白銀の証―ソードアート・オンライン― (楢橋 光希)
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SAO本編
1:プロローグ*あの日


 

 

 

ずっと不思議に思っていた。

 

自分がこの世界に生まれた理由。

 

鏡に映る度、人混みに飲み込まれる度、世界が嫌いになった。

 

 

だから、生まれ変わらせてくれたこの"世界"は何があっても嫌いにはなれない。

 

たとえ大きく運命をねじ曲げられたのだったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

白銀の証 ―ソードアート・オンライン―

アインクラッド アナザーストーリー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は閃光のアスナかな。」

 

「やっぱかわいいよなぁ。」

 

 残り約6000人のデスゲームの虜囚。

 数少ない娯楽と言えば更に少ない女性プレイヤーの噂話。

 その中でも実力、容姿ともにトップレベルなものと言うと何より稀少で。なんせ重度なネットゲーマー。失礼ながら現実の容姿が反映されているこのゲームで見つけるのはなかなかに難い。

 現実世界と隔絶されている今、さながら手の届かないアイドルのような存在だ。勿論自分より強いと想定されるからには軽々しく声もかけられずお近づきになるのも畏れ多い。

 

「俺は舞神のセツナ派かなぁ。」

 

「赤のアスナと青のセツナね。おっと噂をすれば、だ。」

 

 容姿の美しさだけなら他にもいるが、実力も伴うとすると100人に聞けば100人がどちらかの名前をあげるだろう。

 一人は最強ギルド血盟騎士団に身を置く閃光のアスナ。

 栗色の髪に紅白の制服。腰には白銀のレイピアを履き、そこから繰り出される剣技こそがその名の由来。黙っていてもいなくてもその美しさと聡明さは品を醸し出しこんなゲームの中でなければどこぞのご令嬢に見える。

 そんな彼女と双璧をなすのは白銀の髪に空色の軽鎧に身を包んだ赤い瞳の少女だった。

 名をセツナ。それ以外の情報はアスナと違って情報屋にもあまり記されていない。

 

 

 

 

「もうじき2年…か。」

 

 男達の無遠慮な視線には目もくれず、ホームにしている50層の雑踏の中、セツナは空を見上げた。

 建物が所畝ましと立ち並び、迷宮のよう入り組んでいるこの階層でも仰げば隙間から空は見える。擬似的な空間だとしても空はきちんと青く、17時を回ろうとしている今、紅く染まりかかっていた。

 あの時見た空の色も確かこんな色。夕暮れ時はいつも始まりの時を思い出す。

 そう。このデスゲームが始まったあの日のことを。

 あの時はただ美しく、こんな形で思い出すようになるとは夢にも思わなかったけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日が待ち遠しくてしかたがなかった。ソードアート・オンラインの正式サービス開始日。初回ロット一万本という話題性の割には少ない発行本数ではあったが、とあるルートから確実に入手できることは決まっていた。自分の運の良さには感服せんところではある。

 1時のサービス開始時間に遅れることなく、リンク・スタートと発し、初期設定を滞りなく進めると文字通りその世界にフルダイブした。

 こんなにも心躍ることは今まで生きてきた中でそうあることではなかった。自由に動く体に五感に漂う感覚。MMOをこのような形でプレイできるなんて夢のようだった。

 おそらく同じことを考えているであろう知人をログインと同時に探す。《はじまりの町》は一万人近くのプレイヤーでごった返しているし、彼はじっとしているタイプのプレイヤーでもない。まずは武器でも買ってさっそく狩りに行くのでは見当をつけ、自身も移動することにした。

 

 

 

 案の定、彼は近くの草原に姿を見せたが、意外だったのはそれに同行者がいたことだった。

 

「キリト!」

 

 見慣れたアバターに声を投げ掛けると少し驚いたような顔をしてから呆れたように彼は笑った。

「セツナ。やっぱりすぐにログインしてたか。」

 当たり前でしょと手を合わせて挨拶すると、同行者の侍のような男がテンション高く挨拶をして来た。

「私! クラインと言うものです。22歳独身!」

 握手に応えると隣でキリトが苦笑いをする。

「クラインー。リアルではこいつも女かどうか怪しいしこれはアバターだぜー?」

 腕を組み片頬だけあげて笑む友人に真っ向から不満をぶつけずにはいられない。

「失礼ね! ホントの私が不細工みたいに言わないでくれる! クラインさん、セツナです。よろしく。この人とは他のMMOからの知り合いなの。」

 キリトの脇腹に肘鉄をお見舞いし笑顔を作る。なるほど、クラインのキャラクターを見て人付き合いの苦手なキリトとはいえ同行者がいたことに納得をした。

「しっかしよぅ。すげぇもんだな。」

 感慨深げにSAOの世界を噛み締めるクラインにつられ目を閉じ、五感を澄ませる。

 現実よりも現実のようで。風の音も陽の光も鮮やかに感じられる。

「手に入れられて、本当に良かったね。」

 心からの言葉が漏れた。

 

 それから、三人で少し狩りを楽しみ、なんなく初日を終えるはずだった。…メニュー画面の表示を見るまでは。

 

 

 それは空が茜色に染まり出した頃のこと。

「さて、俺はそろそろ落ちるわ。5時半にピザ予約してんだ。」

 クラインのそんな言葉に二人で笑い、解散の流れになったところだった。

「あっれー。ログアウトボタンがねぇな。」

 そんなはずはないと慌てて自分も右手を縦に振り、ウィンドウを開いた。すると明らかにそこにあるべき表示がないのを見てとれた。

 

「ホントだ…。」

 

「GMにコールしたか?」

 

 各々の語尾に段々と焦りの色が出る。

 

「くっそー! 俺のピザ返せー!!」

 嫌な予感が胸を過る。

 ただのエラーであれば何も問題はない。しかしこんなトラブル通常では有り得ない。今後の運営に大きく関わる問題だ。

 ウィンドウの隅から隅まで表示を確認したりGMにコールしたりと出来ることは全て試した。しかし状況は一向に変わらない。…GMからは問い合わせが殺到してるのか返答はない。

 途方にくれたその時、答えは思わぬ形で降ってくる。

 

 

 視界がぶれたかと思ったら《はじまりの町》にその舞台は移動していた。ログインしたときよりも多くの人。プレイヤーが一介に集められてるのだろう。

 

ーなぜ。なんのために。

 

 視線をキリトに移すと空を睨み付けていた。

 何が起こったのか。倣って空を見上げるとそこには顔のない被り物をした巨大なアバターが現れていた。血液を思わせる滴が集合しそれを形作る。

 演出としては少々悪趣味だ。

 

 

 

 曰く、

 

 

これはゲームではない。

 

この世界で死んだものは現実でも命を失う。

 

助かる方法はただひとつ。

 

100層ものフロアを突破し、ゲームをクリアすること。

 

 

 

 アバターから発せられた言葉に広場は騒然となった。何を言っているのか理解するのに時間がかかった。と言うよりも理解することを脳が拒否していたという方が正しいだろうか。

 

 そして残酷にもそのアバターは追い討ちをかける。

 

 …それが私にとっては尤も辛いことになるとは。

 

 

―諸君にプレゼントをあげよう。アイテムストレージを開いてみてくれ。

 

 

 皆がおっかなびっくりメニュー画面を操作しだす。当然訳も分からず自分もそうした。

 

「手鏡…?」

 

 これに何の意味が。

 

 そう思うや否や自分の体、そして周囲が光に包まれた。

 

「なっ!」

 

 何が起きたのかと隣を見れば先程と隣にあったはずの友人の姿が見えない。

 勇者然とした美丈夫のアバターとはうって変わってあどけなさを残した、見ようによっては少女のようにも見える容姿。しかしその装備は、

 

「キリ…ト?」

 

 鏡を見て呆然とし、ゆっくりと視線をこちらに向けるとその少年は確認するように口を開く。

「セツナ…? いや、でも俺は"俺"なのにセツナは…?」

 鏡を見ても私の姿にはほぼ変化はない。…キリトとおぼわしきその少年の反応からするに光が引き起こした現象は

「現実世界の姿の再現…?」

 辺りを見回すと性別を逆転してログインしていたプレイヤーもいたのだろう。女性装備に身を包んだ男性プレイヤーがちらほらと。男女比は大きく男性側に傾き、美形の多かったアバターも見る影もなく、平均身長は大きく下がり、逆に胴回りの平均はやや太くなっただろうか。見るも無惨な光景だった。

「え、でもセツナは…。」

 そんな光景と比較して私を見るやキリトそしてクラインとおぼわしき人物も目を丸くする。

「セツナは何も変わっていないじゃないか…!」

 それの答えは私自身は知っていた。私のアバターを設定したのは勿論他ならぬ私で、現実の私を出来る限りトレースしたものだったからだ。

 身長や体格は当然。髪の色から瞳の色まで。

 カラフルだった集団は一気に黒が中心になっていた。

その中で私の容姿は明らかに異色だっただろう。

 白い、よく言うならばプラチナブロンドの髪に真っ赤な瞳。

 この世界ならば自分を受け入れられると思ったのに。この世界にも否定されるのか。

 曖昧な笑顔を浮かべてその場を立ち去ること。色んなことが起こりすぎてもう処理できない。その時私に出来たのはそれだけだった。

 

「セツナ!!」

 

 二人の呼び止める声が聞こえたが立ち止まることは出来なかった。

 話せるほどに私は強くなく、余裕もなかった。

 

 

 

 この、凄惨なゲームはこうして始まった。

 

 誰が死を選ぶことができようか。

 

 必ず生き残る。強く思い、その丈をぶつけようと背から武器を抜いた。

 

 




オリ主中心に細々と書いていこうと思います。
ゲーム未プレイのためオリジナル設定多数になるかと思いますが悪しからず。

20150922 改稿


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2:1層*黒の少年と白の少女①

 

 広場から一目散に走り去って、道中の敵はどうやって、倒したかなんてよくは覚えていない。気がつけば次の町にたどり着き、レベルは1上がっていた。

 

 …キリトとクラインはどうしただろうか。

 

 このゲームがリソースの奪い合いだということをよく知っていた私としてはあの出来事があろうとなかろうと今日中に拠点は《はじまりの町》から移す予定だった。

 キリトのことは何も心配していない。他のゲームからの付き合いだ。"親友"とか特別な間柄ではないにしろ、心配しないで済むぐらいには彼のことはよく知っていた。おそらく同じ選択をするだろうことは易く推測できたので、近く顔を会わせることもあるだろう。しかし、クラインはどうだろうか。キリトが連れて出てくれれば良いが…。

「こんなときだからこそ…逃げずにいれば…。」

 私が混乱して逃げずに連れてくれば。一人今さらゴチても仕方ない。祈るは生命の碑の彼らの名前に線が引かれないことだ。勿論自分も。後悔しても取り返しはつかないので状況の整理と今後の方針だ。

 

 レベルがまだ2の私のスキルスロットはたったの二つ。一つは攻撃スキルの《槍》で埋っている。そしてもう一つは無難に《索敵》で埋めた。ソロプレイにおいて不意討ちは大きなリスクだ。生存率を少しでも上げるには必須のスキルだった。

 問題は装備だ。《ショートスピア》と言う名前の初期装備では当然のごとくこの第一層すら乗りきるのは少々、いやかなりしんどい。他のRPGで言うなれば"たけのやり"相当の代物だ。

 武器の種類自体に優劣はないとしても()()()()()()というぐらいだ、片手剣や両手剣などの剣と名の付くものに比べて槍はドロップやクエスト報酬が豊富でないのも事実で、それは早急に解決しなければならない問題だった。

 それでも装備の選択に失敗したとは思わない。今ならスキルを変更するリスクも気にはならない程度の熟練度だが、変更すると言う選択肢は端から無く、いかに装備を調えるか、と向き合う。

 

 店売りの物でも問題はない。ただし資金は潤沢にあるわけではなく、また揃えなければならないのは当然に武器だけではない。レベルだってまだ2で油断すればその辺の敵にペシャリとやられかねない。

 ならばお金も経験値も稼がなければならない。…それにはクエストに行くしかない。

 

 リアルラック値に大きく左右されるかも知れないプランだが答えは案外簡単に出た。全ての問題を解決する答え。

 

 

 ここ《ホルンカ》には有名なクエストがある。

 難易度は高くないが運に左右されるクエストで場合によっては途方もない時間のかかるものであるが、その分旨味もある。《アニールブレード》と言ううまく強化をしていけば3層終盤ぐらいまでは相棒として使える片手直剣が報酬のクエストだった。売れば15,000コルぐらいにはなるだろうか。そういった意味でもこなしておいて損はないクエストだ。

 道中で少し貯まっていたコルで最低限の装備を調えた後、NPCの民家を訪ね、クエストを開始した。

 内容としてはよくある、平たく言ってしまえば病気の子供のために薬を取ってきてほしい、といったものだ。

 その薬をドロップするモンスターの出現率が恐ろしく低く1%にも満たないのではないかと言う具合。リアルラック云々と言うのはその辺りにある。

 《リトルネペント》という植物型のモンスターなのだが、普通の《リトルネペント》ではなく同種の花を咲かせたモンスターでなくてはならない。そして更に悩ませるのが花ではなく実をつけたヤツを誤って攻撃してしまうと《リトルネペント》の集団に囲まれてしまうという罠だ。単体ではさして強敵というわけではないが、現状では囲まれてしまってはどうにもならない。そしてまだにわかには信じがたいがこれが本当にデスゲームだというならばゲームオーバーになることは許されない。

 レベル上げも兼ねて、そう決めた通り長期戦になることを覚悟して《ショートスピア》を握り直した。

 

 《リトルネペント》の攻撃はショートよりのミドルレンジ。蔦による攻撃と腐食液の噴射。槍使い(ランサー)としては戦いやすい相手と言えるだろう。蔦による攻撃を遠距離からいなしつつ、腐蝕液の噴射をかわし、技後硬直(ポストモーション)中にソードスキルを叩き込む。

 槍のソードスキルは突きがメインであるがスキルに頼らなければ薙ぎ、斬りと多彩な攻撃をすることも出来る。

 根気よく払う、突くを繰り返すことでようやく一体のモンスターを爆散させた。

 休む間もなく現れた二体目に花が付いていないことを確認するとタゲられる程度には近付き、遠距離からの攻撃でヘイトを煽る。

 どうか集中力の途切れる前には花付きが現れると良いのだが。

 

 15体ほど狩っただろうか。生憎花付きはまだ姿を現さないが、もう一つの目的であるレベルの方はファンファーレと共にまた一つ上がり3になっていた。ステータスアップポイントを全て敏捷力に振り分けると心なしか体が軽くなった感じがした。実際遠くから蔦をいなさずショートレンジにて断続的に攻撃を重ねても腐蝕液の噴出から逃れられるようになった。

 上部から襲ってくる蔦を上へと払い上げ、空いた胴体に短く息を吐き、地を蹴り突撃技の《ソニック・チャージ》を叩き込む。

「はっ!」

 最初は爆散させるまでに一体辺り30秒ほど要していたが、半分ほどまで短縮できた。レベルが上がったことで余裕が出来たためだろう。

 問題は武器の耐久力だ。30体程を狩った辺りで少し心配になってきた。

 このゲームの妙にリアルなところは手入れをしないと武器が消耗し、破損するところだった。腐蝕液を操る相手との長時間の戦闘。正直心許ない状態ではあった。

「一旦戻って…」

 意識を村へと移した瞬間、待っていた筈のその時は訪れた。しかし運の悪いことに花付きは一体ではなく2体の《リトルネペント》を連れていた。

 予期せぬピンチに心拍数が上がる。

 一体を倒すことは出来る。戦いなれてきた今、3体も不可能ではないはず。ただ、死んではならないこの状態でどれ程のパフォーマンスが出来るか、自分にだって分からない。

 背を向けて逃げることもできたかもしれない…。でも一番ごめん被りたいのは後退時に背後からやられること!

 大きく息を吐き地面を蹴り飛ばした。

 敏捷力ステータスを最大限に利用し正面の花付きの懐へ入り込むと横へと払い飛ばす、左の《リトルネペント》にぶち当り、双方が一時行動停止(スタン)したことを確認するやいなや右の一体に《ソニック・チャージ》を繰り出した。

 蔦が攻撃モーションに入っていたがスキルモーションに入っていたのはこちらも同じ。今さら引ける状況ではなかった。

 

「っつけぇー!!」

 

 青いソードスキルのエフェクトが反射する中、《リトルネペント》のヘイトが増大し、腐蝕液のモーションが見てとれた。

 

―まずい、まともに食らうと…!

 

 嫌なイメージが頭をよぎったが寸でのところで赤い光を放ち、爆散した。それでも安心するのは未だ早く、2体のモンスターが残っている。おまけにHPゲージが削られ7割ほどに減っていた。

 2体に向き直ったのは視界の隅に腐蝕液が飛んでくる瞬間だった。ギリギリ交わしきれず左腕に違和感を覚えるも、ここが好機には間違いない。怯むことなくスキルを発動した。

 

「っはぁぁ!」

 

 気合いの咆哮がモンスターに追加効果を及ぼすことは当然ないのだが、気合いで押しきり2体目も屠る。

 

―後は落ち着いてさえいれば…。

 

 改めて気を落ち着かせたのち、蔓の攻撃を弾き飛ばし、花付きを四散させることに成功した。

 

「はぁー…」

 

 気が付けばHPゲージは2割ほどまで削り取られていたが、3体を退けたことに安堵し思わずその場に座り込んでしまった。目の前にはドロップアイテムの表示がポップしていたがそれよりも生き残った気持ちの方が強かった。

 

―もう戻ろう…。

 

 念のためポーション(決して美味しくない。子供の風邪薬の味に似ている)を喉に流し込み、怯んだ腰を上げた。

 

 クエストアイテムの《リトルネペントの胚珠》は手に入ったし、レベルも1日目にしては十分だ。

今日はもう休もう。

 

 

パァァァン!

 

 

 森が揺れたかと思った。

 それが何の音なのか、分からない自分ではなかった。誰かがやってしまった。実付きの《リトルネペント》の実を割ってしまったのだ。 ダメだ。もしその人が一人なら…想像するだけで鳥肌がたった。勿論自分が行ってどうなるとも思えない。それでも…デスゲームで死に逝こうとしている誰かを放ってなんか置けなかった。

 破裂音の方へ歩を向けるとそこには見知った後ろ姿ともう一人、姿が見えたような気がしたが直ぐに表示は喪失した。

 辺りには30体もの《リトルネペント》。たった今自分は3体ですら苦労して倒したばかりじゃないか。でも、その姿を見てしまったら尚更放ってはおけなかった。囲まれていたのは数時間前に別れた友人だったのだから。

 

「キリト!!」

 

 基本技の《ツイン・スラスト》で敵を散らし、刀身を旋回させる《ヘリカル・トワイス》へとスキルをつなげ、集団の中へ入り込むと背を合わせた。

「セツナ!?」

 なんで、と台詞が続きそうなキリトを制し《ソニック・チャージ》を繰り出し確実に1体ずつ倒す。

「今は集中! 抜け出したら何でも答える!」

 背を合わせることで背後の攻撃には意識を向けなくていい。払う。突く。後ろでは自分とは違うエフェクト音がキィンと響く。

 5体ほど爆砕した頃30体のうち10体は草むらの方へ群がっていることに気が付いた。そして、稀にエフェクトが光ることにも。

 表示が喪失し、見えなくなったことをそこでようやく悟った。

隠蔽(ハイディング)》スキル。

 身を隠すスキルを発動したことで起こった現象だったのだと。しかしながら植物モンスターのような視覚で知覚しないようなモンスターにはあまり効果がない。恐らくその主がそこにいることは窺い知れた。でも申し訳ないがまずは自分の身とキリトの身を守ることで精一杯だった。

 

腐蝕液くるよ!

 

スイッチ

 

横に飛べ!

 

「はぁぁぁぁぁ!」

 

「うぉぉぉぉお!」

 

 どれぐらいの時間が経っただろうか。もしかしたらほんの5分足らずだったが知れない。それでもこの世界に来てから一番長かったように感じた。

 よく覚えていない。見ればHPゲージがイエローとレッドの狭間当りにある。

 なんとか二人で30体足らずの《リトルネペント》を倒し終えた頃、草むらにはスモールソードとバックラーが転がっていた。いずれも片手剣の初期装備だった。

「実を割ったのね。」

 自分でも驚くほど静かな声が出た。するとキリトは頷き同じく静かな声で答えた。

「あぁ…。あの持ち主がな。」

 あの初期装備の主のことだろう。その事実は考えたくない答えを導きだしてしまう。

MPK(モンスタープレイヤーキル)…」

 多くのモンスターを集中させ、自分は《隠蔽》スキルを発動する…。そしてモンスターに、他のプレイヤーを…。キリトが答えなかったことが答えのように思えた。

「セツナは《リトルネペントの胚珠》手に入ったのか?」

 その代わりに飛んできた質問に頷くことで答えた。

「じゃぁ村に戻るか。もうくたくたでこれ以上は無理だ。」

 同感。と体を起こし村の方向へ足を向けた。その前に初めて目の前で出会ってしまった死者に手を合わせることは忘れなかった。

 

 

 帰り道、モンスターとのエンカウントは無かった。30体もの個体を乱獲したからなのか。なんにせよ現状には有り難かった。

 疲れた体に鞭を打ち取り敢えずはクエストを完全に終了させてから話をしようとNPCの家を訪れた。依頼主の母親に《リトルネペントの胚珠》を渡すと、部屋の隅の棚から一振りの長剣を「ありがとう」と差し出した。初期装備の武器とはずいぶんと解離のある重量の剣を受けとると、母親は例の薬をくつくつと煮出していた。クエストはすでに終了し、ボーナス経験値と予期せぬ出来事のお陰で私のレベルは既に5に上がっていた。疲労感からかNPCの姿から暫く目を離せずにその動向を追う。

 暫く煮出した後、NPCは小さなカップにそれを移した。…そして隣の部屋へと歩を進めていった。何となくその後を追うと、そこには小さな少女が横たわってきた。

 そういうクエストなのだからなんら不思議はない。でも慈しむような表情を浮かべる母親に、安堵の笑みを浮かべる病気の少女。それはまるで…。

 

 少女の血色がよくなるのを待たずして家を飛び出した。交代でクエストを終了させるようキリトを促して彼がNPCハウスに消えるのを待ってからその場にうずくまる。

 まるで自分を見ているようで、これ以上はあの場所にいられなかった。

 

思えば自分の母親もあんな表情で。

 

「帰りたい…。」

 

 《はじまりの町》のイベント終了時から恐らくはずっと抱いていた本音。でも口に出してはいけないと無意識に自分を諌めていた。

 

いつか帰るためにやることは分かっている。

 

でも今だけは。

 

キリトが戻ってくるまで、と静かに頬を濡らした。

 

 

 

 




槍のスキルはインフィニティモーメントから名前をいただきましたが、未プレイなのでエフェクトが違っていると思いますがご了承ください。


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3:1層*黒の少年と白の少女②

 

 

 一夜を明けて、昨日の約束通り"なんでも答える"ことになった。

 この世界では寝不足でもクマなんかできたりしないし、いくら泣いたって目蓋の腫れもない。良いところを一つ見つけた。

 セットしたアラーム通り朝7時に目を覚まし、のろのろとステータスウィンドを開いて武具を装備する。昨日と一つだけ違うことは頭をケープで覆ったことだった。昨日キリトと別れてから村が夜の装いになる前に購入したものだ。

 約束の時間にNPCレストランへと行くとそこにはもうキリトの姿があり、簡単な朝食を食べ始めていたところだった。

「おはよう。」

 昨日の出来事は無かったかのように、待ち合わせしてログインしたような気安さで声をかけられ毒気を抜かれる。周囲にはちらほらと他のプレイヤーの存在があり、同じことを考えてスタートダッシュを切った人がそう少なくないことが窺えた。

「おはよ…」

 何となくそっけない挨拶を返しNPCに注文をしようとすると、昨日のお礼とキリトに会計を済まされてしまう。

「昨日は本当に助かったよ。」

 重ねてお礼を言われなんとなく気恥ずかしくなる。

「そんな…。」

「いや、セツナが来てくれなかったら今ごろ俺ここにいなかったかも。」

 冗談めかして笑うが正直洒落にならない。苦笑いを浮かべるとキリトは続けた。

「ベータテストの時割っちゃった集団見たことあるけどさ、4人ぐらいのパーティーで全員レベルも3か4ってとこだったけど全滅してたからさ、二人で生き残れたのはホントに奇跡だよ。」

 改めてありがとう、と頭を下げられ、もうなんと言葉を発していいか分からなくなった。居心地の悪さに話題を移そうと思い浮かんだのは、あの場にいたもう1人の人物の事だった。

「それより…あの《隠蔽(ハイディング)》スキルの人は…知り合い?」

 自分とキリトに精一杯で、このデスゲームから早々に退場させてしまった彼。恐らくはキリトにMPK(モンスタープレイヤーキル)を仕掛けたであろうことが窺い知れたため、自業自得と言えばそうなのだが、リアルな人命がかかっているとすればそう簡単に切り捨てていいものか。

「コペルって名前で…俺もそれぐらいしか知らないけど元ベータテスターだよ。俺の《リトルネペントの胚珠》を狙ってのことだったと思う。」

 目を伏して答えるキリト。MPKされかけたとはいえ目の前で人がなくなった現実。どう捉えていいのか彼にも分からないんだろう。それはセツナも同じだった。自分としては助けに入ったのにそれが叶わなかったのだから。

「そっか…その、クラインは?」

 続けて自分が気になっていたことをぶつけると、キリトの表情には更なる影が落ちた。あの場所には彼の姿はなかった。それは行動を共に出来なかったことを示していた。言いにくそうにキリトは口を開いた。

「他のゲームで知り合った人たちと待ち合わせしてるからって…。流石に俺一人で4人も5人もは無理だから…迷ったけど俺は…。」

 見棄てたんだ…飲み込まれたその言葉が私には聞こえた気がした。その話を聞いて広場から逃げ去ったことを心底後悔した。私が逃げさえしなければキリトがこんな負い目を感じることもおそらくは…。1人では無理でも2人ならなんとかなったかもしれない。今からでも戻るか。…でもクラインが受け入れてくれたとしても他の仲間たちはどうだろうか。訝しまれてもおかしくはない。

「ゴメン…私…。」

 そんなセリフが出たのは自分が楽になりたいからなんて分かりきってはいたが、それでもそうせずにはいられなかった。今更そんな言葉を述べて彼らが救えるわけではない。自分の罪悪感が軽くなるだけだ。

 俯けばキリトが首を横に振った。

「セツナのせいじゃない。俺が…強くないから。だけどなんであの時…、聞いて良いのか分からないけど…。」

「良いよ。なんでも答えるって言った。」

 その言葉にそもそも自分が何でも答えると言って約束したことを思い出す。それなのに自分ばかり質問してしまいばつが悪い。それにその質問がぶつけられることは予想していた。

 キッパリと返事をするとキリトは少し言いにくそうに続けた。

「…いつものそのアバター、リアルなセツナだったんだな。」

「うん…。不気味でしょ?」

 白い髪。赤い瞳。奇異の目でしか見られないこんな姿大嫌いだった。だけど作られた世界ならこんな私を誰も疑問に思わず受け入れてくれていた。だからどんなゲームでも自分はこの姿だった。

 ただこのゲームではアバターは現実世界の姿に変えられた。多くのプレイヤーが日本人だったため当然ゲームの世界でもそれは異質なものに変わった。

 自嘲するような笑みを浮かべることしか出来なかった。しかし、それはすぐに形を変えることになる。彼は自分の思っていたこととは異なる答えを返してきた。

「不気味…とは違うかな。確かに驚いたけど、それは姿が変わらなかったことで、何て言うかよく分からないけど、前からアバターの立ち振舞いが堂に入ってるって思ってたんだ。それもそのはずだよな。現実と変わらない姿なんだから。」

 そう言って笑うキリトにどうにも間抜けな顔をしていただろう。そんな風に言ってもらえるとは全く予想してなくて。

「ま、そこがセツナにとったら知られたくなかったことなのかもしれないけど、幸い髪はアイテムでカスタマイズ出来るからそのうち目立たなくなるだろ。」

 あっけらかんと言い放つキリトに少し心が軽くなる。

逃げ出してしまった罪は消えないし自分の姿が変わるわけでもないけど自分が気にするほど周りの目は気にならないかもしれない。

 ようやく何時間かぶりに本当の笑顔を作れた気がした。

「ところでセツナはこれからどうするんだ? 攻略を目指すつもりではあるんだろうけどさ。」

 キリトからするとこちらの方が本当に聞きたかった方なのかもしれない。その問いには当然に頷いた。

「いち早く《トールバーナ》を目指すつもりではあるけど…まずは主武器(メインアーム)の確保、かな。」

 そう答えるとキリトは腕を組み考え込んだ。

主武器(メインアーム)か。槍は片手剣と違って一層は店売りしかない…そういやなんで《森の秘薬》クエストを…。」

 《アニールブレード》の手に入る(くだん)のクエスト。キリトの疑問ももっともではある。片手剣使い以外にすれば、ただの面倒なクエストだ。しかし私は別の答えを持っていた。

「それについて知りたかったら一緒に来れば?」

 

 

 

 向かったのは村の鍛冶屋。

 このゲームのリアルなところはメンテナンスを怠れば武器の耐久力は落ちる。そのため定期的なメンテナンスが必要だ。また武器強化もここで行うことができる。鋭さ、丈夫さ、重さ、速さ、そして正確さ。5種類のパラメータをいじることによって同じ名前でも人とは違う武器に育てることができるのだ。

 昨日のクエストで消耗した《ショートスピア》をメンテナンスするのも良いが所詮は初期装備。選んだのは別のコマンドだ。

「《アニールブレード》をインゴットに。」

 特に口で告げる必要はないがNPCの鍛冶屋のパネルをそう操作した。横ではキリトの間抜けな声が聞こえたような聞こえなかったような。

「ばばばばばっか! 正気か!?」

 昨日剣を受け取ってからうっとりと眺めるようにしていたキリトからすればそりゃ正気の沙汰ではないかもしれない。そんな間にも《アニールブレード》は炉へと送り込まれ赤い光を放っていた。

「あぁぁ…。」

 心底残念そうな声が響く。確かに自分がこれから相棒にしようとする剣が目の前で溶けていくのはあまり気分の良いものではないかもしれない。

 そうこうしているうちに私のアイテムストレージには《キュイブルインゴット》が格納された。ついで《ショートスピア》もインゴットに変えるそしてここからが勝負である。

「《キュイブルインゴット》をスピアに。」

 インゴットから武器を生成する。ゲームシステム的には組み込まれているものの、まずこんな序盤から利用する者はいないだろう。店売りよりも高価になるし鍛冶屋のスキルも序盤だから当然大したものではない。それに武器作成には《基材》や《添加材》も必要になってくる。支払ったコルやアイテムの対価としては見合わないものが出来る可能性の方が遥かに高い。それでも生き抜くと決めたからには納得のいく装備が欲しかった。リスクは折り込み済。失敗したらまたクエストに挑む覚悟だってある。それがあのクエストを受けた一番の理由だった。そう、ここでも試されるのはリアルラック値だ。

 カン、カン、カン…と小気味良い音が響き渡り鎚音が重なっていく。

 

―どうか良い武器ができますように。

 

 祈るように鍛冶屋の作業を見つめると、鎚音は30を数えたところで止んだ。隣でキリトが息を飲むのが聞こえた。叩く回数と比例して武器の性能は決まる。そう、悪くないものができたのではないだろうか。

「はいよ。」

 そうNPCの鍛冶屋に渡された槍は《アニールブレード》には及ばないものの、《ショートスピア》よりは幾分か重い。プロパティウィンドを開くと強化試行回数は8と出ていた。

「《スタニウムスピア》。《アニールブレード》相当…かな。」

 どうやら昨日は人並みだったリアルラック値だったが今日はかなりの高水準だったようだ。

 NPC鍛冶屋にありがとうと告げ、キリトへと向き直った。

「と、言うわけでした!」

 思いの外期待していたよりもうまく言って内心ホクホクだ。お陰さまで手持ちのコルはすっからかんな訳だけれども。恐らく見せたことの無いような笑顔がうかんでいるだろう。我ながら現金…。しかし、

「と、言うわけでした、じゃないだろう! そんな高リスクなこと…それに《アニールブレード》をそんな無下に。」

 種明かしはどうやらお気に召さなかったようで成功したから良かったものの、と暫く小言を聞く羽目となった。

 

 

 それぞれ主武器(メインアーム)を手にしたところで、試運転を軽く行う。少し重くなった分取り回しは難しくなったから次のレベルが上がったときには筋力値を上げた方が良いかななんて考える。それでも威力は段違いで《ホルンカ》周辺の防御力のあまり高くない植物モンスターならばソードスキルを使わずともHPが面白いぐらいに減る。レベルとしては大したことないがそろそろ経験値効率としては次の町へ移った方が良さそうだ。周辺の敵は3レベルぐらいなので偶然が重なり5まで上がってしまった私としては多少緩い。

「そろそろ私は次の町にいこうと思うけどキリトはどうするの?」

「…流れとしてはコンビ組むとこじゃないのか。」

 呆れたように言いつつも彼のスタンスも基本はソロの筈だ。

「生存率を上げるためにはそれも良いと思うけど経験値効率は下がるわよ。」

 複数人でしか出来ないことだって当然あるが基本的に経験値の按分されるパーティプレイはソロプレイよりも経験値効率が下がる。強敵や複数の敵を相手にするならば当然そうしなければならないが一層のモンスター。侮りさえしなければどちらが良いかと言う感じもする。

「それはそうなんだけど…。」

 昨日のMPK寸での経験は苦いものを彼に残したようで。勿論、自分の中にも迷いはある。経験値効率云々は本音はそこそこにほぼ建前でもある。キリトがクラインを見棄てたと言うならば、私は二人とも見棄てた。そんな私がパーティを組むことは許されるのか。…他人を出し抜くことを一度選んだ自分に。

 デスゲームと化してしまったこの世界で生き残り、戦っていくには安全マージンと未踏破エリアの攻略のバランス感覚が非常に重要だ。

 ソロプレイでどこまで出来るかは正直分からないがソロを貫くことが贖罪になるような気もする。

「…私にはパーティプレイの資格がない。」

 あの場から逃げ出し、利己的なプレイを考えた。それが答えのように思えた。

「でも、セツナは俺を助けてくれただろ。俺にだってパーティプレイの資格はないけど…。」

 キリトにも同じ迷いがある。それならば、

「いつでもメッセ飛ばして。すぐに駆けつけるから。」

 自分が許せる時までは一人でも良いのかもしれない。その答えにキリトも納得をしたようだった。彼の中でもソロプレイと言う回答の方が大きかったのだろう。

「今度は俺がセツナを助けてやるよ。」

 そう言って不敵に笑った。

「楽しみにしてる。」

 じゃぁと背を向け歩を進めると、背にキリトの言葉が刺さる。

「セツナ! お前は好きじゃないのかもしれないけど俺は結構その姿好きだよ!」

 ケープなんかで髪隠すなよ! と飛んでくる言葉がすごくくすぐったかった。お返しにとびっきりのくすぐったい言葉を返す。

「私もキリトのいつものアバターよりそっちの方がかわいくて好きだよ!」

 名残惜しくなるから反応は待たずに走った。

 今日は昨日とは違う。また会える別れ方。

 運よく巡り会えた相棒を手に誰よりも早く次の町を目指した。

 

 

 

 




オリ主が序盤キリトよりネガってます。
チート武器に登場いただきましたが、インゴットの名前はフランス語で銅。槍の名前は英語でスズ(青銅の化合物)です。
アニールブレードが恐らく銅の剣(アニール加工)と想定し、そのような名前にしました。


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4:1層*情報屋と初心者の少女

 

 

 

「セッちゃん。セッちゃん。」

 

 馴れ馴れしく人のことをそんな風に呼ぶ知り合いを私は一人しか知らない。

 

「アルゴ。本当にあなた神出鬼没なのね。」

 

 ある意味褒めている。

 恐らくかなりの前線の方にいるとは自負している。それなのに職業柄、戦闘スキルはさほど高くはなさそうにも係わらず彼女はついてくることが出来る。《隠蔽(ハイディング)》スキルのお陰か《索敵(サーチング)》スキルのおかげか。はたまた私の知らない便利スキルを習得しているのか。

 にゃはははと特徴的に笑い、マイペースに彼女は続ける。

「ちょーぉっとセッちゃんにお願いしたいことがあってサ、探してだんだヨ。」

 語尾が特徴的なのは頬の髭と同じでキャラクター作りだろうか。

 《鼠》のアルゴ。私たちがこの世界に捕らえられて約2週間。SAO初の情報屋として彼女の名前が知られ始めてきた頃だった。

 私としては彼女とケープが色違いのお揃いと言うのが不本意なのだが仕方ない。

「無理なお願いなら聞かないけど。」

 アルゴと話すと情報を抜かれる。そう真しやかな噂もあるせいか迂闊な口は開けずつい邪険に扱ってしまう。そんなことを気にする風もなく彼女は続ける。

「違うヨ~。人助け、カナ。」

 どんな言葉に私が弱いのかもよくお分かりで。

「話だけならきくわ…。」

 人使いが巧い。情報屋のなせる業なのか、それとも本人の資質なのか。

「オレっチの名前で《隠しログアウトスポット》なるものがなぁーんが出回っちゃったみたいなんだよネ。もちろんそんな情報流しちゃいないヨ。」

「で?」

初心者(ビギナー)サンたちが鵜呑みにしちゃ困るト思ってネ。セッちゃんの腕を見込んでほとぼりが冷めるまで助けて欲しいんだよネ。」

 初心者の多くは外からの救援を待って何もせず《はじまりの町》にいると聞く。そんな人たちがその情報を信じ、ログアウトするために町の外へ出たらどうなるだろうか。

 

―何も知らず散り行くかもしれない。

 

 引き受けざるを得ないその依頼にため息混じりに続きを促した。

「場所は?」

「《はじまりの町》の西の森だヨ。」

 お誂え向きに《はじまりの町》の近くと来れば余計に犠牲になるプレイヤーは少なくないかもしれない。

 しかしこの世界、アインクラッドは円錐型の形をしている。つまり一層が一番広い。正直《はじまりの町》に戻るのは若干の骨だったりする。

「あそこはレベル3はいるって言われてるケド、《コボルド》がポップするんダヨ。」

 その言葉がやや迷いのある私の背を押したことは間違いない。大きなため息を肩から吐き出した。

「分かった。その代わり条件がある。」

「なにカナ?」

 終始貫徹して飄々と答えるアルゴ。漫画やアニメなら周囲に音符でも飛んでそうなその様子。舌打ちでもしてやろうかと思う。

「私の情報は売らないこと。」

 切り裂くように言い放てば、ヒュゥと口笛が聞こえた。そしてニヤリと笑うと、依頼の対価分は売らないコトにするヨ、とそれだけ返ってきた。

 《コボルド》は好戦的なモンスターだ。攻撃しなければ襲ってこない《フレンジーボア》や近寄らなければ攻撃対象にならない《リトルネペント》とは訳が違う。本当にそんな噂が流れているなら犠牲者は少なくないかもしれない。

 敏捷性寄りに強化してきたステータスをフルに利用して《はじまりの町》へと急ぐことにした。そんな私に着いてくるもんだからやっぱりこの《鼠》タダ者じゃない。

 

 

 何度かのエンカウントを捌きながら、《はじまりの町》西の森に辿り着くと奥には()()()()、という感じの鬱蒼と繁った木々に隠された洞窟があった。

 …見たところ周辺の敵はレベル1相当のモンスターばかりだけれども…

「《コボルド》はここに出るの?」

「そう言うことだナ。」

 穴の上から落ちている蔦を選り分け、中に人がいないか確認する。

 確かにこんな入りにくい洞窟、《隠しログアウトスポット》なんて噂が立つのも無理もない。入り込んだ人は恐らく出てきてはいないのだろう。そこからログアウトとデマが広がったのだろうと容易に答えに辿り着く。

「っきゃぁぁぁああ!!」

 少しの傾斜を下り入り口に立つと中から盛大な悲鳴が聞こえた。

「アルゴ!」

 気のせいではない。呼び掛けると深く頷くことで返された。お願い、間に合って。声の飛んできた方向へ一心不乱に駆け出した。

 目の前で人が死ぬのは真っ平ゴメンだ。

 《コボルド》の影が見えかけたところでソードスキルを発動した。地面を蹴りあげ突撃系の《ソニック・チャージ》を繰り出すと、《コボルド》との距離が一気に縮まる。

 一撃を与えて、怯んだ隙にもう一発。二連撃の《ツイン・スラスト》を頭から叩き込むと呆気なく《コボルド》はポリゴンのエフェクトを発し消えた。

「大丈夫?」

 気になるのは声の主の方だ。

 赤いフード付きコートを身に纏い、顔は見えなかった。大分ダメージを受けているようで、伏して動かない。一時行動停止(スタン)。実体があるということはHPは0ではないことは確かだ。

「これ、飲んだら回復するから。」

 無理矢理に口の中にポーションを突っ込むと、はらりとフードが落ちた。栗色の長い髪。端正に整ったまだ幼いが品のある顔立ち。目は瞑られているが桜色の頬と唇。

「「美少女…」」

 思わず口に出した言葉はアルゴと重なって互いに顔を見合わせた。

「この子を失うのは罪だったわね。」

「だナ。」

 軽く気を失っている少女を抱え、再び《コボルド》がポップする前にと洞窟を出ることにした。西の森自体は洞窟さえなければそう危ない場所ではなかった。だからこそこの少女もここまで辿り着くことが出来たのだろう。どうみても腰に履かれてるのは《プレーンレイピア》で初期装備。二週間経ってまともに活動しているならば店売りの《アイアンレイピア》ぐらいは装備しているはずだ。

「ビギナーさん。帰りたかったんだね。」

「セッちゃんを呼んで正解だったナ。キー坊だったら間に合ってなかったカモしれん。」

 他に依頼候補がいたのか。選ばれて光栄なのかアンラッキーなのか。

「ん…。」

 少し身動ぎをして少女が目を覚ました。ゆっくりの開いたのは榛色の瞳で、誰が見てもきれいだと言う顔立ちをしていた。

「気が付いたのね。もう大丈夫よ。」

 声をかければ、まだ意識がはっきりしないのか虚ろな目で少女は言葉を探す。そして瞬間、思い出したように口を開いた。

「ログアウトは!?」

 それには私の代わりにアルゴが答えてくれた。

「デマなんだヨ。ゴメンネ。」

 さすがの彼女も所在なさげな表情になった。当の少女は項垂れ、地を見つめ動かない。かなりのショックなんだろう。

「あの…」

「あのモンスター倒したの、あなた?」

 どうにか励ましの言葉をかけようとすると少女の方から強い口調で返された。

「そう、だけど。」

 意図が分からず曖昧な答えになる。すると意思を秘めた目で見つめられ、出てきたのは驚くような言葉だった。

「ありがとう。ねぇ。私にも、倒せるようになるかしら。」

 思わずアルゴと再び顔を見合わせた。それはあまりにも唐突で。少女は臆せず続ける。

「死にそうになった時、後悔したくないって思ったの。」

 何もせずに搾取されて終わる。確かに一番嫌な終わり方かもしれない。

「オネーサンは情報屋だからナ、知りたいことはなんでも売るサ。」

 そんな彼女にニヤリと笑みを浮かべるアルゴ。さすが《鼠》。容赦ない。

「じゃぁ強くなる方法を。」

 少女は簡潔に答えた。

 するとアルゴはアイテムストレージを開き、一冊の本を取り出した。それは自分も持っているアルゴ印の攻略本だった。強くなる。それには確かにまず基礎知識が必要だ。

「必要なことはこれに全部書かれてるヨ。対価は…君の名前でいいサ。」

「なま…!?」

 思わず大きな声を出しそうになった。私からは500コルも取っておいて! 確かにこの美少女の名前は高く売れそうだけど優しさなのか…不公平。

「名前? そんなのでいいの? 私の名前は結城明日奈。」

「「わぁぁあぁ!!」」

 本当に初心者(ビギナー)なんだと実感する。現実の名前らしきものを答えられてしまった。流石のアルゴも焦りを隠せず慌てて訂正する。

「キャラクターネーム! 今のは特別に聞かなかったことにするヨ。」

 すると少女は"アスナ"と答えた。どうやらキャラクターネームもそのままのようだ。

「私はセツナ。こっちの情報屋はアルゴ。いつでもメッセ飛ばして。何かの縁だわ、力になるわ。」

 折角出会った美少女がどこかでの垂れ死ぬのも夢見が悪い。何かの力になれればとフレンド申請を飛ばす。

「あっセッちゃんズルいゾ! アーちゃん、折角だからオネーサンともフレンド登録しておこうゼ。安くするヨ。」

 女3人寄れば姦がましとはよく言ったものだ。

 フィールドの中でいつモンスターに襲われるやも知れない場所で。でもこのゲームが始まってから初めてはしゃいだかもしれない。アスナの表情は固いままだったけれど、フレンド申請を受け入れてくれたのは信用してくれたからだと思いたい。

 

「あれー?先客がいるぞ?」

 

 そちらに気をとられていると背後からプレイヤーの声がした。まずい。完全に油断をしていた。悪質なプレイヤーなら最悪の状況も考えられる。

 弛んだ気を締め上げ、背中から武器を抜く。《索敵》反応も当然出ていて気付かなかった自分が憎い。目の前に槍を構え後ろに二人を隠した。

 声の内容からして向こうもこちらに気が付いている。ザッザッと近づいてくる足音に、緊張が走る。何人…5人ぐらいか。一番良いのは友好的なプレイヤーなこと。攻撃してくるような相手ならレベルが自分より低くないとどうにもならない。

 背後ではチャッとアルゴがダガーを抜く音がした。戦う彼女を見れるのはそれこそ売れるかもしれないがそれどころではない。

 繁みから先頭の男がようやく姿を見せた。それは赤い髪の額に変なバンダナを巻いた男だった。

 

「…ってクライン!?」

 現れたのが見知った顔で一気に体から力が抜けた。

「おーセツナじゃねぇか!元気にしてたか!」

 あんな別れ方をしたと言うのに気のいい男だ。

「あなたたちも《隠しログアウトスポット》の噂を聞いて?」

 武器を背に戻し尋ねると、仲間たちがすべて姿を表したところだった。

「ってぇとセツナもか。なんだ《鼠》さんもいるじゃねぇか。つーこたぁやっぱデマってことで良いんだな?」

 私の後ろのアルゴの姿を目敏く見つけ、そう結論付けるクライン。

「オレッチの情報の裏付けをとりにくるとは中々だナ。」

「アンタの情報とは思えなかったから見に来たまでさ。」

 ニヤリと笑みを浮かべる二人に苦笑いを禁じ得ない。

「そ、それより仲間と合流できたんだね。良かった。」

「あぁ。キリトから聞いたか? あいつはどうした?」

 クラインの疑問は尤もだ。しかしその答えを私は持っていない。

「一緒には行動してないの。そろそろ《トールバーナ》に着いて迷宮区に篭り始めてるんじゃないかしら。」

 そう答えつつも答えを持っていそうなアルゴを横目に見ると肩を竦め首を横に振った。当然売りものらしい。

「そっか。いやーしかし無事で良かったよ。気が向いたらまた一緒に狩りに行こうぜ。」

「ありがとう。」

 何も聞かないクラインの心遣いが嬉しかった。

「デマって分かればここには用はないな。オレらは戻るわ。」

「そう。ならデマってことを拡散してくれると助かるんだけど。」

「オイラも戻って《鼠》印の号外出すかナ。」

 お願いをするとクラインは背を向けて右手をひらひらと振った。追ってアルゴも姿を消した。

 情報拡散にも多少時間がかかるだろう、アスナの狩りデビューのサポートも兼ね、少しだけこの場に留まることとした。

「アスナ、ちょっとだけ戦う?」

 クラインと接している間一言も口を開かなかった彼女に振り向くと高速で攻略本をめくりブツブツと呪文のように唱えている彼女の姿があった。

「…細剣だから…切っ先を少し捻るようにして…」

 本を読みながらプレーンレイピアを動かす。するとソードスキルが発動し、通りすがりの《フレンジーボア》を刺殺した。

 細剣基本スキル《リニアー》。目を見張るような早さだった。初心者にしてこれだ。すぐにきっと強くなる。

「私の助けなんか必要なさそうね。」

 そう呟くと集中していた彼女はこちらに意識を向けた。

「ううん。意識が途切れる前、あなたの姿が見えたの。今のはきっとうまくイメージできたお陰。」

 そしてそう言ってアスナは微笑んだ。

「いま、初めて笑った…!」

 嬉しくなって声をあげると自身では気付いていなかったようで、恥ずかしそうにアスナは頬を覆った。

 

 

 

 それが後に双璧と呼ばれ、何かと比較対象にされるようになる少女との出会いだった。

 

 この時は全く想像もしていなかった。強くなるとは思ったがまさか彼女が二つ名までもらい、最強プレイヤーの一角を担うようになるとは。

 

 

 

 

 




コミック版プログレッシブネタで失礼致します。
クラインとようやく再開しました。アッサリでしたけれども。


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5:1層*過去に囚われながらも未来を拓く

 

 二万コルで売って欲しい。

 

 アルゴを通じてそんな話が舞い込んだのは《トールバーナ》に着いてすぐの事だった。

 それは私のメインアームであるスタニウムスピアに対する購入意思だった。二万コルなんてこの一層ではそれなりの大金だ。今のところこの武器は一点物だろうからそんな値段でも―むしろもっと高値が着いてもおかしくはない。しかし武器を手放すことは当然死に直結する。いくら積まれてもじゃぁ売りますと言うことはないだろう。

 その後、何度かの交渉があり現在価格二万五千コル。アルゴに入手経路は伝えてあるのでその気になれば作れるのに手間が惜しいのか。いずれにせよ売る意思は毛ほども無かった。

 そんなやり取りがあってから一週間。今日初めてのボス攻略会議が行われる。

 この世界に囚われて約一ヶ月経っても私たちはまだ第一層すら攻略できずにいた。その間死者は約二千人。そんなことにはならないと思っていても100層までこのペースだとすると人数が圧倒的に足りない。やはり脱出不可能なのだろうか。

 

 

―今日の会議はその命運をも握っているように思えた。

 

 

 4時に《劇場》とのアナウンスだったので10分前にその場へと向かった。

 ちらほらとプレイヤーが集まり始めており、その中にはキリトの姿も確認できた。そして驚くことに赤いフードの少女の姿も。あえて声はかけずに全体を俯瞰できる中央部の一番後ろの階段に腰を掛けた。

 舞台には髪を青く染め上げた青年、恐らく20代前半と言ったとこだろうか、が集まってくるプレイヤーを見回し確認していた。

 4時丁度になると、青年は芝居掛かったように口を開いた。

「今日は俺の呼び掛けに集まってくれてありがとう! 俺の名前はディアベル。職業は…気分的に騎士(ナイト)やってます!」

 キリッと口上を述べてから、おどけて見せる。なかなか人の心を掴むのが上手いなと感じたのが第一印象だった。実際和やかな雰囲気で、ヤジも飛び交い、前線プレイヤーたちが初めて一同に介したとは思えない場だった。

「トッププレイヤーの皆に集まってもらった理由は勿論一つ! 今日俺たちのパーティが第一層のボスの部屋に到達した。第二層への道を切り開くときが来たんだ。」

 当然の事だったが、一番に辿り着くのはキリトではないかと密かに思っていたため意外にも思えた。まぁ…彼のことだから見付けて申告をしなかったのか、他のクエストに気を取られていたかだろうけれども。

「ここまで一ヶ月もかかったけど、このゲームだっていつかクリアできる! そう示すのは俺たちトッププレイヤーの義務。そうだろ!?」

 気合いの入ったディアベルの声に少しずつ拍手が起こった。《はじまりの町》には未だ助けを待ち、待機している人々が大勢いる。絶望に耐えきれず身を投げる人も。戦える人たちが皆を現実に還す。彼の言っていることには素直に賛同できた。

 そんな中、一人の男が乱入してきた。

 

「ちょぉまってんかー!!」

 

 強烈な関西弁に髪の毛をつんつんと尖らした男。背はさほど高くなく、年は30半ばといったところだろう。

「ワイはキバオウっちゅーもんやが…仲間ごっこする前にどうしても言っておきたいことがある!」

 そんなトラブルも顔色を変えずディアベルは積極的な発言は大歓迎だよなどと、宣った。イケメンは顔だけじゃないらしい。

「こんクソゲームが始まった時になんでもかんでも独り占めしよった元ベータテスターの卑怯者(ひきょうもん)ども出てこいや!」

 あまりの物言いに声をあげそうになった。

「こん中にもおるはずや。そいつらがズルして溜め込んだアイテムやらコルやらを吐き出してもろて、死んでいった二千人にワビいれてもらわんことにはワイは仲間として背中を預けられへんし、預かれん!」

 ベータテスターとビギナーとの確執。こう真っ正面からぶつけてくる人間も珍しい。確かにベータテスターは正式サービスの始まる前に2ヶ月のテストプレイを経て、ビギナーには知り得ない情報をもっている。

 だからこのゲームがデスゲームと化した瞬間自分を守るために多くのリソースをいち早く手にいれようとした。それをズルと言われれば勿論そこまでだ。

 キバオウだけでなく口にはしなくともそう思っている人間は少なくない。《劇場》内が俄に騒がしくなり、互いの疑り相が始まる。これではボス戦所ではない。

 そんな状況に一石を投じたのはスキンヘッドの巨漢の男だった。

「発言いいか。」

 座ったまま手を挙げる男にディアベルが頷きかけると、男は舞台まで降りた。かなり大きなガタイをしており、キバオウと並ぶと20センチから30センチは身長差がありそうだった。肌色は浅黒く、それだけでもかなりの迫力だ。

「オレはエギルってもんだが、あんたが言いたいのはベータテスターたちがビギナーの面倒を見なかったから二千人もの人間が死んだ。その責任を認め謝罪しろってことだな。」

 エギルの迫力に圧されキバオウがたじろぐ。

「そうや。アイツらダッシュで《はじまりの町》から消えよって、ウマイ狩り場やらボロいクエストを独占しよった。アンタの回りにもおらんかったか?」

 そのせいで危険なクエストに手を出したビギナーたちが死んだ。キバオウはそう続けた。

 彼の言っていることは間違ってはいない。それでもフロントランナーだけができる役割もある。エギルが手に取ったのは《鼠》印の攻略本だった。

「だが情報はあった。死んで行ったのはこのゲームを他のMMOの物差しで計った者たちだ。この攻略本はベータテスターからのギフトだろう。実際にこれに学んだ俺たちは生きている。」

 その言葉にキバオウは何も言えず、広場のざわめきも収まった。頃合いかとディアベルがまとめた。

「キバオウさんの気持ちも分かるがベータテスターたちが協力してくれれば心強い。俺たちの敵はベータテスターではなくボスだ。」

 その辺りでようやくキバオウとエギルが元の位置へ戻った。

「さて、本題だかここにその攻略本のボス戦編がある。」

 その言葉に再び《劇場》は騒がしくなる。勿論その攻略本は《鼠》印だ。まだ誰も開いていないはずの扉の先の情報。情報源がどこかについてはもう誰も口を開かなかった。

「これによると数値的にはいけそうなんだが、具体的な話をする前にパーティを組んでくれ。それからレイドを組み、作戦を立てよう。」

 さて、ここまで静観していたがパーティと来ると少し困ったことになった。ソロプレイを貫いていた私としては正直この世界での知り合いはアルゴとキリトとクライン…そしてアスナだけだ。クラインは見たところここにはいない様子でアルゴは非戦闘員と言っても間違いないだろう。選択肢としては他のパーティに混ぜてもらうかキリトかアスナと組むかと言ったところか。ただこんなソロの女性プレイヤー。加入させてくれるパーティはあるだろうか。立ち上がってキリトの方へと向かった。

 すると意外にもキリトとアスナが会話をしていた。いつ知り合いになったのか。

「私も混ぜてくれると助かるんだけどー。」

 背後から話しかけるとキリトは飛び上がった。アスナの表情はフードに隠れて見えなかった。

「何そんな驚いてるの? 疚しいことでもあった?」

「べべべべべつに何にもないよ!」

 焦り方が尋常じゃなく限りなく怪しいのだがそこは見逃してあげ、

「アスナがいるのにはビックリしたけど。」

 キリトを通り越し彼女に挨拶をする。

「…セツナが一緒にいてくれるならちょっとは安心ね。」

 どうやらあまり好かれてはいないようで、キリトご愁傷さま。

「なんだ二人とも知り合い!?」

 まぁねと返すとキリトはキリトで私がこの場にいることは予想していたようで、どっちと組むか気を揉んだようだった。どうやら切り捨てられたようで気にくわないが。

 3人でそんなやり取りをしているとディアベルが近寄ってきた。

「君たちは三人パーティかな。」

 この男、背も高く端正な顔立ちをしているからきっとモテるんだろうなとどうでもいいことを考えながら肯定の意を返す。

「すまないが君たちはボスの取り巻きの《コボルドセンチネル》を担当してくれないだろうか。」

 パーティは最大6人で組める。3人の私たちでは正直戦力外なのだろう。二つ返事でオッケーを出すと、

「騎士としてはお姫様二人も護衛できるのは羨ましい限りだけどね!」

 などと軽薄な言葉を吐いて中央へ戻っていった。

「お姫様…ね。」

 この場に来るようなプレイヤーがお姫様に相応しいかどうかは甚だ疑問だが。アスナの方と言えば怒り沸騰していた。

「何よ! 戦力外なら戦力外って言いなさいよ!」

 間接的に貶められたのがよっぽどお気に召さなかったようだ。

「まぁでも3人じゃ実際POTローテ間に合うかって、とこだし」

「そうね。私たち全員攻撃特化(ダメージディーラー)だからバランスも良くないし」

 と二人で宥めようとすると。アスナはポカンとし、頭上には目に見えてハテナマークが浮かんでいた。MMO一般用語も通じない本物の初心者(ビギナー)。それでいてあの剣技とは末恐ろしさを感じる。

 とりあえず説明をしなくてはと二人を私の部屋へと招待することにした。

 

 

 

 《劇場》の程近くのレストランの2階に部屋を間借りしていた。

「そんなに広くないけど入ってー。」

「こんなところに宿が。」

 聞けばアスナはINNとかかれている最低価格の宿にこの2カ月寝泊まりしていたようだ。あの時教えてあげればよかったと後悔する。

「便は良いし120コルでお風呂も付いてるからそれなりよね。キリトのとこは?」

「俺のとこは80コル。もっと町外れだけど牧場だから牛乳のみ放題だぜ。」

 む、もっといい物件があったとは少し悔しくなる。でも起きてすぐにご飯が食べられるのもここの魅力の一つだと自分を納得させた。

「ねぇ、セツナ。」

 ふるふると体を震わせアスナが口を開いた。

「どうしたの?」

「お風呂!入っていい!?」

 今度はこちらがポカンとする番だった。

 

 

 アスナが浴室へ消えるとコンッココココンッと特徴的なノックが響いた。訪ね人が誰かキリトも分かっているようだったのでさして警戒もせずに扉を開けた。

「セッちゃん、コンバンワ。」

 現れたのは予想通りアルゴだった。中の様子を認めるとズカズカと部屋の中へ入り込んでくる。

「なーんだ、キー坊もいたのカ。二人とも隅に置けないナ。」

 アルゴのそんな台詞にそんなんじゃない! と二人で返しているうちもアルゴは部屋の中をきょろきょろと見回した。

「女日照りのネットゲーマー共だからナ。キー坊が女の子二人と消えたとあって皆恨みがましく情報を流してくれたゾ。キー坊《圏外》で刺されるなヨ。」

 なるほど。 それで情報を確認しに来た…と。

「アーちゃんはどうしたんダ?」

「アスナなら…」

 と視線をお風呂に移すと、

「珍しいナ。この部屋はお風呂があるのカ。」

 うんうん。女性プレイヤーに高く売れるナとブツブツ不動産の査定までしてくれた。

「そのお風呂に入ってるわよ。」

「ふむ。中は後でゆっくり確認するとしよう。」

 マイペースな人だ。部屋の観察は気が済んだようで近くの椅子に腰を下ろした。

「ところでお二人さん、調査の結果なんだが、約2,000人の死亡者のうち元ベータテスターは300人程、ダ。移行人数は恐らく700から800であるからしてベータテスターの死亡率はおよそ40%と言っていいだろウ。」

 昼間のキバオウではないが元ベータテスターに対する不信感は広がりつつある。しかしこの状況下、皆が協力しあわなければクリアは遠退いていくだろう。そこで何かの糸口になればと頼んだものだった。

 明後日のボス戦、今日の様子では情報源がベータテスターたちであることは皆理解している。だからこそ何かあれば問題が噴出してしまう。

「まぁ、何かあればベータ上がりの卑怯なアルゴ様にしたてあげてくレ。」

 彼女もそれはよく理解しているようだった。

「そんなことはさせない。ベータとビギナーの橋渡しが出来るのはお前だけだからな。」

 キリトのそんな声が響いたとき、ちょうどアスナがお風呂から出てきた。

 

 決戦は明後日8時より。

 色んな含みをもったボス戦が始まることになりそうだった。

 

 

 

 

 




ネトゲやらないので知識はアスナレベルです。
一層がようやく次話で終われそうです。


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6:1層*分かたれた運命

 

 

 皆すごい…どうしてあんな巨大な化物に恐れもせずに立ち向かえるのだろう。

 

 でもあの男、気にくわないけど私にだって分かる。誰よりも洗練された無駄のない戦い方。取り巻きの《衛兵(センチネル)》担当とはいえ屠るスピードが断トツで早く、ボス戦なのに余裕すら感じさせる。

 男と出会った迷宮区。あそこでは必死だったし分からなかったけど比較対象の沢山いるここは肌で感じられる。

 そして…初めて会った時、神様みたいに思ったあの少女。

 早く流麗で全ての動きが1つのもののように完結しており、ここが戦地でなければ演舞のようで。今は隠されている白銀の髪が露ならばどれほど輝いて見えるか。

 アスナは自分を助けてくれた二人のプレイヤーとパーティーを組んでいることが不思議に思えた。

 

 

 

 

 

 

 

「セッちゃん商談だヨ。」

 決戦の前日早朝。アルゴに話しかけられ、セツナはまたかと思った。

「いくら積まれても売らないって…」

 ここまで来ると依頼主にある意味尊敬の念すら覚える。

「何度もそう言ったんだがナ。買値は5万コル、だそうダ。」

「ごっ…!」

 言葉を失った。いきなり倍とは恐れ入る。今の強化状況としては+6…ちなみに3(鋭さ)(速さ)(丈夫さ)といった具合ではあるのだがいくら珍しい武器とはいえ三層終盤か四層では使えなくなるような武器にそんな値段を出すとは正気の沙汰ではないように思えた。何か嫌な予感さえする。もうこの件には関わりたくない。

「…千コル出すからもうこの商談を持ってこないことは可能かしら。」

 そう言って言葉を落とすとアルゴはニンマリと笑った。

「マイド。」

 

 

 

 

 そんなやり取りを経て迎えた決戦の朝。依頼主を聞くことはしなかったがこの中にいたのだろうかとレイドメンバーを見渡す。ふと青い髪のリーダーさんと目が合い微笑まれた気がした。いや、微笑んだと言っても口元だけで何か大きな意味を含蓄しているような。

「セツナ?」

 キリトに声をかけられ意識を戻す。

 今はそんなことよりもボス戦だ。死者を出さず安全に乗りきることが何よりも優先すべきこと、今後のこの世界にとって一番大切なことになると思えた。

 

 

 

 第一層迷宮区の最上階、20階にその扉はあった。重厚で、いかにもといった感じにボスモンスターのレリーフが施されている。

 ディアベルはレイドメンバーを静かに鼓舞し、一言だけ強く、大きく

 

「勝つぞ!」

 

 と叫ぶとその扉の中央部に手を当て、勢いよく押し開いた。

 

 

 

 扉の奥は長く広く、その一番奥に標的はいた。

 《イルファング・ザ・コボルドロード》。そのロードと言う名が示す通り、獣人たちの王なる存在だろう。

 ディアベルがその長剣を振り下ろすと指示通り、一気にレイドが扉の向こうへと雪崩れ込む。そして先頭プレイヤーたちが奴の射程圏内に入ったであろう時に、私たちおまけパーティの担当する《ルインコボルドセンチネル》が天井よりポップした。

 定石としては奴らの武装を弾き、防具の隙間である喉元を突くこと。隣では早速キリトがハルバードを弾き、スイッチと叫ぶことでアスナが喉元に《リニアー》を叩き込んでいた。初めてあった時からアスナのそのスキルの片鱗は感じていたがこの二週間でこんなにも強くなっているとは背筋が震える。二人に遅れをとるまいと、自身も敵のハルバードを上に弾きあげ、《ソニック・チャージ》を叩き込んだ。

 ひゅぅっとキリトが口笛を吹いたのが聞こえた気がした。

 

 

 取り巻きの《センチネル》潰しは至って順調だった。私たちおまけパーティの他にもう一隊配置されていたし、即席にしては私たち3人の連携に乱れは無かった。

 もう一隊にあの男、キバオウがいたのが気掛かりではあったが…下手したら女なんか、とかなんとか言い出しかねない。

 余所見をして余計なことを考えていたバチが当たったのだろうか。ツンツン頭の男が寄ってきて、ひそひそ話しかけてきた。

「…ボス戦が終わるまで精々大人しくしときや。」

 周りの様子を見ると正直《センチネル》の相手はキリトとアスナの二人で十分だし、キバオウの隊はきっちり6人のパーティなので私たち二人が会話するのは問題はなさそうだった。

「…何が言いたいのかしら。」

 あの騒ぎからして良い感情は持てていなかった。口調が雑にならざるを得ない。

「そんな武器持ちよって言い逃れはさせへんで。元ベータテスターが。」

 彼の口振りは確信めいたものだった。それは武器だけではなく何か他の…

「言ってる意味が全然分からない。」

「わいは知っとんのや! あの黒髪の小僧と組んでLA(ラストアタック)をかっさらっていた白髪(はくはつ)の女がおったってよう聞かされてんのや。」

 聞かされてる、この男そう言ったか。ビギナーと元テスターの確執がある中、クローズド・ベータテストのことは一種のタブーだ。情報屋のアルゴですら―彼女自身がベータテスターであることもあるが―絶対にその情報は売らないし流さない。誰か、この中にそれをこの男に教えた人間がいると言うことだ。

「まぁええわ。ディアベルはんの邪魔だけはせんときや! センチネルで我慢するんやな。」

 何も答えずにいるとそれだけ言い、キバオウは自分のパーティに戻っていった。自分もキリトとアスナと合流すると二人とも気遣わしげな表情を作った。

「何話してたの?」

 …どう考えても今話すことではない。

「なんでもない。今はボスに集中しよう。」

 キリトは何か言いたげな顔をしていたが、ボス戦の最中であることを優先したようだった。

 

 

 

 ディアベルの指揮は見事なもので誰も瀕死状態に陥らせることなく、ボスのHPバーを三本削り終えようとしていた。HPバーが残りの一本になるとボスの攻撃モーションは大きく変化する。攻略本によると次の武装は湾刀(タルワール)。インドの片刃の長い曲刀でダマスクス鋼を使用してるのも大きな特徴だ。

 獣人の王は武装を投げ捨て、腰の辺りから長い刀を引き抜いた。

 

「俺が前に出る!」

 

 ディアベルの吼えた声が聞こえた。それは珍しく定石とは違う行為で振り返ると、何か様子がおかしいと感じだ。長刀は長刀には違いないのだがそれはタルワールではなく日本刀のように見えた。気がつけば自分の役割を忘れ、走り出していた。それが本当に日本刀であるならば、ボスのソードスキルも情報とは違うものが来る。

 

「全員後ろへ飛べ!!」

 

 キリトもそれに気付いたようで後ろから叫び声が聞こえる。そんなこともお構いなし飛び込むディアベルたちに、容赦のない攻撃が振り下ろされた。

 

「うぐぉぉぉぉ!」

 

 唸り声と共に繰り出されたのはカタナ専用のソードスキル《旋車(ツムジグルマ)》。重範囲のその攻撃に多くのプレイヤーのHPが削り取られ、さらに悪いことには一時行動停止(スタン)の追加効果。ディアベルがボスの目の前で倒れ、そして追撃を受けようとしているが、多くのプレイヤーが一時行動停止(スタン)状態。今までディアベルの指揮の元順調にHPを削ってきていたところ、彼の窮地。そしてイレギュラーなソードスキル。このトラブルに対応する術をこのレイドは持ち合わせてはいなかった。

 

「ディアベル!!」

 

 やっとのことでボスの前にたどり着くと、《浮舟(ウキフネ)》がコボルドロードからディアベルに振り下ろされようとしていたところだった。

 

―死者は出さない!!

 

 とっさにそれを自分武器と左手で彼の武器を拾い上げ、受け止めた。

 重たい一撃だった。受け止めていても尚HPがジリジリと減るのを感じる。

 

「はぁぁぁあ!」

 

 なんとか押し返そうと力を込めると、目の前でポリゴン辺が散らばった。

 

パリンっ…

 

 コボルドロードのカタナは弾きあげることに成功したがその代償として、彼の、ディアベルの武器が四散したのだった。

 武器が散り行く様に、この世界での終わりを見た気がした。命を失うことはこんなにも呆気ないことなのだと。

 その姿に気をとられている間にも、コボルドロードの追撃は当然止むことはなく、再びカタナが振り下ろされようとした。まずい、改めて武器を握り直すも間に合わない。防御体制に移行しようとすると、後ろから飛んできたソードスキルにカタナは弾きあげられた。

 情報と違うこの状態でそんなことができる人間を私は一人しか知らなかった。

 

「セツナ、ディアベルと一旦下がれ!」

 

 同じくセンチネルを狩っていたはずのキリトだった。

コクりと頷き放心状態のディアベルを抱え、後ろに下がる。多くのプレイヤーの一時行動停止(スタン)、HPの半減。そして順調に取り巻きを狩っていた私たちの離脱。戦線は大きく乱れていた。不幸中の幸いはセンチネルが一時的に狩り尽くされていたことだった。

 取り敢えず彼の口の中にポットを突っ込み回復するのを待つ。しかし主武器(メインアーム)は私が壊してしまった。もう戦えはしないだろう。イレギュラーにリーダーの戦線離脱。多くのプレイヤーは絶望の淵に立たされていた。

何故彼があの時定石通りの対応をしなかったのか。その答えはキバオウの言葉の中に隠されていた。ボスモンスターは倒した者にLA(ラストアタック)ボーナスとしてレアアイテムがドロップされる。ディアベルはそれを狙いに行った。そしてそれを知っていると言うことは1つのことを示していた。彼もまた元ベータテスター…。そうするとあの決戦前の意味ありげな表情の謎も解ける。

「頼む、ボスを倒してくれ。キリトさんと君なら…」

 虚ろな瞳で彼は呟いた。

 思うことは色々ある、もしかしたら5万コルで私の武器を買い取ろうとしたのだってLA(ラストアタック)を狙った彼なのかもしれない。だけど何より優先すべきは…

 前線では今だキリトたちが攻撃特化(ダメージディーラー)にもかかわらず、持ちこたえていた。…ソードスキルを見切ってキャンセルすると言う荒々しい方法で。そうこうしているうちに《センチネル》もポップしており、こちらも予想より早く多い、正に混乱状態に陥っていた。

 ケープを剥ぎ、視界をクリアにさせディアベルの意思を継ぐことにした。

 あんな無茶な戦い方集中力が途切れたら一瞬でやられる。

 急いで前線へ舞い戻り、声を張った。

「キバオウ! センチネルを引き付けて! F隊G隊はそのサポート!」

 場内があっけにとられる。それでも

「B隊はC隊を下がらせて、D隊は回復したら援護、ただし全方位は囲まないこと!」

 叫び続けるしかなかった。思考が停止していた彼らもソードスキルのキャンセルを続けるキリトに希望の光を見たか、のろのろと動き始める。

 

 

 

 指示が通り安堵した瞬間だった、ついにキリトに向かってソードスキルが振り下ろされた。軽装備の彼のHPゲージがレッドゾーンに突入するのを見た。吹っ飛んだ彼にヘイトを重ねすぎた追撃が迫る。アスナが迎撃の姿勢をとるが細剣ではとてもじゃないが受け止めきれないだろう。万事休すかと思ったとき、黒い巨体がアスナの前に現れた。

 両手斧使いのエギルがそれを受け止めていた。

攻撃特化(ダメージディーラー)(タンク)やられちゃ立場がないからな。」

 そして先日の立ち回りから恐らくディアベルの次に信頼を得ているであろうその男は私には何より頼もしい言葉を叫んだ。

「ディアベルが次のリーダーはその嬢ちゃんだと!」

 すると戸惑いながら動いていたメンバーたちが彼が言うならと自身の役割に向き合い始めてくれた。なんと感謝して良いか言葉も見当たらずそれは態度で示すことにした。

「B隊はD隊とスイッチ! キリト、ソードスキルの発動をみんなに。」

 そう叫びながら自分もボスに飛び込みHPを削る。

戦線は立ち直ったか、ディアベルと言うリーダーを失ったA隊とダメージの大きかったC隊を除いては全員HPも安全圏内だ。

 ボスのHPもそろそろレッドゾーンに突入と言ったところだった、確認したのは再びの《旋車(ツムジグルマ)》のモーション。

 まずい。そう思った瞬間だった。まだHPを回復待ちだったであろうキリトがコボルドロードの左腰にソードスキルと共に飛び込んだ。ざしゅぅと音を立て派手なエフェクト共にコボルドロードはよろめいた。

 ここが好機! そう考えたのは当然彼も同じで、

 

「セツナ、アスナ、最後の攻撃!」

 

 彼が叫ぶがままにアスナは左腰に《リニアー》を私は右足に《ソニック・チャージ》を叩き込み、そして彼は空中から二連撃技の《バーチカル・アーク》を叩き込んだ。

 するとボスの顔が歪み、握られていた日本刀が音を立てて床へと転がり落ちた、そして全方位へ向けてそのポリゴンを崩壊させていった。

 

 

 

 

 ついに、やっと、第一層のボスを倒した。

「お疲れさま。」

 いつの間にかアスナのケープも剥がれ美麗な素顔が露になっていた。

「Congratulation!この勝利はあんたたちのものだ!」

 とエギルからも労いの言葉が飛んできた。

 キリトとハイタッチを交わし未だ放心状態のディアベルの元へ向かう。

「ごめんなさい。あなたの武器、壊してしまって。」

「いいんだ。これは報いかもしれない。それよりもボスを倒してくれてありがとう。」

 青年は力なく笑った。私たちが手を取り合うと横から怒鳴り声が飛んできた。

「なんであんたたちはボスのスキルを知っていたんだ!」

 A隊のディアベルの側近とも言える男だった。

「その情報を伝えていればディアベルさんだって…!」

「よせ、リンド。」

 ディアベルがそう抑えるも疑惑はすぐに広がる。

 そうだよな。攻略本には書いてなかったもんな…と。

 そして…

 

「そいつら元ベータテスターだ! 知ってて黙ってたんだ!」

 

 と呪いの言葉が場に響いた。まずい。折角死者を出さずにクリアしたと言うのにこれでは…。ベータテスターへの疑惑、嫌悪。対立と分裂を招く。

「違う、ベータ時は本当にタルワールだった。」

 そんな中、ディアベルの静かな声が響いた。それでも、

 じゃぁなんで…、まさかディアベルも? と混乱するみんなに答えたのはキリトだった。

「元ベータテスターだって? そんな素人連中と一緒にされちゃ困るな。」

 芝居掛かった物言いに彼が荊の道を歩む決心をしたことはすぐに分かった。昨晩のアルゴとのやりとりが頭を過る。

「そこにいる男だって元テスターだろうと死にかけたのをみたろ? 本物のMMOプレイヤーなんてほとんどいなかったのさ。」

 ギリッと奥歯を噛み締め自分の選択を考える。

「…そうよ。」

 取るべき選択はあの頃散々コンビを組んだ彼を見捨てることではない。

「みんなレベリングのやり方も知らない素人だったんだから。あなたたちの方がましなくらいよ。」

 私の台詞にキリトは目を見開いた。そんなつもりはなかったと。それでも。

「私たちは誰よりも高い層に登った。ボスのソードスキルを知っていたのもそこで散々戦ったからよ。」

 生け贄は一人でなくていい。キリトが孤立して居なくなってしまったらこのゲームはクリア出来なくなってしまう気がした。そしてディアベルのようなリーダシップを持った人間をベータ上がりだからといって切り捨てさせてもいけない。なら取るべき手段は決まっている。純粋なただの元テスターと利己的な穢い元テスターに分類してしまうことだ。

「…他にも色々知ってるわ。情報屋なんか目じゃないくらいにね。」

 キラリと背中で光る店売りでない私の武器が何よりもその証拠として映ったらしい。

 そんなのズルじゃないか。チートだな。チーターだ!

口々に皆の罵声が噴出する。そんな中黙っていたのはエギル率いるB隊とディアベル、そして驚くことにキバオウだった。

 キリトは罵声に奇妙な響きの言葉を見付けたようだった。

 

ビーター

 

 ベーターとチーターを掛け合わせた言葉か、それがその日、ボス撃破との対価として私とキリトが受け取ったものだった。

 ディアベルのすまないと言う言葉は私の中に小さく響いて消えた。

 

 

 

 




ディアベル生存ルート…です。
主人公が元ベータテスター、明言せずに書いてきたつもりでしたがここで正式に。


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7:間層*あの頃とこれから

 

 クローズド・ベータ・テスト。

 

 2ヶ月間のその体験は夢のようだった。

 

 初めてその世界に下り立った時、陽を思いきり浴びながら走り回った時、この世界こそが私にとっては本物なんだと感じた。

 当然のように優先的に付与された購入権には飛び付いたし、誰よりも長く潜り倒そうと思った。それがこんな形になるとは思っても見なかったが。

 そこで出会ったキリトは不思議な存在だった。いつ潜ってもそこにいたからだ。他のMMOでもたまにパーティを組んではいたが、ここほど顔を合わすことはなかった。ここでは特に約束するでもなく、テストの二ヶ月間ほぼ毎日顔を会わせていた。それから自然に行動を共にするようになり、ボス戦時には共謀して、よくLAを狙いに行ったこともあった。

 …それが仇となり元ベータテスターの間でキリトとセツナと言う名前は売れてしまっていたようだった…特に私は容姿も変わっていないことが災いした、と言うのはディアベルに聞いた話。

 彼の知り合いの元テスターは多くが亡くなったと言っていた。そして残りは彼と同じく名を変えて分からないとも。

 

 

 

 二層の草原へ足を踏み入れると少し強い風が髪を揺らした。

 随分長い間戦っていたようで、迷宮区に登り始めたのが大体9時だったと記憶しているが空は夕日に染まっていた。

 前を歩くキリトの背中に哀愁が漂って見える。

 

「ゴメン…。」

 

 キリトの口からそんな言葉が漏れた。

 ボス戦のあと、私たちは散々罵声を浴びせられた。それを一人で背負おうとしていたものが友人ならば、助けるか一緒に背負うのが当然なのではないか。

「私が選んだことだよ。」

 2ヶ月間あんなに一緒に戦ってきたのに、この1ヶ月間はそうしなかった。その懺悔の意味もある。

「だけど俺は、君ならアスナと攻略組を率いて行けると思ったんだ。」

 だから薄汚れた道をわざわざ行く必要はなかったと。

 アスナは強くなる。誰よりも早く美しい剣士として直に有名になるだろう。そしてあの頭の良さも、攻略の導となるに違いない。それを隣で見ていたくないと言えば嘘になる。

「でも、私はキリトの横にいることを選んだ。キリトこそ攻略の鍵になる、だから何があっても死なせない。」

 

 

 夕日が私の髪をオレンジ色に染め上げた。

 せめてこんな色だったら現実世界にも馴染めたかな。そんなことを思う。

 

 

「二人とも勝手なことしないでよ。」

 

 

 振り返るとアスナとディアベルがそこにはいた。

「ゴメン。」

 彼女には色んな意味で謝らなければならない。

「別に、何にも気にしてないわ。それよりエギルさんとキバオウから伝言!」

 プイッと顔を背け拗ねたように言う彼女。なんだか可愛らしくて頬が緩んだ。

「エギルはともかくキバオウからも?」

 キリトの訝しげな表情も尤もなことだろう。彼はアンチ元ベータテスター改めビーターの最たる人物だと思えたが。

「『二層のボス攻略も一緒にやろう。』」

 理解してくれる人間がいると言うのは嬉しいことだった。そしてアスナは二、三度咳払いをすると生真面目な顔をしてみょうちくりんなイントネーションまで真似して伝言を伝えてくれた。

「『ワイはやっぱり自分らのことは認められん! 今日は助けてもろたがワイはワイのやり方でクリアを目指す。』」

 彼らしい素直でない言葉のように思えた。

「そっか、ありがとう。」

 お礼を言うとアスナは照れ臭そうに私じゃないもんと言った。

「それで、アンタは?」

 キリトは後ろに控えていた青髪の青年に声をかける。

「俺は…覚えていないが、確かに以前アンタとパーティを組んだことがある。そうだな。」

 ディアベルは頷いた。

「もちろん、セツナさんも一緒にね。キリトさん、今日は本当に助かったよ。自分にもやれると思ってたが俺には荷が重かったようだ。」

 彼は目を伏してそう言った。そんなことはない。戦闘スキルに関して言えばソロプレイヤーとして鍛えてきた私たちの方が純粋にレベルだって高いだろう。実際のところ私のレベルは14。キリトもその辺りと推測しているが、今回のレイドメンバーの平均レベルは10そこそこではないだろうか。彼の真価はそんなところではなく、あのリーダシップにこそあった。あそこで定石外のことさえしなければ、何事もなかった可能性だってある。恐らく今後のことを考え、リーダーとして自分を強化したかったと言う強すぎる責任感が招いた結果なのだろうが。

「そんなことない。あなたにはあなたにしかできないことがある。だからあなたはこっち側に来ちゃいけない。」

 それが心からの言葉だった。

「いや、今回のことでリンドに不信感を抱かれてね。俺も暫くはソロプレイヤーかな。」

 自虐的にそう笑った。彼ならまたすぐにいいパーティメンバーを見付けられるだろう。そして戻ってきてほしい。

「君が一緒にいてくれると助かるんだけど。」

 などとこっち側に来るなと言ったのに訳の分からないことを言うもんだから取り敢えず売却済みですと返すとようやく彼も軽やかに笑った。

「フラれちゃったな。」

 そしてキリトを意味深にみてウィンクを飛ばす。キザな男だ。

 そんな私たちをみてアスナは意を決したように言った。

「私、あなたたちに色んなことを教わったわ。いつか、必ず追い付いて見せる。」

 あの時帰りたいと言った少女はもうどこにもいなかった。凛とした眼差しに瞳を奪われる。

「また、ね。キリトくん、ディアベルさん。…セツナ。」

 そういうと彼女はコートを翻し階段を下っていった。

 

 

 これから私たちの最初の仕事は二層と一層を繋げること。

 

「ソロプレイヤーの二人の極意を教わってもいいかな。」

「お前! 着いてくるつもりか!」

 ディアベルのそんな言葉にキリトが顔をひきつらせた。

「俺がいたら都合が悪いかい?」

 不敵に笑う彼にキリトはパクパクと池の鯉のようになった。

「都合が悪いも何も私たちパーティ組む訳じゃないからね。」

 さらりと言うとそうなの!? と言う顔でキリトは今度はこちらを見た。隣にいる、死なせないとパーティを組むは同義ではない。

 そんな私たちのやり取りをみてディアベルは声を上げて笑った。

「これは俺の付き入る隙も十分にありそうだな。」

 

 うるさく言い合う男二人を置いて一人第二層主街区である《ウルバス》に向かった。

 

 キリトにはあぁ言ったが基本的には一緒に行動するつもりではある。一人で背負おうとした彼にちょっとぐらいの罰を与えてもバチは当たらないだろう。

 

 今日は生き残った。

 残り99層の果てない道のりは私たちにとって風当たりは厳しいものとなりそうだった。

 

 




ここでようやく第一層一区切り。
ディアベルを主人公と絡ませると彼の年齢如何によっては犯罪になるのが悩みどころです。


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8:11層*月夜に鳴く黒猫と白猫①

 

 

 

 今日はたまたま別々に行動していた。

 キリトから【暫く一緒にいれない】そんなメッセージが飛んできたのは夕食を食べようとしていた時だった。

 

 

 あれから4ヶ月。前線は24層まで来ていた。最初の1層に1ヶ月かかったことを思えば順調と言ってもいいペースだろう。セツナのレベルも40を越え、スキルもバランスよく揃ってきていた。メインアームの槍のドロップやクエスト報酬もそれなりにあり、プレイヤーの鍛冶屋も段々と出てきたことからあの頃のように苦労することも無くなった。今装備しているのはグレイブと言う種類で…分類的には薙刀のようなものなのだろうが、同じく槍としてスキルを使えるのが却って助かった。

 

 一人で宿の下のレストランで食事をとっていると青い髪の男が近寄ってきた。

「今日は騎士(ナイト)はどうしたんだい?」

 端正なマスクにキザな台詞。図々しくも目の前に腰を下ろしたこの男のファンクラブがあるとか言うから驚きだ。娯楽が少ないから異性の話は盛り上がるんだヨとアルゴが言っていたが、みんな騙されている。

「ディアベル…あなたのファンに後ろから刺されたら嫌だからあまり話しかけないんで欲しいんだけど。」

「連れないねー。そんなところも魅力的だけど。」

 よくもまぁこんな歯の浮くような台詞が言えるもんだ。仮にもここは私たちの現実であると言うのに。まさか本当の現実でもこのキャラならばすごい強心臓の持ち主と認定してやる。

「大体、キリトとは今でもパーティ組んでる訳じゃないから。必要な時にお互いサポートしあってるだけよ。」

 それはただの事実だった。二人はビーターと呼ばれたものとして、数少ないソロプレイヤーを貫いており一人で乗りきれない局面をお互いが埋めあっている状態だった。

「キリトさんは大分奥手なのかな。だからこうしていつも俺に君をギルドに誘う隙を作ってしまう。」

 この甘ったるさを全女性プレイヤーにやっているならいつかこいつの方が背中から刺されそうだ。

「一緒にいるからってそんな関係でもないし、何度誘われてもギルドには入らない。」

 あれからディアベルは別の仲間たちと無事にギルドを立ち上げており、今ではリンドとも関係を修復できたようだった。ディアベルとセツナとキリト、そしてアルゴが元ベータテスターだという噂は一時的には広まったがベータテスト時にクリアできていた層を通り越した頃からそんな確執は少なくなったように思えた。先行情報というアドバンテージもその時点で消えた。

「ま、取り敢えずは食事を楽しもう。俺は君より強い女性プレイヤーを知らないから闇討ちの心配はしないよ。」

 いけしゃぁしゃぁとよくもそんなことが言えるもんだ。残りの料理を高速で片付けると、セツナはごちそうさまと勢いよく席を立ち上がった。

 

 

 

 噂が下火になった頃からケープを被るのはやめた。視界を妨げるから純粋に戦闘に邪魔になる。最近では髪色を変えるアイテムも大分メジャーになってきたことから色だけで目立つことは少なくなったように思えた。それでも最前線にいる女性プレイヤーなんてセツナかアスナか、といった所から注目が集まることは避けられない。ビーターのセツナ。そう呼ばれることは減ったがいつ誰が呼び始めたか《舞神(ぶしん)》と言う名前がついていた。ネットゲーマーは二つ名とかホントに好きだなーなどと思いながら自分につけられるとは思っていなかったからなんだかくすぐったかった。それから白い槍使い(ランサー)とか好き勝手に呼ばれていた。

 

「セッちゃんセッちゃん! キー坊と喧嘩でもしたのかナ?」

 たまにアルゴとディアベルはグルなんじゃないかと思う時がある。情報が早すぎる。

「わたしの情報は渡さないし、売らないで。今度はいくら出せばいい?」

 好き勝手に噂されるのは極力避けたい。ビーターとしての道を選んでから余計なネタを提供することは出来る限り摘み取ってきた。

「ちぇっ。セッちゃんは連れないナ。」

 どこかのキザな男と同じ台詞を言いながら、売れればいい商売になルのに、と溢しながらもきっちり対価を受け取る。

 確かにキリトのメッセージだけみるとなんだか倦怠期のカップルのような、はたまた別れ話の前兆のようなそんな文章だった。特に気にしてもいなかったがなんとなく、彼の様子を見に行くことにした。

 

 

 

 11層主街区の《タフト》。レトロな感じを醸し出していて中々にいい町だ。この町に来るのは久し振りのことだった。キリトも今日はただの素材集めに行っただけのはずだったのに何があったのか。前線よりも13層も低いこの階層で、キリトのレベルも40を超えているだろうに何かあるとは考えがたい。じゃぁ何があったのか。それを確かめに来ただけだ。そう、それだけ。マップ反応を見るとどうやらこの酒場の中にいるようだ。やはりレトロな西洋風の建物の扉を開く。中はそう広くはなく、姿を見つけることは容易かった。ただすぐ面食らうことにはなったのだが。

 5人のメンバーに囲まれ和気藹々としたムードをはなつ。こんなキリトは始めてみた。いや、どちらかと言えば周りの雰囲気に腰が引けていると行った方が正しかったのかもしれないけれども。

 ただ無事なことを確認しに来た、それだけ。だからそれで良いじゃないか。彼の交遊関係なんて私には関係ない。あまり長居をすると私に気付く人が出てくるかもしれない、これはアルゴに聞いたことだが記録水晶に記録された私とアスナは出回っているらしい。キリトに声をかけることはせずにその場を後にした。

 釈然としない気持ちを抱え、宿に帰るとベッドにダイブしてふて寝した。

 

 

 

―イライラする。

 

 それは朝を迎えても変わらなかった。

 別にいつも一緒な訳じゃないんだから他に知り合いがいたって構わないじゃないか。…だけど、昨日は彼の緑色のカーソルに四角の表示を見つけた。それが何を意味しているか。…ギルドへの所属。それが本当に彼の望みだったなら今まで私は縛り付けてしまっていたのかもしれない。そう思うといっそうやりきれない。

 やり場のない感情をモンスターに向けて思いっきり解き放った。フィールドの巨大なグリズリーのようなモンスター。完全なる獣型で鋭い牙と爪に独特の早い動き。ソードスキルとのやりとりに慣れ始めた今、却ってイレギュラーな動きに思えた。

 前足の爪が伸び、4本の刃が襲い掛かってくる。武器を握りしめ、タイミングを見切り、前足に飛び乗って狙うは視界を奪うこと。《リヴォーブ・アーツ》。今私が習得している技の中で一番攻撃力が高いソードスキルで両目を一閃に薙ぎ払った。ぐぉぉぉと呻き声をあげて怯むモンスターに降り飛ばされる前に飛び降りた。そして腹の下から得意な《ソニック・チャージ》で突き上げる。湯気でも出そうな勢いでモンスターは怒り狂い、攻撃スピードがどんどん早くなる。負けじとパリィを繰り返し弾きながらも、懐に飛び込み、《ヘリカル・トワイス》を発動し夢中で叩き切る。

 

「いやぁぁぁぁ!!」

 

 ダメージを食らっていることにも気付かず叫び、狂ったようにソードスキルで切り裂き続けた。槍の回転で空でも飛べそうな勢いだ。愛槍スプレンダーグレイブが踊り狂う。

モンスターがよろめいた瞬間、

「っ、はぁ!」

最後の一撃を脇腹に叩き込むと大きく爆散し、紫色のウィンドウが現れ、HPゲージを見れば赤く染まっていた。

 

 

 

 昨日の夜にメッセージ飛ばしたのに返事がない。

 キリトは少しイライラしていた。

 かと思えば昼のアルゴの号外で『《舞神(ぶしん)》ご乱心!?』なんてコピーと共に単機でフィールドボスを撃破したとニュースが出ていた。身体中に赤い切り裂かれたエフェクトが入りながらも槍と舞う、なんとも勇ましい写真が使われていたがそこから推測するにHPも大分減っていただろう。俺が言えることじゃないがセツナは多少無理をするきらいがある。そんなところが心配ではあるが、こんなニュースを見ては余計に俺は必要ないんじゃないかと思える。常々私たちはパーティを組んでる訳じゃない、とセツナは言うがだったらなんなんだと言うんだ。

 そっちがそのつもりなら、と言うのもあるし、単純に俺は頼られて嬉しかったんだと思う。少し、一人で気を張り続けることに疲れてもいた。

 だから、さすがに勝手にギルドに入るのは悪いとは思いつつ、この温かい《月夜の黒猫団》と言う名前も傑作なギルドに入ってしまったのだろう。

「全く…」

 生身なら傷跡が残るレベルだといつか言ってやりたい。

「キリトー?」

 このイライラはメッセージのスルーに対するものとフィールドボスのLAボーナスを知らぬ間にとられたことだ。そう思い込み、ギルドの女の子、サチに呼ばれるままにダンジョンへと出掛けた。

 

 

 

 

 

 つっかれた。ストレス発散にと思って戦った相手が間違っていた。やたら大きいとは思ったけれどもモンスターの表示を全く見なかったのが失敗だった。紫のウィンドウがポップしてLAボーナスの表示を見てはじめて、あ…ボスだったんと気がついた。

 それはそれはきついのは当然だ。…叩きがいがあるのももちろん。怒りに任せて自分のHPのゲージも気にしていなかったため正直危なかった。

「セツナ!! 無事!?」

 まぁこうなるな。とアスナが飛び付いてきたのをどこか他人事のように見つめる。まぁ毎度毎度アルゴ姉さんの仕事の早さには感心せざるを得ないが私が死にかけてるんだから記録水晶で撮影なんかしてないで助太刀してくれても良かったのではないかとも思う。

 アスナに「ゴメンゴメン」と謝ると「ホントだよぉー」とよりいっそう泣かれてしまって。世の中の男の人はだから女の涙に弱いのかと思考を明後日の方向に走らせた。アスナは一通り泣いて心配と労いの言葉を落とすと、

「キリトくんはどうしたの?」

 今の私にとってはタブーな話題に触れた。

「知らない! 別にパーティメンバーじゃないし!」

 どうしてこうもみんな同じ認識なのか逆に聞きたいぐらいだ。パートナーでもなんでもない筈なのに。

「喧嘩なんて珍しいね。ボス戦までには仲直りしてよね。」

「べっつにあんなヤツいなくても私がけちょんけちょんにしてやるわよ!」

「けちょんけちょんって…」

 アスナは声を出して笑った。

「セツナが強いのは分かってるよー。でも私も余裕をもって戦いたいもん。私のためにお願い。」

 そう言われてはなんだか私が悪いみたいで、

「だって、キリトが暫く会えないって言ったから。」

 ニュアンスは違うかもしれないがつまりはそういうこと。そしてそれはキリトが新しい仲間を見つけたから…。急に寂しさに襲われ俯くしかなかった。

「うーん。ちゃんとキリトくんと話した方がいいんじゃない?」

 アスナおねーさんはにっこり笑った。

 でもそう言われて素直にそうですねと言える私でもなくて。

「あっちがちゃんと事情を話してくれるまで私から言うことはないよ。」

つい、そんな殻を作ってしまうのだった。

 

 

 

そしてきっかけを作れないまま、ボス戦の日は迫る…。

 




うちのディアベルさんはこんなキャラです。
それに引っ張られてセツナのキャラが崩壊しそうだったのでその①として取り敢えず。
アスナ→キリトはまだの時期ですね。

※初稿は28層でフィールドボスは狼だったのですが、原作ではキリトが月夜の黒猫団と出会ってから壊滅するまで約2ヶ月半あり、恐らく最前線は30層だったので変更させていただきました。
狼ヶ原からフィールドボスをいただいていたのでそれもグリズリー型モンスターに変更してます。


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9:11層*月夜に鳴く黒猫と白猫②

 

 

 

 第24層ボス攻略会議。今回の指揮は第1層以来ディアベルがとっていた。彼が元ベータテスターだと言うのは攻略組にとっては衆知の事実ではあったが、そんなことも気にならない程に彼の人望は厚い。…もっとも卑怯なビーターとして名を馳せたのはキリトとセツナぐらいであり、ただの元ベータテスターである彼については、そう敬遠されることもなかったようだが。

 

 メンバーを見渡し、ディアベルは違和感を覚えた。そしてセツナの元に足を運ぶ。

「君の相棒どうしたの。」

 攻略組で、ある意味最も有名な一人と言って良いだろう、キリトの存在がそこにはなかった。ビーターとして有名なだけでなく一番のダメージディーラーでもある。

「知りません。最近この層にいないみたいだし。」

 そっけなく答えるセツナにディアベルは頭を抱える。

「キリトさんのいないボス戦なんて初めてじゃないか! 本当に君たち喧嘩してるのか!? あの時冗談なんて言ってる場合じゃなかった。」

 我関せずと最低限のことしか言わないセツナにますます悩まされることとなったが、それはキバオウがバッサリと切り捨てた。

「ビーターの一人や二人おれへんでもかまへんやないか! あいつがおれへんかて、そこの有名人がなんとかしてくれるやろ。」

 《アインクラッド解放軍》という巨大ギルドの一画を担う存在になってもこの男のビーター…主にキリト嫌いは直らないようだった。自身も揶揄されてはいるものの、まだわだかまりを残したままのセツナもそれにのっかり、

「そこの男もそう言ってるし、今回は良いんじゃない?」

と切り捨てた。いつもなら反撃を受けているはずと一瞬面食らっていたキバオウだったが、ま そういうことや、と直ぐに進行を促した。

 ディアベルはとんだ貧乏くじを引いたなと思い、顔をひきつらせた。二人との親交の厚いアスナやエギル、そしてクラインに視線を送るも皆首を横に振り苦笑いするばかりだった。お手上げ状態なのはみんな一緒なのだろう。まさか痴話喧嘩に攻略が乱されることになるとは、と集まった人間の多くは思っていたが口に出してセツナまで失ってしまってはにっちもさっちもいかなくなることは明らかで、諦めて状況を受けるしかなかった。何しろ何もなくとも、たまに仕方なく協力してるだけで何もない、と言い張る彼女だ。痴話喧嘩なんて言ったらどんな反発が来るか想像もつかない。

「じゃぁ、定刻だし会議を始めさせてもらいます。」

 考えてきたプランはリセットだな、とディアベルは腹を括った。

 

 

 

 その数日後、無事25層への扉は開きいつものようにアルゴの新聞が町を舞った。

【4分の1の世界へ】

 そんな見出しから始まる新聞を見て随分と取り残されてしまったのではないか、キリトはそんな不安に苛まれることになった。不安から低層へと拠点を移した今でも高層へ出向いてのレベリングを止めることはなかった。

 出会った時から彼らよりレベルは20以上も高く、それを言い出せずに嘘をついたままでいた。彼らのレベルの底上げをしていつか一緒に前線に辿り着ければとも思うが中々そうもいかない。もちろんそれはギルドリーダーのケイタの望みでもあるのだが。前線にいなくともトップレベルをキープしていないと不安でしょうがない。もうある種の病気のようだ。夜な夜なギルドが拠点にしている宿を抜け出し、レベル上げに勤しむ毎日だ。自分がいなくてもボス戦はクリアできる。そんな事実も面白くなく、居場所を確保したにも関わらず逆に迷子になってしまったようなそんな気分にもなった。そして…今回の新聞の写真。LAをとったのはどちらか。並んでいたのはセツナとディアベルで、普段から相棒―少なくともキリトはそう思っていた―にちょっかいをかけていた人間との写真が拍車をかけていた。セツナは特にいじっていないが髪の青く染められたディアベルと並ぶと正にゲームの世界のキャラクターのようで、自分とは遠い世界の人のように思えた。実際今、自分自身もその世界の中にいるわけなのだが自分といるよりも数倍自然な絵面なのではないかと。

「何見てるんだ?」

 急に話しかけられ思わず飛び上がった。そんな驚かなくても、と言いながらケイタが新聞を手に取る。

「あぁまた一つ層が開いたのか。凄いな。」

 素直な感想に調子を合わせる。

「…そうだな。」

 内心いかに面白くなかろうがここでボロを出すわけにはいかない。ここでの俺はあくまでも中層プレイヤーで攻略組のこと何て知らないことになっている。

「こんな女の子も最前線にいるのか。」

 ケイタが驚くのも当然で、ボス戦の写真が出回ることは珍しい。いつもは扉のレリーフや新しく開かれた層の町並みが記事と一緒に掲載されることが多かった。この間のようなフィールドボスならともかく迷宮区の奥のボス部屋までわざわざ取材に来る命知らずな情報屋はそうはいない。

「…その子この間のフィールドボスにも載ってたよ。」

 当然に知り合いとは知られない方が良いと思い調子を合わせ、すごいな、と言っておく。

「なぁ、キリト。攻略組と僕らとでは何が違うんだろう。」

 ケイタの純粋な疑問に俺は一つの答えは持っていた。俺自身が攻略組として生きていくために成してきたこと。

「うーん…情報力、じゃないかな。あいつらはどこの狩り場が良いとかどうすれば良い武器が手に入るとか情報を独占してるからな。」

 その為に色んなところを駆け回り、アルゴを始めとした情報屋に情報を買い、または売り…自分を強化することに努めてきた。しかしその答えはどうやらケイタのお気には召さなかったようだ。

「そりゃぁ…そう言うのもあるだろうけどさ、僕は意思力だと思うんだ。仲間もそれだけじゃなく全プレイヤーを守ろうって気持ち。守るべきものがある時、人は強くなれるって言うだろ。だから彼らはボスにも立ち向かっていけるんだ。その気持ちは僕も負けてはいないつもりだから、いつかは守る側になれると良いなって思うんだけど…。」

 実際そんな大層な気持ちは俺自身は持ち合わせていなかったし、前線のやつらの多くは遅れたくない、トッププレイヤーでありたい、と言うのが純粋なモチベーションだ。もしかしたらディアベル辺りはケイタの理想通りなのかもしれないが。でも守りたいって気持ちが強くする、それは俺にも分かる気がした。対等でいたかったんじゃない。俺は守る側になりたかった。その思いを今はここで、このギルドで埋めているのだろう。俺が本当に守りたいはずの彼女は今も前線で戦い続けているのだ。誰に守られることもなく。

「そう…なりたいな。」

 それは俺の本当の願いだろう。

 

 

 

 

 

 25層へのアクティベートが済むと、多くの人が待ち構えていたかのように町へ雪崩れ込んでくる。いつもならこんな光景をキリトと見ていたはずなのに今回は一人だ。他の皆はドロップアイテムのダイスロール。ギルドに所属したアスナも勿論例外ではない。

「今回はしんどかったなー…。」

「オツカレサマ。」

 溢した一人言に反応があり、反射的に仰け反った。

「…アルゴ!」

 驚く私をよそに、いつも通りのマイペースで彼女は右手を挙げた。

「よォ、セッちゃん!今回は良い写真が撮れたから号外の売り上げが良いんだヨ!」

 そう言ってやはりいつものようににゃははと笑った。そしてサービスだヨ、とその号外に掲載された写真をくれた。それは私とディアベルがLAに向かった瞬間のもので、そこには違和感が残った。

「よく、こんなもの撮ってたわね。」

「おねーさんの《隠蔽(ハイディング)》スキル、なめちゃいけないよ。」

「その高さはよく知ってるわよ。」

 違和感の正体はもちろんこの写真の撮影方法なんかではない。彼女の《隠蔽(ハイディング)》は私の《看破(リピール)》で見切れたことは一度もないのだから。

「んフフー。何がお気に召さないかナ。巷では評判だヨ。セッちゃんのファンにもオニーサンのファンにも売れル売れル。」

 含み笑いが憎たらしい。分かってて言ってそうなのがなんとも言いがたい。違和感の正体は隣にいる人間だ。大抵の場合ボス戦でもコンビを組んでるのはキリトなのだ。今回に限りソロプレイヤーのみそっかすはディアベルのギルドメンバーに混ぜてもらったのだ。…やたらと歓迎していただき、そのままギルドに加入しろと色んな方向から勧誘を受けたがそれはいつも通りお断りした。

「アーちゃんに聞いたゾ。本当に喧嘩してるみたいだとナ。」

 そんな情報をもっていながら売買されている形跡がないのは私が日頃から口止め料を支払ってるからか、彼女が私を友人として心配してくれてるからか。聞いても両方だヨ、と答えが返って来て真意が見えないのは分かっているので敢えて聞くことはしない。

「…喧嘩じゃないもん。」

 喧嘩とは違う気がする。じゃぁ何かと聞かれてもそれはそれで困るのだが。

「口には出さなかったがナ、みんな戸惑ってたゾ。」

 聞くことはしないが明らかに諭すような台詞だった。分かっている。生死をかけたこのゲームでは本来なら乱れは許されないことなど。だからその分ダメージディーラーとしての責務は120%の力をもって臨み、果たしたつもりだ。

「…ごめんなさい。」

 しかし他に言葉が見つからず口をついて出たのは謝罪の言葉。

「…その分いつもよりセッちゃんが無理していたのもみんな分かってると思うがナ。その分心配も増えたと思うゾ。」

 アルゴの言葉は実に的確で、アスナなどボスを倒し、【congratulation】の表示が出た途端に大量のポーションを抱え《リニアー》を繰り出すスピードと同スピードで飛んできた。

「まァ、さっさと仲直りしちまうんダナ。長引くと尾を引くゾ。」

 何も答えられずにいるとアルゴは手をヒラヒラとさせ雑踏の中へと消えていった。

 そしてその言葉は呪いのように、今後も私たちを苦しめることとなった。

 

 

 

 

 

 25層のフィールドボス攻略にも、そしてフロアボス攻略にも黒の剣士の姿はなかった。そのことに触れる者はいない。今までだってボス攻略に参加したりそうでなかったりした者はいた。それがただ黒の剣士になっただけ、そう解釈するしかなかった。今回の攻略を率いるはキバオウ有する《アインクラッド解放軍》。彼らにとっては目の上のたんこぶみたいな存在だろうから都合が良かっただろう。24層も25層のフィールドボスも無事に何事もなく乗りきった。彼がいなくとも大丈夫だと、そう攻略組(みんな)も思おうとしていた。

 しかしそううまくはいかないのが現実で、25層のボス攻略は今までにない大きな被害を出すこととなってしまった。

 

後悔先に立たず

 

 それに直面したセツナにも、それを後で知ったキリトにも大きな傷跡を残すと言う被害も含めて。

 

 

 



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10:11層*月夜に鳴く黒猫と白猫③

 

 

 

 25層のボス戦は凄惨なものとなった。24層のボスに比べて予想を遥かに上回る強さで、戦線は早々に乱れた。そしてボスモンスターを担当していた《アインクラッド解放軍》に大きく被害が出たことも大きな要因だった。その後は正に地獄とも言え、ヒースクリフ…アスナのギルドリーダーとエギル、そしてディアベルが壁を務め、私とアスナがじりじりとHPを削ることでやっとのことで倒した。喜びよりも疲労が勝ったのは1層よりそうなかったため多くのプレイヤーがドロップアイテムの確認も忘れ、その場に座り込んだ。

 そんなボス戦を経て私も責任を感じずにはいられなかった。口にはしなかったものの、誰もがキリトがいればと思っていただろう。そしていない原因の一端は私が握っているとも。誰かに何かを言われたわけではないが、何層かぶりにケープを被り、人を避けるようになった。そして淡々とクエストを攻略しレベリングをする。そうすることで平静を保っていたように思う。

 

 

 

 

 狼は夜行性だから夜に良い狩り場が出現する。

 そう、NPCが教えてくれたのはいつだったか。もちろん 「夜にあの谷に近づいちゃいけないよ。」とか何とか言う台詞だったかと思うが。それは逆に言えば危険は伴うが効率の良い狩り場と変換できなくもない。殺到されて順番待ちするのが嫌だったため暫くは利己的になってしまえ、と始めのうちこそ一人で夜な夜な狩りをしていたが、最近は大分人も増えてきた。見慣れた赤い髪の、戦国武将のような集団も度々見かけた。

「よぅ!セツナ。」

 クラインの対人スキルと言うか人当たりの良さと言うか、ただ単に私なんかより大人なだけなのかもしれないけれど、本当に見習わなければならないと思う。

「こんばんわ。せいが出るわね。」

「そっちも遅くにご苦労なこったぁ! ちょっとは休んでもらわないと全然追い付けねーや。」

 前線が28層になる頃にはレベルは48を数えたところだった。もちろんクラインは私の正確なレベルなんて知らないはずだが、軽装な割に減らないHPを見てのことだろう。自分では停滞してるなと感じていたが、そうでもないらしい。

「私もソロを貫くからには死にたくないもので。負けるわけにはいかないよ!」

 当然、一切手を抜くつもりはない。

「しかしセツナよぅ。キリトとはもう組まねぇのか。」

 頭を掻きながら言い出しそうにクラインは言った。その話題を攻略組が出すことは24層攻略会議以来無かった。ふいをつかれて言葉につまった。

「…分からない。私が悪いのか、キリトが私を諦めたのか。」

 それは正直な気持ちだった。メッセージに返事をしなかった。様子を見に行って声をかけなかった。いくらでもやりようはあったかもしれないのに何もしなかった。でもそれはキリトも同じで【暫く一緒に行動できない】ただそのメッセージだけで他には何もなかったのだ。それからもう一ヶ月半以上過ぎていた。どうしてこんなことになってしまったのか自分でも分からないのだ。例え25層以降の3層が無事にクリアできていても攻略組の動揺は消えることはなかった。それだけビーターとしての彼より攻略組として黒の剣士は大きな存在になっていたのだ。

「…さっきキリトに会ったよ。」

 クラインが見かねたように口を開いた。

「そう…。」

 彼のことだからレベリングを欠かしていないことは予想はついていた。クラインはばつが悪そうにその先を続けた。

「ギルドに入ったの、セツナは知ってたのか?」

 緑のカーソルに並ぶギルドのマーク。それを見て私は声をかけられなかった。何も言えずに頷いて返した。

「あー…なんかもっと簡単に考えてた。すまん。」

 誰にも何も話していなかったため、喧嘩して顔を合わせられないだけ、そう思われてても不思議ではない。現にクラインは今日の今日までそう認識していたのだろう。

「別に…私も何言わなかったし。」

 だから謝られる道理は特に無かった。

「なんでまたあいつだけギルドに?」

 クラインの疑問はもっともなのだが、

「それが分かってればこんなことにはなってないよ。」

 それは私が一番知りたいことで、今までこの世界で誰にも涙を見せたことはなかったが油断をすると瞳から溢れ落ちそうだった。

「俺、俺よう。セツナのことぐちゃぐちゃ言うやつがいたらブッ飛ばしてやるよ。」

「ありがとう。でも言いたい人には言わせとけば良いよ。所詮私はビーターなんだから。」

 クラインの気持ちが嬉しくて、本当に泣いてしまいそうになったため、ケープを目深に被りその場を後にした。彼がいなくても攻略組トッププレイヤーでいること。それは私のプライドだった。だから簡単には人に涙を見せる自分なんて許せなかった。

 

 

 

 

 そろそろ新しい武器が欲しい。そう思ったのは前線が30層に到達した頃だった。色んな層に出向いてプレイヤーの鍛冶屋を探す。鍛冶屋にも得意な武器や得意なタイプがある。戦闘時の武器に好みがあるのと同じで。例えばアスナはスピード系の細剣。私の場合は重量系の長槍…出来れば薙刀型であれば望ましい。ランスやハルバードのような重装備型の槍ではなくあくまでも長槍で。といった好みがあるのでそれにあった武器を作ってくれる鍛冶屋を探さなければならない。

 あまり行きたい町でななかったが商人や職人系のプレイヤーが集まっている11層にも降り立った。夜は静かでレトロだったが昼間は、大きく雰囲気が違うのが助かった。ところ畝ましとプレイヤーショップが並びそれに集う客たちで随分賑やかだ。

 鍛冶屋を見付けては一件一件店頭に並ぶ武具を確認し、好みの職人を探した。

「おねーさん。不景気な顔してるね。」

 そんな時ふいに声をかけられた。女の子の声だ。声の方向へ視線を落とすと焦げ茶色の手の加わっていない髪の色をしたミディアムヘアの女の子がいた。どうやら彼女も職人クラスでマットの上には多数の武器が置かれていた。

「あなた…得意な武器は?」

 細剣や片手剣に混じって槍の存在を見付けたためだめもとでもきいてみる。

「細剣が一番好きかなー。でも長槍も次いでぐらいには!」

 私の武器を確認してか、答えとしては上々だ。ならばと背から愛槍を抜き彼女に提示する。

「これより強いのが欲しいんだけど。」

 挑戦的になってしまったか、様子をうかがうと嬉々として武器を手に取りステータスを見始めた。

「スプレンダーグレイブか。モンスタードロップ品のレア武器だねー…強化は10S7Q3Dか。凄いね。」

 頷きながら私の武器を分析し、少し考えたあと、少女は一振りの槍を取り出した。

「薙刀型じゃないけど、これはどう?」

 金色の刀身の長い槍だった。全体の3分の1ほどもありそうな抜き身にはロングソードを思わせられ、使い手を選ぶことが窺えた。

「一番の自信作だけど売ろうと思ったことはないんだ、使えそうな人に会わなかったから。」

 いい武器をくれと言われても売る人を選ぶ、それは彼女の矜持なのかもそれない。

「少し、触ってみても?」

「どうぞ。」

 受け取ると刃先を重心にズシッとした感触。それでも耐久値を強化している今の武装よりもやや軽い。要求値は問題なくクリアしてそうだ。ステータスウィンドを開くと、

 

"リンキングガーディアン"

 

そう表示された。特殊性を見ても今の武装よりもハイレベルであることは間違いなかった。しかし不思議と手に馴染み、どう動けば良いかも簡単に想像できた。

「いくらで譲ってもらえるのかしら。」

 売ろうと思ったことはない、彼女はそう言った。果たして私には権利は与えられるのだろうか。

「その子の強化素材を集めてこれたらそれと交換、でどう?後は手数料だけで強化までしてあげる。」

 挑戦的に少女は言い放った。無理だと言いたいのかもしれない。

「素材は?」

「27層迷宮区にあるって聞いてる。」

 今いる層は11層。中層プレイヤーには到底無理だろう。しかし。

「分かった。約束ね! 他の人に売ったら承知しないから!」

 前線をソロで駆る私にはそう難しいことではない。簡単にそう返事をすると、少女が目に見えて慌てた。

「ちょっと! 無理だと思って言ってるのに! 危ないわよ!」

 そう言われて久しぶりに人前でケープを外す。すると息を飲む声が聞こえた。

「…その髪!」

「心配しないで! 大丈夫だから。」

 少女があっけにとられている間に再び髪を覆い、27層へ直ぐに発った。そのあと溢れ落ちたのは少女のため息だった。

 

「《舞神》…だったなんて…。」

 

 

 

 

 27層迷宮区。そう強い敵がいた覚えはないがとにかく隠し部屋とトラップが厄介だったことは覚えていた。あの少女に提示された素材は聞いたことのないものだったからレアドロップ品か隠し部屋にしか生息しないモンスターのドロップかもしれない。しらみ潰しに歩き回ることを覚悟し、自分からトラップをわざわざ踏んで回ることにした。

 隠し部屋に入るとまず閉じ込められる。そして通常より少し強い敵が出る。それがパターンだった。閉じ込められるのは精神的に少し辛いが言っても最前線ではないし私の安全マージンは取りすぎも取りすぎなので特に問題はなく歩き回れた。少しずつ指定されたものの一部が集まりだす。なかなか意地の悪い仕組みになっている。あまったらエギルに高値で売り付けよう。そう考えを巡らせていると、なにやら揉めているパーティーが前方に見えた。

 片手剣使いが二人にメイス使い、そして槍使いに短剣使い。ソロの私が言うのもなんだがバランスの良いパーティとは言い難い。どうやら隠し部屋に宝箱を見つけ、開けるかどうかで揉めているらしい。

 …ちなみに私なら"No"だ。何もない隠し部屋ですらあれだけのトラップ。宝箱があるとなるとなおさら怪しい。だからこそ今まで残っていたと考えるのが自然なわけで…結局隠し部屋へと入っていくパーティに驚き、そんな経験則すらないメンバーなのかと心配になり慌てて後を追った。

「ちょっと! あなたたち!」

 私が部屋に滑り込んだところでちょうど先頭メンバーが宝箱を開いたところだった。…間に合わなかったかと落胆する間もなくけたたましくアラームが鳴り響いた。

 

ビーッビーッビーッ

 

 無情にも扉が閉まり、閉じ込められる。そして四方八方から大量のモンスターが雪崩れ込んできた。まずい。積極的に罠にかかってきた私もこれまで見ていない。考えられるのはさらにランクが上のモンスターだと言うことだ。

 そんな状況下、知らないパーティをどう守るかメンバーを見渡すと予想もしなかった人物がそこにはいた。

「キリト!?」

「…セツナ!」

 しかし驚いているような猶予がある状況ではなかった。どうにでもなれ、と見知らぬパーティメンバーに指示を飛ばした。

「転移結晶! 早く!!」

 呆気にとられていたメンバーたちは直ぐにポケットやらポーチやらを探り結晶アイテムを取り出した。

「転移! 《タフト》!」

 そして何度もその言葉を繰り返す。しかし、結晶は静かに光を称えるだけだった。それが示すことはひとつ。

「結晶無効エリア…。」

 キリトのその言葉にパーティメンバーは混乱に陥る。でも、今は混乱している場合なんかじゃない。私は今出来る最上位のソードスキル《トリップ・エクスパンド》を四方八方へめちゃくちゃに放った。スタンの追加効果のあるこのスキルをこの状況下修得していて本当に良かったと思う。

「今から道を開く!全員角に寄れ!」

 怒鳴り付けると混乱していたメンバーたちもようやく意識を取り戻したようだった。

「キリト!」

「分かってる!」

 2ヶ月以上も離れていたのが嘘かのように、なにも言わずとも、私たちは同時に突き系のスキルを発動し、一筋の壁際への道を作った。角に寄り壁を背にすれば後ろからの攻撃は防げるし、何より一部に集中することで全員を一度に守りやすくなる。後はどうにか数えきれないモンスターを倒すだけだ。

 前に出ようとするとそれはキリトに遮られた。

「俺がやる。」

 そこからは見事だった。暫く本当に前線を離れていたのか。効果的に技を繰り出し敵を凪ぎ払う。無駄がなく、最低限の労力で敵を倒していく。そんなキリトのお陰で取り零したモンスターを叩くぐらいの余裕は残りのパーティーメンバーにも出てきた。その辺りで私は未だ鳴り響く宝箱に気付き、叩き潰した。

 

 

 

 

 

 彼女のみたことのないソードスキル。《舞神》とは誰が呼び出したのか、それを見て本当に彼女の切っ先は舞うのだと感じた。艶やかに、大胆に敵を屠ふるのだ。キリトは今まで何を意地を張っていたのだろうかと目が覚めたような思いをした。彼女の怒声を聞いて目を冷ましたのは俺もだった。彼女の思考が手に取るように分かる。それが噛み合った時、やはり自分の居場所はそこにあると感じた。彼女が全力で俺たちを守ることも何もかも見通せた。だからこれは俺の懺悔なんだ。今までギルドメンバーにひた隠しにしていた上位のソードスキルを解放して、俺はモンスターの殲滅に走った。

 

 

 

 

 

 戦闘が終わり、扉が開いても暫く誰も口を開かなかった。疲労とあるいは情況に混乱してのことだっただろう。

「さてと。」

 立ち上がりその場を離れようとしたセツナを俺は止めなくてはならなかった。

「待って!」

 しかしそれをしたのは俺ではなく、ギルドメンバーの紅一点、サチだった。その言葉にセツナは足を止め、振り返る。

「あの、ありがとう。助けてくれて。」

 もじもじと言葉を紡ぐサチにケープの下でセツナが薄く笑ったのが見えた。

「どういたしまして。ここ、トラップ危険なダンジョンだから気を付けてね。」

 それだけ残すと再び去ろうとするセツナを今度こそ引き留める。

「セツナ!」

 俺のその声に足を止めたが振り返ることはしなかった。ギルドメンバーたちが知り合いなのかと驚くのも気にしない。

「話したいことが、あるんだ。」

 何を言って良いかなんて分からなかった。ただ話をして、分かり合わなきゃいけない。

「…私はここには素材集めに来ただけだから。」

 取り付くしまもない回答に、俺はセツナの方へと足を進めた。

「俺にチャンスをくれ。」

 そして、彼女にデュエルを申し込んだ。

「俺が勝ったらセツナは話を聞く。セツナが勝ったらセツナの言うことを聞くよ。」

 すると少し考えた後、彼女は頷き《初撃決着モード》を選択してデュエルを了承した。

 ギルドメンバーには何が起こっているか全く分からないだろう。それでも俺はやらなければならなかった。1分間のカウントダウン。やるべきことを巡らせた。

 

 

 

 

 

 11層の転移門広場でケイタを迎えた。ギルドホームを買いに行った彼に今日貯めたコルを渡すと驚いていた。俺以下皆少し誇らしげに、そして恥ずかしげにしていた。

「ケイタ、俺大事な話があるんだ。」

 本来ならこんな場所で話すべきことではないのかもしれない。ただ他のメンバーにはもう話したことだった。

「なんだよ。改まって。」

 ギルドホームにそれを整える資金。ケイタは上機嫌で答えた。

「…今日限りで《月夜の黒猫団》を脱退させて欲しい。」

 しかし俺がそう言うと固まって直ぐには返事は帰ってこなかった。

 

 

 デュエルはセツナの勝ちだった。勿論、負ける気なんて毛頭なかったがリーチの長さで勝り、ずっと前線で戦い続けてきていた彼女にあっさり勝ちを譲ってしまった。…実際どこから飛んでくるか予想しにくい攻撃軌道に成す術もなかった。負けた俺は罵られることを覚悟した。初めこそ何の返事もないセツナに苛つきはしたものの、どう考えても何の相談もなしにギルドに入った俺が悪かった。だから、もう私に関わるな、なんて言われることすら覚悟したし、こんな反応されるとは思ってなかったんだ。

「…帰ってきて。」

 小さな声で呟かれたその言葉は俺の望みで。

「え…。」

 幻聴かと一瞬信じられなかった。

「前線に戻ってきてよ…。」

 小さく震える肩にケープをめくると赤い瞳は潤み、頬は瞳よりも紅く染まっていた。

 彼女の強さにずっと隠れていたから知らなかったんだ。いくら強くても、セツナだって女の子には違いないってこと。…当たり前のことなのに。思わず抱き寄せると、ハラスメント表示が出ているのもお構いなしにセツナは暫く俺の肩で涙を流した。暫くは呆気にとられていた《月夜の黒猫団》メンバーにはからかわれたのは勿論、事情を説明しなければならず、大変な思いをした。なんせ《舞神》様は本人が思っているよりも随分と有名だって俺は中層に降りて気付かされるような存在でもあったし、ずっとひた隠しにして来たソードスキルを全てオープンにしてしまったのだったから。

 

 

 

 そんなことがあり、他のメンバーはもう折り込み済み。あとは俺をこのギルドに勧誘してくれた彼に本当のことを話さなくてはならない。

「今まで嘘をついていて悪かった。俺、本当は攻略組で…元ベータテスターなんだ。」

 さすがに自分でビーターと言う気分にはならずそう言うとケイタは思い当たることがあったようで、出迎えメンバーの一番後ろに控えていたセツナの姿を認めると、ややあって口を開いた。

「もしかして…ビーター…黒の剣士。」

 それは答えずとももうケープを被っていなかったセツナの存在がケイタに示していたようだった。すると諦めたように彼はいった。

「そっか。なんで嘘をついて今まで一緒にいてくれたかは聞かないよ。キリトのお陰で随分強くなれたのは間違いないし。」

 いなくなって戦力ダウンは免れないけどなと快く笑う彼の笑顔は俺がギルドに入った時と全く同じだった。

「…ありがとう。」

 彼の温かさが何より嬉しかった。

「…彼女は…。」

 答えは知っているのだろう。プラチナブロンドの槍使いはアインクラッド屈指の有名人だ。

 もう、迷うことはなかった。

 

「…俺のパートナーだよ。」

 

 振り向かなくても後ろで彼女が笑ったのが分かった。

 

 

 

 

 結果、ギルドのメンバーを引き抜いてしまった私は彼らにたまに会いに行くことを約束した。キリトの元ギルドメンバーたちは私の友人にもなった。知り合いのあまり多くない私にとってそれは非常にくすぐったく、嬉しいことであった。女の子がいたのが何より嬉しかったし。サチは今は片手剣士だが以前は槍使いだったらしく憧れてたの、なんてなんの恥ずかしげもなく言われてこっちが恥ずかしくなってしまったぐらいだったが。

 27層へ出掛けたときはこんなことになると思わず、足取り軽く鍛冶屋の少女の元へ向かった。

「ただいま。」

 声をかけると少女もおかえりと返してくれた。

「何か、吹っ切れたみたいね。」

「まぁね。」

 そう答えるとリンキングガーディアンを彼女は差し出した。そして予想だにしないことを言うのだった。

「今のあなたにならあげる。その代わり、きちんと私に見せに来ること。」

 それは専属の約束のようだった。そう言われて私の方が戸惑っていると

「表情が見違えたもの。今なら託してもいいよ。…それに《舞神》に宣伝してもらえたら良い効果になりそうだし!」

 と照れ隠しか本音か商魂を最後に覗かせた。

「有りがたく頂戴するわ。私はセツナ。あなたは?」

鍛冶屋の少女の名前を知らなかったこと今更ながら気付いた。

「セツナ…ね。私の名前はリズベット。リズでいいわ。」

 今日はなんて日なんだろう。友達が沢山でき、日常も帰ってきた。それはもしかしたらこの新しい相棒との出会いのお陰かもしれないと思った。

 

リンキングガーディアン(絆  の  守  護  者)

 

 今度はこの愛槍に見合うよう、私が守る番だ。

「今度友だちも連れてくるよ!」

 そうリズに伝えると転移門で待つキリトの所へと向かった。

 

 背中では金色に光る刀身が鮮やかに夕陽を反射していた。

 

 




《月夜の黒猫団》編終了です。
二人の間にあるのは恋愛感情ではないと考えてます。
サチがセツナに憧れている設定はもうちょっとちゃんと書きたかったので後日番外編的に書けると良いなと思います。

セツナLv45→48に訂正しました。


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11:間層*二匹の野良猫のそれから

 

 

 30層攻略会議には二人揃って出席したことから口に出さなくとも皆安堵の様子を見せた。そんな中アスナが皆が聞きたくて聞けないことを口にする。

「どうやって仲直りしたの?」

 二人にして見ればケンカしていたと言うよりもすれ違っていたと言うのが正しいのだが、ここは訂正せずに調子を合わせた。何より説明するのがめんどくさい。

「どうやってって…デュエルして…。」

 キリトの回答にその場に集まったメンバーは騒然とした。色恋沙汰だと解釈していた人も少なくはないため予想だにせぬ回答だっただろう。つまりは拳と拳でぶつかり合って分かり合いました。大昔の少年漫画も真っ青な単純明解具合。ひょんなことから内情を知ったクラインですら苦笑いをするしかなかった。そして気になるのはその行方だ。攻略組の中でも屈指の実力者である二人のデュエル。どちらが勝ったのかむしろ興味の対象はそちらへ移っていた。二人が答えずにいるとトトカルチョが始まりオッズがキリトの方が高かったことにセツナが怒り、結局は暴露されたのであった。

 そんな様子をアスナは微笑ましく見つめる。自分の2人のヒーローには仲良くしていてもらいたかった。そしていつか追い付くのだ。今はまだ、肩を並べたとも言えないけれどそうなれるよう、いつか間に入れるよう日々鍛えているのだから。

 

 

 

 

 

「こんにちわ。」

 キリトとセツナは暇を見つけては20層にある《月夜の黒猫団》ギルドのホームを訪れていた。戦力を削いでしまった代わりに情報の提供や狩りの手伝いをたまに行っていたのだ。何より二人ともアットホームな彼らの雰囲気が気に入っていた。彼ら《月夜の黒猫団》の転機はそれだけではなかった。サチが戦いたくないとギルドメンバーに吐露したのだ。後から聞いた話ではあるがサチはキリトが本当はハイレベルプレイヤーであることを知っていたと言う。だからこそ《圏外》へ出掛けることが出来ていた、と。キリトがいる安心を知ってしまった今、もうモンスターとは対峙できない。

『元々…臆病な性格だから。でも、私のせいで《はじまりの町》に留まるのも嫌だったから。』

 だから今度は生産職として彼らを支える。その道を選んだという。そう言ったサチの表情は出会った中で一番明るかったようにキリトには思えた。

 ますますの戦力ダウンに前衛の不足。そこでセツナが槍使いでも前衛はできると提案したのだ。…それは、実際に彼女自身がソロの槍使いとして生きてきたから出来る提案だった。ギルドを訪れるのは、その指導も兼ねてのことだった。

 

「セツナさん!」

 

 ギルドに着くといつも手厚い歓迎を受ける。タメ口で良いし敬称なんて要らないと何度言っても出会いが衝撃的過ぎて直せないらしい。

 27層のダンジョン。彼らの危機は自分がいなくともキリトが救っていたのではないかと思うのだが、もしもはいらないと言うことだ。そしてキリト自身も一人だったら冷静にはなれなかったと言うのでそれ以上のことは言わなかった。ただサチとは友だちになりたかったので断固と拒否した。便利なこともあるが二つ名をもらって不便なのはこんな時だ。

「サチー、さんはいらないよ!」

 何度でも訂正する。

「ゴメンゴメン。クセになっちゃって。」

 最近はよく笑うようにもなった。黒い髪が一緒にサラサラ揺れる。

「いいなー。」

 サチの容姿はセツナとは対極だった。黒い髪に黒い瞳。平均的日本人の容姿だ。髪を手で遊ぶとサチはくすぐったそうにまた笑った。

「ホントそればっかり。私はセツナの方が羨ましいけど。」

 結局無い物ねだりなのだろう。私はサチの黒髪に憧れ、サチは私の白髪に憧れる。本来の色だと教えると初めこそ戸惑っていたものの、この世界だからか直ぐに羨ましいと言い出した。

「ねぇ!新しいアイテムできた?」

 サチが選んだのは細工スキルと裁縫スキル。元々細かな物を作るのが好きなのだと言った。今はもうアイテムストレージに格納されている以前の愛槍スプレンダーグレイブも彼女の作った鞘に収まっている。転向して以来素材を持ってきては彼女に託すのが常となっていた。

「今日はねー」

 良いものがあったら買ってアスナにもあげよう。サチのデザインする華奢な装飾のアイテムはきっと彼女も好きなはずだ。

 

 

 

 24層の攻略会議以来ディアベルの絡みがなくなりせいせいしていたところだったが、最近それも復活した。

「弱みに付け込めないところが俺なんだよね。」

 と、相変わらず訳の分からないことを言うが彼は彼なりに心配していてくれたのだろう。

「お前の付け入る隙なんか無いからな。」

 変わったことと言えばキリトがそれを正面から突っぱねるようになったことだろうか。キリトが言わなくとも彼と別れてギルドに入ろうと言う気持ちは毛頭ないのだけども、それもくすぐったく受け止める。そんなことよりも急務はキリトのレベルあげだった。いくらレベリングをしていたとしても前線を離れていたツケは大きく、レベル差は空いて2だったはずの私たちの差が5まで広がっていた。

「そう言うならちゃんと追い付いてくれないと困るんだけど!」

 冗談めかして不平を言うとキリトが口を滑らせる。

「それはサチと一緒に寝だしてから…。」

 そう言いかけてキリトはまずいと思ったのだろう、慌てて口を接ぐんだ。

「へぇ? サチと?」

 もちろん他意はないことは分かっていたが言質は有効利用すべきだ。

「これ以上広がったらディアベルのギルドに入るからね。」

 そう言うと、冗談だろ!? と《圏外》に飛び出すのも以前にはなかったこと。キリトの後ろ姿をディアベルト二人笑いながら見送った。

 戻った日常は少しずつ色合いが変わり鮮やかになった。

 

 

 

 

 30層ボス攻略後の新聞を飾ったのは二人の後ろ姿だった。もちろんコピーは『復活の白黒の剣閃』。サチはそんな新聞を見てやはりキリトのいるべき所は《月夜の黒猫団》ではなかったんだと思った。

「なんか二人って私たちより猫らしいよね…。」

 一人で呟いたつもりだったがその新聞はケイタにも覗かれていた。

「猫らしいって?」

 ちょっと恥ずかしいと思いながらもソコは幼少期から一緒にいるケイタだ。サチは答える。

「黒猫は見かけによらず甘えん坊。白猫は気が強い、って言うでしょ。」

 そう言うとケイタは笑い、でも調子を合わせた。

「不吉の象徴として嫌われることが多いけど本当は人恋しい黒猫ね、確かにキリトにピッタリだ。」

「キリトはきっと寂しかったんだね。一緒にいたセツナは…いつだって強くて。」

 恐らく年下と思える少年が日々一人でモンスターと対峙していたと思うとサチは自分なら耐えられないと思った。

「俺は知らなかったけど皆の憧れ《舞神》様、だろ。まぁ男としてもソコは辛いよな。」

 皆を守りたい。そうおくびもなく口に出すケイタだ、強く頷きながらそう言った。

「でも、もう大丈夫だよ。」

 新聞で見ていた彼女は凛として強く、戦うのは怖いけど同じ槍使いとしてあんな風になれたら怖くなくなるのかとよく考えていた。恐る恐る敵をつつく自分とは違い、懐から切り裂くような槍技。間近で見た時に舞うと言う言葉が冠しているのがいかに的確かと思い知った。武器に使われるでも、武器を使うでもなく武器と共に歩む姿がそこにはあった。でも、そんな彼女だって普通の女の子なのだ。デュエル後の彼女は《舞神》の姿など微塵もなく、だだっ子のようにただ泣きじゃくっていた。…みんな同じなんだ。この世界とどう向き合うかの違いだと思い知った。だからサチはそれなら、とサポートすることで向き合うことを決めた。傷をなめあった黒猫さんと、いじっぱりの白猫さんたちを支えていくのだと。

 

「さてと、負けてらんないぞ。」

 

 二人の後ろ姿を見ながらどんなアイテムを作ろうかと巡らせた。

 

 




視点が入り雑じってしまい読みにくかったであろうをお詫び申し上げます。
どんどん生存ルートを通ってしまって某ゲームだと使わない機体が量産される事態になりそうですが、うまく回収していきたいと思います。


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12:35層*聖夜の贈り物

 

 

 

「お前暫くケープ脱ぐな。」

 キリトがそんなことを言い出したのはいつのことだったか。隠すなと言ったり隠せと言ったり忙しいもんだ。30層で再び行動を共にするようになってから散々付き合ってるのかと聞かれたもんだったけれども、片っ端から否定して回っていたら今度はディアベル擬きが現れるようになり…つまりは多方面からパーティに誘われ、ギルドに誘われ…自分でも少し迷惑をしていた。一番熱心だったのはアスナが所属する血盟騎士団だったのだけど。

 私の髪は目立ちすぎる。加えて長く輝く刀身の槍。どこにいても誰かに見つけられてしまう。それもあって素直に再び髪を覆うようになったのだが。

「セツナ。」

 なんでこの男はそれでも直ぐに私を見付けるんだろう。

「あなた他にすることないの?」

 呆れて溜め息をつくも動じないのは本当に才能だ。その神経の太さ、どの様に養えば良いのか聞いてみたい。

「そんな邪険に扱わなくても良いじゃないか。キリトさんとは偉い違いだな。」

 大仰に肩を竦めて見せるディアベル。

「そりゃぁキリトはパートナーだもの。」

 その言葉を口にするのにも十分に慣れた。初めは…二人を置いて逃げた私にはパーティなんて、とずっと意地を張り続けていた自分がいたが、完全に離れて初めて一人で居続けることなんて無理だと分かった。

「どこでこんなに差がついたかな。まぁともかく、クリスマスが近いからね、お誘いに来たんだ。」

 そう言ってディアベルはウィンクをして見せる。記録結晶に保存してアルゴに売り捌こうか。

「去年みたいに大規模なパーティでもするの?」

 私の記憶が正しければ初めてのクリスマスはその時ばかりは、攻略を忘れて皆でお祝いをした…らしい。と言うのは私とキリトは参加しなかったからなのだが。しかし答えは違うらしい。

「クリスマス限定ボスがいるって噂、聞いたことない?」

 片頬だけ上げて笑みを作るディアベル。段々性格が読まれている。これでは話を聞かざるを得ない。珍しく、むしろ初めてかもしれない、素直にディアベルに着いていくのは。

 

 

 

「《背教者ニコラス(はいひょーひゃひほはふ)》?」

 今私たちが根城にし始めた46層の胡散臭い町の怪しげな小料理屋。アジアの雑多な雰囲気が漂い、騒がしいため会話をするにはある意味便利だ。

「ちょっと…物食べながら喋るのやめてよ。」

 目の前で大量にご飯を頬張り、リスみたいになっているパートナーをみてため息が出た。食べることと戦うことにしか興味なさそうだ。喉が動き口元をペロリと舐めた後、ようやくまともな単語が帰ってきた。

「最近NPCの間でも話題になってるな。」

 どこから情報を仕入れてくるのか、こう言うところはいつまでも勝てずに悔しい思いをしている。戦闘スキルに置いては五分五分…あれ以来定期的にデュエルで力比べをするようになったが獲物のリーチを考えればそれも負けているのかもしれない。開いていたレベル差もつまり正直面白くない。

「じゃ、じゃぁそのドロップアイテム何か知ってる?」

「死者蘇生アイテムって話だな。」

 淡々と言うキリト。

「もし本当に蘇生アイテムだとしたら誰を生き返らせれば良いんだろうな。」

 しかし続けられた言葉は核心を突くものだった。目の前で亡くなったプレイヤーはそう多くはないもの数えきれないプレイヤーがこの世界から、そしておそらく現実世界からも姿を消していた。命を落とした者を全て救えるのならば良い。だけどそう都合の良いものではないだろう。それでも誰もが一人や二人は救いたい人を抱えている。それならば…

「奪い合い…。」

「そ。だから俺は誰も倒せない方がいいと思ってる。大体、もしそんなアイテムをドロップするとするならば、鬼のように強いに決まってる。倒せやしないよ。」

 キリトはそう続けた。言っていることは分かる。でも、誰かは選べなくとも助けられる人がいるならば、助けた方がいい。

「…自信がないんじゃないの。」

 面白くなさも相まって口を付いて出たのはそんな言葉だった。

「なんだって?」

「自信がないから興味ないふりしてるんじゃないの!」

 そこまで言い切るとキリトの方もさすがにカチンと来たようで。

「なんでそういう話になるんだよ! 俺はただ誰の手にも渡らないのが一番の平和だって言っただけだろ!」

 戦闘時以外には滅多に荒げない声を荒げた。

 

 

 

 

 なんか話が妙な方向に行っている。俺たちはただクリスマスボスの話をしてただけのはずなのになんで喧嘩になっているんだ。大体、いつもならセツナはこの手の話題には疎くスルーしていることが多い。攻略に関することになら敏感に反応するのだがそれ以外のこととなると驚くほど何も知らないのが常だ。…大方こいつに変なことを吹き込んだとするとディアベルかアスナあたりだろうが。

「大体! お前は生き返らせたいやつがいるのかよ!」

 そんなこと、これはゲームであってゲームじゃないのに出来るわけ無い。それを信じて戦ってセツナが危険な目に遭う方が嫌だから言っているのに全く分かってない。

「お前って言わないでよ! 私は助けられる人がいるなら助けたいだけよ!」

 その強すぎる正義感から二つ名を貰ったのか二つ名を貰ったからそうなってしまったのか。いずれにせよ今はどちらでも良いことだが。

「分かるけどお前がやる必要はないだろ。」

「お前って言わないでって言ってるじゃない。」

 ダメだ、完全に頭に血が昇っている。戦闘中もこうなるとどうしようもないんだ。そして続けられた言葉は俺の望みとは異なるものだった。

「だったら一人でやるからいいわよ!」

 そしてガタンと音を立てて立ち上がった。

「ちょっ、俺の話聞いてたのかよ!」

「聞いてたわよ! ボスと戦いたくないんでしょ。」

 どうしてそうなる。

「そうは言ってないだろ。」

 こうも喧嘩腰になられて黙っていられるほど俺だって大人じゃない。

「そう聞こえるのよ。精々またレベル差が開かないことを祈ってるわ。」

「そこまで言うなら俺だってやってやるよ!俺にとられたって泣くなよ。」

「だっ誰が泣くのよ!」

 儚い容姿をしてる癖になんでこんなに気が強いのか。確かにそのギャップが知らない連中からすれば神格化するような形になってるのかもしれないが、こう言う子供っぽいとこ見せてやりたい。売り言葉に買い言葉、ついこうしてお互いソロでクリスマスボスに挑むことになってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 その日49層《ミュージェン》、最前線の町でもクリスマスらしく雪が舞っていた。白銀に染まる中、今日ばかりはケープがなくとも世界に紛れられると思った。決戦の時に視界を奪うものは邪魔にしかならない。町のベンチに腰かけてアイテムを整理しているとあの男が現れた。本当に私を見付けるのがうまい男だ。仮にそんなゲームがあったとすれば常にこの男がトップだろうとろくでもないことを考える。

「本当に一人で挑む気かい?」

「私に情報をくれたのはあなたじゃない。」

 ディアベルはやれやれと首を横に振った。

「お誘いだと言ったのに。」

 一緒に攻略すれば良いじゃないか、そしてそう言った。

「おかしな人ね。あなたなら私じゃなくて、もっといい人がいるでしょ。」

 ギルドがあるのだし彼ならば声をかければ集まる女性プレイヤーは数知れない。

「セツナより強いプレイヤーは知らないよ。」

「よく言うわ。ヒースクリフだっているし、アスナだっているわよ。」

 そもそも彼だってかなりの上位プレイヤーで私の助けを必要としているとも思えない。

「そこでキリトさん、とは言わないんだね。」

 試すようにいうディアベル。

「…別に、勝手でしょ。」

 それだけは今絶対に認めてはならない事実。出し抜くために結構頑張ったつもりだ。リズに武器の強化もお願いして、サチにアクセサリも作ってもらった。レベルだって…70に突入した。

「そんなに喧嘩ばかりして、キリトさんは俺に君を譲ってくれる気なのかな。」

「譲るも何も、私はあいつの所有物ではないわ。」

 プイッと横を向くとヤツは隣に腰かける。

「場所の目星はついているのかい?」

「……………。」

 それを言われると自信はない。そういう情報収集は正直苦手だ。

「教えてあげてもいいけど、条件があるな。」

 彼は知っているようでとても魅力的な申し出だった。

「条件って?」

 ただし内容にもよる。ギルドに入ってくれとかだったら絶対に無理だ。そう言う交換条件をするような人ではないと思っているが。

「一日だけでいい。パーティを組んでくれないか。」

「え………。」

 そう言った彼の表情はいつもとは違いとても真剣で断ることなんて出来なかった。

 

 

 

 

 あの表情はなんだったのか。そして知らないところで死んで欲しくないとついてきた。彼がくれた答えは第35層の《迷いの森》。…確かに言われてみるともみの木のようなオブジェクトがあったような記憶がある。この森も今日ばかりは白銀の世界になっていた。風邪を引くという概念はなくとも若干の肌寒さを感じる。

「やっぱりセツナに余計なことを吹き込んだのはアンタか。」

 背後からした声はキリトのものだった。

「余計なこととは心外だな。俺はクリスマスデートのお誘いをしただけだよ。」

 キリトのいつもより低い声にもディアベルは動じない。

「余計なことだよ。さて、俺たちはどっちが倒すか競ってたわけだけどこれじゃぁしょうがないな。なんなら今ここでデュエルしてどっちが戦うか決めようか?」

 らしからぬ挑戦的な物言い。さすがに勢いに任せてちょっと言い過ぎたと反省せざるを得ない。

「折角だけどキリトさん、お客様みたいだよ。」

 ディアベルに促された方向を見ると、6人の集団がこのマップに入ってきた。

「…クライン、つけてたのか。」

「まぁな、こっちはお前と違って切羽詰まってるんでな。…それにソロで挑むなんてバカな真似させらんねぇよ。」

 ギルドメンバーを亡くしたか、ただのお人好しか。

「クライン、残念だけどボスを倒すのは私よ。」

 でも自分が吹っ掛けた喧嘩にあっさり負けるようなみっともない真似はできないと私とて引くわけにはいかなかった。

「セツナにディアベル…。なぁ、皆でやりゃぁ良いじゃないか。なんでお前らそんなに意固地なんだよ。」

 隣でディアベルが頷く。彼の本音もどうやらそこにあるようだ。しかし招かざる客はもう一組現れた。ワンパーティではない。レイドを組んだ部隊。彼らを私たちは知っていた、《聖竜連合》。ボス攻略でさんざん顔を会わせているギルド。ただしレアアイテムのためなら汚いこともする、というのが専らの評判だ。

「お前もつけられたようだな、クライン。」

 キリトの低い声が響いた。

 奪い合い…《聖竜連合》の真意は分からないがやはりこうなってしまった。

 キリトが愛剣の柄を握る。こんなところでプレイヤー同士が争っても何の意味もない。それは分かっているが誰だって引けないのだ。私も背の愛槍を握った。しかしキリトの口から出たのは意外な言葉だった。

「クライン! 行け! ここは俺たちが引き受ける!」

 見ればディアベルも《聖竜連合》に向けて剣を向けていた。気付けばクラインは恩に着る! と森の奥へ消えており…こだわってた自分が恥ずかしくなった。こうなってしまえばやることは1つだ。

「武器が壊れてもいいヤツから前に出なさい!」

 愛槍を胸の前から真っ直ぐに《聖竜連合》に突きつけた。

 

 

 

 《聖竜連合》は思ったよりも簡単に引いた。攻略組だからお互いの実力はよく知っているし、リンドはディアベルには勝てないと踏んだのだろう。

「だから言ったんだ…。」

 キリトからそんな声が漏れた。

「俺たちが見付けなければ誰も見付けずに終わった。そしたらこんないさかいだって無かったんだよ。」

 事が終わってみればそんな現実。

「ゴメン。」

 頭に血が昇ってなにも見えていなかった自分を潔く認めざるを得ない。

 そんな時、森の奥からクラインたち《風林火山》が戻ってきた。アイテムはどうだったのだろうか。

「クライン…。」

 疲弊した彼らからキリトにアイテムが投げられた。金細工で装飾の施された結晶アイテムだった。プロパティを開くと名称は《還魂の聖晶石》、効力は…。

「死んでから10秒の間だけだと。復活できんのは。 」

 絞り出されたような声でクラインはそう言った。

「やるよ。お互いが死んだら使うんだな。」

 縁起でもねぇけどな、とクラインたちは去っていった。

 死者蘇生アイテムと言うのは確かに嘘ではない。ただプレイヤーたちの望んでいたものではなかった。

「死んだ人間を生き返らせることなんて出来ない。」

 キリトが呟いたのがただ一つの真実だった。こうなってみると自分が恥ずかしくて仕方ない。キリトは全て分かっていたのだ。

「さて、何はともあれセツナには約束を守ってもらうよ。」

 場にそぐわない明るい声でいうディアベルの言葉でキリトの視線が刺さる。

「約束?」

「ディ、ディアベル!!その話は後で!!」

 慌てて制しようとするとキリトにフードを掴まれる。

「パートナーの俺に聞かせられないようなことでも?」

 今回の件は自分に負い目がありすぎて何も言えなくなる。

「キリトさんってば野暮だなぁ。」

 ディアベルもディアベルで火に油を注ぐような言い方をするから性質が悪い。

「セツナ? 説明できるよな?」

 キリトの口許は笑っているが目が笑っていない。もう、逃げ出してしまいたい。

「い、1日だけパーティ組むことになったの。それだけ!」

 ええいと言ってしまうとキリトはポカンとした表情を見せた。

「それだけ?」

「それだけ。」

 言ってしまえば何てことはないが、思い詰めたような表情で言ったディアベルがいたから何となくすぐには口に出来なかった。するとディアベルも観念したように

「俺に少しの望みにかけることぐらいさせてくれよ。」

 そう言った。

 

 

 

 ディアベルと別れ帰路についてからも、クリスマスの雰囲気は継続していた。

「日本では何故か24日がメインのクリスマスって雰囲気だけど25日が本当のクリスマスなのよね。」

 今回のことは全面的に私が悪いと謝罪してどうにか許してもらい、隣を歩くことができた。

「確かにそうだな。」

 こうして二人で宿に戻るのは随分と久しぶりのことだった。1度すれ違って離れることの心細さを知っていたのに。

「ゴメンね。」

 重ねてまた謝った。

「いいよ。こうして皆無事だったんだし。」

 あの一件からキリトは少し変わった気がする。ずっと一人だった私とは違い、《月夜の黒猫団》と一緒だった彼には色々思うところがあったのかもしれない。

「…ありがとう。」

「ま、でもさこれで目の前で誰かが死んだら一人は助けられるんだ。良いこともあったさ。」

 レベルも上がったしな、と笑うキリト。

「そう言えば! 今何レベル?」

 それは聞き捨てならない。反省はしても私の負けず嫌いは当分直りそうもない。汐らしさなんてすぐにどこかへ消えてしまう。

「聞いて驚け! 70まで上がった!」

 ふふん、とどや顔を作るキリトに落胆する。ただすぐにキリトも、落胆することになる。

「なんだぁ…結局同じじゃない。」

「なんだって!?」

 キリトの叫び声は46層の空に響いて消えた。

 

 

 

 宿の部屋に戻ると小さな小箱が置いてあった。そして記録結晶も横に。再生ボタンを押すと、聞きなれた声が聞こえてきた。

『メリークリスマス、セツナ。これを聞いてる頃にはまた笑って会話できてるといいんだけど。セツナはたまにすごい無茶をするからこれを贈ります。お礼はサチにいってくれ。何度も試行錯誤して作ってくれたから。…こんなこと普段は言えないけど、ぶつかっても何しても、俺は一番にセツナの無事を願ってるよ。100層まで、最後まで一緒に戦おう。』

 キリトからだった。そして箱の中には《戦乙女(ヴァルキリー)の加護》というペンダント。効果は…。

「バトルヒーリングスキルの15%増加…。」

 箱を握りしめ彼の想いに応えることを静かに誓った。

 

 

 

 

 




もうディアベルがロリコンでもいいや。
彼の話はもうちょっと続きます。
オリ主が子供過ぎてうちのキリトさんは常識人に見えてしまう。


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13:外壁*蒼の騎士の想い

※Caution!
番外編的なディアベル→オリ主の話です。
ディアベルの確固たるイメージのある人にはおすすめできません。読まなくても他の話に影響はありません。…多分。


 まさか自分より5個は年下だろう少女に思慕を抱くとは思ってもいなかった。

 

 ベータテスト時からキリトとセツナと言えばLA(ラストアタック)を得意とするコンビで有名だった。勇者然とした黒髪の男と透き通るように美しい白髪の少女。今とは違う名前だった俺もパーティを組んだことがある。

 俺はベータ時代彼らが1層で言ったように初めはろくにレベリングも出来ず苦労した初心者(ニュービー)だった。ボス攻略に挑めるようになったのは テストが終わる一週間くらい前のことだった。

…くやしかった。

 だからこのゲームが始まったとき、今度こそ俺は強くなろうと思ったんだ。生まれ変わるつもりでベータのデータをリセットし、名を変え挑むことにした。デスゲームになった今《悪魔(ディアベル)》ではなくもう少しいい名前を付ければ良かったとも思うが。

 

 《トールバーナ》の町で彼女の姿を目にしたとき俄には信じられなかった。生命の碑からkiritoとsetsuna、その名前を見つけアルゴから二人の情報は買っていたものの…セツナについてはろくに売ってくれなかったが、ベータ時代と寸分違わぬ彼女の姿。誰もが現実世界の姿へ戻されたはず、ならば答えは1つ。ベータ時代も有名な女性プレイヤーだった彼女の姿は現実のものだった、と言うことだ。あどけなさの残る絶妙なバランス。ネカマたちや他の女性プレイヤーのアバターはどこかアニメやゲームの影響を受けているせいか多くはリアルにしては完璧過ぎる容姿だった。それが彼女の場合良くも悪くもゲームにしてはどこか物足りない。それが妙な魅力につながっていたのだが。セミロングの少し癖のある毛先や大きく主張する赤い瞳はやや吊り気味。豊満な体つきではもちろんなくどこにでもいる女学生のそれ。作られたものにしてはあまりにも中途半端だった。そして容姿とそぐわない性格。色白で浮き世離れした肌はすぐに消えてしまいそうだと感じさせるのに実際は豪快で、頑固で、無鉄砲だった。儚さとは程遠い中身に初めこそ落胆したものだ。それもそのはず。道理を分かれというにはまだ少しだけ幼い年齢。高校生…いやヘタをすれば中学生…。大人にはなりきれない、俺から言わせればまだまだ子供だ。…と言う俺だって社会に出ている人間からすれば子供には違いないんだろうけれども。だけどその危うさ、アンバランスさにすぐ目が離せなくなった。強く敵を凪ぎ払う猛々しさに手を震わせながら汚れ役かをかって出る潔さ。そして人を率いる凛とした揺るがない姿勢に。

 あの指揮権を彼女に移した時からおそらくは。

 

 

 47層《フローリア》。アインクラッド屈指のデートスポットになるだろう。前線からまだ一層。攻略組以外はまだ疎らだが、層全体が花で被われているこの層はデスゲームとしてはある意味皮肉なほど美しい層だった。

「ここのモンスター気持ち悪いんだよね。」

 待ち合わせ時間の5分前。彼女は転移門から現れた。そう、約束の1日パーティを組む日だった。俺のギルドは特にノルマも何にもないし…日頃から彼女に執心なことは隠してもいないから抜けることはそう難しいことじゃなかった。

「おはよう。今日はよろしく。キリトさんは?」

 そして彼女はただ相棒が一人のいるだけのソロプレイヤーだ。相変わらずパーティをいつも組んでいるわけではなく、ギルドに入るわけでもなく、自由を貫いているようだった。

「おはよう。キリトは…さぁ、久し振りにクリームパンが食べたいとか言ってたから1層にでも行ってるんじゃないかな。」

 彼女の普段のパートナー、キリトさん…おそらく彼も彼女と同じ年の頃だろうが、敬称をつけることを止められない。圧倒的な判断力、洞察力、そして剣技。誰もが素直には認めたくないだろうがあの少年は間違いなく最強の一画を担っている。初めは元ベータテスターであることの知識や経験を活かしていたこともあっただろうが、ここまで上り詰めたのは本人の資質にもあるだろう。…彼女が言うような呑気な性格とは到底思えないが。いや、今日はたまたまかもしれない。

「《逆襲の雌牛》ね。確かにあれはいいな。」

「ホント食べることばっかり。」

 呆れて言うセツナ。多くのプレイヤーには聞かせない方がいい情報かもしれない。

「それより、どうしよっか。迷宮区のマッピングでもする?」

 彼女の言葉にハッとした。今はキリトさんのことではなくようやくこぎ着けた彼女とのパーティを楽しむときだ。

「いや、せっかく天気も良いから外周を回ろう。そう難しくないフロアだったから見落としがあるかもしれない。」

 俺はデートのつもりなのに迷宮区に隠るなんてもったいない真似はできない。しかし…彼女の姿はいつも通り紺色のケープに青みかかったシルバーのブレストプレートにレザーアーマー。そして袴のような群青のボトムス、悲しいほどいつも通りだ。見慣れぬものと言えば胸元に下がる結晶アイテムだった。

「…それは。」

 興味が言葉に出ると彼女もそれを聞き逃さず、ペンダントを手に取る。

「あ、これ?サチが…友だちが作ってくれたみたい。」

 嬉しそうにそれを見詰める彼女を見て誰に貰ったか気付かない俺ではない。

「キリトさんから?」

「ま、ね。」

 その感情がどのような種類のものかまでは分からない。ただ彼女からキリトさんへ向かう思いは他とは違う。信頼、尊敬、友愛、はたまた恋慕か。

「…よく似合ってるよ。」

 いつも一緒にいるだけはあって見立ては完璧だと思った。華奢なデザインの金細工が紺に映える。

「そんなことよりも行きましょ!日が暮れちゃう!」

 そう言ってズンズンとフィールドの方へ歩き出す。頬が紅く染まってるのを見逃さない。全く素直じゃない。

 

 

 ボス攻略では何度も見てきたがこんなに間近で戦闘を見るのは初めてだった。前線から2層の、この層の敵をいとも簡単に倒していく。マナー違反と分かっててもどれだけのマージンをとっているのかと聞きたくなる。あまりにもあっさりHPを奪うもんだからここが中層かと勘違いしそうになるぐらいだ。

 大剣と見まごうかのような刃の長い槍を慣れた手付きで振り回し、叩き斬る。武器の旋回スピードが早いため《早さ》重視のビルドかと思いきや、試しに持たせてもらうとかなりの重さで…筋力値寄りのステータス配分をしている俺でも十分に重い。聞けば本人はバランス型ビルドで武器は基本重めが好み。それを《早さ》を強化することで今の取り回しと破壊力を生み出しているそうな。確かに衝撃は早さと重量を突き詰めれば大きくなるがやっていることが全くめちゃくちゃだ。通りで長槍系(スピア)にしては高い攻撃力。突撃槍(ランス)には敵わないだろうがそれにかなり近い威力を誇るだろう。確かキリトさんも一層から重い剣を振り回していたなと苦笑いせずにはいられない。それこそ両手剣に近い重さの剣を振り回しているはずだ。

 迫力の槍技。攻略組の中でもスピードはトップクラス。切っ先がようやく見えるくらいか。彼女より早いと言えば細剣使い(フェンサー)のアスナぐらいしかすぐには浮かばない。ついついボーッと眺め入ると戦闘に夢中だった彼女がややあってこちらに気付いた。

「ゴメンゴメン! ついついソロ戦闘の癖が。ちゃんとスイッチするね。」

 周りのモンスターを狩り尽くすまで気付かないとは中々どうして戦闘狂。初めての一面を見て思わず吹き出した。

「いや、良いんだ。好きなように戦ってくれて。」

 彼女が楽しく過ごしてくれることが一番だ。

「そう? じゃぁもういっちょ行きますか!」

 一面花畑なのだからもうちょっと女の子らしいリアクションを期待したかったところだが、彼女らしい、と言ったところか。嬉々としてモンスターを探しに花畑へと入っていった。

 

 

「ここは?」

 小高いその丘は小道を脇に逸れたところにあった。《おもいでの丘》このフロアの情報収集…もちろんデートの事前準備ぐらいするものだろ、をしている際にNPCから聞き付けたものだった。

「ここは《おもいでの丘》。俺たちには関係ないけど、《プネウマの花》という使役モンスターの蘇生アイテムが手に入る場所らしい。」

 ただしそれは想いを通わせたモンスターではなくてはならず、死亡したモンスターの"心"が残っていることが必要だと言う。

「絆が試されるのね。何もないけど。」

「俺らはビーストテイマーじゃないからね。」

 緑の繁る台座は何も反応することはない。

「でも、素敵な場所だわ。」

 小高い丘は風が強く、セツナの白銀の髪を揺らした。花に囲まれているフロアの中でここは緑に溢れ、静謐な雰囲気が漂う。

「立ち入ったことを聞いてもいいか?」

 日の光を乱反射する彼女の髪を見て、口をついてでた。それはずっと気になっていたことだ。

「ものによるけど。」

 肩を竦めるセツナに続きを促される。

「その容姿は…現実のもの、そうだよな。」

 一層の頃からキャラ作りのためにアイテムで髪を染めていた俺とは違い、そのようなことをする性格ではない。それなのにずっとその白髪も赤い瞳もあの頃から変わることはない。

「アルビノって知ってる?」

それが肯定の言葉だった。

「あぁ。」

確か、メラニンを生成する遺伝子の欠損の病だと記憶している。

「気持ち悪いでしょ。この血管の透ける肌も、色を持たない髪も、血の色の瞳も。」

 俺からすれば桃色の肌は美しく、神秘的な容姿をしていると思うが、当人にすればそうではない。その言葉は蔑まれてきた者の証拠だ。

「この世界では、これでも"普通"でいられるけど、現実はそうじゃないもの。」

 そう言った彼女の横顔は寂しげだった。もし、俺たちが黄色人種でなく白人ならば目立ちすぎることは無かったかもしれない。日本人には異質な姿。そして島国の民族性か異質なものを排除するきらいがある。それを思うと彼女がどんな扱いを受けてきたか想像することは難くなく、

「せめて瞳がヘーゼルなら、髪だけでも黒ければ。」

目を伏せてそう続けた。"気持ち悪い"そうずっと蔑視されてきたのだろう。

「なら、どうしてベータ時代からその容姿だったんだ?」

 忌避してやまないだろうその容姿、あえてバーチャルの世界にまで持ち込む必要はない。ここでは本来自分が好きなように、いかようにでも姿を変えられた。

「…そっか、ディアベルはベータの私を知っているんだね。ベータだけじゃないよ。他の、どんなアバターの作れるゲームもそうしてきた。」

 その目は遠くを見据えこちらを見ようとはしない。やや少し上を向いて見えるのはこぼれ落ちる滴をせき止めているのかもしれない。

「…こんな私の姿をどこかで受け入れて欲しかった。私は普通なんだって思いたかったから…かな。」

ごめん、暗い話でとセツナは無理に笑って見せた。話させたのは俺で泣かせたい訳じゃなく、ただ彼女のことを知りたかった。それだけだったのに。

「ありがとう。」

辛うじて返せた言葉は謝辞を含んだお礼の言葉。

「なんで、お礼なんか。私も…きっと誰かに聞いて欲しかったんだと思うから、ありがとう。」

次に笑った彼女の目尻にはもう涙は見えなかった。

 

 

「アインクラッドの夕陽はどうしてこんなにきれいなんだろう。」

 楽しい時間は直ぐに過ぎる。《フローリア》へと続く小さな橋まで戻ってきた。彼女の視線を辿るとちょうど日が沈むところだった。

「はじまりの日も確かこの時間帯だったな。」

 彼女が振り向き口許だけで笑った。もう一年を過ぎた。それでも割り切れないこともある。最近はこの世界で暮らすことにも随分と慣れ、戻った時につい右手でメニュー画面を出そうとしてしまうのではないかと思うぐらいだ。まだようやく半分に差し掛かろうと言ったところだからその心配はこのペースで行くと1年半は必要なさそうだ。

「毎日思い出す。あの日のこと。」

まっすぐに夕陽を見詰める彼女。その姿は気高く少し寂しげだ。

「…1層でのこと覚えてるかい?」

首をかしげセツナは続きを促す。

「俺の職業、《騎士(ナイト)》だっていったこと。」

「もちろん! 不覚にも私も笑ったもの。」

思い出してかクスクス笑う彼女。そんな風にも笑えるのかと嬉しくなる。

「君の専属になりたいって言ったらどうする?」

なるべく冗談に聞こえるように言った。

暫く目を見開き、考えてからセツナは口を開いた。

「…1層でのこと、覚えてる?」

 彼女から出たのも同じセリフだった。 『あなたにはあなたにしかできないことがある。だからこっち側に来ちゃいけない。』1層でのボス戦、彼女に救ってもらったあとに貰った言葉だった。

「…もちろん覚えてるよ。」

 それは元ベータテスターとして影を生きるようになるはずだった俺を支えた言葉。

「なら、話は早いわ。あなたには人を導く力がある。私なんかに構ってないで皆をクリアに辿り着かせるのがあなたの役目。」

大体自分より弱い騎士(ナイト)なんて要らないわ、そう言われてしまうと立つ瀬がない。

「手厳しいな。」

「どうしてもって言うならクリア後に聞いてあげる。」

イタズラっぽく言うセツナ。彼女の騎士(ナイト)になるにはどれだけ強くなれば良いのか。

「結婚を申し込まなくて正解だったな。」

本当はそうしたかったけどしなかったのは予防線を張りたかったからだ。

「けっこ…!?」

しかしその台詞に真っ赤になった彼女が見れたからそれはそれでよしとしよう。冗談だよ、と言うと頬を膨らませて抗議された。

 

 

 そうして彼女との1日パーティは終了した。得難い情報も手に入り―売ったらオレンジになろうと殺すと脅されたが、誰が売るなんて勿体ないことをするもんか。キリトさんすら知らない彼女の暗部を知っているなんてそれだけで優越感だ。いつかこのゲームが終わるとき、今度は現実(リアル)の君に会いに行く。そして、伝えたい。君がいかに美しいことを。それまでは彼女の命に従い、みんなの騎士(ナイト)であろう。それがあの時騎士(ナイト)を名乗った俺の責任で、果たすべき使命なんだろう。

 

 




ようやくオリ主のトラウマが少し書けました。
思ったよりディアベルが湿度高くてビックリです。
どこかで絶対書こうと思ってたので取り敢えず満足です。出来はともかく。
イメージを崩された方、本当に申し訳ありません。


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14:47層*竜と舞う円舞曲(ワルツ)

 隠密行動は向かないなんて分かってる。女性プレイヤーってだけである程度は目立つし。だからって一緒に受けた依頼なのに邪魔モノ扱いすることはないんじゃないかと思う。自分の影響力をたまには自覚しろといつもキリトは言うけどただのソロプレイヤーで部下がいるわけでもなし、交友関係は至って狭く、どんな影響があると言うのか。まぁなんにせよ色々と前科があるのでブー垂れつつもキリトの言うことに従うことにした。…ってお留守番なんだけど。なんの話かと言うと…話は5日前に遡る。

 

 

 最前線、55層の町にその人はいた。男の装備品からして中層プレイヤーであることはすぐに見当がついた。朝、開かれたばかりの55層をマッピングしようと転移した時にはすでにそこで大きな注目を集めていた。大の男が泣きべそをかきながら頭を下げ、仇討ちをして欲しい…なんで物騒なこと。尋常ではないと感じた私たちは人ごみをかき分けその人と接触することにした。男の名前はマーシーと言った。

 

「あの…。」

声をかけると男はすぐに振り返り、驚愕の表情を浮かべた。

「し、白の…。」

またか、と思う。もうさすがにそういった反応にも慣れたがあまり面白いものではない。

「俺たち、何かお力になれますか。」

キリトがそう言うと男はハッとし、自分の目的を思い出したようだった。

「お願いします!俺の仲間を…仲間を殺したあいつらに、どうか罰を与えてやってはくれませんか。」

私たちは顔を見合わせ、その男と共にすぐ近くにカフェに入ることにした。

 この世界でもお腹は空く。もちろん食べなくとも何ら問題はないのだが、空腹感が常に消えないことで集中力を欠く。なので当たり前のようにみんな食事はとっていた。それとは別に特に何の生産性もない行為になるが、バーやカフェも充実しており、茅場晶彦は食に一定の重きを置いていたのではないかということが推測できた。ただし、出てくるものは基本的に擬きであり、コーヒーの色をした何か、だったりクリームソーダの色をした何かであることが大半なので自分の思い描いている味を想像して口をつけるとたまにえらい目に合ってしまうのが難点だ。もちろん、現実と遜色のないものも存在はする。そのあたりはプレイヤー同士で情報交換をし、共有されている。

 カフェに入り、飲み物が出てきた頃にキリトが口を開いた。

「まぁ取り敢えず…。」

勧められるがままにカップを手に取り一口飲むと男は少し落ち着いたようだった。どうやらこのカフェは当たりの部類のようだ。

「すみません。必死だったもので。」

仲間が殺された。そう言っていた。それは穏やかではない。

「無理もないわ。仲間が亡くなったら誰だってそうなるわ。それがPK(プレイヤーキル)であるなら尚更ね。」

私がそう言うと男は奥歯を噛みしめながら涙を流した。

「どうしても、許せないんです。あいつら、《タイタンズハンド》を。」

「《タイタンズハンド》…オレンジか。」

なんで本当にキリトはこういうアンテナまで高いのか。知っているのなら話は早いとばかりに男は続ける。

「俺は《シルバーフラグス》ってギルドのもので、マーシーと言います。2週間ぐらい前に、赤髪の槍使いの女が俺たちに近付いてきて、ギルドに入れて欲しい、そう言ったんです。」

 

 女性の名前はロザリア。赤い巻き髪を結い上げているランサーで20代半ばぐらいの年齢。女性プレイヤーに事故でパーティが全滅したんで仲間に入れてください、そう言われたら大体のギルドは受け入れてしまうだろう。そして頃合いにアイテムを奪い、殺害すると言うのが聞いたところ主な手口のようだ。

 

「それで、具体的に俺たちに何をして欲しいんだ?さすがにPK(プレイヤーキル) してくれって言うのは無理な相談だ。」

 他のプレイヤーに危害を加えるとカーソルはオレンジに染まり犯罪者プレイヤーとして扱われる。そして町には入れなくなってしまう。何よりこの世界でHPが全損すると言うことは現実でも死ぬ。つまりは本物の人殺しに成り下がる、と言うことだ。

 それはマーシーも十分に分かっているようで、通常よりも一回り大きい結晶を取り出した。珍しいそれに息を飲む。モンスタードロップでしか確認されていないレアアイテム。

「回廊結晶です。出口は黒鉄宮の牢獄エリアに指定してあります。」

 複数人の移動を可能にする結晶アイテム。確かにそれであれば、犯罪者たちをみんな牢獄送りにすることができる。非常に高価なこのアイテム。一介の中層プレイヤーが手に出来るものではない。この男はどのような思いでそれを手にしたのだろうか。

「全財産はたいたんです。キリトさん、セツナさん。もう俺のような思いをする人間が出ないように、あいつらを…。」

男の悲痛な叫びが耳の奥で何度もこだました。

 

 

 

 地道な聞き込みと情報屋との折衝。アルゴにはまた面倒なことに首突っ込んでるんだナ、なんて言われた。彼のような思いをする人間が出て欲しくない。それもあったがただ純粋にやるせなかった。私たち攻略組には無い被害。強いものが弱いものを搾取する。私たちだってある意味搾取している側ではないかと言うのは考えすぎだろうか。限られたリソースの多くを独占するのは攻略組だ。もんもんとしながら20層でサチの作業を見つめていた。私の胸元にはサチの作ってくれた金の檻に入った紫色の水晶が美しいペンダントが揺れる。

「ねぇ…攻略組を恨んだことってある?」

「え!?」

何の脈絡もなく聞くとサチの手元が狂い作成中のアイテムはポリゴン片になって跡形もなく消えた。

「あー…。」

「…ゴメン。」

サチは作業を止めると隣に腰を下ろした。

「いいよ。セツナのくれた素材だし。それより何?」

サチは優しい。お姉ちゃんがいたらこんな感じなのかなと思うことが多々ある。

「ほら、レアアイテムとか大量のコルとかって全部攻略組が持っていっちゃうじゃない? 不満に思ったことって無いのかなーって。」

1層の頃ぶつけられた元ベータテスターへの憤り。それの対象が攻略組になったとしたら。ネットゲーマーは嫉妬深い。自分より優れたものや珍しいものを持っている人間に対して妬みや嫉みがあってもおかしくはない。

「うーん。私はないかな。感謝こそしても恨むことはないかな。」

そう言われて少しホッとする。きっとあの男の意識に飲み込まれてしまっただけなのだ。

「なら、いいんだ。」

「そう?」

サチに頭を撫でられ少し落ち着く。

憎しみは憎しみしか招かない。連鎖させてはいけない。だから、今こうして前線を離れてでも動いているんだ。

「よし! 稽古しよ稽古! ササマルー!」

 ただ、実際に自分が何か出来ているわけではないのが悔しくて体を動かすことで紛らわそうとした。

 

その夜デジャヴのようにキリトから【今日は35層に泊まるよ】とメッセージが入った。

 

 

 

 まずい、と思ったのはメッセージを送り終わってからだった。慌てて補足しようとメッセージ画面を起動させると、その前にセツナからメッセージが入った。驚くほどの早打ち。なんで女の子は携帯といいメッセージを打つのが早いのか。

【私も今日は20層にいるよ】

 内容はそれだけで取り敢えず杞憂だったと息をついた。以前、似たようなメッセージで返事がなく約2ヶ月半も揉めた記憶があるため、関係性が変わっていたとしても若干のトラウマだ。

【例のパーティメンバーと接触した。明日は47層に行く。手伝って欲しい。】

 俺はマーシーの言った、ロザリアの次のターゲットだと思われたパーティを探して35層に降りていた。そして出会ったのはビーストテイマーの少女。彼女はどうやら俺の探していたパーティメンバーで…ただロザリアとはもう別れていた。しかし彼女の相棒はその対価か俺と会うすぐ前に命を落としていた。

 

「その羽は…。」

 35層、迷いの森。豪腕なモンスターがやや多く出るのとマップがランダムに変化するのが厄介な初見泣かせなダンジョンだ。エイプ型のモンスターに襲われていた彼女を助けようと、やつらを四散させたときには既に少女の目の前には羽が横たわっていた。

「…ピナです…。私の大事な…。」

 瞳一杯に涙をため、震えた声で答える。

「君は、ビーストテイマーなのか。」

 話には聞いていたが相対するのは初めてのことだった。しかし、そのモンスターも今はいない。折角彼女を助けたとしても、羽になってしまったモンスターは彼女にとっては…

「ゴメン、友達、助けられなくて。」

俺たちにとってパーティメンバーを亡くすに等しいことなのではないか。

「いえ…私が、私が悪いんです。一人で森を抜けられるなんて思い上がっていたから。」

気丈にそう俺にお礼を言ったあと、彼女の瞳からは塞き止めた分の涙があふれでてきた。

 使い魔蘇生と言えば…いつかセツナがそんな話をしていたような気がする。確か…。今は一刻も早く彼女の涙を止めたい。自分よりも幼い女の子にこうも泣かれては居心地が悪い。

「泣かないで。確か、使い魔蘇生用のアイテムがあるって聞いたことがあるから。」

「ホントですか?」

涙がピタリと止む。今の彼女には何より重要な情報だろう。

「47層の南に《おもいでの丘》って場所がある。そこに咲く花がそうって話だ。」

「47層…。」

 ここは35層。俺にとってはそう難しくないダンジョンだが彼女にとっては…おそらく45レベル前後だろう、大変な高難度になるだろう。

「実費だけ貰えれば俺が行ってきても良いんだけど、使い魔の主人が行かないと花が咲かないらしいんだよな。」

 いつかそこを訪れたセツナが言うにはビーストテイマーではない自分が行っても特にイベントは起きなかったと言う。

「情報だけでもありがたいです。頑張ってレベル上げすればいつかは。」

 前向きにそう言える彼女にならいつかは自力でたどり着くこともできるだろう。しかし

「蘇生できるのは3日までだ…。」

そう時間的猶予はない。明らかに落胆する少女。上げて落とすのはたちが悪い。

「…これなら5、6レベルは底上げできるだろう、それに俺が同行すればそう難しいことじゃない。」

 このまま見捨てたらセツナに怒られそうだし、大切な依頼への足掛かりになるかもしれない。なによりこの少女を、放っておくことなんてできなかった。

 少女は俺の渡したアイテムリストを見て驚愕する。確かにドロップするままにストックして置いたもので中層プレイヤーにしたらレアアイテムだろう。

「どうして、ここまでしてくれるんですか。」

 彼女の疑問ももっともだろう。俺たちは出会ってほんの5分程度。何の縁もない関係だ。俺にとっては目標でもあるのだが彼女にとったら不審人物になりえる。この世界で女性プレイヤーは希少性から色んなターゲットになり得る。そう言う意味でも警戒はしてもしきれないぐらいだろう。もちろん依頼のためというのもあるけど少女を助けてあげたいという気持ちに嘘はなかった。ただ、少し、いや大分恥ずかしい理由だ。片手で顔を覆い答えた。

「笑わないって…約束するなら言う。」

「笑いません。」

少女はこちらを真っ直ぐに見つめ真摯な態度を示した。余計にばつが悪い。でも約束は約束だ。

「…君が妹と相棒に似てるから。」

 現実世界に残してきた妹と20層で待ちぼうけさせてる相棒。妹、直葉には似ていると言うより何かしてあげたいと言う思いが強く、それを彼女に重ねたのだろう。相棒とは強がりで人を頼らないその姿勢が似ていると感じた。そんな気持ちも相俟って、助けずにはいられなかった。

「……っぷ、はは、ゴメンナサイ。」

 それは約束違反だなんて不平を言えないぐらいには自分でも恥ずかしく、有り体で、気障だなと思った。ただようやく笑顔を見せた少女に安心した。




マーシーと言う名前は適当です。


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15:47層*竜と舞う円舞曲(ワルツ)

 手伝ってくれ。そう言われて降り立ったのは47層《フローリア》辺りは一面花、花、花! 最前線で攻略対象だったときはそうでもなかったのに、いまやデートスポットと化していて一人で来るのにあまり居心地の良い場所ではなかった。なんとなくケープを目深にかぶる。今ならなぜあの時ディアベルがこの場所を指定したのかわかる。キリトに指定された時間はお昼過ぎではあったが、中層プレイヤーを連れてきているだろうことは予想できたため、なんとなく早めに来ていた。それに、《思い出の丘》に行くと言っていたと言うことは連れているのはビーストテイマーなのではなかろうか。攻略組にはビーストテイマーはいない。どんな人がなれるのか、純粋にそこにも興味はあった。《タイタンズハンド》を牢獄エリア送りにする手筈以外は何の相談もしていない、だから彼らがどういう行動をするかは全く聞いていないので暫くの待ちぼうけは覚悟だ。一度辿った道を歩み取り敢えず軽く狩りでもすることにした。

 

「キリトさーん」

 

 知らない声がよく聞き覚えのある名前を呼んでいるのが聞こえた。その声が女の子のものであることに少し胸が騒いだ気がした。声の方に視線をやると、赤い装備に身を包んだツインテールの可愛い少女といつも通りの真っ黒なキリトがそこにはいた。

 まさかビーストテイマーと思われるプレイヤーがあんな少女だとは思わなかった。そもそもこのゲームは13歳以上推奨と言うレーティングがあったはずだが…ギリギリクリアしてのことだろうか。それ程に少女は幼く見えた。はしゃぐ妹にそれを微笑ましく見つめる兄。まさにそんな図だった。

 

 戦闘はキリトが支えていることもあり、危なげなく進む。レベルは低くとも少女の武器の取り回しも慣れたもので、状況が違えば攻略組にいたかもしれない。ダガーはリーチが短い分、敵に接近をしなければならないがそれに臆することのない度胸もある。いいプレイヤーだなと純粋に思った。そして気になるのは彼女の使役していたモンスター。幼さを残す彼女に強面の厳ついモンスターは似合わないし、あまり弱いモンスターでも足手まといになってしまう。それなりの戦闘を重ねてきたことはみてとれたので

「レアモンスター…?」

そう結論付呟いてから慌てて口を被った。《隠蔽》スキルを使用してはいるものの、言葉を出してしまっては意味がない。

 そもそもこのスキル、あまり向いていない。特に危険もなさそうなことが確認できたので、予定の時間まで別途時間を潰すことにした。

 

 

 

 約束の時間、フローリアに差し掛かる小橋のところで。本音か冗談か分からないがディアベルに想いをぶつけられたのもココだったなと苦笑いする。《隠蔽》を存分に発揮しつつ、回りに意識を巡らせると…いる。キリトの見立ては見事だった。レアアイテムを取りに行けば奪いに来るだろう。そこを迎え撃つ、というのがおおまかな作戦だった。そこらのオレンジプレイヤーにやられるほど私たちは弱くない、ただ同行の少女は分からないため何かあったときに援護、保護するのが私の役目だ。

 キリトと少女も時間にやや遅れその場所に姿を表した。並んで歩いてきた少女の肩を叩き、キリトは少女の動きを止めた。

「キリトさん?」

少女の疑問には答えず、前方を睨み付け、いつもより低い声で言い放つ。

「そこで待ち伏せてるやつら、でてこいよ。」

 それはもちろん私のことではなく、思ったよりも簡単に姿を表したのは、マーシーに聞いた通りの女性。赤髪の槍使い。そして結構美人…。時に容姿は騙す道具にもなり得る。

「ロザリアさん!?」

何も知らない少女が女性の名前を呼び、推測は確信へと変わる。

「私の《隠蔽(ハイディング)》スキルを見破るとは 中々の《索敵》スキルだね。剣士さんのこと侮ってたかしらぁ。」

威圧するよう、どこか媚びるように言う女性、美人は凄むと迫力がある。

「その様子だと、首尾よく《プネウマの花》をゲットで来たみたいね。おめでとう、シリカちゃん。」

不気味に微笑むロザリアに少女、シリカが怯んだのが見えた。

「さぁ、折角だけどこっちに渡してもらおうか!」

 かなりの声量で威嚇される。もちろんそんなものに動じるキリトでもなく、不敵に応じた。

「そうはいかないな、ロザリアさん。いや、オレンジギルド《タイタンズハンド》のリーダーさんと言った方がいいかな。」

 キリトの答えにロザリアは一瞬目を見張ったが、直ぐに不敵な笑みを浮かべた。

「へぇー…そこまで知っててよくそこの子にノコノコ付き合ったわね。あんたバカなの? それとも、おこちゃまアイドルにたらし込まれちゃったクチなのかしら。」

 下品なその発言に思わず飛び出しそうになる。まだ幼い彼女には聞くに堪えない侮辱だろう。キリトの視線を感じ、向こうがこちらの位置を把握していることを悟り、目で諌められる。ここで飛び出しては目的は果たせない。思い止まった私を確認してキリトは視線を前に戻した。

「そんなんじゃないさ、俺もアンタを探してたんだ、ロザリアさん。それに聞こえなかったか? 俺は隠れてるやつら、と言ったんだ。」

 キリトの台詞にロザリアの表情から笑みが消え、パチリと指を鳴らした。すると木陰から《隠蔽》を解いた男達が姿を現す。中にはオレンジのカーソルも見受けられた。

「アンタの目的は分からないけどね、たった二人でどうにかなると思ってるんのかい?」

 ビクッと震えるシリカの肩を軽くたたき大丈夫だからとキリトは前に進み出た。

「キリトさん!!」

 シリカの悲痛な叫び声に反応したのは包囲する男たちだった。

「キリト…?」

「黒のマントに盾無しの片手剣…」

 キリトの容姿自体は売れていないものの姿の特徴や名前、二つ名は十分に流布されている。人に影響力をと言う前に自分こそ周りの評判も考えてもらいたい。男たちの出した結論は勿論、

「ロザリアさん! マズイ、こいつビーターの…攻略組だ!」

攻略組、その言葉(ワード)にロザリアにも若干の焦りが見える。

「こ、攻略組がこんなところにいるわけないだろ! ただの名を語ったコスプレ野郎に決まってる! それに、本物なら…」

「私がそばにいるって?」

我慢できずにロザリアの背後をとった。愛槍の先が彼女の背中につく。ひっと声上げるロザリア。すると混乱した男たちはキリトに向かって切りかかった。

「キリトさん!」

シリカの声が再び響いたが、私は真っ直ぐにキリトのHPゲージを見つめた。

「10秒辺り、400ぐらいかな。」

私のその呟きにロザリアが振り向く。

「アンタ、何を言って。」

「おっと、動かないでね。答えは今向こうが言ってくれるわ。」

 顎だけで方向を示すと攻撃に疲れた男達がキリトの足元に転がっていた。もちろんキリトは何もしてさえいない。混乱しているシリカの姿も見てとれる。

「なんだこいつ…。」

「どうなっていやがる…。」

 異質なものを見るように同様を見せる男たち。答えを持っているのはこの中で私とキリトだけだ。

「アンタたち9人が俺に与えるダメージは10秒辺り400ってところだな。俺のレベルは78、HPは14,500、ついでに《戦闘時回復(バトルヒーリング)》スキルによる回復が10秒に600ある。どれだけ攻撃してもアンタたちには俺は倒せないよ。」

 キリトの静かな声に男たちは愕然とする。

「そんなのありかよ。」

1層の時、ビーターとして罵られたときのように男たちの不平が噴き出す。

「ありなんだよ!」

それを切り裂くのはキリトの鋭い台詞。

「これはレベル制のMMOだからね。たかが数字だけどそれで大きな差がつくのよ。」

勿論、私の数値がそれに遜色ないことは添えておく。

「…ちっ転移!」

 ロザリアが結晶を取り出したのを私は見逃さずアイテムを掠め取った。レベルが高いと言うことはHPだけではなく、パラメータも高いと言うことだ。同じように転移を試みたであろう男たちはそれをみて唖然とする。

「私たちから逃れるのは無理よ。大人しく言うことを聞いてくれると嬉しいんだけど。」

 笑え、出来るだけ不敵に。口許だけで涼やかに。あの一層で見たチュートリアルのローブの顔なしアバターのように不気味な雰囲気を出せ。するとついにロザリアの手から十字の槍が滑り落ちた。

「こんなとこまで降りてきて、アンタたちの目的はなんなの…。」

「俺達はギルド《シルバーフラグス》のリーダーに頼まれてアンタたちを懲らしめに来たのさ。」

「…《シルバーフラグス》?あぁあの貧乏なやつら。一人生かしてたわね。で、私らを殺してくれって?」

お人好しね、吐き気がする。口ではそう言いながらももう抵抗する意思は無さそうだ。

「あの人は…そんなことは言わなかったわ。あなたたちをただ牢獄へ送ってくれ、そう言ったの。」

「仲間を失った悲しみ、それでも殺してくれとは言わなかったあいつの気持ちがお前たちに分かるか。」

項垂れる《タイタンズハンド》のメンバーたち。

 

―コリドーオープン

 

 開かれた回廊に10人全員が消えていくのにそう時間はかからなかった。

 

 

「ゴメンね、シリカちゃん。」

 呆気にとられている少女に声をかけると状況を把握しきれないらしく、ハテナマークがたくさん浮かんでいるように見えた。

「強いとは…思ってたんですけど、キリトさん攻略組だったなんて…それに…。」

 ケープを脱いで見せるとシリカは少しガッカリした表情を見せた気がしたがそれには気付かない振りをした。

「おんなの…ひと。」

 あれだけ楽しく行動を共にしていたのだ。吊り橋効果も手伝ってシリカがキリトに恋心を抱いたとしても不思議ではない。

「私はセツナ。あなたにお詫びをしなきゃならないんだけど、ここはモンスターが出るから。」

キリトの方を振り返ると彼も頷いた。

「シリカ、ピナも生き返らせなきゃ。一先ず町に戻ろう。」

 キリトから差し出された手にシリカも歩を進めた。

 

 

 

 35層のシリカの宿に戻って腰を落ち着けた頃、ようやく状況を把握したようだった。キリトがシリカを助けた残りの目的。攻略組なのに35層まで降りてきていた理由。…そして二人が有名プレイヤーであると言うこと。

「すごいですね、《舞神》さんの噂は私も聞いたことがあります。」

「セツナでいいよ。そんな大したものじゃないの。」

「そうだぞシリカ。こいつは調子にのせるととんでもない!」

「あんたはちょっと黙ってて!」

 二人のやり取りにシリカが再び寂しそうな顔をする。セツナが現れるまでは自分の恋人のように思っていたのかもしれない。

「そ、それより! 本当にごめんなさい。シリカちゃんを囮にするような形になってしまって。」

「いいえ。私こそキリトさんがいなきゃピナを生き返らせることなんて到底できませんでしたし、もしかしたら殺されていたんですよね。だから、ありがとうございます。」

 深々と頭を下げるシリカに47層に向かった目的を思い出させられた。

「そうだ! シリカ、ピナを早く生き返らせてあげよう。」

 キリトがそう言うとシリカは深く頷き、アイテムストレージから《ピナの心》…そして《プネウマの花》を取り出した。《ピナの心》は青く光る鮮やかな羽根。それだけでどんなモンスターだったのか心が躍った。シリカは大切にそれを机に横たえると、プネウマの花を強く握りしめ、祈るようにその滴を羽根に落とした。

 

 羽根は強く輝いてから目を開けていられないほどの目映い光を放った。そして、その光の欠片が集まった先には、ピナの心と同じ、鮮やかな青い小型の竜のモンスターが横たわっていた。

「ピナ! ピナ!!」

シリカの呼び掛けに竜は瞳をゆっくりと開いた。

「ピナ!!」

 シリカの声が一際大きくなり、ピナもそれに応えキュゥゥンと鳴いた。

 それは見たことのないモンスターだった。円らな瞳が愛らしく、シリカに擦り寄る姿を見るからに彼女がいかに大切にしていたかが見てとれた。

 熱い包容を交わす一人と一匹に気を使い私たちはそっと、姿を消した。

 

 

 外に出ると夕闇がもう町を包み込んでいた。

「良かったね。シリカちゃん。」

 もう彼女達が離れることはないだろう。少し強くなり少し自分を知った彼女がピナを手放すことは考えがたい。

「俺、シリカを見て帰りたいと強く思ったよ。」

 空を見上げそんなことを言うキリトに視線を奪われる。キリトが現実(リアル)の話をするのは珍しい。

「妹と…もっとちゃんと向き合いたい。」

 そんなキリトの言葉に胸の支えが降りた気がした。その言葉の中に自分も含まれてるとは露程も思わず。

「明日も、生きなきゃね。」

 前線から5日も離れてしまった。早いところ戻ってケイタの言うように、自分達とみんなをこのゲームから脱出させるために私たちは毎日戦うのだ。




シリカとセツナをどう絡めていいのか正直悩みました。
シリカはレーティング無視なんですよね。キリトとは二つ違いで直葉と同い年…と思っていますが直葉の方が年上に見えますね。


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16:間層*竜に捧ぐ円舞曲(ワルツ)

シリカ視点です。


 初めてキリトさんと会った時は、正直ちょっと怖くて、急にアイテムをくれるって、ピナを助けるのを手伝ってくれるって言い出すし…新手の詐欺かと思った。だけど、私を妹と相棒に似てるって言った時のキリトさんはなんだか可愛くて、あ、この人悪い人じゃないんだって、素直に思えた。直感を信じて良かったと本当に思う。

 キリトさんは不思議な人だ。落ち着いてるから随分年上の人かなとも思ったけど、照れた顔や寝顔は少年って感じがして、もしかしたら同じぐらいの年なのかなとも感じた。すごく強いのに高価そうな武器と言えばメインアームの片手剣だけで、それも鞘に入ってるから見た目には分かりにくい。後は鎧も着てなければ装備はマントだけ。かと思えば私の全然知らないレアアイテムも持ってる。…敏捷力が1上がると言うワインを飲ませてもらったけど美味しかった。今までに出会ったことのない種類のプレイヤーだった。…私のことを知らなかったのはちょっと悔しかったけど。

 《竜使いシリカ》と言えば自分で言うのもなんだが中層ではちょっと有名なプレイヤーの筈だった。《フェザーリドラ》と言う珍しいモンスターを連れたこれまた珍しいビーストテイマー。そして絶対数の少ない女性プレイヤー。幼い自分の自尊心を満たすには十分すぎる知名度を誇っていたと思っていた。だからキリトさんに自己紹介したとき、噂の? みたいな反応をしてくれるかと思ったのに全くそんなことはなく、普通に俺はキリト、よろしく、何て言うもんだから恥ずかしくなってしまった。キリトさんは何でもよく知ってる。だから世間知らずとかではなくて私たち中層プレイヤーとはちょっと活動拠点が違う人ぐらいに思っていた。

 

 キリトさんとの冒険は凄くワクワクした。いつもと違うダンジョンにいつもより強いモンスター。新しい装備。何もかもが新鮮で、飽きることはない。優しいキリトさんにサポートしてもらってレベルも1上がり大満足な旅だった。それがピナを救うための冒険だって一瞬忘れてしまうぐらい。キリトさんは私のこと妹さんに似てるって言ったけど、相棒にも似てるって言った。100%妹なら女の子として見てもらえることはないけど、そうじゃないならともしかしたら…なんてヨコシマな気持ちを抱けるぐらいには余裕を持った攻略だった。それも全てキリトさんのお陰なんだけど。

 妹さんと相棒さんのことを聞いたら、妹さんのことは切なそうに、相棒さんのことは楽しそうにそれにちょっぴりくすぐったそうに話してくれた。相棒さんはプレイヤーだから会えるよ、なんて言われて、どんな人なのか凄く気になった。きっとキリトさんと同じでいい人には違いないんだろうけど。

 《プネウマの花》を手に入れるのはあっという間で、すぐ帰り道になってしまった。もうちょっと一緒に冒険できれば…ううん、ずっと一緒にパーティ組んで欲しいと思ったぐらい。離れるのが寂しかった。そしたらロザリアさんが現れて、オレンジギルドだなんて言うからもうそこからはワケわかんなくなっちゃった。沢山の男の人に囲まれて…すっごく怖くて。でもそれでもキリトさんはびくともしないし、それに攻略組だなんて言うからビックリもして。一番ビックリしたのはロザリアさんの後ろに急に現れた紺のケープの人。突然現れて全然分からなかった。1つ分かったのは、その人がキリトさんの相棒さんだってこと。キリトさんは全く驚いてなくて、安心すらしてたように見えたから。

 あっという間にロザリアさんたちがコリドーの中に消えて、相棒さんは混乱している私に声をかけてくれたけど、その声と顕にされた顔に、申し訳ないけどがっかりしちゃったの。キリトさんがあんな風に話してた相棒さんが、女の人だったなんて。

 

 私とは全然違う女の人。背は私より頭一つ分ぐらい高くて、キリトさんよりは拳一つ分ぐらい低い。堂々とした佇まいに感じる威圧感。でも、私に話しかけてくれたときは凄く優しかった。…だから余計に悲しい。こんな素敵な人が一緒にいるんなら私なんて相手にもならない。そしてキリトさんとのやり取りは少女に戻って本当に可愛らしい。キリトさんと同じで不思議な人だと感じた。…それが、ニュースに疎い私ですら知っている《舞神》さんだと知った時、キリトさんが私のことを知らなかったのも当然だなと思った。だって、本物の有名人がずっとすぐそばにいるんだもの。

「ねぇ、ピナ。私の気持ちはどうすればいいかな。」

 この世界で初めて芽生えた恋心。折角の気持ちなのにすぐに玉砕してしまって行き場がない。ピナの返事も心なしか困ったようだった。

キュゥゥゥン…

「また、会いたいな…。」

 叶わないと思いこぼした願いがすぐに叶うとはその時は思っても見なかった。

 

 

「シリカちゃん!」

翌朝の転移門広場。パーティメンバーを探さなきゃと訪れた場所にいた。

「せ、セツナさん! キリトさんもどうして!」

 大声で叫んだ私に周囲がざわざわと騒ぎ出す。

 

セツナ?舞神の?

 

まさか、こんなとこにいるわけないだろ。

 

あ、シリカちゃんじゃん。

 

「まずい、ちょっと移動しよう。」

キリトさんの誘導が手慣れてて胸がチクりと痛んだ。

 

「ゴメンな、シリカ。急に会いに来て迷惑かけちゃって。」

「い、いえそんな!私もお二人に会いたいなと思ってたとこでしたから。」

 キリトさんに連れられて入ったカフェでもチラチラと視線を集める。建物に入るとセツナさんが頭を覆ってたケープを外したからだ。アイテムで髪の色を変えられると言ってもメジャーなのは金や茶で白は珍しい。

「で、でも折角前線に戻れたのに今日はどうしたんですか?」

「もともと私たちそんな熱心なプレイヤーじゃないのよね。」

そんなセツナさんの台詞に開いた口が塞がらない。

「え…。」

 あれからさすがの私も黒の剣士さんと舞神さんのことは調べたのに予想もしないことだった。お二人は元ベータテスターで、攻略組の中でもトップレベルのプレイヤー。セツナさんは単独でフィールドボスを撃破したこともある実力者で、キリトさんのHPのレッドゾーンは誰も見たことがない。そんなに強い二人なのに熱心じゃないなんてどう言うことなのか私には全く分からない。

「俺たちギルドに入ってなくて基本的にフリーだからな。毎日迷宮区にこもってる訳じゃないんだ。」

「どっかの《閃光》サマにはたまに怒られちゃうんだけどね。」

 《閃光》その名前も知ってる。最強と噂の《血盟騎士団》の副団長でスゴい美人さんらしい。攻略組の二人なだけあって知り合いでも不思議じゃない。

「そうなんですか。」

もうなんか驚きの感情すら出てこない。

「それよりもね、今日はシリカちゃんにお願いがあってきたんだ!」

「私にですか?」

 ずいっと机を乗り出すセツナさんをキリトさんが諌める。なんかそんなやり取りにすら油断したら涙が出そうだ。

「…お二人はいつからお付き合いされてるんですか?」

 気が付けばそんな言葉が口をついて出ていた。

「やっ、やだなぁシリカちゃんまでそんなこと言わないでよ! 付き合ってない! 付き合ってないから!」

 セツナさんの顔は真っ赤に染まり、そんなセツナさんをキリトさんは諦めたように見つめる。なんだか二人の関係性がそれで分かった気がした。セツナさんはきっと、その感情に気付いていないか理解していない。キリトさんはそれが分かってて気付かない振りをしている。そう思うと二人が凄く近い存在に感じた。…特にセツナさんの方が。

 セツナさんはこほんと咳払いをすると話を戻した。

「今日来たのはね、シリカちゃんとフレンド登録したくて! あとピナに会いにね。」

 名前を呼ばれ方でピナがクルルと鳴いた。

「それ、だけ…ですか。」

「うん! ダメかな?」

 首をかしげるセツナさん先日の凛々しさなんてどこにもなかった。

「セツナがシリカシリカ煩くてさ。シリカさえ嫌じゃなきゃ頼むよ。」

「ぷっ…あはははは。」

 なんか二人を見ていたらもどかしすぎて自分の気持ちなんてもうどこかにいってしまいそうだった。

「是非、お友だちになってください!」

 私の…お兄ちゃんとお姉ちゃんの行方を見守りたい。この世界での初めての恋は別の形に変えてしまおう。ねぇ、ピナ。私たちを助けてくれた二人のことだもん。割って入る度胸もないし、二人で見守るのがいいよね。

暫くはチクりと刺さった棘が抜けないけどそれもすぐに抜け落ちると信じて。

 

 

 




タイトルにあまり意味はないです。
そして話自体にも…
前話をシリカ視点で書くかセツナ視点で書くか迷ったので自分の気持ちの補完です。
シリカは優しくて賢い子だと思ってます。


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17:56層*新たに芽生える想い、過去を偲ぶ想い①

 それは56層でのフィールドボス攻略会議でのことだった。

 

「ボスを町まで誘い込みます!」

 アスナその一言に会場は騒然とする。

 それはつまり…

「ボスがNPCを襲っている間に叩きます。」

なんとも残酷な作戦だった。それに真っ先に反論したのはなんの後ろ楯も持たないキリトだった。おそらく不平不満は持ちつつもギルド間抗争に発展すると厄介。口にできない参加メンバーは少なくなかっただろう。

「俺はその作戦には賛同できない。」

 パリッとしたその言葉に直ぐ様アスナの射すような視線が飛んでくる。

「今回、56層フィールドボス戦の作戦指揮を任されているのはこの《血盟騎士団》副団長のアスナです!」

 どうして彼女はこんな風になってしまったのか。強くなる、そうは思ったけれども最強ギルドの副団長まで上り詰め、攻略のためなら手段を選ばない…そんな攻略の鬼にまでなってしまうとは。

「私もキリトと同意見だわ。NPCだって」

「生きている、とでも?」

 私の台詞にもすぐに強い切り返しが飛んできた。

「アレはオブジェクトです。消滅しても一定時間経てばまたすぐに、ポップするのですから。」

 草や木と同じ。私たちと会話をするNPC。人の形をしたそれを彼女は物体(オブジェクト)と言って切って捨てた。クリアするまでこの世界から抜け出せない。私たちはここで生活し、生きている。例え私たちと違って命は無限であっても彼らは私たちと生活を共にしている。そんなNPCを切り捨てるなんて、どう考えても正気の沙汰じゃない。

「…要は囮がいるのなら、俺たちが引き受ける。だからそれは撤回してもらえないか。」

 キリトも同じ気持ちなのだろう。何の関係もない彼らに囮役をやらせるのなら、キリトの台詞に私も、強く頷いた。

 そうなるとまた周囲は騒がしくなる。ザワザワと意見の交換が取り交わされる。一番の攻撃特化(ダメージディーラー)の二人が攻撃に回らない。それはそれで大問題だ。アスナもそれは十分に分かっている。

「…ダメです。あなたたちは壁戦士(タンク)じゃないんです。」

「平気よ。全部パリィするし…《戦闘時回復(バトルヒーリング)》だってあるもの。」

 それでも引けない。NPCを切り捨てることはこの世界を否定することに思えた。

「あなたは…!またそんな無茶なことを!」

 今回は指揮と言う立場からか、一線を引いた言葉遣いも変わらない。アスナにとって、プレイヤーの命は大切なのだろう。それは私も例外ではない。だから、プレイヤーなら本気で心配もする。でも、まだ彼女にとってここは《現実(リアル)》ではなく、脱け出すべき場所。あくまでも《仮想世界(バーチャル)》には違いない。1年以上もここに生きていてそう思えることはこのゲームをクリアするには必要なことだろう。ただ蔑ろにしてはいけないものだってある。

 

「まぁまぁ、どっちも言ってることは分かるよ。ただこれは会議だからな。押し付け合いは良くない。」

 

 互いに譲らない状況、割って入ったのはエギルだった。一層から一目置かれている彼。彼の登場に騒々しい雰囲気が一気に落ち着いた。

「アスナの犠牲を最小限にと言うのも分かるが、個人的なことを言わせてもらえば俺も人形(ひとがた)のものが怯え、殺されていくのは見たくないがな。」

 両者を思いやりつつも自分の意見はしっかりと主張する。一層から彼が信頼されているのは絶対的な倫理観だろう。さすがのアスナも押し黙る。

「納得のいかない戦術に士気が下がってはどうしようもないだろ。皆が思いきり戦える方法を探してはどうだ。」

 更に続けられたエギルの言葉に会議は安堵の空気に包まれた。ただ、アスナが、はいそうですね、と引き下がれる性格をしていないことを私たちは知っている。アスナの次の発言に注目が集まる。

「なぁ、アスナの言う通りにするかもう一度考えるか、デュエルで決めないか。」

 キリトの助け船にピクりとアスナの眉間が動いた。

「いいわ。それならみんな文句ないわね。」

 やれやれとエギルは最初に座っていた場所に戻る。それはキリトに対する信頼だろう。そして純粋なる興味もあったかもしれない。《閃光》と《黒の剣士》はどちらが強いのか。今度は周り中そちらに興味を惹かれて攻略会議どころではなくなった。

 ただ1つ私には心配なことがあった。キリトは基本的に優しい。女の子相手に本気で戦えるのか。相手は《閃光》。手加減はもちろん気の迷いがあって勝てる相手ではないだろう。

 

「そのデュエル、私がやるわ。キリトが出るまでもない。」

 

 ならば確実に。私とて100%アスナに勝てる自信はないけれどもし、キリトに迷いがあればそれよりは確率は高いだろう。

 

―出るまでもないって、ビーターより《舞神》の方がつえーんじゃねぇの?

 

―バーカ、《舞神》だって元々ビーターだよ。

 

―いや、俺はキリトの方が強いと思うね。

 

―キリトと《舞神》は《舞神》が勝ったんだろ?

 

―しかし見物だろ。《閃光》と《舞神》。

 

 好き勝手な会話が飛び交う。その空気にアスナは大きく溜め息をついた。

「もう、どっちでも良いわよ。まさか簡単に勝てると思ってないでしょうね。」

「もちろん。《閃光》サマとやれるなんて光栄だわ。」

「どの口が言うのかしら。」

 そう言いながら会場の扉を開き表に出る。それに続き私も部屋を後にするとガタガタと音をたて皆が立ち上がった。そんな面白いショー、見逃すわけにはいかないといった様子だ。一応会議の一貫なんだけどお気楽な連中。だからこそ今まで生きてこれたのかもしれないけど。

 フィールドに出てアスナと向き合う。申請されたデュエルには当然《初撃決着モード》を選択した。

「私は、どう思われようと一番効率的な方法を選ぶ。」

アスナの剣が抜かれ、右足が前に出て構えられた。

それに倣い背から愛槍を抜き、〆を描くように素振りをしてから構えた。アスナは速い、そして正確だ。私が上回れるとするならば間合いと破壊力。牽制に回るなら中段…。レベルが近い者とのデュエルは技量もそうだが意思力も重要だ。

「バカにしないでよ。」

 選択したのは上段に構えることでの挑発だ。アスナのその台詞が引き出せたと言うことは成功したと思っていいのか。打ち込む隙が出来るこの構え。賢い彼女なら当然にそう判断するだろう。デュエルは開始前の60秒間が肝だ。ここの駆け引きで雌雄が決してもおかしくはない。

 

時計の針が0になる。

 

「っ!!!」

 

 瞬間、アスナの剣閃が飛んでくる。《ペネトレイト》。そもそもが凄まじいスピードの貫通系の技。アスナが行うとそれは本当に瞬く間。

 

 でも、大丈夫。見えてる。

 

 後ろにスライドするように大きく飛び、思いっきり弧を描くように愛槍を降り下ろす。

 

キィィィィン

 

大きく鋭い金属音。しかし休む間もなく剣技が降ってくる。縫うように間合いを詰めて来ようとするが、柄を回転し弾く。

中、遠距離の攻撃では間合いからして私には勝てない。攻撃は届かず全て弾かれてしまう。アスナの表情に焦りが見えたように思えた。頃合いだ。

《ソニック・チャージ》。アスナと同じく突き系の技が得意なのは私も同じ。懐に思いっきり飛び込むが()()を当てるのが目的ではない。地にそのまま武器を突き刺し、別のスキルモーションを起こす。

 

「決まったな。」

 

キリトのそんな声が聞こえた気がした。嫌なやつ。

 

「はぁっ!」

 

武器を軸に水平蹴り技の《水月》を繰り出し、アスナの足許に叩き込んだ。

 

 何が起こったかわからない表情(かお)をしてアスナが吹っ飛ぶ。白く浮き上がるwinnerの文字が、空中で勝負の行方を示していた。

 

 武器以外での決着に周りが唖然とする。そうそうデュエルなんてしないけれどももう奥の手にはできない。体術スキル。条件さえ満たせば誰でも入手できるがそう知られていないエクストラスキルだ。

「セツナも修得してるなんて知らないわよー!」

アスナのそんな叫び声が響き渡る。()と言うのはどっかの黒の剣士も修得してることを彼女は知っているのだろう。

「ゴメンね。剣で決着つけた方がスマートだとは思ったんだけど。」

 アスナに、謝りながら手を差し出す。体術を使わなくとも勝つ算段は無くはなかった。ただ、確実性をとりたかった。

「いいわよ、もう。分かりました。異論はないわ。会議に戻りましょ。」

 私の手に仕返しと思いっきり体重を預けながら起き上がると、アスナはスタスタと会議場へ戻った。武器の攻撃力と言うサポートがない分、威力がさほど大きくないのも体術選択の理由だったのだけど。

 思わぬ決着に周りの評価は割れていた。剣技ならアスナだとか、勝ちは勝ちだとかなんとか。もう、好きにして欲しい。めんどうだから情報屋たちの拡散だけは止めておこうと思った。

 

 

 

 それから会議は無難に終了し、NPCの犠牲も出すことなく、私たちが囮をすることもなく攻略の指針は定められた。バラバラと解散するなかスキンヘッドの巨体に呼び止められる。

「なんでお前さんたちと副団長さんはそうなんだ?」

「きっと相性が良くないんだよ。」

 キリトが肩を竦め答える。一層の時から確かに二人はあまり表面的には仲は良くない。ただお互いに認め合っていることは確かで、戦闘となると背中合わせで、また隣通しで戦うコンビネーションは見事なものだ。それは、相棒(パートナー)の私ですら驚くぐらいに。

「…お互い素直じゃないだけよ。」

 それが私の素直な感想だった。

「まぁ、なんにせよ良い作戦が立って良かったな!頼りにしてるぜ。二人とも。」

 ポンポンと私たちの肩を叩いた。そしてキリトと肩を組むと、ちょいと借りるぜ、と遠くへ連行していく。

 そんな彼らを適当に眺めていたら今度は青髪の男が寄ってきた。

「相変わらず無茶をするね、君たちは。」

「お陰さまで、それが取り柄ですから。」

 今ではキリトの次に私を理解してくれてるだろう存在だと思っているディアベルだった。

「あんな奥の手をもっているとはね。でも、ケープをとればもっと簡単に勝てたんじゃないか?」

 そう、今回のデュエルで私はケープをとらなかった。

「さぁ、どうかしら。対人は駆け引きも勝負の内よ。」

 それもアスナを挑発する材料だったのだが果たして効果は分からない。

「食えないね。俺としてはその髪が舞うのも見たかったんだけど。」

 そう言ってディアベルがケープに手をかけようとすると私たちの様子を見ていたのか、アスナの《リニアー》並みの速度でキリトが飛んできて、彼の腕を掴んだ。

「…お姫様の髪を暴くのには騎士(ナイト)の許可がひつようかい?」

「ったく、油断も隙もねぇな。」

キリトの飛んできた方向を見るとエギルがひらひらと手を振りその場を後にしようとしていた。

 思わず溜め息をつかざるを得ない。

「なんでディアベルのこと目の敵にするかな。これでも結構いい人だよ。」

「これでもは余計だよ。」

 キリトは珍しく彼に対しては敵愾心を露にする。色々助けてくれたり、気遣ってくれたり悪い人じゃない。ギルドを率いれているのもその証拠だろう。

「攻略組同士仲良くしなよ。…直近アスナと揉めた私が言えることじゃないけど。」

 そう言うとディアベルは吹き出し、キリトは微妙な表情を浮かべた。

騎士(ナイト)サマも苦労するね。」

 そしてディアベルの方は実に親しげにキリトの肩をぽんぽんと叩き、去っていった。

「なんだったの?」

ぽかんと間抜けな顔で見送り隣の相棒に尋ねる。

「…お前は知らなくて良いんだよ。」

 呆れたようにそう吐き捨てると相棒もさっさとホームの48層に向かって歩き出した。

 

 近頃の私は大分みんなに守られていると、支えられていると感じるようになった。キリトを始め、ディアベルにエギル。サチは勿論《月夜の黒猫団》のみんな。そしてリズ。

 アスナを見ていると心配になる。彼女が心を許し、助け合えるような存在はいるのだろうか。可能ならば私が…。でも今はそれも叶わない。もどかしい思いを抱え私も56層の町を後にした。




空気だったアスナにようやく!
圏内事件に続きます。二人のデュエルが書きたかっただけです。
ちなみに現状ヒースクリフ>セツナ=キリト>アスナ>ディアベル=エギルです。参考までに。


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18:59層*新たに芽生える想い、過去を偲ぶ想い②

 この世界(アインクラッド)は四季においても到って真面目だ。

祝福するような柔らかい風

暖かく包み込まれるような陽気

 こんなに気持ちの良い気候は年に一回あるかないかだ。こんな日に折角の季節感を楽しまなければ損だ。そんなわけで私と相棒(キリト)は今日は迷宮区になんか籠るのは止めて、早々にこの季節を楽しむべく日陰に横になった。原っぱに寝そべっても洋服の汚れを気にしなくて良いし日焼けの心配だってしなくて良い。それなのに少し冷たい草の感触は気持ちよく、それと一緒に風にそよがれると非常に気持ちが良い。太陽を浴びて、あぁ生きてて良かったなぁ、なんて思いながらゆるやかに意識を手放した。

 

 …はずだったのだがこの様子は一体どういうことなんだろう。

 

 隣にキリトが転がってるのは当然として、その逆隣には実に愛らしい、いつ見ても可憐な容姿の彼女がそこにはいた。1層の時一目惚れした、今や攻略の鬼、最強ギルド《血盟騎士団》の副団長、《閃光》のアスナ様が横になっていた。近頃会うのは戦場が多いためキリッとした表情ばかりみていたが、あどけない寝顔が惜し気もなく晒されている。

 時計を見ると私が寝ていたのは30分そこそこだろうがその間に何があったのか。状況を整理できずにいると、相棒が大きく伸びをして目を覚ました。

「おはよ。」

キリトに声をかけると、彼もこっちを見てギョっとした。そして一言、

「ホントに寝ちまうとは…。」

そう溢した。

「何かあったの?」

 首をかしげるとキリトは視線を右にあげ言葉を選び出した。

「いや、まぁ…その、叱責を受けまして。」

 と思いきや何もオブラートに包まれなかった。

「叱責?」

「…簡単に言うと攻略をサボるなと。」

…実にアスナらしいと言わざるを得ない。

「でも、なんでそれがこうなるの?」

アスナが私たちが寝転がってるのを責めるのは分かるが、アスナが寝転がることにはつながらない。

「いや、気持ち良いからお前も寝てみたら分かるって言ったんだ。そしたらこれだもんな。」

 定期的に胸が上下し、実に気持ち良さそうに寝ている。熟睡、爆睡とはこういうことか。

「…疲れてた、のかな。」

「かもな。」

 取り敢えず、いくら《圏内》とは言え睡眠中は無防備なので抜け道を使った悪質な犯罪に巻き込まれないとも限らない。有名人の彼女だ、不躾に記録結晶を向けてくる人間も多々いる。彼女が目を覚ますまで見守ることにした。

 

「アスナには、頼れる人とかいるのかな。」

 

 昼間の屋外で、いくら気持ち良いからと言えすやすや眠る少女。相当に疲れていると想像するのは難くない。トップギルドの副団長を任され、攻略に邁進する。それがいかに大変なことか、彼女の必死さが物語っている。どちらかと言えば、いやかなり聡く、要領も良い。ゲームなんかやったことの無いような初心者ぶりだったが今やこの適応。そのレベルのプレイヤーが余裕がないとはどれほどの苦労があるのか。

「…ヒースクリフは攻略にあまり口出しをしない。ほぼアスナに任せているように思えるしな。」

「団長に頼れないならもう他には…。」

 《閃光》と言う二つ名すらある彼女を支えられる人などそうはいないだろう。あまりにも酷なことだ。いくら能力があっても彼女とてまだ10代の少女なのに。

「何か、してあげられないかな。」

 自分とはあまりにも違う。出会った時はこうも運命を違えるとは思わなかった。

「珍しいな。」

「だって、私やキリトと違ってしっかり責任のあるポジジョンにいるのに、辛すぎるよ。私みたいにキリトのような存在がいればいいけど、そうじゃないし。」

 心から信頼できる誰か。そんな人さえいればどんなに楽になるだろう。全てに置いて一線置いているように思える。

「…お前、たまにすごいこと言うよな。」

「え?なにが?」

 キリトの頬が染まって見えたのは日の光のせいだろうか。

 

 

 

 至って気候が忠実に再現されているので日が落ちると気温はやや下がる。

「くしゅん……っ!」

 現実世界なら夕焼けこやけの音楽が聞こえてきそうな時間帯、ようやくアスナは身動ぎした。

 もそもそと体を伸縮させ、ゆっくり寝ぼけ眼で体を起こす。半開きの口からは少しの涎に頬には草の跡。

「おはよ。」

「よく眠れたみたいだな。」

 二人で声をかけるとようやくその瞳は焦点を合わし、急激に立ち上がると愛剣の柄に手をかけた。

「「!!!」」

 その行動に私たちも思わず臨戦態勢をとる。

 うつむきながら顔を紅潮させ、ふるふると体を震わせる彼女。何かお気に召さないことがあっただろうか。近頃対立してばかりの私たちにはみっともない姿なんか見せられない、と言ったとこか。

「………はん…っかい…。」

小さく声が落ちる。

「え?」

 なんと言われたのか分からず臨戦態勢を解き、聞き返すと、開き直ったように顔をあげ剣を納めしっかりとした口調で声をあげた。

「ご飯一回!! なんでも好きなだけ奢る! それでちゃら! どう?」

 潔いと言うかなんと言うか。彼女のこういったサバサバしたところは見習いたいところだ。

 

 

 

 57層のレストラン。ヨーロッパの街並みを思わせるその層は食事のレベルも中々らしい。アスナに案内され席に着くも注目を集めなんだか落ち着かない。

 

―アスナ様じゃん

 

―一緒にいるの誰だよ?

 

―黒い服の男と…紺のケープの…? 顔は見えないな

 

 そんなことも慣れたものと言う堂々とした立ち振舞いのアスナ。さすがはぐれものの私たちとは違う。

「食事するんだからケープとったら?」

 そんなことまで言ってのけるから敵わない。確かに彼女の言うことも尤もなので、ケープを外すと集まっていた視線には驚きが含まれるようになった。アスナのようにいつまでたっても慣れはしないが、自分が注目を集める人間だと言うことは十分に理解するには1年半は短くない時間だった。キリトがため息をつき所在なさげにしているのがやや不憫だ。彼の名前は有名でも黒髪の男なんてどこにでもいる。

 アスナはさらりとお薦めらしき注文をすまし、テーブルの上で手を組んだ。

「その、今日はありがと。」

視線を下で泳がせ恥ずかしそうに呟く。

「ううん。いつも助けてもらってるしね。」

 それは紛れもない本音だ。彼女がいなければ前線はあと10層低くても不思議ではない。

「あまり寝てないのか?」

「まぁ…そうね。寝ても途中で起きちゃったり。あまり深くは眠れないのよ。」

 彼女のレベリングの秘密が見えた気がした。フリーな私たちと違い彼女はギルドメンバーの面倒も見ながら高水準のレベルを保ち続けている。目が覚めてしまっては強迫観念に襲われレベル上げをしているのかもしれない。

「でもなんか、初めてセツナとキリトくんとパーティ組んだとき思い出したかも。」

 くすくすと嬉しそうに笑うアスナ。何のことだかと二人で顔を見合わせる。

「この世界で生きるってこと、思い出した気がした。」

 何のことかはよく分からなかったがそんな彼女を見て、彼女があり得ないぐらい美人なことを思い知らされた。花が飛ぶと言うのはこう言うことかと思えるぐらいに可憐。

「はぐれものの私たちじゃ頼りにならないかもしれないけど、いつでも助けるよ?」

 そう言うとアスナは、覚えとく! とまた笑顔を作った。

 

「きゃぁぁああああぁ!!!」

 

 食事を始めようとしたその時、表からつんざくような悲鳴が聞こえた。

「キリト! アスナ!」

 二人に呼び掛けると二人とも頷き、三人で飛び出した。美味しいご飯はお預けだ。

 私たちが外に出るとそこにはもう既に人だかりができていた。彼らの視線の先は斜め上方向に統一されており…信じられないような光景が広がっていた。

 そこにはスピアに貫かれた大柄な男が時計塔から首を吊っている姿があった。

「早く抜け!」

キリトが男に向かって呼び掛ける。すると今気づいたかのように男は刃を握る。とにかく助けなければ。

「アスナは上! キリトは周囲!」

 そう叫びながら自分は男に向かって壁を駆け上がった。流石の反応、アスナは直ぐに時計塔を駆け登り、キリトは広場中央にその位置を移した。

 《圏内》でこんなこと、あり得るわけない…どこかにそんな思いを抱えつつ、男に触れようとした瞬間、目の前にはポリゴン片が広がっていた。

 

 

 PK(プレイヤーキル)この世界の一番の禁忌。この世界のHP0は現実世界での死を意味するからだ。それは多くはレッドプレイヤーと呼ばれる犯罪者プレイヤーによってとりおこなわれる。町の中は《圏内》…アンチクリミナルコードが有効のため如何なる手段を用いてもHPを減らすことはできない。…ただひとつの例外を除いては。それは《デュエル》だ。デュエルには三種類の方式が存在する。その中で《完全決着モード》を選択すれば例え《圏内》と言えどHPを全損させることが出来る。私たちがアスナを見守った理由はそこにある。睡眠中はこれを悪用して実に楽にPKすることが可能だからだ。だから今回もその手口であることが濃厚。デュエルならば勝敗の表示が出る。

「みんな! winner表示を探してくれ!」

 キリトが叫びながら周りを見回す。

 私も落下しながら確認をするが白抜きのその文字はどこにも確認できなかった。

 

 ややあってアスナが塔から降りてくるも

「上には誰もいなかったわ!」

と迷宮入りしそうに事態は進んでいった。

 男は散り際に何かを呟いた。…それは何だったのだろうか。壁を駆け上がった私に怯んだ表情を見せたようにも思えた。助かると安堵するなら分かるがそれは…。カランと地に落ちた槍に不自然な出来事。頼みの綱はその槍と、第一発見者…そして男の知り合いか。

「アスナ、どうみる?」

「普通に考えれば…デュエルを悪用したものだけど…」

「ただ、winner表示はどこにも出なかった。」

 静かに言うキリトの声に、1つの嫌な可能性すら浮かぶ。ただそうだとするならば、解明しない限り《圏内》すら危険と言うことになってしまう。

「新しい手口だとしたら、とんでもないわね。セツナ、キリトくん。」

 アスナの鋭い視線の思いはおそらく私と一緒だ。

「前線を離れることになるけど、あなたはいいの?」

「…仕方ないわ。早速だけど、頼らしてもらうわ。」

 

 

 

 

 さして私たちはぐれものパーティは一年半ぶりに一時再結成するとこになった。




ここから想いが動き出すはずです。

夕焼けこやけの音楽が流れるの全国共通ですかね。


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19:57層*新たに芽生える想い、過去を偲ぶ想い③

 その人の名前ヨルコ。ロングのウェービーヘアにソバカスが印象的な女性。事件の第一発見者で悲鳴の主だった。

「怖い思いをしたばかりなのにごめんね。」

 対外的な折衝はコミュ障、フリープレイヤーの私たちと違ってアスナは上手だ。ヨルコに優しく話しかける。大人しそうな外見に似合わず、事件状況の聴取をしようとした時すぐに進み出てくれた彼女。現実(リアル)でも中々人間関係の築けない自分としては少しの違和感を覚える。ただここはゲームの世界だ。人格が変わる人も多々いるし人は見かけによらないとも言うのでそれは心の中に押し込んでおくことにする。なんにせよ協力者は嬉しい。

「彼とは…知り合い?」

 あくまでもソフトに尋ねるアスナにヨルコはゆっくり頷いた。

「彼、カインズって言うんですけど…昔、一緒のギルドにいたんです。今日はここにご飯を食べに来てたんですけど広場ではぐれて…そしたら…。」

 そこまで言うと彼女は肩を震わせ怯えた表情を見せた。彼が吊るされていたあの光景を思い出したのだろう。

「誰か近くにいなかったか?」

 キリトも出来るだけ優しく尋ねただろうに、アスナの鋭い眼光が飛んだ。しかしヨルコは怯えた態度とはまるで意思が切り離されているかのように口を開く。

「あの、後ろに人影があったような…気がします。」

 申し訳なさそうに視線を左下に下げた彼女にアスナが いいのよ、と肩を支える。

「じゃぁ、その…言いにくいんだけど恨みをかうようなこととか。」

 十中八九これは計画されたものだ。キリトのその質問の行方を見る。突発的なものにしては手が込みすぎているし不可解なところも多い。

 しかしそれに対してはヨルコは横に首を振るだけだった。

 絶対的に情報は足りない。でも怖い思いをしたばかりの彼女にそれ以上尋ねることは出来ずに、彼女を宿まで送り届けて今日は解散することにした。

 

 

 手元に残ったのは黒い刃の槍。槍と言うには珍しく刀身が全体のほとんどを占めており、構造としてはまるでソードだ。しかし形状は間違いなくスピアでカテゴリーもスピア。そして刀身からは枝分かれした複数の刃先が出ていた。

「この槍の出所も調べたいとこだけど…鑑定スキル、誰も上げてないわよね。」

 もしモンスタードロップ品でなくプレイヤーメイドならばそれは大きな手がかりになるだろう。私の質問にキリトもアスナも当然と回答が返ってくる。探偵の真似事をするには戦闘タイプの私たちにはスキルが足りない。私の脳裏に浮かぶは3人のプレイヤー。

 サチは…こんな事件を聞いたら怖がってしまいそうだし、リズはこの時間帯は忙しい…。となると。

「俺の知り合いの雑貨屋にでも頼むか。」

とキリト。3人目の彼に私も自然と選択が移った。彼なら協力者として申し分ない。私も頷く。

「俺たち50層の雑貨屋に鑑定依頼しに行くけどお前はどうする?」

 キリトが巨躯の男にメッセージを送る間にアスナの眉がピクリと動いたのを見逃さなかった。

「私も行くわよ。それよりその"お前"って言うのやめてくれる?」

 あ、なんかデジャヴ。

 ピシャリと言われたものの何のことだかいまいち理解しきれてないキリトは

「じゃぁ…あなた?」

と答え、アスナの眉間にシワが刻まれる。

「副団長様?」

首をかしげクイズかのように続けるキリトだが。当然それも外れ。

「閃光様?」

そこまで来てアスナが大きく溜め息をつく。お心察します。

「…もう、普通にアスナで良いわよ。」

 大体さっきからずっとそう呼んでたじゃない、と不平をこぼした。

 アスナの非公式なファンクラブではどの呼称もよく使われ、アスナ様と言うのが一番メインではあるらしいが、そんなことを聞いたらファンクラブ本部まで殴り込みに行き解散させそうだ。ちなみにアルゴ情報なのでまず間違いない。

「ではアスナ様、50層に参りましょうか。」

 あえてそう言うとアスナは私の手を取りギリギリと握った。

 

 

 

 50層の町《アルゲード》は雑多な雰囲気でどこか東南アジアの某都市を想像させる。100万ドルの夜景があるあそこ。展望台などはないので夜景がどうなっているか確かめようがないが迷宮区の最上階辺りに穴を開けて窓を作ったらそれなりに良い観光地になりそうだ。

 ロマンチックな想像はできても実際は大分ごちゃごちゃした街ではあるところが妙に気に入っていて、キリトとそろそろ定宿を移そうかと相談をしている。もちろんそれだけではなく、今から向かう店があるようにプレイヤーショップが充実しているのも一つの理由だ。

 細い小道の角にあるその店の扉をキリトが開け、それにアスナが続く。入れ替わりに肩を落としたプレイヤーが出てきたが…彼の被害者だろうか。「客じゃないやつにいらっしゃいませは言わん!」と中から大きな地声が聞こえ、そして…

「おおおおおおい! キリト! お前がセツナ以外の女を連れてるなんて! しかも、あ…アスナじゃないか!」

と彼の興奮する声が響き渡ってきた。エギルに肩を組まれ押し潰されている光景が想像できる。アスナも頬をひきつらせ苦笑いを隠しきれていない。

「おーい! 私もいるよ!」

 アスナの肩口から店内を覗き込むと想像通りの光景。キリトは店主エギルにヘッドロックまでかけられていた。

「お前! この世界(アインクラッド)の綺麗所を独占なんてどういうことだ!!」

 それはさらにギリギリと締め上げられることになったのだが。

 

 

「ゴメンね。お店。」

 2階の居住スペースに上がり皆で腰を下ろす。明らかに営業妨害をしてしまったのでそこは一応謝罪をしておく。

「いや、なに他ならぬお前さんたちの頼みだしな。」

 ディアベルとは違った意味で男前だ。包容力のある男とはこういう人のことを言うのかもしれない。肩を竦めるしぐさが外国映画のように決まっている。

「メールで言った通りなんだが、まずこの武器を鑑定して欲しい。」

 キリトが机の上に物々しくゴトリと置く。

「珍しい武器だな…。」

 そう言いながら鑑定スキルを実行するエギルに全員の視線が集まる。スキルウィンドウを操作する手元の動きすら気になる。

「………!!プレイヤーメイドだ。」

 エギルの言葉に3人して身を乗り出し「本当か!?」と叫び声をあげる。

「作った人は、何て言うの?」

 これで事件の関係者である確率が高い人間の名前がまず分かる。アスナが促すとエギルの声が静かに響く。

「グリムロック、と読むのかな。俺は聞いたことのない名前だ。」

 周りに視線を移すとキリトもアスナも首を横に振り、誰も知らない名前だった。そう有名ではない鍛冶職人のようだ。折角の情報だが探すのはちょっと骨が折れそうだ。

「うーん…その人が生きていると良いんだけど…。あと問題は…。」

 気になっていたのはダメージだ。あの時、winner表示は確認できなかった。デュエルでなければどのようにしてHPは0になったのか。圏内では通常HPの減少はない。

 ステータスウィンドウを開き、入りっぱなしになっていた適当なドロップ品の武器を取り出す。

「セツナ?」

 そして逆手で握りスキルモーションを起こし左腕に軽く当て付けた。

 

 

―パァァァン

 

 

「セツナ!!!」

 

 3人の声が響き渡る中、衝撃で少し後ろに飛び、椅子から転げ落ちた。

「ったぁ…。」

 受けたのはスキルエフェクトが見えない障壁に弾かれた反動と、尻餅をついた衝撃。当然のようにHPの減少は…ない。

「ばっ、バカなことしないでよ!! ホントあなたってメチャクチャなんだから!!」

 アスナは助け起こしながらも涙目でそう言った。

「ごめんごめん。まずは復習と思って。」

「復習?」

 不可解な表情を作る。

 《圏内》ではHPは減らない。と言うのは通説でもどのような現象になるのかみることはそうない。今のように弾かれることから模擬戦等に利用されることもあるようだが、フリーな私たちにはあまり関係のないことだった。だから()()()()()はそれを確認したところだった。

「本命はこっち。」

 テーブルの上に置かれた奇妙な槍を手に取る。見たところ素材からしてそう上位の武器ではないことは確かだ。同じく逆手で持ち、今度はスキルモーションは発動させずに、また吹っ飛ぶのはごめんなので、腕の速度のみで左手にぶつけようとした。

「だだだダメよ!!!」

 悠々と眺めるキリトとエギルとは違いアスナの右手がパシッと音をたてて私の右腕を掴む。

「大丈夫よ。何もないことを確認するだけだから。」

「実際にそれで人が死んでるのよ!」

 カタカタと震えるアスナの右手。それを優しくほどくとそのまま右腕をもう一度高く上げ

「いざとなったら《還魂の聖晶石》があるからだいじょう…ぶ!!」

 左腕に突き付けた。

―パシッ

 すると先程より随分と控えめなエフェクトでそれもやはり見えない障壁に阻まれる。

「…この武器に特殊能力があるわけではなさそうね。」

 納得するようにそう言うと、皆が大きく息をつくのが聞こえた。

「キリトくんてばいつもこんなめちゃくちゃに付き合ってるの? 大変ね。」

「おかげさまで俺が無茶できない。」

「まぁまぁ、もう慣れたもんだろ。」

 みんな好き勝手に言ってくれる…。大切なことを検証したのに納得がいかない。それに主武器(メインアーム)ではさすがに行わない配慮すら見せたつもりだったのに。

「後は圏外での貫通ダメージが圏内でも続くかどうか…よね。今日はグリムロックが生きているかだけ確認してそれは明日検証しよう。」

 どんな手口だったかを知るためには考えられることは確認しなきゃいけない。皆のため息がまた聞こえた。

 

 

 

 《はじまりの町》の生命の碑では、グリムロックの名前に横線は引かれていなかった。つまりは生きている、と言うことだ。そしてカインズの名前も探したところそこには横線が引かれていた。

 第1層の転移門広場で明日の約束をしてからアスナと別れ、48層の定宿に戻ろうとすると、7人か8人の集団に取り囲まれた。

「キリトさん、セツナさん」

 私たちの名前を知っているということは攻略組か。人の根城まで知っているとは。

 声の主をみとめると、案の定知った顔だった。

「こんばんわ、シュミットさん。」

 キリトが不敵に返事をする。

 ギルド《聖竜連合》の壁戦士(タンク)隊のリーダーを務めている男だ。攻略会議で度々顔は合わせている。言ってしまえばそれだけの関係でこんな夜更けに訪ねてこられるような間柄ではない。

「ちょっと聞きたいことがあってな。」

 《圏内》とは言え複数人で取り囲んで、脅迫のようなものだ。キリトは飄々と誕生日と血液型じゃないよな? なんて答えているが、さすがに攻略組のこの人数、しかも壁戦士(タンク)ばかりとやりあうのは分が悪い。

「カインズが殺されたって言うのは本当か?」

 しかしそれは予想もしないことだった。彼とシュミットは知り合いだった、と言う新たな情報。それが何になるかは分からないが…。

「本当だ。」

「今回の《圏内》PKがデュエルじゃなかったというのは。」

「それも本当だ。」

 キリトの答えに顔色を変えるシュミット。被害者と知り合いならもしかして、とアイテムストレージから黒い刀身の槍を取り出す。

「これが凶器。固有名は《ギルティソーン》、作成者は…グリムロック。」

 彼の顔に槍を突きつけながらそう言うと、彼の表情が明らかに変わった。

 それはこの槍の禍々しさからではないだろう。

「あなた、グリムロックを知っているの?」

「あんたには関係のないことだ!!!」

 急に怒鳴り声を上げたシュミット。それは肯定と見なしていいものだろう。青ざめた顔色でこそこそと嗅ぎまわるな、と捨て台詞を残し部下を引き連れて早々に去っていった。

 

 カインズとシュミット…そしてグリムロック。ヨルコさんは、何かを知っているのだろうか。

《圏内》PK…何かを見落としているように思えた。




シュミットとの遭遇時青いあの人を絡ませようと思ってたのですがうまくいきませんでした。
続きます。


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20:57層*新たに芽生える想い、過去を偲ぶ想い④

 アスナとヨルコさんとの約束には時間があったので、キリトと貫通ダメージの検証をすることにした。アスナの前でやったらまたお叱りを受け、泣かれてしまわれかねない。《圏内》ではやはり武器が通らないのは昨日確認している。なら《圏外》でダメージを受けたあと《圏内》に入るとどのような現象が起きるのか。

「じゃぁ、いくわよ。」

 昨日と同じく大した攻撃力のない武器を手にとり、HPは減っても5%ぐらいであろうが、念のためキリトに《還魂の聖晶石》を預けてから左腕に突き刺した。ブシュッと音をたて、赤いエフェクトが腕から飛び散る。

「あー気持ち悪い。」

 痛みを感じなくとも貫かれている違和感はある。

「だから俺がやるって言ったのに。」

 この検証についてはどちらがやるかはともかくキリトも賛成ではあった。あらゆる可能性を試さないことには事件は解明できないと、同じ方向を向いているのだろう。

「だって貫通武器の取扱いは私の方が慣れてるもの。」

 キリトの片手剣は基本的に斬撃系の武器だ。私の場合形状にもよるが多くの槍カテゴリーの武器は貫通武器だ。そう言った意味では慣れた者が行う方が検証するにしても安全性が高いと説き伏せた。

 5秒ごとにHPがジリジリ減るのを確認したあと、《圏内》に足を踏み入れた。

「…減らないね。」

「あぁ。」

 それは例の武器、ギルティソーンで試しても結果は同じだった。やはり武器に特殊効果があるわけではなさそうだ。

「あとは犯人の特殊スキル?」

「うーん…」

 そうなってしまうとその人を捕まえる以外に方法はない。今現在一人しか持たないユニークスキルを所有していることを公開しているのは《神聖剣》ヒースクリフただ一人だ。隣の誰かさんが最近怪しげな修行をしているのは気付かないフリをしている。それは向こうもしかりなのかもしれないけれども。

「また面倒なことに首突っ込んでるね。」

 二人で思案していると、最前線でもないここに爽やかな男の声が響いた。

「ディアベル。」

 キリトが露骨に嫌な顔をするのはもうオヤクソクで、ディアベルも然して気にした様子はない。

「シュミットの様子がおかしくてね。」

 《聖竜連合》の幹部の多くはリンドをはじめ1層で彼とパーティを組んでいた。ギルド間の関係が密でも不思議ではない。

「何か言っていたの?」

 シュミットが何か関係しているのは間違いない。続きを促す。

「ずっとぶつぶつカインズの次は俺だってね。」

 キリトと顔を見合わせる。昨日の彼の反応からしてやはり黒幕はグリムロックなる人物なのだろうか。

「いや、でも不可解な事件だろう? 生命の碑を見に行ったんだがカインズは死んでなかったよ。」

 そう続けられた彼の言葉に私もキリトもなんだって!? なんですって!? と叫び声をあげる。…確かに、私たちが確認したとき生命の碑のカインズの名前には横線が引かれていた。

「君たちがこの事件を調べてると聞いて手かがりになるかと伝えに来たんだ。」

 確かに重要な情報だ。でも、

「私たちも確認したのよ。カインズ(Kains)に横線が引かれていることを。」

 もし彼が生きているとなれば今度は蘇生? 冗談じゃない。

「それはおかしいな。カインズ(Caynz)の表示は間違いなくあったよ。」

 ヨルコさんには確かにカインズ(Kains)と聞いた。シュミットはカインズ(Caynz)だと言ったのだろう。別人の線もあるが、彼はグリムロックの名前を知っていた。不可解な事件に名前の食い違い。もし、二人の言うカインズが同一人物だとすると私たちの見たあのポリゴンエフェクトと共に消滅した鎧の男はなんだと言うのだ。確かに私たちは彼が消えるのを見た。

「アンタはカインズ氏を知っているのか?」

 キリトの鋭い声がディアベルに向けられる。

「シュミットの前のギルド仲間だと言うぐらいはね。確か…《黄金林檎(Golden Apple)》。」

 これは、どういうことなんだろう。

 

 

 

「《黄金林檎》?勿論知っているヨ。」

 頼ったのは一番懇意にしている情報屋のアルゴだ。キミたちはすぐ厄介ごとに首を突っ込むから大得意サマだナとほくほく顔で言われてもなんにも嬉しくなんかない。それでも彼女の情報は1層の時から変わらず早く正確で、膨大な量だから頼らずにはいられない。

「今はもう解散していル…と言うよりリーダーが死亡したようだナ。メンバーはグリセルダ、グリムロック、シュミット、カインズ、ヨルコ…。」

 そう続けられたことにやっぱり、と言葉が漏れた。ヨルコさんは嘘をついている。感じていた違和感の正体も見え隠れする。彼女は本当に怯えていたわけじゃなかった。

「中堅のよくあるギルドだナ。シュミット以外のメンバーは今もボリュームゾーンに滞在しているヨ。」

 今回の事件の鍵が見えた気がした。

「キリト。」

 呼び掛けると相棒は頷き

「本当の標的(ターゲット)はシュミットさんだ。カインズさんの事件は警告だと思っていい。」

 ただ分からないのは本当は死んでいないとしても、彼が消えたことだ。私の目の前で、確かに。《圏内》ではダメージが減らないことは検証した通り。生きているならその方がいい。ただ、どうやって…。

「直接彼女たちに聞いた方が早い。彼が生きているのは間違いないだろう。」

 そうキリトに促されて時計を見ると約束の時間に迫っていた。

「マイド~!」

 アルゴの見送りを背に57層の転移門広場に急いだ。

 

 

 

 ヨルコさんとの約束に指定したのは昨日ご飯を食べそびれたあのレストランだった。事件があったばかりだからか町もレストランの中も閑散としている。

「ゴメンね、友達がなくなったばかりなのに。」

 アスナには調査の内容はまだ伝えていない。うつ向いて座るヨルコの様子をそのままに窺う。

「あれから、槍の鑑定と生命の碑を調べてきたの。カインズ(Kains)さんの名前には確かに横線が入っていたわ。そして、槍の作成者はグリムロック…。」

 ここまではアスナも知っている情報だ。手短に伝えるとヨルコの肩がビクりと震えた。

「なぁ、ヨルコさん。グリムロックって名前に聞き覚えはあるか?」

 知っていながら空々しくそう質問をするキリト。うまく情報を引き出すにはどうしたらいいか。

「…私とカインズが前に所属していたギルドのメンバーです。」

 ややあって口を開き、急に怯えたように肩を抱きヨルコは続けた。

「や、やっぱりグリムロックさんは怒っているんだわ。」

どういうことだろうか。手持ちの情報では分からない。

「何が、あったんだ?」

「私たちのギルドは…《黄金林檎》って言って…小さいギルドだったんですけど、ある時レアアイテムをドロップして…アイテムの処遇に揉めたんです…。」

 

―敏捷値が20も上がる指輪なんて今の最前線でもないですよね。ギルドで使うか、売却するか揉めた末…多数決の結果、ギルドは売却を選びました。

 売却の時、リーダーのグリセルダさんは一人で競売に向かったんです。…でも、帰ってこなかった。持ち逃げしたんじゃないかって意見もあったけど、結局は亡くなってました…。指輪のことを知っていたのはギルドメンバーだけでしたし、お互いにお互いを疑いあって…。

 

 そこまでヨルコは一気に話すと最後にこう加えた。

「グリムロックさんはグリセルダさんの旦那さんだった人です。」

「…結婚までするほど好きだった方をなくしてグリムロックさんも辛かったでしょうね。」

 アスナの言葉に痛切な響きがのぞく。このゲームには結婚システムが存在することは広く知られているが、実際に結婚したプレイヤーに遭遇することはかなり少ない。二人がかなり想いあっていたことは確かだろう。

「だから…カインズさんを殺したって言うの?」

 静かな声で尋ねると、それには確信したように答えられた。

「カインズは指輪の売却に反対していました。…だからグリセルダさんを襲った犯人だと思ったのかもしれません。」

 復讐者グリムロック。筋書きとしては十分だ。

「…指輪の売却を反対したの他に誰がいたんだ?」

「カインズとシュミット…そして私です。」

 その答えに真相が見えたように思えた。ヨルコとカインズはグリセルダを殺した犯人にシュミットを疑っているのだ。おまけにアルゴからの情報によるとギルド解散後の身の振り方も彼だけが華やかだ。疑いをかけられてもおかしくはない。

 

「…だからシュミットさんを炙り出すためにあんなことをしたの?」

 

 ヨルコの目が見張られ口はパクパクと言葉を成さずに動いた。動いたのはアスナだった。

「どういうこと!?」

 ガタンと音をたてて立ち上がったアスナを座らせ、ヨルコが落ち着くのを待ってからキリトが口を開いた。

「俺たちはカインズさんが死んでいないことを知っているんだ。」

「だ、だって昨日一緒に生命の碑を確認した時は!」

 そう、アスナも一緒に確認したためその疑問はもっともで。

「私たちが死亡を確認したのはカインズ(Kains)さん。あなたの友人で昨日の消えた男性はカインズ(Caynz)さんで別人…違うかしら?」

 私がそう言うとズルズルとアスナは椅子の上から滑り落ちそうになった。

「未知の手段による《圏内》PKは擬装(フェイク)ってこと?」

 私たちは責めるつもりはなく、ただ真実を明らかにしようとしていた。それはヨルコにも伝わったようで、意を決したように口を開いた。

「お見通し、ですか。そう、私たちは強かったグリセルダさんがPKされただなんて信じられなくて…。」

「でも、シュミットさんはガタイは大きいが気は小さい。PK出来るようなヤツだとも思えないし、壁戦士(タンク)がその指輪を欲しがったとも考えにくい。」

 キリトのその台詞にヨルコは分かっています、と小さく呟いた。

「でも、彼は何か知っている。」

 ヨルコのその言葉はわざわざ昨日私たちにシュミットが会いに来たことからして間違ってはいないだろう。しかし…

DDA(聖竜連合)は加入条件厳しいからお金のためって言うのは分かるけど…そもそもアイテムストレージに入ってる指輪をPKしても奪えないわよね。」

「グリセルダさんはその指輪を装備していたのか?」

「いえ…右手にはギルドリーダーの証を、左手には結婚指輪をしていましたから…。」

 ならば、指輪はどうなったのか。

「ねぇ、結婚してたって言ってたわよね。」

 アスナの言葉に皆がハッとする。

 多くのカップルが結婚システムを使わない理由はそのシステムが実に実際的であるからだ。

「アイテムストレージ共通化…。」

 デスゲームの生命線を担うアイテムに於いて夫婦間では嘘はつけなくなる。基本的にこのゲームではいくらパーティを組んでいようが誰がどんなアイテムをドロップしたかは分からない仕組みになっている。どんなレアアイテムを所有してもそれは秘匿できるのだが夫婦間ではその限りではなくなる。

「で、でもグリムロックさんがグリセルダさんをなんて…。」

 ヨルコは信じられないと言ったように泣きそうな声を出した。

 槍の作り手からしてグリムロックは今回の事件の全貌を知っているのだろう。もし彼が、本当に妻を、と言うことなら今回の関係者全員に危険が迫ると言うのは考えすぎだろうか。

「なんにせよ、シュミットさんに話を聞くのが早いかもね。」

 フレンド登録の残っていると言うヨルコさんに彼の居場所を確認してもらい、真相を確かめるべくその場所へ向かった。




アスナがどうしても空気になってしまう…
長くなってしまいましたが次で圏内事件も終わりドロドロできるはずです。


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21:19層*新たに芽生える想い、過去を偲ぶ想い⑤

 ヨルコによるとシュミットは19層の《十字の丘》と言うグリセルダの墓標がある場所にいるようだ。彼女たちの目論見は成功し、何か秘密を握っているシュミットは亡くなったグリセルダに許しを請いにいった…というところだろうか。

 

「結婚するとアイテムストレージが共通化するのはともかく…、離婚したり死別したりするとどうなるのかしら。」

 今回のキーポイントはここにあるように思えた。道中の話題も自然とそうなった。

「そうね、なんか色々選べるって話は聞いてるけど…。」

 巨大ギルド所属のアスナはこう言う情報にさすが強い。自分達の攻略以外の情報に疎い私たちとは大違いだ。

「うーん…セツナ、試しにやってみようか?」

 キリトと私の間には基本的には隠し事は存在していない。百聞は一見にしかずとも言うしそれも良いかなと、返事をしようとすると、アスナから、いけません!! とお叱りが飛んできた。

「そんなの試しにすることじゃありません! 今ヒースクリフ団長に聞きますからそんな軽率なことは慎んでください!」

 何を怒っているんだと二人で顔を見合わせる。

 その間もヨルコの表情は暗い。

「ヨルコさん?」

 声をかけると彼女はマップを凝視していた。

「…カインズとシュミット…グリムロックさんもいる。…なんで。」

 彼女の話によるとグリムロックはそもそも今回の計画に乗り気ではなかったと言う。その彼がなぜその場所にいるのか。当人たちを知らない自分にしたら嫌な想像しかできない。

「急いだ方が良いかもね。」

 キリトとアスナにも目だけで合図をし、ヨルコの手をとると敏捷力ステータスにものを言わせ、一気にその場所まで駆け抜けることにした。

 

 

 

 ヨルコに言われた場所にはシュミットの姿だけが確認できた。

「グリセルダ…すまなかった…。」

 大きな体を小さく竦ませ、木の根元の盛り上がる土…グリセルダの墓標だろうか、に向かって頭を下げる姿があった。

「俺はあんたを死なせるつもりなんてなかったんだ。ただ、命令された通りに…それであんたが死ぬなんて全然思ってもいなかった。」

 シュミットはグリセルダの死についてやはり何かを知っている。ただ主犯でもなければ指輪の行方についても知らなさそうだ。

 

「!!!!!」

 

 《索敵》スキルの警鐘が響く。それはキリトとアスナも同様のようで反射的に《隠蔽》スキルを発動させた。

 

 黒いフーデットマントに身を包んだ男に目出し帽のような袋を被った男、そして骸骨のモチーフの仮面をつけた男。カーソルはオレンジだ。つまり犯罪者プレイヤー…。シュミットの《索敵》もどうやら機能していたようで、気が付くが時既に遅し。三人の男に取り囲まれ、腰を抜かしていた。

「ひっ………!」

 シュミットの声にならない悲鳴、そして会話が辛うじて聞こえる。

「DDAの部隊長さんとはでっかい獲物だな。」

 艶やかな低音の美しい、それでいて異質感のある声。

 シュミットの様子がおかしい。そしてあれは…記憶が正しければこんなところで隠れていていい存在ではない。キリトの制するのを振りほどき、飛び出した。

 

「シュミットさん!!!」

 

 ケープを乱暴に投げ捨て、背から武器を完全に抜ききる。当然実験に使っていたどうでもいい代物ではなく、50層フィールドボスからドロップした主武器(メインアーム)ノーブル・ローラスを突き出した。

 この3人は…知らないわけがない。こうして対面するのは初めてだとしても、この世界で最低最悪のレッドプレイヤーたち。

「Wow! 今度は《舞神》サマときたか。」

 この口調すらも流布される…

「………Poh(プー)…………。」

 

殺人ギルド《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)

 

 それもリーダーのPoh(プー)をはじめと幹部が3人も。流石に武器を握る手が震える。

「なぜ、あなたたちがこんなところにいるの。」

 一つの可能性を持ってはいた。ただヨルコさんの手前考えたくはなかった。

「《舞神》ちゃん震えちゃってんじゃん。」

 袋の男、ジョニーブラックが楽しげに言う。緊張感のなさが悔しい。

「良い武器だな、コレクションに加えたい。」

 骸骨面の赤目のザザがフシューと音をたてて笑う。私の瞳もこんなに不気味に光っているとは考えたくない禍々しさ。そして、

「さすがのお前も分が悪いことは分かっているんじゃないか?」

 Pohの艶やかな声に気圧されないようにするので正直精一杯だ。

「私一人じゃ当然ね。」

 攻略組の中でも上位なことは自負している。それでもラフコフは危険な相手だ。そこらのオレンジプレイヤーとは訳が違う。特にリーダーの彼が持っている武器は魔剣クラスで、それを操れると言うことは彼がかなりのレベルであると言うことを示していた。

 そんな彼を含む三人と一人でやりあったら当然勝てない。ただ、

「よぉ、Poh。」

 友だちかのように挨拶をしながら出てくる相棒。そしてアスナもいる。この状況ではこちらに分があると考えるのが自然だろう。

「黒の、剣士…。」

 骸骨面の男がキリトを睨み付ける。私が知る限り面識はないはずだから一方的な怨恨だろうか。

「流石のあなたたちも私たちと戦ったらどうなるか分からないわよ。」

 キリトが隣に立ったところでての震えも引いた。濃緑の柄を握り直す。

「イッツ・ショウタイムと行きたかったが流石に獲物がでかすぎるな。」

 Pohはsuck…と漏らしボロボロのマントを翻した。

「黒の剣士、いつかお前は《舞神》をかっ捌いた血の海に転がしてやるから覚悟しておけよ。」

 そして巨大な魔剣を腰に納めると、二人を連れてその場を後にしていった。

 

「シュミット!」

 ラフコフが去ってシュミットに駆け寄ったヨルコの姿を認めたからか、木の影から彼も姿を現した。

「ヨルコ、どう言うことだ?」

 死んだはずの男、カインズだ。彼の姿を見て、ひっとシュミットが小さく悲鳴をあげる。死んだと信じていたのだから無理もない。

「分からない、なんでラフコフがシュミットを。」

 泣き出しそうなヨルコ。彼女もグリセルダ死亡の真実を知りたかっただけであり、シュミットの命を奪うことまでは考えていなかった。しかしラフコフの登場は偶然ではないだろう。Pohの台詞がそれを示していた。そしてその答えを握るのは、ヨルコのマップに表示されていたものの姿を表さない彼であろう。

「グリムロックさん、あなたは出てきていただけるのかしら?」

 アスナの刺さるような声に眼鏡をかけた研究員のような出で立ちの男がゆっくりと姿を現した。当然に私だけでなくキリトやアスナも《看破》していたのだろう。

「…久し振りだね、みんな。」

 男は薄い笑いを浮かべて何事もなかったかのような振る舞いを見せる。

「グリムロックさん…あなたが…本当にグリセルダさんを? そして今度は私たち…」

 ヨルコの泣き声のような言葉が風と共に響く。

「今更、あの事件を暴こうとした君たちが悪いんだ…。」

 その言葉には悔恨の念など全くなく、自分が正当である滲みしかない。そして、紛れもなくグリセルダ殺害の肯定。

「なんで! あなたたちはあんなに中の良い夫婦だったのに!!」

 ヨルコの泣き叫ぶ声も彼には全く響かない。

「…そうだ、彼女は良い妻だった。だから彼女が私の良い妻であるうちに、私は…。」

 全く理解できない。結婚した愛する妻を手にかけなきゃいけない理由なんて何一つ思い付かない。

「私の愛する妻がこれ以上強くなり、変わってしまって私の手を離れる前に。まだ若い君たちには理解できないだろう。」

 たとえ、大人になり愛する人が出来たとしてもそんなの理解したくない。だってそれは、私の思う愛情とは違う。

「そんなのは愛情じゃない。それは自尊心を満たすだけの所有欲よ。」

 アスナが切り裂くように言い放った。そう、それは愛情じゃない、私が今分かるのはそれだけだ。

 その言葉はさすがに彼にも響いたようで、その場に膝をついた。

「…みなさん、ありがとうございました。これからのことは私たちに任せてください。」

 巻き込んでしまって、騙してすみませんでした。ヨルコはそう静かに入った。

「…あの時セツナさんが壁を上ってきたときからまずいなとは思ったんです。」

 カインズさんは道半ばにして自分達の擬装《圏内》PKが見破られてしまったことを察したようだった。

「買い被りすぎよ。カインズさんが本当は死んでいないと言う情報がなければ分からなかったわ。」

「そう言えばあの時どうやって消えたんだ?」

 そう、発端となった事件のトリックを私たちは解明したわけではない。ただ情報から彼が本当は死んでいないと言うことを知っただけだ。

「あの槍が減らしていたのは装備の耐久値です。それが切れるときに転移結晶で。」

 それで私に転移の言葉を聞かれるのを危惧し、あの表情をしたのか。

「そう言えば指輪は結局どうなったのかしら。」

「指輪は私がシュミット君に報酬を支払うために売却をしたよ。」

 私は指輪も金もどうでも良かった、グリムロックはそう言って麻袋に入った大量のコルを取り出した。やはり共通化されていたストレージのアイテムは全てグリムロックに移っていたのだ。そしてこれはラフコフの懐に収まる予定だったのだろう。

 ただ指輪はグリムロックにとっての好機に過ぎず、事件の中核ではなかった、と言うことか。

 未知なる《圏内》PKの手段がなかったことに安心しつつも、やりきれない思いを残し事件は終焉を迎えた。

 

 

 

 彼ら四人の姿がみえなくなるまで見送ると、荒野は日が落ちたところだった。

「ねぇ、二人なら結婚した後に相手の違う一面が見えたらどうする?」

 アスナの呟くような問いに即答できるような経験は私は持ち合わせていなかった。人と関わることを現実では避けていたし、初恋と言えるものすらまだしたことがない。今回の事件の根底にある感情は全く持ってそれこそ未知なのである。

「…ラッキーって思うかな…。」

 キリトのセリフに意識を奪われる。

「え?」

 それはアスナも予想だにしなかった回答の様で、勢いよくキリトに振り向いた。そんな反応をされてか、キリトはばつが悪そうに頭をかき、続けた。

「ほ、ほら結婚するってことはそれまで見えてた面はもう好きなわけで…その後に新しい面もみえて、それも好きになったら……2倍じゃないですか。」

 彼らしい回答に頬が緩んだ。

「それ、いいね。」

 そんな彼だからこんな私でも安心して背中を預け一緒にいることができるのだろう。

「変な人。」

 アスナもそう言いながらも頬を染め口元には笑みがあった。

「な、自分達はどうなんだよ! 俺だけズルいぞ!」

 恥ずかしさからか顔を赤くしたキリトに追いかけられながら、その場所を3人で後にする。

 

―頑張って

 

 風と共に凛とした声でそう聞こえた気がしたのは気のせいだろうか。振り向くと、そこにはたおやかで美しいが強い意思の瞳を持った女性が見えた気がした。

 

 目を擦るとそこにはもう何もなく、見間違いだったかもしれない。ただ会ったことはなかったがそれは恐らく悲劇に見回れたグリセルダさんの意思の欠片だったのだと、そう思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




圏内事件終わりました。
まとまらなかった…私の能力ではうまく再構築できませんでした。
完全なる力不足です。
心の温度編恋愛要素増量計画。


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22:中核*舞うことを知る前

オリ主の設定的な…
本編にあまり関係ありません。

※圏内事件編の続きはこの前に挿入して更新しています




 

『わ、あの人白い!』

 

『なんかビョーキじゃない? 寄らない方がいいよ。』

 

…うるさい。

 

『あいついっつも体育見学だよな。』

 

『サボりじゃねぇーの?』

 

…うるさいってば!

 

『ままー! あのおねぇちゃん…』

 

『しっ! 見ちゃダメよ。』

 

 何も知らないくせに…

 呪われる、病気が染つる…そんな言葉どれだけ聞いただろう。あなたたちは良いよね、普通で。私だって望んでこんな姿に生まれた訳じゃない。私だって同じ人間で…ただ色が違うだけでなぜこんなことを言われなければならないの。白い馬だって、ウサギだってみんな美しいと言うのに、欧州人ならカッコいいと言うのに、なぜ人で日本人なのにこの色というだけで、そんな風に酷いこと言うの。私はあなたたちみたいに世界は見えないし、暖かい陽気の中外に出るのだって大変なことなのに…。世界はこんなにも私に冷たい。

 

バーチャルの世界なら私を傷つけない。

 

そこでは自由だった。

 

 私の姿を知らない、だから同じように接してくれる。色彩々の服を着て、様々な髪色や髪型。例え白い髪でも、赤い瞳でもそこでは普通。恐る恐る自分に似たアバターでゲームを始めたとき、初めて自分が受け入れられた気がした。

 それからはどんな世界のどんなMMOゲームでもアバターが作れる限りは白髪の赤い瞳のプレイヤーでいた。一見自己愛のようにも見えるかもしれない。もしかしたらそんな要素もあったのかもそれない。でもそれは主に保身であり、自己表現であり、存在意義の確認だった。

 

 キリトと出会ったのもその頃。私と同じく色々なMMOに出入りしており、主にソロプレイヤーを貫いていた。勿論パーティを組むことはするが、特定の組織に縛られることを好まない。そんなところが似ていた私たちは自然と顔を合わす(と言ってもゲームのキャラクターでだが)機会は増え、よくパーティを組むようになっていた。私はいつもセツナと言う名前で白髪赤目。キリトはいつもキリトの名前で黒髪に勇者然としたアバター。探すのはそう難しくなかった。

 今から思えば私も彼も必ず一線を引いて深くは人と付き合わない。それが居心地がよかったのかもしれない。

 

 

 アルビノ。先天性白皮症。遺伝子的にメラニンに疾患が起きる病気で治療法はない。勿論、それ以外のことは到って健康で全く問題がない。ただ外出にはサングラスと日焼け止めが欠かせない。視力も弱く裸眼では物が見えにくい。個人差はあるが私に出ていたのはその症状だった。

 体の色で幼い頃から好奇の目に晒され、謂れのない中傷を受ける。外出自体が大変なことでもあったため次第に家にこもるようになった。バーチャルの世界に夢中になったのもそんなわけで、中学に上がる頃には立派なネットゲーマーの出来上がりだった。

 勿論、ナーブギアが発売されると聞いた時には真っ先に飛び付いた。フルダイブ環境と言うことに心が踊った。

 

日の光を思いっきり浴びてみたい

 

遠くを見渡せるのはどんな感じなんだろう

 

 ただただ純粋な好奇心に欲求。初めの頃はろくなタイトルも無かったがそれでも幸せだった。

 こもりがちな私が少しでも元気に過ごせるよう、どんな形でも良かったのだろう、両親はそんな私に何も言わなく協力的だった。

 

 私の世界が変わったのはソードアート・オンラインのベータテスターに当選したとき。世界初のフルダイブ環境下でのRPG。つまりはRPG世界に本当に飛び込める。誰もが夢見ていたことではなかろうか。

 今までは主人公たちに感情移入して行っていたゲーム。その主人公に自分自身がなれるのだ。そんなことが実現されるなんて思っても見なかった。

 応募者数は計り知れない。その中から選ばれた1000人。日本人の中に6000人程度しかいないと言われてるアルビノ症の自分自身の存在確率よりは低いかもしれないが、その時ばかり自分の運の良さに感謝した。…始めてみたらキリトも当選していたことには驚いたけれど。

 

 ベータテスト開始のその時、初めて私は思う存分走り、光を感じた。

 

 二ヶ月の間は誰よりも長くナーブギアを被り、その世界を堪能した。昼寝をすると自動ログアウトしちゃうのがたまに瑕ではあったけれども思う存分に体を動かし、隅から隅まで駆けずり回った。テスト終了後は生きる気力を失うぐらいに魅せられた。

 

 

 

 そんな私がここに閉じ込められてしまったのは成るようになった結果なのかもしれない。

 

 私には現実(リアル)よりここ(バーチャル)の方が似合っている。容姿も馴染めば人間関係もよっぽどか上手に築けている。例えそれが私がハイレベルプレイヤーだからだとしても。そんなことはどちらでも良い。

 今自分自身が生きているのはここ、アインクラッドでそれ以外でもなんでもないのだから。

 

 

―ぴぴぴぴぴ

 

 7時のアラームに起こされ毎朝の行動が始まる。

ゲームの世界だと言うのに倦怠感が残っていたり寝不足を感じたりすることがおかしく感じる。今日みたいに変な夢を見たときなど…そう、夢まで見るのだから現実の生活とさして相違ないのも特筆するべきところだろう。

 茅場晶彦の真意は私には分からないけど、自分の存在しやすい世界を作りたかったのだとすればそれは分かる。そしてこの世界の完成度からしてもそう願ったのかもしれない。

 であるならば同じことを願った私が世界に適応するのも当然のことなのだ。GM(ゲームマスター)の意思に沿うことになるのだから。

 

「キリトはもう起きてるかな。」

 

 それでも現実(リアル)あってこそだ。いつかは帰らなければならない。そして帰るために私たちは生きている。常宿の隣の部屋に寝起きする相棒。そう素直に認めるには少しの時間を要したけど認めてしまえば楽なものだ。背中を預けられ、同じ視点で物事を考えられる人。もし、はないけど…もし、この世界一人で生きることになっていたらまた思いは違ったのだろうか。美しいものを美しいと言えず、大好きなこの世界に自由を感じられなかったのだろうか。そうであれば感謝しなくてはならない。

 

 今日の朝ごはんを考えながら身支度を整える。そろそろその相棒が部屋をノックしてくる頃だ。

 

―今日のアインクラッドの天気はどうだろう

 

 残り半数を切ってしまった世界。

 

 思う存分に楽しみ、今日もここに生きるのだ。

 

 

 

 




圏内事件、アスナと揉める前ぐらいのイメージで。

アルビノについては差別や偏見を助長するつもりではありません。そういった設定にしておいてなんですが、二次では萌え対象と言うか美化されてることが多いように思うのですが現実は苦労も多いのではないかと、セツナについては彼女のコンプレックス、心の闇部分として扱っています。


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23:48層*育まれる想い①

リズベット視点です。






 私には二人の親友がいる。

 一人は11層のマーケットでまだ路面商店を開いてたときに出会った少女。そして、もう一人はその少女が連れてきた少女。

 二人とも、周囲が驚くほどの美人なのだがそんなことを僻むほど心の狭い人間じゃない。…というよりもレベルが違いすぎてそんな気にもならない。むしろ現実で知り合ってたら絶対に同じグループにならない。女子は何故か自然と同レベルの容姿の人間とつるむことが多い。美人は美人同士。地味な子は地味な子同士。私は至って普通。でも、そんな二人とこんなに仲良くなるんだから分からないものよね。少し殻を破ってみると本当は素敵な出会いが沢山あるのかもしれない。

 

 

 

 カランカラン。ドアのベルが軽快に鳴り、来客を知らせる。振り向くと見知った顔が入ってくるところだった。

「リズー!」

 普段は背筋を伸ばして堂々と闊歩するその少女が自分にはまたたびを与えた猫みたいな反応をするのがとても気持ち良い。

「セツナ、いらっしゃい。」

 紺色のケープを外し、白銀色の髪が露になる。

 自分のアイテムによって変えられた髪色とは違って天然のその色。初めて見た時はそれは驚いた。白髪(はくはつ)の鬼のように強い少女がいる…噂にはそう聞いてはいたが自分が知り合いになるなんて思ってもいなかったし、お目にかかることなんてないと思っていた。知り合う前からそんな有名人の彼女。容姿の美しさもあるが前線でも指折りのその戦闘力が主な理由だろう。

 ひょんなことから手にいれた当時のレア金属で打ち上げたその頃の最高傑作は、ちょっと変わっていた。片手剣にしては全体的に大きく、槍にしては刀身が長い。両手剣や重槍にしては全体的に細い。ただ、暁色に輝くそれはとてもじゃないけど失敗作とは思えず、使い手が現れるまでは客寄せパンダにしようと思った。看板娘にはちょうど良い派手な武器だった。実際、要求値はかなり高く、そこらのプレイヤーには扱えないだろう代物で、ランス装備の強戦士は沢山いたけどスピア装備の前線プレイヤーなんてそうは見かけなかった。槍カテゴリーのこの武器をとりまわせるプレイヤーがすぐに現れるなんて思っても見なかった。

 自分で言うのもなんだけどこんな小娘がやっている武具屋よりも屈強な体つきをした男や偏屈そうな表情をしたおじさんの店の方がなんとなく強そうな武器を作ってそうだ。…容姿なんて当然に関係はないのだけど。だから実力の証拠としてその武器の効果は絶大だった。

 だからなんとなく声をかけた冴えない表情(かお)をしたプレイヤーにまさか持っていかれることになるなんて思いもしない。当時、マーケットは11層が中心だったといっても前線プレイヤーが降りてくることなんてそうなかったから、まさかそのプレイヤーが攻略組でも有名な《舞神》だなんて想像もしなかった。

 その縁で私もそこそこ名前が売れて安定した売上が上がるようになったし、そのお陰で素材も手に入れやすくなったし、マスタースミスにも中々の速度でなれたと思う。

 セツナはリンキングガーディアン(絆 の 守 護 者)の名前は伊達じゃないね。なんてよく言うけど本当にそう思う。そんな武器も今は前線を離れ、今度はどう活用するか相談しているところだ。彼女の新しい主武器(メインアーム)のノーブル・ローラスははっきり言って化け物クラスだ。聖槍(ホーリーランス)と呼ぶのにも値する。つい昨日研磨はしたはずなのに今日はどんな用向きか。…大抵何もせずに居座っては来店客を驚かせているのだけど。

「リズにしか頼めないの。」

 こんなふにゃふにゃした姿、彼女の相棒はいつも目にしているのだろうか。だとすれば随分な毒だ。セツナは自分自身にあまりに無頓着だ。話にしか聞かない少年がどんな人なのか私は見たことがない。

「メンテナンスは昨日したばっかりだと思ったけど?」

 どうやら今日はただ来ただけでは無さそうだ。だったら昨日言えば良いのに。

「新しい武器が必要なの。」

 さらりと言われたその言葉に頭がくらくらした。最高レベルの武器を持っていながらなんだと言うのだ。

「あんたの槍以上のスペックを出すような金属は今手元にないわよ。」

 元々私はスピード系の武器が得意だ。セツナは儚げな容姿に似合わず重い武器を好む。…ついでに態度も全然儚くないけど!リンキングガーディアンにしても随分と丈夫さ(デュラビリティ)を強化させられ、重くしたもんだ。それは10を数えたところでようやく満足し、折角のスピード系金属の恩恵が跡形もなくなった。

 そんなこともあり思わず突き放すような言葉が出てしまった。

「作って欲しいのは(スピア)じゃない。」

 ますます分けが分からない。

「あんた何言って…。」

 溜め息をつくと、セツナは自分のステータスウィンドウを可視化して私に提示してきた。

「リズにだけ言う。どうしても必要なの。」

「これ…。」

「他の誰にも頼めない。リズにだからお願いしてるの。今すぐにじゃなくて良い。当然私も金属を探す。だからお願い。」

 真剣な眼差しの彼女に逆らえる人間がいるのなら見てみたい。可能かどうかは分からなかったが頷くことしかできなかった。

 

 

 

 

 そんな彼女とは入れ替わりにもう一人の親友が姿を現した。栗色の髪を腰まで伸ばした聡明な少女、《血盟騎士団の》アスナだ。紅白のギルドの制服をまとい細い腰に細剣(レイピア)を下げる。

 二人とも特徴的なのは白だがよく比較してアスナは赤、セツナは青と呼ばれている。特に意図してのことではないのだろうけど紺をはじめとしてセツナの服装には青基調のものが多く、アスナの制服には多くの赤が差し込んでいるからだ。

「リズー聞いてよー。」

 近頃のアスナは女の子だ。本当に普通の。

 出会った頃の彼女と言うと肩肘を張って、攻略に邁進する、どうしてそんなに頑張れるんだろうってぐらい頑張って無理しきっちゃう神経の張り詰めた様子だった。そんな彼女が今やテーブルに突っ伏し、ぐだぐだしている。無駄な時間が何よりも嫌いそうだったのに。

「今度は何?」

「あ、その前にランベントライトよろしくー。」

 どっちがメインなんだかどうやらメンテナンスにも来たようだ。彼女のタイプは細線のスピード系。私の得意な系統で、そう言う意味ではセツナよりも相性はいい。だからこの武器、ランベントライトは出来上がったと言っても過言ではないと思う。細線カテゴリでこれより上位の武器はまだ目にしていない。《閃光》アスナの地位を確固足るものにした立役者とも言われて少しくすぐったい。揺らめく光、そんな意味すら彼女に相応しいとも思う。

 しょうがないなぁと受けとり、研磨をしてから話を聞くことにした。

 

 

ビィィィィン

 

 

 私にとっては心地いい音が響く。プレイヤーの生命線を握る武器のメンテナンスは大切な仕事だ。放っておいては折角の武器も耐久値が下がりいずれは消えてしまう。それを防ぐのが私たちの仕事だ。アスナはいつも楽しそうにそれを見ている。

「はい、終わり。」

「ありがと。」

 顔もキレイだけどスタイルも羨ましいぐらい良い。チンっと剣を鞘に納めるだけでも絵になるのが悔しい。

「で?」

 本題はここからだ。メンタルケアまでしてあげるのなんてセツナとアスナだけへのサービスだ。前線組には色んな付加がかかっているのは当然理解しているけれども、デスゲームに閉じ込められている環境はみんな同じで、誰も彼も面倒見てられない。

「好きになっちゃいけない人、好きになっちゃった。」

 明らかに様子が変わった彼女に、好きな人ができたのかな、ぐらいは思っていた。ただ

「好きになっちゃいけない人ってヒースクリフ団長とか!?」

 そこまでは予想できずに大きな声を上げてしまった。

「そ、そんな団長なんて畏れ多くて!! 違う! 違うよ!!」

 私のチョイスはどうやら違っていたようで、アスナに慌てて訂正された。

「じゃぁ既婚者?」

 そう言われて思い浮かぶのもうそれぐらいだった。

「ううん。友だちの大切な人。そして友だちのことを大切に思っている人。」

 アスナの表情に切なさが滲み落ちた。

 その人を好きだと思う気持ちと同じぐらい、その友だちのことも大切なんだろう。

「聞いたところその人たちは相思相愛みたいだけどお付き合いはしてないの?」

「うん…多分彼の方は彼女のこと好きなんだと思うけど、彼女の好きはどういう好きか分からない…。」

 悩ましい話だ。好きになった相手には好きな人がいて、それは自分にとっても大切な人。関係を壊したくない思いもあるだろう。自分が同じ立場だとすればきっと身をひいてしまう…。でもきっとアスナは、

「引き返せないところまで来てるんでしょ?」

 悩んでしまうのはその想いが強いからだ。消せないところまで来てしまっているのにどちらも大切にしたいと言うアンビバレントな感情。私がそう言うとコクりと頷いた。

「だったら、戦っちゃいなさいよ! そんなことで関係が崩れるような安っぽい絆でもないんじゃないの? 私の知ってるアスナは困難に立ち向かう人だよ。」

 私に出来ることは背中を押すことだと思った。何もせずに悩み、後悔するのであればやりきってからでも遅くはない。アスナらしくない! そう、付け加えると、キョトンとしてややあって笑顔を作った。

「そっか…押し潰して取り繕うとするからこんな思いになるのね。正々堂々戦えば…そう、そうだね。」

 それが正しいのかなんて分からないけれど、未練や悔恨の思いを残さないためにはそれが一番だ。それに、常に死と隣り合わせの私たち。縁起でもないが伝えられるうちに大切なことは伝えないと何があるか分からないのだ。今日は生きていても明日には分からない。それが今の私たちの現実でもあった。

「しっかし…このアスナ様が片想いねー…。」

 俄には信じがたい思いもある。ファンクラブすら存在する美貌の女剣士に陥落しない男がいるのだろうか。

「な、なによう…」

 セツナ程ではないがアスナもどこか自分の容姿の価値に無頓着な気がする。

「いんや、私が男だったら絶対断らんと思ってね。」

 こんな美人に想いを告げられて舞い上がらないヤツがいたら見てみたい。むしろどんな男でも連れて歩いて自慢したいぐらいの容姿を兼ね備えている。

「そんなに褒めても何も出ませんよ。」

 頬を真っ赤に染めるアスナ。普段はそんなことないのによっぽどその人のことが好きなんだろう。

「どんな人なのか見てみたいなー…」

 純粋に興味があった。きっと、頼りがいがあって、強くて、優しい…イケメンなんだろうなぁ…

「そのうち、顔を会わすことになると思うよ。」

 それには後から考えれば多くの意味を含蓄させていたのだろうけど、その時の私はまだ見ぬアスナの想い人を想像することをただ楽しんでいた。

 また、同時にこの世界でそんな想いを見付けた彼女を羨ましくも思っていた。

 

 

 




オリジナル部分は筆の進みが早いです。
タイトルがうまくつけられなかったので暫定で。
ちなみにノーブル・ローラスは月桂樹の学名です。
芸術と狩猟の神アポロンの冠からとりました。


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24:59層*育まれる想い②

アスナ視点になります。







初めは、なんていけ好かないやつだとまで思ったのに…なんでこんなことになっちゃったんだろう。

 

 

1層の頃、私の命を救ってくれた二人のプレイヤー。

 

一人は小さな体で大きな槍を駈る少女。

 

そしてもう一人は黒ずくめ少年。

 

 少女はまだこの世界について何も知らなかった私、この世界から逃げ出すことしか考えていなかった私に戦うことを教えてくれた。

 少年はこの世界で生きると言うこと、たとえそれが作られたものだとしても、ここにも本物があると言うことを教えてくれた。

 

 初めは驚いた。散り逝こうとしていた私がおぼろ気ながら見たのは鮮やかな銀閃。それが放たれたのが目の前のモンスターではなく後ろから突如として現れた同じプレイヤーだったこと。しかもそのプレイヤーはどうやら女の子であるということに。

 情報屋の少女と共に私と同じように《隠しログアウトスポット》と言うデマ情報に躍らされたプレイヤーを助けに来たのだと言う。私が無駄にした2週間の間も彼女は戦い続けそれが出来るほどには修練を積んでいたのだ。無骨な黒の柄の槍だったが今でもその槍技は忘れない。見えないような速度で敵を真っ直ぐに貫く。大胆で豪快、それでいて流麗。不思議な思いを抱きながらも、自分もそうなりたい、現実世界で戦っていたようにこの世界でも戦うのだ、戦えるのだと思わせてくれた。同じ年の頃の少女にできて私に出来ないわけがないのだと。

 私にとってはいつだってヒーローで憧れ。でも放っておけない妹のような面も持ち合わせている彼女。彼女がいなければこの世界から疾うに消えていたと思うし、実際そうだっただろう。それぐらいに絶対な人。

 

 黒ずくめの少年はそんな彼女の相棒。

 

 私が彼と知り合ったのは1層で《コボルド》に囲まれ、自分はやりきったのだと死を覚悟した時だった。

 彼女の突きが忘れられず自分もまず極めることを選んだ細剣突きスキルの《リニアー》。それ1つで、あの時彼女が一蹴した《コボルド》を倒せるぐらいには強くなっていたが、今思うとめちゃくちゃな行為。迷宮区の安全地帯をねぐらに、ろくな睡眠も食事もとらず戦い続けていた。ついに集中力が切れ、彼に助けられることとなったのだ。

 消えてなくなりたかった。やりきったからもういいと、そう思った私に、世界の楽しみ方を教えてくれた。

…あのクリーム、味わいは例え電子信号だとしても、"美味しい"の感情は本物だと思いたい。

 そして、59層でこの世界の気候をも楽しませてくれた。彼らにとってのアタリマエだったのかもしれないけど、私にとっては攻略が全てに戻っていた時。改めて気付かされた、今はここに生きているんだと言うことを。

 

 

 そんな恩人二人はいつでも私の目標であり、この世界の希望だった。二人がずっと一緒にいることを望んだのはいつのことだったか。

 過去に願ったことが今は苦しい。

 

 セツナにはいつだって笑っていて欲しい。無茶ばっかりする彼女の少しでも助けになりたい。その気持ちに嘘はない。…それには彼が、キリトくんが背中合わせでいることが必要だってことも十分に分かってる。

 

 

 だけど今は、私がその隣に立ちたいだなんて。

 

 

 彼女の想いは分からなくとも彼の気持ちは分かっているつもりだ。それでも…リズ言われたように押さえきれない程いつの間にか。

 

 

「はぁぁぁぁ…。」

 ため息をつかずになんてやってられない。そんな気分だった。

「おやおや、こんなところで《閃光》様が油を売ってるとは珍しいね。」

 誰にも会いたくない、そんな気分だったのにそういう時に限って誰かに会うもんだ。往来でのんきに考え事をしている私も悪いのだけど。

「ディアベルさん…どうも。」

「今日はマッピングは良いのかい?」

 どこか掴み所のないこの男。求心力には感心しっぱなしだけど、個人的に仲良くなれるかと言えばそれはまた別の話。

「私だって四六時中迷宮区にいる訳じゃないわよ。」

 誰が呼び出したか攻略の鬼…今から振り返ってみればまさにその通りなのだけど、そんなイメージがつくぐらいに邁進し続けたことは少し反省すべきかもしれない。実際ハイペースの攻略でレベリングが、間に合わず50層では大きな被害を出してしまった。…誰もが同じペースで出来る訳じゃない。あの二人が、うちの団長がどちらかと言えば異常。もちろん目の前にいるこの男も。

「それは失礼。随分と視線を集めているから気になってね。」

 自分が注目を集める人間なのはもうよく知ったところだが、私とこの男ディアベルのコンビと言う物珍しさもあるんじゃないか。

「御忠告どうも。」

 腰を下ろしていた花壇から立ち上がり、男の元を離れようとした。

 …そう言えばこの人。

 臆面もなくセツナへの好意を公言する。そしてキリトくんの敵対心をよく煽っている…。どこか通過儀礼のような、すでに挨拶と化しているよく見る光景。でも、冗談めかしていても彼の気持ちが本物と言うことは瞳で分かる。セツナ本人はどう思っているのか知らないけど。

 

「あ、ねぇ!」

 

 意識するよりも先に体が動くなんて。

 彼の肩を叩いたところで、引き返せないことに気がつく。

「…なにかな?」

 ゆっくりと笑顔を作るディアベル。見透かされている気がする。なんと言っていいか分からず、

「ちょ、ちょっとそこでお茶でもどうかしら。」

そう言うより他なくて、彼に珍しいお誘いだね、と言われてしまった。

 

 

 

 

 近くのカフェの奥まった場所。あまり聞かれたくない話をするのにはあまり混雑していないNPCレストランが最適だ。

「さて、俺に何の用だろう。」

 優雅に目の前でコーヒーらしき物体を口にするディアベル。悔しいけど絵になるくらいにはカッコいい。好みかどうかは置いてといて、ギルドの女の子が騒ぐのも分かるしファンクラブが存在するのも認める。

「セツナのことなんだけど…。」

 声をかけたは良いもののどう話していいか分からない。もとよりこの男にこんな話をするのは間違っているのではないかとすら思えてきた。

「セツナ、またなんかあったの?」

 彼のこの反応は彼女がすぐに余計なことに首を突っ込むからで、おまけに無茶苦茶なことをするからだろう。

「う、ううん。そうじゃなくて…。」

 普段攻略以外の話をしない人と私は何をやっているんだろう。

「君がそんな風に言い淀むなんて珍しいね。」

 そう言いながらも気にした様子はなく、ゆっくりと発言を待ってくれている。大人で、女の子の扱いもなれてて、なんでよりもよってセツナなんだろう。確かに容姿は良いし、プレイヤーとしては最強クラス。でも頑固で突拍子もなくて、意地っ張り。ますます不思議だ。

「なんであなたはセツナなの?」

 そう思うとツルッと言葉が出た。

 ディアベルは目を丸くするとぷっと吹き出してから、はははと声を出して大きく笑った。

「なんだ、珍しいと思ったらそういう話?」

「悪かったわね。」

「いや、君もなかなか苦労してるみたいだしね。」

 そう言われてギクリとする。そんなに人に分かりやすく出ているのだろうか。

「いいよ。俺の気持ちはアインクラッド中の人が知るところだし、お答えしようじゃないか。」

 さすがにそれは言いすぎじゃないかと思ったけどそれは飲み込んでおく。気持ちよく話してくれるにこしたことはない。

「どうも。」

とりあえずはお礼をいっておく。

「アスナくんも知る通り、まぁあんな子だけどね。男からするとそんなところも可愛いんだよね。」

 あんな子、というのは無茶苦茶なところだろうか。女子校育ちの私には男の子の心理はよく分からない。

「そんなもんなの?」

 何となく腑に落ちない。男の可愛いと女の可愛いは違うと言うのはよく言うもののあの無鉄砲がそう映るとはなかなか奥が深い。

「まぁ、彼女の場合は一番の魅力はギャップだけどね。あの容姿であの性格って言うのがいいね。」

 本当に真面目に答えてくれているのか若干怪しさを感じる。

「キリトさんもそうだろう?」

 なんて言われてああやっぱり見透かされてると思う。

「キリトくんは…」

 そう、やっぱりどこか無茶苦茶で、ボーイッシュな女の子にも見えるくらいの容姿なのに頼りになって、何も考えていなさそうなのにしっかりと自分の世界を持っている。

「そうかもね。」

 そう答えるとディアベルはニヤニヤと笑みを浮かべた。

「全アインクラッドの男が泣くぞ。アスナ様親衛隊が黙っちゃいないな。キリトさんご愁傷さま!」

「なっ!!」

 そう言われ自分の話に擦り変わったことに気付く。

「私は…!」

 慌てて訂正しようとするも、開きなおった方が楽だぜ? とさらりと言われる。

「まぁ分かるけどね。アスナくんもセツナのことは好きみたいだし、キリトさんの様子を見るとな。」

 まさに思っていることを述べられ逃げ場がなくなる。自分だって似たような状況の癖にどうしてそう達観していられるのか。年下のキリトくんをさん付けで呼ぶだなんていかにディアベルが彼のことを敬っているかが分かる。

「あなたは…辛くないの?」

 それは純粋なる疑問。

 その質問には少しの間をおいて返事が来た。

「辛い…そうは思ったことはないかな。俺にとって元々二人は憧れでね。その一人への感情が少し形を変えただけ…セツナが幸せに生きていてくれるならそれで良いんだよ。」

 思っていたよりも、随分と深く、そして強い愛情だった。それはどこか家族愛にも近く、欲とは縁がなく美しいものに思えた。

「俺だって手に入れたいと言う欲求がなかったわけじゃないけどね。そう言うのはもう通りすぎたよ。」

 どこか自嘲するように笑う彼。その境地に辿りつくまで、どれ程の時間がかかったのだろう。

「…私もそうなれるかな。」

 ただそんな風になれたらこんな辛い想い、無くなってしまうのに。そう思ったがどこまで本気なのか、

「アスナくんは戦うべきだよ。そしたら俺にもチャンスが出来るしね。」

そう爽やかに言われた。リズといいこの男といい…

「戦って…良いのかしら。」

「むしろそうしなければ後悔するよ。」

 この人は戦ったのだろうか。そう言った顔が悲しげに見えた。

 

 

 

 

 

 




いつも○層は大体関連する層にしてたのですが今回はおそらく最前線と思われるところで。
時期としては圏内事件直後です。


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25:55層*育まれる想い③

通常に戻ります。





 近頃アスナの様子がおかしい。

 

 何かとつけて会いに来るしアシュレイさんのワンメイク品をよく着ている。彼女の服はレア素材でないと作って貰えないから出来上がり品は更にレア。ちなみに私は一着も持っていない。…その代わりにサチが私に合う服を作ってくれているから良いのだけど。

 彼女が武装をしていないなんて天変地異の前触れかと初めこそキリトと怯えたぐらいにはおかしい。

 以前は会議の連絡だってメッセージでだったのに今は絶対会いに来る。毎回、生存確認よ、なんて言われるけどフレンドリストを見れば分かるじゃないかと思うのは私が薄情なんだろうか。

 

 

 リズに新しい武器をお願いしてから2ヶ月が経った。

 モンスタードロップ品のノーブル・ローラスはさすがはクォーターポイントのフィールドボスからのもので、きっと終盤まで頼れそうなぐらい申し分ない性能を誇っているけれど、今私が欲しいのは(スピア)じゃない。でもリズの言うように私が望むような武器どころか金属の情報すら中々手に入ってこないのが現状。元々そう言う情報収集は得意じゃないのもあるけど。

 そんな時、いつもどこから情報を仕入れてくるのか、情報屋に転職した方がよっぽど儲かるんじゃないかと言うぐらいに情報通の彼からメッセージが届いた。…そんなこと言おうもんなら、俺はセツナのためにしか動かないよ、なんてまた言われることは目に見えているので言わないけど。

 

【55層の西の山、ドラゴンの巣穴に新種の金属があると情報が入った。】

 

 メッセージの内容を見て一旦は喜んだものの、55層の様子を思い出してからすぐに落胆した。記憶が正しければあそこは氷雪地帯…のはずだ。いや、印象に残らない層のことは忘れてしまっていることもあるのでまず間違いないだろう。取りに行くのがちょっと億劫になる。

 でも、他の人が取りに行くのを待ってもいられないし、その人が売りに出すとも限らない。ならば取りに行くしかない…と言うことだろうか。

 確か今日キリトも、素材集めとかで下の層に行くと言っていた気がする。55層ならここから8層も下だし一人で向かってもまぁ怒られることは無さそうだ。たとえドラゴンだろうとレベルも80はゆうに超えているから安全マージンも問題はない。

 サチに防寒具だけ用意してもらおう。ディアベルには【ありがとう】とだけ返事をし、20層に寄り道してから単身乗り込むことに決めた。

 

 

 

 

「さっぶいー!!!」

 そんなこと叫んだって何も変わるわけじゃないし誰もいない。それでも叫ばずにはいられない寒さ。私の記憶は間違ってなく55層はやはり氷雪地帯だった。

 雪の積もる町を抜けるとそこは一面銀世界。きれいはきれい。雪の結晶が舞い行く。だけどこの寒さはいただけない。風邪引かないからっていいって問題じゃない。クリスマスイベントの雪はそんなに寒すぎなくてきれいだから歓迎するが、今すぐ青々とした草原に変わって欲しいぐらいには寒い。

 葉のない針葉樹が並び、見渡す限り白く尖る山脈。あぁ…でもなんか確かに強い金属がありそう。なんたって山だし。

 ザクザクと雪道を歩きながら早まったかなと後悔する。ここまで寒い記憶ではなった。誰かに依頼すれば良かったんだと今更ながら思い当たってももう遅い。

 仕方なしに折角一人なのだからと目的地まで敏捷力全開で駆け抜けることを決めた。

 

 目的地付近に差し掛かると風景の中にクリスタルが混ざるようになってきた。ここが前線だったときには目にしかなった光景だ。雪がチラチラと舞い、少し明るくなってきたことから山頂が近いことを悟る。

 さっさと討伐してこんな寒いところ早くおさらばしよう。強くそう思った。

 山頂はまるでクリスタルで出来た森。

 大小大量のクリスタルで埋め尽くされ静かな光に包み込まれる。

「きれー…。」

 思わず言葉が漏れるぐらいには見事な光景だった。金属が手に入らなくとも、このクリスタルで何かアクセサリぐらいは作れそうだ。年のために少し採取しておく。

「さて、ドラゴンはどこかな。」

 景色は静かなもので風の音さえ聞こえる。ディアベルの情報がデマだとは思わないが何かフラグが足りないのだろうか。

 きょろきょろと辺りを見回すも深い谷底が見えるばかりだ。

「困ったなぁ…。」

 残念なことにフラグなんてとてもじゃないけど思い付かない。

 そう思案に更けると後ろから影が差した。巨大な翼に尻尾の形、そして角のような形が見てとれる。

 振り返るとそこには影と同じ形をした白銀色をしたドラゴンが姿を現していた。

「私の髪と同じ色なんて運命なんじゃない?」

 皮膚はクリスタルのような質感のソレに語りかけながら、背から一振り槍を抜き取った。同じく白銀色の刃先のそれ。

「この子のようになってくれると嬉しいんだけど!」

 素振りをしてドラゴンに向かって槍を立て、八相に構えた。

 

キュゥゥゥウウン

 

 ドラゴンは声高く嘶き、その口からブレスを吐き出した。瞬間、冷気を感じるほどの絶対零度のブレスが空間を切り裂きながら向かってくる。

 視界が真っ白に染まるも、それは槍で円を描くことで武器に纏わせ、地に逸らす。そして、技後動作(ポストモーション)中に地を蹴り、《ソニック・チャージ》を繰り出すことで、足から切りつけた。基本的に巨大な敵は足下がお留守と言うのがパターンだ。

 

グギュルルル

 

 切りつけた左足からバランスを崩し、倒れ込んだところが好機! 《ダンシングスピア》で多角連続攻撃を仕掛け、一気にHPを削り取ろうとする。

すると、

 

「え…」

 

バサッ バサッバサッ

 

 倒れ込んでいるドラゴンの片方の翼が大きく動き、竜巻のような風が巻き起こった。

 

「っつ……!!」

 

 ものすごい勢いに吹き飛ばされそうになるのを、槍を地に突き刺すことでなんとか堪える。細い濃緑の柄が大樹のように頼りになった。

 

「谷底になんて落とされてたまるもんですか!!」

 

 風がやや収まりつつあるところで、再び《ソニック・チャージ》を今度は地に向かって繰り出した。紫色の破壊不能物体(イモータルオブジェクト)の表示に弾き飛ばされ、向かった先は当然ドラゴンのお腹。勢いそのままに体術スキル《弦月》を顎に叩き込んでやる。

 

グゥルルル

 

 呻き声をあげるそれに槍を大きく回転させ胸元も切りつけた。HPバーはあと少し。

 

「はっ」

 

 よろめくドラゴンに押し潰されぬよう、背に回り思いっきり突き刺した。するとドラゴンはポリゴン片に形を変え大きく四散していった。

 

 予定ではここで金属をドロップするはずなのだけどアイテムウィンドウにはそれらしきものは特に表示されなかった。

「なんでぇ…」

 倒し方がまずかったのか、やはり何かフラグが足りなかったのか。虐殺(スローター)系のクエストでもなさそうだから何度倒しても結果は同じだろう。

「金属だけにマスタースミスがいなきゃダメなのかな。」

 思い至ったのはそんなことだったが自分のマスタースミスの知り合いと言えばリズベットただ一人。彼女も戦闘をこなせないわけじゃないが、攻略組ではない彼女をここまで連れてくる気にはなれなかった。

 情報が足りない。仕方がないので一度戻りまた挑戦することにした。いずれにしてもこの寒さ、これ以上ここにはいたくなかった。

 

 

 

 

 48層、《リンダース》。牧歌的な雰囲気が漂いつつも農村ではなく町の洗練があるここにリズのショップはある。いつもお世話になっている彼女が店を構えると聞いたときはアスナと二人で援助も申し出た。

 水車の回るかわいい小屋を見たとき、リズがどうしてもと言った気持ちがわかった。その扉をキィと、開けると奥から張られた声で

「リズベット武具点へようこそ!」

と響くも私の顔を見るなりげんなりするのがいつものパターン。

「なんだ。セツナか。」

 巷では一応私有名人なんだけど関係ないこんな彼女が大好きだ。

「なんだって言わないでよー。」

 私とアスナが出入りしていることで女性プレイヤーを中心に評判は上々のはずなのに。

「客じゃない人に振り撒く愛想は生憎持ち合わせてないのよ。」

 ふんっと胸をはってそんなことを言うけど語り口は優しい。

「今日はやっと金属の情報が入ったから来たのにー」

 私の武器の件ではだけでなくスミスとして、近頃新しい金属が見つからないことを彼女も心配していた。お陰で価格は高騰。プレイヤーのお財布も直撃だ。そして従来の金属では今後の攻略に耐えられるかも心配だった。

「本当に!!」

手のひらを返すリズ。こういう現金なところも嫌いじゃない。

「それがね…。」

 

 

「ふーん。55層のドラゴンね。採取が少し大変かも。」

 ディアベルから得た情報を流すとうんうんと頷きながら聞くリズ。話の核心はどちらかと言うとこちら。

「あと問題なのは、条件なのよ。」

 ドロップ条件が分からないことには何度行っても同じだ。スミスクラスの同行がいるのかはたまた。

「条件…ねぇ。ってもしかしてあんた…。」

「うん。一回行ってきた。」

「あんたはー!!!」

「大丈夫よー。前線でもないし、私元々ソロプレイヤーだし。」

 一人で行動してはリズとアスナに後で怒られる。普段からたまーに都合が合わないと前線迷宮区でマッピングしてるなんて言ったらもっと怒られそうだから口が裂けても言えない。ボスに挑んでる訳じゃないんだからそこは許してもらいたい。…一回だけボスも前科はあるけども。

「ったく…。で、金属のドロップはなかったってことね。」

「そう。クエスト受注には問題なさそうなんだけど…あとはマスタースミス帯同条件とかかなー。」

「なら、私一緒に行こうか?」

 私が口にした条件にすぐそう反応してくれるのはありがたいけど、ドラゴンと対峙し肌で感じたイメージでは一緒に行きたい感じではない。強くはないけど全体攻撃が厄介。そして翼が巻き起こす風に吹き飛ばされては救うのは中々大変だ。

「んー…遠慮しとく。」

「そっか。」

「ま、でもそう言うことだから情報拡散しておいてー。」

「りょーかい!」

 職人クラスの彼女には私とは違うコネクションがあるはずだ。…と言うよりも基本的に私の知り合いは非常に少ないのだけれども。

「じゃぁ、また進展したらくるねー。」

 アスナじゃないけれど寒いところに長時間滞在したからゆっくり、お風呂にでも入って今日は休みたい気分だった。

 

 

 

 リズに情報を流してから1週間もせずに、その物を拝むことになるとはその時は全くもって思っていなかった。




久しぶりな戦闘シーンでしたがやっぱり難しいですね。
心の温度本編に続くって感じで。


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26:55層*育まれる想い④

ドンドンドンドン!!

 

 朝から相棒の姿が見えないのを良いことに、今日は昼までダラダラすると決めたその日のこと。お昼ご飯にはまだ早いその時間に定宿の扉が鳴り響いた。

 

「セツナ大変!! リズがいないの!!」

 

 わりかし不真面目プレイヤーの私のお尻を叩いてくれる大事な友人アスナ。ただ眠りを邪魔されるのだけはいただけない。誰だって昼まで眠りたいときはある。気だるい体を起こし、叩かれた扉を開けた。

 

「なぁにー…」

「信じらんない! こんな時間まで寝てたの!?」

 

 寝ぼけ眼な私にキンキンと怒るアスナ。サボると言う言葉を知らないだろう彼女には信じがたい光景だったのだろう。

「だって昨日は…。」

 今の最前線は結構なエグさだ。61層の通称むしむしランドに引き続き昆虫エリアなのだ。巨大なワームやら、細かく蠢く奇怪虫やら、オーソドックスな巨大カマキリやら…。敵の全てが昆虫類なのだ。正直気持ち悪い。挙げ句の果てにムカデまで出てきて悲鳴を上げればキリトにムカデは昆虫じゃないとかワケわからないことを言われるし、迷宮区にこもるのは結構なストレスなのだ。昆虫が好きとか言う女子がいるなら見てみたい。やつらの体液が、体に触れるのも嫌で、ついでに言えばノーブル・ローラスにも触れて欲しくなくて、適当なドロップ品で全体攻撃を繰り返すことが多い。戦闘効率は悪く、体力も精神力も多く消耗する。そんな前線にちょっと疲れていたところだ。

「だからって昼まで寝て良いことにはなりません!」

 なんだか教務主任の先生を思い出した。アスナのご家庭はさぞかし厳しいのだろう。

「ごめん。それよりリズがどうしたの?」

 そのまま叱られるのはゴメンなので話題を摩り戻すとはっとしてアスナの表情が一転した。

「そう! リズの位置が特定できないの!」

 半分泣きそうな様子で訴えるアスナだがなぜそんなことをしているのか逆に聞きたい。

「…《圏外》に出ただけじゃん。」

「リズは生産職なのよ!それなのに昨日から…」

 フレンドリストの表示は圏内、圏外で変化が出る。主に迷宮に入ると位置追跡が出来なくなりメッセージが届かなくなる。リズとてプレイヤーなのだからそりゃぁ圏外に出ることだってあるだろう。一晩迷宮でなんてそう珍しいことではない。ちょっと心配しすぎではないか。

「大丈夫だよ。リズだってマスターメイサーなんだから。」

 心配するアスナをよそに、もう一眠りしたいと寝床に戻ろうとすると、アスナに扉の外まで引きずり出される。

「リズの経験値はほとんど鍛冶スキルで得たものなの! 戦闘になんて慣れてないはずよ!」

 なんでそんなこと知ってるんだろうとアスナの愛情深さに畏怖を抱きつつも勢いに押されて頷く。

「…取り敢えず顔ぐらい洗わせてくれると嬉しいんだけど。」

 そう言えばこの間金属の情報を流したからかな。やっかいなことにならなきゃいいんだけど。そんなことを思いながらノロノロとウィンドウを開き装備の変更をした。

 

 

 

 一先ず48層の確認はしておく。リズのお店に行くとアスナの言うようにNPC店員がいるだけで、リズの姿はなかった。

「ホントだ。誰かと出掛けたのかな。」

 イマイチ危機感の無い私にアスナは目に見えてイライラする。

「リズはギルドにも入ってないし男性プレイヤーは避けてるもの。考えにくいよ。」

 念のため《生命の碑》見に行くよ、とズンズン歩き出すアスナ。おかしい…私の方が先にリズと出会いアスナを紹介したのに情報量が明らかに違う。

「他に女性プレイヤーとか…。」

「私たちより親交の深いプレイヤーも、レベルの高いプレイヤーもいません!」

 後者はまぁ正解だとしても前者はやや図々しくないかと思ってしまうのは自分がディスコミュを体現したような存在で友達が少ないからだろうか。私にはおそれ多くてそんな風に堂々とは言えない。そう言えばキリトもどうやら昨晩帰ってないみたいだなと思いながらも彼のことだ。心配には値しない。以前のすれ違いがあってから連絡できる限りは連絡するようにしているが迷宮にいると突発的に帰れなくなることだってある。その辺りはさすがに干渉しない。そもそもあれ以降3分の2程度の時間は共有しているからそんなことも滅多にないのだけど。

 

 《生命の碑》を確認すると当然リズベットの名前に線はなく生存していることが分かった。ついでにキリトも探し出して見ておくが当然横線は入っていない。

「ほら、生きてるよ。大丈夫だって。」

 これで一件落着と思う私が冷たいのかアスナに睨まれる。信頼は罪ですか。彼女の鍛冶スキルへの集中力は果てしない。それを戦闘に向ければなんの心配もない。

「でも、一人で道に迷ってるかもしれないし。」

 アスナが過保護なのか私が冷酷なのか。

「そんなホイホイソロで出掛けるような子じゃないでしょ。」

「それはそうね。どっかの考えなしたちとは、違ってそんな軽率なことはしないか。」

 自分で言っておいて酷い。その考えなしはどうせ私とキリトのことに違いない。ソロで出掛けるのなんて私もキリト以外には知らない。

「…だから、そんなに心配すること無いって。」

「うん…。」

 ひたすら振り回し暴言を吐いた後、アスナはギルドの用事があると去っていった。様子もおかしいおまけにだんだん私の扱いが酷い気がするのは気のせいだろうか。以前は私がソロでフィールドボスに挑んでも、ボス戦でHPがレッドになるまで戦っても真っ先に心配してくれていたのに。それは信頼と思っても良いのだろうか。

 何となく気になるのは55層のこと。誰かに駆り出されてマスタースミス条件の可能性として同行したのではかなろうか。

 寒いあの層にまた降りるのは気が進まなかったが、アスナの手前もあり念のため向かうことに決めた。

 

 

 

 55層。景色だけは変わらず美しく。最前線でもない層をこんな短期間に訪れるのはそうない。稼ぎ場(ファーミングポイント)でもなし、素材集めでもなし。ザクザクと足が雪にくい込むのに嫌気が差す。幸いなのは現実のように爪先が凍ったり、雪が染みてきたりしないことだ。足先が冷えきるのは相当に辛い。はぁと息を吐くときっちり温度差で白い息になる。サチの作ってくれた断熱コートがあってもこの寒さ。無いと思うとゾッとするぐらいには寒い。

 先日訪れたときと何も違わず、白銀の世界。クエスト受注から振り返り、足跡を追うことにした。一度辿った道筋、そう時間はかからないと思った矢先だった。遠くになんだか見覚えのある黒ずくめの姿が見えた。焦点を合わせ、対象をフォーカスすると、その姿が鮮明に見える。

「キリト!?」

 それは昨日から帰っていない相棒の姿だった。コートも羽織らずいつもと同じ服装で。正直寒そうだ。そしてどこかの考えなしにも関わらず隣には緑のカーソルのパーティメンバーが見えた。珍しいこともあるもんだ。キリトは基本的に私以外とはパーティを組まないのに。

「キリト!!!」

 少し大きな声で呼び掛けると、真っ黒い剣を上にかざし振った。エリュシデータ、結構重い筈なのに筋力値の無駄遣い。隣いるのはピンク色の服にらふりふりのエプロン…どこかで見たことのある女の子。ザクザクと音を鳴らし二人が近付いてくる。

「嘘でしょ…。」

 それはアスナが探していたリズベット本人で、私の知る限り二人は知り合いではなく、当然に一緒にクエストに行くような間柄ではないはずだが。

 心の奥では心配していたようで、リズが見付かったことにほっとしたと共に浮かぶのは疑問符と若干の苛立ち。彼女を危険な目に合わせたくなくて私は連れ出すのを止めたのにあの男…。無事に帰ってきたから良かったものの信じられない。

 近付いてくるのを睨めつけながら待っていると、リズが駆け寄ってきた。

「セツナ! どうしたの!?」

「どうしたのじゃないよ! キリトがリズを連れ出したの!?」

 遅れてたどり着いたキリトに視線を向ける。

 するとリズが私たちを見比べて驚いたような表情(かお)をした。

「え…知り合い?」

 リズにキリトを紹介したことはなかったからその反応も当然だ。

「…紹介したことなかったよね。もう知ってるかもだけど《黒の剣士》キリト。彼が私の相棒だよ。」

 リズの目が大きく見張られる。

「《黒の剣士》…キリトが…。」

 何がどうしてこうなったのかは分からないけれどリズの中ではようやく結び付き始めたようだった。《黒の剣士》の名は《神聖剣》《閃光》そして《舞神》の名と並ぶ有名な二つ名だ。混乱している彼女を横目にキリトに向き合う。

「生産職のリズをこんな危険なクエストに連れ出すなんて。」

「危険…って。」

「突風で崖から落ちたり、氷のブレスを食らったりしたら!」

 私がそう言うと今度はキリトが怒る番だった。

「なんでセツナがそんなこと知ってるんだよ! まさか一人で行ったんじゃないだろうな?」

 そう言い、右頬をつねられる。それは質問じゃなくて確信しているからだろう。その左手をパシリと払い落とした。

「安全マージンは十分よ。」

 四六時中一緒にいる訳じゃないし、自分だって好き勝手行動するくせに私がちょっと単独行動するとこうして怒られる。納得がいかない。レベルは似たり寄ったりだしデュエルでの実力も互角なのに。

「崖から落ちたらそんなの関係ないだろう! 一人で行くなって言ってるだろ。」

「だから、そんなところに生産職を連れて行くなって言ってるの!」

 そもそも私の話じゃなくてリズの話をしているのに。

「それは俺が言い出したんじゃない。」

 それは意外な言葉だった。アスナの行っていたようにリズが男性と距離を置いているのは知っていた。知り合ったばかりのキリトと出掛けるだなんて考えられない。

「リズ?」

 振り返るとバツの悪そうな表情を浮かべるリズ。

「ま、ちょっとねぇ…。取り敢えず寒いしリンダースに戻らない?」

 気になったものの全面的に賛成だったため連れ立って48層に戻ることにした。

 

 

 

 

 48層に辿り着くとリズはそそくさと工場の方へ消えていった。そして、すぐにカンカンと小気味いい音が聞こえてきた。こうなっては暫くリズに話を聞くことは無理だ。この世界の鍛冶スキルは手順通りやれば丁寧さなどはさして関係ないようなのだが、リズの信じるところは別にある。想いを込め丁寧に。いい武器はそうしてこそ生まれてくる。私もそれは信じたい考えだ。ドロップ品とは違いプレイヤーメイドには魂がこもっているように使用者として感じる。今はステータスからドロップ品を使っているけれどリズの作ったリンキングガーティアンを使っている時の方がそういった安心感があった。アスナのランベントライトにも底知れぬオーラを感じるのはそう言うことかもしれない。

「リズに情報を流したのってお前だったんだな。」

 キリトのいつもより低い声が響いた。

「ちょっとね。」

「ノーブル・ローラスがあるのになんで金属なんか。」

 もっともな疑問だ。けれど、

「それはそっくりそのまま返すよ。キリトだってエリュシデータがあるじゃない。」

 彼が私に隠して磨いているスキルがあることは気付いている。それに必要なのかもしれないこともここまできたら見当は着く。うつ向き、答えを探すキリト。

「今は、まだ言えない。」

 視線を合わせようとしない。私も黙っていることがある以上、深くは追求しなかった。

「でも、どうしてこのお店のこと知ったの?」

 疑問はもうひとつあった。私はキリトにここの話をしたことはなかった。勿論、マスタースミスのお店だからそれなりには有名だがそれなりに数のある鍛冶屋の中からここを選んだという偶然ではないだろう。

「それは…。」

 そこでリズの鎚音が止んだ。数えてはいなかったが250回は叩いただろうか。リズもさそがし疲れただろう。感覚が正しければかなりの化物クラスの代物が出来上がっているはずだ。

「いいよ、取り敢えず行ってきなよ。」

 答えを聞かず、キリトを工場へと促した。二人で武器の出来を分かち合う。二人で取りに行った金属がどんな風に形を変えたのか。それは私がまだ知らなくていいことだ。時が来れば教えてくれるはずだから。

 

 バタンと勢いよく扉の開く音がする。カランカランとカウベルが鳴る方向を見ると、朝一緒だった人物が姿を現していた。

「アスナ…。」

 そう言えば一番に探していた彼女に連絡するのを忘れていた。息を切らし、肩で呼吸するアスナ。圏内表示をみて慌てて飛んできたのだろう。

「リズ、戻ってるのね。」

 はぁはぁと息の整わない彼女に頷きかける。

「良かった…。」

 そのまま工場の扉を勢いよく開けるアスナ。リズ! と呼び掛ける声がこちらまで聞こえた。何はともあれ他のことに気をとられていたけれど彼女が見つかって本当に良かった。私は私で安堵の息を漏らした。

 すると今度は入れ替わりにリズが工場から飛び出てきて、お店よろしく、と出ていってしまった。バタバタと慌ただしい。そして様子もおかしい。何が、なんだかわからずポカンとしていると今度はキリトも、飛び出してきてそのままリズと同じように店を出ていってしまった。私と同じく呆気にとられたような顔をして工場から出てくるアスナも様子をのみ込めていないようだった。

「どうしたの? あれ…。」

 尋ねても当然に帰ってくる言葉は、

「さぁ…。」

 の一言だけだった。

 

 

「ねぇ。」

 二人で暫しの沈黙を作ったあと、ややあってアスナから固い声が響いてきた。いつもと違う様子の彼女に、首だけで振り向くと表情も固い。

「ど、どうしたの?」

 ここはリズが見つかって安心する場面なのに何があったと言うのか。体ごと向き直ると、真剣な面持ちでアスナは口を開いた。

 

「私、やっぱりキリトくんの隣にいるのは自分でいたい。」

 

―アスナの言っていることが理解できなかった

 

「リズとキリトくんが一緒にいるのを見て、セツナは何も思わなかったの?」

 アスナの真っ直ぐな視線に射抜かれ居心地が悪い。それでも視線を逸らすことなんて出来なかった。

「何もって…。」

 ただその問いの答えを私は持ち合わせていない。

「私はたとえリズだろうと嫌だった。セツナに特別な感情がないなら、遠慮なく行くことにする。」

「トクベツ…。」

 アスナの言うそれは私が相棒に抱く信頼とは別なものだろう。そしてサチやリズ、そしてアスナに抱く友愛とも違う。

「分からない…。」

 きっとそれはディアベルに告げられたようなそう言う感情であって、今まで自分の中に見つけたことの無いものだった。どういう想いがアスナの言うものなのかは分からない。

「そう…。」

 清々しいぐらいに堂々としたぶつかり方をされ受け止めたはいいものの消化を出来そうにもなかった。

 

 じゃぁ私は遠慮しない、そう言ったアスナにチクりと胸が痛む。この空気と目まぐるしく動く鼓動に耐えきれず、早く二人が戻ってきてくれることを強く祈った。

 

 

 

 




アスナさん宣戦布告です。
ちょっと強引でしたがこれぐらいしないとセツナの感情が動かなさそうだったので。
リズの位置特定云々は原作読んでて個人的に怖かったので若干ネタにさせていただきました。


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27:間層*淡い想いの行方

 

 

 

 最近面白い見世物ができた。当人たちにとったらたまったもんじゃないのかもしれないけど。

 カンカンといつものように鎚を鳴らして、そのうちの一人の依頼品を作る。きっかけはその依頼人だ。

 いつも懇意にしている依頼人セツナに、ある日頼まれたのは見たこともない形状の武器だった。こういう武器を作ると言う設定はできるものの、本当に出来上がるか疑問なぐらいだ。そしてその時は重くて破壊力のある武器を好む彼女の武器を作れそうな鋼材は持ち合わせていなかった。すると情報には疎いはずの彼女が金属の情報を持ってくるではないか。ただ、彼女にはそれを手に入れることはできなかったようだ。もしかしたらマスタースミスの同行条件なんて言うから申し出たがそれは断られた。だからその話はそこで終わりだと思った。

 

 思いを馳せながらリズベットはまた一回鎚を打ちならした。このペースだと中々の業物が出来上がりそうだ。

 

 しかし話はそこから。見たことの無い、あまり強そうでないプレイヤーが現れて、私の一番の自信作をポリゴン片に変えてくれた。なんて失礼で変なやつだと思って売り言葉に買い言葉。その男とセツナの情報の金属を取りに行くことになった。私の剣をへし折ったその剣を叩き折るようなやつを、作ってやる。それは鍛冶職のプライドにかけて。

 

 でもまさかそれが、セツナの相棒の《黒の剣士》で…アスナの想い人だなんて思っても見なかったんだ。

 やたらと強いから攻略組かなと言うことはすぐに感じたけれど、柔和な雰囲気や落ち着いた佇まいに似合わない幼い顔立ちは話に聞くような《黒の剣士》のイメージとはかけ離れていたし、こんなめちゃくちゃな人、セツナの他には見たことがなかった。

 この世界に生きている人。この世界を本物に彩っている人。

 幼い頃一緒に遊んでくれた近所のお兄ちゃんみたいな気安さと安心、そして憧れがあった。危うく自分もこのどろどろとした関係に巻き込まれるところだった。

 

 

カンッ

 

 

 最後の一振りを加えると、青く目映い光を放ち、金属が形を変えていく。250か300は叩いたように思った。濃紺の柄に青光する白銀の刃先の武器が現れた。セツナはこれで満足をしてくれるだろうか。

 

【依頼のもの、出来たよ。】

 

 セツナにそれだけのメッセージを飛ばした。

 

 

 キリトへの淡い想いをぶつけたその剣も、良い出来だった。金属の色をそのままにクリスタルのような輝きを見せる剣。ダークリパルサー。

 私がこの世界に生きているその証に思えた。

 この剣を打ち終えた後、芽生えかけてた想いを伝えようと思ったけれど、闖入者にそれは阻まれて…きっとそれで良かった。アスナのキリトに対する態度からすぐに彼がアスナの想い人であることは分かったし、と言うことはつまりキリトには別の想い人がいると言うことで…それは彼女なんだろう。

 アスナの相手だから頼りがいは…なくはないし、強いのは間違いない。変だけどなんだかんだ優しいし、あの女顔もイケメンととれなくもない。当たらずとも遠からずの人ではあったみたいだ。

 …まさか攻略組きっての有名人《黒の剣士》があんな優男だとは思わなかったけど。《神聖剣》ヒースクリフみたいに分かりやすい感じだと思っていた。オーラも何もあったもんじゃない。

 

 

 バタンと言うのが早いか、カウベルがカランカランと音をたてるのが早いか、店の扉が勢いよく開かれた。

 こんなことをする人、一人しか思い当たらない。

「セツナ、早かったね。」

 頬を紅潮させて、肩が上下している。メッセージの後すぐに飛んできたんだろう。正確な数字は知らないけど、こんなにのらりくらりとやっていてよくもハイレベルをキープ出来るなと感心する。真面目なアスナが勝てないと言うのがなんとなく腑に落ちない。

「ありがとう! リズ!」

 やることと容姿がいちいちそぐわない。こんな神秘的な人間がいるのかって姿の癖に豪快で、がさつで…って人のこと言えないけど、本当にめちゃくちゃ。

「これで良い?」

 私にはどんな風に使うか想像もつかないその武器はセツナの注文通り重たく調整されている。マスターメイサーでもあり、筋力値をそこそこあげている私でもかなりの重さのそれ。

「わぁ……。」

 手渡すと彼女の口から小さな歓声が漏れた。それだけで作り手としては満足するものがある。華奢な外見でセツナはそれを軽々と振り回した。

「うん! こんなにしっくり来る武器リンキングガーディアン以来!」

 嬉しそうにくるくると武器を旋回させるセツナ。

「良かった。」

 クリスタライトインゴットと私の相性はかなり良かったのかもしれない。想いがこもりやすい。

 

 新しいおもちゃを買ってもらった子供みたいなセツナ。初めて会ったときより随分と感情の振り幅が出たなと思う。アスナが言うにはキリトの方向は彼女に向いているってことだけど女目線でみるとそれは分からなかった。

 アスナは同性から見ても美人で、頼れて、それでいて女の子らしさも残す。特に最近は恋する女の子マジックなのだろうか、より輪をかけて可愛らしい。

 一方セツナは確かに可愛いんだけど、乱雑で、言うなれば子供で、女の子らしさなんて皆無。…たまに素で甘えるしぐさの破壊力は計り知れないけれど。

 どう考えてもアスナの圧勝! と思うけれどそうではないらしい。相手を知らなかったから戦いなよと言ってしまったけれど、確かにキリトとセツナの間には不思議な結び付きがあるように思えて、そこに割り込むのは至難の技。それでも戦うと決めたアスナの気持ちはそれほどに深かったんだろう。

 

 当のセツナはどうなんだろう。二人の様子からして付き合ってはいないみたいだけど。もしかしたら他にそう言う人がいるのかもしれない。女性が圧倒的に少ないこの世界で、私とて交際を申し込まれたことがある。有名人で、抜群の容姿を持つ彼女がそう言う経験が無いことはないだろう。

「ねぇ。」

 目の前で新しい武器に頬擦りでもしそうな勢いの彼女に声をかけた。

「ん?」

 大切そうに武器を握りしめ、首をかしげる。そんな仕草が決まるのが憎たらしい。

「セツナは好きな人いるの?」

 その問いにはすぐに答えは帰ってこなかった。

「…アスナに、言われた。キリトが好きだって。」

 セツナに伝えたことは意外にも思ったが直截さがアスナらしいとも思えた。

「そう言うことが考えられるってことはみんな余裕が出てきたんだと思う。生きるか死ぬかとか、早くクリアすとか、それだけじゃなくて…この世界に慣れてきてる。」

 ゆっくりと言葉を探すセツナに言葉を挟むことは控える。

「私は…どうなんだろう。アスナにそう言われて、私の隣からキリトがいなくなることは考えられないと思ったけど、それはアスナの感情と同じなのかな。」

 セツナの答えはまだそこにはなく。

「この容姿だからなかなか人と触れあえないこともあったからよく分からない。」

 そう言って困ったように笑った。

「そっか…。」

 それはセツナから見た初めての一面だったかもしれない。いつもセツナはどこか戦闘バカで、なにも考えてないような気ままさと自由さを持ち合わせているように思っていたけど、それじゃ攻略組も有名人も、二つ名ホルダーも務まらないってことなのかもしれない。

「まぁ、私は二人とも大好きだからね! 話を聞くことぐらいしか出来ないけど、困ったらこのリズベットおねーさんのトコに来なさい!」

 そう言うとありがと、と小さく笑顔を見せた。

 

 

 

 カランカランと扉から出ていくセツナを見送りながら、まだ、消せるうちで良かったと思う。やっぱり私には二人と戦うことなんて出来ない。そしたら苦しいだけだ。

 戦うと決めたアスナ。アスナの想いをぶつけられたセツナ。二人の支えにはなりたいと思った。

 生産職として、攻略組のサポートは当然のこと。それが武具だけでなく二人のメンタルも加わった。それだけのこと。

 

「さて、他の依頼品こなしちゃわないとね。」

 

 むりやり先にキリトとセツナの武器を作ったせいでスケジュールは遅れぎみだ。それだけだなく出掛けてた影響もある。腕捲りをし、気合いを入れて金属を炉へと放り込んだ。

 

 

 

 




心の温度編ここで完結です。
恋愛要素増量したつもりです。
セツナの新しい武器の名前が浮かばず暫く考えます。
エリュシデータは、解明者らしいですね。


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28:65層*感情の種類

 

「お願い! 着いてきてよー」

「嫌です! 私、お化けはダメなんですー!」

 

 前線が65層に到達。ちょっと物議を醸し出す。この層はどうやらホラー系エリアらしく、おどろおどろしい雰囲気が漂っていた。いつもならアクティベートされた新しい層を見に来た人々から歓声が上がるが、今回はすぐに引き返す人が多かった。古城を臨む城下町は廃墟を思わせ、陰鬱な空気が流れる。

 それでも、攻略組としては攻略はしなくては先には進めないわけで。私だって得意な訳じゃないけれど、パーティメンバーを誘いに《竜騎士の翼》、49層のディアベルのギルドに来ていた。…とてもじゃないけど一人でいく勇気はない。

 最前線が55層の頃知り合ったシリカ。中層ではアイドルプレイヤーだった彼女だけれど、オレンジギルドとの事件ををきっかけに中々パーティを組みづらくなったそうだ。そこでディアベルのギルドを紹介したところメキメキと頭角を表し、前線階層のレベルをやや超えるぐらいには成長したと言う。

 そんな彼女に攻略のお供をお願いしていたのだが中々首を縦には振ってくれない。安全マージンが足りない分は当然に私が盾になるつもりである。

「キリトさんと行ってくださいよー!」

 シリカの訴えかけは当然の物だった。私にはキリトと言う相棒がいるのは衆知の事実。どこのギルドにも所属せずにフリーを貫く私たちではあるが、ソロ攻略の頻度は高くなかった。しかし…

「キリトなぁ…」

 アスナにあんな風に言われてからなんとなく、何かとつけて一人で迷宮区に出向くようになっていた。流石のキリトも怒ることに疲れたようで最近はなにも言われない。

「何かあったんですか?」

 屈託なく尋ねられると何もないと言えばないだけに答えづらい。

「んー何て言うか…自分自身を見つめ直したいと言うか。」

 アスナに気を使っているのもなくはない。キリトがリズと一緒にいるのでさえ見るのが嫌だと言ったから私も例外ではない。アスナのキリトに対する感情は恋心だ。そう言ったことに疎い私にだって分かる。迷宮区を攻略していれば顔を合わせることもある。極力アスナの視界に二人ではいることを避けていた。…攻略会議とボス攻略は例外になってしまうけれど。

「キリトさんがアスナくんにとられてしまうよ?」

 明確に答えられずにいると、ディアベルが割って入ってきた。ギルドリーダーだからいても当然なんだけど。

「ディアベル…。」

 複雑な表情を浮かべることしかできず彼を見上げると、横でシリカが驚きの声を上げた。

「えー! アスナさんてあのアスナさんですかぁ!?」

 なんか、この話、もう放っておいて欲しい。リズにも聞かれ、そりゃぁキリトの一番近くにいる異性は私なのかもしれないけれど、なぜ部外者にしてもらえないんだろう。アスナとキリトの問題ではないのだろうか。

「それはそれであなたにとっては好都合なんじゃないの?」

 若干の苛立ちを覚え、そう言うとディアベルは困ったように頭をかいた。

「…セツナも言うようになったね。そう言われるとキツいな。」

 さすがに意地悪だったと反省しながらも、お互い様だと思っておくことにする。いつか想いを告げてくれた彼。それは今でも顕在なんだろうか。

「まぁ…だからキリトと行動しづらいんだよね。」

 ばっさり言ってしまえばそう言うことで、シリカはうんうんと大きく頷いた。

「キリトさんは優しいですもんね。誰だって好きになっちゃいますよー。でも、私はセツナさんを応援します!」

 何を応援されるのかは分からなかったけど、取り敢えずありがとうと答える。

「なんにせよ一人でホラーエリア攻略したくないの! ディアベルでも良いよ。お願い! パーティ組も?」

 見上げながらお願いをすると仰せのままにと返事が帰ってきて、数ヵ月ぶりにディアベルとのパーティを組むことになった。

 

 

 

 昼間だと言うのに暗いこの町。本当に勘弁してもらいたい。そんな中、後ろから地を這うような声が響いてきた。

「セッちゃーん。」

「うううううわっ!!!」

 冷静に考えれば私のことをそんな風に呼ぶのは一人しかいないのだけど、この雰囲気の中暗い声で呼ばれたら驚かない方が難しい。飛び上がって足を滑らせ尻餅をついてしまった。

 ケタケタと楽しそうに笑うアルゴ。驚いて睨み付けることすら出来ない。

「ニャハハハ! セッちゃんの驚き方ハ色気もクソもないナ。」

 驚かせておいてこれだ。大丈夫か、とディアベルに助け起こされ、ようやく言葉を返した。

「生憎そんなものは持たずに生まれてきたもので。」

 砂埃やシワがつくわけではないけども、パンパンとキュロットを払うのは習い性でどうにもならない。

「それなのにいつも騎士(ナイト)サマが隣にいるのは隅に置けないナ。」

 ニヤニヤと事情を知るように眺められる。恐らく最近相棒と行動を共にしてないのを耳にして、情報を抜きに来たって、ところだろう。露骨に肩から息を吐いて、彼女に、いつも通りのことを言う。

「いくら出せば止めてもらえるの?」

 トレードウィンドウを開き、コルを支払う準備をする。私の情報は売らない、売らせない。1層の頃からそれは変わらず極力こうしてストップしている。

「ううーん、連れないネェ。」

 苦笑いしながらしっかりふんだくられる。いい出費だ。そんな私たちをみてディアベルが道理で、と隣で呟く。

「どうしたの?」

「いや、セツナの情報って知名度のわりに無いと思ってたんだがこう言うことだったのかと思ってね。」

「ニャハ。セッちゃんはお得意サマだヨ。」

 ホクホク顔でそう言うアルゴ。複数の情報屋がいるが、アルゴがアインクラッド初で、一番の情報屋なのは揺らがない。彼女の持っていない情報は他の情報屋からはあまり手に入らないと言う通説になっている。

「なにもしなくても人からとやかく言われるんだもん。止められるものは止めておくの。」

 現実(リアル)から容姿のせいで心無いことを言われることが多い。この世界は情報が鍵となることもあるため尚更余計なことは流布されたくなかった。

「いやいや、流石だね。」

 両手を挙げ降参と言う彼。何のことだかはよく分からなかったが、当然でしょ、と返しておいた。

「マァマァ、この層は見ての通りホラー系エリアだからナ、モンスターの系統もアストラル系が多イ。通常攻撃の通じないヤツもいるから気を付けろヨ。」

 サービスだヨ。と彼女は足取り軽く次のターゲットを探しに消えていった。

 彼女がアストラル系モンスターのように高位の《隠蔽(ハイディング)》スキル。それだけじゃなく装備品もそれに特化しているのかもしれない。しかし…

「通常攻撃無効の敵、ね…。」

 つまりはソードスキルしか通用しないと言うことだ。スキル発動後は硬直時間が多かれ少なかれあるから、なかなかに難しくなりそうだ。大技で一発で仕留めるか、硬直時間の短いスキルを繋げていくか。いずれにせよ、一人で攻略するのはかなり難易度が高い。

「うまくスイッチをして庇い合わなきゃならないね。」

 ディアベルも同じことを思っていたようで、頷きかけた。ここ数層放っておいている彼は大丈夫だろうか。ソロ攻略には段々と限界があるのは肌で感じるところだ。

 

 

 

 

「はぁっ!!」

 赤く光りながら半透明に浮遊するモンスター。人の影を模しながら足はなく、瞳は金に光る。翼はもたず、体の一部が伸び、攻撃をしてくるため間合いが取りづらい。実体がないと言うことは伸縮自在なのかと回避は諦め、武器で防御する。

 キンッ

 こちらの通常攻撃は効かないくせにあちらの通常攻撃はしっかり当たり判定だ。ちょっと理不尽。

 結局、私が選んだのは連続攻撃の当たり判定の多いスキルで一気に殲滅することだった。攻撃に伸びていた腕が縮み始めたのを見計らい、逆サイドにステップし、体を反転、スキルを繰り出した。《ダンシングスピア》、5連続多角攻撃のこの技。オーバーキルになることも多く、発動中は無防備になる。完全にボスクラス専用スキルだと思っていたが思わぬところで役立つ。うまく出来ている、と言うことか。

 狙いは正しく、一気にアストラル体が赤くポリゴンになって消える。食らったダメージも《戦闘時回復(バトルヒーリング)》スキルできれいに回復している。胸に下げたペンダントの効果もあり、懸念したよりは簡単にクリアできそうだ。この様子ならキリトの方も問題ないだろう。

 槍を背に収めるとパチパチとディアベルが手を叩く。

「あい変わらずの鮮やかさだね。」

「ありがと。」

 一般的には盾持ち片手剣士のディアベルが前衛で、リーチの長い私が後衛サポートなのだろうが、いつも彼は好きに戦わせてくれる。

「思ったよりも敵が脆くて良かった。」

「ソードスキルしか効かない分動きが遅いな。」

 数回の戦闘で私たちが導き出したのはそんなことだった。後は雰囲気にさえ飲まれなければ、と言ったところか。

「でも悪趣味だわ。こんなところに長くいたら頭がおかしくなりそう。今日はこれぐらいにしようよ。」

 コポコポと音をたて、床では紫の液体が煮沸。触れれば恐らく毒のステータスは間違いない。白く靄がかかり視界は良くない。壁は生物の体内かのように血管のような筋が通る。気持ち悪いことこの上無い。

「了解。出口までもちょっとあるし、時間的ちょうど良いかもな。」

 至って紳士的。こんなにも思いやってくれる人、なかなかいない。

 

 

 

「ところで、この間の金属はどうしたんだい? 見たところ装備品に変化はないけど。」

 そう言えばあのクエストの情報をくれたのは彼だった。…あれからアスナとキリトとこんなことになってるわけだけど、いやただのきっかけに過ぎず遅かれ早かれこうなっていたのかもしれない。

「うーん…」

 情報をくれた彼に黙っていると言うのはいかがなものか。リズ以外には、キリトにさえ隠しているそれ。

「内緒だよ。」

 彼が信頼に値する人物なことはよく知っていたため、リズ渾身の一振りをアイテムストレージから取り出した。すると彼の息を飲む音が聞こえた。

「きれいだな。」

 そして、こんな言葉が落とされた。

 大きく輝く刃先が何人をも魅了する。

「固有名はグランドリーム。」

 それだけ言ってすぐに格納した。

「感謝してる。あなたに教えてもらわなかったらきっと出来上がっていなかったから。」

「いや、良かったよ。俺はいつでも君の《騎士(ナイト)》なんでね。」

 冗談めかして笑う彼。以前は何も思わなかったけれど、アスナやリズに私の中に無かった感情の種類を突き付けられ、少し思うところがある。

 でも、彼の私に向かう想いとアスナのキリトへ向かう思いは違うように思えた。どちらかと言えば彼の感情は私がキリトに向けるものに近いようにも思える。

「ありがとう。」

 見返りを求めない彼に私が返せるものはなんだろう。力になってもらってばかりだ。取り敢えずもうちょっと真面目に攻略しようとは思った。

 

 




アスナだけでなく今度はキリトも空気風味…
虫もお化けも嫌いですが攻略はする辺りアスナとは違った真面目さ加減を出すセツナさんの回です。
そう言えばやっとディアベルのギルドの名前を出しました。


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29:67層*それぞれの思惑①

 ここ4層ソロ攻略をする羽目になっているのは何でなのか。セツナに避けられているような気がする。65層に引き続き66層もホラー系エリアだったため一応女の子のセツナは嫌がると思っていたのに。実際に61層と63層の昆虫エリアの拒否具合は物凄く、主武器(メインアーム)が穢れると言って使わなかったぐらいだ。しかもその間使っていた武器はもう売却したらしいという徹底ぶり。そんなんだから65層と66層も攻略を嫌がるかと予想していたが、どっかのイケメンと出掛けてはマッピングしてきて立場がなく…。

 この状況はいつまで続くのだとキリトはため息をついた。代わりにアスナが訪ねてきては自分の心配をしていく。セツナがディアベルと出掛ける代わりにアスナに監視を頼んだのかとも思ったがどうやらそうでもないらしい。

 見慣れていないのもありセツナと違ってその姿は眼福。たまに見るからなのか有り得ないほどの美人だといつも思い知らされる。栗色の長い髪も艶やかな唇も、細部まで気の配られた女性らしさも魅力的で、よく騒がれているのが分かる。純粋に同じ人として美しい彼女。話していると視線を集めるのも面白い。

 恋愛経験なんて豊富じゃない。美人に構われて惹かれないヤツがいるなら見てみたい。

 …それでも、自分の中からいなくなってくれないアイツ。自由気ままに自分に想いを寄せてると分かっている人物と出掛けている。何の計算も打算も、悪びれすらないから性質(たち)が悪い。

 

「ほんっとに苦労させられるよ、アイツには。」

 

 キリトの呟きは町の喧騒に溶けて消えた。

 

 

 

 

 ここ、67層はバードハウスだ。小鳥型モンスターから飛べない最大の鳥類のようなアレ、はたまた絶滅した飛行型爬虫類のアイツまで様々な鳥類が出迎えてくれる。ドラゴンみたいな大きさがない分、空からの迎撃はちょっと大変だ。65層、66層と動きの遅い敵にソードスキルを叩き込むスタイルだったが、今度は通常攻撃に頼らざるを得ない。プレイヤー各々のスキルが重要になってくる。ソードスキルは発動すると修正がかかり目標を自動的に捉えてくれる。このフロア、攻略組でもソードスキルに頼っているプレイヤーにはちょっと辛いフロアになりそうだ。

 そんなことはどこ吹く風と鼻唄交じりに敵を屠るセツナ。ここ数層で溜まっていたストレスを一気に発散しているようだった。60層台は2回の昆虫エリアに加えて連続のホラー系エリア。女性プレイヤーじゃなくてもその手のものが苦手な人間としては辛いものがある。そんなストレスに比べれば対空戦など得物のリーチも活かしつつちょろいもんだと戦闘を繰り返す。

 65層にパーティに誘われて以来、ギルドの用事がない時はセツナに同行しているディアベル。そろそろ一ヶ月近くになるが豪快な戦闘には何度見ても興奮させられた。初めてパーティを組んだ時、二つ名の通り舞うように戦うとも思ったが、この層ではギルドメンバーではないにも関わらず誰よりも竜騎士のようだと思った。半世紀前からの有名タイトルでは定番のジョブ。槍装備が余計にそう思わせる。《軽業》スキルを修得しているのか、飛び上がる高さが尋常じゃない。空中でソードスキルを発動するなんてとてもじゃないけど自分には出来そうにないと思った。

 スタッと音を立てて着地をし、はだけたケープをかぶり直すセツナ。

「それはもう外さないのか?」

 ディアベルの記憶によれば外していた時期もあったはずだ。一層の頃は被っていたが…。30層辺りから20層近くは脱いでいたはずだが…ここ暫くはその白髪(はくはつ)を拝むことも少なくなってきた。その色の由来を聞こうとも美しいと感じるのは止められず惜しいなと思う。

「んー…戦闘の邪魔なのは確かなんだけど…。」

 一層の頃からは何度かモデルチェンジもしているのだろう。微妙に色合いも変わったり、装飾も変わったりしている。

「まぁ、君は目立つからね。」

 ホームが隣接しているキリトがそれも独占しているのかと思うと、ディアベルはやや恨めしい気持ちを覚えた。

「この方が都合が良いことも多くて。」

 ハイディング補正がかかることもあり、単独行動にに欠かせないものでもあった。その事実はセツナ本人と製作者のサチしか知らないことである。サチの作品はシンプルな中にワンポイントの可愛いデザイン。そして、実用性もしっかりで何かしらのステータス補正が嬉しい代物が多い。そんなところがセツナのお気に入りだった。

「それより、もうホラーエリア終わったからギルドの方優先してくれていいのに!」

 随分とワガママな言いぐさである。先日は着いて来てと懇願したのに、必要なくなるとこれだ。本当に、いつになったらこの感情は消えてくれるのかと、ディアベルは溜め息をついた。

 

 

 

 1層の牧場フロアはミルクやクリーム。3層の水上ステージは海鮮。茅場晶彦は細かな楽しみをこのゲームに散りばめていた。そうなるとこの67層は当然に鶏関係だ。アイテムストレージには既に卵やら肉やらがドロップされていた。惜しむべくは自分が料理スキルを修得していないことだ。セツナは積極的に戦闘以外のスキル修得はしていない。武器はリズが作ってくれるし装備品はサチが。そして足りないものはエギルのお店で見繕うことができる。美味しい食べ物を探して食べ歩きをするのも楽しいし、必要を感じたことがなかったのも一因だ。女性プレイヤーとしては珍しい、戦闘バカなのである。

「美味しそう…なんだけどな…。」

 一層でのクエスト報酬のクリームの味を思い出すと、なぜ戦闘にばかりかまけてしまったのだろうとがっかりした。

 周囲は本当にここの生活に馴染んできている。釣りや音楽などの趣味スキルを磨いている人もいると聞く。そしてリズベットとも話したが、ゲームクリアへの意識が遠退いてきている。その代わりにプレイヤー同士の結び付きは強くなる。ディアベルになぜケープを取らないのかと言われたが、ステータス補正のこともあるがセツナとしては少し困った事情もあり、時々マイナーチェンジを繰り返し、被り続けていた。アスナも以前そんなことを言っていたが交際や結婚を見知らぬプレイヤーに申し込まれる。向こうがこっちを知っているのに自分は全く知らない。そんな状態でそんなことを言われても恐ろしいだけである。ディアベルのように知っている人ならば、違った形で好意を寄せている相手ならば戸惑いもあるが喜びようもある。

 好意の形にも色んな種類があることは最近分かり始めた。知っているのと理解しているのは大きな違いで。ディアベルに置くのは信頼だ。友人とし尊敬している。サチやリズ、アスナに置くのは友愛。見返りに関わらず力になりたいと願う。

 

――じゃぁキリトは。

 

 最近よく聞かれるテーマで、まだ答えが見つけられずにいる。アスナの想いと自分の好意が同じかと言えばそれは違うように思える。ただ他の友人たちと違う感情を有しているのも事実ではあり、だからこそ今こうしてアスナに遠慮をし、距離をとっている。

 全く会わないわけではなく、最近購入したホームはすぐ隣で食も大抵共にしている。ただ公に出掛けないだけだ。情報交換はしているし、予定の擦り合わせはできているので以前のようなすれ違い状態ではない。

 今はこうしてアスナを気遣っているが、自分の背中を彼以外に預けられるとも思えず実に悩ましい問題だった。

 そう言えばそのアスナは料理スキルを上げていたなと思い当たる。折角手に入れた食材であるし、最近購入したらしい61層の彼女のホームを訪ねることにした。

 

 

 61層が前線の頃、ダンジョンのモンスターは昆虫類ばかりで随分と苦労させられた。しかし主街区は高級住宅街を思わせる建物が建ち並び洗練された空気を漂わせている。街の中央には湖があり、夜に渡された橋から水面に写る街の灯りを眺めるのは中々風情がある。ただし、高級住宅街の雰囲気は伊達ではなく、プレイヤーホームとしては最高レベルの価格帯であるのも事実だった。50層に購入した自分のホームとは大違いだ。

「ふわー…。」

 思わずポカンと口を開けて景色を眺める。

 先程アスナにメッセージを送ったら、6時には帰るからと返事が帰ってきた。現在時刻は5時半。30分程の猶予があるため少し街の中を散策することにした。

 石畳の道にNPCショップが並ぶ。時折プレイヤーショップの売出し地も混ざっている。ホームは最高価格帯と聞いているが、ショップの方はどうもそうではないらしい。

 ガラス張りのショーウィンドから内部が窺えるが、パン屋、洋服屋、八百屋と至って普通なものに混じって武具店や防具店、アイテムショップが存在するのはやはりアインクラッドならではだろう。ほぼプレイヤーメイドとドロップ品で装備を構成しているものの見るのは楽しい。思えば一層の頃から店売りの武器はほぼ手にしていない。それがビーターと揶揄されるべきことだったのかもしれない。ショップにお世話になるのは専らポーションなどの消耗品だ。ダンジョンに籠るときのお弁当も忘れちゃいけない。無駄にお金が余っている分エンゲル係数はかなり高め。現実なら関取クラスになるほど食べている。もちろん、どっかの相棒も食べることが大好きでその影響は計り知れないのだけれど。

「あーお腹空いてきた!」

 時計を見るとまだ6時には早かったが、待ちきれずにアスナの家へと向かった。

 

 

 丁度アスナが扉を開けるところに出会し、早いわよと多少と不平をもらいつつ中に入る。白を基調としたシンプルな内装が洗練した雰囲気を醸し出す。

「そう言えばこうしてプライベートに話すのはあれ以来かもね。」

 至って穏やかな、普通な調子で話すアスナ。言われてみれば何の気なしにこうして来てしまったが、リズのお店で宣言を受けてからは攻略以外の会話はしていなかった。

「そう言えば。」

 まずかったかなと思いつつ、勝手にソファーに腰を下ろした。家具も凝っていていくらぐらいかかったのか何て考える。簡素な自分のホームとは大違いだ。

「私の方から言い出したからなんか声かけ難くって助かったわ。」

 食材の話はしていたため、エプロンをしながらアスナは振り返った。

「…なんかごめん。ただ美味しいご飯が食べたかっただけなんだけど。」

 本当に他意はなく、アスナを頼ってしまったことをすすこし恥ずかしく思った。

「セツナらしいけど。じゃっ、取り敢えずご飯作っちゃうね!」

 サラリとそう言ってくれたアスナにドロップ品の食材を渡す。頷きながら何作ろうかなぁと鼻唄混じりに、稀にレア食材に喜びながら作業は進められていった。

 ポンポンと形を変える食材。初めて見るその光景は魔法のように見えた。アスナが包丁で食材をタッチすると丁度よく切り分けられる。卵も殻を割ることなくきれいに中味が露に。

「やっぱり鶏肉はこれかなー。」

 自前の食材も取りだし、作業は佳境に入る。

「何作っても簡単なのが玉に瑕だけどまぁしょうがない。」

 現実(リアル)でも料理などしない自分からすれば簡単に越したことはないが、料理好きからするとそうでもないらしい。

「さて、あったかいうちにどうぞ!」

 あっという間に出てきた料理は、この世界にこんな食べ物があったのかと言う代物。

「これは…!」

 とろとろの半熟の卵の海に時折のぞく鶏肉。そしてあしらわれた三つ葉に似た何か。

「ふふーん。私のこの一年半の研鑽の成果が入ってるわよ。」

 ドヤッっと言われても納得せざるを得ない。

「親子丼だ!!」

 いただきます、と湯気をたてるそれを持ち上げいっきに掻き込む。擬き食ばかり食べていた身には懐かしい味がした。

「はひはひひへへほひひい!!」

 あまりの感動にモゴモゴと食べながら伝えようとしてしまいアスナは苦笑いする。

「何言ってるか分かんないよー。」

 ガツガツと食べ進める私にアスナが口を開く。

「ねぇ。」

「ふ?」

「なんでキリトくんと行動してないの?」

 核心を突くその言葉にそう来るかと目を見張ってしまった。

「…この間は、私がフェアじゃなかった。だからこれでチャラ。こんなことで二人がパーティ組まずに死なれるのが一番嫌。変な気、使わなくていいから。」

 美味しいと思っていた食べ物の味が急に分からなくなる。ポカンと彼女を見つめると、アスナの方が所在なさげにご飯を掻き込み始めたのだった。

 

 

 

 

 




67層ボスまで書こうと思ってたのですが…どうしてこうなった。
セツナの呪文のような台詞は「出汁がきいてて美味しい。」です。


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30:67層*それぞれの思惑②

 

 

 

 67層の攻略会議が開かれたのはその翌日のことだった。

 偵察隊によると、67層のボスはやはり鳥獣型らしい。《ザ・マーシレス・ストーム》、容赦のない嵐の名の通り突風の攻撃が物凄く、壁のようにボスを守るため近付くのですら容易ではないとのことだ。

 そんな報告からか、いつもは会議にはあまり姿を見せないヒースクリフが攻略会議には列席しており、緊迫した雰囲気が流れていた。

 

「では、攻略会議を始めたいと思います。」

 

 今回の作戦指揮はアスナ。いつもはもっと堂々とした雰囲気を醸し出しているが、ヒースクリフがいるからか、やや緊張した面持ちで会議をスタートさせた。

 メインの協議テーマはいかにボスに近づくか。嵐をどのように防ぐかと言ったところだった。当然に技後動作(ポストモーション)は存在するのでその硬直中に仕掛けると言うのが主だった意見になるが、その間に近寄れないところまで吹き飛ばされてはしょうがない。いかに吹き飛ばされないような対策をとるか、突進力のあるプレイヤーが突っ込むか。果たして壁戦士(タンク)とてその突風に耐えられるのか。

 

「嵐の中に飛び込んじゃえば良いのに。」

 

 様々な押し問答が繰り広げられるなか、セツナが放り込んだ爆弾。アスナとキリトはまたかと頭を抱えた。稀に明後日の方向からアイディアをぶちこんできては会議を停滞させる。それが役に立つこともあれば、彼女の行動メンバーがハイレベルなためか、要求レベルが高く、彼女の構想レベルに至らない攻略組プレイヤーもおり採用できないことも多々ある。あくまでマイペース。…と言うのが攻略組のセツナに対する共通の見解だった。

 そんな彼女を ほう、とヒースクリフが面白そうに眺めた。

 

「セツナ君、話してみたまえ。」

 

 柔和な雰囲気なのにものすごい貫禄と威圧感。存在そのものにやや気圧されながらも、いつもキリトとアスナに呆れられるのが納得のいかないセツナは、それに負けじと毅然と口を開いた。

 

「ほら、台風の目みたいな感じで風攻撃の最中ってボスの回りは無風だと思うんですよ。それに攻撃中は他の動作(モーション)は起こさないでしょ。そこを狙えば。」

 

 ヒースクリフが頷くのとは真逆に会議の雰囲気は落ち込んだものとなった。あぁ、またセツナを黙らせる時間が必要なのかと。アスナが溜め息混じりに言葉を紡ぐ。

「あのね、だから今その方法を考えてたの。分かる?」

「話には続きがあるの。」

 正面突破は当然難しい。だからその方法を話し合うことの方がナンセンスだ。

「風の壁はなにも天井まである訳じゃない。越えれば良いのよ。」

「越えるって…。」

「勿論、一人で越えるのは無理だけど…私やアスナのような軽装プレイヤーを壁戦士(タンク)が跳ばせば越えられるわ。」

 そもそも、この層の敵は対空戦が主流だ。ならば、こちらも空へ赴けばよい。

「…ダメだ! 危険すぎる!!」

 セツナの案に異を唱えたのはキリトだった。軽装プレイヤーは盾を持たない者が多い。それはつまり、風の壁が消えた後の攻撃を防ぐ手段を持たないと言うことにもなる。それに、空中では思うように体を動かすことは難しい。その間にモブに襲われては一堪りもない。

「いえ…それしか方法はなさそうね。」

 しかしアスナはそれを受け入れた。

「アスナ!?」

攻撃特化型(ダメージディーラー)で身のこなしに覚えのある者は名乗り出て。それを軸に考えましょう。」

 キリトとアスナの意見が対立したのは56層以来だった。戸惑いながらもメンバーはアスナの指示に従う。危険なのは分かる。ただ、それより良い案を持ち合わせているものは他にいなかった。やるしかないのだ。

 キリトも早い段階で折れ、

「…俺も前衛(アタッカー)に入るからな。」

と、言った。

 

 

 

  攻略会議の後、久しぶりにならんで帰路を共にしているキリトとセツナの姿があった。

「お前って…ホントめちゃくちゃ。」

 小さく呟かれたその台詞には諦めと安堵が含まれていた。いつも通り突拍子もないことを言い出す彼女への諦め。そして避けられていたように思えたがこうして肩を並べられることへの安堵。

「だって、押し問答しててもしょうがないと思ったんだもん。」

 それはきっと誰しもが頭にあっただろう案。しかし口にするには危険で、嵐を飛び越える自信など誰もなかったのだろう。だから上がらなかったその意見を取り出したのは誰にとっても驚くことだった。それによって決めあぐねていたアスナも背中を推され、結果そのもっともハイリスクでハイリターンな攻略法が採用されることになったのだ。

「俺には言えなかったな。」

 当然キリトの中にもそれはあった。ただどれだけの人間が空中戦をこなせるか分からなかった。セツナとアスナは問題ないだろう。ただそれでは倒せない。そしてすぐに棄てた案だったから人に跳ばせてもらうことまでは考えなかった。

「良いのよ。めちゃくちゃなことを言うのはいつだって私、でしょ。」

 室内から出て被り忘れているのか、いつもはケープに隠されている髪が日に透ける。金糸のように輝きふわりと揺れるそれに目を奪われずにはいられない。

「……そう、だな。」

 肯定の言葉を返しつつもキリトは自分が何を言っているのか上の空だった。意識はセツナの髪に奪われる。

「危険なのは私だって百も承知。だけど、越えなくてはならない壁だから、文字通り飛び越えてやるのよ。」

 自分のスキルに自信がなくてはとてもじゃないけど言い出せない。いざとなれば一人でも前衛(アタッカー)役をやるつもりだったのだろう。

「一人で行くなよ。」

 放っておけば一人でどんどんと危険な橋を渡りかねない。最強のお姫様を守るにはそれより強くならなければならない。

「ちゃんと着いてきてね。」

 さほど長くはない髪をなびかせ、前を歩くセツナ。いつかキリトはベータテスターの自分には攻略組を率いることなど出来ないと思ったことがあった。しかしそうではないと、皆の注目を集める彼女は証明していた。大切なのは諦めることではなく、示すこと。彼女のこの世界での生き方が、そう表していた。

「明日も勝とうな。」

 それは1層の頃からの攻略前の合言葉。後何回繰り返すか。とにかく犠牲なく勝つ。それが全ての攻略におけるただひとつの決め事だ。

 セツナはひらひらと右手を振ることでそれに応えた。

 

 

 

 

 

 鷹の頭部、人形の体に大きな翼。そんなレリーフの刻まれた扉が67層最奥部にはあった。

 アスナがレイドに頷きかけてからそれを開け放った。円形の室内の中央部に事前情報と相違のない姿、レリーフと、同じ姿のモンスターはいた。《ザ・マーシレス・ストーム》取り巻きのモンスターは10羽ほどの鷹だろうか。扉の解放と共にレイドメンバーが雪崩れ込むことはお決まりで、今回も例に漏れず音をたてて部屋の中へ突入した。…いつもと違うことと言えば、アタッカーとタンクが一対一でコンビを組んでいることだろう。キリトはエギルと、セツナはいつか面識を持つこととなったシュミットと行動を共にしていた。今回の作戦ではキリトとは勿論、ディアベルとのコンビを組むことも出来なかった。HPゲージの4本中3本を減らすと、嵐での保身は終わり、攻撃に転じてくるとある。それまではこの体制で、ディアベルのようなバランス型のプレイヤーは専らモブを担当することになる。

「シュミットさん行きますよ!」

 本日の相方に一声掛けると、セツナはまずは自力で飛び上がり空中の取り巻きへ向かってソードスキルを繰り出した。

 飛び上がってから、射程圏内へモンスターをおさめてからのソードスキル。タイミングをとるのが高難度であるが、キリトとアスナもそれに続いた。まだ、嵐の壁を繰り出していないボスに近付くと、無数の羽が飛んできて、HPを削っていく。

 

「あまり近付くと壁にHP持っていかれるわよ!!」

 

 アスナの指示が飛ぶ。例の風はまだ発動されていない。至近距離で食らえばどれだけ吹っ飛ばされどんなにHPを削られるかは想像もつかない。適度に距離をとりつつ、軽微なダメージでも徐々に蓄積させることがまずは得策だ。ヒット&アウェイを基本に組み立てる。

 

 一本目のHPバーが半分ほど減ろうかと言ったところで、ボスが一度翼を閉じた。

 

「来るわよ!!」

 

 アスナの号令で全員が壁際まで下がり、盾持ちのプレイヤーはそれを地に立てた。

 バサッと翼が開かれると共に、それは巻き起こった。

 

 

ゴオオオオオ

 

 

 地鳴りと共に正に嵐。その目を縫ってモブがリポップし、その勢いそのままに襲いかかってきた。中の様子は全く窺えず、ボスの姿は全く見えない。

 モブの迎撃をしながらも調査隊参加者以外が呆気にとられた。

 

―――勢いのレベルが違う。

 

 少し動こうものなら風の勢いに押し戻されてしまう。本当に作戦通りになど行くのか。皆が不安にかられた。飛び上がったら最後、壁に叩き付けられるのではないかと。

 一度退いて再度作戦を立て直すか。アスナでさえ層思った。

 

「シュミットさん!」

 

 そんな中、退かないのはやはりセツナで。

「正気か!? 俺は人殺しにはなりたくない!!」

 図体の割に臆病な相方の腰の方が引けていた。

「これで死んだってあんたを恨まないわよ。…大体、侮らないで!」

 作戦通り高く飛び上がろうとした彼女。しかし発射台の役目を果たすシュミットの方が(かぶり)を振った。

「嫌だ! 恨まれなくたって俺の中には残る!」

 ギリッと奥歯を噛み締め、セツナは身を翻した。

「…ったく! ディアベル!!」

 そして駆け寄ったのは彼女が何番目かには信頼を置く盾持ち片手剣士の彼のところだった。

「セツナ!?」

 モブを迎え撃つ彼は今回は役割が違う。自分のところに来るはずはないとディアベルは驚いた。

「跳ばして! 誰かがやらなきゃ進まないのよ!」

「俺じゃシュミットほど飛ばないぞ?」

 戸惑うディアベルにセツナは迷わず空を指差した。

「狙いはあれよ。」

 その指の先を見て、ディアベルは頷いた。

「…分かった。カウント、とってくれ。」

 目標から垂直に下がり、助走をとる。

 

「いくよ! 3!」

 

「「2!」」

 

「「1!」」

 

 二人の声がこだまする中、セツナは空中へその身を投げ出した。その行方をレイド全員が見守る。

 

「っつ! はぁぁぁあ!」

 

 風に身を飛ばされそうになりながら、目標へと《ソニック・チャージ》を繰り出した。

 システムアシストが、敵へとその身を導く。

 

「そうか!」

 

 キリトの声とセツナの槍が敵を穿つのはほぼ同時だった。

 セツナが狙ったのは風の中心部上空を浮遊するモブ。そこまで辿り着ければ中央は無風。壁の中に侵入することができる。空中でのソードスキルはタイミングがシビアではあるが、システムアシストをうまく使えば目標へはかなり楽に近付ける。

 ポリゴン片を撒き散らしながら、セツナは壁の内部へと降り立った。予測通り、壁を作り出している間はノーガード。そして内部に障害はない。

 

「これでぇっ!!」

 

 濃緑の槍を大きく振りかぶり、人前ではまだ使ったことのない、スキルを思いっきり叩き込んだ。

 

「ディメンション・スタンピード!!」

 

 

 それが攻略の皮切りとなった。

 

 




勿論続きます。


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31:67層*それぞれの思惑③

「ディメンション・スタンピード!!」

 

 6連撃の強打が叩き込まれる。体重がのる分強く、それでもアシストで剣閃の光る高速の槍の最上位スキル。ノーブル・ローラスの攻撃力もあり、一気にボスのHPゲージが動いた。例に漏れず、重量と攻撃力重視の強化は変わることはない。

 すると、嵐がやや和らいだように思えた。当初は風の壁の先は真っ白く見えなかったが、うっすらと人の影が確認できた。

 もしや、と技後硬直(ポストモーション)が解けるや否や再度のソードスキルを叩き込む。HPバーが削り終わるとモーションが変化する恐れがあるのでやや下位の技後硬直(ポストモーション)の時間が短いものを選択する。

 

「はっ!」

 

 身を翻し槍を斜め上から切り下ろし、スキルモーションを起こす。どうやら風の壁の発動中はモブがポップするばかりで攻撃動作は起こさないと言う事前情報は本当らしい。ザシュッザシュッとボス戦にしては気前が良すぎるぐらいに攻撃がヒットする。

 よく考えてみればクォーターポイントでも何でもない。そうそう難易度の高いボスがいてたまるものか。気が付けば風の勢いが収まったからか壁内にはアタッカーが入り込んできていた。

「セツナ!」

 キリトやアスナも例外ではなく背を合わせモブを狩りながらダメージを与えていく。壁内には壁戦士(タンク)がいないため、いつもは攻撃専門の者もどうにかモブを弾いている。赤いエフェクトが光、1本目のHPバーが削り終えられようとしていた。すると、ボスを覆っていた風が止んだ。

 どうも嵐の壁はボスのHPと連動するようだ。と言うことはつまり、

 

「全員次の嵐に備えて!!」

 

 アスナの声が響き渡った。

 またある程度のダメージを与えると最大風速の嵐が襲い掛かってくることが予測できた。3本目までは恙無(つつがな)く削ることができそうだ。問題は姿の見えない4本目に突入したときのモーションの変化だ。

 2回目の嵐は1回目にセツナがやって見せたようにどんどんと空のモブを利用して皆飛び込んでいく。モブの数の多さがこのボスの攻略ポイントかと思うぐらいだ。

 

―何事も無さすぎて不気味すぎる。

 

 セツナは何か嫌な予感がした。いくらなんでもことがうまく運びすぎる。4本目のゲージは本当に勝負ポイントになるかもしれない。じりじりと減り続けるボスのHPをセツナは睨み続けた。

 

「セツナ?」

 彼女の異変にいち早く気が付いたのは即席コンビで一番始めに彼女を飛び上がらせたディアベルだった。

「嫌な予感がするの。」

 攻撃に回ることを差し控え、モブを狩って様子を見続ける。違うアクションが見えたらそれが引き金だ、さすがにこんなに簡単なはずはない。何かが来る。

「4本目か。」

 ディアベルもそれに倣いHPゲージを見据えた。

 数は多いものの大分皆対空戦にもなれ、モブの対応に困ることはない。強すぎるボスはクォーターポイントだが、ボスにしては簡単すぎる。攻撃モーションの変化、それがどこまで影響するか。

 楽勝ムードにやや緊張感が解けているようにさえ感じられる。…危険だ。

 

 3本目のゲージも削り終えられようとしたところで、ボスは再び翼を閉じた。2回のパターンとは違う。

 

 

「下がってぇーーーーーー!!!」

 

 

 セツナが叫ぶが早いか、ボスの翼が開くが早いか。周囲のプレイヤーは壁へと叩き付けられ一気にHPをイエローゾーンに陥らせた。セツナの叫び声むなしく、その翼からは鎌鼬のような全方位攻撃が放たれたのだった。戦線は一気に乱れる。尚もボスの攻撃は止まず、滑空体勢に移行する。急な変化に対応できず立ち止まるものさえいる。

 

―自分がみんなに伝えていれば

 

 そんな思いも抱きつつ、嘆くのは後とセツナはボスへ向かって駆け出した。

 あとHPバーは1本。飛ばされたプレイヤーたちを守りながら削りきらなければならない。寸でのところで回避した、もしくは受け止めたキリトたちは既に攻撃に戻っていた。それに加わろうと空へ跳ね上がり、ソードスキルを発動させる。

 

 イメージしろ

 自分がどんな風に動くのか

 

 さながら竜騎士のように飛び上がり、セツナは重力も体重も全て味方に上空からボスを床へと縫い止めた。

 

「怯むな! HPがグリーンの人で立て直す!」

 

 貫通した槍を引き抜き、全員の士気を煽る。本来アスナの役目だろうと構ってはいられなかった。しかし、それは裏目に出る。味方の方向を見ることはつまり、ボスから目を放すことにつながり、

 

「セツナ!! 危ない!!!」

 

 キリトの怒鳴り声が聞こえたのとセツナを強い衝撃が襲ったのは同時だった。

 

 

 

 

 

 そう感じたのも束の間。衝撃に目を閉じたのは一瞬。目を開き自分のHPバーを確認するとさほど減少してはいなかった。その代わりに

 

「ディアベル!?」

 

 セツナは庇われたのだと言う事実を突き付けられた。衝撃はディアベルが自分を勢い良く抱えたものと、彼が受けたダメージの残滓だったと言うことだ。彼のHPバーが赤に染まっているのが見てとれる。気付いていながら一番ボスの変化に浮き足立っていたのは自分だと言うことか。そのために自分ではない人を危険に晒してしまった。

 手持ちのハイポーションを彼の口に突っ込み、セツナはステータスウィンドウを開いた。

 

 自分が許せない。このボスだけは自分の手で屠る。

 

 強い思いで今まで手にしていなかったそれを握りしめ、地を弾いた。

 

 

「どいて!!」

 

 

 独り善がりでいい。こいつを倒せさえすれば。

 白銀の刃を煌めかせ、何人も触れられぬ勢いでそれを振り回した。1枚ではなく、両端2枚の刃が何重もの剣閃を生み出す。

 

「っつ!」

 

 速く、もっと強く

 

 スキルモーションとリンクした動きがより強くより疾い動きになる。

 

 ザシュッザザッ

 

 セツナの気迫と誰も目にしたことのないそのスキルに誰もが動きを止めざるを得なかった。

 

「えぇぇいぃ!!!」

 

 大きな咆哮と共に叩き込まれた最後の一撃に終に残ったのはポリゴン片とcongratulation!の白浮きの文字だった。

 

 

 濃紺の柄、その両端に白銀の刃を携えたその武器。そしてそこから繰り出された無数の剣閃に呆気にとられ、ボスを倒したと言うのに口を開くものも動き出すものもおらず、皆が金縛りにあったようにその場に縫い止められていた。

 

「ディアベル! ごめんなさい。」

 

 LA(ラストアタック)ボーナスのウィンドウすら確認せずにすぐ閉じ、セツナの向かった先は自分を庇ってくれた人の元だった。セツナの突っ込んだハイポーションの効果もありHPバーは黄色まで回復を見せていた。…長いようでいかにボスを一瞬のうちに屠ったのかが窺える。

「良かったのか? こんなところで。」

 彼を心配するセツナとは裏腹にディアベルの口から出たのはそんな言葉だった。それは彼女の武器の正体を知っていた彼だからでたせりふだ。

「セツナ…。」

 キリトから落とされた声にセツナは振り向くことができず俯いた。

 

「ユニークスキル、だね。」

 

 そして、それに答えたのはセツナでもディアベルでもなかった。その声にはっとしてセツナは声の主に視線を向けた。

「なっ…!」

 誰も知らないはず。それなのにそう断言するこの男。思わず臨戦態勢をとる。

「まぁ、そんな恐い顔をしないでくれ。当然の推論だろう。」

「ヒースクリフ…。」

 いつだったかセツナのスキルスロットに追加されていたそれと、アイテムスロットに存在した不思議な武器。それを見た時からセツナの中ではもしかして…と言う気持ちは拭えなかった。発動条件も分からない。ならば、万が一の切り札として残したとしても積極的には無かったものにしよう。それがセツナの選択だった。そして、今日がその万が一になってしまった。

「面白いスキルだね。私の《神聖剣》は攻防一体だが攻撃に随分特化している。」

 確かに、ヒースクリフのスキルは何より堅固で、しかし盾からもソードスキルを発動できると言う驚異のスキルである。それに比べてセツナの物は、特殊な武器から繰り出される攻撃の手数の多さが強みのスキルだ。防御のことなどはあまり考えられていない。

「…けど私のスタイルにはあってる。」

 しかし元よりセツナは盾を持たないプレイヤーだ。攻撃は基本的に避けるか武器で弾く。乱暴な言い方をすればやられる前にやると言うスタイルだ。

「ふむ。与えられるべき人に与えられる、と言うことか。」

 それだけ言うと彼は満足したのかその場を去っていった。

 

「セツナ…。」

 

 尚も心配そうな面持ちでセツナの言葉を待つキリト。相棒にすら伝えていなかったこれをどうして納得してもらおうか。

「…聞いた通りだよ。スキル名《天秤刀》、この両刃の武器が装備できる、それだけのスキル。」

 気の利いた言葉はこの状況からは全く浮かばず、最低限の説明だけをした。

「…ディアベルは知っていたのか。」

 キリトの抑揚のない声にセツナは頷くことしか出来なかった。

「―――なんで!!」

「ディアベルには! これを作る金属の情報を貰った! だからよ。」

 泣き叫ぶように絞り出された言葉。それにいつか彼女が金属を探していたことをキリトは思い出さされた。…そしてその金属は自分の武器の源になっていることも。

「これは、本来使うつもりはなかったの。ただ私の驕りと油断が彼を危険にさらした。」

「セツナ…。」

「キリト…ごめん…。」

「いや、言えないことぐらいあるのは…」

「そうじゃない。」

 セツナの目尻には水滴が見てとれた。突然の謝罪。それは隠していたことに対するものだと当然に判断したキリトだったがそうではないらしい。セツナは頭を振る。そして続けた言葉はキリトには到底受け入れられないことだった。

 

 

「私、《竜騎士の翼》に入る。」

 

 

 セツナのユニークスキルの発覚、そしてソロプレイヤーからの脱却。ボスを倒したことよりもあまりの出来事に、攻略組のプレイヤーたちは未だに言葉を発せずにいた。




セツナの武器はクロノクロスの主人公セルジュの武器を思い浮かべてください。固有名もそこからいただいてます。
ユニークスキルについては色々迷いましたがここに落ち着きました。
67層をターニングポイントに選らんだのは原作で人が亡くなるからです。


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32:68層*少女の選択

 

 

『私、《竜騎士の翼》に入る。』

 

 

 その言葉にキリトは当然、ディアベルですら言葉を発することが出来なかった。重たい沈黙に包まれる中その雰囲気に耐えられず渦中のセツナが再び口を開いた。

 

「……68層のアクティベートしてくるね。」

 

 そう言ってその場をセツナが去ったあと、ややあってボス部屋は騒然とすることとなった。

 

 

 

 

 階段を一段一段踏み締めるように上る。こんなにやりきれない思いでこの階段を上がるのは1層の時以来だった。あの時は生贄(スケープゴート)としてビーターと揶揄された。それは自身で選んだ道だった。この世界を解放するために必要だと判断したから。今回も自分の判断には違いない。あの時と違うのはそこに迷いがあったことだ。

 階段を上りきるとそこには砂浜と見渡す限りの水面が広がっていた。

「次は…海、か。」

 ザザンと波が打ち寄せては引いていく。

 勢いで言ってしまった。後悔がないと言えば嘘になる。でも、それだけの衝動にかられスキルを解放しそう告げたことは自分の思いに正直に動いた結果に他ならない。

 

「セツナ。」

 

 後ろから呼ばれ振り向くとそこにはそのきっかけになった人物がそこにはいた。

「ディアベル。」

 1層の頃から大切に支えてくれていた彼。いつも無償で私に色々なものをくれた。

「うちのギルドに入るって…。」

 さんざん勧誘をしていた割りに、いざ入りますとなるとこの反応。ディアベルにも隠せない戸惑いがあることが見てとれた。

「あら、勧誘キャンペーンが終了したら私の入る余地はもう無いのかしら。」

 冗談めかしてそう言うと、ディアベルにも小さな笑みが見えた。

「そうじゃないさ。うちは君が入ってくれれば随分助かるよ。ただ、本当に良いのか。」

 ピリッとした表情に変わり言われたその言葉。それは本音か彼の気遣いか。《竜騎士の翼》は少数精鋭のしっかりとしたギルドだ。今さら攻撃特化(ダメージディーラー)の一人や二人、必要とは思えない。

「…それは、ソロをやめること? それともキリトと離れること?」

 しっかりと目を見据えて尋ねると、彼は肩を竦めて答えた。

「どっちもさ。」

「…そうね。」

 水面は静かに音を湛える。水中戦は勘弁して欲しいななどと思考を巡らせる。

「ソロプレイには限界がある。生き残るなら…だから頃合いとも思っていた。」

 いくら安全マージンをとったって突発的な事故は一人で防ぐのは難い。だからこそいつもキリトも、この男もセツナが一人で出歩くのを咎めていた。

「キリトは…。」

 セツナの中でそれはただ1つ、答えの分からないことだった。ただ確実に言えることは。

 

「今、私はあなたの力になりたい。」

 

 それが、セツナの答えだった。

 キリトは自分がいなくともしっかり攻略をして生き抜いて見せるだろう。しかしいつも無償の善意を与え続けてくれる彼は自分が傍にいてもいなくても、自分のことを思い支え、時には彼自信を犠牲にもしてみせる。…今回も危うく命を失う寸前になってまで救ってくれた。いくらレベルとHPが高いとはいえ軽装のセツナだ。どれ程のダメージを受けていたか想像もつかない。ならば、少しでも返したい。そばにいて今度は自分が守りたい、力になってあげたい。

 セツナの真摯な思いに、ディアベルは思わず彼女を抱き寄せる。

 

「ありがとう。」

 

 ハラスメント警告が出るがセツナはワンタッチでそれを消した。そこにあるのは純粋な思いだけだ。それを受け止め、自分も彼の背に手を回した。何度となく自分を守ってくれた。その感謝の思いをこめて。

 

「よろしくね。ギルドリーダーさん。」

 

 ザッと人の砂を踏みしめる音が聞こえた。それに気付き二人が体を離すとそこにはキリトの姿があった。

 

「キリトさん…。」

 ディアベルはどこか所在なさげにする。その前をザッザッとセツナが踏み出る。

「キリト、ゴメンね。私…」

 何と説明をしていいか頭の整理は追い付いていない。今までお互いを相棒(パートナー)とし、共に歩んできたのを一方的に裏切った形になる。それでも道を別つことを決めたのだ。きっちりけじめとして話をしなければならない。

「いつから考えてたんだ?」

 先に質問を投げつけてきたのはキリトだった。

「考えてなんかいなかったわ。」

「…最近ずっと俺のこと避けてたのに?」

「…それは、また別の理由よ。」

 キリトからすれば最近の行動を別にしていたことが結果的に予兆ととれたのだろう。それはアスナへのただの遠慮でこの件とは全く持って関係はないのだが。

「…あなたは、キリトは私がいなくても大丈夫だもの。」

「な…!」

 セツナの口から出たその言葉はキリトには思いもよらないものだっただろう。

「彼は、私を必要としてくれる。いつでも私を支えてくれた分を返したいの。」

 そう言ってセツナはディアベルの手を握りしめた。

 セツナの隣に立つには強くあらなければならない。いつだって自分より弱い騎士(ナイト)は要らないといっていた彼女だ。それはキリトにとって自分が強くあり続ける1つの理由でもあったのだがここに来てそれに裏切られることになるとは。彼女自身が騎士(ナイト)になることを選ぶのは予想だにしないことだった。

「…俺も一緒に加入すると言っても?」

「…あなたの選択がそうと言うなら私はダメと言わない。だけど、キリトはそれでいいの?」

 セツナのそれでいいのと言う言葉に目の前のことしか見えてないことにキリトは気付かされる。以前その通りに行動して加入したのが《月夜の黒猫団》だった。一歩間違えれば全滅させていたかもしれないギルドのことを思いキリトはぐっと拳を、握りしめた。

「…………。」

「…勝手で申し訳ないとは思ってる。だけど、あの時キリトが月夜の黒猫団(彼ら)を選んだように私はこの人を守ることを選んだ。」

 それはキリトがあの時ギルドに加入した時よりも遥かに強い思いを秘めているのが分かった。

「わがままだけど今まで通りでいてくれると嬉しいけどね。私のカーソルにギルドのマークが加わるだけ。」

 そう言って作られたセツナの笑顔には少しの未練が見てとれた。それでもキリトには彼女を止める術はなかった。

「…分かった。」

 確かに相棒(パートナー)だった。ただ、それは約束されたものではなく、いつだってお互いの都合に合わせたものだった。必要なときに組み、必要でないときは単独で行動する。キリトがギルドを抜け、少しの関係は変わったがスタンス自体が変化したわけではなかった。パーティを組んだり別れたり。恋人でもなければ、ましてや結婚システムを使っているわけでもない。以前自分はセツナに無断でギルドに加入したこともあった。その負い目もあり、キリトはそれは受け入れた。

「…ホームを移すつもりはないから。」

 セツナはそう言ったがその隣になっているのが自分ではなく他の男であることにキリトは強く憤りを感じた。

 

 

 

 

 

 49層の《ミュージェン》にギルド《竜騎士の翼》の本拠地はある。

 セツナが扉を開け、中の様子を覗き込むと既知の仲である少女が奥から出てきた。

「セツナさん! お久しぶりですー。今日はどうされたんですか?」

 肩には青いフワフワとした竜を乗せている。竜騎士には竜と意思の疎通ができるなんて設定も他のゲームでは見たことがある。彼女がここに所属していることは至って当然のことに思える。

「シリカちゃん、今日はお願いがあってここに来ました。」

 セツナがギルドに所属するのは当然に、初めてのことだ。なんだか気恥ずかしくて勿体ぶった言い方をしてしまう。

「ボス攻略終えたばかりなのにですか? どうぞ、奥に入ってください。」

 後ろに立っているディアベルの顔を窺うと頷かれたためそれに促され、奥へと歩を進める。何人かのプレイヤーが在中しており、挨拶をされる。ディアベルがリーダーだからか、ただ単にセツナが有名人だからか、このギルドにセツナを知らないものはいない。

 ギルド内にいるものを一先ず全員集めると、ディアベルはまるで1層攻略会議の時のように芝居がかった物言いをした。

 

「今日はみんなに報告したいことがある。」

 

 そんなディアベルの言葉に沢山の野次がとんだ。

 

―ついにご結婚ですか?

 

―片想い卒業、おめでとうございます

 

 そこから暖かい、飾らない雰囲気が感じとれセツナは純粋にいいギルドだなと思った。

「…だと良いんだけど、みんなにとっても喜ばしいことだ。」

 そう言ったディアベルに周囲がおぉ! と、期待に溢れた反応を返す。そして、一段と大きな声でディアベルは言い放った。

 

「この《舞神》、《白の槍使い(ランサー)》セツナが当ギルドの一員となる!!」

 

 わぁぁぁぁあ!!

 

 大きく歓声が上がった。あまりの歓迎ムードに、セツナは呆気にとられる。

「セツナさーん!!」

 シリカに至っては目が涙ぐんでいる。あっちこっちから思い思いの言葉が飛び交い、そこには、ビーターザマァ! や《黒の剣士》撃破! などと穏やかでないものも混じっておりセツナは苦笑いするしかなかった。

 

「みんな! ありがとう!」

 

 ただギルドメンバーとして素直に受け入れてもらえたことは嬉しかった。キリトだけではなくセツナもビーターとして生きてきた。基本的に集団行動には馴染みにくい。それはみんな知るところだろう。それでも歓迎してもらえたことに驚きつつも喜びを感じた。選択は間違っていなかったと思わせてくれた。

 おそらく、そもそもこのギルドは元ベータテスターが多くいるのだろう。ディアベル自身が元ベータテスターであり、それは多くの人が知るところだ。元ベータテスターもセツナとキリトほどではないにしろ一般プレイヤーから疎まれ、行動しにくい時期があった。リーダーも同じ境遇なら過ごしやすい。そんな事情もあり、歓迎してもらえたのだとセツナは思い至った。

 ギルドの雰囲気を噛み締め頬を緩ませていると、ディアベルから堅い雰囲気で言葉を告げられる。

「セツナ、1つだけ言っておかなければいけないことがある。」

「なに?」

「うちは一応ノルマあるからな。」

 そう言ってニヤリと笑った彼にセツナもニヤリと笑顔を返す。

「誰にものを言ってるのかしら? 楽勝よ! 私のレベル超えてから言ってよね。」

 

 

 この世界に囚われて約1年半。新しい世界の始まりにセツナは少し心を躍らせた。

 

 

 




キリトとセツナ袂を分かつの回。
take2ですね。1は勿論月夜の黒猫団編。
どうしてこうなった…


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33:68層*芽吹き出した感情

 

 

「セツナさーん!」

 

 自分のカーソルに増えた翼のマーク。まさかギルドに入る日が来るとは思っても見なかった。ビックリするほど簡単に受け入れてもらい、一気に最強ギルドだ! なんて言う者もおり、なんだかくすぐったい気分だった。元々ディアベルは5本の指に入るだろうプレイヤーだし、人数が多くない分このギルドの平均レベルは他の有名ギルドに比べて高いだろう。加えてキリトとならんでおそらくトップのレベルを誇る自分が加入するとなるとそう考えるのも不思議ではないように思えた。

 

【今日はシリカちゃんとクエスト。】

 

 ギルドに加入してから、ホームは移してないもののキリトと顔を合わせることはなくなっていた。あぁは言ったものの完全にソロプレイヤーになってしまう彼のことが心配でないわけではなかった。勿論、キリトだって色んなギルドから勧誘を受けていたのだから加入するのは当然に自由だ。ただ彼の性格からしてそうはしないように思えた。だからこうして時々メッセージを送るようにしていた。

「またキリトさん宛ですかぁ?」

 不可視にしているとはいえウィンドウを覗き込まれるのはあまり良い気はしない。送り終えると手早くウィンドウを閉じた。

「まぁ、ね。」

 出会ってから随分と強くなったシリカ。前線プラス5、6レベルといったぐらいか。ビーストテイマーのことは全然分からないのだが、テイムモンスターのレベルもどうやら上がる模様だった。回復できるHPの量が明らかに増えている。フワフワとした毛玉のようなドラゴンははっきり言ってぬいぐるみのようでかわいい。

「いいなぁ。私もそれ欲しいなぁ。」

 《索敵(サーチング)》スキルも、《戦闘時回復(バトルヒーリング)》スキルもなくて良いならスキルスロットがもっと有効活用できる。

「セツナさんのそれって、実用的な意味ですよね。」

 シリカにとっては可愛い相棒。心を読まれたようにじとりとこちらを見た。

「う、うーん…ピナ可愛いし。」

 取り繕うもその辺りは敏感でシリカはぷぅっと頬を膨らませた。

「セツナさんには《戦闘時回復(バトルヒーリング)》スキルがあるからピナのヒールブレスは必要ないですし、《索敵(サーチング)》スキルなんかはもっとずっと敏感じゃないですか。」

 考えていたことをピタリとあてられ言葉が返せなかった。《戦闘時回復(バトルヒーリング)》スキルの回復量は《戦乙女(ヴァリキリー)の加護》で底上げされているし、《索敵(サーチング)》スキルはマスターしている。確かに今更と言ったところはある。自分の胸元に揺れるペンダントを見つめた。これをくれたのはキリトだった。

「ま、まぁ、そうなんだけどね。」

 そう返すしかなく、渋い顔をするとやっぱりぃぃ! と、シリカはますます膨れた。

 そんな時、ディアベルからメッセージを受信した。それはシリカも同じようで、それぞれのボックスを開いた。

 

 

【緊急会議。至急ギルド本部へ。】

 

 

 メッセージはそれだけの簡単なものだった。それだけに緊急性を感じ、クエストは中断してギルドに戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

 ギルド本部、会議室に入ると自分達がどうやら最後だったようですぐに会議は開始された。物々しい雰囲気にやや気圧される。

「突然召集して済まない。しかし急を要する事態だ。」

 ディアベルの表情も堅く、いつもの軽薄な笑みなど一ミリも浮かんでいない。

「近頃、ラフコフの活動が活発化しているのは皆知っているな。」

 その呼び掛けにメンバーはゆっくり無言で頷く。この世界での生活に慣れてきた今、戦闘で命を落とすものは大分減っている。安全マージンをしっかりとり、回復結晶と転移結晶は必ず持ち歩く。それは常識だった。それでも亡くなる人がいるのは事故と、PK(プレイヤーキル)だ。そして近頃はその割合が随分と増えている。

「そこで、ついに討伐チームが組まれることが決まった。それの参加要請が当然うちにも来ている。ただそれはギルドの皆で決めたい。強制ではない。」

 ギルド《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》は殺人ギルドだ。いかにレッドプレイヤーと言えど、それを倒すことは殺人を犯すことに繋がる。

「それは…!」

 そんなことは許されるのかと声をあげると、ディアベルも頷き再び口を開いた。

「…勿論、目的は捕縛で殺害ではない。ただし相手が相手だ。場合によっては…と言うこともある。」

 誰もが口をつぐんだ。そう簡単な問題ではない。確かに彼らの及ぼす被害は甚大で放っておけるものではない。しかし黒鉄宮の監獄送りならまだしも場合によってはと言うなら。ただ彼らは強い。そしてHPを全損させることに躊躇がない。もし、命の取り合いに発展してしまったときの分はかなり悪い。ボス戦よりも危険で、自分の死と相手の死が隣にあると言うことだ。

 やろうともやめようとも誰も言えない。捕縛は必要かもしれない。でも殺害はできない。このゲームがゲームであっても遊びではない所以もそこにある。

 

「…私、個人としては参加するわ。」

 

 ただ、それでも成さねば成らぬと言うのなら。沈黙の中、声が張り詰めて響いた。メンバーの視線を一斉に集める。

 

「このギルドがそんな責めを負うことはしなくて良いと思う。…だけど誰かがやらねばいけないのなら、私は《舞神》としてそれを背負う。」

 

 自分を受け入れてくれたギルドに人殺しの傷は負って欲しくない。ただ他の人に任せておくだけの自分でもいたくない。…そして恐らくは参加するであろう彼。きっと私と同じ気持ちに違いない。

 ざわざわとし出す会場にディアベルがはぁと大きく息を落とした。

「君はそう言うと思ったよ。」

 私の考えを読むのが本当にうまい。だから彼の隣は居心地が良いのだろう。全部先回りしてくれる。

「ま、でもそう言うことだからさ。これで会議終わり! ね?」

 私に押し付けたと思わせぬよう努めて明るく振る舞う。

「…俺もギルドリーダーとして参加するよ。要請を無下に断るわけにもいかないしな。」

 ディアベルのその言葉で会議は終了することとなった。

 

 

 

 

 その戦闘はそう時間を空けることなく行われた。《笑う棺桶(彼ら)》の本拠地はフィールドダンジョン洞穴の奥深くにあった。オレンジカーソルの者も多い彼らならでは、だろう。犯罪者プレイヤーは《圏内》に立ち入ることは出来ない。

 いつか対峙した彼らを思い浮かべると背がぞくりと震えた。あの時は、Poh(プー)と確かxaxa(ザザ)、そしてジョニーブラックと言う幹部三人だった。何も考えずに飛び出したが今考えると恐ろしい。いくら何でも彼らと一人でやりあうのは…勿論、そばにキリトとアスナがいたことは大きいのだけど。今回は大人数で挑むとはいえそんな彼らを擁するギルド本隊とやりあう。捕縛で済むのだろうか。そうは俄には思えなかった。

「セツナ?」

 隣に立つ彼は私が彼らと対峙したことを知らない。同じように顔を合わせたことのあるキリトとアスナの姿を連隊の中に見付け様子を窺う。二人の表情も周囲より幾分堅いように思えた。特にPoh(プー)からでるなんとも形容しがたい雰囲気。それは実際に相対さないと分からないだろう。

 

 《聖竜連合》の指示のもと、ボス戦よりもよりいっそう密やかに、彼らの本拠地(アジト)へと乗り込んだ。内部は段差が大きく頭上には鍾乳洞。深い横穴が多数存在し潜伏には環境は十分だった。人の手など感じさせないような洞窟。それがより不気味さを助長していた。ひたっひたっと時折水滴が地面に落ちる音さえ聞こえる。

 《索敵》スキルを全開に注意深く歩を進める。マスターの《索敵》と《隠蔽》ではどちらに軍配が上がるのだろう。そこまで来ると自分の本来の感覚や身体能力に基因するのだろうか。小さな衣擦れの音さえ拾うべく耳を澄ませた。

 暫く歩き続けると大きな広間に出た。そこに来て初めてスキルが反応する。…それじゃ遅すぎる。広間は空中空間のような段差になっており、冗談には多数のプレイヤーが立っていた。カーソルはオレンジ。

 

「ひゃっほー!!」

 

「上だ!!」

 

 前衛が剣を抜くのと上段からプレイヤーが飛び降りてくるのはほぼ同時だった。

 

―待ち伏せられていた…!?

 

 そうとしか思えなかったがそんなことは後だ。まずは強制的に開始されたこの戦闘を切り抜けなければならない。自身も背からノーブル・ローラスを抜き取り、まだ上段へ残ってるプレイヤーの元へと跳ね上がった。

 

 

 そこからは地獄だった。赤い鮮血のように見えるエフェクトが飛び交う。始めこそ攻撃に戸惑っていた討伐隊のメンバーたちも次第に強く攻撃を重ねていく。人は慣れる生き物だ。不意は付かれたがなんとか立て直した。それでも、笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のメンバーのHPが赤く染まると攻撃するのに躊躇する。それは、人として正常な反応と言っていい。しかし、その隙は彼らにとっては食い物で、一気にこちらのHPが減らされる。あとわずか1ドットほど。そこまで追い詰めて投降を勧告しても、彼らに退却の意思はなかった。

 

「うわぁぁぁぁあ!」

 

 最初に姿を消すことになったのは討伐隊のメンバーだった。追い詰められたプレイヤーの捨て身の攻撃が3人を一気に消し飛ばした。

 そんな現場を見て誰が正気でいられるか。

 瞳孔の開いたキリトと目があった気がした。

 3人を消したラフコフは尚も獲物を求めこちらへとソードスキルを繰り出してくる。

 

 迷ってる暇などない。

 

「…っつ!」

 

 目を閉じて繰り出したソードスキルの後には何も残ってなどいなかった。

 

 

 

 最終的に私たちは10人以上の犠牲者の上に笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のいない平和を勝ち取った。消滅したラフコフのメンバーは20人を超え、そのうち私が屠ったのは3人だった。

 

「セツナ。」

 

 戦闘が終わってもその場から動けずにいた私のとなりにかつての相棒が腰を下ろした。知らずの内にこぼれ落ちていた涙を拭われる。

 

「俺の分まで背負うな。」

 

 その意味が分からずただ彼を見つめた。

「お前、俺に向かってくるやつから攻撃してただろ。」

 無我夢中で、何より怖くて攻撃しているときの記憶は靄がかかったようだった。初めに一人のHPを全損させてからはただ必死で。しかし自分が人を手にかけたと言う実感だけは残った。

「私…。」

 ただ自分と目の前の人を守るために自分は人を殺した。その事実は拭えない。

「ふっ…うぅ…。」

 漏れる嗚咽とともにそれも消え去ってしまえばいいのに。

「大丈夫だ…セツナは俺を守っただけだ。」

 優しくかけられる彼の言葉に、後から後から涙はあふれでてきた。

「うわぁぁぁぁ…」

「お前がやらなきゃ俺がやってたよ。」

 宥めるようにぽんぽんと撫でられる手に少しの救いを求めた。

 

 

 ほんの数日前、別の人の手をとった。その人は今日もこの場にいた。それなのに命が危険に晒された今日の戦闘、一番に思ったのはその人ではなかった。自分で選んだ道。なのにそれが間違ってたのではないかと突き付けられる。ただ元には戻れないことも分かっている。その分の涙もひっそりと流した。

 

 

 




タイトルのわりに血みどろ回。
キリトの殺したはずだった二人はセツナが手にかけました。
よってキリトのここでの殺人トラウマはなしです。
…GGOのことは知りません。


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34:間層*残された傷痕

 

 

 もっと強く。

 

 誰も追随できないくらいに。

 

 そうすれば、元に戻れるのだろうか。

 

 

 

「キリト」

 

 彼のことをそんな風に呼ぶ少女は3人いる。《月夜の黒猫団》で出会ったサチ。ダークリパルサーを打ってくれたリズベット。そして近頃顔を合わせる機会がめっきり減ったかつての相棒セツナ。しかし呼び慣れてないような響きを含ませたその声は誰のものでもなかった。

「アスナ、珍しいな。」

 それはもう一人の知り合いの少女だった。普段はお供を連れ、キリトくんと呼ぶ彼女だが今日は一人だった。昼間の迷宮区にいても不自然ではない人物ではあるが。

「私だって攻略組なんだからレベルあげぐらいするわよ。」

 長い髪を揺らしアスナはキリトの元へ歩み寄る。

「いや、その…呼び方なんだけど…。」

「え!」

 キリトにそう指摘され、アスナは顔を真っ赤にした。

「へ、変かな?」

「…いや、良いけど。」

 いつもの違う呼び方をされ気恥ずかしかったこと半分、違う少女かと思ったこと半分だった。

「んー、やっぱ慣れないかな。」

 アスナのその反応に誰かを意識してだったことが窺える。その誰か(・・)はおそらく二人考えている人は同じだろう。

「今日は一人なんだな。」

 キリトがもう1つの珍しいことをぶつけるとアスナはさほど気にした風もなくさらりと答える。

「今日はオフなのよ。」

 オフにも関わらず迷宮区に籠るとは多少緩和されたとはいえ相変わらずの攻略の鬼、かなりの酔狂だろう。休みなく潜り続けているキリトには言われたくないだろうが。

「まぁ、程々に。」

 キリトとしてはとにかく早くレベルを上げたかった。彼女が離れて、そして先日の討伐戦で庇われて、その思いはより強くなった。人に守られることよりも守ることを選んだ少女。そうして離れていった彼女だったがそれでもキリトは彼女に守られることは考えられず、いつだって守る側でいたかった。行動を共にしていた頃はお互いのレベルを抜きあっていた。リードしたりされたりの関係がずっと続いていた。でもそれではダメだったのだ。レベルが全てではないが元々のポテンシャルも高く、ユニークスキルもあると分かった今、そこが一番拘れるところでもあった。

「俺はもう少し奥に進むけどアスナはどうするんだ?」

 アスナと別れようと発した言葉だったがそれはアスナの取り出したものに憚られた。

「ま、お昼時だしお弁当でも食べながらゆっくりはなさない?」

 そう言って取り出されたバスケットにキリトは生唾を飲み込んだ。セツナからアスナはかなりの料理スキルと聞いている。それに逆らえるはずもなかった。

 

 

「こ、これは!!」

 バスケットから出てきたのは現実世界のコンビニではよく手に取ったものだった。

「ふふーん。良くできてるでしょ!」

 得意気にそのものを差し出してくるアスナからおそるおそるブツを受けとるとキリトは一気にそれを頬張った。炭水化物×炭水化物と言う栄養的には何のメリットもないが、そんなことはこの世界では関係ない。何よりその無駄さ加減がいとおしいぐらいの食べ物。男子学生にとっては好きな惣菜パンランキングのかなり上位をキープするだろう。

「やきそばパンがこの世界で食えるとは…。」

 キリトの反応に満足したアスナは自分もそれを頬張った。現実世界では目にしてたものの食べる機会は無かったもの。世の中を虜にするのもなるほど頷けると思った。

 

「元気そうで良かった。」

 

 アスナから落とされた言葉にキリトは手を止めた。

「あんなこともあったし、無茶なことしてるって聞いたよ。」

 あんなことと言うのはアスナも参加していた先の討伐戦のことだろう。

「…そっちこそ被害が出たから大変なんじゃないのか。」

 キリトは血盟騎士団では犠牲がでていると聞いていた。自分の知っている人ではなかったがアスナは当然に知っているだろうし、副団長としてしなければならないこともあるだろう。

「うちのことはいいのよ。それより近頃色んなことが変わりすぎてるから。」

 それは討伐戦だけではなく、セツナがギルドに加入したことも含まれているのだろう。

「…そう…だな。色々あって追い付かないよ。」

 それが紛れもないキリトの本音だった。パーティを共にしない期間を経てのセツナのギルド加入。そして先日の行動。…セツナは大丈夫なのだろうか。

 

 

 これ以上のPKは許したくないと参加した討伐戦。最悪の時は投降させるだけでなく相手のHPを奪いきらねばならない。それは想定できていた。…ただそれだけだった。実際に奪うことなど自分には出来なかったのだから。目の前でポリゴンに姿を変えた討伐隊のメンバーを見て足がすくんだ。尚もこちらに、セツナに襲いかかるラフコフのメンバー。目があった彼女も怯えていた。当然だ。HPを全損されると現実でも死亡すると言うのは共通認識なのだから。それでも、武器を握り、自分に向かってくるラフコフのHPを奪った彼女は何を思っただろう。それ以後も、最後に躊躇してしまう自分のそばで、セツナは相手のHPを0にした。その瞳に携える光はなく。そこにあるのは無我のように思えた。

 

「なんで…俺はできなかったんだろう。」

 

 人を殺したくなんてない。

 けれど自分の分も彼女に背負わせてしまった。

 離れても尚、いや、むしろ心に居座るスペースは大きい。自分がやれば良かったと言う後悔。離れる前に行動できなかった後悔。キリトの行動原理は今そこにあった。

「あれはしょうがないよ。」

 アスナの涼やかな声にすら慰められない。

「仕方ないで片付けられたら苦労しないさ。」

 だから今、今度の不測の事態に向けて、無いに越したことはないがセツナを守れるだけの力を手にしたい。それがキリトのなによりの願いだった。

「でも、それでキリトくんが無理をしたってセツナは喜ばない!」

「それでも俺は強くならなきゃいけないんだよ。」

 アスナが止めるのも聞かず、ごちそうさまと呟くとキリトは迷宮区の奥へと進んでいった。

 

「…いつだってセツナなんだから…。」

 

 小さな呟きとともに残されたアスナは暫くそこを動くことはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 一方、目の前で眠る少女にディアベルは頭を抱えていた。ギルドの制服から惜しげもなく足を放り出し寝息をたてている少女。ここ数日ホームに帰っていないと聞いている。

 それはあの出来事のあとからだった。

 初めこそ隣にいた彼女だった。しかし不意打ちのどさくさもありいつの間にかはぐれてしまっていた。…そして気付けばかつての相棒の隣で戦っていたセツナ。

「やはりキリトさん…。」

 67層ボス戦のあと、ギルドに加入すると決めたセツナに素直に喜んだ。ギルドメンバーも皆喜んでくれ、こぞってセツナとパーティを組みたがった。目の前であの槍技を見せられて彼女の二つ名を再確認する者も少なくなく、数少ない女性プレイヤーとしてシリカと並んでギルドのアイドルになることは時間がかからなかった。

 屈託なく年頃の少女のように笑うセツナを見て安心さえしていた。戦場で見る凛とした表情ではなく、いつもみせていた達観したような表情でもなく、年相応の表情だった。…やっぱり犯罪かなと自分の気持ちに苦笑いを浮かべずにはいられない。

 自分が彼女の騎士(ナイト)を買ってでていたが、結果は逆だった。彼女が自分を守ることを選択してくれた。それは男として情けない限りではあるのだが、どんな形であれ側にいられることは嬉しかった。鮮やかなセツナの戦闘に勝てるとも今さら思わないだけで。だから彼女の心は守りたいと思うのが年上としての責務だと思っていたのに。

 

「いやああああ!!」

 

 セツナは悲鳴と共に飛び起きた。

 瞳孔は開き、呼吸は荒い。

 はぁ、はぁと短く息を吐き、目尻に浮かぶのは涙。

 これもあの時からだ。

 

「セツナ」

 

 努めて柔らかく声を掛けると顔をくしゃくしゃにし、更なる涙を溢れさせる。どうして代わることができなかったと悔しくなった。

 隣に腰を下ろし頭を撫でてやると嗚咽と共に涙を流し続けた。ホームに帰っていないのは一人ではきっと眠れないからだろう。

 

「ふっ…うぅ…。」

 

「大丈夫。君は悪くない。沢山の命を救った。」

 

 月並みの言葉しかかけられない自分に少しの憤りを感じながらも、彼女かギルドに入っていてくれたことが自分にとっても、彼女にとっても救いだったのではないかと思った。

 たとえ自分の側に身を置くことを決めたとしても、セツナの奥底には違う感情がある。そんなことは分かりきったことで、それでも彼女を守るのは自分の選択だ。それがいつか形を変えてくれればと言うのがささやかな願いではあるけれども。

 隣にいる少女が早くまた笑ってくれることをディアベルは強く思った。

 

 




野郎共の想い。
アスナの焼きそばパン食べたい…

そろそろもう片方も執筆しなければ青葉さんに怒られそう。


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35:74層*シンジツの言葉①

 

 

 

 

 再びのクォーターポイントも目前。悪夢を見ることも随分と減り、少しずつ攻略に集中できるようになってきた。

 

 茜色に染まる50層の町を歩いていると、男たちの無遠慮な視線が突き刺さる。

 空色の軽鎧の下はギルドの制服。濃紺の少し短めのスカートにも少しずつ慣れてきたところだ。町中ではケープの有無にかかわらず声をかけられることが増えたので隠すのはやめた。ギルドに入ったことがきっかけかキリトと離れたことがきっかけか。いずれにせよ余計なちょっかいをかけられて迷惑極まりないので自然と早足になる。

 

「もうじき2年…か。」

 

 目の前に浮かぶ夕日を見つめ、足を止めた。

 いつだって、どんな日だって始まりを忘れたことはない。色んなことが有りすぎて、密度の濃いこの2年間。いつだって根底はこのゲームをクリアすることだ。

 帰りたいと泣いたあの日。こんな容姿(すがた)の私を大切に育ててくれた両親は今どうしているだろう。まだ戻らない私のことを待っていてくれているのだろうか。

 その答えを知るためにも前に進み続けなければならない。

 

 

 

 

「こんばんはー。」

 馴染みの店の扉を開き、カウベルの音を響かせると中では巨体の男がしくしくと涙を流していた。

「え、エギル…どうしたの?」

 店主のエギルはカウンターに突っ伏し、実に無念そうな表情を浮かべていた。

「お、おぉ、セツナか。」

 入ってきたのが私だったから良かったものの新規さんならその時点で回れ右だろう。筋肉隆々で浅黒い肌のスキンヘッドの大男がべそをかいている。かなり怖い光景だ。

「め、めずらしいね。何かあったの?」

 元々ちょっとやそっとのことでは取り乱さない男のこの崩れ具合。それはそれは大事には違いない。

「聞いてくれよ! キリトのやつ!!」

 はて、キリトはエギルに危害を加えるような人ではないと記憶しているが。取り敢えず話を聞くことにした。

 

 

「ラグー・ラビット!? あのS級食材の!?」

 話の内容は言ってしまえばバカバカしい、しかし娯楽が主に食の私たちにとっては中々にスルーし難い出来事だった。

「初めはさ、あいつも料理スキルなんか上げてないから売るって言って持ってきたんだが…その時丁度よくアスナが来てだな…。」

「あー…アスナ料理スキルコンプリートしたって言ってたっけ。」

 忙しいのに変なところに時間を割くなぁと戦闘スキルしか上げてない身としては思う。そこからの展開は読めた。金銭的にどう考えても不自由していないしどうせなら食べたいはずだ。アスナに調理を依頼し、二人連れだって去っていったと。

「俺ら友達なんだから一口ぐらい食わしてくれてもいいと思わねぇか!?」

 ダンッと音をたててカウンターが震える。

 エギルが叩いた衝撃に破壊不能物体(イモータルオブジェクト)のポップが浮き上がる。

 食べ物の恨みは恐ろしい。私でも泣くかもしれない…いや、エギルと違って何があっても着いていくかも…。

「うーん…今度獲ってくるよって言って獲れるものじゃないしね…。出来る反撃を考えましょ!」

「まぁ、っつーのも大人気ないから飯一回だな。」

 そう言ってあれだけ嘆いていたエギルはあっさりと文句を飲み込んだ。誰かに聞いて欲しかっただけなのかもしれない。

「そう? なら私の用事を済ませてもいいかしら。」

 それならそうと早速トレードウィンドウを開き、エギルとの商談にはいることにした。

 

 

 

 

 ギルドに戻り、出店のもの頬張りながら今日の出来事を話す。夕食時はデートに出掛けるものも多い。大抵メンバーはディアベルとシリカと3人が固定だ。

「てなわけでさ、S級食材て情報屋のカタログ上のものだけじゃないらしいのよね。」

 S級食材の話をしているのに自分達が食べるのは店売りの適当なもの。侘しいものだ。

「はぁー…キリトさんて《血盟騎士団》に入ったんですよね? なのに行動は変わらずなんですねー。」

 シリカの感想はS級食材そのものじゃなく、入手経緯向けるものだった。70層を超えた辺りからアスナの強い勧誘から《血盟騎士団》に籍を置いているキリト。敵のアルゴリズムが変わってきた為、ソロプレイはだんだん辛いものがある。だからそう聞いたときは胸に刺さるものはあったが安心したのも勿論で。

「ギルドに入ってる意味ないじゃんね。」

 しかしギルドに入ったものの相変わらず一人で迷宮区に籠っているようで、アスナも頭を抱えているようだった。

「その言葉、セツナにもそっくりそのまま返すぞ。」

 シリカとのやり取りにしっかりディアベルに釘を刺される。実はソロプレイの癖と言うのは中々抜けないもので、朝起きて迷宮区に直行…と言うのを今でもやってしまう。迷宮区に入ってしまうとメッセージは届かない。夕方になってダンジョンから抜け出しようやく怒りのメッセージを読むことになるのもしばしばだった。

「ま、まぁ、大分ましになったでしょ?」

「明日は一緒にマッピングに行くからな! すっぽかすなよ。」

 たじろぎながら答えるとしっかりと明日の約束を取り付けられてしまった。これでは逃げ場がない。

「えーディアベルさんばっかりズルいですよー!」

「セツナと実力が拮抗するのが俺ぐらいなんだよ。」

 実際問題ギルドメンバーは受け入れてくれても自分の人見知り及びコミュ障が直るわけではなく、それに自分自身がパーティプレイの旨味を分からずにもいたことも原因である。それはディアベルも理解を示すところであり、他のメンバーとのパーティを強要することはなかった。

「シリカちゃんはまた今度ね。」

 シリカとパーティを組むことは好きだが性格的にサポートに回るのが基本的に向かないため、最前線ではあまり組むことはなかった。そう言うと頬を膨らませながら約束ですよーと言うシリカ。妹がいればこんな感じなのかなと想像できる。

「明日は74層の転移門に9時な。」

 しっかりと念を押され苦笑いするしかなかった。誰も逃げやしない…多分。

 

 

 

 

 翌日、74層の転移門広場に降り立つとそこには人だかりがあった。すでに到着していたディアベルもその様子をうかがっていた。

「何の騒ぎ?」

 彼の肩から中を覗こうとすると、おはようと言われそれに応える。

「いやー…。」

 ただ人だかりについては触れない彼に周りを押し退け円の内部を見る。

 紅白の制服を来たプレイヤーが3人立っていた。それは《血盟騎士団》の制服。そしてその内の二人が剣を抜き構えていたところだった。

「キリトと…アスナ…と?」

 キリトが知らない《血盟騎士団》のメンバーと剣を合わせようとしているのをアスナが見守っているところだった。ギルド内での抗争、デュエル。外野にとっては面白い見世物で人だかりができていることは頷けた。

 

 カウントがゼロになり両者同時に動き出す。

 

 相手の男は先手必勝と両手剣から強打のソードスキル《アバランシュ》を繰り出した。

 

―キリトの相手じゃないな

 

 相手の男の動きを見てすぐにキリトの勝ちを確信した。ボス戦攻略でもあまり姿を見ないし大したプレイヤーじゃない。それに最近行動を共にしていなくとも自分の現状とキリトの勘の良さを照らし合わせれば分かった。案の定キリトはやや遅れて斜めに切り上げるソードスキル、《ソニックリープ》で迎え撃つのが見えた。

 威力は当然に両手剣のそれには敵わない。ただキリトが狙うは別のところにあることはすぐに分かった。

 

武器破壊(アームブラスト)…。」

 

 私の呟き通りに相手の剣は派手なエフェクトの光と共にキィィンと音を立てて真っ二つに、剣先がくるくると観衆の方へ飛んでいく。《圏内》であればダメージは例外を除いて受けることはないが、思わず鍛え上げられた《敏捷スキル》の利用してそれを受け止めにかかった。

パリン…

 手に取ろうとするとそれはすぐにポリゴンの欠片となって消えた。そして、男の手からも剣の片割れが消えようとしていた。

 剣を合わせた二人は背中合わせに立ち、動こうとしない。その中男の手がピクリと動きその手に新しい剣が握られるのを見付けた。《クイックチェンジ》のModだろう。このレベルのプレイヤーになると誰だって習得している。

 再び握られたその切っ先は真っ直ぐキリトを狙っているが、キリト自身は落ち着いたもので、背を向けたままいい放った。

「もう良いだろう。武器を変えてやるって言うならそれでも良いけど。」

 

 そう言えば白い制服を着る彼をまじまじと見るのは初めてのことだった。ボス戦や攻略会議ではこうも不躾に視線を送ることはできない。

「違和感しかない…。」

 決して似合ってないわけではないのだが制服に着られていると言うか、七五三と言うか、入学式と言うかまぁ…その様な着なれていない感が非常にぬぐえない姿だった。

 キリトと言えば黒。ビーターの名前をもらう前からやや黒ずくめ。もらった後は黒い服でなきゃ落ち着かないと言う程度には全身黒かった。

 そのキリトがおめでたい紅白の制服に身を包み剣だけは当然と言えば当然だが相変わらず真っ黒なエリュシデータを振るっている。

「まぁ似合ってないな。」

 隣にいたディアベルはより辛辣に言葉を吐いた。自分のギルドの制服が自分に似合う色で良かったと安心せざるを得ない。

 そんな余計なことを考えている間に、ギルド内紛争は終了したようでギャラリーたちは捌けようとしていた。アスナとキリトの迷宮区へ向かう姿は確認できたが、もう一人の男は見えなかった。…あの立ち振舞いの後でこの層に居場所があるとは思えない。おそらくそのまま転移門へ飛び込んだと考えるのが普通だろう。

「ま、まぁ私たちも行く? 近頃マッピング割合減ってるし。」

 人だかりも疎らになりだし、そこに留まることは何の意味も持たない。適当に昼食を調達してから二人連れだって迷宮区へ向かった。

 

 

 

 迷宮区に入ろうとすると珍しい人々と顔を合わせることになった。12人の連隊を組み、その全てが銀の甲冑に身を包む仰々しい姿をしている。顔を兜でおおわれその表情は見えない。一番前の男はその中でも一等高そうな鎧を身に付けている。恐らくはリーダーなのだろう。

「失礼。」

 先頭の男は短くそれだけ口にすると私とディアベルを押し退け、全員を率いて先に迷宮区の中へと入っていった。ザッザッと一糸乱れぬ足音が人形…もしくはNPCのようで、プレイヤーかと思うと正直気持ち悪いぐらいだった。

 集団が通りすぎてから自然と力の入っていた肩の力をふぅと抜いた。

「あれって…」

「《軍》、だな。」

 ギルド《アインクラッド解放軍》、通称《軍》は25層の攻略で甚大な被害を出してから攻略よりも自治を主に担ってきたはずだ。私の好きじゃないトンガリ頭のあいつも所属しているがこの世界の秩序を守ると言う上では不可欠なギルドでもある。

「何で今さら…。」

 それが正直な感想だった。もう前線には出てこないと思っていた。そして、それは約50層に及んで続いていた。なぜ今。

「分からない。《軍》は一番巨大なギルドだから一枚岩ではないんだろう。…攻略を再開すると言う噂はあったが。」

 さすがはギルドリーダーとしてディアベルは私なんかよりも情報に強い。そんな噂、露ほどにも知らなかった。

「…あの人たち集団で狩り場占領するから好きじゃないんだけど、まさか迷宮区でそんなことはないわよね?」

「まぁファーミングポイントではないからそれは大丈夫じゃないか? それより連中にボス部屋発見先越されるぞ。」

 そう言うとディアベルは一人で迷宮区へと進んでいった。

「ちょ、ちょっと待ってよ!!」

 誘っておいて酷い仕打ち。いや、自分はもしかしたらいつももっと酷いのかもしれない。自分の行動を省みて、今度からは改めようと思いながらディアベルの後を追った。

 

 

 

 




ここでプロローグに繋がりました。
ようやく原作第1巻冒頭ですね。
推敲せずに書き進めているので誤字脱字のご指摘お願いします。

そろそろバディコンの方も…


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36:74層*シンジツの言葉②

 

 

「ギョルルルル」

 

 ギシギシと不快な音をたて、なんとも形容しがたい奇声を発するモンスター。この層の敵は人型で皆、強力なソードスキルを使用してくる。目の前の骸骨型のこいつなんか、どこにそんな力があるのかと言う恐ろしいパワーで襲い掛かってくるので、受け止めるのも一苦労だ。

 昔から何故かRPGの骸骨モンスターは強い傾向があるのは気のせいだろうか。つついたら崩れ落ちそうな感じの見た目の癖になんだか納得がいかない。

 

「ふっ」

 

 軽く息を吐いて地を蹴る。

 この手のモンスターは突き系のスキルを当てるには穴が多すぎて難易度が高い。槍のソードスキルは突き技が多いので一苦労だ。その分通常攻撃に頼らざるを得なくなるが、最前線の敵のHPは通常攻撃では中々減らない。デモニッシュ・サーバント。レベル80台のモンスターだ。

 前線が進むにつれて安全マージンは取りづらく、モンスターレベルも益々上がる。おまけにAIすら進化して見せ、より高度な戦術を使ってくる。アルゴリズムが変化しているのだ。

 だからこそなおのこと、こちらの方もパーティプレイが重要となる。

 

「スイッチ!!」

 

 大きくそう叫ぶ前に強打のソードスキルを発動させ、モンスターの硬直を促す。攻撃パターンが変化するとコンピュータも戸惑うのか隙が出来やすくなる。

 セツナがスピードとパワーで圧倒するスタイルなのに対し、ディアベルはその外見に似合わず中々堅実な戦闘を見せる。攻守のバランスがとれており、その攻撃はアスナ程ではないが正確。完全なるオールラウンダー。どのポジションでも適格にこなす。

 誰に言わせてもめちゃくちゃ…な戦闘スタイルのセツナとはある意味(すこぶ)る相性が良いだろう。

 声と共に突撃系のソードスキルを着実に当てるディアベル。ついつい一人で迷宮区に籠ってしまうこともあるが、やはり手練れが一緒にいると戦闘がスムーズに進むのは間違いない。

 斬撃がみるみる敵のHPを減らす。キリトのものほどじゃないにしろ、ディアベルの武器もかなりのハイレベルなことはうかがえる。

 

「セツナ! ラスト!」

 

 そう声をかけられてセツナは気が弛んでいたことを気付かされる。生存率に100%はないのに。濃緑の柄をしっかり握り直し、スイッチに備える。

 大きなモーションを起こし、青白いエフェクトが光出す。ここだ。

 

「「スイッチ!!」」

 

 ディアベルの《バーチカル》が当たるのを見計らって飛び上がった。上部より串刺しにするようにソードスキルを放つ。

 残り少なかったHPが一気にゲージをなくし、ポリゴンの欠片が姿を現した。

 

 パチンッ

 

 戦闘は何度もあるが乗り越えたらハイタッチを交わすのはもう習慣みたいなものだ。ソロプレイにはないこの行為がくすぐったくて心地いい。

「お疲れ様。」

「大分パーティプレイ慣れてきたな。」

「もうギルドに入って2ヶ月近くなるもの。」

「もうそんなになるか。」

 約2年のここでの生活の中で2ヶ月はほんの一部だとしても、大きく変化があった。良くない出来事も多々あったが、自分を受け入れてくれる人々が多数いるという得難い幸せ。それこそが今の自分の支えでもあった。

「やっぱりパーティメンバーがいると楽だなぁ。最近の敵は強くって。」

 ふらふらと軽い足取りで先を進むセツナの後をディアベルはゆっくりと追う。

 出発前、広場で目にしたキリトとアスナ、そしてクラディールといったか…血盟騎士団のメンバー。キリトとクラディールのデュエルを見て、セツナは誰よりも正確にその先を見通していた。

 どんなに離れていても互いへの理解、信頼は変わっていない。それをまざまざと見せつけられた形だ。

 今日のマッピングに影響が出るかと多少懸念はしたがそれは思い過ごしだった。彼と離れたことは勢いのようにも思えたが、思ったよりも強い意思だったようだ。セツナとキリトが顔を合わせる度ディアベルとしては気が気ではないのだが、それは彼女のことを侮りすぎ…ということか。

 しかし果たして自分の技量をあんな風に正確に判断してくれるだろうか。段々欲が出てきたとディアベルは思う。一度は想うことだけにすると決めた。だがどんな形であれ今一番傍にいるのは自分だ。そう思うと徐々に欲がもたげだした。

 

「さて、ここいらでお昼にしましょうか。」

 

 セツナにそう言われ、安全地帯に入ったことに気付かされる。食事は集中する上ではしっかりとることが原則だ。ディアベルはセツナの声に応え、腰を下ろした。

 

 

 

 

 食事をしていると隣を猛スピードで駆け抜ける影が現れた。

 二人の髪が釣られて進行方向に揺れる。一瞬で居なくなってしまったもののその影はどこか見覚えのあるもので。

「白と…」

「赤?」

 セツナとディアベルは顔を見合わせた。

 やって来た方向の安全地帯の出口を見るとその影をターゲットにしただろうモンスターがちらほら。完全にマナー違反な訳だが。

「この先はもうじきにボスエリアよね?」

「キリトさんとアスナくん…次のボスは余程の形相なのか?」

 仮にあの二人だとするならば倒すのに苦労はしないだろうし、マナー違反をするのも考えにくい。余程何かがない限り。

「ま、取り敢えず…。」

 そう言ってセツナは立ち上がり。右手を縦に振り槍を手に取った。

「おい?」

 ディアベルの手には昼食に買ったサンドイッチ。食べ終わるには少々時間がかかりそうだ。嫌な予感しかしない。

 セツナの右手が青く光り、スキルモーションが開始されたことが分かる。

 

「ぃやぁっ…!!」

 

 気合いと共に吐き出された息と勢いそのままにモンスターたちに突撃していく。発動されたソードスキルにザシュッザシュッと斬撃音が小気味良く響く。さっきデモニッシュ・サーバントを相手にしていたのが嘘のように攻撃を当てていく。確かにこの階層ではレベルが低めの敵が多いのだが。右に左に剣閃が光り、赤いエフェクトが交じる。槍スキル最多攻撃回数を誇る《ジャッジメント・ピアッサー》だった。

 7連撃を当て終えると同時に、宙返りで体術スキルの《弦月》を繰り出し、接近している敵を蹴り上げたかと思えば再び右手を光らせる。地に足が着いたのは一瞬のことか、ガッと言う音と共に瞬速の突進スキル。セツナの一番の得意技、《ソニック・チャージ》だ。

 一体、二体とポリゴンが増えていく。欠片となって消えていなければ串刺しになっていっているだろう。パリン、パリンときれいに割れていく。

 一体逃したかと思えば手首を返し、そのHPも最後まで削りきった。

 

「食後の運動終わりっ!」

 

 武器を背に戻し、手を空へ向け腕を伸ばす。本当にそれが準備運動だったかのように。

 何か違和感。高位のソードスキルを使用すると通常技後硬直(ポストモーション)が起きるはずだ。当然、《ジャッジメント・ピアッサー》も例外ではない。

「それも何かのスキルなのか?」

 ディアベルの疑問は尤もなものだった。Modで冷却時間短縮と言うものはあるが無効は自体はないはずだ。

「うーん…習得できる技術だけどまだ練習中だからなぁ…。」

 セツナの回答はそうではなかった。顎に手をあて小首をかしげる仕草あれど、やってのけたことは全くもって可愛らしさの欠片もない。ソロプレイが長かったことによって生み出されたものだろう。

「なんかもうホントにソコが知れないよ。」

 二つの影が引き連れてきたモンスターはきれいに殲滅され、進路は開かれた。

「まぁまぁ。あのままにはしておけなかったし。」

 勿論、自動的に捌けるのを待つと言う選択もあったわけだが、セツナの性格上どちらにしても戦っていただろう。それが一人か二人かの違いだ。パーティを組んでいたため、自分にも表示された獲得経験値とコルを見てディアベルはため息をついた。

 

「誰!?」

 

 戦闘を経て敏感になっている感覚が、プレイヤーの接近を感じとる。セツナの向ける視線にならってディアベルも攻略済みの方向を見やった。

 ザッザッザッザッと定期的な足音が響く。それも単独ではなく複数。背から再び武器を取り出したセツナにならい、ディアベルも武器を手に取る。ラフコフは討伐した今、そう危険なプレイヤーは多くない。ただいつだって命の危険を含蓄しているため大人数のプレイヤーは警戒せずにはいられない。

 索敵スキルによるとそれは12個の表示。

「12人…。」

 パーティ二つ分の数字であり、今日単体でも既知の数字。セツナは構えていた武器を下ろす。機械的な足音。そしてパーティ二つ分の人数。現れたのは予想した通りの人々だった。

 

「全体、休め!」

 

 その掛け声と共に先頭のプレイヤーを除く11人がその場にドサッと音をたてて崩れ落ちた。

 それは迷宮区入り口で出会(でくわ)した《軍》の面々だった。その際は先を行かれたはずだったが、ルートが違ったのだろう。また人数は多くとも戦闘能力は二人の方が優れており、このような形になったと言うことか。男達は肩で息をしており、相当の疲労がうかがえた。

「《舞神》殿と見受ける。私は《アインクラッド解放軍》のコーバッツ中佐である。」

 先頭の男が近寄ってきて言った台詞に思わず目を向く。仰々しい物言いに、()()とくるか。

「はぁ…。」

 呆気にとられセツナは気のない返事を返した。

「貴殿らはこの先は既に踏破されたか。」

 そう回りくどい言い方をせずとも良いのにとめんどくさい気持ちを抑えながら答える。《軍》と揉めるのは避けたい。

「…私たちはまだよ。さっきKOB(血盟騎士団)の二人が先を進んでいたようだけど。」

 簡潔にそう言うと、コーバッツは頷いた。

「彼らにはマップデータを提供してもらった。まだボスとは誰も対峙していないと言うことだな。」

 それが当然かと言う口振りに神経を逆撫でされる。未踏破エリアのマッピングの大変さを何も分かっていない。どこまで行けばいいか分からない不安感。残り回復アイテムと気力、時間との兼ね合い。その先は行き止まりやもトラップやも分かりない。精神にかかる負荷はボス戦と張ると言っても良い。確かにキリトやアスナなら何も言わずそれを差し出すだろう。お金には困っていないだろうし、何より攻略が最優先。そのためには労はいとわない。自分が同じ立場だとしても恐らく同じことをする。ただそれを当然のように、何の礼もなく受けとること男とは相容れる気はしなかった。

「…あの二人が対峙したかどうかは知らないけど私たちは何の情報ももってないわ。悪いわね。力になれなくて。」

 極力関わりたくないと突っ慳貪に話を切ろうとした。

「なぁ、そのままボス部屋に突入なんてしないよな。」

 ディアベルが男に進み出る。

「…何か問題か。」

 コーバッツはそれが当然だと言うように答えた。

「お仲間は随分疲れておいでかと思ってね。ボス攻略は偵察に偵察を重ねて行うのが定石だ。今回はこの辺で良いんじゃないか。」

 それはコーバッツではなく11人に対する思いやりだった。HPの具合は分からないが、最前線で戦闘をすることに慣れていないのだろう。自分達とは随分と疲労の濃さが違う。…目に見えて限界、の様子だった。

 しかしそんなディアベルの気遣いもコーバッツに一蹴される。

「貴様にそのようなことを言われる筋合いはない! 私の部下はそんなに軟弱ではない。さぁ! 立て! 行くぞ!!」

 そして再びザッザッと音を立てて進み始める。起き上がるのに武器を支えにするような人たちがこれ以上戦えるものか。この先のモンスターは恐らく全てセツナが倒したと思われるのでエンカウントそうないだろうが、コーバッツはボスに挑む気だ。

「どうする? アレ。」

 呆れてものが言えないが顔見知ってしまったからには見殺しにするのも寝覚めが悪い。

「…どうするもなにも…様子をみるしかないだろ。」

 折角お昼を終えたところに妙な来客でこちらも休めたもんではない。HPと装備の確認を手早く行い彼らの後を追うことにした。

 

 




セツナさんTUEEEEEEの回。
話が思ったよりも進まずだったので黒い人の回は次回?
白と赤?の台詞は黒と白?と初め書いており、うちのキリトさん今黒くないと焦って訂正しました…。


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37:74層*シンジツの言葉③

 

 

 

 基督教徒(クリスチャン)ではない。ただそれは聖書の悪魔のようだと思った。

 

《ザ・グリーム・アイズ》

 

 その名の通り青白く光る瞳に吸い込まれそうで暫く目を逸らすことはできなかった。

 

 

 

 

 部屋までの道のりは予想通り敵とのエンカウントはなかった。恐らくキリトとアスナと思われる人物が引き連れてきたモンスターたちはあの場で倒したし、先行する12人もいる。足止めを食った様子もなかったので彼らもボス部屋までは何事もなかっただろう。

「本当にあのまま突入する気なのかな。」

 攻略組ならそんな馬鹿な真似は決してしない。LAボーナスに血眼になる《聖竜連合》とて最優先はHPの確保、生存である。しっかりとした偵察をし、会議を経て攻略組全体で挑む。

「…それほど必死ってことさ。巨大な組織になればなるほどその運営は難しい。手っ取り早く戦果を上げて求心力を得たいと言うことだろう。」

 ただそれで死んでしまっては何の意味もないけどね、と続けディアベルも表情をひきしめた。

 引き連れてきた敵の量からして先程の安全エリアからボス部屋まではそう遠くないことが予想された。ぼちぼちかなとあたりをつけたところで、大広間に出る。

 開け放たれた扉。それには巨大なレリーフ。

「ここか。」

 扉の奥は暗く、中の様子はよく分からない。ただ扉が開かれていると言うことは本当に突入したと言うことだ。

「もう結晶で脱出したとか…。」

 それはセツナの希望だった。辛うじてダンジョンを突破できるだけのメンバーにボスを攻略できるはずはない。そこに待つのは死の一文字だ。

 しかし、突撃! と言う声と共にスキルモーション青く光ってみえた。

「ディアベル!!」

 チッと舌打ちしたい気持ちを抑え、部屋の中を覗き込んだ。瘴気が濃く、靄がかかって見える。床には魔方陣のようなものが描かれ、その部屋の特殊性を表している。そして、そこにそびえるのは深い青の巨体。頭には2本の角。それは鬼のような直線にものではなく、湾曲した獣の角。人型のモンスターではあるが特徴を満たすのは2本の腕と2本の足のみ。逆三角形の筋肉隆々の体の上には山羊の頭部。大刀を握るその指は5本に満たない。青く光る瞳が時折赤に色を変えるのが何より不気味。二人があの勢いで逃げ出したのも分かる。気圧される。そして部屋の雰囲気も相俟って不気味。そこにあるのは恐怖。ただ逃げ出すわけにはいかない。中にいる12人のプレイヤーが脱出するまでは。

 ノーブル・ローラスの中央を掴むように握り、部屋の中へと駆け込んだ。少しの間覗き込んでいたせいか、段々暗い場所だが視力が利くようになってくる。人数を数えると12人。《軍》の面々は命を保っていた。しかし半数以上が及び腰だ。これでは…

 

ガキィンッ

 

 ボスから降り下ろされた両手剣を弾き返すと派手なエフェクト音が鳴り響いた。一気に全員の視線が注がれる。

 

「なにやってるの!! 早く脱出しなさいよ!」

 

 どうみても戦いを継続できるような状態ではなかった。HPもイエローに突入しているのではないだろうか。怒鳴り付けるように言うとコーバッツから怒声が轟いた。

 

「これは私の隊である!! 貴様に指図される謂れはない!!」

 

 あまりの大きな声にビリビリと空間が震える。さながらボスの雄叫びのようだ。その中、転移結晶を片手に(かぶり)を振る者も見当たる。それが示すのは…

 

「結晶無効化空間?」

 

 迷宮をに潜っているとたまにそういうこともある。《月夜の黒猫団》を守ったとき、そのトラップエリアも結晶無効化空間だった。しかしボス戦ではそんなこと初めてである。

 全く…中々に不運なおまけに世話を焼かしてくれる。コーバッツに従うのは諦め半分と言ったところか。どうせ逃げられないのでとあれば、隊の意思になってしまえば楽だ。

 だけど、そんなことは赦せない。誰も、誰であっても死なせない。無下に自分の命を捨てて欲しくない。

 セツナは右手に握っていた武器をクイックチェンジのModで持ち変えた。そして大きく息を吸い込み、より大きな声を出す。

 

「ここからは私が引き受ける! 全員退却しなさい!」

 

 左手で扉の方向を示し、右手にスキルを待つのは当然に濃紺の柄。

 

「ディアベル! 皆を扉の方に!」

 

 光る右手に祈り、地面を蹴り飛ばす。出来るだけ時間を稼ぎ、出来るだけヘイトを煽り、全ての興味を自分に注がせる。まだボスのHPは一本目の十分の一程度も減っていない。足のすくんで動けないメンバーもいる。逃すにはどれだけ時間がかかるか。さすがに全て削り切るのはしんどい。

 それでも。

 

「はぁあああああ!!!」

 

 このスキルはこう言う緊急事態のためにこそある。難関を切り抜ける切り札。ヒースクリフのユニークスキルが攻防一体なら、自分のスキルは誰より早く敵を殲滅するためにある。攻撃は最大の防御とはよくいったものだ。セツナはボスのHPを削りきることだけに集中しようとした。

 ボスのソードスキルを一枚目の刃でパリィ。手を返し、二枚目の刃でHPを削る。一度集中が途切れれば終わり。

 後ろではディアベルが彼らを逃していることを信じる。

 

「何をしとるか! 退却など我らには許されぬ。突撃だ!」

 

 しかしそれは耳を疑う言葉にすぐに乱された。どれだけの統率がそこにはあるのか。12人はその言葉に陣形を組み直し、いっきにソードスキルを発動しようとした。

 

「ちょっと…」

 

 嘘でしょ、と言う言葉は音にならず自身を衝撃が襲った。

 

バシッ

 

「…っぅ…」

 

「セツナ!!!」

 

 ディアベルの叫び声が響くのが聞こえるぐらいには正気を保っている。頭がぐわんぐわんと揺れ、古い漫画なら星が漂っているところだ。HPバーを確認すると黄色に突入したものが戦闘時回復(バトルヒーリング)スキルによって緑を回復したところだった。

 よそ見をした隙に左手に弾き飛ばされた。それだけでこの攻撃力…正直ゾッとする威力だ。

 

 12人はどうなっただろうか。

 ボスの武装は大刀のみ…しかし瘴気が表していたように当然に特殊攻撃持ちだろう。目にしたのはそれに向けてブレスを吐き出す様だった。

 大きく開いた口からは鋭く尖った歯が並ぶ。噛み砕かれればイチコロ。そこから吐き出されたのは濃霧のような赤紫色の塊。

 

「うわぁぁぁぁ」

 

 男たちの悲鳴がこだまする。

 一時行動停止(ス タ ン)…いや、麻痺だろうか。

 ダメだ。これでは自力で脱出など出来やしない。やはり倒すしかないか。初見のこの攻撃力のボスを、後ろを気にしながら。

 しかし、やるしかない。8割ほど回復したHP。セツナは再びボスの背中に切りかかった。

 

 疾く

 

 こちらが削り取られる前に削り取れ。

 

 赤いエフェクトにポリゴンの欠片。武器を回転させ連続で攻撃を叩き込む。頬にかする攻撃も、脇腹に受ける攻撃も物ともせずに。ひたすらに攻撃を続ける。

 下の刃で剣を弾きあげ、腹にソードスキルを叩き込む。オールで水面を漕ぐように敵の表面を二枚の刃が進む。まず一本、HPバーを減らし終えると、ボスにも一時硬直が起こった。

 

「今よ、この部屋から出て!」

 

 何度目かの呼び掛けに、男たちも退路を見る。足の立たないものはディアベルの手を借り。それでも、後ろが見えない男もいた。

 

「我が軍に、退却の文字はない!!」

 

 一人、スキルモーションを発動させ文字通り突撃していくコーバッツ。正直頑なさも態度の大きさも頭に来る。

 

「ダメ…」

 

 ブレスを喰らって回復していないはず。他にも攻撃を受けていた…残りのHPはどうなっているか。

 それでも死んでしまったらしょうがない。

 

「ダメぇーーー!!!」

 

 敏捷性スキルを最大に男の前に出るが、ボスの動きは止められない。いつもならここで剣を弾きあげるところなのに…どうしてスキルが発動しないんだろう。

 その正体は、再び吐き出された赤紫色のブレスにあった。コーバッツもろともセツナは壁に弾き飛ばされた。

 

「うぅ…。」

 

 飛び出した瞬間、巨大な口から出ていた煙のようなもの。切り払うことはできずもろに被ってしまった。そしてそれはHPを削るだけでなく状態異常を引き起こした。HPバーが点滅し、端に現れたマークは麻痺(パラライズ)…。

 攻撃力も高く状態異常を仕掛けてくるこの敵にどうやって…。

 

「あり…えない…。」

 

 隣ではかばいに入ったはずの男が呻き声をあげ、欠片となって消えた。

 朦朧とする視界の先ではディアベルがその大刀を受け止めている。盾持ちの彼ならうまくブレスを防ぐこともできるだろう。ただ、残り11人の軍のメンバーたちはコーバッツを失ったことで完全に放心していた。自力で動ける者はいなさそうだ。自分と残りの軍のメンバーに気をとられながらディアベルもどこまで持ちこたえられるか。結晶無効化空間ではこの麻痺も直ぐには回復しない。ただ早く回復すること、それまで彼が持ちこたえてくれることを祈るしかない自分を歯痒く思った。

 

 そんなセツナの横を掠める風。

 

 

「うぉおおおおお!!」

 

 

 白くなびくコート。

 その色こそ見知ったものとは違ったけれどそのたなびく様は懐かしく、目に涙が滲むのを感じた。

 

「セツナ!!」

 

 そして武将のような男たちが軍のメンバーを介抱する様子が見え、自分のそばには栗色の長い髪の少女がいた。

 

「アス…ナ…」

 

 麻痺の影響か口までうまく回らない。

「待ってて、直ぐ回復してあげるから。」

「結晶は…」

 緑色の結晶を取り出す彼女にそれだけ言うと、アスナはすぐにボトルに切り替えた。

「道理でこの有り様ね。」

 そして直ぐに全体を把握したようだった。

 視線の先には何筋もの光る剣閃。速くてその切っ先を追うのも精一杯。《閃光》の異名をとるアスナよりも下手すらば速いのではないかと思えるそれを生み出しているのは彼だった。

 

「キリト…。」

 

 初めてみるその剣技に一本減らすのがやっとだったボスのHPがみるみるうちに減っていく。二振りの対照的な光に目を奪われずにはいられなかった。

 それはセツナだけではなく、アスナも当然にディアベルも…そして《軍》のメンバーとそれを介抱していた《風林火山》も。その場にいた全ての人が動きを止めていた。

 

ズシュッ…ブシュッ…

 

 響くエフェクト音はどちらのダメージか。

 キリトの攻撃速度はまだ勢いを増した。

 

「スターバースト…ストリーム…」

 

 底地に響くような圧し殺した声でそれだけ呟くと、そこからの剣はもう追うことも出来なかった。

 時おりキリトの体からも赤いエフェクトが飛ぶのが見えた。もうそろそろ解毒の効果が出てもいい頃なのにその場に縫い止められたようで。ただ祈った。

 

「ふっ…くぉぉぉおおあ!!」

 

 キリトの叫び声と共に繰り出された最後の一撃はカウンターでボスの懐に入り込んだ。

 

 そして巨体は一瞬で一気にポリゴン片に姿を変える。congratulation!の白浮き文字と共にキリトの体は床へ沈んだ。

 

 

 そこで初めてセツナとアスナは我に還った。

 

「キリト!!!」

「キリトくん!!!」

 

 駆け寄るも彼のHPバーが見えないことがセツナには歯痒かった。消えないと言うことは当然残っている、と言うことだが。

「アスナ…キリトのHPは?」

「あと数ドット…ホントにバカなんだから。」

 分かってはいてもその言葉を聞いてセツナは胸を撫で下ろした。

「よかった…。」

 残りの面子もゾロゾロとキリトの周りに集まってくる。そんな中、ややあってキリトは目を開けた。

「キリト!!」

 良かったぁと隣で涙を流すアスナ。

「どれぐらい、意識失ってた?」

「ホンの数秒よ…。」

 しっかりした口調で話すキリトにアスナが涙ながらに答える。もう大丈夫かとセツナは立ち上がろうとした。

 

「セツナ!」

 

 しかしそれはキリトに引かれた手に阻まれる。不意の行動にそのままバランスを崩し、倒れ込んだ。

 

「良かった…。」

 

 そして抱き寄せられたことに、セツナの思考は停止した。にやにやとした笑みでクラインがちゃちゃをいれる。

「キリトのやつよぉ、セツナがブレス食らった瞬間にスキルいじり始めてよ、あれだもんな。」

「何よ…自分の方がボロボロじゃない…。」

 そんなことを言いたい訳じゃないのに出てくる言葉はいたって普段通りだった。

「怖かった…セツナがやられるかもしれないって思ったら、ここで使うしかないって…。」

 そう言ってキリトはより強くセツナを引き寄せた。それは鬼神のような強さを見せたあのスキルのことを言っているのだろう。

「それで自分が死んだらしょうがないわよ…。」

 本当に憎まれ口しか出ないこの口。そうじゃない。ちゃんと、助けてくれてありがとう、嬉しかった。キリトが無事で本当に良かった。心にある気持ちなんて微塵も伝えられない。

「セツナがいない世界に何の意味もない。そう思ったのはこれで2回目だ。」

 そう言って腕を緩めると、キリトは真っ直ぐにセツナの目を見た。

「キリ…ト…?」

 その差すような視線から目をそらせない。

 

 

「セツナが好きだ。」

 

 

 




公開告白!やってしまった…
戦闘書くのって本当に難しい…
74層はもうちょっとだけ続きます。
青い人と赤い人ごめんなさい。


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38:74層*シンジツの言葉④

キリト視点になります。


 

 

 

 

全身の血が沸騰しそうだった。

 

総毛立つ…とはこう言うことか。

 

 コーバッツにマップデータを提供したあと、そのまま無謀な行為に及びそうだった彼らを追いボス部屋までの道を辿った。そこで目にした光景は予想より酷く…彼らを追うことにした自分達に今となっては感謝したい。

 

 地面にうずくまる11人のプレイヤー。青い巨体を迎え撃つディアベル。…そしてコーバッツを庇い、共に弾き飛ばされたセツナ…。

 中々起きあがらない彼女に体が震えた。自分の中での彼女はいつだって強くて、多少無茶をするきらいはあれど、離れていてもその命に疑問を持ったことはなかった。それが、目の前で危険に晒されている。

 

 今しかない。

 

 公にすることをずっと避けていたエクストラスキル。50層で見たヒースクリフのスキル。67層では彼女のものを見た。ただ出現条件のわからないそれを公開する度胸は自分にはなく、ずっと切り札にして来た。

 認めたくはないが67層で彼女が公にした気持ちが今なら分かる。持てる全てを尽くし、守れるものを守りたい。

 その姿を見て、自分の右手は勝手にそれを使うことを選択していた。

 

 床に転がる自分の武器の半身のような武器。名をグランドリームと言ったか。2枚の刃を持つその武器は自分のもう一本の剣と色が酷似している。クリスタルの輝きも持ち主のてから離れ鈍くなっている。

 右の手にはいつも通りの黒い剣、エリュシデータ。左手にずしりと感じるダークリパルサー。グランドリームの痛みを感じているのか左手の血管が波打っているように感じた。

 

「キリトくん?」

 

 アスナの不思議そうな声を背に、一気に部屋の中へと飛び出した。

 

「うぉおおおおおお!!!」

 

 そこにあったのは怒りのエネルギー。

 セツナにダメージを与えたボスへ。

 セツナを巻き込んだ《軍》へ。

 

 そして、セツナを手放した自分への。

 

 ディアベルと対峙しているヤツの背中を斬りつけ、タゲ取り。右手から身を翻し左手への攻撃へ繋げる。両の手から斬り付ける衝撃が身に伝わる。硬い。セツナが後ろに気をとられながらでは叩けなかったことを身を(もっ)て理解する。

 ただし、こいつを倒すのは俺だ。

 この怒りは、そうしなくて消えてはくれない。

 

「だっ! ぅらぁ!」

 

 速く…疾く…そして強く…

 

 今までレベルをあげてきたのは全てこのときのためのように思えた。両方の剣でヤツの大剣を受け止め、弾きあげる。いつもより数段簡単に持ち上がる。

 重たい斬撃。頬にかするが何より優先するのは攻撃を食らわすこと。尾が鳩尾に入るのも構わず両手の動きを止めはしなかった。

 

「ふっ…ぅぉおおおおおおお!!」

 

 これで!

 最後の一撃はアイツの相棒の半身から繰り出した。左手の剣はヤツの脇腹に見事に収まり、その体を大きなポリゴン片に姿を変えさせた。

 

「おわっ…た…。」

 

 意識を失う前、視界の端に涙を浮かべたセツナの顔が見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キリト!!」

 

 意識の奥で聞こえた声。以前は呼ばれることが当たり前で、近頃では聞くことを焦がれた声。

 

「良かったぁ…。」

 

 少し気を失っていたか、目を開けると飛び込んできたのは涙を溜めたセツナと目尻から落としたアスナだった。

「どれぐらい、意識失ってた?」

 体を起こしながら尋ねる。HPは数ドット…あと一撃食らっていたら危なかったところだ。

「ホンの数秒よ。」

 アスナの答えを待ってからセツナは立ち上がろうとした。アスナに気を使っているのか、だけど俺が何のために戦ったかと言えば他ならぬ彼女のためで、その手を強く引き抱き寄せた。

 

 

「良かった…。」

 

 

 その感触に心からの安堵の言葉が出た。もう一度こうして存在を確かめることができて。にやにやとクラインが余計なことを言うのも気にならないぐらいに安心しきっていた。

「キリトのやつよぉ、セツナがブレス食らった瞬間にスキルいじり始めてよ、あれだもんな。」

 居心地が悪いのか身動ぎをして口を開くセツナ。

「何よ…自分の方がボロボロじゃない…。」

 そんなかわいくない言葉でさえ、懐かしくて頬が緩むのを抑えられない、そしてそれが嬉しく思えるほどに自分は追い詰められていた。

「怖かった…セツナがやられるかもしれないって思ったら、ここで使うしかないって…。」

 自分の台詞とは思えないような言葉。極限まですり減らした神経のせいか人目を憚るということを忘れてしまったようだ。そんな自分にかこつけて、より強くセツナを引き寄せた。

「それで自分が死んだらしょうがないわよ…。」

 本当に憎まれ口しか出てこない、素直じゃない。それなのにこんなにも渇望するヤツが他にどこにもいるものか。

「セツナがいない世界に何の意味もない。そう思ったのはこれで2回目だ。」

 1回目は奇しくも同じく結晶無効化空間での危機をしのいだ時だった。あの時は、セツナのスキルと判断力に助けられた。そして、初めてセツナが女の子であることを強く意識した日。

 腕を緩め、真っ直ぐにセツナを見据えると、戸惑ったような顔を浮かべながらもまだ目尻には涙が浮かんでいた。

「キリ…ト…?」

 兎のように元々赤い瞳が、涙のせいかより赤く見える。

 

 

「セツナが好きだ。」

 

 

 もう、離れるのは嫌だ。あの時散々思ったくせに手を離した隙に離れていった。もう2度とこんな思いをしたくはない。神経が高ぶっているからか、その言葉は自然に溢れて出た。

 

 

「うぉっほん!!」

 

 

 (わざ)とらしい咳払いにそれは阻まれた。

「キリトよぉーおめぇの気持ちも分かるが周りの人のことも考えてやれよ。」

 それはクラインだった。呆れたように頭をかいてはいるがどこか楽しそうなのは気のせいか。目の前では珍しくセツナが顔を茹で蛸のように染め上げており、アスナは逆に青ざめている。《軍》のメンバーと《風林火山》のメンバーは所在なさげに視線を泳がせ、ディアベルは…。

「キリトさん…助かったよ。」

 その表情は読めなかった。

「いや、あそこまで持ちこたえてくれて良かった。」

 ディアベルから差し出された手を握りようやく立ち上がった。

「しっかしよぅ…オメエなんだよ、さっきのはよぅ。」

 クラインの言うそれが何を指すのか。この場で分からないものはいないだろう。当然に俺の使ったスキルについてだ。特殊スキルを持つ一人であるセツナが床に視線を落とした。セツナのスキル《天秤刀》も彼女しか持たないスキルで発現条件はわかっていないらしい。

「言わなきゃ、だめか?」

 それでも彼女の情報が禁句(タブー)であることはなんとなく攻略組には知れわたっているため、それはそう大っぴらにならなかったが、これはそうもいかないだろう。…勿論、セツナのスキルは特殊性が高く、使用者を選ぶのもある。しかし…俺の場合。

「ったりめぇだ! みたことねぇぞあんなの。」

 周囲の容赦はなく、使用者(ユーザー)の一番多いと思わせる片手剣のスキルのため拡散されるのに時間は、かからないだろう。

 観念し、肩から息を吐いて答えた。

「…エクストラスキルだよ。《二刀流》」

 おぉと言うどよめきの中にセツナのやっぱりと言う呟き。

「…知ってたのか?」

 そう尋ねるとセツナは小さく頷いた。

「…私の《天秤刀》発現と同じぐらいから何か隠してるのは気付いてた。」

 自分は67層のあの時までセツナがそんなスキルを持っているだなんて気付きもしなかった。どう反応していい困るが、何より彼女がそんな風に自分のことをよく見ていたことを嬉しく思う自分が末期だと思った。

「…セツナもそうだったろうけど、発現条件が分からないからには公開できなかったんだ。」

「ネットゲーマーは嫉妬深いからねぇー…まぁ俺は人間が出来てるからいいけどさ、それに…」

 クラインはそこまで言うと元々のニヤケ面をさらにニヤニヤさせ、俺とアスナとディアベル…そしてセツナをみやった。

「ま、苦労も修行のうちだと思って頑張りたまえ。」

 自分の蒔いた種ではあるが、時間が経つほどに冷静になり視線を床に落とすしかなかった。

「勝手なことを…。」

 問題は何も解決はしていない。生き残りはしたが今や俺は《血盟騎士団》の一員で、セツナは《竜騎士の翼》の主力プレイヤーだ。俺が望むような形にはそう簡単にはなれない。

 四人が沈黙を貫く中、クラインはテキパキと軍の生き残りとも話を進めている。彼らは自力で帰れると部屋を出て転移結晶を使ったのが見えた。

「俺らは75層のアクティベートに向かおうと思うがどうする? キリト、お前がやるか?」

 今回のボスを倒した俺に気を使ったのかクラインはそう言ったが、正直それどころではない。

「いいよ、任せる。」

「そうか。道中気を付けてな。」

 仲間に合図をするとクラインはそのまま奥の階段へ向かっていった。

 カツカツと鳴り響く足音が不意に止まる。背中越しにクラインは口を開いた。

「キリト…もう後悔すんなよ。」

 それはずっと俺が始めにあいつを置いていったことを後悔していたのを知っているような口ぶりだった。口の中だけであぁと返事をすると、仲間と共に階段の奥へ消えていった。

 だだっ広いボス部屋に残されたのはこれで四人。青い炎が燭台の上でごうごう燃える音だけが響き、それ以外に音はなかった。

 座って放心したままのアスナに表情の読めないディアベル。そして、ようやく立ち上がったセツナ。

「ふぅ…やっと痺れがとれてきた。」

 ボスのブレス攻撃の追加効果は麻痺だったと知る。彼女のHPは、正常値であることに再度安心した。パーティを組んでいないと見えないHPバーやステータス表示に歯痒い思いをしたのは初めてだった。

 

「セツナ」

 

 床に落ちたままだったグランドリームを手渡す。その重さはエリュシデータと張るかさらに重たい。ずしりとした感覚はすぐにセツナに取り除かれた。

「ありがとう。」

 さっきまでは茹で蛸のようにしていた顔がもういつも通りに戻っている。勢いのままに伝えたこと、彼女はどう感じたのか。その表情は必死で平静を保っているようにも見えた。

 

「セツナ」

 

 次に彼女の名前を読んだのはここ最近ずっとセツナの隣にいた男だった。呼び方が以前よりこなれているのが癇に障る。

「何?」

 グランドリームをアイテムストレージに格納しながらセツナは視線だけをディアベルに向けた。ディアベルの表情はどこか寂しげだった。

「君の本当の気持ちを教えて欲しい。」

 突如投げ込まれたのは大きな爆弾だった。なぜそんなことを言い出したのか、パクパクと口を鯉のようにさせたのは俺だけではなくアスナもだった。

「本当の気持ち?」

 ディアベルの真意は分からない。セツナも質問の意図を探ろうと聞き返す。

「…君が何を思っているか分かるぐらいには見てきたつもりなんだけど。」

 彼の言葉に口を真一文字にするセツナ。口にするのを迷っている。ただその中にしっかりとした答えは持っているようだった。それが俺の望むものなのかは分からないけれど。

 そんなセツナにディアベルは小さくため息をついた。

「君はもっと容赦なく言葉が言える子だろ? なら俺が代わりに言おう。」

「ディアベル!?」

「ギルドリーダーとして、セツナに今日限りで暇を命ずる。」

 ディアベルのその言葉にセツナは一気に泣き出しそうな表情を浮かべた。

「なんっ…」

 セツナの何でと言う言葉は最後まで発せられぬままディアベルに打ち切られた。

「それは君自身がよく知っているだろう?」

 ディアベルはどうみても俺と同じ気持ちを持っている。それなのに、なぜセツナにギルドを辞めさせようとするのか。自分には考えられないことだった。

「セツナの気持ちは嬉しかったよ。だけどもう素直になって良いんだ。」

 優しく続けるディアベルにセツナの涙腺はついに決壊し、

「…わたし…私だってキリトの隣にいたい…。」

 顔をくしゃくしゃにしながらセツナは子どものように泣き出した。

「…っく…自分の行動に、責任は…持たなきゃって思ったし、…ぇぐ、キリトの隣は今はアスナだっているし…。」

 嗚咽を漏らしながら吐き出された本音。クライン、どうしたって俺は後悔するように出来ているらしい。どうして本当にもっとちゃんと傍に置いておかなかったのか。

「ディアベル…ありがとう。」

 泣きじゃくる彼女を再び抱き寄せ代わりにお礼を言う。

「…キリトさんのためじゃなくてあくまでセツナのためだからね。」

 そう言える彼がどんなに格好いいか俺だけがわかるように思った。しかし、問題はもうひとつある。

「…私、キリトくんがギルド抜けるのに協力なんかしてあげないからね。」

 アスナの言う通り自分が所属しているギルドも問題だ。

「でも、反対もしないから。副団長としてね。」

 アスナの精一杯の言葉にありがとうと言うと、アスナは片手を挙げて、75層への階段に向かっていった。身を翻したそのときに、一筋の滴が落ちたのを見逃しはしなかった。

 

「セツナ、おい。」

 

 延々と肩で泣き続けるセツナ。あの時だってこんなには泣かなかった。

「セツナ。」

 泣き止ませるのは俺の仕事とばかりにディアベルも回廊に出ると転移結晶でギルドに戻っていった。残されたのはついに二人だ。

「おいー…。」

 抱き寄せたのは自分だったがこんなに泣かれるとは具合が悪い。肩に手をかけ身を起こそうとすると、言葉が紡がれた。

「帰ろう?」

「ん?」

「帰ろう。私たちのホームに。」

 50層、アルゲード。全ての問題が解決したわけではないが、実に数ヵ月ぶりにその帰路を共にした。

 

 

 




と言うことで…キリセツ派の皆様お待たせしました 笑
くっつくまでにコイツら何話書かせる気なのかと。

ディアベルさんはいつだっていい男です。


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39:75層*3人のユニークスキル①

 

 

 

 翌朝、ホームの扉を開けたところでセツナはへなへなと、座り込んだ。隣接したホームを購入しておきながら顔を合わせたのは数えるほど。この数ヵ月、その部屋に電気が点っていることは無かった。自分より早くに出発していたか、ここには帰ってきていなかったか…だ。隣の部屋のその灯りはキリトがそこにいることを示していた。それはつまり昨日の出来事が夢ではなかったと言うことに他ならない。

 昨日は色んなことがありすぎた。ボス攻略での死者…クラインはあんなの攻略じゃないと言ったが死者が出てしまったことは事実。それからキリトのエクストラスキル…。恐らくはユニークスキルであるそれは凄まじい攻撃力だった。魔剣クラスの2本のお陰かも知れないがそれは想像を遥かに越える。自分が1本削るのがやっとだったボスのHPバーをあっという間に0にしてしまった。もっと…もっと自分もできるはずなのに。正直悔しかった。

 そして…私のギルド脱退。

 キリトの気持ちを強くぶつけられたのは初めてだった。この2年の中ですれ違いながらも一番多くの時間を共にしたのは彼だ。ずっとそこにあった感情は形をなさずに浮かんでいた。それが名前を持ったのはわりと最近のこと。

 なんで皆が私たちの関係を訪ねるのか。付き合っているのかと聞くのか分からなかった。ずっと、ずっとただの協力者で、相棒でいいじゃないかと思っていた。わざわざそういう関係に仕立てあげなくとも。でも、自分の中にも見付けてしまった。離れたくないと言う気持ち。

 以前離れたのは今から思えば私のそんな態度のせい。それまでは本当に相棒ですら無かったように思う。ただの仲の良いソロプレイヤー仲間。それがいまや…

 思い出すと顔が熱くなった。感情が大袈裟に出るこの世界のことだ、きっと真っ赤になっているに違いない。好きと言ってくれたキリト。その言葉がまだ耳に残っているようにすら感じる。

 2回目に離れたのは事故…みたいなもの。まだ自分の気持ちが分からないときに知ってしまった友人の想い。そして、自分をいつも大切にしてくれている人が死に直面した。そこで選択した。それはすぐに後悔することになったけど。

 それが今、ようやく繋がった。自分の中に見付け、しまっておいた感情はキリトの強い言葉に抉じ開けられた。いつだって気持ちが揺れ動くのが生死を隣にした時だなんてこの世界で生きている自分達らしい。

 そう言えば…自分はきちんと彼の言葉に応えたことになっているのだろうか。ハッキリした言葉を口にしたキリトとは違い、自分はそうではない。セツナは一人顔を青くした。あのどさくさではともかく、今そんな言葉口にするなんて、とてもじゃないけどできそうもない。

 

「なぁに一人で百面相してるんだよ。」

 

 あまりにも動揺して、扉が開いたことにさえ気付かなかった。コツンとキリトに頭を叩かれる。

「お、おはよう…。」

 様子を見られていたことも、昨日のこともあって恥ずかしさは極限。しかしそれよりも目にしたキリトの姿に驚き、何よりの安心を覚えた。

「その格好…。」

「…あぁ、やっぱりこの方が落ち着くからな。」

 それはキリトの意思表示でもあるのだろう。白い血盟騎士団の制服ではなく、見慣れた黒いコート。ソロの頃に愛用していた黒ずくめの装いだった。

 セツナのカーソルからは目が覚めたらギルドのマークは無くなっていた。それはディアベルの心遣いだろう。しかしもう1つしなければならないのは、キリトのカーソルに残るギルドのマーク。別に脱退しなければならないこともないのだが、それは二人にとってけじめのようにも思えた。

「よく、似合ってる。」

「うん。」

 二人でそうして笑っていると急に地鳴りが響いた。

 

「いたぞ!!」

 

 男たちの騒ぎ声。その姿は鎧に包まれているものやら、フーデットケープに覆われたものやら様々だった。

 

「「え?」」

 

 訳がわからず顔を見合わせるも、その勢いに圧倒される。呻き声のように様々な単語が飛び交う。エクストラスキルだとか二刀流だとか。襲撃団の目的は昨日公開されたキリトのスキルに対するものだった。

 キィンと音をたて、愛槍を手に取りセツナは押し寄せてくる集団の前に立つ。《圏内》なので誰のHPも減りはしないことは自分の身をもって証明済み。それでも牽制には使える。軽くスキルモーションを起こすと先頭の男の前パシィンと障壁が弾ける。

 

「朝から非常識よ。」

 

 相変わらず頼りになることで、とキリトから小さな声が漏れる。セツナの牽制にひと度その騒ぎは静まったかのようにも思えたが、それは別の騒ぎを呼んだ。

 

「舞神サマーー!!」

「ビーターに戻ったって本当ですかー!?」

 

 訳のわからない火種にセツナは顔を引き吊らせた。強引に脱力させられもはや勢いよく武器をとったもののそれ以上牽制する気にもなれなかった。

「キリト、黒猫団。」

 小さくそれだけ呟き、キリトの返事を待たずに高価な結晶アイテムを手にした。

「転移、ミュージエン!」

 あえて違う層を選択し、転移していった相棒に倣い、キリトも慌てて結晶アイテムを取り出した。よもや自分のホームから脱出するのにアイテムを使うことになるとは…。一体なんの騒ぎなのだ。

「…転移、グランザム。」

 アイテムを使用しながらキリトは《月夜の黒猫団》のホームに今日の新聞があることを願った。

 

 

 

 

 20層、ラーベルグ。通いなれたその場所によもや《隠蔽》スキルを使って行くことがあろうとは。

 ミュージエンに降り立ったセツナは周りに気付かれないうちにまたすぐに転移門へ飛び込んだ。そしてサチに作ってもらった隠蔽(ハイディング)補正のかかるケープを目深にかぶり《月夜の黒猫団》のギルドホームを目指す。先程の騒ぎが嘘のように穏やかな朝の風景だ。ただ、どんな情報が流れているのか分からない今、目的地に着くまでは油断は出来なかった。

 

コンコン。

 

 ギルドホームの扉を叩くと幸いそこに人はいた。

「はーい。」

「サチ! 私!!」

 中からするサチの声にすぐさま答えると、扉は勢いよく開いた。

「セツナ! 良かった。」

 その反応は状況をわかっている様子だった。外がどうなっているのか分からないためありがたい。キリトの到着を待って話を聞くことにした。

 

 

 

「セツナが来る前、ちょうどケイタが新聞をもって戻ってきたところでね、中層も凄い騒ぎだったみたいだよ。」

 キリトが到着したところでサチは全員分のお茶をいれてくれた。黒猫団メンバーとしても新聞記事の内容は興味津々と言ったところか、今日は狩りに出ているものはおらず全員が揃っていた。

「舞神を凌ぐユニークスキル使いの出現、青い悪魔を殲滅した50連撃! だってさ。」

 ケイタの読み上げたコピーにセツナは頬を膨らませる。半分ぐらい事実ではあるのだが、

「何よそれー! 私がキリトより弱いみたいに書かれてる!!」

 相変わらずの負けず嫌いにまぁまぁと宥めるのも一苦労である。

「いや、しかし今回は色んな形で号外が出ててさ、こんなことも珍しいよな。」

 そう言ってケイタは様々な新聞を並べた。

 

『最後のクォーター《コリニア》』

 

『3人目のユニークスキル使い現る!』

 

『青い悪魔を撃破した剣技』

 

 机に並べられた新聞にはそれぞれ尾ひれが付きまくって、好き勝手に二刀流スキルと74層ボス戦のことを書き綴っていた。やれ50連撃だの、一撃撃破だの、無敵効果だのと事実とはほど遠い記事。それだけインパクトのあったものだったと言うことで、運の悪かったのは攻略組だけではなく《軍》のメンバーがいたことだろう。申し訳ないが攻略組よりややレベルの劣る彼らにはそれはキリトたちの戦闘は衝撃的なものだっただろう。

 

「ふふーん。それよりさ、俺はコレの方がもっと気になるんだけど。」

 

 ダッカーの取り出した一枚の号外にキリトもセツナも顔を赤くしていいやら青くしていいやら一番反応に困った。にやにやとみつめられるのも昨日に続いて、だ。

 

『《黒の剣士》、積年の想い』

 

 そんな見出しから始まる記事。それが《鼠》のアルゴによって書かれたものだから尚更性質(たち)が悪い。アルゴの情報は早くて正確。それを裏切ったことはこの2年間一度だってない。転移前に言われた謎の火種はこれかと思い知る。記事の中にAさんとDさんのインタビューまで載っているのはささやかな嫌がらせか。そしてさすがは、アルゴと言うべきか、大体あってるのが二人としてもいたたまれないところだった。

「なんでもいいだろ。」

 昨日の潔さは見る影もなく、キリトはそっぽを向いた。

「もう、放っておいてよ…。」

 そして湯気でも出そうな勢いでうつ向くセツナ。私たちのことなんてどうでも良いじゃない、と消え入りそうな声で呟くもサチはコロコロと笑った。

「しょうがないわよ。舞神と閃光は二大アイドルなんだから。芸能人が結婚したみたいな騒ぎよ。」

 その言葉に目眩すらする。こっそり付き合い始めたけど翌日には何故かクラス全員知ってました、みたいな絶望感だ。いや、全然こっそりではなかったのだが。

「『黒の剣士がボスの部屋に到着すると、すでに軍を背に舞神は戦っていた。それを見て…。』」

「わーわーわーわー!!!!!」

 ワザワザ記事を読み上げられて気分的にHPが減っている。ダッカーを圧死させる勢いで止めるキリト。二人としては日常を取り戻したはずだったのにそれまでもがこんな騒ぎになるとは思ってもいなかった。

「大体…積年て…。」

 セツナが大袈裟…と溢すと皆は目を丸くした。

「え…。」

「知らなかったの?」

「そりゃ苦労するわ。」

「キリト、よく頑張ったな。」

 各人各様の反応をされ、困惑した表情を浮かべるセツナにキリトは諦めたように口を開いた。

「間違ってないよ。1年以上前からだ。」

 戦闘の勘に比べて対人関係の鈍さはキリトの上を行く。そんな事実を突き付けられ、開き直ったキリトをまた皆が冷やかすもんだからセツナはもうどういう顔をして良いか分からなかった。隣で柔らかく微笑むサチだけが救いだった。

 

 

 そんな中、キリトのメッセージボックスにメールが届いた。差出人はアスナだ。

 

【大変! ギルド本部に急いで。】

 

 内容は特になく、用件は全く分からなかった。こんな騒ぎの中、外出したくない…と言うのが二人の本音ではあるが緊急性を要するならば仕方ない。もしかしたらキリトの脱退をそれとなくアスナが伝えたのかもしれない。そうであればそれは逃げるわけにはいかない問題でもあった。

 からかわれながらも安らぐ、温かい空間に別れを告げ、鉄の城グランザムに向かうことにした。

 

 

 




最初何の話書いてるのかと…
お花畑全開に出来ているでしょうか。
黒猫団再び!最近出せてなかったので。


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40:75層*3人のユニークスキル②

 

 

 

 55層にそびえ立つ鉄の城。血盟騎士団本部は、最強ギルドの名にふさわしい要塞のようだった。

 キリトとセツナが主武器(メインアーム)のインゴットを手に入れた層でもあり、何か因縁めいたものを感じる。

 低めに設定された気温は霧のようなものを演出し、いつでも物々しい雰囲気を醸し出している。先程までいたアットホームな雰囲気の《月夜の黒猫団》ギルドホームとは大違いで、入り口に見張り番まで立っている。

 

 アスナからのメッセージを受け、慌てて飛んできた。このギルドのホームがあるからか、純粋に寒さから敬遠されているのか、55層の転移門広場はいつも通りで騒ぎとは程遠い様子だった。それが今は助かる。

「ごくろうさん。」

 キリトは慣れた様子で入り口を通り抜けようとするが、見張り番はそれまで直立不動だったにも関わらずその姿をみて狼狽えた。…キリトが制服を纏っていなかったからだろう。アットホームなギルドの雰囲気に慣れたセツナは軽く会釈をすると緊張した面持ちでキリトの後を追った。キリトは一人で行くと言ったが、自分に無関係なわけではなかったためそこは言いくるめた。

 広い回廊。内部もそのまま城のような構造。天高い吹き抜けに中央にある左右対称の婉曲した階段。その奥に控える一際大きな扉をノックする。

 

「キリト、入ります。」

 

 キィィイと音を立て、ゆっくりと開く扉の先はいつも演出のように逆光だ。壁一面に設えられた窓のせいだろう。部屋の中央の執務机にはいつレベルを上げているのか、ヒースクリフが座っていなかったのをキリトは見たことがなかった。後ろには当然に護衛が控え、いつもと違うのはその部屋の中にアスナの姿があったことだ。アスナは引き吊ったような笑顔の表情をしていた。

 扉が開き終わるのを待って、セツナと部屋の中に進み出ると、ヒースクリフは柔和な笑みを浮かべ口を開いた。

 

「やぁ、キリトくん。急に呼び立ててすまなかったね。」

「いえ…。」

 

 アスナからの呼び出しは当然にヒースクリフからのものだと分かっていた。この男、まるで社長か何かのように自分の用事も配下にやらせる。副団長のアスナなどさながら秘書のようだ。

 入団し、顔を会わせる機会が増えようとこの男に慣れることなどなく、特にこの部屋で会うと気圧される。

 

「まさか、既に制服を着ていないとは思っていなかったが…まぁいい。まずは74層攻略おめでとう、と言っておこう。」

「そりゃどうも。」

 

 ぶっきらぼうなキリトの物言いに護衛の武器がかちゃりと動くがそれはアスナが視線で黙らせる。

 

「色んな話を聞いたが…キリトくん、ギルドを退団するつもりかね。」

 

 独特の間を持って話すヒースクリフ。他の人に敬語で話すことなど滅多にないのだがこの雰囲気がそうではければならないと言っているような気がする。誰に対しても容赦なく口を開くセツナも大人しくしており、表情が固まっている。

 

「…聞いた通りです。俺は、ソロに戻ります。」

 

 はっきりとそう口にしたキリトにアスナの瞳が揺らいだのをセツナは見逃さなかった。それでも気丈に振る舞う彼女の強さは純粋に尊敬する。

 

「キリトくんも知っての通り最強ギルドとは呼ばれていても我がギルドの戦力はギリギリだ。こちらとしてもはい、そうですか…と君を手放す気はない。」

「…よく言うよ。あんたとアスナがいれば十分だろう。」

 

 キリトのどんな物言いにもヒースクリフの柔和な態度は崩れることはない。

 

「…1つ、面白い話を聞いたよ。」

「…なんですか。」

「《二刀流》…だったか、君のスキルは。」

「!…それが、何か。」

 

 キリトの肯定にようやくヒースクリフの表情が動く。実に嬉しそうな、それでいて威圧するような態度。まるで審判にかけるかのような。

 

「自由が欲しいと言うならば剣で、《二刀流》で勝ち取りたまえ。君がその強さを見せ付けたならギルドの脱退を許可しよう。」

 

 それはつまり…ヒースクリフとのデュエル。その場にいる誰もが息を飲んだ。ヒースクリフのスキルは《神聖剣》。二つ名にもなっているそれはこの世界で初めて確認されたユニークスキルでもあり、ヒースクリフにイエローなし…と言う伝説のような風説を支えているスキルでもあった。ヒースクリフの言葉は続いた。

 

「しかし、私が勝ったらセツナくんにも血盟騎士団に入団してもらう。」

 

「「な…っ!」」

 

 自分の勝利を疑わないわけではないが急にセツナを賭けの対象にされ戸惑う。そう簡単に勝てる相手ではないことがわかっているからこそ尚更。

 

「ヒースクリフ…セツナは。」

「団長! それはあんまりです。」

 

 アスナもがそれに加わり反論を試みるがヒースクリフは再び穏やかに笑った。

 

「自信がないのか? 勝てばいい。実にシンプルだろう。それに…そのくらいでないと賭けにならない。」

 

 穏やかでありながら空気は張り詰めていた。ヒースクリフの笑顔が不気味に思えるほどに。このまま誘いに乗るのは彼の思う壺だ。一旦仕切り直した方がいい、キリトがそう思い口を開こうとするも、それは前に出たセツナに遮られた。

 

「…その賭け、私が乗るわ。キリトをソロに戻したくば、剣で奪い取れってことで良いわよね。」

 

 堂々と不敵な笑みまで浮かべるセツナに、ヒースクリフもほぅ、と口角を上げた。これだから連れてきたくなかった、とキリトが後悔するも、時既に遅し。

 

「セツナくんも特別なスキルを持っていたね。それも面白い。」

 

 楽しそうな笑みを浮かべるヒースクリフに対し、セツナは至って無表情だった。

 

「私はぜんっぜん、面白くない。人のコト景品扱いしてくれちゃって。大体、こっちの方が自然だと思わない?」

 

 そんなセツナを気にした風もなく、ヒースクリフはそのまま言葉を続けた。

 

「それもそうだな。では、君の《天秤刀》と私の《神聖剣》で。」

 

「えぇ、尋常に勝負しましょ。」

 

 じゃ、明日。とそれだけ言うとセツナは半ば放心状態のキリトの腕をぐいっと掴みズカズカとその部屋を後にした。あまりのセツナの態度に護衛もアスナも呆気にとられその場を動けないでいた。

 部屋から出るとき、楽しみは取っておくもんだ、そう彼の言葉が聞こえたのは気のせいか。ただこんな堅苦しい場所に長くはいたくなく、キリトを引きずるようにして、ギルド本部を出た。

 

 

 

 

 

「おい、セツナ!」

 路面に稀に、現れる霜柱をザクザクと踏みながら前を歩くセツナ。やや早足で歩く彼女をキリトは小走りで追いかけた。

「セツナってば!!」

 肩を掴み前に回るとようやくセツナはその足を止めた。

 

「あームカつく!!」

 

 すると思いきり不平をぶちまけだした。

「なんなの!? ギルドに入る入らないは個人の自由じゃない! なんで私まで巻き込むかなー…。」

 ダンダンと床を蹴る足からは体術スキルが発動しておりその度に床に破壊不能物体(イモータルオブジェクト)の表示が出る。無意識のスキル発動にキリトはゾッとする。《圏外》で怒らせたら殺されかねない。

「まぁ、ギルドの力関係とか秩序とかもあるからさ。」

 キリトが宥めようとするもセツナの怒りは収まらない。本当はキリトとて怒りたかったのにこれではやり場がない。

「私たち、ギルドを抜けたからって攻略をしなくなる訳じゃないわ。ずっとそうしてたじゃない。なのに一回入ったらー…なんて理不尽すぎると思わない?」

「セツナ。」

 静かな声を出すキリトにセツナは口を閉じる。

「セツナの言うことも分かるさ。だけどなんでお前はそんなに単細胞なんだ。」

「た、単細胞!?」

「売り言葉に買い言葉でデュエル受けて、お前まで血盟騎士団に入ったらしょうがないだろ!」

「な、負けるって決めつけないでよ!」

 単細胞と言われたことも腹が立ったが、一番頭に来たのは端から負けると決めつけているその姿勢だった。

「団長の強さはセツナもよく知っているだろう。同じユニークスキル使いでも次元が違う。」

 そんなことはセツナだってわかっている。ただし、

「…あのねぇ、私だって何の勝算もない訳じゃないんだよ。」

 いくら無鉄砲と思われていようが策がないわけではないからデュエルを受けた。

「え…」

 セツナのその言葉にキリトは完全に虚を突かれた。公に最強プレイヤーのヒースクリフ。自分がデュエルしたとして勝てるかどうかというところだ。

「それに…私が蒔いた種なんだから…それぐらいさせてよ。」

 背を向け天を仰ぐセツナ。本音のところそこなのかもしれない。自分がギルドに入ったからキリトもそうした。そして、そう都合よく脱退が出来ないなら、自分で勝ち取る。

「キリト姫は私が魔王ヒースクリフから助けて差し上げますよ。」

 冗談めかしてそう言うセツナにキリトもようやく笑みがこぼれた。

「ホント…お前には敵わないよ。」

 再び先を歩き出したセツナが息苦しくてお腹空いたと言うもんだから、キリトは明日のために好きなだけご飯を奢ろうと決めた。

 

 

 

 

 

 

 翌日は更に大きな騒ぎだった。

 前日のニュースの興奮が冷めきらない中舞い込んだ新たなニュース。一大イベントにアインクラッド中が沸いていた。

 

「これは…」

 

 あまりの盛り上がりにセツナは戸惑う。昨晩、アスナを通じてヒースクリフが場所に指定したのは開かれたばかりの75層。主街区《コリニア》の中央には中世ヨーロッパを思わせるコロシアムが存在した。デュエルの場所に選ばれたのはいかにも…。しかし、全てのプレイヤーが集結しているのではないかと言うぐらいの人口密度に目眩がした。

 出店が立ち並び、盛況なトトカルチョ。オッズでは当然ヒースクリフ優位。全員蹴散らしてやろうかと少しの苛立ちを覚える。

 

「セツナー! いたいた。」

 

 駆け寄ってくる紅白の制服を来ている少女。ギルドメンバーとして一枚噛んでいるのではと思わず邪推してしまう。

「アスナ…これはどういうことかな…。」

 ただの個人的なデュエルだと思っていたらとんでもない。お祭り騒ぎにも程がある。火吹きコーンやブラックエールなどと観戦のお供で一儲け組まで出る始末だ。

「いや、あの…会計のダイゼンさんが…。」

 じとりとセツナが睨み付けるとアスナはしどろもどろに答える。どうやらシロ、のようだ。そんな彼女の後ろからあまり紅白の制服の似合わない、恰幅のいい中年男性が現れた。

「いやぁセツナはん! この度はえらい儲けさしてもろて助かりますわ。」

 その強烈な関西訛りはセツナの嫌いな男を思い出させそれだけで不快になった。

「はぁ…。」

 気のない返事をするセツナを気にすることなく、男はマイペースに話を続ける。

「一月にいっぺんぐらいやってくれはったら、助かるんやど…どやろか? 次はアスナはんとキリトはん辺りで!」

 誰、と聞かずともこの男がこの騒ぎの元凶で会計のダイゼンであることはすぐに分かった。一割ぐらいマージン貰ってもバチは当たらないぐらいだ。ダイゼンは一儲けに大忙しで言いたいことだけ言うと自由にも去っていった。

「あぁ言う人間がいるから関西人全てが誤解されるのよ…。」

 セツナがそう呟くと隣でアスナが謝るのが聞こえた。

 

 そんなトラブルがありつつも気を引き締め、ご丁寧にも用意された控え室に向かうとそこにはキリトがいた。道理で朝からいないはずだ。まだ血盟騎士団の一員であるからには準備にかり出されていたのかもしれない。

「おはよ。」

「他に言うことないの?」

 呑気にも挨拶をするキリトにセツナは思わず笑みをこぼす。

「ここまで来たら俺は信じるだけだ。」

 そしてキリトはセツナの両手を強く握った。

「一番いい場所で見てる。絶対に勝てよ。」

 その暖かさに自然と力の入っていた肩から力が抜けた気がした。

「当然でしょ。私を誰だと思ってるのよ。」

 不敵な笑みを見せるとセツナは大きな2枚の刃を持つ二つ目の相棒を手にした。キリトの2本目の相棒とは兄弟のようなグランドリーム。二人分の思いを乗せるのには丁度良い。

「さっ、魔王退治にちょっと行ってきますか。」

 

 

 




最後までどっちが戦うか迷いながらこっちの方がらしいかなーと…。
キリトを無理矢理血盟騎士団に放り込んだのはこの為だけです。


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41:75層*3人のユニークスキル③

 

 控え室から通路を抜け、案内されるがまま進む。その回廊は妙に長く感じ、光が見えた瞬間安心したぐらいだ。

 わーわーと歓声が歩を進める度に大きく聞こえコロシアムが満席であることを伝えている。出口の光に吸い込まれるようにして、闘技場に姿を出すと歓声は一際大きくなった。

「舞神さまー!」

「セツナちゃん頑張れー」

 と言う好意的なものもあれば

「ビーターは巣に帰れ!」

 敵愾心剥き出しなものまでそれは様々であったが。

 ぐるりと見渡すと《月夜の黒猫団》、《竜騎士の翼》メンバーの姿も見えそれには安心した。

「セツナさぁん! 絶対勝ってくださいねー!!」

「セツナァ! 一儲けさせてくれ!」

 シリカの可愛い声の後にクラインの欲求が聞こえたのは気のせいにしておこう。

 中央に迎えるはすでに姿を現していたヒースクリフ。紅白の鎧に身を包み、その手には十字の型押しがされた揃いの剣と盾。血盟騎士団ギルドマークを模したのはその武具か、それとも武具が模したのかは分からなかったがこれか最強ギルドのギルドマスターだとその姿だけで語っていた。

「こんなことになっていたとは…さすが人気者だな。」

 満席の観客席を眺めヒースクリフが初めに口にしたのはそんなことだった。肩をすくめセツナはNoと言う。

「…違うわよ。みんなあんたの《神聖剣》が見たいのよ。」

「ふっ、ユニークスキル同士のデュエルを見る機会はそうない、とね。今日はそれで戦ってくれるのかな。」

 ゆっくりと左手をあげ指し示したのは、セツナの右手に握られた両刃の武器。アインクラッド中でそれを装備出来るのは彼女だけだ。

「さぁね。でも当然だけど全力で行くわよ。」

 くるくるとそれをバトントワリングのように回し地に突き立てた。ガキィンと言う音がその重量を物語っている。

「それに…こっちの腕でも負ける気はないんだけどな。」

 そう言ってセツナはグランドリームを格納し、代わりにノーブル・ローラスを手に取った。

「…この私に《天秤刀》を引き出せと言うのか。…面白い。」

 くつくつと笑いながらウィンドウを操作するヒースクリフから、セツナの前にデュエル申請のウィンドウがポップした。

 さぁ布石は打った。《初撃決着モード》を選択しながら強く、愛槍を握りしめる。いかにクリーンヒットを当てるか。HPの削りあいでは正直敵わないかもしれない。ただし、ルールの決まったデュエルだからこそ出来ることもある。

 1分間のカウント。最前列にキリトの姿を見つける。瞳を閉じて大きく息を吸い込む。

 

―大丈夫。やれる。

 

 そう強く信じて、セツナは自慢の槍を腰脇辺りに、低く構えの姿勢を取った。目の前ではヒースクリフが盾から白い剣を抜き出したところだった。

 カウンターが0を数えたところでまずは《ソニック・チャージ》を繰り出した。最高速度で突っ込み、挨拶がわりだ。タッとほぼ音なく飛び込むも、それはキレイにガァンと言う音と共に盾で防がれ、そのまま押し返される。武器で弾かれたような感覚を覚え、その盾に攻撃判定があることを知る。盾で攻撃できるなんてキリトが言ったように確かに別次元のスキルだ。

 宙返りをし、着地を決めると今度は向こうの剣が降ってきた。アスナやキリト程ではないにしろかなりのスピードで襲いかかって来る。すさまじい剣舞に一歩引き、リーチを活かしていなす。

 6連撃を受けきったところで互いに一歩引くと、一瞬の攻防にコロシアムが沸く。

 

「…なるほど、確かに見事な槍術だ。」

「あんたこそ…堅い上に速いなんて反則よ。」

 

 その強さは堅さこそが源だと思いきや本当に速い。ただ、自分の方が速い。それを見せ付けようと、同じく6連撃の技を選ぶ。《トリップ・エクスパンド》、突きのみで構成される、最速の槍技。

 中央部は守りが堅い、足元、顔と攻撃位置をバラす。微かに当たる切っ先が赤い傷口のようなエフェクトを作りだし、僅かにHPを削る。

「ぬんっ!」

 セツナのスキルを受け止めると、ヒースクリフは盾からのスキルを飛ばした。どうにか槍を身中に構えることでそれを受ける。受け止める反動が少しずつダメージとして蓄積している。長期戦は不利か。

「はっ!」

 一気に飛び出し突きを繰り出した。勢いそのままに身を翻し上段から切りつける。そのまま槍を地に突き刺し、それを軸に蹴り技を叩き込む。《体術》スキル必須のソードスキル、《クラッシュ・ダンス》。珍しいそのスキルにヒースクリフも意表を突かれたようで、仰け反りギリギリのところで盾で受け止める。ビリビリと余波が体を巡り、確実なダメージとして残ったのがわかった。

 ニヤリと彼が笑ったのが見えたかと思えばそこからは高速剣技の応酬になった。ヒースクリフの剣を寸でで交わしながら、槍技を叩き込むもそれは盾に阻まれる。少しずつ掠り互いのHPバーを減らしていく。やはり、盾持ち相手に長期戦は不利だ。もしかしたらレベルとHPは自分の方が高いかもしれない。それでも減るHPの量が圧倒的に違う。

 セツナはバックステップで一旦引くと精神を集中させた。槍技最上位の《ディメンション・スタンピード》、勝負の行方はそれにかけることにした。

 地を蹴り、スキルモーションを起こすとまずは四連撃の突き。それは盾に軽々と防がれる。狙いはここから…だ。体を回転させ下から上へと切り上げると共に、空へ身を投げ出す。そして突き下ろす、と言うのが定石のこのスキル。ただ空に身を踊らせたところで、それを強制的にキャンセルした。《体術》スキル、《弦月》。身を翻し、それと共に右手の武器を持ち変えた。

 速く、速く。ダメージ量よりソードスキルを当てさえすれば!

「――――っ!!」

 基本スキルを頭上から当てにかかった。これで勝ちだ、そう確信すらした。

 その瞬間グニャリと空間が揺れた気がした。なんとも言い表せぬ違和感。自分の動きがコマ送りになっているかのような。そんなはずはない。システムアシストもフルに、意思ももって持てる最速で行動しているはずなのに。

 完全に当てたと思った。しかしその刃は地に当たり、砂埃が舞い上がった。そして予想だにせぬ方向から斬撃が飛んでくる。手放しそうな意識を必死に繋ぎ止め、手首を返すことそれを受け止める。二枚目の刃とヒースクリフの剣がキィィンと高い音を響かせた。

「………。」

 何か言いたい。それが何かわからない。目の前に対峙する男は今までにない厳しい表情を浮かべていた。ようやく本気にでもなったような。

 

「…いいだろう。君の思いはしかと受け取った。キリトくんは連れていくがいい。」

 

 しかし、それだけ言うとヒースクリフは降参、とデュエルを終了させその場を去っていってしまった。

 沸き上がるコロシアム。そんな周囲の盛り上がりと展開に着いていけず、セツナはペタンとその場に座り込んだ。

「なんなのよ…。」

 当たったはずの攻撃。その回避速度は今までの展開を考えても普通じゃなかった。何より《天秤刀》を手にした自分より速く動けるプレイヤーなどいないと思っていたのは驕りか。

 システム的には勝ちはした、そしてキリトの脱退という目的も果たした。それなのに…残る敗北感にはこれまでにない絶望を味わったように思った。最強の名を冠するのは伊達じゃない…と言うことか。

 キリトやアスナが駆け寄って来るのに応じることも出来ずただ地を見詰めた。

 

 

 

 

 

 

 55層、血盟騎士団ギルド本部。一応礼儀として挨拶をすると言うキリトについてセツナもそこを訪れたが今日剣を交えたばかりのヒースクリフと顔を合わせる気にはなれず、外の階段で待つことにした。

 スピードには絶対的な自信をもっていた。通常時ならアスナに譲るとしても、《天秤刀》スキルボーナスでは攻撃速度に2.0もボーナスがつく。だから絶対に誰にも負けることはないと思っていた。それなのに回避された…。ギリギリと奥歯を噛み締めずにはいられない。

「勝ったくせに随分浮かない顔してるじゃねーか。」

 そんな時、声をかけてきたのは知らない男だった。紅白の制服に身を包み長い髪を後ろで束ねている。血盟騎士団のメンバーには間違いない。

「あれが、勝ったと言えるのならね。」

 男を一瞥しすぐに視線を下に戻した。どうしたって初対面の人間と仲良くおしゃべりできる精神状態ではなかった。

「俺はアンタに感謝してんだぜぇ。邪魔なビーターを追い出してくれたんだからなぁ。」

 しかしねっとりとしたしゃべり方で吐き出すその言葉は無視出来るようなものではなく、頬をひきつらせながら再度男の顔を確認せざるを得なかった。よく見ると一度見た覚えがあった。確か、74層の転移門広場でキリトとデュエルをしていた男だ。名は…クラディールと言っただろうか。

「同じギルドメンバーに随分な言い草ね。」

「もう同じじゃねぇよ!」

 ヒャハハハと不快な笑い声をあげる。これ以上の会話はしたくなかった。立ち上がり、待機場所を変えることにした。

「精々背後には気を付けろよ。ビーター。」

 背にかけられた言葉に吐き気がした。この男と話したのは今日が初めてだ。そんなことを言われる筋合いはない。…ただもとベータテスターでユニークスキル使い。人の妬みを買うには十分だったためそのまま何も答えずに階段を降りきった。

 

 それから5分程でキリトはギルドから出てきた。カーソルを確認するとそこからギルドのマークはきれいになくなっていた。

「おまたせ。」

「うん。」

 差し出された右手に素直に左手を重ねると勢いよくキリトの首がこちらにまわった。

「ど、どうしたんだよ!?」

「どうしたも何も、アンタがそうしたんじゃない。」

「いや、いつもなら…ナニコレ、とか言いかねない。」

 キリトに大真面目にそう言われ確かにいつもならそのまま繋ぐと言うことにはならなかったかもと思う。先程の男とのやり取りが尾を引いてるのかもしれない。

「まぁ、いいじゃない。」

 その手の温もりに安心を覚えセツナは数時間ぶりに笑えた気がした。

「…ありがとな。」

「え?」

 突然の謝辞に首をかしげる。

「やっぱ…お前すごいな。抜かしたと思ってた、けど、あんな戦いかた…。」

 それは74層のボス戦でセツナがキリトに感じたものに似ていた。

「…あの時、私もそう思ったよ。」

 煮え切らない結果に釈然としないが、一応望みは叶った形だ。離れていた時間を埋めなければならない。この数ヶ月。知らないことが増えた。

「一番はあれだなー。俺がここに入ってしまったからアイツには勝てないって刷り込まれてたのかもな。」

「気持ちで負けてたら仕方ないもんね。」

 手はしっかり繋がれたまま、他愛もない話をしながら転移門広場に向かう。空気の冷えたこの層に来ることはそうそうなくなるだろう。静かで景観は美しいが50層の猥雑な雰囲気の方がよっぽど居心地がいい。

「ね、お腹すいちゃったよ。なんか食べに行こうよ。」

「セツナはそればっかりだなー。そうだな…アルゲードそばとかどうだ?」

「それ、全然美味しくないやつよね…。」

 何故、ヒースクリフは負けを宣言したのか。それを確かめる術は持たなかったがこうしてまた隣を歩けることに変えられるものはない。タイミングを逃してしまっていたが自分の力で勝ち得た今なら言えるかもしれない。

「ねぇ…。」

「ん?」

「私も好きだからね。」

 表現出来ない不安と、妙な男の言葉に押し潰されないようにようやく口にしたその言葉。顔を真っ赤にしたキリトに天変地異の前触れかと言われ、体術スキルの《水月》で蹴り飛ばした。

 

『背後には気を付けろ。』

 

 その呪いの言葉が何を示すか。その時は知るべくもなかった。

 

 

 




なんかタイトル全然関係ない感じに…。
そのうち修正するかもです。
対ヒースクリフ戦、勝負に勝って試合に負けた(逆?)のような感じで。
《メテオブレイク》があるならどのスキルにも体術必須スキル有っても良いよなーから《クラッシュ・ダンス》は生まれました。名前の出所分かったら凄い…。


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42:75層*悪意の残滓

「セツナの勝利と、キリトのソロ復帰に、かんぱーい!」

 

 

「「「「かんぱーい!!!」」」」

 

 

 その夜、20層の《月夜の黒猫団》ギルドホームでは盛大に祝勝会が開かれた。

 そこには黒猫団メンバーは勿論のこと、ディアベルとシリカ、エギルの姿も見えた。そして荒稼ぎはできたのだろうか、クラインの姿も。

 皆が思い思いの会話を楽しみ、サチの料理に舌鼓をうっている。クラインがサチに24歳独身です、と挨拶するのももうお約束。深く頭を下げ差し出された手はケイタによって阻まれる。幼馴染みと言っていたが実際のところどうなのか。自分の中に恋愛感情を見つけた今、セツナは人のことにも少しだけ敏感になったような気がした。

 

「セツナさん! 本当に良かったですぅー…いなくなっちゃうのは寂しいですけど…。」

 肩に乗るテイムモンスターのピナと共に表情をくるくる変えるシリカ。自分がこれぐらいの年の頃、絶対にこんな愛らしさはなかったように思う。

「大丈夫。遊びに行くよ。また一緒にクエストしようね。」

 自分より1つ低い頭をポンポンと叩くとシリカは花のように頬を綻ばせる。

「はい!」

 将来絶対美人になる。そして天然で何人もを泣かせるようになるかもしれない。そんなシリカに口をあんぐり開ける野武士面がいるが側によって、犯罪…と耳打ちしてやった。

「お、俺はだなぁ!!」

 すると図星とばかりに慌てるクラインにみんなが笑った。実に穏やかで暖かい空間。こんな時間が過ごせる時が来るとは思っていなかった。

 

 テラスに出ると三日月が光り、微かな虫の鳴き声が聴こえる。季節は直に秋。夜の少しの肌寒さも完璧な気象設定だ。空気の乾燥してくる秋、冬は邪魔をする空気中の粒子が減るため空がきれいに見えると聞いたことがある。そこまでもし再現しているとしたら実に酔狂…いや、この世界を作った思いが分かる。

 セツナは現実世界ではまだ口に出来ないワインを煽り、空を見詰めた。味が再現されてるのか知る術はない。微かな渋さを感じる飲み物に大人はなんでお酒を飲むのだろうと思った。

「いつだって笑うためだよ。」

 心を読まれたかのようなそのセリフに振り返ると、そこにはディアベルが白エール片手に立っていた。金色の液体に白い泡。苦味が先行しどうも美味しさが理解できないものをエギルもクラインも美味しいと言う。

「お酒にそんな力あるの?」

 まだ味も分からない身としてはなんとも言えないことだった。

「…まぁ、人によるかもしれない。何か忘れたいとき、無理に笑いたいとき…年を重ねるごとに表情を隠すことは増える。それを解放させてくれるもの、かな。」

 俺はだけどね、とディアベルは実に美味しそうに白エールをあおった。そんな彼の姿に彼が随分と年上だと言うことに気付かされる。現実(リアル)の話は御法度だが、2年前からお酒が飲めたと言うことは、6つは年上のはずだ。そんな人と本来こんなに密な時間を過ごすことは無かっただろう。つくづくこの世界の特殊性を思い知る。

「お酒の味は分からないけど…そうしたい時があるのは分かるかもしれない。」

「まぁこの世界の酒は、味はともかくアルコールの感覚がないからそんな効果はないけどね。大人になったらな。」

 そう言って先程自分がシリカにしたように頭をぽんぽんと叩かれた。上目遣いに見上げると彼の表情は実に穏やかだった。

「ねぇ…。」

 67層攻略後から暫く所属したギルド。自分の都合だけで入り、自分の都合だけで抜けた。それは本来赦されたことではないだろう。実際、キリトが抜ける際はこうして大騒ぎになった程だ。お互い命を預け合う関係になるのだからそう簡単に出たり入ったりするものではない。それなのに実に暖かく受け入れてもらい、脱退した今もみんなの接し方は変わらない。それは全て彼のお陰だろう。

 呼び掛けるといつも通りそこにはアルカイックスマイルが浮かぶ。

「なにかな?」

「ありがとう。」

 いつもワガママを赦し、助け、支えてくれる。自分が支えるつもりでこの数ヶ月そばにいたけれど、結局はまた貰ってばかりだったのかもしれない。

「唐突だね。」

 そう言って今度はしっかり笑う彼。本当に返しきれない。

「うん。言いたくなっただけ。」

「そうか。それならそろそろキリトさんに返してあげないとな。さっきから気にしてるみたいだから。」

 テラスとの出入り口を見るとやや落ち着かない表情でキリトが立っていた。そんな彼にディアベルは面白そうに笑った。

「どうも自分のって言う実感が湧いていないのかな。俺はお暇することにするよ。」

 そして、通り過ぎ様にキリトの肩をポンと叩くとスマートに室内に溶け込んでいった。

 それでも固まったままその場を動こうとしないキリト。

「どうしたの?」

 声をかけるとようやくおずおずと口を開いた。

「ご一緒しても?」

「当たり前じゃない。」

 キリトはやっとのことでテラスに出、木製の柵に身を預ける。それにならい、セツナも柵の上に頬杖をついた。

「なんだろう。ディアベルと話してると邪魔しちゃいけない気持ちになる。」

「なにそれ。」

 ディアベルはディアベルでキリトの、と言うしお互いがお互いに気を使いすぎじゃないかと思う。

「普通に話しかけてくれれば良かったのに。」

「…ここ最近はアイツとの方が長かっただろ? なんか入り込めない雰囲気みたいなのがあるんだよ。」

 そう言われてプイッと顔を背けられてもどんな反応をしていいか分からない。人間関係のスキル自体が低い。こんなに人と心を通わせる日が来るとは思ってもいなかった。ただ、それも道半ばのようでどうしたらキリトの機嫌を治せるかは手探りだ。

 それでも今はこうしていられることが何よりで、そのまま月を見上げた。

「…今一緒にいるのはキリトだし、これからまだ時間は沢山あるでしょ。」

 2年かかって4分の3。単純計算であと8ヶ月はこの世界にいることになる。それだけあればこうしてゆっくり月を見る機会も沢山あるだろうし、この数ヵ月など問題にはならないように思えた。

 そう呟くように言ったセツナの手にキリトはそっと自分の手を重ねた。

「もう、離れなくて済むならな。」

 キリトがそう言ったのは過去2回のすれ違いを指しているのか、それともこれがデスゲームだからこその言葉なのか。

「…ごめんね。もう絶対に一緒にいるよ。」

 後者のことは考えないことにした。何の保証はないけれど、そのために強くあり続けている。

「それに、キリトがちゃんと守ってくれるでしょ。」

 そう言って隣の様子を窺うと、キリトは空を見つめて強く頷いた。

 

 

「…ちょっと押すなよ。」

 テラスの出入り口ではそんな彼らを見守る人々がいた。完全なる出歯亀。集団で覗き見て見付からないとでも思っているのだろうか。

「みなさん、趣味悪いですよー…」

「いけ、そこでチューだろ!」

「それは…さすがに見せられたら立ち直れない…」

 こそこそと小声で話しているつもりだろうが、大人数で内緒話してもそんなに静かにはならない。

 

「…ねぇ、聞こえてるから。」

 

 そしてレベルも誰より高く元々ソロプレイヤーの彼ら。気配を窺うと言う行為に対してそう右に出るものはいない。後ろに目がついているかのようなセツナの冷たい声に一同凍り付いた。

「いや、、まぁ我々としてもだな。」

 しどろもどろに言い訳を探すクラインにセツナは頬を膨らませた。

「もぅ! 知らない! 私は先に帰りますー。後は皆さんでどうぞ。」

 そして赤く染まった頬を隠すようにバタバタと一人ギルドホームを出ていった。

「お、おいセツナ!」

 一人残されたキリトとしても観察されていたとは気恥ずかしくその場から動くことは出来ずそのまま空を見上げ続けるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恥ずかしさのあまり勢いよく飛び出たはいいものの、一人で特段することもない。帰って明日の準備をするぐらいだ。セツナは2年前から全く進歩していない自分に呆れながらあんな楽しい空間を放棄したことにすぐに後悔した。

 転移門広場からギルドまでの道のりはのんびり歩けば15分か20分はあるだろうか。もちろんプレイヤースキル全開で走り抜ければその限りではない。フィールドダンジョンの中央にある小さな村の中で散歩がてら歩くのも中々楽しい。月のきれいな夜なら空気もよく尚更。石畳できれいに整地されており、街灯すら立つ。ここでも虫の音は聞こえ避暑地のような雰囲気を持つ。森の小道を抜ければそこはすぐ主街区につながる。

 だからそこが《圏外》だって言うことなどすっかり忘れてしまっていた。

 

「………っ!」

 

 急に動かなくなった体に言葉すら出なかった。この感覚は自分は知っている。74層ボス戦で経験したばかりのそれ。HPバーが点滅し状態異常を知らせる。ただ何が起きたかは全くもって分からなかった。

 

 麻痺毒。

 

この辺りはモンスターはほとんど出ない。仮に出たとしても特殊効果持ちなどではない。だから完全に油断しきっていた。ただそんな後悔は空しく、力の入らない体は膝から地面に崩れ落ちた。

 感覚の無い左腕に見えたのはいつ刺さったのか、小さな針。毒針か。

 

 

「ヒャハ…ヒャハハハハァ…!」

 

 

 耳障りな笑い声と共に現れたのは昼間に言葉を交わした男だった。

「あん…た…。」

「ハハァ…気を付けろって言ったろぉ?」

 紅白の制服。束ねられた髪に細面の顔立ち。

「…クラ…ディール…。」

 記憶の片隅にあった男の名を辛うじて吐き出した。

「舞神ちゃんに名前を知られてるとは光栄なこった。」

 男はニヤニヤとどこか狂喜に満ちた表情を浮かべる。そして時おり狂ったような笑声をもらした。

 

 ――気持ちが悪い。

 

 それは当然に麻痺のせいだけではない。全身をもって男の存在を拒絶していた。じろじろと見られるのも、声を聞くのでさえ不快でしょうがない。しかし、

「なん…で……。」

 それだけは明らかにしなければならない。こんなことをされるような謂れはないどころかほぼ無関係な間柄だ。振り絞るようにもらした声にクラディールは実に面白そうに声を上げた。

「なんで! なんでだろうなぁ! ヒャハッ、確かにあんたはなんも悪くねぇよ! 恨むなら黒の剣士を恨むんだなぁ!」

 この男とキリトはデュエルをしていた。そのきっかけは分からないが、ギルド内でも関係は上手くいっていなかったのだろう。そして見届けた通りデュエルはキリトの勝ち。恨み辛みの蓄積の矛先が向いたのが自分だったと言うことか。

 状況は少し理解した。ただ、そんなことで大人しくやられているような性格ではない。《圏外》ではあるが結晶無効化空間ではない。どうにか転移結晶か解毒結晶を手に出来れば状況は打破できる。動きにくい体をどうにか操作し、ポケットを探ろうとした。

「おっと、そうはさせないぜぇ。」

 しかし相手もそれは予測済か、両手を束ねられ中に吊し上げられた。身長差に足が浮き上がる。

「ぅぐ…っ…」

「あんたの強さは過小評価しねぇさ。結晶(クリスタル)なんか使われたら楽しみが終わっちまう。」

 ねっとりと舐めるように視線を送られ背筋が凍る。

「アノ女も良いけどアンタも中々だよなぁ。なんであいつの回りばっかこんな上玉が集まってるんだよ。」

 しまいには自然と流れた生理的な涙までぬっとりと舐め上げられ、現在のステータスが通常だったとしても、動けないぐらいに体は硬直した。

 

 ――怖い…怖い……

 

 今までどんなモンスターと対峙してもそんな感情は生まれたことはなかった。どんなに強い相手だとしても恐怖は無かった。それが今は体が動かないほどに震えている。もうそれはステータスのせいか恐怖のせいかは分からなかった。

 当然にハラスメント警告は出てはいる。ただそれを選択することすら許されない。

 

「…ぃゃ…。」

 

 辛うじて漏れた声さえ男には興奮剤のようだ。

「アンタを壊したらアイツはどんな顔をするのか、考えただけでぞくぞくするね。」

 狂っている。愉悦に歪む表情。

「あ…なた…ホントに血盟騎士団なの?」

 最強ギルドと誉れ高い、かのギルドの団員とは思えない口調に態度。そして…このモラルの欠片すらない行動にオレンジに染まったカーソル。

「ハハ…さすが、いい目をしてるな。」

 そう言って捲り上げられた袖の下のタトゥーをみてセツナは激しく喘いだ。それはかつて討伐隊が組まれ、殲滅した…殺人ギルドのマーク。…そして、セツナがこの世界でプレイヤーの命を奪うことになった事件でもある。《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》。

 

「…あ………。」

 

 瞳孔は開き呼吸は荒く不定期に変わる。記憶の奥に眠っていたはずのものが揺り動かされた。

 

「いや、…いやぁ!!!」

 

 泣き叫ぶセツナにクラディールは体を震わせ喜んだ。

「はは、そう来なくっちゃなぁ!」

 そして未だ麻痺に硬直するセツナの右手を動かし、それを縦に振った。

「何を…する気なの?」

 恐怖と強い自責に押し潰されそうになりながらも途切れそうな意識を必死に繋いだ。

「知らねぇのか?」

 震えるセツナの声に気分を良くしたクラディールは饒舌に続ける。

「通常はこんな風に触ると警告が出るだろ。ただなぁ裏技がこいつにも存在するんだよ。プロパティの奥ふかーくに倫理コード解除ってのがあってなぁ…。」

 血の気が引くのを感じた。それが何を示すのかセツナには分かりようもなかったが、ハラスメント警告を行使できないこの状況より酷いと言うことだけは分かった。

「…やだ!!! いやぁ! キリト!!!」

「ヒハハハ! 呼んで来るんならもう来て…ぅぐっ!」

 

ザシュッ

 

 聞き覚えのある斬撃音への安心と、引き上げる力を失い、セツナは再び膝をついた。

「悪い…遅くなった。」

 言葉が出ず、ふるふると首を横に振るセツナ。涙に滲む視界が捉えたのは黒ずくめの、黒い剣を携えた少年だった。

「て、てめえ、なんで。」

 部位欠損を起こした腕を庇いながら、クラディールは後ずさった。切り落とされた両手首がポリゴンとなって消えた。それは、決して触れてはならなかった。キリトは憤怒の表情で地を這うような声を出した。

「…殺してやる。」

 そして、エリュシデータを構えると四方から切りつける四連撃《バーチカル・スクエア》を繰り出した。

 赤いエフェクトと重たい音が響き渡り、一気にHPを赤まで染め上げる。

「ひっ…ひぃぃい…。」

「すぐに楽にしてやるさ。」

 チャキッと音をたて、抵抗できずにいるクラディールにキリトは再び剣を構えた。しかし、それはようやく体が動くようになったセツナに遮られた。

「キリト…ダメ…。」

「…なんでだよ…。」

 怒りに体を震わせるキリトにセツナは再び頭を振った。

「殺しちゃダメ…。それはキリトのためにならない。」

 その瞳にはもう涙はなく、いつもの表情に戻っていた。しっかりと見据えられキリトはややあって剣を下ろした。

「…血盟騎士団に引き渡そう。こいつの審判はアスナとヒースクリフに任せる。」

 

 

 

 3人でグランザムに転移し、事の顛末を報告するとヒースクリフは二つ返事で彼の処遇を引き受けてくれた。そして、回廊結晶を使い、黒鉄宮の監獄送りの裁きを下した。彼に、本当に騒ぎが絶えないねと言われたが、否定は出来ない。こんなにもすぐここの敷居を跨ぐことになるとはキリトも想像すらしていなかった。

 血盟騎士団本部を出たところで、セツナはその場に座り込んだ。

「はぁ……………。」

 緊張の糸が途切れ、その瞳には再び涙が浮かび、体は小さく震えていた。

「怖かった…。」

「ゴメンな。」

 謝るキリトにセツナはやはり首をふった。

「ううん。」

「でも…俺のせいだ。」

「キリトのせいじゃないし…来てくれた。」

 きっかけはキリトかもしれない。ただそれは逆恨みであり、キリト自身が撒いた種ではないことはセツナにも分かった。

「でも、なんで…。」

「そろそろホームに着いたかと思ってマップを見たらまだ20層にいたからおかしいと思ったんだ。…間に合って良かったよ。」

 それは、本当に心からそう思った。このゲームに自分の知らないシステムがあるのも驚きだったが、その続きはあの男の口からは聞きたくも知りたくも無かった。

「私、この世界で初めて怖いって思った…。」

 セツナの悲痛な声。走っている最中に聞こえた自分を呼ぶ声。キリトはそんな思いをさせてしまった自分に激しい憤りを感じた。

「俺…もう、2度とこんな思いはセツナにさせない。俺の命はセツナのために使う。だから…最後の瞬間まで一緒にいよう。」

 その分、強く決意したその思い。まだ、震えの止まらない体を強く抱き寄せ、告げた。引き寄せられるままに体を預け、その体温の暖かさにセツナは静かに目を閉じた。

 

「…ちょっと、疲れたね。」

 

 セツナの口から溢れたのは素直な言葉だった。キリトの肩に頭を預けたまま続ける。

「色んなことが有りすぎて…ちょっと休んでもいいかな。」

 特にこの数日は怒濤のようだ。良いことも悪いことも、いっぺんに襲ってきた。キリトも同じ気持ちだった。

「いままで、十分頑張ったよ。ちょっとぐらい休んだって誰も文句は言わないさ。」

「うん。」

「誰もいないところに二人で引っ越そう。」

 そう言うと、ようやくセツナは微かな笑顔を見せた。

 

 

 




…初めは楽しい雰囲気だったのに、クラディール…。
もっとゲスい構想もありつつこれが、限界です。
書いててある意味一番しんどい回でした。

白エール飲んで忘れよう。


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43:間層*長い一日の終わり

 

 

【緊急動議。至急出動されたし。】

 

 夜の緊急召集は珍しい。むしろ初めてだったかもしれない。

 アスナは丁度お風呂に入り終えたとこでそのメッセージを開いた。

 

 すっかりお休みモードだった頭を無理矢理に切り替え、気だるい体をどうにか動かす。ただでさえ色々あった1日なのに最後におまけまでついてくるとは。

 ただでさえキリトの脱退と急なイベントで仕事は溜まっている。それにも関わらず緊急召集…。いい話ではないことは確かだろう。

 

―正直めんどくさい…

 

 と言うのがいくら真面目なアスナでも本音であり、進まない足をどうにかギルド本部に向かわせた。

 

 

 セルムブルグより気温の下がるグランザムに転移し、湯冷めを心配するも、そう言えばこの世界ではそんなことは関係ない。すっかり長い髪の毛すら水気はなく通常通りに戻っている。ドライヤーが要らない生活に慣れすぎて現実に戻ったときが心配なぐらいだ。

 夜も更け、通いなれたギルド本部は暗闇に青白く浮かび上がっていた。

「任務、ご苦労様。」

 夜にも関わらず交替で立ち続ける門番には頭が下がる。戦闘能力は勝っていてと忍耐力では絶対に敵わない。

 大きな扉を開け放ち、場内には入るとあまりの静かさに自分の足音だけがコツコツと響いた。本来なら息切れのしそうな階段を上がり、執務室の扉を叩いた。

「アスナ、入ります。」

 いつもの通り返事を待たずに入室すると、そこには四人のプレイヤーの姿があった。

 紅白の制服を来たギルドメンバーのヒースクリフ団長に、クラディール。そしてついさっきまでは団員だったキリト…それにセツナだった。

 縄で縛られ床に膝をついているクラディール。それを冷たい視線で居抜き続けるキリト。いつもの凛とした表情の欠片すらないセツナ。異様な光景に思わず部屋を出てしまいそうになった。

「アスナくん、待っていたよ。」

 ヒースクリフのその声に後ろ手に扉を閉めた。

「…これは、どういうことでしょうか。」

 想像もしていなかったことに頭が考えることを拒絶している。確かに、緊急と言えば緊急なのかもしれない。

「うちの団員がセツナくんに暴行を働いたようでね…。その処罰をしてもらいたい、と言うのがキリトくんの申し出だ。」

 ヒースクリフの簡潔な説明にアスナはクラディールとセツナを交互に見た。

 クラディールは自分としても得意ではないギルドメンバーだった。一時自分の護衛の任についていたが、あまりの盲信とストーカー気質に辟易していた。そしてキリトとは入団したときから反りが合わなかった。…それは自分とキリトがクラディールとよりもはるかに仲良くしていたからだろうが。要するに単なる逆恨み。デュエルを経てその感情はいっそう強くなってしまったのだろう。その事を考えればヒースクリフの言ったことが間違いではないことはすぐに分かった。

 通りでセツナの表情が人形のようになっているわけだ。必死で平静を取り繕っているのだろうが、瞳に輝きはなく、漂うオーラもいつもの堂々としたものではない。通常時は容姿からしても実に隠密行動の向かない彼女だが、いまならアルゴも真っ青な隠蔽(ハイディング)を誇りそうだ。

 

「なるほど…。ちなみにキリトくんはどう思っているの?」

 こんなに強い視線を戦闘以外で見たのは初めてかもしれない。アスナはキリトの怒りの程度を知った。

「…さっきは、怒りに任せて殺してやりたいって思ったさ。…ただ、それはセツナが望まなかった。だからあんたらに託しに来た。」

 真っ直ぐに視線を送られる。こんな形で知ることになるとは思わなかったが、キリトの思いの強さに今更ながら自分の入る余地はなかったのだと胸が痛んだ。

「そう…。セツナは?」

 セツナのように平静を装いながらアスナはセツナにも視線を送った。やや虚ろな表情が少し色を取り戻し、セツナは口を開いた。

「この人は…笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のタトゥーを持っている…。ただ私たちの手をもう汚すことはない。だから…」

 その続きは紡がれることはなかった。ラフコフにおいては彼女がここにいる誰よりも傷を追っていることは知っていた。人を手にかける、PKすることはモンスターを倒すエフェクトと同じでも重みが全く違う。この中でそれを知っているのは彼女だけだ。本音では顔も見たくないおぞましい存在かもしれない。それでもPKだけは選択しない。彼女の選択は経験したものにしか分からないことだろう。勿論、それを経験することは今後もない方が良いに決まっている。

 アスナは大きく息を吸い込むとパリッと張った声を出した。

「分かりました。では、クラディールは本日現時刻を以て除名処分。黒鉄宮の牢獄エリアにて実刑…と言うのでどうでしょうか。」

 基本的に指針を示すのはアスナ。決定を下すのがヒースクリフだ。

「あ、アスナ様…。ち、違うんです…。」

 弱々しく声を出すクラディールを一瞥し、アスナはヒースクリフに視線を戻した。ヒースクリフも深く頷く。上位の者へのへりくだり方は見事なものだが彼の本性を知らないわけではない。下位の者や気に入らない者は容赦なく扱き下ろし、結果がこの事件だ。

「…事情はどうあれ暴行を働くような者を放っておくことは出来ません。よく反省することです。」

 にべもなく言い切るアスナにクラディールはついにはクソッと吐き出した。そしてどこから取り出したのかヒースクリフの回廊結晶により、牢獄へと送られたのだった。回廊が開かれ、閉じられるまではクラディールの恨み言以外の言葉が発せられることは無かった。

 

 

「ご配慮、感謝します。」

 

 結晶の光がなくなったところで口を開いたのはセツナだった。その瞳は完全に光を取り戻し、立ち姿にはいつもの《舞神》の姿があった。

「いやいや、うちの団員が迷惑をかけたね。何事もなく良かった。」

「いえ、夜分にありがとうございます。」

 当たり前のように返事をするヒースクリフに、セツナは頭を下げた。

「君とは昼にデュエルしたばかりだったからね、こんな形でまた顔を会わせるとは思わなかった。」

「…お恥ずかしい限りです。」

 そんな風に会話する二人を見てアスナは意外に思う。いつもセツナと言えばどこか尊大で、ヒースクリフ相手にも丁寧語を使えど態度は変わらない。それがこの粛々とした雰囲気。彼女の違う一面を見たように思った。こうして頼ることに本当に恐縮していることが窺える。それでも、頼ることを選択せざるを得なかった程の状況を作ったのは少なからず自分のせいでもあった。

「…ゴメンね、私のせいだね。」

 謝辞を口にするのはアスナの番だった。

「…なんでアスナが謝るの?」

「クラディールとキリトくんが険悪だったのは私のせいだもの。」

 そしてキリトをギルドに引き込んだのも。

 真っ直ぐ見てくるセツナに耐えきれず視線をずらすとなんとも言えない表情をしたキリトの、姿があった。アスナのせいとは言いたくないが否定も出来ないといったような。

「…たとえ、そうだとしてもアスナのせいじゃないよ。悪いのはあの男と私の油断。」

 そう言って真っ向から否定し、口角をあげて見せるセツナにあぁ敵わないなと心から思った。ありがとう、それ以外の言葉は、もう出なかった。

 

 

 

 部屋を出ていく二人を見送ると、もうホームに戻るには少し面倒な時間になっていた。

「アスナくん、すまなかったね。」

「いえ、私の務めですから。」

 ヒースクリフに労われ、敬礼を返す。

「ただ、遅いので仮眠室を使わせていただくことにします。」

 お風呂も入ったしホームに帰ったとしてもまたトンボ返りで出勤だ。帰る気分にはなれなかった。

「そうしてくれ。明日からはキリトくんの分まで頑張ってもらわないといけないからね。」

「…心得てます。」

 失礼します、とようやく自分も部屋を出て伸びをする。明日からはパーティ誰と組もうか。その前に仕事が沢山あるから攻略はできるのか。

 暫く今日のような長い一日は勘弁だ。加えるなら緊急召集も二度とされたくない。

 明日からはもう彼とパーティを組むことのできない寂しさを押し込め、アスナは自分のベッドより固い仮眠室のベッドに入った。思っていたよりも疲れていたのかすぐに睡魔が襲ってくる。

 

 どうか彼らが幸せに。

 

 微睡みながら心からそう願えるよう自分に言い聞かせた。

 

 

 




アスナによるクラディール裁き。
アスナに酷なことばかりしてますね。
恋敵がヤなやつなら恨めるんですけどそうもいかず。ヤなやつだったらそれはそれで悲しくもなりますが。難しい乙女心。


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44:22層*安らぎの空間

 

 

「静かなプレイヤーホームのオススメなら22層だナ。」

 御祝儀代わりダ。タダにしておくヨ。そんな言葉と共に情報をくれたのは、二人にとって一番親しい情報屋のアルゴだった。…74層攻略時の新聞ではどれだけ稼いだのだろうか。

 

 

 50層の喧騒から離れ、22層に降り立つと、静かな湖畔の近くにログハウスが立ち並んでいた。

 

「うわぁー…!」

 

 22層は迷宮区以外はモンスターの出ないフロアだ。最前線の時はさっさと攻略され、さして印象に残らなかった。しかしこうして見てみると…。

 そんな風に歓声を漏らしたセツナにキリトも安心した。昨日どうして一緒にいてやらなかったのかと後悔したのはキリトも同じで、もしあと少しでも遅ければ彼女の心に大きく傷を残し、自分が許せなかったことだろう。あんな状況でもセツナはキリトを思いやり、向かった《血盟騎士団》ギルドでは毅然とした態度をとって見せた。プライドか、意地か。いずれにしても彼女のそういう強さには勝てないと思った。でも、だからこそ自分が守りたいとも、強く思った。どんなに強くても女の子なのだ。隣でずっと笑っていられるように。

「ここにするか。」

 湖の畔で水と戯れるセツナを見てキリトは即決した。アルゴに値段は張るがナと言われエギルの店でアイテムは整理済みだ。

「うん!!」

 セツナの方からも元気な返事が帰ってきた。

 折角ならとより景観と環境の良い一番の奥地に向かう。アルゴの情報通り中々の価格なので売れているのはそう多くなかった。環境が良いからか一番奥のプレイヤーホームは一番の価格を示していた。

「うわー…良い値段するね。」

 そうやって苦笑いするも、セツナはまず半分を払い、その残りをキリトが支払い鍵を受け取った。

 

 避暑地にあるようなログハウス。中も暖かい雰囲気を醸し出す丸太の作り。まだ家具はなく、閑散としていて、これから揃えなければならないが木の良い匂いが香り、それだけで戦いの場から離れられたように思えた。

  テラスに出ると空が近く、目の前には湖、遠くには山脈が臨める。自然に囲まれた絶景の位置だった。

「すっごい良い眺め…。」

「…アルゴに感謝、だな。」

 柵に乗り出しそうな勢いで景色を眺めるセツナを後ろからそっと手を重ね、引き留める。

「ふふ、そんなことしなくても落ちないよ。」

「どうだか。」

 小さく笑い、頭1つ分小さいセツナはキリトを見上げる。

「不思議だね。」

「なにが?」

「ずっと、この世界に生きているつもりだったけど、今世界に受け入れられた気がする。」

 そう言ってセツナは遠くを見据えた。自分達はこの世界に生きていることを受け入れながらも、ずっと攻略組として前を向いてきた。攻略すること、強くなること、前線から遅れないこと。それがプライドであり日々の行動指針であった。それを取り払うことで世界はまるで違うもののように見えた。

「…なんとなく言いたいこと分かる気がするよ。」

「そりゃそうだキリトは私と行動一緒だもん。」

「バカ言うな。俺はセツナほどめちゃくちゃじゃない。」

「言うほどめちゃくちゃじゃないよー。」

 そう言って笑いあったのは何ヶ月ぶりか、もしくは初めてか。穏やかな空間に全てが新鮮に写った。

 それでもそこはセツナはセツナで、勢いよく伸びをすると余韻も色気もへったくれもないといった様子でくるりと室内に向かって歩き出した。

「さてと、折角家を買っても住めなきゃしょうがない! もう一頑張りしますか。」

 アスナに言わせればこれがプラグマチックってやつか、とキリトはため息をついた。

 

 

 

 

 二人の引っ越しには昨日盛大にお祝いをしてくれたサチとケイタも駆け付けてくれた。生産職スキルを多数持つサチの協力は中でも心強く、カーテンからベッドカバーから好みの通りに設えてくれた。

「持つべきものはサチだわー。」

 セツナはベッドにごろごろしながら横で枕カバーを作るサチを楽しそうに眺める。

「もともとこう言うの好きだったからね。コーディネート手伝わせてくれて嬉しいよ。」

 黒猫団ギルド本部も所々かわいいテイストが散らばるのはサチの趣味だ。可愛くて、華美でなく安らげる空間。

「やっぱ戦闘スキル以外も取っておけば良かったかなー。」

 アルゲードのホームの惨状は寂しいことになっている。暮らしの快適さの欠片もなくそこは機能性重視だ。言うなれば必要最低限。誰が見ても女の子の部屋だとは思わないだろう。

「これからちょっとだけお休みするんでしょ? だったら少しかじれば良いじゃない。」

 手を動かしながら笑うサチはお母さんのようだ。セツナは増えたまま放置していたスキルスロットを何で埋めるか巡らせた。

「うーん…生活ならやっぱ料理? でも湖あるから釣りとかも楽しそう…。」

「スキルスロット幾つあるの?」

「12個かな。」

「12個!?」

「あ、サチと言えどレベルは内緒だけどね。」

 自分のスキルスロットの数を思い浮かべサチは唖然とする。強い強いと思ってはいたがやはりちょっと別次元であることを実感した。

「ケイタたちが攻略組になれないわけだわ…。」

「攻略組になる必要ないよ。中層で強いぐらいで十分だよー。」

 楽しそうにスキルを眺めるセツナにサチは小さく息をもらした。セツナの言うように《月夜の黒猫団》は中層では十分に強い。ただ攻略組にはあと一歩足りないのだ。こんなにのらりくらりとしたセツナが攻略組でも最強の一画を担っているのに、何故ケイタたちが追い付けないのかはサチにはどうしても分からなかった。

「でも、ケイタたちはなりたいんだよ。」

「うーん…難しいことは分からないけど、なりたいじゃダメなんだと思うよ。よし、これでオッケー!」

 その間にもセツナはスキルをセットし終えたようで満足げな表情(かお)をした。

「やっぱ取り敢えず料理! サチ、教えてね。」

 なりたいじゃダメ、か。口の中だけでそう呟きサチはあと少しの行程の枕カバーを完成させることにした。

 

 

 引っ越しは夕方までかかり、四人でご飯を食べに行こうとセツナが誘うも、ケイタとサチはやんわりと断った。

「折角住みやすく調えたんだから二人でゆっくりしなよ。」

「そうだよー、力作なんだから!」

 そう言われキリトを見上げるとキリトも薄く笑った。

「じゃぁ、絶対また来てね!」

 名残惜しそうに言うセツナにいつでも会えるのにと二人は笑いながら去っていった。

 二人の姿が見えなくなるまで見送ると、キリトは新しいホームの扉をゆっくりと開けた。

「それではどうぞ、お嬢様。」

 軽く腰を折り左手で中を示す姿が茜色に染まっている。日が落ちるのが随分早くなったなと感じた。

 勧められるがままに中に入ると、初めに入った時とは見違えるような空間になっていた。木の暖かさは変わらずに、家に合わせた家具が並ぶ。かわいいレースのカーテンがかけられた窓からは夕日が指していた。

 その中、中央のローテーブルに置かれた小箱が目を引いた。

 

「これは?」

 

 セツナの記憶によると、二人を見送りに出る前には無かったものだ。

「…開けてみな。」

 言われるがままにゆっくりとその箱を開くとそこには二つのシルバーリングが収まっていた。

「これ…。」

 中央にゴールドのラインが引かれているだけのシンプルなデザインのそれが何を意味するものなのか、さすがに分からないセツナではなかった。

「…何度もすれ違ったし、セツナには助けられてばっかりだけど…昨日も言ったけど、俺の命はセツナを守るために使う。だから…。」

 その答えを聞くためにセツナはしっかりと途切れ途切れに言葉を紡ぐキリトを見た。

 

「だから、結婚しよう。」

 

 最後の言葉だけはしっかりと目を合わせその想いが本物のことを悟る。涙が溢れそうになるのをこらえてセツナは口を開いた。

「…私、アスナやディアベルのことがあって、ずっとキリトのこと考えてた。」

 ずっと分からず、一度は離れることも選んだ。アスナの強い想いやディアベルに寄せられる想いとはなにか違っているように思っていた。

「この世界に来るまでも、キリトとは色んな場所で会ったけど…こんな気持ちになったことはなかった。」

 ただ最後に残ったのはキリトの隣にいたくて何より大事だと言う想い。

 

「ずっと、一緒にいたい。この世界が終わっても。」

 

 それがセツナの答えだった。システム的にはパーティを組む気軽さと変わらないものだが、そこに内包される想いは大きなものがあった。

 以前、圏内事件を追っていた時は自分にこんな日が来るとは思わず、システムの解釈だけをし、よく軽々しく結婚すると言えたもんだと今なら思う。

 ゆっくりと笑顔を作りながらも目尻から涙をこぼすセツナの頬を指で拭い、キリトはそのまま唇を寄せた。一瞬見張られた真っ赤な瞳もゆっくりと伏せられる。そして優しく抱き寄せると、肩に顔を埋めて口を開いた。

「絶対に俺が元の世界に還す。それで、本当のセツナにも絶対に会いに行くから。」

「それ、私のセリフ。」

 どこまでも強気なセツナにキリトはやっぱり敵わないなと笑った。そして、その華奢な指に指輪を嵌めた。それにならい、セツナもキリトの左薬指に嵌める。

 揃いの指輪があることは、それだけで少し心が落ち着かないようなそれでいて、妙な安心があるような気持ちになった。セツナは指輪の嵌まった左手を顔の正面まであげると緩む口許を抑えられなかった。すると目の前にポップするウィンドウ。

 

―marry kiritoから結婚を申請されています

 

 あまりにも無骨で、なんの飾り気もない表示が逆に自分たちに合っているように思えた。迷わず左の丸ボタンを押す。

「よろしくね。」

 すると緊張してたのだろう、ようやくキリトの体から力が抜けた。

 

 そう言えば、以前結婚の話題になった時に出たのがステータスの話だった。フレンド、パーティ、ギルド、3つの関係に比べて大きく異なる変化。真剣に話していた筈なのに意外と忘れてしまうもので、承諾したはいいものの、どんな変化が起こるかきちんと理解はしていなかった。

「そう言えば、どう変わるんだっけ?」

「…確か、アイテムストレージの共有化、金銭の共有化…あとは…。」

 

「あーーー!!!」

 

 思い出しながら指折り変化を上げるキリトのかいなくセツナは真っ先に一番の変化を見た。

 

「なんだよ。」

「キリトの…レベル…。」

 

 パートナーステータスの可視化。つまりは全ての共有。今の今まで柔らかく微笑んでいた筈なのにそれをみてセツナは一気に青ざめた。

「98!?」

 ちなみに自分のレベルは96になったところだった。ふるふると体を震わせる。

「そりゃぁ頑張りましたから。」

 ふふんと誇らしげに言うキリトにセツナが迷宮区に飛び出しそうになり、それを止めるのも一苦労。

 

 結婚してもそこはセツナはセツナだった。

 

 




戦闘シーンより砂糖まみれの方が苦手ってどういうこと…。
次こそはと毎回思うのですが。
セツナがデレないのがいけない。


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45:22層*二人の休日

 

 

 

 昨日引っ越した22層のプレイヤーホーム。その新品のキッチンからはもくもくと煙が立ち上っていた。

 

「むむぅ…。」

 

 眉間にシワを寄せ、難しい顔をしてセツナはその様子を眺めていた。

 …おかしい。確かに料理スキルは昨日セットしたばかりで、熟練度はないが何故卵を焼くだけでこんなことが起きるのか。プスプスを音を立て真っ黒で原型をとどめない物体が目の前に鎮座している。

 理解できずに苦悩していると、臭いに起こされたのか煙に起こされたのか…普通にアラームで起きたのか知るよしもないがキリトが起きてきた。

 

「おはよ。ってなんか凄いことになってるな。」

「おはよー…メニュー通りにやったのにー…」

 

 しゅんとするセツナに確かに不思議だとキリトも考える。基本的にそう高度なことをやろうとさえしなければ失敗することはないはずだ。卵を焼くだけで丸焦げになるのは考えにくい。その証拠に隣に並ぶサラダはきちんと仕上がっている。

「なぁ、使った卵ってまだあるか?」

 キリトにそう言われアイテムウィンドウからセツナは卵を取り出す。

「これだけど?」

 差し出された卵をタップし、ステータスをみてキリトは納得する。

「この卵ドロップ品だろ。まだセツナに扱えないランク設定だよ。」

 この世界のアイテムには全て要求値がある。キリトのエリュシデータにしろセツナのノーブル・ローラスにしろかなりのレベルを満たさないと装備はできない。それと同じで食材も料理スキルによって取り扱いレベルが決まる。以前キリトのドロップした《ラグー・ラビットの肉》などはレア食材も良いところで、いくら良い食材だろうと自分達が調理すればただの炭になってしまう。セツナの焼こうとした卵もおそらくは68層のドロップ品だろう。初心者のセツナに扱える品ではなかった。

「そっか…良かったー…戦闘以外のスキルが根本的に向かないのかと思っちゃった。」

 戦闘スキル以外のスキルをセットするのは初めてと言うこともあり、珍しく不安もあったのだろう。セツナは肩から息を吐いた。

「まぁ向き不向きはあっても基本的なことは大して差違ないように思うけどな。」

「そこは私の作ったものなら何でも良いって言うトコじゃないの?」

「うーん…アスナの料理知ってるからな…。」

「うーん…それは敵わない。」

 セツナの不平に真面目な顔をして答えるキリトにご相伴に与ったことのあるセツナも真顔で頷く。

「よし、許してあげよう! じゃぁ仕方ないからあるものだけでご飯にしよっか。」

 切り換え早くテキパキとパンやらチーズやらそのまま食べられるものをアイテムストレージからテーブルに並べただけで立派な朝食の完成だった。

 セツナがそんな風に準備してくれたことなどこの2年一回たりともなかったので、それでもキリトは嬉しく思い席に着いた。

 

 

 

 昼にはキリトの釣った魚を焼こう! とお互いに全然熟練度の高くないスキルを初めの頃に戻ったように必死で強化する。こればっかりはいくらレベルが高くとも、お金があろうとも、回数を重ねるしかない。

 ただ失敗しても釣竿や餌を買うお金も、食材や調理道具を買うお金にも苦労はしなかったため一般プレイヤーよりは早く効率的に上げられそうだ。

「家買ってすっからかんだと思ってたけど…なんでこんなに残ってるんだよ。」

 それは財布が一緒になったことでキリトの方は助かった面もあった。

「だって、アスナみたいに家にもお金かけてないし、戦うのが趣味みたいなもんだったし…装備も基本ドロップ中心だったからね。」

 使うことなかったんだよね、とセツナからさらりと回答が返ってきて、キリトは自分の無駄遣いをやや反省することになった。

 

 今まではほとんど毎日攻略のこと、強くなることを考え、過ごしてきた。たまに1日寝たりだらだらすることはあってもこんな風に過ごすことはなかった。

 窓から外を覗くと、ちらほらと釣りをしたり買い物に出掛けたりするプレイヤーが見掛けられ、意外と普通に()()をしている人たちもいるんだなと知る。この世界の人たちは攻略組、ある意味一番ゲームを楽しんでいる中層プレイヤー、はじまりの町の救援待ち組と大きく三つに分類されると思っていたので二人には大きな発見だった。攻略組としてクエストをこなし、迷宮区に籠り、ボスを倒す。戦うこと以外の楽しみも知ってはいたつもりだったが結局はそれしか知らなかったように思う。

 しかし、そんな発見が楽しかったのも昼過ぎまでだ…。

 昼はしっかりキリトの釣った魚を焼いた。それなりの熟練度で釣れるそれなりの魚。それを初心者に毛の生えたような人間が塩焼きにした。それはそれで素材の味がして素朴で美味しかったのだが問題はそこからだった。

 

「ひまーひまーひまー…。」

 

 3時にお菓子を作り終えた時点でセツナが飽きだした。

 背中に張り付きごろごろとじゃれるセツナに、猫か! と突っ込みたい気持ちを抑え、キリトは目の前の釣竿に集中しようとした。

 …気持ちは分かる。ずっと戦闘に明け暮れて、冒険してきたのに今日から普通に生活しましょう、なんてすぐには順応出来るわけない。退職したサラリーマンが燃え尽き症候群になるようなもんだ。

 キリトも同じような気持ちで、湖に垂らしてた釣糸を引き上げた。今日は気持ち的にもう釣れなさそうだ。

「…明日になったら、もう一度この世界を巡るのはどうだ? やり残したクエストとか、好きなクエストとか。」

 キリトの提案にセツナは目を輝かせた。

「一緒に居なかった層を攻略し直しとか!?」

 よくよく考えてみれば、ただでさえここ数日迷宮区に行ってない。一見、禁断症状のようにも思える。背中にへばりついて釣りの邪魔をしていたのから一転、シャキッと起き上がった。戦闘狂め…と呆れる気持ちもありながら、提案している自分も人のことは言えないと、それは押し止めておく。

「そうだな。新しく解禁されたクエストとかもあるかもしれないし。」

「うんうん! きっと楽しいよ! アルゴの攻略本全部改稿させちゃおう!」

 共有化されたアイテムストレージには実に148冊の攻略本が格納されている。74層分の攻略本掛ける二人分…。よっぽど気に入ったのか、セツナはそれを全て取りだし、旅行のプランでも立てるかのように攻略本を開きだした。

「一冊はそのまま置いておこうね! 後で比べたらきっと楽しいよ! 本棚作ろうかー! 重たいし。」

 ワクワクとした表情を浮かべ、急に饒舌になる。休むって言ったのに、とも思いながら、嬉しそうなセツナに安心しキリトは自分も攻略本をめくり始めた。何も体ごと休む必要はない。

 

 

 

 

 

 翌日、二人で1層へと降り立った。

 《軍》の闊歩する城塞都市。全ての始まった場所でもある。茅場晶彦のアバターにデスゲームを告げられ本当の姿の自分達が出会った場所。

「さてと、行きますか!」

 昨日とはうって変わって気合い十分に実に楽しそうなセツナにキリトの口角も自然と上がった。

「モンスターがかわいそうなレベルだけどな。」

 

 《はじまりの町》から《ホルンカ》。時間がかかるおまけに苦い思い出のある《森の秘薬》クエストはスキップだ。

 《トールバーナ》の劇場では仲良くおしゃべりをしながら食べていなかった朝食をとる。《逆襲の雌牛》クエストは当然のように受注し、あの頃のようにパンを一緒に頬張る。

 初めてアスナと出会った西の森やクラインと3人で初めに狩りをした草原。歩いてみると所々に色々な思い出の欠片が散らばっている。

 

「やっぱ1層は広いねー。」

「74層は随分と狭くなってたんだな。」

 

 そして円錐型のアインクラッドの構造を実感した。

 

「なんか1層はホント遊び尽くした感じあるね。」

「攻略に時間もかかったしベータの頃も散々回ったからな。」

 

 迷宮区の階段を昇りながらも会話は弾む。低層ならソードスキルを使わずとも、武器を当てるだけでポリゴンの欠片が量産されるのでそれでも問題にならない。

 

「ここで私たち《ビーター》になったんだよね。」

 

 あの頃は2ヶ月かかった1層の攻略に今や1日もかからない。開け放たれたままのボス部屋へ入り、奥まで進めばもう2層への階段が待っている。

 

「セツナまで一緒に被ること無かったのにな。」

「そう? 一人より二人の方が良いじゃない。」

「あの時も横にいるって言ったのになー…。」

「先に裏切ったのはキリトだよ!」

 

 48段の階段をあの時と同じように二人で昇る。元ベータテスターへの風当たりがキツかったため、全ての疑念を背負うと決めたあの時。そして昇りきった草原でアスナと別れた。

 

「思えばあいつアノ時から…?」

「え?」

「ディアベルだよ」

「……それは知らない。」

 

 1層をまわり終えたが、プレイヤーは《はじまりの町》以外にはほとんど居なかった。上層プレイヤーが下層にあまり滞在するのは一歩間違えば荒らしになるためあまり歓迎はされない。念のためセツナの髪はケープで隠してはいるが暫くはそんな心配もなさそうだった。白銀の髪はいつだって人の目を引く。分かってはいてもキリトとしては少し複雑だ。

 

「ケープまであの頃仕様にしなくったって。」

「色は一緒でもこれサチ特製だから凄い隠蔽(ハイディング)補正なんだよ。」

「マジで!?」

 

 それでも効果付装備と聞くと反応してしまうのはもうゲーマーとしての性だろう。

 

 2層では主街区《ウルバス》を抜けると二人の多用するエクストラスキル、《体術》のクエストがある。仙人のようなNPCの元を訪れると、

『武の真髄を極めておるそなたたちには授けることはない。』

と言われ当然にもうクエストは発生しない。折角なので達成条件の大岩はそれぞれの得意技で破壊をしておく。セツナは当然にムーンサルトの《弦月》、キリトは手刀技の《エンブレイサー》だ。破壊不能物体スレスレの岩だがレベルを重ねた今ならそう問題にはならない。清々しいぐらいに綺麗に割り、心なしかNPCも嬉しそうな表情をしたような気がする。

 昔は高価だった名物の絶品ケーキ、《トレンブル・ショートケーキ》も今ならいくらでも食べられ、《タランまんじゅう》も中身がクリームだって知っているので美味しいスイーツとしていただく。

 

「なんか食べてばっかりじゃない?」

「いつものことだろ。」

 

 以前よりも遥かに気楽に楽しく世界を巡った。観光のように実に気軽に。

 直径10キロにもわたる二つの層をくまなく探検し、軽い戦闘で体も動かしたことで初日としては十分、と3層へと到着した時点でその日は家に帰ることにした。そろそろ日の落ちる時間帯でそれもちょうど良い。

 森林エリアの3層の主街区《ズムフト》を目指しながら、今日はよく眠れそうだと二人で笑い、戦闘で手にした食材をどう料理するか話していたその時だった。

「1層2層レベルなら今のセツナだってちゃんと調理出来るだろ。」

「…料理に関してはそのレベルなのが悔しい…ってキリト…。」

「え?」

「…女の子が倒れてる。」

 この世界には似つかわしくない小さな少女が倒れていた。

「嘘だろ!? 低層とはいえ…ここは《圏外》だぞ!」

 慌てて二人で駆け寄るも少女は瞳を閉じたままだった。白いワンピースに長い黒い髪。装備の類いは全く見当たらない。そして、セツナはあることに気付いた。

「…この子カーソルすらない…。」

 この世界のモノならNPCだろうがモンスターだろうが持っている頭上のカーソルが少女にはなかったのだ。顔を見合わせ理由を考えるも今までそんなものに出会ったことはないし、二人はあくまでもプレイヤーでバグやエラーを理解できるわけはなかった。

「…取り敢えず《圏外》には置いておけないよ、連れて帰ろう。」

 そう言って少女を抱き上げたキリトにセツナも頷き一先ずは真新しいプレイヤーホームへと帰ることにした。

「早く、目が覚めると良いね。」

 

 自分たちが偶々歩いて巡っていたから良いものの辺り人の通る場所ではない所にいた少女。不思議なことばかりだが、全ては彼女が目を冷ましてからに委ねることにした。

 

 

 




と言うわけでユイちゃんとの出会い。

セツナもキリトも現実では引きこもりの癖になここだと随分アクティブなようでお家デートは向かないようです。
直径10キロだから外周だけで約30キロ…2層もよく回ったな、と言うのは疾走スキルの賜物と言うことに。
書きたい思いはありつつ文体がどうも安定しないのが最近の悩みです…

どうでも良いですが活動報告にてセツナのスキル設定公開してます。興味のある方はどうぞ。


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46:22層*不思議な少女

 

 

 

 2つのベッドのうちの1つに少女を寝かせ、ようやく一息ついた。

 3層の森に横たわっていた少女。年齢は8歳ぐらいだろうか? もしかしたらもっと、幼いかもしれない。セツナの出会ったこの世界(アインクラッド)での最年少はシリカだ。冒険をするならシリカがギリギリな年齢じゃないかと思えるが少女は《圏外》に倒れていた。誰か保護者のような存在がいるのか…。

「なんでこんな子が…。」

「まぁレーティングなんてものは自己責任でいくらでも誤魔化しはきくけどな。」

「だとしてもこの2年間…可哀想。」

 セツナやキリトはベータ時代の経験を活かし、すぐに攻略することを始めたがあのアスナでさえ初めは《はじまりの町》に籠っていたと言う。おそらくはシリカも…。でなければセンス十分な彼女は攻略組にいてもおかしくはない。そう、同じぐらいの年代の彼女たちでさえ、脅え、この世界を呪った。もっと幼いこの少女はこの2年間何を思っただろう。

「しかし…カーソルがないのはどう言うことだ。」

 気になるのは彼女の年齢もそうだが、カーソルがないこと。NPCなら出現場所が決められているため強引に移動させるなんてことは出来ないが、移動することができたと言うことはまずプレイヤーと考えるのが自然だろう。

「バグ…? でもGMにコールしてもどうせ回答はないだろうしね。」

 最初の日、この世界に閉じ込められたときにlogoutボタンがないことに対して散々GMにコールしたが当然に回答はなかった。GMがいないのか干渉する気はないと言うことだろう。

 するとキリトは思い付いたように口を開いた。

「もしかして…。」

「何?」

「おばけ?」

 真顔で人差し指を立てそう言った彼にセツナは青ざめる。

「ば…バカなこと言わないでよ!!」

「いやー分かんないよ。この世界で亡くなった子の幽霊かも。」

「幽霊に足も実態もないわよ!」

 ふるふると体を震わせあからさまに怖がるセツナに珍しいこともあるもんだとキリトは面白くなった。モンスターにはあんなに勇猛果敢に挑んでいく癖に意外な弱点を見つけたもんだ。以前むしエリアだった時は嫌悪感を顕にしていたが、やはりホラー系も苦手だったのかと今更ながらに思う。

「ははっ、そんなんでよく65層と66層攻略できたな。」

「いやーっ!! あの層の話はしないで!」

 キリトがからかうように言うと、セツナは耳を塞いで派手に悲鳴をあげた。

「お、おい…あんまり大きい声出すとこの子が…。」

「…っキリトが悪いんじゃない。」

 口許を抑え、声も控えめにするがセツナの気持ちは収まらないようで目を潤ませ頬を赤くしている。そんな彼女をまだまだからかいたい気持ちを抑えながらキリトは顔の前で手を合わせる。今は少女が優先だ。

「分かった、ゴメンて。お詫びに飯おごるから。」

「…お財布一緒でしょ。」

「そうでした。」

 

 

 二人交代で様子を見るもその日少女が目を覚ますことはなく、その声を聞いたのは翌日になってからのことだった。

 翌朝、様子を見ながらベッドサイドで寝てしまったセツナはアラームに叩き起こされると体に倦怠感を覚えた。どこで寝たとしても大した差はないはずなのにやはりベッドで寝るのと床で寝るのとでは眠りの室が違うように思える。パキパキと体が鳴りそうな勢いでストレッチをするとようやく体が動くように感じた。

 目の前の少女はベッドですやすやと寝ていた。昨日に比べて幾分顔色も良いように見えた。もう1つのベッドではキリトが布団も被らずに寝ている。キリトも最後まで様子を見ていたのだろう。だとしてもベッドと言わずともソファーぐらいには移動させてくれてもと思うのは贅沢なんだろうか。彼の筋力パラメータなら自分の一人や一人ぐらい余裕に違いないのに。

 しかしきれいな顔をしている、と少女を見て思う。綺麗に切り揃えられたロングの黒髪。それでいて白い肌。どこもかしこも真っ白な自分とは違いコントラストがより肌の白さを表してるように思える。長い少女の髪を持ち上げるとパラパラとすぐに手からこぼれ落ちる。

「こんな髪、欲しかったなぁ。」

 ノーブルな雰囲気さえ持つ黒い髪。アスナの栗色もキレイだが、オリエンタルな雰囲気を醸し出すブルネットが何より羨ましい。

「俺はセツナのこれも好きだけどな。」

「え!?」

 独り言のつもりだったのに気付けば後ろからキリトにのし掛かられ、髪を弄られていた。驚いて視線をもう1つのベッドに運ぶがそこに当然キリトの姿はなかった。

「おはよ。」

「…おはよう。」

 なんとなく気恥ずかしくセツナは視線を少女に戻した。

「…普通に声かけてよ。」

「セツナのからかい方をここ数日でようやく習得したからな。」

「…刺されたいの?」

 じとりと睨み付けると両手を挙げて降参、と離れるキリトにため息を着く。なんだか誰かさんを彷彿とさせて、こう言うところちょっと居心地が悪いようなくすぐったいような妙な気分になる。以前には絶対に無かったことでなれるのには時間がかかりそうだ。自分ばっかり意識しているのか、意識しているからキリトもそういう態度になるのかセツナの経験値では分かりようもない。

 

「ん…。」

 

 セツナとキリトがそんなやり取りをする中、初めて少女が動いた。昨日から身動ぎらしい動きひとつたりとも確認できなかった。

 肩を動かし首を竦めると、眉間にややシワがよる。射し込んでくる日の光が眩しいのか恐る恐るといった感じでゆっくりとその目は開かれた。

 

「あ…。」

 

 榛色の瞳が天井を見つめる。大きく開かれたそれはまだ焦点が合わないようだ。驚かせないようにセツナは出来る限りの優しい声を出した。

 

「おはよう。」

 

 するとやはりゆっくりと少女は首をこちらの方に回す。その様子をキリトも心配そうに見守っている。

 

「…おはよう…ございます。」

 

 視線が合い、初めて出た言葉は思いの外しっかりとした口調だった。不安そうな表情を浮かべ左右を見回す。

「…ここは、どこなんでしょう。」

 外見の割りに言葉遣いもしっかりしているように感じる。それでも噛み砕くようにゆっくりとセツナは言葉を発する。

「22層にあるプレイヤーホームよ。3層に倒れてたあなたを放っておけなくて。」

「22層…? …3層…?」

 すると少女は首をかしげ、眉を八の字に曲げた。そんな少女を見かねてキリトも口を開く。

「ここはソードアート・オンラインってゲームの中だよ。」

「そーどあーと…おんらいん…。」

 彼女の中に思い当たる単語は無かったのだろう。布団を握りしめそのまま俯いてしまった。この世界が分からない。ここにいるのに…。それはつまり。

「ねぇ、お名前は?」

「私は……。」

 セツナの質問に答えようとするがそこで止まってしまった。

「…分かりません。」

 記憶を無くしてる。そう思い至るに難くはなく、それほどに辛い思いをして来たのかと胸が痛んだ。

「…右手の、人差し指と中指を立てて縦に振ってみて。」

 そう言ってセツナが手本を示して見せると、少女もそれに倣う。開くのはもちろんステータスウィンドウ。そこにはプレイヤーネームが表示されているはずだ。

「MHCP001-YUI…?」

 しかしキリトによって読み上げられたそれは、二人の期待するのもではなかった。その表情を読み取ってか少女の顔もますます曇っていく。

「YUI…ユイちゃんで良いのかな? 私はセツナだよ。」

「セツナ…。」

 セツナが精一杯の笑顔を作ってそう言うと、こくりと頷き少女はセツナの名前を口の中で転がした。

「ユイ、俺はキリトだ。」

「キリト…。」

 そしてキリトのそれも確かめるように口にする。

「ねぇユイちゃん。誰か、一緒に過ごしてた人はいないの?」

 ユイはその目をじっと見開いて握りしめた手を見つめる。そしてややあってふるふると強く首を横に振った。

「私、何かを探して…。」

 これ以上彼女に何か尋ねても返ってくることはなく、疲れさせるだけだとセツナは取り敢えず朝食にしよう、とベッドサイドから立ち上がった。

 

 

「どう思う?」

 キッチンに立ち、簡単なセッティングをすれば後は少し待てば料理は出来上がる。ダイニングテーブルに腰を下ろし先に紅茶をすする。

「…普通に考えて、保護者はいただろうけど…。」

「けど?」

「バグが多すぎる。」

 キリトの言うことが理解できずにセツナは首をかしげる。すると右手を縦に振り、キリトは自分のステータスウィンドウを開いた。

「俺たちはウィンドウを開くと、まずステータス画面になって、そこからアイテムやスキルに移行していくけどユイにはステータス画面しかなかったんだ。」

 キリトのその言葉に息を飲む。それはつまり…

「戦闘が出来ない…。」

「それどころかアイテムの格納も装備も出来ないな。」

 この世界で暮らすには致命的な欠陥である。

「そんな…。そんなのFNC(フルダイブ不適格)どころの騒ぎじゃないじゃない!」

「だから当然に保護者はいただろうし、記憶がない今…ユイが嫌がらなければ俺たちが保護すべきだと思う。」

 それには当然セツナも賛成で強く頷く。

「うん。あんな小さな子放っておけない。でも…同時に本当の保護者も探してあげないとね。」

「ご飯を食べたらアルゴたちに聞いてみよう。」

 皆から離れてのんびり過ごすつもりが大部アテが外れた。もちろん自分達が通りかからなければユイがどうなっていたかは想像もしたくない。それは恐らくユイにとっては至極良かったはずなのだ。そう納得し、そろそろ出来る朝食に合わせてセツナはユイを寝室へと呼びに向かった。

 

 

 アルゴにメッセージを送ると指定されたのは49層の街だった。オランダのような街並みがかわいい層ではあるが、セツナとしては抜けたばかりのギルドホームのある層のため、75層のうちピンポイントで選ばなくても、と言うのが本音だった。

 49層に降りるとユイは小さく歓声をあげる。

「わぁ…!」

「ユイちゃんここ初めて?」

 自分には見慣れた景色だったがそうではないらしいユイには新鮮に映ったようで何度も頷いた。

「すごい! すごーい!!」

 その姿は先程の受け答えとは違って年相応のようで見ていて嬉しくなる。それはキリトも同じだったようでユイを抱き上げ肩に乗せた。

「きゃぁ!」

 するとユイは小さく嬉しそうに声をあげた。

「この方がいい眺めだろ。」

「うん!!」

 にっこり笑うユイを二人で眺めていると後ろからあの独特な口調が響いてきた。

「なんか幸せナ家庭ヲ見ているようだナ。」

 なんでこの人は普通に会話を始められないのだろうか。圧倒的に後ろから話しかけられることが多いのは気のせいだろうか。

「わざわざ呼び立ててすまなかったな。」

 アルゴのからかい文句に気にした風もなくキリトは話を進める。それにやや不満そうな表情を見せるも彼女としてはビジネスだ。いつもの人を食ったような笑みに変わる。

「あんな高い家買った後なのニ金はあるのカ? 報酬が貰えるなら構わないサ。」

「うちのセツナさん金持ちなんで。」

 あのプレイヤーホームを紹介してきたのは自分の癖に随分だ。

「ン? ほう、そういうコトカ。」

 そしてキッチリと情報収集には余念はなく二人の左薬指をしっかりチェックしている。そんなアルゴのことは当然セツナもよく知っており、にっこりと微笑んだ。

「黙って情報流したら分かってるわよね。」

 口止めはしっかりとしておく。するとアルゴは分かっているヨ、と諸手をあげた。

「しかしサスガのオレっちモ、その子のコトは分からないんだナ。1層ニ子供が集まってル教会がアルようだガ…。」

 アルゴにして珍しく曖昧な情報だった。どんな短時間だろうと正確でかなりの量の情報をもってくるというのに。

「1層…か。」

 セツナとキリトは頷き再び1層へと向かうことにした。言われてみれば戦闘能力の全くない少女を連れてなら《はじまりの町》を拠点にするのが自然なような気もする。

「アルゴありがと。」

「ユイ、折角だけど別の場所に行くぞ。」

「はーい。」

 バタバタと転移門広場に戻り行き先をコールする。昨日も降り立った1層へ。今度辿るのは二人の思い出ではなくユイの記憶の欠片ではあるが。

「レッツゴー!」

 ユイの楽しそうな声に二人も昨日と同じ笑顔になった。

 

 




お待たせしました(?)
しかしこんな中途半端な感じで。
うちのユイは幼児退行してないのでパパ、ママはありません。
セツナがママキャラじゃないので…むしろ一番子供…


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47:1層*少女の記憶①

 

 

 1層。昨日はすぐに出てしまった《はじまりの町》に降り立つ。昨日は気が付かなかったがどこか寂しい雰囲気が流れているように感じる。

「…なんか、静かじゃない?」

「…確かに、人通りが少ない気がする。」

 ユイはと言うとキリトの肩の上でキャッキャと景色を楽しんでいる。《はじまりの町》は名前通りチュートリアル的な要素を持つため、ありとあらゆる種類のショップが存在し、宿の数もレストランの数も中々だ。そんな町並みは確かに眺めてみれば楽しいのかもしれない。

 しかしそこに住むプレイヤーには中層以降に生きるプレイヤーたちとは違い覇気がなく、一歩間違えればNPCと見間違えそうな雰囲気を持つ。

 それにしてもこの人通りの少なさ。恐らくはプレイヤーの人口密度は一番高いはずだ。そらにもかかわらず外を歩くのはNPCばかり。

「これじゃぁその教会がどこか聞けないじゃない。」

 セツナもキリトもあの日スタートダッシュでホルンカに行ってしまったため、本サービスの《はじまりの町》には詳しくない。それにベータ版にしたって街中をあまり散策していない。

「教会なんてあったかな…。ベータの頃は結構むちゃなプレイしてたしな。」

「右に同じく。」

 デスゲームでなかった頃は多少冒険したとてデスペナルティーを受け復活するだけだ。性格にもよるだろうが、慣れたゲーマーには初心者の館なるものは無用の長物。習うより慣れろとフィールドに出るのは珍しいことではない。

 

 しらみ潰しに探すしかなく、ユイも喜ぶので広い町の中を歩いて回ることにする。安い武器屋は知っていても変わったお店はあまり知らない。基本二人の知識と言えば攻略と戦闘と食事だ。目的はありながらも楽しく、思いの外いい休日になりそうだ。

「おにいちゃん、あの人何してるんですか?」

 突然の呼称にキリトは頬が緩みつつ、ユイが指差した先を追うと、木をじっと睨み付ける男の人がいた。カーソルは緑。プレイヤーだ。しかしそれにしては動作に欠ける。ユイへの答えを持ち合わせていなかったキリトは近付き、男に声をかけた。

「この木…何かあるんですか?」

 一見して普通の広葉樹にしか見えない。どこにでもある街路樹にどんな秘密があるのか。男はややあって反応すると小さな声で耳打ちするように言った。

「あんた、この辺の人じゃなさそうだから教えてやるよ。極稀にだけど実を落とすんだ。それがNPCに、高く売れるんだ。食っても旨いしな。」

 食ってもうまい。そのワードを聞き付けセツナも興味を示す。

「へぇー! 因みに、いくらぐらいで売れるんです?」

 美味しいと言うなら一度ぐらい食べてみたい。ショップには売っていないのだろうか。むしろ買い取らせてもらいたい。

 

「5コルだ。」

 

「「へ?」」

 

 しかしその興味も次に続いた男のかなりの破壊力のある言葉に打ち消される。

「5コル!? 50コルじゃなくて!?」

「そんなに大きな声出さないでくれよ。」

 思わず声をあげたセツナに男は眉を潜めた。

「いや、だってフレンジーボアでさえ倒せば30コルぐらいには…。」

 少し抑えられたセツナのその台詞に男の眉間のシワはどんどん深くなる。

「モンスターと戦うだって? 死んだらしょうがないじゃないか。」

 そう言われては返す言葉もなかった。

 確かにどんなモンスターだろうと死んでしまう可能性はゼロではない。舐めてかかればスライムにだって殺される。まだいける! はもう危ない、は通説でもある。当たり前のように戦い前線を走ってきた二人には分からない世界。男にとってはそんな二人が理解できない存在だろう。いのちだいじに、正解はない。男にとっては例え時給2コルだろうが1コルだろうが死のリスクをとらないこの方法で稼ぐことが生活手段なんだろう。

 今度通りかかったら倍額で売ってくれ、とその場を去ることしか出来なかった。

 

 

 男と別れ、二つほど通りを抜けると、ユイがまた何かに気付いたようだ。

「向こうで誰かが助けを呼んでいます。」

 悲鳴などは特に聞こえず静かなものだ。ただユイのその感覚がもし本物なら助けなくてはならない。

「セツナ」

 キリトの呼び掛けに頷き、先行してユイの示した方向へセツナは走り出した。石畳の道を音もたてず走り抜け、区画を二つほどわたる。すると、袋小路になった場所にユイと同じか少し年上ぐらいの子供たちが三人いた。その進路は複数の男たちに塞がれている。その装いは、《軍》だ。

 

「お前ら税金滞納してるんだぞ、分かってんのか?」

「物納で許してやるって言ってんだ。」

 

 近寄るにつれて聞こえてくる言葉は聞くに耐えない。子供たちは身を寄せ合い、カタカタと震えている。

 

「さっさと装備を外せよ。」

 

 状況はよく分からないが男たちが非人道的に子供をイビっていることだけは分かった。勢いよく地面を蹴り跳ばし、軽々と男たちの壁をハードルのように越えた。タスッと音をたて着地を決める。

 

「もう大丈夫。さぁアイテムを元に戻して。」

 

 突然現れたフードの女に子供たちも《軍》の面々もギョッとして言葉を失い凍りつくが、子供たちにとっては味方が現れたと言う事実からすぐに外しかけた装備を元に戻していった。

 そんな子供たちのようすを口を開けたまま見ていた男は、アイテムが完全に格納されたところでようやく意識を取り戻したように、声をあげた。

「な、何してくれてんだよ! ナニか? あんたが代わりに払うとでも言うのか。」

「…何の話をしてるのか全然分からないけど、こんな小さな子達からカツアゲしてカッコ悪いと思わないの?」

 冷ややかな視線を送り…と言ってもケープのせいで表情ははっきりとは見えないのだろうが、極限に感情の無いような声を出すと、先頭のリーダーらしき男がたじろぐのが見える。

「カッ…カツアゲではない! 徴税だ!」

 しかし絞るように出された言葉に今度はセツナが唖然とする番だった。

 

「…徴税?」

 

 いつからアインクラッドには税金システムが出来たのだろう。ポカンと口を開けあきれたような顔をしたのがフード越しでも伝わったのだろう。男は高々と続けた。

「見ない顔だから知らないのも当然だが我が軍は物資を提供し、秩序を保持し、市民の生活を守っている。その対価として税金を課するのは当然ではないか。」

 

「あはっ…あははははははっ!」

 

 その台詞を聞いてセツナは高々と笑った。

「なっ、何がおかしい。」

「おかしいに決まってるわ! 秩序を守ってる? あなたが今ここで乱してるんじゃないの?」

 そんなセツナの高笑いを聞きつけキリトとユイもその場所に到着する。ユイの言っていたことが事実だったことに驚きながらも、キリトは真正面から喧嘩を買うセツナに頭を抱えた。男の方はセツナの威圧感におののきながらも、ピクピクと眉を動かし怒りに顔を歪めている。

 

「軍に楯突くのがどう言うことか分かってンのかぁ!? 《圏外()》出ろぉ!!」

 

 そして男は背丈ほどもある両手剣を取りだし、セツナに向けて突きつけた。ふんっと鼻を鳴らしセツナもそれに応える。

 

「バッカじゃないの! お望みならここでやってやるわよ。」

 

 そして鋭く大きな愛槍を取りだし、軽く前に突きだした。パァンと大きな音と共に障壁が現れるが、衝撃を消せずに男は弾き飛ばされ、その反動でセツナのケープがはらりとはだけた。

「《圏内(ここ)》でこの程度の攻撃すら受け止められないなら話しにならないわ。本当に《圏外》行く?」

 露にされた冷ややかな視線に男たちは怯む。そして、ひとつのことに辿り着いた。

「はくはつ…」

「濃緑の槍…」

 こぼれたその音を聞き、慌ててケープをかぶり直しても時すでに遅し、

「ぶっ…舞神!?」

「なんで1層に…」

「敵うわけねぇ!!!」

 その特徴が攻略組の彼女のものだと言うのは《閃光》のアスナの特徴と共に、アインクラッド中の人の知るところであり、男たちはバタバタと一目散に逃げ去っていった。

 

「お前の髪は印籠か何かか。」

 男たちを見送るとそんな突っ込みを述べつつ、キリトがユイを背負いながらのんびりと近づいてくる。

「…見てたなら助けてよ。」

 ばつの悪そうなセツナの不平も意に介す様子はなく、ユイをその場に下ろすとキリトは肩を軽く竦める。

「そんな必要なかっただろ。」

 そう言われては返す言葉もなく出来たのはぷぅと頬を膨らますことだけだった。

 地に下ろされたユイはトテトテと危なげなく歩くと少年たちに声をかけた。

「おにいちゃんたち無事でしたか?」

 呆気にとられていた少年たちはその言葉にはっとし、そして目を輝かせた。

「ねーちゃんすげぇ!!」

「本物の戦士様だ!!」

 きらきらと見詰められて悪い気はしない。セツナは少年たちと視線の高さを合わせた。

「こう言うこといつもあるの?」

 しゃがみこんだセツナの隣にユイも寄り添う。少年は空に視線を泳がし、言いにくそうにその後を紡いだ。

「…うちは目付けられてんだ。人数は多いけど子供ばっかりだからちっとも払えないから。」

 そして、うつ向いた彼らの心情を量りこちらも、心が痛む。謂れのない徴税にそれに心を砕く子供たち。いつからこんな制度が始まったのだろう。セツナとしては今すぐにでも怒鳴り込んで止めさせたいところだが、《軍》を完全に敵に回すのは得策ではないし、この層の住人でない自分が介入して解決することで別の蟠りが生まれるのはもっと困る。セツナが何も言えないでいると、その隣にキリトもしゃがみこみ少年に声をかけた。

「なぁ、お前たちが住んでるのって教会じゃないか?」

「!」

 その言葉にはっとする。人数が多い、子供ばかり。そのワードはアルゴに聞いた目的地の特徴と一致する。それはつまり彼らが教会の住人だと言うことに他ならない。すると少年らは予想通り頷いた。

「そうだよ。皆にも紹介したいし、案内するよ。」

 

 

 

「ミナ、ギン、ケイン!!」

 

「「「先生!!」」」

 

 彼らの後をついて行くと、《はじまりの町》のホルンカ側の門の正反対、迷宮区よりは一番遠い場所にそれはあった。

 いかにもな教会。屋根上には十字があり、赤い屋根に白い外装。扉は両開きの木製のもので、その前にはロングスカートの長い髪の女性が立っていた。先生と呼ばれたその人は長い髪をみつ編みに束ね、少年たちを強く抱き締めた。

「良かった。帰りが遅いから襲われたのではないかと…。」

 3人を優しく引き寄せる彼女からは強い母性と愛情が漂っていた。()()の名の通り彼女が彼ら教会に集まる少年たちの面倒を見ているのだろう。

「あのお姉ちゃんたちが助けてくれたんだ。」

 少年のその言葉に()()の視線がこちらを向く。軽く会釈をすると彼女は立ち上がりこちらへと歩を進める。

「…どなたかは存じませんがありがとうございます。何もないところですが宜しければ少し中で休んでいってください。」

 眼鏡の奥にのぞく視線は優しい。シスターのような服装もよく似合う女性だ。優しい彼女に感謝をしつつも、ここに来た目的は忘れてはならない。

「ありがとうございます。私たち、あなたに会いに来たんです。」

 ユイの情報を得る。そのためにここを探していた。すると彼女は目をしばたたかせた。

「私に?…まぁ…あら、その子は…。」

 そして、その先に見つけたユイに言葉をつまらせる。答えは分からずとも唯一の手がかりには違いない。

「…長いお話になりそうかしら、一先ずどうぞ中へ。」

 促されるままに一行はその教会へと足を進めた。

 

 

 




私にしては今回亀更新となりました。
だからいってクオリティが高いわけでもなく、…むしろ劣化してるのは否めないのですが…

今回ほぼ原作通りですね。
次回は違う形で行けたらとは思っています。
更新ペースまずは回復を目指して。


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48:1層*少女の記憶②

 

 

 

「まぁ、記憶喪失…。 」

 

 招き入れてもらった教会の中にはアルゴの言った通り、沢山の子供たちが暮らしていた。小学校高学年ぐらいの、シリカよりも幼い子たち。レーティングは任意のようなものだと言いつつも、よくも一万人のうちにこんなに多くの子供たちが入り込んだもんだ。親子で、家族でログインできるほどの本数は残念ながら出ていない。それでも通常のゲームであればなんの問題もなかっただろうが…。

 それでも元気に走り回り現実と同じように振る舞っていられるのは目の前にいる彼女の力が大きいのかもしれない。サーシャ先生、眼鏡のせいで少し大人びて見えるが、奥にのぞく瞳はまだ幼さを残しており、大人と呼ばれる年齢を迎えたばかりぐらいではないかと推測ができた。

 ユイも助けた3人の子供を中心にみんなの輪に入り楽しそうに遊んでいる。大人びた話し方をしても…と言うことか。そんな彼女に安心しながらサーシャの淹れてくれた紅茶(のような飲み物)を啜った。

 

「あの子が、3層で倒れているのを見つけ保護したんですが、ここの話を聞いて…。」

 

 少年たちを助けることになったのは偶然だがここの来たのは目的があってのこと。それを伝えるとサーシャは少し思案した後に横に首を振った。

 

「私、いつも一人でいる子はいないか探して歩いてるんですけど、ユイちゃんみたいな子は初めて見ました。少なくとも1層の子ではないと思います。」

 それを聞き、肩を落とさざるを得ない。手掛かりはなし。また別の方法を考えなくてはならない。

「そう、ですか…。」

 二人して目に見えて落胆すると、サーシャは困ったように笑い、やんわりと続けた。

「でも、あの子にはきっと保護者の方はいらっしゃると思いますよ。うちの子たちの中でもモンスターを倒し稼げるのは少し大きい数人だけですから。」

 それは二人…厳密に言えばセツナの助けた、ミナ、ギン、ケインの3人のことだろう。武具を持っていた彼らには少なからず戦闘能力があると捉えられる。

 この教会には20人ほどの子供たちが見られる。戦えるのは3人だけではないにしろ一部の人間でこれだけの人数の、食費やこの教会を維持していくのは正直難しいように見えた。

「あの、サーシャ先生は…。」

 シスターのような姿からはとても戦えるようには見えないが。セツナの窺うような疑問にサーシャはクスリと笑う。

「私も最初は攻略を目指していたのですけれど、子供たちが放っておけなくて。小さい子を見つけては保護していたらこうなってしまったの。今ここの運営は主に寄付と少しの稼ぎで行っています。」

 本当に現実の孤児院のようで、こんな生き方をしている人たちがいるのだと改めて気付かされる。やれ攻略組だ、最強プレイヤーだと持て囃されていても、この世界のことを、知っているようで何も知らない。前線を離れて初めて気付くことが沢山ある。

 半ば自分本意にレベルをあげ、前線を闊歩する自分達よりもよっぽど立派に思えた。

 そんなセツナの表情を読み取ってか、サーシャはゆっくりと口を開いた。

「あなたたちがいなければ、いつかこの世界から出られるという希望はなくなります。人にはそれぞれ役割があるんですよ。」

 そういう彼女の表情は誰かと似ているように感じた。自分たちよりも遥かに大人で、大勢をみている。いくらレベルをあげゲーム内で強くなろうともこういう人としての在り方や強さは一朝一夕には身に付かず、敵わないと思う。

 ぽん、とキリトに肩を叩かれそちらに視線を向けるとゆっくり頷かれる。そんな大義はなくとも目の前にある出来ることをする。それが自分達には攻略であり、サーシャにとっては子供たちと暮らすことだった。自分に出来ないことに憧れを抱くことは当然のことだ。

 セツナはサーシャに向き直り、いつも通りの笑みを凛と浮かべた。

「少なくとも、ユイの保護者は見付けてあげられればと思います。」

「私も分かることがあればお手伝いさせていただきます。」

 そうして浮かべられたサーシャの笑顔は今までで一番暖かいものだった。

 

 

 

 情報屋からの情報収集や、新聞への尋ね人掲載など思い付く限りのユイの保護者捜索案を上げきり、一息着いたところでその声は教会に響いた。

 

「ごめんください。」

 

 耳障りの良いアルトの声。セツナとキリトは勿論、サーシャも聞き覚えのない声のようだった。来訪者を迎えようと、戸口に向かうサーシャの後を念のために二人も追う。

 大きな両開きのドアをキィと音をたて開くとそこに姿を表したのは銀の髪を1つに結い上げた長身の女性。その身にまとうのは深いモスグリーンの《軍》の制服だった。頭に過るのは先程の騒動。圏内とはいえ叩き潰したことについての制裁かもしれない。

 しかし、女性は軽く頭を下げると随分と余裕の無さそうな様子で口を開き始めた。

「ALFのユリエールと申します。ここに、攻略組の方はいらしてませんか?」

 背筋がきれいに伸び、畏まった雰囲気はありながらも《軍》特有の威圧感のようなものはない。キリトはすっとサーシャに前に出た。

「ALF、と言うのは?」

アインクラッド解放軍(Aincrad Leave Forces)の略称です。どうも《軍》と言う呼称は好きになれず。」

 キリトの問いかけに困ったように笑う女性には、今まで会った《軍》の面々とは違う印象を受けた。セツナも室内で外したままのケープを被り直すのも忘れ、サーシャよりも前に出た。

「…さっきのことを咎めに来たんじゃないんですか?」

 《軍》の人が追ってくる理由はそれしか思い付かなかった。おずおずと上目遣いに尋ねると、ユリエールと名乗ったその女性はセツナの白髪に目を見張り、口元を緩めた。

「……! あなたが! いいえ、それについてはお礼を言いたいくらい。私は副官なんですが彼らにはほとほと手を焼いていたところで。」

 そうあっけらかんと言う彼女。では何をしに来たのか。その答えはすぐに続けられた。

「そうではなく、貴方たちの力をお借りしたくお願いに参った次第です。」

 

 お願い。彼女の意図は分からず、キリトとセツナが顔を見合わせると、やはり長くなりそうだったのでサーシャが皆を中へと促した。

 

 

 

 再びサーシャの淹れた紅茶擬きを啜るが、先程よりもやや緊張してしまう。ユリエールは悪人の匂いはしなくとも彼女の意図はイマイチ分からず、そしてどうしても《軍》の所属と言うことは気になってしまう。

「力を借りたいとは?」

 どストレートにセツナが聞くとユリエールはかちゃりとカップをソーサーに戻した。

「シンカーを助けるのを手伝って頂きたいのです。」

「シンカーって確か《軍》のリーダーの?」

 セツナよりは情報に明るいキリトが尋ねるとユリエールは神妙な面持ちで頷く。

「ALFはその人数の多さから複数の派閥を持ちます。その中で最大の権力を持つのがキバオウと言う男の一派で…。」

「キバオウ…。」

「お知り合いですか?」

 知り合いとは違うが忘れるはずもない。1層で吹っ掛けられた言葉に攻略会議での立ち回り。なんだかんだ攻略組として受け入れ続けていてくれたことから悪い人ではないのだろうが、セツナにはどうも好きになれない人だった。

「まぁ…1層の頃から攻略組なので。」

 曖昧な言葉を返すとユリエールはそのまま話を続けた。

「キバオウはALFを手中に納めようとギルドリーダーのシンカーを罠にかけ…。」

 そこで一瞬ユリエールの瞳が揺らいだのが見えた。彼女にとってシンカーがどういう存在なのかがうかがえる。

「お願いです。彼を助けるのを手伝っていただけませんか!」

 強い眼差しを送られ、はい、わかりました、とセツナが反射的に答えるとキリトはその後頭部をひっぱたいた。

「ったぁ…。なによ…。」

「脊髄で物を考えるなよ。ユリエールさん、俺も気持ちとしては助けたいのですがその真偽を確かめない訳には簡単に頷けません。」

 キリトから向けられた言葉にユリエールも頷く。

「それは十分に分かっています。しかし、彼が迷宮区に捕らえられてもう3日も…。」

 そんなことは分かってもいながらお願いするしか出来ないほど余裕がないのだろう。半ば泣き出しそうな様子のユリエールを見て、セツナは一気に捲し立てた。

「キリト、逆の立場になってみてよ。私はキリトがそんな風になったら心配で気が狂いそうになるわ。騙されて後悔したって助けられないよりは良いじゃない。」

 その言葉にキリトも、先程のことは建前半分なのだろう、ぐっと押し黙る。するとどこから現れたのかキリトの膝にひょいっと可愛らしい顔が姿を表した。

「大丈夫です。その人、嘘ついてませんよ。」

 それは子供達と遊んでいたはずのユイだった。

「ユイちゃんそんなことわかるの!?」

 四人の視線を集める中、ユイはにっこりと笑った。

 

 

 

 

 

 《軍》本部の黒鉄宮の地下にそのダンジョンはあった。

「こんなとこがあったなんて…盲点だった…。」

 無念そうに言うキリトにユリエールが解説をしてくれる。

「上層が開けるともに開放される仕組みみたいですね。60層レベルの敵が出るので、倒せはしても連戦は私には無理で…。」

 現在の最前線は75層。最大ギルドとはいえ攻略には参加していない《軍》は幹部とはいえそうレベルは高くないのだろう。74層に進出してきた面々を考えれば頷ける。

「それで攻略組を…。確かに60層程度なら平気です。」

 セツナの右手に握られているのはノーブル・ローラス。左手に握られた小さな手という不安材料を除けば全く問題のないダンジョンだった。

「お姉ちゃん強いですからね!」

 セツナに右の手を握られ、今は屈託なく笑うユイだが、サーシャに一時的に預けようとした時の頑なさは凄いものだった。自分もダンジョンに行くと言って聞かず、今に至るというわけだ。

「キリトお兄ちゃんはもっと強いんだよ!」

 自分の隣にユイがいるからには、巨大な槍を振り回すわけにもいかず、戦闘はキリトに任せてしまうことにする。そんなセツナの言葉にユリエールも驚く。

「《舞神》と名を馳せるセツナさんより強いとは…キリトさんは一体…。」

「言ってるだけですよ。普段なら絶対自分の方が強いって言って聞きませんから。」

「まぁまぁ、謙遜なさらずに。キリト、敵だよ!」

 セツナにうまいように使われ、釈然としないがそろそろまともに戦闘がしたい気分でもあったキリトは、初対面のユリエールがいるにも関わらず2本の剣を抜いた。

「ったく、人使いが荒いな。」

 不平を口にしながらも口許に浮かぶのは不敵な笑みだ。目の前に広がる巨大なカエルの海にキリトは地面を一気に蹴り飛ばした。

 

 目にも止まらぬ斬撃に飛び散る青いポリゴン片。

「なんだか、すみません。」

 自分は苦労する敵をあまりに簡単に倒していくキリトにユリエールは唖然とする。

「いいんですよ。戦うのが私たち好きなんです。」

 当然と言う表情を浮かべるセツナに、わぁー、お兄ちゃんすごい! とユイの歓声もあがる。

 助太刀に入るそぶりさえ見せないセツナ。60層クラスをもこう簡単にダメージすら受けず倒していくキリト。

 ユリエールは今更ながらに攻略組の力を思い知った。74層攻略時に受けた報告ではコーバッツ以下《軍》の面々はボスに成す術がなかったと言う。しかしそのボスを倒したのは攻略組の数名と聞いた。その時は半信半疑だったが目の前でこう技を見せられて、初めてパズルのピースがはまったような気持ちになった。

 

 

 

 恙無く、下層へと道を進んでいくと長い廊下が現れた。そしてその奥には光だけが浮かぶ小部屋の入口。

「ユリエールさん、あそこに…人影が。」

 セツナが真っ先にそれを見つけ指し示すと、今までは慎重に歩いてきたユリエールは急に駆け出した。

「シンカー!!」

 無理もない3日も心配したその人が目の前で生きているのだから。両手を大きく振るその人物。迎えを喜んでいるのか…

「ユリエール!! ダメだ!!」

「え?」

 しかしそこから発せられた言葉は予想のできない言葉だった。

「来るな!!」

 シンカーの振る手は救出にたいして場所を示すものではなく、危険を知らせるものだった。しかしユリエールの足は止まらず、シンカーの元に届いた。そして、その後ろに姿を現し、二人とセツナたちを分断したのは巨大なローブをまとった死神のようなモンスターだった。

 

 ゲージは四本。ボスモンスターだ。

 

 ユイの手を離し、セツナは武器を構えた。

 

「ユイちゃん! ユリエールさんのところに走って!!」

 

 HPゲージに終わりが見えない。赤黒いカーソルが示すことはそのボスが今まで戦ったどんなボスよりも強敵だと言うことだ。キリトも2本の剣を構え、臨戦態勢をとる。

 

「お姉ちゃん! 嫌です!!」

 

「ダメ! ユリエールさん! ユイを頼みます!」

 

 泣き叫ぶユイをどうにか保護してもらおうと、モンスターを引き付ける。奥はシンカーが3日も無事でいられたことを考えると、安全地帯だ。そこに入ってもらい、転移結晶を使ってもらえれば少なくとも後ろを気にせずには戦える。

 

「キリト、どうみる?」

 

 セツナにはほぼ黒く見えるモンスターのカーソル。自分よりややレベルの高いキリトにはどうみえてるだろうか。

 

「90層クラスだな…。こんなに分が悪いのは久々だ。」

「……ま、1層のことを思えば倒せなくはないわよね。黒いカーソルの敵、よく戦ったわ。」

 

 敵のカーソルは基本的に赤だが自分より強い敵のものはより濃い赤になり警告される。そんな感覚、安全マージンを取りすぎるぐらいに取ってる身としては忘れかけていた。しかしそんな敵に背を向けて退却のリスクもかなり高い。

 振り下ろされる鎌の速度は、その巨体に合わず速い。受け止めることは考えず二人とも横に飛んだ。

 

「ここは引き受けます。結晶を!!」

 

 飛び退きながら3人の安全を確認すると、キリトは叫んだ。目の前に集中する。その状況を作ることが最善の一手だ。

 ユリエールのは戸惑いながらもストレージから3つの転移結晶を取り出す。

 目の前ではセツナとキリトがその武器をなんとか受け止めているが自分が出ていってもどうにかなるものではないことはこの道中でよくわかっていた。結晶でその場を去ること。それができる協力とし、発動させるが、その手の中から預けられた少女がするりと抜け出した。しかし、結晶の発動は止められず、ユリエールは少女が死神に向かって歩いていく後ろ姿を見送り、そこで姿を消すことになった。

 

「ユイ!?」

 

 HPを削り取られながらもどうにか敵を引き付けていた二人の前にユイ立ち塞がる。

 

「ダメよ!」

 

 セツナが悲痛な声を上げるもユイは困ったように笑い、あまつさえ、敵に背中を向けた。その背中に振り下ろされる攻撃。二人が目を見張るも、そこに現れたのは紫のポップ。

 

「大丈夫です。」

 

 破壊不能物体(イモータルオブジェクト)のポップを背負い、ユイはふわりと浮き上がった。

 

「キリトさん、セツナさん、攻撃は私が受け止めます。反撃開始ですよ。」

 

 

 




中途半端に…。
更新停滞していた間にどうやら文章の書き方を忘れたようです…
妄想は割りとはかどっているのですが。

セツナプロフィール更新します。


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49:1層*少女の記憶③

 

 

 ボスモンスターより振り下ろされた鎌は、ユイの頭上に現れた障壁に弾かれる。骸のようなアバターをもったそのモンスターはぐるぐると不思議そうにその瞳を回した。

 《破滅の鎌(フェイタルサイズ)》の名の通り、その攻撃を受けることはHPを全損させることに等しい。それだけ重い攻撃のはずなのに、戦うことに集中するどころか状況が飲み込めず、二人はらしからぬ隙を作る。

 

「セツナさん! キリトさん!」

 

 そして、年のわりに大人びた話し方はそのままでも、呼び名はお兄ちゃん、お姉ちゃんだったユイが二人を名前で呼ぶ。それが示すことはなにか。

 

「ダメです。今は集中してください。」

 

ガキィィィンッ

 

 3度目になるユイへの攻撃。その音にようやく意識を敵に戻す。たとえ障壁が弾こうともユイに加えられる攻撃を黙ってみているわけにはいかない。

 セツナは右手に握った武器をグランドリームに持ちかえると、技後硬直中のモンスターに一気に切りかかった。

 

「っ!!!」

 

 2枚の刃を旋回させ、スキルボーナスをフルに使い、できる限りの攻撃を加える。

 そのセツナを見てキリトもようやく状況把握よりも現状打破に意思を向け、両手の剣を青く光らせた。いつか見たスキルよりも手数の多い技。まるでヌンチャクを旋回させているかのような速度の剣技は辛うじて軌跡を確認できるぐらいの速さ。

 振り下ろされる鎌は速く、重たいがその分にその硬直時間は短くはない。このモンスターは基本的に一撃必殺の攻撃でプレイヤーたちを屠るのだろう。それを躱す、もしくは受け止めることができるのは製作者側とすればイレギュラーに違いない。

 堅さもあるがHPを減らせないほどではない。時間はかかるが…

 4度目の攻撃をユイが右手で受け止める。ふわりと空中に身を浮かせ、白いワンピースをなびかせるその姿は天使のようにも見える。

 

 ユイが何者か。

 

 ユイの態度からしてその答えを彼女自身は見付けたのだろう。分からないことばかりだが、この状況下、攻撃を無効化してくれるその存在はありがたいものだった。

 重たい攻撃は《武器防御》のスキルがカンストしているにも関わらず、かなりのHPを削り取り、尚且つ受け止めきれずにその場から飛び退き衝撃を吸収しなければならないレベル。当然に《戦闘時回復(バトルヒーリング)》スキルも間に合わず、じり貧だった。

 攻撃を無効化してもらえればあとはいかに強打を当て続けるかのみだ。ここぞとばかりに大技の27連撃を繰り出すキリトに負けじと、セツナも自身のスキルでは最多の手数を誇る18連撃技のスキルモーションを起こした。

 突進系でありながら武器の特性を活かし、四方八方から斬撃を飛ばす。《シャドウサーキュラー》、目で追えるならよほどの動体視力の持ち主だ。旋回する武器は引いても返してもダメージを加えられる。

 もちろん、大技を使うのはユイへの攻撃を減らす効果も期待してのことだ。いくらダメージを受けないとはいえ、衝撃がないわけではないだろうし、何より見ているこちらが耐えかねる。

 速く、速く…常日頃から強く意識していることだがより強く、

 

「はっ……ぁぁぁぁあ!!!」

 

 二人の気合の咆哮が狭い通路に響き渡った。

 

 

 

 

 

 どれぐらい時間がかかったか、敵のHPをすべて削り取る頃には疲労を感じないはずの体が倦怠感に包まれていた。肩で息を吐き、思わずどさっと床へ座り込む。強さの割に得るものは少なく、ドロップアイテムもなければ経験値やコルもほとんどない。

 ユイはと言うと、宙に浮いていた体を、ふわりとスカートをひらめかせ、地に下ろした。

「セツナさん、キリトさん。ここの敵はまたすぐにリポップします。結晶(クリスタル)で脱出しましょう。話はそれからです。」

 あれだけの攻撃を受けながら、ユイには傷1つない。年相応の表情ではなく、凛としっかり意思をもった表情を浮かべる。疲労と状況が未だに掴めないのと色々だが、もう一度今のボスと戦えと言われて戦える状況ではない。素直に二人はユイの言うことに従い、クリスタルを取り出した。

 

「転移、《はじまりの町》」

 

 依頼主たちの状況も確認しなければならないので、ホームには帰らず1層へとひとまず戻ることにする。

 体が消え行く中、ユイの言うようにモンスターのリポップする兆候が見てとれた。キラキラと青いポリゴンの欠片がその場に集結していく様は残酷なほど美しい。そんな光景を見送り、自分の身をポリゴン片にした。

 

 

 

 《はじまりの町》の転移門広場に二人が順々に姿を表すと、ユイはと言えば結晶アイテム使用時とはまた違うエフェクトをもって現れる。青基調の結晶(クリスタル)での転移とは違いそれは黄、もしくは金のような光り方であった。

 やはりふわりと身を浮かせ軽やかに地に足をつける彼女に二人が視線を集中させると、ユイは困ったように笑った。

「…全部、お話しします。ここではなんですから歩きながらでどうでしょう?」

 人は多くはないが転移門広場など誰が現れるかも分からず、話をする場所としては不適格だ。3人は並んで教会へと歩き出す。この層に来たときと違うのはどちらもユイの手を引くことなく、また肩車やおんぶなどであやすこともないことだ。

 この数時間で劇的に変化したこの関係にセツナは寂しさを覚えずにはいられない。並んで歩いているのに響くのは足音だけで、軽口や笑い声はそこにはなかった。

 

 

 

「びっくりさせてしまってすみません。お察しの通り、全部、思い出したんです。」

 

 広場を抜け、路地に入り込んだところで、ユイは口を開いた。それは予想通りのことで、それ自体にはさして驚くことはなかった。

「良かった、と言って良いのかな?」

 容姿にそぐわない話し方をする彼女の記憶。それは、果たして思い出すべきものだったのか。セツナの問いにユイは曖昧な笑顔を作る。

「分かりません。」

 悲しそうに首を振るのは何故なのか。それは彼女が攻撃を無効化したことが鍵になりそうだった。

破壊不能物体(イモータルオブジェクト)。その表示はバグやエラーじゃないんだよな?」

 キリトの問いに今度は首は縦に振られた。

「はい。MHCP001-YUI、私はこの世界でのカウンセリングプログラム、作られた存在…AIなんです。」

 そう言って彼女は視線を下に落とした。そのしぐさからユイの言っていることを理解することを頭が拒む。

「え…だって、こんなに自然に…。」

 混乱し、目をしばたたかせるセツナにやはりユイはとても作られたものとは思えない表情を浮かべる。

「…私にはプレイヤーたちに不信感を抱かれないよう、感情模倣プログラムが組み込まれてます。全部…全部ニセモノなんですよ…。」

 そう言ったユイの瞳からは一筋の涙がこぼれ落ちた。人を思いやり、感情を推し量り、痛みを感じ、涙を流す。こんなに優しく暖かさすら感じさせる存在がニセモノ。

 涙の粒は頬をつたり、宙に落ちるとキラキラと光を放ち消えた。

「…本来、プレイヤーの皆さんをサポートするはずの私だったんですけど、何故かカーディナル、この世界の制御プログラムによって私はプレイヤーとの接触を禁じられました。」

 泣き出しそうな表情の彼女の話は続く。

「恐怖、絶望、狂気…全ての負の感情から本当は助けなければならない、それが私の存在意義だったのにそれは叶わず…私はエラーを蓄積させて行きました…。」

 そこでユイは一呼吸置いた。3人の足音だけが静かに響く。

 普段は気にもならないコツコツという音がこんなにもリアルに再現されていることに、ここはこういう世界だと思い知らされる。全てがまるで本物のように、忘れかけていた事実だがここは完全なる仮想世界。通常のNPCだってまるで生きているかのように、意思を持っているかのように振る舞う。ならばそれ専用に作られた彼女がこんなにも()()なのは不思議ではないことだ。

 静かな音に耐えきれず、セツナは口を開いた。

「それで、記憶をなくしてあそこに倒れていたの?」

 その答えには、涙に濡れた頬に少しの笑顔があった。

「それは、それは…私がお二人に会いたかったから…。」

 はにかんで浮かべるその笑顔は嬉しさの影に恥ずかしさの覗くもので、記憶を取り戻したであろう時から初めて浮かべた容姿の、年相応な表情だった。

「会いたかった?」

 キリトが素朴に尋ねるとゆっくりと頷き、ユイはやはりどこか嬉しそうに記憶を巡らせた。

「皆がこの世界に来たことを悲嘆に暮れてました。だけどお二人は違いました。この世界を認め、生きてました。そして、先日そんなお二人に新たに大きな喜びが加わった。すごく眩しくて、つい会ってみたくなったんです。おかしいですよね、私、ただのプログラムなのに。」

 ユイのその言葉に二人は顔を見合わせる。それは想いを通じ会わせたことを指すのだろう。なんだかこちらも気恥ずかしくなってくる。しかし、ユイの言うように彼女はもうただのプログラムではなくなっているんだろう。

「ううん、自分で考えて…行動できる。あなたはもうこの世界で1つの命になったんだよ。」

 セツナがそう言うと、ユイはいたずらっ子のように笑った。

「実はあのモンスター、私のGM権限で消してしまうことも出来たんですけどそうしたらお二人と話せなくなってしまうと思って頑張ってもらっちゃいました。ごめんなさい。」

 そんなユイにハッとさせられる。

「そう言えば! なんであのボスリポップしたの?」

 ユイはアレが再び現れることを知っていた。通常ボスモンスターはフィールドボスだろうとフロアボスだろうと一度倒せばそれきりだ。確かにHPバーが4本あったアレはボスには違いないのだろうが。

「あそこの場所の奥はただの安全地帯(セーフゾーン)ではなく、緊急時のためのGMコンソールがあるんです。なのでプレイヤーが近付けないよう配置されたのがあのボスで…。」

 それを聞いて納得をした。ユイが記憶を取り戻したのはそのコンソールの力で、あのボスのカーソルがLv.100に近い自分たちですら黒かったことも。尤も、今後のことを思えば最高レベルは100でないことを願うが。

「ユイならそのコンソールで消せた、と言うことか。」

「はい、でも権限を使ってしまったらきっとカーディナルが今頃私を消していたと思います。」

「でも、ユイちゃんはここにいるよ。」

「お二人の力のお陰です。ありがとうございます。」

 そうユイが笑う頃には本日2度目の教会へと辿り着いていた。

 

 

 

 

 教会の扉をノックすると飛び出してきたのは銀の髪を振り乱したユリエールと、本当にギルドリーダーなのかと疑ってしまうぐらいには穏やかな雰囲気をもった男性だった。遠目でよくは見えなかったがこの人がシンカーに違いない。

「あぁ、良かった。セツナさん、キリトさん、よく無事で…」

 結晶で脱出してからずっと悔いていたのだろう。確かに自分だけ逃れ、死なれてはやりきれない。感涙を浮かべる彼女の軽く会釈を返す。

「ユリエールさんも。良かったですね、間に合って。」

「いえいえ、本当にありがとうございました。なんとお礼をしていいか…。」

「本当にありがとうございます。」

 シンカーらしき男性もすっと出て来てお礼を言われなんだかむず痒くなる。それにはキリトがやんわりと答えた。

「それは、《軍》を立て直すことで応えてください。きっとこれからの攻略、あなた方の力も必要になる。」

 それには力強い頷きが返ってきた。

「キバオウの一派にはきちんとけじめをつけたいと思います。大きくなりすぎたことに甘えていましたが組織としてしっかり立て直します。」

 セツナの記憶によればシンカーという名前はMMOトゥディと言う大手攻略サイトの管理人に覚えがあった。《軍》がここまで大きくなったのは元々はそんな背景からの彼の求心力かもしれない。ならば本人がしっかりしさえすれば、きっと生まれ変われるだろう。

「期待してます。いつか前線で。」

 セツナのその言葉に二人の首は再び縦に振られた。

 

 二人の無事を確かめたら、ここではもう1つしなければならないことがあった。

「ところで、サーシャ先生は…。」

 視線を巡らせると奥からパタパタとやって来る人影があった。

「よかった、彼女からお二人がボスと対峙しているところにユイちゃんも残ったときいて心配していたのですよ。」

「ありがとうございます。その、ユイなんですが…」

 ユイのことで訪ねたからには、きちんとこちらの方もけじめをつけなければならない。

「もし、攻略組のお二人のご負担になるのでしたらここで暮らしてはどうですか?」

 シンカーの救出について行ったことに加えて戦闘に残ったと聞き、ユイが二人の足手まといになると思ったのだろう、かけられた言葉は二人の望むものではなかった。

「いえ、そのことなんですが…ユイはどうしたい?」

 それをやんわりとうけとめるとキリトはユイに視線を移した。

「え、だって私は…」

 戸惑うユイにセツナも言葉をかける。

「ユイちゃんはもう自分で望みが言えるでしょ?」

 記憶が戻り、正体を明かした。もしかしたら彼女はシステムの一部としてもとの場所に戻るつもりだったのかもしれない。ただ、それならばあのボスを削除(デリート)するだけで良かったはずだ。本音は違う場所にあるはずだ。

 ユイはまた一筋の涙をこぼし、ゆっくりと口を開いた。

「私、私は…お二人と一緒にいたいです。」

 そうこぼした彼女にキリトもセツナも笑みを浮かべる。

「俺たちがユイの家族になります。」

 まだ、出会って間もないが話すこと、話したいことは沢山ある。ユイが、この世界で生まれた彼女が、この世界で生きていると感じた自分たちだからこそ本当の意味でユイを受け止められるように思えた。

「帰ろう? 私たちの家に。」

 涙と共にユイは一番の笑顔を見せた。

 

 

 

 




ここでユイの心終了です。
携帯変えて打ちづらくて…誤字脱字ご指摘ください。
ユイの生存ルート…と言うのもおかしいのですがもうちょっと一緒にいてもらおうと思います。

海釣りにいってきました。
キリトよりはきっと釣りスキル高い私…


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50:22層*仮初めの平和

 柔らかな風が吹き、湖面を揺らす。

 

「…………。」

 

 景色がよく、見ているのが飽きないことがせめてもの救いか。キリトはピクリとも動かない釣竿を見て、小さくため息をついた。セツナが以前自分には戦闘スキル以外向かないのでは、と嘆いていたが自分も同じように嘆きたくなるレベルだ。対岸の森をまさに遠い目で見つめ半分ほどの意識を手放す。

 湖面を揺らす風は頬を撫でて去っていく。水面に少し冷やされた風が冷たく心地よい。日向ぼっこでもしたら非常に気持ち良さそうだが、いつぞやと違ってモンスターは出なくともここは一応《圏外》である。完全に無防備になれるほど耄碌してはいない。

 そして手ぶらで帰ったら二人に何を言われるか分かったもんじゃない。姿勢を正し、キリトは今一度釣竿と向き合うことにした。

 

「釣れますかな?」

 

 そんな矢先、背中にかけられた声には思わず飛び上がらずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 ユイと買い物と言う名のクエストに出掛けていたセツナ。キリトの釣ってくれる筈の魚以外の食材はそろった。ユイを家において、どんな具合かとキリトの元へ足を向けるとそこには意外な光景が広がっていた。

 キリトはどちらかと言えば、いや完全にコミュ障のきらいがある。それにもかかわらず見知らぬおじさんと楽しげに会話をしているではないか。仲間だと思っていたのになんだか釈然としない思いが心にモヤモヤと浮かぶ。いや、彼の成長を喜ぶべきところではあるのだが。最近セツナの方も大分いろんな人と会話することが苦ではなくなってきた。子供たちとも、サーシャともきちんと会話ができた。そう、ただ成長しただけなのだ。

 

「キリト」

 

 ただそれは二人一緒の時の出来事であって、こんな形で見るのはまた別だ。口から出たのは、やや温度の低い声だった。

 振り返ったのはいたずらでも仕掛けるような楽しそうな表情(かお)のキリトと人の良さそうなおじさんだった。人の警戒心などすぐに解きほぐしてしまいそうな、そんなおじさんにセツナも毒気を抜かれる。先に口を開いたのはそのおじさんだった。

「おぉ、お友だちですかな?」

 口調までも柔らかい彼。どうしてこの世界にきたのかも不思議なぐらい至って普通のおじさんだ。

「いえ、妻です。」

 さらりとキリトがそう切り返すのにくすぐったさを感じ若干気持ちが解れ、セツナはペコリと頭を下げた。

「ふむふむ、キリトさんも中々隅に置けませんな。」

 おじさんがうんうんと頷くのになんだか妙に恥ずかしさを感じる。

「あの、あなたは…。」

「私はニシダと言うものです。ここでは釣り師をやっております。」

「ニシダさんはSAOの回線保守の方だったらしい。」

 キリトに付け加えられたおじさん…ニシダさんのプロフィールに納得がいった。自分が手掛けたものを見ようとダイブし、巻き込まれてしまったのだろう。

「仕事熱心だったのですね。」

 道理でゲーマーらしき雰囲気をまとわないわけだ。そもそもゲーマーではなく技術者。今ここにいるのは事故みたいなものだろう。

「年寄りの冷や水になってしまいましたわ。おかげで一日中好きな釣りが出来とるんですが。」

 自虐的に明るく笑う彼に悲壮感は全くない。ここまで達観するのに2年は短くなかったんだろう。

「是非、キリトに釣りの極意を教えてあげてください。全然釣ってこないんですから。」

「実はその話なんですが、釣れないのはキリトさんの釣っておられた湖だけなんですわ。」

「え?」

 ニシダの話にキリトはバツの悪そうな顔を浮かべる。

「この湖、主が出るんだと。」

「主!!」

 そんな楽しそうな話、セツナが乗らないわけはない。目を輝かせ続きを促すと、ニシダは当初キリトがしていたような表情になった。

「私ではヒットはするんですが釣り上げる筋力がなく…キリトさんとどうにか協力できないかと相談していたところです。」

「釣竿のスイッチですね! それ、私じゃダメですか?」

 爛々と輝くセツナの瞳にニシダも少したじろぐ。

「え? 奥さん筋力に自信がおありで?」

「キリトには負けないぐらいには!」

 見掛けは華奢な少女。どう見ても力のあるような雰囲気は持たない。しかしそれはただアバターの問題であり、この世界の力であるパラメーター値には全くもって関係ない。キリトも若い男性…と言う点ではセツナにアドバンテージを持つものの、華奢さ加減ではどっちもどっちと言ったところだ。目を丸くするニシダにセツナはにっこりと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ! 主さんですか!!」

 

 家に戻るとユイもキラキラと目を輝かせ、興味津々と前のめりになる。今日の夕飯はニシダに分けてもらった魚たちがメインだ。色彩々の魚たちは見た目はともかく、味は中々に美味しい。深海魚のようにグロテスクなものもあるが、捌いてしまえば同じだ。アスナにお裾分けしてもらった醤油のような調味料も大活躍だ。魚は和食で食べるのがやはり美味しい。アクアパッツァやムニエルも美味しいが刺身や煮付けには敵わない。尤も、この世界の食べ物はほとんどが洋食のため、和食がただ恋しいのもあるかもしれないが。まだまだ料理スキルは拙いセツナだが、22層の食料を調理できるぐらいにはなっていた。久しぶりの和食を勢い良く掻き込み終わると、口元を拭いながらキリトは答えた。

「明日のお昼間にやろうって話。」

「ユイも行く!!」

 記憶を取り戻し、一緒に暮らし始めてから段々と年相応らしい仕種や言動が増えてきたユイの頭をキリトは優しく撫でた。この技術は本当に畏れ入る。

「スイッチするのはセツナの方だけどな。」

「え? キリトお兄ちゃんじゃないんですか?」

 当然に釣竿を引くのはいつも釣りに出掛けているキリトの方だと思ったのだろう。ユイはポカンと口を開いた。そんな彼女の口にデザートを放り込み、セツナは片頬だけをあげて笑う。

「引っ張るだけならスキルは要らないからね! お姉ちゃんだって強いんだよ。」

「それは知ってますよー!」

「セツナは言い出したら聞かないからな。ま、俺は万が一に備えてこれを持っていくさ。」

 もぐもぐとデザートを頬張りながら、やや不満げな顔のユイにキリトはチャキッとエリュシデータを出して見せた。するとその表情はくるりと一変した。

「それならしょうがないですね。」

「頼りにしてます。」

 うんうんと揃って頷く二人にキリトは顔をしかめずにいられなかった。

「良いように使ってくれるよな。」

 口では文句を良いながらもセツナには勝てない。先に惚れた弱味か頭が上がるようになる日はくるのだろうか。

 

 

 

 

 翌日、意気揚々と湖に行ったもののそこに広がる光景に3人は面食らった。ただ主を釣り上げるだけかと思えばそこはお祭り騒ぎだった。キリトはともかくセツナは超の付く有名人で、いくらここが前線ではないとは言えん、その髪色を見て気付いてしまう者もいるだろう。折角のんびりと暮らしているのにそんなことになっては大変だ。

「キリト…どうしよう?」

 不安そうに振り返るセツナに、キリトは肩車していたユイを地面に下ろし、アイテムストレージを開いた。

「髪はケープで隠してるから良いとして、服装が青基調が良くないな。」

 そして自分の装備品の中でユニセックスなデザインのものを見繕う。

 セツナなのパーソナルカラーは一般的に青だ。ならば髪を隠し、その色を外すだけでも大分印象が違うだろう。

「う…地味。」

「地味で良いんだよ。目立ちなくないんだろ。」

「お姉ちゃんだって我慢です!」

 不服な顔をするセツナに今度は二人係りで説得を促す。青、紺の服装とて派手ではない…と言うのはこのさい置いておく。

「ま、釣りする間のことだけだもんね。」

 さすがに直ぐに縦に首を振り、ニシダの元へズンズンと歩き出した。

「おはようございます!」

 もう直に昼だが、なんとなく1日の中で最初に会う時はおはようございます、と言ってしまう。ドスドス言いそうな勢いで近付いてくるセツナにニシダは昨日と変わらず柔らかく人懐っこい笑みを浮かべた。

「おぉ、セツナさん、キリトさん、お待ちしておりました。折角ですから私の釣り仲間にも声をかけてみました。」

 道理で一大イベントになっているわけだ。要はアインクラッド中の釣り好きが集まっているといっても過言ではないわけだ。"がんばれニシダさん"の横断幕まで存在する。…どちらかと言えば釣り上げるのを頑張るのはセツナの方なのだが。

「ふふ、プレッシャーですね。」

 にっこりと笑うセツナにニシダはニヤリと返す。

「期待しておりますよ。」

「えぇ、全力で引ききって見せます。」

 そんなやり取りがありつつ、セツナとニシダが湖の畔にスタンバイするとキリトとユイは少し小高い位置に陣取った。

「おねーちゃん頑張ってー!」

「セツナー程ほどにしろよ!!」

 二人の声に後ろ手に手を振り、応える。

「行きますよ!」

 そんな間にも釣りの準備は着々と進み、ニシダはセツナの腕ほどもありそうなトカゲを餌につけると思いっきり湖へと釣竿をキャストした。ふわりふわりと浮きが微弱に動くのは風のせいか。

「どうですか?」

 釣りの経験のないセツナはそわそわしてニシダにまと割り付く。ピクリと動いているように見えるのはヒットとは違うのか。

「まだまだ!」

 釣り師ニシダにしてみればそれはどうやら違うものらしい。忍耐強くじっとその浮きを見つめ、両手を釣竿に集中していた。

「あの…」

 細かくピクリピクリと動く浮きに、いやいやどう見てもと思い声をかけようとすると、ぐいっと急に引っ張られたのが見てとれた。

「ここです! 行きますよ! セツナさん!!」

「えええ??」

 なんだか良くわからないタイミングで声をかけられ、やや混乱しつつその竿を握る。すると、22層の低層とは思えない程強い力でぐいぃっと引っ張られる。

「わわわわわわわ!」

 完全に油断していた。湖まで引き摺り込まれそうになるのをなんとかこらえ、反撃に一転する。

 

「こんのぉぉぉお!!!」

 

 ボス戦でも中々上げないような雄叫びを上げ、湖を背に一気に背負い投げのように竿を振り上げた。釣竿は折れてしまうのではと言う勢いで大きくしなった。

 上空からボタボタと水が落ち、力が行き所を失い、セツナは尻餅をついた。

 釣り上げた! と思い周囲の反応を窺うと、何故か回りから人が捌けてしまっていた。

 ケープは垂れてきた水でびしょびしょで気持ち悪いし、なんだこの仕打ちと…思った矢先、その視界は影に包まれる。

 

「セツナ!! 後ろ!!」

 

 キリトの怒鳴り声にようやく振り返ると、何故回りが捌けてしまっていたかの理由を知る。5mはあろうかと言う巨大な魚がそこには鎮座していた。

 ギョロっとした目はグロテスクで、肺呼吸するように口がパクパクと動く。ついでに何故か四肢があり四足歩行までして見せるそれはもうすでに魚ではなかった。

 右手を縦に振り、ワンタッチ。

 左手で濡れたケープを剥ぎ取るとセツナはやや腰を落とした。

「串焼きにして上げる!!」

 そして大きく飛び上がりその手に一瞬にして装備した槍を一気に目標に向けて突き刺した。勿論、一番得意の《ソニックチャージ》で一突きだ。

 いくらイベントモンスターと言えど、22層クラスの敵など全く怖くない。なんなら生身で体術スキルでも倒せるぐらいだ。

 折角釣り上げた魚だが、一気にその姿は消え、青いポリゴンの欠片にキラキラと形を変えた。折角隠したはずだった白銀の髪は一緒になってキラキラ光り、キリトは頭を抱える。

「お兄ちゃん?」

「あのバカ…。」

 キリトの懸念は当然に、その正体は22層中に響き渡った。自分がバレることを気にしていたにもかかわらず、その行動が伴わないことはもう諦めの境地だ。平穏な生活は終わりかと項垂れたところ、それは更に奈落へと突き落とされた。

 

message from Asuna

 

message from Diavel

 

 二人に同時に届いたメッセージはどうしても休暇のままにはさせてくれなかった。

 

 

 

 




キリトの出番…笑
閑話を挟み最終決戦へ。
6月は思ったように更新できなかったので…今までの半分…7月は一気に書ききりたいですね。
バディコンも書き進めてはいるのですよ。


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51:間層*世界とのつきあい方

 

 

「いやいやいや、奥さんがそんな有名人だとは」

 折角釣り上げた魚を堪能する間もなく四散させるも、ニシダはパチパチと手を叩いて喜んだ。

「しかしまぁすごい大物でしたなぁ。」

 ドロップアイテムのレアそうな釣竿は大した釣りスキルを持たない自分たちには無用の長物のため、当然にニシダに渡した。

 釣り上げる際に被った水のせいでケープを脱ぐ羽目になったことからその白髪は露になっている。集まっていたプレイヤーたちがセツナの元に集結し、慣れない愛想を振り撒くことになったのはほんの数分前のこと。

 

 

「白銀の髪に濃緑の…もしかして…舞神…。」

 

 いくらキリトに借りた黒い洋服を纏っていようとも、その髪が露呈しては何の意味もない。むしろ黒によく映えた。二つ名を呼ばれ思わず振り返ると大物釣りを見に来たギャラリーたちはメインイベントよりも色めき立った。

 《閃光》と《舞神》。双璧を成す二人ではあるが、《血盟騎士団》の副団長を務め露出の多いアスナに比べ迷宮区に籠りがちでギルド所属もそう長くないセツナ。名前だけが一人歩きし、アルゴがニュースに載せたりしなければ存在するのか怪しい、つちのこみたいなものだろう。特に、攻略組をはじめとする高層プレイヤー以外には。

「お目にかかれて光栄です。」

「実物はこんなに小さいんですね。」

 わらわらと周囲に集まるギャラリーたちにどう対応して良いかわからずひきつった笑みを浮かべる。

「はぁ…。」

 それもそのはず。上層プレイヤーは自分より強いセツナに簡単に声なんかかけないし、かけたとしても一蹴されるのが分かっている…もしくはキリトかディアベルに締め上げられる、と言うのが常識になっている。セツナがアイドルのようになるのは噂の上でか、このように下層プレイヤーたちのもとに限られるのだ。純粋にこんな反応をされるのになれていない。

 キラキラとした目で見られ悪い気はしないものの正直鬱陶しい。

「俺、写真持ってますよ! 本物の方がかわいい雰囲気ですね。」

「写真だとカッコいいとかキレイが似合いますよね。」

 終いには男たちの井戸端会議まで始まる始末。どうでも良いけど本人を囲んでそれはどうなのだろうか。ファンミーティングのようになってきた。

「あの…。」

 困ってセツナが声を上げると一人の男は目ざとくその左薬指に気がついた。

「え…ご結婚…されたんですか?」

 キラリと光る左薬指の飾り気のない指輪。デザインからして特殊効果を持つようなものではないし、その指が持つ意味合いを知らないものは少ない。

 ひきつった笑みは苦笑いへと変わり、左手を後ろに回すことでそれは肯定されたと見なされた。

 情報屋に口止めをしていても、これだけのプレイヤーの口に戸は立てられない。明日には広まってしまうことを覚悟し、曖昧に笑った。

 

「セツナ。」

 

 その標的である旦那はやや固い表情を浮かべている。その理由は突然に届いたメッセージにあることはセツナも気が付いていた。視界の端にチラチラと光るメッセージ受信のアイコン。キリトとセツナにほぼ同時に届いたそれ。休みの間も前線の様子は逐一メッセージで様々な方向から届いてはいたが、なんとなく同時に届いた…と、言うことが嫌な雰囲気だ。そしてそれはキリトの表情からしても間違ってはいないのだろう。

 やんわりと笑みを作り軽く周囲に挨拶をするとセツナはキリトの元に向かった。そして、放置されていた自身のメッセージボックスを開く。

 差出人はディアベル。

 

【75層の攻略、最悪の展開になりそうだ。君たちの力がなくては話にならないだろう。明日の攻略会議、参加してもらえないか。】

 

 過去に、キリトの参加していないボス攻略は何層かあった。その際に大きな被害を出したのは25層。もう随分前の話だが、それもクォーターだった。セツナが参加していないボス攻略は今のところはないが、ヒースクリフとアスナがいて、いなくてどうにもならないかと言えばそうではないだろう。…ただし通常の場合ならば。今回はクォーターの層で、これまでのセオリーで行くと通常より強い敵が出る。恐らく偵察部隊に何かあったのだろう。それ以外に召集される理由はない。

 口元が自然と引き締まり表情が凍る。ユイに心配そうに見つめられ、笑顔を作ろうとしてみるがうまくいかず、更に心配そうな表情を作らせてしまう。

 

「今日はメインイベントも済みましたしお開きにしましょうか。」

 

 ニシダから出された助け船に、なんとかその場を逃れることが出来た。周囲の興奮とは裏腹に、二人の心にはもやもやとした感情が居座っていた。

 

 

 

 

 暫しの休息に別れを告げる。召集されるとはそう言うことだ。

「はぁ…前線か…。」

 たった十数日離れていただけなのに随分と昔のような気分になった。休むと決めてからも戦闘はしていたが、命の取り合いになら前線の緊張感はまた違うものがある。

「きっと…きっと、直ぐに戻ってきますよね。」

 ユイにはこの家で待っていてもらうことは二人で話し合って決めた。連れていってもユイは死ぬことはないだろうが、むしろ先日のように力にもなってくれるかもしれない。ただこの存在を公にすることは正しい選択とは思えなかった。それはユイ自身も分かっているようで異論を唱えることはなく、ただただ不安げな表情を浮かべた。

「大丈夫だ。いつだって生き残ってきた。次も直ぐに倒して戻ってくるさ。」

 キリトが優しくユイの頭を撫でる。その言葉は自分自身に言い聞かせているようでもあった。

「絶対、絶対ですよ。」

 ただユイの反応からして、もしかしたら彼女は75層のボスの姿を知っているのかもしれない。ただそれはカーディナルシステムの制御下にあるために口にできないのか。キリトもセツナも安全マージンは十分だ。そして攻略組の面々も当然に。だから、しっかり対策をして挑めば倒せないことはないはずだ。

「大丈夫。私はキリトを守るしキリトは私を守るんだから。」

 セツナのその言葉にユイはようやく笑顔を見せた。

 

 

 

 翌日、転移門広場に向かうとそこにはニシダの姿があった。

「セツナさん、キリトさんおはようございます。」

「おはようございます。」

「もしかして…」

「見送りに参りました。」

 二人は昨日とは違い完全武装をしている。キリトは黒く長いコートを身に纏い、背には二振りの剣。セツナは空色の軽鎧に一振りの長い槍を背負う。今まで制服のように毎日来ていた装備品たちだ。自然と戦闘モードになり表情は引き締まり、背筋が伸びる。

 そんな二人の姿を見て、ニシダは息を漏らした。

「そうしていると見違えますな。…攻略組、と言うのは別世界のものだと思っとりました。」

 そう、呟くように言って視線が遠くへ移ったニシダを二人は見つめた。

「科学の世界は日進月歩で、帰っても居場所があるかどうか…きっとどこかで帰ることを諦めてしまっていたんですな。」

 現実(リアル)の話はご法度だが、攻略組ではない彼らの思いを受け止めなくてはならない、そう感じた。サラリーマンで恐らく妻子のある彼が失う現実での時間と、学生の自分達の失う時間の意味合いは大きく違うだろう。ニシダの気持ちは分かりたくとも分かりきれない。ただ、共感できるところは間違いなくある。

「帰っても…居場所があるか…私もよく考えます。私のこの髪の色も瞳の色も現実のままなんです。ここでは受け入れてもらってますけど、受け入れられることに慣れた今、拒絶されるのが怖い。だから、ずっとこの世界が続けば良いのにって思うこともあります。」

 それはセツナの紛れもない本音だった。

「だけど、この世界で初めて、私は人と関わることを覚え、友人を作り…そして、大切な人と出会うことが出来ました。」

 そう言ってセツナに握られた手をキリトは強く握り返した。

「この世界が教えてくれたこと、今度は帰ってもっと大切にしたい。この世界で出会った人とまた出会いたい、だから私たちは戦っているんです。」

 表情は笑顔だがその目尻には涙が浮かぶ。そんなセツナにニシダは目を細めた。

「…そうですね。あんな大物を釣ったり、君たちと出会ったり、この世界に来たことも捨てたもんじゃありませんね。君たちがクリアすること…楽しみにしてます。」

 もしかしたら同じぐらいの子供がいるのかもしれない。彼の表情は慈愛に満ちたものだった。涙に濡れ言葉が続かないセツナの代わりに今度はキリトが口を開く。

「まずは、75層から行ってきます。帰ってきたら釣り、教えて下さい。」

「楽しみに待っていますね。」

 呼吸の落ち着いたセツナと二人揃って、コリニアへの転移を転移門は告げる。青い光と共に向かう先に待つものを迎え撃つ勇気はここの層の人達に分けてもらった。

 今までとは違う想いをもらい二人は再び前線へと戻った。

 

 

 




前線へ帰ります。
原作と違い攻略会議への参加と、その場所はグランザムでなくコリニアです。
決戦前のお砂糖タイムがうまく書けるかが心配です。


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52:75層*立ちはだかる恐怖①

 

 

 75層、ここに来るのはあの日のデュエル以来のことだった。景色は当然に変わらずコロシアムに臨む。しかしあのデュエルのお祭り騒ぎの欠片もなく人通りは疎らであった。

 

「待っていたよ。」

 

 それはメッセージの差出人の声だった。

 

「ディアベル。」

 

 振り返るとそこには二人へのもう一人の差出人、アスナの姿もあった。

「珍しいな。二人が一緒にいるなんて。」

「あなたたちがいない前線を支えていたのに随分ね。あなたたちの代わりができるのなんて私たちぐらいしかいないでしょ。」

 キリトが言えば、やや不機嫌そうにアスナから反撃が返ってきた。口でアスナに勝てる者なんてこの世界には存在しないと言っても…いや、アルゴぐらいか。何れにしてもほぼいないと言っても過言ではないため、キリトは苦笑いして、言葉を続けることはしなかった。

「まぁ、何にせよ戻ってきてくれて助かったよ。どうも即席コンビはうまくいかなくてね。」

 絵面としては美男美女で中々のコンビなのだがそういう問題ではないらしい。ディアベルも苦笑いを浮かべた。

「全く…ホントあなた達って自由極まりないわよね。」

 あの事件さえなければ前線を離れることも無かったのかもしれない。ただ何の定めはないとしても前線を離れたことには変わりないため、その不平は当然に受け止める。自分達がやらない分を誰かがやっているのは確かなのだ。

「ごめんなさーい。」

 休暇は実に楽しかったが、こうして前線に帰ってくるとやはり自分の居場所はここなのだと感じ、謝りながらもセツナの口元は緩んだ。

「悪いけど笑ってられる余裕なんて話を聞いたらなくなるからね。…ま、強制したぐらいだし分かっていると思うけど。」

 しかしアスナにきっちりと諌められてしまう。状況は本当に芳しくないらしい。キリトもセツナも背筋を伸ばし、顔を引き締めた。

「そんなにヤバイのか?」

「それの続きは攻略会議で行おうか。」

 ディアベルに促されて一行は会場へ向かう。その場所はセツナにとって苦い記憶のある場所で、その中央にはその時と同じようにヒースクリフ、違うのは沢山のプレイヤーが集結しているところ。そう、会議場はデュエルの行われたコロシアムだった。他に適当な場所はなかったのかとセツナは顔をひきつらせた。

 そんな胸中は露知らず、隣ではアスナが姿勢を正していた。

 

「団長、二人をつれて参りました。」

 

 ザッと音を立てて足を揃え、パリッとした声でアスナが言えば一同の視線が二人に注がれた。やや不機嫌そうな視線から少しの希望の視線。居心地が良いとは言えずにキリトもセツナもただヒースクリフに視線を向けた。

 ヒースクリフはゆっくりと頷くと満足げな表情を浮かべた。

 

「これで役者は揃ったね。アスナくん、ご苦労だった。ディアベルくんも手間をかけたね。」

 

 一礼してそのまま腰を下ろす二人に倣ってキリトたちもそのまま腰を下ろした。ヒースクリフが攻略会議の指揮を執るなんて今までに一度もなかった。それぐらいの異常事態が起きているのだと思い知らされた。

 四人が最後の参加者だったようでヒースクリフは全体を見回し、一呼吸おいてから口を開いた。

 

「諸君も既に聞いていることだろうと思うが、75層ボス攻略における偵察部隊が全滅した。」

 

「「ぜんっ…!?」」

 

 その台詞に反応したのはセツナとキリトのみであり、他のメンバーは彼の言うとおり既に聞いていたようだ。ディアベルとアスナが警告していたのはこう言うことだった…と言うのを二人は理解させられた。

 思わず立ち上がりかけるのをどうにか抑え、ヒースクリフに続きを促す。

 

「20名で組んだ部隊の前衛10名が部屋の中央部に到達した際にボスは現れ、残りの後衛10名は部屋に入ることを許されず、扉は閉じられたそうだ。そして扉は何をしても開くことはなかったと報告されている。」

 

 以前も戦闘が開始されると部屋の扉の締まるボス戦はあった。しかし外部からは開くことができ、援軍を呼べないことは無かった。おまけに、

 

「74層のボス部屋と同じく結晶無効空間と言うことも想定できる。…いや、ここからは全てそうなのだろう。10名のうち一人たりとも帰ってきておらず、脱出した形跡もないとある。」

 

 退却は事実上不可能と言うことだ。74層の時は扉は開け放たれたままであり、退路は残されていた。

 コロシアムに集結した歴戦の(つわもの)ですら息を飲む。

 

「本格的なデスゲームになったって訳か…。」

 

 キリトがこぼした呟きが全てを物語っていた。

 

「だからと言ってゲームクリアを諦めるわけにはいかない。ならば可能な限り大部隊を編成して当たるしかない。そこで今回諸君らに召集をかけた。」

 

 ヒースクリフの揺るがぬ物言いに異論を唱えるものは誰一人としていなかった。何があろうとも倒さなければならない、そうでなくてはクリアすることはできず、この世界から出ることはできない。

 

「願わくばこの34人、全員が欠けることなく挑んでくれることを期待する。攻略予定時刻は午後1時。ここ、コリニアの転移門広場に集合してくれたまえ。」

 

 解散! の一言を最後にヒースクリフの話は終わった。攻略会議とは名ばかりで、与えられたのはヒースクリフからの指示だけだった。事情を全く知らなかったのは二人だけであり、残りのメンバーは既に通達を受けていたのだろう。呆けるセツナの肩をキリトは叩いた。

 

「セツナ、ちょっと歩こう。」

 

 

 

 

 

 作戦開始まではあと3時間程だった。あれ以来来てなかったコリニアの町を二人は歩いて回る。普段ならあまり開拓していない町は喜んで散策し、色んな店に入ったりするがどうもそんな気分にはなれなかった。言葉なく歩いていたが、町外れに差し掛かった辺りでキリトが口を開いた。

 

「今日のボス攻略…参加しないでほしい。」

 

 静かに放たれたその言葉にセツナはピタリと足を止める。

 

「なに…言ってるの?」

 

 言葉が震える。それは怒りか哀しみか、どんな感情から来るものか自分でも分からなかった。

「嫌なんだ。…何かあったら全体の安全よりセツナの安全を優先しようと思ってる。だけど、結晶無効空間では何が起こるかわからない。だから…」

 泣き出しそうなキリトの声。

「だから私に参加せずに待ってろって?」

 反面、セツナの声は感情の通わないようなものだった。

「怒んないで聞いてくれよ。」

「怒らないわけないでしょ!」

 その声色にキリトが視線を合わせれば、その赤い瞳には涙が滲んでいた。

「キリトは私が同じこと言ったらどう思う? おとなしく待ってるわけ?」

「お前と俺とじゃ違うだろ!」

「違わないわよ! 私だって戦える。キリトを守れる。なんでそんな勝手なこと言うの?」

 拳を作った手は血が滲みそうな位に強く握られている。ふるふると肩を震わせながらも大きな瞳から滴がこぼれ落ちないのはセツナの意地か。そんな姿にキリトは胸を掴まれたような気持ちになり、視線を下に落とした。

「…ごめん。元の世界に還すって約束したのに、怖くなったんだ。」

 キリトの気持ちは痛いほど分かる。怖いのは誰だって一緒だ。74層のボス戦の時に、状態異常で一旦戦闘不能に陥ったセツナを見ていることもあるのだろう。望まない形であっても、セツナを思ってのことだと言うことは分かり、返事はできなかった。

「…………。」

「二人で一緒にいた時間が止まってしまえば良かったのに。」

 小さく、呟くように絞り出された言葉。それが一番の本心だろう。それはセツナにとっても口にしてはいけない望みだった。キリトの気持ちにセツナも涙を落としてしまいそうになる。それでも…

「…私も、ここに来てから一番の幸せだったよ。だけど、もうひとつの約束は? 本当の私に会いに来てくれるんでしょ? …もっと素敵なことが待ってる。そのためには戦わなきゃ。それは一人じゃダメなんだよ。」

 ニシダにも言ったように、元の世界に帰る。初めからあった強い気持ち。その理由は形を変え、徐々に増えている。その増えた理由は出会った人の思いの数でもある。そして、攻略組として戦い続け、生産職のサポートを受け、リソースを享受している。自分達にはやらなければならない理由がある。それは押し付けられたものではなく、選択したものだ。

「あの日、私は戦うことを選んだ。だから戦うことを止めない。それは責任でもある。」

 強い視線を向けられ、俯いていたキリトも顔をあげた。真っ直ぐな想いはぶれることなく、キリトの胸を射した。赤い瞳に浮かぶ涙はまだ落ちていなかった。

「…そうだな。一緒に、一緒に還んなきゃな。」

 迷いの晴れたキリトの額にセツナは自分のそれをくっつける。

「もう、置いていこうだなんて思わないで。」

 一番の近い距離で視線を合わせる。キリトが頷くのを確認すると、目尻の滴を落とし、いつもの自信にあふれた笑顔を浮かべた。

「大体、「私のことを誰だと思ってるのよ。」」

 重なった言葉に二人で笑う。不安が無いわけではない。絶対の保証なんてない。それでも自分の強さを信じ、二人で立ち向かいさえすれば、なんとかなるように思えた。不安を押し潰すようにそのまま唇を重ねると、言葉少なに転移門広場に戻ることにした。

 繋がれた手を握る強さはいつもより、不安と手を離さない意思の大きさの分だけ強かった。

 

 

 

 




今回短めですがきりがいいので。
甘々はどうも苦手なようです。
もともとセツナはがそういうタイプでもないのもありますが。
大分加筆しましたがもうちょっと加筆したいです


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53:75層*立ちはだかる恐怖②

 転移門広場には欠けることなく会議のメンバーが集まっていた。先ほどは到着してすぐに会議が始まったため確認できなかったが、見回せば顔見知りのメンバーも見える。エギルやクラインの姿もあった。《舞神》と《黒の剣士》のコンビは攻略組の中では知らないものはいない。好意的な挨拶や不躾な視線に応えながら待機場所を探っていると後ろから突然声をかけられた。

 

「新婚なのに悪いな。」

 

 二人とも誰にも結婚したことは話していなかったため、思わず飛び上がる。それがディアベルの言葉だったから尚更。

「な…なんで知ってるの?」

 恐る恐る振り返り、セツナは相手の様子をうかがった。ディアベルはいつも通りの笑顔を浮かべている。

「それは…」

「オレっちだヨ!」

 ゆっくり口を開きかけた彼の後ろから姿を表したのは神出鬼没、《隠蔽(ハイディング)》スキルの達人、アルゴだった。確かに彼女にはユイと出会った時に頼ったために知られていた。

「あ~る~ご~…」

 どこから出しているのか、地の底を這うような声でセツナは彼女の名前を呼ぶ。作られた表情は笑顔ではあるが底知れぬ恐ろしさが漂う。

 セツナはアルゴの胸ぐらを掴むと、極限まで引き寄せ更ににっこりと笑った。

「私、何て言ったかしら?」

「ニャ…セッちゃん…穏やかじゃないネ。」

 たらりと汗を流し、諸手を挙げて降参のポーズを取りながらもアルゴの表情には余裕がある。

「当然でしょ。契約違反よ。」

 セツナの目の奥には怒りの光が覗くが、アルゴは怯まない。

「あの時は何の契約も発生してないサ…それニ…。」

「なに?」

「友人のおめでたい話をそのまた友人にしただけサ。オレっち個人の世間話だヨ。」

 ニヤリと余裕たっぷりに言われて一瞬言葉に詰まる。二の句が継げないセツナにアルゴはポンポンと肩を叩いた。

「安心しナ。この爽やかイケメン以外には話してないヨ。」

 アルゴからディアベルに視線を移すと彼は首をかしげて見せた。特に気にした様子はない。それを見て、セツナはアルゴから手を離すと大きく肩から息を吐いた。

「ま、いいわ。」

 なんとなく恋愛感情の絡みがあるとどう接して良いかわからなくなってしまう。そんな自分の恋愛観とは違いディアベルは遥かに大人だってことを改めて思い知る。

「随分な反応だナ~。オレっちが手ぶらで姿を見せたと思ってるのカ?」

 散々引っかき回しておきながら、一応彼女は目的があって姿を表したようだ。

「まさか…!」

 それに一番に反応を示したのはキリトだった。その様子にアルゴはニヤリとシニカルな笑みを浮かべた。

「さすがキー坊は勘が良いナ。そのマサカだヨ。」

「何が分かったんだ?」

 ずいっと前に出てくるキリトに、珍しく対価などの話はせずにアルゴは情報を露にする。

「ボスの名前は《骸骨の刈り手(The Skull reaper)》ムカデのような体で両手は二本の鎌になっているようダ。」

「2本の…鎌。」

 アルゴからもたらされたのは、願ってもない情報だった。3人は口の中で反芻しそれぞれに対策を巡らせる。

「NPCから得られたのハ残念だけどそれだけダ。悪いナ、力になれなくテ。」

 飄々とした様子でいつも人をおちょくるような態度の多い彼女だが、情報屋としてのプライドが許さないのか殊勝な言葉を紡いだ。

「ううん、十分よ。少なくとも鎌の攻撃があるってことはその対策だけは今考えれば良いんだもの。体が長いってことはやっぱりサイドからの攻撃が有効だろうし。」

 ブツブツと対策を考え出すセツナにアルゴも安心したのかいつもの表情に戻る。

「君たちのオヒメサマはたくましいナ。」

 そしてにんまりとキリトとディアベルに視線を向けた。するとディアベルも似たような表情を浮かべた。

「もう俺()ではないかな。」

 そんなディアベルの軽口にキリトはじとりと睨めつける。

「いつお前()になった時があるんだよ?」

 そんなキリトにディアベルもアルゴも顔を見合わせ吹き出さずにはいられなかった。

「はは、キー坊は心が狭いナ。」

「ほっといてくれよ!」

 二人にキリトがからかわれている間もセツナはボスを思い浮かべてはぶつぶつと自分の世界に入り込んでしまっていた。

 

「ねぇ、偵察部隊の前衛が全滅したことは確認したのよね? それってどれぐらいで扉は開いたのかしら。」

 

 何かに気付いたのかようやくクルリと振り返るセツナ。強い視線に応えたのは情報屋としての責務を感じたのかアルゴだった。

「10分足らず、らしいゾ。次に扉が開いた時には跡形も無かったそうダ。」

「10分…。攻撃力はかなり高いと言うことよね。74層の時みたいに特殊攻撃がなければ良いけど。堅い人か盾持ちに受け止めてもらうか…全部弾くか…っで、痛ッ!」

 聞くことだけ聞いてまた自分の世界に入ろうとした途端、何者かがセツナの背中を勢いよく叩いた。あまりの衝撃にその場に止まることができなかったぐらいに。

 セツナの後ろに姿を現した男達にキリトもディアベルも、そしてアルゴも苦笑いを浮かべる。

「なんつー…命知らず…。」

 キリトから漏れた言葉を男は豪快に笑い飛ばす。

「よぉ! 熱心だな、セツナ。商売放り出して加勢に来たかいがあるぜ。」

 それは数少ない友人のエギルとクラインだった。背中を押さえながら、セツナはゆっくりと振り替える。

「感謝してくれるのならもうちょっとまともに登場してくれないかしら。あなたのSTR値考えてよ。」

 つりぎみの目で睨まれてもエギルは怯むことはなく、実に堂にいった形で肩をすくめる。

「ははっ舞神サマにステータスのことでクレームを言われるとは光栄だな。俺のこの無私無欲の精神に免じて勘弁してくれ。」

 しかしセツナも当然に負けてはいない。

「無私無欲だなんて関心だわ。じゃぁエギルはドロップアイテムの分配はなくて良いのね。」

 するとしどろもどろに、いやぁ、それは…と軍配はセツナに上がり一同は笑顔に包まれる。それは緊張につつまれていた転移門広場全体に広がり、緊迫した空気が和らいだ。

 

「いやいやしかしキリトもセツナも来てくれて良かったぜ。やっぱお前らがいねぇと火力が足りねーもんな。」

 うんうんと頷きながら言うクラインにセツナは自身が導きだした結論を伝えようとするもそれは転移門から現れた集団に阻まれた。

 《血盟騎士団》のヒースクリフ率いる今回の参加者たちだった。ヒースクリフのすぐそばにはアスナも控えている。最強プレイヤーとしての余裕か、ヒースクリフの表情はいつもと変わらず、うっすらと笑みさえ浮かんでいる。

 ザッザッと統率のとれた軍隊のように足並みを揃え、迷うことなく人々の中央に歩をすすめる。その圧迫感すらある雰囲気に視線と言葉を奪われる。レベルだけならセツナもキリトも負けてはいないかもしれない。ただ最強ギルド特有の、何とは言葉にできない強さを感じさせられる。

 ヒースクリフと一瞬目があったと思えば満足げに口角を上げ、二人の元に向かってきた。

「キリトくん、セツナくん。今日は君たちのユニークスキルが存分に発揮されることを期待しているよ。」

 苦い記憶からか、放たれるオーラからか、セツナですら言葉を発することが出来ずに二人は無言で頷いた。ディアベルも、アルゴでさえその雰囲気に飲まれる。ヒースクリフはそれだけ言うと満足げに中央へと戻り、周囲を見渡した。

 

「見たところ誰一人欠けることなく集まったくれたことに感謝する。厳しい戦いになるかと思うが、解放の日のために!!」

 

 そして飛ばされた檄に沸き立つプレイヤーたち。圧倒的なカリスマ性。ディアベルやアスナの持つ指揮力とはまた違った種類の指揮官としての能力だった。

 

「では、行こうか。」

 

 そして短く言って取り出したのはセツナも目にしたのは数回限りのアイテム。《回廊結晶(コリドークリスタル)》だった。モンスタードロップ、もしくはトレジャーボックスでしか確認がされていない超レアアイム。いつかマーシーと言う男にオレンジプレイヤーを《黒鉄宮》送りにして欲しいと依頼を受けた時以来に使用する姿を見ることになる。効果は…その名の通り、回廊を開き集団を転移させること。

 レアアイテムを惜しげもなく使用する彼にどよめきすら起こる中、ヒースクリフはキーワードを口にする。

 

「コリドーオープン。」

 

 深い青の、通常よりも大きなクリスタルが音を立てて砕け散り、亜空間へ誘うかのようなゲートが姿を現す。光の渦を巻くそれに迷うことなくヒースクリフは吸い込まれていった。それに続いて参加メンバーも次々と飛び込んでいく中、アスナは踵を返して真っ直ぐにキリトとセツナの元に向かってきた。

「アスナ?」

 本来ならヒースクリフのすぐそばを歩くであろう彼女にセツナは首をかしげた。

「…参加、決めてくれてありがとう。」

 アスナは真っ直ぐに二人を見据え、それだけ言うと白いマントを翻し渦の中に入っていった。そう言えばアスナとは前線を離れる最後に会ったきりだった。裁きを担ってくれた彼女。二人の前線離脱と今回の作戦参加には思うところがあったのかもしれない。胸中は量ることは出来ないが、二人は顔を見合わせ互いに頷くと手を繋ぎその後に続いた。

 

 

 

 

 75層のボスフロアは74層とは全く異なった雰囲気で、漆黒の大理石のような壁に被われ、どこか高級感すら感じさせられる。さながら魔王の城のようだ。

 静まり返った廊下は耳鳴りがする程で、決戦前なのにそのアンバランスさが不気味に感じる。その空気に落ち着かない者も多いようで、辺りを見回したり、無意味にステータスを開いたりと不安を隠しきれない様子を見せる者は少なくはない。

 セツナも例外ではなく、キリトの長いコートを握り締める。

 戦う目的をニシダにあれほどに語って、キリトにも散々大丈夫だと言ったのは自分だったのに。アルゴの情報を基に対策だってしっかり考えた…それなのに、手がカタカタと震えるのが止まらないのは何故なんだろう。いつもなら武者震いと強がることも出来るのに何故。

 震える手はそっと暖かく包み込まれる。そして、強く握った手は1本1本丁寧に開かれ、手のひらが重ねられた。その時はじめて俯いていた自分に気付き、視線を上げていくといつも通りのキリトの表情があった。

「私…。」

 どうして良いか分からずに、口を開くとキリトはやんわりと笑った。

「俺はセツナを信じてる。だから、お前は自分を信じて戦えば良い。」

 重なった手から体温が伝わってくるように感じられた。暖かいその感触に少しずつ解きほぐされていく。なんとか口角だけを上げて笑顔を作りキリトのその気持ちに答える。

「ううん、私はキリトを信じて戦う。大丈夫だよね。私たちなら。」

 そのまま手をしっかり握りしめればキリトは強く頷いた。

「一緒に還る。その通過点だ。」

 いつの間にか震えは止まり、いつも通りの自分が戻ってくる。手を離し、セツナは両手で頬をパンパンと叩いた。

「私らしくない! よし!!」

 そして愛槍ノーブル・ローラスを格納し、天秤刀のグランドリームを手に取った。キリトのダークリパルサーと共鳴するように輝きを放つ。

 

 回りのプレイヤーたちも次第に落ち着きを取り戻し、装備品やアイテムを最終確認している。

 ヒースクリフがガシャリと音を立て、自身の剣を床に突き立てたのが合図だった。

 

「《血盟騎士団》が可能な限り前衛で食い止める。パターンをよみ、臨機応変に対応してくれたまえ。」

 

 では、行こう! あくまでソフトなヒースクリフの号令に誘われ、プレイヤーたちは開かれた扉の中に雪崩れ込んでいった。

 

 

 




タイトルが思い付かなかった…
前話投稿した時点ではあと3話か4話ぐらいかなーと考えていたのが話が進まない…!
もうちょっとお付き合いください。
しかし人数多いのと戦闘とイチャイチャは書けない…


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54:75層*戦いの先に

 プレイヤーたち全員が駆け込んだ所で部屋の扉はズゥゥンと轟音を立てて閉じられた。内部は円形のドームのようになっており、複数の骨組みが剥き出しになっている。34人が陣形を組み、周囲に気を巡らせるもボスの姿は見えない。靄のようなものと共に不穏な空気が流れるだけだ。

 盾持ちのディアベルや元々壁戦士(タンク)のエギルは、前衛。盾持ちでないクラインやアスナは後衛に位置している。そしてキリトもセツナも防御手段を持たないため後衛だ。

 しっかりと皆が臨戦態勢に入ったところでアスナが何かに気が付いたようで叫んだ。

 

「上よ!!」

 

 その言葉に全員が視線を上げる。すると、骨組みに絡みつくように張り付いている巨大な影があった。無数の足、長い尾。アルゴに聞いた通りのムカデのような姿に頭部は骸、そして蠍のような尾。二組ある目が赤黒く光り、肋骨の辺りでは青い炎が燃え盛っている。

 

ーー何、アレ

 

 アルゴに特徴を聞いていても、この二年間異形のものを見続けてきたとしても、その姿は異様に映った。セツナはぐっとグランドリームの柄を握り直す。

 HPバーは5本。…名前も聞いていた通りに、

「《骸骨の刈り手(The Skull reaper)》…。」

 その場に縫い付けられたかのように動けないでいると、ソレは勢いよく動き出した。カサカサと言う音を連想させる足の動き、しかしぬるぬるとソレは壁を這い、猛スピードで降下してくる。

 怖いもの見たさの感覚か、目を離せない。

 

「セツナ!!」

 

「走れ!!」

 

 それはセツナだけではなく複数のプレイヤーがその場に立ち尽くしていた。キリトの名を呼ぶ声と、ディアベルの指示に意識を取り戻す。足に力を集中し、一気に飛び退くのと鎌が振り下ろされたのはどちらが早かったか。空に身を躍らせたセツナの横では、逃げ遅れ吹き飛ばされた者が赤いダメージエフェクトも一瞬に、青いポリゴンへと、形を変えていた。

 

ーー一撃!?

 

 参加しているのは何れも腕に覚えのある者。ノーガードとは言え、HPは高くかなりのステータスがあるはずだ。それなのに一瞬にして命を散らしていった。アスナが砕け行く彼らを受け止めようとするも、その腕の中には何も残らず、顔を歪めることになった。

 落下してきたやつは高速でぬるぬると動き回る。

「近寄ることさえ出来ねぇって言うのかよ…!」

 一撃で屠る威力の鎌に捕捉できない動き。エギルの言葉に心が折れそうになる。それでも、もう後には引けない。退路がないことは折り込み済み。それにここにいる精鋭で敵わなければどうして倒せると言うのだ。

 今度はしっかりとグランドリームを握り直すと、セツナは右手の鎌に向かってソードスキルを繰り出した。

 

「っっぁあ!」

 

 キィィィンッ

 

 2ヵ所で響いた金属音がこだまする。

「重ッ…!」

 セツナが右手の鎌を弾いている傍らで、ヒースクリフがその《神聖剣》をもって左手の鎌を受け止めていた。ヒースクリフがしっかりと、ソレを受け止めるのとは異なり、セツナは受け止めきれずに逆に弾き返された。

 

「ぅぐ…。」

 

 壁に打ち付けられ、HPは一気にイエローゾーンまで突入していく。《戦闘時回復(バトルヒーリング)》スキルとブーストアイテムの《戦乙女(ヴァルキリー)の加護》が無ければどうなっていたかなど想像もしたくない。あまりのダメージに一時行動不能(スタン)効果が付随する。

「セツナッ!」

 キリトに名を呼ばれ、意識を手放すことは免れる。

「重…すぎる…」

 どうにか起き上がり、思考を巡らさせると目の前に映るのはアスナとディアベルが二人がかりで鎌を受け止める姿だった。

「二人ならいけるよ!」

 即席コンビだとかなんだとか言いながらもなかなかのコンビネーションで次々と鎌をさばいていく。アスナの《リニアー》で勢いを弱め、ディアベルが盾と剣を交差して鎌を受け止める。

「よし、鎌は任せた! サイドから攻撃するぞ!」

 キリトの声にプレイヤーたちは攻撃に走り出す。ボス戦はHPを削り取らなければ終わらない。防御を任せるのにヒースクリフもディアベルもアスナも信用に足る人物だ。

 HPがイエローから回復し一時行動不能(スタン)が解けたことを確認するとセツナも地を蹴り飛ばす。鎌に気を取られ過ぎていたが元々防御は得意ではない。人に任せて攻撃に専念できるのならば、分かりやすいことこの上ない。

 そもそも《天秤刀》は防御に向かないスキルだ。攻防一体の《神聖剣》や武器防御スキルの1.5のボーナス補正が付く《二刀流》とは違う。防御のことを勘案するのであれば、槍を使った方が良いぐらいに。まずは《天秤刀》基本スキルの《プレニティード》で刃を青く光らせた。2連撃の両刃を上下から斬りつけるスキルだ。

(かった)っ!!」

 サイドからクリーンヒットさせた筈なのにHPバーはピクリともしない。こんな調子で5本も削りきれるのだろうか。

 それでも、やるしかない。

 サイドからの敵の攻撃手段を警戒しつつ、徐々にソードスキルのレベルを上げていく。4連撃、十字を切るように旋回させる《クルサファイ》に続き、8連撃の《スウィング・ゲーブル》。ぬるぬると猛スピードで動き回り、両手の鎌と尾から次々に攻撃は繰り出される。捕まったら一巻の終わりだ。

 幸い、サイドからの攻撃は大したことなく、ヤツの行動スピードについていけるかが肝だった。それならばセツナの得意分野だ。

 何人かのプレイヤーが消え行くのに意識を奪われないように心を非情に保つ。倒せなければその者達への手向けすら出来ない。共通の想いからか段々と足並みが揃い、自然にスイッチをし攻撃の手が止むことはない。防御に徹し続けてくれている3人の力も大きい。それに報いるべくひたすらに攻撃を続けた。

 

 残り1本…。そこまで削ったところでボスのモーションは変化した。今まで這いずり回っていたのとは変わり、上半身を起こし、肋の辺りの骨だか足だかが噛み付こうとする。もう横からの攻撃は出来ない。後ろからは尾が、前からは当然に鎌が迫ってくる。一旦、全員が距離を取らざるを得なくなった。

 それでも、ここまで来て諦めるわけにはいかない。起こされた背丈の高さに圧倒されながらも皆の気持ちは途切れることはない。

 

 あと一息

 

 堅い殻を叩き続けてあとようやく残り20%までこぎ着けた。そう、あとたったの20%…

 

「キリト! 援護して!」

 

 先陣をきるのは自分の仕事だ。セツナが走り出すとキリトもその後を追った。いつ付いたか分からない二つ名。揶揄や嫉妬もあるかもしれない。ただ羨望、憧れ、期待も混じっているはずだ。"神"の字を貰ったからには後者の働きを。攻略組として、フロントランナーとして応えなければならない。立ち向かうきっかけを、楔を打ち込むのは自分だ!

 セツナは大きく跳ね上がり、そのままボスに向かって飛び込んだ。身を翻し頭上まで飛び上がり、まずは掬うように額に一撃。刃を返し突き刺すように一撃。下降する重力を旋回の力に変えて一撃。肋に捕まらぬよう、跳ね上がるべく蹴りを一撃。傍らではキリトがボスの攻撃スキルをキャンセルしていく。ただ防御を任せていたわけではなく、パターンを読み取っていたようだ。要領さえ得ればキリトにとって弾くのは難しくないだろう。

 パターンが変わっても尚、与えられ続けるダメージに次第に落ち着き皆が攻撃に加わっていく。

 

ーあと少し

 

 その思いから個々のソードスキルが光り続ける。

 

「はぁぁぁぁあ!!!」

 

 薙ぎ払うような一撃目からセツナも《天秤刀》の最上位スキルのモーションを起こした。《シャドウサーキュラー》。それがプロペラなら高く飛び上がれそうな速度で18連撃全てを叩き込むと、ヤツのHPは赤く染まり、その場に崩れ落ちた。

 

「全員、突撃ぃぃ!!!!」

 

 ヒースクリフの言葉に、今まで防御に徹していた二人も、皆が攻撃初動に移行した。

 

「うぉぉぉぉ!」

「ぃやぁぁあ!」

 

 様々な咆哮が響く。

 セツナも技後硬直が解けるのを待ち、最後の攻撃に加わる。

 

「これでっ!」

 

 青く光る刃は、光の欠片の海に飲み込まれていった。

 

 

 

 

 広い空間に全員が崩れ落ちる。ただ一人を除いて。

 どれぐらい戦っていたのか。HP総量が多く堅く攻撃力も高い。さすがはクォーターポイントと言うべきか、思い返してもゾッとするような敵だった。

 

「何人やられた。」

 

 なんとなく口に出来なかったその言葉をクラインがかすれた声で空間に響かせた。無言でキリトはレイド情報を開き、一人息を飲んだ。

 

「っつ…。」

 

 少ないわけがない。初めに逃げ遅れた二人、意識しないようにしていたが消え行く影をいくつも見送った。

 

「14人だ…。」

 

 えも言えぬ様な空気が漂う。

 

「マジかよ…」

 

 いつも体をフルに使っているような響く声を出すエギルの声にも、今回ばかりは力がなかった。

 セツナは体育座りをしたまま地面を見つめた。

 あと25層。クォーターが過ぎたとは言え、厳しい戦いは続いていくだろう。今回の攻略メンバーは残り18人。こんなペースであれば100層まで辿り着くことが出来るのは何人いるのか。

 かなりのハイレベルを誇る自分でさえキツい戦いだった。自分より強いとすれば、隣にいるキリトと、ヒースクリフぐらいだ。

 ふと視線をその男に移すと、みんなヘタリ込んでいる中、彼だけはすっと背筋を伸ばし立ち姿を保っていた。そして、うっすらと見えるHPバーは緑のままだ。

 

 ヒースクリフにイエローなし

 

 こんな時ですらその神話は崩れることはなかった。同じように防御を担っていたアスナやディアベルはレッド域に近いイエローにも関わらず。なんだか別次元のプレイヤーのように感じる。そう、あの時も…デュエルの時も、速さには絶対の自信があったのにそれを上回る速さで彼は攻撃を避けて見せた。

 

ーまさか

 

 視線を横にずらすとキリトと目があった。自分の表情は見えないが、きっと同じような表情(かお)をしているんだろう。キリトはやや強張った、何かに気付いてしまったが認めたくないようなそんな表情をしていた。そして、ゆっくりと耳打ちするように口を開いた。

「なぁ、セツナなら…人のやってるRPGを横で見てるか?」

 その言葉にキリトが自分と同じことを考えていることをセツナは確信する。

 答えはノーだ。人のスーパープレイを見て興奮することもあるが、RPGとなると話は違う。自分の思うようにキャラクターを育て、思うように攻略していく。それが醍醐味のはずだ。

 セツナが首を横に振ると、キリトはヒースクリフに射すような視線を注いだ。そして背からエリュシデータだけを抜き取ると、小さく呟いた。

 

「ごめん…。」

 

 その意味を考える間もなく、キリトは隣から飛び出した。あまりの速度にセツナの髪が揺れる。行き先は当然あの男の方だ。自分もグランドリームに手をかけ、視線を向けた。

 

パァンッ

 

 紫色の光が弾ける。キリトの剣は狙ったヒースクリフに届くことなく、障壁に遮られた。それは、地下で何度も見た障壁と全く同じものだった。ユイが自分達を守ってくれた時、彼女が発したものと同じ。

 

「《破壊不能物体(イモータルオブジェクト)》…やはり…。」

 

 疲労にふらつく体を立ち上がらせ、武器を構える。

 

「「茅場晶彦…!」」

 

 キリトとセツナの重なった声にヒースクリフはゆっくりと口許だけの笑みを浮かべた。

 

 

 




スカルリーパー戦。
天秤刀ソードスキルのオンパレードです…今更感ありますが。
三連休中に完結させたい…嘘です無理です。
さて、最終決戦に続きますがどちらが戦うんでしょうか。


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55:75層*剣士の選択

 

 部屋の中は静寂に包まれ、重々しい空気が取り巻く。

 アスナがゆらりと立ち上がり数歩彼に向かって足を進めた。

 

「団長…どう言う…こと…ですか…。」

 

 鈴の音のような声が空間に響くがヒースクリフの返答はなかった。一瞬笑みを浮かべた口は既に引き締まり、厳しい表情を浮かべている。代わりに説明をするべくキリトが口を開く。

「単純な真理だよ。他人のやっているRPGを眺めていること程つまらないことはない。」

 副団長を務めてきたアスナには受け入れがたいことだろう。しかしこれが現実。アスナはそのままその場所に崩れ落ちた。

「なんで…。」

「ずっと、疑問に思ってたんだ。アイツはどこで、どんな形で俺たちを見ているんだろうって。こんなに当たり前のこと、忘れてたなんてな。」

 キリトが言葉をぶつける中、セツナも一歩一歩歩みを進め、キリトの隣に立つ。そしてヒースクリフに対峙した。

「伝説の正体はGM(ゲームマスター)。不死属性を持っているだなんてそれ以外にあり得ないわよね。」

 二人の鋭い視線にヒースクリフはくつくつと笑い出した。

「その通り、私は茅場晶彦だ。」

 そして肯定された真実に彼を除く全員が息を飲む。ガツッと音を立て、剣を床に突き立てると茅場は実に面白そうに口を開いた。

「…参考までに何故気付いたか教えてもらえるかな?」

「…おかしいと思ったんだ、いくらあんたが堅くても、どんな鍛え方をしていたとしてもHPがイエローに落ちないなんて。」

「私とのデュエルの時、攻撃速度ボーナスの2.0ついた私より速かった貴方…ちょっと別次元だと思ったわ。」

 口々に答えた二人に、ヒースクリフはゆっくりと2度首を縦に振った。

「ふむ、設定をレッド域前にしておくべきだったかな。確かに不自然だ。セツナくん、君とのデュエルは私にとっても痛恨時だったのだよ。あまりの速度にシステムのオーバーアシストを使用してしまった。」

 開き直ったように種明かしをしていく彼に、正体を疑った二人ですら言葉が続けられなくなった。

「君たち二人は不確定要素だとは思っていたがここまでとはね。95層で正体を明かし、最終ボスになる予定が随分と狂ってしまった。」

 あくまでも穏やかに、とんでもないことを口走る茅場に場の空気が一気に冷える。

「…最強のプレイヤーが一転して最終(ラス)ボスか。趣味が良いとは言えないな。」

 辛うじて出ただろうキリトの台詞にセツナも強く頷く。育て上げてきた仲間がラスボスになる…と言うシナリオは稀にある。育て上げてきた仲間が途中離脱し戻らないと言うのも中々にしんどいが、更にボスになると言うのは精神的に辛いものがある。…知っていれば2週目からは使わないと言う選択肢もあるが、このゲームには2週目も攻略本も存在しない。むしろ2週目などあっては困るのだが。

 冷えきった空気に茅場は気分を良くしたのか饒舌に続ける。

「中々に良いシナリオだろう。尤も、私の前に立つのは君たちだと思っていたがな。《二刀流》は全プレイヤー中最速の反応速度を持つ者に、《天秤刀》はこの世界との親和性が最も高い者に与えられる。魔王に対する勇者の役割を担ってもらうためのものだ。」

 そう言われてセツナはグランドリームを投げ捨ててしまいたくなった。結局、アイツの手のひらの上で踊っていたのだ。悔しさにギリギリと奥歯を噛み締める。しかし、ならば自分のしたことを後悔させてやらなくてはならない。ヤツの与えたこの力で倒す。親和性の高さが何を意味するかセツナには分からなかったが、自分の首を絞めたことに気付かせてやる。

 腰を落とし、攻撃初動に入ろうとするのをキリトに左手で制される。

「お前は…アスナたち《血盟騎士団》の気持ちを考えたことがあるのか…。」

 キリトの声が震えている。それは恐怖ではなく怒りだろう。

 その言葉に誘われるかのように、ガチャリと音を立てて、白い制服に身を包んだ男が我慢できないといった様子で戦斧槍(ハルバード)を片手に立ち上がった。

「…よくも…俺たちの、忠誠を…希望を………。」

 《血盟騎士団》の幹部を務めている男だ。屈強な体で大きな武器を振り上げると、雄叫びと共に茅場へと刃を光らせた。

「うぉぉぉぉ!」

 しかし茅場は気にする風もなく、左手を縦に振り、涼しい顔で現れたパネルを操作する。すると勢いよく飛び出した筈の男は、ピタリと動きを止めその場に叩き付けられた。緑色のHPバーは点滅をし、黄色い効果が表示されていた。

「なんてことを…。」

 GM権限を行使する男にセツナが声をあげるも、茅場の左手は止まることはない。次々にプレイヤーたちに麻痺効果が付与されて動きを止めていく。

「…このまま俺たちを殺して事実を隠蔽するつもりか?」

 茅場の手はセツナとキリト以外に効果を付けたところで止まった。

「まさか、予定より早いが私はこのまま100層の《紅玉宮》に向かうとするよ。君たちならまぁ辿り着けるだろう。…ただ君たちには私の正体を看破した報酬(リワード)を与えなくてはならないね。」

報酬(リワード)…ね。」

 好き勝手言うにも程がある。しかし所詮は一般プレイヤーとGM(ゲームマスター)との間には天と地ほどの差がある。自由にこの世界を支配できる彼と1つのコマとでは。

「そう悪いものではないよ、セツナくん。君たちには私への挑戦権を与えよう。無論勝てば全員がこの世界から解放される。」

 それはプレイヤーたちの願い。

 ただ、ストーリー途中で倒せないように設定されているラスボスに挑むに等しい。…破壊不能物体(イモータルオブジェクト)が解除され、二人で挑めばその限りではないが。

「…いくらあんただって俺とセツナを相手にするのはしんどいんじゃないか?」

 キリトが肩を竦めるとヒースクリフは首を縦に振る。

「そんなことはない、と言いたいところだが君たちの力を過小評価はしない。このままではそうだね。だから挑戦権を与えるのはどちらか一人だけだ。」

 やはりそう甘い話ではないらしい。

「これは私からの配慮でもあるよ。勇者が二人ともいなくなってしまったら、今後の攻略に影響が出るだろう?」

 そして、一対一なら絶対に負けないと踏んでいるのだろう。

「ふざ…けるな…。」

 隣でキリトの肩が震えた。剣を強く握りしめたまま、力のやり場がなく溢れ出す。セツナもキリトの気持ちは痛いほどに分かる。理性の欠片が無ければこのまま破壊不能物体(イモータルオブジェクト)効果が付与されていることを忘れて、切りかかってしまいそうなぐらいには。だけど、この茅場の作り出したイベントは、通常では勝てないイベントでありながら、当然に負けてもストーリーが進むと言ったような仕様はない。負けたらそこで終わりなのだ。

「キリト…。」

 セツナがその震える肩に触れると、

 

「セツナ…ゴメン…。」

 

 キリトから小さな呟きが漏れた。

 そして俯き、力強く頷くと、真っ直ぐに茅場晶彦を見据えた。

「その権利、俺がもらうことにする。」

「キリト!!」

 無茶は自分の専売特許だと思っていた。実際今まで随分と自由に振る舞ってきた。だから無茶をされる気持ちなんてずっと知らなかった。

「ほう…。」

 茅場の片頬の口角だけが上がる。

「ダメだよ…」

 セツナには一度戦い、強烈な敗北感を味わった相手だ。たとえその種がシステムアシストと言う反則技だったとしても記憶から消えることはない。珍しく弱気なセツナの肩をポンと叩くとキリトは諦めたように笑う。

「分かるだろ。ここで引くことはできない。」

「…ちゃんと、勝つつもりなの?」

 その表情に不安しか抱けず、セツナはキリトのコートの裾を握りしめた。

「当然だろ、約束…したろ。」

 ぐんっと急にセツナの体が重くなる。コートを握った手にも、力が入らない。

「ぁっ…。」

 この感覚は知っていた。麻痺だ。

 茅場も自分の戦う相手をキリトと認識したようだ。そうなると邪魔者であるセツナの動きも封じたのだろう。これで、完全なる一対一だ。

 キリトは崩れ落ちるセツナに手を添え、ゆっくりと横たわらせてやると背中からもう1本の剣を抜き取った。両手を下に構え、カチャリと床と擦れる音がする。

 

「キリト止めろ!」

 

「キリトォォォッ!!!」

 

「キリトくんっ!」

 

「キリトさん!」

 

 アスナやクラインたちの悲痛な声が彼の名前を呼ぶ。しかしキリトは振り返ることはなかった。ただ、背を向けたまま口を開いた。

「エギル、今まで剣士クラスのサポートありがとな。お前が儲けの殆ど注ぎ込んでたこと、知ってたぜ。」

 ぐすっとエギルの鼻を啜る音がする。それの言葉はまるで、遺言のようで、キリトの覚悟を物語っていた。

「クライン、あの時…置いていって済まなかった。…後悔してる。」

 やや震えるキリトの言葉にクラインが必死で起き上がろうともがく。ただ、それは叶うことなく、クラインは両眼から大粒の涙を溢れさせた。

「てめぇ、謝ってんじゃねーよ!! なんで今なんだよ! 向こうで飯でも奢ってもらわねぇと絶対に許さねーかんな!!」

 泣きながらいつものような言葉を返すこの世界で初めて出会った友人に、キリトは小さく笑みをこぼした。

「あぁ、向こう側でな…。」

 その向こう側の頼りなさにセツナは床に爪を立てた。イヤだ、これ以上聞きたくない。まるで死ぬつもりみたいだ。

 それでもキリトの言葉は続けられる。

「アスナ、いつも辛いとき傍にいてくれてサンキュー。あんたがいたから俺たち、攻略組でいられたよ。」

「キリトくん…」

 アスナの榛色の瞳からも止めどなく涙が溢れ落ちていく。水溜まりが出来ることはなく、涙の欠片たちは床に当たっては消えていく。

「ディアベル……簡単に負けるつもりはないが、もし、俺が死んだら…セツナのこと…頼む。」

 そしてディアベルに向けられた言葉に真っ先に反応したのはセツナだった。

「イヤッ!!! キリト!!」

 起き上がらない体がこんなにもどかしいと思ったことはない。起き上がってひっぱたいてやらないと気がすまない。

「セツナ…。」

「イヤよ! その程度なの!? だったら私がやる!」

「ダメだ!!」

 泣き叫び、いつも通りの無茶を言うセツナに、キリトは今まで聞いたことのないよう大きさの声で制止をする。そしてビクリと動きを止めたセツナに今度は柔らかく言い聞かせる。

「ダメだ…セツナは皆の希望なんだ。もし、俺が死んだら誰が攻略組を率いていくって言うんだ。」

「イヤ…イヤだよ…私…。」

 ぐずぐずと泣くセツナに、かける言葉が思い付かず途方にくれる。

「キリトさん、その約束は出来ないな。()()なんて貴方らしくない。」

 そしてディアベルには退路を塞がれる。

 彼の気遣いに気付かないキリトでもない。肩から大きく息を吐ききり、セツナの頭を撫でた。

「分かった…みんな、向こう側で会おう。」

 ゆっくりとセツナの白髪から手を離すと、キリトは再び茅場に向き直った。

「待たせたな。」

 丁度破壊不能物体(イモータルオブジェクト)の解除が終わったようで、あちら側も準備万端といったところだ。正に魔王然とした表情を浮かべる。

「お別れの言葉は済んだかな?」

 そんな彼にキリトも笑みを浮かべる。

「ラスボス前にはイベントは必須だろ?」

「そうだね。勿論、主人公離脱でもね。」

 軽口を叩きながら二人は腰を落とし互いの武器を思い思いに構える。

 

 見ていることしか出来ない。それがこんなに歯痒いなんて、そして辛いなんて今まで知らなかった。これまでどれだけ彼に心配をさせてきたのか後悔しながらセツナは一番近くでその剣がぶつかり合う音を聞いた。

 

 




ディアベルいつもゴメン…
彼に一番甘えているのは私だ。
たまにはヒロインらしくセツナに大人しくしててもらいます。

キリトさんヒースクリフの表情とHPだけで気付くとはエスパーか。


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56:75層*世界が終わる時

 

「ぅぁぁぁぁあ!!」

 

 雄叫びと共に両手の剣を振りかぶる。

 その色にシステムエフェクトの光はなく、彼がソードスキルを使用していないことを知る。

 

「キリト…。」

 

 それは正解だ。彼が茅場晶彦であるならばソードスキルをデザインしたのは彼であり、殊に限定されたスキルである《二刀流》には思い入れもあるだろう。軌道を読まれるのは必至だ。

 キィンッと金属音が重なっていく中、動かない体が口惜しい。キリトが戦っている姿を何も出来ずに見つめるのはこれで2度目だ。まだ記憶に新しい、74層でのボス戦。あの時も自分の体は麻痺状態で動くことはできなかった。思いがけず乱入してきた彼がその《二刀流》をもって敵を殲滅した。

 人のユニークスキルを見ると震える。自分だってユニークスキル使いの一人ではある。ただ、ヒースクリフの《神聖剣》もキリトの《二刀流》も別次元の強さを持っている。茅場は《天秤刀》も同列に並べたが自分ではよく分からなかった。攻撃速度と手数に特化したスキル。そして武器の特性柄、変則的な動きが持ち味。そして武器の強化具合で重さも少々。セツナの攻撃スタイルにはマッチしたものではあるが。

 目の前で光る音に心が揺れる。キリトの勝利を信じないわけではない。ただ、一度戦った者として不安が消えない。ヒースクリフは強い。自身でデザインしただけありそのスキルを手足のように使う。ソードスキルなしでどこまで立ち向かえるか。

 ずっとキリトは自分のこんな姿を見続けてきたのか。一度きちんと謝らないといけない。見ていることしか出来ない辛さを知った今、素直にそう思えた。

 

ーだから、勝って元の世界に還ろう

 

 セツナはただ強く願った。

 

 システムに頼らない戦闘は金属音を量産させていく。2年間も戦い続けてきた。システムアシストがなくともその身には剣技が多少身に付いている。戦況は膠着し、互いが互いの攻撃を受け止めるのが続く。

 時折赤いエフェクトと共に攻撃がかすり、HPを減らす度にハラハラする。

 何度かのエフェクトの後、キリトがキレた。

 

「うぉぉぉぉ!」

 

 怒りの咆哮と共にエリュシデータとダークリパルサーが青く光ったのが見えた。キラリと右手のすぐ傍に落ちるグランドリームが共鳴した気がした。

 

ーいけない!

 

 キリト自身は意図してソードスキルを使わなかったのではなかったのだろうか。それはソードスキルの発動を知らせるもので…茅場には当然に読まれてしまう。そして、狙ってくるは当然にその技後硬直だろう。キリトも気付いたようで、はっとした顔をするが発動したスキルを止めることはできない。茅場の勝利を確信した顔が目に入った。

 ダメだ…。なんでこんな時に自分の体は動かないんだろう。茅場がGM権限にものを言わせて付与したシステム的麻痺。ステータス異常の麻痺よりも性質(たち)が悪い。回復アイテムも効果はなければ、アクセサリの緩和効果だって意味はない。当然に時間経過で回復することもない。今動かなければ何の意味もないのに。キリトが、危機に見舞われる未来は見えているのに…!

 自分勝手で独り善がりな想いだろうとやはり危険な目に遭うのは彼じゃなくて自分の方がいい。なんで自分は怖じ気付いて戦うことを選択できなかったのだろうか。でなければ今頃戦っていたのは自分の方で…。

 キリトはセツナを希望だと言った。それは果たして本当なのだろうか。自分勝手で誰よりも奔放に振る舞ってきた。強さに憧れ、自分こそが利己的で穢いビーターだったように思える。だから、無茶をして被害を被るなら自分が良かった。

 

ー動いてよ!!

 

 いくら強く願おうが軽業スキルも疾走スキルも発動することはない。渇れることを知らない涙が尚も光り続ける。

 

ーお姉ちゃん

 

 頭の中に彼女の声が聞こえたのは奇跡か。

 

ーお兄ちゃんを助けて…

 

 あまやかなその声は、22層に置いてきた彼女のものだ。祝福されるように、体が軽くなるのを感じた。確かに、元々プログラムの一部である彼女なら…。しかし、考えている時間はない。セツナは右手で傍の武器を拾い上げると何も考えずに走り、飛び込んだ。

 

「さらばだ、キリトくん。」

 

 キリトの最上位スキルである《ジ・イクリプス》の27連撃がうち尽くされたところだった。技後硬直で動けない彼に、無慈悲に剣が振り下ろされる。

 

キィィィンッ

 

 ポリゴンの欠片が辺りに舞散る。

 

「セツ…ナ…?」

 

 背中にキリトの声を浴び、目の前にヒースクリフ、茅場晶彦の驚愕の顔を見る。

 構えた筈のグランドリームは剣を受け止めることができず、中央でその身を2つに分けた。キラキラとポリゴンのエフェクトが割れたことを知らせる。

 そして、ヒースクリフの剣の切っ先はセツナの胸元に。傷口から赤いエフェクトが広がり、HPバーは勢いよく減少していく。

 武器壊しちゃってリズに謝らないとな。何て言ったら許してくれるだろう。あ、その前に乱入しちゃったからキリトに謝らないとかな。怒るだろうなぁ…。

 

 ピーッとまるで病院のモニター心電図が停止したような音を聞く。

 

【You are dead】

 

 この世界で死ぬってこう言うことか。HPバーは消滅し、紫色のポップを見た。何にも苦しくない。こんなに呆気ないものなのか。もう怒る声すら聞こえなくなるのか。目の前を沢山のポリゴンが被い、自分の体全体がポリゴンになっていったんだと、呑気に思ったところでセツナの意識は途切れた。

 

 

 

「セツナーーーッ!!!」

 

 

 キリトの叫び声は彼女に聞こえることはなかった。

 キリトの足元には格納されきらなかったアイテムが散らばる。いつか、結婚したカップルが死別したらどうなるかと検討したことがあったが実証なんてしたくなかった。転がるアイテムたちをキリトは虚ろな瞳で見詰める。そんな中、キラリと光る1つのアイテムに目を奪われた。

 金細工の施された深い青の丸い結晶。

 それは、いつかキリトが争いの原因になるからと手に入れることを否定し、結局は手にすることになったアイテムだった。

 《還魂の聖晶石》、それに一縷の望みをかけ、手に取った。

 

「セツナ!!」

 

 しかし、それは静かに光を湛えるだけで発動することはなかった。

 

「セツナ、セツナ…。」

 

 キリトが何度も名を呼ぼうとも、それは形を変えない。

 

「なんでだよ…セツナ…。」

 

「…驚いたな。それを手にいれているとは。しかし残念ながらここでは使えないよ。」

 驚きのあまり呆然とし、動けずにいた茅場もようやく言葉を取り戻したようだったが、それはキリトの望むものではなかった。()()では、茅場はそう言った。それはつまり…

「結晶無効空間だからか…。」

「ご名答。」

 足から崩れ落ちるキリトに茅場は厳しい表情を取り戻す。

「セツナくんには何かシステム的な介入があったようだね。終わったら確認しなければならないね。」

 そんな彼の言葉もキリトの耳には入らない。折角手にいれていた蘇生アイテムも役に立たなかった。

 セツナが死んだのは激昂してソードスキルを発動させた自分のせいだ。散らばるアイテムの中には当然彼女の愛槍、ノーブル・ローラスもあった。自分が、自分の甘さが彼女を殺した。もう良いんだ…愛しい彼女もいないし、諦めて自分も意識を手放してしまいたかった。しかしその存在はそれを許してはくれなさそうだ。

 セツナなら…セツナならどんな風に戦っただろうか。彼女とヒースクリフのデュエルをキリトは思い返した。最後を決めたのはその槍ではなかった。Modで瞬間的に呼び出したもう1つの武器。

 

ー力、貸してくれよな

 

 手を伸ばせば2つに折れたそれが転がっていた。何か意思を持っているかのように消えることのないその武器をキリトは拾い上げた。

 重い。どんな強化してるんだか。

 キリト自身も好んで重い武器を使うがそれ以上に重く感じた。彼女の意思の強さか、それとも自分に課せられた責任の重さか。

 キリトの両手が再び青く光る。その光を見て茅場も再び武器を構えた。

「ソードスキルは私には通じないよ。」

 そんなことは痛いぐらいに分かってる。だから彼女は死んだ。それでも…

 

「うるせぇよ!!」

 

 両手に握った、元は1本のその武器をキリトは振り抜いた。発動したのは《二刀流》のソードスキルではない。右手からは不思議と《ソニック・チャージ》が繰り出され、突撃系のその技は一気に茅場に突き刺さった。それはセツナの最も得意とした技だ。そして左手からは自身の最も好んだスキル、《ヴォーパルストライク》を繰り出す。

 

「終わりだぁぁぁ!!!」

 

 茅場は大きく目を見張った後、自分の運命を悟ったのか穏やかな笑みを浮かべた。

 

ザシュッ

 

 一際大きな音でそれは茅場の体を貫いた。

 

「見事だ…キリトくん…。」

 

 流石にGM(ゲームマスター)と言えど規定された動き以外は読みきれなかったようだ。ぐんっとHPを減らし、それは赤に変わり、消えていく。そして体はキラキラと光りに包まれ、ゆっくりとポリゴンに形を変えていく。そして2本に別れたセツナの半身も役目を終えたと、一緒に消え去った。

 

 

『ーーゲームはクリアされましたーーゲームはクリアされましたーー…』

 

 

 無機質に響き渡るシステムの声にその日、その時、世界は沸き立ったかもしれない。ただ75層のその場所にいた人々を除いては。

 消え様は驚くほど呆気なく、システムの声が無ければ倒したことが嘘のようなぐらいだった。それでも、失ったものは大きく、キリトはその場に倒れ込み、両手両足を放り出した。

 

「セツナ…。」

 

 目を閉じて、夢だったら良かったのにと強く願う。珍しく勝負を受けることを制した彼女。従っていればどうなっていただろうか。解放される日は先だったとしても共に還れただろうか。

 

「っつ…くぅっ……。」

 

 嗚咽が漏れるのも涙が溢れるのもキリトには止めることはできなかった。

 

「キリト!」

「キリトくんっ!」

 

 茅場が死んだことで麻痺が解けたのか、キリトの周りにはプレイヤーたちが集まってきた。でも、その中には一番会いたい人はいない。

 

「俺…ゴメン…セツナを…。」

 

 自分が希望だと言った彼女を自分が殺した。覚悟の仕方が間違っていたのだ。死ぬ気で戦っても救われるはずはない。

「キリトくん…セツナは…あなたに生きて欲しかったんだよ。キリトくんがセツナに生きて欲しかったのと同じくらい。」

 自分でもそうした、とアスナが涙を堪えながらキリトの体を起こす。目に入るプレイヤーたちの顔。

「私たちはみんなあなたに救われたよ。ありがとう。」

 皆が解放の喜びとセツナを失った悲しみとを重ねた表情をしている。それは当然アスナも。ただ、顔を目にすることで自分の選択が、完全に間違っていたのではないと、キリトは更に涙を溢した。

「俺が…アイツの代わりになりたかった。」

 少しずつプレイヤーが減っているのはログアウトが始まったからか。光の欠片が空間をさまよう。

 色んな言葉が飛び交うがもうゆっくり休みたかった。叶うならセツナのところに…。折角クリアして元の世界に還れるって言うのにバカみたいだけど。

 キリトは目を閉じたままポリゴンに身が包まれるのを感じた。

 アイツも消えるときこんな感じだったのかな。だったら苦しくはなかっただろうな。

 

 もう誰の声も聞こえなかった。

 

 そのまま光の渦に、白い空間に吸い込まれていった。

 

 




テンプレ…ナニソレおいしいの。
どっちが戦うとかはずっと決まってなかったわりにこのシーンだけはずっと前から決まっていました。
色々セツナに振り回されてブレてばっかりでしたが。
ご都合主義上等!二次ですから。

あと少し、お付き合いいただけると幸いです。


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57:終層*剣の世界が示すもの

 目を開くと視界に飛び込んできたのは、暁に染まる空だった。それは2年間幾度となく見上げてきた空。世界が始まった日も、初めてボスを攻略した日も。あまりの既視感に夢現がはっきりしない。

 

 まだゲームの中にいるのか。

 

 気だるい体を起こすと眼下に広がるのは崩れ行く世界だった。

 

「中々に絶景だな。」

 

 ガラガラと崩れる世界に見いる前にかけられた声は聞き覚えのないものだった。視線を向けるとそこにいたのは白衣を来た、研究員のような人物。それはいつか雑誌かテレビで見たことがあった。

 

「茅場…晶彦…。」

 

 名前を呼ぶと男はこちらに向き直った。

 

「この姿では初めましてだね、セツナくん。」

 

 名前を呼ばれ自分の存在がしっかりとあることに驚く。確か自分はヒースクリフの剣に貫かれ、HPを全損、つまりは死んだはずだった。それなのに身に纏うものは空色の軽鎧に濃紺のスカート。一切の変化はなく、違うとするならばその手に武器を持たないことぐらいだった。

 

「状況がよく分からないんだけど。」

 

 セツナが首をかしげると茅場はふっと柔和に笑った。

 

「ゲームはキリトくんがクリアしたよ。…私が君たちと話をしたかったのでね、この場を設けさせてもらった。彼ももうじきにくるだろう。」

 

 ゲームはキリトがクリアした。それを聞いてセツナの口元には笑顔が広がった。

 

「そう…。」

 

 彼が生きて元の世界に還れる。それだけでもう他はどうでも良かった。視線を再び世界に戻した。

 こんな姿をしていたのか。

 ゲームパッケージで目にした鋼鉄の城、アインクラッド。3Dで目にするのは初めてのことだった。ベータ時代を含めれば2年2ヶ月も暮らした世界の全貌。

 尤も地球で暮らしながら地球を外から見たことのある人間なんて数えるほどだ。それを思えば見たことがなかったのも当然のことなのだが。

 茅場の言うように中々に絶景。そして感慨深く込み上げてくるものがある。そこがたとえ囚われたのであっても、私たちが生きた世界。それが目の前で終わりを迎えようとしている。

 自分もやがてあの城と同じように消えて行くのか。今は辛うじて茅場の気まぐれに生かされている。ただあの城と共に消えていくのなら悪い気はしなかった。自分を受け入れてくれた世界と心中するなら本望だ。

 

「君は、別の世界の存在を信じたことがあるかい。」

 

 それは茅場晶彦からの唐突な投げ掛けだった。

 

「別の世界…。」

 

 質問の意図が読み取れずおうむ返しに言葉を紡ぐと、茅場は答えは求めてはいなかったようで、視線を鋼鉄の城に向けたまま続けた。

 

「私はね、ずっとこの世界の存在を信じてきた。そしてそれが初めて形作ったのは君も知っているベータテストの時でね。…震えたよ。」

 

 それは、セツナにも分かるような気がした。初めてこの世界に足を踏み入れた時の興奮と感動。デスゲームになったとして忘れたことはない。

 

「そしてセツナくん、君の存在にもね。」

 

 そう言われてセツナは茅場に視線を戻した。茅場の視線は依然として世界に注がれたままだった。

 

「ベータテストのプレイヤーのデータは全て見させてもらっていた。皆変わり映えのしないようなデータだったが…君は違った。」

「…どういうこと?」

 自分よりハイレベルプレイヤーはいたように思う。LAボーナスの獲得だってキリトの方が多かったし、フロントランナーは他にもいた。

「体がどういう風に動かされるか知っているかい?」

 セツナは首を横に振る。

「知覚したものに対して脳が指令を出す。そして指令に対して行動が起きる。この世界ではその指令が信号に変わり君たちのアバターを動かす。…キリトくんの反応速度が速いのはこの世界に長くいることで馴染んできたからだ。言わば、努力型の適応者だね。しかし君は違った。」

 意味がよく理解できなかった。茅場の話は続いた。

「君の場合は初めから、言うなれば最適化されていた。現実で体を動かすのと正に同様…いや、それ以上の数値を見せていた。」

 ようやく話が少し見えてきた。そして彼が戦いの前に言っていたことを思い出す。

「…親和性云々って言うのはそう言うこと?」

「そうだね。だから同時に困ったこともあった。」

「困る?」

「最も反応速度の速い者に《二刀流》スキルを与えようと思っていた。ただ、君の選択した武器は剣でなかったからね。」

 確かにセツナのベータの時の使用武器も槍であり、薙刀であった。本来《二刀流》が与えられるのは自分だったと言うことに特に驚きはなかった。ただ彼の言うとおり、もし与えられたのが《二刀流》だったならそれは使われなかっただろう。

「《天秤刀》をデザインしたのは苦肉の策だった。現実では儀礼にしか使われないような武器だったが…よくあそこまで使いこなしてくれた。」

 要は、あのスキルは自分のために作られたと。

「どうして、そこまで私に?」

 なぜ茅場がそこまで自分にこだわったのか。たとえ、特殊な存在だったとしてもねじ曲げることまでなかったのではないだろうか。

 セツナの尤もな疑問に茅場は穏やかに笑った。

「倒されるなら、この世界により近い者がいいと、そう思ったからね。」

 SAOの世界で死んだ者は現実世界でも死ぬ。この世界を創造し、正式サービスを実行する時、彼は自分の死を決めていた。だから、それが誰の手によるものか、それを選びたかった、と言うことか。

「…酷い話だわ。こんな子供に勝手にそんな使命を与えてたなんて。」

「そうかもしれないね。」

 セツナもそう言いながら悪い気はしていなかった。自分がこの世界に認められ受け入れられていたことを知り、この2年間がまた色付いた気がした。

 

 

「ーーセツナッ!」

 

 茅場との会話が一段落したところで聞いたのは、セツナは知ることはないが意識を手放す前、聞くことのできなかった声だった。

 

「キリト…。」

 

 勢いよく抱きすくめられ、その身を任せる。

「…また会えると思ってなかった。」

「ゴメン…。」

 自分はキリトを救うために飛び込んで満足だったが、キリトにすれば身を割くような想いだったに違いない。逆の立場ならそうだ。

 存在を確かめるように強く強く抱き締められ、顔は肩に埋まり表情は見えない。背中に手を回し、ポンポンと叩いてやると少しずつ落ち着きを取り戻していく。

「ここは…?」

「ゲームクリアおめでとう。キリトくん。」

 ようやく顔を上げたキリトにやんわりと茅場が声をかける。ゆっくりと茅場に視線を移した後、その先で崩れて行くアインクラッドに目を見張る。

「…茅場…。あそこにいた人たちはどうなったんだ?」

「君のおかげで6153人のプレイヤーのログアウトは完了した。あそこには誰もいないよ。」

 ガラガラと崩れ行くアインクラッド。宣言通り、ゲームがクリアされプレイヤーたちはログアウトされたようだ。消え行く世界と共に消えるわけではない。

「セツナは…。ここにいるってことは…それに今までに死んだ4000人は…。」

 次にキリトの口から出たのは、彼の希望だった。

「命はそんなに軽々しく扱うものではないよ。」

 しかしそれはあっさりと打ち砕かれる。落胆する彼にセツナは無言で頷いた。約4000人ものプレイヤーを殺したのは紛れもない彼だ。だが、それは彼がアインクラッドを1つの世界として構築したかったからに過ぎない。世界に生きた者として、今やそれは当然のことのように思えた。

「1つ、お願いを聞いて貰える?」

「ーー何かな?」

 命を…そう言うならばこの世界では生まれた命を、救えるならば救いたかった。

「ユイ…MHCP001-YUIを、彼女を生かしてあげることはできないかしら。」

 そう言ったセツナに茅場は面白そうに笑った。

「君があの時動けたのは彼女のおかげだったね。いいだろう、彼女のシステムはキリトくんのナーブギアのローカルメモリに保存しておこう。」

 左手を操作し、プログラムに命令を出していく。自分で考え、システムに介入して見せた彼女はもうただのプログラムではない。1つの命になりつつあった。

「さて、私はそろそろ行くよ。」

 作業が終わると、ゆっくりと白衣を翻した。そして跡形もなく消えていく。一筋の風と共に去った彼はアインクラッドに還ったのだろう。彼が信じた本当のアインクラッドへ。

 

 

 

 暫くは言葉が出なかった。尚も鋼鉄の城の崩壊は止まることはなく、残された時間が後僅かなことを知る。

「ゴメン…元の世界に還すって、本当のセツナに会いに行くって約束したのに…。」

 どれだけの時間が残されているかは分からない。ただ茅場に与えられたこの時間。もう二度と話せないと思った人と話せる奇跡を大切にする。

「いいの。私が選んだことだから。」

 何も後悔はない。

「セツナのいない世界に俺は…。」

 二人以外誰もいない。キリトは涙を流した。セツナがあの時消えてから、涙腺なんてものはどこかに消えてしまったかのように。

「そんなこと言わないで。待っている人が沢山いるよ。私はキリトや皆が還ってくれるだけで満足だよ。」

 それはなんの気遣いもない、セツナの心からの言葉だった。

「私は人を殺した。だから還れない。ずっと思ってたことでもあるの。だけど、皆を還すことで、私がこの世界に生きた意味はあったと思うから。」

 そして、帰れはしないとしても、帰ることへの少しの恐怖。だから、一番良かったことなのだと、どうすればキリトに伝わるのだろうか。

「キリトが、みんなが…私の生きた証だよ。だから…家族の所に帰って。」

 そこまでなんとか紡ぎ終えたところで、一番の笑顔を作ろうとした。彼の記憶に残る自分がきれいなものであって欲しい。それはささやかな願いだ。

「セツナにだって…。」

「ーそう、だね。一言、一言謝りたかったかな。」

 キリトにそう言われて、母親の顔が脳裏を過った。大切に育ててくれた両親。でも、それは叶わない。

「ー俺が伝えておくよ。…教えてくれるか? セツナの本当の名前。」

 キリトにそう言われて、今まで忘れていたものを呼び起こす。"セツナ"。それは自分のもって生まれた名前ではなく、与えられた名前は他にあった。

 

「…きたはら、北原 雪菜(ゆきな)。」

 

「きたはら…ゆきな。」

 口にし、キリトに反芻される。

 名前を口にしたことで一気に現実(リアル)が押し寄せてくる。目尻からポツリポツリと涙が溢れる。

「あれ…こんな……。」

 そんな自分にセツナは戸惑う。全て納得していた。そして現実に帰るのが怖くもあった。それでも…。そんなセツナをキリトは再び抱き締める。

「俺が…俺が…守ってやれなかった…ゴメン…。」

 セツナは首を横に振った。それでも涙があふれでるのは止まることはなかった。

「…キリトと学校に通ったり、みんなと向こう側でもご飯食べたり…折角、折角…人と関わることを知れたのに…。」

 納得はしていたとしても、願いは溢れ出る。

「和人、桐ヶ谷 和人だよ。」

 肩越しに言われたキリトの本当の名前。それは自然とセツナの中に馴染んでいく。でも、その名前を呼ぶことが出来るのは残り少ない時間だけだ。

「和人ともっと一緒に過ごしたかった…!」

 

 ガラガラと目にすることはなかった城の先端が崩れ落ちる。セツナとキリトの体を白い光が被った。最後の時を悟り、二人は唇を重ねた。

 

 

 

 

 

 

ーーありがとう。

 

 

 

ーー大好きだよ。

 

 

 

ーーーさようなら

 

 

 

 強い光に包まれ、その日世界は終わった。

 

 

 




タイトル…ずっと決めていたのですが内容がそぐわなく…
次回で最終話になります。どうか最後までお付き合いください。

どこまでも最強主人公。キリトが努力型ならセツナは天才と言うことで。
脳のなんやかんやは大分サックリ書いたのでちょっとおかしいかもしれませんね。
セツナの本名。だからディアベルとは結ばれなかったんだなと納得したのは私だけ。


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58:エピローグ*いつか笑って話せる日まで

 

 ピッ…ピピピピッ

 

 枕元のアラームが鳴ると次に聞こえてくるのはお決まりの"声"だ。

 

『お兄ちゃん! 起きてくださーい!!』

 

 あまやかな声はより眠気を誘う…なんて言おうもんなら誰に似たのかタコ殴りされそうだ。ただし、今は彼女には"体"はないのだけれど。

 

「分かってる。起きるよ。」

『そう言って私に見えないからって油断してませんか? お兄ちゃんの様子なんて見なくてもお見通しです!』

 

 そう言われては仕方なく、和人はモゾモゾと体を起こした。声が聞こえてくるのは自分のカスタマイズされたパソコンから。2年間過ごした世界で出会った妹の声だ。

 

「ユイには敵わないな。」

『当然です。』

 

 あの日、現実に帰った日、本来は廃棄処分されるはずだったナーブギアを、どうにか秘密裏に持ち帰ることができた。そして退院して自室に戻って直ぐに取りかかった作業がユイのプログラムを展開することだった。

 セツナが残した命。

 2年を過ごすこととなった世界で生まれた命。

 

「おにいちゃーん? なに一人でぶつぶついってんのー? 朝ご飯出来てるよ!」

 

 ユイと話していると下からは本当の妹ーー繋がり的には従妹なのだがーーから声がかかった。今行くよ、と階下に投げ掛け、和人は完全にベッドから抜け出す。

 

 

 

 現実世界に帰ってきて約1ヶ月。病院でのリハビリを終え、なんとか日常生活に復帰したところだった。季節は冬になり冷たい空気が肌を刺す。枕元のエアコンのスイッチを入れ、何か羽織るものを取り出す。

 1ヶ月前までは考えられないほど軽やかに動いた体は今や鉛のように重く、階段を降りる足も覚束ない。あの世界での《黒の剣士》の面影は全くない。そんなギャップに初めこそ辟易したものの、それこそが現実に帰ってきた証であり、今はそんな不自由さが愛しい。

 目が覚めた時は忌避して止まなかった女の子のような容姿に輪をかけるように、髪は長く、顔も体も線が細くなってしまっていた。それもリハビリをすることで少しずつ取り戻しつつある。

 全てがあの頃焦がれた日常。

 まだ完全に戻ったわけではない体に、週に何度か病院でリハビリを行っている。それだけじゃ飽き足りず、ジムにも通いだしたのはあの世界で過ごした《黒の剣士》への憧れと未練だ。

 

「おはよ。」

 

 それでもリビングに行くと顔を見せた妹の直葉(すぐは)に安心させられる。帰ってきたことを何度でも実感する。

 直葉は慣れた手付きで朝ご飯をよそう。髪が少し濡れているのは朝稽古の後にシャワーを浴びたからだろう。

「私は学校に行くけどお兄ちゃんは?」

「今日は病院のリハビリの日だから…ちょっと遅くなる。」

「そっか。」

 制服に竹刀を背負い、バタバタと飛び出していく。両親共働きだから家事のほとんどは直葉が担ってくれている。学校には復帰できず家にいる時間が長いため出来る限りは和人も手伝ってはいるが。

 和人も今日は出掛ける日なので手早く朝食を済ませると二人分の食器を片付けた。放ったらかしなんかにしたら、小さい母親と化した直葉に何を言われるかわかったもんじゃない。

 

 自室に戻るとユイが同じ事を聞いてくる。

『お兄ちゃん今日はどうするんですか?』

 寝間着から少し動きやすい服装に着替え、鞄にタオルを詰める。

「今日は病院ー。」

『じゃぁユイはお留守番ですね。』

 姿があればシュンと肩を落としたような仕草を見せただろう。いつかそんな風に変えてやろうと思いつつ、今は自分の体を元に戻すことが先決だ。あまりパソコンにばかり向かってたらまた直葉が心配するし。

「じゃ、行ってくるな。」

 鞄を背負い、直ぐに部屋を出ると背中にはユイのいってらっしゃいという声が聞こえた。

 

 

 

 リハビリは和人が搬入されていた都内の病院まで通う。戻ってきて驚いたことがきっちりと政府が対策室を作り、助成金まで用意をしていたことだ。おかげで入院費用も、現在の通院費用も自己負担は殆どない。設備の整った最新の病院で療養できるなら通院時間の負担などはそう気にならなかった。

 そして、病院に行くのにはリハビリ以外の目的もあった。

 

 

 

 予約の時間より早く病院に到着すると勝手知った廊下を進む。迷わずに行くのはいつも同じ場所だ。

 コンコンッと音をたて、ノックをすると、どうぞと声が響く。

「こんにちは。」

「こんにちわ、桐ヶ谷くん。」

 スライド式のドアを開けるといつも見せるのは同じ顔。肩までのセミロングの髪は少しウェーブがかかり、少し気の強そうな吊り気味の目。彼女とよく似ている。ただ違うのは髪の色も瞳の色も濃く黒に近い茶色、と言うことだ。

「毎回ありがとうね。君もまだ本調子じゃないでしょうに。…きっと雪菜も喜んでいるわ。」

「…いや、雪菜さんなら怒りますよ。」

 

 

 

 目が覚めて、必死で確認したのは彼女の居場所だった。どうやらゲームクリアをしたのは桐ヶ谷和人という少年、プレイヤーネーム"キリト"と言うことは対策室の役人たちも知っていたようで、その神通力は驚く程だった。すぐに居場所を割り出してくれ、その場所が自分と同じ病院だった…と言うことには驚くしかなかった。そして、自由にならない体でなんとか病室を訪れると、あの世界と寸分変わらない彼女の姿があった。やや痩せこけてはいるが確かにそれはセツナだった。

 初め見たときは目を疑った。現実の姿と同じ、分かってはいたし何度もそう聞いてきた。それでも真っ白いその髪に圧倒された。眉毛から睫毛から全てが白いのだ。そして、恐る恐る彼女に触れると、微かに体温を感じもう何を信じていいのか分からなくなった。

 思わず病室で崩れ落ち、涙を流していたら、彼女の母親と遭遇したのはその日。初対面泣き顔なんて最悪だ。知らせを聞いて恐らく飛んできたのだろう彼女にセツナの伝言を伝えると『謝るぐらいなら帰ってくればいいのよ!』と実に彼女に似た様子で返してくれた。実際のところはセツナが似ているのだろうが。

 それ以来彼女は毎日ここに通っているのだろう。まだ目を覚ますことのないセツナの目覚めを信じて。

「全く。せっかちで短気なくせに変なところマイペースなのよね。」

 病院に来る日は必ずこうしてセツナと過ごしていた。そして彼女の母親と他愛もない話をする。セツナと同じような調子で会話が返ってくるため時折セツナと話しているような錯覚に陥る。思わず敬語を忘れそうになるぐらいだ。

「お二人が…話しているのを見てみたいです。」

「そんなに似てる? それは本当に雪菜喜ぶわ。」

 クスクス笑うしぐさまで。だからこそ余計に彼女の面影を探してしまう。

「じゃぁ、また後できます。」

「リハビリ頑張ってね。雪菜が目を覚ましたら一番に知らせてあげる。」

 そんな日が来るのはいつの日のことか。まだ1ヶ月、されど1ヶ月。その日はまだ訪れてはいなかった。

 

 

 リハビリルームに行くとちらほらと見た顔がある。特に自分は行く度に視線を集める。それでも声をかけられないのは皆が重度のネットゲーマーだからなのか、それともあの世界で起こったことはなかったことにしようとしているからなのか。皆が前を向き、日常に戻ろうとしている。彼女の残したものはこうして動き出していると言うのに当の本人は戻ってくる気配を見せない。

 皆が現実に帰ることが自分の生きた証だと言ったセツナ。ネット上では少しずつ噂が広がり、止めを差したのは《黒の剣士》だが実は…と言う話もある。実際、セツナがいなければ俺はあの時HPを全損させており、まだゲームはクリアされてはいなかっただろう。

 ものは見方だ。

 1層の頃から前線で活躍し、話題には事欠かなかった彼女。攻略組には戦う勇気を、中層プレイヤーには希望を与えてきた。容姿端麗な女性プレイヤーと言うのも大きかっただろう。《ビーター》の次に二つ名を貰ったのが早かったかもしれない。

 二人で実付の集団を突破したり、一人でフィールドボスを撃破したり…68層の離れ業も、中々だった。ヒースクリフも真っ青な伝説を残してきている。

 それも今回で終わり。ただHP全損させて生還も是非追加してもらいたい。

『私を誰だと思っているの?』

 皆が喜ぶ中、きっと彼女ならあっさりとそう言ってのける。

 

 そんな未来を描き、キリトはまずは自分のことに集中することにした。彼女が還ってきた時、迎えるのは《黒の剣士》であった自分でいたいと。

 

 

 

 




これで最後となります。
迷いましたがセツナは生きています。
彼女が今どんな状態なのかはご想像にお任せいたします。
後書きは長くなりそうなので活動報告へ

ここまでお付き合いいただきましてありがとうございました。

と言いつつ番外編書きます。
主人公は私の好きなあの人で!


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SAO番外編
β版*悪魔(ディアベル)になると決めた日 前編


完全捏造です。
彼のイメージを崩されたくない方は回れ右


 はっきり言ってなんの不自由もしたことはない。

 

 それなりの家に生まれ、中学からずっとエスカレーター式の学校に通い、出来ないことは少なく、それなりの容姿に生まれた。

 

 

 だから、ちょっとした興味だった。

 

 それがあんな事件に発展し、自分の人生を左右することになるとは全くもって思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

白銀の証 番外編

 

悪魔(ディアベル)になると決めた日ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソードアート・オンライン?」

 

 昼休み、友人の開いたHP(ホームページ)がきっかけだった。

 

弘貴(ひろき)も一緒に応募しようぜ!」

 

 それは新型ゲーム機で発売される新作タイトルのベータテスターの募集だった。確か俺の記憶によるとあのゲーム機は…

 

「仮想世界に入り込むやつだろ? なんか大したソフト出てないって言うから俺まだ買ってないよ。」

「ちっちっ! よく見てみろよ。当選者にはナーブギア無償提供だってよ。ってかお前別にそんなに金には困ってないだろ。」

 人差し指をたて、お決まりのポーズで横に振った友人は怨めしそうに俺を見た。

「バイト代ならカツカツだよ。」

 言わんとしているのは俺の家が金持ちだって言うことだろう。ただしこいつの家だって大差ないはずだし、大学生になってまでお小遣いって言うのも違う。抱えている問題は同じはずだ。

「あー手っ取り早く金が欲しい…。」

 そしてそう言って友人は机に突っ伏した。

「ソードアート・オンライン…ね。」

 

 風間 弘貴(かざま ひろき)、職業は大学生と書いてフリーター。文系の大学生なんてニートみたいなもんだ。真面目で成績優秀な友人さえいればそれは確実に。

 

 出席は代返(だいへん)、テスト前はノートの売買。楽な授業の情報交換をし、ゼミは教授さえ掌握すれば楽勝。要領の良さがいかに四年間を楽に楽しく生きるかを決めてくる。

 幸い、エスカレーター式で中学から上がってきた俺は、友人も沢山いれば諸先輩方から快適なスクールライフの送り方についても聞いてきている。それから持って生まれた頭だって悪くはない。学校は適当にやり過ごし、適度にバイトし、友人たちとどうしようもない日々を過ごす毎日だった。

 バカやってそれなりには楽しい日々だが、刺激はなく退屈でもあった。

 食堂にいれば誰かしらに会い、適当な話をする。

 

「あー弘貴! たまにはサークルにも顔だしてよ!」

 

 オールラウンドサークルで適当に飲み明かし、女の子たちと遊ぶ。最近の若い人は飲み会が好きじゃないとかなんとか言われてるけど二極化してるだけだ。俺の周りは皆酒が好きだ。お酒はハタチになってからなんて誰が決めた。選挙権より酒を飲ませろ、とコールをかけ浴びるように飲む。

 そんなどうしようもない毎日。詰まらなくはないが劇的に楽しいわけでもない。なんとなくの毎日。それでいいと思っていた傍らでやっぱり刺激を探していたのだろう。誘われるがままに、そのテスターとやらに応募した。

 

 

 

 数週間後、どこまでも恵まれている俺は友人には悪いが一人で当選した。そりゃぁ全国に何万人のゲーマーがいるか知らないが、俺みたいな興味本位の人間を含めれば何人が応募したか知れない。その中から当選者はたったの1,000人なのだから、それが多いのか少ないのかは分からないが、誰でも当選するようなもんじゃない。

 新型ゲーム機を労せずして手に入れた俺はまたしても友人に怨めしそうに見詰められた。…男に見詰められたってなんにも嬉しくない。

「弘貴ってホントもってる人間だよな。顔もいい、頭もいい、運動神経もいい、性格もいい…で、運までいいなんてお前のダメなとこは足りないものがないところだな。」

「…褒め言葉として受け取っておく。」

 そんな風に羨ましがられても、手に入れた時点で俺の興味の半分ぐらいは削がれてしまっていた。

「なぁなぁ、ちょっとやらしてくれよ!」

「あー…なんか誓約書みたいなのがあってさ、他のやつにやらせるなみたいな文言が入ってたんだよ。よく分かんないけどフルダイブの関係じゃないか?」

 友人はブー垂れていたがそれは嘘ではなかった。ベータテストの当選と共に色んなものが手元には届いた。その中には膨大な書類と共に誓約書。誓約書の提出をもってナーブキアとソフトが届くと言う仕組みだった。

 確か…ソフトを他人に貸与しないこと、ナーブギアを他の人に被らせないこと、ゲーム内で起きたことについては秘匿すること…そんなことが書いてあったように思う。

「お前って案外真面目だよな。」

「…それも褒め言葉として受け取っておくよ。」

 ただ余計な波風立てたくないだけだ。フルダイブって言うのがどんな風に体に影響を及ぼすかも分かっていなかったし、1,000人のデータを監視するなんて訳ないだろう。違反行為をして咎められるのがめんどうだっただけだ。

 

 

 そんな風に羨ましがられてはプレイせずに感想を言わないわけにもいかない。若干お蔵入りされる可能性すらあったナーブギアを段ボールから取り出す。

「確か…1時からだったか。」

 クローズド・ベータテストの期間は2ヶ月。中途半端な時期に始めたら周りとのレベルのギャップに嫌になりかねないので、初日にさっさとログインしてしまうことにした。

「面白いかもしれないしな…。」

 面白ければそれはそれで儲けもの。いまいちならしまってしまえばいい。特にノルマは存在しないはずだ。

 ナーブギアを被ると初期設定が結構面倒でキャリブレーションとかって自分の体のスキャニングから始まった。フルダイブなのだから当然なのかもしれない。確かに自分の体を動かすなら機械にもそのサイズを知らせておかなければならない。貸与しないことって言うのはそう言うことなのかもしれない。

 しっかり時間をかけて初期設定をしているとテストのスタート時間は既に過ぎていた。慌てて説明書に書いてあった通りの言葉を口にする。

 

「リンク・スタート!」

 

 そのキーワードをきっかけに体は亜空間に放り出されたかのような感覚を覚えた。某テーマパークのライド型アトラクションで空間をワープするのに似ている。そんな中、目の前にはまたもや初期設定の嵐だ。

 

 welcome to sword-art on-line βtest

 

 目の前には文字が躍り、選択肢が重ねられていく。

 

ーあなたの名前を教えて下さい

 

ー性別を選択してください

 

 たっぷり30分は時間を使い、設定を進めていくとゲームを始める前に疲れてしまった。それでも途中で止めることにならなかったのは止め方が分からなかったからだ。普通のゲームと違って電源を切れば…なんてものは自分で現実の体を動かすことが出来ないため不可能だった。

 そうして苦労して作り上げた"俺"はソードアート・オンラインの世界に降り立つことになった。

 目の前に広がった世界に、悔しいけれど感動した。

 いつか訪れたヨーロッパの様な石畳の街並みがひろがり、そこは本当に存在するかのような完成度。まるで実写映画でも見ているような気分だった。しかし手を握ることも出来れば、風の音すら感じる。五感全てがきちんと機能している感覚。

 

「これが…フルダイブ…。」

 

 ため息すら出るその世界に一瞬で心を奪われた。誘ってくれた友人にキスの嵐でも送りたいようなそんな気分だった。

 しかしそれもつかの間。一歩踏み出した時に事件は起こる。

 折角出会った世界。見て回らない手はない。いつも通りに右足を前に出すと…転んだ。

 

「!?」

 

 しかし、思ったような衝撃は来ず、誰かに受け止められたことを悟る。

 

「…大丈夫?」

 

 涼やかでありながら少し甘さも感じるそんな声に、見上げるとそこにはいよいよゲームの世界に入り込んだんだと実感させるような顔があった。

「…ありがとう。」

 起き上がらせてもらい、お礼を言うとその子は振り返ることもなく颯爽と去っていってしまった。白い、さほど長くない髪をなびかせ、一歩踏み出したら転んだ俺とは違い確かな足取りで広場を抜けていく。

「あれ、セツナじゃないか?」

「絶対そうだろ。」

 後には男たちの噂話を残して。

「あの…。」

 なんであの人たちは彼女のことを知っているのだろう。このゲームは始まったばかりなのに。覚束ない足をなんとか動かし男たちの元に向かう。

「ん?」

 声をかけると振り返るのは色彩々で、実にファンタジー世界の住人と言った人々だった。そう言えばあの子は髪の色と瞳の色こそ現実には無い色だったが、容姿そのものは至って普通のように感じられた。

「あの子は…?」

「あぁ! にーちゃん! ラッキーだったな。」

 尋ねれば実に人の良さそうな、巨漢の男が応えてくれた。バンバンと豪快に人の背中を叩くが、痛くはないのはこのゲームの仕様なんだろう。現実なら咳き込むぐらい叩かれながら俺は疑問を重ねる。

「ラッキー…?」

「あぁ、知らないのか。彼女、MMOでは有名プレイヤーだよ。白髪に赤目のソロプレイヤー。」

「MMO?」

 当たり前のように男は答えるが俺にとっては未知の世界だった。

「にーちゃん、MMORPGは初めてかい?」

「えぇ…まぁ。」

 基本的にライトなゲーマーの俺は流行りのソフトをかじるぐらいだった。オンラインゲームに手を出すのは初めてのことで、MMORPGが何を示しているかも分からなかったからだ。

「MMORPGってのは大規模多人数同時参加型オンラインRPGのことでな…。」

「…要はネトゲってことでいいですか?」

「まぁそうだな。」

 なんだか急に長ったらしく難しい言葉を使った男に礼もなくそんなことを言ってしまった。現実ではそんな波風をたてるような物言いは基本的にはしないが、これもゲームの世界に入っている効果なんだろうか。俺はマズかったかなと思いつつ男の様子を窺うが、男はさほど気にした様子もなかった。

「そのネトゲでの有名プレイヤーだな。」

 そしてアッサリと言葉を続けた。

「…なんでそんなことわかるんですか?」

「セツナのアバターはいつもあれだからね。」

 あれ、と言うのはあの髪と瞳の色を指すのだろうか。

「そんなこと、出来るんですか?」

「まぁ、顔や体の造りまで詳細に設定すんのはこのゲームぐらいだけど、髪と目の色ぐらいは大抵自由に決められるさ。」

 ゲームのキャラクターは決められたものを使うものだと思っていた俺にはカルチャーショックだった。まぁ確かにこんな風に沢山のプレイヤーが一同に会するなら同じ顔、同じ色ばかりでは困ってしまうが。

 ポカンとする俺に男は勝手に続ける。

「たまにセツナを騙る偽者もいるんだけどな、アレは本物だな。何人か兄ちゃんみたいにうまく歩けないやつを見たが、あんなに普通に歩いてるのはアレ以外見ていない。」

「はぁ…確かに非常にスムーズでしたね。」

 どちらかと言えばうまく歩けなかったのは自分だけでは無いと言う安心感から彼女の向かった先を目で追ったのだが、男の目には違ったように映ったようだ。ニヤリと笑みを浮かべ馴れ馴れしく肩を組まれる。

「気を付けろよ。あの外見はあくまでアバターだからな。実際の容姿は分からないし、もしかしたら男かも知れないからな。」

「はぁ…。」

 別にそんなつもりは微塵もなかった。ただ別世界の人間のように思えただけだった。しかしアレだけ喋り倒しておいて酷い言いようだ。

「ところで…俺らパーティ組もうと思ってるんだが、にーちゃんも一緒にどうだい? いくらMMOをやっていようがフルダイブはみんな初めてだ。」

 

「ーお願いします!」

 

 そうして、自分の興味は直ぐに男たちとの会話に移り、その少女のことは直ぐに忘れてしまった。次に出会ったときにそれが強烈な光を放ち、思い起こされることになるとはその時は思っても見なかった。

 

 

 

 

 




終わる終わる詐欺ですか?いえ、番外編です。
適当な名前をつけてみましたがディアベルの本名は公開されてますか?
彼の学校は某神奈川県にある名門校を勝手にイメージしてます。別に在校生でも卒業生でもないですが。
ネトゲやらないのでディアベルの台詞は私の台詞みたいなもんですがあってますかね…

前編はちらセツナ。後編は黒い人も。


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β版*悪魔(ディアベル)になると決めた日 後編

 

 のめり込んでしまうのは完全に予定外。

 時間の感覚がなくなってしまいバイトに遅刻しかけたぐらいだ。おかげで翌月のシフトは大幅に減らした。…SAOの世界に入り込んでいればお金を使うこともあまりなく、1ヶ月ぐらいバイトせずとも取り敢えずなんとかなりそうだった。

 世界の美しさや完成度、それが引き付けてやまなかったのは間違いない。ただここまでして潜るようになったのはもっと別の理由だった。

 初めてダイブした日に転んだ。それは俺だけではなく、世界に慣れないプレイヤーに全体的に見られたものだったらしいが、確かに適応して見せた人間だっていたわけだし、実際あの少女は何も関係ないと言った様子で自然な動きを見せていた。…ついでに言えば絶対にあの子は女の子だ。歩き方や些細なしぐさが男ではない。男が作って女を演じていればもう少し露骨だろう。そして柔らかいしぐさがありながらもどこか粗雑さをみせる辺りが間違いなく本物だと示していた。

 なんにせよ、悔しかった。今まで何かを出来ないと感じた経験なんてそうなかったのだ。幸い要領よく、初見でも人並みにはこなす。それは勉強でも運動でも、もちろん、遊びでも。だから許せなかった。あんな少女にすら出来ることがなんで自分には出来ないのかと。

 あれ以来、彼女の姿を見かけることはなかったが、その日は必然的に訪れる。

 

 

 

 

 サービスが開始して3週間程経った頃、フィールドは3層に突入したところだった。そこでの大量虐殺(スローター)系クエストのパーティメンバーの募集に彼女の姿があった。それはかなり珍しいことらしく、6人のパーティメンバー中、4人が驚いていた。

「セツナさん…ですよね?」

 募集していた本人が恐る恐ると言った様子で話しかけると、少女は大きくため息をついた。

「…人の名前、売買してるなんてあなたたち随分お金に余裕があるのね。」

 …正直、感じ悪い。波風を立てないように生きている身としては、なんでそんな勿体ないことをするんだと言う感想。それに初めに抱いた印象を返して欲しい。儚げな容姿にソフトな声であの時は、大丈夫? なんて言ったくせに本性こちらかと残念な気分になる。

 すると少女の隣にいた黒いロングコートの青年が勢いよく彼女の頭をひっぱたいた。

 

 スッパァン

 

「ったぁ!」

「お前は! またそういう言い方をする!」

「キリトに言われたくないわよ。」

 少女は頭を押さえ、青年を睨み付けるが青年はそれを華麗にスルーすると俺たちに向き直り、お詫びを述べた。

「すいません。コイツ、噂話にいい印象がないみたいで。」

「アンタ私のお母さんじゃないでしょ!」

 二人のやり取りに俺を含め呆気に取られるが、なんだか少女が外見通りの幼い反応をするのに次第に笑いが込み上げてきた。

「俺はヒロキ。よろしく。」

 そして笑いをこらえながら俺が手を差し出すと、少女はおずおずと手を握ってくれた。

「…セツナです。」

 窺うように上目遣いで。アバターだとわかっていても犯罪的に可愛い。

 そう思ったのはどうやら俺だけではないようで、常日頃から、女かどうか怪しいもんだ、アレはアバターだと言っている連中たちも次々に彼女に握手を求めた。彼女の隣ではやれやれと、青年が肩を落としたところだった。

 

 

 (くだん)のクエストは洞穴の内部だった。

 細かい小型の蜘蛛型モンスターたちを倒していくと巨大な女王蜘蛛が現れる。それが守っている秘宝を手にいれるのが目的のクエストだ。

 小型蜘蛛…と言っても30cm程はあるので正直気持ち悪い。リアルサイズだと攻撃は当たらないが世界最大の蜘蛛もビックリの大きさだ。

 

「せいっっっ!!」

 

 そんな奴らに向かって景気よく攻撃を振り下ろす。細く長い柄に、長くはない刃。それは俺の武器である片手剣とは大きく形状が異なっていた。長いその武器を勢いよく振り回し、敵を薙ぎ払っていく。そこに違和感を覚えたのは俺だけではないはずだ。

 …スキルモーションを起こすと武器は光る。武器によって少しずつ色は異なっているがそれ自体は共通だ。しかし彼女の武器は光ることなく敵を屠って行く。あまりの勢いとその事実に自分の武器を動かすことを忘れてしまうぐらいには。

 その彼女と背中合わせに、気にすることなく同じように動き回るのはやはりキリトと呼ばれた青年だった。黒いコートをなびかせ、確実に敵を倒していく。

「セツナ今何体?」

「8、9…10!!」

「ちっ…まだまだぁ!!」

 競争でもしているのだろうか。随分と余裕な様子だ。

 時折、固まったモンスターを倒し終わると次のターゲットに突撃系スキルを繰り出すものの、やはり彼女の武器からは独特の光はあまり見られなかった。勿論、通常攻撃でもダメージを与えられないことはないが威力は段違いだ。そして普通なら攻撃速度も。まるで、ソードスキルを常に繰り出しているかの様なスピードで動く彼女から目離せない。…鬼のように強いとはこう言うことを言うのだとまざまざと見せ付けられた。それは勿論黒コートの彼も。

 結局、規定値の半分以上を二人で倒してしまった形だ。どういうやりこみ型をすればそうなるのか聞きたい。それと、勿論その攻撃の秘密にも。

「セツナさん、聞いてもいいかな?」

 クエストの帰り道、俺が声をかけると彼女は直ぐに振り向いたものの、少しの間を置いてから口を開いた。

「…ものによるけど。」

 噂話をされることはよくありながら、こうして直球で質問を投げ掛けられるのはあまり無いのかもしれない。感情表現が少し大袈裟に出るらしいこの世界で目尻の辺りが朱に染まっている。

「さっきの戦闘の時、ソードスキルは使っていなかった?」

「…まぁ大体ね。」

「それであんなに動けるものなのか?」

「慣れの問題じゃない? ソードスキルを使う時もただシステムに引っ張られるだけじゃなくてきちんと自分の体も動かすの。そうしていくうちに段々身に付いてくるわ。それに、ソードスキルには技後硬直(ポストモーション)と言う最大の弱点があるでしょ。だからソロ戦闘では大切な技術ね。」

 彼女の隣では意外そうな表情(かお)をしながらもキリトが2回頷く。当然だ。彼も同じ技術を使っていたのだから。しかし俺たち4人はただ驚くしかなかった。そんなこと、考えたこともなかったからだ。

「…勿論、システムアシストがないから攻撃力は落ちるけどね。」

 彼女はそう加えたが、そうとは思えない勢いで敵は倒されていた。華奢な体に似つかわしくないSTR値なのかもしれない。それは聞かないでおこう。お礼を言うと、彼女は耳まで赤くして、別に…と小さく呟いた。

 

 

 

 

 それから暫くした頃、LA狙いの盾無し片手剣士(ソードマン)白髪(はくはつ)槍使い(ランサー)の噂を聞いた。1度しか戦うことのできないフロアボスやフィールドボス。強さは勿論通常の敵の比ではないがアイテムも最後の一撃(ラストアタック)を与えたものに強力なものがドロップするという。

 俺はと言うとまだフィールドボスの討伐にも参加できずにいた。彼と彼女の立ち回りを見てはとてもじゃないがボスに立ち向かうことなど出来ないと。…明確な募集制限などがあるわけではない。それは俺の気持ちの問題だった。参加するなら不様に散るのはゴメンだ。どうせなら二人のように揶揄されるぐらいが丁度良い。それは勲章のようなものだ。

 二人がそう呼ばれるのは、勿論狙ってのこともあるかもしれないが、結局は抜きん出て強いのだ。それは一緒に行動したことのある者なら誰しもが感じただろう。ただ、素直にそれを認めたくはない。ゲーマーとはそう言うものだと理解するぐらいには他者と交流をし、自分もそう染まっていた。

 

ーもっと強く。より速く。

 

 ただ、自分があんな風には戦えないことも理解はし始めていた。それはスタイルの問題で、あの二人が極端に言えば防御は度外視で攻撃に特化しているならば、自分はバランス型だ。回避、もしくは弾く(パリィ)の上に攻撃が成り立つ。盾を持たない、武器も大きくない。だからこそあの速度と敏捷性が実現する。

 自分は盾持ちのオーソドックス型ならば完全な手本にしてはならない。取り入れられることは取り入れながらも、自分なりのスタイルを確立させねばならなかった。

 それが出来たのはテストがスタートして、1ヶ月半。テスト終了まで残り2週間程になった頃だった。

 

 

 

 

 第6層フロアボス攻略戦。

 

 それが俺の初めて参加したボス戦だった。

 

 当然に二人の姿はあった。ボスは《マンドラゴラ》。伝承によく聞く植物の名前。根に人形の球根を宿すとされる有名な植物であるが、この世界では花の雌しべ部分が人形だった。緑色の透き通るようなその本体は女神のような形をしている。花びらがそれを被い、容易には攻撃できず、取り巻きのモブはいないものの、無数の蔦がソードスキルを繰り出してくる難敵だった。

 …そして勿論、つんざくような悲鳴。伝承ではマンドラゴラは引き抜く時に悲鳴をあげ、それを聞いたものは死ぬ、とされているが、さすがにそこまでのとんでも仕様ではなく、一時行動停止(スタン)効果が付与される具合だった。

 

「ギィャァァァァァ!!!」

 

 女神のような美しい姿からは考えられない悲鳴の破壊力は抜群。3度程の叫び声を経ても慣れることはなく、皆の行動が止まる。ただ、そこでもやはり彼女はいち早く見切っていた。

 叫び声を上げる瞬間は花が開き、本体が無防備になる。叫び声を攻略することがこのボスを倒すことに等しかった。花弁に被われている状態で攻撃を加えてもダメージは殆ど与えられない。おまけに周囲の蔦は刈っても刈っても、後から生えてくる。

 

「うるっさいわねっ!!!」

 

 身を反転させ繰り出したのは、片手直剣の基本技《スラント》のような初動から始まった。薙ぎ払ったと思えばそのまま突き刺し、上部に切り上げた。そして、切り上げた際には蹴りのおまけ付き。後から聞いたら《ネビュラス・ソーサー》と言う三連撃(四連撃?)のスキルらしい。

 どこからそんな声が、と思うほど大きい声で文句を吐き出し、敵にクリティカルヒットを与える。一気にHPゲージが揺れた。

 直ぐに技後動作(ポストモーション)で固まる彼女を蔦のスキルが襲い掛かるが、それは真っ青な剣閃が弾き飛ばした。実に鮮やかなそれは、お手本のようだった。

 

「サンキュー、キリト!」

「セツナ次っ!」

 

 その様子を見て、他のメンバーも段々に悲鳴の防ぎ方を覚え、段々と攻撃の加えられる速度は上がっていった。ただ、それでも俺は攻撃に加わることが出来なかった。

 ただただ周囲の動きに圧倒され、その様子を眺めるばかりだった。二人と初めてクエストに参加したときの衝撃を再び受けていた。それは勿論二人に対してもだが、周りのプレイヤーたちにもだ。ボスを倒すと言う強い意思に、あわよくばLAの淡い欲望。目まぐるしく移り変わる戦況についていけない自分とは大違い。これが、トッププレイヤー達か。

 過ごしてきた期間は同じはずなのにここまでの差がつくなんて認めたくはなかった。

 気が付けば目の前には青いポリゴンの欠片たちがキラキラと散らばり、ボスのHPが0になったことを示していた。初めて見た白抜きのcongratulationの文字には何が目出度いのかと悪態をつきたい気分だった。その中心で光の粒を浴びるのが誰かなんて見なくても分かる。

 

 

 初めてのボス戦は苦い敗北の記憶。

 この世界を知ってから、今までの自分とのギャップに襲われっぱなしだ。出来ないんじゃなくてやらないだけ。出来ないことなど無いと言う自分の価値観は崩壊させられた。いつだってヒーローになれたのに、ここではヒーローどころかモブの自分がいた。

 ただ、元来負けず嫌いの性格だったらしい。このままじゃ終われない。テスト期間が終わっても、俺はここに戻ってくることを渇望した。勿論、ヒーローになるために。

 

 

 

 正式サービス開始の日、ベータテストのデータは引き継がないことは決めていた。新たな自分は、もうあんな惨めな思いなんてしない。強くなる。周りに妬まれるぐらいに。

 ベータの頃はMMOに慣れない自分は本名で登録をしたが生まれ変わるためには新しい名前がいる。自分じゃなく強い誰かになるための。

 

ディアベル(悪魔)でいいか。」

 

 悪魔と呼ばれるぐらいに強くなろう。その決意を名前に託し、キーワードを口にした。まさか、現実に帰ることが出来なくなるとは思わずに。

 

 

 




世間は夏休みですか?

うちのディアベルさんはどうしてこうもウェットなのか…
そしてなんだか思ったよりがっつりセツナさんと関わってくれました。
キリトのコートはコートオブミッドナイトだと思って書いてました。

もう一本ぐらい番外編書きたいです。


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50層*混ぜるな危険

セツナギルド加入前、心の温度の後ぐらいのお話。


 

 

 

 

 

 50層《アルゲード》。キリトはその日、いつもとは違い小走りでその街を歩いていた。エギルに呼び出しを食らったためだ。ついでにディアベルからも同時に。よっぽど焦っていたのか誤字のオンパレードで。

 

「なんか…嫌な予感しかしないな。」

 

 キリトは大きなため息をつくと、指定された50層のエギルの店まで急いだ。半分迷路のような雑多な街ではあるが、勝手知ったるものでその足取りに迷いはなかった。

 

 カランカランとカウベルが鳴る。少しレトロな雰囲気を醸し出すそれは、いかにもゲームの道具屋と言う感じがする。そしてギィ…と木の軋む音がドアと床から響いた。このまま中に入れば浅黒い肌色の巨漢が迎えてくれる筈だ。…いつもなら。

 

「邪魔するぞー……うぉっ!!」

 

 俯きながら中に入ったのが間違いだった。キリトが扉を開けると共に何者かにタックルを食らった。その衝撃で折角中に入ったはずなのに外に吹き飛ばされる。ドシンという衝撃と共に強烈に尻餅をついた。…おかしい。ここは圏内じゃ無かったのか。痛覚は遮断されている筈なのに痛い。衝撃から痛みを誤認しているようだ。

 

「なっなんだよ……ってセツナぁ!?」

 

 起き上がろうと飛び付いてきた主を確認するとそこには見知った顔があった。天然の白髪に赤い瞳。アインクラッド屈指の美少女であり最強の一角を担うプレイヤー、セツナだった。

 

「ふふっ…キリトだぁ……。」

 

 しかし様子が大分おかしい…。普段ならこんなことをするキャラではない…。どちらかと言えばドライなキャラクターの筈だ。それなのに…何故か満面の笑みでゴロゴロと猫のようにじゃれてきている。プレイヤーホームを隣にもつ相棒で、心を寄せている相手だ。嬉しくないと言えば嘘になるが、しかしこの状況は…。

 キリトが視線を上にあげると、エギルの店の扉から男二人がこちらの様子をうかがっていた。…取り敢えず扉の隙間から男二人揃ってひょっこり顔を出すのは止めろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんなんだよこれは!!!」

 

 のし掛かってきたセツナをどうにかひっぺがし、半ば引き摺りながらエギルの店に入るや否やキリトは叫んだ。二人は示し合わせたように、ハハハハと乾いた笑いを浮かべている。嫌な予感が当たってもちっとも嬉しくない。キリトは苛立ちを隠すことはしなかった。状況はよく分からないが尻拭いをさせようとしていることは確かだ。

 

「まぁまぁキリトさん落ち着いて。」

 

 青い髪のイケメンがいつも通りの胡散臭い笑顔で宥めすかしてくる。

 

「これが落ち着いていられるのか? あんたなら。」

 

 そんなものはキリトの苛立ちに油を注ぐだけだった。圏内ではあるが今にも《エリュシデータ》を抜きそうな剣幕にディアベルは少しおののく。

 

「落ち着いたらぁー?」

 

 追い討ちかけるように問題の少女自身もキリトの肩をポンポンと叩く。舌っ足らずな話し方が可愛い…じゃなくて腹が立つ。一瞬弛みかける表情をキリトは引き締める。

 

「おいおい役得だなぁ。」

 

 巨体の男もニヤニヤと視線を送ってくるが、キリトはそれも睨み返す。

 

「あんたがこんなことするとは思ってなかったぜ、エギル。今度からレアアイテムドロップしても他に持っていくからな。」

 

 エギルのアキレス腱なら知っている。そして自分がいかにお得意様なのかも。攻略組の中でも一、二を争うレベルで迷宮区のマッピングにもかなりの貢献をしている。そんなキリトの持ち込みアイテムは当然に量も多ければレア度も高く、そして新しい。エギルは目に見えて焦りだした。

 

「おっおいおい! そいつはねぇよ。」

「だったら話すんだな。何がどうなってこんなことになっているのか。」

 

 そんな間にも今度は背中にへばりついている彼女から意識を逸らすのは至難の業だった。威圧感のある声を出そうがどうにも締まらない。

 エギルは降参と両手を挙げ、ディアベルの方を見ると、ディアベルも首を縦に振った。

 

「いや、悪い。本当に困ってたんだ。」

「セツナのホームを知ってるのはキリトさんだけだしね。」

 

 さぁ連れて帰ってくれ。そう言わんばかりの二人。キリトが聞きたいのはそんなことではない。大体、最近行動を共にしているのは自分ではなくディアベルの方なのだ。納得がいくわけがない。

 

「…そんなことより状況を説明してくれ。普通じゃないだろ。」

「ふつーじゃないだろー!」

 

 キリトの言うことを面白そうに復唱するセツナ。どんな罰ゲームだ。あまりのギャップに気を抜けばずっこけそうだ。

 二人の男は顔を見合わせるとしどろもどろに話を始めた。

 

「いや、それはだなぁ…。」

「大人の楽しみってやつかなぁ…。」

 

 話が全く見えない。そもそもこの二人は結託して何かをするような関係だったかと疑問もわく。

 

「大人の楽しみ?」

 

 キリトが怪訝に眉をひそめると隣ではセツナがケタケタと笑った。

 

「ふふふっ楽しみぃ!!」

 

 勘弁してくれ。こんな姿見たかったような見たくなかったような。キリトは複雑な気分だった。

 

「いや、セツナがこんな風になるなんて思わなかったんだよ。」

「俺らは何ともなかったわけだし。」

()()()?」

 

 勿体つけないで話せと促すも、イチイチ横槍が入る。

 

「わたしらってらんともらいんらからー!」

 

 キリトの背中におぶさり、右手の拳を勢いよく突き上げる彼女。…ここなら鍛え抜かれたパラメータでなんともないが、現実でやられたら諸とも後ろに倒れそうだ。─じゃなくて、完全にこれはアレだ。未成年が口にしてはいけないアレを過剰摂取したときに起こるアレ。しかしそれはおかしい。

 キリトは頭を抱えた。

 

「…確認して良いか?」

 

 キリトは二人が頷くのを待ってからゆっくりと話始める。背中ではヤツがモゾモゾとさらに上に登ろうとしている。

 

「アインクラッドの酒はレーティングを考慮してアルコールの特性は無い筈…だ。そうだな? それとも新しく発見されたのか?」

 

 キリトも何度も口にしている。アインクラッドでの酒と呼ばれる種類の飲み物は味は再現されているらしいが、──現実世界で飲んだことがないため真偽のほどはわからない──アルコールがもたらす人体への影響の方は無くなっている。キリトがそう言えば大の男二人はだらだらと汗を流し始めた。

 

「そう。ないんだよ。」

 

 ディアベルが真顔で答えた。無いなら何故こんなことになっている。発見されたという線でも無さそうだ。キリトの背中を登っていたモノはそれは飽きたようで今度は人の足元で丸くなっていた。…猫か。

 

「で?」

「ちょっとした出来心だったんだよ。いや、うちは幸いにも故買屋だったしなぁ…。」

 

 ポリポリと頭をかきながら答えるエギル。困っている、と言っておきながらこいつら全くもって反省の色はない。

 

「だからなんだよ。」

「アイテムをちょっと…な。」

 エギルは親指と人差し指で1㎝程の幅を作ると片目を瞑ってみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 発端はディアベルの一言。

 

「いくら品揃えがいいここでも、酒は置いてないよな。」

「あぁ? 酒ならNPCショップで買えるだろうが。」

 

 カウンターに頬杖をつき残念そうにいうディアベルにエギルは怪訝な声を出した。何を言っているんだ、と。

 

「いや、そうじゃないんだ。あれは似て非なるモノだろ? そうじゃなくてさ。」

 

 ディアベルが言うことにエギルは直ぐに理解を示した。

 

「あぁ、成る程な。まぁ分かるさ。ノンアルコールドリンク飲んでるようで…なんつーか物足りないんだよな。」

「そうなんだ! かれこれ1年以上禁酒してるみたいなもんだろ? だからどっかに無いかな、と。」

「確かになぁ…。」

 

 SAOの世界に囚われ1年以上が経った頃。良くも悪くもこの世界での生活に慣れた。…だからこそ出てきた発想だった。

 

「アスナくんが食べ物の再現はしているみたいなんだけど…俺はご相伴に与ったことは無いけどね。」

 

 ディアベルがそう言えばエギルは悪い顔で笑った。元々強面の気があるからより怖い。

 

「無いなら作れば良い……か。」

「エギルさん…まさか………!」

「おう! そのまさかよ!」

 

 こうして攻略時以外あまり接点を持たない男二人は結託した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その話を聞いてキリトは溜め息をついた。SAOにダイブした時には14歳だった自分にはわかり得ないことだった。それと同時に下らないと。しかし……

 

「それでなんでセツナが巻き込まれてるんだ?」

 

 当のセツナは今度は人の背中の剣をカチャカチャ弄っているがもう気にしたら負けだ。《エリュシデータ》はかなり重い筈なのに軽々と触っているから、華奢な見た目でありながら、かなりのSTR値らしい。

 おっさん二人はどうも言いづらそうにお互いに擦り付けようとしていた。

 

「完成品が出来たんだけどさ……。」

「俺たちじゃどうもよくわかんなくてな。」

「何が?」

「いや、確かに既製品より良いテイストになったんだ。だけどなんかこう……。」

 

 どんな研究をしたのかその下らない試みは成功したようだ。セツナを見れば一目瞭然なのだが。

 

「なんだよ。」

 

 煮え切らない男どもにキリトは半ば諦めの境地で続きを促した。

 

「俺らじゃ効果を実感出来なかったと言うか…。」

「酒と言う名のジュースみたいな…な。」

「おいしかったー!!」

 

 無邪気に言うセツナは置いといて、曰く、ほろ◯い的な何かで物足りないと言うことだ。全くもってキリトには理解できないが。それで未成年で試したのか。

 

「だからってセツナじゃなくても良いだろ。」

「いや、俺らも別にセツナで試すつもりは無かったんだよ。」

 

 ディアベルがそう言うのなら本当だろう。この男、胡散臭いところはあるがセツナを大切に思っていることに偽りはない。態々実験台にしてこんな醜態を晒させようとは思わないだろう。

 

「だったらなんで……。」

「キリトぉ……。」

 

 キリトが企ての一部始終を聞き出すのもそろそろ限界のようだ。

 

「セツナ?」

「キリトも飲むー? おいしかったよー。」

 

 セツナはどこから持ってきたのかその実験の産物を手にしている。気が付けば後ろから羽交い締めにされ、動けなかった。ギリギリギリと音でもしそうな程強く。

 

「お…俺は良いよ。」

 

 なんとか外そうと試みるもキリトの力をもってして敵わない。するとディアベルとエギルが慌ててセツナの手をとった。

 

「始まったよ…。」

「セツナ、良いから離そうなー。」

 

 バランス型と壁戦士(タンク)二人の力にはさすがのセツナも敵わず、キリトは解放される。どこにそんな力が…恐ろしい。しかし無理に引き離されたセツナは床に座ってぷぅっと頬を膨らませた。

 

「やぁだぁ飲むのー!!」

「セツナ、良い子だから。」

「やっ! キリト!!」

 

 まるで駄々っ子のセツナをディアベルが宥めようとするも今度はプイッとそっぽを向いてしまう。

 そんな状態を見てキリトは呆気に取られた。ゆっくりと視線をエギルに移せば苦笑いするしかないと言った様子だった。

 

「おまいさん以外にはどうしようもないみたいだ。」

 

 キリトはセツナの正面にしゃがみこむとそっと頭を撫でた。諸々の事情はもう後回しだ。

 

「セツナ、取り敢えずホームに帰ろうぜ?」

 

 優しく語りかけるとセツナは上目遣いにニッコリ笑った。

 

「帰るのー?」

「そうだよ。」

 

 向き合って頷くと今度はふにゃりと頬が落ちた。セツナは甘えるように両手を前に出す。

 

「キリト抱っこ。」

 

 そして飛び出てきた言葉には耳を疑った。

 

「は?」

「抱っこ!」

 

 どうやら聞き間違いではないようだった。両手両足を投げ出して抱き起こされるのを待っている。キリトの後ろでは二人が噴き出すのを我慢しているのが聞こえる。諸悪の根元が勘弁して欲しい。

 

「抱っこは流石に…。」

「えー?」

 

 不満げな声を上げるとセツナを面倒だとキリトは担ぎ上げた。いい加減、埒があかない。するとセツナは両手足をバタバタと動かし始めた。ヤダーと叫んでいるが構っていられない。

 

「取り敢えずこいつは回収していくよ。今度覚えてろよ。」

「ははは…。」

「悪いな。」

 

 セツナが暴れ始めたのでキリトは一刻も早くホームに届けようと店を出た。結局なにがなんだかよく分からなかった。

 

「キリトーおーろーしーてー!!」

 

 抱っこの次は下ろしてと来た。キリトは今日何度目かの溜め息をついた。

 

「歩けるのか?」

「あるくのー。」

 

 言質をとってから…今はあんまり関係無さそうだが、キリトはセツナを下ろした。満足げににへっと笑うと逃げ出しそうだったのでキリトは直ぐに手を繋いだ。

 

「はぁ……。」

「ため息よくないよー?」

「誰のせいだ誰の…。」

「ふふふふふっ。」

 

 同じ層にあるホームまでゆっくりと道を辿る。セツナがこんな状態じゃなかったら少しデート気分でも味わえたのかと思う。手を繋いでいるせいかセツナは大人しく後をついてくる。

 

「全く…。なんでこんなことに…。」

「嫌いになるー?」

「ならないよ。」

「良かったー。」

 

 謎の飲料を飲まされたからか、普段とは言動が大きく違う。

 

「アスナとどっちが好きー?」

「は?」

 

 絶対に普段ならそんなことは聞いてこない筈だ。

 

「アスナがね、特別でね、遠慮しないけどね、一緒にいた方が良いって言うの。」

 

 言っていることが分かるようでよく分からなかった。良いように勘違いしてしまいたくなる。

 

「はいはい。セツナの方が好きだよ。」

 

 この調子じゃどうせ忘れるんだろうな、とキリトは普段は言えないことを言った。するとセツナもふにゃりと破顔し満足げに笑った。

 

「リズといるのとどっちがいーい?」

「はいはい。セツナだよ。」

 

 分かって聞いてんのかどうなのか。キリトはあまり期待はせずにただ適当な相槌を打った。

 

「私もね、キリトといるのが一番好きだよ。」

 

 この頃のセツナはディアベルとよく出掛けていた。本当かどうか分からないがその言葉が聞けただけでここ暫くの別行動は帳消しだなと思った。

 

「普通の時にそう言ってくれたらどれだけいいか。」

「ふふふふー。」

 

 手を繋いだままセツナはしなだれかかってくる。歩きにくくなるが悪くない。いつか素面の時にそうしてくれることをキリトは切に願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、残された男二人は…

 

「はぁ、嵐が去ったな。」

「お前さんにとっては苦い経験だな。」

 

 脱力するディアベルの肩をエギルは叩く。それは混乱自体の話ではない。

 

「セツナが酔っ払って呼ぶのがひたすらキリトさんだったって? そんなのはとっくに分かりきっていることだよ。」

 

 そう、ひょんなことからそれを口にして酔っ払い状態になったセツナだったが、それからはひらすらにキリトを探し始めたのだ。最近行動を共にしているのはディアベルだと言うのにたまったもんじゃない。

 

「そうか。苦労してんだな。」

「それより残りはどうする?」

「どうするもこうするも…被害を広げちゃぁなぁ。俺らで飲むか捨てるしか無いだろうな。」

 

 作り出してしまった謎の飲料を寂しく処分していた。

 

 おまけに後日、こってりキリトに絞られた二人。それ以来、アインクラッドに既製品以外の酒が出回ることは無かった。

 

 

 

 

 




お酒、という話を頂いたので法に触れない感じで 笑
しかし時期を誤ったかなぁ…消化不良…。
結婚後とかにしといた方が良かったかもしれない。
気が向いたら改稿します。

この後どうなったんだろう。
私も酒の武勇伝は多々ありますが全部覚えてます。恥
おっさんはビールとハイボールしか飲みません。
かれこれ1年以上飲んでないからこんな暑い日にはエクストラコールドのアサヒスーパードライを飲みたいです。


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ALO編
プロローグ*森の中


 

「ん…。」

 

 気が付けばそこは深い森の中だった。

 右手を縦に振るとウィンドウが開く。ここがゲームの中であることを悟る。しかし所々文字化けしていて読めない。まともに分かるのは数字ぐらいか。

 

「どうしたもんかな…。」

 

 こんな景色は見たことがない。どうしてこんなところに迷い込んだのか。そして一番不思議だったのが、手には槍はなく細い剣が腰に佩かれていたことだった。

 

 一先ず状況を探ろうと歩き回る。周囲にはモンスターの気配はなかった。ただ、人の気配もなく情報を集めることも出来ない。

 

キィンッ…

 

 遠くで微かに金属のぶつかる音が聞こえた。

 その方向に向かって目を凝らすとそこには人の姿が見えた…それが、人であるならば。

 背中には透明な翅を生やし、宙に浮いている。姿形は人で、手には長剣を携えている少女。緑がかった金髪を1つに結い上げている。そんな少女を赤い鎧を纏った屈強な男たちが追いかける。

 

 これはどういう状況か。

 

 空を飛ぶ人形(ひとがた)の種族などは今まで見たことはなかった。SAOの世界に人の形をしたモンスターは多数いる。エルフ族や広くはコボルド族もそうだろう。今度はまさか妖精(フェアリー)なのか。だとすれば、ここは何層なのか。

 しかし、さらによく見てみるとその空を飛ぶものたちには緑色のカーソルが見えた。

 

「全員…プレイヤー!?」

 

 緑色のカーソル。自分の記憶が確かならばそれは間違いなくプレイヤーを示すもので…よくよく考えてみれば自分はあの時HPを全損させて死んだはずだった。死後の世界だとするならば不可解なカーソルやウィンドウ。ただ納得させるには美しい景色。夢でも見ているのだろうか。それならば…

 

「夢なら…私も飛べるかな。」

 

 背中に意識を集中させるとピィィンと鈴の音のような音をたてて翅が展開されたのを感じた。

 

 飛ぶ

 

 その事だけに強く意識を集中させる。

 鳥のように羽ばたく。翼を動かす。

 少しずつ微弱に動く翅に一気に地を蹴り上げた。

 

「わっ…わわわっ…!」

 

 翅の推進力と自身のパラメータが手伝い、宙高く舞い上がった。それは2年間ゲームの世界に生きてきても体験したことの無いことだった。勢いよく飛び上がってからは翅をひらめかせる度に浮遊力が働き、ふわりふわりと体を空に留めた。風を全身に感じる。

 文字通り天にも昇る気持ち。しかし、実際のところそんな悠長なことを言っている場合ではなかった。飛び上がった場所は先程見上げた場所。つまりは少女が男たちに追い掛けられている場所。…戦場だ。

 

 闖入者の登場に少女も男たちもポカンとしてこちらの方を見ている。これは非常にマズイ。最悪の状況は全員がこちらに向かってくること。それは避けたい。ただ男たちと一緒になって少女をいたぶるのは違う。ならば、決まっている。

 

「女の子に寄って集ってちょっとカッコ悪いんじゃないの?」

 

 女の子の味方にこちらからなってしまえ。そうすれば最悪の状態は避けられる。なんとか体を女の子の盾になるようにスライドさせた。

 呆気にとられていた男たちは暴言に完全に頭に血を上らせ、臨戦態勢に切り替わる。

 

「お前初心者(ニュービー)の癖に何言ってんだ?」

「そんな貧弱な装備でどうにかなんのかよ。」

 

 そう言われて腰の剣を抜くと確かに貧弱だ。今まで手にしていたどの槍よりも軽い。それでも負ける気がしないのはただの錯覚だろうか。背には慌てた少女の声もかかった。

 

「ちょっと! 気持ちはありがたいけど危ないわよ!」

 

 先ほどは逃げて回っていた彼女だが、仕方なしにといった様子で剣を抜いていた。その構えは様になっているし、当然に自分の剣よりも立派な代物だった。それだけで彼女が中々のプレイヤーだと悟る。

 そんな彼女に本来助けは要らなかったのかもしれない。だけれどカッコつけはもう標準装備になってしまっている。

 

「ねぇ、倒しちゃって良いのよね?」

 

 そう彼女に尋ねると、戸惑ったように少女は答えた。

 

「そ、そりゃぁ出来るなら…あちらはそのつもりだろうし。」

 

 PKなんてもう今更だ。それにここがどこか分からないし、夢かもしれない。だったら尚更関係ない。

 

「剣は得意じゃないんだけどな…じゃ、遠慮なく。」

 

 どっかの誰かのように軽く左右にそれを振り、一気に翅に力を込めた。敵は3人。簡単なもんだ。思うように飛行制御が出来ないことを差し引いても、人のことを誰だと思っているんだ。…そんなこと、夢の住人かもしれない人に思っても仕方の無いことなのだけれど。

 大きく振りかぶり、一気に振り下ろす。重力と飛行スピードも乗り、その衝撃は計り知れない。いつもの見慣れたエフェクトとは違う様子で1人のHPは一気に消えた。ボンッと音をたててその場には赤い大きな火の玉のようなものが残る。

 続けて今度は軽く旋回をし、サイドから切りつける。片手剣を使ったのは過去数えるほどだが、嫌と言うほどその戦闘スタイルは隣で見てきている。イメージがものを言う。再現するのはそう難しくはなかった。()のソードスキルと自分の動きを融合させるイメージだ。

 

「せぁっ!」

 

 一気に振り抜くと、軽くまた1人いなくなる。

 こうも簡単に行くとは本当に夢かもしれない。最後の1人も勢いそのままに切り払った。

 チンッと小さい音をたてて剣はその居場所に帰る。振り返れば少女は口をあんぐりと開けていた。しかし次の瞬間には自分に向かって剣を突きつけていた。

 

「…で、私はどうすれば良いのかしら?」

 

 動けば切る、と言った様相だがこちらとしては少女と戦うつもりはなかった。両手を上げて戦闘の意思はないことを示す。

 

「待って。あなたと戦うつもりはないの。」

「…ナニソレ。」

「うーん…彼等と戦ったのも本意ではないって言うか。」

 

 ただ自分は自分で招いたピンチを少女を利用して切り抜けただけでもある。しどろもどろに答えると少女はようやく笑顔を見せ、ぶっと吹き出した。

 

「ぷっ…あはっ…あははっ! さっきまでと随分様子が違うんだね。とにかく、助けてくれてありがと。私はリーファ。」

 

 そう言って剣を納め右手を差し出した彼女に自分も倣う。

 

「私はセツナ。」

 

 手を握った感触に、なぜとは分からないが夢ではないことを感覚的に悟る。ただ、ここは自分の知っているSAOの世界ではないように思えた。目の前にいる彼女、リーファは答えを持っているだろうか。それを願い、しっかりと手を握り返した。

 

 




終わる終わる詐欺でスミマセン
ハッピーエンドを今度こそ!
と言うわけで…生暖かく見守ってください。


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1話*出会いが導くものは

ーー不思議な人だったなぁ…。

 

 桐ヶ谷直葉は自室でアミュスフィアを外し、そのまま天井を見つめた。そこにはあの世界のポスターが貼られている。自由に飛び回ることの出来る、仮想世界。ALO(アルブヘイム・オンライン)は兄の和人のことを少しでも知ろうと始めたVRMMORPGだったが、今やその世界の虜になってしまっている。ALOを始めてから1年近く、色んなプレイヤーと出会ってきたが初めてのタイプだった。

 直葉は目を閉じて彼女との出会いを思い返した。

 

 

 

 

 

 真っ白な髪に瞳は赤。空色の服に薄く銀色に光る翅。突然飛び出してきて、明らかに初期装備なのにも関わらず、一瞬で火妖精族(サラマンダー)の男たちを倒してしまった少し変わった彼女は、セツナと名乗った。

 

「ところで、なんで音楽妖精族(プーカ)のあなたがこんなところにいるの?」

 

 地に足を下ろし、リーファは一番の疑問をセツナにぶつけた。戦闘していたのは中央から南西に位置する風妖精族(シルフ)の領地のすぐ近くだ。

 ALOでは種族間のPKが推奨されている。そのため、シルフは東隣の領地のサラマンダーとは仲が悪く、領地境の古森では先程のようなことは珍しくはなかった。

 しかしプーカの領は現在地から北北西。シルフの北隣の領地のケットシー領の更に北に位置していた。

 だから本来ならこんなところいるはずはない。それがリーファの疑問であったのだが、セツナは少し考えると首をかしげ、疑問に疑問で答えた。

 

「んーと…ぷーかって…?」

 

 装備品は確かに見るからに初期装備。まさかとは思うが…。

 

「あなた…本当に初心者(ニュービー)なわけ?」

「えっと…。」

 

 初心者(ニュービー)にしては有り得ない戦闘を見せた彼女。リーファが目を見開いて大きい声を上げるのを辛うじて抑えていると、セツナは困ったように笑った。

 

「し、知り合いに頼まれて、テスターやってたんだけど、正式サービスはやってなくて…おかしいな…いつも違うVRMMOやってたんだけど誰かソフト入れ換えたのかな…。」

 

 あはは…と苦し紛れに言うセツナだったが、VRMMOゲームはALOが初めてだったリーファを納得させるには十分だった。貧弱な装備のわりには慣れた様子で体を動かした彼女。シルフの中で5本の指に入ると言われる剣の腕前とスピードをもつ自分を明らかに圧倒する戦闘力。…しかも本来プーカは近接戦闘タイプじゃなくて魔法タイプのはずだ。他のVRMMOでダイブ環境に慣れていると言うならば少しは納得できることもあった。

 

「そっか。それで変なとこに出ちゃったんだ? 良かったら少しこの世界のこと案内しようか? 私コレでも結構古参なんだ。」

 

 そう申し出ると、セツナは仮想世界とは思えないほど自然な笑顔を作った。戦闘時の猛々しさや人を食ったような態度とは違い、花が綻ぶような可憐な表情だった。

 

「それはすっごく助かるな。」

 

 現実の容姿と違わず、シルフにしてはやや骨太な容姿をしている自分とは大違いだ。眉はしっかりと濃く描かれ、全てのパーツがしっかりと存在を主張している。ALOでは容姿はランダムだ。お金を払えば好きにカスタマイズ出来るようだが、今の容姿もそう嫌いではなかったためさほど気にしていなかった。それでも自分の理想のような容姿を持った者を前にすれば、少しの嫉妬心と後悔も生まれる。彼女の姿がランダムなのかお金にモノを言わせたものなのかはリーファには分からなかったが、自分もこんな風だったら良かったのに…と言う気持ちは少しながら浮かんでくる。

 

「どうかした?」

 

 黙り込んだ自分を下から覗き上げてくるその表情に、男だったらやられるなと、苦笑いを浮かべざるを得ない。女の自分でもドキッとする儚い容姿。それでいて、言葉尻や仕草からはイタズラっぽさや少年のような雰囲気を漂わせるギャップがなんともアンバランスで危うい。もたげてくる妙な気持ちを首を振ることで抑え、リーファはセツナの手を引いて空へ舞い上がった。

 

「ううん。なんでもない。折角だから一杯奢らせて。こんなところで話してるのは危ないし。」

「ホントに! じゃぁお言葉に甘えて。」

 

 それに引き上げられるようにセツナも翅を開いた。

 随意飛行は慣れたプレイヤーでも出来ない者もいる。それなのにこの世界について何も知らない彼女は飛ぶことはおろか、空中戦闘(エアレイド)さえやってのけた。今までどんなVRMMOをどれだけやって来たのだろう。とんでもないセンスと適応力だ。

 

「…それ、誰かに教わったの?」

「え? ううん、さっきログインしたばかりで人に会ったのはリーファさんたちが初めてだよ。」

「…リーファで良いわよ。私もセツナって呼ぶし。」

 

 自分と知り会う前に誰かに…とも思ったがそれはあっさりと打ち砕かれた。それはそうだろう。そうならば種族の話ぐらいは知っているだろう。親しい仲でも現実のことを聞くのは禁忌(タブー)ではあるが、いつかもっと仲良くなったら尋ねてみようと思った自分にリーファは驚いた。まだ知り合ったばかりなのにこんなにも知りたい、仲良くなりたいなんて思ったことはそうあることではなかった。…特に、この仮想世界の中では。

 

「ねぇ、リーファ。どこに向かってるの?」

 

 つい考え事をしていると、後ろをついてくるセツナから声をかけられハッとする。

 

「そうだなぁ…一番近いのはシルフ領のスイルベーンだけど…ちょっと北の方に中立の村があるからそっちまで飛ぼう。」

「…シルフ領だとなんか都合悪いの?」

「…私は良いけど町の中でもセツナはアンチクリミナルコードが有効じゃないのよ。」

「ふーん? リーファが一緒なら平気な気もするけどね。」

「命の保証をしなくて良いならスイルベーンに飛ぶけど?」

 

 笑みを浮かべて小首を傾げるのが小癪だ。リーファは片方の口許だけを引き上げ、方向を変えた。

 スイルベーンは美しい町だ。本人が良いと言うならば、一度は見て欲しい。特に夜は全体が緑色に光を放ち幻想的な雰囲気を醸し出す。別名、《翡翠の都》と呼ばれるのは伊達ではない。

 サラマンダーから逃げていたこともあり、スイルベーンはすぐに視界に姿を現した。遠くでは日が落ち始め、茜色に染まっている。夕闇に溶け出す街は少しずつ翡翠の緑(ジェイドグリーン)の光を放ち始めていた。

 やや後ろで小さく歓声があがったのが聞こえた。

 

「あれが…シルフの…?」

「そっ。きれいでしょ。」

 

 速度を減速し、ふわりと街の中に降り立つ。

 プレイヤーが増えてくる時間帯に入り、街は賑やかだった。とりあえずどこかに腰を下ろそうと、目ぼしい酒場を思い浮かべていると後ろから声をかけられた。

 

「リーファ。」

 

 振り返るとそこには3人の男がいた。

 

「…シグルド…。こんばんわ。」

 

 それはリーファが最近パーティを組んでいるメンバーたちだった。古参でリーファよりも明らかにやり込んでいる彼は、パーティメンバーとしては非常に頼りになるが、高圧的で束縛するような言動があることからいつもリーファを辟易させていた。

 シグルドはセツナを一瞥すると薄く笑みを浮かべ、軽薄な表情でリーファを見据えた。

 

「なんでプーカと一緒にいるんだ?」

「…別に関係ないでしょ。」

「関係なくはない。パーティメンバーだろ? 俺たちがいるのに何も初心者(ニュービー)のプーカと行動を共にすることないだろ。」

 

 大仰に肩を竦める彼にリーファは眉を引き吊らせた。こういう態度が癇に障る。スカウトと称して勧誘されたから条件付きで加入したものの、そろそろ潮時かもしれない。

 

「今日は特にクエストの約束してないし、良いじゃない。また今度ね。」

 

 ただ一応はパーティメンバーだ。波風たてないように苦笑いを浮かべ、足早にその場を去ろうとした。シグルドは今度はなめ回すようにセツナを上から下まで見ると、更に話を続ける。

 

「…良い女だな。お前、名前は?」

 

 対象を自分に移され、セツナは冷たい視線を送った。この一瞬でもこのプレイヤーは好かないと判断した。リーファの知り合いでなければ切り払ってしまいたいぐらいには。嫌悪感を隠すことなくすぐに視線を反らし、短く言った。

 

「…あなたに名乗る名前はない。」

 

 するとシグルドは実に面白そうに笑った。それは何かを思い出したような光を含んでいた。

 

「…その気の強さ。…まさかな。あんたならプーカでもパーティ組んでも良いな。」

「こっちから願い下げよ。間に合ってるわ。」

 

 そのまま踵を返し、セツナはスタスタと歩き始めた。そんな彼女に慌てて、リーファは短く彼らに挨拶をするとその背中をすぐに追いかけた。

 

 彼らの姿が小さくなったところでセツナは足を止め、勢いよく振り返った。

 

「ゴメン! 嫌な態度とった。」

 

 そんな彼女に虚を突かれたが、そうしてきちんと謝る彼女にリーファはにっこり笑った。

 

「いいよ。なんかむしろゴメンね。アイツらもヤな感じで。」

 

 リーファがそう言うとセツナは見るからに安心した表情を浮かべた。リーファが知る限り、仮想現実の表情なんて大雑把で適当なもんだ。それが出会った時からコレだ。セツナは本当に自然な表情を作ってみせる。どれだけこの世界に慣れていると言うのか。

 

「ね、丁度そこにケーキの美味しいカフェがあるんだ! そこでゆっくり話そうよ。」

 

 これ以上街中にいるとまた知り合いに声をかけられそうだったので、リーファはさっさと店に入ることを決め込んだ。誰もすぐには襲わないが、種族の違うセツナがあまり人目に触れるのもよくはない。

 店内に入ると時間帯故かNPC以外の客は見当たらず、落ち着いて話ができそうだった。リーファは手早くオススメを注文すると窓際の席に腰を下ろした。

 

「改めて助けてくれてありがとう。」

 

 目の前の少女にそう告げると。セツナは肩を竦め、イタズラっぽく挑戦的な表情を作った。

 

「ううん。リーファならホントは助けなんて要らなかったんじゃない?」

 

 構えを見ただけで強さを図ったと言うのか。出会ってからずっと彼女には驚かされてばっかりだ。

 

「まぁいいじゃない! セツナこそ、プーカなのにあの戦闘能力。凄いよ。」

「…で、そのプーカって?」

 

 そう首をかしげられ、そう言えば初心者(ニュービー)だったと何度も思い返させられる。

 

「あぁ、ゴメンゴメン。ここALO(アルブヘイム・オンライン)には9つの種族があってね…さっきみたいに種族同士の交戦は推奨されてたりもするんだけど、それぞれ特徴があるのよ。」

「リーファはシルフ…で、私はプーカって訳ね。プーカはどんな特徴があるの?」

「基本魔法攻撃が得意な種族だよ。一番幅広く使えるんじゃないかな。後は、音楽妖精の名前の通り全種族中唯一歌が使えるわ。」

「魔法に…歌!」

 

 セツナのその復唱に驚愕が混じっていたことにはリーファは気付かなかった。歌はともかくALOでは魔法は当たり前の存在だ。

 

「HPが低めでマナが高めに設定されてるから大抵は魔法依存だよ。セツナみたいに戦うプーカは初めて見た。」

 

 実際のところプーカどころかシルフでも、武器の扱いに長けるとされるサラマンダーでさえ、あんな戦闘は見たことがなかった。超高速でアクロバットな動き。初期装備で重装備の男たちを倒したのはこの世界での動き方を完全に心得ているからだろう。

 リーファとて名の通る剣士だ。勝てないと思ったことに悔しく、それは口には出すことはできなかった。

 セツナは近接戦闘向きでないと知り、やや嫌な顔をするもすぐに興味の対象を移していた。

 

「魔法ね…。それはどうやって…?」

「マニュアルに載ってるよ。呪文を唱えるの。」

 

 リーファに言われるがままにセツナはマニュアルを開くも、さらにその顔を歪めた。

 

「げ…。」

「折角だからちょっとずつ覚えれば良いよ。いくらセツナが強くてもHPが低いから防御支援とか回復は必要でしょ。」

「そう…だね。」

 

 頷いたものの、セツナはすぐに見なかったことにしようと言った様にマニュアルを閉じた。体を動かす方が得意なのかもしれない。

 

「と、ところで、このゲームはクリアとかあるの?」

「一応グランドクエストで世界樹を登るってのがあるよ。」

「世界樹…。」

「この世界の中心にあるね。プーカ領からだと南東に位置するかな。」

 

 セツナはなるほどと頷き、その顔から表情を消した。

 

「ありがとう。お陰でこのゲーム、楽しめそうだわ。」

 

 そしてそのまま席を立ち上がった。今までの多彩な表情はなんだったのか、急に機械のような表情になったセツナにリーファは戸惑いを隠せなかった。

 

「うん…。参考になって良かった…。」

 

 出口に迷いなく足を進めていく彼女の背中にリーファは声をぶつけた。

 

「ね、ねぇ!」

 

 くるりと振り向いたセツナからは色が消えたような印象を受けた。

 

「また、会えるよね?」

 

 そのまま自分の希望をぶつけると、セツナはふわりと笑った。ただそれは何かを悟ったような悲しげな表情で先を約束するようなものではなかった。

 

「ありがとう…また、ね?」

 

 そのまま店を出た彼女を見送り。リーファも今日はそこまで、とログアウトしたのだった。

 

 

 

 

 

 兄が帰って来て1週間。

 

 久し振りにログインしたら運悪くサラマンダーに追いかけられたものの、結果的には中々悪くないダイブだった。今はまだデスゲームから帰って来たばかりの兄にALOの話はとてもじゃないが出来ない。ただもう少ししたら、私もVRMMO始めたと、そこで面白い人に出会ったと和人に話したかった。

 

「セツナ…か。」

 

 容姿から実年齢は図れないが、少女なのに少し少年っぽいやんちゃなところ。自分と同じぐらいの年なんじゃないかと感じた。それなのに憂いの表情は何かとんでもないことを経験してきたかのような大人びたものだった。

 

ーどちらが本当の彼女か。

 

 目覚めたばかりの兄との失われた時間を埋めるのと、ALOでの新しい出会いに少し忙しくなりそうだ。

 受験が推薦組で良かったと心底直葉は思った。

 

 




渡航前になんとか…!
予約投稿なんて余裕はない キリッ
ここまで原作展開とほぼ同じですが最後の直葉の通り、時系列が違います。
セツナが美少女設定なこと私が忘れそうなので今回描写盛り盛りです。
と言うわけでALO編完全スタートです。

あ…バティコンが…


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2話*妖精の世界

 

 

 どうやら夢ではなく自分は別のVRMMORPGの中にいるようだ。そして、そのソフトの名前はALO(アルブヘイム・オンライン)。それが1つ分かったことだった。

 

 セツナはリーファと別れて直ぐに()()でウィンドウを開いた。彼女といる時に抱いた違和感。それはウィンドウを開く際に彼女が()()を使用したことだった。そして彼女や他のプレイヤーは当然にログアウトができ、この世界で死んでもデスペナルティを受けるだけなのだろう。

 自分のウィンドウをよく眺めてみると所々以前と変化している。レベルの概念が無いことやマナと言う数値、そして魔法のマニュアルがあることは勿論だ。しかしながら肝心なものは備わっていなかった。

 

「logoutボタンはない…か。」

 

 それは即ちまだ自分はSAOに囚われたままだと言うことを示していた。解放される(すべ)はおそらく1つ。ゲームクリア。どのような経緯でこの世界に放り出されたかが分からなかったために迂闊にGMを頼る気にはなれなかった。

 

「取り敢えずは装備かな。」

 

 そして、未だに死んだら現実でも死ぬと言うことは有効なのだろうか。それすら分からないため、まずは心許ない初期装備は卒業しなくてはならない。

 一度失ったはずの命。それでも再び失えるかと言えばそうではない。最後の瞬間、自分にあんな欲があったことに驚いたぐらいだ。…ただし、それでも現実に戻るのは少し怖い。アンビバレントな感情を抱え、その答えを見つけるためにもゲームクリアを目指さなければならない。

 

 スイルベーンはシルフ領の首都だ。マップデータを呼び出すと実にショップは充実していた。当座をしのぐには問題ないだろう。SAOでも強力なアイテムはダンジョンで手に入れたりモンスタードロップに頼らなければならなかったが、ショップアイテムとて力にならない訳じゃない。

 

「…そう言えばお金。」

 

 たとえショップが充実していたとしても、お金がなければ始まらない。右手を振り、基本ステータス画面を見るとどこか見覚えのある数字が並んでいた。それは単位や端数こそ違えどその桁は間違いなく自分の所持金だった。

 

「…心配するようなことじゃなかった。」

 

 杞憂にセツナは一気に脱力した。ならばアイテムは、と見てみるも、アイテム欄は初めに見た通りほとんどが文字化けしており、以前の装備を身に付けることは叶わなそうだった。エラー検出プログラムに引っ掛かっても嫌なのでそれは一思いに削除してしまう。…2年間の奮闘がパーだ。

 何故、腰に佩かれていたのが剣だったのか。それは分からなかったがいつも通りまずは槍を調達することにした。先程はイメージだけで乗りきったが、実力の拮抗した者や高位のモンスターと戦うのは厳しいだろう。手に馴染むようなものがあればいいが…。

 

 

 

 

 

「だからさ、戦斧槍(ハルバード)でもなく突撃槍(ランス)でもなくて!!」

 

 案の定セツナが望むようなものはなかった。それは当然のことなのだがクレームをつけるセツナにNPCの武器屋も苦笑いする。長槍(スピア)は基本的にそういう武器ではない。店にあるものを全て手にしてはみたが軽すぎる。それでは期待した攻撃力も生まれなければ、取り回しのイメージに差異が出る。妥協するか、別の武器を手にするかやや苛立ちを隠せずにいると、そんな中、セツナは懐かしい雰囲気を持つ武器を目にした。

 

「これは…?」

『ツヴァイヘンダー、両手剣だよ。』

 

 NPCに渡されるがままにそれを手にするとしっくりと馴染む。長い刀身に長めの柄。両手剣の割に細身の刃。分類が両手剣のため重さは十分だ。

 …それはいつか彼と別れたときに出会った武器と似ていた。

 

「…リンキング・ガーディアン…。」

 

 分類は違えどそれ以上に良いと思える武器はなかった。先程の戦闘でこの世界ではソードスキルが発動しないことも確認済みだ。ならば自分がどう取り回すかだ。

 ずしりとした重みに納得し、セツナはそれを軽々と右手でバトンの様に回してみる。言うまでもなく、今までのどの槍よりもイメージに合っていた。そのままpurchaseのボタンを押すと、NPCも気のせいかやれやれと安心した表情を浮かべた。

 

『まいど。』

 

 NPCにすれば売れれば関係ない。対価を差し出すと笑顔で見送ってくれた。

 

「あとは…。」

 

 今度は防具を揃えるべくマップを見るも、1つ迷うことがあった。

 

「ケープ…要るかな?」

 

 SAOの頃はリアルなアバターだったため、目立つ髪色と性別を隠すために装備していたケープ。…勿論ハイド効果もあってのことだが。妖精のこの世界は実にカラフルだ。リーファの髪色は緑がかった金髪だし、シルフは緑と名の付く色の髪色をしている者が非常に多い。シグルドは深い黄緑色だった。リーファを追い掛けていたサラマンダーたちは燃えるような赤だったし、リーファは自分のことを見てプーカと言った。プーカにはこんな容姿のプレイヤーが多いのかもしれない。

 だとすればケープは命を取り合う戦闘ではただの障害物でしかない。それに、SAOと違ってここには誰もセツナのことを知っている人はいない。

 それならば敢えて被らなくても良いように思えた。お金は有り余るほどある。セツナは周りのプレイヤーに見られたら羨まれるような勢いで自分に馴染む強力な装備を見繕った。贅の限りを尽くし、スイルベーンで買える一番良いものを。

 防御補正の強く付いた紺の短いジャケットにショートパンツを合わせる。ロングブーツまで履き、いつもの配色に落ち着くとやっと一息ついた。

 

 問題はここからどう動くかだ。

 自分が本当にプーカならば一度その領地を目指して拠点にするのも悪くはない。しかし最終的に目指すは中央の世界樹。ならば直接行ってしまうのもまた一興。ただ自分には死亡が許されないとするならば選ぶべきは前者なのだろう。いかにコンバートのように自分が強くとも、この世界のことについては何も知らない。

 プレイヤーショップで相場も分からずにマップデータを手に入れるとそれにはきちんとどこがどの種族の領地なのかも載っていた。

 

「北…。」

 

 プーカの領地はシルフの領地よりも北だった。しかも途中には猫妖精族(ケットシー)の領地を挟む。リーファの話によると異種族間PK推奨で、異種族領地ではアンチクリミナルコードが無効。シルフのプレイヤーたちは今のところ、いきなり襲ってくる! なんてことはないがケットシーはどうなのだろう。…偏見にはなるがリーファと交戦していたこともあり、サラマンダーなら襲ってきかねない。

 ただ恐らくはプーカの領地にはプーカに必要な情報があるのではないだろうか。セツナは北を目指すことに決める。

 

「2年間戦ってきたんだもん…本来、後25層有ったわけだし、どうってことない。」

 

 言い聞かせるように一人ごちると意を決してその翅を開いた。

 ふわりとまだ慣れない感覚に身を預け、空中に体を運ぶ。買い物している間に日は沈みきり、空は夕闇に染まっていた。飛び上がり後ろを振り返ると到着したときよりもずっと幻想的な光を放つ街が広がっていた。他の領はどんな顔を見せてくれるのだろうか。ささやかな楽しみを胸に一気に翅を動かし飛翔する。

 放り込まれた世界。そこに楽しいと言う感情が湧くなんて…ゲームホリックにも程がある。月明かりが美しく世界を照らす。キラキラと自分の翅から鱗粉のようなものが舞い散る。

 SAOも十分にファンタジーの世界だった。中世ヨーロッパのような街並み、古代エジプトのような街並み。様々なものが入り乱れ、不思議な生物や植物は未知の世界へと(いざな)う。それでもALOはより異世界だと感じさせてくれる。それは翅の力が為せるものなのか。興奮状態からぐっと背中に力を入れ、ぐんぐんスピードをあげる。疾走スキルよりも疾く、軽業スキルより軽快に。《舞神》と呼ばれては来たが本当に舞うとはこう言うことだと体を旋回させる。

 北へ北へと向かって夢中で翅を動かしていたら、突然にそれは起きた。

 ヒュウウウと聞こえる風の音。この効果音は…

 

「ッキャァアアアアアア!!!」

 

 落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 ズザッザザザザザザザザッ ドスンッ

 

 葉が擦れる音が盛大に響き渡り、最後には地に衝突した音が添えられた。

 

「っ…たたた…。」

 

 調子にのって飛んでいたら急な落下。衝撃にセツナは目を回した。…一先ずあの高さから落ちて生きていたことに感謝する。気持ちよさや楽しさばかり前に出ていたがどうやら飛行は気を付けなければならないらしい。

 高所から落ちたため、当然にHPは半分ほどに減っていた。スイルベーンでアイテムも一通りは揃えた。ただ、これはある意味好機だ。

 

「えっと…。」

 

 セツナは右手を縦に振るとリーファと会っていた時には直ぐ様閉じたマニュアルを開いた。

 ALOでは魔法が使える。プレイヤーに襲われたときに、それを知らなくては不利になってしまうだろう。訳の分からない異国の言葉を覚えるようなそれには閉口する。それでも、必要ならば致し方ない。セツナにとって最優先は命の確保だった。他のプレイヤーとは自分は違う。その恐怖はここに迷い込んだ経緯を知るまではなくならないだろう。まずは手始めに回復魔法から試す。

 

「…Ek fylla heill austr(エック・フィッラ・ヘイル・アウストル)…。」

 

 瞳を閉じて、マニュアル通りに一音一音しっかりと呪文を唱える。すると自分の周りを文字が踊り、体は光に包まれた。自分のステータスバーを見てみると、少しマナが減り、HPはみるみるうちに回復していった。SAOで言うならば結晶アイテムを使ったときのように。

 

「これが、魔法…。」

 

 飛んだときと同じような衝撃が胸を走った。SAOには魔法はなかった。どんな他のハードでゲームをしていた時とも違う、自分自身から魔法を発動する感覚。コマンドを選んで決定ボタンではなく、呪文を唱えることで発動することが、初めてソードスキルを使った時の興奮にも似ていた。思ったよりも随分と簡単に魔法が使えることを知り安心もする。後はいかに外国語よろしく、魔法を覚えるか…といったいところだ。

 HPもきっちり回復し、取り敢えず問題はない。しかし、疑問は1つ残る。

 

「でも、なんで急に落ちたんだろ…。」

 

 首をかしげるセツナ。そんな彼女の姿を窺うものがいることにまだ彼女自身は気付いていなかった。

 

 

「なぁんか面白そうな子がいるナ。」

 

 

 そんな呟きはセツナの耳に入ることは無かった。

 

 

 




初心者セツナ。説明書とかを真面目に読むタイプではない。
今回登場人物が1人(…2人?)のせいか説明的ですね。
精進します。

あ 帰国したんで通常運転です。


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3話*新たな出会い

 

 

 星の明かりを頼りに方角を確認するとあと少しで森を抜けていたようだった。この先の草原、更には荒野で落ちていたら少なくともクッションはなかった。嫌な()()()に背筋が凍る。木々が衝撃を和らげ、あのダメージ。ネガティブな想像を首を振り、振り払う。

 

ーもうちょっと慎重に行動しよう。

 

 セツナは肝に銘じた。

 何れにせよ、翅を動かそうにも何故か動いてはくれず、飛び上がることはできない。心なしか光を失っているように見える。さっきまではキラキラと鱗粉まで放っていたと言うのに。

 仕方なしに徒歩で目的地を目指す。山だろうが谷だろうがそうして75層まで踏破してきているのだから、飛べないのは大した問題ではなかった。…勿論寂しさと名残惜しさはあるものの。

 歩き始めると、慣れているせいか異変に気が付く。ザクザクと言う、自身の砂を擦るような足音の他には目立った音はない。それなのに気配がするのだ。それはもうシステム外スキルとでも言うべきものか。説明はできない。ただ感じるのだ。いくつか欠損してはいるものの、SAOのステータスが引き継がれているため《策敵》のスキルはカンストしている。しかしそのスキルに裏付けされるものではない。システム的な反応はないのだから。

 右手を背に回し、柄に触れされ周囲の様子を窺う。カチャリとたつ無機質な音が小さく響いた。

 

Ek(エック) fleygja(フレイギュア) svarmr(スヴァームル) breiðr(ブレイジャア) hamarr(ハマー)

 

 その音に誘われてか、岩壁の様な巨大な物体が群れをなして襲ってきた。ゴォッと音がしそうな程の猛スピードに神経が覚醒していく。

 

「っ! 何これ!?」

 

 セツナは一気に剣を引き抜き、それに向かって振り下ろした。

 

「くぅっ…。」

 

 メリメリッと言った音と共に買ったばかりの剣がしなる。こんなに重たい攻撃…ヒースクリフ並だ。それでも屈するわけにはいかない。それがたとえ魔法であろうとも、何者とも知れぬ者に負ける気がしないのはトッププレイヤーを歩んで来た者のプライド。

 

「はぁぁぁぁあっ!」

 

 気合いの咆哮と共に左手を柄から刀身に添えると一気に押し返した。1枚を跳ね返すとそれは他の岩とぶつかりあって粉々に砕けていく。欠片に巻き込まれるのはゴメンと1歩大きく後ろへ飛ぶ。

 剣を前に構えていると次に飛んできたのは炎の塊だった。いつの間にかそこには7人のプレイヤーと一匹の竜が姿を現している。その姿にセツナは驚かされる。

 

「猫耳!?」

 

 竜の口からはタバコの煙のように煙が漏れている。これはブレスか? 仰け反りながらも一か八か炎に剣を切り上げた。ゴウッと大きな音をたて、風圧に一瞬強く燃え上がったかと思うと、それはそのまま空気中へ四散していった。

 そんな型破りの行為。7人は目を見張った。セツナには自覚がないせいかどこ吹く風と相手が驚いていることにすら気付かない。そんなことよりセツナは現れたプレイヤーたちに釘付けだ。個人差はあるものの獣の耳に尻尾。体は平均して大きくなく、随分と愛らしい。あれはなんて種族なんだろう、そんな興味に埋め尽くされていた。

 2回の魔法攻撃を軽くいなしておきながら隙だらけ。猫耳のプレイヤーたちはならばと今度は得物を握る。ただ竜の隣の小麦色の肌の少女を除いて。小さい体を活かした攻撃か、クローやダガー。スピード型と判断し、セツナは薄く笑った。

 自分よりも高さのある剣をくるりと片手で回し、腰脇に構える。重心を低く右半身を前に大きく足を開く。ただ当然に武器の握りは槍だ。腰脇に抱えながらも刃先は相手に向いている。

 

タッ

 

 相手が地を蹴るが早いかセツナが地を蹴るが早いか。その音は同時に響いた。ただしそれと共に彼女の姿は残像となって消える。そして次に姿を確認できたときには4人が炎に姿を変えていた。黄色い炎が闇夜に浮かび上がる。

 

「まだやる?」

 

 炎の中央で不敵に笑うセツナに初めて相手側が口を開いた。それは竜の隣で様子を見ていた少女だった。

 

「いや、やめておくヨ。」

 

 両手を挙げて飄々と。なんだか既視感のあるその様子にセツナの肩の力も抜ける。その脇では残りの二人が呪文を唱えていた。攻撃する雰囲気は感じられなかったため、セツナはそのままバトンの様に剣を回し、背にしまった。

 そんなセツナの姿に少女はパチパチと手を鳴らす。

 

「いやーお見事。プーカにそんな武器使えるのかと思ったけどスゴいネ、キミ!」

「どうも。」

 

 水着のような戦闘スーツを身に纏い、健康的な肌を惜し気もなく露出させているがそこに厭らしさはなく、彼女のキャラクターをよく表している。猫のような耳をピンと立て、興味の証拠か尻尾が軽く左右に動いている。セツナはセツナで彼女のそんな様子に興味をそそられる。

 

「それ…それも種族の特徴なの?」

 

 そう尋ねると、少女は大仰に驚いて見せる。

 

「えっ!? キミ…もしかして…?」

初心者(ニュービー)なの。」

 

 そう言ったところで状況が変わるわけではなし、セツナは素直に告白する。すると少女はくりっとした目を更に丸くする。

 

「はぁー…滞空制限を知らないみたいだからおかしいなーと思ったけど…そっかぁ…。」

「滞空制限?」

 

 また新しい言葉にセツナは困惑する。すると少女はニカッと愛嬌のある笑顔を浮かべた。

 

「いいヨ! キミ、気に入ったにゃ。ついでおいで。ボクはケットシー領主のアリシャ・ルー。」

 

 金髪の短いウェービーヘアを揺らし、少女、アリシャは竜にまたがった。気が付けば魔法の力か4つの炎はプレイヤーに戻っていた。

 

「つっ…ついておいでって…どこに? それに私飛べな…。」

 

 竜と共に飛び上がったアリシャを見上げると彼女はまた笑った。

 

「うちに案内するヨ。それにもう飛べるよー! 翅開いてごらん。」

 

 言われるがままにセツナは再び翅を開いた。するとさっきまでは輝きを失っていた翅はまた淡く光っていた。月明かりを反射して確かに。明らかに墜落したときとは様子の違う翅にセツナは背中に力を込めた。くんっと背から足が持ち上がり力が働くことを感じる。そのまま地を軽く叩き飛び上がる。

 

「ほんとだ…。」

 

 思わず漏れた声にアリシャはまた笑った。

 

「不思議な子だネー。あんなに強いのに。」

 

 それには曖昧な笑顔を浮かべて返すしかなかった。

 慎重に行動しよう、そう決めたはずだったのに謎のプレイヤーについていく。これは大丈夫なのだろうかと一瞬過るもそのままアリシャに従った。竜は彼女の意のままに動くようで、実に優雅にその翼を動かす。自分で飛ぶのも気持ちいいが、竜に乗って…なんていかにもファンタジーみたいでそれに憧れる。

 

「ケットシー領はここからすぐ西だヨ。途中海があるから落ちんなよー!」

 

 竜にはその滞空制限はないのだろうか。きっちり警告をしてくれる彼女に信じても大丈夫だろうと頷く。飛行の調子は落下したのが嘘のように調子良い。それにアリシャ以外のプレイヤーたちは自分の翅で飛んでいるため、同じくして飛び上がったからには周りの様子を伺ってさえいればさっきな様なことはないだろう。

 力を入れぐんっと前に出る。

 

「ねぇ! まっすぐで良いの。」

「うん。まっすぐだヨ。」

 

 答えを聞き、そのまま更に力を込める。スピードをあげると荒野の先に海が見え、島の中央に先端の尖った建物が見えた。

 スイルベーンは彫刻のような全体が統一された美しい街だった。先に見えるのがケットシー領であるならばそこは確かに生物の息吹を感じるような、生活の見えるような街が広がっていた。愛らしい耳を持つものが生活するのに相応しいようなおとぎ話に出てくるようなその街。小振りのカラフルな建物が立ち並んで見える。海を挟んで橋の向こうにあることが、また特別な場所であるような演出をしている。

 

「ケットシー領の首都、フリーリアだヨ。良い街だろ。」

 

 いつの間にか隣に来ていたアリシャにそう言われセツナは強く頷く。それはSAOの11層タフトを想起させる。思い出深く、懐かしさすら醸し出す雰囲気がスイルベーンよりも気に入った。

 近くなったところでやや減速し着陸に備えた。潮風がきっちりと再現されており、少し飛行が乱される。そんなリアルさはもう慣れっこのため、特に気にはならなかった。フワッと今度は落下することなくしっかりと着陸をした。

 広がる景色は上から見たものと同じくどこかのどかで、穏やかな空気が流れていた。

 着陸したのはそんな街の一番高い、先端が尖った塔のような建物のテラススペースだった。隣ではアリシャが竜から飛び降り労っている。潮風を感じながら街を見下ろせるのは非常に心地良い。飛行の疲れなどすぐ忘れさせてくれるぐらいには。

 

「フリーリアにようこそ!」

 

 冗談めかしてそう言うアリシャ。彼女には聞きたいこと、教えてもらいたいことが沢山ある。

 

「アリシャさんは領主…って言ったよね?」

「アリシャでいいヨ。それよりキミは?」

 

 そう言われてまだ自分が名乗ってすらいないことに気付かされる。そんな相手によくついてきた…と言うよりもよく同行させてくれたと言うべきか。セツナは慌てて口を開く。

 

「ご、ごめん! 私はセツナ。」

「セツナね。まぁまぁ取り敢えず中に入りなよ。」

 

 名乗ればアリシャはご機嫌に尻尾を振りながら建物の中へと進んでいった。当然にセツナもその後を追う。

 建物の内部はまた可愛らしい作り…かと思いきや意外と機能重視なのかさっぱりとした部屋だった。窓際に執務机。中央には応接セット。目立った装飾品はなく、必要最低限の調度品だけが並んでいた。

 彼女に進められるがままにベロア素材のようなエンジ色のソファーに腰を下ろすと、沈み込むような軟らかさで座り心地は最高だった。アリシャも目の前のスツールにどかっと足を組んで座る。

 

「さてさて、さっきの質問に答えようかね。」

 

 鼻唄混じりに独特なテンポで会話を進めるアリシャ。完全に主導権はあちらに握られどうしていいのかわからない。

 

「ボクはケットシー。この耳と尻尾はその証だヨ。」

 

 ピクッと動く耳はセツナの興味を引いて離さない。まるで本物の猫かのように動く。

 

「へぇ…いいなぁ…私もそれが良かった。」

「キミはケットシーじゃなくても性格がケットシーっぽいよな。」

 

 本気で羨ましがるセツナにアリシャはカラカラと笑った。

 

「どういう意味!?」

「猫っぽいってことさ! ケットシーは猫妖精族だからね。」

「猫…。」

 

 それは以前にも言われたことがあった。確かサチにだ。

 

「まぁいいじゃないか。褒めてるんだヨ。」

「う、うん…。」

 

 釈然としないが取り敢えずは頷いておく。

 

「さて、ボクからも質問をしたいんだけどにゃー…」

「なに?」

 

 特に警戒をしていないセツナに今度はニヤリと笑う。それはまるでなにかを知っているかのような表情だった。

 

「キミは何者だ?」

 

 漠然とした質問が逆に見透かされているようで、ビクリと体が震える。くりっとした真っ直ぐな視線からはどうやら逃れられそうにもない。…失敗したかな。そんなことを思いながら何をどうやって答えようか思考を巡らせた。

 

 

 




ドラクエ8買いました…積みゲーにしないように…

さて、アリシャ・ルーとの出会いです。
どこかの誰かと混同しそうな感じが…
作中の呪文は捏造です。


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4話*目指す場所

 

 

 

 

「何者って…。」

 

 答えられずに思わず顔を強張らせた。

 例えば…自分はSAOの世界で攻略組として前線を突っ走っていたが、HPを全損させて現実世界でも死んでしまうところ何故かこのALOの世界に迷い込んでしまいました。なんて言って信じてもらえるのだろうか。この世界では間違いなく初心者。ただ仮想世界での生き方には慣れており、データも何故か引き継ぎ…と言うのが初心者らしからぬ所以だ。彼女は何を知っているのか、それとも感付いたのか。

 

「ぷっ…にゃははははははっ!」

 

 口をつぐんだセツナにアリシャは豪快に笑う。

 

「ナニナニ? 結構ミステリアスな存在な訳? ボクはただその強さの秘密を教えて欲しいナと思っただけだヨ。」

 

 そして、そのミステリアスな部分も聞いても良いなら教えてほしいけどネ! と続けた。

 

「強さの秘密…。」

 

 思っていたことと全く違うことに体から力が抜けるのを感じる。それならばリーファにした説明でどうやら片付きそうだ。本当の事情は人にはあまり話さない方が良いように思える。そうでなければとっくにGMにコールしてる。…何より自分自身が全容を理解していないのだ。説明できない部分すらある。

 

「…元テスターなの。普段は別のゲームやってたんだけど誰かにソフト入れ替えられたみたいで。」

 

 アリシャはこれで納得してくれるだろうか。

 

「ふーん…。事実半分、嘘半分ってトコ…かな。」

 

 目をくりくりとよく動かしニヤリと笑った。見透かされている。確かにテスターなのはSAOで入れ替えられた…と言うのは嘘だ。大体あってるが真実ではない。曖昧な笑顔を浮かべることしか出来ない。

 

「ま、そういうことにしておくよ。武装からしても店売りだしね。」

 

 にゃははと笑い飛ばし多くを詮索しない彼女は不思議だ。掴み所のなさがどこかアルゴに似ているように思う。髭のペイントをしていただけあって、きっと彼女も猫耳が似合うだろう。そんなアリシャにセツナもいつもの調子を取り戻す。

 

「間違いなく初心者よ。」

 

 肩を竦めてそう言うとアリシャは大きく頷いた。

 

「それは疑いようもないね! ただ、ゲーム慣れはしているねー。滞空制限も知らないのに随意飛行…それに魔法を斬るなんて無茶苦茶、初めてみたヨ。」

「そう! それ、滞空制限? 聞いてもいい?」

「ALOは飛べる。それは有名な話、だけどそれには制限があるんだよ。」

 

 知りたかった回答だが、セツナは目をパチパチとしばたたかせる。アリシャはそのまま続けた。

 

「飛べるのは日の光か月の光の下でのみ。それも時間と高度に制限がある。」

「それが滞空制限?」

「そう。一回のフライトで飛べるのはせいぜい10分程度だね。」

「…ふーん。なんかソーラー電池で動いてるみたいね。」

「ソーラー電池か! そりゃーいいね!」

 

 それで落ちたのかと納得しながら、素直に感想を述べるとカラカラとアリシャはまた笑った。表情がくるくる変わる。自分とは大違いだ。

 

「まぁそんなうまい話無いわよね。山のダンジョンが無意味になっちゃうもの。」

「その通りだねー。だけどそのうまい話があるんだな!」

 

 問題は解決。落下は自分の無知であったと安心しながらうんうんと頷いていると、思わぬ追撃をくらった。

 

「って…えぇっ!!」

「おぉ! いい反応だねー。」

「いや、だって…。」

 

 飛べる喜び。ただ滞空制限と言うその不自由さがゲームバランスを保っている。それがなくなってしまえばいくつかのダンジョンは意味を為さなくなってしまう。それは…。ただ、リーファが言っていたことがあった。

 

「グランドクエスト…。」

「ん? 知ってた? そう、グランドクエスト。世界樹を登り妖精王オベイロンに謁見すると翅は翼に変わると言われている。」

 

 飛ぶことが目玉だろうこのゲームには相応しいグランドクエストだ。飛ぶ喜びを与えておきながら能力を制限する。それを解除する方法があるならば。それを手にしようと思わない人などいるだろうか。ただSAOのように分かりやすいゲームクリアではないため、この世界から抜けると言うセツナにとって重要なことに繋がるかは疑問が残った。それでも他に手掛かりなどない。SAOの地下のようにコンソールが隠されているならば別だが、どちらにしてもユイのような存在がいなくては使うことはできない。結局それがたった1つの手掛かりなのだ。

 

「…世界樹の上には何があるのかしら。」

「さてね。オープンして1年も経つのに未だにクリアできないんだ。誰も知らないヨ。」

「…それは奇妙ね。」

「キミもそう思う?」

 

 セツナは強く頷いた。ALOが1年も前から稼働していると言うことにも驚いたが1年もゲームがクリアされないと言うことに違和感を抱く。…勿論、SAOのクリアには2年かかっているが。

 

「ただのクエスト見落しや条件の未履行なら良いけど。」

「そうだネ。だからボクも動くことにしたんだ。」

 

 その言葉にセツナは思わず身を乗り出した。

 

「! それ、私も協力させてもらえないかしら!」

 

 1年もクリアされていないものを1人でクリアするなど半ば無謀だ。誰かに乗っかってしまえるならばそれが一番いい。するとアリシャはニヤリと笑った。

 

「その為にキミに声をかけたんだ。…勿論、莫大なお金もかかるからねー。時間はかかるケド。」

 

 アリシャはここの、ケットシーの領主だと言った。ならばその実力も恐らくトップクラスなのだろう。それについて時間がかかるならば致し方ない。セツナは真っ直ぐにアリシャの目を見ると再び強く頷いた。

 

「構わないわ。…私はゲームをクリアしなきゃいけないの。」

 

 ピンと張った声が空間に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 フリーリアを背にセツナは再び歩き出した。目的を果たすために。それは当然さっきまで話をしていた彼女との共通ミッション。アリシャが自分に声をかけたのは、グランドクエストの達成条件にあったと言う。翼が与えられる…アルフと言う高位の種族に生まれ変われるらしいのは一番初めに謁見した種族だけだと言う。しかし、もし他種族間の協力が必要ならば…それは達成不可能になるだろう。そのため領地に縛られていない、種族にこだわりのないプレイヤーで腕のたつ者を探していたようだ。セツナとしても滞空制限とやらがなくなるのは魅力的だが、最優先はゲームクリアであったためそれはのんだ。それにあまりにもあっけらかんと明け透けに言うものだから毒気も抜かれた。ただ、まだ準備には時間がかかると言う。その間セツナのすることは先に央都アルンに向かい情報収集と言うことに落ち着いた。

 そしてまた、プーカ領を目指してから、アルンへ向かうことにしたわけだ。フレンドリストに1人の名前。

 

「…リーファとフレになるの忘れたな。」

 

 情報は大切だ。そのためには知り合いも。ソロプレイヤーとして長く生きていてもそれは痛感するばかりだった。仮想現実では随分とスムーズに知り合いを作れるようになったと言うのにどこか抜けている。

 

「ま、いいか。」

 

 なんとなく、なんの確証もなくまた会える気がし、ウィンドウを閉じる。背に開く翅が輝きを持っていることを確認した。

 

「どこまで飛べるかなー…。」

 

 プーカ領はここより北北東に位置する。自分本来の領地。そこではようやくアンチクリミナルコードが有効になる。

 まだ見ぬ領地に思いを馳せセツナは地を蹴り飛ばした。

 

 

 

 




今回短いのですがきりがいいのでここで。
更新が滞ってるのはドラクエのせいではありません…念のため。
むしろ封すら開けてない…


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5話*微かな光

 

 それを見つけたのは偶然だった。

 

 目が覚めた時、そこは病院だった。沢山の役人に詰め寄られたことも記憶に新しい。現実に帰ってきた。その事実に喜びながらも、ただ1つの事実だけは受け入れられずにいた。

 ひたすらに手懸かりを探した。何でもいい。それを裏切るものさえあれば。

 そして見つけたのは1つの噂話。それと、意外な人物からの連絡だった。

 

 

 

 

 

 

 東京、御徒町。それは上野駅からアメ横を通り喧騒の中を歩くとあっという間に着く駅だ。下町の味な雰囲気の漂うその場所に指定された店はあった。

 ちょっと飯でも食わないか…と連絡があったのは決して二人で会うような間柄の人物ではなかった。横浜で上野東京ラインに乗り換え、敢えて山手線ではなく上野から徒歩で向かった。それは気持ちの整理…と言うことも含めてだ。

 風間弘貴(ディアベル)はSAOがクリアされた日からその関係者に会うのは初めてだった。いかにあの場所で親しくしていたとしても、現実(リアル)でのことは何も知らない。そして自分にとっても、多くの人にとってもあれは傷痕には違いないのだ。だから()から連絡が来た時は正直戸惑った。ただし、()はおそらく弘貴の探している答えに最も近い人物だと言えるだろう。目が覚めてから1ヶ月以上の時が過ぎ、体は元の通り…とはいかずとも、日常生活には支障がない程度には動くようになっていた。学校は弘貴の処遇をどうするかまだ決めかねており、復学の目処もたっていない。時間をもて余してもいた。

 答えを知りたいと言う気持ちと時間の自由さが彼をここに導いた。

 

 "Dicey cafe"

 

 路地を裏に入ると名前の通りサイコロがモチーフの看板が姿を現した。キィと音をたて、扉の奥へ進むと中は閑散としており客は1人も見当たらない。その変わりに浅黒い肌の巨漢がバーカウンターの奥で迎えてくれた。

 

「いらっしゃい」

 

 その太く響くような声は聞き覚えがあった。そしてその姿も当然に見覚えがあった。

 

「…あんた…エギルか。」

 

 特徴的な容姿だったためすぐに分かった。あの世界でも猥雑な町で店を開いていた、それでいて攻略組の一角を担った壁戦士(タンク)。特に親しいと言うわけではなかったが、店はよく利用させてもらっていたし、自分が一時行動を共にしていた少女は親密だったはずだ。そして、自分をここに呼んだ人物も。

 

「ご名答! オフでは初めましてだな、ディアベル。」

 

 エギルはグラスを磨きながら人懐っこい笑みを浮かべた。ディアベル、そう呼ばれて弘貴は知らずと封印していた記憶が呼び覚まされるのを感じる。

 

「…弘貴だ。」

 

 ただ、まだそれを受け入れられるようになっているかと言えばそれは別の話だ。あの頃の名前を現実では呼ばれるのには抵抗があった。そんな弘貴の様子を察したのかエギルはジェスチャーで返事をし、カウンターの席を勧めた。

 

「…キリトさんはまだか。」

「見ての通りだな。まぁ、一杯どうだ?」

 

 促されるままに席に着くとエギルはすっとグラスを差し出してきた。色からしてハイボール…まだ昼だと言うのに。しかし素面で話ができるか不安もあったため一気にそれを飲み干そうとした。

 

「…っ! ジンジャーエールか!?」

 

 それは期待を裏切る味で、おまけに予想していたよりも炭酸がキツく噎せそうになる。目の前では男が人の悪い笑み。

 

「ははっグラスで雰囲気出るだろ。お前さんいくつになった?」

「…22だよ。」

「む。本物でも良かったか。」

 

 それは失敬と豪快に笑った。あまり若く見られることはないが確かに微妙な年齢か。そんなやり取りをしているとキィッと木の軋む音が聞こえた。ドアの方に顔を向けるとそこには中性的な容姿をした線の細い少年がいた。あの頃よりやや幼く見えるが、それはイメージや装いのせいかもしれない。黒い髪に黒い瞳、ご丁寧に服まで黒い。その人物を見間違えることはない。

 

「よぉ、あんたの方が先だったか。」

 

 自分を呼び出した張本人、ゲームクリアの立役者、黒の剣士、ビーター…形容するものならいくらでもある。キリトだった。キリトはエギルに軽く挨拶をするとそのまま慣れた様子でカウンターに腰を下ろした。

 

「急に呼び出してすまなかったな。」

 

 悪びれずにそう言いながら、エギルに飲み物を頼む。ごく普通に彼と並んで腰を下ろしていると妙な気分になる。

 

「いや…。」

「隠すなよ。みんなあの世界に折り合いがついていないだろうと思って連絡は控えてたんだが、あんたには知らせておきたいことがあってさ。」

 

 彼の言うとおりだった。ただ、疑問は浮かぶ。

 

「…なんで連絡先を?」

 

 すると彼はさも当然かの様に答えた。

 

「また会ってみたいと思ったヤツは思い付く限り役人に聞いたんだよ。」

 

 その手があったかと思い至らなかった自分にがっかりした。勿論、ネットですらゲームクリアをして解放をしたのは黒の剣士と言うのは有名だ。対策室の役人たちが知らないわけはない。彼にはトクベツに許された可能性だってある。

 

「…また会いたいメンバーに入れてもらったのは光栄だけど何故?」

「…セツナのことだ。」

 

 心臓が大きく跳ね上がるのを感じた。それは今日ここに来た一番の目的だ。ゲームクリアの日、目の前でHP全損させた少女。ベータテストの頃から憧れ、随分と年下にも関わらずいつの間にか思慕の情を抱くまでに至った。彼女がこの世界にいないことなど信じられずにとにかく噂の欠片でもと拾い集めた。キリトは役人に連絡先を聞いたと言った。ならば当然にそのメンバーにはセツナは含まれているはずだ。

 

「セツナは…セツナは生きているのか?」

 

 この世界に戻ってきてから一番に知りたかったこと。頷くことで答えられたことに全身の力が抜けた。

 

「そうか…良かった…。」

 

 しかしその割りにはキリトの表情は硬い。店に姿を現した時とは大違いだ。

 

「ディアベル…。」

 

 真っ直ぐに見られ、名前を訂正することすら出来なかった。キリトはカウンターに視線を落としながらゆっくりと口を開いた。

 

「ただ、目を覚ましてはいないんだ…。」

 

 それは、殴られたような衝撃だった。生きてはいる、ただし目を覚ましていない。それはどういうことなのだろうか。何を聞いていいのか分からない。しかし1つの答えを弘貴は持っていた。それは見付けた噂話だった。

 

「まさか…まだ囚われているのか…。」

 

「「!」」

 

 弘貴の言葉に二人は大きく反応した。彼らも何かしらの情報を持っている。

 

「…なんでそう思う。」

 

 強張った表情で尋ねるキリトに弘貴もゆっくりと口を開く。

 

「…確証はない。ただ、噂を聞いた。とあるゲームで白髪、赤目の恐ろしく強いプレイヤーがいると。」

 

 そんなプレイヤーは正直どこにでもいる。アバターは作れる。2次元カラーとしては珍しいものではない。ただし、恐ろしく強い…それはどうしても彼女を連想せずにはいられなかった。そしてそれはキリトも同じようで大きく反応を見せた。彼の口から出たのは予想だにしないものだったが。

 

「それは、ALO(アルブヘイム・オンライン)と言うやつか?」

「! 知っているのか?」

 

 キリトは答えずにエギルに視線を移した。するとエギルは頷き、タブレットを取り出す。そこにはかなり不鮮明な画像が表示されていた。かくかくと大昔のゲームもビックリなドット表示。解像度はどうなっているのか。それでも、その画像には目を奪われた。

 

「…これはアスナくん?」

「お前もそう思うか?」

 

 と言うことは少なくともエギルもキリトもそう思っていると言うことだ。栗色の髪に榛色の瞳。これだけ粗くともその美しさは損なわれてはいない。アインクラッド一の美少女と言っても過言ではない少女を見間違うことはない。

 

「…実は、あの世界から帰ってきてないのはセツナだけじゃない。全部で300人程いるらしい。」

 

 そして続けられたキリトの言葉に弘貴は息を飲んだ。茅場晶彦はゲームクリアをすれば全てのプレイヤーを現実に還すと言った。そして実際自分も目の前の二人も帰ってきている。

 

「この画像が撮影されたのはALO。…SAOの開発をした《アーガス》が解散した後に管理を委託された《レクト・プログレス》が開発したゲームらしい。」

 

 それを聞いてしまっては単なる偶然だとは思えなかった。アスナと思わしき少女の画像に、セツナと思わしきプレイヤーの噂。

 

「二次的な被害が起きている可能性があると言うことだな。」

 

 それは犯罪だ。SAO事件も犯罪であり、自分達は被害者だった。ならばこれが犯罪じゃなくてなんになると言うのだ。警察に…と言いかけるとキリトは頭を振った。

 

「…ただ、確証がない。でもディアベル、やっぱりあんたに会って良かったよ。セツナがいる可能性があるならやっぱり俺は行って確かめる。」

 

 その目は揺るぐことのない想いを秘めていた。キリトもおそらくは自分と同じように目が覚めてからずっと思い悩んでいたのだろう。それは自分以上かもしれない。行動を共にし、自分のために命を散らした少女。命があったと安心したらその意識は戻ってこない。なにか自分に出来ることがあれば良いが、ただ待つことしか出来ない。その辛さは計り知れない。

 

「キリトさん…。」

「セツナがそこにいるかも、って考えはしたけどその噂は知らなかったんだ。だけど動く決心がついたよ。」

 

 ありがとな、とあの頃のような表情(かお)で言うキリト。現実世界に戻ってきていてもきっと彼はまだ囚われたままなのだ。彼女が囚われている限りは。それは自分も同じなのかも知れない。弘貴は自重気味に笑った。

 

「…俺も行く。」

 

 探し求めて見付けたたった1つの手懸かり。願ったものに繋がっているかは分からないが他には何もない。ならばそれにかけてみるしかない。自分の目で確かめる。その噂のプレイヤーが彼女なのかどうか。

 

 

 

 




ディアベルさんこんにちは。
番外編を読んでない方にご案内致しますがうちでのディアベルさんの本名は風間弘貴(かざまひろき)です。
ようやく話が動きそうです。


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6話*偶然の確率①

 

 

 イレギュラー過ぎる。

 

 エギルの店でディアベル…本名、風間 弘貴と会って、ALOに二人でセツナをはじめ、現実に帰還出来てないプレイヤーの情報を集めに行こうと思った矢先だ。…リアルでも憎たらしいぐらいにイケメンだった。やや長髪だった青い髪は上品なアッシュブラウンで、タレントかと思うような絶妙な長さに切られていた。…イメージカラーからディアベルはウンディーネ、キリトはスプリガンでログインすることに決めた。幸い、スタート地点も隣のようだったし。夕飯を食べて、ナーヴギアにソフトを差し込んだ。そこまでは良かった。

 しかし何故かログインした場所は妙な森の中だった。状況が分からないおまけにアイツとの待ち合わせ場所にもいけない。頼りになるのは肩の上にいる存在だけだ。

 

「…おそらく、位置情報が破損したか回線が混線したんでしょうね。ここはシルフ領の側の森のようです。」

 

 ライトマゼンダのふわりとなびく服をまとい、手のひらサイズまで小さくなった(ユイ)はそう言った。

 

 

 御徒町から帰り、キリトはまず初めにユイに話をした。ユイにとっては大切な()()()()()()であるセツナ。そしてユイの命はセツナによって助けられた、残されたと言っても過言ではない。そのためセツナの意識は戻っていなくとも、命が失われていないことを知った際にはとても喜んだ。だから今回も話をすると

『私も行きます!!』

 と言って譲らなかった。ALOにセーブデータを持たないし、互換性も分からないためそうして連れていける確証はなかったが、展開したプログラムをナーブギアのローカルメモリヘ収めたところ狙いは当たった。ユイが解析したところによると、ALOサーバーはSAOのシステムを流用しているという。そのため難なくユイもALOに入り込めたと言うわけだ。…予定外なのは自分のSAOデータまでもほぼ再現されたことだが。初期装備に恐ろしく強いデータ。特典ディスクでも使って最強データを呼び出した気分だ。"キリト最強、アイテム全部(コンプリート)"なんて笑えない。これじゃただのチーターだ。まぁアイテムデータは破損してしまっているが。

 

「どうすっかなぁ…約束は守れそうにないな。」

「仕方ありません。現実に戻ったら謝りましょう。私の警告モードでも距離が遠すぎて連絡はとれそうもありません。」

 

 キリトが同行予定者を思いやるも、ユイに一蹴される。ユイにとっては会ったこともない人よりもセツナが最優先なのだろう。残念ながらユイの言うとおりにするしかなさそうだ。logoutボタンは確認できたものの、こんなフィールドではどうしようもない。せめてどこかの街に着いてから脱出しなければ。ドライな人間が傍にいると判断が早くて助かる。誰に似たんだか。

 

「取り敢えず情報収集も含めてせめてどこかの街にいかないとな。」

「ここから一番近いのはシルフ領のスイルベーンと言う街みたいですね。」

 

 そう言われ、向かおうとした時に大切なことを思い出した。

 

「…そう言えば飛べるんだっけ?」

 

 目の前にはふわふわと浮かぶユイ。背中には半透明な翅が生えている。

 

「そうですね。補助コントローラーが左手にあるみたいです。」

 

 そう言って自由に飛び回るユイは当然コントローラーなんて使っていない。プレイヤーではないため比較するのが間違っているのだが、それは羨ましい。

 取り敢えずキリトは背中に翅を開くと言われるがままに左手をたて、補助コントローラーとやらを握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー最近こんなことばっかりだな…

 

 パーティメンバーと狩りをして、シグルドたち3人とははぐれた。残っているのは自分とリアルでも友人のレコンだけだ。サラマンダーたちの好戦的な姿勢は日に日に強くなっているように思う。クエストの帰り道に襲撃されるなんて最悪だ。3人も無事ではないだろう。絶えず追撃してくる火球にもう逃げられないと踏み、リーファはその魔法が飛んでくる方向へ向き直った。

 

「レコン、戦闘準備!!」

「えぇ!!」

 

 急に動きを止めたリーファにレコンは慌てる。そもそも同じくして始めたにも関わらず生来の運動神経のせいかレコンは戦闘が得意ではない…特に空中戦闘(エアレイド)は。

 1ヶ月ぐらい前にこんな目に遭ったときは妙な闖入者のおかげでなんなく切り抜けられた。紙っぺらのような初期装備で、屈強なサラマンダーの戦士3人をあっという間に屠ってみせた。彼女がまた来てくれればな…なんて一瞬現実逃避をしながらリーファはしっかりと剣を握り直した。今はレコンと二人でなんとか切り抜けねばならない現実は変わらない。

 

「1人ぐらい倒してよねっ!」

「リーファちゃん!!」

 

 それだけ彼に投げかけると赤い鎧の追撃者に向かっていった。レコンから悲痛な声が聞こえたけど知るもんか。みんな同じ格好。モブみたい。そんなプレイヤーには意地でも負けたくなかった。

 

「てやぁぁぁっ!!」

 

 現実では全国8位まで上り詰めた剣道の腕。それはこの世界でも顕在だ。上段から勢いよく剣を振り下ろす。リーファにとったらその辺のプレイヤーの剣技など遊びに等しい。的も同然だ。AIのモンスターは倒せているのかもしれないが彼女にすれば隙だらけで剣の振るい方も甘い。

 斬りかかってくるリーファに戦士タイプのプレイヤーは対処できずにHPを減らしていく。これなら人数差はあるがなんとか切り抜けられそうだ。レコンもなんとか一人を相手に奮闘してくれている。…後の問題は遠くに控えているだろう魔法使いタイプだが。なんとか1人、また1人と残り火(リメインライト)へ変えていく。

 

ーこれならいける!

 

 思った通りそんなに強くない。多勢に無勢と言うハンデさえなければ。

 後ろを振り返ればレコンも善戦しておりどうにか1人を倒そうとしていた。戦闘では良いとこなしが多いレコンだが頑張ってくれたようだ。しかし相手は1人ではない。遠方から飛んできた魔法に虚を突かれ、動きが止まった。

 

「バカ! レコン! 止まるな!!」

 

 そう動作をすぐに再開し、避けられるほど彼は器用ではない。未だに補助コントローラーなしでは飛べないぐらいなのだ。

 

「わっわわわっ!!!」

 

「レコン!!」

 

 魔法が直撃した彼に気を取られ、自分も隙だらけになってしまっていたことにリーファは気付いていなかった。当然そんな彼女を相手が放って置くわけはなく、すかさず火球が襲いかかってくる。…しまった! は時すでに遅し。魔法の直撃をくらいリーファはバランスを崩してそのまま落下した。

 

 

 ガサガサッと音を立てて木のクッションに衝撃を緩和されながら落ちる。翅の輝きも淡くなり、もうそう長くは飛べそうにもない。HPも減り、空中戦闘もそう長くはできず、おまけに一対多数。形勢は一気に悪くなったため再び逃げ切ることを考えなくてはならない。

 小声で、でも確かにシステムに認識されるように隠行魔法を唱えた。

 

Pik(シック) sér(シャール) óvíss(オービス) grœnn(グロン) lopt(ロプト)

 

 淡い緑のカーテンのようなものに包まれ、これで彼らの視界には映らなくなった筈だ。高位の索敵スキルか魔法に看破されない限りは。

 抜き足差し足。これでなんとかやり過ごせれば良いのだけれど。

 しかしそんな願いは空しく、目の前には蜥蜴の様なサーチャーが飛んできて、緑の膜に触れた。炎属性の看破魔法のそれは一気に燃え上がり、忌々しいことに相手プレイヤーに場所を教える。

 

「いたぞ!!」

 

 そんな言葉を背に聞き、仕方がないので一気に走った。残念ながら努力の甲斐はなく、まだまだ飛行の出来る相手に呆気なく退路を塞がれてしまった。

 サラマンダー3人。飛べさえすれば問題はなかったかもしれない。翅が回復しきってないためあまり飛べない。機動力で劣ってはいくら剣技で優っても分が悪い。

 それでも諦めて投降…なんて言うのはリーファの辞書にはなかった。再びしっかりと愛剣を握りしめ、上段に構えた。

 

「…1人は必ず道連れにする…! デスペナルティの惜しくない人からかかってきなさい!!」

「…気の強い子だ。」

 

 リーファの口上にリーダー格のプレイヤーが肩を竦める。それを合図に3人はふわりと間を開き、三者同様のランスを各々構えた。

 絶対に諦めない。リーファは強い視線を3人に向けると攻撃の間合いを見計らった。現実ならたらりと冷や汗が流れそうな緊張感にギリッと奥歯を噛み締める。

 

「う、わぁぁぁあっつ!!!」

 

 そんな中、緊張感のない叫び声と共に、自分と同じように木をクッションに物体が落下してきた。思わず目の前の敵を忘れ、その方を向く。あちら側も呆気にとられ、盛大な音を立てて落ちてきたプレイヤーに釘付けになっていた。

 ツンツンと逆立った髪にやや浅黒い肌。落下したわりにはまだ輝きを失っていない翅はクリアグレー。影妖精族(スプリガン)の少年だった。スプリガンの領地は東に位置する筈なのでこんな南西の中立地帯に姿を見せるのは珍しい。しかも少年の装いは簡素な剣に金属色の欠片もない衣服。初期装備のソレだった。

 なんだか既視感のある展開だったが、そう都合の良いことは2度は起こらないだろうと、リーファは気を引き締め直した。

 

「いててて…着地がミソだな。」

 

 少年は呑気に体を起こしのんびりと起き上がる。戦闘域に紛れ込んだことを理解していないのだろうか。

 

「なっなにやってるの!? 早く逃げて!!」

 

 形勢不利な自分は棚上げ。自分の後…もしくは先かもしれない、初心者の彼が狩られる場を見るのは忍びなくリーファは少年に叫びかけた。しかし本人は至ってマイペースに肩を捻った。

 

「…重戦士3人で女の子1人を襲うのはちょっとカッコ悪いなぁ。」

 

 なんだか聞いたことのあるような台詞にリーファは肩の力が抜けた。あの時の少女も、セツナも初期装備でそんなことを言ってサラマンダーたちをあっさりと倒してしまった。でも、そんなプレイヤーそうそういるはずはない。それでも少年の纏う雰囲気はどこか彼女と似ていて、なんとかしてしまいそうな期待を抱かせた。

 

「あの人たち、斬っても良いのかな?」

 

 初期装備の貧弱な剣をだらりと垂らし、やる気の素振りすら見せない態度で尋ねる少年にリーファは頷いた。

 

「…あちらは、そのつもりだと思うわ。」

「じゃっ遠慮なく。」

 

 片方の口角だけ上げてニッと笑った。態度だけは立派だが見るからに初心者の彼にサラマンダーのプレイヤーたちは激昂する。

 

「初心者が舐めた口利いてんじゃねぇぞ!! 望み通り狩ってやるよ!!」

 

 そしてサラマンダーは一気に飛びかかってきた。その瞬間、ズバァンッと言う大きな衝撃音と共にそれまでだらだらとしていた少年は消えた。勢いに頬を風が掠める。

 

ーまさか…!!

 

 再び少年の姿を確認できたかと思うと、それは数メートル先。そして、その進路には残り火(リメインライト)があるばかりだった。

 

「次は誰かな?」

 

 リメインライトの先でそう言って不敵に笑う少年に畏怖すら抱く。自分が捕捉すら出来ない動きをするプレイヤーにまた出会うなんて。彼女に出会った時以来の興奮に、リーファは鼓動が高鳴るのを感じた。

 

 

 

 




本編沿い回です。
セツナエッセンスをポトリ。


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7話*偶然の確率②

 

 

 大地を揺るがすような衝撃音。音もなく敵を倒した彼女とは正反対。それでいて、同じ初期装備で二人目もあっさりと倒した彼は一体何者なんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キリトは用意されていた剣を左右に軽く振った。初期装備だから当たり前なのだが軽い。妙なところにログインしたら、丁度傍にはプレイヤー反応。少しの手掛かりを頼りに来ては見たものの、そこは戦闘中だった。重戦士3人が女の子を襲っているなんて場面、一緒に女の子をいたぶるなんて選択肢はなく、飛び出しては見たものの本当に正解だったのかは分からない。

 残りは後1人。リーダー格と思われるそのプレイヤーを見上げると冷や汗が見えるようだった。

 

「どうする? あんたもやる?」

 

 戦闘意思が見えないそいつに発破をかけてみるも、彼は首を横に振った。

 

「やめておくよ。もうすぐ魔法スキルが900なんだ。死亡罰則(デスペナ)が惜しい。」

「正直な人だな。」

 

 キリトとしてはどっちでも良かった。倒すのも逃がすのもさほど問題ではない。ただし本来、襲われていた少女の敵だ。彼女がどう思っているかは確認しなければならなかった。

 

「なぁ、あぁ言ってるけど、お姉さん的にはどうかな? 戦うって言うなら止めないけど。」

 

 視線を赤い鎧の男から金髪の少女に移すと、少女は握っていた剣をチンッと腰脇に納めると両手を挙げ、(かぶり)を振った。

 

「私も良いわ。今度はきちんと勝つわよ、サラマンダーさん。」

 

 そう、少女が言うと男は弱気な発言をもらした。

 

「君とも一対一では遠慮したいね。」

 

 そして赤い燐粉を撒き散らして遠くの空へと消えていった。相手の強さを認められるぐらいには、しっかりとした状況判断が出来るぐらいには強いのだろう。だからこそリーダーを任されているに違いない。

 姿が消えるまで男を見送っていると少女はじとりとこちらを睨み付けていた。キリトとしてはただ助けただけなのだがそうはとられなかったらしい。彼女にとっては第2ラウンド開始! と言った様相だ。

 

「で、私はどうすれば良いの? 逃げれば良いの?」

 

 その気になれば剣などいつでも抜けると言った姿勢の少女にキリトは首を捻った。

 

「俺としては涙ながらに抱き着いてくる…的なのを想像してたんだけど…。」

「はぁっ!?」

 

 こちらとしてはただ助けに入っただけだ。冗談めかしてそんなことを言えば少女はすっとんきょうな声をあげ、ますます眉間のシワを深めた。

 

「正義の騎士がお姫さまを助けた的な…?」

 

 調子にのってペラペラと余計なことまで続ける。今の自分にはお目付け役がいたことをキリトはすっかりと忘れていた。胸のポケットに隠しておいた存在がピョコリと出て来て鼻を殴った。

 

「ダメです!! 何言ってるんですか! お姉ちゃんに言い付けますよ!!」

「うわっ! バカ、出てくるな!!」

 

 そんなキリトと突然現れた小さな存在に少女は目を丸くする。あまりの情報量に処理が追い付かない、と言った様子だ。そんな彼女に気付かず、キリトは必死にユイをポケットに押し戻した。キリトとしては小さな妖精がどんな存在か計りかねていた為、隠しておきたかったのだがそんなに彼女は大人しくはなかった。…本当に誰に似たのか。

 しかしそんな心配はどうやら必要なかったようで、目の前の少女は概ね好意的にユイを解釈したようだった。

 

「それって…プライベートピクシーってやつ?」

「そっ…そうそう!!」

 

 何を言っているのかキリトにはよく分からなかったが、これにのらない手はない。只でさえ自分が不自然な存在だと言うことは重々理解している。

 少女は興味津々にまじまじとユイを見つめる。

 

「へぇー! プレオープンのキャンペーンで配布されたって聞いてたけど初めて見たよ。」

「はは…俺、くじ運良いんだ。」

 

 それは嘘ではない。でなければSAOのベータテスターになどなっていない。相当な確率の筈だ。

 

「にしては…初期装備なのね。」

「いや、それは…アカウントだけ作ってずっと他のゲームやってたんだ。」

 

 少女の指摘に我ながら苦しい言い訳をする。それでも少女はにっこりと笑うと完全に警戒心を解いたようで右手を差し出した。

 

「まぁ、ありがとう。私はリーファ。」

「キリトだ。」

 

 差し出された手をキリトが軽く握り返すと、リーファはくすくすと声をあげて笑い出した。特におかしいことはしていない筈だと、戸惑いを見せると彼女はゴメンゴメンと軽快に謝罪を口先にだけ出すと、言葉を続けた。

 

「いや、なんか前も似たようなことがあったからおかしくなっちゃって。」

 

 似たようなこと…と言うのはさっきの戦闘だろうか。いくら死んでも良いゲームとは言え、あの世界を経験したものとして、PKには抵抗がある。

 

「あぁいった集団PKって頻繁にあるのか?」

「まぁ、シルフとサラマンダーは仲悪いからね。それもあるけど、君みたいに初心者なのにすっごい強い人がいて、前も助けてもらったことがあったから。」

 

 しかしリーファの答えは違った。すごい偶然だよね。そう言ってリーファはまた笑ったが、キリトとしては見過ごせることではなかった。

 

 初心者なのに強い。そんなことは通常はありえない。ただし、フルダイブ環境下ではちょっと事情が違う。フルダイブでの動作は慣れが必要なため、ダイブ時間が長ければ長いほど適応していき、動作は自然になる。つまりは普通の初心者より明らかに強い…と言う事態が発生してもおかしくはない。勿論、キリト自身はそれに加えて、データが何故かコンバートされていた、と言うこともあるが。SAO生還者(サバイバー)は当然みな一様にダイブ時間が長い。だからそうなる可能性は十分にある。しかしあの世界が終わってからまだ1ヶ月と少し。特別な事情がない限りこの世界にいるとすればそれは酔狂な話だ。だから、それは1つの可能性を示していた。

 

「それって…いつぐらい?」

 

 心臓の音が響いて聞こえるような気がした。仮想(バーチャル)にも関わらず波打っているようだ。声は震えてはいなかっただろうか。

 リーファは特に気にした風はなく指を顎に当てて記憶を掘り返す。

 

「1ヶ月ぐらい前だったかな? どうして?」

 

 1ヶ月。その期間はただの偶然なのだろうか。

 

「実は俺…ここへは人を探しに来たんだ。」

 

 その言葉はどうしても調子を変えずには続けることはできなかった。キリトの最大の目的。ただし頼りはただの噂話。それにすがらなくてはならないほどに他に望みの手懸かりはない。

 

「ふぅん。結構いるわよね。リアルで連絡がとれなくてって人。」

 

 キリトの思い詰めたような様子はどうやら伝わらなくて済んだようだ。リーファはそれにただ納得したようで、続きを話してくれた。

 

「キリトくんが探してる人か分からないけど、私が出会ったのはプーカの少女だったわ。自分で初心者って言ってたから1ヶ月前に初めたのは間違いないわね。でも、いきなりの空中戦闘(エアレイド)でサラマンダーを蹴散らしちゃうんだから…キリトくんより強かったかも。」

「…その人の名前は分かるか?」

「忘れるはずもないよ。もう一度会いたいぐらいだもん。今何してるかなー…"セツナ"。」

 

 "セツナ"。

 

 珍しい名前ではない。それでもその響きが持つものはキリトにとっては特別だ。

 

「セツナ…間違いない…のか?」

「え、ええ。」

 

 期待せずにはいられない。声が震えるのを抑えることは出来なかった。

 

「その人の容姿は…?」

「ALOはアバターは基本ランダムだけど…真っ白の髪に真っ赤な目だったと思うよ。」

 

 それを聞いてキリトはすぐに声を出すことは出来なかった。何と言う偶然なのか。肩の上でユイも驚愕の声を上げている。

 

「え…まさか…?」

 

 リーファが戸惑うのは無理もない。偶然にしては出来すぎている。神の御心のままに導かれたとでも言う様だ。

 

「セツナは!! いまどこにいるんだ!?」

 

 思わず大きな声をあげて両手でリーファの肩を揺らす。おにいちゃん落ち着いてください、と目の前でユイが制止するのも構わずに。そんなキリトの変化に目を見張った。

 

「…知らない。フレになる間もなくどっかへ行っちゃったんだもの。」

 

 ふるふると首を横に振られて、彼女に非はないにしても落胆することを隠せはしなかった。

 

「…そうか。ごめんな、取り乱して。」

 

 頭に上った血が一気に冷めていくような感覚を覚える。しかしよくよく思えば出来すぎだ。たまたま変なところにログインしたら、そこで会ったプレイヤーがまさかセツナの情報を持っているのだから。

 

「ホントにいるんだな…。」

 

 キリトは小さくつぶやく。その可能性だけで十分だった。またこんな世界に来てしまったけれども、目的を果たせるのであれば本望だ。へなへなと座り込めば。ユイも涙を浮かべて覗き込んできた。

 

「おにいちゃん! 安心するのは見付けてからですよ!」

「説得力ないよ。」

 

 ツンツンとつついてやればユイはくすぐったそうに身動ぎした。まだこの世界の事は分かっていなくても、いるかどうか分からない人を探すよりも、その人である可能性が高い人を探す方が幾分か楽だ。

 

「セツナって、キリトくんの彼女?」

 

 キリトの反応にリーファはそう解釈した様だ。

 

「あ、でも会えないってことは元カノ?」

 

 (たらい)が落とされたような衝撃も忘れずに付け加えられたが。

 それは関係を表す1つの答えに違いなかった。確かに思いを通わせて、システム的に結婚までした存在。分かりやすく表現するなら"恋人"だろう。ただし何となく今の自分たちの関係にはそぐわないようにも思えた。

 

「…戦友だよ。…かけがえのない。」

 

 恋人になるのは現実で出会ってからでいい。あの世界を一緒に生きた、最上級の存在を表すのはそんな言葉の方が相応しい。

 

「ありがとう、リーファ。俺、この世界に来てみて良かったよ。」

 

 思わぬ偶然に感謝する。ただあまりのことに自分の反応を思い出し恥ずかしくなった。すくッと立ち上がりキリトは翅を開いた。

 

「それは良いけど…あなた行く宛あるの?」

「それは…」

「それにいつまでも初期装備ってままにもいかないでしょ。」

「うぐっ…」

 

 颯爽と去ろうとするもそれはリーファに突っ込まれることになる。セツナがいるかもしれない。それ以外は未解決のままだ。

 言葉につまるとリーファは肩から息を吐いた。

 

「良ければ助けてくれたお礼に少し案内するよ。私の知ってるセツナが向かった方向も含めてね。」

 

 呆れたような仕草をとるのに楽しそうな表情を浮かべているのは気のせいか。何れにしても恥ずかしいところを見せてしまった彼女にまだ頼らなければならないのは間違いなかった。

 

 

 




ユイが空気…
昔こんなタイトルの歌があったなと思ったのは①を投稿した後。
全ては私のご都合主義のままに。


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8話*拡がりゆく世界

 

 戦友。その言葉を口にしたとき、彼の表情は一変した。おそらく無意識だったには違いないのだろうけど。

 それまではやんちゃな表情を見せ、現実(リアル)でも同じぐらいの年かと思わせた少年だったが、その時の表情は何かとてつもないことを経験してきたかのような、悟るような表情だった。それは、あの時の別れ際に見せた彼女の表情とよく似ていた。

 

 

 

 

 ちょっと強引だったかな…とリーファは反省した。

 セツナに抱いたようにキリトとももう少し話していたいと、そんな思いから彼女を誘ったようにキリトも誘った。キリトはそうは言わなかったがおそらくは恋人なのだろう。そう思うと少し心に靄がかかったような気持ちになったが会ったばかりの人に特別な感情を抱くはずはないと1人首を振る。きっと戦闘時の緊張感のままに勘違いしているだけだ。いわゆる吊り橋効果ってやつだと自分を納得させた。

 プライベートピクシーを連れた謎の初心者プレイヤーはあっという間に随意飛行をマスターすると、気持ち良さそうにリーファの飛行に付いてくる。レコンなんていくら教えても出来るようにならないのに。おまけにリーファはスピードホリックと言われるぐらいに高速で飛ぶ。今まで自分についてこれるプレイヤーなんていなかったのに本当に変な人だ。

 私はもうダメですぅ…と表情豊かにプライベートピクシーのユイはキリトの胸ポケットに潜り込む。プライベートピクシーなんて初めての見たがこんなに表情豊かなものなのだろうか。純粋なナビゲーションピクシーはもっと画一的な答えしか返さないし、通常のNPCだってこんなに自我のようなものは感じない。違和感のないようにうまく調整はされているが、こんな風に感情を表したりはしない。

 

ー変なの

 

 彼らに会ってから何度思ったか。それもこの短時間のうちに。変以外になんと表せばいいか。大体初心者の癖にどうしたら2つの領地を越えた森に出ると言うのだ。道に迷ったと言うレベルではない。…彼はそう言い張ったけれど。そう言えば彼女と出会ったのも近い場所だった。何か妙な因縁を感じる。

 キリトの探している少女は今頃何をしているだろうか。現実の生活もあるためオンラインゲームに自分のように時間を費やしてるとは限らない。1ヶ月がたった今、またログインしているかはリーファには分からなかったが、ゲームクリアについて聞いた彼女ならきっと続けているだろう。

 視界の先、世界の中央に聳える世界樹。そこに行けばきっと答えは見付かる。親しい間柄ではないが彼女ならそうするに決まっている。なぜかそう確信できた。それは彼女に対する憧れか、それはグランドクエストに対する憧れか。闇夜にもかかわらず美しく輝きを保っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―こんな景色…どこかで見たのは気のせいだろうか。

 

 遊牧民のようなテントを張った領地を持つ音楽妖精族(プーカ)。何故かその種族に変換(コンバート)されたセツナは、種族の特徴である歌スキルと魔法スキルを修得すべく、この世界に来て暫くは領地を拠点にスキル熟練度を上げてきた。そろそろ頃合いかと領地南東の森から世界樹へ向かおうとした矢先だった。

 

「うぅ…。」

 

 その森は何度マップを抜けようと同じ景色が拡がり続ける、所謂"迷いの森"。

 正直この手のマップは得意ではない。SAOでは35層にこの手のフィールドダンジョンが存在したが、好んで行くことはなかった。そこでしかとれない素材アイテムの価格は高騰していたが迷ってクリスタルを消費するよりは安上がりだった。それに日々のレベリングでお金にはさほど不自由していなかった。

 そんな苦手なダンジョンがゲームが変われば得意になるわけでもなく、やはりどこを抜けていいのか分からない。森は深く、闇に閉ざされており翅は光を灯さない。空から抜け出ることも叶わない。何度同じ場所を通ったかの判別は出てくるモンスターでしていた。…この飛行系モンスター3匹と戦うのは何度目だろう。

 この1ヶ月程の時間…と言ってもどうやらSAOとは違い時間の流れが現実とは異なるようなので実際はどれ程の時間が経っているのかは分からないが、完全にソードスキルを使用しない戦闘に移行するには十分すぎる時間だった。元々そんなにソードスキル依存の戦闘スタイルではなかったためそう苦労することはなかったが。

 分類は大剣だと言う武器を構え、間合いを計る。空中戦闘が出来ないこのマップでは、ALOの生粋プレイヤーなら苦戦するかもしれないが、地上で空からの敵を迎え撃つことはSAOの頃散々行ってきた。

 勢いよく滑空してくる小型のプテラノドンの様な竜の形状をしたモンスター。

 

「グギャァァァア!!」

 

 威嚇するようにつんざくような鳴き声を上げながら飛びかかってくるその速度に集中する。スキルモーションのタイムラグは当然なし。セツナは下段から一気に切り上げた。

 重たい剣に薙ぎ払われ、浮力を保てずにモンスターは墜落する。それを武器の重量のままに叩き潰す。このモンスターを倒すパターンになっていた。

 倒すことはそう難しくない。ただいつまでもぐるぐると同じところを回っている現実に精神が消耗してくる。無駄に貯まっていくユルド。ため息をつきたくなる。闇雲に歩き回っても仕方ないが闇雲に歩き回るしかない。ただ敵が強いとか、ただ暗闇だとかもっと分かりやすいダンジョンなら良かったのに。情報収集って本当に大切なんだなと今更ながら反省する。昔からその悪癖だけは直らない。

 

「あぁっ! もうっ!!」

 

 やり場のない憤りを地団駄を踏むことでぶつけるがそれは何の解決にもならない。取り敢えずリセットしようとその勢いのままごろりと寝転がった。

 仰向けに転んでも空が見えない空間。ずっとこんなところにいたらノイローゼになりそうだ。ただでさえ本物の空なんて随分仰いでいないのに。

 そう言えば1つ簡単な手段を忘れていたことに気がつく。この手のダンジョンは古今東西多くのゲームにあったが攻略法も実に様々で…正しいルートを行かなければスタート地点はかわいいもの。特定の回数同じ方向に進み違うマップを出現させると言った法則が必要なものもある。SAOのものは更に意地が悪かったけれど。そんな様々な攻略法の中で実に簡単で見落としやすい手段を忘れていた。

 セツナはくるりと方向を変えると来た道を戻った。

 そう、一定条件下で元来た道を辿るのも有名な方法だ。これでダメならばもう本当に闇雲に、体力が尽きるまで歩き回るしかない。

 運は良い方だ。SAOのベータテスターに当選し、本当は死んだはずなのに今もこうして生きている。

 広がる景色を見て再度それを確認した。

 今まで見たことのない道筋。そしてその先に微かな光の出口が見える。

 

「――――っ!!」

 

 思わずへなへなとその場に座り込んだ。差し込んでくる光が外からの明かりでなければなんだと言うのだ。剣を地に突き立て体を起こすと、一目散に出口へと走った。

 広がる景色が眩しく、一瞬知覚することが困難になる。突き抜けるような蒼穹(そら)が拡がり、森からの脱出を知らせてくれる。そこは丁度山間で、おあつらえ向きに村があった。

 どこか長閑な世界樹の膝下にある央都アルンに近付いていることを示すような中立の村。そこはプーカ領地からの道筋のためプーカの割合が多いものの様々な種族のプレイヤーがいた。

 色取り取りの人々にセツナは目を奪われた。シルフ領のスイルベーンにはシルフ、ケットシー領のフリーリアにはケットシー。そして当然にプーカ領もプーカ以外の種族はほとんど存在しなかった。それなのにここには他種族のプレイヤーが当たり前のようにいる。中立の村と言ってしまえばそれまでだが、そのことに驚く程にこの1ヶ月でALOに染まっている自分にも驚いた。いくら中立と言ってもこの央都の道以外の場所のそれには結局近隣の種族しかいなかったのだから。

 数時間ぶりの町にまずは宿で体を休めることにする。変わらず1人デスゲーム状態のため、集中力が切れないようにするのは当然のことだ。

 大きな木の枝に秘密基地のようにくくりつけられた小屋のINNマークにそこに決める。SAOではINNは安宿で最低レベルのものに過ぎなかったがところ変われば。翅で飛び上がることも出来たが、そこは雰囲気で斜めにかかった梯子を昇る。木製の小枝を集めて作ったようなそれがまた面白い。キシキシと微かに鳴る音を楽しみながら上がれば、見える景色は一変する。

 山の先に見える世界樹。目を凝らせば葉の隙間に覗く枝が確認できるほどに側に。随分と近付いたことに嬉しくなる。そこに行きさえすれば何か答えが見付かるかもしれない。その希望だけがセツナの支えだ。鋼鉄の城を登ったことを思えばもう少し。

 

「キリト…。」

 

 その時、セツナはこの世界に来て初めてその名前を溢した。

 元の世界に還りたい。SAOに捕らえられた時からずっとその思いはあった。一度、自分の犯した罪から一旦はそれを諦めた。それでも今こうして動いているのは彼の存在があるからだ。

 最後の瞬間、自分の家族に思いを伝えてくれると言った彼。おそらくはそれを果たしてくれているだろう。…それならばきっと現実の自分の姿も目にしているのだろう。動かない、人形のような姿を見てどう思っただろう。自分だったら、キリトのそんな姿を見続けたくはない。

 

「あと少し…。あと少しだよ。」

 

 キリトには謝らなければならないことが沢山ある。それを叶えるためにも生きてあの樹を登らなければならないのだ。

 

「登った先は巨人の世界か、それとも動く城か。」

 

 まだプレイヤーの誰もが知らないその世界。それを見る楽しみも抑えきれない自分もいるが、本来の目的は忘れてはならない。

 

「ただの天空の城が一番良いな…。」

 

 そう呟いた時、協力体制を結んだ彼女からのメッセージがポップした。

 

 

 

 




お待たせ致しました(?)
投稿初めて以来一番滞りました…
やっとこさ書き上げたものの短いですが。
停滞している間も多くの方に読んでいただけて嬉しく思います。
ALO編に入ってからメタ発言増えてますがよろしくお願いします。
無限ループは私がきらいなマップです。…やはりロンダルキア。
今回のマップはアークザラッド2とFF6がモデルですが。


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9話*移ろう憧憬①

 

 

 

 

『キリトさん!!』

 

 交換したばかりの電話番号からの怒りの電話。つんざくような声に和人はスピーカーを耳から少し離した。電話の主はSAO時代の知人、弘貴(ディアベル)だった。怒りの理由はわかっている。約束をすっぽかしたことだろう。

 

「ワリーワリー。ちょっとトラブルがあってさ。」

 

 それは嘘ではない。本来はスプリガンの領地にログインして、隣の領地のウンディーネとしてログインしている筈のディアベルと合流するはずだった。しかし理由はよく分からないが、全く違うシルフ領の側の森にログインしてしまったのだからALO初心者のキリトにはどうしようもなかった。

 

「でもさ、セツナの情報は手に入れたぞ。」

 

 約束をすっぽかしたのもすぐに連絡を入れようとしなかったのも悪いとは思ったが、遊んでばかりいたわけではない。和人のその言葉に電話口の向こうで弘貴が息を飲むのが聞こえた。

 普通に生活してればリア充イケメンのこいつとコミュ障の自分とでは絶対に交わることはなかっただろう。二人に共通することと言えばセツナバカなところだけだ。二人ともSAO(あの世界)に魅せられその中で異彩を放った少女に今も焦がれている。

 

『…やっぱりセツナはALOにいるんだな?』

 

 やや震える弘貴の声。和人は見えないと分かっていても頷いた。

 

「間違いないと思う。特徴から行動からまるでアイツだ。あんなやつが他にもいてたまるか。」

 

 それに偽者ならリーファの言ったような強さはないだろう。

 

「それでさ、知り合ったシルフの女の子が言うにはセツナはゲームクリアを目指してるそうなんだ。」

『女の子…ね。』

「なんだよ。」

『いや、モテるな…と。』

「茶化すなよ。」

 

 何が言いたいのか分からないが、和人としてはあんたには言われたくない! と言ったところだ。SAO時代にファンクラブまであったやつに。あのレベルまで行くと逆に無頓着になるのかと思うほどだ。選びたい放題。選り取り見取り。それでもディアベルはセツナを選んだ。自分が選ばれることはなくとも。簡単に手に入るのはつまらないとか? 同じ人間に惹かれてる身としてはなんとも言い難いが。

 

『すまない。助かるよ、実際。こんなに早く情報が手に入るなんて流石だな。』

「もっと崇め奉ってもいいんだぞ?」

『調子に乗るな。』

 

 あんなにも騎士然としていたのに現実でのこいつはややそっけない。それともあれはセツナ仕様だったのか。

 

「…セツナは世界樹を目指している。俺の位置からじゃ正直あんたと合流するのは難しい。だから央都アルンで落ち合おう。」

『――――…。』

 

 シルフとウンディーネ領の間にはサラマンダー…好戦的な種族。おまけにマップを確認すると山を1つ越えなければならない。大きなタイムロスに繋がると、そう提案した和人だったが弘貴からはすぐには答えは返ってこなかった。

 

『…アスナくんの画像も確か世界樹だったな。』

「あぁ。」

 

 それはALOにダイブしたもう1つの理由であり、セツナもそこいるのではと思わせたもの。小さなため息と共に弘貴の答えは返ってきた。

 

『分かった。最強プレイヤーを二人も助けに行くって変な感じだけどな。』

「違いない。」

 

 リーファとの約束の時間は3時。一先ずあの世界を攻略することに集中できそうだ。ディアベルとてSAO生還者(サバイバー)でしかも元ベータテスター。ダイブ時間の長さでは他のプレイヤーを凌ぐ。おまけに元攻略組でセツナの戦闘を間近で感じていたこともある。1人だろうとちゃんと辿り着くだろう。

 じゃぁ向こう側で。そう言ってどちらともなく電話をきった。

 

ー最強プレイヤーか…

 

 間違いなくその一角を担うのはセツナでありまたはアスナ、そしてキリトになるのだろう。そう思われていた人物はゲームマスターであったのだから。

 彼は…彼は本当に消えたのだろうか。

 命は軽々しく扱うべきではない。確かに彼はそう言った。それでもセツナは生きているかもしれないと言うことが彼もまた…と思わせる。その答えはまだ知らなくても良い。セツナの無事を確かめてからで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キリトをスイルベーンに案内し、ALOのこととグランドクエストのこと、そして知っている限りのセツナのことを話した。…セツナのことでリーファが知っていることは本当に極僅かだったが。そして結局勢いのままキリトを世界樹に連れていくと言ったのは昨日のこと。

 

 少しのワクワク、喜び。そしてライヴに行く前のような高揚。直葉がログインをするのにこんな感情をもったのは初めてのことだった。ゲームを始めて1年。こんなにも新しい気持ちになれるとはMMOは奥が深いと実感する。このゲームを始めたときは少しの憎しみと不安が勝っていた。それも兄が戻ってきたことで全ては払拭された気がする。

 帰って来た血の繋がらない兄に抱いている、認めたくない想いに似た感情が湧き出てることには気づかぬふりをして、直葉はいつもの通りキーワードを口にする。

 

「リンク・スタート!」

 

 その言葉を口にすれば自分は中学三年生の桐ヶ谷直葉からシルフの剣士リーファに姿を変える。ちっぽけな悩みなど気にせずに空を飛ぶことと美しい世界に集中することができる。電子の光に包まれ、目を開けば世界は一変する。

 街全体が淡い緑に包まれるシルフの街。昨日ログアウトしたその場所に舞い戻る。目的地はキリトに案内した宿の下の酒場だ。アルン、央都に案内するならそれなりの備えも必要と少し多目にアイテムを買い込みながら酒場に向かう。いつも出入りしている場所なのにやや緊張して扉を開いた。彼はもうログインしているだろうか。

 扉を開ききるとその先にはシルフの街(スイルベーン)には似つかわしくない黒ずくめの男が既に席に座っていた。初期装備の癖に妙に堂に入っており、まるで何年もこの世界にいるみたいな佇まいだ。

 少年と青年の間のアバターの彼はリーファの姿に気が付くとすぐに立ち上がり、人懐っこい笑顔を浮かべた。

 

「よぉ。」

「…早いわね。」

「いや、今ログインしたばかりさ。」

 

 どこか恋人のようなやりとりをしていることに気恥ずかしさを覚えるも当の少年の方は飄々としている。それもそのはず。彼にはセツナと言う推定恋人がいるのだから。

 

「取り敢えず、ソレ、どうにかしたら?」

 

 さっさと思考を切り替えてしまおうと提案したのはキリトの装備。いくらその状態(初期装備)でも強いと言っても長旅をするのには些か無理がある。

 なんならお金貸すよ、とリーファは付け加えたがキリトは自分のウィンドウを開きユルドを確認すると、1人目を見張った。

 

「いや…大丈夫だ。」

 

 どこか歯切れが悪くそう言った彼だったけれど、お金があるなら尚更。さっさと用事をしに酒場は後にした。

 

 緑色をメインカラーにするシルフの街では黒は目立つ。セツナを連れて歩いた時よりも振り返る人が多い。白髪は緑の光に照らされれば緑に光ったし、青系の装いは類似色相になり得るため馴染むこともできた。しかし黒はそうもいかない。何にも混じることのないその色は強烈に存在を主張する。

 当の本人はアンチクリミナルコードが自分だけ有効ではないのにも関わらず、飄々と、楽しむように街を闊歩する。隣に自分がいなければどうなるか分かったもんじゃないのに…。リーファは小さく息をついた。

 街のショップにはシルフが装備しないようなものも置いてある。つまりはゲームとしてはこう言うことも折り込み済。本来有ってもおかしくはないと言うことである。こんな風に感じるのは1年と言う時間が自分をそう染め上げてしまったからだろう。他者を受け入れない閉鎖的な島国のように。

 勿論、NPCの店員は当然のように客を選びはしないが、少年は些か困らせているようだ。ロングソードを振っては首も振り、もっと重いのと注文をつける。リーファが知る限り値段もヘビーになっていっているけれどお財布は大丈夫なのだろうか。

 

「ねぇ…キリトくん…。」

 

 手にしたのは彼の背丈程もあろうかと言う黒い大剣。重さもさることながら、値段も中々張る。本当に大丈夫なのかと声をかけるも、彼は軽々と振り回すとようやく納得したように代金を払った。

 

「なんか言った?」

 

 背中にそれを吊ると刃先が地面を擦るかと言うサイズ感。似合っていないわけではないのだが、子供がお父さんの物を借りているようでリーファは思わず吹き出した。

 

「ホントにそんなの振れるのぉ?」

「む。問題ない。」

 

 リーファのからかうような声にキリトは少し眉を顰めたが、ある程度満足の主武器を手にし、気分はそう悪く無いようだった。続いての防具品の購入はある程度古参プレイヤーのリーファだって憚るような大人買いっぷり。誂えられた黒基調の装備品たちはスイルベーン最高級のものたちだ。しかし武器は重量級の物を選択しながら、防具はスピード重視。ちぐはぐな印象をうけるれけどそちらが彼の体格を考えれば本来の選択だ。その証拠に出会ったときの彼のスピードはリーファを凌駕するものだった。…轟音のおまけがついていたので確かな筋力パラメータに裏打ちされたものなのかもしれないが。

 

「ホントに変な人…。」

「それは褒め言葉として受け取っておくよ。」

 

 ニカッと自信を覗かせる笑みを浮かべるのだから、きっといつ何時もそういうスタイルなのかもしれない。なんか知り合って間もないけれど彼なら何でもありだと思えてしまうのだから不思議だ。

 次の目的地へと方向転換をして、リーファはこっそりと笑みをこぼした。

 

「そう言えば、減速と着陸の練習はする?」

 

 昨日彼をここに連れてきた時、NPCのプライベートピクシーが耐えられない程のスピードで飛んできた。それについてくるもんだからついつい彼が随意飛行を始めたばかりだと言うことは忘れてしまい、着陸を教えないままスイルベーン中央の塔に激突させてしまった。アルンまで向かうなら飛行の技術は当然不可欠になる。反省を踏まえてそう尋ねるも彼は苦笑いで答えた。

 

「いや、今度は安全運転で行くことにするよ。」

「りょーかい!」

 

 キリトにそう言われてリーファはなんだか少し勝った気になった。誰よりも速く飛べると言うことは意識はしていなかったがリーファの矜持だったようだ。自分についてこれるプレイヤーがいると言うのも嬉しかったが、それよりも唯一と言うのは思っていたよりも嬉しかった。

 気分よく、昨日彼が激突した塔の中へ入ろうとすると正面から進路を塞ぐ影が現れた。

 

「っ…ちょっ出入口で立ち止まらないでよ! 危ないわね!」

 

 マナー違反だと睨み付けてやろうとするとそれは見知った顔でリーファの方が怯むこととなる。

 

「シグルド…。」

 

 一応パーティメンバーの彼。その表情はそれにも拘らず友好的なものではなく、どこな威圧するようなものだった。

 

「こんにちは。」

 

 そんな雰囲気には気付かない振りをしようと出来る限り自然に挨拶をするが先方の表情は全くもって緩まない。

 

「…この間はプーカと思えば今度はスプリガンか。他種族に構ってる暇があればこちらのクエストに協力をしてもらいたいもんだな。」

 

 彼の側には他のパーティメンバー二人が控えている。リーファと一緒に加入したレコンの姿も探したがそれは見付からない。

 リーファは元来縛られるのが好きではない。パーティに加入する時も参加するのは都合のつくときだけ、抜けたいときはいつでも抜けられると言う条件をつけたがどうやらそれを履行する気はなさそうだ。

 気付かれない程度に小さくため息をつくと精一杯ひきつらないように笑顔を作る。

 

「ちょっとアルンまで出掛けることになってね。暫くパーティはお休みさせてもらうわ。」

「なっ! お前、パーティを抜ける気か!? もう俺のパーティメンバーとして名前が通っているんだぞ!」

 

 返ってきた彼の答えをきいてやはりな…と思う。約束を守るつもりはない。それにいつかレコンに言われたことが頭をよぎる。かわいい女性プレイヤーは伝説の武器(レジェンダリーウェポン)よりも貴重だとかなんとか。先日、セツナを見たときの彼の反応からしてレコンの言うこともあながち間違いではないと思っていたが、どうやらリーファを呼び込んだ目的はそこにあったのかもしれない。

 

「…仲間はアイテムじゃないぜ。」

 

 リーファが答えあぐねていると、後ろから冷ややかな声が響いた。それに目の前の男の視線も移る。

 

「なん…だと…?」

 

 シグルドに鋭い視線に声の主はピクリとも怯まない。それどころが更に言葉を付け加えてみせた。

 

「仲間はあんたの大切なレアアイテムとは違うと言ったんだ。アイテムストレージにロックしておくことは出来ないぜ。」

 

 その言葉にシグルドの方はピクピクと血管を浮き立たせあからさまに怒りの表情をみせた。

 

「屑漁りのスプリガン風情がよく言ってくれる!」

 

 そしてジャキッと派手な音を立てて自慢の剣を抜ききるとキリトに向かって突き出す。キリトの方はその切っ先に視線を移したものの臆することはなくピクリとも動かない。それどころか表情を作らないまま再びシグルドへと視線を戻す始末。

 シルフ領ではスプリガンのキリトは攻撃は出来ない。しかし逆は可能。彼の態度とは真逆にリーファの心中は穏やかではない。最悪の結末にならぬようどうにかしなければ…と思うもそれは彼の側近によって止められることとなる。なにかを耳打ちしたかと思えばシグルドの剣はすぐにあるべき場所へ戻された。

 

「まぁいい。外では精々逃げ回ることだ、脱領者(レネゲイド)が…。全く…黒ずくめには碌な目に合わん。」

 

 チンッ

 小さく金属の音を立てて、シグルドはマントを翻してその場を去っていった。勝手に難癖を付けさっさと去っていった彼にキリトは呆気にとられたようだったがリーファとしては安心した。これで気持ちよくスイルベーンを出られる。むしろ出る決心が強くついた。

 

「あれ…良かったのか?」

 

 恐る恐る聞き返す彼にリーファは笑顔を返した。

 

「勿論。お陰で物見遊山じゃなくアルンに行く決心がついたわ。」

 

 リーファの晴れやかな表情にキリトも安心しそのまま彼女に従うことにした。

 新しい世界に行くのに余計な荷物は要らない。リーファは少しスッキリした気分で、塔の中へと進んだ。

 

 

 

 

 

 

 




1ヶ月1話…だと…
待っていてくれた方ありがとうございます、そしてスミマセン。
仕事だ私用だなんだと中々書けず…
おまけにクオリティも右肩下がり…
しかし①と付けた責任として②は早く書きます!
…多分。
週1ペースには戻したいです。

キリトとディアベルのやり取り書くのが一番好きです。


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10話*移ろう憧憬②

 

 

 

「こんなところから飛ぶのか…。」

 

 飛んでいるときと同じような景色を見せるのは塔のてっぺん。そこからは遠く世界樹も臨める。本来、旗が昇り優雅になびいていると言うが、その日は残念なことにその姿は見えなかった。

 

「遠くに出掛けるときは高いところから飛べば高度が稼げるからね。」

 

 隣で得意気に解説してくれるのはこの世界のパートナーであるリーファだ。右も左もわからない世界で出会った彼女。キリトはその存在に強く感謝した。

 出会ったばかりの初心者プレイヤーの道案内(ナビゲーター)をかって出てくれるなんてお人好しもいいところだ。おまけにセツナと出会っていたのだと言うから驚きだ。暗中模索するのはずの旅が確かな光を見せる。

 現実世界に戻ってまだそう長い時間は経ってはいないけれど、2年近くも行動を共にした相棒と言葉を交わせないことに大きな喪失感を抱いていたところに、目撃情報が入ってからはトントン拍子だ。自分の調子が戻ってきた時期だからまた丁度良い。

 

―この世界のどこかにセツナがいる

 

 それだけで世界が輝いて見えるのだから現金なものだ。遠くそびえる世界樹は元々光を放っているのか、光の粒が見える気がする。特にこの場所は空が近くどこへでも行けそうだ。得意気なリーファの表情にはこんな意味合いも有ったのかも知れない。出会って間もないが彼女が翔ぶことに魅せられていることはキリトにだって分かった。

 

「リーファちゃーん!!」

 

 いざ行かんとすると、ここまで上がってきたエレベーターから新しい相棒を呼ぶ声がした。少年らしさを多く残す少し高い声。振り返れば緑色のおかっぱ頭のさほど体の大きくはない少年が息をきらしていた。

 

「…レコン。」

 

 やや力の抜けたように彼の名前を呼ぶリーファ。その様子から親しい間柄であるのはすぐに分かった。レコンと呼ばれた少年はリーファの奥にキリトの姿を認めると、警戒するように、拳法の構えのような姿をとってみせた。

 

「ぅわわ! スプリガン!? …ってことはリーファちゃん本当にシルフ領を出るの?」

「耳が早いわね。成り行きみたいなもんだけどね。大丈夫、この人は強いし、いずれは…って考えてたことだもの。」

 

 成り行き。リーファのその言葉を聞いてキリトはやや申し訳無い気持ちになったが、彼女の表情に陰りは全く無かった。晴れやかな表情の彼女にレコンも小さく笑みをこぼした。

 

「…あんたはどうするの?」

 

 リーファのその問いにレコンは力強く頷く。

 

「パーティなら僕も抜けるよ! 僕の剣はリーファちゃんに捧げてるんだから!」

「…あんたの剣なんか要らないわよ…。」

「本当なら僕もついていくって言いたいところだけどね、ちょっと気になることがあるから残ることにするよ。」

 

 彼女の冷たい視線を気にすることはなく、自分のペースで会話を進める。レコンとリーファの関係性が見えてくる。レコンからリーファに向かう気持ちは自分やディアベルからセツナに向かう気持ちと同じものだ。更に言えば関係性はディアベルとセツナに近いのかもしれない。…セツナの向きが自分に向いていると言う前提で。

 キリトが微笑ましく二人を見守っていると、レコンは急にキリトに向き直るとツカツカと歩を進めてきた。

 

「…彼女、トラブルに突っ込んでいく気があるんで気を付けてください。」

 

 まずは不本意そうに一言。

 

「言っときますけど彼女は僕の…っっ!!」

 

 そして本来言いたかったであろうことを勢いよく口にするもそれはリーファによって遮られた。

 

「よけいなことは言わんでよろしい。」

 

 ドカッと脛に蹴りを一発。

 遠慮の無い彼女からの攻撃にレコンはキリトの方向へ向かって倒れ込む。キリトとしても初めて会う男性プレイヤーに抱き付かれるのはゴメンだ。それは持ち前の反射神経で回避をした。ー結果、ととっと歩を進め、両腕で空をきることでなんとかその場に踏み留まる彼の姿があった。

 転ばなかったものの、想いを寄せている相手からの心ない言葉に彼の心情を推し測る。…があまり気にした様子は見られないことからいつものことなのかもしれない。あまつさえリーファはさっさと飛び上がって、その場を去ろうとすらしている。

 

「暫くは中立地帯にいるからなんかあったらメッセでね!!」

 

 そう言って飛び立つ彼女を見失っては大変だ。キリトも彼女を追って慌てて飛び立った。リーファちゃーん、と背に聞こえるレコンの彼女を呼ぶ声に気の毒に思いながら。目の前に広がる樹海、その先にそびえる天まで届くような樹を目指して。

 

 

 

「良かったのか?」

 

 暫くしてからキリトは尋ねた。するとずっと姿を隠していたユイもひょっこりとキリトのポケットから顔を出した。

 

「コイビトさんじゃないんですか?」

 

 ユイのストレートな質問にリーファは顔を真っ赤に染め上げる。

 

「ちっ違うわよ!!」

 

 キリトとしてはレコンの片想いにしか思えなかったがユイには違って映ったようだ。遠慮の無いやり取りに、レコンのストレートな感情。なるほどそう取れなくもない。キリトもそれに乗っかってしまいたくなる。

 

「それにしては親しげだったけど?」

 

 弛む口元を抑えることが出来ずに尋ねればリーファは真っ赤な顔に口を尖らせそっぽを向いてしまった。

 

「リ…リアルでも知り合いってだけだから。」

 

 なるほど、と思う。キリトにはリアルの知り合いとMMOを共にする経験は無かった。それはあの世界に囚われるまでは今の自分からは少し想像出来ないような、人付き合いの苦手な子供だったからだ。人との距離感の取り方はSAO(アインクラッド)で過ごした2年間が無ければ取り戻せていなかっただろう。リアルに親しい友人などいなかったのだからそれは当然のことだった。

 

「…なんか良いな。そう言うの。」

「…私にはお姉ちゃんとお兄ちゃんとの違いが分かりません。」

 

 リアルの知り合いとMMOをする。レコンにとってはそれも好きな子と。キリトは純粋にそれが羨ましかったがユイにはそうは映らなかったようだ。やっぱり普段の振る舞いに違和感はなくともAIと言うことか。

 そんなユイの反応にリーファが驚くのも無理はない。

 

「プライベートピクシーって随分と賢いのね? その子ALOでセツナと会ったの?」

「いっ…いや…俺が言って聞かせてるだけさ。こいつは特に変なんだよ!」

 

 ユイの存在はイレギュラー以外のなんでもない。もうお前寝てろ、とキリトはぼろが出る前に再びユイをポケットに押し込んだ。

 

「言って聞かせるほどの存在か…。良いね。」

 

 明るかったリーファの表情に出会って初めて陰がさした。ただ誰にだってそういう一面はある。キリトはただ一言肯定の言葉だけ返して、気付かないフリをした。

 

 

 

 

 

 ーしまった…。

 

 レコンは変なこと言うし、ユイとか言うプライベートピクシーも無害な顔して変なこと聞くからつい表の問題を持ち込んでしまった。

 リーファ漏らしてしまった言葉に後悔した。覆水盆に返らず。溢した言葉を無かったことには出来ない。

 ネットワークゲームのマナーとしてリアルは持ち込まない。…勿論当人同士が了承していればそれも無くはないだろうが、少なくともリーファはそれがルールだと思っている。

 キリトもセツナもリーファが出会ってきたプレイヤーたちとはどこか違う。人はそれぞれ個性を持っているのは当たり前のことだが、ゲーム内の振る舞い方としてみんなどこか割りきりがある。ここは現実じゃない。ダメだったらやり直せばいい。そういう思考が根底にあることで共通した物がある。しかし二人はまるで現実かのように振る舞う。表情も非常に豊かだからそう感じるのか。だから…そんな二人と出会ってしまったからここが現実であると混同し、そんな言葉が漏れてしまったのかもしれない。自分の奥底に眠らせているはずの焦がれる想いの欠片が。それは決して表に出してはならない自分でも気付かぬフリをしているものだった。人に言えるようなものではない。AI相手とは言え、人に大っぴらに言えると言うこと自体が目映く映った。だからつい、羨ましさが口をついて出てしまった。キリトが受け流すだけで強く反応しなかったのが幸いだった。

 

 それにしても…即席コンビにしては中々のコンビネーション。キリトが初撃で大きくダメージを与え、取りこぼしたものをリーファが魔法で追撃する。パーティを組む者でこんなにも戦闘が変化するのかと今更ながら思い知った。

 いつもならリーファは前衛の役割のことが多い。レコンは魔法使いタイプだしシグルドにしても普段のクエストではカウンタータイプのスタイルだ。シグルドの取り巻き二人も武器の使い方が下手ではないが補助魔法に長けている。そのためアシストを受けながらリーファが切り込んでいく、と言うのがいつものスタイルだ。

 キリトはこの世界に来たばかりで魔法スペルをまだ覚えていない。しかしたとえ使えたとしても、自分はサポートに回っていたとリーファは思う。相手の攻撃などお構い無し。突撃型の彼をどうして邪魔できようか。何より嘘みたいにイキイキとして剣を振るう。…こちらまでわくわくするような。

 キリトはセツナを戦友と言った。二人はどのように一緒に戦っていたのか。たった1度ではあるけれども見た彼女の戦闘。彼女なら目の前で戦う少年にも合わせられる。そして彼も。

 なぜかチクりと痛んだ気がした胸にリーファは気付かないフリをした。戦闘の高揚と、レコンやユイが変なことを言ったからだ。そうに違いない。

 

 

 

 

 そんなキリトとの旅は一度のローテアウトを挟み、至極順調に進んだ。それもキリトのバーサクっぷりが有ってのことだが。あっという間に央都へのダンジョン、ルグルー回廊を進み、中間部の鉱山都市ルグルーに辿り着いた。

 二時間程もダンジョンを歩き続ければさすがに疲れる。隣のキリトが平気そうにしているのがリーファには考えられなかった。強い強いとは思うがただの廃人か。学生であるから節度を弁えてプレイしてる自分にはかなりの長さだったと言うのに。頼もしいやら呆れるやらだ。

 

「あれ?」

 

 街に入るとポコンとメッセージがポップした。

 

【やっぱり思った通りだった! 気をつけて、s】

 

 それは旅立ちを妙なイベントにすり替えてくれたレコンからのものだった。

 

「どうかしたのか?」

 

 意味深なメッセージにリーファが足を止めていると、キリトもすぐにそれに気付き足を止めた。

 

「いや、レコンが出発前になんか言ってたでしょ?」

「あぁ、気になることがあるって?」

「…うん。多分その話じゃないかとは思うんだけど…。」

 

 ただそのメッセージには肝心なことは書かれていなかった。書かなかったのか書けなかったのか。それすらも図ることは出来ない。

 

「うーん…。」

「彼はリアルでも友だちなんだろ? 落ちて連絡してみるのはどうだ?」

 

 意味深なだけに放っておいてはいけないような気がした。リーファはキリトに促されるままに一旦ログアウトすることに決めた。それが旅の行き先を変更させることになるとは、その時は予想すらしていなかった。

 

 

 




どれぐらいの方が待っていてくださったのか分かりませんが前回に続きお待たせしました…。
リーファは好きなキャラクターなので大切に書きたいのになんだかうまくいきません。
あまり原作沿いになってしまうのもあれなので少しずつ改編しながら割愛しながら…

セツナが早く出せと怒っております。
…ちょっと待ってくれ…。


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11話*最強を冠する者①

 

 

 

 

 迷いの森を抜け、央都へと道のりもあと少しとようやく腰を落ち着けたところだったのにそのメッセージは休ませてはくれなさそうだった。

 

 グランドクエスト攻略のための協力体制を敷いたケットシー領主、アリシャからのメッセージ。何か最新情報かと思いセツナは即刻それを開いた。

 

【シルフと同盟を結ぶことに正式に決まったヨー! 調印式でシルフ領主のサクヤちゃんに紹介したいから来れたら来て欲しいナ! 時間は現実時間で1時からだヨ。】

 

 なんともまぁ重要な情報の割に軽い調子で書かれた文章だった。彼女らしいと言えば彼女らしいが。

 

「1時ね…。」

 

 リアルで何時だろうがずっとゲームの中にいるセツナとしては関係ないが、時計を見れば22時を回ったところだった。少しずつプレイヤーの増え始める時間帯。実際にアリシャはログインしたばかりだったのかもしれない。それにしても…

 

「もうちょっと余裕をもって連絡してくれても良いんじゃないの…。」

 

 独り言だけがむなしく宿の部屋に響く。

 後3時間。土地勘が大して無い自分にどうしろと言うのだ。申し訳程度に添付されたマップデータはこことは少し離れた場所を指し示していた。蝶の谷。指定された場所はケットシー領から央都アルンへ向かうダンジョンを抜けた先だった。現在地はプーカ領からアルンへのダンジョンの途中…と言うのが正確なところだろう。ダンジョンを抜け、更に南下しなければならない。

 

 正直迷うところだった。

 

 神経をひたすらに消耗したダンジョンを抜けてようやく休めると思った矢先だ。この誘いにのるとするならば心地の良いベッドも、見晴らしの良い景色も、秘密基地のような宿の木の臭いも全部諦めなければならない。

 

「宿代払っちゃったよ…。」

 

 お金は有り余るほどあった。森で迷っただけ無駄に貯まったユルド。正直宿代なんてどうでも良かった。それでも何かには不平を言わずにはいられない。

 セツナはふかふかのベッドのスプリングを名残惜しみながら体を起こした。ただ宿を後にする。その現実を認めたくない気持ちから上りで使用した梯子も使わず、そればかりか宿のロビーすら通らずに部屋の窓から飛び立った。暫く飛べなかったため、その辺りは元気だ。体を空に躍らせてからゆっくりと翅を開いた。南にそびえる小高い山は世界樹の姿を少し隠してはいるが限界高度程の高さはないらしい。数々のプレイヤーが翅を閉じることなく山に向かって行っている。それならば少しは早く着けるかもしれない。走って移動することも得意ではあるが飛ぶ速さには敵わない。

 

「っ!」

 

 くんっと背中に力をいれ、スピードを上げる。数時間の間眠っていた翅は解放を喜ぶかのように光を散らしながらひらめいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリシャ。」

 

 背の高い、自分とは大きく違ったアバターの友人に呼ばれアリシャは世界樹から視線を移した。

 

「ナーニ? サクヤちゃん。」

「…大切な会談なんだが…楽しそうだな。」

 

 声をかけてきたのはその大切な会談相手のシルフ領主であるサクヤだった。そう指摘されて初めて自分の顔が弛んでいることにアリシャは気が付いた。大切な会談。それは十分に領主として分かっているつもりではあった。長期政権を維持できているのは偶然に引き当てた愛らしいアバターのお陰だけではない。

 

「分かってるヨ。ただあの子に会うのは久しぶりだからネ。」

「言っていた協力者か。アリシャの大胆さには感心するな。信じて良いのか?」

「人を見る目は確かだと思うんだけどナー…会えばきっとサクヤちゃんも好きになるヨ。」

「だと良いがな。」

 

 今日はシルフとケットシー同盟を正式に調印をする。

 世界樹攻略の勢力を急激に伸ばしてきたサラマンダーに対抗するためだ。

 サラマンダー全てがとは言わないがやや強引な政策、いくら推奨されてるとはいえ、組織的なPK。それを捨て置くわけにはいかない。勿論彼らも世界樹攻略のために行っているのも分かるが、だとすれば尚更同じプレイヤーとして放っては置けない。世界樹の攻略は全てのプレイヤーの目的なのだから。初めに攻略するのは自分達だ。1つの種族じゃ攻略できないかもしれない、その真しやかな噂もあるためこうして同盟に踏みきった。攻略のための大切な同盟。それに自分の信頼する協力者を同席させない訳はなかった。

 

「不思議な子だヨ。全てをこの世界に懸けているような…ネ。」

 

 プーカ領からぼちぼちアルンに向かうと聞いたのはいつのことだったか。彼女が姿を見せるとするならば世界樹の方向か北東の方だ。

 アリシャは再び視線をそちらに向けた。

 

「それは楽しみにしておこうかな。」

 

 背に浴びた友人の声が色を帯びたのは気のせいではないだろう。その価値はあるとアリシャは信じている。

 独特な雰囲気。儚げな容姿に纏うオーラは鋭く大きい。そしてそれを裏切ることのない破天荒な戦闘スタイルに他の追随を許さない強さ。自分達と相まみえた時には一瞬にして、しかも一振りで四人のパーティメンバーを残り火(リメインライト)へと変えた。決して弱いわけではない、ケットシーの中では名前の知られた上位のプレイヤー達だった。アリシャもケットシー最強とは言わないが五指には入るはずだが敵わない、それどころか足元にも…と思わせられるような、それぐらいの衝撃。それだけの強さがありながらどこか無垢(イノセント)さも持ち合わせる。それを信じたくなるのは自分だけでは無いだろう。

 

 彗星のような輝き。

 視線の先にきらりと一筋の光。

 

「サクヤちゃん、来たよ。」

 

 誰に教わったのか猛スピードの飛行。白銀の翅と髪が高く上がった太陽の光を反射し大きく輝いて見える。プーカの証である淡い髪色。それに意思の強さを象徴するような真っ赤な瞳が近付くにつれて鮮やかにその存在を主張してくる。身に纏う青い衣装が本物の彗星のように見せてくる。

 

「セツナ!!」

 

 呼び掛けて手を振れば小さく笑ったのが見え、ますますそのスピードを上げた。

 

「アリシャ!」

 

 みるみるうちに距離を詰め、会談場所の円形の小さな台地(こ    こ)に姿を現した。大きく滑空したかと思えばふわりと音無く降り立つ。背中には相変わらず愛らしい容姿には似つかわしくない巨大な剣を携えている。それも柄が長く、あまり見ない形の。

 

「久しぶりだニャ!」

「連絡もらってからすっ飛んできたよー! もっと早く連絡してよね!」

 

 手を取り合って再会を喜びはしたものの、ぷうっと頬を膨らませてそう言うセツナの表情にはやはり現実感(リアリティ)を抱かせられる。

 

「にゃは…準備でバタバタしててサ、ゴメンヨ。」

 

 申し訳程度に謝るがセツナはアリシャの奥の見知らぬ顔に視線で挨拶をしていた。慌ててアリシャの方も二人を引き合わせる。

 

「サクヤちゃん、これがセツナだよ。セツナ、こっちがシルフ領主のサクヤちゃん。」

「サクヤだ。アリシャから話は聞いている。」

 

 すっと手を差し出すサクヤにセツナも応えて先程とは違うやや余所行きの笑顔を浮かべた。

 

「…セツナです。攻略のお力になれれば。」

 

 サクヤの方は既に彼女に興味を持ったようでアリシャは安心した。ケットシーとシルフの軍団に加え彼女の爆発的な攻撃力があればきっと上手く行く。そのためにはサクヤにも彼女を気に入ってもらう必要があった。

 

「ねっ、サクヤちゃんも好きになるって言ったでしょ?」

「…性急だな。だけどアリシャの言うことも分かるよ。不思議な良い目をしている。」

「…なんの話?」

 

 実際の調印式の開始まではまだやや時間にゆとりがあった。3人は二人の出会いから今回の同盟の話まで女性特有のあっちこっちに話題をを飛ばしながら時間を待つことにした。会場のセッティングは二人の配下の仕事で、領主である彼女たちが直接行うことではなかった。

 

 楽しい時間を過ごしている中、セツナが突然大きく後ろへ跳び、背中の大剣を勢いよく抜き放った。

 

「セツナ!?」

 

 驚いたアリシャはサクヤの様子を伺いつつその名前を呼んだ。セツナは遠くの空を見据え厳しい表情を浮かべている。その様子にアリシャもサクヤも他種族であるセツナが急に心変わりをし、自分たちに危害を加えようと言うのではなく、何かを警戒していると言う結論に落ち着く。

 

「…誰かに見られてる…どんどん強くなってる。」

 

 セツナのその言葉に二人も索敵を試みるもその反応はまだない。

 

「それは本当なのか?」

 

 懐疑的になりながらもあまりの警戒具合にサクヤも抜刀する。

 

「えぇ…羽音が強くなってきた。大部隊だと思う。」

 

 二人もセツナの視線の先に目を凝らし、耳をすませるが何も見えないし何も聞こえはしなかった。しかし気のせいにしてはセツナの警戒度合いは強く、どんどんと意識が張り詰めていっている。アリシャも二人にならい得物を手にした。

 

「目的は…私たちネ…。」

「あぁ、領主の首をとるとボーナスがあるからな。どこから情報が漏れたのか。」

 

 領主がPKされると言うことはALOの世界では大きな事件だ。その種族の権威が地に落ちると共に莫大な金が動く。そのため領主はあまり領地を出ることはないし出たとしても極内々に、しっかりと護衛をつけて出る。

 

「…言っておくけど、私はそんなことしてないからね。第一、この会談を知ったのはほんの数時間前よ。」

「分かってるヨ。」

「あぁ。そんなことよりも今はどうにかしてその軍勢を退けることを考えなくてはならないな。」

「ケットシー領まで引っ込む?」

 

 警戒をしながらあーでもないこーでもないと策を巡らせる。そうしている間にも敵の姿が目視出来る程に部隊は近付いてきていた。

 赤い甲冑。それの色はサラマンダーの種族カラー。全種族中最も好戦的で一般に戦闘能力の高いと言われている種族。厄介な相手にアリシャは臍をかんだ。後退が正解だったか。もしくは会談の場所を選ぶべきだったか。しかし今は後悔するよりもすることが他にある。

 するとセツナがその場から空へと位置を変えた。

 

「セツナ?」

 

 アリシャがそれを見上げると、セツナはなにやらブツブツと呪文を詠唱していた。暫く会わない間にしっかり魔法を覚えたらしい。やや長い呪文。中から高位の魔法だろうか。それを唱え終わる頃にはセツナたちの前に黒い煙のような霧の壁が広範囲に広がっていた。

 すると、近付いてきていた大部隊も急に妨げられた視界にその動きを止めた。当のセツナはその霧の壁を越え、軍勢に対峙する。そうなってはいつ交戦するか…迎撃態勢に入るしかないとアリシャは腰を落とした。

 小さな体をフルに使い、空間中の空気を吸い込む勢いで息を吸うと、その勢いそのままにセツナが口を開くのが見えた。

 

「剣を引きなさい!」

 

 空間がビリビリと揺れたように感じた。それほどに大きな声。霧の壁の向こうでサラマンダーたちも怯んだ姿が見えた。セツナは何をしようとしているのか。はらはらと様子を見ることしかできない。

 迎撃されることは予想していなかったのか、サラマンダーたちは戸惑い急に現れた…それもシルフでもケットシーでもない少女に状況を把握しかねている。

 

「指揮官は誰?」

 

 60人はいるだろう軍勢に、一人でも臆すること無くセツナは堂々と言い放つ。古参であればプーカの領主になってもおかしくないような立ち振舞いだ。

 そこの言葉通り、軍勢の奥から姿を現した屈強な男にアリシャもサクヤも息を飲んだ。

 

「サクヤちゃん…!」

「…あぁ。」

 

 それは他種族のアリシャでもサクヤでも知っているサラマンダー屈指の有名プレイヤーだった。離れていてもプレッシャーを感じるその姿。それは間違いなくそのプレイヤーであることを示していた。

 

「田舎者のプーカがこんなところで何をしている。」

 

 そう大きい声ではないのに威圧感が襲ってくる物言い。いかにも重戦士と言った姿に彼が指揮官であることは間違いない。ただそれは運が悪すぎた。敗北を覚悟するアリシャ。ただセツナの様子は全くもって変わらない。

 

「…それは随分ね。私はセツナ。ケットシーとシルフの同盟調印をプーカ領主代理として見届けに来たの。邪魔をするなら私たちプーカをも敵に回すことになるわよ。」

 

 そしてどっからそんな話を持ってきたのか、突拍子も無いことを言い出す彼女にアリシャは本当逃げ出してしまいたくなった。

 

「ふんっ領主代理だと? 護衛もつけずに一人で来てるやつをそうは信用できるもんか。」

「護衛がいないのは必要ないからよ。」

 

 おまけに更に悪いことに煽って見せるからたちが悪い。彼は、アリシャの記憶が確かなら全プレイヤー中最強と言われている男の筈だからだ。

 

「…面白い。俺に勝ったらその話、信じようじゃないか。」

「その自信、後悔することになるわよ。」

 

 後悔するのはセツナだとアリシャは言いたかったが、取り敢えず急襲を防げたことには変わりない。今はその行方をただ見守ることしか出来なかった。

 

 

 

 




久しぶりの短期間更新!
ボーナス入ったので私から皆様にボーナスです(?)
アリシャ視点が難しすぎて…
セツナを書くの実に2か月ぶりと言う事実…


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12話*最強を冠する者②

 

 

 

 

 

 

「え…どう言うこと…?」

 

 その場所に着くとリーファの口からは思わずそんな言葉がこぼれ落ちた。

 レコンからのメッセージを受け、一度ログアウトし、それを知った時にはこんな状況は予想だにしていなかった。…と言うよりもこれがどういう状況か分からない、と言うのが正しいのかもしれないけれど。

 

 それはほんの一時間ほど前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

「おっ、どうだった?」

 

 現実の友人でもあるレコンからの意味深なメッセージに詳しい話を聞こうと一度ログアウトしたリーファだったがその内容は思いの外重い内容だった。再びログインした時、変わらぬ調子で飄々と話しかけてくるキリトにやり場の無い苛立ちと不安をぶつけてしまいそうになるぐらいには。

 

「どうしよう…私、行かなきゃいけないところができた…行ってもしょうがないのかもしれないけど…悪いんだけどここでお別れだわ。」

 

 キリトをアルンまで案内すると約束した。しかしその約束を守れそうにないぐらいの緊急事態。自分が行くことで解決するとは思わなかったがそれでもその場に向かわなければならないと思った。

 

「…何があった? 何れにせよ洞窟は抜けなきゃならないんだろ? 歩きながら聞かせてくれよ。」

 

 リーファのただならぬ様子にキリトの表情も一気にひきしまる。現在地はルグルー。洞窟の途中にある都市でどこに行くにしても一先ず外の世界に出なければならないのは明らかだった。リーファもそれならと首を縦に振り、来た道とは反対側の道に向かう。正直なところでは、途中までとは言え自分も行ったことの無い場所に向かうのに隣に強いプレイヤーがいるのは有り難かった。

 

「で? 何があったんだ?」

 

 街を抜けて再び暗い洞窟に入ったところでキリトは口を開いた。侮っていたスプリガンの魔法も暗視効果を発揮してくれて便利だ。

 

「今日、シルフとケットシーが正式に同盟調印をするみたいなんだけど…その会談をサラマンダーが襲撃するって…。」

「サラマンダーにとってそれは不都合だと。」

「うん。それもあるけど会談には当然両種族の領主が参加するの。領主殺しって言うのがそれは凄いボーナスでね…。」

 

 その情報をサラマンダーにリークしたのが同じシルフ族であるシグルドだと言うのだから性質(たち)が悪い。近頃たしかに彼の様子はおかしかったし、野心の強い彼のことだ、ずっとサクヤに政権を取られているのも気にくわなかったのかもしれない。…だからと言って…。

 

「領主を討たせるなんて種族の者として黙ってなんていられない。私が行っても変わらないかもしれないけど。」

 

 それにリーファにとってシルフ領主サクヤは数少ない友人の一人でもあった。友人の窮地を聞いて駆け付けないのは嘘だろう。

 

「所詮ゲームなんだから奪いたければ奪うし殺したければ殺す…か。」

 

 突然に響いたその言葉はキリトのものとは思えないほど低い声でリーファは背が凍るのを感じた。並んで走っていたが隣に視線を移すのが少し恐ろしい。

 

「そんな風にいうやつには山程会ってきたよ。」

 

 次の瞬間にはしっかりと前だけを見据える端正な横顔があった。視線の先にキリトは何を見ているのだろうか。

 

「…それはある意味1つの答えかもしれない。…ただ俺はそうは思わない。この世界での行いは全て現実に還る。ゲームだからって人との繋がりは嘘じゃない。」

 

 続けられるキリトの言葉にリーファはドキッとする。どこかで自分も所詮ここはゲームの世界。そう薄っぺらく考えているところがあった。そんな心を知ってかキリトはリーファとしっかり視線を合わせた。

 

「俺、リーファのこと好きだよ。友達になりたいと思う。お別れなんて悲しいこと言うなよ。リーファが助けてくれたように俺もリーファを助けるよ。」

「え!? だってキリトくんは…。」

 

 それは願ってもない言葉だった。但し、彼は急いでいるはずだ…。恐らく最愛の人を探すために。

 

「恩人をほったらかしてなんてそれこそセツナに殺されるよ。な、良いだろ?」

 

 そう言われてはリーファとしては断る理由は無かった。ありがたい申し出のせいか心臓が大きく動いているように感じた。どんな表情をしているのか、照れ隠し半分に頷くことでそれに応えた。

 するとキリトは満足げな表情を浮かべると、リーファの手を取り、恐ろしいスピードで走り出した。

 

「え!? 何っ!? いやぁぁぁぁあああ!!!」

 

 そんなことは予期していない。流れる景色に意識が飛びそうになる。それはどんな絶叫マシンよりも速く、ある意味怖かった。お陰で目的地には随分と早く到着したのだけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 そんなことがあっての会談場所。到着したのはレコンに聞いた開始時間に10分ほど遅れて。てっきりサラマンダーの襲撃を受け、窮地を陥っているものだと思えば、幸いまだみんな無事であった。

 サラマンダーの軍勢おおよそ60人とたった一人の少女が空で膠着状態にある。交戦状態ではないもののかなりの緊迫した雰囲気。そしてその少女が当事者であるシルフでもケットシーでもなくプーカ…それもキリトの探している少女であったのだから全く状況が分からなかった。

 リーファが気付いているのだから隣のキリトは当然に気付いているだろう。ただそれを圧し殺しているのはそれどころではない雰囲気だからだろう。一先ず彼も促して領主のサクヤたちのいる台地へと翅を下ろすことにした。

 

「サクヤ。」

 

 声をかければ空に視線を縫い止められていた美貌の領主は我に返ったかのような反応を見せた。

 

「! リーファ!」

 

 隣で同じような反応をしたのは、会うのは初めてだが恐らくケットシー領主のアリシャ・ルーだろう。愛らしい容姿は他種族にも響くほどだ。

 

「…これはどう言うこと?」

 

 状況を確認しようと尋ねるもサクヤは困惑する。

 

「…それが私にも分からないんだ。急にサラマンダーたちが来るのを彼女…アリシャの連れなんだが…が感知して…。」

 

 それで彼女が対峙している、と言うことらしい。リーファが以前会った時と違い、店売りではあるが明らかに装備が強化されている。黒い煙幕のようなものは恐らく彼女の魔法だろう。プーカは魔法に長ける種族。1ヶ月も経てば中ランク程の魔法など楽々だろう。

 こんな状況なのに妙に冷静に分析する自分にリーファは驚いた。隣では睨み付けるように空を見上げるキリトがいた。この状況に何を思うだろう。

 

「あいつの索敵スキルなら当然だな。おまけに勘も良い。」

 

 恋人が60人もの軍勢に一人で向かっているのにその口から出た言葉はドライなものだった。心配のそぶりすら見せない。…いくらあの子が強いとは言え。

 

「キミ、あの子を知っているノ!?」

 

 そんなキリトの言葉に大きく反応をしたのはアリシャだった。サクヤが彼女の連れと言ったからにはリーファよりは深い繋がりがあるのだろう。キリトはその問いに首を大きく縦に振った。

 

「まさかこんな形で会うとは思ってなかったけどね。」

 

 少し困ったような笑顔で答える。本音では今すぐにでも再会を喜びたいに違いない。平静を装いはしているが瞳が何よりも雄弁に語っている。そんなキリトの姿を見て、リーファは自分だってあんなに彼女に会いたかったはずなのに、そう思えていないことに違和感を覚えた。

 

「…あの子がどれだけ強いか私は知らない。だけど相手が悪すぎる。」

 

 サクヤの言葉に余所事を考えている場合ではないとリーファは空に意識を戻す。しかしそんな風に言われるとは60人の軍勢の中央にいる男はどんな人物なのだろう。

 

「相手が悪いって?」

「…あのサラマンダーの男。ユージーン将軍だ。サラマンダー領主の弟でサラマンダー最強と名高い。」

「それって…。」

 

 息を飲むリーファにサクヤは強く頷く。サラマンダーは戦闘に長ける種族。サラマンダー最強と言うことは全プレイヤー中最強を表す。パワーだけならノーム、スピードならシルフが勝るかもしれない。バランスが良く、特に武器の扱いに関して言えば右に出る種族はいないとされる。

 

「おまけに彼の武器は魔剣グラム…伝説の武器(レジェンダリーウェポン)だ。」

 

 そんなおまけまでついているなんてもう何も言えなかった。彼女は1ヶ月前まで初心者だったのに。

 

「やってみなきゃ分からないさ。」

 

 3人揃って心配をしているのにキリトは涼しいものだ。

 

「…凄い信頼だネ?」

 

 キリトの次に親交が深いであろうアリシャですらこの反応であるのに。

 

「強いって言ったって一介のプレイヤーだろ? あいつが…セツナが負けるところなんて俺は見たこと無い。」

 

 キリトの強い調子の言葉に上空では遂に戦闘が始まろうとしていた。そこまでの強い信頼…本当に二人の関係はどこまで深いのかリーファには想像もつかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 お互いに大きく啖呵はきった。負けられないのはお互い様。それでも勝負は尋常に。

 

空中戦闘(エアレイド)で良いの? 途中で落ちても知らないわよ。」

 

 飛んできただろう彼らが残り飛べる時間はどれくらいだろうか。セツナとしては気を使ったつもりだったが言葉選びが如何せん上手ではなかった。敵の将は不敵にふんっと鼻で笑うだけだった。

 

「軟弱なプーカとの戦闘にそう手間取りはせん。十分だ。」

「…そうね。滞空制限の前に私が叩き落としてあげるわ。」

 

 そこはセツナも譲らないところでお互いに片頬の口角だけを上げると、得物を前に構えた。あの世界での武器の生まれ代わりのようなこの武器になら託せる。武器のほぼ中央、刃に近い場所を握ったのは無意識だった。

 あの頃のようなデュエル開始の合図はない。お互いの間合いが詰まった瞬間、どちらともなくその牙を向いた。

 

「せぁっ!」

 

 体の大きさからスピードは自分の方が明らかに勝る。瞬間的に背に意識を集中させることで爆発的な推進力を得る。先ずは縦に振りかぶり小手調べに上段からの攻撃を繰り出す。

 

 ガキィィンッ

 

 大きく金属音が鳴り響き、それは相手の武器にいとも簡単に防がれる。セツナは自分の口元が緩むのを感じた。簡単に終わっては詰まらない。この男…この1ヶ月は出会えなかった強敵だ。あの頃の新しい層に上った時のような高揚。

 直ぐに横へと弾き、すぐに攻撃態勢を立て直す。強打を当てるのは難しいかもしれない。ならば手数。大剣に分類されていようがセツナにとっては変形の槍。片手で握り、無数の突きを繰り出す。敵の装備は両手剣。つまりは盾を持たない。堅そうな(そうび)ではあるが盾に比べれば確実にダメージは受けるはずだ。

 ガツッガツッガツッキンッと細かい音が時折武器にいなされていることを知らせる。相手の表情を窺うと涼しいものだ。うっすらと笑みさえ浮かんでいるように見える。HPバーを確認はしていないため、どれほど減っているかは分からない。その表情が示すのは問題にならない程度しか減らせていないと言うことだ。

 思ったよりも堅い相手に一旦大きく引いた。結局は強打を当てなければならないらしい、と即座に頭を切り換える。

 

「ふんっ」

 

 すると大きな風圧を身に感じた。それは相手が攻撃モーションに入ったためだった。

 大振りの攻撃など…と正中に構えた。パワーヒッターであることは明らかなので衝撃をきちんといなせるように。しかし、その刃先はセツナの予想しない方向へ進んだ。

 

「え……っ!!」

 

 気が付いた時には時既に遅し。相手の剣先はセツナの得物をすり抜け、その胸元へクリーンヒットした。

 エセリアルシフト。魔剣グラムの持つその特殊効果。伝説の武器(レジェンダリーウェポン)を持つもののアドバンテージを身を持って体感することとなった。

 

 

 

 




よしよし。ペースを戻せてる!
役者が揃ってきました。後はディアベルさんだけ!

戦闘はやはり難しい…


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13話*孤独の先に

お待ちくださってる方、活動報告をどうぞ。


 

 

 

 

 

 先にクリーンヒットをもらったのはセツナだった。

 派手なエフェクトライトと共に華奢な体が吹き飛ぶのに地にいる面々も黙ってはいられない。

 

「セツナっ!!」

 

 初めてキリトは声を荒げた。

 確かにセツナは相手の攻撃を武器で受け止めたように見えた。しかし、魔剣グラムはセツナの武器を通り過ぎ、彼女まで届いた。

 

「あれは…」

 

 リーファも答えを持たないようで言葉を探していた。明らかにおかしい。それだけ明らかに刃は交わっていたのだ。

 

「エセリアルシフト…。」

 

 その答えはシルフ領主と言う長身の美人からもたらされた。

 

「魔剣グラムの恐ろしさは攻撃力だけではない。相手の武器や盾を透過するあの特殊効果にこそある。」

「それがエセリアルシフト…。」

 

 つまりは防御が出来ないと言うこと。相手の攻撃は避け続けなければならない。

 剣技においては…実際は槍術であるが、セツナの右に出るものなんていないとキリトは思っていた。命の奪い合いを2年間してきた。どんな武道の有段者であろうともそんな経験はそうはない。だが防御が叶わない、と言うのは大きすぎるハンデだ。確信していた勝利が揺らぐ。

 空では防戦一方に攻撃を避けるセツナの姿があった。持ち前の反射神経で躱し続けてはいるがどこまでもつか。それに逃げているだけでは勝利を引き寄せることは出来ない。自然に右手が背の剣の柄を手繰り寄せる。それでも、セツナの目は諦めていない。そんな状況で乱入したらどうなるか。

 

「後でブッ飛ばされるか…。」

 

 余計なお世話だとかなんとか言われ激怒されるのは目に見えている。しかし劣勢には違いない。キリトはどうするのが最善か決めあぐねていた。

 

 

 

 

 

 

 

 相手のエンジ色の切っ先を躱しながら、なんとか少しずつ攻撃を加えていく。

 

「っ!!」

 

 気を抜けばいつその刃が再び身を切り裂くか。先端が丸くなった切ることに特化した剣。

 セツナは自分のHPゲージを横目に見ながら避けることに集中する。相手の初撃は咄嗟に後ろに飛び退くことで、食らいはしたものの衝撃はなんとか散らした。それでもHPは大きく減少しており、次を受ければどうなるか分からない。当然に治癒魔法を唱える余裕なんてものはない。SAOの世界にいた頃、いかに戦闘時回復(バトルヒーリング)スキルに甘えていたかが分かる。…しかもセツナの場合スキルがほぼコンプリートのおまけにブーストアイテムまで所持していたのだから尚更。ただ、今そんなこと思ってもしょうがない。考えるべきはどうすれば相手にダメージを与えられるかだ。何度目か既に数えきれない斬撃は絶え間無く襲ってくる。

 

「どうした、避けてばかりではオレは倒せんぞ。」

 

 余裕たっぷりにそう言われて苛立ちは募るばかりだ。そんなことは自分が一番分かっている。

 

「その余裕、いつまで続くかしら!」

 

 虚勢でもなんでも大声で吐き出し、また一太刀交わしながら、やっとのことで強打のモーションに入った。

 

「せぇいっ!」

 

 上部から大きく振り下ろすもあえなくそれはキィンと音を立てて受け止められる。セツナは小さく舌打ちをして大きく離れた。一度クールダウンが必要だ。

 相手の攻撃は自分の武器をすり抜け、自分の攻撃は相手の武器に遮られる。そんな理不尽なこと…しかし、それは1つのことを示唆している。当たり前過ぎてなんとなく見落としてしまっていた1つの事実。

 武器はずっと消えているわけではない。

 セツナに攻撃を当てる瞬間、そしてセツナの攻撃を受け止める瞬間は確かに存在する。言い換えればそれが通り抜けるのはセツナが攻撃を受け止めようとした瞬間だけ、その一時だけそれはすり抜けるのだ。

 長い武器の中央を握り締め、出来ることを考える。

 どこかで傲りがあったかもしれない。自分は強い。元ベータテスターで攻略組。スキルもカンストしていて、誰よりも高いレベル。それでも…あの時HPは0になり死んだはずだった。終わったこと。今は関係ない。なぜ迷い込んだか分からないここでは新参者だ。自分より強いプレイヤー、強力な装備を持っているプレイヤー、そんなのいて当たり前ではないか。

 それでも、倒さなければならない。いつも立ち向かっていたフロアボスたち。強敵なのは分かっている。それを死なずに倒すためにどうしてきたか。

 肩から息を吐き出しあの時の感覚を思い出す。

 そんな間にも相手の斬撃が襲いかかってくる。

 いつもそうだった。逃げていてはしょうがない。対策を打ち出すことが勝利に繋がった。今回だってこの消える武器をどうにかしなければいけない。ならば…

 セツナは敢えてその攻撃を受け止めようと剣を構えた。その様子に男は笑みを浮かべる。

 

「気でも触れたか!」

 

 容赦なく振り下ろされるその攻撃に集中する。ずっと消えているわけではない。自分に当たる瞬間は実体を持っている。ならば、受け止めるは攻撃の当たる直前!

 当然のごとくすり抜けていく攻撃を見送るとセツナはその手を返した。

 

キィィンッ

 

 男の顔が驚愕に染まる。確かにその刃はセツナの首を捉えるはずだった。しかし、その攻撃は長い柄によって防がれる。下から弾きあげるように剣を旋回させると、セツナは更にオールを漕ぐように刃を返した。

 

「はぁっ…!」

 

 完全に虚を衝かれた男はそれに為す術なく、次の瞬間には衝撃を受けた。派手なエフェクトに目が眩む。そして、それは一度では終わらない。切り上げられたかと思えば、それは即座に振り下ろされる。細い体に見合わない…パラメータ制のため当然なのだが、重たい攻撃にHPはみるみるうちに減っていく。

 

「ぅぐっ…。」

 

 恐ろしい速さの六連撃の突きに男は思わず呻いた。それでもセツナの攻撃はやむことなく、そこから大きく飛び退くと、かつて一番得意だった攻撃のモーションをとった。

 自身の誇る最速の突き。

 

「やぁっ!!」

 

 一瞬、消えたようにも見えたそれに男もHPが空になるのを覚悟した。しかし、セツナはそれを当てず、剣を喉元に突き付けるとそこでピタリと止めた。

 

「チェックメイト。」

「…なんのつもりだ。」

「私の勝ち。でしょ?」

 

 その先端が当たりさえすればHPは無くなる。その程度にしか男のHPは残っていなかった。

 

「…情けのつもりか。」

「…別に、相手のHPを奪いきることだけが勝負の結末じゃないでしょ。」

 

 そう言ってセツナが笑みを浮かべると、男はややあってから剣を背にしまい両手を上げた。

 

「変わったやつだ。オレはユージーン、貴様の倒した男の名前だ。」

「あなたも十分変わってるわよ。」

 

 そこでようやくセツナも剣を納めた。

 戦いの終結に周囲は一気に沸き上がった。ALOは魔法の世界。物理攻撃でのこのような攻防を目の当たりにすることは滅多にない。大抵の場合は魔法の撃ち合いになるのが常だ。サラマンダーたちもその行方を固唾を飲んで見守り、その剣舞の攻防に心を奪われたようだった。

 その中心にいながらセツナは飄々と尋ねる。

 

「で、要求はのんでいただけるの?」

「仕方あるまい。我々としても三種族を敵に回すのは得策ではない。」

「そ。ありがと。」

「プーカの強いプレイヤーがいる…ガセだと思っていたがここまでとはな。」

「ナニソレ。」

「ふん、まぁいい。実力に免じて今回は引こうじゃないか。」

 

 そう言うと男、ユージーンはサラマンダーの軍勢に撤退の合図を出した。

 

「また会おう。今度は別の形でな。」

「リベンジマッチ? 受けてたつわ。」

「口の減らない…」

 

 そう言いながらも小さく笑うとユージーンは軍勢を率いて去っていった。60人もの軍勢の撤退は中々の迫力だ。全く気にしていなかったが、一気に襲いかかられたことを後から想像して少し怖くなる。

 運も良くそんなピンチにはならずに上手く撤退させることが出来た。セツナも元の台地へと身を降ろした。

 

「ただいま。」

 

 何事もなかったかのように降りてきたセツナにアリシャは興奮して飛びかかる。

 

「ビックリしたヨ! あんなデタラメ! でもいいもん見せて貰ったネ。」

「見事なものだな。アリシャが言っていたことが良くわかったよ。」

 

 二人の領主をはじめ、会談に来ていた両種族から拍手が送られ、セツナは気恥ずかしくなる。自分としてはただ必死に戦っただけだ。確かに守った事実もあるが、その拍手には別の意図が含蓄されていることに気付かない程鈍くはない。

 

「あは…ちょっと危なかったけどね。」

 

 そんな雰囲気に堪えきれず視線をそらすとそこには飛び上がる前にはなかった顔を見つけた。それはこの世界に来て初めて出会った少女の顔。そして…

 

「リーファ!」

 

 呼び掛けるとリーファは片手を上げて応えてくれた。それよりも隣の強張った顔をしている少年に意識を奪われる。こちらに向けられる強い視線。それは既視感のある…そしてどこかあたたかいものだった。

 

「どこかで…?」

 

 それはすぐにはセツナには分からなかった。ただ知っている。なぜかそう感じた。

 

「…セツナ…。」

 

 少年から放たれた声に大きく胸が揺れ動くのを感じた。

 

「え………。」

 

 ただ名前を呼ばれただけ。それなのにこんな風に心が揺さぶられる相手なんて一人しかいない。そして、その人はここにいるはずがないのだ。そんな偶然あるわけがない。訳が分からずセツナはそのまま地を蹴り飛ばした。

 

「セツナ!?」

 

 背中を追う声。それまでもが想起させる。

 混乱し、セツナは最大速度で空を駆けた。

 

―なんで…なんで…なんで!?

 

 訳が分からず真っ直ぐに世界樹を目指して。しかしそれもすぐに終わることとなる。

 思っていたよりもユージーンとの戦いは長かったようで、翅に残された時間はそう多くなかったのだ。光を失った翅はその機能を失う。慣性でやや進みはしたものの、向かう先は重力のままに地面だ。

 あぁ…やってしまった。そう思うも後の祭り。以前何も知らずに落下したときは運良く森に助けられたが、今回はそんなクッションも無さそうだ。

 あんな大立ち回りをしておきながら最後はこれなんてカッコ悪すぎる。行き当たりバッタリなところが自分らしすぎて笑ってしまう。

 そんな覚悟をした時、体は不意に浮力を取り戻す。ますます混乱する頭を整理しろと言うのもむちゃな話。ただ1つ分かったのは取り敢えず命はまた拾ったと言うことだ。

 

「全く…相変わらず無茶するんだなお前は。」

 

 それはさっきの少年のお陰だった。

 あろうことか少年は最大速度で飛んでた自分に追い付くほどの速度で飛んできたおまけに、落下した自分を受け止めたのだ。

 そんな離れ業を出来る人間。そしてこの口調。セツナの脳裏に浮かぶのはただ一人だった。

 

「…キリト…なの?」

 

 どこか信じきれずに語尾が上がる。そんなセツナに少年は少し所在無さげな顔をして困ったように笑った。

 

「あぁ…。」

 

 出てきた肯定の言葉に視界が滲んで行くのを感じた。

 

「なんで…。」

 

 なんで。どう考えても偶然ではない。キリトはあの時ログアウトして、日常に戻ったはず。あんな時間を過ごした後、短期間に別のゲームに入り込もうなんて考えにくい。たとえ有ったとしても、いくつものゲームの中から偶然に出会うなんてこと…。

 

「今度こそ、助けに来た。」

 

 それは現実でキリトがセツナを探し、ここまで来たことを示していた。

 

「…バカ。」

「なんとでも言えよ。」

 

 言葉とは裏腹にセツナの瞳からは涙が溢れ出ていた。

 

「私…まだ生きてるんだ。」

「あぁ。」

「キリトも。」

「お前が還してくれただろ。」

「…私も還りたい。」

「そのために来たんだよ。」

「うん…。」

 

 塞き止めていたものが溢れ出る。

 信じてはいた、でもどこかで信じきれていなかった彼の生還と自分の命が繋がっていること。その答えがクリアになることはまだ見えぬこの世界から出る希望に繋がる。

 

「俺も…お前の母さんも…ディアベルも。みんなお前を待ってるよ。」

「…ちゃんと、みんな本当に還れたんだね。」

 

 茅場を疑った訳ではなかった。しかし死んだはずの自分がこんなことになっているのだから他の人がどうかなんて確かではなかったのだ。

 

「だから今度はセツナの番だ。」

 

 キリトに言われたその言葉にセツナは強く頷いた。朧気に信じていた可能性。ただ闇雲にゲームクリアを目指していた。本当に還れるかなんて分からないのに。しかし自分の体が生きているのであれば何かしら方法はあるはずだ。

 

「うん。向こう側でやらなきゃいけないことがある。」

 

 自分が犯したものがあろうとも、諦めきれない願いがある。

 

「この世界でキリトが一緒で出来ないことなんてない。」

 

 2年を一緒に過ごした彼への想いは心からそう信じさせてくれた。

 

 

 

 




本当はクリスマスに上げるつもりが書き上がらなかった…。

と言うわけで再会です。
なんかずっと考えてたわりにはあっさりとした再会に…要は思ったようには書けなかったと言うことですが。
ユイどこ行った…


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14話*それがあるべき場所①

一周年ありがとうございます!!


 

 

 

 

 

 

 それまで隣にいたのにあっという間に飛び去った。

 

 色んな表情を見ていたつもりだった。この世界(バーチャル)でこんなに豊かなに感情表現が出来ることを知って、それを見れるのが心地よかった。

 だけどそれは彼のたった一部でしかなかった。彼女は見たことのない表情をいとも簡単に引き出した。そればかりかこれまで見てきたどんなものよりも、リアルな…現実と紛うような表情だった。

 ロケット噴射のように飛び立った白銀の翅を追った黒い翅はスピードクイーンを自負していたリーファですら驚くぐらいの速さだった。

 

「リーファ、彼は?」

 

 そう上から降ってきた声に意識を取り戻す。サクヤの程よく清涼感のある声は目覚ましに調度良い。

 

「…彼は」

 

 しかし尋ねられたことには答えられなかった。どう説明していいか分からない。考えてみればそれぐらいに希薄な関係。一緒に旅してきたのが嘘みたいだった。出会ってからまだたった1日と言えば勿論それまでなのだが。

 答えに詰まっていると愛嬌のある瞳が下から覗き混んでくる。大きな瞳に獣の耳。そう言えばケットシー領主の彼女にもまだ挨拶もしないままだった。

 

「彼、あの子と良く似ているネ。キミもセツナを知っているんダロ?」

 

 くるくると良く動く瞳には全て見透かされてしまいそうだった。

 

「はい…。あの、私はリーファと言います。」

「アリシャ・ルーダヨ! よろしく。」

 

 同じ領主でもサクヤとは違い、随分気安い雰囲気だ。それでも何か、形容し難いオーラのようなものが漂っているように思う。

 

「アリシャさんはどこでセツナと?」

 

 目を大きくしばたたかせてからアリシャはいたずらっ子のように笑った。

 

「古森の中だヨ。滞空制限を知らなかったみたいで落ちてきて…ちょぉっと仕掛けてみたらこっちの部隊の方が逆に蹴散らされてサ。」

 

 アリシャの後ろの方では苦い記憶なのか、表情を歪める者もいる。リーファからすれば全くもって不思議なことではなかった。初期装備でサラマンダーの戦士達を一蹴した彼女だ。リーファと別れた後なら少なくとも街で準備する機会もあったはずだ。それならば彼女に会ったときは少しはまともな…いや、初期装備でも結果は同じだったかもしれない。

 

「私が出会ったときは初期装備でサラマンダーを蹴散らしてみせましたよ。…そして彼も同じ事をしてみせました。」

「ほぉーそれはまた! なかなか興味深い話ダネ。」

 

 その事実を伝えるとアリシャの瞳はキラキラと輝いた。そう、セツナだけではない。キリトの方も彼女と同じ事をしてせた。その二人が今顔を会わせた。

 

「彼は…セツナを探していました。」

 

 その手助けをずっとしてきたはずなのに口に出すと心がずしっと重たいのは何故だろうか。彼の目的はずっとそれで…案内してきたのだからそれが果たされたことは嬉しく思うべきことなのに。

 そんなリーファの心中を知ってか知らずかアリシャの表情は変わらない。

 

「それで道案内してたってネ。キミも人が良いネ。」

 

 初心者に対する親切心。果たしてそれだけだったのか。それは違う。彼と彼女に対する興味。それが根底にはあった。

 

「私は…。」

 

 そして現実の自分と同じで認めたくない、認めてはならない想いがあることに精いっぱい気付かない振りをしていること。

 

「ごめーんっ!!」

 

 遠くから響いてきた涼やかな声にそれは打ち切られた。リーファとしてはこれ以上なんと答えて良いのか分からなかったため、救われた気分だった。

 声の主の方を見やると、黒ずくめの少年が先程まで大立ち回りをしていた少女を抱き抱えて翔んでくる姿が見えた。あっけらかんとした少女の様子からして滞空制限にかかったと言うところだろう。台地が近くなったところで体を空に躍らせると、軽々とアクロバティックに着地して見せた。

 

「急に失礼しました!」

 

 やや遅れて少年も着陸する。ついさっきまで隣にいたのになんだか急に遠い人のようにリーファは感じた。それはどこか影を落とした表情だった彼女が晴れやかな表情に変わっていたからかもしれない。奥歯をキリッと噛み締めた。

 

「二人はどういう関係なのかニャ?」

 

 リーファには答えられなかったことに興味津々とアリシャは耳をピンと立てた。そんな直截さはないもののサクヤの方もそんな雰囲気を醸し出す。…勿論リーファも興味が無いわけではない。今自分が知っていることは曖昧な事実。ただそれを確かにするのは怖さもあった。

 目に見えて表情がクリアになった少女、セツナは答えを少年、キリトに促した。視線を合わせるだけで意思は通じているようだった。キリトはややあってから少し言いにくそうに口を開く。

 

「まぁ…訳あって連絡とれなくなってたんだが…お互い一番大切な人だよ。」

 

 リーファと知り合った時にキリトはセツナのことをかけがえのない戦友と言った。それにしてはリーファが彼女を知っていると言った時の反応は大仰なもので、恋人だと思っていた。恐らくそれは間違ってはいない。ただそんな一言では片付けられないような、そんな関係なのかもしれない。キリトの言葉にセツナも頷いた。

 

「まさかここで会えるとは思ってなかったからちょっとビックリしちゃって。」

 

 恥ずかしさの中の嬉しさも含んだ笑顔。逃げだしたのは元恋人で会いたくなかったから…と言うわけではないらしい。本当に何らかの事故で連絡がとれなくなっていたようだ。隣にいるのが当然。そんな雰囲気にリーファは少し悲しくなった。さっきまで隣にいたのは自分なのに。

 

「良かったね! ここまで案内してきた甲斐があったってものよ!」

 

 それでもなんとか笑顔を作った。

 

「リーファありがとう。まさかここで初めて会ったあなたがこんな縁になるとは思ってなかったけど。」

「そうだね。ま、でも事実は小説より奇なりって言うぐらいだしこんなこともあるよね。」

 

 不自然な表情に変わってなっていないだろうか。だとしても元々リーファはこの環境下でセツナやキリトほどの自然な表情を作るのに長けてはいない。ここが現実(リアル)でないことにある意味感謝だ。

 

「でも…なんでここが分かったの?」

 

 目の前ではキョトンとした顔でセツナが首をかしげる。一体どうしたらこんな風にリアルになるのか。そんなことを思いながらもリーファはレコンに伝えられたことを思い出す。

 

「そうよ! サクヤ、大変なの!!」

 

 リーファとキリトがここでセツナと再会したのはまさに偶然。目的は別のところにあった。

 

「大変…とは?」

 

 セツナのおかげでサラマンダーを退けることが出来た。ただここでやれやれと終わらしてしまっては意味がない。リーファの剣幕にサクヤの表情(かお)も引き締まる。

 

「ここにサラマンダーたちが来たのは偶然なんかじゃないの。内通者がいたのよ!」

 

 その言葉を契機に空気は再びピリッとしたものに変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 キリトとの再会を喜んだのも束の間。セツナとキリトが会談の台地へ戻れば話は重苦しい方向へ。セツナはただ脅威を排除しただけのつもりだったがそう簡単な問題ではなかったらしい。リーファの話が終わるまで口を開く者はいなかった程には。

 

「シグルドって…。」

 

 リーファの話によるとシグルドと言う男がこの情報をサラマンダーにリークしたと言う。その名に聞き覚えのあったセツナは小さく言葉をもらした。するとリーファが強く頷いた。

 

「確かセツナも一回会ってたよね。」

 

 そう、それはセツナがこの世界に来たばかりの頃。スイルベーンでリーファと歩いていた時のことだ。人のことをじろじろと見て不躾なことを言った男。頷くことで返す。

 

「…でも、同じシルフじゃない…。彼にとって良いことってあるの?」

 

 領主殺しは多大なボーナスがあると言うのは先程聞いたことだ。ただ同じ種族の者にメリットがあるとは考えにくい。おまけに自分ではなく他の者に手を下させるならば尚更。クエスチョンマークを浮かべるセツナに答えたのはサクヤだった。

 

「《アップデート五.〇》の話は聞いているか? 《転生システム》がいよいよ実装されるらしい。」

「それと何の関係が?」

「シグルドは数値的な強さもそうだが権力主義だ。我々はこうして同盟を結ぶが…実際サラマンダーに後塵を拝しているのが現状だ。彼らが先にグランドクエストをクリアし、滞空制限無く飛び回るのを見上げる…そんなことは許せないだろう。」

「…サラマンダーに転生するのと領主を討つのは関係ないんじゃないの?」

「転生には莫大な金がかかるとか…。領主討ちを幇助することでモーティマー…サラマンダーの領主と何か密約を交わしたんだろう。」

 

 そこまで説明をされ、セツナはようやくなるほどと首を縦に振った。

 

「…でもさ、あいつヤなヤツよね? なんでそんな人がこんな重要な情報を?」

 

 そしてそう尋ねるとサクヤは苦虫を噛み潰したような表情になった。

 

「それは私のミスだな。公平主義を貫くが余りヤツを要職に置き続けてしまった。」

 

 つまりは色んな考え方があっていい。そのためには自分と違う考え方の人間だとしても議会に置く必要がある。…今回はそれが裏目に出てしまったが。しかし次の瞬間にはサクヤはスッキリとした表情に変わっていた。

 

「しかしそれも頃合いだな。ルー、確か闇魔法スキルを上げていたな? 《月光鏡》を頼む。セツナでも構わないが。」

 

 確かにセツナも闇魔法スキルは上げていた。実際にサラマンダーたちの目隠しに使ったのは闇魔法だ。しかし指定された魔法は知らなかったため、アリシャに首を振ることで促した。

 

「…昼間だからそんなに持たないヨ。」

 

 そう言いながら愛らしい耳をピンと立て、呪文を唱え出す。するとその場所には豪奢な装飾が施された鏡が姿を現す。そして、その先にはシルフの政務室だろうか、しっかりとした造りの机に座り心地の良さそうな一人掛けの椅子。その机に足を放り出して座る緑色の長髪の男が姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 




え、そこで切るの!?
…はい。
次回は適当に放り投げた伏線かいしゅー…
中途半端なのは取り敢えず更新したかったからじゃないよ!!
まだまだ続きます。
気長に待ってください…できる限りは頑張ります。


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15話*それがあるべき場所②

見捨てずに読んでくださりありがとうございます!


 

 

 

 

 

偉くありたい

 

人に称賛されたい

 

そんな気持ちは少なからず誰しも持っているんじゃないだろうか。

それが強いか弱いか。

それだけのこと。

 

自分の場合は少しそれが顕著なだけだ。

自覚しているだけかわいいもんじゃないか。

 

 

 

 シグルドは主のいない部屋でリクライニングのよく利いた椅子に腰掛けた。

 

 

 

―この椅子が欲しい。

 

 

 そう思ったのももう終わりだ。

もっと魅力的な椅子が用意されているのだから。

 

 

 慣れ親しんだ緑基調のアバター。有料オプションを駆使してカスタマイズもしている。例のアップデートで種族が変わればこの姿はどうなるのだろうか。このまま赤基調の姿に変わるのだろうか。いや、それは違和感が有りそうだ。緑と赤は相対する色であるし、シルフの線の細いイメージのままサラマンダーにはなりたくない。

 他者の軍門に下るのは些か不満もあるが、他種族に空を支配されるよりは幾分かましだ。ALOのグランドクエストをクリアすると、初めてクリアした種族はアルフに転生し滞空制限がなくなり、自由に空を飛べると言う。それに一番近いと言われる種族はサラマンダーだ。そんな姿を下から眺めるなんて真っ平ゴメンだ。今となってはなぜシルフを選んだのかも忘れてしまった。いくら金を積んだとしても自分は見下ろす立場にいたいと思う。

シルフでもサクヤがいる限りトップに立つのは難しい。ならば一番自分の望みに近いのはこの手段しかない。…たとえ自分の領主を売ったとしても、そんなのは一時だ。自分はもうシルフではなくなるのだから。

 

 

 ずっとトップに立ちたかった。

 

 いつだってそれは阻まれる。

 

 それはこの世界でも。そしてあの世界でも。

 

 

 憧れを馳せていると目の前に急に豪奢な装飾の施された鏡が現れた。それは鏡のような姿でも実際には自分の姿は映してはいなかった。その代わりに鏡に映るのは自分がサラマンダーになるために売った領主の姿だった。艶やかなロングヘアーを携えた美貌の剣士などそうはお目にかかれない。

 

「サッ…サクヤ…!!」

 

 思わず椅子から転げ落ちそうになる。自分の目論見ではもう彼女は討たれていても…いやたとえ未だだとしても戦闘中のはずなのだ。それなのにも関わらず随分と涼やかに映っている。

 そう、これは闇魔法の通信魔法。月光鏡だ。

 

「残念ながらまだ生きている。」

 

 淡々と、口元に笑みを浮かべてはいるがその瞳には暖かさなどない。彼女の美しさがそれを際立たせている。

 

「か、会談は…。」

「予期せぬ来客があったから調印はまだだが…無事、終わりそうだよ。…ユージーン将軍がシグルドによろしく、と。」

 

 温度の感じられないサクヤの声に部屋の気温が一気に氷点下まで落ちたように感じられた。なぜ彼女は生きている…そしてなぜその事を知っている…。ユージーン将軍を退けられるプレイヤーなどいないと思っていた。しかしサクヤがこうしていると言うことはその算段が甘かったと言うことか。しかし全プレイヤー中最強と名高い彼を倒すとは尋常ではない。

 混乱して視線を泳がせているとサクヤの周りの人物たちが目に入った。

 まずはポニーテールの少女。パーティを組んでいた彼女は政治には興味がなかったのではないのか。その彼女がどうしてその場所に。そしてその隣には黒ずくめで背丈ほどの大剣を携えた少年。それは確かスイルベーンでリーファの連れていた人物だ。更にその横には…真っ白の髪で背丈より長い武器を背負った少女がいた。その二人の姿にシグルドは古い記憶を揺り動かされた。…自分としては思い出したくもない苦い記憶。

 

 

 かつて、同じようにダイブしていた別タイトル。そこには種族と言う概念はなく、魔法もなかった。純粋な強さのみが中心の世界。当然の如く誰よりも強くあることを望み、誰よりも早く新たな道を拓こうとした。

 

 しかしそれをすることは叶わなかった。

 

 井の中の蛙とでも言うか、自分より遥かに上手く、強いプレイヤーたち。どれだけプレイ時間を伸ばしても敵うことはない。次元の違いを見せ付けられた。今となってはそのゲームは伝説となり、大事件になってしまったため、途中で意思を挫かれたことは良かったのかもしれない。自分はベータ版のみをプレイし正式サービスをプレイすることはなかった。しかし記憶には強く残っている。その筆頭にいたのも黒ずくめの男と白髪の少女だった。

 いかにもRPGの主人公然とした美丈夫のオーソドックスなプレイヤーの側に、透き通るような容姿でいて鬼のような破壊力の武器を振り回すプレイヤー。そう、白髪で赤目…そしてリーチの長い武器に空色の装い。

 

「まさか…。」

 

 サクヤの後ろに認めた少女。彼女とも一度スイルベーンで顔を会わせた。その時は何も思いはしなかったが…。パーソナルカラーを大切にする者は多い。そしてその容姿は…。記憶の中の少女と寸分違わぬ姿だった。何故あの時気付かなかったか不思議なぐらいに。もし彼と彼女があの二人ならば、もしそうであるならば、ユージーンが討たれたことに合点はいく。あの時でさえ別次元…時間が経った今、更に上を行くのは間違いない。何故今までこの世界で名を馳せていなかったか不思議なくらいに。

 

 全て悟った様子のシグルドにサクヤはゆっくりと言葉を浴びせる。

 

「シルフでいるのが耐えられないのなら、その望み叶えてやろう。」

 

 そして左手を縦に振ると現れたパネルを操作していく。それが何を示すか分からないシグルドではない。

 

「まさか…、お前そんな事をして只で済むと思っているのか。」

「それはお前ではなく次の領主投票で民が決めることだ。…去らばだ。脱領者(レネゲイド)として中立域をさ迷うがいい。」

 

 サクヤは躊躇いなく左手を動かす。

 

「ま、待て…!」

 

 必死の制止にも彼女の眉はピクリとも動かず、その代わりに再び薄い唇が開いた。

 

「いずれそこにも楽しみが見付かることを祈っているよ。」

 

 強制転移。

 体が浮遊する感覚を味わいながら様々な思考が飛び交う。

 

 虚無

 

 敗北

 

 喪失

 

 サービス開始から1年程…自分が築き上げてきたものが失われていく。本当にそれは得てきたものなのか。少しの疑問も浮かびながら。結局自分には自尊心と慢心…それしかなかったのか。

 その真価はこれから試される。その事に思い至るようなシグルドではなく、そのまま意識を飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 鏡がゆっくりと消滅をし、それを維持していたアリシャ・ルーが腕を下ろしたところでサクヤも視線を下げた。

 

「サクヤ…。」

 

 リーファの声にサクヤは直ぐに表情を変える。

 

「私が間違っていたかどうかは民が決めてくれる。それよりも政に関心のない君がこうして駆け付けてくれたことが嬉しかったよ。」

 

 覚悟を孕んだその表情は清々しいものだった。そこには迷いの欠片もない。領主として領民を追放するのは大きな決断だったろう。リーファはそんな自分の種族の領主を誇らしく思った。

 

「結局何もしてないけどね。」

 

 照れ混じりに答えれば再び興味は彼女に戻る。何かした、彼女に。

 

「そう言えばセツナ、プーカ領主の名代だって言ってたけどいつ知り合ったのかニャ?」

 

 アリシャの疑問にセツナは目を丸くする。そしてカラカラと軽快に声を上げて笑った。

 

「そんなことも言ったわね。まっさか! 知り合いでもなんでもないわ。テキトーよ。あれぐらい言わないと話にならないと思って。」

 

 あっけらかんと事も無げに言うセツナに一同は唖然とし、キリトは大きくため息をついた。

 

「あ、キリト、マタコイツハ…とか思ってるんでしょ! 自分だって同じ事をする癖に!!」

 

 目敏くそんなキリトを視界に入れたセツナは直ぐ様不平をぶつける。そしてそんなことを言われて、言われてみればそうかもしれない自分に今度は苦笑いを浮かべた。

 かたや一段落した横では領主同士でそんな彼女の奪い合いが始まる。

 

「ははっ頼もしいネ。ずっとケットシー領で用心棒をやって欲しいぐらいだヨ。」

「ルー、君の友人ではあるが、聞けばリーファの友人でもあるみたいじゃないか。今回のことはシルフの諍いだ。こっちにも交渉権はあると思うが。」

 

 色仕掛けを仕掛けられたら男ならイチコロと言う色気を漂わせながらのそんな会話。勿論そのベクトルは真逆ではあるのだが。しかし、残念ながらセツナは女性であるためその色気も100%の効力は発揮しない。

 

「お気持ちは嬉しいんだけど、私はまずゲームクリア…なんだよね。だから取り敢えずは央都に向かいたいの。」

 

 そう口に出してセツナは大きな戦闘で片隅に追いやっていた目的を思い出す。キリトと確認しあった元の世界、現実の世界に還ること。その方法の手掛かりはまだゲームクリアしかない。それが正しいのかすら分からないが他を考えられない限りはそれを目指すしかない。

 

「そうか…我々の会談もそのためのものではあったが、もう少し時間がかかりそうだ。」

「攻略にはお金もかかるもんネー。」

 

 二人の領主は気分を害することはなく淡々と答える。するとキリトが何かに気づいたかのように口を開いた。

 

「なぁ、セツナ。」

 

 キリトに耳打ちされた提案にセツナは直ぐ様乗ることに決めた。必要最低限。それ以外は必要のないものだ。何故今まで気が付かなかったのかと思い、キリトもセツナも()()をオブジェクト化すると重たい革袋ごと二人の領主に手渡した。

 

「ねぇ、これ、使ってもらえないかしら。」

 

 それが攻略の手助けとなり、自分がこの世界から解放されるなら本望だ。チャリっと音を立てる重量のあるそれをアリシャは恐る恐る覗き込んだ。大きさにして歩幅程のものが腰ぐらいまでの高さを持つ。

 

「さ…サクヤちゃん…これ…。」

 

 そしてその中に入っていたものの1枚をつまみ上げるとその顔色を青くした。

 

「10万ユルドミスリル貨!? まさかこれ全部?」

 

 サクヤも慌てて二人が出したそのものの中身を覗き込む。

 

「ちょっとは足しになるでしょ? 勿論、あなたたちが攻略する時には同行させてもらうのが条件だけど。」

 

 肩をすくめてサラリに言うセツナだが二人の領主の表情は強張ったままだ。この世界の金銭感覚をよく分かっていない二人ではあったがそれは結構なもの。

 

「こんなの無くてもセツナには協力してもらうつもりだったヨ!」

「どうやってこの額を…一等地に城が建つぞ。」

「キミもいいノ?」

 

 アリシャにゆっくりと振り向かれキリトも首を大きく縦に振る。

 

「当然! セツナの意思は俺の意思だ。」

「それなら有り難く…これだけあれば十分かも知れないネ。」

「なら良かった。私たちは先に央都に向かうよ。…リーファはどうする?」

「えっ!」

 

 攻略の話がトントンと思いもよらぬ方向へ進み呆気にとられていたリーファは声をかけられて戸惑う。キリトの目的はセツナを探すこと。それが達成されたから自分はもうお役御免ではないかと。

 

「私は…。」

 

 二人を間近でみるのは少し心苦しい。だけど二人の振舞いは見ていたいと思う。矛盾した思い。

 そんな彼女を後押しするのは彼女が案内してきた人物本人だった。

 

「俺もセツナも…まだこの世界に慣れてないからもしリーファがいいなら一緒に来てくれないか?」

 

 キリトにそう言われリーファはセツナに視線を移す。するとセツナも柔らかい笑顔で頷いた。

 

「魔法、まだそんなに得意じゃないの。サポートしてくれると嬉しい。」

 

 チクりと胸の痛さはあるものの二人にそれ以上に惹かれているのも事実。そして、シルフ領からこんなに離れて自由に歩き出したことにもワクワクしていた。

 

「あ…アルンまで案内するって言ったじゃない。当たり前よ。」

 

 ただ素直には言えずにリーファは顔を背けた。頬が赤くなってしまったのがバレていないだろうか。横目でチラリと二人に視線を向けると見透かされたような笑顔が憎らしい。

 

「ふふ、ありがと。そしたら…アリシャ、サクヤ央都で待ってるわ!」

「できるだけ早く向かうようにするヨ!」

「これだけされては動かずにはいられないよ。」

 

 その約束。たったそれだけでセツナはゆっくりと翅を開いた。森を抜け、世界樹を目指したときとは違い、隣に二人の仲間。そして後から来てくれる仲間。頼もしく思える。そして隣のうちの一人はもっとも信頼できる人だ。

 まだ、何も解決したわけではない。それでも心踊らずにはいられない。

 

「キリト、リーファ、競争しよっか。」

 

 セツナは一気に背中に力を入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




と言うわけで…期間が開いてしまいましたがやっとこさ更新です。

それがあるべき場所

二人の立ち位置みたいに思っていただければ幸いです。
次回はALO編で書きたかったエピソードのうちの1つを書きたいと思います。
ディアベルはん…私は忘れていない。

適当に張っといた伏線も回収です。
シグルドさんがSAOのベータテスターだったら。
勿論捏造です。


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16話*不都合な事実

 

 

 

 

 

 現実の時間は深夜を過ぎ早朝に入ろうと言う頃。最寄りの村で宿に入り、それぞれ部屋に分かれた。自室に入る前にキリトはセツナを呼び止めた。

 

「なぁ、セツナ。」

「なに?」

 

 キリトにはセツナと出会ってから1つだけ気になっていたことがあった。

 

「logoutボタン…ないのか?」

 

 自分には当たり前だがあったそのボタン。この世界に来てからも彼女には存在しないのかどうか

 セツナは曖昧な笑顔を作ると()()でステータスウィンドウを開いて見せた。キリトはそれで全てを悟る。ウィンドウを開くのが右手だったのはSAOにいた頃のことだ。ここ、ALOでは自分は()()でウィンドウを開く。彼女はまだあの世界に捕らわれている。その証以外のなにものでもない。

 

「この通り。だから、世界樹を目指す以外に他はないの。」

 

 後悔しかなかった。

 自分は左手を振り、ボタンさえ押せば現実世界に帰れる。彼女はここに留まるしかないと言うのに。

 

「…ゴメン。」

「なんで謝るの? 私、キリトがここまで来てくれて本当に嬉しい。またこうして会えて。だから気にしないで。」

 

 その表情に曇りはない。自分が現実世界でリハビリをしながら還りを待ち望んでいるときも、彼女は戦っていたのだろう。たった1人、確かな道筋もないのに自分の運命を切り開くために。

 

「…俺は…。」

 

 キリトが何も言葉をかけられずにいると胸元のポケットがもぞもぞと動き、ライトマゼンダの固まりが飛び出した。

 

「お姉ちゃん!!」

 

 それはユイだった。連れてきたのは良かったが人前にだすのは好ましくないと思ったため隠れてもらっていたら恐らく寝てしまっていたのかもしれない。

 

「え…。」

 

 セツナはその小さな妖精の姿、顔を見て目を丸くする。無理もないそれは予想もしなかったものだろう。ロングのブルネット。切り揃えられた前髪。愛らしい姿の大きさは変わってはいたがそれはセツナが茅場に望んだものだった。

 

「…もしかして…ユイちゃん?」

「はいっ…!」

 

 あの世界の終わりに自分の代わりに生かして欲しいと願ったあの世界で生まれた命。その約束は果たされていた。1ヶ月、一人で進んできたことは無駄ではなかったのかもしれない。

 

「また…会えるなんて思ってなかった。」

「私も…お手伝いしますからね!」

 

 セツナの目じりからは自然と涙がこぼれ落ちた。

 

「ありがとう…奇跡は…奇跡は起こるんだね。」

 

 ユイはキリトを助けるためにあの時力を使った。それは結果としてセツナを死に至らしめることとなった。それはユイの中にも根付く。それでもこうして再会を喜んでくれる彼女にユイも改めて決意する。必ず方法を見付け出すと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずっとダイブし続けるわけにはいかない。折角再会した彼女とずっといたい気持ちはあるものの、SAOのことで家族には随分と迷惑をかけてしまった。またナーヴギアを被っている姿など見せたら発狂するだろう。リーファがログアウトしてから程なくキリトは和人に戻った。そのまま短い睡眠に陥るも射し込んできた朝日に目を覚ます。

 

「8時…か。」

 

 一晩中ゲームに明け暮れることは珍しいことではなかった。今回は少し睡眠時間がとれただけましな方だ。少し早いとは思いつつも、寝ぼけ眼を擦りながら和人は携帯を手に取った。通話履歴の一番上がこいつなのは不思議な気分だが…和人はそのまま通話ボタンを押す。

 

『もしもし?』

 

 数コール鳴って聞こえてくるのは声だけでイケメンだと分かるような声。少しだけ眠そうなのは彼も同じ事をしていたからかもしれない。そう、弘貴(ディアベル)への電話だ。

 

『よぉ、早いな。』

『…あんたに起こされなければまだ寝ていたかったさ。』

 

 どうやら申し訳ないことに彼は和人の電話で起きたようだ。声色から眉間にシワがよっているのが易く想像できた。

 

『まぁまぁ、じゃぁ目の覚める話をしようか。』

『手短に頼む。』

 

 今にでも再び眠りに落ちそうなあくび混じりの声。

 

『まぁ、そう言うなって。セツナと再会したんだよ。』

 

 電話口の奥で息を飲むのが聞こえる。それまで漂わせていた不機嫌なオーラは一気に消える。

 

『…本当か!?』

『目、覚めただろ。』

『あぁ。嘘じゃないんだな。』

『さすがにこの嘘だけはつかないな。』

『…キリトさんばっかり納得がいかないがな。』

『結び付きの強さを侮るなよ。』

 

 声色だけで彼が何を思っているか和人には分かる。同じ気持ちを抱いている者同士だ。彼女のことに関してだけは共通するものがある。

 見付けはしたもののログアウトの方法が分からないことは添えておく。

 

『そうか…じゃぁ後はログアウトさせる方法を考えるだけか。』

『あぁ。セツナに確認したがlogoutボタンは無いそうだ。』

『…そうか。』

 

 それが最大の問題であった。再会を喜びはした。但しどの様にすれば元の世界に還れるのか、その方法が分からない。クリアを目指してはいるが、SAOのクリアの概念とは大きく異なる。それが正しい答えかどうかは全くもって自信がない。

 通話中にも拘らず、沈黙が支配する。

 こうして弘貴に伝えたのには解決策を一緒に考えて欲しかったからと言うこともある。勿論ただ単に情報をくれた彼にきちんとフィードバックをするのは当然だと言う思いもあるが。

 八方塞がりの中、和人はもう1人報告をすべき人を思い浮かべる。彼女に報告することが正しいかは分からないけれど、セツナ自身はそれを望んでいる気がした。自分ばかりと弘貴が言うのであれば彼も一緒に連れていこう。

 

『なぁ、お前もセツナに会いに行かないか?』

 

 それは現実世界(こ   こ)でのこと。

 

 

 

 

 弘貴と約束をして直葉に病院に出掛けることを告げると、直葉からは予想もしない答えが返ってきた。

 

「キリトさん…その方は…?」

 

 待ち合わせ場所で弘貴が驚くのも無理はない。直葉は何を思ったか、私も行って良い? と尋ねてきたのだった。なぜ突然妹がそんなことを言い出したのか和人には想像も出来なかったが、断る理由もないし、直葉には"目覚めていない大切な人"と雪菜のことは伝えていたため連れてきたのだった。

 

「おにいちゃん?」

 

 隣で直葉が紹介しろと促してくるのに慌てて和人は姿勢を正す。

 

「あぁ、悪いディアベル。こいつは俺の妹で直葉って言うんだ。スグ、この人は…風間弘貴さん。俺が向こうでお世話になった人だよ。」

「初めまして、桐ケ谷直葉です。お兄ちゃんにこんなカッコいい知り合いがいるなんて思いませんでした。」

「風間です。」

 

 直葉と言う第三者がいるため和人は咄嗟に本名を呼んだ。なんだか失礼なことを言われているが今に始まったことではない。

 

「キリ…和人さん。」

 

 弘貴もなれない様子で和人の名前を呼ぶ。ずっとこの場にいたらボロが出てしまいそうだ。

 

「あぁ、じゃぁ病室に行こうか。」

 

 病院ではお静かに。中に入ってしまえば余計な会話はしなくて済む。和人は勝手知った受付で入館手続きをさっさと進めた。

 広くよく掃除の行き届いた廊下を歩きながら和人は口を開いた。小声でも人がいなくよく響く。

 

「初めに断っておくが…多分雪菜の母親がいると思う。弘貴は多分驚くだろうな。」

「なぜ?」

「…雪菜とそっくりだから。」

「なるほど…。」

 

 彼女と違って髪色も瞳の色も暗く濃い茶色であることは口にはしなかった。弘貴ならセツナからあの姿がそのままの姿であることは聞いているであろうが、実際に目にするのはまた違う。

 弘貴が頷くのを待ってから病室のスライドドアを軽くノックすると涼やかな声がどうぞ、と中に促す。

 

「こんにちは、深雪さん。…今日は1人じゃないんですけど。」

「桐ヶ谷君いらっしゃい。大歓迎よ。あの子にちゃんと友だちがいてくれたことが嬉しいわ。」

 

 背後でイケメンが息を飲むのが聴こえる。それほどに顔の作りが似ている。失礼ながらゲームに例えれば1Pと2Pの関係。つまりは色違いのように見える。目の前では深雪さん、セツナの母親もはっとした顔をしている。イケメンは得だ。それに気付き、弘貴はペコりと頭を下げた。

 

「風間弘貴と言います。」

「雪菜の母です。わざわざどうもありがとう。そう…年上のお友だちもいたのね。」

 

 そして年齢を聞いたことはないが年の頃は6個か7個離れている筈だ。確かに普通に生活をしていて年上の友人が出来るのは中々ないだろう。それに…いつかセツナはSAOの世界で初めて人との付き合い方を覚えたと言っていた。彼女の母親にすれば娘に友人がいる。その事実だけで嬉しいのかもしれない。

 奥へ奥へと促され、直葉もおずおずと頭を下げた。彼女の母親がいるのは直葉にしては予想外だったのかもしれない。

 何度来ても動かない彼女に慣れることはない。弘貴(ディアベル)は彼女を前にして何を思うだろうか。

 

「ディアベル…セツナだよ。」

 

 和人が紹介すれば弘貴はその場に縫い止められたようになった。真っ白な髪。透き通るような肌。そして今は見ることのできない赤い瞳が隠れている瞼を縁取るのはやはり白い睫毛。あの世界にいたセツナと違うところは髪の長さぐらいだろう。目覚めた頃の自分もそうであったがこの2年で伸びた分だ。

 動けずにいる弘貴の更に後ろから悲鳴のような声が響いた。

 

「うそっ!」

「直葉?」

 

 狼狽える妹に和人も戸惑う。直葉の顔色は真っ青に染まる。

 

「セツ…ナ…?…え…お兄ちゃん…キリトくん…?」

 

 そしてその口から出てきた名前に驚くことになる。和人は自分のプレイヤー名がキリトで雪菜のプレイヤー名がセツナであることは明かしたことはなかった。大切な人が、雪菜が眠ったままであると言うことしか。

 

「なんでスグがその名前…。」

 

 自分としては疑問を口にしただけだった。しかし直葉は傷付いたような悲しみで溢れた目をする。それは直葉の言葉に対する肯定だ。

 

「…私、先に帰るね。」

 

 直葉は今にもこぼれ落ちそうな涙をこらえ、そのまま病室を後にした。

 

「キリトさん…?」

「桐ヶ谷くん?」

 

 急な妹の行動に和人は訳がわからなくなる。そんな二人を案じて弘貴も雪菜の母親も気遣わしげに視線を送る。

 

「いや、なんかスミマセン。妹とは家に帰って話します。」

 

 ディアベルを雪菜に会わせること。雪菜の母親にセツナの意識が戻る可能性の話。その二つが目的で直葉を連れてきたのは和人としてはおまけの筈だった。しかし何から話すべきなのか、何を話すべきなのか皆目検討もつかず、折角病室にいながらも気は漫ろだった。

 

 

 

 

 

 




さて、書きたかったエピソードと前回書きましたが、それは次回に持ち越しになりそうです。今回はフリで終わり。
原作より時期が早いですね。
時系列が色々変わるのは当然仕様です。
そしてディアベルさんお久し振り。


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17話*交錯する感情

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんで

 

 

 

 

 

 

 

 なんで

 

 

 

 

 

 なんで

 

 

 

 なんで

 

 

 

 なんで…!!!

 

 

 

 

 何度繰り返しても足りない。それほどに直葉は動揺していた。病院から出てすぐに走り出したのはその表れだろう。歩いて15分程の距離を一気に駆け抜け、5分程で駅に着くとすぐに電車に飛び乗った。今思えば美青年の友人…弘貴と言ったあの人が口にした名前で気付くべきだった。

 

キリト

 

 確かにそう聞こえた。だけど都合のいい頭は桐ヶ谷の聞き間違えだと思った、思い込んだ。しかしそうではなかったのだ。

 

 兄、和人はSAO(向こう側)での話を少しだけ聞かせてくれた。自分は攻略メンバーであったこと、ずっと行動を共にしていた少女がいたこと…そしてその少女は未だに現実の世界に戻ってきていないこと。それを口にした時の和人の表情から直葉はその少女が彼にとってどんな存在か分かっていた。かけがえのない人。何よりも大切な人。筆舌尽くしがたい程の存在だと言うことは痛いほど分かった。それは直葉が兄に対して…実際は従兄である彼に対して抱いていたほのかな感情と同じもの…いや、それよりも更に深い感情だったからだ。少女の名、雪菜。その名前を口にする時の和人の声はいつもと違うように感じた。どこか甘く…切ない音。そんな声、聞いたことなかった。兄からは勿論、そんな恋い焦がれるような想いを孕む音、普通に暮らしていて出せるようになるとは思えない。

 ゲームに囚われていた兄が還ってきた時、どんなに嬉しかったことか。彼が囚われている間に知った真実のせいで芽生え始めた感情も相俟って。…2年間と言う時の中でそう言う存在が生まれるのは不思議なことではない。ただチクりと胸が痛く…自分の想いに気付かされた。叶わない。それでも捨てられない感情。だからALOでキリトに会い、同じものが芽生え始めたとき、どこか安心した。

 しかし、直葉はVRMMOプレイヤーとして忘れていたことがあった。和人も雪菜も本名でプレイしている可能性は低いと。そんなプレイヤーは珍しいものだ。実際に自分もリーファと言うキャラ名をしっかり持っているし、クラスメイトの長田くんはレコンと言う名前を使用している。だから彼も彼女も当然そうであった筈なのに思い至らなかった。まさか和人がキリトであり、雪菜がセツナであったことに。

 SAOの世界では現実の世界の姿が再現されたと言う。雪菜は眠ったまま。あの姿を見てすぐに答えが浮かんだ。セツナはまだ囚われたままであり、キリトは彼女を助けるためにあの世界に入り込んだのだと。

 自分の2つの淡い想いは同じ人に向けられたものだった。

 

「…そんなのって…ないよね。」

 

 ポツリと呟いた言葉は電車の音にかき消される。

 雪菜…セツナがなぜALOにいるか、難しいことは分からなかったが、ただ1つ確かなのは自分の想いが実ることはないと言うこと。あの二人がどんな風に想いあっているかはALOの中で目にした。

 今日、雪菜に会いたいと思ったのはただ確かめたかったからだった。キリトに向かい出した想いがどんなものなのか。それは和人の想い人に会えば分かるのではないか。そんな気持ちから病院に来ただけだった。…答えは分かった。最悪な形ではあったが。誰が悪いわけでもない。ただの偶然が引き起こしたことだ。事実は小説よりも奇なりとはよく言ったもので…時に非常に残酷だ。

 

 しかし真っ白の髪に肌。

 ALOの中やマンガでは目にすることもある。正に妖精…アバターだけでも羨ましいのにあの容姿が現実のものとは俄に信じがたい。

 

「世の中不公平だよ…。」

 

 電車の窓に微かに映る自分。黒い髪にしっかりとした目鼻立ち、女子にしてはきりりとした眉毛。線の細い兄…従兄(和人)とは似ていない顔。それに比べて線が細く、整った顔。奇跡のような色合い。あんな人を見てどうしても比べずにはいられなかった。実際はあんな浮世離れした姿では苦労することも多いかもしれない。ただそれを経験していないものとしては、ただ美しいその姿が羨ましかった。美しく、そして兄と想いを通わせているその事実が。たとえ未だにゲームに囚われている現実があったとしても、助けようとしている存在がいる。多くは語らなかったが病室に向かうと言うことは(弘貴)もそうなのだろう。なんで兄だったんだろう。あんなにカッコいい人が想ってくれているのだからあの人でも良いじゃないか。自分から兄を取り上げなくたって…。

 

「でも…私、サイテーだ…。」

 

 次々と湧いてくるどす黒い感情に直葉は自己嫌悪する。彼女は何も悪くなく、被害者だ。羨ましく、妬ましく思うのも自分の勝手な想いからなのだから。

 直葉はゴツンと窓に額をぶつけるとガラス越しに伝わってくる外気にそのまま少し冷やしてもらうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セツナ…。」

 

 弘貴はゆっくりと白い頬に触れた。2年眠り続けている少女の顔色は決して良いものではない。それでも感じるほのかな暖かさに込み上げるものがある。

 

「…ディアベル…。」

 

 弘貴のそんな様子を見て和人は改めて彼の情の深さを思い知った。あの世界でも常に優先していたのはセツナの気持ち。すれ違いを繰り返していた自分とは大違いだ。でなければあの時彼女をギルドから脱退させることなどできなかっただろう。彼女の隣にいたのは間違いなく自分であるが、背中を支え続けたのは彼に他ならない。だから彼には公平であらねばならないと思うのかもしれない。単なる恋敵ではない。セツナにとっても大切な存在であることは間違いないのだから。

 しっかりと、存在を確かめるように触れると弘貴は撫でるようにその手を離した。振り返ったその表情は強い意思に包まれている。

 

「キリトさん…必ず…助けよう。俺は現実(こっち)でも笑ったセツナが見たい。」

 

 弘貴は知っている。セツナが現実世界(こちら側)でどうあったか。だからこそ出た言葉かも知れない。

 セツナ…雪菜は和人と同じだった。人とのつきあい方を知らない。アバターを、壁を一枚挟んだ人間関係以外を恐れていた。和人のそれは自分の生い立ちに起因したが雪菜の場合はその容姿によるものだった。仮想世界での圧倒的な美しさが現実世界ではただの異質なものだ。それは想像するに難くなく、実際に自分が街中で雪菜と同じ容姿をした人を見たらどう反応するか…雪菜と言う存在を知っていたとしても…。それでも世界が終わる時、人と関わることを知れたのにと涙した彼女を救い、現実世界でも出会いたい。そして…。

 

「あぁ…!」

 

 それは二人に共通する願いだった。

 

「雪菜は幸せね。」

 

 二人の想いに雪菜の母は笑顔を見せた。その笑顔に報いるためにもその方法を必ず見付け出さなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーしかし…気が重い。

 

 帰路に着く、和人の本音だった。

 なぜ(直葉)があの様な態度で去っていったのか。全く見当がつかない。キリト、セツナとオンラインでの名前を口にした直葉。それはつまり和人がキリトとして直葉と仮想世界(向こう側)で出会っていると言うことだ。そしてセツナとも。そうなれば選択肢は限られてくる。キリトがALOで出会った人間はそう多くはない。それも女性となれば尚更。

 

「サクヤ…ではないな…アリシャ…?」

 

 もしくはあの会談にいたシルフかケットシーの誰か。ただ和人の中で数少ない人間に限定するのなら答えは出ていた。

 

「やっぱリーファ…だよなぁ…。」

 

 真っ直ぐでどこか型を思わせる剣術を披露するリーファ。剣道で全国大会ベスト8の直葉と思えばすっと心に落ちてくるものがある。

 ただ、驚くのは分かる。自分だって教えてもいないキャラネームを口にされたのだから動揺はした。だけどあのように飛び出して行くほどではない。

 

「なんかマズイコトしたっけなぁ?」

 

 リーファの前での振る舞いを振り返るがさして思い当たるものはない。…SAOで心配をさせておいて短期間でALOにダイブしていることが問題だと言われればそうだが。どちらかと言えば逃げ出したいのはこちらの方だ。妹の前と知らずセツナを抱き抱えるなどパフォーマンスが過ぎる。その他にもあれやこれやの発言。思い返せば赤面ものの台詞がある。

 直葉にすれば笑い飛ばせば済むような感じもするがきっと原因は他にあるのだろう。セツナの方が何かしたかとも考えたが、もう一度会いたいと口にしたからには違うのだろう。

 

「…わからん。」

 

 いかに足取りが重かろうともいつかは家に着く。直葉になんと声をかけようか。直葉は何をしているだろうか。ALOにログインをしているだろうか。はたまた寝てしまっているだろうか。

 考えが定まらないうちに家についてしまい和人は頭を抱えた。祖父の残した道場があり、外観は純然たる日本家屋でありながら中はそこそこにリノベイトされている我が家。自室の隣の部屋には可愛らしいドアプレートがかかっている。そこが直葉の部屋。ドアはぴっちりと締まり、明かりは漏れてきていない。電気をつけてはいないのか、はたまたいないのか。

 コンコン。和人は意を決して部屋をノックした。

 帰ってくる返事はないがドア越しに人の気配がするのを感じた。

 

「直葉…?」

 

 呼び掛けにも答えないが聞いているならそれでもいい。

 

「…そりゃ俺だって驚いたけどさ…。またナーヴギアを使ったことを怒ってるなら悪かったと思うよ。だけど仕方なかったんだ。」

 

「放っておいて…一人にして…。」

 

 ドア越しにようやく聞こえたのは低い声だった。それは和人の弁解をすべて否定する言葉だった。ただ、このままでは終われない。兄妹気まずいまま過ごしていくなんて真っ平ごめんだった。和人は言葉を絞り出す。

 

「…雪菜…セツナはまだあの世界に囚われている。あのままになんてしておけない。だから…。」

 

 すると直葉からは泣き叫ぶような声が響いてきた。

 

「そんなの! 分かってるよ…。」

 

 言葉尻は弱く、拒絶の意思を感じる。

 

「………。」

 

 和人が言葉を発せずにいると直葉は静かな声で言葉を続けた。

 

「…分かってる。セツナもお兄ちゃんも何も悪くないの。自分が嫌になっただけ。」

「スグは…リーファは俺たちを助けてくれたじゃないか。なんで…。」

「お兄ちゃんを好きな気持ち、キリトくんにすげ替えようとした自分が嫌なの。雪菜さんに、セツナに嫉妬してぐちゃぐちゃな自分が。」

 

 直葉の言葉に和人は言葉を失う。だって…

 

「…好きって俺たちは。」

「もう知ってるの。私たち、本当の兄妹じゃないって。」

 

 それは和人が知った時、人との距離感が分からなくなった真実。その微妙な事実は人の感覚をこんなにも狂わせるのか。ただ、直葉は知らないはずだった。だからそこ和人はSAOから帰って来て、それまでの数年間を埋め合わせるように直葉に接してきた。それが裏目に出るなんて思っても見なかった。

 

「…2年も前から。だけど、こんなことになるなら知らないままが良かった!そしたら、こんな気持ちになることなんて無かったのに。」

 

「…ゴメン……な。」

 

 直葉の悲痛な声に和人が返せたのはそれだけだった。何があろうとも自分にとっては直葉は妹であり、また大切な人は他にいる。しかしかけがえのない存在と言う点では直葉もそうである。どうしたらいいか。

 

「…だから…もう放っておいて。」

 

 直葉の方はもう閉ざしてしまおうとしている。今、何かしなければ本当にどうしようもなくなる。

 

「…ALOで待ってる。宿の外のテラスで。」

 

 かけられた言葉はそれだけだった。後は直葉が来ることを信じるしかない。和人は自室にはいるとすぐにナーヴギアを被った。

 

 

 

 

 

 




GWは如何お過ごしでしたか。
今週はやる気のでない方が多いのではないでしょうか。

また期間が空いてしまいましたがなんとか更新です。
また中途半端ですが…
さて、どうしよう。


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18話*1つの回答①

お久し振りです。
今回繋ぎの話になりますが…
お待ちいただきありがとうございます。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現実(リアル)ではお昼頃…かぁ。」

 

 キリトと再会した。その事実は嬉しかったが、生きる世界が違うように感じて少しの寂しさもあった。自分はログアウト出来ないと言うことが、まるで自分がゲームの中だけの存在かのように思えてならない。ユイと言うAIを前にし、自分は北原雪菜と言う記憶を埋め込まれたセツナと言うNPCなのではないかと。自分で考え動くAIのユイは、細かな仕草までがプログラムで出来たものとは思えないほど精巧に出来ており、キリト曰く、ボトムアップ型人工知能の完成形だと言う。

 ただ、キリトは言った。現実の私に会ったと。北原雪菜は存在する。それが今の心の支えだ。現実の自分が生きているならば、いつか還れると。一度は諦めた生が手に入るなら、一度は死を突き付けられたからこその願い。自分の中に"生きたい"と言う確かなものがある。皮肉にもSAOに囚われなければ、そしてこうして何かのイレギュラーで命を繋がなければ芽生えなかった思いだった。

 

「おねえちゃん?」

 

 キリトのプライベートピクシーと言う位置付けになっているらしいが、ユイはキリトがログアウトしていない今も傍にいる。

 

「なんでもないよ。私も…還りたいなって…思ってたとこ。」

「…私も可能な限りお手伝いします…! 以前みたいに多くの権限はありませんけど…。」

 

 ALOに来てからはずっと一人で行動していた。SAOにいた頃もそのつもりだったが、いつもキリトやディアベル…アスナと気付けば仲間がいた。それを知った今、誰かが傍にいることは心強かった。

 

「ありがとう。」

 

 あの時代わりに生きて欲しいと願った彼女が傍にいる。 奇跡みたいな話だ。

 

「…でも、よくユイちゃんまでここに。」

ALO(ここ)のサーバーはSAOサーバーのコピーみたいなんです。お兄ちゃんのナーヴギアのローカルメモリを通じて私も入ることが出来たんです。」

「…なるほどね。」

 

 それは、セツナが持っていた複数の疑問の答えだった。本来、別のゲームになど迷い込むはずはないのだ。どういうわけかは知らないが、実際迷い込み活動できているのは、ここがコピーサーバーで、互換性があったからに他ならない。そしてALOと言うゲーム下においても尚、自分の一部はSAOとして稼働していることも。でなければ右手でウィンドウが開くはずはない。

 

「運が良かったのか悪かったのか…。」

「…良かったんですよ。でないとお姉ちゃんは…。」

「うん。分かってるよ。」

 

 ユイが口にするのを躊躇った先は自分が一番分かっていた。それでも思ってしまう。たまたま混線したと言う簡単な話なら良いが。するとユイは思い出したように口を開いた。

 

「そう言えばお兄ちゃんが言ってました。ALOに来たのはお姉ちゃんの噂があったからだけじゃないって。」

「…どう言うこと?」

「私はよく知りませんが…アスナさんと言う方がいるかもしれない…と。」

「アスナが!?」

 

 それは予想もしないことだった。自分の他にもまだ囚われている人間がいる。それが示すことは何か。何かに殴られたような衝撃。チカチカと警鐘が鳴り響く感覚。

 

「ただの…ただの混線や事故じゃないってこと…?」

「お姉ちゃん…?」

「ユイちゃん、キリトはアスナについて他に何か言ってた?」

「…アスナさんに似た方の画像が…と。これですね。」

 

 そう言ってユイは耳を澄ませるようなポーズをとると、目の前にウィンドウを開いた。それに映されたものをみてセツナは息を飲んだ。

 

「…アスナ……!」

 

 決して解像度は高くはない。それでもそうとしか思えなかった。栗色の髪に凛とした横顔。見間違える訳がない。セツナが食い入るように覗き込むと、ユイは更に言葉を続けた。

 

「…どうやらこの世界の世界樹で撮られたものみたいです。」

「……世界樹。」

 

 自分の解放―――ゲームクリアのために世界樹を目指してきたセツナだったが、目的は二つになりそうだ。その画像はまるで鳥籠のようで、何か作為的なものを感じる。ただ…誰が、何のために。そんなことを出来る人物は茅場晶彦しか浮かばないが、彼はそんなことをするだろうか。SAOの世界を限りなく愛し、あの世界で消えることを望んだ彼が。倒されるなら…彼のあのセリフに嘘はなかったように思う。そしていくら自分のギルドの副団長だったとは言え、アスナを捕らえる理由はあるか。…彼ではない。それだけは感じる。ならば尚更誰が…。

 

「…おねえちゃん?」

 

 ユイに恐る恐るといった感じに声をかけられ、自分がいかに難しそうな顔をしていたかを知る。

 

「ゴメン…。ちょっと…気になって。」

「アスナさんのことですか?」

「うん…そうだね。アスナも…アスナも助けなきゃ。」

 

 なんとか作った笑顔。元々カウンセリングプログラムの彼女の瞳にはどんな風に映ってるんだろう。

 

「…キリト、今日は何時ぐらいにINするかな。」

 

 話題を反らそうと今は現実に帰っている相棒を思い浮かべれば隣の部屋でガタっと音がした気がした。まさかと思い部屋の外へ出るとそこにはなんだかアバターですら顔色の悪いキリトがいた。

 

「なんと言うタイミングで…。」

 

 思っていたよりも随分と早いログイン。セツナにとっては良いタイミングでもあったが、当人の表情は優れない。

 

「キリト?」

 

 彼はセツナが部屋から出てきたことには気が付いていなかったようで、声をかけるとすぐのその表情を変えた。…それは更に芳しくないものへと。

 

「セツナ…。」

 

 彼のそんな表情を見たのはいつだろう。

 泣き出しそうな、消え入りそうな、そんな佇まい。確か、以前袂を別つことになった時にそんな表情をみたように思う。そう、セツナがギルド《竜騎士の翼》への加入を決めた時。昨日ログアウトする時は名残惜しみながらも安堵の表情を浮かべていたのに。だからこの半日にも満たない時間で現実で何かがあったと言うことだ。

 

「何が…あったの?」

 

 恐る恐る疑問を口にすれば、キリトはゆっくりと視線を下に移した。

 

「俺…。」

「言いにくいことなら言わなくても良いけど。」

「いや…そうじゃないんだ。ただ、どうして良いか分からない。」

 

 言葉の歯切れは悪く、視線は下がったまま。セツナとユイは顔を見合わせた。

 

「…妹が…ALOプレイヤーだったんだ…。」

 

 ぽつり。か細く落ちたその言葉にセツナは耳を疑った。

 

 

「…え?」

 

 

「妹がALOのプレイヤーで、俺のこともセツナのことも知ってたんだ。」

 

 聞き返せば、今度ははっきりと口にされたそれにセツナは首をかしげる。確かに身内に意図せず知られることは嫌なものがある。だがそんなに暗い表情をするようなことでもないのではと思う。

 

「…それは私も知ってるプレイヤーってことよね?」

 

 しかしキリトのただならぬ様子にそれ以外の理由を探る。

 

「…多分、リーファだと思うんだ。」

 

 リーファと言えばセツナがALOで初めて出会った人物。あの気持ちの良い少女なら尚更心配はないように思える。セツナには全く話が見えなかった。

 

「多分って言うのは?」

「…今日、ディアベルとお前に会いに行ったんだ。」

「…うん。」

「そしたら何故か妹が…着いて来て…。」

「…私を知っていた?」

 

 途切れ途切れに話すキリトに答えを促せばそれは頷くことで答えられた。

 しつこいようであるが、セツナはSAOから迷い込んでいるため、ALOでは珍しく現実の姿とアバターが完全一致する。…お金をかければ弄ることは出来るにしても、莫大な金額がかかるため、そんなプレイヤーそうはいない。病院に着いてくる程仲が良い妹にSAOの話を全くしていないと言うことはないだろう。…セツナの話も当然。それならば、キリトの妹が、病院の人物がセツナであることに気付くのも無理はないように思える。

 

「…リーファだとすれば、私はそう問題ではないと思うけど。」

 

 それはセツナの素直な感想だった。ただ、キリトの表情は優れない。

 

「…妹って言っても実際の関係は従妹なんだ。…アイツ和人()のことが好きだって言うんだぜ。」

 

 ゆっくりとその言葉を吐き出すとキリトは自嘲気味に笑った。そこまで聞いてようやく話が見え始めた。

 

「…キリト。」

 

 不思議とSAO時代もモテる男だった。色恋に疎いセツナはずっと気が付いていなかったが、自分の中にそういう感情を見つけて、どれ程の人がキリトのことを想っていたか思い知った。アスナに始まりシリカもリズも…もしかしたらサチだってそうかもしれない。短い時間でも人を惹き付けるキリト。それが四六時中一緒なら…。

 

「でも、妹さん、病室に来るってことは私のことは…。」

「知っていたさ。…ただアイツも俺も運が悪かったのはALOの中で出会ってしまった。」

 

 それを聞いてキリトの表情の理由を知る。相変わらず色恋に疎いのは変わらない。

 

「キリトを好きになっちゃった…のね…。」

 

 つまりは二重に失恋したと言う事実。それについてはキリトは何も言わなかった。沈黙が暗に肯定する。好きな人が姿を変えて現れた。それに惹かれるのは無理もない。

 

「人の心とは難しいものですね。」

 

 言葉を詰まらせる二人に、ユイもぽつりと言葉を落とした。

 本当に難しい。チクりと傷む胸にセツナも再度自分の想いを問う。多くの人に想いを向けられるキリト。そのキリトの気持ちは自分に向いている。なんだかそれは責任のあることのように思えた。自分がキリトと共にいられるのは多くの人の気持ちの犠牲の上にある。大袈裟かもしれないがそんな気がした。ただ…それでもセツナが介入すべき問題ではない。誰が悪いわけでもない。自分に出来ることは想いとキリトを大切にすることだけだ。

 

「…現実(リアル)では取り合ってもらえなかったからここで待つって伝えたんだ。」

「そっか。」

「だけど、それだけだ。どうすれば良いか分からない。」

 

 キリトのそんな言葉を聞き、ここでようやくキリトが浮かべている表情の真意が見えた。

 

「どうすれば…かぁ。」

 

 それは恐らくキリトの妹もそうなのでは、と言うことが窺える。兄妹として過ごさねばならないから本来は秘め続けてた想い。でもショックのあまり気持ちを整理しきれずぶちまけてしまった感情。落ち着いてからでは深い溝になってしまいそうだ。

 

「…キリトだって大切に想ってるのにね。」

 

 思い悩むのはそれだけ妹が大切だからだ。想いのベクトルが違うだけでそこは変わらない。

 

「…それを伝えれば良いんじゃないですか?」

 

 やんわりとかけられたユイの言葉。セツナもそれしかないのではないかと思う。ただし…伝える、その行為自体が重くのし掛かる。人との付き合いに壁一枚挟んで来たキリトにとって、決して得意なことではなかった。セツナとの距離を近付けるにも苦労した彼だ。きっと窮地さえなければ想いを告げることもなかったかもしれない。その事実は十分に承知しているようで、キリトは俯く。

 

「…話す他に想いを通わせる方法…か。」

 

 セツナは天井を仰いだ。同じく対話は得意ではないセツナ。こじれた仲を元に戻すにはどうしたら良いだろう。自分の少ない経験を必死に思い返した。すると正に、キリトとこじれたことがあったことを思い出す。

 

「キリト…!」

「ん?」

「私たち、どうやって仲直りした?」

 

 セツナの問いかけにキリトはハッとした。

 

「…それしか…なさそうだな。」

 

 妹がログインしてくれるかどうかは分からない。もし、してくれるなら解決方法は1つに思えた。後はひたすらに彼女を待つ。それだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




と言うわけで…続きます。
リハビリも兼ねてだらだら展開でスミマセン。
ようやくアスナさんの影も出せました。
最新刊では二人の…キリトとアスナの絆を見せ付けられましたが、ここでは当然セツナです。
さぁ更新ペース取り戻すぞ!
活動報告にちょっくら事情をば。


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19話*1つの回答②

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしよう…。」

 

 静かな部屋に一人言が響く。外の陽が落ちかけ、明かりのついていない部屋は少し赤く染まっている。

 和人はALOの中で待つと言った。更には宿の外のテラスとも。直葉の反応に直葉=リーファと言うことに気がついたのだろう。

 直葉としてもこのまま…と言うわけにはいかない。だけど話をできるような精神状態ではない。なんで勢いに任せてぶちまけてしまったんだろう…。後悔しても過去には戻れない。ずっと秘め続けるはずだった感情。あんなイレギュラーさえなければそうするつもりだった。ALOでキリトと出会ってしまったことは偶然だったのか。そして、セツナとも出会ってしまったことも。とてもじゃないが今セツナと顔を合わせることだって厳しい。

 ALOで会うと言うことはセツナもいると言うことだ。…分かった事実としてセツナはずっとダイブしっぱなしなので、同じ場所にいない可能性もあるが、折角キリトと再会したのにわざわざ別行動をすることもないだろう。

 

「あー………。」

 

 天井に両手を伸ばし空を掴む。

 直葉は初めてセツナと会った日の様に天井のポスターを見つめた。空を飛ぶ"リーファ"の姿。

 

 自由な世界

 

 …だった筈なのに今は枷のように感じる。心の澱が濁流のように感情を埋め尽くしていく。

 

 …だけど

 

 あの世界で起こったことを否定はしたくない。キリトに言われた、人間関係は全て本物と言う言葉。今ならどれだけの意味が込められていたかが分かる。そして自分もそれを思い知った。

 直葉はヘッドボードに逃がしておいたアミュスフィアを手に取った。

 いつだってキツいことには変わらない。今が一番キツいかもしれない。でも…苦しい時が短くなるのなら。

 

「…リンク・スタート。」

 

 いつもとは違い呟くようにその言葉を口にした。

 デジタルの波に吸い込まれる感覚に桐ヶ谷直葉から風妖精族(シルフ)の剣士、リーファへと生まれ変わる気分になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ログインのシークエンスが終わり、ゆっくりと視界がクリアになる。目の前に飛び込んでくるのは自室に貼られたALOの世界のポスターではなく、木目調の暖かい雰囲気のする天井。現実の自分のベッドより少し柔らかいスプリングを揺らして体を引き起こす。結われた長い髪が直葉からリーファへと姿を変えたことを実感させる。簡素ではあるが鏡やテーブルなど最低限の宿らしい調度品は揃っている。昨日ログアウトをした正にその部屋だ。ゆっくりと立ち上がりドアノブに手をかけるのに大きく息を1つ吐いた。

 何を話して良いかなんて分からない。いつもなら直葉からリーファに姿を変えれば直葉じゃ出来ないようなことだって出来たのに。今日ばかりは気持ちはリーファではなく直葉のままだ。

 腰脇の愛剣ヴァルトレーニスがチカリと光る。その柄に触れれば少しだけ気持ちが落ち着いた気がした。剣を握っている時は目の前の相手に集中するのみ。

 柄の感触を感じながらリーファはようやく扉を押した。

 

 

 

 テラスに足を運べば、そこには黒ずくめの少年の姿が見えた。その背中はなぜ今まで気付かなかったのかと思う程和人(お兄ちゃん)だ。…勿論そんなことが起こるなんて思いもしないし、現実と同じような振る舞いが出来る程自分がこの世界に適応してないので振る舞いなんて気にもしていなかった、と言うこともあったが。

 

「……ーー。」

 

 なんと声を掛けたら良いのか。リーファはキリトの後ろ姿を見て立ち尽くした。

 

「…よぉ。」

 

 するとキリトの方から声がかかった。キリトはテラスから真っ直ぐに世界樹を見据え、視線は動かさなかった。

 

「…キリト…くん。」

 

 それは和人ではなくキリトの姿。それを確認するとリーファはなんとか少しは話せそうな気がした。

 キリトはゆっくりと振り向くと困ったような笑顔を浮かべた。

 

「悪いな。呼び出して。」

「ううん…ねぇ、聞いて良い?」

「ん?」

「なんで、リーファ()だって分かったの?」

 

 変わらぬ()()()の振る舞いにリーファはまず疑問をぶつけた。するとキリトは左手で頭を掻いた。

 

「…俺のALO(ここ)での知り合いはリーファ以外にはほとんどいないんだ。サクヤやアリシャ…もしくはあの会談の場にいた誰かって線も考えたさ。だけど一番長くいたのはリーファだったからな。」

 

 キリトの答えに彼と出会ってそう経っていないことに気付かされる。なんだかもっと長い間一緒にいた気もしたが出会ったのはつい最近だったのだ。きっと驚くようなことがたくさん有った濃密な時間だったからそう錯覚したのだろう。

 

「…そっか。」

「…俺はここで一番最初に会ったのがリーファで良かったと思ってるよ。…勿論、驚きはしたけどリーファじゃなきゃこんなに早くセツナと再会は出来なかったと思う。」

 

 キリトの真っ直ぐな視線が捉えているのは間違いなく自分(リーファ)だった。それにはきちんと向き合ってくれていると言う姿勢を感じる。

 

「…うん。」

「またナーヴギアを使ったことは謝る。だけど、セツナをあのままにはしておけない。」

 

 未だ眠ったままの少女。キリト(和人)のようにきちんとログアウト出来た者がいる中で何故。和人にとって雪菜が、キリトにとってセツナがどれ程大切な存在かは側にいたから分かる。それでも割り切れるものではない。恋心とは厄介なものだ。

 なんと答えて良いか分からなかった。理屈では分かっているのだ。それでも溢れ出る感情を抑えられなかったから今こうしてここにいる。

 テラスの風が二人の衣服を揺らす。そう広くはないが世界樹が臨めるように高く位置付けられている。

 キリトは背に手を回すと背丈程もある黒い剣をテラスに突き刺した。

 

 ガキィィン

 

 重量のある音。道中軽々と振り回していたが、リーファにはとてもじゃないが扱えない代物。

 キリトは俯き、目を伏せると、次の瞬間にはしっかりとした眼差しをリーファに送ってきた。

 

「…なぁ、勝負をしないか。」

 

 そしてキリトの口出た言葉にリーファは驚いた。

 

 ーーそれって…

 

 それは彼女自身もヴァルトレーニスに触れた時に過った考えだったからだ。リーファは口元が綻ぶのを感じた。

 

「………。」

 

 答える代わりに腰脇から剣を正中に構えた。キリトも突き立てた剣を手に取り腰脇へと構えた。こうして剣を交えるのは何年ぶりだろう。まだ和人が剣道をやっていた頃…。幼い記憶にリーファは思いを寄せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「心配なんですか?」

 

 大きくついた溜め息に降ってきたのは愛らしい声。セツナは落としていた視線を上にあげた。

 

「ユイちゃんは心配じゃないの?」

「私はお姉ちゃんを探している時のお兄ちゃんを見てますから何も心配ではないですよ。」

 

 ユイの返答にセツナは吹き出す。

 

「私が心配しているのはそんなことじゃないわよ。」

 

 部屋の窓から見える景色に二人の姿。淡く緑掛かった金髪の少女と漆黒の少年。色合いの対比が上から見るとより一層浮き上がる気がした。剣を構えた二人からは誰も立ち入れない雰囲気を感じさせられる。どちらが仕掛けるか、じりじり詰まる間合いにセツナも緊張する。

 きれいな構え。先だって戦ったユージーンと言う男から感じたのは圧倒的な威圧感。それは自信から来るもので長いプレイ時間に裏打ちされたスキルの熟練度や希少でハイスペックな装備品にも由来するもの。リーファは恐らく強い…それはキリトの妹だからと言うことではなく、構えに入る自然な動作がそれを示していた。純粋に剣術に精通している。怠ることなく続けられた鍛練による強さだ。それはSAOプレイヤーとは違う強さ。

 

 本当にこれが正解だったのか…

 

 セツナとキリトが以前袂を分かった時に解決してくれた手段ではあった。しかし…

 

 瞬間、光が弾けた。

 二人の剣閃が交わったその場所。小さな光が重なり空間を目映く染める。細かい斬撃が交錯する。

 キリトの自由な剣とリーファの型のある剣。異なる強さと美しさをもつ2つにセツナは魅せられた。疼く体に心配が杞憂だったことを悟る。

 螺旋状に光を放ちながら上昇していく二人のプレイヤー。まるでイルミネーションの様に輝く。思いの外決闘(デュエル)は長く続く。実力が拮抗しているのか、はたまた必要な対話なのか。

 

「いいなぁ…。」

 

 ポツリと溢れた言葉。それは無意識のものだった。

 いかにキリトと近い距離にいようとセツナはキリトの家族ではない。血の繋がりよりも深い繋がりを築くには果てしない努力と互いを思う感情が必要だ。…勿論、血の繋がりがあったとしても大切に思わない人々もいる。だけどキリトとリーファの間には本当の兄妹じゃ無かったとしても、確かな繋がりと思いがある。それはセツナにはどうしたって手に入れられないものだ。

 互いを思いやるような、美しくもどこか不器用な打ち合いは続く。…かのように見えたが双方が急に剣を手放した。打てば決着も着くような間合いの瞬間に。

 滞空制限にかかったか、リーファは上空よりその体を空中に預けた。結構な高さ。そのまま落下して地面に打ち付けられては只では済まないような。セツナは今すぐ飛び出したいのをぐっと堪える。いま介入しては何の意味もない。きっと剣を手放すことは二人にとって意味のあることのはずだ。

 

「おねえちゃん!! いいんですか!?」

 

 隣でユイが悲鳴をあげたがセツナはただ奥歯を噛み締めた。

 

「…きっと大丈夫。二人の問題に立ち入ることは出来ない。」

 

 セツナに出来たのは信じることだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 受けるはずだった衝撃が来ない。

 キリトは衝撃に備えとっさに閉じた瞳を開いた。

 リーファ、直葉の想いを受け止めることは出来ない。自分にとって彼女は大切な家族なのだ。だから、その代わりでもないが彼女の剣は受け止めよう。そう思って剣を手放した筈だった。それなのに待てどもリーファの剣は自分に届くことはない。何故だと思いが目を開ければそこなは落下していく彼女の姿があった。滞空制限ではないはずだ…ならどうして? キリトは急降下し彼女を受け止めに行った。リーファの体に再び浮力が戻った瞬間、リーファは目を開いた。

 

「どう…して…。」

「なんつー無茶をするんだ。」

 

 目尻に滲む涙。考えなしにしたことではないのだろう。彼女の口から出てきた答えにキリトは驚くことになる。

 

「…私…お兄ちゃんに酷いことした…。でも何て謝って良いかなんて分からないから、せめて剣を受けようと思ったの。」

 

 それはキリトが思っていたことと同じことだったからだ。…結局は兄妹なんだ。いくら距離を置いた時期があったとしても。

 

「…俺も、同じことを思っていたよ。」

 

 キリトがそう言うとリーファの瞳が見張られた。

 

「お兄ちゃんも…?」

 

 そして、また自分と同じことを思うのだと思えば自然に口角が少し上がった。しかしそれをすぐに戒める。

 

「スグ…ごめんな。だけど今直ぐにはスグとどう向き合ったら良いか分からない。セツナがあのままな限り、俺は本当の意味では還ってきてないんだ。」

 

 セツナがまだこの世界に囚われているならば、まだゲームは終わっていない。ちゃんと現実と向き合えるのはしっかりとしたED(エンディング)を迎えてからだ。

 キリトがしっかりとリーファの目を見るとリーファもしっかりとそれに応えた。

 

「…分かる…分かるよ。私、待つよ。お兄ちゃんがちゃんと帰ってきてくれる日を。それに手伝うって言ったしね。それが…私に出来るごめんなさい…だね。」

 

 そして、ようやく笑顔を作ったリーファにキリトはこれが間違いで無かったことに安堵した。宿の部屋にはセツナとユイがいるはずだ。宿へと視線を向ければ窓越しにセツナが右手をあげたように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




と言うことで…時系列は変わりつつ、場所も変わりつつ、原作の雰囲気を壊さないように…と。
次回からは冒険の始まりー!?アスナさんとディアベルの運命やいかに。
あ…レコン…。

*追記
どうでも良いけどお気に入り777ありがとうございます!
踏んだのは本日9月9日PM7時の人!
これからもよろしくお願いします。


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20話*2つ目の再会

 

 

 

 

 

 

 

 少女は深々とセツナに目の前でお辞儀をした。

 

「改めてよろしくお願いします。」

「いえいえ、こちらこそ。」

 

 キリトのリアル妹であると言う彼女―――プレイヤーネーム“リーファ”。セツナがALOに迷い混んできて初めて出会ったプレイヤーでもあった。

 

「VRMMOについては二人の方が詳しいかもしれないけど、ALOは私の方が古参だからね。約束通り案内するよ!」

 

 どこか吹っ切れたような笑顔で言うリーファに、セツナからも笑顔が溢れた。

 

「ありがとう。心強い。」

 

 改めて、とセツナが差し出した右手をリーファはまじまじと見詰める。何か変なことでもしたかと首をかしげれば、リーファは恐る恐るその手を握った。

 

「…この姿が…現実のものだなんて…。」

 

 信じられない…。そう言葉にされることはなかったが、セツナにはなんと続けようとしたかは分かった。何人ものそんな反応を見てきたのだ。分からないわけもない。

 

「見ての通りだよ。ま、実際私には現実の私がどうなってるかは分からないけどね。」

「…………。」

 

 極力明るく返した筈だったけれど、リーファはそのまま手を強く握り、そこに視線を留めた。現実のセツナの姿を反芻しているのか。そして勢いよく視線を上げればしっかりと目を合わせてきた。

 

「大丈夫。お兄ちゃんも私もいるよ。きっと還れる!」

「それに、俺もいるしな。」

 

 リーファの力強い言葉は突然現れたプレイヤーによってインパクトを失う。突然のことに声の方向へセツナは体ごと振り向く。

 セツナにとっては聞き覚えのある…ハイバリトンのハスキーボイス。どこか柔らかい雰囲気も感じさせるそれは懐かしいものだった。青基調のアバター。柔らかく、男性にしては長い髪。作り物の顔はセツナの記憶にあるものとは違ったが、その表情も物腰もキリトの次に多くの時間を共有した人のそれに違いなかった。

 

「…ディアベル?」

 

 少しだけ震えた声に目の前の青年は穏やかな笑顔を浮かべた。

 

「…セツナ。」

 

 目を合わせれば真っ直ぐな瞳が揺らいだ。そして、彼はゆっくりとセツナの体を抱き寄せた。

 

「……良かった…。」

 

 長い溜め息のように吐き出された言葉にセツナは瞳を閉じる。目尻から涙が滲み出てくる。この人はいつだって包み込むように護ってくれていた。どんなに格好つけようともそれが通用しない。

 

「…まさか、あなたまでこうして来てくれるなんて。」

 

 まるで親兄弟のような無償の愛情にどれだけ助けられてきたのかは分からない。そして今もこうして。

 

「どこへだって行くさ。言ったろ? 俺はセツナの騎士(ナイト)だって。」

 

 いつもなら笑い飛ばしてしまいそうなキザな台詞。冗談めかして言いながらもそれが事実であることに変わりはない。そんな言葉も懐かしく、嬉しくなってセツナは彼の背に手を回した。それは、あの時、あの世界で、セツナがギルド《竜騎士の翼》に入った時と同じく。

 

「ありがとう…。」

 

 思い出が過るようなやり取りに、ディアベルは更に強く引き寄せた。彼女の存在を確かめるかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 リーファは闖入者と目の前で繰り広げられるやり取りに二重で驚き、隣のキリトに視線を移した。

 

「…いいの? あれ。」

 

 そしてセツナとキリトはリーファの思っているような関係ではなかったのかと不思議に思いながら小声で尋ねる。しかし当のキリトの表情は涼しいものだ。

 

「いいさ。セツナにとってアイツは大切な存在に変わりない。」

 

 ディアベル…と言った彼。確か和人(お兄ちゃん)が病室で口にした名前だ。つまりはあのイケメンもセツナを追ってこの世界に来た。リーファの目にはキリトとよりもよっぽど恋人のように見えた。それでもキリトが意に介してないのは信頼の成せることなのか。それにそう見えながらも、不思議と並んで自然に見えるのはキリトとセツナの方なのだ。共にあるのが当然かのような。

 

「へんなの…。」

 

 小さくこぼれ落ちた呟きはリーファの思う全てだった。少しの寂しさも滲みながら。やっぱりSAOの2年間がどんな時間だったのか、リーファには知り得ないことが妬ましく、疎外感を抱かせる。二人を見るキリトは穏やかなもので慈しみさえ覗かせてみせる。かと思えばキリトは表情を引き締めた。

 

「でも、ゴールじゃない…。まだ、どうすればセツナが助かるか分からないんだ。」

 

 真っ直ぐにセツナを見据えながら放たれた言葉は核心。ここALOにはSAOのように明確なゲームクリアはない。1つの指針として世界樹を目指している。ただそれだけだった。

 

「ユイ。」

 

 キリトが呼び掛けると、彼の胸ポケットから小さな妖精が飛び出す。

 

「はい、お兄ちゃん。なんでしょうか?」

 

 フワリとキリトの手のひらに降り立つと小首を傾げてみせる。

 

「俺たちは世界樹を目指している。それ以外に方法はあるか?」

 

 キリトが問えばユイは両手を耳に当て、目を閉じる。暫く耳を澄ますように深く考え込むとしっかりとした強い視線を向けてきた。

 

「…それ以外に考えられることは今はありません。あとはシステムコンソールをどうにかして使用できれば良いのですが、それもどうやら世界樹の上部にあるようです。」

「…ユイには……。」

「残念ながらこの世界での私は管理者権限を持っていませんので…。」

 

 どうやら現状とれる手段は2つに見せかけて結局1つのようだった。

 そんなキリトとユイのやり取りが聞こえていたようで、セツナは2人に歩み寄った。

 

「世界樹を目指す。シンプルで良いじゃない。それに…アスナもいるかもしれないんでしょ?」

 

 そしてそんなことを口にしたセツナにキリトは驚いた。

 

「…アスナが…ってなんで…。」

「ユイちゃんに聞いたわ。キリトたちがALOに私がいるかも知れない…その手懸かりの1つはアスナだったって。」

 

 だったら当然アスナも助けなきゃね? そう言って不敵に笑うセツナはあの頃のままだ。無茶は承知の上。目的のためなら手段は選ばない。そんな彼女に触れ、キリトはどこか盲目になっていた自分に気付かされる。

 

「…そうだな!」

「SAOのトップ2がまだ戻れてないなんておかしな話だしな。」

 

 横からディアベルに茶化され、それを捨て置けないのはまだまだ自分が幼い証拠だ。キリトはジトリとアバターまでイケメンなヤツを睨み付けた。

 

「…だれがトップ2だって?」

「勿論、アスナとセツナだろ?」

「そういうお前は何番目だと思ってるんだよ。」

「俺はトップ10のどこかじゃないかな?」

 

 飄々と言うディアベル。元よりそう拘る者とそうではない者。完全に遊ばれているキリトにセツナも追い討ちをかける。

 

「まぁまぁ、実力は兎も角、レベルは1番か2番よ。ヒースクリフのレベルが分かんないからなんとも言えないけど。」

 

 からかうつもりで口にしたその台詞。キリトとディアベルはそこでピタリと口を止めた。

 

「…ヒースクリフ……。」

「事実上のナンバーワン…か…。」

 

 天を仰ぎ見る二人。彼は今どうしているだろう。セツナもその人物を思い返した。

 

『命はそう軽々しく扱うものではないよ。』

 

 ヒースクリフ…茅場晶彦は最後の時、そんな事を言った。だから彼自身が彼の課したルールを違える筈はないだろう。それなのに命を拾った自分はなんなのか。

 神妙な空気になってしまい、セツナはその名を出したことを後悔した、SAOプレイヤーにとって彼はどこか絶対なのだ。茅場晶彦を憎みきれず、仮令あんな目にあったのだとしてもあの世界に焦がれてしまう。

 

「ま、1番は当然私だけどね。」

 

 態とらしいほどセツナが明るく言えば、再びキリトとディアベルにも笑顔が見えた。

 

「さ、リーファ。置いてけぼりにしちゃってゴメンね。この人はディアベル、胡散臭いけど私が一番信頼してる人よ。」

 

 目の前の出来事に戸惑うリーファにセツナが言えばディアベルは苦笑いを浮かべた。

 

「胡散臭い…は酷いな。」

「爽やかなイケメンなんて度が過ぎれば胡散臭いだけよ。」

 

 そんなディアベルをバッサリ切り捨てるセツナ。様子を見るだけだったリーファもようやく口を開いた。

 

「初めまして…になるのかな。リーファと言います。ALOは割と古参なんです。」

 

 雪菜(セツナ)の病室に来ていた人物だと気付きながら、リーファはそれに触れることはなかった。それをして良いのはオフで会ってからだ。そ知らぬ振りをして右手を差し出した。それにディアベルも応える。

 

「ディアベルって言います。ALOはまだ始めたとこなんだ。頼りにしてるよ。」

 

 セツナの言うようにどこか胡散臭さを感じる。容姿は抜群!(アバターだから!) 対応も紳士的で爽やか!(イケメンだから似合う!) そのせいか、また別の要因かは分からないが、裏を感じさせるのだ。そしてきっと何かに気付いていながら口にしていないような。にっこりと作った笑みがひきつっていなければ良い。リーファは、今だけは、フルダイブ環境下にあることで表情がしっかり出ないことに感謝した。

 

「さてと、じゃぁリーファ、時間食わしちゃったのは私だけど行こうか。」

「そうね。アルン高原にはモンスターは出ないから後は安心して進めるはずだよ。」

 

 そう、全てがそこで丸く収まり、後はグランドクエストに奮闘し、アスナとセツナを如何に脱出させるか…それだけ考えれば良い筈だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付けば辺りは薄暗い白銀の世界。広く天井も高い…と言うよりも、地面からは文字通りに天と地ほども距離があるが、翅に光は灯らない。

 

「さっぶっいーーーー!!!」

 

 反射的に大きな声で言うセツナの口をリーファは慌てて塞いだ。

 

「しっ! 静かにして!」

 

 小さな祠のような窪みに折角身を隠したのに何の意味もない。実に脊髄で物を考える人間だと思い知る程度には、リーファがセツナと過ごした時間は短くない。小さく息を吐き出し、リーファは辺りの様子を窺う。どうやら大丈夫だったようだ。

 

「もーっ! 何のために直ぐにここに隠れたのか分からないじゃない!」

 

 やや押さえ目のトーンで怒るのでは物足りない。リーファはグッとこらえながらセツナを叱りつけた。ぷぅっと頬を膨らまして拗ねて見せるのがあざとい。

 

「だって寒さの限界だったんだもん…。」

 

 可愛いとか思ったらこちらの敗けだ。リーファは瞳を閉じ、一呼吸置いた。無鉄砲、無頓着、無神経、自由、ある意味天然。

 

「私たちは死んだらセーブポイントに戻るだけだけど、セツナはどうなるか分からないんだからもうちょっと考えてよ。」

 

 リーファの尤もな説教もどこ吹く風とセツナは辺りを見回した。

 

「ここはどこなの?」

 

 現在地が分からなくなったのは数分前に遡る。

 アルン高原にはモンスターは出ない。そう思っていた矢先…蝶の谷の傍の町から滞空制限ギリギリまで飛んで地上に降りた所だった。少し歩けば小さな村があり、興味をそそられ、足を踏み入れたのが間違いだった。後から考えれば明らかにおかしかった。INNER表示もなく、更にはNPCが一人も見当たらなかったのだ。そう違和感を覚えた時には既に遅く、地面が揺れたかと思えば急にぽっかりと空いた穴に飲み込まれてしまった。それは村自体が擬態したモンスターで、そのまま消化されてジ・エンド…と思いきや、気が付けばこの場所にいた…と言うこと。不幸中の幸いは四人のうち誰一人はぐれることがなかった、と言うこと。

 セツナの問いにリーファは、自分としては信じたくない答えを述べる。

 

「…ヨツンヘイム。邪神級モンスターがうろうろしてるから間違いないと思う。」

 

 地下世界(ヨツンヘイム)。その名の通り、太陽の光も月の光も無いため翅は輝きを失う。しかし飛行手段を奪われて突破出来るようなマップではなく、広大で様々な城や町などの構造物すら存在する世界。そして、最悪なのは凶悪な邪神級のモンスターが蔓延っていること。リーファがセツナを叱りつけたのもそれが理由だ。

 

「ヨツン…ヘイム……?」

 

 首をかしげるセツナに、キリトとディアベルもポカンとした表情を浮かべる。リーファもそう知識はないが、どうにかしてこのマップを脱出しなくてはならない。どう伝えるのが良いのか…持てる知識を振り絞ろうとリーファは記憶を巡らせた。

 

 

 

 

 




ディアベルさんのターン!
なんだかキリトとより自然にイチャイチャしてくれるのはなんでだろう…
リーファの感想はまんま私の感想です。
第3者視点しっちゃかめっちゃかになってないと良いのだけど…大人数は難しい。
さて邪神級モンスター相手にセツナはやはり大暴れ…?

追記
ディアベル回がいつも不人気な気がしてならない…
キリセツ推しはとってもありがたいですし嬉しいんですけどね。


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21話*光の当たらない世界

 

 

 

 

 

 

 リーファに簡単に概略を教えてもらう。そんな中、飛べないことはさほど問題にならない。それがSAOプレイヤー3人の見解だった。ただ、そう言う問題ではないらしい。

 

「最近実装された最上級ダンジョンでね、邪神級モンスターが蔓延ってるのよ。」

「邪神級…?」

 

 それって何が問題なの? そんな考えが透けて見えるセツナにリーファは本当にどうやったら無茶をしないか頭をフル回転させる。

 

「…あなたたちがいくら強くたって無理なんだからね。セツナが戦ったユージーン将軍だって一人じゃ10秒もたなかったって話よ。アレを倒すのには壁戦士(タンク)回復役(ヒーラー)…支援系も勿論、火力重視の前衛、しっかり討伐隊をレイドで組むってのが通説なんだから。」

 

 リーファの説明に3人は顔を見合わせる。

 

「…確かセツナ…フィールドボスを単独撃破したことあったな。」

 

 キリトがそんなことを言えば、

 

「キリトだって74層のボス、半分単独みたいなもんじゃない。」

 

 セツナもそんなことを言い、

 

「だったらセツナは68層のこともあるよね。」

 

 なんてディアベルまで言いだす始末。全く伝わらないことにリーファは肩を落とした。そして同時にどれだけ規格外の人々かと思い知った。それに自分の兄が含まれると言うこともなんだかやりきれない。ただそれが助かるのも事実で…記憶が定かなら奴らは徘徊しているものだけではなく、この地底世界の出入口にガーディアンの様に配置されてると言う。完全に逃げ続けるだけとはいかないのが実情。…飛べもしないので逃げるのさえ危ういが。討伐隊に助けてもらうのも1つ、しかし挑めるパーティーはそう多くはないと聞く。つまりは討伐隊に遭遇できるのが早いか自力で抜け出すが早いか、はたまた…と言った具合だ。リーファはむーっとうなり声をあげることしか出来なかった。

 

「ま、倒すのは難しいとしても躱せば良いんでしょ。だったら方法はあるはずよ。」

 

 そんな中明るくそう言うセツナが何より頼もしく感じた。乗り越えてきた修羅場の数が違うと言うことか。理解していないのではなく、分かっていて方法を考える。デスゲームを生き残ってきた強さ。キリトもディアベルも同じような様子だった。キリトがマップデータを呼び出しそれを覗き込む。

 

「リーファ、出口はどの辺りにあるんだ?」

 

 未踏破のため現在地以外はグレーに塗りつぶされ、脱出ルートすら分からない。ALOに一番詳しいのは間違いなくリーファだ。まだまだ働かなければならない自分の頭を労う暇すらない。

 

「…確か東西南北にアルンに繋がる階段があるはずだわ。ここから近いのは西か南ね。」

「そのどちらを目指すかが鍵になるわけだね。」

 

 イケメンもいつの間にか地図を覗き込み、顎に手を当てて考え込む。

 

「そうね。でも私もこのダンジョンは初めてでどっちが良いかなんて分からないからね。そればっかりは運よ。」

 

 ただし、リーファの持っている知識もここまで。リーファは肩を竦めて見せた。後はリアルラック値に委ねられる。尤も、デスゲームを生き残ってきた人たちだ。実力は勿論だが運も良いのだろう。

 

「…ねぇ、邪神級モンスターってあれのこと?」

 

 興味を奪われたように何かを凝視するセツナ。その言葉にゾッとし、視線の先を追うとそこには2体の巨大なオブジェクト…。複数の腕と3つの頭を縦に連ねる巨人型のモンスターと、翼な様な大きな耳、象のような長い鼻を持ちながら胴体は水母(くらげ)を思わせる多量の足と目を持つモンスター。2体ともおどろおどろしいフォルムに加えてその大きさは100人乗っても大丈夫…なサイズ感。

 

「これまた、中々なサイズだな。」

「人っぽいのは剣持ってるな。」

 

 青ざめるリーファを余所にキリトもディアベルも呑気に感想を述べるだけだ。運がどうとかよりも、この世界においてかなり図太い…。かなりヤバい。本来なら緊急事態に焦ってしかるべきなのに、恐怖を通り越して呆れ返れば、更に後ろからセツナののんびりとした声が聞こえた。

 

「なんだか様子がおかしくない?」

 

 そう言われ、男共から再び邪神級モンスターに視線を戻せば、確かに2体のモンスターは通常では考えられないような行動を起こしていた。それは…。

 

「…モンスター同士で戦ってる…?」

 

 異様な光景を目の当たりにし、言葉を発することのできなかったリーファの横から半信半疑のキリトの声が響いた。

 通常、何かのイベントではない限りモンスター同士が戦うと言うことはない。プレイヤーにテイミングされている、もしくは混乱させられていると言う例外を除いてはまず無いことだ。ALOに1年いてそんな光景はリーファは見たこと無かったし、3人の様子からしてSAOでもそんな出来事は無かったようだ。

 同じ邪神級モンスターでも優劣はあるようで、形勢は巨人型のモンスター優勢。象水母型モンスターの体が大刀に切り裂かれ、黒い血飛沫のようなものが飛び散る。その度に身を捩り、ひゅるひゅると頼りない声が上がる。

 

「たっ助けて!!」

 

 その言葉に一同の視線が集まる。それはリーファの口から発されたものだった。当の本人も自分が何を言ったのか理解をしていないようで、驚いたような表情(かお)をしている。

 

「助けて…って言われたって…。」

 

 どっちを? どうやって?

 

 3人は顔を見合わせた。邪神級モンスターが如何に強く、倒すのが困難であるかを、そう叫んだリーファから聞いたばかりだ。そう、叫んだ本人が戸惑うぐらいには。その間も巨人型のモンスターからは大刀が降り下ろされ、象水母型のモンスターのHPを減らしていく。

 

「…助けるってぐらいだからやられてる方よね?」

 

「セツナ?」

 

 少し強く瞬きをしながら一歩前に出たセツナにリーファは少しの後悔をする。何とかしようとする。セツナはそう言う人だ。思いがけず出た言葉は確かに少なからず望むことではあるが身の危険を侵してまで…とは思わない。

 

「キリト、巨人型を引き付ける。その間に象水母型を逃がして!」

 

 そう言い終わるが早いか飛び上がるが早いか、次の瞬間にはタッと軽やかな音に似つかわしくない程にセツナは飛び上がっていた。巨人型を飛び越えるほどの高さ。

 

「せいっ!!」

 

 そして背から取り出した大剣を大きく前に突き出した。

 

 ーズガンッ…

 

 軽いモーションに大きな衝撃音。巨人型の1番上の目から黒い血飛沫が飛び散った。

 

「あんの…バカ…っ!」

 

 攻撃を加え、積極的にモンスターに関わってはもう逃げられない。キリトも仕方なしに覚悟を決め、頭をフル回転させる。目の前ではセツナが巨人型の頭に弦月を叩き込んでいた。ヒット&アウェイ。ダメージを極力受けないようにする時の基本。"やられる前にやれ"が本来のスタイルのセツナだが、流石に警戒はしているようで、それを足掛かりに大きく飛び退いた。

 減ったHPは僅か。HPの総量は気が遠くなる程。確かに攻撃を受けずに削り続けるのはちょっと…いやかなり難易度が高そうだ。

 

「キリトさん!」

 

 そんなセツナの様子をみてディアベルも武器を抜いた。可能ならばいつだって加勢するといった様子だ。しかしセツナはキリトに"逃がせ"そう言ったのだ。倒すのは難しい、それは彼女も分かりきっている。突破口を考えろ。何か方法はあるはずだ…。

 

ーー象水母型…

 

「ユイ!!」

「はぁい。」

「この近くに川か湖はあるか?」

 

 キリトに呼ばれ胸ポケットからふわりと飛び出たユイだったが、彼の剣幕にその表情はすぐに引き締まった。

 

「…北です! 北に200m! 凍結していますが湖があります。」

「――! キリトさん!」

 

 勘の良いディアベルはキリトたちのやり取りに彼の狙いを理解したようだった。そんな彼にキリトは頷きかける。

 

「よし! ディアベル! リーファを連れて北へ走れ!」

「OK! キリトさんは?」

「俺は…。」

 

 その答えを聞く前にディアベルはリーファの手を取った。セツナがいつまで持ちこたえられるか分からない。彼女を助けに来たのに死んでしまわれては困る。キリトならきっとうまくやってくれる。それに疑いは一ミリも無かった。

 答える代わりにキリトは腰から投擲用のピックを抜き出すと象水母型のモンスターに投げつけた。自分の立てた策には象水母型モンスターも連れていく必要がある。それはセツナの頼みと言う理由ではなく。HPが辛うじて1ドットだけ減ったことを確認するれは後は祈るだけだった。

 

 ー頼む…うまくいってくれ

 

 そして地を蹴って飛び上がり、自らも剣を降り下ろした。標的は…巨人型。

 

「はぁぁぁぁっ!!!」

 

 セツナに標的を向けていたソレに脳天からクリーンヒット。ザシュゥッと派手なエフェクト音を立ててHPをやや減らした。

 

「セツナ!! 走れっ!」

 

 キリトから加えられた攻撃にようやくそれが体勢を崩したところだった。先に走り出したキリトを追い、セツナもそれに従う。目的は倒すことではない。リーファの望みを叶える、それだけだった。

 走り出すとやや遅れてズシンっズシンっと鈍い足音が響き出した。振り向かずとも分かる。タゲられていたのが無くなったわけではない。

 

「ブルルルルルっ」

 

 雄叫びに近いような鳴き声を上げながら追ってくるのは間違いなく巨人型のモンスター。そして、その後ろからは更に足音が響く。他に選択肢はない。間違いなく象水母型モンスターのものだ。それだけはセツナにとってはイレギュラーで…

 

「逃がしてって言ったのにーーー!!!」

 

 そう叫んだところで状況が変わるわけではない。邪神級モンスターのトレイン。もしこの場に他のプレイヤーが現れ擦り付けでもしたらマナー違反ではすまないだろう。それでも、流石のセツナもあの2体を倒すのは難しいことなど少し対峙しただけで理解はしていた。

 

「キリトのばぁかぁーーー!!」

 

 出来るのは最大速度で走ることだけだった。200mはそんなに長い距離ではない。今ならオリンピックメダリストもビックリな速度で走れるため目的地まではほんの数秒。それでも歩幅が数倍にも上るモノに追い掛けられるのは精神的にキツい。どんどん詰まる差に数秒のはずが途方もなく長く感じる。ようやくディアベルとリーファの姿が見えたかと思えば後ろではミシッと何かが軋むような音が聞こえた。

 凍結した湖面。プレイヤーが乗る分にはただの地面だ。しかし、あくまでもそれは水上。

 

 ミシッ…バリッバリバリバリッ

 

 負荷がかかればその存在を保つことはできない。派手にひびが入ったかと思えば足場が乱れ始めた。

 

「沈んでぇーーっ!!!」

 

 リーファの願いのこもった叫びと共に巨人型のモンスターは水中に吸い込まれていく。それはモンスターを誘導した4人をも巻き込んで。

 

「ちょっと、嘘でしょ!?」

 

 待ち構えていた二人、そして作戦自体を立てたキリトにはそれも想定していたことだったのだろうがセツナにとってはイレギュラーだった。氷の破片と化したオブジェクトと共にゆらりと揺れたかと思えば、そのまま水の中にそれこそ沈んでいく。まとわりつく水があまりに冷たく、その強烈な感覚に一瞬意識を飛ばしそうになる。なんとか浮力を確保すればリーファもディアベルもキリトも水の中。そして背後では2体のモンスターも。巨人型モンスターの動きは目に見えて鈍り、象水母のモンスターは…。

 

「ひゅるるるーっ!!」

 

 先程とはうって変わって強烈な雄叫びを上げ、その四肢を縦横無尽に操れば、巨人型モンスターへの反撃を開始していた。

 

「そう…か…。」

 

 その光景になぜキリトがわざわざ象水母型モンスターにピックを投げつけたのかセツナはようやく理解した。彼だか彼女だかは知らないが象水母型モンスターは水棲で…自分達に倒すことは難しいなら、フィールドを変え、モンスター同士で解決してもらえば良い。

 

「誰がバカだって?」

 

 いつの間にか隣に来ていたキリトにチクりと言われ、セツナはどんな顔をして良いか分からなかった。

 

「……すいませんでした。」

 

 消え入りそうな大きさでそれだけ落とせばキリトは実に満足げに笑った。

 

「ゴリ押し以外にも方法はあるんだよ。」

「…分かってるわよ。だからキリトに頼んだんじゃない。」

「セツナは脳筋だよな。」

「今は返す言葉もございません。」

 

 目の前では正に水を得た魚状態。巨人型のモンスターが水中で自由に身動きが取れないのとは逆に、象水母型モンスターは先程までの劣勢が嘘かのように勢いよく相手のHPを減らし始めた。セツナやキリトが削った微々たるものではなく確かに目に見える形でゲージを減らしていく。

 

「でもさ…。」

 

 ただしこの作戦、1つだけ気にかかることがあった。

 

「あのモンスター助けるのは良いとして…その後はどうするの?」

「あ…。」

 

 あと数秒で象水母型モンスターは巨人型モンスターを倒すだろう。そのあとに象水母型モンスターがこちらへ襲い掛かってこない保証は一切無いのだ。自分達は巨人型モンスター以上に水中では身動きが取れない。もし標的にされたらおしまいだ。

 

「どうしよう?」

 

 そこまでは考えが及んでなかったようでキリトはぐるりと首を回すとリーファに尋ねた。

 

「えぇっ!!」

 

 助けて。そう言った張本人は確かにリーファだ。ただしそれは反射的なもので、彼女に何か考えがあったわけではないのは明らかだ。

 そう言っている間に背後では派手な…正にボスを倒した時のようなエフェクトで巨人型モンスターが爆散していた。

 

 

 

 

 




諸事情あって執筆意欲が低下していましたがなんとか戻ってきました。
今回はほぼ原作通り。
3人なら倒せそうな気もしたんですけどね…。

髪を15㎝切っても誰にも気付かれなかったので更に15㎝切りました。


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22話*ふしぎの国でのふしぎな出会い①

ご無沙汰しております。
少しですが続きをお送りします。


 

 

 

 

 

 

 さて、どうしたもんか。

 

 目の前には無数の触手を生やした巨大なモンスター。象のような耳らしきものを携え、見ようによっては愛嬌があるようにも見えなくはない…が、助けたところで邪神級モンスターと言う凶悪なボスクラスの戦闘力を持つことには変わりない。

 

「この子に知能があると助かるんだけど。」

 

 セツナは願いも込めてそう口にした。

 助けてと言われ、半ば反射的に動き始めた体。キリトに脊髄で物を考えるなと言われるが染み着いた悪癖がそう簡単に直るわけはない。骨折り損のくたびれ儲けには慣れてはいるが目の前のモンスターが襲ってくるような事態だけは避けたい。…それだけはどうやら杞憂に終わりそうで、カーソルは黄色くも攻撃態勢に移行する様子はない。どこか気持ち良さそうに、お風呂にでも浸かっている様な印象を受ける。多少は慣れたとしてもこっちは極寒だと言うのに。

 

「セツナ、この隙に行こう。いつ変化するか分からない。」

 

 ディアベルの冷静な言葉にセツナは視線をリーファへと向けた。助けてと言った彼女を無視はできない。

 

「…なんにも考えてなかった。」

 

 セツナの視線におずおずと声を発した彼女。まぁそうだろうな、と言うのが正直な感想だ。反射的に武器をとったセツナと同じように、目の前で窮地に陥っている相手を助けたいとただそう思っただけに違いない。ならば…

 

「…私もディアベルに同意するわ。邪神級モンスターの強さを身をもって体感したもの。流石の私でも倒すのは無理。しかもこんな水中で…一溜まりもないもの。」

 

 特に執着がないというのなら、それがセツナの素直な気持ちだ。ギリギリの攻防に心躍りながらも、勝てる気がしないと強く感じたのはアインクラッドの地下ボスと対峙した時以来だった。やるしかないなら仕方がない。やらなくていいなら避けたい。

 

「リーファ、良いな?」

 

 キリトに念を押され、リーファが頷いたの確認してから3人は氷の上へ上がった。冷えきった体。まとわりついた水分が乾くまでは寒いことには変わりない。それでもバーチャルの世界独特の水の感触に体を任せているよりは随分と楽だ。衣服は少し重いが自由が利く。

 ゆっくりと立ち上がったセツナはまだ水中にあるリーファの姿を見付けた。リーファはゆっくりと手を伸ばし、邪神級モンスターの鼻の様な部分をそっと撫でた。

 

「…もう、苛められないようにね。」

 

 恐れることなくソレに寄り添うリーファ。力を見せ付けられたセツナとしては信じがたい光景だった。そもそも邪神級モンスターがいかに危険なものかと語ったのは彼女だったはずなのに。ただ、ソレはリーファの気持ちを汲み取っているのか気持ち良さそうに湖面に浮かぶだけだ。襲い掛かってくる気配はないためセツナも余計な心配はしないことにする。

 しかしそれは予想外の出来事に打ち砕かれる。

 

「ふぇっ…!?」

 

 リーファが触れていたそれは彼女の体を巻き上げるとそのまま高度を上げた。

 

「リーファ!!!」

「ちょっ…えええーーーー!?」

 

 そしてキリトとリーファの声が響く頃には彼女の体は空中に放り出された。ここは地下世界。翅の力が及ぶ場所ではない。

 

「リーファっ!」

 

 セツナも堪らず声をあげるがそこから生じた隙に自分の身に降りかかっていることに気付くのが遅れてしまった。象水母の様な体の無数の触手が体に巻き付き、動きを封じられてしまっていた。

 

「まさか…。」

 

 完全なる油断だ。ディアベルが言ったようにいつ変化するかなんて分からなかったのに。

 しかしこの世界で使えるのは武器だけではない。相変わらず苦手ではあるが、もう1つの手段を選ぶ。

 

Ek fleygja þrír (エック・フレイギュア・スリール)…。」

 

「待って!!」

 

 セツナが呪文を唱え始めると、意外な声が飛んできた。モンスターの鼻に掴まれ吹っ飛ばされたと思っていたリーファだった。その声に呪文の詠唱を止めると自分の体が宙に放り出されるのを感じた。

 

「…っ!」

 

 もうなんなんだ…! そんな気持ちが過った次の瞬間には小さな衝撃と共に、体が何かに受け止められた。間違いなく地面でも水中でもない。そのまま宙を仰いでいると、上からキリトとディアベルも降ってきた。

 

「うぅわっ…!」

「っ…!」

 

 着地点は各々少しずつずれているものの、それは同じ何かの上に違いない。ゆっくりと体を起こせばそこにはリーファの姿があった。視線は水面より少し高い位置だった。

 

「豹変した訳じゃなかったのね…。」

 

 咄嗟に魔法で応戦しようとしたが襲ってきた訳ではなかった。リーファにはそれが分かっていたため止めに入ったのだろう。もし、そのまま攻撃をしていたら戦闘になっていただろう。それも向こうにとって得意なフィールドで。

 

「そんな感じしなかったから。」

 

 曖昧に笑うリーファ。確信はなくホッとしたのかもしれない。

 そう、4人が腰を落ち着かせたのは他でもない象水母型邪神級モンスターの背の上だったのだ。堅くもなく柔らかくもない、なんとも不思議な感触に少しの居心地の悪さを感じるも、かのモンスターはこちらの気持ちとは関係なくその無数の脚を動かしゆっくりと湖の移動を始めた。

 もうなるようにしかならない。セツナは改めて周囲を見渡した。

 地下世界とは思えないほどの広さ。そして流石は妖精の国、と言うべきか。命の危険にさえ晒されないのであればとても美しい景色。低い気温が織り成す結晶たちがキラキラと輝く。場所と条件さえ満たせばオーロラも目にできるのではないかと思う。どこかアインクラッドの55層を思わせ、感傷的な気分になる。それと同時に遥か遠くに建設物を見付け、こんな状況でなければ潜り倒したいと言う気持ちも出てくる。

 根がこの世界(フルダイブ環境)の虜のようだ。でなければSAOの世界ともあんなに向き合えていなかっただろう。

 

「でも…どこに行くんだろう。」

 

 セツナが素朴な疑問を口にすると同じように取り敢えずは状況を受け入れることだけを行っていた男たちが体を起こした。

 

「巣に連れて帰って喰うとかじゃないよな?」

「なんかのクエスト…と言う線はないか。」

 

 そして各々が妥当な考えを浮かべる。それがMMOプレイヤーとしての自然な思考だろう。何事もないのにモンスターライドをするなんで通常有り得ない

 

「リーファはどう思う?」

 

 ただあくまでも3人ともALOの知識についてはリーファには敵わない。彼女の見解が気になるところだった。

 

「…クエストなら開始ログがあるはずだからクエストではないと思う。何かのイベントかな。…ただ、ALOのイベントは結構クセモノなんだよね。」

「クセモノ?」

 

 セツナが聞き返せばリーファは恐るべき続きを淡々と話した。

 

「前にね、イベントの行動選択間違えて魔女に釜で煮られて死んだことあるんだよね。」

 

 それを聞いて3人は青ざめる。

 

「魔女に…。」

「煮られて…。」

「ALOって中々容赦ないんだね。」

 

 セツナとキリトが双子のように同じ反応を見せる傍らでディアベルも信じられないと呟きをもらす。SAOにはそんな理不尽なものはなかった。ゾッとする3人に対し、リーファは前を向きモンスターの様子を見た。

 

「でも、多分大丈夫な気がする。嫌な感じ全然しないんだもん。」

 

 今のところソレはただ歩いているだけだ。1つ問題があるとすれば、彼だか彼女だかが向かっているのは西でも南でもなくヨツンヘイムの真ん中だと言うことだった。

 

「…ま、なるようにしかならないよね。」

 

 もう死にさえしなければ良い。セツナは思考することを放棄した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、どういう状況なんだろう。」

 

 導かれるままにモンスターに乗ってやってきたのは、目指していた階段より遥か遠く。上を見上げれば、本当に地下世界かと思うほどに天井は遠く、また、当然に周囲に壁などない。ソレの出方に次第では完全に失敗したパターンだ。

 セツナたちを乗せて湖面を実に優雅に泳ぎきり、のしのしと思うがままに移動を続けていたソレは凍った丘を登り終えたところで急にその動きを止めたのだった。

 

「死んでる…わけじゃないな。」

 

 キリトにそう言われてセツナはソレのHPゲージを確認した。ほぼほぼフルの状態で、巨人型邪神との戦闘の傷はもう充分に癒えた様だった。

 丘からの景色は相変わらず恐ろしい程美しい氷雪地帯であるが、更に恐ろしいのは丘と言えど恐ろしい高さで、歩んできた道と逆方向は底が見えず崖の様になっていることだった。反対側から見れば山…それもチョモランマ級…と言うのは言い過ぎにしてもそれぐらい深いものだった。

 

「さて、いよいよどうしよう。」

 

 肩を竦めるセツナに3人は顔を見合わせた。当然にも誰も、リーファだって答えは持ち合わせていない。ソレがどうして急に動きを止め、踞ってしまったかも分からないのだから。

 この選択の起点が自分であるリーファは居たたまれなくなり、ソレに語りかける。

 

「ねぇー…どうしたら良いのよぅ…。」

 

 答えを望んでいる、と言うよりはそうせざるを得なかったと言う方が正しい。しかしソレからの返答はなく、行動を停止したままだ。

 

「仕方ない、大分時間をロスしてしまったが戻るしかないか。」

 

 すぐに切り替えてディアベルは地図を開いた。それに倣い、皆地図を覗きこんだ。南西のポイントから中央までが明るくなっているが、そこから出口に繋がるものはない。

 

「戻るより北とかに抜けるとどうなんだろう。」

「それは無理だろ。あの谷の深さは尋常じゃない。翅が動けばまだしも今越えるのは不可能だ。」

 

 セツナがそう口にすれば、キリトがしっかりと窘める。リーファにはそうすぐに別のルートを検討することなど出来なかった。自分が助けてと言ったようにこのモンスターは襲って来ず、それどころ乗り物にさえなってくれた。しかし迂闊に出歩いてその他の邪神級モンスターに鉢合わせたらと思うと気が気ではない。自分で言っておいて、セツナもキリトとともに対峙しておきながら生きていると言うのが信じられない。…しかも初心者の癖に。

 

「リーファはどう思う?」

 

 そうセツナに言われ、自分も参加しなければとリーファは向き直った。

 

「…うーん…。」

 

 しかし、リーファとしてはここまで乗っけてくれたソレが再度動き出すのを待ちたかった。ダイブし続けて随分長くなってきた。ここの辺りでローテアウトでもしたい、と言うのが正直なところだった。

 

「ねぇ……。」

 

 そう、リーファが口にしようとした瞬間だった。

 

 ゴォォォォッ

 

 凄まじい勢いで火球が飛んできた。

 それも決して小さくはない。辺り一帯を被う印象を与える大きさ。4人と一体がその火球から逃げるには気付くのが遅かった。リーファは強く目を瞑った。

 

 

 

 

 

 




大変お待たせしました。
忘れずにいた方々ありがとうございます。
さて、今回も原作沿い。
原作沿いは中々神経を使います。
間違っちゃいけないし、完コピでもいけないし。
次回はオリジナル!と言うことで筆の進みが早いと良いなぁ…。


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23話*ふしぎの国でのふしぎな出会い②

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 万事休す…!

 

 

 リーファがそう諦め、衝撃に備えて強く目を瞑れば、隣からは早口で呪文を唱える声が聞こえた。

 

þeír(セアー) sér(シャル) lind(リンド) ásynja,burt(アシーニャ バート) eimi og sverð(エイミ・オーグ・スヴェルド)!」

 

 それを認識するが早いか火球が降り注ぐのが早いか。

 

ドォォン

 

 派手な音と衝撃と共に降り注いだ火球。しかしそれがもたらしたのは広範囲魔法が発動した衝撃だけだった。

 紡がれた呪文がなんだったのかようやく認識する。暖かい光が身体中を包み込んだそれは高位の防御魔法だったのだ。

 

「大丈夫!?」

 

 そう叫んだのは呪文を唱え窮地を救ったセツナだった。

 

「いつの間に…。」

 

 返事をする代わりにリーファの口から漏れたのはそんな台詞だった。プーカは確かに魔法に優れた種族ではある。それでもリーファが知る限り、1年続けているリーファですらやっと唱えられるような高ランクの防御呪文。メイジなら分かるがセツナはプーカには珍しいアタッカーだと言うのに。

 驚きに唖然とするリーファ。しかし今はそんな場合ではない。一度は攻撃を防いだとしても、襲撃されたと言う事実が無くなるわけではない。相手が撃った魔法もかなりの高位のもののようで、相殺した分、セツナのマナは大きくゲージを減らしていた。

 キリトが体に似合わないでかでかとした剣を背中から抜ききり、火球の飛んできた方へ向かって地を蹴り飛ばせば、それに遅れずディアベルもセツナも武器をとった。

 

ー対応が早い…!

 

 考えるよりも先に体が動くのは2年間と言うフルダイブ環境が成せることなのか。リーファが戸惑う間に3人して迎撃の準備を整えてしまった。

 

 キリトが前に出ると、そこには30人程のレイドを組んだ軍勢。火球が飛んできた通り、火妖精族(サラマンダー)のメイジの姿があれば、土妖精族(ノーム)の屈強な戦士の姿もあった。…領には属さない、脱領者(レネゲイド)のパーティだった。

 

「…随分なご挨拶だな。」

 

 キリトが低い声で呟くように言えば、サラマンダーの戦士が軽薄な笑みを浮かべて歩み出てきた。

 

「悪いな。邪神級が折角的の状態なのを逃す気は無くてな。」

 

 恐らくリーダー格なのだろう。きらびやかな装備品がいかにやり込んでいるプレイヤーなのかを物語っている。

 ALOはPK推奨。間違ったことはされていない。だからと言って仕方ないと割り切れるものでもない。

 

「…あれは私たちのよ。邪魔をするなら相手になるわ。」

 

 キリトに追い付いたセツナは完全に臨戦態勢になっていた。キリトと同じくでかでかとした剣を刃先を前に、脇に構えた。すると脱領者(レネゲイド)の軍勢は高々と声を上げて笑い出した。

 

「プーカがそんな剣振るって言うのか。」

「そもそも握りがおかしいぜ。」

「大体人数差考えてみろよ。」

 

 こんなおかしいことはない、とゲラゲラと笑いが伝染する。

 そんな光景を許容出来るほどセツナは()()()いない。小さく、低く呟いた。

 

「キリト、ディアベル……私、無理。」

「奇遇だな。俺も同じことを思っていたよ。」

 

 キリトのその台詞を聞くと直ぐ様セツナは地を蹴り飛ばした。そして、ゲラゲラと笑っている集団の中央に飛び込めば、そのまま一閃、周囲を凪ぎ払った。

 

「……振れるか振れないかは、身をもって知れ!!」

 

 ゴォォッ

 

 元より重い剣。火球が飛んできた音とはいかないまでも、轟音を立てて振り抜いた。完全に不意を突かれたパーティは、全てではないが残り火(リメインライト)に姿を変えていく。

 

「なっ……!」

 

 仲間の戦闘不能から理解しても遅い。セツナは直ぐに、遠心力を得て威力を増したものを振り下ろす。そしてそれに乗じて、キリトはキリトでメイジ隊の中央へ割り込むと、一体、また一体と狩っていく。

 

「私たちに喧嘩吹っ掛けたことを後悔しなさい!」

 

 剣と共に舞う白髪。残り火(リメインライト)が残酷にもその髪に反射し、地下世界に幻想的な光を放つ。

 その光景に顔色を失ったサラマンダーの戦士は、そこで1つの話を思い出す。

 

「まさか…ユージーン将軍に勝ったプーカって…。」

 

 しかし、それは少し遅かった。気付く頃には部隊は半壊。自分を含め多くは残っていなかった。

 そんな2人の様子を見てディアベルは呑気に剣を地面に突き刺した。

 

「やっぱ強いなー。俺の出る幕はないかな。」

 

 柄にもたれ掛かり頬杖をつく始末。目の前では激しい戦闘が行われているのになんと言う神経だ、とリーファの中ではSAOプレイヤーに対する疑問が膨らんでいった。…勿論、攻略組でトッププレイヤーだった彼らだからと言うことが大きいが、そんなことはリーファが知るところではない。

 

 態勢を立て直し、部隊も応戦をしてくるが元々の腕が違う。彼らがいかに邪神狩りの出来るベテランプレイヤーだとしても、潜り抜けてきた死線の数、潜り続けてきた時間がセツナとキリトの優位を揺るがすことはない。

 

 

 

「…嘘だろ。」

 

 少し離れた位置にいるサラマンダーのリーダーはぎりっと奥歯を噛み締めた。邪神狩りをしようとしたら、運良く非アクティブなんて珍しいのがいた。周りにプレイヤーがいたがどうでも良いと攻撃をした。それが間違いだったのだ。

 

「このままで終われるか…。」

 

 次々に仲間たちが残り火(リメインライト)へと姿を変える。一矢も報いずに、退却するなど自身のプライドが許さなかった。

 サラマンダーの男は一気に抜刀すると戦闘が行われているのとは逆方向に地面を蹴り飛ばした。狙うは戦闘に参加していないシルフの少女。

 

「リーファ!!」

 

 それに気付いたキリトが叫ぶも遅く。…と言うのもリーファは剣を抜いてすらいないのだ。

 

「えっ…キャァァァァア!!」

 

 ディアベルのことを呑気だと思っていたリーファだったが、自分が一番呑気だったと後悔する。咄嗟に魔法を唱えたり、高速で抜刀出来るほど、精神と肉体は分離していない。突然のことに混乱が勝る。そして、ただヤバい…それだけが頭の中を過った。

 

 すると、その瞬間だった。

 

 リーファの背後から目映い純白の光が迸ったのは。

 

 眩しく、とても目を開いてはいられないほどの強い光。エフェクト音を付けるとするならば、クワァンクワァンと警報音の様な、ガラスの鐘を鳴らしたかの様な、甲高い音が鳴り響いただろう。

 

「───っ何!?」

 

 その光はリーファの辺りだけに留まらず、少し離れたセツナとキリトのところまで照らした。

 そして、その第2波として、次は強烈な嘶きが響き渡った。ひゅるるるる! と巨大な笛の様な音が響き渡った。それは今まで沈黙していた象水母型の邪神級モンスターから放たれたものだった。

 ソレは殻のごとく覆っていた灰色の表皮を、光と共に剥ぎ落とすと、その下から8枚もの純白の翼を明らかにした。

 

──脱皮!?

 

 などと突っ込んでいる場合ではないが、そこのフィールドにいる者の視線はソレに奪われた。…驚愕と、今までとは違う圧倒的な美しさに。

 そんなことはお構いなしに、ソレは残っていた鼻のような部分でリーファを巻き上げれば脱皮前と同じく彼女を自分の背に放り投げた。

 

「うわわわわっうそぉっ!?」

 

 状況を理解できないままに持ち上げられ、リーファからは情けない声が出た。

 あまりの目映さに、そこにいた全てのものが動きを止めた。

 

「うそ…。」

 

 セツナも勢い良く剣を振り回していたことを忘れ、ソレに釘付けになった。

 ソレは8枚の羽を使い、ゆっくりと浮かび上がるとリーファの次にはディアベルに鼻を伸ばし、次はキリト、そしていよいよセツナの上に浮遊した。そして当然のようにセツナも鼻で絡めとると、自分の背中へと放り投げた。するとそのままふわりふわりと高度を上げ、脱領者(レネゲイド)の部隊がどんどんと小さくなっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今度はどこへ行く気だろう…。

 戦闘を強制終了されたセツナは不完全燃焼で…きっとそれは助けたつもりだったのだろうがなんとも言えない気分だった。

 思いもよらない空中散歩。ヨツンヘイムで翅での飛行は基本的に出来ないため、かなり貴重な体験だろう。地上を歩いていた時ですら遠くの風景に嘆息したのに、空からは言葉にできないような光景が広がっていた。

 下を見れば命は助からない高さまでくると、今度は地上にいるときには微かにしか見えなかった天井が見えてきた。そこには無数の輝く木の根のが飛び出ていた。

 

「リーファ…あれはもしかして…。」

 

 それの正体をリーファに尋ねれば、リーファはこくりと頷いた。

 

「うん。世界樹の根っこだよ。」

「あれを伝っていけば地上に出れたりとかは…。」

「それは私は聞いたことないなぁ…。」

 

 キリトがセツナの気持ちを代弁するも、それはリーファに否定される。そもそも根に飛び移ること自体も高さからして不可能である。名残惜しそうに根を見詰める二人。するとその中にセツナは違った輝きを見付けた。

 

「ねぇ! あそこなんか光った!!」

 

 思い切り目を凝らしピントをあわせようとするも少し遠すぎる。

 

「セツナ。」

 

 短くディアベルに呼ばれれば、そこには変わったアイテムがあった。

 

遠見水晶(アイススコープ)。これなら見えるんじゃないか。」

 

 それは簡単な呪文で出来る水属性の魔法だった。透明感たっぷりな言われてみれば双眼鏡のような形状をしたものだった。

 

「ありがと。」

 

 お礼もそこそこにセツナはそれで光の主を見ようとした。

 

「あれは…。」

 

 (ひん)が損なわれるギリギリまで輝く豪奢な剣。細かな装飾が施され、この距離ですらオーラを放って見える。圧倒的な存在感。

 

「リーファ!!」

 

 光の主があまりの存在で、セツナは遠見水晶(アイススコープ)をリーファに投げ渡した。どんなに貴重な代物なのか、見ただけで感じ取れた。セツナのそんな様子にリーファは恐る恐るスコープを覗いた。

 

「―――あれは…聖剣エクスキャリバー…!!」

 

 リーファは興奮を押さえずに叫んだ。まだ誰も見付けてなかったのに! と1人興奮する。

 

「聖剣!」

「エクスキャリバー?」

 

 ここにいる者はセツナ以外剣の使い手だ。その響きに心踊らないものはいない。リーファは熱量を抑えることなく答えた。

 

「《魔剣グラム》。今発見されているレジェンダリーウェポンより強い最強の剣だよ。私、雑誌で見たから間違いないよ。」

 

 最強の剣と言う甘美な響きにリーファの手にあった 遠見水晶《アイススコープ》を奪い取るとキリトはそれに釘付けになった。しかしそんなキリトを横目にリーファはため息をついた。

 

「でもこの距離じゃ取りには行けないね。また、セツナを助けてから来よう。丁度、この空の旅の終わりも見えてきたし。」

 

 リーファのその言葉に今度は進路の方へ視線が集まる。そこには無数の根の間に木製の階段が見てとれた。どうもこのモンスターはリーファ達の目的を知っていたようだ。助けた邪神に助けられ、どうやら無事にヨツンヘイムを抜け出すことが出来そうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




ナンバリングをした責任として…!
久しぶりに短期間投稿です。
文字数的に分ける必要もなかったかもですが…。

さて、なにか忘れています。
そう! 名前を着けていないんです。
ま、いいか。


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24話*天空で待つものは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 象水母型のモンスターはゆっくりと階段に体を寄せると、その場で動きを止めた。

 木製の階段は気が遠くなるほど長かったが、先には微かに光が見えた。そこを抜ければ恐らくは世界樹のお膝元だろう。4人はここまで運んできてくれたものから飛び降りると、ソレに向き直った。

 

「ありがとね。」

 

 リーファがソレの鼻を撫でると、気持ち良さそうに小さくひゅぅっと鳴き声が聞こえた。

 何度確認してもカーソルは間違いなく黄色。助けれくれる謂われなど何もないはずなのに。まるでテイミングされたモンスターのように振る舞う。

 

「変なの。」

 

 セツナはポツリと呟いた。

 長くVRMMORPGの世界にいるが、こんなことは初めてだった。SAOとALOのシステムの違いが引き起こしたものなのかもしれないが、モンスターに自発的に助けられるなど、夢でも見ている気分だった。

 

「まぁ良いじゃない。ねぇ、名前付けてあげようよ。」

 

 能天気なリーファに違和感を抱いた自分が変なのかと思わせられる。しかも名前! と来たもんだ。しかし驚きながらもセツナとしても吝かではない。モンスターの珍妙な形態が愛嬌ではないかと思うぐらいには。

 

「名前…。」

 

 二人はどんな反応をしているだろうと、キリトとディアベルを見れば二人とも思いの外真剣に考えているようでブツブツ呟いていた。

 

 名前ねぇ…。

 

 ソレはふわりふわりとその場を浮遊している。さながら海月のようだが、脱皮したせいもあり全体的なフォルムは出会った時よりもシャープな印象。そして特徴的なのは何よりその象のような鼻だ。

 

「花子…。」

 

 象…と言えば花子。と言うのは小さい頃に読んだ本の影響が大きいのかもしれない。しかしみんなそんなもんだ。次に出てきた名前もセツナも知っている名前だった。

 

「じゃぁトンキー! トンキーにしようよ!」

 

 決して縁起の良い名前ではない。…そもそも象の名前は縁起の良いものを探す方が難しいかもしれない。リーファの口から出たのはその中でも、ソレの愛嬌のある形態には不思議と馴染む名前だった。

 

「トンキーだって。いい名前もらって良かったね。」

 

 リーファがしたように、鼻を撫でてやればトンキーは心なしかひゅうっと軽快に、嬉しそうに鳴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トンキーに別れを告げ、気の遠くなるぐらい長い階段を上ればそこは陽の当たる世界。体が地上に出ると共に飛び込んできたのは、以前森を抜けた後とは比べ物にならないほど色彩々のプレイヤーたち。

 

「──ふぁ…っ!」

 

 思わず漏れた情けない声に、セツナは慌てて両手で口を塞いだが、振り返れば皆似たような反応を見せていた。

 

「ここが、央都アルン?」

 

 案内役のリーファですら、声をかけるまで様々な種族が飛び交う様子に見とれていた。

 

「うん。私も来たのは初めてだけどね。ほら、見て!」

 

 地下世界から来たからか尚更陽の光を反射する世界が美しく感じる。リーファが指差したものを追えば、何よりも輝くそれがその場所であることを示していた。

 

──世界樹

 

 ゲームクリアのたった1つの手掛かり。セツナがALOに迷い込んで1ヶ月ほど。この数日の展開の早さには驚かされるばかりだが、やっとここまで辿り着いた。思わず涙腺が弛むが、まだ何も成し遂げてはいない。ようやくスタート地点にたったようなものだ。少し上を向き、こぼれ落ちようとするそれを塞き止める。

 

「…いざ、グランドクエスト…だね!」

 

 溢れ出る感情のエネルギーをモチベーションへ変換し、セツナは勢いよく振り返った。

 しかし、アルンも世界樹も憧憬をもって見渡していたのはどこへ行ったのか、3人は顔を見合わせて苦笑いを浮かべていた。…それは、今のセツナには全く関係のない事情で、それも2年もこの世界に居続ける彼女なのだから鈍くなってもしょうがないことだった。

 

「そう言いたいのは山々なんだけどね。」

 

 ディアベルがゆっくり口を開くのにセツナは首をかしげた。

 

「私たち、もう随分潜りっぱなしだから…日付も変わっちゃったし。」

 

 リーファにそう続けられ、忘れかけていた現実を思い出させられる。そう、彼らにはセツナにはない現実での暮らしが存在していると言うこと。ヨツンヘイムと言う密度の濃いダンジョンに迷い込んだことですっかり記憶の彼方。再会してからも一度そうして別れたのにも関わらず。

 

「…そうだよね。」

 

 努めて明るく答えるも、セツナの気持ちなどお見通し、とでも言うようにぽんぽんと頭を叩かれた。反動で下げられた頭を持ち上げればそこには曖昧な表情があった。

 

「すぐ、戻ってくるからさ。」

「…キリト。」

 

 そんなあやすように叩かれては、先程しまい込んだものが奥から出てきてしまいそうになる。そんなセツナを知ってかキリトは言葉を続ける。

 

「…セツナが還れるまで、出来るなら潜り続けたいんだけどな。現実でやらなきゃいけないことも、現実でしかやれないこともあるからさ。」

 

 困ったような笑顔を向けられ、セツナは目を伏せた。

 

「…分かってる。おかしいね。今生の別れってわけでもないのに。」

 

 そこにあるアンビバレントな感情。やらなきゃいけないこと、やりたいこと。それの向かう方向は同じでも、伴うものは違う。出来るならば傍にいて解決出来るのが一番ではあるが、こんなイレギュラーな状況下、きちんとした情報収集も必要だ。それは現実でないとできないこともある。

 

「なんか変なの。いつもはディアベルに言われるようなことをキリトに言われるなんて。」

 

 ぷっと吹き出し明るい表情になったセツナに、キリトの表情も晴れる。

 

「たまには良いだろ。」

「たまにはね。」

 

 二人が向かい合って笑顔を作れば、後ろからうおっほんっと態とらしい咳払いと共に、急かすような声が降ってきた。

 

「いちゃつくのは宿探しの後でも良いでしょ! なーんかさすがに眠くなってきちゃった。」

 

 そう言ってスタスタ前を歩き始めるリーファにディアベルもやれやれと続く。

 

「ちょっちょっと待ってよ!!」

「おいっ! ディアベルに比べれば俺は何にもしてないぞ!」

 

 高く昇った陽が傾き始める中、セツナとキリトも二人の背中を追う。

 

「それからっ! 俺素寒貧だからあんまり高い宿は勘弁してくれ。」

「…え…全財産オブジェクト化してたの?」

 

 対談の時の出来事のせいだと言うことはセツナもリーファも直ぐに気が付いた。あまりにも…な発言にリーファは歩を止め、振り返った。そして、同じことをしただろうセツナにもゆっくりと視線を向ける。

 

「まさかセツナも…じゃないわよね。」

「まさか。私はSAO時代のものしか渡してないわよ。ALOで稼いだ分はあるわ。」

 

 しれっと言い放つセツナにキリトは青ざめる。

 

「普段金に無頓着な癖して…。」

「こっちは命懸かってますからね。まぁキリトの宿代ぐらいは出してあげるわよ。」

「…助かる。」

 

 角度を落とす陽に見送られ、4人はようやく揃って街の中央へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃぁ、本当に暫しお別れだね。」

 

 3人がそれぞれに部屋を取り、セツナはそれを見送る。すると思い出したかのようにキリトは胸ポケットを叩いた。

 

「あ、そうだ。ユイ、起きろ。」

 

 ふぇぇっ…と本当に眠そうな声を出しながら呼ばれた彼女は右へ左へとふらふら浮遊しながらポケットから出てきた。

 

「ユイ、俺はログアウトするからまたセツナと居てくれ。」

 

 右手で目を擦りながらユイはゆっくり口を開く。

 

「はぁぃ…お兄ちゃん。」

 

 そして続けられたのはあくび。ふぁぁっと伸びをしながらのそれに随分と人間らしくなったなとセツナは感心する。キリトがいつぞやトップダウン型AIの完成形だとかなんとか言っていたことがその時理解できずとも、実感となって顕れる。

 ユイはそのままふわりとセツナの肩に小鳥のように止まった。

 

「お姉ちゃんのことは任せてください。」

 

 そして二人に笑いかける。

 ゲームデータ上はキリトの付帯物に過ぎない彼女が、不思議と彼がいなくとも動けるのは本当にありがたい。セツナは肩から手のひらに彼女を移すと、いたずらっぽい笑みを浮かべた。

 

「よし! ユイちゃんにはとことん付き合ってもらうからね!」

「望むところです!」

 

 そんなセツナにユイも両手で拳を作って応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと…。」

 

 3人のログアウトを見届けても、ゲーム内時間に慣れたセツナにはまだまだ眠さはない。と言ってもALOの1日16時間に適応したわけではなく、体内時計が完全に狂ってしまっていつが昼だかいつが夜だか分からないと言うのが正しい。陽が傾きかけようが、現実時間が深夜だろうが全く関係ない。眠くなれば寝るし目が覚めれば活動する。セツナの様に潜り続けている人間からすれば、SAOの様に現実時間と一致している方がありがたい。…勿論、SAOはそう仕組まれたものであり、ここにそんな人間は他にはいないのだからそんなことを言っても仕方はないのだが。

 

「アルンを探検でもしてみる?」

 

 皆がいない間に攻略をすることは今となってはただのリスクだし、遠く離れるわけにもいかないので取り敢えずは情報収集だ。ユイにそう言えば、ユイは直ぐにマップを検索してくれた。

 

「装備を調えるならあっちの道ですね。スイルベーンとは異なるものがあるかもしれません。それから…。」

「そうだなぁ…装備は別に良いかな。防具はともかく武器はどうせないだろうし。それより折角だから世界樹まで行ってみようよ。」

 

 街中に興味が無いわけではないが、まずは目的地の様子が知りたかった。攻略はしないまでも下見ぐらいは必要だ。

 

「分かりました。ならこっちの道ですね。」

 

 ユイが指し示す方を見上げればキラキラと星屑のようなものに囲まれた巨木が聳える。陽が落ち、色合いは少しずつ変化しながら。夜になればそれはそれは美しいのだろう。

 

「キレイ…本当にグランドクエストの舞台なのか疑うわね…。」

「根元に入り口があるのでそれは間違いないかと思います。」

 

 ユイの機械的な返答にセツナは頬を膨らませた。そんなことが言いたかったのではない。優れたAIと言えど発展途上と言うことかもしれない。

 

「ユイちゃんのイケずー。それだけキレイってことよ。」

 

 セツナがそう言えばユイは生真面目になるほどと言って頷いた。

 

「ね、ユイちゃんのマップで入り口が分かるんなら上から世界樹を見てみようよ。何かヒントがあるかもしれない!」

 

 ユイの返事を待たずに、セツナはそう言って飛び上がった。この世界の何よりの楽しみは飛行なのに地下世界に落ちてしまったため、暫く削がれてしまっていた。以前も迷いの森マップで飛べない期間を過ごしたが、今回のは精神的にそれ以上だった。勢いのままにぐんぐん高度を上げればユイは頼りない声を上げた。

 

「待ってくださーい。私、そんなに浮力強くないんですぅ…。」

 

 小さな体と小さな翅を一生懸命に動かす彼女に、少しだけ速度を落とすも、セツナはそのまま世界樹の方へと向かった。不思議に輝く樹も近付くにつれて葉の緑が主張をし始める。目を凝らせば一枚一枚を知覚出来そうな程、しっかりとしたオブジェクト。…勿論それはセツナがナーブギアを使用しているため、通常ALOにダイブしているアミュスフィアを使っているプレイヤーに比べ、信号素子が多く解像度が高いこともあるが。

 新緑の様な鮮やかな葉に何か隠されてないかと一枚一枚確認する様に見ていると、そこにキラリと光る金色の物体を見付けた。それは、一度見た画像に酷似しているもので。より凝らしてみれば、鳥籠のような形をしていた。

 

「…まさか……!!」

 

 それに向けてセツナは再び背中に力を入れた。

 

「お姉ちゃん!?」

 

 ユイの声が追うことを気にもせず、より一層スピードを上げる。なぜならそれは…

 

「─アスナ!!」

 

 ユイに見せてもらった画像に写る鳥籠そのものだったのだから。彼女も囚われ続けているかもしれない。それはセツナが現実世界へ戻るための希望のひとつ。

 

「…───っ!」

 

 パァンっと弾けるような音と共に、見えない壁に体が押し戻される。侵入不能領域まで飛び上がった証拠だ。目の前に鍵となるかも知れないものがあるのに近付くことすらできない。それでも、

 

「アスナァぁっ!!!」

 

彼女がそこにいることを信じ、叫ぶことを止められなかった。

 

 パァンっ…何度その衝撃を受けたかなんて数えていられないぐらいに鳥籠を目指した。ユイがすぐ傍に追い付いてきていることにすら気が付かなかった程に。

 

「お姉ちゃん…。」

 

 やめて。そう言いたかった筈なのにセツナの表情にユイはその言葉を飲み込んだ。無茶をしているのではなく、それだけ還りたい想いが強いのだ。

 

「…どうして。」

 

 肩で息をしながら見えない壁に向かうのを止める。直に滞空制限にも引っ掛かる筈だ。この高度、落下すれば助かる見込みはない。諦めて降下する頃合いだ。

 すぐ傍にアスナがいるかもしれない。同じように囚われて続けている彼女が。もしかしたら還る鍵になるかもしれない。その想いがセツナをその場に留め置く。

 最後にもう一度、と鳥籠を見上げると、その金色のオブジェクトからヒラヒラと一枚のカードが落ちてきた。

 

「これは…?」

「…なにかのセキュリティカードの様ですね。」

 

 それがアスナの返事のように思えた。きっと彼女はそこにいる。少しだけ希望が繋がった。そう思った瞬間だった。

 

「ぇっ…。」

 

 セツナは自分の体が歪むのを感じた。既知の感覚。まるで転移結晶を使った時のような、はたまたあの世界で終わりを迎えた時のような。

 

「…っゆいちゃ…─。」

 

 強い光を放ち、そこに残されたものは一枚のカード。

 

「お姉ちゃん!?」

 

 そして状況の飲み込めないユイの姿だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




さて…。詰め込み回。
ヨツンヘイムではリーファにユイの代わりをしてもらったのでユイちゃん復活!!

名付けイベント必要?…要らなかったかも…。

予告通りサヨナラ原作沿い。
何故かは…ネタバレになるので活動報告へ。
次はいつ更新できるかな。

次回消えた少女(仮)


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25話*消えた少女

 

 

 

 

 

 

 

 

─いつまでここにいるんだろう。

 

 時間の感覚は消え失せ、思考が少しずつ鈍っているように思う。籠の外には空と青々とした緑が広がるばかりで、たまに小鳥が訪れる以外はほとんど変化はない。

 

 アスナは宛がわれたベッドに仰向けに寝転がり天を仰いだ。

 

 そもそも鳥籠と言うのが悪趣味だ。

 気が付けばエルフの様に尖った耳に変わり、まるで踊り子みたいな心許ない服を纏っていた。極めつけは背中の翅だ。自分の意思で出し入れ可能…とは言え違和感しかない。

 

 キリトとセツナがSAOをクリアした。

 

 その記憶が確かならば本来自分は現実世界に還っている筈。それなのにこんなところにいる。…その答えはおぞましい呪いのような言葉で伝えられ知ってはいる。

 

 生きるも死ぬも()次第。

 

 心底嫌いな()()()に自分の命が握られているなんて我慢ならない。…いっそのこと自分で命を絶ってしまえれば楽になれるが、そうするにも武器はないしステータスを見る限り今の自分にHPの概念はない。それに、セツナが命を張ってあの世界から解放してくれたのに、そんなことをしては申し訳がたたない。彼女の分まで生きなければならない。だからまだ絶望するわけにはいかない。

 

 どうにかアスナの心を繋ぎ止めているのはただその思いだけだった。だからそれはそんな彼女には聞こえる筈のない声だった。

 

 

『…………………!』

 

 

 その微かな声にアスナはベッドから飛び起きた。

 気のせいかと思うほどの僅かな響き。2度目がないか聴覚に全神経を注いだ。

 

 

『………ぁ…な………!』

 

 

 今度は確かに聞こえた。

 

「セツナっ!!」

 

 気が付けば自分も呼び返していた。幻聴でもお化けでも何でも彼女の声には間違いない。

 

 

『………アスナァ…………!!』

 

 

 段々必死な色が濃くなる彼女の声に、自分の声が届いていないことを悟る。声の方向は下。どうにか声が聞こえていることだけでも伝えたい。アスナはベッドの下に隠しておいたものを抜き取ると、願いを込めてそれを落下させた。それは、一度セキュリティパスを盗み、脱走した際にコンソールから抜き取った銀色のカードキーだった。鳥籠はアスナが脱出出来ないように一切の物を通さないように出来ていた。しかしそのカードキーだけはこの世界にとって異質なもの。だからか鳥籠の隙間をあっさりとすり抜け、落下していった。

 

「良かった…。」

 

 カードキーがセツナのもとに届くことを願い、アスナはそこに希望を抱いた。もし、彼女が生きてこの世界にいるのならば、何か起こるかもしれない。いつだって不可能を可能にしてきたのだから。

 

「何が、良かったのかな?」

 

 セツナの声に夢中になるあまり、背後への警戒をすっかり忘れていた。そこには今の出来事を知られてはならない人物が立っていた。

 

「…すっ…須郷さん…!」

 

―――最悪……

 

 それはアスナが毛虫のごとく嫌う、アスナをここに閉じ込めた張本人、須郷伸之だった。

 

「不粋だなぁ。ここでは妖精王オベイロンだと何回も言っているだろう? ね、ティターニア。」

 

 ねっとりとした芝居かがった語り口で、口元には笑みを浮かべながらも目は笑っていない。そして、アスナが今まで見詰めていた方向をじっとりと見据えた。じっとその場を見た後、彼は手を振り、メニュー画面を開く。

 

「これはこれは…。」

 

 そして楽しそうにその画面を操作し終わると、高笑いを上げた。

 

「アハハハハハハハ! なんたる僥幸!! 探していたものをこんな風に見つけるなんてね。」

 

 こんな風に狂った様に笑うのはアスナがここに来て初めてだった。これが本性……。拒絶以外の感情は浮かばない。その場に尻餅をつき、彼の様子を窺うことしかできずにいると、急に空間にヒビが入るのを感じた。

 アスナはそのエフェクトを知っていた。自分も何度も使った、転移結晶でプレイヤーが現れる時の兆候だ。

 

─――まさか……

 

 たった今希望を託した筈だったのに。それがこんなにもすぐ打ち砕かれるとは。

 アスナの予想通り、空間には白髪の少女。あの頃とは違うがやはり青基調の服装で姿を表す。開かれた目が赤いことを確認し、たった今話していたのはやはりセツナだったことを実感すると共に、申し訳なさや失望やら負の感情に包まれ何がなんだか分からなくなってしまった。

 セツナはそのままキレイに着地をすると辺りを見回し、背中から剣を抜いた。

 

「ここは!?」

 

 自然に臨戦態勢になる彼女。須郷―――オベイロンはパン、パンパンパンパンと渇いた音を立て、手を叩き賛辞を送る。

 

「やぁ、初めまして。セツナくん。世界樹へようこそ。」

 

 男のその言葉に剣を握る手を緩めないままセツナは向き直る。

 

「……あなた、誰。」

 

 元々吊り気味の目をより吊り上げ、セツナは抑揚の無い声で答えた。

 

「うーん。それは良くないね。消してしまおう。」

 

 セツナの言葉には答えず、須郷がマイペースにウィンドウを操作すれば、セツナの握っていた武器が瞬時に消え去った。構えていた彼女は武器に乗せていた分の重心からバランスを崩し、その場に崩れ落ちる。

 

「…ゲームマスター…。」

 

 そんなことをできる人間。セツナの口から出たのはそれだけだった。須郷はますます楽しそうに口元を歪めた。

 

「ははっ、流石高名なゲーマーなだけはあるね。そう、僕は妖精王オベイロン。君たち風に言えばこのALOのゲームマスターになるのかな。」

「…なぜ私をここへ?」

 

 起伏のない声で続けるセツナに須郷の、眉がピクリと歪む。アスナはそんな二人の様子を見守ることしか出来ない。

 

「……可愛くないなぁ。君たちはどうしても僕の思い通りにはならないみたいだね。すぐにでも実験したいところだけど、流石に移行には時間がかかりそうだし、暫くはここにいてもらうよ。」

 

 機嫌を損ねたらしい須郷はセツナとの会話を諦めて、そのまま足早に鳥籠を出ていってしまった。取り繕ってはいたが、足音に荒々しさが滲み出ており、何よりそれが苛立ちを表していた。

 

 セツナはそんな須郷を呆然と見送ると、ようやく振り返った。

 

「アスナ……!」

「セツナ……生きていたのね。」

 

 アスナには、聞きたいことが沢山あった。SAOでHPが全損したのを確かに見たのに、セツナはここにいる。それに、希望もないまま約1ヶ月過ごした。そんな中出会えた希望。油断をすれば涙が溢れてしまいそうなぐらいだ。しかし、それはセツナの眼差しに遮られる。

 

「……まぁね。私にも分からないことだらけなんだけど。それよりアスナ、状況を整理したい。」

「えぇ。」

 

 アスナの返事を待って、セツナは部屋を見渡し、外を眺めた。

 

「アスナがいるってことはここは世界樹の上で、鳥籠の中ってことで良いのね?」

 

 まるでプロファイリングでもしようかと言うような様子だ。ついさっきまで諦めかけていた脱出の望みを彼女はどうにか繋いでくれそうに思えた。

 

「…世界樹と言うのね。それで良いと思うわ。」

「ゲームマスター―――あの人は何?」

 

 セツナの射るような視線に思わず怯みそうになる。しかし大切なことだ。きっと何よりも。アスナは頷き答える。

 

「あの人は、須郷伸之。レクトのフルダイブ部門の技術主任よ。」

「……なんでそんな人がアスナを?」

「……うちの父がレクトのCEOで……彼は父のお気に入りなの。私の意識が戻らないのを良いことに、私と結婚してレクトを乗っ取るつもりなのよ。」

 

 アスナがここにいるのは完全に彼の欲望に因るものだ。目的のためなら手段を選ばない。利己的で狡猾―――自尊心の高いあの男がアスナは大嫌いだった。そんなことにセツナを巻き込んでしまったようで少し気が引ける。

 

「ふーん…。でも、なんで私を知っていたんだろう。」

 

 ただそれはセツナの欲しい情報ではなかったようで、関心がなさそうにセツナは再び外を眺めた。

 

「アスナが幽閉されてた理由は分かった。だけど私まで閉じ込める理由は無いわよね。」

「……そうね。」

 

 セツナの言うことは尤もで、須郷の行動に疑問符を並べる。しかしアスナは直ぐにあのおぞましい実験を思い出した。

 

「あの人…実験って言ったわよね。セツナももしかしたらあんな風に…!?」

 

 そして1人震えた。須郷が行っていた非人道的な行為。名前も知らないプレイヤーたちが酷い状態に置かれているだけでも怒りが収まらないのに、それをセツナが受けると思うと恐怖でどうにかなりそうだった。

 

「アスナ? 何を知ってるの?」

 

 アスナの変化にセツナが戸惑うのも無理はない。あの事を知っているのはアスナと須郷をはじめとしたレクト・プレグレスの一部の研究員だけなのだから。

 アスナは一呼吸おいて、ゆっくり口を開いた。

 

「……セツナ、SAOからログアウト出来ていないのは私たちだけじゃない。約300人もの人がまだ現実世界に還れてないのよ。」

「どういうこと?」

「彼は……SAOサーバーのルーターに細工をして、自分の実験のために、ログアウトする筈だったプレイヤーたちをここに監禁しているの。」

 

 アスナは脱走した時に目にしたおぞましい光景をセツナに話す。人間の脳が並ぶ空間。捕らえた人たちに感情や記憶の操作を行っていたこと。決して許される筈のない神をも恐れぬ行為を。

 

「………………。」

 

 それを聞いてセツナは俯いた。ただ、それは恐怖に因るものではなく、何か思い当たる節でもある様子だった。再び顔を上げたセツナの表情はまた強いものに戻っていた。

 

「……あいつが、見た目よりもクソヤローだってことはよく分かった。だったら尚更屈する訳にいかないわね。」

 

 セツナは籠の縁まで歩くと、格子の隙間から体を出そうと試みる。しかし何かの障壁に妨げられ、それは叶わなかった。ただそれを意に介した風はなく、純粋に確認したようだった。

 

「幸い、私たちにはアスナが落としてくれたカードキーがある。後は、信じるしかない。」

「どういうこと?」

 

 アスナは、セツナがここに来た時点で、カードキーに託した願いは潰えたのだと思っていた。しかしそれはどうやら違うようで、

 

「あれはユイちゃんがきっとキリトに届けてくれる。だから大丈夫。」

 

 落胆していたアスナを尻目にセツナはしっかりと不敵な表情で笑って見せた。そんなセツナにアスナは驚きを隠せない。セツナがここにいるだけで奇跡だと思ったのに、強い希望の名前が出るなんて。

 

「キリトくんもここに来てるの?」

「うん。それはアスナのお陰。」

「え?」

 

 自分のお陰と言われ、さっぱり訳がわからなくなる。

 

「さっきのでハッキリしたけど、私もアスナと一緒みたいね。アイツに作為的にここに連れてこられたからずっとログアウト出来ないでいたの。」

 

 セツナの言葉には驚かされてばかりだ。望んでここに来たわけではない。そして漸く須郷の台詞が繋がってくる。

 

「……キリトは私を探してくれてたみたい。そしたらアスナがここにいる画像を拾ったみたいでね。」

「それでキリトくんもここに?」

「うん。まぁ尤もキリトは現実に還ってて正規ルートで来てるから、今はログアウトしてるけど。」

「はぁ……。」

 

 約1ヶ月閉じ込められている間になんと言う超展開。目まぐるし過ぎて言葉を飲み込むのがやっとだった。

 

「運良くキリトと再会出来たけど私も1ヶ月ぐらいは1人で還る方法を模索してたの。…閉じ込められてたアスナに比べたら些かまっしだと思うけど。」

 

 それで現れた時はあんな出で立ちをしていたのかと、色々なパズルのピースが埋まっていく。

 

「状況は良くないけど、ゲームマスターが分かったならやりようもあるかもね。」

「どうするの?」

「それを今から考えるの。時間だけはあるんだから。」

 

 セツナの無茶が頼もしく感じる。SAOでボス攻略会議をしていた時みたいだ。自分には思い付かない突拍子もないことをいつも言い出す。この状況下、何よりも強い希望になりそうだった。

 不謹慎ながら、アスナはセツナが共に囚われたことに感謝した。

 

 

 

 

 




さて、久しぶりに短いスパンでの投稿です。
タイトルの傾向で私が今やっているゲームがわかると思います 笑

セツナの最後の台詞は私の台詞ですね。
さぁここからどうしよっかなー 棒


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26話*現実と幻想の狭間①

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん!!」

 

 ログインするなりユイが血相を変えて文字通り飛んできた。

 

「よぉ。どうしたんだよ慌てて。」

 

 睡眠と食事を取り、情報収集をし…と言っても何も成果はないが、ようやく戻って来て、さぁ攻略だ! と意気込んだ矢先のことだった。

 キリトは両手を頭上で結び、左右に捻ると体がバーチャルに適応した気がした。現実世界での体の不自由さにはまだ慣れる気配がない。

 

「そんな呑気な起動シークエンスはいいんです! 大変なんです。お姉ちゃんが…。」

 

 のんびりとしたキリトに対しユイは一気に捲し立てたかと思えば、セツナのことを口にした瞬間、語気を落とした。

 

「…セツナに何かあったのか?」

 

 当たり前のように一緒に攻略を開始するつもりだった。何か起きるほど時間を空けたつもりはないし、この状況で無茶をする程セツナもバカじゃない筈だ。

 予想外の出来事にキリトの表情も引き締まる。

 

「……消えてしまったんです。私の目の前で……。」

「消え…た……?」

 

 涙ながらにユイが口にした出来事が、キリトには全くもって理解できなかった。

 

「消えたってどういうことだよ!!」

 

 そしてようやく出会えたと思ったのに、見付けたと思ったのに…その思いから言葉は荒くなる。彼女にあたったって仕方がないってことを理解しながら。

 

「私にも分からないんです。」

 

 泣きながら(かぶり)を振られてはまるで自分がいじめているかのようだ。焦りと苛立ちを抑えるためにキリトは目を閉じ、大きく深呼吸をした。

 

──やるべきことはセツナを助ける。それだけだ。

 

 そして1つ、揺るがないことを確認し、ユイの頭を撫でた。

 

「ゴメンな。怒鳴ったりして悪かったよ。俺たちと別れた後に何をしたか教えてもらえるか?」

 

 柔らかいトーン。それでいて瞳に宿す意志は何よりも強い。キリトの様子にユイもコクりと頷き、引き締まった表情を作った。そして語り始める。

 

「私たち、世界樹の様子を見に行ったんです。…そこにはいつかお兄ちゃんが見せてくれたアスナさんの鳥籠と思わしきものがありました。」

「アスナの?」

 

 ユイの口から出てきた人物は意外なもので、キリトは目を見張る。

 

「お姉ちゃんはアスナさんに強く呼び掛けました。限界高度からでもとっても遠かったですけど…。」

「…アスナから返事はあったのか?」

 

 キリトの問いにユイは首を横に振る。

 

「いいえ、その代わりにこれが。」

 

 ユイが取り出したのは銀色のカードキー。無機質でこの世界に似つかわしくないそれをキリトはつまみ上げる。

 

「これは…? セツナの呼び掛けが聞こえたと言うことか。」

「おそらくはそう考えられます。そのカードは何かのセキュリティキーですね。この世界のアイテムではありません。」

「─―なるほどね。」

 

 キリトは世界樹を見上げた。

 グランドクエスト云々でなく彼女を助けるためには上に行くしかない。ゲームクリアが曖昧な中、グランドクエストを挑むよりは余程分かりやすい。やることは同じでも、道筋の濃さが違う。

 

「お兄ちゃん…?」

「予定通り攻略だな。それ以外に世界樹を登る方法は残念ながら分からないからな。」

 

 いくらでも時間はある。そう思っていたが、こうなっては猶予はあまりなさそうだ。囚われているアスナに拐われたセツナ。何者かが作為的に行っているのは明らかだ。目的は分からないが有名プレイヤーである二人が揃ったことで、事態が動く可能性が生じる。

 しかし…

 

「…焦って余計な時間を使うのもな。リーファたちに連絡するか。」

 

 すぐにでも世界樹に飛び込みたい衝動を抑え、キリトはどうにか冷静な判断をしようと拳を握りしめた。

 キラキラと陽の光を反射する世界樹の葉。たゆたうそれが美しいばかりに憎らしい。遥か上空を睨み付け、そこで彼女たちが無事でいることをただ願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…うん。」

 

 その遥か上空。右手を縦に振り、セツナは何度も頷いていた。

 

「どうしたの?」

 

 神妙な面持ちの彼女にアスナは首をかしげる。

 

「だぁめだわ! あれが一番使いやすかったんだけど無くなってる。」

 

 そう言いながら彼女は一振りの槍を手にした。

 あれ、と言うのはアスナの前に姿を現した時に手にしていたソレだろう。大剣でありながら、真っ直ぐに上下に伸びた様がどこか細身のフォルムに思わせた。アスナにも覚えがある、SAOの中層辺りで彼女が愛用していたものにどことなく似ているものだった。

 セツナは手にした槍を左右に振ると一つ頷いた。

 

「ま、武器装備ができない訳じゃないことに感謝するかな。」

 

 アスナにはHPの概念がない。そしてウィンドウを開いてもアイテムストレージは存在しなかった。ただセツナのそれは変わっていないと言うことは、この空間が特殊なのではなく、アスナの設定がいじられていることを示していた。

 ただそれは、

 

須郷(あの人)に通用するのかしら…。」

 

 彼はGM(ゲームマスター)。茅場晶彦がそうであったように破壊不能物体(イモータルオブジェクト)に設定されている可能性は少なくない。つまり、いくらセツナが武器を装備しようと彼には届かない可能性が高い。しかしそんなことはセツナも知るところで、

 

「別に戦おうって言う訳じゃないわ。無いと落ち着かないだけよ。…これからダンジョン攻略に向かうんだから。」

 

そう口にすると片頬だけを上げて笑った。

 

「…ダンジョン攻略?」

 

 突拍子もないその言葉にアスナはポカンと口を開く。

 

「えぇ。そもそも試してみたけどここじゃ魔法は使えないみたいだし、まともに戦えるなんて思ってないわ。ただ、ここにいても始まらないでしょ。だから出掛けなきゃ。」

 

 カツンと槍が音を立てる。垂直に立ったそれとセツナの姿勢がシンクロする。魔法だとか戦うとか突っ込みたいところは他にもあれど、何より気になるのは1つ。

 

「出掛けるって…。」

 

 そう言われてもここは鳥籠の中。出入口は閉ざされている。ポツリと言うアスナにセツナは大仰に肩を竦める。

 

「アスナ、一回脱走したんじゃなかったの?」

「そりゃぁそうなんだけど…。その時とはパスコード変わってるし…。」

 

 セツナに首をかしげられてもこちらが首をかしげたいぐらいだ。セツナがどうしようとしているか理解できてもその先が見えない。するとセツナはあっけらかんと言い放った。

 

「あら、アスナ様とあろう方が甘いわよ。そんなのさっき盗んでやったわ。」

 

 あぁこの子は…。

 その台詞を聞いてセツナがどういう人間だったかどうやら忘れかけていたことに気付く。規格外。自分の常識で測ってはいけない。VRMMOの申し子。アスナよりも遥かに根っからのゲーマー。どんな事態であろうと攻略を目指す。確かに、そんな人間だった。

 

「…そうね。どうやらこの一ヶ月で随分と鈍ってしまったようね。」

 

 そう言われて気弱になっていってしまっていた自分に気付く。武器を奪われ、動きを奪われ、希望を摘み取られ…そして気付かぬうちに思考まで鈍らされていた。あの非人道的なモノを明るみにしなければ。同じ陰謀に巻き込まれている彼女の希望が消えていないのだからそれを守らねば。

 アスナの表情(かお)を見てセツナは再び片頬だけを上げ、笑みを浮かべた。

 

「そうこなくっちゃ。」

 

 そして廊下側へ歩を進め、パネルに向き合う。

 

「ゲーム慣れしてないやつはどこに穴があるか分かってないわよね。遠いから見えないと思ってたら大間違いなんだから。」

 

 セツナは須郷()が去って行った時に入力したパスワードを迷いなく入力する。アスナが一度そうしたように。

 

「ねぇ、セツナ。」

 

 自動ドアがゆっくり開き始める。

 

「何?」

 

 以前脱出した時は何も感じなかったのに、まるであの頃の、フロアボスに挑むような瞬間に思えるのは、セツナが一緒にいるからだろうか。

 

「私にも…何か持てるものないかしら。」

 

 だからか、アスナは自分の手に何もないことになんとなく不安を感じた。するとセツナは少し考えた後、右手を振り、簡素な剣を取り出した。

 

「アスナにはアイテムストレージがないからどうなるかちょっと想像もできないんだけど…。」

 

 間近に見ると本当に簡素。セツナは軽々とした手つきでそれをアスナに手渡した。

 

「えっ…。」

 

 しかしそれは予想もしない重みでアスナを襲った。恐らく初期装備であろうそれ。いくらSAOでアスナが筋力よりも速さ重視のビルドだったとはいえ、レベルとしてはトップ10に入っていたはず…そもそもSAOでのステータスが関係なくとも初期装備がこんなに重く感じるとは…。

 

「やっぱりなぁ…。」

 

 セツナの呟きが身に刺さる。

 

「武器とかが持てるようにはなってないみたいだね。」

 

 装備をすると言う概念がないため、アスナにとってそれはただの鉄の塊に成り果ててしまうようで、現実で剣など持ったことはないがSAOはやはりゲームの世界で、装備品にはそれなりの考慮がされていたことが分かる。

 それでも無いよりはましかとアスナは剣を構えようとするも、構えることは出来ても、とてもじゃないがあの頃のような動きは出来そうもなかった。…それどころか構えるのが精一杯…と言うのが正しい。

 

「…ありがとう。諦める。」

 

 少しの名残惜しさはあるが、足手まといになるのはごめんだ。アスナはそれを床に突き立てた。セツナのように軽々と手渡すことは出来なかった。

 セツナは軽く頷くとそれをまたアイテムストレージに格納する。どちらにせよ戦闘が出来ない可能性が高いため、あっても気休めに過ぎない。

 体を被うことすら対して役に立たない衣服に丸腰。心許ないがHPの概念のないアスナはそもそも破壊不能物体(イモータルオブジェクト)の可能性だってある。セツナには申し訳ないがアスナは自分にそう言い聞かせ、小さく頷いた。

 そんなアスナの様子を見て、セツナは扉の外へ足を踏み出した。

 

 まるで幹と紛うかのような木の枝に巻き付く蔦。ほのかに輝きを放ち、まさに妖精の世界に相応しい世界樹。傘にでもなりそうな大きさの葉が繁り、かなりの高度を誇るが足元に対する不安は微塵も感じさせられない。…もともとセツナは高所恐怖症ではないのもあるが。

 そんな、状況さえ違えばずっと見ていたいような美しい通路を通り抜ければ、次に待ち受けていたのは、それまでとは真逆のものだった。

 真っ白で無機質な通路は病棟を思わせ、ご丁寧に案内プレートまで据えられている。セツナもアスナもこの2年目にすることのなかった現実世界のそれ。真新しいビルのような空間が広がっていた。

 

「これが…世界樹だって言うの?」

 

 2度目のアスナに対し、セツナは初めて。それにALOを冒険してきてある程度の世界観を見聞きしてきた。そんなセツナには受け入れがたい光景であった。

 

「…セツナ?」

「もし…攻略の先にこんなものあるとしたら…こんなこと…許されないわよ。」

 

 それほどに違和感のある場所。

 全てのプレイヤーが目指している場所だとはとても思えなかった。

 

「…別の空間があると信じたい。それよりも今は自分たちのことを考えなきゃよね。」

 

 自身にそう強く言い聞かせ、セツナは通路の先へと歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 




大分お久しぶりです。
サブタイトルがずっと浮かばず…すると筆の進みも遅いものですね。
サブタイトル=道筋みたいなものなので。

訳あってニート状態なので続きは早めにお届けしたいなぁと。
…随分中途半端なのもありますし。

一部ルビと地が逆になってて草w
修正しました。


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27話*現実と幻想の狭間②

お待ち下さった方々ありがとうございます。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アスナの案内をもとに通路を進む。白く無機質な空間にセツナとアスナの姿は異質で、この場所に拒絶されているかのようだ。

 現実と紛うような場所で手に槍を持ち、金属の装備を纏ったセツナと、薄布一枚のアスナ。違和感しかない。

 

 コツコツ…

 

 ペタペタ…

 

 二人の足音が消えることなく何もない廊下に響き渡る。

 

「セツナそこ…。」

 

 囁かれるようにアスナに言われ、セツナは足を止めた。1枚の自動扉。プレートには《実験体格納室》の文字が書かれていた。字面だけで十分におぞましいそれ。

 

「アスナが前に見たところ?」

 

 セツナが尋ねればアスナは苦虫を噛み潰したような顔で口許だけに笑みを浮かべた。

 

「出来れば見たくない光景だけど…この世界の真実を知るには手っ取り早いと思う。」

 

 そう言われてセツナは小さく頷くと、扉の開閉スイッチを押した。シュンっと音を立て静かに開く扉。その先には廊下とは異なり少し照明の落とされた空間が広がっていた。そしてその中にぼんやりと浮かぶ無数と光。アスナの言うこの世界の真実は直視するには堪えないものだった。

 

「人間の…脳?」

 

 培養ポッドの様なものに格納された人間の脳…正しくはその形をしたもの。それが入り口から奥まで敷き詰められるように並んでいた。

 セツナが振り返るとアスナは固く頷いた。

 

「これは…私たちと同じく未だ現実に戻れずにいるSAOプレイヤーたちよ…。」

「─…まさか…!」

 

 実際に目にしても信じがたい。約300人もの監禁されたプレイヤーたち。そして同時にセツナは恐ろしくなった。不思議と自分はゲーム内で目を覚ましていたが、この中のひとつだった可能性があることに。

 アスナが鳥籠に幽閉されているのは須郷(オベイロン)の意図に因るものなのは疑いようもない。ただ彼の反応からしてセツナがこの姿でいるのは全くのイレギュラーなのだ。本来なら自分はこのポッドにいたのではと思うと背筋が凍る。

 自分の姿と重ね、セツナは拳を強く握りしめた。

 

「…こんなの許されるはずない。ただの人体実験じゃない…。」

「─そうよ。だからこそ暴かなきゃいけない。」

「私たちの問題だけじゃ無いわけね。絶対に脱出しなきゃ。」

 

 セツナの言葉を聞き終わると、アスナは頷き、その中を迷いなく進み始めた。セツナとしては、気持ちの悪いこの空間から出てしまいたい気持ちで一杯だったが、仕方なく後を追った。キョロキョロとポッドを見れば、それぞれ表示が少しずつ違うことが目に入った。《pain》や《fear》などの後ろ向きの感情を示すものもあれば、《happy》や《ecstasy》などの良い感情を示すものもあった。それは与えられている負荷が各々違うからだろう。実験体と言う名の通りの仕打ちだ。いっそのこと手にしている槍で薙ぎ払ってしまいたい。しかしそんなことをすれば彼、彼女らがどうなるかは分からない。感情のまま動くわけにはいかなかった。

 足早に前を歩くアスナの後を追うと、その先には1台のコンソール。

 

「それ…。」

 

 セツナはそれを遠目からではあったが一度目にしていた。…正しくはそれに類するものであるが。セツナから漏れた声にアスナは振り返る。

 

「セツナに託したカードはここから抜き取ったの。でも残念だけど今は無いみたいね…。」

 

 ま、当然だけどね、と溢すアスナ。ゲーム内のアイテムではなかったあれが刺さっていたと言うことは、SAO時代に地下で目にしたもので間違いないと言うことだ。ユイが記憶を取り戻した管理者用のコンソール。ただ肝心のモノがない。キーがなければそれは動かないのだから。自分が鳥籠に転移される前に手にしたあのカード。ユイが持っていることを願うしかない。 

 

「脱出の手段の1つはここってことか。」

 

 それを起動させるものが手元に無いからには他の手段も考えなければならない。…むしろそれがメインになる。こんな特殊な場所に一般のプレーヤーが来れるとは考えにくい。ユイが持っていることを願いつつも、彼女がここに来ることの出来る可能性は極めて低い。

 

「…………!」

 

 セツナがコンソールに触れようとした時、隣でアスナが息を飲んだのが聞こえた。特に変わった行動はしていない筈だとセツナは考えを巡らせたが、直ぐに自分が油断していたことに気付かされた。

 いつもなら―――戦闘時なら反応していたはずのそれ。第三者の気配。《索敵》のスキルとは別に感覚的に分かるもの。セツナが武器を手にアスナの視線の方向へ向き直ると、そこには得たいの知れない物体が居た。

 

「あれぇ? また来ちゃったの?」

「お前パスコード変えたんじゃなかったのかよ。ちゃんとしないと須郷ちゃんに怒られるぞ。」

 

 ナメクジのような軟体の動物が2体。その体と同じく粘り気のある口調に鳥肌がたちそうになる。おまけに粘着質な視線がゆっくりと這ったかと思えば、間をたっぷり使ってソレは言葉を発する。

 

「で、増えたキミは? おかしいなぁ。外から入れるような場所じゃないんだけど。」

 

 答えを知ってるようで、面白そうにケタケタと音を立てる。

 

「キミ、須郷ちゃんが探してた子だよね。見付かったんだ。」

 

 そしてセツナが答える前に別の個体がそう発した。

 

 おぞましい。

 ただそう感じた。

 

「あなたたち…。」

 

 絡み付く遠慮のない視線を受け、背筋に冷たいものが走る。それを誤魔化すかの様にセツナは背負っていた槍を手にした。

 

──キィン…

 

 いつも通りに響く音が少し心を落ち着かせてくれる。2匹の個体は一瞬目を見張った―――とても分かりにくかったけれど―――が、すぐに気持ちの悪い表情に戻った。

 

「そんなもの持ち込めたんだ? でもダメだよ。ボクたちにそんなものは……」

 

 ソレが次の言葉を発し終える前にセツナは手にした槍をそのまま突き出した。しかしビュンッと音を立てて繰り出されたそれが、奴らに届くことはなかった。

 

─パシッ

 

 乾いた音共に現れたのは《破壊不能物体(イモータルオブジェクト)》の紫色のポップと目に見えぬ障壁。そんなことは気にもせず、セツナは続けて手を動かす。

 パァンッと言う音共に、ソレの悲鳴が空間に響く。

 

「なっ…! なんだよそれは!?」

「っ…やめっ…やめろっ…!!」

 

 明らかに怯んだところでセツナは手を止め視線を下げた。

 

「ねぇ。あんたたちが何なのかに興味はないけど…持ってるんでしょ?」

 

 温度のない声。セツナのそんな様子久しぶりに見たなとアスナは一月前までの感覚が揺り動かさせるのを感じた。こんな状況だからか、こんな状況にも関わらずか。文字通り鳥籠の鳥だった一ヶ月間。その懐かしい感覚に喜びすら抱く。それと共にあの頃は当たり前の様に巡らせていた考えが及ばなくなっている自分に驚く。セツナの狙いはここにあったのだ。装備がないと落ち着かない。それも彼女の本心であろうが、通じなくとも威嚇にぐらいは使える、それこそが真意だろう。実際、衝撃が伝わっているかも分からないが、十二分に牽制の役目を果たしている。

 

「俺たちが何を持ってるって?」

「取り敢えずその物騒なものしまえよ。」

 

 その証拠にナメクジたちの語気が明らかに落ちている。あの脳波を測定する機械をつけたならば恐らくは《scare》と表示されることだろう。

 セツナは真っ直ぐに槍を突き出したまま氷点下の視線を注ぎ続ける。

 

「しまうのはあなたたちが出してからよ。─ねぇ、持ってるんでしょ? セキュリティパス。」

 

 そして今度ははっきりと言葉に出して尋ねた。

 見付かってしまったこと自体は決して運が良いとは言えない。ただ、目の前の物体が屈する様であればこれは千載一遇のチャンスになる。目の前にはコンソール。一発大逆転で二人ともログアウトすることが可能になるだろう。

 

「………。」

 

 応えない2体に対して、セツナは再び武器を振りかぶった。

 

「わっ分かったよ! 頼むから武器を下ろしてくれ。」

 

 すると1体が慌てて口を開いた。セツナは向かって左にいた個体を一瞥するとゆっくりと切っ先を下げる。

 

「…あなたたちが出すのが先。それに使えるか試してから。偽物掴まされちゃ堪んないからね。」

 

 いつでも攻撃を繰り出せる足の位置は変わっていない。おずおずと差し出されたカードをセツナは視線を動かさずに後ろに投げた。

 

パシッ

 

 乾いた音がして、それが彼女に受け取られたことを確認する。どうやら反射神経は鈍っていないようだ。

 

「アスナ。それ、使えるか確認して。」

 

 アスナは小さく頷くがそれは2体に視線を向けているセツナには見えなかった。ペタペタという足音が了承の証だ。

 以前、アスナが一人でここに来たとき、押せそうで押せなかった《log out》のボタン。今度こそ…。アスナは手早く前回と同じように画面を開いていく。ブン…ブン…っと小さな音を立てて重なるようにウィンドウが開く。当然のようにその先にあるのは《log out》のボタン。二人をすぐにログアウト出来るよう、アスナは管理者権限のあるそれで、セツナを選択しようとした。

 

「…え……。」

 

 アスナの口から小さく声が漏れる。

 

「…アスナ?」

 

 その違和感にセツナは背を向けたまま声をかける。

 

「ない…ないっ……!」

 

「ないって…。」

 

 "ない"と言う言葉にセツナは槍を握り直した。もし、偽物(ダミー)だとしたらただじゃおかない。しかしアスナが続けた言葉は異なっていた。

 

「…セツナの名前がない。」

 

「私の…名前?」

 

 全くもって意味が分からなくなった。混乱のあまりカランと武器が地に落ちたことにすら気付かない程に。

 

「私とそいつららしき名前はログアウトリストに表示されているの…。だけどセツナの名前は…。」

 

 目の前が真っ暗になるのを感じた。自分は命を拾ったのでは無かったのか。キリトは現実世界に"雪菜(セツナ)"が生きていると確かに言った。名前がないと言うことはシステム的に自分は存在しないと言うことだ。なら今ここにいる自分はなんなのだ。

 理解が追い付かない頭で1つだけ言えることはあった。

 

「…よく分かんないけど…アスナ、あなただけでも…。」

 

 旅をする中でアスナを助けると言う目的もあった。自分の状況が分からないならせめて彼女だけでも。

 

「──そう言うわけには…!」

 

「お願いっ!」

 

 ここまで来て目の前にある現実に眩暈がする。泣き出しそうになるのを堪え、なんとか言葉を投げ出す。帰ることを何より願ってここまで来たのにシステムコンソールでも帰れないならどうすれば良いのか。

 

「…必ず、助けに来る…。」

 

 そう猶予はないためアスナはすぐに首を縦に振った。セツナからコンソールに向き直り、実行ボタンを押す。

 

「──そこまでだよ。」

 

 しかしそれは叶わなかった。

 アスナの手は寸前で何者かに掴まれコンソールまで届かなかったのだ。

 

「─っ………!」

 

 その闖入者にセツナは武器を振るおうとするもそれも阻まれる。

 

「こっ…れは……。」

 

 身に覚えのある感覚だった。麻痺だ。

 

「二人とも良くないね。どうして大人しくしていられないんだ。」

 

 その声に凍りついたのは二人だけでなくナメクジの様な2体もだった。

 動かない不自由な体。セツナは視線だけをなんとか移し、望まない人物をせめて睨み付けた。

 

「須郷……っ!」

 

 浅はかだったのか。

 すぐに固まった体に思考まで奪われていく様だった。

 

 

 

 




と言うわけで…コンソールの機能については多少アレンジぶっ込んでますが…続きます。
ようやくここまで来たので次は多分彼らが登場するでしょう。

SAOPの最新刊どころかSAOの最新刊すらまだ読めてません…涙
でも頑張ってALO編、完結させたいです。


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28話*偽りの王国

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと! 離してよ!!」

 

 ゲームの世界には不釣り合いな、病院の廊下のような空間に少女二人の声が響く。

 

「優しくしていれば付け上がって。君たちは少し反省するべきだ。」

 

 長身の男に引き摺られる様は、さながら人拐いのようだ。

ゲーム内のパラメーターならセツナの腕力はかなり高い。しかし麻痺状態にされてはそれは何の足しにもならない。

 

「反省? 何を言っているか分からないわ。するとしたらあなたの方よ!」

 

 体が動かなくても口が減らないところはセツナだ。あくまで強気は変わらない。語気の荒いセツナに対し、須郷は小馬鹿にしたように言葉を発する。

 

「分かってないね。君の命は僕が握っているんだよ。」

「──どうかしら。私をアスナみたいに拘束しておく必要はないはずよ。あの人たちみたいな実験体として欲しているだけでしょ。…あなた、確か移行には時間が必要だと言ったわね? 出来ない理由があるんじゃないの?」

 

 それはセツナの願望でもあった。確かにここにいる自分。それなのにアスナによればシステム上存在しないものになっている。──だが、そんなはずはない。須郷(オベイロン)によって麻痺状態にされたり、空間移動をさせられたりしている。事情は分からないが、なんらかのイレギュラーでシステムが介在しきれていない部分があると言うことだろう…でないと説明がつかない。

 セツナのその言葉に須郷(オベイロン)は歩みを止めた。

 

「……本当にさっさと喋れないようにしたいものだね。全くもって可愛くない。」

「あなたに可愛いなんて思って頂きたくないから有り難いわ。」

 

 暗に肯定を意味した言葉にセツナは胸を撫で下ろした。帰れるならばいくらだって気を強く持てる。

 

「───あっ!!」

 

 その時だった。見張られたアスナの視線の先を追うと、エフェクトが見られた。キラキラとポリゴン片が集まり人の形を作っていく。二人……いや、もう一人。全部で三人の転移。それはアスナとセツナの繋いだ希望の欠片が、渡るべきところへ渡ったことを示していた。セツナもアスナも同時に口を開いた。

 

「キリト! ディアベル! ユイちゃん!」

「キリトくん! ディアベルさん!」

 

 黒ずくめで短髪の少年と、青い衣装を身に纏った青年。あの頃と風貌は変わっているがアスナにも誰だか直ぐに分かったようだ。そして水先案内人のように白いワンピースを纏ったユイ。この空間のせいかピクシーの姿ではなく、少女の姿に戻っていた。

 招かれざる客を前に、須郷の額に青筋が見てとれる。

 

「…どうしてここへ……。」

 

 握られた拳が小刻みに震える。

 現れた3人は状況が分からず辺りを見回した。そこには探していた二人の少女に長身の男。

「彼は…妖精王オベイロン。GM(ゲームマスター)のようです!」

妖精王(オベイロン)…?」

 

 ユイが答えを絞り出し、キリトが口にしたところで須郷は我に帰ったようだった。

 

「キリト…ディアベル…SAO有力プレイヤーの名前だね。どうやったか知らないが、まさかここまで来るとは…。」

 

 そして"妖精王"らしく芝居がかった振る舞いをする。不測の事態であろうが余裕たっぷりなのはGMだからなのだろうか。先刻見せた取り乱した様子はあっという間に消えてなくなった。

 

「まさか本当にGMとはな。グランドクエストをクリアしてきたが、その割にはファンファーレの1つも無かったぜ?」

 

 そんな須郷(オベイロン)にキリトは状況を理解したようで背丈ほどもある黒い剣を構えて見せた。再会を喜ぶのはまだ早い。セツナとアスナの救出の他にもやることがありそうだ。

 

「キリト! ここには天空の街なんて存在しないわ。あるのはこの実験施設だけよ。」

「……みたいだな。」

 

 セツナの声にキリトは小さく頷いた。

 キリトとディアベルは、セツナが本来目指していたルート―――グランドクエストを突破し、ここまでたどり着いた。しかしそのルートも正攻法だったのかと言えば疑問が残る。グランドクエストの最後には何故か管理者のセキュリティコードが必要であり、到着したのはゲームの世界には似つかわしくないこの空間。何かがおかしいと言うことはすぐに分かった。

 そしてキリトの隣からはやはりこの世界に相応しくない固有名詞が漏れて出た。

 

「……須郷…伸之……?」

 

 青い髪をしたファンタジー世界の住人から溢れ落ちた現実味の強い名前。ディアベルの口から出たことに驚いたのはアスナだけではなく、須郷本人もだった。

 

「…ディアベルくん……だね。君は何を知っているのかな。」

「さて。俺は一介のSAOプレイヤーに過ぎませんよ。」

 

 その答えは正解。須郷(オベイロン)の反応を見てディアベルは不敵に肩を竦めた。そんなディアベルに須郷は肩を震わせた。

 

「……ここは僕の世界だ。なぜこんなにも邪魔されなければならないんだ………。」

 

 ワナワナと震える須郷の肩と共に空間が歪んでいく。

 

「───!!」

「──っ…。」

「─ぁぐっ……。」

「ぅ………。」

 

 それと共に4人は大きな力に寄って地面に押さえ付けられた。身動きが取れず、ヘドロのようなもので押し潰されたかのような不快感に襲われる。

 

「みなさん!!」

 

 唯一影響を受けないユイは悲痛に声をあげた。そんな様子に須郷はふんっと鼻を鳴らし口を開いた。

 

「妙なプログラムだな…こんなの僕は知らないぞ。」

 

 そして左手でシステムパネルを操作し始めた。

 

「─ぅっ……みなさん…ごめんなさ………。」

「──ユイっ!!」

「ユイちゃん!!」

 

 するとキリトとセツナの声が谺する中、ユイは空間に吸い込まれるように消えていく。

 

「全く……。勝手なことをしないで欲しいな。」

 

 ユイがブラックホールのようなものに吸い込まれると、須郷はようやく少し満足したかのようにマントを翻した。

 

「さて、みなさん。君たちには今度のアップデートで導入予定の重力魔法を体験してもらっているのだが…如何かな? ちょぉっと強すぎるかな?」

 

 そして下卑た笑い声をケタケタと上げた。

 地に伏す4人を1人で見下ろすのはさぞかし気分が良いに違いない。──自分がしたいかどうかはともかく。麻痺の次は重力か。セツナは自分の体の不自由さに嫌気が注す。この世界にいながらこんな屈辱は初めてだ。

 

 いつだって自由だった。

 

 自由を求めてこの世界(ここ)に来た。

 

 ログアウト出来ないと言う事件に巻き込まれながらも憧れの世界で暮らすことには次第に慣れ、心は自由だった。

 

 それは傲りだったと言うのか……。

 

 ゲームマスターの前ではこんなにも簡単に自由を奪われてしまう。

 

 自分は強く、この世界ではなんでもできる…キリトとなら。

 

 それも全て夢幻。

 

 セツナにとって全て信じたくない現実。どうしても抗いたいことだった。今還りたいと願う現実世界には自分が思い通りに振る舞える環境はない。それを求めてこの世界に逃避してきた。分かっている。自分は1プレイヤーで、彼はゲームマスターで、その間には越えられない厚すぎる壁があると言うことは。頭では理解している。それでも。

 

「──ふざけ…っ…。」

 

 セツナは必死に腕に力を入れ、体を起こそうとした。ここでそれに屈してしまえば全て認めてしまうことになる。それはあの世界をも否定するように思えた。

 グッとミリ単位で動く体。 上に起こそうとするも、ピクッピクッとすぐに下へと引き戻されてしまう。麻痺の効果なのか重力の効果なのかもはや分からない。

 

「──ハハハ!! 最強プレイヤー、仮想世界の申し子も形無しだな!!」

 

 そんなセツナの様子に須郷は上機嫌に声を上げた。

 その言葉にセツナは自分がALO(この世界)に迷い混んだ理由を確信する。須郷は知っているのだ…茅場がセツナに言ったことを。どう言うわけかこの世界に限りなく適応した存在だと言うことを。

 ゲームマスターには敵わない…そんなの知れたことだ。それでも戦った。戦うことを諦めては全てを否定することになる。ただ…体が動かないのにどうすれば。

 

 ──力を貸そうか。

 

 ふいにそんな言葉が降りてきた。

 どこかで聞いたような声。しかし正体は分からなかった。それでも…どんな力だって良い。

 

 ──須郷(あいつ)をブッ飛ばせるなら

 

 それがセツナの素直な気持ちだった。

 やられっぱなしは性に合わない。たとえゲームマスターとプレイヤーと言う間でも、圧倒的に不利だったとしても負けることは受け入れられなかった。それがこの世界で2年間生きてきた者の矜持。

 

 ──君らしいね。

 

 謎の声はフッと息を漏らしそんな風に言った。

 すると急に体が軽くなったような気がした。何が変わったのか。助けるとはこの事だけなのか。

 

「──システムログイン……ID《ヒースクリフ》…─!」

 

 違った。頭に自然に浮かんだコード。それを口にした瞬間、声の正体が分かった。しかし、そんなことは今はどうでも良かった。望むことは目の前の男をブッ飛ばす。ただそれだけだ。

 

「……ヒースクリフ…だと……?」

 

 セツナの台詞にけたたましい笑い声をあげていた須郷は顔色を変えた。そう、彼は知っているはずだ。セツナを捕らえようと思ったきっかけになった人物の名前を。セツナはそのまま頭に浮かぶ言葉をつづける。

 

「システムコマンド、スーパーバイザー権限ID《オベイロン》をレベル1に。」

 

 皮肉なことだ。自身が忌避したGM権限を行使することになるとは。ただ、目の前の男(須郷)をブッ飛ばせるなら。その気持ちに偽りはない。

 

「なっ……何を…っ! ぼっ僕より高位のIDだと!? システムコマンド……っ!」

 

 セツナの言葉に混乱を隠せない須郷は血相を変え、金切り声を上げた。

 

「システムコマンドっ、オブジェクトID《エクスキャリバー》をジェネレート!」

 

 あわてふためき須郷が口にしたのはセツナたちが地下世界で目にしたこの世界で最強の剣の名前だった。しかし、須郷の声にシステムは耳を貸さない。

 

「システムコマンド!! システムコマンドぉっ!! 言うことを聞けっ! このポンコツがぁ!!」

 

 先程まで開いていた管理者のシステムパネルは須郷のもとに姿を現さなくなった。セツナが()のIDを使い、そう変更した。セツナは静かに須郷と同じ言葉を呟いた。

 

「システムコマンド、オブジェクトID《エクスキャリバー》をジェネレート。」

 

 光の粒に包まれながらそれは静かに姿を現す。その目映さは神々しく、正に聖剣と言ったものだった。あの時は遠目に、ただ博物館の宝石の様に眺めただけだったが、それがいとも簡単に手に入る。

 

「……つまらないものね。」

 

 GM(ゲームマスター)になるとは、管理者権限を得るとはこういうことか。先程までは圧倒的な力に捩じ伏せられ、その力を羨みもしたが、この世界で生きてきた者としてのセツナの素直な感想は“つまらない”の一言に尽きた。

 

「お前……お前ぇ………!」

 

 悲鳴にも似た須郷の呻き声。管理者権限と言うプレイヤーにとってはチートとも言えるものが標準装備だった彼にとっては受け入れがたい状況で、混乱しているのは明白だった。

 

「…大丈夫よ。私は何もしないわ。」

 

 なんて愚かしい。この力を得た瞬間自分はプレイヤーでは無くなってしまった。セツナは手にした剣を相棒に投げた。

 

「──キリト!」

「─────!」

 

 セツナが管理者権限を得た時点で須郷の発した重力魔法の効力は切れていた。まだ公式に存在しないものだ。当たり前だ。キリトは虚を衝かれるもなんとかそれを受け取った。

 

「お願い。決着をつけて。」

「俺が?」

「─私じゃそんな剣使えないもの。」

 

 剣は使えない。それもセツナの本音だったが、今の状態で武器を振るいたくない、その想いが強かった。

 

─全くあの男……。

 

 少し恨みつつも望んだのは自分だ。セツナは剣をいつものように左右に振るキリトを見詰める。

 

「……よく分かんないけどこんなに簡単にこの剣を手に出来るとはな。」

 

 キリトから発される強烈な威圧感。セツナをはじめとしたSAOプレイヤー…特に諸事情によりディアベルは慣れたものだが、須郷にとっては耐え難いものだろう。須郷はブルブルと体を震わせる。

 

「なっ……何をするつもりだ。」

 

 打って変わった須郷をキリトは横目で見やるとそのままエクスキャリバーを構えた。

 

「お前がしようとしたことだよ。報いを受けろ。」

 

 ダッ

 

 音がするのが早いか、ポリゴンが飛び散るのが早いか。結末は実に呆気ないものだった。所詮は偽りの国の偽りの王だったのだ。その偽りの王に今自分がなっていること。憧れすらあったこの世界を手にするのがこんなに虚しいのかとセツナは空を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 




世間はGWですね。一時的ニートな楢橋です。

さて…色々登場人物大集合ですが伏線だけ散らしてほぼ空気。
VS須郷はどうするか迷いに迷ったのですが…呆気ない感じに。
原作の様なゲスい展開も痛い展開もちょっと書けなかったです…
ゲス展開はSAOのクラディールが私の限界です。
次回は皆様お待ちかね(?)砂糖まみれを頑張るぞー!

…どんどん読んでないSAO原作が溜まっていく
SAOPの新刊読もうと思ったらそれまでの話を忘れていたと言う…。


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29話*虚構の真実

 

 

 

 

 

「終わった…の?」

 

 あまりの呆気なさに、散り行くポリゴンを目にしても、アスナは信じられないと言った様子で半ば呆けたように言葉を発した。それもその筈だ。急に逆転した形勢。それを可能にした要因をセツナ以外は知るすべもない。

 

「セツナ、キリトさん、そのエクスキャリバーは…?」

 

 地下世界で一緒にそれを目にしたディアベルは尚更理解が追い付いていないようだ。最強の聖剣が急に姿を現しているのだから。

 

「…こんなもの…紛い物よ。」

 

 セツナはそれをキリトの手から取り払うと、無に還した。伝説の武器は本当はこんなに簡単に触れて良いものじゃない。元々幻だったかのように光の粒に姿を変え、四方に散る様子を見て余計にそう感じた。

 

「それよりも帰ろう。現実世界(おもて)でやらなきゃいけないことが沢山ある。」

 

 キリトも同じ気持ちのようでエクスキャリバーを気にも留めず―――本来ならレア武器には目がないはずなのに―――前を向いた。そんなキリトにセツナは頷くと、右手を縦に振り、システムウィンドウを起動させた。

 

「さぁ、アスナお待たせ。ログアウトするわよ。」

「セツナ…それは?」

「どっかのお節介がくれたのよ。」

 

 アスナの浮かべる疑問は最もであるが説明するのは少しめんどくさい。

 

「ディアベルとキリトは自分で帰れるわよね?」

 

 追及される前にセツナはログインしてきてくれた二人に視線を移した。キリトもディアベルも左手でウィンドウを操作し、首を縦に振った。

 

「帰ったら直ぐに病院に行くよ…と言いたいところだが俺はアスナ君の方へ行かせてもらっても良いかな?」

 

 セツナがシステムウィンドウからログアウトの画面を表示させていると、ディアベルは思いがけないことを口にした。当のアスナも困惑する。

 

「えぇ!? あなただってセツナを助けに来たんでしょ?」

「まぁ…そうなんだけどね。ここでは倒したが()のことが気になる。」

「…そう言えばあなた須郷さんのこと……。」

「その話は現実世界(むこう)でしよう。それよりも早く帰った方が良い。生身の君は無防備だからね。」

 

 そう、ディアベルは須郷を知っていた…。そしてディアベルが言うことは正しい。この世界から追い出しただけであって何も解決はしていない。いつ、どんな危害が加えられるか分かったものじゃない。そしてそれはセツナよりもアスナへの脅威が大きい。早く現実に戻り対策を打つべきだ。

 

「ディアベル…アスナのこと、お願いね。」

 

 セツナはディアベルにそう言うと、アスナのログアウト処理を始めた。

 

「セツナ! ありがとう。向こうで会いましょう!」

「さて、俺も先に失礼するよ。現実世界(むこう)ではアスナ君の方が危なそうだ。」

 

 二人の姿が青い光に包まれてゆっくりと消えていく。終わったんだ。本当に。セツナに少しずつ実感が生まれる。

 

「さぁ、俺たちも帰ろう。」

 

 キリトにそう言われるもセツナは首を横に振った。

 

「えぇ、と言いたいところなのだけど…いるんでしょ? ヒースクリフ。」

 

 そして紡がれたセツナの台詞にキリトは驚きを隠せなかった。

 

「──茅場!?」

 

 真っ直ぐに宙を睨み付けるセツナ。思い返せばその答えは既にセツナの発した言葉にあった。─IDヒースクリフ─…それはSAO(あの世界)の創造主のプレイヤー名。セツナはそれをもらったと言った。しかし…

 

「…生きて……いたのか?」

 

 あの時自分が倒した筈だった。須郷と違い彼はVR(この世界)に誠実で真摯だ。それならば本来そんなことはある訳がないのに。

 

『そうでもあるとも言えるし、そうでないとも言える。私は─茅場晶彦と言う意識のエコー、残像だよ。久しぶりだね。セツナくん、キリトくん。』

 

 キリトの疑問にはゆっくりと姿を現した茅場本人によって語られた。白衣を纏った姿はあのアインクラッドの崩壊を見詰めた時と同じだった。

 

「…聞きたいことは色々あるけれど…お礼と共に1つ文句を言っても良いかしら?」

『……何かな?』

 

 茅場は軽く肩を竦めた。

 

「力を貸してくれたことには感謝するわ。だけど、プレイヤーから逸脱させられたのは望まなかったわ。」

 

 どうせなら自分で方をつけたかった。そのために約1ヶ月世界を放浪してきた。それなのに、自分の矜持のせいでもあるが、力を得たことでそれは叶わなくなってしまった。しかし悪びれずに茅場は口を開く。

 

『それは失礼。しかし礼には及ばないよ。君と私とは無償の善意が存在するような間柄ではない。無論代価は必要だ。』

「…ふん……。望まないものを与えたおまけに代価ね。」

『まぁそう言わず。それは君にとって必要なものだ。君がログアウトするためにはね。』

 

 茅場が言わんとするのは、正規のコンソールではセツナがログアウト出来なかったことを指しているのだろう。茅場のIDではアスナの処理をした時にきちんと自分の名前も表示されていた。

 

「……どう言うことか理解に苦しむんだけど。」

『簡単なことさ。私がそうであるように君もSAO(あの世界)で死亡しただろう。本来なら君は死ぬはずだった。』

 

 突き付けられる事実。そう、それは解決したわけではなかった。

 

「…だけど私はここにいるわ。」

『それは須郷が君の信号を拾ったからだ。しかしイレギュラーだったのは送られた信号は拾うはずだったログアウトではなかった。』

「………。」

『そのために上手くシステム移行が出来ず、君は彼が望む形でこの世界に入らなかったんだね。半分はまだSAOの支配下にあった。』

 

 少しずつ色々な答えが明らかになる。なぜこの世界にいたのか。それでいてなぜ力が及びきっていないのか、SAOの名残があるのか。本当にまだSAOの世界の名残があるのならば、1つ大きな気がかりがある。

 

「……今ここで私がログアウトしたらナーヴギアに焼かれるのかしら?」

 

 SAOで死亡したという事実。それが有効であるならば、今辛うじてあるこの命は…。

 

『それはない。死亡信号はここで止まっている。』

「皮肉にも須郷に命を助けられたということかしら……。」

『それは私の関与することではない。SAO(あの世界)で死に、確かに死亡手続きは行われた。私にとってはそれが全てだ。その後のことはALO(この世界)で起こったことさ。』

 

 二人のやり取りにキリトはぽかんと口を開けたままだった。そんなキリトにセツナは要点だけを口にした。

 

「…私が助かったって話よ。」

 

 その言葉にキリトの表情がみるみるうちに色付いた。

 

「嘘じゃないんだな!?」

『私に嘘を吐く理由はない。─…そうだ、対価はキリトくんに払ってもらうとしようか。セツナくんより適任だろう。』

「……適任?」

 

 答えの代わりに、透明な卵が姿を現した。目映い金の光を放つそれに、キリトは思わず手を伸ばした。

「これが…対価?」

『それは世界の種子だ。芽吹けばどのようなものか解る。君たちがあの世界に憎しみ以外の感情を残しているなら…。──その後の判断は君たちに任せよう。』

 

 人の話を聞いているのかいないのか茅場は淡々と続けた。抽象的で二人には何のことだか全く理解できなかった。そして、

 

『──では、私は行くよ。いつかまた会おう。キリトくん、…そしてセツナくん。』

 

 簡単な挨拶を最後に彼は去っていった。見事なまでにアッサリと。それは実に彼らしかった。

 

「なんなのかしら…。」

「分からない。今ここでは本当にどうしようもないから帰ってからだな。」

「…そうね。」

 

 対価。セツナにとっては命の対価とも言えるもの。にも関わらず実際のところは分からないが随分と簡単な物に思えた。彼にとっては命の認識ではなく、ただ単にシステムIDの貸与に対する対価、と言うことだからかもしれないが。

 

「でも、拍子抜けしちゃった。」

 

 それでもセツナにとっては命を拾ったことに他ならず、この1ヶ月の気掛かりは彼の存在によって全て無くなった。

 

「…セツナ、助かったんだよな。」

 

 それはセツナだけでなくキリトも同じだった。セツナがALOを旅して模索してきた1ヶ月の間、彼は目を覚まさない彼女の姿を見てきた。いくらこの世界で動いているセツナに出会っても、それは現実世界での出来事ではない。現実世界に戻ってしまった自分とは大きく異なった存在のように思えた。

 

「…何泣いてんのよ。」

 

 セツナにそう言われるまでキリトは自分の頬を伝う涙に気が付かなかった。

 

「─ホントだ。」

「それって私の役割じゃないの?」

「そうかもな。」

 

 おどける彼女の瞳にも水滴が浮かぶ。

 

「やだ、つられちゃうじゃない!」

 

 おかしいな、とセツナがそれを拭おうとするもそれは叶わなかった。

 

「本当に……良かった。」

 

 いつの間にかキリトに抱きすくめられ、代わりに彼に雫を拾われた。

 

「まだ早いわよ。ログアウトしていないのに。」

「ログアウトしたらすぐに病院に向かうよ。」

「…うん。」

 

 セツナのいつも通りの口調もキリトの気持ちの前に鳴りを潜めていく。彼の心臓の鼓動が聴こえるような気がしてセツナはそっと目を閉じた。

 

「待ってる。…この2年の中で一番長い時間に感じそう。」

「転移結晶があれば良いのにな。」

「…それが無い世界に帰りたいのに、変な話よね。」

 

 二人は互いの左手と右手を繋いだままウィンドウを操作した。ずっと望んだことがようやく形となる。願った未来が来ることを夢のように感じながら最後のボタンを押す。

 

「後でね。」

「すぐだよ。」

 

 ウィンドウ越しに重なる指先。二人の姿は少しずつ淡くなり青い光の粒に変わる。

 

 

 

 

──こうして別れるのは2回目ね。

 

 

──あの時とは違うよ

 

 

──そう?

 

 

──そうさ

 

 

 

 

───必ず会えるからね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白。

 

 目の前に広がるのはただ一色。

 

 靄がかかっているのか、ゆっくりと光の射し方が変わるがその色が変わることはなかった。

 体が重い。強い倦怠感。まるで麻痺しているかのようだがハッキリと違うと感じた。何かに制御されているのではなく、力の入れ方が分からないとでも言うか、抑えつけられているのではなく、力が及ばない。いかにあの世界が現実世界を模したものだとしても、再現出来ないことはある。そう、還ってきた。SAOプレイヤー、《舞神(ぶしん)》と呼ばれた槍士(ランサー)のセツナではなく、北原 雪菜(ゆきな)に戻ったなによりの証拠と実感だった。

 声を出そうとすると咽は掠れ、息苦しさを感じる。頭が重たいのはナーヴギアのせいか。視界は明るくも見えるものはなく、瞼が開いているのかも分からない。こんな不自由さはこの2年間無かったことだ。そして少しずつ思い出される自身の体の感覚。キリト―――確か本当は和人と言う名前だった―――を待つ時間は長く感じるかと思ったが、二年ぶりの現実の身体に慣れるのに費やされ、そうでもないのかもしれない。ログアウトにタイムラグはあったのか、キリトは正規のログインだからすんなりいっただろうが、自分の方は分からない。遠くから聴こえる慌ただしい音が淡い希望に変わる。

 

「……っな!!」

 

 聞き覚えのある声が遠くから響いてくる。

 どうやらタイムラグがあったようだ。それともログアウトしてから自分は少し眠っていたのだろうか。それは分からなかった。

 声は遠かったはずなのに手に触れる暖かい感覚に何やら思い違いをしていたことに気付かされる。

 

「…つな!」

「…そ…っか…ぁだ………ぅまく…ぁなせ……。」

 

 自分の機能が上手く働いていないのだ。雪菜(セツナ)は掠れた声で伝えようとするも、和人(キリト)には必要ないようだった。

 

「…お帰り。」

 

 右手から彼の体温が伝わってきた。その声は向こうで聞いていたものと同じだった。

 雪菜がどうにか首を縦に動かすと頬を涙が伝った。自分のものか、彼のものかは分からなかったがそんなことはどうでも良かった。

 

「…た…だ…い…ま。」

 

 ゆっくりと発した言葉。目もしっかりとは見えなかったが、和人の頬が上がったように感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




帰還。
なんでセツナとキリトはあんまりいちゃついてくれないのか 笑
セツナの性格のせいに違いない。
さて、もうちょっとだけ続きます。お付き合いください。


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30話*過去が思い出に変わる時

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キーン…コーン…カーン…コーン………

 

 響くチャイム。こればっかりはあの世界に行く前と、いや、自分が学生になった頃から変化がない。もっと言えば親の世代から、もしかしたらそれよりも前からも変わっていないのかもしれない。

 雪菜(セツナ)は授業の終わりを告げる教師ではなく窓の外を眺め、そんなことを思っていた。

 

雪菜(ゆきな)、飯行こうぜ。」

 

 かけられた声に視線をあげるとそこには見慣れた顔があった。本人に言ったら怒られるだろうが…和人(キリト)の中性的な顔立ちはあの世界でもこの世界でも変わることはない。

 

「─うん。」

 

 雪菜は薄く色の着いた眼鏡の位置を少し直すと席を立った。光を反射するプラチナブロンドの髪は、入学から1ヶ月が経とうとしている今も注目の的だ。

 

 

 

 

 

 

 ALOからログアウトした後、それはそれは大変だった。キリトが現実世界に戻った時もそうだったと言うが、SAO対策室の役人たちが3日も経たずにやって来て、あれやこれやと聴取を始めたのだ。看護師さんが怒り心頭気味に、"ここは病院ですよ! 彼女は衰弱してるんです!"と怒鳴り散らしてくれなければどうなっていたか分からない。…おまけに、最初は勝手にやって来た癖に見慣れない容姿に戸惑われ、2年ぶりに恥辱を受けた。雪菜自身もSAOでもALOでも受け入れられていたため、自分がアルビノ症で他とは違う容姿をしていたことを強制的に思い出さされた形だ。SAOに巻き込まれ、須郷の陰謀にも巻き込まれ…役人の人たちからすれば重要参考人であろうがこっちは本来被害者だ。少しぐらい、いや、多分に配慮していただきたかった。最も、目が覚めてからいくら目を凝らしても朧気にしかものが見えなかったことでも実感したのだったが。

 雪菜は先天性白皮性としてメラニン色素を持たない。そのため雪菜の髪は白髪(はくはつ)であり、瞳は血管が透けて赤い。同じアルビノでも程度の違いはあり、メラニン色素の持ち方は様々だ。その状態により少しずつ髪も瞳も色が異なる。あくまで雪菜の場合は無いと言っても過言ではないレベルのためにそう言った色になった。そしてそのせいか光には強くなく、視力は良くなかった。VRの世界にいた頃は、脳に直接的に指令が送られていたため、実際の視力は全く関係なかった。それに慣れてしまったため自分の目がいかに見えにくかったかなど忘れてしまっていた。…直ぐに眼鏡を設え直したが、その感覚に慣れるのには少し時間がかかりそうだ。

 そんなこんなで目を覚ました当日は和人(キリト)の顔をきちんと確認することは出来なかったのだが、意外とナイーブな所がある彼が知ったら傷付きそうなのでそれは黙っていた。

 雪菜の方は役人にもみくちゃにされた…と言うこと以外は至って平和で、雪菜よりも大変だったのはアスナの方だった。

 

 アスナがレクトのご令嬢であると言うのは雪菜も聞いた話。CEOだと言う彼女の父が決めた婚約者による不祥事に、アスナの家の方はアスナが目を覚ましたことを含めて大事件。凄い騒ぎだった…と雪菜に教えてくれたのは弘貴(ディアベル)だった。

 

「嫌な予感って当たるもんでさ、アスナくんの病室に行ったら即ナースコールを押すはめになったさ。」

 

 SAOでもイケメン──雪菜(セツナ)の目には胡散臭いヤツにしかうつっていなかったが──ではあったが、少し髪がさっぱりした現実世界でもかけ目なしにイケメンだった。雪菜が帰ってきて1週間程経ってから、彼は病室にやって来た。

 

「何があったの?」

「須郷の最後の悪足掻きさ。アスナくんが完全に覚醒する前に自分のものにしてしまおうってね。」

「…それは。」

「勿論すぐに引き剥がしたさ。だけど俺だって帰ってきて1ヶ月ちょっとだったからね。残念ながら体力に自信はない。」

 

 両手を芝居がかったように広げてものを話すのは姿が変わっていてもディアベルだった。

 

「そりゃぁそうよね。私なんてまだ歩くのも覚束ないって言うのに。」

「アスナくんもそうさ。」

「随分とアスナと仲良くなったのね。」

 

 彼の好意がこちらにあるのを知っていながら、雪菜は態と含みのある言い方をした。

 

「セツナ…そりゃないよ。俺だってもう少し早く来たかったさ。」

「アハハ。分かってるわよ。大変だったの?」

 

 弘貴(ディアベル)が大変だったのは須郷との現実世界での対峙と後始末ではなかった。もっと大変なのはそれからだった。

 

「面白がってるね。」

「ええ、勿論。私には関係ないし…と言うより貴方には幸せになって欲しいわ。」

 

 弘貴はレクトの取引先の御曹司だったと言うからまた驚きで、アスナの病室にいた彼とアスナがてっきりそういう関係だと彼女の両親は勘違い。外堀から現在進行形で埋められていると言う話だ。

 

「俺はまだまだあわよくばと思ってるんだけど。」

「あら? あなたのことはとっても大切に思ってるけど、戦友であり親友…そして恩人ね。友達以上ではあることは認めても恋愛関係になることは無いと思うわ。」

「全く?」

「一ミリもね。」

 

 大きくため息をつく弘貴に雪菜は少し申し訳ないとも思う。自分の態度は少し思わせ振りだ。彼の想いを知って受け止める。それは時と場合によって酷である。そして本当の恋人であるキリトとは恥ずかしさや照れもあり、そう素直な態度はとれない。感情の介入は時に厄介だ。だからこそ完全に否定をした。それは雪菜の優しさだ。

 

「でもあなたまで良いところの出とはね。」

「…そう言われるのは好きじゃないけど今回ばかりは役に立ったね。」

 

 そう、彼が須郷を知っていたのはパーティーでレクトの後継者候補として挨拶されたことがあったからだ。そして弘貴はアスナの父親とも面識があったと言う。同じ被害者であり、4月から田町にある名門大学への復帰が決まっている彼。アスナの両親は次の婚約者として白羽の矢を立てた。

 

「まぁ良いじゃない。ゆっくり考えれば。」

「アスナくんの気持ちもあるからね。」

 

 美男美女で端から見ればお似合いだが話はそう単純でもない。その両端は雪菜と和人に握られているのだから、これ以上雪菜には追及出来なかったのだが。

 

 

 

 

 

「──今日も良い天気。」

 

 廊下から射し込む光は少し毒だ。バーチャルの世界より現実のものは遠慮ない。

 4月から高校生として学校に通うようになり1つの願いは叶った。

 

「雪菜、あんまり外見ない方が良いんじゃないのか?」

「…ちょっとぐらい平気よ。キリトが思っているよりずっと普通なんだから。」

 

 それはキリトと学校に通うことだった。

 

「雪菜…マナー違反。」

「ゴメン。でも私たちなんてきっとバレバレよ。」

 

 SAO帰還者たちは希望さえすれば一同に同じ学校に集められた。十把一絡げな対応ではあるが、本人たちからすると助かることもある。2年間勉強せずにデスゲームに身を置いてきた。今更普通の学校に戻るのは中々難しい。そんな環境だから当然にあの頃の話はタブーであるが元々現実の姿をトレースしてプレイしていたのだ、なんとなく、分かる者には分かる。

 セツナの特徴的な容姿はゲーム内でも有名だったし、現実世界では尚更目立つ。無論その気になれば髪を染めることもカラーコンタクトを入れることも出来る。しかしそれを望むことは無かった。それはSAOに囚われる前も今も。如何に忌避していたとしてもアイデンティティに関わる。

 そんな雪菜と共にいる和人。そもそも和人だって攻略組として有名なプレイヤーだったのだ。下層プレイヤーはともかく、上層プレイヤーの多くは彼のことを知っているはずだ。…でもなぁ…とぼやく彼に雪菜は少し意地悪をすることにした。

 

「嫌なんだったら私といるの止めたら? その方がバレないのは勿論、友だちも沢山出来るわよ。」

 

 ツカツカツカと歩みも速め、つっけんどんに言い放つ。勿論、冗談だ。すると和人は雪菜が思った通りの反応を返してくる。

 

「まっ…待てよ! 誰もそんな…。」

 

 和人が雪菜の手首を掴むとそこにはしたり顔で微笑む彼女の姿があった。

 

「なんてね。ウソウソ。」

「セツナぁ…。」

「和人だって人のこと言えないじゃない。」

「お前が…。」

「ほらっ! 早く行かないと席なくなっちゃうよー!!」

「セツナっ!!」

 

 急に走り出す彼女に周囲の視線は釘付けになる。

 

「和人はまた! 気を付けてよ!!」

 

 セツナの名前はあまりに有名だ。SAOプレイヤーの中でもアスナと並んで。その名前が大声で叫ばれれば振り向かない人の方が少なかった。濃紺の制服は《竜騎士の翼》時代のものと色彩が似ており、それも雪菜がセツナであることを助長する。

 

「雪菜!! 待てって!」

 

 ゲームの世界ではパラメータがものを言うため、雪菜(セツナ)に先に走り出されたら和人(キリト)とて追い付けなかったが今はそうではない。男女差があるおまけに雪菜は和人よりも現実世界に帰ってきたのが1ヶ月以上も遅い。雪菜が如何に走ろうともすぐに捕まってしまう。

 

 

 

 

 

「キリトったら意外に大胆ですなぁ…。」

 

 そんな二人の姿を見るかげが三つ。見られているとは知らずに和人は追い付くと共に雪菜を後ろから抱き締める。

 

「彼、結構そう言うところあるのよ。」

 

 面白そうに見るのは二人の上級生にあたる二人。そして、

 

「そんなこと言って良いんですかぁ!? 里香さんも明日奈さんも!」

 

 少し焦ったように言うのは二人の下級生にあたる一人だ。

 

「そんなこと言われたってあっちにいる頃からセツナはアイツのものでしょ。ねぇ? アスナ。」

「うーん…どちらかと言うとキリトくんがセツナのものじゃない? まぁどっちにしても仕方ないわよ、珪子ちゃん。」

「お二人とも呑気ですーー!!」

 

 大きな声を出す珪子(シリカ)に、気付かれないかと里香(リズベット)と明日奈は慌てて珪子の口を塞いだ。

 

「ちょっと! 珪子! そんな大きい声だしたらバレるでしょ!」

「そうよ。どうせ私たちがいなくても注目の的なんだから少しぐらいゆっくりさせてあげましょうよ。」

「でもぉ…。」

 

 二人が窘めるも珪子は納得のいかない表情だ。何にしても何に不平を言いたいのか何を焦っているのかも分からない。三人に共通することはキリトに淡い恋心があったことと、セツナが大切な友人であると言うことだ。どちらの感情を優先するのか、したいのか、一番幼い珪子には整理出来ていない。

 

「まぁまぁ、私たちもお昼にしましょ。時間無くなっちゃうわ。」

「やった! 明日奈様特製ランチ!」

「え? あ…待ってくださーい!!」

 

 どちらも大切にしたい。三人で取り敢えずは見守ると言う協定を結んだのは入学して直ぐのこと。それがいつまで続くかは分からない。そんな三人の想いを知ってか、雪菜も和人も学生生活を十分に謳歌する。

 

 

「そう言えば、今日オフ会だっけ? 直葉も来るの?」

 

 それでも、向かい合って食事をしながらする会話は相変わらずだ。

 

「雪菜…食べながら喋るなよ。」

「ゴメンゴメン。向こうの迷宮区での癖が中々抜けなくてさ。」

「ったく…スグも行くって言ってたよ。」

「楽しみだなー。会うの久しぶりだもんね。早く午後の授業終わらないかなー。」

「お前いつも授業聞いてないもんな。」

「だって今の範囲もう終わってたんだもん。」

「明日奈といい、弘貴さんといい…雪菜までもとは何なんだよ俺の周りは。」

「そんなこと言われても…。」

 

 和人が言うのは皆のバックグラウンドのことだ。弘貴と明日奈は言うまでもなく名家に違わず名門校に通っていた。雪菜も…と言うのはその特殊な容姿からそうしたのであり、雪菜としてはそんなこと言われるのは不本意だった。

 

「あの二人と一緒にしないで欲しい。」

「まぁそうなんだろうけどさ。」

「それにさ、今は一緒なんだから関係ないじゃん。」

「…そうだな。」

 

 過去は過去。現在(いま)現在(いま)

 出会う前のことを言っても仕方がない。出会ってからも色々なことがあった。それを乗り越えてようやく現在(いま)に落ち着いたのだから。

 

「和人がそんな風に言うんだったら弘貴さんに浮気するよー。」

「雪菜…それだけはホント冗談キツいから勘弁して。」

 

 ご馳走さま、と立ち上がる雪菜。あの頃が嘘だったかのように穏やかな時間。それでも確実に自分たちにとって現実だったあの頃。

 茅場晶彦の残した《対価》がそれを物語っていた。

 

 須郷の凶行からVRMMOは糾弾され、社会的に消滅しそうになったが、それを救ったのが茅場の残した《世界の種子》だった。二人の出会ったあの世界を救うこと。それは二人にとっても願ったことだ。結局《対価》と言われたものの一方的に享受しただけのような形でもある。

 

"あの世界に憎しみ以外の感情を残しているなら"

 

 初めは雪菜にとって希望以外の何物でもなかった。事件にさえならなければ、自分が自分であるための。ただ、皮肉にも事件になったことで手に入れた物もあった。そうでなければこんなに大切な存在を得はしなかっただろう。

 

 

「雪菜? 何笑ってんだよ。」

「なんでもないよ。」

 

 

──憎しみなんて…。だって私が私になれたのは…。

 

 

 

 

 雪菜は窓越しに遠く空を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、次回エピローグです。
うーん…上手く終結に向かえているか?
基本セツナがいること以外は原作遵守ですよ(念のため)

今更ですがSAOif始めてみました。
更新滞ってたくせに…
見掛けたら生暖かく見守ってください。
常に時限爆弾抱えているのでいつログアウトするかわかりません。

追記。
以前も書きましたが、アルビノ設定はセツナの当初の闇の根底です。しかしそれによってそれらの人に対する差別を助長するつもりはありません。
SAO、ALOを経て自分の容姿に対する彼女の思いは変わったはず。でも向き合っていかなければならないことは確かなので改めて。


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エピローグ*笑って話せる未来に

 

 

 

 

 

 

 

「キリト! セツナ! SAOクリアおめでとう!!」

 

 パンッパンパンッと火薬の音と共に無数の紙吹雪に紙テープ。《Daicy cafe》、エギルの経営する喫茶店。扉を開くと、三人は沢山のクラッカーに手厚く迎えられた。誰が用意したのか同じ文言のくす玉も割られ実に盛大に。多くの元SAOプレイヤーが一同に介しており、見知った懐かしい顔が皆こちらを見ていた。

 

 雪菜も和人もキョトンとする。そして一緒に来た直葉も。鳩が豆鉄砲を喰らったような顔の三人を明日奈と里香が背中を押して中央まで招き入れた。

 

「ほらほら早く入ってー!」

「あんたたち今日の主役なんだから!」

 

 中に入るとサチやケイタの《月夜の黒猫団》の面々に加えて、シンカーとユリエールの《ALF》のメンバー。そして勿論ディアベルをはじめとした《竜騎士の翼》の姿も見える。弘貴(ディアベル)は雪菜と目が合うとヒラヒラと片手を振った。

 

「今日はオフ会だって…。」

「内緒で準備するの大変だったのよー!」

 

 SAO攻略記念パーティーのオフ会。そもそも企画したのはキリトとセツナだったはずだが、いつの間にか乗っ取られていたようだ。会いたかったが連絡を取っていなかった面々も見え、セツナはそれだけで嬉しくなった。服装こそ変わってはいるものの、懐かしく本当に嬉しかった。

 

「二次会の予定まで変わっていないでしょうね。」

 

 もみくちゃにされた後ようやくバーカウンターに座るとセツナはエギルに尋ねた。後方ではシリカとリーファが仲良く話しているのが見えた。エギルはサッと飲み物を出す間にセツナの隣はキリトとディアベルに埋められていた。

 

「二次会は11時にイグドラシルシティ。そればっかりは俺たちだけではどうしようもねぇな。」

 

 豪快に笑うエギルにそれもそうねとセツナは笑った。二次会とは言いながら、そちらの方がメインみたいなものなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 二次会会場はコチラ。ALOの中だ。

 セツナは少し緊張しながら彼を待った。今日はALOのアップデートにて新生アインクラッドが誕生する日。そして…セツナにとっても新たな()()()だった。満月の光に照らされて、翅を緩く動かしながら慣性飛行する。ふわふわと浮かぶのがとても気持ちいい。

 現実世界に帰ることを願った。それが叶った今、ここもまた自分の本来の世界のように錯覚する。それほどに2年と言う月日は濃厚で、短くなかった。それに…茅場が言っていたことが当てはまるのかは分からないが、まるで母の胎内にいるかのように暖かく、落ち着く気がする。バーチャル世界への適応者。それがどのような意味を持っているのかセツナにはまだ理解しきれていなかったが、そう言うところなのかもしれない。

 ()()を操作しステータスウィンドウを確認すると、約束の時間まで後1分と言うところだった。キリトはなんと言うだろうか。徐々に緊張が高まる。…自分らしくもない。セツナは大きく深呼吸をした。優しく照らしてくれる月が少し隠してくれそうで、それがありがたかった。

 

「セツ……ナ………?」

「あ、キリト。コンバンワ。」

 

 どこか探るようにかけられたキリトの言葉。セツナはゆっくり振り返った。何故彼がそんな風に声をかけたのか、セツナには分かっていた。

 

「…まさか……光のせいだけじゃないよな。」

「……ん。」

 

 夜空を彩る月の光は目映く、鮮やかで柔らかい黄金色。それに照らされて、セツナの髪も黄金色に輝くがそれは光を反射してだけのことではなかった。

 

「変かな?」

「──…いや、……だけど……。」

「…だけど?」

「何て言うか…違和感と言うか……いや、決して似合ってないわけじゃない…ただ…。」

「何よ。」

「寂しい…そう、寂しいが正しいかもしれない。」

 

 髪型や装いが変わったわけではない。変わったのはセツナのトレードマークとも言うべきもの。

 

「もう、役目は終わったかなって。」

 

 セツナは遠く月を臨んだ。

 白銀の髪と深紅の瞳。アバターが自由に設定できるゲームで常に使ってきた現実と違わぬ容姿。勿論、SAOも例外ではなかった。

 あの世界で生き、学んだことは現実世界でもイキテいる。

 自分は茅場と同じなのかもしれない。あの世界を望み、憧れ、祝福した。もしかしたら多くの人にとっては憎しみの対象なのかもしれない。ただ、彼にそう言われた時、セツナは微塵もそんな感情は浮かんで来なかった。初めこそ戸惑い、苦しんだものの、今では全て必要だったことのように思えた。

 

「いいのよ。もう、この世界では《()()》でいなくても。」

「セツナ……。」

「そう、私は《セツナ》。」

 

 いつだってどこかに《雪菜》の居場所を探していた。それは《セツナ》として生きていく中でようやく見つけた。

 セツナは月の色の髪と深い海の瞳でゆっくりキリトを見た。

 

「キリトだって、皆のようにSAOのアバターを使わなかったのはそう言うことでしょ?」

「─――あぁ。」

「同じよ。」

 

 セツナがそう言って笑うとキリトは少し困ったように笑った。

 

「そう言われたら仕方ないんだけど…伝説のプレイヤーがいなくなるのかぁ…。」

「良いじゃない。伝説は伝説のままで。」

 

 穏やかに微笑むセツナの後ろには大きい影が姿を現していた。それを知ってかセツナの笑顔は不敵なものに変わっていく。

 

「――─こっちの伝説は姿を現してくれたけどね。」

 

 浮遊城アインクラッド。茅場晶彦の遺したもう1つのもの。その姿はあの日─――ゲームをクリアした日――─と同じく煌々と光り、その重厚な姿を湛えている。

 

「今度こそ100層までクリアしなきゃね。」

「一緒にな。」

「えーどうしよっかなぁ。」

「セツナ!!」

「ウソウソ。大好きだよ、キリト。君に会えて本当に良かった。」

 

 それだけ言うとセツナは翅を広げて飛び立った。

 憧れのその城に。

 

 舞い散る鱗粉がキラキラと輝く。

 

 キリトはそれに導かれるように翅を開いた。

 

 今度こそ、《セツナ》と共にこの世界を生きるために。

 

 

 

 

 

 

 




ラスト、駆け足になりましたがようやく完結出来ました。
後書きは改めて書きたいと思います。
セツナの色はプーカのデフォルトカラーのイメージです。

SAO編は完結まで一気に突っ走りましたがALOは紆余曲折を経てようやく…。
ここまでお付き合い下さいましてありがとうございました。
消化不良の部分もあるので番外編にて補足できたらと思います。
…特にキリセツ派の皆様には申し訳ないぐらいイチャイチャする詐欺が…滝汗
あとがき含め後ほんのちょびっとだけお付き合いいただければ幸いです。
後書きは多分SAO編と同じく活動報告になるかと思います。


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ALO番外編
番外編*直葉の素朴な疑問 前編


この話は回想を多数含みます。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃんと雪菜さんはさ…なんでお互いを選んだの?」

 

 それは、まだ雪菜が病室にいる頃に投下された爆弾。何かに音を立てて亀裂が入った。和人がSAOから帰還し、雪菜も遅れること一月半、SAOとALOから帰還。年も明けてようやく落ち着いた頃の話である。

 

 

 その日、直葉は和人と共に雪菜の病室を訪れていた。

 自分で自分の傷を抉るような行為でもあるが、直葉は雪菜の奔放で型に嵌まらないところが気に入っていたし、もしかしたら将来義姉(あね)になる可能性だってある。…気が早すぎるが。仲良くしておいて損はない。

 しかし不思議だった。和人はSAO時代、妙にモテたという──それは弘貴さんに聞いた話で、SAO一の美人と名高い《閃光》のアスナさんにも想いを寄せられていたという。そして雪菜さんだってイケメン御曹司の弘貴さんに好かれている。別に二人が似合っていないとかそういう話ではなく、むしろとてもお似合いで、どこか似たところすらあるけれど、他の選択肢があっても良かったのではと思う。

 和人は雪菜のベッドの隣に座り、透き通るような彼女の細腕をなぞっていた。メラニン色素を殆ど持たない雪菜の肌は血管が透けてほんのり桃色。2年以上もの間フルダイブしていたため、筋肉は痩せ細りどうにかしたら折れてしまいそうな。日々のトレーニングで日焼けし、剣道のために程よく筋肉のついた直葉のものとは大違いだ。…無意識なのかもしれないけど妹の前でスキンシップは控えて欲しい。

 

「直葉…唐突だね。」

 

 ALOの内部で見ていた容姿と違うのは痩せ細った体と、一番はその眼鏡だろう。あれだけ奔放な彼女が知的に見える。──実際にSAOにフルダイブする前は千代田区にある名門校に通っていたらしいが…。容姿も美しく、勉強も出来るなんて聞いてない。性格は置いといて。

 

「だって雪菜さんって皆のアイドルだったわけでしょ? 弘貴さんだっているしお兄ちゃんじゃなくても良かったんじゃないって。」

「スグっ……!お前……」

 

 和人が直ぐに抗議の声をあげる。どうでも良いけど片時も雪菜から手を離そうとしない和人に、直葉は一回りして呆れてしまった。少なくとも和人が相当に惚れ込んでいることは確かだ。だけど雪菜の態度はどうか。受け入れてはいるものの、どこか和人の一方通行のようにもみえる。それどころか弘貴とは自然に恋人のようなやり取りをしているのだ。何故そっちじゃない!!

 

「うーん…なんでだろうねぇ……。」

 

 雪菜は和人に触れられていない左手をゆっくり動かすと頬を掻いた。

 

「雪菜……。」

 

 飄々とした雪菜に焦りの色を隠せない和人。なんだか片想いのようなやり取りは散々見てきた。

 

「でもさ、そう言うことって理屈じゃないでしょう?」

 

 尤もらしいことを言うも雪菜の表情には"めんどくさい"と言うのが透けて見えていた。そもそも恋愛事は得意じゃないのだろう。ALOでリーファと出会ったセツナはキリトの事を恋人だとは言わなかった。"大切な人"と言うのは中々便利な言葉だ。

 

「…もう諦めたけどな。そう言うところ。」

「和人は弘貴さんのことも含めて理解してくれてるんだと思ってたけど?」

「弘貴さんは…仕方ないさ。」

 

 直葉には全くもって分からない。特に、焦りながらもライバルを受け入れてしまう和人が。

 

「お兄ちゃんそんなんだと本当にいつか弘貴さんに雪菜さん持ってかれちゃうんじゃ…。」

「それはない。」

 

 直葉がじとっと見ながらそんなことを言えば和人は食い気味に否定した。その自信はどこから…。するとセツナも同様に、

 

「それはないわね。」

 

と、そう言った。そして真っ直ぐに直葉を見ると続けた。

 

「たった2年…後から思えばそうかもしれない。だけど本当に濃厚な2年だったの。生と死の極限にいながら私は和人を選んだ。それは今後も違えようが無いと思うわ。」

 

 そして和人に視線を送ると柔らかく笑って見せた。和人の手を握る力が少し強くなったのを直葉は見逃さない。もう呆れるのを通り越して諦めて直葉は口を開く。

 

「でも…お兄ちゃんはこっちに帰ってきたら普通の高校生ですよ。片や弘貴さんはエリート大学生で、イケメンで、実家はお金持ちの御曹司! どっちがいいかなんて明白じゃないです?」

「…まぁステータスだけみればね。」

「おい、雪菜が折角いいこと言ったのに台無しだよスグ…。」

 

 勿論、直葉だってキリト…そして和人に好意をもった一人だ。彼の不思議な魅力が分からないわけではない。だけど、直葉としては自分が持ち合わせないからこそのものだと思っている。"キリト"の大胆不敵さ、豪胆さ、そして奇想天外な行動。どれをとってもプレイヤーとしてかなり魅力的だった。けれどセツナはそれを全て持ち合わせ…と言うより輪をかけて酷い。きっと直葉とは違うところを見ているのではないかと思う。

 

「だぁってぇ…全然分かんないんだもん。」

「でも、それを言うなら私が弘貴さんを選んでもおかしくないように、和人が明日奈を選んでもおかしくないんだけどね。だって明日奈はあの通りの容姿にレクトのご令嬢よ。」

 

 雪菜にそう言われて直葉は言葉に詰まる。確かに和人の気持ちは分かりやすいほど透けてみえるが、その選択肢だってあってもいい。和人に付いて、直葉も1度だけ明日奈のお見舞いに行ったが、雪菜とは違う透明感を持った綺麗な女性だった。

 

「そうだねぇ…尚更迷宮入りだわ。」

 

 直葉が両手を挙げると和人は一息吐いて仕方ないと口を開いた。

 

「俺が雪菜…セツナをそういう風に思ったのは背中を預けたいと思ってたのが覆されたから、かな。」

「え…この話まだ続く?」

「まぁ中々無い機会だし。」

 

 あからさまに表情を歪める雪菜に対して和人は視線を天井に送るとあの鋼鉄の城を思い浮かべた。そう、それは2年半ほど前に遡る―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 和人がSAOのβテスターに当選し、あのゲームを始めた日、思いがけず彼女もいた。

 

「セツナ…? セツナだろ!」

 

 他のゲームでも面識があった彼女。アバターが決められるものならいつも決まってその容姿。白銀の髪(プラチナブロンド)に真っ赤な瞳。勿論、そんな容姿のプレイヤーは山程いるが確信をもって彼女だと思った。

 

「あなた…?」

 

 怪訝な顔の彼女。ゲームの画面ではなくフルダイブ環境。アバターとは言え、初めて自分の目で彼女を確認したときだった。

 

「キリト。…覚えてないかな?」

 

 名乗ると曇った表情(かお)は一気に晴れ、意外と幼いな、と言うのが第一印象。なんだか他のプレイヤーよりも表情が豊かな分、年齢が表れていた。チャットだと大人っぽい…いや、そんなこともなかったか…。

 

「あなたも当選してたのね!」

「君もな!」

 

 "キリト"のアバターは現実の自分よりも少し長身で年も上の設定にしてある。それでもセツナが無邪気な表情を浮かべるので、それに釣られてしまいそうになった。現実の、中学二年生の自分に。

 

「お互いソロが信条だけど…慣れるまでちょっと一緒にやらないか? 情報交換も兼ねて。」

 

 "キリト"がそう言えば、セツナは小さく頷き不敵に笑って見せた。

 

「良いわよ。他の人だったら断ってるところだけどあなたの腕は信用してるし。」

 

 

 それがバーチャルでのセツナとの出会い。

 ただ、他のゲームと同じようにパーティ前提のクエストなど致し方ない場合を除いて基本的に多く絡むことは無かった。基本スタンスはお互いソロ。それが分かっているから互いに深入りすることはなかった。ただしセツナは女性アバターだけあって隠れファンがいる。粘着行為に辟易してる彼女が必要以上に他のプレイヤーと絡んでいるのはみなかった。そういう面では唯一の友人、仲の良いプレイヤーと言っても良かったのかもしれない。

 

 それはSAO正式サービスが始まり、あの世界に囚われても変わることはなかった。あくまでもセツナはセツナだった。そして自分もソロが信条であるのは変わることはなく…それに加えて第一層ボス戦の事件で余計にパーティプレイはやり辛くなった。だからこの関係が大きく変わることになるとは思っても見なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう。βの頃は良かったよねー。思えばあのクエストで弘貴さんと会っていたのね。」

「あぁ、そうだな。帰ってきて名前を聞いても暫くは分かんなかったよ。」

 

 SAOの頃を懐かしむ二人に直葉は全く付いていけなくなる。おまけに今の話からどうしてこうなったのか全くもって分からない。聞いている限り和人(キリト)が珍しく雪菜(セツナ)の友だちになり得たと言うことしか分からない。

 

「ねぇ、お兄ちゃん…私の聞き逃しじゃなければまだ話してくれてないよね?」

 

 焦れる直葉に和人も雪菜も同じような表情で笑顔を作った。顔の造作とかじゃなく、どこか似ているところのある二人。元々なのか一緒にいるうちにそうなったのかは分からない。

 

「そう焦るなって。あの頃のことを話すのは俺たちだって初めてなんだ。」

「そうそう。まさかこんなに穏やかに話せる日がくるとは思ってもみなかった。」

 

 和人が馴れ初めを語ることについては雪菜も腹を括ったようで、純粋にSAOの頃を思い出すのを楽しんでいるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 べったりという訳ではないが、余計なちょっかいは入りつつもそこそこ一緒にプレイしてきた二人。道を違えたのは些細なことからだった。

 その日、キリトは素材集めに当時の前線である24層から13層低い、11層を訪れていた。結果としてそれが全てのターニングポイントだったのかもしれない。

 キリトが区切りをつけ、帰ろうとしていた時にそれは起こる。ギルド《月夜の黒猫団》のメンバーがモンスターに囲まれ、窮地に陥っていたのだ。それを無視するほどビーターとして落ちぶれてはいない。キリトにとっては強くもないモンスターを蹴散らすと彼らにギルド加入を誘われたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時のことは少し苦い思い出でもある。和人はそこで一息ついた。そんな和人に雪菜はイタズラっぽい表情(かお)をする。

 

「キリトってば"暫く一緒にいれない"なんてメッセージ一言送ってきただけだったんだよね。」

「えぇ! それでお兄ちゃん勝手にギルドに入っちゃったの!?」

 

 派手に驚いて見せる直葉に和人はただでさえ決まりが悪いのに余計に居心地が悪くなった。

 

「べっ別に約束してたわけじゃないし、その頃はセツナの方がパーティ組んでる訳じゃないってずっと言い張ってだろ!」

 

 そんな和人に雪菜はケタケタと笑った。

 

「そうだったねー。だから別に私に断らなきゃいけない訳でもなかったんだけど…。」

「でも実質パーティ組んでたようなものでしょ? 何か一言あっても良かったんじゃ…。」

「だからそのヒトコトが"暫く一緒にいれない"だったわけでしょ。」

 

 直葉の突き刺さる視線に和人は視線を上に逃がした。女二人とは分が悪すぎる…しかも片方は妹だ。容赦無さすぎる。…いや、雪菜も大概容赦ない。

 

「でもさ、結果的には良かったよね。」

 

 しかし意外にも雪菜は助け船を出してくれた。和人はそれに強く頷く。

 

「あれが無ければ俺は自覚するのがもっと遅かったかもしれないな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局勧誘されるがままに加入したギルド。理由は色々あった。彼らのアットホームな雰囲気に癒しを求めた。ビーターとして汚名を背負って生きてきた、リソースを独占してきた自分を彼らの力になることで正当化したかった。…でも一番は近くにいるようでいない彼女(セツナ)へ寂しさを埋めたかったからだ。

 

 しかしすぐに少しの後悔が襲った。

 

 キリトの飛ばしたメッセージにセツナからの返信はなく、代わりに目にしたのはセツナの新聞記事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 和人の話に直葉は目を丸くする。

 

「え…雪菜さんて……。」

「だからこいつはメチャクチャなんだよ。伊達に二つ名持ってた訳じゃないんだ。」

 

 そう、単騎でフィールドボスを撃破したと言う話。和人から《舞神(ぶしん)》と言う二つ名を持っていたことは聞いていたし、直葉もALOでセツナの鬼のような強さは目にしていた。…ついでに型にはまらないメチャクチャさも。それでもフィールドボス単独撃破と言うのは尋常ではない。

 今度は雪菜の方がばつが悪くなる。

 

「…だってあの時は凄い腹がたって…。」

 

 そういう問題ではない。

 

「俺が言えたことじゃないけどさ、あの時HPレッドゾーンに入ってただろ!? 死んでたらどうすんだよ!」

「死んでたらどうもできないでしょ! …じゃなくて、あの時は頭に血が昇っててフィールドボスだなんて気づいてなかったのよ。後で私もビックリしたの。」

 

 その話を聞いて直葉は開いた口が塞がらなくなった。普通じゃないどころの話ではない。普通にプレイしているのならまだ理解もできるが、SAOでの死イコール現実での死であったのにも関わらずその行為。頭のネジが何本か抜けているとしか思えない。

 

「…心配したんだよ。」

「…そんな話初めて聞いたわよ。」

 

 そしてぶっ飛んだ話をしているのにも関わらず直葉の目の前では見詰め合う二人がいる。…取り敢えず存在を忘れるのはやめて欲しい。

 

「で、どうなったの?」

 

 直葉はゴホンと態とらしく咳をし、続きを促した。二人とも何事も無かったかのように続きを思い返す。

 

「本当に暫く一緒にいなかったのよ。」

 

 そしてあっけらかんと雪菜が言い放った言葉に直葉は耳を疑った。

 

「え?」

「5、6層ぐらいかなー…キリトが前線から離れてたの。確か2ヶ月半ぐらいだったと思うけど。」

 

 他意はない雪菜だが和人はうぐっと呻いた。そう、勝手にギルドに入った挙げ句、攻略も放棄。…勿論攻略をしなければならない道理はないが。思わず直葉は細目で和人を見やった。

 

「お兄ちゃん…。」

「いっ、色々事情があったんだよ!」

「…サチ、とかね。」

 

 焦る和人に今度は追い討ちをかける雪菜。上げたり下げたり忙しいことだ。

 

「サチって誰?」

「友だち。《月夜の黒猫団》の子よ。…その辺の事情、私聞いて無いんだよね。まぁ別に? 付き合う前だし? 関係ないっちゃ関係ないけど?」

 

 棘のある言い方に和人は全身から汗が吹き出るような思いだった。話すことを選んだのは自分だったが墓穴を掘ったかもしれない。

 

「雪菜……。それはさぁ……。」

「なんてね。冗談よ。」

 

 しどろもどろになる和人に雪菜はしれっと言い放った。本当に忙しい。そして何事も無かったかのように続きを語り始めた。

 

「それから再会したのは本当に偶然だったのよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セツナがそこに行ったのもまた素材集めだったと言うから因縁深い。

 前線より3層低い迷宮区。トラップだらけのダンジョンだ。素材集めだから縫うようにしらみ潰しに歩いていた。だからこそ見付けたのかもしれない。宝箱を開けるかどうかを揉めていたそのパーティを。そして普通なら開けない、あからさまにトラップの宝箱を開けた。信じられない思いだった。

 

ビーッビーッビーッ

 

 けたたましく響いたアラーム。止めるつもりがそのパーティと共にトラップに巻き込まれたセツナ。おまけにそこは結晶無効化空間で逃げることすらままならない、実に悪質なトラップだった。雪崩れ混んでくる大量のモンスター。ただ、それよりも驚いたのはそこにキリトがいたことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひゃぁ…なかなかエグいね。」

「直葉の、魔女に釜で煮られたよりはましだと思うけど。」

「ううん。デスゲームなのにえげつないなって。」

 

 雪菜の話を聞いて顔を歪める直葉。確かにモンスターハウス───しかも通常より高位の──ってだけでもかなりのトラップなのに脱出すら出来ないと言うのは、某有名RPGのスピンオフ作品のダンジョンRPGですらなかった展開だ。(巻物を詠めばひとっとび…。)

 

「そうね。私が知る限り結晶無効化空間はあそこが初めてだったわ。」

「俺も。」

 

 結果が分かっているからか雪菜も和人も暢気に話をする。そんな態度なのは全員無事だったからに他ならない。

直葉は小さくため息をつくと、頬杖をついた。

 

「…で、どうせ雪菜さんがぜーんぶ倒しちゃったんでしょ?」

 

 先は読めたとばかりに言う直葉に雪菜は首を横に振る。

 

「ううん。キリトだよ。」

「えっ!? 前線離れてたのに?」

「うーん…そうね。でもそこはキリトだからさ。」

「…レベル上げしてたんだよ。」

 

 我が兄ながら直葉は呆れてしまった。ALOはスキル制のため必ずしもプレイ時間ややり込みが強さと比例しないことがあるが、SAOはレベル制だ。他の要素もありつつレベルが何よりも物を言う筈だ。自分のレベルよりも低い層にいて高レベルが保てるわけがない。

 

「で? 再会して?」

決闘(デュエル)したんだよね。」

 

 直葉の許容範囲もいよいよ限界だ。突拍子もないことが多すぎる。

 

「デュ…決闘(デュエル)ぅ!?」

 

 二人の間に起こったことだから二人は当たり前のように話をするが、聞いている身としては何がどうなってそうなったのか理解に苦しむ。

 

「再会したのは良かったんだけど…私もどうして良いか分からなかったのよ。」

「そのまま去ろうとするセツナに俺が申し込んだ。」

「はぁ……。」

 

 だからってどうしてそこで決闘(デュエル)になるのか。二人らしいと言えばそこまでなのだが、直葉にはまだそうは理解できなかった。

 

「ギルドに入ってはみたもののさ、キリト()の居場所はセツナの隣だったってことさ。」

 

 和人はさらりと言ってのけたがゴチソウサマとしか言いようがない。直葉の中で結果は見えたがそれはまた覆される。

 

「じゃぁお兄ちゃんが勝ったんだ!」

「うぅん。勝ったのは私。」

「え?」

「前線を離れてたキリトに負けるわけないでしょ。」

 

 さも当たり前かのように言う雪菜に和人の負けん気が顔を出す。

 

「…あんときのセツナ、可愛かったもんな。」

「………かっ!?」

「肩震わしてさ、涙ながらに上目遣いで"帰って来て"なんて言われてそうしないやつがいるもんか。」

 

 懐かしさに目を細める和人だったが直葉にはそんな雪菜は想像も出来なかった。強気で、自由で、破天荒な彼女が何かを懇願する姿など。

 

「あの時だな…俺がセツナをパートナーじゃなくて女の子だと思うようになったのは。」

「───────っ!!」

 

 雪菜にとっては恥ずかしい過去なのかもしれない。珍しく顔を真っ赤に染め上げ、言葉にならないと言った様子で口をパクパクと動かした。そんな雪菜に和人は気をよくしたのか口の滑りが良くなる。

 

「それまでは多分パートナーとしての独占欲みたいな感じだったと思うんだ。…だけどあれからはそういう意味でもディアベルに盗られたくないって思うように成ってたよ。」

「和人……。」

 

 しっかり目を見て熱い愛の告白を改めてする和人に雪菜の頬はきれいに染まり上がった。元の色素が薄い分より際立って見える。

 この二人、普段は全然そんな素振りないくせにスイッチが入ったら少し厄介かもしれない。目の前の二人を見て直葉は好きにして、とただそう思った。

 

「でもさ、お兄ちゃんはそのタイミングだけど雪菜さん違うみたいね?」

 

 直葉の問いに雪菜ややあって頷いた。

 

「そうね…。私はこの時はただ寂しかったんだと思う。」

 

 そして少し考えた後に、ゆっくり口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんか黒猫団総集編みたいになっちゃった…。
直葉には悪いけどひたすらイチャイチャする二人みたいなのを書こうと思ったのに…うまくいかないもんですね。
私としてはいつもよりは砂糖入れてみたんですけどどうでしょうか…。
基本私の料理薄味なんです。(関係ない)
そして思いの外長くなったので前後編です。

どうでも良いけどどんなに探しても8巻とP4巻が見当たらない…。
買うしかないのか…。
Pなんてどこまで読んだか不明 滝汗


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番外編*直葉の素朴な疑問 後編

前後編に分ける意味はあったのか…


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は基本的に人付き合いがよく分からなかったのよね。」

 

 雪菜はそう語り始めた。その理由は聞かなくとも直葉にも想像できた。その、人離れした美しい容姿。美しくも異質で忌避の対象ともなるその姿。

 

「雪菜さん……。」

 

 直葉は雪菜の気持ちを思うと、心が傷み、表情を歪めた。

 

「……確かに、キリトには他の人と違う感情があったけど、それが最初から恋愛感情だったかって言われたらそれは違うと思うんだよね。」

 

 しかし雪菜の方は淡々と記憶を探る。もう本人にとっては過去形である。第二の現実として過ごした場所では、彼女に憧れはしても、容姿で疎外するものは少なかった。それは大きな力となっている。

 

「アスナにライバル宣言されたり、キリトが他の女の子と行動しているのを見たり、…私がキリトと離れてギルドに入って初めてそんな気持ちになったような気がする。」

「雪菜さんもギルドに?」

「…よりにもよってディアベルのギルドにな。」

 

 意外だと口にする直葉に、和人は苦虫を噛み潰したように付け加えた。

 

「ぇ……それはそれはまたなんで……。」

 

 聞いているだけで面倒な二人である。どこをどうしたらそんなに拗れるのか。直葉は雪菜が話し始めたばかりにも関わらずうんざりし、後悔してきた。

 

「あの人って本当に自分のこと省みないって言うか…。私がヘマしたばかりに私を庇ってHPがレッドにまでなったのよ。」

「その言葉、そっくりそのまま返すからな。」

 

 少し彼に憤慨しながら話す雪菜に和人がチクりと横槍を入れる。そんな和人に構わず直葉は先を促す。

 

「それでギルドに?」

「うん。それまでも色んなもの貰ってばっかりで、少しでも返したい、力になりたいって思ったの。」

「でも、それだとディアベルさんのこと…。」

 

 好きみたい。と直葉が口にしなかったのは和人の視線が痛かったからだ。よほどのトラウマの出来事らしい。

 

「うーん彼のことをそんな風に思ったことはないかなー。守りたいとも思ったけど…うーん。」

「だったらいつお兄ちゃんに?」

 

 聞きたいのはそこだ。このままじゃ何を言っているのかさっぱり分からなかった。

 しかしそこで雪菜の表情は一気に暗くなり少し肩が震えた。

 

「キリトが…死んじゃうって思った時……。」

「雪菜………。」

 

 雪菜が思い出していたのは《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》討伐の時だった。和人も自分の危険を省みずに、自分を守ってくれた…そして自分の代わりに大きなものを背負ってくれた彼女を思い出した。彼女の前で大きくHPを減らしたのはその時だけだ。小さく震える雪菜の頭を軽く引き寄せ柔らかく撫でる。

 

「話すな。それは思い出さなくて良い。」

 

 少し呼吸が早くなり、目尻には薄く涙が滲んだ。やはりあの世界では直葉が思いもしないような出来事も多々あったようだ。ゲームであってゲームではない。直葉もやっているALOではゲーム内で何があろうと現実世界に直接影響することはないし、帰ってこれないと言うことはない。SAOでは帰ってくることが叶わないどころかゲーム内で死ぬと現実でも死ぬと言う、正にゲームが現実である生活を強いられた。

 雪菜は少しの間天井を見詰めると、力なく直葉に笑って見せた。

 

「…ゴメンね。そう、でも私から離れたから…気付いてもキリトに言うことなんて出来なかったんだ。」

 

 気丈にも話を続ける雪菜に直葉は申し訳ない気持ちで一杯になった。何の気なしに聞いたことで殺伐とした記憶まで掘り返してしまうなど。やはりSAOで起きた出来事は、普通では想像できないこともあったようだ。

 

「そう…だったんだ……。」

「正しくは気付いた…だけどね。」

 

 語気が弱くなった直葉に雪菜は力なく笑って見せる。

 

「やっぱり一番に守りたかったのもキリトで、背中を預けられる程信頼できたのもキリトだったんだよね。」

 

 そんな雪菜の肩を和人はただ優しく叩いた。そのまま雪菜は和人の肩に頭を預ける。その心地良い重みに今度は和人が口を開いた。

 

「俺だって自覚したのは早かったけど、結局はセツナが危険に陥るまで言えなかったんだ。もし、もっと早く言えてたら違ったのか…とは思うけどな。」

 

 そこで直葉は二人の間にある"大切な人"の重みを知った。ALOで二人が再会したときに感じたそれ。ただの恋人だなんて一言じゃ表せない。的確な言葉がないのだ。確かにそこには恋愛感情もある。ただ、それだけではない。

 

「……そう、なんだ。」

 

 直葉はそれ以上はもう良いと思った。"なんで"なんて理屈じゃない。二人がそうしているのは"当然"のように思えた。

 あの世界に囚われる前、和人は直葉と、家族との距離を置くようになっていた。それがまた家族になれた。それは似た物を抱え、互いに乗り越えることが出来た彼女の存在があってこそかもしれない。彼女がいたから和人はまた直葉との距離感を取り戻し、このように過ごせているのだろう。そしてまた彼女も和人がいたから…。

 そう思うと直葉の胸にすっと入ってきた。

 

「そうだよね。」

「直葉?」

 

 そしてスクッと立ち上がった直葉を雪菜は見上げた。

 

「あんまり妹の前でナチュラルにイチャイチャされてもね。お邪魔虫みたいだから失礼します!」

「イチャ……っ!?」

「自分から聞いたけど、思った以上に当てられたから退散しますよー。」

 

 それはちょっとした直葉の意地悪だった。雪菜は色恋事に疎い。そしてウブだ。直葉の言葉に頬が紅潮する。何のことかと体重を預けている方向を見ればすぐ側に和人の顔がある。それをみて更に顔を赤くした。

 そんな雪菜の反応を見て和人は小さくため息をつく。

 

「今更?」

「だっ、だって!!」

 

 直葉がいるにも関わらず、されるがままかと思えば無意識だったようだ。

 

「スグー……」

「ゴメンゴメン! だから退散するって。」

 

 気付かせた直葉に和人は不平を漏らすもそれはそれで雪菜の反応を楽しんでいるようだった。雪菜が体を離そうとしてもそれをさせない。雪菜は動かない体に唖然とした。

 

「……こんなに力の差があるの……。」

「雪菜は目覚めて間もないし、現実世界(こっち)ではただの女の子なんだよ。」

 

 彼女が対等だったのは…むしろ和人に勝ることがあったのはゲームの世界だからだ。男女差に優位はなく、パラメータが全てだった。しかし現実世界では違う。

 

「そうそう。雪菜さんも、帰って来たんだから。」

 

 二人にそう言われても脱走を図る雪菜だがキリトに羽交い締めにされてはそれは叶うことはない。

 

「…こっちって不便なことは不便…!」

 

 そして体力もまだあまりないため、すぐに疲れ、諦めた。頬を膨らませてそのまま再び体重を和人に預ける。

 

「まぁ、たまには良いかな。」

 

 雪菜が頭越しに和人を見詰めれば、今度は和人の顔が赤く染まる番だった。

 

「なんか素直な雪菜って…。」

「何?」

「いや…弘貴さんにはいつもそんな感じだけど。」

「だって…それは…。」

「それは?」

「弘貴さんはなんとも思ってないから。」

 

 実にシンプルな理由。

 

「俺は?」

「言わせるかなー…好きだからこそ恥ずかしくてどうして良いか分からないって…あるでしょ?」

 

 上目遣いに言われて和人は口許を押さえた。

 そんな二人を見兼ねて直葉はいよいよドアに向かって歩き出した。

 

「はいはい。もう勝手にしてー。お兄ちゃん夕飯までには帰って来てね。」

「あ…あぁ。」

 

 和人の空返事を聞いて、直葉はバタンと大きな音を立てて部屋から出ていった。残されたのは顔を真っ赤にした二人。

 

「直葉、いたんだよね…。」

「雪菜ってほんっとにたまに…。」

「言わせたくせに。」

 

 ただ純粋に妹に見られた恥ずかしさか、行為に対する照れなのか、二人は赤い顔を付き合わせると小さく笑った。

 

「ま、でも、とんだ爆弾だと思ったけど良いこと聞けたな。」

「そう?」

「分かりやすいようで雪菜は分かりにくいんだよ。」

「和人は開き直ると強いタイプだよね。」

「そうかもな。」

 

 背中に感じる心地の良い体温。あの世界の22層に暮らした頃、何度となく感じたものだったが思えば現実世界では初めてだった。重なっていく心音に顔の熱が少しずつ引いていく。雪菜はその心地よさにまぶたを閉じた。

 

「結構落ち着くね。ホントにたまにはいいかも。」

「たまに、じゃなくても全然良いんだけど。」

「…それはどうだろう?」

 

 和人の腕がシートベルトのように被さって来るのを感じる。あの頃だったらハラスメント警告が出ているんだろうなぁと思いながら、当然にそんなアラーム音も鳴らない。

 

「弘貴さんよりはスキンシップ多めにしてくれると嬉しいんだけど。」

「それは和人次第よ。私が多いんじゃなくてあの人が多いのよ。」

 

 時間を共有して他愛もない話をする。聞こえてくる音は確かにあの頃と同じものの筈なのに、デジタルが介入しない分鮮やかにも聞こえる。

 

「じゃぁ俺が増やせば増えるのか?」

「さぁ? どうだろう?」

「……コノヤロウ。」

 

 和人が言ったように、直葉に聞かれたことはとんだ爆弾だったけれど、雪菜も結果として良い機会だったのかも知れないと思えた。想いが通じていたとしても、そう得意ではない色恋事。強引に対峙させられなければ、和人には悪いがずっとスルーしていたかもしれない。ずっと付かず離れず側にいた。隣にいるのは当たり前でも恋人として振る舞うのは気恥ずかしい。

 

「…少しずつね。」

 

 でも、人と心を通わせる温かさと心地よさを知ったから。

 雪菜は右手の人差し指で和人の唇をなぞるとそれを頬に添え、自分の唇を寄せた。

 

「たまにの方が和人の反応が面白いし。」

 

 イタズラっぽく雪菜が笑えば赤面しながらも頬をひきつらせる和人の姿があった。

 

「お前覚えてろよ。」

「やーよ。」

 

 常にそういう状態なのは少しハードルが高い、と言うのはまだ内緒にしておく。でなければ優位を彼に譲ってしまう。どんなことだろうと、恋人だろうと勝ちを渡すのは面白くない。そのためにはこれもレベリングをしなければ。

 

「雪菜? 何笑ってんだよ。」

「別に。」

 

 まだ帰って来て1ヶ月も経っていない。長く感じた2年だったけれど、それよりも長い時間をこの気持ちと共に生きていく。焦ることはない。1層1層攻略したように、一段ずつ上がれば良い。ただそれだけだ。

 

 傾きかけた陽が、澄んだ空気を橙色から赤色へ染め行く窓の外を見て、雪菜はあの頃のことを思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




直葉の素朴な疑問。
私の疑問を整理したものです(ぇ
キリト→セツナは黒猫団の時、と言うのは皆様にも分かりやすいところだったと思うんです。
そういう風に書いてきたつもりです。
…セツナの記念すべき初デレもそこのはず。
だけどセツナ→キリト…は?
整理した結果、不明と言うことが分かりました。
いや、語弊がありますね。様々な過程を経てと言うことです。
セツナは基本的に小学生男子だと思っておるので恋愛は苦手です。
ほら、付き合いだすとギクシャクして別れていく可愛い人たちいるじゃないですか。
そんな感じです。

次は多分あんまり需要の無い番外編。
私が書きたいだけです。


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番外編*千日紅の二人

 

 

 目の前にいる男とよもやこんな関係になるとは、人生分からないものだ。…そもそもあの日気紛れでナーヴギアを被ってから、いろんなものが正に音をたてて崩れている。それまで築き上げて来たはずのものが瓦礫と化した。いや、もしかしたらそれまでの自分は初めから瓦礫を積み上げて来ただけなのかもしれない。…そう思えるようになったのはあの世界での出会いたちのおかげ。きっとそれまでの自分なら、あの頃信じていたものを瓦礫だなんて思えなかっただろうから。

 

「やぁ。こうして正面から向き合って話をするのは初めてかもしれないね。」

 

 あの頃と同じように柔和でどこかつかみどころの無い表情。青く、後ろ髪と同じぐらいに長かった前髪は短く切られ、あの頃よりも更に爽やかな印象。明日奈のタイプではないが10人いたら8人はイケメンだと言うであろう容姿。あの世界にいた頃にファンクラブがあったのは伊達ではない。プレイヤーネーム、ディアベル。本名を風間 弘貴と言った。

 

「…そうね。」

 

 そう答えながら明日奈の記憶にはただ一度だけあった。アインクラッド59層のカフェでのことだ。

 

「いや、違ったか。アスナくんに()()のことを相談された時、以来だ。」

 

 意地の悪い男。知っていて訂正をした。明日奈にとってあまり思い出したい出来事ではないのに、揺り動かした。

 

「…あなた、ほんっとに良い性格してるわよね。」

「…褒め言葉だと受け取っておくよ。」

 

 彼のファンだった人の何人が知っているだろうか。あのゲームが始まった時から騎士(ナイト)であろうとした人だ。そんなことは仲間内には晒していなさそうだ。知っているならそれこそ()()、だ。

 明日奈がきつい視線を送ると弘貴は飄々とした笑顔で肩を竦めた。

 

「そう睨まないでよ。まぁ、仲良くやろう。少なくとも後二時間は一緒にいなきゃいけないんだからさ。」

 

 そう、どうしてこんなことになっているかと言うと…

 

「一応お見合いなんだからさ。」

 

 さらりと弘貴に言われ明日奈の頬はひきつった。

 

「私はご飯を食べに来ただけよ。」

 

 東京タワーの見える絶好のロケーション。門から建物の入り口までを立派な日本庭園が迎えてくれる。当然にそこにあるのは、立派な瓦が敷き詰められた、由緒のある日本家屋の様な建物。勿論、部屋の中からも中庭が臨め、ご丁寧に池まである。桜の季節を過ぎた今は、新緑が青々と繁り生命力に満ち溢れていた。そんな場所を、もう、少し気温が上がってきていると言うのに、明日奈は中振り袖を着せられて訪れていた。それは彼が言ったように親に仕組まれたお見合いのためだ。

 悔し紛れにそう口にするも、装いのせいで全くもって説得力がない。弘貴はクツクツと上機嫌に笑った。

 

「そう言うことにしとこうか。明日奈くんもたまにセツナみたいなことを言うね。」

「雪菜、ね。」

 

 明日奈はポロリと弘貴の口から出た名前を訂正する。お見合いと言っておきながら他の女の名前を出すとは、この男、本当に良い度胸をしている。

 

「…折角だから、お酒。御注ぎしましょうか?」

 

 テーブルの上にはお祝いだからと竹筒に入った日本酒が置いてある。明日奈はまだ飲めないが、彼はSAO(あの世界)に行く前に成人していたはずだ。

 

「なんだか悪いけど飲まないのも勿体ないからね。」

 

 硝子のお猪口にとぷとぷと酒が注がれる音が響き、如何に静かなのかが分かる。

 そもそも特に親しいわけでもはない。しかし親しくないと言うのも語弊がある…、と言う微妙な関係なのだ。あの世界にいた間は、攻略と言う共通の話題があった。ギルドの代表格同士として顔を会わせる機会は少なくなかった。だけどプライベートのことを、ああだこうだと話すような関係ではない。

 

「…あなたも大変ね。」

 

 静かな空間に明日奈はポツリとこぼした。

 

「何が、かな?」

 

 弘貴の方はあくまでも変わらず、つかみ所のない様子で答える。

 

「だって…うちの両親の勘違いから始まって…押し切られてこんなことにまでなって…。」

 

 結城家にとってはこれは必ず成功させなければならない縁談だった。

 

 明日奈がSAOに囚われた、と言うのは世間では勿論、結城家でも大事件だった。

 それまで親の敷いたレールを何の疑いもなく真っ直ぐに進み続けた明日奈。幸いにも結城家の人間として十分すぎるぐらいに明日奈は優秀だった。そして容姿にも恵まれた。望む通りに成長していった愛娘が何を思ったかゲームの世界から帰ってこない。受け入れがたい現実だった。

 進学も遅れ、世間からはSAO被害者のレッテルを貼られ、一流と言われる道を歩んでいたはずの彼女がその道から転落した。そんな時に見えた僥倖が風間家との縁談だったのだ。

 

 ALOでの出来事から弘貴は明日奈の病室に駆け付けた。目を覚ました明日奈の元には当然に家族も姿を見せる。父、彰三と顔見知りの青年が娘の病室にいる。しかも取引先の令息である。幸いにもその青年は明日奈と同じくSAO被害者ながら、大学の復学の目処もたっている。同じ被害者であれば娘の事情も理解してくれる。母、京子はなんとか娘の将来を…と早々に話をまとめあげてしまったのだ。

 

「ある意味俺たちは似たところがあるからね。」

 

 俯く明日奈の表情も声の調子も優れない。弘貴はそれを知ってか努めて平常を保つ。

 

「私たちが、似ている?」

 

 弘貴の言葉に明日奈は顔を上げると怪訝な表情(かお)をした。

 

「そうだろう? 親の期待を裏切ることは出来ない。それでいて自由に焦がれている。」

「あなたが?」

 

 信じられないと明日奈は更に顔を歪めた。

 

「年食ってる分、明日奈くんより少しばかり要領が良いだけさ。親の言うとおりに進学して、当たり前のように後を継ぐと思っていたんだ。君とどこが違う?」

「……………。」

 

 弘貴にそう言われ、明日奈は答えることが出来なかった。彼の言うことは正に明日奈がSAOに囚われる前にやろうとしていたことだ。

 

「ついでに言えば、だからこそ俺らの常識にとらわれない()()に惹かれてしまっているところもね。」

 

 弘貴の言う()()とは、明日奈の想い人であるキリトこと桐ヶ谷和人と、彼の想い人であるセツナこと北原雪菜のことである。

 

「俺は君の気持ちを知っているし、君も俺の気持ちを知っている。これほどやり易いことはないと俺は思うけど?」

「やり易い?」

「君も俺も今は親を裏切れないだろう? 基本的にイイコをやって来たんだ。このタイミングでまた道は外せない。だから俺にとっても悪い話じゃないんだ。」

「……あなたって。」

 

 ズルい男。

 明日奈の両親が弘貴を利用しようとしているのと同じように弘貴はただ明日奈を利用しようとしている。ここに来る前、明日奈は気が重かった。弘貴には須郷から救ってくれただけでなく、縁談と言う形で迷惑をかけてしまった。決して病室まで来てくれるような間柄では無かったのもに関わらず、助けてくれた。…正直、あの時弘貴が来てくれていなければどうなっていたかなんて分からない。そんな恩人に次から次へと厄介事に巻き込んでしまって本当に申し訳ない。そう思っていたのに…。

 

「なぁんか気を揉んで損したみたい。」

「持っていて損のないカードは持っていても良い。そう思わないか?」

「そうね。」

 

 お互い手の内は分かっている。だから利用しあうことに遠慮はしなくていいし、手札も切りやすい。

 

「明日奈くんはまだ若いだろ? いずれ俺よりも相応しい人に出会うかもしれない。その頃にはキリトさんへの想いも風化しているかもしれない。だから()は、で良いんだよ。」

「若いってあなた…自分をそんな年寄りのように…。」

「少なくとも君より5年は年食ってるさ。」

「若いかどうかはともかく…それはあなただってそうかもしれないじゃない。」

「さぁ? それはどうだろう。」

 

 明日奈はなんて不思議な人なんだろうと思った。なぜ彼があんなにも人を惹き付け、第一層から癖の強い攻略組を率いてこれたのか。それが帰って来て分かるとは。

 

「…雪菜はどうしてあなたを選ばなかったのかしら。」

「明日奈くんは見る目あるね。」

「そりゃぁ和人くんを好きになるぐらいだもん。」

 

 そう言って二人はニヤリと笑った。

 

「ここのお豆腐料理絶品なのよね。折角だから楽しまないと損だわ。」

「明日奈くんは何度か?」

「まぁね。それよりもその()()って止めてもらえない?」

「そう言われても…。」

「明日奈で良いわよ。」

 

 弘貴が言うようにこれで終わる訳じゃない。幸いにも相手は彼なのだ。選択肢は多い方がいい。向こうがその気ならこっちもそうする。もし、()がいなければ本当に話を受けていたかもしれない。ただ、()に出会って知ってしまったから今はそんなことは考えられなかった。

 吹っ切れたような明日奈の表情に弘貴はほっと一息ついた。

 

「良かった。責任感の強い()()()のことだからきっと悲壮感たっぷりで来ると思ってたんだ。」

「失礼ね。」

「実際そうだろう?」

 

 今は彼に勝つことは出来なさそうだ。明日奈は目の前の料理に集中することにした。これは始まり。彼との関係がどうなるかは分からないけれど。

 

 外の池には鯉が悠然と泳いでいるのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 




アスナとディアベル編。
なんとなーく書きたかったこの話。
私としてはアスナにはキリトを想っていて欲しいし、ディアベルにはセツナを想っていて欲しい…と言うわけで外堀を埋められている二人ですが中々良好な関係のようです。

千日紅は色が赤紫なので二人の関係として良いかなぁと。
花言葉は変わらぬ愛情。
それはお互いに対してではなく、勿論……です!

次も番外編…?SAO編になるかも。


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番外編*cliche(クリーシェ)

ベタベタ第二弾!


 

 

 

 

 

 

 

 直葉が帰宅するとリビングは真っ暗だった。

 

 どう考えてもおかしい。いつもなら、部活を終えて帰って来ている自分より早く兄の和人が帰宅しているはずだ。早々とアミュスフィアを被ってALOの中で恋人のセツナとデートと言う名の攻略をしている線も捨てがたいが…だったら連絡の一本でも来ているはずだ。

 直葉はため息混じりにパチッと音を立てて電気を点けた。母は遅いし夕飯は一人かな…などと考えながら顔を上げるとそこには、ダイニングテーブルに突っ伏す和人の姿があった。

 

「おっ…お兄ちゃん!?」

 

 あまりに驚き直葉は素っ頓狂な声をあげた。

 

「───スグか……。」

 

 突っ伏したまま返事をした和人に直葉は何から突っ込んで良いか分からなかった。

 しくしくと、まるで漫画のようにテーブルは涙と鼻水で溢れ、和人からは生気が感じられない。魂が半分抜けかけているのではないかと言うようなそんな状態。彼がそんな風になる原因は1つしか考えられなかった。

 

「雪菜さんとなんかあったの?」

 

 ズバッと直葉が言い切れば、抜けかかっていた魂が完全に家出しようとする。

 

「ちょっ…お兄ちゃん!?」

 

 そんな和人を気休めでも引き起こし、意識を取り戻させようとする。やはり雪菜絡みだ。しかし、直葉には和人がこんな風になるようなことを彼女がするとは思えなかった。

 

「どっどうしたのさぁ!」

 

 直葉は和人の肩を掴み、前後に揺らした。力が完全に抜けている和人の頭は前後にぐわんぐわんと揺れる。

 

「ヒロ……ってなんだろな。」

「ひろ?」

 

 呟かれたのは一言。

 

「心変わりかな…。あいつに浮気って概念は無さそうだしな…。ハハハ…。」

 

 そして和人は乾いた笑いを浮かべた。それを聞いて直葉は顎が外れるかと思うほどに驚いた。

 

「雪菜さんが? あり得ないでしょ!」

「俺だってそう思いたいさ! だけど実際あったんだよ」

 

 そして和人はもうダメだ…、と再び机に突っ伏した。

 

 時は数時間遡る。

 

 

 

 

────────

 

 

──────

 

 

───

 

 

 

 

 

 

「雪菜、帰るぞ。」

 

 放課後。いつものように和人は雪菜に声をかけた。正直雪菜は居眠りが多い。授業の大半を寝ている気がする。本人曰く、中高一貫校に通っていたため、普通の人より授業が進んでいたからだと言う。

 和人たちの通う学校では、救済措置のため2年で高卒資格がとれるようになってはいるが、義務教育は義務教育なのでダイブ前の学年に合わせて必修科目が定められている。…つまり、当時の年齢が幼ければ幼いほど必要とされる科目数は多く、また高ければ高いほど必要単位は少なくなると言うことだ。

 和人と雪菜は同い年だった。なので必修科目は勿論、殆どの授業を同じものを履修している。しかし当時中学二年の下期だった自分たち。雪菜の学校では殆どの科目が中学三年の範囲に入り、科目によっては高校範囲に入ろうとしていた…と言うことだ。…そんなことは私立校あるあるらしい。驚くべきことは2年以上も勉強と言う勉強をしていなかったにも関わらず、雪菜はそれを覚えていた…と言うことだ。和人自身は攻略法で埋め尽くされた脳内を勉学に切り替えるのに随分と苦労した。しかし雪菜はそんなことはなかった。

 SAOの世界ではメチャクチャなことばかりやっていた彼女。アホなのか賢いのかよく分からない。

 そんなわけでこの日も例に漏れず雪菜は爆睡していた。和人は軽く彼女の肩を揺する。

 

「おい、起きろ…。」

 

「……ん……、ヒロ………。」

 

 和人の時間が止まった。

 

 今、何て言った? 聞き間違いか? いや、確かに"ヒロ"と言った。人の名前…そして恐らく男の名前だ。寝言で呟くとはかなり思い入れのある。まさか弘貴さんか? いやいや今さら…。だけど……。

 

 考えがぐるぐると回る。

 和人がそうしている時間は結構長かったのだろうか。雪菜がゆっくり瞼を開け、目を擦り始めた。

 

「あれ…和人? もう放課後かぁ…ふぁ……。」

 

 口許を隠しながら大きなあくびをすれば、今度は両手を天井に向かって結び、思いっきり伸びをして見せる。そして固まったままの和人を見て、小首をかしげた。

 

「どうしたの?」

 

 SAO、ALOに囚われていた頃の猛々しさはとれ、随分と女の子の仕草になってきた。元々女の子らしさは欠けていたが、死と隣り合わせで戦場に身をおいていた頃は余計にそうだった。

 はっと意識を取り戻すも、ついそれに見とれてしまう。美人は3日で飽きると言うが全然慣れない。

 

「かーずーと!」

 

 自分の方が寝ていたくせに雪菜は和人の頬を引っ張った。

 

「あだだだだだだ!」

「目開けて寝てんの?」

 

 そしてニッコリといたずらっぽく笑って見せる。呟かれたの名前が聞き間違いだったかと思うほどに通常運転だ。後ろめたさの欠片もない。

 和人が痛みに頬を押さえると、雪菜はテキパキと帰り支度を済ませてしまう。つば広の帽子に透明に近い色付のサングラス。手には鞄の他に日傘を持っていた。

 

「さっ帰ろ。」

 

 寝ていたのは自分の癖にその言い種。和人は色々と整理が出来ないまま歩き始める雪菜の背を追った。

 

 

 

 

 

 

───

 

 

──────

 

 

 

────────

 

 

 

 

 その話を聞いて直葉は呆れる。

 

「で、それについてお兄ちゃん聞かなかったんだ。」

「聞けるわけないだろ!!」

 

 ただ雪菜が寝言で名前を呟いた…と言う事実。それだけでこんなにダメージを受けるとは我が兄ながら情けない。

 

「ちゃんと聞きなよー。多分どうってことないと思うよ? だって雪菜さんでしょ。」

「……………。」

「そんなバカみたいに悩んで凹んでるなら、とどめ刺してもらうか何かしてきなよ。」

「とどめって…。」

「良いじゃん。お兄ちゃんには次の人沢山いるよー。」

 

 直葉にそう捲し立てられ、和人はノロノロと立ち上がった。

 

「…この時間ならALOにいるかな。」

「はーい、行ってらっしゃい。かわいそうなお兄ちゃんのために好きなもの作っててあげる。」

「……サンキュ。」

 

 オンラインでは最強の剣士なのに普段は極々普通の高校生だ。…むしろ雪菜が絡めば若干ヘタレの。直葉は兄の背中を見送ると、台所に立ち腕捲りをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ALOにログインしたキリトはセツナの居場所を確かめる。どうやらいつもの溜まり場にいるようで、胸を撫で下ろした。何かクエストにでも行ってしまっていたら捕まえるのは困難だ。キリトは背中に力を入れると翅を思い切り動かした。

 現実世界はとうに夕方を過ぎ、夜の時刻になろうとしていた頃だったが、24時間制ではないALOの世界は真っ昼間だった。太陽が煌々と照っているのは暗い気持ちの中にいる自分には幸いだった。

 スピードホリックである妹に負けず劣らずのスピードを出せるキリトは目的地まで一気に飛び抜ける。…と言ってもそう遠くはなくすぐに翅を畳むことになるのだが。

 溜まり場の酒場の扉を開ければ、アルゴと談笑するセツナの姿があった。

 

「セツナ!」

 

 キリトが息をきらして名前を呼べばセツナはいつも通りの顔を向けた。

 

「あ、キリト。今日は遅かったね。」

 

 本当に通常運転。腹が立つぐらいに。キリトはつかつかと歩み寄るとセツナの手を取り、席を立たせた。

 

「キャァッ!?」

「アルゴ、コイツ借りてくな。」

 

 強引なキリトにセツナは小さく悲鳴をあげ、そんな光景にアルゴはニヤニヤと笑った。

 

「ナニナニー? 随分と面白そうだナ。」

「俺は面白くない。」

 

 そんなアルゴを一蹴するとキリトはセツナを引き摺る勢いで歩き始めた。目の前にいるのが情報屋だろうがなんだろうが気にしていられなかった。

 

「ぇっ? ちょっ…どうしたの? アルゴまたね。」

 

 戸惑うも、引き摺られるわけにもいかないのでセツナは慌てて歩みを進める。

 

「キー坊! ツケにしておくヨ!」

「今は昔ほど需要無いだろ。」

 

 背中に浴びるアルゴの言葉をいなし、店を出るとキリトはそのまま地面を蹴った。それに慌ててセツナも翅を開く。無言で飛ぶキリトに取り敢えず従うセツナ。空には新生アインクラッドが佇んでいる。雲に少し隠れるとまるでアニメ映画に出てくる伝説の城のようだった。なんど見ても世界が終わりを迎えた日を思い起こされる。

 

「キリト! どうしたの? 変だよ。」

 

 あくまでも普通に、後ろめたいことなど微塵も感じさせないセツナにキリトは直葉の言っていたことを思い出す。それでもあの時呟かれた言葉は衝撃的だった。

 

「セツナ、俺に言ってないこと無いか?」

 

 振り返ってセツナの目を見る。現実世界とは違い、南国の海を思わせるような澄んだマリンブルー。急停止に揺れる金髪にも未だ慣れない。

 セツナはキョトンと目をしばたたかせる。

 

「言ってないこと…? 隠し事ってこと?」

 

 そして小癪にも小首を傾げた。キリトは怒っている筈なのにかわいいと感じ追及を止めてしまいそうになる自分を戒めた。先に惚れた方が負けとはよく言ったもんだ。

 

「あるだろ?」

 

 それでもじっと視線を送ると、セツナは斜め上に視線を送りながら少し考えた。そしてポンと手のひらを打った。

 

「あ、もしかして…。え、でも誰にもまだ言ってないのに…。」

 

 思い当たることがあるのかとキリトはそのまま墜落してしまいそうになるのを耐えた。真相は正しく突き止めなければ意味がない。

 

「その…ヒロって……。」

「えっ! なんでキリト知ってるの!?」

 

 (くだん)の名前を出すとセツナは両頬を押さえて顔を真っ赤にした。…なんかもう死んでしまいたい。それがキリトの正直な気持ちだった。

 

「今日、名前呼んでただろ? やっぱりディアベル…。」

 

 しかしキリトがそう言えばセツナはぷっと吹き出して大声で笑い始めた。

 

「やだっ…アハハハ、何勘違いしてるの?」

「へ?」

 

 さぞかし間抜けな顔をしているだろうがそれどころではない。

 

「そっかぁ…私寝惚けて名前呼んじゃったんだ。でもディアベルは関係ないよ。そうね、あの人ヒロキだったわね。」

 

 ケタケタと笑うセツナにキリトと暗鬱とした気分は一気に吹っ飛ばされた。しかし何がなんだかわからない。

 

「……関係…ないのか?」

「まったくね。」

 

 呆けるキリトをセツナは覗き込む。

 

「何? ヤキモチ?」

「…………………。」

 

 ニヤニヤと笑われてはなんと返して良いか分からなくなる。

 

「そっかぁ、勘違いしちゃうぐらいキリトは私のこと好きなんだー。」

「ちがっ……!」

 

 セツナにそう言われ、キリトは反射的にそう言うが失言に口を押さえた。

 

「違うの?」

「……違わない。」

 

 完敗だ。セツナには色んな意味で敵わない。SAOが始まった頃からずっと振り回されている。

 キリトが降参し、肯定を現せばセツナは満足そうに笑った。

 

「よろしい。そんなキリトくんにいいことを教えてあげる。」

「いいこと?」

「ヒロって言うのはね…うちの猫のことよ。」

 

 その瞬間キリトの時間が止まる。

 

「ねっ…猫ぉ!?」

 

 まさかそんなベタな展開が待っているとは思いもせず。

 

「うん。アルビノの子でね。かわいいわよぉー。あ、でも男の子だからある意味浮気?」

 

 そんなキリトの心を知ってか知らでかセツナは上機嫌に話す。…そんな満面の笑み中々見ない…とキリトは何を喜んで何を悲しめば良いのか分からなくなる。取り敢えず分かったのは直葉が言ったように雪菜に限って所謂浮気は無かった、と言うことだった。

 

「なんか…バカみたいだな。」

 

 一気に脱力するキリトの頭をセツナはガシガシとなで回した。

 

「ふふ。ゴメンね。でも大丈夫だよー。私色恋事弱いからキリト以外にそんな感情湧かないと思う。」

「左様で。」

「ええ。」

 

 この数時間の心労を返して欲しい。いや、勘違いしただけなのだけど。それでもセツナの表情を見ているだけで全部吹っ飛んでしまいそうになる自分は一生彼女には敵わないんだろうなぁと思うキリトだった。

 

「今度見においでよー。学校帰りでも。」

「考えておくよ。」

 

 ほとぼりが冷めるまではその猫に会う気にはなれなさそうだった。

 

 

 

 

 

 

 




タイトル、使い古された表現。
はい。まんまです。

学校の単位についてはオリジナル設定ぶっ込んでます。中高一貫の授業の進み方は…高校から中途入学すると死にます。(実体験)

名前とか生物とかは色々とどうしようかなぁと思いつつ紛らわしい感じでヒロ。そしてセツナには猫が似合うかなぁと適当な感じです。
そもそもベタベタ展開書きたかっただけなんで…。

もうすぐ100話。GGOは100話目からかなぁと思いつつ番外編のネタがもうないジレンマ。


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番外編*あの日の約束

リハビリに短い番外編を。
SAO編の蒼の騎士の想いの続編的な。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ALOをクリアしてから暫くして、弘貴は雪菜の病室にいた。

 

 あの頃より少し痩せ、髪は伸びているが、透き通る肌も赤い勝ち気な瞳も、そして光を反射する白い髪もそのままだった。以前、和人に連れて来られ、未だ目を覚ましていない彼女に会ったこともあったが、やはり意識がないのとあるのとでは大違いだ。それに、特に印象的なのはやはりその赤い目なのだ。

 SAOの内部はかなり精巧だった。個人差はあれど基本的には現実とほぼ変わらなかった…2年もの月日を過ごすうちに皆が適応していったのもあるのだろうが。それでも、帰ってくるとその違いを知る。逆に作り物のようなその瞳から弘貴は目を離せなかった。

 

「どうしたの? ディア…じゃなかった、弘貴…さん。」

 

 変わらない声でそう言われ、弘貴は我に返った。

 

「いや、悪い。」

「そ?」

 

 くすくすと笑う彼女はあの中より少し穏やかに感じた。服装以外は変わらない彼女に現実と()の世界を混同する。

 

「しかし…分かっていても不思議なもんだな。」

「この姿? 自分じゃよく分からないけど…取り敢えず不自由さを思い出したわ。」

 

 雪菜は両手でそっと眼鏡に触れた。そう、それは向こうでは無かったものだ。

 

「こんなにも見えなかったのよねー…これも手放せないし。帰ってきたかったけど不自由なのは少し嫌になるわ。」

「あぁ…少しわかる気もするが…セツナの場合はその比じゃないのか。」

 

 弘貴も視力が良い方ではない。普段はコンタクトをしている。確かに、向こう側ではそんなことは必要なかったわけで、帰って来た時に視界がボヤけていたのは暫く肉体を使っていなかったからなのかただ単に視力のせいだったのかは定かではない。

 

「比じゃない…って言うか…。まぁそれで良いか。とにかく眩しくて。大分感覚戻ってきたけど快適さに慣れすぎるのも…ね。」

 

 今日は快晴。病室のカーテンは締め切られていた。

 

「…眩しい……。」

 

 弘貴にはぴんとこない話だった。

 

「虹彩にね、色素を持たないから…。」

 

 口元だけで笑顔を作り、そう答えた彼女。おそらくはそれも彼女の特性によるものなのだろう。

 

「そうか…。」

 

 そう答えるのがやっとだった。

 

「まぁ今に始まったことじゃないわ。」

 

 その話題を続けるのは精神衛生良くない。弘貴は今座っている場所におそらく1番座っているであろう人物を浮かべた。

 

「それより、今日はキリトさんは来てないのか?」

「あれ? 和人はこの時間リハビリよ。知ってて態々この時間に来たんだと思ってた。」

 

 それを聞いて弘貴は胸を撫で下ろした。つまりは暫くはゆっくり二人で話ができると言うことだ。

 

「いや、知らなかったけど助かったかな…って。」

「助かった?」

 

 セツナは首をかしげる。

 

「今日は約束を果たしに来たからね。」

 

 そう言う弘貴には雪菜は逆方向に再び首をかしげた。それもそのはず。その約束と言うのは弘貴がただ胸に誓っただけで、雪菜本人と約束を交わしたわけではないのだ。

 

「…私…何か忘れてる?」

 

 だから雪菜の口からそんな台詞が出るのは当然のことだった。弘貴はゆっくりと首を左右に振った。

 

「違う。俺がずっと伝えたかったことだよ。」

 

 それは、1年程前。2人で出掛けた時のこと。その時はディアベルとしてセツナに告げた想い。今度は弘貴として雪菜に伝える。

 弘貴は視線を真っ赤な瞳から光を反射する髪へと移した。

 

 

 雑じり気のないその色。まるで雪にでも覆われているかのようだった。しかしそっと手を伸ばしても当然冷たくはない。

 

「きれい…だな…。」

 

 伝えたかった言葉は零れ落ちた。

 あの時、その姿が現実の物と違わぬと知っても、そして実際に目にしてもそれは変わることはなかった。"気持ち悪い"。彼女はそう言ったし、その様な扱いを受けてきたのも分かる。ただ弘貴にとっては純粋にきれいな物に映った。

 どこか景色でも見るかの様に言った弘貴に雪菜は目を見張った。そして口を開きかけ一度言葉を飲み込むと、ゆっくり瞬きをしてから言葉を紡いだ。

 

「……弘貴さんは…人の望む言葉を言うのが得意みたい。」

 

 その口元には穏やかな笑みが湛えられている。

 

「和人とは大違い。…だけど、だから私はあなたじゃ駄目なんだわ。」

 

 凛とした表情に弘貴は目を放せなかった。

 

「…私が異端だから美しい。それは私を思う1つの答えかもしれない。けど、和人は絶対にそうは言わないの。」

 

 雪菜はカーテンの閉まった窓に視線を移した。光は柔らかく射し込んでくる。

 

「これが当たり前で…。触れないわけではない。ごく自然なものとして扱ってくれるの。」

 

 その言葉に弘貴ははっとした。そして二人の関係には決して割り込めないことを悟る。

 

「確かに、私は先天性白皮症…アルビノと言う疾患を抱えている。だけど、その前に私は私だし…うまく言えないんだけど、和人はその私自身を見てくれている。舞神としての私ではなく、セツナと言う一プレイヤーを見てくれたように。」

 

 そう言われては何も言葉は出なかった。弘貴(ディアベル)にとってのセツナは【舞神】であり、当然キリトも【黒の剣士】…つまりは憧れと羨望の対象でもあるのだ。友人であってもその感情が無いわけではない。

 

「そうか…。」

 

 改めて叶うわけないのだと思い知らされる。

 

「私は、弘貴さんのことを恩人だと同時に大事な友人だと思ってるけど…あなたは…。」

「本当に鈍いようで良く見てる。」

 

 そう、弘貴にはとって雪菜は当然友人であり想い人であるが、それより勝るのが最強プレイヤーと言う憧れなのだ。

 

「直葉に言われたけど…私のあなたに対する態度はどうも思わせ振りみたいだから、言葉ではしっかり言わないとね。」

 

 そう言って肩を竦める雪菜に無自覚は性質(たち)が悪いと改めて思う。

 

「行動に自覚なしか。」

「あなたに対する親愛の情に嘘はないもの。」

 

 周囲からすればよっぽど和人に対するよりもスキンシップは多めだ…2人の時は別なのかも知れないが。本人も周囲も勘違いしてもおかしくないぐらいには。それでも容赦のない言葉に弘貴はため息を落とした。

 

「――……フラれるのは何度目か…慣れないな。」

「こんな小娘に拘らなければモテるでしょうに。」

「違いない。」

「勿体無いことしたなぁって思わせてね?」

 

 イタズラっぽく笑う雪菜はあの時と同じ表情で、あの世界であの時に共にした時間は今と同じ穏やかなものだったのかと思えた。それはきっとあのデスゲームを生きるのに必要な時間だった。それを確認できただけでも伝えたかいはあったように思えた。

 

 カーテンの向こう側では陽が南に昇りきったところだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




完全リハビリの短編です。
一応読み返したときに約束があったので回収してみました。
GGOも少しずつ少しずつ…


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GGO編
プロローグ*赤い目


 

 

 

 

 

キンッ………キンキンッ…………

 

細かく重なる大小の金属音。

 

そして

 

ザシュッ…ザシュッ………

 

絶え間なく響く斬擊音。

 

 

 

 

暗い洞窟の中、それは確かにあったことだった。

 

ポタッ…ポタポタッ……

 

水滴が落ちる音が響き渡るほどの静寂は突如無くなった。

 

連隊を組んでいたプレイヤーたちに頭上から襲いかかるプレイヤーたち。

 

一気に水の音は別の物へと変質する。

 

バシャッバシャッと蹴り飛ばされ、飛沫を上げる。

 

沢山のプレイヤーが入り乱れ、無数の赤いエフェクトが光る。

 

叫び声と呻き声が洞窟内を谺する。

 

 

 

 

その中、私も槍を振るっていた。

 

ただ、無心で。

 

心を閉ざせ。

 

そうでなければ壊れてしまう。

 

いつもより武器が重く感じる。

 

反面、いつもより切れ味が良いようにも思える。

 

緑の柄の残像が妙に鮮明に見える。

 

 

何人かの敵が、加えた攻撃でポリゴンの欠片に形を変えた。

 

キラキラと散るポリゴン片は皮肉なまでに美しく、尚更事の凄惨さを表しているようだった。

 

 

 

『セツナ!!』

 

 

 

名前を呼んだのは誰の声?

 

 

どうしてそんな悲痛な声で名前を呼ぶの?

 

 

 

そして…

 

 

 

『黒の剣士、舞神、いつか必ず殺してやる。』

 

 

 

呪いのように吐かれた言葉は誰のものだったか。

 

 

 

『舞神を掻っ捌いた血の海に貴様を沈めてやる。』

 

 

 

怨恨を纏った呪文のような。

 

 

 

光る赤い目が刺すような視線を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜2時。雪菜は飛び起きた。

 呼吸は荒く、身体中から汗が吹き出し、目尻からは涙がこぼれ落ちていた。

 

「はぁっ……はぁっ…………、すぅ………はぁっ……。」

 

 大きく息を吸い込み、どうにか呼吸を整えた。

 

「夢……?」

 

 そんな状態なのにどんな夢だったのか全く思い出せない。とてつもなく怖く、忘れてはいけない記憶の筈なのに……。しかし思い出そうとすれば強い頭痛が襲ってくる。まるで、封じ込められた記憶のように。思い出すことを拒んでいるかのように。

 時計を確認し、額の汗を拭って再びベッドに横たわる。今日はもう寝付けないかもしれないと思いながら雪菜は瞳を閉じた。

 

カチッカチッカチッ………

 

 時計の音が静かに響く。

 規則的なそれを数えていると、乱れた呼吸は段々と落ち着きを取り戻していった。眠れないまでも休養はとれそうだ。

 

しかし…

 

 脳裏に映るのは赤く光る目。

 

 夢の内容は分からないのにそれだけが強く焼き付いていた。自分の瞳ではなく、明らかに他人の。強く、禍々しい光。こちらを真っ直ぐに見ている。

 

「…………っ!」

 

 目を閉じることすら出来ない。

 

 

 その日、早く陽が昇ることをただただ願った。

 

 

 

 

 

 




これで後戻りはできない…。
GGO編にして一番プロローグらしいプロローグ。


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1話*非日常への招待

 

 

 

 

 

 

 

 

「雪菜ちゃーん、帰ろー!」

 

 それは学校生活に少しなれた頃に起きた。人付き合いが得意ではなく、あの世界に囚われる前はこんな風に声をかけられるなど、雪菜には考えられないことだった。しかし……

 

「ゴメン。折角なんだけど…。」

 

 今日は予定があった。やんわりと断りの言葉を口にすると目の前の友人たちの顔はにんまりと笑顔に変わる。普通逆だと思うのだけど…。

 

「あ、ゴメン! 今日はデートの日?」

「やぁねぇ美歩。そんな野暮なこと聞くもんじゃないわ。」

「いや…デートじゃ……。」

 

 そんな時にタイミング悪く和人から声がかかった。

 

「雪菜行くぞ。」

 

 すると目の前ではキャーっと黄色い声が上がった。和人と雪菜がそういう関係であるのは周知の事実。ついでに暗黙の了解で口に出したりはしないが、二人が元攻略組トッププレイヤーで《黒の剣士》と《白の槍使い(ランサー)》であったことも…だ。それも踏まえ、注目の的である。

 今日は残念ながらデートではない。二人揃って同じ人物に呼び出しを食らっているだけだ。わざわざ説明するのも面倒なので、雪菜は曖昧に笑う。

 

「じゃぁまたね。」

 

 そしてあの頃よりも伸びた白銀の髪(プラチナブロンド)を靡かせて雪菜はクラスメイトたちに別れを告げた。隣に立てば自然と握られる手にも随分と慣れた。

 

 

 

 

 

 

 12月に入り、東京都と言えど西の方に位置する学校は随分と寒くなってきた。もうすぐ雪菜たちが現実世界に帰って来て1年が経とうとしていた。

 

「どこで待ち合わせだっけ?」

「銀座。」

「なんでわざわざ…新宿とかで良いじゃん。」

「だよな。」

 

 二人で西武新宿線に乗り、窓の外を眺めながら不満を漏らす。呼び出されてあげてるのだから場所は配慮してくれても良いのではないかと思う。

 乗り慣れた電車ではあるが雪菜はしっかりとつば広の帽子を被り、やや薄い色のついた眼鏡をかけている。真夏であれば目にしないこともない装いだが、今は冬だ。しかも纏っているのは濃紺の学生服。視線を集めるのは避けられない。

 無遠慮なそれにも随分と慣れた。自分でも強くなったものだと思う。

 西武新宿駅から東京メトロ新宿駅までの雑踏を抜けて、丸ノ内線に乗り込む。平日の昼間だろうがなんだろうがいつだって人が多い。遠回りの地下道と日差しはあるが最短の地上。特に急いでいなければ前者だが、今日は待ち合わせだから仕方ない。冬とは言え、年々強くなる気がする紫外線に油断は出来ない。

 

「…今日って勿論奢りよね。高いもの好きなだけ頼んじゃお。」

「だな。」

 

 雪菜がそう言えば和人もそれに同意した。どうせ経費だろうし、それぐらいやらなきゃ気がすまない。1年前よりは回復したとは言え、二人とも細身である。多少の体重増加は問題にならない。

 丸ノ内線は地下鉄でありながら地上駅の四ツ谷を抜け、丁度半分の道のりまで来ていた。

 お互いに無言で外を眺める。手は触れたまま体温と鼓動を感じながら。無言が苦にならない関係とは良いものだ。あと十数分ではあるが、雪菜は瞼を閉じた。授業中寝ていたとしても毎日のようにALOにダイブしているのだから夜の睡眠時間は少し犠牲になっている。睡眠負債は週末の寝溜めより平日の昼寝の方が返済には効果的だとか。コトンと肩に重みを感じたため、和人の方も同じなのだろう。…授業中寝ていない分尚一層。視覚を遮断するだけでも少し休まる。到着までそのまま座席に身を任せることにした。

 

 銀座駅から徒歩1分。階段を上がった先にあるお店にその男はいた。ウェイターさんに何名様ですかと聞かれ、待ち合わせですと答えれば、さっと奥へと通してくれた。優雅にお茶を飲むマダムたちの中を二人、制服で歩く。場違い感が甚だしいが、その先でケーキをつついている男も場違い以外の何物でもなかった。

 

「オマタセシマシタ、菊岡さん。」

 

 不機嫌そうに和人が声をかけると、その男は視線を上げて二人を確認する。そしてパァッと効果音がつきそうなほど表情が明るくなった。

 

「キリトくん! セツナくん! 待ってたよー。」

 

 無遠慮に人のキャラネームをオフラインで言うこの男、菊岡誠二郎が二人を呼び出した張本人。旧《SAO事件被害者救出対策本部》、現《仮想課》の国家公務員のキャリア官僚だ。二人にとっては因縁深い部署に勤務する彼とは当然にこちら側に帰ってきてから出会った。

 

「菊岡さん何食べてんの? 美味しそう。」

「クレームカラメルだよ。セツナくんもキリトくんも好きなの頼みなよ。ここは僕持ちだからさ。」

 

 そう言われて雪菜は席に着くやいなやメニュー表にかじりつく。和人は小さく溜め息をつくと雪菜に倣った。

 

「僕持ちもなにも、どうせ"領収書"で"接待費"なんだろ? つまりは血税から支払われるわけだ。遠慮なんかしてやるもんか。」

「キリトくんのそう言うところ僕は好きだよ。」

「すみませーん。」

 

 和人のきつい視線を菊岡がさらりと交わす中、雪菜はマイペースに自分の注文を決めたようだった。

 

「はい、お決まりでしょうか。」

「クレープシュゼットとフロマージュブランのムース。後、エルダーフラワーソーダ。和人は?」

 

 ウェイターさんにテキパキと注文を済ます雪菜にそう促され、和人は慌ててメニューを開く。

 

「え、キャラメル・サントノーレとカプチーノ。」

 

 そして目に入ったものを適当に注文した。ウェイタさんーがメニューを下げて、雪菜が水を一口含んだところで菊岡が改めて口を開く。

 

「ご足労願って悪かったね。」

「悪いと思ってるなら新宿辺りにして欲しかったわ。大体こんなお店、制服なんて悪目立ちよ。」

 

 和人に予告していた通り好き放題に頼んだ雪菜。メニュー表に書かれた値段は学生の自分には到底理解できるものではなく、合計するといくらになるかゾッとする。

 

「いやーゴメンね。ここのスイーツが食べたくなってね。」

「そんなご託は良いんだよ。どうせバーチャル犯罪絡みなんだろう?」

 

 高級官僚様が二人を呼び出したのには訳がある。そして、二人がそれに大人しく従っているのにも。

 菊岡誠二郎は二人にとって恩人とも言って良い人物だった。二人が目を覚ましたときいち早く病室に駆け付けてくれ、また和人に雪菜をはじめとした元SAOプレイヤーの居場所を教えたのも彼だった。後者は違反行為であることは言わずもがなである。彼がいなければ雪菜は未だ目を覚まさず、須郷の実験台になっていた可能性は否定できない。だから文句も言いながらではあるが二人とも彼の話を聞くのだった。

 和人が面倒そうに本題を促せば菊岡は口元に笑みを浮かべた。

 

「キリトくんは話が早くて助かるね。」

「そりゃどうも。だけどいつもは俺だけのはずだ。雪菜は関係ないだろう。」

「はは。キリトくんにとっては《舞神》のセツナくんも大切なお姫様…ってとこかな。」

 

 菊岡がそう言うのは二人の関係性を知ってのことだ。和人は何も言えず、腕を組んで背もたれに勢いよくもたれ掛かった。

 雪菜は二人の会話にいささか驚く。()()()()と言うことは和人は度々菊岡に面倒事を言い付けられている…と言うことだ。無論、雪菜も菊岡と二人で会ったことが無いわけではない。しかし()()()と言う程頻度は高くない。…しかしキャリア官僚は忙しいと思っていたが意外と暇なのか? と思わせられる。

 

「まぁ…今回はどちらかと言うとそのお姫様の力が借りたいんでね。」

 

 その暇らしい高級官僚様はウインクして見せた。

 

「雪菜の?」

「私の?」

 

 二人して首をかしげた。和人はパソコン関係の造詣に深く、バーチャル関連の情報にも強い。しかし雪菜はいくらVRMMORPGの中では屈指のプレイヤーだとしてもこちらではごく普通の女の子だ。…容姿は置いておいて。当初、菊岡に協力を仰がれていたが、ポンコツ具合に呼び出しがかからなくなったぐらいだ。

 

「…菊岡さん。それはどういう案件なの?」

「まぁ順序だって行こうじゃないか。」

 

 菊岡がそう言ってテーブルについた両肘に顎をのせたところで二人の注文のものが届く。

 

「美味しそう!!」

 

 雪菜は小さく歓声を上げると両手をあわせてフォークを取った。

 

「キリトくんもゆっくり付き合ってくれるね?」

 

 雪菜の様子をたてに、菊岡はやや不機嫌な和人を見やった。和人は両肩を竦めるとやれやれと腹を括る。

 

「仕方ないな。雪菜の力が必要と言いながら俺も呼び出したのには訳があるんだろう?」

「キリトくんは本当に察しが良いね。助かるよ。」

 

 二人の男が視線で駆け引きをする中、雪菜は嬉々としてケーキをつつく。それに倣って和人も一先ず飲み物に口をつけた。

 そんな様子を見て菊岡はブリーフケースからPCを取り出した。

 

「GGO…ガンゲイル・オンラインは知っているかい?」

 

 菊岡の問いに二人は頷いた。

 

「はふはひほへはひっへふよ。」

「…雪菜。食べてから話せよ。」

 

 モゴモゴと食べながら話す雪菜に和人はため息をつく。エルダーフラワーソーダで口の中をキレイにすると、雪菜は改めて口を開いた。

 

「流石に知ってるわよ。プロがいるゲームだもの。」

「俺も。ただ食指は動かないけどな…。飛び道具って苦手なんだ。」

「私もシューティングゲーム苦手だから銃はね…。」

 

 好き勝手にコメントを言う二人だが菊岡は気にする素振りもなくPCを開いた。

 

「知っているなら話が早い。実は東京都中野区のアパートでアミュスフィアを被った死体が発見されてね…。」

「GGOをプレイ中に? そんなの…残念ながら珍しい話じゃないじゃない。」

 

 食べている最中に死体だとかなんとかはやめて欲しいと思いながら雪菜は答える。VRMMOの世界では空腹を感じない。それは2年もの月日を過ごした者としてよく知っている。当時の自分達は病院で点滴を打たれ、生命活動を維持されていたが、そうでない一般の人が潜りすぎて…と言うのは嘘みたいな本当の話だ。

 しかし菊岡の答えはNOだった。

 

「いや、それが《MMOストリーム》というネットの放送局に出演していたとか。《ゼクシード》の再現アバターで。」

「それ、たまたま観てたわ。《今週の勝ち組さん》でしょ。なんか優勝したとかなんとか…。」

「雪菜が珍しいな。」

 

 和人がそう言うのは最もだった。雪菜は基本的に自分が攻略すること以外…人のプレイ状態には興味がない。

 

「たまたまね。急に回線が切断された人よね。」

「その切断されたときに何があったか知っているかい?」

「どういう事?」

「《Mスト》はGGO内部でも放送されているんだろう? 切断されたときに画面の彼に向かって銃を撃った人間がいるらしいんだ。」

 

 菊岡の言葉に和人と雪菜のケーキを追う手が一旦止まる。

 

「まさか、偶然だろ?」

 

 和人が肩を竦めれば菊岡はPCからそのデータを提示してくる。

 

「その時間と死亡推定時刻が極めて近くてね。」

 

 菊岡の言い様はまるで… 

 

「ゲームの中から人が殺せるとでも言いたいの?」

 

 雪菜にはその様に聞こえた。事実、現行機種であるアミュスフィアではなく旧型にあたるナーヴギアにはその力があった。SAOに囚われていた者で知らないものはいない。そしてその力は…

 

「死因は?」

「心不全だって。」

 

 しかし帰って来た回答は予想した物とは違うものだった。和人も同じ事を思ったようで質問を重ねた。

 

「…脳に損傷は?」

「僕も同じ事を思って司法解剖した医師に問い合わせたが全く異常は認められなかったようだ。」

「………………。」

「……やっぱり偶然じゃないの………。」

 

 ナーヴギアは高出力マイクロウェーブで脳の一部を焼き切るパワーがあったが、あの事件を受けてアミュスフィアからはそんなパワーは出ない設計になっている。だからそんなことはできるはずがない。雪菜も和人も同じ思いだった。しかし菊岡は話を続ける。

 

「1件ならそう思うがもう1件同様の事件があってね…。プレイヤー名《薄塩たらこ》。こちらはGGOのゲームの中で銃撃されたそうだ。」

 

 確かに複数例になってくると単なる偶然と思えないのは分かる。

 

「でも………。」

「だから、仮定の話なんだけど、感覚信号で人を殺せるか。と言う話になるんだよね。」

「銃で撃たれたショックと衝撃で死ぬか。って話か?」

「そう。」

「そんなことあればもっと人が死んでいるはずだ。その為にアミュスフィアはセーブ機能が付いている。そうだろう?」

「キリトくんは流石によく知っているね。」

 

 分かりきったことを聞いてくる菊岡に和人はため息をついた。その話を聞きながら雪菜は少し考えた後、ゆっくり口を開いた。

 

「……感覚信号で、と言うことについては不可能じゃないかもしれない。」

「と言うのは?」

「ノーシーボ効果…。ブアメードの血は知っている? 実際に出血していないのにしていると思い込ませてショック死させたって話。」

 

 菊岡の問いに出した雪菜の回答は過去に行われた人体実験の例だった。

 

「人は思い込みで死ねる…。だけど今回のには当てはまらないかもね。だからその件に関しては検討するだけナンセンスだと思うけど。」

 

 そう言いながらも最終的な答えはNOの雪菜に菊岡は胸を撫で下ろす。

 

「そう言ってくれて良かったよ。そうじゃないとお願いが出来なくなっちゃうからね。」

「どういう事?」

「ゲーム内で人を殺すことは出来ない。僕もそう思っているんだけど上が気にしていてね。キリトくん、セツナくん、そのプレイヤーと接触してきてくれないか?」

 

 この役人…頭が沸いてるんじゃないか? それが雪菜の素直な感想だった。

 

「…要は撃たれてこいってことだろ? 菊岡さん、アンタだってALOをやっているんだ。アンタが撃たれてくればいいだろう?」

 

 雪菜がポカンと口を開けている間に和人が反論する。とても最もな言葉で。

 

「いやー僕じゃ無理なんだ。《ゼクシード》も《薄塩たらこ》もGGOのトッププレイヤーだったようだよ。つまり強くないと撃ってくれないんだ。」

「そんなの私たちだって無理よ。プロがいるようなゲームはレベルが違うわ。」

「だからこそ君に頼みたいんだよ。セツナくん。」

 

 菊岡の眼鏡の奥が光る。

 

「セツナくんは茅場晶彦が執着するほどの適応者だと聞いたよ。それに…元々有名プレイヤーなんだろう? その名前の神通力を借りたい。」

「…それで雪菜に。」

 

 ようやく謎が解けたと和人は呟く。

 

「…それは赤目で白髪のセツナよ。アバターがランダムならどうなるか分からないわよ。」

 

 ただ雪菜は冷静に言う。名前だけでもアバターだけでもダメ。そして勿論実力も伴わなければ。

 

「うーんそうか…。まぁ、でもきっと君たちなら大丈夫さ。二人いればどちらかには…。」

「大体…引き受ける理由がない。」

 

 なによりもそれに限る。一応危険がないわけではない。いくらなんでも無償で引き受けるような出来事ではない。二人は顔を合わせ、頷いた。

 

「それならこうしよう。GGOはプロゲーマーがいるんだろう? その人たちの月収分の報酬を出そう。」

 

 菊岡がそう言いながら、指を三本立てた。それはつまり、月収と言うからには30万円…と言うことだろう。二人は唾を飲んだ。高校生にとってはかなりの大金だ。

 雪菜は肩が動くほどに大きく息を吐いた。

 

「……分かったわよ…。どうしてもやって欲しいみたいね。でも報酬は税金払いたくないからこれで良いわ。」

 

 そして指を二本立てる。そんな雪菜に菊岡は苦笑いする。

 

「…しっかりしてるね。いや、ありがたいけど。」

 

 菊岡は雪菜の申し出に和人の様子を確認した。言い出したら聞かない雪菜の性格を誰よりもよく知っている和人は異論はないようで、

 

「それで、そのプレイヤーの名前は?」

 

依頼内容を確認する。

 

 

「シジュウ……《死銃(デス・ガン)》。」

 

 その名前は不気味に耳に残った。

 

 名前を聞いて雪菜は早まったかなと早くも後悔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




プロローグだけじゃね…。

現実世界の描写は結構好きです。
喫茶店のモデルが分からなかったので私が行ってみたいお店にしました。
なのでケーキとか全部違います。

小説のキリトは30万円ですよね…。
多分雑所得になると思うんですけど税金どうしたのかしら。
って無粋ですけど…。


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2話*匣を開くとき

 

 

 

 

 

 お店を出ると陽は既に傾き始めていた。それでもまだ油断は出来ない紫外線に、雪菜は帽子を目深に被った。

 再び丸ノ内線に乗り込むと、先程とは違い電車は混雑し始めていた。はぐれないように片手はつり革に、もう片手はお互いの手を握った。

 ここから池袋まで。新宿から池袋なんて本来は山手線か埼京線辺りで直ぐなのに、遠回りにも程がある。

 

「雪菜、さっきのノーシーボって…。」

 

 和人には1つ引っ掛かることがあった。菊岡の依頼を引き受けることに異論はなかったが、雪菜が言った可能性の話だ。

 

「あぁ、ブアメードの血の話。大戦中の人体実験よ。人間は体重の10%の出血で死亡するって言うのを検証するね。」

 

 ややあって答えた雪菜。さらりと言うが結構血生臭い話だ。

 

「それが思い込みと何の関係が?」

「目隠ししてね、血の抜ける音だけ聞かせたんだって。定期的にどれぐらい血が抜けたって報告をしながら。」

「で?」

「それでその人は体重の10%分が抜けたって聞いた瞬間亡くなったらしいわ。」

「それを検証する実験だったんだろ?」

 

 結局何の話だと和人が首をかしげるも話はまだ終わっていなかった。雪菜はつり革を握り直した。

 

「うぅん。本当はその人から血液なんて流れ出てなかったのよ。聞かせていたのはただの水滴音。」

「………それで感覚信号でなら……ってことか。」

「でもそれは5時間ぐらいかかったそうよ。今回はただ銃で撃たれただけよね? どんな風に応用したって…。」

 

 その続きは言葉にされなくても分かった。和人は頷く。

 

「オーケー。なら良いよ。基本的には危険はない、で良いんだろ?」

 

 結局のところ和人は心配なのだ。99%は眉唾物だと思っていながら、自分の知り得ないなにかで可能なのであれば、それは99%じゃ無くなる。もしそうであるなら、無茶するきらいのある彼女を行かせることは出来ない、と。

 

「折角拾った命を私だってそう簡単に手放したりしないわよ。それに…。」

 

 雪菜の和人の手を握る力がやや強くなる。

 

「《黒の剣士》、キリトが隣にいて怖いことなんてないわ。」

「…よく言うよ。今回は俺はオマケだぞ。」

「そうかしら? 餌が多い方が良いのは確かだけど…それだけじゃないんじゃない? 私は色々と()()()()だから。」

 

 彼女がVRMMO環境に於いては普段では考えられないような洞察力を発揮することは敢えて黙っておいた。たまにちゃんと頼られるのは心地良い。

 

「ところで、どっちのアカウント使うんだ?」

 

 和人がそう尋ねたのはこちらに帰って来てから、雪菜がアカウントを刷新したからだった。今使っている()()()()のアカウントは新たに作ったものだ。()()()()のSAOでのアカウントは使ってはいないが残してあると言う。今回GGOをプレイするにあたって強くなければならない、と言うことはコンバートする必要がある。…いかに二人が歴戦のプレイヤーであってもステータスの差は埋めようがない。そこで、どっちのアカウントを使うか、と言うのも重要な問題だった。

 

「そうだなぁ…どんなアバターになるか分からないけど菊岡さんが欲しいのは《雪菜》の姿の《セツナ》なんでしょ。だったら…。」

「そっか。」

 

 それに、パラメータが高いのもSAOアカウントの方だ。ついでにALOアカウントの方は重要なアイテムも持っているためコンバートするのに整理するのも面倒だった。

 

「和人はどうするの? アイテムとか。」

「仕方ないさ。預けるだけ預けて…。雪菜も協力してくれよ。」

「りょーかい。」

「こんなことなら俺も初期化するんじゃなくて別アカにすりゃぁ良かったかな。」

 

 和人は和人で雪菜が帰って来た時にSAOでのステータスを初期化して1からやり直していた。当時雪菜が別アカで始めた時には散々往生際が悪いだの言っていたのに…。

 

「だから言ったのに。クリアデータとか残しておきたいのは人情ってもんだって。」

「分かるけどさ…。」

 

 そうこうしている間に電車は終点に着こうとしていた。帰り道が同じなのはここまでだ。ここからは別の路線に分かれる。

 

「ま、後で話そうよ。フルダイブって便利よね。四六時中一緒にいるみたい。」

「まぁな。」

 

 地下鉄の改札を出ると和人の乗る路線の改札があるが、和人は雪菜を送って行く。いつも学校の帰りも、反対方向だが雪菜のホームの方できっちり見送ってくれる。初めこそ雪菜は抵抗したが、今はそう言うものだと思っている。どこで覚えたのか元々の資質なのか…。

 

「じゃぁ、またね。」

 

 繋いだ手を離すとその手でそのまま雪菜は手を振った。改札を通り、階段を昇る直前に振り返ればまだしっかり見送っていてくれる。片手を上げると和人も手を上げた。階段を昇りかけるとようやく自分の帰路に就いたようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 99%は不可能。そう思いながらも依頼を引き受けたのは残り1%の可能性を強く信じているからか、ゲームの中での死が現実世界と繋がることを実際に経験し、その世界を盲信しているからだろうか。もしかしたら茅場晶彦に変わってこの世界の行く末を見届けなければならないと言う薄っぺらい責任感からかもしれない。

 

 その日、和人と雪菜が訪れたのは二人が入院していたお茶の水の病院だった。一応危険な調査のため、安全を期する為だと眼鏡のエリート役人は言った。慣れた足取りで廊下を進み、指定の病室へ行く。コンコンと軽い音を立てて扉をノックした。

 

「失礼しまーす。」

「おっす! 桐ヶ谷くん、北原ちゃん、待ってたよー。」

 

 するとその先には眼鏡の美人ナースが立っていた。

 

「あっ…安岐さん!?」

「なんで!?」

 

 それは入院期間にお世話になった看護師さんだった。

 

「お久しぶり!」

 

 軽い雰囲気で挨拶をする女性。長身でメリハリの効いた体は女性なら誰しもが一度は憧れるプロポーションだった。

 

「ご…ご無沙汰してます。」

 

 二人が呆気にとられていると、安岐ナースは二人の背後に回ると身体中を撫で回し始めた。

 

「…っきゃぁっ……!」

「わ…わぁ!?」

「んー大分肉付いてきたねー。でもまだ足りないよー特に北原ちゃん。ちゃんと食べてるー?」

 

 どうやら看護師として退院後の経過を気遣ってくれたようだが大分荒っぽい。

 

「食べてますよー…そりゃ右から左に安岐さんみたいにはなれないですよ。」

 

 雪菜が恨めしそうに見ると美人ナースは豪快に笑う。

 

「それより、あの眼鏡の役人さんから話は聞いてるよー。なんか二人して調査に協力するんだって? 帰って来て1年も経ってないのに大変ねー。」

「で、その眼鏡の役人は…?」

 

 和人がそう尋ねると、安岐さんは肩を竦める。

 

「伝言だけ預かってるよ。桐ヶ谷くんに。」

 

 そう言いながら胸ポケットからメモを取り出す美人ナース。豊満な胸元に和人の視線が吸い寄せられているのに気付き、雪菜は脇腹を肘で小突いた。

 

「ぃでっ!」

 

 和人は腰を捩りながら渡されたメモを開く。

 

『報告はセツナくんの分も纏めてメールでいつものアドレスに頼む。諸経費は任務終了後、報酬と併せて支払うので請求すること。追記──美人看護師と可愛い彼女と一緒だからと言って若い衝動を暴走させないように。』

 

 こんなものとてもじゃないが女性二人には見せられたもんじゃない。和人は一気に握り潰すとグシャグシャのままズボンのポケットに押し込んだ。そんな様子を見て雪菜は和人を覗き込む。

 

「和人?」

「なっなんでもない。それより安岐さん! 早速ネットに接続したいんですけど。」

「あーはいはい。準備できてるよ。」

 

 案内された方には2台のジェルベッドと仰々しい様々なモニターと機器。そして真新しいアミュスフィアがあった。

 

「そしたら二人とも、脱いで。」

「「は!?」」

 

 さらりと言う安岐ナースに二人は驚く。

 

「電極貼るから。どうせ入院中に見てるんだからさ。」

 

 軽々しく言うがそういう問題ではない。

 

「ちょっ…安岐さん! ここで、一緒に?」

 

 流石の雪菜も顔を真っ赤にする。そんな雪菜に美人ナースはニヤリと笑う。

 

「二人付き合ってんでしょ? 今更じゃないの?」

「全然そういう関係じゃないです!!」

 

 和人も顔を真っ赤にして、食い気味に否定する。そんな二人に安岐さんは目をしばたたかせると、今度はケラケラと笑った。

 

「やぁねぇ。冗談よ。カーテン引くから安心して。そんなに顔赤くして二人とも可愛いわね。」

「安岐さん…。」

「カーテンだけ…。」

 

 からかわれながらもカーテンに仕切られたベッドで二人は上半身に電極を貼られた。そしてモニタ機器をチェックし終えたナースから二人にゴーサインが出る。

 

「じゃあ、和人、あっちでね。」

「あぁ。安岐さん、俺たち4、5時間は潜りっぱなしだと思うんで…。」

「はいはーい。二人の体はちゃんと見ておくからねー。」

 

 緊張感の欠片もない声に見送られ、二人はアミュスフィアをかぶり、キーワードを口にする。

 

「「リンク・スタート」」

 

 見慣れた白い放射光に包まれ、雪菜は体の感覚が現実からバーチャルに移行するのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 




今回短いですけどキリが良いので。

男の人って大変ですよね 笑
皆さんいつ覚えるのかしら…。
うちのはそれこそポンコツですが。

原作キリトとアスナとは違いプラトニックです。
え、セツナが倫理コードなんて知るわけないじゃないですか。
…クラディールに解除されそうになりましたけど。


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3話*《セツナ》再び

 

 

 

 

 

 

 

 

 放射光の嵐が過ぎ去り、接続状態の確認が終われば、《雪菜》から《セツナ》に変わる。セツナはゆっくりと目を開けた。視界の良さからバーチャルに来たのだと実感する。いつもプレイするALOとは違い、GGOはリアルタイムだと聞いていたが、時間のわりに空の色はすぐれなかった。空気は全体に重く、どこかスラムを思わせる。

 

 ─さて、肝心のアバターは…。

 

 なんだかいつもより頭が重い気がするが…。セツナは近くのガラス張りのビルの壁に姿を映した。

 腰まで伸びた長いウェーブの髪。背はいつもとあまり変わらず、メリハリも安岐ナース程にはない体。肝心の色は…

 

「…結局この姿からは逃れられないのかな。」

 

 一人ゴチた通りに、白銀の髪と赤い瞳。鏡ではないためやや不鮮明ではあるが、その事は確認できた。眼鏡の役人の思惑通りなのは気に食わないが不思議と落ち着くのも事実だった。

 

「しっかし…邪魔でしょうがないな、この髪。」

 

 セツナはウィンドウを開くとSAOでもALOでも使わなかった髪の毛のセット欄を探した。手元にアイテムは無くても結い上げることぐらいはできる筈だ。高く1つに結んだところで背中に揺れる感覚が気に入らず、更にその髪を三つ編みにした。

 

「うん…これならなんとか……かな。」

 

 髪型に満足するとセツナは辺りを見回した。同時にログインしたキリトも姿を見せている筈だ。しかしそれらしき人影は見当たらない。…と言ってもアバターはランダムのようなのでどんな姿なのかは分からないのだが。するとすぐ近くにビルのガラスにかぶりついているプレイヤーがいた。華奢な体に腰まであるストレートの黒髪。まさかとは思うが…。セツナは恐る恐る声をかけようとしたがその前にそのプレイヤーが叫びだした。

 

「なんじゃこりゃーーー!!!」

 

 それは辺りに響き渡るほどのボリュームで。もし木に鳥が止まっていたなら飛び立ってしまいそうな勢いで。俄に信じがたいが恐らくそうなのだ。セツナはその人に歩み寄ると、軽く肩を叩いた。

 

「…キリト?」

 

 振り返ると、くりくりとした黒目がちの瞳が主張した美少女だった。元々の顔立ちも線が細いキリトではあるがこれは…。気のせいか身長もやや低くなっているように感じる。目の前の美少女らしき人はセツナを上から下まで見ると大きな溜め息をついた。

 

「セツナは引きが強いんだな…。」

 

 名前が出てきたと言うことはキリトで間違いないと言うことだ。セツナはキリトがしたように上から下までその姿を眺めた。

 

「ホントにキリトなんだ…。ぷっ…あははは! そんなアバターあるのね。」

「セツナ……。」

 

 目の前で大笑いするセツナにキリトは残念な気分に輪がかかり、陰鬱な気分になってきた。何も望んで女の子のような姿になったのではない。背も低くなっているし、誰が好き好んで彼女の前でこんな姿になると言うのだ。

 

「いつもより視線が近くて話しやすいかもね。」

 

 ただセツナが覗き込んでそんな風に言うので、一瞬どうでも良くなった。当たり前だが、アバターだろうが表情の作り方が"雪菜"であるため、色彩も手伝って本人の顔とダブって見えた。

 

「…そう言うことにしておくよ。」

 

 何れにしてもアバターは変えようがない。開き直るより他ないのだ。

 

「でも…バグで本当に女の子になっちゃってたりしない?」

 

 キリトはセツナのその言葉に慌てて胸を押さえた。SAO以降性別は変更出来ないことになっているが、脳波パターンを元に識別するため、たまにあるらしい。筋肉の欠片もない薄っぺらい胸板にやや不安になり、ステータスを確認してようやくほっと一息ついた。

 キリトとセツナがそんなやり取りをしていると、背後から丸いサングラスをかけた、いかにも胡散臭いプレイヤーが声をかけてきた。

 

「お姉ちゃんたち! 二人して珍しいねぇー。そっちの黒髪のお姉ちゃんはF1300番系、白髪のお姉ちゃんはF9000番系! 運が良いねぇ滅多に出ないんだよ。」

 

 興奮気味に言う男に、キリトとセツナは顔を見合わせる。どうやら二人のアバターの話をしているらしい。しかしお姉ちゃんたちと言うことはやはり女性に見えていると言うことだ。

 

「…悪いけど、俺男なんだ。」

 

 先程まで意識していなかったが、出てくる声までいつもより高いことにキリトは辟易した。

 そんなキリトに男は更に興奮する。

 

「じゃぁM9000番系かい!? 二人とも9000番系なんて見たことないね。是非売ってくれ! 1人5メガ…いや、白髪のお姉ちゃんは6メガ出しても良い!!」

 

 身を乗り出してくる男をセツナは片手で制止すると首を横に振った。

 

「悪いけど二人ともコンバートなの。お金には変えられないわ。」

「そうかぁ…白髪は人気なんだけどなぁ…。」

 

 肩からガックリと項垂れる男。二人は再度顔を見合わせた。アカウントが売買されていると言うことはアバターは完全ランダムで、アイテムや課金での変更も利かないのかもしれない。

 

「白髪…ね。」

 

 何がどうしてそんなに人気なのかセツナには理解が出来ない。すると目の前の男は首を捻りながら答えをくれた。

 

「俺は知らないんだが数年前までMMOに白髪赤目の上位ランカーがいたんだってよ。お姉ちゃんなんかあと髪がもうちょっと短ければ完璧さ。」

「ははは……。」

 

 まさか、恐らく本人です、とは言えないセツナは乾いた声を出した。眼鏡の役人の思惑通り、妙な神通力は顕在のようだ。昔どれだけ色んなゲームをやり込んでいたのか、我ながら狂っている。

 

「それじゃぁせめてプレイ時間を教えてもらえないか? 噂じゃその手のレアアバターはコンバート前のゲームのプレイ時間が長ければ長いほど出やすいらしいんだ。」

 

 そう言われてセツナの脳内は自然に計算を始めた。SAOのβテストが2ヶ月、SAOクリアまでが約2年…。ALOにいたのが約1ヶ月。単純計算で27ヶ月×30日×24時間で…。

 

「いちま……んぐっ。」

 

 そしてばか正直に答えようとしたセツナの口はキリトによって塞がれた。

 

「いっ…1年ぐらいだよ。…たまたまじゃないかな。俺たち同じゲームから同時にコンバートしたし。」

「そうかぁ。まぁ気が変わったら連絡してくれ。」

 

 そんな二人のやりとりに疑問を抱くこともなく、男は名刺だけ押し付けるとアッサリと去っていった。

 キリトはセツナの口を塞いだまま、通路の端へと移動すると、周りに人がいないことを確認してから小声で怒った。

 

「セツナ…SAO生還者(サバイバー)ですってゲロってるようなもんだぞ。」

「だからって…。今のはちょっと荒っぽ過ぎるんじゃないの?」

 

 ナーヴキアが発売されてまだ3年程。丸々2年以上プレイしているプレイヤーなんて元SAOプレイヤー以外にいたら只の廃人である。SAO生還者に対しての評価や印象は様々であるからバレないには越したことはない。分かるが首根っこ掴まれて引き摺られたような行為はセツナも素直には受け取れなかった。

 

「それは悪かったよ。」

現実世界(リアル)でやったらブっ飛ばすからね。」

「………………。」

 

 思いっきり睨み付けられ、キリトはやや怯む。繊細な容姿に反して中々激しい性格なのは重々承知している。そんなキリトを見てセツナは満足したように視線を街へと移した。

 

「それより行こう。悠長にしている暇はないわ。」

 

 セツナが歩みを進めようとすると当たり前のように手をとるキリト。セツナは隣に立った男を再び上から下まで眺めた。

 

「…キリト。悪いんだけどこの格好では止めた方が良いと思う。只の百合にしか見えないわ。その辺の男共が変に喜ぶだけよ。」

「ゆっ………百合!?」

 

 そう言われてキリトは勢いよくその手を振りほどいた。

 

「……キリト。」

 

 そんなキリトにセツナは冷たい視線を送るも、キリトはそれどころではない。自分の姿はほぼ女の子。言われてみればそうなのだ。そもそも手など繋がなくても気付けば視線を集めている。男たちの無遠慮な視線。どこか冷やかすようでまとわりついて、気付いてしまえば心地が悪い。

 

「これっていつからだ?」

 

 じっとりと嫌な汗をかいているような気分になる。視線を泳がせるキリトにセツナは小さく溜め息をついた。

 

「気付いてなかったの? 初めからよ。このゲーム、女性プレイヤーが少なそうだから余計ね。」

「それはつまり……。」

「ALOは比較的女性プレイヤーが多いからこんなことはないけどね。」

「…SAOのころセツナやアスナがケープで顔を隠してた理由が今更ながら分かったよ。」

 

 特に危害を加えてくるわけではないが、ジロジロと見られるのは気分が良いものではない。女性プレイヤーと言うだけで妙なハンデを負うのだと今更ながらに思い知る。

 

「まぁ…女性プレイヤーってだけで目立つから、キリトもアバター(それ)嫌なんだろうけど、プラスに考えれば依頼はやりやすいわよ。」

 

 セツナは慣れたもので涼しい顔で堂々と道を歩く。そんなセツナの背中をキリトは慌てて追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分後、呆気なく道に迷った。空を飛べないにも関わらずこの街は上に下にと道が入り組んでいてダンジョン顔負けだ。

 

「だからメイン通りを行こうって言ったのに!」

「安い武器屋は裏路地のことが多いだろ?」

 

 そんな場合ではないのについつい責任の所在を巡って二人は口論していた。

 

「そんなセオリーなんて知ったこっちゃないわよ。でもしょうがない、道聞くしかないわ。」

「そうだな。」

 

 スタンドアローン型で無かったのが救いだ。誰かうまい具合にプレイヤーを見付けられたら聞くことができる。もしスタンドアローン型ならしらみ潰しに歩き回るしかないのが悲しい現実だ。

 キリトはマップを開き、近隣のプレイヤーを探した。すると運の良いことにすぐそばにプレイヤーはいた。

 

「あの、すみません…。」

 

 しかし何も確認せずに声をかけ、キリトは後悔することになる。

 

「なに?」

 

 背後から見れば髪は短かったが、振り返ったのはどうみても女の子だったのだ。きれいな空色の髪と同じ色の瞳が真っ直ぐに見てくる。

 視線を浴びてキリトはナンパと思われる…と、冷や汗をかくも、よく考えたらセツナが一緒なのだからその心配は無かった。おまけに…。

 

「どうしたの?」

 

 姿を認めて少女の表情は明らかに柔和になった。そう、キリトの容姿も女の子のようなのだ。完全に目の前の少女は女の子二人だと思っているに違いない。

 

「道に迷っちゃって。」

 

 キリトが1人苦心してるとは露知らず、セツナは渡りに船と少女に助けを求める。このまま女の子のフリをした方が都合が良いのか…。きちんと男だと告げた上で協力を仰いだ方がいいのか。

 

「どこに行きたいの?」

 

 そんな間にも二人の会話は進んでいく。少女の問にセツナはキリトをみる。ここが選択のし時のようだ。

 

「…どこか安い武器屋とー…総督府ってとこです。」

 

 少し高い声でいつもの違う口調。おまけにご丁寧に人差し指を唇に当てる徹底ぶり。セツナは目を疑った。

 

「いいよ。案内してあげる。」

 

 セツナのいぶかしんだ顔とは反して少女の方は何の疑問も抱いていないようで、実に親切だった。

 キリトはセツナの視線に気付くと、選択をすぐに後悔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




話があんまり進まなかった…?

やっぱりセツナは白髪赤目じゃないと。
セツナの容姿はフルメタルパニックのテッサの赤目版と考えると分かりやすいと思います。
…GGOの構想練ってた時に観てただけです。スイマセン。
誰か描いてくれたら創作意欲が…
ごめんなさい冗談です。

今後の更新。失踪が心配な方は活動報告をどうぞ 笑


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4話*共通する能力

 

 

 

 

 

 

 少女は慣れた足取りで入り組んだ道を進む。中央に聳える総督府を軸に近代的な建物が建ち並ぶ。いかにもファンタジーの世界と言った街並みのALOとは正に別世界だ。コンクリートの道路やエスカレーターなどの移動手段は向こう側では考えられないものだ。

 

「総督府には何をしに行くの?」

 

 歩きながら尋ねる少女。とても友好的なのは二人とも女の子に見えているからに違いない。

 

「もうすぐあるって言うバトルロイヤルイベントにエントリーしたいんです。」

 

 二人で事前に決めていたことを、しなりとキャラを作ってキリトが答えた。キリトの背中に視線が刺さっているのは気のせいではない。

 死銃なるものとコンタクトするには強くなくてはならない。そしてそれを周知させなければ。手っ取り早いのはゼクシードというプレイヤーが優勝したというイベントで目立つこと。お誂え向きに今日早速あると言うのであれば利用しない手はない。

 少女は目を見張る。

 

「BoBに!? 今日ゲームをはじめたのよね? それはちょっと…ステータスが足りないかも…。」

 

 そしてかなりオブラートに包んだ言葉をチョイスした。要は無謀、と言うことだろう。

 

「あ、大丈夫よ。二人ともコンバートだから。」

 

 気を使ってくれた少女には申し訳ないがセツナは事もなさげに答える。あまりにもアッサリした態度に少女は今度は目をしばたたかせた。

 

「そ、そうなんだ。でもいきなりエントリーするなんて度胸あるね。」

「そうかな?」

 

 動く歩道に進路を任せ、少女は振り返る。

 

「コンバートかぁ…。ねぇ、聞いて良い?」

 

 少女の問に二人は顔を見合わせた。そして無言のまま続きを促す。

 

「どうしてこんなオイル臭くて埃っぽいゲームに来ようと思ったの?」

 

 食指は動きませんでした。知り合いの役人が調査してくれって言うから仕方なくコンバートしました。それが実のところではあるが、まさかそんな回答は出来ない。

 

「…今までファンタジーばっかりだったから、たまにはサイバーっぽいのも良いかなぁって。」

 

 仕草や口調は気になるものの当たり障りの無いことを言ってくれるキリトにセツナは感謝する。コクコクと首を縦に振って同意した。するとちょうど通りかかったトラックに銃の広告が写っており、ここは銃の世界だったと改めて確認する。

 

「それに、銃での戦闘にも興味あったし。」

 

 100%嘘だ。セツナは吐きなれない嘘にヒヤヒヤする。ただでさえアミュスフィアを被っていても人より表情が出やすい──と言うのはリーファが言っていたことだが──。不自然な表情になるのは避けたい。しかしセツナの心配も杞憂に終わり、特に少女は気にした様子はなかった。

 

「へぇ…。好みの銃とかはあるの? ガンショップにも行かないと、だったよね。」

 

 少女から出た質問に二人に答えることは出来なかった。銃の知識なんて一ミリもない。分かるのはライフルとマシンガンと拳銃の違いぐらいだ。しかし彼女が意図しているのはそんなことでは無いだろう。

 

「え…えーと……。」

 

 言い淀んでいると、少女は察してくれたようで答えを提示してくれた。

 

「そしたら初心者用の色々揃ってるマーケットに行こう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 道を縫って案内された先にはよく言えば海外の巨大スーパーの様な、悪く言えばパチンコ屋かゲームセンターの様なきらびやかなネオンの看板が目立つショップが現れた。中に入ればミュージアム型のアミューズメント施設かと思う程に、実に目を引くように商品が陳列されている。3Dで浮かび上がるものからくるくると回転しているものから様々だ。銃…武器がこんなに親しみやすく並んでいる光景はそうないだろう。SAOでもALOでも良くも悪くも武器は武器だった。こんな風に展示されるように陳列されていることはまずなかった。

 

「すごい…。」

 

 思わず漏れる言葉。そこにあるのはほぼ銃だけなのにも関わらずセツナには考えられない程の種類が並んでいた。エリアも細かく分かれている。店内を見渡し圧倒される二人に少女は苦笑いを浮かべる。

 

「本当はこういう初心者向けの総合ショップよりもディープなお店にいった方が掘り出し物があるんだけどね…。」

 

 キリトの言った安いお店と言う条件には当てはまらないからの表情なのか、店内のきらびやかさに対する評価なのかはいまいち分からなかった。

 

「さてと、二人ともステータスはどんなタイプ?」

 

 二人が物珍しそうに見回していると少女はそう言った。物見遊山で来たわけじゃないことを思い出す。

 

「えっと、筋力優先、…その次が素早さ、かな。」

 

 セツナがコンバートするとどうなるんだろう、と考えている間にキリトが答える。それを聞いて向こうと同じで良いのか、とセツナも頷いた。

 

「二人とも? あなたたち本当に仲が良いのね。ま、でも一緒にコンバートしてくるぐらいだからそりゃそうか。なるほど…あ、でもあなたたちお金って…。」

 

 ビルドが似通っているのはたまたまであるが今はそれに言及している場合ではない。少女にそう言われて二人は慌ててストレージを開いた。SAOからALOは強制コンバートと言うか何と言うか最初は同データでのプレイだったからすっかり失念していた。コンバートではステータスは引き継げてもアイテムや所持金は移行できない。つまり…

 

「千クレジット…。」

「同じく。」

「バリバリの初期金額ね…。」

 

 少女は自分のストレージも開くと二人をちらりと見やった。

 

「…あの……、もし良かったらなんだけど……。」

 

 その続きは聞かずとも分かった。しかしそれは実際には誉められた行為ではないし、そこまでしてもらう理由もない。セツナは食い気味に返事をし、その先を遮った。

 

「いいよ、そんなの! …それより、カジノとか手っ取り早くお金を増やす手段はないの?」

 

 彼女が提案してくれようとしたのは間違いなくお金の援助だ。どんなゲームでも過剰な援助は褒められたことではないし、この世界では初心者だとしてもゲーマーとしての矜持はある。キリトも首を強く縦に振っていた。

 セツナの言葉に少女はやや呆れたような表情を見せる。

 

「…カジノと言うか似たようなギャンブルゲームはあるよ。でもああいうのはお金が余っているときにスるのを前提でやった方が良いと思うよ。」

 

 ほら、この店にも…。そう続けながら指差された先には入り口よりもきらびやかなネオンの輝く少し異質な空間が見えた。店内にはそぐわない数十メートル程の柵で仕切られた通路。その先にはアンタッチャブルの看板とNPCのガンマンがご機嫌に銃をこねくりまわしていた。そして看板の上には30万を少し超えた数字が表示されている。いかにもミニゲームと言った様相。しかしセツナにはそれよりも気になるものがあった。

 

「…あれは?」

 

 すぐ隣にもうひとつ、そちらは小さな小屋のみがあった。同じように電光掲示板のようなものに50万を超えた数字の表示がされているからにはこちらもミニゲームの類いなのだろう。それにしてはあまりに地味だった。

 セツナの問いに少女は小さく息を吐いた。

 

「そっち? それは本当に無理だと思うけど…。」

「どうして?」

 

 あるってことは攻略方法がある。セツナとすればそうだが彼女にしてみればそうではないらしい。

 

「そっちは西部の決闘スタイルでね…敵を倒した方が勝ちってシンプルなのは良いんだけど…。ルールも踏襲しているのよ。」

「ルール?」

 

 倒せば良いだけなんて随分簡単だと思ったが首をかしげるセツナに少女はまた小さく息をついた。

 

「…つまり、先に銃を抜いたら負けなのよ。後から抜いて先に倒さなきゃいけないの。気付いた時には皆撃たれて終わりよ。」

「…──ふぅん。」

 

 少女がそう言ったにも拘らずセツナはゆっくりと小屋の方へ近付いていった。扉の前にある自動改札機のICカード読み取り機のようなものはチャージ機だろう。迷いの無い足取りでそこまで進むと、バチンとそのパネルを叩いた。

 

「ちょっと!!」

 

 少女の声はむなしく、ゲーム開始は待ったなしだ。

 

「ねぇ! 私の話聞いてた? あの子…!!」

 

 少女はキリトにそう訴えかけるも、当然キリトは涼しい顔だ。

 

「まぁ見てなって。あいつなら大丈夫だろ。」

「大丈夫って…。」

 

 キリトの視線はセツナに注がれたままだ。そう言われては少女もセツナを見守ることしか出来ない。

 小屋からは一人の髭を蓄えた中年のガンマンが姿を現しており、セツナは宛がわれたであろうホルスターを腰に装備しているところだった。そして銃を一度抜くような仕草をすれば小さく頷いていた。

 

 それは一瞬の出来事。──そういうルールなのだから当然と言えばそうなのかもしれないが。

 NPCと向き合ったセツナはゆっくりと目を閉じ、右手を銃にかけた。微動だにせず、呼吸をしているのか怪しいほどに静かに。空気が凍る。本来デジタルの世界では有り得ないだろう、それが伝播するのは。彼女の集中に周囲の人間にも緊張が走った。

 

 パッパァンッ

 

 そして響いたのは二発の銃声だった。店内には軽快なBGMが流れている筈なのに、静寂が訪れたような錯覚をさせられる。

 

『…oh. Goddamn….』

 

 あまり美しいとは言い難い言葉と共に、ドサッという効果音、最後にけたたましいまでのファンファーレが立て続けに襲ってくる。看板に掲げられていた50万を超えた数字はくるくると回転し出し、あっという間に0へと変貌を遂げた。その中、涼しい顔をしているのはセツナとキリトの二人だけであり、たまたま周囲にいたものや少女は目を見開き、言葉を失っていた。

 

「ただいまー。」

 

 呑気に軽やかな足取りで戻ってくるセツナ。

 

「お疲れ。よく銃が撃てたな。」

「まぁねぇ。昔グアムだったかなー、撃ったことあったから。」

 

 飄々としているセツナになるほどなと頷くキリト。少女は二人のやり取りに自分の思考が停止していたことに気付く。そしてややあって目の前で起こった理解しがたい出来事を確認した。

 

「ちょっ…ちょっと待って。今、何をしたの?」

 

 狼狽える少女にセツナは目を丸くした。

 

「何を、と言われても…。」

 

 セツナにしてみればただ目の前のゲームをクリアしただけだ。そんなに驚かれる話ではないが周囲は次第にザワザワと騒がしくなっていく。

 

「だって、後から抜いて先に撃つなんて…。」

 

 クリアした、と言うことはその条件をまず満たしたということ。そして、倒したのだからしかも正確な射撃で。

 

「そう言われても…あるんだからゲームをクリア出来ないって道理はないでしょ?」

「そうだけど…。」

 

 事も無げに言うセツナだが少女にしては納得が聞かない。今まで誰もクリア出来なかったのに今日始めたばかりの、しかもこの世界で銃を撃つのが初めての人に、おまけに…。

 

「だって、慣れた武器でも照準を合わせるのは大変なのに、あのゲーム用の武器でよく…。」

「シングルアクション、って言ったっけ? 西部スタイルならそれだと思ったの。たまたま撃ったことがあったのがそれなだけよ。」

「たっ…確かにシングルアクションの拳銃の方が精度は高いけど…。」

 

 そして銃声が2つ、と言うことは連射したと言うことに他ならない。初見でそんなことが出来るのか。少女は口を開けたまま閉じることが出来なかった。しかし、追う言葉は中々出てこない。そんな少女にセツナは首をかしげ、口角をあげて見せた。

 

「運が良かっただけよ。」

 

 それで片付けようとするセツナに周りは何も言うことが出来ず、BGMが響くだけだった。

 

 

 

 

 

 




ただいまです。
セツナの性能チートは相変わらず。
ミニゲームは難産だった分あっさりになりました。
キリトさんはキンクリで良いですかね。

プロフにこっそり載せましたがTwitter始めました。


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5話*半身との再会

最新話はALO番外編です。


 

 

 

 

 

 

 

「あなたたちって絶対変!!」

 

 少女にそう言われたのは、キリトがもう1つのゲームをアッサリとクリアしてしまったからだ。しかし二人にしてみればこれで少女に頼ることなく資金の問題が解決されたのだから万々歳だ。

 

「きっと染まりきってなかったのが良かったのよ。」

 

 もうそう言って押しきるしかない。セツナとキリトの二人が今までどのGGOプレイヤーもクリアできなかったゲームをクリアできたのは、死と隣り合わせで技術を培ってきたからに他ならないが、それを言うわけにはいかない。二人の反応速度は茅場晶彦のお墨付きだ。たとえプロゲーマーだろうと敵わないだろう。圧倒的なそれをもってすればどちらのミニゲームもクリア出来たのは当然だった。

 セツナは賑やかなBGMのかかる店内を宛もなく歩き出した。追及される前に関心を目的にシフトさせたかった。まるで美術館か博物館のように並ぶ武器たち。さっき使った銃は本当に偶々手にしたことがあっただけで、やはり銃のことは全然分からない。あれが自分に向いているのかも分からない。四方八方に視線を移していると飛び込んできたのは一際派手に装飾されたコーナーだった。2Dで描かれたキャラクターまで飛び込んでくる。

 

「あれは…?」

 

 振り返って少女に尋ねると、呆れつつも少し慣れた様子で答えた。

 

「コラボ企画のものよ。使えるんだろうけど、どっちかと言えばコレクション的な要素が強いと思うわ。だって現実には無い武器なんだもの。…ついでに言えば価格帯も高めだしね。」

 

 セツナの目を引いたのはあの世界でのユニークスキルに似た武器だった。言われてみればこの一帯の武器はリアル感があまりなく、あの頃やALOで使っているような少しファンタジー色のあるようなものに思えた。確かに2Dのキャラクターは見覚えがある。有名ゲームのものだろう。

 

「…でも売るってことは使えなくはないってことよね?」

 

 セツナは引き寄せられるようにその武器を手に取った。

 

「ちょっと…本気で言ってる?」

 

 少女が目を見張る。

 天秤刀に似た、両端に刃を持つそれを左右に少し動かしたところで、セツナはその武器の特殊性にも気付く。

 

「あれ…これ…トリガー…?」

 

 その武器は半分に分かれ双剣のように変化し、それだけではなくよく見れば先端に銃口までがあった。

 

「──へぇ。」

 

 さながら二刀流。銃の世界であるのに刃物。キリトもその武器に強く惹かれているようだった。しかし、問題はそのお値段…。

 

「…それ、銃になってるのね。それなら使えなくは無さそうだけど…35万って言ったら結構なクラスの武器が買えるわよ。ホント無駄に高いんだから。」

 

 少女が言ったように大分値段が高い。その値段にキリトは肩を落とした。

 

「35万…。」

 

 そう、先ほどキリトが稼いだのは30万とんで2千クレジット。残念ながら足りそうもない。

 

「私、これにするわ。天秤刀をまた使えるなんて運命だと思う。」

 

 そんなキリトを尻目にセツナは《buy》のボタンをあっさり押した。セツナのゲームの単純さからかベット数が多かったのだろう。セツナは50万を超えた金額を手にいれていたため痛くも痒くもない。ボタンに反応し、直ぐ様ロボットが注文した武器を持ってくる。丸い円柱型のそれはまるでロボット掃除機のように動き、少し愛らしかった。

 セツナはそれを受け取ると、確かめるように見返した。黒い柄に金の鍔、そして銀の刃。あの頃カラーではないものの手に馴染む。ブンっ…ブンっと空気を切る音。耳障りの良い音に、柄を両手で握ると腰を落とした。

 

 ブンブンっ……ブンっ

 

 標的でもあれば確実にザシュっと音が聞こえているだろう。セツナが試しに繰り出そうとしたのはあの頃のスキル、《クルサファイ》。四連擊のそれはシステムアシストが無い分、当時よりは劣るが、ソードスキルのないALOで動きには慣れていたため、そこまでのギャップは感じられない。

 

「……うん。」

 

 セツナが頷けば、隣からは小さな歓声が飛んできた。

 

「──へぇ! ファンタジー世界の技? 結構様になってるじゃない。」

「ま、ね。これに似た武器使ってたから。」

「銃にもなってるみたいだし、あなたの方は後は防具で良さそうね。次は…君か。」

 

 少女は右手を顎に当てるとセツナからキリトに視線を移した。

 

「─…お、お手柔らかに。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、キリトも主武器(メインアーム)に銃は選択しなかった。…いくら銃の世界とは言え、慣れない武器で戦うのは分が悪い。GGOを楽しみに来たのではなく、強さで目立たなければならない。そんな事は少女は当然知る筈もないので、呆れ顔だ。

 

「ちょっと二人共何しに来たの? って感じだけど…。」

 

 武器はともかく、少女はしっかりとそれぞれに合わせた防具を見繕ってくれた。予算的にもバッチリだ。

 

「…銃の世界に来たのに使わないのは矛盾してるかもだけど、私たちもBoBに一応出るから無様な戦いはしたくないもの。」

「だからなれてる武器でって? それはそうかもしれないね。」

 

 そう呑気に話せるのは、無事にBoBにエントリー出来たからだ。装備を調えるのに時間がかかってしまい、危うく間に合わなくなるところだったが、バイクをとばしてなんとか到着した。残り時間5分程。エントリー出来ていなかったらそれこそ何しに来たのか分からない。

 セツナとしてはエントリー時に現実(リアル)情報を求められたのが気にかかった。少女はともかく、キリトはどうしたのだろうか。セツナは迷うことなく飛ばしたため、3人の中で一番エントリーが早かったようで、予選はEブロック。2人はFブロックに振り分けられていた。

 少女に案内され、総督府の地下の予選会場に足を踏み入れる。屈強な戦士たちがご自慢の武器を抱え、賑やかに談笑している姿がそこここにあった。すると、少女は吐き捨てるように言った。

 

「ほんっとどいつもこいつもお調子者なんだから……!」

 

 その言葉にセツナとキリトは改めて辺りを見回した。イメージするような、ステレオタイプ的お調子者は見当たらないように思えた。

 

「…お、お調子者?」

 

 おずおずとキリトが尋ねれば少女は強く頷いた。

 

「だって30分も前から主武器(メインアーム)見せびらかすなんて対策してくださいって言ってるようなもんじゃない。」

 

 そう言われてセツナもキリトも目が覚めた思いだった。対人戦の経験が無いわけではない。しかしその質と量と共に圧倒的に違う。ここにいるプレイヤー達はレベルに差はあれど対人戦のスペシャリストだ。勿論、目の前の少女も。セツナとキリトもSAO時代毎日の様にデュエルをして力比べをしていた時期はあったが、あくまでもお遊びで、相手のHPを全損させようと言ったものではなかった。

 二人はここまで半分物見遊山の気分があったことに気付かされた。本当に、そう甘いものではない。

 

「まず、控え室に行こう。私もあなたたちもさっき買った戦闘服(ファティーグ)に装備替えしないと。」

 

 そんな二人の様子には気付かず、少女は迷いなく歩を進める。確かに未だに二人共初期装備のままだ。それにしても

 

──着替え!?

 

 当然のように無人の控え室に入る少女。

 

「ちょっ…ちょっと待って!!!」

 

 セツナは慌てて声をかけた。

 

「何?」

 

 少女は小首を傾げた。

 

「あのっ…私、今更なんだけど…こう言うもので…。」

 

 セツナは自分のネームカードを可視可させると、少女に飛ばした。それと共にキリトの背中を強く叩く。キリトも察したようでセツナに倣う。

 

「s…セツナ、か。女の子にしては珍しい名前だね。…で、そっちは……。」

 

 少女はキリトのネームカードを見ると目を剥いた。

 

「……え? ………Mって…………男!? その容姿で!?」

 

─…やはりか。

 

 知っててそういう風に誘導した。…主にキリトが。

 何故そんな風にしたかは当然セツナにも分かっていた。女性プレイヤーにしたら見ず知らずの男性プレイヤーは警戒してしかるべきなのだ。たとえ、セツナが一緒だったとしても、もしあの場でキリトが男であることを明らかにしていたら少女がこんなに親切にしてくれていたかは分からない。…だからキリトのアバターを利用した。始めこそセツナも気持ち悪いと思わざるを得なかったが。よく考えればそう言うことで致し方ないと納得できた。そう、彼の行い自体に異論はない。だけど、更衣室まで…と言うのはやり過ぎだ。

 

「あの…騙すつもりはなかったのよ?」

 

 セツナは恐る恐る少女の顔を見上げた。キリトに至っては張り手の1つも覚悟しているような表情だった。そんな二人の様子を見て、少女は今日何度目かの溜め息をついた。

 

「……良いわよ。ソイツが男だからって危害を加えられた訳じゃないわ。」

 

 少女は両手を上げて、首をすくめた。もし、着替えが始まっていたら危害を加えたことになっただろうか。セツナは胸を撫で下ろした。

 

「ゴメンね。ありがとう。」

「うぅん。女の子の知り合いあんまりいないから残念と言えばそうだけど…。」

 

 少女はチラリとキリトを見ながらそう言った。そう言われては苦笑いするしかない。セツナは再び謝罪の言葉を口にする。

 

「本当に申し訳ないわ。」

「…まぁ、私も勘違いしたし。」

「あの容姿じゃしょうがないわよ。」

 

 女子二人に好きに言われキリトは居たたまれなくなる。

 

「俺だって好きでこんな姿になったんじゃない…。もっと屈強な……。」

 

 それはキリトがログインした際に思ったことだった。まさか蒸し返されるとは思っていなかった。

 

「キリトがガチムチだったら嫌だわ。パーティ組まない。」

 

 しかしセツナにピシャッと言われればもう言葉は出なかった。そんな二人の様子に少女は声を出して笑った。

 

「あなたたちホントに可笑しいわね。私はシノン。良かったら仲良くしてよ、セツナ。」

 

 そして差し出された手をセツナはしっかりと握った。

 

「こちらこそ! シノン。」

「え…俺は?」

「男とは必要以上に仲良くしない主義なのよ。さっここは私たちが使うから君は別の部屋で着替えてよ!」

 

 早くもそんな風にキリトをあしらうシノンと、セツナは顔を見合わせて笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




話がすすまなーい!!

セツナの武器はテイルズ オブ グレイセスの
ヒューバートからいただきました!
(未プレイのためテキトー)
前話では銃を撃たせてみましたが、なんかリアルな武器、似合わないなぁと思ってしまって…。
コラボ企画と言うことでお許しを!笑
ちなみに初めの構想ではFF8のガンブーレドでした。
どっちにしてもキリトの方が似合う…。
そこは賞金の額で調整調整。

次話からようやけ話が動く筈だぞ!
頑張れ私!!


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