが残念に思えたのも事実でアスナはソッとその思いを閉じ込めてしまった。

 

 キリトの過失で堂々とユートに抱かれる機会、しかもこれは仮想体だから本体に瑕疵は無い。

 

 まあ、それはキリト相手でも同じ事が云える。

 

 キリトと初夜を迎えはしたが、本来のアスナの肢体は未だに乙女の純潔の侭なのだから。

 

「さて、往きますか」

 

 キリトがヒースクリフに敗北したからには、ユートが彼と戦って勝たなければならなくなった。

 

 ユートは何処か愉しそうにコロッセオ中央へ。

 

「済まない、ユート……」

 

「否、ナイスファイト」

 

「え?」

 

 振り返るキリトだけど、ユートはただ戦場へと向かうのみだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「来たか」

 

「ああ」

 

 対峙する二人。

 

「君と戦うのは私としても少し愉しみだったよ」

 

「キリトより?」

 

「確かにキリト君と戦うのも悪くないが、君の戦い振りは何かが違うのだよ」

 

「ふ~ん、成程ね」

 

 研究者ながらゲームとはいえ、戦闘集団を纏めているだけはあるらしい。

 

 研究者故にか違和感の正体にまでは気付いていない様だが……

 

「では始めよう」

 

 向こうから対人戦の申し込みが入り、ユートは本来なら使わなかったモードに指を這わせた。

 

 半減決着。

 

 普段なら全損決着でしか受けないユートだったけど、まさかこの戦いでそれを求めるなど有り得ないから承諾を押す。

 

 六〇秒間の秒読みが開始されユートもヒースクリフも互いに武器を構えた。

 

 ユートは刀。

 

 ヒースクリフは片手剣と盾であり、【神聖剣】の場合は盾もダメージ判定があるが所謂、それはシールドバッシュと呼ばれる技だ。

 

 キリトは識らなかったからダメージを貰ったけど、もうユートは識っているから受けはしない。

 

 3……2……1……

 

 ピーッ! と軽快な音が響いて戦いが始まった。

 

「はぁぁっ!」

 

 両手で持つ刀をユートが揮い、ヒースクリフが盾で攻撃を防いでいく。

 

 【神聖剣】は盾の防御力を増すのか、危なげ無くもユートの攻撃を防いだ。

 

 盛り上がる周囲を他所にユートは刀を右手に持ち空いた左手には扇を取り出している。

 

「それは?」

 

「【緒方逸真流狼摩派鉄扇術】という。序でにメインは【緒方逸真流宗家刀舞術】であり、両手に持って戦うのは【緒方逸真流八雲派双刀術】の応用さ。ゲームではあっても決して遊びでやっている訳じゃ無いから心配はしなくて良い」

 

「フッ、其処を心配してはいないさ」

 

 戦いながら軽口を言い合う二人、とはいえユートが両手に武器を構えたのにはまた違う理由がある。

 

 それに関しては流石にヒースクリフも気付いてはいないらしい。

 

 ユートは嘗ての実家……緒方宗家の長男として誕生したが、実力は妹である亜に劣っていたから後継者としては扱われなかった。

 

 後継者は白亜だった訳だ。

 

 とはいえユートも当時は頑張って白亜に勝とうと様々な視点から勝ちの目を探っていたもので、その一つが宗家と分派されていた分家筋が専門とする技術を得る事。

 

 ユートが選んだのは狼摩家の【鉄扇術】、それを教えてくれたのが狼摩白夜という狼摩家の長女だった。

 

 また、宗家の刀舞術をも扱う為に両手に武器を持つ【八雲派双刀術】にも目を付けて、八雲家の長女である八雲白伽から習う。

 

 それでも敵わなかった事から、最後の手段とばかりに失伝していた【緒方逸真流・練術】にすら手を出していたが、完成前に白亜との最終戦を爺さんから言い渡されて結果は敢えなく敗北をしてしまったのである。

 

 それは兎も角として今現在のユートが使っている技術こそがその集大成。

 

 流石に練氣を操る【練術】まで此処では使えないが、このSAO内では剣技に限ったならば再現が可能。

 

 ユートが最近では珍しい事に【緒方逸真流】を十全に使っている形であった。

 本来、刀は大元の曲刀とは違って両手持ち型の武器ではあるが、装備してからそれを片手に持つのは自由だったりする。

 

 実際、片手剣の短めな柄を両手に持って使う事だって出来るし長槍も片手で扱えたりする。

 

 この辺りがVRゲームの妙というべきなのか、武器を両手に持つのは単純に手数が増やせた。

 

 実際、キリトの【二刀流】もヒースクリフの【神聖剣】も両手に武器を持つ様なスキルだ。

 

 ヒースクリフの場合は、飽く迄も盾でしかないのだろうけど、キリトを相手にやったみたいにシールドバッシュが使えて便利。

 

 普通の片手剣使いの盾持ちの場合だとダメージが入らない。

 

 盾は防具だからだ。

 

 然しながら、ユートの鉄扇はカテゴリーが鈍器扱いで槌に近い武器として振り回せる物である。

 

 よって、ちゃんとMobを相手にダメージが通りしかも盾の代わりに受ける事すら可能。

 

 事実上、ユートはソードスキルこそ発動しないが【二刀流】か【神聖剣】を得たに等しかった。

 

 ユートに【緒方逸真流八雲派双刀術】を教えた人間、八雲白伽というのは実に頭の良い娘であったのだと云う。

 

 八雲優舎の妹、八雲弥梨の姉として生まれた緒方の分家筋たる八雲家の長女、御多分に漏れずユートへと愛情を懐くが、既にユートに無意識ながら想い人が居るのに気付き、無意識なのを逆手に想い人に近い格好を取っていた。

 

 髪の毛は腰まで伸ばしてポニーテールに結わい付けていたし、普段着には品の良い着物で出歩いている……そんな格好であっても八雲白迦は充分に双刀術を操れた。

 

 そしてユートに囁く。

 

『優斗様が刀舞術と鉄扇術を十全に使うなら、我が家の双刀術が助けになると思いますわ』

 

 ユートは白伽の誘いに乗って、【緒方逸真流八雲派双刀術】にも手を出した。

 

 あの頃に鍛えた技を十全に使えるSAO、ユートはデスゲームは兎も角として茅場には感謝している。

 

 今までも刀舞を使わなかった訳ではないけど、それでも頻度を考えると少なかったから。

 

「はぁぁっ!」

 

「何の!」

 

 甲高い金属音を鳴り響かせながら派手な剣戟を繰り出し合う二人、実はユートがトッププレイヤーには変わらないがヒースクリフも単純なレベルではユートとキリトとアスナにも迫る。

 

 ギルドの運営は単なる実力――レベルだけでは決まらない、現に元々のレベルでヒースクリフはアスナに初めから敵わなかった。

 

 勿論、レベルが高いに越した事はないというのも確かな事実ではあるが……

 

 嘗てのヒースクリフはトッププレイヤーという意味合いで五指は疎か一〇指にも届かない番外扱いでしかなく、ユニークスキル【神聖剣】を持つからこその実力だったのは否めない。

 

「させんよ!」

 

 当然ながら先程のユートの攻撃も喰らっていた可能性が高いが、今のヒースクリフであるならば現実では無理でもSAOの中に限って云うならばこうして避けられる。

 

 この【ソードアート・オンライン】がレベル制のゲームな理由、現実の彼ではどうにもならない身体能力差を埋められる手段であるからだ。

 

 ヒースクリフ――茅場晶彦は剣道は疎か如何なる体技も身に付けてはいない純粋な研究者に過ぎなかった彼は、システム的に自分の身体能力を使うタイプのVRでは今みたいに動けない。

 

 レベル制であるが故にレベルアップさえすればそれこそ、英雄に比する程の動きすら出来てしまうのが良かったのである。

 

 現に今、ユートの苛烈にして激烈な二双流たる【緒方逸真流】による攻撃に晒されていながら、ヒースクリフと成り演じている彼は笑みを浮かべるだけの余裕すらもあるのだから。

 

 否、それでも単純に高価で能力の高い武器を手に入れてレベルだけ高くした処で、アバターの力を使い熟す事は出来ないから茅場晶彦はそれなりに研鑽をしていたのだろう。

 

 プレイヤースキルは充分、少なくともレベルが高いだけのアバター頼りなどでは無い。

 

 ひょっとしたら、茅場晶彦が初めから台頭をしなかった理由の一つはプレイヤースキルを上げておき、高いカリスマ性を発揮する為だったのかも知れないな……とユートは考えた。

 

「この剣技、成程な……」

 

「どうした? ヒースクリフ」

 

「いや何、素晴らしい剣技だと思ったまでだよ。私ではとても思い付いたりしないな」

 

 ヒースクリフの目に映るユートの刀舞は予想を遥かに超越した動き、自身の扱うユニークスキルに位置付けられている『神聖剣』やキリトが扱う『二刀流』、これが実はSAOでは可成り特別なスキルとして実装をされていた。

 

 とはいえ、ユートも流石に『神聖剣』をどの様に位置付けられているかまで解らない。

 

 だけどキリトの『二刀流』に関しては何と無くでも理解した、即ちそれを持つ者を『英雄』であると位置付けるユニークスキル。

 

 現実に二刀流なんてやるのが余り宜しくないのは【双刀術】を修得したユートにも理解が出来ているが、事このSAOに至っては単純に武器次第ではあるものの火力が二倍以上。

 

 超高速による二振りの剣戟はソードスキル発動で更に威力を増し、ボス戦に於いても重要度の高いダメージディーラーとなれる。

 

 ユートの『緒方逸真流八雲派双刀術』は分家筋の八雲家に伝わる舞術で、本来では小太刀による二刀流で舞うのが基本的な形態ではあるのだが、ユートはこれを太刀と鉄扇で行っていた。

 

(思い付かない……ね、それは答えを言っているに等しいぞヒースクリフ。否さ茅場晶彦!)

 

 思いがけず聴きたい言葉を聴けたユートは口の端を吊り上げる。

 

 ヒースクリフの剣がユートに迫ろうと鉄扇を盾に躱し、逆にユートが刀による一撃を放ったならヒースクリフが盾で弾こうとするも、彼の目から視たらまるで軌道が生き物の如くのらりくらりと盾を避け、ヒースクリフ本人へと鋼……では無いが金属の刃を肉薄させられていた。

 

「くっ!」

 

 ズザザザッ! ひっくり返るにも等しいので、端から視れば無様な事この上無い避け方になってしまうのも已む無し。

 

 流石にヒースクリフも感心している場合では無いと睨み付けてくるが、真っ直ぐに見据えた先にユートの姿は何処にも無くて辺りを見回す。

 

「何処だ!?」

 

 ゾムッ!

 

「うっ!」

 

 その本来ならば人間に有る筈の心臓の位置へと不快感が感じられ、ヒースクリフが左胸を視たら白銀の刃により貫かれていた。

 

「ば、かな……」

 

 計算上では有り得なかったからだ。

 

「実戦経験が足りないは如何ともし難かったみたいだなヒースクリフ、言っても詮無い事かも知れないが……聖闘士に一度見た技は二度と通用しないとは最早常識――らしいぞ?」

 

「成程な……君がそのセイントとやらで私が先のキリト君との闘いで見せたコレ、たった一回使っただけで見切られていたという事かな?」

 

 ヒースクリフはキリトを相手に使った裏技というか、管理者権限で扱えるコマンドによるオーバーアシスト……一種のクロックアップみたいなのを使ったが、既に使えるのだと判っているものをユートが放置する訳が無い。

 

 ユートがシステム外スキルとして使っていた技とある意味で似ていた為、態とヒースクリフを追い詰めて使わせた上でそれを使って裏を掻いた。

 

 システムに依存しないシステム外スキル故に、システムの恩恵頼りなヒースクリフ=茅場晶彦にはどうにも成らず、その速度に翻弄されてユートを見失ってしまったのである。

 

 半減決着。

 

「僕の勝ちだな、ヒースクリフ」

 

 ヒースクリフのHPが初めてイエローゾーンへと達した瞬間であったと云う。

 

「ああ、そして私の敗北だ」

 

 ヒースクリフとて決闘にまでシステム頼りでの不死身は使わない、其処には矢張りプレイヤーとしての矜持……或いは開発者としての矜持が有ったからかも知れない。

 

 高らかに闘技場全体に終了のブザーが鳴り響いて審判がユートの勝利を宣言、アナウンサー役が観客にもそうだと判る様にヒースクリフの敗北を口にするのであった。

 

.




 ダンまちの方でSAOサヴァイバーが出てくるので更新してみました。




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