二人の旅人 (風蒼)
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旅人

 


  -カチン

 

  音がした。

  三つ目の音が。

 

  小刀が青年の動きに合わせるように宙へと浮かぶ。

 

  「『真』と『理』により、剣と解き放つ。」

 

  -トキハナツ

 

  解き放つは退魔の剣。

  手にするは黄金の色彩を持つ青年。

 

  対するは、人により生み出されし、『モノノ怪』。

 

  モノノ怪の攻撃は殺意に満ちている。

  青年は避けるしかない。

 

  左右だけではなく、上や下からも攻撃はとんでくる。モノノ怪が幾度目かわからない攻撃をした後、青年は空中に翔び静止した。

 

  「お前の動きは見せて貰った。もう効かぬ。」

 

  青年は言う。

 

  「この地、この縁に囚われるな。

浄め払う、許せ。」

 

  その言葉は、どこか哀しみを帯びていた。

 

  -嗚於於於於於於於

 

  青年は剣を振り回し、全てを斬る。

 

  そして、モノノ怪は金の紙吹雪となって消えた。

 

 

 

 

 

 

  「どうした?

 それが、あんたが望んだものだろう。」

 

  その男は、どこか怯えたような武士に言った。

 

  武士の前には、どこか儚げな少女が立っている。

 

  「違う、俺はこんなやつ知らない。」

 

  後ずさりながら言う武士に、少女は悲しそうな顔をした。

 

  「そりゃ可笑しいですね。

  知らないなら、どうしてこの子が出てくるんで?」

 

  男は不思議そうに訊ねる。

 

  「知らん。そんなのは知らん。」

 

   武士は、ただ知らないと繰り返す。

 

  「なら、どうしてお前さんはここにいるんだい?」

 

  今度は少女に訊ねた。

 

  「あたしね、斬られたの。」

 

  少女は武士を指差しながら答えた。

 

  「じゃあ、お嬢ちゃんは復讐がしたいのかい。」

 

  「うん。」

 

  少女は無邪気に頷いた。

 

  「だって、それがあの人の思いだもん。」

 

  少女の手にはいつの間にか武士が持っていた刀があった。

 

  「そうだよね、おじちゃん。」

 

  今度は武士に対していった。

 

  「違う、俺は、俺は」

 

  それ以上は言葉にならなかった。

 

  武士の心臓は少女によって抉られた。

 

  まだ幼い少女が、武士の心臓を。

 

  少女は泣いていた、無邪気に笑いながら。

 

  「もういい、もう一度眠りな。今度は永遠に、な。」

 

  男がそういうと、少女は糸が切れたように、その場に崩折れた。

 

  「これは、間違いなくアンタが望んだものだ。」

 

  男は武士の方を見ながら呟いた。

 

  「あんたは、理由は知らんがあの子が自分を殺しに来ると怯えていた。

だから、あの子が現れた。形はどうあれ、それもまた望みだ。」

 

  男はそう言うと、少女に目を向けた。

だが、そこにいたのはただ木を繋ぎ合わせただけの人形だった。

 

  男はそれを唐櫃に仕舞い込むと、

 

  「人の心と想いはやはり、違うのか。」

 

  悲しそうな声で呟くと歩き出した。

 

  後には武士の死体だけが残った。

 

 

 

 

  人ならざる力を持ちし男と青年。

彼らは出逢う。

  不思議な縁によって。

 



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出逢い

村へと続く一本道を、一人の青年が歩いている。

藤色の頭巾に、同色の紅。目の周りを隈とる赤い紅。鼻筋にもスッと一筋。

歌舞伎役者のような化粧にも関わらず、その面立ちは老若男女関わらず頬を染めるほど。

服装は、青を基調とした女物に、黒の履き物。

足には高下駄を履いている。

間違っても旅をするような格好ではない。

だが、青年の背には身長の半分はあるかと思われる背負いタンス。

そうは見えないが、物売りだろう。

「こちらで あって いるんで?」

青年は、誰かに問いかけるように呟いた。

途中途中で切るように話すしゃべり方は独特で、のんびりとした雰囲気を醸し出している。

−カタン

青年に応えるように、背負いから音がひとつ。

肯定か否定かは解らない。だが、青年にはそれで充分だったようだ。

青年の足取りは、問いの前も後も変わらない。

歩き続け、ようやく村が眼下にみえる所まで来たとき後ろから声が聞こえた。

「あれが江無村えなむらか。」

青年が、驚いて振り返ると男立っている。

背には鎧唐櫃を背負い、顔は網代笠に隠れてよくは見えない。

声からして二十代後半から三十代前半といったとこだろう。

服装は黒を基調とした旅装だ。

だが、見た目は問題ではない。

(気配が しなかった)

そこが、青年が驚いた理由だった。

今のご時世、一人旅は危険が付きまとう。

それが男でもだ。

最低でも、近くにいる人間の気配を感じられなくては。

「ああ、驚かせちまいましたか?すいませんね。」

男は青年をみて頭を下げた。

「いえ、謝って いただか なくても。

気が 付かなかった 私も 悪かったん ですし。」

青年もまた、頭を下げる。

「そういってもらえてよかった。

あんたも、あの村に?」

男が聞く。

「ええ。」

青年は少し警戒しながら短く答える。

「なら、一緒に行かないかい?

見たところ行商人のようだし。」

村は近いとはいえ、まだ半日以上はかかる。

一人でも問題はないが、同行者がいても問題はない。

(それに、面白い)

気配を全く感じさせなかったことが。

「いい ですよ。」

「そうかい。

俺はからくり師の蘭剣。

あんたは。」

男は、蘭剣は言った。

笠から覗いた口元には笑みが浮かんでいる。

「ただの 薬売り ですよ。」

青年、薬売りもまた笑みを浮かべながら答える。

 

 

 

 

さく、さく

道を踏みしめる音が辺りに響く。

一刻ほども歩いたとき、不意に道が途切れた。

「どう しますか。」

薬売りは、聞いた。

「そうだな。」

蘭剣は、少し考える素振りをしたが、

「なら、少し休まないかい?」

そう言った。

「いい ですよ。」

二人は、道から少し外れ腰を下ろした。

辺りには何もいない。

ただ木々が繁っている。

「ところで、あの村に 何の ようで?」

薬売りは訊ねた。

江無村は、山に囲まれた小さな村で、とても排他的な村。

好き好んで近づくものはいない。

「ああ、頼まれたのさ。」

「どういう ことで?」

「そういうアンタこそ、どうなんだい?」

蘭剣は問いには応えず、逆に聞き返した。

その口元にはうっすらと笑みが見える。

それを見た薬売りもまた、うっすらと笑みを浮かべ、

「私も 頼まれたん ですよ。」

そういった。

 

抗議するように背負いが動いたが、どちらも何もいわなかった。

「行きますか。」

「ああ」

頭上では、陽が西へと傾き始めている。

村へ着く前に夜になるかもしれない。

だが、二人はまた、歩き出した。どちらも休む前と足取りは変わらない。

汗さえもかいてはいない。

 

 

誰に、何に頼まれたのか。それを知るのはただ己のみ。

彼らは一体何をなすのか。嵐が徐々に近づいている。

村人まだ気付かない

 

 



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到着

陽が暮れ、辺りは闇に染まる。

歩くのはおよそ人は通らないだろう獣道。

 

「妙だな。時間からいってもう着いてもおかしくはないんだが。」

 

蘭剣が独り言のように呟いた。

 

「そう ですね。

まるで、アヤカシにでも 惑わされて いる ようだ。」

 

「確かに。」

 

二人は歩みを止め、辺りを見渡す。

これと言って、変わったものはない。

 

 

―カタン

 

 

どちらの背負いからか、分からないがそんな音がした。

もしかしたら、両方かもしれない。

 

 

二人は、ほとんど同時にある方向に目を向けた。

それは、彼らが今来た方向。真後ろだ。

 

 

「ほう。」

 

 

薬売りは目を細めると、徐に二センチ程の正方形の紙を、袂から取り出した。

 

蘭剣は、それを見ると一歩下がった。

 

 

薬売りが取り出した紙は、彼が貼り付けるような動作をすると、宙に浮き御札になると何もない筈のそこに貼り付いた。

 

「結界か。」

 

蘭剣が呟くと同時に、空気が揺れた。

すると、まるで蜃気楼のように一つの村がその姿を現した。

 

 

「どうやら、あそこが目的地のよう ですね。」

 

 

「ああ、そうみたいだな。だが、まさか結界が張ってあるとは。

ずいぶん用心深いこった。」

 

 

 二人の旅人は目的地へと足を踏み入れた。

結界が張られ、常人には決してたどり着くことのできない村。

結界の主は人か、アヤカシか。

 

 

 

そこは小さな村だった。

周りを森に囲われ、ほんの十数件の小さな家があるだけで、他には何もない。

 

「これはまた、見事に 何も ありま せんね。」

 

「いっそ清々しいな。」

 

二人は辺りを見回す。

何もない。だが、気配はする。

 

当たり前だ。

家があるのだから、当然住人もいる。

 

何も可笑しい処はない。

その大半が、森からすることを除けば。

 

−カタッ

彼等の背負いから音がした。それと同時に風を切る音。

 

彼等の間を、何かが通り過ぎた。

 

それは人の腕の長さほどの木の枝だった。

 

「来たよ、トツクニのモノが来たよ。」

 

何処からか、囁きが聞こえる。

 

「何しに来たのかな。

伐りに来たのかな。

燃やしに来たのかな。

それとも」

 

−殺しに来たの?

 

 

−カタ、カタカタ、カタッ。

 

囁きか止み、音が止まった。気配も消えた。

 

「森に何かがいるようだな。」

 

「ええ、結界も そいつの仕業かも 知れま せんね。」

 

森の気配は消え失せた。

だが、村の気配は消えていない。

 

「まずは、誰かに話を聞こう。」

 

「もっとも、そう簡単に いくか どうか。」

 

「そうだな。何せ俺達は」

「ええ、」

 

トツクニのモノらしいからな。

 

 

 

 

「では、いきましょうか。」

「ああ」

二人は、迷うことなく一軒の家を目指す。

その家は、他の家々よりも少し大きいが、それ以外は特に変わったところはない。

だが、人の気配が集まっている。

二人は、戸を叩くでもなく、声をかけるともなく自然に中へと入っていった。

 

 

その家には、十二、三人の人間が集まり震えていた。

村人のように見える彼等は、皆一様に震え声もない。

「ごめん ください。

すいま せんが 少し話を 聞かせては もらえませんかね。」

薬売りは、声をかけた。

その声を聞いた村人達は、動きを止めた。

何人かは、頬を染めじっと薬売りを凝視している。

「この村で一番偉い御人に会わせては、もらえませんかい」

 

蘭剣がそう尋ねると、数人の村人が我にかえったが、他の者はまだ凝視したままだった。

 

「あんたらは何者だ。」

部屋の中、一番奥にいた男が声を上げた。

その声には、怯えと警戒しかなかった。

 

 

「別に  怪しい 者じゃありま せんよ。」

「そうさ、俺たちはただ聞きたいことがあるだけなんでね。」

二人はそういうが、男の警戒はとけない。

他のものたちをみても、答えは返ってきそうにない。

ほとんどの者はまだ薬売りを凝視しているし、残りは頬を染めながらも怯え、何も話そうとはしない。

さて、どうしたものかと思案し始めたところ、思いもよらない声がかけられた。

「おまえたち、何者だ。」

それは二人のうしろ、開けたままの戸口からだった。

「さてはモノノ怪の仲間か!応え、」

「小田島さま?」

 

声の主は今にも、噛みつきそうな勢いで話していたが、それは薬売りの声にさえぎられた。

 

そこにいたのは、いかにも武士と言った格好の大柄で、青髭が特徴的な男だった。

 

 

その男は、驚いた顔で薬売りを凝視し、餌を求める魚みたいにパクパクと動かしている。

 

「知り合いかい?」

「ええ、前に 少し。

お久しぶり ですね。」

二人はそんなことは気にせず会話をしていたが、

薬売りがもう一度男・小田島に声をかけると、

 

「く、薬売り〜!」

 

絶叫が響き渡った。

 

「・・・随分とでかい声だな。」

「そんなに 叫ば なくても 聞こえ ますよ。」

 

二人はあまりの大声にかおをしかめる。

小田島の方は、あまりの驚きに腰を抜かし声も出ないようだ。。

 

「どうかしましたか?」

 

どうするかと考えていた二人に再び声がかかった。

 

「私は、この村で村長をしております野鹿やかと申します。」

 

見るといかにも好好爺然とした老人がいた。

 

 

「あなたたちは?」

 

そう、笑っていた。

 

 



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呼び名

二人は、村長・野鹿に連れられ、隣の家へと入った。そこには、人はいないようだった。

 

「どうやら、村の人間は皆隣にいるようだな。」

「その様 ですね」

野鹿は二人に向き直ると、勢いよく頭を下げるといった。

 

 

「お願いです、どうかこの村を救ってください。退魔師さま、妖術師さま。」

 

突然のことに驚くことなく、二人は尋ねた。

 

またか、とでも言うように。

 

 

「何の ことですか?」

「俺はただの旅人だ、退魔師だの妖術師だのじゃありませんぜ。」

「私は ただの薬売り です。 退魔師だの妖術師だのじゃ ありませんよ。」

二人は異口同音にそういった。

 

だが、村長は縋るように二人を見、否定するようにいった。

 

 

「そんなはずはありません。

薬売り様、貴方様のことは小田島様からお聞きしております。モノノ怪について様々な知識を持つ、退魔の剣の使い手だと。」

「退魔の剣?」

蘭剣は薬売りを横目に見やると、僅かばかり眉間に皺を寄せていた。

 

「余計なことを」

薬売りは、村長に聞こえないよう呟いた。

「小田島様が何を言ったかは知りませんが、私はただの薬売りですよ。」

今度は村長に向かいはっきり言い切った。

 

「ですが、」

「本人が違うといってるんだ、あんまり押し付けるもんじゃありまぜ。」

蘭剣が言葉を遮ると、村長は今度は彼に向かい懇願するようにいった。

 

「なら、どうか貴方様の力をお貸しください、妖術師さま。」

「それは俺のことかい?」

「はい」

「こいつのことは小田島という武士に聞いたとして、俺を妖術師と呼ぶ理由をお聞かせ願えませんかね。」

蘭剣は尋ねた。

声は怪訝深そうだったがその顔は無表情だった。

 

「それは」

「おっと、誰かに聞いたっというのは無しですぜ。

俺見たいな格好の奴は結構多いからな。」

薬売りもまた、村長をじっと見ている。

 

「噂で聞いたことがあるんですよ。蘭剣という名の妖術師がいると。」

 

「それは可笑しい。」

 

「俺たちは、あんたに対して名を名乗った覚えはない。」

 

蘭剣は楽しそうにいった。

「それは、貴方様方がお互いをそう呼んでいたから、」

「それこそ、可笑しいですね。」

それまで黙っていた薬売りもまた、いった。

 

「私はあなたの前で、彼の名を呼んだ覚えはありませんよ。」

その口には笑みが浮かんでいた。

 

「「詳しく教えては貰えはませんかね?」」

 

 

妖術師は楽しそうで、退魔師はゾッとするほど美しかった。

 

「「さあ、応えてもらいましょうか?」」

「何故、俺達のことを知っている?」

「何故、私達の名前を知っているんです。」

二人は交互に話す。

 

野鹿にはまるで、 二人が人形のように思えた。

 

何故かはわからない、たが一人は美しすぎるが故に。一人は、平凡すぎるが故に。

 

現実味が無さすぎるのだ。一度見たら忘れられないから、一度別れたら二度と逢えないような。

夢幻のように。

 

「「なぜ?」」

「・・・聞いたからです。」

「誰にです?」

退魔師が尋ねる?

 

「それは・・・」

「それは?」

妖術師が促す。

 

「童わらし様に。」

「「童様」」

「そうです」

「詳しく 教えてくれませんか ねぇ?」

野鹿は、溜め息を吐いたあと話し始めた。

 

あの方が何者なのか、それは誰も知りません。

気がついたらそこに居て、いつのまにか、そう呼ばれていました。

 

貴方たちのことは、あの方が言っていました。

 

モノノ怪を斬る退魔師。 他人の望みを叶える妖術師。

 

形は違えど、二人とも人為らざる力を持っている。

本当に困った事があったら頼るといい。

いや、探さなくとも現れるだろう。

その結果がいいにしろ悪いにしろ。

 

私達はその言葉を、物語のように聞いていました。

けれど、いつのまにか童様は消えていました。

現れた時と同じように。

それと入れ替わるように、ヤツラは現れました。

 

ヤツラは現れると、人々にいうのです。

 

「オマエハナガレヲケガシタ」

「ナガレハヨドミイキバヲナクシタ」

「ソノツミシヲモッテツグナエ」

 

私達にはどうすることもできない。

力が違いすぎる。

 

だから私達は待っていた。貴方たちなら何とかしてくれるのではないかと。

 

 

「最初は貴方たちは存在は、半信半疑でした。

けれど、小田島様に話を聞き確信を持てた。

そして、退魔師がいるのならば妖術師もと」

野鹿はそこで言葉を切ると、二人に向き合った。

 

その目には強い光があった。すがりつくような眼ではない。覚悟を決めた者の眼だった。

 

「貴方たちの力を私に貸していただきたい。村を守るために。

そして、童様を救うために。」

彼はそう言った。

 



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童様

「どう思う。」

二人は小屋を出て、森の入口まで来ていた。

 

「あなたは、どう思いますか?」

「さあな。

俺には妖怪はさっぱりなんでね。」

蘭剣は森に顔を向けながら応える。

だが、その視線はどこを見ているかはわからない。

薬売りはそれを一瞥したあと徐に説明を始める。

「童と付く妖怪は大勢いますが、その中でも有名なのは三つ。」

薬売りは淡々と言う。

 

「一つ、河に住み時に人を襲い尻小玉を抜くという河童。

一つ、山に住み時に人を襲うという山童。

一つ、古い家に住み時に幸運をもたらすという座敷童。」

 

「なら、そのなかでナガレに関わるのは?」ナガレ。

村長の話に出てきた鍵のひとつ。

薬売りは少し考え応える。

「全部ですね。」

「ほう。」

河童は河の童。

水妖、つまり水の流れに関わる。

 

山童は山の童。

山精、だが一説には河童のもうひとつの姿といわれる。

 

座敷童は家に憑くもの。

守り神、家と共に生き朽ちる。

時の流れに関わる。

「なら、そのナガレがナニかか。」

蘭剣は顎に手を当てると、うなった。

ナガレ、ナガレか。

ナガレ、水、川、滝、海、時。いや、風、か。

そういって、呟き考え込む。

―カタ、カタカタッ

―チリン、チリン

しばらくそうしていると、櫃が何かを警戒するように鳴り出した。

それと同時に鈴の音も。

茂みが揺れると、そこから何かが現れた。

 

子供のように見えるがその雰囲気は、けして子供のそれではない。

 

その子は蘭剣を見つけると一言だけ呟いた。

 

「助けて」

と。

 

 

 

「助けて」

子供は確かにそう言った。

蘭剣に向けて。

 

その格好はぼろぼろで、何かに襲われたとしか思えない。

 

「あの子は 一体?」

 

しばらく呆然としていたが、蘭剣は子供に近づくと声をかけた。

めったにないことに、焦りの色が見えている。

 

 

「森羅しんら!!」

 

子供、森羅は彼が駆け寄ると気が抜けたようにその場に倒れた。

 

「森羅。」

 

蘭剣は悔しそうに唇を噛み締めた。

血が出ないのが不思議なほどに。

 

 

「知り合い ですか?」

 

薬売りがきくと、彼は頷いた。

 

 

「俺をここに呼んだ奴だ。」

 

薬売りが何か言おうとすると、また鈴の音が響いた。

「蘭剣様。」

 

また、子供が表れた。

その子は蘭剣を見ると悲しげに言った。

 

 

「森羅をお願いします。」

そう言うと、また森の中へときえた。

 

「水羅すいら」

 

蘭剣は子供に呟いたがすでにその姿はなかった。

 

 

森羅と水羅。

彼等はなんのために妖術師を呼んだのか?

 

 

 

蘭剣と薬売りは森羅を近くの家に運ぶと、治療を始めた。

 

「悪いな、売りもんだろ。」

薬売りは首を横に振ると答えた。

 

「構いませんよ。

それに、この子が早く気がつけば情報を得ることができますしね。」

彼のものいいにため息を吐くと、蘭剣は独り言をいうように話始めた。

「俺は数年前、一度この村の近くまで来ている。」

来たといっても、麓の辺りまでだ。来た内にも入りゃしないだろう。

 

そこで森羅と出会った。

この村は、知っての通り山の中腹にある。険しくはないとはいえ、子供の足では相当きつい。

 

なのに、あいつはそこにいたんだ。

あいつは泣きそうな顔をしながら言った、助けてと。

何かあったのかと思って近づくと、森羅と同じくらいの子供がいた。

 

それが水羅だ。

水羅は斜面を転がり落ちたのか、全身傷だらけだった。

 

森羅は泣きながら、ただ助けてと繰り返した。

 

だが、水羅は死んでいた。

 

だから、俺はあいつの人形を作った。森羅は強く水羅を求めていた。

 

だから、水羅は人格だけじゃなく魂まで人形に宿ることができた。

 

その後、2人を村へ帰って行った。水羅に何か変わったことが会ったら知らせるように約束させて。

 

いくら、人そのものだとしても、その体は所詮は人形。定期的に点検しなくてはいけないんでね。

 

そういや、不思議なことに2人を見つけたとき、水羅のほうは全身傷だらけだったのに対して、森羅のほうは治療がしてあったな。

蘭剣の話を聞いていた薬売りは、最後の言葉を聞くと何かを思い出すように思案しだした。

そして、語り出した。

 

「そういえば、数年前、私もこの村の近くまで来たことがあります。目的地までの近道のつもりだったのですが。」

 あの時、どこからか子供の泣き声が聞こえました。不審に思い声を辿ると、そこには先程の水羅がいました。彼の傍には、傷だらけの森羅。

 このままでは死んでしまう。そう思った私は、彼の治療をしました。ですが、彼は死にました。そう、確かに死んだのです。

 「なのに、彼は今ここに存在している」

 「どういうことだい?こいつが死んでいるってのは」

 蘭剣は訝しげに薬売りに訊ねるが、彼は解らないと首を横に振った。

 「お前さんの話が本当だとするなら、あの時の順番はこうだ。まず、最初に傷を負ったのは森羅。」

 「ですが、森羅は治療の甲斐なく死亡。その後、何らかの原因により蘇生。そして、次に水羅が死んだ」

 「そこに、俺が通りかかった。そして、水羅の人形を創った」

 死んだはずの森羅と水羅。そのうちの1人は、人形。なら、もう1人は?

 「こいつがモノノ怪ってことか」

 「おそらくは」

 

 

 彼らこそが、この事件の犯人なのか。嵐は徐々にその姿を見せている。

 

 



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